ドラクエ8の主役は○○だ!! (賀楽多屋)
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ヤバい道化師といきなりボス戦なんやけど!?

完全に布教用です。
どっちもとても良い作品ですよ。


「なんで、リーザス塔が開いているんだ……?」

 

 リーザス村の名主の跡取りであるサーベルトは、妹のゼシカと村の外へ買い物をしている帰りに、一年に一度しか開かれないはずのリーザス塔の扉が開いていることに不信感を抱いた。

 

 歩みを止めてリーザス塔を凝視する兄に、並んで歩いていたゼシカも揃って足を止める。兄の独白に導かれるようにしてゼシカもリーザス塔の方へと顔を向けると、ぐずついていた空がピカリと光った。

 

「本当だわ……。でも、なんだかすごく嫌な予感がする」

 

 今にも走ってその疑問を突き止めたそうな兄の精悍な横顔に、ゼシカが彼の袖を掴んで阻止しようとするも、伸ばした手は虚しく宙に漂う。

 

「サーベルト兄さん、一旦村へ───」

 

「ゼシカ、お前は村に戻ってこのことを皆に伝えに行ってくれ。私は、賊が忍び込んだのか様子を見てくる!」

 

 サーベルトは身軽くその場から駆け出し、顔だけはゼシカに向けて村への伝言を頼む。彼の行く先では、不吉にも一筋の雷が迸った。

 

「待って! 兄さん!!」

 

 ───行かないで! 今行ってしまったら、もう会えなくなってしまうような気がするのに……!! 

 

 しかし、ゼシカのそんな願いも虚しく、サーベルトは腰に差している銅の剣を片手で叩いて大丈夫だと言うように微笑む。リーザス村一の剣豪であるサーベルトは、そこらの賊相手にやられるような男じゃないことは、妹だからこそ分かっている。

 

 だが、それでも。

 

 今日ばかりは、嫌な予感がゼシカに付き纏う。お供に自分も連れて行ってくれと叫びたいが、恐らく勇敢な彼女の兄はそれを許しはしないだろう。

 

 村の中では誰よりも上手く魔法を使うゼシカであったとしても、彼女はまだ魔法使いの卵でしかないのだ。

 

 サーベルトが賊と鉢合う前に、応援を呼ぼう。

 

 ゼシカは、その場に突っ立って兄の去り行く後ろ姿を未練がましく見つめることをやめて、故郷の村へと駆け出した。膝下まであるスカートが足元に付き纏って非常に邪魔でしかないので、両手でたくし上げる。これで走りやすくなった。

 

 村までの道中で遭遇する魔物達を一掃しながら、ゼシカは村までひた走る。

 

 

 ☆☆√

 

 リーザス塔の出入口は、この観音扉一つしかない。よって、塔に侵入するには、観音扉からしか入れないのだが、これにはちょっとしたカラクリが施されており、村の者でしか開けることは出来ない作りとなっている。

 

 リーザス塔が開放されるのは、一年に一度行われる村の祭りの時だけだ。この塔には、村の開拓者達の墓があり、最上階にはサーベルト達の先祖が眠る女神像がある。

 

 そのため、彼岸になると、彼等の鎮魂を願って皆塔へと足を運び、花や菓子を備えるのだ。不思議なことにその祭りの時だけは、塔内に蔓延る魔物達は出ず、神聖な空気で満たされるので、力無き子どもや老人達も参詣することが出来る。

 

 リーザス塔は、リーザス村の住人にとっては冒されてはならない神聖な場所であるため、出入口のみならず、塔内には至る所に仕掛けが施されている。

 

 アルバート家に伝わる書によれば、この塔自体が女神像を作成した先祖によって建造されたらしいが、そもそもどうして自ら墓場を建てたのかは謎だ。

 

 もしかしたら、その先祖としては、この塔を墓以外の別目的で建てたのかもしれないな───そんな風なことをサーベルトが登りながら考えていると、あっという間に最上階に辿り着く。

 

 

 リーザス塔の最上階は、展望台のような作りになっている。

 

 緩やかな階の先に、花々に囲まれるようにして立っている女神像は、慈愛の象徴であることを示すように嫋やかに両手を広げている。

 

 純白と花々ばかりが占めるこの空間は、正しく聖地と呼ぶべき場所だろう。階下とは、明らかに流れる空気が違う。

 

 しかし、そんな清浄な空間に一つ、禍々しいナニカが紛れ込んでいた。

 

 ただ、そのナニカが見当たらず、サーベルトは周囲を警戒するように辺りを見渡す。

 

 一通り身終わったあと、もう一度正面へ向き直ると、女神像の前で佇む長い銀色の髪を背中に流す男がいた。紫を基調とした道化師のような格好をしており、右手には気味の悪い造形をした杖が握られている。見ていると気分が悪くなってくるようだ。

 

 あまりの男の邪悪さに、自然と腰に差していた銅の剣へと手が伸びる。

 

「……だ、誰だ!? 貴様は……!」

 

「……悲しいな」

 

 返ってきたのは意味の分からない言葉だ。

 明らかに常人ではない道化師の得体の知れなさに、サーベルトは再度鋭く誰何する。

 

 すると、伏せられた瞼がゆっくりと上がった。面長の顔がサーベルトの顔を見た瞬間にニヤリと喜色を浮かべる。彼の握っている杖がその気持ちの昂りに反応するように邪悪に光った。

 

「くっくっく……。我が名は、ドルマゲス。ここで人生の儚さについて考えていた」

 

「ふ、ふざけるな!」

 

 これ以上、この道化師と話していたら精神がやられてしまいそうだ。怖気の走る背中を無視して、手を添えていた銅剣を引き抜く───が、何故か銅剣は上手く鞘から引き抜けない。

 

「くっ……!? どうしたことだ!? 剣が…………剣が抜けぬ!!」

 

 何度も何度も鞘から銅剣を抜こうと引っ張るが、不気味なことにビクともしない。サーベルトの顔いっぱいに冷や汗が流れ、心臓が壊れてしまいそうな程に高鳴っている。

 

 ゆっくり、ゆっくりと己の傍に影の足音が忍び寄ってくるようだ。

 

 ポタリと顎先から冷や汗が伝い落ちる。ギュッと冷たい手で心臓を鷲掴みされたような緊張感がさっきから身体中に張り詰めている。

 

 たぶん、この足音は───きっと死だ。

 影の正体を察した瞬間、一瞬だけ視界から色が抜けた。

 

 精神的に追い詰められているサーベルトを獲物を前にした蛇のような目で、舐めるように爪先から順繰りに見上げていく道化師───ドルマゲスは塔内の宝物を狙った賊には見えない。

 

 この男が───そんなチャチなものを狙ってわざわざこんな所にやって来た筈がない。

 

 刹那、空雷ばかりが鳴っていた外で、急にバケツをひっくり返しような大雨が降り始めた。ザアザアと地面に雨粒が叩きつけられる音が異様に大きく聞こえる。

 

「悲しいな……。君のその勇ましさに触れる度、悲しくなってくる」

 

 雨音に混じって聞こえるドルマゲスの精神を逆撫でするような、甘やかな声が一音一音ゆっくりと落とされる。

 

 その声に急かされるようにして、サーベルトは金属音を立てながら銅剣を引き抜こうと格闘するが、やはり1ミリも浮かない。早く早く!! 早く抜かなければ私は────。

 

 

 死んでしまう! 

 

 

 

 刹那、ドルマゲスがサーベルトに向かって手にしていた杖の先を向けた。禍々しく光る紫の光が零れるように杖先から溢れ出す。

 

 それと同時に、女神像の真後ろで袈裟斬りしたような稲妻が雨雲に走った。目を焼くような光がサーベルトと、何事かと振り返ったドルマゲスを襲う。

 

 どおんと地を揺らすような音と振動が二人の身を揺らした。どうやら、かなり近くで雷が落ちたようだ。

 

 まともに見てしまったら失明してしまいそうな強烈な光のせいで、暫く二人はその場で揃って立ち竦む羽目になった。サーベルトにとっては、致命傷になりそうな何かをドルマゲスによって仕掛けらそうになっていたから、運良く命を取り留めたようなものだ。

 

 奴よりも早く目くらましから回復しようと、目をシパシパとサーベルトは瞬く。瞼の裏では、大量の星々が散っていた。

 

 サーベルトが命を削るような思いで目を凝らしているれば、前方からドルマゲスとは違う聞いたことの無い声が耳に入ってきた。

 

「痛たたた……。なんやここ? 通天閣か?」

 

「ちゃうやろ、シッマ。どう見てもこの女神像は、ビリケンさんと違うやろ」

 

「ホンマや! ビリケンさんと違って気品がある!!」

 

 しかも、どうにも締まりのない声が二つだ。

 意味の分からないことを耳慣れない方言で喋る男声からは、ドルマゲスのような邪悪さを感じない。

 

「ってか、なんやけったいな人おるやんけ! 兄ちゃん、曲芸師か何かか?」

 

「……シッマ、言っとくけどこれ、ゲームちゃうで。現実やからな」

 

「……ホンマや。えらいリアルなグラフィックのゲームやなぁ思ってたら、PC無いやん。そういや。さっきまで俺らギスクラやってたんちゃうかったっけ?」

 

 要領の得ない話ばかりをしている男達だが、恐らくドルマゲスと違って悪人では無いのだろう。彼等からは、殺気を感じない。只管、この状況に戸惑っているという風だ。

 

「せやで。でも、可笑しいことに俺らの装備とか格好は、マイ〇ラのまんまやな。ダイヤ剣とかクリー〇ーの服とか。シッマも金髪、赤白縦シャツやし」

 

 やっとサーベルトが目くらましから立ち直る。そのことで、突如この危険な場に現れた二人の正体を目にすることが出来た。

 

「おっ! ってことは、俺の顔、本田〇祐か!?」

 

 何故か「ほんまですねェ!」と変なイントネーションで喋り始めた男は、金髪の青年だ。半袖短パンという超軽装備で、魔物から一度攻撃を受けたら大打撃を受けることだろう。腰からドルマゲスが持っている杖のような禍々しい弓を提げており、矢筒を背負っている。

 

「いや、それはちゃうわ。どっちかっていうと、立ち絵に近い感じ」

 

 もう一人の男は、目元をパーカーのフードで覆った男だ。左手には青く輝く剣を握っている。かなり重量がありそうだが、容易く握りこんでいるため彼は見た目の細長さとは裏腹に、かなり鍛えているようだ。

 

 突然の闖入者達に戸惑っているのは、サーベルトだけでは無い。先程まではニタニタと笑っていたドルマゲスでさえも困惑しているらしく。

 

「───貴方達、何処から湧いて出てきました? 」

 

 予定が狂ったとばかりに、忌々しそうに彼等を見やるその目は、面倒そうに細められている。

 

 サーベルトと違って、この二人はドルマゲスに歓迎されていないのだろう。

 

「お前、湧いて出てくるって失礼やな! まぁ、確かに湧いて出てきたけどもな!!」

 

 プンスコと、地団駄を踏むように分かりやすく怒りを顕にする金髪男。そんな彼と違って、パーカー姿の男は警戒するようにドルマゲスを見据える。

 

 キャンキャンと子犬のように吠える金髪男に、ドルマゲスは小さく溜息を吐いて杖を再度構え直した。

 

「まぁ、良いでしょう────仕方が無いので、纏めて殺してあげますよ!!」

 

 ドルマゲスが言い終わらないうちに杖を振るう。杖先からあの紫の光がまた溢れ出たかと思えば、それは茨となり、先が三叉に分かれたかと思えば、三人の心臓を狙うように真っ直ぐに向かってくる。

 

「な、なんじゃこりゃぁああっ!!?」

 

 金髪男の叫び声が最上階に轟いたかと思えば、音もなく三叉の茨が切り裂かれる。茨は切断された先から色を失い、灰へと還っていった。

 

「ぞ、ゾム……! お前───」

 

「ふーん! こんなのじゃあ効かないぜ!」

 

 二っと少年のように笑って、ダイヤ剣を一振りするゾムの足元では灰が舞っている。さっきの茨を切断したのは、フードの男だ。彼は、音速で茨を切断し、二人の危機を救ったのである。

 

「シッマ! こ、ここゲームみたいに動き回れるわ! 腰に付いているその弓であの道化師牽制してくれへんか!!」

 

「ゆ、弓ぃ〜? あ、ホンマや!! 弓あるやん!! しかも、矢筒も完備されとるし……」

 

 どうやら、金髪男は弓を所持していることを知らなかったらしい。

 腰から提げていた弓を構えた金髪男は、矢を番えてドルマゲスに狙いを定める。

 

「でも、俺。ゲームでもノーコンやぞ!!」

 

「大丈夫や! 攻城戦の頃からは確実に腕前上がっとる! フレンドリーファイアなんて気にせず打ちまくってくれてええから!!」

 

 こんな妙ちきりんな男共に術を破られるとは思わなかったらしいドルマゲスが歯軋りして、二人を睨めつける。完全にロックオン状態だ。

 

 これ以上、この鼠共に好きなようにやられてはたまるかと、ドルマゲスは杖から人の背ほどありそうな紫の光球を生み出す。今にも「お遊びは終わりですよ……」とでも言いそうな悪い顔をして何やら準備してるらしいドルマゲス。

 

 しかし、この男達だって黙って殺れるような可愛さは持っていないらしい。

 

 金髪男が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「───言ったな。言質は取ったぞ」

 

 先程までの高い声とは違う、地を這うような低い声が落とされたかと思えば、矢が放たれる。

 

 彼が放った矢はやや逸れながらも、ドルマゲスの頬を掠る。青白いドルマゲスの面長に一筋の赤が入った。

 

 瞬間、ドルマゲスの額がボコリと音を立てて血管が浮く。完全にお怒りモードである。

 

「……貴方達、もう容赦はしませんよ……! 喰らえ! 茨に呑まれて生涯此処で物置となっておしまい!!」

 

 紫の光がパチンと弾けた瞬間、幾重にも巻き付いている茨のボールが出現する。それが、ぱかりと口を開いた。

 

 あれに飲み込まれたら、ひとたまりもないだろうと判断したフードの男は即座に後方を振り返る。そして、サーベルトに向かって声を飛ばした。

 

「お、おい……! そこの人!! アンタもその剣で戦ってくれや!! アレは、俺だけで止められへん……!」

 

「あ、ああ。だが、私は剣が抜けな……!」

 

 サーベルトの手元でガチャガチャと鳴り響いていた銅の剣と鞘が、この時すっと分離した。あんなに頑なに鞘から離れなかった銅の剣が何故か、いとも簡単に引き抜けたのだ。

 

 これにはサーベルトも目をまん丸にして、銅剣の柄に目を落とす。

 

「な、何故……!? いや、今はよそう。それよりも、あの禍々しい賊を討たねば」

 

 サーベルトは謎を解くのは後にすることにして、フード男の隣に急ぐ。

 

「相手が何人になろうとも関係ありませんよ。私とこの杖の前では───!」

 

 ドルマゲスが赤く目を光らせながら、杖を振り上げる。すると、茨の球体がスタートの合図を聞いたとばかりに三人に襲いかかった。

 

 フードの男とサーベルトは目配せをしたか思えば、左右に分かれて一文字に茨の口端から薙いだ剣で切り込みを入れる。

 

「「うぉぉぉおおおおお!!!」」

 

 勇ましい二人の雄叫びがこの場いっぱいに木霊した。

 

 彼等は走る力を利用して、球体の横っ腹を通り尾まで切込みを入れて真っ二つにしたかと思えば、その先にいるドルマゲスに向かって矢が三本飛んでくる。

 

 金髪男が虎視眈々とドルマゲスの隙を狙っていたのだ。二人にドルマゲスの注意が向いている瞬間を上手く突いた金髪男の攻撃にドルマゲスも「そんな、馬鹿な……!」と目を見開く。頭の弱そうな会話をしていた割には、意外と狡猾な戦法をとる。

 

「くっ……!」

 

 出会ったばかりなのに上手く連携を取り、茨の球体を解体した二人にドルマゲスが茶々を入れるべく魔力を貯めていた時に、金髪男が放った矢が迫ってきたのだ。

 

 ドルマゲスは腹と首に向かってる分は杖で払い除けたが、最後の矢が右目に命中した。

 

「ぐああああああ!!!」

 

 矢の刺さった右目を抑えて、断末魔を上げるドルマゲスに呼応するように見開かれた茨の球体が主を守ろうと一反木綿状態になりながら、最後の特攻をしかけてくる。

 

「二人は下がって!」

 

 真っ直ぐと三人に突っ込んでくる茨の一反木綿を前にして、サーベルトが二人を守るように前面に出る。

 

「に、兄ちゃん、危ないで!」

 

 金髪男が下がるように声を掛けてくるが、サーベルトも無策で前面に立った訳では無い。

 

 彼は、小さく呪文を唱える。

 妹には劣ってしまうが、この危機を打開するぐらいのことは出来る筈だ。

 

 サーベルトの手元に出現したのは、火の球体。若干、不規則な形を取りながらも徐々に大きなっていく火の塊にフード男が「マジか……!」と絶句している。

 

 きっと、サーベルトが戦士の格好をしているから呪文はからっきしだと思われているのだろう。アルバート一族は、古来より魔法が得意なのだ。その血を引くサーベルトも実は、ゼシカと同じ魔法使いの卵だったりする。

 

『メラミ!』

 

 火の玉がくす玉程の大きさになったら、サーベルトはそれを突っ込んでくる茨の一反木綿へと放つ。

 

 後ろに控えるドルマゲスのために、躱す気などさらさらないらしいその魔物はサーベルトの放ったメラミをまともに受けて、全身が魔法の火に包まれる。

 

 だが、火に包まれても三人に突っ込むのをやめない茨の一反木綿。どうやら、死なば諸共とでも考えているらしい。

 

 魔物と心中なんてこちらから願い下げだ。サーベルトとフード男がそれぞれ剣を構え、金髪男が何度も矢を放ち魔物の体を穿つ。

 

 さぁ、最後の大勝負と洒落こもう。そんな声が誰からともなく聞こえてくる中、サーベルトのほんの目の前で魔物は灰塵と化した。

 

 二人に触れる前に炎に包まれて魔物が灰塵となったため、その先で今しがた矢を目から引き抜いたドルマゲスの片目とそれぞれ目が合う。金髪男が射抜いた彼の右目は伏せられており、血の涙が頬を伝っていた。

 

「ゆ、許しませんよ……この仕打ち。この身に、この器に、傷をつけたことを生涯恨みます」

 

 それはそれは憎々しげに金髪男だけを凝視して言うドルマゲスに、金髪男は「ああん?」と何処までも喧嘩腰で対応する。

 

「そっちから仕掛けたんとちゃうんけ? こっちはそれにやり返しただけや! 見当違いな逆恨みは止めてくれへんか!!」

 

 両肩を怒らせて、「もう一個の目も同じようにしたろか!」と金髪男は矢を番える。とことん容赦の無い男である。

 

 だが、ドルマゲスはそんな喧嘩腰の金髪男と対峙しても、ニヒルに笑う。ニタリと口が裂けそうな程に笑う彼は、「くくくくく……くくくくく」と不気味に喉で磨り潰した笑い声を周囲に響かせた。

 

「絶対に、この恨みを晴らします……。また会いに来ますよ───コネシマ」

 

「な、な、なんでシッマの名前を、知ってんねん!!」

 

 刹那、ドルマゲスの全身がぐにゃりと歪んだかと思えば、忽ちにして彼は姿を消してしまった。まるで、本物の道化師のように手品によって掻き消えてしまった脅威。

 

「な、なんだったんだ……あの男は───」

 

 ドルマゲスが居なくなったことで、最上階の空気がいつもの清浄なものに戻っている。何処かにドルマゲスが潜んでいるということは、恐らくこの空間からして無いだろう。

 

 賊はとうとう逃がしてしまったが、漸く人心地ついたということもあって、サーベルトは剣を支えにして落ちそうになる両足を踏ん張る。

 

 あまりにも怪奇で、人外じみていて───人生で一番、死の足跡に怯えた時間だった。リーザス村の長閑な空気に親しんでいたサーベルトには、あまりにも刺激が強すぎた。

 

 そんなぶるぶる武者震いするサーベルトの両肩に、ポンと誰かの手が置かれる。サーベルトは、情けなくとも両肩をぶるりと震わせて両肩の先を見た。

 

 サーベルトの両肩に置かれている手の先には、金髪男とフード男の顔があった。二人は、サーベルトにぎこちない笑みを見せている。

 

 サーベルトはドルマゲスとは違う種類の禍々しい笑みに、ひっと悲鳴を上げた。

 

 彼等なりに敵意のないことを知らせようと頑張って慣れない愛想笑いを作ったようだが、それが逆効果になっていることまでは察せなかったようだ。

 

「なぁ、君。結局、ここどこなん?」

 

「こ、此処はリーザス塔だ」

 

「リーザス? 名前的に欧米か……?」

 

「お、おうべい?」

 

「多分ちゃうやろ。さっきのキショい男やこの兄ちゃんの火の玉から考えて、此処は俺らの知ってる地球とは違うわ。多分、大先生が主役のあの漫画的な感じの異世界とちゃうか」

 

「あー……お前が王様(笑)の奴な」

 

「先ずは、状況を知るべきやな。そのためには───」

 

 サーベルトに向けられた二人のぎこちない笑みが更に深まる。よって、もっと禍々しいものになっており、サーベルトは今にでも逃げ出したい心境になる。

 

 が、悲しいことにサーベルトの両肩に置かれている両人の手がビクともしないので、彼は逃げることすら出来ないのであった。

 

 

 

 

 

 

 




サーベルト→救済された。突然現れたチワワと食害にビビってるが、人が良いのでなんだかんだ世話を焼く。

ゼシカ→サーベルトが頑張ってる裏側で、彼女もリーザス村を守らんと頑張ってます。

ドルマゲス→チワワ許すまじ。サーベルトも殺すが、その前にチワワを殺す。

チワワ→煙草吸いたい。

食害→お腹空いた。

お粗末さまでした。


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お前ら、俺を見捨てる気か!?

この作品の雰囲気は、ジャン○という規制を取払った銀○みたいな感じです。なので、しょうもなく、下品で、どうしようもないおっさん達がドラクエ8を楽しくエンジョイする様をドン引きしながら見て頂ければ幸いです。


 絶体絶命の場面に、落雷と共に現れた二人の異界人。

 

 サーベルトにとっては命の恩人である彼等を無視して村へ帰るのも気が引けるため、礼をしようと連れ帰ることにした。

 

 リーザス塔を出ると、あんなにも発達していた雷雲が全て頭上から退散していた。時刻はすっかり夜となっているようで、欠けた月と星が空で犇めいている。

 

(ゼシカが心配しているに違いない。早く帰らなければ……)

 

 村へと半ば強制的に帰らせた妹の心配顔がサーベルトの脳内を占める。

 

 歳も近い彼の妹も、もう年頃の女性と言っても過言ではなく、普通の兄妹であれば、そろそろ互いに離れていってもいい頃合いだ。

 

 だが、ゼシカは未だにサーベルトから離れようとはしない。彼女は兄にベッタリで、許婚にすら見向きもしないのだ。兄心としては自分を慕ってくれる妹が可愛いくてしょうがないが、アルバート家の一員としてはちょっと頭が痛くなる話だったりする。

 

 ───彼女もこの地方の名主の娘なのだから、いつかは他所の家格の釣り合う家へ嫁がなければならない。一緒に過ごせる時間も僅かなものだ。

 

 サーベルトが妹のことで頭をいっぱいにしている一方で、異界人達は野原の茂みから飛び出してくる魔物達の相手をしていた。

 

 サーベルきつねから繰り出されるレイピアの突きを危なげなく躱して、ゾムは袈裟斬りで屠り。

 

 三本の矢を番え、器用に二匹の一角ウサギに命中させたコネシマが嬉しそうにガッツポーズする。

 

 魔物が出る村の外に心配になるほどに軽装備で挑んでいる二人だが、彼等はひょろ長い見た目とは裏腹にそこそこのやり手であるらしく、魔物達をを楽々と倒していく。

 

「ホンマにゲームみたいな世界やなーここ。魔物を倒したら死体も残らず消えてしまうし、金も落とすとか現実味を全然感じひんわ」

 

「分かるで。もし、VRとか進化してったら廃人ゲーマーが今以上に量産されるとかって言われとるけど、多分増えるのは増えるんやろなー」

 

「……ま、やからってゲーム時間を条約で規制するとかの話は別やけどな。んなもん自己責任じゃい」

 

 サーベルトには理解出来ない話をポンポンと二人は交わす。何故かコネシマが忌々しそうな顔つきをしているのが不思議で、「怪我でもしたのだろうか?」とサーベルトは彼の身体を見詰めてみたが、至って健康体だった。

 

「なぁ、サーベルト。お前の家って世界地図ある?」

 

 コネシマの体を見ていたら、不意に彼が振り返りサーベルトにそんなことを聞いてきた。傍らでゾムが嬉々としてあばれうしどりの群れに突っ込んでいる。あの男、まさか戦闘狂だったのだろうか。

 

「あ、ああ。一応、ポルトリンクの元締めもしているからな」

 

 気が狂ったようにあばれうしどりを次々と仕留めていくゾムに若干引きながらコネシマに頷くと、彼はさっきまでの渋面を引っ込めてぱぁっと顔を輝かせた。

 

「よっしゃー! じゃあ、お前んとこの村に着いたら見せてくれや。ゾム! 村着いたら地理把握するで!!」

 

「ふーん、了解した! ってか、戦闘めっちゃ楽しいわ〜」

 

「ちゃんと金も拾っとけよ。俺ら今、所持金ほぼ無いからなー」

 

 リーザス地方からあまり出たことの無いサーベルトにとって、この風変わりな凸凹コンビのやることなすことが全て新鮮で見ていて飽きない。

 

 お金にシビアで、無遠慮な程に馴れ馴れしいコネシマには不思議なくらいに嫌悪感は抱かず、寧ろ彼のその部分が好ましい。

 

 本当に楽しそうに魔物と戦うゾムは、あのドルマゲス戦からはあまり話をしていないが、彼がコネシマと違って人見知りな質なことは、サーベルトと目を合わせようとしないことから何となく把握した。

 

 しかし、密かにサーベルトに魔物が行かないようにしていることに気付いてから、彼のその不器用さが微笑ましく感じる。

 

 出会い方はとんでもなかったが、この短時間でサーベルトは、彼等とは良い関係を築いていきたいと思うようになっていた。

 

 

 〇〇×

 

 

 サーベルト達が多少歩を緩めながらも、真っ直ぐとリーザス村へと帰ってくれば、いつもならば既に最低限の灯りだけを残して静まり返っているはずの村内が奇妙な程に賑わっていた。

 

 ガヤガヤと人の賑わいを耳にしたサーベルトがすわ、何かタダならぬことが起こっているのかと村の出入口に走っていけば、彼の鼻先を何かが掠った。

 

「うわっ!?」

 

 慌てて後ろへとサーベルトは引き下がり、音がした方へと顔を向ける。するとそこには、底に焦げ目のついたお鍋が無様に地面に転がっていた。

 

 何処か見覚えのあるお鍋を目を白黒させながら見ていると、子どもの「ゼシカ姉ちゃん避けて!」という切迫した声を耳にする。

 

 村に帰るまでサーベルトの脳内の半分を占めていた人へ向けられた不穏な台詞に、サーベルトが無意識に鯉口を切りながら声の方へ振り向けば、愛しの妹が見慣れない姿の男から大根を投げられているところだった。

 

「ぬあ──ー!? オラの大事な畑の大根が!!?」

 

 ご近所さんであり、大事な村人が悲壮な悲鳴を上げている。どうやら宙をクルクルと回転している立派な大根は、彼の畑から掘り起こされたものらしい。

 

 対していばらのムチを構えている彼の妹は、己に向かってくる回転大根を見据える。焦りの色もないゼシカは、短く声を上げて絶好のタイミングで大根を払い落とした。

 

「……やるわね。賊にしてはってところだけども」

 

 あまりの鞭の鋭さに、真っ二つになった大根が地面に落ちていく。サーベルトの視界で、村民がその場に崩れ落ちたのが見えて、少しばかり気まずさを感じた。投げたのは余所者だが、大根を打ち払ったのは妹に変わりない。あとで、一緒に謝ろう。

 

「だから、賊じゃないって! 俺は単純に道に迷っただけで……!」

 

 ゼシカと対峙している余所者は、首をブンブンと振って否定するが、どうやら彼の声は誰にも届いていないようだ。

 

 豚のアップリケが付いたニット帽を被ったその余所者は、黄色のサロペットが目を引く普段ならば陽気なファッションをしているな程度で済まされるだろう装いだ。

 

 ───しかし、彼は訪れる時期が悪かった。

 

「言い訳は無用だわ! リーザス塔が開いているこのタイミングで品定めするように村にやってきた時点で不審以外の何物でもないもの……塔に注意がいっているうちに、盗みに入る算段だったのでしょうけど残念だったわね」

 

「ぜんぜんこの子、人の話聞いてくれない……栄養は全部、そのボインに行っちまってんじゃねぇか」

 

 緊急事態が起こっていたこのタイミングで彼は村に来てしまったせいで、完全にリーザス村の住民達からは不審者の烙印を押されてしまっているようだ。

 

 あまり旅人の訪れもない閉鎖的な村と言うのもその要因なのだろうが、村が大切に奉っているリーザス塔の一大事ということも、彼女等から判断力を奪っているのだ。

 

 ゼシカと余所者の決闘を遠巻きに見ている住民達が誰も割って入らずに、それぞれ手近な物を構えていることにサーベルトがどうにかしなければと口を開く。

 

「ぜ───」

 

 だが、サーベルトの声が届く前に、頬を赤く染めたゼシカが吃り声を上げた。

 

「ちょっ!? どこ見てんのよ!! アンタ、それセクハラよ!!」

 

「おっと……いつもの癖で口が滑ってもた……」

 

 恥ずかしがるようにゼシカが、西瓜でも入ってるのかと見紛うような立派な胸元を隠す。

 村一番のアイドルを辱めた余所者には村中から絶対零度の視線が集まった。しかし、人の視線には疎い質らしい痴れ者はハッとしたように口を片手で覆う。

 

 兄のサーベルトとしても妹が辱められたこともあって助ける気持ちが一気に萎んでしまい、この男をひっ捕らえる方へと思考が傾きかける。

 

 だが、そんなアウェイな空気が急速に流れていく中───走って村へと戻ったサーベルトに漸く追い付いた異界人達の頓狂な声が木霊した。

 

「「しゃ、シャオロンやん!?」」

 

 どうやら、顔見知りらしい異界人達が揃って余所者───シャオロンの名前を呼んだ瞬間、ゼシカの顔がそちらへと向き兄の生還を目のあたりにする。

 

「サーベルト兄さん……!」

 

「コネシマとゾム……!」

 

 ゼシカは兄との再会を喜び、目に涙の膜を張って兄の名を呼び。

 

 シャオロンは、どうにかしてくれ! という気持ちを込めて仲間に両手を振る。

 

 サーベルトは妹に自分の無事を知らせるようにはにかんで、住民達にも無事の姿を見せるという好青年ぶりを披露する一方で、コネシマとゾムは明らかに村人達から敵意を向けられているシャオロンと顔見知りとは知られたくなかったようで、遅まきながら他人の振りを決行していた。

 

「───さ、サーベルト! あの見るからに不人気そうな男を捕らえるの俺も手伝ったるわ!」

 

「お、おうよ! あんなん絶対ロクな奴やないやろうからな!」

 

「お前ら……。俺を見捨てる気やな! おうおう、俺とお前らの仲やないか。騒音チワワとエロ小僧」

 

「誰が騒音チワワじゃ! こちとら、この世界の連中と仲良くしよう思ってんのに何登場早々に敵対してくとんねん!? お前、ええ加減にせいよ!!」

 

「せやぞ! そういうとこやからな」

 

「仲間見捨てるような奴らに言われたく無いわ」

 

 そこから、何故かそれぞれ武器を構えた余所者同士の戦いが始まった。あんまりな展開にサーベルトやゼシカはおろか、遠巻きに見ていた村人達も呆気に取られるように見るしかなく。

 

 ドルマゲス戦よりも身体を満身創痍にさせた彼等がぜーぜーと息を整えているタイミングで、とうとう我慢ならなくなったゼシカのメラゾーマ並の『メラ』が彼等の内ゲバを阻止したのであった。

 

 

 

 〇××

 

「サーベルト……お前んとこの妹、好戦的やな」

 

「もう一発、食らいたいのね?」

 

「ゾム、余計なこと言うな! ゼシカちゃんやっけ? あんな、これは俺らの中では最上の褒め言葉なんや。やから、そんな怒らんとってほしいわ」

 

「……あなたに“ちゃん”付けされると、何故か寒気がするわね」

 

「なんやと!?」

 

「あかん、これ以上は話が進まへんわ。取り敢えず、お前らもう喋るな」

 

 なんとか交友的な場(力ずく)を持てたかと思えば、また一触即発な空気を醸し出す妹と彼等をこれ以上見ていられなくて、サーベルトが間に割って入る。

 

「ゼシカ、あんまり私の恩人と喧嘩しないでくれ。この方々は、私の命をリーザス塔の賊から救ってくれたのだから」

 

「やっぱり、リーザス塔には賊が蔓延ってたのね……!」

 

 今にも「私も同行していたら良かった」と言いたげな顔になったゼシカだが、最早そんな後悔をするには遅すぎると考えを改める。

 

 彼女は、先程から口先で喧嘩していたコネシマとゾムに向き直ると、静かに腰を折って頭を下げた。

 

「サーベルト兄さんを助けてくれてありがとう!! それと───」

 

 ゼシカは、頭を上げると決まり悪げにシャオロンへと顔を向ける。

 

「早とちりしてごめんなさい。あなたには悪いことをしてしまったわね」

 

 しおらしく謝罪するゼシカの姿には、シャオロンも予想外だったようで目をぱちぱちと瞬かせる。

 

 あのコネシマとゾムでさえも、珍しい光景でも見たと言いたげに興味丸出しで凝視しているが、彼等はゼシカがサーベルト(知り合い)の妹だということを忘れ過ぎである。

 

「……まぁ、ええで。まだよう分からへんけど、お兄ちゃんが大変なことになってたんやろ」

 

 タイミング的に致し方無かったとしても、悪者と決め付けて急に敵対したことには流石に非があると、ゼシカも罪悪感があるようだ。

 

 これが仲間内の話であったのなら、シャオロンは末代まで弄り倒す所存だったのだが、自分よりも明らかに年下の女の子で、それもまだ出会って数分も経ってない相手に出来るはずもなく、珍しく大人な対応をとる。

 

 サーベルトが仕切る間もなく、仲直りを終えたらしい彼等に(ゼシカも成長しているんだな)と若干シスコンぶりを暴走させたところで、サーベルトは改めて彼等を実家であるアルバート邸に案内することにした。

 

 

 

 

 漫画やアニメでしか見ることの無い立派な洋式の屋敷にあんぐり口を開ける三人をゼシカが冷ややかに見ているが、そんな些細なことを気にしていたら下ネタ全開の動画などを上げることも出来ないため、華麗に彼女の反応はスルーする。

 

 サーベルトは、相性の良くない恩人達とゼシカ達の仲介になりながら、先ずは母親に彼らの事を紹介しようと二階へ案内した。

 

 階段近くのいつもの特等席で編み物をしている母親───アローザは、今日も今日とて暖炉前から動かない。

 

 サーベルトとゼシカの父親は既に鬼籍に入っており、実質アルバート家の運営を担っているのは彼女だ。故に、彼女はこの地方の領主ということもあり、そこらの壮年の女性とは一線を画す近づき難いオーラを纏っている。

 

「母さん、只今戻りました」

 

 身内の贔屓目を抜いても、ゼシカとアローザは良く似ている。もし、ゼシカが相応に歳を経たらああいう感じなるんだろうなという程に。

 

 鉤針を動かす手を止めないまま、チラリとサーベルトを見上げたアローザは「ご苦労様でした」と無感動に労りの声を掛ける。

 

「貴方がリーザス塔の中で危機に瀕したこと、そこへ背後にいるお客人が助太刀してくれたこと……全て耳にしています」

 

「情けない姿を晒してしまい、申し訳ございません」

 

「───今以上に修行に身が入ることでしょう。貴方の身に何も無くて良かったです」

 

 淡々と交わされる母子の会話に、サーベルトの背後に控えているゾムとシャオロンが何か言いたげな顔をしている。が、流石に親子の仲まで口を出すほど子どもではない彼等は大人しく口を噤んだままだ。

 

「息子がお世話になりましたね。礼にもならないかもしれませんが、ゆっくりこの屋敷でくつろいでいってください」

 

「おう。そうさせてもらうわ」

 

 いの一番に返事をしたのはコネシマだ。ゾムとシャオロンも一拍送れてから「世話になります」などとごにょごにょ言っている。

 

「何その態度……! サーベルト兄さんを助けてくださったのに……」

 

 そのアローザのつれない態度にとうとう声を上げたのは、意外にもゼシカだった。

 

 ここで、アローザの鉤針を持っていた手が止まる。ゼシカと同じ色の榛色の瞳がすうと動いて娘を捉えた。

 

「ゼシカ。あなた、また早とちりで他人様にご迷惑をお掛けしたと聞きましたよ。あなたももう年頃なのですから、落ち着きを持って───」

 

 息子の時とは違う、感情の籠った声音のアローザは、顔を顰めてゼシカに言葉を放つ。これはなんとも母親らしい説教だった。

 

 どうやら母親特有のお説教モードに入ったらしいアローザは、ゼシカの目を見据えて叱っているが、ゼシカも黙って話を聞くような大人しさなど無い。

 

「それ、今する話じゃないわ! 母さんにとってサーベルト兄さんや私は、所詮この家を盛り立てる駒でしかないのよね……」

 

 ゼシカは感情の昂りで頬を上気させたまま、くるりとその場で身を翻す。これ以上、母親と話すことなど無いと言わんばかりに足音高く去っていく彼女にアローザが手を伸ばす。

 

「ゼシカ……! 話は終わってませんよ!」

 

「こっちは話すことなんて何も無いわ!」

 

 アローザの特等席からそう離れていない部屋の扉をゼシカは手荒に開ける。そして、捨て台詞を吐きたそうにアローザを睨めつける。

 

 だが、そんな瞬間もあっという間で、彼女は鍵を閉める音を高らかに響かせて、閉じ篭もってしまった。完全に当てつけだ。

 

「うわぁ……マジの親子喧嘩やなぁ」

 

 シャオロンが横にいたゾムにこそこそと耳打ちする。しかし、それをすぐ前にいるサーベルトが聞いていないはずもなく、彼は苦笑気味に口元に手を当てて弁解することにした。

 

「お見苦しいものを見せてしまって申し訳ない。アレはいつものことだから気にしないで貰えると助かる」

 

 家族のフォローに回る嫡男に、二人は揃って「出来た息子やなぁ」と感心する。年齢的に言えばこの二人の方がずっと大人なのだが、さっきから大人らしい態度を取っているのはサーベルトの方だ。それでいいのか、社会人。

 

「母上も私達に家族としての情がない訳では無いんだ。ただ、我が家は名主だから、この地方を守らなくてはならない」

 

 ───だから、アローザは、嫡男であるサーベルトや娘のゼシカには人一倍厳しく接するのだ。

 

 サーベルトの言葉裏に隠された思いをきちんと汲み取ったゾムとシャオロンは思う。貴族ってほんまに面倒いなーと。

 

 さっきから打てば響く二人とは違って反応が鈍いコネシマが気になり、サーベルトは目を走らせる。彼は何か物憂げな顔をして宙を睨んでいる所であった。もしかしたら、彼にも刺さる話題だったのかもしれない。

 

「……サーベルト。そのような事はお客人に話すことでは無いですよ」

 

「すみません。つい口が滑ってしまいました」

 

 これ以上の長居は得策では無いだろうと判断したサーベルトは、三人を改めてアローザに紹介し、その後頃合だろうと食堂へ連れて行った。

 

 サーベルトの読みは正しく、食堂のテーブル上にはいつもよりも何倍も豪華な料理が所狭しと並んでおり、サーベルトと異界人達の席が用意されていた。

 

 ご飯を目の前にした三人は空きっ腹でも抱えていたのか、目の色を変えてサーベルトに勧められる前に席に着けば、「いただきます」だけは日本人らしく済ませて食事にがっついた。

 

 行儀がいいのか、悪いのか分からない彼等の一連の行動に呆気に取られていたサーベルトだが、彼等について深く考え始めたらキリがないと思い直す。

 

 口元が自然と緩んでしまう。どうしてだろう、彼等をいつまでも見てみたいと思ってしまう自分がいるのだ。

 

「こら、ゾム! 人の皿ん中から取るなや!」

 

「俺、もうそれ食ってもて無いねん」

 

「ご飯に気ぃとられて、ゾムの横に座ったのが最後やったな。俺はその辺も考えてゾムの前に───んあ!? ゾム、俺の皿引き寄せるな!!」

 

「後で倍にして返してやるからな」

 

「ちゃう! 腹いっぱいになってから返されても困んねん!!」

 

「すみませーん。お酒とかあったらもそれも欲しいです!」

 

 因みに、彼らの辞書に“遠慮”という言葉は無い。貰えるものは貰えるだけ貰っとけとばかりの彼等との姦しい夕飯に、サーベルトがものの数分でギブアップしたのは言うまでもない。

 

 

 




✤多分、wrwrdの方を知らない人が多いと思いますので、簡単な自己紹介を乗せます。

☆コネシマ
渾名は狂犬チワワ。騒音と言われるほどに煩い。ゲーム仲間の中では一番イケメンだが素人童貞。社会主義の話をさせると長い。格好が本田圭佑をモデルとしたユニフォーム。兎に角ごねる。芸人枠。

☆ゾム
渾名はエロ小僧。プレイヤースキル(PS)が高く、FPSガチ勢。基本、ジャンルを問わずゲームでは無双出来るが、戦闘にスキルを全振りしたような男なので格ゲーとかだと尚活躍する。格好は、マイク○のクリー○ーを模したパーカーを羽織っている。人見知りするし、怒らせると怖い。クールぶってることもあるが、中身はただのロリコン。

☆シャオロン
渾名は不人気。ほんわか枠だが、煽り検定一級。個性豊かな仲間と居ると個性が埋もれがちで、平均的とまで言われている。ゲームと草野球を趣味にしており、他人相手に物怖じしないことから陽キャとも言われる。渾名の由来は、人気投票で最低値を叩き出していたため。豚のアップリケがトレードマークのニット帽を被っている。

もし、DQ8がわからない方がいらっしゃれば気軽にお声掛けください。自己紹介を用意します。


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高みの見物で仲間が頑張ってる姿が見たい(性悪)

 夕飯を食べ終わった彼等は、はち切れそうな程大きくなった腹を抱えて客室のベッドの上で三者三様に寝っ転がっていた。

 

「……毎回言うけどな、お前の食害は毎回どぎついねん」

 

「うっぷ……。やばい、腹ん中で牛と魚と小麦粉が大暴れしとる」

 

「良かったな〜。お前らは今日も自分の限界を越えられたで!」

 

「「はた迷惑に善意ぶるのほんまにどうにかせいよ!!?」」

 

 在る日、いつもの様に自室のPC前で、仲間内だけでゲームをしていたら、知らず見知らぬ大地に立っていたコネシマ、ゾム、シャオロン。

 

 インターネットの世界で、この場にいるメンバーやその外のメンバーとはしゃぎ回っていたのがつい数時間前の話であり、今なおゲームのような世界に生身で来てしまったことに実感が沸かない。

 

 コネシマとゾムはこの世界に現れて早々に、アルバート邸の嫡男であるサーベルトをヤバい道化師から助けるというイベントをこなし。

 

 もう一人のシャオロンに至っては、様々なとばっちりでサーベルトの妹とタイマンを張ることになったのだが、どうにか全ての事件は円満に解決している(今のところは)。

 

 そして、お礼にと用意された食事で、ゾムのいつもの病気の被害にあった彼等は、膨れた腹を横たわらせながら今後について話し合うことにしたのだ。

 

「せや、シャオロン。この世界に見覚えってあるか?」

 

「全然無いわ。ここ、マイク〇の中ってことってのは無いんやろ?」

 

 シャオロンが腹ばいになりながら、腰に差しているダイヤ剣を見せる。さっきのゼシカ戦では振るわれていなかったが、彼もこの世界に来る前までプレイキャラに装備させていたものを持ち込んでいるようだ。

 

「あー、その可能性もあるんかー。ブロック空間が3Dになったらこんな感じになったり……?」

 

「なんかその説はしっくりこんなー。もし、この世界がゲームとしてやで。それやったら、大先生が主役のゲームみたいなRPGちゃうかな。やから、魔物倒したら金が落ちるんとちゃう?」

 

「───天才か」

 

 彼等が幾度と例に出す『大先生が主役のゲーム』は、彼等のリーダー的ポジションの仲間が作り出したRPGだ。主人公に据えられているモデルの『大先生』がコメディと下衆にスキルポイントを極振りしたような男であるので、展開はかなり下世話になったりしがちだが、RPGとしてはそこそこ評価を受けている。

 

 そうやって、彼等がこの異世界について考えていると、客室の扉がコンコンとノックされる。

 

 誰が来たのだろうと誰何する前に、扉の前の人物が声を掛けてくる。

 

「入ってもいいか?」

 

 今日何度も聞いたこの屋敷の嫡男の声に、シャオロンが「きゃー、サーベルトさん夜這いかしら?」とちゃちな絡み方をしているが、この場には残念なことにそれを咎める常識人はいない。

 

「───ああ、えっと。これはノッた方がいいのか?」

 

「サーベルト兄さん、アンタ、真面目すぎるで」

 

 あんまりにもサーベルトがシャオロンのしょうもない絡みに悩んでいるので、ついコネシマがド正論でつっこんでしまった。可笑しい、俺はこんなポジションにはいないのに───とは後のコネシマによる言である。

 

 ガチャりと扉を開けて入ってきたサーベルトの手元には、1mはありそうな大判の紙が丸められたものが握られていた。

 

「おおっ! それは、もしかして地図か───うぷ」

 

 頼んでいたものを早急にサーベルトが持ってきてくれたので、テンションが上がったコネシマが自分の体調も省みずに機敏な動きで立ち上がる。

 

 が、胃腸から食道まで、まだ消化されていないものがせり上がってきたようで口元を慌てて抑える。彼の顔面は二日酔いかと疑うほどに蒼白だが、実際はただの“食べ過ぎ”である。

 

 そんなコネシマに、感心するような、でも呆れたようなという相反する感情を乗っけて見やるサーベルトの口振りはしみじみとしたもので。

 

「……本当によくあんな量を残さず食べましたね」

 

 異界人三人組のうち、緑パーカーがトレードマークのゾムは、『食害』という持病を抱えている。

 

 簡潔にそれが何かを説明するとしたら、他人に必要以上に食事を強要したり、はたまた他人の食事を奪ったりするという病気なのだとしか言い様がない。

 

 祖父母の家に行ったら祖母が「これも食べんしゃい。ああ、あれもあんたの為に取っといたから食べんしゃい」とテーブルの上に色々と積み上げてくることがあるご家庭もあることだろう。

 

 そう、あの現象をこの男はやってのけるのだ。しかも、その行為の理由が祖母達のような「お腹を空かせたら可哀想」という善意ではなく、『苦しみながらご飯を食べる人の顔が見たい』というドSなものなのだから救いもない。

 

 流石にまだ親しくもないサーベルトには食害をしなかったが、彼は食害行為を見ているだけで気分が悪くなったらしく、早々にカトラリーを置いて食後のお茶へと移行していた。英断としか言いようがない。

 

「飯を残すのは良くないからな!」

 

 コネシマは半分やけクソ気味にそう言うが、そもそもお残しは食害の元凶が許さない。そのため、ご飯も強要された上に「ああ、こんだけしか食べられなかったのね」と言わんばかりに残飯をゾムに食べられるのもコネシマの矜恃が許さないのだ。

 

 だからこそ、無駄に腹いっぱいに毎回コネシマは料理を詰め込んでしまうのである。

 

「よう言った! コネシマ! お前は立派な漢やわ」

 

 ぱちぱちと拍手喝采をするゾムの目には素直な賞賛があるが、それにしたって彼のその態度は腹が立つ以外の何物でもない。

 

「元凶が何言っとるんじゃ! ほんまお前、異世界でも食害とかキャラブレしなさ過ぎやろ!!」

 

 つい、怒髪天をつくように声を張った彼の叫びは、この日、アルバート邸中に響き渡ったという。

 

 

 

 

 さて、話は一区切りついたとして、コネシマ、ゾム、シャオロンは客室のテーブルに地図を全て広げて覗き込んでいるところだ。

 

 地図を持ってきてくれたサーベルトは、「これは予備だから、礼の一貫として進呈する」と言うや部屋を退出した。普段なら、この時間は次期領主としての勉強をしているらしく、近々家庭教師によるテストも近いため長居はしなかった。

 

 世界地図によって顕になったこの異世界の全貌に、彼等は首を捻る。

 

「若干、元の世界の地理と似てなくもないか?」

 

「これ、なんて書いてるんや? 『オークニス』……? アルファベットに似てるからまんま読んでみたけど合ってるんやろか」

 

「あ! 二人共、サーベルトが印書いてくれてるわ!!」

 

 ゾムがサーベルトが残してくれた手掛かりを見つけたようで、人差し指でそれを指す。コネシマとシャオロンがどれどれと印に視線を合わせると、付箋が1枚そこには貼られてあった。

 

「リーザス村……確か、ここの名前そんなんやったやんな。ってことは、やっぱり文字はアルファベットに似てるんやわ」

 

 ちょっと装飾的やけど───とシャオロンが得意げにしている。

 

「俺は英語アカンから、お前らに任せるわ」とゾムが解読を放棄したところで、物思いにふけっていたコネシマが声を出した。

 

「ちょっと思ったんやけどな。この世界に来たのって、()()だけなんやろか……?」

 

 真剣な表情で二人に問う割には、コネシマの顔色は明るい。半ば、ハイテンションに身を任せているようにも見て取れる。

 

 問われた二人もコネシマが言わんとしていることは分かっているようで、顔をパァと華やかせた。

 

「もしかしたら、他の連中もこの世界のどっかにおるかも……?」

 

「せやったら、皆でおった方が絶対ええやろな」

 

 彼等のゲーム仲間は、この場にいるメンバーを抜いてあと11人。頼りになるメンバーがそれぞれこの異世界に来ていたら、これ程頼もしいことは無いだろうか。

 

 だが、コイツらがそんな常識的な考えを持つはずもなく───。

 

「こっちは、坊ちゃんに恩も着せて、飯も拠点もある。何なら、この異世界での身のこなし方も分かっとる……こんな有利な場面で他の連中の苦労している姿見たら───さぞ、酒は上手いやろうなぁ」

 

 ニヤリ、と悪魔よりも悪どい顔をしてコネシマは嗤う。

 

 普通、こんな異常事態の場合は、同郷の交とかで手を取り合って、元の世界へと戻るために皆で力を合わせる展開になる筈だ。

 

 ───しかし、性根が曲がっているこの三人組は、それよりも愉悦を取る。そもそもゲーム仲間と言っても、仲良く仲間内で殺し合うようなプレイを好んでいる集団なのだ、彼らは。

 

 そのため、相手の弱みを握れるチャンスは決して逃さない。恩を売る瞬間も、煽るタイミングも絶好の機会で行う。

 

 彼等は、仲間だとか、友情だとか、そんなチンケな不確かなもので繋がってなど無いのだから。

 

「リアル舐めプやな……まぁ、アリやわ」

 

 コネシマにつられて人を舐め腐ったように嗤うシャオロンの顔は、身内が見てもドン引く程に醜悪だ。

 

「最近、ショッピもかなり力付けとるからな。こんなに気兼ねなく煽れる機会なんてもうあんま無さそうやし」

 

 段々と小生意気になっていく後輩の鼻っ柱を真っ二つに折ってやりたいのはゾムだ。何なら、戦略ゲーで手の届かない戦争大好きおじさんや大天使(黒歴史)を散々に煽ってやりたい。

 

 ゾムは、あまりの愉悦にその身を震わせた。考えるだけでアドレナリンが溢れ出しそうで、手足が今すぐにでも暴れ回りたいとモゾモゾする。

 

「おっしゃ! 先ずはこの大陸から出るぞ! 先ずは港っぽいこの『ポルトリンク』? や!!」

 

 この異世界においての、彼らの指針が決まった。

 

 もしかしたら居るかもしれない他の仲間を集め(高みの見物で煽りまくり)、どうにかして元の世界へ帰ろう。

 

 全ては、己自身を楽しませるために。

 

 ✕✕✕

 

 

 会社終わりに夜更けまで(下手をすると徹夜をして)、ゲームをする日常を送っているシャオロンからすれば、日がとっぷりと沈んで暫くしてから消灯するということは、かなり健康的な生活だったりする。

 

「……あれ、今日って何曜日やっけ?」

 

 寝ぼけ眼を擦りながら、ベッドサイドで充電されているはずのスマホを日課のように探す。

 

 確か、まだ休日じゃなかったから、ブログを更新する必要はなかったはず……などと彼方此方に手を這わせながら探すもお目当て物は見つからず。

 

「は? スマホどこ行った!?」

 

 命の次の次の次の次に大事だろうスマホが何処を探っても見つからないと焦ったシャオロンは完全に覚醒した。勢いよくベッドから飛び起きて、ベッドサイドを見るとそこには豚のアップリケが付いたニット帽しか無く。

 

「……せや。俺、変なとこに来てもたんやった……」

 

 自分の真横を見たら、半袖のTシャツを臍上まで捲りあげて寝相悪く寝ているコネシマと、うつ伏せで何かむにゃむにゃ言いながら眠っているゾムの姿があった。

 

「やっぱピザはお持ち帰りが一番やで」

 

「あのエロ小僧、夢でまで飯食っとるわ……」

 

 常々食い意地が張っていると思っていたが、シャオロンが思っていた以上に重症だったゾムに朝からドン引く。うわ、よくよく見たらこいつええ歳こいて涎まで垂らしとるやないか。食いしん坊拗らせすぎや。

 

(外に出て、新鮮な空気でも吸ってこよ。朝から目に毒やわ)

 

 外に出る前にシャオロンはベッドサイドに置いてたニット帽を被り、近くにあった姿見の前で身形を整える。

 

 黄色のサロペットと赤白の横縞Tシャツ、それと意外とデフォルトチックな赤いシューズ。マクドナル○で働けそうな色合いだ。

 

 寝癖はニット帽の中に押し込んだので問題ないとして、服にも解れなど見当たらなかったのでシャオロンはそのまま意気揚々とアルバート邸を飛び出した。

 

 アルバート邸は、背後に小さな雑木林を持っており、小高い丘の上に建っている。シャオロンはランニングも兼ねてなだらかな下り坂を下っていく。

 

 えっさほっさと草野球前のいつもの走り込みの癖で「1.2.1.2」と掛け声を上げながら走っていると、目の前から昨日辺りに見覚えがある子ども達の姿が見えてきた。

 

 角が生えた物騒な兜を被った気の強そうな少年と、底に焦げ目のついたお鍋を被ったノロマそうな少年がそれぞれシャオロンをロックオンするや、「そこの豚男! 待ちやがれ!!」と物騒な声を掛けてくる。

 

 シャオロンは子どもの戯言だからと処理出来るほど出来た大人じゃないので、しっかりと腰に差しているダイヤ剣を引き抜き、腹黒い笑みを見せて「それ、僕のことかなー?」と威圧する。

 

「そんなんやから、不人気なんやぞ」と眠っているはずのチワワと食害が諌言するような声が空耳で聞こえたような気がしたが、勿論気にしない。

 

 無垢なる少年達は、大人の本気の威圧を受けてアワアワと慌て始めた。いつも相手をしてくれるゼシカやサーベルトと毛食の違う彼からは、子どもだからと手加減をしてくれるような甘さは一つも感じられない。

 

「……おいら、お前の名前なんて知らないし!」

 

「ハンっ! 躾のなってねぇ餓鬼やな───まぁ、ええわ。今日は見逃したる。俺はシャオロンや。よう覚えとけ」

 

 子ども相手に上手に出る情けない大人っぷりを露呈しているシャオロンには、子ども達も複雑な気持ちを持て余しているらしい。彼等は今までこんなどうしようもない大人を見た事がなかったので、どう対応したらいいのか分からないのだ。

 

「ポルク……あのお兄ちゃん、ゼシカ姉ちゃんに手も足も出なかったのに偉そうだね」

 

「ああん? なんか言ったか、お鍋頭……!」

 

「……マルク、今は黙ってた方が良さそうだ。なんか此奴、ヤバそうな剣持ってるし」

 

 ヒソヒソと少年達がシャオロンについて囁きあってると、こういうことは地獄耳な彼が更に威圧しながら問い質してくる。しかも、ダイヤ剣を見せびらかす辺りが余計に彼の汚さに拍車をかけている。

 

「そ、そうだ。シャオロン───」

 

「シャオロン“さん”」

 

「シャオロンさん───ゼシカ姉ちゃん見なかったか?」

 

 一々名前の呼び方まで指定してくるシャオロンに、ポルクの目がぐぬぬと呻く。この村に来たばかりの余所者に大きな顔をされるのは悔しいことこの上ないが、彼等の敬愛するサーベルトを救った恩人の仲間でもあるらしいので、あまり敵対したくないのも事実だ。

 

 ポルクの悔しがる気持ちなどお見通しであるシャオロンは、久しぶりに煽りキャラというアイデンティティを取り返したことで気分は今の朝空のように清々しいものだった。

 

「あのボインの姉ちゃん探してるんか。生憎、今日はまだ見てへんなー」

 

 あけすけなシャオロンの言い様にポルクとマルクの二人が瞬時に顔を真っ赤にさせる。

 

 耳まで上気している彼らの様子に気付いたシャオロンは、「あら?」と目を見張るが、秒もしないうちに人相を悪くし、

 

「おお? お前ら、大好きなゼシカ姉ちゃんになんか疚しいことでも考えとるんか? なかなかむっつりやなぁ今の子は」

 

「むむ、むむむむむっつりとか、意味わかんねーし! マルク行くぞ!! 相手してたらおいらまでこんな大人になっちまう……!」

 

「がってん!」

 

 ポルクの掛け声に元気よく返事して、二人はシャオロンから遠く離れるように迂回しながら、アルバート邸へと続く丘を駆け上っていく。そんな彼等の後ろ姿を意地悪くニヤニヤと不人気は笑う。

 

「しっぽ巻いて逃げるんやな……まぁ、ええんやないの?」

 

 背を向けて只管に駆けていく子ども達に追い打ちまでかける、大人気ないシャオロンにポルクは下唇を噛む。

 

 顔全体で悔しいと述べるポルクを気にかけるように隣で走っていたマルクが名前を呼ぶが、彼は聞いていない。

 

「ぐっ……! 今に見てろ、あの豚男……サーベルト兄ちゃんに今以上に稽古をつけてもらってあんな奴、コテンパンにしてやる!!」

 

 少年達のやる気に火をつけたシャオロンは、「やっぱ、こーゆーネタで弄るなら本物のえろ小僧に限るわ」と既に忘れ去ろうとしているところだ。『やった方は覚えていない法則』を物の見事に体現しているが、きっと彼もいつか手痛い仕返しを受けることになるだろう。

 

 それがこの世の摂理である因果報応だ。

 

 

 ✕○✕

 

 橋の架かっている小さな沢まで走ったシャオロンは、結構運動したなと額に浮かぶ汗を拭う。もうそろそろ日も上ってきて、近隣の家々からは洗濯物を大量に持った主婦が外へと繰り出している。

 

 朝ご飯は食いっぱぐれたくないシャオロンは、柔軟だけでも済ましたら帰るかと、沢の傍まで近寄る。

 

 よっと屈伸運動を始めようと腰に手を当てた所で、彼は対面にある畑で黙々と土を均しているゼシカの姿を見掛けた。

 

 とても名家のお嬢様とは言い難い作業着を着込んで、鍬を振るっているゼシカは意外にも様になっている。分厚い作業着を着用していても立派なノは自己主張が激しい。

 

 ゼシカが動く度に縦にそれは揺れるので、かなり眼福な光景なのだが、あまりにもシャオロンがじいと見ていたせいで相手にも気づかれてしまった。

 

「高みの見物とは良いご身分ね……ってか、どこ見てるのよっ!」

 

 対面から体操座りをして、具にゼシカ(正確には男の浪漫)を鑑賞していたシャオロンであるが、彼女も彼が何を凝視しているのかを察したようで頬を朱に染める。

 

「お嬢様でも、畑仕事するんやなぁって思って。結構様になってるやん。普段からやってんの?」

 

 だが、この手の対応はギャルゲーで培っている。ちゃんと相手をすると痛い目を見るのは明白なので、彼はさっさと話題を逸らしにかかった。

 

「……まぁ、一応リーザス村は農村だもの。これくらい、この村に住んでたら当たり前だわ」

 

「へー」

 

 彼女と初めて会った時から常々思っていたが、ゼシカは昨今では珍しい良い子だ。彼女の兄であるサーベルトも歳の割にはひねくれておらず、厳しい母親に順応していて、理解すら示している。

 

(こんな長閑な所で伸び伸び育ってるからなんかな〜。まぁ、反応が初々しくて弄り合いがあるからどうでもええけど)

 

 折角ゼシカとエンカウントしたんだから、何か会話でもしてみようかとシャオロンは沢の傍でそのまま寝転がる。草木の濡れた匂いがむわりと鼻腔に立ち込んできて少しだけその青臭さに顔を顰めた。

 

「そういや、お母さんとは仲直りしたん?」

 

「アンタには関係ないでしょ」

 

「せやな」

 

 一発目から一刀両断である。

 サーベルトの話によると、ゼシカは17歳とのことであった。日本だと高校に通っている年頃で、まだまだ親に反発したい気持ちも分かる。

 

 この世界でのシャオロンの姿は、ゼシカとそう変わらない少年ルックだが、中身はいい歳こいたおっさんだ。

 

 周りに生えている雑草のような青臭い彼女の悩みに共感するのは、ちょっと厳しい。

 

「母さんの言い分も分かるわよ……。私はアルバート家の娘で、あと少ししたら許婚がいるサザンビークに嫁がなければならない。だから、どこに出しても恥ずかしくない淑女にしたいってことくらいは───」

 

「え? ゼシカちゃん、許婚なんておんの?」

 

「勿論、居るわよ。相手のお家は長年、大国サザンビークで宰相を輩出している名門よ。母さんが手ずから探してきた家だもの。悪い相手じゃないわ」

 

「はえー。なんか庶民には雲の上の話やわ。大変やなーお貴族様も」

 

「……なんか真面目に話してる私が馬鹿みたいに思えてきたわ」

 

 ザクりと目の前から土を踏みしめるような音が聞こえてきて、シャオロンはむくりと首だけを上げる。

 

 するとそこには、鍬を持ってシャオロンのいる対岸の際まで寄ってきたゼシカがおり、彼女は眩しそうに目を細めながら太陽を仰いでいた。こめかみから垂れる汗を首元のタオルで拭っている姿が、何度見ても所帯染みている。

 

「ゼシカお嬢様は、許婚と結婚したくない訳や。じゃあ、何がしたいん?」

 

 身を起こしたシャオロンがあっけらかんと核心をつくと、ゼシカは「軽々しく言ってくれるわね」と目を伏せる。だが、彼のその直球さが嫌ではないらしく、口元は柔らかく笑んでいた。

 

「もっと色んな魔法を覚えてみたいの。家にある魔導書も殆ど読み漁ってしまったわ。ウチは、魔法使いの名門の分家でもあるから、きっとこの世界の中では沢山の魔導書を持っている部類だと思う。でも、まだまだ私の知らない魔法がこの世界にはあるわ!! 」

 

 初めて兄以外に語った荒唐無稽な夢は、このちゃらんぽらんな男だからこそ話せたことだろう。まともに取り合ってくれなかったとしても、怒りを覚える方が不毛だと諦められるから。

 

 しかし、シャオロンはそんなゼシカの思いを知らぬとばかりに、ニッカリとふてぶてしく笑う。よっこらせと身を起こした彼は、ゼシカと同じ榛色の瞳を三日月にして「明確やんか」と宣うのだ。

 

「じゃあ、ゼシカちゃんは新しい魔法を覚えるために世界を旅したいってことやな!」

 

 清々しい程に晴れ渡っている空で、鳶が澄んだ音色で鳴いている。

 

「え……」

 

 つい零してしまった言葉は取り戻せないとばかりに、ゼシカの心臓が高鳴った。

 

 初めて兄以外から夢が肯定された。

 馬鹿にもせず、無理だと切り捨てられることも無く。

 

「ええなー、俺も魔法使えへんかなー。使えたら絶対オモロいやろうし」

 

 なんてこと無くゼシカの夢を羨ましがるシャオロンには、現実味が無い。こんな朝っぱらから白昼夢でも見ていると言うのだろうか。

 

 

 

 嗚呼、それ以上は言わないで───胸の中で無意識に強く願ったのに、神様は意地悪だから聞き届けてくれなかった。

 

「やりたいことはやった方がええで。それは、人生の先輩として言ってあげれるわ」

 

 ずっと押え続けてきた願望が、シャオロンの言葉によってぽかりと溢れ出てきた。アローザには今日まで反抗してきたが、母親と兄がいるこの家を裏切れるほどの願いじゃないとずっと言い続けてきた想いだった筈なのに。

 

 最後の意地だとばかりに、ゼシカは激流のような思いの丈に流されるものかと歯を食いしばって落ちそうになる涙を引っ込める。

 

 こんな男に、涙まで晒したくなかった。きっと慰められてしまったら、自分の矜恃に傷がつく。

 

 だから、ゼシカは沢に勢いよくしゃがみこむや、じゃぶじゃぶと顔を洗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あれ? 不人気がフラグを立てた・・・?(尚、恋愛だとは一言も言ってない)

コネシマ→シャオロンがいなかったので自分も外に。ポルクとマルクがちょうどよく居たのでリフティングを教える。「サッカー出来たらモテるで!!」

ゾム→Zzz...。メイドに叩き起こされるまで寝る。ただ、その時にメイドを昔の女と勘違いしすったもんだある。「ほんまごめん・・・! シャオロンの奴にだけは黙っててくれ!!」

サーベルト→今日もいい天気だなと日課の朝練に外に出たら、子供たちが鬼監督(コネシマ)とボールを蹴ってる。「げ、元気だな・・・朝っぱらから」

ゼシカ→顔を洗ったら気分も爽快になり、畑作業再開させる。因みに彼女が耕している畑はシャオロンが大根を引っこ抜いたところで、その謝罪として労働していたりする。「ごめんなさいね。あの大根はうちで美味しく食べさせてもらったわ」

シャオロン→沢でゆっくりしてたらいつの間にか眠っていた。畑仕事を終えたゼシカに起こされ邸宅に戻ると、ゾムがでっかい声で何か謝っているのが聞こえる。「絶対オモロいことになっとるやん・・・」

アローザ→今日はいつにも増して朝から騒がしい。本当にでかい子供を三人も預かったような感じ。「ねぇ、あのお客人のお洋服を用意してあげてくれる? 一枚だけじゃあ不便だわ」



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既に物語は軌道を逸れている

今回はDQ8サイドのみのお話です。
因みにイベントは、オリジナルばかりとなってますのでお気をつけください。


 その怪しげな一団がトラペッタに到着したのは、逢魔が時が訪れる少し前のこと。

 

 朱のバンダナを頭に巻いた青年が一人、旅慣れた格好をしていながらも品よく立ち竦むその姿は、まるで何処かの貴族のご落胤かと思う程だが、彼の泥まみれの長靴を見た瞬間にそんな憶測は散ってしまう。

 

 そんな青年に寄り添う毬栗帽の背丈の低い男は、壮年に差し掛かりそうなオヤジだ。乞食のようなみすぼらしい格好をしており、見ているだけでも芳しい匂いを嗅いでる気分になる。ハッキリ言って、例の青年と並ぶと月とすっぽんという諺しか出てこない。

 

 そんな青年達の後ろを車輪を回してついてくる一台の馬車に繋がれた白馬は、隅々まで手入れの行き届いた名馬だ。絹のような手触りをしているだろう体毛が輝かんばかりに美しい。

 

 その馬の傍にある御者台に座っているのは、人間とはとても思えない醜悪な顔つきをしており、これまたオヤジだ。皮膚がおどろおどろしい緑色で、ギョロりと爬虫類を思わせる目が気持ち悪い。

 

 橙の旅装をしているが、どう見ても人間を装うための格好にしか見えず、トラペッタの住人達は彼らを避けるようにして端へと寄っていく。

 

 そんな彼等からの視線には気づいていないらしいバンダナの青年が、困ったぞとばかりに袖のないチュニックのポケットから折り畳まれた紙を取り出す。

 

 それはこのトラペッタの地図であり、彼が故郷から持ち出してきた数少ない品物の一つであった。

 

「陛下、確かこの街では例の男の師匠を探す───とのことでしたね」

 

 青年が首だけで振り向き、化け物としか思えないオヤジに尋ねる。何故かこの青年はこの化け物擬きのことを“陛下”ととんでもない敬称で呼んでいるようだが、渾名のようなものだろうか。

 

 化け物擬きは、そのとんでもない敬称で呼ばれることには慣れているようで、鷹揚に頷いて見せる。

 

「そうじゃ。あの忌まわしきドルマゲスの師匠であるマスター・ライラスを訪問することが今回の目的じゃ」

 

 青年は地図を端から端まで見渡し、「ふーむ」と息を吐く。彼の隣で毬栗帽の男が「この街で人探しとは、なかなか鬼畜なもんでげすよ」と既に嫌な顔をしている。

 

 彼等がそこまで渋い顔をしているのには訳がある。

 

 このトラペッタは、主に上と下で街が別れているのだが、その上下の行き来だけでもかなり複雑な道程となっているのだ。もし、此処にコネシマ達がいるとしたら、『梅田駅みたいな造りやなぁ』と零していたに違いない。

 

「エイト、儂はここで待っておるからの。マスター・ライラスの住居を発見したらすぐに報告を頼む」

 

「御意。夜も近いですから、陽のあたる場所で待っててください。お体を冷やしては毒です」

 

 青年───エイトは、片足の踵を二度鳴らして右胸を同じ回数叩く。そして、小さく頭を下げるや化け物擬きの体調に気を配ってからその場を離れた。

 

 エイトの形式ばった敬礼に、化け物擬きが柔らかな表情を浮かべている。

 

「お前さんはまこと、トロデーンの民じゃのう」

 

 微かな独白に呼応するように、馬車を牽引する白馬が鳴いた。

 白馬のその嘶きに化け物擬きがよしよしと首を撫でてやる。白馬を撫でるその手つきは我が子に触れるような優しさで、彼のギョロ目は不思議なことに慈愛に充ちているようにさえ見えた。

 

 

 

 颯爽とトラペッタの広場から離れていくエイトに付き従うように歩く毬栗帽の男は、短い足をえっほえっほ動かして「兄貴!」と呼ぶ。

 

「いつ見たって、兄貴がああいう格式ばったことをあのオッサンにしている光景は見慣れねぇでげす」

 

 何処か不満げな毬栗帽の男がじとりとエイトを見上げる。

 そんな声を受けて、エイトも苦笑混じりだ。

 

 彼が()()()()に忠誠を誓っていることは、自身のみならず、彼の仕える主とて存じていることだ。

 

「まぁ、トロデ王のあの姿しか見たことがないヤンガスにしたらそうだろうね。でも、僕にとってあの方はとっても尊きお方なんだ」

 

「……アッシは、兄貴のそういう所が好きでがす。本当なら、アッシにもオッサンを敬うように言うところでがすよ」

 

 ヤンガスの尊敬に充ちた円な瞳がエイトには眩しくてしょうがない。故郷にいた時ですら、此処まで純真な気持ちをぶつけられたことは無い───まさか自分よりも一回りも年上の男に崇められるとは、旅に出るまで予想することなど出来なかった。

 

「うーん、それはきっと陛下の望んでることじゃないから。あの御方は、口では『敬え』だとか『儂の臣下としての気構えを持て!』とか言うけど、別に本気でそう思ってるわけじゃないんだよね。だから、形だけでも敬われるような態度を取られたらすっごく落ち込んじゃうんじゃないかな」

 

 エイトの考えに考えたものをヤンガスに披露してみるが、日頃の主の行いが災いして、ヤンガスには一欠片も信じて貰えない。純真な光を湛えた眼が一瞬にしてジト目に様変わりだ。

 

「そんな殊勝なモンにはまーったく見えねぇでがすがねぇ」

 

「ははは。そんなに簡単に陛下の御心を察せられたら臣下の僕達は形無しさ────さぁ、行こうか。陛下や姫様をあまり長く待たせるのはいけない」

 

 これ以上、ヤンガスと問答していてもしょうがないと切り上げることにしたエイトは、近くにあった武器屋に入る。

 

 ヤンガスもエイトの背後をついてくるように武器屋に足を踏み入れると、今日はもう店仕舞いの時間でもあるからか、自分達以外の客は見当たらない。

 

 店のカウンターで暇そうにブーメランを研いでいた武器屋の店主が、最後の客かと言わんばかりに嬉しそうな表情で彼等を出迎える。

 

「いらっしゃい! この街じゃ見ねぇ顔だな。旅人かい?」

 

 格闘牛を模した荒くれた人間だけが被りそうなマスク越しに声を発する店主に、エイトは(わぁ、目抜きから瞳だけがキョロキョロと動いている)とよく分からないところで感心する。

 

 エイトとほんの僅かに旅を共にしているヤンガスは、エイトの子どもっぽい言動を度々目にしているので、彼の楽しそうな目の輝きは碌でもない所に着眼しているのだろうなぁと思い至っていた。

 

「ああ。実は人探しをしていてね。おやっさんは、マスター・ライラスって御仁を知らねぇでげすかい?」

 

 武器屋の店主は、その名を耳にした途端に急に前のめりにしていた姿勢を元に戻した。

 

「……なんだ、あの偏屈爺にご用かい」

 

 突然に態度を変えた店主にエイトとヤンガスは、つい互いの顔を見合わせる。

 

 彼等がこの街に来るまで聞いたマスター・ライラスの噂は、『ご高名な魔法使い』だったはず。遠くの街まで名を馳せる魔法使いとくれば、その街の住人からは尊敬の念を集めていても可笑しくは無いのだが、どうやら彼は特殊なパターンのようだ。

 

 これは、何かある! と直感が告げたエイトは、引いた店主の分を補うようにカウンターへと歩み寄る。

 

「あの……マスター・ライラスは高名な魔法使いと伺ってきました。ですが、貴方の態度は臭いものに蓋をしたいように感じる。良ければ、その訳を教えてはくれませんか?」

 

 そして、チュニックのポケットから小袋を取り出した。それは、チャリンと音を響かせてカウンター上へと投げ置かれる。

 

「おおきづちを一つ」

 

「あ、兄貴! アッシの装備はこれで充分で───」

 

「ヤンガス。君は、トロデーン近衛兵の舎弟になったんだよ。そんなお粗末な武器じゃ僕の沽券に関わってくる」

 

 いつもよりも低いエイトの声音に、ヤンガスがぶるりと身を震わせる。自分のデカい体を活かしてこんぼうをそっと隠してみたのだが、使い古して棘が丸くなっていることは、近くにいるエイトが一番よく知っている。

 

「───アンタ、トロデーンの兵士さんかい。ってことは……」

 

 武器屋の店主は組んでいた腕を解いたかと思えば、天から糸でも吊り下がっているのかと見紛うような美しい姿勢に正し、片側の踵で二度地面を鳴らす。

 

「ま、まさか……それは」

 

 ヤンガスがあまりの驚きで棒立ちになっているが、それがなんだと言わんばかりに武器屋の店主は右手で同じ回数胸を叩く。

 

 それは、トロデーン式の最敬礼だ。

 

 あんぐりと舎弟が大口を開けているが、生憎今は彼のフォローに回れるほどエイトも余裕はない。

 

 気持ちが驚く程に高まっているのを感じるが、それを相手に悟らせないようにするため、彼は高揚を押し込めて主に見せたものと同じ最敬礼を披露した。

 

「所属は?」

 

「トロデーン近衛兵第二師団、エイトであります!」

 

「そうか。兵士を辞めてなかったら、俺が敬語を使わなければならない立場だったよ」

 

 ふぅと小さく嘆息を零した店主は、カウンターから出てきたかと思えば、出入りの玄関を少し開けて『OPEN』の札を『CLOSE』に引っくり返す。

 

 そして、一通りの店仕舞いをし終えた彼は、「よっこらせ」と一思いに荒くれマスクを脱いだ。こんなにもあっさりと素顔を拝見することになるとは思わず、ヤンガスとエイトがおどおどと店主の顔に視線を行ったり来たり彷徨わせる。

 

 だが、二人は店主の素顔を拝むことで、彼がどうして荒くれマスクをしていたのかの理由に気付くことが出来た。

 

 店主の顔には右コメカミから鼻筋を横断して、左口角に達するまでの大きな裂傷があったのだ。これは、確かに素顔を晒して歩くのも憚られる古傷だ。

 

「俺は、トロデーン騎馬師団に所属していた」

 

「……騎馬師団っていったら、兵士の花形じゃないですか!」

 

「それは、鎧馬に乗れるような将軍位の連中に限った話さ。ただの軍馬に乗った俺らなんて歩兵と何ら変わりない」

 

 武器屋の店主は、カウンターの向こう側へと戻ると窓際の傍にある椅子に深く腰掛けた。それから、ズボンのポケットから葉巻を取り出すや、燦の傍においてあったマッチで先っぽに火をつける。

 

「まぁ、ちょっとした事故でこの傷を負い退役したって訳だ。今は実家の武器屋に就職して一国の主になってる……この生活もなかなかに悪かねぇんだ。俺は、武器を振るうよりも手入れする方が向いてたった話さ」

 

 口に銜えていた葉巻を離して、窓の隙間に向かって紫煙を吐き出す店主からは悲壮さなんて僅かにも感じられなかった。本当に武器屋としての第二の人生を楽しんでいるようで、そのことが後輩であるエイトとしても救われるような気がした。

 

「そうでしたか……貴方とこの地で会えたのは僥倖でした。久しぶりにトロデーンを知っている方と話せて楽しかったです」

 

 故郷(くに)を出てから、真新しいことばかりに晒されてきたエイトにとって、出戻りとは言えトロデーンの元兵士に会えたことはかなり気の休まるイベントになった。

 

 一度もトロデーンを出た事がなかったエイトはこの旅を楽しんでいるが、()()()()()で旅立った訳では無いからだ。

 

「なんでトロデーンの近衛兵様があの偏屈爺を探してるのかって言うのは、きっと薮蛇なんだろうさ」

 

 歩兵と変わらないと卑下する彼は、やはり聡い人だ。

 

 エイトが笑みを深めるだけで答えを返せば、店主はぷかりと紫煙で輪っかを作る。

 

「マスター・ライラスは、先日弟子がとんでもねぇ不始末をやらかした。何でも奴の指導に我慢ならなくなった弟子による謀反とかで、奴の家周りが延焼するっていう火災が起こった。タダでさえ、近所の連中からも近寄り難いって言われてたのに、今回のことでそれが決定的になったっつーことだ」

 

「……つかぬ事をお聞きしますが、その弟子の名前は?」

 

 ヤンガスが今にも口走りたそうな顔をしているが、エイトはそれを手で制して店主からの返事を待つ。

 

 店主は、また紫煙で輪っかを生み出した。

 

「ドルマゲスって奴だった」

 

 

 ▹▸▲▼

 

 エイトが主達を迎えに行くと、ジリジリと主の周りを不穏な空気を醸し出した住民達が囲うようにして様子を伺っているのが見えた。

 

(なんだか嫌な感じだ。これまでは、人の少ない村や町ばかり寄っていたから良かったが、どうやら人の多い場所に陛下を連れ出すのは得策では無いようだね)

 

「オッサン! マスター・ライラスっちゅー爺の居所が発覚したでげすよ!!」

 

 エイトの物思いとは裏腹に、溌剌とした声と大袈裟に振られる丸太のような片手が存在感大のヤンガスのお陰で化物擬きと白馬の視線が即座に彼等を捉える。

 

 噴水の傍らで暇そうに白馬と戯れていた化け物擬きは、ヤンガスから齎された朗報に顔を明るくさせる。

 

「まことか!? でかした、二人とも!! 流石、儂の臣下じゃのう」

 

「……アッシがいつオッサンの臣下になったんでげすか?」

 

「お主はエイトの舎弟なのじゃろう? ならば、エイトは儂の臣下じゃ。つまり、臣下の臣下は儂の臣下になる」

 

「相変わらず、とんでもねぇことを普通の顔して言うでげすね……」

 

 ふんすと得意げな化け物擬きに、ヤンガスは最早諦観の構えだ。何を言っても無駄なことは分かりきってるとばかりの表情には、流石のエイトでさえもなんだか申し訳ない気持ちになってくる。

 

「という訳で、陛下。早速ですが、彼のお宅を訪問した方が良さそうです。直に夜ですしね……そろそろまともな布団で眠りましょう」

 

「おお、そうじゃのう。儂もこんな体になったからといって、腰痛や背中の痛みと無縁になったわけではないみたいじゃ。こんなことなら、それぐらいのサービスをしてくれても良いものだろうにの」

 

「……陛下、まさか、かなり痛みを我慢していませんよね?」

 

「ああ、ミーティアや。早くあの男の師匠とやらを拝みに行くとするか。今日こそ、屋根のある場所で寝かせてやるからの」

 

「陛下? 陛下? へ・い・か?」

 

「兄貴、顔がどえらい事になってるでげすよ。馬姫様ですら、怖がってるでげす」

 

 狂犬チワワや不人気ですら裸足で逃げ出しそうな真っ黒な笑みを浮かべて、化け物擬きの後を執拗に追い掛けるエイトには、凛々しく佇んでいた白馬───ミーティアですら引いている。

 

 これは流石に見ていられないと思ったヤンガスが、化け物擬きからエイトを隔離させたのだが、彼はヤンガスという枷を振りほどく為に腰に差している剣を引き抜く構えすら見せている。

 

「あ、兄貴……! 先ずはマスター・ライラス……! マスター・ライラスのお家に行くでげすよ────!!!」

 

「陛下ぁぁあああ! ご無理をなされてはいけません!! 貴方はそうやっていつもいつもこの小姓にすら隠されるのですから!!!」

 

「お主はもう小姓でもないわ! ったく、エイトの奴……。近衛兵になってはや二年は経つというのに、まだ小姓気分でおりよるわ……」

 

 なんとか新調してもらったおおきづちでエイトを宥めることに成功したヤンガスだが、彼の頬には真新しいバッテン傷が出来上がってしまった。

 

 

 そんなすったもんだがあったエイト一行だが、武器屋の店主の案内に従ってなんとかマスター・ライラス邸らしき家の前に来る事が出来た。

 

 エイトとヤンガスは周りを見渡してみるが、どうにも主人の情報と食い違う特異点がある。

 

「店主の話では、確かドルマゲスが暴れ回った代償として、マスター・ライラス邸の周りは延焼したとのことだったけど……」

 

「そんな跡はこれっぽっちも見当たらねぇでげすね。地面に生えてる草木にすら焦げ後なんて見つからねぇ」

 

「……僕達がこの街に向かたのって───確か、一ヶ月丁度くらいだよね。だったら、やっぱりそれ以降に起こった事件としても何かしらの痕跡が残っていても可笑しくないと思う……んだけど」

 

 地を這うようにして、丸い団子鼻をくっ付けて草木の様子さえ見ているヤンガスに化け物擬きが「街中で野生を解放するんのはやめんかい!」とかなんとか叫んでいるが、勿論彼は無視である。

 

 だが、化け物擬きとて一月近くをヤンガスと共にしているため、彼の処理方法などとうに確立している。

 

「ほい!」と景気よく御者台から飛び降りた化け物擬きは、トテトテとマスター・ライラス邸の玄関まで近寄ったかと思えば、今度は勢いよく玄関戸を叩き始めた。ドンドン叩かれた玄関戸からは、若干軋んでいる音がする。

 

「マスター・ライラス殿! 在宅であるか!?」

 

「あ、陛下。そのような事は僕が致しますのに」

 

「お主は、少々集中しすぎるところがある。それが美点でもあるのじゃが、せめて儂の声くらいは聞こえていて欲しいものよ」

 

「も、申し訳ございません! 陛下のお声を聴き逃していたなんて、なんて不敬な……!」

 

「良い良い。それよりも、そこの汚らしい猪を起こしてくれ。このまま野生に帰られては困るでの」

 

「誰が汚らしい猪でげすか!? オッサンこそ、アッシとそう変わらねぇ見た目をしていることを忘れてるみたいじゃねぇか!?」

 

 やいのやいのと三つ巴で騒いでいる光景には、離れたところで見ているミーティアも困り顔である。長い睫毛を伏せて首を振る様がとても人間臭い。

 

 すると、化け物擬きが叩いた玄関戸がギィと開いた。

 開いた戸の隙間から外を伺い見るのは、二つの双眸。

 

「どこの誰か知らんが、儂の家の前で喧嘩しないでくれないか?」

 

 嗄れた年寄りの声音は、非難の色濃くエイト達に降り掛かる。

 

 すっかり用件を忘れてしまっていた三人がハッと促されるようにして、声の主の方へと体を向ければ、そこにはヤンガスと同じくらいの背をした老人が訝しげに彼等を注視していた。

 

 直ぐに行動に移したのはエイトだ。

 ゆっくりと胸の前に片手を当てて敵意が無いことをアピールしながら、彼が探し人なのか尋ねる。

 

「あ、貴方がマスター・ライラス殿でしょうか?」

 

「如何にも。儂がマスター・ライラスじゃ」




✤主人公のキャラクター設定
・エイト
トロデーン王族命。子どもらしい素直な感性と、大人らしい狡猾さを併せ持つ。ちょっとぼんやり屋。

様々なエイトをこれまで書いてきましたが、今回の彼が1番それっぽいのではと思っていたり。

いつか、DQ8一本で物語を書いてみたいなー(いつも同じことばかり言ってるような・・・)



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歴史のない世界など、つまらないではないか

 マスター・ライラスに連れられて、エイト達は彼の邸宅へと足を踏み入れる。

 

 玄関を抜けると、簡易的なキッチンやリビングがあり、そこは壁一面に書架が並んでいた。書架の中には、大量の魔導書らしきものが詰まっているようで、触れるのも気が引けれるような禍々しい物もある。

 

 部屋内の明かりは薄暗く、ずっと締め切られてそうなカーテンが窓には掛かっている。きっと本の日焼けを予防するためでもあるのだろう。

 

 壁沿いに延々と書架が並んでいるせいか、妙に圧迫感のあるリビングには先客がいた。

 

 小さな丸テーブルとセットになっている一人掛けのソファに腰を落とし、足を組んでいるその人物は、これまでの冒険で見たことの無いような格好をしている。

 

 収穫時の麦のような髪色をした彼は、真っ黒な軍服とショート丈のマントを羽織っている。ピカピカに磨き抜かれた長靴が包む足は尊大そうに組まれており、丸テーブルの上に置かれていたティーカップを掴む手は白手袋で覆われていた。

 

 この家の主人が新たな客人を連れて戻ってきたと察したらしい彼は、縁なし眼鏡の奥にある瞳を細めて彼等を出迎えた。

 

「どうやら、新たな客人を連れていらしたようだ……マスター・ライラス」

 

 物々しい見た目にピッタリのバリトンボイスが、目前で優雅にティータイムを楽しんでいる男の口から紡がれる。

 

「お主と同じ、あの馬鹿弟子を探している御仁方だ。あんの不届き者……一体どれ程の方々にご迷惑をお掛けしているのやら」

 

「私が探しているのは───正確に言えば“杖”の方なんですがね。まぁ、今の所はどちらも同じか」

 

 どうやら、マスター・ライラスとこの男も、あまり親しき仲という程でも無いらしく、二人の間にはよそよそしい空気が流れている。

 

 その空気にぴょこんと飛び出したのは、化け物擬きだ。エイトの後ろをトテトテ歩いていたのだが、どうにも見慣れない軍服に興味があるらしく。

 

「そなた、見ない隊服を着ておるの……。サザンビークやアスカンタの隊服が変わったという話は聞いておらんし、まさかメダル城の者か?」

 

 緑色の化け物が急に飛び出してきたというのに、その男は「おや?」と片眉を器用に上げるだけにとどめていた。

 

「この世界には、言葉を喋る人間とは違う生物が居るのか……。私が着ているこの服は、かのドイツ帝国で実際に着られていたもので、この世界の国々の軍兵が着用しているものとは違います」

 

 その後も聞いていないのにペラペラとこの男は、「服の機能性が云々」とどうでもいい蘊蓄を垂れているのだが、そんなことは化け物擬きにとってはどうでもいいことであった。

 

 ───そんなことよりも、看過できない発言が彼の口から飛び出したのだから。

 

「儂は人間じゃ……! 」

 

 緑色の顔を真っ赤にして、両拳を握り、ぶんと振り下ろした彼は、これまでの鬱憤を晴らすように訴える。

 

「ただ今は、あの忌まわしきドルマゲスによって魔物に姿を変えられとるが、儂はトロデーンの現国王、トロデである!!」

 

 化け物擬き───否、トロデのカミングアウトに驚いた者は、残念ながらこの場には誰一人もいなかった。

 

 彼の臣下であるエイトや連れのヤンガスは知っている事実であるし、マスター・ライラスには玄関口で簡単に説明している。

 

 よって、この場では初耳になる男だけがそのリアクションを取るべきだったのだが、彼もまた、ある諸事情により、素直に大国トロデーン国王の変化っぷりに驚くことは出来なかった。

 

「……ほう。この世界は、中世ヨーロッパのような文化をまだなぞっているというのか。すまないが、私はこの世界の人間ではないため、あまりピンと来なくてな」

 

「こ、この世界の人間じゃないじゃと!?」

 

 己のカミングアウトを凌ぐ彼の告白に、トロデが声をひっくり返す。従者であるエイトは勿論、エイトの隣に立っていたヤンガスも話が頓狂すぎてただただ成り行きを見守ることしか出来ないでいた。

 

 しかし、張本人をはじめ、前もって彼の素性を知っていたマスター・ライラスは平然としている───否、マスター・ライラスは男の意地の悪さを目の当たりにして半目になってはいるが。

 

「私は、グルッペン・フューラー。この世界とはまた別の世界、日本より来訪した」

 

 決して人相の良いとは言えない男は、ニヒルに口角を持ち上げてほぼ中身の少なくなったカップを持上げる。まるでこの出会いに感謝をと、言わんばかりの尊大な彼の態度は、大国の王であったトロデをも圧倒する。

 

「ら、ライラス殿!? これは、一体───?」

 

 トロデは慌てて、マスター・ライラスに顔を向ける。

 彼はトロデの質問を受け、何処かげっそりとした表情で顎の髭を撫でながら答えた。

 

「儂にとったら、あのトロデーンの国王が馬鹿弟子によって、魔物の姿に変えられてしまったという話も受け入れ難い事なんじゃが……。まずは、この異界の男との出会いを話すかのう」

 

 マスター・ライラスにしてみれば、トロデの来訪も有り得ない出来事に含まれる。

 

 しかし、明らかに己以上に困惑しているトロデーン一行にこれ以上の追い打ちをかけるのも酷なので、マスター・ライラスはこの怪しげな異界人との出会いの物語を話して聞かせることにした。

 

 

 ♦√♦

 

 

 グルッペンと出会ったその日は、連日曇り空が続く鬱屈した日々の1コマであった。

 

 魔力の才能を呼び起こせない不器用な弟子───ドルマゲスのために、長い年月を掛けて研究を続けていたマスター・ライラスは、漸くその研究に目処を立てた───事件は、そんな最中に起こったのだ。

 

「この薬が完成すれば、彼奴(あやつ)の魔力を呼び起こすことが出来る」

 

 愚直な程に素直に魔法と向き合う彼の弟子は、そもそも魔法自体とそこまで相性が良くない。

 

 マスター・ライラスが、そう結論づけるには理由がある。

 

 “魔法”とは、基本的にとても複雑な思考が求められるもので、表面ばかりしか見ないドルマゲスには扱うこと自体が難しい代物だ。表面と裏面を両方見ながら、時に発想の転換が必要とされてくる魔法は、少々疑り深い面倒臭い性格をしている方がコツを掴みやすい。

 

 しかし、だからといって、ドルマゲスに魔法の才能が無い訳ではない。性格と思考回路が向いていないだけで、潜在的なMP(マジックポイント)の量や多くの属性との相性の良さは相当なものである。

 

 そのドルマゲスの潜在能力の高さを買ったからこそ、マスター・ライラスは彼を弟子にした。彼の魔法使いへの憧憬が本物だからこそ、己の手で育ててみたいと思ったのだ。

 

 だが、近年のドルマゲスは少々焦り過ぎている。

 

 確かにドルマゲスがマスター・ライラスに師事して、かなりの時間が経過している。マスター・ライラスとしてももう少し早く、魔法使いとしての修行をドルマゲスに課すつもりだった。

 

 まさかこんなにも、ドルマゲスの才能を開花させる研究が亀の歩みでしか進まないとは、マスター・ライラス自身も思わなかったのだ。

 

 竈の上でグツグツと煮込んでいた『才能を開花される薬』を一頻り、掻き混ぜ終わったマスター・ライラスは、もう一度自分の推論に穴が無いか確認するために自室へと戻る。

 

 書き物机の上に開きっぱなしになっている四冊の本のうちの一冊を手に取って、眉間に皺を寄せながら文字を目で追う。

 

(これが完成すれば、彼奴も漸く落ち着くだろう……。最近の彼奴ときたら、目が離せないほどに焦燥している───少しでも魔が差せば、闇へと堕ちてしまいそうな程に)

 

 ドルマゲスの焦りは危険だ。時々浮かべる仄暗い表情は、何かよからぬことに手を染めてしまいそうな危うさがある。

 

(一体、何処をほっつき歩いているのやら────魔法を上手く扱えない者が魔導書に触れるというのは自殺にも等しい行為だ。だから、ついキツく叱ってしまったが、もう少し言い方というものがあっただろう)

 

 昨日に掃除を命じた筈の弟子は、庭先に箒を放り出して姿を晦ました。

 

 一度くらいはマスター・ライラスの厳しい指導に嫌気を差して逃げ出すことは分かり切っていた事だ。それが、昨日の魔導書の一件が発端だったという話だけで。

 

(だが、全てはお前の為じゃ、ドルマゲス。魔法を人一倍望んだお前の為に、儂はこの研究を成し遂げてやりたかった)

 

 ───親御心、子は知らず。

 マスター・ライラスがドルマゲスに厳しく指導していたのは、全て彼の糧となるように願ってのこと。

 

 

 ───けれども、それは子に限った話ではない。

 

 親とて子心を知らないのだ。

 マスター・ライラスの預かり知らぬ所でこの師弟の心は、ずっと一方通行のままだった。

 

 ───そして、つい先日にドルマゲスの心は、壊れる。

 

 二人の絆は、とっくの昔に罅が入って、修復不可能な程に壊れきっていた。しかし、そのことをまだこの時のマスター・ライラスは知らず。

 

 学術書を捲っているマスター・ライラスの背後で、バタンと扉が開く音がした。

 

 彼の部屋に声も掛けずに入ってくるような者は、身内のドルマゲスしか居らず、気の小さいドルマゲスのことだから謝りに来たのだろうとマスター・ライラスは、少しだけ安堵の息を吐く。

 

「ドルマゲスか。昨日は悪かったな。儂も言い過ぎた」

 

 背を向けたままのマスター・ライラスは、これ幸いと普段なら言い難い謝罪をする。偏屈屋だと自覚はしているが、治す気もないマスター・ライラスにとって、自分に僅かしかない非を謝ることは滅多にしないことだった。

 

「それより喜べ。長年研究していた薬がもうすぐ完成するところだ。これでお前に眠る魔力の才能を目覚めさせることが出来るはずだ。そうすれば、努力次第でお前も大きな魔法を使えるようになるぞ」

 

 漸く、弟子の悲願を叶えてやることが出来る。

 

 マスター・ライラスは、彼の喜ぶ顔が見たくて此処でやっと背後を振り返った。

 

 そこには、彼の愛弟子である、長身のいつも顔色を悪くさせた冴えないドルマゲスが居る────筈であった。

 

 しかし、マスター・ライラスが見知っている彼の姿は無く。

 

 代わりに、ケバケバしい化粧を施し、道化師の衣装へと身を包んだ変わり果てた姿の弟子が居た。見覚えが僅かにある立派な───だけども、何か禍々しい気配を感じる杖を握り締めて、浮かべたことも無いはずの不敵で嫌らしい笑みを貼り付けたドルマゲスは「悲しいなぁ」と脈絡のない言葉を吐く。

 

「ドルマゲス、その姿はどうした!? なぜ、その杖を!! まさか、お前───」

 

 弟子の恐ろしいイメチェンに、思わずマスター・ライラスは立ち上がって彼に詰寄る。

 

 だが、ドルマゲスは笑みを深めるだけで、一言たりともマスター・ライラスに返答せず、大きな動作で杖を振り上げる。

 

 今にも振り下ろされそうな杖が、一瞬邪悪に光る。

『テハジメニヒトリ』そんな声なき声がマスター・ライラスには聞こえたような気がした。

 

 刹那、二人の頭上から天井を突き破るような音がして、何かが二人の間合いを遮り、次いで床が破壊されるような音が響く。粉塵を上げて落ちてきたそれに、反応が遅れたマスター・ライラスとドルマゲスが口元に慌てて手を当てて息を吸わないように後退する。

 

 粉塵が静かに晴れ渡っていくと、今度はその嫌な音がした床から「よっこらせ」と妙に耳触りの良いバリトンボイスが聞こえてきた。

 

「イテテテテ。あの神鳥様もえらく野蛮に放り出してくれる……。こっちは、そちらの要求など聞く義理も無いのだが……」

 

 割れた床を踏み鳴らしながら立ち上がったのは───人であった。どうして、人の家の屋根を突破って落ちてきたのかが分からない。

 

 この場にいる二人にとって最も重要な場面で、不思議な登場をかましてくれたその男は、日も当たっていないのに輝く黄金色の髪を揺らして、状況を見ようと部屋の中を見渡した。

 

「ふむ。どうやら、神鳥様の言っていたように()()()()()()に遭遇しているみたいだな」

 

 何やら要領の得ないことをブツブツ呟きながら、ドルマゲスへと向き直った彼は、その妙な程に良い顔で口角を上げる。

 

 ゆっくりと片胸に手を当てて、見惚れるように一礼した彼は、緩慢な動きのまま顔を上げる。しかし、その顔にはおよそ優雅な一礼からは、思いもよらないような獰猛な笑みが貼り付けられていた。

 

「では、ドルマゲス、並びにラプソーン殿。初めまして、こんにちは。だが死ね!!」

 

 先手必勝とばかりに、腰に備えられていた二つのハンドガンを手を交差させてグリップを掴み、ほぼ0の距離で打っ放す。耳を劈くような衝撃音がハンドガンの銃口から響き渡り、弾丸は火を噴いてドルマゲスの腹と右足を穿つ。

 

「ぐはっ……! き、貴様!!」

 

「卑怯だぞ!」と明らかにダークサイドに堕ちたと思われるドルマゲスが言いたそうな顔をしている。血色の悪い口元から夥しい量の血を流すドルマゲスは、見知らぬ男を憤懣の表情で睨めつけた。

 

 ドルマゲスの恨みに満ちた睨みを受けた男だが、彼は至って飄々とした顔のまま二丁のハンドガンをリロードする。

 

「悪いが、貴様らを始末せねば俺が元の世界に帰れんのだ。だから、喜んで灰塵となってくれ」

 

 台詞の割には、男は一つも申し訳なさそうな顔をしていない。寧ろ、無性に生き生きとした表情で、ドルマゲスの苦しそうな様子を見ている。

 

「そなた、何故魔王の名を……」

 

「それは全て終わってからお話しよう、翁。今は此奴らを始末してからだ」

 

 マスター・ライラスは、ドルマゲスが持つ杖の正体を知っている男が何者か気になるばかりだ。

 

 長いこと伝承の中でしか存在しえなかった魔王に操られた弟子と互角にやり合い、あまつさえ『神鳥』と何度も意味深なことばかり述べる彼は、間違いなく只者ではない。

 

 しかし、弟子に向けられる男の殺意の鋭さを師匠として見逃す訳にもいかず。

 

「それだけはよしてくれ!! 此奴は今、正常な判断が出来ていないが、儂の弟子なんじゃ!! 恐らく、弟子を操っているに違いないのはあの呪われし杖……。あれさえどうにか取り上げれば弟子は───」

 

「この状況で、そんなあやふやな憶測に付き合っている暇はない。翁よ、あれは最早、貴方の知る弟子では無いのだ───魔王の甘言に乗ってしまった繰り人形でしかない」

 

 聞く耳を持たないとばかりに、ばっさりマスター・ライラスの懇願を切り捨てた男は、それはそれは酷く醒めた目付きでこの家の持ち主を見下ろした。

 

 その目は言う。

 

『なんて、愚かな老人なのか』

 

 弟子の閉ざされた未来を見通したマスター・ライラスは、思わず顔を覆ってしまった。

 

「……わ、儂がもう少しお前に目を配ってやれていたら……」

 

 尽きない“たられば”がとめどなくマスター・ライラスの胸中に溢れ返る。この思いすら、もうドルマゲスには届かない。あの杖の宿主である古の魔王『ラプソーン』に彼の精神は持っていかれてしまったのだ。

 

「貴様、一体何者だ……?」

 

「知る必要は無いが、名乗るのも礼儀か。私は、グルッペン・フューラー。魔王を殺す使命を、勝手に命じられた動画配信者だ。今年中にゆっくり動画を上げたかったのだが、これじゃあ上げられないな(言い訳)」

 

 ショートマントを翻し、縁無し眼鏡の弦を上げながらそう自己紹介した彼は、ほぼ決め台詞になってしまった“果たされたことの無い約束”を口にする。因みに括弧まで丁寧に口にした彼の表情は、キラキラと輝いている。

 

「だって、異世界に来てしまったんだから、今年もゆっくり動画を上げられなくて当然だよね」と言わんばかりの表情である。

 

 ちんぷんかんぷんなことばかり言い続ける男───グルッペンにさしものドルマゲスも危機感を抱いたらしく、僅かに呪文を唱えた彼は杖先から大量の炎を噴出させた。

 

『ベギラゴン!』

 

 壁に向かってドルマゲスは、攻撃呪文のベギラゴンを唱えた。元々は地面に火を走らせる炎系の呪文なのだが、魔王の力と知恵を借りている彼は、器用に杖からベギラゴンを発射させる。

 

 噴射される炎のうねりは、木造のマスター・ライラスの屋敷をあっという間に火の海と化す。轟々とうねりを上げる火の魔の手をバックにしながら、ドルマゲスは「クククク」と気味の悪い笑い声を上げた。

 

「流石にこの炎の中では、息をするのも億劫でしょう。師匠───いえ、マスター・ライラス。貴方の魂は、後から回収させてもらいます。身体も魂も、全てこの世から消え去ったら、貴方の痕跡なんて元から無かったも同じ。貴方なんて、そもそもこの世に存在しなかった」

 

 爛々と目を光らせて、口が裂けそうな程に笑うドルマゲスは、ゆっくりとその場でお辞儀をした。まるで、先程のグルッペンの一礼の意趣返しと言わんばかりに。

 

「悲しいなぁ、悲しいなぁ。貴方がこれまで生きてきた意味って、何だったんで───」

 

 恍惚とした表情を浮かべて、高らかに両手を上げながら機嫌よく話すドルマゲス。

 

 ───刹那、彼の言葉を遮って、乾いた発砲音が二つ続いた。

 

 派手な発砲音が響き、マスター・ライラスの末路を楽しそうに語っていたドルマゲスの左腕と右胸に真っ赤な風穴が空く。

 

「かはっ」とドルマゲスが呻く。そして、この絶対的な状況下においても、冷静に己の身体を弾丸で射抜いた首謀者を目を見開いて凝視する。

 

「死体が残らなかったくらいで、生きた人間の痕跡が消え去る訳が無かろう」

 

 首謀者こと、グルッペンは、驚く程に冷徹な眼差しでドルマゲスを射抜く。血を彷彿とさせる色をした瞳が凍えていた。

 

 彼のその瞳は周囲にまで影響を及ぼすようで、氷系最強呪文のマヒャドでも使ったのかと思わせる程に、空気でさえ冷気をまとっているかのように冷えている。傍観者となっているマスター・ライラスはグルッペンから受けた圧に、生唾を飲み込んだ。

 

「もし、万が一にもそうであれば、歴史などこの世には有り得ない。先達が必死に隠したかった史実が晒されない───そんな無味乾燥な世界は此方からお断りだ」

 

 二丁の銃を再びリロードして、ドルマゲスに向け直す。

 そろそろ蹴りを着けようと言いたげに、八重歯を剥き出しにして笑うグルッペンにドルマゲスと彼を操る杖は、本能的な危機感を抱いた。

 

 微動すれば、あっという間に勝敗が決する。

 

 炎が渦巻くマスター・ライラスの部屋にて、張り巡らされる二人の緊張感がふつふつと高まっていく。

 

 しかし、此処で予想外の邪魔が入る。

 

 彼等の邪魔をするように火事によって耐えきれなくなった天井が全員に襲いかかったのだ。

 

 軋むような音を立てて落下してくる火達磨の天井に、これ幸いとハイジャンプをして突っ込んだのは事態の不利を察したドルマゲスである。

 

「一旦、貴方とは休戦としましょう───私にはまだ、やらなければいけないことがある」

 

「ドルマゲス!!」

 

 火達磨の天井を杖で打ち払いながら、グルッペンが空けた屋根の穴から外へと飛び出していくドルマゲスにマスター・ライラスが呼び止める。

 

 そこへ、マスター・ライラスの頭上へとドルマゲスが打ち払った天井の残骸が降り掛かった。当たれば、以下に高名な魔法使いと言われている彼でもひとたまりもないのだが、それをグルッペンが見逃すはずがない。

 

 マスター・ライラスへと突進するように向かっていき、ひょいと彼の身体を俵担ぎで担ぐ。

 

「今回は残念ですが、貴方の命はまた次回に頂くとします」

 

 ドルマゲスの話し声が上から降ってくるが、グルッペンはそれを意に返さない。この屋敷からの脱出を最優先事項に据え置くことしたのだ。

 

 炎の魔の手が走り崩れ掛けになっている壁を長靴で蹴り上げたグルッペンは目論見通りにぶち抜き、そのまま玄関へと走っていく。

 

「それでは、ごきげんよう」

 

 グルッペン達の一刻を争う脱出劇を嘲笑いながら、ドルマゲスは優雅に宵闇の中へと消えていく。あれ程に重症を負っていたにも関わらず。

 

 見た目にそぐわない化け物の生命力を得た彼をマスター・ライラスは、最後までグルッペンに担がれながら見上げることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・グルッペン・フューラー
人呼んで戦争大好きおじさん。コネシマ達のリーダー格でもあり、兎に角煽り文句が上手い(論説が得意)。いつか政界進出するのでは?などと囁かれている(この人が政界に食い込まれたら日本終わる気がする)

マスター・ライラス生存ルート突入です。


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諸君、私を仲間に入れてくれないだろうか?

そう言えば、昨年でDQ8は十五周年でした。
作者はあまりの時の速さにgkbrです。


 マスター・ライラスからグルッペンとの出会いを聞かされたトロデーン一行は、衝撃的な事実のてんこ盛りに最早、達観とした笑みを浮かべていた。

 

「詰まり、ドルマゲスはライラス殿に復讐するために、我が家宝を狙ったという訳なのだな?」

 

「そうだとも。彼奴は、儂の書棚で“呪われし杖”のことを知ったに違いない」

 

 トロデーンの宝物である、杖のことが誰かの著書に書かれていたとしても何ら可笑しいことは無い。王族の宝物は、庶民にとって見ることの叶わない天上の代物だ。

 

 だからこそ、姿形を書き記した書物で知ることが彼等の娯楽となる。

 

 だが、マスター・ライラスの口ぶりからして、彼が例の杖について知っていることはまだ他にもあるだろう。自然と表情が固くなるトロデから矢継ぎ早に質問される。

 

「ライラス殿。あの杖は、一体何なのだ? 儂は先祖から引き継いだだけで仔細は知らぬのだ。ただ、『魔法結界の外に持ち出すべからず』という教えだけを守ってきた」

 

 トロデの言葉裏には、無知であった己を後悔する色が存在する。そんなトロデを見ていられるず、エイトが「陛下……」とつい声を漏らす。

 

 しょぼくれたように視線を下げるトロデーン主従を前にしてマスター・ライラスは、「知らぬのも致し方ないことと」と彼らを擁護した。

 そして彼は、元々彼等にそのことを話すつもりであったようで、書架へと向かったかと思えば、一冊の本を抜き取る。

 

 表示をめくって、目次も見ずに、目的の頁に辿り着いたマスター・ライラスの手馴れたその様子が、彼が何度もその本を開いたことを物語る。

 

 マスター・ライラスにとっても、この本は思い入れのある物なのだろう。

 

「呪われし杖は、“神鳥の杖”とも呼ばれていてな。この杖には、魔王ラプソーンの魂が封じられている」

 

「ま、魔王げすって!? そんな話、聞いたことがないでげす!!」

 

「それもそうじゃろう。ラプソーンが封じられたのは、気が遠くなるほど過去のこと。トロデーンは古より続く大国だ。そのため、奇跡的に王族が杖を管理することが出来たが、もし他の国が管理していれば奴の復活はもっと早かったことだろう」

 

 マスター・ライラスの口から語れる話は、あまりにも非現実的で、まだ魔物が蔓延るこの時間軸であったとしても、なかなか頷ける事ではなかった。

 

 魔物を率いる魔王という存在。

 

 それは、元々この世界ではなく、魔物達が生まれた原初の世界で座していた。

 

 しかし、その世界で力をつけた魔王は、己の世界と表裏一体の世界があることに気づく。神にも手が届くほどに、その世界で権威を振るっていたラプソーンは、その背中合わせになっている世界も掌中に収めようと目論んだ。

 

 だが、ラプソーンのその目論見は、表の世界───エイト達が住む世界にいた七人の賢者と神鳥によって阻まれることになる。

 

 元の世界で暴虐の限りを尽くしていれば、まだ延命しただろうに。魔王は、不相応な欲に溺れたせいで、七人の賢者と神鳥に敗れ、杖に魂を封じ込められてしまったのだ。

 

 ───その杖は、神鳥が拵えたことから神鳥の杖と呼ばれた。

 

「魔王の存在を覚えている者は、儂を含めた七人の賢者の末裔ぐらいだろう。一族で脈々と()の魔王の脅威を語り継いできただろうからな」

 

 マスター・ライラスが漸く、一段落ついたと口を閉じる。

 

 そこへ、グルッペンが自分が飲んでいたのとは別のティーカップに紅茶を注ぎ、マスター・ライラスに手向けた。

 

「翁、良かったら飲むかね?」

 

「嗚呼、頂こうか」

 

 グルッペンから差し出されたティーカップを素直に受け取り、マスター・ライラスは紅茶を口に含む。

 紅茶を淹れてから少々時間が経ちすぎていたこともあり、温度は生温くてしょうがなかったが、今のマスター・ライラスにはどんな紅茶も美味しく飲めた。

 

「では、翁が小休憩している間に私の話をしようか」

 

 マスター・ライラスが話している間、一言も口を挟まずに耳を傾けていたグルッペンが口角を上げて口を開く。彼は、エイト達が気になってしょうがなかった事柄について漸く口火を切ったのだ。

 

 魔王に操られているドルマゲスをたった一人で撃退したということを聞いたせいか、グルッペンを見る目が各々鋭くなる。

 

 この男は、明らかに実力者で、この場をあっという間もなく制圧することが出来る力を持っているのだ。まだ、グルッペンのことを何も知らないトロデーン一行にとって、彼を味方と判断出来ないのも無理からぬ話である。

 

 いつでもトロデの前に立てるようにと、エイトが重心を動かしている内に、グルッペンは話し始める───勿論、グルッペンは、彼等が己のことをこれ迄以上に一等警戒していることなどお見通しだ。

 

「私が生まれた世界は、此処とは常識が全く違う世界だ。だが、知らぬことを話したところで理解が出来るとは思えないから、貴殿らに関わることだけをピックアップしよう」

 

 白手袋に包まれた人差し指を楽しげに揺らして、尊大に足を組み替える。一国の王を前に取る態度とは言えず、エイトの目にはますます険が篭っていくが、それを見越しているらしいトロデに首を振られる。

 

『この者の話を黙って聞くのだ』

 

 暗にトロデからそう告げられているようなものだ。エイトは、無意識に腰元へと伸びていた手をそのまま腕組みさせた。きっとまた、彼が尊大な態度を取る度に得物へと手が伸びてしまうだろうから。

 

 そんな主従のやり取りを、鈍感な振りをして知らぬ存ぜぬを貫き通すグルッペンの厚顔さったらない。本心では、心の中でさぞ愉悦に喉を震わせている事だろう。

 

「私は、“魔王を封じた神鳥”によって、この世界に呼ばれた。『どうか、私の世界を救ってください。世界の要となる七人の賢者の末裔を無事守りきることが出来れば、元の世界へと貴方達を返しましょう』。少々省いていることもあるが、そのような事を言われて承諾をしない内にマスター・ライラス邸に連れていかれたという訳だ」

 

 グルッペンの話はとても簡潔なもので、彼がまだ何か隠していることは見え透いている。しかし、彼の身の上ではエイト達の敵になり得ないことも確かで、今出来ることといえば、その話を信じるしかないということだ。

 

 だが、やれやれと言わんばかりに続けられたグルッペンの愚痴を聞いて、トロデーン一行にも心境の変化が訪れる。

 

「まぁ、私もある意味被害者なのだ。縁もゆかりも無いこの世界を勝手に救えと連れてこられて、命を投げ出して強敵と戦えと言われてな」

 

 トロデーン命のエイトでさえ、この台詞でグルッペンのこの口振りには少し同情を覚えた。人情家のヤンガスや意外と優しいトロデなどは、二人揃って沈痛な面持ちだ。

 

 帰ることも出来ない異界人という立場は、彼等にとって効果抜群であった。

 

 

 

「ふむ。詰まりそなたの目的は、ライラス殿のようなドルマゲスに狙われている賢者の末裔を守ることなのだな」

 

「理解が早くて助かる────そこで、私から一つ提案があるのだが」

 

 その言葉と共にグルッペンは、優雅に腰掛けていた椅子から立ち上がる。

 

 顎を引いて、胸元に片手を添え、同情心でいっぱいのトロデ───ではなく、僅かにしか憐憫を抱いていないエイトの目を真っ直ぐに見据えたグルッペンは口角を上げた。

 

 急なグルッペンの動きに、エイトがすかさず腰元に差している剣へと手を伸ばす。

 

 だが、エイトから牽制を受けても、グルッペンは余裕綽々と言わんばかりに一切表情は変えない。

 

「諸君、私を仲間に入れてくれないだろうか?」

 

 エイトを見据えている、血のような暗さを持つ赤を愉しそうに細めて、胸に手を添えていた片手をエイトへと差し出す。

 

 刹那、トロデーンの近衛兵の脳裏に浮かんだ言葉は、“悪魔との取引”であった。

 

 それは、彼が人外じみた美を備えているからか。

 それとも、地に足のついていないような、何処か浮世離れした空気をその身に纏っているせいか。

 

 ───この人を、仲間に迎え入れるなんて……。

 

 僅かの時間の間に導き出される答えは、彼は仲間に引き入れるには危険が多すぎるということ。

 

 だが、エイトが声を出す前に、彼の手をぴょんと跳んで掴んだ人物がいた。

 

「勿論だとも。お主のような者が仲間になるのは心強い」

 

「ありがとうございます」

 

 エイトが敬愛してやまないトロデ、その人がグルッペン(悪魔)を仲間に入れると宣言したのだ。

 

 きっと、トロデのことだ。声には出していないが、元の世界に戻ることの出来ないグルッペンを憐れんで仲間に入れた節もある事だろう。

 

 そのエイトの推測を立証するように、「儂らと旅をしながら、元の世界へと帰るための別の手段を探すと良い」などと言っている。

 

 トロデのその甘さをこれ程に歯痒く思ったことは無い、とエイトはつい彼等から視線を逸らす。

 それに、ヤンガスが「兄貴……」と心配そうにしていたことは知らぬまま。

 

「これで、また一人家来が増えたの」とホクホク顔のトロデに、彼の家臣であることに誇りを持つエイトが水を差せるはずもなく、トロデーン一行はこうして、グルッペンを仲間として迎えることになった。

 

「……かしこまりました。グルッペン、どうか宜しくお願いします」

 

 エイトの目前にグルッペンが歩みよってき、胡散臭いほどに輝かしい笑顔で手を差し出すものだから、エイトもしぶしぶ彼と固く握手を交わした。

 

「此方こそ。貴方のような志の高い方の仲間に入れて光栄です」

 

 グルッペンは、穏やかにエイトと挨拶を交わす。一瞬意味深な笑みを浮かべて、その後声を出さぬまま小さく口を開閉した。

 

 兵士の基礎として読唇術を心得ているエイトは、グルッペンから受け取った秘密のメッセージにどくりと胸を高鳴らせる。

 

『忠犬も大変だな』

 

 それは、グルッペンという男の本性が垣間見得る、傲慢な感想だった。

 

 

 

 その後マスター・ライラスから、『失せもの探しの名人』と名高いルイネロのことを聞き、グルッペンを仲間に入れたトロデーン一行は彼の家へ突撃することにした。

 

 しかし、酔っ払っていたルイネロは話をまともに取り合ってくれず、そもそも占い家業なんてもう辞めたなんて言い出す始末。

 

 これは長期戦になるかもしれないと覚悟を決めるが、時間帯は既に逢魔が時を超えてとっぷりと日も沈んだ夜。

 

 結局、夜も遅いからと宿屋にチェックインしたのだが、そこへルイネロの娘が彼らの部屋を訪れたことから出来事は急展開を見せる。

 

「ワシは、戦争の資材集めに洞窟に潜るのは構わんのじゃが、人助けのために潜るなんて生産性のないことはしたくない」

 

「……なんか急にキャラが変わったみたいになったでげすよ」

 

 いつもは、エイト・ヤンガス・トロデで三人部屋を使っているのだが、グルッペン加入ということもあって、二人部屋を二つ宿屋で用意した。

 

 四人部屋もあったのだが、トロデの前で猫を被り、人畜無害そうなフリをするグルッペンとトロデを同室にする訳には行かず、トロデーン主従とヤンガス・グルッペンという部屋割りにしたのだ。

 

 因みに、ヤンガス・グルッペンの組み合わせにしようと言い出したのは、意外なことにヤンガスであり、彼は尊敬してやまないエイトが彼を余程警戒しているものだから、気を使って申し出たのである。舎弟の鏡でしかない。

 

 そして、今。

 彼等は、ヤンガス・グルッペンの部屋に集合し、ルイネロの娘から齎されたとあるお願いを前にして皆、一様に腕を組んでいたのだが、そこへ意外な駄々が投下されたのである。

 

「言っとくが、ワシはこう見えてヤンガス殿と歳は同じか、それ以上だからな」

 

 駄々を捏ねたのは、新参者のグルッペンだ。

 

 娘のお願いである『父の商売道具である水晶を、滝の洞窟に行って探し出して欲しい』を叶えなければ、彼等は稀代の占い師にドルマゲスの行方を探して貰えないのだが、そんなことは知らぬと言わんばかりの我儘であった。

 

「はぁあ!? 嘘を言うんじゃねぇでげすよ! どう見たって兄貴より幾つか上のあんちゃんでしょうが!!」

 

 年齢を武器に、洞窟に潜る元気さなんてないと訴えるグルッペンに、流石のヤンガスもジト目になる。オッサンと称すには、身体の節々に若さが漲っているし、何より肌の綺麗さったら女性とタメを張れる程だ。

 

 しかし、グルッペンは、チョイチョイとエイトの隣で腕を組んでいるヤンガスを自分が腰かけているベッドの傍に来いと手招きするので、仕方なく彼の手招き通りに寄ることにした。

 

 傍まで来たヤンガスの耳元に片手を当てて、口を寄せたグルッペンはごにょごにょと何かを言っている。終いには、「嘘でげす! そんな筈がある訳……!?」などのヤンガスのオーバーなリアクションばかりが繰り返された。

 

「……エイト、グルッペン抜きで行ってくれるか? 儂はこ奴と留守番しておるわ」

 

 ヤンガスとグルッペンが妙に話し込んでいるのを見ながら、トロデがとんでもない提案をしてくる。いつもなら、自分のことは棚に上げて、「我儘を言うでない!」くらいは言いそうなのに。

 

 妙にグルッペンには甘いトロデに、エイトはますます危機感を募らせる。あの男にまんまと騙されている主の目を覚ましたいが、今のエイトには、彼の異常さを申し立てる証拠が無い。

 

 まだ現状で騒ぎ立てるのには分が悪いと、エイトが奥歯を噛み締めて逸る気持ちを抑えた。

 

「しかし……」

 

「お主がグルッペンを怪しんでおるのは分かっておる───今のお主に儂が言ったところで納得せんじゃろうが、彼奴はそこまで悪い人間では無いだろう。少々、捻くれているようじゃがな」

 

 エイトは瞠目した。

 まさか、トロデにグルッペンへの警戒心を見抜かれているとは思ってもいなかったのだ。

 

 達観とした横顔をエイトに披露しながら、「こればっかりは、年の功という奴じゃよ」と頼もしい台詞をトロデは続ける。

 

「そなたの疑念は、彼奴と行動することで自然と溶けるじゃろう。それまでは───とくと見ておるが良い」

 

 そんな意味深な台詞を吐き終わったら、トロデは自室へと戻って行く。扉を開けて、廊下へと出ていく主の後ろ姿にエイトも慌てて付いていけば、「ミーティアの様子を見てくるわい」とのこと。

 

 親子水入らずを楽しむと暗に告げられたエイトは、流石にそれ以上トロデについて行くことも出来ずに、扉前に佇むことになった。

 

 ふと、背後を振り返ってみれば、グルッペンとヤンガスが妙に静かに盛り上がっている。いつの間にか、ベッドの脇に設置されている小テーブルには、蓋の空いた瓶ビールと二つのグラスが鎮座していた。完全に酒盛りを始めてやがる二人に、エイトは知らず溜息を吐く。

 

(今は、陛下とヤンガスを信じるしかない、か。うん、何かあれば、僕が陛下と姫様の盾になれば良いのだから)

 

 

 翌日、二日酔いで頭を抱えているヤンガスと連れ立ってエイトは、早朝より滝の洞窟へと向かった。

 

 宿屋に残してきた二人の王族と悪魔のことが気になって、後ろ髪を引かれる思いが募るが、早く終わらせればこの憂いも断ち切れると歩くがどんどん早まっていく。

 

 最終的には、小走りになって滝の洞窟へと直行するエイトに、ヤンガスが白目を剥きながらついて行ったのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 




DQ8登場人物紹介(No.2)
トロデ
トロデーンの現国王。ドルマゲスに呪いをかけられたせいで、魔物の姿へと変えられた。ゲーム中では、その姿のせいで街中に入ることは出来ないようになるが、グルッペンが宿屋の主人を説き伏せたこともあって、トラペッタでは居場所を確保。基本、無害なエイトが時たま暴走することに肝を冷やす。グルッペンには、国王としての勘が働いており、「敵にするよりも味方として傍に置いておいた方がマシ」という評価を下していたりする。


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