ありふれたクラスは世界最凶!【完結】 (灰色の空)
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第一章
始まりは突然に?


以前感想であったクラスメイトを主軸とした物語を読んでみたいと思っていたので自分で書くことにしました。タグやあらすじで書きましたが独自設定がとても多いです。寧ろ多すぎて破綻しないか心配になります。

ここで明言しておきます。主人公にヒロインはいません。ハーレムもありません。あるのは中学生並みの発想を浮かべる男子達(馬鹿)しかいません。友情と馬鹿騒ぎをメインにしたものになりますので受け付けない方はほかの物語を見ることをおススメします。



ここはどこだろうか。あたりは白く果てがない空間だった。空は白く立っている場所も白い。一面が漂白された世界と言ってもよさそうだ。

 

「やぁ 起きたかい」

 

 どこかのんびりした声が聞こえ頭をあげるとそこにいたのは、ふんわりゆるっと微笑む青年が佇んでいた。何とも気の抜けそうな顔で微笑むと青年はこちらに声をかけて来る。

 

「おはよう」

 

――おはようございます?

 

「うん、混乱していても挨拶できるのはいいことだ」

 

 ふんわりと笑うその様子は自分が返事を返してくれたのが本当にうれしそうで調子が外れる。勝手に笑うのはいいのだが今のこの状況は何なのか説明してくれないものだろうか。その思いが顔に出ていたのか苦笑する青年。

 

「ああ、ごめんごめん。君と会話ができてつい嬉しくなったんだ」

 

 困ったように笑う青年は申し訳無さそうに謝る。随分と変な奴だ。しかし見る限りでは悪人ではなさそうに感じるのは第一印象が良かったからだろか。怪しいとは思うのだが…

 

「そうだよね。色々と説明がいるよね。 でも…説明は簡単にできるんだけど心の準備はいいのかな?」

 

――心の準備って……もしかして

 

 見覚えのない景色、白一色の世界、目の前にいる不思議な青年。この光景はつまるところ…なんとなく察した。察してしまった。もしかして自分は…

 

「そう…気が付いたようだね。君は、

 

 

 

 

 

 

 

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「…君…か…柏木君」

 

 体をゆさゆさを揺さぶられる感触で微睡みから少しづつ覚醒する。肩に誰かの手が触れている感触に気が付き体を起こす。

 

「ふぁ~~…南雲?」

 

「おはよう、柏木君」

 

 起こした人を見ればそこにいたのは親友である南雲ハジメだった。眠たい目をこすり辺りを見回せばそこはがやがやと騒がしいいつもの教室。どうやら状況から察するに俺は自分の机に突っ伏しって眠っていたようだ。眠気を払うように頭をガリガリと掻き南雲に向き直る

 

「おっす。おはよう南雲~ …くぁー」

 

「また欠伸?珍しいね。かなり熟睡していたみたいだけど?」

 

「ん~~そりゃ昨日の晩調子に乗ってエロゲーをしていたからな。眠くなりますわい」

 

「エロゲーって…」

 

 呆れたような目線を向ける南雲。確かに呆れるのは分かる。自分でも深夜にエロゲーをしてしまったのはどうかと思う。だが他にやる時間がないのだ。 もしやっていることを親にばれてしまったらどう接すればいいのか。親がこちら(オタク)側の南雲にはわかるまい。

 

 呆れた視線を向ける南雲に対してそんな感じで何か言ってやろうと思いそこで南雲が目にうっすらとした隈を作っていることに気が付く。

 

「ふん健全な男がエロゲーをして何が悪い。そういうお前こそ目の下に隈なんか作ってナニをしていたんだ。ほぅれお兄さんに行ってみなさい」

 

「開き直った!? それもナニって…はぁーちょっと父さんと母さんの仕事を手伝っててさ眠るのが遅くなったんだよ」

 

「ふぅーん、なんか嘘くさい」

 

「どこがさ」

 

「普通親が息子に睡眠時間を削ってまで仕事を手伝ってくれっていうかなと思ってさ…さてはオメーもゲームしていたんだろ」

 

 疑問に思ったことを話したら途端に目をそらす南雲。相変わらず嘘がつけない奴だ。ケラケラ笑うと観念したかのように自分の机に突っ伏す南雲。ちなみに俺の後ろの席が南雲の席だ。よく休み時間になるとこうして向かい合ってはダラダラと益のない話をしているのだ。

 

「ぅう、そーだよ日曜日が終わって明日から学校だと思ったらさ、時間がもったいないと思っちゃって、おかげで少しばかり眠いよ」

 

「あっはは自業自得だバーカバーカ」

 

 俺の言葉にむすっとした顔の南雲をからかうのは存外面白く、やはり学校は時たま憂鬱ではあるかもしれないが楽しい場所だと感じる。世間一般の学生に比べたらズレているかもしれないが俺は何故か強くそう感じてしまうのだ。

 

「それよりも南雲」

 

「…なに」

 

「ゴメンってそんなにぶーたれるなよ。ほらあそこ見てみろよ。いつものように白崎がお前に話しかけたくてうずうずしているぞ」

 

 南雲は俺の言葉に一瞬肩を跳ね上げると極力顔を向けないよう意識を件の少女、白崎香織に向ける。

 

 白崎香織。学校で二大女神(ちなみにこの噂を流した奴は誰か知らない)と呼ばれる女の子の一人で男女絶大な人気を誇る美少女だ。容姿は黒髪長髪の良く言えば正統派、悪く言えばテンプレの整った美少女だ。性格の方も外見に劣らず非常に面倒見が良く責任感もあり良くにこにこと微笑が絶えない()()普通の女の子だ。

 

 そんな彼女は南雲が自分の方に視線を向けたのがうれしいのか途端に満開の笑顔になり、席を立ちそうになる。しかし白崎は席を立つことができなかった。白崎の隣にいる二大女神のもう一人八重樫雫がとても焦った表情で彼女の袖をつかみ引き留めていたからだ。

 

『ちょっ香織やめなさいどこ行く気なの!』

 

『むぅ、どこって南雲君におはようって言いに行くんだよ。雫ちゃん何で止めるの』

 

『やっぱり。前も言ったけど悪いことは言わないからやめておきなさい』

 

『それは…うぅぅ私はただ南雲君とお話がしたいだけなのにー』

 

『よしよし』

 

 満開だった白崎の顔が一瞬にして不満げな顔になりついにはしょぼんとした顔になったのと困ったように笑っている八重樫を見ると恐らくこんな会話をしているのだろうか。中々微笑ましいやり取りだ…もちろん八重樫が止めなければ俺と特に南雲が悲惨なことになるかもしれないという可能性を除けばだが。

 

「で、美少女をあんなに嬉しそうな顔にした南雲君心境はどうでしょうか」

 

 白崎達に向けていた視線を俺の方に向けると頬を引き攣らせながら南雲が大きく息を吐く。

 

「…正直こっちに来なくてほっとした」

 

「気持ちはわからんでもないが、そんな顔すんなよ」

 

 一見すると正統派美少女にオタク少年が好意を持たれているように見えるこの構図。実はそうでもないのだ、向けられているのは好意ではあるが純粋たる肉欲(性欲?)であり、獲物を狙う肉食獣(白崎)と怯えながらも期待する草食獣(南雲)の構図なのだ。…自分で言ってるけどなにこれ?出来の悪いギャルゲーだな!

 

 ともかく白崎香織は只のテンプレ美少女ではない。裏の顔を持つ恐ろしい女子なのじゃ。

 

(…と言っても、根は初心な子だと思うんだけどな。…ちょっと独占欲が強いだけで)

 

「柏木君?なんか変な顔しているよ」

 

「ん?そんなに変な顔していたか」

 

「うん。眉間にしわが寄っていた。どうかしたの」

 

「あー白崎から惚れられているお前が羨ましくなった」

 

「ちょっ!?冗談でもそういう事言わないでよ」

 

「くけけけけけ」

 

 どうやら考え事をしていたのが南雲にばれてしまったようだ。俺のからかいと他人事なやり取りに南雲は顔が赤くなるやら青くなるやら百面相をしている。中々反応がうぶな奴だ。もっとからかいたくなる。

 

「おいおい、ま~たお前らゲームの話をしてんのか?これだからキモオタって奴はよぉ」

 

「ゲームしかやる事ないのかよー」

 

 そんな俺達を揶揄するような声がかけられる。声の発信者はクラスの不良?檜山大介だった。その後ろには檜山とツレであるへらへら笑っている斎藤良樹に檜山と同じようにニヤついている近藤礼一、心底どうでもよさそうな中野信治の姿があった。一緒に居るところからして一緒に登校してきたのだろうか?仲が良い様で。

 

「おっす檜山。おはようさん」

 

「檜山君。おはよう」

 

「……ッチ」

 

 ともあれ、揶揄する檜山に普通に挨拶を返せば憮然とした顔を返してくる檜山。からかったが特に何ともない反応を返したので面白くなかったのだろう。それで拗ねた顔をする檜山は中々可愛げがある。…可愛くない?

 

「あのなぁ南雲。お前調子に乗ってるみたいだから忠告しておくけどよ、徹夜でエロゲーやってるのはマジ気色悪いからな?」

 

「だってさ柏木君」

 

「んなぁ!?エロゲーをやってるのが気色悪い…だと? 仕方ないじゃん だって男の子だもん❤」

 

「お前かよ!?つーかクネるな!キショいんだよ柏木!」

 

 じゃあどうしろと?ホモビでも見てろってか?…禁断の領域に入れと、お前は言うのか?流石は檜山、中々恐ろしい事を言ってくる。

 というより俺はエロゲーで処理をしているが、逆にお前は何で処理をしているのか。後学のためにぜひ教えてほしいものだ。…まさか白崎というオチではないだろうな?

 

「あ、斎藤君。これ頼まれていた物」

 

「お、サンキュ~ やっぱ南雲に頼んでよかったよ~」

 

 そんな俺の横ではなにやら取引をしている南雲と斎藤。お前ら意外と仲良いんだな!?おいちゃん知らんかったぜよ!?

 

「おい、斎藤!んなオタク野郎と話すなよ!」

 

「え~ そういってもな~」

 

 ガミガミとご立腹する檜山に斎藤は柳に風だ。哀れだ。檜山の横では近藤は場に流されている様にオロオロしているし南雲は苦笑している。

 

 檜山大介は白崎香織に惚れている。故に檜山は白崎に気に入られている南雲(ついでに俺)に突っかかるのだ。最もどれだけ突っかかっても南雲は気にせずに受け流すし、白崎の獲物は変わらない。だから檜山の独り相撲でしかないのだが…

 

「おい檜山、何時まで柏木達とイチャついているんだ。さっさと行こうぜ」

 

「誰がイチャついてんだゴラァ! チッ、オイ行くぞ!」

 

 中野の言葉に噛みつく檜山だがそれで頭が冷えたのか肩をいからせながら自分の席へ歩いていく。ケラケラ笑う斎藤に慌てて檜山について行く近藤も同じように自分の席へ。

 

「…檜山が悪かった」

 

「良いよ別に。いつもの事だから」

 

「そーそー 寧ろサンキューだぜ中野。お前も色々大変だろうに良く檜山の手綱を握れるよな」

 

「そーだよ。中野君転校してきたばっかりなのに上手く檜山君達と一緒にいるのは凄いよ」

 

 中野信治。僅か一か月前に別の学校からやってきたという転校生。特に印象のない普通な顔立ちながら醸し出す雰囲気はなぜか大人な変な奴。数日で檜山達とツルみだし、仲良くなるという口数は少ないながらも恐ろしいコミュ力の中野は良く俺と南雲に対して檜山の行動を謝ってくる。別に大したことではないのだがかなり律義な奴だ。

 

「…まぁあの手の奴は対応が楽でいいからな」

 

「おい中野!さっさとこっち来いつってんだろ!」

 

「へーへー それじゃお二人さん。またな」

 

 溜息一つで檜山の元へ向かう中野。その際に意味深な言葉を送ったのは気のせいか。転校してきてから気に掛けられているような気がするのははてさて俺の自惚れか。南雲を見ても不思議そうに首を傾げるばかり。 

  

「いつも思うけど中野君のアレ何だろうね。昔どこかで出会ったことがあったりする?」

 

「無いと思うけど…転校してきた理由もよく分からんし変な奴だ」

 

 親の都合と言うが、それしか話さないし話したがらないようだった。時たま俺と南雲が行く喫茶店『ウィステリア』に良く通い、店長さん(同じクラスメイト園部優花の父親でもある)と会話をしていることが目撃されている位か。

 

 高校二年生という転校するには中途半端な時期にやってきた不思議なクラスメイト。悪い奴ではないというのが俺と南雲の認識ではあるが…要はヘンな奴。それだけの話だ。

 

「まぁいいかそれよりもだ、話を戻すけどいくら徹夜したからって授業中に寝るなよな。お前は皆に迷惑かけてないと思うかもしれんが先生からしてみれば話を聞いてくれない生徒は心象が悪くなるらしいぞ」

 

「露骨に話をそらそうとしている…説教は勘弁して、眠くなるのはしょうがないよ」

 

「いーや、やめません。そもそも授業を寝るのはもったいないぞ。そりゃ勉強は面倒だけどさ、話している先生によっては中々面白い話をしてくる先生や分かりやすく教えてくれる先生もいるだろ」

 

「うーん?」

 

「先生たちの雑談って楽しくて個性が分かって色々面白いんだけどなぁ」

 

 先ほどから授業の面白さを熱弁しているがどうやらいまひとつ南雲には伝わっていないようで首をひねられてしまった。やはり自分は一般的な学生とはズレているかもしれない。

 

 そうこうしている内に始業のチャイムが鳴り教師が教室に入ってきた。いつものように朝の連絡事項を伝える。そして、いつもと変わらず当然のように授業が開始された。

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

「くぁー疲れたー」

 

「ふぁ~ようやくお昼御飯だね」

 

 四限目の授業が終わり昼休憩の時間が始まった。体を伸ばし肩をもんでいると後ろの方から南雲の眠そうな声が聞こえてきた。

 

「ようやく一日のお楽しみの時間だな」

 

 体を後ろに向け弁当袋を取り出す。よくこうして南雲の机で弁当を広げるのだが南雲はいつものようにゼリー型のエネルギチャージ食品を取り出す。よく見る光景とはいえ流石に呆れてしまう。

 

「お前なぁ流石にそれは腹が減らねぇか」

 

「?これ一つで栄養は十分補給できるよ」

 

「そういう問題じゃなくて育ち盛りの子供がそんなもん食べてることに悲しさを禁じ得ないんだよ」

 

 一応南雲にも親の事情がある為、あまり言いたくはないのだが…高校生がゼリーで昼食を済ませるって一般的に悲しくない?

 

「なんかおっさん臭いこと言うんだね」

 

「うるせぇ」

 

 確かに自分でも時たま年齢にそぐわない言動や行動をすることがあるがおっさん臭いと言われてしまうと傷つく。そんな話をしながらも大きめの弁当袋から取り出したのはコンビニのおにぎりと菓子パン、ついでにお茶とカ○リーメイトだ。

 

「なんだかんだ僕にお小言を言うのに柏木君もカ○リーメイト持ってくるんだ」

 

「コレはあくまで緊急食糧だ。弁当を忘れたときはこれを食うようにしてんだよ。それに今日のコンビニ弁当なのは事情があるんだよ」

 

 そういいながらもペットボトルのお茶を一口。苦みと生ぬるいお茶が口の中に入り喉を取っていくのにわずかに顔をしかめる。やっぱりお茶は冷たいのが最高だと思う。だったら水筒を持ってくるべきだが、あんまり荷物がかさばる様なものは持ち込みたくない、おまけに重いし。

 

「じゃ柏木君はそのままご飯食べてて、僕は夢の世界に旅立つとするよ」

 

「待て待て飯食ったらすぐに寝ようとすんな。はぁー仕方ねぇな、ほれおにぎりとパンどっちがいい」

 

 そのまま机に突っ伏して寝ようとする南雲を慌てて引き留める。何が悲しくて寝ている親友の前で一人悲しくむしゃむしゃと飯を食わなければいけないのか。嫌がらせか?

 

「んーでもお腹減らない?」

 

「それはこっちのセリフだと…まぁいいや心配すんな一つ減らしたぐらいで倒れるような柔な体はしていないさ」

 

「…なら、一つもらうよ。 …ありがとう」

 

 照れているのか小声で言った南雲の言葉にひらひらと手を振る。ちなみに南雲が選んだのは菓子パンだった。おまけに俺が楽しみにしていたクリームとチョコが入った奴だ。中々にお目が高い。…この怨みはいつか晴らす。

 

 おにぎり(中身は鮭入り)を頬張りながら周りを見ると購買組はさっさと出ていったのか人数が少なくなっている。残っているのは檜山達と老け顔の永山重吾を中心としたグループ。それに愛子先生とお喋りをしている女子達と天之河達ぐらいか。

 

「あ、畑山先生がまだ残っている」

 

 やはりお腹は空いていたのか菓子パンをパクパク食べていた南雲が教壇で数人の生徒と会話をしている四時間目の社会科教師である畑山愛子先生(二十五歳)を発見する。

 

「良いなぁ~俺も愛さん先生とお話してみたい」

 

「えっ…柏木君、畑山先生と結構仲良いよね?」

 

「馬鹿野郎。もっと仲を、交友を深めたいってことだよ」

 

 そしてあわよくば付きっ切りで特別授業を受けたい。特に保健体育を!○教育を!手取り足取り教えてもらいたい!あのちっこい体でねっとりしっぽりと…グフフ。

 

「柏木君。鼻の下がすごく伸びているよ。おまけに顔が犯罪者だ」

 

「だ、誰が畑山先生のことを狙っているだって!?ふてぇ野郎だとっちめてやる!」

 

「うーんさっきまで畑山先生に対して変なこと考えてたやつがそんなこと言うの?これ僕が止めないといけないの?嫌だなぁ」

 

 クリームとチョコのダブルクリームパンを食べ終わった南雲はそんな事を言いながら次は俺の最も好きなベーコンパンに手を出す。やはりこいつはいつか処さなければいけない。俺は固く心に誓った。っていうかなんで俺の好物をピンポイントに取っていくの?イジメ?

 

 そんな俺たちに気付かず楽しそうに女子生徒達と談笑する畑山先生。容姿はズバリ小さなロリッ娘だ。パッと見どう大きく見積もっても中学生ぐらいにしか見えない身長に愛くるしい童顔。性格は生徒思いであり一生懸命でたまに空回ってしまう事もあるが非常にできた先生ともいえる。俺が尊敬している先生達の中ではトップクラスの人だ。

 

「そして合法ロリでもある…完璧(パーフェクト)だ」

 

「おっと、聞こえてはいけない台詞が出てきた。僕は何も聞かなかったことにしよう」

 

 何やら南雲が言っているが華麗にスルーする。とここで何やら視線を感じた。見れば南雲の方も感じ取ったのかブルリと体を震わせると俺の弁当袋に入っているとっておきのサイダーに口につけた。やはり菓子パンにはあっさりとした炭酸ジュースだ。南雲はよくわかっている。仕方ないので俺のジュースを勝手に飲んだことは許してやろう。たまには心が広いところを見せてやらねばなるまい。俺もおにぎりに炭酸ジュースは合わないって気付いたからお茶を買ったからな。

 

「…柏木君悪いんだけど確認してもらっていいかな」

 

「確認しなくても誰かは一目瞭然なんだけどな」

 

 視線を俺に合わせたまま動こうとしない南雲に変わって顔を動かしてみれば案の定視線の正体は白崎香織だった。しかもなぜか八重樫に羽交い絞めにされている。何を話しているかは教室の騒音によってかき消されているが恐らくこんなことを話しているのだろう

 

『離して雫ちゃん!今日こそ南雲君と一緒にお昼ご飯を食べるの!』

 

『だからやめなさいって言ってるでしょうが!香織が近づくと絶対面倒事が起きるのよ!ああもういつの間にこんなにこじらせちゃったのよ!』

 

『香織どうしたんだい?南雲は今柏木と一緒にご飯を食べているんだから俺達と一緒に』

 

『光輝くんは関係ないの!そこで坂上君と一緒にご飯を食べてて!』

 

『(´・ω・`)』

 

『あーなんか分からんが元気出せ光輝』

 

 何故か美少女2人の近くでショボンとしていた天之河と元気づけようと天之河の肩に手を置く坂上の声まで聞こえてきそうだがおおむねこんな感じの会話をしているのだろう。

 がんばれ八重樫。お前が頑張ればその分南雲の平穏は続く。いつか心労で倒れたとき見舞いの品は期待していてくれ。

 

「どうだった」

 

「キマシタワ―だった。かわいい女の子が絡み合っている姿ってなんであんなに良いんだろう」

 

「くたばれ」

 

「辛辣ゥ!」

 

 思ったことを言ったまでだがどうやら南雲はお気に召さ無かったらしい。なんて注文の多い奴だ、お前もそういうのが好きなむっつりスケベだというのに…

 

 食べ終わった弁当のゴミなどを手早く片付けていく。結局パンは南雲に食べられてしまったがおにぎりはちゃんと食べているので問題はない。食べられてしまった分だけいつか南雲の部屋でお菓子を強奪すればいいだろう、ケケケ。 

 

「あっとそういえば南雲今日の朝なんだけどさ」

 

「朝?」

 

「お前に起こされる前に夢を見たんだよ」

 

「夢ねぇどうせなんかエロい夢でも見たんでしょこの変態」

 

「いつも発情している訳ではないのです。じゃなくてなんと異世界転生っぽい夢を見たんだよ」

 

「異世界転生の夢!?」

 

 俺の見た夢に興味を持ったのか、さっきまで胡乱げだった南雲の目が急にキラキラと輝きだす。何だかんだと言ってこういう話題が大好きな奴なのである。苦笑しながらも今朝見た夢を離そうとすると隣からぬるりと影が伸びてきた。

 

「異世界転生…だと?聞かせろよその話」

 

「うぉっ 清水か」

 

「清水君。お昼は食べ終わったの?」

 

「お前らがグダグダしている間にな」

 

 現れたのは清水幸利。俺達と同じオタクでサブカル大好きな同好の士だ。普段は教室でラノベを読んでいる大人しい奴だが俺たちの話題が琴線に触れるとこうやってぬるりと出てくる面白い奴なのだ。

 

 どうにもギラギラとしたその目は俺の話を聞いて色々と空想をするつもりなのだろう。一見するとアレな奴に見えるがツッコミのテンポが良い中々の子気味の良い奴でいろいろとサブカル談義をするときは重宝するのだ。

 

「どうせ柏木の事だ。美人の女神さまとよろしくやったんだろ?憐れんでやるからさっさと話しな」

 

「…俺皆からどう見られているんだ?」

 

「え、言っていいの?」

 

「…何でもない」

 

 スケベに見えているんだろうか?確かに年頃なのでそう言う話題は大好きなのだが…もうちょっと慎みを持った方が良いのか?少しばかり自分の認識について考えそうになるが清水の目が急かしてきたので話を戻すことにする。清水お前なんでそこまで気になるんだ?

 

「本当に転生の夢かどうかは分かんないけどさ」

 

「うんうん!」

 

「目が覚めたら全部が真っ白な世界だったんだ。空も地面も何もかも。地平線のかなたまで」

 

「ほぅ テンプレだが悪くはない。それで次は?女神か?美少女か?」

 

「焦るなっての。それでここはどこなんだと思ったら目の前に」

 

「目の前に!」

 

 身を乗り出す南雲、清水はペロりと舌なめずり。お前ら気になるのは非常にわかるが、がっつき過ぎではなかろうか?そんなに異世界転生ものが好きなの?()()()()()()()のがそんなに気になるのか?…わからんでもないか。

 

「なんかゆるっとしてふわっとした青年…男がいた」

 

「は?」

 

「え?男?」

 

「おう、あれはまさしく男だった。なんか頭がゆるふわ系?でのんびりとした優男。顔は整っているけど3枚目な感じが体からにじみ出ているようなそんな男だ」

 

「えぇーそこは綺麗な女神さまとかじゃないのー」

 

「はー つっかえ。出直してどうぞ」

 

「あのなぁ俺に不満を言うなよ。男なのは俺のせいじゃないだろう?」

 

 ブーたれる友人二人に溜息を吐く。幾分か覚えていないおぼろげな記憶だが確かに男だった。何とも悪意と言うのがないようなそんなふんわり笑顔が良く似合う奴だ。

 

「で、どんな会話をしたの」

 

「それがさ、挨拶をしてきたから状況に混乱しながらも挨拶を返したらうれしそうに笑ってさー。説明を求めようと思ったら、もしかしてここが自分が死んだ後の世界なのでは?って思いついて、そうしたらゆるふわ男から君は死んでここに来たんだと言われたところで目が覚めた」

 

「何それー肝心な所が全くないじゃんかー 起こさなければよかった」

 

 起こさなかったらそのまま朝礼は寝て過ごすことになる。お前は残念かもしれないが俺的には起こしてくれて助かったんだぞ?

 

「肝の部分である特典やら願い事チートについて全くもって触れてない。お前は何のためにその夢を見たんだ」

 

「割と辛辣だな!? んなこと言ったって夢から覚めちまったモンはしょうが無いし…またの機会ってことで」

 

 清水の物凄く不満そうな顔に仕方ないと言えばジト目で睨みつけてきた。お前本当にその手の話題好きなんだな!?

 

 とはいえ二人が気になっていたように俺も気になるもんである。もしあのまま会話を続けていたら夢の中の自分はいったいどんなことを願ったのだろうか。…もしかしてと考えていたアレを願うのだろうか…まぁ非常に気にはなるが所詮はラノベ好きな自分が見た只の夢だ。

 

 そんな事を考えさて残りの昼休み時間は何をしようかと考えたところで俺は硬直してしまった。

 

「何だこりゃ?」

 

「あ? …マジか?」

 

「え?なにこれ…魔法陣?」

 

 俺の足元に、正確に言えば教室全体を覆うような幾何学模様が現れたからだ。未だに教室に残っていた畑山先生が「皆! 教室から出て!」と叫んだのと、幾何学模様の輝きが爆発したようにカッと光ったのは同時だった。

 

 

 

 

 




一言メモ

 檜山大介 周りからは不良(ファッション)と思われている。結構常識人

 斎藤良樹 へらへら笑っている檜山の取り巻き。子供っぽい

 近藤礼一 檜山の取り巻き。場に流される今どきの若者

 中野信治 変な時期にやってきた転校生。喫茶店「ウィステリア」の常連らしい?


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結局何も変わらず…?

いきなりですがエンディングです。


爆発的な光から目を閉じ光が収まったのを感じ取って目を開けるとそこは…

 

「……へ? 教室?」

 

 そこはさっきまで俺と南雲が喋ってグダグダしていたいつもの教室だった。あたりを見回すと俺と同じようにきょろきょろしているクラスメイト達がそこにはいた。

 

「…柏木君、さっきのは一体」

 

「わかんねぇ。なんだったんだ今のは」

 

 南雲も無事だったようで、俺と同じように呆然としている。隣にいる清水も同様だ。いくらなんでも訳が分からなかった。魔法陣みたいな幾何学模様が教室中に広がって、光ったのは分かるんだが…自分の身体をペタペタと触ってみるがやはり異常は見られない。

 

「さっきのは魔法陣…か?誰かを召喚しようとしていたとか?」

 

「やっぱり清水君もそう思うよね。…何だろう腑に落ちないな」

 

「分かるのはチャンスを逃したって事だ。 …クソッ」

 

 さっきから南雲と清水が話しているが、答えは出そうにない。悔しがっている清水の様子からしてライトノベル特有の異世界召喚みたいだったが…真相は誰にもわからない。

 

 

 分かるのは清水の言う通り、俺達は何かのチャンスを逃してしまったのかもしれない。

 

 

 

 または…大きな陰謀のようなナニカから逃れたのかもしれない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、何が原因であの光が起こったのか分からないまま俺達はいつも通りの日常を過ごしていた。愛子先生が念のため検査を受けた方が良いと言っていて検査やらなんやらしていたが、まぁ予想通り全員異常はなかった。

 

「何だったんだろうな、あの光」

 

「うーん、やっぱり異世界召喚の魔法陣だったんじゃないのかな?」 

 

「まっさか~。ファンタジーやメェルヘンじゃないんだぞ南雲君!二次元と三次元の区別はしっかりつけよう!」 

 

「分かっているってば。それでも気になるんだからいいじゃないかー」

 

 土曜の休日。喫茶店『ウィステリア』で昼食を取りながらグダグダと会話をする俺と南雲。話題はやっぱり月曜日に起きた謎の光についてだった。

 

 異世界召喚の可能性を諦めきれない清水に誘われて放課後になってから俺と清水が教室を調べたのだが…やっぱり進展は無かった。

 それでも諦めきれないと言う清水の熱意に南雲は苦笑しながら聞き込み調査を手伝ってくれた。そして唯一判明したのが『魔法陣は天之河光輝を中心となって広がっていった事』位だった。

 

「もしかしたら天之河君を呼ぼうとして魔法陣が出てきたのかもね」

 

「なら俺達は危うくそれに巻き込まれそうだったって所か」

 

 清水はなんで天之河なんだと嫉妬していたが、もう終わってしまったことだ。だからもしかしたら異世界召喚だったかもしれないなんて話は空想で妄想でしかない。清水は残念がるだろうが危険なことに巻き込まれなかっただけで良しとしよう。

 

「でもまぁやっぱり何だかんだで気にはなるんだけどねー」

 

「ん?なにがだい?」

 

「あ、店長さん」

 

 俺のつぶやきが聞こえてしまったのかこの喫茶店の店長であり同じクラスメイトである園部優花の父親でもある店長さん(名前は知らない)が不思議そうに聞いてきた。お皿を取りに来ていたのだろうか、いつもニコニコと愛想のいい笑顔は不思議そうに俺達を見ていた

  

「あー 月曜日にちょっとおかしな事が起きまして…」

 

「信じられないかもしれないですけど突然魔法陣が出てきたり謎の光があったりと変な事が起きていたんです」

 

 にわかには信じられない事が起きたと説明すればなるほどと合点が行った顔をする店長さん。 

 

「ああ、優花から同じような話を聞いたよ。何でも突然の事で訳が分からなかったとしか言ってなかったんだが…君達はある程度の事情を知っているのかい?」

 

 興味があるのだろうか何やら思案顔をする店長さん。やはり娘に何があったのか心配しているのだろうか。美味しい昼ご飯を頂いているのでとりとめのない雑談位はいいだろう。南雲も同じことを考えたのか苦笑しながらも事件のあった日の事を説明している。

 

「あの日のお昼頃なんですけど…」

 

「ふむ、白昼堂々とまばゆい光に魔法陣か…もしかして」

 

 南雲と店長さんの会話を眺めながら喫茶店でのんびりと過ごす日常はとてもまったりとして居心地がいい。面白そうな事に関われなかったのは残念だが、願わくばこの日がずっと続くことを願うとしよう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが俺は知らなかった。まさかこの後起きる数々の日常の裏側で起こる大事件に巻き込まれることになるなんて。

 

 

 俺と南雲が『化け物』になってしまいこの穏やかな店長さんと転校生中野に助けられながら事件に巻き込まれるなんて知らなかったのだ… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダブルクロスEND『さよなら日常、ようこそ非日常』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という訳でエンディングです!ご愛読ありがとうございました!

…と言うのは冗談で、まだまだ続きます。このエンディングは万が一のエタ―になった時の保険でした

一言メモ

園部博之 喫茶店ウィステリアの店長は表の顔。実はUGN支部長でありオーヴァードである。


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異世界だってさ!…マジかよ

 

 

――自分が…死んだ

 

 告げられた言葉に頭が真っ白になる。いったいどこで?いつ?どうやって死んだんだ?疑問が浮かぶが思い出すことはできない。突然の事に動悸が激しくなり、目の前が暗く立ちくらみを起こしそうになる。

 

「ごめんね、やっぱり言うべきじゃなかったね」

 

 青年が申し訳なさそうに謝ってくるが自分にとっては関係がない。そのまま膝をつき頭を抱えて蹲ってしまう。嘘だと思いたかった。ドッキリだと信じたかった。だが見渡すばかりの白い世界なんて見たこととがないし、何より自分がどこか理解してしまったのだ。ここが普通ではない以上自分はどうにかなってしまったのだと

 

「大丈夫、大丈夫だよ」

 

 青年が背中を摩ってくる。それだけでなぜか荒れていた心が落ち着いてくる。震えは止まり思考が明確になる

 

「心が落ち着くように魔法を使ってみたんだ。どうかな」

 

 言われてみれば確かに先ほどまでとは比べようもなく冷静になれていた。

 

「よかった」

 

 再び穏やかに笑う男。落ち着かせてくれたことには感謝するが、疑問に思う。この男は何者だろう.さっきの魔法とやらを使うのを見るとただ物ではないのは分かるが…

 

「あははは。確かに疑問に思うよね。うーん立ち話もなんだし…ほいっと」

 

 男の身の抜けた声と共に机と椅子が目の前に現れる。ご丁寧に机の上にはグラスに入った飲み物さえ置いてある。男はさっさと自分の椅子に座ると自分に向かって手招きをする。どうやら座れと言う事の様だ。お言葉に甘え差し出された椅子に座るとふんわり柔らかな触感だった。どうやらなかなかの高級品だ。椅子の感触に内心喜んでいると対面にいる男が少しばかり真剣な顔つきになり口を開く

 

「疑問に思う事も質問したいこともいっぱいあるだろうけどまずは僕の話を聞いてほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然の光に驚きつぶっていた目を開けるとそこは先ほどまでいた教室ではなく全くの見知らぬ場所だった。

 

「何なんだ此処は…」

 

 驚き思わず声が出てしまった。周囲を見渡せば大きな広間であり白い石造りの建造物で巨大な柱に天井はドーム状になっている。当たり前と言えば当たり前だが俺の学校にこんな場所はない。ましてや五限目の授業も移動教室ではなかったはずだ。そもそも謎の光なんてドッキリ聞いたこともない。あったら憤慨してやる

 

「…ここは」

 

「南雲?怪我はないか?」

 

「う、うん。それより…」

 

 自分と同じように辺りを見回す南雲に声をかける。見たところ怪我はないようだが、壁に掛かっている壁画に注目している。男か女かよく分からない人物が書いてある絵だが今の状況以上に気になるのだろうか。絵を見ている南雲を放っておいて辺りの確認をすると同じようにクラスの奴らが周囲を見回している。

 隣にいた清水は混乱している顔から徐々状況を理解し始めたのかにどこか喜色に満ちた顔をしはじめた。

 

「オイオイ…まさかこれって」

 

 口が変な風に開き、鼻息が荒くやたらと顔の血色が良い。興奮しているのか?この訳の分からない状況に?随分と豪胆な奴だな。

 

「皆落ち着くんだ!隣の人に怪我がないか確認しあうんだ!」 

 

 比較的立ち直るのが早かったのか天之河が皆に無事か呼びかけているのが見える。流石は学校一の完璧イケメン超人。なんだかんだでこういう時は結構頼りになる奴だ。

 

 周囲を改めて確認するとそんな混乱している俺達意外に三〇人位の白いローブの様なものを纏った人間たちが祈るように跪いていた。

 

(なんだコイツら)

 

 不快感と言うのはこういうものだろうか。何に祈っているのかはわからないがその集団に俺は強い気持ち悪さを感じた。たとえて言うならば、ゴミ袋の底にたまって異臭を放つ粘つく液体、又は何日間も常温に出してあった蛆の沸いた生ごみの匂いというか…触りたくない関わりたくないと思うほどの強く生理的な嫌悪感がする集団だった。

 

 そんな汚物団(これからは汚物の集団と命名)の老人が歩み出てくる。年は六十か七十かやたらと顎髭が長く、やり手という印象が強い。おそらくこの汚物団のリーダーだと思われる。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

(…キメェ)

 

 前に出てきた爺の言葉にどこから突っ込めばいいのやら。トータス?勇者?同胞?教皇?いろいろ気になる部分はある。しかし突っ込みたいのは

 

「男のくせになんで名前がイシュタルなんだ?」

 

「変な名前だよね」

 

 イシュタルと言う名前で思いつくのは金星の女神の名前だ。どんな女神なのかは南雲辺りにでも聞かなければわからないがとても男が名乗る名前だとは思えない。どうやら後ろにいた南雲も同じように感じていたのか同意する。

 

 俺達が名前でけなしているのに気付いてすらいないのか踵を返し歩いていくイシュタル。

 困惑しながらも天之河が先頭にぞろぞろとイシュタルの後ろをついて行くクラスメイト達。正直怪しい。ついて行きたくない。しかしこの状況は何なのか説明してくれないと始まらない。仕方なく俺と南雲は列の最後尾に並ぶことにした。

 

 石造りであろう廊下は蝋燭などの明かりにより思いのほか明るく不潔な所は見られない。いったい掃除にどれくらいの人件費がかかっているのやらと液体もない事を考えていると服の袖をクイクイと引っ張る感覚があった。自分の隣にいた南雲が内緒話をするかのように顔を近づけてくる

 

「ねぇ柏木君…これってもしかして異世界転移?」

 

「やっぱりお前もそう思うか、嘘だと思いたいけどとてもドッキリだとは思えないし…」

 

 南雲はどうやらこの状況を異世界召喚だと言いたいようだ。確かにあのイシュタルとやらの話を思い返せば、そうなのかもしれない。

 

 しかし本当に異世界召喚なんて実現するのだろうか。もしかして自分や皆が気付いていないだけでドッキリなんてことがあるかもしれない。清水にでも相談すれば分かるだろうか?

 

(でも清水の奴、話を聞いてくれ無さそうな気がするしな)

 

 こういう時こそ豊富な知識と妄想で頼りになるはずの清水は異世界召喚だと思ってウキウキとしているのか列の前の方に行ってしまった。その姿に溜息一つ。南雲はそんな清水の姿を見つけて苦笑している。

 

「清水君は…まぁしょうがないよ。どちらにせよあのイシュタルの話はちゃんと聞いておかないと」

 

 確かにイシュタルの説明と聞かないと判断する材料もない。状況に混乱しっぱなしでは大事な部分を聞き逃してしまうかも。凄い状況なのによく南雲は落ち着いていられるな。

 

「南雲お前凄いな。こんな状況でもよく冷静でいられるな」

 

「混乱しすぎて逆に冷静になっただけだよ」

 

 南雲と話しながらもどうしてもこの状況を認めたくないのはやはり異世界だと信じたくないからか。もしここが異世界だとすれば…

 

 

 

 

 

 俺達は無事に帰れるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 イシュタルが進んだ先にあった部屋はテーブルが幾つも並んだ大広間だった。おそらく会議室か又はパーティー会場か。芸術品や調度品には詳しくはないが値段が張りそうな壺や絵が飾られている。上座の方には畑中先生や天之河が座っており後はクラスの皆が並んだものから順番に座っている。俺と南雲は最後の方になった。

 

 全員が席に座ったの確認したのか絶妙なタイミングでメイド服を着た女性たちが飲み物を配っていく。これがまた飲み物を配っていく女性たちの容姿が優れていること優れていること。誰もが顔が非常に整っており日本にいたのならばすぐにアイドルで食っていけそうな人たちなのだ。

 

 南雲を見てみれば生のメイドにテンションが上がっているのか凝視しようとして、すぐに正面に視線を固定した。大方白崎の嫉妬の視線に感づいたのだろう。見れば顔が無表情になっている。コワイ!

 

 中々の独占欲が強い女に惚れられたものだなと苦笑し他の男子にも視線を向けると案の定顔が緩み切っているものが多数だった。特に女の子と触れ合ったであろうことすら無いだろう清水は見るも無残なほど顔が緩み切っていた。気持ちは大変よく分かるがもうちょっとしゃんとしてくれ。

 

 対照的なのが美少女に慣れている(又は鈍感なだけか)天之河は特に何も感じ無いようでイシュタルの説明を待っている。やはりイケメンは格が違うのか…恐らく意図的なハニートラップに効かない天之河スゲェと思っていたところで俺にも飲み物を給士してくれる女の子がやってきた。

 

「どうぞ」

 

「あ、ありがとうござます…!?」

 

 ハッと息をのんだ。女の子は手触りの良さそうな銀色の長い髪の毛を後ろで括り所詮ローポニーと言う髪形をしていた。目は翠色と言うのだろうか、綺麗なエメラルド色で吸い込まれそうな色だ。しかし一番目を奪われたのが顔だ。ほかの女の子たちと同じように整っているのだがなぜか目が離せなかった。

 酷く気になるとでもいうのか…引きこまれるのだ。

 

「?…どうかしましたか」

 

「いえ、…なんでもないです」

 

 キョトンと不思議そうな顔をする彼女に何でもないと伝えると柔らかく微笑んだ後すぐに離れていった。これからイシュタルからの説明があるからだろう。彼女が離れていくと同時に先ほどの驚きが消えていった。何故だろうと頭を捻ると隣の南雲から囁き声が聞こえてきた。

 

「どうかしたの?なんか変な顔をして」

 

「さっきすごく可愛い女の子がいた」

 

「ああ、あの銀髪の女の子?可愛かったね」

 

「おう。まさしく俺の理想を詰め込んだような子だった。…つーか俺のやっているゲームのキャラクリした主人公に似ているというか、理想の少女像に似ているというか…」

 

「なんだそりゃ」

 

 呆れと苦笑が混じったような顔をする南雲。しかし仕方ないとだろ。だってさっきの女の子は俺がやっているゲームのキャラクリエイトした主人公とそっくりとでもいうべき理想的な少女だったのだから。

 

 そんなこんなで全員に飲み物が行き渡るのを確認するとイシュタルが話し始めた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 そう言ったイシュタルの話は実に阿保みたいなものだった。要は人間族が魔人族と戦争をして魔人側が魔物を使い始め人間族が滅びそうになったからこの世界の神様『エヒト』が異世界の人間たちを人間族を救うために召喚したのだという。

 

 まさしく阿保みたいな話で馬鹿げた話だ。つまり表立って口には出さないが全く持って無関係な俺達に戦争をして来いと、自分たちの代わりに命のやり取りをしろと言いたいのだろう。

 

 イシュタルは話し終えると恍惚な表情を浮かべている。何でそんな表情を浮かべているのかは知らないが爺のイキ顔なんて誰得だ。少なくても俺の趣味範囲外だ。爺のアヘ顔に辟易と殺意が混じりそうなのを顔に出さないようにしていると愛子先生が立ち上がり猛然と抗議した。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることは唯の誘拐ですよ!」

 

 やっぱり良い先生だ。自分だってこんな訳の分からない状況に混乱しているはずなのに生徒の事を思って立ち上がる事の出来るなんて。普通の人にはできることじゃない。先生の行動に感動しているが周りの皆は『ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……』とでも思っているのかほんわかした表情を浮かべている。

 お前らいくらなんでも気を抜き過ぎなんじゃないのかと内心突っ込んでいると案の定糞爺は溜息をつきやがった。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です。あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第ということですな」

 

 と糞丸出しの事を言いやがった。その言葉にようやく今の状況が非常にまずいことに気付いたのか皆が騒ぎ始める。遅いってば!

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ! 何でもいいから帰してよ!」

「やったぜ」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

 騒いでもどうにもならない。だが実は俺もみんなと同じように喚きたかった。なぜ?どうして?なんで俺がこんなことに巻き込まれるんだ!?と喚きたいのを口から出ないようにできるのは異世界召喚を題材としたラノベやなろう小説を見ていたからか。

 

 しかし、みんなが騒ぐ声にやはり不安が募る。いくらあり得たかもなと思っていても平然としていられるほど俺の心は強くはない。どうにか打開策は思いつかないかと横にいる南雲を見ると、冷や汗を流してはいるモノの皆と比べて冷静な南雲がそこにいた。

 

「南雲…お前不安じゃないのか」

 

「不安だらけだよ。でもなんとなくこうなるんじゃないかって思っていたんだ」

 

「そりゃそうかもしれないけどよ、くっそう異世界召喚は憧れだったけどまさか自分が巻き込まれるなんて思いもしなかったぞ」

 

「僕もだよ。でもまだマシな方かもしれない」

 

「どこがだ?戦争に行けって言れているんだぞ?戦争だぞ戦争」

 

「確かに戦争は嫌だ。でも見る限り僕たちは奴隷の扱いじゃない。一応勇者として扱われるみたいだ。だからまだ大丈夫…僕が想像していた最悪なパターンとしては女は性奴隷、男はただ捨て駒みたいな感じだったからさ」

 

 確かにイシュタルの言動を見る限りは奴隷扱いはなさそうだ。しかし今のままでは今後どうなるかわからない。どうするべきかと焦りが出てきたところでバンッと音が部屋に響く。ビクッと肩をあげ音が鳴る方を見れば天之河が立ち上がり皆を見回していた。いったい何を言うのかと視線が天之河に吸い寄せられる。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。多分、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

 

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無碍にはしますまい」

 

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

 

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

 

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。だから皆大丈夫だ!!俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝。険しく、だが真剣なその表情に目が奪われる。なんとなくだが天之河がそう言ってくれるのなら大丈夫なんじゃないかという雰囲気が出始める。天之河のカリスマに当てられたのか俺も皆と同じように冷静を取り戻し始める。

 

 天之河の言う言葉は戦争に加担すると言っているようなものだ。しかしここでイシュタルの話を蹴ってしまえば俺達日本人はこの世界で生きるアテを失ってしまう。訳も分からない世界で保護を失ってしまうという事だ。

 

 嫌な話だが断った時点で『ならこの話には縁がなかったという事で、死ぬがよい』なんてこともあったかもしれないし『そうでしたか。では我らの秘伝の魔法で操り人形になっていただきますかな』と言う外道な話も合ったのかもしれない。

 

 それならいっそ協力するふりをして力を着実につけ独自にこの世界から帰る方法を探すなんて言うのもありなのかもしれない。天之河の話にあったように俺達は何かチート能力を持っているかもしれないんだから…

 

 自分の考えをまとめていると坂上が立ち上がり天之河に向かって拳を向ける

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

 

「龍太郎……」

 

 坂上…お前絶対ロクに考えずに言っているだろ。何となく天之河が言ったから賛同したっぽく見えるのは俺がひねくれすぎているからか?

 

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

 

「雫……」

 

 八重樫さん、天之河の保護者兼ストッパーである君がそんな事を言うの? …状況を見ればそれしか言えないか。

 

「………」

 

 おや?と思ったのは親友である八重樫雫が参加を宣言したのに白崎は先ほどから黙ったままだった。何やら思案しているのか手を組み合わせどっかの最高司令官のようにずっと考え込んでいる。普段の表の顔ならここで「雫ちゃんが言うのなら私も参加する」とでもいうかと思ったが流石にそんな能天気な事は言ってられないようだ。

 

 とはいえクラスのトップの立場の奴らがこんなことを言うんだ。あとは流れるようにしてクラスメイト達が賛同していく。畑中先生が涙目で訴えるがこの流れを止めることはできなかった。でもまぁ俺はこれでいいと思う。少なくとも衣食住と強くなる方法は手に入れることはできるんだから。後は力を蓄えながら帰還の方法を探すだけである。

 

 よくやったぞ天之河!褒めてやる!お前が言わなかったら皆が路頭に迷っていたんだからな。気付いていないかもしれないけどちゃんとみんなを救ってくれているんだぞ! あ、でも確か教室に出てきた魔法陣、お前が中心だったよな…ってことはお前に巻き込まれる形で俺達は召喚されたのか?この馬鹿野郎!お前さえいなければこんなことにはならなかったんだぞ!

 

 天之河に対する評価を手のひら大回転していると、話の流れで参加を表明していない俺達もこの馬鹿げた戦争に参加することになってしまった。おそらく、クラスの皆は本当の意味で戦争をするということがどういうことか理解してはいないだろう。崩れそうな精神を守るための一種の現実逃避とも言えるかもしれない。

 

 無論それは俺も同じだ。どうにかしなければと思う反面流れに身を任せている。今後の事を考えると南雲と相談しなければならない。なにやら色々と考え事をしている南雲を見ながら俺はこの先の未来に思いをはせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石はエヒト様に選ばれし勇者様と同胞の方たちですな」

 

 クラス全員が参戦の決意を表したのを見てイシュタルは実に満足そうにそんな事を言う。現状俺達にはほかに選択肢がない以上そう言う事は分かっているだろうにつくづくむかつく野郎だ。

 

「それでは皆さん。この聖教協会本山の麓にあるハイリヒ王国があなた方の事を待っています、ご案内しましょう」

 

 イシュタル曰くどうやらハイリヒ王国と言うところが、今後の俺たちの居場所になるみたいだ。そこで戦い方を学んだりするという事だろう。

 

 これまたイシュタルの後をカルガモみたいにぞろぞろと後をついて行く。仕方ないことは分かっているのだが、どうにも俺達の今後の運命をイシュタルに決められているようで気分がよろしくない。

 

そんな事を考えていると隣に誰かが近づいてきた。

 

「柏木。聞きたいことがあるんだが、いいか?」

 

「中野? 別に構わないけど…」

 

 何やら考え事をしているのか深刻そうな顔で話しかけてくる中野。わざわざ檜山達から離れて俺に話しかけてくるのは珍しい。

 

「お前、体に異常が…いや、自分自身に違和感はないか?」

 

 尋ねられたのは体の不調は無いかという事だった。確か先の話では能力が上がっているとかなんとか話していたがその事についてだろうか?何となく自分の掌を握ったり閉じたりしてみるが…特に変わったところは無い。

 

「いんや?得に変な所は無いけど…」

 

「…そうか。すまん邪魔したな」

 

 そう言って中野は檜山達と合流してしまった。一体何だったのか。いつもは平然とした顔をしている中野でもやはり異世界召喚と言う事態について動揺でもしているのか。そんな事をぼんやりと考えながら、これから先の不安をごまかす様に隣にいた南雲に話しかける。 

 

 

「なんかよーあの爺気に入らねぇな」

 

「柏木君、声を抑えて。誰が聞いているか分からないよ」

 

「おっとつい本音がポロリと、でもそう思わないか?」

 

「うん。あのエヒトって神を唯一絶対だっていう信仰とか気持ち悪いね」

 

「全くだ。なんであんな爺の陶酔しきった顔を見なくちゃいけないんだよ。普通呼び出すのは美少女のお姫様じゃねえのか?」

 

「あはは、本当にそうだったらよかったんだけど…知ってる?イシュタルが事情を説明しているとき天之河君の反応を伺っていたこと。多分すぐにこの集団でだれが一番発言力と影響力があるのかを察したんだろうね」

 

「マジかよ。だから天之河の琴線を振れるように魔人族の非道をいかにも深刻そうに語っていたのか。俺はてっきり素で言ってんのかと思ってた」

 

 やはり腐ってそうな教皇でも教皇といった所か、よくもまぁ短期間でリーダーを把握できるとは、やはり気に食わない。それとも食えないとでもいうのだろうか。

 

「っていうかよくそんなところまで観察することができたな。俺なんて今後どうなるのかただそれだけしか頭になかったぞ」

 

「それは自分でもびっくり。やっぱり異常な状況だからなのかな。どうにも頭が回っているような気がするんだ」

 

「異世界に召喚されテンションが上がっているからか?普段の授業でもそうだったらよかったんだけどな」

 

「実に耳に痛いお言葉で」

 

 

 ダラダラとそんな会話を続けながら俺達は聖教協会の正門前にやってきた。聖教協会は神山と言われているところの頂上にあるらしく無駄に荘厳な門を潜るとそこには凄まじい光景があった。

 

「すっげぇ…」

 

 思わずと言った斎藤の言葉が全員の声を表していた。目の前には雲海が広がっていたのだ。太陽の光を反射してキラキラと煌めく雲海と透き通るような青空という雄大な景色に呆然と見蕩れた。

 

「綺麗だ…」

 

 白く淡く輝く雲海と真っ青で雲一つない空がこんなにも綺麗だなんて思わなかった。よくテレビで出てる山の頂上を映す番組などを見たことがあるが、生で見るのとは全然違う。

 

 高山の息苦しさを感じることもなく(後で南雲に聞いたところ魔法で生活環境を整えているんじゃないのかとの事。そりゃそうだ)見る絶景は格別なもので、また俺達が本当に異世界に来たことを実感させるものだった。

 

「ふふ気に入ったいただけたようで何よりですな。さてもうしばらく進みましょうぞ」

 

 どこか自慢気なイシュタルに促されて先へ進むと、柵に囲まれた円形の大きな白い台座が見えてきた。大聖堂で見たのと同じ素材で出来た美しい回廊を進みながら促されるままその台座に乗る。台座には強大な魔法陣が刻まれており、何やら嫌な予感がした。自然と南雲のそばに近寄る。

 

「どうしたの?」

 

「いや…なんか嫌な予感が」

 

 こういう時の嫌な予感は的中するものでイシュタルが何やら唱えると同時に魔法陣が輝き台座が動き出す。

 

「はわ!」

 

「うわ!ちょっ…何やってんの柏木君!」

 

「はわわわ」

 

 南雲にがっちりと落ちないようにしがみつく。俺は高所恐怖症ではない。ではないんだが、原理も分からず動き出すものが怖くて仕方ないのだ。これが魔法で動いているのは分かる。だからと言って…

 

「怖えええ!!これ落ちないよな!大丈夫なんだよな!?」

 

「おお落ち着いて!大丈夫だから!」

 

 南雲は大丈夫などと言うがだからと言って不安が消えることはない。何せ支えるものが何もないのに浮かんでいるのだ。周りの皆はキャッキャッと始めてみる魔法に喜んでいる。こいつら頭大丈夫なのだろうか?なんで素直にそう喜んでいられるのか俺にはさっぱりわからなかった。

 

 そんなこんなで台座は王宮と空中回廊で繋がっている高い塔の屋上で止まった。ようやく人心地付ける。肩を回し体のコリをほぐす

 

「ふぃー怖かった」

 

「はぁ…ずっと組みつかれていた僕の事も考えてくれると嬉しいなー」

 

「すまぬすまぬ」

 

 憮然とした顔になっている南雲にひらひらと謝る。しかし怖かった俺のことも理解してほしいといった所で近くにいた銀髪で碧眼の俺の飲み物を配膳してくれたメイドさんから話しかけられる。

 

「仲がいいのはよろしいのですが、移動しないと皆さんからはぐれてしまいますよ」

 

「ふぉっ!?」

 

 見れば皆はイシュタルに続いて移動している。このままだとはぐれてしまいそうだ。流石にそれだけは勘弁してもらいたい。

 

「すみません、ありがとうございます!ほら行くぞ南雲!」

 

「もぅ落ち着きがないなぁ」

 

「ふふふ、気を付けていってらっしゃいませ」

 

 くすくす笑うメイドさんに礼を言いながら南雲と一緒にみんなの後を追う。何でさっきからみんなは俺たちのことを放っていくのか全く持って憤慨だ。内心ぷんすかしながら走っていく俺は最後に呟いたメイドさんの声を聴くことはできなかった。

 

 

 

「………ようやく見つけました、あなたが『―――』なんですね」

 

 

 

 

 

 

 王宮に付き煌びやかな内装の廊下を歩く俺達。中世の廊下に学生服を着た少年少女がいるのは場違い感が凄く、居心地が悪い。道中ですれ違う騎士っぽい人や文官、使用人に出会うのだが、期待に満ちた変な眼差しをされるので尚更嫌になってくる。

 

 巨大な門を繰り抜けた先は玉座だった。

 

(あれがこの国の王か…)

 

 玉座の前には破棄と威厳を纏った初老の男が立ち上がっていた。顔は…失礼な話になるが正直かなりテンプレな感じだ。言うなれば特徴のない、又はまさしくモブっぽい顔と言うべきか。

 

 その隣にはこれまた似たような王妃と思われる女性。その隣には将来は天之河に勝るとも劣らない可能性を秘めた金髪碧眼の美少年、物凄く自分好みな十四歳ぐらいの金髪碧眼の美少女がいた。

 

(いいねぇ実に良いよぅ~)

 

(柏木君…流石にあの子はちょっと駄目だと思う)

 

(え~歳そんなに離れていないのに駄目なの~)

 

 小声でひそひそと南雲と馬鹿なやり取りをする。他に軍人やら文官らしい人たちがいるがスルーだ。まずは目の前の美少女をじっくりと目に焼きつけておかなければ。

 

 しかし現実は奇妙にも非常だった。なんとイシュタルは国王の隣へと言ったかと思うと、おもむろに手を差し出し国王は恭しくそのしわがれた手にキスをしたのだ!

 

(うっげぇーーーー!マジかよ…狂信者でホモかよぉ…)

 

 余りにも理解できない行動に吐きそうになる。見ればほかの皆も吐きそうな顔をしていた。その顔を見て悪戯心がむくむくと湧き上がる。男子生徒だけに聞こえる様に声を潜める。これが女子に聞こえてしまったら事が事だ。

 

「……使用人は見た!国王と教皇の爛れた関係。熱愛発覚?今日午後ごろ教皇(推定七十台)と国王(指定四十台)が公共の場にて熱烈なキスをしているのが発見されました。情報提供者によると2人はさぞ当然の様に行為をし、周りの者はだれも止めることができなかった模様です」

 

 俺の言葉に何を想像したのやら男子生徒達の一部がどんどん顔色が悪くなっていく。止めてくれよぉそんな顔をしたらノリに乗っちまいそうなるだろうがぁ❤(ねっとりボイス)

 

「……肉欲に溺れる体、教皇の老練なテクニックに国王は開発されていく。性欲に揺らぎ、抗いながらも守るべきものの姿さえ忘れそうになる国王。しかし教皇はそんな国王を執拗に開発していく『妻よ…子供たちよ…民の皆。すまない。私はもうこの欲におぼれてしまいそうになるのだ……あぁ何もかも忘れ、一人の雄として生きていきたい』

 

『ふふふ、もう一息ですな…どうです?これが神のご意思と言うものですよ…さぁすべてを忘れ神に身をゆだねなさい、さすれば全ての快楽があなたを待っているでしょう』次回、遂に完結!教皇に屈服し完落ちした国王。その痴態は愛する妻や子供たちそして民の前でさらされることに…『教皇と国王の秘密の信仰』今なら6980円!さらに過去作品の『国王と教皇、初めての密会』編も合わせて13800円になります!」

 

 

 

 クラスメイト達は柏木の言葉により精神ダメージを受けた!

 

 清水は日ごろの妄想のおかげで完ぺきにホ○○ックスの光景が目に浮かんだようだ!SANチェック自動失敗!現在のSAN値から3引いてください

 

 中野、斎藤、近藤、玉井、仁村は吐きそうな顔をしている!

 

 永山、野村、相川は口元を抑えている!

 

 遠藤はどこにいるか分からない! 

 

 檜山は白崎を見て必死に忘れようとしている!

 

 坂上は動じていない

 

 天之河は赤くなっている!

 

 俺の言葉にが青やら赤やら面白い顔になっている。ふふ、どうやらだいぶリラックスできたようだ。なにせ玉座に入ってくるまでは緊張でがちがちだったからな。俺のファインプレーはやはり素晴らしい。

 

「…柏木君一応言っておくけどさ、あれ親愛を込めたキスじゃないからね」

 

「ええ!?そうなの!?俺はぁてっきり同性愛が公共で認められて自慢できる世界なのだとばっかり」

 

「違うってば、そんな世界僕だって嫌だよ…話を戻すけどあれは国は教会に恭順するってことだよ」

 

「???」

 

「つまりこの世界では国より教会の方が立場が上ってこと。もっと言えば国を動かしているのは僕たちを連れてきた『神様』とやらになるのかな」

 

 なるほど、あの誰得な光景はそういう意味があったのか…嫌な話だ。それはつまり神が気に入らないことはすべて神敵になるってことだ。自己紹介をしている王族や国の重鎮達を見ている中、つくづく変な世界に来てしまったと実感する俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでなんだが、あれ絶対教皇の方が攻めだな」

 

「いやそれ入らない情報だからね?」

 

「国王はいいなりの受けかぁ…ん?神が言う事が絶対ならその神がホモだったならどうなるんだ?男は男に女は女に魔法少女は魔法少女に恋すればいいのぉ!ってことになるのか? 案外進んでいるなこの世界!」

 

「知らないってば」

 

 

 

 

 

 

 




一言メモ

同性愛  どうでもいいですがトータスは同性愛に関して結構寛容なのでしょかね?ウィルが同性愛者である先輩冒険者ゲイルを嫌っていない辺り割とトータスの親愛事情は進んでいるのではないかなぁ~と。最もウィルが特別に差別意識のない青年だったからかもしれないですが。


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何だかんだで日は沈む

 

 

何やかんやありながらもその後王族達や騎士団長、宰相等、高い地位にある者の自己紹介は問題なく終わった。途中、王族の少年(言い換えるなら王子だろうか)がチラチラと白崎に視線を送っているのが見えた。

 

 気持ちは分かるぞ少年。白崎の外面だけは滅茶苦茶美少女だもんな!俺以外の人への対応も良いし!でもざんね~ん白崎は南雲が好きなのだ。正直お前の恋が実るとは思えない。諦メロン♪

 

「まぁ王族の権力を使ってNTろうとしたらぶっ殺すけどな」

 

「え?なに?いきなりどうしたの?」

 

「俺はお前推しってことだよ」

 

「???」

 

 親友が学校一の美少女と甘酸っぱい青春を送るのを2828しながら冷やかして微笑ましく見守りたい(なお、恋人関係が成立したら性的に喰われる模様)

そのためこの世界の住人が白崎に惚れるのはいいが恋愛成立は俺としてはNGなのだ。なので王子様、お前の恋は認めない。

 

 

 

 その後一人一人自己紹介で終わって時間帯は大体5、6時ぐらいだろうか。晩餐会に出ることになり、俺達は待合室?で待つことになった。流石は王城。数十人の客人相手でも収納できる部屋があるとは…それはともかく

 

「…流石に疲れた」 

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫だ!って言いたいところなんだがな、ちょっと落ち着きたいかな」

 

 添えられていた柔らかいクッションのソファーに体を沈み込ませながら俺は全身を伸ばす。元気そうに見えるがこれでも結構クタクタだ。原因は恐らく気疲れや考えすぎだろう。隣にいる南雲や他の皆は案外元気そうだ。正直羨ましい。

 

「晩餐会ねぇ、正直この世界の料理レベルはどんなもんだろうな」 

 

「うーん、王宮の料理人が出すものだから…たぶんこの世界最高級の料理が出るって事じゃない?」

 

「あー確かに王族や貴族様たちが食うもんならレベルが高いかもしれんな」

 

 南雲の言葉にウンウン頷く。がここで嫌なことを考えてしまった、即座に否定して欲しくて慌てて南雲に確認する。

 

「な、なぁ南雲さんや」 

 

「どうしたの変な言葉遣いになって」

 

「今気が付いたんだが…出てくる料理は俺達が食えるものなんだろうか?もしかして変なものが出されるんじゃ…」

 

「…んん?? あっ…はは、まさか大丈夫だよ」

 

 普段俺と話している勘の良い南雲はすぐに俺が言いたいことが伝わったようだ。一瞬硬直するも大丈夫だと言うがお前の顔から冷や汗が出たのを俺は見逃さないからな。

 

 異世界転移。良い言葉だ。まさしくオタクにとって涎が出てくるほどの夢の世界と言う物だろう。しかし異世界は日本、正確に言えば地球とは違う文化をたどっている世界だ。同じような姿、言葉、似たような思考、行動をしているからと言って日本と一緒と言うのは安心しすぎだろう。

 

 長々と変な事を言ったが要は、俺達が食べる料理に変なものが入っていないかという事だ。たとえて言うならば虫型の魔物が入っているとかうねうねした魔物の触手やらが出てくるとか、さらに嫌なことを言うなれば人肉料理が出てきても不思議ではないかもしれないのだ。

 

「いや、流石にそれは無いと思うからね柏木君」

 

 俺の顔から何を考えていたのか察した南雲だが、不安になるのは仕方ないだろ。異世界なのだ。俺たちの都合や尺度で考えるというのは早計過ぎる。咄嗟に転移されたときに掴んでいた学生かばんを握りしめる。

 

 一応この中にはカロリーメイトやお茶が少なからずある。もしもの時は皆に分配することを考えなければいけない。

 

「っく、異世界転移と思って油断していたがまさか食糧事情が出てくるとは…なんてハードな転移だ」

 

「多分考えすぎだと思うけどなぁー」

 

 呆れた視線を向ける南雲だが、俺の不安は止まることは知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 晩餐会またの名をディナー、又は勇者様一行(笑)のお披露目会か。

 

 時間になり大きな広間へ案内された俺達は席に着き運び込まれてくる料理に期待と不安を寄せる。結論から言うと不安は全くの杞憂だった。運び込まれてきた料理は地球の洋食…西欧料理?に近く俺達が普段食べるものとそう変わらなさそうだ。

 

 運び込まれてきた前菜のサラダは瑞々しく色とりどりの綺麗な野菜が入っている。主食だろう何かの肉のうまそうな脂身と焼き加減。漂う匂いによだれが出てきそうだ。今にも一心不乱でむしゃぶりつきたいがここで気付いてしまった。

 

(やべぇよやべぇよ!俺テーブルマナー全く持って知らないんだけど!)

 

 テーブルマナーを録に知らない一介の高校生がこんな格式のある晩餐会に出たところで恥をかくだけだ。周りを見れば皆もどうすればいいかわからなくて困惑している。

 気にしていないのは檜山達ぐらいだろうか、しきりに美味そうだと斎藤たちとはしゃいでいる。気持ちは非常に分かるが落ち着け。

 

 どのナイフとフォークを使うべきか模索していると見かねたのか先ほどの銀髪メイドさん(そろそろ名前を知りたいのだが自己紹介する暇がない。無念)がそばに来て話しかけてくる。

 

「どうしましたか。何か…ご都合が悪いことでもあったのでしょうか」

 

「あーいや、そういうのではなくて…その、俺達こういう時のテーブルマナーを知らなくて変な目で見られないか心配で…」

 

「ああ、そうでしたか。心配ありません、大丈夫ですよ。そもそも今夜の晩餐会はあなた方とトータスの者が親睦を深めるために開いたものです。お互いを分かりあい交友するのが目的ですので、ぐちぐちと礼儀作法に苦言を言う者はいませんよ。それに温かいうちに食べてくれないと腕によりをかけて作った料理長が泣いてしまいます」

 

「そ、そうだったんですか…ならいただきます」

 

 メイドさんは耳に残る様な透き通る声で悪戯っぽく笑い気にせず食べろと言うのでそういう事ならと料理を食べようとする。俺に合わせて周りの皆もホッとしたような顔をすると料理に手を付け始める。おい、俺は最初にナプキンを取った者かよ。

 

「では、私はこれで失礼します。何かございましたらいつでも気兼ねなくお呼びください」

 

 優雅に一礼をするとそのままメイドさんはすたすたと去ってしまう。その後ろ姿を見ていると隣の南雲から話しかけられる。…どうでもいいが朝からずっと南雲が俺の横にいる気がする。

 

「よくよく考えたら勝手に召喚して置いて礼儀作法の事に文句を言う人なんている筈がないよね」

 

「だよなぁ、正直無駄な心配をしていた」

 

「杞憂って奴だね。それよりこの料理中々美味しいよ」

 

 見れば南雲はパクパクと料理を美味しそうに食べている。俺も腹が空いているので同じように料理を食べ始める。

 

 味は…いい感じだ。変なものが入ってるわけではなさそうだし、量もそれなりにあるが、問題なく食べれる。色付けが多少派手だが王宮料理だと思えばこんなものか。

 

「ふむふむ、異世界料理も悪くない」

 

「だね、この虹色の飲み物は何だろう?ジュースみたい」

 

「どういう原理の着色料を使っているのやら…流石ファンタジーだ」

 

「着色料じゃなくて自然素材?…うーん訳が分からない」

 

 南雲とこれはどんな料理で味がどーたらこーたら話しながら食べるのは楽しいものだ。周りの皆も同じように近くの席の奴と喋りながら料理を堪能しているようだった。

 

「ウメェウメェ!」

「うまうま」

「あはは~がっつき過ぎだって檜山~」

 

「恵理ちゃんこのお肉美味しいね。いったい何のお肉なんだろう?」

「うーん。…何かの虫だったり?」

「え”」

「冗談冗談。本気にしないでよ鈴」

 

 異世界とか何とかいわれているが料理を堪能している今この時はまるで修学旅行で見知らぬ外国にでも着た気分だ。檜山と近藤はひたすらパクつき斎藤に笑われている。谷口は幸せそうに中村と話をしているが中村に揶揄われたらしく一瞬顔を真っ青にさせた。

 

 そんなこんなで南雲と雑談しながら料理を堪能していると渋みのある騎士のおっさんがこれからの事を話し始めた。食べながら聞いた話を要約するとこれからの俺達の衣食住の説明やや訓練を指導してくれる教官たちの紹介などだった。

 

 その中で印象に残る騎士が三人いた。一人はいま説明をしている団長さん。礼服を着ていても分かる筋肉の膨れ具合は歴戦の勇士と言った感じでかなり逞しかった。まるで映画に出てくるマッチョの俳優でナイスミドルだ。正直カッコイイ。

 

 次に騎士団長の横にいる人で副官の人だった。騎士団長が男前の精悍な顔つきなら副官の人は美麗と言う言葉が良く似合うイケメンだった。こちらを見る切れ長な目付きがやたらと鋭いのがとても印象的だった。

 

 もう一人はいかにも仕方なく連れてこられた感を隠そうともしない若い騎士だった。眠そうに欠伸を噛み殺しているのがハッキリと見て取れるほどこの晩餐会自体が心底どうでも良さそうだった。

 

 とはいえ親交自体は穏やかに進み周りの皆は親睦を深めようとしたのか話しかけてくる教官たちと多少の緊張感を残しながらも会話をしていた。なんだかんだでうまく交流しているようだ。

 

(はてさて、戦いなんて一つも経験のないど素人がそんなに強くなれるんですかねぇ?) 

 

 いきなりど素人を戦線に組み込んだとして、果たしてどれくらい役に立つといえるのか。

 

 そもそもの話、人間族は滅びそうだという話だったが、なぜ王族の方々は表情に焦りが無いのか。

 

 それよりもずっと前に、どうしてエヒトと言う神様とやらはど素人の俺達を選んだのか。…正確に言えばなぜ天之河なんだとか。 

 

 

 

 

 そんなしょうもないことを考えながらもおいしい料理に舌鼓を打つ俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晩餐会が終わった後、美味い食事に満喫した俺達は大浴場へ案内された。この異世界では体を洗うという事が普及されているみたいだった。これは正直とてもありがたかった。何せ日本人、何日も体を洗わないでいると不潔感でストレスが一気にたまるという事らしいからみんながほっとした顔になっていた(特に女性陣)

 

「風呂があるのか、流石に風呂も入れず一日が終わるってのは無いしな、正直助かった」

 

「ちゃんとお風呂がある文化なんだね、衛生面では気を使っているみたいで良かった」

 

「トイレもなぜか水洗式だったしな…機械はなさそうだし、魔法道具って奴なのか?」

 

 夕食の後トイレにいったが、俺が恐れていたポットン式ではなくなぜか水洗式だった。用を足した後勝手に水が流れていくのだ。おまけに紙もちゃんと完備されてあり、日本の高水準の生活環境で暮らしていた俺達にはかなりありがたかった。

 

 脱衣所で服を脱ぎ(当たり前の話だがちゃんと男湯と女湯があった。シカタナイヨネ)いざ大浴場へ!

 

「ほほ~う。中々悪くないんじゃな~い?」

 

「広さは中々、温度は丁度良く、ファンタジーだからどんなものかと思ったけど、うん。いい感じだ」

 

 大体銭湯ぐらいの大きさの浴場で、大き目な風呂が一つに、後は個別用?なものが数か所。流石は王宮。正直生活レベルの高い場所に呼び出されて本当によかった。

 

 大き目の風呂場に入り怒涛の如く起きた今日の疲れをとる。肩までつかるお湯の気持ち良さといったらやはり格別だ。

 

「あぁ~気持ちいいんじゃ~」

 

「……はふぅ」

 

 お湯は少し熱めで、その熱さが疲れた体によく効く。自然と声をあげてしまうのも無理のないことだった。隣の南雲なんて頭にタオルを載せて完璧にリラックスモードだ。なんだかんだで疲れがあるのだろう、ほにゃりとした顔はさっきまでなにやら考え込んでいる顔とは違っていた。

 

「ん~どうしたの」

 

「いや、リラックスしているなって思ってさ」

 

「そりゃこんな時ぐらいはねぇ~正直異世界の人がいるところでは気が休まる暇がなかったよ」

 

「あ~お疲れさん」

 

 やっぱり色々考え込んでいたらしい。それもそうだと思う、なにせ戦いを知らない少年少女を戦争にけしかけようとする世界の住人だ。全員がそうではなかったとしても、警戒してしまうのは仕方がない。

 

 体を洗うためにほにゃほにゃしている南雲と分かれ桶や椅子の用意された洗い場で石鹸を使いタオルで体ごしごしと洗う。

 

「隣、邪魔するぜ」

 

「ん?おう」

 

 そういえば髪はどうすればとキョロキョロしているところで隣に坂上竜太郎が現れた。

 

 坂上竜太郎。190㎝でかなりガタイが良い筋肉モリモリのマッチョマンだ。性格は脳筋思考で気合や根性などの精神論に重視しているスポーツマンタイプだ。中々のいかつい顔だが悪人ではない、一見日本人には似つかわしくない大柄な体格で初見では本気でビビるが悪人ではないのだ。大事なことなので2回言いました。

 

「なぁ坂上よー」

 

「あん?なんだ」

 

「この世界どう思う」

 

 隣に座ったのも何かの縁。ムキムキな体を洗う坂上にこの世界トータスについて聞いてみた。坂上は思ったことはスパッと言う竹を割ったような豪快な奴なので直感的にこの異世界をどう思ったのか知りたかったのだ。もう少しいえば他の奴が何を想っているのかが知りたいというのもあるが。

 

「さぁな、正直、戦争だが魔人族だが、俺はどうでもいいなぁ」

 

「お?意外だな。天之河の意見に乗っていたから世界を救おうとでも考えているのかと思った」

 

「いいや、これっぽっちもだな。光輝が言ったからそれに乗っただけだ。ほかは何にも考えてねぇよ。それにダチが危ないことをしようとしていたら手を貸すもんだろうが」

 

「へぇー 友人思いだな」

 

「……いや、そうでもねぇさ」

 

 お?意外だな、即答かと思えば少しだけ考えて出た言葉は何やら意味深な重さがあった。だがそれも一瞬ですぐにいつもの調子に戻ってしまった。 

 

「ともかくだ。俺はやれることをやるだけだ。お前が何を考えているのかは知んねぇが、柏木もそんなもんだろ」

 

「確かにそうかもなー」

 

 何をするのか見当もつかず、何ができるのか分からないけど、物事はいたってシンプルで自分でできる事をするだけなのかもしれない。 

 坂上の言葉にうんうん頷いていると会話が一区切りした為かそのまま坂上は風呂場の方に行ってしまった。ちなみに坂上はタオルを腰に巻かずにいたため大柄な体格にふさわしいビックな一物がブランブラン揺れてた。隠せよ…

 

「まぁ、やれるだけの事をやってみますか」

 

 色々考えてしまうけど結局はこういう事なのかもしれないなと思う俺でした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで全員風呂から上がり用意されていた寝間着(かなり肌触りが良い!)を着てメイドさんたちに案内されること十分、俺達はなんと専用の個室を与えられるという事が分かった!

 

「マジか…個室が与えられんのか、それもかなり良い部屋」

 

「VIPルーム?一応、人数分の部屋が割り振られるらしいけど…コレ召喚された人が百人とかだったらどうするんだろう」

 

 まじまじと俺の部屋と南雲に割り振られた部屋を見ながら唖然とする俺と南雲。何しろ日本にある俺の自室より大きく(もちろん南雲の部屋よりもでかい)天秤付きのベットがありタンスや机などは高級品と見て分かるほど存在感を放っていた。

 

「…さて、南雲様、柏木様。少々お話がございますがよろしいでしょうか」

 

 俺と南雲がぽけーっとしていると、案内してくれた銀髪メイドさんがなにやら真剣そうな顔でそう切り出してきた。この人はイシュタルから説明された時

に俺に飲み物を入れたくれた人で晩餐会で話した人でもある。何だかんだで縁がある人だった。

 

 余談だが、ほかの皆はもう部屋に入っている。俺達は案の定最後尾だったので最後に回されたわけだ。

 

「えっと何でしょうか」 

 

「貴方方一人一人に専属の侍従が付くというお話は聞きましたか」

 

「あーそういえば晩餐会でそんな話があったような」

 

 晩餐会で渋みのある騎士がそんな話をしていたような気がする。…アレ?結構重要な話だったのに何で忘れていたんだろう?

 

「あの時は柏木君、肉にかぶりついていたからロクな話を聞いていなかったじゃないか」

 

「マジか」

 

「話を続けてもよろしいですか?」

 

「あ、はい」

 

「その専属の話なんですが、実は色々あって人手が間に合わなくなってしまったのです」

 

「なんと」

 

 その話が本当なら俺達のクラスで一人だけ専属の人がいないという話になる。そして俺と南雲に話しかけてきたという事は…

 

「察し通りです。ほかの方々に専属がついた今、お二人のどちらかがいないという話になりますので…」

 

 その話を聞き南雲と顔を見合わせる。正直に言えば専属の侍従なんていらないというのが本音だ。知らない他人に気を使われるというのは結構なストレスになる。

 しかし異世界と言う俺たちの常識が通用しないこの場所ではいた方が何かと助かる場面が多いのもまた事実だ。

 

「仕方ねぇ、南雲お前がメイドさんをはべらせろ」

 

「え!?ぼ、僕はいいよ。それより柏木君こそ必要なんじゃないの?」

 

「馬鹿いえ、俺は大丈夫だ………多分」

 

「多分って…やっぱり駄目じゃないか~」

 

「お二人とも話は終わっていませんが?」

 

「「ア、ハイ」」

 

 俺と南雲の譲り合い(と言う名の擦り付け合い)を見ていたメイドさんが呆れたように話に入ってくる。

 

「それで、話を戻しますが、その足りない分は私が受け持つことになりました」

 

「へ?あなたがですか?」

 

「はい、私があなた方の専属の侍従になるという事です」

 

「えっと僕と柏木君の侍従という事になるのは色々負担になると思いますけど」

 

「大丈夫ですよ。これでもニア先輩からは太鼓判を押されているのです。問題はありません、むしろドンとこいです」

 

 ニア先輩と言うのが誰か分からないが、やたらと自信をもって宣言する彼女は撤回する気はないらしい。南雲も仕方ないのかなと呟いている。俺?…しかたないだろ断るのもマズいような気がするしこの人の立場ってのもあるだろうから。

 

「なら…これからよろしくお願いします」

 

「僕の方の迷惑をかけるかも知れませんけどよろしくお願いします」

 

「はい。こちらこそです。それと私の名前は『アリス』です。これからは気楽にお呼びください」

 

 嬉しそうに微笑む彼女はそう言って自己紹介をした。『アリス』一見どこにでもありそうなその名前は酷く俺の心を揺さぶる。

 

「アリス…さん、ですか」

 

「そうですが、どうかしましたか?」

 

 アリスさんはそう言って小首をかしげてくるが、俺としても動揺は隠せない。何故なら日本でやっていたゲームでキャラクリエイトした主人公の名前も『アリス』だったからだ。名前の由来として俺の知らない不思議な世界を旅する主人公として「不思議な国のアリス」からとったのだが…まさか同じ名前なんて。

 

 とんでもない偶然ともいうべきか、それとも都合がいいとでも良いのか。何にせよこの俺の理想の少女像を詰め込みまくった様なアリスと言う人には強い奇妙な縁を感じてしまうのだ。

 

「いえ、何でもないです。コンゴトモヨロシク…ですね」

 

「はい今後とも…いえ末永く、ですね」

 

 そう言ってふんわりと微笑んだ後、丁寧なお辞儀を返すとすたすたと去っていってしまった。

 

「どうかしたの?さっきから変な顔をして」

 

「うーん。俺のマイキャラと同じ容姿に同じ名前だから奇妙な縁があるなぁと思って」

 

「ふーん?ただの偶然じゃない?」

 

 確かに南雲の言う通りただの偶然であるはずだ。いきなりこの世界に来てしまったせいなのか妙に疑い深くなってしまっているのかもしれない。もしくは色々あっては疲れたのかも。

 

「…それにしても専属のメイドかぁ」

 

「おい南雲、鼻の下が伸びているぞ、正直キメェ」

 

「ひどっ!だってしょうがないじゃないか。あんな可愛い子が専属なんて」

 

「そりゃあ分かるけどさ、まぁ今後の生活を考えると仲良くはなりたいよな」

 

 そんな雑談をした後そろそろ寝ようかと言う話になった。普段ならこれからという時間帯で本当はもっと起きていても大丈夫なのだが、明日もいろいろありそうなため寝坊するのはよくないだろうと南雲が提案したからだ。

 

「それじゃあお休みー」

 

「うん、そっちこそお休みー」

 

 隣の部屋だから明日一番で顔を見合わせるだろうがなんだかんだで南雲と別れ、自室に戻り鍵をちゃんと掛けて天蓋付きのベットで横になる。

 

「……本当に異世界なんだな」

 

 本当なら今の時間は家でゲームでもしているはずだった。それが何の因果か異世界で豪華なベットで横になっている。

 

「そりゃあ異世界転移に憧れてはいたけどさぁ、まさか自分がまきこまれるなんて想像できるかよ」

 

 あこがれだった。それは間違いない。小説の主人公のように強くなって女の子にモテてなんてことを考えていたのだけは間違いはない。しかしだからと言って…本当にこうなるなんて思いすらしなかった。

 

「だけど、一人じゃないだけマシだよな」

 

 良くある話では主人公一人だけと言う展開が多いが、幸いにも俺には南雲やクラスの皆がいる。だから大丈夫だろう。一人よりかはきっとマシ。そう思わなければ急にやってきた不安で押しつぶされそうだった。

 

(大丈夫、大丈夫だ俺。ここには南雲や先生に皆もいる。だからビビるなよ)

 

 僅かに震える手を見なかったことにして、柔らかい枕に顔をうずめる。やはり高級品だ。沈み込むこの柔らかさは人を駄目にするクッションとよく似ている。

 

 次第に瞼が落ちていき睡魔に襲われる。最後に思い出したのは故郷の日本や両親の事ではなくまた南雲やクラスメイトの事でもなく何故か朝見た変な夢とアリスさんの事だった。

 

 

 




一言メモ

異世界の料理=食べられるもの? 地球でもちょっと故郷を離れると想像しないものが料理に出てくることがあるので、異世界だとどうなるんでしょうかね?ご都合主義?きっとそうかもしれませんね。


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初日の朝とご説明~

 

 

 

「さて、まず初めに言っておくけど僕は君たちの言うところの神様じゃあないんだ」

 

ーそうなのか?こんな変な場所まで連れてくるんだからてっきり神様の類だと思っていたんだけど。

 

「うーん 正確に言えば割と何でもできる高次元の生命体っていうところかな。神様って言われるほどのものじゃないよ」

 

 高次元。いきなりそんな事を言われてもピンと来ない。目の前の青年は本当にただの一般人に見える(何もしなければだが)

 

「まぁ僕についてはそんなもの位にとらえていてくれればいい。そこは重要じゃないんだ」

 

 余り探られたくないのか青年に対しての普及はそこで止まってしまった。色々正体を探りたいものだが本人が言うのだからそうなんだろう。とりあえず納得する。

 

「で、話を戻すけど僕は、とても暇だったんだ」

 

ー暇

 

「そう暇。又は退屈っていうのかな。ある程度なんでもできるけど刺激がなくて、驚愕や感動もない毎日を過ごしていたんだ、そんなときに地球のサブカルチャーを偶然見つけてね。これがまぁとても面白くて気に入ったんだ」

 

ーふむふむ、まぁわかる

 

「だよね!それで異世界転生なんてものを見たもんだから僕も同じようなことができないかなーなんて思って」

 

ーそれで自分が釣られたと

 

「そう!だから僕の声を聴いてここにやってきた君と出会えて嬉しくってしょうがなくてさ」

 

 だからあんなにはしゃいだようにうれしそうな顔をしていたのか。

 

「むふふ、だから今、君を転生させどんな事を引き起こしてくれるのかワクワクしているんだ」

 

ー中々自分本位な奴だな

 

「そうだね。でも、君にとっては悪くない話でしょ?チート能力を持って転生できるんだから」

 

―――――そう、かもね 

 

 にこやかな顔で言い放つ青年は悪気は全く無いようで、毒気が抜けていく。普通は人が死んだことに喜ぶなとか死人を使って退屈をまぎ割らせるなんて人でなしと言いたくなるものだが、どうにも何も言えない。

 

 退屈しのぎとか何とか言ってはいるもののここで終わるはずの自分を転生させてくれようとしているんだから

 

「さて、前書きはここまで。ここからが本題だ」

 

ー本題。

 

「さぁ君はどんな世界に転生したい? 超能力がある日本に行ってみる?それともファンタジーの世界かな、又は近未来な世界やスチームパンクもいいかもね」

 

 自分の第2の人生となる場所。そんな直ぐには決められない。そもそも自分はどんな世界で生きたいのかすらわからないのだから。

 

「もちろん創作の世界だってOKだよ。ゲームや漫画、映画はもちろん小説だって構わないよ、何せ『世界は人の創造するだけ無限にある』から」

 

 何かとんでもないことを言い出したが、おそらく本当にどんな世界でも連れて行ってくれるんだろう。つくづく恐ろしい奴だ。しかし、生きたい世界か、そんな事勿論考えてはいなかった。どうすればいいのか悩むに悩む。

 

「あ、一応言っておくけど転生しても平穏無事と言うのはないからね」

 

ーなんと!?

 

「あ、ゴメン言い間違えた。君が生きるからには、何かしらの事件やイベント…つまり騒動に巻き込まれる可能性は大きいからね」

 

ーなんでそうなるんだ?

 

「単純に僕が詰まらないから。平穏ってのも悪くはないんだけど、そんなの見ていてもつまらないし、やっぱり僕としては刺激がほしい訳で」

 

ーーーコイツ割と性格悪いな

 

「褒め言葉として受け取っておくよ。それにしても、ふふふ、君はどんな世界を選ぶのかな?日本で可愛い女の子やイケメンな男の子に囲まれたドタバタなラブコメな世界を選ぶのかな?それとも異能の力が運びる世界で日常を守るために戦うって所に行ってみるかい?又は奇妙で不可思議で気を抜くと精神崩壊待ったなしのクトゥルフ事件に巻き込まれる日本に行くのかな?あれ僕さっきからやけに日本を押してない?まぁ日本は人外魔境な世界だからね仕方ないね。それともそれともやっぱり王道ファンタジー?うーん悪くはないんだけど正直お腹いっぱいだと思わない?いろんなライトノベルのファンタジー物を見ているけど皆似たり寄ったりだからねーもうちょっと創意工夫をしてほしいよね。折角のファンタジーなら奇抜に奇想天外な生き物や人を出してほしいなー。ん?これって僕が見ている範囲が狭いってことかな?だったらこんなこと言うのはよくないね反省反省。まぁどこ行くのもいいけど出来れば似たり寄ったりな世界は勘弁してほしい僕の気持ちが分かってくれるととても嬉しいな♡」

 

ーうるさい!ちょっとは黙れ!

 

 さっきから人が悩んでいるのにぐだぐだと、お前は初めて友達ができて嬉しさのあまりハイになってるボッチか!?

 

「あぅ!?…ぅうう、ごめんね、初めて人とこんな話ができて舞い上がっちゃったんだ。うるさかったよね?ゴメンね。ちょっと大人しくしているよ」

 

 マジでボッチだった件について。しょんぼりとした顔で縮こまってしまった。言いすぎてしまったか?ともかく辛気臭い空気を出さないでほしい。ただ煩かったから怒鳴っただけなのだ。そこまで怒ってはいない 

 

「…怒ってない?」

 

ー怒ってない

 

「…本当に?」

 

ーこれっぽちも

 

「…よかったよぅ」

 

 キメェ。大の青年(イケメン)が目を潤わせて上目遣いをするのは本当に気色悪い。しかしここはぐっとガマン。言い出すとキリがない。

 

「えーっと、という訳で決まったかな?僕はある程度の事ならできるからどんな世界でも問題ないよ」

 

 気を取り直した青年はそう言ってくるが、あいにくまだ決まっていない。どうしたものか

 

「うーん、まだ決まっていないのなら、生きたい場所を僕が君の深層心理を検索して探ってあげようか?」

 

ーできるの?

 

「うん、言ったじゃないか僕はある程度は何でもできるって、今から魔法でピーっとすれば君が望んでいる世界がちょちょいのチョイで分かるよ」

 

 魔法って便利だなオイ。それはともかく案外そうしてくれた方が良いかもしれない。最もここでこの青年と一緒にぐだぐだと話しながら悩むのもまた楽しそうではあるのだが…

 

「ほいっと詮索詮索。うーんっと あ、でたよ。君が逝ってみたい場所」

 

ーんん?何か不穏な気配が

 

「えっとなになに『ありふれた職業で世界最強』と言う世界だって。これ僕読んだことあるよ。最弱(コミュ障ボッチ)だった主人公が最強(DQN)になる話だったね」

 

 何やら隠すような皮肉が聞こえる。やっぱりこいつ性格悪いな。しかしありふれの世界か、確かにキャラに思うところはある物の何だかんだで好きな小説だ。まさかこの世界に行くことになるとは思わなかったが…

 

「なんだかんだでスタンダードな設定の世界だからね。君にとっては受け入れやすいんじゃないのかな」

 

ーだといいけど、それよりこの世界だったら自分はどうなるんだ。どんな設定になってしまうんだ?

 

「まぁ主人公南雲ハジメ君のクラスメイトになるだろうね。 結構面倒そうだけど君なら上手いこと立ち回れるんじゃないかな」

 

ーそうだと良いけどな。まぁそれは置いといて、あの世界はラスボスが面倒だなー

 

「自分が神様だと思っちゃってる系の可哀想な奴だからねー普通過ぎて魅力が一欠けらもないから僕は好きじゃない」

 

 できれば関わり合いになりたくないそんな考えが頭をめぐるがそんな自分を見越してか青年は明るく笑う

 

「そんな話は後でたっぷりと話し合おうよ、君の主観も聞いてみたいしさ。それよりさぁ次の話に進もうじゃないか。あの世界に行くと分かった君はどんなチート能力を…いや、違うね。君はどんな事を僕に願うんだい?何でもできて何でもかなえてあげる存在を前にして君は一体何を望むのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕に教えてよ、君の奥底に秘めた願い(欲望)を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…様。…柏木様」

 

 綺麗な声がする。聞いたことのない声なのに何故かとても安心する。しかし先ほどの夢が薄れて行ってしまう。何かとても大切なことを話していたような気がするんだ、起こさないでほしい。もっと言うのなら頭が覚醒するまで近寄らないでほしい、キレそうになるから。

 

「うーん起きませんね。本当に朝目覚めが悪いんですね。…あんまりしたくないけど鳩尾でも殴れば起きるかな」

 

「起きた!今すぐ起きたよ!」

 

 急いでガバリと飛び上がり隣を見れば、拳を握り絞めているているアリスさんがいた。

 

「なんで人を起こすのに拳を使おうとするんですか!?」

 

「起きない方が悪いのです。それにいつまでも寝ていますと遅刻しますよ」

 

 遅刻?はて一体何のことだろうか

 

「はぁ…今日から早速、訓練と座学が始まるんですよ。初日で遅刻するのは流石に不味いです」

 

 言われてみれば、昨日の晩餐会でそんな説明をしていたような気がする

 

「あーそうだったんですか。わざわざありがとうございます」

 

「いえいえ、それでは着替えたらお呼びください。」

 

 そういうとアリスさんは一礼し、部屋から出ていった。その後ろ姿を見送りさて着替え着替えと考えているところでふと気づいた。

 

「あれ?なんであの人俺の部屋に入ってこれたの?」

 

 確か戸締りはしっかりとしておいたはずだが… もしかして合いカギでも持っていたのだろうか?

 

「…まぁいいか」

 

…あんまり考えるのはよそう。そういう事にした

 

 

 

 

 さっさと身支度を整え、隣の部屋の南雲と合流し食堂へと向かう。南雲は意外と顔色が良かった。何だかんだで疲れていたんだろう。眠れるときにはちゃんと寝ないとな!

 

 食堂に着くと大体のクラスメイトがそろっていた。やっぱりと言うべきか天之河達はきちっとそろっており後は檜山達だった。することもないので隣でニヤついていた清水と雑談でも興じる。

 

「清水…お前寝ていないのかよ、目の隈が凄いぞ?」

 

「へっへへ 異世界だぞ?寝ている暇なんてあるもんか」

 

 案の定と言うべきか興奮して眠れなかったらしい。隈が凄いのに目はやたらとギラついている。妄想逞しく色々と考えるのはいいんだけどその妄想果たしてそう上手く行くのだろうか。

 

 檜山達がぞろぞろとやってきて朝食が運ばれてくる。献立はふわふわな白パンとかこれまた色とりどりの野菜サラダとか…よく言えば王道、悪く言えば想像通りの朝食だった。

 

「ウメェ、ウメェ」

 

 何だかんだでお腹は空いているので遠慮なくもらい、胃袋を満たす。皆の方はと言うと…少し食欲無さそうなのがちらほらいる。例えば八重樫とか。サラダの野菜をフォークでチクリと刺すのに口までもっていかない。少し思い詰めているように感じるのは気のせいか?

 

「…夢じゃなかった。そう思っているのかもね」

 

 南雲の言葉で食欲のない理由をある程度察してしまう。朝目を覚ませば、いつもの部屋で変な夢を見ていたと、そうなってるはずが実際は見慣れない部屋で、いやが応にも異世界であることを認識してしまったのだろう。

 

 慣れない場所で慣れない事をしなければいけない。当然のように傍にいた家族も居ないのだ。いやが応にもいつもの日常は遠くに行ってしまった事を感じてしまうのだ。

 

 普通に日常を謳歌していた人にとっては何よりきついことなのだろう。

 

「もがぁ?はひわぎくわへねぇの?」

 

「はぁ…」

 

 隣で美味しそうに朝食を食べている清水のように気を楽に過ごせることを願うばかりである俺だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だりぃ」

 

「いきなり!?まだ何もしていないよ」

 

「オイオイ訓練だぞ。絶対体を酷使するって。あ~部屋でごろごろしていたい」

 

 現在俺達朝食を終え訓練所で適当に並んでこの国の騎士団長が来るのを待っていた。正直に言えばサボりたいのが本音だが流石にやらかすわけにもいかない。せいぜいが愚痴を言うぐらいだ。

 

「さて、皆待たせたな。改めて自己紹介をしよう。俺の名はメルド・ロギンス。このハイリヒ王国騎士団の団長をやっている。ああ、団長をしているからと言って別にかしこまる必要はないぞ。気楽に接してくれ」

 

 俺たちの前に出てきたのは恐らく30代前半ぐらいの豪快なおっさんだった。顔にあちこちにある傷跡が歴戦の勇士を連想させて非常にカッコいい。

 

「柏木君覚えている?昨日の晩餐会にいた人だよ」

 

「あー確かにいたなぁ」

 

 確か晩餐会で説明をしていた人だ。見れば周りにはほかに印象に残っていた二人はいない。今日は非番なのだろうか?そんな事を南雲と話していると騎士の人から銀色のプレートが渡された。見ればほかのクラスメイトも渡されている。

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

「ステータスねぇ。ついに人は数字で測れる時代になったのか」

 

「異世界ファンタジーあるあるだね」

 

 『ステータス』と言う言葉が出た途端いきなりチープな感じがしたのは気のせいだろうか。ゲームとかならまだしも現実でお前のステータスは何々だと言われてしまうと興ざめしてしまうのだが…。これを作った奴誰だよ?人を数字で測んなよ。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 “ステータスオープン”と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

 

 原理を知らないのに使うのかぁ(呆れ)割と適当と言うか…この人達妙な所で抜けていない?兎も角一緒に渡された針をじろじろと見つめる。…殺菌はされているのだろうか?消耗品だよな?使いまわしなんてされていないよな?

 

「血をたらすって…なんかDNA鑑定見たい」

 

「血が証明書になるってか?それはまぁいいとして何でステータスオープンってわざわざ言わなきゃいけないんだよ。滅茶苦茶恥ずかしいな」

 

「同じく」

 

 俺達が話している横ではメルド団長ががアーティファクトの説明をしていた。アーティファクトは魔道具らしく、かなり貴重品らしい。しかしこのステータスプレートは複製するアーティファクトがあるため一般市民にも普及しているらしい。なんじゃそりゃ、希少価値の意味は?

 

 ともかく説明を聞きながらも針を持つ。ちなみにどうでもいい情報だが指先には神経が集まっており痛みにはかなり敏感らしい、つまりわざわざ指を怪我するのはかなりいやのなので、物凄く顔をしかめながら腹を決めて指をさす。

 

プスッ

 

「あひん」

 

「?」

 

「何でもない」

 

 変な声を出しながらも出てきた血を魔法陣に擦りつけると魔法陣が翠色に輝きステータスプレートに文字が出てきた。

 

「名前と性別、年齢って必要なのか?って身分証明書だったなこれ。ともかく天職とステータスはっと」

 

 出てきたステータスと天職、技能を確認する。天職には『調合師』と書かれており技能には『言語理解』『調合』と書かれてあった。

 

(調合師…生産職か。何つーか意外と言えば意外な職業)

 

 後ステータスは全てが10だった。綺麗に統一されたように10だった。……もしかして低いのかなコレ!?

 表示されているステータスにあたふたしているとメルド団長がステータスの説明をする

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後で、お前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。何せ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大解放だぞ!」

 

 何が国宝級だよ!気になるけどさっさと数字について教えてくれよ!俺これじゃあ糞雑魚ナメクジじゃねえか!?

 

「次に“天職”ってのがあるだろう? それは言うなれば“才能”だ。末尾にある“技能”と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、あー…戦闘系は千人に一人、確かものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は確か持っている奴が多いんだったかな」

 

 千人に一人とか百人に一人。トータスの総人口がよくわからん以上果たしてそれがどれほどの希少なのかどうかは分からんのだけど、重要なのはそこじゃない。

 

(メルド団長…思いっきり目が泳いでいたな!?)

 

 説明があまりにもおおざっぱすぎる! なんか台本でも読んでいるかのような棒読み感と適当さ加減。…もしかしてあれか?お前たちの天職は希少だから喜んでいいぞーみたいなことを何とかして言おうとしたのか?…嬉しくねぇな。 

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな。 あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

 なるほどなるほど。つまりこれは本当に見た目通りの俺はこの世界の住人と同じ平均能力って訳ですな! 先に報告に行った天之河のステータスは……オール100だった。…この差は一体?

 

 大きな溜息を吐き周りをきょろきょろと見回すと丁度同じようにしていた南雲とバッチリ目が合う。

 

「南雲…お前どうだった?」

「柏木君こそどうだったの?」

「いやいやお前から言ってくれよ。俺はちょっと自信ないかなぁ~」

「いやいやそっちこそ言ってくれないかな。ほら僕見ての通りステータスはそんなに良くなくてさー」

「いやいやいやそちらこそ先にどうぞ」

「いやいやいやいやそっちこそお先に」

 

 南雲と一緒にダチョウ倶楽部の様な事をしていると遂に俺と南雲の番になってしまった。どうしようもないので意を決してステータスプレートをメルド団長に渡す。

 

「うん?…コレは…?」

 

 ほかの皆のステータスに真剣に頷いていた顔だったのがどんどん神妙そうな顔になっていく。やっぱり南雲のステータスも低い様だ。そういうのやめてくれませんか?めっちゃ傷つくんですけど!

 

「…ふむ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利ときく。内にもお抱えの錬成師たちはみんな天職を持っているな」

 

「は、はぁ」

 

 当たり前の事を言われても南雲は嬉しくなかったようで生返事し返せない。そのままメルド団長からステータスプレートを受け取るととぼとぼと気落ちした様に帰ってきた。それを見た檜山は、とてもニヤニヤしている。

 

「次は…」

 

「あー俺ですね」

 

 南雲と同じようにステータスプレートを渡すと、眉をあげやはり神妙そうな顔をするメルド団長。なんスカその顔。雑魚がまた一人増えたって顔ですかねぇ?

 

「生産職はこれで二人。他の者が戦闘職の中たった二人だけ、か。神は一体何を考えて」

 

「あのーメルドさん?」  

 

「む。おっとすまん。調合師と言うのは薬を作るのを生業としている天職だな。錬成師と同じように治療院にも同じような者達はいる」

 

 つまり希少性は無いってことなんですね。分かってはいた事だけどがっくり来るのは仕方ない事だ。異世界召喚なら自分で無双をしてみたくもある。その願いがかなえられなくなった訳だ。

 

 少しだけ重い足取りで元の場所に戻ればそこには最高の笑みを浮かべた檜山が居た。後ほかの取り巻き三人も。

 

「おいおい、見たぞ~お前と南雲、めちゃくちゃ低い…ってマジで雑魚ステータスじゃねぇか!? ってうっわ低すぎ!?お前らどんだけやる気ねぇの!?」

 

「あれ~なんで南雲と柏木だけこんなに低いのかなぁ? 変だよねぇ~」

 

「そんな雑魚ステータスで戦えんの? え?流石に足手まとい確実じゃね?…留守番していたほうが良くない?」

 

 にやにやと笑っていた檜山だったが改めて俺と南雲のステータスプレートを見て驚いている。斎藤は不思議そうに首を傾げ近藤に至っては至極正論を言ってる。失礼だが意外と常識人なメンバーだった。

 

 そんな中、中野は何やら考えていたようで団長に向かって質問をしていた。

 

「団長さん、質問がある」

 

「なんだ」

 

「見ての通り南雲と柏木はステータスが低いしオマケに生産職だ。あんた達トータスの一般人と同じ数値らしいが…それでも戦争に参加しなければいけないのか?」

 

 毅然とした言葉で団長に物申すその姿はちょっとカッコイイ。…こういうことを言っては何だがそう言うセリフは天之河が言うべき言葉じゃないか?当のご本人(勇者様)は自分のステータスプレート見て頬を赤くさせフルフル震えているが。

 

「戦争の参加についてだが…どうだろうな。生産職を前線に出さなければいけないという話なんて俺は聞いたことは無いな」

 

「という事は…僕と柏木君は訓練から除外される?」

   

 南雲の期待のこもった目が団長さんの次の言葉を待つ。確かに生産職で低ステータスなら訓練をする道義は無い。だが次の言葉で南雲はがっくりと肩を落とした。

 

「いいや、訓練には参加してもらう。と言うよりそんな甘い話は無い。…酷なことを言うようで悪いが今のお前たちは余りにも危機感が無さ過ぎる。少し治安の悪い所に行けば直ぐにカモにされてしまうだろう。戦えるまでとは言わんが自分の身は自分で守れるまでにはお前たち二人も訓練に参加してもら事になる」

 

 …確かにその話は理に適っている。言っては何だが俺も南雲も喧嘩ができる人間ではない。そんな俺達がホイホイと薄暗い路地裏に行ってしまえば…ケツの毛まで毟られるな!確実に!

 

「でもよぉ コイツら完璧に足手まといなのは変わらねぇだろ?こいつらに合わせて訓練するってのは意味ないんじゃねぇのか?」

 

 檜山の呆れた言葉にふむと思う俺。南雲は少しばかりムッとしているようだが、能力の低い人間に合わせて訓練をするのは確実に非効率だ。

 檜山達の能力に合わせた訓練では俺達はついて行くのがやっとになり、逆になってしまうと檜山達では物足りない。戦力は均一にしないといけませんなぁってことだ。

 

「それについては、生産職二人には専用の教官を付けさせてもらう。おいニート!どこにいる!」

 

「団長!ニートはまた部屋でサボっています!」

 

「そうか!ならアレン!俺の名を使ってあいつを引きずり出してこい!」

 

「了解!」

 

 どうやら俺と南雲には専用の教官をつけてもら事になったようだ。嬉しいような嫌な予感がするような…しかし名前がニートって…

 

 そんなこんなをしていると檜山が小さな声でブツブツと文句を言っていた。聞こえる言葉からして俺たちが訓練や戦争に参加するのが嫌なのだろう。 

 

「ッチ 何でこの雑魚にわざわざ… 大人しく城で引き籠って居りゃいいのに」

 

「…もしかして檜山君、僕達を心配してくれている?」

 

「ああ”!?」

 

 低いドスの利いた声で南雲を威嚇するが悲しいかな。何か今の檜山は只のツンデレにしか見えない。なーぜだ?答えは簡単南雲がニヤリと笑って檜山の事をからかっているからだ。コイツ肝が結構座っているな、全身肝でもなってんの?

 ともあれ、流石に南雲に詰めかかるのはマズい。そそくさと二人の間に身を滑り込ませる俺。

 

「まぁまぁ檜山落ち着け。どうどう」

 

「俺は馬か! つか柏木何でお前みたいな雑魚が調子に乗って」

 

「まぁ聞けよ檜山。ここはひとつ俺とお前、双方得になる商談をしないか?」

 

「は?」

 

 俺の提案にポカンとする檜山。いきなりの言葉で嘘を突かれた瞬間を狙い交渉を開始する。俺が生産職とわかってからすぐに浮かんだことがあるのだ。 

 

「俺の天職は知ってるか?」

 

「…調合師」

 

「そうだ。薬を作る地味な職業だ」

 

「それがどうしたってんだ」

 

「焦んなよ…ほら耳を貸せ」

 

 取りあえず事の次第を見ている南雲達に聞こえない様に口元を檜山の耳元に近づける。…ここでフッと息を吹いたらどうなるんだろ?

 

「調合…つまり薬だ。ならアレができる」

 

「?」

 

「BI☆YA☆KU」  

 

「……っ!?!?!?!??」

 

 すごい勢いで後ずさり俺を目が飛び出さん限りで見てくる檜山。興奮しているのか顔は紅潮し汗をタラりと掻いている。隠せずに視線がチラリチラリとある女子生徒(白崎香織)の方に行ってしまうのはご愛嬌といった所か。

 

 俺が檜山の交渉の材料として離したのは媚薬だった。エロ同人やゲームを嗜んだ紳士諸君ならすぐに気づくと思うが、この世界はファンタジーなのだ。ならそう言う薬があってもおかしくはない。寧ろ合ってほしい。

 

 調合師ならもしかしてだが媚薬を生産出来るかもしれないのだ。可能性はゼロではない。 

 

「まだできると決まったわけじゃない。だができたらお前に提供しよう。代わりにお前は俺と南雲の事を守ってもらいたい」

 

「……それがお前と俺が得になるって話か」

 

「そういう事。最も上手く行くかどうかは保証が一つもないけど、面白い話だろ」

 

 寄生型プレイヤーと言うと聞こえが悪くなるが要はそんな感じだ。俺は薬を提供し、檜山は俺と南雲の身を護る。winwinの話だ。 

 

「チッわかった。その話乗った」

 

 意外な事と言ったら失礼だが檜山はあっさりこの話に乗ってくれた。流石に媚薬でもないと無理だと思ったのか、それとも檜山がチョロインなだけだったのか…嫌そうな顔を浮かべるものの頬が赤くなっているあたり後者だな。間違いない!お前なろう小説のヒロイン並みにチョロイな!?

 

「まいどあり。これからよろしくな檜山」

 

 こうして俺は戦力を手に入れ、檜山は僅かな可能性を手に入れたという事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まぁ最も、その媚薬があのストーカーに効く可能性が一欠けらもないってのが話のオチになるんだが…言わないでおこう)

 

 

 

 

 

 

 




一言メモ

願い   神様転生でよくある奴。人によって望むものは様々(でも皆似たり寄ったりのような気がする) 

ステータス この物語では意味のない設定。数字で人は測れません

媚薬  エロ方面で引っ張りだこの頼りになる奴。飲ませるとか塗るとか想像捗るね!


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訓練開始!正直ダルい!

原作キャラの名前を使ったオリジナルキャラ登場です。


 

 

「ふわぁ~ 眠いっス」

 

 ほかの皆が訓練で別行動している中俺たち二人は担当の教官を待っていた。遅れて数十分やってきたのは細目で何とも気の抜けそうな青年だった。晩餐会で記憶に残った騎士の一人で年は俺達より上の二十代前半だろうか?

 

「ん~君たちがアラン先輩から聞いた二人っスね。自分の名はニート・コモルドッス。これから君たちの担当になるッス」

 

「えっと 俺の名前は柏木です。ご指導の方よろしくお願いします」

 

「僕の名前は南雲ハジメです。今日からよろしくお願いします」

 

 取りあえずはお世話になる人に自己紹介と挨拶をする。…言っててなんだがこの人が俺たちの教官になるというのは本当に大丈夫なのだろうか?先ほどまで部屋でサボっていたというし…

 

「あー そこまでかしこまらなくてもイイッスよ。もっと気楽に行こうッス。自分とそんなに年齢変わらないんでしょ?」

 

「そりゃそうですけど…」」

 

「はぁ…」

 

 何とも気が抜けるような声と顔で笑う彼に南雲と顔を見合わせる。と言っても拒否することもできないし、色々教わらなければいけないのは確かだ。

 

「まぁ色々と不安に思うかもしれないと思うけど、取りあえずは簡単な事から始めていきましょうっすね」

 

 そんなこんなで俺達非戦闘職業組は、なんとも風変わりな担当教官のニート教官に指導を受けるのだった。まさかこれから地獄の様な特訓が始まるとも知らずに…

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハァ……ハァ……死ぬぅ…」

 

「ほらほらまだまだッスよ!もっと頑張るッス!」

 

「…もーむりぃ」

 

 わき腹が痛い、足が上がらない、呼吸がままならない。吹き出た汗はとっくに乾いてシャツがべったりと肌に吸い付いている。明らかにいつも高校生活の運動量をオーバーしている。

 

「南雲君はあんなに頑張っているんスよ!悔しくないんスか!」

 

「ぅぅぅううう!……ち、チクショー!!」

 

「ははは!やればできるじゃないっスか!その調子ッスよ!」

 

 目の前を走る南雲の背を見て、負けられないと足を動かす。何ともはめられたような気がしたが煽られると勝手に乗ってしまう自分が恨めしい

 

 今俺と南雲は訓練所の中をぐるぐると走り回っている。訓練所の広さは俺達の高校の校庭より広い。その中をひたすら走り回ると言うのがニート教官の最初の訓練だった。

 

 ニート先生曰く「一度、君達の体力が知りたいっス。異世界の君たちがどれほどの運動量があるのか、知りたいことが山ほどあるので取りあえずは倒れるまでは走るッス。あ、倒れても大丈夫っすよ。ちゃんと自分が起こしに行きますから」との事だ。のほほんと言っていたが、目はマジで断れなかった。

 

「ひぃ……ひぃ」

 

 何故異世界で運動部の様に走り込みをしなければいけないのか、そもそも後方支援職、又は生産職なのになんで訓練をしなければいけないのか、城で留守番を決め込んでいてもいいのに、そんな弱音が頭の中をよぎる。しかし、疲れた頭ではうまく考えることができない。

 

「辛いっスか?もう倒れて動きたくないっスか?」

 

 隣で囁かれる甘い言葉。囁いたニート教官は、俺達と並行して走っている。息も乱れず笑っていた顔は今はなぜか鳴りを潜めている。

 

「色々思う事があるかもしれないッス。苦しいと思うッスそれでも今は自分を信じて走ってほしいッス」

 

「……ぁい」

 

 そう言われてしまってはどうすることもできない。疲れる体に鞭を打ちただひたすら走るしかなかい。

 結局、疲れ果て動かなくなるまで走っても南雲を抜くことはできなかった。

 

 

 

「走り込みお疲れッス。慣れない中でよく頑張ったッス」

 

 

 

 俺と南雲が倒れ込んでいる横でニート教官はニコニコした笑顔でそんな事を言い出した。疲れているので喋るのも億劫なので目線だけで返事をする。

 

「ふぅー…あれ?ほかの皆はどうしたんですか?」

 

「ん?ほかの子たちは今は座学を受けているッス。確か、魔法についての座学を受けて居る筈ッス」

 

 魔法!なんとも心をくすぐられるワードだ。今すぐにでもその座学を受けてみたい!しかし今は動く気力がないのでどうすることもできない。

 

「魔法…僕も聞きたいんですけど」

 

「まぁまぁ、自分が説明するから焦らない焦らないッス」

 

「ならいいんですけど…魔法かぁ僕は何ができるんだろう」

 

 南雲とニート教官が話しているのを聞く俺。そろそろ呼吸が落ち着いてきたので会話に参加する。決して寂しくなったからじゃないからね!

 

「ニート教官それより俺達はこの後どうするんですか」

 

「お?ようやく回復したッスか。やっぱ若いっていいッスね。この後は汗を流した後自分と簡単に雑談ををしながら昼飯を食べようっス」

 

「昼ごはん?他の皆と一緒に行動しなくてもいいんですか」

 

「それなら大丈夫ッス。ちゃんとあっち側が何を教えているかは知っているし許可は取ってあるんで。自分は先に向かうんで汗を流したら食堂に集合するッス。待ってるっスよ」

 

 ひらひらと手を振るとニート教官はそのまま訓練所から立ち去ってしまった。あとに残るはへばっている俺と座り込んでいる南雲。疲れた体に吹き抜ける風が気持ちいい。今しばらくはこうしてへばっていたい。

 

「変わった人だね。なんかほかの騎士の人たちとは全然違う感じがする」

 

「同感。悪い人じゃなさそうだけどな」

 

 何とか立ち上がりとりあえず風呂場に向かう事にする。体はクタクタで動きたくはないが汗を流さずに昼食をとるのはゴメンこうむりたい。

 

「それにしてもクタクタだよ。ここまで運動するなんて高校入ってから初めてかも」

 

「帰宅部の俺達にはとんでもない辛さだった。あー天之河や坂上だったら楽勝だったんかねー」

 

 そんなとりとめのない雑談をしながら訓練の感想を言いあう俺達だった

 

 

 

 

 

 

「んで、君たち2人に聞きたいんスけど、後方職だから訓練はしなくていいって思わなかったスか?」

 

 食堂でニート教官と合流した俺達は昼飯を大量に食い漁った。美味い食事の後の一服をしているとそんな事を聞かれた。ズバリと聞くなぁと思いつつも正直に答えることにした。隠し事をしても面白くないからね。

 

「一応さっきメルド団長さんから説明は受けていたんですけど…」

 

「少しでも自分の身を守るすべを身に着けていた方が良いって…」

 

 この世界は地球…正確に言えば日本とは違うのだ。手ほどきを受けていた方が良いとは聞いていたのだが…思っていた以上にハードだった。当たり前と言えば当たり前なのだが。

 

「…何だちゃんと説明していたんスね。仰る通り君たちは後方支援職っす。戦線には出る事はせず城で作業などをしてもらう事になると思うっす。でもあくまでもそれは後の話であって今は人並みには自分の身を守れるようになってからッス」

 

 やはりというかちゃんと体力などはつけておかないと行けないらしい。正論過ぎて仕方のない事だが急に体力づくりをするのはやはり疲れるものだ。俺と南雲どちらともなく溜息のようなものが出てきてしまった。

 

「…いきなりこの世界に呼び出して、君たちの事情も考えずにこちらの事情を押し付けるのは正直な話申し訳ないッス」

 

 俺たちの様子に何か思う事があったのか、少し暗い顔をして頭を下げるニート教官。

 

「だからせめて君達には生き抜くためのそれ相応の知識と経験を教えようと思ってるっス。それが団長や騎士団員のせめてもの償いと総意っス」

 

 償いと総意?どういう意味だろうか。そんな疑問が顔に出てきたのかニート教官は少しだけ苦い顔をした。

 

「…内緒にしてほしいんスけどそもそもこの召喚自体、自分や騎士団は否定的なんっスよ。…いきなり現れる人間たちに頼り切ろうとする教会と、呼び出そうとするアレ()の考える事が、気に入らないんだよ」

 

 ほんの少しだけ背筋にヒヤリとしたものが流れた。気に入らないといった瞬間だけこの人の本音が垣間見えたような…

 

「それは」

 

「っと。ちょいと言い過ぎたっスね。兎も角君達が故郷に帰れる日が来るまで自分や団長は協力するッス。それまではいきなりで難しいけど自分たちを信じてくれないっスかね」

 

 先ほど感じたヒヤリとする雰囲気は嘘のように消えそこには錆びそうに笑うニートさんが居た。…この人はいい人だ。話していると本当にオレたちのことを気遣っているのが分かる。きっと南雲に話したらチョロイと言わそうだが、何だかこの人は信じてもいい気がする。

 

「わかりました。なら訓練も頑張らないとな、だよな南雲」

 

「…そうだね。色々と思う事はあるけどどうにかして頑張ろうか」

 

「2人ともありがとうッス。自分もできる限りの事はするんでこれからも色々頼りにしてほしいっス!」

 

 三人でこれからの事に悩みながらも頑張ろうと言いあう。異世界で青春染みたことを話す俺達だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ魔法の訓練を始めようっスか。2人とも準備は良いスか?」

 

「マジですか!ついに魔法か~どんな魔法が出来るやら」

 

「魔法!楽しみだったんだよね。かっこいいものができればいいな」

 

「まぁまぁ慌てないっスよお2人とも。まずは魔法がどういう仕組みなのかを教えてからッス」

 

 魔法と言う地球では絶対にできない事にはしゃぐ俺たち2人をどうどうと抑えながら落ち着かせるニート教官。苦笑しているところを見ていると、きっと今の俺達は玩具を与えられた子供の様なきらきらとした目をしているに違いない。でも仕方ないだろ?魔法なんて日本似たときには絶対に使えないものなんだから。

 

 

 

「…という事ッス。魔法について分かったッスか?」

 

「ほうほう。つまり無詠唱で魔法を使うのは無理っと」

 

「ふむふむ。魔法を使うのには魔法陣が必要ですか…」

 

 ニート教官の説明によると、この世界の魔法は体内の魔力を詠唱により魔法陣に注ぎ込み、魔法陣に組み込まれた式通りの魔法が発動するというプロセスを経る必要がある。魔力を直接操作することは出来ず、どのような効果の魔法を使うかによって正しく魔法陣を構築しなければならない。

 

 そして、詠唱の長さに比例して流し込める魔力は多くなり、魔力量に比例して威力や効果も上がっていく。また、効果の複雑さや規模に比例して魔法陣に書き込む式も多くなる。それは必然的に魔法陣自体も大きくなるという事に繋がる。

 

 例えば、RPG等で定番の“火球”を直進で放つだけでも、一般に直径十センチほどの魔法陣が必要になる。基本は、属性・威力・射程・範囲・魔力吸収(体内から魔力を吸い取る)の式が必要で、後は誘導性や持続時間等付加要素が付く度に式を加えていき魔法陣が大きくなるということだ。

 

「ここで例外があるッス。それが適正ッス。確か君たちのクラスメイトの中に炎術師っていう天職の子がいたっすよね?」

 

「あー確か中野が炎だったな。やっぱ天職が魔法に関係してくるんですか」

 

「そういう事っス。あの子をたとえ例で言うと、自分たちが高度の炎魔法を使おうとするとかなりの大きさの魔法陣やらが必要になるッス。だけどあの子なら数センチの魔法陣で事足りるッス。炎術師であるから炎をイメージすればその分式を書き込む手間が省ける適性を持ってるっス」

 

 つまり天職やそれに準ずる技能による影響があるのだろう。何とも羨ましい限りだ。

 

(炎…俺ならいろいろ使い道のイメージができるんだけどなぁー良いなぁー)

 

 そんな事を思いつつも座学が終わったので、今度は俺と南雲に魔法の適性があるのかどうかを調べるのだが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ort」」

 

「…あーっと、えっと2人ともそんなに落ち込まないでほしいっすよ~」

 

 結果的に俺と南雲は魔法の適性が欠片もなかった。攻撃魔法を無理にでも使おうとするならば一発放つのに直径二メートル近い魔法陣を必要としてしまい、実戦では全く使える代物ではなかったのだ。

 

「天職は非戦闘職で魔法は実用的じゃない。…何この糞ゲー」

 

「…どうして、どうして僕や柏木君は適性がないんだろう。期待していたのにあこがれだったのに…僕たち何か悪いことした?別に何も悪いことしてないよね。皆が戦闘職なのにどうしてなんだろう…何か強い悪意を感じる。酷いよ…こんなのってあんまりだよ」

 

 南雲が何やら呟いているがまぁそういう事だ。念願だったはずの魔法が使えないことに対する無念に項垂れてしまう。

 

「一応適性がない君たちでも魔法は使えるっちゃ使えるんすけど…」

 

「スクロールですか?でもあれは一回きりで威力は落ちるって…」

 

「他には鉱物に刻むタイプがあって何度も使えて威力もあるけど値段が高くて嵩張るから使いにくい物があるって先生は言ってましたよね」

 

「2人ともなんだかんだでちゃんと聞いてたんスね…」

 

 結局は戦闘に使える魔法は出来ないという事になってしまった。悔しいがこれも仕方のないことだと考えることにする。そうしなきゃやってられない。

 

 その後ニート教官は、錬成の魔法陣が刻まれた手袋を南雲に、調合の魔法陣が刻まれた腕輪を俺達にプレゼントしてくれた。何でも皆に今頃手渡されている武器のアーティファクト代わりの品らしい

 

「本当ならもっといいものがあると思ったんスけど…こんなもんしかなかったッス。力になれなくて申し訳ないっス」

 

「そんな謝らないでくださいニート先生。僕達にはアーティファクトは何ももらえないって思っていたんですから。ね、柏木君」

 

「そうですよニート教官。このプレゼント大事にしますからそんな暗い顔しないでください」

 

「2人とも…ありがとうッス」

 

 申し訳なさそうな顔をしていたが正直な話くれるだけでもありがたいものだ。ニート教官の心遣いに感謝しながら最後の頼みの綱である錬成と調合をものにしようと決意する俺と南雲だった。

 

「と言ってもステータスが低いんで、アーティファクトがあろうが無かろうが結局は雑魚でしかないんだけどねー」

 

 そしてポロリと出たのは嫉妬染みた愚痴。まぁこれぐらいは許してほしい。僻みのようだが皆が羨ましいのだ。

 

「あ~二人ともステータスは低いんッスよね」

 

「オール10ですよ10! まったくなんで皆が高いのに僕達は低いのか」

 

 教官の言葉に南雲は憤慨しながら答える。何だかんだで南雲も皆の高ステータスが羨ましいのだろう。そんな俺達を見つめるニート教官は…少しだけ嗤っているようだった。

 

「二人とも、そんなにステータスは大事だと思っているんスか?」

 

「?そりゃ高ければ高いほどいいに決まってるんじゃ?」

 

 実際にメルド団長の話によると高ステータスはかなり強いという話だが…どうやらニート教官はそう思っていないらしい。

 

「…これはある程度の強さに入った人間たちの暗黙の了解なんスけど、そのステータスプレートに書いてある数字は只の飾りなんスよ」

 

「え!?飾り?」

 

「ふむん?」

 

 俺は驚き南雲はふむと考える。どうやらマル秘の話をしてくれるらしい。ここぞとばかりにのめり込んでしまうのはゲーマーのサガか…

 

「とても簡単な話ッス。例えるなら…オール10の人間がオール100の人間を倒すことは出来るかどうか。君たちはどう思うっスか」

 

 例えの例が身近な俺達と天之河な辺り分かりやすいような皮肉が入っている様な…取りあえずは思ったことを伝える。

 

「そりゃ、10の人間がボコボコにされて終わりっしょ?」 

 

「ふむ。南雲君の方は如何っスか」

 

「…確かに10の人間は負けるかもしれない。でもそれはあくまで正面から挑んだ場合。そういう事でしょ先生」

 

「なるほど、南雲君はよくわかってくれた見たいっスね」

 

 南雲はすぐに理解したようだ。少し悔しいので俺も考えるようにする。思考停止だけは止めろって父さんにもよく言われているからな!

 

 そもそもステータスが高いとか低いとはどう違いが出てくるのだろう。筋力とかなら持てる物の重さが違う、体力ならどこまで動いていられるか。そういう事なんだろう。でもきっとそれは重要じゃない。南雲が言ったのは正面から駄目。なら絡めてを使って…ん?もしかしてそう言う事?

 

「ニート教官。変な例えですけど人の急所ってオール100もオール10も変わらないんですか?」

 

「お、物騒なことを思いついたっスね。答えとして言うなら変わるッスよ。ただし、意識をしなければという話っスけどね」

 

「なら寝ている時とか、リラックスしているときは…」

 

「サクリと行けるっすね。それはもう簡単に」

 

 ニヤリと笑うニート教官。なるほどそういう事なのか。高ステータスの者でも体の構造とかが変わるわけではない。つまりやり方を考えれば低ステータスでも勝てる要素があるのだ。

 

「どうやら気づいた様っスね。確かに高ステータスの奴らは強いっス。団長のように力は馬鹿げているわ、副長のように魔力の量は人間を超えているわ。でも、その数字の強さが慢心を生むっスよ、自分が強い、自分は最強だと程よく油断をしてしまうっス」

 

「一方低ステータスの人たちはどれだけやっても伸びないのなら、いっそ諦めて搦め手を使うこと考えるんだ。足りない物を知恵と発想で補うって話だね」

 

「そう言いう事っス。だから二人とも低ステータスという事で悲観するのは絶対に駄目っスよ。勿論能力が高い方が良いのに決まっているのはこの世の真理ッス。だけどだからって能力の低い物が弱いと決めつけるのは愚者の極みッス。だから向上心だけは捨てるんじゃねぇっすよ?」

 

「はい!」

「分かりました」

 

 それはもしかしたらニート教官なりの激励のつもりだったかもしれない。だがそうやって励ましてくれるのは嬉しかった。なんとも気恥ずかしい思いをしながらも元気良く返事する俺と微笑みながら返事する南雲だった。 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「錬成…錬成…錬成…錬成」

 

「おーい南雲君やーい。もう休んだらどうだーそろそろ錬成がゲシュタルト崩壊するぞー」

 

「錬成…れんせ…うーん、ううーん??」

 

 鉱石を手に取りながら首をひねり続ける南雲を止める。時がたちニート教官の訓練を終えた俺達は、自室で調合と錬成の練習をしているのだ。

 

 本来ならそれ相応の作業場を貸してもらえるはずだが今は何やら立て込んでいるらしい。二―ト教官は、その作業場を貸してもらえるための交渉と錬成と調合に関する専門の先生を探しに行ったのだ。

 ニート教官曰く何やらこの国の筆頭錬成とは知り合いらしくその人に南雲の先生になってもらえないか打診をするとか何とか…

 

「でも調合師の知り合いはいないとの事。」

 

「自習の訓練も何とかできるけど、やっぱり誰かに教えてもらった方が伸びるからねーはぁ」

 

「自主学習では限界があるからなー最も俺たちに教えてくれる希有な人がいるかどうかだが。んでどうだ錬成の具合は…って聞くまでもないか」

 

 溜息をつく南雲のその手には変な形状になった鉱石が握られていた。南雲の天職である錬成師は、鉱石の形状を変え物を作り出す職業と言われている。その言葉通り武器を作ろうとしているらしいのだが…

 

「一応、鉱石を棒状にはできたんだけどね…ほかにも平べったくしたり太くしたりとか色々…かな」

 

「なんだかんだで成功しているじゃねえか。で、そのグネグネした失敗作はいったい何を作ろうとしたんだ?」

 

 一見すると粘土細工をしているようにも見える。固い鉱石をグネグネしたものにするだけ凄いように思えるが…どうやら南雲の目指す物とは違うらしい。 

 

「……う」

 

「ん?なんだって?」

 

「…銃を作ろうと思ったんだ」

 

「はぁ!?銃ってお前…いくらなんでも出来る訳ないだろう!?」

 

「むぅー」

 

 通りで鉱石がグネグネとした歪な形になるわけだ。そもそも銃を作るって…俺はよくは知らないがマガジンやらバレルやら色々パーツの組合わせが必要になるのになんでいきなりそんなものを作ろうとしたのだろうか。つか無理じゃね?平凡を絵にかいたような高校生がそんなもん作れたら可笑しいわい!

 

「だってほかの皆は戦闘用のアーティファクトもらえているじゃないか。僕達にはないし―それならいっそ強力な武器を作ってもいいかなって…」

 

「気持ちは分からんでもないけど、流石に段階飛ばしてぶっ飛びすぎじゃ…」

 

「それは確かにそうだけど…でも」

 

「?」

 

「銃ってカッコイイじゃないか」

 

「むむ」

 

 カッコイイものを作りたい、そう言われてしまうと頭ごなしに否定するのは憚れる。やりたいことにケチをつけるのは違うような気がするしそう思っての行動なら止められない。最も出来る筈のない物でもあるし、南雲自身出来る筈がないと分かってはいるだろう。つーか出来ちまったらこの世界のパワーバランスが消えるような…そうでもないか? 

 

「と言っても出来ない事はちゃんとわかってはいるんだけどね。…出来ちゃったら世界の情勢変わっちゃうし」

 

 苦笑して手元のゴツゴツとした鉱石を丸い球状に変えていく。改めて見るが力を加えているわけでもなく手の平にある鉱石が変わっていくのは摩訶不思議な現象だ。ボケーと見ていると南雲がこちらの視線に気づいたようだ。

 

「どうかしたの?」

 

「いや、…何だかんだで魔力ってのがあるんだなぁと」

 

 手の平に乗っている石ころの形状を変えていく。日本にいたころには絶対に出来ない事だった。いくらそれがこの世界には当たり前の出来事だったとしても、やっぱり違和感がある。

 

「そうだよね。日本にいたころには考えられない力を僕は手に入れたんだ」

 

「物質錬成の能力ねぇ…どうやって使っているんだ」

 

 自分にはできないその力はどうやって使っているのか。南雲に聞くが苦笑されてしまう。

 

「これがうまく説明できないんだ。魔力を流すというより……んん?」

 

「どったの?」

 

 首を傾げ改めて自らの掌にある鉱石に視線を移す。そこにあるのは先ほど変わらない球状の鉱石。しかし南雲には何か違和感を感じたようだ。

 

「いや、何でもない。それより柏木君は何を作っているの?」

 

「んー俺か?俺は回復薬を作ろうとしているんだけど…」

 

 俺の前にある簡易作業台の上にある物を見ながら質問する南雲に上手い返事を貸すことができない俺。作っているのは市販に売ってある回復薬をより上位の物にしようとしているのだ。

 

 だが上手く出来たものは無い。当たり前の話だが回復薬に回復薬を混ぜ合わせたところでできるものは量が増えただけの回復薬だ。ゲームの調合師たちはどうやって上位の物を作り出しているんだ? 

 

「うーん。発想は悪くない筈なんだけど…」

 

「…ねぇ柏木君、それってちゃんと魔力を込めてやっているの?」

 

「…!?」

 

「そりゃ上手くできるわけないじゃないか」

 

 失念していた。根本的な所が駄目駄目だった。恥ずかしさの余り顔が赤くなるのを感じながら魔力を回復薬に込め、混ぜ合わせる。

 

「で、味の方は…」

 

「味?」

 

「うん微妙だ。つーかコレちゃんと回復効果上がっているのか?」

 

 そもそもの話ちゃんとこれは回復薬の効果が上がっているのか俺では判断できない。試しにと飲んでみた南雲も味は既製品より多少良くなってはいるがそもそもどこまで効き目があるのか分からないだそうだ。

 

 ちなみに味はリ○ビタンDだ。いったいこの異世界からどうやって作りだされたのか非常に謎である。あとで南雲と話してみよう。

 

「そもそも俺は怪我なんてしていないからなー …んん?そもそも回復薬って飲むものなの?それとも傷口に振りかけるものなの?どっちなんだ?」

 

「言われてみれば…どっちなんだろう?僕はてっきり飲むものだと思っていた」

 

「む?むむむ??…俺達の世界には手に入らない物だからなぁ一体どうすれば…」

 

「一応魔力回復薬は飲むもので怪我に使う物は振りかけるのが主流ですよ」

 

「む?」

 

 声がした方に振り替えればそこにはアリスさんがお盆をもって立っていた。失礼しますと一声だし、俺達に歩み寄ってくる。一体いつの間に部屋に入ったのだろうか全く気付かなかった。…このメイド出来るっ!

 

「そろそろ休憩されてはいかがでしょうか。根を詰めるのはよくないですよ」

 

 持ってきたお盆には焼き菓子と飲み物があった。焼き菓子は見たところ煎餅とクッキーだろうか。疲れているの中でこれはとてもありがたい。南雲と共に礼を言い早速ありつくことにする。

 

「…この煎餅ウメェ!」

 

「このクッキー味が優しい…あ~疲れた体に染み渡るぅ~」

 

 味はとても美味で南雲はすぐにだらけた顔になってしまった。アリスさんはくすくす笑っているところからしてきっと俺もそんな顔をしているのだろう。

 

「良かった。味にはちょっとした自信があったんですけどもし口に合わなかったらと考えていて…気に入ってもらえてよかったです」

 

「いえいえ日本人の俺達にとっては丁度いいものです」

 

「お菓子作り得意なんですね。ちょっと意外に見えます」

 

「あはは…数年前までは全くできなかったんですけど知人と一緒に料理をする機会がありまして、その時にのめり込んでしまって」

 

「へぇー数年でここまで上達するんですか…」

 

 俺も練習したら上手くなるだろうか?…駄目だな数年はかかる。そんなに器用ではないのだ。

 

「ふふふ、それより錬成と調合の調子はどうですか」

 

「あーどうも思ったようにうまくいかなくて…」

 

「余計な事を考えすぎているからでしょうかね、難航していますよ」

 

 あんまり芳しくないことを説明する。南雲と同じような曇った表情だ。そんな俺達を見てアリスさんはふむと考え込み口を開いた。  

 

「…少しよろしいでしょうか」

 

「はい?なんですか」

 

「南雲様も柏木様もうまくできなくて悩んでいるようですが最初はそんな物ではないでしょうか?」

 

「ふむん」

 

 確かにそれは一理ある。誰かって最初は上手くいかないものだが…

 

「誰かって最初は上手くいくわけがありません。月並みですが失敗を繰り返しそこから何を学び考えるかが成功の道になるのです」

 

「でも…」

 

「南雲様。まずはご自身の錬成を見直すのです。ある偉くて強い王様は言いました。『凡俗であるのなら数をこなせ。才能が無いのなら自信をつけよ』と。」

 

「自信をつけろか…どこかで聞いたことあるような気がする」

 

 良い言葉だ。何度も数をこなし自信をつけることが成功への道筋だと凄くわかりやすい。いったい誰の言葉なのか。

 

「柏木様。あなたは…」

 

「…ゴクリ」

 

「頑張ってください!」

 

「何もねぇのかよ!?」

 

 南雲に対して真摯に話すものだから俺にも何かあるのだろうかと身構えていたらなんとも投げやりな言葉が来た。あんまりすぎる、内心何が来るのかドキドキしていたのに!

 

「し、仕方ないじゃないですか!私だって柏木様がまさか非戦闘職業になるとは思ってもみなかったんですから!うまく言えませんよ!」

 

「それでも何かこう無いのかよぉ~期待したじゃんか」

 

「むぅ、なら色々試してみてはどうですか。そもそもの話、2人ともこの世界に合わせようとしすぎなんですよ。もっと好き勝手ハジけても良いんですよ?寧ろもっとはっちゃけて下さい」

 

「ハジけるって…」

 

「その方が私の好みなので。…む!そろそろ時間の様ですね。それでは私はこの辺でお暇します。では、頑張ってくださいねー」

 

 好き勝手煽るとそのまま、すたこらさっさと部屋から出て行ってしまうアリスさん。あとに残されたのは何とも微妙な表情をした俺と何か思う事があるのか考え込む南雲。

 

「…取りあえず錬成もうちょっと頑張ってみるよ」

 

「ん?まだやるのか」

 

「うん。『諦めたらそこで試合終了』ってね」

 

「そっか。なら俺ももうひと頑張りしてみようかな」

 

 食べ終わったものを簡単に後片付けした後、それぞれ作業に集中する。今はまだ何もできないかもしれない。それでも一歩ずつ成長するのだ。

 

 

 

 

 




一言メモ

ニート・コモルド メルド直属の部下。一見やる気がなさそうに見える

魔法陣 どうせすぐに意味のない言葉になる。不要の産廃、合掌

魔力回復薬 味はリポ○タンDらしい、この異世界でどうやってその味が…



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上手く行かない

光輝君登場。彼はとても難しいです。


「南雲頼む、もっと優しくしてくれ」

 

「ならもっと力を抜いて柏木君」

 

「んなこと言ったって…いぎぎぎ!!ちょっ!?やめんかこのドS!」

 

「へぇ そんな事言うんだ」

 

「あ、やめ…アッーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

「いったい何変な声出してるんスか」

 

「ニート先生」

 

「痛いのぉ…もうお嫁にいけないのぉ」

 

 呆れながら大きな木箱を運びながらやってくるニート教官。現在俺達は訓練所でストレッチをしていた。南雲に手伝ってもらい体をほぐしていたのだが何分今まで体を動かすことはあんまりなかったので体はバキバキに固まっている。毎度のこととはいえ南雲にイジメられるのはどうにかしてもらいたいものだ。

 

「まぁいいっスけど、それより南雲君、筆頭錬成師の事ごめんなさいッス」

 

「あはは、別に謝らなくてもいいですよ。ニート先生や柏木君と訓練しているのは楽しいですし」

 

「そう言ってくれるのは有り難いけど不甲斐ないッス。まさか顔を見合わせたらウォルペンさんに逃げられるなんて…別にいいじゃないッスか~今回は武器を壊したわけでもなく面倒事の後始末を頼むわけでもなく城壁をぶっ壊したわけじゃないんすからじゃないんッスから」

 

 ニート教官曰く、筆頭錬成師の職人さんに会いに行ったところ逃げられてしまったらしい。色々過去に頼みごとをした結果だからしょうがないと溜息をついているけど騎士団の人たちは一体何をやらかしていたのやら。

 

「しょうがないッス。切り替えて行くッス」

 

「それで今日は一体何の訓練ですか」

 

「今日は武器を持って訓練をするッス。色々拝借してきたッスよー」

 

「武器!?マジですか!」

 

「うわぁ一杯ある…より取り見取りだ」

 

 南雲が目を輝かせながら木箱の中をのぞく。もちろん俺も後に続く、木箱の中にはぎっしりと武器が詰まっていた。剣に槍に短剣、斧に曲刀に刺剣に大剣、鎌に槌もあれば鞭もあり、鎖鎌に弓もある。いったいドンだけ武器があるのだろうか。ニート教官曰くこれでもまだ少ないのだというのだから驚きだ。

 

「君たちがどんなものに適性があるのか確認したいッス。刃は潰してあるし訓練用に調整されているんで好きなものを持ってみてほしいッス」

 

「良いんですか!? 南雲どうしよう?お前は何にする?」

 

「僕は…取りあえずコレかな?」

 

 南雲が取り出したのは細い西洋剣だった。細身の南雲にはよく似合うというべきか。まさしく初めて剣を持った少年と言った感じで良く似合っている。見習い剣士かな?

 

「なら俺は…コイツかな?」

 

 そういって俺が取り出したのは斧だ。剣が良いとは思ったものの無骨な物に惹かれるのだ。もしくはシンプルなものがいいというべきか。俺が手に取った斧は小さい刃に木の取っ手と言うまるで農作業用の奴だ。確かハチェットと言うんだったか…?

 

「あれ?柏木君、斧を選んだの?意外だね」

 

「まぁな 一度振り回してみたかったんだ」

 

 意気揚々に担いでみるが…何故だろうか。手に馴染む様な感じがしない。当たり前と言えば当たり前か。武器が似合う学生なぞ存在してほしくもない。

 

「2人とも武器を選んだッスね それじゃあ始めるッスか」

 

 そんな言葉でとりあえず訓練は始まった。

 

 

 

 

 

 

「さぁ まずは軽く構えてみるッス」

 

「うい」

 

「はい」

 

 南雲と二人並んで素人感丸出しで構えてみるが、やっぱりと言うか当然とも言うかニート教官から色々修正が入る。

 

「南雲君もっと脇を占めて!襲ってくださいと全身で言ってるっス! 柏木君は体がふらついているッス!なんスカそのグネグネした動きは!?」

 

「「はい!」」

 

「2人とも足に力が入ってないッス! そんな立ち方じゃ何にも動けないッス!まずはしっかりと立って武器を持つッス!」

 

 と言う感じでなんだかんだで武器の振り方や特徴を教えてくれているのだが…

 

「今のところ南雲君は問題無いっすね。今はおぼつかなくてもこの調子で訓練をやっていけばそこら辺のチンピラ相手なら時間を稼ぐことが出来そうッス」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 南雲は教官の言葉をよく理解しなおすべきところは確実に直していった。予習復習を欠かさない南雲はこの調子である程度なら問題ないようになるかもしれない。

 

「柏木君は…」

 

「言わなくてもわかってますよーだ」

 

 問題は俺だった。確かにフラフラで斧に振り回されている感じだったけど最初はこんな感じのはずだ。多分。だからそんな可哀想な物を見るような目で俺を見ないでほしい

 

「全然駄目っすね。やる気が空回りしすぎて何一つ身についていないっす」

 

「柏木君。ほかの武器を試してみたら?良いですよねニート先生?」

 

「勿論。とりあえずいろいろ試してみるッスよ」

 

 という訳で色々試してみることになった どれか俺に会うようなものが見つかればいいのだが…

 

「槍はどうかな?」

「長スギィ!遠心力に振り回される!」

「んじゃ大剣ッス」

「も、もてましぇーん!」

「んー弓は?」

「これどうやって弦を引くんですか?非力な女性でもちゃんと使える武器じゃないの?」

「えっと、鞭!」

「痛ぁ!SMプレイは興味はありません!」

「短剣!」

「…これが物を殺すって、あちっ!指切った!」

「もう何やってんスか!何で刃を潰した刃物で怪我をするんスか!?おまけに素人が逆手で持つんじゃねぇッスよ!」

「ぶーぶー」

「はいはいブーたれていないで、次は…ニート先生どうします?」

「はぁ…じゃ初心に戻って剣を持ってみるッス」

 

 ニート教官から渡されたのはいたってシンプルな西洋剣だった。南雲と違うところと言えば刀身が幅広と言うべきか。持ってみたが合わない感じがするが、これ以上文句を言ってもしかたがない。諦めてしげしげと手渡された剣を見る。

 

 いたって装飾が施されたわけでもなく刃の方も潰れているだけあって手を切る心配はなさそうだ。しかしなぜか刀身に目を奪われる。むしろ奪われるというより…

 

「?どうかしたッスか」

 

「柏木君?」

 

 2人の声が聞こえてても俺は刀身から目が離せない。人を傷つけるというただそのために存在するこの剣に。

 

「大丈夫ッスか? 他のに変えてみるッスか?」

 

「あ、いえ…大丈夫です。すみませんぼーっとしちゃって」

 

「…そうッスか。なら訓練を再開するッス。さっきまではとりあえず武器を振るう訓練をしていたッス 次は…対人戦の訓練をするッス」

 

「対人戦ですか」

 

「そうッス。 勿論魔物相手の訓練もするけど、今日は自分が相手をするんで相手にどう対処するか、どう立ち向かうかなど基本的な事を考えていくッス。」

 

 対人戦。この世界にいる以上いつかどこかで人と相手をすることがあるのだろう。だから経験しなければいけないことだ。しかし…

 

「最初は柏木君から行くッスか。柏木君武器を持って自分と向き合うっす」

 

 考えが纏まらないうちに教官が俺の前に移動する。頭を振り訓練に集中しようとして剣先を教官に向ける。

 

「さっきよりかは大分マシになったスね。それじゃまずは自分に遠慮なく剣を振りかぶって欲しいッス」

 

「…この剣でですか」

 

「ッス。ああ怪我の心配はしなくてもいいっすよ 自分これでも君たちより遥かに強いんで」

 

 俺を安心させるように笑うニート教官。確かになんだか強そうな感じはする。だから俺や南雲が何千何万回攻撃しようとしてもきづ一つつけることは出来ないという予感を感じる。…だが俺の足は地面に縫い付けられたように動かす事ができないのだ。

 

「…?柏木君?どうしたの?早くしないと先生から攻撃されちゃうよ」

 

「お、おう…分かっているんだけど」

 

 南雲がせかすように言うが、足は動かない。気のせいか持っている剣の剣先がぶれているような感じもする。

 

「………」

 

 何も動かない俺に教官は特に注意する様子はなくむしろ目を細めて観察している。しかし自分の事に精一杯の俺は気付かない。気付くことさえできない。

 

(攻撃する…ただ振りかぶって真っ直ぐに剣を振り切ればいいんだ。相手は本物の騎士。怪我なんてするはずがない…だけど、もし当たってしまったら?)

 

 何度かイメージする物の中々うまく体が動かすことができない。どうしても相手を怪我させてしまったときのことをしか考えることができない。

 

(大丈夫だ。だからビビるんじゃねえ…むしろやらないとこっちがやられちまうかもしれないんだぞ。大丈夫だ大丈夫…本当に?本当にやらないといけないの?()()()()()()()()()()()()()?)

 

 頭の中が真っ白になる中、ふいにガシガシと頭を撫でられる感触があった。気が付けば目の前にはニート教官が立っていて苦笑しながら俺の頭を撫でていた

 

「…教官?」

 

「顔色が悪いっすね。ちょっと休もうっスか」

 

「いや、俺はまだ」

 

「駄目っす。これは教官命令ッス。」

 

「…分かりました」

 

 口調は優しいが目は笑わずはっきりと断言されてしまったため、もう何も言えなくなってしまった。ニート教官はそのまま待機していた南雲と訓練を開始する。

 

 南雲は動きがおぼつかないながらも教官と対峙し打ち合いをしている。俺は何とも言えずにただその光景を眺めるしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 天之河光輝にとって幼少の時から困っている人を助けるのは当然の事だった。自分には人を助けることができる力がありまた祖父の教えもあった。厳格ながらも偉大で誰よりも尊敬していた祖父に褒められるのは嬉しかったし光輝自身困っている人が笑顔になるのも好きだった。

 

 そんなある日いきなりクラスメイト共に異世界に召喚されてしまった。警戒する光輝だったがそこで出会ったトータスの教皇イシュタルにより人間が危機的な状況にあるという事を知った。

 

 魔人族と言う悪辣で卑劣な種族により人間族は滅びの危機にあると。危機に瀕している人間族を救うために呼び出されたのだと説明された。

 

 助けて欲しいと願われたのなら光輝は助ける。救ってほしいというのなら自分の出来る限り行動する、それが光輝にとっては当然の事だったし祖父との約束だった。

 

『弱きを助け、強きを挫き、困っている人には迷わず手を差し伸べ、正しいことを為し、常に公平であれ』

 

 幼い時に交わした約束。祖父はもうこの世にいないがずっと守り続けてきた、日本にいたときから変わらない事だった。

 

 幸いにも、このトータスと言う世界に来てからあふれるような力が体の中から出てくるの感じたため、この力なら助けを求める人たちを助ける事が出来ると光輝は思った。

 そんな決意をする光輝にとって親友の坂上龍太郎や幼馴染の八重樫雫、クラスメイトの皆が手伝うと言ったことには予想外だったがとても嬉しかった。皆が一緒にいるのなら心強い、きっとなんだってできると光輝は思った。そしてそんなクラスメイト達を守りたいと考えたのだ。

 

 そんなこんなで始まった訓練は光輝にとって疲れるものの楽しく充実したものだった。自分の力がぐんぐん伸びていくのを感じ、また剣技や魔法を教えてくれる騎士団の人たちや見ら知らぬ場所で戸惑う自分たちの生活を支えてくれる王宮の人たちは皆気が良くいい人達だった。

 

 光輝は絶対にこの人たちを魔人族の手から助けよう…世界を救って見せると決意したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅー今日も疲れたな」

 

 訓練が終わり王宮にある立派なお風呂に入り人心地付いていたときだった。夕飯の時間まで光輝は散歩をしていた。

 

 今日の訓練は騎士団長であるメルト・ロギンスとの手合わせだった。光輝は日本で剣道をしていたことがあり、この世界では勇者と呼ばれるような天職とステータスを持っていたため自分は強いという自負があった。 

 

 しかしメルドはそんな自信に満ち溢れる光輝を軽くあしらう技術を持っており、少しも歯が立たなかった。歯が立たない事に悔しくもあったが、逆に明確な目標ができて光輝は嬉しくなった。いつか絶対に越えてやるという気持ちも持った。そんな充実した訓練を振り返りながら訓練所にたどり着いた時だ。

 

 誰かが一人端っこの方でポツンと座っているのが見えた。訓練はもう終わっている時間であり、騎士たちも引き上げている。こんな時間に一体誰だろうと思いながら近くまで近づいてみるとそこにいたのは意外な人物だった。

 

「そこにいるのは…柏木?」

 

「ん…なんだ天之河か」

 

 そこにいたのはクラスメイトの柏木だった。意外に思いつつもどうしてここにいるのだろうかと光輝は思い声を掛けようとして柏木がなぜか落ち込んでいるように見えた。光輝は柏木とあまり話をしたことがない。クラスメイトではあるが進んで会話をしたことは無かったのだ。

 

 こうやって2人だけで話すの初めてだなと思いつつ声をかける

 

「いったい訓練所で何をしているんだ?もう訓練は終わって皆風呂に入っているぞ」

 

「…ああ」

 

「聞いているのか?」

 

 話しかけたものの柏木は心あらずのような声を出しなにやら考え込んでしまった。そんな普段の様子とは違うクラスメイトの姿に光輝は多少戸惑ってしまった。

 

 光輝にとって柏木とは南雲ハジメ、清水幸利といつも一緒にいてゲームや漫画の話を楽しそうに話しており、良く笑っているという人物だった。 いつも何が楽しいのかわからないぐらいニコニコ笑っているクラスメイトがなにやら考え込んでいることに首をかしげる光輝。

 

「どうしたんだ?何かあったのか?」

 

「ん~~まぁそういえばそうなんだけど…」

 

 妙に歯切れが悪い。いったい何を悩んでいるのか光輝には見当がつかない。言ってくれないと分からないのだ。 

 

「なら俺が相談に乗るよ」

 

「ふぉ!?あの天之河が!?マジで?」

 

「何でそんなに驚くんだよ…」

 

「いやだって天之河って坂上か又は女の子しか話すことができないイメージがあったから…」

 

 驚いた顔で随分と失礼なことを宣う柏木。気を悪くするほどの事でもないが一体どんな目で見られているというのか。

 

「柏木、お前は一体俺をどんな目で見ているんだ」

 

「勉強ができてスポーツもできておまけに顔はその綺麗な顔を吹き飛っばしてやるってなるほどの超絶イケメンと言う世の中の男が殺意を抱く様な完璧?な奴」

 

「それ、褒めているのか?なんだか貶されているような気がするんだが?」

 

「わかんない」

 

 ズケズケと話す柏木は変な奴だ。光輝はそう思った。最も失礼なことを言っても冗談を言っているとはわかるので不快な感じはしない。

 

「で、いったい何について悩んでいたんだ」

 

「話を無理矢理戻すとはやるなぁ… それなんだけど訓練の内の一つに教官と手合わせがあってだな」

 

「ああ、俺がメルドさんとやっている奴だな」

 

 現状メルドから一本もとることができない訓練だが光輝にとってはとても充実している訓練だった。上には上がいる、当然の話ではあるが日本にいたころでは負けなしの光輝にとって敵わないが挑戦すべき目標が居る大変有意義な訓練。

 

「それなんだが…恥ずかしいことに俺、剣を持って教官と向き合ったら何にもできなくてさ」

 

「??? 相手は騎士なんだ、何にもできないのは当たり前だろ」

 

 相手は本物の騎士だ。素人が適う筈がないのにいったい柏木は何を言っているのか。非難するような目で見れば、柏木は困ったような顔をした後深く息を吐いた。

 

「そうじゃなくて、一つも動けなかったんだ」

 

「んん?動けなかった?」

 

「うん …怖くなったんだ。もし俺の持っている武器でニートさんが怪我をしたらと思ったら…足が動かなくなっちまって」

 

 柏木は深く息を吐くと苦笑した。その顔は本当に困っているような顔だった。

 

「はぁー情けない話だ。どうにかしないといけないとはわかっているのにどうすればいいのか本気でわからん 天之河お前はどうだった?」

 

「俺か?俺は…なんともなかったな」

 

「マジか。 やっぱり天之河は俺とは違うな。羨ましい限りだ」

 

 力なく笑う柏木、しかし光輝にはわからない理由だった。相手の力量を見極めれば敵わない相手だという事はすぐにだってわかる。怪我をさせること自体無理だという事が光輝にはすぐに分かるのに、柏木の考えが良く光輝にはわからなかった。

 

(…まぁいいや。さて、どう声を掛けるべきか)

 

 しかしそれはそれとして、悩んでいるのなら手を貸すべきだと光輝は考える。しかしこのケースは日本にいた時とはちょっと違う物だった。光輝がこれまで日本で相談に乗った人の大半の悩み事は会話や親友の龍太郎と一緒に解決してきたものであったが、これは初めてのケースだ。

 取りあえずそれでも訓練をするべきだと声を出そうとしたところで、柏木はゆったりと立ち上がってしまった。

 

「ま、そのうち慣れるかな?すまんな天之河変なこと言ってよ」

 

「それはいいんだが…大丈夫か?何か力になれることがあるのなら何でも言ってくれ」

 

 声尾を掛ける前にどうやら柏木は自分で結論を出してしまったようだ。立ち上がり背を伸ばす柏木に何となくいつでも相談に乗ると言うと柏木はニヤッと笑う。

 

「お?何でも? …男から言われてもうれしくとも何ともないこの虚しさ。んーなら俺がピンチなったら助けてくれないか?」

 

「それなら安心してくれ。俺は柏木も皆も守って見せるから」

 

「なんとも頼もしいお言葉だ。頼んだぞ勇者様」

 

 ケラケラ笑うとそのまま柏木は歩いていく。その背中を見ながらクラスの皆とこの世界の人間を改めて必ず助けようと考える光輝だった。

 

 

 

 




一言メモ

天之河光輝 彼には尊敬し敬愛している祖父が居る。幼少のころに亡くなった祖父の教えを光輝はずっと大切に守り続けている。


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経過報告

 

 

 

 時間帯は夜中。王宮にある騎士団長室にてメルド・ロギンスは部下からの報告書を読んでいた。

 

「ふむ…やはり成長が著しいな」

 

 読んでいる報告書は異世界から呼び出された少年少女たちのステータスだ。部下の一人一人を専属につけ、戦えるように訓練をさせていく。その報告としてステータスと一緒にどういった思考論理か、また戦いについて行けるのかと言う報告なども一緒に記載させていたものを読んでいたところだ。

 

 一通り見たメルドとしての感想は、やはり自分たちとは成長の速度が違うと感じるものばかりだった。自分たちトータスの人間が地道な訓練を重ねてステータスあげていくものを僅か数日間で並ぶような速度で成長していく。今までにないことで分かっていても驚愕するものだった。

 

 コンコン

 

 召喚組の成長の速度に唸るメルドの部屋にノックの音が響く。報告書から上げるとメルドは扉の前へ歩いていく。

 

「誰だ」

 

「俺ッス。メルド団長」

 

 事前に呼んでいた人物が時間通りに来たことに思わず苦笑いしてしまうメルド。扉を開けるとそこにいたのはなんとも嫌そうな顔でこちらを見ているニート・コモルドがそこに立っていた。

 

「…なんスか そんな気持ち悪い顔をして。滅茶苦茶気色悪いッス」

 

「すまんすまん 取りあえず入ってくれ。今茶を出す」

 

「いらねーッス。メルド団長が入れた茶はクソマジィから自分で入れるッス」

 

 そういうとニートはずかずかと部屋の中に入り我が物顔で部屋の備品を物色する。メルドはそんな部下の姿に呆れたように笑う。

 

「ん、どぞッス」

 

「おっとすまない」

 

「礼は良いッス。それよりさっさと本題に入るッス」

 

 部下から手渡された紅茶を楽しむ暇もなくニートが本題に入ろうとする。部下が手ずから入れてくれた紅茶を楽しめないことに少しばかり悲しそうな顔をするが

気を取り直しては話を聞く体制に入る。

 

 実は生産職である2人の少年の様子や訓練状況などを担当教官であるニートの口から聞きたかったのだ。そのためにわざわざ個別に話せるように部屋まで呼んだのだ。

 

「では、報告を始めてくれ」

 

「あいあい了解ッス。 まず2人のステータスなんスけど、報告した通り、全然伸びてねぇッス。全部が3~4ぐらいしかあがってねぇッス」

 

「ふむ …やはり奇妙だ。他の召喚された者たちはドンドンステータスが上がっていく中、あの2人だけ伸びが悪いといういのは流石におかしい」

 

「そりゃ生産職だからじゃないっすか?非戦闘職なんスからステータスの伸びが低いのはおかしくないッス」

 

「だとしたらだ。何故あの2人は他の者と同じような戦闘職にはなれなかったんだ?全員が戦闘職になる中なぜかあの2人だけ生産職。という事はあの2人だけが何か特別な…」

 

「はいはい考察をするのは構わねぇッスけど報告を続けるッスよ」

 

 考え込むメルドにニートはパンパンと手を打って話を勧める。それもそうかと眉間を軽くもむとメルドは紅茶を一口飲みニートの報告を促す。

 

「んで戦闘訓練に関してなんスけど駄目ッスね、特に柏木君」

 

「ほぅ」

 

「ありゃ使いものにならねぇッス。戦争に参加させるのは俺は反対ッスね」

 

 ニートの至極呆れたような声にメルドは口の端をあげる。特に何も言わず目で続けろと話を促す

 

「武器を持てばフラフラする、魔法は適正が一つもない。おまけに身体能力もそこら辺のチンピラより劣る。3重苦じゃねぇッスか」

 

「だから戦争に連れていくのはやめておけと?」

 

「そうッス。真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方であるって話をよく聞くッスよね。つまりそういう事ッス」

  

「そうかそうか…クックック」

 

 ニートの報告にメルドは笑いを抑えることはできなくなり口から洩れてしまった。そんなメルドをニートは心底気持ち悪そうに見る。

 

「なんスか。その顔やめてほしいッス。鳥肌が立ちそうッス」

 

「いやいやお前がそんなにあの2人の事を気に入るとは思いもしなくてな。つい嬉しくなってしまった」

 

「あ?いったい何の話」

 

「今話したこと、嘘が入っているのだろう?」

 

 メルドの言葉にニートは固まる。メルドは知っている、ニートがあの少年たちにの事を気に入っているという事を。つくづく気を許した相手には詰めが甘い奴だと思いながら随分とあの2人に入れ込んでいる部下に笑いながら話しかける。

 

「ニート。お前があの2人の事を気に入ったのは知っている。自分の事を尊敬し敬ってくる奴を気に入るのは何もおかしなことじゃない。だからわざと貶し戦争から遠ざけようとしているのだろう。しかしだ。報告に関して虚偽の報告をつくのは見逃せんな」

 

「……ッチ。そこは簡単に騙されてくれねぇッスか。脳筋団長」

 

「あいにくこの騎士団で一番お前のことを理解しているつもりでな。そう簡単に騙される事は出来んよ」

 

「はぁー 分かったッスよ。ちゃんと順番に報告するッス。まずは南雲君についてッス」

 

 南雲ハジメ。錬成師と言う天職を持った線の細い童顔の少年だ。勇者天之河光輝の十分の一のステータスだったため記憶に残っている。

 

「あの坊主か。ニートから見てどんな少年だった」

 

「あの子は他の召喚された子たちと比べて冷静に物事を見ているッス。きっと混乱する異様な状況になってもすぐに判断し動ける人間ッス。今はへっぽこだけどステータスや天職さえまっとうな物だったら騎士見習いにしたかったスね」

 

「なんだ、べた褒めじゃないか。お前がそこまで人をほめるなんて珍しいな」

 

「うるせぇッス黙ってろッス」

 

 揶揄してやるとニートは不機嫌な顔で睨みつけてくるがメルドは気にもしない。

 

「続けるッス。何より南雲君は性格が良いっすね。話をよく聞いて考えているから教えがいがあるッス。あれは無能な味方にはならねぇッス。取りあえずこのまま長所である冷静さを伸ばす様に鍛え上げるッス。どんな事になっても最善を引っ張って来れるような子に仕立て上げようと考えている所ッス」

 

「わかった。引き続き教育と訓練を頼む」

 

 天職が非戦闘だったとはいえ部下がここまで褒めるとは中々の物だとメルドは南雲の評価をあげることにした。 

 

「次は…」

 

「柏木君ッスね。んーあの子は…」

 

「どうした?何か言いづらそうだな」

 

 何やら難しそうな顔をするニートだが被りを振るとそのまま報告を続ける

 

「…いやいいッス あの子は南雲君よりさらに戦闘向きじゃねぇっす。」

 

「と言うと?」

 

「武器を持って手合わせの訓練をしたんスけど、あの子は何もできなかったッス」

 

「むっそれは…」

 

 聞けば足が止まってしまったらしい、しかしそれも仕方ないと思うメルド。なにせ異世界から来た人間なのだ。こことは比べ物にはならないほど安全で治安の良い世界があっても何もおかしくはない。

 

(やはりそういう者が居てもおかしくはなかったか)

 

「気付いているかもしれねぇスけど、対峙した時の柏木君の青ざめた顔を見れば一目瞭然ッス。優しい子なんでしょうね自分たちにとっては何でもない事(殺し合い)にあの子は怖くて震えていたんッス」

 

「そうか、しかしだからと言ってそのままにしておくわけには」

 

「もちろん分かっているッス。このままだとこの世界で生きぬくには少々厳しいッス。だからまぁそれなりには動けるようにはしておくッス。あの子のためにも」

 

「うむ、引き続き教育を頼む」

 

「あいあい了解ッス」

 

 返事をするとそのまま備え付けのソファーに身を預けるニート。話疲れたというよりは職務が終わってオフに切り替わったのだろう。見事にだらけ切っている。

 

 メルドはそんなニートを咎めることなく事務作業に戻る。召喚された者たちの訓練内容や通常の業務などするべきことはまだまだあるのだ。

副隊長であるホセに通常の事務作業を無断である程度は押し付けているのだが、だからと言ってずっとそのままでいいわけがない。やるべきことをするために集中するメルド。

 

「……ここからは俺の独り言だ」

 

 書類を見たままメルドは一言呟いた。それが何を意味するのか付き合いがそれなりにあるニートはよくわかっていた。今から話すことは他言無用のメルドの直感から来ている話だと。

 

「あの者達の中で気になる人物がいる。名前は…」

 

「火術師、中野信治。召喚されてきた者達の中で最も異端の匂いのする者」

 

 チラリとニート見るが目をつぶって完全にだらけ切ったままだ。言いたいことは理解しているのだろう。

 

「…独り言に返事を返すのは止めとけ。兎も角隠そうとしているようだがアイツは俺達側の人間、より正確に言えば」

 

「自分と同じ()()()()()()の人間ッスか」

 

「ああ、多分な。…そして強い。おそらく俺と同格」

 

 ピンと空気張り詰める。自分と同格と聞いてニートの警戒度が上がったのだろう。それほど中野信治と言う男がメルドには異端に見えたのだ。

 

 ステータス上は普通の術師と言っていい能力ではある。傍から見たって多少落ち着きがある少年とみられるだろう。それは中野の担当でもあるメルドの部下カイルからも報告されていた。

 

 しかし匂うのだ。只の少年ではないと、自分やニート、副長ホセと同じような同類のような直感を感じるのだ。

 

「まぁ、今の所何かをするそぶりも見受けられないし、他の奴らにも隠そうとしているところからヘタに接触しないのが賢明だろう、寧ろ迂闊に触れると大火傷では済まされん」

 

「…根拠は」

 

「無い。俺の直感だ」

 

 呆れたような溜息が聞こえてきた。隠そうとしている素振りから他の者に知られたくないのだろう。だから今は様子見と言うのがメルドの意見だった。突っついて大火傷を負ってから後悔するのだけはしたくはない…最も火の用心も必要な事でもあるのだが。

 

 確認したかった雑談を終え書類作業に戻るメルド。そのままある程度の時間が過ぎ深夜になった時だろうか。ぼそりとメルドだけにしか聞こえない声でニートは話しかけてきた。

 

「…なぁメルド」

 

「なんだ」

 

()()()()()()()()()?」

 

 ニートは天井を見上げたまま顔をこちらに向けない、しかし口調と雰囲気が変わり先ほどまでの軽薄さが抜けていく。

 

「あの子たちは戦いという事からほど遠い場所で育ってきた人たちだ。それをまぁ人間族が危機だと言うだけでこの世界に無理矢理連れられてきたんだ」

 

「……ああ」

 

「武器を持ってはしゃぐ南雲君と柏木君の姿を見ていたらさ俺思ったんだよ。ああこの子たちは本当に武器をもって人を殺したことがないんだって」

 

 メルドは何も言わない。しかしニートは構わず言い続ける。

 

「俺達がやっていることは何も知らない子供に人殺しの仕方を教えて、そして国のために死ねっていう外道なことをしているんだぞ?」

 

 メルドは口を挟まない。当然そんなこと知ってるからだ

 

「あの子たちは故郷への帰り方が分からない。そんな子供たちを帰らせるために戦争に参加させるなんて間違っていないか?」

 

 メルドは口を開かない。ニートの疑問がもっともだと理解しているからだ

 

「そもそも変な話じゃないか。確かに魔人族も魔物も脅威だ。人間族が負けてしまうのは仕方ないかもしれない。しかしそれはオレ達がただ弱かった。それだけで済む話だ。なぜわざわざ人間族を助けるという名目でほかの世界の人間を呼び出すんだ?一体エヒト神は何を考えているんだ?これじゃまるで愉快犯じゃ」

 

「そこまでだ」

 

 メルドの静かでそれでいて有無を言わさぬ声でニートを黙らせる。静寂になった空間でしばしメルドは部屋の周辺の気配を探り誰もいないことを確認してから声を出す

 

「さっきまではただに独り言として聞き流したが今の言ってはいけない言葉だ。誰が聞いているかわからない状況で滅多なことを口に出すんじゃない。口を慎めニート。」

 

「………了解ッス」

 

 ピりついた空気が霧散しさっきまでの緩やかな空気が戻ってくる。メルドはしばし長い溜息を吐くとすっかり冷たくなってしまい不味くなった紅茶を飲み干す。

 

「お前の言いたいこともわからんでもない。何も知らない子供たちを戦争に参加させるなど我ら騎士団が不甲斐ないと言外に言われてしまったようなものだ。しかしだ。だからと言って腐ってはいけない。俺達は国を人を、弱き者たちを守るために騎士になったんだ。その事だけは忘れてはいかんぞ」

 

「肝に銘じておくッス メルド団長」

 

 そういってだらけ切った体を起こし欠伸を一つし部屋から出ようとするニート。そんなニートに念のために考えていたことを話しメルド

 

「そういえばあの2人は生産職なんだから、錬成と調合の練習もさせておけよニート。ひょっとしたらそっちの方で化けるかもしれんぞ」

 

「見ている限りでは結構難儀しているッスけどね。分かったスよー」

 

 そういって欠伸をした後部屋から出ていくニート。部下からの言葉にいろいろ考えを巡らせながらメルドの夜は更けていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 




一言メモ

担当教官 召喚された神の使徒にメルド直属の部下たちが教官が就くように配置されている。主な仕事内容は指導と交流と…


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違和感に密談気にせず出発!

 この世界に来てから大体二週間がたっただろうか。今日も今日とて訓練日和だ。嫌なわけではないしニート教官は気楽に話せる人なので問題はないのだがふと考えてしまう事がある。

 

「一体いつまで訓練…てかこの世界にいればいいんだろう」

 

 今は極力考えないようにしているのだが、いつになったら日本に帰れるのだろうか。人間族を救うっていうのは具体的にどうするんだろう。

 魔人族との戦争に勝つ?でも戦争ってのはそんな簡単に終わるのだろうか。もしかしたら1年2年…最悪十数年ってこともあり得るかもしれない。

 

 天之河達はやる気になっているが本当にこのままで大丈夫なのだろうか。それとも皆理解はしていても気が付かないようにしているだけなのか…

 

「いかんなー悪いことしか考えられん」

 

 いつもなら一人では考えずに南雲と話をしているのだがあいにく今日は先に訓練所に行っているらしい。今から慌てても仕方がないのでゆっくりのんびりと行くとしましょう。

 

 

 

 

 

 

 何かがおかしい。上手く説明は出来なかったが自分の身体が何かおかしいのだ。

 

 そう思い手のひらを見てもそこにあるのは、正真正銘の自分の手だった。

 

「グッ…! おい南雲!お前一体何をしやがった!?」

 

 自分の目線より下で驚愕と怒りが混ざった声が聞こえる。何も変わっていない自分の手の平から視線を外し声の主を見る。声の主は、文字通り地面に埋もれていた。首から上だけが地面からひょっこり出てきており、それが妙な可愛げがあった。

 

「おい…お前なんで俺を見て笑ってんだよ!?さっさと助けろよ!?」

 

 埋もれていたのは自分の訓練相手、檜山大介だった。

 

 何故檜山が地面に埋もれているのか、それは今より少し時間をさかのぼる。

 

 

 

 本日の訓練はハジメの教官である、ニート・コモルドは私用があるとの事で自主訓練となったのだ。訓練の時間になっても未だ来ない親友を待つまでの間、自主的にストレッチをしていたところ檜山に半場強制的となる形で合同訓練に付き合わされてしまったのだ。

 

『色々やってるようだけどよ、へへっこの俺が直々に訓練の成果を見てやるぜ』

 

 ステータスが低い自分の面倒を見るためか、又はちょっとした八つ当たりと優越感に浸りたいためか。恐らくその両方だろうと考え、渋々ながらも檜山達との訓練をすることになったハジメ。

 

 訓練自体は体を動かすことが主流なので、特に問題は無かった。意外にも檜山達四人の合同練習は中野が上手く気を回してくれたので事はスムーズに終わった。

 

『んじゃあ 体が(ほぐ)れたところでいっちょタイマンやるか』

 

 無事に終わるかと思った訓練はそこで終わらず檜山がニヤニヤと笑いながらそう提案してきたのだ。当初は断るもののねっちこく絡んでくる檜山に辟易してハジメは受け持ったのだ。

 

『なにかあったらすぐ止める。…お前らしくやってみろ』

 

 と、審判役を受け持った中野に言われたというのもあって受けたというのが正しいのだが、ともかく試合方式の戦いは始まった。

 

 

 訓練用の剣を両手にもった檜山は迷いなく突撃してくる。戦力差があるのに行き成りそれかよっとか非戦闘職業だって事忘れているんじゃ…など思いはしたが、瞬時に頭を切り替えたハジメは、この世界に来て得た能力、『錬成』を使うつもりだった。

 

 少しだけ、檜山の前に穴をあけ躓かせて転ばせる。そして檜山に馬乗りになり王手をかける。そうするはずだった。

 しかし、その予定のはずが穴は自分の予想よりもはるかに深く大きく出来上がったのだ。

 

 突進してきた檜山はその穴を避けることが出来ず、勢いを止める事も出来ずにまんまと穴にすっぽりと入ってしまい、結果首から上だけが地面から生えているという状況となってしまったのだった。

 

 

 

「ちこくちこく~ …え?何この状況?」

 

「あ、柏木。 えっとね檜山が南雲に勝負を挑んでこうなったんだ~」

 

「なんだそりゃ?」

 

 

 いつの間にか親友である柏木が訓練所にやってきて檜山が地面にすっぽり収まっている状況に目を丸くしていた。斎藤は愉快に笑って、近藤はオロオロと慌てて檜山を地面から出そうとしており、中野は勝者であるハジメを黙って見ていた。

 

 そんな混沌とした中ハジメは一人考え事をしていた。

 

(…おかしい。本当にこれは『錬成』の力なの?)

 

 錬成と言う摩訶不思議な力があったとしても、今の自分の力では人一人がすっぽり入れるほどの穴を作れる力は無かった。せいぜい必死にやってかなりの時間をかけて腰位までの深さが限界だろうという中、ハジメは咄嗟に、そして瞬時に穴を作れてしまったのだ。ご丁寧にも檜山が穴に入った後抜けられない様に首だけにするという嫌がらせさえも。

 

(それに僕は魔力を使っていない。…地面に手を付けてさえいないのに、どうして…)

 

 手袋に魔法陣が書いてありそこから魔力を通して錬成ができるというのにその必要すらなかった。魔力は使わず魔法陣の必要もないハッキリと言えば異常な状況だった。自身に一体何が起きているのか、見当はつかないが異質なものであるという予感がした。

 

「ほれほれぇ~ ここがええんか?それともここか?んん?」

 

「ばっ!? おま!やめ……ぶえっくしょい!」

 

「檜山で遊んでんじゃねえよ柏木!」

 

「あっははははは!」

 

「斎藤も笑っていないで手伝え!中野もボーっとしていないでさ!」

 

 目の前では動けない檜山で遊んでいる親友の姿に、それを見て笑っている斎藤と檜山を助け出そうとしてて手詰まりの近藤。異様な力の事を考えているハジメとは違ってなんとも気の抜ける光景だった。

 

(…はぁ 取りあえずは、保留にしておこうかな)

 

 檜山を引っ張り出すため、埋めてしまった張本人となった自分も手伝わなければいけない。取り合ずは錬成の事を後回しにしてハジメは深く溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

「…アイツも、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 檜山が地面に埋もれていたのを無事救出し、ムキ―と唸る檜山をどうどうと宥めて訓練を再開して、担当教官であるニート教官が来ないままその後は何とか無難に訓練終わらせ、さぁさっぱりして飯でも食おうかと言うとき、全員がメルド団長から引き留められてしまった。

 

「皆聞いてくれ!」

 

 なんだなんだとほかのクラスメイト達も集まり、メルド団長の言葉を待っている。皆が集まったことを確認したのか団長はゴホンと一つ咳払い。

 

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」

 

 そういうとさっさとメルドさんは行ってしまった。いやちょっと待ってくれ!?俺と南雲は魔物と戦ったことなんてないぞ!?

 

「え?なに?ダンジョンへ行くの俺ら?ってかみんないつの間に魔物と戦っていたんだ?」

 

「どうやら僕達が錬成や調合の訓練をしている間に皆は魔物と戦っていたみたいだね」

 

「…マジで?」

 

 初耳だぞオイ!みんないつの間に童貞捨てていたんだ!?この中で魔物と戦っていないのは俺と南雲だけ…大丈夫かコレ?

 

「騎士団もついてくるんだし大丈夫じゃないかな…多分」

 

「多分ってオイオイ……サボっちゃ駄目かな?」

 

「駄目だよ。 …気持ちは分からないでもないけどさ」

 

 嫌そうな顔をする南雲。どうやらお互い不安な気持ちでいっぱいの様だ。明日の実地訓練が非常に不安だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『オルクス大迷宮』か…どういうところなんだろ?」

 

 真夜中、自室にてベットに座りながら明日の事をぼんやりと考える俺。遠征という事なので疲れを残さないように早々に休めと夕食の時間の時に言われていつもの南雲とのおしゃべりを控え早々に眠ることになったが、やっぱり眠れなかった。

 

「何なんだろうなこの変な感じは…」

 

 ざわざわするようなどうにも落ち着かない感じ。オルクス迷宮と言う言葉を聞いてからどうにも落ち着かないのだ。不安と言うべきなのか?でもダンジョンと効いて何処かワクワクする自分もいる。なんなんだろう?

 

「眠れん…俺は遠足前の小学生かよ…」

 

 目が覚めて眠れなくなったのはいつごろからだろうか…案外身近だったかも?欲しかったゲームが発売直前なんかはワクワクしていた時があったし

 

(……さっきから独り言が多くなったな……寝よう。眠ればなんとかなるだろ)

 

 軽く伸びをしてもそもそとベットの中に入る。そんな時だった

 

 コンコン

 

 遠慮がちだがしっかりと聞こえた音。誰かが俺の部屋をノックした音だ。

 

(こんな時間に?…誰だろう?)

 

「はい?」

 

「夜分遅くに申し訳ありません。アリスです」

 

 扉を開けてみればそこにいたのはアリスさんだった。一体こんな時間に何だろうか?ともかくそのまま部屋の前に立たせるのもアレなので部屋に招き入れる。

 

「いったいどうしたんですかこんな時間に?」

 

「明日オルクス迷宮へ行くと聞きました。…貴方もなんですね」

 

「みたいですよ。もぅいきなり行くことになるんですよ~もっと事前に行ってほしいです」

 

「そう…でしたか」

 

 向かい合い椅子に座ってオルクス迷宮に行くことを伝えるとはぁと大きな溜息を吐くアリスさん。なんだろう、今日は何時にもまして様子が変だ。疲労感と言うよりは呆れと言うのか。眉間をモミモミとほぐすそれはなんというか…おっさんくさい。

 

「私の見込みでは、もう少し時間がかかると思ったのですが…やはり予言とは大きく違うようになっているのですね」

 

「ん? ()()?」

 

 何やら気になるワードが出てきた。だがその単語にツッコむことなく何処からともなくある物を渡された。それは大きめのサイドパックだった。。ベルトが付いておりすぐに中のモノを取り出せそうな実用的な代物だ。確かウエストポーチっていうんだっけ?良くは分からないが使い勝手は良さそうだ。

 

「どうぞこれを、明日オルクス迷宮へと行く貴方へ餞別品です」

 

「なんですかこれ?…鞄?」

 

「その中にはもしもの事を考え、ある程度の物資を詰め込んでおきました」

 

「物資?」

 

 鞄の中を見て見るが中は暗くて何も見えない。特に危険はなさそうなので手をツッコんでみると何やらよくわからないが大量に物があるのが分かった。

 

「え、なにこれ?どうやって物が入ってんの」

 

「中に空間を広げる魔法が掛かっております。アーティファクトの一つだと思ってください。大切に扱ってくださいね。一応替えはまだありますが貴重なものに変わりはありませんので」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「いえいえ、役に立ってくれたら幸いです」

 

 苦笑するように手渡されたそれらを受け取るとアリスさんはようやくにっこりと笑った。その微笑みどうしてか俺は気になって、気が付いたら疑問を口にしていた。

 

「…あの、どうして俺にそこまでしてくれるんですか」

 

 どうしてそんな高価の物を渡してくるのだろうか、どうして俺に渡してくるんだろうか。数々の疑問が湧いて来る。付き合いがあるとはいえまだ二週間かそこらだ。アーティファクトは貴重な物。まだまだ異世界事情には疎い俺だがそれぐらいは知ってるのだ。

 

「そう、ですね。うーん…説明すると長くなるのですが…」

 

 非常に言いづらそうに唸るアリスさん。顎に手をやりウンウン唸り、数分経った後だろうか、観念したかのように苦笑を浮かべた。

 

「期待しているんですよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「居ない筈?なにを言って」

 

「申し訳ありませんが今の状況では、多くを語る事は出来ません」

 

 真剣なその顔は何も言わないと言外に語っている。なんだろう、聞きだすのは…たぶん無理だ。どんなに俺が頼み込んでも絶対に口を割らない、そんな気がするのだ。そんな訝しむ俺にフッとアリスさんは微笑む。

 

「私の事は何も語れませんが真剣に考えることでありませんよ、要はただ貴方がしたいように動けばそれでいいのです」

 

「……それで納得しろと?」

 

「はい。今の段階では、という事ですが」

 

『今は』という事はいつか教えてくれるのだろうか。この荷物を預けてくれた意味と先ほどからの言葉の意味を。…気になるなぁ

 

「貴方がオルクス迷宮から帰って来たらちゃんとお話しますよ。それまでは秘密にさせてください」

 

 茶目っ気のある笑顔でそう言われると何も言えない。そんな俺の様子を見て楽しんでいるのか爛々と輝く翠の目に俺は大きな溜息をついた。

 

「分かりました。…約束ですよ。ちゃんと教えてくれるって」

 

「約束です。それでは、おやすみなさい」

 

 椅子から立ち上がり、扉を開けて出ていくアリスさん。だが外に出る前に気が付いた様に振り向替えった。

 

「ああ、そうだ。柏木様」

 

「何でしょうか?」

 

「南雲様からあまり目を離さないようにしておいた方が良いですよ。彼、オルクス迷宮で()()()()()()()()()()()

 

「は?」

 

 出てきた言葉に驚く俺を気にせずそう言ってアリスさんは振り向く事なく部屋から出てしまった。後に残されたのは手渡された鞄を持ちながら呆然とする俺だった。

 

 

「……はぁ」

 

 ベットに寝転がり大きく溜息を吐く。ただでさえ実地訓練に不安を感じていた時にこれである。おそらくアリスさんに悪意はないのだろう…多分。それでも不安にさせるようなことは勘弁してほしい。

 

(それか本当に何か起きたりして…)

 

 考えたところで結局わかりはしない。 明日向かうオルクス迷宮。そこはいったいどんなところで何が俺達を待ち受けているのか。こびりつく不安をぬぐうようにして俺はベットの中に入り込むのだった。

 

 

 

   

  

 

 

 

 

「ふむ…もうちょっと具体的に言った方が良かったでしょうか」

 

 深夜暗くなった廊下を一人呟きながら私は歩いている。周りに人気はない、居たとしてもどうせ私には気付かない。考えているのは先ほどの密会だ。南雲ハジメの親友である『彼』にちょっとした親切心を送ったのだ。

 

「うーん。あんまり話すのも…でもこればっかりは」

 

 考えても仕方のない事だ。理由は今の現段階では話せないし教えようとは思わない。時が来たら打ち明けるつもりではいるのだが…できる範囲でサポートをしするしかない。

 

「しょうがないですよね。結局は私の目的が全てですから」

 

 うだうだ思う事はある物の結局のところ、私は私の使命を優先するまでだ。果たして彼は自分の思う通りに行動できるのだろうか、それとも運命に抗えないのだろうか。

 

「…期待していますよ。()()()()()()さん」

 

 思い浮かぶは南雲ハジメと仲良く談笑している『彼』 オルクス迷宮で待ち受ける試練に彼は打ち勝つことが出来るのだろうか。そう考えるとどうしても口角が上がるのを感じながら、私は()()()()を使ってさっさと秘密の拠点へと帰るのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで朝。身支度を済ませ朝食を終えた俺と南雲は自分の自室に戻ってきた。念のための持ち物の確認のためである。

 

「さてと、僕の方の準備は終わったけど柏木君はどう?忘れ物は無い?」

 

「あ~大丈夫だと思うけど…」

 

 実地訓練に必要な物の大半はオルクス迷宮のあるホルアドの町にて支給するとの事なので持っていく手荷物は案外少ないのだ。

 なので俺が持っていくものは昨夜アリスさんから受け取ったバッグぐらいなものだ。ほかには調合の練習で作った自作の回復薬ぐらいだろうか。一杯あるので鞄の中に詰めておこうっと。

 

「何そのバッグ?いつの間に?」

 

「んー教えてもいいんだけど…ホルアドって町に付いたら説明する」

 

「ふぅん?」

 

 そんな雑談をしながら用意されている馬車(ホルアドの町までは馬車を使うらしい。考えれば当たり前だよな。車なんてないんだし、徒歩で行けるって距離でもなさそうなんだから)のところまで歩いていると目の前に見知った人物がたっていた。

 

「2人とももう行くんっスか」

 

「お?ニート教官」

 

「おはようございます。ニート先生」

 

 待っていたかのように寄りかかっていた壁から背を話し、こちらに向き直るニート教官。その表情はいつもの明るいものではなく不満を押しとどめているように見える。おまけに顔が腫れているような…?どうかしたのだろうか?

 

「もうそろそろ集合場所の方に行くんですけど…あれ?ニート教官は一緒に行かないんですか?」

 

 ニート教官の服装はいつもの服でどうみても出かけるようなものではなかった。訝し気に質問してみればニート教官は大きなため息をついてしまった。

 

「あ~その事なんスけど…自分は王宮で待機を命じられたんで一緒には行けないんっスよ」

 

「マジッすか!?」

 

「え”!?てっきり一緒に行くものだとばかり…」

 

「自分もそう思っていたんスけどメルド団長が、『団長である自分が王都から離れている以上王都の守りを薄くするわけにはいかない』って言いやがって…はぁー副団長はともかく自分までとは…あの馬鹿団長」

 

 溜息を吐いているニート教官は、酷く不満そうだった。でもメルド団長に言い分は分かる気がする。訓練のために王都から離れていたら王都が壊滅していたなんて笑い話にもならない。

 

「となると、僕達って初めての魔物との戦いはニート先生がそばにいないでやる事になるんですか…」 

 

「そうッス。一応アラン先輩やカイル達に面倒は頼んだんスけど…まさかいきなりオルクス迷宮に行くことになるとは…2人ともごめんッス。こんな事になるのなら外に出て少しでも戦闘訓練でも経験させておけばよかったッス」

 

 謝るニート教官。そんな申し訳なさそうな顔をしないでほしい。こればっかりはどうしようもないのだから。

 

「そんな謝らないでください。迷宮っても弱い魔物と戦うだけでしょ?なら大丈夫ですよ」

 

「そうですよ。それにほかの皆は戦闘職で強くて心配ないですし、騎士団の人たちや何よりメルド団長がいるのなら問題ないですよ」

 

 俺と南雲がそう言ったからだろうか、ふっと表情を和らげる。

 

「あはは、まぁメルド団長は図体の通り脳筋思考何で誰かが手綱を引かないといけないんスけど…きっと大丈夫っすよね。…訓練の事を思い出してお2人とも気を付けるんスよ」

 

「「はい!」」

 

「また帰ってきて暇ができたら今度街に繰り出すッスよ。君たちが行ってみたい所、知りたい所何処へでも連れて行ってあげるッス!」

 

「しゃあ!」

 

「やったね!」

 

 今まで自由に行けなかった町へ行く。しかも現地の人の案内付き!何だかんだでも行ってみたい所や寄ってみたいところはいくらでもあるのだ。とても楽しそうでこの遠征から帰ったら楽しみが増えたのだった。 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで騎士団ご用達の馬車に乗って俺達はドナドナされながら

 

「ドナドナじゃないよ!?僕達売られるわけじゃないんだからね!?」

 

 ホルアドの町へ向かう事になった。当たり前の話だが、俺達は馬車に乗ったことなんかない。そもそも現代日本人が馬車に乗るなんてあるわけがない。なので勿論不満ってか不都合は出てくる。

 

「ケツが…尻が痛い」

 

「仕方ないでしょ、車とは違うんだから」

 

「あああ~~ケツがぁ、二つに割れるぅ」

 

 馬車の中の振動になんて耐えれるわけでもない。ケツや腰に来るダメージを耐え忍ぶしかないのだ。分かってはいたんだけどね!?でも現代日本の車と比較してしまうのしょうがないというか…なんにせよケツが痛い

 

「うぇええ……き”もち”わ”るい…柏木…お前…調合師だろ。なんか…薬」

 

「んなこと言っても~しっかりしろ清水。とりあえず俺が作った回復薬でも飲んどけ、少しはマシになるはずだ」

 

「ざんぎ”ゅー…」

 

「白崎さんや辻さんが居れば回復魔法を使ってくれたかも?ま、この馬車にはいないんですけどね!」

 

 同じ馬車に乗っていた清水は清水で揺れになれないのか顔色が悪くなっている、背中をさすったり回復薬を分けて吐かない様にしないと…。運んでくれている騎士団の人たちには流石に止めてくれなどとは言えないので何も言えず、ホルアドの町へドナドナ、ド~ナされるのであった

 

 

「だからドナドナじゃないってば…」

 

 

 




一言メモ

今回はお休み


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ホルアドの夜

タイトルを変えようか検討中です。
一応クラスメイトが主体なので…(クラスメイトがメインになるのは二章になってから)


 

 

 宿場町『ホルアド』

 

 この街はオルクス迷宮へ挑むための冒険者が拠点にする街であり王都ほどとは言えないが活気のあり々栄えている町だった。

 

「よし、ではここから騎士団がよく利用している王国直営の宿まで向かう。そこで休憩をし、明日の朝、迷宮の中に入ることにする。詳しい話はまた夕食が終わってから説明をしよう。さぁ慣れない馬車移動で疲れているだろうが、もうひと踏ん張りだぞ」

 

 騎士団長メルドさんの誘導に従い、くたびれた体を動かしのろのろと歩む俺達。ほかの皆を見れば流石と言うべきか天之河を始めとする高ステータスの方々はあまり疲れた様子もない。永山達や檜山達は少々疲れてそうなものの問題はなさそうだ。問題は…

 

「ケツ…おケツが…痛いのぉ」

 

「うぇ…うっぷ…おぅう」

 

「ここが、冒険者の町…うーん武器屋とか道具屋って見てきてもいいのかな?でも時間が、いやでも少しぐらいなら…それに迷宮も見てみたいし…」

 

 俺はケツが痛く、清水は顔が青い。取りあえず今は横になりたかった。ちなみに南雲は平気そうだ。いやむしろ初めての冒険者ご用達の町に来たからかやたらと目がきらきらしている。子供か!

 

「はぁー南雲、興奮するのはよくわかるけど今はひとまず宿に行こうぜ。元気ならそこにいる吐きそうな清水に肩を貸してやってくれ。はぐれちまったら事が事だ」

 

「あ、うん。わかったよ。ほら清水君しっかりして」

 

「ぅぅうう…」

 

 顔を青くして今にもリバースしそうな清水に南雲は肩を貸し、宿へ運んでいく。俺も一目だけ迷宮の方へ視線を向け南雲の後に続くのだった。

 

 

 

 

 あの後、清水は騎士団の人に任せて俺と南雲はほかの皆と同じように夕食を取っていた。清水は薬でも飲んでいればすぐに回復するとの事だ。俺も調合師なら体調を回復させる薬ぐらいできるようにならないと…

 

 それにしても、流石は王国直営の宿だ。大人数が入っても問題無いようで、宿自体も掃除が行き届いており不潔感は無い。普通に泊まったらいったいどれほどのお金がかかるのか…神の使徒ってのはこういう時結構役に立つ。

 勿論夕食もうまい、今後この宿を拠点とするなら飯も期待できそうだ。

 

「で、明日の迷宮の話、ちゃんと聞いていたの柏木君」

 

「ぜーんぜん!」

 

「はぁーそれじゃもう一度僕が説明するよ」

 

 夕食に夢中になっていたせいで、メルド団長の話を聞き逃してしまった俺に南雲が明日の説明をする。いつもはちゃんと説明などを聞いているはずなのにどうにもこの街に入ってから気持ちが散漫しているような気がする。ワクワクしているのか不安なのか…どっちもだろう。

 

「明日の迷宮、20階層まで進むのを目的にするんだって。そこまでなら僕たちの強さでも十分カバーできるって」

 

「ふーん、そこまでが一般的な戦闘員のラインなのかねぇ?」

 

「多分ね。20階層の魔物を楽に倒せるようになるのがこの遠征の目的なのかな?もしくは皆の戦闘能力を図りたいとか、詳しいことまではメルドさんに直接聞かないとわからないけど…」

 

「どういう風に迷宮に潜るんだ?」

 

「全員で行くんだって。勿論メルドさん達騎士団の人も一緒。良かったね柏木君、てっきりチームを組んで順番に潜って来いって言われるのかと思ったよ」

 

「何そのスパルタは…って全員で行くのか?」

 

「?そうだけど」

 

 何でだろう?ちょっと不安になってしまった。迷宮に入る騎士団員の人数はメルドさん筆頭に6人で俺達の数は全員で24人だ。杞憂かもしれないがちょっと保護者の数が足りないような…?

 

「…なんだろう。保育園児に手を焼く保母さんのイメージが頭に浮かんだ」

 

「何それ? ともかく説明を続けるよ。迷宮で使う回復薬や装備品は明日配られるんだって、どんなの装備品が支給されるんだろうね」

 

「あんまり期待しない方が良いだろ?俺達はペーペーなんだから。しかし中々太っ腹じゃないか。貴重品のアーティファクトが配られるんだろう?あーでも俺、武器はどうすればいいんだ?」

 

 俺が使える武器なんぞそうそう無い。と言うより適性がないのか。使えるもんなんてたかが知れているぞ?

 

「適当な物でも貸してくれるんじゃない?あくまで戦闘能力を見るだけで、そこまで柏木君の戦い方を重視するわけじゃないと思うから」 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食が終わりさっさと体を休めろという事なので、俺達は自分の部屋に戻ることになった。部屋は2人部屋が基本となっており俺と南雲がセットになっている。…気のせいかもしれないがこの世界に来てからは本当に南雲とセット扱いを多く受けている気がする。

 

 …別に不満じゃないけどな!南雲と一緒だと気が楽だし、学校が休みの前日はお互いの部屋に泊まるという事はよくあったから慣れているけどな!

 

「ふぃ~」

 

 流石に王宮ほどの部屋の広さは無いがこれが普通と言う物だ。ブルジョワな感覚になれてしまった俺には多少狭く感じるが南雲は気が楽なようでベットでごろごろしながら迷宮低層の魔物図鑑と言う本を読んでいる。この宿屋に常備されている物だろうか?

 

「アランさんが貸してくれたんだ。少しでも対応策を知っていた方が良いって」

 

「アランさん? ニート教官が言っていた先輩さんか」

 

 ニート教官には本当に頭が上がらない。いつかお礼をしなければ。そんな時だった。扉から控えめなノックの音が聞こえてくる。こんな時間に誰だろうか?今更緊急連絡だとは思えないし…南雲と目を合わせ、結果俺が出る事になった。

 

「へいへ~い誰ですかっと……えぇ」

 

「こんばんわ」

 

 扉の前にいたのは何と白崎だった。ネグリジェに上着を羽織っただけと言う常識を疑うような痴女が目の前にいたのだ。

 速攻で扉を閉めようとしたが、足をいつの間にか扉の間にひっかけており閉めることが出来ない。…流石というか相変わらず油断できねぇ女だ。

 

「南雲君、居る?いるよね、話したいことがあるんだけど」

 

 抑揚のない声で確信を持った言い方。俺にだけ態度を変える相変わらずの白崎に溜息一つ吐きたくなるがここは我慢だ。部屋に入れない様に自分の身体を使ってガードをする。…どうせ無駄なんだろうけどねっ!

 

「なら入りたい理由を言いな。今ここで」

 

「私が話したいのは貴方じゃなくて南雲君なの」

 

 「そんな事も分からないの」と言わんばかりの辟易とした顔を浮かべる白崎。そんな事百も承知だけど中に入ったらどうなる事が起きるか…考えなくても思い浮かんでしまうのは青少年のサガなのか。

 

「誰が来たのー」

 

「白崎」

 

「うぇっ!?……ええっとちょっと待っててね!」

 

 後ろの方でバッタンバッタン音が部屋を掃除するような音が聞こえるとはつまり部屋に入れるつもりなのか。してやったりと言うドヤ顔の白崎の額を指で小突き

部屋に招き入れる。こうなっては仕方がない。間違いが起きないように俺が南雲を守護なければ…

 

「それで、こんな時間にどうしたの?」

 

 夕食が終り、寝るまでは自由時間だ。…気が動転して今の時間帯を深夜とでも思ってんのじゃないのかコイツ?…動揺しているのは俺か。

 

「それは……」

 

 チラッと露骨に俺へと視線を向ける。『お前が邪魔で話せねぇんだよ!さっさと失せろ!後4時間は帰ってくんな!』そんな言葉が聞こえてきそうな視線だ。

 

「南雲君に話しておきたくて…」

 

「ど直球に言えよこのむっつりスケベ。今日は朝帰りがしたいってな!」

 

「どうしても言わないといけないと思ったらいてもたってもいられなくて…その、駄目かな?」

 

 無視しやがった…そして南雲に対して上目遣いで誘惑しているだとっ! 困ったように視線を俺と白崎を交互に向ける南雲。つくづく頭が痛い状況である。

 これは…多分2人きりにさせないと白崎は帰らないな。いつの間にか俺のベットを占領しているし、てこでも動く気はないと顔に書いてあるし。

 

「はぁ…南雲すまん。少し外の空気を吸ってくるわ」

 

「えっあ、う ごめん」

 

「いいってことよ。くれぐれも白崎には油断すんなよ」

   

 帰って来たらげっそりしている親友と肌ツヤツヤの元ストーカーの姿なんて見たくもない。念を押す様に白崎を見れば南雲に見えないところでガッツポーズをし、俺に向かって勝ち誇った顔をしていた。この肉食ヘタレ淫乱女が、そういうところだぞ

 

 

 

 

 廊下を出てぶらぶらと宿屋をさまよう。所々にある部屋から時に話声が聞こえていたり時に静かだったりする。明日魔物と戦う事について皆はどう思っているんだろう。怖くはないのだろうか。怪我をしたくはないのだろうか。

 

「まぁ…平気なんだろうな」

 

 どこか現実感のない話ではある。皆ゲーム感覚なのかもしれないし夢を見ているようなものかもしれない。それとも気づかない所でストレスを貯めているのかも。

 

 最も俺がどんなに考えたところで意味のない事でもあるのだが。

 

「調合師は、世界を変革させる力があるわけじゃないしなー」

 

 精々できるのはクスリを作る事だけである。…もっと強力な物さえ作れるのなら幾らでもやりようはあるのだが…

 

 自身の能力についてあれこれ考えながら気が付いたら宿の外の外にある広場にあるところまで来てしまった。座るのにちょうど良さそうなベンチがあるので座ろうとしたら先客がいる事に気付いた。その人はベンチに腰掛け呑気にタバコを吸っている。…煙草?

 

「お前は…中野?」

 

「柏木か。そろそろ来る頃だと思った」

 

 そこにいたのは転校生、中野信治だった。

 

 

 

 

 

 

 

「何処に行っても月は変わらないのかねぇ」

 

 野郎と二人でベンチに座り月を見る。日本とは違って大気汚染とか何やらが無いからだろうか、夜空に輝く月の綺麗さは目を奪われるものだった。そんなシチュエーションで中野は煙草を吸って完全にだらけており俺は、ぼけーっと月を見ている。

 

「って、何で煙草吸ってんだよ!?いつの間に持ってたんだ!?」

 

「制服の内ポケットにあった奴を持ってきただけだ。後、心配すんな俺は成人している」

 

「そっかなら問題は無いな。 …うん?」

 

 ハッとして中野を見るが、相変わらず月を見てぼんやりと煙草を吸うだけだ。コイツさっき成人しているって言ってなかった?

 

 疑うような目をして見るが…変わらず煙草を吸ってる中野に変化はなく、どうでも良くなってきたので放置することにした、体に悪いぞとかなんで年上なのに高校生?とか聞きたいが、誰にだって色々事情はあるんだ。俺がホイホイと踏み込むようなもんじゃないだろ。

 

「さっきまで何を考えていた」

 

「あ?」

 

「浮かない顔をして歩いていたから」

 

 一応、月明かりがあるとはいえ暗い中人の顔までわかるとは…コイツ出来るなっ それはともかくとしてつらつらと正直に話す事にする。別に隠すようなことじゃないからねー。

 

「ちょいと俺の天職…調合師の事でいろいろと考えていてな」

 

「…あれか」

 

「皆のサポートをしたいんだけど、まぁ役に立ってはいないなぁと思いましてね」

 

 最も今は戦闘訓練…正確には体力づくりしかしていなかったので、調合の技能が成長しないのは当たり前なんだけどね。

 

「ま、俺のような奴が役に立つとは思えんけど、皆の怪我が治る様な傷薬を作れるまでは頑張ろうかと思いまして、って所だよ」

 

「………」

 

 無言である。そこはせめて慰めるところだろと思うが、果たして野郎から慰められて嬉しいだろうか?いや嬉しくはないな、微妙な気分になるだけだ!

 

 

「しっかし、変な所に来たよなホント。異世界だってよ。信じられるか中野」

 

「……ああ、変な所だ」

 

「だよな~ ほんの数週間前までは普通の高校生やっていたのに」

 

 淡く光る綺麗な月をぼんやり眺める。そのまま何も考えず眺めていればいいのに思い返すのはこのトータスに来てからの事だった。

 

 

 いつもの月曜日だと思っていた。南雲に起こされアホな雑談をしているときはまさしくいつもの日常の一コマだった。 昼休みに入ってから、南雲はゼリーで昼食を済ませようとしていたから母さんから渡されたお金で自分が買ってきたコンビニ飯を分け合いながら清水も交じって変な夢の話をしていた。ここまでは本当にいつもの日常だったのに…

 

 

 教室でいきなり魔法陣が出てきてから何かがおかしくなった。召喚された先で見た不快な狂信者たちにそのトップのイシュタルと言うこれまた不快感丸出しの喰えない爺。その爺に説明されたこの世界の事情と頭が湧いているんじゃないかと思う召喚された理由。

 

 結局戦争に参加するしか帰り道はなく、王宮で王様に出会い、豪勢な夕食を食べ、不安に包まれながら眠った初日。次の日からは訓練漬けの毎日だった。自分はこの世界では弱い人間らしく、南雲共に訓練をする毎日。そしていきなりの実地訓練。 

 

「ほんと…いつもの日常が崩れるなんて思わなかった」

 

「…そうだな。昨日と同じ今日、今日と同じ明日。それがいつまでも続くと俺達は考えていた」

 

 何か思う事でもあったのか、俺の言葉に同調する中野。気のせいかもしれないが隣から炎のような熱さを感じるのは気のせいか?

 

「俺達をこの世界に送り込んだ奴は一体何を企んでいる? 何がしたい? どうして()()()()()()()()()は安定している?…まるで誰かの掌の上にいる気分だ」

 

「レネゲイド…何だって?」

 

 気になる言葉と聞きなれない単語。レネゲイドとは何なのだろうか。俺の言葉に中野は口を噤んでしまう。まーたダンマリですか。最近色んな人が俺に隠し事をしている様な気がする。別にいいけど。

 

「…柏木。この実地訓練が終ったらお前と南雲に話したいことがある」

 

 白崎に続いて今度は中野。どうにもお話をしたい人が続きますねぇ。それ今言えないのか?と目で訴えれば誰もいない所で話すべきだと返された。

 

「この後実地訓練があるだろ。それが終って時間が取れてからだ。…本当は日本にいる時にお前に伝えるべきだった」

 

「そう言われると余計に気になるんですけど」

 

「全てはこの実地訓練が終ってからだ。…俺が転校してきた本当の理由。諸々をお前に話す」

 

 そう言うと短くなった煙草をポイっと投げ捨てる中野。吸う事を咎める気はないけど、ポイ捨てはいかがの物か。そう言おうとして何も言えなくなった。

 

 捨てられた煙草が()()()()()()()()()()()()()

   

 燃えカスもなく消えて行った煙草の末路を見届け中野を見ると指先が炎と化していた。比喩でも冗談でもなく、指先から炎が出ているのではなく、炎の一部と化していた。その炎は小さいのに妙に俺の心を奪う奇妙な揺らめきを放っていた。

 

「中野、お前それ」

 

「じゃあな、()()。また明日だ」

 

 振り向替えることも無く、その場から去ってしまう中野。残されたのは俺一人。先ほどまで見えていた月は雲によって隠れてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 先ほどの炎は何だったのだろうか。小さな炎だったが、俺は詠唱と言う物を聞いていない。この世界ではどいう強者であれ必ず一言は魔法の詠唱を紡がなければいけない。それを無しで中野は煙草を消し炭に変えてしまったのだ。

 

 炎術師というのはあんなことが出来てしまうのか?俺達がチート能力を持っているから?…きっとこの答えは間違っている。アレは…あの炎は魔力とやらで出来たものではない。どうしてかわからないがそんな確信を持ってしまう。

 

「はぁーー 何か溜息ばっかりついてる気がする」

 

 顎に手を当てうんうん唸るが結局のところ行き当たりばったりでいくしかないのかもしれない。やれやれと思いつつ自分の部屋を開けると…そこには疲れた様にうなだれていた南雲が居た。件の女は珍しい事に南雲の前から引いていたようだ。

 

「お帰り~」

 

「たでーま。んで、なんだったんだ」

 

 よろよろとベットに腰かける南雲に白崎との会話が何だったのかを聞く事にした。年頃の女が夜わざわざ男二人がいる部屋まで来たのだ。1人が恋する男だったとしても、流石に白崎に世間一般の常識はある。…多分

 

「それがね、明日の実地訓練だけど来ないでほしいって言われた」

 

「はぁ? なんでまた」

 

「僕がどっか遠くに行って居なくなる夢を見たとかだってさ。そんな事はしないって説得はしたけど」

 

 意味が解らん。が、アイツは南雲に対してだけは真摯だ。決して茶化すような目的で言う事ではない、言うような奴ではない。南雲に対して脳内ピンクまっしぐらと言う白崎の本性を知ってるが、そこだけは信頼しているのだ。

 

「ふぅむ。しかし、お前が居なくなるか…あ」

 

「何?どうしたの」

 

「そう言えばアリスさんも同じ様な事を言ってた!お前が行方不明になるとか何とか!」

 

 そう言えばアリスさんも予言だとか何とかいってたのだ。余りにも自然に言われたので記憶の底からすっぽりと抜けてしまっていた。そんな俺の言葉を聞いた南雲は露骨に嫌そうな顔をし始めた。

 

「えぇ~二人してどうしてフラグみたいなことを言うのかなぁ…なんだか本当に気になってきたんだけど」

 

 心底行きたくなそうにベットに突っ伏す南雲。言われてみればどうしてもフラグっぽい事を言われてしまったら気になるもんである。日本ならともかくこんなファンタジー世界でならなおさらだ。

 

「他にも白崎さん変なこと言うし―。正直場に流されている感が凄いするんだよー」

 

「変な事?」

 

「なんだかこの世界に来てからデジャブを感じないかって」

 

 デジャブ。またの名を既視感。初体験にもかかわらず、かつて同じような事を体験したことがあるかのような感覚の事。

 

「いや、それはねぇだろ。だって異世界だぞ?なに、アイツ実は二度目だってオチなのか?」

 

「そういう事じゃないんだけど…ちょっと白崎さんの様子が引っかかったからさ」

 

 きっぱり否定してみるが南雲はどうにも白崎の態度に思う事があるようだ。異世界に召喚されてデジャブを感じるって白崎どんな人生歩んできたんだっての。まぁ考えても仕方ない、話を逸らす様にアリスさんから渡されたバッグを漁る事にした。

 

「ま、まぁそう言えばアリスさんからちょっと贈り物をもらったんだ。中身を見て見ようぜ」

 

「贈り物?へぇー」

 

 贈り物を渡されたことを話すと南雲も興味を示したようだ。中から物を取り出すと…

 

「食べ物?」

 

「何故に食べ物?まぁ…燻製品はまぁ分かるとして…なんか新鮮品が大量にあるんだけど」

 

「えーっと生肉、魚、卵に根野菜もあれば葉物野菜もたっぷり。うわわ!お米もあった!?」

 

「米…たしか一部の地域でしか手には入らないんだっけ?後は調味料もしっかりとある…マジでどうなってんの?」

 

 中から出てくるわ出てくるわ、保存食を中心とした食べ物が所狭しと入って…入っているぅ!?多くね!?取り出しても取り出しても底が見えないんだけど!

 

「…どんだけあるのコレ?」

「さぁ…分かりません」

 

 部屋中が生みつくされるほどの食料品。多分だがぐらい家の近所にあるスーパーよりも品ぞろえと量が豊富にあるんじゃないのこれ!?ほかにも入っているのは毛布や寝袋、携帯型コンロらしきモノ。クーラ―ボックスまである!?ほかにもデカいロープもあれば『サルでもわかるサバイバル生活術!』と言った内容の本さえある。そんな大量の物資が小さなバッグに詰め込まれていた…

 

「……」

「……」

 

「「……」」

 

 両者無言になってしまうのは仕方のない事だろう。顔を見合わせ俺は溜息が出て南雲は引き攣った顔になった。

 

「なんか…何か変な気分だ」

「……」

 

 本当に面倒な予感がする。さっき南雲の言った通り、状況に流されている感が強いというか…俺たちが動いてから状況が変化するのではなく、シチュエーションが先にあって俺達が入り込む様な…何だろうこのちぐはぐ感。

 

「あーもう!考えても仕方ねぇ。ともかく寝ようぜ南雲。これ以上を起きていると明日に響いちまう」

 

「そう…だね。またいろいろ白崎さんに聞いてみるよ」

 

「別にいいけど、合意とみなされて喰われちまうぞ」

 

「……えぇ」

 

 何はともあれ、結局明日に掛かってるのだ。どうにか無事に終わりますようにと願いながらベットの中にもぞもぞ潜り込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「南雲?起きてる?」

 

 もはや深夜と言うべき時間。隣の南雲に囁いて起きているか確認してみるが、予想通り南雲はぐっすり寝ているようで起きる気配はない。

 

「ふむ。それじゃやってみますか」

 

 南雲を起こさないようにそろりそろりと動き空き瓶を二つ手に持ち、部屋に備えられてた水差しで水を入れていく。

 

「………」

 

 机の上に置き、両手で包み込む様に挟んで少しづつ俺の中にある魔力を水と混ぜ合わせるようにイメージをしていく。

 この行動に何の意味があるのか、意味は特にない。だが、自分の魔力が薬の材料になるのではないかという変な確信があるのだ。

 

 

 この世界の魔法の数々は魔法陣によって効果が決まると言う物だ。色々な魔法の数々は適正があれば魔法陣の式を省略して魔力を注ぎ込み魔法が発動する。

 

「…で、合っているよな?」

 

 多少の違いはあれどおおむねそんな感じだ。この魔法陣のおかげで皆凄い魔法が使える。魔法の適性がないという南雲でさえ鉱石を変化させる『錬成』魔法能力ができた。南雲自身は自信がないようだがこの力はすごいものだ。現に南雲は鉱石を変化させるという使い方のほかに地形も変化させている。

 

『調合』

 

 世間一般では調合師の天職を持つものは薬草や素材物を混ぜ合わせたときにほかの人よりも効果が大きいとされているらしい。事実その効果で会っていると思うのだが…

 

 ここで気になるのは調合に魔力は必要ないのではないかという事だ。誰かって薬を混ぜ合わせることはできる。専門の知識が必要かもしれないが出来ることはできるのだ。誰でも…調合の技能がない奴でも…

 

 なら俺の『調合』と言う魔法能力はいったい何ができるのだろうか。天職が分かり自分の才能と言う物を改めて知った今どうしても気になるのだ。

 

 南雲は魔力を使い鉱石を変化させた。皆は魔力を身体能力に使ったり火球の様な攻撃に使ったり、怪我を回復させる治癒魔法を使ったりできる。先生なんざ枯れた土地を回復させたり作物を良く取れるようにできたりと何でもありだ。

 

 

 なら俺は?俺の『調合』は何なんだ?俺の天職である調合師は一体何なんだ?魔力はどこへ行んだ。

 もし出来上がった薬とかに調合師の魔力が入っているので効果が上がるのなら、原液そのものである魔力をじかに水に混ぜ合わせたらどうなるんだろう。何かが起こると思って俺は毎日夜中に何かを期待して魔力を出し何かを生み出せないかと試行錯誤する。

 

 今回は魔力と一緒に俺の感情も合わせている。無駄だとは思うがまずは試してみてからだ。何せここはファンタジーな世界。もしかしたらって可能性もある。諦めるのも自棄になるのもまだ早い。

 

「俺の『魔力』を『感情』と『混ぜ』合わせ『調合』するってか?」

 

 冗談を言いながらも心を穏やかにしかしどこか期待しながらも魔力を練っていく。次第にだが俺の魔力光…若草色?萌黄色?取りあえず緑色の魔力光が瓶に入った水を覆う。

 

「…ここまでかな」

 

 魔力を使ったからなのか倦怠感が出てき始めたので魔力をおさめる。すぐに当たりは先ほどと同じように暗くなった。一息をつけ、瓶をプラプラと手持ち部沙汰に振り合わせる。

 

(やっぱできる筈がないよな…ってあれ?)

 

 手に持った瓶を眺めると水の色が変色しているような…まさかと思いつつステータスを手に持ち出来上がったクスリを調べる。実は日ごろの訓練のおかげか『薬物鑑定』と言う技能が地味にひょっこりとできていたのだ。ちなみにだがまだ誰にも言っていない。南雲に教えたらふてくされる可能性が高いので南雲にも言っていない。

 

「……なんじゃこりゃ」

 

 ステータスプレートに出てきた二つの薬の説明に開いた口が塞がらない。

 

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深夜の(ミッドナイト)テンションッ!』

 

これを飲めばあら不思議。気分がハイになってしまう。その様子はまるで深夜のテンションが如く!

ヒャッハー!ホッホーウ!WERYYYYY!!!最高にハイって奴だ! 要は興奮剤である

黒歴史を大量生産する可能性があるので服用は計画的に(鎮静剤も常備することをお勧めします)

 

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賢者(オナニー)タイムゥ…』

 

うっ!…………ふぅ。どうして自分はこんな無駄な時間を過ごしてしまったのだろうか…

落ち着きを得た思考は己の愚行を悔やむ。あの時の高揚感は一体…

要は鎮痛剤である。冷静な思考が手に入るが使いすぎると鬱になるので服用は計画的に

 

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「……寝よう」

 

 どうやら疲れて幻覚を見ているようだ。ベットに横たわり毛布をかぶり目を瞑れば睡魔が襲ってきた。やはり魔力切れの倦怠感は睡眠にも良さそうだ。という訳でおやすみなさーい

 

 

 




一言メモ

クラスメイトの数 召喚されたのは24人である。+先生の畑山愛子だけ、他にはいない。

小さな炎 中野信治が詠唱もなしに使った炎。本来なら魔法陣などが必要なはずだが…

贈り物のバッグ 中には食料品が贅沢にあった。ほかの雑用品もある。

薬    オクスリは用法を守って正しく服用しまショウ。  


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迷宮内でグダグダと

そろそろストックが切れそうです


 

 

 

「それが…君の願いなのかい?」

 

ーそうだけど、もしかして無理?

 

 もし、ライトノベルの様に転生と言う物があったら、もし願いをかなえてくれるという物のがあったのなら、どうしてもやってみたいことがあった。

 

 それはとっても馬鹿げたことで他の人が聞いたら首を傾げるような物。…それでも自分が望む願い。

 

 だが自分の願いを聞いた青年は俯いてしまう。もしかして無理なことなのかと落胆した時青年はガバリと顔をあげ大声で笑い始めた

 

『ック…クハハハハ…アッハハハハハハハハ!!』

 

 突然目の前で腹を抱え大声で笑い始める青年にビビる。何がそんなにおかしいのか。講義をしたいが相手は聞く耳を持たない。数分経ってようやくこちらに顔を向けてきた。その顔は、とびっきりの笑顔だった。

 

『ハハハ…ぁあ良かった…まさかそんな事を願うなんて…僕は本当に君と出会えた良かったよ。まさかそんな事を願うなんて…』

 

ーできるのか?結構アレな事だが…

 

『無論できる。嫌…必ずして見せる。君の願いは実に面白そうだからね…しかし本当に参ったよ。今までいろいろな転生特典…実に下らない願いを見てきたけど、君のは一風変わっているね』

 

ーそうだろうか?確かに変だとは思うが、そこまでの事だろうか

 

「自覚がないのは良い事なのか悪い事なのか…まぁいいや、それじゃ君の願いをかなえる為に…」

 

 そこで青年はぐっと言葉を貯める。いったい何を言うつもりだ。もしかして契約とか、何かをよこせとでもいうつもりか。身構えていると青年はやっぱりというかにっこり笑ってた。

 

「もっと話をしよう。君の願いをかなえる為に、君の転生が上手く行くように、もっともっと話して…君が望む楽しい物語にしようよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……朝か」

 

 何やら変な夢を見ていたような気がする。望みがどうのとか願いがどうとか…いったいなんだっての。窓からこぼれる朝日は暖かく嫌が応でも遂に迷宮に来る日がやってきたことを実感する。何事も起こらなければいいのだが…

 

 その後幸せそうに寝ている南雲を起こし(昨日白崎さんと話したせいだろうか?鼻の下が伸びてた。ぺっ)朝の身支度を整え朝食へ。

 

 宿の食堂にいる皆は眠そうにしている奴や元気よく動いている奴様々だが今日の訓練について嫌そうな顔をしている人は少ない。

 

 朝食が終わりメルドさんから改めて訓練内容の確認をする。やはり昨日南雲が話した内容と変わらないものだった。説明が終ると騎士団の人から装備品や道具などが支給されていく。

 

「さて?なにが貰えるのかなっと」

 

「貸してもらうんじゃなかったっけ?」

 

 支給された装備品は部屋で身に付けるように言い渡され、部屋で防具品をつけることになった。やったね南雲君初めての装備品だよ!

 

「…なぁ南雲お前のその胸当てどうやってつけてんの?」

 

「えーと首から下げて…?これであってるのかな?」

 

「んでコートか、言っちゃ悪いけどコスプレ感が凄いな」

 

「っんぐ、人が気にしている事を…」

 

 コートを着て比較的軽そうな胸当てをつけている南雲はどう見てもコスプレ初心者だった。端的に言うと似合ってない。ぷ―クスクスww 

 

「そういうそっちは…」

 

「あんだよ」

 

「…ノーコメント」

 

「おい止めろよっ!気になるじゃんか!」

 

 こっちは防具と言う防具はジャケットの様な上着だけである。普通の服とは違って堅そうだが…似合ってもなさそうだし役に立つのだろうかコレ?

 

 

 

 そんなこんなで準備を整え宿の前の広場に集まる。ほかの皆も準備はできているようで仲のいい友達と談笑したり支給品の剣や槍、杖をしげしげと眺めている。天職が前衛の奴は鎧を着ている奴が多く、後衛組はローブ系統ってのは実にファンタジーらしい

 

 …本当にこう言っては何だが一部を除いて皆似合っていないな!?なんか防具を装備しているんじゃなくて着られているって言うか…戦闘の素人感がたっぷり過ぎてなんだか変な笑いが出てきそうだ。やっぱり日本人は戦うための服装は似合わない。そういう事にしておこう

 

「…んで、武器はこれかぁ」

 

 みんなの様子を観察した後、支給された武器…短剣をしげしげと見つめる。刃渡りは俺の腕よりも小さい、護身用又は作業用とでも言い換えそうな代物だった。これでどうやって戦えっていうねん!

 

「おいおい、そんなしょぼい武器しかもらえなかったのかよ~」

 

 そんな俺の武器ににやにやとした顔で近寄ってきたのは檜山だった。装備品を身に着けた檜山の武器は歪曲した剣を左右両方に腰に二本差してある。

 

「まーな。そう言う檜山は?イイの貰えたのか?」

 

「へっへっへ。俺はお前らのような雑魚とは違っていいもの貰ったぜ」

 

 すらりと剣を抜く動作はもたついた感じが無く、はっきりと言えば中々に様になっている。両手に片方つずつもった剣は 片刃でいささか歪曲したような形だった。確かコレサーベルと言うんだったか?

 

「へぇ、良さそうなモン貰ったのかよ。いいなぁ」

 

「やらねぇぞ」

 

 にやにやと笑う檜山。…こう言うと絶対怒りそうだが、新しい玩具を買ってもらって見せびらかそうとする子供みたいで凄く微笑ましい。

 

「まぁ俺より良いの貰ってるのは分かったから、実地訓練ではよろしく頼むぞ」

 

「……チッ」

 

 俺が檜山の望む薬を作りその檜山が俺達を守る。その事を思い出したのか舌打ちをし苦虫を潰した様な顔になったがすぐにニヤついた顔になった。なんてわかりやすい。そういう切り替えの早い所おいちゃんは好きよ。

 

「仕方ねぇ奴だな。約束通りしてやるから雑魚なお前らは俺の活躍を指加えて見てろよ」

 

「おーおーイキってるねぇ。 んじゃまその時はよろしく頼んますよ」

 

 完全に調子に乗ってるが檜山はこれ位持ち上げた方が動きが良くなるし行動も読みやすくなる。後は口車に乗せて今日の訓練を調子よく順調に頑張ってもらうようにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 オルクス迷宮に挑むときは受付で出入りをチェックしなければいけないらしい。迷宮は薄暗い洞窟ではなくまるで博物館の様に入場ゲートがあり制服を着たお姉さんがステータスプレートをチェックしていた。何で面倒なことをしているのかなぁーとぼけた頭で考えていると

 

「戦争を控えているから死者を多く出さないためじゃないかな?」

 

 とは南雲の談だ。なるほど納得である。となると戻ってこなかった人間はロスト扱いになると…中々怖いな。

 

 迷宮の前広場には露店が所狭しとあり、まるでお祭り騒ぎだ。ここで消耗品をそろえたり装備品の最終確認をするのだろう、時間があれば俺も見てきたいのだが…流石に自由時間はなさそうだ。また帰って来たら覗いてみるとしよう、もしかしたらいいお土産品があるかも?

 

「見て見て柏木君。ゲートの脇の窓口」

 

 南雲促され入り口付近の窓口を見て見るとそこには素材の売り買いをしていた。遠目なのであんまりよくは見えないが、魔物の牙や毛皮、爪等々いかにもと言う素材のやり取りをしている。

 

「僕達が倒した魔物の素材をあそこに持っていけばお金が入るかも?」

 

「良いなそれ。程よく懐が温まったら露店にでも行って何か買おうぜ」

 

「うん、頑張らないとね。…僕達でできるか不安だけど」

 

「大丈夫だって、それより魔物の素材と言えば魔物って食えるのかな?」

 

「え”!?…無理だよ」

 

 なんと!?ファンタジーなら魔物の肉は食えるのが定石ではないのか?ちょっと楽しみにしていたんだけど、魔物を食べるライトノベルや漫画もあるんだし食べらるれるんじゃないのと視線で南雲に訴えれば溜息が返ってきた。

 

「僕もそう思って調べてみたんだけど、()()()()()()()()なんだってさ。昔魔物の肉を食べた人が居るんだけど体をぼろぼろに砕け散って死んだんだって本に書いてあったよ」

 

「マジか…ちょっと楽しみにしていたんだけど…さきっちょだけなら」

 

「ダーメ。駄目なものは駄目なんだから諦めて帰って来たらそこら辺の露店で美味しい物でも食べようよ」

 

「へーい」

 

 駄目押しされては仕方がない、諦めることにしよう。でもなんでかなぁー呆れて説明している南雲を見ていると何故か魔物肉にがっついている南雲の姿が浮かんだんだけど…気のせいかな?

 

 

 

 何だかんだともたもたとしていたが、いよいよ入りました今回の訓練場所であるオルクス迷宮。中は意外にも明るく辺りを見回すことができる。緑光石と言う鉱石が光って仲が明るいとか何とか南雲が言っていたが詳細は覚えていない。

 

「ちゃんと説明は聞いておこうよ…」

 

 溜息を吐いてくる親友をスルーして俺達は隊列を組みメルド団長の後ろをカルガモの様にひょこひょこあるく。まるでお上りさんだ。

 

 

 で、実地訓練と言うとはっきり言えば俺たち以外のクラスメイト達はいかんなくそのチートの戦闘能力を発揮していた。

 

 天之河はやたらと光る剣をぶんぶん振り回し坂上もこれまた拳をぶんぶんと振り回し同じく八重樫もクッソ中途半端な刀モドキをぶんぶん振り回し魔物を驕っていた。

 

「ぶんぶんって…嫉妬が表面に出ているよ」

 

 他の奴らも順調だった。近藤や永山も問題なく魔物をぶちのめし檜山に至ってはカサカサ動き回って騎士団の人たちをげんなりさせていた。本人は気付いていなかったがアレはゴ○ブリだ。そのうち黒い檜山と呼んであげよう。

 

 そう言えば遠藤も魔物の意識外からの奇襲を連発させていた。俺の見た限りではなかなかの動きだと思うが騎士団の人たちからお褒めの言葉をもらっていなかった。影が薄いからね。ショボンとしていたし後でねぎらって置こう 

 

  

「魔法ってばチート」

 

「僕も使えたらなー」

 

 後衛組もまた魔法の威力をこれでもかってぐらいに魔物相手に発揮していた。意外や意外に治癒術師であるはずの白崎は攻撃型の魔法も使えるようで谷口や中村と一緒に魔法を発動して魔物をまとめて灰にしていた。他の方々もこれまた問題なく野村は岩石を操ると砲弾の様に射出し中野や斎藤も以下同文。意外と地味だったのが吉野さんだろうか。まぁあの人は付与術師だからね。武器に魔法を込めるのが主だから少しばかり地味になってしまうのは仕方ない。

 

 

 で、肝心の俺達だが…

 

「うーん。ちょっと手間取ったかな」

 

 そういって汗を軽くぬぐうは我らが親友南雲ハジメ。非戦闘職業である南雲はなんと錬成の能力を使って魔物の動きを封じ込めナイフでめった刺しにするという戦い方を披露したのだ!はっきり言ってドン引きである

 

 最もアランさんがかなり弱らせた魔物を用意して、動きが鈍ったところを封じ込めたってのがあるし遠距離用の武器を何故か渡されなかったってのもあるしそもそも俺達非戦闘職業だから小細工を弄するのは何も問題ないのだが…だからと言ってめった刺しはいかがな物でしょう。しかも躊躇なし!

 

(おじさん、おばさん、ごめん俺南雲を止めることができなかったよ…)

 

 心の中でおばさんたちに謝る俺。いつの間に親友は一線を飛び越えていったのだろうか。日本に帰ったら心療内科に行くことを視野に考えた方が良いかもしれない。又はカウンセラー

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ここまでぐだぐだとクラスメイト達の戦闘を見てきた等の俺だが…

 

「先生!お願いします!」

 

「しゃおらっ!」

 

「流石先生!お見事な手さばきで!」

 

 檜山にすべて丸投げしていました♪ アランさんが弱らせた魔物を俺のと所へと誘導させるが約束を交わした檜山が横からかっさらうように着々と撫で切りにしていきます。いくら魔物が弱っているとはいえほぼ檜山の無双状態である。つーかアイツマジで強ぇ…

 

 振るう剣に一切の躊躇が無いのか瞬く間に魔物の手足を切り飛ばし、どこでそんな動きを覚えたのか壁蹴りまで披露している。…言いたくはないが正直カッコイイ。

 

「檜山!なにをやってるんだ、それじゃ柏木の訓練にならないぞ!」

 

「あぁん?駄目っすよアランさん。コイツは生産職。そんな奴の為に労力と時間を割るより俺みたいな強ー奴が強くなる方がよっぽど良いじゃないっすか~」

 

「むぐっ」

 

「アランさん大丈夫ですよ。ちゃんとニート教官に言われた体力づくりはしていますので。そもそも俺は後方支援生産職。戦闘は檜山達に任せて俺はおクスリを作っているのが本職ですから」

 

「ぬぬっ」

 

 正論を言われてしまえばアランさんは言葉に詰まるしかない。と言うより戦闘に参加しない奴が訓練するよりバリバリの戦闘職の方が経験を積んだ方が良いのはよくわかっている筈だろうに。…もしかして俺や南雲、生産職の奴が戦闘に参加しなければいけないほかに理由があるのかな?…天職が作農師だった先生は除外されているのにね。

 

「はぁ…君達がそれでいいのなら俺も何も言わないけど。…副長に報告すると後が面倒そうだが」

 

「副長?」

 

「ハイリヒ王国騎士団メルド特務部隊副団長『ホセ・ランカイド』。団長の右腕であり、この世で怒らせたら一番怖い人ナンバー2」

 

 妙に青い顔で教えてくれるアランさん。そう言えば団長や騎士の人達は見たことあるけど副団長は見たことが無いな。その疑問にアランさんは青い顔が抜けきらずに教えてくれる。

 

「君達が姿を見ていないのは団長がいつもしている事務作業を副長に押し付けていたからだ。この実務訓練も知ってはいるものの口を出せないほど悩殺されていてな…君達は合わなくてある意味良かったかもしれん」

 

「へぇ… そのホセって人どんな人なんですか?」

 

 何やら苦労するかのような口ぶりが気になりつい件の副長とやらをアランさんに聞いてしまった。一応俺の番は終わったし今は移動中だ。檜山はいつの間にか中野達と合流していたのでちょっとした手持無沙汰だったのだ。

 

「そうだな、団長が飴ならあの人は鞭だ。厳しくて俺達騎士団員が最も恐怖する存在だ。…それ以上に尊敬しているがな」

 

「へぇ~メルドさんが優しい人だからその副長さんが脇を締めるような感じなんですね」

 

「その通りだ。だけど俺達からしてみればあの人もまた敬愛する上官なんだ。…こんな事副長には言わないでくれよ?可愛がられて訓練のメニューが割り増しされちまう」

 

 苦笑するアランさんだが、その顔に浮かぶ敬愛や信頼は確かなものの様だ。…厳しい人は嫌われるのが普通なのだがよっぽどその副長さんは信頼されているらしい。どんな人なのだろうか

 

「この実地訓練が終ったら今後を見極める為に合う予定になってるからその時を楽しみにしておくんだ。…まぁ今の現状では戦闘職全員」

 

「全員?」

 

「っと。すまん」

 

 どうやら口を滑らせそうになっていたのは戦闘職の奴らの評価の事だったらしい。どうにも歯切れの悪い言い方から見てアランさんは思う事があるらしい。って事は俺も?

 

「柏木君は…秘密にしておきたいんだが」

 

 あたりをきょろきょろと見回して他の人達と距離がある事を確認するとこそっと耳打ちをしてきた。きっとそれはほかのクラスメイト達に聞かせたくない事。

 

「俺達が本当に欲したのは()()()()()者達なんだ。君や南雲君のような生産職の人達をね」

 

 そう言ってアランさんはどこか悲しそうな目で戦闘職の奴らを見ていたのだった。

 

 

 

 

 

 訓練は順調に進む。杞憂するような事もなく誰かが危険に陥る事もなく。依然として俺は檜山に魔物の相手をしてもらっていた。

 

 これでは訓練にならないという苦言もあるのは知ってる。何のためについてきたのか問われるのも仕方のない事だ。だけど考えてほしい。果たして俺が戦う事に意味があるのかと。

 

 生産職が戦わないといけないという事はつまりそこまで情勢がヤバイと言う話になる。だがこの町しかり王都しかり、どこもかしこも追い詰められた特有の雰囲気が無いのは何故だろうか。魔人族の脅威があるはずなのにどいつもこいつも能天気な顔をしている。危険を感じていない腑抜けた面だ。そのくせ異世界人に自分達のために戦えと強制させて来る。

 

 馬鹿だ。それもどうしようもないほどの。そんな奴らのために俺は…手を染めなければいけないのか?殺しを許容しなければいけないのか?それでもやれと言うのなら…

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「とか何とかいってるけど、要はサボりたいだけなんだよね~」

 

 流石に見てるだけなのはあれなので檜山が倒した魔物の魔石の回収作業をする俺。何でこんな事をするのかって?魔石は素材として重宝するらしく売ればいいお金になるそうなのだとか。という訳なので檜山が切り殺した魔物を腑分けしてせっせと回収するのです。

 

「ほぅ…柏木お前中々手際が良いな。腑分けをやっていたことがあるのか?」

 

「ん~?そんな事ないですよ。魔物の解体作業なんてこれが初めてですよ」

 

 隣にいて感心するのはメルド団長。最初は天之河達の傍にいたのだがいつの間にかこっちにやってきたのだ。当の天之河達には今はアランさんがついている。

 

「初めてにしてはかなり上出来だと思うぞ。俺でもここまでは綺麗に削ぐのは…」

 

「はぁ」

 

 褒めてくれるのはありがたいがそこまで言う事なのだろうか。肉の間に刃を入れ骨と脂と肉を分けその奥にある魔石を回収するだけなのだ。…言われてみれば腑分けなんて重労働でコツがいるのだからすいすい自分でも手際よく分けれるのは疑問に思うのだができるのだから仕方ない。血で汚れるのもすぐに慣れてしまったし。

 

「いつの間にか経験でも詰んでいたんですかね~っと取れた取れた」

 

 魔物の死骸の中から魔石を取り出す。多少血で汚れているが拳より小さなそれは赤黒く輝いている。作業用の軍手を外し少しだけ手の平で転がす。なにせ日本ではめったにお目に掛かれない宝石モドキなのだからこれぐらいはいいでしょう。

 

「うへぇ~ 魔物の中にあったのに綺麗ですなぁ」

 

「うむ。これぐらいだと…余り大した額にはならんが集めればそこそこのルタになるだろう」

 

 団長が言ったルタとはこの世界での通貨の名称だ。青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金の種類があり、左から一、五、十、五十、百、五百、千、五千、一万ルタとなっている。かなり都合の良い事に貨幣価値は日本と同じだ。それとも言語理解のお陰でそうなってるのかね?

 

「でもこれ集めるとそこそこの量になりますよ?流石に手荷物になるんじゃ?」

 

「ははは、まぁそこは我慢して持ち帰ってくれ、何せこう見えても俺たちの部隊は金欠でな」

 

 苦笑いをするメルドさんはボカシながらも軍備にかなりのお金がかかると教えてくれた。何でもこの遠征でもそこそこの金が動いており実地訓練の合間にこうしてお金稼ぎをしておけなければ副長からどやされるのだとか。

 考えてみればこの遠征かなりお金かかってるよな。馬車の運用費に二十数人の滞在費、おまけに宿は結構な高級宿っぽいからさらに掛かる。しかも滞在期間はどれくらいか分からんが恐らく1月はかかったとしても…凄い額が動きそうだ。

 

「…多少は土産を持って行かなければクドクドとお小言を言われてしまうからな。うむ、赤字より黒字になるくらいの土産を持って行かなければっ」

 

 金欠騎士団ここに極まる。…多少は余裕があるのかもしれないが意外と生活がかかってるらしい。もしかしてそれ、俺たちがやってきたから?でもそういうのって国からお金が出るんじゃ…

 

「軍備に回される金は意外と少ないんだ。寧ろ俺達より神殿騎士団の方が贅沢で教会へのお布施も流れて結構の額となってる」

 

 うへぇ、やぁねぇ金に執着する信者は。意外とどこの世界も宗教に金がかかるってのは似たようなもんなのだろうか。遠い目をして何故かお腹の音を鳴らすメルド騎士団長に憐れみの心を抱いて手に持っていた魔石を差し出す。

 

「これ、少ないけどお腹の足しにしてください」

 

「うぅ…ありがとう柏木。最近忙しくて腹が減っててな…ホント、俺はほかの奴らより喰わないと持たないのに」

 

 涙を流すのではないかと思わせるほど哀感を漂わせたメルド団長はそう言って渡した魔石をしげしげと眺め呟いた後()()()()()()とする。

 

「あぁ本当に―――――――()()()()()

 

「ちょっ!?メルドさん!それ魔石です!」

 

 ほんの一瞬目がギラリとなったメルドさんを揺すって呼び起こす。どんだけ腹減ってんだよ!?いくらなんでも魔石を食ったら死ぬぞ!

 

「―――……あ、ああ、すまん。どうかしていたな」

 

「はぁぁぁーーー お腹空いてんのなら地上に戻ってご飯にしましょうよ。昼飯や夕飯が美味しく感じますよきっと」

 

「そうだな… そうと決まったらもう少しだけ頑張ろうか。さぁ柏木ちゃっちゃと歩け。皆とはぐれないようにな」

 

 魔石を大事そうに懐へとしまう中間管理職者の闇を垣間見た俺。普段はそんな姿を見せていなかったがきっと激務で脳が疲れてしまったのだろう。可哀想なことに毒物を美味しそうに見えてしまうメルド団長にせかされながらみんなの方へ歩いてくのだった。

 

 

 

 

 

 ……ゴリッゴリッ…バキッ……ゴクリ

 

 

 

 

 

 

 二〇階層にたどり着き小休憩をとる事となった俺達。皆が思い思いの中休んでる中、俺はと言うと。

 

「おい柏木。さっさとお前の回復薬をよこせ」

 

「へいへい、これでもどーぞ」

 

「へへっワリィな。…かっーウメェ!五臓六腑に染み渡るってのはこの事だな!」

 

 檜山に催促されて自分で作った回復薬モドキを檜山に渡していたのだ。王都でちょくちょくと作っていた市販の薬の真似物なのだが、どうやら檜山はこれをお気に召したらしい。なんでも疲れが取れる気がするとか何とか。

 

「柏木~俺にもちょうだ~い」

 

「お、俺にも」

 

「はいはいっと」

 

 檜山の飲みっぷりを見て喉が渇いたのか斎藤と近藤からも催促されたので手渡す。これでももしもの事を考え多めに作ってあるのだ。アイテム士を舐めるなよっ

 

「中野、お前は要らないのか?」

 

「ああ、貰って置く」

 

 ぐびぐびと美味しそうに飲んでる檜山達を見ていた中野に手渡す。が、飲む気は無いようでしげしげと瓶の中に入った回復材を眺めている。…変なもんは入っていないよ、ホントだよ?

 

「へい、そこのくたびれ少年ズ、薬はいるかい?」

 

 檜山達の元から今度は永山組の元へ。重格闘家の永山を中心とした、土術師の野村、暗殺者の遠藤に治癒術師の辻さんと付与術師の吉野さんのパーティーだ。

 

「柏木の持ってるのって檜山達が飲んでるアレ?」

 

「そーだよ。勿論自前のがあるってのなら無理には進めないけど」

 

 俺としても無理に飲んでもらおうとしているわけではない。気が向いたらと言う心配りだ。…決して自分の作ったもので褒められたいとか人によってどういう結果になるのかが気になるとかそういう事では無い。純粋な心配りだ。ホントダヨッ!

 

「俺は貰おう」

 

「お、即決かい永山。嬉しいこと言ってくれるじゃないの」

 

 渡された薬をグビリと飲む永山、飲むのは大変うれしいのだがその腰に手を当てる動作は何なの?なんか風呂上がりの一杯と言う感じで妙におっさん臭い。

 

「美味いな」

 

「そうか?俺にはそんな感じしないけどなー」

 

「作った当人がそれでどうするんだよ…俺にも一つくれ」

 

「はいよ」

 

 突っ込みながらも貰おうとする野村に薬を一つ手渡す。まだまだ在庫は豊富にあるので無問題だ。という事なので傍にいる遠藤にも手渡す。

 

「ほれ、きょーだい。お前は強制だ」

 

「きょーだいってやっぱりお前俺に対して妙に馴れ馴れしいな!?…って、お、俺に気付いた!?」

 

「「「「え、遠藤(君)何時からそこに!?」」」

 

「最初からだよっ」

 

 皆に認知されない悲しみの業を背負う男、遠藤にもわけ隔てなく渡すのだが、皆はそこに遠藤が居る事に気付かなかったのでやたらと驚愕していた。…これイジメじゃね?違うの?

 

 なんで皆が遠藤に気付かないのか疑問を抱きつつ今度は天之河グループへ。え、辻さんと吉野さん?断られてしまいました。まぁクラスメイトとはいえ、男が作ったもんなんて飲みたくはないよな。…ちくしょー  

 

「へい、勇者様にそのお供達。お薬はいかがかな?」

 

「柏木か。俺はいいよ。そんなに疲れていないし調子がさっきからとてもいいんだ」

 

 流石は勇者、疲れ知らずとはこの事か。見たところ本当に疲れている様子もなく体も好調そうだ。レベルでも上がっているのかな?そう言えば聖剣がどうたらと南雲が言っていたような気がする。天之河の腰に差している怪しく輝く聖剣が気になりつつ、坂上に八重樫、白崎、谷口、中村に聞いてみる。

 

「有り難く頂くぜ。…ウメェなこれ!?どうやって作ったんだ!?」

 

 本当に驚いた様子で一気飲みした後大変ありがたいお言葉を残す坂上。製法は市販のものと変わりませんよー

 

「疲れた体に染み渡るわ…」

 

 やたらと疲れた様子の八重樫さん。天之河と坂上のフォローで気疲れが酷いのだろう。よく見れば目に隈が薄っすらあり髪の艶も普段より衰えている様な… これは早急に化粧品の一つでも開発せねば、この年で皺だらけのおばちゃんになってしまう。

 

「私はいらないかな」

 

「え、えっと鈴は」

 

「もらうよ柏木君」

 

 きっぱりと断った中村に対して迷っている谷口。まぁクラスメイトとは言え特に仲の良くない男からもらうもんなんて警戒して当然だ。八重樫?アレは疲労がピークに達している様なので例外だ。

 

 そんな中唯一女子の中で速攻で受け取り薬をがぶ飲みしているのは白崎だった。飲みこぼれた液体を腕で拭い取るその姿は実に漢らしい…お前女子だろ。もうちょっと女の子っぽくできへんの?

 

「え、なんで?それより、流石は柏木君だね。もう二本ほど貰うよ」

 

 俺が返答する前に薬を取っていく白崎。褒めるのは嬉しいし薬を取っていくのも別に構わないけど、どったの急に?

 

「分かんない。だけど、備えておけって魂が叫んでいるの」

 

「香織?どうしたの急に」

 

「何でもないよ雫ちゃん。…そう本当に何でもないんだよ」

 

 良くは分からないが予備薬としてくれるのだろう。そう言えば昨日南雲に対してデジャブがあるとか遠くに行くだとか話していたな。女の感という奴かもしれない。何方にせよ有効に使ってくれるのなら俺としても本望だ。

 

「えっとね、その…もらってもいいかな柏木君」

 

「ええよ~」

 

 もじもじと似つかわしくない行動をしていた谷口に薬を渡し、これで俺の仕事は終了となる。オッツカレシター

 

「ただいまー」

 

「お疲れ~」

 

 南雲の元に戻ればこちらも回復薬を飲んで一息ついていたようだった。錬成は何かと魔力を使うらしい、そりゃ疲れる訳ですな。

 

「んで、お前の薬皆なんだって?」

 

「好評だった。俺としてはそこまで良いもの作った覚えないんだけどね」

 

 何故かいた清水にそう返して俺もドカリと座り一息つけることにした。清水がわきわきと手を動かして催促してくるので投げて薬を手渡す。…なんかここまでくると薬ではなくドリンクを配っているみたいだ。

 

「実際これドリンクだぞ?味がモンスターエナジーっぽい」

 

「はぁ?嘘こけ俺がそんなもん作れるはず…」

 

 清水の言葉に自分の薬を一口。 味は確かに炭酸の抜けたモンスターエナジーだった。なして!?いつの間に俺は調味料とかをすっ飛ばしてこんなもん作っていたの!?

 

「良くは分かんないけど、柏木君が作る物の有用性を皆知ったという事だね」

 

 自分が作ったクスリに呆然としている俺に対してそう南雲はドヤ顔で語ったのだった。

 

 

 

 

 




一言メモ

ルタ  トータスにおける通貨の名称。日本の通貨と同じような金額となっている!スゲェ!分かりやすい!…でも使う機会なんてそうそうない。

二刀流 100+100=1000!……???

副長ホセ  騎士団を纏める団長の次に偉い人。メルドから押し付けられた業務に格闘しながら罵詈雑言中。

魔石   普通の人が体内に含んだ場合体が崩壊していく。詳しくは原作を見て見よう!


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平和は何時だって崩れ去る物なんだって!

次回一章最終話です。


 

 順調と言う登山から転げ落ちたのは何時頃だろうか、天之河が天翔剣を放ったから?それとも崩れた壁の中から宝石?が出てきたから?檜山がそれを回収しようとしてトラップに引っかかったから?

 

 …多分だけど最初からだと思う。騎士団と言うベテラン同伴で天職持ちが大勢で、雑魚を手間取らずに殺し続けていたせいで全員が慢心に陥ったんだと思う。よくある慣れてきた時が一番事故りやすい、という奴だ。

 

 天之河が狭い洞窟内で天翔剣を使い壁を崩してしまったのは、まぁしょうがない。一歩誤れば俺たち全員が生き埋めになるという悲惨な状況になってしまったかもしれないが皆無事だった。これはまだいい。ちゃんと反省しているみたいだし許してやろう、俺は心が広いんだ。

 

「あれは…グランツ鉱石か」

 

 崩れた壁の中から宝石の原石となるグランツ鉱石が発見されたのは、まぁ…都合がいいが偶然なのだろう。なにやら女性に贈ると人気のある宝石の原石らしく中々のお宝らしい。

 

「売れば金に…っと。みんな気を付けろ、ああいう手合いの物には良くトラップが仕掛けられている。アラン、反応はどうだ?」

 

「…フェアスコープに反応はありません。()()()()()()()()()()()()()

 

 迷宮の定番のトラップに関してはフェアスコープと言う優れものがありそれで罠を回避しているのだ。迷宮のトラップはほとんどが魔法を用いたものであるから八割以上はフェアスコープで発見できる。ただし、索敵範囲がかなり狭いのでスムーズに進もうと思えば使用者の経験による索敵範囲の選別が必要だ。   

 

 扱っているアランさんがそう判断していたので本当に罠は無かったのだろう。ほんの少し物欲しそうにしているメルド団長の顔に気付いたのかそれともほかに下心があったのか檜山がグランツ鉱石に向けて歩き出したのだ。

 

「罠がねぇんなら頂いても良いっすよね。俺が回収してきますよっと」

 

「むっ。…まぁフェアスコープに反応が無いのなら…少しは我が騎士団の軍備に、いやこの後の打ち上げに…」

 

「団長、そんな事を言うとまた副長からお叱りを受けますよ」

 

 何やら打ち上げがどうこう言ってる団長と呆れて苦笑しているアランさんを尻目に檜山は宣言通りに鉱石がある場所までひょいひょいと壁を登って行く。流石は俺が見たところクラス内で実力№3の男だ。

 

 誰もが檜山の事を止めなかったのは綺麗な鉱石を見て緩んだという空気があったのだろう。

 

 誰もが危険を感じなかったのはフェアスコープとアランさんの判断に信頼を置いていたからなのだろう。

 

 

 だが、現実は甘くは無かった

 

 

『僕がそんなつまらない事許すと思う?』

 

 

 檜山がグランツ鉱石を掴んだ瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今、俺達は迷宮のトラップに引っ掛かり見たこともない場所へと転送されてしまった。これが危険のない場所だったのなら壁の中に転送されなくてよかったと冗談の一つでも飛ばせたのだが、周りの空気がそれを許さなかった。

 

 巨大な石造りの橋。ざっと100メートルかそれ以上の大きさで横幅も10メートかそれ以上。手すりなんてものはなく縁石もない。橋の下には何も見えず暗い深淵が広がっている。落ちたらどうなってしまうのかなど考えたくもない。

 

 それだけだったらまだマシだったのかもしれない。でも現実は非情で俺たちの前に強大な体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が現れたのだ。オマケに追撃を掛けるかのように出口をふさぐように魔法陣が無数に表れそこから動く骨の魔物の集団も同時に。

 

 

 

 

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

 

「あ……う…」

 

 その魔物の咆哮を聞いて俺は情けない事に死を連想してしまった。自分があの巨体に踏みつぶされ虫けらのように死んでしまうのを連想してしまったのだ。

 絶望とはきっとこういう事を言うんだろう。メルド団長が呟いて凝視している大型の魔物『ベヒーモス』。RPGではよく聞くその魔物は圧倒的な存在感と威圧感を放っていた。

 

(あれは…駄目だ!)

 

 ニート教官からは敵と対峙するときは敵の力量をよく見て観察する事だと言っていた。その心構えが本当の意味で分かった。あれは…マズい!

 

 俺の本能が心が魂が喚く

 

(逃げろ!逃げろ!今すぐここから逃げるんだ!)

 

 しかし後ろには遊いつの出口を阻む様に大多数の骨型の魔物が行く手をさえぎっていた。

 詰み。その言葉が俺の頭の中をよぎる。死にたくない。ここから逃げたい。叫ぶ心とは裏腹に足は竦んで動かない。

 

「嫌だ…死にたくない…まだ死ねない…誰か…」

 

 周りを見るも皆、恐怖で混乱し好き勝手に動いている。誰もがパニックに陥っていた。

 

「グォォォオオオッ!!」

 

 ベヒーモスが叫ぶ。それだけで生きたいという気持ちが抜け萎え絞っていく。このままこんなところで終わってしまうのか。…これじゃ何のために俺はこの世界に…

 

 

 

「柏木君ッ!!しっかりして!!」

 

 

 

 絶望と言う言葉に力が抜けていく時だった。肩を掴まれ大きな声で叫ばれる。ハッとして肩をつかんで正面にいる相手を見る。そこにいたのは親友の南雲だった。冷や汗をかいている物の顔はまだ挫けてはいなかった。

 

「南雲あれは駄目だ…みんな…ここで死ねんだ」

 

「そんな事は無い。僕がさせない」

 

「何で、何でそんなこと言えるんだ お前もあれの強さがとんでもないって分かるだろう」

 

 口から出てくるのは何とも情けない言葉。でも仕方がなかった。死という絶対的なものが目の前にあるんだ。恐怖で俺は何もすることができない。気のせいか涙が出てくる。

 

「そうだね。確かにアイツには僕たちは敵いっこない。でもまだ生きている。だから全部を諦めるのはまだ早いよ」

 

 情けない俺に南雲は苦笑しながら優しく声をかける。その声は言葉は震えて怯えている俺の心にしみこんでいく。

 

「何で…」

 

「ん?」

 

「どうしてお前はそうやって笑っていられるんだ? こんな状況なのに、もしかしたら死ぬかもしれないのに」

 

「…それはね」

 

 俺の問いかけに恥ずかしそうに笑った南雲は真剣にしかしどこか悪戯っぽく笑うと囁いた。

 

「君がいるから。だから僕は大丈夫なんだよ」

 

「……なんだそれ」

 

「君と一緒ならどんな事でも案外何とかなるんじゃ無いかなって本気で思うんだ。さぁ立ち上がって生きてここから帰って、一緒にふざけあって馬鹿なことをやってゲラゲラと大いに笑ってこの世界を楽しもうよ。まだまだやりたいことはいっぱいあるんでしょ?」

 

 『一緒に馬鹿をやって大いに笑いあう』その言葉は不思議と俺の中にすんなりと染み込んでいく。言葉と南雲の思いに感化されたのか俺の中で知覚できなかったナニカが騒いでいるような気がする。気が付けば体の震えは止まっていた。

 

 そうだ。俺は死ねない。こんなつまらない所で死ぬわけにはいかない!もっともっと人生を楽しむまで俺は死ねないんだ!

 

「……あのなぁ、いきなりクサい言葉を使うなよ…照れるだろ?」

 

「あはは、でも柏木君の調子が戻ったのなら言った買いがあったね」

 

「ああ、大丈夫ってのにはいささか不安があるがな。 …ありがとよダチ公」

 

 気恥ずかしそうに肩をすくめる南雲にニヤッと笑うと、懐にあった俺の最高傑作『深夜のテンション!』を飲む。 どうせビビッて何もできないのならハイになるしかない。もう一つのオクスリは今はまだお留守番だ。

 

「ふぃーー……ああたぎってくるなぁおい!んで状況はっと」

 

「皆大パニック状態。このままじゃもう持たないかもね」

 

「目を背けたくなる説明ありがとよ!」

 

 荒ぶるテンションにHAIになってくるのを感じながら今もなお混乱しているクラスメイト達を見る。今は前線で戦いながらアランさんが必死に混乱している皆に声をかけまとめようとしているがパニックになって好き勝手戦っている皆には響かない。まぁ仕方ないよな今まで命の危機に瀕したことなんてなかったんだから。

 

「あーもう滅茶苦茶だよ。こんな時にこそ必要な勇者様はどこに行ったんだ?」

 

「あっちの方にいるよ」

 

 南雲が指さすところへ視線を向ければ、ベヒーモスの前でなんかメルドさんと言いあっていた。正直邪魔になっていない君ぃ?

 

「何やってんだアイツ?馬鹿なの?死ぬの?」

 

「一番力がある自分がベヒーモスと戦わないとって思っているんじゃないの?間違ってはいないんだけど…」

 

「いかにも天之河らしい考え方だ」

 

 アイツはきっとベヒーモスさえ倒せば何とかなると考えたのだろう。そうかもしれない、でも天之河は個人で動いてはいけないんだ、自覚があるかどうかわからないがアイツは()()()()()()()()()()()()()()()があるんだから。

 

「さて、どうする?」

 

「僕が天之河君を引っ張ってくる。柏木君は皆をお願い」

 

 これからどう動くべきか。目で南雲に問いかければ、なんと天之河の説得は自分ですると言う。危険な所に迷わず突っ込む当たりコイツの肝はどうなっているのやら。…もしかして全身肝だったりして

 

「分かった。っと南雲回復薬はしこたま飲んでいけ」

 

「サンキュー」

 

 かばんに入っているお手製魔力回復薬を南雲に渡す。この際ケチってはいけないバンバン使うのみだ。なにせまだ在庫はあり、俺がいる限り()()()()()()()()のだから。

 

 魔力が回復したのか目に活力が入っている南雲と向き合う。もう時間は無い、さっさと行動しければ、皆終わりだ。

 

「じゃ行ってくるよ」

 

「分かった…南雲」

 

 拳を前に突き出せば親友はすぐに察したのかニヤリと笑って拳を合わせる。どうでもいいけどそのニヤリとする顔は全然似合わない。南雲には苦笑が似合っているといつか教えてあげよう。本人は嫌がるかもしれないけど

 

「抜かるなよ」

「そっちこそ」

 

 拳を突き合わせ俺達は背中を向け別々の方へ走り出す。南雲は天之河を呼びに、俺はクラスの皆を纏めるために。

 

 

 

 

 

 

 南雲と別れた俺は比較的近くにいた二人の元へと向かった。女子2人組で困惑と恐怖に飲まれそうになっている二人の元へ、スライディングを骨へとぶちかましながら気軽に挨拶。

 

「ぃよう!谷口!中村さん!元気にしていたか!」

 

「「か、柏木君!?」」

 

 2人は周辺を見回しながらどう動けばいいかわからない様だ そりゃそうだ、何せいきなりこんな変な場所にワープされたのなら誰だってそうなる。実際俺も混乱していたしな、直ぐに冷静に動ける南雲ってばほんとチート

 

「2人とも怪我はないか?無事か?立てる?歩ける?」

 

「う、うん私も鈴も無事だけど…」

 

 だけど行き成りすぎて如何すればいいのかよく分からないって所か。いつも一緒につるんでいる天之河達はベヒーモスの所でまごついているし、皆の所はパニック状態。どっちへ向かえばいいのか咄嗟の判断は難しいかも。

 

「なら、二人ともまずは出口を確保しよう。皆を落ち着かせて力を合わせるんだ」

 

「皆…出来るの?」

 

「するんだよ。兎も角二人とも先にアランさんの方に行って指示を受けてくれ。多分それが一番堅実だ」

 

 今声を張り上げて皆に指示を出そうとしているアランさん。あの人なら俺達をうまく扱えるはずだ。何せニート先輩曰くあの人こそが次の団長候補らしい。人の扱い方や指示だしなんて俺達よりよっぽどうまいに違いない。地味な印象かと思わせておいて次期団長候補なんて凄いな!

 

 二人に指示を出し、次にパ二くってるやつの所へ向かおうとしたらクイッと引っ張られる感触がした。何だと振り向けば谷口が涙目で俺を見上げていた。…不謹慎だがカワイイッ!

 

「柏木君…鈴たち…死なないよね」

 

「うん?そりゃそうだろ。こんな糞みたいなところで死ぬわけないじゃん。大丈夫、一時間後には太陽の光を浴びているさ」

 

 身近にある死の恐怖に怯えてしまったのか、谷口は涙目でそう尋ねてきた。谷口は見た目小さい女の子だからこうやって見ると幼い少女に見えてしまう。そんな事を考えていたのか気が付けば頭をぐしゃぐしゃと撫でまわし元気づけていた。

 

「さて、俺はもう行かないと。中村さん、谷口の事を頼んでいいか」

 

「うひゃっ!?」 

「え、あ、うん。分かった」

 

「よし、じゃあまた後で。さっさ脱出して無事だったら甘いもんでも食おうぜ」

 

「……うん」

 

 未だ震える谷口をを中村さんに託す。多分この人なら何だかんだで切り抜けるだろう。死霊術師だし …ん?死霊術師ならアンデッドに分類される骨の一体や二体操れるのでは?多少の疑問を浮かべながら俺は次のクラスメイト達へと向かって走り出すのだった。

 

 

 

 

 

「クソ、クソこっちに来るんじゃねぇ!」

 

「うわぁああああ!!!!」

 

 剣を滅茶苦茶に振り回す檜山と狂乱しながら槍を振り回す近藤。近づいたのはいいが出てくる魔物の数に完璧に錯乱している。今は何とかなっているが流石にこのままじゃヤバイ!現に骨の一匹が檜山の背後から剣を振りかぶっている

 

「檜山うしろだ!」

 

「っ!こ…っこっちにくんなぁ!」

 

 俺の声には後ろを振り返った檜山。しかし咄嗟の事で対応が遅れてしまう。いままさに骨から攻撃を食らいそうなる檜山。だがそんな事はさせん!

 

「おおおおおぉぉおおお!!」

 

 雄たけびをあげ思いっきり振り上げた拳を骨にぶち当てる。骨は完全に檜山に注意を向けていたので奇襲は成功!俺の一撃を受けた骨は頭蓋骨陥没となった。そして俺の拳もボロボロの血だらけになった。

 

「か、柏木!?」

 

「何こんな雑魚を相手にもたついてんだよっ!!それでも戦闘職かよお前ら!」

 

 回復薬をカバンから取り出し自身の手に乱暴に振りかけながら檜山達を叱咤する。無理矢理攻撃したからか裂傷でグズグズになった手は見る見るうちに治っていく。痛みを全く感じ無いのはアドレナリンが大量に出ているからか。

 

「おい近藤!」

 

「な、なんだ!?」

 

「なんだその腰つきは!いくらなんでもそれじゃいつまでも女のアソコに入れる事ができねぇ童貞坊主だぞ!」

 

「はぁ!?」

 

 未だ震えながらおぼつかない手つきで槍を突き出す近藤に檄を入れる。折角の槍使いだというのに突きの一つ一つに腰が入っていないのだ。呆れの一つも出てきてしまいそうだ。実際出てるけど。

 

「槍術師なんだろ!お前の肉棒さばきはそんなもんなのか!そんなヘボな槍さばきすんなら今日からお前のあだ名は皮つき短小君にすっぞ!」

 

「お、おおお俺のナニが短小だって!?」

 

「ならご立派な肉棒さばき見せてみろよ!骨の一つも満足させれねぇんじゃこの先女なんてできねぇぞ!」

 

「言いやがったな!」

 

 文句を言いつつもさっきとは比べ物にならないぐ槍さばきで骨を撃退していく近藤。俺の言葉に奮い立つことができたのってもしかして…後で謝っておこう。ほんとゴメン…

 

「斎藤なにやってんだよっ!馬鹿かお前は!」

 

「こっちは真剣にやってるよ~!『風刃』!」

 

 中野が放った風の刃は2体の骨を切り裂いていく。なるほどなるほど流石は風術師。風の切れ味は中々のものだ。でも違うよね。

 

「だからそれがおかしいんだよ!いい加減気が付けよ!」

 

「何がさ!何にもおかしくないじゃん!っていうか柏木こそ何か変だよ!」

 

「ヤク決めてHAIなってるだけだ!そんな事より魔法のチョイスが駄目なんだよ!」

 

 斎藤。お前の風魔法が凄いのはよく知ってる。風の刃の切れ味が天之河並みだってのもちゃんと理解している。でも今使うのはそれじゃないんだ。

 

「何で風で骨どもを吹き飛ばさないんだよ!橋の上なんだからふっ飛ばして落とせばそれでいいだろうが!いちいち風で細切れにするよりはるかり効率がいいだろ!?アイツら体重軽いんだから!」

 

「……あ」

 

「え?マジで気付かなかったの?馬鹿なの?死ぬの?死ねよ」

 

「~~~い、今からふっ飛ばせばいいだけの話だよね!」

 

 顔を赤くして反論しながら詠唱を開始する斎藤。これできっと大丈夫だ。人間パ二クってしまうと思考が狭くなるもんね。仕方ない仕方ない。

 

「で、さっきからサボってる中野は何してんの?」

 

 気怠そう、又はやる気が無い。そんな風に見えるほど中野は適当に火の球を投げていた。見るからに本気じゃないのはその顔から丸わかりだ。最も檜山達とは違って動揺は微塵、も感じられないが。

 

「あーあんまりやり過ぎると加減が難しくなっちまってな、この場にいる全員が灰も残らない様に…まぁ楽にこいつら倒せたら苦労はしないっての」

 

「………なよ」

 

 火術師と言うやり方ひとつで無双できるはずの天職を持ちながらそれは無いだろ。思わず出てきてしまった言葉はなぜか…

 

「あ?」

 

「諦めんなよ、諦めんなよお前!どうしてそこでやめるんだそこで!もう少し頑張ってみろよ!ダメダメダメダメ諦めたら!頑張れ頑張れできるできる絶対出来る頑張れもっとやれるって!やれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ!そこで諦めんな絶対に頑張れ頑張れ!」

 

「うるせぇな…ってお前レネゲイドウィルスが」

 

「もっと熱くなれよぉぉおおおおおお!!!!!!!」

 

「はぁ、どうなっても知らねぇぞ」

 

 俺の声でようやく火が付いた拳を振るって骨をこんがりと焼き砕いていく。アイツ術士の癖に意外と白兵戦も行けるんだな。流石は中野だ。それに比べて…

 

「おい檜山」

 

 檜山大介。俺の代わりに魔物を殺し、クラス内での実力№3位で、調子に乗り安いが確かな強さを持つ男。それなのに今は見る影もなくみっともなかった。

 

「何してんだ。こんな雑魚相手になに手間取ってんだ?」

 

「うるせぇ!知った風な口を開くんじゃねぇ!」

 

 喚くように声をあげやたら滅多に骨を相手に剣を振り回す。しかし悲しいかな余りも大ぶりなそれは素人丸出しで、俺が強い失望を感じさせるのには十分だった。

 

「さっきまでの調子に乗ってイキって無双していたのは何なんだ?こんなのがお前の本当の実力だとでも言いたいのか」

 

「あんだと…何もできねぇ奴が偉そうにほざくな!」

 

「言いたくもなるわ!あれだけ…あれだけカッコいいと思っていたのにそれがお前の限界なのかよ!笑わせるな檜山ぁ!」

 

 骨をなんとか倒した檜山の胸ぐらに掴みかかる。今はこんな事をしている場合じゃない。そう頭の片隅がささやいているのだがどうにも心が止まらない。それほど今の只の雑魚相手にへっぴり腰をしている檜山にショックを受けていたのだ。自分でも驚くほどに

 

「不敵に笑って人を馬鹿にしていたお前が!只の経験値如きにビビってんじゃねぇぞ!」

 

「さっきから言わせておけば…テメェ!」

 

 怒り心頭と言った顔で檜山もこちらの胸ぐらを掴んでくる、でもそのまま殴って来ないのは檜山自身自覚しているからか。だから俺は想いを吐き出す。お前はこんな所で簡単に躓くような男じゃないだろという勝手な期待を押し付けるかのように。

 

「俺は弱い。多分この場にいる誰よりもだ。だから…俺の代わりに戦ってくれ檜山。何も出来ない俺に変わってお前が戦うんだ」

 

「……クソがっ!」

 

 突き飛ばす様に胸ぐらを手放すと骨に向き合い剣を力強く握った。気のせいか檜山の背中から揺らめくようなものが見えてしまう。

 

「…やってやるよ。ああくそっ!やりゃあいいんだろコイツら全部!だったらやってやんぜ!」

 

 ベヒモスに負けないかのような大きく自らを鼓舞するような咆哮を上げ檜山はアランさんたちの方へと突き進んでいく。慌てて近藤もその背中を追い続いて斎藤も。

 

「へぇ…アイツを焚き付けるのは難しいと思ったが、やるじゃないか」

 

「そんな事は無い。ただ思ったことを言ったまでだ」

 

 檜山は強い。本人は自覚しているのかしていないのかわからないがこれから先どんどん伸びていく。それがこんなくだらない骨を相手にして縮こまっているのがあまりにも残念で仕方なかったのだ。

 

(…人を煽る事でしか役に立たない奴が随分と偉そうに言うなぁ)

 

 本当は俺だって戦って皆を助けたいけど、たかが知れている。口先だけで人を動かす俺は何時からこんな無責任な男になってしまったのだろう。…父さんが知ったら悲しむだろうなぁ。

 

 遠い故郷にいる最愛の家族の顔を思い浮かべ俺は戦場を走り回る。できる事をするために。

 

 

 

 

 

 

 

 

「清水君!しっかりしなさい!」

 

「もう駄目だぁ…おしまいだぁ」

 

 ヘタレ腰になってる最後のクラスメイト清水は園部さんから何度も声を掛けられているが反応が無くうわごとを繰り返しているだけだった。もちろん俺が到着しても以前変わりない。

 

「おい清水何ヘタこいてんだ!今こそカッコつける時だろ!」

 

「勝てるわけがないんだぁ…」

 

 何故か知らないが先ほどから聞いたことがある様なうわ言ばかり言ってる……実はコイツ結構余裕があるんじゃね?さっきからどうにもワザと言ってるとしか思えない言葉の数々。本当はこの時を狙っていた?

 

「柏木君!?清水君がさっきから動かかないの!」

 

 ああ、園部さん。腰を抜かしたコイツが心配になってんだね。でもそんなに張り切らなくても案外こいつは大丈夫かもしれないよー。

 

(って言えたら良いんだけどねぇ…しょうが無い、恨むなよ清水?)

 

 とは言え、恐怖で怯えているのはまた事実。俺は南雲からの言葉で立ち直りプライドの高い檜山は煽って奮起したが清水はそう上手くはいかない。いつも偉ぶってるけど所詮は普通の高校生、無理もない。状況をすぐに判断をした俺は懐から秘蔵の『深夜のテンション』を掴み中身をすべて清水の呆けた口に中に突っ込む。そして鼻を掴み顔を無理矢理上に向かせる。はーいおクスリのお時間でちゅよーいい子だからごきゅごきゅしましょうねー

 

「ウボッ!?ウッゴゴオウウ!?」

 

「ちょ、ちょっと柏木君何やってんの!」

 

「へっへっへ。ほほぅ体は正直だな、上の口はよほど欲しがっていると見える」

 

 鼻から液体が洩れて苦しそうに呻いている清水に無理矢理薬を嚥下させる。園部さんが何やら言ってるがこの際無視だ。そして哀れ全部を飲み切ってしまった清水は…

 

「うひょひょひょひょ!!くぁwせdrftgyふじこlp!!!」

 

 何という事でしょう奇声を上げアランさんの所へと突っ込んでいってしまった。皆の方へはしていったので結果オーライという奴だろう。我ながらほれぼれする薬を作ったもんだ。大量生産することも視野に入れなければいけないな!

 

「……うわぁ」

 

「さ、園部さんもさっさと行くべ!」 

 

 園部さんのジト目が突き刺さるが気にせずアランさんの方へ走り出すの俺だったのだ。 

 

 

 

 

 

 

 

 清水の後を追いアランさんの所へ着いた時にはかなりの激戦と化していた。前衛組が踏ん張って骨を押しとどめ後衛組がもたつきながらも詠唱をして魔法を放っている。先ほどかき集めたクラスメイト達が中心となっているが流石に現状ではいささかまずそうだ。 

 

「アランさん大丈夫ですか!」

 

「柏木君か!君はそっちの子たちの治療を頼む!」

 

 指揮をしているアランさんに指示を仰げば負傷しているクラスメイトの治療を頼まれる。一体誰が怪我をしているのかと見れば野村が血を流している腕を抑えその傍で辻さんが真っ青な顔で治癒魔法の詠唱をしようとしている。

 

「の、野村君…わ、私詠唱が」

 

「大丈夫っ! 俺は、へ平気だから…痛っ!」 

 

 何とか治癒魔法を唱えようとしている辻さんだが野村の出血が予想以上に酷く腕を真っ赤に染めなお地面へと流れだしている血の量を見て 狼狽しているようだ。…考えてみればクラスメイトの皆が今まで苦戦も怪我も全然なかったんだ。治癒術師と言っても辻さんは現代日本の女の子。流石に重症の怪我を直せと言うのは酷な物か。

 

 まぁ俺がいる限りその心配は無用なんですけどね!

 

「へいっノムさん!助けに来たぜ!」

 

「柏木!?」

 

 滑りこむようにして野村に近づき有無を言わさず腕の容体を見る。なるほどこれは酷い。骨に切られてしまったのか前腕部分が思いっきり裂けてしまっている。繋がっているのが奇跡的にさえ見えてしまうひどい怪我だった。平常時だったら卒倒もんですなこりゃ。

 

「ちょいと染みるぜ」

 

「おまっ待って…イギッ!?」

 

 押さえつけていた手ごとこれまた有無を言わさず回復薬を遠慮なくぶっかける。傷に染みてしまったのか滅茶苦茶痛そうな顔をするが、我慢しろぉ耐えれば快感になるぞ~。

 

「つぅ~いきなり怪我人に液体ぶっかける馬鹿がどこに居やがるんだ!」

 

「いるさ!ここに!」

 

「この馬鹿ぁ!」

 

 憎まれ口をたたけるなら案外余裕がありそうだ。次々と回復薬を掛け、包帯の準備をする。殺菌等はこの際、我慢してもらうとして応急処置は手早くしなければっ!

 

「あれ…痛くない?」

 

「どうだ~効くだろぉ俺のオクスリはよぉ~」

 

 押さえつけていた手を外せばそこには怪我の後は残る物の先ほどよりは大分マシな腕の具合になっていた。……本当に今更だけどこの世界の回復薬って何で出来ているんだ?怪我の修復って魔法的に塞いでいるのか?それとも新陳代謝を上げているのか?もしかしてもしかして俺の作ったものがやばすぎるのか?…帰って時間的余裕があるのなら検証をしなければ。

 

「後は包帯を巻き巻きしてっと。しかしまぁノムさんがこれほどの怪我をするとはねぇ」

 

 野村の天職は土術師だ。石を操ったり土人形を作れたりなどの魔法を使う天職だがら後衛にいるのが基本なのだが混乱しているときに襲われたのだろうか

 

「野村君の怪我は…私をかばって出来た怪我なの…私のせいでっ」

 

「辻さんをかばって?」

 

 青く血の気を失くしたように語る辻さん。呟く言葉で想像すると混乱していた辻さんが骨に襲われそうになっていた所に野村が身を挺して庇ったのだろう。野村の顔を見れば、俺の推測は当たっているようで、辻さんを慰めようとあたふたしてやがる。

 

「いやっアレは咄嗟だから俺は何も考えなくて、辻さんが悪いわけじゃなくて、えっと」

 

「でも、私のせいで野村君が」

 

 野村は辻さんの事が好きだ、日本にいた時からクラスの男子内ではそれが知れ渡っている。そんな好きな女の子をかばって怪我をするとはカッコいい野郎だ。でも今は緊急事態なのでそんな青春物語は帰ってからやってください。俺も協力いたしますので。

 

「はいはいお二人さん。誰が悪いとかそういうのは今は良いんで、後で好きなだけやってくれ」

 

「ちょっ!?柏木そんな言い方は無いだろ!」

 

「今は生きるか死ぬかだってば。それより野村怪我はどうだ?まだ痛むか」

 

「…多分大丈夫。流石に岩を動かす魔法は集中できないから無理っぽいけど」

 

「よし、ならお前も戦線に参加しろ。土術師の本領を発揮させるチャンスだ」

 

「つっても岩を飛ばすのは無理って…」

 

 野村に頼みたいことは簡単な事。土術師しかできない簡単で複雑な事柄。きっと野村ならできる筈。

 

「岩なんていらねぇよ。小石…砂利でもいいや。それを作り出してあの骨どもの足元で適当に動かしまくれ」

 

「はぁ?…まぁそれなら何とかなるけどそれでいいのか?」

 

「甘いぜノムさん。足の踏み場ってのは案外重要だぜ」

 

 ニート教官に教えられたことで、自分の移動する足場をよく理解しておけと言う教習があった。何でも新米兵士にありがちなのが敵とにらみ合いになった時足元がおろそかになったせいで躓き敵の先制攻撃を許すことが多いとか何とかと言う話があったのだ。   

 

「幸いにもあの骨どもは二足歩行だ。俺達より足の面積は少ないが絶えず動き回る砂利を避けるほどの足さばきは無いと見た。そこでお前の砂利だ。何でもいいから動かしてアイツらに尻もちを付けさせてやれ」

 

 体勢を崩した骨に前衛の一撃は確実に効き、地の利は俺達がとる。…多分これでいいはず。

 

「辻さんはノムさんがぶっ倒れない様にサポートしてくれ。コイツ一人じゃ無茶をするが辻さんの前なら無様な真似は出来ないからな」

 

 そして辻さんには野村のサポート。何処に砂利を出せばいいのか教えたり倒れそうになったら魔力回復薬を渡すだけでも違う筈。

 

 …最もサポートと言う名の待機なんだけどな!今の辻さんの精神状況ではヘタに動き回るよりその場にいた方が被害は少ない。動けなくなってしまった仲間は働く仲間の邪魔にならない様に動かないでおきましょう! 

 

「うん…わかった」

 

「よしっ!それじゃあ俺は前線に」

 

「あ、その前にアイツらを見てやってもらっていいか柏木」

 

 意気揚々に前線に戻ろうとした時、野村に指をさされ視線を向けた。そこにいたのは…倒れている相川にへたり込んでいる玉井と、仁村だった… 

 

 

 

 

 

 




一言メモ

フェアスコープ 騎士団が所持しているトラップ検知用の道具。遠征に出る前に検査して置いたもので不備は無かった。

グランツ鉱石  女性に贈る贈答品として良質な鉱石。売ったら結構な額になるらしい。

ベヒモス  本来六十五階層に出てくる魔物。…という名の舞台装置。

薬は無限にできる  ラストエリクサー症候群とは無縁である。


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生き足掻く

最終話と言ったな…すまん。
もうちょっとだけ続くんじゃ。


 

 

 

 

 何かがおかしい。アラン・ソミスは生徒たちに指示を出しながらそう感じていた。

 

 それはフェアスコープにも反応しなかったトラップの時も感じていたが、今まさにトラウムソルジャーと言う三十八階層に出てくる魔物と対峙している今この時が一番に違和感を感じていた。

 

(…どうして突破できない?)

 

 今自分と共に戦い戦線を維持している永山、檜山を主軸とした前衛組と後方で詠唱し魔法を放っている谷口、中村を中心とした後衛組との連携は混乱していた先ほどまでとは比べてスムーズだった。

 

 単純に落ち着きを取り戻し、人数が集まったことで苦戦することは無くなるはずだった。無論死の恐怖に怯えて本来の力が発揮できなくてもそれでも指揮系統は自分が担っているため生徒達は戦う事に集中できている筈。それなのにどうしてか突破するのが難しいのだ。

 魔法陣によって絶え間なくとラウムソルジャーが出現するのは理解は出来ている。だが今現在の戦力なら多少の怪我は負うとしても階段にまでたどり着けるはずだというのが次期団長候補であるアランの見立てだったのだ。

 

 それがどうしてか前に進めない。トラウムソルジャーの統率が嫌に整っている気がするのだ。まるでこの場から離れるなと言わんばかりの

 

「永山は敵を引き付けその間に檜山は敵を切り刻め!後衛の詠唱が終ったら退避を心がけるんだ!」

 

(早く退路を確保しなければ!)

 

 口には出さないが内心では焦りを浮かんでいた。それはトウムソルジャーが厄介と言う意味ではない。後方にいるベヒモスと対峙しているメルドの事を考えての事だった。今、自身の直属の上司であるメルドがベヒモスを抑えているのだろうと予測は出来ている。しかしそれにしては随分と時間がかかり過ぎているとも感じていた。

 

 メルドが高々ベヒモス如きに後れを取る事は無いと、アランは当然のように思っている。しかしこの橋の上と言う状況とメルドの本当の力を発揮した時の事を考えるととてもではないが悠長にはしていられなかったのだ。

 

 メルドが今の現状にしびれを切らし、本気を出すという事はすなわち橋の崩壊か迷宮の陥没、そのどちらかしかない。となればこの国最高戦力を死なせてしまう事となり…防衛の担い手を失った国の行く末が決まってしまうようなものだった。

 

 最悪、団長だけを生き残らせる様にするのがハイリヒ王国を生きながらせるための絶対条件という事はアラン自身副長から常々言われているのだ。

 

 もしもの事を考え優先順位を決めようと考えだした時だった。

 

「しゃおらっ!俺!参戦!」

 

 妙に気合の入った声を出しながら、生産職である柏木が前線に飛び出してきたのだ。

 

「柏木君!?怪我した子達は」

 

「治しました!それよりもさっさとここから出ましょうぜアランさん!」

 

 チラリと後方を確認すれば、なるほど負傷したものには応急手当が施されているようだった。しかしだからと言って前線に出るのは…

 

「おらおらっ!食われてぇ奴はどいつだ!」

 

 いつの間にか持っていた棍棒を振り回しながらとラウムソルジャーへ戦いに挑む柏木。一応ニートから訓練は受けたためか素人よりはましと言う棍棒の振り方と足の動き方だった。

 

(そ、それにしては…ヘボい)

 

 気合は十分で根性もそれなりにあるようだが、悲しいかな。やはり天職が戦闘職の者達と比べると随分とお粗末だった。

 心に体がついて行っていないというべきか、戦闘に関する才能が一欠けらもないというか。今もトラウムソルジャーの振りかざした剣に当たりそうなのを檜山が柏木を蹴り飛ばしたことで何とか回避することが出来たのだ。

 

「こっちをウロチョロすんじゃねぇボケェ!」

 

「だったらさっさと殲滅しろよ馬鹿!」

 

「出来たら苦労はしねぇんだよこのカスゥ!」

 

 罵り合いをしながらトラウムソルジャーに攻撃を仕掛ける二人。…しかし悲しいかなやはり柏木の力は貧弱で見ていていつやられてしまうのかとヒヤヒヤするものだった。騎士団に所属していたのなら即刻再教育になるほどの貧弱さ。

 

「だから!俺の負担が!増えるんだよぉぉぉオ!!」

 

 だが、それに反して檜山の動きは罵り合いをすればするほど俊敏に滑らかになっていく。緊張がほぐれ余計な力は抜けなぞる様に振るわれる二刀の剣は的確にトラウムゾルジャーの頭蓋を抉っていく。踊るように動き一撃必殺の攻撃を繰り返すその姿は騎士団員の足元まで届きそうだ。おそらく鍛えればもっと成長する可能性すらありそうな動きだった。

 

 依然として突破口は見えない。しかし何故か柏木が来たと同時に事が上手く運び力がみなぎる予感をアランは感じ取ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦況は膠着している。檜山と永山が前線で踏ん張っているけど、それがいつまでもつのかわからない。骨はどんどん数を増やし後ろから聞こえる地響きのような音は徐々に大きくなってきている。

 

 端的に言ってとてもマズい、それもかなり。

 

(どうにかしないと…どうにか!)

 

 『自分の手に負えなくなるとお前はいつもすぐに焦ってしまう』とは父さんから言われた俺の悪癖の一つなのだが今まさしくそんな状況だった。負傷者が居れば俺の薬を使って治すことが出来る、怪我も疲労も均等に俺は治せる力を持つのだろう。だがその力が今この状況で役には立てるとは思えない。

 

「おらおらっ!食われてぇ奴はどいつだ!!!」

 

 未だ出口へとたどり着けない焦燥感から焦って前線へと躍り出てしまった。まずはそこら辺で拾った骨が持ってるであろう棍棒を拾い上げぶんぶんと振り回す!

 

 スカッ!

 

「ぬぉ!?」

 

 しかしその攻撃は当たらず逆に骨からの反撃を食らいそうになる。振りかぶった剣がみえた瞬間、いきなり背中に衝撃を受け無様に転げ回ってしまう。

 

「こっちをウロチョロすんじゃねぇボケェ!」

 

 危機一髪を救ってくれたのは檜山だった。悪態をつきながら立ち上がり今度こそ骨に立ち向かって一撃をくらわす。手に響くのは固い何かを砕いた感触と一つの命の終わりを実感させる感触。…人の頭蓋骨もこんな感じなのだろうか。

 

 アドレナリンが切れたのか、それとも考える余裕が出てきてしまったのか、悪い方へと考えてしまう。それでもまだ前を向いていられるのは横にいる檜山と永山が戦っているからだろう。檜山は赤く赤熱化した二刀の剣を巧みに操り骨を葬っていく。剣を振り回すごとに紅い軌跡が走るのは酷く美しさを感じさせる…

 

 …何でそれ赤熱化してんの? 

 

「中野がなんかやった!ははっ!お陰でトロけたバターを切ってみるみてぇだ!!」

 

 さいですか。何か知らんが中野が力を貸したらしい。ぶんぶん紅い軌跡を描く檜山の横では永山がじっくりと着実に燃える拳で骨を砕いていく。動き回る檜山とは違って不動の立ち方をする永山は一見地味だが確かに手早く丁寧に骨を処理していく。

 

 …何で拳が燃えてるの?

 

「知らん。中野が火をつけた。熱くはないから問題ない」

 

 さいですか。何か知らんが中野が何かをやったらしい。でも熱さを感じない炎って何なの?永山が骨に対して一撃を与えるたびに燃え盛っていく炎の拳はなんだか激しくヤバイ気がする。

 

 でもまだ階段までにはたどり着けない。このままではマズい。檜山も永山もアランさん前衛組もよく戦っている。後衛組である谷口や中村も魔法を放っている。さっきから影に隠れて骨に足払いを繰り返し放っている遠藤も、俺の指示通りに小石を動かして骨の体勢を崩している野村も、闇魔法なのか黒い光弾を放ち狂笑している清水も、みんなよくやっている。

 

 でもそれでも、階段へとたどり着けない。…原因は分かっている。

 

(火力が足りない… 一気に現状を変えるほどの火力が足りない!)

 

 俺たちの攻撃はかなりのものだと思う、しかし大群に対しての火力が足りないのだ。ゲーム風に言えば単体攻撃ばっかりで範囲攻撃が足りないとでもいうべきか。大群に対してプチプチと虫の一匹を潰すようなやり方では時間が足りないし魔力的にもキツイ。何よりも精神的にきついのがかなりやばい。

 

 今はまだ持ってるけど減らない敵に誰の心がぽっきり折れてもおかしくはない。そして一度でも誰かがヘタレてしまったらその恐怖が全員に感染してしまうものなのだ。…そうなったら俺達は今度こそ終わりだ。そうなる前にこの現状を一気に変え俺達の突破口を開き士気を上げる必要があるのだ。

 

「クソッ!天之河はまだかよ!」

 

「あぁ!?あの糞ムカつく野郎が何だって!?」

 

「あいつが来れば直ぐにでも脱出できるって話なんだよ!」

 

 …勇者はまだ来ない。この状況を打開できるはずのたった一つの希望はやってこない。

 

「じゃあその馬鹿は一体どこに居んだよ!」

 

「団長たちの所へ行ってる!南雲が呼びに行った!」

 

「マズいな…」

 

 永山はすぐに気づいたみたいだがこの状況はクラスメイトで一番の戦力である天之河が居てくれないと駄目なのだ。

 多少、頓珍漢な事を言うものの戦力としては十二分で何より二十階層で壁を崩したほどの天翔剣?という現状を打ち破れる力があれば突破口は開かれるはずなのだ。

 

 その勇者はまだ来ない。…南雲が手間取っているのか、それとも後ろで何かが起きたのか。天之河さえ来てくれれば俺達は助かるのに…っ 

 

「おい柏木!」

 

「…え?」

 

 そんな事を考えてしまったからか、眼前に骨が剣を振りかぶっているのがみえた。大上段の渾身の一撃、そう判断してしまうほどの明確な殺意を感じる

 

(あ…マズい)

 

 眼前の光景が随分とスローになっているのはアドレナリンが今頃過剰に出てきているのからか。死の匂いにつられてみたくもないのに走馬灯のように今までの人生の記憶が映し出される。

 

 この可笑しくも楽しい異世界の日常(誰かの作為を感じた)友人に恵まれた高校生活(本当はこんなクラスだったのか?)今生の友と出会えた中学(アイツ(親友)との出会いは偶然?)人から敬遠された小学校時代(周りと自身の違い)独りだった幼年期(当たり前だ、だって中身は) 

 

『願いは…望むものはそれでいいの?確かに出来るけど』

 

 記憶の混雑が起きる、自身の記憶の根底にある秘密が…自分が知らない自分だけが知ってる自分自身何より願った自分だけの

 

 記憶の根底にある願いを思い返す間もなく振りかぶった剣によって俺の命はそこで終わりを告げた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、だから調合師って事なのか」

 

 

 という事もなく目の前の骨は炎に包まれてあっさりと灰になってしまった。一瞬で骨を消し炭にする炎を操ることが出来るなんて事をできるのは一人しか居ない。

 

「中野…っ!?」

 

 そこにいたのは…()だった。

 

 人の形をし人の言葉を語る尋常じゃない熱気を放つ炎だった。茹だるような熱気で俺の頭が壊れたのか、それとも先ほどの混雑した記憶の混乱が抜けていないのか、呆然と見ているとその人型の炎が呆れたような声を出す。

 

「シンドロームはソラリス、恐らくピュアブリード《純血種》か…となると南雲はモルフェウスか。まぁいい、とにかくあの回復薬は俺の燃料にはちょうどいい…っておい頭大丈夫か」

 

 炎が生きている。生きて言葉を紡ぎ人の真似をしている。それはなんておそましく…吐き気がするほど美しいのだろう。自分の生物的本能が恐怖を感じるとともに未知の生物との遭遇に肌が泡立って…

 

「…おい!起きろ!」

 

「えっ?…あれ?中野…だよな」

 

 肩をゆすられ、ハッとした瞬間、生きている炎は中野になっていた。…どうやら死を目前にして気が付かぬ間に呆けていたらしい。先ほどの記憶が混雑したのもそのためだろうか。幻覚を見るなんて最高に可笑しくなっている。

 

「…はぁ。まぁいい、それよりもさっさとどけ。巻き込まれて消し炭になっても知らねぇぞ」

 

 その言葉と同時に中野は俺が渡した魔力回復薬を乱暴に飲み干し悠然と骨たちの前へと躍り出た。…渡したのは俺が作った物とはいえ市販の魔力回復薬と変わらない筈。それなのにどうしてだろうか、俺の薬を飲んだ中野から途方もない威圧感を感じてしまうのは。ざわざわと俺のナニカが危険を知らせる様にうごめくようなそんな気がした。

 

「ったく。只の休暇のはずがこうなるなんて、霧谷サン、アンタこうなる事を見越して派遣したのか?」

  

 檜山と永山、アランさんより前に進み出た中野は腕に炎を纏わせながら何かを呟いている。話している内容は何かは分からないが腕の炎の熱気はすさまじい。呼びかけようとしていた前衛の三人が思わず後退するほどだった。

 

「さて、まぁ運が悪かったと思って死んでくれ」

 

 気だるげなその言葉は、轟音と共に放たれた。中野の突き出した腕から真っ赤な灼熱の炎が無数にいた骨を飲み込んだのだ。

 

「すっげぇ…」

 

「この炎は…上級魔法、いやそれ以上の!」

 

 檜山がつぶやいた言葉とアランさんが思わずと言った言葉にはまさしくその通りだった。紅い炎は高度の熱を持ちすぎるからか白熱と化してほとんど白い閃光になったのだ。熱気は恐らくマグマよりも高温度なのだろう飲み込まれた骨は一瞬にして溶解を始めているため灰すら残さない。ああ…だからさっきまでサボってたのか。

 

「んなもんか。さて、道は開けたさっさと行くぞ」

 

 中野の腕から吐き出された炎が収まったその場には何も残されていなかった。骨は勿論骨が持っていた武器や魔法陣すらも文字通り塵一つも残されていない。

 

「中野君。君は一体…」

 

 アランさんの疑問はもっともだ。いくら中野が才能のある炎術師だったとしてもここまでの魔法には必ず詠唱が必要とされるのだから。でも詠唱を唱えた様子も魔法陣が展開された様子も一つもなく、炎は実際に中野の腕から出てきた。とてもではないが普通とは思えない出来事にアランさんが思わず言ってしまうのも無理なからぬことだった。 

 

 だが、その質問に中野は答える事は無かった。タイミング良く(悪く?)天之河がようやく駆けつけてきたのだ。

 

「皆、遅れて済まない!ここからは俺が道を切り開く!」

 

「遅せぇよこのカス!」

 

「遅すぎるぞ天之河!」

 

「!? す、すまない…」

 

 檜山の罵声と永山の叱責が飛んで言葉を詰まらせる天之河。そりゃそうだ、ヒーローは遅れてやってくるなんて言うけど事が終わった後でやって来るなんて一体何のための力だ。出直してこい!

 

「と、ともかく、道は開けた!ここから生きて帰るぞ!」

 

 多少どもりながらも声を張り上げ階段へと聖剣(笑)を指し示す天之河。道を開いたのは中野なので檜山達数名は冷ややかな目で天之河を見ていたがこの好機を逃すほど愚かでもなくまたもや現れた骨を生み出そうとしている魔法陣に気を付けながらも階段へと走っていく。

 

「中野君!ここから出て来れたら」

 

「話をしろってことですか? 構いませんが、ともかく今は生きることが先決でしょう」

 

 もちろんそれにはアランさんや中野も。何だかんだで道は開いたのだ、だったらこんな所で立ち止まるわけにはいかない。俺も一緒になって走り出す。

 

 

 

 

 この時、今になって思えば俺は引き返すべきだったのかもしれない。…結末はかわらないだろうけどさ

 

 

 

 

 

 中野が無理矢理こじ開けた通路を通り全員が包囲網を突破し階段前にたどり着く。危機的状況から抜けたことで安堵の空気が場に流れる。無論それは俺も例外ではなく。だがそんな俺達に声を張り上げるものが居た。

 

「皆、まだだ!まだ安心するのは早い!」

 

 遅れてきた勇者天之河だった。橋と階段をつなぐ通路をふさごうとしている骨の集団に向かって魔法を放っている。

 

 何故?どうして?そんな表情を浮かべる俺達に向かって声を張り上げたのは手で頭を押さえ青白い顔をした白崎だった。

 

「皆、待って! 南雲くんを助けなきゃ! 南雲くんがたった一人であの怪物を抑えてるの!」

 

 その言葉で俺はようやく親友がこの場所にいないことに気付いた。大急ぎで橋の向こう、ベヒモスへと視線を向ければベヒモスを前にして南雲が錬成を使ってベヒモスの下半身を橋と直結させ足止めをしているのが見えた。…見えてしまった。

 

 南雲がたった一人で殿を務めている。最も危険な場所で誰よりも危険なことをしている。、その事実が分かった時一瞬で血の気が冷え次に俺はほぼ無意識に白崎の胸ぐらを掴んでいた。

 

「おい白崎!お前何で南雲をあんな所に置いてきやがったんだ!」

 

「…っ!私だって南雲君を置いて来たりなんてしたくなかったよ!でも!」

 

 顔をゆがめ青白い顔をしながらも声を上げる白崎。魔力切れが別の要因か、体調がひどく悪そうだというのは分かるがそれでも俺は白崎に向かって怒りがこみあげてくるのを抑えられなかった。

 

「止めて柏木君!南雲君が自分から足止めするって言ったの。その時香織も止めようとしたんだけど足止めできるのは自分だけだって南雲君が」

 

 八重樫が何かと喚いているが、俺はそんな事を責めているのではない。コイツなら南雲の方を優先すると思っていたのにこっち(安全な所)に来てたのが心底ムカついたのだ。

 

「やめろ柏木!今はもめている場合じゃない!今すぐ南雲の撤退を助けないといけないんだ!皆!戦えるものは通路を確保してくれ!魔法を放てる者はあの化け物の足止めをするんだ!」

 

 俺が白崎の胸ぐらを掴むのを止めようとした天之河は続けさまに皆に南雲が撤退できるように指示を出す。その言葉で俺はムカつきながらも白崎の胸ぐらを手放す。コイツも治癒術師は言え攻撃魔法も使えるのだ。戦力は多いにこしたことは無かった。

 

「クソッ…南雲のヒロインを気取りたいのならさっさと助けてやれよ」

 

「言われなくても…っ」

 

 頭が痛むのか手で頭を押さえフラフラになりながらも後衛組と一緒に魔法の発動準備をする白崎。今にも倒れそうだが、倒れるのなら南雲を救出してくれぶっ倒れてほしいものだ。…でも、すぐに後悔した。

 

(…クソッ 何白崎に八つ当たりかましているんだ俺は!)

 

 感じてくるのは強い自分に対しての嫌悪感だった。本当は分かっているのだ、白崎に当たったのは只の八つ当たりで、勝手に白崎に対して期待して失望をしたのだ。南雲の性格なら殿をしてもおかしくはないってわかってるはずなのに止めなかった自分に腹を立て八つ当たりをかましてしまったのだ。

 

(…あーあ何やってんだ俺は。ホントッ自分で嫌になってくる) 

 

 前衛で戦えるものは骨たちへ戦いに行った、魔法を放てる者は詠唱を。…その中で俺は何もできないでいる。親友が今まさに命がけになっている中何もできないでいた。

 

 薬なら何でもできる、作って見せる。だがこういう戦闘時には本当に無力でしかないのだ、俺の能力は。それがたまらなく歯がゆく強いイラつきを感じさせる。

 

(頼むっ…無事で帰ってきてくれ南雲!)

 

 祈る事しかできないというのはなんと無様なのだろうか、親友は今ベヒモスから離れこちらに向かって全力疾走をする。

 

 その走ってくる南雲の後ろでベヒモスが抑えがきかなくなったことで起き上がり咆哮を上げている。獲物を捕らえ四肢に力を籠めようとして所で後衛組が放つ色とりどりの魔法が殺到する。

 

 きっとこの調子なら無事に南雲は『さぁここからが本番だ』 

 

「…っ!?」

 

 視界がぶれる。色とりどりの魔法はベヒモスへと向かう、怯むベヒモス、スピードを上げる南雲。しかしその南雲へと一つの火球が急に角度を変え…直撃はしなくてもその事で南雲のスピードが落ちる、ベヒモスがその一瞬を逃さずに地響きを繰り出して、衝撃に耐えきれず橋が崩れていき…

 

 奈落へと落ちていくベヒモスの断末魔

 

 クラスメイトへ手を伸ばしながら奈落へ消えていく南雲

 

 

「…はっ!?」

 

 目が覚める、慌てて橋を見るがまだ崩れていない、必死に走る南雲、其処へ大量の魔法弾が。脳内に蘇るは先ほどの光景と誰かからの忠告『南雲は行方不明になる予定』もう考える時間は無い、判断する時間もさっきの光景も考える時間がとにかく無い!咄嗟に足に力を込め俺は…

 

『アクセル』『アドレナリン』『熱狂』『狂戦士』『力の霊水』『さらなる力』『オーバードーズ』

 

「うぉぉおぉおおおお!!!!」

 

 足に力を籠め、一気に跳躍する。その力は後衛組を飛び越え戦っている骨や前衛組や騎士たちをも飛び越え一気に通路に踊り出る。

 

「なっ!?」

 

 後ろから誰かの驚く声が聞こえてきたがそんなこともうどうでも良かった。自分の身体能力も、内から湧き出るような力も何もかもどうでも良かった。ただ親友を救うためただそれだけのために俺は走り出す。

 

「……君!?…して!?」

 

 俺の向かう先では走ってくる俺に気付いたのか南雲が物凄く驚いた顔で俺を見ていた。何故とかどうして戻ってきたとかそんなことを考えているのだろう。お前を助けるために来たんだよぉ!

 

 そんな俺の頭上では色とりどりの魔法がベヒモスに向かって行く。…その中に一つだけ何故か明らかに変則的に動く火球があった。

 

 

 

 

 

 

 檜山大介は怒っていた。心底ムカついていた。腹が立っていた。

 

 階段付近の広場で睨め付けるのを通り越して殺気を放つまでに怒りを込めて見ていた。自分に最も適性がある風魔法で一直線にぶつけようと考えていた。

 

 それは誰に対してか

 

「…俺を見下しやがって、あの糞魔物が…!」

 

 自分に恐怖を味合わせたベヒモスに対してだった。あの咆哮を聞いた瞬間今まであった全能感は消え去り自分が只のちっぽけな人間だったという事をいや応なく実感させられてしまったのだ。

 だから檜山は自身の得意とする風魔法でベヒモスに一撃を食らわせようとした。

 

(…チッ、アイツを助けるためじゃねぇ!)

 

 今こっちへ走っている南雲ハジメに対して思わないこともない。昨夜白崎香織が南雲ハジメのいる部屋から出てきた所を目撃をしていて 色々と思わないこともない。だが、檜山は自分をコケにし、プライドを著しく傷つけたベヒモスに対して反撃を与えようとしたのだ。

 

「ここに、風撃を…っ!?」

 

 だがここで、誤算が起きた。間違いなく風の魔法の詠唱をしたはずなのに何故か出てきたのは()()()()()()()()()()だった。

 

「はぁ!?何でっどうして!?」

 

 驚愕するも魔法の構築は止まらない。魔力を止めようとするも火球は大きくなり…檜山の意思を無視して発射されてしまった。 

 

 檜山にはベヒモスだけを攻撃しようとした。それなのに火球は檜山をあざ笑うかのようグネグネと動き

 

 

 そして…

 

 

 

 

 

 

『クスクス』

 

 

 

 

 

 

「チッ!結局こうなるのかよ!」  

 

 先ほど見たのは予知夢という奴なのか、当たってほしくないのにそれは、吸い込まれる様に南雲へと向かっていく。  

 

「っ!?」

 

 直撃はしなかった。だがその衝撃で南雲のバランスが崩れる。ふらついた南雲に向かってベヒモスがボディプレスをする。

 

「うぉぉぉおお!」

 

 衝撃の余波でこちらまでスッ転びそうだったが、何とか体制を持ちこたえる。こんな時になんだが訓練を真面目にしておいてよかった。日本に居た頃の身体能力だったら今ので転倒していた。

 

 そんなアホな事を考えても足を止めず、今にも崩落しそうな橋でたたらを踏んでいる南雲に向かって手を伸ばす。障害であるはずのベヒモスはアホな事に自身の重さのせいでクッソ哀れな泣き声を上げながら奈落に落ちて行った、ザマァ見ろ!だが、南雲も衝撃でバランスを崩し奈落に飲み込まれようとしている。

 

 駄目だ!そこに落ちていくのだけは絶対に阻止するんだ!間に合え俺の魂ぃ!

 

「南雲!手を伸ばせ!」

 

「っ!うわぁぁ!」

 

 ガシッ!

 

 間一髪!俺の手は南雲の腕を掴み、落ちそうになった南雲に届いた。落ちそうになっている南雲を体全部の力を使って引き上げる。人一人を持ち上げるのはなんて重労働だ!でもこれからが本番!俺が無茶をしたんだからお前も無茶をしろ!

 

「うぉぉおおお!!」

 

「柏木君!」

 

「南雲!橋!錬成ぃ!」

 

「! 分かった!」

 

 流石は俺の親友!直ぐに俺が何をしたいのか察してくれた。何せ橋が壊れそうなのだ。このまま崩れてしまったらまた落ちてしまう。だったら直せばいい。なにせ俺が手を掴んでいるこの親友は物質を作り替えることができる『錬成』持ちなのだから!

 

「錬成ぇぇえええ!!」

 

 引きずりあげられている南雲は橋に手を掛けるとすぐに錬成を開始した。流石と言うべきか今にも崩れ落ちそうな橋は見る見るうちに崩壊する事なく罅が治っていく。その様子はまるでビデオの巻き戻しみたいでむしろ前の橋よりも頑丈と思わせるほどのものだった。やっぱすげぇよ…南雲は。

 

「ふんっ…ぬぉぉおお」

 

「あと少し…」

 

 橋の崩壊は止まった。後は南雲を引きずりあげるだけ、上半身は引き上げたがまだ下半身は宙ぶらりんとなっている。疲労で崩れそうになる体を無理矢理動かし南雲のベルトを掴み一気に引き上げる!

 

「ファイト―!」

 

「いっぱぁぁあぁっつぅぅ!」

 

 在りし日の懐かしい物を叫びながら俺は遂に南雲を引きずりあげる。そして、遂に、俺は、南雲を引きずりあげたのだ!

 

「はぁ…はぁ…」

 

「けふっ、こふっ」

 

 全身の筋肉を使った代償か疲労が半端ない、汗が全身から噴き出ていて非常に気持ち悪い。呼吸をする事がこんなにも幸せだったとは…息を整えていると仰向けになった南雲と目が合った。こちらも全力だったのか汗を流しているが、何とか大丈夫そうだった、怪我もなさそうだし。

 

「…ねぇ」

 

「あ?」

 

「ありがと」

 

 苦笑する様にそれでも嬉しそうにはにかむのは、何ともくすぐったい。照れて頬が熱くなるのを感じながらもぶっきらぼうに返答する。

 

「ばーか、こんな事で礼を言うなよ」

 

「それでも、助けてくれたんだし…一生かかっても返せない借りが」

 

 そんな急に重いこと言われても本当に困る。だって友達を助けるのは当たり前のことで今度こそは失敗しない様に…そんな事を考えてふと何か変な感じがして、南雲を見ると…こちらを見て目を見開いていた。

 

「柏木君!逃げて!」

 

「へ? …ぁ」

 

 ズバッ!

 

 熱さ、衝撃、そして目の間に広がる紅い飛沫と遅れてやってくる激痛。

 

「あぐっ…?な、なんだこれ」

 

 口から血反吐を吐き、視線を下に向けるとそこには赤い液体が塗らりとついた鈍い色の輝きを持った突起物が俺から生えていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一言メモ

今回はお休みです。


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運命を変える

これにて一章終了です。


 

 

「うぐっぐぶぅ」

 

 とめどなく溢れる赤い液体…血が俺の口から胸から流れ出ている…止血、手当、死。単語が頭の中をよぎる。激痛を堪えながら後ろにいるこのでっかいアクササリーを作った奴に裏拳を放つ!

 

「くそがぁぁああ!!」

 

 バキリと言い音を立てて俺の胸に刃物をぶっ刺した骨は頭蓋骨を粉砕していった。ざまぁみろと嘲笑をしたいところだが息が出来なくなり蹲ってしまう

 

「柏木君!しっかりして柏木君!」

 

「へ…うるせぇ…聞こえて」

 

 口から出たのは強がる言葉、でも本当は痛くて痛くて堪らない。漫画やゲームでよく見た痛さがこんなにも苦痛なものだったとはわからなかった。

 涙と冷や汗が止まらない、痛い、痛いんだ。動くたびに血が噴き出て呼吸が辛い流れ出ていくものが自分の命にかかわるものだと分かっているのに止められない

痛い痛い取って今すぐ、治して誰か助けて!

 

「応急処置…駄目だ回復薬は無い、柏木君のは…無い、使い切ったのか」

 

 南雲の声が途切れ途切れに聞こえる、人の胸に刃物が生えているというのにその冷静さは助かる、でも早く助けてほしい。

 

「くそっ!まだやってくるの!?」

 

 霞む目で前を見ると骨が数体こちらにやってくる。魔法陣はまだ消えていない。…失態。その言葉が俺の頭を駆け巡る。油断をしていたのだ、こちら側に来ないだろうと…思っていたのだ。

 

「肩を貸して柏木君。ここから抜けるよ!」

 

 蹲る俺の傍にしゃがみ込み肩を貸して俺を無理矢理立ち上がらせる南雲。苦痛で顔が歪む。動かさないでほしいんだお前にはわからないだろうけど傷口が広がっていくんだ。…命が流れていくような気がするんだ

 

「うぁあ…痛てぇよぉぉ」

 

「痛いよね…でももうちょっと我慢して。必ず僕が君を助けるから」

 

 引きずられる様に移動していく。体も足も動かしたくない呼吸でさえ傷に響くのだ。…でもそれでも進まないと2人とも死んでしまう。痛い体に鉄串を刺されたような内臓を掻きまわされている様な、思考がまた壊れていく、考えがまとまらない。今考えるべきは…骨がこちらにやってくる。南雲は気付いていない

 

「…ぁ……ほね…き…」

 

「大丈夫!僕じゃ無理だけど皆が居るから!」

 

 その言葉と同時に骨の数体が吹き飛んだ。まるでそれは風に煽られるように。…遠くの階段近くで斎藤がこちらを指さしている。その横には清水が大声で何かを叫んでいた

 

「…!……!!…!!!」

 

「斎藤君や清水君が魔法を撃ってくれている。皆が僕達を助けようとしているんだ!」

 

 骨が黒い影に覆われる、風によって吹き飛ばされる、小石が当たっても気にせずやってくる。そんな骨を水が押し流す。

 

「…はや…こい!…るんだ!」

 

「…か…君!頑張って!」

 

「にゃる・しゅたん!ふたぐん!にゃるらと!」

 

 一歩一歩進むたびに声が聞こえてくる。それは男の声だった、少女の声だった、馬鹿の叫び声だった。待っている奴らが居る。傷が痛み意識が遠くなりそうになるとその声で呼び戻される。

 

「み……ん…な」

 

「あともう少しなんだ…っ」

 

 俺を引きずっている南雲の声に焦燥の色が混じる。流れ出ている俺の血の量はそれほどやばいのだろうか、痛みをもう感じなくなってくる。気のせいか肌寒い、それなのに頭のどこかは嫌に冷静だった。

 

 引きずられる様にして数分だろうか、それとも数十分だろうか、突如大きな音と共に南雲の足が止まった。

 

「なんで…こんな所で!」

 

「どうし…た」

 

「橋がっ! あっちまで行けない!」

 

 意識を総動員させ頭を振るい目を開けると、其処には四メートルほどの穴があった。正確に言えば俺達と出口までの通路が壊されていたのだ。 

 

 とてもでは無いがジャンプでは届かない。こんな時に限って自分たちの身体能力が低いことが悔やまれる。そこそこの力があれば飛び越えられるかもしれないのに。

 

「うしろぉぉおおおお!」

 

 目を見開き唾を飛ばしながら奇声を上げる清水。チラリと向けばなるほど、骨が群れを成してやってくる。それが武器を構えゆったりと歩いてやってくるのだから何と悪辣な事か。

 

「どうする…どうやってここを乗り越えられる。僕のこの力なら…でも制御できるの?この正体不明の…」

 

 南雲のつぶやきが聞こえる。錬成に何か秘密でもあるのだろうか。

 

「クッソ!離せお前達!あいつ等は俺が救う!」

 

「黙ってくださいこの糞脳筋団長!貴方が行っても着地の衝撃で橋が崩れるかもしれないんですよ!自分の質量考えてください!」

 

 メルド団長とその部下たちが何やらもめている。騎士四人がかりで絶対に行かせまいと必死になってメルド団長にしがみついている。

 

「畜生!斎藤お前風術師なんだろ!?飛べねぇのかよ!?」

 

「出来ないよそんな事!」

 

「えーっとえっと そうだ誰かロープを持っていない!?あっちに投げるのは私がするから柏木君と南雲君の体に巻き付けてこっちに手繰り寄せれば!」

 

「優花そうは言ってもそんなロープ誰も持っていないよ!?それにそれだと柏木君が持たない!」

 

 クラスメイト達はざわざわと騒ぎ案を出して俺達を助けようとしている。

 

 

 皆が俺達を助けようとしてくれている。それでも時間は刻一刻と迫ってくる。

 

 

 …ここまでなのか?ここで俺は終わるのか?これじゃ何のために生きて…

 

 

 

 

「――――――」

 

 ふと熱を感じた。身を焦がすようなのに不思議と身体の奥が温まる様な暖かな熱気を。

 

 体の奥から感じる熱の原因を探す様に視線を向ければそこには…中野が居た。こちらに視線を向けて何かを言ってる

 

「――――――」

 

 口角をあげ嗤っているよう見えても何を言ってるのかはわからない。でも中野から発せられる熱は俺の体に入り込んでくるように感じるのだ。それは冷えた体が温まるかのように、熱の力を己の力に変えるかのように…機械にガソリンを入れるかの如く、中野から贈られる熱は俺の力になっていく。

 

「は…はは」

 

「柏木君…?」

 

 あの生きた炎に何をされたのかはわからない、もしかしたら気のせいかもしれない、それでも何か激励をもらったような気分だった。もはや胸に刺さったままの剣など、どうでも良くなってきた。頭の中も熱く燃え上がるかのように上がってくる。体中から湧き上がる力を持って俺はしっかりと南雲を掴む。

 

「え…まさか」

 

「歯ぁくいしばれよぉぉおお!!」

 

 なんてことはない、俺がするのはとても簡単な事、持ちうるすべての力を持ってして南雲を全力で一切の加減もせず脳内リミッターを外して皆の所へ向かってぶん投げたのだ。

 

「俺も…行きますか!」  

 

 後ろからとガチャガチャ音が聞こえる。体中に巡る熱のお陰で痛みは吹っ飛んでいる、南雲がどうなったかと確認する間もなく俺も一気に助走つけ飛び上がる!

 

 ふわりと浮く感触。対岸にいる皆の驚く顔がとても滑稽でなんだか笑えて来る。どこかゆっくりとした映像の中そんな事を考えながら手を伸ばして…

 

(あ、…届かない)

 

 あと少しが届かない、自身の跳躍力は確かに上がったがあと少しが足りない。落ちる…奈落の底へと落ちてしまう

 

 

 

 

 

「うわぁぁああああ!!!」

 

 ガシッッ!!!

 

 だが、俺の落下は止まった。落ち行く俺の腕を清水が身を乗り出して掴んだのだ。

 

「し…みず」

 

「離すな!離すもんか!うばぁああぁあわああぁぁあ!!」

 

 奇声をあげ涙を流し涎や唾をまき散らしながらそれでもしっかりと両手を使って俺の腕をつかんだのだ。しかし勢いをつけすぎたのか上半身の殆どが身を乗り出している。清水の馬鹿野郎そんな体勢じゃ…お前も落ちて

 

「やるじゃねぇか清水!お前ら、清水を引き上げるぞ!」

 

 酷く男くさいこの声は…坂上か?見れば清水の足を坂上が掴んでいる。その坂上の後ろには永山がいて…男連中が引きずりあげようと声を出している。

 

「いよぉし!よくやった龍太郎!重吾、アラン!お前たちも手伝え!」

 

 メルド団長の声が聞こえる。同時に清水の体が引き上げられ俺も一緒に地上へと…

 

 

 

 

 

 

 

 何とか引き上げられ地面に寝かされる。周りには騎士団の人がいて、その後ろにはクラスメイトが居る。…でも誰が誰なのかもう区別がつかない。

 

 だって俺は…

 

「!?―――!!!――――!!」

「―――!?――――!!!!!!!」

 

 靄がかかったような視界に誰がそばにいるのかわからないのだ。何を言ってるのかも聞き取れない。血を流しすぎたのだと、どこかで冷静な頭がそう判断していた。

 

 

 体温が急激になくなってとても寒い…でもなんだか温かいような気がする。

 

 

「―――」

 

 聞こえない、見えない。これが死ぬという事なのだろうか。それはなんて寂しくて…悲しいのだろう

 

 

「………」

 

 ………言葉が出てこない、揺さぶられていてももう反応する体力が無い。走馬灯のように思い出すのは…

 

 

『まぁ君の願いはともかく そうだね、二度目の人生楽しんできなよ。なんだかんだ言っても人生は楽しまなきゃね』

 

 そうだ、俺は…()()はまだ楽しんでいないのだ。こんな所で終わる訳にはいかないのだ。まだやりたいことが一杯あるまだすべきことがある。

 

 

 生きたい!ここで終わるわけにはいかない!死にたくなんて…無い!

 

 

「………」

 

 

 でも体はもう動かない。伸ばした手は何もつかめない。

 

 

 

 

 

 そうして

 

 

 

 

 

 自分は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よっと」

 

 それはその場にぬるりと落ちてきた。しなやかな体を持つそれは何でもない様に上層へとつながる階段付近に音もなく落ちてきた。

 

「行きましたか?…行きましたよね」

 

 確認する様に階段の奥へと視線を向け奥には誰もいないことを確認するとそれは体をググッと伸ばした。

 

「んん~っと。 まぁあの人たちは大丈夫でしょう。出口までの掃除はちゃんと済ませましたし、あの騎士団長もいるのでどうにかなる筈でしょう」 

 

 そうして一呼吸したそれは丁度数十分前まで少年が倒れ伏していた場所まで軽い足取りで近づいた。

 

 その場所では数十分前に騒動が起きていたのだ。トラップに引っかかった一団が死力を尽くした脱出劇。巨大な魔物と大軍の魔物に挟まれた大イベント。しかし今はもう誰も彼も居なくなっており物音一つなかった。

 

「~~♪」

 

 鼻歌を歌い、とても上機嫌で先ほどまで血だまりだった地面へとぺたんと座った。目の前にはおびただしい量の血が地面に広がっている。先ほどまで少年が流していた物だった。惨劇の余韻がまだ終わっていないことを示しているかのように乾いていない血を指でなぞりながらそれは口角を上げた。

 

「いやはや、こうなるとは…流石ですねっ」

 

 気分よく言葉を吐き出すと地面に這わせた指先に付着した血痕を愛おしそうに見つめる。それは、ひどく慈愛に満ちた目付きだった。

 

「運命を変えるのならば相応の代償は必要になる物です。それをよくもまぁ…」

 

 指先に付着した血痕をそのままそれはペロリと舐めた。途端に電気が走ったかのように体をびくりと震わせ表情を零すそれ。甘く刺激に満ちたとても()()()()衝撃が脳髄に響き渡ったのだ。

 

「ああ…美味しぃ…体に馴染むとはこういうことを言うんですね。ううむ、しかしここまで馴染むとは、実によく馴染むぞーー……」

 

 言い切った後にすぐさまキョロキョロと辺りを見回す。気恥ずかしそうに頭をポリポリと掻いたソレの頬は少しばかり朱色になっていた。

 

「…我ながら実に変態チックですねぇ。まぁ手遅れなほどに変態ですけど」

 

 気を取り直す様にして立ち上がると先ほどまで死闘を繰り広げていた橋をしげしげと見渡す。その翠の目は憧れと歓喜と希望を含んだ少年のようにキラキラと輝いていた。

 

「カッコよかったですね、思った以上に」

 

 思い返すのは奮闘した少年の姿。ソレは見ていた。少年がくじけそうになったのを親友によって奮起したのを。クラスメイト達へ声を掛け死地から生き残ろうと奮闘していたのを。

 

「勇ましかったですね、想像以上に。」

 

 戦えないと分かっていても少年は抗った。我武者羅でそれでも必死で。 

 

「…立派でしたね。抱きしめたくなるほどに」

 

 想像以上で期待以上でもあった。だからひたすらに愛でたくなった。自身の使命も目的すらどうでも良くなるほど。 

 

「よく頑張りました。貴方は知らないだろうけど私は貴方の事をちゃんと見ていましたよ」

 

 愛おしそうにつぶやき思いを馳せる。決して届かないなんてことは十分によくわかっている。それでも感情は留まる事を知らないのだ。

 

 

「おめでとう。貴方は運命を変えた、筋書きを変えた…茶番劇を滅茶苦茶にした。今までは予定調和だったけどこれから先は未知の領域になる。…貴方が望んだように」

 

 仲間達に背負われ運ばれていった少年にソレは言葉を告げる。聞こえ様が聞こえまいがもはやどうでも良い。銀糸の髪を指先でいじりながら微笑む。

 

「これからどうなるのでしょう?どうなっていくのでしょう?貴方の掴んだ未来は不透明で私の知る世界とは違っていきます」

 

 翠色の目を輝かせワクワクが止まらないとでも言いたげにそれは笑っていた。まるで楽しみがようやくやってきたといわんばかりの笑顔で。 

 

「楽しみです。貴方を呼び出してしまったこの世界が、関わっていく人々が…運命どう変わっていくのかが、私は本当に楽しみなんですよ?」

 

 虚空へ向け言葉を吐き出すと…それは踵を返した。後はもう用が無いといわんばかりに。

 

 

「…これにて序曲は終わりを告げます。次は一体どうなるのか、私も貴方の『―――』として見守らせていただきますよ。」

 

 

 

 

 

 その一言を告げ、ソレは暗闇へと消えて行く。後に残されたのは無音と暗闇の空間だけだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっとしたネタバレ

南雲君はちゃんと助かりました。奈落へ入ってません。



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前日譚と脆き刃

ちょっとした小話です。

二章はまだ時間がかかるので暇つぶしにどーぞ


 

「お待ちしておりました、中野君」

 

 都内某所に存在する、とあるビル。

 

 表向きは他国企業のオフィスビルとなっているそこが日本におけるUGNの中枢、UGN日本支部となっている。

 

 その最上階、支部長室にて中野信治はUGN日本支部長『霧谷雄吾』呼び出されていた。

 

「まずは、先日の任務お疲れさまでした。君のお陰で被害は最小限に食い止められました」

 

「…いえ」

 

 桐谷の賛辞に中野はそっけなく対応する。霧谷の話した任務はどこにでもある暴走したオーヴァード…ジャームの戦闘と処理を行っただけの話だったのだ。

 

「それで、呼んだ理由はそれだけですか」

 

 ほぼ無感情。どれだけ上の人間でも中野の対応は変わらない。そんな中野に苦笑すると霧谷は呼び出した理由を話すことにした。

 

「早速で悪いのですが君には次の任務へ行ってもらいます。任務内容はとある少年の保護です」

 

「…保護?」

 

「より正確に言えば監視でもあります。オーヴァードに覚醒する予兆を感じられるとの報告を受けましたので君に見てもらいたいのです。保護対象の名前と容姿はこちらの資料にまとめておきました」

 

 渡された資料を眺めながら中野は正直面倒だと感じていた。自分の本質は戦闘であり誰かの保護なんて専門外だと感じていたからだ。

 

 とはいえ、言われた任務を断る事も出来ない。そう訓練されているし、それがUGNチルドレンである自分の仕事だからだ。

 

 資料を眺め、その保護対象の名前に違和感を持つ。眉根を寄せるというようやく感情らしき感情を見せた中野に対して霧谷は何故中野を選んだかの理由を話し始めた。

 

「保護対象となるのは、君の恩人…『超人』の息子です」

 

「……」

 

 脳裏をよぎるは幼き頃の思い出。故郷の人々を焼き殺し、炎を感情そのままに操り()()を繰り返していた自分を殴り止めさせた顔に大きな傷を持った男。

 その息子を保護しろと言うのだ。性格が悪いと視線で訴えれば苦笑で返されてしまった。

 

「君はその子のいる高校へ転校することになります。手続きは終えてありますので後は現地の支部長と相談し事を進めてください」

 

「…」

 

 小さな溜息をつく中野。やりたくないというのが本音だが逆らうわけにもいかない。そんな中野に霧谷は優しく穏やかな声を掛ける。

 

「任務と言うの名の体ではありますが、君の休暇も兼ねています。同世代の子たちと交流してささやかな青春を送ってください」

 

「……了解」

 

 余計なお世話でおせっかいと言うのが中野の本心だが目の前の男が本気でそう言ってるのだろうとも察することは出来るのだ。 

 

 大きな溜息をついて次の任務の事を考える中野だった…

 

 

 

 

 

 

「やぁ噂はかねがね聞いているよ。えっと確か」

 

「『火の粉』今はそう名乗れと霧谷から言われている」

 

 喫茶店ウィステイリアにて中野はこの町のUGN支部長である園部博之と対面していた。時間帯は午後で丁度休憩時間中らしい。

 

「そうかい…霧谷支部長から聞いているけどそっちの方が可愛げがあっていいね」

 

 以前名乗っていた前の二つ名は物騒過ぎると判断され『火の粉』と言う妙に愛らしい二つ名を霧谷につけられてしまったがまぁしかたいないと考える中野。そもそも前の二つ名は幼少のころの回りが勝手に崇めていた名前なのだ。今はそれで良しとすることにした。

 

「で、話を聞きたいのだが」

 

「ごめんごめん。それじゃ色々と説明するからよく聞いてね」

 

 話が脱線したので軌道を戻し転校について色々と説明を受ける事にした。そのほか住所、書類、などの細かい説明も受ける。

 

 

 

 中野が見た資料では園部博之はオーヴァードではあるが純粋な戦闘要員ではないという事だった。あくまで事後処理や事務機能に長けている人物であるという事で、接している最中でもあまり戦闘技能は強そうには感じなかった。…人当たりはかなり良いとは感じるが。

 

「という事で、君は晴れて高校生だ。色々と戸惑うかもしれないけど頑張ってくれたまえ」

 

「…構わないが、一つ質問がある」

 

「何だい?」

 

「今どきの高校生の中にどうやって馴染めばいいんだ?」

 

 幾ら容姿は少年だとしても中野の過去はとても血生臭い。今更普通の高校生になれって言われたところで絶対に浮いた存在になるのは目に見えているのだ。

 しかも性格も社交的ではないという自覚がある。はっきり言えば人選ミスも良い所なのではないのか。そう園部に聞けば言われて気付いたのか同じように困った顔をしてしまった。

 

「確かに、いきなり高校生をやれっていうのは難しいよね…私も最近の子の好みは分からないからなぁ」

 

 困ったかのように笑う園部に溜息を吐く中野。いきなりの出だしで躓いてしまったのだ。溜息が出てくるのはある意味仕方のない事だった。

 

「優花にでも聞ければいいんだけど、女の子だし…困ったね」

 

「優花?…ああ娘がいるのか」

 

 園部博之には一人娘が居る。資料では知ってはいたので恐らく同級生になるだろうと見当をつけていたのだ。奇しくも保護する少年とは同い年でもある。

 

「可愛くて優しい自慢の娘だよ。…最もこっちの世界については何も話していないけど」

 

「そうなのか?」

 

「まぁね。こんな血生臭い世界知ってほしくないんだ。娘には普通の幸せを送ってほしい。…私の我儘かもしれないけどさ」

 

 そう言って子を持つ親の顔をする園部博之。自身に向けられたこともなくかと言って羨むにはとうに終わってしまったその顔にむずがゆい物を感じながらも話を進める事にした。…そんな顔を見たくなかったというのもある

 

「話を進めるぞ。俺はそいつと同じクラスになればいいんだな」

 

「そうだね。どういった接触の仕方にするかは現場の君の判断に任せるよ。…こちらの世界についてもね」

 

「わかった」

 

 結局は出たところ勝負の話になるのだろう。別段気負う事もなく、民間人の命の危機という事でもない。それなりにこなせばそれでいいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 という事で中野信治は転校の手続きを終え高校生になる事が出来たのだった。件の少年『柏木』はクラスでは多少目立たない存在ではあった。友人である南雲ハジメと清水幸利と毎日雑談と称しては楽しそうに笑っている何処にでもいる少年だった。

 

「バエルッ!」

「何言ってんのコイツ?」

「それが昨日一緒に見た鉄血に嵌っちゃって…」

「止まるんじゃねぇぞ…」

「馬鹿じゃねぇの?…あ、馬鹿だったわ」

 

 …多少変な会話をしているが概ね普通の高校生と呼べるものであろう。そんな柏木を少しばかり観察しては特に意味もなく、しかし何よりの休暇を満喫する中野。

 

「あ~授業かったりぃ~学校爆発してくんねぇかなぁ」

「だよなぁ~」

「なるわけないじゃん馬鹿なの檜山?」

「あ?斎藤今なんつった」

「そんな事より午後の授業サボろうよ。駅前のゲーセンで新しいゲームコーナーが出来たんだってさ」

「…いや、授業サボっちゃまずいだろ」

「…檜山って不良ぶる割には真面目だよね近藤君」

「そこが檜山の良い所なんだよ」

「あ?なんか言ったか?」

「…何でもねぇよバーカ」

 

 クラス内にも溶け込めることは出来た。一応クラス内では不良?グループの檜山達の輪に入ることが出来たのだ。下らない会話をしているがそれがまた実に意味のない会話で…表情には出さないが楽しいのだ。自分が想像していたよりもずっと。

 

 

 

 昨日と同じ今日。今日と同じ明日。

 

 炎を操る化け物は人の生活を謳歌していた。自身の生い立ち、異能を考えることもなく人波の生活を確かに手に入れたのだ。

 

 

 

 

 あの召喚が起きるまでは、確かに人の営みを触れることが出来たのだ。

 

 

 だから、それを壊した物には相応の報いを与えねばならない。

 

 

 小さな火の粉は、大きな炎を見に宿し焦土と化す機会をうかがっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肉を切る感触がまだ手に残っている。刃が毛皮を切り肉に入り込み骨を両断する感触がまだ手に残っているのだ。

 

 

「……っ」

 

 ぶるりと寒気がしてまた手を洗う。これで何回目だろうか、何度手を洗っても一向に感触が落ちる気配が無いのだ。

 

 せっけんを使い手を泡立て、何回も洗う。洗って洗って洗って洗って洗って洗って洗って洗って洗って洗って洗って洗って…それでもまだ感触は残っている。

 

 命を切り殺す感触は鮮明に残っており

 

 手にはまだ血がへばりついているのだ。

 

 

「何で…どうして血が落ちないのよっ」

 

 八重樫雫は一心不乱に決して取れない血を落すために手を洗い続けるのだった。

 

 

 

 異世界召喚。信じられない話だった、ずっとどこかでは夢なのではないかと雫は考えていた。どこかでカメラがあって番組の司会者がいて…どこかでドッキリだと、そう信じていたかったのだ

 

(嘘よ…こんなの信じられるわけ)

 

 しかし悪夢は一向に晴れず、朝目が覚めても日本にある自室で目覚める事は無かったのだった。

 

 

「フッ!…セヤッ!」

 

 手渡された日本刀とよく似たアーティファクトを振るい自身が身に着けた剣道の型を練習する。隠してはいるが精神的に疲労はしても幼少のころから続けていた型は崩れる事は無かった 

 

「ほぅ…綺麗な物ではないか」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 メルド団長から直に褒められても喜ぶ気は一つも起きなかった。生粋の軍人に剣の型をほめられるという事はつまり…そこまで考えて頭を振る。

 

(駄目よ…考えちゃ駄目!)

 

 目をきつく瞑り精神を集中させる。一度ぐらつくとどこまでもぐらついて折れてしまう気がしたのだ。そうして目を閉じて精神を落ち着こうというところでそれは聞こえてきた。

 

「おや、天之河君中々筋が良いですね」

 

「ありがとうございます!でもまだまだこれからです!」

 

(っ!)

 

 幼馴染である光輝の声が聞こえてきた。たったそれだけで心の波が激しくざわつくのを雫は感じ取った。出来る限り声が聞こえない様に精神を研ぎ澄ませ神経を集中させる。

 

 それなのに、幼馴染の声はハッキリと聞こえるのだ。

 

「早く強くなって俺がこの世界の皆さんを助けます。だからもっと頑張りますよ!」

 

(……一体どうしてそんな事が言えるのよ!?)

 

 ざわつく本音が漏れてしまった。目を開き周りを見渡す。そこには騎士の人から話しかけられ屈託なく笑う光輝の姿があった。

 

 その笑うあどけない顔に、()()()()()()()()()()()に、激情が走るのを無理矢理抑え込み雫はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 トータスに呼び出された雫たちは戦争の参加を余儀なくされた。それは帰る為の仕方のない事だと雫は割り切ろうと考えていた。一体どこのどいつが人様の生存競争に手を貸さなければいけないのかと憤慨しながらの仕方のない判断だった。

 

 しかしあろう事は幼馴染は

 

「俺がこの世界も皆も救って見せる!!」

 

 と自分の意思で参加を表明してしまったのだ。それはまるで自分にしかできないと言うようで…正直な話雫は愕然とした。正義感が強いはずの幼馴染は自分たちの事を顧みず、異世界の人間を優先してしまったのだ。その事に強い落胆を雫は無自覚に感じてしまった

 

 だがいくら嘆いても時は止まらず状況は止まらない。

 

 仕方なく始めた訓練は、なるほど確かに身体能力は格段に上がっていた。今なら日本にいたときの数々のスポーツ記録を超えれるかもしれなかった。

 しかしそれはあくまでも身体面の話だけで、精神面はそうではなかった。

 

 

 郊外での初の魔物との実戦。相手はとても弱い魔物だった。正直苦も無く倒した。……倒してしまったのだ。

 

「雫よくやったな!流石だよ!」

「……血が」

「え?どうしたんだい?どこか怪我でも」

「……何でもないわ」

 

 一刀で両断でき反撃は無かった。返り血は浴びなかった。しかし目の前の光景は凄惨な物だった。はらわたをさらけ出し白い目を向け絶命している狼型の魔物。未だに流れる血は湯気が立つのではないかと言うほど温かそうで、匂いは酷く胃の中にある物をぶちまけそうなものだった。

 

 

 生き物を殺した。その感触と光景が雫の脳裏に焼き付いた。

 

 

 皆には心配を掛けない様に隠れて手を洗う。親友が気付いたかもしれないが雫にはもはやどうでも良い。ガシガシと手を洗い命を終わらせた感触と強い罪悪感を流し落そうとする。

 

(殺さなきゃ殺されていた…殺さなきゃ…私が殺されて)

 

 自己暗示のように強く想い込もうとする、たとえ一方的であっても自分が悪い訳では無いのだと、しかしその考えもすぐに消え去り罪悪感が募ってくる

 

(…あの魔物は何もしていなかった、私が一方的に切り付けた…私が殺して終わらせた…私が)

 

 考えが悪循環へと落ちていく。自身を正当化する声と生き物を殺す業の深さを認識する声が重なり合って雫を追いつめていく。

 

「綺麗にしなきゃ綺麗にしなきゃ…」

 

 何時しか手は自身の爪で切れてしまい血が流れていた。しかし雫は気が付かない。手洗い場がピンク色になってきても気付く余裕が無い、雫は何時しか手を洗っている筈がいつの間にか自身の罪を洗い流そうとしていた。

 

 皮膚が水分によってふやけ、力を入れ過ぎたことによって深く手を切り裂こうとした時だった。

 

「駄目ですよ、女の子がそんな手の洗い方をしたら」

 

 翠色の目の色をした女性によって手を掴まれてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの…」

 

 手を掴まれてにっこりと微笑まれ有無を言わされず翠色の目をした女性に連れていかれた雫は王宮にある一室にでむるやり座らされていた。何処をどう通ってのか記憶になかったが外からの声は無く随分と人気が無い落ち着いた空間のする部屋だった。

 

「さぁ、出来上がりました。はいどうぞ」

 

 手の治療を終えてニコニコと笑いながら手渡されたカップを受け取る雫、中に入っているのは緑色のどこか懐かしい匂いのするお茶だった。

 

「これ…緑茶?」

 

「私の故郷にある心を落ち着かせる飲み物なんです。私は薄まった方が好きなんですが…」

 

 苦笑しながら自分の分を飲む女性。出来に満足が行ったのか何でも美味しそうにチビリチビリと飲んでいる。何となくその姿にとあるクラスメイトの姿がダブり急に毒気を抜かれ雫も飲むことにした。

 

 飲み物の味は緑茶とは少しだけ違ったが、ほんわりと温かいその温度とどこか懐かしい苦みは雫の表情をほころばせるものだった。 

 

「……美味しい」

 

「良かった。私しか飲む人が居ないので上手くできたかどうか不安だったんです」

 

 コロコロと笑うと次に女性は棚をガサゴソと漁り始めた。何をしているのだろうかとその姿を見つめていると…女性は満開の笑みで机の上にドサドサと物を置き始めたのだ。

 

「これは…お菓子?」

 

「むっふふ~ コレはですね、フューレンで売ってる人気のお菓子なんですよ~食べます?」

 

「え、あ…いや私は」

 

「食べましょう!美味しいものは分かち合うのが正義なのです!」

 

 女性はそう言って目を輝かせると片っ端等からお菓子の包袋を開け放っていく。もはや雫の意思は一つも聞いていなかった。

 

「美味し!やはり私の目利きに狂いは無かった!」

 

 困惑と混乱でオロオロする雫の前で高級そうなクッキーをバリバリムッシャァ!する女性。もはや何なんだが分からなかった。

 

「食べないんですか?食べないと全部頂きますよ?」

 

「ど、どうぞ?」

 

「ふっ客人癖にもてなしを受けないとは結構失礼なんですね。よろしいなら私が食べさせてあげましょう!」

 

 ニヤリと笑うとクッキーを手掴み雫の口元へと持っていく女性。その目は物凄っくキラキラと輝いておりアーンをさせる気満々だった。

 

「ちょ!?やめっ」

 

「むっふふ嫌がる美少女に無理矢理餌付けをする。何て背徳感!あ~イケない扉が開いちゃうんじゃ~」

 

 この珍妙なノリはどこか知ってる気がする。クラスメイトの誰かがやってそうなノリを防ぎとめようとするが女性の力は雫の想像をはるかに超えるほど力強く、

気が付けばクッキーは唇に当たっていた。

 

「ちょ当たってる!?当たってますって!」

 

「ならさっさと食べなさい。さもなければクッキーは歯茎に当たる事になります。…結構痛いんですよ?」

 

 妙な実感のこもった忠告を遂に聞き入れ雫はしょうがなくクッキーを食べる事にした。アーンをされている状態なのは納得いかないが恐る恐るサクリとクッキーを口の中に入れる。

 

 固いかと思えば中はふんわりとしてほのかに甘い不思議な触感だった。その味は非常に美味であった。

 

「美味しい…」

 

「でしょう?むふふまだまだ沢山ありますからじゃけんじゃんじゃん食べましょうね~」

 

 ケラケラと笑う女性はそう言ってまたもや棚を漁りだす。その姿に雫は呆れと困惑と…感謝を浮かべるのだった

 

 

 

 

 

 ある程度お菓子をむさぼり終え(それでも女性はまだ食べている、太らないのかと目で訴えれば太らない体質なんですぅ~と煽られた)お茶を飲み一息ついた雫。

 

 改めて対面に座り笑顔を咲かせている女性を見る。年の頃は自分より少し上、二十代前半だろうか。仕草一つで幼くも年上にも見えるので判別できない容姿だった。

 髪の色は透き通るような銀色でしかし視線を変えればくすんだ銀色にも見える不思議な色だった。目は綺麗な翠色でしかし濁っているようにも見えた。

 

 総じて目の前の女性は何者かよくわからないという結論が出てしまった。

 

「あ、自己紹介がまだでしたね。私の名前はアリス・アニ……」

 

「?」

 

「オホンッ 私の名はアリスです。まぁ気軽にアリスさんと呼んでくださいね」

 

 そこはさん付けなんだ、そう考えた雫に『年下から呼び捨てにされるのは嫌なんです』と言われてしまった。何ともつかみにくい女性だが、礼儀としてこちらも名乗ろうとしたが遮られた。

 

「知ってますよー 騎士団でも噂の少女剣士八重樫雫。剣の型や構えがとにかく綺麗だと言われていますねー」

 

 どうやら相手は自分の事をよく知っているようだった。…しかしその評価は何となく座りが悪いのだ。

 

「あの、どうして貴方は私をここに連れてきたんですか」

 

「え”!?嫌だって…何か危なさそうな目でブツブツと言ってたし…気付いていないってマジかよ…」

 

 何故かすさまじくドン引きされた。危険人物を見る一歩手前の警戒のされ方だった。凄まじく腑に落ちないがまぉ美味しい物を食べさせてくれたのは素直に感謝する。

 

「あの有難うございます。貴重な物?を分けて頂いて…」

 

「別に気にしなくていいんですけどね、私にとっては端金で買える物ですし…それより話を聞きましょうか?」

 

「えっとそれは」

 

「言いたくないのなら別に構いません。一人で抱え込んで潰れてください」

 

 ズバリと切り捨てるような言い方だった。その態度も言い方も本当に言いたくないのであれば追及もしないのであろう。…ただしこれでこの縁は切れてしまうのだという確信もしたが。

 

 何となくこの人とは縁が切れてほしくないと思った雫は覚悟をして自身が抱えてしまったものを話すことにした。

 

 

「…魔物を切った感触が手に残っているんです」

 

 一度話せば後は堰を切ったように流れ出した。魔物を殺したことが夢に出てくる、血がずっと手にこびりついている気がする。本当は命を奪いたくない。

 

「本当は…この戦争にも関わりたくないんです。誰の命も奪いたくない…切りたくないんです」

 

 顔を俯き心情を赤裸々に告白した雫。本音を言えて少しすっきりした気持ちになるが相手がどう思うのかと思うと少し怖くなった。

 

 そんな雫の悩みと告白をアリスはふっと笑いとんでもないことを口走った。

 

「ならやめましょうよ。声を出して私は嫌だと叫びましょうよ」

 

「そんな、だってそう言っても騎士団の人たちは」

 

「あーコレ、オフレコなんですけど騎士団の人達あなた方に一つも期待していませんよ」

 

「へ?」

 

 なんでもない事のように語るアリス。その顔はニヤニヤと嘲笑っていた。…どこかで見たことのある顔だった。

 

「そうですね、八重樫さんを例に出して言いますと、剣は確かに綺麗ですが、結局は誰も人を殺したことが無いお遊戯剣法なんですよね。しかも当の本人が心構えが出来ていないってなると、コレ絶対に戦力になりませんって」

 

 ケラケラ笑うアリス。その言葉に嫌味が多段に含まれているところからして、他の人の評価も知っているのだろう。 

 

「いやはや、そもそも異世界から召喚された人を戦力に組み込むとか頭キチってますよねこの国の人達。面白くって、な、涙が出ますよ」

 

 侮蔑、その強い嘲笑い侮蔑の表情は…童話で出てきたチェシャ猫みたいではないか。思わずブルリと背筋に来た悪寒を振り払うようにして声を出す。そうしなければ飲み込まれしまいそうになるからだ。

 

「なら、どうしてあなたたちは私達を呼んだっていうの。勝手に召喚されて困っているのは私たちの方なのに」

 

「そうですよねー。まぁクソエヒトに目を付けられたのが運が無かったという事ですかね?」

 

 首を傾げながらもにやにやと笑うアリス。変な奴だと思った。しかしそれ以上にこの国のどんな人間でもいないタイプだと思った。

 

「それより話を戻しましょう。迷うのなら今すぐにやめるべきです。特にあなたの場合そのまま迷い続けると大きな怪我をします」

 

 そして話を戻せば打って変わってこちらを心配するような情を見せる。訳が分からないと翻弄されているのだけ理解できた。

 

「大体そもそもの話貴方の場合実家が剣術道場だからってなーんで殺し合いに覚悟を持たせなきゃいけないんでしょうかね?あれですか?人の荷物を自分で背負い込んで私可哀想アピールですか?責任感とごっちゃにしていません?」

 

「ち、違います!私は好きでこんな事をしているんじゃ」

 

「じゃ止めましょう!美少女剣士雫ちゃんは今日で終わらせて普通少女八重樫雫として生きましょう!なーに何もかも捨ててしまうと案外気持ちが良いってもんですよ」

 

(は、話を効かないタイプだこの人)

 

 勝手に話を進ませ剣を置けと言うのだ。確かにそれは魅力的ではある。しかし…クラスの皆を放ってはいけない。そんな感情が顔に出ていたのか指をさされた。

 

「だーかーら。ソレ、なんで貴方がやらないといけないんです?幼馴染の勇者君に全部任せればいいじゃないですか。貴方だって守られたいでしょうに」

 

「光輝は…光輝に任せる事は出来ないわ。だって私がフォローしないと」

 

「ぷっ 高校生にもなって異性の幼馴染のケツを拭くんですか。ずいぶんとまぁ高度なプレイをお好みの用で」

 

 瞬間的に湧いた怒りでキッとにらめばそこにはいたって真剣な顔があった。翠の目が雫の目をしっかりとらえていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()?…それともそうでもしないと()()()()()()がなくなるからですか?」

 

「っ!?」

 

 ほぼ本能的に体を引いた。自分でも自覚していなかった本質を見抜かれたのだ。

 

「…まぁここまで散々煽るような言い方をしましたけど、結局は貴方が決めることです。私は口を出すだけで貴方を止める事は出来ない」

 

 佇まいを整えたアリスはそう言って小さなお茶会の後片付けを始める。もう話すことは終わってしまったといわんばかりの態度に最後まで雫は何も言えなかった。

 

 

「…説教染みてしまったことを言ってごめんなさい」

 

 そう言って雫が部屋から出るのを見送るアリス。お茶会は楽しかったが今後の事を考えてしまうと憂鬱になってしまう。クラスメイトや幼馴染の事は放っては置けない。しかし自分の心の限界が近いのもまた事実なのだ。

 

 トボトボと歩く雫に向かってアリスがその背に掛けた。

 

「もし…もしも折れてしまったら私を呼んでください。私は貴方の味方にはなれませんが少しばかりの止まり木にはなりますので…」

 

 

 とても悲しそうな声に振り返るがその時にはもうアリスの部屋までの道のりは覚えていなかった。

 

 

 不思議な人物と不思議な時間。煽って嘲笑って心配してくれた不思議の国のアリスとはそれで別れ… 

 

 

 

 オルクス迷宮で胸から剣を生やし瀕死になったクラスメイトの壮絶な姿を見て

 

 

 

 

 雫は心が折れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Qなんか原作の八重樫さんより打たれ弱くない?

A八重樫さんには折れてもらわないと成長できない奴がいますので…


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二章
無事帰還!…なにがあったんだろうね?


第二章の始まりです。

やりたいことがものすごく多いのでとてもながーーーーーーーーーい章になります。そしてまだ完成していないという…
なんにせよ今後もお付き合いよろしくお願いいたします


『やぁ、ひとまずはお疲れさまって事かな』

 

『返事はしなくていいよ。色々と大変そうだしね』

 

『それより聞いてほしんだ』

 

『色々考えたけど、僕も()()()()()()()()()()()()()

 

『やっぱ見てるだけはつまらないんだ。勿論君の邪魔はしないよ』

 

『……うん。返事が無いって事は良いって事だね。それじゃあ良い異世界生活を』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開ければそこは知らない天井と良く聞く表現があるのだが、俺は何時も眠っている人が仰向けだとは限らないのではなかろうかと考えたことがある。

 

「……」

 

 まぁ何が言いたいかと言うと、ぼんやりとした頭で目を開ければそこは俺の知ってる部屋だった。より正確に言えば二週間近く滞在していた部屋だというのが正しいが…

 

「…はぁ」

 

 溜息一つ出す。ふかふかのベットでもっと眠りたかったが頭はどんどん覚醒してくる。仕方ないと思いつつもさっさと起きなければ。

 

「おはよう。よく眠れた?」

 

 のそりと体を起こす俺に声がかかる。傍から聞こえてきたその声の主は親友の南雲ハジメだった。ベットの近くに備えられている椅子に座っていて、どうやら俺が目覚めるのを待っていたみたいだ。

 

「あー多分よく眠れた」

 

「そう…まぁ三日も寝ていればそうなるよね。それで体の調子はどう、傷む所ある?」

 

「…?」

 

 三日も寝ていた?それに痛むところとは何だろうか、一応体をペタペタと触って確認するが問題はなさそうだ…が

 

 

 迷宮 トラップ 橋

 

 大きな魔物 襲い掛かる無数の骨

 

 

 そして堕ちて行く南雲

 

 

「っ!?」

 

 途端に思い出した。そうだ!俺達はあの時トラップに引っかかって、それで橋の上で死闘を繰り広げていたんだ!そして南雲を助けようとして…骨に後ろからぶっ刺されて…

 大慌てで自分の身体、特に穴をあけられたところを確認する。なにせ胸から剣が生えていたのだ。致命傷の騒ぎではない。

 

「あれ…塞がっている?」

 

 胸に大穴を開けられたはずなのだがそこには何もなかった。恐る恐る来ていたシャツをめくり上げると多少の傷跡があるだけで完全に傷は塞がっていた。

 

「あの時の事、思い出した?」

 

「あ、ああ」

 

 こっちは狼狽しているのに南雲はなぜかとても落ち着いていた。その余裕が恨めしい。だが今は何よりも説明がほしかった。皆は無事なのか?一体どうやって脱出できたんだ。そもそも俺の怪我はどうやって治ったんだ?

 

「まぁ落ち着いて。一応確認しておくけど、どこまで覚えている?」

 

「えっと南雲を助けて、骨に刺されて…橋が崩れていたからお前を投げてジャンプして…そこら辺からよく覚えてはいないな」

 

「…そっか。じゃあ説明するよ。あの時何があったか、一体何が起こっていたのか」 

 

 そう言って深く息を吐いた南雲は静かに語り始めた、あの時何が起こったのかを…

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ」

「あ、ちょい待って」

「なに?」

「お前があの時何で残っていたのか俺知らないんだけど」

「殿をしていたんだけど」

「その理由は?天之河は一体どうして遅れていたんだ?」

「…はぁー」

(?結構怒ってる?)

「分かった。あの時君と別れた時から話すことにするよ」

 

 

 

 

 

 柏木と別れた後、ハジメはベヒモスと対峙している光輝への元へと走った。クラスメイト達が混乱しているのを早急に立て直すにはリーダーの力が必要だと感じたからだった。

 

 件の勇者はすぐに見つかった、しかし様子が何やらおかしい。どうやらメルドと口論しているようだった。

 

「だからさっさとアイツらの所へ行け!ここは俺達が引き受ける!」

 

「行けません!貴方達を置いてはいけない!」

 

 話の内容からしてメルド団長と傍にいる騎士団のを置いてはいけないという事だろうか。なるほど、実に光輝らしいと ハジメは思った。騎士団の人達を置いて自分たちだけが助かろうとは思っていない辺り実にらしい。しかし今見る限りでは騎士団の人達だけでもベヒモスを抑えられそうだった。

 

 メルドを除く三人の騎士がスクロールを使い障壁をを作りベヒモスを押しとどめている。今はまだ大丈夫でもしかしいつまで続くのかという懸念が残りそうな状況。

 すぐさま南雲は光輝の前に飛び込んだ

 

「天之河君何やってんの!早くみんなの所へ行って!混乱を抑えて逃げ道を作らないと!」

 

 驚く一行を無視して簡潔に説明する。皆が混乱している事、逃げ道が塞がれて脱出が出来ない事。分かりやすく伝えたつもりだった。現に傍にいた八重樫は事の重大さをすぐに理解していたようだった。

 

 しかし当の光輝は後方を一瞥しただけで何故かベヒモスに向き直った。

 

「大丈夫だ南雲。皆は強い。俺は知っている。だから大丈夫なんだ!」

 

「はぁっ!?」

 

 あの状況を見てどうしてそんな事が言えるのか。光輝の目には確かに混乱しているクラスメイト達がみえていたはずだ。それなのにどうして…八重樫も同じ疑問を持ったのか光輝に詰め寄りクラスメイト達を指さす。

 

「何言ってるのよ光輝!貴方がリーダーなんでしょう!?皆を助けに行かないと」

 

「雫こそ何を言ってるんだ。皆の実力ならあんな魔物に後れを取る事は無い。今は動揺しているけど直ぐに落ち着いて対処できるさ、それよりアイツの相手は俺がしないと…」

 

 雫の言葉に不思議そうに返す光輝。その顔には一切のクラスメイト達への心配がなく、逆に絶対的な信頼という感情が見て取れた…不自然なほどに。

 

「おい、それよりもさっさとアイツをぶちのめしてやろうぜ光輝。さっきから腕が鳴って仕方ねぇんだ!」

 

「…龍太郎。そうだな、お前が一緒なら俺達は勝てる!」

 

 坂上の言葉を受け、ベヒモスに向き直り聖剣を構える光輝。その顔にはクラスメイトの心配は微塵もなく強敵へ立ち向かうために怪しく光り輝く聖剣を向け覚悟を決めた勇者の姿があったのだ。

 

 

 

 

 

 

「…はぁ?天之河がそんなトンチンカンな事を言ったの?」

 

 南雲の話を聞く限りでは、俺達の事を放っておいてベヒモスと対峙していたと言うのだ。そんなにアホな事をする奴だろうか…確かに少々独善的で人の話を聞かないところのある奴ではあるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()。…あんまり天之河との交流のない俺だけどそれだけは言えるのだ。

 

「言ったさ。それでベヒモスに挑もうとしてメルド団長に怒鳴られて、…何やかんや時間を使ったからベヒモスが吶喊してきてわやくちゃになってきて僕の錬成でベヒモスを足止めにすることになったって感じ」

 

 …コイツ、説明が面倒になったな!嫌そうな顔で言うのは当時の状況を思い出したくないからだろうか。細かい所…坂上が相手との力量差を図れない奴だったのか?とか八重樫さん結局天之河の手綱をとれていないんだねとか白崎お前結局何もしていないじゃんとか、気になるところはあるけどまぁ大体の事は分かった。

 

「今になって何であんなおかしな事を言ってたのか何となく理由がつかめたけど、それでもアイツは周りを見なきゃダメなんだよ…ったく」

 

「ま、まぁそう邪険にしなさんな。っていうか理由知ってるの?」

 

 俺の問いに頷き恐らくだけどねと前置きを置く南雲。何か原因でもあったのだろうか。

 

「アイツの持っていた聖剣。恐らくアレが嫌な方向に馬鹿に力を与えたんだと思う」

 

「聖剣?…あーなんか特殊な力があるって言ってたな」

 

 天之河が持っていた光り輝くTHE・聖剣と言った感じの長剣。迷宮に行く前に誰かがその聖剣の説明をしていたようだが…何だったっけ?

 

「光属性の性質が付与されていて、光源に入る敵を弱体化させると同時に自身の身体能力を自動で強化してくれるという聖なる力(笑)を持った剣だよ」

 

「それのどこが原因なんだ?」

 

「大ありだよ。自動で相手にデバフを与え自分にはバフがかかるんだから、自分と相手の力量差が分からなくなるんだよ。あの馬鹿はまんまと嵌っちゃったんだ」

 

 あーつまりそういう事か。天之河は自分がどんどん強くなっていって相手が弱いもんだから、段々と力量差が分からなくなったんだな。んで天之河の性格上、皆も訓練中はさほど苦戦していない事を見ているから、強くなってると勘違いして…

 

「今までずっと順調だったんだ。自分達は強く苦戦もない。だから自分と同じように仲間達も強くなってると勘違いする。…自分と同じように強大な敵に立ち向かえると思ったんだあの馬鹿は」

 

 勘違いを正すのは時間がかかる。説得をするにも天之河は基本的に自分の考えを強く持つ。そうして、天之河は皆に振り向くことなくベヒモスと対峙したんだ。皆ならきっと魔物に後れは取る事が無いって。

 

「仲間の信頼こそが勝手な思い上がりだったんだ。皆はあの馬鹿のように突出していない。それをちゃんと把握するのがリーダーで天之河の役目なんだ。それを放棄して、絶望的な敵に立ち向かう勇者ごっこに興じてしまった。…本当に馬鹿な奴」

 

 はぁーと大きな溜息を吐く南雲。直に天之河の失敗を目にしたからかさっきから天之河に対するディスがとても酷い。…こんな誰かの悪口を言う南雲は見たくないなぁ

 

「あのー南雲さんや。そこまでにしておきましょうや。この話はあくまでも憶測で、もし当たってたとしても人間誰しも失敗はするんだから」

 

「その失敗のせいで君が死にかけたんだよっ!アイツがちゃんと指示を出していれば!」

 

 南雲の剣幕に一瞬ビクッと身体が跳ねる。南雲との付き合いは短くてとても深いがここまでの剣幕は初めて見た。俺が驚いたことに我に返ったのかばつが悪そうに顔を顰める南雲。

 

「…分かってるよ。天之河に八つ当たりしても意味が無いって事ぐらい。それに天之河が直接的な原因じゃないって事も。…でも本当にアイツがもっとシャンとしていたら君があんな目には…」

 

 あ、これは駄目だ。ネガティブに思考が進んでいる。南雲は普段は落ち込むことは少ないけど一度挫けるとどんどん悪循環へ加速していくのだ。このままだと天之河に悪感情を募らせ溝が大きくなってしまう。

 

「あーああー えっとそれで天之河達が何をしていたのかは分かったんだけど…そうだ!俺の怪我!あの時どうやって治してくれたんだ?正直かなりやばいと感じていたんだけど…」

 

 確か覚えている範囲では、俺の身体から立派なトンガリものが生えていたのは確実なのだが…うぇぇぇ思い出すと吐き気がする。

 

「大丈夫?白崎さん呼んでくる?」

 

「あー平気。それより話を続けてくれ。俺は清水に引っ張られたのは覚えているけどお前は…」

 

 そこで南雲を見るとこれまた物凄い複雑な顔をしていた。色々と感情が煮詰まれてどう表現したらいいかわからないって顔だ。…さっきから南雲の顔が一向に晴れないのが凄く悲しい。

 

「はぁ。……それじゃあ君にぶん投げられた後のことを話すね。…正直思い出したくもないけど」

 

 南雲のため息がとても重い。部屋の空気も重くなる中、あの時何が起きていたのか話が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「歯ぁくいしばれよぉぉおお!!」

 

 柏木にぶん投げられたハジメは空中で手を伸ばしていた。思いっきり投げられたはいい物のあと少し距離が足りないのだ。

 

(駄目だ…このままじゃ!)

 

 もがくようにして手を伸ばすハジメ。しかしあと少しが足りない。このまま奈落へ落ちていくのではと思った瞬間

 

「うぉぉおおお!!」

 

「…え?」

 

 雄たけびと同時にしっかりと手は握られたのだ。ハジメはその手を握った人物があまりにも以外過ぎて呆けた声を思わず出してしまった。

 

「おいっ!阿保面してねぇでさっさと上がって来い!」

 

「…檜山君」

 

 ハジメの手を握ったのは檜山だった。必死な声とその表情に余りにも以外過ぎてハジメは少々現実感がつかめなかった。

 

 嫌われていると感じていた。実際日本にいたときは多少の悪態をつかれる時もあり、自分自身からかう事も多かったので助けてもらえるとまでは考えたことが無かったのだ。それに、白崎の事もある、檜山は白崎に好意を抱いていることは薄々ハジメ自身知っていたのだ。

 

 だからまさか助けてくれるとは思わなかったのだ。

 

「檜山君…どうして君が」

 

「……」

 

 檜山に続き近藤、斎藤に引きずりあげられ、荒い息を吐いている中ハジメは檜山に何故助けたのかを問うが檜山は苦い顔したまま何も答えなかった。その表情に違和感を持つが誰かの叫び声にすぐにハジメの意識は離れた。

 

「おい柏木!しっかりしろ!」

 

 メルドの野太い声が響き渡る、そしてハジメは思い出した、自分を助けてくれた親友が致命傷を負っているのを。

 

「柏木君!」

 

 すぐさま親友の元へ駆け寄るハジメ。集まっていたクラスメイトをかき分け見た現状は酷い物だった。

 

「そ…んな」

 

 背中から串刺しにされた剣は引き抜かれたのか胸から血が容赦なくあふれ出ていた。出血の量が酷いのか倒れている柏木の周囲に血が滲み広がっていく。それは素人目から見ても余りにも致命傷でしかなかった。

 

「柏木、血が、血が溢れて」

「うっ…おぇぇ」

「柏木君…そんな」

「か、回復薬…誰か」

 

 先ほどまで元気に動いていたはずの柏木の凄惨な状況に周りの皆が混乱している声が南雲の耳に聞こえてくる。それはようやく自分たちがどんな状況でどんな場所で生きているのかを自覚したような声だった。

 

「ベイル!回復薬をありったけ持って来い!イヴァン傷口をもっとしっかり押さえろ!カイル念のため周囲の偵察をして来い!」

 

 混雑する状況の中メルドは部下たちに檄を飛ばしていた、呼ばれたイヴァンが必死になって柏木の傷口に布を押し付ける。その押し付けられた布が赤く鮮血に染まっていく中ようやくハジメは我に返った。

 

「柏木君しっかりして!」

 

 飛びつくように倒れ伏した親友に呼びかける。だがその声は聞こえていないのか柏木は荒い呼吸で虚空を見ていた。こちらに意識を向けていない、即ち何も聞こえていないのだ。呼吸の度に胸から流れ出てくる血の量が増える。

 

 ついほんの数時間前まで一緒に笑いあっていた親友は今死に瀕している。その事実がハジメに冷静さと混乱を招き起こす。

 

(どうすれば…どうすれば助けれるんだっ!?このままじゃ…このままじゃ!)

 

 焦る。考えている時間の一秒一秒があまりにも惜しい。どうすればよかったのかという後悔と今どうすればいいのかという焦燥。 二つの感情にむしばまされながら出した結論は、

 

(駄目だ…僕じゃあ何もできない!)

 

 自分ではなにも出来ないという残酷な答えだった。この世界で手に入れた『錬成』という力も、最近自覚し始めてきた体内に宿る未知の力も親友を助ける能力では無かった。

 

 自分は何もできない、だからハジメは自分でどうにかしようとするのを諦めた。そして自分の力になってくれるであろう少女に協力を求めた。

 

「白崎さん!柏木君の事をお願い!」

 

 白崎香織。自身の元ストーカーで現クラスメイト。何故か自分に好意を抱いている不思議な女の子で、天職が治癒術師である今まさにこの場で誰よりも助けとなる人物だった。

 

「…っ うん分かった!」

 

 だがその少女は何故か顔を真っ青にして頭を押さえていた。ハジメの呼びかけに正気に戻ったかのように数度頭を振ると、柏木の傍に座り込む。

 

「………『治癒』」

 

 詠唱は小さく素早くハジメの耳には聞こえなかった。白崎の手からあふれた光が柏木の胸に吸い込まれていく。

 

「やったか!?」

 

 メルドのどこか安堵したかのような声。だが、なぜか出血が止まらない。胸の傷も塞がることなく、顔色も依然として白いままだった。

 

「どうしてっ!?」

 

 確かに治癒魔法は掛けられたはずだった。それなのに柏木の容体は一向に変わらない。魔法については未だ疎いが今ので確かに傷は治るはずだった。そんなハジメをよそに香織は何度も治癒魔法をかけ続ける。

 

「はぁ…はぁ…お願い治って…柏木君」

 

 だが駄目だった。何度魔法をかけても柏木の傷は治らないのだ。香織の顔色も白くなっていき魔力切れも時間の問題だった。

 

 魔法も駄目、薬ももうない…詰みだった。

 

「そんな…誰か、誰か助けてお願いだから!」

 

 涙が出てきた。親友は死にかけているのに自分は何もできない、助けを求めても周りも見渡しても誰もが悲痛な顔をしていた。中には涙を流している者さえいた。

 

「助け…て……死にたく…ない」

 

 どこか遠くを見つめながら柏木が手を伸ばす。涙でくしゃくしゃになった顔をあげハジメは咄嗟にその手を掴んだ。力を失っていくその手を握りしめ叫ぶ。

 

「死んじゃ駄目だ!こんな所で…生きて、お願いだから…」

 

 握られた手に力が無くなっていく…呼吸が浅くなっていく。それが何を意味するのかハジメは頭の片隅で理解する。しかし心は否定したかった。

 

「生き…て…ま…だ……」 

 

 そう言い終わるうちに声が途切れた …手はもう動かなくなっていた。信じられない様に親友の顔を見る。メルドが首筋の脈を図り…悔しそうに首を横に振った。

 

「嫌だ…嫌だ嫌だ!どうして!何で!何で君が死ななきゃいけないんだ!」

 

 涙が溢れ、息をしなくなった親友に縋りつく。数時間前までは笑いあっていた親友はもう動かない。その事をいや応なく理解しても涙は止まらない止まるわけがない。

 

 沈痛な雰囲気が辺りを包む。誰もが言葉を失っていた。先ほどまで笑いあっていた友人の死を嘆くハジメに誰もが声を掛けられなかった。

 

「すまん坊主…これは俺の失態だ」

 

 メルドが心底悔やむ声で謝り気遣うように肩を触れてくるがそれもハジメにとってはどうでも良い事だった。自分の大切な親友がこんなどうでも良い所で死んでしまったのだ。

 

「うぅ…お願い…助けて……誰か、柏木君を…」

  

 死人は生き返らない。それがハジメが知ってる常識であるしこの世界でも変わらない真実だった。

 

 

 だが、その根底は覆される。ハジメは親友の死を見た瞬間、本当の意味で非日常の扉を開いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…俺死んだの?マジで?」

 

 何やら大層な引きを残した南雲だが、聞いている俺からしてみればいったい何のこっちゃという話である。しかし我らが親友南雲はマジな顔で頷いた。

 

「マジ。ピクリとも動いていなかったし、血もドバドバ出てた。誰がどう見たって死んでた」

 

「えぇー」

 

 どうやら俺氏死んだらしい。…胸をペタペタ触るがそこに穴は勿論血も出てい無し寧ろ怪我一つない。…死んだというのなら何故ワタシハイキテイルノデショウカ?

 

「それも含めて話すってば。あのね話は最後まで聞こうよ」

 

「あ、はいすみません」

 

 怒られた。確かに話の腰を折ったのは俺だがそんなに怒らなくても…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 どれくらい泣いていたのだろうか。数時間も泣いていたように感じていたが本当は数分だったのかもしれない。ふと周りから声が聞こえないことにハジメは気が付いた。先ほどまでは騒音が確かにあったのに…

 

「みんな…?」

 

 周りを見渡すと時が止まったかのようにクラスメイト、騎士団の人たちまでもが心ここにあらずと言った様子でぼんやりとしていた。それは横にいるメルド、香織も例外ではなく、ほぼ全員が自失呆然と言った様子だった。

 

「ふん、やっぱり《ワーティング》内でも行動できるんだなお前は」

 

 その中でただ一人だけハジメに歩み寄ってきた人物がいた。

 

「…中野君」

 

 クラスの転校生中野信治だった。この異常な状況の中ただ独り落ち着いている。困惑するも何が起きたのかと問いかければ薄く中野は笑った。

 

「これからすることを見られると面倒だから少し意識を外してもらった。…安心しろ、誰も怪我一つない」

 

 そう言って柏木の傍に座り込む中野。ぼんやりと虚空を眺めるクラスメイト達に騎士団、そのどれもが異常な状況を自分が作り出したと話す中野は一体何をしようとしているのか、そもそもいったい何者なのか。疑問が膨れ上がるが次に出た言葉でハジメはその疑問を追いやってしまった。

 

「今からコイツを蘇らせる。離れていろ」

 

「よみがえらせるって、どうやって」

 

「俺の炎を使って無理矢理こいつのレネゲイドウィルスを叩き起こす。まぁ俺達オーヴァードが持っている《リザレクト(蘇生)》を無理矢理させるって言った方がお前には通りが良いか?」

 

 何を言ってるのか、その言葉は中野が生み出す炎によって出てくることは無かった。片手から燃え上がった火は奇妙な輝きを放っていて何故だが本能的に恐怖を感じさせるものだった。

 揺らめく炎を宿した手をを柏木の心臓へとそっと置く中野

 

「ほんっとにコイツは面倒を掛けさせやがって…まぁいい、これで貸し借りなしだ」

 

 言葉と同時に中野から生み出された炎は心臓へと伝わり中に入っていく。異様な光景だった。炎に炙られれば炙られるほど柏木の顔色が良くなっていくように感じるのだ。

 

「さて、そろそろお目覚めの時間だ。とっとと起きろこの寝坊助野郎!」

 

 最後に炎の拳を柏木の胸に叩きつける。それで最後だった、開けられた穴は見る見るうちに塞がって行き血の流出は完全に止まってしまった。

 ハジメはただその光景を呆然と眺めることしかできなかった。目の前で起きた異常な光景、何もかもが理解不能で…分かるのは親友が息を吹き返した事だけだった。

 

「柏木君!大丈夫なの!?」

 

 とにかく今は声が聞きたい、大丈夫だったと笑いかけてほしい、そう思い体を揺するが目を開ける様子は無かった。ただその呼吸は小さいながらもしっかり行われており胸はちゃんと上下していた。

 血だらけになった服を見なければただ寝ているしか見ないだろう。

 

「お前を助ける為に無茶をしたんだ、今は寝かせておけ」

 

 中野の言葉に不服の感情が出てくるが、安静にさせることもまた必要というのは理解できるので、納得することにした。

 

「わかったよ… でも中野君。君は一体、()()()

 

「……さてな」

 

 一体何者かという問いに中野はほんの一瞬遠い目をした。その目に映った感情は望郷の念だろうか。しかしそれ以上話すつもりはないようで立ち上がると踵を返した。

 

「そろそろ《ワーティング》を解く。色々聞きたいだろうが細かい話は柏木が目を覚ましてひと段落をしてからだ。いいな」

 

「…うん」

 

「じゃあ話の都合合わせはよろしく頼んだぞ」

 

 その言葉を合図にピリリとした空気は一瞬で無くなった。と、同時に周囲がざわつき始める。見たところほんの一瞬だけ意識を失っていたように見え、多分ほとんどの者が何があったのか分からないだろう。

 

「坊主…っ!?皆!柏木が生きているぞ!」

 

(ど、どうしよう…)

 

 メルドの慌てたような声が叫びに皆が驚き声を上げるまでどう誤魔化そうか一瞬で考えるハジメだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「中野がそんな事を…」

 

 つくづく縁があるというか、中野には何かとお世話になってるな…。今度手土産をもってお礼を言いに行こうかな。

 

「僕もまだ中野君から詳細は教えられていないけど、柏木君は何か知ってるの?」

 

 知ってることを話せと言外に聞いてくる南雲。といっても俺も知ってることは少ない。情報量はたいして変わらないと思うのだが…仕方がないので中野が漏らした事を話す。

 

「レネゲイドウィルス?…なるほど、だから」

 

「何か心当たりあるの?」

 

 何やら思うところがあるのか悩み始めてしまった、そんな俺の疑問に南雲は小さく溜息を吐くとほんの少し声の音量を小さくした。まるで内緒話をするかのように。

 

「僕の錬成の力なんだけど、少し変な所があったんだ」

 

「???」

 

「この前檜山君達と訓練をしていた時があったよね」

 

「あ~覚えている。お前が落とし穴を使って檜山を生き埋めにしたんだっけ」

 

「そこまでする気は無かったんだけど、あの時魔力を使っていなかったんだ」

 

 魔力を使っていない。つまりそれは… 

 

「この世界の超常現象は大体魔法や魔力で片が付く。でも僕がやったのはもっと別の力だったんだ、多分そのレネゲイドウィルスってのが鍵になると思うけど…」

 

 レネゲイドウィルス、聞けば俺の中にも同様の物があるらしくその力で傷を修復したらしい。言われてみれば俺の回復薬を皆が美味い美味いと飲んでいたのも…ふむ、となるといつの間にか俺と南雲はそのレネゲイドウィルスに感染していたって事になるのか?

 

「…多分ね。それがいつなのか分からないけど…ともかくこの話は後で中野君に聞こうよ」

 

「だな」

 

 今は分からなく未知の力だが、詳しい事を知っている奴がいるのだ。細かいところは後でちゃんと聞くとしよう。本人も話してくれるって約束していたし

 

「しっかしまぁ何やかんやとあったがお前が無事でよかったよ」

 

「お陰様でね。…正直あの火球が来た時は本当にダメかと思ったよ」

 

「そうだな、あの火球さえ来なければ……あ」

 

 火球で思い出した。そう言えば事の発単、つまりあの火球はなんで南雲に当たる様に動いていたんだろう?もしかしてあの骨の中に魔法を使う奴が紛れていたんだろうか。

 

「…その火球なんだけど…」

 

 妙に歯切れが悪い南雲。どうやら南雲は事の詳細を知っているらしい。やっぱりあの時どこかで魔物が魔法を放ったのだろうか

 

「…はぁ。 僕としてもどう消化すればいいのかわからない事なんだけど…」

 

 そう言って深呼吸をする南雲。そしてきっぱりと言い放った。

 

 

 

 

 

 

「アレは、檜山君がやったんだ。…()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

「カイル、どうだった」

 

「異常はありません。おそらくこの周辺の魔物はいないかと」

 

 メルドが部下と周辺の斥候の話をするのを歩きながら聞くハジメ。ハジメ達一行は柏木の無事を確認すると休憩を挟み地上までの道を警戒しながら歩く事となったのだ。

 

 今の階層が分からない以上どんな魔物が居るか予想できないので、どうしても警戒することになって歩みが遅れてしまうのだった。幸い魔物は一度も遭遇せずにすんでおり、消耗をすることもなかった。

 

(………誰だ)

 

 そんな中ハジメはあの橋での事を振り返っていた。パニックとベヒモス。突破と脱出劇。そして…

 

(僕に魔法を放ったのは誰なんだ)

 

 あの火球さえなければハジメはギリギリでもみんなと合流できたはずだったのだ。それがあの一度の魔法で完全に歯車が狂ったのだ。

 

(僕に攻撃して得する奴なんて…)

 

 火球は完全にハジメを狙っていた。それがフラフラと動くのなら事故かもしれない、しかしそれは明確にハジメの元へやってきたのだ。

 

 誰かが自分を狙って魔法を放った。

 

 それはクラスメイトを疑うという最も考えたくない考察だが、あの場には魔法を使う魔物などいなかったのだ。実際メルドやアランの会話で魔法を使う魔物はいないと確信したハジメだが次に考えたことは誰なんだというのと、どうしてという疑問だった。

 

(………はぁ 駄目だ、考えても思いつかない)

 

 先ほどから眉間に皺を作り考えているが、実際ハジメは容疑者を絞ることが出来ないでいた。そもそもハジメはクラスメイトとそこそこに交流がある、その中で自分に明確に敵意を持つものなんていなかったのだ。おまけにそんな殺人なんて大それたことを考えるような人間もいないと確信しているのだ。

 

 人を疑うのには想像以上のストレスと労力が居る。ハジメとしてもクラスメイト疑いたくはないのだ。

 

 しかし…

 

「…柏木君」

 

 そのせいで命を失いかけた親友が居る。自分だけなら悪態をつき怒るだけで感情を消化させるが大切な親友が死にかけたとなると話は別なのだ。

 

 当の柏木は今、せめて役に立たせてくれと言う坂上におぶられて静かに寝ている。命に別状はなくメルドの見立てでも休ませれば回復するだろうというお墨付きもある。

 

(はぁ……本当に厄介な所に来ちゃったね)

 

 出てくるのはため息ばかりである。そんなハジメの考えとは裏腹に帰還は驚くほど順調でようやく出口の光が見え始めたのだ。

 

 

 

「帰ってきたの?」

「戻ったのか!」

「帰れた……帰れたよぉ……」

 

 安堵の表情で太陽の光を浴びる生徒達。今まで明るいとは言えどずっと迷宮の中にいたのだ、時間は夕暮れになったが太陽の光はハジメ達を優しく迎えてくれた。

 

 正門の広場で大の字になる者、友人と手を取り合って生還を喜ぶ者、表情は様々だがその顔には喜びに満ち溢れていた。

 そんな生徒達をメルドは大声で呼びかける。その声にはさすが騎士団長といった所か疲れは感じさせないものだった。

 

「みんなよく頑張ったな、この後各自宿で休んでほしいが…その前に確認したいことがある」

 

 その目にはほんの少しばかりの剣呑さが混じり何を言いたいのかハジメは気が付いた。

 

「あの橋で坊主…南雲に魔法が当たった件。アレについてだがお前たちの中で何か知ってるいう者は」

 

 橋であった火球の事だろう。その事について聞きだそうとしているのかハジメがそう考えた時だった、一人の人間が大きな声でメルドの言葉を遮った。

 

「待ってくれ!」

 

「…檜山?」

 

 メルドの言葉をふさいだものは檜山大介だった。不思議そうに檜山を見ている斎藤と何故か慌てている近藤を振りほどき檜山は集まっている皆の前に出てきたのだ。

 

「…皆覚えているか、南雲が走ってきた時に当たった火球があるだろ」

 

 そう、静かに切り出す檜山、その顔は覚悟を決めたようで堂々としていた。…今までハジメが見たこともない顔だった。そして、続く言葉に皆が驚いた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 言葉にしてみればとても短い、しかしその言葉は場を混乱させるのには十分で皆が騒然となる。ある者は檜山を信じられないと見、ある者は剣呑な視線を檜山にぶつけていた。

 

「あの魔法を間違いなく俺がやったものだ。 …南雲、すまん」

 

 そう言って檜山は地面に頭を付けた。誰よりもプライドの高い檜山が行う謝罪だった。その行動と言葉で檜山の言ってることが嘘ではないと判断した皆が声を上げる

 

「お前何やってんだよっ!」

「いくらなんでも人を殺そうなんてどうかしてるよ!」

「そんな…どうして」

 

 次々に浴びらせる驚愕と罵倒を檜山は何も言わず受け止めていた。…一切言い訳も事情も言わず檜山大介は頭を下げ続けていたのだ。

 

「おい!何か言ったらどうなんだ!」

「なんで何も言わないの…」

「こんな奴が俺らのクラスに…」

 

 嫌な雰囲気が辺りを包む。剣呑になっていく雰囲気の中メルドは口を挟む様子は見受けられない。そんな中檜山を庇うように躍り出てきた人がいた。近藤礼一だった。

 

「待って!待ってくれ!あれは違うんだ!檜山はワザとじゃないんだ!」

 

 飛び出してきて言ったのは檜山の放った魔法は過失ではないという事だった。怪訝な視線を送る数十人のクラスメイト相手にびくつきながらも近藤は精一杯の声を出していた。

 

「檜山が得意な魔法は風魔法なんだっ!最初はそれを使おうとして」

「おい近藤、言わなくていい」

「でも何かいきなり火になって」

「言わなくて良いつってんだろ」

「あんなグネグネとした動き檜山にできるはずないじゃん!アレは違うんだ!」

 

「だから言うなって言ってんだろ()()!」

 

 背後から押しのけるようにして近藤の言葉を遮る。押しのけられた近藤は今にも泣きそうな顔で口をパクパクと開いていた。そんな友人の姿に檜山は大きく息を吐くと改めて皆に向き合った。

 

「たとえ間違いでもワザとじゃなくても、俺が使った魔法であることには変わりはない。そして、その事に言い訳も弁解もするつもりはない。アレは俺がやったんだ」

 

 それは誰よりもプライドの高い男が見せた筋の通し方だった。たとえどんな非難があっても受け入れるという覚悟がその顔にはあったのだ。

 

「南雲すまん、決して許されることじゃないというのは分かってる。だが俺には謝る事しかできねぇ。殴っても蹴ってもいい。刃物でぶっ刺してもそれは仕方のねぇことだ」

 

 許してくれと言ってるのではなく、それしか謝罪の方法が分からないという風でもなく、ただ檜山は当事者であるハジメに好きにしろと言ってるのだ。それが責任の取り方だと。

 

「……」

 

 そして謝罪を受けたハジメは、怒りと困惑と…なぜか納得と言う感情が心の中で渦巻いていた。

 

 どうしてそんな事をっ!

 

 何でそんな事になったの?

 

 ()()()()()()()()()()()()()() ()

 

 渦巻く感情を言葉で表すならそんな感じだろうか。死にかけた恐怖と傷つき倒れた親友の事を想うと怒りがこみあげてくる。

 だが、檜山の態度と近藤の慌て方から言ってることは恐らく本当だというのも理解していた。

 そして奇妙なことにようやくその言葉が本人から聞けたという謎の感傷と強い納得が心底にもあったのだ。

 

 場の空気は完全にハジメと檜山の空気で固まっていた。誰もが動けず言葉を発せないでいた。そんな中ただ独り空気を読めず(読もうとせず)動いた人間は…

 

「南雲、檜山が謝ってるだろなら許「光輝、ここは口を挟む場面じゃねぇぞ」うぐっ!」

 

 190㎝の巨漢によって口を塞がれ沈黙していた。そんなやり取りを視界の端に入れハジメは口から息を吐いた。その動作で何人かがびくりと動いたのも見えたが無視をした。…そんなに怖い顔をしていたのだろうかと思いはしたが。

 

「檜山君」

 

「…なんだ」

 

 顔を上げる檜山。きっと何をしても受け止めるのだろう、その顔がその覚悟がちょっとだけカッコいいと思いながらハジメは大きく拳を振りかぶった!

 

「歯ぁ食いしばれぇぇええ!!」

 

「…っ!」

 

 バキリと良い音を立て、拳を檜山に打ち付けるハジメ。思いっきり振りかぶったそれを避ける事はせず頬を殴られた檜山は地面に尻もちを突く。対してハジメの方も全力なのと人を殴るという初めての行為にたいして肩で息をする羽目になった。

 

「はぁ…はぁ……それでチャラだ」

 

「…いいのか」

 

「後でちゃんと柏木君にも謝って。それでも責任を取るっていうのなら…またその時考えるよ」

 

「…わかった」

 

 大きく息を吐く。これでいいのだ、いつまでも恨むのは性分でもないし、結果的にとはいえ自分達は無事だった。

 それで良しとしよう。そう考えたハジメを夕暮れの太陽の光は優しく照らすのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って檜山がやったのかよ!?」

 

「マジで檜山がやったんだって」

 

 あ、ありえねー いくら白崎が南雲に惚れているからって恋敵を排除するような奴じゃないぞ檜山は。寧ろ正面から啖呵をきって玉砕していく様な奴だ。

 

「しかし風魔法を撃とうとしたら火になったとか一体何が起きてたんだ?」

 

「僕もさっぱり。後でメルド団長たちが詳しい事情聴取をするとか言ってたけど…」

 

 詳しいことがわからないのは残念だがまぁ檜山がちゃんと謝って南雲とわだかまりを解消できたのなら俺はそれでいいのだ。…しっかしあの檜山がねぇ。アレさえなければ……ん?

 

「って直接の原因檜山のなのに何でお前天之河に対してキレてるわけ?」

 

 天之河に対しては辛辣なのに檜山に対してはそこまで怒ってる訳ではなさそうな南雲。間接的なのと直接的なら普通檜山を恨むはずでは?

 

「檜山君はねぇ…ちゃんと自分が何をしたのかわかって謝っていたし…」

 

 確かに面と向かって謝って罰を受けた相手に対してはわだかまりは少ないのかもしれない。んじゃ天之河は?只の八つ当たりでは?

 

「アイツは自分がした過ちに何もわかっていないから。だからムカつくんだよ」

 

 膨れっ面になる南雲。…言いたいことは分からんでもないが、あんまり怒らないでほしいと思う。そんな俺に対して小声で「皆にも助けるのが遅れたこと謝っていないし…」と呟いている。…それは確か残当な気がする。

 

「ともかく、大体はそんな感じ」

 

「そっかー。しっかし大変だったなぁ」

 

 しみじみとオルクス迷宮での事を想い返す。色々とあったが皆無事帰れてそれでよかったのだろう。一人ウンウン頷いていると、さてとって言いながらハジメは立ち上がる。

 

「うん、その調子じゃ本当に調子良さそうだね」

 

「そうだな。少し体がなまっているような気がするが、まぁ大丈夫だろう」

 

 ベットから這い出て体の伸びをする。体のあちこちからペキポキと音が鳴るがまぁこれは只の運動不足だろう。いまは腹に何かを詰めたい気分だ。そう南雲に返したが南雲は非常に苦い顔をしていた。

 

 

「あーそれなんだけど…実はこの後団長から生徒全員出席しろって言われてて」

 

「?なにがあるの」

 

「…副長ホセ・ランカイドからの僕達の今後についてだよ」

 

 

 どうやら王宮に無事帰ってきてそれで終わりではなさそうだった。

 

 

 

 

 




一言メモ

リザレクト 能力者ご用達、死んでも一瞬で蘇生する。


感想があるとモチベーションが上がります。気軽にどうぞ~


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叱られて戦力外通告

 

 

「さて、皆さんオルクス迷宮での実地訓練大変お疲れさまでした」

 

 場所は王宮にある会議場で俺達はメルド騎士団副長ホセ・ランカイドから話を受けていた。開口一番にこやかな笑みでそういうホセ副長だが…なんだろう、少し怖い。

 

「団長や部下から報告を受けましたが大変困難な死地をよく無事に乗り越えました、私達一同、君たちの帰還を嬉しく思っています」

 

 口調は丁寧、浮かべる笑みは穏やか。おそらくだけど言ってることは本当だと思う。全部ではなさそうだけど…

 

「それで、どうでしたか?命を削り合った殺し合いは?一瞬の判断が己と他者の命を危険にさらすという戦いは、貴方方にはどう映りましたか」

 

 周りの様子を伺えば、顔を青くする者、迷宮腕の事を思い出したのか俯くものなど千差万別だ。…総じて楽観的に考えている奴は少なさそう。

 

「その様子を見る限り君たちはここがどんな世界なのかよく理解してくれたようですね。そして戦争の一部分がどういう物なのかを」

 

 ホセ副長が出す声は穏やかだ。それはどこまでも変わらず内心がとてもつかみにくい。

 

「私から話すのは貴方達の今後についてです」

 

 そう言って切り出したホセ副長の話はどこまでも優しく、そしてどこまでも冷徹だった。

 

 

 

 

 

 

 

「君たちは人間族を助けるためにエヒト神から呼び出されました。その話を君たちは快く引き受けてくれたようですね」

 

 正確に言えば、アレは天之河が勝手に話を進めていてそうなったのだが…俺と同じように思う奴もいたのか小さな声で「あれは天之河が勝手に」とかそんな言葉が聞こえる。

 

「誰がどう言おうとそれが君たちの意思表示でした、しかしだからこそはっきりと言わせてもらいます。君たちはこの戦争に関わるべきではないと」

 

(言い切りやがった…あの副長さん!?)

 

 まさかまさかの要らない、関わるなという宣言。まさかの言葉に驚くもの多数…当たり前だが眉を吊り上げるもの多数。

 

「な…ふざけんなよあんたたちが勝手に俺達を呼んで必要だと抜かして、それで関わるなってどういう意味だよ!」

 

 この声は…相川だろうか?意外と糞度胸あんなお前。あの副長さんに口答えなんて俺はとてもじゃないができないぞ。

 でも言ってることはもっともでもあるんだけどね。勝手に呼び出して置いて要りませんでしたは流石に筋が通らないと思う。

 

「言葉通りの意味です。ならもっと分かりやすく言いましょうか。君たちの力は、必要ありません。これは、この戦争はトータスの者達で終わらせるべきものなのです」

 

 そんな俺達?の意思を完全に無視して副長は話を進める。そんなホセ副長に声を荒げる勇気のある奴がいた。我らが勇者天之河だ。 

 

「待ってくださいホセさん!そうはいっても、人間族が危険な状態なのは変わらないんでしょう、だったら」

 

「だったら何でしょうか。『俺は戦います、たとえ貴方達になんと言われようとこの世界を救って見せます』とでもいうのですか」

 

「っ!?それのどこが悪いんですか!」

 

 言い当てられてしまったのか天之河は言葉に一瞬詰まってしまった。その姿に呆れと冷たい目が容赦なく突き刺さる。…あ、大人しくしていれば良かったのに目を付けられたな天之河。

 

「大いに問題ありです。なるほど確かにその思いは本物なのでしょう、しかし天之河君。君は良くても君の仲間たちはどうなんですか」

 

 その言葉で天之河は周りを見回した。目に映るのは俯き、士気が崩れ落ちたクラスメイト達だった。…まぁ普通に考えたらあんなことがあってもまだ誰かのために戦いますなんて言えるわけがないんだよなぁ。

 

「見も知らぬ人達を救おうとする君の志は立派な物です、しかし周りの者達を蔑ろにするのでは…勇者として、いいえリーダーとして勤まりません」

 

「っ!」

 

 副長の有無を言わせぬ言葉に天之河は言い返せない。だって本当に挫けている奴(八重樫)がいるから、そんな奴を見ていないのは事実なのだから。

 

「仲間の死を君は必要な犠牲だと宣うのですか、心が折れそうになって居る者達を放っておくのですか。…そもそもの話、君の友人たちが死んだとき残された遺族に君はなんて説明をするのですか。『世界を救うために必要な犠牲になった。仕方のない事だ』と君は言うのですか」

 

「俺はそんな事言わないし!誰も死なせない!俺は勇者なんだ!」

 

「そうよ光輝君はそんな事を言う人じゃないわ、何も知らないくせに勝手な事を言わないで!」

 

 流石に思うところがあったのか反発する天之河に援護する中村さん。…え?大人しいイメージがあったけどこういう時には結構声出すんだねぇ意外だったよ(棒読み)

 

「ですが、団長の指示を無視して自分勝手に行動し仲間達の危機に目を向けないそんな人間が人を助けるといった所で信じられますか?私には無理です」

 

「違う!あの時俺が居なくても皆は上手く戦えたはずなんだ!それにメルドさん達を置いてはいけなかったんだ!」

 

「…本当に自覚なしですか」

 

 小さなつぶやきと溜息。今の副長さんは我儘な子供に頭を抱える大人だろうか。…なんだか怖いな、日本だったら身内だから保護者だから先生だからで通じそうなのが副長さんははっきり言えば他人なのだ。その内切り捨てるんじゃないのか  

 

「では、仮にですがあの時実際死にかけていた南雲君や柏木君を前にして君はどう思っていたんですか。見ていたんでしょう?南雲君が奈落へと落ちそうになるのを、柏木君が血を流し絶命しかけたのを。君はどう思っていたんですか」

 

「そ、れは…でも俺は皆を救って…俺がしないと…」

 

 実際の例を出したからか急に天之河の声に張りが無くなった。俯いて何か声を出そうとしているようだが…もごもごと言葉に出せない声を口の中で呟いている。

 

「見て、何も思えないのなら君はリーダーとして失格以前の話です。()()()()()()()()()()()()()。自分の行動が何を引き起こすのかを」

 

 もごもごとしてしまった天之河を見てつまらなそうに見た副長さん。そのまま俺達を見るが…アカン、あれは目を合わしたらあかんタイプの目や!

 

「ああ、仲間を危険にさらしたといえば檜山君。君も何か言い分があるのならどうぞ」

 

 目を付けられたのは檜山だった!…まぁ檜山が鉱石を取りに行か無ければあんなことは起こらなかったんだし、実際檜山は事故とは言え南雲に魔法を当てているんだし…目を付けられるのも仕方なしか?

 

「ねぇよ」

 

「おや?良いのですか?何も言わなければ君にはそれ相応の対応になりますが」

 

「ない。アンタの言う通り俺は皆を危険にさらし、南雲に魔法を当てた。その事実は変わらない」

 

(う、うわ~)

 

 先ほどまでの天之河と比べて何ともまぁ腹の座った返答の仕方。何かこの世界に来てから性格が一気に変わっていないかお前?何時の間に精神的に成長したの!? 

 

「そうですか。なら君に一週間牢屋の中で暮らしてもらうとしましょう」

 

「ホセ、それは流石に」

 

 反省している人間に流石にどうかと思ったのかずっと口を噤んでいた団長が待ったをかけるがホセ副長はその対応を遮った。

 

「たとえそれが過失であろうが事故であろうが、一度起こした罪は罪なのです。それにあくまで自室の場所が牢屋になるだけで自由を制限するわけではありません」

 

 つまり寝るところが牢屋になっただけ?………口では冷たく言ってるけどコレ結構甘くない?檜山の話がひと段落すると改めて副長は俺達の顔みる。その目は…冷たくも悲しげに見えたような気がした

 

「私達騎士団は、正直な意見として君たちを戦力として認識はしていません。君たちはいきなりこの世界に連れてこられた被害者であり戦争参加を強要されている立場の人間です。そんな君たちに殺し合いをさせるのを私達は良しとは思いません」

 

 …まぁそうだろうな。素人の俺達を戦力に組み込むなんてどうかしているとしか思えない。だってたった一月前は普通の高校生だったんだぞ。それが簡単にプロの軍人になれるかっての。

 

「だから君たちは戦争に関わらないでほしい。これは騎士団の総意であり、願いでもあります。… 勝手な事を言う私達恨んでも構いません。結局の所私たちの不甲斐なさが貴方達を呼び出してしまったのですから」

 

 人間族がピンチになったから呼び出された、言い換えれば騎士団では対処できなくなった。…ほかの国ではどうかは知らないけどそう考えると騎士団の人たちも苦い物があるのだろう。だって神から直々に『お前たちは役に立たない。我が戦力となる物を呼び出してやろう』と言ってド素人を呼んでくるのだから。面白くないのは事実なんだろうね。

 

「君達をいつ故郷に帰らせることが出来るのか、それはまだわかりません。ですが安心してください、君たちは私達が守ります、なにせ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言うと、副長は言いたいことを言いきったとでも言いうようにして席から立ち上がりそのまま部屋から出て行ってしまった。

 部屋に漂う空気は最悪だ。副長の物言いにイラつくような奴も見せればいまだに俯いて完全に死んだ目をしている者もいる。

 

 そんな部屋の空気を察したのか頭をガリガリと掻いてバツが悪そうにメルド団長が口を開く。

 

「あーすまん。ホセはああいったが、お前らの事を心配しているのは本当なんだ。だからそんなに腐るな。いつかお前たちも帰れる日が来るだろうさ」

 

 元気を出せとでもいうように明るく声を掛けるメルド団長だが、俺の耳には誰かの言葉がはっきりと聞こえていた「それは何時ですか」って。そうして誰もが副長の言葉で…正確に言えばようやく分かった現実を思い知らされてその場は解散となったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

 誰もいない騎士団の会議室で大きな溜息を吐いたのはメルド騎士団副長ホセ・ランカイドだ。オルクス迷宮で起きたことの資料を机の上に置き冷めてしまったお茶を飲む。だが残されていたお茶は無くなっておりいつの間にか飲んでいてしまったようだ。

 

 そんな副長に明るい声が書けられる。

 

「嫌われ役、お疲れさん」

 

「団長…」

 

 現れたのはメルド騎士団長だった。手には湯気が出ているコップを持ており気軽にホセに渡してくる。苦笑をしホセは礼を言い受け渡されたお茶を飲む。少しだけ疲れた頭が癒されたような気がした。

 

「…彼らの様子はどうですか」

 

「お前の想像通りだ。皆落ち込んでいるよ」

 

 だろうなと、お茶をすすりながら瞑目するホセ。オルクス迷宮で死にかけたのにわざわざ呼び出し見捨てるような発言をしたのだ。彼等の状態を考えれば中々ひどい事を言ったものだ。

 

「だが、誰かは言わなくてはならなかった。戦争と言うのものが苛酷で無意味で残酷な事だと分かってくれる必要があった」

 

「彼等の故郷は安全で治安のとてもいいところだったと聞いています。そんな彼らが場の状況に流されたとはいえ命のやり取りをするのは…ね」

 

 訓練をつけ、魔法を覚え、戦い方が身に着いたとしても彼らは子供であり、異世界の住人なのだ。こちらの世界の常識に染まってほしくはないし、何より人殺しのやり方を覚えたまま故郷に帰ってほしくはないのだ。…それがどんなに甘い事か知りつつも。

 

「彼らには彼らの生き方がある。このトータスで命を散らしては欲しくない、だから戦争に参加してほしくない…なんて彼らは気付いてくれますかね」

 

「どうだろうな。俺等とは違う生き方をしている連中だ。どう思いどう考えるかは俺にもさっぱりだ」

 

 頬を掻き息を吐くメルドにも流石に彼らがどう思っているかなど分からないだろう。それはホセだって同じだ・

 

 

 

 

 

 

 騎士団が異世界から勇者を召喚されると聞かされたとき、団長であるメルド・ロギンスと副長ホセ・ランカイドは強く反対をしたのだ。

 

『この世界の事情は自分たちでどうにかする、他の世界の人間を巻き込むな』と。しかし教会はその意見を一蹴し、結果召喚は無事に成功されてしまった。

 

 自分たちの神であるエヒトが召喚する以上止められるはずもなく、かと言って反発のやり過ぎでは自分たちの立場が危うくなってしまう。不服の感情をぬぐえぬまま呼び出された一行に騎士団は訓練をつけさせるしかなかったのだ。たとえそれが不本意な物であっても。

 

「魔物を殺すのまではまぁ何とかなるでしょう。しかしそれ以上は彼等では無理だ。たやすく心が壊れてしまうだろう」

 

 訓練をさせ、生活をさせ下した判断は役に立たないというより戦線に参加させないという結論に立った。しかし自分達より立場が上の教会はそれを良しとせず

オルクス迷宮での実地訓練を強行させようとしたのだ。

 

「そして結果がこれですか。いやはやよく全員が無事でしたね」

 

「悪運が強いんだろう 又は…そういう運命だったとかな」

 

 肩をすくめ苦笑する。結果は無事だったとしても彼らの精神の未熟さが浮き出てしまった。特に一番ひどいのは彼らのリーダーである天之河光輝だろう。

 

「しかしまぁ勇者くんその傾向があったとはいえ普通貴方の指示を無視しますかね?誰よりも戦場を知っているあなたの指示を無視して…勝算でもあったのでしょうか」

 

「いや、恐らく何も考えていないだろう、アイツの目は目の前しか映っていなかった」

 

「ははっ団長と同じではないですか」

 

 リーダーとして何より必要なのはカリスマであるがそれ以上に仲間達の状況の把握でもあるのだ。たとえ天之河光輝が進んでリーダーをしていたわけでもなくても、彼にはその責任能力が問われてしまうのだ。

 

「だからこそ、皆の前で叱責し責任能力を問うたのですが…無駄でしたね。アレは私たちの言葉は届かない。自分しか見えていませんね」

 

 視野が狭く自分しか見えていない。そしてその事を指摘しても耳を傾けようとはしない。それがホセがわずかな時間で感じ取った勇者天之河光輝の評価だった。とてもではないが人類の救世主どころか、数十人のリーダーがやっとの人物だった。

 

「よくあんな性格で生きていけたものです。他の人と比べると幼くて幼くて…あんな人間に世界の命運は掛かっているのでしょうか?」

 

「さてな。まぁいつかは自分で気付くだろう。近くで完全に参っちまった奴がいるし。それでも無理だというのなら…」 

 

 その後に出てくる言葉は無かった。無論聞くつもりもなかった。人の言葉を聞かず自分の意見しか聞こえないものの末路なんて言うほどの物でもなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 その後は多少の雑談と報告だった。急遽オルクス迷宮から帰ってきたので今後のことも有るのだ。

 

「あ、団長リリアーナ王女に礼を言っておいてくださいよ」

「む?どうしてだ」

「オルクスでの一件。どんな事があったにせよ全体責任は団長にありますからね。危うく騎士団解体の危機がありました」

「はぁ!?俺まだ話聞いてねぇぞ!」

「私に話が行くようにしてありましたからね。ともかくそこで待ったをかけたのがリリアーナ王女でした」

「あの王女が、か?」

「ええ、時期尚早の彼らにオルクス迷宮への実地訓練を強行させたのは教会ではないですかと。いやいや教会に食ってかかる王女は中々の迫力でしたよ」

「うへぇ…言いたくはないがリリアーナ姫は怒ると本気で怖いからな」

「だから機嫌を損ねない様にちゃんと礼を言ってきてくださいね」

「うぅむ。分かった」

 

 帰ってきて、それで終わりではないのだ。

 

「あと畑山先生にも詳細と謝罪を」

「今度はそっちか!?」

「当たり前です。一時とは言え彼らの引率者はメルド団長だったのですから。畑山先生に心配を掛けさせたのはマズいです」

「ぬぉぉおお…菓子折りでも持っておくべきか」

「それよりかは誠心誠意の謝罪の方が良いですね。幸いなことに彼女は話せばわかる人間ですから」

「はぁ…やる事が多いな」

「当たり前です。寧ろ貴方が彼らに付きっ切りの間、雑事は全て私がしていたんですが?」

「…すまん」

 

 

 

 

 

 話し合いは続き、仕事の業務の確認、部下の報告などを纏めていく。

 

「それで団長。ずっと気になっていたのですが確認してもよろしいですか」

 

 ある程度の業務が終りひと段落をした時ホセはそう言って切り出した。対するメルドも佇まいを正した。

 

「正直な話あのオルクス迷宮で何があったんですか」

 

 ホセの問いはオルクス迷宮でのことだった。実地訓練での報告は詳細に聞いてはいるがどう考えてもやはりおかしかったのだ。

 

「始まりの勇者くんの天翔剣は愚かにもほどがありますが、その後です」

 

 崩落する可能性があるにもかかわらず光輝が放った天翔剣も酷い話だが、その後に起こった出来事だ。

 

「偶然崩れた壁から出てきたグランツ鉱石。…これはまぁあるかもしれません。しかしフェアスコープで罠の有無を確認して無いと判断した後のトラップ。これはちょっと変な話だと思いませんか」

 

 アランが使っていたフェアスコープは事前に点検がされていた物だった。いくら訓練とは言え勇者一行を連れて行くのだ、装備品に不備はないかちゃんとチェックしている筈だった。それなのにフェアスコープには問題無しと判断され結果転移の罠にかかってしまった。

 

「ベヒモスとトラウムソルジャーの挟み撃ち。これはヘンではありません。迷宮ならそう言うことだってあり得るのですから、しかしトラウムソルジャーをアランが彼らを率いていたのに突破できないとはどういう事でしょうか」 

 

 魔法陣から出てきた魔物は本能の赴くままに行動する。しかしそれにしてもアランと言う次期団長候補が未熟者とは言えそれなりの強さを持っていた生徒達の指揮をとっていたにも関わらず、突破できなかったというのだ。

 

「アランからの報告ではまるで指揮されていたようだったと聞いています。…強力な魔物が他の魔物の指揮をするのは確かにあります、しかしあの場にいたのは只のトラウムソルジャー。指揮官クラスの魔物はいませんでした」

 

 只の雑兵が何故か纏まって戦うという不可思議な行動。そしてまだ懸念するべき事はあった。

 

「加えて檜山君から聴取した一連の事故。なぜか不得意な火の魔法が出てきて何故か南雲君を狙った事。彼の担当からも聞きましたが檜山君にそこまでの魔法の練度はありません。それなのになぜか起こった」

 

 檜山が得意とするのは白兵戦であり魔法は苦手であった。出来たとしても僅かな適正のある風の魔法でしかも初級中の初級「風撃」を真っ直ぐ飛ばすしかできなかったのだ。

 

「そしてこれが一番の懸念事項です。勇者君の持っていた聖剣、アレに()()()()()()()()()()()()

 

 訓練から戻ってきた光輝から返却させた聖剣。それには確かに特殊な力があった。しかし調べたところ闇魔法の残滓がかすかにあったのだ。

 

「調べたところ掛けられていた魔法はあの特殊能力の増幅と、戦意の高揚。これだけだとメリットですが、彼が使うとなると話は別です」

 

 聖剣の特殊な力は敵対する相手を弱体化させ持ち手を強化してくれるという力があった。しかし精神的に未熟な光輝が使うとなると話は別だった。相手は遥か格下と錯覚し自身を強者だと勘違いしてしまったのだ。しかも戦意を高めるというおまけ付きで。

 

 故に光輝が偏に仲間を見ていなかったのは彼自身の責任もあるとはいえ細工されていた聖剣のせいでもあったのだ。本人は知る由もないが…

 

「その聖剣は如何した」

 

「宝物庫で厳重に保管させてもらいました。魔法は消えてなくなったとはいえあの未熟者にはふさわしくない物ですからね」

 

 最ももう二度と振れることは無いですがと一言つげ、ホセは一息つく。一つ一つの事は防げたとしてもこうまで続くと流石に可笑しいのだ。今はなした内容はどれもが作為に満ちているようだった。

 

「…彼らをワザと危機を陥れるような数々。調べても尻尾がつかめない不可思議な事柄、正直な所私には理解できません。メルド団長貴方はどう思いますか」

 

 ホセからの言葉を受け静かに聞き入れたメルドは組んでいた腕を解かす。顎に手をやり一言告げた。

 

「俺にもわからん!」

 

「……はぁ」

 

 きっぱりと言い切ったメルドにこれ見よがしのため息を吐き出すホセ。大体そう言うのかもしれないとは思っていたがまさかここまではっきりと言うとは。

 

「だが、魔人族ではないだろう。あの迷宮には奴らが出向く理由が無いだろうし、居たとしても俺が気付くはずだ」

 

「でしょうね。だとすると…」

 

 両者目を合わせる、魔人族では考えにくい、それは人間族も勿論の事。なら、誰もが得しないこの事件を組み立てれるのが誰かと言うと…

 

「エヒト神…ですか?」

 

「かもな」

 

 この世で最も信仰され称えられているエヒト神。人間族の危機に全くの素人を呼び出した意図がつかめない創造神。

 

「そんな面倒な事をしますかね」

 

「わからん。だが、どういう奴であるのかは俺達は知っているはずだ」

 

 それはメルドとホセ、そして後もう一人だけが知っている話。理由にもならない理由を思いつき溜息を吐く

 

「面白いから。…たったそれだけの理由でやってもおかしくない」

 

「…彼らが哀れでなりませんよ。彼らが帰るにはこの詰んでしまった戦争を終わらせないといけないのですから」

 

 呼び出されてしまった者達の事を思い浮かべる。この世界には似つかわしくない少年少女達、騎士団にとっては保護すべき対象あり、故郷に返すべき者達。しかし故郷に返すには戦争に勝たなければいけないのだ。…それはメルド達では不可能極まる話だった。

 

 いたずらに何も関係のない被害者を増やした愉快犯。流石に神が相手となるとできる事は少なくなっていく。仮想の相手とはいえ候補としては一番の相手だった。

 

「最もこの話はあくまでも予想だ。思い違いの可能性もある」

 

「しかし当たっていた場合…彼等が来た以上まだ何か起こるかもしれませんね」

 

 召喚と言う人間では出来ない超常現象、そして呼び出された者達。彼らが原因で事件に巻き込まれたのなら今後もまた事件が起きてくるのはあり得ない話ではない。

 

「この先何が起きるのか…きっとろくでもない事が起きるのでしょうね。…何だか彼ら(生徒達)の方が私達にとっての疫病神に感じてきました」

 

「そう腐るなホセ。アイツらが何かに巻き込まれたらフォローをしてやろうじゃないか。それが俺達騎士団だろう」

 

 この先何がが起こるのか、それは誰にもわからないが色々と騒動が起きてしまうのだろう。それは呼び出された彼らにまつわるものかもしれない。何が起こるにせよ魔人族との戦力差は開いていくのは確かなのだ。残された時間は案外少ないのかもしれない。

 

 それでも騎士団を纏め人間族の今後を背負えるだけのある力のある二人は、やっていくしかないのだ。

 

「はぁ…まぁ頑張りましょうか団長」

「ああ、やってやるぞ副長」

 

 これから起こる数々の事を考え溜息を吐きながらも拳を合わせる大人達だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




一言メモ 

帰還の方法 柏木「戦争を終わらせなければ家に帰れない。しかし騎士団からは戦力外通告…どうしろと?」

戦争終結について メルド、ホセはとても強い。しかし戦争では勝てない。…一応国と国民を見捨てればワンチャンあるかも。


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芽生えた異能の力

ダブルクロス説明回です。

…これ、知ってる人からすると怒られるだろうなぁ


「本当なら日本で話すつもりだったんだがな」

 

 そう言って俺と南雲の前で苦々しく口を開くのは転校生であり不思議な力を持つ中野信治だ。時間帯は夜、ここは中野の部屋で当たり前だが俺達三人しかいなかった。

 

「話してくれるんだよね。僕と柏木君の身に何が起きたのかを」

 

「ああ、勿論だ。ただし、俺自身誰かに物を教えるモンじゃないし感で分かれという部分もある」

 

 確かに中野はあんまり説明が上手そうではない。それでも俺達よりは知ってることが多いはずだ。

 中野が一つ息を吸い、途端に首が散りつくような変な空間が広がる。南雲も同じなのか少しだけ眉をひそめた。不快感は無いが少し気になるという奴だ。

 

「今のは《ワーティング》俺達オーヴァードが相対した時に起こすもので他の一般人は俺達を認識できなくなる」

 

「ふむ?今使うのはなんで?」

 

「他の奴に聞かれると厄介だからだ。…人の姿をした化け物の末路なんて想像できるだろ」

 

 そう言う前置きを置いてようやく中野は語り始める。俺と南雲がこの世界に来てから得た能力の事を。そして中野自身の事を。

 

 

「まずは俺達の様な異能の力を得た奴の事をオーヴァードって呼ぶ。俺たちの胎内に宿るレネゲイドウィルスって奴に掛かった物をそう呼ぶんだ。由来とか歴史は詳しくは知らん。日本に帰ってから詳しい奴に聞いてくれ」

 

「ふんふん。それで」

 

「俺はそのオーヴァードの連中の中でUGNと言う組織に所属している」

 

「UGN?」

 

「ユニバーサルガーディアンネットワークス。人とオーヴァード(化け物)が共存できる道を模索し、オーヴァードの保護と事件の隠蔽をする…まぁよくあるような組織だ。お前らの方でもなんとなく想像できるだろ」

 

 異能の力を持った集団の組織。人と異能者の共存…となると善よりの組織だろうか。何となく漫画やゲームである様な秘密結社を意識すると分かりやすいかも。

 

「なるほど、中野君はそのUGNから派遣されてきたって事なんだね。表向きは転校生として」

 

「そうだ。柏木、お前がオーヴァードとして覚醒した時に説明と保護をするのが俺の本来の任務だった。…だったんだがなぁ」

 

 ハァと溜息一つ。そりゃそうだなんせこんな異世界に召喚されるなんて誰が思いつくもんか。

 

「それがどうしてかこんな訳の分からない世界に呼び出されて…最初はFHの奴らかの仕業かと警戒したがこれは全くの別件だったな」

 

「FHって?」

 

「ファルスハース。この異能の力をあるがままに使おうとするテロリストの連中だ。UGNとは敵対していて、そいつらの勧誘からお前を守るのもまた俺の仕事だった」

 

 …何かえらくファンタジーなことになっているな日本。俺達一般人が知らなかっただけで実は異能力が飛び交う世界だったのか。

 

「記憶処理とか事後処理を担当する連中がいるんだよきっと。だからこんな能力は世間にばれないし表沙汰になる事は無い。…UGNって組織はかなり大きいみたいだね」

 

 手に持っていた石ころをコップへと変えてしまう南雲。その錬成を超えた異能を見つめる横顔はかなり複雑そうだ。

  

「話を続けるぞ。ともかく俺達オーヴァードが得た力は数十種類に分別される。分けられたものをシンドロームと呼ぶが…まぁここら辺の説明はまた今度だ、今重要なのはお前たちの得た能力の事だ」

 

「能力…この世界で手に入れた『技能』とは違うのか?」

 

「俺もよくは知らん。ただ異能と技能が似たようなものだという事はステータスプレートを見ればわかるはずだ。兎も角似たようなものだと思っとけばそれでいいだろう。それで俺のシンドロームは『サラマンダー』と呼ばれている」

 

 サラマンダー。確か火蜥蜴の事を差すんだったか、南雲に確認すればあたりだと言われた。なるほどだから中野は炎を詠唱無しで生み出し火炎放射器として使う事や炎を纏わせることが出来たんだ。

 

「…別に炎しか使えないって訳じゃない。熱を操るのがサラマンダーの特徴だ。そら、只の炎術師じゃこんな芸当出来る訳ないだろう」

 

「うわって冷たい!?これって氷か!?」

 

 そういって石ころ大の透明な結晶を放り投げてくる中野。慌てて受け取ったそれは氷の塊だった。ヒヤリとしたその冷たさは間違いなく氷そのものであり只のサラマンダー(火蜥蜴)と言う名前には騙されない方が良いみたいだ。つか、冷たいので南雲にパスする!おらよ!

 

「もう、いきなり渡されても困るんだけど。それで中野君は炎と氷が使えるオーヴァードなんだね。…あれ?でも天職は炎術師しか無かったような?」

 

 渡された氷をコップの中にことりと落とす南雲。確かに言われてみれば中野のステータスプレートには有ってもおかしくない氷術師が無かった。

 

「…何かを冷やす方は点で駄目でな。俺は炎の方に傾いているんだ。…馬鹿みたいにな」

 

 何やら思うところがあるんだろうか、溶け始めてしまった氷を眺める中野。…これは何やら中野の過去に関係がありそうだ。ツッコむのは止めた方が良いかも。

 

「話を戻す。サラマンダーの純血種(ピュアブリード)。それが俺の能力だ。そして南雲の方は…」

 

「ちょいと待った純血種って何?」

 

「あー こいつは人によって違うんだがシンドロームを二つ持つ奴とか三種類掛け合わせることが出来るやつがいるんだ。それぞれ一種類の奴を純血種(ピュアブリード)。二種類を混血種(クロスブリード)。三種類を三種混合種(トライブリード)と呼んでいるんだ」

 

「それなら能力を多く持ってるやつが強いんじゃ…」

 

「んな事は無い。俺の炎なんて純血種と混合種じゃ火力がまるで違うんだ。純血種と混合種を一緒にするのは止めとけ」 

 

「つまり一点特化型とバランス型と器用貧乏型って事だね」

 

「なんか、ゲームじみてきたな…」

 

 能力を多く持てれば強いという訳でもなさそう。なるほどねぇ世の中そんなに甘くないという事ですな。

 

「それで南雲の方だ。お前の力の名は『モルフェウス』物質の錬成を得意とする()()()()()()()のだ」

 

「それって…南雲の技能『錬成』と同じ?」

 

「いいや、ちょっと違うよこの力は。だって()()()()()()()()()()()()()()()()()()して居るもん。見ててよこの異質さを」

 

 そう言って持ってたコップを見る見るうちに変化させていき…やがてそれは一本の金属バットになった。…材質変化してなぁい?質量変化していなぁい?…手に収まるコップが両手で持つほどの材質が金属になったバットになった。明らかにやばくないこのモルフェウスってのは?

 

「小枝を剣に、バラを銃に()、変えるなど大真面目に考えれば考えるほど不条理な力を持つ能力だ。ほかにも砂を操ることが出来るという報告もある。…まぁそこら辺は南雲自身が良く知ってるだろうな」

 

 中野の問いに南雲はコクリと頷いた。物質錬成能力。それは俺が思っている以上に物凄い力なのかもしれない。

 

「そして柏木お前だ。もうおおよその予想はつくだろうが…」

 

 そして俺の力。天職が能力を刺すのなら俺の力は明白だった。

 

「お前の力は『ソラリス』()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。お前の作り出す体液自体が有益な物、有害な物として作り出されるんだ。オルクス迷宮でお前が皆に配ったあの薬もお前の能力が入った物だった」

 

 ()()()()()()。俺自身が生きたクスリ。確かに俺が作ったクスリを皆が美味いと飲み実際効力も市販の物よりも高いものとなっているはずだ。

 

「南雲を助けに行ったときのあのバカげた身体能力はお前自身が体内で脳内麻薬を分泌し身体能力を上げたもののはずだ。普通にそんな事をしたら体が壊れていくのを無理矢理治癒力を馬鹿みたいに上げてな」

 

 だからあの時急に力がみなぎったのか。確かに火事場の馬鹿力と言うにはかなり動きまくっていたから…あれ?あの時何で俺南雲が落ちると確信して?そんな疑問は中野の続いた言葉ですぐに消えてしまった。 

 

「他にも幻覚を見せて恐怖感をあおったり高揚感を操作出来たりとか…まぁ薬のあらゆるものがお前は出来ると考えておけばいいだろう」

 

「ありとあらゆる……つまり」

 

 ふむん!?何でもできるって事は何だってできちゃうわけでございますなぁ!ぐ、ぐへへという事やあんなおクスリやこんなものを…うへへ 

 

「はいはい鼻の下が伸びているのは結構だけど中野君の話を最後まで聞こうよ」

 

「お、おおうう。チャントワカッテマスヨー えほんえほん。って事は何だ。この力があれば実質チートじゃねぇか!?」

 

 ハッキリ言えばかなりずば抜けた力だ。この世界のステータスやら技能やらの力を超えた可能性を秘めている気がするのだ。俺達が宿したレネゲイトウィルスは。

 

 しかしそんな考えは中野の皮肉った笑みで霧散してしまった。

 

「ははっ 柏木まさかお前その力、何にも代償を払わずにできると思ってんのか」

 

「……やっぱり?」

 

「そんな事だろうと思った」

 

 やはりどこまでも俺たちにとっては甘くないようで、この異能には代償があるらしい。南雲は何やら分かっていたみたいだけど…

 

「この力は体内のレネゲイドウィルスが活性化するほど強く、強大になっていく。しかしだ、その代償として」

 

 

()()()()()()()()()()になってしまう。…人の心を失くし欲望のままに力を振るう討伐対象になっちまうんだ」

 

 能力を使えば使うほどその力は己の心を壊していきあるべきだったはずの道徳心や常識、理性を失くしてしまう…

 

「そしてそんな化け物の末路は…分かっての通り粛清される。人の営みを破壊し蹂躙するモンスターとして殲滅対象になるんだ。そいつが生前どんな奴であろうとも、な」

 

 重く口を開く中野は両手に炎を宿した。赤く真紅に燃え盛る炎だった。

 

「俺の仕事にはその理性の失くした化け物『ジャーム』の処理も含まれている。存在をこの世から灰すら残さない様にするのが俺が転校する前の主な仕事だった」

 

「……」

 

 俺も南雲も黙ったままだった。それは目の前の炎を恐れてのことも有るが、普通に檜山達と笑いあっていたこの中野が別人化と思わせるような冷たい目をしているのに言葉を失ったのだ。

 

「力を使えば使うほど、力に飲まれれば飲まれるほどジャームへと変貌していく。俺達オーヴァードはいつかジャームになるの恐れながら生きていくしかないんだ」

 

「…治すことは出来ないのか」

 

「不可能だ。治そうとして精神を病み結果狂ったジャームとなった研究者もいる始末だ。誰も化け物から人へ戻る事なんて出来ないのが現状だ。…人から化け物になるのは簡単なのに皮肉なもんだな」

 

 …中野はこれまで一体何人の元人間を燃やしてきたのだろうか。それは想像でしかわからないけど…きっと俺の想像を超えるぐらい焼却して来たんだろう。炎を消した中野の横顔にはそんな悲しみが見たような気がした。 

 

「そのジャームに僕達もなる可能性はあるの?」

 

 南雲が少し震えた声で中野に尋ねた言葉は俺も聞きたかった事だった。何しろそんな事に気付かずに使っていたのだ。それが技能なのか異能なのか分からないままではあるが。

 

「ある。と言いたいところだが」

 

「だが?」

 

「この世界はおかしい。日本…地球とは違ってレネゲイドウィルスが暴走する気配を感じさせないんだ」

 

「ううん?」

 

「レネゲイドウィルスは使えば使うほど活性化し強大な力となって理性を蝕んでいく。それが普通だった。だがこの世界トータスではレネゲイトウィルスが活性化はするものの暴走する気配は微塵も感じないんだ」

 

 それはつまり、この世界ではジャーム化が起きないという事だろうか。

 

「…かもな。何度か試したがレネゲイドウィルスは安定と活性化を交互に起こさせるだった。何度か考えたがこれがどういう事か俺は分からん」

 

「うーん。魔力が関係しているのかなぁ?ともかくこの世界トータスでは僕達が異能を使っても問題は無いって事?」

 

「そうなる。俺が使っても問題なかったんだ。お前らも同じだろう」

 

 つまりこの世界では化け物にはならずに異能の力を自由に使えるという事だった。となると…やりたいことは無限に出てくるわけで、ふむ。

 

「とまぁ俺の説明はこんな所だ。今後お前たちがこの異能をどんな風に使おうとも俺は止める気はないし推奨するつもりない」

 

「良いのか?好きに使うかもしれんぞ?」

 

「UGNとしては止めるべきだが、あいにくここはUGNの管轄外でな。俺は口を挟まないさ」

 

 ならこの異能は俺たちにとって強力な武器となる。この世界で生き抜くための大きな力となり得るのだ!

 

「ただし、ある程度の悪いことなら見逃してやるがドの過ぎたことをすれば……分かってるよな」

 

 そう言って笑った中野は、どこか薄ら寒い炎の形をしていたような気がするのだった。 

 

 

 

 

 

 




この物語に出てくるシンドローム説明

サラマンダー 熱を操る能力。炎と氷を生み出す熱エネルギーを操作することに加え、熱エネルギーを運動能力に転化することも可能。

モルフェウス 物質創造能力。質量や体積を無視して物質を生み出せる。出来るものは作成者の思いのまま。また砂を操り攻撃や防御としても使える模様。

ソラリス  薬品生成能力。治癒力促進の薬や身体能力向上の薬もできる。他にも幻覚剤や恐慌薬、記憶障害を生み出す薬も出来てしまう。

他にもシンドロームは数多くある。光を操る物、重力や時の力。血や音、獣化や肉体変化に雷機械に領域と天才頭脳。ブリードと組み合わせ次第で君だけのキャラクターが作れるぞ!



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秘密の会話

説明会が続きます。
そろそろ伏線もちらほら


 

「まずは、迷宮探索お疲れさまでした」

 

 自室にて俺はアリスさんと対面していた。時間帯は夜で室内には俺とアリスさんしかいない。

 

 こそこそとしている理由は明白でアリスさんが何者なのか、何故南雲のピンチを知っていたのかなどを聞くためだった。以前交わした約束をかなえる為に2人っきりになったのだ。

 

「んで、いろいろと教えてくれませんか貴方の事を」

 

「勿論ですよ。…しかし、ここでは誰が聞いているか分かりません。場所を移して構いませんか?」

 

 こんな時間に誰かが聞き耳をしているとは思えないのだが…とは言え話すつもりはありそうなので、了承する。

 

「でもどこへ行くんですか?ほかに人気のない所なんて…」

 

「まぁまぁそうですね…私の手を握ってくれませんか」

 

 差し出された手を遠慮なく握る。白くほっそりとした手だ。すべすべとしてとても手触りが良いのでずっと触っていたく……あれ?何で俺こんなにも遠慮なく女の人の手を握れるんだ?普通此処は戸惑うところじゃないのか?

 

「では行きますよっと」

 

 そう言った俺の疑問はすぐに遥か彼方へ吹っ飛んでしまった。何せ気が付いたら自分の自室から一気に別の場所へといたのだから。

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 ドーム状と言うのだろうか、広大な敷地に作られた太陽の光、遠くには滝に水辺、畑に白い建築物。訳が分からない。俺はさっきまで部屋にいたはずなのでは…

 

「期待通りの反応ありがとうございます。ここは反逆者の住処。…いえ解放者ですか。まぁ私からはどっちでもいいです」

 

 俺の傍から離れたアリスさんはくるりと振り返り満面の笑みで笑った。

 

 

「ようこそ()()()()()()()()()へ。貴方が来ることをお待ちしていました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふ~ん♪」

 

 鼻歌を歌いかなりの上機嫌でお茶の準備をするアリスさん。通された場所は白い建物のリビングルームでかなりの生活感ある場所だった。シックなデザインの部屋からして中々の高級感あふれる場所である。

 

 道すがら教えてくれた説明によるとここはオルクス迷宮二百階層目だというのだ。表側の百階層を超えた先にある本当のオルクス迷宮の最深部で、迷宮を作った先住民の居住区をそのまま借りているとの事だった。

 

 人の気配は全くない、一応生活感はあるけど…アリスさん誰も居なさそうだ。やけに小奇麗なで生活感あるこの居住区は妙に物悲しい…ここを一人で管理しているのだろうか。

 

「ここには自動で掃除をしてくれるロボットが居ますので管理していませんよ。寝泊りやちょっとした拠点扱いでしょうか。私にこんな広い所の掃除なんて無理ですよ~面倒臭いですし~」

 

 俺が考えていることが分かったのか背を向けながら答えるアリスさん。エスパーなのだろうか、時々考えていることを読まれている気がする。

 

「顔に出やすいんですよ貴方は。はい、お茶です」

 

「ぬぅ…ありがとうございます」

 

 受け取ったお茶は俺の好みドストライクの白湯かと見間違うほどの薄いお茶だった。うぅむまさかここまでとは…いい仕事してますねぇ

 

「さて、何から説明をすればいいのやら…」

 

 ふむと言った感じで頭を捻るアリスさん。ならこちらから質問させてもらうとしよう。そう言った俺の問いに快く頷くアリスさん。なら色々聞くとしよう。…教えてくれないかもしれないけどな!

 

「まず、貴方はいったい何者なんですか」

 

「なら改めて自己紹介を。私の名は『アリス・アニマ・リエーブル』…最後の解放者にして予言者と呼ばれるものです」

 

 今明かされる名前。意外と苗字とかあったんだ…ってのは置いといて最後の解放者と呼ばれるのも気になるが一番気になる物がある

 

「予言者?」

 

「正確に言えば自称ですが」

 

 予言と言うと先の未来が分かるという奴だ。…違ったか?でもまぁ大体そんな感じの奴だったよな。だからあの迷宮で何が起こるから知っていて…

 

「ええその通りです、まぁ助言はしましたが直接手助けをする気はありませんでした」

 

「何で?あの時アリスさんが何が起きるのかを言ってくれたら」

 

「違うんですよ」

 

 複雑な表情を浮かべるアリスさん、違うとは何なのだろうか。そんな俺の疑問はすぐに答えてくれた。

 

「私が予言した…より正確に言えば私が見た世界とは違う事があったんです」

 

「何が違って…そもそもあなたの見た世界?」

 

 アカン、気になる事が多すぎて何もかも知りたくなってくる。…少し俺の質問は控えてた方が良いかな?

 

「私が予言で見た世界と明らかに違う事。それは貴方の存在です」

 

「……俺?」

 

「本来なら貴方はいなかった。存在しなかったんです。だから私は様子を伺う為にあなた達に近づいたんです」

 

 え?俺存在しないってどういう事?アリスさんが見た世界ではハブられたの俺?やばいぞやばいぞ想定外の説明で情報量が多くなってきたゾ!?

 

「だから私は…うん?混乱してる?あー…順を追って話しましょう。…説明が下手でごめんなさい」

 

 いえいえ、それでは順番にお願いいたします。

 

「まず、話を戻しますね。まず解放者とはどういう者か説明いたします。解放者とは人が神から解放されるために戦う者達の事を指します」

 

「神からの解放?…エヒト神の事か」

 

「そうなりますね。貴方方を無責任に呼び出し嘲笑う屑のエヒト『ルジェ』の事です」

 

 クスリと微笑むアリスさん。ふむ?ここは嫌そうな顔をするのが普通なのでは…。その後続いた説明によると解放者たちというのはエヒト神が人の命を好き勝手弄んでいると気付きそれに反逆する者達の総称だったらしい。しかし頑張って抗ったが今は全滅しておりもはやこの世界にほぼいないという話だった。

 

「強力な力を持ち神に対抗できる集団といえども所詮は人の身だったという事です。バラバラになった七人は神に対抗できる強者が出てくることを願い、それぞれが迷宮の中に自身が残した神代魔法を残していったのです」

 

「ふむ。それでアリスさんはその解放者たちの子孫にあたると」

 

「……まぁそういう事ですかね。正直な話私にとっては解放者たちがどうしようと何を願おうと興味が一つも持てないというスタンスなのですが」

 

 む?何だろう複雑そうな表情を浮かべているアリスさんが少し気になる。違うな…何かを隠している?又は嘘をついている?

 

「とはいえ私には予言の力がありました。端的に言えば部分部分の未来が見えると言う物です。それで見た未来では…南雲君。あの子がエヒトを倒す未来を見たのです」

 

「南雲が?いやいやアイツ錬成師だぞ?そりゃやり方ひとつで戦えるかもしれんが一応非戦闘職業だぞ?」

 

 そして一応ではあるがオーヴァードでもある。

 

「それが出来たんですよ…あなた方の世界の武器である銃を使って」

 

「…えぇ~」

 

 アイツが銃を?そりゃ南雲はミリタリーに少しは齧っている奴だがそれでもそんな簡単にできる代物だとは思えない。…いやいやどう頑張っても無理だろ。だって普通の高校生が銃をだぞ?…3Dプリンターでもあるのなら話は別かもしれないけど。

 

「私も詳細は知りません、なんかケロッと作っていたので。まぁいいです。ともかく貴方達が遭遇したオルクス迷宮でのあの事件で南雲君は奈落に落ちてしまいました」

 

「そして偶然にも生き残り、そこからエヒトを倒すほどの強さになったってか。…あんまり想像つかないなぁ」

 

「本当の事ですから私には何とも言えません。ただ貴方が居ない世界では南雲君は奈落に落ちて最強(笑)イキりDQNハーレム野郎になっていました。」

 

 一人あの底の見えない奥底で取り残された南雲の事を考えても想像できないというのが本当の事である。だってふつう死んじゃうもん。いや、それよりも何、最後の付け合わせた言葉。

 

「トータスでは存在しない銃を使ってイきり散らし複数の美少女に都合よく好かれる存在の事です。本当に何なんでしょうねアレは。主人公補正つけすぎにも限度がありますってば」

 

「……」

 

 心底嫌そうな顔をするアリスさんであるが俺からしてみればいきなり親友をクソ野郎と呼ばれたことにふさわしい。そりゃアリスさんはそんなに南雲とは知り合って間もないからそう言えるかもしれないが南雲はそんなアホな事をするはずのない奴である。イラッと来るのは仕方のない事だ。

 

「あー貴方は実際見ていませんもんねぇ。寧ろ貴方の介入…正確には存在ですか。ともかく貴方が居たことで私の知る未来や世界とは大きくかけ離れて行ったのでそうなるはずありませんもんねぇ」

 

「その俺の存在ってどういう意味なんだ。言葉通り受け取ればいいのか」

 

「ええ、言葉通りです。私の見た世界では貴方はいなかった。南雲君は独りぼっちで檜山君たちからいじめられていました」

 

「…それこそ想像つかないんだけど」

 

 俺の居ない世界、生まれていない世界であり影も形もない世界。出鱈目な話なのになんでだろうか俺はこの話を疑いなく信じてしまっている自分に気が付いた。

 

「事実ですからね。それで貴方の存在を知った私は様子を伺う事にしました。本来なら南雲君を監視する予定をキャンセルし本来居ない筈のイレギュラーである貴方の行動に注目したのです」

 

 それで俺の傍に近づいてきたと。…ならアリスさんは元々王宮にいた人ではいないって事か。

 

「そういう事です。そうして潜伏して…驚きましたよ、貴方の存在が潤滑油になっているのか皆仲が良さそうでしたからね。正直見ていてワクワクするのが止まりませんでした」

 

「ワクワク?なんで?」

 

「いったいどうなっていくのだろうかと。()()()()()()()ではなく貴方が居る世界はどんな変化があるのだろうかと思ったのです。だから介入するのを必要最低限にして少しだけ手助けをするつもりでした。…たとえ貴方が奈落に落ちようが二人一緒になろうがどちらでも対応できるように」

 

 それで、あの鞄と助言か。何だか手の平で動かされている感が強いが、まぁ手助けをしてくれようとしたのは感謝するべきだろう

 

「それで、お前はこの先どうするんだ。また王宮に行くのか」

 

「変わりませんよ。貴方の傍で貴方の行動を見ています。さっきも言いましたが私はエヒトもこの世界の命運もどうだっていいんです。ただ、私は『()()()()()()()()』それでいいんです」

 

 解放者やらの理念も先祖の願いもアリスさんは興味が無いと断言している。…それでいいのだろうか。

 

「…良いんですよ。それで、いいんです」

 

 そのまま深い息を吐いて目をつぶってしまったアリスさん。何だろうね少し疲れているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局その場で説明は終わってしまい、俺はこの秘密基地に一泊することになった。王宮の方で何か問題があったらどうするのだろうかと思ったがそこはアリスさんがどうにかするので泊まっていけという事になった。

 

 最も泊まる大きな要因となったのが

 

『いやまぁ…正直ここに人が訪れるのっていないので…駄目ですかねぇ』

 

 と上目遣いで言われたのが理由かもしれないが。

 

 まぁ何だかんだでこの秘密基地みたいな空間はとても俺好みなので有り難く使わせていただく。ほら、何だか知らないところでお泊りってわくわくするじゃん?

 

 

「へぇ~でっけぇ風呂だな~」

 

 と言う訳で折角なのでここのお風呂を使わせていただくことになった。ライオンモドキの動物の彫刻から温水が流れてくるという仕組みだ。こういう仕掛けは地球も異世界でも変わらないのかねぇ?今更か。

 

「……はぁ~」

 

 温かい風呂に体を弛緩させゆっくりと体を伸ばす。体の疲れはほぼ無いのに声が出てしまうのは精神的に疲労がたまっているからだろうか。

 

 思えば考えることは山ほどあるのだ。確かにオルクス迷宮で俺達は無事に帰ることが出来た。だが、危機に接したことでクラスメイト達はブルッてしまいもはや戦争どころではないのだ。…正直な話元から戦争がどうこうしようも俺達には避けられない問題なのだが。

 

 そして俺の能力もある。中野からの説明でようやく自身の身体の異常に気付いたが、オーヴァードとして覚醒した俺はどうするべきなのだろうか。

 

 見た目は完全に人間で心もそうだと言いたいが、実際は生きている化学製品プラントである。今はまだ慣れていないが調合や中野の教えを受ければどんな薬でも作れそうな予感がするのだ。…割とマジでやばすぎる力かもしんない。それは南雲も同様だが。

 

 今後はどうすればいいのだろうか。騎士団の人達…正確に言えば副長からは戦力としてあてにしていないと言われてしまった。俺や南雲は後方支援としての役割があるからいいとしてほかの皆はどうするんだろう。どう行動するば良いんだろう。

 

 本来なら先生にでも相談したいが、愛子先生の肩にこれ以上重荷を背負わせたくないのだ。ただでさえあの人だってこの状況で参っているかもしれないのにさらに他の人の面倒を見ろだなんて…正直俺の『男』としてのプライドが許せない。だーれが好き好んで女におんぶに抱っこしてもらわなきゃいけねーんだっつの!

 

「あぁぁあああ~~~ほんとうに何でおれたちは…こんな所に」

 

 つーかおれたちをどいつもこいつもなめやがって!おれたちはだれかのふみだいでもなければもぶきゃらでもないんだぞ!

 

 いきているにんげんなんだぞ!それをちゃんとわかっているのか!?

 

「……?」

 

 温かい温泉のお陰か頭がボーッとする。視界は白くなんだかふらふらとしている様な…?

 

「あ、まず……これ…のぼせて」

 

 ふらりと揺れる体に力なんて入る筈もなく、俺はそのまま風呂の中に沈んでしまうのでした~

 

 

 

 

 

 

 

 

「玉ひとつおとされた~」

 

 温かい感触だった。頭にある柔らかい物に頭を無意識にこすりつける。酷く温かくて懐かしさを感じるのだ…まるで愛用している枕みたいで。

 

「か~な~らず~ふふふーん~はであうだろー」

 

 調子外れた声が聞こえる。かなり上機嫌なのだろうかそれはまるで歌みたいで、しかし肝心なところが鼻歌ってどうなんだろう?別にいいけどさ

 

「ここにいるよ~…あと何でしたっけ?まぁいいや、ふんふふーんっ↑」

 

「おい」

 

「あ、起きましたか」

 

 思わず突っ込んで自分の声で目を覚ました。上からは弾むような声、見上げれば白い肌とサラサラとした銀髪とこちらを見て微笑む翠色の目。

 

「……ほあ!?」

 

「あっ」

 

 思わず飛び起き距離を置けばどうやら俺は件の謎の女性アリスさんに膝枕をされていたみたいだった。場所はいつの間にか客室のような場所で風呂場では無かった。運ばれたのだろうかあの細腕で。

 

「あーあ。もうちょっと見ていたかったのに~残念」

 

 ものすごく残念そうな顔をして溜息をつくアリスさん。その様子はいつもの見た姿とは違って酷く子供っぽい。何だろうずっと年上だと思っていたがもしかしたら俺と同年代いや年下かもしれない。女の年齢は未だによくわからん。 

 

「あ、れ?…俺」

 

「のぼせていましたよ。お風呂場で考え事をしたくなるのは分かりますが長考するのは駄目ですよ」

 

「ア、ハイ…なんスかその格好」

 

 俺に説教をするのはいい。風呂でのぼせるなんて危ないからだ。しかしだ。この人の格好を見ると物凄く抗議をしたいのだ。

 

 今のアリスさんの格好はとてつもなくラフだ。普段のメイド姿はどこに行ったのか、短パンとTシャツだけと言う物凄くラフすぎる格好なのだ。男物を好んでいるのだろうか?振る舞いが少年っぽい。かろうじて女の子らしいのは首元からぶら下げた白い花を模したペンダントだけだ。

 

「あ、この格好ですか。いつもこの場所ではこの服なんですよ。楽ですし、脱ぎやすいですし」

 

「いや…もうちょっと女の子としての嗜みを…」

 

「好きでしょう?この格好」

 

 気軽にジャンプするのはいいのだが、へそやらうなじ辺りがみえて非常にアレなのだ。目に悪い!いや眼福だけど目に毒だ!慌てて目を逸らした俺に舌打ちが聞こえてくる

 

「チッ…ヘタレが。そんなんじゃ彼女の一人も出来ませんよ!」

 

「うるせぇ!ほっといてくれよ!」

 

「ふっそうやって何時までも拗らせていると三十歳を目前にしてから後悔し続けるんですよ。童貞さん」

 

「ど、どど童貞ちゃうわ!」

 

 なんともまぁ先ほどとは打って変わって明るくケラケラ笑うアリスさん。なんつーかどっと疲れる。さっきまであんなに悩んでいたのにそれが馬鹿らしくなってしまう。

 

「はぁ……あー頼みたいことがあるんだけどいいか」

 

「どうぞ?」

 

 先ほどの茹だった思考の中で浮かび上がったのは()()だった。誰に起こっているのかと言えばきっと全部と言ってしまいそうな八つ当たりでもあるのだが。

 

「俺に力を貸してくれないか?」

 

「私が、ですか?」

 

 良くは知らないがここが本当にオルクス迷宮最深部だというのならアリスさんはかなりの実力者となる。

 このオルクス最深部に行ける力と予言の力。それを大いに使うことが出来ればこの異世界からの脱出は無理でも戦争なら上手く行けば止められるかもしれない。だから力を貸してほしいんだ。

 

「貴方は俺がこの世界で知り合った誰よりも不可思議な人だ、でもきっと誰よりも信じてしまうような物を俺は感じるんだ」

 

 それは常々感じていた事だった。俺はどうしてもアリスさんの事を無条件に信用しまうのだ、無論全てをって訳ではないが…何なんでしょうねこの感覚?例えるなら父さんと話しているような安心感?

 

「だからって訳でもないけど力を貸してくれないか」

 

「………へぇ。そうですか私の力を貴方が借りたいですか。へぇ~~」

 

 なんか物凄くニマニマと笑っている。滅茶苦茶上機嫌で悪だくみを企んでいる顔で…凄く嬉しそうだ。落ち着かないのかさっきからペンダントを何どもニギニギと触っている。

 

「いいですよぉ~私も貴方が何をするのか楽しみにしていましたし~ぶっちゃけ私が裏で色々とするのも飽きてきましたしねぇ~」

 

「裏で色々? と、ともかく良いって事でOK?」

 

「OKです!寧ろジャンジャン頼んでください、私の力は貴方の力、()()()()()()()()()()でもあるのですからっ!」

 

 滅茶苦茶にこやかなスマイルで手を差し出してくる。俺もその手をぐっと握る。…何だかがっちりと歯車がかみ合った感触を受けてしまうのはこの人と相性がいいからなのかな。

 

「あ、でも私をアテにするのは無しです。それに私一人の力で事を済ませようとするのは無しです。つまらないですから」

 

「分かってる。あくまでも俺が頼むはささやかな事だらけだ。世界を救えってもんじゃない…だからまぁ期待しておけよ」

 

 退屈な日常に彩りを。何てカッコいい事を言えるわけじゃないけど、やるのならとことんやってやる。

  

「楽しみです。…貴方が何をするのか、ワクワクしてきますね」

 

 華やかな表情で笑うその笑顔はとても子供っぽく俺もつられて同じような表情をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…上手く行きました?上手く誤魔化せました?……あぁ~~~緊張した緊張した!やっぱヤバイって!あんな見透かされそうな目で見られたら簡単にゲロりますって!あぁぁあぁああ~何とかなってよかった、やっぱり嘘をつくのは本当の事を混ぜるのが一番ですね!それ以上に隠していることがありますけど!気づくかな?気づいてくれるかな?…ふふ、気付いてくれたら……うん、嬉しいなぁ)

 

 

 




一言メモ

アリス   嘘つきで隠し事が多い。実態は結構抜けているアホである。オルクス迷宮最深部でボッチ暮らしをしている。裏で色々としていると言うが…柏木からは妙に信頼されている。

リエーブル  神託を受ける巫女であったとある始まりの解放者の姓。…嘘つきが名乗った姓


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男子会議

長いです

ようやく行きたいところまでいったという感じです。



 

「ふーむ ふぅーむ」

 

 

 俺たちの今後をどうするのか、考えたが結局のところ一つしかなかった。

 

 それは、故郷への帰還。日本へ帰る事だ。

 

 しかし今の皆の様子じゃあ伝えたところで返ってくる反応はとても薄いだろう。迷宮で死にかけ、不可抗力とは言え人が死ぬ瞬間を見て(俺の事)そして帰って来たら騎士団からは戦力外通告で何もするなみたいなことを言われてしまった。

 

 そしてみんなを盛り上げる?役目の天之河はなんと謹慎中!なんでも天翔剣で俺達を危うく生き埋めにすることとリーダーとしての責任能力不足が祟って少し自己反省しろとの事らしい。良くは知らんが誰しも頭を冷やして考えないといけないって事だね。

 

 

「…プランはある。しかし人手と金が必要だな」

 

 まぁそんなこんなで皆がどんよりしている中俺が行動をしなければならぬのだ。割と無事で、心に余裕のある俺がな!

 

「つ~訳で我が腹心であるアリスさんちょいと悪だくみをしませんか?」

 

「ほっほう?何ですか何ですか?面白い事ですか?」

 

 という事で多分何でもできるであろうアリスさんに相談を持ち掛ける事にした。きっとこの人なら断らないだろうし、きっとニヤニヤして協力をしてくれると確信しているからだ。実際滅茶苦茶二ヤニヤしている訳だし。

 

「あ~ちょいと我が学友たちのケツをひっぱ叩きたいわけでして」

「ふむん」

 

 計画と言うにはいささか杜撰で粗末な思いつきを語り始める。何せ考えるのは赤点ギリギリのこの俺だ。正直な話その場の思い付きでしかない。

 

「……」

「あの、アリスさん?」

 

 しかし俺の話を聞いたアリスさんはほんの少し真剣な顔をした後にぱっと笑ったのだ。

 

「良いじゃないですか!やりましょうよ!貴方の考える()()()()()を!」

 

 快く快諾してくれたのだ。これは大きな一歩となる。何せこの人の協力が無ければ準備をするのが結構難しくなってしまうからね。 

 作戦準備のために必要な物を打診し、日本人の好みと近ごろの若いものが好むものを話しているとアリスさんはニヤニヤ笑いながら意外そうに呟いた。

 

「しかしまぁ~中々どうして意外と皆の事を考えているんですね」

 

「意外とって失礼な」

 

「てっきり南雲君の事しか考えていないと思いましたが、なるほどとてもいい環境…いえ家族のもとで育ったんですね貴方は」

 

 南雲の事しか考えていないって…そこまで俺と南雲は近いように見えたのだろうか。…まぁそれはともかく急に慈愛のこもった微笑を見せるのは止めて欲しい。照れと恥ずかしさが襲ってくるのだ。

 

「ごく一般的な家庭で育ったんだけどね~。ありきたりな父親と母親、それと馬鹿息子である俺。そんな普通の家庭だよ」 

   

「兄弟は居ないんですか」

 

「居ないよ~」

 

「そう…ですか」

 

 兄弟なんてうらやましい物はいなくて、普通の一人っ子ですよーと答えると少し寂しそうな顔をされた。何故!?

 

「どんなお父さんとお母さんなんですか?」

 

「うん?どんなって言われても…葬儀屋の親父と専門主婦の母親だけど…」

 

 後は、親父が顔に大きな横一文字の傷跡があるせいでそちらの筋の人に見えるぐらいと丸っこいどう見てもおばちゃん!な母さんぐらいだろうか。…昔は美人で家政婦さんをしていたというが本当かどうか。

 

「そっか。お父さんとお母さんそんな人なんだ…」

 

 そこで凄く寂しそうに遠い目をするのは止めて欲しい。どう声を掛ければいいのか分からなくなるから。

 

「あー…うん。アリスさんは?」

 

「私?私は一人ですよ。…まぁ昔妹分のような子はいましたがもう分かれましたからね。今頃仲良くなった友達と一緒にいるはずですね」

 

 話によると可愛い妹分の女の子がいたらしい。…話しぶりを見ると結構の間会っていなさそうだが。

 

「あの子にはあの子の人生があって私が邪魔をするわけにはいかないんですよ。…そりゃ後ろをちょこちょこついてくるのは可愛いくて抱きしめたくなりましたし、私の傍を離れたくないって涙目で言ったとき押し倒してやろうかと本気で考えましたが」

 

 うわぁ…意外とそっちの方も行けるのかこの人は… 

 

「でもまぁ正直な話、勝手に生きて勝手に動く私にとってはあの子の人生を背負うのは荷が重すぎて…面倒なんですよ。助けた人にすべてをゆだねようとするあの子が」

 

 優しげに語っている内に何か嫌悪に滲んできている!?何か嫌悪感と罪悪感で目がドロドロと濁ってきているし!?

 

「まぁまぁ、その子が幸せならそれでいいじゃないですか。…別れたのは後悔してるけど相手を想っての行動ならきっと大丈夫ですよ」

 

「そう…ですね。すいません、どうでも良い話をしてしまいました」

 

「いえいえ、お互いさまって奴ですよ」

 

 へらっと笑ったその顔はいつものアリスさんだ。どうやら慰める事は成功したらしい良かった良かった。

 

 その後は滞りなく準備が出来たので今度はメルドさんに会いに行こう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「深夜の部屋の貸し切り…か」

 

「ういっす。ちょいと数十人が入れるような場所を貸してほしいんです」

 

 騎士団長室にて俺はメルドさんに頼み事していた。内容はただ単に部屋の貸し切りを頼むだけの事だ。これが数人程度なら俺の自室でも問題ないのだが数十人規模が入れる部屋を所望なので メルドさんに打診しに来たのだ。

 

「それなら騎士団の会議室を使えばいいだろう。あそこなら人数が入れるし多少騒いだところで問題は無いからな」

 

「マジッすか!ありがとうございます!」

 

 ぃ良っし!場所を無事確保ォ!これで後は野郎どもをかき集めるだけ。交渉は南雲に協力を要請して…今後の事を考えてニヤついているとメルド団長から声を掛けられてしまった。

 

「しかし夜にそんなに人数を集めて何をしようってんだ」

 

「む」

 

「お前たちが悪さをする奴じゃないって事は分かってはいるんだが、何をするかは把握しておかないとな」

 

 確かに考えてみれば怪しさ満載の行動である。人を集めて深夜にこそこそと密談をする…こりゃ怪しまれてもしょうがない。なので話すことにしよう。俺が何をするのかその一部をな!

 

「あー実はみんなを集めてちょっと気晴らしをしようと思いまして…」

 

 なんてことはない、皆の顔がよろしくない今単純に集まって騒いで笑って頭と心を切り替えて行こうって話なのだ。

 

 迷宮で死にかけた今、どうしても死と隣り合う可能性のあるトータスでの生活は気が滅入ってしまう。心が曇り顔は俯き、どうしても暗いことばかり考えてしまう。だったらそれを解消しようというのだ。

 

「なるほどな…確かにお前たちはずっと王宮で缶詰め状態だったからな。よし、なら俺からも何か手を貸そうか」

 

「いえいえ、メルドさんの手を煩わせるにはいきませんよ。ここは同じ故郷の俺がやらないと気を使ってしまうので」

 

 メルド団長の気遣いは大変ありがたいが、どうしても年上の人からの気遣いには余計な事を考えてしてしまうのも事実だ。それに俺が言い出しっぺなので準備などは俺がせねばならぬのだ(アリスさんの準備労力は除くものとする)

 

「…そうか。まぁ同じ故郷の人間たちの方が色々と気が休まるか。すまんな不便な事になってしまって」

 

「問題ないですってば。そんなに謝らないでください。俺よりずっと年上の人からそう言われると返って困ってしまいます」

 

 ええ人やでこの人はホンマ…召喚されたことは不幸だったがこの人に出会えたことはかなりの幸運なのかもしれない。

 

「そうだな。よし!ならせめて、俺はお前たちが好きな時に城下に行けるように上の方に取り合ってみよう」

 

「いいすか!?」

 

 実は俺達はまだ城下町へと言ったことは無いのだ。いつもいつも王宮の訓練所や食堂などしか言ったことが無く異世界生活には案外触れ合っていなかったのだ。

 

「フフッ俺に任せておけ。何もトータスと言う世界が危険な所ばかりではないという事をお前達にも知ってもらわないと俺達も心苦しからな」

 

 俺達が城下町へ行く許可を取るのには大変だろうに…メルド団長の気遣いはとても有り難い。と言いつつ又は実際に生きている人達を見て自発的に守らせる様に促しているのかもしれない。真実は分からない。

 

 でもどんな思惑があるにせよ嬉しい限りだ。ずっと閉じ困っていたら人間腐っていくのだ、偶には外に出て呼吸をして太陽の光を浴びないと俺達は散らない花どころか萎びた花になっちまう。 

 

「ありがとうございます!」

 

「任せておけ。そして存分に心を伸ばせ。お前たちはまだ若いのだから」

 

 男らしく笑うメルド団長。本当にこの人には足を向けて寝れないなと思う俺なのでした…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かくがくしかじか、って事なのですよ」

 

「まるまるうまうま、だね。そういう事なら分かったよ」

 

 即決!?確かに南雲なら断る事は無いと思っていたけど…それにしたって決断が早すぎる。

 

「そうかな?皆落ち込んでいるのは目に見えて知ってるし流石にこのままじゃいけないってのも分かるからね」

 

 どんよりな空気は士気にかかわるし何より一緒に生活していると気が滅入るのだ。ただでさえ日本と比べて娯楽が少ないってのにこれじゃまいっちゃうよね。   

 

「気晴らしは時に必要な事だよ、勿論やり過ぎても駄目だけどさ。そういう訳で断る気は一つもないって事で」

 

「流石は南雲話が早い。んでやってもらう事なんだけどクラスの男子だけを集めてほしいんだ。くれぐれも女子は呼ばない様に」

 

 特に元ストーカーで脳内ピンクをこの頃隠しきれなくなったあ奴には内密にせねば。…そう言えばオレに治療を施してくれたんだっけ?後で礼を言っておかないとなぁ。

 

「分かったけど、何で男子だけ?クラス全員じゃないの?」

 

「…女子を巻き込むのは、ちょっとな」

 

 こればっかりは俺の私情が多々に入るのだ。割り切ってほしい。

 

「あー…なるほど、柏木君ってホント男の子だよね。了解したよ」

 

 本当に話が早いなコイツは!?そのうち俺の心の内を呼んで行動するようになったりして…白崎に惚れられたのは類友だったから…?

 

「でも、流石に集める事は出来ても皆を引き留めるのは難しいけどどうするの」

 

「無論そこに抜かりはない。ふっふっふ実はアリスさんに頼んで色々と用意してもらったんだ」

 

「アリスさんに?…そう言えばあの人僕が迷宮で落ちるかもしれないって柏木君言ってたよね」

 

 そう言えばホルアドでそんな話をしていたような気がする。…どうしようアリスさんのこと説明しようかな。一応秘密にしておけとは言われていないし…でもあんまり人に話すことじゃないしなぁ。言いにくそうにしている俺を見て何やら察したのか南雲はひとまずは保留にしてくれることにしてくれた。

 

「何やら事情があるみたいだし()()聞かないでおくよ」

 

「すまぬ」

 

 『今は』物凄く強調した言い方だったからいつかは言わないといけなくなるのだろう。とりあえずは納得してくれる南雲でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、皆の衆まずは集まってくれて感謝する」

 

 俺の言葉にずらりと並ぶ野郎どもの視線が集まる。机は用意し椅子も人数分揃えている。危惧した人数もばっちり全員いる。無論なぜかみんなから忘れ去れる遠藤もな!

 しかし分かってはいたがこうやって見ると中々の壮観な絵図と言うか…ぶっちゃけ滅茶苦茶緊張してきた!

 

 だって普段から目立つようなこと(?)はしていない俺だよ!?そりゃクラス内で偶にゲームの話で盛り上がり過ぎてジト目を向けられてことはあったけどここまで注目されるのは無いのである!

 

 しかしご心配無用!何故ならこういう事態を想定して『深夜のテンション!』を服用してきたのだ。今の俺はだれにも止められねぇ!

 

「で、雁首そろえて一体何の用があるんだよ」

 

 話を切り出したのは意外にも檜山。いかにも面倒そうだがお前のそういう所しゅき!でもまぁまて何事にも段取りってのがあるんやで?

 

「実はな、俺達で打ち上げがしたかったんだ」

 

「……はぁ?」

 

 訝しそうな顔をする近藤や、野村。うんうん君達が首を傾げるのはよぉく分かるとも!だから話は最後まできけやオラァン!

 

「俺達が無事に迷宮から帰ったことに対しての打ち上げ。色々とあったけどまずはパァッーっと騒ごうじゃないか!」

 

 言葉同時に指パッチン!え?なんかわざとらしいって?良いんだよこういうのはワザとらしく演出して。兎も角その合図とともにアリスさんが入ってきて物凄く手際よく人数分のコップを配り始める

 

「ハイハイ皆さんこちらをどうぞ~」

 

「えっあ、はい」

 

 愛想を振りまき有無を言わさずコップを渡していき手ずからシュワシュワと泡の出る飲み物を注いでいくアリスさん。手際が良いので速度が速くこれでもかって美人なので拒むことが出来ない哀れな童貞ども。わかるよ美人な人が滅茶苦茶笑顔で心底楽しそうに飲み物を癪してくれるんだもん。これで受け取らない奴はホモだ!(名推理)あ。おれ受け取っていない…俺はホモだった?(狼狽)

 

「この匂い…サイダー?」

「何でこの世界にサイダーが?」

 

 ほぅよく気が付いたじゃないか永山、相川。その通りこれはサイダーだ!…嫌なんでそんなもんアリスさんが用意できたのか傍只疑問なのだが、曰く『フューレンであったんですよね…つい大人買いしてきちゃいました♪』との事らしい。異世界って一体…

 

 みんなが炭酸入りのコップを手に持ったところで俺も炭酸入りコップを受け取る。後はその場のノリで何とかなるだろう。だって俺はオーヴァード、ソラリス(薬品生成)の能力者なのだから。

 

「皆、無事に生きて迷宮から帰ってきて本当によかった。そりゃ色々とゴタゴタがあったけど俺は本当にそう思っているんだ」

 

 みんなが帰って来れて本当によかった。これは俺の嘘偽りのない本心だ。だってそうじゃないかみんな大した怪我もなく(心の傷は除く)危険な迷宮から帰って来れたんだからこれほどうれしい事は無い。当たり前の事だけどとても重要な事なんだ。

 

「だからお疲れさま!みんな本当に頑張ってくれた。俺が生きているのも皆が無事なのも1人一人の尽力の賜物だ」

 

 頑張ったことに対しては労いましょう。それが当たり前になってはいけないのです。皆、普通の高校生だったのに危機をよく乗り越えられた。誰もが褒めてくれないのなら俺が皆を労おう。

 

「だから……まぁなんというか今後我々の発展のために頑張りましょう!」

 

「そこで言葉に詰まるの!?」

 

 ナイスツッコミ斎藤!しかたないじゃんこれ以上言葉が浮かばないんだから!と、ともかく杯を頭上に掲げる。皆も困惑しながらだが同じように真似をしてくれた。坂上なんかは楽しくなってきたのかニヤリと笑っている。ふふ、皆俺の醸し出す空気に当てられちまったなぁ。 

 

 

「兎も角だ!皆無事に帰ってきてくれて有難う!乾杯!」

 

 俺の言葉に乾杯と返してくれたのはまぁ数人だったが手渡された物凄く久しぶりに見るシュワシュワに皆喜んで飲んでくれた。

 

 

 皆が、俺の、用意した、飲み物を、ごくごくと飲んじゃった!!……勝ったな。この戦い我らの勝利だ

 

 

「って訳で、取り合えず食べ物とか用意したから各自好きなように摘まんでくれ。勿論このシュワシュワのおかわりもあるぞ♪」

 

「うおっ!?いつの間にポテチが!?」

「これ、じゃがりこだよね…何で?」

「つーか何でスナック菓子ばっかりなんだ?お茶会?」

 

 俺が話している間にこれまたアリスさんが手際よく机に並べられた御摘まみに驚愕する野郎ども。…いや俺も疑問に思っているんだけどね!?皆が喜びそうな食べ物ってある?と相談したら日本人の好むファーストフードとかお菓子をポンポン出してきたのだ。曰く『珍しかったので根こそぎ買い占めたんですよね。流石は商業都市フューレン!恐ろしい町ぃ!』と熱狂していたが…ホント異世界って何なんでしょうね?

 

 

「あ、皆さん唐揚げとかの揚げ物も用意してありますよー。…食べます?」

 

「「「ゴチになりますっ!」」」

 

 そんなこんなでアリスさんが手ずから作った揚げ物などもバンバン出されるわけで俺達の深夜の打ち上げは始まったのだった。

 

 

 

 

 

 好き勝手飲み食いして大体一時間は立った頃だろうか。延々と出される料理とスナック菓子に思いっきり舌鼓を打つ我らが野郎ども。日本人向けに味が調えられた食い物はどうしても口へ運べば顔が緩み若者が好きなジュースは飲むたびに顔が綻ぶ。それは勇者天之河だって何も変わらない。

 

 アリスさんは手際よくしかしメインにはならない様に陰となって場を整えてくれている。圧倒的感謝だが本人も楽しそうなのは…意外と男慣れしているんですかね?

 

 隣で清水と一緒に魔法についてあーやこーやと話す南雲はそろそろ時間だと俺に目配せをする。分かってるよ。でもフォローも頼む、俺だけではうまく説明ができないからさ。

 

 

「えほんえほん! さてみんな楽しんでいる所ちょいと時間をもらえないだろうか」

 

 宴もたけなわといった所で本来の話を始める為に一つ咳払いをする。ここからが本番でここからが俺の本気だ。何だ何だと話を聞く体制になってくれたみんなに

俺はそっと問いかける。

 

「皆に話したいこと…相談したい事があるんだ」

 

「何だよ改まって」

 

「俺たちの今後についてだ」

 

 その言葉で皆の顔つきが変わった。真剣に耳を傾ける物、顔を青ざめる物、いやそうに歪ませるもの様々だ。まぁそんな事はどうでも良い取りあえず俺の話を聞け。

 

「この世界について約一か月ぐらいは過ぎた。もうみんなこの世界がどんな世界なのか大体は理解してくれたと思う」

 

 魔法が使えるファンタジー世界は危険でいっぱいだった。安全でもちょいと脇道にずれれば死が濃厚に香る世界それが異世界トータス。

 

「皆はこの先をどう考えているのかわからないけど俺は…迷宮に入って命のやり取りを得て、…死にかけて俺はこう思ったんだ。『とっとと日本へ帰ろう』とな」

 

「柏木…お前」

 

 遠藤そんな顔で俺を見んなよ。でも仕方ないだろう、死にかけてようやく分かったんださっさと日本へ帰ろうってそう思ったんだ。

 

「教会や王宮の連中は俺たちこそが戦争を終わらせる、魔人族を倒せる鍵だと言った。しかし現場の騎士団の人達からは俺達は戦力外通告を受けた。そりゃそうだどこまでもやっても俺達は只のガキなんだから」

 

 みんなも協会の連中からヤケに持ち上げられたこと、副長から冷たく言われたことを思い返しているのだろう。 

 

「だから考えて考えた。そして俺は結論を出した。俺は日本へ帰る為に行動をすることに決めたんだ」

 

「なら、柏木はこの世界の人達を見捨てるっていうのか?自分だけが助かろうとするのか」

 

 天之河…ああ、そうかお前には自分だけが助かろうとするように聞こえてしまうのか。でもな話は最後まで来てくれな?

 

「違う違う天之河全然違うよ。俺は最終目標を日本への帰還にするって事にしたんだ」

 

「???どういうことだ」

 

「つまり、目的は日本へ帰る事だけどちゃんとこの世界の人達にも恩は返すって事だよ。あくまでも今後は日本への帰還を探りながらも非戦闘職業らしく裏方に努めようと思うんだ」

 

 俺の話をつなげて説明してくれる南雲。俺と南雲は話し合った結果、日本へ帰る事を目的にしながら裏方の仕事を頑張ろうとすることに決めたんだ。幸いにも騎士団の人たちは兵站…つまり俺と南雲の力を欲しているようだし仕事は探せばいくらでもあるのだ。

 

「それで俺達の方針は決まったけどお前らは如何するんだ?教会からは戦えと言われ騎士団からは戦力外と告げられたお前らはどう行動するんだ?戦うのか?それとも安全な所で閉じこもってるのか?」

 

 俺の問いに即決する者はいない。誰もが今後の事を考えたくないようだ。…中野辺りはあえて黙っているようにも見えるけど。

 

「…なぁお前はどうしてそんな事を聞くんだ、お前らはやりたいことが決まったのなら俺達の事は放っておけばいいじゃないのか」

 

 声を出したのは野村だった。色々と思うところがあるのだろう、苦渋の顔だった。今後の事を言われて耳が痛いのだろう、でも俺はちゃんと答えなきゃ

 

「そうかもしれない、けどな、なんか嫌なんだ。俺たちのこの状況が何か凄く嫌でしょうがないんだ」

 

「嫌だって…何がだよ」

 

「まるで()()()()()()()()に感じるんだ」

 

 言葉で出すにはとても難しい。しかし南雲と話をしていて、今までの事を振り返って思ったんだ。

 

 何か俺達は誰かの掌で踊らされていないかって。ホルアドの町でも思ったけど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()錯覚を受けたんだ。俺の言いたいことがうまく言えないのを察してか南雲が説明を引き入れる

 

「神から無理矢理召喚され戦争に参加した。騎士団から訓練を受けろと言って訓練をした。迷宮に入って死にかけた。そして今まるで邪魔になったみたいに戦力外通告を受けた。…何だか人に言われるがままに行動していない?()()()()()()()()()()()って気が付いている?」

 

 そう南雲の言う通り俺達は人に言われるまま行動した。場に流され状況に流され人の言葉を鵜呑みにし何も考えず何も行動せず結果、まるで使い捨てられたように感じてしまうのだ。もうお前たちの出番は終わったと言われているようで。

 

「それでいいの?まるで使い捨ての玩具、役目を終えた駒みたいになっててそれで本当にいいの?…僕は嫌だ。そんなの僕は認めない」

 

「だから俺達は俺達で独自に動こうと思う。できる事なんてたかが知れているけどもう誰かに言われて行動するのは御免だ」

 

 人に操られて動く舞台装置なんてそれでいいのか?…俺は…いやだね。 なんて言ってるが本当の事だ。流されて結局ハイ、死にましたーなんて冗談じゃない。

 

 そんな俺達の決心と本音に一人溜息とも何とも取れない声を出す奴がいた。

 

「分かった。なら俺はお前らに乗るぜ」

 

「檜山君。正気かい?」

 

 声を出したのはなんと檜山だ。なんとまぁ…この誰もが俺たちの言葉で苦い顔をしている中率先して声を出すなお前は。

 

「はっこのまま腐ってるより好き勝手動いた方が俺らしいからだ。それに、俺はお前らに対して償わなくちゃならねぇ。だから俺はお前らに手を貸すぜ」

 

「…そうか。ならいろいろ協力を頼む」

 

 ニヒルに笑う檜山。なんつーか強力なジョーカーを手に入れた気分だ。切り札的な意味で。

 

「俺もやる。お前らの馬鹿騒ぎに付き合ってやる」

 

「清水ぅ」

 

「気持ち悪い声出すな馬鹿」

 

 嬉しい。本気で嬉しいお前がこちらがわに来るなんて…思うのはただこれだけである。

 

「悪ぃけど俺は…」

 

「別に加われって事じゃないよ相川君。ちゃんと考えてほしいんだ。そして決断してほしい」

 

 相川は言葉に出したがほかの皆はまだ決断は出来ていないようである。それでいい、誰かに流されず誰かに決めるのでもなく、自分で考え選び行動してほしい。皆が考えている中俺はサイダーをゴクゴクと飲み続ける。中には果実飲料と組み合わせた果実ソーダもあるのだからアリスさんの引き出しは恐ろしい。何処まで日本人の好みに合わせているんだ…

 

 

 

「…なぁ気になったんだけど、そんな話をするのならどうして女子を呼ばないんだ」

 

「ほぅそこに気が付くとはやはりわがきょーだい」

 

 遠藤からの疑問の声はそれほど時間が掛からなかった。確かに自分たちの今後を話す会議?に女子が居ないのは中々おかしな話かもしれない。でもちゃんと私情まみれの理由があるんだよ

 

「ほんっと馴れ馴れしいなぁ、で理由は。まさか恥ずかしいからとか」

 

「無論それもある」

 

「あんのかよっ!?」

 

 だって女の子と話して噂されると恥ずかしいし…気を取り直して話すとしよう。女子がここにいない理由を!男子だけ集めた訳を!

 

「まぁ女史連中をお呼びに掛けなかったのは単純な話さ。だって()()()()()()のって恥ずかしくないか?」

 

「………はぁ?」

 

 近藤ナイスリアクション!でもそれは考えたことは無いか?女の子に頼るなんてさ…言い方を変えると守られるなんてさ。

 

「そりゃこんな話は女子にもするべきだとは思う。けどさ、見たか八重樫が憔悴している所や谷口が怖がっていた事、辻さんが無力感に打ちひしがれていたところ。…俺達が守ってやらないと駄目なんじゃないのか?」

 

 俺達男があの迷宮でこんなにもビビっちまってるんだ。女の子はもっと恐怖感を感じたに違いない(白崎と言う特殊生命体は除く)そんな女子連中にまた頑張れなんて俺は言えない。

 

「でも雫なら大丈夫だ。俺なんかよりも強くて立派で、雫はそう簡単に「それでいいのか?守ってやろうと本気で思わないのか」

 

 天之河に言葉に被せる様に再度問いかける。…言っては何だが八重樫なんて強そうに見えるのは見せかけで内面は豆腐より柔っこいように見えるんだけど。本当に天之河は八重樫の事見ているのか?なんかトータスに来てから靄がかかっていないお前の頭?

 

「そんな男女差別みたいな発言どうかと思うぞ柏木」

 

「おう、もっともなご意見ありがとよ。でもなここは日本じゃなくてトータスだ。女尊男卑の世界じゃない」

 

 女性が過剰に尊ばれ野郎が卑下される世界ではないのだ。つーか守ってあげようじゃないか女の子を。見せつけようじゃないか男の子の意地って奴を。

 

「カッコつけようぜ。女の子に守られんじゃなくて守るような、そんな男になってみようぜ」

 

「そんな簡単に言う事か普通?」

 

「なら例え例で言うと女性である畑山先生に何時までも頼るの?。あんな小さな両肩に僕達十五人の男連中の重みなんて耐えられる訳がない。それでも守ってもらおうなんて悲しくない?プライドが傷つかない?」

 

「そりゃ…そうだな。あの先生にいつまでも頼ってなんかいられねぇ」

 

 坂上の言う通り愛子先生は俺達を気遣ってくれるがそれにいつまでも甘えてはいられないのだ。いくら先生が俺達より年上でも女の人なんだ。あの小さな背にいつまでも頼っていられない。

 

「だから俺はお前らにこうやって話を持ち掛けた。腰に立派な金玉と肉棒をつけているお前たちにそれでいいのかって聞きたかったんだ」

 

 プライドは無いのか?現状に流されて女の子に甘えようなんて悲しくならないのか。俺は虚しい。そしてとてもカッコ悪いと思うんだ。(なおアリスさんは女の子に区分には入りません)

 

「カッコつけようぜ。いきなり訳の分かんない世界に呼び出されたけどそれでも男である以上粋がって最高にカッコいい馬鹿になってやろうじゃないか」

 

 嫌な話かもしれないが、俺達は子供ではいられなくなったのだ。保護者はいない先生には頼れない。だったら俺達は自分の足で社会に生きていくしかないんだ…まるで早まった卒業式みたいだな

 

「まぁうだうだ言ったけど要は考えて行動しようって事だ。俺と南雲は裏方仕事をやっていく、いつでも相談しに来てくれ。悩みは共有して一緒に考えよう。これでも錬成師と調合師。ある程度の事ならできるし相談にも乗れるからさ」

 

 そう言って締めくくり俺は乾いた喉をサイダーで潤した。シュワシュワナのど越しは最高に気持ちがよく、ちゃんと()()()()が入っていることを再確認できた。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、この宴会?を開いたのは理由がある。諸々とあるのだが大きな理由として皆に元気を出してもらいたかったというのがあるのだ。

 

 みんな頑張ったけど、王宮に帰ってきてから意気消沈していたからね。元気になってもらいたかったのだ。無論今後の事を考えてケツを引っ張りたたくと言う名文もあるが

 

 だから元気になってほしかったんだけど…

 

「はっ!今日こそ決着をつけてやろうじゃねぇか永山ぁ!」

「ふっ御託はいい。掛かって来い坂上」

「やれやれ坂上君!」

「ぶっとばせなっがやま!」

 

 あの上半身裸で腕相撲しているガチムチ共は何なの?何で汗をたらし滅茶苦茶いい笑顔で全力で腕相撲しているの?周りで囃したてている野村や斎藤は何なの?

 

「最近香織が怖いんだ…名前で呼ぶと『光輝君馴れ馴れしく女の子の名前呼ぶの止めなよ。正直気持ち悪い』って言われたんだ」

「そこが良いんじゃねぇのか…ほんっとお前もッたいねぇわ」

 

 涙をホロホロと流し白崎の愚痴を言う天之河に羨ましいと嘆く檜山。お前ら何時の間にこんなに仲良くなったの?あれれれ~?

 

「オロロロオロ!!…ふぅすっきりしたさてもう一杯」

「うげぇ気持悪~……グビグビッ!プッハァー…うぇぇ」

 

 あそこで飲んで吐いて飲んでは吐いてを繰り返す近藤と相川は何なの?もしかしてサイダー中毒になってるんじゃ…

 

「……ふへ」

 

 そして中野は何で蝋燭に灯した火を見てニヤついているのでしょうか。はっきり言ってものすごく怖いです

 

「でさ、柏木君女の子のどこが良いって話をしたら肩とかうなじっていうんだ」

「マジかよ…アイツ極まった変態だな」

「他にもへそとかくびれとか…正直僕にはよくわかんない」

「普通は胸とか顔だろうに拗らせてんなアイツ」

 

 うるせぇ何が悪いか言ってみろよオラァン!大体うなじとかへそとか親しい男にしか見えないところを見るのが至福なんだぞ!何でお前達にはそれが理解できないのかなぁこの糞童貞ども!大体南雲だってお前白崎に対して性欲持ってるくせに偉そうにノーたれてんじゃねぇぞ!?知ってるんだからなおまえのPCに白崎似の黒髪美乳少女のエロ画像がびっしりと保存されている事ぉ!

 

 

 何だかんだでツッコんでいたがこうなった理由はもちろん俺のせいでもあるのだ。

 

 実は皆がぐびぐびと飲んでいる炭酸水。これ、俺のクスリがこれでもかって入っているのだ。いれた薬は『深夜のテンション!』と『自白剤』と…あとはまぁ置いておくとして、ともかくハイテンションになってほしかったのだ。

 

 何をするにせよ元気が無いのでは話にならない。メンタル面ってのは本当に大事なのだ。それで薬をドバドバと入れアリスさんと一緒になってニヤついていたわけだが…

 

「はっ!熱くなってきたぜ!」

「イイじゃないか…全力だぁ」

 

 あそこでいつの間にかパンツ一丁で相撲を組み合ってる裸族のようにどうやら俺の薬は効きすぎたようだ。その内パンツレスリングでも仕出かすのではないだろうか。ウホッ

 

「ヒッグ…どうしてそんな目で俺を見るんだかおりぃ…グスッ…おれはまちがっていないんだぁ」

「チッ見られている分マシじゃねぇか俺なんて刺したのに眼中にねぇんだぞ。……あ?刺したって俺何言って…?」

 

 鼻水をたらしてめそめそ泣いている天之河にそんな天之河の背中をさする檜山。何で泣いているんだ天之河!?そして滅茶苦茶面倒見が良いな檜山!?

 

「………ウェッ…zzz」

「フゴッ!……うぅーん」

 

 ゲロを吐き出しながら幸せそうに寝ているアレを俺はどう思えばいいのだろう。見た目が完全な酔っ払いだ。でも本当に幸せそうなので起こすに起こせない。

 

「知ってる清水君、柏木君って男の娘ってイケるんだよ」

「…そうか」

「でも、TSもガチでイケるんだって。節操ないよね」

「……そうか」

「見た目が女の子ででも心が同性ってのが最高にイイらしいよ」

「………そうなのかー」

「もしかして柏木君って」

「言うな。それよりなんで柏木のそんなアブノーマルの趣味をお前が知ってるんだ?」

「え、親友なら当然じゃん」

「え?」

「え?」

「「……え?」」

 

 ツッコまない。俺はあの会話に何も口出しをしない。頬が赤くなってる南雲にげんなりとした清水に俺は何も言わない。

 

 普段溜めに貯めたストレスを吐き出すために俺は『深夜のテンション!』を使ったがそれは皆のネジを大いに緩めてしまったようだ。楽しそうやら幸せそうやらである意味俺の目論見は成功したともいえる。

 

 しかしそれはともかくして、この惨状どうするべきか。頼みの綱のアリスさんは早々に姿を消してしまった。妙に影に徹していると思ったらそういう事だったのか。後始末をどうするべきか悩む俺の頬をなぜか熱い空気が吹き付けてきた。……はぁ?

 

「…少し寒くなってきたな」

「あ、中野君、寒いの?僕が温風を出そうか」

「いや、それよりも…ふぅ出ちまった」

「お、一発芸!?多芸だね中野君!」

 

 横にいる呑気な会話の主たちを見て驚愕した。中野の野郎がケツから火を噴きだしているのだ!しかも斎藤が面白がって風を吹き出して火の回りを大きくしている!?

 

「あっははは!そぅれどんどん燃えろ―よ」

「いいねぇやっぱ火は勢いよく燃え上がっていないと!」

「お?火吹き芸か?やれやれぇ!」

「キャンプファイアーか…アレをやったのは確かおじいちゃんが生きていた時だったっけ…あの頃は父さん達とも仲良くて…」

 

 火を操りだした中野に油を注ぐように騒ぎ立てる馬鹿共。っておいちょっと待て天之河!お前何懐かしそうに見ているんだよ止めろよ!? 

 

「オイオイ待て待てお前等流石にこれはヤバイぞ!?誰か水魔法を…近藤お前確か適正高かったよな!?」

 

「……zzz」

 

 戦士系の天職の癖に以外にも水魔法の適性が高かった近藤。ボヤがこのまま大きくなる前にと願ってみた近藤は物の見事にゲロの海に沈んで寝てた。こんな時に寝てんじゃねぇよ!

 

「あわわわっ火を消すもの消す物…」

 

 大慌てでタオルか布を探す、何でもいいからボヤの内に消さないと!しかし俺の意思に反して中野の火はどんどん熱く燃え広がってる!

 

「うむ、ガス抜きは必要だな。流石の俺もたまには何も考えず放火魔になりたい」

「僕も頑張ったら中野君みたいになれるのかな」

「なれるさ、寧ろモルフェウスは発想の自由さが武器になるんだ。おまえに最も合ってるはずだ」

 

 そこの馬鹿達はなんで呑気にだべってるんですかねぇ!?兎も角近くにあった瓶をひっつかみ思いっきり日に向けて中の液体を振り掛ける 

 

「食らいやがれぇ!」

 

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「後は御覧の有様です…」

 

 頭上に降り注ぐ太陽の光が眩しく照らす中正座で座っている俺は目の前で腕を組み物凄く深い溜息を吐くメルド団長に昨夜の事を説明していた。

 

 周りには同じようにして正座をし整列をしてい馬鹿野郎どもが居る。坂上や永山はパン一でどっしりと正座をし、いまだにゲロの跡が残っている近藤たちも同じように黄昏ていた。

 

「確かに俺はあの部屋を使っていいと言ったし、騒ぐのも大目に見るつもりではあったんだが…」

 

 そこまで言って永く大きな溜息を吐いてうむむと頭を抱えてしまったメルド団長。本当に申し訳ない…

 

 

 どうして俺達がこの訓練所広場で正座をしているのか、どうしてメルド団長が頭を抱えているのか、物凄く簡単に言うと俺達があの部屋を小火で燃やしてしまったからだ。

 

 あの時かけた液体、確か俺の記憶では飲み物だったはずなのにアルコールもかくやと言う勢いで火が勢いを増して瞬く間に部屋を包み込んでいしまったのだ。  

 

 いきなりの状況に混乱し考える頭を失くした(ぶっちゃけどこかトリップしていたのかも)俺達は消火作業すら放棄して寝ている者を引きずり大笑いをしながら脱出し、煙を吹き出す部屋の惨状を見て愉快に爆笑をしていたのだ。

 

 そして警備をしていた兵に見つかり…正気に戻った時にはすべてが手遅れだった。

 

「馬鹿騒ぎぐらいなら俺達も経験があるが…まさか、ここまでするとはな」

 

 呆れを通り越して苦笑の笑みを浮かべるメルド団長。その目に怒りの感情が出ていないのは幸いか?…ともかくやった事にはちゃんと謝らないと

 

「すみません。はしゃぎ過ぎてこうなったのは俺の責任です。ほかの皆は俺に付き合わされたのでどうかほかの皆は許してください。何でもしますから」

 

 深々と頭を下げる。日本式深い謝罪のスタイル土下座だ。…いや冗談を言ってる場合ではない。これ一室が黒焦げになっただけで済んだがもしかしたら王城が火に包まれていたかもしれないのだ。マジで。

 

「何言ってんだ柏木。火をつけたのは俺だ。団長さん、これは俺の責任だ」

 

 そう言って一歩前に出て頭を下げたのは放火魔中野信治だった。いや、まぁ確かに火をつけたのはお前だが、俺が仕込んだ薬のせいでもあるわけで…

 

「ばっ 何言ってんだ中野。こうなるかもしれないと思いながら用意したのは俺だ。これは俺のせいなんだ」

「違うよ、僕が風を使って火を広げたのが原因なんだ。これ、僕が悪いんじゃないかな」

「いや、野次馬のように騒いで止めなかった俺の責任でもある。すまねぇ団長、ここは俺に」

「いやいや俺のせい」

「違う俺の」

「……ダチョウ倶楽部?」

 

 斎藤や坂上が謝るのを見て俺が俺がと自らのせいだと主張し始める馬鹿野郎たち。確かに責任は全員にあるのだがこれでは収まりつかないんだが…そんな俺達を見てかメルド団長は大声で笑い始めた。

 

「ダッハッハッハッ!そうかそうか、どうやらだいぶ打ち解けたようだな、場所を提供したかいがあったぞ!」

 

「へ?」

 

「いやなに、何だかんだでお前らは同じ故郷の仲間だろ、それがどうだ。どいつもこいつもまるで一体感が無かったのに気付いていなかったか?」

 

 言われてみれば確かに同じクラスだけど、そこまで仲がいいかと言われると…皆グループは作る物のクラス全体が一つになるなんてことは無かったな。

 

「確かに部屋は焼けちまったが、お前らの繋がりが出来たと思えば…まぁ必要経費という奴だろう」

 

 それにストレスを知らず与えていたのは俺たちの責任でもあるしな、と頭を掻きメルド団長は笑った。まさか許してくれるのだろうか…なんて懐が深くて器の大きい人なのだろうか…トゥンク。

 

「ではその必要経費の修復料金は団長の給料から差っ引きましょう」

 

「げぇっホセ!」

 

 ぬっとメルド団長の後ろから現れ冷たい声出すのはホセ副長だった。顔を青くしているメルド団長をどかして俺たちの目の前に立ち深々と溜息をついた。

 

「まぁ確かに慣れない環境でストレスをためるのは理解するつもりではいましたがまさかここまでやらかすとは…」

 

 深々とした溜息とジロリト見るその視線が妙に怖い。先ほどまで俺が俺がと騒いでいた連中が静かになっているところからして皆ホセ副長が怖いのな。

 

「仕方ありません。信賞必罰、君達にはそれ相応のペナルティを出します」

 

「ホ、ホセ出来れば穏便に…」

 

「団長は黙らっしゃい!そもそもあなたが管理していれば… はぁ兎も角君達は今後一瞬間騎士団寮の便所掃除をしてもらいます」

 

 便所掃除。嫌なワードだが放火未遂?の罰にしてはかなり軽いのでは?

 

「…南雲君が先ほど部屋を修復してしまったんですよ。それも以前より頑丈になって…」

 

 そう言えば南雲の姿が見られなかったのは部屋を治していたからか!?錬成師ってホント便利だな!?ホセ副長が滅茶苦茶苦い顔をして居るのを見る限りマジで修復は完了したらしい。

 

「直せばいいってものではありませんがね。お陰で稀有な労働力を見つけたと思えばトントンです。という訳で一週間便所掃除の方よろしくお願いしますね」

 

 やたらと疲れた顔を見せながらすたころさっさと去っていくホセ副長。きっと事務処理などが残っているのだろうホント申し訳ない。しかし取りあえず…危機は去った?ホッとした様子にメルド団長が咳ばらいを一つ。

 

「あーともかくだ。一応全員の責任として罰はしっかりとうけてもらう。便所掃除…大変だろうがサボるなよ」

 

 そう言ってメルド団長から再確認されてしまった俺達。残されたのは全員物凄い微妙な表情で俺を見てくる男子生徒達だった。

 

 

 …いや、ほんとゴメン。

 

 

 

 

 

 

 

 



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後方支援について

ストックが切れそうです。


 

「くっそ~~絶対に消臭力を作ってやるからなぁ~」

 

「えーっと、ド、ドンマイ」

 

 仲良く肩を並べながら俺の愚痴に苦笑いをするのは放火未遂のあった部屋を修復した南雲ハジメだ。今俺達はホセ副長から呼び出しを受けて騎士団団長室に向かっているのだ。先ほどの罰の便所掃除は今日は俺がすることになったのだが、ブラシを片手にくっさい男所帯の便所をごしごしと…綺麗な体がむけつきマッスル連中の匂いによって穢れてしまった…起訴!

 

「まぁ便所掃除で済んだと思えば軽い事でしょ」

 

「そうだけどさぁ、仕方ねぇこうなったらアロマの匂いでもする消臭液でも作ってやる」

 

 便所から強烈なアロマの匂いをまき散らし野郎どもの体に染みつくようにしてやる!俺の能力ならこれ位なら簡単に作れるはずだ!

 

 そんなアホな事を考えながら団長室にたどり着く。話とは何なのか南雲も知らないらしい。とりあえずノックをして入室~

 

 

 

 

 

 

「まずはいきなりお呼び立てして申し訳ありません」

 

 にこやかな似非スマイルを浮かべるのは副長ホセ。中々の美麗な顔立ちだが油断しちゃいけねぇ。とりあえず話とは何だろうと思いはするものの並べられた椅子に座る俺と南雲

 

(一体何の話か分かるか)

 

(うーん、頼みごとっぽいよね)

 

 ひそひそと話しかければ何かの依頼ではないかと言う話だった。ふむ

 

「あの、話とは何でしょうか」

 

「そうですね。まずは…迷宮内で大変お疲れさまでした。君たちが奮闘してくれたおかげで皆無事に帰ってくることが出来ました」

 

 開口一番に迷宮でのことをほめられた。褒められるのは嬉しい、しかし南雲の殿は分かるが俺は得に何もしていないような…?

 

「前線を支えてくれていたではありませんか、バラバラになった皆をまとめたとか。それにアランが貴方の事を褒めていましたよ。薬を惜しみなく使ってくれたおかげで皆持ち直したと」

 

 あの激戦区の中で見ていてくれたのか?だったら嬉しい話だ。ここは謙遜するのが美徳かもしれないが少し顔がにやけてしまうのはまぁしょうがないだろう。

 

「そ、そうですか~いやーそう持ち上げられても何も出ませんってば―」

 

「しかし、特に白兵戦が得意でもないのに急に前に出てくるのは止めてくれとも言ってました。もう少し自分の得手不得手を自覚したらどうですか」

 

「おぉう…調子に乗って申し訳ありませんでした」

 

 褒められたと思ったら窘められてしまった。むむむしかしこれはホセ副長の言う通りだ。あの時は気分がハイになっていたとは言え前線に出てしまったのだ。檜山が居なければ危うい部分も多々あったのでこればっかりはしっかりと反省をしなければ。

 

「南雲君もベヒモスの足止めお疲れさまでした。錬成の技能をうまく使い時間を稼いでくれたこと団長に変わって私から礼を申し上げます」

 

「いえ、あの時は自分にできる事しか考えていなかったので」

 

 なんとも淡白な答えの南雲。照れているのかな?人に褒められるのはなれていないもんねぇ~

 

「さて、そんな自分たちの技能と役割を周知している二人に頼みたいことがあるのです」

 

 お、遂に本題が来た。持ち上げておいてから頼みごとをするのは何ともまぁ人の乗せ方を分かっているようで。

 

「君たちの技能、錬成と調合を私たちメルド騎士団のために使ってくれませんか」

 

 ふむん?それはどういう意味だろうか。勿論俺の力は後方支援に属するものだから騎士団員の為に使う事に特に疑問な無いのだが、何故改めてそんな事を言うのだろうか。南雲もそう思ったのか少しばかり疑問そうな顔をしている

 

「そうですね。詳細を言うのならば…今ここで所属をはっきりとさせておくことで神殿騎士に貴方達の身柄を確保されないため、という事になるのでしょうか」

 

「それはどういう事ですか」

 

「…あーそうか。先生の事だよ柏木君」

 

 先生?愛子先生が何故話題に出てくるのか。そう聞くとホセ副長が分かりやすく説明してくれる。

 

「愛子さんは貴方達が精神的に疲労しているのを見て自身の作農師の力を盾に農地開拓を条件に戦闘訓練の強制参加の抗議をしてくれましてね」

 

「教会に真正面から歯向かって僕達の事を守ってくれたんだ。代わりに作農氏の力を有効活用するために神殿騎士…教会の協力を要請されてって所かな」

 

 …なんだか薄い本みたいな展開、じゃなくてそれで先生は教会の関係者すなわち神殿騎士の傍にいると。

 

「こういうと情けなく聞こえるかもしれませんが我がメルド騎士団と神殿騎士団はあまり仲がよろしくはありません。ですので神殿騎士団が貴方達の力の有用性に気付く前に私達の方で囲みたかったのです」

 

 真正面から青田買いみたいなことを言いやがったなこの副長!?しかし何故そこまでして俺たちの力を買うのだろうか?言っては何だが調合師も、錬成師も作農師とは違ってこの世界ではありふれた職業では無かったのではないのか?

 

「確かにありふれた職業です、そこは間違いありません。しかし貴方方と彼等では全然違うところがあります。どこか解りますか」

 

 どこだろうか?この国にいる天職持ちの職人たちと俺たちで違う所とは…

 

「…僕達が異世界人って事ですね」

 

「あ」

 

「その通りです。貴方方は我らとは文明も歴史も恐らく考え方も違う世界の人間です。確かに能力では我が国の職人たちの方が優れているかもしれません。しかしそれはあくまでもトータスと言う世界での話でありこれが別の世界が絡んでくると違ってくるのです」 

 

 なるほど確かに俺達はこのトータスにとって異世界である「地球」の住人だ。能力的には劣っていようが考え方が違い地球が辿ってきた歴史、発展してきた文明をあるていどは知っている。この世界の住人には考え付かない事を知っているし体験しているのだ。

 

「私は貴方方の力を使いたいと言いました。これを少し訂正します、私は貴方方地球の技術と文明を我らのために提供してほしいのです」

 

 なるほど…だから俺と南雲を囲みたかったと。確かに技術と文明はそれなりには知っており、其処が俺と南雲の強味でもあり武器にもなるのだ。

 

「ふむ」

「……」

 

 しかしこの話、実際に乗るべきかどうかと言うと…南雲の方は何やら考えているようだ。眉間に皺が寄っているあたり脳内がトップスピードになってるに違いない。

 

「勿論すぐに答えが聞きたいわけではありません。貴方達に事情があり考えがある。ですので考えたうえで答えをくれませんか」

 

 一度言葉を切りその場はひとまず解散となった。

 

 

 

 

 

「…僕達のメリット……後ろ盾…」

 

 ひとまずは自分達の部屋に戻り、先ほどから自身の考えに没頭している南雲に倣って少し俺も熟考してみようかな。

 

 といってもはっきり言ってこの案は受けた方が良いというのが俺の答えだ。理由は簡単、この力で人を助けることが出来るのならそれ幸いだという短絡的な考えとメルド団長たちを気に入っているという感情論で判断した結果である。

 

 単純に治療薬が簡単にそれもほぼノーコストで出来上がってくるのだ。いくら王宮務めと言えども薬代の軍事費用は馬鹿にならないだろうし魔法かって限度もあるだろう。これは全線で戦う傷だらけの騎士団にとって美味い話であり俺の心情もにっこりである。誰かって傷ついた人は見たくないのだ。

 

 後は、地球の文明の力といっても想像できるのであるのなら日常生活で役に立つもの位なら簡単に生成できそうだ。例えば先ほど便所掃除で必要性を感じた消臭剤、洗剤もいいかもしれない、これがあれば少ない労力で洗いもんがピッカピカやで!ついでに化粧品でも作ってみようかな、あんまり詳しくはないがそこは女子連中の力を借りればいい。他には労働者には湿布、簡単な医薬品に…やべぇ考えれば考えるほど案が出てくる…

 

「ヤバイでこれは…金がたんまり儲かるでぇ」

 

「いったい何を考えたのさ」

 

 どうやら独り言を聞かれてしまったらしい。思考の海から戻ってきた南雲は呆れた顔でツッコんできた。

 

「色々とね。それで南雲お前は決まったか」

 

「…まぁね。それで柏木君はどうするの。ちゃんとメリットとかデメリットとか考えたの」

 

「俺たちの得になる事しか考えていませんでした」

 

「だろうと思ったよ」

 

 ハァと溜息を一つもらいました。しゃーねじゃん人間誰しも欲望に目がくらんでいくんだもん。

 

「それじゃあこの話を受けるメリットについて話をするよ」

 

「お願いします」

 

「まず、僕達の後ろ盾が確実になる事。僕達はそもそも神の使徒だと呼ばれているけど、実際は只の高校生だからね。騎士団の人たちが宣言するのとしないとでは色々と勝手が違うしそれにメルド団長たちとのつながりが強くなる」

 

 あんまり政治的な事は分からないのだが、南雲がそう言うのだからそうなのだろう。後ろ盾があるってのはきっと良い事だと思う。

 

「次に僕達の技能の訓練や異能力の良い実験にもなる。何時かは鍛え上げないといけなかったこの力の訓練をごまかしながらも公的に使えるのは気分的に楽だ」

 

 確かに堂々と異能力を使うと勘ぐられるが、騎士団のもとで鍛え上げましたの一言でどうにかはなりそうだ。

 

「後、これは単純な話だけど地球の文明で俺ツエーができる」

 

「なんじゃそりゃ!?」

 

「やってみたかったんでしょ。無論僕もだけど」

 

 自虐的に笑う南雲。確かに地球の文明力すげーで無双をする空想を何どかしたことはあるのだが…

 

「次はデメリット。色々とあるけどきっとこれが一番だね」

 

「何じゃらほい?」

 

「僕達の力が戦争のために利用されるかもしれないという事。今更かもしれないけどきっと今までのようになぁなぁじゃすまされない」

 

 …それは、確かに分かってはいた事だった。この技能と異能力が戦争に使わされるって事ぐらい分かってはいたのだが…改めて言葉に出されると結構クるものがある。

 

「もしもの話だけど、例えば僕なら銃の製造と量産。これだけでこの世界のバランスが崩れてしまう」

 

 誰にでも気軽に撃てて簡単に人を殺める事が出来る地球の代表的な武器であり人が作り出した叡智と禁忌の結晶『銃』 確かに量産が可能になってこの世界に簡単に普及したら滅茶苦茶大変なことになりそうだ。

 

「柏木君の場合は、有毒ガスや毒物。想像でしかないけど君の力なら合法麻薬も細菌兵器もきっと思いのまま作ることが出来る」

 

「…そ、れは」

 

 言われてようやく気が付く。その気になったら出来てしまうという可能性を否定できないのだ。きっと俺が本気で作ろうと思うのならどんな劇物でも水道の蛇口を捻るよりも簡単にできてしまう。その危険な可能性を自身の内側から感じれるのだ

 

「改めて考えると凄い能力だよね。誰かを助けることも守る事も出来て、簡単に人を壊して世界のバランスを崩壊させることが出来るんだから」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()。有名な言葉だが、まさか自分がその言葉を言われる羽目になるとは思いもしなかった。

 

「でも道具も武器も薬も毒も結局は使う人次第。僕達が制御できれば…この戦争終わらせれるかもしれないよ」

 

 そうだ、確かにその為に()()()()()()()()。効果が表れるかはそれぞれ次第だが。

 

「それで、どうするの柏木君。僕は君の意見を尊重するよ」

 

「はぁ…大事な判断を丸投げしやがって」

 

「それほど君を信頼しているんだよ」  

 

 中々の重い事を言う奴だ。だが言われたからには判断しよう。何度も言ってるが俺は俺のできる事をするまでだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その話うけます。僕達の力、人を守るために遣わせてください」

 

 結局俺と南雲はホセ副長の話を受ける事にした。俺の頭ではどう考えてもその方が良いと判断してしまうのだ。

 

「そうですか…有難うございます」

 

「でも少し条件を付けさせてください」

 

「条件、ですか」

 

 ホセ副長の目が細くなった。話を受けると言っておきながら条件を付けるのは確かに思うところがあるだろうが俺達だって譲れないことがあるのだ。

 

「まずは一つ。ぶっちゃけちゃんと仕事をするので、仕事量に見合ったお給料をください!」

 

「ほう!」

 

 頼まれたことはするがそれでもお金は欲しい。無論衣食住をちゃんと提供されているのでやる事はやるのだがやはりモチベーションを上げる必要があるのだ。それはつまり…おちんぎんちょうだい!

 

「…確かに只でやってくれと言うのは虫が良すぎますし、労力に見合った対価は必要ですもんね。分かりました。これぐらいでどうでしょうか」

 

 何処からかそろばんらしきものを持ち出し南雲に見せる。あーこの流れは…

 

「え?これだけですか?冗談でしょう、僕達の世界基準ならこれぐらいは無いと…」

 

「む!?ふふ、南雲君ここはトータスですよ?貴方達の故郷とは違います。ならば私たちの世界基準での給料が妥当になるのでは?」

 

「駄目ですよ駄目駄目。そんな子供のお小遣いではないんですから。今から貴方達が手に入るのは異世界の技術。全く持って未知の想像できない代物です。それが格安でしかも独占できるというのにその代価がこれでは…ねぇ?」

 

「ふふふ…なかなか小賢しくしたたかですねぇ南雲君」

 

「いえいえ、この世界で生きのこるには多少の知恵は身につかないとですよホセ副長」

 

 何やらにやにやと笑う2人。しかし両者目が一切笑っていないのがとても怖い。給料の値上げ交渉はもうちょっと続きそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、こんな所が妥当かな」

 

「…減った分は団長の給料を見直して…こんなものですかね」

 

 にこやかに笑う南雲と何やら不穏な事を呟くホセ副長。給料の話はひと段落したようだ。とりあえず一安心。なんだったんだが

 

「それでホセさん。最後に一つだけ譲れないことがあるんですがいいでしょうか」

 

「…拝聴しましょう」

 

 南雲の真剣な様子にホセ副長も先ほどの和やかな雰囲気を引っ込めスッと目を細める。交渉はすべて南雲任せにしているとはいえ中々の迫力だ。

 

「僕達は貴方達に協力をします。ですけどあくまでこの国の人を守るために力を使いたいんです」

 

 それは言い変えれば魔人族を殺すために力は使いたくないという事。誰かを害するために協力をするのではなく誰かを守るために協力をするのだという意思表示だった。 

 

「確かにこの戦争を終わらせなければ僕達は日本へ帰れない。だけどそれでも僕達には誰かを傷つける物は作りたくはありません」

 

「…ふむ。何とも耳障りの良い言葉です。しかしそのせいで君の友人たちが危険にさらされても君達は同じことが言えるのでしょうか。後悔し失くしてからは遅いんですよ?」

 

 それは…ああ、確かにその可能性は否定できない。だからこそ、俺は布石を張ったのだ。最も南雲はまだ知らないことで俺とアリスさんだけが知っているのだが。

 

「そう…ですね。きっとその時は後悔すると思います。何であの時甘い事を言ったんだろうって。でもそんな未来は作らない、作らせさせない。だってそのために今を頑張るんですから」

 

 その時が来たら後悔をするのは間違いない。だけどそんな未来にしないから後悔なんてするはずもない。きっとこれは只の屁理屈だ。でもこれが南雲と俺の本音。甘っちょろい事を言うのならそれ相応の準備や備えをする。覚悟なんて決められない只の凡人が選択するのだ。

 

「…分かりました。君がそう選択をするのなら私はとやかく言いません。協力を頼んでいる身ですし、そもそも君達には防衛のための手伝いを頼もうとしていたのですから」

 

「うん?それって?」

 

「単純に備品の新調や修復、治癒薬の大量生産など量はあるけど簡単なお仕事を頼もうとしていたんです。きっと君達なら誰かのを傷つけるようなものを作らせるのは向かないだろうなと思いまして」

 

 クスリと笑うホセ副長。…これ、もしかして最初から俺と南雲が武器とかを作るのには消極的だって見抜かれていた?

 

「さてね、私はニートから聞かされた評価をもとに考えていただけです。それよりも君たちはこれからは騎士団が後ろ盾となりますが神殿騎士たちや教会の関係者には十分に気を付けてください」

 

 おや、何位やら不穏な気配が…って言うまでもないか。だってエヒトの関係者なんだもん。

 

「あれらは神の名のもとに強硬な手段をとる場合があります。君たちの有能性を知ったら何をしでかすか分かりません。くれぐれも注意をしてください」

 

「はい、分かりました」

「YES、ボス」

 

「では今度ともよろしくお願いします」

 

 これからの俺たちの仕事は兵站を担うものとなる。目覚めたばかりのオーヴァードがどれくらいできるか分からないが、これだけは言える。

 

 

 俺達はやれることをやるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ホセさん。ちょっと頼みたいことがあるんですけど」

「何でしょうか南雲君」

 

 

「この国の錬成師の職人さんで一番偉い人ってどこに居ますか」

 

 

「僕はその人のもとで修業がしたいんです」

 

 

 

 

 

 




一言メモ

おちんぎん  労働者には無くてはならないもの。ただ働きと働きに見合った報酬があるのなら仕事の成果は段違い!お金はいくらでも欲しいのです。

兵站   戦争には欠かせない後方支援全般の事。……原作では重要視されていないけど実際魔人族との戦争のときどうするつもりだったんだろう?

生産職  錬成師と調合師。戦うのではなく仕事で手助けをする人達。戦って俺ツエーは出来ないけど他の事で頑張るのです。


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破壊の拳 

クラスメイト捏造編第一弾です。
ここから先は過去の捏造と原作キャラの崩壊があります。
今更ですがご注意を。


 

 

「南雲、ちょっといいか」

 

 ある日の訓練所にて、珍しい事にハジメは坂上龍太郎に声を掛けられた。時間は午前で丁度一通りの訓練が終わったころだった。

 

「いいけど、どうかしたの?」

 

 ハジメは坂上との交流は少ない方だった。クラス内で話した回数も少なく只のクラスメイトという認識であった。その坂上が自らハジメに話しかけてきたのだ。それも何やら複雑そうな顔をしながら。

 

「お前、確か錬成師だったよな」

 

「そうだけど…」

 

「なら、ちと頼みがあるんだ」

 

 疑問符を浮かべるハジメに対してやはり坂上はとても似合わない難しい顔をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラァ!」

 

 ドゴンッと言う破壊音を立て石でできたサンドバックは破壊された。砕け散ったサンドバックを前に坂上は深呼吸を一つ。そして隣に立っているハジメに対してもう一度頼んだ。

 

「ワリィ…もう一回頼むわ」

 

「はいはい」

 

 坂上に頼まれハジメは壊れたサンドバックの修復に掛かる。これで十五回目の作業だった。

 

 

 鍛錬に付き合ってほしい。それが坂上がハジメに頼んだことだった。自分が何回も殴っても壊れないようなサンドバックを作ってほしいと頼まれたのでそれにずっと付き合っているのだ。 

 

(まぁ…全然かまわないし、僕にとって丁度良かったけど)

 

 いったい何事かと身構えたハジメだったが坂上のすることはずっと拳を振るっている事であり少し拍子抜けしてしまったのだ。最もハジメとしてもモルフェウスと錬成の能力を大々的に修練する事ができるので渡りに船だったのだ。

 

 

「オラオラオラオラァ!」

 

 直されたサンドバックを連撃で拳を打ち付ける坂上。何度も見た光景だがいささかいつもの坂上とは違って見えるのだ。いつもはもっと遠慮のない拳の振り方だっただが今は何やら戸惑っているようにハジメには見えるのだ。 

 

(うーん。らしくないなぁ…何かあったのかな)

 

 考えられることは複数あるが果たしてズケズケと踏み込んでいいものか。親しくない相手だとどうにも躊躇させられるのでハジメは大人しく錬成作業の方に集中することにした。何せ作っても作っても壊されるのだ、次はどう強固にしよう次はどこを修復しようか、やりがいがあり過ぎて口角が上がってしまう。

 

「ドラッ!オリャ!ドッセイ!」

 

(どんな掛け声だよ…)

 

 正拳突き、裏拳、最後に回し蹴り。華麗なコンボはとうとうに十体目のサンドバックの役目を終わらせた。実は治すたびに少しづつ補強を重ねて頑丈にしているのだが、坂上は拳や足を痛める事無く壊していくのだ。坂上の身体能力に呆れと驚きを入り混じらせながらも更なる補強を施す。

 

 二十五体目となった時、流石に疲れたのかふぅと一息つける坂上。

 

「お疲れ、どう?もうちょっとやってみる」

 

「いや…きっとこれ以上は意味がねぇ」

 

「?」

 

 何やら深刻そうな顔をするが何の事やらさっぱりだ。ドカリと座って一息付け始めたで、こちらも同じように座り込む。時間帯は丁度正午位になっていた。

 

「…南雲。お前さ」

 

 一息つけ、汗をかいている坂上にタオルを渡した時だ、ふいに坂上はボソリと呟いた。何の事だろうと耳を澄ませればらしくない憧憬のような感情を載せた坂上の声が聞こえてきた。

 

「お前、弱ぇのによく殿をやったな」

 

 話す内容はベヒモスの足止めをしていた事だった。地形の操作を使える自分が足止めをし撤退の時間稼ぎをしていた事を坂上は話しているのだ。

 

「あはは…あの時はそれしかないって思ってて。そんなに褒められたことじゃないよ」

 

「んなことねぇよ、つうかそういう事じゃねぇ。…違うんだよ」

 

 何やら思う事があるようだ。伺うように緯線を向けると坂上はあーと声を出し虚空を眺めた。

 

「…お前はアイツらの事を考えていたのかもしれねぇけど俺は…俺は自分の事しか考えていなかったんだ」

 

「???それってどういう」

 

 聞きなおそうとしたが何やら黙ってしまった。先ほどまでの憂さ晴らしのような訓練に関係があるのだろう、しかしそれだけでは判断は出来ない。いくら能力者でも人の心が読める訳では無いのだから。

 

 そうして数分経った頃突如坂上は大声を出した。

 

「…あー!!くっそ!やっぱ考えんのは俺の性に会わねぇ!」

 

 ガバリと立ち上がり自分の頬をバシンバシンと叩きつける、気合を入れているようだが少しばかり痛そうだ。そんなハジメの考えをよそに気合を入れた坂上は迷いを吹っ切れた様にしてハジメに向き直った。

 

「すまん!ちょっと行ってくるわ!」

 

「え、あー行ってらっしゃい?」

 

 そのままどこかへ走り去っていく坂上。残されたハジメは首を傾げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「光輝、話がある」

 

 そう坂上に言われた光輝は廊下にて立ち止まった。何やら久しぶりに会うような親友は今までにない真剣な顔で一瞬別人に見間違えたほどだった。

 

「えっとなんだい龍太郎」

 

 一体何の話だろうか。龍太郎から話があると言われたのは珍しいと考えながら部屋に誘うかと話したが断られてしまった。どうやら時間を掛けずに話したいことがあるらしい。

 

 親友の突然の行動に多少の困惑を見せる光輝に対して坂上は一切の躊躇をせず話し始めた。自分の本性、ずっと異世界に来てから抑え込み抱えていた本性を打ち上げる事にしたのだ

 

「光輝すまん。俺はお前に謝らなくちゃならねぇんだ」

 

「何を」

 

「俺は正真正銘のクズ野郎なんだ。だから…お前のダチを名乗る資格がねぇんだ」

 

 坂上は吐露した言葉。それは光輝の親友である資格はないというある意味決別を意味した言葉だった。あまりにも直球過ぎる言葉に目を白黒させる光輝。一瞬だけポカンとした顔を見せ直ぐに事情を聴きに始める

 

「ちょっちょっとまった。一体何の話なんだ龍太郎。ちゃんと順番に話してくれ」

 

「…わかった。だがこれから話すことは俺の本音だ。決して嘘なんかじゃねぇんだ」

 

 そうして話す坂上の話それは、光輝にとって何よりもショックのある話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光輝、お前この世界に着た時人を助けるってあの爺さんに話していたよな」

 

「ああ、そうだ。俺が皆を…人類を助けるって」

 

「その時俺は確かに賛同したが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いや俺は何時だって人を助けようと何ざ思っちゃいなかったんだ」

 

「……え?」

 

 それは、その言葉は光輝にとってにわかには信じられない言葉だった。親友は自分の言葉に賛同してくれた、つまり人を助けるという意思表示をしてくれたと考えていたのだ。

 しかし今目の前にいる親友はそれを違うと、寧ろずっと人を助けることなぞ考えたことが無いといってるのだ。 

 

「光輝、お前と俺が初めて出会った時の事を覚えているか」

 

「あ、ああ覚えている。あの時お前が助けてくれなかったら…本当に危なかった」

 

 光輝と坂上の出会い。それはなんて事のない光輝の人助けの最中の事だった。道端を歩いてた光輝の前でカツアゲをされている気弱な少年と複数人で絡んでいる不良が居たのだ。すぐさま助けに入ったことで少年は逃げることが出来たが光輝はそのまま複数人に暴行をされそうになったのだ。

 

 そこを猛然と助太刀に入ったのが龍太郎だった。

 

 体格が良く武道を嗜んでいた龍太郎と即席で大立ち回りをし、不良たちを退けその時から龍太郎との交流が始まったのだ。

 

「あん時、俺はお前を助けるために助太刀に入ったんじゃあねぇ。俺は人を殴りたかったから乱入したんだ」

 

「何を…何を言ってるんだ龍太郎。だってあの時」

 

 いくら光輝と言えども数人がかりでは余りにも分が悪かった。そこを颯爽と助けに来てくれたのだ。そのとき光輝は思った『どんな時でも人を助けに来る奴はいる』と、しかしそんな光輝の縋るような言葉も坂上はハッキリと首を振った。

 

「違う。俺は人を殴るための大義名分を探していたんだ。その時絡まれていたお前を見つけた。…好機だと思ったよ、ようやくこの力を存分に震えると。人を思いのまま叩きのめすことが出来るのだと」

 

 自らの拳に目を落とし龍太郎は答える。『人を思いのまま叩きのめして、存分に力を振るいたい』そんな自身の忌むべき業と苛まれる醜い本性を。

 

「昔っから俺は誰かを殴るための言い訳を探していた。その時にお前を見つけた。人を助けたいといって馬鹿みてぇに不良につっかかっていくお前を」

 

 昔から体格が良く余りある力を持て余していた。空手を習いに行ったのはそんな自身の本性を律しようとするためだった。

 だが違った。寧ろ技術を吸収しさらに力を持て余すようになってしまったのだ。その結果、自身に敵う者はいなくなり、一目見て逃げるものが多くなってしまいまずます拳の振るいどころが無くなってしまった。  

 

「だがいくら人を殴ったところでやり過ぎれば罰せられる。そう考えてた時にこれだ。この世界トータスだ」

 

 異世界トータス。人間族と魔人族が戦争するというファンタジーの世界。魔物が人を襲い命の危機があまりにも多い異世界。

 

「震えたぜ…拳を振るう大義名分を得たどころか俺よりもっとつぇえ奴がいるなんてワクワクしていた」

 

 この世界は自身を超える人間が山ほどいる。拳を振るってもいい理由がある。表情には出さなかったが歓喜に打ち震え…訓練に明け暮れそして 

 

「ベヒモスが来たとき俺はアイツと戦ってみたかった。ほかの何もさし置いてでも力を試したかったんんだ。…それがあのざまだ」

 

 拳から視線を外し目の前にいる自分を純粋に信じてくれていた少年に目を向ける。その少年は縋るようで今にも泣きそうな目を向けていた

 

「龍太郎…お前」

 

「光輝、俺はお前が思うような良い奴じゃねぇ。…お前の期待を裏切り続けてすまん」

 

 自身の気持ちを迷う事なく吐露し、龍太郎は光輝から背を向けた。もうこれ以上光輝の前にいる資格が無いと判断したのだ。

 

「待て、待ってくれ龍太郎!」

 

「俺は何時だってお前の力になる。だがお前のダチである資格はないんだ。…もっと俺以外のお前にふさわしいダチを見つけて作ってくれ」

 

 歩みは止まらず、思いは晴れ晴れしく。一方的な感情の押し付けだったがそれは龍太郎にとって何より気が楽になったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セラァッ!」

 

 破砕音が響き渡り鋼鉄で出来たサンドバックは上半身部分を吹き飛ばされた。拳の一撃一撃は鋭さを増し重さが前よりはるかに強烈だった。

 

「次だ!」

 

「はいどーぞ」

 

 休む間もなくサンドバッグの修復をし、次は胴回りを太くさせる。しかし見るからに調子の良い坂上の連撃にあまり持ちこたえそうには無かった

 夕方ごろからハジメに訓練の付き合いを頼んできた坂上は随分と調子が良さそうで晴れ晴れしく感じた。知らないうちに悩みは吹っ切ってきたようだった。

 

「調子良さそうだね」

 

「あん?…まぁな」

 

 どこかさっぱりした顔でそう答えると照れ臭そうに頬を掻いた。意味が解らず首を傾げると坂上は真剣な顔つきになる

 

「さっき話したこと覚えているか。ベヒモスの時の事」

 

「うん?覚えているけど…どうかしたの」

 

「あん時のお前は誰よりもへなちょこの癖に誰よりも勇気があった。俺はそれを見て自分を恥じることが出来た。ようやく…目を背けていた自分の本性と向き合うことが出来たんだ」

 

「???」

 

 疑問符が顔に出てくるがまぁ悩みが吹っ切れたのは良い事なのだろう。何が何だかわからないがそう思う事にするハジメ。そんなハジメを気にすることもなく坂上は自身の頭の底にこびりついていたことをついでとして謝る事にした。 

 

「まぁ…なんだ。あん時のお前は根性があった。…召喚された日にやる気が無い奴だなんて言ってすまんかったな」

 

「あはは…って坂上君そんな事言ってたっけ?」

 

 褒められたところで照れるだけなので止めて欲しいが続く言葉で疑問符を浮かべるハジメ。問われて坂上も同じように不思議そうな顔をする

 

「言ってなかったか?確か光輝や八重樫と一緒に朝遅刻したお前を……うん?」

 

 言ってておかしい事に気付いたのか首をひねり出す坂上。ハジメとしても不思議な話だった。だが…言ってる本人もどうやら話したことが無いと気付いたのか直ぐに気を取り直してしまった。

 

「まぁいいか、取りあえずもうちょっと俺の訓練に手を貸してくれるか南雲」

 

「いいよ、僕にとっても錬成の良い経験値稼ぎになるからね。どんとコイだよ」

 

 気を取り直し、サンドバッグを作りそれを破壊する作業が続く。一方は壊れるたびにより固くより強靭に修復し一方はその期待に応えるかのようにより鋭く重く一撃一撃を丁寧に磨いてゆく。

 

 壊して作るその作業は本人たちが納得するまでずっと続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 




坂上龍太郎  脳筋ではなくちゃんと考え行動する奴。本音は誰よりも自分の力を振るいたかった。だから異世界に来たとき興奮し光輝に賛同した。異世界の住人はどうなろうとかまわなかった。


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存在希薄

キャラが壊れました。まさしく誰コイツ。
アフターも読んでいなければ、本編でやったことは覚えていても台詞は覚えていませんから…と自己弁護


 

 皆が自分に気が付か無くなったのは何時頃だろうか。

 

 幼少期から何となくそんな気がしていたし小学生になったころからにはなってきたような気もした。先生から忘れ去られるなんてしょっちゅうだし。

 

 でも中学になってから家族にまで存在を忘れ去られるって一体何なんだろう。そして高校生になってからは遂に無機物(コンビニの自動ドア)にまでも。

 

 

 存在を無かった事にされる。それがどれほど辛い事か考えた奴は果たしてどれだけいるのだろうか…

 

 

 

 

「暗殺者って何なんだよ…」

 

 異世界に来てからステータスプレートを見ての一言だった。戦士とかなら分かるがよりによって暗殺者。人を殺すのに最も長けた職業。引き攣った声になるのはまぁ仕方のない事だろう。

 

「暗殺者か…ふむ、この天職を持つものにはそれなりの理由があるとされるが君には何か心当たりはあるかい」

 

 メルドにステータスプレートを見せて言われた言葉だった。暗殺者と呼ばれ職業には理由がある。ドキリと心臓がはねたが顔には出さないように必死で取り繕った。…人の良さそうな何も知らないこの人には知られたくなかった。

 

「あ…いえ、別にないですね」

 

「そうか。ともかく暗殺者とは言え隠密の能力に適性があるから君にはそっち方面で活躍をしてもらうか」

 

 追及されなかったのは幸福だった。そして言われた訓練は自身の影の無さを増幅させるようなものだった。思わず出てきそうな舌打ちを隠す

 

(…嫌だなぁ)

 

 何が悲しくて自身の存在を薄くしなければならないのか、日本にいたときは居ない物扱いされ呼び出された異世界では影に徹しろと言う。折角のファンタジーなのだ。小さい頃夢見たおとぎ話の主人公たちのように光り輝きたいと僅かな希望を持ったらこれだ。

 

「ああ、安心しろ。流石に今のお前に暗殺技術を教えるつもりはない…いや、もういるから必要ないと言った方が正しいか」

 

「…あざっす」

 

 人を殺す訓練はしない方が良いと言われたのは幸運か?少なくても余計な心労は担がなくてもよさそうだった。…またもや自身の存在意義に疑問を持ってしまったが。

 

 

 

 

 

「ふむ、不意打ちからの必殺の一撃。見事だな」

 

 郊外の訓練にて褒められた言葉だった。確かに一撃で仕留めたのは間違いないし、不意打ちなのも確かだ。しかし実態は気付かれていないから傍に近寄って短剣を急所に刺したという余りにもそれでいいのかという内容だった。

 

「…ありがとうございます」

 

 皮肉をするほどひねくれてはいないがだからといって素直に喜ぶほど子供でもない。あるのは暗殺者と言う天職に複雑な気分を持つ心と魔物に出さえ自身を認識されていなかったという事実だけだった。

 

 

  

 

 

 中学から卒業し地元とは多少はなれる高校に入った。新しい場所、新しい人間関係なら自身の薄い存在感も変わるのではないかと言う願いだったからだ。

 その思いと願いもあってか野村と永山と言う友人が出来た。恋多き野村と寡黙ながらも落ち着いた永山との雑談は楽しかった。しかし…

 

「永山、野村おはよう」

 

「……」

「……」

 

 朝の挨拶をしても気づかれることは無かった。これはいつもの事だった、昔からのありきたりな光景しかしそれは無視されていたのではないかと人間不信になりかけた過去を思い返しそうで…

 

「おおいっ無視するんじゃねぇ!」

 

「うおっ遠藤か、悪い気付かなかった」

 

「すまんすまん。お前存在感薄いから気付きにくかったんだよ~」

 

「ひっでぇな~次からはちゃんと気付いてくれよ~」

 

 只の冗談とはわかっていてもその言葉は酷く傷ついたのだ。顔には絶対に出さないが心にドス暗い感情を持ってしまうほどに。

 

 

 

 

 

 オルクス迷宮での実地訓練は正直郊外の訓練とさほど変わらなかった。気付かない相手に短剣を突き刺すだけの単純作業。いやが応にも自身の存在感を認識させられてしまう。

 

「…どれだけやっても反応は無しか」

 

 周りにいる騎士団員は偶然かほかのクラスメイトに目を向けていた。別に褒められたかったわけではないが余りにも露骨すぎると悲しさとイラつきが湧いてくる

 

 目立ちたいわけではないのだ。ただ誰かに認識されてほしかったのだ。自分はここにいると確かに知ってほしかったのだ。

 

「頼むから…俺をシカトしないでくれよ」

 

 無視されるのは心に響くのだ、居ない物扱いは心が割れるのだ。周りからは冗談で言われても、本人にとっては只ただひたすらに辛いのだ。そうして自身の心を押し隠して…結果暗殺者という天職を得てしまったのだろう。

 

 そんなこんなで休憩時間。永山たちと一緒に入るが果たして気付いているのだろうか。

 

「「「え、遠藤(君)何時からそこに!?」」」

 

 やっぱり気づいていなかった。ここまで来るといっそ故意的なものを感じてしまうものだった。湧き上がる黒い感情を押しとどめる。

 

「みんなひでぇな~泣くなよきょーだい。俺はちゃんとお前が頑張っていることを知っているからな」

 

 そんな中ただ独り柏木だけがちゃんと自分の存在を把握していたのだ。物凄い馴れ馴れしさを感じるが…

 

 

(きょーだい、か)

 

 柏木と顔見知りになったのは特になんてことはないクラスの自己紹介の後だった。偶々トイレで一緒になってたまたま近くにいて話すことになって…

 

「へぇ遠藤浩介っていうのか。じゃあ俺ときょーだいみたいなもんか」

 

「なんだそりゃ?」

 

 理由を聞いたが、正直どうでも良すぎるのでもう忘れてしまった。しかしその馬鹿っぽい奴だとしても自分の事をちゃんと認識しているのは確かで…嬉しかったのを今でも覚えている。最も積極的に話すことは無いし日常的に挨拶をする中でもなかったが。

 

 

 

 

 

 

「天翔剣!」

 

 天之河が放った光の斬撃は魔物を両断した。それはいい、理由が女の子に襲い掛かってきた魔物を切る為と言う実に天之河らしい理由なのは納得はできるものだった。

 

「うわっ!?っぶねぇ!」

 

 しかしそれで崩れた壁の岩壁で自身が怪我を負いそうになったのは納得がいかなかった。比較的高い俊敏性のお陰で崩れた岩から逃げることだし怪我も無かった。しかしだからといってそれは許されることなのだろうか。

 

 天之河は自分の存在に気が付いていなかった。怪我をしそうなのも気が付いていないし、なんなら天翔剣でクラスメイトが巻き込まれても気が付かなさそうな顔をしていた。 メルドから叱責され少々申し訳なそうな顔をしていたが…それで自身のはらわたが煮え借りるのを抑えられる訳では無かった。

 

(あの野郎……殺してやろうか!?)

 

 異世界と言う生活でストレスがたまっていたのだろうか今まで溜まっていた鬱憤がほんの一瞬で爆発しそうになっていた。あの阿保面を下げている勇者に気付かれず近づき首筋に短剣で切れ込みを入れることだって可能なのだ。皆グランツ鉱石に夢中になっている間にが自分が本気で隠行をすれば、きっと誰にも気づかれる事無く…

 

(……今なら誰にも気づかれない、今なら殺れる…誰も俺には気付いていないこの瞬間なら)

 

 湧き上がる殺意を薄めそろりそろりと天之河に近づく。短剣を握る力は軽くしかしてしっかりと。

 

 天之河に殺意を抱いたのは偶々でしかない。自身を怪我させたかもしれないただそれだけの理由だった。

 

(死ね!俺の存在に気が付かない奴は皆!)

 

 自身の天職が暗殺者になってしまったのはきっとこういう短絡的に人に殺意を持つからだろうと頭の片隅でそんな事を考えていた。

 

 人から認識されない人生だった。友人から忘れ去れ家族からも偶に居ないものとして扱われる。それが故意的な物でないくらいちゃんとわかっているし目立とうとしない自分にも問題があるのは承知していた。

 

 しかしだからといって人にシカトされ続ける事がどれだけ悲しい事か辛い事なのかきっと自分以外分からないのだ。

 

 話しかけても知らない顔をされる、ちゃんと目の前にいるのに居ない扱いをされる。ついには機械にも認識されなくなってしまった。生きているのに、ちゃんと存在しているのに、それなのに…

 

 理由がわからない生まれ持った呪いに振り回され人を恨むことをした、人に殺意を持つようになった。表面上には出さない、しかし無視をする人間にはどうやってほかの人間にばれずに殺せるか頭の中でずっと妄想していた。 

 

 人を殺してうさ晴らしなんてみっともない、人を殺して目立とうなんて情けない。

 

 自分の良心はそう言って騒ぐが、この呪いに翻弄された心にはどす黒い人に対しての殺意が渦巻いているのだ。

 

(あと一歩で)

 

 天之河の傍までたどり着き短刀を振り上げる。ほかの連中はグランツ鉱石の間で何やら話しているがどうでも良い、今は自分に気が付かず殺そうとしたこいつに復讐をするのが先だった。

 

 身勝手な殺意に捕らわれ短剣を振り下ろす、しかしその短剣が人の命を奪う事は無かった。 

 

 

 

 

「……は?」

 

 前方には大型の魔物、後方には骨の魔物の大軍。突然視界を襲った白い光に目を瞑り気が付けば混雑する橋の上だった。なぜいきなりこんな場所にいるのか

訳の分からないまま呆然とする。

 

 そんな自分の傍を剣を持った骨型の魔物が通り過ぎる。それもかなりの数が。

 

(こんな時でもかよ…)

 

 どうやら本当に魔物は自身の存在に気が付いていないらしい。何処まで狂った呪いなのだろうかと自身の存在感の無さに嘆こうとして…魔物が何を狙っているのかわかった。混乱している自分のクラスメイト達だった。

 

 

 出口をふさいで数で押しつぶそうとする骨型の魔物と混乱しながらも奮戦するクラスメイト達の死闘が始まった。騎士団員の一人が指示を飛ばし、慌てながらも鬼気迫る表情で骨の魔物を倒していくクラスメイト達。

 

 その中でただ一人、自分だけは参加して居なかった。……正確に言えばする気が無かった。

 

(誰も俺に気が付かない…か)

 

 骨の魔物は傍を通っても振り向くこともなく、クラスメイト達は応戦に必死で自分の事は気が付かない。それは自分だけがどこか取り残されているのと同じような居心地の悪さだった。

 

(気が付かないのなら…いっそこのまま)

 

 このままそばを通り過ぎ去っても誰にも気が付かずこの場を安全に通り抜けることが出来るかもしれない。そんな短絡的な考えが頭の中に思いつく。

 

 元々誰にも気が付かれないという事はいなくても問題ないという事なのだ。幼少のころから影が薄い存在感が無いと言われ続けてきた鬱憤は積りに積もり最悪な形で晴らそうとしている。

 

(でもよ、いいじゃん俺なんかいなくなったって誰も気にしないんだし)

 

 心の中で粘つく悪意は自分がクラスメイト達を見捨てようとしていることに言い訳を作り始める。居ない物扱いするのならこっちだって居ないものにしてやろうと被害者ぶった考えを押し付けてくる。

 

(でも、…それでいいのかな)

 

 しかし、良心はこのまま見捨てていいのかと訴えてくる。元々は性根が良いのだ、例えいない物扱いしてもそれだけで見捨ててしまうのは薄情過ぎないかと咎めてくるのだ。

 

 フラフラと出口へと向かって足が進む。誰も自分の姿を見るものは無く、咎める者もいない。そうして前線までたどり着いて…友人である永山重吾が奮戦していた。

 

 体中に浅い傷を作り、それでもまだ大きな体格を根を張るようにして踏ん張っていたのだ。永山らしい体を張って皆を守ろうとする戦い方だった。

 

(永山…)

 

 寡黙な男だが、誰もよりも気遣いのできる良い男だった。友人となれたのはある意味奇跡の様な人間だった。そんな友人を置いて自分は逃げ出してしまうのだろうか。

 

 もう一人の数少ない友人の野村健太郎は辻綾子を庇って負傷していた。好きな女の子の為に体を張れる良い奴だ。今は辻に支えられながら必死で魔法を唱えている。

 

(野村…俺…は…) 

 

 誰よりも影の薄い自分を友人と呼んでくれる彼らを見捨ててしまうのか?

 

 気が付けば足は止まっていた。両手には刃物を持ち臨戦態勢を取っていた。何故立ち止まったのか、何故武器を手にしたのか、もう考える余裕は無かった。

 

「シッ!」

 

 永山に襲い掛かろうとしていた骨に向かって背後から奇襲をかける。気配を消すのではなく存在を消した一撃だ。急所に必ず入る暗殺者としての最高の一撃だった。

 

「むぉ!? え、遠藤か!」

 

 一瞬の事で動揺を見せた永山に返事を返すことなく今度は足払いで骨の二対を同時に転ばせる。我に返った永山がその転んだ骨の頭蓋を蹴り砕く。

 

「何処にいるのかわからんが、援護は任せたぞ!」

 

(ああ、分かったよ)

 

 言葉に出す気はない、一度声を出せば友人たちに向かって何を言うか分からないからだ。声を出すこともせず援護に回る事で先ほどの自分の醜態を隠そうと躍起になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰か…誰か助けてお願いだから!」

 

 そうしてあの橋で危機的な状況を皆の援護に回る事で骨を多数驕った。常日頃からの鬱憤を晴らす様に我武者羅に動き回り自分に気が付かない数多の骨を葬った。

 

 結果的に皆は助かった。しかし自分の事を普通に認識し話しかけてくる柏木が瀕死の重傷を受けた。

 

(俺のせい…だよな)

 

 自分の責任ではないにしろどこかであの時殺意に飲まれていた自分が悪いのだと思った。結局は呪いに負けず人に接すればよかったのだ。辛抱強く、諦めずに。自分や他人の危機でようやく冷や水を浴びた様に自らが悪いと気が付いたのは皮肉だった。

 

 血を流し今にも消えそうな柏木の姿を見て自分の愚かさを認識してしまった。人に身勝手な八つ当たりをしてしまう愚かさも一緒に。

 

(はぁ…生きて帰れたらちょっと考えよう)

 

 柏木はなぜか無事に助かった、理由は分からずじまいだがどうでも良かった、ようやく頭が冷えたときにはふとそんな事を考えていた。影の薄い自分でもできる事があり役に立つことがあるはずだと思い治す様にした。   

 

(陰に徹する黒子。他の誰もが気付かない自分ができる事、…何だ考えれば結構役目あるじゃん)

 

「お前らはどうするんだ。どう行動するんだ」

 

 宴会騒ぎで柏木に問いかけられ、改めて考える。だがすぐに答えは出た。割と単純な自分に苦笑が出てくる。

 

 

 

 

「天職…変わってるな」

 

 自分のステータスプレートを見ればそこには「暗殺者」の天職は無く別の天職があった。なぜそうなったのかはわからないが、まぁ心境の変化という奴だろう。

 

「野村、永山。柏木はああ言ってたけど、二人はどうするんだ」

 

 ボヤ騒ぎから解散し、野村と永山に今後について聞いてみた。今回はちゃんと自分を認識してくれて二人は少し考え込んだ。

 

「俺は…訓練しようかなって思ってる。そりゃ只のガキだから役に立てないけど…やっぱ女の子には情けない所は見せたくないし」

 

 後半はぼつぼつと小声だったが野村は戦う事は決めたようだった。きっと辻綾子が関係しているのだろう、どこまでも一途で報われてほしい物だと思った。

 

「俺もやる。今度は負けん」

 

 永山も言葉少なくてもはっきりと意思を表した。何を考えての事かは分からないが恐らく自分と似た様なものなのだろう。

 

「遠藤は?お前は」

 

「俺か、俺は…まぁお前らと一緒」

 

「む?…フッ ああ、そうだな」

 

 言葉には出さなかったが永山には気が付かれてしまった。まぁ些細な事だろう。だって

 

 

 お前たち(友達)を守りたい なんて恥ずかしくて言えないから。

 

 

 




遠藤浩介 誰からも気づかれ難いという呪いがある。友人は愚か家族に機械さえも彼の存在を認識するのは難しい。無視をされるのはとても傷ついていた。「存在感が薄い」些細な言葉でも常日頃から言われれば誰だって嫌になる。


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軽やかな風

今回は短いです

ちなみにですが、この物語滅茶苦茶あっさりと終わる予定です。え、これで終わり?見たいな位にあっさり風味です。しかし物語としての進みは牛歩の如くゆっくりする予定です。お陰で未だ皇帝とは会えませんし、会うのはもう少し後の予定です。

やりたい事だけをやり続ける物語ですが今後ともよろしくお願いいたします。



 

 

 夢があった。小さい頃無邪気に願い望んだこと。到底不可能な幼少期の願いがあった。

 

 

 

 

 自分は…あの空を飛んでみたかった。

 

 

 

 

 

 異世界トータスに召喚され斎藤芳樹は風術師言う天職を手に入れた。風の魔法を操るファンタジーではなんてことはない天職。自分がその力を手に入れた時さして興味は無かった。異世界と言う事情になれるので精一杯だったからだ。

 

「魔法か…ケッ良いよな斎藤。お前はスゲェ力を手に入れてよ」

 

「そんな事無いよ~出来ても扇風機替わりじゃん」

 

「…物を切り裂く扇風機って一体?」

 

 檜山達に皮肉られたが斎藤にとっての魔法なんてそんな程度の軽い認識だった。これで戦争をしろと言われようが人を殺せと言われようが斎藤にとっては実感がわかなかったのだった。

 

 

 そんな認識が崩れ落ち自身の事で悩むようになったのはオルクス迷宮での一件だった。

 

 狭く暗い洞窟で初めて味わう死と隣り合わせの時間。いつ死んでもおかしくは無かった、柏木が死にかけた時もしかしたら自分も…と考えだしたのもそのときからだ。

 

 

「………綺麗な空」

 

 鬱屈した数日を過ごし、前日の馬鹿騒ぎを得て斎藤は王城の中で最も空に近い場所に足を運ぶようになった。

 

 時間は昼近く、見上げる空は雲一つない青空で日本では見られないような晴れ晴れとした空だった。

 

(…日本は大気汚染があるからなぁ~)

 

 日本ではどんなに空を見上げていても自身の望む空が見える事は無かった。手を伸ばせば届きそうになる空を見上げてふと幼少のころを思い出した。

 

 

 斎藤がまだ小学生に上がる前のころ家族と一緒に小さい山へとハイキングに出かけた時だった。何の変哲もないピクニックで何でもない日常の風景だった。頂上までたどり着きそこで家族一緒になって記念撮影をしていた時斎藤は何一つ遮るものない空に感動しずっと空を見上げていたのだ。

 

 

 誰もが手の届かない果てなき青い空。自身を誘う広大な空。

 

 

 その光景は斎藤の記憶に強烈に焼き付けられ、いつか空を飛んでみたいと夢を持つようになった。あの果てない青空のもとへと。

 

 しかし、夢は枯れ果て朽ちるもので、年月が経つにつれ次第にその夢を薄れさせてしまったのだ。幼少期の純粋な願いは何時しか灰色の現実となってしまった。

 

「……人は空なんて飛べないんだよ」

 

 空をぼんやりと見上げ呟く。成長するにつれて現実を理解していき、夢は適えるものではなく夢見るものだと気付いてしまった。幼き頃の自分に諦め諭すように声を掛ける。くだらない事を夢見ているんじゃないと。空を見てざわつく心を押し隠す様に。

 

 

 

「お、空いてんじゃ~ん。って斎藤?」

 

 昔を思い出しそんな鬱屈染みた気持ちになった時現れたのは柏木だった。足取りは軽くなぜか楽しそうに笑っている。息を吹き返した柏木は…死にかけたはずのに余り気にしている風には見えなかった。

 

 …それが少しだけ気味が悪い。

 

「隣良いか?」

 

「…ん、良いよ~」

 

 といっても別に嫌な奴ではないのだし空を見上げる自分の邪魔する気も無さそうだった。隣に座り込んだ柏木は呑気に空を見上げている。

 

「うーん。やっぱトータスの空は綺麗だよなぁ」

 

「…そーだね」

 

「召喚された時初めてこの空を見たときびっくりしたよ。こんな綺麗な所があるのかって」

 

 言われてみれば召喚されたときの事を思い出す。確かにあの時初めてこの世界の空を見たとき感動していた。こんなに爽やかな空があるのかと思わず言葉に出したぐらいだ。

 

「二酸化炭素が少ないからかなぁ?あの空を飛行機で飛んだら気持ちよさそうじゃね?」

 

「ははっ 飛行機なんてあるわけないじゃん。馬鹿じゃないの?」

 

 くだらないことを話す柏木に皮肉気に笑う。こんな世界に飛行機なんてものは無い、地球にある様な空を飛ぶような発達した技術は無いのだ。

 

「そっかー うーんなら魔法で空を飛ぶことは出来ないのかなぁ」

 

「そんなの…出来る訳」

 

 出来ないのだろうか、ファンタジーの世界で空を飛ぶことは本当にできないのだろうか?ふと思いついた小さな疑問はざわついていた心に深く沈み込み大きく広がっていく。

 

「そうかぁ?出来ないって思うと本当にできなくなるぞ。大体魔法だぞ魔法、化学では解明できない奇妙で摩訶不思議な力。つーかファンタジーを謳ってるのならせめて飛行位は出来ないと…」

 

 隣でぐだぐだと話す柏木を置いといて考えはどんどん空を飛べるかどうかへと変わっていく。意図せずか無意識か柏木がそばにいるとどんどん疑問と可能性が膨れ上がってくるような気がするのだ。

 

(風…風の魔法 空気を操る術師)

 

 自身の天職風術師は風を使う術師である。風とはつまり空気の形を変え動かしているに過ぎない。例えば『風刃』なら空気を刃のように扱っているに過ぎない。だったらただ風を出すだけなら?それはとても簡単な事だった。一番最初に出来たことで一番最初に覚えたことだ。

 

(風の出す方向を変えて…空気の流れを…)

 

 どんどん空気の操り方風の力、様々な事を思いつく。湧き上がる泉のようにアイディアが止まらないのだ。自身が使う魔法、魔力、そして可能性。そのどれもが諦めてしまった自分の夢へと届きそうになるのだ。

 

「つってもまぁ可能性ってだけの話なんだけどな」

 

「柏木は…」

 

「ん?」

 

「出来ると思う?魔法の力なら空が飛べるって本当に思うの?」

 

 理論の構築、自身の可能性。検討し出来ると頭が判断してしまった。しかし心はまだその一歩を踏み出せずにいる、故に隣にいた無責任な男に確認をする。お前は信じる事が出来るのかと。

 

「出来るさ。最も魔法の力じゃなくて斎藤の空を飛んでみようって思いがあるのならどこへでも飛んでいけるって俺はそう思っている」

 

 ケラケラと笑う何処までも無責任な男。しかしそれだけでよかった、どこへでも行ける出来て見せる、踏み出すためにはその言葉が何よりほしかったのだ。

 

「そうだよね、それじゃあっと!」

 

 軽い気持ちで塀に飛び移る。一歩足を踏み出せばそこは断崖絶壁…ではないが地面までは数メートルある高さだ。落ちたらいくら身体能力が上がっているとはいえひとたまりもないだろう。

 

「お、おい何やってんだよ!?」

 

「何って、飛ぶんだよ、空へ!」

 

 慌てた柏木が焦って掴みに来るがもう心は晴れたのだ。飛び上がる気持ちのままに足を一歩踏み出す。

 

 

 

「は、ははっ!」

 

 途端に重力に従い真っ逆さまに堕ちて行く。当たり前だ、たとえ異世界でも重力があって人間は空を飛ぶ生き物ではないのだから。

 

 

 でも、その墜落感が心地いいのだ。まるで先日やった野郎だけの飲み会のテンションのように。

 

 

「あっはははっはははは!!!」

 

 頭の中で構築された風の魔法を使う、心の赴くまま、風が吹くまま。幼少のころ見たあの空へ飛べるように。瞬間浮き上がっていく体。

 

 

 

 

 適わなかった夢を羽ばたかせる。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 斎藤が落ちた。

 

 

 話をすればその単語一つだが、起きたことは割とシャレにならない事態だった。なんだか元気がなさそうだったので少しばかり雑談して話を誘導しようかと軽い気持ちで目論んでいたらら何を思ったのかアイツはいきなり飛び降りたのだ!

 

「え?は?…うわぁ!?」

 

 慌てて体を掴もうとするが時すでに遅し、斎藤は身を乗り出して落ちて行ってしまった。いくら異世界で体を鍛えていてもこの高さだ。いくら身体能力が上がってももしかしたらと言う可能性がある。

 

 まさか自分のせいでこうなってしまうとは、頭が真っ白になってる中、いきなり目の前を何かが飛んでいくのを見た。

 

「あっはは!良いね空を飛ぶって!」

 

 呑気でしかし楽しそうな声は上から聞こえてきた、恐る恐る見れば、…そこにいたのは斎藤だった、屈託なく笑って空を漂っている、どういう理屈で空にいるのかわからないでも確かに斎藤は空を飛んでいたのだ。

 

「お、お前大丈夫なのか!?」

 

「お陰様でね。ははっ!何だ簡単な事だったんだ」

 

 何を納得しているのかさっぱりわからないが、本人はいたって楽しそうだ。一瞬頭が真っ白になった自分が何だが滑稽で思わずため息が出てきてしまった。

 

 

「どうだっていいけど、早く降りて来いよ…ほら」

 

 いまだ空中に浮いている斎藤に向かって手を伸ばす、何時魔力が切れるのかわからないのだ。さっさと降りて来いという気持ちを込めてなのだが…

 

「あ、折角だから柏木も空を一緒に飛ぼうよ」

 

 なんと斎藤は俺の手を取って上昇し始めたのだ!グイッと手を引っ張れる感触と足が地面から離れる感覚。怖いってもんじゃない!

 

「ちょ、おま!?」

 

「大丈夫大丈夫、怖いのは最初だけよ」

 

 そんままふわふわと飛び上がって行きついには下を見れば町がみえてくる。これは…怖いってもんじゃない!やべぇ!やばすぎる!

 

「ままっままてくれ!おろ、降ろしてくれ!」

 

「や~だよー。それよりもっとこの先まで行こうよ!」

 

 ぐんぐん高度を上げていく。気のせいか息苦しくなってきたし寒くなってきた。異世界でも酸素濃度とかあるのか?大気圏とかあるのか、そもそも宇宙ってあるの?様々などうでも良い疑問が頭をよぎる。…怖すぎてそんな事でも考えないとマズいってのあるけど

 

「ねぇ見てよ柏木」

 

「あ!?なにをだよぉ!」

 

「空。綺麗だよね」

 

 宙ぶらりんのまま斎藤に声尾を荒げるが帰ってきたのはどこか呑気な声。掴まれている腕を外さない様に見渡すとそこには…

 

 

「うわぁ…真っ青だ」

 

 雲一つない澄み渡るような青空が広がっていた。地上では森やら砂漠やらがみえ青とのコントラストがとても美しい。言いたくはないが確かにこれは綺麗で斎藤が見惚れるのも仕方のない事だ。

 

「僕さぁ」

 

「あん?」

 

「いつか空を飛ぶ職業に就くよ。…この空を僕は忘れない」

 

 それはとても真剣で、願いが込められたような響きがあった。何を悩んでいたのかは知らない、何を思いつめていたのかわからない。けどどうやらフッきることが出来たようだ。なら俺はその思いを尊重しよう。

 

「そっか。ならちゃんと日本へと帰らないとな」

 

「うん。…それじゃあ降りて行こう、僕達の帰るべき所へ」

 

 

 高度はだんだん下がっていく。手を伸ばせば届く空は遠くなっていく。しかし斎藤は満足そうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒィィイヤッホオオオオオ!!!」

 

「待て!降りて来い斎藤!テメェがはしゃぐと俺が怒られるんだよ!」

 

 その後斎藤は空を飛ぶことに熱中し今では低空飛行で訓練所を飛び回る事となった。人間が空を飛ぶという事情を知ったメルド団長は口を大きくあんぐりと開けやホセ副長はブツブツと呟き頭を抱えてしまったが、何だかんだで受け入れてくれたらしい。

 

 最もむやみに空を飛び回らない、王国内でしか飛行を許さない、などの条件が課せられ破った場合は討伐対象となってしまうという約束事が決められたがそれでも斎藤は文句や不満一つ洩らさなかった。

 

「ヤッホー!檜山も空を飛んでみる!?」

 

「そういってどうせ引きずるんだろ!誰が飛ぶか!」

 

 自由に空を飛び檜山に追いかけれらながらも楽しそうにはしゃぐ斎藤。最も空を飛べるのはこの異世界トータスにいる間だけだろう。本人がその事を宣言したし何より日本に帰ったら航空関係の仕事に就くと話をしていたのだ。

 

 しかしそれでいいのだ。斎藤はあの日見た青空を忘れない限り何時だって空を飛べるのだ。 

 

 無邪気に笑い、両手を広げ風を受けるその姿はまるで夢がかなった小さな子供のように見えたのだった。

 

 

 

 




斎藤芳樹  原作ではモブだった人。空を飛ぶという夢を諦め適当に日常を過ごしていたが異世界で何の因果か風術師となった。夢への憧れが限界突破したのか空へ飛ぶ快感に魅入られ現在訓練所を低空飛行する毎日。そして檜山に怒られる。


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悪夢を乗り越えて

彼の話第一弾。
本当に彼についてはやりたい事が多くて困っちゃう。



 

 

ピチョン…ピチョン…

 

 水滴が落ちる音で目を覚ます。怠く力のない体であたりを見回せば、其処は眠る前と変わらない薄暗い洞窟の中だった。

 

「ここは…ああ、そうか」

 

 オルクス迷宮の戦いの中奈落へと落ちてしまい、魔物と遭遇し、逃げ隠れて青く光る水晶体の意思の前で意識を失ったのだ。体を見回しても左腕は無くなったままだ。

 

 一向に悪夢は消えない辛い現実の真っただ中だった。

 

「夢…?」

 

 現実から逃げる様に先ほどまで見ていた覚ろげな夢を思い出す。とても変な夢で、しかし比べもにならないほど温かい夢だった。

 

 

 昼休みは友人たちと下らない雑談をしていた、そんな記憶は無いのにとても和やかだった。

 異世界に召喚されてから無能扱いはされることは無かった。ステータスで価値を決めない騎士団だったからだ。

 訓練所で檜山達にいじめを受ける事は無かった、そもそも檜山達との仲は自分と比べてとてもよかった。どうしてそうなっていたのかよくは分からないが。

 

 

 だがそんな事より何よりの違いがあった。

 

「…アレは…誰だろう?」

 

 淡く蒼く光る神結晶を見ながら脳裏に思い出すのは夢の中の自分の傍にいた明るく笑う少年だった。いつもそばにいて笑いかけてくる。それは自分が得られなかったもので…

 

(あぁ……また意識が…)

 

 夢の中の自分に羨望を抱きながらもまた痛みと空腹によって意識が朦朧とする。

 

 オルクス迷宮深層の小部屋で南雲ハジメは何もできない中助けを待ち続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 慌てて飛び起き掛け、自身の左腕を見る。そこにはちゃんと腕があり手もしっかりとくっついていた。冷たく流れ出た冷や汗を乱暴に拭い去り大きく息を吐いた。

 

「はぁ……何なんだよアレ」 

 

 オルクス迷宮から帰還してから南雲ハジメは日夜見る悪夢に魘されていたのだった。

 

 

(心労がたまっている?……じゃないよね)

 

 朝の支度を整えながら考えるのは今朝見た悪夢だった。オルクス迷宮から帰ってきてから見てきた夢がだんだんと鮮明になりつつあるのだ。

 

 内容としては、何故か親友である柏木がおらず、ひとりぼっちでクラスの皆から疎まれている自分がオルクス迷宮で奈落に落ちてしまい、魔物に襲われ左腕を失くしながらずっと隠れているというなんともリアリティのあるようでないような夢を見続けているのだ。

 

 そんな悲惨なめに合っていないと鼻で笑いたいのにどうしてか妙に現実感のある夢だった。

 

「僕はちゃんと生きている。何もなくしてはいない…そうだよね」

 

 確認する様に鏡に映る自身に問いかける。失くしたものは無く、親友が死にかけたりなど大変なことも有ったが無事に帰ってきた。それなのにどうしてだろうか、鏡に映る自分はとてもつらそうに顔をゆがめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 最近南雲の様子がおかしい。いつもと変わらない風に振舞っているが、ぶっちゃけ一目でわかるのだ。

 

「えっと…何でもないよ?」

 

「嘘だっ! ってのは置いといてお前滅茶苦茶目に隈が出来ているぞ」

 

 理由は簡単、南雲の目に大きな隈が出来ているのだ。これは寝不足なのだろうか、確かにゲームのやり過ぎでこんな隈を作ってきた時もあったが…不健康そうなのが一目でわかる。

 

「最近眠れていないのか?お薬だす?一飲みするだけでスヤァ出来るやつ作ろうか?」

 

 何せ俺の身体は製薬プラントだ。睡眠薬なんざ朝飯前である。無論飲みやすいように錠剤や粉末、飲み薬にだってできちまうのだ。だから不調があるのなら遠慮なく行ってほしい。俺とお前の仲だろ?余計な心配は不要ら!…ところで医者でもないのに睡眠薬を作るってマズくね?素人が作るおクスリの危険性はいかに。

 

「あはは…」

 

 お薬を渡そうとしても苦笑いするばっかりである。…ふむ!これは迷惑を掛けるかもしれないという奴ですな。水くせぇ…俺とお前の仲では無いか。

 

「と言っても…分かった分かった。ちゃんと話すよ」

 

 ハァと溜息をつきながらようやく重い口を開くことにした南雲。取りあえずお茶を用意しながら何が起きているのかを聞くことにするのだ。

 

 

 そうして話を聞き終えて…

 

「…ふむ。俺が居なくて南雲があの橋から落ちてしまったIFの未来か…」

 

「理解力速いね!?」

 

 だって実際そのIFの未来をアリスさんから教えられたから知っているもんね。しかしどうしたものか。何故その夢を見ているのかを突き詰めるのが先かそれともどうやったらその悪夢が消せるかが主題になりそうだな…

 

「んー一応聞くけどどうしてそんな夢を見ているのか心当たりある?」

 

「あったら自分でどうにかしているよ。…ホント分からないんだ」

 

 心底困っている様子の南雲だ。ふぅむ…これは心当たりは本当に無さそう。SFもんでも見ればわかるだろうか。 今は取りあえず情報が少ない。なら取れる手段としては…

 

「よし、南雲今日は一緒に寝よう」

 

「えっ!?…マジで?」

 

「マジ。それでお前が悪夢を見たら俺が起こす。とりあえずはこれで様子を見よう」

 

 困惑する南雲だがここは押し切らせてもらおう。どんな夢なのか、どういう状況なのか分からないけど。ひとまずは俺がそばに居よう。そう告げると気恥ずかしそうに南雲は照れていた。

 

「うん。じゃあ…お願いします」

 

 

 

 

 

 という訳で深夜。自室に戻るのではなく今夜は南雲の部屋でお泊りだ。先ほどまではぺちゃくちゃお喋りをしていたがやはり疲れていたのか今はベットの中でお休みだ。

 

「……ぅん…」

 

 変化が起きるまで調合の勉強をしていたところ、割とすぐに変化が起きた。眠っている南雲が唸り始めたのだ。眉間に皺をよせ何事かを呟いている。

 

「…どうして…」

 

「南雲?」

 

 何やらうわごとを言っているようだ。胎児のように丸まり左腕を抑えていた。眉値がさらに寄せられ苦痛でも感じているのか左腕を強くつかんでいる。

 

「…死にたくない。…どうして僕が……こんな目に」

 

 うわ言の内容は主に死にたくないと生き足掻こうとする声となぜ自分がこうなったのかと恨むような声だった。流石にこのまま起こさないわけにもいかない。体を揺すり南雲を覚醒させる。

 

「おい起きろ南雲。お前が何見てんだか知らねぇけど、俺はここにいるぞ!」

 

「うぅ……たすけ……ぁ」

 

 目を開き焦点の合わない瞳で俺をぼんやりと見つめている。目を覚ましたがまだ意識はハッキリとはしていないようだ。

 

「平気か?大丈夫か?痛むところは無いか?」

 

「君は……ああ、僕の柏木君だ」

 

 最初は不思議そうにしかし段々と思い出してきたのかようやく俺をしっかりと見つめてきた。取りあえずは一安心だろうか。

 

「思いっきり魘されていたぞ…本当に大丈夫か?」

 

「酷い夢だったよ…お腹が空くのに食べるものは何も無くて…腕を失くしているから幻肢痛も起き始めて…」

 

 夢の内容を鮮明に覚えているのだろう、嫌に実感がこもっている顔で酷い寝汗だ。先ほどからしきりに左腕をさすっているのは幻肢痛を和らげようとする本能か。

 

「暗くて狭くて…助けを待つんだけどずっと来なくて…」

 

「平気だ。ここはオルクス迷宮じゃない。飯もあるし明かりもある。何なら少しお菓子でもつまむか?」

 

「ううん…少し話し相手になってくれないかな。少しだけでもいいから」

 

「お安い御用だ」

 

 つくづく南雲が夢見る世界には俺が居ないことが悔やまれる。俺がいたら少しは…何とかなるのかなぁ?兎も角今は南雲の話し相手をしよう。それで失くしたSAN値は少しは回復するだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ…まだ来ないの」

 

 奈落の底に落ちてから早何日だろうか。ずっと同じ場所で蹲っているのだから時間の感覚はとうに失せてしまった。

 

(もしかしてこのまま…)

 

 何度目を開けても変わらない光景に心が摩耗していくのが分かる。神水を飲んでも傷や体が治るだけで心が癒されることなどないのだ。

 

(夢…あの夢は何なんだろう)

 

 幻肢痛と飢餓感をまぎ割らすために微睡みの中に垣間見る夢の事を思い出す。夢の中の自分には労わってくれる友人がいた。傍にいて気遣ってくれて…

 

(羨ましい…僕にはそんな人いないのに)

 

 夢の中の自分へ嫉妬する。気遣う友人がいるそれが羨ましく、又悲しくもあるのだ。

 

(痛い…怖い……あと何日待てばいいんだ……あとどれだけ…)

 

 時間の感覚が壊れいく、しかし恐怖は一向に消えない。寂しさと恐怖となぜこうなったのかと言う疑問を抱きながら意識を失うようにしてまた暗闇の中へ…

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、日が昇ってきたところで南雲はまたウトウトし始めたので今度は俺の薬で眠ってもらう事にした。睡眠薬は手頃に作れるので今回は夢も見ないぐらいに深く眠ってもらう事にしたのだ。

 

「さて、それじゃちょいと一肌脱ぎましょうか」

 

 親友の一大事、今回は俺がマジで動かないと取り返しのつかない事になりそうだ。

 

「ひとまず状況の整理をしよう。そして相談だな」

 

 まず、南雲は悪夢に魘されて体調が悪化している。精神的に削られているとでもいうのか、顔色がとても悪い。原因は悪夢で内容で一人でオルクス迷宮内で居るという内容だった。腕が魔物に食われ、変な鉱石で回復はしたものの精神的に出られなくなっているというのだ。

 

「コレについては…アリスさんに聞こう」

 

 なぜそうなったのかはアリスさんいでも聞けば早いだろう。俺の居ない世界、仮にIF世界ならアリスさんが知っているはずだ。知らなかったら折檻じゃ!

 

 次に南雲のケアである。悪夢の内容は分かった所で取り除く方法があるとは言えない。俺は心療内科の先生ではないし、この世界の人間に果たしてメンタルケアができるかと言うと…正直不安がある。つまり南雲自身で克服してもらうしかないのだ。となると…これは俺の手には余る。誰かほかの奴に助力を頼むのが先決だろう。

 

 …なんや俺誰かに頼んでばっかやな!?ま、別にいいんですけど。南雲が助かるのなら俺のプライドはポイだ!

 

 

「取り残された夢を見る…ですか」

 

 解放者の住居にて俺はアリスさんに南雲の事で相談をしに来た。遊びに行きたいと言えばいつでも来られるのがここの良い所で秘密の話をするにもうってつけでもあるのだ。

 

「南雲が見る夢には俺が居なくてベヒモスと一緒に落ちてしまったというけど」

 

 知っているよねと確信を持った言い方をすればやはり心当たりがあるのかむむむと唸りだす。うーんこのアリスさんに対しての絶対的な確信を持つのは何故だろうか?まぁ今はそれどころの話ではないか。

 

「…あの世界を何故夢として?…逆流?あり得るのかそんなアホな話が。しかし実際に起こっているとすると…あーもしかして?」

 

 頭の中でいろいろと考えているだろう、疑問が口に出ているのはその為か。

 

「ふむ、取りあえず理由は分かりました。しかしどうしましょうか。いっそ私が無理矢理矯正しますか?」

 

「一応聞くけど、何するの?」

 

「魂魄魔法という神代魔法がありまして対象の魂を好き勝手弄れる魔法で「却下」でしょうね」

 

 人の中身を弄繰り回す不穏な単語しか聞けない魔法は却下だ。しかし方法を考えると結構手詰まり感がある。ふむ、もうちょっと整理をしなければ。

 

「取りあえずだけど、その世界の事色々教えてくれる?何か解決の糸口がつかめるかも」

 

「うーん。あんまり語りたくはないので取りあえず南雲君が落ちる前後なら話すとしましょう」

 

 渋々と言った様子でIFの世界の事を説明してくれるアリスさん。そこで何か解決の糸口がつかめればいいのだが…

 

 

「…あんまり変わんないな」

 

 大まかな所は変わらないらしい。一応ホルアドの町に着いたところから説明を受けたが、落ちるまでは大まかな流れは変わらないようだ。

 

「深夜に白崎さんと出会って、檜山君に妬まれて、迷宮では錬成の力を使って訓練して、トラップに引っかかって、混乱して殿を務めて、魔法が当たって落下。落下した先で奇跡的に生還して脱出しようとするけど爪熊に遭遇して左腕を食われて、逃げ込んだ先に()()()()()()()神結晶があってそこで籠城。そして幻肢痛と飢餓に苛まれて狭い空間と暗闇のコンボで発狂、悪落ち即落ち2コマ。大体こんな感じですね」

 

「なんとまぁ…」

 

「悲惨ですよね。まるで物語の主人公みたいに」

 

 肩をすくめお手上げのポーズ。どうやらそのIF世界についてはあんまりいい思いはなさそうだ。俺も聞いていて良い気分はしないのであんまり根掘り葉掘り聞くのは止めておこう。

 

「この中で、南雲を救う手立ては…」

 

 例えば籠城することになった爪熊の除去。…駄目だな。元凶を倒したところで救われるとは思えない。寧ろ別の要因が立ちそうだ、例えるのなら悪堕ち。

 

 お次は魔法を放った檜山を成敗! …これは悪手だな。寧ろ俺がそんな事はしたくないし檜山を追いつめる南雲なんて絶対に見たくもない。

 

 他には、腹いっぱいにさせて広々としたところで寝させる?…意味ないな。そもそもの話コレは根本的な解決になって無さそうだ。

 

「夢の中の南雲君が現実の南雲君を侵食しているというんでしょうか。両方に重なる部分があればいいんですが…」

 

 とは思案しているアリスさんだ。ふぅむとなると……………あ

 

「何かティンと来た」

 

「ふむ?一体何がですか」

 

 夢も現実も同じ軌跡を描いたのならきっとアイツが南雲に会いに来ている筈!正直協力を要請するにはこれ以上なく適任で恐らく俺以上に南雲の事を想っている奴がいる!

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーわけで「いいよ、南雲君のためならなんだってするよ」だろうと思ったよ…」

 

 俺の前でやるぞと鼻息を荒くする10人中12人が美人だと称するこの女の名は白崎香織。俺にとっての面倒な相手であり南雲に絶賛色ボケ中の元ストーカーである。 

 

 夢と現実で同じことがあったとするなら白崎が南雲に会いに行ったのは変わらない筈だ。居なくなる南雲を心配して部屋に会いに来て…その恋心はここでは結構なアレだが夢の世界では普通の少女のはず。…多分。だよね?

 

「夢だろうが現実だろうがどんな世界であっても私は南雲君の事が好きだし誰よりも大切だと思っているよ」

 

「一々分かり切ったことを言うなこのヘタレ。そう言うのは面と向かって本人に言えや」

 

「だって、もし拒絶されたら襲っちゃいそうになるから…」

 

 しょぼんと項垂れる正真正銘の肉食ヘタレ脳内淫乱ピンク女だが、まぁ南雲の事については誰よりも信頼しているのだ。そして…恐らくはおじさんやおばさん(南雲の両親)よりも南雲の事を大切に考えている。

 

 しかも嫌な話だが、俺の居ない世界ではクラスメイトの中でただ一人白崎だけが南雲について好意的だという事実があるのだ。…本当に考えたくないなぁ南雲が一人ぼっちで白崎しか話しかけないような状況。なんでそうなったんだろうね。 

 

「取りあえず事情は分かったけど私はどうすればいいの?…流石に魔法を使ってと言うのは嫌だよ」

 

「俺かって魔法でなんでもかんでも解決なんてのはゴメンこうむる」

 

 魔法を使えばすべてが解決なんてのは、頭にも心にも悪そうだ。視野を狭めて短絡的な行動にしかできない様になってしまう。分かりやすく言えば考える力が退化し、魔法を前提にして考え、全ての事柄を楽に見て軽んじるようになってしまう可能性があるのだ。

 

「へくしっ」

 

 ……あ、今特大ブーメランが何故か俺に刺さった気がする。うぅん?

 

「取りあえずは…南雲に内緒で部屋に忍び込んでもらおう。後はその時になって考えよう」

 

「!? ま、まさか恋敵から夜這いの許可が下るなんて…これが勝者の余裕?…はぅ!?」

 

「アホな事言ってんじゃねぇ 後誰が恋敵だ」

 

 アホな事を言ってる脳内ピンクに凸ピンを一発。割とこっちはマジなのだがそこでふざけられると困るのだ。あの様子の南雲じゃこのまま魘され続けると何が起こるか分からないのだ。それこそ手遅れになるのではないかと思わせるほどに。

 

 しかし白崎はそんな俺の焦りを見抜いていたのか、凸ピンされた額から手を離すと割とマジなトーンで声を出してきた。…たまに見るガチの顔だった

 

「知ってるよ、柏木君が本気で南雲君を心配をしている事ぐらい。でもだからこそ私達が焦らずに行かないと。気が付いていない?今の貴方緊張で顔がガチガチになってるよ」

 

 言われて割と自分も余裕が無いように顔が強張っている事に気付く。頬をムニムニとこねくり回し緊張を和らげる。

 

「…サンキュー」

 

「どういたしまして」

 

 小さく礼を言えば華やかに笑う白崎。こうやって話していれば只の美少女なのに…本当にもったいない。

 

 

 

 

 

 

 という訳でやってきました。深夜のお時間です。白崎は隣の俺の部屋で待機してもらって南雲の部屋では俺と南雲がたわいもない雑談を興じている。

 

「それじゃ…今日も魘されていたらお願いね…」

 

「おう、任せておきな」

 

 やはり上手く眠れていなかったのか欠伸を一つしいそいそとベットに入り込む南雲、これだけだったら問題ないのだが…数分もすると小さな寝息が聞こえてくる。

 

「南雲君、眠った?」

 

 それからしばらくして音もなく部屋に入ってきたのは白崎だ。何時になく慎重に行動するその動き方はまるで暗殺者のそれだ。…どうでも良いけどこれ他の奴らに見られたら絶対誤解されるよな?あ、もしかしてそれも込みで受けたのか。やっぱコイツ油断ならねぇ。

 

「うぅ……」

 

 そうこうして居る内に南雲がまた魘され始めた。今回はもっとひどいのだろうか、すぐに汗がで初めて来た。

 

「……死にたくない。…死にたい…死にたく」

 

 死んでさっさと楽になりたい、けど死にたくない。矛盾した考えだがそんな事を考えてしまうほど苦痛な悪夢…夢の南雲が陥ってる世界なのか。…本当にどうして南雲がこんなひどい目に遭わなきゃいけないんだろうね?俺、馬鹿だから誰か教えてほしいよ。

 

「南雲君……」

 

 白崎が心配そうに南雲に近づき持っていたハンカチで額の汗をぬぐう。…今更な話だが俺は白崎を呼んでどうするつもりだったんだろう。呼び出して置いて何も考えていなかったのである。

 

 しかし、白崎なら何とかしてくれるという確信があるのも事実だ。…本当に人任せになってきたな俺。

 

「南雲君。…ごめんね。約束したのに守れなくて…」

 

 魘されている南雲へ謝り、静かでしかし優しい手つきで頬に手を触れる白崎。

 

 

 ……駄目だな。何も出来ない俺はここから出よう。きっとここにいても俺の存在は意味が無い。

 

 

 音を立てない様に部屋を出て扉を閉める。白崎がそばにいるのなら南雲は大丈夫だろう。自分の部屋に戻りベットに腰かけ、ふと考える

 

「…俺の居ない世界か」

 

 俺の存在しない世界。似ていても何かが違ってずれた世界。…何だろう。本当に俺はイレギュラーのように感じてしまう。

 

 小さい頃から誰もが考えるどうして自分はこの世界に生まれたのだろうかと言う哲学染みた考えがふと頭に浮かぶ。それと一緒になって思い出すのは召喚される直前に見たあの夢。

 

「…もしかして俺は、俺は本当はこの世界にいないのが正しかったりして」

 

 ふと呟いた言葉、しかし妙なリアリティがあるように感じるのは…気のせいでもなさそうだ。南雲の事、これからの事、そして妙に気になるアリスさん事。色々考える事はあるけど、そのうち俺は睡魔に負けて眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「どうして…助けてくれないの」

 

 うわ言、しかしそう切り捨てるには余りにも芯の入った言葉だった。ハジメの傍に近寄り頬に触れる。誰よりも好いている少年の晴れない痛みと悪夢が手に取るように伝わり思わず顔が歪む。

 

(…どうして私は南雲君に甘えちゃったのかな)

 

 交わした記憶のない守るという約束、しかし守れなかった。只の口約束、しかしてその約束は何よりも守るべきものだった。だから、ハジメの一言一言が胸にズキリと痛みを与えてくる。

 

「誰も……てくれないなら…おれ「南雲君。この音が伝わる?」

 

 魘された南雲から何か黒いモノを感じ取った香織はハジメの左腕を掻き抱くようにして自身の胸、正確に言えば心臓に手の平が当たる様に重ね合わせた。

 

 ドウンッドクンッと心臓の音は一定にその存在を主張している。その音が伝わったのかハジメの震えが止まった。

 

「私ね、生きているの。南雲君が助けてくれたからなんだよ」

 

 子守唄を謳うように静かに語りかける。知らない誰かの記録を、誰よりも知っているはずの記憶を掘り返す様に。

 

「ずっと…ずっと言いそびれてごめんね。ありがとう南雲君。あの時南雲君が頑張ってくれたから私や皆が生き残ることが出来たの」

 

 ハジメの呼吸が穏やかになりつつある。それを確認し、重ねる様に自分の思いを伝える。

 

「だから、ごめんなさい。誰よりも貴方が助けを求めているときに貴方の傍に居なくて」

 

 不甲斐ない話だと内心毒づく。好いた男が必要としているときにそばにないとは余りにも情けなくまた自身が腹正しかった。 

 

「しら…さき…」

 

「今、私は貴方の傍にいる事は出来ない。けど私は貴方の帰りを誰よりも待っています」

 

 ハジメが流した涙を指先で掬い取る。焼けるような熱さがハジメが生きていることを実感させる。堪らずハジメの頭を胸に抱きしめた。

 

「生きて 生き抜いて。怖いよね苦しいよね。それでも負けずに生きて、貴方ならできるから。そして…私に会いに来て。私はずっと待っているから」

 

 酷い女だと、いよいよ香織は自分本位な言葉に反吐が出そうになった。夢の中のハジメは心が折れているというのにそれでも立ち上がって生きろと自分勝手に騒ぎ立てているのだ。

 

「………うん」

 

 永い沈黙の後にだされた小さな言葉は確かにハジメの声だった。眠っているハジメの眉は下げられ呼吸は穏やかになった。

 

 その様子を見届けると、香織はホッと一呼吸をし、ハジメのベットに潜り込む。汗ばんでいたのかシーツなどが多少べたついたが一向に構わなかった。

 

(ハジメ君…もう大丈夫だよね)

 

 ハジメの左腕を抱きしめ、その横顔を見つめる。安らいだかのように静かに呼吸するハジメは、もう悪夢に魘されることは無さそうだ。抱きしめた左腕の感触に温かさを感じながら香織もまた瞼が重くなっていく。何だかんだで多少の疲れはあったのだろう。

 

(今回は表舞台には立たないけど…私はハジメ君の傍にいるからね…)

 

 うつらうつらと最愛の人が横にいる事に幸せを感じながら香織もまたハジメと同じように寝息を立てていくのだった

  

 

 

 

 

「う…うん?」

 

 温かく優しい日差しを感じてハジメは目を覚ました。部屋の明るさからして朝だろうか。そんな事を考え乍ら天井を見てほっと息を吐いた。

 

 連日見続けた悪夢を今日は見なかったのだ。それどころか非常に夢見が良かったのだ。脳裏に宿るのは暖かく気持ちいい物に抱きしめられる、と言う何か本能的に幸福な瞬間を感じ取っていたのだ。 

 

 少々にやけながらもあの感触を思い出すハジメ、それはとても柔らかくずっと握っていたいものだった。そう今まさに左腕に伝わる感触のような…?

 

「うん?……ぇ?っっ!?」

 

 暖かな触感を確認しようとして大声を上げなかったのは幸いだった。可愛い女の子が居たのだ。それも自分の左腕を抱きしめて!

 

(え?なんで女の子が!?柏木君は一体どこに!?え、ええ!?もしかして柏木君女の子になっちゃったの!?女体化!女体化しちゃったの!?まさかTSが本当にあったなんて!?でも、あれこの人白崎さんっぽい?柏木君がTSしたらアリス…ってこの人白崎さんだ!!?!?) 

 

 現実逃避のような混乱しながら女の子を見るとなんと少女は白崎香織だった。何故か白崎香織が幸せそうな顔でスヤスヤと眠っていたのだ。まるで抱き枕のようにしてハジメの左腕をとても柔らかな胸に挟み込みむにゅむにゅと寝言を言っている。

 

「えへへ…ハジメ君」

 

「!?!??!」

 

 いきなり女の子(美少女)から甘えるように名前で呼ばれ現実を把握し一気に心臓が飛び跳ねるハジメ。何故白崎が居るのか理解が追いつかない、どうにか抜け出そうと思う物の

 

「むぅ…」

 

 力を入れた左腕はもう離さないぞと言わんばかりに白崎が抱きしめてしまうのだ。その度にハジメの脳へ香織の柔らかな胸の感触が逐次発信されさらに冷や汗が噴き出る。

 

(ど、どうしよう…落ち着け落ち着くんだ。こういう時は…二度寝をしよう!狸寝入りをしていればきっと白崎さんは起きて出ていくはず!)

 

 妥協案を見つけ目をつぶろうとした時だった。

 

「…ぁ、ハジメ君おはよう~」

 

 薄ぼんやりと目を開けた香織と目が合ってしまったのだ。寝ぼけ目ながらもふにゃりと嬉しそうに笑う香織はいままで見た中でひときわ可愛く一瞬見惚れてしまった。

 

「お、おおおおおはよう白崎さん」

 

「えへへ~おはようって言われた~」

 

 ああ、そう言えば朝の挨拶をするのはとても稀な事だっけと思いながらこの後起こるであろう珍騒動に内心頭を悩ますハジメだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…白崎さん?」

 

 左腕を見てもそこには依然として腕は無かった。それなのに確かに感触がしたのだ。あの月下の誓いを約束した女の子の生きている鼓動が確かに失くした左腕に響いてきたのだ。

 

「夢?…それにしては、随分と」

 

 おぼろげな夢を見ていた。内容はあんまり覚えていないが確かに香織の声が聞こえてきたのだ。取りあえずは朝ごはん代わりとして神結晶を一舐めする。

 

『生きて、会いに来て』

 

 その言葉が確かに頭の芯にこびりついている。黒いコルタールのように広がっていたどす黒い感情はきれいさっぱり失くしてしまった。後に残ったのは誓いをした女の子の声とこの現状を突破しようとする確かな決意だ。

 

「…女の子にあそこまで言われたらね。そりゃ男としては廃るってもんだ」

 

 爪熊に対する恐怖は確かに残ってはいる。しかしそんな事よりも可愛い女子に応援されたという事の方がはるかに大事だった。

 

「うん、早く帰らないとね、白崎さんなら余り余って追いかけてきそうだし…」

 

 かなりの天然が入った女の子を思い出す。うかうかしているとボロボロになりながらこんな所までやってきそうだ。それではさすがに男としてのプライドが許さない。自分を心配してくれた女の子が傷つくなんて男として情けないにもほどがある。

 

「幻肢痛は無くなったし…当面の問題は食料か。あるとすれば魔物肉。…この液体にずっと漬けていたら食えるかな?」

 

 現状を把握し帰る為の方法を模索する。もう恐怖で怯えている時間は終わった、残されたのはこの迷宮から生きて帰るという確かな意志のみ。

 

『貴方の帰りを待っています』

 

「ああ、必ず帰るよ。だから待っててね白崎さん」

 

 たとえ夢だろうが妄想だろうが、香織なら待っているだろう。ならあの少女の元へ帰らないと。温かい物に包まれた失くした腕をさすりながら南雲ハジメは暗い迷宮の中で恐怖を克服したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




一言メモ 

変心  あの日あの時誰かがそばに居ればもっと変わった物語になったのかな?

白崎香織  南雲ハジメの元ストーカー、現クラスメイト。ハジメに対して完全にホの字ではあるが純情で割と計算高い。恋敵が1人と言う現状に嬉しいやら危機感を持っているやら。…体験したことのないはずの記憶を持っている。


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目覚めはまだ遠く

この人だけは本当に難しい…


 

 

 剣を振るう。いつもとな異常な感覚で振るったそれは軌道がずれ随分と情けない軌道を描いてしまった。

 

「……はぁ」

 

 謹慎から数日、天之河光輝は以前とは比べ物にならないほど自分が弱くなったように感じていた。

 

 

 オルクス迷宮から帰還しホセから叱責を受けた光輝は謹慎処分を食らっていた。最も謹慎と言ってもあくまで表面上の物で束縛されるなどの罰を受ける事は無かった。

 

「俺は、早くこの世界を救いたいのに…」

 

 ポツリと出た不満の様なつぶやきは光輝の本心でありどこか焦っているような色を出していた。自身の感情に気付くこともなく訓練所へ行き貸し出された訓練用の刃の潰された剣を振るうのが日課となっていた。

 

 

「今日もメルドさんはいないのか…」

 

 訓練所には少数の騎士団員が居たが自分が最も心開いているメルド・ロギンスは滞在していなかった。僅かなら落胆を覚えながらもただ一人黙々とこの世界で覚えた剣術の復習をしていた。そんな光輝に近寄る存在は誰も居なかった。

 

 迷宮から帰ってからの光輝の評価は騎士団の中ではがた落ちだった。訓練では好成績を出すものの実戦において…寧ろ危機的状況においては信頼することが出来ない、と評価されてしまったのだ。

 

 狭い迷宮内で威力過多である天翔剣を後先考えずに撃ち放ち仲間を危険にさらそうとした事。何よりの有事の際に自らより上の存在であるメルドの指示を完全に無視してしまった事。そして仲間たちを纏める存在でありながら見向きもしなかった事。

 

 これらの事が騎士団内で広まり、結果光輝に露骨に嫌悪の視線を向けるものはいなくても腫れもの扱いとされることになってしまった。

 

 教会としても人類を導き救世の存在となるはずの勇者が只の少年であることに失望し、過度な干渉をしなくなったのもその一件が原因でもあった。

 

「俺が皆を救うんだ。俺しかできないんだ。俺がやらなくちゃ…」

 

 しかし光輝には周りからどう思われようが関心を寄向けずただひたすら人類を救う事のみにしか意識を向けなかった。剣を振るいながらうわ言のようにつぶやく。

 

「だから雫、俺は間違っちゃいないんだ」

 

 それには数日前の事だった。

 

 

 

 

 

 オルクス迷宮から帰還から数日後、フラフラと歩く雫を光輝は見つけたのだ。壁に寄りかかる様にして俯いて歩く姿は一見誰か分からなかったが幼少からの幼馴染であるため光輝はすぐにその背が雫である事が分かったのだ。

 

「雫、おはよう」

 

 気軽に声を掛けたつもりだった、朝の挨拶でいつも通りの言葉だった。しかし雫は聞こえていないかのように光輝を振り向くことなくヨロヨロと歩いていた。

 

「雫…?」

 

 訝しむようにして雫に近づく。体調が悪いのかと思い肩に触れようとして…

 

 パァッン! 

 

「っ!?」

 

 振り向きざまの雫の手によって振り払われてしまったのだ。かなりの力が入っていたのか叩かれた手はジンジンと痛みだす。顔を顰めて手を咄嗟的に引いた光輝に怨嗟の声が聞こえてきた。

 

「…しに触らないでよ…」

 

 俯きながら喋るその声が一瞬誰の声か耳を疑った。妙にかすれて低いだみ声だったのだ。ガラガラとした声はかなりの耳障りで…普段聞いていたはずの幼馴染の声では無かった。

 

「しず「私に気安く触らないでよ!」

 

 顔をあげヒステリックに叫ぶ雫の顔を見て光輝は言葉に詰まった。初めて幼馴染から拒絶されてしまったのだ。幼少のころからずっと一緒に居た幼馴染の拒絶は

光輝に混乱と困惑を招くには十分な物だった。驚きながらも落ち着かせようと声を掛ける。

 

「なっ…雫、いきなり声を荒げてどうしたんだい」

 

 落ち着かせようという気持ちだった。その筈だったのだがそのいつもの調子で出した言葉が雫の癪に障ったようだった。顔がくしゃくしゃになり目がつり上がった。

 

「どうしたって…あんたこそ一体何を考えているのよ?」

 

「何をって一体何の話なんだ?そんな事より…」

 

「…ははッ そんな事?皆死にかけたのがあんたにとってはそんな事なの!?」

 

 光輝の頭の片隅が何かまずい事を言ってしまったと警告を出してきた。しかし全てが手遅れだった。光輝が口を開く前に雫のヒステリックな金切り声が辺りに響き渡る。

 

「あんたがあの化け物に向かってる間に皆死にかけていたかもしれないのになんで平然としていられるの!?何で柏木君が胸から血を出して死にかけてたのを見たのに他人事のように思えるの!?」

 

 絶叫のような叫び声だった、そしてそれは間違いなく雫の心の底からの声だった。

 

「お、落ち着いてくれ!そうは言っても皆大丈夫だったじゃないか!?」

 

「大丈夫ってなによ!?もし一歩間違えていたら皆死んでいたのかもしれないのよ!?あの剣で刺されていたのは私達だったのかもしれないのよ!?それなのにどうしてあんたはずっとそんな平然な顔で他人事のようにいられるのよ!?」

 

 胸ぐらに掴みかかり雫の顔が光輝の間近くに迫る。目がドロドロと濁っていた、恐怖で濁り切った瞳はもはや別の感情を映していた。その瞳に見つめられながら首を締めあげる雫に抗いながら光輝はとにかく声を出そうとした。

 

「ま、待ってくれ、雫…俺は、皆を助けようとして…俺は勇者なんだ。俺が頑張れば世界の大勢の人間が救えるんだ、だから」

 

 今まで雫が光輝に対して本気で掴みかかったことは一度もなかった。その雫が怨嗟の感情を表にして光輝を掴みかかっているのだ。そんな雫に掴みかかれた光輝は動揺と混乱の中で自分がやるべきことを口に出す事しかできなかった。その言葉で雫がさらに激高しようが光輝にはただそれだけの言葉しか出てこなかったのだ。

 

「勇者?救う?…はは、っはははあんた頭おかしいんじゃないの?その年になってまだ勇者ごっこが止められないの?」

 

 侮蔑と嘲笑、普段の雫なら決して表には出さないであろう感情が言葉として出てきたのだ。唖然とした光輝を前に雫は力づくで光輝を突き飛ばした。

 

「グッ!?雫、さっきから一体どうしたっていうんだ!?」

   

「私はあんたみたいに考えなしには生きていけない…私は死ぬのが怖いの。ねぇ光輝、私を見て、…色眼鏡で見ないでちゃんと私を見て」

 

 言葉にだみ声が混じる。どうしてと思い、光輝は尻もちを付きながら雫を見て…固まった。

 

 トレードマークであり主張であった艶やかな髪は艶を失い力なく垂れていた。

 

 瑞々しい肌は潤いを失くし乾いた砂漠のようにがさついていた。

 

 溌剌としていたはずの瞳はどんよりと濁っており色彩を失くしていた。

 

 目の下には大きな隈があった。そして頬には乾いた線があった。

 

 

「し、ずく…」

 

 雫の容姿が変わっていた、日本にいたときの凛とした雫は比べ物にならないくらいこのトータスと言う世界で雫は変わり果ててしまったのだ。

 

「夢を見るのよ…皆が死ぬ夢。帰る為に必死になって戦うけど、何も変わらなくてただただ日本に帰りたいと願いながら死ぬ夢」

 

 隈の出来た目から涙があふれていた、ぽとりと流した涙は止まることなく溢れ出てきた。そんな幼馴染が泣く姿を光輝は初めて見た。

 

「香織も私も、貴方も…死にたくない、どうしてこんな世界に私たちはいるの…」

 

 泣きじゃくってしまった雫に光輝は手を差し伸ばそうとした、自分が居るから大丈夫だと、絶対に死なせるつもりなんてないとそう誓いたかった。だがその手を見て雫は顔をクシャリとゆがめてしまった。

 

「来ないでよ…どうせ大丈夫っていうんでしょう…何も分かっていないくせに、何も見ようとしないくせに…」

 

「見ないって…俺は、只の人を助けようとして…」

 

 一歩近づけば一歩雫は下がってしまう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どう言えばその涙が止まるのかどう言えば以前の様に困った顔で笑ってくれるのか光輝にはわからない。ただ涙を流す幼馴染に困惑するだけだった。

 

「もう嫌よ…この世界なんて嫌、いつまでも面倒を掛けるあなたの世話も嫌、私は「そこまでですよ雫さん」  

 

 雫の泣きはらす声は凛とした声に消されてしまった。ふわりと柑橘に似た爽やかな匂いが光輝の鼻腔をくすぐったと感じたら雫を後ろから抱きしめるように銀の女が現れたのだ。

 

「ア…リスさん」

 

「お久しぶり、ですかね。随分とまぁやつれてしまって…人の忠告を聞かなかったからですよ?」

 

 ふわりと雫の身体を包み込みくすくすと笑う銀の髪色をした女性はそう言って雫の頭を丁寧にあやすように撫でた。

 

「ごめん…なさい…私怖くて」

 

「あーあー涙はともかく鼻水もべろんべろんに出しちゃって。もぅしょうがないですね。少し私の部屋で休みましょう?」

 

 雫の顔を自分の胸に抱きしめながら苦笑した女性は、そう言ってえっちらおっちらと雫を抱きしめながらその場から離れようとする。その様子はまるで大人が小さい子供を何とかしてあやそうとする光景の様に光輝は見えたのだ。

 

「少し疲れてしまったんですよねー 自分の知らないところだから色々と考えなくちゃいけなくて。でももういいんですよー貴方が頑張らなくてもほかの方がやってくれますよ」

 

 そう言って光輝をちらりと一瞥する女性。その翠色の目に込められた意味はどういったものか女性についてよく知らない光輝にはわかりようが無かった。只この場を収めてくれようとしているのだけはつたないながらも分かった。

 

「ちょっと甘いものを飲んでそれからとても甘いお菓子を食べて、そしてぐっすり眠りましょう。そうしたら明日からは元気になれますよ」

 

「ふふ…なんですかそれ…」

 

「実体験です。ちなみにやり過ぎると見事に肥えた豚さんになります。 …まぁ私には一つも関係が無いのですが!」

 

 そんな会話して、雫を連れていく女性。甘えるようにして顔をこすりつけた雫の様子からはもう光輝がそばにいたことなんて忘れてしまっているようだった。

 

 

 そうして光輝は雫に対して何をすることもできないまま女性を見送る事しかできなかったのだ。 

 

「雫…俺は…俺が守らないと」 

 

 泣いた幼馴染を見て光輝は自身の掌を見る。泣いた幼馴染を守らないとそう考えた光輝。そんな光輝に後ろから声がかけられた。

 

「雫ちゃん泣いちゃったね」

 

「香織?いつのまに」

 

 もう一人の幼馴染である白崎香織だった。後ろに手を組み雫の去っていった方向を眺めていた。

 

「光輝君、雫ちゃん今ちょっと不安定だからしばらくは近寄らない方が良いよ。余計な負担はかけさせたくないでしょう?」

 

 淡々と話すトータスに来てからめっきり会話をする機会が減ったしまった幼馴染のその横顔は随分と大人びて見えた。一瞬別人かと思うほどに。

 

「あ、ああ。そうだな雫があんなに怖がっているんだ。だから俺が頑張らないと」

 

「……」

 

「な、なんだい香織。どうかしたのかい」

 

 決意を口にすれば香織が何やら見つめてくる。その視線にたじろぐ光輝。その視線は日本にいた時とはまるで違って観察と称する目線だった。そんな光輝の事を気にせず香織は口を開く。

 

「ねぇ、光輝君聞いてもいいかな」

 

「うん?」

 

「気になっていたんだけど、()()()()()()()()()()()()()?」

 

 助けたい人。そう言われて光輝は、ほんの一瞬脳裏に浮かび上がった大切な何かを見ない様にするといつもの言葉で香織に答えた

 

「それはこの世界の人達さ、魔人族との戦争で滅亡の危機に瀕しているんだ。勇者である俺は彼らを救うために「あ、もういいよ」

 

 話している最中に言葉を切られてしまった。納得と言うよりは興味を失くしたという切り方で少しばかりムッとしたが直ぐに頭を切り替えた。香織は悪気はないのだと思うようにしたのだ。

 

 少しばかり何事かを考えた香織は自分で結論付けたのか来た時と同じようにあっさりと踵を返した。

 

「それじゃ、私行くね」

 

「あ…わかった」

  

 あっさりと去っていこうとするもう一人の幼馴染。日本にいた時とは違って随分と遠くに感じる背中、それが無性に胸に来るものがあり声を掛けようとしたが何を言えばいいのか言葉として出すことが出来なかった。

 

 そうして香織の背中を見送ろうとして、香織は急に振り返った。

 

「あ、光輝君。言い忘れていたことがあったんだ」

 

「えっと、何をだい?」

 

 

 

 そうして香織は言葉を告げた。その顔は花の様に咲きほこる今まで見た中で一番の笑顔だった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 華やかな笑顔でそう告げた香織は振り変える事もなくそのまま立ち去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が皆を助けないと、勇者であるこの俺が」

 

 訓練用の剣を振るう、軸がぶれ随分とよれよれになった太刀筋を振り続ける。言葉に出すのは人類を救おうという勇者の使命。この世界で誰よりも必要だと教えられた人類の救済、戦争の終結という勇者の宿命。

 

 幼馴染の一人は心が折れてしまった。

 

 

 幼馴染の一人は距離が開いてしまった。

 

 

 だが光輝は決してめげずに気にせず剣を振り続ける。何時しか幼馴染たちの声も言葉も忘れ、光輝は一人剣を振り続ける。

 

 

 人類の救済。それこそが勇者の使命なのだと愚っ直にも信じ続ける。 

 

 

 

 

 幼馴染の言葉は光輝には何一つ届かない。幼馴染の言葉では心に響かない。

 

「俺が助けるんだ俺が救うんだ俺が助けるべきなんだ俺こそが救うべきなんだ俺がやらないと駄目なんだ俺がしなきゃいけないんだ俺がじいちゃんの意思を継ぐんだ俺がじいちゃんの代わりを」

 

 

『弱きを助け、強きを挫き、困っている人には迷わず手を差し伸べ、正しいことを為し、常に公平であれ』

 

 

「ああ、わかってるよじいちゃん。俺は間違ってはいない、だから俺が…勇者であるこの俺がこの世界の人間を救うよ」

 

 

 

 呪縛()に捕らわれた勇者の目覚めはまだ遠い。

 

 

 

 

 

 




何だがちょっと光輝くんが可哀想な事に…

Qなんか天之河原作と性格違くない?

Aだからあの性格は無理だっつてんだろオラァン!


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就職と愚痴

ちょっとした小話です。


 

「えーっと、ここかな?」

 

 副長ホセから渡された手紙を何度も確認しながら城下のある建物へとたどり着いたハジメ。周りからはガヤガヤとした活気のある騒然さが耳に入ってくる。

 

 ここは、ハイリヒ王国城下の工房地帯。ハジメが足を運んだのはその中の国のお抱え錬成師である筆頭錬成師ウォルペンが構えている工房だった。

 

 以前はニートによってハジメの錬成師の教官役を打診されたが、断られた経緯があったのでハジメ自身の足で向かう事を副長ホセに頼み込みやってきたのだった。

 

「あの、すいません」

 

 工房の中に入り、声を掛けるが職人皆が忙しそうに工房内を走り回っておりハジメに気に掛けるものは皆無であった。

 

(だよねぇ…でもここで挫けちゃ駄目だ)

 

 少し消沈するも今度は勇気を振り絞って声を上げる。

 

「すいません!ここにウォルペンさんはいますか!?」

 

「あぁん!?この糞忙しい時にどこのどいつだ!?」

 

 ハジメの声に反応したのは若い職人だった。年はハジメより少し年上だろうか、頭に巻いていた鉢巻を外し、汗をぬぐいながら大股で歩み寄ってくる。忙しい時に呼んでしまったからか目が釣り上がっており中々の迫力があった。

 

「誰だあんた。注文の以来か?いや今日はそんな予定はないはずだが…」

 

 ハジメを一瞥し、ふむと考え込む青年。以外にも外見に見合わず対応は杜撰では無かった。迷惑を掛けてしまったかなぁと思いつつここに来た目的を話す。

 

「あの、ウォルペンさんに会いに来たんです」

 

「あ?親方にか?つってもなぁ」

 

 ぼりぼりと頭を掻く青年。自分の所属と身分を明かした方が良かったかと考えたところで工房の奥の方から口髭をたっぷりとはやした六十代の男がどしどしと現れた。風格と只住まいからしてこの人がウォルペンだろう、見るからに職人気質の気難しそうな顔で若干顔が引きつってしまうハジメ。

 

「親方、すんません。なんか親方に用事があるって奴が来たんですが」

 

「…フン。ニートの小坊主が言ってた奴か」

 

「知ってるんスか?」

 

「俺の客だ。お前は引き続き仕事をしろ」

 

 青年にそう告げるとハジメに何かを言うまでもなく工房の奥へと向かってしまう。戸惑いながら青年を見ると何とも微妙そうな顔を向けられた。

 

「んだよ親方の客かよ。…ほらさっさとついて行かないと親方の機嫌が悪くなっちまうぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 溜息一つを付いた青年はさっさとウォルペンについて行けと首で察し示す。礼を言い工房の奥へと歩みを進める。

 

 工房の中は区間で区切られており、そこら彼処に錬成魔法の光が乱舞し職人たちの創造とした活気と熱気が立ちまわっていた。

 

 そんな中奥にある事務所へと入っていくハジメ。中では事務所のソファーで乱暴に座っていたウォルペンが手紙のような物を見ていた。所在なさげに部屋に立ち尽くすハジメにウォルペンは目を合わせず座れと言い放った。

 

「ニートから聞いた。人間族を救うために現れた神の使徒とやらに錬成師が居るってな。それがお前か」

 

「は、はい僕がその錬成師です」

 

「そうか。…悪いが俺は神の使徒やらなんて胡散臭いモンに敬語を使うことができねぇ、いいな」

 

 首をカクカクと頷くことで肯定を返すことでいっぱいになるハジメ。それほどウォルペンの出す職人気質の威圧感は圧倒的だった。圧倒的な歳の差もそうだが日本では感じられない昔気質の威圧感はハジメにはなれないものだった。 

 

「それで、その神の使途さんがどう言った用件でここに来たんだ。まさか武器を作ってくれなんてもんじゃねぇだろうな」

 

 揶揄する様に話すウォルペンにハジメは背筋を伸ばす。ここに来たのは委縮するために来たのではないのだ。

 

「僕をここで働かせてほしいんです」

 

「…ほう」

 

 顎髭を撫で目元を細めるウォルペン。雰囲気が変わったのを肌で感じながらも言葉を紡ぐ

 

「この工房がハイリヒ王国で一番の場所だと聞きました。僕には戦闘力がありませんが錬成の力があります。それで少しでもこの国の人たちのために役立てたいと思って僕の力が生かせるこの場所で働きたい「帰んな」」

 

 ハジメが考えた言葉は一言でバッサリと二の句が告げられないほどに切り捨てられてしまった。動揺したハジメの姿にウォルペンはつまらなさそうに吐き捨てる。

 

「坊主、人にものを頼むときに口八丁じゃなく本心で言わなきゃならねぇ。この国の人間を救うだ?はっ馬鹿も休み休み言え、そんな事一つも考えていないくせに」

 

「…っ」

 

 見透かされた。ウォルペンの言葉にハジメは思わず動揺してしまった。目の前にいる人間は口先でどうにかできる人間ではなかったのだ。

 

「そもそもの話だ。錬成なら王城でいくらでもできるだろう。ホセの奴に頼めば仕事はいくらでもある。それなのになぜわざわざ俺の所へ来る?そいつを言わなきゃ話にもならねぇ」

 

 正論だった。余りにも正論で当たり前の事だった。だからハジメの頭の中では矢継ぎ早に考えが巡る。そこからしぼり出たのは…どうしようもない本心だった。

 

「オルクス迷宮で」 

 

「あ?」

 

「オルクス迷宮で僕の親友が死にかけたんだ…」

 

 絞り出すような声は震えていた、どうしても親友の死にかけた場面が頭の中をちらついて仕方がないのだ。俯き胸元を掻き抱くようにして声を出す。ウォルペンはそんなハジメを何も言わず見ていた。

 

「僕を助ける為に柏木君は死にかけたんだ。それなのに僕は何もできなかった…」

 

 思い出すのは胸から剣を生やした親友。血まみれで瀕死だった。そんな親友に対して自分は何もできなかったのだ。あの無力感はいまでもハジメの心を蝕んでいる

 

「僕には錬成しかなかった。始めはそう考えていた、でもそれじゃ何もできない。だから考えて考えて思ったんだ、僕には錬成があるって」

 

 そして異能の力モルフェウス。錬成とモルフェウスの組み合わせはきっと想像の限界を超えて自身の力になってくれるだろう。その為には錬成の修練が必要だったのだ。

 

「この工房なら僕の錬成の力を高めることが出来る。だからここで仕事をして僕は錬成の力を高めて強くなりたい。今度こそ柏木君が死なない様に」

 

「ふん、結局はその柏木って奴のためか」

 

「はい、僕はこの国の人たちのためじゃなくて友人や自分の為にこの工房と貴方達を利用したいんです」

 

 自分勝手の話だなと何処かで頭の片隅の自分がささやいた。人を助けるつもりなぞ心の底から無いのだ、全ては自分を助けてくれた親友のため、国の人間が助かるのは所詮二の次だった。 

 

「クックック…そうかそうか」

 

 話を終えウォルペンを今度は真摯に見れば笑っていた。愉快そうに心底楽しんでいるようにも見えた。しくじった…とは思っていない今話したことは本当の事なのだから。

 

「はっ!面白れぇ坊主をよこしてきたもんだなあの副長さんはよぉ!いよぅし分かった。今日からお前はこの工房の丁稚だ、こき使ってやる」

 

「良いんですか?僕はあくまで自分の為に働くんですが」

 

「だろうな。だからこそお前は手を抜かねぇさ。自分の為に働くことになるんだからな」

 

 ニヤリと不敵に笑うウォルペンだがハジメとしても自分の為に働くのだ。元より手を抜くつもりも日本のアルバイトのように身内贔屓のなぁなぁで働くつもりもなかった。

 

「つっても最初は雑用だ。掃除や片づけまぁ俺たちの身の回りの雑事だな。それがひと段落したら錬成で日用品でも作ってもらおう。ああ、それと出来たもの次第では給料を出してやらんでもない」

 

「えっと僕、貴方方の技術さえ盗めれば、無給で働くつもりだったんですけど」

 

「ふん随分と大事ほざきやがる、そういう訳にはいかねぇ俺んとこに来たのならキッチリ金は払う」

 

 やたらと筋を通す人間だとハジメはウォルペンに好意的な物を感じた。確かに金はあっても困らないし合った方が何かと都合が良いのは確かだ。

 

「それと金を出す以上仕事に責任を持てよ。お前と違ってこっちは錬成で飯を喰ってんだ。そこんところしっかり理解して置け」

 

「分かりました」

 

 給料のやり取りが発生する以上手を抜く気もハジメにはない。ここの仕事は日本でやっていた身内での手伝いではないのだ、失敗すれば叱られるし怒鳴られる事もあるだろう。それも織り込み済みだった。

 

「それじゃ、精々お前の本気ってものを見せてもらうから馬車馬のように働くんだな」

 

「望むところです」

 

 こうしてハジメはウォルペンと言う錬成の師を得ることが出来たのだった。これがどういう作用をもたらすのかそれは先の未来で国の人間全員が思い知る事になるのであるとは今この時誰も想像できないでいたのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 面倒だ。今のこのげんなりとした心境を表すのなら、きっとこの言葉が一番合っている気がする。

 

「私光輝に酷いこと言っちゃった…」

 

 項垂れ落ち込んでいる八重樫雫の深いため息がさらに気分をげんなりさせる。…まぁそうなったのは私のせいでもあるのかもしれないが。

 

 

 場所は私の隠れ部屋。王宮にある空き室を勝手に拝借し使わせてもらっている秘密の隠れ場所だ。…無断拝借だが掃除はこまめに行っているのでどうか怒らないでもらいたい。とまぁ多少の現実逃避はしたものの現状が変わる事は無く、依然としてさっきから深いため息が目の前の少女から断続的に行われているのだ。

 

 何故、八重樫雫が私の部屋にいて、先ほどから溜息を吐いているのか。何てことはない、オルクス迷宮で心がぽっきり折れた彼女が天之河光輝に八つ当たりをしているのを見かけ、見かねてこの部屋に連れてきてしまったのだ。

 

「光輝が悪いわけじゃないのに…どうして私は」

 

「たまたま虫の居所が悪いときは誰にだってあります。彼には少し悪い事をしてしまったかもしれませんがこればっかりは仕方ありませんよ」

 

「でも……」

 

 口を開けば先ほどの八つ当たりを心底悔やむ声。それを仕方ないと慰めれば割り切ることが出来ないのでいるのか納得はしていない顔。これを面倒くさいと言わずにして何と言おうか。

 

「もぅ、自分を責めたってどうしようもないですよ。それより今は少し頭を休めた方が良いです。心が参っているときは悪い事ばっかり考えてしまいますからね」

 

 そう言って取りあえずお手頃なお菓子を差し出す。差し出された以上受け取るしかない八重樫は手に取ってチビリチビリとお菓子をかじっていく……それ結構な値段がする奴なんだけど美味しくなさそうに食べるのは止めて欲しいなぁ。

 

 

 あの日あの時、手洗い場で必死になって手を洗っていた時点で私が見た彼女とは全然違っていた。八重樫雫は私が思っていたほどに心が頑強では無かったのだ。魔物を切り殺し、精神的にぐらつくまでの事は知ってはいたのだが、まさかまさかここまで弱い人間だったとは思いもしなかった。

 

(やっぱり、知っているのと実際のとは全然違うって事ですかねぇ。それに実際に人が死にかけているところを目撃していますし)

 

 私が見た世界とこの世界での違いは色々とはあるが、極端に言えば奈落へ落ちていくのと鮮血をまき散らしながら死にかけたのを見た違いが影響しているのだろうか。真っ逆さまに堕ちるのを見るよりは血を流すのを見た方が精神的なダメージは大きい。それがまぁ彼女にとってはクリティカルしたのだろう。

 

(でもまぁ何だかんだで一応立ち直る辺りしたたかだなぁ)

 

 鬱屈した物を抱えそこにふらりと現れた幼馴染。感情の鬱憤が爆発し八つ当たりをかまし、そして今、少しばかりの休憩を挟めば割と回復し今度は暴言を言ってしまった自分の嫌悪感と幼馴染に対しての罪悪感。これを面倒くさいとしてなんと言おうか。…あれ?私同じことを二回も言った?  

 

 

「ねぇ…アリスさん」

 

「何でしょうか」

 

「私これから光輝にどんな顔をして会えばいいのかな」

 

 知らんがな。…こう言えたらどれだけ精神的に楽か。取りあえずその場限りで適当な事を言って置く。具体的な事をは言われたくないだろうから。

 

「そうですね…少しの間、貴方の心の整理が付くまでの間は距離を取った方が良いでしょうね。彼からしても顔を見合わせ辛いでしょうし、貴方自身も無理に彼と会う事は無いのですから」

 

「そう…ですか」

 

 力のない無い腑抜けた面だ。まだ高校生だし仕方ないと思う反面、高校生にもなってんなこと言わないでくれとも思う。もう義務教育は終わったんでしょう?

 

「…私自身光輝には酷い事を言いました。どうして今だに勇者に拘っているのって。光輝にもちゃんと理由があるのに私は聞く耳を持とうとしないで…」

 

 ポツリポツリと話し始めた言葉には適当に相槌を打つ。こういった話は誰かに話を聞いてもらいたいから言うのではなく自分で心の整理をつけたいから話すのだ。つまり聞き流せばいいのだ。

 

 そもそも私は目の前にいる女が滅茶苦茶嫌いなのだ。あの世界で見せた勇者の保護者面してあっさりと他の男に鞍替えするしたたかさが。

 

「…ずっと光輝の面倒を見ているつもりで本当は光輝に甘えていたのかなぁ…」 

 

 落ち目になった勇者を見捨てて、強者になったDQNに惚れるなんてまるで女より女をしているこの常識人ぶる女が私は本当に嫌いなのだ。

 

「……うん。光輝の面倒を見るふりをして居場所を作っていたのは本当。…ふふっ最低ね。都合が悪くなると光輝に当たり散らすなんて」

 

 私はお前が嫌いだ。…だからそうやって私の知ってる居る女とは別の顔を見せるのは止めて欲しい。…この子も生きているんだなと思うようになってしまうではないか。

 

(…面倒だなぁ。あー本当に面倒くさい)

 

 何がと言われれば、目の前の少女ではなく、自分の性根だろうか。放っておけばいいのにあの日あの時憔悴していた彼女に見ていられなくなったあの時点でこうなる事は予測しておくべきだったはずなのだが…相も変わらずブレブレな自分のスタンスが恨めしい。

 

 

(こんなはずではなかったんですが…)

 

 

 正直な話私には『彼』さえいればそれでいいのだ。私は自分自身の楽しみのためのに彼を見ていればそれでいいのだ。他に余計な事はするつもりもなかったししないでおこうと思ったのだが…

 

(……あの吸血鬼を助けた時点で何を今更って話ですよねー)

 

 脳裏に自分を慕ってくれた吸血鬼の事を思い出す。別れはしたがあの後どう生きているのだろうか。それなりの力はある為それなりに生きているだろうし、会うと自身のスタンスがブレブレを通り越して何もない状態になるため会う気もないのだが。

 

「…でも剣をもう握りたくはないの。香織…貴方は本当に強いね」

 

 リラックス効果のあるお茶を飲んで友人に思いを馳せる八重樫。そんな彼女を見て私も内心ため息をつく。

 

(どうしてこうなったんでしょうかねー) 

 

 彼以外の人間すべてを見捨てるつもりだった私の計画はもうグダグダを通り越して滅茶苦茶になってしまったのだった。

 

 

 



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もう一度迷宮へ

今現在の悩み。
男子クラスメイト達の口調が割と似ている事 
ストックが切れた事。



 

 

「そろそろかな… よし皆、ここらへんで休憩を取ろう」

 

 地図と睨めっこをし、皆の体調を考え休憩の号令を取る事にする。その言葉に不思議そうに返すのは坂上だ。

 

「あん?俺ぁまだいけるぞ」

 

「まだいけるはもう駄目だって話だぞ坂上。それにお前が大丈夫でも後衛たちの事も考えないと」

 

「あーそうだったな。んじゃここらへんで休むかぁ」

 

 そう言って周りの警戒態勢に入る坂上。実に聞き分けの良い男で話が早い男でもある。皆も俺の言葉に特に不満を言うことなく休憩の準備に入る。

 

 

 場所はオルクス迷宮六十階層。そこで俺達地球組は実地訓練の再訓練をしていたのだ。

 話は過去にさかのぼる。俺達男子共が馬鹿騒ぎをしてから数日後、坂上を筆頭に数人の生徒たちがまた訓練したいと話してきたのだ。

 

『ずっと考えたがやっぱ俺はこの拳しかねぇ。だから戦いをしたい。俺は俺のできる事をやるって決めたんだ』

 

 そう言って拳を握った坂上の姿に闘志あふれるのを感じた俺。自分で決断をしたのなら止めるつもりはなく、その意思を尊重したいとも思ったのだ。…坂上の後ろにいた数人が少し気になりもしたが。

 

 そしてメルド団長とホセ副長にそのまま坂上達をつれ自分たちの意見を主張し相談したところ、再訓練の許可はすんなりと下りたのだ。

 

『そうですか。君たちがそう言うのなら私達も止めはしません』

 

 そう言ってフッと笑ったホセ副長の顔が少しだけ嬉しそうに見えたのは気のせいだったのだろうか。兎も角訓練の許可は下りたので訓練所でもう一度戦いのおさらいをし、オルクス迷宮へとまた足を運ぶことになったのだ。

 

 

「おーい柏木。あの魔物除けの薬撒き終ったぞ」

 

「サンキュー遠藤。ほらっ頑張ったお前にアメちゃんをくれてやろう」

 

「何でそんなもん持ってんだよ…有り難くもらうけど」

 

 斥候と周囲に魔物除けの薬を巻き終えてくれた頼れる裏方遠藤に王宮で働くおばちゃんたちにもらったアメを渡す。ぶつくさ文句は言いながらも嬉しそうな遠藤にホッコリし、荷物を紐解いて薬をじゃんじゃん取り出していく。

 

「しっかしやっぱ柏木が居ると怪我の心配もいらないね~」

「心配いらないじゃなくてしない様にするのがベスト何だぞ斎藤。ほれ」

「わかってるよ~」

 

 斎藤に魔力回復薬を手渡しながら一応の注意をする。本人もちゃんと自覚しているのか被弾をしたことも無ければ怪我のかすり傷えない。中々上出来だ。

 

「それで、今はどのへんだ」

「えーっとここらへんかな」

「ふぅむ」

 

 清水と不完全な地図を眺めながら今後の予定を調整する。俺がいる限り薬の枯渇とは無縁であるが、それでも大事を取って行動したいのだ。

 

このオルクス迷宮に再挑戦しているのは俺に檜山達四人、清水、永山野村に遠藤、辻さん吉野さんそして坂上と谷口に中村と天之河の合計十五人で行っているのだ。

 

 クラスメイトの中でも戦意が挫けて来れない奴もいた。八重樫を筆頭に園部達も結構精神的にこれないみたいだった。まぁそれは仕方がないだろう。結構しんどそうな顔していたし、寧ろここに来る奴は性根が図太いのかもしれない。

 

「柏木、何考えているんだ」 

 

「んー色々と。それより野村皆に薬を配ってきてくれないか」

 

「へいへい」

 

 鞄の中にあった大量の回復薬を野村に渡しつつ皆の様子を眺める。負傷の方はなさそうで気力もまだまだありそうだ。しかし念には念を入れて体力増強薬の方も出しておくべきか…

 

 

 しかしまぁなんだな。こうやって今後の事を考え乍ら皆の調子を見るのは結構神経を使う。思わず副長であるホセさんに愚痴の一つが出てきてしまった。

 

「やっぱ俺がリーダーをするのは間違ってるんじゃないの副長さん?」

 

 この遠征訓練、指揮を執るのは俺となっているのだ。理由として副長さんから訓練に出るための条件として言い渡されたことだった。

 

 後方支援職である俺は皆の様子を逐一確認し無理が出てきたと感じたら撤退の判断ができると騎士団からは思われているらしい。…本当にそうだろうか?厄介ごとを任されているだけなのではなかろうか。

 

 でもまぁ今の天之河に指揮は無理そうだしある意味仕方ないのかもしれない。それにあくまで指揮と言っても体調管理と地図の確認だ。戦闘については戦闘天職の方々にお願いしてある。

 

「おーい中野~焚火を起こしてくれ」

「…いいけどそれに何の意味があるんだ?」

「気分!」

「さいですか」

 

 中野に頼み小さな焚火を作ってもらう。こういう時、炎術師…じゃなくてサラマンダーが居ると心強い。ライター代わりにするなと怒られそうだが。

 

「「BONFIRE LIT」」

 

 暖かな焚火に清水と一緒に温まる。無論寒くはない、寒くはないのだが…気分である。仄かに燃える焚火で温まっているとぞろぞろと周りの男連中が集まってきた。

 

「見回り終ったぞ。やっぱここら辺はあらかた片付けたから何もいねぇや」

「お疲れー回復薬要るか?」

「あ、それなら俺にもくれ」

「俺も俺も」

「なぁ後どんだけ進んだら戻るんだ?」

「知らねぇ。柏木に聞け、つーか腹減ったな」

「俺簡単なドライフルーツなら持ってるわ」

「マジで?いつの間に」

「売店で売ってた。ちなみに結構マズい」

「えぇ…」

「まぁ俺達の世界と比べたら駄目っしょ」

 

 わちゃわちゃと男連中が雑談をするのでやかましいことこの上ない。最も俺も混ざっているので文句を言う資格は無いのだが。

 

 離れているのは女性陣と、中村に話しかけられながらも妙に居心地の悪そうな天之河だろうか。こっちに来ればいいのに…

 

 天之河はあの大橋での一件以降どうにも信頼を失くしてしまったというか、クラスメイト連中と多少の溝ができてしまったようだ。受け答えはするもののぎこちなさが凄い。

 俺はあんまり気にしないが除け者にしているようで心苦しくもある。坂上ともどうやら距離があるようで…どうにかして普段のこの世界に来る前の天之河に戻ってほしい所だが…

 

(少し、精神作用の薬でも作ってみるかな)

 

 ソラリスの能力は何も怪我の治療薬を作るだけではない。幻覚作用の薬だってできるとは中野の言葉だ。実質俺の『深夜のテンション!』は精神に作用する。使い方をもっと考えて具体性持たせれば…はてさて毒も薬も紙一重とは誰の言葉だったか。

 

「柏井、何考えてんだ」

 

「うん?どったの」

 

「何か悪い顔をしていた」

 

 少し気取られてしまったか?ばれると後が面倒だ話を変えてみよう

 

「いや、今頃南雲はお仕事の真っ最中だろうなーと」

 

「あー南雲は確か働いているんだっけ?アイツよくやるよなぁ」

 

 近藤の言葉にうんうんと頷く他の男連中。南雲は王都にいる錬成師筆頭さんの職場で働いているのだ。何でも気に入られたようでかなりの量の仕事を割り振ってくれているのだとか。

 

「騎士団の物資の点検修復に職場での労働だったか? ぶっちゃけ俺達よりも動いてね?」

「…俺あんな風に取り込むことは出来ねぇよ」

「あ?別にいいんじゃね?後方支援は汗水たらして働いて俺達は命を掛けて戦う。それが役割分担って奴だろ」

「檜山お前良い事言った。人には向き不向きがあるって事さ。俺は薬を作ってお前らは戦う。これが一番頭の良いやり方だ」

 

 そもそも南雲は裏方で色々とやってる方が性に合うのだ。前線でバンバン戦うやり方はらしくない。ゲームでも裏でこそこそ動いて悦ってるやつだし…。

 

「でも、いつも仕事が終ってから『働いた後のご飯はおいしい!』ってドヤ顔晒してくるんだよなぁ」

 

「あの野郎俺達よりも先に就職して勝ち誇ってるな!?」

 

 ドヤ顔をして勝ち誇った笑みを浮かべる南雲。非常に良い空気を吸っているのである。 そんな南雲の姿を幻視したのか溜息がどこからともなく漏れる

 

「はぁ…俺達帰ってから就職とか進学とかどうなるんだろうな」

「あ?いきなり何言ってんだ」

「だって考えてもみろよ。俺達高校生だぜ?今頃勉強してなきゃいけないのがよりにもよって異世界で武器持って戦ってるんだぞ。先が不安になるのもしょうがないだろ」

 

 まさしくその通りである。高校生で遊び盛りではあるが、嫌でも先の事を考えなきゃいけない時が来るのだ。ましてや今いるのは異世界。帰ってから一体誰が俺たちの未来を保証なんてしてくれるものか…。

 

 改めて考えると先の将来のビジョンなんて俺は全く持って考えていなかった。いつもの様に南雲や清水と遊んでいればそれでよかったのだ。不安がぶるりと襲い掛かる。

 

「…皆、進学か就職するか決まってる?」

「僕は、航空関係の仕事に就きたいなぁ」

「あー俺は人を殴るのを主にした仕事に付きてぇから…ボクサーでもなって見ようかな」

「こえぇよ坂上。…俺は就職だな」

 

 それぞれ斎藤と坂上と檜山である。こいつ等先の未来をある程度は考えているのか…すげぇな

 

「つか檜山が就職?てっきり大学でパリピすんのかと思った」

「パリピってなんだよパリピって… ま、色々あるっつーか」

「ふむ?色々?」

「檜山はね、さっさと働いてお父さんたちを楽にしてあげたいんだよ」

「あ~言ってたな。大学は金がかかるからどうとか」

「ほう!」

 

 いつも不良ぶってる檜山が親孝行息子だと!?思わぬ話題に目を光らせれば、思い出すかのように斎藤、近藤中野がうんうん頭を頷いている。

 

「ばっ馬鹿野郎!?お前ら何でんなこと知ってんだよ!?」

「え、前自分でつぶやいてたじゃん」

「前こっそりアルバイトの求人票見てなかったか?」

「給料が云々とか時間外手当とか、保証とか言ってたぞ」

 

「んなっ!?」

 

 思い当たるところでもあったのか顔を赤くさせ口をパクパクさせる檜山。図星を当てられてまさしく絶句と言うその表情からして割と就職を真剣に考えていたのだろう。……可愛い!

 

「へぇあの檜山が孝行息子とはね。やっぱ人間見た目じゃねぇな」

「良い男だ。尊敬する」

「こっちは将来なんてなんも考えていないからなぁ~檜山は偉いよ」

 

 男子達から温かい目を向けらる檜山大介君。褒められて上げられてさらに耳まで真っ赤になってズザザザァ!と後ずさる行動はもう微笑ましくて仕方がない。

 

「も、もういいだろうが!おらっ休憩は終わりだ!さっさと行くぞ!」  

 

「えぇ~もう終わり~」

 

「ま、休息としては十分休んだだろ。ほら、皆準備をするぞ。さっさとしないと孝行檜山君にケツを蹴られちまう!」

 

 数人が含み笑いをし、檜山がウガ―と怒り騒いでいる。そんな男連中の悪ふざけを見て女子たちは呆れているやら微笑んでいるやら様々だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(進行は順調。怪我はなく精神に疲労は見られず…か)

 

 皆が戦い着実に階層を進む姿を見乍ら俺は後方で皆の戦闘実績を記録していた。勿論皆の邪魔はしていないし油断もしていない。

 

 実はホセ副長からみんなの戦闘データを図ってほしいと頼まれているのだ。誰がどう動いてどんな事をしたのか、詳細には出来なくても見た所感でもいいと言われ快く引き受けたのだ。

 

 そもそもこの遠征訓練、騎士たちはついてきていない。ホルアドの宿屋で待機はしているものの迷宮まではついてきていないのだ。

 

(…坂上達がもう変な強さになってきたし、いつまでも保護者同伴ってのもあれだからな)

 

 騎士団の人達より強さが斜め上?になってしまった坂上達。一緒に居ても連携がうまく取れず、なら自分たちで進んでみようという話になったのだ。何時までも騎士団の人たちがいると思ってたら甘えちゃうからね。

 

(それにしても、前と比べて大分強くなってるよな…)

 

 皆の戦いぶりを見ていて思うのだが、前のオルクス迷宮の時と比べて全員ではないが成長が著しい奴が何人かいるのだ。 

 

 

 坂上龍太郎  拳を振るう思い切りの良さは以前と比べて格段に上がったような気がする。一撃粉砕。あの体格から振るわれる拳の威力はほとんどの魔物を一撃で打ちのめしている。そのくせ一切おごることなく、寧ろまだまだと言いたげな顔は味方乍らに恐ろしい。

 

 斎藤芳樹  風の魔法の扱い方が掴めたのか、風刃の威力はまるで真空破だ。オマケに風を纏い魔物の攻撃を逸らす、少しだけ体を浮き上がらせ疾走する、突風で魔物をぐらつかせて隙を作るなど攻撃以外でも魔法の扱い方を熟知しつつある。朗らかに笑うその裏でいったいどれほどの魔法の練達をしてきたのか 

 

 遠藤浩介  存在感が無い。…と言うと失礼なので戦闘中に忽然と姿を消してしまうのだ、そこからの奇襲の急所狙いはまるで仕事人が如く。見えない匂わせない、感知させない。そんな存在が命を狙いに来る。…本当に失礼だと思うけど、この力を悪用しようと考えない遠藤が良い奴で本当によかった。

 

 以上三名が前と比べて格段に強くなっているのだ。身体的な強さは勿論だが俺としては精神的な成長が強さの元になっていると考えている。だってその方がロマンチックじゃん。

 

(己の殻を破った者はそれ相応の物を得る…なんつって)

 

 厨二的な考えだが、人は成長する生き物だ、彼等は彼らなりに思う事があって思い悩んで受け入れて歩みを進めるのだ。そんな彼らには相応の祝福が与えられてしかるべきだ。

 

「……ふふ」

 

「?どうしたの柏木君」

 

「何でもないよ」

 

 俺の独り言に合いの手を返してきた谷口に何でもないと返し、にやけてしまった顔を戻す。やる気に満ち溢れた彼らはまだまだ伸びていくのだろう、だからきっと彼等は何処までも強くなれる。

 

(んで、他の奴はと言うと…)

 

 他のメンバーで順調に強くなってるのは、清水、檜山だろうか。元々この二人は劇的な成長は感じさせない。スタンダードな成長といった所か。

しかし檜山の動きは遂に立体軌道に達し壁を垂直に駆け上がる事も出来てしまった。…お前は一体どこに行ってるんだ?

 

 清水は闇魔法が面白いのか自身の影も使って攻撃している。どんな魔法を使ってるのかさっぱりだが、本人は闇魔法のもう一つの可能性洗脳に関しても手を伸ばそうと試みているらしい。…洗脳ねぇ。夢が…広がるかな?

 

 

 後は…永山、野村、近藤辺りは普通だね。経験値がたまってレベルアップしているような面白みのない普通さ。勿論永山も野村も頑張ってはいるけど、劇的ではなくあくまでこの世界基準。普通過ぎてバグが入ってないとでもいうべきか…

 

 

 特に近藤は、檜山達について行っている者の本当に文字通りついて行ってるだけであり戦闘にあまり貢献できていない。獲物である槍がこの洞窟では振り回しづらいというのもあるが…性格的な物が出てきてしまったのだろうか。自分で戦っている感じではなく他に合わせて行動しているように感じる。…薄々思っていたが、アイツ自分の意思って奴が少ないんじゃなかろうか。まるで流されて生きている様な…

 

 

「でもまぁ、天之河よりはましか?」

 

「天之河君?…そうだね、何か動きづらそうだね」

 

 俺の独り言に律義に返してくれる谷口の言う通り、天之河は前のオルクス迷宮の時と比べて動きがかなり鈍い。キレのある剣の軌道は随分とヨレヨレで鈍くなっている気がする。一撃で魔物を倒していた腕前は何回も魔物を切りつけてやっとで倒せるほどになってしまっている。

 

(これは不調と言うよりも…)

 

 正確に言えば弱体化しているとさえ言ってもいいのかもしれない。戦いとは精神が直結するものだ。それはスポーツでも同じ、どんなに才能のある者でもメンタル面がボロボロであるならど素人にさえ負けてしまう。今の天之阿を見ればどうにも焦っているようで、精神的に参ってるのかも。

 

「うぅん。どうにかしないといけないけど、不用意にツッコむのもなぁ」

 

「さっきから何の話?」

 

「あん?そりゃ天之河の…って谷口なんでこんな所にいるんだ?」

 

 傍にはなぜか谷口が居る。谷口の天職は結界師なので前衛の傍にいて結界を張るのが仕事であるはずだが?うぅん、それとも後方にいた方が良いんだっけ?兎も角疑問に思い首を傾げれば溜息をつかれた。何で!?

 

「何故って柏木君戦う力がほぼ無いんだから誰かがそばにいないといけないんだよ」

 

「戦う力が無いって…確かにその通りだけど」

 

 随分ときっぱりと言う谷口に少々虚しくなる俺。どうにも俺は戦闘の才能はからきっしの様である。この迷宮にくる前にオーヴァードの先輩である中野に相談したが

 

『お前に白兵戦能力は無い、きっと射撃も糞だろう。…つーか戦闘の才がほぼ無い。誰かに盗られたのか』

 

 と冗談交じりに言われたほど戦うのが下手なのだ。という事で護衛は確かにありがたい話だ。しかし何故谷口がそばにいるのだろうか。

 

「柏木君は結構うっかり屋さんだからね。鈴がちゃんと見てあげないと!」

 

 拳を振り上げ元気よく答える谷口。いやだからなんで谷口が俺の護衛を…困惑して辺りを見渡せば何故か清水がこちらを見てニヤリと笑いサムズアップをしてきた。マジで何なんだよ…

 

 傍で何故か元気な谷口を放っておいて改めて戦力の状況を考えると、結局は皆強くなりつつあるという事なのだろう。

 一番に気になる中野は規格外すぎて俺では力量を測れない、改めてオーヴァードになって分かった事だがきっと中野は皆より頭二つ分向こう側に行ってる住人だ。

 

 女子連中の事は正直分からない。強くなるんだったら止めもしないし挫けたのならそれでいい。後はもう個人の裁量だ、どうなるかはこればっかりは分からない。

 

 そんな他人任せの事を考え乍らついにやってきた六十五階層。この世界の人たちが到達した最後の階層である。…のはずなんだけどアリスさんはすでに百層を超えそのまたさらに百層を超えてしまっている訳なので…きっとあの人が規格外なのだろう。本人も強さに関しては物凄くどうでも良さそうだったし。

 

「ここから先は未知の領域か…準備は大丈夫?」

 

 みんなに確認する様に見渡せば大丈夫と言う声。なんとも頼もしい限りだ。そんなこんなで着いた先は大きな広間だった。

 

「おい、あの魔法陣」

 

 坂上が示したその先には俺達が広間に入ったのと同時に魔法陣が浮かび上がったのだ。赤黒く脈動する魔法陣はどこか見覚えがあって…

 

「ああ、あれベヒモスが出てくるわ」

 

「知ってるのか清水!?」

 

「覚えていないかよ…あのなぁモンスターの量産なんて常識だろ。ベヒモスは本来なら六十五階層の魔物ってメルドさんが話していただろうに」

 

 流石は清水、冷静に返すと直ぐに詠唱に入った。そりゃそうだ、何も魔法陣から出てくるのを待つ必要はない先手必勝ずっと俺のターンは常識で王道そのものだ。他の奴らもそれぞれが詠唱や武器を構えて備え始めた。

 

 だが、そんな俺達に待ったの声が入る。

 

「皆すまん。最初の一撃は俺に譲ってくれぇだろうか」

 

 坂上龍太郎、著しい成長と慢心を失くした俺達の鉄砲玉だ。何事かと坂上を見ればほんの少し申し訳なさそうな顔をした後自分の拳を眺めた

 

「たった一発でいい。たった一発だけをアイツに皆より先にぶちかましたいんだ」

 

「何を言ってるんだ龍太郎!一人で行くのは危険だ、アイツは強い。皆で立ち向かうべきだ」

 

 天之河の余りにももっともすぎる正論を受けても坂上はどうやら思う事があるようで、何やら神妙そうだ。考える時間は少ない、しかしこの申し出は…皆の様子を見る。

 

 清水は詠唱止めた、顔はニヤリと不敵に笑ってる。

 

 斎藤は浮かび上がった、フォローは任せておけと笑っている。

 

 遠藤の姿はもう見えない、影に徹したようだ。

 

 檜山は自らの獲物を抜き放ち、やれやれと言いたげに口角を釣り上げていた。

 

 中野は…指先を炎に替え、檜山の武器に炎をエンチャントした。 

 

 他の人はベヒモスに対しての緊張感からか誰も何も言えないようである。なら判断は決まった。

 

「よし、坂上いけ、一発どでかいのをかましてこい!」

 

「いよっしゃ!」

 

「まて龍太郎!柏木どうして…」

 

 俺の言葉と同時に広場へ突撃する。天之河が止めようとするが、その言葉を無視して走り去ってしまった。

 

 すまんな天之河、でも男にはやらなきゃいけない時がある。きっと坂上はそれが今なのだろう。

 

 頼れる男の背中は強大な魔物に臆することなく突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっとここが自分の分岐点なのだろうと坂上は確信していた。あの日あの時皆を見捨てようとして驕りにまみれた自分への決別の為に。

 

 広場から現れたベヒモスは依然と変わらず壮絶な殺意を眼光に宿らせ咆哮を上げていた。

 

(…へっ。あん時は胸が高まったが、今聞くと只の雑音だな)

 

 以前は強敵だと思っていた、しかし今は只の魔物と変わらなかった。なら自分の拳は通じる筈だ。悠然と身構えたベヒモスは一向に臆さない坂上を敵と捕らえたのか、全身を震わせ突撃を繰り出してきた。

 

(まだだ…まだ打つのは早い)

 

 全てがスローモーションになる中、こちらに向かってくるベヒモスから視線をそらさない。立ち止まり腰を深く落とし右手をしっかりと構える。

 

 血流を滾らせ気合を込める。全てをこの一撃に託す。暴力を振るう自分を己が肯定するために。

 

「グガァオオオオ!!!」

 

 方向をあげ突っ込んでくるベヒモスにタイミングを合わせる。頭突きを繰り出そうとしているその頭に振るわれる拳が重なるように調整する。

 

(今だ!)

 

「オラァ!」

 

 気合一発。培った体幹とこの世界で増した膂力。真っ直ぐ正確に狂いなく振るわれた拳は着実にベヒモスの頭部に当たり…その巨体を吹き飛ばした

 

「グッ!?」

 

 しかし只ではすむはずがなく自分も衝撃で吹き飛ばされてしまう。吹き飛ばされる体、傷む腕。

 

(はっ…やったぜ!)

 

 しかし坂上はどこか満足な表情をするのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるでダンプカーと自動車が正面衝突したような破砕音だった。坂上の正拳突きがベヒモスの巨体を吹き飛ばしたのだ。しかしその代償として坂上も飛ばされた。そりゃそうだいくら坂上でも体重と体格の明確な差がある。しかし、こちらはすでに対処済みだ。

 

 永山がすぐに駆け寄り坂上に俺が渡した回復薬を全身に掛けてもらう。それだけで治療完了直ぐに参戦可能だ。最も必要なさそうだが。

 

 吹き飛ばされたベヒモスに黒い影がまとわりつく。清水の闇魔法でベヒモスの四肢が影により拘束されていくのだ、もがくベヒモスだが拘束は解けそうにない

。流石は妨害に関しては俺たちの誰よりも先を行く男清水幸利、頼もしさでは群を抜く。

 

 壁にはりつけになったベヒモス。後は只のデカい図体のカカシだ。可哀想にいつの間にか目を一文字に切り裂かれている。恐らく遠藤の仕業だ。次に坂上が吹き飛ばした瞬間に駆け出した檜山が二刀の剣をもって飛びかかる。

 

「そらそらそらっ!ははっ!抵抗できねぇんじゃ話にもならねぇな!」

 

 右手に炎の魔力を纏った剣を、左手に風を纏った剣を振り回し振り増していく。視覚化された風の軌跡と炎の軌跡がベヒモスを滅多切りにしていく。袈裟、縦、横、もはや軌道が滅茶苦茶過ぎてよく分からない。

 

「グギャァアアア!?!?」

 

「ヒィィイヤッハァァアアア!!!」

 

 ほぼ一方的な攻撃にベヒモスの止まらない悲鳴、弱い者イジメ?いやいや檜山が圧倒的すぎるんです。何あのスタイリッシュなアクション!?吹き出した血をジャンプで回避してさらに急降下してまた傷を増やしていくぞ!?これじゃどっちが魔物か分からない。

 

「ふぃー おい!後はお前らに譲ってやるよ!」

 

 最後に一回思いっきりベヒモスを蹴り上げるとその反動でこちら側に跳躍しながら捨て台詞を吐く。無論そんな事は割っていると言いたげに血だるまになったベヒモスに風と炎の魔法を唸りを上げ襲い掛かる。

 

「『狂嵐』 あーあ これじゃ訓練にもならないかもね」

 

「『インフェルノ』 別に構わんだろう。アレ如きじゃ対して俺たちの障害にもならない」

 

 失望が混じった言葉と不遜な言葉を吐き捨てるのは斎藤と中野だ。唱えられた魔法の風がベヒモスの皮膚を切り刻んでいく。荒れ狂う暴風は気まぐれにベヒモスの身体を容赦なく裂傷を与え続ける。

 中野が出した炎は切り刻まれたベヒモスを無残にも焦がしつくしていきが見る見る内に 小さくサイコロ状になった焦げたステーキへと変貌してしまった。

 

 中ボスとして大げさに登場してきたベヒモスは坂上の正拳突きが炸裂してからわずか5分も満たない速さでこと切れる余りにも呆気ない結末だった。

 

「か、勝ったのか」

 

「あ?見りゃ分かんだろ」

 

 野村の呆然とした言葉を檜山が乱雑に吐き捨てる。そりゃそうだ誰が見たって俺達の勝利は明らかなのだから。

 

「あーあ思ったより雑魚だったね」

「でもベヒモスが弱くなったんじゃねぇんだろ」

「それほど俺達が強くなってのかもな」

「んなことより魔石の回収どうすんの?柏木に頼む?」

「面倒だからそうしようぜ。アイツ何でか魔石の回収上手いからな」

「魔石は騎士団が使うから絶対に回収しろって言われてるもんね」

「他にも素材とか剥ぎ取れば御の字だったんだけど…」

「…なんだよこっち見んなよ」

 

「…なぁ永山、アイツら強すぎないか?」

「そうだな。いつの間にかずいぶんと距離をあけられてしまったな」

「…檜山、斎藤、中野。俺は…俺はっ!」

「どうしてそんなに強くなれるんだ。勇者であるはずの俺は一体…」

 

 なんだか拍子抜けたと口々に軽く言う戦った面々と見ているだけで何もできなかった者達。この差は随分と開いてしまったけどそれでもきっと埋められると俺は信じている。だから腐るなよ男の子!俺達ならどこまでも強くなれるんだからな!

 

「おーい。獲るもん獲ったら脱出するぞー」

「あー?もう帰るのかよー」

「まぁまぁ一度ゆっくり休憩を取ろうよ」

 

 ベヒモスの死骸から大きめの魔石を回収し、帰還の連絡をする。まだまだいけるかもしれないが取りあえずは撤退だ。まだいけるはもう危ないってね。

 

 

 

 




フラグは少しづつ挟むスタイル。

後2,3話したら二章前半がおわりです。


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帝国皇帝様 前編

準備編です


 

「…帝国か めんどくさい匂いがする」

 

 ベヒモスを倒してから数日後、俺達実地訓練班は一時訓練を中断し王都に戻る事になっていた。それは何故か、単純に王宮から迎えが来たからである。

 

 迎えが来た理由は、何でも完全実力主義国家ヘルシャー帝国から勇者一行に会いに使者が来るのだというのだ。細かい理由は滅茶苦茶面倒なので流すが何でも、ベヒモスを倒した勇者の実力が見たいからだとか。

 

 フルボッコで雑魚扱いされたベヒモスだがあれでも六十五階層の化け物だったらしく、人間族初の快挙であり、その事を知った帝国が興味を示したというのが実情か。

 

「実力を知りたいってねぇ…少し前までは普通の高校生だった男だぞ?期待するのがおかしいと思うんだけど」

 

 神の使徒『勇者』そしてその仲間達。聞こえはとてもいいが実態は神から与えられた力で胡坐をかく少年少女だ。いったい何を推し量ろうとするのか疑問なんですが、これも政治的理由なのか面倒事な気配しかしない。

 

 そんな説明を迎えの人達から聞き、何やかんやで王宮へ帰還する。久方ぶり?の王宮は依然と変わらず、まぁこんなもんだ。

 

「おかえりなさい」

 

「ただいま…ってアリスさんか」

 

 訓練班が馬車から降り何やら迎えに来た王宮の人達と会話しているのを眺めていると傍に人の立つ気配。掛けられた声を返せばそこにいたのは何やらくすくすと笑うアリスさん。

 

「知っていますか?あなた方を…正確に言えば勇者君を見に帝国の方々が来るそうですよ」

 

 …この顔は何か知ってるな。私はすべてを知っています~この後何が起きるのかをしています~知りたい?知りたいのかなぁ?と煽ってくるそんな顔だ。…もっと正確に言えば推理物で犯人とトリックを先読みで知ってる奴の顔とでも言えばいいのか。

 

「アリスさんは」

 

「ん?」

 

「何が起きるのか知ってるんですか」

 

 帝国の訪問。普通に考えればそれだけで終わる筈である。しかしこのニマニマと笑う顔とベヒモスが終った後と言うまるでイベントが始まるようなタイミング。言っちゃなんだがあの時みたいにまたシチュエーションの中に入り込んだ気分だ。

 

「ええもちろん知っていますとも」

「教えてください、何が起きるんです」

 

 隣に立ちムフフと笑う彼女に聞けば、ほんの少しだけ考えるそぶりを見せ、視線を天之河に向けた。笑っているのにその目は…何だろう可哀想な物を見る目とでもいうのか。こういうの何だっけ憐憫?

 

「帝国からやってくる使者の中に皇帝が紛れ込んできます。フットワークが軽くトータス世界ではお強い皇帝様は勇者君の実力を見る為に模擬戦が始まるんですが…」

 

「…天之河負けたのか」

 

 実力主義で戦いが日常茶飯事の国のトップである皇帝と数か月前までは一般人だったステータスが高いだけの勇者。結果なんてわかり切っている事だろうに。…する価値もない模擬戦だな。そんな俺の不満そうなイラつきが伝わるのか、アリスさんも少しイラついた声になる。

 

「そもそもあの模擬戦、皇帝の初披露だとか帝国の説明だとか色々ありますけど主体が勇者君の愚かさを見せしめにするための舞台なんですよね。あの世界の天之河君は気持ち悪いですがそれでも無様な姿をさらそうとする悪意のあるあの公開処刑はもっと嫌いなんですよねー」

 

 うん?何だろう少し違和感。予言と言うのがどんなものか知らないけどこの言い方はまるで…

 

(他人事と言うより舞台を見るような言い方?予言ってそういう物なのか…うぅん?)

 

 なんか変な言い方をするアリスさん。言葉の端に何か彼女の事情と正体が紛れん込んでいる様な…まぁ今は帝国か。多少の違和感は持ちつつもこの後に起きる事を考える。

 

 勇者と皇帝の模擬戦。そして勇者の敗北。そしてその後の予想できる展開

 

「あ…何かイラッと来た」

 

「どうしてです?」

 

「天之河をコケにしようとする匂いを強く感じる」

 

 気に入らない気に入らない。確かに天之河はアンポンタンな事があるがそれでも良い奴なのだ。馬鹿だけど本当に良い奴なのだ。それをコケにするって? これは…俺の、いいや俺達の案件だな。

 

「フフッ まだ見ぬ皇帝よ、どうやら俺の逆鱗を撫でやがったな」

「あ、逆鱗なんてあったんですか?」

「当方、馬鹿にされることが嫌いです。それが例えクラスメイトでも」

「…愛されてますねぇ天之河君」

 

 皇帝がやってくるのは確か三日後、それまでに少しプランを考えねばならない。天之河がコケにされずしかして、皇帝を上手く受け流す方法を。

 

 

 天之河をシチュエーションの奴隷になんてそうはさせるか!

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ~訳で始まりました裏方会議第四回目。議題は帝国からやってくる皇帝についてでございます~」

「わーぱちぱち(棒読み)」

「ひゅーひゅー(棒読み)」

「お前ら何時もこんなことやってんの?馬鹿じゃねぇの?」

 

 場所は俺の部屋。緊急を要するためすぐにでも俺の腹心である南雲、清水、檜山には集まってもらったのだ。議題は勿論やってくる皇帝に関して。

 

「つーか皇帝?帝国の使者だけだったんじゃ?」

「とある筋からやってくるのが使者の護衛に扮した皇帝だと判明したので対策を検討したいのです」 

「とあるスジからねぇ…へぇ柏木君いつの間にかそんな知り合いが出来たんだ」

 

 南雲の疑惑の目が刺さる刺さる。ジトーっとした目が南雲の心境を物語っているところから察するに信用はしてくれるけどその誰かを話せと言っている。後でちゃんと話しておこう…

 

「んで、何を対策するってんだ?」

「かくかくしかじか!」

「まるまるうまうまね」

 

 事情を説明し、兎に角このままでは天之河が無様に負けてコケにされる可能性があると話したが…周りの反応は微妙だった。俺の話は信じてはいるものの天之河が負ける事についてはどうでもよさそうみたいだ。お前ら酷くなぁい?

 

「…別にいいんじゃねぇのか。俺達がどうこうする必要性あんのかそれ」

「何でさ」

「天之河が弱くて皇帝が強かった。それだけの話だろ」

 

 だから俺達が何かしようって話にはならないんじゃないかと檜山は言う。確かにその通りだけど、それで納得できるほど俺は大人じゃない。

 

「強者が弱者を踏みにじるのは仕方ないかもしれない。弱いから見下されるのはしょうがないかもしれない。でも、それでいいのか」

「…何が言いたいんだ柏木」

「俺たちの大将天之河光輝が負けるって事は俺達も同列にみられる。俺達も舐められるんだ負けた天之河と同様に。見下されるって事にお前は納得できるのか檜山」

 

 大将が負ければ俺達の強さも同列にみられる。いわば皇帝と戦うという事は俺達日本人の格を図られているという事と同義だ。負けてそれで終わりとは問屋が卸さない。

 

「相手から下にみられる。今後帝国から舐められ続けて我慢できるのか檜山」

「…チッ」

 

 言いたいことが伝わったのか苦虫を潰した顔になる檜山。トップが貧弱だとその下も同じだとみなされるのは檜山にとっても面白くないようだ。

 

「…わーったよ」

 

 これで一人陥落でありますな。さてもう一人は…

 

「でもよぉ 天之河には一回痛い目に遭った方が良いんじゃないか」

「なしてだ清水?その根拠を言いなさい」

「はぁ… この世界に来てから少し天之河おかしくなってんだろ。ちょっとは痛い目を見て目を覚ました方がアイツのためだろう」

 

 清水の言い分は確かに頷けることがある。この世界に来る前は本当に天之河は人の良い好青年だったのだ。多少正義感が強い所が確かにあったが、人の事を思い遣る良い奴だったのは間違いない。

 

 俺も以前英語の赤点の補修を食らったとき少し勉強を見てもらったことがあるのだ。その恩は忘れない。

 

「いや、アレはお前が究極的の馬鹿なだけだったんだろうが。未だにゲームのタイトルが分からないからって南雲に聞くのはどうかと思うぞ」

「親友が英語が読めないからってゲームのタイトルをいつも聞いてくる件について」

「うぐっ!? …ま、まぁその話は置いといて」

「置いておくんだ。ふーん」

 

 南雲の視線が辛い。いつもいつもすいません、しかしこの話はのちほどにして…えほんえほん

 

「確かに可笑しくはなってると思う。なんか変な病気でも喰らったんじゃないかって思うし一度頭の検査をした方が良いのかもしれない」

 

 我ながら結構酷いこと言ってない?クラスメイトを頭の病気扱いってヤバくない?…俺の良心は一体どうしちまったんだ?

 

「でも、今の天之河に負けた屈辱を味わせるのは悪手な気がしてさ。…なんつーか本当にぽっきり折れてしまうような気がするっていうか」

 

 結構思い詰めているようにも見えるんだよなぁ。そんな時にクラスメイトや王国の人達の前で恥を掻かせるような事が起きるって…天之河にとって良くない。うんやっぱ駄目だわ、天之河は同じクラスメイトで仲間で普通の人間です。そのことを強く意識しなければ。  

 

「…はぁこのお人好しめ」

 

 渋々と言った様子の清水。これで二人目。後は

 

「聞きたんだけどさ柏木君」

「なんじゃらほい」

 

「人に見下されたくない。天之河君の為に。なるほど理由としては納得できるけど、本当にそれだけ?それだけの理由で帝国に楯突くの?」 

 

 別に帝国に喧嘩を売ろうって訳じゃないんだけど… 兎も角として南雲の言い分はもっともだ。だから俺も出来る限り言葉を吐き出そう。最初に感じた本心をもって

 

「そう…だな。それらの理由もあるけど、一番は物凄くイラつくって事かな」

「その心は」

「まるで、筋書き通りのような気がしてだ。天之河が負けて俺達が恥を掻く。そのどれもが見えない悪意を感じて気に入らない」

 

 帝国が来てからのシチュエーションはまだ起きていないこれから起こる未来の話だ。それなのにアリスさんの言葉をどうしても俺は心の底から信用してしまう。まるで自分の言葉のように。

 

 そんな俺が感じたのは見えない悪意。天之河に対して恥を掻かせようとする誰かの嘲笑と嘲り。普通の少年に対しての強い憎悪。そんな物を感じてしまうのだ。

 

 だから俺はその企みを阻止したい。オルクス迷宮で南雲を助けたときのように、シチュエーションに反逆したいのだ

 

「反逆…か。そうだね。僕の時と同じ様に感じるのならそれは阻止しないと」

 

 そんな俺の心から思ったことを告げるとほんの少しチラリと檜山を見て溜息を吐く南雲。見られた檜山も南雲も何だか複雑そうだ。

 

「柏木君がそう決めたのなら僕からは何も言わないよ」

「…すまんな」

「良いって事さ。寧ろ手を貸すよ、実力主義国家の癖に未だに魔人族を倒せない情けない奴らに舐められるのは気に入らないからね」

 

「ファ!?」

「クッ」

「ぶはっ」

 

 南雲が不敵に笑いながら言い放った痛烈な皮肉がどうやら捻くれ二人組にもツボにはいったようだ。無論俺も含み笑いでお腹が痛くなる。

 

「クックク よくもまぁそんな大口叩くな南雲。相手は帝国様だぜ」

「本当の事でしょ。強者の国を謳うのに僕達が呼ばれたのが何よりも物語ってるでしょ」

「確かにその通りだ。ど素人を呼ばなきゃいけない状況なのに亜人族の奴隷をかこっている時点でお察しだ」

「亜人の奴隷?ほぅほぅならそれは僕に対する挑戦状だ」

 

 何やら燃えてきた様子の三人。これはとても頼もしい。口元がいやが応にも嬉しさでつり上がってしまう。

 

「んで、結局どうするんだ」

 

「それについてはプランがある。細かいところは後で南雲と清水で調整するとして…」

 

 ニヤリと笑い檜山に視線を向ける。それで錬成師と闇術師は俺が何をしたいのかわかったようだ。流石は我が同胞。言いたいことはすぐに伝わってくれる。

 

「この作戦の肝はお前だよ 檜山」

 

 そうして俺は、このメンバーで唯一の白兵戦闘担当『軽戦士』に向かって笑ったのだった。

 

 

 

 




見直すと何だか違和感がある様な?急いで作ったとはいえ難しいですね。


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帝国皇帝様 後編

何とかできました…


 

 

 

 作戦会議から三日後、遂に帝国の使者が現れた。

 

 予想通りと言うか目論見通りと言うか、それともアリスさんの言葉通りか。今俺達が居るレッドカーペットが敷かれた謁見の場には帝国の使者が5人ほどたったまま王様と向かい合っていた。

  

 使者と王様が簡単なあいさつを交わした後、人類の希望勇者の紹介が始まった。一応キリッとした顔をしているが…調子は良くなさそうに見える。大丈夫だろうか。

 

 取りあえずは天之河に続いて実地訓練組も挨拶を返していく。ここまでは順調。何だったが…

 

「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に六十五層を突破したので? 確か、あそこにはベヒモスという化物が出ると記憶しておりますが……」

 

 疑わしい目で光輝をじろじろと見る使者のおっさん。一応教皇イシュタルの前なので露骨な態度はとってはいないが…

 

(イケメン好青年をジロジロと舐め回す様に見るおっさん。…これは事案では?風紀が乱れるぅ!)

 

 確かに光輝が若く初々しいので疑問に思うのは何も間違いではないのだが、少々見すぎでは?おっさんに視姦されるなんてどんなプレイだよ。正直天之河が可哀想である。

 

「た、確かに俺が倒したと言うよりも皆が倒したという言い方の方があってますが…」

 

 ベヒモスを倒したとき天之河は見ていただけですもんね。話がこじれるから言わないのかもしれないだろうけど、居た堪れなさそうだ。現に使者の護衛らしおっさんは値踏みする様に上から下まで天之河を視姦している。オエッ!

 

(…あ、ふーん。なるほどねぇ)

 

 天之河を視姦している男。よくよく考えれば結構失礼な話である。一応王国側は勇者がベヒモスを倒したことになっている。それを使者が疑いの視線を向けるのはまぁしょうがないかもしれないとして、高々護衛風情の男が猜疑の目を向けるのはかーなーり失礼に当たるのでは?

 

(つまりアイツが皇帝か)

 

 平凡そうな面をした男だ。高すぎず低すぎない身長にに、イマイチパッとしない雰囲気の男。人ごみに紛れ込んだら直ぐ見失いってしまいそうになるそんな平凡な男だ。

 

 だからこそこの男が皇帝なのだろう、平凡を意識しすぎて逆に浮き彫りになってる。どうせアーティファクトかなんかで平凡そうに見えるような細工でも施してあるんだろう。

 でも表情までは隠せない。天之河を見下すようなその視線と侮った表情までは隠せないんだよ皇帝さん。

 

「いえ、お話は結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか? それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」

 

(来た!)

 

 釣り針に獲物が引っかかった気分だ。罠にのこのこと嵌っていく哀れな犠牲者。なるほど、アリスさんがニヤニヤと笑っていたのはこういう気分だったからか。サイテーだな俺も彼女も。

 

「え、あ 俺は…」

 

 いきなりの事で二の句が告げられない天之河。困ったように王様に見ようとするがここで待ったの声がかかる。

 

「オイオイちょっと待ってくれないか使者さんよぉ?」

 

 粘つくような不快感アリアリの声で待ったのは我らが鉄砲玉その2である檜山大介である。ニヤついた顔で使者を嘲笑するその顔が実にいやらしい。

 

「檜山?一体何を」

「何をじゃねぇだろリーダー。使者さんよぉ。いきなりやってきてアポもなく俺達のリーダーに模擬戦を仕掛けようってのはちっと無礼にもほどがあるんじゃねぇのか?」

「むっ」

 

 天之河にかなり気安く肩を組み嘲るように笑う檜山に場の空気は完全に支配された。これは檜山の演技力と俺のソラリス能力の掛け合わせである。

 

『攻撃誘導』 刺激的な匂いで他者からの注目を浴びるエフェクト能力だ。これで檜山に注目が集まり場の主導権を握ることが出来た。

 

「40層が精々の不甲斐ないこの世界の住人の代わりに65層までいってベヒモスを倒したと真実を言えば、揃いも揃って疑うとは随分と帝国のケツの穴はちいせぇんだな。えぇ?」

 

 煽る煽る。檜山の真骨頂ここに極まれり。やべぇヤベェよコレ…何か俺も楽しくなってきた。やれやっちまえ檜山!なーになんかあったら牢屋にぶち込まれるだけだ!脱獄準備は何時だってできてるぜ!

 

「しかし実際にこの目で見ていないのは確かでございます。我ら帝国は実力主義者の集まりです。申し訳ありませんが、言葉だけで信じろと言うのは」

 

「だから俺たちの大将を測ろうってのか?はっそこの冴えないおっさんじゃ役不足だ、失せな」

 

 明らかに帝国を見下したもの言い。普通の人間なら即刻処刑ものだが檜山の立場はこの世界を救いに現れた勇者の仲間であり『神の使徒』である。誰も手出しは出来ないのだ。

 まさしく檜山の独壇場だ。それにしても檜山の奴護衛が誰か分かってて言ってんだからタチが悪い。

 

 冴えないおっさんと言われた当の皇帝様は…薄く笑っていた。心底楽しそうなのを見つけたと言わんばかりに。

 

「檜山!帝国の方々に失礼だろ! すみません俺の仲間が勝手な事を言って」

 

「別に構いやしねぇさ。確かにいきなり勇者様と力比べをしようと考えていたこっちが悪かった」

 

 ひらひらと本当に気にしてい無さそうにする護衛の人。その乱雑な言い方からして隠す気が無くなったか?まぁいい多分俺の考えている通りの性格なら…

 

「代わりにそっちの威勢の良いガキ。そっちの方と戦らせちゃくれねぇか」 

 

「あ?なに抜かしてんだおっさん」

 

「この俺が勇者に挑むほどの腕か確かめてほしいんだよ」

 

 ニヤニヤと不敵に笑う護衛の人に檜山は眉を吊り上げる。が、結局檜山はこの申し出を受け入れ、国のお偉いさん方が見守る中檜山と護衛の人との模擬戦が開催されることとなったのだった。

 

 

 

 いや、本当に全部俺の掌で事が動いているよな…まるでどこかでこの展開を見てきたみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

「檜山しっかりやれよ」

「舐めちゃ駄目だよっ」

「絶対油断すんなよっ」

 

「わーったよ。お前らこそちゃんと俺の勇姿を脳みそに刻んでおけよ」

 

 中野、斎藤、近藤からの熱い激励を受けている檜山に微笑ましい気持ちになりながら、我らがデバフ要員闇術師に再確認をする。

 

「で、上手く行った?」

「もち。…つってもあくまで軽微なものだ。期待すんな」

「それで良いのさ。代わりにこっちの仕込みは上々だから」

「…加減してやれよ」

 

 清水の言葉にノーコメントを貫く。仕込みは上手く行ってるのだ、後は檜山しだいだ。

 

「檜山君」

 

 同じように昨夜仕込みが出来上がったと笑っていた南雲が檜山に近づく。その手には布に巻かれた二本の細長い棒を持っていた。

 

「これ、何とか出来上がったから」

 

「ああ ワリィな」

 

「良いって事さ。それよりも扱いには気を付けてよ」

 

 南雲から渡された棒を持ちいつの間にか用意された決戦場へ赴く檜山。その背に南雲が最後の激励を掛ける。

 

「ちなみに、銘は『桜花』と『神風』だから!」

 

「分かった。 ……って、おい!お前帰ってくんなって事か!?」

 

 南雲が付けた銘に対して叫び声を上げ蹴りを入れようとする檜山。ケラケラ笑って逃げる南雲、なんだか微笑ましいやり取りである。あ?帝国の奴ら?もう放置でいいんじゃないのかな。

 

 

 

「さて、それじゃ始めるとするか」

 

 両者が向かい合ってから檜山はそう言うと南雲から渡された細長い棒の布きれを割と大げさに取り払う。現れたのは美しい刃渡りが施された細身の歪曲した剣。俺達日本人にとって最もなじみ深くまたロマンを極めた変態武器。

 

 

「アレは、え?マジで?」

「何で檜山はアレを持ってるの」

「あれは…日本刀?」

 

 檜山が取り出したのは白木造りの柄を持つ美しい刃渡りの日本刀だった。突然出された俺達にとってなじみ深い?物を出された地球組は驚きの声が上がる。もちろん俺だって最初を見たときは余りの出来の良さに感激の溜息をもらしてしまったものだ。その後の凄まじいドヤ顔の南雲に蹴りを入れる事も忘れなかったが。

 

「ほぅ…随分と立派なモンを持つじゃねぇか」

「ふん。俺たちの故郷の業物でな。わざわざうちの錬成師が俺様に錬成してくれたんだよ」

 

 ちらりと視線を南雲に向ける檜山とつられて護衛の人も。注目を浴びた南雲は澄まし顔をしているが…アレ相当照れているな。耳真っ赤で口元がプルプルしているもん。

 

「しかし刃を潰さねぇのはどうなんだ。コイツは模擬戦だろ」

 

「あ?何だ俺の刀が当たるって心配してんのかよ。その程度で天之河に挑もうってマジで恥の上塗りだな。やっぱお前役不足だわ」

 

「ククッ ケツの青いガキが随分とほざく」

 

 軽愚痴を叩きあいながら遂に構え始める。議論戦闘もいいけどやっぱり男なら拳で語りあわないとね。 

 

 護衛の方はだらりと大型の剣をぶらさげ構えらしい構えが無い。一件ふざけているようにも見えるが…アレは檜山からの攻撃を誘っているのだろうか?

 

 そんな護衛を鼻で笑い檜山の方もぶっきらぼうに日本刀で肩で叩く。こちらも動かない。挑発をしているのだろうか?

 

 白兵戦が点で駄目な俺にとっては全く持って分からない

 

「解説の中野君。アレはいったいどういう事でしょうか。私にはお互いふざけ合っている様しか見えないのですが」

 

「誰が解説だ。…アレはお互いの間合いを推し量っているんだろう。一歩でも相手の間合いに飛び込めば切り刻まれるだろうしな」

 

「なるほど…つまりこの硬直はもうしばらく続くという事ですね。以上実況の柏木と解説の中野でございました」

 

 ついついノリで中野に冗談を飛ばしたが案外ノッテくれました。嬉しい限りです。さて両者の激突がいつ始まるかと言うところで遂に状況が動き始めた。

 

 檜山が先に動いたのだ。ユラリと動くその要は緩慢。しかし一気にトップスピ―ドで護衛の人に肉薄する。俺にとってはほぼ見えない斬撃の嵐を護衛の人に向けて放つ。唐竹、袈裟、切り上げ、二本の刀を器用に動かし、追い詰めていく。まさしく斬撃の嵐だ。

 

 対して護衛の人は最小限の動きで檜山の斬撃をかわし続けている。最小限の動きで最大の効果をって奴だろうか?見た限り檜山を嘲笑ているように見えるかカウンターを狙っているの可能様だが

 

「いや、アレは見た通り檜山の方が優勢だ。躱し続けて反撃の隙を伺うように見えるが実際は何も出来ないでいる。それに見て見ろよあの男の口元を。さっきまでへらへら笑っていたのがもう余裕がなくなってやがる」

 

 解説ありがと中野。でもゴメンね。俺動き続ける相手の口元を見れるまで動体視力は良くないの。言っちゃなんだが今の俺サイヤ人たちの動きを頑張って理解しようとするサタンだぜ?力不足にもほどがあるんだよ。

 

 

 

 

「チッ 勇者のオマケかと思えば随分と良い動きをするじゃねぇか」

 

「おいおい、この程度でか?俺たちのリーダーはもっとやべぇぞ?」

 

 一杯食わされたと呟く護衛に失望を交えた言葉を吐く檜山。…もしかして檜山お前天之河を持ち上げようとしていない?褒めてると言うよりハードルを上げている様な…

 

「ふん ならお前で苦戦しているようではイカンな。そろそろ反撃させてもらうぞ!」

 

 護衛の人がそう言うと姿勢を低くし足に力を込めているような動きをする。その姿はいつか見た野生の肉食動物が獲物に飛びかかろうとする動きそのものだった。

 

「ッ!」

 

 事実、その表現は正しかったようでまるで暴風のように一気に檜山に肉薄して剣を振りかざす護衛。受け止められないと感じたのか檜山は間一発横に転がる事で回避をした。

 

 転がり直ぐに体制を整える檜山。見つめる視線の先にはもう一度護衛が力を貯めているようにまた姿勢を低くしていた。今度は先ほどよりも早そうだと思わせる威圧。しかし檜山はその姿を見て微かに口元を歪ませていた。

 

「これでしまいだ」

 

 再度巻き起こる暴風が如きの跳躍。対面する檜山は先ほどとは変わって特に回避をする動作もせず、左手に持っていた短刀、『桜花』を護衛に向けた。その動きはまるで力を感じさせず緩やかでしかし護衛の跳躍よりも早かった。

 

「ばーか」  

 

 その言葉と同時だった。短刀から直線状に刃が発出されたのだ。

 

「っ!!?」

 

 ほぼ脳天に当たる角度のそれをしかして護衛は瞬時に見切り横に逸れることで回避する。だがその動きは悪手だった。

 

「これで王手。だな」

 

 その言葉と同時に刀を振りかぶった檜山が着地で体勢を崩した護衛に宣言する。振り下ろされた刀は首を切り落とす直前での所で止まった。

 

 体勢を崩した護衛に首に刃物を突き付けた檜山。生殺与奪を握った物が勝者であるというのならこの勝負…我らの勝ちである。

 

「そこまでにしておきましょうか。これ以上は必要ないでしょう。そうですなガハルド殿」

 

「ちっ …まぁいい神の使徒とやらがどんなモンかはこれで分かった」  

 

 イシュタルの言葉を受け舌打ちをする護衛。檜山が刀を収めると、護衛は立ち上がり忌々し気に右の耳にしていたイヤリングを取った。

 

 するとやっぱりと言うか靄のかかったように護衛の周りがボヤケ初め、晴れるころには全くの別人がそこにいた。

 

 四十代位の野性味溢れる男だ。短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。

 

 その姿を見た瞬間、周囲が一斉に喧騒に包まれた。

 

 「ガ、ガハルド殿!?」

 「皇帝陛下!?」

 

 いきなり現れた皇帝に周囲の人たちは大騒ぎ、俺達は…驚いている者が数人心底どうでもよさそうなのが数名といった所か。

 

 王様と何やら話し始めた皇帝だが俺にとって興味はもう無い。この模擬戦で天之河が恥をかかさなければそれでもう後は皇帝や帝国なんて心底どうだっていいのだ。

 

「お疲れ檜山。カッコよかったぞ」

「危なかったけど何とかなってよかったよー」

「まさか相手が皇帝陛下だったなんてな」

「帝国で一番強いんだろ。良くもまぁ勝てたもんだ」

 

 帰ってきた檜山にクラスメイト達が次々と労いの言葉を掛ける。もみくちゃにされている檜山を眺めながらホッと一息を吐く俺。この模擬戦は天職『軽戦士』である檜山が居なければ成功は成し遂げれなかったのだ。

 

「やっぱ檜山君なら上手く使いこなせると思ったよ」

 

「殆どぶっつけ本番だろうが。 …疲れた、俺はもうあんなの二度と御免だ」

 

「後で疲労回復に聞く湿布をやるからそれで我慢してくれ」

 

 心底疲れたという顔をする檜山に湿布を私乍ら今回の作戦を反復する。

 

 

 皇帝との模擬戦、実質作戦の肝は檜山が天之河の代わりをすることだったのだ。 その為に檜山の強化が最優先だった。相手は帝国の中で一番強いであろう皇帝陛下。正攻法で勝てるのなら問題は無いが相手は傭兵や荒くれ物の一番トップ。数か月の訓練程度の俺達ではとてもではないが勝てない相手だ。

 

 だから俺達は戦闘を吹っ掛ける相手となる檜山の強化に目を付けたのだ。幸いにして俺はソラリスの能力者。身体能力をドーピングする薬なんて幾らでも作れるのだ。

 使った薬は『アドレナリン』『アクセル』『力の霊水』の三つを事前に檜山に服用してもらった。効果は薄めにして、体に馴染むかどうかは最後まで不安要素だったが…流石は檜山上手く薬を使いこなしたようである。

 

 南雲は檜山の武器の製作をした。始めからギミックのある武器を作りたがっていたが檜山は軽戦士。シンプルな方が良いとの結論でモルフェウスの力を行使して日本刀を作ったのだ。

 確か『インフィニティ・ウェポン』と呼んでいたが…ともかくすぐに南雲の望む武器が製造された。そこに一応の隠しギミックとして刃が射出されるギミックを作ったのだ。何でも『流石に異世界で刃を飛ばすなんて発想は出てこないだろうし…ちょっとビックリさせるのもいいよね』と言う結論で作ったらしい。どこまでも浪漫に生きる奴である。そしてその浪漫を活用した檜山も大概である。

 

 闇術師の清水が施したのはこの模擬戦となる場所にあらかじめ魔法陣を仕組んでいたのである。ごくごく小さい隠密性優れた魔法陣で作った結界内で皇帝に感情操作をしやすくするようにしたのである。最も清水曰く出来たのはほんの少しだけ思考が単純になると言う物だったが…結果は見ての通りであった。

 

 皇帝は俺たちの領域にノコノコ足を踏み入れこちらを見下し始めた。なるほど実力主義者なら別に問題は無い、だって俺達は元は只の学生だから。でもね、馬鹿にされれば腹に来るものだってあるのだ。

 

 手を出さなければ無害。でも手を出そうとするのならそこには凶悪な毒が含まれている。俺達は専守防衛を得意とする能力者達。領域に入り平穏を脅かすのなら俺達はどんなことだってしてしまう。

 

 こうして俺達の影の活躍によって天之河は恥を掻かずに済み、俺たちのクラスは舐められずに済み、王国は帝国との同盟をスムーズに進めることが出来、クソッたれな脚本をぶち壊すことが出来たのである。

 

 これぞ我らの勝利ってね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぅ 檜山と言ったか」

 

 皇帝が檜山を見つけたのは懇談のためのパーティーの時だった。皇帝にとっては王国に滞在したところで得られるものは無い。暇をつぶすためと多少の興味で先ほど行われた模擬戦の相手である檜山を探していたのだ。

 

「チッ あんだよおっさん」

 

「おいおい俺は皇帝だぞ 口の利き方には気を付けた方が良いと思うぜ」

 

「俺達にとっての皇帝じゃねぇだろうが。口に気を付ける必要性なんてこれっぽちもねぇな。それとも何だ?異世界の住人から敬れてぇのか」

 

 返す口の利き方は完全に嫌悪感丸出しだ。だが皇帝にとってはそれが良かったのだ。おべっかを使いへりくだるより堂々とした不遜の態度の方が好感が持てる。ガハルド皇帝とはそんな男だったのだ。

 

「はっはっは わりぃわりぃ。そんなどうでも良い話をしに来たんじゃねぇさ」

 

「ならなんだよクソ野郎」

 

「お前、俺の国に来ねぇか?」

 

 それは唐突なスカウトだった。キョトンとした顔を向ける檜山にまた愉快になりつつ皇帝は話を続ける。

 

「模擬戦をして分かったがお前はまだまだ発展途上だ。俺たちの国に来ればもっと強くなる。それにダーティーな挨拶のやり方も心得ている。まさしく俺たちの国に馴染みやすい人材だ」

 

 治安が悪くしかし活気と熱気はほかの国とは比べ物にならない国。それが皇帝の治める国だった。檜山大介はそんな国に適合する人材だと皇帝は直感を抱いたのだ。

 

「あのなぁ 一体俺に何の得があって」

 

「俺の国に来れば金はたんまり手に入り、名誉も思いのままだ。役職も与えてやろう、俺の側近として行動すればお前が望むものはなんだって手に入る」

 

「だからいい加減に」

 

「女だって抱き放題だ。好きな女を侍らせ、飽きたら捨てればいい。ああ、亜人族ってのも良いぞ。奴隷なら腐るほどある」

 

「!」

 

 檜山の瞳がぶれたのを皇帝は見逃さなかった。この男はこちら側の人間。欲に正直で欲しいと願える誰よりも人間らしく人間味のある逸材なのだ。

 

「お前はこっち側だ。暴力を正当化し発揮する強者そのものだ。弱者の傍にいるのは止めとけ、詰まらねぇ法に下らねぇ

情に従う理由は無い」

 

 そして鍛え上げればまだまだ強くなれると皇帝は感じ取った。模擬戦で一瞬だけの交差でも感じ取った強者特有の圧の出し方。刃が出るギミックを至極当然に使えるダーティーさ、皇帝と言う政治に関して手を出せないものに臆さない肝の太さ。

 

「俺と共に来い檜山。俺と来ればお前の未来は確実に栄えある者と変わる」

 

 

 

 

 そう言い切った皇帝の目は侮蔑は一つも無かった。檜山大介と言う個人を見て要るように思ってしまう清々しさだった。

 

 だから檜山は告げる。皇帝に対し己の未来を選んだ。

 

「ねぇな。俺がお前と行くだと?あり得無さ過ぎて笑えて来るぜ」

 

 言葉とは裏腹に一つも笑みを出さない檜山。皇帝と檜山数秒だけ目線を交差させると、突然皇帝は笑い出す

 

「ぶわぁはっはっは!そうか俺の庇護を無下にするか!これは随分と手酷い振られ方をされちっまたもんだなぁ!えぇ!?」

 

「うるせーおっさんだな」

 

 愉快そうに笑う皇帝は腹を抱え力の限り爆笑してくる。対して面倒そうに舌打ちする檜山は実に対になっていた。

 

「ふぃー 久しぶりに笑ったぜ。なぁ檜山」

 

「あん?」

 

「どうして俺の話を蹴った。お前にとって美味い話であることは間違いない。それぐらい分からんでもねぇだろ」

 

 事実檜山にとっては皇帝の話は、メリットは大きかった。自分の実力を思う存分振るえる場所であり、実力主義国家なら訓練相手にも困らないだろう。自身の腕は上達し、何より皇帝の傍なら望むものがすべて手に入る可能性だってあるのだ。

 

 金も名誉も強さも…そして女さえも。

 

 檜山自身薄々気が付いている。自身の淡い恋心は決して花咲かないものだと実る事の出来ない幻想そのものだと理解しているのだ。だからこそ皇帝の話は旨味があった

 

「…否定はしねぇよ。あんたについて行けば裕福な暮らしは間違いない」

 

「だったら何故だ?アイツ等か」

 

 皇帝の向ける視線の先には檜山の友人たちが居た。雑談をし、楽しそうに話をしている少年たち。その姿を見て檜山はふっと笑う。

 

「まぁな。アイツ等は俺が居ねぇとてんで駄目な連中だからな」

 

「…そうか」

 

 意外と平凡すぎる答えに少々失望を隠せない皇帝。自身のスカウトを蹴ったのだ。もっと訳アリな理由かと思っていたのだが

 

「……ってのは建前だ。大本は別だ」

 

「ほぅ」

 

「……ガキの時、ある奴と一緒な保育園だった」

 

 少しの間があり、ポツリと零した内容は檜山の幼少期の時だった。檜山自身ずっと胸の内に抱えていた思い出だった。

 

「そこで俺はガキ大将をやっていた。よくある他のガキをイジメて、気に入った奴には寛大で大人には真っ向から噛みつくクソガキだった」

 

 そこで一息つく。聞かせる相手には話している内容が理解できているかどうか分からなかったがどうでも良かったのだ。どうせもう会う事もない。会う気もない

 

「そん中で1人、変な奴が居た。ニコニコといつも笑うガキだった。最初は気に入らなくてイジメていた」

 

 イジメと言っても子供のすることで虫をひっつけたり、おやつを取ったりなどそんな程度の物だった。しかし

 

「それでもそいつは困った顔をするだけで怒る事は無かった、泣きもしなかった。只々子供のすることだから仕方ないって顔で俺を見ていたんだ」

 

 それからソレが異質だと気付き始めた。外面は子供でも中身が不釣り合いだったのだ。

 

「大人のいう事を完全に理解していた。わがままを言わなかった。大人から気に入られ方をちゃんと把握していた。…何をすれば保育士の負担が減るかすべて知っている様な動きをしていた」

 

 だから大人からの受けは良かった。気味が悪くなるぐらいに。  

 

「ガキが泣いているのを困った顔であやそうとした。ガキのままごとに疲れた顔をしていた。ガキの理不尽な我儘を蔑みのこもった目で見ていた。…ガキの感情を理解していなかった」

 

 子供からは気持ち悪いと見られていた。全員から恐れられた、不気味な化け物だと大人ではわからない子供特有の本能で理解していた。 

 

「…ガキ大将だった俺は全員に告げた。アレは化け物だ、イジメるな絶対に関わるなって。…今でもその判断が間違っているとは思っていない」

 

 気味の悪い化け物に触れ合うほど馬鹿では無かった。ソレは悲しそうにはする物の寂しそうにはしなかった。だから保育園を卒業する時になっても大人達は誰もソレが独りでいるだなんて気が付かなかった。ソレも納得していたから。

 

「で、その化けもんが何だってんだ」

 

「…高校生になってまた出会ったんだ。そいつはもう俺の事なんて忘れているだろうけど、俺はハッキリと覚えている」

 

 幼少期のころなんてさっぱり忘れて友達と笑いあうソレ。子供の時恐怖だったズレは見かけなくなっており普通の高校生に見えた。そして実際話したら相手は自分のことを覚えていなくて、ただの少年だった。その筈だったのに…

 

「…なるほどな。そいつがアイツだと」

 

「皇帝さんよ。忠告して置くぜ、アイツには関わるな。人畜無害な面して中身はズレている。日本にいたときはまだマシだったがこの世界に来てからはもう俺でもどうなるかすらわからねぇ」

 

 皇帝が見ているひとりの少年を見乍ら檜山は警告する。今回は一人の人間が負けただけで結果は終わった。だが次はどうなるかはわからないと。

 

「次ちょっかいを出せば今度は国が潰れる。比喩じゃなくてな」

 

「…ふん。なるほど俺はどうやら邪竜のケツを蹴り上げそうになってたって事かい。そいつはゴメンこうむるな」

 

 少年少女たちの中に混ざっている微かな異質の匂いがする三人を見て皇帝は判断する。王国には軽いなれ合いだけにしておこうと。檜山の話を聞いてそれが本当の事だと理解するには今日の模擬戦は決まり過ぎていた。

 

「じゃ おっさんは竜のケツを間違えて蹴り上げる前に退散するとしようかね」

 

「そうしとけ、そしてもう二度と俺たちの前に姿を現すな」

 

「はっはっは お前ならいつでも歓迎だぜ檜山」

 

「チッ」

 

 こうして帝国との会談は愉快そうに笑う皇帝と不機嫌そうになる檜山との雑談で幕を閉じるのだった…

 

 

 

 

 




最初のプロットでは皇帝は物凄い小物扱いになる筈だったんですよね…ほんとキャラって予想外の動きをするものです。

ここで連絡です。二章前半が終わりました。次から後半戦となるのですが、ストックが切れました。
ですので申し訳ありませんが少しの間休息をいたします。具体的にはストックを作り上げます。何時になるかはわかりませんが、チマチマと溜めてまた投稿しようと思います。

それではまた投稿できるまで、感想はいつでもお待ちしておりますー


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三章
とある少女の話 吸血鬼編


予定を変更して三章に入りました。まだまだ終わりません

すこーしストックが溜まったので投稿します。


「…………」

 

 

そこはある迷宮の深部。光も閉ざさないその場所で少女は生きていた。身を纏う衣服は無く、表情は暗く俯いてただ時間が過ぎていく日を過ごしていた。

 

 少女は吸血鬼と言う種族だった。吸った血を魔力に替え還元する強力な種族で少女はその種族の女王だった。異常な魔力量に特異な力の数々、そして不死や不老とも取れる生命力の持ち主でもあった。

 

 とある事件が起き少女は光の差さない迷宮の中で幽閉されることになってしまい…それから永劫の時が立った。

 

「……ぅ」

 

 身じろぎをしようにも下半身は自身の魔力を封印する球体によって封じられており艶目かしい肌は鎖によって束縛されている。

 

 身動き一つできず、何もできない封印された牢獄。それが少女の状況だった。

 

 

 

 

 

 助けが来るとは考えたことは無かった。この迷宮は凶悪な魔物たちが運び居る魑魅魍魎の真っただ中にあるのだ。そんなところまでくるものが居るとは考えられない、そして自身も逃げ出そうにも何もできない。捕らわれてからずっと何も出来ず暗闇の中でただ時間だけが過ぎて行った。

 

 

 そんなすべてを諦めた時

 

 

「……?」

 

 僅かに音が聞こえたような気がしたのだ。眼前の分厚くずっと閉じたままの扉の向こうで僅かに音が聞こえたような気がしたのだ。

 

(…そんなはずは無い。…いつもの気の迷い)

 

 暗闇で幻聴が聞こえてきたのはこれが最初ではない。来る日も来る日も暗闇でおかしくなった時扉が開くという幻聴と幻想を見ていた時があったのだ。

 

 こんな所に居たくないという自分の妄想が生んだあり得ない希望。手を差し伸ばしてくれる人はもうどこにもいないという現実。

 

 

 

 いつもの様に諦めて目を閉じる筈だった。

 

 

 ギ……ギギィ…

 

 だがその日、運命はひょんなことで開かれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ …思ったよりも真っ暗だな」

 

「!」

 

 突如として聞こえた声に少女は驚き顔を上げる。いつも閉じていた扉は限界まで開き光が差し込んでくる。差し込む光は緑色の淡い光と言えども今まで暗闇の中にいたのだ。目がくらみ扉の前に立つであろう人影が見えない。

 

 カツンカツンと音を鳴らして自分に真っ直ぐ来る扉を開けた誰か。それが誰なのかいったいどういう人間か誰でも良かった。

 

「….た…す……て」

 

 何年も何年も動かさなかった喉を必死で動かし擦れに擦れてしまった声を出す。喉に激痛が入るがそれでもかまわなかった。

 

 

「……助け…て……!」

 

 辛うじて出た言葉は助けを願う声。少女はこの牢獄から出たかったのだ。身動きも出来ず太陽の光も浴びず只々不老の時を生きるには少女は余りにも辛かったのだ。

 

 だから助けを乞う声が出た。ここから出してほしいと。その為ならどんなことだってする。どんな人でもどんな人物であろうとも!

 

「お願…い…わたし……何でもする「煩い。黙ってろ」…へ?」

 

 全力で出した声はあっさりと切り捨てられてしまった。思わずポカンとした表情になる少女。その言葉を理解するのに暫くの時間がかかり…涙が出てきた。

 

 どれほどの月日がたったのかは知らないがこれが外へ出るための唯一のチャンスなのだと少女は理解していた。それをばっさりと切り捨てられてしまったのだ。涙が出てしまうのはもう仕方が無かった。上げて落された気分にも等しかった。

 

「ぅ……グスッ……ぅぅ」

 

「あーもう泣くなよめんどくさい。女ってのはどうしてこう…端的に言えば頭おかしいんじゃないのか?」

 

 泣いた少女に対して心底めんどくさいという色を隠さない声の主。滲む視界を駆使しそれでもと声の主を探す。

 

「可愛い女の子が泣けばどうにかなるとでも思ってんのか?これだから―――ヒロインってのは」

 

「……女…の子?」

 

 目の前で頭をガシガシと掻くのは意外な事に自分と同じぐらいの年頃の少女だったのだ。年の頃は12から14頃だろうか。背中には小さな弓を背負っており腰には中途半端な剣を差している。

 

 服装は随分とボロボロで所彼処にちぐはぐな皮鎧を身にまとっている。子供の冒険者なのだろうか、少女には判別がつかない。

 

 だがそれらを全て些事にするほど顔の容姿は非常に整っており、何より特徴的な髪色と目の色をしていた。

 

「うん?何だよボケーとして」

 

 髪は銀糸のような美しい銀の色だった。所々くすんで汚れて滅茶苦茶になっているが整えれば見違えるほどの美しさになるだろう。

 

 目の色は透き通った翠色だった。片方は澱んで濁っているがそれでも美しいと感じた。ずっと見ていれば飲み込まれると思うほどに。

 

「もしもーし。…だめだこりゃ。まぁいいやさっさと用事を済ませよう」

 

「……! 待ってお願い此処から出して!」

 

 外見に、見惚れてしまったが直ぐに我を取り戻し声を出す。なぜ少女がこんな地獄にいるのか疑問には思ったがそれでも今はその疑問を放り捨てた。

 

「うるさいなー あのさ、助けてっていうけど実際に助けようとすると魔物が降って来るって分かってて言ってんの?」

 

「…え?…なんの話?」  

 

「あーそう言えば知らないんだったか。…大した美人局だ。見目麗しい少女を善意で助けようとすれば魔物に襲われるなんて絶対にアンタを封印した人は性格悪いよな」

 

 いきなりの言葉に口を開く事しかできない。魔物が降って来るとは何だ?そんな話一つも耳にしたことが無い。そもそも美人局とは何だ、自分は捕らわれているのに!

 

 少女の中で様々な疑問が膨れ上がる、しかし自分の背後に回った銀の少女は疑問に答えず、勝手な事を言うばっかりだった。

 

「ま、可愛いヒロインとの絡みの為には絶体絶命の危機と協力は必要だから仕方ないのかもしれないね。まぁもうどうでもいいや。んでっと。んー正規ルートは……」

 

 第一印象とは違って意外と少女は話好きなのかもしれない、勝手なことを言いつつも球体を調べて自分の目の前に現れる。

 

「んーやっぱこれしかないのか?…まったく放っておけばいいのに一体俺は何を考えているんだろうね。我ながら自分の事は知ってるくせにさっぱり分かんないよ」

 

 それは一体誰に向けられた言葉かわからない、しかし少女は笑っていた。苦笑と言うか心底困ったけど仕方ないかとでも言う様に。

 

 そして放たれる翠色の暴風。球体に向かって放たれるすべてを吹き飛ばすかのような風は自信を封印していた球体を解かしていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……」

 

 球体が溶けた後、少女が言ったように魔物は上から降ってきた。蟲型の巨大な魔物だった。少女の言った言葉が当たったことに驚きながらどうにかして危険だと少女に言おうとしたがそれは無駄に終わった。

 

 

「デカいと外せないね。尤も小さくても当てるけど」

 

 弓型のアーティファクトだろうか。物理的な矢ではなく魔力で編んだのか緑色の矢は虫型の魔物に当たると爆発し…気が付けば魔物は絶命していた。

 

 展開の速さに頭が追いつけないであると銀の少女は弓を仕舞い邪魔だと言い放つ。何が何だか言われるがまま部屋の外で待機すれば床を何やら物色している。所在なさげに取りあえず自分の胸と大事な所を手で隠しながら見守って入れると何やらペンダントのような物を床にはめ込んでいた。

 

「うーんこのいきなり重要アイテムを最初から手にれる滅茶苦茶感。意外と楽しいな」

 

 床からせせり出てきた小さな石の柱を見つつ呆れた笑みで笑う銀の少女。そして何かを取り出すと後はもう用が無いらしくあっさりと部屋から出てきてしまった。

 

「はい、これ」

 

「え?これは…」

 

「君のためのモノ。捨てるか取っておくかは君に任せる」

 

 差し出されたのは球体上の鉱石だった。少女の遠い記憶ではそれは確か映像記録用のアーティファクトだったはず。困惑しながら銀の少女を見れば後は用が済んだと言わんばかりに踵を返してしまった。

 

 

「ま、待って!おいて行かないで!」

 

 慌てて銀の少女の服の端を掴む。余りにも展開が早すぎて頭が追いつかないがそれでも助けてくれた事に関して礼さえまだ言ってなかったのだ。

 

 手を振り張られると思ったが意外とそんな事は無く、銀の少女は振り返った。…顔は面倒そうだったが

 

「どうした?一体何の用だ」

 

「…助けてくれて有難う」

 

「どういたしまして、じゃ」

 

 杜撰な対応だった。それではあまりにもあっけなさ過ぎる。少女は憤慨し少し悲しくなった。

 

(それじゃ…寂しい)

 

 折角知り合ったのだ。礼を言ってはいそれでおしまいは悲しかったし寂しかった。長い牢獄生活で少女は人の温もりを猛烈に欲しがったのだ。たとえそれで嫌われようとも。

 

 銀の少女そのまま別れようと歩き始めるがそれでも服は離さない、寧ろ力を込めた。逃がして堪る物かと少し思った。

 

「お礼。私助けて貰ったのに何もしていない」

「要らないよ。もう十分返して貰ているので」

「?」

「自分が良い奴だというくだらない自尊心を満たした。ほら、報酬はもう純分貰った」

 

 どうやら関わろうとするのを避けているように感じてくる。根拠はない、女の直感だ。さらに力を込めて…寧ろ先回りする。

 手を広げて逃がさないぞとアピールするのも忘れない。…銀の少女は視線を外した。そう言えば今全裸だった。恥ずかしい所全部さらけ出しているが知るもんか

 

「…まだ何か?」

「貴方の名前…聞かせて」

「無いよ。俺に名前は無い」

「……嘘」

「…はぁある意味本当の事なんだけど」

 

 面倒そうに深い溜息を吐く。言っている意味は分からなかったがこのやり取りで分かった。この銀の少女話せば話すほど深みにはまるタイプだ。…別名チョロイとも言う。 

 

「アリス。又はアニマ。…まぁどっちでも好きな方で呼べ。()()()()()()()()

「?ならアリス」

「じゃあ 名前を教えたので」

「待って」

 

 右にすり抜けようとしたので右へ移動する。左へ行こうとすれば左へ。何とも子供っぽいやり取りだがどうやら効果は抜群だ。

 

「…通してくんない」 

「やだ」

「……何で」

「責任とって」

「へ?」

 

 目を丸くする相手に少女は自分のわがままを押し付ける事にした。生来わがままを言える身分ではなくそういう子供っぽい所は抑え込んでいたがどうやら長すぎる牢獄生活で色々と弾け飛んだらしい。

 

「私を助けた責任とって」

 

 心底面倒な表情でアリスは溜息を吐いた。でも少女は気が付いた、その面倒そうに振舞う目が少しだけ笑ったのを見たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の名前付けて」

「やだ、センスねーよ」

「それでもつけて。文句は言わない」

 

 それからアリスとの冒険が始まった。聞くことは色々とあった目的は、何故一人なのか、何故その若さで出鱈目な強さなのか。

 

「そもそもなんで名前を付けないと行けなんだ。元からあるだろ」

「人生を新しく始めるため。これが最初の一歩」

「……じゃあゲロシャブ」

「…うぅ…グスッ」

「あーもう!今考えるから待ってくれ!」

 

 泣きまねをすれば余りにもチョロくてすぐに構ってくれる。…何だか少し心配になるチョロさなのは言わないでおく。

 

「ティア。それで良いだろ」

「ん。私の名前はティア」

「はぁ…」

「ねぇアリス」

「ん?」

「私の初めて…取られちゃった」

「…………はぁ~~~~~~」

 

 赤い顔で頭をガシガシと掻いている。揶揄えば割と初心な反応を返してくれる。助けて貰った身でありながらアリスを揶揄う事に嵌っていく。妙な扉が開く危険な匂いを感じた。寧ろ望むところだ。

 

 迷宮探索は進む。そもそも少女改めティアは魔力がとてつもなくある吸血鬼なのだ。強敵はいなかった。無論アリスも。

 

「アリス」

「何」

「あのアーティファクトは何?」

「見ればわかる」

「……見たくない」

「好きにしてくれ。俺は関知しない」

「アリスと一緒なら見る」

「はぁ」

 

 

「アリスは何故ここに?」

「…興味本位で来た」

「ジ――――」

「…ある目的がある。その為にここに来た」

「目的?」

「…半分は終わった」

「……私の事?」

「ノーコメント」

 

 迷宮攻略は余りにも順調だった。と言うより苦戦せず最深部も踏破してしまった。本来ならかなりの苦戦が免れない最深部のボス、九つの頭を持つ蛇はアリスが放つ魔力矢により頭部を弾け飛ばされてしまった。一体どれだけの威力があるのか…考えたくもない、喰らってしまったら自分でも即死は免れないだろう。

 

 

 そんなわけで迷宮最深部を突破したどり着いた秘密の隠れ家、別名反逆者の住処、そこで休む事となった。三階にいたここの住人である骨の遺体には多少驚きつつもそれがこの場所の住人で解放者と呼ばれていたオスカーだと部屋に会った麻帆仁で知った。その説明を受けたアリスどこか悲しそうにオスカーを見つめ遺体を物凄く丁重に埋葬をした。

 

 そしてある程度の探索を終え、大きめな風呂場を発見した時アリスから先にお風呂に入って来いと言われたのだ。

 

「ん。一緒に入ろう。洗いっこしたい」

「嫌、つーかさっさと行け。気が付いていないかもしれないけどかなり臭うぞ」

「!!?!??!?!?!?」

 

 とまぁそんなやり取りもあったが一番風呂は譲ってくれた。久しぶりにはいったお風呂はやはりかなり気持ちが良い物で少々のんびりしてしまった。丁寧に丹念に体を洗い、一応臭いが取れたと判断してから上がりそこで、暖炉の近くでソファーに座りぼんやりとしているアリスを見つけた

 

 

「アリス」

「何」

「お風呂空いた」

「そう」

 

 パチパチと音を立てる暖炉を眺めているその横顔は何を考えているのかわからない。何となくアリスの横に座ったら一人分間をあけられた。悲しくなった。

 

 中々風呂場へ行こうとしないので少し話をすることにした。一応無視はされないので嫌われてはいないらしい。

 

「アリスはどうしてここに?」

 

 一応迷宮攻略の時に聞いたことだ。はぐらかされてしまったが、今一度問う事にした。

 

「…お前を助けるため」

 

 ポツリとつぶやいた言葉は自分を助けるためだという。その言葉は凄くうれしかった。あの永劫に続く暗闇から救ってくれたことはどんな事をしてでも返したいほどの大きな恩だった。

 

 しかしここで一つ気になる事がある。なぜ自分があの場で捕らわれていることを知っているのかと言う尤もな事だった。あの場に自分が居るのは閉じ込めた張本人か極少数だ。普通は知る筈もない事なのだ。

 

「教えない、言った所でわかる訳が無い」

「む、…それでも知りたい」

「なら言い方を変える。教えたくないんだ。察しろ」

 

 どうやらかなりの禁句らしい。気にはなるが仕方無いと諦める事にした。助けてくれたの事は事実なのだ。それで良しとする。

 

「…風呂入ってくる」

 

「ん、行ってらっしゃい」

 

 ある程度ぼんやりしたらそう一言つげてお風呂場へ向かうアリス。何だかんだで彼女も綺麗好きだ、今まで迷宮の中で体を洗えないことに不満を零していたのを知っている。

 

「……今のうち」

 

 アリスがお風呂に入っている間に彼女の私物を点検することにした。正直な話こそ泥みたいで気が引けるが彼女の事を知りたい気持ちが罪悪感や倫理感をはるかに上回ったのだ。

 

 

「…?どれも普通」

 

 彼女がいつも携帯していた武器を調べる。短弓に小剣と言う子供が持ってても不自由しない大きさだった。調べてみるがどれもアーティファクトの類ではなく只の丈夫に作られた市販の武器だった。

 

「…ならアレはやっぱり自前の…」

 

 迷宮内では弓矢を構え何度も魔物を狙い魔力矢で撃ち続けた。近くまで接近してきた魔物には小さな剣で一撃で両断し切り捨てた。武器がアーティファクトの類かと思ったがどうやら自前の力らしい。…もしそうだとするのなら明らかに規格外の力だ。

 

「…他には特にない…?」

 

 彼女が持っていたバッグも調べる。そこからは大きさに見合わずさまざまな食料品や日用品が取り出されたが、驚きはしなかった。初めて見た時、ある程度の説明は受けていたのだ。尤も空間魔法がどうたらとかイマイチ説明にもなっていない話だったが。

 

 その中で一つ気になる物があった。奥底の底、二重構造で隠されていたノートを発見したのだ。

 

「…今のうち!」

 

 キョロキョロと辺りを見回しまだ彼女がお風呂から出てこないのを確認し、一度深呼吸を挟んで中身を開帳する。

 

「!」

 

 そして出てきた文字に戦慄した。

 

「…読めない」

 

 最初に書かれた文字が読めなかったのだ。まるでミミズが這うような文字だった。理解しようとすればするほど頭が痛くなるような記号の数々。均等に書かれてはいるがはっきり言えば解読不能だった。

 

「…むぅ。まるで異種族」

 

 ペラペラとページをめくり読める場所を探す。そうしている内にまるで異なる種族の文字のように見えてきてしまってまるで自分が考古学者のような気分になってきた。

 

「…うん?」

 

 そうこうして流していけばようやく読み慣れた文字が見えてきた。といってもまるで文字が覚えたての子供のような落書き感はあったが。

 

「……文字の練習?」

 

 書かれていた内容は単語のような短文の羅列だった。汚い文字を何とかして綺麗に書けるよう様にと四苦八苦したような跡が残っている。

 

「…じ…ぶん…はん…ため……みま…?」

 

 解読が難しい、流石に酔ってきそうだったのでまたページをめくる。後に続くのは日記と言うより何処の町へ行ったかなどの確認内容だった。これでは流石に面白味や探求心が減ってくる。

 

 しかしその中の最後のページ。それがひときわ目立った。

 

「これは…」

 

 最後に書かれた内容に目を通す。その頃になると文章はある程度読めるようになっていた。思わず見入ってしまう

 

『明日、迷宮に入る。

 

 意味は無い、行く必要はない、そのはずだ。そのはずだった。

 

 何故向かおうとしているのか。見当がつかない。このままでは計画に支障が出てくる。

 

 理解しているのに止まれない。これは立派な違反だ、優先順位を間違えている。

 

 どうして? その疑問が尽きない。自分が向かう必要性は皆無なのに』

 

 

 これは、先ほど話した何故迷宮に来たのか、それに関しての内容だろう。日記で見る限りは何故迷宮に入ろうとしているのか当事者本人が混乱しているようだった。

 

 だがその先に掛かれた、最後に掛かれた最新の記述である程度納得がいった。

 

『理解した。見誤ったのは自分の心』

 

 その後には何も書かれてはいない。少しばかりその文字を指でなぞり…元に戻し片づけた。自分が触った痕跡は残さず気が付かれない様に。

 

「……」

  

 様々な感情が不出してくる自分の心を時間を使って整理し、そしてふと気が付く。風呂に入っているには長すぎると。何せ結構な時間ノートを読みふけっていたのだ。

 

 

 急いでお風呂場に入ってみればそこにいたのは…

 

「…アリス。茹で上がっている」

 

 風呂場の淵で顔を赤くしてのぼせているアリスだった。白い肌は赤くなっており、目がトロンと何処かを見ている。呼びかけてみるが反応が薄い。

 

「よいしょっと」

 

 仕方がないので全裸のアリスを背負い部屋まで運ぶことにした。アリスの身体は想像以上に軽い。自分よりも軽いのではないかと言う体に少々驚きながらえっちらおっちら不慣れな中部屋まで歩く。

 

 その時ふと背中でうわ言のような声が聞こえてきた。

 

「……全ては……自分の為に」

 

 それが何を意味するのか結局別れてしまうまでわからなかったが、兎も角意外とポンコツなアリスに苦笑するのであった。

 

 

 

 

 



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王都案内と拠点製作

久しぶりなので長いです。
ゆっくりとお楽しみください


 

 

「ふぃー ようやく君たちの仕事場の場所が確保出来たっすよー」

 

 嬉しそうにはにかむのは俺たちの先生ニート教官だ。随分と久しぶりに感じるが俺たちの作業場を探してくれていたらしい。何でも許可を取るのが大変だったとか書類手続きがしこたま面倒だったとか。ありがてぇ限りだ…

 

「で、ここが俺たちの拠点になるんですか?」

 

「えーっとプレハブ小屋?」

 

 騎士団敷地の隅っこにあるまさしくぽつんとした倉庫。老朽化しており使っていないのがすぐに分かるほど廃れていた。

 

「もう使わなくなった倉庫ッス。他にも色々と候補があったんスけど、騎士団の近くの方が良いだろうって事になったんっすよねー」

 

 なるほど確かに使われていないのなら俺たちが自由に使っても文句は言われないだろうし、俺達としても棚から牡丹餅のような物だ。

 

「なんにせよ有難う御座いますニートさん。これで僕達も気兼ねなく作業できます」

 

 自室での作業にも色々と限度がある。俺は薬品を南雲は道具作成など、人から見られたくないもんだって一杯あるのだ。どうしても隠れ家的な物は欲しかった。

 

 だけど礼を言う俺達にニートさんは随分と苦い顔をする。成してと伺えば

 

「あーそれで中身なんすけど…」

 

 ニートさんの後ろについて行けば、なるほど、口を濁したのも頷ける。

 

「うっひゃー、ガラクタでいっぱいだぁ」

 

 中には壊れた武器や道具、廃材が所狭しと置いてあったのだ。流石は使われていない倉庫。そう言うもんも溜まってしまうものだ

 

「で、君たちがこの場所を使う代わりに掃除をしろってのが条件で…」

 

「なるほど、使いたいのなら掃除しろって事だったんですね」

 

 王国側からすれば倉庫が綺麗になって備品が潤う事になる。つまり一石二鳥である。押し付けられた感はあるがまぁ…これぐらいはしょうがないか。そもそも俺や南雲が居る以上掃除なんて楽勝に過ぎないのだ。

 

「まぁ片づけは自分も手伝うのでちゃっちゃとやっちゃいますか」

 

「大丈夫ですよニートさん。僕は錬成師。これぐらいの量なら僕達二人でさっさと片付けれます」

 

「そうッスか?まぁ君が言うのなら大丈夫だとは思うんスけど…分かったッスよ」

 

 首を傾げるニートさんは片づけようとした手を引っ込んでくれた。流石に場所を提供してくれたのに片づけまで手伝ってもらうのはね。

 

「それよりニートさんにお願いがあるんですけど」

 

「うん?…あ、そう言えばそうッスね。あの約束を果たさなきゃいけないっすよね」

 

 南雲の言葉に一瞬?マークを出したがすぐに閃いたらしい。それはニートさんと俺たちの約束。果たせなかった約束があったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ早速城下町を案内するッスよー」

 

「やったぜ」

 

 現在の場所は城下町へ行く門の前。そこで俺と南雲はニートさんと待ち合わせをしていた。

 

 城下町の案内。迷宮に行く前に帰って来たらハイリヒ王国城下町を案内してくれるという約束をしていたのだ。随分と時間がたってしまったが、それは仕方がない。ニートさんは仕事で忙しいし俺達も色々と作業がある。だからこうやってこういう機会はハッキリ言えばすごく楽しみだったのだ。

 

 

「つっても自分もそんなに明るいわけじゃないっすからね。適当になっちまうっすよ?」

 

「全然構わないです。寧ろ滅茶苦茶助かります」

 

「現地の人がいるってだけで僕達にとっては安心ですから」

 

 旅行だろうが観光だろうが見知らぬ世界であり、未知の世界だ。いくらそれなりになれてきた異世界生活とは言え、俺たちの拠点は王宮であり、詰まる所上級生活を送っているのだ。最近は南雲は下町になれ始めたらしいが、それでもやっぱり現地の人がいる案内ほど頼もしい事は無い。

 

「んじゃまずはこの噴水広場っすねー」

 

 早速案内された場所は丁度町の中央広場に当たるところだった。ざわめく人の数の多さは流石は中央といった所か。屋台や店売りやら、ざわつきと活気は中々の熱気ぶりだ。

 

「あの噴水が目印になるんでよく待ち合わせとか集合場所になるッスねー。一応観光案内的な物にもなってるっス」

 

「噴水か…やっぱり時間が来れば水の吹き上がる量とか変わるんですか?」

 

「お、良く知ってるっスねー。詳しい事は良くは知らないっすけどアーティファクトを使ってるとか何とかって話ッス」

 

 ここら辺は日本とは変わらないようだ。大きな噴水のまではしゃぐ子供達が微笑ましい。家族連れやカップル連れの憩いの場ともなってるんだろう。

 

「あ、あそこに近藤君がいる」

 

「うむ?…あ、本当だ」

 

 南雲の指さす方向には珍しい事に近藤が居た。何やら噴水の池を見て考え事をしているようで周りには人が居ない。避けられているとでもいうべきか。

 

「話しかけた方が」

「止めた方が良いよ」

 

 止めたのは南雲。なしてと目で言えば、アレは近藤君の問題だと返されてしまった。

 

「何か知ってるのか?」

 

「色々と想像はつくんだよ。彼に関しては安易に手は出さない方が良いと思うんだ」

 

 そこまで言われるのならそっとしておいた方が良いのかもしれない。気にはなるんだけどねー。

 

「良くは知らないっすけど困っていて助けてほしいって言われたのなら助ける。それでいいと思うっすよ」

 

 とはニートさんだ。誰かってプライドがある、手を出すのは善意かもしれないが、そのせいでこじれる可能性だってあるのだと人生の先輩は教えてくれる。

 

「そういう事なら…」

 

 悩んでいる様な近藤に心の中でエールを送る。何に悩んでいるのか知らんが俺は何時だって力になるぞー。

 

 

 

 

 

 

「そんじゃ次は…まぁふらふら行くッスか」

 

 行く場所は決めずに適当に寄った場所を紹介する案内へと切り替えたニートさん。中々の面倒くさがりだが、俺としては色んな場所へ連れて行ってくれるのだから有り難い限りだ。

 

 そんなこんなで連れてきてくれた場所はなんかやたらと厳重な警備がされている場所だった。鎧姿の兵士が何人も駐在している。

 

「君たちは疑問に思ったことは無いっすか。魔物が蔓延るこの世界で何で町は安全なのだろうって」

 

 ニートさんのいきなりの質問だが、ふむ、確かに言われてみれば魔物が多く存在するこの世界。そんな中、町は安全で魔物なんて見たことが無かった。今までは単純に人のいるところによりつかないと思っていただけだったが、ニートさんの口ぶりからしてどうやら違うようだ。

 

「ここはハイリヒ王国全域を守る大結界それを管理している場所ッス。言い変えればこの町や王城の急所っすね」

 

「大結界?」

 

 そう言えば初めて聞く単語のような?そんな俺にあきれ顔で南雲が説明してくれる。

 

「この城下町には結界が張られているんだ。何でも国に敵意がある者は入れないだとか、原理はよく知らなかったけど、その結界のお陰でこの町は平和なんだ」

 

「んで、その結界を作っているアーティファクトがある場所がここッス。見ての通りかなりの数の兵が駐在していて…」

 

 そんな話をしていた時だった。複数の兵士がこちらにやってきた。野郎三人集まってジロジロと見ていたのだから向かってくるのは仕方ないのだが…何か友好的では無い雰囲気がする。つーか腰の剣に手を掛けてね?

 

「貴様ら何者だ!この怪しい奴らめ!」

 

 鼻息荒くしてやってくるのは顔を紅潮させた厳ついおっさんだ。他も同じような騎士たち。装備が中々装飾派手なのは神殿騎士って奴だからか?

 

「あー警備ごくろうッス。自分は」

 

「誰に許しを得て口を開いている!ノコノコと現れ我ら神殿騎士団の管轄に踏み入るとは…」

 

 ニートさんの言葉を待たずに詰め寄ってくるおっさんズ。言っちゃ悪いが目が逝ってる。…なんか怖い。そそくさと一歩後ろに退く。

 

「だーかーら話を聞いてくれっす」

 

「この痴れ者め、どうやら我が剣の錆びになりたいようだな」

 

 しゃらんと剣を抜く神殿騎士。…へ?ただ単にこの場所を見ていただけで剣を抜くの?こいつらイカれてんの?

 

「ふっ、我ら神殿騎士に歯向かう奴がいるとは」

「我が神の神罰を食らうが良い」

「エヒト様に捧げるものが増えるわ…」

 

 逝かれポンチに続いて物騒な光物を抜き出すほかの目が逝ってる人達。あまりに急展開に脳みそがついて行けない。ニートさんは驚く様子もなく俺達の前に立っていて、南雲の方は…腰に手をやって?その姿を目に入れたのかおっさんの口元がつり上がる

 

「ククッ そうか貴様らが我が神に反逆を試みる愚物の集団『反逆者』共か!…っ」

 

 反逆者。たしかアリスさんが言っていたような単語が出た瞬間、ニートさんの空気が変わったような気がした。疑問形なのはこちら側からはニートさんの顔が分からないけど

 

「違うッス、デビット神殿騎士団隊長。自分はメルド騎士団ニート・コモルドッス」

 

「メルド…ああ、あのろくでなしの寄せ集めの集団か」

 

 メルド団長の名前を出した途端、目に理性が入り剣を収めるおっさん。しかし今度は強い侮蔑の表情を浮かべ明らかにニートさんを見下している。

 

 …嫌だなぁ、怖いなぁ。怖くて怖くて少し危険なクスリが出来そうだなぁ。

 

「ふん!あのような寄せ集めの愚図共の頭領なんて「すません自分達これで良いっすかね」

 

 話している最中に話を遮られると結構イラッとする。そのニートさんの目論見通りおっさんはかなりムッとした表情をしたが、生憎俺達もそこまでおっさんの顔を見たいわけではない。

 

「それじゃ仕事頑張って下さいッス。……神の玩具共」

 

 何事かと喚き散らすおっさんを放置して、俺達はさっさとそこから離れるのだった。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ申し訳ないっすね。ちょっと神殿騎士団の人達最近ピリピリとしているんで」

 

 へらっと笑って謝るニートさんに引き連れられ俺たちは大通りを歩いていた。時間帯は昼時、そろそろお昼を食べようという事で飯場を探しているのだ。

 

「大丈夫ですよ。そりゃまぁあそこまでイカれているとは思わなかったですけど」

 

 剣を抜くとか神がどうこうとか明らかにやばいよねアレ。もしかして一般人相手でもそうなの?

 

「あー…神殿騎士ってのは文字通り神に絶対の忠誠を持つ騎士たちの事を言うッス。家柄や血統がエリートの方々っすね。そんな教会からの覚えが良くて信仰心厚い騎士たちは、まぁ、神の騎士と言い換えてもイイっすね」

 

「神の騎士。字面だけ見るとカッコいいけど…」

 

「でもぶっちゃけ肩書の割には国に対して何も出来ていないんすよねぇ」

 

 お飾り騎士団。肩書だけは良く、しかし実際は何もしていない。そういう事なのだろうか。

 

「そういう事っす。やたらと尊大な態度をとるわ、金にがめついわ。何かあったら神を盾に騒ぐとか、まぁ、ろくでもない連中だから滅茶苦茶町の人からは嫌われているんすよねぇ」

 

「それで、あんな威圧的な態度をとってきたと。おっかないですね」

 

「だから出来るだけ神殿騎士には近づかない方が良いっすよ。屁理屈をこねて神敵だとか言い出すッスからね」

 

 ニートさんの忠告は尤もだ。もう二度と神殿騎士とは関わらないでおこう!

 

「で、そんなどうでも良い人たちは置いといて、今向かっているのはどこですか?」

 

 神殿騎士に対してもはやいい感情を持たないであろう南雲はニートさんにこれから向かう場所を訪ねていた。フラフラと歩きながら観光しつつ食事処を探しているのだがどれもこれも上手そうな所ばっかりで何処へ向かうのかさっぱりだった。

 

「むっふっふっふ~ 食事処とはちっと違うっすけど、君たちが行ってみたいと思っていた場所に行くんすよー」

 

 何処だろうという疑問は目の前に見えてきた建物で期待へと膨れ上がった。一本の大剣が描かれた看板の建物。ホルアドの町にちらっと見えた建物と比べて歴史を感じさせるその場所の名は冒険者ギルド。

 

 以前俺と南雲が行ってみたいとニートさんに愚痴った場所だった。

 

「冒険者ギルド。冒険者が依頼を受けたり報告など、まぁ君たちが想像しているのと大差はない場所ッス。ここで軽食を摘まもうっス」

 

「マジッすか。俺たちのような一般ピーポーが冒険者ギルドに入っても良いんですか?」

 

「良いっすよ~。多少ガラの悪い連中がいるかもしれないっすけどねー」

 

 ポカンとした顔で冒険者ギルドを見る南雲を引っ張りつつニコニコと笑うニートさんにつられて中へ。

 

 

 中は想像通りと言うべきか、受け付けには可愛い女性スタッフが居て、奥の方ではテーブルに座っている歴戦の冒険者たちがごろごろといる。依頼でも張り付いているのか掲示板らしきものの前には数人の男女がたむろっていた。まさしく想像通りで想像以上だった。

 

「ほぇー やっぱり冒険者ギルドってすっごいなぁ」

 

 お上りさん丸出しでキョロキョロしているが許してほしい。なんせ始めてきた場所なのだ色々と興味など湧いてしまうのは仕方がない。

 

「んじゃあっちのテーブルで適当に待っていて欲しいっす」

 

「ニートさんは?」

 

「自分は適当になんか頼んでくるッスよ~」

 

 促されるままテーブルの方へ。昼時なのか賑わいがある中、何とかテーブルを見つけ出しちょこんと席に座る俺と南雲。

 

「す、すごい所だな。周りの圧迫感がスゲェ」

 

「落ち着こう柏木君。じっとしていれば何も起きない筈」

 

 ある程度は仕方ないと思ったのだが見られている感が凄い。このまま何も起こらずニートさんが来ればいいのだが…

 

 そんな時周りの空気が一変した。何か場が静まったというか…緊張している?周りの人達を見れば視線を変わらないけどどこかを見ているというか…何だろう変な空気だ。南雲を見ればギルドの玄関口を見ていた。

 

「一体皆どうしたってんだ?」

 

「柏木君。多分だけどあの人が来たからだよ」

 

 南雲が見ている視線の先。その先にいたのは金髪の若い男だった。年の頃は大体二十代前半だろうか、端正な顔立ちで柔和な笑みが良く似合いそうだが纏う空気はかなり力強さがある。確かな実力のある好青年と言った風体の男だった。

 

「お?珍しい人が来ているっすね」

 

「ニートさん」

 

 昼食を持ってきてくれたニートさんが青年冒険者を見て呟いていた。礼を言い持ってきてくれた昼食を受け取りながら件の人について聞きだす。こういってはおかしいかもしれないが、なんだかとても気になってしまう人なのだ。

 

「あの人は一体何者なんですか?何かここに来てからみんなが緊張しているような気がするんですが」

 

「ま~そりゃしょうがないっすよ。何せランク金の冒険者たちの中でも最高峰と呼ばれている人っすから」

 

「金ランクの中でも最高峰!?それって詰まる所」

 

「冒険者の中で一番強い人。実績と実力全てが重ね合わさったギルドが誇る最高戦力…って事ですよねニートさん」

 

 俺の驚きに続いた南雲が何故かドヤ顔でそう締めくくる。冒険者のランクはお金と一緒で金が一番上なのだ。その中でも金になるにはそれこそかなりの実力者でなければいけないとか。

 

「身内びいきで金になる馬鹿とかが多い中でも、あの人だけは別格ッス。なんせあの魔境北の山脈を若干十代前半にして助手を連れて立った二人で踏破し 探索を終えたんすっから」

 

「…えとすみませんニートさん。北の山脈ってなんスか?」

 

 俺の疑問に苦笑するニートさん、話を聞くとどうやらその北野山脈と言う場所は一つの山を越えると魔物の強さが跳ね上がる魔境の様で銀の冒険者達が四つ目が精々の所すべてを踏破したというかなりの化け物クラスと言うのだ。

 

「まぁ行ったことが無い君達では想像は難しいかもしれないっすけど…そうっすねオルクス迷宮を100階層まで単独でしかも一日で降りれるほどの強さと言えば

分かりやすいっすか」

 

「それってつまり俺達神の使徒以上のクラスの強さなんじゃ…」

 

 実に解りやすいがそうするとあの人は神の使徒クラスって事になる。やべーんじゃないの?

 

「そんな実力を持ちながらも性格は温厚で人当たりが良いし生まれも貴族の三男坊。引く手数多の実力良し血筋良し性格良しの、まぁ、とんでもない人間っすね」

 

 なんともべた褒めである。どうやら俺が思っている以上に凄いようでなんだか嬉しくなってくる。…いや待て、何で俺が嬉しく思うんだ?

 

「それで名前は何て言うんですか?」

 

 南雲がニートさんに聞いたある意味当然の疑問。その疑問を答えたのはニートさんでは無かった。

 

 

「ウィル。私の名前はウィル・クデタと言いますよ。お二人さん」

 

 爽やかな声で名乗ったのはいつの間にか近くまで来ていた当の金の最高峰の青年冒険者だった。いきなり現れたことに驚くよりもまじかで見たその顔に何やら胸が高まる。…トゥンク?

 

「お久しぶりです、ニートさん」

 

「ういっす、久しぶりッスウィル君。冒険は順調っすか?」

 

「はい楽しいですよ。やはり冒険とは何時になっても心躍る物です」

 

「はっはっは、んな爽やかな顔で言われると内の騎士団に誘いにくいじゃないっすか~。メルド団長からは見かけたら必ず誘えって厳命されているんっすよ」

 

「そのお誘いは嬉しい限りですが、あいにく私はこっちの方が性に合っていまして、そのお誘いは心だけお受け取りしておきます」

 

 俺達を置いてのこの軽快な会話のやり取り。聞いた内容だとメルド団長はこの逸材をどうしても騎士団に引き込みたいらしい。うーんますます誇らしい…だから何でだってのこの俺の感想は。

 

「それで今日はどうしてこちらに?」

 

「この子達にギルドってのがどんな場所か教えてあげようと思って、こっちにいるのが南雲君に柏木君。俺の後輩っすよ」

 

 ニートさんから紹介され会釈と共に挨拶をする。金ランクの冒険者だ、今後何があるかはわからないけどぜひとも顔を覚えて頂きたいという下心を入れながら自己紹介をしたのだが…何やらウィルさんの様子がおかしい。

 

「…南雲ハジメ君、ですか」

 

 南雲の名前に何か思い当たる事でもあるのか少し難しい顔をする。いったい何のことやらさっぱりな自分としては南雲と一緒に疑問符を浮かべるだけだったが、ふと柔和な笑みを出して南雲に手を差し出す。

 

「確か天職は錬成師でしたよね。これから頑張ってくださいね」

 

「は、はい」

 

 にこやかに笑うウィルさんにぎこちなく遠投する南雲。金の冒険者で年上だからか、かしこまった南雲が珍しく何となくレアなシーンだ。 

 

「それで君が柏木君ですか」

 

「はいっす。天職は調合師のしがない高校生ですよー」

 

 あくまでも自分は普通をアピール。一応髪の使徒だとバレルと後跡が面倒なことになるので隠しておくのが今回の王都見学の条件だったのでばれない様にあくまで普通を装った。

 

 それなのにふとウィルさんの笑みが消えた。何故だと思う暇もなくその端正な顔から小さなとっても小さなつぶやきが漏れた 

 

「―――さん」

 

「へ?」

 

 その言葉に驚き呆けた声を出せば、ウィルさんは慌てて謝罪をする。 

 

「いえ、すみません。知人に大変よく似ているので、つい驚いてしまいました」

 

「? 俺とよく似ている人がいるんですね~」

 

 俺と似ているって事は良くは知らんがその人は変人の部類だろう。又は面倒な奴か。割と結構失礼な事を考えていると酒場の入り口でまた何やらざわつく声が聞こえてきた。

 

「っと、そう言えばツレを待たせているんでした」

 

「ツレっていうとあの可愛い女の子っすか?隅に置けないっすね~」

 

「はは、そんな関係ではないのですが。それでは失礼します」

 

 会釈を一つするとそう言ってウィルさんは立ち去ってしまった。件の連れの女の子に会いに行ったんだろう。可愛い女の子とニートさんが言うので気になって見ようとするが残念!俺の席からでは人だかりで全く影も形も見えませんでした。

 

「相変わらず綺麗な銀髪の女の子っすねー。一体どうやって知り合ったんだか」

 

「そうですねー。…ねぇニートさん。あのウィルって人二つ名を持っているんですか」

 

 ウィルさんのツレは南雲とニートさんには見えたようだ。気にはなる物の今度は南雲の話に興味が移ってしまう。何それ二つ名ってなんかカッコよくない?

 

「持ってるっスよ。通称『貴公子』身分と性格と実力を持ったウィル君にはふさわしい二つ名っすね」

 

「いいなぁ~。俺もなんか二つ名で呼ばれたい」

 

 二つ名、それは男心をくすぐる甘美な響きだ。俺もなんかそうやって呼ばれたいのだが…流石に夢を見過ぎか?

 

「知ってる柏木君。中野君が言うには僕達オーヴァードも二つ名で呼ばれることがあるんだって」

 

「何それ初耳!」

 

 興奮している俺に苦笑しながらこそっと教えてくれる南雲。どうやら俺達オーヴァードにも二つ名と言う制度があるらしい。なるほどこれは俺の厨二力が試される!響け俺の小宇宙!

 

 と、何だかんだで昼食を食べつつ、冒険者ギルドはつつがなく終わった。全く持って平和な昼食時間でした。

 

 

 

「んで、ここが職人たちが切磋琢磨する工場エリアッス。気性の荒い職人が多いので罵詈雑言が響き渡るのが名物っすね」

 

 昼食を終えた俺達は、そのままニートさんとの観光を続けていた。王都はかなりの広さを誇るので、こうやって移動するだけでも時間はかかり、なかなか楽しいひと時だ。

 

 案内されたのは職人が居るエリア、南雲が働いている場所だ。何とまぁ趣があるところで…端的に言えばかなり汚い。

 

「そう言えば南雲、今日の仕事はどうしたんだ?」

 

「今日はお休み。割と不定期でシフトが入っているんだ」

 

「へ―、いつもご苦労様です」

 

 

 と、そんな会話師ながら又移動し、今度は何やら怪しげな空気の漂うところへ

 

「ここは歓楽街っす。夜のお遊び場っすね。ちょっと路地裏を除けば風俗店があるパラダイスッスよー」

 

 連れられてやってきたの何と歓楽街!道理で怪しげで妙な匂いがプンプンする場所だ。今はまだ午後の三時ごろなので客引きや通る人も少ない。夜になるとかなりの人がいるのだろうか…なんだかドキドキする。

 

「ふ、風俗店があるんすか。……うひひ」

 

「柏木君、鼻の下が伸びているよ」

 

「いやこればかりは仕方ねぇじゃん!?風俗だぞ風俗!色々妄想逞しくなるのは仕方ねぇだろ!?」

 

 興奮する俺とは違って南雲はかなり嫌そうにする。南雲はどうにも下ネタが好きではないのだ。ふざける分には寛容だが生々しくなると一気に不機嫌になる。むぅ!

 

「嬉しそうなところ悪いっすけど、畑山先生から行かせないように注意されているから中に入るのは無理っすよ~」

 

「しょ、しょんなぁ~。折角来たのにお預けかよぉ」

 

「ははっ これは仕方ないよね柏木君、男らしく諦めよう」

 

「…お前の好きなうさ耳ちゃんが居るのかもしれないんだぞ」

 

「やめて、そんなことを話したら白崎さんがうさ耳付けて襲ってきそうになるから」

 

「何か苦労しているっすねー」

 

 そんな無駄な会話をしながら歓楽街を素通りする俺達なのでしたー 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー楽しくて面白かったです」

 

「ありがとうございました。今日は大変勉強になりました」

 

「いえいえ、楽しんでくれたのなら自分も嬉しいっすよ」

 

 町の観光案内を受け、プレハブ小屋に戻りそこでニートさんとの王都観光旅行は終わりを告げた。別れ際に爽やかな笑顔を浮かべるニートさんには大変感謝してもしきれないものだった。

 

「さて、それじゃあ今日最後の大仕事を始めようか」

 

「おう!俺達の夢のマイホームだな!」

 

「…それ、なんか違くない?」

 

 下らない雑談を交わしながら俺達は拠点となるプレハブ小屋の大掃除に取り掛かる。なにせここで錬成や調合…モルフェウス能力やソラリス能力の実験場所となるのだ。使いやすいように改造したくなるってのが常識だ。

 

「おーい南雲。この棚どかすからそっち持ってー」

 

「はいよー。…ねぇこれモルフェウス能力を使えば早くない?」

 

「…あ」

 

 力仕事が全く持って無駄な事に気づきながらも作業を進める。プレハブ小屋と言えども出来れば二部屋は欲しい、作業場と居住空間はあった方がらしくていい。

 

「つーか寧ろこれ秘密基地を作っているよな?」

 

「今更気付いたの?そうだよ、ここが僕達のトータス出張秘密基地になるんだ」

 

 キラキラとした目をしながら廃材をプレス機の様に平べったくしている南雲。何だかんだで秘密基地に憧れがあるのだろう。無論それは同じだ。小さい頃はそんな遊び一緒にする奴いなかったから出来なかったからねー…って!?

 

「おい、今さらっと流したけどお前何やってんの!?」

 

「え?なにって、片づけだけど」

 

「片づけは分かるけど、何で武器とか鎧が段ボールの様にペラペラになってんの!?」

 

 南雲が触っていく廃材がどんどん紙の様にペラペラと変わっていくのだ。流石の俺でも驚きで止まってしまう。

 

「モルフェウスの力を使っているだけだよ。簡単な物なら何でも『折り畳み』ができるよ」

 

 そういって次々と廃材を紙状にする南雲。…もしかしてモルフェウスの力って俺が思う以上のヤバさを持っているのでは…

 

「何かマズいかな?なら、こっちのほうにしようか」

 

 そう言って今度は壊れてガタが来ているであろう机を砂に変えていく。……なにそれ?

 

「『急速分解』ほら、中野君も言ってたじゃん。モルフェウスは砂の力も操れるって。まぁ、僕は砂を自由自在に操るのは難しいけど、分解位ならできるからね」

 

 十分やべーって。寧ろさらにヤバイのでは?もし相手が武器を持っていたとしても直ぐに武器を分解することが出来れば相手を無力化することが出来るのでは…

 

「さてね、即座にできれば戦力になるだろうけど、魔法には無力だからね。そこを間違えないようにしないと」

 

「なるほど、何でもできるように見えて落とし穴もちゃんとあるって事か。深いな…」

 

「そう言う君こそ何してんの?」

 

「何って、粗大ごみを溶かしているんだけど?」

 

 使っているのは『腐食の指先』指先から腐食物質を作り出して大型の粗大ごみを溶かしているだけなのだが…

 

「そっちこそヤバイじゃん。何なの溶かしているって。エイリアンの血でも流れているの君の身体は」

 

「無機物にしか効かない薬物なんすけどねー」

  

 有機物…つまり生物には効かないと思う。植物に対して使ったが何の効果も得られなかったし。

 

「自覚がないようだけど、十分異質だからね。一体その力は何がどうなっているのやら」

 

「それはお互いさまって事じゃないの」

 

「だよね。それじゃ僕は家具とか作っていくから柏木君は廃材の方をお願い」

 

「あいよー」

 

 と言う事で役割分担をすることになりました。俺が溶かしてゴミを無くして、南雲が日用品などを作る。力の使いどころって奴ですな。

 

 

 

「んで、何で日本の自分の部屋をそのまま作れているの?」

 

「…『万能器具』と言うのがありまして…空気さえあれば何でも作れてしまうもので…てへっ」

 

「馬鹿じゃねぇの?いや大真面目に」

 

 出来た拠点を見て一言。南雲のモルフェウス能力はイカれている。作業場の方は見様見真似のテーブルとか棚とかそれらしくは出来たのだが、問題は居住区だった。

 

 日本の南雲の部屋とほぼ一緒な部屋が出来てしまったのだ。

 

「テーブルにベットはまだ分かるぞ。でもさ、何でパソコンとか音楽プレイヤーまでも作るのかな」

 

「凝ってしまいました」

 

「阿呆!」

 

 ツッコミをする俺は悪くない。どこの世界でファンタジー世界でパソコンなどを作る馬鹿が居るのか。何か一気にチープな茶番染みてきたぞこのトータス世界!?

 

「良いじゃん別に。どうせ電気が通ってないんだから使える訳ないし―」

 

「雰囲気ってのがあるんだよぉ!なんか一気になんちゃってファンタジー染みてきたじゃん!」

 

「元からじゃないのー」

 

 渋々といった様子でパソコンなどをコップや食器、この世界でも違和感ない日用品に変えていく南雲。あぶねぇ、一気に世界観が崩壊する所だった。

 

 そんなわけですっかり夜になってしまったが、俺達の拠点は完成した。

 

「出来たー!俺たちの拠点!」

 

「見た目はボロいけどね。それでも秘密基地だ」

 

 見た目はプレハブ小屋だが中身は結構しっかりと作ってある。作業場の方はおいおい追加していくとして、居住区はそれなりに住めてしまうのではないかと言う出来栄えだった。

 

「この拠点内なら存分にオーヴァードの力を使える。好きなことが出来るんだ」

 

「見られると説明が面倒だからな。この場所で自分の力を把握してモノにしよう」

 

 拠点を作る理由として一番大きいのはやはりオーヴァードの力を把握したいが為だった。異質な力は使い方を誤れば身を亡ぼす刃となる。だから知って制御しなければいけない。

 

 与えられた力こそが身を亡ぼす大きな原因となるのは古今東西何処でも同じなのだ。

 

 

「それじゃ、オーヴァード生活頑張りましょうか」

 

「やってやりましょう。異質な異世界生活を」 

 

 

 さて、この力で俺達は一体何ができるのか、不謹慎ながらワクワクするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ダブルクロス要素を前面に出したいこの頃…


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働け少年少女!

書きたいことが一杯です


 

 

 

「ういーっす、ホセ副長約束のモンお持ちしましたー」

 

 ある日の事、俺はホセ副長の部屋へと訪問していた。理由は簡単で俺が作るクスリの試作品を見てもらうという事だ。薬品がいっぱい入った箱を持ちながら扉に呼びかければ、ガチャリという音と共に現れる柔和な笑み。

 

「待っていましたよ柏木君。さぁ入ってください」

 

「はいっす。失礼しまーす」

 

 招き入れられるまま部屋の中へ。室内は持ち主の性格が出るのかキッチリとした雰囲気であり清潔さが良く出ている。今は書類仕事でもしていたのか机の上にはなにやら紙の束がどっさりだ。

 

「今日は色々と持ってきましたよー」

 

「ほぅ。君の作るクスリは中々面白い物が多いので楽しみです」

 

 そんなに期待されると恐縮なもんだが、取りあえずはこから一つ一つ試供品を取り出していく。

 

「まずこれ、湿布薬です。体に張り付ける奴で、疲れて体が疲労している場所にでも貼り付けてください」

 

「なるほど。では、部下たちに使ってもらいましょう。騎士とは何分、体を酷使するものですから」

 

「これで疲れが取れてくれればいいんですけどねー。次は洗剤用品。油汚れがサッと取れます。台所に立つおばちゃん達にあげてください」

 

「…地味に助かる奴ですね。配布しておきます」

 

「手に優しい素材を使っていますので肌荒れはしないと思います。感想があったら残さず拾い上げてください。まだまだ改良は出来ますので」

 

「承りました。…で、最後のソレは…?」

 

 次々と試供品を渡し、最後に残った黒い瓶。これは俺の最高傑作だ。これがあれば…世の男性諸君は嘆き悲しむことはない筈。

 

「男の願望、毛生え薬です。ひと塗りして日が立てば死んだ毛根が再生し、髪が生えてきます。帽子で誤魔化し、最後の抵抗を続ける哀れな同士に配ってください。寧ろ広めてください。特に中年男性には一本確保できるように量産するので、つか量産します」

 

「え、ええ。……何故髪にこだわるんです?」

 

「フッ 生えてる者にはわからんのですよ」

 

 何故かドン引きされた。解せぬ。俺は只、頭髪が薄くなっている被害者たちを救おうとしているのに。

 

「ま、まぁありがとうございます。それで調子の方はどうですか」

 

「んー ぼちぼちですな。何だかんだで異世界と言えども何か月も居ればなれますし」

 

「それは良かった。何か不都合があれば言ってください。勿論、個人的な事でもいいですよ」

 

「あざーっす」

 

 そんな風にいくつかの薬品の試供品を渡しながら雑談も交えていく。何だかんだでホセ副長は良く俺達の事を気遣ってくれているのだ。有り難いこっちゃ。

 

「…それで柏木君。少し君に頼みたいことがるんですが良いでしょうか」

 

「はい?何でしょうか」

 

 雑談の途中、ほんの少し顔を曇らせるホセ副長。何だろう、なんとなくだが面倒事な予感がする。そんな嫌な予感を感じながら話を切り始めたホセ副長。その最初の言葉を聞いた時、他人事ではないその事情に顔を覆いたくなった。

 

 

「君のクラスメイト、園部さん達ですが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人には失敗した時、二種類の人間がいると聞いたことがある。失敗を反省し次に生かすものと、そのまま崩れ落ちるものだという話だ。

 

(その話が本当なら、私たちは後者…だよね)

 

 王宮にあるサロンで何をするまでもなくただむやみに時間を浪費する。それが園部達心折れた者達の境遇だった。 

 

 ―――異世界ファンタジー

 

 見知らぬ世界へ連れてこられたがそこは剣と魔法のファンタジーな世界だった。その世界では自分たちは類い稀な才能を持つ力を持ち、実質自分たちは訓練をすればするほど強くなっていった。

 

 王国や教会から、持てはやされ期待され着実に強くなっていく自分達への全能感。おとぎ話のような何もかもを救う浮ついた心は…オルクス迷宮のあの橋での出来事で一気に崩れてしまった。

 

 自分達が只の高校生だと、どこにでもいる普通の人間…より正確に言えば治安の良い所で生まれ、大して怪我を負う事もなく、悪意に触れることもないこの世界の人間より危険意識の無さ過ぎるただの人間だと気付かされてしまったからだ。

 

 一度折れてしまえばそこから立ち上がるのは難しい。訓練をしようにもあの魔物たちの明確な殺意と死の淵に感じた絶望は決して無い物にすることは出来なかった。

 

 王国へ帰り、自分たちが生きていたことに安堵するが、もう戦おうという気持ちは無くなってしまった。ようやく現実を理解し身の程を知ってしまったのだ。だから今、このサロンでただ時間を浪費し生きているだけのこのメンバーは心折れた者たちなのだ。

 

「オイオイ聞いたか?帰ってきたアイツ等もう70階層へ行ったんだとよ」

「ヒュー、流石は勇者とそのお供達ってか?できる奴は違うねぇ」

「才能だよ才能。俺たちとは違ってアイツ等は才能が有ったんだよ」

 

「本当だよねぇー。鈴や恵理ちゃんも頑張っているみたいだし、ホンッと才能がある子達は凄いよー」

「天職が凄い人たちは何をやっても出来るもんねー」

 

 酷い会話だった。羨望と諦観と嫉妬と恐怖をグチャグチャに混ざり合わせた上滑りの会話。自分たちが何も出来ない事に対する口惜しさと相手が自分達より上回っているという違い。この先に対する未来への恐怖がこの場にいるメンバーの共通の感情だった。

 

(………私だって)

 

 本当なら自分だって迷宮へ行き、今も頑張っている皆と力を合わせたかった。投擲師という中距離に関しては随一である自分なら何か役に立てるはずだという自信があったのだ。

 

 しかし恐怖はその立ち上がろうとする力を蝕んでいくのだ。どうしても死にたくない、殺されたくないという生への執着が足を止めてしまうのだ。

 

 現に今、話題には出ていないが、勇者パーティーの一人、八重樫雫は心が折れてふらふらとあてもなく王宮をさまよっている。どこかで立ち止まれば死にたくないと呟いては一滴の涙をこぼしまたどこかへと去っていく。重傷であり重病だった。

 そして自分もあれとほぼ変わらない。

 

(………折角南雲君に助けて貰ったのに)

 

 実はオルクス迷宮で窮地にさらされた時、錬成師である南雲ハジメに助けられたことがあったのだ。剣を振りかぶったトラウムソルジャーの足場を動かしてそのまま奈落へと落としたのだ。

 

 だから彼に助けて貰ったことを軸にして動き出すのがこの現状の唯一の打開策なのだが…

 

(切っ掛けがほしい…何か私が動けるような何かがあれば)

 

 自分でも出来る何かがあればそれで動ける。そんな他人任せなことを考えてしまう。そんなうまい話は無いというのに。

 

「あー柏木か。アイツもおかしいよな、生産職の癖にして迷宮へなんか行ってさ」

「んでちゃっかり生きているんだろ。頭おかしいって」

「…そうだよね、死にかけたのになんでまた迷宮へ行けるのかな」

「死にかけて頭壊れたんだろ。イカれてるぜ」

「生産職なんだから身の程弁えてここで薬作ってればいいのに」

 

 天職は調合師のクラスメイト、当の話題となっている柏木は死にかけていたにもかかわらずまた迷宮へと行ってるのだ。何でも薬の無限生産ができる自分は必要不可欠だと言ってたらしい。それでも迷宮へ行くなんて馬鹿げている。

 

「でもなんか薬作っているらしいよ?この前洗剤や芳香剤を作ってやるなんて騒いでいたし」

「クスリの力で革命をしてやるとか何とか…なんか仕事しているみたい」

「……チッ、偉そうに演説たれやがって…俺だって」

 

 そんな彼でも何やら仕事をしているらしい。相川はそんな柏木に思う事があるのか不機嫌そうに眉根を寄せた。

 

 

 自分達の事は棚に上げて今、頑張っている者に対して不平や不満を言い鬱憤を晴らす。それでも募る罪悪感や無力感は消えずまた不平不満を言い続ける。それしか出来ず、そんな事を言う自分たちはとても醜い。

 

 いつからこうなってしまったのか、いつまでこんな腐った自分たちを見なければいけないのか。

 

 園部優花は終わらぬ現状に泣きたくなりそうだった。

 

 

 

 

「貴方も私もニ~ト♪」

 

 

 そんな時にやたらと明るく今の自分たちに突き刺さる言葉を射ながら現れた馬鹿が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方も私もニ~ト♪」

 

 とあるゲームの空耳を謳いながらやってきましたのは王宮にあるサロンでございます。ここはお客様がリラックス出来る部屋となっており憩いの場でも知られております。

 

 それが何と言う事でしょう!今はうんこ製造機(ニート)たちに占拠されております。あの豊かで癒される快適空間はうんこ製造機(引き籠り)たちのせいで昏く腐る様な不快指数Maxの部屋となっています。

 

 これはいけません!直ぐにこのうんこをもりもりと垂れ流す喰っちゃ寝達を排除しなければ…

 

「おっす! 何か美味そうなモン喰ってんな?貰っていいか?いいよな!いただきまーす」

 

 部屋に入って集まる視線に何も気にせずテーブルの上にある美味そうなお菓子をモシャモシャ。ふむ、コレは中々美味いなけっこうランク髙し。

 

「お前何やってんだよ…」

 

「うん?なにって仕事がひと段落したから休憩しに来たの」

 

 相川の呆れたような一言に事もなく返せば顔を歪ませる。面白い奴だな。所でお前の前にあるお菓子も食っていいか?頂きぃ!

 

「仕事って…」

 

「騎士団に配るおクスリや王宮で働く人たちに役に立つものを作ったり…そんな所だよー」

 

 尤もやってることは南雲の仕事場とは違ってアルバイトと一緒なのかもしれないけどね。一応ホセ副長が上司?に当たるわけだし…ちなみに収入は出来高制です。当たり前か。

 

「で、そんな勝ち組が一体俺達に何の用だよ」

 

 うーむ、相川の当たりがキツイ。悲しいですね。仕方ないのかな?まぁ事情を考えればしゃーなしである。

 

「ちょいとお前らに頼みたいことがあってな。それで来たのよん」

 

「頼みたい事?それって…もしかして」

 

 園部はどうやら心あたりがあるらしい、でもその話をするには後ろで影のように控えている従者だとが物凄く邪魔である。チラチラッ。

 

「色々と話したいんだけどねー」

 

 後ろで控えるのはそれぞれ神の使者に専属する人達だ。ここにいるのは仕方ないのかもしれないが、その視線が邪魔である。ある人は被害者である園部達に同情的である人は侮蔑を、ある人は無関心を。それぞれ思うところがあるのは結構だがお前らは邪魔だ。役に立たないのです。

 

「……そう、あっちの方からくるんだ。なら私は」

 

 何やら独り言でブツブツと呟いていた園部が顔を上げる。どうやら何事か決めた様だ。先ほどと違っていい顔をしている。

 

「えっとごめんなさい、ちょっと私達だけで話したいことがあるんだけど」

 

 どうやら侍従たちを退出させてくれるようだ。うーむ助かる。正直アイツらが居ると話を聞かれているようで嫌なんだよなぁ。

 

 と言う訳でさっさと退出させた園部。これなら話してもいいだろう。

 

「で、話って何、柏木君」

 

「なーに、簡単な話よ。お前ら、愛子先生がこれから何処に行くか知ってるか?」

 

 我らが教師は畑山愛子先生。あの人は今、俺達が無理に訓練をしなくても良い様に自分の天職と技能を盾にして体を張って俺達を守ってくれている。 

 そんな先生がこれから行くのは農地開拓だ。天職が作農師である先生はその力で次から次へと農地開拓にいそしんでいるのだ。だが、それらに問題が発生しつつあって…。

 

「色々な町や村への農地の開拓よね。もしかして」

 

「流石は園部、話が早い。そう、お前らには先生の農地開拓について行ってほしいんだ」

 

「「「っ!?!?」」」

 

 何人かは驚いているが、要はそう言う話だ。先生の農地開拓へ着いて行ってほしいんだ。それもできるのならここにいるメンバー全員。

 

「なっ!お前正気かよ…」

 

「そんなに難しい話じゃないと思うけどな。カルガモの雛の様に先生の後ろについて行くって話だ。ここにいるよりよっぽど」

 

 よっぽど精神的に良いと思うけど、そんな言葉は激高した相川の声によって塞がれてしまう。

 

「そんな…そんな簡単に言うなよ!お前分かってんのか!?外に出たら魔物に襲われてもしかしたら死ぬかもしれねぇんだぞ!ここは映画や漫画の世界じゃない、ご都合主義なんてねぇんだ!みんながお前みたいにあっさり切り替えれると思うなよ!」

 

 声の荒げた相川、でもその目には薄ら涙がたまっていた。…そうだよな怖いよな。でもそれじゃいけないってのも自分で分かってるんだよな。だから切っ掛けのつもりででしゃばったんだったんだが…。

 

「怖ぇんだよ…お前は死ななかったけど、次は俺かって思うと。…死にたくねぇんだよ」

 

 相川の言葉で場が重くなってしまった。うぅむ…流石に時期尚早だったか?しかし今の機会を逃せばこいつらは…そして先生も。

 さてどうしたものか。…いっちょ薬でも使うか?アッパー系の奴を人知れず俺の身体から散布すればどうにでもなるが…。 

 

「…私、行くよ。愛ちゃんについて行く」

 

「優花!?」

 

「園部、正気か!?」 

 

 とそんな物騒な事を考えていたら園部が行くと言い出したのだ。相川や宮崎が驚いているが、園部は椅子から勢いよく飛び上がった。その脈動感と意欲感は、なるほど吹っ切れたな。

 

「ちょっ、ちょっと優花っち。いきなりどうしたの?わけわかんないんだけど」

 

「うん、なんていうか、このままじっとしていられないなって思って。だから私、愛ちゃんの遠征について行くよ」

 

「お、おい、園部。マジでどうしたんだよ。何かお前おかしいぞ、ちょっと落ち着けって」

 

 園部が急にやる気に満ち溢れたので大いに慌てる宮崎や相川。それはまるで仲間から外れてしまったようで…正直愉悦案件なのでは?自分と同じふさぎ込んでいた仲間が立ち上がる事で自分の立場が危うくなる。うーん愉悦。その腐った根性全部ぶっ壊す。

 

「私は落ち着いているよ、相川君。ずっとなんとかしなきゃ、このままじゃいけないって思ってはいたんだ」

 

「流石は園部。相変わらず強い奴だ。他の皆はどうだ?いい機会だぜ」

 

 見回せば何やら考えていたり歯噛みしていたりとそれぞれ。もうひと押しって事かな。それじゃこっからは俺のターンだ。

 

「…皆さ、愛子先生の護衛って誰か知ってる?」

 

「?たしか騎士団の人たちが護衛しているんじゃ」

 

「今まではな、これからは神殿騎士になるんだってさ。それも全部男。イケメンで腕が立つって話らしいが」

 

 これがホセ副長からのリークである。何でも神殿騎士のイケメン男衆が先生の護衛に入るのだが、それが少しマズい。

 

「……柏木君。それってもしかして愛子先生が物凄く危険なんじゃ」

 

「園部、それのどこが危険なんだ?一応手練れの騎士なんだろ。一体どこに不満が」

 

「全員男だからよ。相川君。貴方、四六時中女性の傍に居られるの?」

 

「…あ」 

 

 そう、全員男なのだ。ここで先生の立場を整理するが先生は希少な天職である作農師だ。農地開拓を一手に引き受け食料の能率を一気に引き上げる重要人物である。さて、この作農師、戦争の事を少し齧ってある人間なら一番の抹殺対象になる。

 

 腹が減っては戦ができぬ。有名な言葉だがまさしくその通りでご飯は戦争にとって重要なファクターであり、先生は魔人族側から狙われやすい立場なのだ。どこで情報が漏えいしているか分からない現状、狙われる可能性はとても高い。

 

「その通りだよ、園部。何をトチ狂ったのか教会はイケメンの野郎だけで愛子先生を守るとほざきやがったんだ。どうせハニートラップのつもりだろうけど正直阿呆だろ。なんで女性騎士を入れないんですかねぇ?」

 

「確かにおかしいよね。騎士団に女の人っている筈なんだから」

 

 普通に考えれば護衛対象が女性であるのなら女性騎士位入れたっていいはずである。なのに周りは全員男。これは脳無しの匂いがプンプンしますねぇ。

 

「加えてだ、その騎士共が愛子先生に惚れているってのもちょっとマズい」

 

「え?そうなの?愛ちゃん何時の間に騎士の人達を誑かせたの?」

 

「そんなもん可愛い女性が自身達の食糧事情を改善しようと頑張っているんだぞ。見ただけでそっこー堕ちるわ」

 

「確かに愛ちゃんが頑張っている姿を見れば恋に落ちても仕方ないわね」

 

 断言すれば不思議そうに顔を傾げる宮崎に納得がいったのかうんうんと頷く園部や菅原。ほんと話が早い奴がいて助かる。

 

「話を進めるぞ。んで護衛している女性が1人で周りはライバルが大勢いたとしよう。…これは仮の話だが、相川、お前、惚れた女の人と偶然、本当の本当に偶然二人きりになったらどうする」

 

「うぇ!?そ、そりゃ………告るかな?」

 

「なるほど。お前らしく普通で世間一般的常識に基づいたご意見ありがとう」

 

「普通って…」

 

「だが、果たしてそんな騎士道いつまで続けられる?他にも狙っている奴らが近くに居れば焦っても仕方のない状況だ。そんな時絶好のチャンスを見つけてしまったら…なぁ、この世界の倫理観は日本より上だと言えるのか?誰だって魔は差すことはあるんだぞ」

 

 言葉を濁すが、想像するのは最悪な出来事。焦燥感に駆られ、やらかしてしまう事は無いとは言きれないのだ。

 

「だから、俺はお前らに先生の護衛を頼みたい。特に女子、お前らがそばにいるだけでも先生の危険はぐっと下がる」

 

「そうね、確かにいつも誰かがそばに居れば間違いが起きる可能性は下がるわ」

 

「そしてお前ら男子にも同じことが言える。愛子先生は勿論として護衛が可愛い女の子の集団だったら危ないだろ。獲物だって思わないか?」

 

 可愛いの言葉で女性陣がなんか反応したがスルーだ。こういう場合白けた目で見られているに決まっている。コワイ!

 

「それは、そうかもしれないけど」

 

「傍にいるってのはそれだけで群れとなるんだ。そして群れにはよほどのおバカじゃないと近寄らない。居るだけで抑止力として働くんだ」

 

「………」

 

 それに同郷の人間がそばにいるだけでも精神的に楽にあるからね。そんな俺の言葉で思う事があるのか相川たちは悩み始めた。…なら更にきっかけをあげよう。お前らが立ち上がるのなら俺はどんな言葉でも吐き出してやる。

 

「…俺は正直な話、召喚されたのがこの世界でよかったと思っている」

 

「はぁ?なんでそんな事が言えるんだ?」

 

「言葉が通じるからだよ。オマケに身体能力が上がっている」

 

 俺の言葉で全員がポカンとした顔になる。ホンット可愛いなお前ら。よし!それじゃあ俺が何故この世界でよかったか教えてやろう!

 

「そうだな。もし呼び出されたのがアメリカだったらどうする?インドや中国。アフリカ、ヨーロッパ、他を上げればきりがないけど、そんな外国にいきなり俺達が行ったらどんな事が起きる?」

 

「そりゃいきなりそんな場所に連れてこられたら…あ!」

 

「俺達は英語や中国語…外国語を直ぐには話せない。意思のやり取りが難しいんだ。それがだ、この世界は直ぐに言葉が通じた。オマケに物事の倫理観や常識も俺たちの国と結構よく似ている」

 

 清水辺りは流石はヨーロッパ地方と嘲笑するだろうが、兎に角言葉が通じるのだ。これは余りにも大きい、誰だって言葉の通じない国へは行きたくないしな。

 

「んでオマケに身体能力が上がったからそれなりの防衛手段は身に着けている。もしこれがアメリカの治安の悪い路地裏だったら…ヤベェ銃で脅されそう」

 

 正直な話、銃でいきなり脅されるかどうかは知らないけど治安の悪い所は何が起きるか分からない。それがなんとこの世界である程度の自衛手段を身に着くことが出来た。

 

 

 長々と説明したがつまり…

 

「これを旅行だと思えば結構な当たりじゃないか?言葉は通じて常識も似ている。オマケに自分の身をそれなりに守れると考えれば地球での外国旅行より安全で安心だとは思わないか?」

 

「それは、確かにその通りよね。言葉が通じるし、金銭も分かりやすい。ドルやユーロとかの金銭の差額も考えなくていいし」

 

「そう言う事だ。んで愛子先生について行けば割と安全に旅行や観光できるって寸法だ」

 

 俺達攻略組が迷宮での暗くジメッとした場所にいる間、先生について行けば愛子先生と一緒に旅行ができる。保護者同伴だが好きなだけ観光や散策ができると考えれば…

 

「あれ?これってつまり、俺達が変わり映えのない地下に潜っている間にお前ら遊べるんじゃねぇの!?畜生羨ましいなお前ら!?」

 

「誰も行くって話してねぇよ!?つか先生要るんだし遊べるわけないじゃん!」

 

「良いな良いな!俺達一応神の使徒だから待遇が良いのは確定だし!滅茶苦茶美味いもん食えてVIPルームにタダで泊まれる!んで適当に散策してもあ~だこーだ言われない!…ふざけんなナニ楽しもうってんだ、俺も甘い汁啜りたいです!」

 

「こいつは話聞いてねぇな!?」

 

「でも、確かに旅行できると考えれば…良い話かも」

 

「美味いもんか。王宮の飯もうまいけど他の町も特産品があるんだろうし…ゴクリッ」

 

 羨ましさの余りわーぎゃー騒げば、何だかみんな乗ってきた!そうだよコレだよ!暗い顔で悪い事ばっか考えて沈んでいるとやっぱ心が腐っちまうんだよ。

 

「うぅむ、なんだかお前らが特別得しているような気がしてきたけど、そう言う事でどうだ?先生の護衛を引き受けてほしいんだ、頼めるか」

 

 居残り組は俺の言葉でそれぞれ顔を見合わせる。でもそれは僅かの間だけだった。

 

「行くわよ。愛ちゃんは心配だし、旅行ってのも気分転換に良さそう」

 

「私も!優花っちだけじゃ心配だもん!それにイケメン集団から愛ちゃん先生を守らないと!」

 

「なら私も行くよ。愛ちゃん達を守るついでに美味しいもんいっぱい食べるのも面白そう」

 

 女性陣はあっさりと先生について行くって決めた。先ほどの恐怖に蝕まれていた顔は無い。清々しい顔だった。

 

「俺も行くぞ、園部達だけじゃ心配だ」

「俺も」

「俺も」

 

 そして後に続くは男性陣。そうだなここで燻っちゃ男が廃るもんな!でもなんか量産型っぽい言い方は止めろよ!

 

「そっか。ありがとう皆。って訳でこれは俺と南雲からのプレゼントだ」

 

 みんなが良い顔つきになった所で南雲から預かっていた物を園部に渡す。何分、いきなり頼んだので物は少ないがちょっとだけ武器となる物を南雲が作ってくれたのだ。感謝!

 

「菅原さんにはコイツをプレゼント。有効に使ってくれ」

 

「えーっとムチ?でも三本に分かれている?」

 

「そいつはグリンガムの鞭って言ってな。…由来とかは、まぁ、ちょっとディープになるから話せないけど、ともかく俺が知る限りでは強力な奴だ」

 

 敵一グループをシバキ倒せる武器って言っても多分伝わらないだろうし…ここはあんまり言わない方が良いか。

 

「次は園部だ。数は限られている。有効に使ってくれ」

 

「数?って、え?は?これってお金じゃん!それも一万円の奴!」

 

 園部の手に金色硬貨を大量に渡す。金色硬貨の価値は一万円。つまり園部の手には一万円がどっさりとあるわけだ。…うへぇ、ブルジョワ

 

「いやいや、よく見てみな。俺がそんな金を渡すと思うか?」

 

「へ?」

 

「あ、これ諭吉さんが描かれている!」

 

 そう、この硬貨は一見トータスのお金に見えるが実は諭吉さんが書かれている南雲オリジナルトータス硬貨なのだ。何でもモルフェウスの力『偽装金貨』を使ったとかどうとか。…アイツそのうちとんでもない事やらかしそうな気がする。今現在しているような気がするけど。

 

「もし暴漢に襲われそうになったらそれを投げつけて相手を怯ませろ。ついでに金に目がくらめば逃げれるはずだ」

 

「良いのかなぁ…ともかく有難う」

 

 銭投げの要領です、これで神龍も楽勝だ。あとは大判振舞い、これで商人の癖に剣聖を名乗れる。…まぁ元ネタはどうせ知らないだろうけどさ。役に立つのは間違いない。園部ならあくどい事には使わないっていう信頼もあるし。

 

「な、なぁ柏木。俺達には何か…」

 

 女性陣に色々と渡すのを見て気になった男性陣。うんうん気持ちはよくわかる。自分だけの武器とか欲しくなるよね。まぁ、お前らにはこれだ。

 

「ほい、これを頼む」

 

「あ、サンキュー…ってこれ普通のお金じゃん!?」

 

 相川に渡したのは普通のトータス硬貨で一応一万円ぐらいか。ぎっしりとは言わないがそれなりの量の硬貨なので財布も渡して置く。驚く相川にしれっと話そう。何故渡したのか

 

「そりゃそうだ。俺が稼いだお金だからな」

 

「へ?お前一体何を言って?」

 

「それでお土産買ってきてくれ。できれば上手いもんやイカスもん!」

 

「お使いかよ!?」

 

 お使いである。むしろそれ以外のなんだというのか、そもそも俺は仕事や訓練に迷宮探索などいろいろとやる事が多いんだっての。暇なお前らにお土産頼むのはおかしな話じゃない筈だ!

 

「釣りは…まぁ、お駄賃だと思って使ってくれればいいや。どうせ持っていたところであんまり使うあてが無いからな」

 

「…いいのかよ。そりゃ土産モンは買って来るけどさ、自分で稼いだ金を他人が使うって嫌じゃね?」

 

「うーん、そりゃそうだな。でも、俺はここから離れられないし…まぁそう言う事だから頼んでもいいか」

 

「………分かった」

 

 正直に言えば自分で使いたい、遊びに行きたいってのはあるけど、もう仕方のない事だ。寧ろここで調合とソラリス能力を使う事が楽しくなっていることもある。

 だから、相川に頼むことにしたのだ。人のお金だと思えば責任を感じる奴だからな相川は。

 

 取りあえずまとめに入ろう。今一度この場所を離れるメンバーの為に、檄を送ろう

 

「さて、長々と話したが正直な話、この世界は怖い所かもしれん。それは俺も知ってるし実際死にかけた」 

 

 どうこうは言ったものの、結局は危ない世界だ。それだけは間違いない事であり絶対である。だけども全部がそうではない。

 

「だがな、見方を変えてみろ、ほんの少し考え方を変えるんだ。それだけで世界は変わる。見ている物が違って見えてくるんだ」

 

 危険ではある。しかしそれは日本でも異世界でもどこでもいっしょのはずだ。だから考え方を変えてみよう。

 

「言葉が通じる、自衛できる力がある。そして何より仲間がいる。ほら、これだけ俺達は恵まれている。俺達は一人でこの世界にやって来たんじゃない。だからふさぎ込む前に少しだけ周りを見てくれ、お前を助けようとしている奴がきっといるはずだから」

 

 周りを見渡せ、お前は一人ではない。一緒にやってきた馬鹿がいる。そいつを頼っても罰は当たらないさ。

 

「生き残ってやろうぜ、理不尽な事に屈するにはまだ早い。抗ってみよう、俺たちみんなでさ」

 

 みんなを見渡せば苦笑している者、照れている者、頷く者、それぞれだ。でも共通して顔は明るい。 

 

「俺等がこっちにいる間先生の事を頼んだ。そして土産もな!」

 

「応!任せろ!」

「はいはい そっちもよろしくね」

「しょうがないね柏木君は」

「愛ちゃんはこっちに任せて」

「…今更そっち側の方が面白そうだとか言っちゃ駄目?」

「駄目でしょ。まぁすぐに帰れるさ」

 

 と、言う事でこのメンバーはニートから脱却し遊び人へとジョブチェンジしましたとさ!

 

 

 

 

 

「何か 失礼なこと考えていない?」

 

「ハハハー 何ノ事ヤラサッパリデスナー」

 

 

 

 

 

 




一言メモ

イケメン騎士 ハニートラップは分かるがいくらなんでも妙齢の女性に男だけの護衛ってどうなん?阿保やろ…

喰っちゃ寝共 ホセ副長が危惧したのは印象の悪さ。方や訓練や仕事に精を出す者、方や只でさえ標準の高い王宮で食って寝てを繰り返し何もしない者。周りからはどう見られるかを考えるとどうにかしたかった。


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魔人族

色々と考え前倒しになった結果あの人が登場です。
これで少しは本編が進むかな?


 

「うーん、うーん コレってマズくね?」

 

「何がだよ?」

 

 現在オルクス迷宮90層目。俺達実地訓練組は90階層目に入ってから怪我もなく順調に攻略していた。その事に対して悩めば坂上からの怪訝な声。うーむ気が付いていないなら少し休憩を入れて話し合うか。

 

「皆ちょいとストップしよう」

 

「?どうしたの柏木君」

 

 俺の言葉に素直に聞いてくれるクラスメイト達に感謝するも何人かは不思議そうに俺を見ている。怪訝な顔をするのは坂上だけではなく谷口や吉野さんや辻さんだった。他の男連中は、警戒と疑問が渦巻いている模様。やっぱり杞憂ではないか

 

「いやね、この階層に入ってから魔物と遭遇してないでしょ」

 

「確かに今の所魔物は一匹も居なかったよね」

 

 俺達は怪我一つもせず90階そうを探索できている理由。それは魔物が一匹も見当たらない事だった。今まではいきなりモンスターハウスだったり通路全部が魔物の擬態だったりなどバリエーションがあったが一匹も居なかった事は無い。それがどうしようもなく気になってしまうのだ。

 

「今まで一匹も居なかった事は無かった。何か異変があったと考えた方が良いかもしれない」

 

「…そうか?他の強力な魔物に殺されただけかもしれない。確かに変かもしれないけど俺達はこんな所で立ち止まるわけにはいかない。そうじゃないのか」

 

 天之河は問題ないのではと主張。ふむ、確かに魔物同士での食い合いはこれまでも合ったことだしこの階層もそんな物の一つかもしれない。でもなんかざわざわするんだよなぁ。

 

「確かにこの階層に強い何かが居たのは間違いないっぽいな。見て見ろよこの血。まだ乾いていないぜ」

 

 そう言って姿を現したのは指にこびりついた血を触っている遠藤。どうやら壁に付着した魔物の血を発見したようだ。

 

「それにしては随分と多すぎねぇか?…勝手な推測だがこの階層全部の魔物が死んだような量じゃねぇか」

 

 壁や天井を見回して鼻を引く突かせ呟いたのは檜山。俺には匂わないけどどうやら血はかなりの量らしい。

 

「でもよ、この階層に入ってから今まで血なんて見ていなかっただろ。なんでいきなり…」

 

「痕跡を隠しているとか、な」

 

 近藤の疑問に中野が仮定を話す。ふむ痕跡を隠す?一体誰が?そんな問いかけに不敵に笑う。

 

「さてな、だが魔物じゃないだろうさ。やった所で何の意味もない」

 

 …となるとこの先に待ち受けるのは?念のためみんなに回復薬を渡す。俺の警戒センサーがビンビンになってきた。取りあえず皆には警戒を引き受けてもらい先ほどから考え事をしている我らが頼れる参謀?清水を手招き。

 

「率直に聞くぞ。どう思う?」

 

「イベント発生の香り。中ボスフラグかも」

 

 流石は清水幸利だ、俺と同意見だったとは何時だって頼れる奴である。

 

 

 率直に言えばこの90階層、何かイベントが待ち受けている気がするのだ。90と言う100に後もう少しのキリのいい数字に今まで見られなかった魔物の消失。考えすぎかとは思うがゲーマーの感が囁くのだ。『イベント発生フラグが立っていますぅぅ!』ってな!

 

 清水に確認すれば同意見って事は皇帝の時と同じように何かあるかもしれない。さてここでとる方針は二つ。

 

 進むか戻るか、だ。

 

「皆、ちっと意見を聞かせてくれ。さっきから話しているけどこの階層は何かきな臭い」

 

 改めて皆を見回せば頷くものと疑問に思う物それぞれ。だからこそ問いたい

 

 

「皆はどう思う?ここで戻るべきか進むべきか各自思ったこと感じたことを話してほしいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そろりそろりと慎重に進むは俺達実地訓練組。先ほどの話し合いの結果進む事となった。勿論っ慎重に慎重と準備万端抜かりなくではあるけどね。

 

 話し合いの決め手となったのは天之河の『俺達はこんな所では止まれない!』ではなく永山の『少し様子を見てやばいと感じたら撤退しよう』という事だった。…決して天之河の発言を蔑ろにしてるんじゃないよ!?進んだところでお前の助けたい人っているの?という疑問はちゃんと心の中にしまって置いたんだよ!?

 

 

 いつも通りの陣形を構築し出てきた場所は大きな広間だった。天井も高く悠々とした広々さ。王宮の訓練所に匹敵する…と言うのは言いすぎか。

 

 ともかくまぁ予感は的中だ。清水に目線を向ければ首を縦に振られた。いつイベントが発生してもおかしくはない。

 

「皆、撤退を」

 

「待ちな、アンタ達」

 

 

 撤退の指示をと言うところでハスキーな声が空間に響き渡った。イベント発生の瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 

 コツコツと足音を響かせながら現れたのは、燃えるような赤い髪をした美女だった。ツリ目の気が強そうな顔に尖った耳、褐色の肌は随分と様になってる。…うん?この容姿は…

 

「……魔人族」

 

 天之河が漏らした言葉でようやく目の前の人間が誰なのかを気付く俺。ああ、そうだこの人は魔人族だ。糞ジジイが言ってた魔人族の特徴と完璧に一致しいてる。

 

(しっかしすっごい格好だなぁ…敵の女幹部ってのは何でセクシー路線を貫くんだ?)

 

 魔人族の格好は艶のない黒一色のライダースーツで体にぴっちりと吸い付いていた。なまじスタイル抜群な為、出ているところはしっかりと出ており引っ込むところはしっかりと引っ込んでいる。オマケに胸元が肌蹴ているというセクスィーさ。色気がムンムンだね、ちっとも好みじゃないけど。

 

「さて、勇者はあんたで良いんだよね? そこのアホみたいににキラキラした鎧着ているあんたで」

 

「あ、アホ……う、煩い! 魔人族なんかにアホ呼ばわりされるいわれはないぞ! それより、なぜ魔人族がこんな所にいる!」

 

 悲報、いきなり天之河ディスられる。確かにキラキラした正直センス無さ過ぎる金色の鎧を着ている天之河だが待ってほしい。

 

 あれは天之河が自分から選び着たものではない!教会から渡され勇者として着用するようにと言われた物なんだ!天之河の私服を見たことは無いけど

アイツはセンスはそんなに悪くはないのだ、…最初来ていた時嫌そうな顔していたし。

 

「はぁ~、こんなの絶対いらないだろうに……まぁ、命令だし仕方ないか……あんた、そう無闇にキラキラしたあんた。一応聞いておく。あたしらの側に来ないかい?」

 

「な、なに? 来ないかって……どう言う意味だ!」

 

「呑み込みが悪いね。そのまんまの意味だよ。勇者君を勧誘してんの。あたしら魔人族側に来ないかって。色々、優遇するよ?」

 

(…勧誘か?魔人族が俺達を?………これは)

 

 魔人族が天之河を見ている間に俺は思考に没頭する。今は天之阿川と交渉しているようだからこそ、性急に物事を判断し行動しなければ。

 

 相手は一人でやってきた。このメンバーを相手に悠長に会話をし始めた。そこにどんな意図がある?いやその前に今俺達はどういう状況だ?答えは簡単だった。

 

(かなりマズい状況だな…)

 

 魔人族が人間族の領域にあるオルクス迷宮に居るのだ。…どうやって侵入してきたか、なぜそこにいるのか、疑問は出てくるが問題はそこじゃない。

 

 相手は堂々と人間族の領域に入ってきているのだ。本来敵側の領域に侵入するのなら隠れなければいけないという定石を無視してなおかつ俺達の前に姿を現したのだ。

 

(この情報から読み取れる内容は一つ。相手はこの戦局を有利に翻す戦力を隠し持っている)

 

 一件俺達が数で勝っているがそんな事を歯牙にも掛けない余裕があの魔人族の表情が物語っている。即ちこの階層にはあの魔人族の女の仲間(または魔物だろう)が大勢いると考えた方が良い。

 

(…撤退をしようにもそんな隙を見せてくれるのか?そもそも逃げ切れるのか?…俺達は勝てるのか)

 

 心臓の鼓動が早くなっていく。早く決断をしなければ皆が死んでしまうかもしれない、あの冷たくなっていく死の瞬間をまた味わなければいけないのかもしれない。揺れる俺の思考は…

 

「――」

 

(…へ?)

 

 何かが聞こえた訳では無い、ただ熱を感じただけだ。暖かくも熱くみなぎる様な熱。以前にも感じた様な気がした熱だった。

 

(何だろう…って。中野?)

 

 見渡せば中野が俺を見てニヤリと笑っていた。その笑みが何を意味するのか、なんとなくだが察してしまう俺。

 

 異能力を持つ先輩が好きにやれと囁いているような気がしたのだ。俺の力、俺のレネゲイド『()()()()』の力を使って。

 

 確かにソラリスの能力をフルに活用すれば突破口は開くかもしれない。寧ろ大きな戦果を期待できるかもしれない。それどころか、誰もが成し遂げなかった事が成し遂げれるかもしれないのだ。

 

(…どうせ異世界だ。無理矢理呼び出された世界だ。なら俺も好きにやってやる!)

 

 滅茶苦茶な考えだが、無理やり腹を決める。どうせなら前のめりに倒れたい、力を尽くして倒れるまでだ!

 

 すぐに視線を巡らせる。あの魔人族の女の脅威はちょっと考えればすぐに分かるはずだ。その事を願って仲間達を見渡せば俺の目に答えてくれる奴が何人かいた。

 

 声を出すことは出来ない、気付かれるかもしれないからだ。ハンドサインは出来ない、迂闊に動けば勘ぐられるかもしれない。

 

 だから、目で訴える。俺の気持ちをお前たちに直接打ち込む!伝われ俺の叫びを!

 

『声なき声』 俺の思念をお前らに届けるッ!

 

「(*´ω`*)」

「(^^)」

「(^o^)」

「(゚Д゚)」

 

 うっそ!?マジで伝わりやがった!?俺も大概だけどお前ら馬鹿じゃないの!?そしてそれははやらねぇぞ清水!兎も角魔人族に啖呵をきってる天之河を盾にこそこそと配置につく。

 

「やはり、お前達魔人族は聞いていた通り邪悪な存在だ! わざわざ俺を勧誘しに来たようだが、一人でやって来るなんて愚かだったな! 多勢に無勢だ。投降しむぐぅっ!?」

 

「ヘイッ天之河!美人に興奮するのは分かるけどちょいと落ち着きな!」

 

 啖呵をきってカッコよく締めようとしていた天之河の口に手を押し付け無理矢理口をふさぐ。そのまま天之河の口の中に俺の指を突っ込むのを忘れない。これで余計なお口はチャックだ。

 

「ひゃふわぎ!?ひゃ、ひゃにして」

 

「おいおいくすぐったいだろ?指フェラはニッチ過ぎんぞ?」

 

 流石にいきなりすぎて驚いたのかもごもごとうごめく天之河だが俺の指フェラ発言に驚いたのか大人しくなった。気のせいか中村から殺気が飛んでで来たような?ちなみにそれでも喋ろうとしたら舌を掴んで無理矢理感度3000倍のお薬を流し込む予定でした。…チッ

 

 いきなりの珍騒動でちょっと引いている魔人族をほっといて大人しくなった天之河から手を離し正面に回り込む。

 

「お前ばっか喋ってズルいぞ。俺も少し話をさせてくれよ」

 

「いきなり何をして、じゃなかった!何を言ってるんだ柏木!相手は魔人族なんだ危険すぎる!?俺が戦うから下がっていてくれ!」 

 

 顔を真っ赤にし危険だから下がれと言う天之河。…ほんとお前は良い奴だよ。だがこの場ではそれは悪手だ。

 

「いいから、俺にも話をさせてくれ。頼むよ」

 

 こればっかりは俺が前に出ないといけない。寧ろ俺が前に出ないと無事に終わらせることが出来ないのだ。だが完全に人間族の敵を目の前にした天之河は止まらなかった。

 

「駄目だ!後ろで待つんだ柏木、俺がアイツを絶対に倒して「もういいだろ光輝。アイツに任せて見ろ」な、龍太郎!?」

 

 言い切る前に言葉は止まった。坂上が後ろから天之河を羽交い絞めにしたのだ。驚く天之河だがこれしか方法は無い。許してくれ

 

 心の中で坂上に感謝し改めて俺は皆より一歩前に出た。後ろから微風が流れてきているのを感じ取りながら。

 

 

『甘い芳香』』『攻撃誘導』『錯覚の香り』『ポイズンフォッグ』

 

 

 有り難い事に当の魔人族は面白そうに俺達を眺めていた。いきなり攻撃を仕掛ける人ではなくて良かったよ。

 

「で、もめていたようだけど、返事はどうなんだい?何やらそっちの勇者君はあたしを殺そうとしているみたいだけど」

 

「あーそれなんですが。まずは待たせてしまって申し訳ありません。何分こちらとしては急な話だったので」

 

 まずは非礼を詫びる様に。交渉事とは力を持って話すのではない。何事もエレガントに行かなければ。

 

「ふぅん。勇者君とは違ってアンタ話が出来るみたいだね」

 

「それだけしか取り柄のない者ですので、ああ、自己紹介がまだでしたね。俺の名は柏木。天職は調合師で一応このメンバーたちの雑用件、回復薬係です」

 

 礼儀作法は勉強していないがそれでも相手に失礼に当たらない様に。そんな俺の姿勢を見て幾分か警戒を緩めたような魔人族。

 

「つまり後方支援職ってことかい。…ま、多少嫌味が目立つがそれは仕方ない、か」

 

 頭をガシガシと掻く魔人族。後方支援の戦闘力のない物が前に出てきて少し予想外だったのだろう。少しなにやら考え事をした魔人族はこちらに名を告げてきた。

 

「アタシの名はカトレア。ま、アンタ達からしてみればどうでもいい名前か」

 

 後半の方は小さく呟かれた。ふぅむカトレアね。確か花言葉は…なるほど実によく似合っている

 

「…良い名前ですね」

 

「は?いきなり世辞を言うのがアンタの国のマナーなのかい」

 

「これは失礼。どうしても言葉遊びをしたくなる性分なので」

 

 うぅむ恐らく魔人族…カトレアの後ろには多くの魔物が潜んでいるにも関わらず遊んでしまうのはどこまで俺の肝はおかしくなったのか。まぁなるようになれだ。

 

「では、我らが勇者に変わりましてっと。先ほどの話ですが優遇とはどういったものなんですか」

 

「そのままの意味さ。アタシら側に着けば裕福で贅沢な暮らしを約束できる。勿論安全は保障するよ」

 

 代わりに人間族を裏切れって事なんだろうが…。ふむこれは嘘だな。そもそも裏切ってきた相手にぜいたくな暮らしを当たるのだろうか?答えは否だ。

 

 そもそもの話先ほどの天之河との会話で『絶対に要らないだろうに』『命令だから仕方なく』って単語が出ている。要はこの人にとっては戦力として期待していない、寧ろ邪魔で勧誘して来いっていう上からの命令に批判的なのだ。

 

 だからこの人を基準として考えれば俺達の勧誘はあくまでもついでって事だ。…一体他に何の任務があってここに来たんだろう?どうせ下ったところでアリスさんの拠点しかないのに。まぁいいやその話はどうでもいい

 

 

「それは魅力的ですけど、それだけではハイとは言えないですね。…一つ聞いても良いですか」

 

「アタシに答えれることならね」   

 

「貴方の所のトップ。言い方を変えれば魔王って滅茶苦茶強いですか?」

 

 魔王。魔人族の頂点であり人間族の長きにわたる敵である。一応勇者の敵ではあるが…さて、天之河(勇者)の敵って誰なんだろうなっと。

 

 そんな俺のどうでも良い思考を気にせずカトレアはフッとどこか自慢するように笑った

 

「ああ、強いよ。魔王様はアタシらよりもフリード様よりも…いいやこの世界の誰よりも強くて素敵な人だね」

 

 どこか敬愛を感じられるような表情。言い変えれば子供が自分の親を自慢するような物か。なるほどなら期待アリだな。

 

「なるほどなるほど…じゃあさっきの優遇がどうとかはどうでも良いです。全部要りません。それよりももっと有意義な…俺達が進んで貴方方に付くような話をしましょう」

 

「うん?どういうことだい」

 

 優遇とかどうでも良い。実際人間族についているこの状況も良い待遇なのだから。そんなチンケな話よりも魔人族に出会う事があったのなら聞きたいことがあったのだ。

 

 

「簡単な話さ、その偉大なる強力無比な魔王様は俺達を故郷へ帰らせることが出来るのか?」

 

「…なに?」

 

 空気が変わる。訝しむ様な表情のカトレアに後ろからは息をのむ音がが聞こえてきた。そこには天之河の声も。無論全部無視だ。今この場は俺が握っているんだ、誰にも邪魔はさせない。

 

「魔人族は人間族より数では劣るが質が良いと聞いた。実際今のあんたを見てもその通りだと思う。ならアンタよりはるかに格上の魔王はどうなる?…きっと俺達よりも次元が違う強さなんだろう」

 

 実際に見て分かるが確かに魔人族のカトレアは人間族の兵士と比べて能力がかなり高いような圧を感じる。無論それは今カトレアが恐らく幹部級の強さを持っていることも有ると考えての事だがとにかく魔人族の個体の質は高い。

 

 ならその魔人族を統括し最上級の魔力を持つであろう魔王は一体どれぐらいのことが出来るのだろうか。

 

「人間族と魔人族の拮抗が崩れたのは魔人族が魔物の使役が出来たからだと言う。これは俺の考えだが出来たのはその魔王の力によるものだろう。今まで人間族と魔人族が大きな戦をしていないのは数の差があったからだ。それが一気に均衡が破れる数となるなら…まぁ考えなくても分かるよな」

 

 常人よリはるかに強力な力を持っており、人間族が有利だったはずの数の利をそれを簡単に上回る数を使役するって事は当方もない力だ。

 

「そこでふと考えたんだ。そんな途方もない力を持つ魔王なら俺達を日本へ帰らせることが出来るんじゃないかなってさ」

 

「……へぇ 面白い事を言うじゃないか坊や」

 

 心底面白そうに俺を見てくるカトレア。…ふふ、確かにかなり面白い事を言ってるよな俺。

 

「だから、俺達を日本へ帰らせてくれると約束するのなら俺は進んでアンタたちに協力しよう。俺は日本へ帰る為の切符を手に入れアンタは楽に戦力と兵站を手にすることが出来る。悪い話じゃないだろう?」

 

 手を広げ身振りで大仰に語る。少し白熱してきたせいか汗が出てきた。ソラリス能力者(生きた化学プラント)であるこの俺が。

 

「…面白いねぇアンタ。裏切りを簡単に考えるなんて普通じゃできないよ。流石は異教の使徒って所かい」

 

「おいおい魔人族の所では勇者の仲間って評価がどうなってるのかは知らないけど俺達は完全な被害者だぜ?了承もとっていないのに行き成り拉致されて命を掛けろって?だーれが好き好んで戦争に参加するかよ」

  

「ふぅん? でもそっちの勇者君は人間族の味方っぽいけど?今もあたしの事を睨んでいるし」   

 

「天之河か?ハッアイツは滅茶苦茶人が良いんでな。うさんくせぇ爺に誑かせられて物の見方が狭くなっちまってるのさ」

 

「人が良い…言い変えれば疑わない子供。確かに自分の都合の良い事しか聞かなさそうな面はしているね」

 

「ま、そこが天之河の良い所でもあるし可愛い所でもあるんだがな」

 

 哀れ天之河。ほぼ初対面の人からすら可哀想な子供を見る目で見られているぞ。お前は何時になったら大人になるんだろうな?

 そして、そんな会話をしていたからか当の本人である天之川が坂上の拘束を振りほどき俺に詰め寄ってきた。

 

「さっきから何を言ってるんだ柏木!正気なのか!?魔人族は敵なんだぞ、そもそも人間族を裏切るってどういうつもりなんだ!」

 

「言葉通りだ。もし魔王が俺達を帰らせれるほどの力があるのならば()()()()()()()()()()()()()と思っている」

 

「なっ!?」

 

 俺の言葉に天之河が絶句する。本当にあんぐりと口を開いて…顔が赤くなっていく。本気で怒っているのだろう、まぁ気持ちは分からないでもない。  

 

「そ、そんな事を言っていいと思ってるのか!裏切りがどういう意味なのか分かっているのか!?メルドさん達を…俺達を快く向か入れてくれたあの人達の信頼を裏切るって事なんだぞ!」

 

「あー確かに心苦しくはあるな。でもそれはそれ、これはこれだ。仕方ないのさ」

 

 浮かぶのは世話になった人々や親交があった人達。怪我や打ち身によく効く薬を渡し男くさい笑みを浮かべ感謝する騎士団や汚れが良く落ちる洗剤やお肌に優しい化粧品を提供したおばちゃんたちに 髪の毛の薄さに気をもんでいた文官の方々。どれもこれも何だかんだで優しい人たちだった。

 

 そしてメルドさんやニートさん。あの人達には大変お世話になった。でも仕方がないのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「仕方ないって…あの時お前は言ってたじゃないか!世話になっていた人たちへ恩を返すって!その言葉すら嘘だったのか!」

 

「嘘じゃないさ。でもな天之河俺はあの時言ったよな?俺の最終目標は日本へ帰ることだって」

 

 男子会議をしたとき確かに俺は恩を返すと言った。しかしそれよりも先に宣言したはずだ。日本へ帰る為に動くってさ。…でもその事を突かれると心が痛むので話をすり替える

 

「天之河これは優先順位の違いだ。もしこの世界の人々と俺達どちらかの命を選べと言われたら俺は天之河、お前や皆を俺は選ぶ」

 

「そんな…そんな事許されない!」

 

「だろうな。でもな皆を死なせたくない、死んでほしくないって思うのはそんなにおかしい事なのか?教えてくれよ」

 

 もし仮にだとして魔王に皆を帰らせるほどの力があるとするならば裏切りは選択の一つとして十分に考えられることだ。少し天之河にはきつい事をいうが我慢してもらおう。畳みかけるからへし折れないでくれよ?

 

「そもそも天之河俺達が人間族についているのは何故だか理解しているのか。呼ばれたから?助けを求められたから?違うだろ。なるほど確かにお前はそのつもりなのかもしれない。そうすることが人として正しい事なのかもしれない、だが違うんだ 俺達が人間族についているのはあくまで『エヒト神のいう事を聞けば日本へ帰れるかもしれない』からだ」

 

「そ、れは…でも戦争を終わらせればエヒト神は日本へ帰らせてくれるってイシュタルさんが」

 

「それは教皇の言葉であってエヒト神の言葉じゃないだろ。それとも何か?天之河お前一度でも神様の言葉を聞いたことがあるのか?帰らせてやるっていう神の言葉を聞いたことがあるのかよ?」

 

「っ!」

 

 俺の言葉に口を噤んでしまった。そう、俺達は一度だってこの世界に呼び出して張本人であるエヒトの言葉を聞いたことが無いのだ。

 

「一度もコンタクトを取って来ない無責任な神がちゃんと俺達を帰らせてくれるって保証は一体どこにあるんだ?そんな神を信じて戦争に参加して魔人族を倒してそれで帰れるって保証は一体どこにあるんだ!答えて見せろよ天之河!」

 

「…そんなこと…俺が戦えば…勇者であるはずの俺が頑張ればきっと!だから俺は戦うんだ!君達を帰らせる為に!」

 

「だからそれは一体いつになったらだ!人の言いなりになって剣の修行ばっかりして勇者ごっこに興じて!あのな!俺はいい加減日本へ帰りてぇんだよ!父さんと母さんに会いてぇんだよ!俺はまだ親孝行を済ませていないんだよ!それをちゃんとわかっているのか勇者君よぉ!」

 

 天之河の胸ぐらを掴み嘘と本当を入り混じれた言葉を大きく叫ぶ。それこそ有耶無耶にしようとして逃げようとしている天之河の退路を塞ぐように。後ろのカトレアに気付かれない様に。

 

「…ってるよ……でも俺は…ぃちゃんの為に……」

 

 俺の言葉で脳内がパ二くったのか天之河は目線を四方に動かせて何やらブツブツと言い出す。…なんかごめん。

 

「人を助けようってのは悪くないよ。でもさそれに無理矢理付き合わされるのは…辛い。俺はお前の様に人助けができるような良い奴じゃないんだ。…ゴメン」

 

 胸ぐらからから手を放せば天之河は後ろに数歩後退し俯いてしまった。それがなんか子供をイジメてしまったようで胸糞が悪くなる。

 

「いい演説だったじゃないか。アンタの叫びは胸に来たよ」

 

 まるで良い芝居を見せてもらったとでも言いたげなカトレアは俺と天之河の会話が終ったタイミングで話をしてくる。こっちもちょうどいいタイミングだ。

 

「それで話の続きだ。魔王には世界を超える力はあるのか」

 

 俺の質問。この交渉の肝の部分だ。それをカトレアは薄く笑った。

 

「あるとも。我らが魔王様、すべての生物の頂点に立つあのお方は異世界へ行く力を持っている。アンタ達がこちらに来て力を貸してくれれば直ぐに故郷に帰れるさ」

 

「へぇ…それは随分と有り難いお話だ」

 

 ダウト。嘘だそんな力があるのなら、世界を越える魔力を持っているのならとっくの昔にこの戦争は魔人族の勝利で終わっている。だからその嘘の代償高くつくぜ?

 

「それじゃあまずはその厄介な勇者君を拘束してから事の話を進めようじゃないか。何事もすぐに行動した方が良いからねぇ」

 

「全く持ってその通りだ。お陰でこっちの方が先手を取れたようだな」

 

「?アンタいったい何を言って???」

 

 不思議そうな顔をしたカトレアが自身の首筋を触りだす。本当に何が起こったのかわからないと言いたげなその顔は自分の首筋に小さな針が刺さっているのに気付いた瞬間目を見開く

 

「こ…れは…まさ……か……zzz」

 

 効果は一瞬だった。見開かれた目はすぐさま閉じカトレアは崩れ落ちて眠ってしまった。何せ意識外からの小さなしかし何よりも効率的な奇襲を受けたのだ。効果は抜群だってな!

 

「え?アイツ…眠っている?」

 

「フッフッフ 俺がやったのさ」

 

 なんてことはない。潜伏していた遠藤から吹き矢を喰らっただけなのだ。俺のソラリス能力『眠りの粉』を塗りに塗りたくった小さな針を存在を希薄にさせた遠藤に吹いてもらう。単純な事でしかし人間相手には絶大な力を影響を及ぼすコンビプレイ。…お遊びで南雲に吹き矢を作ってもらってよかった。

 

 そもそも最初から目配せをした時からカトレアを眠らせる為に皆に目配せをしたのだ。遠藤には潜伏してもらい油断したところを刺すと言う大役を。斎藤は俺の後ろに立って僅かな微風をだし風下と風上を作り出し俺の身体から出る幻覚剤をまき散らす様に。

 

 天之河には何も知らせていないが、俺の嘘に本気で突っかかってきたお陰で完全にカトレアを油断させることが出来たのだ。誇れお前がMVPだ!

 

 全ては皆の力で、この局面を切り抜けた。尤も一番優先度が高い標的を沈黙させただけで、危険は無くなっていないのだが。

 

「柏木!前だ!」

 

 坂上の叫びが聞こえる。勿論言わなくたって分かっている。指揮官であるカトレアが沈黙したのだ。周囲に控えていた魔物たちが動き出すのは当然で、一番近くにいる俺を攻撃するのは余りにも自然だった。

 

 全く見えない空気が俺に襲い掛かってくる。死が目の前に迫ってくる。

 

 俺はソラリス能力者。天職は調合師で戦闘が全く持って出来ない後方支援職。

 

 今この場にいる誰よりも戦闘は不得手で交渉しかできない男。一撃でも喰らえば死ぬのは分かり切っていた。

 

 だから、動かない。避けるのは無駄だと知っているから。

 

 

 見えない一撃がやってくる。だから俺は信じた。

 

 

 

 

「よくやった。後は俺にすべて任せろ」

 

 紅蓮の炎が目の前に現れる。生きている炎が全てを焼き払う。

 

「サンキュー 中野」

 

 誰よりも戦闘能力が高いオーヴァードの先輩を俺は信じたのだ。

 

   

 

 

 

 

「しかしよくあんな短時間で魔人族を捕まえようと考えたな」

 

 広間にいたあらかたの魔物を中野が焼却して悠々と帰路につきながら近藤が話しかけてきた。背負っているカトレアをずり落ちない様に調整しながら事のあらましを話す。

 

「まぁな。本当なら撤退を考えたけどどうせなら反撃してみようかなって。ちょうどよく俺や遠藤、斎藤や中野がいたからなー」

 

「それでまぁうまいこと言ったよホント。つーかこれ遠藤が一番お手柄だったんじゃないの?」

 

「そうか?いつも通りしていたんだけど…そういう事ならもっと褒めてくれ」

 

「調子に乗りやがった!?」

 

 グダグダとくだらない雑談は気疲れを癒していく。なんせ全ての事は上手く行った。カトレアに怪我はなく俺達にも負傷者はいない。なんせカトレアが引き連れていた魔物の大半は中野が燃やしてしまったのだ。

 

「おいおい近藤 いくらその女が美人だからって見惚れるのは止めとけ。ろくなことにならねぇさ」

 

「う、うるせぇ!んなことしてねーし!」

 

 何か馬頭の魔物とか黒猫とか白鷺みたいなのが居たがどいつもこいつも中野の敵にはなれなかった。流石はサラマンダー焼却処分はお手の物である。…少しばかり強すぎるのでは思うけど。元々戦闘員だったとは聞いていたけど、いったいどれだけの修羅場を潜り抜けてきたんだろう。

 近藤を茶化すそのニヒルな顔からは何もうかがえない。

 

「はいはい、美人さんはまだしばらく起きないからそれまでにちゃっちゃと迷宮から脱出しようぜ」

 

 カトレアを麻酔で眠らせ捕獲したのでもうこの迷宮にいる必要は無かった。今更100階層を目指しても無理だろうしとにかくスヤスヤと眠っているこのカトレアの保護が最優先だった。

 

「…なぁ柏木 捕まえたそいつどうするんだ?」

 

「取りあえずは俺と南雲の拠点へと連れて帰る。まぁ保護だな」

 

 檜山が眠っているカトレアを一瞥し聞いてきた。ここはやっぱり俺と南雲の拠点へと連れて帰るのが一番ベストだろう。つーかほかの誰かが何を言おうがこれは譲れない。

 

「保護?捕虜じゃなくてか?そもそもメルドさん達に引き渡すのが一番いいんじゃないのか?」

 

 野村の意見は尤もだ。捕まえた魔人族であるカトレアは騎士団に渡すのが一番いいだろう。しかしそれでは駄目だ。捕虜になってしまう

 

「駄目だ。ここは俺達が保護をしなければいけない。そもそもこの国って捕虜に対する人権があるのか知ってる奴いんのか?」

 

 俺の疑問に皆は難しい顔をする。なにせ今まで魔人族を捕まえたことが無い国なのだ。いきなり捕まえてきた魔人族に対して人権は発動するのだろうか。

 

「オマケに見て見ろよ、滅茶苦茶美人だぞ。果たしてちゃんと人間扱いしてくれるのかなぁ?どう思う皆」

 

 俺の背中でスヤスヤと眠っているカトレアを顎で指しながら意見を求めれば皆俯いてしまった。もうみんな想像ついているだろうが捕虜としてやってきたカトレアは果たして人として扱われるのだろうか。仇敵を捕まえた人間族は果たして理性的に捕虜扱いしてくれるのだろうか。

 

 答えは否だ。薄い本が辞典並みに厚くなる。

 

「それは…でもメルドさん達ならちゃんと」

 

「ああそれは俺も信じているさ。メルド団長たちならちゃんと配慮してくれるって。でもその上の人達は?」

 

「…上?」

 

「教会の連中だ。魔人族を魔物と同類に語った連中は神敵とみなした魔人族をどうするのかなぁ」

 

 だから保護だ。神の使徒と呼ばれる俺達が保護をしなければいけないのだ。…ちなみに逃がすって選択肢はない。異世界からの脱出の件を含め聞きたいことは山ほどある。

 

 みんなからの納得のいった視線を受けながら俺達はそのまま迷宮を脱出するのだった。

 

 

 

 

 ただ独りずっと顔を歪めている天之河に誰も触れないようにしながら…。 

 

 

 

 

 




一言メモ

カトレア 花言葉は「魔力」「魅惑的」「成熟した大人の魅力」

裏切り 一度クラスメイト達全員が魔人族に下るって話を見てみたい。…駄目?選択肢としてはありだと思うんだけど…

捕獲 どこもかしこもカトレアさんは無残に散るばかり。たまには生きていてもイイよね。


まだまだクラスメイトの強化話などが続きますー


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とある少女の話 吸血鬼編そのに

とある人の過去編です。
予想に反して長くなっちゃたので続きます

一人称と三人称が混ざっています。申し訳ない…


 

 

「本当についてくるんですか?」

 

「ん!」

 

「はぁ……折角の外なのに勿体ない」

 

「んむぅ」

 

 オスカーの拠点を出てどこかへ行こうとするアリスに付いていく意思を示せば大きな溜息を吐かれてしまった。とは言ってもこればっかりは仕方がない。

 

 オスカーの拠点での生活は数か月続いた。何やらやる事があるらしく自分に分からない様に陰でこそこそとアリスは動いていたが遂に外へ動くらしかった。

 外へ行くのなら自分もついて行きたいと述べたところ「面倒」で突っぱねられたのは記憶に新しかった。それでも何回かごねて付いて行くと説明すれば溜息を吐かれる。

 

(…誰も知り合いはいない)

 

 封印されてから一体何百年経ったのか、数えるのはおっくうだが外の世界には誰も顔を知っている人なんて居ないのだ。今更誰かと知り合おうにもそっけないながらも無視だけはしないアリスとの交流で割と満足していた。

 

『折角外へ行くのですからコミュ障気味を誰か友達でも作ってさっさと改善してください。この合法ロリ』

 

 と、げんなりとアリスに言われたが言う事を聞くつもりはあんまりなかった。アリスを知る事の方が先決に思えたからだ。

 

「外…明るい」

 

「三百年ぶりの太陽ですからね。サングラス有りますよ?」

 

「…大丈夫」

 

 サングラスを取り出してきたアリスの気遣いに内心惚れながらも丁重に断り、何百年ぶりかの太陽の日差しを浴びていた。隣で『…なんちゃって吸血鬼』と呟かれたが取りあえず聞こえないふりをした。

 

 

 

 オスカーの拠点の外はゴツゴツとした岩場のような峡谷で魔力が分解されてしまう特殊な場所だった。自分の自慢の魔法も使い難くなってしまう。一応無理やりにでもすれば使いそうになるが効率は十倍くらい悪くなる。結構面倒な場所だった。

 

「あ、雑魚処理はこっちでやっておきますよ。糞どうでもいい事は考えないで外を満喫してください」

 

 獲物の匂いにつられてやってきた魔物を片手間に魔力を使う弓矢で射貫きながらアリスはどうやら目的のある場所があるらしく迷わない足取りだった。

 

「ん… 相変わらず規格外」

 

 一応希代な魔術師でもあるという自負を持つ自分と比べてもやはりアリスの魔力量は規格外だった。涼しい顔で魔法を使い特に焦る様子もなく雑魚散らしをするアリス。思わずつぶやきが出てきてしまった。

 

「…他人からもらった力です。面白くないですよ」

 

 そんな多少の妬みな言葉が聞こえてしまったのか、アリスは嫌そうな顔をした。しまったとは思ったが自分の言動ではなくアリス自身の力について彼女は思うところがあったようだ。

 

 一緒に迷宮を突破し拠点で生活してアリスに関していくつか分かったことがあった。

 

 まず一つ目はアリス自身の力に関して。どうやらアリスは多大な魔力や膂力で多数の魔物を薙ぎ払う物の実際の戦闘に関しては素人の様だった。アリス自身が己の力に振り回されているとも言っても良いほどだ。

 

 これに関しては『他人に力を与えられた』とアリスは説明していた、いったい誰が与えたのだと質問するが『黒幕』の一言でそれ以上アリスは答えなかった。それ以上は聞いてほしくなかったらしい。

 

「…何処へ向かうの」

 

「樹海です。そこにある解放者の迷宮が目的地です」

 

 きっぱりと答え歩みは止まらずに目的地へと向かう。

 

 第二にアリスは何かを待っているらしかった。オルクス迷宮へやってきたのも自分を助けるためとはいえ、半分はオスカーの亡骸を埋葬するためだったとアリスは話した。 

 

『殆どが暇つぶしなんですよ。…ホント、何でこんな事に」

 

 後半何やら小さく呟いていたが、迷宮の攻略も只の暇つぶしの一環だという。なら、いったい何がしたいのかと言えば口を濁していた。オスカーの部屋にあった神代魔法『生成魔法』はさほど興味を持っていないようで、今から行く迷宮も所詮単なる暇つぶしなのだろう。  

 

 

「ああ、見えてきました」

 

 何だかんだでひたすら歩き、ついに見つけたのは広大な樹海だった。鬱蒼と茂る森のなんと見事な魔境具合か。広大やら霧がかかっていて見えにくいやら色々と驚いている自分を放って、アリスは何やら独り言を言っていた。

 

「さて、ここからあの大樹に行くには…自分でも行けるけどやっぱ案内があった方が確実か?うーむ」

 

 アリスは独り言がとても多い。話しかけないでいると良く呟くことが多く、何でも一人でいた期間が多すぎたためこうなってしまったらしい。呟く内容は様々でわりと聞いていると面白い。今のは樹海の中でどうするかの考えているのだろうか。

 

「ま、出たこと勝負で行きますか。その方が面白いし」

 

 そして大抵決める内容は面白いかどうかだ。彼女の指針はいつもこうだった。

 

 

 霧が深い森の中を二人で歩く。虫や鳥の声が聞こえ鬱蒼と茂り濃い霧のせいで前方や周囲がよくわからない森の中というのは普通に考えれば大抵は恐怖するものだ。

 しかし今この森を進んでいるのは魔法の才を持つ吸血鬼である自分とやたらと規格外の力を持つアリスだ。樹海に潜む魔物は障害にならず寧ろ岩肌の渓谷に飽きてきた分丁度良い気晴らしと散策になってすらいた。

 

「…目的の場所へ近づいている?」

 

「どうでしょうか。近づけたら好し、離れたらそれも良しです。どうせ始まるまで時間はたっぷりあるので」

 

 前を歩くアリスに目的地に着けるかと聞けば、かなり気楽に返されてしまった。仕方ないと思いつつアリスの口調について考える。

 

 

 アリスは出会った時の乱雑な言い方を変えて丁寧な言葉遣いにするように心がけていた。

 拠点で生活していた時だった。鏡を見ながら何やら独り言をつぶやいているアリスを発見ししばらく様子を見て居たのだ。

 

『俺…じゃなくて私、私はアリス・アニマです。…難しいなこれ、こんな感じの言葉遣いでいいんかなぁ』

 

 鏡を見ながら百面相をする姿は中々にシュールで物凄く微妙な顔になってしまった。何をしているのか気になったので何故そんな事をと問うと一瞬顔を赤くしてしばらく考えて、物凄い嫌そうな顔で答え始めた。

 

『いやさ、この見た目じゃん。だったら多少は女性っぽく話した方が良いかなと思って。……参考にはならないしなぁ」

 

 どうやら女性としての言葉遣いを意識し始めた様だった。どうしてそんな考えに至ったのか気にはなったが、アリスのすることだ、何か考えがあるのだろう、もしくはただ単に面白いと思ったか。…どうでもいいがこちらを見て参考にはならないとは失礼ではないか?

 

『…フッ 金髪吸血鬼ロリとか属性過多の癖に口調も『ん』とかあざとすぎんだろ。参考どころか滅茶苦茶恥ずか』

 

 自分の身体をじろじろ見て鼻で笑いながら失礼なことを宣ったので魔法で吹き飛ばした。ゴロゴロと転がりタンスに頭をぶつけるアリスは面白かった。ざまぁ

 

『兎も角女性的な喋り方をしようと思うんだよ。んで俺にはさっぱりわかんないし参考なんてもっての外だから丁寧語にすれば…まぁそれらしくは見えねぇかなー』

 

 と、色々とあったがアリスはそれから丁寧な言葉遣いで喋るようになった。見た目が可愛くて綺麗なので良く似合うと話したらつっけんどんに返されたが非常に嬉しそうだった。チョロ過ぎる。

 

「んふふふふ」

 

「…何ニヤニヤしているんですか、気持ち悪いです」

 

「!?」

 

 過去を思い返し思い出し笑いをしていたら気味悪がられてしまった。地味にショックだ。 

 

「まぁ貴女が気持ち悪いのは別にいいとして」

「良くない」

「人と遭遇するかもしれません」

「…人?」

 

 アリスの言葉に疑問を返せば樹海に住む亜人族だと返された。その言葉で緩んでいた顔が引き締まる。

 

 亜人族、人と獣の特徴を兼ね備えた人種だ。遠い記憶の中で情報を引き起こそうとすると確か排他的な印象だったはずだ。尤も今の時代はどうなっているのか知らず、見たこともないのであっているかどうかも知らないが。

 

「遭遇したら交渉して迷宮までの道案内を頼むとしましょう。彼等の中で立ち入り禁止区域みたいな場所がある筈です。そこが迷宮のはず」

「…疑問がある」

「何でしょうか」

「彼らは人間族に対して友好的ではない。断られる可能性がある、寧ろ攻撃されるかも」

 

 出会う亜人族が友好的だとは限らない、寧ろ敵対行動をされるかもしれないのだ、誰かって自分の縄張りに人が入り込まれるのは嫌なはず。そうアリスに亜人族との交渉の忠告をするが彼女は笑っていた。

 

「その時はその時です。物理で交渉しましょう、寧ろそっちの方が面白いかもしれません」

 

 暴力上等とは中々の滅茶苦茶さだ。これではまるで侵略者ではないか。目でそう非難すればアリスに顔を背けられた。これでは一体どっちの方がコミュ障か。溜息が出てきた

 

「はぁ」

「な、なんだよ。別にいいじゃん、もしもの話なんだし」

「だから問題。アリスの力は人知を超える、むやみに人に使うのは駄目」

「うっ …確かにそれはそうだ。知らずのうちにイキってたか…深く反省します」

 

 正論を吐けばアリスは言葉に詰まってしまった。肩をがっくりと落し自分の言葉に項垂れる。どうやら人との接触は久方ぶり過ぎて物事の話し方を忘れてしまったのだろう。…迷宮生活が長すぎて接し方が魔物と一緒になってしまったのではないだろうか。

 

 少々アリスの事に心配なりながら森を歩いていた時だった、泣き声のような微かに聞こえるようなそんな音が聞こえた。

 

「アリス」

「分かっています」

 

 アリスを見れば、そちらの方にも聞こえた様で音を聞こうと顔が真剣なものになる。何時もそうしていればいいのにと思いつつ耳に集中すれば、聞こえてきたのは女の子がすすり泣くような声だった。

 

『ウッグ…ひっく……母様ぁ……』

 

「女の子?」

「母様?」

 

 小さな女の子が泣いているような声、顔を見合せたアリスと一緒に驚いた顔をして、一瞬躊躇する。声の主に近づくか様子を見るかだ。

 

「アリス」

「……はぁ」

 

 どうすると顔を見れば物凄く嫌そうな顔をする、なのに足はすぐさま声が聞こえる方へ。アリスが何を考えたのかそれで分かってしまい顔がにやけてしまう。アリスは口や顔ではああいう物の根がどうしようもないほど善良なのだ。本人は全力で否定しようとするが。

 

 

「ぐすっヒック…ふぇぇ…」

 

 声の主は直ぐに見つかった。大きな樹の下、太くたくましい木の根に隠れながらその泣き声の主は一人でぐずり涙で頬を濡らしていたのだ。年の頃は十歳だろうか。少々薄着過ぎる服装をした少女にはある身体的特徴がみえていた。

 

「あの子の耳…あれは」

「兎人族、か」 

 

 泣いている幼子は頭の上に垂れてしまっているが本来はモフモフとするであろううさ耳が生えていたのだ。アリスの呟きを聞いてそれが兎人族と言う亜人族の中での一種族だと理解する。

 

「どうするの?」

 

 相手に聞こえないように小声でどうするかをアリスに聞きだす。自分で行動する気はない、近づいたのはアリスの意思だ。その意思を尊重したいのだが…しかしアリスの方は泣いている幼子を見て何やら固まっていた。

 

「あれ…あの髪色は」

「?どうかしたの」

「いや何でもない…流石に出来すぎか」

 

 口調が戻っているという事は何やら動揺しているようだ。あの少女の()()()()()()()()()()の髪の色がそんなに気になる事なのだろうか。

 

 

 

「あーもしもしお嬢さん?」

 

 相手が泣いているせいでこちらの注意が散漫になっていることを良い事に譲り合いと言う名の押し付け合いをした結果アリスが話しかける事となった。相手が泣いているからか妙に話の掛け方が不審者臭い。というよりかなり腰が引けている。

 

「ぐすっ……誰っですか」

「あー只の旅人?ですかね」

 

 涙を拭いながら話しかけてきた少女に戸惑いながらもアリスは返答する。妙に不安なやり取りだ、まるで小さな女の子と話すのは初めてとでもいうかのような…

そもそも自分の時とは対応が違いすぎるのでは?無意識のうちに頬が膨れる

 

「旅人…ひっ!?に、人間族!?」

 

 ようやくこちらを見て人間族だと分かったのか後ずさりをする少女。今更だとは思いつつこの樹海に好き好んでやってくる人間族は少ないとは思うので仕方ないと思いなおす。それよりもいきなりの闖入者に驚き過ぎたのか少女はコケてしまった。

 

「ひゃうっ!?」

 

「あーあーそんなに急がなくても。仕方がないですねぇ」

 

 転んで膝を擦り剥いてしまったのか手を当て涙声の少女にアリスは苦笑いをし、さっと近寄る。ほぼ瞬き一瞬の出来事で近づかれてしまった少女は可哀想なほど震えてしまっている。

 

「こ、こないで…」

「そんなに怯えなくても…ほら治療するから見せて」

 

 有無を言わさず少女に近寄り微笑むアリス。見た目は微笑んでいるが内心は逃げられないか心配で堪らないのだろう。アリスとの付き合いはまだ短いが何となく内心が分かってきたような気がする。

 

 拙いながらもアリスの意思が伝わったのか少女はおずおずと顔を上げた。

 

「…でも」

「これでも治癒師の真似ごとだってできるんですよ」

「治癒師?」

「うーん。お医者さんで分かるかな?もしくは怪我や病気を治す人、かな」

 

 しゃがみ込み目線を合わせニコニコと笑い困った顔で兎人族の少女と話せば、病気を治すの辺りでうさ耳がピンと上がった。目ざとくアリスがそのうさ耳に目線を送るがすぐに少女と向き合う。

 

「病気を治す…?」

「うん。病気でも何でも、です。何なら君の怪我も一瞬でね」

 

 何でもの当たりを強調しているのは自分が無害だと伝えるためか、出来る限り優しさを込めた言い方はどうやら少女に伝わったらしい。ビクつく雰囲気は消え恐る恐るとこちらを伺いつつ様子を見てくる。

 

「警戒するのは分かるけど、私の願いは簡単な事です。君の怪我を治させてください」

「……分かりましたですぅ」

 

 真摯なアリスの言い方でようやく少女は大人しくしたのでアリスは怖がらせない様に膝に手を向ける。

 

「わぁ…」

「これで良しっと」

 

 たったそれだけだった。手を翳すその動作だけで少女の怪我は一瞬で元通りとなってしまった。勿論今更過ぎる話だが詠唱も何も聞いていない。

 

 感激の声をあげ怪我が無くなった少女はその場でピョンピョンと跳ね飛び痛みがなくなったことでようやく怪我が消えたことを実感し笑顔になった。

 

「あ、ありがとうございますですぅ!」

「いえいえ、どういたしました…ですぅ?」

 

 苦笑したアリスだが、少女の特徴的な語尾に笑顔が固まった。そんなアリスの事を放っておいて少女は自身の膝を見て怪我の治り具合を見、幾分か考え事をし始める。

 

 一応警戒は解かれたものと考え自分もアリスへ近づく。

 

「アリス、お疲れさま」

「ですぅ…ですぅってことは」

「アリス?」

「あの髪の色、特徴的な語尾。そしてこの秘められた能力は…」

 

 何やらブツブツと呟いているが取りあえず無視することにした。考え事をしている少女に話しかける事にする。

 

「ん、少し話したいことがある」

「…治療。…もしかしてこの人達なら…」

「…?もしもし」

 

 なにやら考え事をしていた少女はガバッと顔を上げるとこちらに頼みごとをしてきた。

 

「あの! 治癒師の方なら病気の人も治せるんですか!?」

「出来る。私は出来ないけど」

「あれぇっ!?」

「この固まっているアリスなら問題は無い。貴方もさっき見たはず」

 

 どういう魔法を使っているのかさっぱりだが怪我も病気もアリスなら何とかできるだろう。…持ってきた荷物の中にある青い球体の鉱石もあるのだからなおさら問題はない筈。

 

 そんな自分の答えに少女は意を決した顔で自分の望みを口にした。それは何となく前述のやり取りでこうなるだろうなと考えた自分の予想道理の言葉だった

 

 

 

「それなら病気の私の母様を助けて欲しいんですぅ!」

 

 

  

 

 

 少女の頼みは病気で余命行く場もない母親を助けてほしいという物だった。元から病弱だった母親はこの頃酷く衰弱しつつありもう助かる見込みも少ないと父親から言われていたらしい。

 

 日に日にやせ衰えて寝込む母親を見て別れが近いと思い、母親の前では明るく振舞ったが、内心ではずっと泣きだしそうで、それで集落から離れ一人泣いていたのだと少女は説明をしてくれた。

 

 一人で泣いているときに怪我を一瞬で治す自分たちに会いこれならもしかして母親が助かるかもしれない、誰にも治せなかった大好きな母親が元気になってくれるかもしれないという思いで外部の人間である自分たちに助けを求めたのだ。

 

「いきましょう。善は急げです」

「?何それ」

「あー私の故郷のことわざで…あんまり気にしないでください」

 

 これには難しい顔をしていたアリスも快く返答し、兎人族の集落へと案内された。

 

 

 

 

 集落に入る前に門番とひと悶着あったが少女がうまく取り直してくれて、集落に入っても他の兎人族からは恐怖され阿鼻叫喚となってしまったがそれもすべてアリスは無視して少女の家へとたどり着いた。

 

 

 件の母親は少女の家のベッドで寝かされており、確かに酷く衰弱しており誰が見てももう長くは無い事は確定的だった。集落の長である少女の父親も諦めており、死を受け入れつつある。そんな雰囲気を漂わせていた。

 

「申し訳ありません旅の人。もう私の妻はもう手遅れです。…助けようとしてくれるその気持ちは嬉しいのですが」

 

 涙を拭い出来る限りにこやかな笑顔で話す少女の父親であり族長はそう言って申し訳なさそうに話す。それに待ったをかけたのはアリスだ。族長の頭に軽いチョップをしながらなぜかこちらも諦めた表情をしていた。

 

「まずは見てからでしょーが。…っていうか族長って…もうやっぱり確定なのかよ」

 

 一つ愚痴ると大きな溜息を吐いて少女に腰を落として目線を合わせる。

 

「それじゃあ今から君のお母さんを助けるね」

「お願いしますですぅ…その」

「うん?」

「私何も持っていなくて、何も差し上げることが出来なんですけど」

 

 少女は母親を助ける事に関しての報酬を払えないことに申し訳ない顔をしていた。その顔にはアリスが失敗をするなんてことは微塵も考えておらずいつの間にか信頼されていたようだ。その事でアリスは苦笑した。

 

「ははっ いやいや報酬はもう貰ったさ」

「?」

「自分が良い奴だって再認識できる。…クソつまらない自己顕示欲を満たす事ができるんだ」

 

 いつかどこかで言った様な言葉と共に大きな大きな溜息と苦笑をして、少女の頭を撫でて母親に近づいて行く。その際に漏らした呟きを自分は聞き逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「…()()()()()()()()()()()()()()。この為に俺は…なるほどなー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




続きは近日中に

病気の母親 あの彼女の母親であり兎人族のある部族の族長の妻。原作では故人。 病弱であり彼女が十歳の時に亡くなった、病弱な体に似合わず誰よりも戦う意思と強い心を持ちながら病弱な体として生を受けた兎人族としては稀有な人。 書籍版2巻の小話に登場。


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とある少女の話 吸血鬼編そのさん

吸血鬼過去編さいごです。


 

 

「と、言う事で別行動をしましょう」

「何事?」

「私は今からカムさんの案内で大樹…迷宮へ行ってきます。その間はハウリア族たちの相手をお願いしますね」

 

 少女の母親をあっさりと治し回復するまでという期限付きまで少女の部族…ハウリア族にお世話になっている中アリスはあっさりと宣った。

 

 少女の母親、モナ・ハウリアを病気から直した後は大いにハウリア族から驚かれ、仰天されてしまい恐怖の存在から一見して家族の恩人たちと認識されてしまい歓待を受けたのだ。

 

 少女の部族ハウリア族は亜人族の中で一番家族愛に深い一族だった。その中で族長の妻となれば部族内では誰もが慕う存在だったのだ。

 そんな女性を死の淵から助けたのであれば一族にとっては大変な恩人となるのは道理の事で…あれよあれよと思ったときにはこの部族でいつの間にか滞在することが決定していた。

 

「そりゃ私を助けてくれた人たちだもの。恩はちゃんと返さなきゃ」

「うっ」

 

 本来なら優しく儚いそんな女性だったモナ・ハウリアは治療の結果明朗快活になり、溢れんばかりのエネルギッシュな心を持った女傑になってしまった。そんな女性からロックオンされてはもう逃げるにも逃げられない。

 

「ふふっ安心して。皆貴方達の事が好きになっただけ。だから取っては食いはしないわよ」

「ひぇっ」

 

 豊満な双丘で惜しげもなく抱きしめられ耳に囁かれてはもう逃げられない。一目散にモナの抱擁から逃げだしたアリスに怨みを飛ばしながらも観念したのは記憶に新しい。

 

 そうしてハウリア族と交流をするようになって一週間後、突如アリスからそう告げられたのだ。

 

「どうして私を連れて行かないの」

「邪魔ですから」

 

 元々目的が迷宮だったことは知っている。しかし自分を置いて行くのは如何なのだ?そう尋ねたがあっさりと邪魔だと言われてしまう。物凄い不服な目で訴えれば溜息を吐き出してきた。

 

「あの迷宮は多人数での攻略が難しいものとされています。一瞬で離れ離れにされ別の生き物に変化される。媚薬入りの液体の雨が降ってくる。トラップによって好悪反転の状態にされてしまう。…悪辣な迷宮なんですよ」

 

 だから連れて行きたくない、邪魔になりかねないのだとアリスは告げた。…どうして入ってもいない迷宮の情報を知っているのかと聞いたが答えなかった。

 

「…それで私では足手まといだと」

「貴方の実力が高いのは重々承知しています。でもだから大丈夫とは言えません」

「それはアリスも一緒では」

「私は別です。次元が違いますから」

 

 複雑そうに言われればこちらも何も言えなくなる。元々邪魔をしないと言う名目で付いてきているのだ。、あんまり文句は言えない。

 

「……むぅ」

「不服ですか」

「勿論」

「でしょうね。でも私の邪魔だけはしないでください」

「……ぶー」

「ぶーたれても駄目です。いい加減理解してください」

 

 子供の様にわがままを言うが彼女は決して首を縦には降らない。それが悲しい

 

 

 …邪魔をしたくないのは本当だ。しかし彼女の役に立ちたいのもまた事実なのだ。どうかそれだけは分かってほしい。

 

「…そんな顔で見んなよ…」

 

 そんな願いが届いたのかアリスは顔をくしゃくしゃにしてしまった。困らせるつもりでは無かったが彼女はこの頃酷く悩むときがある。…それもこちらがハウリア族と交流している時を見ているときは酷く。

 

「はぁ なら頼みがあります」

「…ん」

「ハウリア族を鍛え上げてください。他の部族にも負けない様に」

「それはモナの」

 

 体調が完全となりエネルギッシュになったモナはアリスや自分に戦い方を教えてくれるよう何度か頼み込んだことがあった。彼女は元々温厚で争い事が何より苦手な平和を愛する兎人族の中では戦う事について意欲を持っていたのだ。

 

『内のハウリア族は良い子たちなんだけどね。どうにも有事の際に不安が残るというか…この先どうしても戦えた方がいいと思うの』

 

 そう嘆いていたハウリア族で一番強い心と燃えるような熱意を持つ女性の願いは確かにアリスや自分も聞いていた。なにせ虫も殺せないような部族なのだ。老若男女全員が容姿がかなり整っているハウリア族にとってはこれは致命的になりかねない。

 世界は泣き寝入りを許してくれるほど甘くは無いのだ。

 

「あの人の願いを無下にするのはこちらとしても心苦しいんです」

「むぅ。確かにそれは私も思った」

「別にこのまま姿を消すわけではありません。少しの間面倒を見ていてほしいだけですよ」 

 

 そう頼まれるとこちらも弱い。それならと思うが、しかしアリスの事も気がかりでもあった。うぅむと悩んでいるとアリスが一番のこちらの弱点ついてきた。

 

「あの子は貴方が居なくなったら悲しむでしょうね」

「うぐっ!?」

「同じ境遇の様ですし、ここは彼女の傍にいた方が良いのでは」

「むむむっ!」

 

 アリスが話しているのは件の少女だった。兎人族は皆濃紺色の髪の毛をしている中で唯一薄青色の髪をして他の兎人族とは違った異端の少女。奇しくもそれは自分と一緒であり…目を掛けている内に随分と仲良くなってしまったのだ。

 

「彼女の為にもここは一つ頼まれてくれませんか」

「むぅ…わかった」

 

 流石にここまで言われてしまえば頷かざるを得ない。渋々と頷くと笑顔でアリスは行ってしまった。憮然と思いつつも仕方ないと自分を納得させる。

 

 気のせいか避けられているのではないかと言う疑問は無理矢理心に押し込んでその場を立ち去る事にしたのだった。

 

 

 

 アリスが迷宮へ行ってしばらくして

 

「ティアさ~ん」

「ん」

「一緒に訓練してほしいです~」

 

 少女は良く笑いながら日課としている訓練を頼み込んでくる。人に教えるというのは不得手なのでどうしても厳しくなっているが少女は一つも気にしてはいなかった。

 

「辛くは無いの?」

「ティアさんと一緒に居れるのは楽しいですからへっちゃらですぅ~」

 

 一度辛くは無いのかと聞けば笑顔でそう返してきた。その事に嬉しいやらくすぐったいやらで頬が緩んでしまう。

 

 少女…シア・ハウリアは一族の中で異端であり特異な存在だった。髪の色もさることながら彼女は本来亜人族が持つはずのない魔力を保持しているのだ。しかも魔力の直接操作に固有魔法の保持というオマケ付きである。

 

 魔物しか持たない筈の魔力の直接操作と固有魔法の保持は亜人族や人間族は愚か魔人族すら持つはずのない異例の技能だった。それは論外である自分と規格外のアリスを覗けばほぼ世界には存在していない筈の技能。

 

 情と愛が何よりも深いハウリア族だからこそシアはここまで生き残れた、亜人族たちの本国であるフェアベルゲンに知られてしまったらそれこそ一族総出で処刑されかねない。そんなことも有りうるほどの異例さだった。

 

「?どうかしたのですかティアさん」

「…何でもない」

 

 ニコニコとした笑顔をやめてコテンと首を傾げるシアに複雑な気持ちを寄せてしまうのはどうしようもなかった。

 

 モナやカムからシアの特異性を教えられたその日から…正確には出会った時からシンパシーを感じていた自分としてはどうしてもシアには不幸にはなってほしくなかった。

 

 だから自分ができる限りの技術を教えるつもりだ。この厳しくも偶に優しい世界で生き残れるように。

 そんな事を考えていた時だ、遠くから何か強烈な衝撃音が聞こえてきた

 

 

「あ、また母様が樹をへし折ったですぅ」

「………はぁ」

 

 遠くの轟音を聞いたシアが嬉しそうに笑う。ついでこの頃超人化しつつあるシアの両親はどうにかならないかなぁと思うのでもあった。 

 

 

 

「いやっはっは。ごめんなさいアナタ。ティアさん。どうしても力を抑えられ無くて」

 

「うむ。流石はラナだ。しかしこれはいくらなんでも流石にやり過ぎでは…」

 

 サンドバッグ代わりに樹をへし折ってしまったラナを苦笑しつつやんわりと止めるカムに溜息を吐いてしまう。病弱から解放されて元気になったのは大変喜ばしい事だがいくらなんでもエネルギッシュになり過ぎなのではないか。

 そんな視線をモナは笑って受け止める

 

「大丈夫よ今度はちゃんと加減するから」

「そう言う問題じゃなくて…出来れば止めて欲しいのだが」

「嫌よ。今までは貴方が守ってくれたもの。今度は私が皆を守るわ」

「モナ…」

 

「父様と母様ラブラブですぅ~」

 

 惚気始めた夫婦にうっとりとする娘。溜息が深くなりそうだがまぁこれも幸せな家庭の一つだ。そう思わないとやってられない

 

「ラナ。ちゃんと武術を教えるからお転婆にならないで」

「ふふっ そうねごめんなさいねティアさん」

 

 嬉しそうにはにかむラナ。この頃腹筋が割れてきているのその事実を重く受け止めてほしい。…何で少しの運動でそこまで筋肉が付くのだろうか。訳が分からない

 

「申し訳ありませんティアさん。どうにも私では止められないようです」

「…その筋肉で? 熊の亜人族よりマッシブなのに?」

 

 申し訳なさそうに体を小さくするカム。しかしその上半身ははち切れんばかりの筋肉が搭載していた。ムチムチとした筋肉は同じ亜人族の熊人よりも遥かに鍛えられており正直暑苦しい。

 

「父様と母様が頑張っているのですから私も頑張るですぅ~」

「待って、シア貴方だけは普通の範疇に…」

「?」

「無理かもしれない」

 

 そしてこの父親と母親の娘である。今はまだ年頃の健気な娘であるが成長したら…シアの特異性と合わさってとんでもない事になりそうだと深いため息が漏れてしまった。

 

 アリスが迷宮に行ってからたったの一週間でこれである。溜息が出てしまうのも無理は無かった。

 

 

 

 

 

「姉御!今日はどんな訓練でしょうか!?」

「ウッス!俺等ぁどんなシゴキでも付いていきやす!」

「へへっ 今ならどんな事でも耐えられそうでさぁ」

 

 ムキムキ筋肉マッスルなうさ耳美男子達が爽やかな笑顔と顔に似合わない口調でこちらに話しかけてくる。

 

「もぅこれだから男子達は、暑苦しくて仕方がないわ」

「狩りは冷静に冷徹に。騒ぐのなんてあんまりよ」

「音を立てずに殺るのが私達兎人族でしょうに…そうよねティアお姉様」

 

 妖艶な雰囲気を漂わせ艶めく色気でくらりとするような微笑みを向けてくるうさ耳の生えた美女と美少女達。

 

「……どうしてこうなった?」

 

 アリスが迷宮に行ってから二週間。ついには他のハウリア族までもがマッチョになっていった。自分は只遠い記憶の底にあった訓練方法をどうせと思い彼らに施しただけに過ぎない。

 まさか皆の戦闘能力が上がるとは思いもつかなかった。…あくまでも当初の予定では危険の察知や回避能力だけを上げるだけのつもりだったはずなのに。

 

「ティアさん~ また訓練を見て欲しいですぅ」

「ん、分かった行こう直ぐ行こう今すぐに移動しよう」

 

「おぉん?ま~たシアが姉御を取っちまった」

「ふふふ お姉様は本当にシアに懐かれているわね」

 

 笑顔でやってきたシアが訓練をねだりその事にかこつけてこの場から離れる。いつの間にかハウリア族全体で懐かれてしまったらしい。幾ら自分の歳が齢三百を越えたとしてもまだ年頃の少女のつもりなのだ。流石にマッチョと色気溢れるこの空間はゴメンこうむりたい。

 

 

 

「ていっ!やぁ!ですぅ!」

 

 自身の身長と同じくらいの木の枝を笑顔で振り回しているシアをぼんやりと見つめる。シアは中々の筋が良い様で体幹も姿勢も様になっていた。膂力も流石はあの二人の娘だと思うほどにめきめきと上がりつつある。今後は自身の体重より思い物を持たせても平気で振り回せてしまうだろう。

 

 妹分のような友人のようなそんな変わった同類の今後に微笑みながらポケットの中から球体上の記録型アーティファクトを取り出す。

 

「……叔父様」

 

 以前アリスから渡された自分を封印していた部屋にあった物だった。それを見てポツリとつぶやくのは自身の事を裏切ったはずの叔父の事だ。

 

 あの部屋で封印されていたのは叔父に裏切られたからだと思っていた。しかし本当は別で自分を守るために苦肉の策としてあの部屋に封印されていたのだ。なぜそうなったのかは複雑ではあるが分かっているのは叔父が最後まで自身の幸せを考えていた事だけは間違いなかった。

 

「…ふぅ」

 

 アーティファクトを手のひらで転がしながらふと思いにふける。この中身を見たのは随分と前でアリスに駄々をこねて一緒に見たのだ。最初は混乱だった。何故どうして何のために。しかし何回も見てからはだんだんと落ち着いて…自身の中である程度は整理できたときその映像は過去のものとなった。

 

 今自分はあの封印された部屋から出て外の光を浴びている。それが叔父の願いであり望みだったのだろう。なら自分はそれを謳歌するまでだ。過去の事を振り返り思い悩むのは叔父が望まない事だろう。そう心の中で割り切ったのだ。

 

「…何で知っていたの?」 

  

 だが少し疑問が出てくる。何故アリスは最初から叔父のアーティファクトがあそこにあるのを知っていたかだ。

 叔父が教えたなどはあり得ず、どこかで情報を残したとも思えない。あくまでも氷雪洞窟を踏破してあのオルクス迷宮へ行くものにしかわからない手順だったのだ。

 

 

 アリスは自分が知らない何かを知っている。それは構わない。しかしどうして教えてくれないのかが不安に思うのだ。

 時折向けてくる離れようとする視線にハウリア族を押し付けるような言葉。誰にだって触れて欲しくない物があるのは分かるが…

 

「ティアさん。どうかしたんですか?」

「ん。何でもない」

「うーん?でも…」

「大丈夫。シアは心配しなくても平気」

 

 いつの間にか顔を覗き込んできたシアが心配している目で聞いてきた。大丈夫だとは返答する物の、胸中はあんまり良くは無い。不安と寂しさが渦巻いているのだ

 

 そんな心情を知ってか知らずかシアは花開いたような満面の笑みで自分の手を取った。

 

「シア?」

 

「えへへ。こうやって一緒に居れば寂しくなんてないですよ」

 

 ニコニコと笑いながら自身の手を重ね合わせ、しっかりと握り込んでくる。それがどうしようもなく胸を暖かにするもので…いつの間にか嬉しいと思っていた。

 

「良く母様が慰めてくれたときにしてくれたのですぅ」

「…ん もしかして慰めてくれているの?」

「何か寂しそうでしたから。…余計なお世話でした?」

 

 良くもまぁ人の感情の機微に聡い子だと感心する。それとも何時の間にかシアの前では弱みを見せてしまうほどそばにいるのが心地よいと思ったからか。

 

「…そんな事は無い。有難うシア」

 

「むふんっ どういたしましてですぅ。いつでも私が居ますからね~」

 

 微笑むシアを撫でながらその返答に笑顔を返すことしか出来なかった。 

 

 

 

 

 

 アリスが離れてからハウリア族と交流してきた。家族愛が強く温和な彼らと接する生活は独りぼっちだった自分の心がほぐされ溶けていくような穏やかな日々だった。

 訓練で多少は姿形は変わっても善良であることは失わない彼等。一緒に過ごす日々の何と穏やかな事か、アリスとの生活とはまた違った楽しさと幸せがあった。

 

 自分と同じ特異性のあるシアの訓練に精を出し、又一緒に生活し人との違いを自らの心に定着と納得をさせ教育を施していく。そしてそんな自分達を優しく見守るカムとモナの二人には感謝してもしきれなかった。

 

 森の魔物に引けを取らない様に兎人族の若者たちを鍛え上げ、時に暴走し、時にビビる彼らを諭し教えてハウリア族が人さらいや魔物の被害に遭わない様に尽力する。

 それは満ち足りた生活だった。解放されてからアリスと共に過ごした世界つとは違っていたのだ。

 

(……私は)

 

 ふと、訓練で疲れてしまったシアの寝顔を膝枕しながら優しく撫でて見るたびに思う。自分の居場所の事を。

 

 アリスは何か目的があり行動していた。それが何なのか知らない、だがそれはアリスにとってとても大事な物なのだろう。

 

 だが自分は?目的もなく、只々生きている自分は?…果たして自分の居場所とはどこなのだろう。

 

 封印の本当の意味を知った時から帰る場所は無くなった。叔父の願い通り生きようとは思うが居場所が出来た訳では無い。

 それならどうするべきなのだろうか。アリスの隣こそが本当に生きる道なのだろうか、それとも自分の存在を当たり前に受け入れてくれる子のハウリア族やシア達家族の所が…

 

 そこまで考えた時だった。懐かしい気配がした、数週間合っていなかった大切な恩人。

 

「…終わったの」

 

「ええ何も問題なく。ですね」

 

 帰ってきた言葉は無機質に感じた。何となくだが、雰囲気がいつもとは違っていた。それが何を意味するのか分かってしまったのは果たして不幸なのだろうか。

 

 

 

 

「貴方に大事な話があるんです」

 

「…何?」

 

 重い口調で切り出された言葉に心が身構える。相手の顔を見たいがどうしても難しく俯いてシアの寝顔を見てしまう。臆病だとは薄々思っていたがまさかこれほど自分が弱くなっていたとは思わなかった。

 

「貴方とはここで別れようと思うのです」

 

「………何故?」

 

 アリスから言われた言葉は心のどこかでいつか言われるのだろうと覚悟していた言葉だった。だからだろうか、取り乱すこともなく静かに聞いて何故と問うことが出来た。

 

「ここが、ハウリア族…いいえ、シアの隣こそが貴方の帰る場所で居場所だからです」

 

 シアの寝顔を見つめアリスはそう呟いた。だから、だからこそ何となく察した。

 

「…シアと出会ったのは偶然?本当は私と引き合わせようとしたんじゃ」

 

 自身と同じ特異な存在であるシア。出会えば孤独だった自分が興味を持ち共感を得るのは必然な事だった。だから引き合わせたのかと問えば苦笑で返された。

 

「出会ったのは偶然ですよ。でも存在は知っていました、まぁ予想よりかも随分と幼かったですが…彼女なら貴方と気が合うとは確信していました。…実際直ぐに仲良くなりましたからね」  

 

 微笑みながらシアの頬を触るアリス。くすぐったさそうにしていたシアだが指を話せばすぐに穏やかな寝息をし始めた。

 

「ハウリア族は良い人たちです。寧ろこの人達以外に善良な方々を私は知りません。だから貴方はここでシア達と一緒に」

「アリス」

「…何でしょう」

「貴方の目的は何?いったい何者?」

 

 アリスの言葉を遮ってまで聞きたかったのは目的と何者であるかと言う事だった。

 

 一介の冒険者とは思えないほどの数々の違和感。規格外の力に知り過ぎている情報、先を知っているかのような行動に掴めない目的。どれもが怪しくどれもが違和感の数々。

 

 だから自分は問う事にしたのだ。何が目的で一体何者なのかと

 別れるつもりならばそれらを話すのが自分を助けたものとしての責任になるのではないのかと、目で伝えたのだ。

 

「……私がここにいるのも君が解放されたのも、シアの母親が助かったのも全部脚本から外れたことだって言ったら貴方は信じますか」

 

 大きな溜息と苦笑で吐き出されたのは困ったような苦笑。だからそれが偽りなく本音だというのが分かってしまう

 

「そもそも貴方を解放するのは私じゃありません。もっと別の…今から六年後に異世界から召喚される人に助けられるですよ」

 

「…なにそれ」

 

「全てを話します。私が何者で何を目的としているのか。…まぁかなり変な話だと思いますけど」

 

 そこから語るアリスの正体と本当の目的。ゆっくりと恥ずかしげに語るそれは誰にも話したことが無いのであろう、

だれもが想像できない話だった。

 

 話を聞けばなるほど、確かにすべての事を知っているのもわけは無かった。納得するのは難しいがそう言うことも有るかもしれないと思う事にした。

 しかし、アリスの目的はなんというか…珍妙な物だった。

 

「……本当にそんな事が目的なの」

「ええ、こればっかりは譲れません」

「だから私はここにいた方がいいと」

「王都から離れていますからね。『彼』とは出会わない方がいいに決まっています。…うっかり惚れちゃったら目も当てられないですから」

 

 こちらを見てはぁと溜息を一つ。だから自分を避ける様に動いていたのかと納得する。アリスも同じだから。

 

「自分で自分の計画を壊している」

「そうですよね。…本当は放っておくつもりだったんですよ。でも気が付いたら…」

 

「私を助けていた」

 

 馬鹿正直にコクリと頷き、そんなアリスにフッと笑みがこぼれた。たとえ目的があっても根が馬鹿正直であることに変わりはないのだ

 

「だから、貴方とはここでお別れです。それが貴方の為であり私の計画の為でもあります」

 

「…私の気持ちは無視して?」

 

「勘弁してくださいよ。自分の事で手一杯なのにこれ以上人の人生を背負うのは無理なんです」

 

 意地悪く言えば困った顔をする。確かに今はまだいいが今後の事を考えると離れた方が良いのだろう、何せアリスは自分でも薄々気が付いているが情で判断してしまうからだ。一緒に居ればどうなるかなんて言わなくても想像できてしまう。

 

「今後はどうするの」

「残った最後の迷宮へ行こうと思います。彼女にもあってみたいですし…」

「…ミーハー」

「そう言わないでください。彼女は基本的に引き籠っているので私が会っても不都合は起きないんですよ」

 

 確信を持った言い方。アリスがそう言うのならそうなのだろう。  

 

 全てを話し終えて満足したのかアリスはこちらに向き直る。

 

「…ティア、済まない」

 

(私の名前…)

 

 初めて名前で呼ばれた。新しい自分のための一歩として名付けられた名前、しかしその名前も本名の一部から切り取られたものでしかない。

 

「俺は誰よりも大切な自分の為に君と離れる。一緒に居れなくてごめん」

 

「……うん」

 

 最初から道は違っていたのだ。アリスの進むべき道と自分の道、一瞬だけ交わってたがそれも今日で終わりだ。

 

「どうか幸せになってくれ」

 

「分かった。…今までありがとう」

 

 頭を下げ、それからアリスはこちらを振り向くことなく去っていった。

 

 後に残るのは静寂。今までの事を思い出しふっとぎこちない笑顔が出てきた。

 

「うん…?ティアさん…?」

 

「起こした?」

 

「いえ……あれ、ティアさん泣いています?」

 

 不思議そうにこちらを見るシアの顔にぽたりと一滴雫が落ちる。それを見てようやく自分が泣いているのだと気付いて…シアに慰められながらまた涙を流すのだった。

 

 

 

 

「とりゃー!」

 

「ぎゃぁぁああ!!」

 

 大の男5人がシアの蹴り一発で空を飛び遥か彼方に消えて行った。今まさに軽い運動をしたとでもいうかのようにパンパンと手を叩き構えるシア。そんなシアの蹴りに驚いたのか帝国兵達は腰を引いてしまった

 

「な、何だよこの化けもんは!?」

「聞いてねぇぞ!?アイツ等只の兎人族じゃねぇのかよ!?」

「や、やっぱり噂は本当だったんだ…樹海に潜む白い化けモノっては本当だったんだ」

 

「別に化け物呼ばわりは良いですけど、その前に後ろに注意した方が良いですよ?」

 

 亜人族の奴隷を攫うために樹海へやってきた帝国兵たち。そこで見つけた兎人族の中で青白い髪の美しい少女に手を出そうとしたのが全ての間違いだった。

 

「へい兄ちゃん。チョイと付き合ってくれよ」

「ふふっ 駄目よそんなに怯えちゃ、簡単に死ねないわよ」

 

 一体何を、と言う暇もなく後ろに現れた兎人族の集団によって部隊は次々と息絶えていく。

 

「お、俺達が一体何をしたってんだ!?まだ何もやってっ」

 

「亜人族を捕まえに来たんですよね。だったら自分達もどうなろうが覚悟してるって事ですよね」

 

 当然の様に少女が言ったその言葉に竦み上がるがもう全ては手遅れだった。言い分も懺悔も何もかも言えぬまま首がへし折られた帝国兵。

 

「さーて今回はこれで終わりですかね」

 

 手を払い、辺りを見回す。今回の人さらいの帝国集団はこれで終わりらしい。歯ごたえが無いと思いつつも、帝国のメンツにかけて近々大規模な兵でも襲ってく入ってくるかもしれない。その時の事を考えると他の亜人族たちとも連携をしなければいけない可能性になる。

 これから居なくなる自分達の事を考えると父と相談をして森人族の長アルフレッドのケツをひっぱたかなければいけない、無論他のか弱い亜人族たちとも

 

 念のため今後の事を考え乍らシアは親友の姿を見つけた。美しい金髪の未だに出会った時から成長のしていない吸血鬼の親友。

 

「シア、お疲れ」

「ティアさん、お疲れです」

 

 こちらに来るのは珍しいなと思いつつ親友に話しかけると何やらうれしそうな顔。何だろうと思えば、それは待ちに待った自分達の願望の達成の報告だった。

 

「ラナが許してくれた。私たちの旅を」

「母様が!?良かったですぅ!何度も何度も説得したかいがありましたね」

 

 跳ね上がりピョンピョンと飛び跳ねれば親友は苦笑い。そんな事も気にせず思いのまま全力で駆けだしていく。   

 

「それじゃ私先に行ってますね!ひぃやっほぅぅう!」

 

「あ、シアまだカムは認めて…行ってしまった」

 

 カムの方はまだ難色を示しているというおうとしたがシアは喜びの余り話を聞かず行ってしまう。背あったころから変わらぬ騒々しさで苦笑が出て来てしまう。

 

 

 アリスと離れてから6年の月日が流れた。

 

 ハウリア族と一緒に生活してからは色々と面倒事もあった。

 シアの特異性と異質さが他の亜人族にばれて亜人族内で内戦が起きたりだとか 、敵対するものすべてをハウリア族総出で蹴散らしてしまったら、いつの間にか亜人族最強種となってしまったりとか、そんな内輪もめの後始末をしていたら帝国兵が人さらいにやってきて、撃退するうちに帝国と小競り合いのような戦争を引き起こしかけたとか。

 

「アリス、今あなたは目的の人と出会えたの?」

 

 銀糸の髪を持ち深い翠色の目を持った友人に言葉を贈る。どうせ聞こえないだろうが、それでもいい。

 

「私はこれからシアと一緒に旅に出る。王都に近づくつもりはないけど好きに生きても良いよね」

 

 一応約束がある為王都に近づく予定はない。しかし旅をしてはいけないとは言われていないのだ。樹海で生きていくにはシアにとっても自分にとっても狭すぎる。

 

 だから旅に出ようと思うのだ。亜人族の事はカムやラナがどうにかしてくれる。

 

 見上げた空は綺麗な雲一つない空。今頃大切な恩人であり友人はどうしているのだろうか。考えるとどうしても顔がにやけてくる。どうせアリスの事だ。予期せぬ事態が起きて慌てているのかもしれない。

 

 

 

 

 

「…また、機会があったら会いましょう。『不思議な国のアリス』」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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捕虜に面会者続出

会話が多いっすね。
ごゆっくりどうぞ~


 

『部屋はあんなもんでいいですか?もっと良いもん用意できますけど』

『いやいや 捕虜のアタシにとっちゃ上等すぎるってもんだよ』

『そいつは良かった』

 

 

「はぁ…どうしてこんな事に」

 

 会話をしているのは親友の柏木とその親友が捕まえてきた魔人族の女性カトレア。マジックミラーの向こうで談笑している2人を見ていると深いため息が出てきてしまうのは仕方がないと思う。

 

 南雲ハジメは絶賛頭を抱えてこの状況に困惑するのであった。

 

 

 

 事の始まりは数日前だ。行き成りオルクス迷宮から帰ってきた親友が魔人族を捕まえてきたと宣ったのだ。

 

「南雲~魔人族捕まえてきたから拠点に新しい部屋を作って~」

「良いよー …え?今なんて?」

「部屋作って」

「その前」

「魔人族を捕まえてきた」

「ファッ!?」

 

 話を聞くとオルクス迷宮で遭遇したらしい。何でもいきなり交渉をしてきたのだとか。詳細は良くは知らないのだが魔人族側から勧誘を受けてその時に捕まえる事を思いついたらしい。

 遠藤や斎藤、天之河の勇敢なる誘導を受けて遊びで作った吹き矢で眠り針を打ち込み確保したとか、阿保みたいな話だが連れて来てしまったので呆れと驚きで開いた口がふさがらなかった。

 

 

「騎士団に渡せばいいじゃん!」

「やだよ、そりゃメルド団長やホセ副長は信じているよ?でも教会がそれを許すかな!?」

「あー確かにそれは」

「南雲言ってたじゃん。国よりかも教会の方が偉いって。だったら神の使徒の権力を有効に使おうよ」

 

 一応敵対者なのでそこまでする必要はないとは思うのだが、どうやら親友の中では保護することは決定事項だったらしく、騎士団に引き割すつもりは微塵もないらしい。

 

 親友らしいなと思いつつ、仕方なしに拠点の拡張工事に入る。悲しい事に自分の異能であるモルフェウスと技能錬成がこの頃進化しつつあるのだ。部屋を二つ作るのにも対して労力が要らないのが嬉しくも悲しい事だった。

 

「一応その魔人族の部屋を作って」

「名前カトレアだって」

「はぁ… カトレア用の部屋と後尋問用の部屋も作るよ。何だかんだで必要になるんでしょ」

「さっすが南雲~ 話が早いぜ」

「ハイハイ。それよりメルド団長たちにはちゃんと話したの」

「勿論、説得してきたぞ」

 

 柏木の話では団長たちにはちゃんと説得はしてきたらしい。何でも

 

「面倒はちゃんと見ます」だとか

「捕虜の人権ってあるんですか?」だとか

「身柄を渡したら消息不明になって廃人になっていたとか嫌ですよ」とか

「そもそも教会が何をしてくるのかわからない以上はいどうぞ~とは出来ないんですけど」とか

 そんな事を言って騎士団の人達を説得したらしい。何となくメルド団長とホセ副長が頭を抱えている光景が浮かんできた。

 

 と、そんな事がありつつ結局のところ折角作った拠点に新しい住居者が入って来るのに頭を悩ませるハジメだった。

 

 

『へーカトレアさんって恋人が居たんですか』

『ミハイルって言ってね。アタシより年下なんだよ』

『ほえー 姐さん女房なんですね』

 

 尋問室にあるマジックミラーの向こうではそんな何とも能天気な会話が続いている。てっきり魔人族の陣容の話でも聞くのかと思ったが割とどうでもいい雑談が始まっている。今の話題はカトレアの恋人がどうとかと言う個人的な話だ。

 

(…それよりも、何か仲がいいよね)

 

 相手が自分を傷つけないと分かっているのかカトレアの柏木に対応の仕方が結構フレンドリーなのだ。ほんの数日前は一触即発…というよりほぼ騙して捕まえたという話だったはずだが。

 

『ミハイルは良い奴なんだけど結構短気でさぁ。すーぐ相手の挑発に乗っちまうんだよ。男ってのは皆こうなのかい?』

『あー男の子ってのはどうしても譲れないプライドって奴が心にありますからね。きっと誰よりもプライドが高いんでしょうねー』

『そんな物なのかい?男ってのは難しいねぇ』

 

 

 何故かカトレアの恋人の話題にチェンジしている。その雰囲気には敵同士と言うそんな物は無く、職場の先輩後輩と言った気軽さだ。柏木の能天気さに呆れればいいのか、カトレアの()()()()()に憐れみを覚えるべきなのか。きっとどっちもなのだろうなと一人愚痴る。

 

「はぁ ほんとカトレアって不憫だよね。柏木君がソラリスじゃなかったら…うん?」

 

 ハジメしかわからないセンサーの音が響く。拠点を作るとき他人の邪魔をされるのが嫌なので一応警報も付けておいたのだ。

 センサーの音は人の接近を知らせる物、拠点に誰かが近づいてきたようだ、どうやら相手は一人の様だ。 

 

 遠慮がちなノックの音は教会の人間ではない。一応警戒を交えて扉を開けばそこにいたのはかなり意外な人物だった。

 

「天之河?どうして君が」

 

 扉の前にいたのはクラスメイトである天之河光輝だった。俯いていて表情は分からないが随分と疲弊しているような雰囲気を感じる。

 取りあえず何か用件はと聞くと何度か視線を泳がせてようやく光輝は口を開いた。 

 

 

「…その、捕まえた魔人族と話をしたいんだが…」

 

 らしくない遠慮した言い方だった。俯き暗いその顔は覇気が全くなくいつもならもっとずけずけと人に命令をしてくるのだが…

 

(ふむ。…追い払うのは簡単なんだけど)

 

 光輝の様子を見ると大分疲れがたまっているのか、目に隈が出来ていて全体的に顔色が悪く少し生気が無かった。日本にいたころの溢れんばかりの明るさと暑苦しい正義感は随分と影に潜めているように感じる。

 

 簡単に言えばらしくなかった。

 

 ここで拠点から追い出すのは簡単だ。出て行けと言えば多少は面倒だが追い出せるだろうし、カトレアと合わせないことだってできる。しかしそれは少し勿体ないように感じるのも事実。折角の人類の敵である魔人族の実態を見せてやればこの勇者も少しは現実がみえるかもしれない。

 

「…駄目ならいいんだ。でも俺は」

「いいよ、入って」

「…良いのか?その…俺は魔人族を」

「うるさいなぁ。さっさと来いって」

 

 何かグチグチと言い出しそうなのは黙らせて先ほどまでいたマジックミラーのある尋問室まで光輝を連れてくる。…落ち込んだかのように暗い顔をする光輝を見たくないというのも少しあった。

 

 

 

 

 

「アレが…魔人族」

「確かオルクス迷宮でも会って話したんだよね」

 

 光輝の目の前に広がる光景はクラスメイトの柏木と談笑しているカトレアの姿だった。机を挟んで椅子に座りリラックスしている様な格好で、オルクス迷宮で見た時の雰囲気とは全然違った。オルクスの時はもっと怪しげで人を見下した態度だった。

 

『今回の任務をアタシがするって決まった時ミハイルは随分と渋ってね』

『へぇ~ もしかして心配されたんですか?』

『ふふっ そうかもしれないんだけど、ミハイルはこれで昇進できると息巻いていてね。…全くいっつもそうやって危険な事をしようとして』

『ふぅむ? …失礼ですがミハイルとカトレアさんの階級はどちらが上ですか?』

『うん?アタシの方が上だよ。…こんな事を言うと怒るだろうけど年下ってのは中々可愛いんだよ』

 

 ところが今目の前で広がる光景は全然違っていた。おそらく恋人であろうロケットペンダントの中にある写真を愛おしそうに撫でているその姿は教皇に教えてもらった残忍で卑劣な魔人族では無かったのだ。

 

「あれが…魔人族?俺は…だってイシュタルさんは」

「残忍で卑劣で魔物と違わない人間族の敵。そう言ってたっけ」

 

 光輝の漏らした呟きをハジメが拾い上げ続きを付け加える。確かにその通りだった、光輝がイシュタルに教えてもらったのはそう言う恋人の写真を見て愛おしそうに眺める人ではなかったのだ。

 

 だが目の前にいるカトレアは違っていた。。自分達と同じように、誰かを愛し、誰かに愛され、何かの為に必死に生きている自分達と何も変わらないありふれた人だったのだ。

 

「どうしてイシュタルさんは嘘を?あの姿は只の人じゃ」

「人間族の敵だからさ。何も知らない奴を戦力にするのなら嘘だってつけるさ、あの教皇なら」

「そんな…そんなの間違っている!何も知らない俺達にどうしてそんな酷い事を」

 

 嘘をつかれたことで激高しハジメに詰め寄る。イシュタルはどうしてそんなひどい事を言ったのか、どうして嘘をついたのか。ハジメに詰め寄るのは間違っていると心のどこかで意識はしていても感情は止まらなかった。

 

「戦争だから。君が参加しようとした、これこそが戦争なんだからだよ」

 

「……え?」

 

 ハジメが言ったその言葉で思考が止まる。激情するほどの激しい炎は一瞬で消化されてしまう。驚き止まってしまった光輝をハジメは溜息をつきながらも幼子に言い聞かせるようにゆっくりと口を開く。

 

「戦争に参加させるのなら敵がどんなものであろうが情報を隠し人間族にとって都合のいい情報を何もしならない相手に植え付ければ、ほら簡単に戦力が増えるじゃないか」

 

 南雲が淡々と話すその事実が恐ろしい言葉に聞こえる。耳をふさぎたい、しかし心のどこかでいい加減目を向けるべきだと声を張り上げる何かが居る。

 

「君が参戦し人を助け達たいと謳い出てきた真実がこれなんだ。相手は僕達と何ら変わりない人、それが君が倒そうとした敵だったんだ」

 

「そんな…俺は…間違っていたのか。人を助けたいと思って…俺は人を殺そうとしていたのか」

 

 呆然と呟く光輝は声を震わせマジックミラーの向こう側にいる談笑しているカトレアと柏木を見る。それは本当にどこにでもある光景で、何よりも光輝が守ろうとしていたはずの何気ない人の日常そのものだった。

 

 マジックミラーの向こう側ではカトレの恋人について白熱していた。

 

『ミハイルはさ、焦り過ぎなんだよ。今回の任務も荷が重いって自分でもわかっているのにやろうとするし、昇進思考も間違っちゃいないんだけど、傍から見ているといつ死なないか心配でね』

『……あ。 それってもしかして』

『なんだい。そんな何かを閃いたような顔をして』

『こりゃ男のカンって奴なんですけどミハイルって貴方より階級が上になりたかったんじゃないんですか』

『うん?そりゃ一体どういう事だい?」

『恋人は年上で姐さん女房。同じ職場で階級は相手の方が上。…ならどんな危険な事をしてでも自分の方が上になりたいって思いますよ』

『…それは女のアタシを舐めてんのかい』

『違いますってば!ミハイルはきっと年上で有能な貴方の恋人としてふさわしい男になりたかったんじゃないんですか』

『……そういう物なのかい』

『男ならそう思いますって! 相手が年上でいつも見守られていた。そんな相手の事が好きで…だけど自分にはプライドがある。相手を守ってあげたいという男としての矜持がある。だから今回のカトレアさんの任務には反対で自分がやりたかったんじゃないんでしょうかね。きっとそうですよ全く先走ろうとする奴だな』

 

 男としてのプライドとやらを熱弁する柏木だったが、光輝にはそんな事よりもカトレアの変化に驚愕した。

 

『そうか…全く。本当にアンタは馬鹿だねミハイル。本当に…馬鹿な奴だよ男ってのは』

 

 一滴涙を流したのだ。ロケットペンダントにある写真に写る恋人を見て嬉しそうに頬を緩ませながら涙を流したのだ。

 

「……あ」

 

 ()()()()()()()()()()

 

「天之河?」

 

 ドサリと立っていられなくなり腰から床に落ちてしまった。ハジメが声尾を掛けて着たり尻に衝撃を受けたりするがそんな事はどうでも良かった。目の前の人の涙に自身の中の凝り固まったナニカがガラガラと音を立てて崩れ落ちてしまったのだ。

 

 そして無意識にホッと安堵の息を吐いた。その事に気が付かずうわ言の様に光輝はカトレアを見ながら誰ともなく呟く。

 

「俺…俺が勇者をしないといけないって…敵を倒さないと皆を助けられないって」

「敵って誰さ。君の敵は一体誰なんだい」

「敵…敵は…俺の敵は……違うんだ。敵を倒したいんじゃなくて…」

「倒したいんじゃなくて?」

 

 うわ言にハジメは一つ一つ返事を返していく。光輝は呆然としていて心あらずだがそれでも声を掛ける事にした。

 いい加減この世界に来てからおかしくなったクラスメイトに正気に戻ってほしいという苛立ちもあるが、今の光輝はまるで泣いている小学生の様で少し不憫だとも感じたからだ。

 

「俺は…じいちゃんの為に…じいちゃんの味方をしたくて」

 

 祖父の事で何かを言いかけたその時扉が乱暴に開かれた。光輝の様子とカトレアと柏木の会話に意識を向け過ぎていたのかもしれない。

 舌打ちをし許可もなく中に入ってきた狼藉者を射殺さんばかりの殺気を向けて見る。

 

「ほほぉ どうやら魔人族を捕まえたのは本当らしいですな」

「むぅ!?この神聖なる王国にドブネズミが入り込むとは!」

 

 狼藉者はやはりと言うか教皇イシュタルと神殿騎士たちだった。

 

 

 

 

 づかづかと入り込みマジックミラーの向こう側にいるカトレアを見つけてニヤリと笑うイシュタルと血管を浮き上がらせて剣に手を置く神殿騎士たち。今にでもカトレアを殺すとするそんな雰囲気の中この拠点の主ハジメが待ったをかける

 

「いきなりノックも無しとは失礼な人たちだなぁ」

「これはこれは錬成師殿。失礼いたしました、しかし何分急ぎの用でしてね。そこを通らせては魔人族を渡してもらえませぬか」

「嫌だね。しかしあの魔人族が目当てって訳か。何ともわかりやすい」

 

 挑発を混ぜ込め合わせた言い方に神殿騎士が怒鳴り散らす。

 

「貴様っ!この神聖なる王国に魔人族が居るのだぞ!?エヒト様に仇名す神敵を何故匿うのだ!」

「はぁ?何で君たちに身柄を渡さないといけないのさ。神殿騎士だからって何でもできると思うなよ」

「言わせておけば貴様!我ら神殿騎士を愚弄するどころかあの薄汚い魔人族をかばい立てするのか!」 

 

 激昂する神殿騎士たちに呆れと侮蔑の視線を躊躇なくぶつけるハジメ。いきなりやってきてはぎゃんぎゃん喚き騒ぐのだ。あまり面倒事は引き起こしたくなくてもこれにはイラつくハジメ。

 そもそも偉そうに自分に命令する奴全般が嫌いなのだ。しかもよりにもよって自分や親友にまで害をなそうとするこの空気キレないでいろと言う方が無理だった。

 

「まぁまぁ落ち着きなさい、錬成師殿。私は魔人族を引き取りたいだけですよ。なにせどんな顔をしていても相手は魔人族年若い貴方方を甘い言葉で信用させ騙し、こちらに損害を与える狡猾で冷酷な魔物より上位の存在なのです。貴方方では手に余るのは目に見えております」

 

 イシュタルの笑みは深くなり魔人族は油断ならない相手だとハジメに説き伏せる。その顔はいっそ本当に大人として子供を諭し導こうとする聖職者の顔ですらあった。

 

「我ら教会は貴方方に無用な怪我を負ってほしくはありません。貴方型の優しき尊い善意が裏切られ汚される前に我らはあの魔人族を引き取りたい。…分かってくれますかな」

 

 イシュタルの微笑は酷く優しかった。何も知らず何も考えないものがこの笑みを見たら教皇を無条件で信用してしまうほどの慈愛に満ちた聖職者だった。

 

(……マズいな)

 

 そしてその笑みはハジメを心をぐらりと揺り動かす。なにせイシュタルの言ってることはまた正論でもあるのだ。魔人族を捕まえた、しかし自分たちの手で余るのは確かにその通りである。あくまでも自分たちは高校生、交渉や駆け引きなぞ見よう見まねで本職にはかなわない。

 オマケに魔人族事態を信用していないのもある。協会は勿論だがカトレア自身ハジメからしてみればいきなりやってきた何も知らない人間だ。実はあの部屋の笑顔や涙も嘘なのかもしれない、そう考えると親友が危険である。

 

 信用するより疑う事に重点を置いてしてしまうハジメにとってイシュタルの言葉は何より心揺さぶる物であった。危険を手にギャンブルをする趣味は無いハジメにとって危険物は教会に渡して両方共倒れになってくれた方がいくらか気分はマシだ。

 

 危険を手中にするつもりはない。そう考えイシュタルに交渉しようとした時だった。

 

「イシュタルさん!魔人族は俺達と一緒のただの人だったんです!」

 

 天之河光輝がイシュタルの前に躍り出たのだ。自分の思いを訴えようと必死で喋る光輝。その顔にイシュタルの笑みは無くなり神殿騎士から侮蔑の視線が当てられる。

 

「あの人は笑って泣いて…俺達と何も変わらなかったんです!恋人がいて、その人の事を想い涙を流す普通の女の人だったんですよ!魔物なんかじゃありません!魔物が人間に変わった存在じゃなかったんです!」

 

 光輝は必死だった。自分が見た光景に衝撃を受け、そのありのままの思いをイシュタルにぶつけていた。あの涙を流す人は魔物ではなく自分たちと変わらない人であると、思いのたけをぶつけたのだ

 

 しかしイシュタルの光輝を見る視線は冷たかった。無機質で冷酷ですらあった。

 

「そうですね。それが何か?」

「なっ!?相手は只の人間ですよ!?傷つけちゃ駄目です!俺が話をして手を引かせてこの戦争を終わらせます!」

「はぁ…これ以上失望させないでくださいよ。何もできない勇者様」

「!?」

 

 背筋が震えあがった。イシュタルの視線に怖気ついたのではない、自分でも薄々と思っていたことを言われてしまったからだ。

 

「なるほど確かに貴方方からしてみれば魔人族は只の人でしょうな。しかし我らからすれば遥か昔から続く仇敵なのですよ。相手のことなぞ知った所で止まるわけにはいきません。それを何も知らぬ者がどうにかできるなどと…あまり我らを馬鹿にしないでいただきたい」

 

「その何も知らない俺達に嘘を吹き込んだのは貴方じゃないですか!」

 

「それはそうでしょう。嘘でも言わなければ貴方は何も出来なかった、戦力にすらなれなかった。現に今貴方はあの女を見て戦うべきだとは思えないでしょう」

 

「っ!?」 

 

 イシュタルの視線が光輝の心を差す。今剥き出しになった柔らかい生まれたての幼子に止めを刺す様に。

 

「そもそも貴方は人間族を救ってくれると堂々と発言してくれたではありませんか。魔人族を撃ち滅ぼし人間族を助けてくれると、それが何です?  相手を知った所で止めてしまうと?自分の言葉には責任を持ってくれないといけませんなぁ」

 

 心から血が溢れだす。確かに言った、堂々と言い放った。自分は魔人族を倒し人間族を救いクラスメイトも何もかもを救うのだと確かに言ったのだ。

 

「しかし現に今の貴方は何も出来ていない。迷宮では他の者達が活躍し皇帝との決闘は他人に任せてしまう。魔人族を捕まえるのもそうです、噂では貴方は策もなく愚っ直に魔人族に挑もうとしたとか?これでは何のための勇者か、何のためのリーダーか。先が思いやられてしまいますなぁ そうでしょう勇者殿?」

 

 その通りだった。勇者とは名ばかりで何も出来ていなかった。ただクラスメイトについていき、ただ皆を危険に巻き込ませるだけだった。そして皮肉なことにそれは誰よりも自分自身が理解していた。

 

 だから今なにもイシュタルに言い返せないのだ。

 

「さぁ魔人族を私達に渡しなさい、何も出来ぬ傀儡の勇者よ。それですべての事は不問といたしましょう。案ずることはありません我らの言う通りに従えば、貴方は本当の勇者となれるのです」

 

「…勇者」

 

 イシュタルの甘言に光輝は心揺らいでいた。何もできない自分は教皇の言葉通りに従えば人を助けることが出来るのではないかと光に魅入られてしまっているのだ。それが破滅だろうが救いであろうが光にフラフラと近づこうとする危うげな心の揺れ幅だった。

 

 場が完全にイシュタルの物となってしまっている。ハジメが危惧するがそれにしてはどうしてもカトレアの危険性がチラつく。

 

 例え親友があの狭い尋問室で()()()()()()()()薄々感づいていてもだ。

 

「お待ちなさい。その魔人族は神の使徒である彼らが保護するべきです」

 

 その時だった。凛とした声が部屋に響き渡った。誰もがその声に振り向く、強い意志を感じさせる王者の声だった。

 

「これは…リリアーナ様」

「…リリア―ナさん?」

「王女様?」

 

 イシュタル、光輝、ハジメ三者三様が入ってきた人物に驚愕の視線を向ける。そこにいたのはリリアーナ・S・B・ハイリヒだったのだ。

 

 共を付けず悠然と部屋を歩くその姿に畏怖を覚えたのか神殿騎士団はそそくさと道を開ける。凛とした顔のリリアーナは近くにいるハジメや光輝、イシュタルさえも無視してマジックミラーの向こう側にいる二人を見た。

 ちなみに件の二人は未だに談笑をしている、この部屋での騒動は相手側には聞こえない作りとなっているのだ。

 

「変わりませんね…――――さん」

 

(…え?)

 

 ほんの一瞬何か聞こえた気がしてリリアーナを見るハジメ、ほんの一瞬見えたリリアーナの視線は柏木だけを見ていたような気がした。しかし振り向いた時にはもう何も見ていないようで、イシュタルにきっぱりと宣言をしていた。

 

「彼らは今まで王国の誰もが出来なかった魔人族を無傷で捕獲する偉業を成し遂げました。これは彼等でしかできません偉業です。この意味がわかりますかイシュタル殿」

 

「それは…僭越ながらお教えいただきませんかな王女様」

 

 イシュタルの狼狽が僅かに見えた。それはリリアーナの態度とこれからいう事の内容の為か、どっちにしろハジメは事の成り行きを見守るしかない。

 

「エヒト様が遣わした神の使徒が魔人族を無傷で捕まえたのです。そして今、その魔人族と穏やかに談笑している。これはエヒト様が我らに願った事ではありませんか」

 

「…確かに彼らはエヒト様が遣わした者達です。しかしそれがエヒト様の御意思化と言うと…」

 

「エヒト様は長年続く我らの戦いに心を痛めていました。それで彼等を派遣してきたはず、そうエヒト様の意思を解釈すれば彼等のする事こそがエヒト様の意思であり願いである。今まで何も出来なかった私達に光明が見えてきたのです。違いませんか」

 

 リリアーナは毅然と告げる。神の意思でやってきた彼らがするべき事こそがエヒト神の願った事ではないのかと。

 

「教会の誰よりも信仰深き教皇イシュタル。貴方はエヒト様の意思を蔑ろにするのですか。エヒト様の言葉さえ交えぬ我らは彼等こそがエヒト様の意思の体現者だとそうは思えないのですか」

 

 表情は変えずともグッとイシュタルは言葉に詰まった。誰よりも信仰に関しては一番であると自負する自分が王女によって神を信じていないのかと問われてしまったからだ。実際イシュタル自身も神の言葉を聞いたことが無い、だからそう言われてしまっては反論ができないのだ。

 

「…なるほど彼らの意思こそがエヒト様の御意思ですか。私にはそうは思えないのですが…いいでしょう。リリアーナ様たっての願いなのであれば今回は引き下がりましょう」

 

 イシュタルは深く目をつぶると今回は引き下がる事の旨を告げる。この状況で魔人族を連れて行くのは対面が悪く王女の提案を蹴るのにはいささか後が面倒だからだ。

 

「しかしもし、何か間違いがあれば…その時は我らも自身の意思で行動させていただきます。誰よりもエヒト様を信じるこの信仰と共に」

 

「分かりました。その時はどうぞ自らの意思のままに」

 

 リリアーナの返答に頭を下げるとイシュタルはそのまま拠点から出ていく。周りの神殿騎士も不服そうではあるが諍いを起こすとマズいと考えたのか大人しく去っていった。

 

「はぁー 本当に面倒な事をしてくれましたね。分かっていますか南雲さん!」

「うえっ!?」

 

 教皇たちの気配が完全になくなってから大きな安堵の息を吐いたリリアーナはくるりと振り向いてハジメに向かってぴしゃりと言い放つ。余りの代わり様にすッとんきょうな声を出してしまうがリリアーナはまったく気にした様子はない

 

「大体なんですか魔人族を捕まえるって!?確かに私もやって来るのは知ってはいましたがそれにしたって捕まえるって!よくやりますよね、馬鹿じゃないですか、違いました相変わらず馬鹿なんですよね!」

「ちょちょっと待ってください王女様。あの魔人族は僕が捕まえたんじゃなくて」

「知ってますよそんな事!大体彼位しかそんな馬鹿なこと思いつきませんよ!ああもう久しぶりに出会ったかと思えば相変わらず人をドギマギさせて!今回だけですからね私がでしゃばるのは」

 

 どうやらかなりの御冠らしい。どこで情報が知れ渡ったのかリリアーナははどうやら教皇の動きを察知して助けてくれたようだった。言いたいことを言い終えてそれですっきりとしたのか大きく溜息を吐くリリアーナ。

 

「はぁ まぁもういいです。あの魔人族の事は任せますからね。面倒はちゃんと見るんですよって彼に言っておいてください」

「ええっと…そんなペットみたいな言い方はどうかと。それに柏木君に言いたいことがあるのなら直接言えば」

「それは駄目なんですよ。全く人の気も知らないで。これじゃガミガミ小うるさい年上女房じゃないですかそのうち押しかけますからね」

 

 良くは知らないが駄目らしい。そんな愚痴を言いつつも未だに談笑している柏木を見つめていたリリアーナは、大きく息を吐いて、そのまま踵を返して一言つげてから出て行ってしまった。  

 

「はーそれじゃ私は行きますので、彼には好きなようにやれば良いと伝えておいてください。それが私の楽しみですので」

 

「へ?はい分かりましたって行っちゃった」

 

 まるで台風の様だと一人思いながら傍で座り込んでいた光輝に目を向ける。リリアーナの話を聞いていたのかいないのか心ここにあらずだった。

 ここに居ても邪魔であるし仕方がないので溜息を一つ。一応クラスメイトだ、別に嫌いな訳では無いのだ。

 

「天之河大丈夫?カトレアと話す前に少し休んだら。顔色が酷いよ」

「……ああ、そうだな」

「話聞いている?何があったのかは知るつもりはないけど、相談事なら柏木君なら聞いてくれるよ」

「……うん。有難う」

 

 珍しく礼を言ったことに多少驚きながらフラフラと歩いて行く光輝を見送るハジメ。何があったのかは話してくれるまで興味を持てないがそれでも頑張れーと無責任にエールを送る。

 

 改めてマジックミラーの向こう側を見ればやっぱり平和そのものだった。

 

『アタシの事は良いじゃんか。それよりアンタはどうなんだい。彼女は?』

『い、いませーん。って俺の事はいいんですよ。これはあくまで尋問で!』

『ハイハイ、それじゃ好きな子は?それぐらいいるんだろう』

『あーあー 黙秘権を行使します』

『おや?気になる子はいるんだ。てっきり女に興味が持てなくてそっちの方かと』

『そそ、そんな訳ないじゃないですか。俺ぁ女の子大好きっすよ!』

『ふーん』

 

 なんとも能天気すぎる会話に頭を抱えてしまうハジメだった。

 

 

 

 

 




光輝君堕ちる所まで堕ちてちゃんと気が付いたので後は這い上がるのみですね。頑張らないと


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生きる炎

クラスメイト強化編
今回は炎術師兼サラマンダーの彼


 

 

 少年が中野信治と呼ばれるようになる前、まだ個体名として名前を付けられなかった時。

 

 少年はずっと小さな小屋の中で住んでいた。周りにあるのは寝床として置かれている粗末な毛布。使い道のない小さな机。かろうじて外が見えるだけの小さな窓。

 少年はずっと狭い世界で生きていた。

 

 

 小さな世界の小さな自分。それが少年の生きてきた世界だった。

 

 

 

 

「……懐かしいな」

 

 ふと、夢を見た。幼いころの夢だった。鮮明に思い返せる無機質で色のない世界。暗闇が支配しそれを享受していた幼年の日の思い出だった。

 自室のベットで目を覚まし辺りを伺う。日はとっくに暮れ時間帯は夜だった。溜息を一つつきベッドから抜け出す。もう一度眠る気は起きなかった。

 

 

 簡単な身支度を済ませ部屋から出る。個人の徘徊は注意されるかもしれないが中野にとってはどうでも良い。寧ろ夜こそが彼の時間だった。

 

 昼間より静かになった廊下を歩き、中世を匂わせる作りの城を見渡す。異世界トータス。オーヴァ―ドのエージェントになってから幾多の戦場を歩いてきたが流石に異世界は経験が無く、又想像できなかった。

 

(…やる事は変わらんがな)

 

 指の一部分を炎に変えながら自嘲する。日本だろうが異世界だろうが自分のやる事は一つも変わらない。敵を燃やし灰にするだけだった。

 

 

 フラリフラリと歩く。目的なんてなく彷徨う火の粉の様に。

 

 

 

 

 

 

 

 少年が住んでいた村は地図にない寂れた村だった。山奥に隠れる様に存在した名前のない村、来訪者なんていなく居たとしても噂にはならないほどのひっそりとした村だった。

 

 少年はそこに住んでいた。少年には家族なんてものは無くいつも一人だった。

 

 小さな小屋にやってくるのは奇妙な仮面をかぶった大人で、言葉を発しない。食事を持ってくるときも少年の身の回りの世話をするとき誰もが何も言わなかった。

 

 少年はそれが異常な事だと気付くことは無かった。教育もなく会話もない。人格は育つことなくただ生命活動を維持するだけの物体。

 

 そんな日々を疑問に思うことなく少年は日々を過ごしていた。

 

 

 

 

 少年の住んでいる村は確かに小さな村だった。しかしそこはとある神を崇める狂信者の集団だった。神を崇め信仰しいつか神を降ろす日々を夢見て生きている狂信者の村だったのだ。

 

 その村が外部に発見されることは無かった。迷い込んできた物を捕まえし神への生贄として捧げ殺害してきたからだ。

 

 少年はその狂信者たちにとっての神への最も清き供物だったのだ。その為に少年は攫われ育て、神へと捧げるその日が来るのを狂信者たちは待っていたのだ。

 

 

 そして神への捧げ物として贄になる日、少年の人生を大きく狂わせる事件は起きた。

 

 

 

 

 

 

 廊下をふらりと歩いていると訓練所の方で小さな明かりを見つけた。小さな明かりは揺らめいてしかし温かい物だった。誘われるようにして明かりへと近づいていく。

 

(まるで火に近づく蛾の様だな…)

 

 生憎自分は虫ではなく炎なのだが。そんな自虐の笑みを浮かべながらフラフラと日に近づけばそこには焚火をして温まっていた後輩となるオーヴァードの柏木が居た。

 

 どこからか持ってきたであろう小枝を積み重ね焚火に当たりながらぼんやりとしている。小さな明かりに照らされるその顔はどこか遠くを見つめていた。

(…珍しいな)

 

 中野にとって柏木とはいつもふざけて朗らかに笑う奴だという認識があった、だから火に照らされぼんやりと遠くを見つめるその顔は酷く珍しく感じた。

 

 そんな不躾な視線に気が付いたのか柏木はふっと顔をあげこちらに気が付くとはにかんだ。

 

「お、中野じゃん。どったの?」

 

「それはこっちのセリフだ。訓練所のど真ん中で何やってんだ」

 

「あはは…見ての通り焚火をしていたんだ。ちょっと考えたいことが一杯あってね」

 

 勿論メルド団長からは許可は得ているよーと間延びした声でぼんやりと焚火の火を見ていた。何となくじゃあなと離れるの難しく感じたので近くに腰を下ろす。隣で柏木が驚いたような気配があったが無視をした。元々人に合わせるのは得意ではない。

 

「………」

 

「………聞いてもいいか?」

 

 どれぐらい時間がたったのか。火を見つめながらふと柏木が話しかけてきた。断るつもりもないので黙って話を促す。

 

「オーヴァードになったって事はさ。普通の人間には戻れないんだろ。…俺は化け物のまま変わらないのか?」

 

「ああ、そうだ。人間には戻れない」

 

 だよねーと力ない返事が聞こえる。どんなに望んでもオーヴァードは人間には戻れないのだ。能力を使っている内に薄々事の大きさが分かってきたのだろう。この世界の魔法や魔力とは根本的に異なる力、レネゲイドの力を。

 

「まぁ、今更しょうがないとは思っていたんだけど…使っていると何だか戻れないような気がしてきて。…色々質問していいか?」

 

 いつもの日常、ありふれた日常を歩むはずだったものは突如として変わっていく。それはどこにでもある覚醒したオーヴァードが苦悩する事だった。 柏木もその部類なのだろう。変わりゆく自分に苦悩し、段々と受け入れ慣れていくことへの恐怖があるのはとても正しくそして普通な事だった。

 

「なんだ」

 

「中野はさ、オーヴァードに覚醒した時はどんな感じだったんだ?俺や南雲と同じような感じだったのか?」

 

 だが、自分はその感覚を共有出来ない。炎を宿したあの日から業を背負う事になった自分にはその答えは何も無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 贄として定められた日。その日はとても調子が良かった。何故なのか理由もわからないまま仮面の大人たちに連れられ出来ていた祭壇へと歩いて行く。

 

 時間帯は深夜で空は黒く星の明かりが瞬いていた。その光を遮るかのように祭壇の周りは松明の明かりで爛々と輝いている。

 

 仮面の大人たちに促されるように祭壇に横たわり夜空を眺める。そんな少年に満足すると狂信者たちはそろって声を上げる。

 

「フ―グル… ムグル… クト―グア ………ハウト 」

 

 何かの詠唱で何かの呪文だった。それが一体どんな意味を表しているのか気にする事もなく少年は夜空を眺めていた。

 

 小屋から出て初めての夜空だった。瞬く星の何と綺麗な事か。周囲の大人も、包まれる熱気も何もかも忘れ夜空を眺めていた。

 

「……あ」

 

 その詠唱を聞き流していた時、ふと夜空の中で光る星を見た。小さな小さな星だが何よりも強く輝きを放っている。その輝きは少年の心を揺り動かすには十分で…気が付けばその星から光の雫が降ってきた 

 

(なんだろうコレ…)

 

 ひらひらと舞い落ちる光。それは祭壇のそばにある松明がだす光と同じようなもので少年は知らなかったが『火の粉』と呼ばれるものだった。

 

 狂信者たちがその光にどよめいているのを気にせずその火の粉をただ何も考えずパクリと口に入れた瞬間。

 

 

 

 全てが白熱へと染まった。

 

 

 

 光に目を眩み目をつぶってある程度時間が過ぎた時、収まったと思い目を開ければその状況は一変していた。

 

 炎が全てを支配していた。

 

 周りの仮面の大人たちに火が飛びかかっていた。うごめく炎は意思を持つかのように信者たちを狙い焼き焦がしていく。逃げようとする者許しを請う者誰彼と関係なく炎は平等に勢いを増して襲っていく。

 周囲の森は炎によって火災が起きており、空が明るくなるほどに炎が猛って辺りを包み込んでいた。

 

「…?」

 

 何故信者が燃えているのか、どうして近くの森も燃えているのか、疑問に感じた時ようやく自分の異変に少年は気が付いた。

 

 体中から炎を発していたのだ。炎は揺らめき少年の周りを漂っていた。熱くはなくむしろ自分の手足のように動かせる炎は見ているとひどく安堵した。それと同時に湧き上がる様な愉快な快楽を感じ始め覚えて…少年はいつの間にか炎を操るすべを体で覚え始めていた。

 

「…ふふっ」

 

 それは初めての笑顔だった。炎を操れば操るほど心が弾み興奮してくるのだ。指先から放たれる揺らめく火の力。ふっと解き放てばユラリと動いた火は大人へと襲い掛かる。

 

「ぎゃぁぁああ!!!」

 

 絶叫をあげ服に着いた火を消そうともがき苦しむ大人。その姿は滑稽だった。愉快だった。口元が吊り上がり腹の底から音が漏れ出していく

 

「ふっ…ふふふ…あはは…あっはっはは!!」

 

 のたうち火を消そうともがく信者に向けて心の赴くまま火を放つ。高温のそれは消そうともがいていた信者へと当たり絶叫を上げさせながら全身へと瞬時に広がった。

 

「やめっ!止めてくれ!私たちが悪かっ」

 

 許しを請う声が途切れそのまま火の燃料となった物言わぬ焼死体。真っ黒の燃えカスへとなり下がったそれに少年は愉快な気持ちになる。

 

「~~~♪」

 

「ひぃっ!?」

 

 次は誰に当てようか、誰を燃やそうか、笑顔をで標的を選んでいけば怯えた声を出してくる。声から感じ取れる恐怖に絶望震える体は死への恐れをはっきりと示していた。もたつきながらも逃げようと必死に後ずさる信者たち

 

 少年はその姿を見て…自分がどうしようもなく興奮しているのをはっきりと感じ取ったのだ。

 

 

 

 そこからはまるで煉獄の如く炎の蹂躙が始まった。

 

 逃げようとするものを少年は徹底的に狙った。恐れるモノ、命乞いをするもの、諦めるもの、誰も一切の慈悲なく愉快に痛快に、炎で燃やしていく。

 

 燃やすレパートリーも焼却するたびに増えていく。ワザと足だけを狙い炭化させて機動力を失わせる。四肢をケドロ状になるまで念入りに解かす。顔を燃やしてのたうち回す。

 

 人を燃やした、人を燃やせば燃やすほどまだまだこの遊びを続けたくなった。

 

 村中を探し回る。逃げ惑う人を見て笑みを深くし容赦なく燃やしていく。わざと弱火を使い水辺へと誘導させ安心させた所を水の水温を上昇させ煮えたつ熱湯に変化させ溶かして回った。

 

 子供をかばう親が居た。心に引っかかるものを感じたので子供の周囲の酸素を熱焼させ酸欠にし苦しませる。親が必死になって子供の命を助命するのでつい体温を上昇させ内側から溶かしていった。グズグズになった親と酸欠で紫色になって死んだ子供を混ざり合うように灰になるまで燃やした。

 

 少年は蹂躙と殺戮を繰り返す中、無意識に村の周囲に炎の囲いを作り上げていた。

 

 獲物を逃さないためだった。

 

 

 

 

 

 

 

「覚醒か…」

 

 当時の事を想い返し溜息が出てくる。はっきり言えば何の参考にもならない、寧ろ鬼畜の所業だ。まさか本当の事を告げる事もなく曖昧な言葉で答えた。

 

 

「あんまりよくは覚えていない、碌なことにはならなかったのは確かだが」

 

「そっか…それならしょうがないよな」

 

 元々深く聞くつもりが無かったのか、そう言うと柏木は小さくなった焚火に薪を足していく。どうやら気づかなかっただけで柏木の隣には結構な薪が置かれていた。

 

「~~~♪」

 

 鼻歌を歌いながらご機嫌に日に薪をくべていく柏木。しかし入れる量が多すぎたのか、火は今にも消えそうだった。

 

「あっれ~おかしいなぁ 何で消えそうなんだ?」

 

「入れ過ぎじゃね?分量を間違えたんだよ」

 

「む。ならこの『エクスプロージョン』で」

 

「おい馬鹿止めろ」

 

 何を思ったのかソラリス能力で液体火薬を作り出そうとする柏木に待ったをかける。いくらレネゲイドウィルスが暴走する予兆を見せないからって流石にそれはやり過ぎだ。と言うよりも高々焚火でそれは火力が強すぎる。

 もしかしたら爆発するかもしれないのだ、サラマンダーの自分は良いとしてソラリス能力者とは言え身体能力は一版人に毛が生えた程度の柏木はどうするつもりだったのか。

 

「えー」

 

「えーじゃない。…全く」

 

 仕方がないので焚火に指を突っ込み種火をつけ薪に火を灯させる。それで火力が上がったのか焚火は先ほどよりも少し大きくなった。

 

「おおー! 流石中野サンキューだぜ!」

 

「ハイハイ、ったく普通オーヴァード能力をここまで気楽に使うのか?」

 

「ううん ブーメランですなぁこれは」

 

 オーヴァードの力をここまで使う人がこれまでいただろうか、日本に帰った時果たして柏木は普通の生活を送れるのだろうか、疑問とある種の不安はあるが、嬉しそうに笑い焚火を眺めるその姿を見て考えるのは止める事にした。  

 

 しかしその嬉しそうなその顔は直ぐに思い悩む様に曇ってしまう。

 

「うぅむ。しかし中野ー俺両親にはどう説明すればいいんだ?正直な話この力の事隠し通せるつもりはないぞ」

 

 なるほど、確かに自分が異能の力を持つ人間になってしまったら、家族の事を考えると悩むのは仕方がない。尤も柏木の父親はオーヴァードではあるので問題は無いのだが…

 

「ああ、お前の親父だったら…」

 

「?知ってるの?」

 

 その純粋な疑問にどうこたえるべきか、知り合いと言うには殺伐として恩人ともいえた。口で説明するのは難しいのだ。

 

 

 自分が引き起こしたあの惨劇を止めた張本人とは…

 

 

 

 

 

 

 村中にいるすべての人を燃やし尽くし殺戮を終え、一息を付いた。体の芯からざわつくような熱気はまだ生贄を求めておりまだまだ燃やしたりなかった。

 

「……外へ」

 

 村の中にいる生命体の熱はもう無い。ならどうするべきか、答えは決まっている。村の外へ出て新たな贄を探すだけだった。

 自身のそんな熱に魘されたような考えは夜空に光る赤い星が宿する様に光り輝いているのを見て間違っていないのだと嗤った。

 

 

 そうして初めて世界の外へ出て行こうとして…

 

 

「ガキが 火遊びをしてんじゃねぇよ」

 

 その一言共に顔面に衝撃が襲った。初めて味わう激痛と身体が吹っ飛んでいくという奇妙な感覚を味わい、何件もの燃えた家屋を巻き込みながら体はやっとで止まった。

 

 倒壊した家屋に下敷きにされてしばしの間呆然。少々の時間を掛けて自分が殴られたと知り、燃え上がる炎で一気に廃屋から飛び上がる。炎を纏い、激情を乗せた顔で顔面を殴った相手を探し出す。

 

 直ぐにその男は見つかった。加えた煙草に火をつけぶっきらぼうに歩んでくる男。顔に大きな横一文字の傷をつけた精悍な男だった。

 

「元々この村を潰すつもりだったとはいえ…全く下らねぇボヤ騒ぎを起こしやがって」

 

 面倒くさそうにしかし、目は一つも笑わない男はこちらを観察するような目で見てくる。その目は今まで見たことが無い理性ある獣の目だった。

 

「っ!」

 

 その目に恐怖を覚え瞬間的に炎を弾丸として撃ちだす。恐怖に駆られ咄嗟に出た行動は炎を操る力の初歩的な基本動作だった。

 

「フン。 随分と躾のなってねぇガキだ」

 

 だが溜息と共にその炎の弾丸は拳一つでかき消されてしまった。そうしてやっとで分かった、自分がどれだけ小さい村で生きていたかを、自分がやっていたのは只の弱者をいたぶっていたのであり自分より上がいる事を知らなかったという事を

 

 

 

 

 

「…まぁお前の親父さんなら話せば受け入れてくれるだろうさ」

 

 結局戦いにもならず一日中殴られ続けたことを思い返し、何とも曖昧な返事を返してしまった。顔見知りだと話したところで関係性を話すのはでもあるし何より自身の過去を探られるのにはいい気持ちはしないからだ

 

「そうかなー うぅんでも父さんなら…ま、いっか」

 

 頭を捻って悩む柏木だが、結局考えても無駄だと思ったのだろう、問題を後送りにしたかのように能天気に笑い、焚火に薪を追加した。

 

「~~♪」

 

 随分と機嫌が良い様で目を瞑り体の力を抜いてリラックスしながら何やら鼻歌を歌っていた。謳っているのは何の曲だろうか、どこかでチラリと聞いたような気がしたが自分にはさっぱりだ。

 

「カルマだよ。最近どこかで聞いたような気がして…それに歌詞が妙に心に残って一時期ずっと謳っていた事があったんだ」

 

「ふーん」

 

 聞けば何かのゲームの歌らしい。生憎そういう物にはてんで興味が無いのだがまぁ触れる事は無いだろうしそれでいい。

 気になったのはさっきまで悩んでいたのに今は気楽に微笑んでいる事だった。

 

「うん?そりゃ考える事は一杯さ。どうして俺がオーヴァードになったのかとか、日本に帰ってからこの力とどう向き合えばいいのかとか、そもそも俺の将来どうしようかなとか。考える事は一杯だよ」

 

 漏らすのは将来の不安。自分には全くない未来への不安と期待が混じった吐露だった。…UGNに飼い殺されることが確定している自分に比べそれが幸福な事なのかどうかは分からないが羨ましいとは思った。

 

 そんな自分の内心を知ってか知らずか、でもと柏木はつぶやいた。

 

「でもさ、中野が居るからまぁ何とかなるんじゃないのかなって思う事にしたんだ」

 

「……は?」

 

「俺より先にオーヴァードになった異能の先輩。俺より先に立って生きている中野が居るから気軽に相談できるんだ」

 

 柏木が言うにはもしこれが南雲と二人だけでオーヴァードになってしまったら悩んで悪循環に陥ってそしてジャームになってしまうのではないかと

思うのだという。気ままに好き勝手力を使って人の世界を混乱に貶める、そんな化け物になってしまうのではないかと

 

「何で俺が居ればジャームにならないと言えるんだ」

 

「間違っていたら怒ってくれるでしょ。それに中野の火に何度も助けて貰ったから」

 

「確かに余りにも間違えたら燃やすつもりではあるが…それよりもなんだそれ?いったいなんの話だ」

 

 前者は確かにその通りだ。力の使い方に私利私欲の度合いが強くなればが粛清するつもりではある。顔見知りでも躊躇なくできるように育てられたからだ。

 

 しかし後者の話は一体何の話だろうか、疑問は顔に出たらしく柏木は苦笑していた。

 

「色々あったさ。あの橋でお前俺に向かって熱を送っただろ?あの時アレがあったから南雲を投げ飛ばすことが出来たんだ。それにカトレアの時も。あの時もお前の熱視線が無ければあんなに上手くいかなかったさ。」

 

 もちろんその後の無双も含めてもだけどなっ!っとカラカラと笑いながら感謝を口にする柏木。その笑顔を見て表面には出さないが心中は複雑だった。

 

 確かにエールは送った。それが能力に出たかどうかは知らない。しかし感謝されるようなことでもないのだ。あくまで仕事で能力者としての後輩と言うだけで進んで助けようとした訳じゃない。

 

 そもそも自分の炎は業そのものだ。誰かを焼き殺し終わらせるその為だけの炎でそれしか使い様がない破滅の炎なのだ

 

「ありがとう。中野にとってはどうかは知らないけど、あの炎があったから俺は生きることが出来たんだ」

 

「――――」

 

 しかしそうやって笑顔を向けられたのは生まれて初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 傷のある男に負けてからUGNに入る事になった。最初は反抗的に炎を操ったが上には上がいるよう何度も丁寧に殴られて自身の力量を叩きこまされた。

 

 徹底的な躾を受けてからは他のチルドレンと同じように教育を受けオーヴァードの力を使う様になっていった。

 

 自身の力は預けられた施設の中で異様なほどに強力だった。操る炎はまるで手足の如く動き、熱の温度を上げるのは呼吸より簡単だった。同じサラマンダーのオーヴァードの中でも異質だった。

 

 生きる炎。そう二つ名を付けられ呼ばれるようになったのもさして時間はかからなかった。

 

 しかし力とは引き換えに他者との交流は少なかった。理由は呆れるほどに簡単で自身が使う炎を他のチルドレン達から恐れられていたからだ。

 

「アレは違う、普通じゃない」

「異様だ。もっと別の…」

「怖い、あの炎は人を殺すことに長け過ぎている」

 

 数々の陰口があった、しかしそれは本当の事だった。まるで何かを燃やす事だけが取り柄のような自身のサラマンダーとしての能力。本来なら氷を生み出し低音を操れるべき力も持たない、炎に特化した怪物。永遠に燃え続ける炎、上がり続ける熱量。

 

 自身の生まれもあった。あの村は邪神を崇め敬い、炎を祭る異教の狂信者の総本山。調べてもそれ以上の情報は無かったが気味悪がられるのはその出自のせいでもあるのだろう。

 

 世間一般的な教育も受けつつジャーム焼却者としての訓練を続けて行けば自分の力の異質はよく理解でき、恐れられるのも知ってはいた。

 

 

 

 だから一度だって自分の炎(恐れられた力)に礼を言われたことだってなかったのだ。

 

 

 

 

 

「…お前はやっぱりおかしい奴だな」

 

「いきなりディスられた!?」

 

 思うがままの言葉を言えば驚き目を見開く柏木に苦笑を漏らす。そんな和やかな雰囲気は今までは得られなかったもの。そしてもう手にしていた物

 

 思えば檜山達とも話しているときは楽しかったのだとあらためて気づく。転校としてかりそめの生活だったのだが以外に気に入っていたのだろう。そんな自分に驚き、そしてふと笑う。

 

「…そうだな。そうしてみるのもまた良いのかもな」

 

 自身の手を眺める。この炎で一体何人のジャームを燃やしてきた事か、いったい何人の故郷の人達を燃やし殺してきた事か。罪悪感は消え失せ何時しかそれが当然だと受け入れていた。それしか出来ないのだろうと。

 

 自身の罪は決して許されない。どんな事情があろうとも故郷の人達を殺してきたのは事実なのだから。でもその力で何かを守れることが出来るのだと改めて気付かされた。

 

「どしたん?嬉しそうに笑って」

 

「…何でもないさ」

 

 柏木に怪訝な顔をされたがどうでも良かった。今、改めて気付かされたこの目の前にある焚火のような心は存外悪くないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ひぃぃいいやっほぅぅううう!!!」

 

 あくる日の訓練所、斎藤は飛べるようになってから毎日のように低空飛行を続けていた。地面から数センチ上昇しスピードを上げていくという自分だけの訓練。空を飛べるという感触をかみしめるかのようなその姿は今ではもう恒例行事としてしまった。

 

 そんな訓練所に珍しい人影が一つ。気付いた斎藤は笑顔で近づいた。

 

「やっほう中野!今日は珍しいねぇ~どうしたの」

 

 友人である中野信治だった。随分と珍しいその姿ににこやかに笑い掛ければ、不敵な笑みを返された

 

「いやなに、いつも空を飛んでいるお前が気になってな。楽しいか」

 

「うん!楽しいよぉ~この誰も邪魔者が居ない大空をびゅんびゅうと飛ぶのは楽しいさ」

 

 自身の気持ち良さを表すかのように空でくるくると回る。流れる風の何と言う気持ち良さか。これがほかの人が味わえないことに少し気落ちしつつ返答を返せば中野は炎を灯しながら笑った。

 

「なるほど、じゃあ俺も飛ぼうか」

 

「へ?」

 

「よっと」

 

 口に出た疑問は目の前で形となって返答された。中野が空を飛んだのだ。

 

「えええぇぇ~~~~!?!?!」

 

 両足から炎を吹き出して両手に灯した炎でバランスをとる。多少はふらついている者のその姿はまさしく空を飛んでいた。空を漂い不敵な笑みを見せ斎藤に話しかける。その顔は今までにないほどニヤついていた

  

「ああ、なるほど良いもんだな。お前が気に入るのもうなづける。でもな」

 

 驚愕している斎藤へニヤリと笑う。挑発と余裕を混ぜ合わせた酷く子供っぽい笑顔だった。

 

「空はお前だけの物じゃない」

 

 そのまま上昇していく中野に対して口をあんぐりと開けた斎藤はしばらくしてハッと我を取り戻すと飛んでいく中野の背へと飛び上がった。その顔には笑みが広がっていた、ようやくこの空を楽しめることが出来る仲間を得たのだ。

 

「何それ!?一体いつの間にそんな事できたの!?すごいじゃん!」

 

「ま、ちょっとした炎の有効活用さ」

 

 嬉しそうにはしゃぎまわる斎藤に適当な事を返す。レネゲイドと炎術師の力の組み合わせだと言った所で理解されるとは思い難い。この世界に合わせて適当に技能が生えたなどと理由を付ければいいだろう。

 

 眼下には斎藤のはしゃぐ声につられてきたのかいつの間にかクラスメイト達がやってきてこちらを指さしていた。

 

 その中の一人柏木に対して中野は薄く笑う。

 

 

 一つだけ柏木に話していなかったことがあった。それは自身の力は決してサラマンダーだけの力ではないという事。

 

 炎が目覚めたあの時、口にした火の粉によってサラマンダーとして覚醒された。しかしそれ以外にも邪神の力の一部分が身に宿った可能性があったのだ。 

 

 本来なら自我が崩壊する邪神の力は僅かな火の粉であったため自身と同化することが出来た。サラマンダーの力に目覚めレネゲイドウィルスが邪神の力と同化した。自身の異様さの説明をいくらでも思いつけるが、中野にとってはどれでも良かった。

 

 

 気味悪がられていた炎は誰かの力になれたのだと、ありきたりの結末に中野は満足したのだ。

 

 

 

 

 

 

 




中野信治 とある邪神の生贄。偶然か必然かサラマンダーとして覚醒した時その邪神の力の一部が身に宿った。サラマンダーとしては奇妙な炎はジャームとよく似ているが理性を持っているのでUGNからは始末屋として生かされている。現在異世界にて炎を使った飛行の練習中。


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秘密の計画、トラウマ修復!

ソラリスってのは本当に交渉事に強い。人を癒すことに長け過ぎてない?逆もしかりですが
だから色々とキャラと絡ませやすい。代わりに戦闘が糞ですが


「ふぁー さてっと」

 

 今日もお仕事をこなし薬剤を作り人生を謳歌する俺。時間帯は深夜に近く、この世界に来てからゲームやインターネットが出来ないので物凄く規則正しくなってしまった生活リズムの如くそろそろ眠る準備をする。

 

「明日は…」

 

 明日のやる仕事のチェックと段取りを考えつつ身支度を整える。なんていうか本当に規則正しい生活を迎えるようになってきた。

 日本でだったらここからは俺のステージだとか宣いながら深夜のテンションに導かれるままハイになっているというのに。悲しいね

 

 

 コンッコンッ

 

 そんな時間帯にノックの音が聞こえてくる。こんな時間に来訪者とは?気にはなるがここで出ないのも何だかなぁと思うので扉越しに声を掛ける。

 

「ハイハイ、こんな時間にどちら様かな?」

 

「……」

 

 何と相手はだんまりである。一応扉の外には相手の気配がするので人がいるとは思うのだが…どうかしたのだろうか、不安になってきた所でようやく声は帰ってきた。

 

「少し話をしたいんだけどいいかな柏木君」

 

「ん?誰だよ名前を言えよ」

 

 相手は女の人の様だ。声からして…っとその前にこんな感じの話し方だったか?普段はもっと大人し目の…そんな事を考えていると呆れた様な溜息が一つ聞こえて相手は名乗りだした。

 

「君のクラスメイト中村絵里だよ」

 

 クラスの中でも割と浮いてる?俺の部屋にやってきたのは大人しく温和で定評のあの中村絵里さんでした…

 

 

 

 

 

 

 

「いきなりゴメンね こんな夜中に」

 

「良いって事よ。それよりもこっちも待たせてすまんかった」

 

 一応相手が女子と言う事なので部屋の整理をして待ってもらうこと三分。部屋に招き入れた中村にお茶を出し椅子に座らせる。一体何の用事でここにやってきたのかは皆目見当がつかないが誰にも知られたくないのだろう。じゃなきゃ来ないよな。

 

「美味しいねこのお茶。緑茶かな?」

 

「ウチの侍従さんからもらったんだ。 んで、いったいどうしたんだこんな時間に」

 

 お茶を飲む中村に話の本題を切り出す。夜中に男の部屋に乗り込んでくるとは中村のキャラらしくないが、今はそうも言ってられない。何せこちらを見る中村の目の色が怪しい色をしているのだ。

 

「先日の魔人族の捕獲。僕は後ろで見ていただけだけど、見事だったね」

 

「んん? まぁアレは皆の手助けあってこそだ。俺一人じゃどうしようも出来ねぇよ」

 

「そうかな? アレ、君が何か薬品をまき散らしたんだろう?それを斎藤君や遠藤君が利用したに過ぎない。君の力が無かったら魔人族の捕獲は出来なかった筈だよ」

 

 先日のオルクス迷宮での話か。確かにアレは俺の薬物が無ければカトレアさんを捕獲することは出来なかったかもしれない。しかしそれが中村と尋ねてきた事とどうつながるのかと言われると…

 

「君の力がほしいんだ」

 

「ふむ?」

 

「僕は今ある計画を立てているんだ。でもどうしても一人で行動をするのには難しくてね…そこで君の力を見たんだけどあれならもっとうまく立ち回れることが出来ると踏んだんだ」

 

 どうやら中村は何かを企んでいるらしくその為の協力者として俺を選んだらしい。これは中々のビックリ案件だ。取りあえず熱弁するコイツの様子をそのまま眺めていよう。

 

「あの魔人族すら大人しくする力はとても強力だ。だから協力をしてくれないかな?勿論上手く言ったら君が望むものすべてを上げようじゃないか」

 

「望むものっていうと?例えば?」

 

「そうだね。白崎は無理だから…八重樫とかどうだい?あの女なら見てくれは良いと思うよ」

 

「ほぅ…まぁ悪くないか」

 

「他にも園部とかどうかな。ああ権力やお金も計画が成功すれば君の思いのままだ。悪くないと思うんだけど」

 

 組み上げていた足を組み替え愉悦に笑う中村絵里。なんとことでしょうか!中村絵里は自分の計画が成功すれば人を差し出すと言っているのです!これはいけません好奇心が止まらない! 

 ちなみにですけど俺は女の子は欲しくありません。どれもこれもノーセンキューです。…谷口だったら迷っていたかもね!そこはまず親友を差し出せよオラァン!

 

「んー中々悪くない案件だ。でもその前に重要な事が残っているぞ」

 

「何かな?」

 

「目的は…まぁ言わなくてもいいけど、いったい何をするつもりなんだ」

 

 何を目的としているのかは知らないけど何をするのかは知らないといけない。一体何をしでかそうとしているのか…

 

「それは君が乗ってくれたら話すことにするよ」

 

「却下だ馬鹿者。そもそも何をするのか話してくれないと上手くいくかどうかわかんないだろ。良いからとっとと話せ」

 

 こいつは交渉事をしたことが無いのだろうか?餌だけチラつらかせてもまず何をするのか知らないと引っかかるもんも引っかからない。絵に描いた餅を欲しがる馬鹿はいないだろーが。

 

「チッ 仕方ないね…それじゃあ僕の計画を話すからちゃんと聞いてよ」

 

 そうして朗々と語られる中村絵里がこの世界の情勢を知って己の天職を理解し練りに練り上げた計画は……………。

 

 

 

「な、なるほどねぇ」

 

「ふふっ 我ながらよくもまぁできたものだと感激するよ」

 

 正直馬鹿でした。いや、馬鹿と言うのは言いすぎか。余りにも杜撰で行き当たりばったりで正直上手くいく保証がみじんも見えないモノなんだけど

 

 

 中村絵里が計画していたのは滅茶苦茶内容を端折ると人間族を裏切って魔人族側に着くだ。やり方はこうだ

 

 1 自分の天職降霊術師の力で死者を作り出し操って自分の都合のいいの配下を作り出す

 

 2 俺の役割は薬を使って作り出した死者が他の人から疑問にならない様に幻覚剤をまき散らす

 

 3 捕まえた魔人族を解き放ち魔人族領へ返す。その折に魔人族側へと寝返る事も話して置く

 

 4 この王都に魔人族が攻め込んできた時に結界を破壊して魔人族を招き入れる

 

 5 死者を解き放ち王都中を混乱させて全部を殺戮と殲滅の宴へと 

 

 6 お祭り騒ぎでウェーイ! その後は死者を使ってパラダイス! おわり

 

 

(む、無理があるにもほどがある)  

 

 そもそもこれ死者を操るって時点で無理が無いか?中村はやたらと自分の力に自信を持っているが死者は死人だ。どうあっても生きた人間ではない以上他の人に勘繰られる可能性がある。顔色悪くて返答がおざなりって普通気が付かれるよね?

 

 俺の幻覚剤もそうだ。確かにそれほどのもんなら作れるが…王宮にばらまく前に誰かに違和感を持たれたらそれでアウトなのだ。交渉事では俺は無類の強さを発揮できるが白兵戦はてんでクソなのだ。

 

「ふふっ 僕の計画が凄くて言葉も出ないのかい?我ながらよく頭が回ったよ」

 

 ツッコミどころが多すぎて言葉が出なくなってしまうのが本音なのだが。取りあえず返答をする前に少し待ってもらおう

 

「中村、すまんが少しそこで待ってもらえるだろうか」

 

「うん?イイよぉ~」

 

 恐らくやっとで自分だけの計画を言えたことで気分が上機嫌な中村に断りを入れ、扉の間で深呼吸。不思議がる中村をそのままにして扉を少しだけ開けてオープン。

 

 廊下には一見だれもいない。左…よし 右…よし 上は…問題ないみたい。

 

 そして正面を見た時肌が泡立った。

 

「♪」

 

 にっこりと微笑まれたのでこちらもぎこちなく笑顔を返す。指を唇に当てたので何も言わない様にしてはっきり言えば引き攣った笑顔しか出ていないのだがそのまま静かに扉を閉める

 

 

「どうかしたのかい?」

 

「あ~あのなぁ中村」

 

 怪しさ大爆発の代わりにわりと能天気な中村にため息混じりの言葉が出てくる。取りあえず見た物は口に出さないでおこう。誰かって命は惜しい

 

「俺達ってさ、騎士団の人達から訓練を受けたじゃん」

 

「?その話が僕の計画に何の意味があるんだい」

 

「まぁ聞けよ。その時メルド団長は俺たち一人一人に担当教官を付けてくれたじゃん」

 

 俺と南雲はその担当教官がニートさんな訳なのだが…それは置いといていまだに疑問符を浮かべる中村に分かりやすいように確信を貫く。なぜ一人一人担当教官を付けてくれたのかその訳を。

 

「あれ、訓練かと思わせておいて実は監視が本来の仕事なんだ」

 

「!?そ、そんなはず」

 

 物凄い驚きようだ。さてはその可能性を考えていなかったなオメーは。少し考えれば分かる筈なのだが

 

「だってさ考えてみろよ。いきなり現れた異世界人が良く状況を知らぬままに自分たちを助けてくれるっていうんだぜ?普通なら疑うだろ信用なんてせずにさ。異世界って言うだけで警戒してんのに更に自分達より強くなる可能性も含めているんだぞ。疑うじゃん」

 

 いきなり自分達を救ってくれると話すの見ず知らずの少年少女。その者達は自分達より強くなる可能性を秘めていて実際めきめきと実力を上げている。

 

 なら疑うじゃん。怪しむじゃん信頼するべきか否かって。神の力により召喚されたって事があってもそれでも全部を信用するはずは無い。それが軍人と言う物でありこの国を守るべき人の姿なのだ。

 

 

「そ、それは…確かに疑問には思ってはいたけどそういう教育方針なのかと考えてた」

「おい」

 

 その可能性を考えていなかった中村は急に焦り始めていた。ほぼ不意打ちからの核心には想定できなかったか。

 

「兎も角だ。行動しようとするのならまず十中八九騎士団に感づかれるのは間違いない。なにせ相手は本物のプロだ、一度疑われると全ての行動は疑心が付き纏い行動に制限が付く」

 

 自身たっぷりの計画にいきなりの歪みが出てきた衝撃で狼狽する中村に追い打ちをかけていく

 

「先ほどの計画だけど…中村お前死者を操るっていうけど殺人が起きたらずっと疑われる可能性があるんだぞ?それでも出来るほど上手くいくのか?あの団長やホセ副長を騙しながら演技ができるのか?なぁ聞かせてくれよ」

 

 この頃思う。メルド団長は善人だがスイッチを切り替えれば容赦がない人だろう。そして極め付きのホセ副長。あの人はメルドさんとは真逆だ、多分信頼はしてくれるけど信用はしてくれない。市民に危険が生じる可能性があると判断したら迷わず俺達の首を切って来るだろう。…その場合やってくるのはニートさんだろうか。きっとあの人も普通じゃない。

 

「…っ」

 

「今回は諦め…いや違うな。時期を見ろ。一歩でも不審な動きをしたらばれるかもしれないんだ。そんな中で行動するのは余りにもリスキーすぎる。お前の目的のために今は時を伺う方がいいと思うぞ」

 

 計画云々は始まる前から終わっていたのだ。逆上する前に様子を伺えとアドバイスする。目的も理由も動悸さえも分からないが今行動を起こすのだけはマズいと彼女に理解させる。

 

「………はぁ 分かった。僕もちょっと焦っていたみたいだね。腹正しいけど今回は少し見送ろうかな」

 

「それでいい。俺も今回の話は無かった事にしておく。つーか忘れた」

 

 不穏な話はしない方が自分たちの為である。中村にはそう納得してもらい、それから雑談を交えて部屋から退出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして次の日 朝ご飯を食べる為に食堂へやって来たらそこには物凄い涙の跡がある中村とそんな中村を必死で慰めている?谷口の姿が見えた

 

「ど、どうしちゃったのエリリン!?すんごい顔しているよ!?お腹痛いの!?頭が痛いの!?」

 

「だ、大丈夫だよ鈴。変な夢を見て…なんか朝起きたらこうなっていただけだから」

 

「そ、それにしてもすんごい顔になってるから、はっ!?こんな時こそカオリンを呼んでこなくちゃ!」

 

 親友の異変にドタバタと慌てる健気な谷口を微笑ましく想いながら席に着く俺。無意識だろうか中村から恨むような視線を受けるがそんなの俺は気にしない。

 

 

 さて、昨夜の俺の話を聞いてすぐに狼狽し諦めてしまった中村だが実はちょっとしたからくりがある。

 

 実は中村を部屋に居れる前のあの時、俺の部屋をソラリス能力『甘い芳香』と『抗いがたき言葉』のエフェクトで充満させたのだ

 

 『甘い芳香』は相手の思考能力を鈍くさせるものだ。これで俺よりかも頭が回るはずの中村は自身の計画を話す事で精一杯になってしまい俺がどう考えているかなどは疎かになってしまったのだ。これでペラペラと計画と目的の話をしてくれた。

 

 『抗いがたき言葉』これは俺の身体から幻覚物資を作り出し俺の言葉に逆らえなくなるものだ。これで人を殺すなどと言うアホな事は出来なくなり、無謀な計画とやらも控えてくれることとなった。

 

 ソラリス能力は交渉事については圧倒的なアドバンテージを得ることが出来る。幻覚と薬品の力は滅茶苦茶な物でありそれこそ人の意識すらも変えてしまう。

 

 

「エリリン!カオリンを呼んできたよ!これでもう大丈夫だよ!」

 

「あの鈴ちゃん?私怪我の再生なら誰にも負けない自信があるけど心療内科はちょっと不得手なんだけど…」

 

「あはは…だから大丈夫だってば鈴。()はもう平気だって」

 

「うーんこれは大丈ばないね。カオリン様子を見てくれる?」

 

「うんわかった。それじゃ恵理ちゃん私の目を見ててね。すぐ何もかもが楽になれるよ」

 

「え?なにこれ?なんか香織ちゃんの目が滅茶苦茶怖いんだけど」

 

 何かレイプ目と化した白崎の様子が滅茶苦茶怖いが放っておこう。全ては中村自身が招いたことだ。

 

 

 念のため彼女の目的も聞いておいた。エフェクト能力『止まらずの舌』神経系に作用する自白剤だ。これが魔法だったら中村も多少は抵抗できるがなにせこれはレネゲイドウィルス。未知の細菌には誰も勝てない、抗えるのは同じ化け物(オーヴァード)の南雲と中野だけだろう。  

 

『天之河光輝を自分のものにしたい』

 

 彼女の目的はかなり簡潔で簡単な事だった。やっぱりと言うか彼女は天之河に恋をしていたらしい。これは多分だけど当事者達だけが気付いていないだけでクラスメイトの皆は多分知っているはずだ。

 彼女のクラス内でのやり取りと天之河への視線でよっぽど鈍い人間でなければ気付くはずのもので…うん。本当に気づいていないのは当事者たちだけってのがねぇ

 

 

 それ自体は微笑ましい物で応援はいくらでもするのだがその執着の仕方がかなり粘着的な物だった。なんかやたらとメンヘラ染みた執着の仕方をするのだ。正直ここだけは白崎の方がましだ。アイツは決して人を不幸にしないストーカーだから。

 

 んでメンヘラの戯言は数分で飽きてしまい、なぜそこまで天之河を欲するのか理由を聞いてみたのだ。そしたら出てくるは出てくるは中村の悲惨な過去。

 幼少期に愛する父親が自分のせいで死んでしまい、その事で狂った母親が虐待をし始める。ここだけでひどいのだが更に母親が愛人を引き連れその愛人がロリコン糞野郎だったらしく襲われそうになり更に愛人を誑かしたとして更に母親の虐待が酷くなるというありさま。

 

(誰だよこんな胸糞ストーリー考えた奴…)

 

 まさしくよくあるドラマチックストーリーであり反吐が出そうになるものだった。兎も角そんな凄惨な過去を救ってくれたのがここで出てきた天之河だったらしい。幼少期の天之河は特に何も考えず?に中村を守ると発言しそれでコロリと堕ちたらしい。

 

 その後は母親を脅すような立場になって…まぁ色々とあったんだろうが今に至るという訳だ。

 

 正直な話誰が悪いとは言えない、俺は部外者なので人の家庭にあーだこーだ言う資格もないしする気もない。だがそれでこの国の人が巻き込まれるってのは流石に待ったを掛けよう。

 あくまでもこの話は中村が天之河の事が好きなだけの話でこの国の人たちの生死には関係ないはずだ。

 

 つーか中村はさっさとカウンセリングを受けて来い。知ってるー?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだってさ。子供の心は柔い物、幼少期のトラウマがずっと響くんだってよ。中村は…まぁ今ならまだ間に合うかもね。

 

 だから計画を立てて悪役ムーブをしていた彼女には誰よりも彼女の事を想う人から癒してあげるべきなのだろう。それは中村から見た仮初の友人や居なくなった故人を使ってでも。

 

「恵理ちゃん?あのね…オイタは駄目だよ?」

 

「こわっ!?鈴助けて!この目は何かやばい!」

 

「うわぁカオリンの背後に何か化け物が居る…疲れたのかな?」

 

「ちょっと待ってそれ僕にも見える奴だから!待って香織ちゃっ…ひぃぃいい!」

 

「ふふふ 私の目が黒いうちはヘンな事は出来ないからねー」

 

「お薬飲まなきゃ… あ、これって柏木君と話せる口実になるんじゃ?」

 

 姦しく騒ぐ女性陣をバックサウンドにしながら俺は朝食を進めていく。ギャーギャーと騒いでいるがまぁこれもまた荒療治の一つだと思いたまえ。涙を流せるのならまだ帰って来れるのだろうからね。

 

 

 

 

「久しぶりのお父さんとの会話は嬉しかったか?…安心しろ。お前が忘れない限りずっとお前の心にいる父親が見守ってくれるからさ」

 

 

 彼女を誰よりも愛している存在を夢で思い出したであろう中村に俺は一人呟くのでした。

 

 

 

 

 

 

 




中村絵里  彼女が思っているより彼女の事を大切に思っている人がいる、周りは勿論、故人も。夢の中では最愛の父親がそばにいて現実では友人たちが姦しく騒ぐ。彼女の失敗はただ一つ。自分が思うよりも周りに自分は愛されていた事。谷口と香織が居る以上馬鹿な事は出来ません。

計画 原作での裏切り。…思うんですがあれ、正直ノイントが居ないとかなり無理があるのでは?書籍版5巻でメルド団長を葬っていましたがノイントだよりでしたし…序盤で計画と言っていたけどあの時正直何も考えていないのでは?死人を操るって八重樫とかに気付かれるのでは?割と杜撰だなぁ。


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事情聴取

久しぶりに投稿します。


 

『ねぇずっと疑問に思っていたんだけどさ』

 

―何だ急に?

 

 ベッドに寝そべりながら急に話しかけてくる青年はどうやら先ほどまでライトノベルを読んでいたようだ。ベットの知覚に散乱している本の数から結構色々と読んでいたのだろう。

 

『何で神様って奴は転生した人をほったらかしにするのかな』

 

―?何の話だ

 

『ほら、転生ものの冒頭とかで「殺してしまったお詫びに」とか「実は間違えて」とか無責任な事を宣う神様がいるじゃん』

 

―ふむ

 

 よくある転生ものの神様の話か。確かに冒頭で出てきてはヘンな事を宣うよな。神様の癖に間違えたって何だよ。アホじゃん

 

『あれで主人公に特別な力を与えて異世界に送り込むじゃん。なんでそのまま放っておくのかな?普通は監視とか観察とかするじゃん

 

―あー確かにほったらかしにしているな

 

 確かにチートを与えた後はポイだ。言われてみれば疑問は出てくるが…まぁメタな答えがすぐに思いついてしまった

 

―あれって主人公にチート能力を与える為だけの存在だろ。チート能力を手にする言い訳を使ったら後は不要じゃん。だからすぐに消える。…主人公を放っておくんじゃないのか

 

『それ作者の都合のメタな話で僕の質問に答えていないよね… 僕が言いたいのはその神様って勿体ないなって思うんだ』

 

 つまり物語、キャラとして考えろと。面倒だが面白そうでもある、とりあえず話を続けて欲しい。

 

『僕としては折角の登場したんだからさ、もっと話に食い込んでもいいと思うんんだ。だって折角出てきた命じゃん。

 

 

 

 

 冒頭で出てきてハイ、さようならはちょっと勿体ないよね』 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それではカトレアさん今回は魔王の事を教えてください

 

 今日も今日とてカトレアさんの尋問の時間だ。今回の話題は魔人族の王様、魔王!いったいどんな人なのか。伺う事にした

 

「アンタさぁ…ちょっと直球過ぎない?」

 

 ジト目で見られてしまった。確かにど直球なのは否定はしない、しかし回りくどいのはめんどくさいのだ。言葉遊びも時と状況による。今回は気楽に行きたい。

 

「はぁ… ま、良いけどさ。どうせ話したところでアンタらじゃ魔王様をどうこうできるとは思わないし」

 

 なんと、駄目かと思ったらOKをもらってしまった!安心と信頼のガバガバセキュリティ。今後の魔人族が心配です

 

「聞く気あんの?」

 

 ア、ハイ すんません。

 

「はぁーーー どうしてアタシはこんな奴の相手をしなきゃいけないのか…」

 

 さっきから溜息ばっかだな。そんなんじゃ折角の美人さんが台無しだぞ!

 

「…まぁ、只の暴力を振るってくる奴よりかはマシか」

 

 さーせん、面倒な奴で。でも許してちょっ!

 

「でも魔王様の事を聞きたいってのなら、それなりの要求を聞いてもらってもイイよね」

 

 なんと、うぅむこちらとしては要求を呑むのは難しいのだが。つけあがると困るし。

 

「なぁに簡単な事さ。アタシの要求はね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…やっぱりアンタの故郷はちょいと豊か過ぎないかい?」

 

 ハグハグとカレーを平らげながら恨めしそうな顔をするカトレアさん。言いたいことは何となくわかるがそれでもその絵面はシュールだ。

 

「そりゃアタシんとこはそれなりに文化があるって思うよ。それなのにアンタとこの飯はなんていうか…拘り過ぎているというか」

 

 そうかもしれない。特に日本人は食文化には細かいというかこだわりが凄いから。異世界とは言えど自分の故郷が褒められるのは嬉しい。思わぬカトレアさんからの賛辞に頬が緩む。

 

「アタシかって言うとことは言うさ。人間族は嫌いだけど、アンタは別だからね」

 

 追加でカツ丼を食べながらそう言うカトレアさんは…うん、ある程度の信頼を勝ち取れたようだ。しかしカツ丼が美味しいからって耳をピコピコさせるのはいかがなものか。人妻?なのに触りたくなる。起訴

 

 カトレアさんの要求はただ単に昼ご飯の要求だった。微笑ましい等価交換にホッコリしながら南雲に俺とカトレアさんの昼ご飯を頼んだ。

 

『あのねぇ 僕は君たちの料理人って訳じゃないんだよ?ちゃんとそこら辺分かっているの?』

 

 と、物凄い呆れた目を向けられたが何だかんだで昼食をポンっと作ってくれた。文字通りの意味で

 

『無上厨師』

 

 大気やそこら辺にある物資を使って南雲が知っている料理を作り出すモルフェウス能力。肉や魚野菜も調味料も作れるとの事で南雲は料理さえできてしまった。言葉通り調理をする間もなくPONっと作り上げてしまったのだ。

 

『…空気から料理を作れるって僕の身体一体どうなっているんだろうね…』

 

 遠い目で話す親友。つくづくおかしな能力を手に入れたが自分も似た様なものだ。戦闘には一歩劣るが兵站に関しては南雲も俺も多分軍隊に匹敵できるかもしれない。

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 

 それじゃあお腹も膨れたので色々と聞いてみたいんですが

 

「言っておくけど、応えられることは少ないからね」

 

 構いません。それじゃまず…何故あのオルクス迷宮に行ってたんですか?

 

「…アンタ、神代魔法って知っているかい」

 

 神代魔法…ですか? うぅん知らないですね。何ですかソレ

 

「アタシたちが使う魔法よりもっと凶悪で強力な魔法の事だよ。その魔法を取って来いって言うのがアタシの任務だった」

 

 へぇー (…ってことは俺が知らないだけでアリスさんの拠点にはそんなものがあるのか。後で調べてみようかな)

 

「それで、魔王様から魔物の一個小隊を引き連れてやってきたんだけど…」

 

 俺達と遭遇したって事ですか。 うん?でもあの時俺達の事勧誘してきましたよね。それも任務だったんですか?

 

「…勧誘は魔王様がアタシに直接頼んできたんだよ。絶対に会う筈だからってさ」

 

 魔王が直々に!? って事は魔王は俺たちの事情を知っているの?

 

「そうだね、言われてみれば魔王様はアンタ達とアタシが出会う事を確信して…」

 

 そうか…やはり魔王。俺たちの知る範囲よりもっとヤバイ人なのか…って あれ?カトレアさーん。どうしたんですかそんな難しい顔をして…

 おーい。聞いてないなこりゃ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(一体何があったんだろうね…)

 

 

 魔王城の廊下をカトレアは一人考え事をして歩いていた。思考に耽る内容は魔王に呼び出されたためだ。

 

 これまでにも何度か任務を言い渡されたことがあり疑問を挟むつもりは無かったがそれは上司であり魔人族総司令官であるフリード・バクアーがこれまで命令してきた事だった。

 

 今回は魔王直々にカトレアに任務があるとの事で収集を掛けられたのだ。

 

(あの魔王様が仰る任務…か)

 

 どんな内容か気になるとはいえあの魔王が直々に言い出す事なのだ、気合を居れて背筋を伸ばし魔王が居る執務室前へ歩みを進めた。

 

 しかしここで思わぬ先客が居た

 

「む?カトレアか」

 

「フリード様?」

 

 ばったりと上司であるフリードと遭遇したのだ。相手も驚いた様子で顔を上げる。しばしカトレアの顔みて何か思い当たる事でもあったのか頷いていた

 

「ふむ、なるほどカトレアもか」

 

「も?もしかしてフリード様もですか」

 

 その問いにフリードは頷きで返した。珍しさと驚きで半々の感情がカトレアの顔に出てくる。本当に魔王が直々に任務を言い渡すのは珍しかったのだ。

 

「魔王様がアタシたちに任務を言い渡すなんて珍しいですね」

 

「ああ、いつもは私に任せてくれるのだが…」

 

 実は魔王は5,6年ほど前から軍事に関してはフリードに任せるようになっていたのだ。何でも当人は国の内政に力を入れたいとの事で玉座に座る事は無くなり執務室に入り浸るようになってしまったのだ。

 

「まぁ 何があろうと私は魔王様の任務を果たすのみだ。カトレアお前もだろう」

 

「はい、アタシもフリード様と同じ気持ちです」

 

 とはいえ、敬愛する魔王直々の任務だ。やり遂げる気持ちはあるし断る気も無かった。

 

 

 

 

 

 

「やぁ 忙しい所突然すまないね2人とも」

 

 執務室にノックして入り出迎えたのは魔人族の一番トップであり崇拝の対象である魔王、アルヴだ。

 

 金髪の髪に紅眼の美丈夫で年の頃は初老を迎えたと言った所。漆黒に金の刺繍があしらわれた質のいい衣服とマントを着ており、髪型はオールバックにしている。何筋か前に垂れた金髪や僅かに開いた胸元が妙に色気を漂わせていた。

 

 いつもと変りなく、しかし穏やかな笑みで二人を出迎える。そんな親しみの笑みを浮かべる魔王に2人は頭を下げる。

 

「アルヴ様、何か私達に急を要する任務があるのだとか」

 

「私たちは貴方の剣です。どうか何なりとご命令ください」

 

 かしこまった口調で敬う二人に対してアルヴは慌てて頭を上げるように言い、困った笑みを浮かべた。

 

「ああ二人ともそんなに畏まらないでくれないかい。そうやって畏まられると私としてもとても話しにくいんだ。ほらっお茶を入れるから座ってよ」

 

 困ると言われれば二人は顔を上げるしかない。頭を上げる二人の目に映るのはいそいそとお茶の準備をする魔王の姿。

 

「最近、とても良い紅茶を仕入れてね。試しに友人に振舞ったんだけど白湯の方が美味いと酷評されてしまってね」

 

 困った困った。と一種族のトップがしてはいけないような話をしながら椅子を進めてくる魔王。相変わらずの姿に困惑しながらも2人は勧められるまま席に座った。

 

(おいカトレア!一体誰だ魔王様の茶を酷評する馬鹿は!)

(し、知りませんよそんなの!大体皆そんな戯けた事と出来やしないですって!)

 

 ひそひそと話す2人に聞こえていないのか

 

「どうかな?これでも結構頑張ってみたんだが…」

「…美味しいで、す」

「フリードは?」

「美味ですな」

「そっか~良かった良かった。…そう言えば彼、彼女?紅茶が嫌いだったっけ?悪いことしちゃったなぁ~」

 

 

 

 魔王アルヴ。魔人族の中で一番の魔力を持ちカリスマを持つ男。現地神と言われるまでの強さを持った男は5,6年ほど前ナニカが変わったとカトレアは感じている。それが何なんのか分からないが、何かが変わったのだ。

 

 紅茶を飲み雑談をしながら魔王の顔を盗み見するカトレア。その様子は本当に只の気さくで温厚な初老の男にしか見えない。

 

 そんなカトレアの心情を知ってか知らずか、アルヴは話の区切りがつくと只住まいを治す。どうやらこれから本題の話があるようだ。

 

「まずはフリード、君にはある場所へ行ってもらいたい。場所はグリューエン火山」

 

「火山…ですか?なぜそのような場所に」

 

「君が習得した変成魔法、それと同じ神代魔法がある事が判明した」

 

 アルヴからもたらされた情報に2人は驚愕した。フリードが命からがら習得した変成魔法、神代魔法と呼ばれるもので効果は魔物を支配下にするという物だった。他にも使い方はあるのだろうが魔物の支配能力だけでもすさまじくこれだけで人間族との戦力差を埋めれるほどだったのだ。

 

 グリューエン火山にあるという神代魔法。これをモノにすれば更なる力を得る事となる。フリードの目の色が変わる。

 

「変成魔法と同じものがあるとするならば…アルヴ様これならば我が魔人族は!」

 

「落ち着きなさいフリード。君が変成魔法の習得で死にかけた様にグリューエン火山も並大抵ではいかない。もっと危機感を持ちなさい」

 

 思わず浮かれてしまったフリードを窘めるその姿はまるで教師と教え子の様だ。我に返ったフリードは途端に恥ずかしそうに謝罪した。

 

「も、申し訳ありません」

 

「ふぅ…焦ってはいけないよフリード。確かに神代魔法は強力だ。だけどそれらを得るための迷宮はもっと凶悪なんだ。ちゃんと準備をして挑まないと。それに場所は火山の中だ、フリード。君は熱いのは平気かい?」

 

「平気です。話が魔人族の勝利の為ならば如何なる苦難も望むところです。命に代えてもやり遂げて見せます」

 

 フリードの毅然とした顔に苦笑をするアルヴは小さな声でそう言う事じゃないんだけどなぁと呟いた。  

 

「全く君はいつまでたってもそれだね。勝利の為、魔人族の為に命を賭ける。確かに君の国への思いは理解しているけどそれじゃ駄目だよ」

 

「それは…どういう事でしょうか」

 

 今度こそアルヴは苦笑を漏らした。笑顔で出来の悪い生徒に諭すようにゆっくりと口を開く。

 

「君が死んでもらっては困る。と言う事だよ、生きてちゃんと帰還をするそれをちゃんと意識しないと…君が死んでしまったら一体皆はどうすればいいんだい。気が付いていないのかもしれないんだけど君は皆の支えなんだ。これから国を背負う掛け替えのない人なんだ、そう軽々と命を賭けるとは言わないでくれ」

 

「ア、アルヴ様…」

 

 生きて帰って来い ただそれだけの言葉なのにどうして感極まってしまうのだろうか。目に涙が出そうなほど感激するフリードに今度は厳命する様に毅然と言い放つ

 

「フリード・バクアー 君はグリューエン火山に行き神代魔法を獲得してほしい。時間を掛けても良い、失敗だって構わない。ちゃんと帰還をするんだ。それが君の任務だ」

 

「はっ!このフリード必ずややり遂げて見せましょう!そして何があっても帰還します!」

 

 敬礼をし、軍人の顔になったフリードはそう言うとグリューエン火山の遠征の為に退室していった。後の残されたのは苦笑しているアルヴとまだ任務を言い渡されていないカトレアだけだった

 

「良い子なんだけどね。ちょっと思い込みが激しいのが難点と言うか…まぁそこが可愛いと言うべきか」

 

 苦笑していたアルヴは今度はカトレアに向き直る。自然と背筋が伸びるがアルヴは全く気にしていない。

 

「さて、カトレア君にも任務があるんだ」

 

「はっ」

 

「君は人間族の町ホルアドと言う町へ行ってほしい」

 

「町…ですか」

 

 潜入任務だろうか。そう考えかけたが続くアルヴの言葉でその考えがフリードと同じぐらい重要だと悟った。

 

「正確にはその町にあるオルクス迷宮へと向かってほしいんだ。オルクス迷宮最深部には神代魔法があるらしくてね。君も獲得してきてほしい」

 

 神代魔法の獲得。これはカトレアが思う以上のかなりの大役だ。しかしふと疑問と不安が浮かぶ。なぜ自分なのだろうかと、決して力不足だとは思わないが他にも優秀な物はいるのになぜ自分なのだろうと。しかしアルヴはそんな疑問を知っているかのように笑った

 

「カトレア 君の疑問は尤もだ。だけど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。…頼まれてくれるかい」

 

「分かりました。それでは部隊を編成し迷宮へと」

 

 フリードの向かうグリューエン火山とは危険度が違うようだがそれでも一人で向かう気はない。部隊の編成を考えての行動をアルヴは待ったをかける。

 

「待った。この話は続きがあってね。人間族に勇者が召喚されたって話を知っているかい」

 

「…? ええ、知っています。何でも人間族の神が呼び出したとか」

 

 眉唾な話ではあるが可能性としてはあり得もなくは無い、そう言う噂があったのだ 

 

「実は彼らがオルクス迷宮で訓練をしているらしいんだ。そこでもしあったら勧誘をしてきてほしんだ」

 

「へ?」

 

 勧誘とはつまりそう言う意味なのだろうか。呆然として思わず変な声を出してしまったカトレアを咎める事もせずアルヴは何やら楽しそうに話を続ける

 

「勿論君の護衛として強力な魔物は用意するよ。それでも出会ったら誘ってほしんだ。魔人族側に来ないかって」

 

「お、お言葉ですが人間族に呼び出された勇者たちが簡単にこちら側に来るでしょうか」

 

 それに言葉には出さないが勧誘できたとしても戦力としても期待できそうにない。そもそも必要なのだろうか。疑問は次から次へと出てきてしまう。

 

「難しいかもしれないけどね。多少は痛めつけないとうんとは頷かないかもしれないからそこら辺は君に一任するよ」

 

「…分かりました」

 

「不服そうだね」

 

 言い当てられてしまったがそれはそうだ。どうして人間族に組みする勇者を勧誘しなければいけないのか、絶対に必要ないはずだろうにと顔に出てしまう。

 

「それは…はい、その通りです。奴らは人間族側に立つ者どもです。労力を使ってまでは…」

 

「確かにその通りかもしれない。でもカトレア、君は気にならないかい。異世界から来た勇者たちがどんな人間なのかを」

 

「それはどういう?」

 

「異世界の人間。つまり私達とは違う思考回路を持つ者達。異なる世界で生まれ生きてきた者達は一体このトータスで起きている戦争をどう思うのかな。どう考えるのかな」

 

 異世界、異なる世界からの来訪者をアルヴはやたらと気にしているようだった。まるで子供みたいだとふとそんな事をカトレアは思ってしまった。

 

「私はね。そんな彼らと話をしてみたいんだ。異なる考え方を持つ彼等こそがこの戦争を終わらせるカギとなるかもしれない、そう思えて仕方ないんだ」

 

 だから勧誘をしてきてほしい。無茶苦茶な考え方だとは思うがアルヴは敬愛する魔王だ。断れるはずがない。

 

「ありがとうカトレア。これは感かもしれないけど彼等との出会いが君にも良い経験になると思うよ」

 

 そう言って何処までもにこやかにほほ笑む魔王の姿にカトレアは内心複雑な感情を募るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔王様はあんた達と話をしたがっていたよ」

 

 ほえ!?いきなり戻ってきたかと思ったらかなりぶっちゃけちゃったよこの人!?

 

「異なる世界から来たアンタ達なら戦争を終わらせるかもしれないって…楽しそうに話していたよあの人は」

 

 ふむ?どうやら俺達は魔王からかなり買われているらしい。…うぅむ只の高校生の集団に何を期待しいてるんだ魔王は

 

「魔王様の考える事はアタシたちの様な下々じゃわからない。でも今ならなんとなくわかる気がする」

 

 何がですか?

 

「アンタ…アンタとこの場所を作った奴、アンタ達なら本当に戦争を終わらせてしまうのかもしれいないって思っちまったんだ」

 

 うーんそれこそ買い被りのような…

 

「ま、只の女の感って奴さね。アンタもそう深く受け止めるのは止めときな」

 

 はぁ…うーん。これは…魔王ってのは結構話せるけどヤバイ奴なのかもしれんなぁ…うーむ。

 

 

 




ちなみにオーヴァードの二人はソラリスとモルフェウスのエフェクトほとんどを使えるようにしておきます。…ダブルクロスの布教になればいいなぁ


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雑事をこなそう

久しぶりに投稿します。



 

「~~♪」

 

 ある日気分よく廊下を歩いていた時だった。天気は快晴で日差しが柔らかい絶好の昼寝日和と言っていいほどの気持ちのいい午後。

 

(…ヒェッ!?)

 

 庭に髪の長い女が居た。、陰鬱な雰囲気を纏った、何だかものすごく怖い女だった。

 女は良く手入れされている茂みに何か話しかけているようだった。手を伸ばしているその姿は闇に引きずり込もうとしているようで本当に怖い。

 

「にゃーん。おいでー私は怖くないにゃー」

 

 あろう事かネコ語である。と言う事は奥にいるのは猫なのか。と言うか今の声って…該当する人物にがっくりとうなだれ何事か呟いている女の顔を除く

 

「にゃぁあーーん、どうしてこないのかにゃぁ~ いじけ無しの私じゃ駄目なのかにゃぁ~」

 

「やっぱりその声は…八重樫か?」

 

「……へ?」   

 

 自慢のポニーテールを解いたその女はクラスメイトの八重樫雫だった。

 

 

 

「それで怪我をしていた子猫を見かけて追いかけたと、その途中で髪をくくっているゴムが外れたけど気にせず猫をネコ語で呼んでいたと」

 

「うっ…うぅ…」

 

 顔を真っ赤にしプルプルとしているが小さく頷いているあたりからしてどうやら本当の事らしい。なんとまぁ…実際茂みからは何かかさかさと言う音が聞こえてくる。

 

「だって猫さん何だか怪我をしているみたいだったし…」

 

 八重樫曰く、城内に迷い込んだであろう子猫が怪我をしているのを見つけ保護しようとした所逃げられてしまい、必死に追いかけ茂みに隠れたのを発見し治療のため呼ぼうとしているのだが警戒され中々来ないのだという

 

(…心折れても優しさ失わず、か)

 

 多少言語が怪しい所があるが、それでも小さな動物を助けようとするのは八重樫らしい所か。多少幼児化しているがどうかその優しさを失わずにいてほしい。

 

「にゃーんにゃーん。…どうして来ないのかな?」

 

「分かったからその言い方止めろって」 

 

 まだかなりアレな言い方をする八重樫に溜息を吐きソラリス能力を使う事にする、たまにはこんな使い方も良いはずだ、寧ろこうやって使うのが正解なのかも

 

「八重樫、手を出してくれ」

 

「?」

 

 首を傾げながらも素直に手を差し出してくれることに感謝しつつ、八重樫の指に薬品をペタリ。不思議そうにする八重樫に苦笑してもう一回子猫と対面するように促す。

 

「これに一体何の意味が…わ、わわ!?」

 

 すると警戒し隠れていた猫が恐る恐るやってきて八重樫の手の匂いを嗅ぐとぺろぺろと舐め始めたのだ。

 

「え、ちょっ!?一体何を塗ったの柏木君?」

 

「マタタビによく似た薬品を塗りました。これでもう猫はお前を怖がらないさ」

 

 より正確に言えばソラリス能力『錯覚の香り』を使ったのだ。これは相手に安心感を持たせ警戒を溶かせる薬品なのだ。

 猫を相手に効果が効くかどうかは分からなかったがやはり生物と言う事で問題は無かった。今ではすっかり警戒が解かれ八重樫に触られても気にしている様子はない。寧ろ懐いているようにさえ見える

 

「ふふ、可愛い猫ちゃ~ん、もう大丈夫だからね~」

 

 ニコニコと嬉しそうに子猫を抱きしめる八重樫。やはりアニマルセラピーの力って凄い。おれは八重樫に頭を撫でられて目を細める子猫の怪我を

治しながら改めて思った。

 

「八重樫って猫好きなのか?」

 

「好きよ。このままずっと抱きしめていたいぐらいに」

 

 即答でした。寧ろ目が据わっていてちょっと怖い。考えればこんな異世界好きな物でも触っていないとストレスが溜まりまくるか…

 

「そっか、ならもう一度手を出して」

 

「?」

 

 素直に手を差し出す八重樫。今度もまた手の平に薬品を塗る。…こう言ってはなんだがもうちょっと警戒心を…無理か。

 

「一体何を塗ったの?」

 

「んふふふ、まぁ見てなって」

 

「? …え?」

 

 ニヤリと笑ったその瞬間。いったいどこにいたのかというほどの猫の大群がやって来る、その数恐らくに十匹ほど!

 

 にゃ~にゃ~

 みぃみぃ~

 ねこです

 うにゃぁ~!

 

「え、ええ?何でこんなに猫ちゃんが!?」

 

「さぁ、これで猫を触り放題だ!猫と存分に和解してくれ!」

 

 もちろん使ったのはソラリス能力だ。『命の盾』本来なら小さな生物(虫やネズミなど)をフェロモンで呼び出し盾にして攻撃を回避するという能力なのだが…使い方を考えればこういうことだってできてしまうのだ。

 

 にゃ~にゃ~

 みぃ!みぃぃいい!

 なぁーおうーー

 ここはどこですか?

 

「わひゃ!?ちょ、ちょっとまってくすぐったいってば!?あは、あははっは!」

 

 猫に纏わりつかれ喜びの声?を上げる八重樫。その顔には戸惑いながらも嬉しさが出ているような気がした。

 

 思えばどんなに優遇された王城生活でも現代日本とは文明が違うのだ。絶対に不満が出てきてストレスが溜まっていくだろう。ならソラリス能力で少しばかり羽目を外したっていいはずだ。能力を使って猫に懐かれるぐらい大目に見てくれってもんだ。

 

 なーおー

 にゃにゃにゃ!?

 にゃふん

 いえにかえります

 みゃう?みゃぁ

 

「はいはい、みんないいこだからおとなしくしてね」

 

 

 大勢の猫に囲まれる八重樫を後にして俺はクールにさるのでした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、回復魔法って結局何だろうね?」

 

「うーん、改めて言われると、一体何だろうね」

 

「便利な魔法。…それ以上何かあるの?」

 

 話をざっくりと切ってしまった白崎に軽くチョップを放つ。折角集まったのに結論を急ぐとは不定な奴め。

 

「ふんっ!…な、だにぃ!?」 

 

「甘いよ柏木君。腕衰えちゃった?」

 

 しかしあえなく俺のチョップは白崎に片手でガードされる。こやつこの異世界でステータスが上がったからって調子に乗ってるな!?ますます腹立つ奴め、後で南雲にチクってやろう。

 

「えぇーそこで南雲君を出すわけ?卑怯だよ」

 

「ふっ、持ってるカードを使って何が悪い」

 

「全部」

 

「おい!?」

 

「な、仲イイね2人とも」

 

 俺と白崎のやり取りに苦笑する辻さん。まぁ不本意だが傍から見ているとそう見えるか?

 

 

 場所は白崎の部屋にて俺と辻さんと白崎でのんびりとお茶会をしていた。白崎の部屋はなんと一般的な女子の部屋って感じ?で

…後はノーコメントだ色々と口出しをすると追い出されかねない

 

 この3人で集まったのはズバリ回復魔法と何だろうかと言う議題の為だった。

 

 治癒魔法と思いつけば怪我の治療や病気の治療などを思い浮かべ、実際俺達は詠唱によって使えるようになっている。しかしだ、少し考えてみると一体この魔法はどういう原理で出来ているのだろうかと思ってしまったのだ。

 

 正直な話魔法が使えるからって原理が分からないものを病人や負傷者に使う事になるわけで…何も知らずに使ったら後の後遺症になってしまうのではないかというのが俺の持論だった。

 

 そこ考えを整理するために治癒術師として頑張っている辻さんと辻さんよりすごい?白崎に話をしてみたのだ。

 

(まぁ結局の所はこの魔法の安全性や使うときどう考えているかっていう雑談がしたかったんだけどねー)

 

「それ今更過ぎじゃないかな?オマケに柏木君魔法を使えないし」

 

「分かってらいそんな事!…つかお前は何で俺の心を読んだの?」

 

「柏木君ならそんなアホっぽい事を考えてそうだから」

 

 これである。いや、別に白崎が俺に対しいておざなりなのは全然構わないんだけどね、ガワは可愛いけど中身が結構アレなのは十分には把握しているしさ。気になるのは傍にいる辻さんが変な誤解をしなければいいんだけど

 

「あはは…」

 

「ほれ見ろ、お前が変な事を言うから辻さん引いてるぞ」

 

「柏木君が想像以上に変な事を言うからだよ。ねー」

 

 ねー じゃないっての。ああもう、折角辻さんにきてもらったのに話しが進まないじゃないか。…まぁ雑談を踏まえているから中身のない話をしても全然問題ないんだけど

 

「そう言う訳じゃないんだけど…ほら二人ともクラスではあんまり喋らないじゃない」

 

「あーまぁそうしているもんね」

 

「実際は割とこんな事を言えるほどの間柄なのでございます」

 

 実はってほどの話でもないが俺と白崎は中学の頃から面識がある。…いや会ってしまったというべきか

 

 

 そもそも白崎が俺と出会ったのは白崎が南雲のストーカーをしていたからだった。

 

 中学の秋ごろ、妙な視線を感じると南雲から相談を受け、冗談半分で探ってみたらばったりと南雲をストーカーしているこいつと遭遇したのだ。

あの時は怖かった、物凄い執着心で南雲を視姦しているコイツの表情と来たら…閑話休題

 

 意を決して話しかけたらストーカーをするのが邪魔だからどけとか、泥棒猫とか、羨ましいから変われだとか、その時からコイツは俺にはそのガワに添った性格をせずに本性もろだしで接してきたのだ。

 

 そんな性格だから美少女と言えども変態と認識した俺はあの手この手で白崎ののストーカー好意を止めるように奮闘して…やめようどうでもいい話題だ。あの時は俺も南雲もこいつも若かった。

 

「中学の頃からこういうやり取りなので気にしないでくれると有り難いっす。基本コイツ俺以外には外見に見合った性格をしていますので」

 

「辻さん、私ねこの人だけには優しくしようとかそんな事をしようとは思えないの、あんまりに気にしないでね」

 

「う、うん?」

 

「いやそこは他の人と同様に扱えよ」

 

「無理、生涯の宿敵相手にゴマをするなんてありえない。寧ろさっさと南雲君を明け渡して必ず幸せにするから」

 

(…ならさっさと襲えよこのヘタレ)

 

 とまぁ、こんなやり取りだが険悪な関係にならないのは間に南雲を挟んでいるからだろうか?何と見えない感情だが嫌悪することは出来ないのだ。

 不本意だろうが相手もきっと同じ様な事を考えている筈

 

「まぁ、いや、それで話を戻すけど辻さんって治癒魔法使う時どうやってるの?」

 

「え、私?…その、私よりも白崎さんの方が」

 

「それなんだけど私よりも辻さんの方が治癒術師として才能あるよ?私は治そうって言う訳じゃないもん」

 

 俺の話を遮らないでください。それよりもどゆこと?

 

「私は治そうって意識じゃなくて…なんていうのかな?治すじゃなくて『戻す』怪我を『治療』させるんじゃなくて怪我をする前の状態にに『戻す』って感じだもん」

 

「なんじゃそりゃ?」

 

「治癒じゃなくて『再生』私の天職の魔法は治癒魔法じゃなくて再生の魔法なんだよ」

 

 言ってる意味はなんてなくわかる。俺たちの言葉でいうのなら白崎の意識的には『ゴールドエクスペリエンス』では無くて『クレイジーダイヤモンド』って事なんだろう?。良くは知らんがそう言う意味だと思う

 

「…解放者にもできたのなら私にもできて当然だよね」

 

「何かいったか?」

 

「何も」

 

 小さな声で何事か呟いたが俺には聞こえなかった。まぁ問題無さそうなので辻さんの話に戻ろう

 

「と、言う訳で辻さん。何か白崎と比べてるのかは知らんけど辻さんの力は掛け替えのないもんなので白崎と比べるんは違うと思うぞ」

 

「そうなのかなぁ?」

 

「そうだぞい、野村だって辻さんの魔法はすげーって言ってたし」

 

「野村君が?…そっか」

 

 ほんのりと頬を染める辻さん。野村が口走ってこた事を言ったがこれはどうやら?ほほぅあの橋のやり取りは良い効果を出したようだよかったよかった

 

「えっとね私の場合は怪我をした部分を魔法で覆うって感じなの」

 

「うむ?人間の治癒力を増幅させるんじゃなくて足りない部分を魔法で補うって感じかな」

 

「そうなのかな?ほらヒトの細胞を活性化させるって言っても体に負担がかかるでしょ。だから私の場合はそれを魔力で補うっていう考えでやってたんだけど」

 

 これはまた貴重な意見かもしれない。治癒魔法や回復魔法、それぞれファンタジーであるが結局のところどういった代物なのかが医学的に証明できないのだ。

 それを辻さんは魔力で補うっていうイメージで魔法を使っているらしい

 

「ヒトの細胞分裂の数は決まっていて、やり過ぎると体の負担がウンウンかんぬん」

 

「治癒魔法でも受け過ぎてしまうと急激に老化とかしちゃったりして、…この世界の人達は慣れているから問題なく受け付けるけど私たちは日本の人間だからね。何があるか分からない以上、医療行為を使うのは間違いじゃないのかも」

 

 辻さんの意見は尤もだ。俺達は後方支援職、言うなれば負傷者を治す重大な責務がある。だからこそ魔法や薬などについては人一倍気を使わないといけないのだ。

 

 

 ちなみにだがトータスの教官たちに教えてもらうっていうことも有るにはあったが、どうしても異世界の人間。生まれた時から魔法がそばにいあった人間と科学に包まれた人間とは根本的な意識の差が出てしまう。風邪をひいたとき魔法で治すという考えの人と現代の医療知識に基づいて体を暖かくしてか身体を休めるという考えの人間では差が出てしまうのは当然な訳で…

 

 まぁそういうアレこれが合ってこの会合は俺たちでだけでやってるのだ

 

「柏木君は如何なの?」

 

「俺か?俺は…何なんだろうね」

 

 さて、ここで俺の話だが、正直な話この二人と比べて一番ヤバいのかもしれない。一応薬は作ってはいるのだが、この世界の市販的な薬をより性能を改良した試験薬を騎士団に配布はしている。しかしそれはあくまでも既存の薬を量産して性能を増しただけの話だ。

 

 正直に言えば俺は、自身の調合技能とソラリス能力にかまけてしまったといっても過言では無かったのだ。

 

「一応安全を重視して薬とかを作ってはいるけど…」

 

「けど?」

 

「正直な話、医療について素人も丸出しの人間が現場に携わるって一番まずいんじゃないの?」

 

 当たり前っちゃ当たり前だけどね。正直な話俺は薬剤師でも無ければ薬学を専攻する学生でもない。実際かなりの問題だらけだ

 

「…皆(特に男子)に気前よく振舞っているけどあれ効果は俺が保証しているだけで、別に国から定められている物とかじゃないから…」

 

「まぁいいんじゃない?皆特に変に…」

 

 ジロリと睨まれた。この頃の男子達の事について思いついてしまったのだろう、足変わらず変な所で鋭い奴め。

 

「ねぇ、柏木君さ」

 

「あんだよ」

 

「責任はちゃんと取らないといけないよ」

 

 悪いがそれについてはノ-コメントだ。俺には俺のやりたいようにやらせてもらう。、一応対策は取ってあるし自分で蒔いた種なので除草剤はいくらでも作れるのだが。そんな目線で伝えればさらに視線の温度が下がったような気がした

 

「えっと何の話?」

 

「ううん、辻ちゃんには関係のない話。それで聞きたいことは終わった?」

 

 あくまでも辻さん達には内密にしてくれるのが白崎の良い所か。尤も南雲以外は興味が無いって言われてしまえばそれで終わる話ではあるのだが…

 

「まぁな。聞きたいことも聞けたし、何だかんだで楽しかったしな」

 

 話は終わったのなら後は退出するのみだ。女の子の部屋にいつまでも居たらいけないだろしこのままだと辻さんに迷惑を掛けてしまうだろうしな。

 

「そんじゃバイビー」

 

「え、え?えっとさよなら?」

 

 呆気にとられている辻さんに手を振り部屋から退出する。

 

 

 只の雑談だったがたまにはこんな事もいいだろう。…白崎が何やら気になる事を言ってたが俺の邪魔はしない筈だ。多分

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、約束のモンは出来たのかよ」

 

「あーまぁな」

 

 檜山にジロリト睨まれてしまったが曖昧に返答を返す。こればっかりは出来たとしてもどうなるかはわからないのだ

 

「何でそんな微妙なんだよ…」

 

「出来たは良いけど効果を実証してなくてな」

 

「阿保じゃねぇか」

 

「つっても自分で試せる?飲んだ瞬間アヘ顔ダブルピースだぜ?」

 

 俺の言葉にウッと檜山は口をつぐんだ。自分で試さないといけないのは分かってはいるが、誰かって自分がアヘ顔を浮かべる事はしたくないのである。

 

 

 ここは俺の部屋。檜山と二人でアホなことを話しているのは以前約束した媚薬が出来たからである。

 

 

 ソラリス能力『快楽の光輝』匂いを嗅ぐだけで恍惚とした表情を浮かべてしまうフェロモンを作る能力だ。

 これを有効活用すれば媚薬の効果だって出てきてしまい…まぁ平たく言えばエロ同人も真っ青なことが出来てしまうってものだのだ。

 

 これを檜山に渡せばそれで一応は解決なのだが…問題があって一度もこれを自分で試したことは無かったのだ。

 

 一応ソラリス能力者とはいえ自分で作った薬は自分で使って効果を試してから渡すのを原則としている。

 そんな俺がこの媚薬擬きを使うのは中々のためらいが大きく…しかしといって檜山に一向にできないというのはなんだか可哀想でありう約束を破るように思えて…

 

「…飲んでみる?」

 

「飲まねぇよ!つかそれって飲んで使う物なのかよ」

 

「触ってもおっけ―な奴だよ。匂いを嗅いでもまたよし」

 

「とんだ劇薬じゃねぇか…」

 

 滅茶苦茶に引いているけどお前望んだものなんだぞこれは。…しかしこれ如何した物か、檜山の標的は白崎香織只一人。これは間違いない事で本人は白崎以外は使うつもりは全くないようだが…

 

「別に使うのは良いんだけどよ」

 

「使っていいのかよ…お前本と白崎には対応が冷たいな」

 

「気にすんな。それよりもどうやってこれを白崎に使うんだお前?」

 

「……」

 

「いやそこで沈黙すんなよ」

 

 もともと白崎に使うことは確定しているが、どうやって使うのかは本人も考えていなかったらしい。マジかよ…一応檜山とはあくまでも媚薬効果を使っていい雰囲気になるのが精々とは話してある。檜山自身も催眠などは物凄く嫌なようなのでR-18な事にはならないだろう。

 

(…ってかそもそもコレ、アイツに聞くのか?)

 

 どうやって使うのかは置いとくとしても白崎に果たしてこれ効くのだろうか?なんていうかアイツは薬に対しいて耐性があるようなそんな気がするのだ。なんていうのだろう予感とてでもいうか…

 

 

「…なぁ柏木。これ使ったら白崎は…」

 

「おう」

 

「…いや、駄目だ!おれはそんな卑怯な事は出来ねぇ!」

 

「!?」

 

 突然ガバリと立ち上がった檜山。何事かと思えば出来上がったクスリを放り投げて俺に対しいて吠えたのだ

 

「俺はんなもんには頼らねぇ!今からアイツに告って来る!」

 

「はぁ!?なにとち狂ってんだよおめぇ!?絶対に無理に決まってんだろ!」

 

「無理って誰が決めたんだこら!そもそもこんな薬で香織を手に入れても俺は一つも嬉しく何かねぇ!」

 

 

 その言葉はとてもではないが檜山のセリフでは無かった。あれほど白崎に執着(本当にそうなのだろうか)していた檜山が自分の手で運命を切り開くと吠えたのだ。

 

「そうか…お前がそう言うのなら応援するよ」

 

 その時の気持ちはどう言えば良いのだろうか。なんだか気持ちが温かくなって、単純に檜山の叫びが嬉しかった。絶対に玉砕するであろう決戦にこいつは行くと言ったのだ

 

「檜山コイツを使え。この『深夜のテンション』を使えばお前は臆する事は無い!」

 

「いよっしゃぁあああ!!いくぜいくぜぇえええ!!!」

 

 俺の禁断の薬「ミッドナイトテンション」を飲んだ檜山は絶叫を上げ走り去ってしまった。あの男気溢れる後ろ姿、俺はきっと忘れないだろう。勝てぬ戦に立ち向かう男の背を俺は何時までも見送っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 なお、後日城の片隅で体操座りでいじけていた檜山が発見された。

 

「わかってたよぉ…うぅ…」

 

 泣いている檜山を見つけたメルド団長は優しくその肩を叩いたのであった、

 

 

 

「あの、この頃白崎さんが物凄い目で僕を見てくるんだけど」

 

 そしてどうやら思う事があったのか白崎は南雲のストーカー行為が再発してしまった。

 

 南雲曰く発情した顔で見つめてくるらしい。

 

「ハァハァハァハァhァハァ…南雲君の匂いがするよぅ…ハァハァハァハ」

 

 …何か物凄い粘つくような声が聞こえてくる……オレは知らん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あるーひー」

 

 鼻歌を歌いながら王宮の廊下を歩く俺。目指す場所は騎士団の詰め所であり団長メルド・ロギンスの私室だった。

 

 今日は出来上がったクスリを団長に見てもらう日だったのだ。両手で抱えた箱の中に入ったクスリはさまざまな物で一度団長に見てもらうのが通例だ。

 

「つっても毛生え薬が主なんだけどねー」

 

 持ってるクスリの大半は毛生え薬というある意味虚しさを感じる者。騎士団と言えども男であり、騎士である以上兜をかぶるのはまた道理であり

兜を被れば頭が蒸れて毛にダメージがいき…まぁそう言う悩みを抱えているの人が多いんだとか、

 

「って訳でついったとね」

 

 異世界と言えども男が掛かる事情に悲しみを感じながらも団長の部屋に着く俺、ドアを肘で開け部屋の中にお邪魔する。

 

 ノックをしなかったのは薬を届けるのが日課となっていたからだ。薬も持っていくことを団長には伝えてあるし時間帯もいつもと同じ時間。

 

 でもまぁ、お互い失念をしていたのは間違いなさそうだ

 

  

 ゴリッボリッバキンッ!

 

 何か固い物を咀嚼するような音。 

 

 机の上に散乱している魔石の数々

 

 そして…ギョッとした顔でこちらを見、ゴクンと咀嚼していた物を嚥下した団長。

 

 

「…へ?」 

 

 出てきた言葉はそれだけであり、目に入った映像から現状を理解しようとするも呆然としてしまい…

 

 

「むぐっ!?」

 

「すまん、柏木」

 

 目も止まらぬスピードでこちらに飛びかかってきた団長とそう呟いた言葉を聞いたのが俺の認識できる最後だった…

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ平たく言えば俺は少々特異体質でな」

 

 室内に申し訳なさそうに頬を掻きながらも事情を説明するメルド団長。対する俺は椅子に縛られるという簡単にだが拘束を受けていた。

 

 机の上には依然として魔石が散乱しておりメルド団長の口には鉱石の食べ石があった…まぁつまりはそう言う事なのだろう

 

「魔石を食べても平気な人間…?」

 

「そう言う事になるな」

 

「いやいやいや、南雲が言ってたっスよ。普通の人間にとっては魔石は猛毒だとかだって」

 

 拘束を受けていることを忘れツッコミをしてしまう。確かオルクス迷宮で南雲に魔石が人にとっては猛毒だと説明を受けた気がする。詳しくは知らないが舐めるだけでも危険だって…!

 

「え、なんでメルド団長喰ってるんすか?」

 

「だから特異体質だと…」

 

「歯丈夫過ぎませんか?胃液で石って溶けるんですか?」

 

「そっちか!?」

 

 いやだって、猛毒云々は置いとくとしても石を食ったらヤバくね?石を食える歯ってどんだけ固いんだよ、つか胃の魔石でパンパンにならないのか?ファンタジーの人間ってマジ人をやめてるな!

 

「いや、これは俺しか出来ん。他の人は魔石を喰ったら普通に死ぬぞ」

 

「じゃあなんでメルド団長はピンピンシテるんですか」

 

「……」

 

 メルド団長だけが特別だったのなら何かしら理由がある筈。そう思って聞いてみたがダンマリだった。どうやら触れて欲しくない話題らしい。

 

「なぁ柏木。お前絶対に負けたくない奴がいた時どうする?」

 

 いきなり団長から出てきたのは何やら関係の無さそうな話。でもいきなりするんだから意味があるのだろう。とりあえず答えてみる

 

「そりゃ…ありとあらゆる手を使う事を考えますかね」

 

 絶対に負けたくない、そんな時は想像するすべての手を使う事を考えるな。でもメルド団長はどうやらそうではないらしい。

 

「そうだな。それでももし足りないって時は?」

 

「その時は…」

 

 その時はどうするのだろう?どこまで負けたくないのかって話だが…うーん、なら卑怯な手を使うかな?

 

「ま、それが普通だよな。でもな本当に勝たなければいけない相手の場合は」

 

 そこまで言いかけてメルド団長は言葉を噤んだ。卑怯な手でも届かないのなら……誰もが考え付かないような

 

「すまん、お前には関係のない話だった」

 

 そこまで考えたらメルド団長が謝ってきた。これ以上は言えない話なのだろう

 

(考えてみれば縛られるんだからそりゃ縁起でもない話なんだろうな)

 

 人にはいろいろな人生がある。メルド団長も人には言えない理由と歴史があるのだろう。そう思えば魔石を食べれるだけの只の人間だ

 

「あ~すんません。ちっと踏み込み過ぎたっすね。申し訳ないです」

 

「いや、俺も迂闊だった。兎も角この事は誰にも話さないでくれ」

 

「そうっすね。…?はて一体何の話をしてましたっけ。ああ、そうだこの薬出来たんでお願いしますね」

 

 首を傾げれば一瞬驚いた顔をして苦笑するメルド団長。拘束を解いてもらい、持ってきた毛生え薬を渡す。

 

「うむ助かる。…すまんな」

 

「いえいえ、又困ったことがあったら相談してください。出来る限りは協力しますよ」

 

 そう言って別れる事にした。

 

 

 

 メルド団長には何かしら秘密がある。だがそれはきっと俺達に害をなすものではない筈だ。だからこの件は忘れる事にしよう。人の過去に踏み入るのはそれ相応の覚悟と責任が出てくるからね

 

 

 

 

 




続きは恐らく来年です


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とある少女の話 解放者編

 

 

「君は一体何の目的でここに来たの」

 

 それはある意味初めての侵入者に対しての問いかけだった。

 

 場所はライセン迷宮最深部。巨大ゴーレムを操りながら現れた侵入者であり挑戦者に対峙しているときだ。 

 

(一直線で来たって事はあの羅針盤を持ってるのかな?)

 

 このライセン迷宮はミレディの趣味と実益がふんだんに加えられた迷宮で中にはおびただしいほどのトラップが内蔵されているのだ。

 

 即死級のトラップは勿論、疲労した体を酷使するための無駄な仕掛け、疲れ果てた精神を追いつめるための煽り文句。悪辣なエヒトに対抗出来るための精神力を試すという実態が入りつつミレディの個人的な趣味が混じった迷宮。

 

 オマケに谷の影響を受けて魔法を使うのが著しく難しくなっており、自らの身体能力が試されるという常人では不可能、強者でも手こずってしまう、一握りの力を持つ…エヒトに対抗できる人物のための迷宮だった。

 

 

(強者って事は変わりないと思うけど…)

 

 だからこそここまで来た侵入者はかなりの力を持つ人物でもあったのだ。その筈なのだが…

 

(思っていたより小さいね)

 

 侵入者はミレディの想像していた人物像とはまるで違った。その人物は幼い子供だったのだ、年の頃は14ぐらいの銀色の髪を持ち翠色の目を持つ少女だったのだ。

 

 腰に短い剣を持ち背には小さな弓や。とてもではないがこの迷宮を突破できるには見えないが、ミレディは別段気にすることは無かった。

 世界は広い、一見脆弱な存在が強大な力を持つことだってあるのだ。この挑戦者もまたその部類なのだろう。

 

 だが気になるのはその顔だ。ミレディが巨大ゴーレムで姿を現してからずっとこちらを…正確にはゴーレムをキラキラとした目で見つめているのだ。

 

「ふわぁー カッコいい~文で見るのとは違ってやっぱり実物は思ってたよりずっといいですね」

 

 そんな呟きが聞こえるほど目を輝かせるのは思っていた反応とは違った。そのせいかむず痒い物を感じてしまうミレディ。意表を突くように話しかけるなどをしたのだが

 

「やほ~はじめまして~みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

 

「ほぅほぅ思ったよりもずっといい声ですね。厳つくかっこいいロボットに中身は可愛い女の子の魂。うーんこれはロマン、ですね」

 

 グッとガッツポーズをされてしまう始末だった。てこを外されたとでもいうか。兎も角調子を外されてしまった。

 

「え~っと、そこはゴーレムから可愛い女の子が出てきたこと驚くべきじゃ無いかな?」

 

「ああ、そうでしたね。これは期待に沿えず申し訳ない」

 

 恥ずかしそうに頭を掻く仕草。それがまた違和感を感じてしまう。一つも驚かないその仕草はまるでこのライセン迷宮に自分が居る事を事前に知ってるかのような態度ではないか。

 ミレディは僅かなやり取りからそう思うまでに至った。

 

(うーん、もしかして他の迷宮の中に私の事が書いてあったのかな?)

 

 落ち着いたたたずまいに慣れ切っているかのような言動。他の迷宮を突破した可能性は十分にあり、だからこそ自分の事をどこかで知った可能性もある。

 そう考えて違和感を飲み込むことにした。その筈だかが相手にはその思考を読まれてしまった。

 

「うん?ミレディさんの事はオスカーさんの手記に書いてありましたよ」

 

「オーくんの手記に?って事は」

 

「はい、お察しの通りオルクス迷宮やほかの迷宮はは踏破済みです。勿論あなた方解放者たちの事やこの世界の事情も存じてありますよ」

 

(…この世界の事情?)

 

 気にかかる言い方だ。自分たち解放者の事について他人事のように話すのはまだいい、しかしエヒトの所業に関してまで心底そうでもよさそうな言い方なのは何かが引っかかる。

 

 まるで自分は関係が無いとでも言いたげな…

 

(だけどここまで来たのなら試練は受けて貰わあにとね)

 

 だが何にせよこの迷宮の最深部までやってきたのだ、なら試練を始めなければいけない。…本当は人と話すのが余りにも久しぶりなのでもうちょっとだけ話をしていたかったのだけど。

 

 

 

 だが侵入者はミレディの思惑を外すことに熱心の様だった

 

「あ、私別に神代魔法は要らないので試練は要りませんよ?」

 

「へっ!?」

 

 神代魔法。解放者たちが残した規格外の力を誇る特別な魔法。解放者たちが残した迷宮の最深億に設置されており迷宮の試練を突破すると授かることが出来るものだ。それをこの少女は要らないのだというのだ。

 

 てっきり他の迷宮を乗り越えたという事なので神代魔法の収集が目当てなのだと思ったがどうやら違うようだ。

 

「ど、どうしてかな?折角のミレディちゃんの魔法、興味は無いのかな」

 

「重力魔法、物体の重力を操る…のは福次効果で実際の所は星のエネルギーに干渉する魔法。ですよね?」

 

 当たっていた。ミレディの持つ神代魔法は確かに重力魔法であり、また少女の言う通り使い方を極めれば星に干渉することだって出来折る。そう言う魔法だったのだ。

 

「そう言うのはもう間に合ってるんですよ。だからここに来たのは神代魔法が目的ではありません」

 

(…この娘、何か変だ。凄く変。何かズレている)

 

 きっぱりと断るその様子は本当に魔法目当てではない。だからこそ奇妙な違和感は困惑と疑心に変わる。まるでこちらの事を知っているような口調に態度。ミレディの宿敵であり生涯をかけて倒すと誓った仇敵、あの糞野郎たちとはまた違った不気味さをこの少女はまとっている様に感じ取れてしま他のだ。

 

 

 

「…なら何が目的なのかな?」

 

 意識せずとも口調が固くなる。自分の中でこの侵入者への警戒心が高くなっていく。いったい何者なのか、何が目的なのかそれが気がかりとなっていく。

 

「目的ですか。そうですね…まぁ色々とありますが一番は貴方に会いに来た。それが理由ですかね」

 

「あのトラップを潜りぬけて私に会いに来た?それはちょっと嘘くさいよ~」

 

 ミレディ自身自覚していることだが、このライセン迷宮に仕掛けたトラップの数々は侵入者の心をへし折るように作られているように出来ているかなり悪辣な物なのだ。それを自分に会いに来ただけで突破されたのでは疑うしかない。

 

「あっ…もしかして何か疑われています?私、貴方の味方ではないですけど敵には絶対になりませんよ?」

 

「味方とか敵は私が決めるんだよ?…ねぇ、改めて聞くけど本当に目的は何なの」

 

 意図が掴めない。一度決めつけた疑心は晴れることなくますます警戒を濃くしていく。それにこの胸にざわつく様な畏怖は何なのだろうか。同じ言語で話しているのに致命的に話がかみ合っていない気がしてしまうのだ。  

 

 不信感で胸が詰まりそうなこの予感は本当に何なのだろうか。そんなミレディの考えに何か思う事でもあったのか少女の顔が少しだけ曇った

 

「…簡単な事ですよ。貴方に頼みがあってきました」

 

「へぇ?ようやく話してくれるんだ?」

 

「何てことのない頼みなんですが聞いてくれるのは貴方しか居なくわひゃ!?」

 

 話の途中で腕に装着されているモーニングスターを少女に向けて発射する。案の定というか高速で発射された鉄の塊は難なく躱されてしまった。

 

「ちょっといきなり何するんですか。暴力反対ですよ!」

 

「あははっ頼みがあるのなら私を打ち負かしてからにしなきゃ駄目だよ~」

 

 結局疑心は晴れることなく、暴力で解決することにした。このまま話をしていても埒が明かず、なによりここまで無傷でしかも消耗もなさそうなのだからかなりの使い手なのだろう。

 

 話ながらも周囲に待機していた量産型ゴーレムたちを次々と侵入者に差し向ける。

 

 

「さぁ初めての御客人様、精々死なないように頑張ってねぇ~」

 

 ようやく調子を取り戻して勝負の宣言をする。話も頼み事もまずは自分を打ち負かしてからだ。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

(はぁ…コミュ障此処に極まれりってことですかね。どんだけ人付き合いが駄目駄目なんだっての)

 

 侵入者…アリスは内心で大きな溜息を吐いた。ぶつくさと文句を言う相手は目の前で倒れ伏すミレディ・ゴーレムに対してではなく戦闘沙汰になってしまった自分に対してだ。

 

 

 アリスがこのライセン迷宮に来たのは只の暇つぶしによるものが大きいかった。計画の始動までの時間、暇を潰せてそれなりに刺激のある場所と言えばまだ踏破していないこのライセン迷宮しかなかったのだ。

 

 ミレディが最深部に待っているのもゴーレムになっているのもアリスはすべてを知っている。だからちょっとした話し相手のつもりで接触したのだが…

 

「まさか戦闘沙汰になるとは、はぁ~」

 

 周りの崩壊しかかっている惨状を見て尚更深い溜息を吐いてしまう。相手はミレディとは言え解放者なのだ。接触は慎重になるべきであったのに浮かれてのこのこと顔を合わせに来たのが間違いだったのだ。

 

(でも戦いになるだろうなっては思ってましたし…本体が無事ならそれでいいですよね?)

 

 言い訳染みてはいるがどうにかして自分を納得させる。このゴーレムはあくまでも戦闘用というのも知ってはいるがそれに知って派手にやり過ぎたものだ。

 

『ちょっ?ちょっと何で貴方そんな魔法が使えるの!?』

 

『魔力食いが効かない特別体質!又は魔力の量がイカれているだけ!多分どっちかですよ!』

 

『それ絶対両方だ!』

 

 先の戦いで弓矢に魔法を番えて放った時のミレディの焦り声だ。いくら規格外だとは言えはしゃぎ過ぎたのかもしれない

 

『ねぇこれアザンチウムなんですけどっ!?』

 

『すいませんこっち膂力の方が上みたいですねっ!』

 

 ゴーレムの装甲を魔力でコーティングした剣でぶった切った時のミレディの驚き声だ。そもそもゴーレムと力比べをするのが間違いだった。

 

『あのさぁ…何で私のお株取っちゃうの?』

 

『…申し訳ない』

 

 しまいには周りを浮かんでいた小さな騎士ゴーレムたちを自前の重力魔法でひとまとめにくっつけさせミレディに放った時だ。浮かれているどころか調子に乗りすぎて何も考えていなかった。

 

「短慮に思考放棄。ここまでくると私本当は相当な馬鹿なのでは?」

 

 挙句の果てには調子に乗ってゴーレムの核まで素手で抜き取り握りつぶしてしまう始末。何だかんだミレディと触れ合えて浮かれていたのが全ての原因でしかなかった。

 

 現れた移動用のブロックに乗りここまでの出来事全てを反省し、着いた部屋で待ち構えていたのは何やら肩を落としたニコちゃんマークの仮面をかぶった人型のゴーレムだ。

 

「自慢のゴーレムをボッコボコにするとか貴方何なのよぉ…」

 

「あーあースイマセン」

 

 恨みが籠ったような呟きを呪詛のように吐き出すミレディに対して申し訳なく謝る。もはやこれでは何をしに来たのかわからないものだ。 

 

「もういいよホント…。それで貴方は一体何?」

 

 それでも切り替えてくれたのは僥倖か。とは言えその質問に馬鹿正直に答える気もない。…だからと言って本当の言う事のも憚れるのだが。

 

「そうですね私は、只の一般人ですよ。ちょっと異常な力を持った普通の人」

 

「その言葉意味わかっていってるの?」

 

 案の上信じてくれることはなかった。アリス自身信じてもらえるとは思えず、ましてやこれで信じてもらえるのならミレディの正気を疑っていたところだ。

 

 

 だが嘘ではない。与えられた規格外の力と歪んでいると薄々自覚しつつある自身の願いを覗けばごくごく普通の一版人なのだ。

 

 

「まぁ別に信じてくれなくても構いませんよ。私も同じような目に会ったら信じないですし」

 

 溜息のような物を一つ。痛くもない腹を探られているようで心労が溜まっていくような気がする。まぁ誰が悪いのかと言えば隠し事の多すぎる自分なのだが

 

「…それで目的は何?」

 

 未だに懐疑的な視線を向けられてはいるが、ようやく本題に入ったと一安心。遊びできたのは本当だがついでに頼み事…正確には許可が欲しかったのだ

 

「端的に二つあります。まず一つ。今現在私はオルクス迷宮の最深部…オスカー・オルクスの住居を使っていますがあの拠点の滞在許可が欲しいんです」

 

「……は?」

 

 アリスが拠点としてるオルクス迷宮最深部の解放者の住居。広々とした空間に人が住むことのできる居住区、オマケに掃除用のゴーレムや工房まである理想的な場所だがアリスとしては使うにはどうにも心苦しいものがあった。

 

 オスカーの遺言としては迷宮の踏破者に使用してもらっても構わないスタンスであろうが、いくら亡くなったとはいえ人が元住んでいた場所に許可なく住み続けるのはどうにも居心地が悪かったのだ。  

 

「オスカーさんの話では勝手に使っても良いとは言ってましたけど、貴方が生存している以上、許可を求めるのは何も間違っていない筈…ですよね?」

 

 実際に大家の最後の知人でもある訳だしと付け加えたら「解放者の私を大家扱い…?」と何やら呟くミレディ。気のせいか頭を抱えている。

 

(いったい私が何を要求するつもりだと思ったのか)

 

 憤慨するわけではないが何かムスッとするものだ。こちらとしては比較的穏便に話をしに来ているのに勝手に試練を受けさせているわけなのだから

 

「それならまぁ好きにすれば。オーくんの迷宮を突破したのは事実みたいだし」

 

「有難う御座います」

 

 取りあえずこれで拠点の正式な確保が出来た。後は好きに使ってもいいだろう。内心ホクホク顔でいたら続くミレディの呟き

 

「…オーくんはどうしたの」

 

「オスカーさんですか?野ざらしになっていたので勝手に埋めときました。一応墓も作ったのですが、良いですよね?」

 

 椅子に座って骸骨化しているのはあんまりすぎたので住居にあった畑の隅っこに丁重に埋めておいた。花も周りに植えたので一応供養は出来ている筈。尤もこの世界では死者に対してどういう墓を作るのか知らなかったため墓石と十字架を兼ね合わせた物になってしまったが。

 

「そっか。お墓を作ってくれたんんだ…うん、有難う」

 

「いえ、どういたしまして」

 

 どこか遠くに視線を向けるミレディ。在りし日の解放者たちを思い返しているのだろうか。アリスには何となくこれから頼むのを言うのが気まずくなった

 

「それで、もう一つは?」

 

「あー…実はもう一つは名前が欲しくて」

 

「名前?」

 

「とある事情で偽名が欲しいんですよ。あと一つあれば私の正体を上手い事隠せないかなって」

 

 どうせ名を名乗る相手は只一人、この世界で真に興味を引くのはった一人なのだ。その相手に正体をすぐに感づかれてしまうと余りにも興ざめであった。

 だから隠すために偽名を欲していたのだ。

 

「何故それを私に?」

 

「…気分を悪くしないでくださいね。欲しいな目は『リエーブル』最初の解放者の名前です」

 

「ッ!?」

 

 『リエーブル』始まりの解放者の名字であるその名を自分が語るなんて最高に皮肉が効いている。全てを嘲笑う自分が語るにはおこがましくも尤もふさわしい名前。

 

 そう言う目論見で名前を言った瞬間、すぐに距離を取られ重力魔法を発動されてしまった。戦闘用のボディではないのにすぐさま魔法を発動したのは流石解放者というべきだろうか。

 

 だが悲しいかな、常人ならばひれ伏す魔法も自分に対しては無駄に終わる。後に残るのはなけなしの魔力を使ってしまい疲労してしまったミレディと無傷な自分だけだ。

 

「どうしてその名前をッ!」

 

「…別にただで名乗ろうって訳じゃありませんよ?貴方達の悲願を果たします、それほどの価値があるのですよその名前は」

 

 解放者たちの悲願。それはつまる所この世界の人々の運命を神の手から介抱するという事。神代魔法を手に入れ異常なる力を持ちながらも負けてしまった者達の最後の日眼。

 

 偽神エヒト・ルジュエを討つという事

 

「貴方があのエヒトと戦うと?一体何が目的なの」

 

 ミレディの問いに一瞬だけ躊躇する。しかし話したところで理解はされないだろう、だから話す気はない。何せ自分は…自分たちはエヒトよりもたちが悪いのだから

 

「目的は、まぁいいじゃないですか。もう一度言いますが貴方の敵になる事はあり得ないのですから」

 

「…」

 

 考えを巡らせているのか黙ってしまったミレディ。その姿を見て内心ため息を吐く、やはり自分はどうしようもない人間だと。

 本当はもっと楽しく話をしてみたかったのに相手の神経を逆なですることしかできなかった、今もそうだ

 

「沈黙は肯定とみなしますよ?」

 

 やはり返事は無い、悲しく寂しいが仕方ない。絶対に欲しい訳では無いのだ。ただ自分が名乗ると皮肉が効いていて自分が楽しい、だから名乗ろうというそれだけなのだ。

 

 自分さえ良ければ後はどうでもいい、そんな思考回路になってしまったのだから今回は諦める。それだけの話だ

 

「…いいよ、貴方がアイツを倒したのなら名乗ってもいいよ」

 

 だがそんなアリスの考えとは別にミレディは心底不愉快そうではあるが名乗る事を許可したのだ。これにはアリス自身驚きの目でミレディを見る事しかできなかった。

 

 

「何?貴方ができるっていうから言ったんだけど?それとも出来ないの?」

 

「いえ、まさか許可していただけるとは思わなくて…」

 

 まさか本当に承諾してくれるとは思わなかったのだ。自分で勝手に付ける名前とは違った偽名。さて、これで材料はそろった後は如何動くものか、時間はあるもののこれからの事を考えワクワクしているとミレディの呆れた声が聞こえてくる

 

「それで散々人をおちょくった貴方の名前は?私たちの事を知ってるだけ知って何も話さないとか失礼にもほどが無さ過ぎじゃない?」

 

 確かに散々ミレディには失礼な言動と行動をしたものだ。今後会う事は恐らくないだろうがそれでも感謝と謝罪とほんの少しばかりの憐れみを込めて名乗るとしよう

 

「ああ、これは失礼しました。コホン、それでは改めて名乗らせていただきます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 私の名前は アリス・アニマ・()()()()()です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふふ」

 

 ふと懐かし事を思い出した。ライセン迷宮の最深部でミレディと出会った時の会話だ。アレは一体何年前だろうか。

 

 

 あの後別れた後ミレディがどうなったかは知らない。結局の所自分の楽しみの邪魔さえしなければ最後の解放者がどうなろうとどうだっていいのだ。

 

「でも、流石に失礼だったなぁ」

 

 しかしそれにしたってあの時の自分は礼儀を欠きすぎていた。要らない戦いに発展し黒くもない腹を探られた。あの時の申し訳なさは今でも覚えている

 

「き、貴様、一体何を笑っている!?」

 

 そんなアリスの目の前で一人の褐色の肌の男が腰を抜かしながらも虚勢を張っていた。顔は青ざめ可哀想な事に冷や汗が止まらないらしい

 

「いえ、貴方の処遇をどうしようかなと思っていまして」

 

 自分より目線の低い男に微笑みながらはてさてどうしたものかと思考する。殺しても何も問題ないのだがそれではさすがにスマートでは無さ過ぎるか

 

「ききさまが何者だろうと我ら魔人族は決して屈さんぞ!たとえ貴様がどんなに化け物だとしても」

 

「うーん吠えるのは良いんですけど現実をちゃんと認識してくださいよ。貴方の連れていた魔物は全滅しましたよ?」

 

 吠える男に苦笑しながら現実を分からせる様に周りを見渡す。辺りには大小さまざまな魔物の死骸。その数ざっと一万ぐらいだろうか?もはや原形をとどめていないのが多すぎるのでアリス自身把握していない。

 

 

「ぐっ!ぐぅうう!」

 

 言われて改めて男は引き連れていた魔物が何も手も出せずに殲滅されたのを思い出す。空から翠色の流星群がやて来たと思ったときには何もかも終わっていたのだ。

 

 場所はウルの町、その遠く離れた場所だった。男は農耕地帯であるウルの町を魔物を引き連れて壊滅させるという任務を受け持っていたのである。

 

(大切な任務だった…この肥沃な地を破壊すれば必ずや我ら魔人族の勝利の先駆けとなるはずだったのにっ!)

 

 フリードから大勢の魔物を受け取り夜明けと共に一気にウルの町へ突撃しを人欠片も残さず葬り去る任務は目の前の銀髪と緑の目を持つ女によって遮られてしまったのだ。

 

(この事を伝えなければ!早くフリード様に…!)

 

 何もわからないうちに捕獲され、無造作に転がされている今、男はどうにかしてこの女の脅威を魔人族領に持って帰る必要があった。

 

 魔人族の優位としてある魔物。その大群を難なくと倒し些事だと片付けへらへらと笑っているこの女の事を報告しなければ…余りにも危険なののだ。数の有利が効かない化け物が居る、たったその一言でも伝えなければいけなかった

 

「ん?ああ、言っておきますけど私は貴方達の戦争には加わりませんよ?」

 

「な、なに?」

 

「だって全部する必要のない茶番劇なのですから」

 

 フフと笑うと歩み寄ってくる化け物、処遇をどうするか決まったのだろう。その目は愉快そうに笑い本当に恐ろしかった。

 

「さて、それではあなたはメッセンジャーとなっていただきましょうか」

 

「ま、まて…来るなっ!」

 

「別にそんなに怖がらなくてもイイじゃないですか」

 

「ま、魔王様助けっ」

 

 自分にこの任務を与えた敬愛する存在に助けを求めたが最後まで言い切る事は出来なかった。頭を鷲掴みにされ他その瞬間、意識が吹っ飛んだからだ

 

「魔王様に伝えてください、こちらの方は順調だって」

 

 最後に聞こえたのはそんな呑気な声だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、あともう少しですね」

 

 ふらふらと力なく歩く魔人族を見送り呟く。何てことのない作業だがやはり胸躍るという物。

 

「計画は順調、イベントも消化しつつあります」

 

 どうしたって笑いがこみあげてくる。そろそろ大きな出来事が始める。彼は一体何をしてくれるのだろうか、それとも何も出来ずに終わるのだろうか。

 

「どう対処しますか?どう凌いでみせますか?私は本当に貴方が何をするのか楽しみなんですよ」

 

 遠くの空にいる彼の姿を思い浮かべる。この世界で一番の関心を持つ彼は一体何をするのだろうか。最近コソコソと動き回っているらしいので楽しみなのだ。勿論それを暴くつもりはない、楽しみは取っておかなければ。

 

(と言った所で、助けを請われれば助けてしまうんでしょうね~)

 

 そんな事言いつつも何だかんだで手助けをしてしまうのだろう。自分のどうしようもない根っこに苦笑しながら一人嗤うのであった。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 



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流されるだけでいいのか?

 

 今まで考えずに何となくで生きてきた。

 

 親から言われるがまま行動し、周りの声に合わせて行動してきた。

 

 そんな考え方でもこの短い人生が困ることは無かった。これからずっと先もそうする予定だった。

 

 

 

 

 

 

 教えてほしい、今まで流されるだけの自分は

 

 

 今何をすればいいんだ?

 

 

 

 

 異世界のトータスへの召喚され神の使徒とあがめられ戦争の終結を求められた。話し合いはロクに行われず戦争に参加することになった、だけどそこには自分の意思は一欠けらも無かった。

 クラスメイトの天之河光輝が勝手に一人で盛り上がり皆がそれに便乗した。その便乗した物の中に自分はいた。戦争に参加する理由は無かった、

誰かを助けたいとか世界を救いたいだとか、そんな事は考えていなかった。

 

 ただ周りがそう言ってたから自分も同じように動いていただけ。それだけだった。

 

 そうして生きていたのに…

 

 

「……これからどうすりゃいいんだ?」

 

 これが最近の近藤礼一の口癖だった。

 

 

 

 

 

 朝食を終えた近藤は当てもなく廊下を歩いていた。いつもなら訓練や自主学習でもするのだが今回は何となく取り組むことが出来なかった。

 

(…アイツらのように強くなれるのか?)

 

 以前はさほど変わらなかったクラスメイトがぐんぐんとレベルを上げ強くなっている。力に目覚めたというべきなのか、友人の斎藤は空を飛ぶようになったし中野も炎を自分の身体のように操っていた。そして檜山は安定して強い。

 

 そんな友人たちやクラスメイトと比べると自分ではその域に到達できないのではないかと薄々と考える様になってしまった。

 

『なぁお前はどうしてそんなに強くなれたんだ?』

 

 以前ふとした気持ちで斎藤に聞いてみた。その強さはどうやって手に入れたのかと。斎藤は少しだけ悩んだ後、簡単に答えた

 

『なんていうんだろうね~自分の殻を破るっていうのかな?強い思いが可能性を引き出す?ごめん自分でも何を言ってるのかわかんないや」

 

 曖昧な言葉だった。だが同時にどこか納得するものがあった。そうなると自分は……

 

  

 

 

 

 

 

 

「どうすりゃいいんだろうな俺は?」

 

 正直な話、自分が強くなれるとは思ってはいない。だからと言ってこのままでいいのかと言うと…答えは出せない。

 

 分かるのは周りはどんどん成長していく中で自分は何も変わっていないというそれだけだった。

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

「…乱れていますね。何か悩み事でも?」

 

 訓練を付けてもらってる騎士団副長ホセからだった。自身の天職が槍術師と言うのもあり槍の心得があるホセが訓練を付けてくれているのであった。

 

「……俺、アイツ等の様にはなれませんよ」

 

「と言うと?」

 

「アイツ等みたいに強くなれないって話です」

 

 言うかどうか少し迷ったが結局出てきたのは愚痴のような物だった。クラスメイト達と比べて劣る自分の才能、きっかけを得られずダラダラと過ごすだけの毎日。このままでいいのだろうかと言う不安。日頃不安に感じていることをつい話してしまったのだ。

 

「そうですか。ふむ、なるほど君は実に一般的な少年なのですね」   

 

 ホセは嫌がる様子もなく近藤の愚痴を聞き少しだけ考えた後口を開いた。

 

「一般的?」

 

「ええ、言い方を変えればその他大勢と言いますか。才能に恵まれた他の方々と違ってきっと君こそが標準なのでしょうね」

 

 近藤こそが普通であり他のクラスメイトは特別なのだと言ってるのも道義だった。そしてそれは実にその通りでもあった。なにせ薄々とそう思っていたのだから。 

 

「日本と言う君たちの故郷を私達は詳しくは知りません。ですが近藤君の様な方々が一般的で常識的なのでしょう。なら恥ずべきことではありませんよ。君は巻き込まれただけの一般人なのですから」

 

「……」

 

 ホセの言い方は存外厳しい。トゲや皮肉が混じっているのもあった。だが言い返すこともない。事実なのだから

 

「なら、俺のやってることは無駄なのかな?」

 

「どうでしょう。彼等の追いつくのは無理かもしれませんが無駄になるとは…まぁこれは君が判断することです」

 

 私は貴方ではないので。そう言い終えると去っていくホセ。訓練はこれで終わりらしい。やる気がなくなってしまったのでこれ以上しても無駄だと気付かれてしまったのかもしれないが。

 

「…本当に俺はどうすればいいんだ?」

 

 答えのない問いに返す者はいない。当たり前だ、この問題は自分で答えを出さなければいけないのだから。

 

 

「はぁ……」

 

 悩む近藤に比べて空は澄み渡るような快晴。いっそ憎々しげに思えたほどだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の意思と言う物を感じたのは何時頃だったか良くは覚えていない。だが気が付けば親の言う事ばかりを聞いていた気がする。

 

 アレをしろコレをしなさい。その言葉に普通は反感を持つのだろうが自分は楽だと思っていた、考えなくてよかったからだ。

 

 

 特に考えず思わず、只々日々を過ごしていた。それは人にとっては変だろうが少なくとも自分にとっては幸せだった。

 

 

(だから、今まではそれで良くて…?)

 

 ふと、周りを見渡す。辺りは暗くいつの間にか夜になっていたようだった。そんなにぼーっとしていたのだろうか、訝しむ様に自分の記憶を掘り下げようとすると急に腕を掴まれる

 

「おい近藤!何やってんだよこんな所で!?」

 

「…檜山?」

 

 腕を掴んでいたのは友人の檜山大介だった。…その筈なのにどこかおかしい、いつもは見せないどこか焦ったような声、何やら引き攣ったような表情。とてもではないがいつもの友人ではない。

 

「今からメルド達と合流するんだよっ!お前も早く来いっ」

 

「え?何で?」

 

 余りにも急かしてくるので素頓狂な声が出てしまった。本当に混乱して出た言葉なのだが檜山はその問いに面倒そうに顔をすくめ舌打ちさえし始めた。気のせいか殺気を向けられた気さえした。

 

(…檜山が俺に?)

 

 檜山大介とは短い付き合いである。高校生になってからの友人で冗談を飛ばしたり下らない会話をする仲ではあるが一度だって喧嘩をしたことは無かった。それだけ檜山が精神的に大人だったりもするのだが、こんなイラつかれたような顔をはされた事なかったのだ。

 

 檜山の態度の変わり様に困惑しているとその疑問を軽く吹っ飛ばすような事件が起きた

 

「何でって…魔人族が攻めてきたんだよっ!」 

 

「はぁ!?」

 

 今まで何の異常事態もなかったのに何でいきなり魔人族が攻めてきたのか。今朝まではいつもと何ら変わりない日常だったはずなのに。

 

 いつもとは打って変わっておかしい友人に魔人族が攻めてくる異常事態。訳が分からないままに流されてしまう近藤だった。

 

 

 

 

 

 

 そうして何やら騎士たちが集団で待機しいてる広場に他のクラスメイト達と一緒に付き…状況を把握しようとしている中でそれは起きた。

 

ブスッ!

 

「…あ?」

 

 突然背中から刺され痛みを感じる間もなく地面に倒れ伏す。意味がワカラナイ理解が追いつかない、必死に思考を整理しようにも変わりゆく状況がそれを許さない。

 

 自分と一緒に居たクラスメイト達もまた同じように周りの騎士たちの手によって次々と地面に倒れていく。倒れたクラスメイト達は運が良かったのか悪かったのか一撃で死ぬようなことは無く苦悶の声を上げていく。

 

(なんだ?…敵は魔人族じゃ?どうして騎士団が?…どうすればいい?俺はどうすればいいんだ?)

 

 痛みは無くしかし体は騎士によって押さえつけられているので動かない。落ち着いているのに混乱のせいで上手く思考を回せない。…日頃のなぁなぁ主義がここにきて自らの窮地を招いてしまったのだ。

 

 

「アハハハッ」

 

 誰かの笑い声が聞こえる。混乱のままその笑い声を上げた人物を見るが暗闇のせいだろうか全く持って顔が見えない。

 

(何だ?何が起きているんだ?)

 

 自身は疑問でいっぱいでしかし当たり前だが誰も応えてくれる者はいない。分かるのが笑っている人物が誰かを嘲笑っている甲高い声だけだ

 

「ひ、やま。教えてくれ、何が…!」

 

 訳が分からずとも友人に事の状況を聞こうとした時、悪寒が走った。笑っていた人物がこちらに近寄ってきたのだ。

 

 その手には短剣が握られており、顔は全くわからないのにニタニタと笑っているのだけは確認できる。

 

 …どう見ても考えても自分を害しようというのだけは理解できた。

 

 

(何だ!?どうして!?どうして俺なんだ!?俺が一体何をしたってんだ!なぁ誰か教えてくれよ!!)

 

 

 視線が短剣に固定されたまま何も出来ない。逃げようにも体は不思議な事に縛られたように動かない、そもそも騎士によって体を拘束されている。それでも心は必死に叫び声を上げる。

 

 今まで流されるように生きていた、何も考えず何も思わず、人の動くまま望むまま。そんな近藤は今初めて必死に声を上げていた。

 

「や、止めろ!嫌だっ俺はまだ死にたくなんてっ!? あがっ!が、ぐぅぅぅう!?」

 

 制止の声は状況を止める事もなく、突きつけられた短剣は近藤の胸…心臓をゆっくりと突き進んでいく。哀れな事に身体能力が上がったせいか

一気に突き突られぬことは無くまるでいたぶる様に短剣は沈み込んでいく。

 

(痛い!嫌だ!どうして!?痛い痛い痛い痛い!!!誰か助けてくれ!)

 

 悲鳴を上げるその声を聴く者はいない。心臓を突き刺されたせいで呼吸ができなくなりゴボゴボと口から鮮血が溢れだしてゆく。胸から流れる血がまるで涙の様に近藤の服を真っ赤に染め上げる。

 

(い、いやだ…こんな所で死ぬなんて俺は嫌だ! 俺は…俺は

 

 

 

  死にたくない! 生きたい!

 

 

 

 

 近藤は初めて声を上げた、誰もが聞けぬその望み、今までなぁなぁで生きていた自分が初めて心の底から望んだことは死にたくない、生きたいという誰しもが持つ当たり前の事だった。

 

 だが現実は無情だ、必死にバタつかせていた手足はどんどん力を失くし、張り上げていた声は徐々に弱弱しい物へと変わっていく。

 

「あ、あぁ…ぐぁ…」

 

 小さな声は自身の望みを言えぬまま虚しい空気だけを吐き続け…そして止まった。

 

(どうして…いや…だ…誰か…)

 

 後に残ったのは何もない只空虚な後悔のうめき声だけだった…

 

 

 

 

 

 

 

「…ください」

 

 誰かの声がする。ぼやけた頭でそんな事を考えていた。

 

「起き…さい、こんな所で寝ていると」

 

 耳に入る声はこちらを心配するような声。その声にふと皮肉気な声が漏れる。自分はもう死んだって言うのに一体何を心配するのだろうか。

 

「近藤さん、こんな所で寝ていると風邪をひきますよ?」

 

「…うん?あぁ?」

 

 肩を揺さぶられぼやけた視界を開ければそこには銀の髪と翠色の目をした女性がこちらを見ていた。

 

「あ?ここは…」

 

「訓練所ですよ。うたた寝をするのは結構ですが、こんな場所では風邪をひいてしまいます」

 

 見渡せば確かにそこは訓練所だった。一体いつの間に寝ていたのだろうか。

 

(確かホセさんと話していてそれから……!)

 

 記憶を思い返した瞬間、強烈な吐き気に見舞われる。慌てて口を押え立ち上がる。

 

「ちょっ!?大丈夫ですか!?」

 

 女性の声に返すことも出来ず突き飛ばす様にして走り出す。もう女性が居たことさえどうでもいいぐらいの吐き気だった。

 

 

「うおぇ!おえええ!ごぼっ ごほっ!」

 

 洗い場に突き胃の中にある物を堪らず吐き出す。中身をすべて吐いて、それでも悪寒は止まらず吐き続ける。

 

「おええええ!!!」

 

 自分の心臓に短剣が突き刺さった感触はまるでリアルそのものだった。噴き出す鮮血に吐き出した吐血。徐々に体の力が無くなり薄ら寒く死ぬという悪寒その物。

 

「…何で…俺は生きて…うぇぇ」

 

 胃液しか出てこない。それでもまだ、自分が死んだという実感を消す様に吐き続ける。冷や汗と震えが止まらない。

 

 それほどまでに先ほど見た物は強烈だったのだ。クラスメイトの危機と言う物では感じなかった、橋の一件で感じた恐怖を上回る末恐ろしい物があの白昼夢にはあったのだ。

 

 えづき、涙を浮かべながら震えていると懐かしくもいつも聞いている声が聞こえてきた。

 

「うん?そこにいるのは近藤か?」

 

「ひ、檜山か?」

 

 そこにいたのは友人の檜山大介だった。首を傾げ乍ら歩み寄ってくるその姿はあの白昼夢と似ているようで…思わず後ずさった。

 

「ひっ」

 

「お前、吐いてんのか?一体どうしたんだ」

 

 しかしそんな様子の近藤に気にした風でもなく檜山は鼻を詰まらせると近藤の容体を伺ってきたのだ。目の前には顔を青くしている友人に酸っぱい匂いがする洗い場。違和感を覚えるのは無理なかった

 

「な、なあ檜山、俺生きているよな?死んでいないよな?」

 

「あ、何を言ってるんだお前」

 

 多少の恐怖を感じたが歩いてきた檜山があの夢とは違っていつもの檜山大介であると思った近藤はどうしても気になる事を尋ねてみた。

 それは自分がちゃんと生きているのかどうかの確認だった。たとえ夢から覚めても恐怖だけは消えなかったのだ。

 

「…ちゃんと生きてるぜ。顔色は悪いけどな」

 

「そっか、そうだよな、夢に決まってるよなあんなもん」

 

 生きていると言われホッとする。自分は死んでいないと確信を得有られることが出来てひとまず呼吸が落ち着いた。

 

「おい、近藤一体どうしたってんだ」

 

「あ、ああ。…さっきヒデェ夢を見たんだ」

 

 檜山に問われ顔を引きつかせながらも先ほどの夢を語る。白昼夢と呼ばれるほどの酷い悪夢。騎士団が裏切りクラスメイトの誰かが嘲笑いながら自分を殺してくる夢。改めて話すと余りにも現実離れしすぎている夢だった。

 

「ひ、ヒデェ夢だったぜ。あんなもん夢に決まってるよな、なぁそうだろ檜山」

 

 自分が死ぬ夢なんて余りにも縁起が悪過ぎる。だから友人に鼻で一笑してほしかった、それなのだが…

 

「……チッ」

 

「檜山?」

 

 檜山は何故か忌々しそうに顔を竦めた。それはまるで檜山も見ていたような顔で…だが檜山はその顔を失くすと近藤に向けて鼻で笑った。

 

「夢に決まってんだろそんなもん。ったく心配性が過ぎてビビっちまったのか?」

 

「んんなわきゃねぇだろ。ちっと疲れすぎたんだよ、俺はお前と違って繊細だからな」

 

「あ?近藤テメェこの俺が鈍い鈍感野郎って言いてぇのか」

 

「ちげぇよバーカ」

 

 悪態をつきながらもそれはいつものやり取りだった。両者とも怒った訳では無い下らないやり取り、たったそれだけで心が軽くなっていくのを感じて行く。

 

「はー テメェは色々と考えすぎなんだよ、おらっこれで頭を冷やしやがれ!」

 

 大きなため息をついた檜山は洗い場の水を近藤に掛けてくる。冷水が顔に掛かり水浸しになる。本来なら不快なその冷たさが気持ち良かった。

 

「うわっテメッこのっやりやがったな!」

 

「はっ!近藤確かお前水魔法にも適正あったんだろ、だったらこの水でちったぁ顔を洗ったらどうだ!」

 

 確かに水魔法に適性はある、だからと言って水をかけてくるのはいかがなものか。水を掛けられた近藤は今度はお返しにと水魔法『水球』で檜山に水を掛ける

 

「ここに…ああもぅ面倒だ!喰らえおらっ!」

 

「うおっ!?やりやがったな!」

 

 詠唱を途中で打ち切り水を直接檜山にぶつける。ほぼ無意識で詠唱を破棄した魔法は途絶える事無く檜山に当たり、檜山を水浸しになる。詠唱を破棄した魔法、それが意味することを近藤は気付かずしばしの間檜山に向かって水をかけ続けるのであった…

 

 

 

 

 

 

 

「死にたくない、か」

 

 王都にある噴水広場にて近藤は水面に映った自分の顔を見つめていた。その顔はどこか憑き物が落ちたような顔だった。

 

「そりゃそうだ、誰かってこんな所で死にたくねぇもん」

 

 思い返せばその通りだった。流れだとか言われてきたとかはあるが、死ぬために生きてきたのではないのだ。 

 

 

 あの夢は結局、自分の悩みが見せた白昼夢なのだろう。檜山が去り際に難しい顔をしていたが近藤はそう思う事にした、だってそうしなければあの夢は正夢になりそうだったからだ。

 

 

「…死なない、死にたくない。生きていたい」

 

 なんの為にと問われれば意味は無いというのだろう。だが誰かって死にたくはないのだ。そんな自分の根本的な思いに気付くの随分と時間が掛かってしまった。

 

 ホセは言っていた、自分は一般人だと。確かにその通りだった。周りに流されるまま生きていた人間だ、自分の意思を持たず影響力のある人間について行くだけのその他大勢なのだ。

 

 それは今後も変わらないだろう。今後の生き方に大きな変化は訪れないだろう。

 

「だけどそれでいいんだ。…無理に変わる必要はないんだ」

 

 人の生き方は無理に変えられない、だけどそんな自分でも望みがある。ただ死にたくない生きていたいというちっぽけながらも尊いものがあったのだ。

 

「俺は死なない。…生きるんだ」

 

 生きたいというこの原動力を力にしよう。死にたくないという執念を力に変えてみせる。

 

 

 そう覚悟を決めた近藤を祝福する様に噴水は大きく水しぶきを上げるのだった。 

 

 

 

 

 

 

 




色々と悩んで考えましたが結局はこの路線で行きます


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錬成師の過去

 

「ハジメ、面白いゲームを買ってきたぞ!」

 

「ハジメ、漫画は楽しい?」

 

「楽しいよ、面白いよ。…ありがとうおとうさんおかあさん」

 

 父と母が勧めてくれたサブカルチャーはまさしく自分の人生の一部となった。その事に感謝している。

 

 

 

 

 …でも、だからと言ってそれが良い結果を招くとは限らない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、聞きたい事があるんですけどいいですかー」

 

「あん?何だってんだ急に?」

 

「このハイリヒ城下町の詳細が掛かれた大きな地図ってあります?」

 

「あー確か…あったぞー」

 

「くださーい」

 

 

 職場の先輩に頼みハイリヒ町の地図を譲り受け拠点の机に広げる。ニートに案内してもらった箇所を思い返しながら一つ一つポイントをマーカーで丸を書き込む。

 

「僕達の拠点を心臓部分だとして…」

 

 マーカーで効率のいい場所を決め、線を這わせて一つ一つ計画を練っていく。修正と訂正の繰り返しをして地図に書き込みを続ける。

 

「魔人族を侮ってはいけない。…残り時間は少ない」

 

 今まで考えていたことがふと口から出てきた。カトレアと言う女を見てから確信に変わった。それは魔人族の脅威だ。

 

 魔人族の魔法がどんなものなのかあくまで想像することしかできなかった、だがオルクス迷宮に実際カトレアが居たのだ。人間族の領域に誰にも発見される事無く。危惧していた想像は現実となる。

 

 

 魔人族は姿を消す魔法か又は空間を転移する魔法を持っている可能性がある。それも大量の魔物も一緒に出来るほどのものが魔人族は使えてしまうのだ。

 

「僕達は戦うことが出来ない能力だ。才能的にも精神的にも。でもだからと言って何もできないわけじゃない」

 

 オーヴァードの力に覚醒した自分と親友は後方支援がメインの能力だった。中野の様に前線切って戦うのは不得意であり何より自分と親友は中野と違って普通の高校生なのだ。正面切って戦うほど覚悟は決まっていない。

 

 だからこそ、モルフェウスとソラリスの力を生かした防衛戦を練る必要があった。攻めるために力を使うのではなく自分達を守るために力を使うのだ。その為のアイディアは自分の力が判明した時から形となっていた。

 

 

「過剰防衛だって言っても恨まないでよ。僕達は…僕は只大切な人を守りたいだけなんだから」

 

 

 地図を睨めながら作業の順番を考える。ひとまずは、拠点に秘密の地下室を作るのが先決か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 父親はゲームクリエイター 母親は少女漫画家。この二人の間に生まれた自分はそうなるべくオタク趣味を持つこととなった。

 

 無論それは両親が熱心に勧めてきた事や自分から両親が没頭している事に興味を持ったからでもあった。

 

 父親と母親が勧めてくる世界は独創的でしかし魅了する世界だった。ゲームも漫画も存在するだけで世界があり幼かった自分の見識を広げてくれることとなった。

 

「ハジメ!一緒に対戦ゲームをしようか!今度は負けないぞ~」

 

「ハジメ お母さんの勧めた漫画面白かった?感想を聞かせて?」

 

 今にして思えば、小さい頃の自分に熱心にサブカルチャーの面白さを勧めてきたのは自分たちのやっている仕事がどんなものなのか理解してもらうためだったのかもしれない。

 

 又は、家に居てもゲームや漫画の事ばかりで自分(子供)に構ってくれない事を誤魔化すためか。

 どちらにせよ両親の勧めは確実に自分がオタクへの道ヘ進む事の一端となった。

 

 …もっとも寂しくないと言えば嘘にはなるが。

 とは言え休日を一人で過ごすことにも慣れていたし両親ともに共働きで家にまで仕事を持ってくるのが仕方ない事だという事を幼いころからちゃんと理解していた。

 

 

 小学校に入学して、自分の持つゲームや漫画の知識は友達を作る事に貢献してくれた。はやりのゲームの攻略法に漫画の考察。小学生の他愛のない雑談はクラスを盛り上げてくれた。

 

 でもそんな日は長くは続かなかった。それがいつ起こったのかいつそうなったのか分からない。だがいつかはそうなってしまう事だったのかもしれない。

 

「ゲームをする人って気持ち悪いよねー」

「そうだよねー漫画が好きって頭おかしいんじゃない」

「何であんなのに必死になれるんだろうねー」

 

 

 ()()()()()()()()()。 

 

 

 クラスでゲームや漫画の話をするのは気持ち悪いという風潮が広まったのだ。ゲームをして外で遊ばない子供は恥ずかしい。熱く漫画の事を語るのは気持ち悪い。登場人物のことを好きだと言うのは変な目で見られアイツはおかしいと陰口をたたかれる。

 

 今ならなんとなく想像できる。ただ単に相手の事を否定出来る何かがほしくなりそれがたまたまオタク趣味だった。それだけの事でそんな事だろうと今なら分かる。

 

「……え?」

 

 だがまだ小さい頃の自分は周りのそんな変化についていける事は出来なかった。今まで漫画やゲームで盛り上がり話をしていたクラスメイト達が

一蹴にして自分の知らない話題で盛り上がっていたのだ。

 

 ここにきて自分がゲームや漫画しか興味がない事が裏目に出てしまった。両親が愛した物しか無かった自分はクラスメイトたちのする話についていけなくなってしまったのだ。

 

 スポーツ、服装、雑誌。芸能人、テレビ番組にニュースの事さえ。クラスメイト達の話すことがゲームや漫画に没頭していた自分には何もわからなくなってしまったのだ。

 

 

 そこからの小学生時代は只々虚しい日々だった。

 

 

 イジメられているわけではない。物を隠されたことなんてないし暴言を言われたわけではない

 

 暴力を振るわられた訳ではない。殴られるとか蹴られるなんてことは無かった。

 

 無視をされた訳では無かった。話しかければ返事は返してくれる。

 

 

 だが、自分は興味のない事には致命的なまでに要領が悪く、皆についていけなくなったのだ。皆が話すそれぞれに面白いとは思わず惹かれる者なんてなかった。

 知ろうとしても直ぐに飽きが来てしまった。…小さなころからの積み重ね(両親の愛)を無駄にしたくなんてなかった。

 

 

 クラスメイト達の会話に混ざれなくなり独りぼっちになる事が多くなった。休み時間は教室から逃げる様にトイレに行き、昼休み時間は図書室に引きこもる。…友人と言う物は自然と無くなった。

 

 

「ハジメ?どうかしたの?」

 

「どうしたそんな暗い顔をして?何か学校であったのか?」

 

 家に帰りふとした瞬間に漏らしてしまった感情に目ざとく気が付いた両親はそう聞いてくる。学校で何かあったのかと、大丈夫なのかと。

 

 そうした両親にいつも返す言葉は決まっている。偽りの表情を貼り付け満面の笑顔で

 

「ううん。何でもないよ!そんな事よりもっと僕に面白い話を聞かせてよ!」

 

 両親は仕事に忙しい。家に帰る時間は遅く家にいても残った仕事がある。自分との接する時間は僅かしかない。だから気づかない。気付かせなんてしない。

 

 いつも聞かせてくれる話が学校では意味のない物に変わっているなんて、学校で独りぼっちでいるなんて、嘘をつき続ける両親に余計な心配を掛けさせたくなかった。

 

 

 学校では話題に乗れず独りぼっち。

 

 家では嘘をつき続けて独りぼっち。

 

 

 どれもが自分のせいでどれもが自分が悪い事。それを誰よりも知っているからこそ何もできない。

 

 

 自分の気持ちを押し殺しずっと一人で、只々虚しい空虚な人生だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

「拠点は心臓の役割。体中に血管を張る様にして…」

 

 秘密の地下室を作り出し、一度拠点へと戻ってもう一度作業の順番を確認する。計画は念入りに慌てず段取りをしっかりと組んでから。

 

 日々の錬成師としての仕事がこんな所で役に立つなんてわからないものだと一人苦笑しながら地図を眺める。

 

「…上手く行く可能性は低いけど、やるだけの価値はある筈」

 

 ハイリヒ城下町の全体図を見渡して一息。日々の鍛錬で鍛えた錬成の力と異能のモルフェウス。この二つを駆使すれば、作業はかなりの早さになる。実際一部屋分の地下室は数十分で出来上がったのだ。鍛えればもっと早くなる可能性がある。

 

「…本当ならこれを量産した方が良いんだろうけどね」

 

 呟き、手の中にあるペンをモルフェウスの力を使い銃へと変化させる。出来上がったのはミリタリーマニアには有名な突撃銃AK-47カラシニコフだ。

 

『ハンドレット・ガンズ』

 

 自分の手中にある物質を変換し射撃武器を作り上げるモルフェウスの力の一つ。出来上がった銃は形を知っていても中身がどんな形ですら知らないその筈なのに、動作不良を起こすこともなく簡単に出来上がってしまったのだ。

 

「映画やゲームで見た銃を作り上げる。対して労力はいらず時間もかからない。…そして僕はこれを量産できる能力を持っている」

 

 モルフェウスの力は規格外だ。常識を覆し超常の力を得ていると言える規格外さ。そして自身の天職の技能『錬成』最近モルフェウスの力が関係しているのか 〝自動錬成〟〝複製錬成〟〝高速錬成〟等々恐らく高等技術の技能が芽生えてきているのだ。

 

「この力があれば銃を何丁、何十丁、何百丁だって作り上げることが出来る。兵士はともかく非戦闘員すらも武装することが出来る」

 

 殺傷するためには相手に狙いをつけて引き金を引く。簡略化してしまうが要はそれほどの気楽さと簡潔さで誰でも武装できるのが銃の強みでもあり力だ。恐らく本気でやればこの城下に住む住民全員が有事の際には戦えることが出来てしまうだろう。…親友の狂化薬なども使えばなおの事だ。

 

 だがしかしそれでいいのだろうかと言う善性がストップをかけてくる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。…撃てればいいって話じゃないんだよ」

 

 引き金を引くだけで人を殺せる力を持つという事はすなわち倫理観の欠乏を招く事となる。なにせ人を撃つ感触なんて無く、あるのは引き金の重さと衝撃と反動だけだ。…こんな事を続けてしまえば人はどうなってしまうかどう変貌してしまうのかなんて火を見るより明らかだ。

 

「だから僕は銃を作らない。…銃は要らない、もっと別のアプローチを使ってこの防衛拠点を作り上げてみせる」

 

 その為にはこの計画を緻密に立てて練らなければいけない。そして出来上がった日には親友の力…ソラリスの力を当てにしなければいけない。

 

 親友の力を頼る事には罪悪感が募るが、そんな猶予はさほど残されていない。どう親友を説得するか、問題はそこであり、なんやかんやで協力してくれるとは思ってはいるが…そこら辺は何とかなるだろう。

 

「ふぅ…少し休憩しようかな」

 

 頭を使いすぎた様だ、少し休憩を挟むことにする。焦っては作業の効率が下がり思わぬ見落としをする可能性がある。これもまた仕事で覚えた教訓だ。

 

 冷蔵庫から親友が適当に作ってくれた疲労回復薬を混ぜたジュースを取り出しのどを潤す。疲れた体に冷えたジュースは最高の一杯だった。

 

「勤労してからの一杯は最高だね。…ふふっ」

 

 冷蔵庫には色々と飲み物が置かれている。親友が気を聞かせて用意したもの単純に飲みたい物色々と勝手に用意してある物が多い。

 

「……柏木君」

 

 親友の名を呟き目を閉じる。ほんの少し疲れたので体が休養を訴えているようだ。そのまま意識が薄れていく。

 

 

 

 

 

 

 どうしようがなくとも月日は流れていく。小学校卒業は余りにもあっさりと訪れた。皆が寂しさや別れなどで涙を流す中 自分はというと何の感傷もなかった。

 

 息子の立派な姿にむせび泣く両親を複雑な感情で一瞥しながら、次に始まるであろう中学校時代の事を考える。

 

 幸福にも中学では小学校時代の知り合いは一人もいない。居たとしても記憶になんか残らないしどうだってよかった。ただ自分がどうなっていくのかが不安だった。

 

 結局オタク趣味以外の事は何一つ興味を持てることもなく中学校へと入学する。未知へのドキドキとする不安とまたオタク趣味が悪趣味だと蔓延する空気になるのかという不安が混じり合いながら入った中学校。

 

 

 そこで自分は誰よりも何よりも大切な人と出会う事になった。

 

 

 実際の所出会いはあんまりよく覚えていない。休み時間偶々話をしたのか、それとも授業の時近くにいたから。もはやそんな出会いすら忘れてしまうほど彼とはいつの間にかつるんでいたのだ

 

「おーい南雲~エンディング見た~?」

 

「見たよ。まさしく感動したね。そっちは?」

 

「まだ!何あのラスボス!?ほぼ詰んでいるんですけど!」

 

「あはは、まだまだ精進が足りないね」

 

 こんな何でもないやり取り。只の雑談で日常会話。人とまともに話したのがこれが実は3,4年ぶりだと話したら相手は驚くだろうか。そんな思いを載せながらも親友…柏木との一緒に居る時間は増えて行った。

 

 いや、ほとんど一緒に居たと言っても過言では無かった。休み時間は適当にグダリ昼休みもこれまた一緒に図書室へ突撃したり。放課後は教室で宿題をして帰ったらお互いの家に遊びに行くかどこかの店を適当にふらつくか。

 

「明日は休みかぁ…さて、どうしよっかなぁ~」

「あ、あのさ」

「うん?」

「もし暇ならさ…今夜僕のうちに泊まりに来る?」

「ふぉっ!?」

「えええっと無理ならいいんだよそっちだって準備があるんだしってそうだよねいきなりは無理だよねあははごめん僕つい」

 

「誘われたのなら致し方ない!行くべ!お世話になりますべ!」

 

「へ?…いいの?」

 

「え?駄目なの?」

 

 駄目もとで自分の家に泊まりに来ないかと誘えば快く快諾してくれる始末。それがどれだけ嬉しかった事か。きっと親友にはわかるまい。

 

 

 学校が終れば家に集合して夕飯は家族が忙しいのでコンビニで適当に買った物を適当に摘まみながら声を潜めつつ騒いで遊んでふざけ合って…深夜になれば流石の眠気に負けてお互い眠る事に。

 

「zzz……フゴッ!……zzz」

 

「ふふ………グスッ」

 

 呑気に眠っている親友を見ると涙が出てきた。悲しくて泣いたのではない。嬉しくて涙が出てきてしまったのだ。

 

 

 漫画やゲームをしていればある程度の願いや願望が出てくる。それはいつかゲームの世界へ行ってみたいだとか漫画の主人公のようなドタバタの忘れられない出来事を体験してたいだとかとても可愛い女の子に恋されたいとか色々とあるが自分のは単純な事だった。

 

 

 親友がほしい。ふざけ合って馬鹿をやっていつまでも一緒に笑っていられる友達が欲しかった。

 

 

 小学生の時願ったそれ、いつも一人である以上どうしようもなく毎日が寂しかった。学校では独りぼっち。家では嘘をつき続ける。安息など無い日が続けば妄想のように願いを望む。それが自分の場合親友だった。

 

 諦めを持っていたその願いは割と簡単に叶えられた。今一緒に眠る親友は自分が喉から出るほどに欲しかったものだった。

 

 だから失くしてしまう事を極端に恐れた。そんな事は無い、ある筈がないと思いつつも心の奥底では一人になる事を恐れた。

 

 

 中学生活は順調で楽しかった。傍に友人がいるこれだけで世界は色を変えてくるのだ。興味もなかった事柄や世間が急に彩り良く見えてくる。一つも気にならなかったテレビの向こうの世界や周りの身近なものが目に入ってくるようになってきた。話すことのできる友人も増えた、付き合いが楽しくなった。

 

 たった一人の友人のお陰で自分の世界は広がった。

 

 

 自分を変えてくれた世界を変えた大切な人はかけがえのない物へと変わっていく。只の雑談が無性に面白くふざけ合う事がどれだけ素晴らしく心が落ち着く事か。

 

「なぁ…最近お前女の子に狙われてね?具体的に言うとストーカーされてね?」

 

「え?なにそれ初耳なんだけど」

 

「あの電柱に身を隠しているあの娘の事だよ。南雲の好みドストレートの」

 

「あははそんな女の子いる訳………いた。え?本当にいたんだけど…って逃げちゃった」

 

 自分好みドストレートの女の子のストーカーができるというちょっとしたハプニングもあったが中学生活は順風満帆だった。

 

 勿論それにも終わりが来るのもちゃんと理解していたが。 

 

「高校か。 うぅーん」

 

「柏木君はどうするの? …決めたの?」

 

「…実はやりたいことがあんまり見つからなくて、それで俺でも入れるような高校に行こうかなーと」

 

「そっか。 ………そう、だよね。それが普通だもんね」

 

 中学が終われば次は高校生になる。…この気楽な付き合いができる親友とは離れる可能性だってあるのだ。その事に内心怯えていた。

 

「???んで、入ろうとしているのはここ何だけど」

 

「……その学校、僕の希望と同じ場所じゃん」

 

 離れ離れになる。そう覚悟していたがあっさりとその決意は霧散してしまった。一緒だねーと苦笑したが実際の内心は小躍りするほどうれしかった。

 

 

 そして高校に入り、憧れだった高校生活が始まっていく。

 

 

 世界は広がる、世界は彩りを増していく。

 

 

 世界は多様な形を見せる。世界は安寧と歓喜に包まれていく。

 

 

 

 掛け替えのない大切な人のお陰で自分は生きているのだ。

 

 

 

 

 

 

「…君?眠っているの?」

 

 誰かの声がする。ぼんやりとする頭でそんな事を考え乍ら自分の先ほどの夢を反復する。誰かに見られているような気がしたが気にしなかった。

 

 高校生活に入りまた親友と一緒だった自分はこれまで通り楽しい日々を過ごした。くだらない雑談にゲームや漫画。サブカルチャーは色々と経験した。

 

 友人も出来た。清水幸利と言う最初は暗く根暗そのものと言ったオタクだったが親友の底抜けの明るさと馬鹿騒ぎに巻き込まれて徐々に明るくなっていった。今では親友の馬鹿な言動に溜息と苦笑を漏らす仲だ。

 

 からかう相手も出来た。檜山大介とその連れの面々。恐らく元自分をストーカーしていた白崎香織に好意を抱いているため突っかかって来るのか悪態をついてくるが割とかわいげなものだった。これが悪辣で悪意に満ち溢れていたら相応の事を仕返しするが根が善良であるため揶揄う程度だ。

 

 変なクラスメイトもいる。特に印象が残らないがそれでも割と適度な付き合いができる永山たち。

 好青年を発揮して学校中からモテている天之河とそのお供坂上龍太郎。偶に面倒な時もあるが許容範囲内だ

 

 

 元ストーカーの白崎香織とも同じクラスメイトになった。いつの間にかストーカーをやめていたがまさか同じ高校に入って同じクラスメイトになるとは思わなかった。視線を感じる時が頻繁にあるが日常生活を邪魔するわけでもなく時たま微笑を返せば顔を真っ赤にするのでそれはそれで気分が良かった。

 

 幸せな日常。得難い幸福。だがそれは突然壊れていく。

 

「南雲君? もしもーし …熟睡中?」

 

 異世界召喚。ここまでならまだ許せた。何だかんだで憧れがあったのは本当の事であるし興奮したのも事実だ。中世の武器に現実ではありえない魔法。楽しいと思ったのは事実だ。

 

 でもそのせいで大切な人が傷ついてしまうなんて…自分の考えは余りにも浅はかだった。

 

 血を流し命を失っていく親友。その事に無力感と怒りが湧き上がった。

 

 

 戒めるのは自分の油断と慢心。もっとしっかりとしなければいけなかった。もっと考えなければいけなかった。故に計画を練る必要がある。自分の得意分野で自分の持ち味を生かして。

 

「……ゴクリ」

 

 自分の天職錬成師とオーヴァードの能力モルフェウス。どちらも共通するのは物質変形の力であリ物質創造でもある。この力を生かす方法をとるのなら可能性は無限にある。だから早急に力を練り上げ鍛錬を繰り返して力を付けなければいけない

 

 

「……うん?」

 

「……あ」

 

 目をパチリと開けばそこには何故か眼前に白崎香織の顔があった。ほんの少し顔を前に動かせば唇が触れそうな距離。相手はまさか起きるとは思わなかったのか硬直している。

 

 これは夢だ。まだ頭がぼんやりしているしそもそも彼女が目の前にいる筈なんてない。そう考えるとまだ頭がまどろみに入りたがっている。

 

「こっここれれれは、ちちがうのっわひゃ!?」

 

 目の前で弁解している白崎香織似の少女を抱きしめて眠りに入る事にする。どうせ夢なのだ何をしたって許されるだろうしそもそも拠点に勝手にはいってきた彼女が悪いのだ。

 

 椅子に座りながら微睡んでいたので自然と彼女がこちら側に倒れ込むような体制となるが、思ったほど重くはなかった。

 寧ろ鼻腔くすぐる様な甘い匂いと柔らかな彼女の肢体が非常に気持ち良い。

 

「はわっはわわ抱きしめ…おっおっ♡」

 

 何やら変な声が聞こえ左肩が熱くなっているような気がするがもはやどうでもいい。そんな事よりも彼女もまた守らなければいけない。大切なものは増えていくのだ。

 

「うぃーっす ただいま~って…え?」

 

「おっ♡おっ♡ 南雲君のにおいがしゅるの~」

 

「なぁにこれ」

 

 親友が帰ってきたようだ。困惑しているがそれもどうでもいい、寧ろその瞬間を見逃さない。

 

「ちょっ!?赤い糸!?おい南雲お前何して、うわっ!」

 

 赤い糸を錬成し親友を即座に捕獲する。そのまま巻き上げてこちらまで引きずるように動かすのは造作もない事だ。

 本来なら抵抗できるであろう親友は不覚を取ってこちらまで引きずられてしまい、空いた右腕でがっちりとその腕を掴む。

 

「おい南雲お前寝ぼけていんのか!?と言うよりなんで白崎が…ひぃ!?」

 

「はぁはぁ南雲君南雲君…あぁ~まさしく天国ッ!」

 

「おまっ! お前鼻血で顔面ひでぇ事になってんぞ!?」

 

 左腕には最愛の彼女、右腕には最高の親友。掛け替えのない大切なもので絶対に手放したくない大切な物。

 

 一度は手放させざるを得なかった。それが彼の為だったし彼女もまた納得してくれた。

 

 

 でも今回は絶対に離さないと、そう決心したのだ。

 

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 父と母が教えてくれたサブカルチャーは好きだ。自分の人生となったと言っても過言ではない。

 

 しかしそれはあくまでも出会いに恵まれたからだ。もし彼に出会わず一人のままだったら…

 

 

 

 帰る為の理由にならない事に許してほしいが、それぐらいあの両親なら笑ってくれるだろう

 

 

 

 

 

 



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悪夢の中で

みんな大好き光輝君の話。
この物語最高峰の捏造設定の話です。


 

 

 祖父との過ごした日々をいつまでも覚えている。自分のヒーロー、誰よりも大切な人。

 

 あの約束を何時も守り続けてきた、いつもいつもずっと忘れない様に。

 

 ………それがどんなに難しいか理解しても守ろうと思った。

 

 

 

 それが全ての間違いだった

 

 

 

 

 

 

「なぁ 相談があるんだが…いいか」

 

 いつもの日々、珍しい来訪者はなんと坂上だった。何やら深刻そうな顔はどうやら相談事がかなりの内容と見て取れた。

 

「どったの?」

 

 椅子に座る様に促せ、お茶を用意する。礼を言うと坂上は大きな息を吐いた。どんな事を考えているかは知らないがかなり参っているようだった。

 

「…実は、お前に頼みたいことがあるんだ」

 

「頼み? まぁ俺にできる事なら構わんけど」

 

「そうか。 …ある奴の面倒を見て欲しい」

 

 あ、この流れ知ってる。何を言いたいのかだれの事を頼もうとしているのか分かってしまう。なら坂上にも色々と事情を聴かないと駄目だな

 

「光輝の事なんだが…」

 

 やっぱりと言うか坂上が話すのは天之河の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭痛がする 吐き気がする 体は怠く 平衡感覚が無い。

 

「…俺が…守るんだ」

 

 出てきた声はガラガラで錆びついた機械のような音だった。

 

 それでも歩みは止められない、全ては――の為に

 

「俺しかいないんだ…」

 

 天之河光輝は自身を顧みる事もせず訓練所へ向かう。

 

「勇者ならきっと…」

 

 手にした剣は以前よりずっと重かった。片手では持ち上げられず両手の力を使って、体中から悲鳴が出てくるのも構わず。

 

「…っ!」

 

 だが、いざ振るおうと思えば、チラついたのは涙を流す女性の姿。外見は違えど自分と同じ人間。

 

 力の入らない剣は主の意思を無視して零れ落ち鈍い音が訓練所に響き渡る。  

 

「駄目だ…敵を切らないと…」

 

 落ちた剣を拾うとするも上手く掴めない。剣を握ろうと力を入れているのに体は拒絶し始める。

 

「敵って誰だ?……て、き、は」

 

 遂には疑問の声が出てきてしまった。迷いを得てしまったらもう剣を握るどころの話ではない。

 

「はぁ………はぁ……」

 

 荒い呼吸の音が喉から出てくる。見るものすべての視界がぐにゃりと歪む。思考は靄が掛かって何も考えられない。

 

 

 

 それでも、剣を握ろうとする。無駄だと分かってはいても、それでも

 

「人を…守りたいんだ」

 

 呟きは原初の願い。光輝が望む理想の為に、体がぐらつくのも構わず…

 

「もう、そこまでにしておけよ」 

 

 視界が暗く染まる直前にそんな声が聞こえてきたような気がした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光輝、一つお前に良い言葉を教えてやらう」

 

「じいちゃん?」

 

「『弱きを助け、強きを挫き、困っている人には迷わず手を差し伸べ、正しいことを為し、常に公平であれ』…じゃ」

 

「弱きを…?」

 

「うぅむまだお前には早かったかのぅ。簡単に言うと人を助けるヒーローになれ。と言う事じゃ」

 

「ヒーロー?…なら俺、じいちゃんの様になるよ!」

 

 あの言葉の意味を知らなかった小さかった頃のあの日。自分は祖父のようになると決めた。

 

 

 ヒーローは人を助ける存在の事。なら自分は祖父のようになるべきだ。

 

 何故なら祖父は正しく誰よりも優しかったから。そうありたいと願った

 

 

 その筈だった…  その筈だったのに…

 

 

 

『光輝いい加減にしろ!いつまで死んだ爺ちゃんの事を引きずっているんだ!』

 

 

 

 周りからは何も理解されなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に感じたのは懐かしい匂いだった。言葉では表現できない、しかしどこか心が安堵するその匂い。何の匂いかと頭を巡らせるが靄がかかったように思い出せない。

 

 考えを巡らせようとすると徐々に思考がクリアになっていく。そして自分が何か温かい物に包まれていることを感じ取る。

 

「……ん」

 

 瞼を広げればそこは見知らぬ天井。しかしどこかで見たことがあるのは自分の部屋と同じつくりだからか。  

 

 温かい物はベットで寝かされていたからだ。妙にふかふかとする掛け布団を外し、ベットから出て周りを見渡す。

 

「ここは…」

 

 誰かの部屋なのは間違いがない。棚に置いてある試験管や調度品は何やら薬品が詰まっているようで…

 ふと、クラスメイトの顔が浮かんだ。騒々しいが明るい変なクラスメイトの顔だった。

 

「あれ、もう起きたのか?」

 

「柏木?」

 

 そんな事を考えていたら案の定、クラスメイトの一人柏木がお盆をもって現れた。驚いた顔をしながらも机の上にお盆を置いてこちらの様子を伺ってくる。

 

「体は平気か?」

 

「あ、ああ。それより俺はどうしてここに…」

 

「覚えていないのか?訓練所で倒れていたんだぞ。見つけたのが俺でよかったな」

 

 ケラケラと笑う柏木の顔を見て自分がようやく訓練所で倒れてしまったのを思い出す。そう言えば体がだるかったのを思い出す。

 

「最近根を詰めすぎじゃないのか?少しは休まないと体がもたんぞ」

 

 

「…そうか、でも俺は休んじゃいられ…な…い?」

 

 柏木の忠告を聞き流し立ち上がろうとする。休むのはすべてが終ってからで良い。そう思ったのに体に力が入らず椅子に倒れこむ様に座り込んでしまう。

 

「ほら、やっぱり駄目じゃん」

 

 苦笑してお盆の上にあったお茶を差し出してくる柏木。妙に力の入らない体は気のせいか柏木が近づけば更に力が入らない様になっていく。

 

「気が急くのはどうしようもないかもしれんが、せめて茶でも飲んで一息して行けよ」

 

(お茶…爺ちゃんが好きなお茶に似てる)

 

 折角用意したんだからと差し出してきたお茶は緑茶のように見えた。この異世界に来てからは飲んでいない故郷の匂い。

 力の入らない体に思考がうまく回らない頭の中で光輝はそのお茶が酷く美味そうに見えた。

 

「俺の好みに合わせて薄め何だが…まぁ許してくれや」

 

「あ、ああ…有難う」

 

 勧められるまま緑茶を一口。温かさに渋い苦みと仄かに感じる甘みがスッと臓腑に染み渡っていくのを感じる。

 

「…美味い」

 

 カラカラになった喉は温かいお茶を嚥下しつつ渇きを癒していく。湯呑みに入ったお茶を飲み切ると前には柏木の嬉しそうな顔があった 

 

「そいつは良かった。御代わりはまだあるから少し休んでいけよ」

 

 空になった湯呑みにお茶が注がれる。 一瞬躊躇するもまた手に取ってちびりと飲み始める。今度はゆっくりと味わうようにして。

 

「なぁ、天之河」

 

 そうしてコップの半分ほどまで飲んだ時だった。ふと柏木が話しかけてきた。どうにも言いにくそうではあるがその顔はいつになく真剣そうにも見えた。

 

「どうして天之河はこの世界の人達のために戦おうって思ったんだ?」

 

 話しかけてきた疑問は戦う理由。 その問いにいつものお決まりの言葉を返す、半場本能的に刷り込まれた常識の様に

 

「俺が勇者だからだ。この世界の人々を助けようって、それが勇者の役目で…ヒーローの役目だ」

 

 出てきた言葉はいつもの言葉。勇者だから人を助ける、助けて欲しいと願われたから助ける。ごくごく当たり前の事だったし光輝にとっての常識だった。

 

 柏木が言い返すまでは  

 

「それ、本当にお前の考えなの?」

 

「…え?」

 

「いやだってさ、何か言わされている様に感じたからさ」

 

 言わされている?そんな事は無い、誰かを助けたいという思いは自分自身の物だ。そう否定しようとしたが何故だが声は出てこない。

 

「あ、気に触ったのならごめんな。でもお前無理して訓練しているところを見るとよっぽどの事があるんじゃないのかなって思ってさ」

 

「そんな事…」

 

 ないと言い切れるのだろうか?心身共に消耗しながら人を助ける理由が無いと言い切ってしまえるのか?

 

(俺は…俺は本当は)

 

 一度疑問を持つと、後はもうずるずると思考の沼へと沈んでいく。覚めたはずの視界が朦朧になってくる。

 

「ワリィ――でもしないと――見てられないんだ」

 

 

 意識が薄れゆく中、そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

「光輝!しっかりしろ!」

 

「…え?」

 

 ふと、怒鳴られた声に目を開ければそこには親友の坂上龍太郎が自分の顔を覗き込んでいた。顔にはいくつかの傷跡があり額から流血さえしていた。

 

「流石の連戦はお前でもきつかったか?まぁいい、後もうちょっとだ。気合入れていくぞ!」

 

 背中をバンバンと気付けでもするかのように叩いた龍太郎はそのまま先に行くと告げて目の前にある雄大な城へと進んでいた。…城?

 

「ここは、一体?」

 

 ようやく我に返った光輝は辺りを見回す、そこは自分の知らない町だった。肌寒さを感じる空気にくっきりとした青空。王都とはまた違った町並みはしかし、今は煙と火と瓦礫によって目も当てられないありさまだった。

 

「勇者殿どうかされましたか?体に大事は無いですかな?」

 

「イシュタル…さん?ここは一体どこですか?」

 

 次に隣に立つのは教皇イシュタルだった。その眼差しはまるで幼子を気遣うような老賢者めいた優しさあふれる目だった。多少の違和感を持ちつつも光輝はこの光景と今の状況に説明を求めた。

 

「ふむ?ここは、魔人族の本拠地魔国ガーランドですぞ」

 

「魔人族の本拠地だって?」

 

 不思議そうに返したイシュタルの言葉に愕然とする光輝、いったいいつの間にこんな場所に来てしまったのか。夢を見ているのかと思う物の目の前の何時も清潔な法衣を纏っていたイシュタルの姿が薄汚れているところからして夢ではなさそうだった。  

 

「今、我ら人間族がこの町を占拠したところです。後はあの王城、魔王を打ち取れば我らの長年の悲願が達成されるのです」

 

「悲願…人間族の勝利」

 

 それは光輝たちが召喚された理由で光輝が戦う理由だった。悪逆非道の魔人族を打倒しこれ以上人間族が脅威に脅かされない様にする。

光輝が剣を持つ理由であり、異世界から帰還する理由でもあった。

 

「他の皆様も向かっております。勇者殿も準備ができ次第向かってくださいませ」

 

 恭しく頭を下げたイシュタルはそのまま法衣を翻し魔王城へと向かっていく。その背に声を掛ける事は出来なかった。

 

「俺は…」

 

 そのとき光輝はなんと言おうとしたのか自分でも判断できなかった。ただ、心の底から何かが喚いてるような、気のせいのような…

何かがおかしいと感じていた。

 

 だが、その違和感も塗りつぶされる。大切な幼馴染が声を掛けてきたからだ

 

 

「光輝!どーしたのよ、ボーっとして。平気?怪我はない?」

 

 現れたのは幼少のころから傍にいた八重樫雫だった。久しぶりに見る顔は自分を心配するいつもの幼馴染の顔だった。その顔が血に濡れていること以外はだが

 

「雫!?どうしたんだその姿は!?何処か怪我をしたのかい!?」

 

 一瞬で目が覚めたように覚醒する光輝、出てきた言葉は幼馴染を心配する気遣いの言葉だった。それもその筈雫の顔の半分は血に濡れていたのだ、どう考えても重傷にしか見えない、そう光輝は判断した

 

「え、怪我?…ああ、只の返り血よ。心配しないで」

 

 しかし光輝の反応に対して雫はキョトンとした顔をすると忌々しそうに血の付いた自身の顔を拭う。

 

(返り血…?雫は一体何と戦って)

 

 返り血と言う単語になにか背筋に這いずる物を感じる光輝。よく見れば雫の服装の大半は赤く染まっていた。それがまた光輝の胸をなぜか強烈に締め付ける

 

「まったくもう。一体どうしたのよ光輝。しゃんとしないさい!」

 

 パシンと背中を叩かれる。衝撃に驚いて幼馴染の顔を見ると、そこにはいつもの見慣れた顔

 

「ほら、私がいつもの様にアンタの尻拭いをしてあげるから、アンタはさっさと魔王を倒しに行ってちょうだい。その為にここにいるんでしょ」

 

 苦笑し、微笑むいつもの顔でこちらを心配するいつもの目。その顔を見て、光輝はざわつく頭にかぶりを振った。迷いを切り捨ている様に、役目を果たす様に顔を上げる

 

「ああ、わかった。俺が…俺が絶対にこの戦争を終わらせる」

 

「ええ、頼んだよ」

 

 笑う雫の目がドロリと濁ったことに光輝は気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔王の間までの道のりは驚くほどに順調だった。魔王を倒せばすべてが終る、そう考えて走った。近くにある魔人族の遺体や夥しい血痕を光輝は見なかった。

 

 …代わりに胸がざわついた、コレでいのだろうかと

 

 

「光輝!おせぇぞ!」

「勇者殿、さぁいよいよですぞ!」

 

 拳を真っ赤に染めている親友が嬉しそうな声を上げた。人の形をした灰を煩わしそうに吹き飛ばした教皇が檄を飛ばす。

 

 

「ああ、行こう2人とも!」

 

 光輝はその姿を見えない様にした。

 

 

 

「君が、勇者か」

 

 出迎えた男はどこにでもいる男だった。見た目は男前にはいるのだろう、しかしどこにでもいる男という印象がその男の第一印象だった。

 

「そうか…君のような子が勇者か」

 

 酷く疲れ切ったような声だった、または諦観か。ゆっくりと玉座から立ち上がるその姿は隙だらけだった。

 

「それで、勇者殿。その剣で私を殺し、魔人族を滅ぼし何を望むのだ」

 

 目は酷く虚ろで、何も映していないかのようだ。出てきた言葉もまるで台本のよう。

 

「…平和」

 

「そうか平和か。…そんなもの何をしたところで手に入らないというのに、一種族を滅ぼしてでも欲しいのか」

 

 魔王の声に光輝は答えず、傍にいた親友が吠える

 

「はっ!テメェらが先に始めたんだろうが!俺は騙されねぇぞ!」

 

「誰が先に始めたかではない。どう終わらせるかが問題なのだよ。…それをまぁ君たちは…実に愚かだ」

 

 ふいに魔王が初めて感情を出した。それは憤怒と呼ばれるもので、どこかで光輝が見た物だった

 

「君達はさぞ気持ち良いだろうね。人から与えられた力で増長し、その意味を考えず好き勝手振るう事が出来るのだからね」

 

「っ!…そんな事は、そんな事は無い!俺は人を助ける為にこの力を使うんだ!」

 

 魔王の一言に光輝は胸を抉られたような感触を受ける、好き勝手使っているつもりは無かったはずなのに魔王に指摘されるとまるで自分がそうであるかのように陥るからだ

 

「人を助ける…?なら我ら魔人族は人ではないというのか?殺して虐殺の限りをしても構わない者達だと勇者殿はそう言うのか」

 

「イシュタルさんから聞いたぞ!魔人族は悪逆非道の種族だって!」

 

「では、君の前に現れた私の部下はどんな風に見えたのだ?」

 

「っ!」

 

 思い出す、褐色肌の魔人族の女性を。思い出す、彼女の涙を。

 

「勇者殿、聞いてはいけません。魔王の姦計には耳を貸さない事です。貴方のやろうとしていることは正しい事」

 

 しかし思い出そうとした記憶はイシュタルの囁きによって消えていく。靄が掛かったかのように思考がかすんでゆく

 

  

「そうだ…俺は、俺達は人間族のためにここまで」

 

「本当に?本当に君は人の為に戦っていたのかね?」

 

「うっ うぉぉおお!!!!」

 

 魔王が呟いた小さな声をかき消す様に光輝は咆哮を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

 無我夢中の戦い、いったい何をどうやったのか光輝はほとんど覚えていない。分かっているのは魔王は地に伏せ勝者は自分だという事

 

「やったな光輝!魔王を倒したぜ!」

 

「おお…これで戦乱は終わる。よく戦い抜きました勇者殿」

 

 親友が歓喜の声をあげ、教皇は歓喜に打ち震える。光輝は荒く息を吐いたままだ。 

 

(これで…終わったんだよな?)

 

 自問自答の声に答えるものはいない。達成感なぞ一つも無く、あるのは地に伏してピクリとも動かない魔王。

 

 

 人間族を脅かした魔王の討伐、今ここに光輝のこの世界での役目を終えたのだ、それなのにどうしてか心が晴れる事は無かった。寧ろ後悔が一層強まったような気さえするのだ。

 

「さぁ勇者殿。勝鬨を上げましょう、皆に戦いが終わったことを知らしめるのです」

 

 イシュタルの声がどこか遠い、光輝の心を占めるのはどこかしてはならない事をやってしまったのではないかと言う懸念だった

 

「イシュタルさん俺は…俺はこれでよかったんですよね?」

 

「ええ、勿論でございますとも勇者様。これで人間族は平和を謳歌することが出来ます」

 

 本当にそうなのだろうか?『人間族』と強調されたその言い方にゾワゾわとした得体のしれない感触が喉まで競り上がっているような気がする。

 

 

「さぁ勇者様。そこにある者は放っておいて王城に帰る事に「父上ぇぇええ!!」

  

 イシュタルが王城に帰るように促した時、甲高い声が広間に響き渡った。何処からかと探す必要は無かった、その声の主は広間の後方、扉から現れたのだ。

 

 新手か!?と光輝が身構えた時、その声の主は光輝たちを無視して力尽きた魔王の傍に駆け寄っていた

 

「父上!起きてください父上!」

 

「なっ…子供!?」

 

 声の主は小さな子供だった。年の頃はランデルより一つぐらい下だろうか。血に濡れるのも構わず何度も魔王を揺り動かしていた。

 

「ああ、そう言えば魔王にも子供が居ましたなぁ…」

 

 驚く光輝の横では顎鬚をさすりながらイシュタルが汚い生ごみを見るような目で魔王の子供を一瞥していた。その声の温度の低さに光輝は鳥肌が立つ

 

(子供だって?そんな事俺は知らな…っ!?)

 

 魔王に子供がいた、たったそれだけの事で光輝は酷く狼狽をしてしまう、考えてすらいなかったことに(本当に?)どうすればいいか困惑しているとイシュタルが子供に歩み寄り…まるで汚い物をどかす様に蹴り飛ばしたのだ

 

「あぐっ!?」

 

「ふん、薄汚い下郎めが、神罰を与えてくれよう」

 

 イシュタルの持つ杖に魔力が集るのを感じる。何を放とうしているのか光輝は直感してしまった。魔法を放ち殺そうとしているのだ。

 

「イシュタルさん!?何をしているのですか!」

 

「勇者殿、何を言っておるのですか。あ奴は魔王の子。ここで殺さねばなりませrん」

 

 子供を殺す、その言葉が出てきたことで光輝は冷や水を浴びらせられた気分になる。咄嗟にイシュタルの手を掴み魔力が集まるのを妨害する。

 

「そんな事をしたら駄目だ!子供を殺すなんて…そんな事!」

 

「何を血迷っているのですか勇者殿。今ここでアレを殺さなければ悲劇が繰り返されるのですぞ!」

 

 止める光輝に一括するイシュタル。悲劇…その意味が分からないほど光輝は子供ではなかった。しかし黙って子供が殺されるのを見ているほど光輝は大人では無かった。必死になってイシュタルに食らいつき魔法が放たれるのを止める

 

「それでも子供は殺しちゃ駄目だ!ちゃんと話し合えばきっと」

 

「…してやる…お前ら…」

 

 子供は殺しては駄目だ、そう叫ぶ光輝の後ろで呟かれた小さな声。その声は大きくは無いのに染みわたる様に 光輝の耳に入ってきた

 

「殺してやる…父上を殺したお前達を…一人残らず全部」

 

 ハッとして後ろを振りむけば怨嗟の染められた目とかち合った。憎悪と怨みと嘆きが込められた、人の形をした感情が光輝の目を射貫くのだ。

 

「っ!」

 

「…勇者殿、あの目を見てまだわからぬのですか。今ここでアレを殺さなければまた戦争は繰り返されるのですよ。その事が分からぬあなたではないでしょうに」

 

 ここで魔王の子供を殺さなければいつかまた復讐の為に人間族を脅かすだろう。しかしだからと言って子供を殺すことの正当性につながるのだろうか。

 

 光輝にはわからない、それでも言葉は出てくる 

 

 

「それでも…殺しちゃ「…殺してやる。家族を殺したお前達は絶対に」  

 

出てきた言葉は後ろの怨嗟の声によって潰される。言いたいことがうまく言えない、だからと言ってこのまま見過ごすわけにはいかない。八方塞がりの光輝。

 

 その状況を変えたのは聞き覚えのある今まで何度も助けられた声だった。

 

「あら?光輝まだ終わっていなかったの?」

 

「雫!」

 

 呆れたような声を出しながらやってきたのは幼少期から関わりのあった幼馴染だった。光輝が最も信頼し無意識のうちに頼っていた相手でもあった。

 

「聞いてくれ雫!イシュタルさんがこの魔王の子を殺せって言うんだ、そんな事は駄目だろ!?雫も一緒に」

 

「?さっさと殺しなさいよ」

 

 救いを求める様に呼び止めた声は幼馴染の何の情も持たない声によって阻まれてしまった。 

 

「何を…言ってるんだ?雫、子供を殺すって…そんなの駄目に」

 

「魔人族を根絶やしにする為でしょ。まったくもう、私は先にやってきたわよ」 

 

 何をやって?光輝は雫のその言葉に嫌な予感を感じ取る。…雫の姿は血まみれで、しかし怪我は一つも無い。戦いになればいくら雫とて

かすり傷の一つは負う筈なのにそれが無かった。

 

(どうして怪我が無くて返り血がついていて、どうして子供を殺すことに躊躇が無くて…)

 

 その怪我のない理由を、雫の言葉の意味を光輝は薄々と理解する。光輝は頭は悪くないのだ、この状況と言葉から何が起きたのかわかっていた。

 ただその事実を受け入れることが出来ないでいたのだ。

 

 しかし、現実は無情だ。雫は実に下らないように吐き捨てた。

 

 

「全く、子供のくせに必死に抵抗するんだもの。数だけ多いから切り殺すのに手間取っちゃった」

 

「雫?…何を言って」

 

 今幼馴染は何を言ったのか、優しくて面倒見が良くて大切な幼馴染、その雫が何を言ったのかその単語を理解しようと光輝は必死だった。

 

「子供…子供って、雫、君は」

 

「魔人族は一人残らず根絶やしにしないと。光輝、貴方もその事を承知でここにいるんでしょ?」

 

 絞り出したような声は幼馴染の凛とした声でかき消されてしまった。まるで当たり前の常識を今更確認するかのような呆れの音色が含まれている声だった。

 

「俺は、そんな事」

 

「じゃあなに?アンタは日本へ帰りたくないってわけ?」

 

「っ!?」

 

 魔人ととの戦争に勝たなければ日本へは帰れない、確かにその通りだ。しかしだからと言ってこのような事が許されるのだろうか。

 

「そんな…そんなつもりで雫は子供たちを殺したって言うのか!?日本に帰りたいから!?だからってそんな事が許されるわけないじゃないか!」

 

 人殺しは、誰よりも悪い事だ、それは地球で…日本で過ごした物なら誰もが知っていて理解している常識で…いいや、人であるならば忌諱することだった。

 

 だが、その言葉は正論は雫の言葉により両断される

 

「あのねぇ帰りたいからに決まっているでしょ。こんな異常な世界、人殺しが肯定される世界なんて関わり合いになりたくないじゃない」

 

「だってらどうして!」

 

「それしか帰れる方法が見つからない。だから私は戦っているのよ。まさかそんな事も分からなかったの」

 

「っ!?」

 

 幼馴染から出ている言葉は確かにその通りではあった。そもそも日本へ帰るための手段など呼び出したエヒト神でなければ分からないのだ。

 

 エヒトが呼び出した理由は人間族が魔人族に勝つ為。ならこの戦争は、戦いは、人殺しは帰る為の手段であることには間違いなかったのだ。

 

「私は日本へ帰りたいから人を殺した。なら、アンタは如何なの?光輝アンタは何で戦っているの」

 

「俺は、人を助けたいと思って…この世界の人を救いたいと思って戦って」

 

「なら、何を今更グダグダとヘタレているのよ。人を助ける事も殺すことも一緒じゃないの」

 

 本当にそうなのか?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?光輝の中で疑問が渦巻く、それは今更過ぎる疑問であり、遅すぎた疑問でもあった。

 

「俺は…俺は」

 

「はぁ 本当にあんたってどうしようもない男ね。なら分かったわよ。私がやってあげるわ、いつもの様に」

 

「え?」

 

 呆けた声に答えると幼馴染は何でもない様に歩き刀に手を掛けた。向かう先は未だ魔王の傍から離れない子供。魔王の忘れ形見だった。

 

「待て、待ってくれ!」

 

「何よ、今更子供一人助けようだなんて正気?」

 

「子供を殺すなんて間違っている!そんなの当たり前じゃないか!雫君はおかしくなっているんだ!目を覚ましてくれ!」

 

 慌てて追いすがり雫を止める光輝。必死だった、今まで見たこともない幼馴染がどこか知らない誰かのように感じていたのだ。

 

「おかしいのはアンタよ。まさか戦争に参加するっていう意味が分からなかったわけじゃないんでしょ?こうなる事を分かっててアンタはあの時戦争に参加するってそう言ったんでしょ」

 

「違っ!?俺はただ人を助けたいって!こんな事をするために決意したんじゃないんだ!」

 

「はぁ?じゃあ何よ、アンタは何にも考えずに戦争に参加するって喚いたの?戦争がどんな事をしているか、どんな結果になるかアンタは何にも考えず考えようともせずにここまで来たって言うの?あんなに魔人族を倒すと豪語しておきながら?」

 

「そんな…そんなつもりは無かったんだ。俺は、イシュタルさんが言っていたように魔人族は卑劣な種族だって、それで俺は」

 

「何?今度は自分の言葉の責任を人に押し付けるの?イシュタルが言っていたから僕は悪くないですって?甘ったれんじゃないわよ」

 

 

「っ!」

 

 ぐうの音も出ない正論だった。言い返す言葉が何も出ないほどに雫の言葉は光輝の胸を抉っていく。

 

 

「…ったく あれだけ人を助けたいとか嘯いておきながら自分のしようとしていることに目を逸らして、挙句の果てには今度は罪を犯したくないって?」

 

「違う…違うんだ」

 

 雫の鋭利な言葉が光輝の心を傷つけていく。

 

「アンタあの時言ったわよね。俺が世界も皆も救ってくれるって。あの言葉は嘘で、本当は自分に酔っていたの?世界も人も救う俺は凄いって」

 

「違う…違…」

 

 雫の言葉に光輝は打ちのめされていく

 

「本当は私たちの事は考えていなかったんじゃないの。自分の事しか考えていなくて私たちの事はどうでも良かったんでしょ。…祖父の事をこの世界の住人から認めてさえもらえれば」

 

「!?そ、それは」

 

 目を見開き雫を見る。、それは光輝自身心の奥底に封じ込めていた事…自覚しない様に封じ込めていた事だった。

 

「……貴方はそこで黙って見ていなさい。自分の招いた愚っ直なまでの思い違いがどうなるかを」

 

 刀を取り出し歩む雫。もはや光輝の知っている幼馴染でない、敵を殺そうとする只の人殺しだった。 

 

 

「これで終わりね」

 

 剣を振りかざしすべてを終わらせようとする。これで戦争が終る。

 

 

 その時だった

 

 ガキィン!

 

「…どうして邪魔をするの?」

 

 雫が振り下ろした刃を止めたのは光輝が持つ聖剣だった。苦悶の表情を浮かべ必死で後ろ背に子供をかばい人殺しの凶刃を止める光輝。

 

「駄目、だ! こんな終わり方は!絶対に」

 

「邪魔をするの?…私達を日本へ返してくれないの?」

 

「それは…っ!」

 

 凶刃の押し出す力がさらに強まる。相手は片手でこちらは両手で必死に力を振り絞っているというのにいったいどこにそんな力があるというのか。

 それともそこまでして日本へ帰りたい意思の表れか。

 

 そんな力の拮抗がしばらく続いた後、雫はふっと息を吐き力を緩めた。

 

「…そう、そんなに抗うのならアンタがやりなさいよ」

 

「え?」

 

 そう言って一歩下がった雫の言葉に光輝は呆けた声を出してしまった。言っている意味が分からないとそんな表情でも出ていたのか、雫は何にも関心を示すことなく只光輝に指を突き付けた

 

「あんたがその手で戦争を終わらせなさい」

 

「何を言ってるんだ…? もう戦いは終わったじゃないか、魔王は倒れた、戦争は人間族の勝利で終わったんだ」

 

 魔王は倒れた、勝利は人間族の物となった、もう人を殺める必要はないはずだ。だがその光輝の主張は通らない。

 

 

「ならどうして私達は日本へ帰れていないのよ。まだ終わっていない証拠でしょ」 

 

「それは…」

 

 確かにその通りだ。人間族の勝利が自分たちが日本へ帰る事の条件、そう信じてきたのに帰れる兆候は一つも無かった

 

「ならば、そこにいる者を殺し魔人族を根絶やしにするべきでしょう」 

 

「根絶やし…?もうこれ以上戦う必要はないのに?」

 

「ありますとも。魔人族を徹底的に殺し、辱め我ら人間族が至高の存在へと世に知らしめるためには必要な事なのですぞ勇者殿」

 

 イシュタルの唐突な言葉に言葉が出ない光輝。そこまでする必要なんてあるのか、意味は?そんな光輝の疑問をイシュタルは鼻で笑う

 

「人間族の絶対的な勝利とはすなわちエヒト様の御威光を世にとどろかせる好機でございます。勇者殿貴方は言っていたではありませんか人間族を救うと、これ即ちエヒト様の意思を、尊重してくださるという事ではありませんかな」

 

「違います!俺は人を助けたかったわけで魔人族を滅ぼす事が目的だったんじゃない!」

 

「ほぅ?では何か。貴方は一体何のつもりであの時我らに手を貸すと言ってくれたのですかな。それをおっしゃらぬ限りは…貴方もまた我らと同罪ですよ」

 

「っ!?」

 

 言葉に詰まる。駄目だと叫べば叫ぶほど周りは自分を追いつめて来る。逃げ場を探そうにも光輝の立場がそれを許さない。実際未だに自分達は日本へ帰れていないのだから

 

「もういいじゃねぇか。さっさとやってやれよ光輝」

 

「龍太郎…どうしてそんな言葉が出るんだ、言ってる意味を分かっているのか」

 

「分かってるぜ、腑抜けたお前よりかもな」

 

 ギラリとこちらを見る親友の目の色が変わった。そんな気がした

 

「光輝、お前が言いてぇのはこういう事だろ。戦争に参加するって言ったけど自分は手を汚したくありませんってな」

 

「そんな…そんな事を言った覚えはない!」

 

「言ってはいねぇが今ここでお前がしようとしてるのはそう言う事っつってんだよ」

 

 嘲笑うような声であった。

 

「さんざん俺達を巻き込ませておきながら結局自分の身が可愛くて肝心な所で腑抜けたことを喋りやがる。あぁん?そりゃどういうつもりだ」

 

「…皆が参加したのは自分からだったじゃないか。俺は巻き込む気なんて」

 

「巻き込む気は無かった? はっ! 普段自分の立場を考えればあの時不用意なお前の発言で皆がどうするかなんて分かり切った事じゃねぇか。

まさか、そんな事も考えていなかったって言うのか」

 

「っ!」

 

 親友の言葉の一つ一つに反論ができない。言う資格が無いかったらからだ。

 

「つーかおまえよぉ 散々勇者がどうとかリーダーがどうとかやってたみたいだけどぉ、口ばっかりでずっとこのトータスって奴らの事しか考えていなかっただろうが」

 

「それは…だってこの世界の人たちは魔人族の脅威に怯えて」

 

「そうだったか?俺の見た限りじゃどいつもこいつも能天気な面して俺達に頼りきりに見えたがな。異世界に召喚されて訳が分からないド素人の俺たちとは違ってな」

 

 言われてみれば確かにその通りだった。イシュタルの話では魔人族の脅威は日に日に増していく。しかし王都の人間たちは気にした風でもなく寧ろ召喚された自分達に任せっきりだったように見えた

 

「不安に震える俺達を放っておいてお前はここの住人を重視したって訳だ。勇者と呼ばれてお前はさぞかし気分が良かっただろうな」

 

「そんなつもりなんて」

 

「そんな、それは、さっきから同じ事ばっかり。一つは認める事も出来ねぇのか。ふん、とんだ期待外れだなお前」

 

 失望の目、見下し期待を失くしたと言わんばかりの無機質な目。反論しようにも震えながら出す声は縋る様で哀れみを誘うだった

 

「…なら俺にどうしろっていうんだよ」

 

「だからさっきから言ってるだろ、殺せって」

 

 目の前にカシャンと放り投げられたのは勇者だけが持つことを認められた聖剣だった。即ち人殺しの武器だった。

 

「……殺すって…そんな事」

 

「俺達を帰らせてくれる、人類を救う。一人の犠牲で両方叶えることが出来るんだ、願ったりかなったりだろ」

 

「…それ…は」

 

「殺しなさい光輝。自分の言葉は覚悟は嘘ではないと私達に証明して見なさい」

 

「……」

 

 幼馴染に言われ震える手で聖剣を掴む。

 

「さぁ勇者殿。今こそ終わらせるのです、そして世に知らしめるのです!勇者の偉業を…いいえ貴方様の祖父の偉業を!」

 

「じいちゃんの…」

 

「貴方を育て、慈しんだ、尊い、誰よりも大切だったお爺様の事を知らしめるのです、だってあなたはそのために勇者をしていたのでしょう!?」

 

「そうだ…おれは…じいちゃんのために…」

 

 祖父、誰よりも愛した大切な人。この世でただ一人天之河光輝を見てくれた人。才能と顔で判断する有象無象とは違った光輝の生きる支え

 

『光輝…儂のかわいい孫よ…どうか、忘れないでくれ』

 

 

 

 ぼやけた視界に映るはこの世で最も大切な人、誰よりも光輝を見て、愛してくれた尊敬する人だ。

 

 その人の為なら…例えどんな事でも

 

 

「俺は…俺はッ!」

 

 

 

 

 

 聖剣を振り上げる、後は力の限り振り下ろすだけ、

 

 

 

 

 

 亡くなった人の姿に寄り添う、泣きはらす子供に向かって剣を降ろすだけ、

 

 

 

 

 

「俺はぁあああああ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガシャンと広間に音が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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勇者の半生

 

 甲高い音を立て聖剣は床に落ちた。その刃に血はついておらず、子供には一つも傷は無かった

 

「出来ない…出来ないよ俺には…」

 

 膝を床につけ、涙を流し嗚咽を漏らす。その目にはいくつもの涙があふれていく。

 

「どうしてじゃ?そのものを殺せば、皆救われるのじゃぞ」

 

 祖父の幻影が何故と問うてくる。えづく声を無理矢理出したのはありふれた正論だった。

 

「それでも出来ないよ…だって人を殺すのは悪い事じゃないか」

 

 涙を流し、出てきた言葉は泣きじゃくる子供のような声。

 

「ならば何故お前は戦おうとしたのだ、何故だ」

 

 

 

 

 

 

「俺は…俺は只じいちゃんの事を皆に忘れて欲しくなかったんだ」

 

 

 虚ろな目で光輝はずっと積りに積もっていた言葉を吐き出す。それは幼年期から味わい続けた光輝の半生だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 天之河光輝という人間は優秀な子供だった。スポーツは万能、学情は秀才、性格もよく人から好かれる子供だった。

 

 しかし光輝は内心周囲の人間に大して関心を持たなかったのだ。自分と比べてはるかに幼い同年代の子供に苦痛を持っていた。自分に神童の役割を押し付ける大人達を冷めた目で見ていたのだ。

 

 そんな光輝の楽しみはたまに会う祖父との時間だった。

 

「ねぇじいちゃん、また弁護士のお話を聞かせてよ」

 

「ほぅ、よしわかった、あれは儂が担当していた事件でな」

 

 祖父の語る弁護士としての仕事、それは多少子供に解りやすいように膨張が入り混じった祖父の英雄譚だった。口の上手い祖父は光輝のせがむ頼みに脚色を交えながらも依頼人を守る弁護士の話をしてくれていたのだ。

 

 光輝にとってそれは至福の時間だった、テレビで放送されているヒーロー番組やアニメ番組よりもよっぽど面白く引き込まれる。人よりも幾分か内面の成長が早かった光輝にとっては同世代の子供たちが普通に楽しむ物よりも祖父の話の方が面白かったのだ

 

 

「じいちゃんてすごいんだね!おれもじいちゃんみたいになってみたい!」

 

「そうか?なら、弱きを助け強きを挫く。そんな男にならんといかんのぅ」

 

 祖父の妻である祖母を早くに失くし独り暮らしだった祖父にとっては可愛い孫との触れ合いは心温まるものであり光輝にとっても自分を色眼鏡で見ず可愛がってくれる祖父は誰よりも好きだった。

 

「光輝いつかお前も、儂の様に…」

 

 幸せな時間だった、幸福でかけがえのない時間。

 

 しかしその終わりはあっけなかった

 

 

 

 

 

 

「じいちゃん…」

 

 祖父の笑顔が写る遺影を前にて一人呟く光輝。心筋梗塞だった。光輝のかけがえのない大切な人はあっさりとこの世から去ってしまい二度と触れ合う事は出来なくなってしまった。

 

 

「俺が…爺ちゃんの遺志を受け継ぐよ…」

 

 悲しみを背負った小さな子供心に光輝は誓いを立てた。祖父のような正さと優しさを兼ね備えたそんな人になると幼心に光輝は誓いを立てた。

 

『弱きを助け、強きを挫き、困っている人には迷わず手を差し伸べ、正しいことを為し、常に公平であれ』

 

 祖父との約束、大切な人から教えられた自身のあるべき姿。小学生にも満たない年齢で、光輝はこの言葉を胸に刻み実現しようとした…

 

 

 だが、そんな事が安々と出来るほど現実は甘くは無かった

 

 

「…どうして苛めは無くならないんだろう…」

 

 小学生になり、クラスのリーダーとして生きていれば自然と目に入る光景。複数のいじめっ子が難癖をつけ一人の子供に苛めを行う。

 

 光輝にはわからない、どうして苛めを起こすのか、どうして人を嘲笑って楽しそうにできるのか

 

「ねぇ、イジメるのは止めなよ」

 

「天之河!?あ、ああ、わかったよ」

 

 勿論いじめをやめるように注意をした。それは当然の行為であり光輝自身のごく当たり前の行動だった。その結果クラス内で虐めは無くなった。クラスの人気者である天之河光輝による言葉なら反発する者はいなかったからだ。

 

「おい、なんでテメェ見てぇなゴミが生きてんだよ!」

「ヒッ!」

「あのさぁ~俺達金ねぇんだよ。お小遣いちょうだい?」

「あ、ああの僕お金なくて」

「ああん!?」

 

 

(…どうして?)

 

 だがあくまでもその話は表面上の話であり、光輝の目から隠れる様に虐めは続けられていた。光輝の目に届かない様に離れて隠れて、子供心にクラスのリーダーに咎められない様に。

 

 同年代で頭一つ精神的に大人へと至った光輝は直ぐに自分一人の力では止められないと気付き大人へと助けを求める事を考え付いた。

 

「先生、相談があるんですけど」

 

 自分のクラスの担任に相談を思いついた光輝、誰がいじめの被害に遭ってるのか、誰がいじめを行なっているか、場所、時間、人数に内容。事細かに知っている限りの事を

 

「わかった。天之河良く教えてくれた」

 

 担任が納得したように頷き、光輝はこれでいじめが無くなるとホッとした。自分では出来ない事は大人に相談してよかったと心から安堵をした。

 

 

 しかしその期待は裏切られた。   

 

 

「みんなーこのクラスでいじめがあるみたいだけど、そう言うのは止めようなー」

 

「「「「はーい」」」

 

 

(…え?)

 

 朝礼でたった一言。それで担任はいじめの問題を終わらせてしまったのだ。驚愕する光輝を後に淡々といつもの日常が始まる。まるで何事も起きていない様に、いつもの様に何も問題が無いとでもいう様に

 

 無論その一言でいじめが無くなる事は無かった。当然であり当たり前だった。

 

「先生!どうしてあんなこと言ったんですか!?あんな言い方じゃ無くなる訳ないじゃないですか!」

 

 担任に食って掛かるのは当然の事だった。まるでやる気のない言い方、言葉一つで止めるのなら苛めなんて起きる筈がないと担任を非難したのだ。

 

 しかし、本来頼るべきのはずの大人は光輝の主張をめんどくさそうに吐き捨てた。

 

「あのなぁ天之河。お前は子供だから解らんだろうけど、アイツ等を注意をしたらその親が抗議しに学校に来るんだぞ?やってられないよ」

 

 絶句した、子供と向き合うのは愚か、その保護者達に説明をするのが面倒だと吐き捨てたのだ。さらに担任は光輝に向かって胡乱気なまなざしを送った

 

「ったく成績が良いからって調子に乗りやがって、ただでさえ面倒だってのに厄介ごとを持ちかけてくるんじゃねぇよ」

 教師にとって天之河光輝は面倒な存在だった。同年代の子供よりかも頭が良く優秀な成績を残す一方で大人にとっては鼻持ちならない子供だったのだ。

 

 

 光輝は祖父とのやり取りを得て正義感が強くまた頭の回る善人へと育った。

 

 しかしそんな光輝にとって不幸な事があった。

 

 まず一つ、祖父が話していた正しさは世間一般では称賛されるものの必ずしもその正しさが全ての人が持てる物ではないという事。

 

 二つ目は、光輝自身がその事に納得し、理解してしまうほど優秀だったこと。人は善良さだけで生きていけるほど尊いものではないとその出来事で理解してしまった事

 

 そして何より三つめは光輝自身優秀ではありつつも祖父の様に心が強い訳では無かった事だった。

 

 

  

(…なんだよそれ……)

 

 幼心に見てしまった世間の汚さ。その光景に光輝は心を傷を負う事となった。初めて見て触れた人間の負の部分は光輝にこの世界が歪な物に見えるように映ってしまったのだ。

 

『弱きを助け、強きを挫き、困っている人には迷わず手を差し伸べ、正しいことを為し、常に公平であれ』 

 

 だが、だからといって光輝は祖父の約束を破る事なんてできなかった。弱者に手を差し伸ばさないといけない。それが祖父との約束だ。

 

「グギャ!?い、いきなり何すんだよ天之河!?」

 

「うるさい!これからもいじめを続けるんだったらこうだ!」

 

 だから光輝は暴力という手段を行使することにした。口でも言っても分からないのなら、拳で分からせるしかない。

 幼少のころから八重樫道場で培った暴力はいとも簡単にいじめっ子に炸裂し…いじめっ子が暴力に屈したことでいじめを止めらせることが出来たのだ。

 

 光輝の犯した暴力は子供の喧嘩という形で少しの叱責で終わる事となった。光輝の日頃の態度は良好で優秀な模範的な生徒だったからだ。

 

 祖父との約束を光輝は暴力という解決法で守ることにした。

 

(じいちゃん…俺、人を守ってみせるよ)

 

 

 中学に上がってからもやはり世間の汚い部分は消える事もなく苛めもまたどこかで必ずあった。それは他校の不良が自分達の学校の生徒に暴行を加えた時や善良なふりをして陰では人を陥れる物などがあった。

 

 様々な汚いものが光輝の目には映った。世界は祖父の言う綺麗な物ではないと光輝は誰よりも理解した。

 

 その度に光輝は誰かを殴り拳を使っていじめを止めていた。成長するとともに身に着いた八重樫道場の技はめきめきと光輝の腕を上げさせた。

 

 中学生になってますます磨かれていくルックスと人の良さによって積み上げられた信頼と人気、そして咄嗟の時には腕力もあるという事で光輝は誰からも一目置かれる存在になっていった。

 

 

 …だが、それも一時的なものではなかった。

 

 

「光輝お前何をしているんだ!?どうして暴力を振るったんだ!?」

 

 ある日家に帰るなり父親から強い剣幕で怒鳴られた、父親が言ってたのは光輝が起こした不良たちとの喧嘩の事だった。

 

「父さん、アレは向こうからやってきたんだ。それにアイツ等は複数人でお金を巻き上げていて」

 

「何でそんな所にお前は突っ込んでいったんだ。放っておけば良かったじゃないか!」

 

「なっ!?お金が巻き上げられるのを…人が暴力を受けそうになっているのを見過ごせって父さんは言うのか!?」

 

 父の言葉に反発する光輝。暴力を振るって不良をコテンパンにしたのは間違いなかったがそれでも最初は向こうから殴りかかってきたのだ。

 正当性は光輝にあり、何よりあのまま見過ごせておいたら光輝の前でまた一人誰かが悲しむことになっていたのだ。

 

「光輝…お前はっ いい加減にしろ!もう警察から目を付けられてもおかしくないんだぞ!」

 

 この時光輝は知る由が無かったが、光輝の暴力による人助けは流石に父親の想定を超えていたのだ。週に一回は誰かを叩きのめす子なぞ世間体を考えれば鼻つまみになってもおかしくは無かったのだ。

 

「それがどうしたっていうんだ!俺は何も間違えたことはしていない!爺ちゃんの言った通り弱い人を守っているだけだ!」

 

「爺ちゃん爺ちゃんって…」

 

 光輝にとっては祖父の約束を果たしているだけに過ぎない、たとえそれが言葉で出来るものではなく実力行使と言われるものであっても祖父の約束を守り続けていることに変わりは無かったのだ。

 

 

「光輝いい加減にしろ!いつまでお前は死んだ人間を引きずっているんだ!」

 

 だが、そんな物は光輝の父親にとっては関係が無かった。父親からしてみれば光輝は何時までも死んだ人間にこだわり暴力事件になりかねない喧嘩ばかりする子供だったのだ。

 

 幼いころから成績優秀でスポーツ万能。先の未来が楽しみな子供はそれがいつの間にか厄介ごとに首を突っ込みたがり喧嘩ばかりをする子供になってしまった。

 それが光輝の身内からの評価だった

 

「そんな…そんな言い方いくら父さんでも言い方ってもんがあるだろ!」

 

 光輝からしてみれば父親に祖父の事を貶されたに過ぎなかった。何故祖父の事を分かってあげれないのか、何故祖父の遺志を継ぐ自分に対して

そんな憎んだ目を向けるのか、光輝にはわからない

 

「言い方!?そりゃそうだろうお前は爺ちゃんじゃないんだぞ!?何時までもいつまでも正義の味方気取りか!?いい加減現実を見ろ!」

 

「っ!もういい!父さんなんて知るもんかっ!」

 

 父の言葉を受け…この日から光輝は父親…家族との折り合いが悪くなってしまった。 

 

 

 

 

 

 

(正義…そんなものはどこにもなくて)

 

 父親には反発しつつも…光輝は人助けをすることにどこかで虚しさを感じていた。幾ら人を助けても次から次へと問題事は無くならない。

 人に頼りきりになり自分の手でどうしようともしない同級生たち。親友の坂上龍太郎と不良たちを殴ってもそれは根本的な解決にはならなかった。

 

「ねぇ光輝。貴方何時までこんな事をするの?」

 

 いつの日か、ポツリとつぶやかれた幼馴染の声。聞かせる気なんてなかったであろうその疲れたような声を光輝は 聞こえないふりをして内心で反論した

 

(それは、爺ちゃんの約束を守る為…爺ちゃんの凄さを知らしめるため)

 

 この頃になると光輝の人助けの理由は変わってきた。困っている人を助けるためではなく祖父との約束を守るためと祖父の事を忘れないようにするためになってきたのだ。

 

 年を立つにつれ祖父との記憶は薄くなっていく。それは仕方ない事だとは思いつつも自分と違って世間が祖父の事を完全に過去の人物として扱っている事には憤慨するものを感じていた。

 

(なんで皆爺ちゃんの事を過去の事にしようとするんだ!爺ちゃんはあんなにも凄い人なのに!)

 

 祖父は偉大な人物だった。敏腕弁護士として幾度もなく依頼人を守り無罪を勝ち取って来た。光輝にとっては忘れられないヒーローで誰よりも尊敬し誇りに思う人物だった。

 しかしそれはあくまでも光輝の中の話で合って世間からすれば過去にいた只の優秀だった弁護士に過ぎなかった。死んでしまえばそれでおしまいで後は話題に上る事が稀、それだけの話でありそれだけの人物であった。

 

 忘れたくない、忘れさせたくない。祖父の事を思う光輝にとってはそれだけが原動力となっていく。偉大なヒーローが他の人にとってはどうでもいいなんて受け入れたくなかった。

 

 しかし現実には祖父の言う約束を守るのは厳しくなり幼少の頃の純粋な憧れは薄くなりつつあった。小学生から中学生へと学年が上がり見るものが増え、心が成長するにつれ、この光輝が生きる現実に辟易しつつあったのはどうしようもないことだった。

 

「……じいちゃん」

 

 心を蝕む虚脱感と先の見えない徒労感。光輝は優秀な人間だったが、心は強くは無かった。

 

 

 

  

 

 高校に入学するころには不良と喧嘩をする事は無くなっていった。人を助ける行為ということ自体が疲れ始めてきたからだ。

 

「あれは…」

 

「カツアゲだな。行くか?」

 

「ああ、助けに行こう」

 

(………)

 

 それでもたまには人助けの為に動くことをした。もはや感性となりつつある人助け、いったい何のためにしてどうしてするのか。

 家族との溝はますます深くなりもはや会話さえなくなった。それでも学業は疎かにはせず、何時でもスポーツは好成績でテストは満点に近い点数を取っていた。

 

(何の為に俺は生きているんだ?)

 

 偶にそんな事を考えてしまう。祖父との約束は守っているのかどうかもはや光輝自身分からず、そもそも助けるとはどいう事なのか理解できなくなり、それでも人に頼られる生き方。

 

 世界は常に正しく回っているわけではない。

 

 幼少期に祖父の言葉で信じた理想の正しさはテレビやネット、雑誌や新聞を見ればすぐにでもわかる事であり早々にして砕け散った。

 

 絶対的な正義は決して存在しない

 

 幼少期の頃に味わった挫折と諦観。それは粘つくようにして光輝の心を捻じ曲げて行った。優秀でたぐいまれな才能を持ちながらも心の憶測ではずっと世界に疑問を投げ続ける毎日。

 

  

 いくら高校で、スポーツ万能の秀才、顔が良く性格良しの完璧主義者と言われてもそれはあくまでも外面だけの話。

 

 

 中身は生きている日々に疲れを感じている子供だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、その子供に理想が舞い降りてきた

 

 

「勇者殿、どうかそのお力でこの世界に光をもたらしてはくださらぬか?」

 

「俺が…世界を照らす?」

 

「貴方様の力なら人間族をお救い出来るのです。勇者と呼ばれた貴方様なら」

 

 異世界トータス。剣と魔法のおとぎ話のような世界は光輝を勇者として扱ってきた。憐れみを乞う声で助けを求めてきたのだ。

 

(俺が勇者…この俺が)

 

 眉唾な話だと失笑することは出来た。しかし体の内側からあふれる力だけはどうしようもない事実だったのだ。例え目の前で胡散臭い笑みを浮かべる男イシュタルの言葉が本当かどうかそれすらどうでもいいほどに光輝の身体には無限の力が宿っていたのだ。

 

 

 

 

 勇者としての力は本物だった。幼少のころからしていた剣を振るう動作は滑らかに動き、体の一つ一つが格段に向上していた。今までの自分がはるかに劣ってしまうほどの力の全能感。そしてその全能感を肯定するかのように振舞ってくる教会の人達

 

「流石は勇者殿!この戦争が終ってからもぜひこの世界にいてもらいたいものですな!」

「おお、それは良い考えだ。皆の手本となる勇者殿が居ればこの国は未来永劫安泰だ!」

「勇者殿の高潔さ、謙虚さは後世に語り継がれることでしょう」

 

 貴族たちや教会から冗談とも本気ともつかない称賛を受ける。日本にいたころだったら聞くだけ聞いて覚える事のない称賛。しかしこの世界で力を得た光輝はそうは出来なかった

 

「この力と勇者の称号さえあれば…そうだ。この力を証明することが出来れば!」

 

 現実は醜く自分一人の力では変えられない、たとえどんなに力を尽くし抗っても絶対に世界は変えられないのだ。それが光輝の限界であり諦めであり現実だった。

 

 だがこの世界では違った。勇者という称号はこの世界にとって何よりも特別なものだった。勇者として与えられた力は無限の可能性があった。 

 

「爺ちゃんの名を世界にとどろかせることが出来る…爺ちゃんの正さを証明することが出来るんだ!」

 

 祖父との約束より始まった人生はこの世界で証明することが出来るのだ。祖父より受け継がれた正しさはこの世界で広めればいい、この剣と魔法の世界なら平和を手にすることが出来折る。邪魔するものは蹴散らし祖父の名を正しさを未来永劫に…

 

 

 

 光輝はこの世界でするべき事を…現実では出来ない目的を見つけたのだ。

 

 

 

 

「それが俺の戦う理由だった。爺ちゃんの正しさを証明したかったんだ」

 

 だが、現実は違った。祖父の約束云々の前に自分が巻き込まれたのは選挙運動でも何でもなく命のやり取りをする戦争だったのだ。

 

「爺ちゃんの事を忘れてくれなければよかった。正しい事をしている人だって、爺ちゃんが居たから世界は平和になったんだってそう言われれば俺はそれでよかったんだ」

 

 力なく笑い涙で濡れた目を祖父の形をとる幻に向ける。逆光のせいか祖父の顔は見えない、その顔が怒ってる居るのか悲しんでいるのか光輝にはわからない。

 

「…こうなる事は考えてはおらなかったのか」

 

「……………………わかってたよ」

 

 戦争がどういう物なのか、何をするのか何が起きるのか。分からない訳では無かった。寧ろすべてを理解しつつ目を背けていたのだ。目を背け乍ら祖父の名を理由に見えないふりをしていたのだ。  

 

「本当は…全部わかっていたんだよ。戦争が何なのかも。…クラスメイトの事を考えていなかったのも」

 

 一緒に異世界召喚に巻き込まれたクラスメイト。皆が何を考えていたなんて光輝は考えてすらいなかった。例え不安で押しつぶされようが煽てられ戦争を軽く見ようが光輝は一つだってクラスメイトの事を考えてはいなかった。 

 

「皆を…皆の事なんてもうどうでも良かったんだ、ははっ滑稽だな、さっき言われてた通り、本当は…どうでも…良かったんだ」

 

 祖父の正しさを証明する。その為に訓練をしていた光輝にとってはクラスメイトは只の付属品だった。一緒に巻き込まれ自分が気遣うべきだった存在。だが光輝はそんなクラスメイト達を顧みる事はなかった。 

 

「家に帰りたいっていう雫の話も戦争が怖いっていう気持ちも俺は全部気にしなかったんだ…」

 

 口に出す自分の本音、出せば出すほどどうしてか視界が滲んでいく。滲む理由を光輝は考えず目の前にいる懐かしい顔を見る。いつの間にか幻影は祖父へとなっていた。

 

「爺ちゃん…おれ、駄目だったよ…只爺ちゃんの事しか考えていない罰が当たったんだ」

 

「…光輝よ」

 

「分かってるんだ。この場所、俺の夢なんだろ。…このまま何もしなかった時に視る夢。そうなんでしょ」

 

 周りにはいつの間にか人はいなくなっていた。イシュタルも龍太郎も雫も、倒れ伏していた魔王も子供も。誰も彼も居なくなり光輝と祖父だけが居た。

 

 薄っすらと分かってはいた事だった。まるで白昼夢のような状況にあやふやな記憶。これが夢だと薄々気が付いてはいたのだ。しかし目の前で起きていることがあまりにも現実味を帯びていたため否定することが出来なかったのだ。

 

 だからこうして懐かしい祖父の姿を見ることが出来たのだ。その祖父に内心で抱えていた物を吐露することが出来たのだ

 

(…俺は駄目な奴だ。…爺ちゃんも皆も俺のせいで)

 

 俯きながら考えていたのはこれまでの事を悔やむ自虐だった。イシュタルや雫から言われていたことは反論したかったのだが否定できるものでは無かったのだ。光輝の心のどこかで思っていた事当てはまる事を突き詰められたことは間違いが無かったのだ。

 

 ただ祖父の為に。そう思っての行動はすべてが裏目に出てしまった。

 

 だから光輝はたとえ夢だとしても祖父に叱られる事を望んだ。自分が悪い事をしたのなら叱ってほしいと、幼き日と同じように

 

「光輝、儂のかわいい孫よ。…すまんかった。全て儂のせいだ」

 

「…え?」

 

 しかし目の前の祖父から出たのは謝罪の言葉だった。顔を上げてみる祖父の顔は苦渋に歪んでいた。

 

「わしはお前に立派な人間になってほしいとそう思っていた。だから教えていたのだが…逆に大きな重荷となってしまった」

 

「そんな事…そんな事無いよ、俺はそんなこと思っていないよ」

 

 祖父の謝罪は光輝の心に困惑をもたらす。いつも立派で堂々と胸を張っていた祖父が自分に対して謝るその姿が、酷く悲しかったのだ。

 

「俺は爺ちゃんが忘れられるのが嫌だったんだ。だから…」

 

「それでお前が辛い目にあうのが儂は一番悲しいのじゃ…光輝、本当にすまんかった」

 

「ちがっ…俺は…爺ちゃんに謝ってほしかったんじゃなくて…っ!」

 

 祖父が頭を下げる、その姿に光輝は遂に言葉が詰まった。何を言おうとしたのかそれが分からなくなった光輝。グチャグチャになった思考の中ただ考えていたのは祖父の事だった。

 

(違うっ!…俺は爺ちゃんを困らせたかったんじゃないだ…それなのに…それなのに!困らせていたのは俺だったんだ!)

 

 そうして光輝は一つの事実を知った。祖父の事に執着して祖父の事を忘れられない様にしたその結果が目の前で自分に謝っている祖父の姿という事に。

 

 そしてもう一つ

 

「光輝、有難う儂の為に頑張ってくれて…儂はその気持ちが無いよりもうれしいのじゃ」

 

「あ…」

 

 本当は祖父に褒めてもらいたかったのだと。

   

 

 

 

 

 

「じいちゃん…じいちゃんっ!」

 

 一度自覚してしまえば、後はもう感情に流されるままだった。昔大きく感じた今はとても小さい祖父を抱きしめる。腕に力を込めもう二度と離さないと言う様に。

 

「ごめんなさいっ!ごめんなさい!俺は爺ちゃんの為だと思って、でも違ったんだ!それは本当はっ」

 

「分かっておる…分かっておるよ光輝」

 

 優しく頭を撫でられる。それが在りし日の祖父との楽しかった思い出を刺激しまた涙があふれ出てくる。

 

「努力しようにも変わらない現実が嫌だった、そんな現実に疲れていく自分が嫌だった、皆がじいちゃんの事を忘れていくのが嫌だった、爺ちゃんとの約束を果たせない自分が嫌だった」

 

 祖父に吐き出すのはずっと溜めていた感情。ままならない現実に鬱屈を抱えてきた光輝の日常だった。

 

「いやだったんだ…何も変わらない現状に慣れるしかないのが…苦痛だったんだ、世界は一つも正しくないし綺麗じゃなかったんだ」

 

「ああ、そうじゃな。その事を教えずにいなくなってすまんかった」

 

「じいちゃんは悪くないよ…現実は上手く行かないって理解できてない俺が、ただ俺が悪かったんだ」

 

 祖父の謝罪の言葉に光輝は首を振る。祖父は確かに世界が綺麗なだけではない事を教えてはくれなかった。だが、そんな事は光輝だって成長するにつれて分かることだった。駄目だったのはその現実に上手く適応できなかった自分だ

 

「何もかもが嫌になっていた。だけどだからといって爺ちゃんとの約束を忘れる事なんてできなかった。だってそうでもしないと皆じいちゃんの事を忘れてしまうから。…そんな時にアレが起きた」

 

 疲れ果てていた光輝の目の前に降ってわいてきた、異世界の危機と勇者の称号。一目散に飛びついた、それがどんな事を引き起こす可能性があるのか頭の片隅でちゃんと理解しながら

 

「強くなっていく自分に酔った、褒めてくれる教会の人たちに舞い上がった。…ここは俺の理想の世界だと思ったんんだ」

 

 努力が認められていくような全能感に欲しかった教会の人達からの肯定は光輝のボロボロになった心を癒した。…たとえそれが本来の光輝の性格を捻じ曲げるものであっても確かに修復されていたのだ

 

「その結果、アレが起きた。俺だけじゃ何もできなかったアレが…起きたんだ」

 

 迷宮のトラップで飛ばされた場所は死地という場所だった。強大なベヒモスが前にいる状況で後方では大量の魔物。

 一瞬の選択が求められたとき光輝が下した判断は、ベヒモスを倒すことだった。…混乱しているクラスメイト達を放っておいて 

 

「光輝、お前の判断は間違ってはない。あの時あの化け物と対峙できるのはお前だけじゃった。与えられた力を活用するには脅威と立ち向かわなければいけなかった」

 

 祖父の言葉に光輝は被りを振る。確かに祖父の言う事はまた一つの選択かもしれない実際自分はそうした。だが今だからこそわかる、それは勇者としての判断であり天之河光輝としての判断では無かったのだ

 

「違うよ爺ちゃん、確かに勇者としては正しかったのかもしれない、でも俺はみんなを助けなくちゃいけなくて…ああ、そうだよ俺は皆を助けたい、その為に…」

 

 祖父と話せば話すほど自分の中で天之河光輝がしたかったことが見えてくる。勇者としてではなく一人の人間天之河光輝としてやりたかったことが。

 

 

「俺、人を助けたいんだ。誰かの為とか自分の為とかそんなのはもう、良いんだ」

 

 

 いつの間にか、周囲の風景は変わっていた。暖かな日差しが降り注ぐ軒先。それは幼き日の祖父との日常の一場面の一つだった、

 

「…ねぇ爺ちゃん。俺、間違えたのかな」

 

「人を助けようとすることに間違いはない。ただ手段を間違えただけじゃ」

 

「…ああ、そうだ。やり方を間違えてしまったんだ」

 

 そうだ確かに手段を間違えた。そもそもいくら優秀とは謳われても光輝は只のちっぽけな人間だったのだ。故に取れるはずの選択肢があまりにも少なかった 

 

「…ねぇ爺ちゃん。俺は、やり直せるのかな」

 

「やり直せるとも。お前はまだ何も失っていないのだから」

 

 そう、その通りだ。まだやり直せるのだ、ほんの少し道に迷ってしまっただけだった。だけどまだやり直せるはずだ。

 

(…ああ、香織の言った通りだ。皆、無事でよかった死ななくて本当によかった)

 

 香織の言ったことが本当の意味で心に染み渡る。もし誰かが死んでいたのならやり直すという話では無かった。皆危機に見舞われた物の無事だったのだ。

 

 改めて幼馴染の言った言葉を胸に受け止める光輝、その顔はなぁなぁで過ごしていた虚構の勇者の顔では無かった  

 

「じいちゃん、俺、人を助けたい。この世界の人を助けたいしクラスの皆も助けたい。…出来るかな」

 

 光輝の願いはたとえどう言った物になろうと変わる事は無い。人を助けたいという意思に変わりようは無いのだ、だから今度こそはっきりと自分の思いを大切な人に吐露した。迷いを断ち切ってほしかったのだ

 

「さて、それは儂にはわからん。」

 

「…そうだよね」

 

「じゃが」

 

 続く言葉が何だろうと見ればにっこりとした祖父の笑顔。

 

「お前は一人ではない、他の皆に相談し頼ってみるのじゃ。案外うまくいくかもしれんぞ」

 

 それは光輝一人では無理かもしれないけど見んなら何とかできるかもしれないという言葉だった。

 祖父の言葉を脳内で染み込ませ理解し、何だか気の抜けた笑いが出てきた。

 

「…それ、皆に迷惑を掛けないかな?」

 

 苦笑しながらもそれが最適解だと分かっていた。自分一人では土台人一人を助けるのだって難しいのだ、そもそも自分一人で世界を助けようだとか勘違いもはな正しい。

 

「なんじゃ、お主の学友たちはそんなに頼りにならん奴なのか」

 

「そんな事は無いよ。皆凄くて…良い奴らばっかりだよ」

 

 思い返すクラスメイト達の顔。みんな自分よりも凄い才能を秘めていて…このどうしようもない自分に着いて来てくれた人たちだった。

 

(…皆と話がしたいな)

 

 ふと、クラスメイト…正確には男子生徒達と話がしたくなった。この世界に来てから雑談なんてしただろうか、面と向かって会話をしたことなんてあっただろうか。

 

(誰が、何を思っているのか、話し合いたいな)

 

 会話内容は何だっていい、どうでも良い事や、下らない事。とにかく話をしてみたかった。

 

「じいちゃん、俺アイツらともう一度話がしたい。…話してみたいんだ」

 

「…そうか。そうじゃの人と人は話し合わんと分かりあえんからの」

 

 しみじみと呟いた祖父。気のせいかその姿が薄っすらと透き通ってるように見えた。…いや現在進行形で祖父の姿は透け始めていたのだ。

 

「じいちゃん、それ」

 

「うん?ああ…そうか、もうそんな時間か」

 

 祖父の呟きと共に周囲が白く光り輝いて行く。何が起きているのかすぐに把握した、夢から覚める時が来たのだ。それはつまりこの大切な祖父との別れでもあり

 

「もう、会えないの…?」   

 

 気が付いたらそんな子供ような言葉を出してしまった。そんな光輝の顔を見て祖父はニヤリと笑うと光輝の額を小突いた 

 

「あてっ」

 

「そんな情けない顔をするんじゃない光輝。確かにお前とはこれでお別れじゃ、だが完全にいなくなる訳じゃない」

 

 そう言って光輝の胸を指さす。つられて光輝も自身の胸を抑える。ニヤリと祖父が笑った

 

「お前が忘れん限り、儂はお前と共にいる」

 

「…うん」

 

 祖父の姿がぼやけていく、それと同時に周囲の光もまばゆくなっていき、目を開けるのが困難に。

 

「ねぇじいちゃん」

 

「うん?」

 

 祖父が消える前に光輝はどうして最後に一言いいたかった。もうこれで合えるのが最後だと、奇跡のような時間はもう二度と起きないのだと光輝は本能的に理解していた、だからこそ伝えたかった

 

「また会えてうれしかった」

 

 万感の思いを込めた言葉だった。合いに来てくれた事、自分を諭してくれた事、話をしてくれた事、様々な思いをたった一言に乗せた。そうしているうちに自身の意識も無くなっていく。

 

 全てが白く塗りつぶされる時ふと祖父の声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

「儂もじゃよ。…光輝、頑張るんじゃぞ」

 

 

 

 

 

 

 



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目覚めと決意

これにて光輝君の話は終わりです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 懐かしい匂いがする。随分と前に嗅いだ匂い…祖父の家の匂いだった。

 

「…うぅん」

 

 声をあげ体を起こす。それと同時に自分に駆けられていた毛布がはらりと落ちた。辺りを見回せばそこは自分の部屋と似てはいるが違った部屋。

 

(俺…そっか、いつの間にか眠っていたんだ)

 

 しばらく周囲を見回しそこが先ほど自分が居た部屋、柏木の部屋だと理解する。掛けられていた毛布を丁寧に折り畳みベットへ置くと改めて部屋を見回す。どうやら部屋の主柏木は留守の様だった。

 

 窓の外はいつの間にか暗くなっており、どうやらこの部屋に来てからかなりの時間がたっていたようだった。

 

(随分と眠っていたのか…お陰で体が軽いな)

 

 ストレッチをするように体を伸ばせばボキボキと小気味良い音が体中から鳴っているのが分かる。それに比例するように体が軽いのを感じた、恐らく最近取れていなかった睡眠を十分に取れたのが主な理由だろう。

 

「…それに爺ちゃんとも会えたから、かな」

 

 先ほどまで見ていた夢の内容を思い出す。最初は悪夢のような魔王城の出来事にその次は自身の過去を振り返る様な追体験をし、そして祖父との出来なかった最後の会話。全部覚えているのだ。

 

「あれは、あの夢はもしかして」

 

「おっ!?ようやく起きたか」

 

 夢の事を考えようとした瞬間謀ったようなタイミングで部屋の主が入ってきた。そしてまたお盆を持っておりにこやかな笑顔で話しかけてくる。

 

「どうだ調子は?体がだるいとか気分が悪いとかおかしい所は無いか?」

 

「いや…大丈夫だ。もう問題は無いよ」

 

「そっか、なら良かった」

 

 うんうんと頷いた柏木はお盆を机の上に乗せる。そこには中身が入っている器が二つあった。微かにだが良い匂いがしている

 

「ずっと寝てて腹減ってんだろ、今食いもん持ってきたから温めて食おうぜ」

 

「?」

 

 そう言うと持ってきた器を近くに合ったオーブンに入れる。ピッとそうさをしてオーブンの中では暖かそうなオレンジ色の光が照らされる

 

「って何でトータスにオーブンが!?」

 

「南雲が作った。電気の代わりに魔力がどうたら、らしい」

 

「は、はぁ」

 

 唖然とした声しかできない、いつの間に南雲はそこまで錬成を上達していたのだろうか。そんな驚く光輝を尻目にオーブンはチンと小気味良い音を鳴らす。

 

「ホイできたっと。牛丼大盛りお待ちどう様~」

 

 持ってきたのは何処からどう見ても市販の牛丼、日本でよく見かける居たって特徴のない普通の牛丼だった。

 

 

(あ…何か猛烈に腹が)

 

 ただ付け加えるのならこの数か月感じたことのない猛烈な空腹感を見せつける様な見た目だった。それもその筈光輝は今日ロクに食事を摂ってはいない。

 朝、軽めに朝食をとった後ぶっ続けで訓練をしており、その後倒れてしまったのだ。懐かしい牛丼を見て腹を空かせるなと言う方が酷だった

 

グォォォオオ!!

 

「あ…」

 

「おいおい、どんだけ腹好かせてんだよ。正直な奴だな」

 

 思わずなってしまった腹の音に赤面すれば柏木はカラカラと笑うばかり。そうしてテキパキと支度を整えるとにこやかに笑った。

 

「それじゃあいただきまーす」

 

「い、いただきます」

 

 随分と久しぶりに出す声を出し、牛丼を恐る恐るパクリと一口。瞬間感じたのは余りにも食べなれた牛丼の味だった。ごくごく普通過ぎる大型チェーン店の味。

 

「美味いな…」

 

「そうか?滅茶苦茶普通だと思うけど」

 

「すごく美味しいよ」

 

 久しぶりに食べる日常の味のなんと心安らぐことか。柏木はキョトンとしているが光輝にとっては至福の味だ。しかし何故トータスに牛丼があるのか、ふと疑問に思い柏木に聞くと目を逸らされた

 

「いや…南雲が作って…うぅん、オーヴァードの事は説明できないし…むぅ」

「?」

 

 何やら色々と理由があるらしいから詮索するのは止めておくことにした。聞いてしまうと更に柏木が困るだろうと思ったからだ。

 

 用意された牛丼を食べ終え、お茶を飲みホッとしたところで光輝は改めて柏木と話をすることにした。 

 

「その…柏木、謝りたいことがあるんだ」

 

「?何の話だ?」

 

 不思議そうにしているあたり本当に気にしていないのか、それとも覚えていないのか。それでも光輝は話すことにした。唇がかさつく様な背中から冷や汗が出るようなそんな緊張感の中口に出すことにしたのだ。

 

「あの時…皆を助けようとしなくて本当に済まなかった、それと…助けられなくてごめん」

 

 オルクス迷宮で橋の激戦の時、光輝はベヒモスとの戦いを選んでしまった。それが勇者の役目だと判断したが結果的に言えばクラスメイトを見捨てたと同じにふさわしい。

 

 それにその後のことも有る。南雲ハジメが取り残されてしまったときに柏木が瀕死の重傷を負ったとき、自分は何もしていなかったのだ

 

「…前、皆も柏木も守って見せるって約束したのに…俺は何もすることが出来なかった」

 

 例えどういった理由であれ、あの時何も出来なかったのは事実なのだ。自分の醜態を思い出し暗くなる光輝、しかし逆に柏木はキョトンとした顔をした後、プッと噴き出していた

 

「ああ、そう言えばそんな話をしていたっけ。いや~懐かしいなぁ」

 

「柏木、俺は冗談で言ってるんじゃない。そうやって茶化さないでくれ」

 

「ごめんごめん、別に茶化しているじゃないさ。つーかあんなパ二くった状況だったらんな最善の行動がすぐにできる訳ないじゃん、気にすんなよ」

 

「…それでも俺は皆を助けるべきだった。それが俺の役目で俺の責任だったんだ」

 

 勇者であり、リーダーだから。そう言った光輝に柏木はやはりどこか気の抜けるような笑みを浮かべ首を横に振った

 

「そうかぁ?幾ら勇者だろうがリーダーと言われようがあん時俺達まだトータスに来て二週間だったんだぞ。普通の高校生だったお前にそこまで求める方がおかしいんじゃねぇの?」

 

 だから気にする必要はないのだと締めくくる柏木。その言葉にホッとした安堵感を感じ、しかしそれがまたクラスメイトに対しての罪悪感になる

 

「…柏木はそう言ってくれるけど、他の皆は俺の事を恨んでいるんじゃないのかな」

 

「あーそっか、そう考えちまうか…」

 

 思わず漏れ出してしまった不安は困惑した声で止められた。

 

「…本当は言うべきじゃないのかもしれないけどよ。実はお前の様子を見て欲しいって頼まれててさ」

 

 秘密にしておいてくれよと前置きした後柏木は声を潜めた。どこか困ったような顔だった

 

「誰だと思う?」

 

「……」

 

「坂上。つーか男子全般だなあれは」

 

「!」

 

 親友の名前が出てきて驚き柏木のを見る。言いづらいのか頬を掻くと目を泳がせていた。

 

「頼まれたんだ、天之河の様子がもう見ていられないって。だから今日近寄ったんだけど」

 

 想像以上だったと苦笑する柏木。その言葉を受け、心配されていたという嬉しさよりも気遣われてしまったという申し訳なさがあった。

 

「そうだな。確かに俺は醜態をずっと晒し続けていた。そんな奴を相手するのも疲れるだろう、迷惑を掛けてしまったな」

 

「おいおい、んな顔すんなよ。そう言う事じゃなくて…俺やアイツ等がお前に話しかけれなかったのは」   

 

 どうにも自虐が止まらない光輝に今度こそ柏木は眉根を抑え…そして溜息をついてしまった。

 

「そのな、皆お前に非難されるのが怖かったからなんだよ」

 

「怖かった?どうしてだ?そもそもこのトータスに皆が来てしまったのは俺のせいだ。だから俺が皆を巻き込んだ」

 

「…確かにこの国が行った召喚は勇者を呼ぶためのものだから結果を見れば俺達はお前の巻き添えを喰らったに過ぎない」

 

「ならやっぱり俺のせいじゃないか」

 

「違う」

 

 そこで柏木は一度言葉を切り、一瞬言い淀んだ。その顔に浮かんだのは…滲み出る後悔だろうか

 

「戦争に参加をしたのは…紛れもなく俺たちが自分で言い出した事だったんだ。確かにお前につられたのは間違いない。でもなあの時俺達は誰一人としてお前に待ったを言わなかったじゃないか」

 

「……」

 

「不安だった、混乱していた。理由は色々とある。でも、今後の自分たちがどうなるかを俺は…俺達は考えないようにしてしまったんだ。そこでお前だ。天之河、お前の戦争表明だ」

 

 そうだ、あの時自分は戦うと決めた。そう皆に宣言してしまった。

 

「勇者と呼ばれた俺達のリーダーの参加。それを幸いとして自分で判断するという事をお前に押し付けちまったんだ。自分で判断すべき事なのに…結果だけ見ればお前に責任だけを押し付けた」

 

「…あの時皆混乱していたんだ。俺はそこまで気が回らなかった」

 

「だけど話すべきだった。お前も俺達も同じクラスメイトで同じよう召喚された日本人で…同じ人間なのだから。その事を怠った俺達がどうしてお前を非難できる?どうしてお前だけのせいにできるんだ?」

 

「……」

 

「誰のせいって訳じゃないけどよ。責があるのならそれはあの時先生の言葉を重く受け止めなかった俺達全員じゃないのかなぁ」

 

 天之河光輝は誰にも相談することなく即急に自分一人で話を勧めてしまった。

 

 クラスメイト達はその天之河光輝の言葉に責任を押し付ける様にして話に加わってしまった。 

 

 

 非があるとすればそれはあの時全員。誰のせいでもなく全員の責任でもあった。

 

 

「すまんかった天之河。俺達の居場所と言う重圧をお前ひとりに押し付け、そのくせお前が迷っていたら近寄ることすらせず遠ざかってしまった」

 

「ごめん、俺は皆の事を考えるべきだったのにこの世界の人たちの事しか考えていなかった。すべきことを放置して勇者と言う言葉に酔いしれてしまった」

 

 両者が紡ぐのは謝罪の言葉だった。余裕さえ持てば相手の事を思い遣ることが出来たはずなのにそれが出来なかったのだ。

 

「「……」」

 

 両者顔を見合わせしばし沈黙。相手がどう思ているのかはわからない、何せ幾らチート能力を得たとしてもエスパーではないのだから。

 

「「…ふふっ」」

 

 だが自然と漏れたのは何とも言えない笑い声だった。言うべき言葉を言えたような小骨の取れたようなすっきり感があったのだ。

 

「俺、皆と話してくるよ。色々と迷惑を掛けたのは事実だし、皆のこと知りたいから」

 

「それが良い。人間話さないと分かり合えないしな」

 

 柏木が苦笑して言った言葉。それは奇しくも祖父が話していた事と一緒だった。だから改めて言われると胸に来るものがある

 

「柏木」

 

「うん?」

 

「有難う」

 

「礼を言う必要はないよ。それ言うのは他の奴らに言っとけ」

 

 照れているのか煩わしいのか手の平をシッシとむけてくる。考えてみればもう時間帯は夜になっている。これ以上長居するのは柏木に迷惑がかかるだろう。

 立ち上がり佇まいを整える。

 

「それじゃ、俺行くよ」

 

「ああ、今日はもうさっさと寝ろ」

 

「そうする」

 

 最後にもう一言だけ感謝を述べ、柏木の部屋から出る。その時柏木がチラリとだけ苦い顔をしたのを光輝は気付く事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり暗くなった王城は中々の暗さだったが不思議と恐怖感は無かった。

 

(明日は一人一人と話してみよう。何を考えているのか何をしたいのか)

 

 思い描くのは明日の事について。召喚されたクラスメイト一人一人と話をしてみたかった。最初にするべき事だったのに随分と後回しになってしまい苦笑する。

 

(そうして今度はもっと真剣に考えよう。世界を救うってどういうことなのか。人を助ける事についても)

 

 祖父との語らいを得てもまた自分は思い悩むときがあるだろう。何せ自分はまだまだ未熟だ。その時は皆と相談をしようと光輝は思った。

 

 いくら頭脳明晰だとか運動神経抜群と持てはやされようが自分はまだまだ16年しか生きていない未熟な高校生。思い違いやすれ違うことだってあるのだろう。

 

(だけど、それでも一人じゃない。そうだよね爺ちゃん)

 

 今は亡き祖父にそう語りかける光輝。一瞬の再会だったがそれでも得るものはあったのだ。

 

 

 暗闇を胸を張って歩く光輝。今後の事を考えながら歩く少年は仄かに身体が白い光を纏っていることに気が付くことは無かったのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「謝る必要も礼も言う必要はないんだよ天之河…」

 

 扉から出て行ったクラスメイトの姿を見てポツリと出たのはそんな言葉だった。はぁと大きな溜息を出し手で顔を覆う。

 

 思うのは新たなる明日を生きるクラスメイト天之河光輝の決意とそれを汚す自分の後ろめたさだった

 

『光輝の様子を見てくれねぇだろうか』

 

 そもそも俺が天之河に親身になったのは坂上から頼まれていたからと言う理由が大きかった。何があったかは口を濁していたため詮索はしなかったが坂上はどうやら天之河に負い目を感じているらしかった。それで俺に様子を見る様に頼み込んできたのだ。

 

(オマケに男子共の事情も聞いたしなぁ)

 

 坂上に話を聞けばどの男子も天之河に尻ごみをしているようで近づくに近づけなかったらしい。仕方ないとは思いつつも俺もまた天之河に関しては特に意識していなかった部類、同罪なので引き受ける事となったのだ。

 

 当初の予定ではこの部屋に充満している『錯覚の香り』と『帰還の声』を使い安心感を与える薬を使って精神の安定を図ろうとしたのだ。

 しかし当初の想像以上に天之河が疲労しているところを見たので急遽予定を変更したのだ。『眠りの粉』で天之河を強制的に睡眠状態にさせ『虹の香り』で自分が一番安心する匂いを嗅いで体と精神の疲労を回復させる、その予定のはずだったのだが…

 

『どうしてコイツはそこまでして人を助けようとするんだ?』

 

 ふとそう疑問に思ってしまったのだ。思ってしまった以上俺の行動は自分でも驚くほど早かった。

 

 俺は何時の間にか『堕ちる絶望』と言う能力を使い天之河の精神に負担をかけ天之河の本音を聞くことにしてしまったのだ。

 

 

 俺の力には薬を作り出す意外にも大まかにだが人の精神や記憶を仮想現実として認識する力もある。ソラリス能力でも割と異端だと思う『記憶探索者(メモリダイバー)』…対象の精神をエミュレートして操作をする力を使って天之河の抱える闇を見てしまったのだ。

 

 以前中村の時に使えた力をよりにもよって衝動的に使ってしまった俺は、天之河の抱える問題を見た後に慌てて天之河の尊敬する祖父を使って精神の安定化を図ったのだ。

 

 天之河と会話をしていた祖父は天之河が過去の記憶から作り上げた祖父自身。それによって天之河が自発的に立ち直り回復したのは喜ばしいのだが…

 

(…すまんな。お前の過去見ちまったよ)

 

 結果として俺は人の過去に土足で踏み込んでしまったのだ。以前の中村は悪意があったので良心が傷つくことは無かったのだが 今回は流石に不躾すぎたと後悔と反省するばかりだった。

 

「はぁ…はぁ~~~!!」

 

 過ぎたる力は身を滅ぼすというが人の過去に踏み込むのは如何なものだろうか。オマケに後悔や反省もしているはずなのにこうやって自分の罪を整理して行くと寧ろ天之河の精神を回復させたのだから問題なしなのではと考えてしまうようになってしまう。

 

「つくづく自分には駄々甘だよなぁ俺。……まぁいいや」

 

 このまま自己嫌悪と開き直りで時間が過ぎていきそうなので無理矢理思考を変えようとする。…人それを問題の後回しと言う  

 

 

(しっかし何だかんだで尊かったよなぁ天之河)

 

 勇者と呼ばれていたからにはそれ相応の理由がるはずだと思ったが、天之河の人を助けたいという気持ちは正真正銘本気だった。ただ手段などが少し間違えただけで人を助けようとする意志は尊いものだったのだ。

 

 何だかんだで言われようとも人が人を助けようとするのは美しいものだ。それが人の尊厳、人の善良さと言うのものだと思う。

 

「……でもそれって踏みにじられるのが現実だよなぁ」

 

 だが尊いはずのその意思は現実によって散らされてしまうのが実情だ。現に話し合いで戦争が止まるのなら俺達が呼ばれることは無かったはずなのだ。

 

(そんなに上手く行くのなら俺達は必要ないわけで……アイツのまた折れた姿は見たくない。ならするべき事は…) 

 

 だから天之河の理想は尊いと思う一方で叶えられるはずもないと見下す俺が居る。…それがまた酷く気に障る。

 

「………」

 

 考える。天之河の意思と止まらない戦争を

 

「……」

 

 思考する。人を助けるという事と変えられない現実を

 

「…」

 

 整理する。俺たちが帰る為の条件とその可能性を

 

 

「だよな」

 

 決める。自分のなすべき事とその罪の大きさを

 

「すまん天之河。俺は俺の思うやり方で戦争を終わらせるよ」

 

 今俺が浮かべている顔はどんな顔だろう?謝罪の言葉を述べながらも嘲笑うようなきっとこの世で一番醜悪な物になっているはずだ。

 

 だがそれでいい、俺は決めてしまったのだ。自分のやるべき事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「折角虎穴で手に入れたんだ。虎児を有効に使うのは…しょうが無いよなぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一番書きにくかった部分が終ったので後はスルスルと投稿できたらいいなと思う所存です


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恋せよ少年っ!

 

 

「…クソッ」

 

 額から流れる汗を拭い舌打ちを一つ。目の前にはボロボロの土塊。

 

 試行錯誤の回数はこれで何回目だろうか。人の形をかたどった土塊は体を維持することが出来ず崩れ去ってしまった。

 

 

(はぁ…やっぱ才能ねぇのかな俺?)

 

 地面に広がった土塊を前に深い溜息。野村新太郎は自身の才能である土魔法に行き詰まっていた。

 

 

 

 

 迷宮で魔人族と出会ったその日から野村は自分と他の男子達との差を感じていた。どこかで薄々と感じていたその差は魔人族との接触で判明してしまったのだ。

 

 魔人族と出会って始まった事に自分がやったことは何一つなかった。

 

(アイツ等おかしくね?俺と何ら変わらない筈なのに…)

 

 脳内に浮かぶは一緒に召喚され、共に訓練した男子達。同時期に訓練を開始した筈なのになぜあそこまで差が開いてしまったのか。   

 

 一体彼らと自分では何が違うのか、湧き出る疑問に答えるものはいない。しかしだからと言って彼らに頼り続けるのは自身の沽券にかかわる。自分だけ弱いままなのは嫌なのだ。

 

(…それにあの子に情けない姿を見られたくはねぇしな)

 

 脳裏に浮かぶは好きになったある女の子。絶体絶命だった橋の一件では助けることが出来たがそれはあくまでも庇っただけだった。男としては誇りに思う事だが次はそう上手くはいかない可能性がある。それぐらいの先を見ることだってできるのだ。

 

 だから自分の得意分野を磨くしかないのだ。他の男子に負けたくない、惚れた女の子にカッコイイ所を見せたい。それが自分の原動力

 

「…悩んでても仕方ねよな。ぃよしっ後もうワンセット!」

 

 頬に喝を入れ、もう一度土魔法の構成を顧みる。自身の魔法を知るのは決して無駄ではない筈だ。

 

 

 土属性の魔法は基本的に地面を直接操る魔法であり、地面を爆ぜさせたり、地中の岩を飛ばしたり、土を集束させて槍状の棘にして飛ばしたり、砂塵を操ったり  することが出来る。橋の一件で柏木に頼まれた砂利を作るのも土魔法なら簡単な事だった。

 

(でもこれだけじゃ足りない…強みはもっと別にある)

 

 しかし、これらの魔法を野村は役不足だと判断した。確かに常人と比べれば野村の才能はかなりの物になる。現に巨石を攻撃魔法として撃つぐらいならできる、だがそれでは駄目だと判断したのだ。

 

(攻撃に関しちゃ、悔しいけど中野が次元を超えている。アレを越えるのは無理だ)

 

 魔人族の女を掴まえたその後の魔物との戦い。いいや、それは戦いとすら呼べない代物だった、中野の炎が放たれるたびに絶命の叫び上げ命の区別なく消し炭になっていく。その光景は野村の目に焼き付ていたのだ 

 

 攻撃と言う命を消し去る方面においては中野を越える事は出来ない。それがあの日焼き付いた真理であり現実だった。

 

「…でも魔法は攻撃するだけじゃない、もっと別の使い方がある」

 

 攻撃に関しては中野には及ばない、しかしそれで腐るほど野村は卑屈でもなかった。野村の土魔法にはまだ応用が残っていたのだ。

 

「石化っつうのもあるが…やっぱ俺はゴーレムだろ」

 

 土魔法には上級になると石化の魔法があるのだが、これに関しては意識を向ける気は無かった。それよりももっと使い勝手のある力がある。

 

 それが先ほどから練習しているゴーレム…土人形だった。

 

 土魔法で作るゴーレムは自律性のない完全な人形ではあるが、だからと言って使えないという訳では無いのだ。力任せの腕力や囮に斥候、肉の壁や他にも単純な労働力としても使える。

 

「数も増やせればできる事だって増える筈」

 

 中野は単純に強かった、圧倒的であり戦い全てを一人に任せても問題ないのではと思うほどでさえだった。だが、今中野達が直面しているのは只の喧嘩染みた戦いではない。国と国同士が戦う戦争なのだ。

  

 たった独りで戦況を変える事は不可能なのだ。それは、あの火術師や勇者でも変わらない絶対的な事だ。だから自分の得意分野で尚且つ他の人には出来ない事に目を付けたのだ。戦力の増強であり、人間族が勝っている部分でもある数を増やすという単純ながらも絶対的な有利な物を。

 

「って思ってたんだけどなぁー」

 

 とほほと溜息が漏れてしまうのは仕方ない事だった。発想は上手く行ってるはずなのに肝心のゴーレムづくりが頓挫してしまっているのだ。

 手ごたえがあるはずなのに、どうしても最後の一手が足りない。そんな状況だったのだ。

 

「はぁ…遠藤や永山は上手く行ってるのになぁ」

 

 親友の二人を思い出す。近頃遠藤は何をしているのかさっぱりわからないほど姿を消すことがあるのだ。影が薄いというある種の呪い染みた体質はどうやらこの異世界で克服できたようで遠藤の存在自体を忘れる事は無かった。そんな遠藤は何やら色々と試しているようで充実しているようだった。

 

 永山の方も地味ながら確実に成長して居った。この間なんて坂上と数時間の間殴り合いの訓練をしており周りの者を呆れさせていたのは記憶に新しい。

 

 そんな親友たちと比べて自分のパッとしなさに溜息が出てくる。そんな焦燥感と言うよりも徒労感を感じ始めた時声を掛けられた。

 

「野村、上手くいてるか?」

 

「永山?あーまぁボチボチかな」

 

 声を掛けてきたのは親友の永山重吾。訓練を終えた後なのかタオルで自身の汗を拭っていた。

 

「なーんか躓くんだよなぁ。これで合ってるとは思うんだけど」

 

「へぇ…」

 

 野村の説明を受けしげしげと崩れ去った土塊を見る永山。そこで何やら思案顔をすると唐突に野村の想像しなかった声を上げた

 

「お前、辻さんには告白したのか?」

 

「…は?」

 

 余りにも余りな突然の事に一瞬呆然とし素っ頓狂な声を出してしまう。それもその筈親友である永山は自分の恋心を知ってはいる物の今まで明確に口にしたことは無かったからだ

 

「あの橋ん時にちらっと見たけど結構良い雰囲気だったじゃないか。まだ告ってないのか?」

 

「お、お前!?言う訳ないじゃんか!常識で考えろよっ」

 

 どもりながらも顔を赤くし、抗議する。流石に不意打ちだったのとあのとき確かに協力していたという事実を思い出したのとそれからの会話が無かったことなどを色々と思い出したからだ。

 

「そうか…うむ、なら善は急げだな」

 

「はっ?」

 

 何やらうんうんと頷く永山。嫌な予感がして、親友の顔を見る。

 

 

 

「何、お前の恋路を皆で手伝ってやろうって事だ」

 

 

 その顔は今まで老け顔だと揶揄っていた親友のこの異世界で初めて見た年相応の顔だった。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーことで、まずはお礼を申し上げます。わざわざ暇している中で集まっていただき誠に感謝っす!」

 

「暇してるって、テメェが呼んだんだろうが阿保」

 

「あ、飲み物はコーラとサイダーとモンスターエナジーですので気軽にご賞味ください」

 

「聞いてねぇなこいつ。知ってた」

 

 

(…どうしてこうなったんだろう)

 

 目の前で朗々と語れる阿保丸出しな会話。発言者はやたらとテンションの高い柏木と呆れて突っ込んでいる檜山。

 

 場所は会議室で、緊急収集と言う名の呼び出しを食らった参加者は召喚された男子生徒達。

 

「それでは今回の議題はズバリ! 恋せよッ野村!でお送りいたしたいと思います!」

 

「ヒューヒュー」

 

 そしてこの会議の目的は野村の恋路を手伝うという余りにもトンチンカンな事だった。

 

 

「目的はいたって簡単、そこの青春待っただ中の野村君が辻さんに告白するのを手伝ってあげようって事です」

 

 改めて皆の前で堂々と言うなよと視線に殺気を込めて司会者でさある柏木を睨みつけるが、当の柏木はどこ吹く風で寧ろ面白がっているフシさえあった。

 

「…えっ!?野村って辻さんの事が好きだったのかい?」

 

「鈍っ!?おい、呼んだはいいがこの鈍感男役に立つのか?」

 

 改めて野村の好きな女子を発表したことで困惑するものが1名、クラスの中で一番のハンサム顔天之河だった。

 この前まで周囲を寄せ付けない焦燥感はきれいさっぱり無くなり男子生徒達との見えない溝は埋まったようで今では天然記念物扱いを受けているハンサム男だった。

 

「そこの無自覚フェロモン男は放っておくとしよう。恐らく男女の付き合いは小学生レベルの話しか出きん」

 

「え、っと…ご、ごめん?」

 

「へっ 謝んなよ色男、飯がマズくなる」

 

 飲んでいるのはサイダーだけどなっと不貞腐れたような顔をした清水に突っ込みをする野村。ツッコんでいなければ逃げ出したくなる状況であった。

 

「そもそも、この会議についてなんだけど野村君の了承は取ったの?」

 

「取ってません!でも良いよな野村!前からもどかしい思いをしていたのはお前だけじゃないんだから!」

 

 南雲のもっともすぎる正論を笑顔で有耶無耶にする柏木、視界の端では親友二名が思いっきりしたり顔で頷いていた。

 

「それでも本人の意思が明確に無きゃ只のおせっかいどころか善意の押し付けになるぞ」

 

 と、ここで待ったを書けたのが中野。意外な人物の言葉にふと、ニヤついていた場が静かになる。

 

「むぅ、時には強制せねばアカンことも有るんだが…そうだな。なぁ野村、聞いてもいいか?」

 

「な、なんだよ」

 

 そしていきなりの名ざしである。全員?の視線が柏木と自分に向けられて困惑する。

 

「おせっかいを言うけどさ、お前辻さんのこと好き?」

 

「そ、それは…」

 

 柏木に言われ改めて自分が恋心を抱く相手の事を考える。辻綾子、同じクラスの女子で話をした回数は少ないが好きな人だった。何時惚れたのか、それは自分自身分からない、しかし好きになった事だけは間違いが無かった。

 

 だから好きかどうか問われるのであれば…言うのは恥ずかしがこういうしかなかった

 

「そ、そりゃ…好きだよ」

 

「そっかそうか。ああ、良かった本音を言ってくれて。言わなかったら自白剤を入れるところだったyよ」

 

「おい!?」

 

 なにか物凄い単語が聞こえ突っ込んだがやはり柏木は気にした風もなくにこやかに笑っていた

 

「つー訳だ。俺はこの恋路を協力したい。皆はどうだ?」

 

「やる、そのためにお前に相談を持ち掛けたんだからな」

 

 と、言い切るのは親友の永山だった。この珍妙な会議の発端は永山ではあるがヤバイ人間に相談してくれたものだなと愚痴ってしまう。柏木は死にかけてから妙にテンションがおかしくなった、…実は元からかもしれない

 

「良いぜ別に、暇しているのは間違いないしな」

「いいよ~面白そうだしね~」

「頑張れ野村。俺は影からお前を見守っているから」

 

 ザワザワと参加?を宣言するクラスメイト達。嬉しいような恥ずかしいようなざわつきが胸を占める。

 

「それじゃ皆。改めて聞くけど…告白の手伝いってどうすればいいんんだ?」

 

「ノープランかよっ!?」

「何も考えてねぇぞコイツ!?」

「全ッ然駄目駄目だな!」

 

 あれだけ騒がしそうにしておいてのまさかのノープランだった。もしかして自分は早まったのかもしれない、野村は先ほどの人に頼ろうとしていた自分を恥じた。

 

「そもそも、どうするんだ?俺たちの誰かが女子連中に野村は良い奴だって吹聴しておくのか?」

 

「…それあからさま過ぎてバレねぇか?女子って結構鋭いぞ?」

 

 一見有効そうな意見は物の数秒で却下された。確かに女子たちに噂をばらまいても効果のない可能性が高そうだ

 

「…おい柏木、お前惚れ薬作れたろ、そいつを使うってのは?」

 

「まさかの薬物頼り!?」

「流石は檜山!邪道をあっさりと提案する、そこに痺れないし憧れない!」

「スルーしてるけど、柏木ってそんな薬作れるの?ヤバくね?」

 

 檜山が提案したのは惚れ薬を使うという物だった。なるほど確かにそう言う薬ならば服用と後の事さえ抜かりをしなければ上手くいくだろう、野村が賛成すればという話だが

 

「えっと…作る?より取り見取りだけど?」

「そ、そんなの嫌に決まってんじゃねぇか!何考えてんだよお前ら!?」

「ですよねー。ああよかったそれに頼るんならTS薬をぶっかけるところだった」

「おい、コイツマジで頭やベーじゃねぇの?」

 

 薬を使うなんて非道は野村自身嫌だった。勿論なんだかんだ言いつつ興味はほんの少しはある。けど、そんな物に頼るぐらいなら玉砕覚悟で突撃をかました方が良かった。

 

「あの、言っても良いかい?」

「なんぞいイケメン君?」

「なんだか悪意を感じる…」

 

 その後も案にすらならない雑談を繰り返していた時消極的に手を挙げたのは天之河光輝だった。揶揄うような柏木の言葉に困ったように笑った光輝は、眉根を下げながらずっと考えていたであろう提案をしてきた

 

「その、この議題ってそもそも野村が辻さんに告白するって話じゃないか」

 

「そうだけど?」

 

「…野村が直接辻さんに好きだって伝えればいいんじゃないのか?」

 

「!」

 

 意外!それは至極真っ当な意見だった。真っ当過ぎて一周回ってツッコミが入る

 

「いやいや、断られるのを回避するためにこうやってみんなで話し合って」

 

「でも、当事者は野村だよね。そりゃ上手くいくかは誰にだってわからない、でもだからこそ本人が頑張るのを見守るのが一番いいんじゃないのか」

 

「うーんド正論過ぎて何も言えませんな」

 

 天之河の言葉に柏木は納得がいったのかうんうんと頷く。何だか雲行きが怪しくなって来た。

 

「手伝うのは悪い事じゃない、でもあくまでも野村の意思を尊重するのが良いはずだ」 

 

  

 

 

 

 結局光輝の提案に全員が納得をし、野村が自分で頑張る事になった。

 

「でも、流石に場の提供だけはしてやろうじゃないか?一応雰囲気ってものは必要だろ?」

 

 取りあえずで柏木の案、せめて最高のロケーションで告白をしてほしいという話になった。

 

「んで、改めて聞きたいんだけどこの中で彼女持ちの奴っているのか?どういう場所で告白するのが合ってるのか確認したんだけど…」

 

 

「「「「………」」」」

 

「…す、すまん」

 

 確認のため柏木が男子達に聞いたが誰も応えるものは無い無かった。皆が俯き、項垂れるその様は柏木とて申し訳なさで謝罪の言葉を出してしまうほどだ。

 幾ら召喚され考えられないような強さを持った彼らとはいえ花の高校生、彼女がいないというのは大変悲しい事であった。

 

「えっと…み、皆そんなに悲しまなくても良いじゃないか」

 

「うるせぇ顔が良いからって調子こくんじゃねぇぞ!?」

「誰しもがテメェの様に持ってるんじゃねぇんだぞ!?」

「日本でもトータスでもモテやがって!テメェは女の子ホイホイか!?そのイケメンフェイス譲ってください!」

 

 途中項垂れた皆を元気づけようとして光輝が励ましたが一部の男子達から可愛がりを受けてしまったのはまた別の話だ。

 

 

「それじゃあ仕方ねぇ。ベタだがここはオタク知識を有効に使うとしよう」

 

 項垂れた中で比較的には回復が早かった清水はそう言って告白のロケーションづくりの指揮を取る。用いるのはあくまでもギャルゲーの知識だが清水以上にギャルゲーをやり込んでいる人間が居ないため渋々と立候補したのだ。

 

「別にいいけどよぉそのオタク知識って役に立つのか?」

「少なくとも今ここにいる中で一番の恋愛知識はあると思うが?」

「それ、あくまでも二次元での話だよね。…あ、ごめん」

 

 

「うぉっほん! 兎も角だ、ここは王道を行こうと思う」

 

 咳ばらいを一つ入れた清水が提案したのは王道のロケーションでの告白だった。古今東西、告白の絶好スポット、それを清水は知っていたのだ

 

 

「一応聞くけど、どんな所で告白?」

「決まってる!ズバリッ 伝説の樹の下で、だ!」

 

 清水の提案したロケーションとは伝説的恋愛ゲームでの有名な告白スポットである樹の下での思いを伝えるという事だった。

 他にも屋上とか放課後の教室とか色々と候補があった中清水は初心な野村が成功するためにあえて王道を選んだのだ

 

「木の下?想像がつかないな」

「つーかそれかなり古いんじゃ?」

「樹の下ねぇ、虫が出て来たら最悪だな」

「ときメモかよっ!?どれだけ前のゲームだと思ってんだ!?」

「確か初代が発売したのが…嘘っもう26年前!?今の時代じゃもはや化石だろ!」

 

「だまらっしゃい!文句を言うのならほかに方法を言ってからにしろこの童貞ども!」

 

 様々な意見が飛び交う中清水は一括する。その目は何故か血走っていた。全員口を閉じて次の言葉を待った。逆らうと魔法を撃ってきそうだったからである

 

「いいか!俺たちの中で唯一青春を送ってる野村には幸せになってもらわなくちゃいけねぇ!異世界だぁ!?召喚だぁ!?戦争だぁ!?はぁぁああ!???ふっざけんなこの糞共!俺たちだってなぁ!普通に色めく学校生活が送りたかったんだよボケが!」

 

 唾を飛ばし額に血管を浮き上がらせての激昂。何故かは知らないが清水のスイッチに触れてしまったようだ

 

「まぁまぁ清水さん落ち着きなされ、野村が成功して欲しいのは俺たちも一緒。ここは成功のために頑張りましょうではありませんか」

 

「…チッ! まぁいい。それで必要なのは校庭と樹と晴れ空、それぐらいありゃ十分だろ」

 

「…用意できんのソレ?」

 

「あ?魔法を使える異能持ちが雁首そろえてんのにできねぇって抜かすのか?SAN値直葬させんぞコラ」

 

 やたらと凄みを利かせる清水。もはや逆らうのは面倒だと判断し、男たちは肩をすくめながら野村の告白の為に準備を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あのさ」

 

「ん?」

 

「何でこんなにお前ら仕事が早いの?」

 

「さぁ?」

 

 そうして一晩たった翌日。訓練所には一本の見事な樹が植林されていたのだ。見るからに立派な樹は、なるほど伝説の木の下と呼ばれても問題無いのかも知れない。

 

「…あれ、どうやって用意したんだ?」

 

「坂上が運んできた。良い訓練になったって笑ってた」

 

 野村の脳裏に樹を担ぎ運んでくる筋肉ダルマもといマッチョなあの姿が浮かんだ。上半身裸で光り輝く汗を拭いなら滅茶苦茶いい笑顔で豪快に笑うクラスメイトの姿だった。

 

「…そんな樹近くに合ったっけ?」

 

「調べてた斎藤が空路で坂上を運んで、後は全力でダッシュしてきたって」

 

 最近空を飛んでいるクラスメイトの姿が浮かんだ。筋肉だるまを運び、巨木を運搬する筋肉を愉快そうに応援するこの頃規格はずれなクラスメイトの姿だった。

 

「…どうやって植えて」

 

「南雲がやってくれました」

 

「あ、そう」

 

 錬成師ってそんな能力だったのだろうか?似た様な能力を持つとは言え野村は南雲の事が分からなかった。   

 

「そもそも訓練所の許可を取って」

 

「メルド団長に話したよ。勿論あのホセさんにもね」

 

 何でそこまで段取りが良いのか、そこまで自分の告白は広まってしまったのか、頭を抱えたくなるがもはや手遅れだ。話が行き渡ったのが善良な人たちだから揶揄われることが無いと無理矢理納得させる

 

「はぁ…なんでこんな大ごとになっちまったんだ?」

 

 大きなため息をつき頭を抱えてしまう。確かにいつかは辻に告白をしたいと考えてはいた。でもそれはもっと仲良くなってからであって…等々総じて何かしら言い訳を作って先延ばしにしていたのは間違いないが、だからと言ってここまで大ごとになるなんて思わなかったのも事実。

 

「あははは、ワリィな勝手に話を進めてしまって」

 

 ケラケラと呑気に笑うはここまで事を大事にしてしまった柏木だ。ジト目で睨むがもうここまで来たからには仕方がない、溜息ついでにふと疑問に思った事を尋ねてみた

 

 

「なぁ柏木」

 

「んー」

 

「何でお前此処まで積極的に手伝ってくれるの?」

 

 おせっかいだけでも付け加えて野村は気になったことを聞いてみた。そもそも野村は柏木とは面識はあれどそこまで仲がいいのではないのだ。

 同じくクラスメイトで同じ教室で授業を受けているといえ、あくまでもクラスメイト。友達と言うほど仲がいい訳では無い、それなのにどうしてそこまで力になろうと奮闘するのか。

 

「あーんー …笑わない?」

 

「何がだよ。つか聞いても無いのに笑うかよ」

 

「だよな」

 

 苦笑した柏木はこめかみに指を置いた。眉根が寄せられて話しにくそうに感じたのは柏木がちょっとだけ言いづらそうにしていたからだ。

 

 

「俺さ、死にかけたじゃん」

 

 その一言で思い浮かべるのは橋での死闘だった。南雲ハジメを助ける為に無謀にも独断行動をした柏木、手を伸ばし奈落に落ちそうな南雲を助けたは良いがその時に胸を剣で刺されたのは今でも忘れられない事だった。

 

「あの時、死にかけ乍ら南雲に肩を貸された時色々と思ってさ…死にたくないって考えていて」

 

 思い出そうとしているのか、眉根がさらに寄せられる。見ていた自分にとっては鮮明に覚えていることだが当事者としてはうるおぼえなのかもしれない。

 

「色々と走馬灯のように浮かんでさ、その中で思ったんだ」

 

「…何を?」

 

「そう言えば俺、セックスしてねぇなって」

 

「ぶふぉっ!?」

 

 出てきた生々しい単語に驚き隣を見るとそこには一切ふざけていない困った顔があった。

 

「いやいやこれでも割とマジだぜ?そりゃ今は惚れた女はいないけどさ、男なら女とセックスしたいって思うのは当然じゃん」

 

「まぁ…否定は…しない、な」

 

 多少の気恥ずかしさを感じたが、否定はしなかった。野村の年頃なら当たり前に考える普通でありふれた事だった。

 

「セックスしたいって思ったら、次はイチャイチャしてみたい、四六時中女と一緒に居たいとかそんな事が頭に浮かんで」

 

「……正直な奴だな」

 

「あははは、んで命が助かってから思ったんだ。ここでは後悔しない様に生きてみようって」

 

 トータスは死ぬ可能性のある、いくら自分たちは天職やら才能やらが凄くても生きている以上死ぬ世界だと考えた時、後悔をしないように好きにやりたいと考えたと柏木は困った顔で言った。

 

「野村、告白はともかくとして、自分の思いを誰にも伝えず伝えられずには死ぬってのは本当にきついぞ」

 

 何も言えず伝えれず死ぬというのはどんなに悲惨な事か、柏木はそれを感じ取ったらしい。だから野村に手を貸すのだと

 

「…分かり切ったことを言いやがって」

 

「ごめんごめん、でもま、こうやって無理やりにでもしないと駄目かなって思ったのは事実で」

 

「そう言うのおせっかいって言うんだぞ」

 

 非難する様ににらめばごめんごめんと謝る柏木。ハァと溜息はつくものの本当はそこまでは怒っていなかった。自分自身こうやって人に場のセッティングをしてもらわないと何も言えないヘタレだと自覚をしているからだ。

 

 

「上手くいくのかなぁ…」

 

「それはもう、俺等にはわからんことで」

 

「だよなぁ」

 

 

 とんとん拍子で決まった告白劇、果たして上手く行くのかどうかは誰にもわからない事だった。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

「馬鹿だ…アイツら絶対バカだ」

 

 晴れるような青空、青々とした葉を付ける大樹の下で野村は樹を見上げながら呟いた。いくら場が整ったからって本当にやってしまう奴らが居て、乗ってしまう自分もいるなんて今までの自分は思いもしないだろう。

 

(…クソッ!? 本当にこの格好で合ってるのか?俺はこれで良いのか?)

 

 自分の姿を今一度見直し汚れが無いか、おかしなところが無いか確認する。今の自分の格好はトータスでの私服ではなく何故か高校の制服だった。

 

 何故制服なのか、清水曰く

 

『異世界において、俺達の日常だった制服は、自分たちが普通の高校生だったことを思い返す良い視覚効果だ。戦争、訓練などをして凝り固まった価値観をほぐすにちょうど良いシロモノって事だ」

 

 との事だった。確かに自分たちは只の高校生。その事を忘れつつある今、思い返すのは必要な事なのかもしれない。…その日常に帰れずにいるという現実も直視してしまうが。

 

 

「あぁぁぁ~~~ 早まったかなぁ~~~」

 

 ここで待機しているのは、もうすぐ好きな相手である辻綾子が来るからだ。どういったコネクションを使ったのか柏木が白崎香織と交渉して辻を呼び出すことに成功してしまったのだ。その事を嬉しそうに報告する柏木の顔をいつか殴ってやるとをここに決める。

 

「…あ、来た」

 

 そうこうして居る内に訓練所の入り口からやって来るのは女子三名。遠目でも分かる辻綾子とその付き添いである吉野真央と白崎香織だった。

 

(オイオイマジで来たよ…来ちゃったよ!)

 

 どういう会話をしているのかはわからないが何度か女子たちだけで会話をして辻だけがこちらへとやって来る。しかもなぜか相手も学校の制服で。久しぶりに見るその姿に改めて可愛いと思うと同時に心臓の鼓動が急激に高鳴っていく。

 

(あわわわっ! こ、こんな事になるなら柏木から薬でも貰っておけばよかった!)

 

 柏木は一応調合師である、精神を落ち着かせる薬なんかを作ったと聞いてたことがあったのでそれを借りればよかったと内心後悔する。

 

 しかし賽は投げられてしまったのだ。動揺している野村の緊張解れることなく、辻はやってきた

 

「え、っと野村君?」

 

「ひゃっ はい!」

 

「何か話があるって白崎さん達から聞いたんだけど…」

 

「そ、それは…」

  

 やはり緊張したままだったのがマズかったのか次に出る言葉、好意を伝える言葉が野村の口からは出てこなかった。

 何度か口を閉口することが出来るがそこから出てくるのは言葉にならない声、端的に言えば緊張で呼吸がままならなくなってしまった

 

「ハァ…ッ!…ッッ!……ぅう」

 

「ちょ、ちょっと野村君大丈夫!?」

 

「ごめ……ちょっと…やばっ」

 

 緊張のし過ぎで死にかけるとはなんてつまらない死に方なのだろうか、苦しむ中で皮肉っていたら、そっと背中を摩る感触があった

 

「ほら、無理に呼吸をしようとしないで。一度息を止めて」

 

 隣に聞こえるのは優しさにあふれた声。その声に従い一度吸おうとしていた呼吸を止める。

 

「そのまま、お腹に手を当ててゆっくりと息を吐いて…そう、その調子」

 

 言葉の通りに深く息を吐けば苦しさが紛れていく。

 

「吐き終わったら次は自然に息を吸って。後はそれを繰り返せば大丈夫だから」

 

 教え有られた通りに呼吸を繰り返せば息苦しさはだいぶ減った。 

 

「スゥー…ハァ―…うん、だいぶ楽になった」

 

「そっか、それは良かった。でも一応もう少し休んでいた方がいいかも」

 

「そうだね。それじゃ」

 

「ここで休もう。…その、何故か訓練所に樹があるし」

 

 物凄く微妙そうな顔をして坂上が持ってきて南雲が埋めた大樹を見る辻。詳細を教えるのは憚れるので何も言えないが確かに休んだ方がいいので好意に甘え樹の下で休むことなった。

 

 辻はどこかへ行くのかと思ったが、特に傍を離れることなく、訓練所には誰もいない。いつの間にか付き添いだった女子二人は姿を消しており、訓練のために来るはずの騎士たちは誰も来なかった。

 

「…」

 

「…」

 

 二人だけの静かな時間だった。先ほどまであった緊張は呼吸とともに消えて行ったのか自分でも驚くほどの穏やかな心境だった。

 

「…さっきは有難う。おかげで助かった」

 

「うん?いいよ、私は治癒術師だからね」

 

 はにかむ辻は特に気にした風でもなかった。それが嬉しく、また少しの申し訳なさを感じる。そんな気持ちを払拭しようかと思い話題を探そうとして、辻の制服に目が逝った。   

 

「それ」

 

「これ?いきなり真央に制服を着て訓練所へ行けって言われて…」

 

「そっか」

 

「…これを着ているとなんだか懐かしいよね。前は毎日来ていた物なのに」

 

 トータスに来てからは当然の様に異世界の服を着るようになった。それが当たり前だったし何時までも制服を着ているのはおかしかったからだ。

…自分もこれを着るのは随分と久しぶりだ

 

「いつの間にかここにきて、それで戦争を参加する羽目になっちゃって…それから着る事は無くなったね」

 

「ああ、日本にいたころはこれを着るのが億劫だったのに今じゃ懐かしく感じるなんて、おかしな話だな」

 

「ほんと、召喚されなかった今頃テスト勉強で苦しんでいたのかなぁ~」

 

「帰ったら勉強しないとなぁ~メンドクセっ」

 

 他愛のない会話が続く、それがどうにもくすぐったく穏やかで気持ちが良い物だった。

 

「…ねぇ」

 

「うん?」

 

「あの時助けてくれて有難う。野村君が庇ってくれなかったら私死んでいたかもしれない」

 

 橋での一件だった。確かにあの時辻がトラウムソルジャーに襲われているのをかばった記憶がある、だがあれはがむしゃらに近い行動だったので

感謝されるようなことでは無かったと記憶している。

 そんな事を考えつつ辻にどう返答すればいいのか考えていると横からポツリポツリと辻が呟いてくる

 

「怖かった…あの時どうしたらいいかわからなくて、それでアレが来た時頭が真っ白になって…ああ。もう駄目だっと思った瞬間野村君が私を突き飛ばして」

 

「あん時は只何も考えていなかったから…ええっと」

 

 本当に必死だったのだ。辻が襲われている瞬間気が付いたら自分が怪我をしていた。魔法を唱えるやら他にも選択肢があったはずなのに気が付いたらそう行動していたのであんまり気にしてほしくないのだ。

 

「あの時のお礼を言わせて。ありがとう、野村君」

 

「お、おう」

 

 だが、微笑んで言われたお礼に、野村は辻のその顔に目を奪われた。端的に言って惚れ直してしまった。

 

 

 だからだろうか、その言葉は自分でも思いかけずにするりと出てきた。

 

 

「辻さん…」

 

「なあに?」

 

「俺と…付き合ってくれませんか?」

 

 

 

(……あ”!!?)

 

 呆然と言ってから自分の言葉の失態に気が付いてしまった。これでは助けた例として交際を申し込んでいるみたいではないか、辻の罪悪感を利用しているのでは無いかと気が付いてしまったのだ。

 

(あああ!?こんなはずじゃないのに!?)

 

 気が付いてからは冷や汗が出てくる。辻を助けたことは自分でも誇れることかもしれなかったがその行為を利用するつもりなんてなかったのだ。

 しかしだからと言って付き合いたくないかと言えば嘘になる。吐き出してしまった言葉はもう呑み込めない

 

 しかしそれでも、辻を助けたことを理由に付き合うのだけは野村は嫌だった。キョトンとした辻に向かってシドモロな言葉を吐き出す

 

「え、あ、今のは違って、いや違う訳じゃないけどと、お、俺は」

 

「…ふふふ」

 

 そんなあたふたとしている野村を見て辻はふっと微笑んだ。その笑みに揶揄うような色は無い。だからこそ、ますます野村は顔を赤くする

 

「ねぇ野村君」

 

「は、はい!」

 

 辻に呼びかけられ、背筋が伸びる。座ってお互い向き合っているような体制だが、次にどんな言葉が出るかと思うとどうしても辻を真正面から見るのは難しい。だから野村は気が付かない

 

「えっとね、気持ちは嬉しんだけど」

 

(あ…終わった)

 

 言葉一つでこうも人は絶望へと打ちひしがれるのか、さぁっと顔から血の気が引くのを感じながら辻の言葉に意識が遠くなる。何だか泣きそうになってきた

 

「あ、野村君の事が嫌ってわけじゃないんだよ?」

 

(…?)

 

 しかし言葉一つで絶望から救い上がるもまた事実だ。辻の言葉には続きがあり、思わず耳が一つも音を漏らさないとそばだてる

 

「えっと、恋人とかそう言うのはまだお互い早いと思うの。私は野村君の事を知らないし、野村君は私の事をよく知らない、それで決めるのは早いんじゃないかなって」

 

「…それって」

 

「だから、まずは友達から始めようって話。何事も焦らず一つ一つと言う事にしたいんだけど…駄目かな」

 

 辻から提案されたのは友達になってからだと言う話だった。その少し恥ずかしそうな表情の辻に野村は矢継ぎ早に答えた

 

「お、俺でよければ喜んで!」

 

「それじゃ、今後ともよろしくね野村君」

 

 そう言って笑った辻は立ち上がるとそのまま笑顔で別れを告げ去っていった。

 

 

  あとに残されたのは呆然とその後ろ姿を見ている野村だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…は、はは、まさか上手く行くとは」

 

 あれから数時間して、土人形を作りながら野村は嬉しさを隠せない声を出す。

 

 正直な話、野村自身この告白劇が上手く行くとは思いもしなかったのだ。どうせ断られてしまううだろうという気持ちがしめる中恋人同士とはいかなくても友人同士と言う立場まで距離を詰めることが出来たのだ。これはだいぶ上手く行ったと言えるだろう。

 

「後は俺の頑張り次第…ああくそっ本当によかった」

 

 ここから先は野村自身の問題だ。これから頼りになる男として想われるか、それとも男としては悲しい評価であるいい人どまりになってしまうか、それは誰にもわからない。

 

「…うしっ!今度は上手く行った!」

 

 目の前には出来上がった土人形。数を揃える為に大きさはせいぜい子供の背丈ぐらいだがこれで十分だろう。後はこの土人形の数を揃えるだけだ。

 

「人間やればできるってか?ふ、ふふ。ならますます頑張らねぇとな」

 

 他者から見ればなんてことは無くても野村としては確実に一歩進むことが出来たのだ。バカな事をやってくれたクラスメイト達の手によって。

 

「…ありがとな皆」

 

 色々と便宜を図ってくれたしょうもないがそれでもお人好しの馬鹿な男たちに感謝の言葉を満更でもない顔で呟く野村だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 故に野村は気が付かなかない。

 

(う、うぅ~~バレていないよね!? ちゃんと平常心保っていたよね私!?)

 

 走り去って言った辻が耳を真っ赤にしていたことを。野村と同じように心臓の鼓動が飛び出るくらい高鳴っていたことを。

 

 

 

(もう!野村君の馬鹿!……あんなの断れるわけがないよぅ)

 

 

 橋で庇われていた時から辻が野村に好意を寄せていた事を。辻自身野村と話たがっていたが機会をが得られずもやもやとしていたことを。

 

 

 

 

 始まる前から結果は分かり切っていたことを野村はついぞ気が付かなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、どうして俺に相談を持ち掛けたんだ?」

 

「お前なら皆を巻き込んででもアイツの背を押してくれると思ったからだ」

 

「それで俺が矢面に立つことになったんだけど?」

 

「すまん」

 

「ああ、別にいいけどよ。俺も思う事はあったしさ。…後悔してからじゃ何もかも遅いってな」

 

「……」

 

「でも意外だったよ。まさかお前がダチの恋を後押しするなんてな。ずっと見守ってるのかと思った」

 

「友達だからだ。それ以上に理由があるか?」

 

「ねぇわな。…それで?重格闘士さんは、今後どういったつもりで?うかうかしていると愛に目覚めたアイツに抜かれるぞ?」

 

「一応考えはある。だから野村には吹っ切れて欲しかった」

 

「?」

 

「…土にはいろいろと使いようがある。上手く行くかはどうかは分からんがまぁ俺にも色々と考えがあるって事だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これでクラスメイト強化の話は終わりです。
あと諸々をしたら長かった準備編は終わりです


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転生とは何なんだろうね?

ちょっとした小話です


 

『少し聞きたいことがあるんだけど、いいかい?』

 

 何でもある空間で二人一緒にゴロゴロとしている時だった。そいつはライトノベルを読みながらふと思いついてと言う感じで話しかけてきた。

 

――なに?

 

『前から思っていたんだけど、転生と転移の違いって何?』

 

 そいつが持っていた物は今どきはやり過ぎて食傷気味になってきた転生もののライトノベルだった。近くにもどっさりと同じ様な内容の題材の本が置かれているあたり嵌ったのだろうか?

 

―ふむ。それは興味深い…ってか いきなりどうしたんだ?

 

『この本たちを読んでいたら少し気になってね。 自分の思う転生と転移を間違えているんじゃないのかなと思ったんだ』

 

―なるほど

 

『君からしてみれば他人事じゃないだろ。だから君の意見を聞かせてほしんだ』

 

 確かに今はお互い快適空間でグータラとしているが今後の自分に関わってくることだ。ありふれ世界に行くと決まってしまった以上その話は大切なことになるかもしれない。

 

 何より自分の願いに大いに関係してくる話なのだから

 

―分かった。私的な意見でも良ければ語ってみようか。

 

『有難う。…しかしありふれ世界に行く君は転移になるのかな、それとも転生どっちになるのかな』

 

 

 

 

 

―――それは『――』だろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ何もねーよな」

 

「図書館を片っ端から探したんだけどねー」

 

 清水の部屋で借りてきた本を積み上げながら深い溜息を吐く。俺たちがやるべき事の一つ異世界からの脱出法を探していたのだ。

 

 王都にある図書館から異世界に関することやエヒト神に関すること、他にも歴史や戦争の始まりなどいろいろと借りて調べてはいるのだが…本の量はあるくせに記されていた物は案外少ないのだ

 

「休憩がてら少し整理しようか。今お茶を入れるわ」

 

「サンキュー」

 

 テーブルの上を片づけながらお茶の準備。労働をした後は甘いものがほしくなる。…ならない?

 

 

 さて、疲労回復のお手製薬湯を飲みながら大好きなディベートを始めよう。清水が相手ならどんな事だって言える。

 

 

「まず異世界召喚についてだが、俺達より前に呼び出された人間はいなかった」

「俺達が初めて呼び出されたって事だな。…何でだ?」

「魔人族が魔物を従えるようになったから」

「本当かなぁー」

 

 俺達より前に異世界から呼び出された人間はいない。言い変えれば初めて異世界から呼び出されざるを終えなかったという事。しかしここで疑問が残る、何故今更なんだ?

 

「魔人族が魔物を従えるようになったのは確かに脅威だけどそれ以前にも人間族が境地に追いやられることはあったはず。なんでいきなり召喚なんて試みたんだ」

 

「どう考えても滅亡の危機って訳じゃないだろ、まだこの国には余裕がある。即ち…神にとって召喚には別の思惑があった可能性がある」

 

 ふむ、他の思惑か。…きな臭いな

 

「次は歴史。遥か昔から人間族は魔人族と戦ってきた。一体どれだけの年月か書かれてはいなかったが…ちょっとおかしな話だ」

 

「人間魔人族、両者ともそこまで戦争を続けられるのかって疑問が出てくる。士気は信仰で補うとかしても物資や食料、兵站が戦争についてこれないと思うが」

 

 実際の話兵站は戦争を支える最優先重要事項なのだ。誰かって腹が減っては戦は出来ん。それなのにまだ戦争を続けている、来る日も来る日も

終わりのない戦争。流石に馬鹿げているんじゃないのか?

 

「んで、信仰戦争でも必ずこう考える奴は出てくるはずだ『このままでは国が疲弊する。和睦かせめて休戦をしなければ』ってね」

 

「だが歴史を調べるとそんな記述は一つも無かった。多少の知恵があれば和睦への選択を考えてもおかしくは無い。…信仰が原因か?」

 

 終わりのない戦争に恐怖を覚える者がいてもおかしくは無い、なら和睦だって考えてもおかしくない筈なのにどうしてか和睦を進めようという人間の記述が歴史書には無かったのだ。邪魔たから捨てた?士気にかかわるとはいえ嫌な感じだ

 

「そして最後に神に関してだ。無関係な人間を呼び出し戦争を終わらせようと考えるエヒト。…どう考えたって変だ」

 

「どうして今更人の戦争に介入してきた?今まで人が滅亡しかけようが繁栄しようが手を出さなかった神が今、どうしてわざわざ他の世界から駒を入れたんだ?」

 

 今までの歴史を見ると、神に属する人間が出てきたことは書いてあったが神の直接的な介入は無かったのだ。それが今回の戦争ではわざわざほかの世界の人間を使ってまで人を勝たせようとしている

 

「今の今まで何もしてこなかった奴が急にでしゃばるのは目立つよな。どう考えたって怪し過ぎる。清水はどう思う?」

 

「同意見。今まで何もやってこなかったのに急に手を出してきたって事は…何か目的があると考えられる」

 

「何だろうね俺達を呼び出してまでやりたい目的って。分かる?」

 

「お手上げだ。いくつか候補は浮かぶけどな」

 

 これには清水もお手上げだった。流石に色々と想像は出来るけど人を攫ってまでやりたい事なんて思い浮かばないって事なんだろう。

 

「ま、仕方ね―からぼちぼちと探っていこうぜ。こういうのは焦って探しても見つからないパターンだ」

 

「だな」

 

 と言う訳で、少しばかり休憩を取る事になった。元から休憩を取っていたって?気のせいだ。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ清水さー 聞いてもいいか?」

 

 休憩中少し気になる事があったので雑談混じりで清水に話しかけた。借りてきた本を興味なさげに読んでいるが特に嫌そうでもなかったので話を続ける

 

「転生とか転移ってあるじゃないか。アレの違いってなんだ」

 

 俺の疑問に興味を示したのか本をぱたりと閉じるとわざとらしくニヤついく。

 

「そりゃ転生は生まれ変わりで、転移は場所の移動だ。急にどうしたんだ、俺たちの境遇に嫌気が差したか?それとも生まれ代わりでもしたくなったのか」

 

 実にイキイキした表情で笑ってくる。こういうライトノベルでよくありそうな話題に対しての清水の食いつきは中々の物だ。だからこそ話題に出したんだけど

 

「あーまぁ色々とあってな。んで転移の方は良いんだ、なんとなく予想つくから。転生ってのについてお前の意見が聞きたいんだ」

 

「転生か。さっきも言ったが生まれ変わりだ。俺達オタクどもからするとはやりの異世界転生が分かりやすいか」

 

「それなんだけどさ、異世界転生って転生って言えるのか?」

 

「ほぅ中々興味深い事を言うじゃないか。続けろ」

 

 乗り気になってくれた清水にこれは自分の持論だがと前置きをする。転生の詳細は知らないけどあくまでこれから俺が話すことは俺自身が思っている事なのだ。

   

「異世界転生モノってよくあるトラックに轢かれてとかなんかで死んでとか色々あるけどさ、結局の所肉体が変わっただけで

人格…魂は前世と一緒じゃん。あれって生まれ変わりって言えるのか?」

 

 よくあるライトノベルのテーマとして日本で死んだ人がファンタジー世界で赤ん坊から始まり新しい人生を謳歌するって話がある。それを異世界転生とひとくくりにしているがアレは実際の所転生と呼ばれるのだろうか?

 

「肉体が変わった。でもそれって酷い言い方だと要は体つきが変わったとも言えるだろ?中身は如何取り繕っても前の肉体の持ち主で肉体的には死んだ人間が中にいるってだけなんだ。それはソイツの地続きの人生であって生まれ変わり…新しい人生を歩んでいるのとは違うんじゃないのか?」

 

「なるほど柏木は、中身を重視している視方なんだな。魂が一緒で記憶も引き継いでいる。すなわちそれは体が変わっただけで生まれ変わりではないと」

 

 肉体が変わり名前に顔や髪色が変わったとする、しかしそれは言い変えれば整形と同じだ。転生とは来世の自分の話であり生まれ変わり真っ白な状態の事を指し示すと思う。

 

 そう考えると転生では無くある意味人生の続きとも呼べるのだ。

 

「理解が早くて助かる。清水の意見はどうだ?」

 

 ふむふむと頷き俺の言いたいことをすぐに理解してくれる清水。本当にこういう会話は清水にしかできない。

 

「俺の意見としては転生だと思う。…いやちょっと待て、転生と言う言葉を使うから話がややこしくなるのかもしれん。ここでは俺の意見として新しい人生と言う言葉を使おう」

 

「ふむん?その言葉の神髄は」

 

「新しい肉体になったとしてそこから環境が変わるからだ。今までの生きてきた環境とは全然違う事になる、それは人間関係や 住む場所、常識が変わってるんだ。中身は一緒、けどそいつを取り巻く環境がゼロになってまた新しい場所から人生を始めるのならそれはある種の生まれ変わりとでもいうんじゃないのか」

 

「なるほど…取り巻く環境、外的要因か」

 

「話を極端にするが、今までいじめられてきた人間が自身の事を何も知らない場所に行き自身を取り巻く環境が変わったことで新しい人生が始まったというのもある。それは生まれ変わりとは違うが新しい自分が芽生えるって事じゃないか?」

 

 ふーむ…新しい場所、新しい人間関係を指し示して新しい人生とも言うのは確かに生まれ変わるとも称するのかもしれない

 

「と、言った所で自身の記憶を消せるわけじゃないから、やっぱりこういう話は当事者がどう思うかだと思うぞ」

 

「なるほどなー やっぱこういうのは自分がどう思うかだな」

 

 となると、あの朝の夢は…あの話の内容はどう考えればいいんだろう

 

「しかしいきなりどうしたんだ。俺にとっては良い気晴らしになったが急にする話でもないだろ」

 

 流石はお見通しか。清水の指摘に苦笑しつつ事の八端となったことを話す

 

「実は朝、夢の中で転生がどうたらっていう会話をしていてな。詳細は覚えていないけど頭の中に残っているんだ」

 

「へぇ夢の中でか… そう言えばお前召喚された日もそんな話をしていたよな」

 

「その通りなのよ。しかも話している奴は同じ奴で…妙に気になってな」

 

 夢の中で転生がどうとか話をしていたのだが、それが召喚された日に夢見た奴らの会話の続きだったのだ。その事が凄く気になったので清水に

相談を持ちかけたのだ。

 

「夢の話にこだわるのもアレなのかもしれんが…うぅん」

 

 どうしてそんな夢を見たんだろう。どこかへ転生し生きる願望でも持っていたのだろうか。夢の中の自分が何を考えていたのか其処だけがどうしても気になってしまう。

 

「そう言えば、あの時流していたけどよ」

 

「うん?」

 

 転生について色々と考えて俺がウンウン悩んでいるのを気になったのか清水は話を切り替えてきた。変な気の使い方だがそれが有り難い。

 

「あの時望むものがどうたらって俺言ってたじゃん。お前だったら何を願ったんだ」

 

 確かにそう言えばそんな話をしていたような気がする。あの時願いと望みとかを言う前に起きてしまったんだ。 

 

 

 改めて自分の願いとかを意識すると…

 

 

 そりゃやっぱり()()()()()()()()()()()()

 

 

 

【自分の望み、願いは――――だ】

 

 

 

「…え」

 

 何かが引っかかった。何か頭の中で引っかかった。

 

「どうした?」

 

「…俺ってさキャラクリエイトできるゲームが滅茶苦茶好きなんだよ」

 

「?ああ、そう言えばそんなゲームが好きだとか豪語していたな。それがどうした」

 

 俺の急な話の転換に清水は気を悪くした様子もなく付き合ってくれている。その事に感謝を覚えつつも溢れだす言葉をそのまま吐き出す。

 今はそうでも言ってないと有耶無耶になってしまいそうだったから。

 

「いつも作るのは女性キャラでさ。出来る限り丁寧に作るんだ。顔の輪郭とかは難しいから上手くできないけど見てハッキリとわかる部分…髪の色や目の色なんかは特に。難しいけどそこだけは譲れないんだ」

 

「へぇー こだわりがあるんだな。そう言うの俺は嫌いじゃないぜ」

 

 特に髪の色はいつも銀色にしている、この色だけは外せない。目の色は翠色にしている、あの色が心から離れない。

 

 無意識とも呼べるその色を忘れない様に俺はいつも架空の世界では、そうやって幻想の少女を作り出して…

 

「おい、どうした顔色が悪いぞ」

 

「…すまん。ちょっと思考がバグった」

 

 清水に話しかけられ先ほどの思考が消えた。何か変な事を考えていたようだ、頭を振ってもう一度話を続ける、今はとにかく言葉に出さないと訳が分からなくなりそうだ。

 

 

「兎も角そうやって主人公を作り上げるんだ。それでな、ゲームの世界…未知の世界を旅をするんだ。俺に変わって冒険をする主人公。出会いと別れを繰り返し、成功と挫折を経験して成長して強くなって…俺はそんな主人公がとても好きなんだ」

 

「愛着を持つって事か? なんつーか娘自慢をする親バカみたいだな」

 

 そうかもしれない。でも親とはちょっと違う。それはもう一人の自分、有り得たかもしれない可能性の一つ。そういう目で俺は主人公を見ているんだ。

 

「だからもし何でも願うのなら俺は…  自分の願いはそんな主人公を……―――たいんだ」

 

《それが君の願いなのかい?》

 

「そうだ。最強とかチートとかそんな物は要らない、そんなのでは意味が無い。そんな事がしたいんじゃない。有り得た可能性、イレギュラー引き起こす未知数。それが…だから自分は」

 

「おい柏木。大丈夫か?お前一体誰と話しているんだ」

 

「……へ? あ、すまん。ちょっと熱くなってた」

 

 声を掛けられそこでようやく意識がはっきりしてきた。何か開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまうところだった。

 

 慌てて話を切り返す。

 

 そうしないと…自分の事があやふやになりそうで何かマズそうだ。

 

 

「それで、えっと、清水だったら何を願うんだ」

 

 話を有耶無耶にするかのように清水に話を返す。これ以上は自分で考えるべきで人に聞かせるような話じゃない。話題を振られた清水は特に気を悪くした様子もなく考えて、何やら言葉に詰まってしまった。

 

「そりゃ……あーあー」

 

「何だよ、そんなに悩む事なのか?」

 

 何故だかこちらを見てはあーだとかうーだとか言い眉根のしわを寄せる。もしかしてかなり言いにくい事を聞いてしまったのだろうか、清水の様子に一株の不安が芽生えるが、清水は溜息一つ吐いて答えてくれた。

 

「…欲しいもんはもう手に入っているからな」

 

「何だって?」

 

「俺はいいや。その手の話は絶対に裏があるって疑っちまうからな」

 

 確かに言われてみればそう言う願い事云々って裏があるような気がしてきた。無償の奉仕こそ怖い物は無い、だからもし神様だとかがお詫びとか何とかで力を与えようとして来る時は何かしらの思惑があると考えた方がいいかもしれない。

 

(…って事は夢の中の俺は一体何を代償にしたんだろう?)

 

 考える、夢の中の俺は転生を代償に一体何を支払ったんだろう?代償を払ってでも叶えたいことがあったのだろうか、それとも何も知らずに…

 

(ああ、だめだこりゃ。また回線がバグってくる)

 

 どうやら夢の事を真剣に考えようとすると思考回路がバグっていくようだ。これ以上考えるのは止めて清水でも弄っておこうか。

 

「んで、欲しいもんは手に入ってるって一体何なんだ?」

 

「聞いてたのかよ…」

 

「ごめんごめん、言いにくいんだったら言わなくていいけどよ」

 

 苦笑してイジると清水は観念した様に大きく溜息を吐いてきた。

 

「お前と南雲が居りゃそれでいいって話だ。言わせんな馬鹿」

 

「それって」

 

「願いとかチートがどうとかよりも、気の合う馬鹿が居た方が人生よっぽど楽しいだろ」

 

 観念した清水が言うそれは…つまりはそう言う事なのだろう。中々初心と言うか、嬉しい話である。ニヤニヤが止まらなくなると清水は顔を赤くして蹴ってきやがった。

 

「気色悪い顔すんなボケっ!」

 

「ごめんって!」

 

 気恥ずかしそうに足で小突いてくる清水に俺は笑ってしまうのであった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は俺が作ったゲームの主人公が好きだ。自分で作った自分のもう一つの可能性、

 

 女性で銀の髪を持ち翠色の目をした…主人公。

 

 名前は決まっている、俺の知らない世界を旅する、不思議な国を歩くその主人公の名前は…

 

 

 

「アリス。不思議な国のアリス。お前は…もしかしてお前の正体って…」

 

 

 一つの疑念がわいた。彼女のこれまでの行動と言動を振り返るとあながち間違いでは無さそうで…

 

 

 

 実に厄介で本当に楽しくなってきた。

 

 

 



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秘密の追及、魔人解放







 

 

 

 

「貴方はいったい何者なんですか?」

 

 対面する銀糸の髪と翠色の目を持つ女は俺のその一言に限りなく嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 場所は解放者のアジトであるオルクス迷宮最深部。住居にある暖炉の間でアリスにそう問いかけていたのだ。

 

 事の八端は先日の清水との会話だ。あの会話の内容で転生について清水と語り合ったときふとアリスの事を思い返したのだ。

 

「それは、いったいどいう意味ですか?」

 

 嬉しそうに微笑みながら質問を質問で返す。やっぱり正直には話してくれないなと思いつつ否定しないところが実にらしい、

 

「そのままの意味ですよ。俺に教えてくれた解放者の末裔であり予言者『アリス・アニマ・リエーブル』あれって本当の事じゃないんでしょ」

 

「おや?出鱈目を言った覚えはありませんが、どうしてそう思ったんですか」

 

 ニマニマと笑いながら俺の言葉を持つその笑みは、言うなれば推理小説で先に謎を把握しており、知らない人間の答えを試すようなそんな悪趣味さを感じる。…それがいかに面白いのか否定できない自分が言うのもなんだけどね

 

「ここから話すのは俺が全部思った事だから間違いかもしれない、でも気になったことはいくつかあるんだ」

 

「…その予防線を張るのは止めましょうよ。ここには私しかいないんですから」

 

 うるせぇ、気になってることを蒸し返すんじゃねぇやい。だから間違っていても問題ないよーみたいな生暖かい視線は止めろぉ!

 

「まず一つ。アリスさんがこの世界について話すとき、どこか他人事のように話していた。まるで自分は関係ないって話し方は何か違和感があった」

 

「そうでしたか?人間世界について話すとき割と適当になりませんか?と言うよりそんな話していましたっけ?」

 

 そうかもしれないが取りあえず無視!

 

「それでふと思った。そもそもアンタはこの世界の住人なのかなって」

 

「話が飛躍しすぎていませんか?過程を含めて話すのが話の肝ってものですよ?」

 

「そもそもの話、アンタは俺に対してのみかなり協力的だった。イレギュラーだから?ちょっと違う。付き合ってまだ短いけどアンタは他人に対しては割とおおざっぱな人間だ、だから俺に対してのみ理由があると思った」

 

「んー貴方だけを贔屓しているのは合ってますけどそこまで他の人にはおざなりだったかなぁ?一応八重樫ちゃんには優しくしていたけど」

 

 そうなのか?初耳だ。でもまぁその理由は見ていられなくなったとかそんな理由だろうよ。

 

「んで俺にだけやけに協力的だったことについてだ」

 

「惚れているとかそんな理由かもしれないですよー」

 

 嘘こけ、そんな理由があってたまるかっての。第一そんな理由で贔屓されたら虫唾が走るわ。まぁいいやここからが本題だ

 

「アンタ…もしかして俺の関係者か?」

 

「…へぇ」

 

 それまで茶化すだけのアリスがニヤリと笑った。笑いながら話の続きを促しているので呼吸を一つ置いて続ける。…間違っていたら只の痛い奴だなぁと思いつつ

 

「実はこの世界に召喚される前にちょっとした夢を見たんだ。白昼夢って呼べるかどうかわからないけどそんな変な夢を」

 

「夢、ですか。それはどんな?」

 

「よくあるなろうっぽい奴さ。転生前に神様みたいなやつから一体何を望むのかって奴だ」

 

 この頃めっきり見なくなったあの夢。普通はおぼろげで直ぐに忘れるような夢が今なら鮮明に思い出せる

 

「それはそれはありふれた夢ですね。それにしても望み…ですか」

 

「その夢で出会った奴はどんな事でも願いをかなえてくれるって話してさ。それで…俺はある事を願ったはずだ」

 

 実際その部分はあやふやである。しかし俺が何を願うのか自分自身で考えるとなんとなく想像できる。何せ自分の事だしな

 

「ある事ですか?それは一体」

 

「話は変わるけどアリス。アンタって綺麗な髪の色をしているな」

 

 話を唐突に変えた俺に一瞬パチクリと目をさせるが、そのまま追及することは無く自身の髪を撫でる。

 

「ええ、自画自賛ですけど綺麗な銀色ですよね。ケアを怠ったりストレスがたまるとくすんで鉛のような色になってしまいますけど」

 

「…綺麗な目の色をしているよね。緑色の宝石みたいな」

 

「自慢の目です。本当は赤色も似合うかなとは思ったんですけど私はこの翠色が好きなんですよ。…たまに濁りますけどねー」

 

 やっぱりというか自分のトレードマークのような髪色と目の色はかなりの愛着を持っているらしい。

 

「それで、私のこの自慢のトレードマークに一体何が」

 

「俺、ゲームで主人公をキャラクリエイトするときにいつもその色で固定しているんだ」

 

 女性限定という事があるがキャラクリエイトするときはいつもその色にする。髪は銀色で目は翠色。そこだけはなぜか譲れないものがあった。

 

「へぇ私と同じ色ですか。奇遇ですね」

 

「ああ、奇遇だな。ちなみに名前もアリスだ」

 

「…どうしてその名前を付けるんですか」

 

 まるで分り切っていることを確認するような、答案用紙に書かれた答えを確認するようなそんな気分になってくる

 

「俺に変わって異世界を旅する主人公。不思議な世界を歩くその姿をもってアリスと呼ぶんだ」

 

 勿論元ネタは不思議の国のアリスだ。…理想の少女という意味もあるが。  

 

「俺は異世界に行けない、だけどキャラクリエイトした主人公は俺の代わりに不思議な世界を体験する。俺の代わり、ある意味アリスは俺の分身そのものだ」

 

 主人公=プレイヤーとは定義しないけど、それでも誰よりも一番画面に映り動かしそして愛着を持つ存在だ。…誰よりも強く愛着と情が湧く、そんな存在だ。何でも出来るのなら見守りたいとさえ思うほどの。

 

「話を戻そう、先ほどの事だが俺の願いがもし叶うのなら『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』…自分はきっとそんな事を願うだろう」

 

自分で作り上げた主人公が異世界で何をするのか俺は大いに興味がある。プレイヤーの手から放たれた主人公は何をするのか気になって仕方がないのだ。

 

 混沌無形な出鱈目すぎるアリスの正体への考察。だけど考えれば考えるほどそうなのではないかという思いがある。

 

「アリス、お前は、お前の正体は…俺の主人公なのか?」

 

 俺にだけ贔屓をする俺の理想の少女。それが彼女の正体かと思ったのだ。

 

 

「………ふ」

 

 目の前の少女は暫く黙っていたが不意に口角を上げた。その笑みに軽蔑もない、呆れもない。ただ笑った。

 

 

「そうですね、70点って所ですかね」

 

「70点?」

 

「良い所を突いてはいるけど合格を上げれるような点数ではない、追試はしませんがもうひと声欲しいと言った所」

 

 つまり大まかには間違っていない。そう言う事だろうか。

 

「正解でもないんですが。うーん、教えてあげてもいいんですが流石にまだ早いというのが現状ですかね」

 

 ニヤニヤと笑うアリスは、そう言ってコップにあるお茶を一口飲んで微笑んだ。

 

「まだ早いってのはいつかは教えてくれるのか」

 

「自分で解明して欲しいのが本音ですけどね。…そうですねもう少し時間がたってから答え合わせをしましょうか」

 

「俺としてはさっさと教えて欲しいところ何だけど」

 

「まぁ焦らないでくださいよ。この話は私と貴方だけの話なんですから。それにそんな事をしている暇なんてないはずですよ。近々大きなイベントが始まるんですから」

 

「大きなイベント?それって……」

 

「橋の一件が終りベヒモス退治、皇帝登場が終ったら魔人族との遭遇。まさかこれで終わりだなんてそんなはずありませんよねぇ」

 

 何が起きるか知っている者特有の笑みを浮かべる。その笑みを見ると大きなため息が出てしまった。

 

「……はぁ本当に何か変な事に巻き込まれてばっかりだな」

 

「仕方ありませんよ。そう言う運命ですし、そう望まれているんですから」

 

 やれやれと肩をすくめれば俺と全く同じ動作をするアリス。ここら辺は本当に俺とよく似ている…嫌になるほどに

 

「やれやれ、それじゃ手のひらの上で踊る道化は観客を喜ばせる為に頑張るとしますか」

 

 一応一区切りの話はついた。気になる事や確かめたいことはまだあるが、それは後にだってできる事だ。

 

 

 踊る阿呆を見る誰かの為に俺は、以前から考えていたことを実行するための最終チェックをするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そろそろばれそうですよね、コレ」

 

 彼が退出した後、そう私は一人誰もいない空間で呟いた。勿論答える人はいなくて只の独り言ではあるのだがそう言わずにはいられなかった。

 

「ばれたらばれたで別に居んですが…うーん」

 

 ばれた所でマズいなんてことは一つも無い。しかし私の正体に関しては出来れば意識を割いてほしくないのが本音ではある。

 

「そろそろ魔人族も準備できているって聞いたし、答え合わせはそれが終ってからかな」

 

 正直に言えば私については舞台裏の話だ、本筋に関係のない裏の話。そんな事よりもそろそろ魔人族はもう間もなく王都に攻めてくるだろう。彼にはそっちに意識を割いて居て欲しいのだ。

 

「せめて避難経路位は作ってあげるべきですかね?でも南雲君が何やらしているようですし私が手を加えるのも…興ざめですねぇアルブヘイトさん?」

 

 此処にはいない共犯者に語るもののどうせ答えは返ってこない、こちらに関しては私に一任されているのだ。どうにでもなるし何もしないでいるのもありだ。

 

「しっかし主人公ですかぁ~何ともまぁイイとこをついていますねぇ~」

 

 彼のあの顔を思い返す。私が彼にとっての主人公だと告げた彼の顔を。本当にイイ線をついているものだ。だが答えはもうひとひねりあるってのがミソなのだ。

 

「でもちょっと違うんですよねー。ふふっ気が付いたらどんな顔をするのかなっ」

 

 誰もいない空間で私はニヤニヤと笑う。気分はまるで監督の様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ一体何のつもりだい?」

 

「見ての通りっすよ」

 

 カトレアさんに呆れと困惑が入り混じった視線を向けられるも俺としては見ての桃李としか言いようがない。

 

 時間帯は深夜、俺とカトレアさんは王都の外…眼前に広がる草原を見ながら会話していたのだ。穏やかな光を照らし出す満月がとてもよく映えるそんな絶景だった。

 

「人が寝ていたらいきなり叩き起こして、ついて来いっていうからついて行けばここは王都の外じゃないか」

 

「あはは、いきなりすいませんね。どうしてもこの時間帯が人目につかないので」

 

 カトレアさんに何も言わず起こしたのは謝るしかないが、その困惑っぷりに関しては本当に申し訳ない。

 

 

「カトレアさん、貴方をここから逃がします」

 

 俺がしているのはなんてことは無い、カトレアさんの脱走の手引きをしていたのだ。…いや、この場合は俺が解放したというのが適切か?どちらにしろやってることは変わりはないがな!

 

「……もう一度聞くけどアンタ本当に正気かい?」   

 

「ええ、正気も正気。大マジですよ」

 

 考えに考え抜いた結果俺は独断でカトレアさんを解放することを決意したのだ。折角捕まえた魔人族の解放、それがどんな事態を引き起こすかメリットデメリット両方を考えだした結論だったのだ。

 

「そりゃもちろんアホな事をやってるとは思いますよ?でもあなたは何時までもここに居てはいけない、そう判断したんです」

 

「……アンタが何を考えているのかは知らないけどアタシとしては願ったりかなったり何だけどねぇ」

 

 脱出を促させようとしているのだが、意外にも?カトレアさんは直ぐに抜け出そうとはしなかった。一応対策はしていたがこの調子なら何もしなくてもよさそうである、一安心って奴だ。

 

「逃げないんですか?今ならだれも止める事は無いっすよ」

 

「勿論逃げるさ。でもその場合アンタの立場はどうなるんだい?」

 

「それについては気にしないでください。どうにでもできるんで」

 

 ひらひらと手を振り気にしないでほしいとアピール。実際面倒な事にはなるだろうがそれも織り込み積みだしどうにだってなってしまうのだ。

 

「…まったく、一体何を考えているのやら」

 

「何にもないっすよ?只の善意っす」

 

「はっそう言うのはもっと心を込めて言うんだよ坊や」

 

「これは手厳しい」

 

 ニヤリと笑ったカトレアさんに同じく不敵な笑みを浮かべる。流石に下心があるのはばれているか、尤もそれを追及されることはなさそうだが。

 

「っと、忘れるところだった。これ、持って行ってください。無くても大丈夫だとは思ったけど一応」

 

 流石に無手で見送るのはアレなので、背負っていたリュックを手渡す。軍人であるカトレアさんには不必要かもしれないがそれでも何も持たずに行くよりはよほどましだろう。

 

「なんだいこれ?」

 

「旅に必要な物一式です。…素人が選んだものなので役に立つかどうかは分かりませんが」

 

 カトレアさんに渡した物の中身は一応食料品や着替え、短剣やお金などが入っている。魔人国家ガーランドまでどれだけの距離があるかはわからないがこれで凌いでくれればうれしい

 

「へぇ、コレは中々良い気付かいって奴じゃないか。オマケに質も良い」

 

 短剣を手に取り刃を確認するカトレアさん。月の光に反射した刀身は淡く鋭い光を放った。

 

「うちの友人の一品モノです。そこんじょそこらの物よりかは良い品だと思いますよ」

 

「あの錬成師の坊やのかい、なるほど確かにそこら辺のより良い品だね」

 

 一通り納得し短剣を懐にしまうカトレアさん。…あれ?よく考えたら魔法があるから必要なかったんじゃね?まぁいいか。

 

「後お金も入っていますので遠慮なく使ってください。余ったら結婚資金にでもしてください」

 

 お金は俺のポケットマネーから出したものだ。どうせ持ってても使う機会が無いお金なら必要な人に渡したほうが建設的だ。結婚やらなんやらでもお金は必要だっていうし。

 

「…その気持ちは嬉しいんだけどウチの国じゃこの金使えないよ?」

 

「あ」

 

「はぁ、それでアンタいったい何を企んでいるんだい?」

 

 固まった俺に溜息一つ白兎話を戻してくれたカトレアさん。一応俺も佇まいを正す。こればっかりは本当のことを話してくれないとね

 

「色々と下心はありますが…まぁ要はカトレアさんが幸せになってほしいって事ですよ」

 

「アタシが?」

 

「そうっす。魔人族がどういう人たちは召喚された俺達はさっぱりわからなかったけど実際話して解りました。俺たち何も変わらない普通の人だったんだって」

 

 イシュタルが何やら魔人族はあくどい種族だとかどうたら言ってたが何も変わらないのだ。食事も生活も恋も生き方も何もかも変わらない人たちだとカトレアさんから教えてもらったのだ。

 

「だからカトレアさんには幸せになってほしい。国へ帰って恋人と結婚して幸せになってほしい。そう思ったんですよ」

 

「それはアンタが危険を冒してでも買い?」

 

 これから起こる事についてだろうか、まぁそれは別に大乗だ。だって俺オーヴァードだし。

 

「勿論ですよ。それよりも本当に気を付けてくださいね。必ず故郷に帰るんですよ?恋人を尻に敷かないと駄目っすよ?」

 

「ハイハイ、分かってるさ。まったくもぅ」

 

 苦笑してフードを被り脱走の準備を手早く行っていくカトレアさん。別れの時は近い。

 

「色々と世話になったね」

 

「いえいえ、楽しかったですよ」

 

「そうかい、それじゃもう二度と会う事もないだろうけど、息災でね」

 

「ええ、そちらこそ末永くお幸せに」

 

 別れの挨拶は軽く、尾を引かない様に。おそらくもう二度と出会う事もないだろう。だからこそ別れは気楽にいかなければ。

 

 深夜の草原へ月を目指し歩いて行くカトレアさん。出会って数週間だったがいい人だった。虎穴の中にいたのはまさしく虎児であり俺にこの世界が何なのかを知らせてくれた恩義のある人である、

 

 カトレアさんには何があっても必ず故郷へ帰ってほしい、そして恋人に出会ってほしい。それだけがカトレアさんに対する俺の望みであり願いだ。 

 

「っと忘れていたよ」

 

 って思っていたのに振り返ったカトレアさん。何か忘れものでもあるのかと思ったがニヒルに笑ったその顔からはどうやら違うみたいだ。

 

「アンタ直ぐにこの王都から逃げた方が良いよ」

 

「どうしてっすか?」

 

「流石のアタシでも顔見知りのあんたが居なくなるのは嫌って事さ」

 

 …それはいずれ起こる戦争の事についてだろうか。突然の魔物の忠告に顔を難しくしているとカトレアさんはそれ以上何も言わずに去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 カトレアさんの姿が見えなくなって三十分後、他に誰もいない事を確認してホッと一息吐く。取りあえずは上手く行ったようだ。

 

「ふぃ~流石に緊張したなぁ」

 

「それはこっちのセリフっすよ」

 

「ふぉっ!?」

 

 ほぼ真後ろからの呆れた声に飛び上がる。近くにいるとは知ってはいたがそれにしたって急すぎる!後ろに現れた人に抗議の声を上げるが間違ってはいない筈だ

 

「いきなり現れないでくださいよ!?心臓泊まるかと思ったじゃないですか!」

 

「んな驚かなくても良いじゃないっすか。自分隠れるのは本業なので」

 

 現れたのはニートさんだった。隠れるのが得意だとは教えて貰ってはいたがそれにしたって気配は一つも無かったんだが…まぁいいや

 

「しっかし本当に上手く行くんすか?見てる限りは君の言う通りだったすっけど」

 

「上手く行ってますよ」

 

 自信満々に言う俺に訝しむニートさん。そもそもカトレアさんの解放は俺が騎士団団長メルドさんに頼んだものだった。

 

 

 カトレアさんの解放は恋人と会ってほしいという俺の願いがあるがその他含めて色々とこの戦争を終わらせる計画があるのだ。その為にはどうしてもカトレアさんには故郷に帰ってもらう必要があった。

 

 準備は出来てはいたがだからといって俺の独自の判断では流石にメルドさん達にも迷惑がっかってしまう。それではマズいと思いメルドさん達に相談を持ち掛ける事にしたのだ。

 

『誰も血を流さずに戦争を終わらせたい』

 

 この内容をメルドさん達に伝え尚且つ俺の計画を伝え交渉をした結果、俺の提案は通る事となったのだ。

 メルド団長は非人道的な事に苦い顔をしてホセさんが俺の薬を嗅いで納得していたのは魔人族に対するスタンスの表れだろうか。誰かって汚いやり方で勝ちたくはないもんね。

 

 兎も角それでカトレアさんを解放しても良いという話になり、騎士団は一切の責任を負わないという約束の元カトレアさんを解放する事となった。

 

「俺に危害を加えてこなかった、それで証明できると思いませんんか」

 

 カトレアさんは渡した短剣で俺に危害を加えることだってできたはずで、すぐに逃げる事も出来たはずだ。それなのに、あろう事かこちらの心までしてくれた。俺の作戦がうまく行き過ぎている証拠でもありニートさんも納得せずにはいられない筈だ

 

「………」   

 

 難しい顔をするニートさん。まぁ誰かって内心は複雑だろうよ、捕虜を利用するなんて悪辣な事をするのは。でも仕方ないじゃないか

誰も傷ついて欲しくないって言う事は誰かがあくどい事をしなくちゃいけない事なんだから。

 

「君たちが」

 

「?」

 

「君たちが敵じゃなくてよかった。メルドからの伝言」

 

「…」

 

「あの時の君たちは一体どこに居っちゃんだろうな」

 

 それは芽生えた異能を使ってる俺達の事を言ってるのだろう。確かに普通の錬成や調合とは違う能力になりつつある。オーヴァードとして異常になってるのかも知れない。でもそれもしかたがないだろう?…誰かそうだと言ってほしい。

 

 

「異世界日本っすか。ほんと治安の良い所だったんすね…非人道的な事を平気で提案することが出来るくらいに」

 

「ははっ 皮肉ですかな?…巻き込まれた事への恨みだと思ってくださいよ」

 

 きっと事情を知ったメルドさん達は今後俺の事を友好的に見る事は出来なくなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも別に構わない、だってそれは日本へ持って帰る事の出来ないものだから。

 

 

 

 

 

 




次回で第三章最後です


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そして化け物たちは嗤い合う

第三章であり準備編最後の話です。
ここまで準備してきた伏線回収でもあります
長いのでごゆっくりお楽しみください


 

 

 

 

(さて、これで準備は出来たはずだが…)

 

 時刻は深夜、諸々の作業を終え休憩にと秘密基地である作業場の椅子へと腰掛けていた。無論だが辺りは静かで静寂に満ちている何とも落ち着くロケーションだ。

 

「ふぅ…」

 

 南雲が凝って作ったランタンの明かりをつけ一呼吸。仄かに照らす光が部屋を優しく照らす。流石は一流錬成師、こういった調度品のように見せかけた実用品を作るのは流石だとは言わざるを得ない。

 

「お疲れ様。大変だったみたいだね」

 

 そう言ってリラックスした俺のに声を掛けたのはやはりというか南雲だった。コップを片手に地下室から上がってきたらしい…地下から?

 

「ああ、ちょっと拡張をしてね。僕の秘密の作業場が地下にあるんだ」

 

 疑問を持てばクスリと笑って地面を指さした。どうやら知らぬ間に秘密の空間を作っていたらしい。流石というかなんというか…この場合どう言えば良いのか。

 

「さてね、それよりもこれ美味しいね」

 

「そりゃ俺が作ったジュースだからな。上手いに決まっているさ」

 

 南雲がガラスのコップの中にある液体をゆらゆらと揺らす。中に入っているのはソラリス能力『隠し味』で作られた只の水だ。『隠し味』を使えば生肉だって甘い果物の味にすることが出来てしまう、その力を応用して俺達は只の水を現代日本のジュースへと変えていたのだ。まぁこれもオーヴァードの特権という事で。

 

「君もどうぞ」

 

「サンキュー」

 

 冷蔵庫から取り出してきた瓶をこっちに渡してくる。瓶に入っているのは遊びで作ったヌカ・コーラ味の水だ。爽やかな青色が怪しくきらめいている。

 

「…ふぅ」

 

 一口飲めば爽やかなのど越しが疲れを取り除いていく。『元気の水』という疲労回復効果も合わせているので度々愛飲して居る飲み物だ。

 

 

「……」

 

「……」

 

 静かな夜だ。近くのソファでチビリチビリとコップを傾ける南雲は何も言わずただジュースの味を自然と楽しんでいるようで俺は何も考えずただ天井を眺めている。静かな時間だった。

 

 偶に夜ひとしきり遊んだ時こういう時間が俺たちにはあった。何も話さず何も行動せず、だからといって気まずい空気にもなる事もなく只静かな時間、友人との大切な時間を楽しむ時があるのだ。  

 

 お互い何も言わず何もせず、ただ眠るまでのひと時を過ごす。しかし今日は少し違ったようだ。

 

「…何をしたの?」

 

「うん?」

 

「色々と裏で動いていたんでしょ」

 

 咎める色は無かった。しかし疑問という音色でもない。只聞いてきただけでありしかし確信している問いだった。

 

「何を言って…あーそうだな」

 

 誤魔化そうとはしたが、流石に隠すのは止めにすることにした。どうせいつかはばれる事だし感の良い南雲の事だ。案外俺が企んでいること全部感づいているのかもしれない

 

「何から聞きたい?」

 

「そうだね、まずは…皆の事についてかな」

 

 皆、まぁクラスメイトの事だ。さらに詳しく言うのなら男子達の事。

 

「皆、強くなったよね」

 

「ああ、凄くなったな」

 

「斎藤君は空飛んで、坂上君は馬鹿力が増して、遠藤君はこの頃誰にも分からなくなって、近藤君はこの頃水に執着し始めて、檜山は何かふっきれたのか順当に強くなって、野村君はゴーレムづくりに精を出して永山君は何か秘密兵器があるみたいでさ、天之河なんてあんまり変わんないけど顔つきは本当によくなった」

 

 南雲がつらつらと上げた名前は最近著しく能力…異常に強くなった者達の名前だった。

 

「ああ、皆強くなったな。この世界に来た時とは比べ物にならないほどに」

 

「君が何かしたんでしょ」

 

 南雲はやっぱりクスリと笑っていた。咎める色はどこにも含まれておらず確信に満ちた声を出した。

 

「確かに僕達はこの世界の人達よりも強いのかもしれない。でもね、これは普通じゃないんだ。明らかに常識ってのを飛び越えてしまっているんだ」

 

 この世界で強くなる方法、それは鍛錬やレベルアップでステータスが伸びる。それが常識だった。陳腐で実によくあるつまらない方法で、それがこの世界での強くなる常識というのだった。

 

「ああ、そうだ。俺がやった。皆にドーピングをした」

 

 だから俺は、そのつまらない方法を覆すことにした。調合師という天職が判明した時に頭をよぎったのだ。数字で強くなれるのならドーピングすればいいんじゃないのかと

 

「人をRPG見たいに数字で表示をする。それが気に入らなかった、だからあっさり強くなる方法を考えた」

 

「それがドーピング」

 

「そうだ、俺の天職は調合師。ドーピング薬なら幾らでも作れるってそう考えていたんだ」

 

 ゲームみたいにステータスとかがあっても俺達はキャラクターではない。抜け道を探すことを想像すればドーピングという方法を思いついた。

 RPGでは貴重品のステータス永続向上アイテムも俺が無限に作り出せば幾らでも強くなれる。

 

「って最初は考えていたんだけど…予定外の事が起きた」

 

「僕達はオーヴァードとして目覚めた事?」

 

 天職が調合師だったからかオーヴァードとして目覚めた能力はソラリスだった。生きた生体化学プラントになった俺は本当に際限なく薬を作れるようになってしまったのだ。

 

「それもある、だけど死にかけたことで考え方がちょっと変わったんだ」

 

 しかしあのオルクス迷宮で死にかけた時…目を覚ましてからドーピングという方法も少し考えを改めたのだ。

 

「最初は自分達だけ強くなれればいいと考えていたんだ。でも死にかけた時、頭をよぎったのは死にたくない『これは俺が請け負う事じゃない』

っても思ったんだ」

 

 非戦闘職の俺が死にかけるのなんて嫌だ。誰が好き好んで痛みを請け負うのか、気に入らなかった。

 

「でもだからといって皆に押し付ける事は出来なかった。…痛みを知っているから傷ついてほしくなかった」

 

 自分が痛い目にあうのは嫌、でもクラスメイトが痛い目に合うのも嫌。そんな考えが頭に浮かんだ時閃いたことは一つだった。

 

「両方嫌なのなら、クラスメイトを強くすれば良いって考え付いたんんだ。俺の代わりに強くなって前線に立てばいい、アイツらが強くなれば俺は痛い目に遭わずに済むしアイツ等も死ぬことなんてない」

 

 単純な思考回路だった。そして皆にドーピングを仕掛けようとして

 

「あの男子会議を開いた、皆に君が作った薬を飲ませる為に」

 

「そうだ、勿論皆を励ますって目的もあったが本当の狙いはそれだった」

 

 あの日あの時、皆は俺が作ったクスリを飲んだ。一人残らず飲み欲し、存分に体中行き渡ったのだ。俺が調合師としての能力とソラリス能力を使った『覚醒薬』を

 

「作ったクスリは覚醒を促すクスリ、自らの扉を開き、可能性を高める。…そういうふわっとした薬を作ったんだ」

 

 技能が芽生え、可能性をいかんなく伸ばす俺の作った薬は、読み通り皆の才能を著しく伸ばし始めた

 

「流石に空を飛ぶってのは想定外だったけど…概ねは上手く行った」

 

 目を見張る力を持つ者が続出した。空を飛ぶ斎藤に身体能力がおかしくなった坂上とか。…最もこの薬には個人差があるので自身の殻を破れない者には作用しないという欠点もあった。特に相川たちは心折れたので今後覚醒することもないだろう

 

「ほとんどの男子が力に目覚め始めた。…まぁ個人の努力ってのが大半を占めるけどな」

 

 それでも俺の代わりに戦う戦士が出来たのは間違いなかった。これが俺の罪の一つ目

 

 

「…そっか」

 

 話を聞いたな南雲はは目をつぶり納得する様に薄く微笑んでいた。そうして目を開けた時静かに俺を見た。

 

「誰もこの事を知らないと思うから、勝手に利用された皆に代わって僕が非難してあげるよ」

 

 薄く笑っている南雲はどこか得も知れぬ艶があった。頬は少しだけ赤らんでいるような気がする。…アルコールは含まれていない筈なんだけどね

 

「君さ、クラスメイトを、皆を何だと思ってるの?まさか君の実験台とか思ってるわけじゃないよね」

 

 反論はしない、薄々と考えていた事であり誰にかにそう思われても当然のことだった。

 

「傷つけられるのは嫌で傷ついてほしくなかった?冗談じゃないよ、君が勝手に思ってることだろ。皆に了承を取った訳でもなく勝手に薬を盛っておいてもっともらしい言い訳をするなんて阿保みたいだよ」

 

 その通りだと思う。人がどうだとか入ってるが自分で判断し勝手にやったのだ。皆に無断で薬を服用させたのは間違いないことだった。

 

「君の薬は強力だ、それは認めるよ。でもね人は自分の身に余る力を身に着けてしまった力におぼれる生き物なんだ。みんな強くなったのは間違いはないけど、その責任を君はどうするつもりだったんだい」

 

『大いなる力には大いなる責任がある』好きなアメコミの有名な言葉だ。力を持つにはそれ相応の責任が出てくる、だが皆が手に入れた力は努力をした結果ではあるものの俺が後押しをしたものであることには違いなかった。

 

「…一応リセットの薬も作ってはいる。この世界から帰る時になったら使うつもり」

 

「ふぅん?…果たして皆は手に入れた力を手放すのかな?」

 

 南雲の問いに俺は答える事は出来ない。俺や南雲はもう一生の付き合いになる力を得ってしまったので割り切るしかないが皆は…

 

「まぁいいや。さて、それじゃ次の質問だけど、何であの魔人族を逃がしたの」 

 

 次の追及はカトレアの解放だった。折角捕まえた魔人族。それを俺の独断で逃がしたことに対する南雲の追及だった。

 

「それは…って何でお前知ってんの?」

 

「さっき見ていたから。…嘘だよ、本当はこの王都の至る所に監視カメラを付けていてね。それで知ったんだ」

 

 南雲の錬成もはや錬成がどうだとか言うレベルのではなくなった。モルフェウス能力との組み合わせだとは言えここまで万能なのだろうか?

 

「必要な物や便利な物はほとんどできるよ。…欲しい物は手に入らないけどね」

 

「あんだって?」

 

「何でもないよ。それより話の続き」

 

 欲しい物がどうだとか呟いたが追及するとヘソを曲げそうだ。仕方がないのでカトレアの解放の本当の意味を教える事にする

 

「んー色々と目的はあるけどカトレアにはどうしても魔人族の故郷へ帰ってもらいたくてね。それで解放した」

 

 カトレアとの別れを思い出す。あんまりそんな雰囲気はなかったがカトレアは軍属の人間だ。流石に敵地から脱走してその後にどこかへ寄り道はするとは思えない。真っ直ぐに故郷へ帰るはずだ。

 

「どうしてさ。流石にいくら君への恩とかがあっても帰ったら魔王とかに色々と報告するんじゃないの」

 

 確かにそれはするだろう。いくら世話をしたとかあってもカトレアには譲れない事があるはずだ。でもそんなのはどうだっていい重要な事じゃない

 

「いいや、必要なのはカトレアが故郷へ帰った…魔人国家ガーランドへ帰ったという事が一番大切なんだ」

 

「故郷へ帰る事が?」

 

 イマイチピンと着ていない南雲にふと笑みがこぼれる。流石に全部を直でいうのは面白くないのでヒントを言うとしよう

 

「あのさ、俺割と結構な時間カトレアと一緒に居たじゃん」

 

「そうだね。ご飯とかは一緒に食べる様にしていたよね。他にも結構雑談とかもしていたみたいだし」

 

 一応女性なので配慮する部分はあったがそれでもカトレアは俺と同じ時間同じ場所にいた。牢屋とは名ばかりの俺たちの拠点であの狭い部屋で。

 

「俺と二人っきりの部屋にカトレアはいたんだ。…ソラリス能力者の俺とね」

 

「ソラリス能力?それってたしか…あ、柏木君の身体って。それにカトレアのあの態度。って事は…えぇー?そう言う事?」

 

 思いついたのだろうか、南雲がハッとした顔をすると俺をマジマジと見つめ…ドン引きした。なんでやねん、気持ちは分かるけど

 

「上手く行けばこれで戦争は終わる。誰も血は流さず、誰も傷つかず。ハッピーエンドの始まりだ」

 

 カトレアが無事に故郷へ帰った時、俺の秘密の作戦は開花する。その時こそ永かった戦争は終わり、俺たちの勝利となるのだ。

 

「それ絶対にハッピーエンドじゃないよ。寧ろ完全最悪なバットENDだよ。良く言ってもビターだよ」

 

「何処かだよ、これ以上なく平和じゃないか。」

 

「戦いが終って平和じゃなくて生物全部死に絶えて争う物が居なくなったENDに近いよ。つまり戦いではなく争う人が居なくなったから平和って訳だ」

 

「そこまで危険な事をしてるわけじゃないけどなぁ」

 

 一応ちゃんと機能しているかは確認してある、だから大丈夫と言いたいんだが南雲はそう言う事を言ってる訳では無いらしい。

 

「さっきの話と一緒だよ。君マジで人を何だと思ってるのさ。正直な話今の君平和を謳いながらやってる事は物凄くタチが悪いよ」

 

 それは知ってる。そもそもソラリス能力をフルに活用しようとすればどうしてもマッドサイエンティストの様になってしまう

 

「はぁーまさかここまで危険なチカラだったとは。これじゃ万能薬じゃなくて劇薬だよ」

 

 呆れた南雲の溜息が響く。小さな声で「これじゃどうやっておじさんに顔を合わせればいいんだろう」とか呟いていた。

 

(でもまぁ確かに南雲の言う通りだな)

 

 言われてみれば確かに俺は人の事を何だと思っているのだろうか。味方を薬漬けにし、敵さえも薬漬け。その事に良心は傷みつつも実行することに躊躇はなかった。人の為と願いつつも根底にあるのは『誰も傷つきませんようにという』自分勝手な我儘。

 

(もしかして…俺はもうとっくに)

 

 ふとよぎったのは中野から教えてもらったことの一つ。ジャーム化だ。力を私利私欲に使い人の心を失くした化け物。

 

 もし中野に相談したらどうなるのだろうか、ぼんやりとそんな事を考え始めてふと部屋に視線を向ければ片隅に地下へ続く階段が目に入った、

 

「なぁ南雲。お前何時の間に地下室なんて作ったんだ」

 

 拠点の管理などは南雲にほぼ一任しているのが現状だが、それにしたって地下室なんてものは無かった。一体いつの間に作ったのだろうか

 

「はぁ…ああ、それ?実は結構前から、いつもは分からないように偽装していたんだ」

 

 流石はモルフェウスの能力者、もはや何んでも出来てしまうという認識をもった方が良いのかもしれない。気になった俺はそのまま南雲に質問する

 

「それはいいとしても、地下で一体何をしていたんだ」

 

 作業場は作ってはあるのだからそこで錬成やモルフェウスの練習をすればいいはず。もしかして隠したいものでも作っていたのだろうか

 

「うーんとね、あー…まぁいいか。いつかは協力してもらおうって思ってたしね」

 

「?」

 

「柏木君。君に手伝ってもらいたいことがあるんんだ」

 

「そりゃいいけど、いったい何を?」

 

「この王都を守る、最終防衛システム、だよ」

 

 そうして南雲が取り出したのはかなり使い込まれた跡が見えたこの王都の地図だった。主要な建物から住居までびっしりと緻密に書かれてあるその地図は何やら赤い線で書き込みがされている

 

「これは僕の仕事場からもらってきた地図でね。観光用の物じゃない実用的な物なんだ」

 

「それは分かるけど、これを使って何をしていたんだ」

 

 俺の質問には答えず、南雲は地図上にある赤い丸が何度も記された場所を指さす。そこは王城の中でも端っこ。俺たちの拠点だった

 

「ここが僕達が居る拠点。ここが心臓部になるんんだ。他はまぁ手足と見ていいかもね」

 

 赤い丸が重点的に描かれた拠点から各方面に伸びる赤い線。その線の数はかなり多く、百本では効かない。

 

「末端の部分は丁度王都の結界の内側壁になっている。一応何度も確認したけどこれで王都を取り囲むことが出来るはずだ」

 

 王都には結界が張っておりその結界がある限り魔物が侵入する事は無い、それは魔人族も一緒のはず。そしてそのオマケのような扱いで防壁も設置はされているのだ。

 

「まるで牢屋みたいだな。んで、それは言いとして何を…うん?」

 

 何となく地図を見ていて気が付いたというか思いついたものがある。地図は居俺達の拠点を中心として書き込みがされているのだ。それは、なんとなくだが先ほど言った牢屋という言葉と照らし合わせると…

 

「これ、もしかして脱出用経路か?」

 

 よくある牢屋からの脱出劇である、逃亡ルートのように見えたのだ。もし緊急事態があった時すぐこの拠点から逃げる為に地下通路を作って、町の外へと逃げるための、そんな物を冗談で思いついたのだ、

 

「あはは、ちょっと違うかな。でも実に惜しいね。地下通路という部分は合ってるよ」

 

 どうやら脱出用は無いらしい。なら一体何なのかそう思って南雲を見ればニンマリと笑っていた

 

 

「コレはね、魔人族が攻めてきた時ようの…僕達ができる攻撃手段なのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 この地図を見ながら聞かされた南雲の計画。防御こそが最大の攻撃手段と呼ばれるものは、なるほど確かに俺の協力が無ければ完成しない代物だった。

 

「魔人族は誰にも気づかれずに人間族の町の中にあるオルクス迷宮の中にやってきた。それがどうやってなのか僕は知らない。もう知る事は出来無いかもしれないけど、でも想像することは出来るんだ」

 

「もしかしたら魔人族は転移ができる、もしくは姿や気配を消す魔法ができるんじゃないかなって。それを思うとこの王都は絶対に安全とは言い切れなくなったんだ。…ああ、結界?アレを盲心的にを信用できるほど僕は阿保じゃなくてね」

 

「だけど僕の力で対抗するには色々と被害が出る。その時の思いついたんだ、君の力と僕の力を組み合わせればいいんだって。ソラリス能力とモルフェウス能力、錬成と調合の、僕達だからこそできる王都の防衛システム。それを思いついたんだ」

 

「だから、それを実現させるためにも君の力がどうしても必要なんだ柏木君」

 

 …南雲が考えたのは最悪を想定しての罠だった。この王都が攻め込まれた時を考えて作った悪辣な罠だったのだ。でもそれを完成させるには俺の力が必要だった、だってそうでもしないと

 

「…そうでもしないと王都の人間が死ぬかもしれないから。僕の力じゃ足り無いんだ」

 

「ハッピ―ENDを向かえるには俺の力が必要になる。か」

 

 考える、混沌無形でそれでいて確かに上手く行けば、被害は出ずにそれでいて何もかもを手玉に取ることだってできてしまうのだ。

 

「どうかな、僕の考えた計画は?上手く行くとは思うんだけど」

 

 そうだ、俺達はもはや化け物。上手く行くかどうかで尋ねられれば上手く行くしかないだろう、だってもう俺は自分で計画して実行しているのだから

 

「そうだな、上手く行く」

 

「なら、急で悪いけどこれから」

 

「その前に言わせてくれ」

 

「何を?」

 

 

 

「お前はいったい何を考えてるんんだ?人を何だと思ってるんだ?」

 

 

 

 それは先ほど俺が南雲に言われた言葉だった。まさかついさっき聞いたこのセリフを自分が言うとは思わんかったがそれでも言わせてもらおう南雲の為に。

 

「確かに上手く行く、でもなこれが成功するって事はお前王都の人たちの事を蔑ろにしてるっていうもんじゃないか。あの人達がどうなっても構わないおまえはそう言ってるのと同義なんだぞ」

 

 南雲の計画は上手く行くがどうしたって王都の人にも被害は及ぶだろう、その事を分かってるのかと言えば南雲は無表情だった

 

「知ってるよ。でもね柏木君」

 

「なんだ」

 

「僕の中じゃ優先度が低いんだ」

 

 一切の感情が込められていない声だった。同時に南雲はまるで見下すかのように地図を見た。異世界の人々が住む住宅地を冷たい目で見降ろしていた。

    

「確かに王都の人にも影響を及ぼすかもしれないけど、それは戦争だから仕方のない事なんだよ。だって僕達が巻き込まれているんだよ?この世界に何の関係もない僕達が、だったらこの人たちもそれ相応のリスクは背負ってくれないと割に合わないよ」

 

 何も関係のない俺達を巻き込んで置いて戦争の道具に仕立て上げるのなら、その期待に応えてやる。だけどそれ相応の責任を負え、自分たちは関係が無いのだというその考えごとお前らも被害者になれ、

 

 南雲の目にはそう言ってるような気がした。それは俺も薄々と考えていた事だ。だからその事についてはもう反論するのは止める事にした、どうせ俺も同じ穴の狢だ。

 

「…じゃあもう一つだ。確かに協力するのは良いけどよ、それ被害が出たら完全に俺のせいになるよな」

「…そだね」

 

「作ったは良いけどよ、肝心な部分は人任せって事だ。自分は兵器を作った訳で使うのは自分じゃないってそう言ってるのと同じ事だ」

 

 作戦は上手く行くだろう、でもその場合被害が出たら南雲の責では無く俺のせいとなる。俺は南雲のスケープゴートになるって事だ

 

「すました顔をしているけどお前は卑怯だ。自分は作っただけでやってませんって言えるからな」

 

 武器を作ったけど利用したのは別の人だから自分は罪に問われません。そう主張しているのと同じことだ

 

(クソッそんなこと解ってるのに、断れねぇなコレ)

 

 この話の卑怯な部分は俺が絶対に断らないって南雲自身が確信していることだ。俺は南雲の頼みを断れない、だから南雲は俺の力を前提にしてこの防衛システムを作り上げた。…卑怯だと思うよホント

 

「否定はしないね。でも僕にとっては二の次だ」

 

「だろうなぁ…はぁホント何時からこうなってしまったのか」

 

 顔を手で覆う。結局の所協力をするのは確定で断るつもりなんてサラサラ無かったのだ

 

 だからこそ溜息が出てしまった。どうしてこうも俺達は人の命を軽々しく考えてしまうのだろうか、俺達は一体いつのまに捻くれてしまったのだろうか。

 

(他の国の人ならいざ知らず王都の人を巻き込むなんて…お前だって知り合いの何人かはいるだろうに)

 

 南雲の立てた計画には恐らく俺だけが知ってる南雲の性格上の悪癖…欠点が露骨に出てしまっているのだ。

 

 それは強い被害者意識。普段なら多少のいざこざでも笑って受け流し、苦笑してやり過ごす南雲だが、いざ自分が被害者になったと認識した場合

加害者に対しての倫理観を消失してしまうのだ。

 

『自分は被害を受けたものだ、だから相手には何をしても良い』

 

 南雲の立てた秘密兵器などそれが露骨に出てしまっている。自分はこの戦争に巻き込まれた被害者だから、だから呼び出してしまったこの世界の住人に対してためらいが無くなってしまった。

 

 普段は奥底に隠れていて出てくることのない欠点が力の覚醒と共に出てきてしまったのだ。こうなってしまったら止めることなどできないし止まる事もないだろう。自らの被害者意識が消えるまで。

 

(南雲はこうなってしまったが…俺はどうなってるんだろう)

 

 なら反対に俺は如何なのだろう。俺は一体どんな精神の異常を引き起こしたのだろうか。自分ではわからないが…もしかしたらこの状況をどこかで楽しんでいる事だろうか。

 

 薄々どこかで面白いと思ったことに関しては歯止めが効かないときがある。この前の媚薬に関してもクラスメイトへの薬物投与に関しても。それが良いと思ったことに関してはためらいが無くなてしまうのかもしれない。

 

(はぁ…本当にこうなるとは、もしかして…もう手遅れだったりして)

 

 ふと、先ほど考えていた中野が教えてくれたジャームというのを思い出す。力を使いすぎて戻れなくなったもの。力に魅入られ理性を失くしてしまった正真正銘の化け物。…中野が討伐する怪物

 

 俺達は力を使うあまり気が付かずにジャームになったのかもしれない。この世界ではジャームになる予兆が無いと中野は言ったけれど俺達はそもそもジャームという物がどんなものか分からないのだから。

 

「…ひょっとして暗いこと考えている?」

 

「ああ」

 

 そんな事を考えていれば南雲から声を掛けられた。存外その声は気付かうようなものだ。けろりとしている南雲は俺達がどういう存在になってしまったのか心配しないのだろうか。

 

「心配か、あんまりしていないね。例えどんな姿になっても僕は僕だからね。何も変わらないさ」

 

「気楽でいいねぇ」

 

「優先順位がぶれないからね」

 

 その優先順位が何かは知らないがぶれなくて結構である。どうか今後は控えて欲しい。そんな事を想いつつ南雲を見ればいつの間にか南雲は剣の柄を持ち何やら作業をしていた。

 

「何してんの?」

 

「ああこれ?…不服だけどアイツ専用の剣を作っているんんだ」

 

「アイツ?」

 

 南雲が誰かの専用の武器を作るなんて珍しい、そう思って返事を返せば南雲はかなり顔を竦めて小さく「天之河」とだけ呟いた

 

「へぇ?お前結構天之河嫌ってたんじゃなったっけ?それが一体どういう風の吹きまわしだ」

 

「…アイツ、僕に直接謝りに来たんだ。あの時は助けに行かなくてごめんってさ」

 

 聞けば天之河は直接南雲に対してオルクス迷宮の橋の一件について謝りに行ったらしい。どういったやり取りをしたのかは知らないがぶーたれながらも南雲の顔にイラつきは見られない。

 

「全く謝るぐらいなら最初から気を付けろって話なのに、調子に乗ってたって気づくの遅すぎるよ」

 

「まぁまぁそうぶーたれるなよ」

 

 ブツブツと文句を言いつつも剣の柄に対する作業は手を抜く気配はない。真正面から謝れられて南雲も戸惑いが生まれて何だかんだで天之河の事を認めたのだろう。その事を口には出さないが作業で示す南雲に苦笑する

 

「人は過ちを起こしてしまう。でもその過ちに気付き反省することが出来るって事だよ。アイツも色々と思う事があったんだから認めて許してやるのが度量の広さって奴ではないのかね南雲君」

 

「…そうだね、現在進行形で罪を犯しまくっている僕と君がそう言うと説得力が段違いだね」

 

 物凄いジト目で見られてしまった。確かに現在進行形で物凄い大罪を犯そうとしている俺達があ~だこーだというのは筋違いにもほどがあり過ぎる。

 

 なんだか微妙な雰囲気になった空気を南雲は溜息一つ吐くと別の話題を話し始めた。正直助かる。

 

「…そうだ、そう言えば知ってる柏木君」

 

「何がだ?」

 

「僕達オーヴァードって二つ名がつけられるらしいよ」

 

「あんだそりゃ」

 

 話を聞くとどうやら中野から色々と教えられてたらしい。そこでオーヴァードはUGNから二つ名が付けられるとか

何とか。

 

「ちゅ、中二病だな」

 

「いいじゃん、面白そうだから僕らも付けてみようよ」

 

 ケラケラと笑う南雲。何となくなぜいきなりそんなことを話したのかわかった。俺に気を使ってくれたのだろう。何となくそんな気がした。

 

「んーつっても行き成りは思いつかないな」

 

「能力や性格とかそれにちなんだものを付けた方が良いんだって。中野君は『火の粉』だってさ」

 

 とてもではないが中野のそれは違う気がする。中野の火はそんな生易しく儚い物ではなくもっとヤバイすべてを燃やし尽くすような凄みがあるのだが

 

「モルフェウスとソラリスのピュアブリードか…錬成と調合の力」

 

 そんな事は気にせず南雲はつぶやきながら色々と俺と自分の二つ名を考え始めている。まぁわからんでもない誰かってキャラクターに設定を付けたりするときが一番楽しいのだ。俺はこの能力も同じ、自分だけの自分にピッタリの名前を付けたくなるのが人間ってもんだ。

 

「ソラリス能力ってさ。何でも作れるの?」

 

「大体人が想像できるものは出来る。流石に蘇生薬とかは無理だけどな」

 

 人を治す薬は出来ても人を生き返らせる薬なんてものは出来ない。色々は出来ても流石に制限はあるのだ。

 

「そっか…薬は勿論毒薬も万能薬も出来る、か」

 

「あんまり毒薬なんて作りたくはないんだけどねー」

 

 人を治す方に意識を湧いてきたが、ソラリスの力はまだまだ可能性が広がっている。毒薬は分かりやすく言っただけで本当はもっと恐ろしい薬だってできるのだ。南雲が頼み込んだものみたいに。

 

「うん、決まった。君の二つ名」

 

「お、おう。お前が決めるのか…」

 

 

「君の二つ名は『万能劇薬』だっ!」

 

「万能…劇薬?」

 

「そう、ありとあらゆる病気を失くす可能性のある万能薬であり、ありとあらゆる病気をまき散らす劇薬。君の意思一つで薬にもなり毒にもなる。二つの可能性を持つ薬そのもの、それが君だ」

 

 『万能劇薬』なるほど確かにそれはソラリス能力を上手く表している。どんな病気でも直せる薬を作り出すことも出来ればどんな病気をも引き起こす薬も出来てしまう。

 

「うーん、我ながらいいいアイディアだったね」

 

 ドヤ顔をしている南雲。となれば俺もまた南雲に厨二溢れる二つ名を考えて上げねばなるまい。 

 

「じゃあ南雲の方は俺が考えるとして…モルフェウスに錬成か。それって本当に何でも作れるのか?」

 

「作れるよ。必要な物はいくらでも。…まぁ大切な物は作れないってオチが付くけどね」

 

 何やら小声で付け加えていたがとにかく何だってできてしまうのだろう。こればっかりは俺では把握できないので想像でしかないのだが…

 

「まぁ、本気でやろうと思えば街一つ作り上げることが出来るんじゃないかな?多分」

 

「そ、そこまで規格外なの?」

 

「多分ね。ほんと、なんだって作れるんだ。冗談抜きで僕一人で経済を破綻させることだって可能さ」

 

 手から生み出すのはこの世界の通貨。特に一番高いはずの金のルタを手のひらからあふれさせている。零れ落ちている物だけで億万長者は夢ではない。その中に何十人かの俺達が愛してやまない諭吉さんが混じっているのは気のせいではない。

 

「…お金だけじゃないよ。衣食住、全部を賄えるし建造物もお手の物。寧ろ作れないのは、生き物だけだったりして」

 

 冗談めかして笑うが皮肉にすらなっていない。南雲の傍にはいつの間にか食べ物が置かれており、服も何着も出てくる。…ダグダの大釜、何故かそんな言葉を思い出す。

 

 上段抜きにもしかしたら万物を創造できる力、それがモルフェウスの神髄であり幾つく先なのかもしれない。

 

 なら南雲の二つ名は…これしかない

 

 

「……万物錬成。それがお前の二つ名だ」

 

 

「万物ってそんなに大層な名前をもらっても」

 

「ありとあらゆるものを手中に収める異能。お前一人だけで国を作ることが出来滅ぼすことが出来る。軍隊は兵站が無ければまともに動けず人は道具が無ければか弱い生き物だ。それをお前はたった一人で覆す。万能という言葉は大層でもないさ」

 

 万物を作り出すなんて正直世界のパワーバランスを崩すものだ。南雲が本気でこの世界を壊そうとするのなら物理的ではなく社会的にじわじわと滅びの道へ辿らせる事になる。逆もしかりというのならそんな力を万物錬成と言わずしてなんというのだろうか。

 

 

「そ、そうだね。…そっか万物錬成か」

 

「嬉しそうだな。気に入ったのか?」

 

「まぁね。ふふっ本当に僕達にピッタリの名前だよ」

 

  ニヤついて嬉しそうにする南雲この部分だけを見れば年相応の顔なのだが、あいにくその二つ名に恥じない異能持ちなので 何とも複雑な気分になる。

 

「しっかしまぁ俺達本当に変わっちまったな」

 

 出てくるのはそんな他人事のような言葉。召喚される前はごくごく普通の少年だったはずなのに異世界に来てから良くも悪くも変わり過ぎてしまった気分さえある。

 

「変わったね、特に命のやり取りをしたあの時から」

 

 南雲は言ってるのはオルクス迷宮の端のあの事件の事だろう。南雲が死にかけて助けに行った俺も瀕死になって。2人とも助かったとはいえ、その後にオーヴァードとして覚醒して……

 

「僕達はこの世界に居てはいけない」

 

 ふと南雲がそうポツリと漏らした。誰に言う訳でもないその言葉は俺の胸にしみていく

 

「僕達は異能を持った。この世界の形を壊してしまう力だ。元からあった生態系やこの世界の歴史を消し去ってしまう力。…無い方がいいに決まっている」

 

「オマケに使う奴が躊躇しなくなりつつあるからな。…この世界にとって俺達は外来種なのかもしれない」

 

 自分で言ってようやくその言葉を本当の意味で実感する。そうだ俺達は、この世界に不要なのだ。

 

 

 『外来種』元々その地域にはいなかったのに人為的に他の地域から入ってきた生物の事だ。よく日本で環境問題について取り出されているこの単語が俺たちによくあてはまるのだ。

 

 『外来種』はもとにあった生態系を壊し外来種が繁殖することがあるらしいが、これが俺達にもよくあてはまる。なにせファンタジーの世界で

出来あがった生態系を無残に壊してしまうからだ。たとえそれに悪意が無く善意だとしても元あった生活を壊し価値観を自分達(日本人)にとって居心地の良いものへと変えてしまう。

 

「外来種って結局の所俺達異世界転移するものの事を言うんだろうな」

 

 自分の知らない未知の世界へ。なんてて軽く言うけどやってることはハッキリ言えば異世界に対する侵略だ。…あんまり考えたくないけ異世界物のなろう主人公は全部これに当てはまるんじゃなかろうか。そんな事を考えてしまう。

 

 

 兎も角だ、そんな外来種たちは元の住処へ帰ろうにも手段が全くわからないこの現状、唯一の帰れるための可能性であるこの戦争を終わらせなければいけない。この世界の人の為にも、俺たちの為にも。…エヒトの掌の上ってのは心底気に喰わないけどね

 

「…どっちにしろ早く日本へ帰らないとな」

 

「そうだね。だからこそこの計画を完成させないと」

 

 南雲の計画は一瞬で戦争が終るシロモノだ。まさに防御こそが最大の攻撃であり、また俺が立てた計画は攻撃に転ずるものがある。魔人族人間族、この世界で幾年も飽きる事もなく殺し合いを続けてきた生き物たち。

 

 和解が成立せず和睦が無理ならば俺達がその切っ掛けを作り上げてやろうではないか。

 

「結局、僕達のような悪意ある第三者が現れなければ手を取り合うのは無理って話か」

 

「人と人が分かりあうにはまず同じ立場にならないといけないからな。必要不可欠だったのさ」

 

 ニヤリと笑う南雲。そうだ結局は誰かがやらなきゃいけない。それならば戦争を終わらせるためにやってきた、その為だけに召喚されてしまった俺達が叶えてやろうではないか 

 

 

「さぁやってやろうじゃないか南雲。善は急げって奴だ」

 

「ふふっそうだね。始めようか。僕達で戦を終わらせる最低最悪の秘密の作戦を」

 

 オーヴァードは嗤いあう、それが大罪だと理解していても自分達

 

 

 

 なによりトータスの為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この物語で一番のクソ野郎は主人公。

次回からようやく物語が終わりに向けて進みます。
感想があれば嬉しいですが…難しいでしょうかね


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四章
決戦の前に


ひっそり投稿です


 

 

「……」

 

 目の前に広がるのは作戦の最終チェックに走り回る自分の部下達。誰もが精鋭で士気高くこの作戦が成功することを信じている自分の部下たちだった。

 

 

 魔人族軍最高司令官フリード・バグアーは魔人族と人間族との雌雄を決するための戦の準備に捕らわれて居た。今、ふと手が空いたことにより、見回りをしていたのだ。

 

 自身が火山で手に入れた神代魔法である『空間魔法』そのおかげで一気にこの戦争を終わらせるための策が出来たのだ。その作戦は余りにも単純で、尚且つ分かりやすいシンプルな物。

 

『自身が率いる軍勢全てを空間魔法で人間族の本拠地までワープ。その後数に物を言わせて蹂躙する』

 

 改めて言葉にすると作戦とすら呼べない力技ではあるが、そもそも数の有利さは絶対的な物であるのだ。例えどれだけ王都の防備が優れていても絶え間なく続く数の暴力にはひとたまりもない。

 

 自身が獲得した変成魔法を使って数を揃えた魔物たち。数は優に百万を越えているだろう、その数で怒涛の勢いで攻めれば魔人族の勝利は確実そのものだ。

 

「……そう、我らの勝利は確実なのだ」

 

 だが喉に小骨が刺さったような不安がある。そのは今この場で姿を見せない部下の一人カトレアの存在だからだろうか。

 

 自分と同じ特殊任務に就いたカトレアは遂に帰還することは無かった。アハトドを引き連れていた上にカトレア自身油断をするタイプではないので任務の途中で想定外の事態が起きてしまったと考えるのが普通だった。

 

(迷宮の試練で果ててしまったか…)

 

 変成魔法を手に入れた氷雪洞窟しかり空間魔法を手にいれたグリューエン火山しかり、神代魔法を手に入れる為には過酷な試練を突破しなければいけない。その事を考えればカトレアは迷宮にやられてしまったと考えるのが普通だ。

 

(そう…だから噂の勇者共にやられたはずは無い。そうだろう?カトレア)

 

 もしくは考えられない事だが異世界から召喚されたという勇者たちによって倒されてしまったかのどっちかだ。

 とはいえフリード自身はその節は否定している。勇者など眉唾物であるし、やはりカトレアが負けてしまったとはどこか認めたくないものがあったからだ。  

 

 

 

 

「フリード。ここにいたのか」

 

「アルヴ様?」

 

 そんな思考をしていたいフリードに話しかけるものがいた。自分の上司であり敬愛する魔王アルヴヘイト、いつもにこやかな微笑は崩さずに隣に立ったアルヴは目の前で忙しなく動く部下たちを見つめる

 

「いったいどうなされたのですか?このような場所に」

 

「準備が上手く行ってるか見たくなってね。順調かい?」

 

 にこやかに話すアルヴ。この敬愛する魔王は今回の作戦には参加しない事になっているのだ。魔人族の総大将にして誰よりも規格外の力を持つこの魔王は念のためにと本拠地で吉報を待ってもらうようにフリードが頼み込んだのだ。

 

 …そこには人間族如き敬愛する人が出るまでもないというフリードの無意識の驕りもあったが。

 

「はっ、全てはこの上なく順調です。これほどの大群が居れば我らの勝利は確実かと」

 

 見渡す限りの魔物の数、それに合わせての精鋭中の精鋭の自分の部下たち。士気は十分でフリードは魔人族の勝利を疑っていなかった。

 

「そうだね。この数の魔物、()()()()()では何も出来ずに終わるだろうね」

 

(…?)

 

 気のせいだろうか、にこやかに笑うアルヴにどこか影が差したようにフリードは感じた。この敬愛する上司に何か懸念事項でもあるのかとフリードは思案し…直接聞くことにした。

 

「どうなされたのですか、何か懸念されることでも?」

 

 魔王とその配下。アルヴとフリードはそのような関係だが実際はもっと気安い関係でもあった。フリードがアルヴに敬服する以上出過ぎた真似はしないがアルヴ自身は気楽に接してくるのだ。だからこそ問うたのだ、その懸念を晴らすために

 

 

「……フリード」

 

「ハッ」

 

「本当にこの軍勢で人間族に奇襲を仕掛けるんだね?」

 

 その声に咎める色は無かったが再三の確認でもあった。フリードが提案したこの物量決戦。その効果を盤石とするために夜、暗闇に紛れて一気に人間族の本拠地へと奇襲を仕掛けるのだ。夜ならば暗闇に乗じて行動できるだろうし何より物量ので押しつぶす出鱈目さには相手の動揺を誘う目的もあった

 

「ええ、一気に王都へと侵攻しすぐさま愚かな人間族共を制圧をしてみせますとも」

 

 言葉には出さないが電撃的な侵攻をすれば結果的に大切な部下の命を守る事も出来る、大きな怪我を負う事もない。そんなフリードの意思もまたこの作戦にはあったのだ。部下は大切な同胞でありフリードにとっても死なせたくはない者達でもあった。たとえ全員軍人として命を賭ける意思があったとしてもフリードには生き延びていてもらいたかった。

 

「そうか……降伏勧告はしないんだね」

 

「?何を仰いますかアルヴ様。これは我らの聖戦、あの人間族共に何故降伏勧告をする必要をするがあるのでしょうか」

 

 これは長年にわたる魔人族と人間族との雌雄を決するための聖戦である。人間族を討ち滅ぼすのが代々先祖から引き継がれたことなのだ。それを何故魔王であるアルヴが疑念を持つのか、フリードにはわからない。

 

「それに遥か昔、愚かにも魔人族の者達が人間族と和平をしようと動いたら手酷く裏切られたと聞かされています。話す価値は微塵もないかと」

 

「あーうん。そんな事あったね」

 

 どこか遠い目をしたアルヴ。まるで何があったのか知ってるような顔つきだったが頭を振ったあとフリードに向き直った。

 

「作戦や軍事行動にはすべて君に判断を委ねている。今更私があれこれ言うのは君に失礼だったね」 

 

「いえ、貴方様が我らの事を気遣っての言葉だと私にはわかっております。何も気になさらないでください」

 

 降伏勧告をすれば部下たちの危険は無くなり無駄な労力もとらず戦争は終わるかもしれない。しかしこれは長年にわたる魔人族の宿願なのだ、今更作戦を変える気などフリードには無かった。

 

 そんなフリードの思いを知ってか、アルヴはそのにこやかな顔を引き締め真剣な顔つきになった。自然とフリードの背筋も伸びる

 

「フリード。これはまさしく決戦だ、今私たちの持てるすべてをかけての戦いになる」

 

「はっ!」

 

「だからこそ、もしも。もし万が一にでも負けるようなときがあったら…その時は君も潔く腹をくくりなさい」

 

(……何だって?)  

 

 激励の言葉かと身構えたフリードは一瞬その言葉を聞かされたときポカンとした顔をしてしまった。それほどまでにアルヴの言った内容が信じられ中たのだ

 

「お、お言葉ですがアルヴ様。我らが負けるとは御冗談が過ぎます。流石に人間族にこの数を打ち破る事は不可能で…」

 

「もしもの話だよ。あまり真に受けないでくれ」

 

 百万の魔物の数を相手にして一体どうやって人間族が勝利するとはフリードには思いつかなかった。だからアルヴに引き攣った笑みを浮かべたのがアルヴは煙に巻くようにして別の事を話題にした

 

「知っているかいフリード。人間族には異世界から召喚された勇者がいると」

 

「勇者、ですか?」

 

 眉唾な噂ではあるがある程度はフリードだって知っている。何でも人間族が信仰する神が異世界から呼び出したのだと。

 

 フリードの中では失笑に値する話だった。幾ら数の理が崩され窮地に立たされているとはいえ自分達の手で戦おうとするのではなく何も知らない第三者の力を借りるなんて誇りが何もない愚劣極まる話だったのだ。

 

 自分たちで身命を賭けて戦うのならいざ知らず異なる世界に助けを求めるとは何て恥知らず極まった事ではないか。

 そんな思いもありフリードの中では噂話とは言え人間族を尚更見下す要因となっていたのだ。

 

「その勇者が実際に呼び出されているみたいなんだ」

 

「……何ですと?」

 

 だがそんな失笑話はアルヴによって真実だと判明した。真実だと判明したからこそ余りにも人間族の情けなさと不甲斐なさで怒りが湧き上がってきた。

 

「どうやらカトレアの向かった先で遭遇したらしい。…彼女が帰還できなかったのも多分だけど」

 

「その勇者とやらのせい、ですか」

 

 先ほど考えていた懸念が当たったようだった。カトレアの安否を思案するが…生きている保証はないだろう。

 

「分かりました、例え異世界から現れた者といえども必ず私が打ち滅ぼしてやりましょう、それがカトレへの手向けです」

 

 たとえ異世界の者でも人間族に加担したならばそれはフリードにとっての敵だ。哀れではあるがそもそも巻き込んだ人間族の神とやらが原因なのだ、こちらがどうこう謂われる気は無かった。

 

「それなんだけど、フリード」

 

「はい?」

 

 アルヴの顔はフリードの予想と違って、少し苦み切った顔をしていた。何故だがそれがフリードにとっては癪になるものがあった。

 

「彼等…勇者と出会ってしまったら逃げて欲しいんだ」

 

「…………は?」

 

「より正確に言えば交戦を避けて欲しいと言った所かな」

 

 先ほどは我慢した声が今度は出てきてしまった。それほどまでにアルヴの言葉は衝撃的だった。

 

 フリードは魔王アルヴヘイトの懐刀でありこの軍の最高司令官でもあった。と同時に誰よりも魔法と武術の達人でもあった。

 

 幼少の頃から研磨され他その力は今では誰にも届かない領域へとなっており、魔王を除いて頂点に達する腕前を持つ最強の魔人族と呼ばれる、そんな強さを持った男だった。

 

 性格的に多少の高慢さがあったとしてもそれは立場の責任や自負からくるものであり決して驕る事は無いその強さ。国の為、民の為何より敬愛する魔王のために磨き上げてきたこの力をあろう事か魔王アルヴヘイトは勇者より劣ると言ってしまったのだ。

 

「な!?そ、それは私がその勇者より劣っているのだとそうアルヴ様はおっしゃられるのですか!?」

 

 思わず大声になったことを誰が咎められようか。敬愛する魔王と言えどもこればっかりはフリードにとっては我慢できなかったのだ

 

「君の動揺も混乱も理解できるよ。でもねフリードこれは『命令』だ」

 

「っ!?」

 

 普段は言わない命令だという言葉。冷たく鋭く切り出されてしまったので自然とそのまま反論する言葉を失くしてしまう。……尤も反論が出来なくなっただけで心の中はまだ怒りで煮え立っているが

 

「勇者とはね、只の称号や言葉じゃないんだ。勇者とは魔王と並び立つもの。そういう意味があるんだ」

 

「……」

 

 不服な表情でアルヴの言葉を必死に理解しようとするフリード。その姿は見ようによっては不貞腐れている子供のような姿で、アルヴは自然と声を和らげさせた。 

 

「勇者が居るから魔王が居る。魔王がいるから勇者が居る。合わせ鏡のような存在なんだ」

 

「…では何か?その勇者やらとはアルヴ様と同じような強さだと?」

 

 声にはまだ不満の色が滲んでいた。それはそうだろう、魔王アルヴヘイトと同じ強さの者が存在するなんてそれこそ考えられない事だったのだ。

 

「さてね。私は直で見たことがある訳じゃない、だからあくまで予想だよ。それでも勇者として呼び出された者なんだ、何か特別な意味を持ってこの世界に呼び出された存在である事には変わりはないんんだ」

 

 教え子に諭す教師のような声音。しかしそれだけではフリードの不満とぎらつく様な炎を消す事には至らない

 

「…私では敵わないと」

 

「力の優劣じゃない。君を失いたくない、ただそれだけなんだ」

 

「…勝負にはならないと」

 

「君の使命は何だい?勇者に勝つことかな?」

 

「……魔人族の勝利です」

 

 そう、魔王から言われたようにフリードの使命は魔人族の勝利であり、戦争の終結。自国に暮らす民が平和に生きていられる様にするのがフリードの使命であり責任なのだ。

 

「なら、勇者とは会わない事だ。()()()()()()()()

 

 フリードの意思を知ってから知らずか魔王アルヴヘイトはそう断言した。断言してしまったのだ。

 

「返事はどうしたんだい?」

 

「分かり、ました」

 

 不服を大いに含ませ不満の表情は晴れることなくフリードは頷いた。その事にアルヴは納得した様に頷いた。

 

「うん、それじゃ頼んだよフリード。この決戦、この戦いこそが魔人族の行く末を決めるのだから」

 

 そう言ってフリードの肩をポンポンと叩くとアルヴヘイトは踵を返していってしまった。例え重大な決戦と言えども軍の事はフリードのすべて任せているのだ。口出しはもうしないだろう。

 

(私が…劣る、だと)

 

 残されたフリードは俯いた視線の先で自分の手を見ていた。魔人族の平和のため敬愛する魔王の為、磨き上げた物をどこぞの勇者に否定された、そんな気がしてフリードは内に燻るモノを感じていた、

 

「そんなはずは無い。私が、劣るなぞ、あり得ない」

 

 神代魔法を手に入れる為にフリードは何度も命の危機を乗り越えてきた、平和のためにだと自分の身体に鞭を打ってそして手にれた神代魔法。そのおかげで魔人族は絶大な戦力を手にれたのだ。

 

 その努力を否定されて納得できるほどフリードは完成された大人では無かった。諦めと言われて素直に辞退するほど聞き分けが良い性格では無かった。

 

 フリードは若かった。若くして魔人族最高司令官の立場を手に入れた、しかし若かったからこそ負けん気もまた強かったのだ  

 

「アルヴ様、申し訳ありません。私は」

 

 その後に続く言葉を出すことは無く、フリードはその場を後にした。やる事はまだある軍の編成や準備など。そして何より己が最高の相棒である白竜ウラノスへ私事に巻き込むことに対する謝罪を

 

 

 

 

 その目にはギラつく様な闘志が燃えていたのだった。

 

 

 

 



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不穏な始まり

 

 

 カトレアさんの脱走を手引きしてから数日後。南雲と俺の計画がほぼ完成した日の事だった。遠出に出ていた連中が返ってくるという報告を受けたのだ。

 

 一応みんなで出迎える為に応接間で待っていたら、元気よく扉が開かれた。

 

「おーい帰ったぞー」

 

 その一言で応接間に入って来た者達を見る。その顔は懐かしクラスメイト園部や相川たちの姿だった。

 

「あ、相川と園部とその他」

「何だよ、その他大勢って言い方」

「まぁまぁ」

 

 苦笑はしているが、皆結構元気そうだった。、この分だと心配していた襲撃や貞操の危険は杞憂だったみたいだ。女子連中は早速集まって華やかに何事かを話している。

 

 こっちはこっちで男子連中が集まりワイワイとしている。

 

「無事でよかったよ。って先生はどうしたんだ?」

 

「先生は調査報告とかなんだとかだってさ」

 

 聞けば先生は騎士団やほかの方面に報告をしに行ったらしい。まぁ何だかんだで一応責任者だしね。仕方ないね

 

「んで、お土産の方は?」

 

 とまぁ先生の方は置いといて、割と楽しみにしていたお土産がある。催促するようにチラチラと見れば相川にドヤ顔をされた。

 

「へっへっへ~良いもん持って帰ってきたぜ!じゃん!これだ!」

 

 そういって相川が取り出してきたのは袋に入った白い粒粒。あれ?これって…もしかして

 

「コレ?米か?」

 

「そうだ、このトータスにも米があったんだよ!」

 

「ウルって所でカレーがあってさ。折角だから貰ってきたんだ」

 

 話を聞くと田んぼがある肥沃地帯があるのだとか。そこでは米料理が広まっており、相川たちが泊まった高級ホテルではカレーが人気料理だったらしい。

 

(……言えねぇ…南雲が作ってくれるから、あんまり感激が無いって言えねぇ)

 

 南雲の異能『無上厨師』のお陰で米なんて食い放題なのだ。他のクラスメイトには秘密にしているので他の奴らからは喜ばれているが…あ、南雲が遠い目をした

 

「ってお前ら高級ホテル止まったのかよ!?」

 

「へっへ~いやぁ神の使徒、豊穣の女神様様だったぜ!」

 

「しんっじられねぇ…星三つのレストランで飯食って高級ホテルとかあり得ねぇ」

 

 騒ぐ男子共の話を聞けば何でも愛子先生は農耕の技能を使いまくって土地を耕し続けていたその活躍から何とも恥ずかしい二つ名を付けられてしまったらしい。

 まぁ土地が豊かになるってマジで称えられてもおかしくないから仕方ないね。

 

 

 とまぁそんな感じでクラスの皆でワイワイ騒いでいた時だった。

 

「いたぞ!この裏切者!」

「魔人族の内通者め」

「我らが神に仇名すとはこの恥知らずが!」

 

「な、何なんですか貴方達は!?」

 

 いきなり武装した神殿騎士がやって来たのだ。突然の事に狼狽えるクラスメイト達を尻目に神殿騎士たちはぞろぞろと殺気立った目で俺の周りを取り囲んで…ふぅむ、こりゃばれたな。

 

「へーほーこりゃ大勢でおいでなさって。どうしたんです?そんな血相を抱えて」

 

「しらばっくれるなこの薄情者が!貴様何をしでかしたのか分かっているのか!?」

 

 大柄の偉そうな神殿騎士が唾を吐き散らし目を開き切ってこちらをば罵倒してくる。まぁ気持ちは分からんでもない、こいつらに言わせればとんでもない事を俺はしているのだから。

 

「か、柏木、この人たちはいったいどうしたっていうんだ?!」

 

「まぁまぁちょっと離れていろ天之河。皆も少し落ち着いて」

 

 天之河達はいきなり殺気立つ神殿騎士に驚いているようで騒然としている。対する俺は予想より遅かったなと苦笑ぎみだ。

 

 

 

「おや、随分と落ち着いておられますな」

 

 そんな俺の前に現れたのはやはりというか教皇イシュタルだった。取り囲んでいた神殿騎士の一部がさっと場所を開けたところから見るとコイツが指示をしたと見れるが…さて、どうすっかな。

 

「そう見えます?これでも結構ドキドキしているんですよ」

 

「ほぅ」

 

「んで、教皇さん?この物騒な人たちは一体何のつもりで俺を取り囲んでいるんですかねぇ」

 

「無論それは貴方が大罪を起こしたからですよ」

 

 ザワリと周り騒がしくなる。クラスの何人から「一体何をしたんだ」とか「冤罪じゃね?」とか「遂にやりやがったか」とか聞こえるが…これを俺は無視する。

 いやほんとやったことは間違いないから。

 

「イシュタルさん、待ってください柏木は一体何をしたって言うんですか!?」

 

「勇者殿、この者はあろう事か捕まえた魔人族を逃がしてしまったのです」

 

「「はぁ!?」」

 

 騒然とした場がさらに騒がしくなる。天之河なんて理解が追いつかないのか何度も口をパクパクさせている。ちょっと面白い

 

「あの魔人族からは我らが知らぬ魔王の事や魔人族の戦力、聞けることがたくさんあったというのに。なぜ貴重な情報源を逃がしてしまったのですかな調合師殿?」

 

「ん~まぁ理由はいろいろとあるけどどう言った物やら~」

 

 全部を話す気はないがはてさて何を言えば良いのやら。っとここで混乱から回復した天之河が俺に詰め寄ってきた。

 

「待ってくださいイシュタルさん、少し柏木と話をさせてください!柏木、お前カトレアさんを逃がしたのか!?」

 

「おう、やっちまったぜ」

 

「どうしてそんな事を勝手にやってしまったんだ!?理由は?一体どうして勝手な事を」

 

「そりゃ魔人族つっても一人の女の人だぜ?それが軟禁させているとはいえいつまでも敵国に居させるのはマズいだろ」

 

 肩をすくめやれやれと首を振る。俺の態度に天之河は表情を何度も変化させる、きっと頭の中では俺がやったことの重大さと迂闊さとカトレア自身への情とかが混ざり合っているんだろう。いやほんとごめんな!

 

「それは…そうかもしれなくても君が1人で決めることじゃない、何か物事を犯す前にせめて俺に相談してくれてもよかったじゃないか」

 

(……ふふ)

 

 その言葉にふと笑みがこぼれる。前だったら勝手に逃がすなんて悪い事だとか何とか言う筈だったが相談して欲しかったなんて言葉が言えるようになったのは、間違いなく天之河の中で一皮むけたものがあったんだろう。良きかな良きかな

 

「それについては正直すまんかった。でもな。やっぱあの人を見てると思っちまうんだわ。敵だとか戦争だとか言ってるけどあの人達も只の人間だって事をな」

 

「…それはそうだ。あの人達は俺達と何も変わらない」

 

 散々戦争だとか何とかいわれていたが蓋を開けてみれば何とも下らない話ではないか。どうして人間同士が争わなければいけないのか、魔人族は魔物でも動物でもないってのに

 

 きっと天之河も同じこと思ってる。敵対する種族なんてどこにも無く、だからこそどうやって戦争を終わらせればいいのか考えているはずだ。

 

「ふむ、貴方方にとってはそう見えるのでしょうが私達からしてみれば因縁の仇敵に違いはありません。そしてその仇敵を逃がしてしまった罪は余りにも重い」

 

「……」

 

 確かにそうだろうな。魔人族の対しての情報源は何より貴重だし俺がしたことはいわばこの国を危険にさらしたことも同然なのだから。普通に考えれば逃げた魔人族がどういう行動をするのか分かるよねって言う。

 

「んで、俺をどうするっていうんだ?処刑か?だったら割と反抗はするけど」

 

「流石に神の使徒を我らの手で処刑することは出来ませんよ。せいぜいが軟禁し詳しい事を聞かせていただくだけです」

 

「そっか。事情聴取って奴か」

 

 そう言って有無を言わさず俺の周りに集まってきた神殿騎士は変な輪っかみたいなのを俺を拘束するように嵌めていく。(後で南雲から聞いたが魔力封じの拘束具らしい)

 

「おや、抵抗しないのですかな」

 

「やった事がとんでもない事っていう自覚があるのでね。流石にこればっかりはしょうがない」

 

 イシュタルのやや驚いたような声に苦笑する。抵抗しても意味が無いし、何より無駄でしかないのだ。

 

「それでどこに連れていかれるってんだ?これでも結構仕事とかがあるんだけど」

 

「神山に連れて行きます。あそこではエヒト様に近い場所ですからね。そこで事の詳細を聞いた方がいいでしょう」

 

 何やら事情聴取みたいな言い方だが結局は監禁するつもりだろう。もしくは拷問か悪ければ処刑かな?

 

「OKわかった、つーわけで皆少しの間ちょいと席をはずしてくるぜ」

 

 俺のあっけらかんとした態度にクラスメイト達に動揺が広がるが…その中で一人声を上げる者がいた。

 

「その連行待った」

 

「南雲?」

 

「ほぅ…」

 

 案の定というかやっぱりというか声を出したのは南雲だった、結構イラついているのか表情は何時も通りなのに醸し出すオーラが結構な圧を放っている。近くにいた相川なんてヒエッ!って情けない声を出してしまっているよ

 

「柏木君、何で阿保面晒して大人しく連れていかれようとするわけ?頭正気?」

 

「もう手遅れだよ。…冗談だからそんな怖い顔すんな、別にとって喰われるわけじゃないから」

 

 冗談をかましたらものすっごい顔をしてきた。まったく冗談も通じないんだから~

 

「これは錬成師殿、何も我らは彼に危害を加えようとしているのではございませんぞ、ただ彼の仕出かしたことはこの国では前代未聞な事なのです。魔人族がどこへ行ったのか…いいえ魔人族に関するすべてを彼から話してもらわないといけません」

 

「……」

 

「魔人族があの迷宮に居たという事実を考えれば。今この国が危機に瀕していることはお分かりでしょう。我らにとっては死活問題なのです」

 

 流石は教皇。言ってる事が正論過ぎて南雲が何も言えない。しっかし考えれば考えるほど割とピンチだよなこの国。カトレアさんがオルクス迷宮にいた事実というのを考えれば考えるほど本当に猶予が無いのだから

 

「…わかった。だけど僕も連れていけ、錬成師1人増えたところでアンタらには問題は無いだろ」

 

「おい南雲、お前こそ何を言って」

 

「今更僕を除け者にする気?召喚されてからずっと一緒だったんだ。今回も一緒、それだけの話だよ」

 

 南雲はここにいて有事の際に備えて欲しかったんだが…こうなると決して自分の意見を曲げる気はないだろう。説得は無理だ

 

「ふむ、まぁ我々としては構いません。それではお二人とも同行をお願いいたしますかな」

 

 イシュタルがそう言えば神殿騎士共は南雲にも同じように輪っかをつけ拘束していく。ステータスの低い後方支援組、どうにもでもなるというそんな顔だ

 

「「………」」

 

 相川たちが帰ってきたと思えばクラスメイトが敵を逃がしてそして連行されるといういきなりの展開。突然の事過ぎて皆が唖然として行動できない、そんな時だった。

 

「……柏木、南雲」

 

 正論過ぎるイシュタルに何も言えず悔しそうにする天之河の顔が目に入った。

 

(……ふぅむ)

 

 正直な話俺と南雲はたとえ拘束されてもなに一つも問題は無いのだ、だが天之河からしてみればクラスメイトが馬鹿な事をしたとは言え連行されていくのを見ると辛いものがあるか。…本当に精神的に成長したなぁ、前だったらイシュタルと同じように批判していたのかな?

 

「なぁ天之河」

 

「な、なんだ」

 

「一応さっさと戻ってくるつもりだけど…もし何かやばい事が起きたら俺を尋ねに来てくれ」

 

 俺と南雲で作り上げた最終防衛システムはほぼ完成している、とは言えあの装置は俺と南雲が居なければ発動しない。カトレアさんが言ってたが何時攻めてきてもおかしくない状況を考えればもしもの時を考えて布石を張っておくのが常套か

 

「例えばそうだな、国の危機が迫った時なんかは特に」

 

「!」

 

 ひっそりと呟けばびくりと肩を花ね上がる天之河。薄々と魔人族との対応を考えてたのだろうか難しい顔になってしまった。そう言えばこの頃アイツの笑顔を見ていない、年頃だとは言え大丈夫か?

 

「冗談だよ。でもまぁそれぐらい対処できない時があったら…な?」

 

「…分かった」

 

 幾分か歯痒そうにしながらも天之河は頷いた。良し、これで本当にもしもの時があっても大丈夫だろう、天之河は判断を間違えない奴だから。

 

「南雲君」

 

「白崎さん、僕がいない間皆の事を頼んだ」

 

「任せて」

 

 所で隣の南雲君は白崎となんかいきなり所帯じみたやり取りをしているけどお前らなんかあったの?

 

「それではよろしいですかな?」

 

「ア、ハイ」

 

 イシュタルに促され、俺達は神殿騎士に連行されていく。これからどうなるのだろうという不安は微塵もない、俺達はオーヴァード。人の形をした化け物なのだから

 

 

 

 

 

 

 俺達が最初に見た魔法の代物であるエレベーターに乗り懐かしき神山へと行く。時刻は夕方、さて何が起きるやら

 

「さて、それではみなさん、その不届きモノを牢屋にぶち込んでおきなさい」

 

「はっ!!」

 

 と思ったつかの間、いきなり乱暴気に神殿騎士に捕まれ引きずられる。うーんこの

 

「おいおい、もう本性露わしやがったのかよ」

 

「本性?それは貴様の方であろう!魔人族を招き入れたエヒト様の反逆者め!」

 

 言葉と同時にいきなり頬を殴られる。衝撃で吹き飛ばされ視界が揺れ、続いてきたのは頬への痛み。糞痛ぇなオイ! 

 

「なにが『アイツ等は人だ』だ!あのような下賤なウジ虫どもを我らと同じ扱いするとは貴様の目は腐りきっている!」

 

 頬から感じた痛みは直ぐにソラリス能力で遮断した。俺は大変な痛がりなのでこのまま痛い目に合うと何をしでかしてしまうか分からない。代わりにするのは殴ってきた相手を確認するだけ

 

「お前は…誰だっけ?」

 

「貴様!この神殿騎士団長デビットを忘れたのかぁ!」

 

 んなこと言われてもお前のこと知らねーもんは知らねーんだもん。激昂して顔を真っ赤にするデビットはそれでもまだ腹に来るものがあるのか俺に詰め寄ってくる。やだなぁ少し防衛でもするか?でもそれだとイシュタルに見つかるだろうし…

 

「デビットそこまでにして置きなさい」

 

「教皇様!?いやしかし、この反逆者はまだ我々に反抗的な態度を」

 

「エヒト様からの神託を下された今、そのような者は放って置きなさい」

 

(待て、今なんつった?神託だって?)

 

 イシュタルがデビットと揉め始めたでホッとしたのもつかの間、何やら不穏な言葉が出てきた。神託って事はエヒトが直接イシュタルに何か話したって事で…思わぬビッグな名前に流石に俺も冷や汗が出てくる。

 

「エヒト様の選別の前に些事に捕らわれてはなりませんよ」

 

「も、申し訳ありません!」 

 

「さぁエヒト様から神罰を受ける前にこの者らを投獄するのです」

 

「ははっ!」

 

 かしこまった神殿騎士はそう言うと荒々しく俺達を掴みそのまま神殿内へ。さてはてどう動くべきか…尤も答えは決まっているけどね。 

 

 

 

 

 

 

 

 



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開戦の狼煙

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 柏木達が神殿騎士によって連れていかれた夜、光輝は明かりの消した自室で静かに目を瞑り考えを巡らせていた。隣では寝入っている龍太郎が居るので呼吸音も静かにして考え事をしていた。

 

 思い出すのはこの世界の事、終わらない人間族と魔人族の戦争の事、自分のせいで巻き込まれてしまったクラスメイトの事様々なことだった。

 

 するべき事は沢山あり解決しなければいけないこともたくさんある。眠るには早いとそう思ったのだ。

 

(…皮肉だな。以前は何も考えていなかったからこそ眠れていたのに、今はまるで逆だ)

 

 もう目の前の事しか考えない、自分の事しか考えない天之河光輝はいない。深い心の奥底で祖父との対面を果たし成長を遂げた、天之河光輝は思考を広げようとしていた。

 

 

「…!」

 

 その時、ふと何か予感を感じた。言葉にするには難しいこれから何か大きなことが始まるという確信に似た直感だった。

 

 

 ガシャン!

 

 その予感は的中した。何かのガラスが割れるような音が響く。勿論窓ではない、では一体何か。すぐに思い当たる物があった。

 

「龍太郎!」

 

「おうよ」

 

 親友を呼べば直ぐに応答する声が。見れば顔が臨戦状態になっている親友が手早く装備を整えている真っ最中だった。先ほどまで寝入っていたのにすぐさま動けるその頼もしさに自分も見習い直ぐに戦うための準備をする。

 

「皆を」

 

「あいよ」

 

 何をしてほしいのか言葉を掛ける必要もない阿吽の呼吸。龍太郎は直ぐに部屋を飛び出し男子達を起こし始める。自分もまた女子たちへ声を掛けに行く。もしかしたらという可能性があるだから全員を起こさなければいけなかった

 

 向かうのは幼馴染である少女の元へ。彼女に負担をかけてしまうとは思いつつも結局は頼ってしまう己に溜息一つ漏れた。

 

「雫、起きてくれ」

 

「…なに?こんな時間に」

 

 

 

 

「皆を起こしてほしい。結界が破られたんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜という時間帯もあり寝ぼけ眼な者が三割、何が起きているのかわからず戸惑っている物が三割、覚醒している者が残りという状態だった。

 

「皆聞いてくれ、さっき城の外にある結界が壊れた音がしたんんだ」

 

 皆の顔を見回しながら一歩踏み出した光輝はまず自分が効いた音を皆に伝える事にした。勿論気のせいではないかという声もあったがそう思うにはあまりにも違う予感と音がしたのだ。

 

「何もなかったのならそれでいい。でも、もしただ事じゃなったら?」

 

「……」

 

 光輝の念の入れように皆は押し黙る。この世界に絶対に安全な場所などないのだ。危険な目に遭ったのだからこそ最悪の状況も考えるほどには

楽観できる者はいなかった。

 

 光輝の言葉に最悪の可能性を考える、そんな召喚組に一つの声が掛かる。

 

「おや?意外と準備が良いですね」

 

 その声の主は影もなく廊下の闇から出てきた。銀の髪に翠色の目をした女。その女に光輝はどこかで見たことがある気がした

 

「アリスさん…」

 

「こんばんわ八重樫さん。今日は最高にクソッたれな夜ですね」

 

 雫が呆然とした声で女の名を呟けばにこやかな笑みで酷い暴言をする女性…アリス。その笑みのまま女性は雫から視線を切ると光輝に向けて含む顔でとんでもない事を口走った。

 

「王都の大結界の一つが破られました」

 

「…やはりか」

 

 余りにも静かな襲撃。しかしどこかでそうなる可能性もあったと光輝は考える。なにせ誰にも気づかれずオルクス迷宮にカトレアが居たのだ。他の入り口があったというのなら話は別だが、そうでないのなら姿を隠蔽するなどの偽装魔法があっても何ら不思議ではない。

 

(うん…?それにしてはこの人随分と)

 

 王都の結界が破られた。それはこの長きにわたる魔人族との戦争において今までに無かった事である。つまり緊急事態なのにこの女性は随分と落ち着いているように光輝は感じられたのだ。

 

(でも今は情報が先だ)

 

 しかし、状況が状況なのでその事に追求することもなくアリスに情報を聞くことにした。そのせいかアリスは一瞬驚いたような顔をしたが。

 

「大結界が破壊されたという事は魔人族が攻めてきているって事ですよね」

 

「え、ええそうですよ。かなりの数の魔物の大軍が王都郊外に展開されています。第一障壁は一撃で破られました。恐らく残りの障壁を突破されるもの時間の問題でしょうね」

 

 王都を守護する大結界は三枚で構成されており、外から第一、第二、第三障壁と呼び、内側の第三障壁が展開規模も小さい分もっとも堅牢な障壁となっている。

 しかし、その大地結界が一撃で壊されたというのならもう時間の問題だろう

 

(魔物がひしめく郊外の様子を知ってる?つまりこの人は…)

 

 アリスの言葉に少しばかり違和感を感じる光輝。余り身内を疑いたくはないのだが、先ほどと言いどうにもこの女性は不審に感じられた。

 

「攻めてきた魔人族たちのおおよその数は分かりますか?」

 

「数はおよそ十万ですかね。大半が魔物で魔人族の数は…まぁここの兵士より少ないくらいだと」

 

 カマをかける気持ちで数を聞けば分からないというのではなく、具体的な数字を出す。光輝の中で疑心が出てくるがそれを無理矢理飲み込む。気になって仕方がないが今考えるべきなはそこではないからだ。

 

「光輝君、どうしよう。メルドさん達と合流するべきなのかな?流石に私達だけじゃ」

 

 恵理の眉根を寄せる表情。流石の恵理でさえもこの展開は読めてはいなかったのだろう、混乱が僅かに浮き出ていた。

 

「それよりも逃げないと。魔物が十万なんてもうこの国は終わりよ!」

「じゃあこの国の人達を見捨てるっていうのか!?そりゃ駄目だろ!?」

「じゃあどうするっていうのよ!十万よ十万!数がどれほど途方もないか分かるでしょ!」

 

 視界の端では突然の情報にパニックになるクラスメイトが居た。口論しているのは相川と園部か。2人の話はどちらも言い分がありその気持ちが光輝にはよくわかる。

 自分の命は何より大事だしだからといって世話になった人を見捨てる事もまた出来ないのだ。

 

「2人とも争うのは止めてくれ、今は口論している場合じゃない」

 

「なら天之河どうすんだよ」

 

 二人の視線が光輝に刺さる、いやそれはこの場にいるクラスメイト全員が向けているのだろう。自分はこのクラスメイト達のリーダーなのだ。

自分の発言にこの大事なクラスメイト達の命がかかっているのかと思うと言葉を出すのは溜めわられた。

 

(でも、それでも俺はやる。そうだろ爺ちゃん)

 

 心の奥底、誰よりも尊敬し敬愛する祖父に誓い、一瞬閉じた目をカッと見開き決然する。、自分の意思だけはやはり曲げる事は出来なかった

 

「戦おう。確かに俺達は少数だ、戦争も命のやり取りも何も知らない高校生だ、それでも出来る事はある。見知らぬ世界で戸惑っていた俺達を助けてくれた、世話になった恩人達を助けたい」

 

 きっぱりと言い切った。自分がすべき事、そしてやりたい事を光輝はハッキリと言い切ったのだ。

 

 その光輝の言葉に怯える者、不敵に笑う物、反応は様々だ

 

「そんな…光輝無理よ、数をちゃんとわかっているの?死んじゃうかもしれないんだよ」

 

 そんな中で駄目だという者が居た、光輝の幼馴染である八重樫雫だった。不安に揺れるその目が死への恐怖とそれ以上に光輝に対しての心配で揺れていた。

 

(…俺は、良い幼馴染を持ってたんだな)

 

 いつもいつも日頃迷惑を掛けて居た幼馴染。その幼馴染はこの戦いがいつも光輝が仕出かしている不良との喧嘩とは規模が違うと誰よりも分かっているのだろう。

 だから心配してくれたのだ、今度ばかりは自分の手に負えないから、何だかんだで幼少の頃から面倒を見てきてくれたのだから。

 

 そんな幼馴染に光輝は深い感謝をした。何時も業務的に行っている口だけの言葉でなく、心の底からの感謝だった。

 

「雫、大丈夫。俺はちゃんとわかっているよ。それでも俺はここの人達を助けたいんんだ」

 

「…どうして」

 

「それが俺のしたい事だから。勇者でも何でもなく天之河光輝のすべきことだから」

 

『人を守りたい』祖父との約束であり光輝がすべき事であり何よりもやりたいことだ。結局の所自分の根っこはこんな異常事態でも変えられないのだ。

 

 光輝の決意に何かを言おうとする物の何も言えなくなった雫。申し訳ないと思いつつもそんな幼馴染に頼みごとをする。

 

「それよりも雫、頼みたいことがあるんんだ」

 

「な、なによ」

 

「戦えない皆を引き連れて安全な場所に避難してほしいんだ。余裕があったら城内の人も一緒に」

 

 異常事態になった時、人は混乱して呆然と立ち尽くすことがある又はパニックに陥り異常な行動をしてしまう、それは今の状況でなにより危険な事だ、それなら何か指示を出した方がいい。

 そういう思いで出たのは雫に非戦闘員の非難誘導だった。

 

 雫は人を纏めるのが上手い、戦いは出来なくても自分より弱い人間が居た時に雫は力を発揮する、挫けていても雫はこういう願い事には弱く、そんな幼少からの幼馴染に対しての信頼と打算だった。

 

「………」

 

「頼む、皆の事を頼めるのは雫しかいないんだ」

 

 頭を下げる、幼馴染が精神的に疲労しているのは知っている、人の命を背負うのが辛い事も光輝は知っている。

 それでも光輝は雫に頼んだのだ。いくら強くなったとしても戦えないクラスメイトはいる、現に相川たちは顔を青ざめてしまっている。

 

「…はぁ、仕方ないわね。分かったわよ、任せなさい」

 

「有難う」

 

 顔を上げればそこには日本に居た時の光輝がもめ事を起こした時後始末に奔走するいつもの幼馴染の顔があった。本当に頭が上がらない光輝はもう一度心の中で感謝の言葉を告げた。

 

 

「それで、光輝君、ぼ…私達はどうするの?話を戻すけどメルド団長たちと合流して連携を取った方がいいんじゃ」

 

 場を見計らった恵理の提案。騎士団と合流し一緒になって戦った方が良いのはないかという提案だった。一瞬考えを頭の反復し首を横に振る

 

「いや、駄目だ。俺達がメルドさん達に付いて行っても足手まといになるだけだ」

 

「どうしてそう思うの」

 

 

「単純な話だよ。俺達はメルドさん達と足並みを揃えることが出来ないんだ」

 

 訓練をして自分の身を守る力は身に着けた、実地訓練を得て敵を倒す力を手に入れることが出来た。だがこの世界に呼ばれた肝心要の戦争に関する基本的な事、人との連携などについては驚くほど知識と技術がさっぱりなのだ。

 

 まずはレベルを上げてステータスを上げるというメルドと強くなりたいとう光輝たちの方針が連携という力を身に着ける事を度外視してしまったのだ。

 

 光輝の言葉に男子達があーと遠い目をする。

 

「…何で俺達レベル上げに没頭してたんだろうな」

「馬鹿だから」

「強くなるのが楽しかったから。…人に合わせるのが面倒だったってオチは無いと思う」

「何でメルドさん達戦争についての訓練教えてくれなかったんだろう」

「戦争に参加させたくない心遣い。…教えるのが面倒だったとかそんな事は無いよな?」

 

 男子達のぼやきが聞こえるがあえて光輝は無視をした、考えてみれば自分も人間族のリーダーだと持て囃されながらも人を率いる事について全く持って教えて貰ていなかったのだ。…豪勢な神輿扱いがせいぜいだろうと一瞬頭をよぎったが気のせいだという事にした

 

「それで?俺たちは一体どう動けばいいんだ?」

 

 檜山の言葉で我に返る光輝。後悔は後から幾らでもすればいい、今はこの王都を防衛するための手段だ。すぐに皆の力を思い出し、もしもの為にと考えていた防衛作戦のことを話し始める。

 

「まず俺達は別れて行動しよう。別れた後、連絡はとれないだろうから各自自分の判断に合わせて行動してくれ」

 

「え?皆で一緒に行動するんじゃないの?」

 

 斎藤の疑問は尤もだ。途方もない数が来る以上一か所に集まった方が良いのは自明の理だ。それなのに別行動を提案した理由。これもまた光輝にとっては色々と苦い事だ

 

「…俺達一度だって力を合わせて一緒に戦った事無いじゃないか」

 

「あ」

 

「そういえば連携を取った事ってなかったよな。いつも坂上のワンパンチで片が付いていたし」

 

 同じオルクス迷宮で戦ったとは言え、実の所個人個人のワンマンプレーで戦っていたにすぎなかったのだ。結構な人員数が居るのにである

 

「何でやらなかったんだろう、連携技?」

「そりゃ俺達強くなりすぎたもんなぁ」

「わざわざ足並みそろえる必要なんてなかったし」

 

 理由として個人個人の強さが跳ね上がったのが原因でもあった。

  

 なにせオルクス迷宮の敵の耐久力が想像以上に脆く自分達が力をつけすぎたことも有り連携という連携の練習も取れずにそのまま時を過ごしてしまったのだ。

 オマケに自主的に協力するという手段を考える者もいなかったため誰しも人と人との技の出し方などが疎かになり過ぎてしまったのだ。

 

「中野なんて傍に居たら火傷どころの話じゃないからな」

 

「フッ」

 

「褒めてねぇよ馬鹿」

 

「兎も角傍にいても巻き込む可能性がある。なら個別に行動するべきだと思うんだ」 

 

 それかせめて組んだとしても二人が限度だろう。自分たちの余りの技術不足に溜息が出てしまいそうになるが仕方のない事だ。自分達は只の高校生、できる事だけをやらねばならない。

 

「それじゃ皆指示を出すよ。まずは野村」

 

「お、俺?」

 

「君はゴーレムを作ってくれ。避難対応に救助行動、戦闘、何をするにせよ人手は必要だ。野村のゴーレムで数の不利を少しでも補おう」

 

 光輝は知っている。野村がゴーレムを作って少しでも皆の役に立とうと奮闘しているところを。だからまずは野村に人員不足を補って欲しかった。

 

「んな実戦でうまくできるかどうかわかんないんだぞ?流石にバクチが過ぎるんじゃ」

 

「野村、君ならできる。君だからこそできるんだ」

 

 少々不安があるのか卑屈になってしまった野村を光輝は目を見てしっかりと真摯に言う。お前は必ずできる男だと言葉には出さないがそう光輝は告げたのだ。

 

「んな断言しなくても…わかったよ、やってやるよ」

 

「有難う、そうだ辻さん。悪いけど君も野村を手伝ってくれないかな」

 

 光輝は野村の告白作戦が上手く行ったかどうかは聞かされていない。だが後日野村が落ち込んだ様子は無く満更でもない顔をしていたので上手く行ったのだろうと判断していた。

 そんな野村に辻をあてがったのは二人一緒なら上手く行くのだろうというその手に関しては鈍いながらも気遣いと直感によるものだった。

 

「う、うん!よろしくね野村君」 

 

「お、おう…マジかぁ」

 

 戸惑ってはいるが野村は辻の前なら調子よく行くだろう。これで戦力の増強は見込めた。次だ

 

「斎藤、中野。君たちは外に出て空を飛ぶ魔物を迎撃してほしい」

 

「へぇちゃんとわかってんだな」

 

 魔人族のが従えている魔物が地上にいるだけのものとは限らない、空を飛ぶ魔物だっているはずだ。

 

 上空のアドバンテージを取られるのは戦略的にかなりマズい事だ。ある程度地球の戦争の歴史を見れば空爆の恐ろしさは理解できる、だからこそ光輝は空を飛べる力を持った二人に飛行型の魔物を処理を頼んだ。この人間族の本拠地を攻める大決戦、その戦いに空を飛ぶ魔物を連れてこないなんてあり得ないのだから

 

「ああ、わかったぜ」

「そっか~ …結構責任重大だね」

 

 中野は軽い調子で引き受けてくれたことに対して斎藤は責任の重大さによるものか声の調子が重かった。無理もない今まで軽い気持ちで空を飛んでいたのが今度は人の命がかかっているのだから

 

「斎藤、君が空を飛んでいるとき楽しそうだったのを俺はよく知っている」

 

「う、うん」

 

「その空を魔物が飛んでいるんだ。…君の庭を我が物顔で空を飛んでいるんだ」

 

 だから光輝は斎藤を元気づける。もっと溌剌と振舞って欲しかった、もっと明るく元気に空を飛んでほしい。斎藤は空を飛べるのだから

 

「斎藤、空は君の物だ」

 

「…はは、そう言われると、空は僕のモノだ」

 

 大空の制空権。それはハイリヒ王国を飛び回った経験がある斎藤だけの場所。それを魔物に譲る訳にはいかないのだ。

 

「次、龍太郎と永山。君たちは正門前…いや結界が壊された場所。最前線へと言ってほしいんんだ」

 

「ほぅ」

 

「ふむ」

 

 このクラスの中で巨漢でもある二人坂上と永山。彼らはそれぞれ格闘家であり重格闘家でもあり前衛の花形でもあった。だからこそ最も活躍でき、なおかつその腕力を振るえる場所に行ってほしかったのだ。

 

「多分そこが一番魔物が居る場所だろう。そこに行って思いっきり暴れて……」

 

 光輝は知っている、親友である龍太郎がこの頃力を持て余しつつあるのを、力の振るいどころを見つけられないのを知っているのだ。

 だから最前線こそが龍太郎の力の活かしどころだった。そして隣に冷静で判断力があり引き際を見極められる永山を付けさせようとしたのだが

 

(親友を死地とも呼ばせるような場所へ行かせる…本当にこれで良いのか)

 

 はっきり言えばかなりの危険が伴う場所だった、魔物が波のように押し寄せる危険地域。今現在一体どんな地獄絵図が展開されているのかわからない未知の場所。其処に行けと自分は言ってるのだ。正気を疑いそうにになる話だった。

 

 親友とクラスメイトを死なせてしまうのかもしれない。当たり前であるこの事が淀みなく喋っていた光輝の口を閉じさせてしまう。

 改めて命のやり取りという言葉が口にするのがどれほど重い事なのか。嫌が応にも自覚してしまう

 

 だがそんな光輝を救うのはやはり親友だった

 

「光輝、お前俺が魔物如きに倒されるような、そんなやわに見えんのか?」

 

「…そんな事は無い。龍太郎は強い。そんな事十分解ってるよ。でも」

 

 

「俺を信じろ」

 

 

 たった一言だった。多くは語らずたったその一言を言いきった龍太郎の顔は実に晴れ晴れとする男の顔だった。死ぬつもりも負けるつもりもない、光輝の責任を共に果たそうとする男の顔だった。

 

「分かった、頼んだぞ」

 

「おう!」

 

 豪快な声と共に快諾する龍太郎。つくづく自分には過ぎたる親友だと思いつつ彼が親友でよかったと心から思う光輝。

  

「坂上、悪いが先に向かってくれないか」

 

「あ?構わねぇがどうしたってんだ」

 

「少し準備がある」

 

 永山と龍太郎が何やら会話をしていたが打ち合わせと判断し次の指示を出す。

 

「檜山、君は遊撃隊だ。好きなように動いてくれ」

 

「おいおい投げ槍かよ。適当だな」

 

 檜山大介は特に指示を出さず自由意志で好きに動かすことにした。そもそも彼は人の指示を聞いて動くタイプではない、自分で考え判断し行動するタイプだ。変に指示を出して動きを束縛するよりも勝手に動いた方が結果を出すそう言う人だと光輝は檜山を評価していた。

 

「そうだ、君なら決して間違ったことはしない。俺が何か言う事なんて一つも無いさ」

 

「…ここまで低姿勢だとかえって気味悪いな」

 

 頼み込むと多少引く檜山だが光輝は檜山を信じていた。彼自身の強さは知っているしなによりオルクス迷宮での南雲ハジメに当たった火球を自分だと叫んだ彼の善性を光輝は信じる事にしたのだ。

 

「次は近藤。君は女子や戦えない人達の護衛を頼む」

 

「…まぁそうなるわな」

 

 避難をするとは言え絶対に安全な場所なんてどこにもないのだ、もしもの時を考えて、そう思っての言葉だったが近藤はどこか上の空だった。

 

「どうした近藤。…もしかして嫌なのか?」

 

「そうじゃない、だけど…すまん。何でもない」

 

 それっきり近藤は何かを考えた顔で黙ってしまった。気にはなる光輝だが、すぐに思考を切り替える。何を考えているのかはわからないが決して近藤は間違ったことはしないだろうというある種の信頼だった。

 

「んで、俺はどうすればいいんだ」

 

 最後に残ったのは清水だ。何か不満そうな顔は彼が何を考えているか、想像すればすぐに思いつく。

 

「清水。君は遠藤と一緒に柏木と南雲を助けに行ってくれ」

 

 ここにはいないクラスメイトの二人。始まりを焚き付けた大馬鹿者二人の救出。清水にとって彼らは親友にも等しい存在だ。

 ハイリン王国の皆は心配だ、しかしだからといってクラスメイトを蔑ろにするつもりはなかった。事情聴取として連れていかれてしまった2人だが、こんな非常事態だからこそ彼らの力が必要なのだ。

 

「へぇ 忘れられているかと思ったぜ」

 

「そんな事は無い。彼等も大切なクラスメイトだ。清水それは君にとってもそうだろう」

 

 きっと指示が無くても清水は二人を助けに行くのだろう。清水はそう言う男だしそうなるのは目に見えていた、だからこそ光輝は清水にここにはいないクラスメイトの事を頼むことにした

 

「柏木が言ってたんだ、危険な事になったら訪ねて来いって。何をしようとしているのか分からないけどこの事態を収めるにはきっとあの二人が必要だ。清水彼らを頼む」

 

「アイツ等コソコソと裏でなんかしていたのは知ってるが…まぁ任された。こっちの事は心配しなくても良い」

 

 神殿騎士たちに殴り込みに行くも同然の事だが清水なら上手くやってくれるだろ言う。事によっては今後の自分たちの立場が危うくなるかもしれないが…光輝は全面的に清水に任せる事にした。

 

(これで全員か…)

 

 話し終えたら後は行動するのみだ。戦いに行くクラスメイト姿を見る。明らかに少なく十万の軍勢とは釣り合わない数だ。

 

「黙って見ていましたが、勇者君、君は正気ですか?」

 

 そんな事を確認するようにその声はするりと響いてきた。先ほどとは違って嘲るような色はなかった。

 

「さっき言った十万とは先鋒の事です。まだ本隊ですらないんですよ?本隊の方はもっと数が多い…それが攻めてくるのですよ」

 

 嘘は言ってないのだろう、こちらを見るその目にはどこか心配するような色があるような気がした。

 

「貴方達は巻き込まれて此処にやってきてしまった、いわば被害者です。この国の人達を見捨てて当然でそれが普通なのにそれをまぁ自分から関わろうと?もう一度聞きますが正気なんですか」

 

 確かにそれはその通りだ、自分達はいきなり何も説明もなくここに飛ばされてきたのだ。そして帰る為の条件として戦争の参加。確かに自分たちは被害者と言えるのだろう

 

「正直に言えば逃げる事をお勧めします。確かにここの人達を見捨てるのは心苦しいでしょう。今後ずっと後悔を抱くのでしょう。でもそれは死んでしまうほどの事でしょうか?…もう家族に会えなくてもそれでいいと言えるだけの事なのでしょうか」

 

 家族。その言葉に日本にいる母親や父親の顔を思い出したのかクラスメイトの何人かは暗い顔をした。光輝も日本に居る家族の事を思い出す。…いなくなって清々しているのかそれとも心配しているのか。……帰ったら話し合う事が必要だろう

 

「勇者君…いえ、天之河光輝君。貴方は死なないのかもしれない。でも、他の子たちは如何なのですか?もし死んでしまったらどうするのですか?

貴方はクラスメイトのご家族の方に『彼は異世界の平和を守るために死にました』とでも宣うつもりですか?」

 

 クラスメイトの死。実際に南雲ハジメと柏木がその命を散らすところだった。夢から覚めた今だからこそわかる顔見知りが死ぬかもしれないという恐怖。もし死んでしまったら?そしてその死を家族に伝える時どう言うのか。目の前の女性の言葉は余りにも至極当然な正論だった。

 

「確かに貴方の言う通りです。俺はきっとこの戦争を誰よりも甘く見ているのでしょう」

 

「だったら」

 

 

「でも、それでも人を助けたいんです。今、攻められているこの国の人達を、そしてこの国を壊そうとしている魔人族も」

 

 だが、光輝は決めてしまったのだ。ここの世界の人達を救いたいと。もう決めてしまったのだ

 

 それが余りにも愚劣で短慮のある事でも光輝は決めてしまったのだ

 

「今危険な目にあっている人たちは果たして死ぬべき人なのでしょうか、今この国を責めている魔人族は魔物の変わらないのでしょうか。きっとどれも違います。どちらもすれ違ってただ歩み寄れなくなってしまっているだけの人達なんです」

 

 どれだけ傲慢な事を言ってるのかどれだけ人を見下した言葉を言ってるのか。光輝は内心で自分を自虐しながらも言うべき言葉を紡ぐ

 

「それを止められるのは俺たちだけなんです。第三者である俺達…いや俺だけが」

 

「勇者と呼ばれて舞い上がっているだけの高校生が戦争を止める?知っていますか?貴方は只の高校生なんですよ」

 

「それでもできる事があるはずだ」

 

 何て口下手なんだろうと光輝は思った。決して半端な覚悟で言ってるわけではない、人を助けたいという思いは誰よりも強いとそう思っているのに目の前にいる人には上手く伝えられない。もどかしさを通り越して悔しさまで感じるほど光輝は口下手になっていた。

 

「はぁ…これはもう何を言って無駄ですね」

 

 だからこそ目で訴えたら呆れたように笑われてしまった。どうしようもない、仕方ないとでも言いたげなその目はどこか誰かに似ている気がした

 

「分かりました、言っても聞かない聞かん坊にはコレを差し上げます」

 

 苦笑しながら受け渡された物は剣の柄だった。依然握っていた聖剣と似た様でありながらも違う刃の無い剣、持ってみれば恐ろしく手に馴染んでゆく

 

「これは?」

 

「南雲君が君のために作っていたようです。どうやら色々と試行錯誤をしていたみたいで…」

 

 クラスメイトの姿を思い返す。教会に連れ去られてしまった、自分が好かれているとは思えないクラスメイトの姿を。

 

「貴方に敵を倒すための聖剣は要らない、必要なのは守るための力。ホントあの子は君の事をよく見ているんですね」

 

「南雲が…俺の為に」

 

 柄だけで刃のない中途半端な剣。見ようによっては作りかけに見えるのになぜだがこれが自分に一番ふさわしい気がしてくる。

 

 感謝の言葉を告げ、懐にしまえば、女性は肩をすくめて笑っていた。

 

「全く南雲君がここまでするなんてね。…この戦争が終わって、此処にいる全員が無事朝日を迎えることが出来たのなら…私もそれ相応の事をしなければいけませんね」

 

「?一体何を言ってるんですか?それよりもあなたも早く避難しないと」

 

「日本へ帰る為の片道切符。全員分用意しておきますよ」

 

 途中で言った言葉は続くアリスの言葉で消えてしまった。彼女の言葉に理解するのに一瞬の間が空き、改めてアリスを見た。ニコニコと笑う彼女は今なんと言ったのだろうか?

 

「故郷へ帰るんでしょう?どうせこの戦争が終ったら後はイベントも何も起きないんですし、帰ってもらっても結構ですよ。むしろ帰りなさい」

 

「……貴方は、一体何者ですか?」

 

 にこやかに笑ってはいるが嘘には見えなかった。魔物数を把握している、日本へ帰らせようとしてくれる。出てきた情報を整理しようにも処理が追いつかない。やっとの事で出てきたのはそんな一言だった。   

 

「さて、それを答えたところで意味はあるのでしょうか。…頑張ってくださいね綺麗な光輝君」

 

 そう言ってフッと笑った瞬間忽然と姿を消してしまった。慌てて周りを見渡すがやはり姿は見えない。

 

「おい如何したんだ天之河」

 

「龍太郎、さっきまでそこにいたあの人は?」

 

「?何言ってんだここには俺等しかいなかっただろうが」

 

「…そっか」

 

 周りのクラスメイトは先ほどまでいた彼女の存在をはじめから居なかったようなそんな振る舞いをしている。まるでいきなり出てきた白昼夢のような存在で…光輝は彼女の事について考えるのをやめた。今は本当にそんな事を考えている時間ではないのだ。

 

(…皆)

 

 改めて周りを見渡す。光輝のクラスメイトにしてこの世界の召喚されてしまった自分に巻き添えを食らってしまった者達。彼等の顔をもう一度見回し…同時に不安が出てくる

 

 彼等を死なせたくない。その思いが今にして出てきてしまったのだ。祖父との夢の再会から呪縛を解かれた光輝の心は人の死を恐れるようになった。クラスメイト達を死なせたくないのにそんな彼らを死地に追いやろうとしている。

 

 人にはどうこう言っても肝心な部分ではどうしても弱気な所が出てきてしまうのだ。

 

「皆…今更かもしれないけど本当に良いのか?今言ったのは強制じゃないんだぞ?」

 

 光輝は皆からの了承の言葉を聞いていないかったのだ。それなのに先ほどまでの指示は全部皆が戦うのだという前提で話していたのだ。

 

(俺はあの時と同じ過ちを繰り返そうとしてる。それは駄目だ!)

 

 最初は先に声を上げた自分に続くように戦争の参加を表明してくれたクラスメイト達。だがあれは一人一人の意思で言った物ではなかった。ただ周りに流されていっただけだったのだ。

 

(前はまだ良かった。只の訓練で済んでいたから、でも今回は違う!)

 

 自分が勝手にでしゃばってしまったから参加しなければいけないような空気を作ってしまったが今回は違うのだ。今回は正真正銘の命のやり取りだ、とてもではないが命の保証は出来ないかもしれない。

 

 そんな本当に今更の光輝の弱音は周りにいたメンバーにしっかりと伝わり…

 

「フンっ!」

「あ痛っ!?」

 

 尻を蹴られてしまった。思わず尻を手で押さえ涙目になりながら下手人を見ればそこにいたのは不敵な笑みを浮かべた檜山だった

 

「はっ何今更ビビってんだ、テメェはさっさと号令を出せばいいんだよ」

 

「檜山、分かっているのか。今度こそ危ないんだぞ、今ならまだ間に合うんだ」

 

「だな。今度こそマジであぶねぇのかもな」

 

 だったらどうして、と光輝が声を荒げそうになった時檜山が真剣な顔をしていることに気が付いた。それは周りにいるメンバーも同じだった。この場にいる誰もが決してふざけている訳では無かったのだ。

 

「あん時は馬鹿みたいにお前の言葉に流された。だが今は違う、ここに居る馬鹿共は決して流されて戦うんじゃない」

 

 それはあの時とは違うという意思表示だった。混乱して状況や立場も考えず只々人の意見に頷いていたあの時とは違うという明確な意思表示だった。

 

「戦うって決めたのは俺たちだ。おめぇに釣られたんじゃねぇ。俺たちが自分で決めたことなんだよ」

 

 ニヤリと不敵に笑う檜山をきっかけに次々と皆が声を上げる

 

「世話になった人らが居る。助けを求めている人がいる、手を貸すのにそれだけの理由があれば十分だろ」

「まっ ちっとは活躍して綺麗なお姉さん達に褒められたいってのはあるかもしれないけどな」

「それ良いな、もしかしたら勲章物かも」

「俺達が必死こいて動くんだから褒美ぐらいあるだろ?無かったら王族に直訴しようぜ」

「ちゃんと戦ったんだから金よこせってか?現金だなぁ」

 

 次々に告げられる言葉とは裏腹に恐れや不安の感情は見て取れた、だが話す誰もが笑いながらも真剣だった。自分達のできる事をしようと言う

雰囲気があった。周りに流され状況にオロオロする子供ではもう無かったのだ。 

 

「皆…」

 

「やってやんぞ天之河!アイツ(柏木)の言葉を使うなら最高に粋ってやろうぜってか!」

 

 気圧されるのではなくただ純粋に人を助けようというクラスメイト達。怖いのは一緒だろうにその姿に光輝は勇気づけられる。

 

(ありがとう…俺は本当に恵まれてるな) 

 

 

 すぅっと息を吐きゆっくりと吐く、あくまでも自分はリーダーなのだ。ならば情けない姿を見せるのはこれで終わりだ。

 

「皆、聞いてくれ」

 

 全員の視線がこちらに向く。召喚されてしまった仲間達、彼等の力を借りてこの局面を打開するのだ。それがどれだけ難しいのかを知りつつも

 

「俺達は戦争と言う物を知らない只の高校生だ。戦いと言うのを甘く見ているしそもそも人と命のやり取りなんて経験したことすらない」

 

「むしろ経験してたらやばいんじゃ?」

 

 誰かが呟いた言葉にクスッと笑い周囲からも笑い声が聞こえてきた。それはそうだ、ここに居るのは只の高校生。異世界に召喚されてしまった哀れな高校生なのだから。

 

「でもそんな俺たちでも誰かを助ける事は出来る筈だ。手を差し伸ばすことだってできる筈なんだ」

 

 ここで、大きく良くを吐く。そして今度こそ言い切る

 

「助けに行こう、この世界の人達を!俺達が出来る範囲で、やれることをやろう!」

 

「「「「おう!」」」」」

 

「そして皆で生き残って日本へ帰ろう!そろそろ中間テストが待っている!」

 

「思い出させんな馬鹿!」

「テメェ成績優秀だからって調子こくなよっ!」

「あ”!!俺たちの出席日数どうなるんだ!?」

「完全に夏休み補修コースですなこれは」

 

 阿鼻叫喚に笑いがこぼれる、光輝自身も何だかんだで色々と勉強しないとマズいのだがそこはまぁ、補修を頑張るとしよう

 

 

 

 

「さぁ行こう皆!」

 

 

「「「応!」」」

 

 

 光輝の号令と共に巻き込まれただけの高校生たち全員が力強く頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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風舞 炎帝 血騎士

クラスメイト+α奮闘戦です。


 

「うわぁ~何かすっごい数だね」

 

 思わず呆れと感心の両方の声が出てきてしまうのを誰が咎めようか。眼下に広がる魔物の数々、もはや数えるのが馬鹿らしくなってきた。

 

 

 斎藤、中野の両名は光輝の号令のもと直ぐにハイリヒ王国上空まで飛んできたのだ。時間帯は夜、暗闇で少々見えにくい視界ではあるが王都を蹂躙しようとする魔物の数々はそれでもくっきりと姿を現していた。

 

「ウジャウジャとまぁ、まるでゴキブリだな」

 

 同じく呆れたような声を出す中野。その声に恐怖感は無くむしろこういった荒事に手馴れている雰囲気さえあった。

 

「空から強襲した方が手っ取り早いかな?」

 

「止めとけ、天之河が言った通り向かった所で邪魔になる。それに」

 

 視界を正面に向けた中野が見ているその場には空を飛ぶ魔物の数数。西洋の竜だろうか、翼と鱗、そして口から洩れる火が実に幻想的だ。

 

「天之河の感は当たったようだな」

 

 たとえ魔法がある世界と言えども空からの攻撃には対処は難しいのだろうか、そう考えたからこそ空を飛ぶ魔物…ワイバーンの数は多かったのだ。

 

「あれ、魔物だけじゃないよね。騎手もいる」

 

 しかも空に居るのはワイバーンだけでは無かった。比較的装飾が施されたワイバーンのその背に魔人族が乗っているのだ。魔人族の周りには無数のワイバーン、まるで群れの長みたいだった。

 

「恐らく騎手がそれぞれの小隊長って所だろ。となると」

 

「騎手付きを先に倒した方がいいって事?メンドイから全部倒しちゃえばいいんじゃないの?」

 

 例え指揮系統を乱したとしても空に魔物が居る時点で脅威であることに変わりはない。なら全てを叩きのめすまでだ

 

「…ま、その方が早いか。ってうん?」

 

 苦笑した中野は呆れる様にして空の魔物たちを見る、しかし今度は何か訝しそうに平原、ハイリヒ王国の前に広がっているなだらかな草原に目を移した。暗闇で流石に斎藤には視認できなかったが中野には何かが見えているらしかった。

 

「あーそりゃ後釜もあるよな…」

 

「どうしたの?」

 

「ワリィ、ここはお前に頼んでもいいか」

 

「へ!?」

 

 突然の提案に驚けば何やら眉根を寄せてため息をつく中野。

 

「チッと野暮用が出来た。お前ならアレ位平気だろ」

 

「そりゃ、平気だけど…」

 

 2人なので別行動をして早々に空にいる魔物を減らして地上の援護に行こうかと思ったが、どうやらそう問屋が卸さないようだ。中野もどうやら提案を取り下げる気はなさそうであり、一人で相手をしなければいかない。

 

「うん、わかったよ。僕がアレの相手するから中野は先行ってて」

 

「助かる」

 

 そう一言だけ呟くとそのままはるか上空にあっという間に飛んでいく中野。足にロケット噴射の要領で炎を出しているが一体どういう使い方なのか。

 

「アレ絶対火術師の力じゃなさそうだよね…」

 

 自分とは違う事件の謎めいた友人。聞けばどうせはぐらかせられるだろうと思い聞かなかったが一体何者なのであろうか。

 

「まぁいいや。僕は僕の事をやらないと」

 

 深呼吸を一回、そして吹き荒れる風を自分の周囲にまとい、一気に加速する。

 

 

 

「うん?アレは一体…何だっ!?」

 

 魔人族がそれを認識したのと周りにいたワイバーンが崩れ落ちて行ったのはほぼ同時だった。

 

 正体不明の人影、認識できたのはそれだけで後は只の突風。それだけで周囲にいたワイバーン五匹が首を落され滑落して行ったのだ。

 

「へぇ~竜の首って思ったよりも柔らかいんだね」

 

「な、なんだ貴様は!?」

 

 場の状況とは似合わない呑気な声、其処に目を向ければ空に佇む一人の少年。魔人族が驚愕するのも無理は無かった。なにせ古今東西人は空を飛べないのだから。

 

「僕?只の高校生だよ、ちょっとおかしな力を身に着けただけの」

 

 その言葉と共に翳した手から突風が吹き荒れる。普通の人間ではありえない力。すぐに人間族に呼び出された勇者の仲間だと判断し魔法を使う。例えどんな敵が来ようとも戦う意思は折れないのだ。

 

「おのれ!地に落ちよ異端者めが!」

 

「危ないなぁ、そんな出鱈目に撃っちゃ当たる物も当たらないよ~」

 

 攻撃した風の魔法はかすり傷負わせる事無く一瞬で霧散し、やはり変わらない呑気な声を聴いた瞬間、体に浮遊感を感じた。自分の乗っていた灰竜の首が飛んでいったからだ

 

「ちゃんと事故保険に入っているよね?それじゃバイバ~イ」

 

 にこやかに笑う少年の顔。すぐにそれは見えなくなり、流れる景色の後背中からの強い衝撃と共に魔人族は地面に叩き落されたのだった。

 

 

 

 

「これでもまだ一人か…」

 

 魔人族が見えなくなったのを確認して溜息を一つ。やったことは只すれ違いざまに魔物の首を切り落としただけだ。相手が驚いて居る内に対応できたからよかったモノの次はこう上手く行くとは限らない。

 

 何せ相手は生粋の軍人、こちらは只強力な力が使えるだけの高校生なのだから

 

「くたばれ異端者!」

「良くも我らの同胞を!」

 

「うわっと!?もうやってきたの!?」

 

 そんな事を考えていたせいか、突如魔人族の集団に囲まれてしまった。幸いにも魔法の攻撃ばかりなので風に反られて火の玉や風の刃はどこかへ飛んでいく。斎藤が空を飛んでいる以上風が防護壁となっているのだ。

 

「お返しだよっ!」

 

 一気にギアを上げ敵に近づく。相手が反応できないスピードで一気に近づきすれ違いざまに首を刎ねる。

 

「何!?ま、待てっうわった」

 

「空を飛べなきゃ地面に落ちる。まぁ丈夫だし死なないよね」

 

 狙ったのは魔人族では無く空を飛ぶ原因である灰色の竜の首だった。当たり前と言うか首を飛ばせばそのまま魔物は力尽きる訳で魔人族は落下していく。空から落ちれば地球であれば命の保証はないがここはトータス。人の頑丈さは地球の比ではないのだ。

 

「クソッ!総員陣形を取れ!こいつただものではないぞ!」

 

「今更?でもまぁこの空は僕の物だからね、承知しないよっ!」

 

 数は多く、自分一人の孤立無援だ。だがそれでめげるつもりはない、空を飛べる自分しか出来ない事をするために。斎藤は風を纏い空を駆けるのだった

 

 

 

 

 

 

 

「あの程度なら斎藤でも問題ない」

 

 斎藤一人にハイリヒ上空を任せてしまったがあの位の魔族の実力なら問題は無いだろう。少々てこずったとしても時間が掛かるぐらいでありおよそすべての攻撃は斎藤をとらえられることはないだろう

 

 ほんの少しの斎藤と魔人族との戦いからそう判断した中野。魔人族が魔物と魔法だよりだという事を自分の目で確かめてからの判断をしたのだ。

 

(それよりも俺は…まずは明かりか)

 

 ハイリヒ王都上空。そこで近藤は大きな火の玉を作り出す。それはまるで灼熱の太陽の様。照らされるハイリヒ王国にわずかとはいえ明かりがともされる

 

(コレで明かりは良し。後は頼んだぜ皆?)

 

 地上にいる者達の事を考えれば多少の気が引けるのは事実。魔物が町中に流れ込んでおり騎士と魔物の混戦状態の所がいくつかあるからだ。

 

 クラスメイト達はいくら能力が強くても精神は高校生、いざ実戦になっても心が挫ければすぐにお荷物となるのだ。中野はその事をよく知っている。

 何人ものオーヴァードが力を過信し散っていったのをこの目で見ているからだ。同時に力におぼれていくもの達も。

 

 だが中野はあえて手を貸すことはしない。自分自身口下手な所もあるが、選択をしたのは彼ら自身なのだ。ならその心を信じてみるのもまた一つだと中野は考えたのだ。

 

「まぁ危なくなったら誰かが手を出すだろう、なんか見ている奴もいるし」

 

 オマケに誰かがジッとこちらを見ているような感覚さえある。敵意や悪意はないが観察をされているのは間違いがないだろう。

 

(邪魔をしなければ問題は無いがな。さて俺は俺の仕事をするか)

 

 湧き出る炎を使い、ハイリヒ上空を抜け、平原の方に出る。その眼下の光景を見てやはり自分の感は当たっていたのだと悟る

 

 

 

 眼下の平原には数えきれないほどの魔物が集結していたのだ。一万を越えもはや数や種別を数えるのも億劫になるほどだ

 

(東京ドーム何個分だありゃ…つかその数を真っ向から相手しているアイツ等も何なんだ?)

 

 余りの数に溜息が出ると同時に、何故その数が王都まで雪崩れ込んで来ないのか把握する。

 

 波をかき分けるようにして魔物と戦っている人が居たのだ。その数は二名。お互い距離が離れているので恐らく別々にこの数を察知して切り込んでいったのだろう

 

「あれは…メルドか」

 

 そのうちの1人は騎士団長メルド・ロギンスだった。一体いつから戦っていたのか鎧は血と肉片だらけになりもはや赤黒く染まっている。手に持っている大剣は魔物の肉片が巻き付いて異様の一言だった。

 

(流石は騎士団長?…いやいや普通じゃねぇな。あっちの奴も)

 

 残るもう一人、メルドとは遠く離れている場所で戦う金髪の青年だった。遠目での確認だが普通の革鎧を着ている冒険者風の青年だった。…振るう剣で竜巻を起こしていなければだが。

 

 それはアーティファクトだろうか、片刃の鉈を振るう青年の斬撃により次々と直線状の魔物が両断されていくのだ。一度振るう刃で直線状にいたに十匹の魔物がバラバラになっていく。それを続けていくものだから一人で血の雨を降らせているという状況だった。

 

(この世界ヤベェな)

 

 圧倒的な力を持つ二人の奮闘にこの世界の非常識さを覚えつつ、中野は火の塊となって魔物の集団に突撃した。着地と共に大火力の炎を纏う『災厄の炎』を展開させ周りの魔物を消し炭にする

 

「はっ 随分と燃えるゴミだな」

 

 たったそれだけで数秒前までは生きていた魔物が灰も残さず消滅したのを鼻で笑うと同時に魔物の集団へ『焦熱の弾丸』で炎を撃ち放つ。

 

「グギャァ!!??」

 

 炎を浴び体を溶解させていく魔物、本来なら炎を浴びても魔耐が高いため火傷跡一つ残らない皮膚が溶けていくのだ。

 

 初めて感じた死への恐怖と肉が溶けていくという激痛。混乱と恐怖の中、死に物狂いで炎を吐き出す。しかし中野はそんな炎を浴びても微動だにすらしなかった

 

「あん?何だこの哀れな炎は?炎ってのはこう使うんだよ!」

 

『インフェルノ』地獄のごとき業火によって魔物は逃げる間もなく炎に包まれ焼けつくされてしまった。後に残るのは地面の焦げ跡のみ。

 

「は、はは。どいつもこいつも不甲斐ない。俺はゴミ焼却炉じゃねーんだぞ」

 

 中野が繰り出す火が魔物に付着し、燃え上がらせその燃え上がった火がまた別の魔物に飛び火する。ほんの数分で周囲一帯の魔物が火だるまになっていく。中野の火がこの世界でありふれている魔力で出来た火では無くレネゲイドの力による炎である以上消すことが出来ないのだ。

 

 グギャァァ!!

 ギィ…ギギッ…

 

(良いなコレ…昔を思い出す)

 

 炎に包まれ絶命の叫びをあげながら、命を燃やしていく生き物。それは山の火事の様で、ありし日の昔日の光景だった。

 

『炎神の怒り』『終末の炎』『紅蓮の衣』

 

 自身に火を纏い内部から熱を発し炎そのものへと変化していく。手の指先から炎へと変質し徐々に人型の炎へと。

 

 それはまるで『生きている炎』そのものだった。…彼の故郷の狂信者たちが呼び出そうとし、又彼がオーヴァードとして目覚めるきっかけとなった旧支配者へと変貌していくようだった。

 

「んじゃあ…精々抗ってくれよ?全力でな!」

 

 炎の人型が口角を上げる。それは全てを燃やしつくほどの熱量をもって内なる炎を解放させていくのだった。 

  

 

 

  

 

 

 

 ある一族があった。平凡な人よりも高い能力を持つその一族は解放者と呼ばれる者達と親交がある一族だった。一族は解放者たちによって知らされた真実…信仰されるエヒトが偽神であり人を弄ぶ愉快犯であることを知ったのだった。

 

 

 善良で正義感を持ち合わせていた一族は解放者たちと共に神と戦う事を選択した。人として、そして強者としての責務だった。

 

 

 だが一族と解放者たちは神によって敗れる事となった。惨敗であり神に近づく事すらできない徹底的な敗北だった。

 

 

 敗北した解放者たちは反逆者と呼ばれるようになったが一族はそう呼ばれることは無かった。解放者たちの努力によって神の目を欺いたからだった。

 

 解放者たちの努力のお陰で守られて生き延びた一族は友たちを守る事も出来ず、神を倒すことのできない自分たちのか弱い力を呪った。故に強くなる方法を探した。

 

 人として出来る事はすべてやった。魔法を研究し人体の鍛錬を入念に繰り返した。技能を磨き上げ、何度も血反吐の吐く修練をした。

 

 

 だが、それでも神には勝てない。そう断言してしまうほど神との実力の差は大きかったのだ。

 

『我らは如何すればいいのだ?どうすればあの偽神を討ち滅ぼせるのだ?』

 

 一族は必死で考えた。戦力をもっと増やす?駄目だ犠牲が増えるだけだ。修練を続ける?駄目だ限界がある。社会に訴える?駄目だ人の生活に根付いてしまっている。

 

 それもこれもと考えたが神を倒すための策が思いつかない、何より力が足りない。何もかもが足りなかった

 

 鬱屈した思いを抱えながらも一族は考え考え考えて……突拍子もない事を思いついた

 

『魔物のあの固有魔法を取り入れるのはどうだろうか』

 

 即ち魔物を食らうという方法だった。普通に考えれば劇物を口に入れるという手段、自殺行為でしかなかった。だがそんな突拍子もない事を考えてしまうほど神との実力差は明確で手段は何も残されてはいなかった。

 

 始めに魔物の血を一滴、飲み込んだ。すぐに激痛にのたうち回る事になった。魔石という特殊な体内器を持ち、魔力を直接身体に巡らせて驚異的な身体能力を発揮するのが魔物なのだ。魔石を持たない人間にはその体内に循環する魔力が毒となり内側から壊していくものなのだ。

 

 激痛に悶えしながら、ありったけの回復薬と治癒魔法を使い必死に痛みに耐える。数日間続いた激痛が引いた時体に力が張るのを感じたのだ。

 

『成功した…これで強くなれる。これならば人の限界を超えることが出来るのだ!』

 

 今は少量だ。しかし時間をかけじっくりと取り込んでいけばあの神に届き得るだけの力を得ることが出来るかもしれない。無謀で無茶で無計画な即ち魔物の肉を取り込むという人としての禁忌が始まったのだ

 

 そうして、解放者たちが忘れ去られるというほどの永い永い時間をかけ、一族は魔物の肉を取り込むことを子孫代々続けてきた結果…

 

 

 

「どうしたぁ!?俺はまだまだ喰えるぞ!」

 

 口に含んでいた新鮮な魔石を飲み込みメルドは吠えた。周囲の魔物が怖気づくやら向かってくるやら様々な反応を見せる中、メルドは魔物の反応を待たずに特注の大剣を振りかぶり突撃した。

 

 結界が壊れたのを感じ取った瞬間、メルドは平原に大多数の魔物がやってきた事を元来の感で感じ取ったのだ。

 

『万を超える軍勢を留めるには自分が行くしかない』 

 

 指揮系統を副長のホセに丸投げし、以前変な女が露店で売り出していた誰も扱えるものが無いという触れ込みの眉唾大剣『アザンチウム』を手に取りたった一人で魔物の群れに飛び込んだのだ。

 

 力任せに大剣を振るえばそれだけで魔物が肉片となって飛んでいく。単純で圧倒的な暴力が数の不利を無理矢理消し飛ばしていくのだ。

 

「さっさと魔石をよこしやがれ!この畜生共が!」

 

 肉片となった魔物の死骸から魔石を取り上げ口に放り込んではまた魔物に飛びかかる。次は生きている魔物から無理矢理魔石を引きずり出す。

 強硬な皮膚を持つ魔物と言えどもメルドの暴力の前には只の捕食されるだけの生き物でしかなく、抉り込んだ腕が魔物の魔石を引き吊り出す。

 

「マズいなオイ!テメェら畜産動物にも劣る愚図じゃねぇか!」

 

 魔石を摂取するたびにメルドの顔面及び体中に赤黒い線が走る。血の様に赤黒い光を放つそれはメルドが咆哮すれば更なる力をメルドに引き出すのだ。

 

 以前柏木と会話した時メルドはどうしても勝たなければいけない相手が居たときどうするかを聞いたことがある。メルドの答えはこれだった。

 

『誰もが考えないような馬鹿な事をする』

 

 実際には誰もが実践しようと思わない事なのだ。何せ命を削る様な事普通は考えないし思わない。どこからどう考えたって愚かでしかないからだ。

 

 だがメルドの先祖は思いついてしまい実行に移してしまった。そして結果を得て子孫に代々伝わらせてしまったのだ。

 

(つくづく脳筋な一族だな)

 

 メルドは自嘲する。馬鹿な事を思いついてしまった先祖とその意思を脈々と受け継いできた一族とその事に誇りを持ってしまった自分を。

 

 神と戦うためだけに受け継がれてきた力はメルドの代で完全に覚醒してしまったのだ。故にメルドは解放者たちの遺志を継ぐ者(部下達)を密かに集め、来たるべき時を待っていたのだ。

 

(エヒトは姿を現さんか…まぁいい、ひとまずはこれが終わってからだ)

 

 戦うべき相手であるはずの神はまだ姿を現さない。どうせこの戦場をどこかで鑑賞しているのだろう。だがそれは構わない。

 

 神を殺すために磨かれた力を国と人を守るために使うのだ、先祖も納得するだろう。

 

「オイオイオイ!テメェら只の人間一匹も殺せねぇのかよ!それでも魔物かよ!相手してやるからさっさと死力を尽くして掛かって来い!」   

 

 人を守る騎士団長。その意思と信念は騎士の鑑と鳴れども、魔物を食らい雄たけびをあげ命を無慈悲に食らいつくその姿はまるで化け物の様であった。  

 

 

 

 



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暴力 土人形

短いですがサクッと行きます


 

 

「うぉぉおお!!」

 

 咆哮と共に目の前にいた四足中の魔物に正拳突きを当てる龍太郎。腰の入ったその一撃は魔物にもろに当たり、その巨体を吹き飛ばした。吹き飛ばされた魔物は抉られたように大穴がありそれが龍太郎の拳と膂力の強力さを物語っていた。

 

「まだまだぁ!」

 

 だが、龍太郎は一々倒した魔物を確認することは無かった。自分の拳が一撃必殺なのを知っているし、何より自身の周り全てが敵と状況だからだ。

 

 

 龍太郎は、準備があると言う永山と別れ、すぐに結界が壊された箇所までやってきたのだ。

 

(こりゃヒデェな…)

 

 現場に急行してまず目の前に映ったのは騎士団と魔物の混戦状態だった。多数の魔物が入り乱れ、一匹を相手する間に何匹もの魔物が王都へと入って来るのだ。結界が壊されたと同時に崩された城壁はもはや意味をなさない。

 

「おい!平気か!?こいつらは俺が引き受ける!」

 

「君は…坂上か!」

 

 すぐに交戦していた騎士の援護に入り、怒声を飛ばす。交戦していた騎士に顔見知りが数名いたのが幸運だった。直ぐに龍太郎を主軸とした陣が結成される。

 

「済まない、君の力をアテにする!」

 

「任せろ!」

 

 返答をしすぐさま、魔物の集団へ突撃する。近くにいた黒い猫のような魔物の尾を掴み有無を言わさず遠心力を利用して近くの亀のような魔物へ叩きつける

 

「ドラッシャッ!」

 

 亀に叩きつけられた猫は叩き潰せたが亀にはダメージはなさそうだった。なので龍太郎は今度は亀を持ち上げまた奥にいるキメラのような魔物に投げつける。

 

「ドッセイ!」

 

 怯んだキメラに今度は飛び蹴りを放つ。自身の体重と脚力を生かした蹴りはキメラとその後ろにいたサイクロプスのような魔物を纏めて瀕死に追い込む。

 

「はは如何した如何したぁ!てんで駄目駄目の雑魚じゃねぇか!」

 

 吠える、吠えてがなり立てる。溢れんばかりの暴力衝動が龍太郎の闘争本能を刺激させていく。燃え上がらんばかりの血がまだ獲物を求める様なそんな錯覚さえ覚えてしまうほどだ。

 

 だからだろうか、慢心が有ったのは否めない

 

「坂上君!避けろ!」

 

「あん?っ!?」

 

 叫び声と同時に吹き飛ばされる体、地面を何度もバウンドし、視界が地面と近くになるのを見ながら何が起きたのを把握した。

 

 単純に魔法を撃たれたのだ。

 

(ははっ…魔物も魔法を撃つって忘れていたなこりゃ)

 

 苦笑するのは自身の迂闊さ。あの一撃でノシたベヒモスだって固有の技能を持っているのだ。それを忘れ接近戦ばっかりを挑んでいた自分の何たる迂闊さか

 

 

「大丈夫か坂上っ!?」

 

「へっへっへ…イイねぇこの痛みってのは。頭がスゥーっとするぜ」

 

「っ!?」

 

 騎士が言葉に詰まったのも無理はない。血だらけになりながらも立ち上がった龍太郎の顔には歓喜の2文字が浮かんでいたからだ。

 

(……狂ってる)

 

 それは獲物を見る狩人の目の様に冷静で、血に酔った狂人の様に暴虐的で、彼が狩られるものではないという事を強く印象付けるものだった。

 

 思わず生唾を飲み込み、無意識な恐怖によって一歩引いてしまう。助けに来てくれた人であり関係のない人々のために戦ってくれる恩人であるはずなのに。

 

「ワリィな騎士さんよぉ…ここら一帯は俺に任せちゃくれねぇだろうか?」

 

「な、何を言ってるんだ君は。あの数を一人では」

 

 気のせいか龍太郎の身体から靄が出ているように見えた。それが強烈な殺気だと気付くのは直ぐだった。

 

「なぁ頼むよぉ。騎士は人を守るっていうんだろ。優先順位を間違えちゃ…なぁ?」

 

『邪魔だ』言外にそう聞こえた。暴れる為には弱者は要らず、この場に必要なのは強者のみ。そんな意思が言外に含まれていたので、仕方なくこの場から退却する事を決断する。

 

「…すまん。後を頼む」

 

「ああ」

 

 その言葉と共にまだ戦っている同僚たちを呼び寄せる。直ぐにその判断が間違ってはいなかったこと知った。

 

 

 

 

 殴る。ただひたすらに目の前の肉を殴る。

 

(あ~~…イイなぁ)

 

 駆ける。足が動く限り獲物を追いつめる

 

(たまんねぇな…暴力ってのは)

 

 掴んで投げる。弾はいくらでも目の前に、無尽蔵に

 

(最っ高な世界だ…殴っても誰も文句を言わないなんて)

 

 嗤う。暴力が推奨される、この世界に

 

(ありがとよ…この場を提供してくれた誰かさん)

 

 感謝する。自身が日頃溜めこんでいた暴力衝動を解き放つ場をくれた誰かに

 

 

 殴って蹴って締めて組んで極めて投げて叩きつけて、それをどれほど繰り返したか。数時間もやってるような気がするし数十分の出来事かもしれない。

 

(まだ減らねぇな)

 

 しかし目の前の魔物はそれでもなお減らなかった。いったいどれほどの戦力が投入されているのか、どれほどの数を揃えているのか。龍太郎にはわからない

 

(まぁいい…俺は戦うだけだ。終わりが来るまで)

 

 それが魔物が尽きるのか自身の命が尽きるのかどちらかは分からない。ただ予感がするのだ、この戦争は今夜中に終わってしまうのだという直感が。

 

 

 ズシンッ

 

 と、そこまで考えた時だった。地面が揺れたような気がした。何度も動き回り跳ね回っているので気のせいかと思ったが、揺れは何度も続き…寧ろ違づいているような気がするのだ

 

「何だ?新手か?」

 

 そう言って後ろ見た時、龍太郎は珍しく一瞬ぎょっとしてしまった。

 

 

「なんだこりゃ…」

 

 そこにいたのは巨人だった。身長二メートル近くある龍太郎が見上げる大きさの土で出来た巨人。それが歩いてきたかと思うと巨体に会わぬほどの身軽さで跳躍してきたのだ。

 

 身構えるがどうにも違和感があった。魔物とは余りにも雰囲気が違いすぎるし何より魔物特有の殺気が無かったからだ。

 

 そんな龍太郎をよそに跳躍した巨人はそのまま龍太郎を軽々と飛び越え、未だ侵入しつつある魔物のいる広場へ降り立つ。

 

 

 グシャァ! 

 

 着地によって何体かの魔物が押しつぶされ地面の染みとなった。巨人はやはり足元の残骸を気にせず、それどころか攻撃してくる魔物にすら注意を払わず堅牢な体を使い崩れた瓦礫を積み合わせて物理的な城壁を作ろうとしていたのだ。

 

 瓦礫の山が大きくなれば大きくなるほど、魔物たちが侵入してくる面積が減ってくる。実に力技でしかし着実に効果のある行動 

 

「お前、まさか永山なのか!?」

 

 巨人の行動を呆然と見ていた龍太郎はハッとしその巨人に問いかける。魔物と敵対している、敵意が全く見られない、オマケに壁を修復するという自分では思いつかない気配り。

 

 準備があるから遅れてくると言ったクラスメイト永山大吾かと思ったのだ。

 

『オイオイ。気付くのが遅すぎるぞ坂上』

 

 声は多少くぐもってはいたがその声は正真正銘の永山だった。驚きと呆れと喜びの混ざった顔を浮かべてしまう龍太郎、なにせ巨人でやって来るなんて思いもしなかったからだ

 

「何だってんだその体は?いつの間にかイメチェンしたのか?」

 

 問いかけながらも体は直ぐに魔物を殲滅する動きへ。周囲の魔物を蹴り殺しながら巨人と背中合わせの構えをとなる。

 

『フッ 野村にやってもらったんだ。俺じゃお前の様に戦えないからな』』

 

 そう言いつつも後ろから聞こえてくるのは魔物がミンチになる音だ。土の装甲を身に着けたことでリーチが伸び、踏み込むための力が増し、防御力が増し、気も大きくなったのだろう。

 

 正に大きいは強い。強いとは大きいと思わせる様な豪快な脳筋戦法だった。

 

(つってもどうやって呼吸してんだ?そもそも見えてんのか?…わかんねぇ魔法ってスゲェな)

 

 とはいえ一体どうやって動いているのかなど気にはなるものの聞かない事にした。どうせ魔法の事を言われても原理なんて理解できないという自分の脳味噌を知ってる方ら。

 

『取りあえずここの魔物を駆逐するぞ坂上』

 

「ああ、分かった。…つっても町の中に入った奴らはどうするんだ?」

 

 この広場にいる魔物を蹴散らすのはたやすいが、町の中に入ってしまった魔物が居る事には変わりはない。そちらはどうするのかと聞けばゴーレムが体を揺らし笑ったような気がした。

 

 

『それについては問題ない。 …まぁアイツは出来る男だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やべぇやべぇ!早く作らないと!)

 

 土塊を前に焦っているのは野村新太郎だった。天之河光輝から頼まれたゴーレムづくりの作業をしているのだ。

 

 自分だけの才能であり力、そう思い進めてきたゴーレムがまさか行き成り実地されるとは夢にも思わなかったので心構えができていなかった。

 

「ああくそっ!また崩れた!?」

 

 出来上がったのはまだ数十体。自動で動かすことは出来るがそれではまだ足りない、魔人族の襲撃を受けている今 人手はどんなにあっても足りない筈だ。自分のゴーレムならその人手を解消できるのに焦りのせいでおぼつかない事になっていた。

 

「野村君…」

 

「だ、大丈夫だって!ちょっともたついているだけで、い、今に上手く行くさ!」

 

 そして傍にいる辻に失望されたくないという焦りもまたあった。光輝の突沸的な考えのせいで何故辻がここにいるのか、野村は悪態をつきながらもそれでも失望されたくない一心だった。

 

(クソックソッ!永山に施したのは上手く行ったのに!どうしてこっちは上手く行かないんだ!?)

 

 親友の頼みならなんてことは無かった。親友に対する信頼と己の才能に対する自負があったからだ。だが自分のゴーレムで王国の人を助けるとなると責任の重圧さが段違いだったのだ。

 

 焦りと緊張で冷や汗が額を流れ落ちそうになった時、そっと汗を拭う感触があった。

 

「え…?辻さん?」

 

 辻だった。持っていたハンカチで野村の汗を拭きとりふっと微笑むと野村の手に自分の手を重ね合わせた。

 

「大丈夫だよ野村君。君が出来る人だって私知っているから」

 

 そういって辻は野村の手に魔力を重ね合わせる様にして治癒魔法を唱える。そのせいもあってか自然と野村もまた焦りの感情が薄くなっていく。

 

「私も手伝うよ。何ができるのかはわからないけどきっと二人なら」

 

「あ、ああ。…有難う」

 

 手を重ね合わせゴーレムに魔力を注いでいく。一人では駄目だった、だが二人ならできると野村は辻の暖かい手に触れながらそう思ったのだ。

 

 

「出来た!」

 

 辻のその行為のお陰なのかゴーレムの形は整っていく。両者の魔力でゴーレムは形となったのだ。

 

「良しっ!それじゃお前らに命令する!今ら王都に行って人を助けてくるんだ、余力があるのなら魔物も撃退して来い!」

 

 実は命令に言葉は必要は無かった。だが辻に手伝ってもらったことでテンションが上がった野村は声に出したのだ。

 

「トッチャマ…」

「ダディー…」

「オヤジィ…」

 

「…は?」

 

 だからいきなりゴーレムが喋り出すなんて誰が想像できただろうか。そもそもゴーレムには発声機能を付けた覚えすらないのだ。野村が混乱しぽかんと口を開くのも無理は無かったのだ。

 

「え?何で喋るの?」

 

「あ、あの野村君。これって一体」

 

 動揺する辻の声に振り向けば更なら混乱が野村を襲う。

 

「え?…何で分裂しているの?アメーバ?」

 

 作り出した子供サイズのゴーレムが何故か分裂していき数を増やしていくのだ。一体が二体へ、二体が四体へ、四体が八体へ。徐々に数を増やしてきているのだ。

 

「カッチャマ…」

「マミィ…」

「ハハウエ…」

 

「野村君、これって一体どういう事なの?」

「つ、辻さん何かやったの?」

 

 両者顔を見合わせ出てきた言葉に動揺し冷や汗を流す。ゴーレムを作るとは考えても、ネズミ算式で増えるとは思わなかったのだ。

 

 実はこれには理由があった。野村の土人形製作までは野村の考える通りに製作されていたが、そこで辻の魔力が混じり合ったのだ。

 

 辻の使ったのは治癒魔法の応用。日頃行なっていた、怪我を魔力で補うという魔力行使をしていたのだ。それを野村が作り出したゴーレムに送り出した結果、魔力変質反応が行われ、ゴーレムが擬似人格を持つまでに至ったのだった。

 

「えとえっと…まぁ何でもいいや!お前ら今すぐ城下に行って人を助けに来てくれ!頼む!」

 

「えっと皆、お願い人を安全な場所まで送って。もしくは守ってあげて欲しいの!」 

 

「カッチャマ…トッチャマ…」

「ケッコンシタノカ…オレイガイノヤツト…」

「オヤジィ…オフクロォ」

「マンマ…パッパ…」

 

 何やらうわ言のように呟きあいざわざわと騒ぎ、そのままゾロゾロと部屋から出ていくゴーレムたち。移動している間にまた増えていくのだから

廊下がぎゅうぎゅう詰めになっている。一体外に出た時どれくらいの数のゴーレムが増殖しているのだろうか。

 

「……と、取りあえずゴーレムを作ろう。数があればあるほど役に立つはずだから」

 

「そ、そうだよね。数は力だもんね。…だよね?」

 

 怪奇現象を目にしながらも自分たちの役割を忘れない二人。その後も一体作り出すたびに分裂するという珍現象を起こすゴーレムを見なかった事にし続ける二人であった。 

 

 

 

 




感想…ありますかね?あれば嬉しいのですが


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卑怯だった男と裏方

まだまだ続くよ防衛戦


 

 

 深夜に起きた魔人族の襲撃。それはこれまで長い間王都を守ってきた堅牢な結界を打ち壊し怒涛の進撃で攻めてきた魔人族の優位になる筈だった。

 

 しかし召喚されてきた異世界の少年たちの奮闘により、侵攻は思わぬ形で止まってしまっていた。

 

 空から襲い掛かる筈だった奇襲は斎藤によって無効化され、平原で待機していた後詰めの魔物は三人の猛者によって逆に蹂躙をされていたのだ。

 坂上、永山両名が壊れた城壁付近で暴れ回ったおかげで王都に入ってくる魔物は制限されてしまい、野村と辻が作り出したゴーレムたちが町中に散らばり騎士達や兵士達を援護し始めたので、魔人族にとっての一大決戦は思わぬ形で塞がれてしまっていたのだ。

 

 

「グァァァアア!!」

 

 しかし、例えどんなに防衛しようとも、つけ入る隙間は存在してしまう。坂上、永山の両名が殺戮を行ない野村のゴーレムがせき止めて騎士たちが奮闘しようにも、どうしても町中に蔓延した魔物全てを始末することは出来なかったのだ。

 

 

 数十匹の魔物が目指すのは人間族の本拠地である王城だった。そこが人間族の急所であり、魔人族の勝利するために最終戦で攻め落とす場所だった。魔物達は魔人族によってその場所を攻める様に支配されていたのだ。

 

 数々の障害を乗り越え、遂に王城が見えてきた、目の前にある広場を越え城門を突破すれば後は王城の中で殺戮を行うのみ。

 魔物たちは我先にと、ピチャピチャと足元の水を跳ね飛ばしながら一直線に進む。

 

 その時だった。

 

 

「…こうなると思った」

 

 ややダウナーな声が広場に響いた時、目標まであと少しという中で魔物たちは足を止めてしまった。

 

 言いや止めざるを得なかったのだ。

 

「グギャァァアア!?」

「ギィィ!?」

 

 足元から鋭い痛みが走ったからだ。慌てて自らの足を見ればそこには引き裂かれズタズタとなった自分の足があった。攻撃の気配は無かったのに突然の負傷に悲鳴を上げる魔物たちに声は只淡々と語りかける。

 

「いくらアイツらが強くても取りこぼしってのは出てくる。…戦えない人間が魔物と出会ったらそこでそいつは終わりだ」

 

 声はどこか淡白で薄ら寒い冷ややかさを含んでいた。足が無くなったことでもがき苦しむ魔物に近寄る事は無く淡々と言葉を紡ぐのは…近藤礼一だった。 

 

「天之河、確かに女子を守るのは男の役目だ。だがな、戦力()を遊ばせているのはどうかと思うぞ」

 

 人を守ること頼んできたクラスメイトに肩をすくめる近藤。確かに光輝の言ってることは尤もだが、しかして近藤もまた戦える人間の一人なのだ。

 

 やるべき事をやるのなら近藤は水のあるこの広場で敵を待ち構えているのが役目だと判断したのだ。

 

「ギュォォォ」

「…うん?ああ、放っておいて悪かったな。じゃあ死ね」

 

 言葉はあっさりとそして一切の慈悲もなく。近藤が告げると突如として噴水が吹き上がる。突然吹き上がった噴水はしぶきをあげ水をまき散らしていくが、変化が起きた。

 

「グギャ!?」

 

 飛沫の一つ一つが魔物に飛んでいくのだ。それはまるで水の弾丸。圧縮された水が当たったかのように魔物たちにいくつもの風穴を開け魔物たちを殲滅していくのだ。

 

 そして役目を終えた弾丸は…ただの液体へと戻っていった。

 

「……何なんだよコレ」

 

 顔を歪め悪態をつく。降りかかる噴水の水を拭う事もなく、倒れ伏した魔物を見て、自らの手を見た。そこにあるのはいつもと変わらない手。

 それなのに果たして流れている血は自分のものなのだろうか

 

ギィィイイ!!

ウォォオロオロロ!!

 

 咆哮が聞こえてくる、この広場一帯に広がる水の範囲に魔物が入り込んだことが液体を通じて近藤に知らせてくる。ハッと我に返り迎撃の用意をする。

 今自分の得体のしれない力に惑わされている場合ではない。

 

「ああはいはい、やってやりますよクソッたれ!」

 

 吐き捨てる様な悪態をつき、噴水から流れる水の形を変える。弾丸状にするのではなく、今度は鋭く細長い鋭利な槍の様に。

 

「投げ槍の技能はないんだがなっ!」

 

 叫び声をあげ水で出来た槍を丁度向かってきた魔物に向かって射出する。撃ちだされた槍は数匹の魔物に命中し魔物の強靭な皮膚を突き破り体を貫いて不格好な串刺し状にする。

 

「はぁ…数だけは揃えられるから…数撃ちゃまぁ当たるかな」

 

 向かってきた魔物を防げたことで大きく息を吐く。弾丸状の時とは比べて槍の数は少なくそこまで数を揃えられないが、元より液体で出来た槍。多少の時間はかかるがいくらでも補充ができる。

 

(ほんと…俺は一体どうなってるんだ?)

 

 悪夢から目覚め、死にたくないと叫んだあの時から自身の力が変質をしたように思う。天職は槍術師、槍や長柄の武器を扱うのが上手いただそれだけの天職のはずだったのに、いつの間にこんな曲芸染みた力を身に着けてしまったのだろうか。

 

 一応水魔法の適正はあった。しかしだからと言って本職でもないくせにこんな芸当ができるのはよくよく考えれば余りにも異質でおかしな話だった。

 

ピチャンピチャン

 

「またかよ…檜山は何やってんだ」

 

 また聞こえてきた魔物の足音。迎撃の準備をしながらも遊撃をこなしているはずの友人の愚痴を一つ吐く。

 檜山が要ればこの異質な力の相談できるのだが、居ないものは仕方ない。

 

「まぁいいや。…死ぬのも死なせるのも俺は御免だしな」

 

 何にせよあの悪夢の様に死ぬのはまっぴらごめんだ。死なないために近藤は異質な力を利用するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都は広い。当たり前の話だが商業地区に住民区、工場地帯に農耕など、城下町であるがゆえに様々な施設がある。となればそこに人が集まるのは実に当然で、発展を繰り広げ都市となるのだ。

 

「一つ、二つ、三つ」

 

 路地を駆けまわり発見した魔物をすれ違いざまに首を落す。死骸をいちいち確認するつもりはない。一撃確殺、それが檜山の流儀だからだ。

 

(……やっぱねぇな)

 

 幾つもの路地を駆けまわり、魔物を撃退するうちに疑問に思う点が出てきたのだ。尤もこの戦い全てが檜山からすれば異質なものでしかないが。

 

 

「おま゛えぇ! おま゛えぇざえいなきゃ、がおりはぁ、おでのぉ!」

 

「……?」

 

 何度目かの路地を回り目についた魔物を切り殺した後か何かふと何かデジャブを感じ足を止めてしまった。辺りにあるのは路地裏特有の汚さと濁ったような湿った空気が流れている。

 

「…ここは」

 

 何の変哲もない路地裏。それなのに壁の一角、血も肉片も付着していないその片隅に目が釘付けになる。

 

「きざまぁのせいでぇ!」

 

「あ」

 

「ころじてやるぅ! ぜっだいに、おま゛えだけはぁ!」

 

 

 怨嗟と憎悪の声をあげ復讐を誓い、しかし結局は左腕を失くし絶望の表情を浮かべた誰かの死体、逃げて逃げて、結局何も出来ず誰にも看取られなかった、哀れな骸。

 

「………はぁ」

 

 それが何なのかを思い出した檜山は大きなため息をついた。この世界に来てから溜まってきた違和感を腹の底から何もかもを吐き出す深い溜息だった。

 

()()()()()()()()。何もかも」

 

 出てきたのは諦観と苦笑の入り混じった吐息のような呟きだった。両手に持っていた錬成師南雲ハジメが作った剣を力なくおろす。

 

「ったく、コレはアレか?俺への嫌がらせか?」

 

 今この現状で魔物の処理をしないのはマズかったが、野村が作ったであろうチョロチョロと動くゴーレム達を遠くで見かけたので今現在自分が何もしなくても問題ないと思ったのだ。

 

「なぁ、そうは思わないか?」

 

 魔物の撃退よりも優先することがある。そう思った檜山は何処を見るまでもなく問いかけた。

 

 ……自分と同じように魔物を殺しまわっていたクラスメイトに。

 

 

「…何の話かな?」

 

「とぼけんなよ。お前、ある程度はこの世界のこと知ってたんだろ」

 

 後ろから聞こえてくる声は可憐な少女の声。しかしそれが偽りであることを檜山は知っていた。本性は自分が思うよりずっと腹黒いクラスの中で一番の可愛いと思う少女。

 

「…なんでそう思うの」

 

「イシュタルの糞爺がこの世界のことを話していた時、お前だけ驚いていなかっただろ」

 

「…よく見ていたね」

 

「惚れていたからな」

 

 皮肉気に返答すると相手は押し黙ったままになった。もっとも檜山にとってはどうでも良かった、否定しないという事さえわかれば。

 

「まるで出来の悪い三文小説だ。俺達を呼び出した奴は一体何が目的なんだろうな」

 

「エヒトの事?」

 

 自分達を召還したと思われていた創造神エヒト。人間族が勝つまでは自分達を日本へ返さないという事になっている愉快犯。だが檜山はそのエヒトを鼻で嗤った。

 

「ちげぇよ、()()()()()()()()()()()()()

 

 創造神エヒトはもういない。驚くべき言葉だが想像通り相手は驚きはしない。逆に真意を図る様に訪ねてきた。

 

「…何を知ってるの」

 

「………」

 

 何から話せばいいのか、思い返そうとすると檜山自身頭の中が支離滅裂になる。だから記憶と情報の整理をする様に順番に話し始める事にした、一つ一つ、まるで他人の記録を覗き込んだような自分の記憶を

 

「最初に違和感を持ったのはあの橋、ベヒモスの時だ。あの時俺はあのベヒモスの野郎に風魔法を当てようとした。あの糞野郎にビビらせられたのがムカついたからな」

 

 思い返すのは始まりのあの時、調子に乗っていた自分のプライドをたやすくへし折った忌々しい魔物との戦い。あの時間違いなく自分は適性のあった風魔法を放つつもりだった。それなのに…

 

「でも貴方が放ったのは火球で…その火球はハジメ君に当たった」

 

 一瞬首筋が泡立った。相手の殺意が漏れたのだろう。自分よりはるかに技量がある相手だと関心と畏怖と同時にそんな女に惚れられてしまっている南雲ハジメに哀れみを感じながらも 続ける

 

「あの時、誰かの声が聞こえた。まるで俺がアイツを攻撃するのを笑うかのような…グランツ鉱石を取った時にもだ」

 

 くすくすと笑う声だった。まるで舞台上の劇を楽しんでいるかのような無邪気な声だった。

 

「そっからだ、この世界、いや俺自身の記憶に妙に違和感が付き纏った。誰かの記憶と混ざり合ったような…そんな違和感」

 

 まるで一度体験したことをもう一度なぞる様な…デジャブと呼ぶには生々しく、自分の記憶と呼ぶには妙にあやふやな、そんな違和感。

 

「礼一の奴が言ってた。悪夢を見たって」

 

「近藤君?どんな夢?」

 

「裏切者のクラスメイトに殺されるっていう奴だ」

 

 やはりこんな会話をしても相手から驚くような気配は微塵も感じられない。どうせ誰かも何が起きていたのかも知ってるのだろう。

 

「今と同じ時間帯に騎士団に呼び出されて切られて、混乱して居る内に裏切者に刺されて死んだ。…この世界では起こり得なかった事だ」

 

 知ってる記憶では裏切者のせいで騎士団が壊滅しておりクラスメイト達はロクに行動などできなかった。幸運というにはいささか異質だが檜山の知っているクラスメイト達は強さも内面もまるで違うのでそんな事は起きてすらいないが

 

 

「同じ人間同じ場所、それなのに違うところが幾つもある。鏡の様に同じでも映った側が俺たちだとは限らない。なぁお前は本当の事を知っているんだろ?」

 

 

 

 そう言って振り返る。後ろにいた人物は微笑を浮かべていた、その手に不釣り会いな血と肉片にまみれた大剣を持つ自分が心底惚れて好きだった少女。

 

 

「そうだろ、白崎?」

 

 檜山のその言葉に白崎香織は何も答えない、ただ薄く笑っているだけだ。

 

  

「斎藤はあんな呑気な阿保じゃなかった。中野は転校生ですらない。近藤は…まぁ能力以外は変わんねぇとしても、天之河はもっと気に入らない奴だった。坂上は只の脳筋だ。全く同じ人間、それなのに性格どころか中身がまるで違う」

 

 そして俺も、と呟く。それぞれが情報として知ってる世界とは違ってまるで違う人間になっていたのだ、寧ろ違いすぎてガワだけが一緒の別人レベルだ。

 

「俺はもっと馬鹿だった、お前に惚れているだけで何も行動せずただ南雲の奴に嫉妬しているだけのそんな馬鹿だった」

 

 だからあの事件は本来なら故意的に引き起こすものだったのだろう、それが自分の性格が違うから誰かの干渉を受けた

 

「誰が俺に干渉してきた?エヒト?アレは違う、アイツの人形がこの王都にはどこにも存在しなかった。アレはこんな状況になっても干渉しない筈がない。だからアイツは違う」

 

 エヒトの使徒を名乗る銀髪の美女、それがこの王都のどこにもいなかったのだ。記憶では裏切者である自分たちに干渉してきたため事件を引き起こすことが出来たがここでは影も形も居なかった。

 

 檜山はエヒトの詳細を知らないがそれでもこの異常事態に干渉をしないような神では無かったはずだ。今この場にあの銀の美女が居ない以上エヒトはいないと考えていた。

 

「…分からねぇことばかりだ。知らない自分の記憶にエヒトじゃねぇ誰か。オマケにあっちじゃいなかった柏木もだ」

 

 肩をすくめる、どうせ言った所で白崎は全てを答えてくれるわけじゃないだろう。それでも自分だけが感じるこの違和感を誰かに言いたかった

 

「…まぁそうだね、確かに違うところがあるよね」

 

 だが檜山の考えとは違って香織は口を開いた。両手に持つ大剣をまるで元から無かったかのように一瞬で消してしまうと、檜山と同じように肩をすくめた

 

「貴方が言ってる様に皆性格がどこか違う。ハジメ君はもっと駄目駄目な人だったし光輝君はもっと子供で、恵理ちゃんは色々と手遅れだった。雫ちゃんはあんなに弱い子じゃなかったもん」

 

 淡々とクラスメイトのことを話す香織はどこか淡白な物を感じた。記憶ではもっと感情の起伏があると思ったがこの世界に来てからは随分と淡白でそれで冷酷なように見えた。

 

「特に柏木君なんていなかった。存在すらなかった。ハジメ君には友達どころか親友なんて誰一人いなかった」

 

「誰も?」

 

「そう、誰にも興味を持とうともしない可哀想な男の子」

 

(……ヒデェ)

 

 意外と意外なハジメと柏木に関しての香織の酷評にある種の憐れみを抱く檜山。いくらなんでも存在しないだとか友達零のボッチだとかは言いすぎではないのかと思ったが口を挟むのは止めた。

 

 今まで淡々としていた香織に変化が起きたからだ。

 

 

「でもね、それの何が問題なのかな?」

 

 目がドロリと濁った様なそんな目を香織はしていた。 

 

「皆変わっておかしくなったけど、それの何が不満なの?檜山君はあっちの方が良かった?只々私に執着しかせずに体よく使われていたあっちの方が良かった?」

 

 怒りが混じっているのではないか、そんな言い方だった。やはり香織もあちらの世界の事を知っているのだろう、それにしては随分と事情を知り過ぎている様な気もするが。

 

 兎も角香織に言われたことに対する返答は決まっていた。視線を何もない路地の片隅(自分が死んだ場所)に目を向け…鼻で笑った

 

「なぁ白崎。ここがどこか知ってるか?」

 

「汚い路地裏」

 

 歯も着せず率直な香織の物言いに苦笑が出てくる。だがそれでよかった。そのストレートな言い方が実に清々しい

 

「ははっヒデェ事と言うな。そうだ、このクッソ汚ねぇ路地裏で…俺は死んだんだ」

 

 自分ではない自分の記憶を思い出す。白髪の化け物にゴミの様に投げ捨てられ、その先で魔物に襲われ必死になって抵抗し逃げたことを

 

「自業自得だ。どんな死に方をしようとそれだけは間違いはねぇ。俺は馬鹿でどうしようもない愚図だった」

 

 左腕を食いちぎられ、手にしていた刃物を取りこぼし、それでも生にしがみつこうと逃げ回り…そしてこの場所で大勢の魔物に体の隅々を生きたまま貪られて死んだ。まるで踊り食いだと自嘲する。

 

「そんな汚い路地裏で死んだ俺が、ここでは何の因果かお前とこうやって魔物を殺してこの町の人間を守ろうとしている」

 

 死んだ近藤や何も出来なかったクラスメイト達も同じように人を守るために行動しいてる。

 

「それでいいじゃねぇか。確かにアレは俺だが、俺はアレじゃない、だから俺はここで良い」

 

「…紛い物の世界でも?」

 

「ハッ それがどうした」

 

 何も出来なかった者達が誰かのために動いた方がよっぽどいい、たとえそれが偽りだとしてもあちらの世界が本当だとしても、檜山はこちらの世界でよかった。 

 

「俺はここが良い。アイツらと馬鹿をやって粋がることが出来る…ここが良いんだ」

 

 友人が居て馬鹿なクラスメイトが居て、アホみたいな事情に巻き込まれている、それが悪くないと思ったのだ。  

 

「ふふっ」

 

 そんな檜山の独白に香織は珍しく笑った。今まで見せた淡白な笑みでは無く年頃の少女が浮かべる噴き出し方だった

 

「あんだよ」

 

「ううん、檜山君カッコよくなったね」

 

「あ?」

 

「これも柏木君たちのお陰かな?」

 

 一人でウンウン頷いている香織を見てると何やら顔に熱が溜まって来たような気がするのだ。急に先ほどの言葉が恥ずかしくなり照れて舌打ちをしてしまう

 

「チッ 何笑ってんだよ」

 

「いいね、少年だね。うんうんやっぱり男の子はこうじゃないと」

 

 何やら微笑ましい顔をする香織に檜山の顔の熱はどんどん上昇する。だから言葉にもトゲが出てくる。尤も香織には全く聞かなさそうではあるが

 

「おい、いい加減にしねぇとまた刺すぞ。今度は全力で」

 

「それはやだな。私刺されるならハジメ君に身体の奥まで何度も刺されたいな♡」

 

 嬉しそうにくねくねとする香織に檜山は盛大な溜息を吐いた。百年の恋が一気に冷めたような気分だった。もうこれは自分の知っている白崎香織ではない、頭がピンク色で執着心が人一倍強い只の変態だ。

 

「はぁ。 おいもう行くぞ。さっさと死人が出ねぇうちに片を付けないと」

 

「あ、それについては問題ないよ。私が再生魔法の魔法陣で…っとこれはオフレコだった」

 

(やっぱりコイツかよ…) 

 

 檜山が感じていた違和感、それは路地裏や通りを見てもあるはずの人の遺体が無かったのだ。いくら騎士団が優秀とは言え家屋が壊され人死にがあってもおかしくなかったのだ。

 

 しかし檜山が路地裏や通りを駆け巡っても人の遺体は見つけられなかったのだ、だからこそ違和感を覚えていたのだがどうやら香織が何かをしたらしい。

 

「あと、さっき檜山君が気にしていた事だけど」

 

「言うのかよ…」

 

「柏木君は私の宿敵(ライバル)。黒幕の目的は娯楽。皆の変化は望みの等価交換。呼ばれたのは私と王女様と冒険者さん、それぐらいだよ」

 

(訳分かんねぇよ…ほぼ答えになってねぇじゃねぇか…)

 

 嘘は言ってないらしいが檜山には何の事だかさっぱりだ。分かる事と言えば黒幕という存在を香織は知っていてそいつの目的が想定通り娯楽目的だという事か。

 

「さて、それじゃ行こう檜山君。私たちはあくまでも裏方だけど誰かを助けてはいけないって言われていないからさ」

 

「へーへー それじゃ一丁やりますか」

 

 こうして元好きだった少女と行動を共する事となった檜山は香織の強さが飛びぬけていることを改めて知り増々溜息が多くなっていったのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 




知ってる人だけが知ってる話
知らなかったら意味不な話


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闇影 化け物s

 

 

 

「ったく、あの馬鹿ども人の手煩わせやがって」

 

 一人愚痴を吐きながらも見えてきた神殿を見据える清水。光輝からハジメと柏木の救出を頼まれた清水は急ぎこの場所へとやってきたのだ。

 

 召喚された日に初めて触れた魔法陣はもう自分の手で起動できるようになっていた。その事に感慨深くなりながらも、状況が状況なので素直に喜べなかった。

 

「で、アイツら何処にいるんだ?」

 

 移動してきた魔法陣から飛び降り、救出対象がどこにいるのかを一人呟く。勢いに乗ってやってきたは良いのだが殆どがノープランだったのだ。

 

「まぁいいや、しらみつぶしに探せばいいだろ」

 

 客人扱いかそれとも罪人扱いか。事情聴取だとか何とかいってたがおそらく後者だろう。しかしそもそも牢屋なんて場所を清水が知る訳ないのだ。結局はしらみつぶし、そう思い神殿の中へ入るのだった。

 

 

(やれやれ、まさかまたここに来るとはな)

 

 石造りの廊下を一人歩きながら溜息を吐く。懐かしさを感じながらも召喚されてきた時と同じ通路を歩くことになるとは思いもしなかった。

 

 召喚されたときはある意味気楽だった。憧れていたファンタジー世界、剣と魔法と魔物の分かりやす過ぎる世界観。自分一人だけだったら心細かったが皆や何より友人二人が居る以上心配することなぞ無かったのだ。

 

(それがまぁ戦争の道具扱いされるわ、二人とも死にかけるわ、碌でもねぇ場所だったな)

 

 しかし蓋を開ければ割と幻滅するのが正直な話だった。訳の分からない戦争に巻き込まれそうになり訓練と称された迷宮では親友二人が死にかける。

 

 チートを持ったからと言って死ななくなった訳では無い。そんな当たり前な常識に冷や水をぶっかけられ目が覚めたら、日本へとさっさと帰りたくなったのだ。  

 

(やっぱ()()()()()()()()()()()()()()()()()のが一番だったってオチか。……まぁーべっつにーヒロインやチート能力がどうしても欲しかったわけじゃねぇしなー)

 

 勿論あれば良いに越したことはない、自分に好意を抱く美少女や最強無敵のチート能力。欲しいと言えば是となる。

 

 しかし、それだけでは正直な話()()()()()のだ。面白くないのだ。

 

(強くてニューゲームなぞ不要。配られたカードで頭を捻るのがゲーマーって奴だろ?)

 

 期待して買ったゲームが最初からお膳立てされていた(する意味が無くなっていた)、それに一体何の魅力があるんだろうか。見せかけの与えられた強さにどんな魅力があるというのだろうか。そんなお膳立てされた物に清水は惹かれ無い

 

「俺には、アイツ等が居るだけで…それで満足」

 

 可愛い女の子や最強チートより一緒に馬鹿をやれる友達の方が大切。清水にとって優先するのはそんなシンプルな事だったのだ。

 

 

「儀式の間か…」

 

 廊下をさまよい見つけたのは召喚された場所であり、ある意味本丸とでもいうべき場所だった。最初に見た時は神官が大勢おり異様な雰囲気だったが今は伽藍洞な静謐さを醸し出す場所になっていた。

 

(まさかこんな所にいる筈が……!?)

 

 神殿の思わぬ静謐さに懐かしさを感じていると奥の方で足音が聞こえてきたのだ。杖を構え油断なく警戒すれば、人影が何やらうわごとを呟きながらフラフラと歩いてきた。

 

「…用済みだなんて……違う…エヒト様は…何故……私たちは何のために…」

 

 やってきたのは豪勢なローブを纏い長いひげを蓄えた老人。この世界で最初に自分たちに話しかけてきた、ある意味最初の始まりの男

 

「教皇イシュタル?」

 

「…りえない……我らを見捨てるなど……」

 

(何だ?何か様子がおかしい)

 

 清水の前に現れたイシュタルは普段とは様子が違っていた。始まりのこの場所で見たイシュタルは背筋を伸ばし堂々とした態度で明朗に話す食えない老練さのある老人だった。

 

「……あの者達を優先?……そんな筈ない…ずっとずっと信仰してきた我らを置いて……」

 

 それがどうだ、今清水の前にいるイシュタルは背を曲げ焦点のあっていない目でどこかを見、うわ言を呟き彷徨う只々弱弱しい老人だった。

 

(オイオイ 遂にボケちまったのか?)

 

 ある意味此処にいて当然の人物が想像とは違った様子に清水としても対応に困ってしまう。

 

「おい、イシュタル、お前あの馬鹿2人をどこにっ!?」

 

 しかしそれでも優先目標である親友二人の居場所を聞こうとしたその時だった。突如として光の槍がイシュタルから放たれたのだ。

 

「っと!」

 

 直感と本能に従うまま横に転がったことで何とか回避できた清水。自分が元いた場所は光の槍が突き刺さり破壊された跡が残っておりもし回避できなかったらを想像し冷や汗が出てきてしまう。

 

「ず、随分と荒い歓迎の仕方だな」

 

 冷や汗を拭う事もせず皮肉げに笑い杖を構えた。何故攻撃したのかはわからないがイシュタルが攻撃してきた以上無傷でここを出る事は出来ないだろうなという諦観に似た感情もあった。

 

「何故だ…何故お前たちなのだ…どうして我らではないのだ!答えろぉお!」

 

 胡乱な目が清水を見た瞬間、狂気に染まった。目を見開き唾を吐き散らしながらイシュタルの後方に出てきたのは後光かと見間違うような光。魔法陣だった。

 

「くそっ!一体何の話だってんだ!?」

 

 放たれたのは光の弾丸。光魔法の初級であるはずの『光球』は弱い威力の魔法ではあるが今現在清水を襲っているのはまるで機関銃の様に放たれている無数の弾丸だったのだ。

 

「貴様たちさえいなければ!貴様たちさえ現れなければ!我らは、私は!エヒト様の寵愛を受けれるはずだったのに!」

 

「うっせぇわボケ!歳くったからってキメェ妄想垂れ流すなや!」

 

 イシュタルの妄言に暴言を吐きながらも対峙する清水。ここで退く選択肢は合った、しかし親友二人がこの神殿のどこかにいる以上 去る訳にもいかず、かといってこのままイシュタルを放っておけば何を仕出かすか分からない。

 

 つまりここでイシュタルと戦わなければいけなくなったのだ。

 

(マズいな…技量とか才能っていう以前に何でアイツ詠唱無しで撃てるんだ?)

 

 イシュタルの放つ魔法が教皇らしく光魔法を使うのは良いとしても、先ほどから詠唱をしていない。おかげで清水は防戦一方になってしまった。

 

「そうだ!そうだそうだ!アレは神などではない!エヒト様が我らを見捨てる筈がないのだ!エヒト様!何処に居られますかエヒト様ぁ!」

 

 唾を吐き散らし目が完全に狂気に染まっているイシュタル。長年鍛錬をしてきたのかそれとも信仰のなせる業か教皇の名に違わず豊富な魔力を使い清水を攻撃する。

 

「ああもぅ! こっちは割と普通の闇術師なんだぞ!?」

 

 一応清水だって鍛錬はしているのでトータスの一般的な術師と比べればはるかに上だろう。しかし狂乱しているイシュタルとでは相手が悪かったのだ。どういった理屈かイシュタルは詠唱無しで矢継ぎ早に魔法を撃つのに対して清水は詠唱が必要だった。

 

 詠唱を唱えるか唱えないか、たったその一つの動作で戦局はイシュタルが大いに有利になってしまったのだ。

 

「早くどうにかしなっ!?がはっ!」

 

「捕まえたぞ…異端の信徒めがぁ!」

 

 故に魔法を放ちながら徐々に接近してきたイシュタルによって簡単に清水は拘束をされてしまった。一体どこにそんな力があるのか両手で首を締め上げられ宙づりにされる。

 

()()は何だ!言え!我らがエヒト様の真似をするアレは何なんだ!答えろ異端者ァ!」

 

「知らねぇよ…さっきから何宣ってんだ、このクソ老害は…」

 

 狂気に染まったイシュタルに反抗するも気道をふさがれているので力が出せない、唯一の武器である魔法も詠唱が不可能、ほぼ詰んでいる状態だった。

 

「爺……さっさとその汚ねぇ面をどかせよ…吐く息が臭くてしょうがねぇんだ」

 

 それでも清水は屈さなかった。無理矢理皮肉気に笑い悪態をつく。相性が悪い、実力と年季の差、様々な差があったがそれでも屈さなかった

 

「あの方が居ないのならばっ!この私が意思を継ぐまでだっ!このイシュタル・ランゴバルトがエヒト様のためにぃぃいい!」

 

 視界が赤黒く染まる中。イシュタルの咆哮が轟く。 

 

(ああ、くそ…やっぱりこいつに勝てのは…無理なのか)

 

 清水はイシュタルに勝てない。それは紛れもない事実だった。闇が光には勝てない様に清水はイシュタルには勝てない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきからうっせぇだよ。この阿保」

 

「な!?貴様どごぼっ!?」

 

 ただしそれは清水一人の場合の話だ。いきなりの背後からの声に突如現れた気配。反撃をする間もなくあえなく後ろからの強襲により意識を失ってしまったイシュタル。

 

「げほっげっほ!」

 

 イシュタルの手から解放されえづきながらもなんとか空気を吸う清水。赤黒かった視界が戻っていく中、しきりに喉を抑える。なんとしてでも今は酸素が欲しかったのだ。

 

 そんな清水を呆れとも瀬々笑うとも取れない溜息が響く。

 

「ったく。清水、お前この爺より弱いだなんて情けないぞ」

 

「うっせえーよ。うげぇっ!……はぁ、来るの遅すぎじゃないか遠藤?」

 

 イシュタルを強襲した人物は遠藤浩介だった。実は光輝に集合を駆けられたときに清水と一緒にハジメ達を救出するように頼まれていたのだ。

 

 清水は遠藤が居る事を気が付いていたものの、姿を現さなかったので別行動をしていると踏んでいたのだ。だからこそイシュタルに力負けをし、

イシュタルを不意打ちで黙らせることが出来たのだが。

 

「アイツらを探していたからな。まぁここに来たこと自体無駄に終わったけど」

 

 そう言って呆れたように遠藤は肩をすくめる。元々こういった性格なのかどうかは知らないが、永山たちといた時とくらべ随分と冷ややかな顔をしている。ある意味これもまた遠藤浩介の一つの顔なのかもしれない。もっとも清水にとっても同じような物なので気にすることでもないが。

 

「あ?どういうことだ」

 

 それよりも気になるのは親友二人の行方だ。先ほどの話しぶりだともうここにはいないみたいな言い方だったが…清水の言葉を肯定するかのようにまた溜息を吐く遠藤

 

「お前の考えている通りだ。ほら、俺こうやって存在感失くせるかそれで片っ端等から探していたんだけど」

 

 そういって遠藤は体の半分ほどを透明化させる。動かなければ背景と同化するほどの透明感とオマケに存在の希薄さ。つくづく建物の侵入に便利な力だと清水は思う。

 

「それで影の薄い遠藤君は俺が襲われている間何をしていたと」

 

「そう腐るなよ。んで牢屋を見つけたんだが…」

 

「だから何だよ」

 

「鉄格子が腐ってたし、砂が散らばっていた。オマケに道中に神殿騎士らしき連中が壁にめり込んでいた」

 

「あー」

 

 十中八九あの馬鹿2人だろうと清水は察した。近頃こそこそしていたがどうやら護衛という物が意味をなさないほどおかしくなっていたらしい。これには呆れるばかりしかない

 

 

「んで、廊下の壁に大穴が開いていたからそこから逃げて行ったみたいだ」

 

「入れ違いかよ!? ……はぁーアイツ等本当に…はぁ」

 

 結局助けに来た意味ないじゃんともまぁやりかねないよなという納得も。混じり合って出てくるのはやっぱり深い溜息。

 

 

(でもまぁ無事ならそれで…良いか)

 

 死にかけてた意味が無かったとか、イシュタルを置いてさっさと逃げればよかったとか。色々と思う事があるが結局は友人二人が無事でよかったのだ。

 

「…じゃあ帰るか」

 

「イシュタルは如何すんだ?」

 

「適当に縛って放っておけばいいだろ。つかもう2度と関わり合いになりたくない」

 

 白目をむき気絶しているイシュタルに溜息を吐く。放っておくには危険すぎるがだからと言って関わり合いになるにはうんざりだ。

 

 そこら辺にあったロープでイシュタルを雁字搦めにし、動けないように拘束しておくと清水と遠藤は肩を竦ませながら帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…暇」

 

 神殿騎士たちに捕まり、神山に連れていかれ、牢屋にぶち込まれてから早数時間。座禅やら筋トレやらをしていた俺は遂に暇を持て余していた。

 

 最初は見張りのような騎士たちが居たが、数十分もしたらそのまま俺を置き去りにしてどこかへ行ってしまったのだ。

 

「せめて見張りは交代制にしておけとあれだけ…あ、もしかして俺舐められている?」

 

 首には魔力を封じる枷みたいなのを付けられ扱いは罪人その物。寧ろ生贄だろうか?まぁそれはどうでもいのだホント。

 

(まぁ流石に反省しないと駄目だよなー)

 

 考える事はカトレアを脱走させてしまった事とカトレアの脱走で起きてしまうこれから俺が引き起こす罪状について。正直な話顔も知らぬ人たちが俺の薬の餌食になるのだと思うと心が罪悪感でいっぱいになるのだ。

 

 何処からどう考えても大罪モンである、だから反省も含めてこうやって牢屋で大人しくしていたのだ。

 

「結局、人の身に余る力を使う者は力におぼれるのかねぇ?」

 

 力を持ったから有効活用しているわけだが、言い方を変えれば力におぼれているだけでもある。こうやって自分の事を客観的に見れる分はまだマシなのだろうが、どうにも言い訳の様にも感じてくる。

 

「はぁー んでも戦争になるのだけは勘弁だしなぁ」

 

 で、考えても戦争が嫌だからという判断になり…結果自分は間違っていなかったのでは?とも考えてしまう。

 

 これは、堂々巡りですな!

 

「まぁ結局はなる様にしかならない…かな?」

 

「その出たとこ勝負の所悪いんだけど、お邪魔するよ」

 

 でっかい独り言をつぶやいていたら、何とも緊張感の無い声が聞こえてくる。まぁ案の定鉄格子から見えた人物は南雲ハジメその人他だった。

 

 南雲は俺と同じように別の牢屋に入れられていると思ったが…本人はケロッとしているところを見るとなんとことなかったらしい。まぁ魔力が封じられても俺と同じオーヴァードだもんね。

 

「もう脱獄か?」

 

「ちょっと緊急事態が起きてね」

 

 肩をすくめやれやれと。実に面倒そうなその表情から割と厄介な事が起きていると把握した。

 

「なにがあったんだ?遂に俺達がエヒトの生贄にでもされるのか?」

 

「違うよ、王都に魔人族が攻めてきた」

 

「……はぁ!?ちょ…何それ!?」

 

「今皆が戦って町の人達を助けようとしている。僕達もさっさと行かないと」

 

 どうやら俺がここでグダグダしている間に町の方で大変な事が起きてしまっているようだ。

 

 南雲が何故この遠く離れた神山に居る中でなぜ町の様子が分かったのか…と考えたが南雲もまた俺と同じようにオーヴァード。モルフェウスの力をもってすれば簡単なことかもしれない。

 

「出られる?僕の力で解放してあげようか?」

 

「いらん。つか下がっていろ」

 

 牢屋の鉄格子を触り、『腐食の指先』を使って鉄格子をドロドロに溶かす。魔力封じの枷をされようがオーヴァードの力は封じられないのだ。俺たちの能力を封印させたいのならアンチレネゲイド品でも作ってこい!

 

「何ともまぁ規格外の力で」

 

「それをお前が言うのか?兎も角さっさとここから出て拠点に行くぞ」

 

 何はともあれ脱出だ。まずはこの神山から出て拠点に行く。あそこには万が一王都が攻められたときの事を考えての最低最悪最終防衛システムが眠っているのだ。

 

「まさかこんなに早く使う機会が出てくるなんて思わなかったよ」

 

「全くだ。使わなければいいって考えていたのにぜーんぶパァ!だ」

 

 南雲が作った最終防衛システムはあくまでも王都に危機が迫った時の切り札。まさかすぐさま王都まで攻められることは無いだろうと作ったものがすぐに使う羽目になるなんて…これもまぁ運命か。

 

「一応確認するけど、あの薬品の効能は一任するからね」

 

「責任重大だな俺!」

 

「そりゃ柏木君の力がこの茶番戦争を止めるための鍵となるんだし?責任は重要にもなるよ」

 

 簡単に言ってくれるが覚悟の事とは言え一歩間違えば俺達はこの世界の人達から永久に恨まれることなる。つかやっぱり俺が何とかしないといけないのだろうか?

 

「天之河辺りに頑張ってもらおうってのは…」

 

「へぇ手を汚さずにいようっての?別にいいけど、相手は果たして天之河の話を聞いてくれるのかな?」 

 

 そうだ結局はそれだ。何せ魔人族からすればあと一歩で魔人族が勝つのだ。そんな時に第三者の話なんて聞くだろうか。まぁ聞く訳ないよな常識的に考えて。

 

 そんな雑談をしながら牢屋を抜け、廊下を通るとそこには先客が居た。豪華絢爛な鎧を着こんだ中年のおっさんたち。

 

「貴様ら、まさか逃げ出そうというのか!」

 

 剣を抜き明らかに殺気を放つのは…ああ誰だったか。どうでもいいモブの顔なんていちいち覚えられないんだ。兎も角剣を抜いてくる以上流血沙汰は避けられないと思ったが隣の化け物はそれ以上に酷薄だった。

 

「邪魔」

 

 隣にいた南雲のその一言。それだけで大半の決着がついてしまった。

 

「な、なんだこれは!」

 

 騎士たちに襲い掛かるのは壁から生み出された砂粒。纏わりつくような砂塵は一瞬にして壁へと騎士たちを引きずり込み、蠢く騎士たちを無慈悲に壁と同化させる。

 

「う、うごけん!」

「ぬぅぅ!出せ!さっさと出さんと叩っ切るぞ!」

 

 戦闘が起こるかと思ったがそれ以前の話だったのだ。始まる前から終わった戦闘の後に残ったのは壁にめり込んでじたばたとする神殿騎士たち

 

「ヒュウ♪やるじゃん」

 

「一々相手していられないよ」

 

 褒めればやれやれと肩をすくめる南雲。やっぱりこれがオーヴァードという者だろうか。戦闘用ですらない南雲でこれだ、中野はいったいどれほどの腕前なのか、想像するだけでぞっとする。

 

「んじゃ、俺は駄目だしにっと」

 

「貴様ら我らにこのような事をして只ではぁ~……zzz」

 

 ダメ出しとして騒いでいる騎士たちを相手に息を吹きかける。使うのはソラリス能力『眠りの粉』相手を眠らせるという単純で極めて分かりやすくしかし強力な力だ。

 

 先ほどまで騒いでいた騎士たちは今はもう安らかに眠る赤子の様。

 

「…人は生まれてきた時は無垢な赤子なのにどうしてこうなってしまうのでしょうか」

 

「それ、一体何のパクリ?」

 

 哀感を込めて言った言葉に南雲がジト目で冷ややかに返す。悲しいなぁ俺は真心を込めて言ったのに。

 

「環境によるんじゃない?後本人の資質。どうでもいいけどアホなこと言ってるとこのままじゃ皆やられちゃうよ」

 

「おわっとそうだった!」

 

 くだらない雑談をしている場合じゃなかった。さっさと拠点に戻らないといけなかったのだ。

 

「早く戻らないと、ああでも出口ってどこだ?南雲知ってる?」

 

「知らない。連れてこられたときもっと周りを見ておけばよかったね」

 

 神殿の牢屋付近ということもあってか、割と複雑なのだ。今から騎士たちを叩き起こして『抗いがたき言葉』で命令を下すのも『止まらずの舌』で自白させるもの時間が掛かりそう。

 

「うーん。それじゃちょっと裏技を使う?」

 

 そんな悩んでいる俺に茶目っ気たっぷりに壁を親指で刺す南雲。今日初めて見た滅茶苦茶いたずら小僧のような笑み。何となく嫌な予感がする物の時間が無いのは事実なので頷く。

 

「それじゃ、まずは壁に穴をあけてっと」

 

「うわでた!?掟破りのショートカット(MAP破壊)!」

 

 南雲が壁に手を突けばそこはさらさらと砂になり崩れ落ちていく。階段とか通路とか無視した斬新でもないけど思いつくにはかなり捻くれていないと出来ねーやつ。

 

「それで後はそのまま一直線!」

 

「お前ホント何でもできんのな」

 

 呆れながらも一直線に進む南雲について行く。丸い縁の穴を進んでいるので気分はまるで泥棒気分。南雲や俺が居れば完全犯罪は目の前か?あーあオーヴァードってマジでヤバイ

 

「という事で、後はここから飛び降りれば王都は目と鼻の先だよ」

 

「ほぼ崖じゃねぇか!?あほかよお前!」

 

 そうしてたどり着いたのは神殿の端の端である壁の先。目の前には確かに遠くても眼下に広がる王都がある。そこで火の手が上がっているのかちらほらとした明かりがついて居るのが分かるが…え?どうやって下っていけと?

 

「勿論そこは対策済み。って事で『モーフィングバイク』」

 

 そうやって一瞬で作り上げたのは大型の二輪バイク。重厚なフォルムとシックな色合いの黒が重なり合って実にカッコイイ!

 

「じゃなくて!え?バイクってお前まさか…」

 

「勿論そう言う事さ!さぁ乗って柏木君!一気に降りていくよ!」

 

 滅茶苦茶楽しそうにバイクにまたがり自分の後部座席をポンポンと叩く馬鹿。コイツは今、このほぼ崖にしか見えない神山をバイクで駆け下りていくと言ってるのだ!

 

「んなことできるかよ!死ぬぞ!?絶対に死ぬぞこれ!?って言うかお前免許持ってないじゃん!」

 

「いいじゃん。そりゃ車やヘリも作ろうと思えば作れるよ?でもそれじゃ面白くないし―」

 

「マジかよ作れんのかよ!?じゃなくてお前こんな状況でも面白い事優先なの!?」

 

「そうだよ。それに一応反論するけど、こんな場所じゃヘリは作り出せないしオマケに運転の仕方も分からない。車も同上。お分かり?」 

 

 まるで俺が反論するのを見越したみたいな言い方だった。そしてそれが正論っだてのもまたぐうの音が出ない。車なんて運転の仕方はゲーム基準だしヘリなんて尚更訳分からんだ。

 

「大丈夫。僕が運転するんだ、君が放り出されることなんてありえないよ」

 

 やたらと自信を持っていうので、これ以上の反論は無意味だと悟る。そもそも時間が無いのだし此処で南雲のバイクに乗らないと俺が拠点へとたどり着けない。

 

「うぅ~安全運転で頼むよ」

 

「任せて任せて」

 

 渋々と南雲の背なかに張り付くように後部座席へ。それを南雲が確認すると手早くロープを巻き付ける。…これが命綱ベルト替わりかぁ

 

「じゃあ行くよ!」

 

 思いっきりアクセルを吹かすと南雲は一気にバイクを崖へと躍らせる。感じるのは体の浮遊感と一瞬の解放感。そして一気に上へと流れる景色

 

「あぁぁあああ!!」

 

「さぁ待っててね皆!今すぐこの茶番劇を終わらせてあげるから!」

 

 絶叫を上げる俺を無視してイキイキと南雲は笑うのだった…

 

 

 

 

 

 



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接敵、開戦

 

「……」

 

 眼下に広がるは夜の暗闇に沈む王都。頭上には赤く燃える太陽のような火の玉があり、そのおかげで王都の全貌を見渡せれるようになっていた。

 光輝が知っている活気あふれる王都は今は人間族側と魔人族側の戦いで至る所で火の手が上がり怒声が聞こえてくる。

 

 そんな景色を勇者と呼ばれ、召喚された者達のリーダー天之河光輝は一人、王城のバルコニーで見ていたのだ。

 

「どこかにいる筈だ…これだけの規模の戦いなら必ず指揮官が居る筈なんだ!」

 

 光輝はクラスメイト達へ指示を出した後誰にも告げずこの場所へ来たのだ。王都を見渡せる場所、其処で光輝は魔人族の指揮官を探していたのだ。

 

 

(話し合う余地はないかもしれない…それでも俺は)

 

 指揮官を探す理由。それはこの戦いを話し合いで止めるつもりだった。勿論光輝はそれが到底実現できない夢だと理解はしている。しかしそれでも諦めることが出来なかったのだ。

 

 

 カトレアという魔人族、白昼夢のような夢。それらを経験してきた光輝には魔人族も自分達と何ら変わらない人間だと判断した。

 

 だからこそ話し合いがしたかった。戦いで勝敗を決めようとするのは止められないのかと、自分のような第三者が間に入れば止められのではないのかと

 

 

 その願いが通じたのかあるいは偶然だったのか、光輝の探す相手は直ぐに現れた。

 

 

「貴様が…勇者なのか?」

 

 白竜に乗り装飾の施された鎧を着た美丈夫が殺意を滲ませながら目の前に現れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 フリードは内心、憤慨していた。何故敬愛する魔王は勇者との戦闘を避けるようにに言ったのか、何故自分では敵わないと言ったのか。

 

 魔人族の為なら命を捨てる覚悟はある、魔王の為ならどんなことだってする。その覚悟で今日ここまでやって来たのだ。

 

 なのに目の前にはとても弱そうな少年が一人。長年の直感で分かった、この少年こそが魔王アルブヘイトの話していた勇者なのだと

 

(こんな…こんな奴が勇者だというのか?)

 

 勇者は魔王と同格。そう言う話であったはずなのに目の前の少年にはとてもではないが特別な力があるとは思えないのだ。精々が魔人族の軍人と同じくらいか、蓋を開けてみれば魔王と同格どころか自分よりはるかに劣る存在だったのだ。

 

(何故魔王様はこんな弱者との交戦を避けろと?)

 

 フリードにとっては弱者でしか無い勇者。なぜこんな人間から逃げなければいけないのか、弱いのに一体どこが敬愛する魔王と並ぶというのか

 

「貴方が、魔人族の指揮官か?」

 

「…如何にも。私こそが魔人族最高司令官、フリード・バグアーだ」

 

 聞かれたから名乗りこそすれ、失望感が溜まっていく。自分は魔人族にとって脅威となる勇者を討ちに来たのだ。それがこのような貧弱な子供では肩透かしも良い所だった。 

 

 だから多少の魔法を撃ち蹴散らしたらすぐに前線に戻るつもりだった。今は魔人族にとっての悲願の大決戦なのだから。

 

「俺の名は天之河光輝、勇者と呼ばれているけどそんな事はどうだっていい。フリード、軍を引いてくれないか?」

 

「……何?」

 

 

 …しかしその目論見は外れた、光輝の軍を引けと言うその言葉に癇に障る者があったのだ。

 

 この決戦は、魔人族にとってまさに全戦力を集めた一大決戦そのものだった。変異魔法を駆使し魔人族の数の不利を補うために魔物の数を揃え、備えてきた。

 

 自分の部下である魔人族はどれもが精鋭で共に魔人族の勝利の為に命を賭けてきた同胞だった。

 

「この戦いを止めて欲しいんだ。暴力や力で解決するんじゃない。話し合いで終わらせることは出来ないだろうか」

 

 軍人である以上命を落す覚悟だってある。例えベットの中で死ぬことは出来なくても魔人族の輝かしい未来のためならどんな目に会おうとも承知の上だったのだ。

 

 それを今目の前にいる勇者はあろう事かやめろと言うのだ。フリード達の決意をふいにしろと同じことを言ってるのだ

 

「貴様…何を世迷言を言っている!これは我ら魔人族誇りある戦いだ!よそ者がしゃしゃり出ていまさら何を宣う!」

 

「待ってくれ!話を聞いてくれ!俺達は人間族は勿論、魔人族にだって余計な犠牲を生まないためにも話し合う必要があるんだ!」

 

 魔法の準備のため魔力を集める、ウラノに合図でブレスを放つよう命じる。今目の前で必死に何かを訴えようとするこの少年が目障りに映ったのだ。 

 

「余計だと!我らに後を託し散って言った我らの祖先を侮辱しているのか器様は!」

 

 相手が口を開けば開くほど堪忍袋の緒が切れそうになる。寧ろどうしてここまで相手に話すのを許しているのだろうか、フリード自身が自問するほど勇者の言葉は癪に障った。

 

「誰も馬鹿にしてなんかいない!只、殺し合いをするのは止めろと言ってるんんだ!」

 

「ウラノス!あのふざけた奴を黙らせろ!」

 

 相棒である白竜に合図を出し、ウラノスはブレスを、フリードは魔法を放つ。何も知らない部外者の少年が口を挟むことにフリードは我慢ならなかったのだ。

 

 

「待って人の話をっ!?」

 

 

 叫ぶ光輝に迫るフリードの魔法と白竜ウラノスのブレス。光輝にその攻撃を防ぐ手段は無い、他の覚醒したクラスメイト達ならば回避や防御できる手段があっただろう。攻撃するチャンスを手繰り寄せフリードと互角に戦いながら話すことが出来ただろう

 

(クソッ!やっぱり駄目なのか!?)

 

 だがここにいるのは勇者という幻想に惹かれ時間を無駄にし目覚めてからはクラスメイトとの時間に使った戦力としては数えられない勇者天之河光輝だったのだ。

 

 

 そんな彼にできるのは、ただ頭を抱えながらブレスと魔法から逃げる事だけだった。一瞬の判断で避けたその後ろでは爆風が起き、その衝撃で吹き飛ばされる

 

「うわっ!?」

 

 感じたのは衝撃と浮遊感。足元に地が付かないという状況で視線を巡らせれば、上に流れていく建物達。下を見れば迫ってくる地面。

 

 何が起きたのか一瞬で把握した。テラスから吹き飛ばされて王都へと堕ちて行ってるのだ

 

 

(クソッ!何て迂闊なんだ俺は!)

 

 その後悔は一体何に対してか。話し合いで止められる事に対してか魔人族を甘く見ていたことに大してか、それとも何もかもが上手く行くとでも思ってしまうこの異常な世界か

 

どちらにせよ飛行手段が無い光輝にできる事は無かった。あるとすればアドレナリンが活性化しているのか非常にゆっくりとした視界の中思う事だけ。

 

 

(皆、爺ちゃん。俺は…)

 

 

 走馬灯の様に流れていく思い出、思い出すのは祖父とクラスメイト達。 

 

 

 

 

 しかしその思い出も一瞬で欠き消え、来るはずの衝撃に身を固くした時

 

 

 

 

 

 

 

 

「光輝君!捕まって!」

 

 

 

 

 滅多に聞かないような友人の大声を光輝は聞いたのだ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぐっ!?」

 

「しっかり捕まって光輝君!お願いだからここで死ぬなんて嫌だよっ!」

 

 体に衝撃は受けた物のそれは思ったほどの衝撃では無かった。寧ろ直ぐ近く帰ら聞こえる声からして自分は死んだわけではないようだ。

 

「ここは、空?…その後ろ姿は」

 

 周囲を見渡せば自分はまだ空の上で真下には王都が広がっていた。自分が何にしがみついているのか分からず触るとざらざらとした感触。

 分かったのは何かに捕まって飛んでいる事

 

 浮遊感を感じながら声を掛けた人物の後姿を見る。ショートボブの女の子、クラスではいつも一歩下がった位置にいて控えめながらも自分たちの傍に立つ少女。

 

「もうっ!姿を見かけないから探していたらまさか無茶をしていたなんて!」

 

「……恵理?君なのか」

 

 そこにいたのは中村絵里だった。確か女子は避難をするように指示を出したはず。それなのになぜここにいるのか、なぜ自分と恵理は空を飛んでいるのか、疑問は浮かんだがようやく落ち着きを取り戻した頭が自分の置かれている状況を把握し始めた。

 

「これは、竜?それも首の無い?」

 

 恵理と光輝が乗っていたのは首のない灰色の竜だったのだ。 断面から血は出ておらず黒い靄で覆われている、騎乗用の鞍の上には恵理が乗っており無いはずの首に引っかかってる手綱を握り必死にバランスをとっているようだった。

 

「光輝君!大丈夫!?怪我をしていないあの糞魔人族よくも僕の光輝君に魔法をぶち込んでくれやがって!許さないあの顔を○○○してあそこを○○してやるっ!」

 

 どうやら恵理は怒り心頭の様子でフリードに対して恨み言や罵声を毒づいていた。その顔は鬼気迫るようで普段の姿を見ている光輝にとっては

多少引いてしまう者だった。

 

「た、助けてくれてありがとう恵理。でもどうしてここに?それにこの竜は」

 

「光輝君の様子がおかしいと思って別行動をしていたの!そうしたら偶々この死体があったから僕の死霊術を使って操って光輝君を探していたんだ!」 

 

(……僕?)

 

 何やら一人称が変わっているがそこは突っ込まない事にする光輝。それよりも自分を探していたせいで危険な事に巻き込んでしまったことに対して申し訳なく想う光輝。

 

「すまない恵理、俺はもう大丈夫だから君は安全な所へ」

 

「はぁ!?何を言ってるの光輝君もこのまま一緒に逃げるんだよ!」

 

 光輝の言葉に反論する恵理。恵理としてはあの魔人族の男には罵詈雑言を放ったものの勝負にはならないと判断しこのまま逃走することを考えていたのだ。先ほどは威勢よく毒づいたもののどうしたって力量差が分かってしまうのだ。あの魔人族は恐らくこの軍勢のトップであり、一番強い奴だと。

 

 強い奴と相対した時はどうするかなんて考えるまでもない事だ。とっとと逃げるに限る、恵理にとってはこの国がどうなろうと知った事ではないし、このままこの死体を使って光輝と一緒に逃げてしまおうと思っていたほどだった。

 

 

 しかしそんな恵理の正論を光輝はハッキリと断った。

 

「それは駄目だ!このまま逃げるなんて事俺は出来ない!」

 

 後ろではしっかりと竜に騎乗して力強く言った光輝がそこにはいた。首のない竜とは言え光輝が乗ると結構な様になり一瞬見惚れかけたが、慌てて反論する。

 

「何でさ!光輝君だってわかるだろ!アイツには勝てないってさ!それにこの状況!もうこの国は終わったんだよ!」

 

 光輝はあの魔人族との力量差が分からないほど愚鈍ではない、真下に広がる王都の状況を光輝が理解できない筈がない。

 

 勝てない、この国はもう終わりだ。クラスメイト達が奮戦しているがそれも時間の問題その筈なのに何故まだとどまろうとしているのだ

 

「それは「皆の為!?この国の人の為!?それは押しつけがましい偽善って言うんだよ!」

 

 光輝が口を開く前に恵理は言葉を遮った。いつもの光輝の口癖である皆の為、誰かの為という言葉にうんざりしていたからだった。

 

 恵理は光輝に自分を見てもらいたいという欲望がある、強い独占欲と執着心がある。最近夢で出てくる父親のお陰でその兆候は鳴りを潜めていたが、それでも譲れないものはあった。

 

 要は光輝が誰かに目を向けるのは嫌だったのだ。だからこそ言葉を遮ったのだが、光輝は開いた口を閉じてふっと笑った。

 

 

「違うよ恵理、違うんだ」

 

「……何が」

 

 何か様子がおかしい。いつもの善意に捕らわれた光輝では無く、只々穏やかに微笑む少年が居た

 

 

「此処で逃げたら、俺は(天之河光輝)に失望してしまうからだよ」

 

「…何それ」

 

「俺は勇者としてではない。天之河光輝としてあの場所に行かないと」

 

 光輝が何を決意し、何を考えているのかは実際の所恵理には何一つわからなかった。実力差は明確で敵う相手ではない、逃げればいい。そう考えるのは当たり前で光輝を連れてこのまま逃げるつもりだったのだが。

 

 

 トゥンク

 

 

「あ」

 

 だができなかった。光輝のその顔を見た瞬間胸が高鳴ってしまったのだ。

 

 恵理は光輝の事を惚れていると言っても過言では無かった。だがそれは自分の為の恋であり自分の欲望をかなえるための自己的な愛だった。自分が気持ち良くなるため自分が良い思いをするため、相手の事を決して考えない何処までも自分を中心的に考えたそんな歪んだ恋心だった。

 

 

 だが

 

ドグンッドグンッドッグン!

 

(し、心臓が痛い…)

 

 バクバクと大音量の鼓動を響かせる心臓、頬が焼け落ちてしまうかのように熱を持つ。視線は光輝の顔しか見えず、言葉を出そうにも音となって出てくることは無い。

 

「どうしたんだい恵理?顔が赤くなってるけど大丈夫かい?」

 

「ひゅい!?にゃ、にゃんでもないよぉう!?」

 

 恵理は今改めて本当の意味で光輝に惚れてしまったのだ。腹を決めて悩みから抜け出した少年に恵理もまた年頃の少女のように惚れてしまったのだ。

 

「頼む恵理。勝手なのは分かってるだけど力を貸してくれ!」

 

「わ、わかったよ!」

 

 頼み込んでくる光輝に恵理は考える暇もなく承諾してしまったのだ。こうなってはもうどうしようもない、死骸の灰竜をあの魔人族の元へ向けるしか恵理にはできない

 

(あ、ああ~~ 駄目だやっぱり光輝君にはかなわないッ!)

 

 恋愛ごとは惚れてしまった方が負けである。友人である鈴とそんな話をしたことがあったがまさか自分がそうなるとは思いもしなかった。

 

「じゃあ向かうからしっかり捕まっててね!振り落ちないでよ!」

 

 こうなってはもう仕方がない、腹をくくってあの魔人族に立ち向かうだけだ。気合を入れる様に光輝に向かって叫び方向転換する。あの魔人族はまだ遠くへ入ってない筈だ。

 

 そんな事を考えていた恵理に光輝は言われた通りに捕まった。恵理の身体を両手で抱きしめる様にして。 

 

「分かった!」

 

(……お”!?)

 

 惚れた男に抱擁されるという事実。日本では絶対にされなかった事であり長年思い続けていた事であり無意識で諦めていた事だった。

 

 図らずとも密着したことにより光輝の体温が恵理に伝わってくる。命の熱さと温かさが伝わってきて光輝の呼吸音が耳元に近づいて来て……

 

「命、預けるよ」

 

(…あっ)   

 

 光輝の吐息のような声が聞こえてきた時恵理の頭は白くバーストした。多幸感と安心感、それらが内側から溢れ出てきており、恵理の穴という穴から溢れ出てきそうだった。

 

(おっおっおっ♡)

 

 そしてその多幸感を逃がさない様に光輝が抱きしめてくるのだ。恵理の頭は炸裂したと言っていいほどアドレナリンがギュンギュンドバドバと溢れ出てきてそのせいか鼻血が出てきてしまった。

 

『恋する少女には無限の力がある』

 

 日本でふと見かけたラブコメの題材でそんな言葉があったが、なるほどまさしくその通りだった。今の恵理は溢れ出てくる魔力によってまさに無限の力を得ようとしていた。早い話が限界突破である。

 

「……ふふ、まさかこんな事になるなんて」

 

「何か言ったかい?」

 

「何も!」

 

 あふれ出てくる感情と魔力を制御しつつあのいけ好かない魔人族の元へと死竜を飛び立たせる。気分は高揚し、今なら誰にも負けない気だった。

 

 

「――――!!」

 

「ッ!!」

 

 接敵すれば光輝が魔人族に向かって何かを叫ぶ。その内容は頭に入らない、魔人族が乗っている白竜がブレスや光弾を仕掛けてくるからだ。

 

 その回避に全力を注ぐ恵理。騎乗の技能なんてない素人の騎馬戦だった。相手は空を支配する白竜と魔法をわが物にする魔人族でどこからどう考えても相手に分がある戦いだった。何処か冷静な理性が逃げる事を推奨してくる、たとえ今は平気だとしてもいつかは落とされるのだと

 

(だけどねぇ!僕にだって意地があるんだよ!)

 

 後ろには愛しい人である光輝がいる。光輝の為ならば力と気力が無限に湧き出てくるのだ。なら自分は光輝の手伝いをしよう、愚かだが気持ちのいい真っ直ぐな正義感、反吐が出るほどに甘く優しい善性に添い遂げるとしよう。

 

「ククッ ほぅら如何した蜥蜴ちゃん。まだ僕を倒せないってのかい?それとも僕と光輝君の愛の共同作業の踏み台になるかぃ?」

 

 敵の白竜に向かって思いっきり煽る。聞こえるかどうかなんて知らない、しかし敵の魔法や光弾を回避しつつ恵理は全身全霊のドヤ顔を白竜にむかって放った。

 

キュォォオオオ!!!

 

 相手の白竜がイラついたように見えるがそんなこと知るもんか。口角を上げて相手を挑発する恵理はどこか、望みに望んだ幸せを享受する少女の様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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交わらない議論戦闘

 

 

「フリード!話を聞いてくれ!」

 

 恵理の力を借りもう一度フリードの前までやってきた光輝。相手が何かを言う前に出てきたのは先ほどと同じように話し合いをするための呼びかけだった。

 

「またもや我が前に顔を出すか弱者めが!逃げていればいい物をそんなに死にたいのか!」

 

 帰ってきたのは怒声と相手の怒りを示すかのようなプレッシャー。比較的顔が整っているフリードの顔から憤怒の色が出てきており会話をするのは困難かと思われた。

 

「死にに来たんじゃない!話をするために来たんだ!」

 

 それでも光輝はめげない。逃げるという選択肢も諦めるという選択肢も光輝にはないのだ。

 

「ならば死ぬがよい!ウラノス!」

 

 その言葉と同時にフリードから魔法が放たれてくる。中級以上の魔法だろうか風の槍と炎の渦が同時に向かって来る。

 

「恵理!」

 

「分かってる!舌噛まないでよ!」

 

 途端にがくんと高度が下がりその頭上を炎と風の魔法が過ぎ去っていく。光輝には騎乗の技能が無い、だから自分の命はすべて恵理に任せたのだ。

 

「手を止め話し合うんだフリード!この状況魔人族が優位なのは分かってるだろ!圧倒的な戦力差なのにむやみやたらと人の命を奪うのが魔人族のやり方なのか!」

 

 高度が頻繁に変わり体が重力で吹き飛ばされそうになるのを耐え光輝は疑問を投げかけるように吠えた。実際フリードを止めるのは難しい、自分の一言で止まるのなら始めから戦争なんてしないからだ。

 

 だから問いかける様に光輝は言葉を投げつける。それが無意味だと思われても光輝は声を張り上げるのだ。

 

「ふん!この戦いこれは我ら魔人族の悲願なのだ!数によって脅かされた魔人族が今度は圧倒的な物量差によって虫の様にすり潰される!愚かで傲慢な人間族共の当然の報いだ!」

 

「当然だって!?人が死ぬことが当然なはずあるもんか!そもそもこの物量差なら王都を囲んで降伏勧告でもすればいいじゃないか!なぜわざわざ人の命を脅かす!?」

 

「人間族は下賤な種だ!交渉なぞしようものなら裏切り罠に陥れてくるのが人間族だ!なら蹂躙するのに何の躊躇がある!」  

 

「一度だって話をしていないくせになぜそうも暴力的な手段を取ろうとするんだ!?戦いを回避したがっている人もいる!俺の様に!」

 

「そう言って遥か昔は和睦を進めようとしたものもいるさ、戦いに疲弊したなどと愚かにも宣ってな!それがどうした、結局は人間族の卑劣な裏切りにあい手酷く殺されたのさ!お前のような偽善者ぶった奴共に!」

 

 叫び合いの最中にも魔法やブレスは飛んでくる。対してこちらは防御できる手段は無く回避が精一杯だ。何時撃墜されてもおかしくなく 自分は只叫ぶだけ。それも光輝は声を張り上げるそれが自分の役割だと信じて

 

「昔はそうだったかもしれない、でも今は違う!それにそんな事が起きようものなら俺が止めて見せる!」

 

「戦う力もなく避ける事が精々の貴様が何が出来る!力のない弱者がぁ!我らと何の関係もない部外者が!」

 

「何も関係のない部外者だから止めろと言ってるんだ!関係の無い部外者でも気づけるんだ殺し合いをするのはおかしいって!部外者でもわかる事が何故止められないんだ!」

 

 まるで子供の口げんかの様だとどこかで光輝は思った。お互いに相手の話を聞かず自分だけが正しいと、そう思考することしか出来ず相手の事を考えないそんな子供じみた口げんかだと光輝は思った。

 

「いい加減戦いを止めろ!言葉を交わすという事がそんなにできないのか!?フリード・バグァアア!!」

 

 戦いを止めて欲しい、誰にも傷ついて欲しくない。そう考えていたはずなのに、それが最も最良だと思うのにそこに至るまでがなんと難しい事か。

 声を張り上げながらもどこか胸の中は冷静だった。

 

 そんなどこか虚しさが胸の中にたまっていく中、この戦いを肯定するものが居た

 

「その調子だよ光輝君。こんな状況の話し合いなんてね、結局は()()()()()()()()を出した奴が勝つんだよ!」

 

(それはあの時の俺みたいに?)

 

 ふと、召喚された時を思い出す。クラスメイト達の意見を聞くことだってできたのに声を出した自分の意見が通ってしまった。あの時誰よりも早く大きく声を出した自分が。   

 

(…ああ、本当に難しいよ 爺ちゃん)

 

 相手と分かりあうために言葉があるはずなのに、その行為がどれだけ難しいか、戦いの中で光輝はまた一つ成長していく。

 

 そんな事を考えてしまったせいか、光輝の存在を否定するかのようにフリードから特大の魔力の圧を感じた。

 

「貴様の存在はいちいち気に障る……何も知らず分かったような口を開く貴様はもうこれ以上生かしてはおけん」

 

 フリードの手が白竜に触れた途端、白竜が発光する。力が凝縮する様に白竜の口元に光が集まっていく。

 

「あれは…ヤバイね」

 

 滝のような汗を流す恵理がヒク付くようにつぶやいた。光輝にだってそれは分かる、今まで回避してきた魔法はすべて前座だという事に。

 

(回避かそれとも防御?駄目だどちらにしたってもう)

 

 一瞬で流れる思考、それよりも相手の方が一歩早かった。ほんのたったの一瞬が、相手に攻撃を差せるチャンスを作ってしまった。 

 

 

「死ね、勇者」

 

 そうフリードが呟いた瞬間、白竜ウラノスから全てを覆い尽くすかのような光弾が発射された。

 

 

 と、同時に腕の中にいた恵理が僅かに体を震わせ一言呟いた。

 

 

「ごめんね、光輝君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ…生きてる?」

 

 あの白竜によって視界が白く染められたとき、恵理は死を覚悟した。光輝を殺させるつもりはなく自分だって死ぬつもりなんて毛頭ないがそれでも避けようのない事はあるのだ。

 

 だから最後はせめて光輝と一緒に居たいと願ったとき、瞑った目を開ければまだ自分は生きていたのだ。

 

「貴様…それは一体何のつもりだ?」

 

 魔人族が驚愕と憤怒の表情で自分達を、正確には光輝を見ている。何の事だろうかと後ろを見ればそこには驚いた表情の光輝が居た。

 

 

 性格に言えばその手に白く淡く光の聖剣を握った光輝が居たのだ。

 

「これは…?」

 

「光輝君、それ」

 

 恵理が驚いた様に光輝もまた驚いていた。手に持つのは刃の無い剣、あのアリスという女性から渡された南雲ハジメが作ったとされる中途半端な剣。

 

 その不完全な剣が光を刃として光輝の手に収まっていたのだ。

 

「何だろう、凄く……綺麗だね」

 

 恵理が零した言葉通りそれは白い純白の光で構成されていた。見ていると落ち着きと心の温かさを思い起こすような不思議な剣。

 

(コレ…もしかして俺の魔力が形になっているのか?)

 

 確証はない、しかし頭のどこかでは確信を持った答え。この光輝く刃は自分の魔力を媒体とした

 

「高々付け焼き刃ごときで!この私をコケにするか!」

 

 そこまで考えた時またもや白竜から光弾が発射される。先ほどとは違って光弾は小さいがその分連射力と数を増やしたようだった。

 

「光輝君!」

 

「大丈夫だ恵理!」

 

 こちらに迫って来る光弾、それを光輝は光の剣で何処か確信した気持ちで真横に振るう。破れかぶれではない意思を持った一振りだった。

 

 そんな光輝の意思に反映されたのか、光の刃は真っ直ぐと刀身を伸ばし…光弾を打ち消してしまった。

 

「…え?消えた」

 

(やっぱり、これは…)

 

 握って使ってそして光輝は確信した。これが南雲ハジメが自分に託したその理由と想いに。

 

 

 光輝が握っている光の剣。それは錬成師南雲が考案し作った『意思を力とする』武器だった。

 

 光輝に手渡された聖剣は他者の力を吸い自身の力にする勇者が使うには余りにも不釣りあいな剣だった。その事に不満を持っていたハジメは、光輝に謝られた次の日から妄想だった武器の作成に入ったのだ。

 

 自身の魔力(意思)が刃となる、そんな男の子の浪漫を持った武器の作成。錬成の力とモルフェウスの力を駆使して作ったそれは製作は順調ではあったものの時間が足りず、ハジメ達の拠点に置きっぱなしになっていたのだ。

 

 それをアリスがくすねて自身の生成魔法を使って、完成にまで至らせて…そして光輝の手に渡ったのだった。

 

 

 白竜ウラノスが放つ光弾を白い光の剣は打ち払う。フリードが放つ魔法の事如くを光輝の意思を具現化した剣が防ぎきる

 

「そうだったんだ…ああ、その通りだよ南雲」

 

 光輝は納得する、この武器がどういった過程で作られた物か、どのような考えで作られたのかを。その考えは間違っているかもしれないしそこまで考えていないものかもしれなかったが、光輝にとってはそう考えるのがらしいと思った。

 

()()()()()()()()()。人を傷つける武器は不要なんだ」

 

 この光の剣に殺傷能力は無いのだろう、コレは只人を守るための剣だ。だから相手の魔法を打ち消し光弾を防いでくれるのだ。

 

 だから『刃要らず』天之河光輝に傷つける武器は必要なかったのだ。

 

「恵理、まだ頑張れるかい?もうちょっとだけ付き合ってくれるかい?」

 

「いいよ、どこまでも付き合うよ。っていうか今更離れてだなんて言っても絶対に離れないからね」

 

「…有難う。その言葉に甘えるよ」

 

 いくら攻撃を防ぐための武器を手に入れたからと言って移動は恵理頼みだ。恵理の奮闘に光輝は全幅の信頼を置く、一人では出来なくても二人では出来るのだ。

 

「フリード。俺は貴方には敵わない。魔人族の運命を背負った貴方にはきっと勝てない」

 

 ただ人を救いたいだけの光輝ではフリードに敵いはしないだろう。背負っている責任の大きさが違うのだ。

 

「だけど俺は絶対に折れないし諦めない。どんなに足掻いても貴方を止める」

 

 だけど人を助けたいという意思だけは絶対に負けないのだ。それが天之河光輝のこの世界にいる理由だ。

 

 

 

「悪いけど、俺はどうしようもなく諦めが悪いからな!」

 

 

 

 

 

 

 

(くそっ!なぜこうも癪に触るのだコイツは!)

 

 次々と魔法を放ちウラノスに攻撃命令を出しながらもフリードの心中はイラつきによりかき乱されていた。

 

 魔王と並び立つと言われていた勇者は想像よりもずっと貧弱で取るに足らない存在だった。だから失望により殺そうとするも 仲間の協力により九死に一生を得てまたもや自分に挑んでくるのだ。

 

(しつこく癪に触る!何なんだコイツらは!?)

 

 馬鹿ではあるが道理が分からない奴ではない、力量差だって気が付いているはずだ。それなのにしつこく付き纏い邪魔をしてくるのだ。

 

 この勇者たちにとってはトータスの人間族は第三者であるはずだ、寧ろ呼び出した元凶でさえある。それなのにどうしてここまで必死に食らいついてくるのか。

 

(洗脳でもされたか、それともよほどの大馬鹿なのか)

 

 理解が出来ない、訳の分からないニンゲン。魔物を止めろ、戦争を止めろ、人殺しをやめてくれ。

 

「つくづく反吐の出る言葉だ…!」

 

 ずっとずっとの昔から続く戦争だ、犠牲者が出るのが当たり前の戦いだ。人間族として生まれた以上フリードの敵でありまた魔人族の自分たちも人間族の敵である。そんな当たり前の関係に部外者がしゃしゃり出てくるのだ。

 

「どうして部外者が我らに関わろうとする!甘ったれた子供の思想をどうして私に押し付けるのだ!」

 

 怒りによる咆哮だった。反吐が出る偽善に対してどうしようもなく怒りが湧き出てくる。そんなフリードの怒りを知ってか知らずか光輝はやはり大声で叫ぶ

 

「子供だからだ!子供でも駄目だと分かる人殺しをしようとするから関わって止めようとするんだ!」

 

「貴様たちが人間族にとって都合のいい駒だとしてもか!お前たちを盾にして自分たちは助かろうとする人間族をお前は助けようとするのか!」

 

 

 

「勿論だ!」

 

 

 

 これだ、この余りにも開き直った叫び。自分達がどういった存在かを知ってもなお真っ直ぐに叫ぶこの愚かなまでに清々しい叫び。

 

 そのせいかフリードは光輝を無視をすることが出来なかった。

 

(忌々しい!私はコイツと遊んでいるわけにはいかないというのに!)

 

 フリードの役割は司令官としての指揮が本来の役目だった。だが魔王に一目置かれている勇者を一目見ようとして場を部下に預けここまでやってきたのだ。

 

 現場の状況がどうなっているのかフリードは知らない、部下が後れを取るとは思えない、大多数の魔物を退けるとは思えない。だからこそさっさとこの勇者を始末したかったのだが…

 

(私は!この甘ったれた奴から逃げる事は出来ん!この何も知らないような偽善者からは!)

 

 相手側からの攻撃は一度だってない。それが本当に誰かを傷つける事を望まず停戦を望む姿勢だとフリードは理解していた。

 

 だからこそその甘い考えが気に喰わなかった。戦争に善悪を持ち込もうとするこの勇者が気に喰わなかった。

 

 

 ……全身全霊でこの戦争を止めようとする(光輝)気に入らな(羨まし)かった。

 

 

 

 そんな暗澹たる思いを抱えてしまったせいか、その時はやってきてしまった。

 

 

 

チャラン~チャラン♪ チャラン~チャラン♪ 

 

 

 

 

 その音はフリードにとってはいきなり戦場で鳴り響いたチャイムのような物だった。警戒はする物の気の抜ける音だと例えても良い物だった。

 

 だが目の前の敵対しているはずの二人は急に跳ね上がったように慌てだしたのだ。

 

「ヒッ!?この耳障りで一番聞きたくないチャイム音は!?」

 

「き、緊急地震速報!?!?どうして何でこのトータスでこの音が!?」

 

 明らかに疲労とは違う汗を流し周囲を警戒し始める勇者と騎手の二人。フリードを警戒はしている者限りなく集中が薄れている証拠だった。

 

「一体何の真似か知らんが、ここで決着をつけさせてもらおう」

 

 慌てて混乱する二人にとっては異常事態でもフリードにとっては別の話。そう考えウラノスにブレスを吐かせようとした時、

 

 

 

 

『あ~あ~マイクテスマイクテス~ おけ?それじゃトータスの皆さん!元気ですか!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余りにも呑気な声が王都中に響いてきたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 



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愚者の説得暴走

 

 

 

 

「ふぅ、やっと着いたね。中々手間度ちゃったよ」

 

「………」

 

 コリをほぐす様に肩を揉む南雲。その隣では無茶な運転でベッコンベッコンに拉げてしまった大型バイクが横たわっていた。その悲惨なバイクを気にせず慣れないバイクを運転して疲れたという感じの南雲に俺は恨みがまし視線を送っていた。

 

「何?どうかしたの」

 

 俺の視線に気が付いてこのキョトンとした顔である。自分が何をしていたのか本当に分かっているのだろうか?

 

「こ」

 

「こ?」

 

「怖かった!」

 

 深山にある神殿からこの拠点までどうしたって距離がある。だからバイクを使うのも仕方がないとは考えたが…

 

「ほっとんど崖から落ちて行ったようなもんだぞアレ!どうしてそう平気なの!?」

 

 ぶっちゃけ崖から真っ逆さまに堕ちて行ったようなもんだったのだ。何度空中に体が投げ出されそうになった事か。あの道中を思い出してまた体がブルリト震える

 

「あはは、君の運転よりはずっとマシなはず――うん?まぁいいや。行こう早くしないと手遅れになっちゃう」

 

 苦笑しながら話をしていた南雲は一瞬不思議そうに首を傾げ、それよりもと拠点へと歩き出した。慌てて俺もその後へ、今は崖が同だとかどうだっていいのだ。

 

 

「…にしても普通地下室なんて作るかねぇ?」

 

 拠点の端っこにある偽装された蓋を開け中の階段を下りていく。あの日からもう何度も通った道ではあるがそれにしたって出るのは驚きと呆れが混じった溜息だ。拠点ってだけでも良い思いさせてもらっているのに、秘密裏に違法改造をするかね?

 

「秘密基地だよ。それぐらい普通じゃないの」

 

「そうか?そうなのかなー」

 

 秘密基地と言えばやはり地下室なのだろうか。気持ちは分かるが、それでもこの地下にあるのはちょっと異質すぎるのだが…

 

 

(相変わらず世界観壊してんなこの部屋!)  

 

 南雲に先導されて着いた部屋は、はっきり言えばこのファンタジーの世界から逸脱した部屋だった。

 

 まず目に飛び込んでくるのは正面に設置されたモニターの数々である。所狭しと置かれているそれは王都のあらゆる所に置かれている監視カメラからの映像を送ってきているのだ。

 

 そして机の上に置かれているパソコンと映画とかでよくあるスイッチ(キーボード?)の数々だ。ぶっちゃけそんなに量は要らないんじゃないのかとか南雲一人でこんだけ必要なのかとか疑問が出てくるが…まぁここはツッコんだら負けだ。

 

 要はこの部屋だけ日本のテクノロジーが密集されているのだ。

 

『そりゃ僕だって世界観壊すのは嫌だよ。でもねもしもの事を考えたらこれぐらいは必要なのさ』

 

 とはこの部屋を最初に見せてくれた時の南雲の弁だが…まさか本当に使う事になるとは、そして本当に魔人族が攻めてくるとは。

 

「…マジで攻めてきたんだな」

 

 王都の様子を示すモニターからは大量の魔物の姿とそれらを撃退する俺のクラスメイトの姿が映っている。勿論想像はしていた事だった、王都が攻め込まれたら自分達も戦わないといけないって。でもまさか一直線で魔人族が攻めてくるなんて誰が予想できたのだろう。

 

「用意しておいてよかったね」

 

 そんな俺の心境を察知したのか実に様になる顔で南雲はそんな事を宣う。もしかしこんな事になるなんてわかっててやったのだろうか。

 

「感だよ。虫の知らせって言うのかな?もしくは…既視感?」勘だよ

 

「なんだそれ?」

 

「さっきからどうも変な気がして…兎も角用意を進めているから、君は君で心の準備をしてよ」

 

 心の用意と言われてもする事なんてない。この作戦が終わったら恐らく拘束されるのだろうから、最後の自由を謳歌して置けって事なのだろうか。

 

 気分転換を兼ねてモニターを見る。映し出された王都の様子ではやはり、魔人族と人間族が戦っていた。数は圧倒的に劣る魔人族だが

周囲の魔物に号令をかけ、対して人間族は徒党を組み魔物の数に抗っている。

 

(なるほど、まだ戦っているって事は、アイツ等はっと)

 

 探せばそこには広場で戦う坂上が居た。魔物を千切っては投げ千切っては投げを繰り返し、ぶっちゃけ負ける要素の見つからない無双状態である。オマケに坂上の動きに合わせる様に巨大なゴーレムが戦っていて…うん?

 

「なぁ南雲、このゴーレムってお前が作ったのか?」

 

「知らないよ。坂上君と共闘しているところから見て騎士団の秘密兵器なんじゃないの?」

 

 そうなのだろうか?騎士団にそんな技術力があったのだろうか?オマケになんかちっちゃい子供の背丈のようなゴーレムがわちゃわちゃとモニターのそこら中に映っているし…

 

「あの小さいゴーレムはもしかして野村君が何かやったのかも」

 

「アイツが?そこまで凄かったのか…」   

 

 流石野村。辻さんとは上手くいってるようだし、真の勝者とはあんな奴の事を言うのだろう。にしても暗闇であんまり見えなかったけどゴーレムの数多くない?

 

「んじゃあの空にさっきから見える影は…」

 

「知らないってば」

 

 斎藤あたりだろうか?正直このカメラはあくまでも監視用なのでそこまで性能が良くないらしいので動き回る影が何なのかはわからないのだ。ただ、空に居る魔物が次から次へと地面へと堕ちて行ってることから判断したぐらいだ。

 まぁ斎藤だと思うが…アイツ空を飛んでから本当に可笑しくなったな

 

「あ、檜山と白崎だ」

 

「え?」

 

「ほらあそこ、あの両手に大剣を持ってる…何か」

 

 路地裏の壁を蹴り自由自在に動く檜山はまぁ分かる、アイツ本当に強者だもん。ならそれより恐ろしげな大剣二刀流のあの白崎は何なのだろうか?アイツの天職は治癒術師じゃなかろうか?南雲に視線を向けると物凄く微妙な顔をした後うげっと顔をした。みれば白崎がカメラに気が付いているような動きをしている。…考えないでおこう

 

 白崎の異常行動を視界の外に置いてモニターを見ていた時、王都の空を駆る二つの影が確認できた。

 

「あれは…天之河と中村か?」

 

 首のない竜で空を飛んでいるのは天之河と中村だった。中村が騎手をして空を飛びその後ろで天之河は光る剣で何事かを叫んでいる。こう言っては何だがその必死な顔は胸を響かせる迫力がある顔つきだった。

 

「どうやら敵の指揮官と戦っているみたいだね」

 

「マジで?」

 

 天之河と敵対していたのは白竜に乗ったこれまたかなりの男前な魔人族だった。着ている意匠からして確かに豪華だったが前線に指揮官が出てくるものだろうか?

 

「間違いないよ。アレは指揮官だ」

 

「どしてそう言えるの?」

 

「他の魔人族が灰色の龍に乗っている中アイツだけ白い竜だよ。特別感あるじゃないか」

 

「なるほど専用機って事ですな」

 

 ならアイツこそがこの魔人族侵攻戦の総指揮官だ。つまりアイツを説得さえすれば…ふむん。これは俺の腕が鳴る事ですな。

 

「さぁ準備が出来たよ」

 

 そうこうして居るなかで準備が整ったようだ。いつの間にかマイクが設置されており、後はボタン一つで放送が始まる。

 

 と、その前に。

 

「何してんの?」

 

「いや、流石に素面で生放送をするのはちょっとね…」

 

 取り出したのは俺が作ってそのままお蔵入りしてしまった『深夜のテンションッ!』と『賢者タイム』の二種類だ。

 

「で、どっちを飲む?」

 

「僕も飲むこと前提なのかよ」

 

「まぁまぁ危ない橋を渡るときは一緒じゃん」

 

「はぁ…」

 

 呆れたように溜息を吐いた南雲が手に取ったのは『賢者タイム』の方だった。まぁそうだろうと思ったよ。って事で俺は 『深夜のテンションッ!』をグイッと一気に飲む。

 

「おっふ。うーんコイツは効くねぇ!」

 

「ほどほどにね」

 

 南雲の呆れた声が聞こえるがもう駄目だ。気分が高まって来るのが腹の底から分かる。つか攻めてきた以上あの魔人族たちだってそれ相応の覚悟はしている筈だろ?なら何をしたって自己責任じゃないか!  

 

 高まる気分に合わせて勢いよくボタンを押す。さぁ後は野となれ山となれだ!

 

 

 

 

 

 

 

『あ~あ~マイクテスマイクテス~ おけ?それじゃトータスの皆さん!元気ですか!』

 

「…あ?」

 

『うん?』

 

 その声は広場の魔物をあらかた殴り飛ばし、数がそれなりに減ってきた所だった。あれだけいた魔物は小さなゴーレムたちの増援が来たおかげか数を減らし、ある程度のメドが立ちそうな時だった。

 

「この声は」

 

『柏木だ』

 

 巨大ゴーレムとなった永山がポツリと漏らす。その名前を聞き誰の声か判明する、この能天気そうな声はクラスメイトの柏木だった。

 

「いやまて、アイツ教会の連中に連行されていたよな」

 

 確か記憶では教会の本山である神山にいる筈だった。それがどうしてこの町中で聞こえるのか、寧ろその前に何故放送のように聞こえるのか。

 

『分からん、清水達が上手く行ったかもしくは自力で脱出でもしたか』

 

 何となく後者ではないのかと坂上は考える。理由は無い、直感だ。

 

『まぁ元気な訳ないですよね!ただ今戦争の真っただ中ですもん!つか魔人族の皆さんいきなり攻めてくるなんて駄目ですよ!しかも夜襲だなんて!効果は抜群ですってば!』

 

 うひゃひゃひゃと笑い声が聞こえる。おかしくて仕方がないのかその嘲るような声に何やら不穏な気配が漂ってくる。

 

「アイツ…ここまでイカれてたか?」

 

「いや、まだ理性的だった、はず」

 

 永山も何やら思うところがあるのか何処からか聞けてくるクラスメイトの声に困惑しているようだった。

 

 

 

 

『でもまぁ仕方ないっすよね!永い永い怨恨が積み重なっているんですから!確かこの人間族と魔人族の戦争はずっと昔から続いていたんでしたっけ?。貴方達のおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのそのまたおじいちゃんの…ずーーっと昔から馬鹿みたいに続けていたんですよね!?んまぁ飽きないこと飽きない事!』

 

「何を言ってるんだろう?」

 

 あらかたの魔人族を地面にキスをさせた斎藤は聞こえてくるクラスメイトの声に首をひねるばかりだった。

 

 とは言え仕事は仕事だ。魔人族が地面に落ちて行ったとは言えそれでも空に魔物が居る事に変わりはない。襲い掛かる魔法や光弾を避けながらも魔物を切り落としながらも聞こえてくる話を聞く。なぜかここで聞き逃すとマズい予感がしたのだ。

  

『でもその戦いちょっと待っていただきませんか?少し俺の話を聞いてもらいたいんですよ、拒否しても駄目っすよ?それではお耳を拝借!』

 

 

 

 

「ホセ副長、彼は一体何を言ってるんでしょうか」

 

「分かりません。今はそれよりも避難民の誘導と魔物の駆逐に専念しなさい!」

 

「はっ!」

 

 部下であるアランに檄を飛ばしまた自分も部下に指示を出す。メルドが居ない以上副長である自分が指示を出さなければいけない。

 

(せめて貴方が居てくれればって、そんな甘い事は言ってられませんよね)

 

 解放者達の末裔であるメルド・ロギンスが居ればこの王都に運び居る魔人族の殲滅はぐっと楽になるだろう。だがいない者は仕方がない、メルドが感じた直感とやらを信じるしかないのだ。

 

(しかし彼は一体何を伝えようとしているのでしょうか) 

 

 騒音に混ざって聞こえてくるのは柏木の声だ。能天気そうで今一分からない変な少年。その彼がこの状況で一体何をしでかそうと何をしているのか、ホセは妙な胸騒ぎを感じていたのだ。

 

 そんなホセの心情を知ってから知らずか明るく話していた柏木の声のトーンが一気に変わった

 

『その永きにわたる戦い、止めてもらえませんかね?』

 

「…そんな言葉で終わるのでしたらとっくの昔に終わっていますよ」

 

 どこか煽る様な先ほどの言葉に腹を立てないのは、昔から続くこの戦争を終わらせれない自分たちに非があると考えていたからだ。

勿論努力はしている、しているが一向に実らない努力は何の成果をもたらさないのだ。

 

 だから自嘲する様に溜息のような声が漏れた。止まれと言って止まる戦いではないのだ、呆れてしまうほどにこの戦争はずっと続いていたのだ。

 

『改めて自己紹介をさせていただきます。俺達、ううん、俺はこの世界の神、エヒト神によって別の世界からこの世界に呼び出されてきた者です』

 

 

 

 

 

『呼びだれた理由は、なんでも魔人族が魔物を使役するようになったせいで、人間族が危機に陥ったから勇者を召還して巻き替えそうだとか何とか。まぁともかく俺たち勇者組はこの戦争を止める為にエヒトって神に召喚されたんです。………俺たちの意思を無視してと言う滅茶苦茶大切な事を蔑ろにしてね』

 

「改めて思うけど、俺たちに戦争を止めろとか酷くね?」

 

「うん、いくら力を与えたって言っても私たち只の高校生だよ。何で子供にそんな重要な事を頼むのかなぁ」

 

 柏木の放送を聞きながら野村と辻もまた頷く。幾らチートの力を与えられたからといっても高々成人すらしていない子供に一体何を望んでいるのか。エヒトという神は随分と身勝手で無責任だ、そんな認識がクラスメイト達のエヒトに対する評価で共通認識だった。

 

『それは貴方方トータス側からの話であって俺たちにとってどうだっていいんです。俺達ははいきなりこの世界に呼び出されたんです。俺たちの意思は無視され無理矢理だったんです。拒む事すらできずに見知らぬ世界で命を賭けて戦え、補填も保証も責任すら蔑ろでせめて必要最小限の説明すらも無くて。…ねぇ貴方達はこの事についてどう思いますか?』

 

「これ。柏木君怒ってる?」

 

 先ほどのむやみやたらなテンションとは違ってやけに冷静な声。だが話している内容からして腹に堪っていた物があふれ出ているようなそんな声音だった。

 

 自分たちの周りでわちゃわちゃと動いているゴーレムたちを次々に送りだしながらも野村もまたそれは仕方のない事だと思った。

 

「仕方ないよ。俺達普段トータスの人に世話になっているから誰にも文句言えないけど、…本当はこんなことしたくない」

 

 勿論、世話になった人たちが死んでいいという話ではない。だが、こんな戦争とは関わりたくなかったというのは紛れもない事実だ。誰が好き好んで死地へと向かうのだろうか、誰が好き好んで無責任な神に賛同するのだというのか

 

 

 

『家に帰りたい。これが俺たちの…いいえ俺の意思です。昨日と同じ今日、今日と同じ明日。何でもない日常が大切だったと自覚した俺が思うのは只故郷に…家に帰りたいって事だけなんです』

 

「家…か」

 

「ホームシック?」

 

「ちげぇよ馬鹿」

 

 白崎の揶揄うような声に檜山は吐き捨てる。別に家が恋しくなった訳では無い、ただふと家族の顔を思い出しただけだ

 

「親の事でも考えてんだろ、檜山ってば孝行息子だからな」

 

「おい馬鹿近藤、テメェなます切りにされてぇのか?」

 

「へぇ やっぱり檜山君て可愛いね」

 

「死ね」

 

 途中で合流した近藤がニヤニヤと笑うので蹴りを入れれば今度は白崎までもが微笑む。蹴りを入れたところで敵う訳がないのは知ってるがそれでも足を延ばす。案の定さらりとかわされてしまったが

 

『どうでしょう皆さん。可哀想な俺たちに免じてここはひとつその手を止めてもらってもよろしいでしょうか』

 

「んなので止まる訳ねぇだろ。あほかコイツ」

 

 巻き込まれた少年少女の為に勝てる戦を放り投げる人間が果たしてここにいるだろうか。答えは考えるまでもない、だから檜山は呆れた。光輝が言うのなら仕方がないとは思うが柏木ならそれで止まる訳では無いってわかる筈だろうに。

 

『何、別に戦いをやめろと言ってるわけではありません。俺達が帰ったら続きをしてくださっても結構です。ちょっと手を休めて民間人が避難をしたら再開すればいいだけの話です。ね?簡単でしょう』

 

「…馬鹿だね。柏木君て本当に馬鹿だよね」 

 

「俺、アイツの事あんまり知らなかったけどまさかここまで馬鹿だったとは思いもしなかった」

 

 白崎の言葉に近藤は同調する。だから近藤は気付かなかった、白崎が本当に呆れて、そして懐かしむように苦笑していることに

 

 

 

 

『………あのさぁ。止めようよマジで。何でまだ騒音が響いているわけ?何でまだ続けているの?魔物はしゃーないよ?コイツら只のゴミだから。でもさぁ俺の言葉がちゃんと聞こえている魔人族の皆さんと騎士団の人達は何度止めないの?話聞いてる?』

 

「……うーん」

 

「何、どうしたんだそんな変な顔をして」

 

 清水と一緒に神山から帰ってきた遠藤は先ほどから難しそうに唸る清水を見て思わず聞いた。最初は呆れていた清水だが途中から顔を青くして何やらウンウンと唸り始めたのだ

 

「いや、何でこんな事をしてるんだろうって」

 

「そりゃ戦いを止める為だろ」

 

 先ほどから柏木が放送しているのは戦争を止めさせるための言葉だ。だからそう思い話したが清水は尚更唸った

 

「いやアイツならそんな無駄な事はしない。つか隣には南雲が居るだろ、何でアイツは何もしないんんだ」

 

「?そう言えば柏木の隣には南雲がいたっけ」

 

 とは言っても何をしているのかはわからない。遠藤は南雲とはクラスメイトではあるが友人ではないのだ。流石に何を考えているのかまでは想像つかない。

 

「うーん…うん?アイツらの天職って…それでこの状況、あーマジ?」

 

「何か分かったのか?」

 

『もしかして俺の言葉なんて聞くつもりが無いって事?どうだっていいって事?知った事ではないし知るつもりもないって事なんだね?

言ったぞ俺は。今すぐ戦いをやめろって』 

 

「あ!」

 

 その怒りが混じった声を聴いて、何するのか分からずとも確信した、何かとんでもない事をしでかすと。

 

 そして自分達も巻き込まれるとのだと清水は確信してしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……柏木?」

 

 聞こえてくるクラスメイトの声に不穏と不安を感じるのは光輝の直感に置けるものか。ただ分かるのはこのまま戦闘を続けていたらなにか酷い事が起きてしまうのだけはハッキリと分かった。

 

「フリード!今すぐこの戦いをやめよう!柏木は…アイツはきっととんでもない事をしでかそうとしている!」

 

「先ほどから何やら下らぬ声が聞こえてきたと思えば貴様の仲間か!貴様と同じように随分と戯けの様だな!」

 

 戦いを止めたい、それなのにフリードは効く耳を持たない。どうすればいいのか、光輝が悩むのを見越したかのような声が響いたのは直ぐだ 

 

 

『柏木君、ちょっと待って』

 

『あ?今更止めるってのか?そりゃ無理な話だ』

 

『そうじゃなくてせめてあの指揮官に降伏勧告位したら?』

 

『それこそ無理だろ?この状況で俺の話を聞いて戦いを止める奴だなんてそんな頭のおかしい奴おるぅ?』

 

 

「………そんなこと言うなよぉ」 

 

「こ、光輝君、諦めた駄目だよ」

 

 柏木に悪気はないのだろうが今物凄く馬鹿にされたような気がした。確かにそれは内心思ってはいる、こんな説得で止めるなんてそれは難しいって。

 

 

『でも、こういうのはちゃんと言わないと。後々面倒なことになるよ』

 

『あーなるほどねー。そう言う事なら…コホンっ それでは改めまして今現在俺たちのリーダー天之河と戦っている指揮官さん、少し人の話を聞いて………何でリーダー同士が戦っているんだ?こいつら馬鹿じゃないの?』

 

『知らないよ。どうせ天之河が敵のトップを説得しようとして戦う事になっちゃったんだろ』

 

『ふむん争いは同レベルでしか起きないって事か。まぁいいや、それで指揮官さんよ、悪いが回りくどいのは止めて要求はストレートに言うぜ』

 

 柏木達の勝手な物言い。恐らく自分たちの戦いをどこからか見ているのだろう、そう考えると先ほどの会話も納得できるが。…それにしたって柏木達が話をしているのを聞いてしまうとどうして場がグダグダとするんだろうか、光輝はちょっとだけ悲しくなった

 

『今すぐさっさと国へ帰れ。以上だ』

 

 それは余りにも緩慢な降伏勧告だった。無数の魔物が王都を責めているという何処からどう考えても魔人族が優勢というこの状況下において余りにも傲慢な物言いだった。

 

「ああ、帰るとも。貴様らの首を取ってからな!」

 

 だからこそフリードは怒りで狂いそうになった。相手が何を考えているのかは知らない、例え先ほどの召喚云々の話が本当だとしてもそれは相手の都合だ。

 

(全ては、我が先祖たちの悲願の為!)

 

 たとえこの世界とは関係のない少年少女達を殺したとしてもフリードは止まる気はない、この戦いはずっと続いてきた因縁と執念の決着の時なのだ。今更、誰かの言葉で止まるようなそんな柔な覚悟で戦っているわけではないのだ。   

 

(その為にもコイツは必ず葬らねばならん!我が全身全霊を持って!)

 

 この呼びかけてくるふざけた人間よりも目の前の勇者の方がよっぽど手ごわかった。自身の魔法もウラノスのブレスも回避と防御を繰り返して、それでも執拗に迫ってくる。

 

「はぁ…はぁ…」

「恵理、平気か?」

「冗談、最後まで諦めないよ」

 

 騎手の少女なんて汗だくで、それでもまだ闘志は尽きていなかった。それは勇者も同じ、どんな言葉を駆けようとも意思を変える筈がないと分かっているだろうにそれでも挑むその姿にある種の敬意を感じた。

 

「こいつらを始末せねば、我らに明日は来ない」

 

 フリードの意識は完全に光輝に固定されていた。魔王から交戦を避けるように再三言われ続けてきたが、あろうことかフリードは光輝に惹かれてしまっていたのだ 

 

 

 

『最終通告をするよ。戦いを自らの手で止め長年の因縁を今この時を持って終わりにしてほしい』

 

 

 

 思えばそれが全ての間違いだったのかもしれない。

 

 

『そっか……そうだよな。お前たちにだって譲れないもんはあるわな。それじゃ、カウントダウンを始めまっす!』

 

 

 溜息とも苦笑とも取れるような声が聞こえてきた後、どこか陽気な声が響いて聞きた。

 

 

 

「フリード止めろ!止めるんだ!柏木もまだ待ってくれ!今ならまだ」 

 

「我が前から消え失せろ勇者!」

 

「ああもう!どいつもこいつも人の話を聞かないな!?」

 

 

『じゅう、きゅう…はち……ヒャア 我慢出来ねぇ 0だ!』

 

 

 

 

 

 

 

 光輝が絶叫を上げフリードが声を荒げた瞬間、地面から一気に黄土色の煙が舞い上がって来るのはほぼ同時だった

 

 



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戦争終結

これにて第四章の終了です。

実際この為にダブルクロスの設定をお借りしました。


 

「ゴホッゴホッ!グッ!?一体何なのだ!?」

 

 突如地面から噴出された黄土色の煙はフリードが反応する間もなく一気に上空まで巻き上がってきたのだ。何事かと驚き咄嗟に腕で口元を抑える。

 

(敵の罠か!?ここは奴らの本拠地だぞ!?もろとも自爆のつもりか?クソッ!考えがまとまらん!)

 

 視界が黄土色に染まる中咳き込みながらも頭をよぎるのは混乱した内容だった。敵の罠だと気が付きはするもののまさか自分の国に罠を設置するという常識外な行動。それは奇襲をしたのだというのにまるで来るのが分かっているかのような用意の良さ。

 

「ウラノス!早くこの場から撤退を…ウラノス?」

 

「………ゥゥ」

 

 なんにせよ今すぐにでもこの煙から逃げた方が良いのは確か。白竜ウラノスにこの場から離脱する様に命じるがなぜか反応が芳しくない。様子を伺えばに小さな鳴き声が返って来るのみ。  

 

「ウラノスどうしたというのだ!?ウラっ!?」

 

 相棒であり親友であるウラノスの異常を察知した時にはもう全てが手遅れだった。フリードの身体に違和感が出始めたからだ。

 

「ゴホッゴホッ!…ぶえっくしょん!」

 

 感じるのは急激な体のだるさと喉のむず痒さ。心なしか寒気がし、頭がぼんやりとする。無意識に額に手を当てればかなりの熱をもっていた。

 

(コレは…なんだ?私は……?もしかしてこの煙の…)

 

 そこまで考えて急に体が浮き上がったような気がして、周りを見渡せば自分が空中に体が投げ出されているのを感じた。

 それもそのはずウラノスがついに飛べなくなりフリードもろとも地面へと落下したのだ。

 

「グッ!?」

「ギュッ!」

 

 受け身を取ろうとするも力が入らず地面へと叩きつけられるかとフリードは熱を持った頭で身構えたが、思ったほどの衝撃は無かった。何か柔らかい物のがフリードと地面の間にあったからだ。

 

「ウラ…ノス?」

 

 ふらつく体を無理矢理動かして見たものは随分と衰弱してしまっている白竜ウラノスだった。自分が地面に墜落した時に力を振り絞ってクッション代わりになったのだろう。

 

 

「クソッ…人間族め、まさかこのような罠を張っているとは」

 

 自分が落下した場所は王都の中の住宅街だろうか。見回せば黄土色の煙はいつの間にか消えてなくなっていた。

 

 自分の急な体調の変化に白竜ウラノスの衰弱。原因なんて一目瞭然であの黄土色の煙のせい。勇者との戦闘に時間をかけていたせいで罠の気配にすら気が付かなかったのだ。

 

(クッ 人間族の卑劣さもそうだがこのような罠にかかってしまった私も私か)

 

 先ほどの声はこの事に対する警告だったのか、味方を巻き込んだ罠など気狂いでしかないがそれを予想できなかった自分もまた愚かだった。

 

「それよりもまずはウラノスの治療を…いや、アイツ等と合流を」

 

 ウラノスを治すかそれとも一度引いて部下と合流するべきか。熱に浮かされる頭でとっさの判断を迫られるフリードの前に地面から降りてきたのは勇者天之河光輝だった。

 

「恵理!大丈夫か?無理はしないでくれ」

 

「平気…だよ。ほんのちょっと怠いだけで」

 

 降りてきた光輝は少女の介抱をしていた。汗を流しながら気丈に笑う少女に視たところ何一つ異常が見られない勇者。何故違いが出てくるのかと疑問に出てきた所で能天気な声が聞こえてくる

 

『さて、みなさん俺の渾身のお薬の効果は如何かな?戦闘に夢中だったから存分に吸ったっしょ?』

 

 くすくすと笑っているような声だった。この自分がふらついている光景もどこかで見ているのだろうか、それにしても何とも胸騒ぎがするような煽った声だった。

 

 

 

 

「柏木!一体何をしたんだ!?恵理が治らないんだ!」

 

 光輝は恵理に向かって何ども治癒魔法をかける。しかしその効果は一向に見られず恵理の顔色は悪いままであり治る気配が無い。焦った光輝が空に向かって叫べばまるで見越したかのように柏木の声が響く

 

『ああ、毒じゃないから心配はしないでくれよ。その煙の効果を滅茶苦茶簡単に説明すると風邪を引いた状態にさせるんだ』

 

「…風邪?」

 

 確かに改めて恵理を見れば症状は軽度の風邪の症状だった。妙に熱っぽく顔の赤みが増していて時折せき込んでいる。自分達と同じように地面に落下したフリードも体調が悪いのか荒い息を吐き体がフラフラと揺れていた。

 

「でも、どうして俺は平気なんだ?」

 

 呟くのはそんな疑問。恵理やフリードは症状が出ているのに、自分は何ともないのだ。そんな当然の疑問は続いて聞こえてきた大馬鹿達の声によって解けてしまった

 

『お?何ともなかった人達も居るみたいだな、良かった良かった人間まだ捨てたもんじゃないって事か』

 

『柏木君説明しないと何の事やらさっぱりな人がいるよ』

 

『ふむん、それでは説明しよう。その煙はな、人に対して敵意や殺意を持った者に効くんだよ。『犯因症』っていうのか?兎も角人に対して敵意を持った奴はもれなく風邪をプレゼントだ』

 

 馬鹿2人の説明を聞いて納得する。確かに自分はフリードに対して敵意は愚か殺意を抱いてはいなかった。ただ戦いを止めて欲しいというそれだけで食い下がっていたのだ。

 

「はは…光輝君アイツ等最低最悪の策士だよ」

 

「恵理?」

 

「この戦場で…相手に対して敵意を抱くなってのは土台無理だよ…皆が皆光輝君じゃないんだから」

 

 息を荒くしながらも出した恵理の言葉は正論だった。この戦場においては当然であるその感情、だからこそ恵理やフリードには効果が出てしまったのだ。

 

『ちなみにだけどその煙は魔物に対しては致命傷なレベルの猛毒だからね』

『戦っている人は風邪で立っているのもやっと。糞ゴミな魔物は猛毒で全滅。うんうんこれぞ平和的解決って奴ですな♪』

 

「何処が平和なんだよ…」

 

 何とも言えない顔でそんな言葉が出てしまうのはどうしようもなかった。確かに遠くの方で魔物が口から吐しゃ物を吐き痙攣しながら倒れる魔物の姿を見れば猛毒の類なのは間違いないのかもしれない。でもそれはそれとしてそんな薬を味方が居る戦場で(しかも避難民もいる王都で!)まき散らすなんて正気の沙汰とは思えなかった。 

 

 そんなクラスメイトの鬼畜の所業にドン引きしているとまたもや放送が流れてきた。

 

『…風邪をひいた時って辛いよな。体はだるいし頭はボケーっとするし、正直死ぬんじゃないかなってそう思うよな。……それなのにまだ戦おうって言うのかよ』

 

 何処か呆れと感心が混じった声。風邪の症状が辛いのは光輝だって知ってるそれなのに戦おうとする者がいるなんて…そう考えた時目の前に迫る炎の玉をほぼ無意識で光る剣で防いだ。

 

「っ!? フリード!?」

 

「それが…なんだ!私は…私たちは負けるわけにはいかないんだ!」

 

(そうか…そうだったな)

 

 目の前にはふらつきながらも闘志をみなぎらせるフリードが居たのだ。美丈夫だったその顔は熱を持ってか赤くなり汗が流れ呼吸が乱れ…それでもまだ闘志は尽きていなかったのだ。

 

「…止めようフリード。貴方方の戦力である魔物は死んだ。もうこれ以上は」

 

「それがどうしたというのだ!只の駒が死んだところで我ら魔人族は折れるものか…私一人になっても!決っして諦めん!」

 

 漲るその姿に光輝は言葉を失う。柏木が散布した薬は戦場にまき散らすつもりからして生易しい物ではない筈だ、病魔の様に蝕み地に臥せさせるその効力をもってしても、その体の不調を凌駕するほどの精神がフリードにはあったのだ。

 

『うーん、風邪をひいたら止めると思ったんだけど…』

『魔人族って結構丈夫なのな』

『ま~だピンピンしている奴が一杯居るよ』

 

 そのフリードの姿を肯定するかのような二人の会話が流れてくる。フリードのほかにもまだ気合で戦おうとする魔人族が居る事に光輝は苦虫を潰した様な顔になる。

 

(ここまで…そこまでして止まれないのか?)

 

 信念や覚悟のせいで苦しむその姿、それがどれほど余計な苦痛を生むのか。そんな光輝の感傷を状況は察してはくれなかった。

 

「グッ!?ぐほっげほっ ヌォォォオオ!?」

 

 フリードの顔色が赤から青色に変わったのだ。何が苦しいのか今度は鼻を摘まみ吐き気がするのか何度もえづきはじめたのだ。 

 

「な、何が起きたんだ?」

「うぇぇええ……」

「恵理?平気か」

 

「光輝君…なんかそこら辺から変な匂いがするぅ」

 

「……は?」

 

 まったく意味が分からないと怪訝な声を出せば説明するかのように放送が流れてくる

 

『風邪をひいてそれでもまだ戦う、うん、一応想定はしていたんだ。だからそんな強情な奴にはシュールストレミングをプレゼントだ♪』

 

「……うん?」

 

 今柏木はなんといったのだろうか。妙に明るい声でとんでもない事を宣ったような気がして、光輝は思わず耳を疑ってしまった。

 

『ちょっと?』

 

『その煙には段階的に症状が酷くなる仕組みがある。大人しく武器を降ろせば風邪だけで止まるんだよ。それでもまだ敵意を消せず戦おうって言うのなら、シュールストレミングの匂いを嗅ぎながら戦いなぁ!』

 

「………さ、最低だ」 

 

 シュールストレミング、それは光輝達が住む地球で最も臭い食品として名高い発酵食品だった。中身はニシン塩漬けであるはずだが匂いは強烈その物で 、放置しすぎた生ゴミだとか極まった公衆トイレだとか兎に角酷い匂いのするものだった。

 

 幸いにも?光輝にはその匂いは感じられない。先ほど言った敵意が感知されなかったからだろう。だが恵理とフリードは?

 

「うぇぇええ 酷い匂い…」

 

「グホッ!?ゲホッ!?…オロロロロロ」

 

(ひ、酷い状況だ)

 

 鼻を摘まみ涙を流す恵理とせき込んで遂には胃の中にあった物を戻してしまったフリード。もはや戦争がどうとかいう話ではなくなってきたような気がした。

 

『ねぇ何それ?確か風邪をひいてそれでも動く奴には麻痺をさせるって話だったはずだけど?シュールストレミングとか僕そんな話聞いてないんだけど?』

 

『あははは、俺はちゃんと警告したぞ。それを無視した奴にはそれ相応の報いが来るのは当然じゃないか』

 

『……いや、君はそれでいいのかもしれないけど王都が汚都になるんだけど』

 

「そこは止めとけよ南雲!?」

 

 静観してしまった南雲につい突っ込んでしまう光輝。流石にこれ以上はどんどんマズくなるのではないかと冷や汗が流れてしまう。現に例え這いつくばりながらもフリードはそれでも闘志を消していなかったからだ。

 

「ふ、ふふ…たとえ汚濁に塗れようとも…我らは屈さんぞ…人間どもぉ…」

 

 ズリズリと這いずりながらも向かって来るのはある種の狂気を感じるほどだ。顔は真っ青で意識があるのかすら怪しい呂律。それでもまだフリードは戦う事を諦めようとしないのだ。

 

「なんで…何でそこまでするんだ?」

 

 光輝にはわからない。はっきり言えばこの状況魔人族が圧倒的な不利な状況なのだ、柏木が散布したあの煙で魔人族の戦力である魔物は全滅。そして魔人族事態も風邪を引き圧倒的な不調によりパワーバランスはもはや崩壊しているのだ。…人間族も巻き込まれている可能性もあるのだが

 

 皮肉にも電撃作戦の人間族の本拠地を奇襲するという作戦の時点で魔人族は敗北する運命だったのだ。 

 

「分かるものか…ようやく…我らに平穏が訪れるのだ…。貴様らが死にさえすれば…」

 

 息も絶え絶えでそれでも向かってくるフリードの口から出たのは怨嗟のような声。ほぼ死に体の状況でまだ消えぬその意思は光輝の想像を超えていた

 

「勇者よ…貴様にはわからんだろうな……魔人族の命運を背負った我らの意思なぞな」

 

 そう語るフリードには光輝には知らない宿命でもあったのだろうか。巻き込まれ請われ、それから自分で願い考えそうして今この場に居る光輝には計り知れない。そんな思いが魔人族にはあるのだろうか

 

(……俺にはわからない)  

 

 だが光輝にはわからない、あくまでも光輝は平和な日本で育ってきた高校生であくまで想像することしかできないのだから。

 

「光輝君、終わらせてあげなよ」

 

「恵理?」

 

「結局相手の事なんて考えたところで意味なんてないよ。こんな状況じゃ特にさ」

 

 ある程度容体が回復したのか、恵理は真っ直ぐに光輝を見つめてきた。そして光輝はまた恵理の言葉もまた正しいのだと感じた。

 

 この戦場で相手の事を推し量ろうとするは間違いであり、さっさと終わらせるべきなのだと。それが戦場に立つ者の当然の考えであり常識だったのだ

 

(…自分がどんな思いをしても相手にとっては意味が無い、か)

 

 つくづく辛辣な場所だと光輝は溜息が出そうになる。戦争参加を押し付けてきた王都の人間に、深夜にいきなり奇襲してきた魔人族にその悉くを踏みにじるクラスメイト。

 

 ままならない、そう光輝が思った所でその放送は響いてきた

 

『すげぇよ。アンタら本当にスゲェよ』

 

 その声には強い感心の感情が含まれていた。それが誰に対して向けられたものか光輝は何となくわかった。

 

『フラフラになって汚物を垂れ流しそうになって、そうしたら止めるって俺は思ってたんだぞ?それがまぁ…まだ戦おうって、ホント凄いよ』

 

 惜しみの無い称賛なのだろう。実際光輝自身も賛同は出来ないがフリードのその覚悟はすさまじいと思っていた

 

『アンタの事勇者って呼ぶんだろうな。魔人族の勇者。うん、だからそんなアンタに敬意をこめて一つプレゼントするよ』

 

「――――――――あ」

 

 そう言った瞬間だった。フリードが一言呟いて崩れ落ちてしまった。遂に立てなくなったのか、体力が限界になったのかそう思ったがフリードの顔を見た瞬間、光輝は酷く顔を覆いたくなった

 

「お”っ♡ お”っ♡お”っ!?♡」

 

 顔は完全に紅くなり涎をたらして奇妙なうめき声をあげる先ほどまで決意に満ちた美丈夫。時折身体を震わせビクンビクンしているところからして何の薬をその身に浴びてしまったのか、疎すぎる光輝でもわかってしまった

 

『よく効くだろ?流石にこれは最終手段だと思っていたがまさかこの症状が出てくるまで凄い男が出たとは…うーんやっぱ魔人族って凄いんだな!』

 

『あー …一応聞くけど何の薬を使ったんだい?』

 

『皮膚の感度が三千倍二なるお薬。そよ風を受けただけで逝き狂うって奴よ』

 

 

「……えぇ」

 

 完全にドン引きだった。明らかにヤバイ薬を王都中に拡散させるとか柏木は頭がおかしくなったのだろうか、いいや元から変だったが遂におかしくなってしまったのかもしれない。

 

「アイツ、救いようのない馬鹿だ」

 

「…うん、俺もちょっと擁護できないかも」

 

 これが動きを止めるだとか気分が悪くなるだとかならまだ用語は出来そうなものだが、流石にここまでくると悪辣だ。柏木の中ではトータスの人達は実験動物か何かにしか見えなくなってしまっているのだろうか。

 

 そんな考えで恵理と同じように深い溜息を吐いたのだが隣の少女は違ったようで 

 

「何で光輝君には効かないないんだよぉ!そこは効くようにするのが常識だろうがチクショォォオ!!」

 

「恵理、そう言う話じゃないと思う」

 

 目の前にはアヘ顔を晒して痙攣するフリードに隣では柏木への暴言を連発する少女。

 

 

 今度こそ光輝は顔を覆って深い溜息を吐くのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのさぁ、ちょっとこれはやり過ぎじゃない?」

 

 モニターに映る阿鼻叫喚を見て溜息を吐き隣に居る親友に苦言を出すのも仕方なかった。

 

 本来ハジメの計画では王都に魔人族が集まってきた時にトラップとして発動、風邪を引いてそれでも動く者には麻痺をさせて身動きが取れなくなった魔人族を拘束するというプランだった。

 

「そうか?でも俺本当に何度も警告は出したはずなんだけどな。止めとけって」

 

 マイクのスイッチを切りこちらに向き直った親友の目はどこか爛々と輝いている。 

 

(確かに言ったけど…それ、聞き入れてくれるはずがないって分かってたよね?)

 

 確かにやめろとは言った、だがその内容には親友の無自覚な悪意が含んでいるのをハジメは感じ取っていた。

 

 どのような状況だとしても人の言葉で止まるのなら戦争なんて起きる筈がないのだ、それを分かってた上でトラップを仕込んだのは自分だ。

 そして親友もそれに同意した。だから親友は理解していたはずだ、必ずこの罠が魔人族に引っかかると。そして王都の人間もまた同じように。

 

 それなのに、わざと醜態を見せつけるような薬を親友は作ってしまったのだ。

 

「あ、オイ見ろよ南雲。あの指揮官ビクンビクンしてる、やっぱ三千倍って凄いな!」

 

 無邪気にモニターを指し示す親友のその指先では魔人族の指揮官が地面に倒れ何度もぶるぶると震えていた。それが面白いのか親友の顔は喜色満面だ

 

(……はぁ)

 

 溜息は一回だけ。親友のトラップの内容を任せっきりにしていたのは自分だしこの計画を立てたのも自分だ。だからこれはまぁ必要犠牲という奴なのだろう

 

「うん?どうした南雲?」

 

「ごめんね」

 

「お、クエッ”!?」

 

 奇声を上げ一気に気絶し沈黙してしまった親友。何てことは無い、首を絞めて落しただけだ。 

  

 ずるずると力なく倒れる親友を椅子に座らせ改めて大きな溜息。後はマイクを握りモニターに流れる王都を見て、再度深呼吸。

 

『あーあー王都の皆さん聞こえてますか?聞こえてると思って声を掛けます。今王都を攻めてきた魔人族と魔物なんですが、全員壊滅しています。まぁ平たく言えば人間族の勝利です』

 

 放送を流し、改めて状況を伝える。魔物はあの煙によって例外なく即死し魔人族もまた風邪の症状でフラフラだった。

 後に残されたのは、体調を崩しふらつきながらいきなりの状況に困惑しているハイリヒ王国の兵士達や騎士たち、自衛していた冒険者たちなど戦っていた者達だった。

 

『改めて言いますが、戦争は終わりました。だから武器を持っている人、まだ戦おうとしている人は止めて下さい、魔人族と同じように悲惨な目には遭いたくないでしょう?』

 

 戦争終了。その言葉を改めて王都の人間たちに知らせると、勝利したという喜びを爆発…させる事もなく物凄く居た堪れないような顔をする者達がモニターには映し出されたのだ。

 

 その者達が向ける視線の先にはピクリとも動かない魔物に息を荒くし倒れ込んでいる魔人族。自分たちが倒したのではなく罠によって病気で倒れてしまったというなんとも後味の悪い勝利だったのだ。 

 

『今からの戦闘行為を全て禁じます。攻めてきた魔人族に敵意を持つのは仕方のない事かもしれません、ですが倒れている魔人族を傷つける行為をすれば、貴方方もまた同じように…いえ、それ以上に悲惨な事になります。…うん、ご理解感謝します」

 

 戦闘行為を中止しなければ悲惨な事になる、そう認識させてしまえばこれ以上倒れている魔人族たちが傷つくこともなく酷い目にあう事もないだろう。そう含ませる言い方をすれば、人間族は武器を降ろしていった。

 

 後は大丈夫だろうと判断し、見知った顔をモニターに映し出す。物凄く苦い顔をした頼れる大人の一人だ

 

『ホセ副長聞こえますか? 申し訳ありませんが魔人族の拘束や運搬など諸々の後始末をよろしくお願いします』

 

 申し訳ないと思いつつもこういう時はホセの力を頼る事にした。魔人族は拘束さえしてしまえば無害であるし何より解毒薬を作れるのは柏木だけなのだ。回復しまた襲ってくることや逃げ出すのは不可能である以上もう脅威にはなり得ない

 

『あーあー 皆聞こえる?悪いんだけど騎士団の人達と協力して後始末をお願いしてもいいかな?……うん、君達の言いたいことは尤もだと思うけど、その処遇は後でお願いするよ」

 

 戦っていたクラスメイト達にはそのままホセのサポートに入る様に頼んだ。皆が異常な力をもっているのであれば、後始末も順調に行くだろうし何より野村のゴーレムが居る。アレが居れば後片付けば楽に行くだろう。

 

 光輝は勿論、清水や檜山を筆頭に何人かのクラスメイトが何かを言いたさそうなのを苦笑して見送った後、ハジメはモニターの電源とマイク放送の電源を消した。

 

 もうこの戦いでするべき事は終わった…戦争は終わったのだ。

 

 

  

 

 

 

 

「はぁー ま、こうでもしなきゃ守れないって事だよ」

 

 椅子に深く座り直し、気絶して図々しくもいつの間にか寝息を立て始めている親友の頬を遠慮なく突く。

   

 南雲ハジメが計画した防衛計画。それは王都に住む人間族を囮とした王都全体を巨大な罠にする事だったのだ。

 

 魔人族が攻めてくる以上どうしたって王都が戦場になる。魔法の関係や魔物の数などを考えても人間族が攻める事はどうしたって出来ないとハジメは考えていたのだ。

 

 だったら魔人族を一網打尽にし戦争を手っ取り早く終わらせる方法は何か、そう考えた時王都を罠にすることを考え付いてしまったのだ。

 

「カトレアが迷宮に居た以上、魔人族が攻めてくる方が早い。そしてその場所はこの王都だ」

 

 カトレアの居た場所、そして魔物の数と質。どうしたって人間族だけでは王都を守り切れることは出来ず、またクラスメイトの力がいかに強くても個々の力ではどうしたって無理が生じると考えた時、すらりと王都を罠にする計画が浮き上がったのだ。

 

 

 罠の内容は流血沙汰にならない様に毒ガスを使う事が自然と湧いて出てきた。血を流さず傷つかず、スマートで尚且つ脅威はしっかりと刻まれるように。

 

「大まかな薬の内容は柏木君頼み、でもこの王都中にまんべんなく届くようにするのは僕の役目」

 

 計画を練った地図を取り出し、マーカーをなぞる。錬成師としての仕事をしていたお陰か王都中のパイプラインを考えるのはたやすい事だった。

 後は錬成とモルフェウスの力を応用するだけの単純作業。懸念事項としては親友が作った煙が行き渡るかどうかだったがそこはオーヴァード、何もかもが自分の思う通りに動いてくれたのだ

 

「作戦勝ちって所かな。まぁ大部分は君のお陰なんだけど」

 

 親友の額を何度もぺシぺシと叩く。自分一人の力ではこうはいかなかったが親友が手を貸してくれたお陰で上手く行った。

 その事に安堵と多少の愉悦な気分が出てくる。

 

 

「……これで人間族と魔人族は戦いを止めざるを得なくなる」

 

 うっすらと考えるのは仄暗い事。あの煙がどのような物か魔人族を見れば人間族は理解するだろう、そしてその薬をまた自分達もまた吸ってしまったという恐怖感が染みついているだろう。

 

 戦争を無理矢理止めてしまった薬を作ったの誰であるか、()()()()()()()()()の解毒剤が作れるのは誰なのか。そしてその人間が何を願っているのか。

 

 人間族は気付かなければいけない、魔人族は身を持って分からなければいけない。

 

「ほら、これで良いんだろ糞エヒト。これがお前の見たかった光景なんだろ」

 

 どこかでこの愉快な光景を眺めているであろう神に煽る様に吐き捨てる。何処にいるか分からず、存在自体が怪しい神だが自分達を呼び出した元凶であることは間違いない。

 

 イシュタルは召喚されたハジメ達に対して人間族を救う事こそが地球帰還への一歩だと宣っていた。だからハジメはその通りに行動をしたのだ。

 

 人間族が勝てる様にしろとエヒトは言わなかった。魔人族を殺せとはエヒトは言わなかった。だからハジメはこう解釈をした。

 

『人間族、魔人族、双方を共倒れにさせる』

 

 振るう力をなくせば戦争をやっている余力なんてなくなる、だから魔人族は当然として人間族も巻き込んだ。ハジメにとっては人間族も魔人族もどちらもトータスの生き物であることに変わりなかったのだ。

 

 そして又、親友も同じように考えある非道な計画を立てて実行してしまった。捕まえた魔人族カトレアを利用して、自分と同じように戦争を止めるための、魔人族の命運を左右させるような優しくも愚かな計画を

 

  

 

「…トータスの命は親友が握っている。だから、いい加減茶番を終わりしろよ」

 

 トータスの戦争終結を画いた錬成師は仄暗い笑みを浮かべながら嗤うのであった 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに初期案ではもっと酷い症状になる予定でした。
次から最終章です。恐らく十話以内に終わる予定…だと思います。何時投稿できるのかは分かりません。

感想があればどうぞー投稿が早くなるかもです





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最終章
終わり良ければ全て良しなんて話ではないのだ


前回までのあらすじ

何か異世界に召喚されたよ!戦争終わらせないと帰れないんだって!
色々とあったけど皆強くなったよ!何か裏でコソコソしていたみたいだよ!
戦争が始まったよ!敵味方もろとも戦闘不能にしたよ!やったぜ


期間を開けてしまい申し訳ありません。今回から最終章です。風呂敷を畳めるか不安になりつつ始めていきます


 

 

 

(何なのだこれは……一体どういう事なのだ!?)

 

 自分は至宝の存在だった。ありとあらゆるものが平伏し、その実全知全能と呼べうる存在だった。

 

 だが、この状況は何なのだろうか

 

「そう困った顔をしないで神サマ。ほらいつもの不遜な態度はどうしたんだい」

 

 にこやかに笑う自分の敵対者。その存在自体があり得ない筈なのに存在してしまっているという矛盾。

 

 思考は混迷を極め対する処方も悉く打ち滅ぼされている。現に今隙だらけのその敵対者に切りかかった神の使徒が音も出さずに光の粒子となっていく。

 

『どうしてだ……何故我に逆らうのだッ!アルヴヘイトよ!』

 

 堪らなくなった神は目の前の敵対者であり腹心であるはずの男に叫ぶことしかできなかった。

 

 

 

 事はほんの数刻前だった。ガラスが割れたような不快な音を立てて突如として神のいる空間にアルヴヘイトが襲撃してきたのだ。

 

「やぁ お邪魔するよ」

 

 困惑する神を気にすることもなく淡々と歩み寄って来るアルヴヘイト。顔はどこまでも穏やかに笑っておりいっそ遊びに来たと言った方が適切

なほどだった。

 

『なっ!?何をいきなり血迷った!?』

 

「うん? …あーなるほど気が付かないんだ。そっかそっか」

 

 何やら一人納得が言ったかのように頷いたアルヴヘイト。その金色の髪を撫で上げると困ったかのようにとんでもない事を口走ったのだ

 

「悪いけど君が要らなくなったんだ」

 

『は?』

 

「これからは僕が神さまをやるよ」

 

 何を言ってるのか、何をしているのか。考える暇もなくアルヴヘイトは実に当然の様に攻撃してきたのだ。

 

 

 

 

 それが数刻前の話であり、そして今現在エヒトルジュエは苦境に立たされていた。何せ自分の攻撃全てが軽く振り払われてしまうのだ。魔法や光弾が文字通り軽い腕の一払いで消滅し、神の使徒は何も出来ない。

 

 今まで神として至上の存在はたったわずかな間で驚くほどの矮小な存在になってしまっていたのだ

 

『貴様ッ!我を誰と心得る!至上の神にして全知全能の神ぞ!』

 

「神?ゴメンね、僕はダイスの女神様とハヴォック神意外は信じないんだ」

 

『……何を言ってる?いや、そもそも貴様は、誰なのだ?』

 

 奇妙な言動をしてくる男にふと違和感を持つ、今目の前にいる男は誰なのかと。腹心であったはずのアルヴヘイトか?いや違う、こんなふてぶてしい態度はとらない。では依代となった吸血鬼の男か、いやそれにしては奇妙なほどに力を感じない。

 

 では一体目の前にいる男は何なのか。 

 

「っていうかさ。さっきから神神言ってるけど君そもそも神じゃないよね」

 

『――――な』

 

 何故その事を知ってるのか、どうしてその事を、それを聞く前に男は自分に触れてきて 

 

 

 

 

 そ

 

 

 

 

 

 し

 

 

 

 

 

 

 て

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今日から僕がエヒトルジュエだ。…ふふ、とんだ茶番劇になるね主人公君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔人族の襲撃から一夜明け、数々の被害状況を騎士団や兵士で確認し、人手の足りなさを野村が作り出した小さなゴーレムたちで後始末をしているときハジメは騎士団に呼び出されていた。

 

「……何か言い分はありますか?」

 

 心労の溜まった顔でハジメを見るのはハイリヒ王国騎士団副長であるホセ・ランカイドだ。団長であるメルドが暴れまくったツケの代償として身動きが取れず不在の今ホセが騎士団の総括をこなっていた。

 

 尤も現状ホセにとっては優先するべき事があり部下たちの指示はアランに任せていることになったが

 

「僕にとっては最善の方法でした、まさか直ぐに使う事になるとは思ってもみませんでしたが」

 

 にがい顔をするホセに対して一方のハジメは開けっ広げな態度だった。だからこそホセにとっては溜息が大きく重くなってしまう

 

「……戦闘をしていた魔人族はもれなく全員治療不可能の体調不良に陥りました。お陰で拘束は滞りなく行えましたが…」

 

 実際魔人族は全員が風邪の症状によって戦闘が困難な状況に落ち射ていたのだ。その為拘束自体は楽に行うことが出来、全員王城にある牢屋へと連行することが出居たのだが…

 

「問題は味方にも被害が出たという事ですか」

 

「…ええ、その通りです南雲君」

 

 ハジメの言う通り、体調不良に陥ったのは魔人族だけでは無かったのだ。戦闘に参加していた兵士は勿論騎士団の中からも、王城に居た非戦闘員、避難していた民間人さえも巻き込まれてしまったのだ。

 

「……あなた方のお陰で死人は出ませんでした。ですが民間人を巻き添えにするとはどういった了見でしょうか」

 

 ハジメ達の計画によって魔人族の襲撃は収まった。結果的に言えば未曽有の危機を回避することが出来たのだ。魔人族や魔物との戦闘により負傷する者はいた。

 

 しかし死者は居なかったのだ、奇跡的ともいえるほどに死者は誰一人いなかったのだ、敵も味方すらも

 

 

 だが、それで良かったでは済まされないのだ。

 

 

「戦闘に携わっていた者達、そして非戦闘員、誰も彼もあの煙の影響を受けています。…老若男女区別なくです。南雲君、貴方はどうして味方を巻き込むこの作戦を考えてしまったんですか」

 

「そうですね。まぁ色々とありますが、戦争になるのならやっぱり誰も彼も当事者になるじゃないですか。だから無関係だとそう言って助けを乞うだけの人たちが嫌だったからです」

 

「…それは、自分たちに戦わせて安全圏に身を置こうとする者達への八つ当たりですか」

 

「……」

 

 ホセの断言にハジメは薄く笑ったまま肯定も否定もしなかった。どこかで感じていた召喚された者特有の驕りをホセは感じていた

 

「良いじゃないですか、後は柏木君のアレが上手く行けば戦争は終わるんですから。それにあの煙の解毒薬はもうできています」

 

「解毒薬とは?」

 

「広場にある噴水。アレ全部があの煙の解毒薬になっています。飲ませればすぐに回復するので問題ありませんよ」

 

 あの作戦では必ず王都の人間も被害に遭うのは目に見えていた。だから解毒薬は用意していたのだ。噴水ならば水の量もたくさんあるし何より解毒薬はコップ一杯分で事足りつつ即効性があるのだ。被害が出ても全てが終ってから悠々と飲ませればいい

 

 故にハジメは王都の人がどうなろうと余り気にしていなかったのだ

 

「だから何をしていてもいのだと?」

 

 だがそれで終わりではないのも事実だ。ホセにとっては守るべき民間人を巻き込んだ張本人であるし、味方だと思いたかった人物でもある。裏切られたとまではいかないがそれでも頭にくるものだってあるのだ

 

「……私は君達を味方だと思っていました、世界が違えど分かり合える人達だと」

 

 出てくる声は限りなく低い、心情を吐露するその声音は南雲ハジメに対するホセの複雑な内面を表すかのようだ。

 

「だから、出来る限り君たちの力になってあげたかった、戦争に加わってほしくなかった……故郷へ帰してあげたかった」

 

「でも今の貴方達では戦争を終わらせることは出来なかった。侵攻も防衛も何もかもが魔人族より遅く只々むやみに時間を消費していたのが現状だった」

 

 どれだけホセやメルドがハジメ達の事を思ってもハジメからしてみれば地球へ帰れない以上は冷ややかな対応になってしまう。

 

 現にもし魔人族が襲撃をしてこなかった場合一体いつ人間族は魔人族と雌雄を決するための戦いを始めるというのだろうか?ハジメにとっては人間族の危機として呼ばれた以上攻め込む可能性は低いとある種の諦観を持っていたのは事実だった。

 

「被害?犠牲?ああ、確かに何人かは巻き込まれたかもしれない。でも別に良いじゃないですか」

 

 だからハジメは冷ややかに鼻で嗤う。まるで正当性を盾にして弱者をいたぶり酔っているのかの様に 

 

 

「あんた達では到底できなかったことがたった一日で終わったんですから」

 

 

「――」

 

 ハジメの皮肉にホセの目に殺気が籠る。普段副長として冷静だった男の殺気に周囲の空気が凍ったかのように重圧が掛かる

 

 

 一触即発、そんなホセとハジメの間に割って入った者が居た

 

 

「よう、邪魔するぜ」

 

 両者の睨み会いをまったく気にした風もなくやって来たのは檜山大介だった。突然の来訪者の乱入だが二人とも視線を檜山に向けることはない

 

「…檜山君邪魔だよ」

 

「檜山君、今取り込み中です」

 

両者から出るのは拒絶の声、今目の前にいる人間に隙を見せないという意思表示を檜山は軽く鼻で嗤いハジメに近づいた。

 

「ホセ副長、ちっと南雲を借りるっすわ」

 

「…何か用」

 

 檜山に向けるハジメの視線は鋭い。その目はクラスメイトに向けるものではなく自分の邪魔をした障害に向ける敵意の混じった目だった。

 

 見るものが見れば肝を冷やすハジメの目をやはり檜山は気にすることもなく嘲笑う

 

「はっ 随分と良いご身分だな?あぁ?南雲の癖によ」

 

「……あ?」

 

「おいおい、そんな腐ったチンピラのような目をすんなよ、バカみてぇだぜお前」

 

 明らかな檜山の挑発にハジメの目がますます鋭くなる。いやむしろホセの時と比べていつでも掴みかかりそうなほどにハジメの機嫌はすこぶる悪くなっていった 

 

「その小汚い面を僕の目の前にさらして何?ぶっ飛ばされたいの?」

 

「はぁ~あのなぁ何か聞こえてきたと思ったらいつまでも過ぎたことをグチグチとみみっちく喚く馬鹿な声が聞こえてな、どうしようもねぇクズの面を拝みに来たんだよ」

 

 そんな事も分かんねぇのかよ、そうニヤニヤと笑う檜山の明らかな挑発に今度はほぼ無意識で『ハンドレットガンズ』の異能を使いこれまた無意識で作った大型のリボルバー拳銃を檜山に向けていた、

 

「……その口を閉じろ檜山。風穴開けられたいのか」

 

「お?なんだイキリ玩具を取りだしちまって、怒っちまったのか?」

 

 銃口を突き付けられ、それでも檜山の揶揄は止まらない。大型リボルバーをちらりと見てほんの一瞬だけ眉根を寄せたがすぐに皮肉気に笑った。

 

「つか、さっきから聞いてればなんだお前。僕が戦争を止めましただぁ?ホントお前愛でてぇ頭してんな」

 

「……」

 

 ガチャリとはっきりとわかる様に撃鉄が上がる。後は引き金を引くだけで檜山の頭はザクロがはじける様に吹き飛ぶだろう。

 

「んな、気取った言い方すんなボケ。ハッキリ言えよテメェら異世界人全員気に入らねぇってな」

 

 ハジメの持つ銃が玩具ではない事を檜山は薄々理解している。それはハジメが握っている大型リボルバーがどこかから流れ込んだ記憶で見たものと同一だからだ。その威力を檜山は理解している、撃たれたら必ず死に至る兵器だという事を

 

 だが檜山は決してハジメから目を逸らさなかった。 

 

「はぁ…もういい分かった。さっさと」

 

 溜息一つ。それだけでハジメは檜山を殺すことにした。人の命を何とも思っていない、余りにも軽い動作で引き金を引こうとして…

 

 

 

「何時まで子供をやってるんだお前は」

 

「―――――」

 

 

 檜山のその一言で引き金を引こうとした指の力が止まった。堂々と言い放った檜山のその言葉がハジメの引き金を止めたのだ

 

「やられたからやり返す?襲ってきたのは向こうからだ?巻き込まれたから仕返しした?…あのなぁいつまでお前は被害者面してんだ?」

 

「被害者面って、実際僕達は被害者側だよ。そんな事も分かんないの檜山」

 

 被害者面、その言葉に思う事があったのか、銃口は外さずに檜山に反論するハジメ。しかし檜山は反論を一蹴する

 

「なるほど、確かに俺達は被害者って奴だ。このトータスの奴らに勝手に誘拐をされたも同然だ」

 

「なら」

 

「んで、それがどうしたって言うんだ」

 

「っ!」

 

 心底それの何が問題なのかと笑う檜山。その余りにも気にし無さ過ぎる反応にハジメは困惑する。

 

「なぁ知らなかったのか?お前らは何時までもそう考えてたのかもしれないけどよ。俺達はとっくの昔から被害者だって思ったことは無かったぞ」

 

 檜山自身、確かに戦争沙汰に巻き込まれたことに対して憤慨することはあった。しかしトータスの人たちと交流し日々を過ごしていったとき自然と被害者だとか巻き込まれただとかは考える事は無くなっていったのだ

 

「そもそも元凶はエヒトっつうクソ神だけで此処の奴らを逆恨みすんのは筋違いだろうが」

 

「っ!」

 

「むしろ、過ぎてしまったことをいつまでも根に持って、いざ事が始まったら悪いのは相手だって?おいおい、そりゃ餓鬼の言い分だっつの」

 

 南雲ハジメはずっとこの異世界の惨状に鬱屈した思いを持っていた。それは親友が死にかけたあの時から始まりため込んでいた怨みと憎しみだった。

 

 しかし他のクラスメイトは死の恐怖には怯えていたものの、トータスの人達を憎悪することは無かったのだ。

 

「いつまでもいつまでも相手が悪い、自分は悪くないだって?はっその理屈、まるで餓鬼その物じゃねぇか」

 

「………」

 

「どういった事情にせよ関わった時点で俺達は被害者加害者関係が無くなるんだよ」

 

 だからお前のそのひねくれた思考が気に入らない、そう檜山はリボルバーを気にせず言い放ったのだ。  

  

 

(……子供、か)

 

 ハジメの内心は複雑でしかしどこか納得するような諦観のような物が溢れていた。他者から言われて改めて自分のやっていることが分かる、相手が悪い自分は何も悪くない、だから自分には何をしたって良い権利がある。

 

 それはまるで駄々をこねて屁理屈を宣う子供そのものだったのだ

 

(……そうかも、ね)

 

 檜山に言われたのは癪だが強い被害者意識があったのは紛れもない事実だったのだ。

 

 そして被害者を装って好きに暴れてしまっていたのもまた事実だ。まるで自分こそが強者だと言わんばかりに

 

 

 だから南雲ハジメは何時までも子供だったのだ。

 

 

「はぁ……まさかお前に諭されるなんて、な」

 

 気が付けば銃口を降ろし、皮肉気に笑っていた。深い自嘲の溜息と共に手にした大型リボルバーを砂へと変質させる。意味のない暴力を作り出してしまったのがまた実に情けない

 

「はっ 俺に言われなきゃわかんねぇ位暴走していたって事だ。つか、てめぇならもっとうまく物事を考えることが出来んだろうが、なに馬鹿なことしてんだよ」

 

「…返す言葉もない」

 

 溜息がさらに大きくなり自分の仕出かしたことで更に罪悪感が募る。オマケに他者に言われなければ自覚できなかった自分の幼稚な精神に更に嫌になる。

 

「んで、自覚したのならさっさと言えよ」

 

「あーー その、ごめ」

 

「俺じゃねぇよこの薄ら馬鹿。頭カチ割るぞ」

 

 檜山が何を言ってるのか、その意味を理解してハジメはようやく向き合った。

 

 

「……」

 

 こちらを見ているホセ・ランカイドは何も言わない。先ほどまでは敵だと思っていたような感情が今度は申し訳なさでいっぱいになる

 

「すいません、僕は大変な事をしてしまいました」

 

 深く頭を下げホセに謝罪の言葉を出す。力に酔っていた、町を守るためだ。色々と言葉は出てくるが、それを言うのは何か違うと感じたのだ

 

「…君が」

 

 少しばかり時間がたったころホセは重い口を開いた。咎める様な感情を抑え込んだような声音だった

 

「君が自分で反省をしているのなら私は多くを言いません」

 

「……はい」

 

「君なら何をすれば贖罪になるか理解しているでしょう。贖罪は行動でお願いします」

 

「分かりました」

 

 口数は少なかった。無理もない先ほどまでハジメはホセに敵愾心を向いていたのだから。だからホセから何も言われなかったのはある意味ハジメへの罰でもあったのだ。

 

(行動…王都の街を直さないとね)

 

 行動をするというのなら戦いで傷ついた街を直すのが自分の役目だ。モルフェウスの力と錬成の力があれば一日時間を貰えれば倒壊した家屋や壊れた城壁などを復元できるだろう

 

(モルフェウスか。レネゲイドウイルスの力、もしかしてこれがジャーム化って奴なのかなぁ…)

 

 ふと先ほどまで酔っていたこの力について考える。モルフェウスの力を使って王都を特大の罠に変えたのは事実だ。そこにはモルフェウスの力が必要不可欠だった。

 

 オーヴァードとはレネゲイドウィルスに感染した人間の事をそう呼ぶのだという。その異質な力を使えるレネゲイドウイルスが活性化し続け暴走した結果、理性を失くしたジャームになるのだという。

 

 先ほどの自分を思い返す。戦争終結という大義名分に戦争に巻き込まれた被害者という言い訳を使い人を人と思わなくなってしまった自分を

 

 言葉使いが荒くなり檜山大介に殺意を覚え忌諱する銃を作り出してしまった何時までも子供な自分を

 

 

 あれこそが南雲ハジメがジャーム化した末路なのだろう。人をやめてしまった結末だ。

 

(はぁ…味方の言葉を借りないと自制すらできなくなる。使いすぎは身を滅ぼす、か)

 

 力を使っているつもりが何時しか力に酔って振り回されてしまった。そこにはレネゲイドの力もエヒトから与えられた技能の違いは無い。

 

 力を使う者こそが力を理解しなければならない。未熟な精神に宿ってしまった強大な力。ハジメは深く深くその意味を考えなければいけない

 

(馬鹿だよね、錬成師とかモルフェウスとか異質な力に舞い上がっちゃって…力を振りかざす小物そのものだよ僕は)

 

 自分の未熟さにどうしようもなく虚しさを覚えてしまうハジメ。そんなハジメにどう思ったのかホセは何処か哀れみに声を掛けた

 

 

 

「所で私からは以上でしたが、彼女はそうではないらしいですよ」

 

「え?」

 

 ホセの言葉に思考から帰ってきたハジメは後ろに誰かが立っている事にようやく気が付いた。

 

「え、え?」

 

 そうして振り向こうとした瞬間、ふわりと抱きしめられる。温かさと甘い匂いがハジメを襲う

 

「ふふ、駄目だよハジメ君。あんな絶対に似合わない乱暴な言葉を使っちゃ」

 

 甘い声を出す相手はよほどの気配の隠し方が上手い者かまたは自分がそこまで気を許してしまった相手か。

 

 どうやら今回は後者らしい。二つの柔らかい触感とそれに伴う程よく温かい体温、それに仄かな甘い匂いと妙に心地いい声がハジメの脳を刺激する。

 

「し、らさき、さん?」

 

 ハジメを抱きしめていた人物は白崎香織だった。しかもどうにもいつもと様子が違う、頬がいつもより紅潮し妙に息を荒げている。

 

「ちょっとオイタが必要だね。ホセさんちょっと南雲君を借りますね。具体的には半日ぐらい」

 

「ええどうぞ。しっかりと教え込んでください」

 

 相手の名を呼ぶももはや言葉が出ない、キョロキョロと周りを見ればとても爽やかな笑顔を浮かべるホセに可哀想な目を向けるどこか達観した檜山。

 

「あの、白崎さん?僕ちょっと柏木君のぐえっ」

 

 親友の名を使い離れようとするが増々自分を抱きしめる力が強まっていく。振りほどこうにもいったいどこにそんな力があるのか

一向に振りほどくことが出来ない。

 

「うふふ、ようやく二人っきりに慣れるね」

 

「ちょ、ちょっと待って誰か助け」

 

 ずるずると連れ去られていくハジメ。次に人前に姿を現した時はげっそりとした顔になっているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪かったな副長」

 

 ハジメが連れていかれ、二人になった時檜山はぽつりとしかし、ハッキリと聞こえる様につぶやいた。

 

「…いえ、構いませんよ。って言えたら良いんですがね」

 

 檜山の言葉を聞いたホセは大きな溜息を吐く。見れば目元にうっすらと隈が出来ているところから考えて戦後処理に相当頭を使っていたのだろう。

 

「やはり裏切られた気分ですよ。勿論彼らのお陰で魔人族を全員捕らえることが出来ました。ですが…結局人間族も魔人族も変わりが無かったんですね」

 

 好意的に接していた、信頼を得ていたはずだと思った。だが結果的には魔人族だろうが人間族だろうが何も関係が無かったのだ。敵でも味方ですらなかったのだ

 

 それが酷く悲しかった。

 

「それに、あの放送のせいで誰の仕業か明確になったので皆に戸惑いと混乱が出ているのが現状です。魔人族が倒れたのは確かに朗報ですが今度は

貴方方が敵になりかねないのが現状ですよ」

 

「あーそうだな。そらそうなるわな」

 

 弱音のような物を檜山に吐露してしまうホセに檜山も肩をすくめる事しかできない。

 

「せめてどこの所属か不明慮にしてくれればよかったのですが…いえ、もう過ぎてしまった話ですね」

 

 あの放送で召喚された者達が奇妙な煙を出したという事が知れ渡ってしまった。柏木としては戦いをやめろと言うつもりで呼びかけてたのだろうがトータスの人からしてみれば全く逆で味方ごと敵を戦闘不能にしたという認識が広がってしまうだけだったのだ

 

 戦いと同時に信頼関係も終わってしまった。それがこの戦争で得た結果だ

 

「こんなはずではなかったんですがね…」

 

 いつかは故郷に帰らせようと考えていた。しかし先ほどハジメに言われたようにそれがいつになるのかはホセ自身分からなかったのだ。

 

(ある意味勇者召喚というものを甘受してしまった我ら人間族の罰なのかもしれませんね)

 

 異世界から協力者を呼び出すという手段。呼び出された物が友好的かどうか分からなくてもそれ相応の被害を覚悟しなければいけなかったのだ。 

 

「まぁどうしようもなかったんだよ。俺たちがここに来た時点で人間族も魔人族も。両方とも運が無かったんだよ」

 

 檜山はシニカルに笑う。どういった経緯があるにせよ自分たちが呼び出されてしまった以上トータスが被害をこうむるのは当然の事だったからだ。なにせ戦場は地球では無くトータスだったから

 

「そうですね……檜山君」

 

「あんだよ」

 

 なんとも言えない目が檜山を見る。気だるげに聞き返せばホセは苦笑いをした

 

「もう戦争が終わったのでさっさとお帰り(消えて)頂きませんか?」

 

「はっ 言われなくてももうしばらくしたら消えるさ」

 

 ホセの皮肉に檜山は肩をすくめるのだった。 

 

 

 

 



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全てが手遅れだけど

 

 

 

 

「おらっ!これか!?これがイイんか!?」

 

「アバババッバ!!?!?!」

 

 ハジメとホセが話している同時刻、奇怪な悲鳴を上げるのは柏木だ。それもその筈柏木は友人である清水から関節技を食らっているからだ。

 

「何を!考えて!アレをやったんだよこの馬鹿は!?」

 

「ちょっ!?そこは曲がらな…アイェェエエ!?」

 

 柔道や格闘技を習ったことのない素人がする本気の関節技だ。腕がミシミシと妙な音が鳴り寝技になっているので脱出も出来ない。できる事は悲鳴を上げる事ぐらいだった

 

「知ってんのか坂上がダウンしちまった事!?滅茶苦茶いい笑顔で倒れちまったんだぞアイツは!?」

 

「それは戦いをやめなかったアイツが悪いんだぁ!?」

 

 清水の絶叫に至極当然のように反論をしたら更なる追い打ちをかけられる柏木。周りにいる男子生徒達は柏木の処遇を清水に任せてしまっているのか距離を取っている。尤もあんな罠を作り出した張本人なので近寄ろうにも近寄れないというのが彼らの心境なのだが

 

「あのなぁ、何で味方を巻き込むんだよ」

 

「うーん、本当は皆を巻き込むつもりは無かったんだけどね。相手が攻めてきたからやむ終えなくって感じ?」

 

「嘘つけオラァ!どの口んな阿保な事宣ってんだごらっ!」

 

「アバババーッ!」

 

 柏木が首を傾げながら言えば即座に清水が関節技を極める。まるで堂々巡りの光景に何とも言えない空気が流れる。

 

「柏木ィ!てめぇあーだこーだ言ってたけどよ、本当は誰が巻き込まれようがどうだって良かったって思ってんだろ!?」

 

「えーそんなつもりないよー」

 

 あっけらかんと言い放つその顔には罪悪感が薄れている様なそんな気が清水には感じ取れた。

 

「そう言ってるけど実際に俺たちに被害が出ているんだけどォ!」

 

「それについてはマジですまん。勿論解毒薬はちゃんとあるからそこは安心してくれ」

 

 クラスメイトに被害が出ていると知ると途端に申し訳なさそうにする柏木。逆にトータスの人達を巻き込んだことについては不可抗力とでも言いたげなその態度には流石に異質なものを感じる。

 

「もう一つ聞くけどよテメェが作ったあれで俺達がトータスの人達から白い目で見られるかもしれないって考えなかったのか?」

 

「ははっそれこそ何言ってんだよ。戦争が終わったら俺達は用済みで帰れるんだぞ?どうせ居なくなる世界でも信用や信頼が欲しいってのか?()()()()()()()()()がそんなに欲しいのか?」

 

「柏木……お前」 

 

 戦争を終えるためとはいえ被害が出たのもまた事実。それが仲間である柏木が行ったと知られてしまった以上王都の人達から召喚された者達がどう見られるかは明白である。

 

 それなのに柏木は気にした風を見せなかったのだ。確かに柏木の言う通り地球に帰ってしまえばトータスからの信用や信頼は意味のない物、今後地球で生きる者にとっては関係のない事である。

 

 しかしだからと言ってそれを口にしてしまうのはどういった心境か。

 

 同じ世界で生きてきたはずの人間。それなのに話していることはすれ違う。言葉は通じる筈なのに話がすれ違うようなそんな薄気味悪さが今の柏木にはあったのだ 

 

 

 

 

(うーん、何か可笑しかったのかなぁ?)

 

 口を閉じてしまい気まずさだけが残されたような空間のなか柏木は内心で頭を抱えていた。自分はおかしなことをやったとどこかで思うのにそれに伴う筈の罪悪感がごっそりと抜け落ちたように感じてしまうのだ。

 

(マズいよなぁ……何か分からんけどマズいよなぁ)

 

 周りの男子生徒達の様子からしてみて非常に自分の立場が悪くなっていくような気がしていく。友人の清水だって何を言うべきか迷っているように視線をさまよわせている。

 

(でもなぁーなんか罪悪感ってのが…無くなっていくような…)

 

 自分自身でも中身が変質しつつあるその時、柏木に歩み寄る者が居た。

 

「天之河?お前、中村の傍にいたんじゃ」

 

 現れたのはクラスのリーダーとなっている天之河光輝だ。疲れがたまっているにもかかわらずそれを見せない歩みで柏木の傍へとやって来る。

 

「恵理は寝かせた、今は俺が傍にいても意味が無いから。寧ろ君の方が心配でやって来たんだ」

 

「…俺?」

 

 目線を合わせる様に柏木の傍に座り込み、静かな口調で話す光輝。その顔には怒っている風でもなくましてや柏木に対しての忌諱感もなかった。

 

「柏木。改めて聞かせて欲しいんだ」

 

「聞かせて欲しいって言っても、俺が話す事なんて大体同じだぞ?」

 

 なぜあんなことをしたのかと問われれば、アレが一番効率的な戦争終結の為の作戦だった。あくまでも最終兵器扱いだったが魔人族が王都にいきなり攻めてきたので使う羽目になった。

 

 そう、言おうとしたが光輝は首を横に振った。

 

「違う、俺が聞きたいのはそんな事じゃないんだ」

 

「なら何が聞きたいってんだ?」

 

 光輝は柏木に声を荒げる事もせず、只々静かに問いかけた。  

  

 

「どうして俺達に、()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

「………え?」

 

「あの煙を作る前にでも俺に相談する事は出来たんじゃなかったのか?」

 

 光輝の問いかけは責めるような口調では無かった。柏木の目を見て、なぜ自分に話さなかったのかと聞いてきたのだ。

 

 その静かな問いが不思議な事に柏木の心に刺さる。まるで失くしてしまいそうだったのものを思い出すかのように

 

「きっと柏木の事だから迷惑になるかもと思って話せなかったのかもしれない。それでも俺は、話してほしかった」

 

「……」

 

 寂しげに笑う光輝のその言葉に返す言葉が見つからなかった。何かを言うべきだと思うのに言葉が出てこない。

 

 必死に頭を巡らせて出てきたのは何とも言い訳染みた言葉。

 

「…その」

 

「うん?」

 

「……何かあった場合俺が責任を取ればいいって。そう思っていたんだ」

 

 尤もらしい言葉を言ったが実際にはその責任の取り方にまでは考えは及んではいない。只自分一人が罰を受ければいいと思っていたのは事実でもあった。

 

「ならなおさら話して欲しかった、以前言ってたじゃないか『一緒に考えて相談に乗る』って。その事を忘れて一人で責任を負うとするなんてそれこそ悲しいよ」

 

「……」

 

「なぁ柏木。以前男子達を集めてた時の事を覚えているか?」

 

「……ああ」

 

 男子達を集めて盛大に騒いだあの日。あの日柏木はしょげているクラスメイトを元気づける事を建前にして薬を盛ったのだ。その最初の過ちである日の事を思い出す

 

「『粋がって最高にカッコいい馬鹿になってやろうじゃないか』って。 ……あの時柏木はそう俺達に言ってくれたじゃないか」

 

「―――」

 

 そうだ確かに柏木はその言葉を言った。命の危険にあったとはいえ惨めに燻っているだけの男子達に檄を飛ばそうと思って確かにそう言ったのだ。

 

「俺達は同じ場所から呼び出された同士だ。だから助け合おう未熟な子供だけどそれでもやってやろう、そういう意味であの言葉を言ってくれたんだよな」

 

「………ああ、そうだ」

 

「確かに俺じゃ頼りないかもしれない。でも清水はどうだ?柏木と一緒に悩んでくれるんじゃないのか?檜山に話さなかったのか?あの時一番に手を貸すって言ってたよな」

 

 そうだ、確かに清水や檜山に話す手もあったのだ。ハジメと二人だけで話を進める必要なんてどこにもなかったのだ

 

「柏木、確かに君がやった事は褒められたことじゃないかもしれない。でも俺はその事について責めているんじゃない」

 

 例え外道な作戦だったとはいえ結果的に言えば負傷者は想定よりも物凄く少なかったのだ。だから光輝はその事について責めはしない、柏木自身が反省しいてるのだとその顔を見ればわかるのだから。

 

 それでも一言話してほしかった。

 

「皆に話して相談してほしかった。俺達は同じクラスメイトなんだから」

 

 同じクラスメイトなのだから。偶々一緒になった同じ高校生、されどもトータスに召喚された者同士。

 

 だからこそ言えることも有ったのではないか

 

 

(………まさか俺がそう言われるなんてな)

 

 ……その言葉が。光輝の視線が柏木の澱み始めた心を矯正させた。

 

(あーまさか、ここまでおかしくなっているなんて……これがジャームって奴なのか?)

 

 ソラリスの力、より正確に言えばレネゲイドウィルスの力をむやみやたらと使いすぎてしまった弊害だろうか。知らぬ間にジャームと呼ばれている者達へと変貌しつつあったようにさえ思った。

 

(…戻れてよかった。頼みの綱の中野は寝てるし、オーヴァードの事はちゃんと理解せんといかんよな)

 

 オーヴァードの先人である中野は郊外で魔物の処理をしていたらしい。早朝に帰って来たと共えば部屋に帰ってすぐ眠りに堕ちたらしい。王都の傍にあった平原が天変地異があったほど荒れている様子からして相当暴れていたらしいので寝ている中野に聞けなかったという事情もあるにあるのだが

 

「あー俺本当にかっこわり」

 

「ああ、滅茶苦茶カッコ悪いぞこの馬鹿」

 

 清水に小突かれて尚更出てくるのは深い溜息。周りの男子達もようやくいつもの調子に戻った柏木に大きく溜息を吐いたり呆れていたりと様々だ。

 

(天之河に助けられたな…あーマジで馬鹿やったな俺)

 

 光輝の善良さを守りたいと考えていた。芽生えた正義感と真っ直ぐな善良さ。それを世の中の汚い物から守りたいという構想はいつしか自分が汚そうとしていた。それがまた大きく罪悪感が増す。

 

「自分で悪いと気付けて反省したのならそれでいいと思うよ」

 

「天之河、そりゃちょっと甘いんじゃねーの?」

 

「そうかな?自分で自分の行いを顧みて反省することが出来たのなら俺はそれでいいって思ったんだけど」

 

(あーー罪悪感ががっが)

 

 清水と光輝の会話が柏木の罪悪感を更に重くする。何せ柏木が犯した罪はまだもう一つあるのだから。

 

「あーあー」

 

「あんだよ唸って。遂におかしくなったのか?…元からか?」

 

 不思議そうにする清水を見て柏木は観念した。許されない罪はもう正直に話した方が良いだろう。今更話したところでもう手遅れというのもあるのだが

 

「それが…その魔人族に関して何だけど」

 

「ああ、確か解毒薬を作っていたんだっか」

 

「それを飲ませれば後は処遇についてなんだけど…もしかしてその事で?」

 

 魔人族は全員が牢屋の中へと入っている。薬の影響で苦しむものは解毒薬を飲ませれば時期に回復するだろう。そう思った光輝だったが柏木のその目は泳ぎに泳ぎまくっていた。

 

「それもあるんだけど…その、すまん天之河に清水。ちょっと話を聞いてくれないか」

 

 そうして白状した柏木の計画した戦争集結の為のやらかした罪状を聞き光輝は驚愕して口を開く事しかできなくなり清水は頭を抱える事しかできなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気分はどうッスか最高司令官殿?」

 

 薄暗い牢屋の中皮肉気に聞こえてきたその言葉にフリード・バグアーは顔を上げる。足音なくやって来たその声の主は軽薄な表情を浮かべてフリードのいる牢屋までやって来たのだ

 

「………」

 

 気絶したフリードが目覚めた時には魔力封じの枷を付けられ牢屋に転がっていた。魔力が使えない以上脱出できる状況では無く何よりあの煙の影響が残っているのか殺意や敵意をみなぎらせようにも体が拒絶反応を起こしているのだ

 

「おや?だんまりっスか。まぁしょうがないっすよね、完膚なきまでに負けたんスから」

 

 煽るのは糸目のの青年騎士だった。振舞はとても騎士ではない、しかしその身のこなしからとてもただものでは無い気配を匂わせていた

 

「……ふん、貴様が私の処刑係か」

 

「おや?どうしてそう思うっすか?」

 

「貴様のその隠している殺気を私が見過ごすとでも」

 

 目の前の青年からは殺気が漏れているのフリードは知っている、それがわざとらしく出しているのも。あの勇者が特別なだけで普通はこうなのだ。

 人間族と魔人族の溝は遥かに深い。今更の話ではあるが

 

「ま、さっさと殺せればよかったんすけどね」

 

「…ならさっさとしろ。私はこれ以上貴様らに醜態を見せる訳にはいかんのでな」

 

「なら、良かったスね。アンタと話がしたいっていう人がいるッス。今からソイツの元へアンタを連れて行くのが自分の仕事っすよ」

 

「何だと?」

 

「さっさと着いて来いッス。…じゃないとアンタら魔人族がマズい事になるッスよ」

 

 訝しむフリードに対して青年騎士…ニートは牢屋の鍵をあっさりと開けるとそのまま歩いて行く。さっさと着いて来いという意思表示だった。

 

(……)

 

 無論ここ無視をすることでもできた。力が弱まり満身創痍だとしてもフリードのプライドは折れていないのだから。

 

 しかし、だからと言ってこのままこの牢屋に至って事態が好転することはない。結局の所フリードはニートの言う事を聞くしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

  

「ようこそフリードさん。歓迎しますよ」

 

 案内された場所は客室のような場所だった。そこにいたのはどこかで聞いた覚えのある声の少年だった。

 

「すいませんね、休んでいる所わざわざ来てもらって。あ、掛けてください。ちょっと長話になるので」

 

 引かれている椅子をに着席を求める少年。騎士の連中と思ったがそれにしては随分と隙だらけでとてもではないが戦いに携わる者ではない。

 

 そこまで考えてその声が最近聞いたものだと気が付き…フリードは目の前の少年が誰かを理解した。

 

「お前があのバカげたことをしでかした奴か」

 

「あー気付かれましたか。…改めて柏木です。どうぞよろしくです」

 

 苦笑した少年、柏木はそう言ってお辞儀をする。その態度にこちらを挑発する意図が無いのをフリードは何となく知った。

 

「それであの悪趣味な罠を仕掛けた貴様がわざわざ私に何の用だ」

 

「んー話が早い。そうですね、手っ取り早く言いましょう。魔人族と人間族の長年の戦い今ここで話し合いを持って終わらせてくれませんか」

 

 ストレートな物言いで言われたのは戦争を終わらせようという提案だった。それはあの放送で流れてたのと同じ内容で

、だからフリードは鼻で嗤った

 

「…我らを捕まえ命を握ったうえで何を言うかと思えば。実に下らん」

 

「そうですか?こうやって直に顔を突き合わせて話した方が良いと思ったんですけど…」

 

 むむむと唸る柏木にフリードは嘲笑していた。やはりあの悪辣な罠を仕掛けようともやはり見ため通りの子供なのだと。これではあの勇者の方がまだ話が出来たのではないかと思わせるほどだった。

 

「却下だ。我らは誇り高き魔人族。捕まえられ辱められようとも我らは人間族の根絶やしにするまで戦うのだ」

 

「む!…こう言っては何ですが貴方の部下は全員捕まえて有りますよ?部下の助命をするってのが上司の役割なのでは?」

 

「この戦いについてきた者は全員覚悟を決めた者達だ。魔人族の勝利の為ならば等に命を捨てる覚悟は出来ている」

 

 眉根を寄せる柏木に対してフリードはそう言い切った。実際に部下達にはそうなる可能性も話してはあったしフリード自身覚悟もしていた事だ。

 

「そう簡単に命を捨てるって…」

 

「フン 貴様のような卑怯者では我らの覚悟が理解できぬか」

 

「故郷に生きて帰るとか、部下たちを生き残らせてあげたいとか、そう言うのってないんすか?」

 

「無い」

 

 きっぱりと言い切ったフリードの大して柏木はさらに眉根を寄せていた。

 

(こんな下らぬ奴が私と交渉しようとは…随分と私も舐められたも牡だな)

 

 実際の所フリードは柏木の事を見下していた。フリードは軍人でもあり武人でもあった。戦いを主として生きてきたフリードには卑怯な作戦を使ってきた柏木を馬鹿にしている部分があったのだ。

 

 もし交渉の場にいたのが光輝だったらばフリードもそれ相応の態度をしていた。甘っちょろい事を言ったとは言え命を賭けて自分に挑んできた男だ、見下すことはなく一人の戦った男として真摯に接しただろう。

 しかし目の前にいるのは戦場でに出てくる事も無く命を掛ける事もなく隠れて罠を仕掛けてきた小年だ。見下すのは当然ともいる事だった

 

 

「……故郷にいる人達を安心させたくないんですか?戦争は終わったと戦わなくていいんだと伝えたくないんですか」

 

「それこそ思い違いだ。あ奴らならばまた戦力を蓄え、我らの悲願をかなえてくれるだろう。我らの意思を必ず継いでな」

 

 魔物が死に絶え戦力が著しく低下したのは確かに痛かった。だがしかしフリードは決して悲観することは無かった、

 今は力を蓄える時だがいつの日か自分の意思を継いで立ち上がる者がいるだろうと、魔人族の勝利まで決して挫ける事はないだろうとそう確信していたのだ。

 

 何より国には魔王がいる。だからフリードは揺るがなかったのだ。

 

 

「そう…ですか。話し合いでの解決は無理ですか

 

「……ッ!?」

 

 ボソリと呟いた柏木が顔を上げた。その瞬間とてつもない悪寒が一瞬だけ身体を巡る、まるで悍ましい化け物を目の前にしたようなそんな悪寒だった。

 

「では切り口を変えましょう。フリードさん、貴方はカトレアという女性を知っていますか」

 

「カトレア、だと」

 

 カトレア、それはフリードの信頼のおける部下の一人で、自分と同じように神代魔法の入手という任務に出てから行方が知れなくなった者だ。

 

 なぜ目の前の少年からその名前が出てくるのか、声を出すフリードを柏木は嫌らしく笑う

 

「実はですね、そのカトレアさんとオルクス迷宮で出会えまして…この王都にお越しいただいたんですよ」

 

 オルクス迷宮で出会ったという事は人間族のテリトリーには侵入で来たという事。しかしその後の言葉には眉根が寄る、何故カトレアが人間について行く?そんな疑問が来るのを分かってたのか柏木は笑っていた

 

「いやはや魔人族がどんな人達か分かりませんでしたが、俺達と何も変わらないんですね」

 

「…何?」

 

「カトレアさん、ミハイルって言う婚約者と結婚するんですってね。俺普通に祝福しちゃいましたよ」

 

 ミハイル、カトレアの婚約者であり自分の部下の一人。少々短慮に過ぎるきらいがあるが根が真っ直ぐな青年。その名を聞きカトレアが本当にこの柏木という少年に出会ったことをフリードは理解してしまった。

 

「貴様…カトレアに一体何をした!?」

 

 怒声が出てしまうのをフリードは止めることが出来なかった。カトレアは軍人だ、拷問されようがけっして自分たちの情報を漏らすことはない、それが結婚の事をよりによってこの少年に話してしまったのだ。

 あの煙を作った者だ、カトレアが何をされたかなど想像するのは実にたやすい

 

「あははは、さてここからが本番ですよ、魔人族総司令官さん」

 

 その時フリードは目の前の少年が同じ人間だとは到底思えなかった。顔や姿形の造形は全く一緒なのに中身だけが違う異物。自分とは全く違うそれが口を開く

 

「まずは安心してください。今現在カトレアさんはこの王都には居ません」

 

「何?どういう事だ」

 

「俺が脱走させました。いつまでも人間族が居るこの王都にいるのは危ないですからね」

 

 教会の連中は何しでかすか分かりませんからね、と一言告げて笑う柏木、いきなりの情報にフリードは戸惑うばかりだ。

 

(何故捕まえたカトレアをわざわざ逃がした? いや、コイツの言ってることは本当かどうかも怪しい。私を油断させるためという事も)

 

「勿論カトレアさんを逃がしたのは目的があってですよ。善意もありますが百パーセントではありません」

 

「なら、いったい何が目的なんだ」

 

 目的を遠回しにされるこの焦燥感。こちらを焦らせるのが目的かそれとも素で言ってるのか。どちらにせよ嫌な予感だけは止まらなかった 

 

「先ほどからずっと同じことを言ってるんですけどね。まぁいいや、それで実はカトレアさんには毒を仕込ませていただきました」

 

「貴様!」

 

 柏木の言葉に思わず体が浮き上がるフリード。親しい部下の一人だ、彼女の身に危険があれば激昂するのは当然だったが、状況が悪かった

 

「そんなに興奮しないでください。また薬の症状が再発しますよ」

 

「グッ!?」

 

 そう、今は抑えられている物の、またあの悪寒と匂いと快感が体を襲って来るかもしれないのだ。自身を襲ったあの症状を思い出し椅子に座りなおす。憤慨物だが場は完全に柏木が掌握しているのだ。

 

「毒の効能は、この王都に撒いたものと同様の物です。まぁカトレアさん自身は自分が病原菌になっている事に気付いていないでしょうが」

 

「どういう意味だ」

 

「色々と話している内に情が湧いてしまいまして。まぁそれはそれとして、その毒は()()()()()にカトレアさんが着けばカトレアさんを媒体として毒が散布し人から人に感染することになります。ま、要はクラスター(集団感染)を引き起こすわけですね」

 

 実際の所カトレアにはあの症状は出ていない。だが今はカトレアよりもカトレアがとある場所にたどり着いた時に何が起きるかの方がフリードと魔人族にとっての最優先事項だった

 

「まて、待て待て待て!貴様、今何と言った!」

 

 そしてフリードは気が付いた。目の前にいる悪辣な化け物がカトレアに何を仕込んだのかを。何を企んでいるのかを理解してしまった。

 

「ですからカトレアさんを媒体として」

 

「そうではない!それも許さんがとある場所とは…貴様!」

 

 フリードの口がワナワナと動く。認められない事を認めたくないと必死で抗うようなその青ざめた顔に柏木はニンマリと笑う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやくずっと引っ張ってきた伏線を出せて安堵です


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何だかんだで計画完了

 

「カトレさんには何があってもの絶対に故郷に帰るようにお願いをしました。彼女が俺の言葉をどう受け取ってくれたかはわかりませんが約束を破る方ではないでしょう。…何も知らず体に病原菌を保有しながら、ね」

 

 彼女がいつ国へ着くかは知らない。だが人間族へ潜入できるほどの猛者だ。必ず帰れるだろう

 

「カトレさんが国へ帰ればその瞬間に病原菌は空気と伝って人へと感染していきます。ああ、この国で蒔いたのとは比較にならない重度の奴何で、魔法如きでは絶対に治せませんよ」

 

「カトレアさんの実力はフリードさんもよく御存じでしょう。彼女の実力があれば国へ帰るのに時間はかかるとしても必ず帰れることが出来るでしょう」

 

「さて、あの薬は魔法では解けない危険な代物であり、その解毒薬を作れるのはこの世界でただ一人。…言いたいことが聡明なフリードさんなら分かりますよね」

 

 

 つらつらと語るその内容を反論することすらできず必死で脳内でかみ砕いて行くフリード。部下の一人がつかまって、かと思えば逃がされて、しかしその体には自分も味わったあの毒が潜んでいて、それが故郷へと感染する、悪辣極まりない罠だった。

 

 嘘だと突っぱねる事は出来る。空想も大概にしろと吠える事は出来る。しかしフリードはその身体であの煙を吸ってしまったのだ。

 毒に犯され病気を患ってしまったのだ。

 

 しかもその毒は柏木の言葉道理魔法では治せない未知の疫病。フリード自身何度か試しても治す事の出来なかった奇病

 

 

 

「なぜ、何故そんなことが出来るのだお前は」

 

 震えながらも出てきたのはそんな弱音みたいな言葉だった。否定しようにもフリードを蝕む毒とカトレアの情報を知ってる事からして嘘ではないという事実が、フリードに弱音を吐かせてしまったのだ

 

「言ったじゃないですか。戦争を終わらせたいって。俺を呼び出したエヒトって言うクズはどんな方法で終わらせればいいのかを言ってませんでしたからね。俺たちの故郷に伝わる最高に頭の良い胸糞で反吐が出る外法を選ばせてもらいました」

 

 ニコニコと嗤う目の前の怪物は自分の仕出かしたことが一体どういう事なのか、理解しているのかフリードには分からない。

 

(どうする…どうすればいい、私は一体どうすれば)

 

 脳裏に浮かぶのは国に残してきた民たち。平穏な明日が来ることを信じてやまないフリードが守るべき愛する者達。

 

 それを目の前の怪物はあっけなく潰してしまうというのだ、それも戦争終結という名分を使って。

 

(こいつ等こそが本当の邪悪!人間族も魔人族も滅ぼす異世界からの侵略者なのだ!)

 

 恐ろしい、とフリードは心底思った。戦闘を知らない隙だらけの怪物は誰よりも非道になることが出来るのだ、それを分からされてしまったフリードは、もうどうする事にもできなかった。

 

(駄目だ…私ではどうすることにもできない)

 

 愛する民たちにではこの毒に打つ勝つことは出来ない、かと言って戦闘要員である自分たちは捕虜として捕まってしまっている。

 

(魔王様は…あの方ならばどうする?民と誇り、どちらを……)

 

 魔王ならばあるいはと思う。神代魔法を持つこの世界最強の存在。しかしその魔王はどうにも戦争に反対の意思をのぞかせていた。今更負け落ちぶれ捕虜となった自分の意思を汲んでくれるとは思えない

 

 完全に詰んだ、そう分からされたフリードに心地よい言葉が聞こえてくる

 

「……フリードさん。俺は何も魔人族を滅ぼしたいわけじゃないんですよ」

 

「……」

 

「何度も言ってると思いますが。この戦争を終わらせてほしんです。それが俺の願いであり、この計画の本質です」

 

「そのためには」

 

「うん?」

 

「その為には我が民が苦しんでもよいと、貴様はそう言うのか」

 

 フリードの苦悶のようなその声に、柏木はせせ笑った

 

「フリードさんは国へ夜襲してきたんでしょ?何も変わらない明日が来ると信じている人たちを殺しに来たんでしょ?なら魔人族の方々も同じような目に遭わなければ道理が通りませんよ」

 

 ボキリ

 

 その言葉を聞いてフリードは心が折れた。目の前の化け物は気まぐれで毒をまき散らす病原菌だったのだ。このまま自分が反抗していても人ではないこれに勝てるすべはなかった。

 

「…すればいいのだ」

 

「何ですか」

 

「どう、すればいいのだ。私に一体何をしろと」

 

 震える声で出てきたのはそんな声。情けなくとも虚勢を張るのはもう無理だった、この人の形をした倫理外の化け物に屈服するしか民を助ける手立てがフリードには残されてなかった。

 

「そうですね。ではまず手始めに」

 

 嗤うその顔で一体何を命じられるのか、領地にいる民の今後の事で選択肢が無いフリードにこの場で聞こえる筈のない救いと終わりの声が聞こえてきたのはその時だった。

 

 

「おっと、悪いけどその前に私もその話に加わっていいかな?」

 

 

「へ?」

 

「あ、貴方は!?」

 

 

 現れたのは金髪で温厚な壮年の男。そしてフリードが敬愛してやまない、魔人族の頂点に立つ男

 

「ああ、失礼。名乗るのが礼儀だったね。私はアルヴヘイト。君たちがいう所の魔王だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッキリ言えばその男の登場は想定外だった。

 

 

 俺が仕掛けた作戦。それはカトレアを使い魔人族全員を無力化することだったのだ。俺たちに捕まって居たカトレア、実は日々を一緒に過ごすうちにその身に病原菌を仕込ませておいたのだ。

 

 病原菌の種類は単純に『戦意の喪失』これだけだった。戦争を終わらせる方法は何も勝者になる必要はない、ただ相手のその牙を失くせばそれでいいと考えたのだ。

 

 カトレアにその病原菌を仕込むのは簡単だった、ソラリス能力者と同じ空間にいるという事はすなわち何時だって薬の影響を付ける可能性があるという事。幻覚剤の効果がある『竹馬の友』によって俺に友好的になり、その後『人形遣い』という力でカトレアを意のままに操ることが出来た。

 

 後はカトレア自身に何が何でも故郷に帰ってもらい人に接触をしてもらう。それだけで魔人族には俺の薬の影響を付けた人が蔓延するっていう作戦だったのだ。

 

 この話をした時メルド団長たちには効果を疑問視されたが素直に言う事を聞くカトレアを見てもらう事で効果の実証を得ることが出来た(代わりに信用を失ってしまったような気がするが……もはや何も語るまい)先ほど天之河達にも説明をし頭を抱えられたがそれももうやってしまったのはどうしようもない

 

 

 人に病原菌を仕込むことで平和的解決を目指す。それがこの世界で俺が戦いを止めさせる作戦だったのだ。

 

 

「ああ、そんなに緊張しないでくれたまえ。私は君達と争うために来たのではないのだから」

 

 だからこの男、魔王が来ることなんて想像はしていなかったのだ。

 

「アルヴヘイト様、なぜここに」

 

「転移魔法の応用でね。君たちの戦いがどうなったかを見に来たんだ。結果は出ているみたいだけどね」

 

 朗らかに笑うその顔に敵意はまるで感じられない。一見すれば本当に只の温厚な紳士という感じで、フリードが驚愕の顔を見せなければ魔王と言った所で信じる事は出来なかっただろう。

 

 

(マズい、よな)

 

 緊張で冷や汗が出てきてしまうのは止められなかった。本当はこのままフリードに停戦のために協力をさせるつもりだったのだ。部下達に説得をしてもらい停戦の約束させる。

 その後俺を連れて魔人領に行き、人々の解毒や、場合によってはソラリスの力を使ってでも説得などさまざな事を考えていたのが魔王の到来によってすべてがパァになってしまったのだ

 

「え、えっと魔王さん?」

 

 心臓の音がうるさいのを何とか外にやり魔王に声を掛ける。本当ならすぐにでも逃げだしたくなるがそうは言ってられない、温厚そうなこと表情に何を隠しているのかは知らないが声を掛けないと始まらないのだ。

 

「っと悪いけど柏木君、今はフリードと話がしたいから少し待ってくれないかな」

 

「あ、はい、分かりまし」

 

 しかしそこで手で制させれてしまう。勿論そこにはこちらを害するような動きは愚か態度は一つも無かった。それがまた不気味で…そして一つ疑問が湧き出てしまう

 

(アレ?何でこの人俺の名前を知ってるんだ?)

 

 一回も名を名乗ったことはないのになぜか俺の名前を知っている魔王。警戒する物のそんな俺は意に介さずフリードと目線を合わせる。

 その様子はどこか教師を連想させた

 

「フリード。まずはご苦労様。随分と大変だったみたいうだね」

 

「アルヴ様!も、申し訳ありません。私は…私は」

 

「うん、ちゃんとわかってるよ。一千万の魔物を率いたのに何も出来なかったんだろう。こればっかりは私も想定外だったよ」

 

 涙目になっているフリードの謝罪を微笑んで受け止める魔王。ここだけを見ると寛容な上司っぽくて好感が持てるんだが

 

「どうやら人間族に、いいや勇者たちの中に怪物が紛れ込んでいたみたいだからね」

 

 意味深に俺を見つめる魔王。繰り返すが敵意や悪意は感じられないし嫌な予感もしない。けど何でだろうか、怪し過ぎるその姿に違和感を持つ

 

「だけど、負けたのは事実だ。数万の魔物を率いて精鋭たちを率いたにもかかわらず、君は私情に駆られ、そして負けた」

 

「グッ うぅ…」

 

「王都に向かう前に行ったよねフリード。勇者とは会わない事だ、と。それがこの結果だ、君はするべき使命を放棄し魔人族の勝利を投げてしまった」

 

 確かにその通りだ。天之河がフリードと交戦しその戦いが時間を稼いだことによって俺達が拠点に到着することが出来罠が発動したのだから。 

 

「…まぁ指揮官としては失格以前の話だけど、君にとって苦く良い経験となったから私としては好ましい事だけどね」

 

 苦笑し仕方ない仕方ないと言う魔王。しかしそれにしてはまるでこうなる事が起きるのを知っているみたいな話し方をするな、この魔王。

 

「という事でフリード。悪いけどここからは私が魔人族の実権を握るよ?構わないよね」

 

「…はい。本当に申し訳ありませんでした」

 

 反省しているのか会った時より小さく感じてしまうフリード。親に怒られた子供みたいだと場違いな事を感じてしまうのは気のせいか。

 

「と、言う訳で済まなかったね。改めて今後について話し合おうじゃないか」

 

 そうして身内への叱責がおわったアルヴヘイトは俺に向き直った。何処か面白がるようなその表情、目がどこかキラキラとしている

 

(あれ?…どこかで見たことがある様な)

 

 不思議な違和感、を覚えたのはその目というか…顔だろうか。どうしてもひっかかる。どこかで出会ったような気がするような?

 

「まず明確にしておきたいが私達魔人族は君達に降伏をするつもりはないんだ。しかし部下たちは助けたいと思うだろうがどうだろう」

 

「え、っと。そうっすね。ううーん。」

 

 どう話せばいいのだろうか。先ほどまではハッキリ言えば俺にアドバンテージがあった。俺が絶対的に上の立場としての話し合い。それがこの魔王相手では発揮されないのだ。

 

 魔王の実力は未知数だ、分かるのはフリードより格上であり恐らくこのトータスでは一番トップに躍り出るであろうという事。

 

(いくらオーヴァードつってもたかが知れてるしなぁ…)

 

 対して俺は化け物ではあっても戦闘に関することはクソ雑魚ナメクジでしかないのだ。交渉とは相手との戦力が同一でこそなり得るという、雑魚の俺ではこの魔王相手に話すのが著しく難しくなってしまうのだ。例え相手がどれだけ真摯であっても。

 

 

 詰みとはいかないまでもどう相手と話すべきか、そうして悩んでいるところに救いの手というには以外過ぎる人物がやって来た。

 

「その話、私がお受けいたしますわ」

 

「え!?リ、リリアーナ王女?」

 

 やって来たのは煌く金髪の髪をなびかせたこの国の王女であるリリアーナ姫だった。いきなりの登場に困惑する俺を差し置いて堂々と魔王の前に

立ちはだかる年下の少女。

 

「要こそおいで下さいました魔王アルヴヘイト様。おもてなしをせず申し訳ありません」

 

「いやいや、アポもとらずいきなりやって来たものだからね。こちらこそ急な来訪済まなかったよ」

 

 リリアーナ姫の優雅な謝罪を苦笑して流す魔王。彼女は目の前にいる人物が誰なのか本当に理解しているのだろうか。本当に理解しているのだとしたらなぜそんなにも落ち着きがあるのだ?

 

「柏木様。急に押し入った事謝罪いたしますわ」

 

「い、いえそれは良いんですが…それよりも」

 

 小さく手招きすれば素直に近づいてくる少女。魔王に全然気にした風が無いので今のうちに話をしておく

 

「相手が誰か分かってるんですか!?魔王ですよ魔王!」

「勿論存じていますわ」

「ならなぜやって来るんですか!?危険すぎますよ!」

 

 流石に流石の登場人物だ。魔王が何かしてくる気配は微塵も感じられないがだからと言ってお姫様が魔王の近くにいるなんて危険すぎる。古今東西の絵本の真似ごとか!?

 

「あら、心配してくれるんですね。嬉しいですわ」

「そら心配もしますってば!ああもうせめてメルド団長を引き連れてくるべきでは」

 

 メルド団長なら相手になるだろうか?魔王の実力が未知数である以上居たとしても安全かどうかわからないがそれでも護衛の一人ぐらいはいるべきなのだ

 

「…ふふ」

「いや笑ってないで、俺は真面目に言ってるんですよ!」

「いえ、相も変わらず変わりないなと」

 

 俺の顔を見て微笑むのはもういいから事の重大性を分かってほしかった。でもリリアーナ姫はまったく気にしてなくて

 

「大丈夫ですよ柏木さん。()()()()()()()()()()()()()()()()

「いや、だからそう言う事はどうでも良くて」

「後はもう私に任せてください」

 

 そう、断言され微笑まれて言われてしまってはもう何も言う事は出来ない。年下のはずの少女は年上っぽい顔してオレに笑うとくるりと魔王に向き合った。

 

 

 

 人間族と魔人族。長年殺し合いをしてきた宿敵同士オマケにトップの対面なのに何故だろうか。本来なら一触即発してもおかしくなさそうなのに。

 

 

「降伏をせず、しかし部下を助けたいというのでしたら…そうですね。まずは休戦といたしましょうか」

 

「ああ、それはいい。私達にも被害があったように君達もどうやらそれなりの事が起きたみたいだね」

 

 王女と魔王の会話は澱みが無い。それはまるで見知った相手との……イイや違う。まるで台本を読んでいるかのような茶番染みた話。

 

「ええ、善ある協力者のお陰でこちらにも被害が出ましたので。尤も彼のお陰で私たちの戦争が終わりになるのですから皮肉ですね」

 

「フフ、皮肉なものだね。第三者が居なければ止まることが出来ないだなんて」

 

 穏やかに笑う人間と魔人。決められた約束を話すその姿を見て

 

 

 

 

 

 

「……あ」

 

 

 俺は、この茶番の真実を思い出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 



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全ては己の為に

事の真相編です


 

 

「って事で後はそのままリリアーナ姫が魔王と交渉をしてさー話が勝手に進んでいくもんだからもう俺居づらくて仕方が無かったよ」

 

 場所はオルクス迷宮最深部、いつもの彼女がいる部屋で俺は愚痴を吐きまくっていた。

 

「へーリリアーナ姫がやって来たとは、なかなか行動する人ですね」

 

 苦笑しながら、彼女は俺が好きな白湯を注ぎ足してくれる。勿論彼女の分も一緒だ。

 

「そうなんだよ。いきなりやってきて後はもうどんどん話が進んでしまって…まぁ俺としては良いんだよ?何だかんだでこの戦争はあの人たちの物だし」

 

 結局あの後、魔王とリリアーナ姫は交渉を続け、停戦条約を結んだ。フリード達は魔王が連れて帰る事になり、また魔人族と人間族が関わらないように停戦の期間を作るという話になった。

 

「期間、ですか?どれくらいになるのでしょうか」」

 

「ざっと1000年だってさ」

 

「せっ!? ふぁー何とも気の遠くなるような話ですね。っていうか事実上の戦争終結じゃないですか」

 

 言葉にすれば実感が湧かないがそれは気の遠くなるような年月、分かってはいた事だけどあの魔王は戦争をする気はなかったって事だった。まぁあの魔王からしてみれば全てが茶番でしかないだろうけど、1000年とは…実際考えるのが面倒になったなあの魔王。

 

(でも、リリアーナ王女が賛同したのは…まぁもういいか)

 

 あの王女に関しては謎が残るがもうどうだっていい。全ては終わってしまう話なのだから

 

「兎も角これで人間族と魔人族が戦争する事は無くなりましたね」 

 

「事実上の痛みわけだからな。ま、後始末は面倒だけどこれで俺達の役目も終わりって事だ」

 

 肩をバキバキと鳴らして思いっきり伸びをする。色々と面倒なことだらけだったが役目はちゃんと終えたのだ。さっさと日本へ帰ってゆっくりと羽を伸ばしていたい。

 

 そんな俺に彼女はしみじみとした顔をして労ってくるのだった

 

「そうですか、ひとまずはお疲れ様です。帰れるのはもう目の前ですね」

 

「ああ、有難う。でもまぁそんな事は重要な事じゃない、どうだっていいんだ」

 

 そして改めて彼女を見てニンマリと笑う。銀髪翠眼のアリスはキョトンと俺を見ているが…俺にはわかっているその内心は期待に満ちているって事を。

 

 彼女の正体と目的こそが俺と彼女にとって一番大切だって事を。

 

「俺、いいや俺達にとってこの世界の事情はどうだっていい。重要なのは自分自身。そうだよな、アリス」

 

「……ええ」

 

 この世界の戦争なんて本当にどうだっていいのだ、それは神や世界各地に散らばっている神代魔法や迷宮も。この地で生きる全ての命は俺たちの目的に比べたら本当にどうだっていいのだ。

 

 全ては俺がどう感じ取ったか。俺が何を思い行動したのかが最重要だった。 

 

「ようやく思い出したんだよ。あの時の記憶、自分の願い、そしてお前が誰なのか、自分が何者なのかを」

 

「そうでしたか…思い出したんですね」

 

 胸の内は話せば話すほど彼女の目は爛々と輝きだす。きっとこの瞬間を誰よりもずっと待ちわびていたのだろう、それこそあの日あの時俺が望みを言ったあの瞬間から。

 

 

 

 改めて彼女を見て似た様な笑みを浮かべる彼女に真相を話す。

 

 

 

「では聞かせてください。私は誰ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は俺だ。アリス、お前は俺のオリジナルなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『君はどんな事を僕に願うんだい?何でもできて何でもかなえてあげる存在を前にして君は一体何を望むのかな?僕に教えてよ、君の奥底に秘めた願い欲望を』

 

 願いというの名の欲望。何でもできるという存在を前にして、自分の口から出てきたのは自分でも予想外でしかしどこか納得する望みだった

 

 

――それなら、()()()()()()()()()()()

 

 

『うん?どういう意味だい』

 

 首を傾げるそれを前にして自分の中でくすぶっていた願望が出てくる。それは願望というより拗らせた自己承認欲求みたいなものだった

 

―異世界…いや、あの世界に生まれて日常を謳歌して、けどいきなり召喚されて戸惑っている自分を私は見ていたいんだ。

 

 それは一体いつから燻らせていたのだろうか。自分は何時からか自分という存在を客観視したいという欲求を持ってしまったのだ。

 

 異世界に召喚された自分。何も知らず何もわからない自分は一体何をするのか、モブの様に背景に溶け込んでしまうのかそれとも拗ねらせて悪党になってしまうのか…それともまるで物語の主人公の様に、光ある世界へと歩んでいくのか。

 

 自分という可能性の塊は一体どんな行動をするのか。自分という存在はあの世界でどう生きて考えて行動するのか

 

 その行動を近くで見ていたい、傍で感じていたい!自分はどういった人間なのかを他人の目で見てみたい!

 

 

 それが自分の願いだったのだ。

 

 

『えっとまって、それってつまり、君という存在を君自身が見ていたい。つまりPCを見るPLみたいな関係?」

 

――ああ、それだ。そう言う事をしてみたいんだ。 

 

 PCとPLというのは言い得て妙だった。プレイヤーキャラとして行動する自分をプレイヤーである自分が観察する。

 

 1個の生命体として生きる自分自身を見守りたいというのがより正確なのだろうか。

 

『……君、そんなに自己愛が強かったっけ?』

 

―覚えていないけど、誰かに自分を愛しなさいと言われたから。だから自分は自分で褒めたい応援したい見守りたいって願うようになった

 

 もう覚えていないが誰かに助言として自分を愛しろと言われたことがある。自己評価が低すぎるけど自分の味方は自分だけ。一生の付き合いであり生涯を共に過ごす片割れ。そんな存在を愛したかったのだ

 

 

 

 

 

 

 故に 彼女(アリス)(柏木)(アリス)(柏木)なのだ

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、その通りです。私は貴方で貴方は私、私たちは一人の人間だったんです」

 

 過去、全てが始まったともいえるあの日の事を思い返し彼にニンマリと笑う。彼の言った通り私は彼で彼は私だったのだ。

 

「あー…だろうと思ったよ。お前本当に俺には甘かったもんな」

 

「あはは、自分大好きなナルシストですからねー」

 

 彼にとっての自己評価は如何なのかは知らないが私からしてみれば待望の片割れだったのだ。嫌いになる理由なんてある筈もなく傍で世話を焼きたくなるのが性根と言った所だ

 

「自分でいうのもなんだけどまさかここまで拗らせていたなんて」

 

「仕方ありませんよ。私は私が好きで堪りませんからね。推しのキャラほど近くで見守りたいって事ですよ」

 

「その推しが自分なのだからなおさら拗らせすぎている」

 

 羞恥心なのだろうか顔を赤くし彼は頭を抱えて私はケラケラと笑うがまぁ確かにそう思う。一体誰が思いつくだろうか、願望が自分自身を他人の目で見てみたいだなんて。

 お陰で私はとても楽しい毎日だったが。

 

 

 

 私としても彼と彼のクラスメイト達が奮戦する姿を見れて大満足だった。なんか空を飛んでいたりとかゴーレムだったりとか少し想像がつかない事があってワクワクしたしあの天之河光輝君がいっぱしの勇者となっていたのは感涙ものだったし。

 

 何より彼の立てた罠であるあの煙を使った敵味方無差別殲滅計画。アレは最高に面白かった。もろに吸ってしまったがそれでも楽しめたことに変わりはない。まさに面白ければすべてよしだ

 

 彼の活躍を思い返しニマニマと笑ていると羞恥心から帰って来た彼が今度はげんなりとした顔でツッコミを吐き出してきた

 

「つーか色々と突っ込んでいいか?」

 

「良いですよ。私と貴方の中じゃないですか」

 

「なら聞くけどさ、どうして俺好みの女の子になってるんだ?確か俺生前は男だったような気がするけど」

 

 そう、それを必ず聞いてくると思ていた。……まぁ仕方ないか、ここにいるのは私達だけなんだし。

 

「あー そうですね、それではこちら側の事情を最初から説明しましょうか」

 

「よろしく頼む」

 

 彼が頷いたのを確認してこちら側、すなわち黒幕側であり舞台裏の話を始めるとしよう。

 

 

「そもそも最初は女性になる気なんてこれっポッチも無かったんですよ」

 

「…は?」

 

「貴方がありふれ世界の地球に送られたのを見届けた後、私は先にトータスへ来ることへなっていました。事前に準備をするためです」

 

 転生した自分を近くで見たいのは確かだがまさかまた高校生になって同じクラスメイトというのは流石にきつすぎる、だからこの世界に先に侵入し冒険者や旅人を装って傍にいるつもりだった。

 

「だけどこの世界に転生…いいえ転移されたとき気が付いたら女の子になっていたんです」

 

 どこかの見知らぬ路地裏で女の子になっていた自分。その時の混乱と驚愕と慌てっぷりが想像できるだろうか、私は受け入れるのに一週間かかってしまった。

 

「歳の頃は10歳ぐらいの銀髪翠眼の少女。一応チートと呼ばれるほどの力はありましたが…流石に受け入れるのには時間がとてつもなくかかりましたよ」

 

「お、おつかれさん。でもまたどうしてその姿に」

 

「有難う御座います。まぁ理由はちゃんと判明しています。アイツに一杯喰わされてしまったんです」

 

「あー」

 

 理由なんてものは直ぐに分かった。私を転移させたアイツが私の姿を好き勝手弄って変えたのだ。よりにもよって私が思う理想の女の子ってのは何の冗談だろうか。そして目の前にいる彼の容姿が私が理想とする男前なのはいったいどういった了見か。

 

「ったく一言でも言えば良いのに何も言わずにTSですからね。慣れたとはいえティアが居なければ俺っ娘になっていましたよ」

 

「ティア?」

 

「吸血鬼の彼女ですよ。本当なら貴方が助ける可能性も考えて見捨てて置くつもりだったんですがね」

 

 奈落に落ちれば吸血鬼が手に入る。そこで彼は吸血鬼とどういう交流をするのか楽しみにしていたのに結局は自分が助け出してしまったのだ。

 

(本当に憤慨物ですよ。まさか楽しみを自分で潰してしまうなんて)

 

 たかだか数年待てばよかったのに自分は彼女を助け出してしまった。好奇心や期待を捨ててつまらない道徳心と意味のない罪悪感を優先してしまったのだ。結果的に言えば主人公も彼も奈落に落ち無かったので結果オーライと言った所だがそれでも汚点でしかない。

 

 私は私を見誤ってしまったのだ。そんな反省している私を気にすることも無く彼は首をひねっていた

 

「吸血鬼…?あーいたなそう言えば」

 

「貴方の記憶力は穴あきチーズですか」

 

「んなこと言われても17年前の話を思い出せって事だぜ?アイツや俺の目的などは思い出しても他は結構うる覚えだよ」

 

「さいですか」

 

 まぁそんなものかもしれない。時間間隔がずれて原作をはっきり覚えている私とは違い彼は彼で地球で普通の少年として生きてきた人生があるのだから。そう考えればやむなし、か

 

「んで他に何していたの」

 

「後は大体あなたの想像通りですよ。思ったよりも早く転移されたので暇つぶしとして迷宮を攻略したり町に行って遊んでいたリ冒険者家業をしてみたり……まぁ早々に飽きて大部分はこの迷宮に引きこもっていたんですけどね」

 

「…ニート?」

 

「ハッ 自給自足が出来ている以上なんでストレスをためてまで働かないといけないのですか」

 

 幾ら私がチートな力を持ってグダグダと過ごしたところで誰かの迷惑になる訳でも無し、そもそもこの世界は彼の為の世界。彼が来なければ意味のない無味無臭の茶番世界でしかないのだ。

 

「っていうか思ったんだけど言わせてもらっていいか?」

 

「勿論ですよ。私たちの間に遠慮はなしです」

 

「なら遠慮なく、お前でしゃばり過ぎ」

 

「うぐっ!」

 

 いきなり自分自身気にしていた痛いところを突かれて奇妙な声を出してしまった。一気に冷や汗が出てくるが彼はそんな事お構いなしだ

 

「いや自分の事だから見たくなるって言うのは大いにわかるよ。でもな、流石に専属の侍従ってのは近づきすぎじゃね?」

 

 そう、遠くから見守る筈だったのだがつい近づきすぎてしまったのだ。

 

「オマケにそれとなく今後のことを話すとか自分が何者かを匂わせる演技とか、隠す気あったの?そもそも黒幕やってる自覚あったの?」

 

「うぅ」

 

 それを言われると本当につらい。侍従になって傍で見れることに浮かれすぎてしまった私はそれとなく仄めかす様に私が普通ではない事を彼にべらべらと喋ってしまっていたのだ。…今考えても本当に恥ずかしい

 

「流石にさぁ黒幕なんだからもうちょっと出番を控えようよ。せめてなんか匂わせる程度にしておこうよ」

 

「はい、スイマセンでした」

 

 こればっかりは自分に駄目だしされても仕方がない。まぁ楽しかったのは事実なのであんまり後悔もないのだが。

 

 取りあえずこれ以上自分だけの反省会を終了する。だってそうでもしないといつまでも駄目だしするからね私は!

 

 

 

「それにしてもよく気が付きましたね。正直最後まで当てられないのかとヒヤヒヤしていました」

 

「あの魔王を見て思いだしたんだよ。つーかあの魔王って」

 

 魔王…私の協力者であり共犯者。アレを見て思いだすのは複雑ではあるが思い出したのだから良しとしよう。

 

「ええ、ご存知の通りです。彼はあの神モドキであり私たちを転生させた張本人。私と同じこの世界の黒幕であり全ての元凶と言った所でしょうか」

 

 魔王の正体それは、エヒトの眷属神であるアルヴヘイトでは無く、又ティアの叔父ディンリードでもない。 

 

 あの魔王の正体はあの日あの時私達の前に現れて転生させた張本人である……

 

「あれ?そう言えばアイツの名前何でしたっけ?」

「おい」

「だって名前を言わなくても割と問題なかったですし」

「おい」

 

 そう言えば名前を訪ねていなかったのだ。何時の間に魔王になっていたので魔王と読んでいたが本名は何だったのだろうか?

 

 困った顔をしても彼は阿保かコイツと言わないが顔に出している。

 

「じゃあもうどうでもいいですね、アイツが」

 

 

「僕の名前はエヒク・リベレイ。そう呼んでほしいな」

 

 

 そう言いながら突如として現れたのは件の魔王そのものだった。突然の出現に彼はうわっと驚き私は一瞬思考が止まった。心臓に悪いとは言わないがもう少し配慮してほしい。

 

「驚かせてごめんね。後処理を終わらせるのに時間が掛かっちゃった」

 

「いえ…それは構いませんが、そんな名前だったんですか」

 

 エヒク・リベレイ。どこかで聞いたことがあるような気がするが…思い出せないから大したことではないのだろう

 

「まぁ名前は記号みたいなものだからね、好きなように呼んでいいよ」

「じゃあ、アホ」

「バーカバーカ」

「君達、なんでそう直ぐに人の事罵倒するの?」

 

 2人そろって馬鹿にしたら涙目になった。黙っていれば壮年の麗しいオジサマなだけに、中身があまりにも残念過ぎた。

 

「じゃぁリベレイ。何時までディンリードの姿をしているんですか。流石に皮の人に失礼ですよ」

 

「そうかなー結構うまく役を演じれていたと思うんだけど、まぁいつまでも原作キャラの格好をするのは失礼かな」

 

 そういって瞬き一瞬で私にとってはなじみ深いゆるふわで頼りなさそうな青年の姿へと変わったリベレイ。やっぱこの姿が一番似合ってる

 

「ん、やっぱり僕はこの姿が一番だね」

 

 これでこの場にいるのは原作にはいないイレギュラーでありオリジナルの登場人物だけだ。…はは、もはやありふれなんて関係ないね。

 

 

「ふぁーマジで魔王をやってたんだ。ってことはエヒトも同じように?」

 

「そうだよ。んんっ 『我の名はエヒトルジェ 我に敬服し頭を垂れるが良い人間ども』」

 

「うわークッソ腹立つわ~」

 

 一瞬だけ神々しい光を纏い偉そうに命令するリベレイ。腹立つのでぐーぱんしようと思ったときにはすぐに元の姿に変わっていた。残念

 

「まぁまぁ件のエヒトはもうこの世にはいないんだし好きにやらせてくれてもいいと思うんだけど」

 

「…マジでエヒク、お前エヒトを殺ったんだ」

 

「油断も油断していたからね。そもそもアレは蹂躙されてなんぼ。僕と君たちが遊ぶ世界には不必要なんだよ」

 

「です」

 

 私とリベレイが遊ぶためのこの世界にラスボスなんて者は要らなかった。エヒトルジュエにはそもそも最初から生存権は認められていなかったのだ。

 

 私が転生すると決まった瞬間に葬られるのが決まっていた哀れな神。今はもうその名残すらない

 

 

「君が転生と転移する以上エヒトは邪魔だ。なら最初に退場してもらいは後は魔王をやってぬくぬくと遊んでいればいい。僕には僕でやりたいことややってみたい事が一杯あったからね」

 

「やりたい事って?」

 

「それについては…まぁ説明しても分からないと思うよ。一応君達から了承は取っているけど」

 

「了承?」

 

「あ、スイマセンそれ私が了承をしました。規格外の力を押し付けた変わりとしてとしてリベレイも好きにやっていいという許可が欲しかったので」

 

 結局リベレイが何をしたかったのかは知らない。私は私を見る事で楽しんでいたので余計な介入さえしなければ好きな事をしてもらっても構わなかったのだ。

 

「結果的にはまぁ良かったかな。彼女たちも一応納得はしてくれたし僕としてもスターシステムが出来て少し満足だからねー」

 

「…なぁエリクの奴一体何のこと言ってんだ」

 

「私にもわからん」

 

 たとえ何をしようとも私の邪魔をしなかったのでそれでいいというのが本音なのだが。きっと彼も追及するつもりはないだろう。

 

「まぁいいや。兎も角これでトータスでの出来事は終わったと考えていいんだな?偽エヒトさんよ」

 

「うん、十分にやってくれたよ。後は王都の後片付けが終わったら、君達を日本へ返してあげるよ」

 

「迷宮巡りなんて面倒な事は私がやりましたしねー」

 

「僕としても()()()()()をまた見るのは勘弁してほしいからねー」

 

「…軽いなこいつ等」

 

 余りにもあっけなく帰れる手段が見つかったから拍子抜けたように彼は感じてしまうのだろう。きっとどうやって日本へ帰るか考えていたのだろうが、まぁ許してほしい。

 私はデウスエクスマキナを名乗るつもりはないが、そう言う面倒な所でグダグダするのは勘弁なのだ

 

 彼らはちゃんと戦争を終わらせた。後に残るは彼らのハッピーEND。そうでしょう?

 

「そういうもんか」

 

「そういうものだよ」

 

 リベレイに諭されてまぁ仕方ないかと納得する彼。まだまだ遊んでいたかったかもしれないが始まった物語はいつかは終わるのものなのだ。彼らの日本への帰還こそが彼らの終わりなのだからそこはしっかりとしてほしい

 

「じゃあお前はどうするんだ」

 

「へ?私ですか」

 

 その筈なのに急に私を話題にされてビックリ。目をパチクリする間も彼は心配そうにつぶやく。

 

「俺には俺の人生があるけど、お前は俺がこのトータスで何をするのかが楽しみだったんだろ。俺が日本へ帰ったらお前の目的は終わるわけだし…んでトータスも一通り見まわったんだろ」

 

「確かに目的は果たしましたしトータスは見回りました。…確かにすべきことはやり終えていますよね」

 

 結論として私はこの世界に飽きてきたのが実情だ。そりゃ1年ぐらいは楽しいかもしれないが慣れてしまえば刺激はなくなる。

 オマケに私の力は突出しすぎており何でもできるそのせいで何もかもがつまらなくなってきている

 

「その時は…そうですね。リベレイまたあの空間でだべらせてもらっても良いですか」

 

「良いよ。好きなだけ滞在すればいい。僕は君達が好きにするのが一番だと思ってるから」

 

 あの異空間は快適な空間だ。ゲームや漫画ネットにさえつながる。あそこでしばらく滞在してゆっくりと身の振り方でも考えればいい。

 

「ってなわけで心配しなくても私は大丈夫ですよ」

 

 

 

 

 

「……そうか」

 

 

 そんな私の能天気な返答に彼は何やら考えていたようだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば聞きたかったんですが」

 

「なんだい?」

 

 なにやら考え込んでいた彼が返ってから改めて私はリベレイに気になっていた事を尋ねる事にした。

 

「彼のクラスメイトの方々……あの子たちに一体何をしたんですか?」

 

「うん?」

 

「とぼけないでくださいよ。あの子たちあんな性格じゃなかったでしょ」

 

 私が知る彼らと今生きている彼等とは性格が違いすぎる。外見は知らないが名前と性格が違いすぎたのだ。成長したと言えばそれまでだがそれでも気にはなっていた

 

「あーそうだね。君には話してもいいかな」

 

 コホンと咳ばらいを一つ。そしてリベレイは企みの一つである目的を割とあっさりと話してくれた

 

「実はね、君の言う通り少しばかりあの子たちの性格を矯正したんだ。もう少しだけ大人っぽくしたって言うのかな。気を悪くした?」

 

「別に咎める気はありませんけどどうしてですか」

 

 私にとっては彼が全てだ。それ以外はどうだっていい…とまではいかないが理由は気になるという物。

 

「だっていっつも同じ性格だなんて飽きるでしょ?」

 

「と言うと?」

 

「南雲ハジメに嫉妬して遠巻きに眺めるモブ。何も出来ず動いたとしても成果は得られないモブ。居るだけで価値も存在も何一つとして必要のない哀れな背景達」

 

 原作の事を言ってるのだろうか。私からしてみれば子供の集団であり、活躍できなくても仕方ないし彼らの役割は主人公の太鼓持ち、その為の彼等だと思っていたのだがどうやらリベレイは違った意見を持っているようだ

 

「何処を見てもそんな存在なら、たまには彼らが活躍したっていいじゃないか。彼等もまた主人公と何ら変わらないニンゲンなのだから」

 

「そういうもんですか。まぁ私にとしては光輝君らが思ったよりカッコよくなった位の感想しか抱けませんでしたが」

 

 王都を守るために頑張った彼等。なるほど確かに原作とは違った結果となった訳だ。それがリベレイにとっては満足だったのか終始ニコニコとしている

 

「原作の知識をそれとなく植え付けさせたけど上手く行って良かった。うんうん彼等の役目はあんな感じで十分なんだよ。彼等は実によく頑張った、本当に良かった良かった」

 

(……人のこと言えないですけどコイツやべーですね)

 

 原作の知識を植え付けさせる。性格形成に大いに影響を与えそうだがそのおかげで彼らは成長したのだろうか。人体実験見たいであまり気分はよろしくないが私が女性にされたので今更でもある。

 

 気になる事はまだまだあるが余り詮索するのも願いをかなえてもらった手前どうかと思う。なので最後にもう少しだけ気になる事を聞くことにした

 

「最後に聞きますが白崎さんは、彼女は何なんですか。あの子だけ妙な違和感が」

 

 原作の知識を逆流させたというのならあの子の違和感は納得はできる。出来るのだが…気のせいだろうか他のクラスメイト達と比べるとズレている様な気がするのだ 

 

「……彼女は特別なんだよ」

 

「?」

 

「王女様と一緒さ。とある世界線からの来訪者であり僕にとっての共犯者、尤も彼女たちは分霊体ともいえるけど」

 

 どうやら私に黙って白崎香織とリリアーナ・S・B・ハイリヒはリベレイにとって特別な人選らしい。私にとっては謎の人選だが…

 

「彼女達、特にリリアーナ王女を見て何か思う事はあるかい」

 

「…特にありませんよ?王女様とは出会う事すらありませんでしたし」

 

 王城にいるからと言って王女と出会うなんて稀だ。見かける事はあっても特に話すことはないし接触する必要制も無かった。

 

「そっか。まぁ接触は必要最低限と釘を刺したからこんなものか」

 

「??? なんか私を使って遊んでいませんか?」

 

 ガッカリと肩を落とすその様子からしてどうやらリベレイの目論見は外れたようだが。まさか私達に何かしたのだろうか

 

「いや別に?精々が彼に対して主人公補正をちょっぴり付け加えた程度だよ」

 

「は、はぁ!?まさか彼の活躍を主人公補正と言いやがりましたかコンチクショウは!?」

 

 まさかまさかの主人公補正と言いやがったコイツ!何?もしかしてあの彼の頑張りは主人公だったからだと!?

 

「それ完全に私に喧嘩売ってますよね!?ええ、ええ、分かりましたその喧嘩買いますよ馬鹿ー!!」

 

いや、主人公補正じゃなくて正確には勇者補正…あ、ゴメンゴメン泣かないで!泣きながら攻撃してこないで!?」

 

 勿論私だってそんな気はしていたよっ!所詮只の凡人でしかない私があんな大立ち回り出来る筈がないって!それでも夢見たって良いじゃないかチクショー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからあくまでも少しだけだってば!本当にゴメンって!」

「うるせー!このポッと出が!お前なんか所詮便利な転生神さまでしかないんだよー!」

「お、言ったね。最初に出てきて後は何の関わりもない捨てキャラと言ったね。よし戦争だ」

 

 

 こうして彼のいなくなったオルクス迷宮に私たちのしょうもない喧嘩の喧騒が響くのだった…

 

 

 

 

 

 



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あばよトータス

あっさりと行きます


 その後の話をしよう。戦争に打ち勝った俺達は当たり前だが戦後処理をすることとなった。勝利の貢献者である俺たちではあるがだからと言ってそのままハイ終わりでは居心地が悪かったのもあった。

 

 力がある者達は瓦礫の運搬や建物の修繕などできる限りの事をした。男子連中で言えば坂上を筆頭に永山や近藤、意外な事に檜山も積極的に動いていた。

 

『ボーっと見ているだけなんて恥ずいだろ』

 

 と言った檜山は文句ひとつ言わず檄を飛ばしながらよく働いていた。流石檜山あざとい、あざとすぎる。

 

 

 怪我人の治療は女子生徒を主にして白崎が中心となった。当たり前だが負傷者の出ない戦闘なんてない、重傷を負った物や巻き込まれた民間人なんているのは当然だった。

 

 でも幸いなことに死傷者は誰も居なかった。魔人族も人間族も誰も死ななかったのだ。不思議に思っていたが白崎の

 

『そう言う事だってあるよ』

 

 という言葉で考えるのをやめた。恐らくだが白崎が何かした可能性がある。だけど追及するのは嫌な予感がするし結果が良ければそれでいいのだ。

 

 

 戦後処理として停戦協定だとかの政治的な話はリリアーナ王女が全て纏め上げていた。本来ならハイリヒ国王が出てくるはずだが寝込んでいるとか教会の人間は行方不明になったのだとか。

 

『え?イシュタルやほかの神官が居なくなった?』

 

『ええ、戦争が終わった翌日教会には誰もいませんでした』

 

『おかしいな。確かあの時は眠らせたり壁にめり込ませたけど居なくなるなんて…それにイシュタルは遠藤たちが縛ったって』

 

『しかし居ないのは事実です。大方魔人族に恐れをなして逃げてしまったのでしょう』

 

『………なんか隠してません?』

 

『貴方が気にすることはありませんよ。それよりも政治的な事は私にお任せください、貴方方はなすべき事を為したのですから』

 

 都はリリアーナ王女の弁。気にはなったが彼女の好意に甘えて貰う事にした。細かいところは分からないがすべてを丸投げさせてもらい後の事はお願いしますと頼んだ時の嬉しそうだけど怒っている様な何とも言えない表情が少しだけ気になったぐらいだった。

 

 魔人族達は全員魔王が連れて帰っていった。解毒薬を飲ませた後はもう戦う気力もないのか又は魔王の説得により何も出来なくなったのか、暴れるなんて危惧していたことは一つもおこらなかった。

 

『フリード……』

 

 大人しく魔王の後について行く魔人族たち、その中で指揮官だった男の姿を天之河光輝だけは複雑そうに見送っていた

 

 

 

 

 そして俺と南雲は反省の意味を込めて調合と錬成の技能をフルに使っていた(もちろんレネゲイドウィルスの力も使ってだ)

 

『生活用水に解毒薬を混ぜれば無事解決では…?』

 

『今度それを言ったらマジで切れますよ』 

 

 冗談にマジ切れされそうになりながらも解毒薬や『元気の水』を作り続けた。まぁ水に俺のソラリス能力をたらせばそれでいいのだからコスパが良すぎて何の苦もないのだからいいんだけど

 

 南雲の方は錬成の職人さん達と一緒に町へ繰り出していった。何でも家一軒を数十分で補修し続けたとか。それを職人たちでフルに回していたので住居の心配はなさそうだ。数日もすれば街並みも平時と変わりない事になるだろう。

 

『……錬成ってこういう事に使うのが普通なんだよね』

 

『?』

 

『なーんで僕は兵器を作るとか思いついたんだろうね』

 

 何があったのかは知らないが錬成という能力について思うところがあったらしい。何かは知らんが武器を作るよりは道具を作った方がカッコイイとか何とか言ってた。俺には耳が痛い言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、言う事で戦争終結から数日が立って、俺達は日本へ帰れる日がやって来たのだった

 

 

「なんだか呆気なかったね」

 

「そんなもんじゃないの異世界召喚なんて」

 

 より正確に言えば一つの物語が終わる時って奴だろうか。最初は大層な始まりだったとしても途中でダレて結局は尻すぼみになってしまうという

現実のラノベと同じようなものだ。事情を知ってる俺からすればもはや溜息すら出てこない

 

「お前らよーもうこれで最後なんだぜー何かねぇのかよー」

 

 不満げなのは清水だ。日本に帰れると分かった瞬間やっぱり名残惜しい気持ちになったらしい。気持ちは凄く良く分かるが俺たちのいるべき場所はここではないのだ。少し長かった旅行だと納得するしかないだろう

 

「楽しかった。それでいいんじゃね?」

 

「はぁー まぁいけどよ。明日から普通の生活かぁ」

 

「まぁまぁ ゲームやネットが出来ると思えばそれでいいじゃん」

 

「そうだな。帰ったら久しぶりに積みゲー消化かっすっか」

 

 不満げな清水は南雲に慰められて少しだけ納得したようだ。なーに帰って一か月もすれば良い思い出だったと笑えるようになるさ。 

 

 

 日本へ帰れる手はずは全てエヒクが用意するとの事だった。まぁ真相としてはアイツが呼び出した以上アイツしか返せないって話なのだが。

 

 

「えーお土産持って帰っちゃ駄目なの~」

 

「駄目だってさ。何でも座標が安定しなくなるとかなんとか」

 

 斎藤と近藤の雑談の通り俺達はトータスで得たものを日本へ持って帰る事は許されなかった。武器は当たり前だとして小道具や衣服類、果てにはお土産品まで。不満がクラスメイト達からちらほらと出ていたがエヒク曰く

 

『異世界に未練を残すのは駄目だよ。君達が生きていくのは日本なのだから』

 

 との事だった。まぁいつまでも異世界に心を残しておくなって事だろう。何時までもいつまでも異世界気分なんて恥ずかしいからな。

 

『特に身体能力なんてもっての外。君達は普通の高校生なんだから』

 

 当たり前だがこの世界で鍛え上げたステータスや技能の数々も無くなる事になる。何人か残念がっていたやつがいるがこれは当然の処置だろう。勿体ないのは分かるが日本では必要のない物だ。あるだけで要らない問題を引き起こす

 

「あの、何が何だかわからないうちに戦争が終わったってどういうことですか?誰か説明を」

 

「あー愛ちゃん先生には後で説明するから。だからそんな蚊帳の外に置いていかれた顔はしないで、ね?」

 

 園部に慰められながらも狼狽えているのは愛子先生。もしかして襲撃の時寝ていたのだろうか?そんなはずは無いと思うが…ともかく蚊帳の外なのは間違いない。なにせ俺達が何やかんやで終わらせたのだから。

 あの人は戦争では何も出来なかったが俺達が日本へ帰ってからのフォローをお願いしたい、誠実に 

 

 

 

「さて、日本人の諸君。準備は良いだろうか」

 

 そろそろ準備が終わったのかエヒク…一応まだ魔王をやっているので魔王と称する。魔王が改めて俺たちに確認する。

 

 場所は王都の前にある平原、だった場所。中野やメルド団長が散々暴れ回ったので草が無くなって荒れ地になっているが取りあえず平野。

 

 いるのは俺達日本人組とにこやかに笑ってる魔王と何故かこちらを見ている王女と包帯を巻きまくっている団長と俺を盾にするように隠れているアリス

 

「ってお前なんでここにいるんだよ」

 

「いえ何故かリリアーナ姫が私を獲物のような目で見てくるので」

 

 確かにチラチラとこっちを見ている、何故か訳が分からん、がだからと言って離れるのも違うし…取りあえず好きにさせておくことにする。

 

 そうこうして居る内に魔王による日本へ帰れることへの最終確認が行われていた。

 

 曰く君達の周りに魔法陣が設置されておりその中にいたものが日本へと転移される。

 

 転移される場所は呼び出された場所と同じ場所であり、つまり俺達のあの教室という事になる。

 

 ステータスや技能、このトータスで得たものは全て消失されることとなる(なので俺ら全員制服に着替えてあるという訳だ)

 

 この長年の戦争を終わらせた功労者へのリップサービスとして呼び出された時間と全く同じ時間に帰らせる。

 

 という事だった。

 

「え?つまり俺達が居なくなった昼休みの時間にに戻るという事?」

 

「その通りだよ野村君。時間も場所もすべて元通りという訳さ」

 

 野村の呟きににこやかな笑顔で答える魔王。全てを知っている身としては滑稽な話だがその答えによかったと安堵する声が多数。

 そりゃそうだ、何だかんだで半年以上此処にいたわけだし家族の事や学校の事、世間の事も合わせて色々と心配することがあっただろう。

 

 

 ほぼいたせりつくせりなこの状況、やっぱり怪しむ者はいる訳で

 

「んなこと言って。俺たちをまた別な所に飛ばす気じゃねぇだろうな」

 

 不敵に笑う檜山。例え相手がどれだけ強大であろうとも挑むその姿は実にカッコいいがまぁソイツに言ったところで意味が無いわけで

 

「いやいや、もう僕かって十分だよ。信じるのは難しいだろうけど、ちゃんと君達を帰すさ」

 

「……? そうかよ」

 

 と言われてしまえば納得するしかない。そもそも戦争が終わったのにいつまでたってもエヒトから連絡がないわけだからね。もう自分たちが帰れる手段はこの魔王を信じるしかないって事だから。

 

 

 そんなあ―だこーだを繰り返して。皆の前に出てきたのはリリアーナ王女

 

「皆さん、このたびはこのトータスの危機をお救い下さりありがとうございました」

 

 深々と頭を下げる王女は何とも絵になる姿で。

 

「助けて貰ったのに私達には貴方方へ何も返す事が出来ません。それがとても心辛く想います」

 

 悲痛そうなその表情。それでも王女は戦争が終わった翌日ささやかだが俺達へ豪華な晩餐を用意してくれたのだ。今更文句を言う奴はおるまい

 

「貴方方のお陰で民は平和の時を得ることが出来ました。重ね重ねですが有難うございました」

 

 別れの挨拶は後を残さない様に割とあっさりと。そう言って微笑んだ王女は…気のせいだろうか俺を見て口角を上げたような気がした。

 

 

「あー俺からも何か言えりゃ良いんだが…」

 

 言いにくそうにするのはメルド団長。仕方ない、割とさっきまで重体で寝ていたのだから。体を無理に動かしすぎたせいで反発が出てきたらしい。なにか理由があるとホセ副長は言ってたが…もう知る事はないだろう。

 

「ありがとな。お前らのお陰で俺が守るべき人達は無事だった。俺の可愛い部下達も。お前らには感謝してもし足りんぐらいだ」

 

 何処か力が抜けた様に笑うメルド団長。その姿に思うところがあるのか何人かのクラスメイトが寂しそうにしていた

 

「もっとお前らに色々と教えたかったがそれはお前らの親や教師が教えてくれるだろう。ほんのひと時でも俺達がお前たちの人生に何かしらの意味があったらと俺は思う」

 

 異世界の騎士は最後まで男臭くそれでいてカッコイイ漢だった。

 

「お前達の幸運を願っている。さらばだ、異世界の友たちよ」

 

 

 

 

 そうしてその時はやって来る。魔王が俺たちの前に立つ、それが異世界での最後の光景となる  

 

「さて、そろそろこの異世界転移も終局となる時が来たようだ。日本人の君たちはこの異世界(トータス)をどう思ったのだろうか」

 

 朗々と語るその姿はなるほど、魔王とも神とも黒幕ともいえる堂々っぷりだった。

 

「争いばかりする愚者共だと思ったのだろうか。剣と魔王のおとぎ話と喜んだだろうか。それとも君達の世界と本質は何も変わらないと思っただろうか」

 

 ゲームのようなファンタジーから俺達は現実へと帰る。

 

「今から君たちは君たちのあるべき日常へ戻る。戻ったらこの世界での超常の力が消える、だが君達がこの世界で経験したことは決して無くならないだろう」

 

 退屈で詰まらなくてもそれが俺たちの生きる日常。ありふれた日常へと帰っていくのだ。

 

「この世界で感じた事、体験した事。様々な事をどうか己の血肉とし君たちの日常へと生かして欲しい。これから始まる君たちの未来へと役立てて欲しいと身勝手だが切に願う」

 

 魔法陣がが徐々に光っていく。ついにこのトータスとお別れの時がやって来たのだ。

 

「異なる世界の友人たちどうか息災で」

 

 俺の傍にいたアリスがそっと離れていく。日本への送還に巻き込まれない様に、俺の日常を壊さないために

 

「君たちの未来に幸あらん事を」

 

 

 王女と魔王が微笑んで光が強くなって行く。

 

 

 

 

 

 

 

 全てが白へと染まる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、俺はすぐさま腕を引っ張った

 

 

 

 「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして全ては真っ白へ

 

 

 

 

 

 

 

 




次回恐らく前編後編になると思います


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エピローグ 前編

前編です


 

「はぁ……」

 

 日曜の昼前、檜山大介はゲームセンターの隅で溜息を吐いていた。友人である斎藤と近藤が好き勝手にゲームをしに行ってしまったので手持ち部沙汰になってしまったのだ。

 

 壁に身を預ける檜山の周りでは同じような年頃の少年たちがゲームを遊び一喜一憂し、又遠くではカップルがはしゃいでいる。ちらほら見える中には大人の姿もあり、何の変哲もない平凡な光景だった。

 

(……まるで夢幻みたいだったな)

 

 ほんの数日前までは異世界にいたとは思えないある触れた日常の光景。一体このゲームセンターにいる人の誰が自分たちが戦争をしてきたなど信じるのだろうか。

 魔物と殺し合い命のやり取りをしていたなんて誰が信じてくれるだろうか。

 

 現に異世界から帰って来れたあの日親に気まぐれに話すも珍しい冗談を言ったと逆に心配をされてしまう始末だ。もはや信じるのはあの時召喚されたクラスメイトだけだろう。

 

「どったの?」

 

 そんな皮肉気に笑っていた檜山の隣に現れたのは中野だった。フラフラとゲームセンター内を見回っていたがどうやら飽きたらしい。

 

 友人である中野信治をみてやはり溜息一つを吐いた。

 

「何でもねぇ」 

 

「ふーん」

 

 特に追求するつもりはなかったのか、そう言うと興味を失くした様に壁に身を預けていた。中野の見ている先では斎藤と近藤がクレーンゲームをしていた。子供のようにはしゃぐ彼等をみて無自覚だろうか口角を上げている

 

 

 中野信治は日本に帰還してから三日間ほど学校を休んでいた。その理由を檜山は知らない、だが異世界で共に生活し地球では考えられないような体験をした今何となくその理由がわかっていた。

 

「お前」

 

「ん?」

 

「…何時まで学校に居るんだ?」

 

 この隣にいる友人は普通の人間ではない。自分達とは違う世界を生きそしてそんな世界を生きていく人間だ。決戦となった王都にはいなかった中野は平原で魔物を殲滅していた。

 たった1人で数十万の魔物を相手して無傷だったのだ。明らかに自分達とは強さの質が違う。

 

 そんな中野信治はこれからも学校にいる訳がないと、そう思った檜山はついそんな事を聞いてしまったのだ。

 

「あんだよ急に」

 

「……」

 

 困ったように笑われたが檜山は反応を返すことが出来なかった。それが友人が居なくなることへの寂しさかそれとも仕方ないと割り切ったからなのか自分の心では判別がつかない複雑な感情だったからだ

 

「…チッ 何でもねぇ只の気の迷い」

 

「記録と証拠がないとはいえ事件に巻き込まれた民間人を保護したとして上の方は休暇を延長してくれた」

 

 しかしだからと言って何も言わないのも恥ずかしい。否定しようとしたところでトーンを変えた中野の声がかぶさった。聞いた事無い様な声音だった。

 

「何?」

 

「報告をしたが上が信じたかどうかは俺にはわからん。だが実態は民間人が異常な力を得たというときの事を考慮して俺は監視としてお前らを見張る必要がある」

 

 なんの話か、分からないほど檜山は鈍くはない。その話が本来言ってはいけない事も。だから檜山は一言で済ませる、これ以上友人がアホな事を言わない様に

 

「そうかよ」 

 

「そうだ」

 

 そんな言葉に返事は返さない。それで良いし相手も望んでいないから。ただいつもと変わらず適当にだべり適当に生きるのだ。それが自分たちの日常で、自分たちの幸せなのだから

 

「あ、檜山!聞いて聞いて!さっきチラッとだけど見たんだ!」

 

「あ?」

 

 そんな話をしていたら斎藤が慌てて檜山に詰め寄って来る、面倒そうに何事かと見ればゲームセンターの外を指さしていた

 

「さっきなんかリリアーナ王女っぽい人を見かけたんだ!アレ絶対本人だよ!」

 

「はぁ?トータスの王女様がここにいる訳ないだろ。夢でも見てたんじゃねぇのか」

 

「間違いないってば! 金髪の外国人の女の子何てあの人しか……あれ?でも、ううーん?」

 

 話ている内に自分でも疑問に思ったのか尻すぼみになっていく斎藤。どうやらまだまだ異世界気分が抜けきってないらしい。肩をすくめると近くにいた近藤が時計を見て慌てだす

 

「おいおい、んなどうでも良い事よりそろそろ時間じゃないのか」

 

 つられて時計を見ればそろそろ約束の時間になりつつあった。間に合うとは言え少し急いだほうが良いだろう。

 

「だな。斎藤今見たのは気のせいだ、忘れとけ。近藤忘れもんねぇよな。中野、暇ならテメェも来い、つーか強制参加だ」

 

「うん?一体何の話だ」

 

「あ~そう言えば中野は言ってなかったっけ」

 

 友人たちにに呼び慌てる彼らと連れ出してゲームセンターの外へ。後ろでは斎藤は首を傾げ、近藤が不思議そうにしている中野へ約束のこと説明をしている

 

 

(ま、 これで良いって事だ)

 

 

 異世界の力に未練が無かったかと言えばウソになる。しかしこれで良いのだ。友人たちが居てくだらないことを話していれば、それで幸せなのだ。

 

 

 檜山大介はそうやって皮肉気にしかし無自覚に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 静謐な空間にある墓地にて天之河光輝は墓石に向かって手を合わせていた。空は鮮やかな青空で時たま通る風が気持ちのいい実に墓参りに適した日だった。

 

「じいちゃん、遅くなってごめんね」

 

 墓石に刻まれている名は天之河完二。光輝が元も尊敬する人であり目指していた人だった。

 

 日本に帰還してからの数日は親とじっくり話をしていたので祖父が眠るこの場所へ来ることは出来なかったのだ。

 

「…父さんたちと話をしたよ。ちゃんと向き合って、自分の意見を押し付けず相手の言葉をくみ取って……話をしたんだ」

 

 中学の時からまともに顔を見合わせる事も無かった父親と話をするのは緊張した。しかし光輝は異世界トータスで少しだけ成長をしたおかげか改めて話をすることが出来たのだ。

 

「……自分が間違えたつもりはない、でも方法を間違えたんだってやっと気付けてさ。あの世界に行かなかったらずっと俺は父さんたちに迷惑を掛けてた」

 

 異世界トータス。日本の常識、光輝の生まれてきてから培ったものが通用しなかった異なる世界。あの世界での体験は光輝に様々な経験をもたらした。

 

 人間族と魔人族の戦争。魔物と同じだと思われた魔人族の正体 自分の押し付けがましい正義感 白昼夢で見た夢 現実と理想 正義とは何か

 

 

 そして極め付きはフリードとの言葉のぶつけ合いにその後に起こった柏木の罠。どれほど言葉を尽くしても相手には伝わらない、その結果、敵味方関係なく黙らせてしまうという理不尽なまでも死者が出ない様に配慮されれていた悪辣な罠

 

「人と人は分かり合えるって俺は思っていた。それは間違ってはいなくても、綺麗事だけの理想論で……」

 

 結局の所あの柏木の罠が無ければフリード達を止める事は出来なかった。あの罠が無ければ王都は陥落し王都の人たちに死者が出ていたの可能性があった。

 

 話し合いよりも相手を黙らせた方が被害が少ないという理不尽な結果を知ってしまった。 結局、戦争終結の方法として光輝の対話では無く柏木の理不尽な暴力こそが決定打だった。

 

 

 結果的に言えば光輝は異世界では何も出来なかった。 その事実は消して間違い様のない真実だった。

 

 

「でも、それでも俺は諦めることが出来ない。話し合いで分かり合えないのならどうして人は対話なんてコミュニケーションを獲得したのかわからないじゃないか」

 

 だが、光輝は諦めようという気にはならなかった。対話で物事を解決したいという気持ちに間違いはないからだ

 

「俺、もうちょっと頑張ってみるよ。爺ちゃんのように立派に離れないけどさ、それでも爺ちゃんの孫だって胸を張れるようにさ」

 

 苦い笑みを浮かべ、光輝は立ち上がる。祖父への報告はまだ終わりそうにないがそろそろ時間だ。この場所にはいつでも来れるのだ、今度は何時になるか、そう考えながら光輝は歩み始めた。

 

 

「もう、いいのか?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 墓地の出口には坂上が腕を組み待っていた。先に行けばいいのに待っててくれたことに感謝し、ともに連れ立って歩き出す。

 

 

 坂上との交友関係は結局以前と変わらないままだった。一度絶縁するかと思ったが、何だかんだでまた隣を歩くようになったのだ。お互い自分を見つめなおす時間が必要だったし、そのお陰で今も気安い関係を続けられているのだ

 

「……俺よ」

 

 そんな中坂上がポツリと声を漏らす。何だろうと思えばどこか言いにくそうに坂上は自分の将来のことを話したのだ。

 

「俺、警察官になろうと思ってたんだけどよ、止めるわ」

 

 親友の就こうと思って居た職業を聞いたのはこれが初めてだった。その事に驚きつつ、しかしその内容にもまた光輝は驚いた。

 

「何でだ?」

 

「あー トータスでよ。俺、自分がどんな奴なのか分かっちまったんだ」

 

 言いにくそうにしていた理由はこれかと納得する光輝。そうだ、坂上は人を殴るのが好きだと話をしていたのだ。暴力に酔いしれていた自分を坂上はあの世界で改めて知ったのだ

 

「手っ取り早く言えば俺は糞野郎だ。そんな奴が警察官になるだなんて世も末だ」

 

「そんな事は…」

 

「んで俺、ボクサーを目指そうかと思ったんだ」

 

 改めて坂上を見る。冗談ではなくどうやら本気らしい

 

「人を合法的に殴れる仕事と言えばあれだ。俺はボクサーになって人を殴る仕事に就きてぇ。………軽蔑したか」

 

 言い切って開き直ったのか、胸を張った坂上は親友である光輝を見つめる。その目に冗談は無く、真剣に考えての結論なのだと光輝は分かった、

例え止めようとしても無意味だと分からせるほどに考えての事だと

 

「…いいや、自分で自覚してるのなら、俺は軽蔑なんてしないよ」

 

 だから返事を返す。親友が考えて考えて結論を出したのならそれを止めるのではなく送り出すのまた友人としての一つだろうと思って

 

「ああ、でも暴力事件を引き起こしたら容赦なく刑務所へ移送させるから覚悟してくれよ」

 

 冗談の一つでも言えるほど光輝は考え方が変わった。前なら困惑と嫌悪感を覚えていたのだろう、しかし今は不思議と穏やかだ

 

「ははっんな事起きねぇと思うが、まぁそん時は頼んだぜ。 …光輝お前は如何すんだ?」

 

 だからそんな坂上に返す言葉は決まっていた。親友が将来を決めたのなら又自分も胸を張って将来を告げるのだと

 

「俺は検察官になるよ」

 

「そう、なのか?てっきり弁護人になるのかと」

 

 坂上の言いたいことも分かる、以前ならば尊敬していた祖父と同じ職業に就くと断言していただろう。しかし考えたのだ。祖父の仕事は依頼されて依頼主を弁護する。対して検察官は 真実を見るために動くのだと、そう光輝は思ったのだ

 

「確かに爺ちゃんのようなカッコいい弁護人には憧れていたさ。でもだからと言って同じ道を歩むのは違うと思うんだ。爺ちゃんとは別の道を行ってそしてもっと考え方を広くしようと思うんだ」

 

 自分には自分の、相手には相手の意見がある。それを噛み合わせてすり潰して、そうして真実を探った方が誰かを助ける事になるのではないかと

光輝はそう考える様になったのだ。

 

「そっか。ならそれでいいんじゃねぇのか」

 

 親友の言葉に光輝は深く頷く。祖父は尊敬する人だった。祖父の様になりたいと願い行動した。だがそれはきっと祖父の願った事ではない。

 

 

 今は亡き祖父の想い、異世界の経験を胸に光輝は晴れやかな青空のもと歩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……これにて一件落着、だよね)

 

 丘の上の公園で抜けるような青空を眺めながら南雲ハジメは一人想う。

 

 異世界トータスからの帰還後は日常に戻るのにいささか苦労した。何せ体感では半年以上たっているのに現実時間ではほんの一瞬の出来事になっているからだ。半年前の授業の内容や宿題の事を思い出せと言われてもすぐに思い出すには難しく、しかしだからと言って時を進むのは止められない。

 

 苦心してそうしてようやく日常に慣れてきて人心地をついていたのだ。

 

(オーヴァードの力は未だに健在。だけどもうあんなことをできるほどの力は無い。と思う)

 

 錬成の力は失ったがレネゲイドの力はまだ健在だった。今だってやろうと思えば小石を銃に変えることが出来るだろう。

 

 だがそんな事をする気は慣れないしする気もなかった。この平和な日本で銃なんて意味もない物だし何よりもう異世界気分に何時までも浸っていられないのだ。 

 

「うん、これで良いって事だね」

 

 そう結論する。勿論オーヴァードの事やUNGなど今後の生活に気になる点があるがそれはまたおいおい知っておけばいいだろう。

 

 そしてハジメには気がかりなことが一つあった。それは今現在隣にいる少女の事で

 

「何が良かったの?」

 

 ふわりと漂う甘い匂いにくすぐったくなるような優しげな声。少女特有のその声音にどうにも気持ちが熱くざわつく。

 

「な、何でもないかな」

 

「そう? 何かあったら私に相談してね」

 

 くすくすと微笑む少女は白崎香織。自分に対して真っ直ぐすぎるきらいがあるほどに好意をぶつけてくる彼女の事だった。

 

 

 異世界から帰って来て数日が経過した。以前と変わらない生活を送る様に四苦八苦していたハジメだったが、その生活に変化が起きたのだ。

 

 白崎香織。クラスの中で一番かわいいと思う少女。彼女がいつも寄り添うようになってきたのだ。

 

 親友である柏木と一緒に居る時は気を使っているのか近寄っては来ないが、彼と離れた隙を狙って良く傍に来るようになったのだ。

 

 

(……いや、鈍いつもりはないんだけどさ)

 

 その理由は理解しているしそこまで鈍いつもりもない。だがここで気になる事があった。

 

(どうして僕は気にならないんだろう?白崎さんが傍にいる事に)   

 

 プライベートゾーンまでやって来る白崎に対して嫌悪感を抱かないのだ。普通ならそれなりに拒否感が出てくるのに白崎に対しては全くわかないのだ。

 

(それに何だろう……今この場に白崎さんといるのが初めてじゃ無い様な)

 

 オマケに不思議なデジャブさえも感じてしまう。 高台の公園。抜けるような青空、夏に近づく熱さ。白崎と二人きり。

 

「どうしたの?私の顔に何かついてる?」

 

「あ、いや……何だろうね?」

 

 香織の顔みると胸が締め付けられてくるような気さえしてきた。そんな怪訝そうな顔をする香織にハジメはふと気が付けば絞り出すようにして

呟いていた。 

 

 

「えっと。ただいま?」

 

「え?」

 

 ハトが豆鉄砲を食らったような顔をする香織。勿論ハジメも同じように自分の発言に驚いていた。なにせ気が付いたら出ていたのだから

 

「あ、いや。何かそんな事を言わないといけないって思って何でだろうね別にどこかに出かけていたわけじゃないのにアハハえと僕そろそろクラスの皆と約束があるんだ悪いんだけど僕もう行かなくちゃゴメンねこの次もっと時間を取っておくからその時に又話でもしよ」

 

 矢継ぎ早に言葉を捲し上げてその場から離れようとする。急に変な事を口走ったので気恥ずかしくなったのだ。今の自分の顔はきっとゆでだこより真っ赤なのだろうと思いそそくさと移動しようとすると俯いていた香織が顔を上げる

 

 

「お帰りなさい ハジメ君」

 

 

「―――」

 

 花開くような笑顔で香織は笑った。たったそれだけの事なのにハジメは考える事を忘れ完全に見惚れてしまったのだ。 

 

「そっか。うんそうだよね。覚えてなくてもハジメ君はハジメ君だよね」

 

 香織が何を言ってるのかはわからない、分かるのはバクバクと早鐘を打つ心臓の音のみだ。それでも何か言おうとして口を開く

 

「――あの 白崎さ」

 

「そろそろ約束の時間じゃないの?」

 

「あっ!」

 

 言われて思考を取り戻して時間を見れば約束の時間まであとちょっと。流石に今頃全員が揃っているに違いない。

 

「あ、有難う!ゴメン僕もう行くねっ!」

 

 先ほどの勝手に出てきた呟きも見惚れて呆けた瞬間も今いっ時だけ忘れてハジメは走り出した。

 

  

「また学校で会おうねハジメ君!」

 

「うんっ!」

 

 後ろからの香織に返事を返しながら青春真っ盛りの少年の様にハジメは走り出してゆくのだった

 

 

 

 

 

 

 

 




恥の多い文章を書いてきました。
それももうすぐ終わります


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エピローグ 後編

これにてクラスメイト編は終わりです


 

 

「中野君から報告は受けているよ。異世界に行ってきたんだって?」

 

 静かな口調で語り始めるのは園部孝之、俺のクラスメイト園部愛花の父親であり、喫茶店ウィステリアの店長でありUGN支部長でもある男だった。

 

 

 異世界から帰ってきて数日間、()()()()()()()()()()()()があり家族間でゴタゴタがあったがそれらを何とか終えて、さて、日常を謳歌しようとしたところで中野から呼び止められたのだ。

 

『この町のUGN支部長に会いに行け』

 

 UGNには日本各地支部がありこの町にもあるのだという。それが偶に行くこの喫茶店ウィステリアだったとは…そして顔なじみでもある店長がオーヴァードだったなんて誰が分かるかっての

 

 

「戦争に参加を強要され、望まないながらも訓練をし、実地訓練で死にかけオーヴァードとして目覚め、ソラリス能力をフルに使って罠を張って異世界人を纏めて一網打尽…か」

 

「あ、あはは」

 

 改めて俺の罪科を顧みれば 割ととんでもない事をしでかしている。中野がどう説明をしたのかは知らないが何となく嫌な予感がする

 

「ふむ、色々と聞きたいことはあるが、そうだね、まずは無事にみんな帰ってくる事が出来て良かったよ。柏木君も頑張ってくれたみたいだしね」

 

「お、俺はあんまり役立ってないというか、アイツ等が頑張ったというか」

 

 裏実情を知っているためある意味では俺が黒幕でもあるのだが流石にそれを説明する気はない。謙遜しながらも内心では嘘をついていて隠し事をしているので冷や汗ものだ

 

「っていうかこんな荒唐無稽な話信じるんですか?」

 

 ハッキリ言えば異世界に行ってきたという証拠が全くないのだがこの人は直ぐに信じてくれたのが疑問でならない、そんな俺の困惑に気がついたのか、店長は自分と俺を指さした

 

「信じるよ。中野君は嘘をつかないし、何よりオーヴァードなんてものがある時点で異なる世界があってもおかしくないだろう?」

 

「ごもっともです」

 

 言われてみればレネゲイドウィルスなんて言う超能力があるんだからファンタジーな世界があっても受け入れらないなんてことはないか。

 

「それで、どうだいオーヴァードになって異能の力が使えるという気分は」

 

「そうですね……うん、人には過ぎた超常の力で身に余り過ぎるもの、だと思います」

 

「ふむ」

 

 改めて思うのはこのレネゲイドウィルの力は人には身に余り過ぎる力だという事だ。考えて欲しい、いきなり超常の力を得た人間が何をしでかすのかを。自分の力だと思い込み過信しそして軽い気持ちで犯罪を犯すのだという事を嫌でも理解してしまう

 

「異世界では技能という力がありました。でもあの世界では皆が持つ力で合ってある意味平等でした。でもオーヴァードの力は根本的に違います。この力は…きっと俺の想像を超える力がある」

 

 トータスの技能などが劣るとは思わないがアレは度重なる修練をした者だけが得るのだと思う。だけどこのレネゲイドの力は悪用をしようと思いつけばそれだけで事足り得る力なのだ。

 

「……正直な話、力に酔いたくなる衝動があります。幻覚作用や毒物を作り得る力なんて、この力は酷く抗いたい魅力があるんですよ」

 

 正直に言おう、この力は抗いたい魅力がある。幻覚作用の効果がある薬を無尽蔵に生み出せる、それだけでどれほどの事が出来るか分かるだろうか?毒薬も治療薬も俺の思いのままなんて一体どれだけのことが出来るのか分かるだろうか。

 

「もし、許されるのならこの力を日常的に使いたい、使ってっ!?」

 

 浮かれたようにその事を呟いた瞬間、ゾワリと悪寒が俺を襲った。その悪寒はあの橋で死にかけたあの時、トラウムソルジャーに殺されかけたあの瞬間と似たおぞましい寒気だった。

 

「うん、君の言いたいことはよくわかるよ。でもね、それはやってはいけない事だと分かってるだろう」

 

 誰が何をしたのか、火を見るより明らかだった。首がひりつく殺気にも似た威圧を放っているのはUGN支部長であり俺よりはるかにオーヴァードを理解している園部さんだった。

 

「異世界から無事に戻って来れたのは君のオーヴァードの力のお陰なのかもしれない。しかしだからと言ってここは異世界トータスではない。日本には日本の、この世界にはこの世界のルールがある」

 

 取り巻く部屋に異常が発生する。まるで植物が生い茂る様にして蔦が生えてきたのだ。  

 

「何故トータスではレネゲイドウィルスが暴走しなかったのか分からない。だが断言しよう、この地球でオーヴァードの力を乱用すれば君は討伐対象となる」

 

 それは嫌にはっきりとした明瞭な警告だった。現に今俺の周囲を囲むようにして植物が生えてきているのだ。蔦にはところどころ花も咲き始めてきた

 

「そ、れは」

 

「力におぼれたもの、力を自分の才能だと勘違いをしたもの。例えどんな崇高な精神を持っていようが力を持たぬ者達を脅かす存在であると認識すれば我らは決して君を生かさない」

 

 植物はいつの間にか色と形を変えていた。色はピンク色を思わせる生々しく艶やか色になり、触ればぬめぬめとした質感を思わせる様な…蔦は形を変え太く、脈打つような…

 

「我らは異端者だ。だからこそ彼らの日常を壊してはならない。我らが得られなくなってしまったありふれた日常を守るためにも」

 

「あ……ああ……」

 

 いつの間に俺は捕食者の領域に迷い込んでしまったのだろうか。満開だった花は何時しかギョロリとこちらを見つめる人の目となり、生い茂っていた葉はケタケタと笑う口へと変化していた。

 

(これが…オーヴァード…これがUGN)

 

 異質な空間となってしまった事務所。領域に取り込まれ震える事しかできなくなった俺は改めてUGNとオーヴァードの恐ろしさを身に染みて…分からされてしまったのだ

 

 蛇に睨まれた蛙以上に振るえて冷や汗をかいていたからか、ふと気が付いた時には部屋には何もなく先ほどまでの異質な状態は無くなっていた。

汗を拭う事も忘れ園部さんを見ると微笑んでいた。

 

「分かったかい、これがオーヴァードって奴だ」  

 

「は、はい」

 

「そんなに怖がらないで。僕だって好きでこういうことをしたかったわけじゃないから」

 

 俺が想像以上に恐怖していたことに対して穏やかに笑う園部さん。こうしてみれば穏やかな男性だが自分と同じオーヴァードなんだと改めて思わされる

 

「良いかい柏木君。君はオーヴァードになってしまった。異能力を身に着けもう普通の人間に戻る事は出来ない、それはどうしようもない事実だ」

 

 園部さん穏やかにながらも真摯に俺に語り掛けてくる。先に非日常に足を踏み入れてしまった先人の言葉だ

 

「身体は変わった、異質で異常になってしまった。だけどね、僕達は心までは怪物にはなってはいない、普通の人なんだ」

 

 これから先人間に戻る事は出来ないのだろう、だけど心の在り方は依然と同じ人として生きていける。彼はそう言ってるのだ

 

「君が何も変わらない日常を過ごせるように僕達も協力する。だから絶対に力に飲まれては駄目だ。 人として生きて居て欲しいんだ」

 

「…はい、肝に銘じておきます」

 

 超常の力は人を狂わせる。例え人から半歩ずれたことになっても心だけは化け物になってはいけない、そう心に決める

 

「あの、園部さん」

 

「なんだい」

 

「これから、迷惑を掛けると思いますがご指導ご鞭撻のほどお願いします」

 

 深々と頭をさげる。これから先いやが応にもオーヴァードとして、ソラリス能力と付き合っていかなければいけないのだ。人生の先輩でありオーヴァードとしての彼には今後お世話になるだろう

 

「ああ、これからよろしくね」

 

 差し出された手を握り深く握手をする。異世界トータスでの騒動は終わったが今度は日本でオーヴァードとしての日常が始まるのだ。

 

 トータスでの出来事が終わったからと言って俺、俺達の人生は終わった訳では無い、つまりそう言う事だ。

 

「君の今後の事はまた後日話すとして、そろそろ時間じゃない?」

 

「…あ!」

 

 園部さんがさした時間を見て約束の時間が迫っていることに気が付く。あわてて準備をする俺にやはり園部さんは穏やかに笑っていた

 

「準備は私の方がしておくから君は皆を向かい入れておいで」

 

「スイマセン何から何まで」

 

「いいさ、何だかんだで君たちは私の娘を助けてくれたんだからね」

 

異世界トータスの話を信じてくれたかはわからない。だがそれでも俺達の為にこの店を貸し切りにしてくれたのだ。本当にこの人には頭が上がらない

 

「それに、友人たちとの付き合いが君の精神の成長を促す。オーヴァードは守る者がいると心も安定するんだよ」

 

「安定、ですか」

 

「守る者がある、失ってはいけない日常がある。その思いこそが僕達をジャームから引き留めるんだ。…大切な日常そのものだよ」

 

 穏やかながらもどこかか悲しみを称えたその目が何を見たのかは俺は知らない。だが先を行く人生の先輩の金言を俺は心に留めようと改めて思う。

 

 

「いってきます。また改めて話をさせて下さい」

 

「ああ、言ってらっしゃい。何時でも相談に乗るよ」

 

 深々と礼をし、俺は喫茶店のメインルームへ。先ほどまではオーヴァードとしての俺だが。この先は普通の高校生の時間だ

 

 

 

 

 

 

 

「……トータス、か」

 

 柏木が出て行ったあと、ポツリと誰に聞かせるわけでもなく園部孝之はつぶやいた。

 

 中野信治から報告された異世界トータス。その世界は剣と魔法のファンタジーの世界だったのだというのだ。トータスの存在については中野が嘘をつく意味もないため存在を信じてはいる。

 

(しかしレネゲイドウィルスが暴走しなかったとは…)

 

 しかし異世界だからと言ってレネゲイドウィルスが活性化しないというのは如何なのだろうか?中野は制御の仕方を知っていたため問題ないとして柏木、南雲の両名が暴走しなかったのは一体どうしてなのだろうか

 

(まるで誰かに踊らされている、なんて)

 

 帰還した時の話も妙な物だった。魔王という存在が召喚された場所と時間を指定して返したのだというのだ。それが本当ならいったいどれほどの規格外の存在か

 

(それに中野君の報告にあった唯一トータスからこちらに来た彼女)

 

 そして懸念事項の一つとして優先順位が高いのはトータスからこちらに来た彼女の存在だろう。柏木にはあえてその話題を出さなかったが異世界人がどれほどの脅威なのかUGN支部長として把握をしておかなければいけないのだ。

 

 それほどまでに今回の事件は終わってみれば大円団だが頭を悩ます事項が多いのだ。

 

 

「……また胃痛のタネが増えますね霧谷君」 

  

 もし、これらの事項を霧谷に報告した時の事を考え園部は苦笑するしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は大体約束の5分ほど前、当たり前だがそこにはある程度のメンバーがそろっていた。

 

「あれ?柏木何で奥からやって来たの?」

 

「ちと店長と打ち合わせをしてきてな。そっちのほうは…揃ってるな」

 

 怪訝な顔をする野村にそう返し改めてメンバーを確認する。今現在揃っているのは野村、永山、遠藤に相川とそのお供二人だ

 

「天之河や檜山達は?」

「知らねぇ、どっかで時間つぶしてるんだろ」

 

 肩をすくめる清水。いかにもやれやれと言った様子の彼は割と自然な様子で野村達と一緒に居た。

 

 清水は何かしら心境の変化でもあったのか野村達と話すようになった。もちろん俺や南雲のとの交流は主なのだが…彼の中でクラスメイトという立場が上がったのだろうか。心境は分からなくとも俺にとっては嬉しい限りだ

 

「まだ時間があるのか、なら野村には悪いことしちまったな」

「うん?どういうことだ」

「ああ、それはな」

「おい馬鹿止めろ!」

 

 永山がしみじみと言うと慌てた様子で野村が口をふさごうと騒ぎ立てる。何事か分からずキョトンとしてると遠藤が呆れながら話してくれた。

 

「野村の奴ここに来るまでに、辻さんと一緒に居たんだってよ」

 

「Fu~」

 

「ほほぅ~それはそれは」

 

 野村はトータスからの帰還後辻さんと付き会い始めた様だった。当事者たちは隠しているようだが、まぁ俺達からして今更という事で。拙いながらも青春を謳歌しているらしい

 

「この前なんか放課後手を握っていたな。羨ましい限りだ」

「う、うるせーぞ!」

「照れるな照れるな」

 

 ニヤニヤと笑われ揶揄われる野村。照れてはいるがまんざらでもなさそうなその顔は本当に嬉しそうだ。そう俺はこういうのを見たくて頑張ってきたんだ。

 

 皆にジュースを出しながらそんな幸せそうな野村をからかっているとまた店のベルが鳴る。やって来た男子生徒達は四人

 

「うぃーす」

「流石に一番乗りじゃなかったか」

「あれ、まだ来てない奴いんの」

 

 やって来たのは檜山達だった。ぞろぞろとおなじみのメンツを引き連れてけだるげに席に座っていく。 

 

「来てないのは天之河と坂上と南雲だな」

「んだよ、下らない事で焦っちまったじゃねぇか」

「いいじゃん、その分グータラ出来ると思えば」

「んな事より聞いてよ!さっきゲーセンでリリアーナ王女を見かけたんだ!」

「はぁ?」

 

 檜山達が来た途端、妙に騒々しくなる店内。がやがやとくだらない事で騒ぐのはいつもの学校と似ているようである種の安心感があった

 

「おい」

 

 そんな光景を感激深く眺めていると中野から声を掛けられる

 

「話したか」

 

 恐らく園部さんとの事を言ってるのだろう。先ほどの事を話そうとし、実力の差を分からせたことを思い出しぶるりと震える。

 

「あ、ああ。ちゃんと話したよ」

「その様子なら大丈夫そうだな。良かったな脳味噌を弄繰り回されないで」

「え”!?」

 

 驚き中野を見るとがニヤリと笑うだけ。どうやら本当に園部さんはかなりの実力者らしい。……うん、もう阿保な事は止めよう。別にレネゲイドウィルスの力が無ければ幸せにはなれないって事ではないんだし。制御できるように頑張ろう

 

 

 そんなやり取りをしていれば遅れていた者達も来るわけで

 

「っとゴメン少し遅れたかな」

 

 やって来たのは天之河と坂上の二人。集まっている皆を見て少し申し訳なさそうにしている

 

「わりーな。ちっと色々とやってな」

「別にいいよ。それより飲み物はどうする?」

 

 席に座る天之河に注文を取る。他の皆の分は終わらせたので今度は天之河達だった。

 

「あーそれじゃ烏龍茶で」

 

「俺はコーラで頼む」

 

「へいよー」

 

 注文を聞きドリンクバーへ。その間に何やら天之河達が喋っているのを聞く。

 

「んで、聞いた話なんだけど天之河、お前中村と付き合う事になったんだって?」

「え、マジで?いつの間に…」

 

 ピクリと耳が動く。そう言えば学校では天之河と中村が前より距離が近くなったような気がしていたが…本当にいつの間に付き合っていたんだろう

 

「そう言えば天之河王都の防衛線の時、中村と一緒に戦ってたんだっけ」

「そーそー中村が操っていた飛龍に二人乗りしたとか。よくもまぁ無茶が出来たな」

 

 はやし立てる男子共。それはそうだろう、皆割と必死だったときに天之河は中村と一緒にランデブーをしていたんだから。

 

「あ、あれは恵理が助けてくれたというか…付き合ってるのも誤解だよ。まだ俺からは何も言ってないからね」

「またまた~お堅い天之河が何冗談を言って…え?」

 

 何か今天之河らしかぬ発言が聞こえたような気がしたが?その事を追及する前に最後の訪問者が息を切らしてやって来た。

 

「ご、ごめん!ちょっと遅れちゃった!」

 

 息を切らしてやって来たのは我が親友、南雲ハジメ。うっすらと汗を掻いている彼は謝りながらもやって来た

 

「別にまだ始めていないから平気だけど…どうしたんだ?」

 

 南雲は大体時間に余裕をもってやって来る男だ。それが慌ててくるのは中々に珍しい、

 

「ちょっと白崎さんと話していて」

「白崎?」

 

 名前を出したら檜山が首をグルンとむけてくる。正直コワイ

 

「南雲、お前白崎と会ってたのか」

「う、うんちょっと色々とあって…」

 

 言葉を濁すあたり割といい雰囲気にでもなってたのだろうか。親友の色恋沙汰には極力応援する俺だが…何時の間に仲が深まったのだろうか

 

「……まぁいいか。俺にはもう関係ないし」

「え、なんだって」

「何でもねぇよ。それより全員集まったんだから幹事。さっさと準備したらどうだ」

 

「へいへいわーってますよ」

 

 一瞬何かを考えた檜山だが直ぐに気怠そうにして俺に準備をしろとせっついてくる。まぁ発案者であり幹事でもあるので実際その通りなのだが

 

 

 

 

「おーい、全員飲み物もったー?」

 

 皆が座っている中で改めて皆が飲み物を持っていることを確認する。見回せば全員持っていたのでコホンと咳ばらいを一つ

 

 

「それじゃ皆。改めてだけど今日は集まってくれて有難う。あれからもう二週間か?バタバタとしたけど皆日常に帰れているようで何よりだ」

 

 皆の前で演説を披露する。そう、今日このウィステリアで男子生徒を集めたのは打ち上げを開くためだったのだ。

 

 俺達はあの日あの時、魔王の送還術で日本へと帰ってくることが出来たのだ。帰ってきた場所は勿論教室で、時間は昼休みのあの日に帰ってきたのだ。

 

「あっちとこっちじゃだいぶ勝手が違うかもしれないけどよこもまぁ事件を起こさずに過ごしてくれた。その事に感謝!」

 

「えぇー?その感謝の意味訳分かんないけど」

「そうか?あっちとこっちじゃ全然違うだろ。慣れるまで騒動を起こさなかったのは良い事だって話だと思うけど」

 

 ひそひそと囁く声が聞こえる。でもまぁその通りだ、トータスでは当たり前だった身体能力はここでは異質な力となる。地球に帰ってきてその時の感覚に振舞わされない様にするのがどれだけ大変か。肉体的な身体能力の低下は何が起きるか分かった者ではない

 

(まぁどうせエヒクが何か仕掛けたんだろうけど)

 

 日常にすぐに馴染むように俺たちの精神を弄ったのかどうかは知らないがそれでも事件を起こさずに日常を過ごして来れたのは本当にイイことだ。

 

「ハッキリ言えば自分達の内定に一つも関わらない世界の平和を守る為に俺達は本当によく頑張った。俺達は偉い!」

 

「偉いかぁ?どっちかつーと余計な事をしてたんじゃねーの」

「そもそも役に立ってたのか俺等?」

 

 王都民を守ったというよりは生きるために全力で戦ったという印象が強いらしい。流石というか何というか

 

「つーか柏木があんなことしなきゃ王都の人達からの歓待と賛美が待ってたはずなのに」

「綺麗なねぇちゃんとのイチャイチャが~」

「アレのせいで俺ら逃げる様に帰ってくることになったんだけど」

 

 あれれ~なーんか矛先が変わってきたような?心なしか俺に対する陰口がちらほら見え始める

 

「あん時は言わなかったけどそもそも何で罠を仕掛けたんだ?」

「しかも効果が嫌がらせピンポイントの奴。酷くね?」

「アレをやって置きながら自分は悪くないとかある意味スゲーわ」

 

 うーん何だが居た堪れなくなってきたぞぉ?これはヤバイ。仕方ないから矛先を変えようそうしよう

 

「ってなわけでそろそろ乾杯をしたいと思います。乾杯の挨拶は天之河光輝君よろしくお願いします」

 

「え?俺!?」

 

「コイツ面倒事を投げやがった」 

 

 こういう時は人に丸投げするのが一番だ。そもそも天之河には元から乾杯の音頭を取ってもらうつもりだったから何も問題はないのだ。

 

「えーあー コホン」

 

 戸惑っていたのは少しだけで流石は優等生、無茶ぶりにも難なく答えてくれる。そういう所やぞ天之河

 

 

「異世界転移。信じられない話だけどあの世界から俺達は無事戻って来れた。これは皆の力によるものだ。改めて礼を言わせてほしい、有難う」

 

 まずは感謝から言うあたり、根が真面目だなと思う。良いんだけどさ

 

「知っての通りあの世界では戦争が起きていて俺達はそれに巻き込まれてしまった。…いや違うか俺が皆を巻き込んでしまった、か」

 

「確かにあの魔法陣天之河を中心になっていたな」

「誰も避けようがなかったけどな」

 

「勇者と呼ばれ世界を救う救世主だと持てはやされ俺はその言葉に酔いしれてしまい皆を知らずのうちに危険に巻き込んでしまった、

本当に済まない」

 

「別に謝る事じゃないけどなぁ…皆生きてるし」

 

「謝って許されることじゃないしどう償えばいいのか分からない。現にあの戦争では俺はたいして力に慣れなかったからな」

 

「でも敵の指揮官抑えていたよね」

「卑下している?」

 

 天之河は天之河で頑張っていたと思うが。まぁそれを決めるのは自分自身か。前例があるために何も言えない 

 

「でもこれからはもっとよく考えて生きていく。だから皆俺が何か間違っていたら教えて欲しい。そして皆が困っていたら俺は力になりたい」

 

「じゃあ柏木君の英語の成績悪いから教えてあげて欲しいんだけど」

 

 成長した?天之河の言葉に聞き入ってたら何故かいきなり南雲が爆弾発言しやがった!

 

「おいっ!?南雲お前何を言ってるんだよ!?」

 

「だって未だにゲームの英文タイトルが分からないってマズいでしょ」

 

「なるほど、柏木、俺がちゃんと教えるから安心してくれ」 

 

「おおいっ!?」

 

 もの凄く爽やかな笑顔でとんでもない事を宣う天之河。周りからは失笑や馬鹿にした笑い声が漏れているあたり物凄い恥ずかしい。南雲お前マジで覚えていろよ

 

「っと色々と話しすぎてしまったな。皆コップは持ったかい?」

 

「もうとっくに持ってんよ」

 

 檜山が皮肉気に笑い光輝は苦笑していた。何せ飲み物は皆に配らられており早く乾杯したさそうにうずうずとしているからだ。

 

 厨房からだろうか、料理の匂いが俺たちのところまでやって来る。いい加減腹も減ったのだ、挨拶はそこそこにして天之河にさっさと言えとアイコンタクトをとる

 

「それじゃ皆。改めてだけど」

 

 天之河が手に持ったコップを高く上げる。皆もそれに伴ってコップを掲げる

 

「俺たちの努力でトータスは救われた!俺達は強かった!」

 

「おう!」

「過去形じゃなくて今も強いぞ!」

 

「皆無事で帰れた!俺たちが頑張ったからだ!」

 

「オオー!」

「チクショー!トータス料理もっと喰いたかった!」

 

「今日は無礼講だ!お金の事は気にせず楽しもう!」

 

「マジかよ!?」

「あ、それ店長のご厚意だってさ」

「うっそだろ!?」

 

「今日この場を提供してくれた園部さん!本当にありがとうございます!」

 

「「あざーっす!!」」

 

   

「それじゃあ皆! このクラス皆の勝利と無事を祝って乾杯!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「乾杯!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一年と半年以上お付き合いをいただき有難う御座いました。
後悔と反省しか残らなかった物語ですが無事終えることが出来ました。




後は蛇の足を書いて終わりとします


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エピローグ 蛇の足

どこまでも自分本位


 

 

 

 

 

 

 

 生前、私は自己評価が低い人間だった。もう生前の事はあんまり思い出せないが(リベレイが何かした?)それでも自分の事は好きでは無かった。

 

 例えどんなに他人から持てはやされても親友から頼りにされても…少女から想われても

 

 自分で自分の事を好きにはなれなかったのだ。不甲斐なくみっともない自分を毛嫌いしていた

 

 

 そんな私にチャンスが訪れた。

 

『君の望みを教えてよ』

 

 エヒク・リベレイ。神を名乗らない神のごとき力を持つ存在。ソレは鬱屈していた私の願いを聞き出してきたのだ。

 

『自分を愛したい。その為に自分はどういった存在なのか知りたい』

 

 自己評価が低い私はその願いに無我夢中で飛びついた。チート、ハーレム。そんなものは興味はない、そんな物を得たところで何一つとして意味が無い。

 

 

 異常なまでの自己承認欲求。誰かからではなく自分が自分を認めたい。

 

 他人の評価はどうだっていい、ただ自分を嫌いたくない呆れてしまいたくない。失望したくない

 

 

 結局の所私は私を愛していたいのだ。ただ貪欲なまでに

 

  

『……彼、頑張っていますね』

 

 

 トータスで頑張る自分を見てその思いからは解放されていく。強さに悩み親友を助け、薬を作りながらクラスメイトを強化して、挙句の果てには王都に罠を仕掛けて。

 

 自分はまさしく主人公だった。私が願い愛したかった物語の主人公となったのだ。……のちに聞かされた主人公補正には憤慨物だが

 

『素敵ですよ。…他の誰よりも』

 

 自分の姿を見て頬を緩ませる。勿論彼は私ではあるが私ではない。育った環境や成長する中で感じたもの、何もかも違う以上同一の存在ではあるが同一人物ではない。

 

 

 だがそれでもよかった。自分が立派になるのを見るのは何よりも嬉しくて

 

 

 自分の歪んだ承認欲求を満たせるのだから

 

 

 

 

 

『……じゃあお前はどうするんだ』

 

 だから彼から今後の事を尋ねられた時、私は内心困惑した。だって私の存在価値はトータスでの彼を見る事だけだったから。

 

 主人公として動く自分を見終わった後の事なんて考えてすらいなかったのだ。夢中になっているゲームの終わった後を考えないのと同じ様に。

 

 

 自分の悲願だった自己愛は満足いくまでの成果だった。

 

 でも、私は自分の存在価値を認めた後どうすればいいんだろう。

 

 彼から尋ねられた後、自分の身の振り方でどうしようもなく困惑した。

 

 

 

 

 

 そんな事を真剣に考える間もなく、召喚された者達は日本へ帰る事となった。勿論妨害どころか引き留めなんてする気はなかった。

 

 彼には彼の人生があり、帰る場所がある。同じ存在だとしても彼の人生は彼の思うがままに生きて欲しいからだ

 

 

 

 

 だから魔法陣から離れたのに

 

 

 邪魔なんてしたくなかったのに

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは…俺たちの教室だ!」

「やった!帰ってこれたんだ!」

「お父さん…お母さん!」

「うおっ!マジで昼休みの時間だ!?」

 

 騒がしい声が聞こえてくる。歓喜にあふれた若者たちの声。知ってる私はその声の主たちを知ってる

 

「…あの魔王マジで約束守りやがった」

「胡散臭いくせに意外と義理堅い奴だったな」

 

 そうでしょうよ、ちゃんと物語を終わらせた貴方達はアレの興味の対象外となってしまったんですから。

 

「良かった…皆無事で本当によかった」

「おいおい涙目になってんぞ光輝」

「どうかしたの光輝君。具合が悪いなら僕の家くる?」

「大丈夫だよ恵理。ちょっと嬉しくってさ」

 

 そこ、嬉しいのも青春したいのもいいけどよそでやってくれません?ああ、すいません私が異物でしたねつづけてどーぞ。

 

 

 

「いたた……」

 

 さて、現実逃避もここまでだろうか。いい加減現状を把握して目の前で私の身体をがっちりホールドしながら痛さに呻いているこやつに詳細を聞かねば

 

「あ、成功だ」

 

「……おめでとうございます。私」

 

 場所はどこかの学校の教室、時間帯は原作通りなら昼休み。私は目の前にいる彼のせいで異世界トータスから日本へと召喚されてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 トータスで魔法陣が光る瞬間、彼は私の腕を掴み引っ張ったのだ。突然の事で避ける事も躱すことも出来ず阿保みたいに間抜け顔を晒しながら私は彼らと一緒に送還され、そして今ここに至る。

 

「柏木君、ちゃんと無事…え?」

「柏木、おお前、その人」

 

 この声は南雲ハジメと清水俊之か。ああ、頼むから騒がないでくれ。私は裏で生きる生物なのだ、日向で生きるにはつらいのだ

 

「…何をしているんですか」

 

 低い声が出たのはもはやどうしようもない。彼の事を思い離れたのに彼がまさか私をこの世界に連れてくるなんて。

 

「お前を連れてきた」

 

「だからその理由を聞いて「え、トータスのメイドさん?」っ!?」

 

 彼に理由を尋ねようとした時にようやく自分の服装に気が付いてしまった。私は今トータスのメイド服なのだ、もはや慣れ過ぎてどうでも良かったが此処では余りにも異質な服装だったのだ

 

「~~~!!」

「おお、赤くなってる」

「誰がそうさせたと思って!」

 

「おいおい、アレぁトータスの人じゃねぇか」

「うん?魔王って確かトータスの物持って行っちゃ駄目っていあったのになんであの人はいるの?」

「もしかして、魔王のガバ?」

 

「……こうやって見るとトータスの顔面偏差値凄くない?」

「私達より明らかに上ッ にじみ出る強者の貫録ッ!」

「八重樫さんや白崎さんレベルがごろごろといたもんね…」

 

「~~~!!」

「おお、さらに耳まで赤くなった」

 

 抗議の声を上げたいが、クラスの皆が私を見てくるのでもはや声を出すのすら難しくなってくる。

  

 分かるだろうか、教室の一部に異物が紛れ込んでいてそれが自分だという事に。正直さっさと逃げだしたいのに先ほどから神代魔法が使えない。

 

 彼等が使えないのは知ってるがまさか私も使えないなんて。リベレイが小細工をしたと考えるしかない

 

「あの、柏木?どうしてその人を連れてきてしまったんだ」

 

「あーうん。ちょっとな」

 

 天之河光輝君が恐る恐る聞いてくるが彼ははぐらかすだけで明確な理由を言わない。寧ろ私の腕を捕まえて教室から移動しようとさえしている

 

「んじゃ 帰るぞ」

「ちょちょッ 何を考えているんですか!?」

 

「何って帰るんだよ。俺たちの家に」

 

「……は?」

 

 彼は私だ。それなのに彼の考えていることが何も分からないのだ。突飛な行動にはぐらかす言動。意味があって理由もあるはずのに何もわからない。  

 

「え、え?柏木君今なんて言ったの?」

「連れて帰るって……自分の家に」

「ひゃー!?まさかのお持ち帰り!?」

 

「マジかよ…柏木の野郎女子を連れ込んできやがった」

「アイツはいつかやらかすと思ったよ」

「だからと言って普通異世界から誘拐するかぁ?」

 

 クラス内の男子女子が騒ぐ。やめろ私はノーマルだ。何が悲しくて自分とそういう関係にならなければいけないのだ。お前達だって鏡に映った自分と付き合えないだろう?そう言う事だ!

 

「柏木君、学校サボるの?」

「おう、悪いな突然」

「いいよ、君と僕の中でしょ。後で説明してくれるんだよね」

「勿論、俺の変わった性癖の話になるけどな」 

 

 内心では文句を垂れつつも羞恥心のせいで何も言えない私はそんな彼らのやり取りを耳にする事しかできない。だーれが変わった性癖じゃ!私はノーマルだっつの!

 

「つーわけですまん天之河。サボるけど見逃してくれ」

「……ちゃんとした理由があるんだよな」

 

 あの天之河君?私一応異世界の人間でほぼ拉致られた様なものなんですけど?そこら辺問い詰め…ああ、はいそうですか。貴方は彼を信じてくれるのですね。代わりに礼を言います有難う御座います。

 

「ああ、これは身内の問題だからな」 

 

 鮮やかにそう言い放った彼は私を連れてそのまま教室の外へ。教室ではまだざわついているが天之河君が纏め上げるでしょ多分

 

 

 

 教室から出た私達はそのまま学校の玄関へ

 

「柏木?そろそろ授業が始まる、って何じゃその子は!?」

「すんませーん。ちょっと早退します~後この子は部外者なので外へ連れ出していきます~」

 

 通りかかった先生にへらへらして止まらず連れ出していく。幸いにも私の靴は外用のブーツなので問題なかったが…廊下とか汚れなかっただろうか。

 

 

 玄関を出た私達は、物凄く普通の住宅街を歩くことになった。

 

「……んで…ですか」

「うん?」

 

「何で私を連れてきたって言ってるんですよこのポンコツ野郎が!」

 

 ようやく言葉が出せるようになったのでありのままの暴言を彼にぶつける。それでも彼の表情は変わらず寧ろ嬉しそうだ。

 

「まぁまぁ落ち着いて」

「これが落ち着いていられますか!?あーなんでメイド服晒しの公開処刑を受けなければいけないんですかぁ」

 

 彼は制服だからいいとして(でも昼頃に学校の外を歩いてるのは良くないと思う。補導されないのか?)私の服装はメイド服、さっきから通行人にチラチラと見られているし、正直引きこもりたいぐらいだ。

 

「メイド服って言うよりお前の顔が良いからじゃね?」

「好きでこんな顔になった訳じゃないんですけどね」

 

 力を失い反抗する気力も無くなり仕方がないので彼のなされるがままに歩くことにする。もうどうしようもないのだ、精々身体の力が成人男性三人分ぐらいしかない

 

「で、どうしてですか。周りには誰も居ませんよ」

 

 観念して改めて彼に私をここに連れてきた理由を問いただす。周りには人がいないしいたとしても聞く必要もない話だ

 

「あー その、怒るなよ」

 

 照れたようにしてようやく彼は理由を話す。異準物である私を連れてきた理由を

 

 

 

「お前、つまらなくて寂しそうだったから」

 

 

「―――は?」 

 

 

 思わずきょとんとするのは無理もない。だって彼の言った意味が分からないのだから

 

「だってさ。お前俺と話すときは楽しそうだったけどそれ以外の時はずっとつまらなさそうにしていたもん」

 

「理由は分かるよ。正直興味のないこと以外どーだっていいからな。だから何をしてもすぐに飽きて諦めてしまう」

 

「トータスにやって来た理由は片割れである俺だ。その俺が日本へ帰るとするとお前は目的を失ってしまう」

 

「勿論、始まりがあれば終わりはいつかやって来る。それでも目的を果たしてしまったお前が滅茶苦茶詰まらなさそうだったし」

 

 

「何より一人で寂しそうだったが見ていられなかったんだ」

 

 語るだけ語って彼はそのまま黙ってしまった。

 

 

 確かに目的を失った私には全てがつまらなく感じて、楽しみが終わってしまった事への寂しさもあるだろう。

 

 でも普通そう感じたからと言って人を誘拐同然に引っ張って来るのだろうか?

 

「……例え貴方がそう感じたとしても私は違うと思ってたらどうしますか」

 

「うーん。似たもの同士だから間違っているとは思わないけど…そん時はすまん」

 

「軽いですね」

 

「だって俺の事だもん」

 

 自分にしか迷惑を掛けないのだからそりゃ軽くなるか。……何だか深刻に考えていた私が馬鹿らしく感じてしまう

 

 

「お、あそこ見ろよ」

「何ですか?」

「あそこのラーメン屋さん。スープがこってりしていて滅茶苦茶美味いんだ」

「あーそれはいいっすね~。トータスではラーメンなんてなかったですもん」

「今度驕ってやるよ」

「お、男に二言はないでしょうね」

「たりめーだ」

 

 

「……ゲームショップがある」

「そりゃあるって。何だ見に行きたいのか」

「行きたいです。今何のゲームが売られているのか私知りませんから」

「なら寄っていくか?」

「……止めときます」

「何で」

「今の私の服装見て同じこと言えますか?」

「……ごめん」

 

 

 くだらない雑談だ。それが妙に気楽で楽しい。本当にうじうじと考えていた先ほどまでの自分が馬鹿みたいだ

 

「所で何ですが」

「うん?」

「このまま私を家に連れ込むとして」

「人聞き悪いなぁ」

「事実でしょ。家族になんて説明するんですか」

 

 彼には彼の家族がいるが私を連れて行ってどう説明するんだろうか。生き別れの半身?馬鹿馬鹿しぃ、それで納得できる親なんている訳ないっての

 

「考えてない!」

「おっと想像以上に脳無しの言葉が出てきた」

「そこはまぁ…土下座交渉で」

「情けないなぁ」

 

「でも、お前の親でもあるからきっと大丈夫だよ」

 

 その言葉は大変うれしいが傍から見れば頭が湧いているようにしか見えない。お父さんとお母さんに負担をかけるという自覚はあるのだろうか

 

「あ、親で思い出しました」

 

「何?」

 

「今この現状、原作アフターみたいですね」

 

 異世界から女の子を連れてくる。これは原作アフターそのものではないか。何だ結局私はなんだかんだ言いつつも憧れがあったという事か。我が事ながら死にたい。

 

「いやいや、連れてきているのは自分自身だぞ」

 

「私の見た目を見てから言ってくださいよ」

 

 銀髪翠眼の女の子なんて完全に事案である。オマケに異世界からの来訪者。事案どころではない、寧ろこれはやっちゃいました形の主人公だ。ますます死にたくなってきた。

 

「戸籍とかどうするんですかー女の子をホイホイ連れ込んで魔法でどうにかって奴ですか?そう言う卑怯なの嫌です死んでください今すぐに!」

 

「だぁー!悪かったって!そう怒んなよ、そもそも俺全く持ってそんなつもりじゃないから!」

 

「じゃあどういうつもりですか」

 

 あれ?これさっきも同じようなことやらなかったっけ?まぁいいやどうせここにいるのは私達だけ。天丼でも何でも来いって奴だ 

 

 

「これ、お前の里帰り!」

 

「―――は?」

 

 本日二度目のポカンである。さっきと理由が違うのは、色々と考えていたって事?でもそんな事はどうでも良く

 

「里帰り、ですか?」

 

「だってエヒクと出会ってからずっと日本へは来てなかったんだろ」

 

「それはまぁ そうですね」

 

 あの白い居住空間でリベレイと居た後はずっとトータスで過ごしていた。だから日本に来るのは初めて?という訳で

 

「いい加減家に帰ろうぜ。異世界転移とか転生とかもういい加減に終わらせようぜ」

 

「………」

 

 家、私には帰る家はない。そもそも帰る場所なんてあるのだろうか。

 

(…ないですよね)

 

 帰る場所も無く宙ぶらりんの私。本当は分かっている、今後なんてなく物語が終わった以上私は舞台から退場しなくてはいけない事を

 

「暫く俺の家に居ろ。んで好き勝手遊ぼうぜ。今まで出来なかった事を埋めるようにさ」

 

「……」

 

「トータスの事なんて忘れちまえ。あの世界での目的は終わった。休もうぜ、気楽にさ」

 

 異世界トータスでの騒動は終わった。心残りはもう無い、なら舞台上に役者がいつまでもいる訳にはいかない。早急に幕を引かなければいけないのだ

 

 

「…ですね。そろそろ私も休みたいと思ってたんですよ」

 

「だろ」

 

 もういい加減休むべきだ。これ以上は只の蛇の足だ

 

「ほら、あそこが俺の家だ」

 

「へぇ中々良い一軒家じゃないですか」

 

 

 中流家庭の立派な一軒家。表札には彼の家族の名前と彼の名前が載ってある。私に偽名と違って彼の名前は中々いい名前だとクスリと笑う。

 

 ただ惜しむはクラスメイトの一人と名前が被っている所か。

 

 

 

 そんな私を置いて彼は鍵を開けてするりと中へ入っていく。

 

 首を傾げる私を尻目に玄関から顔を出した彼

 

 

 

 

「ほらっ 帰ってきた時に言うべき言葉は?」

 

 

 

 

 

 

 勇者でクラスメイトで黒幕だった自分の旅は

 

 

 

 

 

 

「ただいま、です」

 

 

 

 

 

 

 

 これで終わり

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて完結とさせていただきます。
裏設定や残ってしまった伏線があるとは思いますが自分の技量不足で上手く説明できませんでした。
前作関連も何となくで察していただけると助かります。

それでは改めましてここまで読んでいただき有難う御座いました


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