この小さな母娘に幸福を! (赤いUFO)
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新しいスタート

時期はカズマたちが屋敷に引っ越してすぐ。


 気がつけば、知らない部屋にある木製の椅子に座っていた。

 長く伸ばされ、切り揃えられた黒髪。

 十代の愛らしく整えられた顔立ちは、このままいけばかなりの美人になることが予想される。

 着ている服が上質の和服ということもあり、日本人形のような美が既に少女にはあった。

 寝起きのような表情で顔を上げると、そこには見覚えのない、和装の少女より年上の少女が座っていた。

 

「白河凉葉さん。ようこそ、死後の世界へ。貴女はつい先程、不幸にも亡くなりました。貴女は死んだのです」

 

 長い銀髪にローブを纏った少女は凉葉に哀しげな眼で告げる。

 

「死ん、だ……?」

 

「はい。お亡くなりになった時のことを覚えていますか?」

 

「亡く、なったとき……────っ!?」

 

 記憶を掘り返し、ここに座る前のことを思い出す。

 すると、凉葉はその場で嘔吐し出した。

 

「凉葉さん!」

 

 突然吐いた少女に駆け寄り、銀の少女は背中を擦る。

 

「落ち着いて下さい! 大丈夫! 大丈夫ですよ」

 

「す、みません……」

 

「いいえ。あのような亡くなり方をしたのですから、その反応も仕方のないことです。こちらこそ、配慮が足らずに申し訳ありません」

 

 凉葉の口元をハンカチで拭ってくれた少女。

 そこで凉葉は重要なことを思い出して相手の腕を掴んだ。

 

「あの子……わたしの子はっ!?」

 

 若くして少女が産んだ命。

 死ぬ直前まで腕で抱いていた大切な娘。

 

「凉葉さんのお子さんは貴女がお亡くなりになった時に。残念ですが」

 

「そんな……」

 

 座り直し、身体を大きく震わせる凉葉。

 しかし少女はすぐに笑みを浮かべる。

 

「ですが、安心してください。本来なら、別々に案内されるのですが、娘さんが赤子なのを考慮し、死後の選択を凉葉さんに委ねるつもりです。ほら」

 

 少女が指を鳴らすと凉葉の胸の位置が光だし、何かが出てくる。

 

「あ────陽愛(ヒナ)!」

 

 凉葉の腕に現れたのは、彼女の娘だった。

 安堵の笑みを浮かべて愛しそうに頬ずりする凉葉。

 

「落ち着きましたか?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「それでは先ず自己紹介を。私はエリス。若くして亡くなった魂を導く女神です。本当は少し管轄が違うのですが、色々と事情がありまして。私が貴女方の担当をさせて頂きます」

 

「はぁ」

 

 凉葉にはその事情というのはよく分からないが、とりあえず頷くことにする。

 そこからエリスと名乗った女神の話が続いた。

 

「お2人には、この後、幾つかの選択肢が用意されています。1つめは、新しい命として元の世界でやり直す、俗に言う転生、ですね。そうなると勿論生前の記憶は消されてしまいますし、お子さんである陽愛さんとの接点も無くなってしまいますが」

 

 娘との接点が無くなる。そう言われて凉葉はギュッと陽愛を抱き締めた。

 その姿を微笑ましく見つめながらエリスは次の選択肢を告げる。

 

「次は、天国に行く選択です。とは言っても、天国は貴女方が想像するような楽園ではなく、完全に停滞した世界。やることは精々天国に行った方々とお喋りするくらいで、これといって変化はもたらしません。簡単に言えば、娘さんである陽愛さんが赤ちゃんから成長することのない世界です」

 

 停滞しているのだから成長もない。それを想像して凉葉は身震いする。

 

「そしてこれが最後の選択肢。元居た世界とは別の世界への転生。いえ、この場合転移、でしょうか? そこで今のまま送られることです。天国と違って時間は流れますので陽愛さんも凉葉さんも成長します。ですが────」

 

 一度言葉を切り、険しい表情で再び口を開く。

 

「そこは、魔王やモンスターが存在する大変危険な世界です。正直、か弱い貴女が生きるにはとても……」

 

 沈痛な面持ちで告げる。

 きっとその世界で赤子を連れて生きるのはさぞ大変なのだろう。それでも────。

 

「行きます。その世界に」

 

「……宜しいのですか? 本当に危険な世界なんですよ。もう少し考えても」

 

「わたしは、この子のお母さんです。あのときは守れなかったけど、今度はちゃんと守って育ててあげたいんです」

 

 短い言葉ながら、強い意思を秘めた瞳。いや、この場合子供の意地だろうか。

 それでもその選択をしたのならエリスには彼女たちの運命を否定する権限はない。多少のテコ入れはさせてもらうが。

 

「分かりました。では次に、世界へ送る前に特典を選んで下さい」

 

「特典?」

 

「はい。あちらの世界に送る際に特殊な能力やそうした能力を宿した道具や武具などが送られます」

 

 冊子を渡されて凉葉はそれを捲る。

 中身は中々に解りやすく書かれており、あまりゲームなどに縁のなかった凉葉でも大まかに理解できた。

 

「あ、それじゃあ、これを……」

 

「良いんですか? あまり有効な特典ではありませんよ。というか、向こうでも修得可能な技術ですし」

 

 それは、治癒系の特典だった。

 しかし最初から医療系の術が使えるとはいえ向こうでは難なく習得出来るものばかり。はっきり言って特典として選ぶには少々勿体ない。

 

「はい。陽愛が怪我や病気をしたらすぐに治してあげたくて」

 

 つまり、自分ではなく子供のためにその特典を選んだらしい。

 そんな凉葉にエリスは微笑みながら彼女のお腹に手を当てる。

 

「私からの餞別です。傷ついた貴女のお腹。治しておきますね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「いえいえ」

 

 若くして子を産んだ凉葉は2度と子を成せない身体だったのだが、この女神は善意で治してくれるようだ。

 

「それでは向こうへ送ります。あちらに着いたら、クリスという盗賊(シーフ)を頼ってください。きっと力になってくれる筈です。貴女たちの第2の生が、幸あらんことを願っています」

 

 エリスが手を翳すと、白河凉葉と白河陽愛は、ここではない何処かへと送られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 送られた先に見えたのは見知らぬ町だった。

 

「ここが……」

 

 中世のような町並みと人々の格好。これでは、和服を着ている凉葉の方が異様だろう。

 キョロキョロと辺りを見渡していたからか。それとも見慣れぬ衣装のせいか。もしくは若い娘が赤子を抱いているからか。

 なんにせよ余計な注目を浴び始めており、どうすべきか凉葉は迷う。邪魔にならないように道の端に体を縮める。

 

「クリスさんって方には、どこで会えばいいんでしょう?」

 

 女神エリスが言っていたクリスという人物。そもそも身体的特徴すら聞いていないため、誰がそうなのか、何処に行けば良いのか判断できない。

 どうすれば良いのか判断出来ずに迷っていると、凉葉に近付いてくる集団がいた。

 

「おいおい見慣れねぇ嬢ちゃんだなぁ。見たこともねぇ格好だし……」

 

 日がまだ高い内に酒臭さを隠そうともせずに近寄ってきた薄汚れた皮製の鎧を着た男が3人。

 物珍しい格好をして赤子を抱えている凉葉に絡んできた。

 

「妹の面倒かぁ! 偉いなぁ、おい!」

 

 言葉だけ聞けば赤子の面倒を見ている凉葉を褒めているように聞こえる。だが、その声音からは酔った勢いで子供をからかっている様子が感じ取れる。

 そうでなくともそれなりに鍛えられた青年男性に囲まれて警戒しない程、凉葉は純心ではなかった。

 

「なんなら、俺たちがママのところまで案内して────」

 

 言うや、男の手が凉葉に伸びる。

 その指が触れた瞬間、ゾワッと嫌な記憶が蘇った。

 

 ────いや! 嫌です! 止めてください! 助けて!! 助けて兄様っ!?

 

 ────痛いの! ほんとうに痛いの! もうやだぁああぁあああっ!? 

 

「おいおい! お前が恐がらせるからブルッちまったぞこの娘!」

 

「このまま漏らしちまったらどっちが赤子(ガキ)だかなぁ!」

 

 酔って気が昂っているのか、爆笑する3人。

 そこで、凉葉の手を掴んでいた男の腕を別の細い腕が掴む。

 

「悪いんだけど、あたしのツレにこれ以上絡むのは、止めてくれないかなぁ?」

 

 現れたのは身の軽そうな服を着た短い銀髪の凉葉より年上の少女だった。

 その姿は違う筈なのに、見たイメージからか、凉葉は思わず口に出した。

 

「エリス、様?」

 

 そう呼ばれて銀髪の少女が驚いて動揺する。

 

「ち、違うよ! あたしはクリス。キミのことを頼まれて迎えに来たんだ」

 

「え? は、はい! すみません! よく似ていたからつい……」

 

「そう思ってくれるのは嬉しいけどね!」

 

 あははと笑うクリスはすぐに凉葉から手を放させて抱き寄せる。

 

「とにかく、この子はあたしのツレだから、邪魔しないでね」

 

 そのまま背中を押してその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴメンね、遅くなっちゃって。ちょっと説得に手間取っちゃって」

 

「いえ。助けていただいてありがとうございます」

 

「うんうん! ちゃんとお礼が言える子は好きだよ。それでさ、これからのことなんだけど……」

 

 話題が凉葉の今後になり、顔を引き締める。

 

「本当なら()()()()()()()()は、冒険者ギルドで冒険者として登録するのがセオリーなんだけど、さすがに少なくとも今は難しいでしょ? あ、ちなみに冒険者っていうのは」

 

 クリスによる冒険者の説明。

 主にモンスター退治や遺跡の調査。危険が無いなら日雇いのアルバイトまで請け負う何でも屋、らしい。

 しかし、まだ子供であり、子を抱えている凉葉にはかなり難しいだろう。出来ても接客業か内職か。

 

「確かに……難しいかもしれません。でも────」

 

 それでも、この世界で生きていくと決めたのだ。無茶でも何でもやらなければならない。

 そんな凉葉の意気込みに苦笑しつつ話を続ける。

 

「本当なら頼まれたあたしが面倒見るべきなんだろうけど。あたしもしょっちゅう何処かに行っちゃうから現実的じゃないし。それでね。知り合いのパーティーに面倒見てもらえるように頼んだから。あの屋敷ならキミたちくらい住まわせられるし。ちょっと個性的だけど、みんな良い人たちだから」

 

「あ、ありがとうございます。何から何まで」

 

「いいよいいよ。その代わり、家事なんかはやってもらうことになるかもだけど」

 

「大丈夫です。家事は嫌いじゃありません。家で仕込まれて得意な方です!」

 

 そう言うと、クリスがえらいえらいと頭を撫でてくる。

 こうして人に頭を撫でられたのは何年ぶりだろうか? 

 

 そうして少し歩いたところにある店に着く。

 クリスに入って、と促されるままに酒場へと通されると、そこには多くの人で賑わっていた。

 戸惑っている凉葉に、クリスを呼ぶ声が響く。

 

「ちょっとクリス! 遅いじゃない! アンタが奢ってくれるって言うから待ってたんですけど!」

 

「あー、はいはい。今行きまーすっと」

 

 こっちだよ、クリスに案内されるままに声のしたテーブルへと向かう。

 

 座っていたのは4人の男女だった。

 左から緑色の冒険者服を着た中肉中背の少年。

 その隣に小柄で赤いローブを着た少女。

 次に先程クリスを呼んだ水色の髪を持つ少女。

 最後に高価そうな鎧を着込んだ金髪の美女だった。

 凉葉も、クリスに促されるままに座ると金髪の女性が口を開いた。

 

「クリス……その子が?」

 

「うん。この街に着いたばかりで右も左も分からないからさ。しばらく面倒見てあげてほしいんだよね。さすがに赤ちゃんごと馬小屋生活させる訳にはさ」

 

 クリスの言葉に反応したのはこのテーブルで唯一男である少年だった。

 

「あー確かになー。俺はいいぞ。クリスにも何だかんだで世話になってるしな!」

 

 散々馬小屋で過ごした少年としては、少女と赤ん坊をそんなところに置くことになると不憫になる。最近、周りから不名誉な通り名を付けられている少年だが、根は善人なのだ。

 

「そうですね。まだ寒さが続くでしょうし。凍死する可能性もあります。私も賛成です」

 

 と、小柄な少女も賛成の意を告げる。

 凍死、という単語に肩を小さくした凉葉が精一杯に話す。

 

「あ、あの……わたしに出来ることなら何でもします。家事とかも頑張ります。ですから……」

 

 などと捨てられまいとする子犬のような目をされれば庇護欲も生まれるというものだ。

 しかしそこで水色の少女が勢いよく立ち上がった。

 

「出来ることなら何でもするって言ったわね! なら、今からアクシズ教団に入団してこの女神アクアを讃えなさい! そうすれば貴女の生涯に────」

 

「やめんかっ! いたいけな少女を悪徳勧誘するんじゃねぇ!」

 

 少年が水色の少女の頭を叩く。

 

「いったーい!? 何すんのカズマ! っていうか悪徳勧誘ってなによ! 私親切で勧めてるんですけど!」

 

「バカかこの駄女神ィ! 俺がこの世界に来て、アクシズ教団とか言う連中のまともな噂なんて聞いたことねぇんだよ!! 大体、アクア! お前がシンボルってだけで、怪しいこと確定じゃねぇか!」

 

「何ですってこのヒキニート!」

 

 などと2人が言い合いを始めると残りの2人はまたかとばかりに息を吐く。

 しかし、その騒がしさに当てられたのか、今まで大人しかった陽愛が急に泣き出し始める。

 

「びぇええぇええええんっ!?」

 

「あ、陽愛! ごめん、今は大人しくしてて、ね?」

 

 必死になってあやしている凉葉を見てカズマと呼ばれた少年とアクアと呼ばれた少女はバツが悪そうにケンカを止める。

 

 少し時間をかけて泣き止んだ陽愛。仕切り直すように自己紹介を始める。

 

「俺はサトウカズマ。冒険者で、一応このパーティーのリーダーをやってる」

 

 よろしくな、と笑みを浮かべて当たり障りのない挨拶をするカズマ。

 

「私はアクア! アークプリーストよ! そしてその正体はアクシズ教団が崇める女神アクア様よ! 存分に敬いなさい!!」

 

『という設定』

 

「ちっがうわよっ!! 女神だから! 私本物の女神ですから!」

 

 3人がハモるとアクアが泣きそうな顔で抗議する。

 

 そして隣に座っていた小柄な少女が立ち上がり、わざわざマントを大きく翻させた。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一のアークウィザードにして爆裂魔法を操る者!」

 

 言った、とばかりに満足そうな笑みを浮かべるめぐみん。

 どう反応するべきか迷っている凉葉にクリスが耳打ちする。

 

「彼女たち紅魔族は独特の感性とちょっと変わった名前を持ってるの。別にふざけてる訳じゃないからね」

 

「おい聞こえてるぞ。我が一族のどこが独特なのかゆっくり聞こうじゃないか」

 

「めぐみんステイ!」

 

 杖をクリスに向けるめぐみんをカズマがなだめる。

 

「私はダクネス。クルセイダーだ。剣は()()苦手だが、防御には自信がある」

 

 4人の自己紹介が終わり、凉葉に回ってきた。

 

「シラカワスズハ、と申します。この子はヒナ、です。よろしくお願いします!」

 

 頭を下げるスズハに苦笑しつつカズマがあいよ! と答えた。

 

「それにしても、そんな小さな妹さんを抱えて、偉いな」

 

 カズマのその一言にスズハは、あ!と言い忘れていたと訂正する。

 

「この子は、妹じゃありません。わたしの、娘です」

 

『………………えぇ!?』

 

 カミングアウトにカズマたちと聞き耳を立てていた酒場の客たちが仰天した。

 

「いやいや! だってお前どう見てもめぐみんより年下だろ! いったい幾つだよ!?」

 

 年齢を訊かれてスズハは恥ずかしげに、ボソボソとした声で返した。

 

 

 

「11歳……です…………」

 

 

 

 酒場で2度目の驚愕が起こった瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




続けるならカズマ×スズハの予定。


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新しい家で

とりあえず続き完成。連載にしたけどどこまで続くかは不明です。


「それじゃあスズハについては、あたしもちょくちょく様子見にくるからさ!」

 

 よろしくね、と夕方になった酒場で飲み食いを終えて別れようとするが、カズマの傍に寄って小声で話しかける。

 

「カズマ。言っておくけど、くれぐれもスズハにいかがわしいことなんてしちゃダメだよ? 具体的には、スティールでパンツ盗ったり」

 

「いやしねぇよ!? いくらなんでもあんな子にそんな真似出来るほど堕ちてねぇから!」

 

 クリスの忠告にカズマは全力で否定する。

 カズマが使うスティールの特徴として女性に使うと何故か高確率でパンツが盗れる、という特徴がある。

 さすがにあんな娘に使おうと思うほどカズマも鬼畜ではない。

 異性に使うとしても、何らかの制裁か自衛。もしくは酔った勢いくらいだろう。

 クリスも被害者第1号としてふーんと疑いの眼差しを向けるが、頼み込んだ手前か、それ以上何か言うことはなかった。

 

「でも、本当にお願いだよ? あの子も、色々と大変なんだから」

 

「まぁ、あの歳で子供がいるくらいだからなぁ……」

 

 細かな事情こそ聞いてないが、何かしら人に言えない、言い辛い事情を抱えていることくらいは分かる。

 そしてあの服と名前からしておそらくは────。

 

「任せとけ。頼まれたからには出来る限りやってみるわ」

 

「うん。お願い」

 

「……やけにあっさり引き下がるじゃねぇか。人をパンツ泥棒の疑惑かけといて」

 

「心配事がないわけじゃないけど。カズマは何だかんだで人が良いからね。これでも信頼してるんだよ。ダクネスたちも居るし」

 

「へーへー。精々信頼を裏切らないようにしますよ」

 

 拗ねるようなカズマの態度にクリスは小さく笑う。するとスズハが心配そうな声で話しかけてきた。

 

「あ、あの……アクアさんは大丈夫なんですか?」

 

「オロロロロロロッ!!」

 

 盛大に公衆の道に吐いているアクアをめぐみんが背中を擦っている。

 その姿にカズマは舌打ちした。

 

「ったく……おいアクア! だから飲み過ぎるなって言ったろうが!!」

 

「うっさいわね! しょうがないじゃない! 最近あんまりシュワシュワ飲めなかったんだから! それにクリスの奢りなのよ! 思いっきり飲まなきゃ損じゃな────おえーっ!?」

 

 喋っている最中に吐き気がきたらしく、再び吐くアクア。アレだと折角今日胃に収めた食事を全て吐き出してしまうかもしれない。

 ちなみに、クリスの財布はかなり軽くなったことを明記しておく。アクアの飲み代で。

 そこで思い出したのか、クリスがスズハに小さな袋を渡した。中を見るとこの世界の通貨が入っている。

 

「これから何かと物要りでしょ? 当面必要な物をそれで買い揃えてね。価値が分からなかったらカズマに相談して」

 

「も、貰えません! もうたくさんお世話になってるのに!」

 

「子供がそんなこと気にしないの! それに、スズハだけじゃなくてヒナにも色々と必要でしょ? これはその為のお金」

 

「あ……」

 

 この世界のお金を当然持っていないスズハに物を買うことは出来ない。とある理由でカズマたちには余裕がない。故にここはクリスが出すのだ。

 スズハは貰った袋を大事そうに手にする。

 

「大切に、使わせてもらいます」

 

「うん。そうしてくれると嬉しいな」

 

 そうしてクリスがスズハの頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたぞ、ここだ」

 

「え……?」

 

 案内されて着いたのは大きな大きな屋敷。スズハは目を大きく上げる。

 アクセルの街中で見た建物より数倍は大きな家。

 クリスがスズハたちを住まわせても問題ないと言っていたのでそれなりに大きな家を想像していたが、これは大きく上を行っていた。

 

「もしかして、皆さん、良い身分の方なのですか?」

 

 スズハの質問にカズマが苦笑する。

 

「この家は貸し家だよ。以前依頼でちょっとな。安く貸してもらってんだ。俺たちは日々の暮らしが精一杯の駆け出し冒険者さ」

 

 変に強がることでもないのでカズマは正直に話す。

 それに歩いている内に復活したアクアが口を出した。

 

「まったくカズマったら甲斐性がないんだから。本来、女神であるこの私にこんな貧しい生活させるだなんて許されないんだからね」

 

「やかましいわこの駄女神! 誰のせいであんな借金背負うことになったと思ってんだ!!」

 

「わ、私のせいだっていうの!? あの水だってカズマの指示で出したんじゃない!」

 

「限度があるわ! 街の門をぶっ壊す指示なんて出してねぇ!!」

 

 言い争う2人にスズハは困惑するが、めぐみんとダクネスが放っておいて良いと言うのでとりあえず中に案内された。

 そこでめぐみんが話を振る。

 

「そういえば、その子、ヒナは幾つなのですか?」

 

「3ヶ月と少し、になりますね」

 

「3ヶ月ですか。妹が小さかった時のことを思い出します」

 

「ん? めぐみんには妹がいるのか? 初耳だぞ」

 

「えぇ、いますよ。7つの」

 

「きっと、めぐみんさんに似てかわいらしい妹さんなんでしょうね」

 

 などと世間話をしているとめぐみんがふむ、と別の話を振ってきた。

 

「ところで、ヒナのことですが。どうにも名前が味気無いと思いませんか?」

 

「はい?」

 

 いきなりかなり失礼なことを言われたが、怒るより先に戸惑いの方が強い。

 

「もっとこう、かわいらしかったりカッコいい名前にしたいと思いませんか!」

 

「えーと……」

 

 歳上の少女にやや強い口調で問われて本当に戸惑うしかないスズハ。

 なにやら思案するように目を瞑る。

 そして目を開けると自信満々にヒナを指差す。

 

「そう、ナンナンなんてど────」

 

「やめんかっ!!」

 

 玄関の外でケンカをしていたカズマが勢いよく入ってきて、めぐみんの頭を叩く。

 

「いきなりなにするんですかカズマ!!」

 

「アホかぁ!! お前人様の名前を何勝手に改名しようとしてんの? バカなの? っていうかお前が名付け親とかもはや犯罪だからな!」

 

「おい。私が名前を付けるだけで犯罪とはどういうことか聞こうじゃないか」

 

 今度はめぐみんとカズマが言い合いを始める。

 その間にダクネスがスズハにフォローを入れた。

 

「すまないな。別にめぐみんも、本気でヒナの名前に文句があるわけじゃないんだ。あれは、まぁ、めぐみんなりのスズハがここに馴染むためのコミュニケーションだと思ってくれ……たぶん」

 

 最後の方にやや自信なさげにするところが微妙に台無しである。

 そこでアクアも話に入ってくる。

 

「そうよ! めぐみんに付けさせるくらいならこの女神アクア様が命名してあげるわ! そしてゆくゆくは敬虔なアクシズ教徒になるんだから!!」

 

「だからやめろ、つってんだろうがぁ! つうかツッコミが追い付かねぇんだよぉおおおおおおっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空いていた部屋に案内されて元からあったこの屋敷に置いてあったらしいベビーベッドにヒナを寝かせて倒れ込むようにスズハもベッドに上半身を預けた。

 

 今日1日で色々なことがあり、スズハの処理能力を大幅に越えて感情が追いつかない。今はただ、寝床があることにだけ感謝をしていた。

 

 喉を撫でる。

 記憶にある限り、研がれた包丁で最後に刺された場所。

 あの人に泣きながら襲われ、殴られ蹴られて。腕やお腹を刺された痛みが記憶として甦る。

 その記憶に苦い表情になりながらも大人しく眠っている娘の額にキスをし、その寝顔に頬を綻ばせた。

 

「今度こそ……今度こそおかあさんが守ってあげますから……ね」

 

 あの時に出来なかったことを今度こそと誓う。

 すると、ノックする音がした。

 

「俺だ。カズマだ。ちょっといいか?」

 

「はい! 開いてますから、どうぞ!」

 

 ガチャッとドアノブが回り、カズマが入ってきた。

 

「どうだ。何か不満とかあるか?」

 

「いえ。こうして屋根のあるお家に入れてくれただけでも充分です。本当にここに来たばかりの時はどうなるかと思いましたので」

 

「そっか。そうだよな」

 

 下手したら、本当に馬小屋か路上で生活する羽目になっていたところなのだ。こうして寝床を確保出来ただけでも幸運と思っている。

 一度コホンと咳をするポーズをして、本題に入った。

 

「ところでさ……もしかして、スズハって元日本人の転生者なのか?」

 

 カズマの言葉にスズハは目を瞬きさせる。その反応に十中八九そうだろうと思っていたことは確信に変わった。

 

「そっかぁ。やっぱりか! あ、でもアクアが俺と一緒にこっちへ来たから誰がスズハを送ったんだ? あの天使さん?」

 

 カズマが思い浮かべたのは自分とアクアをこの世界に送った天使。しかしスズハの答えは違った。

 

「いえ。わたしたちをこちらに送ってくれたのは、エリス様という女神の方です。長い銀の髪を持った綺麗な方でした」

 

「エリス様!?」

 

 意外な名前にカズマは驚く。

 以前1回だけ会ったアクアとは正反対の理想の女神然とした少女。ぶっちゃけアクアとチェンジ出来ないかと本気で悩んだものである。

 

「アレ? でもあの人ってこっちでモンスターに殺された奴の案内が仕事じゃ……あーでもアクアの後輩だって話だしその関係か……?」

 

 などとぶつぶつ言っているカズマを不思議そうに見ているスズハ。

 その視線に気付いてカズマが思考を打ち切る。

 

「あーわるい。でも驚いただろ? こんなゲームみたいな世界に来て。でも運も良かったと思うぞ。俺の時なんて本当に悲惨で……」

 

 この世界に来てからのバイト生活や巨大なカエルを相手に四苦八苦していた頃を思い出してげんなりする。

 そこである疑問が過る。

 

「そういや、スズハはこっちに来た時に転生特典貰ったよな? 俺はアクアをこっちに連れて来たんだけど」

 

「えーと、はい。一応は。というより、どうしてアクアさんを?」

 

「いや。俺が死んだときのあいつの態度があまりにもムカついたから。嫌がらせで。それと、あんなんでも女神だから楽させてもらえそうだなとも。全然そんなことなかったけどな」

 

 むしろ、トラブルのオンパレードだったと愚痴る。

 

 スズハは、こちらに来て付けていた腕輪を見せた。

 

「これですね。治癒の腕輪、だそうです。効果は、この世界の中級までの怪我や病気を治す中級魔法までなら魔力? というものを消費して扱える、らしいです」

 

 頭に記憶されている情報をそのまま読み上げる形で説明する。

 カズマは感心したように腕輪を見ている。

 

「へー便利そうだな。でもそれって、こっちのスキルで覚えられるってことだよな? 他にはなかったのか?」

 

 以前会った転生者は、何でも斬れる魔剣を所持していた。それに比べると便利そうではあるが少々格落ち感がある。

 だが、その疑問はすぐに氷解する。

 

「だって。この子が怪我や病気になったりしたらすぐに治してあげたいじゃないですか」

 

「なるほど」

 

 この短い時間でなんとなくだが、特典を選んだ基準には納得出来た。

 

「まぁ、なんだ。この世界、かなりゲームっぽいところもあるから。レベルとか冒険者カードとか。慣れればそれなりに楽しいと思うぞ」

 

「すみません。家の方針であまり、そうしたものに触れたことがなくて。出来れば追々教えて頂けると」

 

「マジかよ……」

 

 この年頃ならゲームとかは無条件で好きなものだと思っていたカズマは天井を仰ぐ。

 そして平然と高そうな和服を着ていることから良いとこの生まれなのかな、と考えた。

 

「その格好とか。もしかして、結構なお嬢様だったりするのか?」

 

「お嬢様、かどうかは分かりませんが。地元では1番大きな家だったと思います。そのせいか、習い事も多くて」

 

 

 聞く限り、かなり厳しい家柄だったのではとカズマは推測する。この世界ではあまり意味がないが。

 

「それならさ、兄弟姉妹(きょうだい)は居たのか?」

 

 その質問をした瞬間、スズハの空気というか、雰囲気が変わったような気がした。

 握った手は僅かに震えていた。しかし口から出された声は冷たいと感じるほどに平淡で。

 

「わたしに兄弟姉妹(きょうだい)なんていません」

 

 全ての感情を押し込めたかのような声だった。

 

「スズハ?」

 

 そのあまりの変わりようにカズマはスズハの腕に手を伸ばした。

 しかし、その手が触れた瞬間。

 

 パシンッ!?

 

 スズハはカズマの手を強く弾いた。

 

「あ────」

 

 その行動にスズハ自身も驚き、唖然とした表情になっている。

 

「ごめんなさい。男の人に触れられるの、苦手で……その……」

 

 何か言葉を重ねようとしたが、諦めたように目を瞑り。

 

「今日はもう、休ませてもらっても構いませんか? 今日、色々あって……」

 

「あ……そうだな。何かあったら呼ぶから。そっちも何か用が出来たら遠慮なく言ってくれ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 教育に依るものか、恭しく頭を下げるスズハ。カズマが出たのを確認して自らの震えを抑えるように体を抱き締める。

 

「駄目ですね、わたし……」

 

 こうして、シラカワスズハが異世界に来て1日目の夜が過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ダクネスの変態っぷりをどこで入れるか迷ってる。


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幼女おかあさんの友達

スズハの一人称を私からわたしに変更しました。書いていて思うけどこのオリ主、子供らしさがどこにもない。



「ふぅ……」

 

 再び自らの世界へ生を受けることを望んだ魂を送り、エリスは小さく息を吐いた。

 最近、あまりにも人口が減り続ける自分の管轄世界。

 いつまでも倒されない魔王。

 心配事は山程あるが、目下エリスが気にしているのはつい最近自分の管轄世界に送った幼い母娘の事だった。

 彼女を信用できる相手に預けてから向こうの世界では僅かな時が経過した。

 エリスも正体を隠して時折様子を見に行くと、まるで花が咲いたような笑顔で歓迎してくれる。

 あの街で上手く生活しているらしく、見た目の儚さに反して順応力は高かったらしい。

 

 エリスは、白河凉葉がどんな人生を送り、生涯を終えたのか知っている。

 エリスは別段、彼女が世界一不幸だったとは思わない。

 だが同時に、同情を禁じ得ない程に報われない一生だったとは思う。

 立場上、個人に肩入れするのは褒められた事ではないが、一度関わってしまった手前、どうにも気にかけてしまうのだ。

 だからこそ彼女は本来の魔王討伐の任を彼女には科さず、ただ幸せになってほしいと願っていた

 

「本当に頼みますよ。アクア先輩。めぐみんさん。ダクネス。カズマさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうなんだよ? カッズマくーん」

 

「いや、何がだよ?」

 

「惚けんなよ。お前らが面倒見てる例の子のことだよ」

 

「あぁ……スズハか……」

 

 絡んできたダストの質問に納得したようにカズマは頷く。

 スズハが来て数週間。彼らの生活にはそれなりに変化をもたらしていた。

 

「最近、クエストが終わったら酒場にも寄らずにせっせと帰っちまうし。なんだ? あの子がそんなに恋しいのか~?」

 

 からかってくるダストを煩わしげに眉をしかめた。

 しかしすぐにふっ、と鼻で笑い、自慢げな顔になった。

 

「あー恋しいね。だってスズハが夕飯用意して待っててくれてるからな!」

 

「あん?」

 

「クエストから屋敷に帰ると毎日スズハが夕食作ってくれてるんだよ。いつもは適当に済ませるか酒場で飲み食いしてたけど、家庭の味っつうの? 毎日食うなら酒場よりあっちの方がいいな」

 

 別段スズハの料理の腕が一流料理人とかではなく、思い起こさせるのはかつて日本で当たり前であった母の作った料理。

 あの時は有り難みなどまったく感じなかったそれが、今は恋しく思える。スズハの料理にはそれを思い出させてくれるものだった。

 何より、酒場に寄らず自炊していることで節約になっていることも地味に助かっていた。

 

「それに、いつも弁当を用意してくれてな! 炊事、洗濯、掃除も率先してやってくれるお陰で屋敷の中も綺麗になってんだよなぁ」

 

 当然カズマたちも掃除などはしていたが、自分とみんなが使うスペースのみで、他はほとんど手を付けていなかった。

 洗濯も洗濯機のないこの世界で洗濯桶と板を使いこなしている。

 ヒナの世話をしながら、だ。

 

 その家事能力(スキル)の高さから11歳だとは思えず、実はスズハの転生特典は治癒の腕輪ではなく若返りとかだったんじゃないかと勘繰った程だ。

 

「最近じゃ内職まで始めて、何時寝てんだよって感じだな」

 

 ちなみにアクアに肩を揉まされてたり、めぐみんの日課である爆裂魔法を撃って動けなくなっためぐみんを運んで帰ってきたり、ダクネスやカズマの用事に嫌な顔1つせずに付き合ったりしている。

 などと得意気に話していると羨ましそうにするどころかドン引きしたように1歩距離を取られた。

 

「どうした?」

 

「いや、あんな子供をそこまで扱き使うお前らに引いたわ。つうか内職って。んなメイドさんみたいなことさせてんならお前らが金を払ってやれよ」

 

「ぐぅ!?」

 

 ダストが珍しく。そして痛いところを突いてきてカズマの顔が歪んだ。

 

「お、俺らだってそれくらいはしてやりたいと思ってんだよ! でも借金が……それに俺たちだってクエストがない日や早く終われば休ませてんだぞ!」

 

 歳が近いことや、妹がいるらしいめぐみんは積極的に子守りを請け負っているし、重たい物はダクネスに運ばせている。

 アクアやカズマもスズハの仕事を引き継ぐことも多い。

 何もしていない訳ではないのだ。ただ、比率的にスズハの負担が大きいのは否定できない。

 精々渡しているのは食費などの生活費とちょっとした小遣い程度だ。

 不甲斐ないとは思うし、ついこの間、パーティー内で給金を渡した方がいいという話も出た。1名を除いて賛成だったが、結局は借金返済が優先となり後回しになってしまった。

 

 

 ちなみに、この会話が原因かは不明だが、何故かアクセルの街で、サトウカズマに対する以下の不穏な噂が流れる事になる。

 

 ・いたいけな少女を奴隷の如く扱き使っている。

 ・サトウカズマは屋敷に住まわせる代わりに夜な夜なスズハにいかがわしい行為を強要している。

 ・スズハが抱えている子供はカズマとの子であり、責任を取らせるためにアクセルまで追いかけてきた。

 ・スズハが内職を始めたのはカズマの借金返済を手伝わされているため。(これについては後に原因判明)

 

 などという歪になって噂が広まり、カズマの通り名にロリマなどと不名誉な名が追加されて頭を悩ませる事態になるのはもう少し後の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて洗濯物も取り込みましたし、皆さんが戻ってくる前に夕食の支度を済ませないと」

 

 綺麗に持ち主に分けて折り畳まれた衣類に満足しながら額の汗を拭って立ち上がる。

 

「昨日、お肉屋さんから良い羊の肉を貰いましたからそれを使って。それからキャベツと汁物は……うーん、やっぱりお味噌が無いのは痛いですね。お米はあるのに」

 

 指を折りながら献立を立てる。

 そうしていると、突然屋敷の外から大きな声が響いてきた。

 

「めぐみーん!! 居るんでしょ! 私と勝負しなさーい!!」

 

「はい?」

 

 突然聞き慣れない声がめぐみんの名を呼ぶのに戸惑うスズハ。

 もしかしたらめぐみんの知り合いだろうかと考える。

 しかし、カズマたちに、知っている人以外は応対しなくていい。むしろ事が起きたらマズイから居留守を決め込めと言われている。

 

 なのでこのまま無視すべきなのだろうが。

 

「ねぇ! めぐみんいるんでしょー! 返事してよー! ねえったらー!! 留守なの! ねぇー」

 

 大きな声でめぐみんを呼び続ける見知らぬ声。というか、最後の方は涙声になっている。

 

 カーテンの隙間から玄関の外を見る。

 

(あれ?)

 

 そこには黒い髪と特徴的な紅い瞳に涙を溜めている発育の良い少女がいた。

 もしかしたらと思い、玄関を開けることにした。

 

「申し訳ありません。めぐみんさんは所用で留守にしております」

 

 現れたスズハに少女は目をパチクリとさせて呆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ」

 

「ひゃい!」

 

 出された紅茶とカップケーキに年上だというのに情けない声をあげてしまう。

 そんな彼女の名はゆんゆん。

 めぐみんとは同郷のライバル(本人談)である。

 リビングに通してくれたのは見たことのない民族衣装の上にエプロンをかけた10歳くらいの少女。

 スズハと自己紹介された少女は立ったままソファーに座るゆんゆんに話しかける。

 

「めぐみんさんはもう少ししたら戻ってくると思いますので」

 

「いえ! それより、突然やって来てごめんなさい!」

 

 今思えば屋敷の前で大声を張り上げていた自分を想像して赤面する。

 もしスズハが応対しなければ、それがずっと続き、帰って来ためぐみんに見られて盛大にからかわれるところだった。

 ゆんゆんがこのアクセルまでやって来たのはめぐみんを心配してのことだ。

 魔王幹部がアクセルの街を襲撃、討伐という情報(ニュース)を聞いた。

 アクセルで活動しているめぐみんの無事を確認するために王都からやって来たのだ。

 もっともゆんゆん本人はライバルとして勝負を挑みに来たと口にしているが。

 

「もし良かったらお夕飯も食べていきますか? 御用意しますが?」

 

「えぇ!? そんな悪いよ!」

 

「気にしないで下さい。1人分増えても手間は変わりませんし、遠くからやって来たのならめぐみんさんと積もるお話もお有りでしょう?」

 

「うう」

 

 なんだかスズハのペースに乗せられていることに戸惑うゆんゆん。

 そこでリビングに赤ん坊の声が聞こえてきた。

 

「あ、すみません! 少し外します! どうしたのヒナ~!」

 

 パタパタと開かれた奥の部屋に引っ込んで行くスズハ。

 なんとなくゆんゆんも続くとベビーベッドで寝ていた赤ん坊の世話を始めるスズハがいた。

 

「おもらししちゃったのね。今オムツ替えるからねー」

 

 などと慣れた様子で赤子のオムツを替えていく。

 

 それを見ていたゆんゆんが疑問を口にした。

 

「貴女、ご両親は?」

 

 ゆんゆんの質問にスズハは困ったように笑う。

 

「もう会えないところに……もうわたしの家族はヒナだけです」

 

 躊躇いがちに言うスズハにゆんゆんは衝撃を受け、想像を掻き立てる。

 

(も、もしかしてご両親はもう……それでまだ幼い妹さんの面倒を1人で! なんて良い子なの!)

 

 実際には娘なのだが。スズハ自身の子供だとこの時点で知らずに驚きが小さく済んだことが良かったのか悪かったのか。

 

 感動したゆんゆんが勢いのまま申し出る。

 

「夕御飯は私が作るわ!」

 

「はい?」

 

 オムツを替え終わったスズハが戸惑う。

 

「これでも料理の腕には自信があるの! だからスズハはその子の面倒を見てあげてて!」

 

「いえ。お客様にそんなことをさせるわけには……」

 

「大丈夫! 故郷ではめぐみんにも好評だったし!」

 

「ですから────」

 

 そこから2人は夕飯を自分で作ると言い合う。

 しかしすぐに妥協案でまとまった。

 

「なら、2人で作りましょうか。その方が時間的に早く済みますし」

 

「そ、そうね……」

 

 ゆんゆんもその案を受け入れる。そしてちょっとしたお願いをした。

 

「えーと、その子を少し抱っこしてみてもいいかな?」

 

「はい。たぶん大丈夫だと思います」

 

 控え目なお願いにスズハは了承する。

 ゆんゆんはスズハに教わりながら丁重にヒナを抱き上げた。

 

「わぁ、かわいい……」

 

 抱き上げたヒナに頬を緩めるゆんゆん。特に抵抗しないヒナにスズハは驚く。

 

「この子、わたし以外に触れられるのってあまり好きじゃないみたいで。初めて抱っこするとイヤがったり泣いたりしちゃうんです。抵抗しないですんなりと抱っこされるの、初めて見ました」

 

「そ、そうなの?」

 

「はい。きっと分かってるんですね。優しい人だって」

 

 良く面倒を見ているめぐみんですらようやくヒナが慣れてきたところだった。

 ちなみにアクアとカズマが抱き上げると速攻で泣き出す。

 ダクネスは抱き上げるのが怖いと断っている。

 こうして少しの間、ヒナはゆんゆんの腕の中に収まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでゆんゆんがここに居るんですか?」

 

「お帰りなさい、皆さん。今日のお夕飯はゆんゆんさんとの合作なんですよ」

 

 クエストから帰って来たカズマたちは1人増えていることに驚いていた。

 どうやらめぐみんの知り合いらしいことは理解したが他人を招いていることをカズマが軽く咎める。

 

「知らない人を無用心に入れたらダメだって教えただろ」

 

「すみません。屋敷の前で泣きそうでしたのでつい。めぐみんさんのお知り合いのようでしたし」

 

「わー! 言わないでぇ! それ言わないでぇ!!」

 

 泣きそう、という部分を指摘されてゆんゆんが顔を真っ赤にしてしーっと口元に人差し指を当てる。

 しかし口に出した言葉は無くならず、めぐみんの口がニヤリと歪む。

 

「なんですか? そんなに私に会いたかったのですか? 相変わらずゆんゆんは友達が出来てないようですね。挙げ句の果てにストーカーとは……同郷の者として恥ずかしい限りです」

 

「ストーカーじゃないよ!? 私ライバル! めぐみんのライバルだから!」

 

 泣きそうな顔でめぐみんの肩を揺さぶるゆんゆん。

 アクアは並べられた食卓のラム肉に目を輝かせていた。

 

「美味しそうなお肉じゃない! これはもう、高級シュワシュワを開けるしかないわ!」

 

「アクア。飲むのはいいが、程々にな。先日のように泥酔してヒナの上に倒れそうになったら目も当てられないぞ。あの時はカズマが受け止めたから良かったが」

 

「わ、分かってるわよ!!」

 

「おいめぐみん! いつまでもその子をからかってないで座れよ! モタモタしてっとお前の分を食っちまうぞ!」

 

「やめてください! もしそんなことをしたら、爆裂魔法でカズマを吹き飛ばしますよ!」

 

「吹き飛ぶで済むか! おまっ、屋敷ごと消し炭になるわ! そういう脅しはやめてください本当に!」

 

 食卓を中心にワイワイと明るい声が広がる。

 

「ゆんゆんさん、座りましょう」

 

「う、うん……」

 

 スズハに促されてゆんゆんも躊躇いがちに席に着いた。

 そして各人それぞれ手を合わせてスズハとカズマの故郷で行われる食事前の挨拶が重なって聞こえた。

 

 

『いただきます!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後に、定期的にゆんゆんが屋敷に訪れてスズハの手伝いや食事に訪れる姿が確認されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ゆんゆんが友人枠にログインしました。デストロイヤー戦も参戦予定。
というか、屋敷に住んだ後から原作始めると作者が書きたい序盤のイベントがほとんど終わってるって2話投稿して気づいた。ors。

最初はクリスと一緒に暮らしつつカズマたちと関わる感じにすれば良かった。


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スズハの日常

裁判編、どうしよ。やって見たいことはあるけど反応が怖い。


「うっし、完成だ!」

 

「それがカズマが言っていたベビーカーという物ですか」

 

 最後のパーツを組み込んで完成したベビーカーをめぐみんを始めとしたパーティーメンバーが感心したように見つめる。

 

「今までスズハの奴、抱っこしてるか背負ってただろ。それだと移動や買い物とか色々と大変そうだし。少しでも負担を減らせればと思ってな。工作用のスキルも修得したし、その効果の確認も含めて」

 

 照れ臭そうにベビーカーを押したり引いたりして車輪の動作確認をする。

 

「よし。大丈夫そうだ。スズハ。ヒナを乗っけてみてくれ」

 

「は、はい!」

 

 言われて慎重に娘を毛布を敷かれたベビーカーに乗せる。

 小さな音を立てて、今後の成長に合わせてあるのだろう。やや隙間が空いていた。

 最後にベルトで固定する。

 軽く動かすと問題ないようだった。

 

「わぁ! ありがとうございます。カズマさん!」

 

 スムーズに動くベビーカーに感動してペコペコと頭を下げるスズハを見て少し顔を赤くして、おう! と返す。

 それを見ていたアクアが自分の中の口元を手で軽く押さえた。

 

「なーにー? カズマさんったら顔赤くしちゃって。スズハみたいな子供にお礼を言われて浮かれちゃってるの? ガチにロリコンみたいで怖いんですけど! これだから童貞ニートは。身の危険を感じるわ! プークスクスクス!」

 

 などと笑っているアクアに青筋を立てるカズマ。

 

「安心しろ。例えどんなに性欲が溜まってもお前を襲うほど趣味は悪くねぇから」

 

「なんですって、このヒキニート!!」

 

「だいたい、馬小屋生活の時からお前に欲情したことなんて一度もねぇよ。なんとか頑張ってヒロインとして意識しようとしても駄目だったわ」

 

「なんでよーっ!?」

 

 怒った風でもなく淡々と告げられた事実に泣きそうな顔でカズマの肩を揺さぶるアクア。

 その2人のじゃれあいを余所にベビーカーに乗せたヒナを構っている3人。

 

「それにしてもその服、動きづらくはないですか?」

 

「そうですか? わたしとしてはこれが慣れていますから。洋服は動き易いですけどこちらの方が落ち着きますし」

 

 スズハが今着ている和服は最初に着ていた物ではなく、こちらで拵えた物だ。

 と言ってもアクセルで和服が売っていたのではなく布を買ってスズハ自ら縫い上げたのだ。

 最初に着ていたのは橙色に椿の柄が入った物だったが、今は地味な赤茶色の柄無しを着ている。

 めぐみんがそんなものですか、と納得していると今度はダクネスが質問した。

 

「前々から思っていたが、スズハはもしかして良いところの出なのか?」

 

「どうしてそう思うんですか?」

 

「いや……動きが洗練されているというか、綺麗だからな。普段から意識していないとそういう動きは身に付かない。そしてそうした作法は市井の出にはあまり必要ないからな」

 

 ダクネスの言葉にスズハは、んー、と少し考えて答えた。

 

「そうですね。確かに大きな家でした。それに教育も結構厳しかったと思いますし。今思うと」

 

「厳しかった、ですか……」

 

「はい。小さい時から人の目を常に意識して行動しなさいって教えられましたし。ご飯の時とかも、溢したり行儀悪くするとご飯を取り上げられてましたから。それに、門限を過ぎると寒い土蔵に一晩閉じ込められたり」

 

「そりゃあ、また……」

 

 アクアと言い争っていたカズマは何とも言えず曖昧な態度で返す。

 それって虐待じゃね? と思ったが、本人は気にしていない様子なので反応に困るのだ。

 そこでダクネスが頬を染めつつ憤りの表情をみせた。

 

「我が子になんてひどい仕打ちを……! くっ、なんて羨ましい……!!」

 

「いや、興奮すんなよドM騎士」

 

「してにゃい!?」

 

 まったく説得力の無いダクネスの緩みきった顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早速、ベビーカーを押してダクネスと2人でアクセルを歩いていた。

 

「それじゃあ、この原稿を出してきちゃいますね。それまでヒナをお願いします」

 

「あぁ。任された。帰りの荷物持ちも任せてくれ」

 

 目的の店に辿り着いて中へと入っていくスズハ。

 スズハがやっている内職。それは子供向けの本の写しだった。

 この世界に来た際に言語と読み書きが出来るようになったのだからとコピー機がないこの世界で本の写しの内職を始めたのだ。

 文字数の少ない子供向けの本。その写しはスズハにとって都合が良かった。家で作業出来るのもある。

 

 外で待っていたダクネスに知り合いが話しかけてくる。

 

「や! ダクネス! そんなところでどうしたの?」

 

「クリスか。いや、スズハがここの店に用が有ってな。私はここで待っているところだ」

 

「あー。そういえば写本の内職始めたって言ってたもんね」

 

 それなりにスズハと親交のあるクリスは納得した様子で手を叩く。

 そうして店の外で待っていると、スズハが戻ってきた。

 

「お待たせしました。あ、クリスさん、こんにちは!」

 

 この街に来て初めて自分に親切にしてくれた人間だからか、スズハは一緒に暮らしているダクネスたち以上にクリスに懐いていた。

 

「うん、こんにちは。写本の内職はどうだった?」

 

「字が綺麗だって褒められました。給金も少し色を付けて頂いちゃいました」

 

「それは良かったな」

 

 手のひらに乗せた少量の金額。

 冒険者はもちろん。日々のカズマたちのアルバイト代よりも少ない金額だが、初めて自分で働いて稼いだお金にちょっとだけ誇らしそうだ。

 そんなスズハの様子が微笑ましく、2人の頬が緩む。

 

「これからお夕飯の買い物なんですけどクリスさんもどうですか? こちらに来るならご馳走しますよ」

 

「うーん。嬉しい申し出だけど、あたしも忙しくてさ。また今度誘って」

 

「そうですか……」

 

 手を合わせて断るクリスに残念そうな様子で肩を落とすスズハ。その様子にクリスがちょっとだけ胸を痛める。

 

「でも、買い物くらいは付き合うよ! ちょっと聞きたいこともあるし」

 

 その申し出にスズハのが嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この街に来て一月近く経つけどどう? カズマとかに変なことされてない?」

 

「カズマさんですか? いいえ。むしろ、色々と気を使ってくれて助かってます。このベビーカーもカズマさんが作ってくれたんです」

 

「へー。カズマがねー」

 

 同郷だからか。それとも子と共にこの街に放り出された少女への同情からか。カズマは積極的に面倒を見てくれていた。

 そこでスズハが少しだけ表情を曇らせる。

 

「でも、アクアさんが少し……」

 

「アクアさん? あの人がどうかしたの?」

 

「アクアさんがヒナの面倒を見ようとするんでけど、この子が恐がって泣いちゃうのに意地になって見ようとするのが少し……」

 

 それも理由が子供が好きだからとかではなく女神である自分に純粋な赤子が懐かないなんておかしい! という理由でだ。

 もしかしたらヒナはアクアのポンコツな性格を本能で察しているのかもしれない。

 

「それにこの間も酒場のツケを払うためにわたしがこちらに来たときに着ていた服を勝手に売ろうとしたこともありまして」

 

「おい。それは私も初耳だぞ」

 

 スズハが着てきた和服は向こうの世界でもかなり上質な和服である。その服の物珍しさも手伝って高値で売れる筈だと手入れをして置いてあったのを勝手に持ち出してしまったのだ。

 

 それを見ていたカズマとめぐみんが止めてくれたが、ここ最近、思うように飲めないのがだいぶストレスらしい。

 

 聞いてクリスが額を押さえてアクア先輩……などと呟いたが、2人には聞こえなかったようだ。

 

 少ししてクリスが話題を変える。

 

「そういえばさ。スズハは冒険者カードの登録はしないの?」

 

「おいクリス」

 

「分かってるよ、ダクネス。あたしだってスズハにクエストとかを受けろって言ってるんじゃなくてさ。身分証とか。スキル習得とかに役立つから勧めてるの!」

 

 今のスズハはアクセルに暮らしている身元不明の住民でしかない。故に冒険者登録をしておけばそれが身分証にもなる。

 ついでにここで暮らしていく上で何らかのスキルが取れれば上々。

 もちろんギルドとしてはそんな理由での登録に良い顔をしないだろうが、ある程度は許容してもらえるだろう。

 

「手にしたスキルで何かの店を構える冒険者も少なくないしさ。将来的には取って置いたほうがいいと思うんだよね。クエストを受けるかどうかも本人の裁量だし」

 

「なるほど」

 

 クリスの説明にスズハは頷く。

 

 モンスター退治などは難しいだろうが、身分証というのは魅力的だった。

 考えておきますとだけ答えるとちょうど食料を売っている商店街に着いた。

 

 先ずは近くにある肉屋に向かう。

 

「お! スズハちゃん。夕飯の買い物かい? 今日はジャイアントトードの良い肉が手に入ったんだ! どうだい? 安くしとくよ」

 

 店主の男性が勧める巨大カエルの肉。かつての世界の感性から初めは忌避していたが、今は気にせず調理している。

 

「良いですね。お値段は?」

 

「300エリスでどうだい? 今ならそっちの嬢ちゃんたちも含めて串焼きも付けちゃうよ!」

 

 手元で焼いていたジャイアントトードの串焼きを見せる。

 

「ならそれで」

 

 財布から300エリスを取り出して払い、肉と串焼きを受け取る。

 別れ際にまた来てくれよ! と切符の良い声がした。

 

「オマケも貰っちゃいました」

 

 貰った串焼きをダクネスとクリスに渡す。

 

「あはは。スズハは人気者だね」

 

「はい。皆さん、とても良くしてくれます」

 

 串焼きを受け取って次は八百屋に。

 

「おやスズハちゃん。今日は何をお求めだい?」

 

「馬鈴薯と玉葱。それから人参を。あ、りんごもお願いします」

 

「あいよ。今日は、活きの良い玉葱を仕入れたから、1つ追加で持っていきな!」

 

「どうもです」

 

 ペコリと頭を下げる。

 それからも、寄る店寄る店でスズハが寄ると何らかのオマケをしてくれる。

 

 それを見ていたダクネスがポツリと呟く。

 

「まるでアイドルだな」

 

 それを聞いていたミルク屋の店主が苦笑した。

 

「間違ってないわね。最初はあんな子供が赤ん坊を抱えてるから、皆で見守ってあげようって話だったんだけどね。そんな苦労を微塵も出さずにニコニコと買い物をしていくあの子を見てるとつい、背中を押してあげたくなるのよ」

 

 店主の言葉にダクネスとクリスは笑みを浮かべた。

 ここに来たばかりの頃はあんなにもか細く見え、自分を追い込むような表情をしていた筈なのに。こうして笑い、街の皆に受け入れられている。

 それが我が事のように嬉しかった。

 

 そうして市を抜けていく途中で、用事があると店に入っていくダクネス。

 2人っきりになるとスズハから声をかけた。

 

「クリスさん。今まで、お聞きしたかったことがあって」

 

「どうしたの、畏まって?」

 

「クリスさんは、わたしがこの街に来るより前のことを……」

 

 スズハの質問にクリスの顔が少しだけ険しくなる。その反応だけで答えは判ってしまった。

 

「そうですか。やっぱり」

 

「うん。ごめん。嫌だよね。自分の知らないところで昔のことを知られるの」

 

「あ、いえ! 構いません。別に言い触らされてる訳じゃないですし。でも────」

 

 首を振るスズハ。

 

「その……穢いとか、悪い人だって思いませんか? わたしのこと」

 

 小さく肩を震わせて問うスズハ。

 それはまるで、叱られるのを怖がる幼子のようだった。

 

「思わないよ。むしろ、スズハは被害者じゃん」

 

「どう、なんでしょう……皆メチャクチャになって。わたしにはそれを避ける手段があったのに、ずっと無視してましたから」

 

 スズハからすれば、責任の一端は自分にもあると思っている。

 ネガティブに考えているスズハにクリスは嘆息した。

 

「何度でも言うよ。スズハは悪くない。それにそんな事言ってたらヒナに悪いでしょ?」

 

 口調こそ軽いが、諭すような言葉にスズハは瞑目した。

 

「ま。スズハなりに思うところがあるのかとしれないけどさ。この街では関係ないことなんだよ。だから顔を上げていこ!」

 

 市の人たちにあんなにも愛されている少女。それは彼女が積み上げてきた人間関係に他ならない。

 昔のことなどに振り回される必要はないのだ。

 

「ありがとうございます……」

 

「もう。そんな風にされることじゃないってば!」

 

 頭を下げるスズハ。

 それにクリスは肩を竦める。

 狙ったようなタイミングでダクネスが店から出てきた。

 

「すまない。待たせた」

 

「いえいえ。それじゃあ、帰りましょう」

 

「それじゃあ、あたしもここで」

 

 ベビーカーを押して進むスズハ。

 別れる前にクリスはダクネスに小声で話しかけた。

 

「ダクネス。あの子のこと、良く見てあげてね」

 

「ん? まぁ、今はあの子もうちのパーティーメンバーみたいなモノだからな」

 

 当然だろう、と言うダクネス。それにクリスは満足げに頷いた。

 

 ダクネスとスズハを見送った後にクリスがポツリと呟く。

 

「これから先、あの子から何を聞いても、味方でいてあげてくださいね、皆さん」

 

 その言葉は風と共に消え、誰にも聞かれる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次でスズハのステータスが判明?


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スズハの能力(ステータス)

まさか、スペースが空いたから適当に埋めたエレメンタルマスターが票をぶっちぎるとは思わなかった。

今回、アクアが泣いてばかりいますが、作者はアクアが嫌いではありません。泣いているアクアが好きなんです。


 アクアは自身の女神としての尊厳(プライド)を取り戻すためにそれに近づく。

 いつも側にいる彼女も今は離れており、ここぞとばかりにアクアは近づいた。

 

「そう! 私は水の女神。赤ちゃんのお世話なんておちゃのこさいさいなんだから!」

 

 その自信がどこから湧いてくるのか。今までの失敗など頭から消えたかのようにアクアはベビーベッドに寝ている赤子────シラカワヒナへと手を伸ばす。

 気持ち良く眠っているヒナに両手で触れるがいつものように嫌がる様子はなく、眠り続けていた。

 

「ほら見なさい! 今までは偶々! たまたまタイミングが悪かっただけなのよ!」

 

 気分を良くしたアクアはそのままゆっくりとヒナを抱き上げる。

 すると────。

 

「うーあー……あーっ! あーっ! あーっ!」

 

「なんでよぉっ!?」

 

 抱き上げた瞬間に泣き出してしまったヒナにアクアも泣きべそをかく。

 あたふたと泣き止まそうとするアクアだが、なんとかしようとすればするほどにヒナの声は大きくなる。

 そこでカズマがひょっこりと顔を出した。

 そして現場を見ただけで事態を察し、またかと顔をしかめる。

 

「おいアクア。お前なぁ……」

 

「ち、違うのよカズマ! 私が入って来たときにはもうものすごく泣きそうで……」

 

 しどろもどろ言い訳をするアクア。そこでスズハが戻って来た。彼女は部屋に替えのオムツが無くなっていることに気付き、買い置きを取りに行っていたのだ。

 スズハも事態を察して困ったように眼を細めた。

 とにかく娘を渡してもらおうとするが、その前にアクアがヒナを高く掲げた。

 

「本当に違うの! これは私のせいじゃ────へ?」

 

 突如、頭に生暖かい液体がかかる。

 ちなみにヒナは今下に何も穿いてない状態であり、寒気に触れて急激に尿を出したかったようで。

 つまり。

 

「うわぁあああぁああああんっ!? オシッコが降ってきたぁあああああああっ!!」

 

「わっ!? バ、バカ! アクアァ!! そのまま走るんじゃねぇ!!」

 

「きゃあああああっ!? アクアさん降ろして!! ヒナを降ろしてぇ!!」

 

 赤ん坊に頭からオシッコをかけられながら屋敷を全速で駆け回るアクアと追いかけるスズハとカズマ。

 概ね、毎度の騒ぎだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐすん……ううっ! 私、ヒナを抱き上げようとしただけなのにぃ」

 

「いい加減に諦めろよアクア……」

 

 朝風呂に入ってかかったオシッコを洗い流したアクアはパジャマ姿で泣いていた。

 ちなみにオシッコはアクアの浄水能力で触れた瞬間真水に変わっているのだが、気持ちの問題なのだろう。もしくは本人が気づいてないか。

 ヒナも掲げられた状態で高速移動したのが恐かったのか、母の胸でよしよしと撫でられてグズっている。

 

「アクアさん。ヒナの面倒を見ようとしてくれるのは嬉しいんですよ? でもやっぱりこの子、恐がってますし」

 

「おかしいわ! めぐみんみたいな頭のおかしい爆裂狂には懐くのに! この気高くも美しい! 清らかな心を持つ女神アクア様を恐がるなんて!」

 

「おい。私のどこが頭おかしいのかじっくり聞こうじゃないか」

 

(よくもまぁ、こいつも自分をここまで自画自賛出来るもんだよな)

 

 アクアの言い分に呆れながら溜め息を吐く。それを見ていたアクアは不機嫌そうに矛先をカズマに向けた。

 

「なによ! カズマだってヒナに恐がられてるくせに!」

 

「だから! なるべく触れないようにしてんだろうがっ!」

 

 初めてカズマがヒナの頭を撫でた際に泣き出してスズハにしがみついてしまった。

 それに傷つきはしたが、赤ん坊だし仕方ないと割り切っている。物心付く頃には少しは好意的になると信じたい。

 

「ふん! 見てなさいよ! 次こそは、ちゃんと懐かせて見せるんだから!」

 

「だから止めとけってんだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、今度冒険者カードを作ろうと思うんです」

 

「冒険者カード? なんだって今更?」

 

 スズハが振ってきた話題にカズマが首を傾げた。

 

「はい。わたし、この街でちゃんとした身分を証明出来る物を持ってませんから」

 

「あ~」

 

 スズハの言葉にカズマが納得した様子で天井を見る。

 確かに、何らかの身分証は必要だろう。

 

「クリスの案でな。ギルドとしては好ましい事ではないが、問題は無い筈だ。何らかのクエストを受ける必要が出来たなら、隣町まで届け物をする仕事でも、清掃でもすればいい」

 

 ダクネスのフォローにカズマとめぐみんが頷く。

 その時はきっと、自分たちも手伝うのだろうと思いながら。

 

「千エリスくらいなら問題ありませんから」

 

「いや。それくらいは俺が出す。遠慮すんな」

 

 財布の中身を確認しながらカズマは自分が冒険者登録料を出すと言う。

 それをアクアが茶化しに入った。

 

「カズマったら最近スズハに甘くない? 好感度を上げてどうするつもりなのかしらねー?」

 

「うっせ。俺らもここに来たばかりの頃に人の良いプリーストの爺さんに出して貰っただろうが! 今度はこっちの番だと思っただけだっての!」

 

 ふん! とそっぽ向くカズマ。

 そこでめぐみんが気になることを口にした。

 

「冒険者登録ですか。スズハはどんな職業(ジョブ)に適性が有るのでしょうか。頭は良い方だと思いますし、もしかしたらウィザードの適性があるかもしれませんね。そうしたら特別に私が勉強を教えてあげます」

 

「そうだな。スズハは年齢のわりに運動神経も悪くない。剣士や戦士系はまだ難しいかもしれないが、今後の成長次第では充分考えられる」

 

「おいおい。別にスズハはモンスター退治をする訳じゃないんだぞ? だったら、冒険者職で登録して。手に職を付けた方が────」

 

 めぐみん、ダクネス、カズマがそれぞれの意見を述べる。そんな中でアクアが自信満々に発言する。

 

「何も分かって無いわね! スズハの職業はアクシズ教徒のプリーストよ! それ以外にないわ!」

 

『それは止めた方がいい』

 

「なんでよー!?」

 

 3人の否定にアクアが声を上げる。

 

「いや。プリーストはともかく、アクシズ教徒のはない。それだったらエリス教徒になった方がいいだろ、絶対」

 

「なんでよー!! うちの子達は皆良い子なの! それにエリスは私の後輩なんですからね!! 私のパーティーが背教者がいるとか認められないんですけど!」

 

「おい。私は敬虔なエリス教徒なのだが」

 

「それに、アクシズ教徒ならこの間、エリス教の炊き出しに理不尽なイチャモン付けて絡んでましたよ」

 

 などと話しているとアクアが鼻先がくっ付くくらい涙目で近づいてきた。

 

「スズハ! 今からこの入信書にサインしてアクシズ教団に入信なさい! そうすれば色々な幸運が貴女を……!」

 

「変な勧誘はやめんか!」

 

 カズマがアクアの頭を引っ張叩いて黙らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういうわけで、お願いできませんか?」

 

「はぁ……本当はあまり良くないんですけどね」

 

 スズハとカズマ一行にお願いされてギルドの受付嬢であるルナは困ったように。しかし、仕方ないな、とばかりに笑みを浮かべる。

 ギルドとしては、依頼を積極的に受ける気のない登録はご遠慮願いたいのが本音だが、スズハに関しては事情をある程度知っているために追い返すのも忍びない。

 そもそも登録料を払うのなら犯罪でもないのだし。

 カズマから登録料を受け取り本当に仕方ないとばかりに書類を差し出す。

 

「ここに名前と身長体重。その他の個人情報を記載してください。それが終わったらスズハさんのステータスを調べます」

 

「は、はい!」

 

 緊張した様子で書類を書くスズハ。

 その様子をギルドに来ていたクリスとゆんゆんがカズマたちの後ろから現れる。

 

「登録を決めたんだね、スズハ。はてさてどうなるかなー」

 

「が、がんばって! スズハちゃん!」

 

 更に後ろからは、中年冒険者が自分の娘を見るような暖かな視線を送り、女性冒険者も、心配そうでありながらも応援していた。

 

 カズマたちと行動を共にする中で、スズハのことは皆周知であり、何かと気にかけていたりする。

 そんな娘が冒険者登録をする現場に興味を示さない筈はない。

 

「それではこの水晶に手で触れてください。そうすれば、スズハさんのステータスが表示されますので」

 

 ルナに説明されるままにスズハは水晶に手を触れる。

 そうして表記されていく。

 最初はふむふむと見ていたルナだが、ある項目を見た際に顔色が変わる。

 

「って、なんですかこの数値はっ!?」

 

「え、と……何か変でしたか?」

 

 不安そうに質問するスズハにルナが困った様子で答える。

 

「数値は全体的に優れている方だと思います。筋力、生命力に敏捷性は年齢に比べて高い方、と言ったところです。器用さと知力に魔力は素晴らしいの一言。あくまでも許容範囲内で、ですが。ただ、幸運値だけは異常に高い数値を出しています」

 

「異常、ですか。それって俺より?」

 

 幸運値の高いカズマが訊くとルナが頷く。

 

「カズマさんも高かったですが。スズハさんはざっとその4倍近い数値です」

 

『よっ!?』

 

 ルナの言葉にカズマたちは驚きの声を上げた。

 幸運値を除けばスズハは将来そこそこ有望な新米冒険者と言ったところだ。

 その幸運値の高さにスズハ自身が以前の世界でのことから首を傾げる。

 しかし、クリスは何か思うところがあるのか口元を押さえている。まるで失敗を今頃気付いたような顔だった。もっとも、誰もその表情を見ていなかったが。

 

 弾き出された値を基に次は職種選択に移行する。

 表示された選択肢は────。

 

「冒険者。ウィザード。それに、エレメンタルマスター?」

 

 スズハが読み上げるとギルド内にどよめきが起こった。

 

「なんだ、そのエレメンタルマスターって?」

 

 カズマも知らない職業に腕を組んで首を捻る。

 説明をしたのはめぐみんだった。

 

「エレメンタルマスターは精霊使いの事です。上級職の中でも特に才能が物を言う、かなり特殊で希少な職業です」

 

 続いて説明したのはゆんゆんだった。

 

「精霊と契約して魔法を扱う職業。ウィザードとの違いは様々で、魔法の修得にはスキルポイントではなく、あくまでも精霊との契約に依るものです」

 

「それって、ポイントが要らないってことか?」

 

「はい。それに精霊の力を借りる関係上、扱う魔力もウィザードの魔法に比べて少ないと学びました。勿論、通常の魔法でしか出来ないこと、精霊の力を借りてでしか出来ないこともありますが」

 

 説明を聞くとなんとなくお得な職業に聞こえる。だからこそ疑問に思う。

 

「なんか凄そうだな。でも俺、この街でエレメンタルマスターなんて見たことないぞ? どうしてだ?」

 

 カズマの疑問にダクネスが答えた。

 

「だから才能が物を言うのだ。先ずは精霊と出会う才能。精霊と心を通わせる才能。そしてそれを維持する才能。それらが揃って初めて意味を為す。もしも契約した精霊に嫌われて契約を無効にされてしまえば、力を借りることは出来ないと聞く」

 

「以前、冒険者職の方が、エレメンタルマスターのスキルを修得して精霊との契約を行おうとしましたが、上手くいかなかったと聞いています」

 

 力を借りる、という関係上、力を貸すかどうかは精霊次第。

 精霊にどれだけ愛されるかでその実力が決まると言っても良い。

 それならスキルポイントで確実に使える魔法の方が安全だろう。

 話を聞き終えたスズハは躊躇わずにエレメンタルマスターの項目を押した。

 

「っておい! そんなに簡単に決めて良いのかよ!」

 

「えぇ、はい。精霊と心を通わせる。なんだかロマンチックですよね」

 

 冗談めかして言う。

 スズハの目的自体は登録であり、職業にはそれほど意識が向いてないのかもしれない。

 発行された冒険者カードに、精霊との契約に必要なスキルを最初から有ったポイントで修得する。

 こうして、スズハの冒険者登録は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その晩。スズハの耳に聞き覚えのない感情(こえ)が届く。

 

 ────だして。

 ────ここから、だして。

 

 か細い。しかし、とても恐がっている感情。

 不安と寂しさに彩られた、とても心に響く感情。

 

 ベッドから起き上がり、その感情の元を探す。

 

 見つけたのは、台所に隠すように置いてある1つの瓶。目を引くのはその中に収められた白い雪。

 

「この子が、精霊……?」

 

 スキルに依るものなのか、その白い精霊がここから出してと助けを求めているのが聞こえた。

 耳ではなく、新たに生まれた別の感覚が、白い精霊の声を届けてくれる。

 

「待ってて、今、抜きますから」

 

 そしてスズハは、瓶に塞いでいた栓を抜いて、捕らえられた雪精を解放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああっ!? なんで!?」

 

 朝起きたアクアは台所でスズハの周りをピョンピョンと跳び跳ねている雪精を見て涙目で指差した。

 

「なんで!? なんで私の雪精が瓶から出てるの!?」

 

「なんで、と言われましても。昨晩、この子を見つけて出たがっているようでしたし。つい……」

 

「ななななななんてことしてくれたのよぉ!? その子は夏になったらキンキンに冷えたシュワシュワを提供してくれる筈だったんですけど!」

 

「え? そんな理由で捕まえてたんですか?」

 

 アクアが捕まえてと喚いていると他の面々が食堂にやってくる。

 

「朝からなにを騒いでるんですか、アクア……」

 

「聞いてよ、みんな! スズハったら私が大切に飼ってた雪精を、勝手に解放しちゃったの! ほら!」

 

 スズハの周りを跳んでいる雪精を指差すアクア。

 しかし3人の驚きは別のところにあった。

 

「もしかして契約したんですか? 雪精と」

 

「えーと、そうみたいです。瓶から出したら自然と」

 

「やるな、スズハ。昨日の今日じゃないか」

 

「こりゃ。次の精霊と契約出来るのもすぐかもな」

 

 は、は、は! と和やかに会話をしている4人にアクアは声を上げた。

 

「待って! なんでみんな怒らないの!? 私の雪精を勝手に盗ったのに! 私がどれだけ夏にキンキンに冷えたシュワシュワを飲むのを楽しみにしてたか知ってるでしょ!」

 

『どうでもいい』

 

「ハモった!?」

 

 3人の声がハモるのを聞いてアクアがまた捕まえようと雪精を追うが、真ん中に置いてあるテーブルの脚に引っ掛かって床に顔から転ぶ。

 

「うう! なんでぇ……なんでこんなことになるのよぉおおおおおっ!?」

 

 朝からアクアの泣き声が屋敷に響く。

 

 雪精はただ、新しい小さな契約者(あるじ)の存在を喜ぶようにその肩に乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という訳で、スズハの職業はエレメンタルマスターに決まりました。と言っても手元に資料が少ないのでほぼ、オリジナル職になると思います。
出てくる精霊とかも含めて。

スズハの身長はめぐみんの鼻先くらいです。
幸運値が異様に高いのは後天的なもので、1話でエリスがスズハのお腹を治療した際に自身の幸運を意図せずに分け与えたためです。
この設定が活きるかは謎。


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番外編1:シラカワヒナの冒険

ランキング入り記念。本編の約5年後。ヒナが5歳の話。

あくまでも今回は、可能性の1つとして読んでください。
本編がこの未来になるかは未定です。


「我が名はヒナ! 精霊の巫女の娘にして(将来的に)全ての精霊を従えし者!」

 

「ふふ。ヒナもだいぶ紅魔族の名乗りが様になってきましたね」

 

「はい! ししょー!」

 

 わたしはシラカワヒナ。高名な精霊使い(エレメンタルマスター)。シラカワスズハの娘で5歳です。

 

「おい、めぐみん。スズハが留守の間、ヒナの世話を頼まれてたんだろ? いったい何を教えてんだよ」

 

「何って、紅魔族流の自己紹介ですが? これでヒナは何処に行っても恥ずかしくありません」

 

「いや恥ずかしいよぉ!? お前、いたいけな5歳児になんつうもん教えてんの!」

 

 この自己紹介。おかあさまの前でやるとスッゴく渋い顔をします。何ででしょう? とってもカッコいいのに。

 

 頭をかかえているカズ兄さまはめぐ姉さまに近づきます。

 

「しかし残念です。ヒナがもしもエレメンタルマスターではなくアークウィザード志望ならば、我が奥義である爆裂魔法を授けられたのですが」

 

「ホントいい加減にしとけよ? その内スズハが泣くぞ」

 

「何を言うのです。きっとスズハが戻って来たら今のヒナを見て感激する筈ですよ」

 

「んなもん、紅魔の里(お前の故郷)だけだろうが!」

 

 そんな風にカズ兄さまとめぐ姉さまが話しているとお客さまがやってきました。

 

「やっほー! みんな、久し振りね! このアクア様が遊びに来てあげたわよー! たくさんのお酒を持って! さぁ! 感激して敬いなさい!!」

 

「あ。アクアおばさま。いらっしゃいです」

 

 ズタァー!

 

 アクアおばさまが勢いよく顔からころびました。イタそうです。

 

「ヒナァ! おばさん呼びはやめてって言ってるでしょ!」

 

「? だってカズ兄さまが……」

 

『いいか? アクアはあれでかなりの年齢(とし)でな。若作りが大変なんだ。だからおばあちゃんじゃなくてせめておばさんって呼んでやるんだぞ』

 

「って」

 

「ちょっとカズマさん! アンタのせいでヒナがあり得ない呼び方するんですけど!」

 

「だってBBAなのは事実だろ?」

 

「人間換算で言わないでくれる!! 女神は年取らないの! 肉体的には今のカズマよりピチピチなんですからね!」

 

 アクアおばさんが泣きそうな顔で話してます。

 しばらくするとキョロキョロとし始めました。

 

「アレ? ダクネスとスズハは? 留守」

 

「アイツらは今王都にな。何でも王都周辺の湖が水位が上がってるとかで。その調査っていうか、水精霊との対話の依頼が来たんだよ。ダクネスはその案内だ」

 

 お母さまはよく精霊さんとの話し合いのご相談を受けてます。その関係で色々な名前があります。

 

 精霊の巫女。

 人と精霊の調停者。

 精霊に愛されし娘

 

 ほかにもたくさんの名前がありますが、それを言うとお母さまは困ったように笑います。

 

「ふーん。だったらヒナも連れて行った方が良かったんじゃない? アイリス。あの子、ヒナのこと溺愛してるじゃない」

 

 アイリス姉さまはわたしをとても可愛がってくれます。

 この間も遊びに来て馬車いっぱいにつめたおかしやオモチャをくれました。

 でも、お母さまはそれがあまりおもしろくないのかいつも言い争ってます。

 でも。

 

「アイリス姉さまにあいたかったなぁ……」

 

 

 

 

 

 王城、謁見の間。

 

 

「スズハさん! 何でヒナさんを連れてきてくれなかったのですかっ!!」

 

「今回の依頼は湖に住む精霊との対話との事でしたので。無関係な娘には留守番してもらいました」

 

「ヒナさんに喜んでもらおうと私、王族でも滅多に呼べない超一流のパティシエを呼んだり! スズハさんが精霊と話している最中に一緒に遊ぼうと思って時間を調整したんですよ!」

 

「そうやって娘を甘やかそうとするから滅多に連れて来れないんです」

 

「スズハさんはイジワルです! 鬼です! 悪魔です! 魔王を超える鬼畜です! なんて酷い……!」

 

「オホホホホホ」

 

(早く領地(アクセルの街)に帰りたいなぁ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえばさぁ、カズマー(ほーいへはひゃー、ひゃずまー)

 

「食うか喋るかどっちかにしろ!」

 

 鍋の具を口に入れながら喋るアクアにカズマが叱る。

 それに不服そうにしながらもゴクンと飲み込んだ。

 

「スズハが告白した件はどうなったのー」

 

「ぶっふーっ!?」

 

「キャアァアアアアアアアアっ!? なんすんのよカズマァ! キッたないわねぇ!!」

 

 カズマが吹いた汁がアクアの顔面に直撃し、抗議する。

 

「喧しいわ! お前がくだらねぇこと言うからだろうが!」

 

 手にしていた箸でアクアを指差すカズマ。

 

「何よカズマ! ちょっと気になったから聞いただけじゃない! それとも何? あれからまったく進展してないのー?」

 

 最後の方は小馬鹿ににするような口調のアクアに、カズマはヒクヒクと口元と眉を動かす。

 アクアの疑問に答えたのはめぐみんだった。

 

「えぇ。まったく進展していませんよ。カズマはヘタレで答えをのらりくらりと避けてますし。スズハもスズハで、急かさず待ってます」

 

「おい、めぐみん! テメェ!」

 

「スズハもかわいそうに。こんな男に引っ掛かって毎日甲斐甲斐しく世話もしてるのに」

 

「そういえば、スズハってばそれなりに有名人らしいじゃない。王都で色んな男に声かけられてたりしてねー」

 

「うっせ、うっせ。べ、別に俺はスズハが誰とくっついても祝福するつもりだっての! アイツは、俺にとってアイリスと同じ妹みたいなもんで……」

 

「なるほど。カズマは妹と思ってる相手をいつもあんな舐め回すようなエロい視線をむけるのですか。さすがですね。ドン引きです」

 

「うっさいな!? だってスズハの奴、最近は最初に会ったときとは別人みたいに育ってんだぞ! それに風呂上がりとか酒飲んだ時とか! お前らと違って妙に色っぽくてだなぁ!」

 

 この5年。シラカワスズハは色んな意味で成長した。

 性格もこの世界に訪れた時以上にしっかりしてるし、肉体的にも背が伸び、特に胸の発育はこのままいけばダクネスやウィズに匹敵するのではないかと言うほどのメロンに育っている。

 それを見て何も感じないほどカズマは男を捨てていない。

 喚き立てるカズマ。

 ヒナは鍋の具に美味しそうに食べながら、肩に乗っている雪精と話していた。

 

「シロ。食べます?」

 

 初めてスズハが契約した精霊。本来冬場にしか出現しないそれは、スズハの魔力供給を受けて常時その姿を現している。

 娘の遊び相手に丁度良いという理由もあった。

 

 さすがに鍋物を口にする気はないらしく、その丸い体を小刻みに横へと振って拒否していた。

 

 そんな風に夕食を過ごしていると、アクアがとんでもない提案をしてきた。

 

「明日、クエストに行きましょう!」

 

 何言ってんだこいつ、とカズマとめぐみんが見る。

 

「久々にジャイアントトード狩りなんてどうかしら!」

 

「いや、行かねぇからな? 何だって急にクエスト行きたいなんて言い出すんだよ? 以前はむしろ働きたくないって駄々こねてたろうが」

 

「だってだって! 魔王を倒したせいで日本から魂をこっちに転生させる必要が無くなって! 私、スッゴく暇なの! たまには刺激が欲しいのよー!」

 

「こいつはぁ……」

 

 そんな遊び感覚でクエストに行きたいなどと言われては堪らない。カズマは断固拒否しようとするとめぐみんが発言した。

 

「私は反対です。聞き分けが良いとはいえ、ヒナを1人で留守番させるのは不安ですから」

 

 スズハに直接娘の面倒を頼まれた者としてめぐみんも反対意見だった。

 それにアクアはチッ、チッと指を動かす。

 

「馬鹿ねぇ、めぐみん。それならヒナも連れて行けばいいじゃない」

 

「馬鹿はお前だ! モンスターの前に、こんな小さな子を連れていけるわけないだろ!」

 

「なによー! 私たちは魔王を倒したパーティーなのよ! ダクネスやスズハが居なくったって、ジャイアントトードくらい指先1つでダウンでしょうが!!」

 

 そしてめぐみんにビシッと指差す。

 

「それとも何? めぐみんの爆裂魔法はヒナを守りながらジャイアントトードも倒せないわけ?」

 

 その挑発にめぐみんが青筋を立てる。

 

「聞き捨てなりませんね。私は爆裂魔法を操る最強のアークウィザードです。ジャイアントトードなど、アクアやカズマの出番など回さずに一瞬で倒せますよ!」

 

「なら、良いじゃない! 御自慢の爆裂魔法を撃って、ヒナの目の前でジャイアントトードを倒しなさい!」

 

「望むところです!」

 

 女2人が盛り上がっている最中、カズマは誓った。

 

(もしヤバくなったらヒナを抱えてとっとと街の中に逃げよう。2人を囮にして)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクセルの街を出てジャイアントトードがいる草原にカズマ、アクア、めぐみん。そして雪精であるシロを抱えたヒナが居た。

 

「ジャイアントトードがウヨウヨ要るわね! 狩り尽くしてやるわ!」

 

 ボキボキと指を鳴らすアクア。早速爆裂魔法で目標の5匹を狩ろうとするめぐみんにアクアが待ったをかける。

 

「ここは私に任せなさい! 5年前とは一味違うところを見せて上げるわ!」

 

「おい! 止せアクアァ!」

 

 宣言して、もっとも近いジャイアントトードに突っ込んでいく。

 それを見たカズマが止めに入ろうとするが間に合わない。

 ジャイアントトードまで近づいたアクアは己が必殺の一撃を繰り出す。

 

「ゴッドブローッ!!」

 

 炎のように光輝く拳がジャイアントドートの腹にめがけて直進する。

 

「ゴッドブローとは! 女神の怒りと悲しみを乗せた必殺の拳! 相手は死ぬぅ!!」

 

 5年前にジャイアントトードに一切通用しなかった技。

 5年越しに繰り出した拳。

 

 余談であるが、水の女神アクアは最初からステータスがカンストしており、その能力は5年前と一切変わっていない。そんな女神の拳が通用するかと言われれば────。

 

 ぼよん。

 

 ジャイアントトードの腹にヒットした拳は僅かにその脂肪を揺らすだけに留まり、まったく効いていなかった。

 

「……カエルのお腹って、トランポリンみたいで素敵だと思うの」

 

 アクアの言葉を当然聞く耳持たずでそのまま格好の獲物となったアクアを口に中に入れた。

 

「アクアおばさま!?」

 

 まさか、あんなにも自信満々に飛び出してあっさり食われるとは思わなかったのだろう。ヒナは悲痛の声をあげた。

 

「カッズマさぁん! 助けてぇ!? 呑み込まれる! 少しずつ落ちてくぅ!!」

 

 ジャイアントトードの口から出たり落ちたりしながら抵抗しているアクアにカズマは頭を掻いた。

 

「なんで学習しねぇんだアイツは! おいめぐみん! 俺がアクアを助け出すから! 下がったら爆裂魔法だ!」

 

「分かりました!」

 

 カズマは腰に差したちゅんちゅん丸を引き抜き、アクアを食べているジャイアントトードに突っ込んでいく。

 

「でぇい!!」

 

 アクアを口に捕らえているジャイアントトードの腹を何度か斬り付けて仕留めた。

 

「大丈夫かアクア!?」

 

「ヒック……私、またカエルなんかに汚されちゃった。女神なのに……私、女神なのにぃ……!」

 

「泣いてる余裕があるなら下がれよ! 俺たちがここにいるとめぐみんが爆裂魔法を撃てな────」

 

 そこでカズマはめぐみんとヒナに近づいているジャイアントトードに気付いた。

 めぐみんはこちらに気を取られて近づくモンスターに気づいていない。

 

「めぐみん! ヒナを抱えて逃げろぉ!?」

 

 カズマの指示にめぐみんは意識を周囲に向けて、自分たちに近づくジャイアントトードに気付いた。

 

 しかし遅い。このままではジャイアントトードにめぐみんとヒナは捕食されてしまうだろう。

 

「クソッ!」

 

 半ば反射的に2人の下へと走るカズマ。

 しかしその横を金の髪が高速で通り過ぎた。

 

 迫るジャイアントトードの長い舌。

 だが、その舌がめぐみんとヒナに襲いかかる前に、別の者が割って入った。

 

「あぁん♥️」

 

 それは、苦痛と恐怖ではなく歓喜と快楽に染まった声だった。

 

「ダク姉さま!?」

 

 突然現れたダクネスがめぐみんとヒナを庇ってジャイアントトードの口の中へと引っ張られる。

 だが何故か本人は幸せそうに頬を赤くしていた。

 

「あぁ、今私は仲間を庇ってカエルの口の中に吸い込まれている! そして粘液を全身に塗られながら少しずつ捕食されていくのだ! いい! これはこれで堪らない刺激だぁ!」

 

「もういい! お前は黙ってろぉ!」

 

「ヒナ。聞いてはいけません。貴方にはまだ、ダクネスの嗜好を知るには早すぎます」

 

 突然ダクネスが現れた驚きよりも反射的にカズマはツッコミを入れ。めぐみんはヒナの耳を塞いだ。

 

「まったく。何をしているんですか貴方たちは」

 

 呆れるような。怒るような声がカズマたちに届く。

 瞬間、ダクネスを捕らえているジャイアントトードが無数の風の刃で切り裂かれた。

 

「あん♥️」

 

 落とされたダクネスが小さく悦びの声を出す。

 現れた人物にヒナの顔が喜びの笑みに変わる。

 

「お母さま!」

 

 カズマとアクアの近くに居るスズハは、眉間にシワを寄せて顔を押さえている。

 

「なんでここにヒナが居るんですか?」

 

「いや、それは……」

 

「訳は後で。取り合えず、この状況を何とかしますね。風精霊(シルフ)! 頼みます!」

 

 スズハは手の甲に乗っている緑色の服を着た、少年とも少女ともつかない小人に指示を出す。

 すると、風精霊は頷き、周辺に居るジャイアントトードを風の刃が切りつけて討伐していった。

 

「すっげ」

 

 その光景にカズマが感嘆の声を上げた。

 周囲にジャイアントトードが居なくなるとヒナがスズハの下へと駆け出す。

 

「お母さま!」

 

 飛び付くヒナをスズハは抱き上げた。

 

「なんでここに貴女がいるの?」

 

 ヒナは答えず、嬉しそうに母に抱きついていた。

 その様子にいいか、と割り切り、カズマたちに視線を向けた。

 

「さて。どういうことか説明してもらっても?」

 

 カズマとめぐみんとアクアはガクガクと震えながら大きく首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャイアントトードの換金を終えて屋敷に戻ると3人は床に正座させられており、スズハは椅子に座って3人を腕を組み、冷たい視線で見下ろしている。

 カズマたちが大量の冷や汗を流している原因はスズハの横にいる白い鎧武者。

 

 冬将軍。

 数年前にスズハと契約したその精霊は、手にしている刀をチラつかせている。

 

「私、ちゃんと頼みましたよね? 王都に行ってる間、(ヒナ)をお願いしますって。めぐみんさん」

 

「はい!」

 

「確か、ヒナの事は任せてください。もし彼女に何かあれば、我が首を差し出しても構いません! って言ってましたよね?」

 

「はい、言いました。大口叩いてすみません!」

 

 視線を下に向けて謝罪するめぐみん。その身体はガクガクと震えていた。

 

「カズマさん」

 

「はいぃ!」

 

「貴方も、仕事が終わったらちょっとくらい王都で遊んできてもいいぜ。たまには羽を伸ばすのも必要だろ? ヒナは大人しいから、数日遅れたって大丈夫だって言ってくれましたよね? まぁ、仕事が終わったら急いで戻りましたが」

 

「今回の事は言い訳のしようもありません。ホントごめんなさい……」

 

 土下座するカズマ。

 そして最後にアクアへと視線を向ける。

 

「わ、私は別に何も約束してないわよね! だから────」

 

「今回、クエストを受けるワガママを言い出したのも、ヒナを連れていくのを提案したのもアクアさんだと聞いたばかりなのですが? 本当に責任がないとでも? ん?」

 

「……はい。今回は本当に申し訳ありません。でもきっと大丈夫だと思ったんです。悪気はなかったんです。だから、その……冬将軍の刀をカチカチ鳴らすのやめてください、お願いします」

 

 そんな3人を見下ろしていたスズハは大きく息を吐くと指をパチンと鳴らす。

 すると、冬将軍はその場からキレイさっぱりと姿を消した。

 

「まぁ、いいでしょう。反省してくれたみたいですし」

 

 何だかんだでこのメンバーに甘いスズハは怒りを収めることにした。

 

「夕飯の準備をしますから、お風呂に先に入ってきてくださいね。特にアクアさんとダクネスさん」

 

 エプロンをまとい、キッチンに向かうスズハ。

 それに安堵の息を吐く。

 

「わたしも手伝います!」

 

 その中でヒナが手伝いを申し出た。

 

「いいわよ。今日は恐かったでしょう? 休んでて」

 

「ひさしぶりにお母さまとお料理したいです!」

 

 そう言われてしまうと断りづらくスズハは苦笑した。

 

「なら、手を洗ってきなさい。エプロンもかけてね」

 

「はい!」

 

 手を洗い、エプロンをかけてきたヒナは卵をかき混ぜる作業を任せられる。

 その作業を真剣な様子でこなしながら、スズハに話しかけた。

 

「お母さま。今日は大きなカエルさんに襲われて、とても恐かったです。でも、まちの外に出て、すごくドキドキしました。また行ってみたいです!」

 

 好奇心旺盛な娘にどう答えるべきか悩むスズハ。その様子に気づかず、ヒナは真っ直ぐにスズハを見た。

 

「その時は、お母さまも一緒にきてくれますか?」

 

 不安そうな問いにスズハは笑みを浮かべた。

 

「もちろんよ。ヒナが大きくなって、冒険者になったその時に、ね」

 

 そう答えてスズハはヒナの額にキスをした。

 するとヒナは本当に嬉しそうに満面の笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○月×日

 きょうは大きなカエルさんをたくさん見て、食べられそうになったところをお母さまに助けていただきました。

 とてもカッコいいお母さまが見れてわたしはとても嬉しかったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




信じられますか?スズハはこの時点でまだ16歳なんだぜ。

描写してませんがヒナはスズハと同じように着物を着てます。これがエレメンタルマスターの正式衣装だと勘違いしてます。


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忍び寄る過去・前

エレメンタルマスターについてはこの作品の独自設定です。

スズハの過去。チマチマ欠片を出して行こうと思いましたが止めた。
この前後で一気にやる。


 日本のとある一軒家。

 表札に佐藤と書かれた家には夫婦と息子1人というごくありふれた家庭であり、晩御飯の光景がそこに在った。

 少しばかり違うのは、その家では少し前に引きこもりだった長男が事故によるショック死で亡くしており、葬式などのゴタゴタがようやく片付いて以前の生活リズムが戻ってきていることか。

 

 その晩御飯中に痛ましいニュースが流れていた。

 それは実の娘を含めて3名を殺害した母親がパトカーに乗せられている映像が流れているニュースだ。

 

『今日昼頃。○○市○○○町で白河涼葉さん(11)とその娘である生後三ヶ月の赤ん坊が包丁で殺害されているのが発見され、殺人容疑の疑いで白河涼葉さんの母親である白河静香さん(43)がパトカーに乗せられています』

 

『同時に、赤ん坊の父親と思われ、事件当時白河家に訪れていた森岳誠さん(22)が鉈で頭を割られて殺害されているのも発見されており、今回の事件動機は白河涼葉さんの出産が原因ではないかと見て警察は捜査を続けており────』

 

 それからは小学生の出産やら児童ポルノやら。

 その時、家族は何をしていたのかと憶測が飛び交っている。

 ただ、そのニュースを見ていた息子を失ったばかりの母親はあることを思っていた。

 

(もしも死後の世界なんてモノが在るなら、うちのバカ息子とこの子たちが出会うなんてことがあったりしてね)

 

 そんな益体の無い思考は即座に切り捨てて料理を並べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい、カズマさん。めぐみんさん朝食の用意はもうすぐ終わりますので」

 

「あぁ。ただいまー。おらめぐみん! もう歩けるだろ! 降ろすぞ!」

 

 背負っていためぐみんを降ろすとバランスを崩して尻を打つ。

 

「カズマ。もう少し優しく降ろして欲しいのですが! 女性に対する扱いがなってませんね!」

 

「喧しい! 爆裂魔法撃って動けないお前を、家まで運んでやっただけありがたく思え! 大体女性って誰だよ? 俺の目の前にはロリッ子が2人いるだけだろうが!」

 

 尻餅をついためぐみんを指差して鼻で笑うカズマ。

 それにピキッと青筋を立てた。

 

「スズハはともかく、私はもう14で大人です! 結婚だって出来る年齢ですよ! 子供だって作れます!」

 

 などと息巻いているめぐみんの肩にスズハが手を置く。

 

「めぐみんさん。子供を作る作業も産むのもとても大変なんですよ?」

 

「あ、はい。すみません」

 

 しみじみというか、歳に似合わない実体験を滲ませた声音で言われてめぐみんが即座に謝る。

 何事もなく出来た朝食を皿に移しているスズハを見てめぐみんはカズマに確認する。

 

「……い、今のは、スズハなりの冗談だったのでしょうか?」

 

「分からねぇよ。だとしても重いっつの!」

 

 何せ、11歳子持ちの台詞だ。

 その話題を出されたら押し黙る他ない。

 

「ま、なんにせよ、明るくなったよな。スズハの奴」

 

 最初は捨てられまいと笑顔で居てもどこかよそよそしい感じだったが、今では自分から話しかけて意見も言う。

 文句が有ればちゃんと口にする。

 たまに、今のようなちょっとした冗談? だって口にする。

 それはきっと、スズハがここでの生活に馴染んできた証なのだろう。

 それに、アクセルの街にはスズハを可愛がっている街の人間は多くいる。

 今ならもしここに住めなくなっても生きていけるだろう。

 

「あれ? スズハより俺たちの方がヤバい状況なのは何でだろう? 主に借金で」

 

 首を傾げると食卓の椅子に座ってるアクアが呼んでいる。

 

「ほらカズマ! 早く席に着いてよ! ごはん食べられないじゃない!」

 

 そのアクアの姿を見てカズマはピキッと青筋が立つ。

 

「お前のせいじゃねぇかぁああああああっ!!」

 

「な、なによ朝っぱらからいきなりぃ!? ワケわかんないんですけどぉ!」

 

 カズマがアクアの頬を引っ張り、騒がしい食卓になる。

 いつも通りの朝だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その男は、期待の新人冒険者である。

 腰に下げた日本刀と呼ばれるこの世界で珍しい刀剣を持ち、動きやすいように軽装の鎧を身に着けた長身中背の男。

 顔立ちは整っており、中々のイケメン。オールバックにした黒髪黒目の20代前半の男だった。

 アクセルで冒険者のソードマスターとして登録し、数々の高難易度クエストを成し遂げた。

 同じくソードマスターで名を上げている魔剣の勇者、ミツルギキョウヤにいずれは追い付くだろう人材として冒険者ギルドや王都で期待されていた。

 そんな彼は気紛れから始まりの街であるアクセルに戻り、買ったばかりの酒を昼間から煽っている。

 

「久々にアクセルに戻ったのに録なクエストも無しかよ。なら、適当に頭の悪そうな女でも引っ掛けて宿に────」

 

 などとこれからの予定を頭の中で立てていると、小さくガラガラと鳴る音に意識が向く。

 

 音の方を向くと、そこにはベビーカーを押した、やはりこの世界で珍しい着物を着た10歳前後の少女が商店街を歩いている。

 ここアクセルでは日常になりつつある光景だ。

 その少女を見てソードマスターの男はポツリと呟いた。

 

(すず)ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっそいわよスズハ! もう私、お腹ペコペコなんですけど!」

 

「お前のワガママで無理して来てくれてんのになんつうこと言ってんの、この駄女神は!?」

 

「あはは。いいんですよ。お待たせしました。今日のお弁当です」

 

 安全かつ実入りの良いクエストが無かった為に次のクエスト更新まで土木のアルバイトをしているカズマとアクア。

 アルバイト中の2人に昼頃お弁当を届けるのがスズハの仕事だった。

 前までは出かける際に渡していたのだが、アクアが出来るだけ温かいお弁当が食べたいと言い始めた。

 電子レンジのないこの世界でどうするのか? 

 要は、ギリギリで作った温かいお弁当を持って来てくれと言い出したのだ。

 まだ寒さの続くアクセル。それも外作業をする者が温かい昼食を食べたいと思うのは当然。

 なら、店に入れば良いのだが、生憎と彼らにそんな時間的余裕はない。

 そこでアクアがスズハに出来立ての弁当を持って来てくれと頼んだ。

 ここに来るまでに少し冷めているが、まだ温かさを残した弁当がその手に置かれる。

 

「ホント、悪いな。助かる」

 

「好きでしている事ですから」

 

 最初はそこまでする必要はないとアクアの要求を却下していたカズマだが、何だかんだで温かな弁当はありがたい。

 ちなみにこの行動で、親方などの土木仲間たちにもスズハの存在が認識されて可愛がられてたりする。

 アクセルの街中で着実にコミュニティが広がっていた。

 

(これじゃあ、どっちが世話になってんだか……ちょっとは何か返さないとな……)

 

 そんなことを考えていると、あることを思い出す。

 

「スズハ。バイトが終わったらちょっと付き合ってくれ」

 

「え?」

 

「なに? カズマさん、スズハをどうする気なの? さすがに小学生をデートに誘うとか引くんですけど」

 

 カズマのいきなりの提案にスズハは驚き、アクアは犯罪者を見るように後ろに下がる。

 しかしそれをカズマは全力で否定した。

 

「ちっげぇよ! スズハがエレメンタルマスターについて知りたがってたから、知ってそうな奴に会わせようとしてるだけだっての!!」

 

 雪精と契約してエレメンタルマスターについて出来るだけ知識を得ようとしているスズハだが、今のところは上手くいっていない。

 現在アクセルの街にエレメンタルマスターがいないのと、図書館で調べようにも記述がほとんど見つからない。

 精々書いてあるのは、エレメンタルマスターの活躍を書いた記録書くらいである。

 精霊と会った際にどう接して契約した後もどうすれば良いのか。知りたいそこら辺の情報は見つからないのだ。

 

「なによ! そんなアテがあるなら最初から教えてあげれば良いじゃない! 誰なの、それ?」

 

「ウィズ」

 

 カズマが出したのは売れない魔法具店の店長だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エレメンタルマスターについて、ですか?」

 

「もし何か知ってるなら教えてくれないか? こいつがその職でな。でも、情報が少なすぎるんだ」

 

「あぁ。貴女がシラカワスズハさんですね。お噂は聞いていますよ」

 

 どんな噂なのか聞こうとしたスズハだったが、その前にカズマの質問に答える。

 

「お教えしたいのは山々なんですが、私もエレメンタルマスターについてはあまり詳しくなくて」

 

「そっか。色んな冒険者を知ってそうなウィズなら或いはとも思ったんだけどな」

 

 期待半分だったためにアテが外れたこと自体にはあまり気落ちしていない。

 すみませんと再度謝りつつウィズは自分の知っていることを話す。

 

「彼らは基本、精霊。自然の声に耳を傾ければ傾けるほど人里を離れる傾向にありますから。書物などの記録に残りにくいのもそれが原因です」

 

「人里を離れる?」

 

「はい。精霊たちと強く結び付いたエレメンタルマスターは、より精霊と繋がり、寄り添って生きるために、自然に近い場所で世捨て人同然の生活をすると聞いたことがあります。高名なエレメンタルマスターが力を貸すのは、人の手では負えない災害や強力な魔物や魔族の相手を国から要請を受けてというパターンが多いそうです。それすらも拒否する人が大半だとも言われていますが」

 

 精霊と繋がって生きるために人の世を捨てる。

 自然と一体となって過ごすことこそが、精霊を身近にする最短の道

 もしくは精霊の声を聞き続けたことで人の世に嫌気が差したのかもしれない。

 何にせよ、スズハがそんな生き方をするとは思えないが。

 

「私が話せるのはこのくらいです。ごめんなさい、お力になれなくて……」

 

「いや。為になったよ。急に押し掛けて悪かったな」

 

「ウィズさん。とても参考になりました。ありがとうございます!」

 

 ペコペコと頭を下げるスズハにウィズは穏やかな笑みを浮かべていえいえと返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1日の終わりが近づき、スズハに支えられる形でヒナもお風呂に入り、近い位置でめぐみんがその様子を見守っていた。

 

「もう一月二月もすれば歯も生えてくるでしょうね」

 

「そうなんですか?」

 

「えぇ。こめっこ……あくまでも私の妹の時はでしたが」

 

 こうしてめぐみんは年の離れた妹の時の経験からヒナの子育ての手伝いやアドバイスをしてくれる。

 パーティー内で最年少であることからお姉さんぶれるのが嬉しいのかも知れないが。

 最近では人見知りも激しくなり、アクアやカズマ、ダクネスにも恐がるような素振りが表れていた。

 だからスズハが手を放せない時はヒナの面倒はめぐみんが見ている。

 

「~~~~♪」

 

 スズハの口から聞いたことのない歌が紡がれる。

 歌詞からしておそらくは子守唄の類いなのだろう。

 本人の様子からもしかしたら無意識に口ずさんでいるのかもしれない。

 温かな湯船に少女の声が紡ぐ心地良い子守唄。

 めぐみんにしてもこの場で眠ってしまいそうだった。

 しばらくその歌に耳を傾けていると目蓋が落ちそうになる。

 しかし、そうなる前に歌は止まってしまった。

 

「そろそろ、上がりましょうか」

 

「……そうですね」

 

 もう少し聴いていたかった気もするが、そうしたら本当に眠ってしまいそうだった。

 

(流石に、それはマズイですね)

 

 スズハの提案通りにめぐみんも浴槽から出る事にした。

 

 ヒナの体を丁寧に、宝物を扱うように拭いていくスズハ。

 その表情は過去、めぐみんの母が妹のこめっこの世話をしていた時の表情と重なり、だからこそ不意に哀しくなってしまった。

 まだ11。

 勉強も遊びも全力で取り組むべき子供が、子を産み、育てる。

 出会った時からそうだったからいつの間にかそれが当たり前で。いつしかその歪さを忘れてしまっていたのかもしれないとも。

 だからこそふと直視して気付いてしまう。

 

「スズハ」

 

「はい?」

 

 めぐみんはタオルを巻いたままスズハの横に腰を下ろす。

 

「私は、スズハが過去に何があったのか、知りたいと思ってます」

 

 めぐみんの言葉にスズハの肩がビクリと跳ねる。やはり、知られたくない何かがあったのだろう。

 

「細かなことは分かりませんが、きっととても大変なことがあったのだということくらいは、私でも分かります」

 

 それは、何も分かっていないのと同じなのかもしれない。だけど、断言できることはある。

 

「スズハがどんな過去を抱えていようと、私たちはスズハの味方です。だから、スズハが自分から話してくれるのを待つことにします」

 

 スズハが瞬きする。

 

「貴女が話したいと。私たちになら話しても良いと思ったら教えて下さい。どんな過去でも、私たちは貴女の味方です!」

 

 もう一度強く断言した。

 

「紅魔族随一の天才は、仲間を見捨てたりはしないのですよ!」

 

 スズハの頭を撫でてあげると、その顔が赤く染まった。

 それはきっと風呂場から出たばかりだからではない筈。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄様! 開けてください! ここから出してください!? どうしてっ!?」

 

 声を張り上げて固く閉ざされた扉を何度も叩く。

 しかしいくら叫び、扉を叩いても向こうにいる筈の兄はまったく応えてくれない。

 閉じ込められた部屋で中に居た男が舐め回すような視線と笑みでジリジリと近づいてきた。

 扉が開かないことを悟った少女は狭い部屋の中で男から距離を取る。

 だけど、成人男性と年齢が二桁を越えたばかりの少女ではすぐに動きを止められるのは道理。

 足を引っかけられて転ぶと、少女が頭を床に押さえつけられる。

 

「あ……!」

 

 そして、男は着物の帯に手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、胸糞シーンあり。


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忍び寄る過去・後

後編、スタート。
ヒナの父親にヘイト集めようとしたらすごいことになった。


「奥様! 落ち着いてください!!」

 

 使用人の切羽詰まった声が外から聞こえると、同時に部屋の戸が音を立てて開かれる。

 

「なん、て……悪い子なの……貴女はっ!!」

 

 鬼のような形相とは、このような顔を言うのかとスズハは思った。

 自分がもしも成長したなら、この人のように成長するのではないかと思うほどわたしと母の容姿は似ていた。

 その母が生まれてこのかた見たことのない表情で自分を睨んでいる。

 手には包丁が握られ、既に返り血で汚れている。手にした包丁と共に殺意が向く。

 

「か……」

 

 母様、と呼ぼうとしたが、それより早く動いた母様の腕が包丁を振り下ろしてくる。

 

「っ……!」

 

 咄嗟に赤ん坊の娘を庇おうと動くと背中が包丁で切られる。

 産後、体調を崩しがちだったこともあり、体が余計重たく感じる。

 背を向けているわたしを力づくで振り向かせると、包丁の柄の先端で額を思いっきり叩かれると割れて血が流れた。

 興奮している様子の母様は、フーッ! フーッ! と荒い息のまま体が重たくて動けないわたしに馬乗り逆手に持った包丁の刃が鈍い光を放つ。

 

「かあ、さま……?」

 

 鬼のような形相のまま、母様は涙を溢していた。

 ガタガタと刃が震えている。

 

「なんて、ひどい……! 貴女は、私から……どうして……」

 

 断片的な言葉は何1つわたしに真実をもたらしてはくれませんでした。

 どうして母様がいきなりこんなにも様変わりしてしまったのか

 どうして、刃物まで持ち出して襲いかかってきたのか。

 わたしが最後に思ったのは、腕に乗っている娘のこと。

 

 ────誰か! お願い! どうか、陽愛(むすめ)を助けて! 

 

 そう叫び、声を上げる前に、母様の手から包丁が落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷の中にはスズハとヒナ。そしてダクネスだけだった。

 今は家事の休憩にダクネスとボードゲームに興じている。

 チェスに似たゲームではあるが、やはり世界が違えばルールにも差違があり、ようやくスズハはルールを把握したばかりだった。

 真剣な表情で盤上を睨み、駒を動かすスズハ。

 

「こ、これはどうですか?」

 

「ん」

 

 しかしやはり経験の差か、ダクネスは優々とスズハの駒を排除していき王手をかけた。

 ちなみに戦績はこれまでスズハの全敗である。

 今日の3戦目を終えてお茶にしようとする。

 

 そこで戻ってきたカズマの怒鳴り声が響いた。

 

「アァクアァアアアッ!! めぇぐみぃんっ!! どこだぁああああっ!!」

 

 突然の怒鳴り声にスズハは淹れていた紅茶を溢しそうになった。

 

「どうしたんだ、カズマ。いきなり」

 

 ダクネスが問うがそれに答えずに逆に聞き返す。

 

「ダクネス! アクアとめぐみん知らないか! あいつらぁ!!」

 

 腹の底からの声にダクネスは一歩下がる。

 その時、厨房に居たスズハがひょっこり出てきた。

 

「アクアさんならお酒を買いに行くと言ってましたよ。めぐみんさんはゆんゆんさんのところに遊びに。どうかしましたか?」

 

 スズハの質問にカズマは地団駄を踏む。

 

「どうかしましたかじゃねぇ! アクアの奴、八百屋のバイト先でまた芸をして商品消しやがった! 今度はかぼちゃ5個も! めぐみんの奴はぁ! 爆裂魔法とそれを毎日撃ってるアイツを馬鹿にした冒険者に御礼参りに行って! 2人の文句が俺に来やがったんだよ! リーダーならちゃんとメンバーの教育と手綱握れってな! っていうか俺はパーティーのリーダーであっても保護者じゃねぇんだよぉおおおおおおおっ!!」

 

 どうせ相手に謝り倒したのだろうカズマは一気に捲し立てる。

 ゼェゼェと息を荒くするカズマにお茶と茶菓子を載せたトレイを運ぶ。

 

「まぁまぁ。お1つどうぞ」

 

 切られたパウンドケーキを差し出されてカズマはそれを1切れを食べる。

 パウンドケーキの甘さと労ってくれるスズハの優しさが胸に染みる。

 

「うう! こんなことで涙が……スズハのこういうところをアホ3人に見倣わせたいぜ……」

 

「おい待て。その3人の中には私も含まれているのか?」

 

「お茶も注ぎますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、死後の世界へ。森岳誠さん。貴方は不幸にも先程亡くなりました。貴方は、死んだのです」

 

 あのババアに殺された僕は見知らぬ部屋に座らされていた。

 目の前には金髪の翼を生やした天使っぽい女が立っている。

 その天使は淡々とした態度で説明を始めた。

 

「本来ならば、貴方のような者は地獄行きが確定しているのですが。昨今、日本からの転生者が減り、試験的に貴方をあちらの世界に送ることにします。もしも向こうで善行を積むのであれば再びの死後、他の選択も御用意しましょう」

 

 説明される異世界の事を話し半分に聞きながら僕は歓喜に震えていた。

 あのババアに殺される理不尽に歯噛みする暇もなかったが、こうして新しい道が開けている。

 転生。高校時代、友人(パシリ)が読んでいたのを借りて読んだことがあったが、なんともつまらないと馬鹿にしていた。

 しかしこうして自分にそれが訪れれば口元がつり上がるのも仕方ないだろう。

 あの死も、これに繋げるプロセスだったに違いない。

 

「では異世界へと送ります。貴方のご活躍をお祈りしています」

 

 僕の人生は、いつだって上手くいくのが当然なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤ちゃん用のミルクは買い足しましたし。昨日はカエルの唐揚げでしたから今日はお魚をメインに……」

 

 商店街をヒナの乗るベビーカー押して移動するスズハ。

 店の人や、知り合いの住民などに声をかけられながら買い物を進める。

 今日もカズマとアクアは土木のバイト。

 めぐみんとダクネスはそれぞれ別行動中。

 皆が頑張っているのだからとスズハも家事に力が入る。

 

「本当に、最初ここに来たときはどうなることかと思いましたけど」

 

 見知らぬ街。そこに(ヒナ)と来て不安しかなかったあの日。

 クリスと、彼女に紹介されて出会った優しくも楽しい人たち。

 少々困ったところもあるが、いつも遠慮なく自分をぶつけてくる4人にどれだけ救われたか。

 口元を綻ばせて買い物が大体終わったのを確認する。

 

「いつか、エリス様にもちゃんとお礼を言いたいです」

 

 この世界に送ってくれた女神に向けるように空へと視線を移す。

 

(エリス様。わたし、今幸せです)

 

 帰ろうとするとキンッと鉄が軽く当たる音が聞こえた。

 その音自体別段珍しいモノでもない。商店街には冒険者も訪れるのだから。武器や鎧が壁に当たる事もあるだろう。

 気にする必要は、無い筈だった。

 その顔を見るまで。

 

「な、んで……」

 

 ぞわりと鳥肌が立つ。

 髪をオールバックに纏めた一見理知的で整った顔立ち。

 長身中背の体格に軽鎧を身に付け、腰にはこの世界では見たことの無い日本刀を差している。

 

「やぁ、(すず)ちゃん。久しぶりだね」

 

「まこと、さん……」

 

 その姿を見てその声を聞くだけで冷や汗が流れ、声に力が入らなくなる。

 ジリッと1歩後ろに退がるが、相手は気にした様子もなく馴れ馴れしい態度で近づいてきた。

 

「まさか、涼ちゃんまでこの世界に居るとは思わなかったよ」

 

 男の態度とは別にスズハは怯えるような顔で固まっている。

 ただどうしてという疑問が頭の中を駆け巡り、何をすべきかまで頭が回らない。

 

「そのベビーカーに乗っている子はもしかして────」

 

「やめてください!」

 

 その先は聞きたくなかった。

 口にして欲しくもなかった。

 

 (ヒナ)の父親が、目の前のこの男だという事実に。

 

 スズハが声を上げたことで商店街の住民が2人の雰囲気を怪しみ、肉屋の店主が近づいて来た。

 

「おいアンタ。いったいその娘に何を……」

 

「やだなぁ。同郷ですよ。この子のことは昔から知ってる。ね? 涼ちゃん」

 

「……っ!」

 

 にこやかな。この男の本性を知らなければ騙されてしまいそうな愛想の良い顔。

 ここで助けを求めたい衝動に駆られたがダメだ。そうなれば、この男がどんな行動に出るのか分からない。

 スズハは噛んでいた唇を解き、肉屋の店主に笑みを張り付けた。

 

「はい。この人は、わたしの知人です。ここに居るとは思わなかったので、ビックリしてしまっただけですから」

 

 そして、目の前の男を見る。もう会うことも無いと思っていた相手を。

 

「少し、場所を変えましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人が移動したのはアクセルの街でも比較的治安の良くない場所だった。

 狙って移動した訳ではなく、人目を避けていたらここにたどり着いたのだ。現に周りを見渡しても遠目に1人2人しかこの場にはいない。

 

「でも、その格好はなんなの? 白河財閥の御令嬢がそんな安物の布で縫った着物なんて着てみっともない。おじさんがみたらなんて思うか」

 

「家のことは、ここでは関係ありませんから」

 

「まぁ、そうだね」

 

 スズハの言葉に頷くと横を歩く青年、森岳誠は下流へと続く河が見える通りに着くと足を止めた。

 そしてスズハが険しい表情で質問する。

 

「誠さんは、どうしてここに……」

 

 その質問に驚いたような顔をする誠。

 

「なんでって……静香さん。君のお母さんに殺されたからじゃないか」

 

「え?」

 

 誠の言葉が理解出来ないとばかりに首を傾げる。その様子から誠は本当にスズハが自分の死を知らないのだと確信する。

 

「あの時はビックリしたよ。あの日、静香さんに呼び出されてね。あの人はその子が僕の子だって感づいてたらしくて。ちょっと話をしたら頭をズドン、さ」

 

 自分の頭部をトントンと指で叩く誠。

 周りに人が居ないからか、商店街で見せた好青年の仮面は剥ぎ落ち、記憶にある蛇のような嫌悪感の増す表情となる。

 

「しかし、会うのは初めてだよね。本当に産んでいたなんて驚きだよ。僕と君の────」

 

「触らないで!」

 

 ヒナに触れようとする誠の手をスズハが手で遮った。

 

「ひどいな。僕の子なら抱き上げる権利くらい、あると思うんだけど?」

 

「馬鹿なことを言わないでください! 事実はどうあれ、わたしは貴方をこの子の父親だと認めるつもりはありません!」

 

 真っ直ぐと誠を睨み付けるスズハ。しかし相手はそんなスズハを見て可笑しそうに笑いを漏らす。

 

「何が可笑しいんですか!」

 

「いや。あのスズハお嬢様がお強くなられたと感動してるんだよ。何せ、僕に組み伏せられたあの日。兄様、助けてください兄様! って泣き叫んで自分を売った兄貴にずっと助けを求めてた君がねってねぇ」

 

「……っ!?」

 

 悔しさと羞恥でスズハは顔が赤くなり、表情が歪む。

 元々、誠とスズハの兄、白河夏人は年が2つ違いの幼馴染だった。互いの父が友人関係という事もあり、誠は頻繁に白河家を訪れていた。

 幼馴染と言っても実際に2人の関係は親分子分のそれであり、夏人は誠から理不尽な扱いを受けていた。

 だが、外面の良い誠は大人たちにそれを気付かせることなく、それに気付いていたのは兄を良く見ていたスズハだけだった。

 そして結局、気の弱い兄は長年染み付かせた上下関係から立ち向かう事が出来ず、誠にスズハを売り渡す。

 あの件を許すことが出来ず、あの日以来、スズハは夏人を兄と思うことはなくなった。

 

「その気性を見ると、静香さんの子供だって納得出来るよ。まったく。あんなにも愛し合った男を容赦なく殺すだけに飽き足らず、トチ狂って娘まで手にかけるなんてね」

 

 酷い母親だと染々として呟く誠。しかし、その中に聞き捨てならない言葉があった。

 

「愛し、あっていた……?」

 

 スズハの言葉に誠はあぁ、面白そうに口を開いた。

 

「大学に入ったばかりの頃だったかな。淋しそうにしてた静香さんにちょっと甘い言葉をかけたらあっさりとすり寄ってきたよ。僕としては金を貢いでくれるとはいえババアの相手をするなんて、とも思ってたけどね。いやぁ、あの人も中々に若々しい」

 

 自慢するように話す誠の言葉にスズハは嫌悪と過去の記憶からガチガチと歯を鳴らす。

 スズハは、決してヒナの父について話さなかった。

 それは、目の前の男を庇ったからでは断じてなく、誠への嫌悪感からだった。

 母とこの男がそういう関係だったのなら。

 あの時の錯乱は────。

 

「それにしても、この子も可哀想になぁ。涼ちゃんみたいな子の母親ごっこに付き合わされるなんて」

 

 その言葉に、本当に頭に血が登った。

 

「ごっこだなんて……ふざけっ!?」

 

 しかし、すぐに平手打ちがスズハの頬に張り、揺れた体が倒れる前に胸ぐらを掴んで壁に押し付けられる。

 

「ごっこじゃないって? それこそまさかじゃないか。妻が寝取られてるのに気付かない男と、息子と同世代のガキに股を開いた挙げ句に、トチ狂って娘を殺害する女。そんな2人の遺伝子を継いで生まれたのが涼ちゃんじゃないか、えぇ!」

 

 胸ぐらを摑まれたまま、何度も背中を壁に叩きつけられた。

 

「そして、妹を売り渡すような兄貴。そんな家族に育てられた君が、母親なんて務まると、本当に思ってるのかい?」

 

 馬鹿馬鹿しいと鼻で笑う誠。

 最後に見た、涙を流しながら自分の首を刺した母の顔が蘇る。

 あの人の娘である自分には最初から母親の資格なんて────。

 

「ちが……わたし……わたしは……!」

 

 気がつけばぽろぽろと涙が溢れてきた。

 

「私のこの手が光って唸る」

 

 それでも、なんとか反論しようと口を動かしたいのに、顎に力が入らなくて。

 

「ロリコン潰せと轟き叫ぶ」

 

「ハッ! なにも言い返せないなんてね。自分がどういう人間かようやく理解して……」

 

「砕け! 必っ殺!!」

 

「ん?」

 

爆熱(ばぁくねつ)! ゴォッド・ブロォオォオオオオッ!!

 

 突如現れたアクアの光輝く拳が誠の顔面にクリーンヒットし、大きく殴り飛ばされる。

 こう、手裏剣みたいに回転しながら横3軒程。

 

 作業着姿のアクアが殴った拳を平手に打ち付ける。その顔は強い憤怒の表情を宿して。

 

「陽の落ちかけてる時間とはいえ、私の可愛い信者になんてことすんのよ、この変態(ロリコン)! YESロリータNOタッチって言葉を知らないの!!」

 

「スズハはアクシズ教徒じゃねぇだろ。てかその言葉、こっちにもあんのか?」

 

 アクアの言葉にカズマが冷静なツッコミを入れた。

 見ると、カズマ、アクア、めぐみん、ダクネス。そしてクリスがそこにいた。

 アクアの姿を見てスズハは壁からズレ落ちるように尻もちをついた。

 

「スズハ!? 大丈夫ですか?」

 

 皆が現れたことで緊張の糸が緩んだのか、スズハは荒い呼吸で汗が一気に吹き出ていた。

 涙を流したまま、震えている。

 そんな妹分をめぐみんは大丈夫ですよ、と頭を抱き寄せた。

 

「みな、さん……どうして、ここに……」

 

「商店街の人たちだよ。スズハが、見知らぬ冒険者に連れてかれたって、血相変えて土木のバイトしてた俺とアクアに知らせてくれたんだ」

 

「途中で一緒にいたあたしとダクネスとめぐみんが合流して、ここまで駆けつけたの」

 

 膝を曲げて良く頑張ったね、とクリスがスズハの頭を撫でる。

 そこで誠が立ち上がった。

 

「いっ、てぇ……なにすんだよお前らぁ! いきなり!」

 

 殴られた顔を押さえて怒鳴る誠にカズマが対応する。

 

「あんな場面見たら、誰だって止めに入るに決まってんだろ。アンタが悪い」

 

「ふざけるな! 僕はその子の父親だぞ!! 自分の女に会って、何が悪いって言うんだ」

 

『え』

 

 その言葉に4人の目が大きく開かれ、唖然とした表情になる。

 スズハの方に視線を向けると既に泣き止んでいるが、顔を背けている。

 

 それに真っ先に反応したのはアクアだった。

 

「え? マジですか。この男がヒナの父親ぁ!? わ、私、今までロリコンっぽい人を何人かこの世界に送ったことがあるけど、手を出した本物は初めて見たわ! 恐いんですけど! むしろ気持ち悪いっ!!」

 

 身震いする身体を押さえるアクア。他のみんなも大なり小なり似たような反応だ。

 

「いいから、そいつをこっちに渡せよ! 斬られたいのか!!」

 

 逆上した男が腰から刀を抜く。

 カズマが質問した。

 

「アクア。あの剣、なんだか分かるか? たぶん、転生特典で貰えるもんだと思うんだけど」

 

 この世界。少なくともこの街で刀が知られてないことは確認済みのカズマが質問すると、アクアが刀に注目してから答える。

 

「アレ? あぁ、あれは妖刀ムラマサね。以前会ったあの魔剣のイタイ人。あの魔剣の日本刀バージョンだと思っていいわ」

 

 珍しく質問に答えるアクアにカズマはへぇ、と返した。

 

(しかし、前に会った転生者といい、こいつといい、録な奴が居ねぇ。スズハみたいな良い子送ってくれたエリス様マジ女神だな)

 

 そうこう話している内に誠が斬りかかってきた。

 自分を殴ったアクアに向かう誠。

 その間にダクネスが割って入り、反射的に斬りつけられた。

 

「くっ!」

 

「ダクネスさんっ!」

 

 スズハの悲鳴のような声が響く。

 

「だ、大丈夫だ。問題ない。あぁ、思ったよりは、効いたがな」

 

 こっちに振り向いたダクネスは言葉とは裏腹に恍惚とした表情だった。

 それを見たカズマが頭を掻く。

 

「ったく。おいダクネス! こんな時に興奮してんじゃねぇよ! バカなの、このドM狂性駄(クルセイダー)! いや知ってたけど!」

 

「してない! これは、あれだ! 目の前の外道をこれから退治する高揚感からだ!!」

 

「いや、今更そんな取り繕わなくてもいいからね、ダクネス」

 

「なんでこの刀が通じねぇんだ! あの天使、嘘吐いたのか!?」

 

 ダクネスが大したダメージを負ってないことに動揺する誠。

 そんな動揺を余所にスズハから体を離してめぐみんが杖を向ける。

 

「カズマ、撃って良いですか? むしろ()して良いですよね? こいつをこれ以上、スズハとヒナの視界に入れさせたくありません」

 

 声は平坦で顔も無表情だが、めぐみんがガチでキレてることを察する。

 そしてカズマの許可の有無など聞かずに爆裂魔法を詠唱し始めた。

 慌ててカズマが止めに入る。

 

「気持ちは分かるがやめろ、バカ! 街中で爆裂魔法を使おうとするな!」

 

「問題ありません。あれは人ではなくゴミクズですから。ちょっとした街の清掃活動に従事するだけです。ギルドから報酬だって出るでしょう」

 

「出るか! いいから落ち着け! ここは俺が何とかするから! お前はスズハの傍にいてやれ! いいな!」

 

 詠唱を止めるまで口を押さえる。

 ようやく口が止まったのを確認してカズマはダクネスが止めていた誠に話しかける。

 

「おいアンタ! もう二度とスズハの前に現れないって約束しろ! でないと、ここで全てを失うことになるぜぇ!」

 

 相手からしたらイラつくような笑みを浮かべて挑発(けいこく)するカズマ。

 それに誠は鼻で笑った。

 

「お前が? 僕はこの刀で初心者殺しだって仕留めてきたんだぞ? お前みたいな雑魚にどうこうできるわけないだろ!」

 

 ダクネスの前に出るカズマに誠はムラマサを構える。

 誠が前へと動こうとしたその時、カズマが手を前に突き出す。

 

「スティール!」

 

 カズマの手が光り、収まると、その手には妖刀ムラマサが握られていた。

 

「お? 1発じゃん。ラッキー」

 

 自分の手から得物が消えたことで動揺する。

 

「な!? お前今、何やった! ズル────」

 

「スティール!」

 

 相手の言葉に耳を傾けずに再びスティール。今度はムラマサの鞘が手に入った。

 

「おいクリス! 何見てんだ! お前もやるんだよ!」

 

「え? あたしもぉ!?」

 

「いいからやれ! またパンツスティールされてぇのかぁ!」

 

「や、やるよ! やるからこっちに手を向けてにぎにぎするの止めて! もう! スティール!」

 

 クリスがスティールをするとチョーカーが盗れた。

 

「お、おい……お前らまさか!」

 

『スティール! スティール! スティール! スティール! スティール! スティール! スティール! スティール! スティール! スティール! スティールゥ!』

 

 2人がかりでのスティールに誠の衣服や持ち物は次々と盗られていった。

 穿いていたパンツを盗られた段階でダクネスは顔を真っ赤にして手で覆い、めぐみんはスズハの目を手で隠し、アクアは誠の股間を見て鼻で笑った。

 クリスは赤い顔で目を閉じ、スティールを繰り返している。

 ものの1分で全ての所持品をスティールし、全裸にひん剥いた。

 

「こいつは貰っておくとして。アクア! めぐみん!」

 

 ムラマサを自分の腰に差し、下に流れる川を親指で指す。

 すると3人は示し合わせたように盗った荷物を分担して抱える。

 

「ま、待てよ! お前らまさか!?」

 

「おーら、取ってこーいっ!」

 

 3人は腕力に任せて誠の持ち物を川の下流に投げた。

 ざっばーん! と川に落ちていく物品。

 

「お、お前ら何すんだ!?」

 

 スッポンポンのままカズマの胸ぐらを掴む。

 

「俺たちに構う余裕があるなら、さっさと荷物拾ったほうがいいんじゃないか? ここ、川の流れが比較的速いところだし。急がないと冒険者カードとか財布が回収できなくなるぞ?あぁ。まだ氷が残ってるアクセルの川に浸かるのはさぞや気持ちがいいだろうなぁ」

 

 ニヤァっとどっちが悪役だか分からない表情をするカズマ。

 それに、クソッと川に投げられた荷物の回収を始める。スッポンポンで。

 そこでカズマが誠に向けて声を上げる。

 

「言っておくけど! もう二度と俺たちの前に姿みせんなぁ! 問答無用でスティールすっからなぁ!」

 

 さっきまで自分に迫っていた光景とは真逆の姿が急激すぎて、スズハは呆けていた。

 

「ほら行くぞ」

 

 カズマが促す。

 しかし、スズハはそこから動けなかった。

 

 

「あ、あの……」

 

「いい」

 

「え?」

 

「言わなくていい」

 

 今回の説明を使用とするスズハにカズマがストップをかけた。

 

「今回のことは、別に無理に話さなくていいよ。もう終わったことだし」

 

「終わったことって……」

 

 スズハからしたら皆を巻き込んだのに、どうしてという思いがある。それにカズマが大きく息を吐いた。

 

「別にアイツとのことを知らなくったって俺たちが全滅するわけじゃないしな。スズハが言いたいなら聞くけど、そうじゃないなら言わなくていい」

 

 肩を竦めるカズマは、アクアたちを指差す。

 

「こいつらなんて、共有しないといけない情報を、直前になって言うんだぞ。そのせいで何度酷い目に遇ったか……」

 

 疲れた表情で言うカズマにアクアが文句を言う。

 

「何よ! カズマが無知なのが悪いんじゃない!」

 

「馬鹿か! 俺はこっちに来て1年も経って無いんだぞ! 少しはフォローしろこの駄女神ぃ!」

 

 などとアクアとカズマのいつものやり取りが始まる。

 そんな中でクリスがカズマに訊いた。

 

「そういえばさ、カズマはその剣、どうするの?」

 

「どうって……とりあえず使うぞ。やっぱり日本人は刀だからな!」

 

 日本刀にそれなりに思い入れがあるカズマはこのままこの刀を使うつもりらしい。

 それにクリスがちょっとした提案をした。

 

「その剣、あたしに譲ってくれないかな? あの男が奪い返しに来るかもしれないし。絶対見つからない場所を知ってるんだけど」

 

「えぇ~」

 

 クリスの質問にカズマが難色を示した。

 魔剣グラムの時同様、この刀も持ち主以外には本来の力を発揮出来ないだろう。

 それでも今のショートソードよりマシだろうし、何より刀だ。使ってみたい思いもある。

 そこでクリスが懐から財布を取り出した。それはクリスの物ではなく、誠の、だが。

 どうやらそれだけはくすねていたらしい。

 

「これで今日奢るからさ! お願い」

 

 それに反応したのはカズマが誠にではなくアクアだった。

 

「はい、クリス! これでいいのよね!」

 

「おい勝手に!」

 

「良いじゃない! どうせカズマが持ってても宝の持ち腐れなんだから! それなら、今日のお酒を選ぶべきよ! そうでしょ?」

 

「だからって力ずくで奪う奴があるか!ちょっとは訊けよ!」

 

「なによ!あんな変態(ロリコン)が使ってた武器なんて使ってたら、カズマにもロリコンが感染(うつ)るじゃない!バッチい物よ、それ!」

 

 勝手に刀を渡すアクアにカズマが文句を言うが、結局は渡す方に話が進みそうだった。

 

 スズハは、今も川で荷物を回収している誠を見る。

 その姿はあまりにも滑稽で。彼を見ている街の人たちがクスクスと笑っているのを見ていてなんだか、胸がスーッとした。

 

「あは……あはははははははははっ!!」

 

 突然笑い出したスズハに皆が唖然とする。

 

「あの人の荷物を盗って……川にぽーんって! 全然躊躇わないんですもん! 可笑しくて……!」

 

 笑い続けるスズハから見ていて、カズマたちもなんだが笑いが込み上げてきた。

 それは、初めて声を上げて笑ったスズハを見てのことだったのかも知らない。

 

 

「そうだ。今回のことはギルドに報告しておきましょう。最低でもこの街での冒険者業の停止。上手くすれば登録を取り消せるかもしれません」

 

「そうだな。この街でクエストを受けられないなら、スズハの前に現れる事もなくなるだろう」

 

(母様、貴女はあの時、わたしを悪い子だと言いましたけど、本当にそうだったみたいです)

 

 だって誠が酷い目に遭ってこんなに胸がスカッとしたのだ。

 あの姿を見て楽しくて仕方がない。

 

(でも、今はそれでもいいかなって思えます。この人たちのように、図太く、自分に正直に)

 

 昔なら絶対に思わなかっただろう心中。

 だけど、今はそれで良いと思える。

 

 移動し始めるとヒナを抱き抱えためぐみんがスズハに抱かせる。

 

「ほら! ヒナがぐずってますよ。ここまで泣かれたら私でもあやせません。スズハが抱いてあげないと。それと、今日はクリスの奢りです。全力で財布を空にしてやりましょう!」

 

「はい!」

 

 ヒナを抱いて、スズハは前を歩くカズマ達の後に続いた。

 過去()を振り返らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 酒場にて。

 

「俺、言ったよなぁ? スズハちゃんの無事を確認したら戻って来いって。何先におっぱじめてんだお前らぁ」

 

『すんませんでしたぁ!?』

 

 土木作業の親方が酒場に現れて、平謝りしているカズマとアクアの姿に酒場で爆笑の渦になる。

 

 その笑い声にスズハの声が混じっていたのは、きっと良い変化なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




プロローグ終了。
次回から原作事件に絡ませます。


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あれ?なんか……でかくなってね?

※この作品の時間の流れは作者の都合の良いように流れており、原作とは異なってます。


 カズマはソファーでだらしなく座りながら暖を取っている。

 横にはアクアもだらしなく座り、少し離れたテーブルにはめぐみんとダクネスがいつものようにボードゲームに興じている。

 さらにスズハは、暖炉の暖かさが届くところにヒナを寝かせて本人も椅子に座って編物をしている。

 いつもの夜の光景。

 別段おかしなところは何1つない。

 スズハの周りをボールのように跳ねている雪精。

 この雪精。いつもスズハと共に居るのではなく、ふとした瞬間に気がつけばいるのだ。

 スズハ曰く、感情が伝わってきて、わたしに会いたそうだったら喚んでいるとのこと。

 だからか、編物をしながら時折雪精に触れている。

 よくこんな寒い時期に冷たい雪精を触れるなと感心していると、それをジーッと見ていたアクアが突然ソファーから立ち上がった。

 

「やっぱり、大きくなってるわ!」

 

 雪精を指差す。

 その指摘に皆が頭に? を浮かべる。

 

「その雪精よ! 私が捕まえた時より絶対大きくなってるの!」

 

 アクアはそこで近くに置いてあった硝子瓶を取り出す。

 

「これ! その雪精を入れてた瓶なんだけど、今は絶対に入らないもの!」

 

 そう言って大きさを比べようとして雪精に近づくが、アクアから距離を取って逃げている。

 

「ちょっ! なんで逃げるのよ! 別に取って食おうってわけじゃ────って、きゃあぁあああぁあああっ!? 冷気吹いてきたんですけどぉ!?」

 

 追いかけるアクアに雪精の口? の辺りから冷気が吹き出し、アクアの髪の一部が凍る。

 

「こら、シロ! そういうことしたらダメでしょ!」

 

 め! と雪精を軽く叩くスズハ。

 なんかしょんぼりしてるように見える雪精がちょっと可愛く見える。

 

「しかし、シロですか。何と言うか、安直すぎます。愛がありません。もっとカッコいい名前を付けようとは思わないんですか? やはりここは私が────」

 

「それは止めとけ」

 

 言って立ち上がったカズマがめぐみんの口を防いだ。

 スズハは契約した雪精のことをシロと呼んでいる。

 何でも、自分が契約した雪精がちゃんと分かるようにとのこと。

 ガリガリと髪の氷を落とすとアクアが抗議した。

 

「なんで! 雪精は攻撃力を持たない無害な精霊の筈なのに! っていうかなんで私を攻撃するの! あんなに可愛がってあげてたのに! おかしいわよ、おかしいわ!!」

 

「む。そういえばそうだな。だから、冬将軍のことを除けば安易に討伐できるモンスターとして記録されている」

 

「つーか、瓶詰めにしてたんだから攻撃手段があるなら抵抗するだろ」

 

 泣きそうなアクアにダクネスが首を傾げてカズマが当然だと欠伸をする

 その反応にアクアは地団駄を踏んだ。

 

「なんでよぉ! 私、その子を可愛がってたのよ! 仮にそれが窮屈だったとしてもよ! 私のお陰でスズハと契約できたんじゃない! 野良のままだと冒険者に討伐されてたかもしれないのよ! むしろ恩人じゃない!!」

 

(いや、むしろ俺らが討伐してたんだけどな……)

 

 きっとそこら辺はアクアの中では都合よく纏められているのだろう。

 その時の記憶を呼び起こされて冬将軍に斬り落とされた首が痛むような錯覚に陥る。

 そして改めて雪精のシロを見る。

 確かに野球ボールくらいだった雪精も今はバレーボールより少し小さいくらいにまで大きさが変化している。

 シロを膝に乗せたスズハが自分の意見を言う。

 

「日頃から少しずつわたしの魔力を食べてるみたいで。その影響かもしれません。今の冷気もわたしの魔力で吹いてたみたいですし」

 

「威力的にはカズマのフリーズ以下ですが、このままいけばもっと強くなる可能性もあるかもしれませんね」

 

 等と和やかな笑いが起こる。アクア1人を除いて。

 

「うう……私が捕まえた雪精なのにぃ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「め、めぐみん! 勝負よ!」

 

「お断りします」

 

「断られた!?」

 

 定期的に屋敷へと現れるゆんゆんがめぐみんに勝負を挑むがあっさりと断る。

 動揺するゆんゆんにめぐみんがしーっと口元に人差し指を立てる。

 

「あまり大きな声を出さないで下さい。ヒナとスズハがお昼寝中なんです」

 

 屋敷の中には寝かされているヒナと椅子に座ったまま居眠りしているスズハが居り、座っているスズハには毛布がかけられている。

 めぐみんも取り込んだ洗濯籠を持っている。

 

「昨日はヒナの夜泣きが長く続いていたみたいであまり寝てないんです。起こしたらかわいそうでしょ? まったくゆんゆんは少しは空気を読んで欲しいです」

 

「うう……ごめん……」

 

 めぐみんのため息にゆんゆんは申し訳なさそうに謝罪した。

 それからめぐみんが中を顎で差す。

 

「入るなら入ってください」

 

 あっさりと招き入れようとしてくれるめぐみんにゆんゆんは後退りながらも聞き返す。

 

「い、いいの! はっ!! もしかして私が来るのを察して中に罠を仕掛けてたりしてないよね! めぐみん!?」

 

 あまりにもあんまりな返答にめぐみんは青筋を立てて目を細めた。

 

「前言撤回です。やっぱり帰ってください」

 

「えぇ!? ご、ごめんめぐみん! 謝るから中に入れてよぉ!」

 

 スタスタと屋敷の中に入っていくめぐみんの後を追うゆんゆん。

 居間まで行くと火の着いた暖炉の前でスズハとヒナがそれぞれ眠っている。

 

「起こさないで下さいね」

 

「わ、わかってるよ!」

 

 無防備に寝ているスズハを見てゆんゆんは大人しくしていたが、めぐみんが指示を出す。

 

「ほら、ゆんゆん。ボケッとしてないでお茶淹れてください。私もこう見えて疲れてるんです」

 

「いや! 私お客様だよね!? こういう場合めぐみんが淹れてくれるんじゃないの!?」

 

 アポなしとはいえ客に茶を淹れさせようとするとは思わなかったゆんゆんは驚くも、めぐみんは何を言ってるんですか? と首を傾げた。

 

「それなら何のためにゆんゆんを中に入れたか分からないじゃないですか」

 

「え!? まさか本当にその為だけにいれてくれたの!?」

 

 やっぱり、めぐみんはめぐみんだったと諦めて言われた通りにお茶を淹れ始める。

 ポットを載せたトレイをコトッと小さく音を立ててテーブルに乗せるとスズハが、ん……、と首を動かして目蓋を開けた。

 

「……洗濯物を、取り込まないと」

 

 椅子から立ち上がろうとすると、めぐみんがストップをかけた。

 

「洗濯物は私が取り込みました。スズハはそのまま休んでいてください」

 

「え!? あ、すみません……寝ちゃってたみたいです」

 

「今日はクエストも無いですし。たまには休んでもいいんですよ?」

 

「いえ。これから、晩御飯のお買い物にも行かないと……」

 

 目を擦りながら立ち上がるスズハ。

 そんな彼女を労るめぐみんを見て、ゆんゆんが無意識に呟く。

 

「めぐみんがお姉さんしてる……」

 

「それはどういう意味ですか?」

 

 めぐみんが立て掛けてあった杖を手にして先端をポンポンと手の平に載せた。

 笑顔で威圧してくるめぐみんにゆんゆんがヒィッと掠れた声を出した。

 

「べ、別に他意はないのよ! ただ、めぐみんがこめっこちゃん以外にお姉さんっぽく振る舞ってる姿に違和感が……」

 

「それ、フォローしてるつもりですか?」

 

 んー? と近づくめぐみんに、スズハが止めに入った。

 

「めぐみんさん……仲が良いのはいいですが、あまり手荒なことは……」

 

「む」

 

 スズハに言われて仕方なく杖を下ろす。

 それにホッとするゆんゆん。

 

 財布の中身を確認しているスズハを見てゆんゆんが同伴を申し出た。

 

「わ、私もついて行っていいかな?」

 

 断られたらどうしようという不安からどもるがスズハは笑みを浮かべて頷く。

 

「はい。皆で買い物するの、楽しいですから。めぐみんさんも行きましょう」

 

「そうですね。この間のようなことがあったら大変ですから。私も行きましょう」

 

 この間、というのはもちろんスズハの知人であるモリタケマコトに絡まれた件である。

 しかし、その件を知らないゆんゆんは首を傾げる。

 

「この間のような?」

 

「大したことではありません。不埒な男にスズハが絡まれただけです」

 

 思い出したくもないとばかりにめぐみんは不機嫌そうな様子で眉間にしわを寄せた。

 その剣幕に圧されてゆんゆんはそれ以上、何も言わない。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前々から思ってたんだけど。スズハちゃん、その服動き辛くない? 温かそうではあるけど」

 

「慣れですかね。家では、ずっとこの格好でしたし。それに、裾の短いスカートとかどうも苦手で……学校や家の用事で着ることはありましたけど」

 

 生まれた時から家で着物を着ていたスズハはあまり洋服を好まない。動きやすいとは思うが。

 学校では指定の制服だったが、自由だったら着物で登校していたかもしれない。

 だが、まったく着ない訳でもなく、家の関係でパーティーなどに出席する際にはドレスなども稀に着ていた。大抵は振袖だったが。

 

「でもそれなら着るのが絶対嫌だって訳じゃないんだよね? スカートとか長めなのならいいのかな?」

 

「そう、ですね。それなら……」

 

「ならさ、ちょっと洋服屋さんに行ってみない?」

 

「ゆんゆん」

 

 珍しく少し強引なゆんゆんにめぐみんが注意するように声を出す。

 

「べ、別に嫌ならいいんだけど……」

 

 不安そうなゆんゆんの顔を気遣ったのもあるが、純粋に衣類にも興味がある。

 

「それじゃあ、少しだけ……」

 

 やった! と手を合わせるゆんゆん。

 

「それじゃあ、行こう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクセルにある洋服店に訪れた3人。

 そこの店主がスズハを見て驚いた様子だった。

 

「珍しいね。アンタがこの店に来るなんて。最初、布地を買いに来たとき以来じゃないかい?」

 

「こんにちは、おばさん」

 

 スズハがこの店に来たのは自分で着物を仕立てる際に布地を購入した時以来だった。

 

「まったく。アンタは服には目もくれずに布だけ買って行くんだもんよ」

 

「あはは……」

 

 ジト目を向ける店長にスズハは視線を明後日の方向に泳がせる。

 まぁ、この店の服が気に食わないと言っているも同然の行動だったのだから仕方ない。

 

「で、今日も布地を買いに来たのかい?」

 

「いえ、今日は……」

 

 話そうとするスズハの前にめぐみんが前に出た。

 

「今日はそこにいるゆんゆんが服を買ってくれるというのでスズハの服を見立てに来ました」

 

「そうだけど……めぐみんが胸を張って言うことじゃないよね!?」

 

 何故か胸を張って告げるめぐみんにゆんゆんがツッコミを入れた。

 しかし、その言葉に店長が面白そうに目を輝かせた。

 

「面白そうだね。アタシもスズハちゃんにうちの商品(ふく)を着て欲しかったんだ。試着室はあっちにあるから、好きなのを選びな!」

 

 気っ風の良い店主の了解を得てめぐみんとゆんゆんがあれやこれやと服を選んでいく。

 

「スズハ! これとかどうですか?」

 

「も、もう少し、スカートの長いのをお願いします……」

 

「スズハちゃん。こっちはどうかな?」

 

「胸、開いててちょっと……そういうのはゆんゆんさんの方が似合うと思いますよ」

 

 などとスズハの意見を取り入れながら服を選んでいく。

 結果として。

 

 

「どう、でしょうか?」

 

 腕を後ろに回しながら恥ずかしそうにモジモジさせるスズハ。

 彼女が今着ているのは薄桃色のシャツに青いリボンが襟に結ばれ、膝の位置のまである黒いスカートと茶色のブーツを穿いている。

 ついでとばかりにいつもは流している髪を三つ編みに結っていた。

 

 店主が嬉しそうにポンポンとスズハの頭に手を置く。

 

「似合うじゃないか! アンタ素材はいいんだからもっと色んな服を着なよ!」

 

「少し地味な感じはしますが、スズハがこういう服を着ているのは新鮮な感じがします」

 

「うんうん! 誰が見ても似合ってるよ、スズハちゃん!」

 

 手放しに褒められて顔を赤くしながらも笑みを浮かべるスズハ。

 だがそこで、アクセルの街全体にアナウンスが届く。

 

 

『デストロイヤー警報! デストロイヤー警報! 現在、この街に機動要塞デストロイヤーが接近中です! 冒険者の皆さんは装備を整えて冒険者ギルドまで! 街の住民は直ちに避難してくださーい!!』

 

 

 突如、初心者(アクセル)の街に災害級のクエストが舞い込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




白河涼葉(享年11歳)
容姿端麗、成績優秀、家事が出来、性格良しで財閥の令嬢である。
そんな生まれついての勝ち組だったが、家族を含めた周りの人間には恵まれずに命を落とした少女。御神籤では凶と大凶以外は引いたことがないらしい。
ちなみにカナヅチであり、泳げない。
異世界に転生して産んだ娘と一緒に充実した毎日を謳歌中。正直、もう家族には会いたくないと思っている。

今回スズハが着た服はセイバー(アルトリア)の普段着の色違いを想像してください。




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機動要塞デストロイヤー

めぐみんって書くと何故か眼愚民って変換予測が出る謎。


 スズハたちがギルドに着くとそこにはすでに多くの冒険者が集まっていた。

 そこで身内である3人を見つけて話しかけた。

 

「カズマさん!」

 

「?」

 

 1番見えやすい位置にいたカズマの名前を呼ぶと彼は小首を傾げている。

 その反応にスズハも首を傾げた。

 するとアクアがカズマの耳元に小声で話しかける。

 

(ちょっとカズマさん! 貴方こんな小さな子といつ知り合ったの?)

 

(いや知らねぇよ。見覚えはある気がするけど、わかんねぇよ)

 

(も、もしや、こんな小さな子に、い、いかがわしい事をしたわけではあるまいな!)

 

(するか! つーか言ってて自分で興奮すんじゃねぇよこのドM騎士!)

 

 一方的に悪者扱いしてくる両者に小声でツッコミを入れる。

 そこでカズマが顔から下へと視線を向けると手で引いてある見覚えのあるベビーカーとそこで収まっている赤ん坊に目が行く。

 

「え? もしかしてスズハか?」

 

「はい? そうですよ」

 

 何を当たり前のことを訊いてるんですか? とキョトンとする。

 

「いやだって……」

 

 いつもは着物を着ているスズハは街の人間が着るような少し上等な洋服に変わっている。

 それも、ご丁寧に髪を三つ編みにして前髪も若干変化していたことからパッと見てスズハと判らなかった。

 

 後ろからやって来ためぐみんが呆れた様子で嘆息する。

 

「今しがたゆんゆんの奢りでスズハの服を買ったんです。まったく。そんなに狼狽しなくてもいいじゃないですか」

 

「やっぱり。わたしにこういう服は似合いませんよね……」

 

 ちょっとだけ淋しそうにして笑うスズハにカズマは慌てて訂正する。

 

「え? いや! そんなことはないぞ! うん!」

 

 実際似合っているとカズマは思う。

 着物を着ている時の印象が強いが、これはこれでかわいらしい。

 話題を変えるべくカズマは一度咳払いして集められた件について話をする。

 

「そ、それにしてもその、デストロイヤーってやつ。前にちょろっとだけ聞いたけど、そんなにヤバイのか?」

 

「誤魔化したわね」

 

「誤魔化しましたね」

 

「誤魔化したな」

 

「うるさいよ、お前ら!」

 

 3人の反応にカズマは地団駄を踏んで黙らせた。

 すると、ギルド職員が来て集まった冒険者に礼を述べると席に着くように指示する。

 

「それでは先ず、機動要塞デストロイヤーについて説明が必要な方はいらっしゃいますか!?」

 

 焦った様子で質問する職員にカズマやスズハを含む数名が手を挙げた。

 そこから説明されたデストロイヤーについての話はカズマのやる気を削ぐには充分な脅威度だった。

 先ず巨大な蜘蛛のような姿のゴーレムで、小さな城ほどの巨体らしい。

 それも8本の足からなる移動速度が最も厄介で、近づけば潰されるのがオチだと言う。

 なら、遠距離からの魔法攻撃をするのはどうかと思うが、デストロイヤーは強力な魔法結界が張られており、爆裂魔法でも突破は不可能だとか。

 空からの侵入にも自立型の小型ゴーレムが待ち構えてるとのこと。

 デストロイヤーは人族、魔族、モンスターやどこの国も区別なく蹂躙し、向かって来れば通り過ぎるのを待つしかない天災として扱われている。

 ついでに言えば、デストロイヤーを製造した魔導技術大国ノイズは、暴走したデストロイヤーに真っ先に滅ぼされたらしい。

 

 その説明を聞いてカズマが頭を抱える。

 

「なんつームリゲー。どう考えても始まりの街で起こるイベントじゃねぇぞ」

 

 せっかく貸し賃とはいえ、家を手に入れて冬を越せると喜んだばかりなのに。

 

「落とし穴を掘るというのはどうでしょう? そこまで大きいなら落としてしまえばそう簡単に上がってこれないのでは? 土系統が得意なウィザードが集まればギリギリ間に合うかと」

 

「無理です」

 

 質問したウィザードに職員が返す。

 

「以前、ウィザードやエレメンタルマスターが集まって地面に落として埋める作戦を実行したらしいのですが、すぐに這い上がって埋める余裕はなかったそうです」

 

 それから出される意見が全て試した後で効果無しと返されて冒険者たちが意気消沈する。

 

 スズハがカズマの袖を引く。

 

「なんとかなりませんか? カズマさん」

 

「何とかっていわれてもなぁ……遠くからめぐみんの爆裂魔法で吹っ飛ばせない時点で詰んで……ん?」

 

 そこでカズマがあることを思い出す。

 視線を動かし、水を使ってテーブルに絵を描いてるアクアに話しかける。

 

「おいアクア。前にウィズが魔王幹部2、3人くらいの結界なら破れるって言ってたよな? お前ならそのデストロイヤーの結界を破れるんじゃないか?」

 

「え? どうかしら? こっちに来てスペックダウンしてるし、確実に破れる保証なんて出来ないわよ」

 

 その言葉を聞いた職員の1人であるルナが寄ってきた。

 彼女はアクアの肩を掴んで体をガタガタと揺らす。

 

「あのデストロイヤーの結界を破れるんですかっ!?」

 

「だから分からないって! やってみないとぉ!!」

 

「それでもお願いします! 結界さえ破れれば、魔法による攻撃も可能になりますから!!」

 

「やる! やるから揺らさないでよ!」

 

 ルナの手を外させるアクア。しかし、そこで別の問題が浮上する。

 

「しかしいくら結界が破壊できても、この駆け出しの街にそんな高威力な魔法を修得してる奴なんて……」

 

 冒険者の1人がそう言い欠けるが、そこで今度はめぐみんに視線が向く。

 

「そうだよ! あの頭のおかしい爆裂娘ならデストロイヤーにダメージを与える攻撃出来るじゃないか!!」

 

「あぁ!? あの頭のおかしい紅魔族の娘なら!!」

 

「おい……さっきから人の事を頭がおかしい頭がおかしいと。私がどれだけ頭がおかしいか今ここで証明してあげましょうか」

 

「め、めぐみん!?」

 

 杖で床をコツコツと叩くめぐみんをゆんゆんが制止する。

 しかし、冒険者たちの期待の籠った眼差しに段々と態度を萎縮させた。

 

「た、確かに我爆裂魔法は強力無比ですが、さすがにデストロイヤー相手だと一撃とは。もう1人か2人居ないと……」

 

 爆裂魔法は強力だが、1日に撃てるのは1回だけ。それはめぐみんも例外ではない。

 そこでスズハがゆんゆんに質問する。

 

「ゆんゆんさんは爆裂魔法を魔法を修得してないんですか?」

 

 めぐみんがよく、紅魔族は1日に1回爆裂魔法を撃たないと死ぬ、などと言っているため、紅魔族では爆裂魔法が必須魔法なのかと思っての言葉だった。

 それに、ゆんゆんは慌てて否定する。

 

「してないよ! あんな使い所が難しいネタ魔法! あんなの好き好んで修得するのはめぐみんくらいで────」

 

 両手を振って否定していると、めぐみんが近づいてきた。

 

「ほほう? 私のことだけでなく爆裂魔法までバカにするとは良い度胸ですね、ゆんゆん……|」

 

「め、めぐみん……?」

 

 すると、めぐみんが警告も無しにゆんゆんの懐をまさぐり始めた。

 

「ちょっ!? なにするの、めぐみん!?」

 

「うるさいですね。とっとと冒険者カードを出しなさい!」

 

 ゆんゆんの懐から冒険者カードを取り上げると、表示を確認する。

 

「ほう? 結構スキルポイントが貯まってるじゃないですか」

 

「め、めぐみんまさか!?」

 

 ゆんゆんが何かを察して止めに入ろうとするが、その前に爆裂魔法の項目を押される。

 

「あーっ!?」

 

「ついでに、残りのポイントも威力向上に注ぎ込みましょう!」

 

「他人の冒険者カードを勝手に弄くるって普通に犯罪だよめぐみん!?」

 

「非常事態です!」

 

 ゆんゆんが周りに助けを求めようとするが、街の危機のために見て見ぬ振りをされる。

 ギルドの職員たちすら。

 

 カードを返され、ポイントが爆裂魔法関連に注がれていることに半泣きになる。

 

「ひどい……」

 

「ゆんゆんも、一度撃てば病み付きになりますよ」

 

「ならないよ!? あんなテロリスト御用達の魔法なんて!!」

 

 ゆんゆんが冒険者カードをしまうと同時にギルドに入ってくる女性が居た。

 

「遅れてすみません! ウィズ魔法具店の店長です! 一応、冒険者資格が有りますので私も手伝いに来ました!」

 

 ウィズの出現にギルド内で喝采が上がる。

 それをカズマとスズハが疑問に思っていると、近くに居た冒険者が説明した。

 

 何でもウィズは、元高名なアークウィザードで、ある時を境に姿を眩ませていたが、いつの間にかこの街で店を開いていたらしい。だから時々、ウィズに冒険者としての仕事が回ってくるのだとか。

 そうでなければあの売れない魔法具店は潰れていただろうことも。

 

 ウィズがギルド職員に状況を説明されていると、顎に指を添えて意見する。

 

「なら、私とめぐみんさんとゆんゆんさんの3人で三方向から爆裂魔法で攻撃した方が良いですね。機動要塞の脚さえ破壊してしまえば、どうにでもなると思いますので」

 

「え!?」

 

 ウィズの言葉にゆんゆんが声を上げる。

 もう少し早くウィズが来ていれば、めぐみんが爆裂魔法を修得させるなどと言う暴挙をしなかったかもしれないことに。

 事情を知らないウィズは、首を傾げているが。

 その事に落ち込んでいると、スズハが申し訳なさそうに話しかける。

 

「あの……もしかしてわたし……余計なことを言いましたか?」

 

「……ううん、いいの。非常事態なのは本当だし。めぐみんならどっち道同じ行動を取っただろうし……でもせめて、了解くらい取ってくれても……」

 

 真実どうか分からないが、そう思うことで自分を慰めるゆんゆん。

 その姿を見て、スズハはこの件が終わったらお礼とお詫びをしようと決めた。

 ある程度、話が纏まると、ルナが冒険者たちに告げる。

 

「それでは! 冒険者皆さんがこの街の最後の砦です! 念のため、ギルドの職員は街の住民の避難誘導をします。それが取り越し苦労になるよう、皆さんのご健闘を祈ります!」

 

 ルナが頭を下げると、冒険者たちは自分の役割を確認し始める。

 そこでゆんゆんがスズハに告げる。

 

「スズハちゃん。スズハちゃんも、早く避難を」

 

「いえ。わたしもここにヒナと2人で残ります。怪我をして運ばれてくる人もいるでしょうし、応急手当の心得くらいありますから。それに、この腕輪なら、傷の手当ても出来ます!」

 

 治癒の腕輪を見せてここに残ると宣言するスズハ。自分にはそれしか出来ないと。

 それに難色を示すカズマとめぐみん。

 

「でもなぁ……」

 

「もしもの時の為に、2人は避難すべきです」

 

 そう説得するカズマとめぐみん。しかし、スズハは頑なに首を縦に振らない。

 

「大丈夫ですよ。だって、皆さんが守ってくれますから」

 

 それはカズマたちだけではなく、このクエストに参加する全ての冒険者に向けての言葉だった。

 スズハのその言葉を聞いた冒険者たちがスズハに注目すると、少女はにっこりと微笑んだ。

 

「守って、くれるのでしょう?」

 

 無垢な信頼を宿したその瞳にカズマはガリガリと頭を掻く。

 

「だぁ! しょーがねぇなぁっ!!」

 

 そして準備している冒険者たちに激を飛ばした。

 

「おいお前らぁ! こんな小さな子にここまで期待されてんだ! 絶対デストロイヤーからこの街を守り抜くぞ! 気合いを入れろ野郎どもぉおおおおっ!!」

 

「おぉおおおおっ!!」

 

 

 カズマの激に冒険者たちは拳を掲げた。

 各地を蹂躙した機動要塞デストロイヤー。

 それを駆け出しの街の冒険者が迎え撃つ。

 

 その意思を、1つにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ゆんゆんは爆裂魔法を修得させられた。この会話がやりたかっただけだったりする。
当たり前ですが、スズハはお留守番です。後方で怪我人の治療が仕事です。


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デストロイヤー攻略戦・前

オリ主の仕事?後ろで応援することですが何か?


「本当に避難する気はないのですか?」

 

 めぐみんの確認にスズハは申し訳無さそうに首を横に振った。

 正直に言えばスズハとて先程言ったように確実にこの街の冒険者たちが事を収めてくれると信じているわけではない。

 ただ、少しでも士気を上げようとしただけ。

 そして、周りを駆り立てるような真似をしておいて、自分だけ安全な場所へと避難するのは無責任に思える。

 

「アクアさんが結界、でしたか? それを破れなかったら避難はするつもりですけど」

 

「まぁ、それが前提条件だからなぁ」

 

 もしそうなったら冒険者たちも即座に逃げざる得ないだろう。

 

「でも、今わたしとヒナの帰る場所はアクセルの街(ここ)ですから。ですから、皆さんとまたあの家に帰りたいんです。その為に手伝えることは手伝わないと」

 

 両拳を作って意気込むスズハ。それにめぐみんが返す。

 

「本当にもしもの時は私の故郷に案内しましょう。スズハとヒナくらいなら────」

 

 何故かそこでめぐみんが遠い眼をした。

 ゆんゆんが、めぐみんの肩に手を置く。

 

「めぐみん。あんまり見栄張らないほうがいいよ」

 

「うるさいですよ! 村長の娘であるゆんゆんには分からないんです! 貧乏人の気持ちなんて! 自分だけこんなに大きくなって!」

 

「ちょっと! 胸を叩かないでよ!? 八つ当たりしないでー!!」

 

 そうしているとギルドの職員からそろそろ街の縁側に来てほしいと告げられる。

 

「あ。ちょっと待ってください!」

 

 カズマたちがデストロイヤー出現する方向に向かおうとすると、スズハから呼び止められた。

 振り向くと、めぐみんにぎゅっと抱きつく。

 

「な、なんですか! いきなり!」

 

「え、と……お裾分けです」

 

「なにを!?」

 

 突然訳の分からない事を言うスズハにめぐみんが困惑の声を上げた。

 

「ほら。わたし、幸運が高いらしいじゃないですか。だから、こうしたら幸運値(それ)を分けられるかもって、思って……」

 

 要は願掛けの類い。

 皆を送り出す事への不安から考えたちょっとしたおまじない。

 めぐみんから体を離すと次は隣に居たゆんゆんに抱きつく。

 

「無事に戻って来てくださいね」

 

「う、うん……」

 

 慣れない抱擁に戸惑いつつ受け入れるゆんゆん。

 次にダクネス。

 

「あんまり無茶したらダメですよ」

 

「いや、むしろ望むところなのだか……」

 

「え?」

 

 ダクネスの言葉が理解出来ないままに離れると次は一緒に居たウィズ。

 

「わ、私もですか?」

 

 ちょっと意外な顔をするウィズにスズハはデストロイヤーとは関係のない願掛けをする。

 

「ウィズさんのお店がもっと繁盛しますように」

 

「あはは……ありがとうございます……」

 

 立ち寄るたびにいつも閑古鳥が鳴いているお店はある意味デストロイヤーよりスズハの不安の種だった。

 

 次にカズマへと近づいた。

 

「へ? 俺もか? スズハ、男に触るの苦手じゃないのか?」

 

 初めて屋敷に来て触れた時、その手を怯えて払いのけた事を思い出すカズマ。

 細かな事情は聞いてないが、今なら分かる。

 あの男に酷い事をされたのは想像がつく。なら、異性に苦手意識を持つのは当然だろう。むしろ、ちゃんと話したり出来るだけ上出来だとも思う。

 

「自分から触るのならそれほど。それに、最近はちょっと克服してみようかなって思ってるんです」

 

 言って、カズマの腰から背中に腕を回して体を密着させる。

 触れたスズハの感触。ある部分が当たっていた。

 冷静にその感触を測る。

 

(……めぐみんより少しでかいな)

 

 それがどの部分なのかは敢えて伏せるが、その心中をめぐみんに察知されたらカズマはデストロイヤーの前に灰塵と化していたかもしれない。

 

 カズマからも離れ、最後にアクアに抱きつこうとすると、彼女は自分の胸を叩いた。

 

「バカね、スズハ! そんなおまじないより運を上げるならもっと確実な方法があるわ! 見てなさい! ブレッシング!」

 

 神の祝福で一定時間幸運を上げる魔法。個人差はあるが。

 それを自身にかけるアクア。

 

「こっちのほうが効果抜群でしょ! みんなにもかけて────あれ?」

 

 ドヤ顔で胸を張るアクア。しかしそこで仲間たちが自分を見る目に気付く。

 白けたような。何やってんだこいつみたいな視線。

 

「え? 私、間違ったことしてないはずよね? なんでみんな、そんなかわいそうな人を見る目で私を見るの?」

 

 困惑するアクア。

 

「アクア。私が言えたことではないかもしれないが、もう少し空気を読め」

 

「そういう風に人の好意を無下にするのはどうかと思いますよ?」

 

「ダクネス! めぐみん!! なんでそんな私を責めるような視線を向けるの!?」

 

「やかましい! ほら行くぞ。お前が作戦の鍵なんだから! そんな事に魔力使ってんな! デストロイヤーぶっ壊して賞金で借金チャラにするぞ!!」

 

 なんでよー、と叫ぶアクアの手を引っ張るカズマ。

 

「皆さん!」

 

 もう一度、スズハが呼ぶと、そこにはベビーカーからヒナを抱き上げ、その手を振らせる。

 

「行ってらっしゃい」

 

 それは、いつもクエストに送り出す時と同様の声音だった。

 きっと、デストロイヤーを沈黙させて戻ったら、スズハがおかえりなさい、と笑って。

 

 アクアが自分の活躍を誇張して話す。めぐみんが自分の放った爆裂魔法を誇らしげに語り。ダクネスが受けたダメージを思い出して恍惚となり。カズマが今回のミスをぐちぐちと文句を言う。

 そしてそれを楽しそうに聞くスズハ。

 あの屋敷で、そうした明日を迎えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 余談だが。スズハに抱きつかれたカズマは、一部の特殊性癖(ロリコン)男性冒険者や、同性愛(レズビアン)女性冒険者からとてつもなく鋭い視線と殺気を充てられて、身の危険を感じたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメだ。ダクネスの奴あそこから動きやがらねぇ」

 

 呆れた様子で嘆息するカズマ。

 彼は先程からアクセルの街とデストロイヤーの進行の間で突っ立っているダクネスの説得に行っていた。

 しかしダクネスはあの街を守りたい理由があり、聖騎士としてここは引けないと頑なにあそこを動かない。

 

 あんなところに突っ立っていたら確実に挽き肉である。だからなんとしてもデストロイヤーがダクネスのところに着く前に無力化する必要が出来た。

 

 頭を抱えながらここで今回の攻撃役の内、2人を見る。

 ゆんゆんは普段の弱気な態度とは違い、緊張はしているようだが、意思の強い瞳でデストロイヤーの方角を見ている。

 

 問題は────。

 

「ダ、ダイジョウビ。我が爆裂魔法はサイキョウ! 我が前にテキはナシ……!」

 

 青い顔で及び腰状態で全身をガクガクと震わせている。杖がなかったら尻餅をついていたかもしれない。

 

 どうやらめぐみんは普段の強気に反してこういう土壇場に弱いらしい。

 対してゆんゆんは、普段は流されやすいところはあるが、こうした場面では肝が据わるらしい。

 そんな正反対な2人。

 めぐみんの様子に少し離れた位置に配置されていたゆんゆんがやってくる。

 

「ちょっとめぐみん! 貴女がそんな事でどうするの!」

 

「き、キンチョウなどしていまセン! こ、こへは武者震いですっ!」

 

 口だけは強がっているがところどころ咬んでるし、顔も青い。

 そんなめぐみんの様子にゆんゆんは嘆息する。

 

「街にはスズハちゃんとヒナちゃんも居るんだよ! ほら! シャンとして!」

 

「わかってます……分かってます……あ、あのようなデカ物、わ、我が爆裂魔法で吹き飛ばしてくれるわっ!」

 

 さらに呼吸が荒くなるめぐみんにゆんゆんはどうした物かと頭を悩ませていると、カズマが割って入ってきた。

 

「おらめぐみん! しっかりしろ! お前、そんなんじゃウィズはおろか、爆裂魔法を覚えたてのゆんゆんにも負けっぞ!!」

 

 ピクリ、とめぐみんの震えが止まる。

 

「お前の爆裂魔法への愛と信頼はそんな物なのか! なら、ショーがねーなー! もうウィズとゆんゆんだけでやってもらうか! 2人居れば充分みたいだしぃ!」

 

「ほら。下がってろよ! お前のへなちょこ爆裂魔法じゃあ、2人の邪魔になるだろ」

 

「な、なにをー!!」

 

 カズマの挑発に怒りが爆発して杖を高く掲げる。

 

「いいでしょう! そこまで言うなら我が爆裂魔法こそが最強だとこの場で証明して差し上げます! その濁った目にしっかりと焼き付けなさい!!」

 

「濁ったは余計だ!」

 

 いつもの調子を取り戻しためぐみんにもう大丈夫かと安堵するカズマ。

 

 デストロイヤーが接近し、合図と共にアクアが魔法を発動させる。

 

「セイクリットォ・ブレイクスペルッ!!」

 

 幾重の魔法陣から放たれる極大の解除魔法。それが砲撃となってデストロイヤーの結界を襲う。

 しかし、結界が破れる兆候はなく、駄目かと思ったその瞬間。

 

「だぁああああぁああっ!?」

 

 アクアの叫びと共に出力を上げた魔法がついにデストロイヤーの結界を撃ち破った。

 

「めぐみん! ゆんゆん! ウィズ!」

 

 カズマの合図で3人は詠唱を開始した。

 

『黒より黒く、闇より暗き漆黒に、我が真紅の金光を望みたもう。覚醒の時来たれり無謬の境界に堕ちし理、無暁の歪みと成りて現出せよ。エクスプロージョン!!』

 

 同時に放たれる3つの爆裂魔法。

 それがデストロイヤーに直撃すると、かつてない爆音がアクセルの街に響く。

 

 爆発の煙が晴れると、無残にも破壊されたデストロイヤーが、ダクネスの目と鼻の先で止まる。

 それを確認したカズマが内心、あっぶねぇ! と胸を撫で下ろした。

 

 爆裂魔法で魔力だけでなく体力も使い切っためぐみんとゆんゆんが、その場で座り込んだ。

 

「く、悔しいです。ゆんゆんには勝ちましたが、ウィズには爆裂魔法の威力で劣ってしまいました」

 

 悔しそうな表情を浮かべるめぐみんにカズマが苦笑した。

 

「ま、それはしょうがないだろ。魔法を極めたリッチーだぞ。次がんばれ。とにかく、今はお疲れさん」

 

 肩に手を置くカズマにめぐみんは次こそはー次こそはー、と呟く。

 そしてゆんゆんに話しかけた。

 

「ゆんゆん! どうですか! 病み付きになりそうでしょっ!!」

 

「ならないよっ!? 恐いよこの魔法っ!!」

 

 冒険者という荒事を仕事にしているとはいえ、根は平和主義者なゆんゆんは、もう絶対使わないと心に決める

 

 誰もが停止したデストロイヤーを警戒する中、アクアが上機嫌に指をパチンと鳴らす。

 

「やったわ! 何よ! 機動要塞なんて偉そうな名前のくせに全然大したことないじゃない! 国を滅ぼす災害級の賞金首もこの程度なのね! さぁ、帰って宴会よ! いったい報酬は幾らかしら?」

 

「このバカ! なんでお前はそう、お約束が好きなんだ!?」

 

 カズマが叫ぶと停止したデストロイヤーから地響きが鳴ると、呼びかけるように機械的な音声が流れる。

 

『この機体は、機動を停止いたしました。エネルギーの排熱、及び機動エネルギーの消費が出来なくなっています。乗員は速やかにこの機体から離れ、避難してください。繰り返します……』

 

 同じ警告を繰り返すデストロイヤーにカズマがアクアに怒鳴る。

 

「ほら見ろぉ! お前が余計なこと言うから! なんで1つ役に立ったら2つ以上足を引っ張るんだよこの駄女神ぃ!!」

 

「えぇっ! 違うから! これ私のせいじゃないから! まだ私何もしてないからーっ!?」

 

 デストロイヤーの危機がまだ去っていないこの場に、アクアの嘆きが空に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後半はほとんどスズハ視点になるかも。


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デストロイヤー攻略戦・後

デストロイヤー内部戦は原作と同様なので省略。


「なぁ。なんか言ってるけど、どうなるんだ?」

 

「確証は無いけど……爆発するのかも。こういう場合のお約束で」

 

『!?』

 

 クエストに参加した冒険者の疑問にカズマが答えると皆が青ざめる。

 

「ど、どうするんだよ!? あんなのが爆発したら、街だってヤバイんじゃないか!」

 

 誰かの言葉に皆が息を飲んだ。

 もしかしたらちょっと地面にクレーターが出来るくらいで街には影響がないかもしれない。しかしそれは希望的観測と言うものだろう。

 

「カズマッ!?」

 

 ほとんど悲鳴に近い声音で叫ぶ相手にカズマは難しい表情で言う。

 

「乗り込むしかないな」

 

『えっ?』

 

「乗り込んで爆発をどうにかして止める。停止してる今なら乗り込めるだろうし。中のゴーレムとかを掻い潜って爆発を止めるしかねぇよ!」

 

 カズマは断言するがそれはとても危険な賭けだった。

 中のゴーレムをどうにか出来る保証もない。

 例え動力部に辿り着けてもどうやって止めるかも不明。

 かと言って他に選択肢が無いのも事実だが。

 

「みんな!! 元々このクエストは自由参加だ! アクセルの街を本気で守りたい奴だけ付いてきてくれ!」

 

 カズマの言葉に冒険者一同は奮い立つ。

 

「駆け出しの冒険者が偉そうにすんな! 俺も行くぜ! この街には世話になってるからな」

 

「俺もだ。レベル30になってもこの街に居続けてるのはこうしたときの為だしな」

 

 次々と男性冒険者が乗り込みに志願した。

 彼らはアクセルの街にあるとある店の常連客であり、それを失う訳にはいかないのだ。

 理由は分からずとも、それに呼応して、女性冒険者たちも次々と志願した。

 

「よーし、お前らぁ! 機動要塞デストロイヤーに乗り込む奴は手を挙げろぉ!!」

 

『おぉおおおぉおおっ!!』

 

 拡張器で叫ぶカズマに多くの冒険者たちが吠えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごい音でしたね」

 

 住民の避難を手伝っていたスズハがヒナを背負って爆裂魔法の音を聞いて呟く。

 それにギルドの職員が苦笑する。

 

「いつもはうるさくて迷惑な爆裂魔法(アレ)も、今回ばかりは頼もしいわ」

 

 その言葉にスズハは視線を逸らすしかない。

 すると、どういう訳か背負っているヒナがキャッ、キャッ、と喜んでいる。

 ヒナは何故か爆裂魔法を撃つと喜ぶ。

 将来、もしかしたらめぐみんと同じ爆裂狂いになるかと思うとスズハは身震いした。

 

(今後、めぐみんさんには爆裂魔法を控えてもらいましょう……)

 

 拳を握って誓うスズハ。

 住民の避難は思ったより順調に進んでいる。

 特に商店街の面々はスズハが避難誘導すると、驚くほど大人しく従う。

 むしろ、率先して手を煩わせないように動く。

 

「それにしても助かったわ。冒険者の皆さんが率先してデストロイヤーのクエストに動いてくれて。警察は基本的に街の中の事が専門だから」

 

「領主様が積極的に動いてくれれば負担も減るんですけどね……」

 

 ルナが疲れたように苦笑いを浮かべる。

 その言葉にスズハは首を傾げた。

 

「あの、領主様……居たんですか? わたし……この街に来て聞いたことがないのですが……」

 

 スズハの質問に2人は言いづらそうにする。

 

「居るには居るんだけど……あまり評判の良い方ではなくて……」

 

「スズハちゃんがアクセルの街に来る少し前にベルティアっていう魔王軍幹部が街の外にある城にやって来てたんだけど、領主様は特に対応を取らずに放置してて。この街に来た事があったのよ。本来なら、王都から騎士団を派遣するように要請するモノなのに」

 

 ちなみに魔王軍幹部がここに来た理由はめぐみんがベルティアの住み着いた城に爆裂魔法を叩き込み続けた事が原因なのだが。それを話さないのはめぐみんと仲の良いスズハへの配慮だ。

 

「その幹部をカズマさんたちを中心にアクセルの冒険者の皆さんが倒したんだけど……その時に壊した門の修繕費をカズマさんたちに負担させて。結局、その修繕費もダスティネス家が出してくれたみたいなのに……」

 

 ルナたちからすれば、魔王軍幹部を討ち取ったカズマたちに報奨を支払うべきだと思うのだが、命懸けで戦い、出されたのは修繕費という借金。

 これでは冒険者稼業などとても成り立たない。

 事実、その件からアクセルの街で冒険者登録をする者は減少してしまった。

 

「ダスティネス家」

 

「王家の懐刀と言われてるとても偉い貴族様よ。あの人が領主になってくれればこっちも楽なんだけど……」

 

「本来なら今回の件も、冒険者の方々が真っ先に逃げられたら、対応のしようもありませんでしたからね」

 

 今回、デストロイヤーの結界を破れるアクアが居たが、そうでなくとも住民の避難を始め、仕事はたくさんある。

 と言うか、本来は駆け出ししか居ないこの街の冒険者にどうこう出来る問題(クエスト)ではなかったのだが。

 そうした対応を取るのも領主の仕事だが、デストロイヤーの接近に気付いて自分だけ安全な場所に避難してしまったらしい。

 それを聞いてスズハはなんとも言えない表情になる。

 

「とりあえず、消耗品の確認ね。大きな怪我は前線にいるプリーストが治すだろうけど、打ち身とか、軽い火傷とかしてくる冒険者の人もいるだろうし。スズハちゃん、手伝ってくれる?」

 

「はい! 喜んで!」

 

 両手を握って意気込むスズハに2人のギルド職員はいい子だなぁ、と微笑ましそうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくすると、デストロイヤーに乗り込んで戻ってきた冒険者たちが即席で使わせてもらっている休憩所にやって来た。

 

 魔力切れのウィザードやプリーストが休憩に戻ってきたり、デストロイヤーの中で戦闘をして戻ってきた前衛職の者も。

 その中で、スズハは自分でも出来る応急手当や、比較的酷い怪我を負った冒険者を特典で貰った腕輪で治療したりしていた。

 

 忙しく動き回るスズハは今日、ゆんゆんとめぐみんに心の内で感謝する。

 

(洋服でよかった。流石に和服じゃ動きづらかったかも)

 

 そこで見知った顔がやってくる。

 

「だぁ、いってぇ!」

 

「調子に乗るからだよ、バカ!」

 

 リーンに肩を貸してもらって戻ってきたのはカズマの悪友的な人物であるダストだった。

 

「どうしたんですか?」

 

 スズハとも知り合いであり、声をかけるとリーンが頬を掻いて説明する。

 

「心配しなくてもいいよ。調子のって腰打っただけだから」

 

 どうやらデストロイヤー内部でのゴーレムとの戦闘で周りに良いところを見せようとして失敗し、腰を強く打ったらしい。

 近くにプリーストが居なかったことと、ちょうど魔力が切れかかっていたリーンがここまで運んだ来たらしい。

 

 ダストを適当に寝かせて休ませると、スズハから水の入ったコップを渡されてありがと、と受け取ると一息つく。

 それからダストのうつ伏せになっているダストの腰を失礼しますと触れる。

 打った箇所が他の箇所より熱を持っていた。

 

「これなら冷した方が良いですよね」

 

 氷水に浸したタオルをうつ伏せになっているダストの腰に置いた。

 ちなみにこの氷水、シロが作った氷を溶かした水である。

 

「少ししたら、湯に浸けたタオルに換えますので、大人しくしててくださいね」

 

「お、おう!」

 

 一礼して怪我をした別の冒険者のところに行くスズハ。

 その赤子を背負った後ろ姿を見てダストはポツリと呟いた。

 

「あの子、カズマのところからうちのパーティーに来てくんねぇかなぁ」

 

「ダストみたいな性根の曲がった奴の側になんて置けるわけないでしょ」

 

「それ、カズマだって変わんねぇだろ!」

 

 ダストとリーンがぎゃあぎゃあ騒いでいると、スズハの方から焦る声がした。

 

「シロ! 待って!」

 

 雪精が休憩所から飛び出して行ってしまったのだ。

 それを慌てて追いかけるスズハ。

 もし他の冒険者に見つかって勘違いで討伐されたら大変だ。

 

 そう思って、自分が初めて契約した唯一の精霊を追いかける。

 背負った娘を落とさぬように気を使いながら。

 繋がっているパスから大体の居場所は分かる。

 シロがいたのはデストロイヤー側の城壁だった。

 

「もう! どうしたの!」

 

 そこでその場所に違和感を覚えた。

 なんというか、雪精(シロ)以外に精霊の気配を感じる気がする。

 

(もっとも、まだレベルって言うんですか? それが低くて正確に知覚できないんですけどね)

 

 元々クエストにも行かず、モンスター等は倒したこともない。せいぜい食事で得られる経験値くらいしかないので、レベルが上がらないのだ。

 

(シロなら正確な場所が分かる?)

 

 というか、さっきからそれを教えようとしているのではないか? 

 

 そう思ってシロが跳ねている場所に感覚を研ぎ澄ます。

 

「あそこ……?」

 

 城壁近くにある建物。その声は入口付近を探る。

 何か、近くにある筈なのに見つからない失せ物を探している気分だった。

 不慣れな感覚を研ぎ澄ましてそれを探そうとする。

 

「……小人?」

 

 見つけたそれは手の平に抱えられそうな小さな子供だった。

 緑色の服を着た絵本に出てくる妖精のようだった。

 その小人は苦しそうに痛みを堪えていた。

 どうするのか、と悩んでいるとシロの方から意思を伝えてくる。

 

「え? 魔力を与えればいいの?」

 

 シロがポンポンと跳ねながら首肯するように動く。

 本当にそれで良いのかと思ったが、他に方法があるわけもなく、その提案通りにすることにした。

 

「ごめん、触りますね」

 

 その緑の小人に触れた。

 

 それから程なくして今日2度目の爆裂魔法が炸裂したデストロイヤーの脅威が消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機動要塞デストロイヤーが破壊されて数日。

 そのクエストに参加した冒険者は今回の報酬に期待を寄せて待ちわびている。

 アクアが上機嫌に体をくねらせる。

 

「デストロイヤー討伐の今回の報酬はかなり期待出来るわ! 借金なんてチャラよ、チャラ! しばらくは遊んで暮らせる筈だわ!」

 

「どうせだったらあの家も買い取りたいな。いつまでも貸家のままってのもな」

 

 あの豪邸はかなり安い賃金で住まわせてもらっているが、やはりマイホームには憧れる。

 住んでいて愛着も湧いた。

 これを機にカズマはあの邸宅を買い取るつもりだった。

 

「私も今回2度も爆裂魔法を撃てて満足です。今回の報酬で実家にもかなり仕送りが出来ます」

 

 上機嫌なパーティーにスズハが話に加わる。

 

「皆さん、今回は大活躍だったと聞いてますよ」

 

 スズハの言葉にアクアがふふん、と鼻を鳴らした。

 

「当然よ! 私がデストロイヤーの結界を破らなかったらどうしようもなかったし! 中でもカズマや他の冒険者もバンバン治してあげたんだから! 最後にはめぐみんとゆんゆんに魔力を分け与えて、デストロイヤーを完全破壊させてあげたわ!!」

 

 有頂天に自分の活躍を誇示する。

 実際、今回アクアが居なければデストロイヤーに対して逃げることしか出来なかったのだから、その誇らしさに見合う働きだったと言えるだろう。

 

 次にめぐみんが腕を組んで話す。

 

「私も今回、爆裂魔法を使ってデストロイヤーを消し飛ばしてやりましたからね! まぁ、ゆんゆんとセットの活躍というのが少し気に入りませんが」

 

「なんでよめぐみん! というか今回私、めぐみんに冒険者カード弄られたり色々と納得いかないこともあったんだからね!」

 

「しつこいですね! 街を守るために貢献したんだから良いじゃないですか!! ゆんゆんだって本当はもっと撃ちたいでしょ?」

 

「撃ちたくないよ」

 

 言い争いを始める親友同士。

 そこでウィズがカズマに近づく。

 

「カズマさんも今回は大活躍だったじゃないですか。皆さんの指揮を取って。ゴーレムを倒したり、コロナタイトを取り出したり。最後にはめぐみんさんとゆんゆんさんにアクア様の魔力を渡したりと」

 

 カズマ個人の活躍としてはアクアやめぐみんには劣るものの、現場を指揮し、鼓舞し、様々なサポートで活躍した。

 最弱職の冒険者としては有り得ないほど。

 

「そういうウィズだって相当活躍しただろ。爆裂魔法とか。それに、今回取り出したりコロナタイトもウィズがどっかに跳ばしてくれたおかげで街が無事に済んだ訳だし」

 

 各人、今回の健闘を称え合う。

 

「すごかったんですね。私はずっと後ろにいましたし」

 

 謙遜するスズハにめぐみんがフォローを入れる。

 

「何を言っているんですか! スズハだって私達が戻ったときに、怪我をした冒険者の手当てに走り回ってたじゃないですか」

 

 大きな怪我はプリーストが治したが、ダストの打ち身などの怪我を手当てするのにずっと動き回っていた。

 

「そうだぞ。今回のクエストが終わっても、人生は続くんだ。それに、街の人の避難を手伝ったりと助かったってルナさんが言ってたぞ。そういうのも大事な仕事だろ? お前はお前に出来ることをやったんだから。それに────」

 

 カズマはスズハの頭に乗っている小人を見た。

 

「風精とも契約出来たんだろ? それだけでも大した戦果だよ」

 

 シロと一緒に助けたのは風の精霊だった。

 彼女は助けた際に契約した。

 風精は、デストロイヤーから逃げ回ってアクセルの街に辿り着いたらしい。

 今はスズハに懐いて頭に乗っている。

 

「スズハも、本格的にエレメンタルマスターらしくなってきたわね」

 

 皆で笑っていると少し離れたところにいるダクネスに話しかけた。

 

「ダクネスさんも、今回はすごかったのでしょう?」

 

「う!」

 

 期待を込めるスズハの視線にダクネスがたじろぐ。首を傾げるスズハにカズマが事実を告げた。

 

「いや、こいつは街の外でぼーっと突っ立ってただけ」

 

「カズマ貴様ぁ!!」

 

 カズマの肩を掴んで揺さぶるダクネス。

 そこで次にアクアとめぐみんから追撃がかかる。

 

「そういえば、ダクネスは街の外で立ってるだけだったわね。なんで?」

 

「そうでしたね。はっきり言って邪魔でした」

 

 2人にも言われてダクネスは膝を折って床にのの字を書き始める。

 

「えーと……次は頑張りましょう?」

 

「スズハ……そんな慰めはいらないんだ……」

 

 ダクネスがいじけていると、ギルドの扉が開かれる。

 

 そこに現れたのはスーツ姿の眼鏡をかけた女性に鎧を着た騎士達。

 その一団は、此方に近づいて来ると、何やら1枚の紙を取り出した。

 

「サトウカズマ。貴様には現在、国家転覆罪の容疑がかけられている。自分と共に来てもらおうか!!」

 

 

 この場にいる誰もがその言葉を理解出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、スズハの激おこ回の予定。


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荒れる感情

スズハ激オコに、出来なかったよ……。


 カズマに突如かけられた国家転覆罪の容疑にこの場にいる誰もが何言ってんだこいつは? と現れたセナ検察官を見ていた。

 そんな中でアクアが、カズマの肩を揺さぶる。

 

「ちょっとカズマさん! 貴方いったい何をやったのよ!? ほら謝って! 私も一緒に頭下げてあげるから!」

 

「何にもやってねぇよ!? ここ最近、ずっと一緒だったろうが!!」

 

 カズマがアクアの手を放させると、セナ検察官が1枚の羊皮紙を見せる。

 

「先日、領主の屋敷が転送されたコロナタイトの爆発に因って破壊された。貴様にはその件でテロリスト。もしくは魔王軍の手の者ではないかと疑いがかかっている」

 

 その言葉にカズマの顔が青くなる。

 

「何てこった。俺の指示が原因で領主と屋敷の人が……」

 

「死んでない。幸いにして領主は地下に籠っていて、屋敷の使用人は全員出払っていたそうで、怪我人も出ていない。屋敷は木っ端微塵になったがな」

 

 セナの言葉を聞いてカズマはホッと胸を撫で下ろす。

 しかし、次にそんな事で? と疑問が沸き上がった。

 

 カズマがやったことはつまり、ランダムテレポートで偶然領主の屋敷を破壊してしまった。それだけである。

 いや、屋敷の破壊による損害賠償の請求なら分かるが、国家転覆は些か以上に罪状をふっかけ過ぎではないだろうか? 

 実際に周りの冒険者やギルド職員も、え? それだけ? と戸惑っている。

 そんな中でめぐみんが腕を組んで反論する。

 

「さっきから聞いていれば。カズマはデストロイヤー戦に於ける功労者ですよ? 確かに領主の屋敷を破壊した事は申し訳ないですが、それだって緊急の措置として行ったことです。そうしなければ、コロナタイトでアクセルの街が消し飛んでいたかも知れないのですよ!」

 

「めぐみん……」

 

 熱を入れてフォローしてくれるめぐみんにカズマが感動して瞳を潤ませる。

 そこで大体、と付け足す。

 

「カズマが狙って行える犯罪なんて精々ちょっとしたセクハラ程度です。そんな大それた事をヘタレなカズマに出来るわけないのです!」

 

「おい」

 

「そうだな。薄着で屋敷を歩いている私を舐め回すような視線を向けて一切手を出せない、そんなヘタレだこの男は。国家転覆など出来よう筈もない」

 

「べ、別に舐め回すようにみ、見てねぇし!? つーかお前ら! 俺の弁護をしたいの? それとも遠回しにバカにしたいのかハッキリしろよっ!」

 

 ダンッとテーブルを叩くカズマ。

 しかし2人の弁護に周りもそうだそうだと同調する。

 そんな彼らにセナは冷たい視線を向ける。

 

「ちなみに、国家転覆罪は主犯本人以外にも適応される場合がある。裁判が終わるまで、注意した方がいいぞ。この男と一緒に牢屋に入りたいなら止めはしないが」

 

 その言葉に反対派だった者達も触らぬ神に祟りなしと言わんばかりにセナやカズマから視線を外す。

 この手の平返しにカズマが慌てふためくが、誰もフォローしなかった。

 むしろ。

 

「た、確かカズマ言ってたわよね? 全責任は俺が取る! 世界は広いんだ! 人のいる場所に何てそうそう当たらない! 俺は運が良いらしいしな! って」

 

「おいアクア! おまっ!? まさか……!」

 

 それにめぐみんも続く。

 

「わ、私はそもそもデストロイヤーの内部に乗り込んですらいませんからね! 私が側にいればカズマを止めて別の方法を提示出来たかもしれませんが! 居なかったもの仕方ない! えぇ! 仕方ありません!」

 

「アクアさん! めぐみんさんも!!」

 

 2人の手の平返しにスズハが咎めるように呼ぶ。

 そこでウィズが、ランダムテレポートを行った者として名乗り出ようとするが、アクアに止められた。

 

 カズマも周りに弁護と抗議を求めようとしたが、知らん顔される。

 それどころか、以前やったスティールによるパンツ泥棒の件を挙げられたりと、より立場が悪くなった。

 

「それではサトウカズマ。署までご同行願おう」

 

 セナの後ろに控えていた騎士たちがカズマを無理矢理連行しようとする。

 

「ま、待ってください!」

 

 そこでベビーカーに乗せたヒナをゆんゆんに預けてカズマの前に出る。

 

「スズハ!?」

 

 この行動には庇われているカズマも驚く。

 

「こんな、一方的に連れて行くなんておかしいです! デストロイヤーから命懸けで街を守ってくれた人にこんな……!?」

 

「貴女は確か、サトウカズマのパーティーのシラカワスズハさん、でしたね。下がりなさい。国家転覆罪は、子供とはいえ適用されれば只では済みませんよ」

 

 まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるような声音。いや、子供の駄々に付き合っていられないという感情が伝わってくる。

 そんなセナをスズハは唇を噛んで睨んだ。

 

「デストロイヤーが向かって来たときに、何もしてくれなかった方々が、何を偉そうに────っ!?」

 

 そこで、カズマを連行しようとしていた2人の騎士が、剣を抜いてスズハの首筋に突きつけ、ギルド内で小さな悲鳴が上がった。

 子供のスズハなら、少し脅せば引き下がるだろうと踏んでの行為だったが、変わらずセナを睨み付けている。

 さすがに見ていられなくなっためぐみんとゆんゆん。そしてダクネスが動こうとするがそれより早くカズマがスズハを引かせた。

 

「小さな女の子にそんなもん向けんじゃねぇよ!!」

 

 スズハを自分の後ろに下がらせるカズマ。

 だがしかし、まだ納得出来ないように喋ろうとするスズハに、カズマが宥める。

 

「ほら。スズハも落ち着け。こんなの、向こうの勘違いに決まってんだろ? ちょっと話をしたら、すぐに戻ってくるから。な?」

 

「でもカズマさん!」

 

「いいから!」

 

 無理矢理話を切り、スズハをめぐみんの方に押しつける。

 しょーがねーなー! と頭を掻いた。

 

「行くよ! 行けばいいんだろ!」

 

 そのまま大人しく連行されていくカズマ。最後スズハが手を伸ばそうとしたが、アクアに止められる。

 ギルド内の建物からカズマの姿が見えなくなると、アクアがスズハに話しかける。

 

「だ、大丈夫よ! こんな言い掛かり、すぐに解けてカズマも釈放させるわ!」

 

「…………」

 

「そ、そうですよ! そもそもランダムテレポートを故意に領主の屋敷に転送した証拠を出されない限り、カズマの有罪は証明出来ません! すぐに釈放されるは、ず……」

 

「…………」

 

『ご、ごめんなさい!』

 

 ジト目を向けてくるスズハに耐えられなくなり、アクアとめぐみんは謝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズマが連れ去られた後にカズマの抜けた場所にゆんゆんが座って話し合いをしていた。

 

「あの……わたし、この国の法律に詳しくないんですけど、今回の件は、その……本当に国家転覆が適用されるほど重い罪なんですか?」

 

 こういうことに詳しそうにダクネスに訊くと彼女は首を横に振った。

 

「いや。ランダムテレポートで危険物を転送するのは犯罪だが今回は人死にが出てる訳ではないし、状況が状況だからな。充分に温情が出る筈。屋敷の件も、借金は増えるだろうが、デストロイヤーを討伐した件を考えればお釣がくる功績だ。本来ならば、だが……」

 

 含むような言い方に皆がキョトンとする。

 

「アクセルの領主であるアルダープはその……絵に描いたような悪徳領主でな。今回の裁判、確実に奴の権力が介入してくる。このままでは本当に力ずくで国家転覆罪が適用されてしまうかもしれない。というよりは、今の時点で介入している筈だ。そうでなければ、こんなにも早く強制的に連行はされない」

 

 視線を下に移して告げるダクネス。

 他の冒険者の反応を合わせても、この逮捕が異常なのは皆が薄々と感じていた。

 続けてスズハが質問する。

 

「もしも、カズマさんにその罪状が適用されたら、どうなりますか?」

 

 震える声でされた質問にダクネスは重く息を吐いて答えた。

 

「……最低でも30年以上の牢獄。最悪、というか、殆どの場合は死罪になってしまう」

 

 そう教えられ、スズハは抱っこしていたヒナを持つ腕が震えた。

 身近な人が死ぬ。それは、一度死んだことのあるスズハには堪らなく怖い事だった。

 震えているスズハにアクアが慌ててフォローに入る。

 

「大丈夫よ、スズハ! いざとなったらこのアクア様がカズマを生き返らせて、他の国にでも逃げればいいんだから!」

 

「そ、そうだよ! なんなら、しばらくは私とめぐみんの故郷に来てもいいし!」

 

 震えているスズハを見てアクアとゆんゆんが慰める。

 しかし、その呼吸は荒くなり、ポタッとヒナの顔に雫が落ちた。

 

「うーあー?」

 

 不思議そうにヒナがスズハの顎に触れる。

 スズハは俯いて悔しそうに涙を溢していた。

 

「わ、たし……こんなの、嫌です……」

 

 何で、こんなことになっているのだろうと思う。

 今日はデストロイヤー討伐の報酬を受け取るだけの筈だったのに。

 さっきまで、皆でそのお金をどう使うか笑いながら話し合っていて。

 そこからいきなりカズマの逮捕だ。

 あまりにも事態が下へと動きすぎていて頭が追い付かず、感情だけが暴れまわる。

 

「あの屋敷で……アクアさんが面白いものを見せてくれて。ダクネスさんが色々教えてくれて。めぐみんさんがヒナのお世話を手伝ってくれて。ゆんゆんさんが遊びに来てくれて。カズマ、さんが色々作ってくれて……街の人達も、優しくて……だから、わたし……この街で、ちゃんと笑えて……」

 

 死ぬ前の世界。白河の家ではいつも感じていた窮屈さ。

 良い子で、優秀さを押し付けられる日常。予期せずそこから外れ、興味を示さなくなった両親。自分を裏切った兄。

 この世界で、大変な事もあったけど、充実した日々は少しずつそうした殻を剥がしてくれた。

 

「あの屋敷で、お仕事を終えて帰ってきた皆さんに、おかえりなさいって……わたしはそれだけで、いいのに……」

 

 そんなささやかな日常(しあわせ)がこんなことで壊されようとしている。

 カズマを連れていって者達に怒り、どうすれば良いのか分からない自分に苛立つ。

 そんなスズハの頭にめぐみんが小さく笑みを浮かべて手を乗せた。

 

「めぐみんさん……」

 

「スズハの気持ちは分かりました。先程はあぁ、言いましたが、カズマは私達の仲間です。前に言ったでしょう? 紅魔族随一の天才は、仲間を見捨てたりはしないのだと!」

 

 胸を張るめぐみんにアクアが続く。

 

「そうよ! 思えば領主って私達に不当な借金を負わせた奴じゃない! ここでカズマを助け出して、ついでに借金もチャラにしてやるわ!!」

 

「わ、私も手伝うよ! だから泣かないで。ね?」

 

 ゆんゆんがハンカチでスズハの涙を拭った。

 こくんと頷くスズハ。

 それにアクアが勢いよく拳を天井に掲げる。

 

「それじゃあ、めぐみんの爆裂魔法で牢屋を襲って! それからカズマを回収してこの国から逃げるわよ!」

 

「ちょっと待って下さい!? それじゃあ、本当にテロリストじゃないですか!!」

 

「アクアっ! お前微妙に事態を理解してないだろ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず屋敷に戻り、皆が寝静まった夜にダクネスは部屋で1人頭を抱えていた。

 本来ならば、今回の件は無罪放免とは往かずとも、国家転覆だの、死罪だのとの話には繋がらない事なのだ。

 アルダープの屋敷の件だって全額と言わずとも、国から補助金だって出る筈。

 アクセルの領主にすぎないアルダープがどのようにしてそう持ち込んだのかはダクネスには解らないが、このままだと裁判でも此方の言い分が全て握り潰される可能性もある。

 

「それに、スズハの涙(あんなもの)を見てしまえば、放っておくなど出来ないではないか。カズマのバカめ」

 

 別に今回はカズマが全面的に悪いわけではない。そんな事はダクネスにも分かっているが、こうして悪態の1つも吐いてないとやってられない。

 何せ彼女がこれからやろうとしているのは曲がりなりにも自身の信条を曲げる行為だ。

 

「帰ったら覚えていろよ、カズマ!」

 

 ダクネスは、紙にペンを走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何気にダクネスもスズハに甘いです。


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悪質な裁判

「さぁ、カズマ! 今日は張り切って無罪を勝ち取るわよ! 弁護は、この女神アクア様にドーンとまかせなさい!」

 

 自身の胸を叩くアクアに反応せず、キョロキョロと周囲に視線を動かす。

 何故かこの場にアクアしか居ない事が気になった。

 

「なぁ、ダクネス達はどうしたんだ? 遅れて来るのか? もう裁判が始まるんだけど……」

 

「あぁ。あの子達は屋敷を出ていったわよ」

 

「ハァ!?」

 

 薄情よね、と腕を組んで眉間にしわを寄せるアクアにカズマは顎が外れるのではないかと思うほど口を大きく開ける。

 

「いやいやいや!? 冗談キツいぞっ! いくらアイツらでもそんな事する訳ねぇだろ! スズハに至っては俺を真っ先に庇ってくれたんだぞ!?」

 

 首を何度も左右に振って否定するカズマにアクアは憐れむような視線を向けた。

 

「カズマ……気持ちは分かるけど、現実を受け止めなさい。彼女達は貴方の下を去ったの。スズハだってほら」

 

 1枚の紙を見せる。

 そこにはこう書かれていた。

 

 ────ご飯は自炊でお願いします。

 

 と、だけ記されている。

 その紙を奪って他には何か書かれてないか確認するが、書かれてなかった。

 

「え? ホントに? マジでかっ!?」

 

 先日、連行された時に庇ってくれたアレはなんだったのか。

 あの行為に嬉しく、感動しただけに落とされた絶望感が強く襲ってくる。

 項垂れるカズマにアクアが声をかけた

 

「だ、大丈夫よ、カズマ! このアクア様がビシッと論破して、無実を証明してあげるわ! そしたらスズハ達の鼻を明かしてやりましょう!」

 

 自信満々なアクアの様子を見て何故か更に不安が大きくなる。

 というか、アクアがこんな風に勢い付いて事態が良くなった事があっただろうか? いや、ない!! 

 

「もう駄目だぁ……お終いだぁ……」

 

「ちょっとそれどういう意味よ、カズマさん!?」

 

 この裁判で死刑になったらアイツら絶対道連れにしてやる。カズマはそう固く心に誓った。

 落ち込んでいるカズマの腕をつんつんするアクア。

 

「ところでカズマさん。あれ、誰か分かる? 全然記憶に無い人が居るんですけど……」

 

 アクアが指差したのは証言人としてこの裁判に呼ばれているミツルギキョウヤとそのパーティー2人。そしてダスト。

 そこまでは良いのだが、1番後ろにいる20歳くらいの男性。

 無精髭を生やし、ヨレヨレでボロボロの衣服を着ている浮浪者にも見える男。

 元は整った顔立ちだったろうに、疲れたように目の隈と痩せこけた頬などで近づきたくない雰囲気が出ている。

 その男が親の仇でも見るようにカズマ達を睨んでいた。

 

「いや知らねぇよ、あんな奴は。つーか、あんなのが知り合いに居たら忘れないだろ」

 

「ホントに? 何か、すっごく睨んでるんですけど。私の知らないところであの人を陥れるようなことをしたんじゃないでしょうね!」

 

「するか!? おまっ、俺をなんだとおもってんの!!」

 

「イタッ!? 痛いじゃないカズマ!!」

 

 頭を叩かれてアクアが手で押さえる。

 ハアー、と大きく溜め息を吐く。

 

「とにかく、お前はなにもするな。頼むからしないで下さい。この裁判に勝ったら高級酒でも霜降り赤ガニでも買って来てやるから」

 

「何言ってるの、カズマ。カズマが死刑になったらそんなこと出来ないじゃない! まっかせない! 私、ここに来る前はこの手のゲーム、結構やってたのよ! アクア様の華麗なる論破に聞き惚れなさい」

 

「うん分かった! お願いですから何もしないで下さいマジでっ!!」

 

 カズマの頼みに頬を膨らませてそっぽ向く。

 もう一発叩いて解らせようと思ったが裁判長に呼ばれて指定された台に移動する事となった。

 

「静粛に! ではこれより、国家転覆罪に問われている被告人、サトウカズマの裁判を始める! 告発人、アレクセイ・バーネス・アルダープ」

 

 セナが立ち上がり、カズマの罪状を読み上げる。

 デストロイヤー討伐の際にコロナタイトをランダムテレポートで転送したこと。

 モンスターと爆発物や毒物などの危険物にランダムテレポートを行う事は犯罪であることが説明される。ついでに、コロナタイトの爆発で屋敷を失ったアルダープはこの街で宿を取っているらしい。

 そんなセナの声を聞きながらカズマは死んだ魚のような目をしていた。

 今回の裁判、問題児のアクアとめぐみんはともかく、ドMということ以外はわりかしまともなダクネスと、それに輪をかけて常識人なゆんゆんにはかなり期待していたのだが。まさか見捨てられるとは思わなかった。

 スズハが入ってないのはただ単に彼女がまだ子供だからである。

 先日の取り調べで最後の最後でポカミスしてしまったこともあり、気分が落ち込み過ぎて表情がちよっと危ない人みたいになっている。

 

「領主という地位のある人間に爆発物を送り、その命を脅かす。これは、国家を揺るがしかねない犯罪です。よって、被告の国家転覆罪の適用を認めます」

 

「異議あり!」

 

 セナが言い終わると同時にアクアがビシッと指を差して発言する。

 しかしそれは裁判長に咎められた。

 

「弁護人の陳述はまだです。発言がある場合は許可を取って発言するように。今回の裁判が初めてでしょうから、大目に見ますが。それでは弁護人、発言をどうぞ」

 

 発言の許可が出ると、アクアは満足そうに首を振る。

 

「異議ありって言いたかっただけですからもういいです!」

 

「弁護人は弁護の時だけ口を開くように!」

 

(アイツホントに俺を助ける気あんのかぁあああああっ!?)

 

 アクアをグーパンしたい衝動を抑えながら睨み付けると、本人は言ってやっぜ! とばかりに良い笑顔を浮かべていた。

 そのアクアの行動に気勢が削がれたようにセナは発言を終える。

 

「ええ、と……自分からは以上です。検察側は被告の国家転覆罪の適用を認めます」

 

「では次に、被告人と弁護人の発言を許可する。では、陳述を」

 

 そこからカズマはベルディアやデストロイヤー戦で如何に自分がアクセルの街を守るために奮闘したか、ややオーバー気味に説明を始める。

 

「と、言うわけで、こんなにも街の安全に貢献してる俺が、国家転覆とかあり得ないと思うんです!!」

 

 バンッと机を叩いて力説するカズマ。

 その熱と勢いにげんなりしながらも、嘘発見器として機能する魔導具が作動しないことで、裁判長はカズマの言い分を正しさの証明とした。

 

「も、もう良いでしょう。被告人の言い分は良く分かりました。では検察側。サトウカズマ氏が国家転覆罪の適用を認める証拠の提出を」

 

「良いでしょう。サトウカズマがテロリスト、もしくは魔王軍に与する者である事を証明して見せます。さぁ、証人をここに!」

 

 セナの言葉で先ず前に出たのがかつてカズマと決闘をした日本からの転生者であるミツルギキョウヤとそのパーティーである。

 少し前に起こったいざこざをセナが説明する。

 

「サトウカズマはミツルギキョウヤの魔剣をスティールで強奪し、あろうことかその魔剣を質屋に売り払った。間違いないですね?」

 

 セナに質問されてミツルギが困ったように頬を掻いて答える。

 

「え、えぇ。ですがそれは僕の方から──―」

 

 ミツルギ自体、あの勝負は低レベルであるカズマに負けた事もあるが、アクアの事で頭に血が昇っていたとはいえ、一方的に敵視し、事情も聞かずに勝負に持ち込んだ事をちょっと大人気なかったと反省していた。

 故に包み隠さず真実を言う気だった。

 しかしミツルギの発言を遮り、パーティー2人が目尻に涙を溜めて強い口調で証言する。

 

「そうです! そいつがキョウヤから卑劣な手段で魔剣を強奪したんです!!」

 

「その上、私達にもスティールを使ってパンツ盗ろうとしたんですよ!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ2人。

 キョウヤがでもあれは僕が────と続けようとすると、セナがそれを遮る。

 

「もう結構です。では次の証人をお願いします」

 

「え? ちょっと!」

 

 ミツルギキョウヤ一行は兵士に促されてその場を退席させられる。

 次に証人の席に立ったのはダストだった。

 

「貴方はサトウカズマととても友好的な関係にある。そうですね?」

 

 セナの質問にダストが得意気に答えた。

 

「おうよ! 俺とカズマは所謂マブダチって関係よ! そうだろ、カズマ!」

 

「いえ、ただの知り合いです」

 

 ダストの言葉にカズマは平坦な声で返す。

 嘘発見器も鳴らない事にセナが戸惑うようにカズマの発言に質問する。

 

「そ、そうなのですか? 仲の良い関係と聞いていたので」

 

「いえ……知り合いなのは事実ですから」

 

 嘘発見器はやはり鳴らず、その友好関係から悪印象を植え付けようとしたようだが、少なくともカズマ側は彼を友人と見なしてない事が分かる

 それにダストが声を上げた。

 

「おいカズマ! 俺達の仲ってそんな薄っぺらいもんだったのか────っておい! 無理矢理追い出そうとすんなぁああああっ!?」

 

 ダストが降ろされて、最後に見知らぬ浮浪者風の男が席に立つ。

 

「ここにいるモリタケマコト氏は先日、サトウカズマにスティールで身ぐるみを全て剥ぎ取られ、河に投げ捨てられるという暴挙が行われ────」

 

 モリタケマコトモリタケマコトモリタケマコト。

 

 相手の名前を反芻しながら記憶から掘り返す。

 ポクポクポク────チーン! 

 

「あー!? あん時のロリコンッ!!」

 

 思い出してカズマは声を上げてマコトを指差した。

 カズマの言葉にマコトはビクリと肩が跳ね、遠くから裁判を見ていたスズハは、え! マコトさん!? と驚いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森岳誠────モリタケマコトはスズハにちょっかいをかけて全てを失ってからの生活は最悪だった。

 転生する際に貰った専用武器を失い、スズハとの件からアクセルの街とその近隣での冒険者としての活動も禁止されてしまう。

 冒険者ギルドから出禁を喰らい、要注意人物として張り出されてしまったマコトはまともな別の仕事にも就けず、貯金を浪費する日々。

 そこで彼は、顔の良さを活かしてしばらくは適当な女に貢がせる事にした。

 前の世界で上手くいっていたのだからこちらでも上手くいく筈と楽観していた。

 そこで声をかけた女性があろうことかあの悪名高いアクシズ教徒だった。

 最初はアクシズ教に入信することをのらりくらりと躱しつつ、金を貢がせていたが、それに業を煮やした相手がある日、厳ついマッチョな男数名を連れて入信を迫ってきた。

 なんとかやり過ごしていたが、連日続く過剰な入信勧誘。

 終いには、宿屋から追い出され、その際のゴタゴタで宿屋に置いてあった所持品と貯金全てアクシズ教徒に奪われる事となった。

 今は馬小屋生活で朝から深夜遅くまで働く羽目になっている。

 もはや身嗜みを整える余裕など無く、ボロボロの浮浪者のような姿へと変貌した。

 そこで今回の裁判である。

 自分を不幸のドン底に落としたあの男を死刑台に送り、この街の領主に取り入れば、こんな底辺な生活ともおさらばできるのだ。

 大丈夫。やれる。だって、自分の人生は最後には上手く回るのが当たり前なのだから。

 

 そう、思っていた。

 

 

 

「あー!? あん時のロリコンッ!?」

 

 カズマが叫ぶと裁判長が木槌で音を鳴らし、咎める。

 

「被告は許可を得て話をするよう────」

 

 しかしカズマは構わず叫んだ。

 

「ふっざけんなぁ!! そいつはこの間街でスズハを連れ込んで暴力を振るってたんだぞ! そんな奴を懲らしめて何が悪ぃんだよっ! そんな奴を裁判(ここ)に呼ぶんじゃねぇ!!」

 

 頭に血が昇ってゼェゼェと息を切らして捲し立てるカズマ。

 それに観客。特に女性陣からの冷たい視線がマコトに突き刺さった。

 

「な、何を言ってるんだっ!? 変な言いがかりは止めたま────」

 

 チーン! 

 

 ここで今日初めて嘘発見器の魔導具が音を鳴らす。

 このタイミングで何故鳴ったのかは誰の目にも明らかで。

 

「……どうやら、証人として不適切な人物を喚んでしまったようです。申し訳ありません。それと、モリタケマコトさん。この裁判が終わったらお話がありますので署までご同行願いますね?」

 

「ちょっ!? ま、待ってくれ! 私の話を! ってあ、あー!?」

 

 騎士2人に左右を捕まれ無理矢理退席させられるマコト。

 

 コホン、とわざとらしい咳払いをしてからセナが自身の発言へと戻る。

 

「今回、喚ぶ事は出来ませんでしたが、他にもある冒険者の女性の下着を盗むなどの行為を行っていたことが多数の冒険者に目撃されており、サトウカズマ氏の人間性に問題があるのは明らかであり、被告人にも恨みを抱いていました。それらの事からランダムテレポートを装い、通常のテレポートで被告人の屋敷にコロナタイトを送りつけたのでは、と」

 

 セナの発言にカズマは机を叩いて反論した。

 

「下着泥と爆破テロを一緒にすんなよ! 確かに俺は何の汚れの無い人間とも言えないし、領主には頭にきた事もあったけどなぁ! いくらなんでもわざとそんなことするか!! 言いがかりだ、言いがかり!」

 

「言いがかり?」

 

 カズマの反論にセナは目尻を吊り上げた。

 

「良いでしょう。サトウカズマが街の崩壊を目論むテロリスト。もしくは魔王軍に与する者であるという証拠を」

 

 そこからセナはこれまでのカズマ一行の行為を糾弾した。

 

 結果的にベルディアは討伐出来たものの、魔法で洪水を起こして街に被害を与えたこと。

 共同墓地に結界を張り、悪霊達の行き場を無くしてこの街に悪霊騒ぎを起こしたこと。

 めぐみんが連日爆裂魔法を放ち、地形や生態系を変えたこと。

 

「って、ちょっとまて! それ俺じゃねぇだろ! 同じパーティーだから無関係とまでは言わないけどさ、それならアクアとめぐみんの裁判をしろよ! 俺のじゃなく!」

 

 喰って掛かるカズマにセナが続ける。

 

「最後に、被告はアンデットにしか使えない筈のドレインタッチを使用したとの報告もあり、取り調べの最中、魔王軍との交流は無いかという質問に無いと答えたのにも関わらず、魔導具が反応しました。貴方が無実だと言うなら説明を!」

 

 セナの言葉にカズマはダラダラと汗を流す。

 ドレインタッチの事はウィズの名前を出さずに説明することは出来るが、魔王軍との交流はどうするか。

 ウィズの存在がカズマを追い詰め、いつもは働く小賢しい頭が滞る。

 そんな中でアクアが口を開いた!

 

「論破! それは違うわ!」

 

 ここに来て自信満々に言うアクアが救いの女神に見える。

 

「よし! アクア、頼んだぞ! バッチリ俺の無実を証明してくれ!」

 

 しかしアクアはやはりアクアだった。

 

「そんなの有るわけ無いでしょ」

 

「え?」

 

「これ、ずっと言ってみたかったのよね。あ~、スッキリした!」

 

 あまりにもあんまりな理由に裁判長が告げる。

 

「その弁護人を今すぐ退席させるように!」

 

「すみません! 本っ当にすみません!!」

 

「痛い! 痛いじゃないカズマ!?」

 

 アクアの額を机に押し付けさせ、自身も謝り倒す。

 そこで告発人であるアルダープが声を上げた。

 

「もういいだろう。そいつは魔王軍の手先だ! ワシの屋敷にコロナタイトを送りつけて破壊したのだぞ! 死刑にしろ!」

 

 アルダープの言葉にカズマはチャンスとばかりに叫ぶ。

 

「違う! 俺はテロリストでも魔王軍の手先でもない! そりゃあ、借金の件は頭に来たけど、コロナタイトをわざと送りつけた訳じゃない! いいか、良く聞けよ、そこの魔導具! 俺は断じてテロリストでも魔王軍の手先でもないんだ!!」

 

 カズマの叫びに魔導具は一切の反応を示さなかった。

 これに裁判長がふむ、顎を撫でる。

 

「このように、魔導具の判別は曖昧な物です。これでは魔導具を頼りとした検察側の主張を証拠として認める訳にはいきませんね。流石に証拠が薄すぎる。よって、被告人サトウカズマの容疑は証拠不十分とみなし────」

 

 裁判はカズマの勝ちで終わろうとしたその時、再びアルダープが発言する。

 

「いや、その男は魔王軍の関係者であり、魔王の手先だ。即刻死刑とするのだ」

 

 アルダープの主張に反論したのは意外にもセナだった。

 

「いえ、今回は死者も出ていませんし、懲役が打倒かと……」

 

 しかし、アルダープがジッとセナを睨むとすぐに手の平を返した。

 

「そうですね。死刑が打倒だと思われます……え?」

 

 コロコロと変わるセナの主張にカズマが喰ってかかった。

 

「おかしいだろ! 何でそんな言ってることが変わるんだよ!! 権力に弱すぎるぞ!」

 

 たがセナの様子は権力に屈した、と言うよりは、何故自分がそんな発言をしたのか理解出来てない様子だった。

 

「待って! ここに悪しき力を感じるわ! 誰かが事実をねじ曲げようとしている人が居るわね!」

 

「……誰かが、神聖な裁判で不正をしていると?」

 

 今までの発言からアクアを胡散臭い目でみるが、魔導具が鳴らなかった点から一応、続きを促す。

 

「そうよ! 私の曇りなき眼は、そこの魔導具なんかよりよっぽど精度が高いわ! 何て言ったってこの私は世界で1千万の信者を抱える水の女神、アクアなのだから!」

 

 チーン! 

 

「なんでよー! 嘘じゃないわよっ!」

 

「被告人は弁護人の選定をちゃんとするように!」

 

「すんません。超反省してます!」

 

 強い口調で言われてカズマは頭を下げた。

 なにやらまだブツブツ言っているアクアにはもう何も期待しないと決める。

 

「被告人、サトウカズマ。貴方の行ってきた反社会的行為や非人道的な行為は、街の治安を著しく乱し、検察側の主張は妥当と判断。被告人は有罪。よって────」

 

 裁判長の言葉にカズマは唖然とした表情をする。

 

「判決を、死刑とする」

 

「おかしいだろぉおおおおおおおっ!? なんだよこのいい加減な判決!! もっと決定的な証拠を持ってこい! やり直しだ! やり直しを要求する!!」

 

 カズマの訴えは無視され、騎士によって引きずり出される。

 勝ち誇った表情で席を立つアルダープに裁判長が待ったをかけた。

 

「待ってください。貴方には次の裁判にも出席してもらうのでそのまま着席していて下さい」

 

「何を言っている? ワシが訴えたのはあの男だけだぞ」

 

「いえ、貴方自身の、領主退任を決める裁判です」

 

「なにぃ!? なんだそれはっ!? 聞いてないぞ!!」

 

 怒るアルダープに裁判長は小さく息を吐く。

 

「何度もそちらに聴取の為に伺いましたが、拒否されていたでしょう」

 

「だ、誰だ! ワシを訴えた不届き者はっ!」

 

「個人ではなく団体ですね。では代表者の方、どうぞ!」

 

「ダクネス?」

 

 カズマと入れ替わる形で現れたのはカズマの仲間であるダクネスだった。

 ダクネスはカズマに近づくと彼にだけ聞こえるように告げる。

 

「任せろ」

 

 それだけ告げるとカズマが立っていた席に告発人として立つ。

 アルダープはそれに驚いたように声を上げた。

 

「ラ、ララティーナ様! 貴女がワシを────」

 

 ララティーナ? とカズマ達が疑問に思っている中で、アルダープの質問にダクネスは首を横に振る。

 

「いや、私は今回、この裁判の代表者の付き添い。アドバイザーのようなモノだ。なんせ、代表は年齢的に1人で立つのは難しいからな。貴方を訴えた団体の代表は彼女だ」

 

 後から現れたその人物に観客を含めた大勢が目を丸くした。

 この国ではお目にかかれない。しかしその人物だけが普段から着ている民族衣装。

 ただ違いは、もう見慣れた安物の布で自作した着物ではなく、この街に来た時に着ていた橙色を基調とした椿の花が描かれた上品な逸品。

 普段は流している黒髪をサイドテールで結わえ、大輪の花の髪飾りが付けられている。

 顔にも薄く化粧が施されて、唇には紅が塗られている。

 

 その少女。シラカワスズハは自身の怒りを表に出さず、アルダープへと視線を定めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カズマを弁護して助けるんじゃなくてアルダープを領主から弾いてカズマの裁判をやり直させよう作戦。


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茨の訴え

裁判。この話で終わろうと思ったけど分けることにしました。


「あーもう! 結局ギリギリじゃん! 間に合うかなぁ……」

 

 クリスは大急ぎで爆破されたアルダープの屋敷へと急いでいた。

 彼女はカズマが捕まってこの数日、ずっとアルダープに関わりのある建物を片っ端から調べていた。

 アクセルの街内でアルダープが借りている宿や倉庫、小屋の全てを調べたが、目的のモノは見つからなかった。

 クリスがアルダープの屋敷へと急いでいる理由は数日前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なんですか、これはっ!?」

 

 図書館で調べ物をしていてめぐみんが呆気を取られて声を上げる。

 ゆんゆんやスズハも、険しい表情で手にしている資料を読んでいた。

 

「あり得ない! 本っ当にあり得ません! 何なんですか、ここの領主はっ!?」

 

 親の敵でも見るように鋭い視線で図書館に置いてある裁判記録を捲っていると、待ち合わせの相手だったダクネスと後ろにクリスが来た。

 

「すまない、遅くなった」

 

「やぁ。なんだか大変な事になってるね」

 

「クリスとはそこでバッタリ会ってな。良い知恵を出すなら人数は多い方が良いと思って連れてきた」

 

「ホントだよ。ダクネスってばむりやり連れてくるんだもん」

 

 暢気に声を出すクリス。今はその能天気な態度が苛立たしい。

 その苛立ちを余所に置いてスズハはダクネスに質問する。

 

「あの、ダクネスさん。領主様ってどんな裁判でも自分の有利に進められる物なんですか?」

 

「……それはもう、裁判じゃないだろ。どうしたんだ?」

 

「どうしたもこうしたもありません!! これを見てください!」

 

 めぐみんが纏めかけの資料をダクネスに見せる。

 領主アルダープが関わった裁判。それが全て彼の勝ちで終わっている。

 それだけならアルダープが有能で清廉潔白な人物と思われるが内容が酷すぎる。

 例えば、とある貴族令嬢を屋敷に連れ込み、肉体的、精神的、性的暴行を行った事件があり、身内の貴族が訴えを起こしたが、証拠がたんまりと用意してあったにも関わらず無罪判決。

 他にも似たような事例が数件。

 逆にアルダープが訴えた裁判は大した証拠も無いのに有罪判決。調べれば調べるほど頭を抱えたくなる。

 

「これは……いや、しかし……ん?」

 

 資料を読んでダクネスも首を傾げる。

 

「領主様って、そんなに優遇されるんですか?」

 

 もうここまで来たら解任されそうなものだが。しかし現実は今もアルダープが領主を続けている。

 

「そんな筈は……だが……」

 

 ダクネスも不思議なのか腕を組んで唸っている。

 そこでゆんゆんが困ったように呟く。

 

「これ……カズマさんが裁判で勝っても仕返しされそう……」

 

 視線がゆんゆんに集まる。

 それに慌てながらも意見を続けた。

 

「だ、だって、ほら! 裁判に勝ってもそれから領主の立場を利用して色々嫌がらせされそうだなって!?」

 

 両手を左右に動かして言うゆんゆん。

 それにめぐみんがつまり、と自分なりの解釈をする。

 

「ゆんゆんはカズマを勝たせるのではなくこのバカ領主の地位を取り上げるべきだと言うのですね」

 

「言ってないよ!?」

 

 過激な発言をするめぐみんをゆんゆんが否定する。

 しかし、言っていることは間違ってないように思える。

 このままカズマが勝っても、その後になにもしないとは思えない。

 冒険者の仕事を妨害。他の仕事に転職しても邪魔してきそうだ。

 カズマなら、借金の異常な催促もあるか。

 しかし、領主を辞めさせるにしても、裁判の勝てるカラクリを解かないと同じことで。

 金か権力か。それとも人脈か。この場にいる全員に欠けている要素だった。

 そこでさっきから資料を集中して読んでいるクリスに話しかける。何故か少し顔が青ざめているように見えた。

 

「あの、クリスさん。何か良い案は有りませんか? 先程から真剣に資料を読んでくれてますけど」

 

「え!?」

 

 話しかけられてクリスは慌てた様子で頬を掻く。

 

「あ、うん! 領主を辞めさせるのは良い案だと思うよ! アタシも、あの領主嫌いだしね!」

 

 あはは! と笑うクリス。

 どう見ても何か隠しているが、それを訊く前に立ち上がった。

 

「ゴメン、用事が出来ちゃったから失礼するね! あ、裁判は手伝えないけど応援はしてるよ!」

 

「おいクリス!?」

 

 ダクネスが急に去ろうとするクリスを引き留めようとするが、その手をスルリと避けられた。

 だが代わりに、懐からエリス教徒を示すペンダントを取り出す。

 

「代わりにカズマの裁判が終わるまでこれを貸してあげる! 御守りにさ!」

 

 スズハの手の平にペンダントが落ちた。

 

「これ、大事な物なのでは?」

 

「いいのいいの! それが有れば、裁判でエリス様が力を貸してくれるかもしれないし!」

 

 ウインクするクリス。

 それから早足で図書館を出ていった。

 

「どうしたんだ? クリスは……」

 

 納得出来ないようにダクネスがクリスが去った方向に険しい視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホント、なんで気付かなかったんだろう?」

 

 あの悪徳領主がいつまでも好き勝手出来ている原因。

 ちょっと調べれば判る事だった筈なのに。

 

 今まであの領主に注目していなかった自分の間抜けさが悔やまれる。

 その所為でどれだけの人が食い物にされたのかと思えば奥歯を強く噛んでギリッと音がなった。

 既に建て直しが始まっているアルダープの屋敷。そこに潜伏スキルを上手く使って周りに気付かれずに地下への通路を調べて中へと侵入する。

 地下へと続く階段を下る。

 このままではおそらくスズハ達は裁判で敗ける。

 どれだけあの領主の悪事を調べて証拠を揃えようと、彼はそれら全てをひっくり返す裏技を行使してくる。

 そして、カズマが死罪になれば彼女達は泣くだろうか? 

 あのちょっと困った性癖のある友達も。

 爆裂魔法を愛する少女も。

 お酒と宴会芸を披露するのが好きな女神も。

 そして、心から笑ってくれるようになったあの子持ちの幼い少女も。

 

(それは、とても嫌ですね……)

 

 階段が終わり、重そうな扉が見えて、それを盗賊スキルで解錠した。

 中へと入るとそこに居たのは1人の青年だった。

 整った顔立ちだが、感情が抜け落ちたような表情。ヒューヒューと掠れるような息遣い。

 何処か薄気味悪さを与える青年。

 しかしクリスが目の前の青年を嫌悪するのはそんな理由ではない。

 

「君、誰だっけ?」

 

 首を傾げて青年の視線がクリスへと向けられる。

 それにクリスは笑みを浮かべた。

 

「……見つけた」

 

 その時クリスが浮かべた笑みは、友達の聖騎士や慕ってくれている、いつも娘を抱えた少女には決して見せられない凄惨な笑み。

 その笑みのまま、腰に下げた愛用の短剣を引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裁判に現れたダクネスとスズハ。その場にいた観客のどよめきが起きている。

 ベビーカーに乗っているヒナが、母が傍に居ない事で不安そうに両手を動かしている。

 その手を力を入れずにめぐみんが握ってあげた。

 

「寂しいかもしれませんが、もう少しだけ大人しくしてて下さいね、ヒナ」

 

 思えば、今日の為にヒナにも随分と寂しい思いをさせた。

 領主を辞任させる嘆願の署名を集め、それを纏める作業。その他諸々。

 お陰で街の3割近い人数の署名が集まったが、ヒナとの時間を削らざる得ず、疲労と睡眠不足からストレスで余裕を失い、ヒナにあたってしまう。

 

『いい加減にしてっ!!』

 

 あのスズハが夜泣きしたヒナにそう怒鳴ってしまう程に慌ただしい数日だった。

 そして怒鳴ってしまった後のスズハがした後悔に歪んだ顔。

 流石にマズイと感じてめぐみんとゆんゆんで休ませたが。

 

「これが終われば、元の優しいお母さんに戻ってくれますから。あとちょっとだけ我慢して下さい」

 

「本当に、怖かったね、ここのところのスズハちゃん」

 

 鬼気迫る、とはあの事を言うのか。

 ここ数日のスズハを思い返して身震いするゆんゆん。

 だが考えてもみればスズハはまだ11の少女だ。

 娘の世話に加えて告発人として裁判に立つ。

 そのプレッシャーは相当だったのだろう。

 この裁判、本当ならダクネスが代表として出席する筈だった。

 しかしダクネスの実家がアルダープに多額の借金をしている為、踏み倒す為に訴えていると判断されるのはマズイという理由で拒否。

 ならばめぐみんが、という意見もあったが、ゆんゆんが。

 

『めぐみんが代表として出たら余計な喧嘩を売り買いして追い出されそう……』

 

 という意見からゆんゆんと喧嘩になりながらも不適切と判断。

 ならゆんゆんに、と頼もうとしたらその前にスズハが自分から出ると手を挙げたのだ。

 

『言い出したわたしが出ます』

 

 それで結局、ダクネスが付き添いという形でアルダープを訴える形となった。

 現在セナと入れ替わって別の50代前の検察官が立っており、弁護人には彼の養子である息子と替わっている。

 ダクネスの家に動いてもらってアルダープを領主から引き摺り下ろす証拠を充分に揃えた。

 本当ならカズマの裁判の前に割り込んで領主を解任させたかったが、数日日程を遅らせるのが精一杯だった。

 

「頑張って下さい、スズハ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その小娘が代表ですと? いったい何の冗談ですかな、それは?」

 

 現れた小柄な少女にアルダープは鼻で笑った。

 その嘲笑に臆さず、スズハはダクネスの前へと出た。

 

「今回わたしは、領主様の解任要請。その団体の代表としてここに立っております。これが纏めた署名です」

 

 袖から著名を纏めたファイルを検察を通して裁判長へと提出される。

 しかしアルダープは馬鹿馬鹿しいと怒鳴る。

 

「何を理由にワシを解任すると言うのだ! ん!!」

 

「職務放棄です」

 

「何だと!?」

 

 そこからスズハはアルダープに、ではなく街の住民にも聞こえるように話し始めた。

 

「短い期間で2回も街の存続に関わる事件が発生しました。1回目は魔王軍幹部であるベルディアという方の襲撃。あぁ、その方は2回襲撃したそうですから実質3回、でしょうか? 次に、皆さんも覚えていると思いますが、進路方向を変えたデストロイヤーの襲撃です。その大事件を前に領主アルダープ様は住民に対する対応の一切を放棄しています。それにより、わたしを含めた街の住民の多くがアルダープ様の領主としての責任感に疑問視し、不安を抱えています」

 

 滑らかに言い終えるスズハにアルダープは鼻息を荒くする。

 

「既に終わった事ではないか! 実際に街に被害は出ておらん! そんな事でワシを陥れるつもりか!」

 

「それは結果論でしょう」

 

 この裁判の検察官であるロニが前に出た。

 

「先ず、魔王軍幹部であるベルディアがこの街の近くにある城に居を構えたのは誰もが知るところです。その間、アルダープ様は監視員の派遣や王都への報告を怠った件は住民だけではなく、領地を任せた王族の期待に対する裏切り行為ではないでしょうか?」

 

 淡々と話すロニ検察官。次にデストロイヤーの時の事を発言する。

 

「デストロイヤー襲撃時、討伐は冒険者。住民の避難誘導は戦力に欠けた冒険者と警察組織のみで行われました。その時貴方は、屋敷の使用人を全て外へと出し、地下に居た、で間違いありませんね?」

 

 ベルディアがアクセルの街を襲撃したのはめぐみんが連日行った爆裂魔法が原因だが、それとて監視する兵が居れば防げた事であり。もし別の理由で街へと襲撃してきた場合も出来る対応があった筈。

 そしてデストロイヤー。

 あれがアクセルの街へと進路変更をした時、アルダープの屋敷は使用人は居らず、もぬけの殻だった。

 見栄を何より大事にする貴族の屋敷でそんな事が在るだろうか? 

 そして進路変更前のデストロイヤー進路軸にアルダープの屋敷は存在しており、あの屋敷は破壊されることが前提だった。

 それが進路変更によってアクセルの街に移動したが、ランダムテレポートによるコロナタイトの爆発で消滅した。

 助かる筈だった屋敷が1人の冒険者の判断で爆破される。その憤りによる訴訟。そんなところだろう。

 

「そしてこれが最も大きな理由ですが、ベルディア討伐の際に破壊された城門。その修理の資金を冒険者であるサトウカズマとダスティネス家によって支払わせています。特にダスティネス家はアルダープ様から態々借金をして。これはどういう事でしょうか?」

 

 自分の家の玄関を直す修理代。

 それを態々他人が家の主から借金して支払う。

 今回のそれはそういうことである。

 これが、アルダープがダスティネス家から借金をして城門を補填したと言うなら解るが。

 

「あまりにも街を守る領主としての責任感が不足していると言わざるを得ません。検察側はアレクセイ・バーネス・アルダープ様の領主権限を解任することを認めます」

 

 ロニ検察官が言い終えるとアルダープが机を叩いて立ち上がる。

 

「言わせておけば! ベルディアやデストロイヤーを放って置いたのは、街に居る冒険者達に任せておけば良いと思ったからだ! 事実、何とかなっているではないか!! 城門の件もダスティネスが勝手に話を持ちかけてきただけだ! 何がおかしいっ!!」

 

 ゼェゼェ、と過呼吸するアルダープ。というか、仮にも位が上であるダスティネス家を呼び捨てはマズイのではないだろうか? 

 そして始まりの街と呼ばれるアクセルの冒険者の実力は総合的に見ても高いとは言えない。

 ミツルギキョウヤのような例外は居るが、あれはあくまでも例外である。

 アルダープは額に青筋を浮かべてスズハを指差した。

 

「小娘が! ワシを陥れようなどと、どうなるか分かっているのだろうなっ!! 裁判長っ! 死刑だ! あの小娘に死刑判決を下せっ!!」

 

 自身が告発されている立場であるにも関わらず、裁判長に思念でも送るかのようにジッと見つめる。

 それを受けて裁判長は、手にしている木槌を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前話でクリスが居なかったのはそういう訳です。


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やっと言えたこと

この話を最初に投稿した時、ここまでは書きたいってところまで辿り着きました。

なんか、クリス(エリス)が、主人公っぽくなった。


「静粛にお願いします。アルダープ殿。これは貴方が被告側であり、彼女は告発側です」

 

「なっ!?」

 

 裁判長の言葉にアルダープは口をあんぐりと開けて驚きを示す。

 この裁判長は何を言っているのか? 

 このアレクセイ・ バーネス・アルダープは困惑していた。

 自分が契約した悪魔の力。先程まで確かに使えていた筈なのに。

 わなわなと震えるアルダープから視線を外し、裁判長が難しい顔をする。

 

「しかし、アルダープ殿を領主から解任した場合、次の領主の問題が────」

 

「その事なのだが良いだろうか?」

 

 そこで挙手をしたのはダクネスだった。

 裁判長の許可を得てダクネスが発言する。

 

「今回、アルダープ殿が解任した場合、次の領主が決まるまでアクセルの街は我が父、ダスティネス・フォード・イグニスの預りとする事を王家から既に許可を得ている。あくまでも繋ぎで、だが。スズハ」

 

「はい」

 

 袖からダクネスから預かっていた1枚の羊皮紙を取り出し、ロニ検察官を通して裁判長に提出される。

 それには、ダクネスが言っていたことが確かに記載されていた。

 

「王家のみが保有する印も押されている。確かに本物のようですね。つまり、後は私の判決ですか」

 

 これは責任重大だ、と裁判長は眉間のしわを深くする。

 

「告発人。まだ、何かありますか?」

 

 裁判長が念の為に質問すると、ダクネスの了承を経てスズハが袖口から別の資料を取り出す。

 それを見ていたカズマが疑問に思った。

 

(なんか、スズハの袖口から物出過ぎじゃね?)

 

 実はあの袖は四次◯ポ◯ット的な何かなのだろうか? 

 今度は検察官を通してではなく、自分から渡しに行った。

 

「これは?」

 

「ここ数年、領主様が関わった不自然と感じた裁判記録の纏めです。わたしは、今回のサトウカズマさんの裁判を含めてやり直しを進言します」

 

 観客から動揺の声が駆け抜ける。

 裁判長がそれを手に取り、記録されているノートを捲ると明らかに顔が強張った。

 

「先程の裁判でアークプリーストであるアクアさんがこの場で邪な力を感じると発言していました。失礼ながら、その前後のセナ検察官と裁判長の言動と裁判の流れに違和感を感じました。わたしには、あの判決が正当な物とは思えません」

 

 ここで一気にスズハ達の本題を提示する。本来なら判決が出たばかりの裁判のやり直しを要求など論外だが、先程の、特にセナ検察官の手の平返しや判決の流れをこの記録を見て疑問に思ってくれれば裁判のやり直しも可能なのではないかと押し通す。

 現代日本で生まれ育ったスズハからすれば信じがたい事だが、この世界では魔法による洗脳とか、そういう物も在るかもしれない。

 

 そこで遠くにいたアクアが叫ぶ。

 

「そうよ! 確かにこの場に邪な力を感じたわ! 私、嘘は言ってないわよ!!」

 

 ここぞとばかりに自身の正しさを主張するアクア。しかし裁判長は懐疑的だ。

 

「しかし魔道具には……」

 

「少なくとも、その邪な力の事を主張していた時は鳴っていませんでした。おそらくは女神云々を言っていたことを魔道具が反応してのではないかと」

 

「ちょっとスズハ! そこ嘘じゃないからっ! 私女神、ってイタイイタイッ!? 何するの!? カズマさんっ!?」

 

「いいから黙ってろこの駄女神ィ!!」

 

 アクアにヘッドロックをかけて黙らせるカズマ。

 ようやく追い風が来たのにアクアの所為で潰れたら堪らない。

 

「もちろん、アクアさんが出鱈目を言っている可能性も否定できません。ですからもう一度、厳正な裁判を。わたしからは以上です」

 

 失礼しますと一礼し、元の位置に戻る。

 

「被告側。弁護人は何かありませんか?」

 

 裁判長がそう訊ねたが、息子である弁護人は無言で首を横に振るだけだった。

 それにアルダープが青筋を立てる。

 木槌を鳴らす。

 

「被告人、アレクセイ・バーネス・アルダープ。その度重なる失態は、領主としての責任能力が著しく低いと判断せざるを得ません。よって、アレクセイ・バーネス・アルダープのアクセルの街の領主としての地位を解任します! そして、サトウカズマを含めて、調査と裁判をやり直すものとします!」

 

 住民から歓声が上がる。

 これは、カズマの裁判のやり直しではなく、アルダープが領主解任される事に依るものだ。

 

「こんな馬鹿な話があるかっ!! ワシはこの街の領主だぞ! これはワシを陥れるための罠だ! おい! 触るな! 私を誰だと思っている!?」

 

 騎士達に下がらされるアルダープ。

 大きく息を吐いていると、横に居たダクネスが肩に手を置く。

 

「これで、カズマの身の潔白は証明されるだろう。よく頑張ったな」

 

「はい。緊張、しました……」

 

 見るとスズハの手は震えていた。

 とにかく、無性に娘の顔が見たい。

 ここ最近、あまり構ってあげられなかった事を謝りたい。

 めぐみんとゆんゆんの姿を探すと、その特徴的なとんがり帽子をすぐに見つけた。

 

「あれ……?」

 

 そっちに移動しようと足を動かすと、視界が揺れて、急激に真っ黒に塗り潰された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルダープは取ってある宿で養子である息子と同じ部屋に居た。

 少なくとも領主を解任されただけで今のところ彼は犯罪者ではないため、監視付きではあるが、拘束されているわけではない。

 腹立たしい腹立たしい。

 何故自分の地位を取り上げられなければいけないのか。

 あの下級悪魔がまた仕事を忘れてサボったからに違いない。戻ったら、あの顔を殴り付けてやる。

 腹が立つといえば、この血の繋がらない息子もだ。

 弁護の1つも出来ない癖に、最初からやり直そうだの、拾ってもらった恩に報いる為に自分も手伝うだの、耳障りの良い言葉を並べてくる。

 反吐が出そうだった。

 

(仕方ない。最後にこの愚息には役に立ってもらうとするか)

 

 本来ならば、ララティーナと義理の息子であるバルターの婚約が決まってからのつもりだったが、そうも言ってられない。

 親の泥は息子に全て被って貰うとしよう。

 アルダープは引き出しに閉まってあったネックレスを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凉葉、大丈夫だよ。兄様が、ちゃんと連れ帰ってあげるから」

 

 あぁ、懐かしい。

 昔、家族や親戚の集まりでキャンプに行った事があり、その時に道に迷ったわたしを兄様が見つけ、背負って連れ帰ってくれた時の記憶だ。

 あの人の事は許せないけど、背負ってくれた背中の温かさと大きさは覚えている。

 その背中に安堵して眠ってしまったことも。

 どうしてこのまま、仲の良い兄妹のままで居られなかったのか。

 そんな、今更な未練を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

「お? 起きたか?」

 

 目が覚めると、スズハはカズマに背負われて覚えのある道を進んでいた。

 

「あれ? わたし、どうして……」

 

「覚えてないんですか? 裁判が終わった途端、倒れたんですよ、スズハ」

 

「寝不足、だね。裁判が終わって気が抜けたみたい」

 

 めぐみんとゆんゆんが話すと、確かにそうだったと思い出す。

 降りようとすると、カズマが遠慮すんなと言った。

 

「もうすぐ屋敷に着くし、そのまま寝てていいんだぞ?」

 

「いえ、歩きます。まだ肌寒いのに外で寝てたら風邪引いちゃいますから」

 

 カズマの背から降りると軽く身体をほぐす。

 

「随分安心して寝てたが、何か良い夢でも見てたのか?」

 

「夢……」

 

 ダクネスの質問にスズハは先程まで見ていた夢を思い出す。

 

「最っ低な夢でした」

 

「そ、そうか……」

 

 今さら兄の夢を見るなど、スズハにとって屈辱でしかない。

 ちなみにカズマもその言葉に少し傷付いてたりする。

 そこでアクアが、プークスクスクス! と笑う。

 

「ほら見なさい。カズマみたいなヒキニートに背負われるから酷い夢なんて見るのよ!」

 

「うるせー!」

 

「あ、いえ。ここまで運んでくれてありがとうございます」

 

 それから辺りを見渡してめぐみんが押しているベビーカーに近づくとヒナを抱き上げた。

 ヒナも、ピリピリしていたスズハが元に戻った事に安堵したように笑う。

 面倒を見てくれていためぐみんとゆんゆんにお礼を言った。

 

「いえ。今回1番大変だったのはスズハですから。これくらいは」

 

「そんなことは。それにわたしがあそこに立てたのはダクネスさんのお力添えが有ったからですし」

 

「まったくスズハは。今回1番活躍したのは間違いなくお前だ。素直に受け取っておけ」

 

 ダクネスの言葉にスズハは、はい、と笑う。

 そこで思い出したようにアクアが声を上げた。

 

「そうだカズマさん! 貴方、裁判前に勝ったら霜降り赤蟹と高級酒を買ってくれるって言ってたわよね!? もう勝ったも同然なんだから、思う存分この私に蟹を奢りなさい!」

 

「ほ、本当ですか、カズマ!?」

 

 余計な事を覚えているアクアと期待に満ちた眼差しを送るめぐみん。

 それにカズマは淡白な対応を返す。

 

「そうだな。言ったな。だがアクア。お前には食わせん!」

 

「なんでよー!? 私1人だけカズマの弁護をしてあげたんじゃない! 恩を仇で返す気!」

 

「弁護……? 恩……? ふっざけんなよ、てんめぇ!! お前がしたことなんて、異議ありだの、論破だの、好き勝手言ってただけじゃねぇか!! すげぇよアクアは! よくあれで弁護したなんて言えんなぁ!!」

 

 裁判の時の鬱憤を晴らすように捲し立てるカズマ。

 まぁ、命がかかってる場であんな好き勝手言われれば怒鳴りたくもなろう。

 

「なによ! 私が邪な力を見破ったから裁判のやり直しが出来たんでしょ! もっと私に称賛を贈りなさいよね!!」

 

「あんなもんオマケだろうが! てかなんでお前だけ残ってたの!? マジ肝が冷えたわっ!」

 

「そうよ! なんでゆんゆんを連れてパーティーの私を仲間外れにするの! なんでそんな意地悪するのよ!!」

 

 矛先がこっちに向き、めぐみんがムッと口を尖らせる。

 

「そんな事を言われましても。アクア1人だけ突っ走った上にふて腐れてたじゃないですか」

 

 カズマが連行されたあの日、脱獄させて街から逃げようと提案したアクア。

 全員からダメ出しを喰らい、半泣きでじゃあ、自分1人でカズマを助けに行くと息巻いて刑務所に行った。

 その際に中に入ることも出来ず、警察から職質を受けて泣いて帰って来た。

 その上、何があっても起こすなとふて腐れて寝てしまったのだ。

 それを見て全員が駄目だこいつと裁判での戦力外通知を出し、屋敷を出た。

 ついでにスズハとめぐみんはゆんゆんの宿に泊まり、ダクネスは実家の力を借りるついでにそちらに泊まっていた。

 

「と、言うわけです」

 

「なんでよー! わたし女神なのよ! アクシズ教団の教えでやれば出来る子なの!! ちょっとは信用してよぉ!」

 

 アクアが泣きながら自分の有能性を力説している。

 カズマはよくやったと親指を立て、めぐみんが応える。

 それを呆れた様子でダクネスとゆんゆんは1歩引いたところで眺めている。

 その光景を見てたら、何故か、泣けてきた。

 

「スズハちゃん?」

 

 ゆんゆんが話しかけるとスズハは涙を拭った。

 

「あ、いや……これは、違くて……皆さんの、いつものやり取りを見てたら、戻ってきたんだなって安心しちゃって……」

 

 日常に帰って来た。それを実感すると涙が止まらなくなった。

 それにめぐみんがスズハの背を押す。

 

「まだですよ。今日はスズハの料理を食べるんですから。そう実感するのはそれからです」

 

「そうだな。俺もスズハの手料理食いてぇわ。牢屋のメシは不味くってよ」

 

「ま、しょうがないわね。蟹は諦めてあげるわ。感謝しなさいよ!」

 

「アクア。その言い方はどうなんだ?」

 

「あはは……」

 

 皆が好き勝手喋っていると、スズハがあることに気付く。

 

「そういえばアクアさん。食材って何が残ってます?」

 

「え? 無いわよ? 昨日で全部食べてまだ買い出ししてないもの」

 

 当たり前でしょ、とばかりの態度のアクア。

 もう屋敷まで目と鼻の先。

 どうやら来た道を戻らないと食べるものは無いらしい。

 

「もっと早く言えぇえええええっ!?」

 

「なによ! しょうがないじゃない! 今まで気付かなかったんだから!」

 

「ここからリターンですか……ふふふふふ」

 

 疲れているのに疲労がドッと襲ってくる。

 だけどこのままでは食料が無いのだ。

 

「仕方ない。戻りましょうか、スズハ」

 

「そうですね」

 

 それでも、こうして大切な人達が誰も欠けることなくここに居る。

 今はそれだけで良かった。

 そこで、鼻に水が落ちる。

 

「ん? 雨?」

 

 空から雨が降り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレクセイ・バーネス・バルター。

 義理の父と違い、品行方正で人望も厚い好青年。

 彼を良く知る者からすれば、有り得ないほど醜悪な笑みで雨の夜街を走っていた。

 

「ふはははははっ!! バルター! お前は自慢の息子だったぞ! 何せ、父の罪を全て引き受けてくれたのだからなぁ!」

 

 彼が持っていたネックレス。あれはとても貴重な魔道具で、肉体と精神を入れ替える品物だった。

 バルターにネックレスを着けさせ、アルダープが呪文を唱える。

 本来なら時間が経てば元に戻ってしまうが、例外として取り替えた肉体を殺せば、元には戻らない。

 アルダープは呪文を唱える直前にナイフで胸を刺し、血の繋がらない息子の身体を乗っ取ったのだ。

 そして突如自殺した父に錯乱した息子を演じて宿を出た。

 自ら胸を刺したのだ。もう死んでいるだろう。

 これから一度戻り、お涙頂戴の演技でもすれば全ての罪状は死んだアルダープ(バルター)が引き受けてくれる。

 そこからは簡単だ。

 ララティーナの父(イグニス)はバルターを高く評価をしていた。

 それを利用して奴に取り入れば良い。

 あの下級悪魔の呪いでイグニスは永くない。その内、ダスティネスの婿としてあの家の全てを手に入れてやる。

 

「そうすればあの小娘め! 只では措かんぞ!」

 

 裁判で自分を陥れた、澄ました小娘の顔を思い出す。

 思い起こせば子供ながら中々に美しい少女だった。

 あれを捕らえ、ララティーナと共に逆らえなくして辱しめ、嬲り、虐め、自分のした事を涙ながらに謝罪させて靴を舐めさせてやる! 

 

 そんな妄想に囚われていると、前に立ち塞がる人物がいた。

 

「へぇ。同じ顔でも中身が違うだけでこうまで印象が変わるんだね」

 

 男の子のような短い銀髪。

 凹凸な少ないスラッとした体型から少年と間違えそうだが、腰は括れ、聞こえる声も少女のモノ。

 その人物は、手を前に突き出すと、小声でスキルを発動させた。

 

「スティール」

 

 手の平が一瞬光ると、アルダープがかけていたネックレスは相手の手に落ちていた。

 

「幸運値ってあまり役立たないって言われてるけど、こういう時は役に立つよね。おかげで高確率に好きな持ち物を奪える」

 

 返せ! とアルダープが駆け寄ろうとすると、銀髪の少女は疲れたように息を吐く。

 

「最低限目標は達成したけど、あの悪魔には逃げられちゃうし、まぁ、この神器を回収出来たのはラッキーだったけど」

 

 それは、アルダープがあの下級悪魔を呼び出した時に使った魔道具だった。

 

「もう充分に甘い汁は吸ったでしょ? これらは返してもらうよ」

 

「ふざけるな! それはワシの物だ! 返せ!!」

 

 アルダープが少女に掴みかかろうとするが、あっさりと避けて足を引っかけて転ばす。

 アルダープを見下ろしてポツリと呟いた。

 

「地獄の沙汰も金次第って確か、あの子達の世界の言葉だっけ? もっとも君にはこの世界にも、死後にも持っていけるお金なんて無いけど」

 

「何を言っている!! それを早く返────」

 

「君の元の身体、一命を取り留めたよ」

 

 少女が何を言っているのかアルダープには理解できなかった。

 嘘に決まっている。自分は胸にナイフを刺したのだから。

 

「たまたま近くにいた昨日今日で冒険者になった駆け出しのプリーストが一生懸命治癒魔法(ヒール)をかけてくれたんだ。そのおかげでまだ死んでないよ。もっとも、胸の傷も完璧には治らなくて、余命2日だってさ」

 

 それこそ高位のアークプリーストなら治せるだろうが、駆け出しの彼女にはそれが限界だった。

 

「少なくとも、元に戻るくらいは持つだろうけどね」

 

 散々悪意を周りに振り撒いて他人の人生を食い物にしてきた男は今、他者の善意によって首に縄をかけられたのだ。

 

「ふざけるなっ!? なおのこと、それを返せぇ!!」

 

 アルダープは少女に襲いかかるが、決してやり返さずに躱し続けるだけ。

 相手の肉体を傷付ける気がなかったから。

 

 そこで少女の口調が変わる。

 それは友人たちの知る友好的な口調ではなく。さっきまでの淡々としたものでもない。

 丁重ながら、敵意を隠すことのない口調だった。

 もしも彼女が本来の姿だったなら、神々しさすら感じられたかもしれない。

 

「これから元の肉体に戻る時間まで、死の恐怖に怯えていなさい。そして元の肉体に戻ったら、今まで食い物にして傷付けてきた何の罪もない方々に謝罪を繰り返しながら生涯を閉じなさい。もっとも、それだけの良心が残っていればの話ですが」

 

 向けられる視線に哀しみも憐れみもなく、ただひたすらに軽蔑だけが込められていた。

 

「死後、私は貴方と会うことはありませんが、貴方を担当する方に重い刑罰を与えてくれるように話を通しておきます。精々残りの時間を大事にしてください」

 

 それだけを言うと踵を返して去って行こうとする。

 アルダープは引き留めようとするが、濡れた地面に足を取られて転ぶ。

 起き上がると、もうそこに銀髪の少女の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレクセイ・バーネス・アルダープの死後、カズマにかけられていた疑惑と訴えは息子であるバルターによって撤回された。

 ついでに今まで払っていた借金は全て返却され、城門の修繕費もアルダープの蓄えた資産から出す事が決定した。

 アクセルの街は裁判でダクネスが言っていたように、ダスティネス・フォード・イグニスが一時的な領主を勤めることとなる。

 その際に、アルダープの保有していた人材を引き抜きを行い、その中には息子であるバルターも含まれていた。

 そしてここ最近体調を崩しがちだったイグニスはアルダープの死後、体調が快復した。

 病は気から。アルダープに借りていた借金の件が予想以上に精神的な負担になっており、そこから解放されたことで体調が戻ったのではないかというのが大勢の見解だった。

 

 そしてカズマ達だが────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらぁ!! 飲め飲めぇ! こんくらいで酔い潰れてんじゃねぇぞ!」

 

 支払ってきた借金が戻ってきて、先ずその金を裁判で世話になった人達に酒を奢っていた。

 パーティーメンバーやゆんゆんは勿論、商店街や冒険者やギルドの皆さんだ。

 幾つかの店で別けて奢り、中にはダストのようにまったく為にならなかったのに奢って貰っている図々しい者も混じってるが。

 そんな中でスズハは────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スズハちゃん! だし巻き玉子出来たかい?」

 

「あ、はい! 青い皿が甘いの。緑の皿がしょっぱいのです!」

 

 酒場の厨房でだし巻き玉子をひたすらに作っていた。

 何でそうなったのかと言うと、毎度のアクアの我が儘である。

 アクアが突然だし巻き玉子が食べたいと言い始めて、厨房を借りて作った。

 それを他の客も食べたところ、好評を博して次々と作る羽目になったのだ。

 横でヒナを抱えて見ていためぐみんが感心する。

 

「器用ですね。卵焼きで層を作るなんて」

 

「だし巻き玉子は、和食の基本にして奥義ですよ?」

 

「奥義……良い響きです」

 

 と、15皿目を焼いたところで酒場の店主からストップがかかった。

 

「スズハちゃん。もう良いよ。これ以上、客に料理を作らせてたら、代金貰えなくなっちまう」

 

「いえ。私も楽しかったですから。この最後のだし巻き玉子は貰って良いですよね?」

 

 勿論だと店主が苦笑した。

 

「スズハは人が良すぎますよ」

 

「そうですか? これでも、少しはズル賢くなってるつもりなんですけど」

 

 塩味のだし巻き玉子をめぐみんと2人で食べる。

 飲み物が果実水(ジュース)な為、甘い食べ物と飲み物を一緒に摂りたくないのだ。

 

「相変わらず良い腕ですね。妹にも食べさせてあげたいです」

 

「こめっこさん、でしたっけ? わたしもいずれ会ってみたいです」

 

「ふ。あまりの愛らしさに驚き倒す事でしょう!」

 

 などと話していると、何故か店全体からスティールコール。

 そこでクリスが酒場に現れる。

 

「カズマが奢ってくれるって!」

 

 クリスに用事のあったスズハは立って彼女に近づいた。

 

「クリスさ────」

 

「スティール!」

 

 カズマの手が光、収まると握っているのは薄ピンクのパンツだった。

 

「ひゃっはぁあああああっ!?」

 

 調子に乗って奪ったパンツを振り回すカズマ。

 クリスは過去の経験から自分のパンツがまた盗られたのかと警戒したが、そんな事はなく、安堵する。

 しかしならばあれは誰のだろうか? 

 するとスズハがカズマのところに歩いていく。

 

「カズマさん……」

 

「どうした、スズハ?」

 

 手を差し出す。

 

「…………さい

 

「へ?」

 

 見ると、スズハの顔は耳まで真っ赤で涙ぐんでいる。

 

パンツ、返してください……

 

 小さいながらもその言葉をハッキリと聞こえた。

 

「え? これ、スズハの? クリスのじゃなくて?」

 

 コクリと頷くスズハ。

 だらだらと冷や汗を流して恐る恐るパンツを返す。

 さすがに今回の恩人にあたる人物のパンツをスティールしたことはマズイと判断したらしい。

 奪われたパンツを隠すように握るとボソリと呟いた。

 

「次の裁判では敵同士ですね……」

 

「すんっませんしたぁ!? ほんっとおにすんませんしたぁあっ!?」

 

 土下座をするカズマを見ずにクリスの傍に戻るスズハ。

 酒場にドッと笑いが起こった。

 アルダープを追い詰めたあれが自分に向くかと思うと気が気でないのだ。

 

「クリスさん、これ、お返しします」

 

 借りていたエリス教徒のペンダントを返す。クリスもうん、と受け取った。

 

「役に立った?」

 

「えぇ。とても心強かったです」

 

「そう感じてくれたなら、貸した甲斐もあったね」

 

「本当は御自宅までお届けしようと思ったのですが、ダクネスさんもどこに住んでいるのか知らないと仰るので」

 

「はは。アタシは根なし草だからさ」

 

 頬を掻くクリス。

 

「それと、カズマさんを助けるお手伝いをしてくれて、ありがとうございます」

 

「いやいや! アタシは何もしてないからね!? カズマの裁判の時もクエスト行ってたし!」

 

「手伝って、くれたのでしょう? わたし達の見えないところで。必要な事を」

 

 別に確証が有るわけではない。

 ただ、何となくそう思ったのだ。

 別に正解でも不正解でも良い。ただ、スズハはそう信じることにしたのだ。

 

「……そう素直で賢いところはスズハの魅力だけど。勘が良すぎる子供は嫌われるよ?」

 

 クリスの言葉の意味が解らないのか、頭に? が浮かんでいる。

 苦笑してクリスは頼んだシュワシュワを飲む。

 スズハも、自分の果実水を飲む。しかし、少しだけ憂いを帯びた表情が気になってクリスが訊く。

 

「どうしたの? 何か心配事? お姉さんに話してみて!」

 

 冗談めかして言うクリス。

 最初はいえ、あの、と遠慮していたスズハも、見つめてくるクリスに観念して視線を下に向けたまま話す。

 

「領主様が、自殺なさったと聞いたので……それは、わたしの所為なのかなって……」

 

「あ」

 

 あの裁判のすぐ後に胸を刺して自殺。

 自分がアルダープをそこまで追い詰めたのではないかと小さな棘が刺さっていた。

 スズハはカズマを助けたかったのであって、アルダープに死んで欲しいと思っていた訳ではない。お近づきになりたい訳でもないが。

 しかし、もし自分の所為で自殺したのなら────。

 そう思い悩むスズハの頬をクリスは引っ張った。

 

「そんなの、スズハが気にする必要はないよ! 彼の死とスズハはまったくの無関係だからさ!」

 

「で、でも!」

 

「でもも何もないの! 彼はただ、今までの悪事の所為で身を滅ぼした。それだけなんだから。ほら! せっかくの酒場なんだから。お酒飲めなくても楽しまなきゃ」

 

 頬を引っ張る手を放す。

 完全に、ではないが、それでも大分表情は晴れた。

 

「はい……」

 

 そして、置いてあった果実水のコップを手にして飲みなお────。

 

「ぶほっ!?」

 

 液体を口に入れた瞬間に吹いた。

 

「ケホッ!? ケホッ!? これ、おさけ……!」

 

 何で、と続けようとアクアがあれ? と首を傾げる。

 

「スズハのジュースが無くなってたから瓶から注いであげたんですけど。なんで?」

 

 見ると、アクアが持っていたのは果実水ではなく同じ果物の果実酒であった。

 

「す、スズハ大丈夫!?」

 

「ふあい……もーまんたーい」

 

 机に突っ伏してぐらんぐらん頭が揺れているスズハ。

 いくらなんでも果実酒1口でこれは弱すぎだろう。あまり強い酒でもないのに。

 するとスズハが立ち上がり、帯の結びに手をかける。

 

「あつい、です……ぬぎまーしゅ……」

 

「え? ちょっと!?」

 

 クリスが止める前に着物を止めている帯がスルリと床に落ちて重なっていた布が広がる。

 白い肌に赤みがほんのりと付けられ、膨らみ始めた少しだけ見える乳房。

 腰のラインが明るみになり、それを見ていた冒険者たちは子供の裸と笑わず、生唾を飲んだ。

 顔も潤んだ瞳に人形のような美貌が余計に魅了し、思考を掻き乱す。

 

「わー! だめー!?」

 

 全てが晒け出される前にクリスがスズハの体を隠して裏口から出ていった。

 

「これ、私の所為……?」

 

「どっからどう考えてもな!」

 

 カズマがアクアの頭を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裏口にある酔っぱらいの休憩所を兼ねたベンチでスズハはクリスの肩に頭を預けていた。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

「ふあい……よってません……」

 

「酔っぱらってる人はみんなそういうの!」

 

 クリスに体を預けていると目を開き、クリスにお礼を言おうとする。

 

(ん? このひと……)

 

 それは、別の誰かを幻視させた。

 

「エリス、さま……?」

 

「え? ち、違うよ!? アタシは!?」

 

 聞こえていないのか、そのままスズハは話を続ける。

 

「ずっとお会いしたかったです……わたし、エリスさまにおはなししたいことがあって……」

 

「……はい。なんですか?」

 

 優しい、別人のような口調。それに反応してスズハは話し始める。

 

「この世界にきて、楽しいひとたちに出会えました。カズマさん、めぐみんさん、ゆんゆんさん、ダクネスさん、アクアさん。クリスさん。他にもいっぱい。毎日が充実してます。それに────」

 

 何かを探すように手を動かす。

 

「ヒナが大きくなってるんです。さいきん、重くて。抱えるのがたいへんで。歯も、少しはえてきたんです……」

 

 1つ1つ数えるようにスズハが指を折る。

 

「かあさまにさされて、もうあの子になにもしてあげられないのが悔しくて。でも、エリスさまが、とくべつに、チャンスをくれた」

 

 どれだけ嬉しかったか。

 どれだけ救われたか。

 それを自覚して、何度泣いたか。

 

「ありがとう、エリスさま……わたし、いましあわせです……」

 

 万感の思いを込めてスズハは満足したように笑った。

 

「ずっと言いたくて……やっと言えた……」

 

 そこで意識が切れて肩からズレると頭が太腿に落ちる。

 クリスはスズハの黒髪に指を通した。

 

「そうですか。良かった。私も、嬉しいです。ありがとう、スズハさん。この世界で、ヒナさんと一緒に幸せになってくれて」

 

 慈愛に満ちた笑みでクリスはスズハの頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アルダープは最初、原作とほぼ変わらずお持ち帰りされる予定でしたが、最終的にこうなりました。


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小さな女の子に看病された日

裁判の時にカズマがスズハが過去にレ○プされたと公衆で暴露したシーンがありましたが、キャラの行動があべこべとの意見を頂いたので、最新話の投稿を機にこの街で暴力を振るわれたのみに発言を変えました。ご了承下さい。

コロナのニュースが広まってるこの時期に看病ネタはどうなんだろう?と思いましたが、投稿することにしました。



 アクセルの街を騒がせた領主退任の裁判の熱も少しずつ収まり、カズマ一行(パーティー)にもデストロイヤー戦での報酬。そして今まで理不尽に払わされていたが、撤回されて返ってきた城門の修繕費による借金。

 もう働かなくても良いような大金を前にカズマ達は数日間のお祭り騒ぎを楽しんだ。

 

 そして現在────―。

 

 

 

 

 

 

「うぇ~。腹イテェ。気持ち悪い。頭がくらくらする~……」

 

 熱を出して寝込んでいた。

 ベッドで寝ているカズマにアクアが腰に手をやって不機嫌な顔を見せる。

 

「まったく。カズマったら情けないわねー。せっかくお金も戻ってきてこれからって時に風邪引くなんて」

 

「うっせ! 声出させんな。吐きそう……ゲホゲホ……!」

 

 具合を悪そうに咳をしているカズマ。

 そこでめぐみんが部屋に入ってきた。

 

「カズマ。お粥、持ってきましたよ」

 

 お粥用の鍋を盆に載せて現れためぐみん。

 蓋を開けると細かく刻まれたネギと卵の入った粥が湯気を立てている。

 

「食べられるだけ食べてください。食後用の風邪薬しかないんですから」

 

 そう言ってめぐみんが小さなお椀に粥を盛る

 

「おう。悪いな」

 

 お椀を受け取って食べる。

 卵の入ったお粥は思いのほか食欲がそそられ、お椀に盛られた中身をあっという間に平らげた。

 それを見てめぐみんが薬と水を渡すとアクアの方へ向く。

 

「アクア。スズハが呼んでましたよ。買い物を頼みたいそうです」

 

 めぐみんの伝言にアクアが目尻を吊り上げた。

 

「女神をパシリに使おうだなんて、スズハも偉くなったわね~」

 

「小姑か、お前は……」

 

 薬を飲んだコップを置いて呆れた口調をする。

 その反応を読んでいたスズハの駄々をこねられたときの追加の伝言を言う。

 

「ダクネスが居ないんですから、出来ることはしないと。スズハ1人で全てこなすのは大変ですし。それと、買い物代の範囲内なら好きなものを買って良いそうですよ。お酒込みで。今日の夕飯はアクアのリクエストを受け付けるそうです」

 

 それを聞いてアクアの表情がパッと明るくなった。

 

「それを早く言いなさいよ、めぐみん! さ、今日は鰻に決まりだわ!」

 

 そう言って早歩きで部屋を出ていくアクア。

 それを見たカズマはさらに呆れの言葉を溢す。

 

「子供かアイツは」

 

「スズハもすっかりアクアの扱い方を覚えましたね」

 

「スズハは今、なにしてんだ?」

 

「洗濯物を干してますよ。カズマの風邪がうつって、ヒナまで風邪を引いたら大変ですから」

 

 本人は様子を看たそうにしてましたが、と付け足す。

 そこでカズマは鼻を擦ると話題を変える。

 

「つーか、今日は鰻かよ。この体じゃさすがにそんな脂っこい物食えん」

 

「まさか鰻があんなに美味しくなるとは思いませんでした。カズマ達の故郷の調理技術はどうなっているのですか?」

 

 この世界ではまだ鰻の蒲焼きなんて伝わってない。日本からの転生者が再現しようとした事はあったらしいが、結局形にならなかったらしい。

 スズハも、以前本で読んだ調理方をこっちで試してるらしい。

 本人曰く、本職には到底及ばない及第点な品物、とのこと。

 

「いや。確かに俺の国で鰻は食べるけど、一般家庭で調理なんてしない。店とかで食うもんだ」

 

「……スズハは本当に料理スキルを取ってないんですよね?」

 

「ないだろ。レベルも上がってないみたいだし。というか、未だにスキルの価値もよく解ってないからな、スズハ」

 

 クエストに参加するわけでもなく、普段の生活に必要な技術は大抵修得してるスズハは冒険者カードを殆んど弄ってない。

 そこで部屋の外からスズハの声が届く。

 

「めぐみんさーん! 少し、お手伝いをお願いします!」

 

「大変だな」

 

「まぁ、今はクエストにも行きませんし。家事を全て任せっきりというわけにもいきませんからね」

 

 大金が入ったばかりで働く必要がない上に、ダクネスは領主がダスティネス家に移ったことで忙しいらしく、こちらにあまり顔を出せない。

 ダクネスには、今回の裁判でお世話になったお礼をしに訪問をスズハが希望していてそのスケジュール調整も頼んでいた。

 

 めぐみんが部屋を出ていくと、薬が効いてきたのか眠気が襲ってくる。

 カズマは抗う事なく睡魔に意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズマの意識が浮上し始めた時に、ひんやりとした手が額に触れる。

 それが気持ちよくて目を開けた。

 

「あ、起こしてしまいましたか?」

 

「ス、ズハ……」

 

「あはは。はい……やっぱり心配ですので畳んだ服を持ってくるついでに様子を見に来ました」

 

 照れ臭そうに笑うスズハ。

 なんとなくその仕草に癒されているとスズハが額から手を離す。

 

「う~ん。顔色は良くなってますし。熱は下がってると思うんですけど……やっぱり体温計がないと判りにくいですね」

 

「体温計か~」

 

 生産系のスキルで作れないかな、とカズマが考えていると、スズハが提案する。

 

「カズマさん。すみませんが、服を脱いでもらえますか? あ、辛いのなら私が脱がしますけど」

 

「えっ!?」

 

 いきなり脱衣しろと言われて動揺するカズマ。

 しかも辛いならスズハが脱がすってなんでそんなに脱がそうとするのか? 

 何が目的だ? もしかしてこの間のパンツスティール仕返しにめぐみんのように体にラクガキでもされるのではないだろうか? 

 

「お、お前いったい俺をどうする気だ!?」

 

「へ? 汗をたくさん掻いてるみたいですから拭こうかと思いまして。それに着替えた方が良さそうですし」

 

「……すみません。ホントにごめんなさい」

 

 善意から看病してくれようとするスズハの誠意を一瞬でも疑ったことに罪悪感が半端ない。

 他の仲間。特にアクアとめぐみんがアレなので、つい疑う癖が出てしまったようだ。もしくは熱で思考が変な方向に行こうとしたか。

 そんなカズマにスズハは頭に? を浮かべて変なの、と呟く。

 

「それで。やっぱりわたしが脱がしますか?」

 

「いや、脱ぐよ!? 自分で」

 

「ズボンもお願いします。着替えも持ってきてますので」

 

「お、おう!」

 

 上に着ているシャツを脱いで適当に捨てる。後ろからスズハが手にしたタオルで汗を拭き始めた。

 

「あー。しかし何だって熱なんて……ちょっと楽になったけど」

 

「少し前に捕まって牢屋に居た上に、裁判が終わって数日夜遅くまで宴会騒ぎ。ここまで生活のリズムが狂えば熱くらい上がってもおかしくないと思いますよ?」

 

「……ごもっともです、はい」

 

 自分より周りの方が気付く事が多いんだなーと思っていると、首回りの汗を拭いているスズハの白い腕が見えた。

 その腕が、先日宴会で見たスズハの肌と重なって思い起こされる。

 

(って何緊張してんの俺!? 相手は小学生(スズハ)だぞ!?)

 

 背中を拭き終わり、前に回って肩や胸板の汗を拭き取られる。そこで顔を警戒心の薄い様子で近づかれてカズマは顔が赤くなった。

 

(いやいやいや!? 何で顔が熱くなんの!? 俺上も下も2歳差以上は守備範囲外だからな!)

 

 いったい誰に言い訳しているのか。

 心の中で動揺しているとスズハがカズマの体温が上がっていることに気付く。

 

「あれ? 熱がぶり返してません?」

 

「あ、あああああっ!? そーだなー!! 下の方は自分で拭くからもう出てていいぞぉ!? 風邪が感染ったら大変だろ!?」

 

 ズボンを脱いでパンツ一丁のカズマがそう言うが、スズハは慈愛に満ちた瞳で首を振った。

 

「カズマさんは病人なんですから、素直にわたし達に頼って良いんですよ?」

 

 言って屈むと太腿の汗をタオルで拭き取る。

 さっきから丁重な動きで汗を拭き取られるのが気持ち良いなー、と意識を別方向にシフトさせていると、バタンと勢いよく扉が開く。

 

「ねーねー聞いて聞いて! 今ダクネスの実家から高級ハムが届いたのっ! 今晩は鰻とどっちをメインに────」

 

 偶然そこでアクアが入ってきて2人の体勢に言葉を失う。

 ベッドに座っているカズマの下半身をスズハが屈んで手を触れている。

 見ようによってはスズハがカズマのパンツを脱がそうとしているように見えなくもない。というか、アクアはそう解釈してしまっている。

 

「ス、ススススススズハさん! 貴女いったい何をしてるの!?」

 

「何を、と言われましても。(汗まみれで)大変だろうと思って(汗の)処理をしてあげてたんですけど……」

 

「おい! 説明に大事なところが抜けてんぞ!?」

 

「しょ、処理ィ!? ちょっとカズマ! あなたスズハになにさせてるの!? まさかあの男と同じところまで堕ちちゃったの! 見損なったわ!?」

 

「ちげぇよ! ぶっ飛ばすぞこの駄女神ィ──―ケホケホ!」

 

 熱のせいで咳をしてぐったりし始めるカズマ。

 その姿にアクアが得意気に鼻を鳴らした。

 

「ふん! 小さい子にエッチな事させようとして罰が当たったのね。ついでに女神アクアからのありがたい天罰を受けなさい! クリエイトウォーター!」

 

「うわっ!? つめてっ!」

 

「アクアさんなんて事を!?」

 

 魔法の水を頭からぶっかけられてカズマは寒そうに身を縮こませ、スズハは顔を青ざめる。

 

 居間でヒナの面倒を見ていためぐみんは、何を騒いでいるのかと呆れている。

 

「最近、お金が入ってちょーっと調子に乗ってたから! これを気に反省なさい! さ、スズハ行くわよ! カズマが悔い改めるまで、近づいたら駄目よ!」

 

「え? ちょっとアクアさん!」

 

 アクアに無理矢理引っ張られて出ていく。

 

「あんのやろー……」

 

 治って体力が戻ったら絶対復讐してやると心に誓う。

 取りあえず今はスズハが落としていったタオルで体を拭き、用意されている着替えを着て寝ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズマさん。あーん」

 

「あーん……」

 

 卵粥を掬ったスプーンを差し出されて口に入れる。

 アクアの水魔法を受けたカズマは見事に熱が上がって持ち直しかけた体調を崩した。

 

 昨日の事が勘違いだと説明されて気まずいアクアは今日、家にいない。おそらくは酒場かどこかでほとぼりが冷めるのを待っているのだろう。

 めぐみんは所用で少し出掛けている。

 昨日より具合が悪くて意識が朦朧としているカズマの看病をしているスズハ。

 本人はどことなく楽しそうだが。

 ヒナは部屋の隅っこでベビーカーに座っていた。

 

「わるいな、スズハ……2日もかんびょーさせて……あーなさけね……」

 

 弱音をはくカズマにスズハは首を振る。

 

「誰だって体調を崩しますよ。それにこれくらいは苦じゃありませんから」

 

 ありがたい言葉にちょっとカズマはうるっときた。もしもスズハの年齢がもっと近かったら本当に惚れてたかもしれない。

 

 そこで何かに気付いたようにスズハが、あっ、と声を出す。

 

「どうしたー? スズハ」

 

「あ、いえ。カズマさん。起き上がってもらって構いませんか?」

 

「んー? あぁ……」

 

 少し辛いがそれくらいは、とゆっくりと体を起こした。

 

(昨日みたいに体吹拭くのか? まぁ、今はアクア達も居ないし丁度良いんだろうけど……)

 

 昨日体を拭かれた気持ち良さを思い出してカズマはちょっと興奮する。

 何よりスズハの拭き方は献身的で、安心できる。

 

(ちょっと癖になりそう……)

 

 そんな不安を若干覚えていると、スズハは腕に神器の腕輪を填めて手をカズマにかざした。

 

 黄緑色の光に包まれると、次第にカズマから倦怠感が抜けていく。

 

「あれ?」

 

「成功、ですね。よかった~」

 

 スズハがホッと胸を撫で下ろした。

 

「エリス様からもらったこの腕輪。怪我とちょっとした病気なら治せるらしいですから。あはは。今まで怪我以外で使わなかったからすっかり忘れてました」

 

 恥ずかしそうに笑って誤魔化す。

 あーそういえばとスズハがここに来たばかりの頃にそんな説明されたな、とカズマも思い出す。

 

「どうですか? 顔色は普段に戻りましたけど……」

 

「あーうん。もう平気そうだ。体も軽くなった」

 

「そうですか。良かった。やっぱり体調を崩すのは辛いですからね」

 

「ソウダネ。アリガトナ」

 

「はい。あ、でも治ったばかりですからあまり無理はしないでくださいね?」

 

 実はもう少し看病されたままでもいいかなと思っていたカズマはひきつった笑顔で取り繕った。

 スズハはそれに気付く事なく立ち上がると、ヒナを連れて部屋を出ていった。

 

「いや、うん。熱が下がって良かったよ? 吐き気とかもないし。でもなぁ! う~ん!」

 

 何だかモヤモヤした気分になりながらカズマは何度もベッドの上でゴロゴロと寝返りを繰り返し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




実は今回、看病しながらスズハの生前の私生活とか学校生活とかを語らせる予定でしたが、カズマだけに話すのもな、と思い、後回しに。
次はダスティネス家への訪問です。でも考えてみればこれは外せない話だったとアンケート出した後に気づいた。

票が下回ったアクアとめぐみんメインの話で書こうとしてた話。

・アクアとスズハのケンカ。
正式にエリス教徒になったスズハにアクアが怒ってエリスの悪口を言い続けた結果、スズハの堪忍袋の緒が切れてアクアとケンカ。カズマとめぐみん、ダクネスが仲直りさせようとする話。

・めぐみんとの友情物。
11という歳で子供を抱えているスズハに街の若者が数人(大体カズマとめぐみんくらい?)でスズハに絡んでからかっているのを見つけためぐみんが相手を追っ払う。
それが原因で更にスズハがトラブルに巻き込まれてめぐみん(と、もしかしたらゆんゆんも)が解決するために奔走する話。

というのを書こうと思ってた。


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ダスティネス家への訪問+仮面の悪魔の忠告

GW期間中に書けるかなって思ったけど、そんな事はなかった。


「……おっきい」

 

 目の前にある大きな邸宅にスズハは圧巻されて声が漏れた。

 

「め、めぐみん! 本当に大丈夫かな!? わ、私、変なところ、ない?」

 

「その挙動不審な態度以外おかしなところなんてありませんよ。落ち着いてください、ゆんゆん」

 

 動揺しているゆんゆんをめぐみんがあしらっている。

 

「ねぇ、カズマ。あの屋敷もこのくらい大きな家に建て替えない? 女神であるこの私を住まわせるんだからもっと広くて当然だと思うの!」

 

「しない。これ以上大きくなったら管理しきれないだろうが」

 

「なによー! たくさんお金だって入ったんだからちょっとくらい増築しても良いじゃない!」

 

 他人の物を見て羨ましがる子供の心境で駄々をこねるアクアを無視してゆんゆんはスズハが持っている袋に入っている箱に注目する。

 

「それなに? スズハちゃん」

 

「カステラです。手作りの物はどうかと思ったんですけどダクネスさんに訊いたところ問題ないそうなので」

 

 生前の経験から上流階級の者は手作り品が好まれない傾向にある。

 それにこの世界だと、何か良くない物が入れられているのではないかと疑われる可能性もある。勿論、スズハにそんな気は全くないが。

 馬車を降りて少し待っていた一行に門は開かれ、中からダスティネス家の使用人が案内してくれる。

 

 屋敷の中へと入ると、そこにはここ数日顔を見せなかったダクネスがいた。

 

「皆、よく来たな!」

 

 貴族が着る派手な服に身を包んだダクネスが嬉しそうに現れると、カズマが恭しく名前を呼ぶ。

 

「ややぁ! これはララティーナお嬢様! ご無沙汰しておりますぅ!」

 

「久しぶりね! ララティーナ! 会いたかったわ!」

 

「どうしました? ララティーナ。そんな顔を真っ赤にして?」

 

「ララティーナって呼ぶなぁ!?」

 

 さっきまでの満面な笑みはどこへやら。ララティーナ、ララティーナと繰り返すカズマ達に顔を真っ赤にさせて張っ倒す。

 主にカズマを。

 

 大きな声を上げてぜぇぜぇと息を荒くするダクネスにスズハが近づいた。

 

「ダクネスさん。今回はお招き頂き、ありがとうございます。これはつまらない物ですが。今回の事でお世話になったお礼に」

 

 そう言ってお土産に持ってきたカステラを渡す。

 

「これは丁重に。しかし、マメだな、スズハ。今回の件はダスティネス家も助かったし、気を使う必要はなかったんだぞ?」

 

 ダクネスの返しにお礼ですからと返すと、近づいて質問する。

 

「それより、本当にダクネスさんと呼んで良いんですか?」

 

 一応、今回は半分プライベートの集まりとはいえ、相手は大貴族。下手な態度を見せれば本当に投獄されかねないのではないか? 

 その疑問にダクネスは苦笑する。

 

「構わないさ。お父様にはお前達のことは話してあるし、私も今さら皆に貴族令嬢扱いされてもこう、背筋が寒くなる。時と場合にも依るが。だからなるべく普段通りに接してくれ」

 

「分かりました。では遠慮なく」

 

 もしも自分達が必要以上に失礼な言動をした時を考えるとある程度話が通してあるのはありがたかった。ホッとしてスズハは胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、カズマくん。アクアくん。めぐみんくん。ゆんゆんくん。スズハくん。私がララティーナの父、ダスティネス・フォード・イグニスだ」

 

 初対面で会ったダクネスの父に対する印象は画に描いたような貴族紳士。

 金髪のオールバックに整えられた口髭。

 穏やかな物腰に柔和な表情。

 態度も上級貴族とは思えない程に気さくで話しやすい人、というのが第一印象だった。

 簡単な挨拶を終えるとイグニスから裁判の件の顛末が語られる。

 

「あの裁判以降、アルダープの犯罪や不正行為の証拠が多く出てきてね。今は彼が溜め込んでいた財産をアクセルの街の門の修繕費や、デストロイヤーの進行で被害に遭った商人等の支援金に当てているところなんだ」

 

 本当はそれだけでなく、アルダープの悪事で傷付いた者達にも出来る限りの手を尽くしていた。

 

「アクセルの街の領主もまだしばらく決まりそうも無いからね。近くに屋敷を構えている私がその任に就くことになった」

 

 そこで疲れたように小さく息を吐く。

 

「しかし、情けない話だよ。私は本来、アルダープの悪事を暴くためにこの地に留まっていた筈なのに、つい最近までその尻尾を掴むどころか、彼の良いように動かされていたのだから。本当に何故あのような愚行(ミス)を犯したのか。まるで催眠術から解放された気分だ」

 

 アルダープに対して取っていた行動が自分でも理解できないとばかりに自責から顔を歪めた。

 だがそれも僅かな間で、すぐに笑みを浮かべた。

 

「と。いけないな。今日は私の愚痴を聞いてもらう為に来てもらった訳ではないのに。とにかく、君達のおかげでこの街、延いてはこの国の損失を止める事が出来た。国に仕える者として、感謝するよ」

 

 礼を述べるイグニスに一同が驚き、ゆんゆんに至っては動揺してオロオロしている。

 アクアが当然とばかりに胸を張るのは彼女の正体(しんじつ)から仕方ないだろう。

 それともこの国でのダスティネスの地位を忘れているのか。

 パーティーのリーダーであるカズマが頭を下げた。

 

「あ、いえ。俺の方こそ裁判で色々と助けてもらって、ありがとうございます!」

 

 カズマとしては、アルダープをどうにかしようとする意図はなく。結果的に事件の中心になっただけである。

 ダクネスやスズハからダスティネス家が証拠集めの為にカズマの裁判の日を延ばしてくれたり、検察官を遠巻きに手配してくれたりと手を貸してくれたと後で聞いた。

 感謝すべきなのは自分達であり、頭が上がらない思いだった。

 

「あれには驚いたよ。ララティーナが帰って来て突然力を貸してください、と尋常ではない様子で頼み込んできたのだから」

 

「お、お父様!?」

 

 苦笑しながらその時の事を思い返すイグニスにダクネスが焦った様子で止めさせようとする。

 しかし、時は既に遅し。屋敷に帰ったら、カズマとアクア。めぐみんに盛大に弄られることとなる。

 そこからダクネスが屋敷を案内する話になり、続きは夕食まで取っておく事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋を出るとゆんゆんがホッと息を吐く。

 

「あ~緊張したぁ……」

 

 ちょっと涙目になりながら安堵するゆんゆん。

 

「まったくゆんゆんは。あのくらいの事で心臓が止まりそうな顔をして。胸の大きさに度胸が取られてるんですか?」

 

「その理屈でいくと、めぐみんが全然平気なのも納得だな」

 

「おい。それはどういうことか聞こうじゃないか」

 

 薄ら笑いを浮かべてからかってくるカズマにめぐみんが杖を握りしめた。

 スズハは今出た客間を見つめている。

 

「どうしたの、スズハ? 忘れ物?」

 

「あ、いえ。ダクネスさんのお父様って。思った以上に優しそうな方だなって思って。ちょっとわたしの父様と比べてしまいました」

 

 あまり自分の事を話さないスズハがそんな事を呟くのは珍しい。

 

「スズハちゃんのお父さんって、どんな人だったの?」

 

 このまま聞いて良いものか一瞬迷ったカズマ達と違い、事情に1番疎いゆんゆんが促す。

 

「厳しい人でしたよ。今思うと自分の価値観を一方的に押し付けてくるところがありましたね。家事が出来ない女はみっともないって物心付いた頃に母様や使用人の方に料理を始め、家事を教わりましたし。平仮────字の読み書きを覚えるより先にキャベツの千切りが出来るようになってましたから」

 

「そりゃまた……」

 

 少し冗談めかしているが、事実を口にしているだけなのだろう。

 

「それに子供に対してあまり愛情を持たない人でしたね。わたしの妊娠が知られてしまった時も、産むのに賛成も反対もしないでただ、売女がって舌打ちされて会いに来ることもありませんでしたから。まぁ、ある意味楽でしたけど」

 

 たぶん、あの瞬間、父にとって白河涼葉は気にかける必要ない存在になったのだろう。

 

「スズハさん。重いから。笑って話してるけどすんごく重いから!」

 

 アクアが引きつった顔で言う。

 すみません、と話を変える。

 

「それに皆さんを見て、一緒にいるとわたしって故郷で友達って居なかったんだなって思いますね」

 

「そうなの!?」

 

 ここまで性格が良くできた少女に友達が出来ないとはどんな環境だったのか。

 

「基本話すのは家の関係者の子達ばかりですし。一般家庭の子と仲良くなると家の品位を貶める気かって怒られるんですよね。話す子達も、会話が家の自慢話か、持ち上げるような会話ばかりですし。なんて言うんでしょう。人の顔色を伺いつつ失敗を常に見張ってくる、みたいな? 気を抜けなかったですね。下手をすると最悪、イジメに発展しますから」

 

 お互いがお互いを監視しあうような日々。

 しかも出産までしたスズハはいったいどんな誹謗中傷の的になっていたことやら。

 あの時は毎日が目の前の事でいっぱいいっぱいで、そこまで考える余裕はなかった。

 だからこちらに来れてよかったのかもしれないと今は考えている。結果論だが。

 

「……」

 

 なんて言えば良いのか分からないカズマ達にヒナを抱きかかえているスズハが付け加えた。

 

「こちらに来て、皆さんに会えて、大分気を楽にさせてもらってます。これでも、感謝してるんですよ」

 

 ふふ、と笑う。それは本当に心からの言葉と自然な微笑で。

 

 そんなスズハにアクアが宣言する。

 

「スズハ! 今日の夕食を楽しみにしてなさい、とっておきの宴会芸を披露してあげるわ!」

 

「おい待てアクア。なにする気だ」

 

「バッカねぇ、カズマ。それを教えちゃったら面白くないじゃない」

 

 フフンと鼻を鳴らすアクアを問い詰める。

 

「お前がとっておきって言うと、何か起きるんじゃないかって不安になるんだよ! いいから教えろ!」

 

「何ですって! めぐみんの爆裂魔法でもあるまいし、私の芸で被害が出ることなんてないわよ!」

 

「おいまて。それは私に対する挑戦ですか? それ以上言うと、我が爆裂魔法がどれだけの被害をもたらすかこの場で証明することになる」

 

「それ、何にも意味ないよめぐみん!?」

 

 丁度良いとばかりに今日の爆裂魔法を放とうとするめぐみんをカズマとゆんゆんが押さえる。

 それを見ていたスズハの肩にダクネスが手を置いた。

 

「スズハ達の国の上級階流がどんなものかは知らないが、私もこの家の貴族令嬢だ。吐きたい愚痴が有るなら言え。少しくらいは理解できることもあるだろう」

 

「えぇ。その時はお願いします」

 

 優しく置かれた手を拒絶せずにスズハは頷いた。

 

 

 

 

 

 この後、夕食で披露したアクアの宴会芸で、イグニスが大事にしていた壺を紛失させる騒ぎになり、一同頭を下げる事になる。

 それを口元を引きつりながらも許してくれたダスティネス家に余計頭が上がらなくなることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらにその数日後。

 キールのダンジョンから奇妙なモンスターが大量に出現する、という話が回ってきて、その騒動の際に魔王軍幹部であるバニルを撃退するという功績をカズマ達が上げる。

 そしてその知り合いであろう魔王軍のなんちゃって幹部であるウィズに報告する必要があるだろうと、めぐみんとアクアを除く3人が店の前にいた。

 

「エリス様に仕えるクルセイダーがこんなことを言ってはいけないのだろうが、体を共有して暴れまわった仲だ。だからかな。まあ、嫌いではなかったよ」

 

 人をからかうのはいただけないがな、と店の扉を開ける。

 

「へいらっしゃい!」

 

 そこには先日倒した筈の魔王軍幹部の悪魔、バニルが似合わないピンクのエプロンを装着して働いていた。

 バニルの事を知らないスズハ以外が硬直する。

 

 挨拶代わりとばかりにダクネスをからかい始めると、赤くなった顔を隠して膝を折る。

 

「どういうことだよ!? めぐみんの爆裂魔法を受けて無傷って、反則だろ!!」

 

「実際、受けてピンピンしているクルセイダーの娘を連れてきておいて何を言うか。しかし、さすがの我輩もあれを受けてはタダでは済まなかった。見よ、この仮面に刻まれたⅡの文字を!」

 

 仮面の額部分を指差すバニル。

 悪魔として残機が1つ減り、二代目バニルとしてここに居候すると言い始める。

 それを聞いたカズマは────。

 

「ざけんな!!」

 

 頭を抱える2人を余所にスズハがバニルに近づく。

 

「バニルさん、ですね。初めまして、シラカワスズハと申します」

 

「おっと、これはご丁寧に。そこの2人よりはよほど文明人であるな。感心感心! なにやら年齢似合わぬ厚い仮面を付けた娘よ」

 

「は、はぁ……」

 

 スズハは挨拶を終えるとウィズと話始める。

 以前、エレメンタルマスターに関する書物が見つかったら取っておいて欲しいと頼んでおり、今日はそれを買いに来たのだ。

 ちなみに見つけて来たのはバニルである。

 そんな2人を見ているバニルにカズマが釘を刺す。

 

「なんだよ。スズハに変なちょっかい出すなよ。まためぐみんの爆裂魔法を喰らわせるぞ」

 

「たわけ。客に対してそんな真似をするか。我輩はこれでも礼節を弁えているのでな。しかし、ふむ。この見通す悪魔である我輩があの娘に関する忠告をしておいてやろう」

 

「……」

 

 まるでスズハに危険が迫るような言い方にカズマは耳を傾ける。

 

「あの娘の笑顔や物腰は一種の擬態であり仮面だ。本人の自覚は薄いようだがな。だが近々、その仮面が脆く崩れさるかもしれん。その時に貴様らが選択をしくじれば、あの娘は貴様らの下を去ることになるだろう。くれぐれも慎重にな」

 

「なんだよそれ」

 

「おっと。我輩が口にできるのはここまでだ! 精々頑張るが良い」

 

 腹立つ感じに口元を歪めるバニル。

 店内の掃除に戻ったバニルと入れ替わる形でスズハが寄ってきた。

 

「カズマさん。ダクネスさん。お待たせしました」

 

 分厚い本を袋に入れて下げたスズハにカズマは軽く返事を返す。

 

「なぁ、スズハ……」

 

「はい? なんです?」

 

 ジッと見つめてくるカズマにスズハが首をかしげる。

 

「いや、何でもない」

 

「?」

 

 きっと、さっきのバニルの言葉は自分をからかう為のものだろう。

 スズハが自分から去っていくなんて考えられない。

 だからカズマは、さっきのバニルの忠告を深く受け止めなかった。

 

 

 

 

 

 

 その事を、後々に後悔することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




温泉編にさっさと入りたくてバニル戦は丸々カットすることに決めた。だってスズハの出番ないし。


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温泉に行こう!

GWもそうだったけど、休日なのに外へ出ても食品や日用品買う以外の店が開いてない。地味にストレス溜まる。


「いいか! 俺は暖かくなるまで絶対ここから出ないからな! 冒険(クエスト)に行きたけりゃあ、お前らだけで行け!」

 

 キシャーッと炬燵の中を占領するカズマを女性陣は呆れたように見ている。

 バニルと結託して手始めに作った商品。

 量産体制はバニルの方で用意するらしく、試作品を作るだけで金が入ってくる契約をしてるらしい。

 それでカズマは日本に在った商品を生産系のスキルで製造していた。

 

「カズマ。季節はもう雪解けです。カズマ達の国の暖房器具が優秀なのは分かりましたが、そろそろ冒険者活動を再開しましょう」

 

「ジャイアントトードを始め、モンスター達の活動も活発化している。私達も動かないでどうする! ほら行くぞ!」

 

 めぐみんとダクネスがカズマを炬燵から出そうと近づく。

 しかし、それで大人しく従うカズマではなく。

 

「おああああああっ!?」

 

「にょわあああああああああっ!?」

 

 めぐみんにドレインタッチ。ダクネスの首筋にフリーズをかけて応戦する。

 

「こ、この男反撃してきましたよ!?」

 

「ふははははははっ! 俺を炬燵から引き剥がせると思うなよ、お前らぁ!!」

 

「さすがはクズマさんね……私でも引くわぁ……」

 

 カズマの様子にアクアですらダメだこりゃ、とばかりの表情になる。

 

「カズマさん。ずっと炬燵に籠ってたら、また病気になっちゃいますよ?」

 

「ふん! スズハ! いくらお前でも俺をここから出せると思うなよ! 大体、また風邪を引いてもお前に治してもらうから問題ないな!」

 

「カズマは最低です! 言うことは聞かないくせに治療だけ要求してきますよ!」

 

「なんとでも言え! 俺は絶っ対にここを離れないぞ!」

 

 困り果てるめぐみんとダクネスにスズハは口元に人差し指を当てて考える。

 

「炬燵に入りっぱなしだと、脳梗塞や心筋梗塞で死亡することもあるらしいですよ?」

 

 ピクリとカズマは笑みを引きつらせた。

 

「わたしがこっちにくる前に見たニュースで、大学生の方が家の炬燵に長時間入っていて脱水状態と心筋梗塞で亡くなった事件がありまして」

 

 哀しそうな表情でカズマを見る。

 しかしそれでもカズマは強気に鼻を鳴らした。

 

「ふ、ふん。もし仮にそうなっても、アクアが俺を蘇生(リザレクション)するから問題は────」

 

「イヤよ! 何でそんなバカな死にかたした奴に、私の神聖な魔法をかけてあげないといけないの! それに、病死の場合は寿命と同等に扱われるから蘇生出来ないわよ!」

 

「なっ!?」

 

 知らなかったカズマは愕然とする。

 トドメにスズハが一言。

 

「炬燵から、そろそろ出ましょうか……」

 

「……はい」

 

 カズマはガクンと頭を下げて自分から炬燵から這い出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズマ達が冒険に出掛けて数時間後。

 

 

「にゃーんっ!」

 

「こらヒナァ。ちょむすけの尻尾で遊んだらダメだって何回も言ってるでしょう!」

 

 イヤがっているちょむすけの尻尾を握ってキャッキャッと楽しそうに引っ張ったり振り回している娘の手を放させる。

 助かったとばかりにスズハの胸に飛びつくちょむすけ。

 スズハもちょむすけをよしよしと抱き上げるとヒナがそこは自分の席とばかりに泣き始める。

 

「アーッ!? アーッ!?」

 

「あー、ハイハイ。ちょむすけもごめんなさい。お詫びにおやつをあげるから」

 

 ちょむすけを床に降ろすと、ヒナを抱き上げてあやす。

 抱き上げて撫で、いつも唄っている子守唄を聴かせると、すぐに泣き止んだ。

 

 そのまま用意してあったちょむすけ用に作ったささみの蒸し焼きをあげると、すぐに食いついてくる。

 パクパクとささみを食べるちょむすけの姿に癒され、頬を綻ばせながら3本食べさせた。

 休憩がてらにソファーに座っていると、ついてきたちょむすけが膝の上に乗って丸まる。

 どうやらスズハの膝で昼寝をすると決めたらしい。

 腕にヒナも抱えて地味につらい。

 

「仕方ないなぁ……」

 

 苦笑してジッとするスズハ。

 めぐみん達が冒険者業に出ている間、飼い猫のちょむすけの世話は基本スズハがしている為に懐いてくれているのだが、娘のヒナ は尻尾や足を掴んだり、抱き枕にして押し潰したり。

 そんな訳で避けられているのだが、ちょむすけが不意に近付いて来るとちょっかいをかけるのだ。

 そんな感じに休んでいると、窓の方を見る。

 

「カズマさん達は大丈夫ですかね……」

 

 普段が普段なだけに心配である。

 部屋に引きこもり続けるのはどうかと思うが、やはりスズハの感覚としては危険と隣り合わせよりも安全な仕事をしてほしいと思うが、こればかりはスズハが口出しする事ではない。

 

 そんな事を考えていると、疲れた声と共に玄関の扉が開かれた。

 

「ただいま~」

 

 そんな声が届いた後、カズマ達が居間にいるスズハのところに来ると、その状態に瞬きさせた。

 

「あはは。おかえりなさい、皆さん」

 

「いつもは玄関まですぐに出迎えに来るのに、おかしいとはおもいましたが、これでは動けませんね。ちょむすけ。おいで」

 

 めぐみんの声に丸まっていたちょむすけが起き上がり、めぐみんのところまで走る。

 自由になった足で立ち上がるスズハ。

 

「お疲れ様です。お風呂沸いてますけど、夕食とどっちからにします?」

 

「あ~。俺、先に風呂入るわ。木から落ちて砂や泥まみれだし」

 

 そう言って脱衣場に行くカズマにアクアが文句を言う。

 

「ちょっとカズマ! 私も今日は遠出して汗掻いたから早めにお風呂入りたいんですけど!」

 

「うっさいわ! お前が余計な事したせいで俺は首が折れたんだろうが!」

 

「え? 首っ!?」

 

「なによー! ちゃんと治して生き返らせてあげたでしょう!」

 

 驚いているスズハを余所に2人が脱衣所まで走り、カズマがフリーズで応戦して叩き出した。

 涙目で悔しそうに歯軋りしながらソファーに行くアクア。

 次にめぐみんがスズハに告げる。

 

「すみませんが、スズハ。私はこれから1、2日ほど、ゆんゆんのところに行かせてもらいます」

 

「え? でも夕ごはんは?」

 

「……惜しいですが、今は急ぎますので」

 

 ちょむすけを抱えたまま早足で出ていくめぐみん。

 その訳は、すぐに知ることとなる。

 

「めぐみーんっ! めぐみんどこだぁ!!」

 

「めぐみんならしばらくゆんゆんのところにいくとああああっ!?」

 

「うるさーいっ!?」

 

 風呂場からタオルだけを腰に巻いて出てきたカズマ。

 その姿にダクネスは顔を赤くして手で覆い、スズハはカズマの下腹部を見て呆然としている。

 アクアは呆れたように応対する。

 

「カズマ。自分に自信があるのは良いことだけど、そういう自慢はどうかと思うわ」

 

「ざけんな!! めぐみんがコレ書いてた時に、お前ら隣に居たんだろうが!? 何が聖剣エクスカリバーだぁ!? そんな名前を思い付くなら、俺の刀の銘ももっとカッコ良くできたろうがぁ!?」

 

 今回のクエストの前に、カズマは頼んでいた特注の刀を取りに行っていたが散々悩んだ末に自分で銘を入れる前にめぐみんに銘を刻まれた。

 その銘はちゅんちゅん丸である。

 

「あんの(アマァ)!! 帰って来たら剥いてやる! もうヤメてくださいカズマ様って泣いて言うくらいの目に遇わせてやるからなっ!!」

 

「いったいどんなことをするつもりなのか是非!」

 

 ちょっと嬉しそうに質問するダクネス。

 その後にカズマは泣きながらその落書きを落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気持ち悪いですぅううっ!?」

 

「……ははっ」

 

 めぐみんの叫びにスズハも乾いた笑みを浮かべる。

 今、居間のソファーで珍劇が披露されていた。

 

「カズマさん、最高級の紅茶を淹れましたわ」

 

「ありがとう、アクア」

 

 カズマが一口紅茶を飲む。

 

「うん、お湯」

 

「あら? ごめんなさい。どうやら紅茶を浄化してしまったみたい」

 

「ハハ。構わないさ。また淹れれば良いだけだからね」

 

「ウフフフフ」

 

「アハハハハ」

 

 そんな似非セレブごっこを興じる2人を見てめぐみんがスズハの肩を揺らした。

 

「な、何なんですか!? あの2人は!? わ、私が行ったイタズラでカズマとアクアがあそこまで壊れるなんてっ!?」

 

「あー。落ち着け、めぐみん。別にあの2人があぁなったのはお前のせいじゃない」

 

「実は昨日、バニルさんが訪れまして。それで」

 

 バニルは、カズマが製作した炬燵を初め、様々な道具を高く評価し、是非、ウィズ魔法具店で販売したいと言ってきた。

 その際に、これらの著作権、知的財産権ごと買い取りたいと言ってきた。その報酬として3億エリスの一括払いか、毎月百万エリスを支払う契約を提示してきた。

 それに目が眩んだ2人はずっとこの調子なのである。

 

「いきなり大金が舞い込んできて、変な使い方をしなければ良いですけど……カズマさんは今、お金持ちではあっても資産家ではないですから」

 

 さすがに呆れた様子でスズハはちょむすけにおやつを与えている。

 

「お金持ちと資産家。何か違うのですか?」

 

「違いますね。お金持ちは文字通り、物凄いお金がある人。資産家はそこからちゃんとお金を管理しつつ利益を上乗せして一定期間ちゃんと収入がある人の事ですし。お金の使い方が解らない人は、大抵余計な事にお金を使ってすぐに底を突かせるんだそうです」

 

 父様の受け売りですけどね、と苦笑するスズハ。

 確かに今までの冒険者としての報酬やバニルからの報酬が有ってもそこから何かビジョンがあるわけでもない。

 まぁ、もしかしたら次に作る商品開発で利益を得られるかもしれないが、それよりも浪費の方に傾くかもしれない。

 

 とにかくカズマとアクアがおかしくなった理由を理解してめぐみんは一安心する。

 

「まぁ、冒険者を続けるのに資金は幾ら有っても良いものですしね」

 

 そう納得するめぐみんにカズマがなに言ってんだと小さく笑う。

 

「決めた。俺はもうクエストには行かない。ここで商売を始めて緩く温く生きてく。どうせ俺がいくら強くなっても、魔王を倒すなんてそれこそ夢のまた夢だしな!」

 

「カズマさん。困るんですけど。魔王を倒してくれないと流石に困るんですけど」

 

 アクアの言葉にカズマは頷くととんでもない提案を出す。

 金で多くの冒険者や殺し屋を雇い入れ、魔王を倒してもらうだの暗殺させるだの。

 どっちが悪者だか判らない方法にめぐみんが反論するがお金の魔力に取りつかれている2人はすっかりその気だった。

 

 それでも諦めずに説得を続けるめぐみんにカズマが折れる。

 

「分かった分かった。だけど俺も首の骨が折れて治ったばかりだし。せめてその傷が言えるくらいまではゆっくりさせてくれ」

 

「……分かりました。では、カズマの傷を癒すために湯治に行きましょう」

 

「おう! 分かってくれたか! なら俺はここでゴロゴロ……今なんつった?」

 

「ですから湯治に行きましょう。水と温泉の都アルカンレティアへ。道中を含めて1週間くらい」

 

 静かに言っためぐみんの言葉にいち早く反応したのがアクアだった。

 

「温泉! 今、水と温泉の都アルカンレティアって言ったわよね!!」

 

 カズマ以上の食い付きを見せるアクア。

 カズマも、わざとらしく声を出す。

 

「まぁ、俺達もここ最近、あり得ないような強敵との連続だったしな! たまには豪遊するのもいいかー!」

 

「なんで棒読みなの? カズマさん」

 

「べ、べ、別になんでもないぞー! はははははっ!?」

 

 温泉と聞いてオイシイ妄想をしていたカズマが慌てて取り繕う。

 

「それじゃあ、そのアルカンレティア? に明日出発だな! スズハ、お前は────」

 

「あ、はい! 1週間ですね。留守番は任せてください」

 

 と、斜め上の発言をするスズハにめぐみんとカズマがずっこける。

 

「いや。お前も行くんだよ! なんで1人留守番みたいになってんの!? 俺らはシンデレラの継母と継姉か!!」

 

「え? わたし達も行っていいんですか?」

 

「当たり前じゃないですか!? というか、1番休まなきゃいけないのはスズハですよ! どうせこの2人が似非セレブやってる間もずっと1人で働いてたのでしょ?」

 

 めぐみんの言葉にスズハはただ、苦笑いだけを浮かべている。

 アクアも追加で勧めてくる。

 

「そうよ! せっかく皆で温泉に行くのに、お留守番なんて勿体ないわ! 皆でパーッと旅行を楽しみましょうよ!」

 

「遠慮することはないんだぞ。奥ゆかしいのは美点かもしれないが、行き過ぎれば息苦しくなるぞ。自分も周りもな」

 

 全員から説得されてめぐみんが改めて問う。

 

「もしかして、スズハは行きたくないんですか?」

 

「いえ、そんな事は。もちろん行きたいですけど。旅費とか。ヒナのこととか」

 

 自分の負担はカズマ達持ちになるだろう。それに赤ん坊であるヒナの事でも気を使わせないかと心配なのである。

 その言葉にカズマが嘆息する。

 

「だから気を使いすぎなんだよ。ヒナの面倒は皆で出来る限り見れば、お前も少しは気を抜けるだろ? 旅費とかは気にすんな。いやホントに」

 

「そうです。皆揃って行かなければ意味がありません!」

 

「それに、アルカンレティアの人達は良い人ばかりだから、困ってたらどんどん頼めばいいわ!」

 

「アクア。それはどういう……」

 

 何故かアクアの自信に不穏な物を感じるがここまで推されれば気を使う必要はないのだろう。

 

「なら。よろしくお願いします」

 

「決まりね! それじゃあ水と温泉の都アルカンレティアに行くわよ!」

 

『おーっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何気にちょむすけが初登場。すっかり出すの忘れてました。



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番外編2:それさえも大切な日々?

たまにはキャラを思いっきり弄りたかった。反省はしてる。


 その晩スズハはソファーにゴロンとだらしなく占領していた。

 そこにはいつもの働き者の姿はなく、だらけきった表情で欠伸までしている。

 

「ねぇ、お茶まだぁ?」

 

 台所に向かって声をあげると鎧を脱いでいるダクネスが人数分の盆にお茶と茶菓子を載せてやってくる。

 

「お待たせしました。お茶が入りましたよ」

 

 穏やかな微笑を浮かべてテーブルに盆を載せ、カップに紅茶を注いでいく。

 テーブルで本を読んでいたアクアが紅茶を受け取る

 

「ありがとうございます」

 

 そう言ってだるそうにお茶を飲み始め、お茶請けのマフィンを食べる。

 

 少し離れたところでカズマとめぐみんが言い争いをしていた。

 

「だから! その姿でいちいち身悶えるのやめろよ! ガチで吐き気がすんだよ」

 

 めぐみんがカズマの頭をグーで叩くと当の本人は嬉しそうに顔を赤くして頬を弛ませる。

 

「今のは中々に良かったぞ! この体の防御力が低いおかげでいつもより芯に響く! さぁ、もっと私にその鬱憤をぶつけるがいい!!」

 

 カズマの言葉にめぐみんが頭を抱えた。

 

「やってられるか! ああ、もう! 誰か、早く元に戻してくれぇええええええええええっ!!」

 

 めぐみんの叫びが屋敷の中に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たわけが! いちいちポーションをただの水に戻すのはやめろと言っておろうがっ!? いい加減訴えるぞこのなんちゃってプリーストよ!」

 

「なによー! ちょっと手に取ってみただけでしょー! 大体、悪魔であるアンタの訴えを裁判所がまともに取り合うと思ってるのー? プークスクスクスクス!」

 

 いつものようにウィズ魔法具店でアクアとバニルが喧嘩している。

 めぐみんはそれを呆れながら見守っており、ダクネスは2人の喧嘩を止めるタイミングを計っていた。

 カズマは無視して商品を眺めている。

 

「すみません、ウィズさん……あー、こらヒナ! やめなさい!」

 

「いえいえ。元気があって良いですね」

 

 以前、ちょむすけがやった真似なのか、さっきからウィズの胸をペチペチと叩いて遊んでいる。

 騒がしくもいつも通りの日常。

 そんな中で、カズマはある魔法具(商品)を見つけた。

 

【今までの自分とは違う自分になれる! 今の自分を変えたいあなたにオススメです!】

 

 などと紹介が書かれている。

 見た目はただの化粧瓶だが。

 

「ウィズ、これはどういう道具なんだ?」

 

「あぁ、それですか? それはですね────」

 

「おわっ!?」

 

 ウィズが商品の説明をしようとすると、アクアがバニルに投げつけた水に変わった元ポーションの瓶。

 それを避けたバニルの後ろにいたカズマの頭に直撃する。

 その衝撃に手にしていた瓶を落としてしまい、割れて中の液体が飛び散る。

 

「あーっ!?」

 

「何すんだ駄女神っ!? 商品壊しちまったじゃねぇか!? わるいウィズ。これはちゃんと弁償するから」

 

 許してくれと謝罪する前にウィズが慌てて指示を出す。

 

「皆さん! 早く、一旦この店から出て下さい!」

 

 割れた瓶の液体が独りでに動きだし、店内の床に魔法陣が描かれていった。

 完成した魔法陣が紅く発光する。

 

「な、なんだぁ!?」

 

「皆さん! 逃げてぇ!」

 

 ウィズの叫びも空しく、魔法陣の中にいた面々はその場で意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっ……つぅ……」

 

 床に座っていたカズマは痛みから呻いた自分の声に違和感を覚えた。

 

(やけに声が高くなかったか?)

 

 なんというか、女の子っぽい声だった。

 疑問の答えが出る前にウィズがおずおずと問いかけてくる。

 

「めぐみん、さん……?」

 

「……俺がめぐみんに見えるのかよ」

 

 とんちんかんな事を言うウィズに呆れるが、彼女は申し訳なさそうに鏡を見せてきた。

 そこに映った顔は────。

 

「めぐみん?」

 

 どういう訳かめぐみんの顔が映っている。

 

「おいウィズ。この変な物を映す鏡はなんだ?」

 

「違います。これは普通の鏡です」

 

 どういう事だよ、と訊こうとすると、これまで聞いたことの無いスズハの声が店内に響く。

 

「なんでぇ!? 私、スズハになってるんですけど!? どういうことよっ!?」

 

 まるでアクアみたいに騒ぎ出すスズハ。

 他の面々も普段とは違う様子だった。

 

「この顔、ダクネスさん? え? え?」

 

「私がアクアに……」

 

「依りにも依ってカズマだと! い、いったいどういうことだ!?」

 

 皆が混乱しているとウィズが結論を告げる。

 

「実はあの魔法具、対象の肉体と精神を入れ替える。正確には少し違うんですけど……とにかく、その……皆さんの中身が入れ替わってるんです。はい……」

 

『……………………なにぃ!?』

 

 全員が同時に叫ぶ。

 それを見ていたバニルだけは楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昔、肉体と精神を入れ替える魔法具がありまして。それを再現しようとして作られたのがあの道具なんです」

 

「なんつうメーワクな……」

 

 ウィズの簡単な説明にめぐみん(カズマ)は天井を仰ぎ見た。

 カウンターに居たウィズとヒナは魔法陣の範囲から外れており、バニルはとっさに範囲外へと逃げたため、巻き込まれずに済んだ。

 そこで、服の胸の部分を引っ張り始める。

 

「カズマァ!? 何いきなり私の胸元を引っ張ってるんですか!? セクハラですか!? セクハラですよ!?」

 

 いきなり自分の元の体の胸を見ようとするめぐみん(カズマ)アクア(めぐみん)が顔を真っ赤にさせて止める。

 

「今は俺の体なんだからいいだろうが! 大体、めぐみんのツルペタな身体なんて見ても興奮なんざしねえんだよ!」

 

「この男最低です!? っていうか、言ってはいけないことを言いましたね!! その喧嘩、買ってあげますよカズマァ!! 私の体だからって手加減してもらえると思わないことです!」

 

 自分の肉体を杖で叩き始めるアクア(めぐみん)

 そこでダクネス(スズハ)がウィズに質問する。

 

「まぁまぁ。2人とも落ち着いてください。それでウィズさん。この状態はどれくらい続くんですか? ずっとこのままでは無いですよね?」

 

「はい。魔法具の効果は大体半日程度で、明日の朝には元に戻ってる筈です」

 

 ウィズの言葉にダクネス(スズハ)はホッと胸を下ろす。

 それにカズマ(ダクネス)が話しかける。

 

「落ち着いてるな。というか、ちょっと嬉しそうに見えるのだが」

 

「あはは。少し。こういうダクネスさんみたいな女性らしい体つきには憧れてたので」

 

 指で体のラインをなぞるダクネス(スズハ)

 

「おいやめろ。そういうことを真正面から言われると恥ずかしいだろ!」

 

 そんな会話をしていると、座っていたスズハ(アクア)がガバッと立ち上がる。

 

「そう! 今の私はスズハ! ということは、よ!」

 

 ベビーカーに近づいてヒナを抱き上げようとする。

 

「さぁ、ヒナ! お母さんが抱っこしてあげるわ」

 

 声だけならとても母性的に。ヒナを抱き上げるスズハ(アクア)

 だが────。

 

「うあーっ! あーっ!?」

 

「なんでよー!?」

 

 スズハ(アクア)が抱き上げた瞬間にヒナがぐずり、泣いて暴れ始める。

 

「なんでスズハの体なのに泣き出すの!? リッチーのウィズですら大人しかったのにぃ!? おかしいわおかしいわよ!!」

 

 混乱するアクアにバニルが哄笑する。

 

「ふははははっ! 赤子は純粋だからなぁ! なんちゃってプリーストの傍迷惑な本性を本能で感じ取ってしまうのだろうよ! 貴様の問題児っぷりは体が入れ替わったくらいでは隠せぬと見える」

 

「問題児ってなによ! この中で私が1番日頃の行いが良いんですからね!」

 

『それはない』

 

 めぐみん(カズマ)アクア(めぐみん)がハモるとスズハ(アクア)がヒナを戻して泣きそうな顔になる。

 

「もういいわよ! こうなったら、このままスズハをアクシズ教に入信させて! アクシズ教とこの女神アクア様の素晴らしさを教え込んであげるわ!」

 

「えぇっ!? ちょっとまっ」

 

 ベー、と舌を出して店を出ていくスズハ(アクア)

 どうしましょう、と困惑するダクネス(スズハ)めぐみん(カズマ)が頭を掻く。

 

「止めんだよ!? あのバカ本気でスズハをアクシズ教に入信させんぞ! もしくは斜め上の厄介事を起こすに決まってる!」

 

 行くぞ、と店を出ていく一行。

 出遅れたダクネス(スズハ)にウィズがにこやかに伝言を告げた。

 

「アクア様が水に変えたポーションと入れ替わりの魔法具はカズマさんにツケておきますと伝えてください」

 

「あ、はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆して私をバカにして! 見ってなさいよ!」

 

 ぷんぷんと怒りながら街を歩くスズハ(アクア)

 しかし、そこで躓いて顔から地面に顔からダイブした。

 

「いったぁ~っ!? もう! なんであの子いつもこんな歩きづらい格好してるの! 転んじゃったんですけど!!」

 

 和装に慣れてないスズハ(アクア)が泣きそうな顔で起き上がる。

 ぶつぶつと言いながら立ち上がり、和服に付いた砂を払っていると見知らぬ老人が話しかけてくる。

 

「もし、そこのお嬢さん」

 

「ん? なによ?」

 

 話しかけられてスズハ(アクア)が不機嫌そうに応える。

 

「いえいえ。いつもは赤ん坊を連れているのにどうなされたのかと思いまして」

 

「別にどうでもいいでしょ」

 

 むくれてそっぽ向くスズハ(アクア)。それに老人はホッホッと笑う。

 

「中々に難儀してるようですな。そんなあなたにうってつけの魔道具がございます!」

 

「魔道具?」

 

 少しだけ興味を引かれたスズハ(アクア)に老人が懐からチョーカーを取り出し勢いに乗って話し始める。

 

「そうなのです! これこそ女神アクア様の力を宿したこのチョーカーを身に付ければそのなにか神々しい力で赤ん坊が懐いてくれるんです!」

 

 その言葉にスズハ(アクア)がピンとなる。

 

「あなた、アクシズ教徒なの?」

 

「えぇ。若いとき、アクシズ教の教義を聞いてそれからずっと女神アクア様の素晴らしい教えを支えに生きてきました」

 

 穏和そうな老人の言葉にスズハ(アクア)が嬉しそうに老人の手を掴んだ。

 

「そうよ! 分かってるじゃない、あなた!」

 

「ほう。お嬢さんもアクシズ教に理解があると!」

 

「もちろんよ! 私ほどアクシズ教に理解のある女はいないと自負してるわ! それなのに、あの子ったら!」

 

「どうかなされたので?」

 

「えぇ! パーティーの子が私がアクシズ教の素晴らしさを教えてあげてるのに、あのパット女神のエリスを尊敬してるのよ! なんだかだんだん腹が立ってきたわ!」

 

 スズハ(アクア)の言葉に老人は唸るような声を出す。

 

 

「それは良くない! ならばこそ、アクア様の力を宿したこの魔道具で、その方の目を覚まさせなければ!」

 

 意気投合した老人からチョーカーを渡されるスズハ(アクア)

 

「そうよ。その通りだわ! 見てて、私が必ずあの子をアクシズ教徒に改宗させて見せるから!」

 

「おお! なんと頼もしい! それはそれとして、それは貴重な魔道具になりますので、サインをお願いしますね」

 

 そう言って差し出された書類を受け取る。

 

(お爺さんも、これがあればヒナと仲良くなれるって言うし、スズハをアクシズ教に入信させられるかもしれない。まさに一石二鳥よね!)

 

 何の迷いもなく、善意からスズハ(アクア)は書類にサインした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく! アクアは何処へいったのやら」

 

 愛用の杖で地面をコツコツ叩きながらスズハ(アクア)を探すアクア(めぐみん)

 なにかトラブルに巻き込まれてないことを切に願う。

 普段のアクアならその高ステータスでどうにかするだろうが、スズハの肉体ならどうなるか分からない。

 

「早くアクアを見つけて屋敷に戻らないと」

 

 そんなことを考えているとたまたま近くを歩いていた冒険者の会話が耳に入った。

 

「しっかし、今日もあの爆裂音、何とかならねぇのかよ」

 

「久々にこの街に戻ってきたら、毎日あのうるさい爆裂魔法の音を聴かされるんだもんなぁ。何処の頭のおかしいアークウィザードが放ってんだか……」

 

 冒険者2人の会話にアクア(めぐみん)がピクッと反応する。

 それでも今は、とグッと耐える。

 

(今はアクアを見つけ出すのが先決。今はアクアを見つけ出すのが先決なのです! あの程度の小言、今は無視して、後でお礼参りを────)

 

 などと堪えていると、片方が笑って話す。

 

「そういやあ、ギルドで聞いた話だと、その爆裂魔法を使うのは紅魔族で、お子様体型のアークウィザードらしいぞ」

 

「マジか?頭の変わってることで有名な紅魔族の上に爆裂魔法。そいつどんだけ頭のおかしい(やつ)なんだよ」

 

 そう言って笑い合う冒険者達。

 彼らはつい最近この街に戻ってきた冒険者である。

 爆裂魔法の音に悩まされているのも本当であり、これくらいの愚痴や悪口を言うくらいは許されるだろう。

 もっとも、それは本人が実際に受け流すかは別問題であるが。

 

「……おい」

 

「あん?」

 

 声をかけ、指をボキボキと鳴らすアクア(めぐみん)

 

「私が居るところで紅魔族だけでなく爆裂魔法まで馬鹿にするとは良い度胸です。その薄い頭に爆裂魔法の素晴らしさを叩き込んであげます」

 

「いや! おいアンタ! アンタは別に紅魔族じゃないだろ! どんな難癖だよ!?」

 

「問答無用っ!?」

 

 アクア(めぐみん)の拳が片方の冒険者にHITした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しょ、勝負よめぐみん!」

 

「…………フゥ」

 

 出会したゆんゆんを見てめぐみん(カズマ)はめんどくさそうに溜め息を吐いた。

 

「ちょっとぉ! なんでそんなに嫌そうな顔するの!?」

 

「うるさいな! 今ちょっと忙しいんだよ! 用事があるなら明日からにしてくれ!」

 

 なんせ、今はスズハの体を乗っ取っているアクアが入れ替わっていることを良いことにアクシズ教という邪教に入信させようとしているのだ。

 明日になればこっちも元に戻るし、今日のところは勘弁してくれと言いたい。

 

「そ、そんなこと言って。本当は私に負けるのが恐いの?」

 

 ゆんゆんなりの精一杯の挑発。事実、めぐみんなら乗って、何らかの勝負を仕掛けたかもしれない。

 しかし今のめぐみんの中身はカズマだった。

 

「あー。それでいいよ、もう。ゆんゆんの勝ち! はいおめでとう! じゃあな!」

 

「えぇ!?」

 

 適当にパチパチと拍手をしてその場を去ろうとするめぐみん(カズマ)

 そのあっさり過ぎる塩対応にゆんゆんは狼狽える。

 

「ま、待って待って! なんで今日はそんなに冷たいの!? 私、何かめぐみんに嫌われることしちゃった!? ねぇ、ちゃんと勝負してよぉ!?」

 

 ついにはマントを掴んで泣き落とし状態のゆんゆんをカズマは振り払う。

 

「今は本当に忙しいんだよっ! とにかく! 明日だ、あ・し・た! 今度こそじゃあな!!」

 

 走って去っていくめぐみん(カズマ)

 ライバルが居なくなるとゆんゆんはじわっと涙を流してその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、もっとだ! もっと私に攻撃してこいっ!!」

 

「ひぃ! な、何なんだよアンタはっ!?」

 

 殴られた顔は青く腫れて、痣もできている。

 そんな状態で息を荒くして紅潮し、嬉しそうに男の攻撃を受け続ける少年。

 発端はカズマ(ダクネス)の後ろに居る新米冒険者を、この街でそこそこ長く冒険者をやっている先輩冒険者がパーティーを組んでやる代わりに授業料と称して悪質な方法で金を巻き上げようとしたことだ。

 それを見過ごせなかったカズマ(ダクネス)が割って入り、説得に失敗して暴力を振るわれたのだ。

 しかし、そこは中身がダクネスのカズマには御褒美にしかならない。

 

「あぁ! ここから私は、お前達と戦うも力及ばすねじ伏せられ! 倒された私は発情した雄達にあらゆる方法で弄ばれるんだ! しかし、そんな中でも私はこう言う! 私の体は好きに出来ても、心まで従順に出来ると思うなよ、と!」

 

「なに言ってんのお前ぇ!? 変な妄想を体くねらせながら浸るな! 喋るな!! マジで気持ち悪い!!」

 

 周囲から見ても酷い絵面だった。

 正義感から新米冒険者を庇っていた筈の少年が実は被虐願望のガチホモとかいったい誰得だろう? 

 

「カズマの体のお陰で普段はなんて事のない攻撃もそれなりに効くぞ! さぁ、存分に私を痛めつけにかかってこい!!」

 

「もうダメだ! 付き合いきれねぇ!!」

 

 全身が気色悪さで鳥肌が立ち、先輩冒険者はその場を走り去っていく。

 助けられた新米の冒険者も、さすがに目の前の男の性癖にドン引きする。

 

「だ、大丈夫だったか?」

 

「ひっ!? あ、ありがとうございましたぁ!?」

 

 鼻血を垂らしながら心配してくるカズマ(ダクネス)に、そのままペコペコと頭を下げて新米冒険者も去っていく。目の前の少年が関わってはいけない人種だと判断して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や! ダクネス! ヒナの面倒を見てるなんて珍しいね! スズハはどうしたの?」

 

 後ろからバンッと背中を叩いてきたクリスにダクネス(スズハ)はペコリと頭を下げる。

 

「こんにちは、クリスさん。今日も良い天気ですね」

 

「え……」

 

 いきなり礼儀正しい。もしくは他人行儀に感じる態度にクリスが固まる。

 

「ど、どうしたの、ダクネス。今日はなんか雰囲気が違うね……」

 

 それなりに親しい友人関係が構築できていたと自負していたクリスは戸惑う。

 本人も、そうですか? と首を傾げている。

 

「ねぇ! あたし、ダクネスを怒らせるようなことやっちゃった!? 謝るからいつものダクネスに戻って!」

 

 腕を掴んでガクガクと揺らしてくるクリスにダクネス(スズハ)は首を横に振る。

 

「ち、違います、クリスさん! 話を聞いてください!」

 

「なんでいきなりさん付けなの! 本当に何かしちゃった!?」

 

 半泣きで問いかけてくるクリスにダクネス(スズハ)は事情を話始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、今は中身がスズハなんだ……」

 

「はい。わたしの体は今、アクアさんが入ってて。わたしをアクシズ教に入信させるって飛び出しちゃったんです。だから早く見つけないと」

 

 困った様子のダクネス(スズハ)にクリスは嘆くように「アクア先輩……」と呟く。その声はダクネス(スズハ)には聞こえなかったようだが。

 

「そう言うことならあたしも手伝うよ。さすがにそんな方法で入信させるのはどうかと思うし!」

 

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

 手を握ってくるダクネス(スズハ)に苦笑いを浮かべるクリス。

 

(やっぱり、ダクネスの顔だと違和感あるなぁ)

 

 早速捜そうとすると、クリスが思い出したように質問する。

 

「そういえばさ、スズハは酒場での時のこと、覚えてる?」

 

「酒場、ですか? 実はあの時、お酒を口にした辺りから記憶が曖昧で……もしかしてわたし、失礼なことしてしまいましたか?」

 

「ううん。覚えてないならいいんだ! 何でもない!」

 

「?」

 

 スズハが首を傾げると、近くで大きな物音がする。

 

「門に近い通路の方だね」

 

「行ってみましよう!」

 

 2人が音の発生した場所に行くと、そこには1台の馬車が転倒して騒ぎになっていた。

 

「何か遭ったんですか!?」

 

「あぁ! 馬車の車輪が外れて、転倒した馬車に近くにいた兄弟が下敷きになっちまったんだよ!?」

 

 可哀想に、と嘆く住民。

 何人かの人が持ち上げようとしているが時間がかかっている。

 それを見たダクネス(スズハ)は────。

 

「クリスさん。ヒナをお願いします!」

 

「あ! ちょっと!?」

 

 クリスが何かを言う前に、ダクネス(スズハ)は手伝いますと馬車を持ち上げるのに加わる。

 

(ダクネスさんの肉体(からだ)なら、力になれる筈!)

 

 街の男達と一緒に馬車を持ち上げる。

 

「んっ!!」

 

 ダクネスの筋力で馬車を持ち上げると、潰されていた兄弟が出れるだけの隙間が出来る。

 その2人を他の住民が救助する。

 

 馬車を下ろして兄弟の方を見ると、弟は兄に庇われたらしく無事だが、兄の方は割りと重症だった。

 

「おい! 早く冒険者ギルドからプリーストを連れてきてくれ!」

 

「兄ちゃん! 兄ちゃん!」

 

 血だらけの兄を見て、弟が泣きすがっている。

 それを見てダクネス(スズハ)は弟の頭を撫でる。

 

「大丈夫。わたしでも、応急手当くらいなら」

 

 懐から転生特典で貰った腕輪を取り出して兄にかざして魔力を込めた。

 腕輪から放たれた光が兄の傷を癒していく。

 

「兄、ちゃん……」

 

 出来るところまで治療を終えると後は街の人達に任せることにした。

 

「応急処置は終えましたが、本職のプリーストか医者にちゃんと診せてあげてください」

 

「あ、あぁ。分かった」

 

 そこでもう一度、弟の頭を撫でる。

 

「あなたを庇うほど強いお兄さんです。きっと大丈夫。だから傍に居てあげてくださいね」

 

「う、うん!」

 

 いい子いい子と笑みを浮かべて頭を撫でる姿に周りにいた男性がポツリと呟いた。

 

「聖女だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーっ!! 結局スズハをアクシズ教に入信させるの忘れてたー!」

 

 ボフッとソファーに寝転がるスズハ(アクア)

 

「そりゃ良かった。もしそうならどんな手を使っても取り消させるところだった。ところでダクネス。なんでお前そんなにボロボロなんだよ! 何があった!?」

 

「これは、理不尽に絡まれていた新米冒険者を助けた結果だ。決して不名誉な傷ではないぞ!」

 

「不安しかねぇんだけど! ちゃんと後で追及させてもらうからな!」

 

「ねぇ、めぐみん。なんで私の手がそんなに真っ赤なの? それ返り血よね……」

 

「大した事ではありません。身の程知らずに説教をしただけです」

 

「お説教で返り血とか浴びないと思うんですけど!?」

 

「めぐみん。悪いが、治療を頼む。カズマにこの体を返すときにこのままではさすがに申し訳ない」

 

「ホントにな!」

 

「我がまさか回復魔法を使う日がこようとは……」

 

 カズマの肉体を治療するアクア(めぐみん)

 

「アクアさん。そのチョーカーは?」

 

「ふふん! 見てなさい! このチョーカーで私もヒナをちゃんと抱き上げられるわ!」

 

 再びスズハ(アクア)はヒナを抱き上げる。

 しかし────。

 

「アーッ!! アーッ!?」

 

「なんでよー!? 蹴ってきた! ヒナが私を蹴ってきたんですけどーっ!?」

 

「むしろ悪化してね?」

 

 疲れた様子でソファーに座るめぐみん(カズマ)

 さっさと元に戻りてー、と天井を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なななななななんなんですか、これはぁ!?」

 

 朝からやって来た男に渡された請求書にスズハは泣きそうな声を上げる。

 昨日アクアが身に付けていたチョーカー。その請求額が100万エリスとなっている。

 

「ア、アクアさん! 貴女いったい、何にサインをしたんですか!?」

 

 いつの間にか借金を抱えていたことにスズハが流石にアクアを問い詰める。

 

「ち、違うの! これはスズハに良かれと思って! だ、だからそんなに怒らないでよぉ、ねぇ!?」

 

「馬鹿かお前! こんなもんに100万エリスとか! 洒落になってねぇんだよ! あ~何とか返品できねぇか?」

 

「これは返品不可と書いてあるな。書類事態は正規の物だ。これはどうしようも……」

 

「し、知らない間にわたし、借金を背負って……え? え?」

 

 頭がフリーズするスズハ。

 

 そこでゆんゆんがやってくる。

 

「めぐみんっ!?」

 

「ゆんゆん? すみませんが今は立て込んでるので貴女の相手をしてる余裕は……」

 

「き、昨日もそう言ったじゃない! ねぇ、お願い! 今日はちゃんとしょうぶしてよぉ!!」

 

「ちょっ!? 抱きつかないでください!? なんなんですか、いったい!?」

 

 勝負してといつもの倍のしつこさを泣きながら訴えてくるゆんゆん。

 

 そこから次々と来客が訪れる。

 

 

「ララティーナ様! ぼ、僕と、結婚してください!」

 

「ちょっと待て! 誰だ貴様は!?」

 

「失礼。昨日の貴女様の優しく勇敢な行動に感激しました! 是非僕と結婚前提でのお付き合いを!」

 

「い、いきなりそんなことを言われても」

 

 結婚してくれと言ってくる貴族風の男にダクネスがたじろぎ。

 

 

「見つけたぞ、水色ぉ!! 昨日の仮を返しにきたぞぉ!」

 

「知らないわよ! 誰よあなた!?」

 

「とぼけんなぁ!? 仲間を病院送りにしておいて! シラを切れると思うなよ! この(アマ)ァ!!」

 

「知らないっ!? ホントに知らないのよぉ!?」

 

 カズマの方にも客が来ている。

 

「貴方! 貴方にはMの才能があるわ! 私がその才能を開花させてあげる!」

 

「結構です!? お帰りくださいマジで!!」

 

 マッチョなモヒカン頭のガチホモ男に勧誘されて顔を青くして拒否しているカズマ。

 既に屋敷はカオスに包まれていた。

 

「では、品の代金を」

 

「めぐみん! お願いだから冷たくしないでぇ!!」

 

「ララティーナ様! どうか僕と!」

 

「水色ぉ! 絶対にぶっ殺してやる!!」

 

「さぁ! 新しい扉を開きましょう!!」

 

 要求される内容に5人は口を揃えて答える。

 

 

 

 

 

 

 

いや、それ私(俺)じゃないからっ!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクセルの街は今日も平和です。

 




本当はまた5年後でSAOのユウキが転生してきてスズハ(16)がヒナと一緒にアクセルの街を案内する話とか書くつもりだったけど纏まらなかったのでボツ。


本編の続きは0時に投稿予定。遅くとも明日中には。


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湯治への道中

間に合った!


「たぶんこれは皆さん食べるでしょうから多めに作って置いて。ジャガイモは揚げて。あ! でもどうせならポテトサラダでサンドイッチにした方が……」

 

 テキパキと旅行中に食べるお弁当を用意する。

 急に決まった為に買い置きしてあった食材がそれなりに残っており、腐らせるのは勿体無い。

 だからお弁当を作っている。

 フライパンで野菜を炒めている最中にめぐみんが厨房にやってくる。

 

「おはようございます、めぐみんさん」

 

「おはようございます。またすごい量ですね」

 

「少し、長く家を空けますからね。食材を使いきろうと思いまして」

 

「なるほど」

 

 納得しながら1口サイズに揚げられたジャイアントトードの唐揚げをパクっとつまみ食いする。

 スズハも特に咎めるような事をせずに苦笑した。

 

「めぐみんさん。お弁当に詰めるの、手伝ってもらって良いですか?」

 

もちろんです(ほひほんへふ)

 

 ゴクンと唐揚げを呑み込み、スズハの手伝いを始めた。鼻唄混じりにお弁当を詰めるのを手伝う。

 その作業を手伝いながらやはり量に違和感を覚える。

 

(これ、食べきれますかね……)

 

 どう見ても5人分を大きく上回るおかずにめぐみんが首を傾げた。

 いくら食材を使いきりたいと言っても、食べられる分量くらいは把握してる筈だが。

 

「もしかしてスズハ、旅行で浮かれてるのですか?」

 

 めぐみんの問いにスズハは照れたように笑った。

 

「実は……楽しみで張り切り過ぎてしまった自覚、あります」

 

 その答えにめぐみんは内心安堵する。

 もしかしたら本当は温泉に行きたくないのではないかと不安だったのだが、これなら杞憂だろう。

 

「しかし、やはりこれは多すぎますね」

 

「……一度、ギルドに顔を出して職員の方にお裾分けした方が良さそうですね」

 

 待ち合わせ場所に向かう前にギルドに向かうことが決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっそーいっ! 2人共遅いわよっ!」

 

 腰に手を当てて不満を漏らすアクアにスズハはすみません、と頭を下げる。

 

「ギルドに寄ると言っていたが時間がかかったな。何かあったのかと思ったぞ」

 

「ちょっと予想外の男に絡まれまして」

 

 ギルドへ向かう途中、カズマの友人であるダストに絡まれたのだ。

 何でも、デストロイヤーでの報償金が底をつき、昨日から何も食べてないからその弁当を恵んでくれ、とのこと。

 別に余り物なので構わなかったのだが、その光景を途中から見ていたダストのパーティーメンバーであるリーンが、カツアゲしていると勘違いしてむりやり土下座をさせられたりしていた。

 ギルドに着いた後に会ったゆんゆんに余りのお弁当をあげたら喜ばれたりしているうちに時間が思ったより経過してしまった。

 

「ところで、ウィズさんはどうしてここに?」

 

「はい。バニルさんの勧めで、今回皆さんの旅の同行してもらえることになりました」

 

「本当ですか! それは楽しみですね」

 

 朗らかと2人で話していると、カズマがぼりぼりと頭を掻いて近づいてくる。

 

「わるい。全員馬車の中に入れないらしくてな。誰か1人は、荷台に座ってくれってさ。その分、料金は安くするからって」

 

「あ、なら飛び入りの私が……」

 

 ウィズが手を挙げて荷台に座ると言い出すが、カズマが止める。

 

「ウィズの旅費は、バニルからちゃんと貰ってるし、そんな不公平はさせられない。あ、でもスズハ。お前は先に馬車に入ってていいぞ」

 

「え? でも……」

 

 特別扱いを受けることに引け目を感じるスズハ。それにアクアが抗議する。

 

「なんでスズハだけ中確定なの! 依怙贔屓よこのロリニート!」

 

「スズハは赤ん坊(ヒナ)を抱えてんだぞ! もし落ちたら大変だろうが! それに弁当まで作ってくれてんだ! それくらい大目にみようぜ!」

 

「む。そう言うことなら仕方ないわね」

 

 カズマの言い分に納得しながらもぶつぶつ言うアクア。

 

「とにかく、手っ取り早くじゃんけんで決めようぜ。誰が荷台に移っても恨みっこなしだ」

 

 カズマの提案に皆が反対することなく頷く。

 最初に勝ったのはカズマだったが、アクアが駄々をこねるのでカズマとアクアの一騎討ちをすることになった。

 3回中、アクアが1回でも勝てたら荷台に移る条件で。結果はカズマのストレート勝ち。

 ついでにアクアが延長戦を仕掛けても負けた。幸運を上げる魔法まで使って。

 何度もやり直しを要求するアクアにキレたカズマが置いてくぞ宣言したことでアクアは結局荷台に座ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬車の旅。

 カズマとダクネスが外の景色と中の様子を交互にみたり、ウィズはちょむすけを可愛がったり、めぐみんは預かることになったドラゴンの子供を興味深そうに観察している。

 スズハもヒナのヒナに時々外の景色を見せたりしながら旅を楽しんでいた。

 アクアは荷台で足をプラプラさせたり寝っ転がったりしている。

 だんだんと荷台に居ることに飽きたアクアが文句を言ってき始めたその時。

 

「ん?」

 

 異変に気付いたのはカズマだった。

 

「すみません! なんか土煙上げて近づいてくるのが見えるんですけど! あれ何か分かります?」

 

 馬車を引いている御者に質問すると少し考えた後に答えた。

 

「うーん。ここら辺で土煙上げるほどの速度で近づいてくる集団っていやぁ、リザードランナーくらいですかね? でもあれは姫様ランナーが討伐されたと聞きますし、他に考えられるのは走り鷹鳶くらいかな?」

 

「走り鷹鳶?」

 

 スズハが聞き返すと、えぇ、と御者が答える。

 

「タカとトンビの異種間交配の末に生まれたモンスターで、鳥類界の王者です。奴等は鳥の癖に飛べませんがその凄まじい脚力で獲物を見つけると近づき、ジャンプして襲いかかってくる大変危険なモンスターです」

 

 説明を聞いて何とも言えない表情をするカズマに御者は軽く笑う。

 

「大丈夫ですよ、お客さん。奴等は春になると繁殖期を迎えてメスの気を引くためにオス同士の勇敢さを競い合うチキンレースという求愛行動を始めるんです。激突すると大惨事になる硬いものを本能的に探し当てて、直前で避けるという変わった行動です。どうせそこらの岩とか木にぶつかって行きますよ」

 

 それなら安心だと思ってカズマは席に着くが観察していた走り鷹鳶がこちらに向かってくる事に首を傾げる。

 

「何か、こっちに一直線に向かってくるんだけど……」

 

「おかしいですね。あれは走り鷹鳶ですが、なぜこっちに? もしかしたら商隊の荷物にアダマンタイトのような硬い鉱石でも積んでるんですかね?」

 

 疑問を口にしている最中にダクネスが会話に入ってくる。

 

「カズマ! モンスターがこちらに向かってくるぞ! というか、私を凝視してる気がするのだが! な、なんという熱視線! このままでは私はあのモンスターに蹂躙されてしまう!!」

 

 途中から興奮し出して息を荒くするダクネス。それを見てなぜ走り鷹鳶がこちらに向かってくるのか理解した。

 

「お前のせいかー!!」

 

 ぺチンとダクネスの頭を叩く。

 ダクネスの鎧はアダマンタイトを少量含んでいると以前聞いたことがある。

 それに加えてダクネス自身の耐久も相当な物だ。モンスターはおそらくそれを目掛けて突進してきているのだろう。

 一旦馬車は止まり、護衛として雇われた冒険者達が走り鷹鳶を迎え撃つ。

 

「本来俺達は護衛とは関係ないが、あれを引き付けたのは俺達だ! 自分の尻拭いは自分でするぞ!」

 

「私もお手伝いします!」

 

 ウィズが名乗り出るがカズマはそれを一時的に拒否する。

 

「いや、ウィズは中に居るスズハや御者のおっちゃんを守ってくれ! 頼む!」

 

 カズマの指示にウィズはコクンと頷いた。

 

 ダクネスが走り鷹鳶に向かって真っ直ぐと向かっていった。

 そんなダクネスに護衛の冒険者が声を出す。

 

「おいアンタ! アンタは護衛とは関係ないんだから引っ込んでろ!!」

 

 その忠告を無視して前に出るダクネス。

 護衛の冒険者達の勘違いが続く。

 

「あのクルセイダー! デコイのスキルでモンスターを自分に引き付けてるんだ!」※使ってません。

 

「あのモンスターの群れに、一歩も退かないわ! なんて勇敢なの!」

 

 そんな言葉を聞きながらカズマはだんだんと居たたまれなくなる。

 しかも、援護で放ったバインドという拘束スキルに自分から縛られるという醜態まで犯すが。

 

「まさか! バインドを食らわせて俺がモンスターの標的にされるのを防ぐために!? すまねぇ! 援護のつもりが邪魔しちまった! 許してくれ!」

 

(すみません! うちの変態が本当にすみません!)

 

 ついに心の中で謝罪しつつ土下座をするカズマ。

 

 ダクネスを飛び越える走り鷹鳶。

 それらを護衛の冒険者が討伐していく。

 しかし全てを討伐しきれずにダクネスを飛び越えた走り鷹鳶は旋回して再び襲いかかってくる。

 

「おっちゃん! ここらに崖か何かないか!?」

 

 ダクネスを餌に走り鷹鳶を誘導して自爆を狙うカズマ。

 

「ここらで崖なんて……在るのは、雨が降ったときに使う洞窟くらいですよ!」

 

「洞窟……」

 

 それにカズマはある考えが浮かぶ。

 

「なら、そこに向かって馬車を走らせてくれ! アクア、めぐみん! 馬車に乗れ!」

 

 言いながら、カズマは縛られて転がっているダクネスを回収しようとするが重くて持ち運べない。

 そこで本人の提案からロープで引きずる事となった。

 

「出してくれ!」

 

「はい!」

 

 カズマの指示で最大速力で馬車を走らせる御者。

 当然馬車に引きずられているダクネスは凄いことになっている。

 引きずられて何度も地面に叩きつけられる仲間を見て女性陣がドン引きする。

 

「カズマは鬼畜だと思ってたけど、これはいくらなんでもあんまりじゃないかしら」

 

「こ、このままじゃ、ダクネスさんが死んじゃうんじゃ……」

 

 非難の視線がカズマに降りかかり、スズハも身震いしている。

 

「違うから!? 俺じゃなくてダクネスから提案してきて────」

 

「お客さん! どうしますか!! このままじゃ、追い付かれますよ! 何処に向かえばいいんです!?」

 

 悲鳴のような御者の声にカズマが指示を出す。

 

「さっき言ってた洞窟に! 近づいてきた奴は俺達で仕留める! アクア! 俺にも筋力増強の支援魔法を!」

 

「分かったわ! パワード!」

 

 ダクネスに治癒魔法(ヒール)をかけ続けているアクアに指示を出して、筋力強化したカズマが馬車の上に移動する。

 

「ボトムレス・スワンプ!」

 

 ウィズが魔法で沼を作り、足を取られた走り鷹鳶が次々と沈んで行く。

 

「狙撃! 狙撃! 狙撃! 狙撃! 狙撃!」

 

 馬車の上に乗ったカズマも前を走る走り鷹鳶を射ぬいていく。

 しかし、速く俊敏な個体も居たらしく、ウィズの魔法やカズマの矢を避けつつ向かってくる。

 

「カズマさん! 追い付いてきた!? 1羽すんごい速さで追い付いてきたぁ! ちゃんと当てて!」

 

「わ、分かってるよ!」

 

 しかし矢を走りながら避けるというデタラメっぷりを見せる走り鷹鳶。

 ついに跳躍し、馬車に襲いかかってくる。

 そこで前に出たのが意外にもスズハだった。

 

風精霊(シルフ)!」

 

 デストロイヤーの時に契約した風の精霊を呼び出し、風を操って走り鷹鳶を押し出した。

 押し出された走り鷹鳶はそのまま後ろの2羽を巻き込んで地面に激突して迎撃された。

 緊張が解けて膝をつくスズハ。

 

「やりますね、スズハ!」

 

「は、い……これくらいは……!」

 

 息を切らすスズハ。

 その後も何とか走り鷹鳶を洞窟内に誘導。

 最後の締めを指示する。

 

「めぐみん!」

 

「待ちくたびれましたよ! エクスプロージョンッ!!」

 

 洞窟の中に誘導された走り鷹鳶はめぐみんの爆裂魔法で洞窟ごと殲滅させられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり日が落ちてキャンプファイアーの火を囲いながら暖を取っている。

 

「あ、レベルが上がってます」

 

 お弁当を食べながら冒険者カードを見たスズハはレベルが上がっていることに小さく驚く。

 

「ほう? いくつですか?」

 

「7ですね。朝まで2でしたから、5も上がりました」

 

「あのモンスターを数羽仕留めましたからね。最初はレベルも上がりやすいですし」

 

 スズハの冒険者カードを横で見ためぐみんの言葉にスズハがへーと呟く。

 

「ごめんなさい、私までお弁当を頂いてしまって」

 

「いいんですよ。元々たくさん作りすぎてましたし。ウィズさんが食べてくれてちょうど良いくらいでした」

 

 申し訳なさそうにしているウィズにスズハがそう答える。

 

 少し離れたところでは、アクアが宴会芸を披露していてカズマは商隊のリーダーに報酬を払われようとしているのを必至で断っていた。

 今更にあのモンスターを引き付けたのは自分達とは言えず、それでも歓待してくれる商隊から報酬まで貰えるほどカズマの面の皮は厚くなかった。

 

「それにしてもお見事でした! 爆裂魔法を使うアークウィザードに勇敢なクルセイダー! 皆を治療してくれたアークプリーストに希少なエレメンタルマスター! それを指揮する貴方も素晴らしいパーティーでした!」

 

「はは、どうも……」

 

 そんな世辞を受ける度に胃がキリキリしていた。

 

 商隊にアクアの芸が絶賛されている中で、スズハはうとうとさせてふわぁっと欠伸をする。

 

「眠いのですか?」

 

「はい……」

 

「無理もない。緊張の連続だったからな」

 

「もう今日は休んでください。何かあったら起こしますから」

 

「ありがとう、ございます……」

 

 敷かれた毛布にくるまってスズハはそのまま寝ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スズハ! 起きてください! スズハ!!」

 

「は、はいっ!?」

 

 体を揺さぶられて目を覚ますスズハ。

 ぼやけた視界が元に戻るとそこには大量のゾンビゾンビゾンビだった。

 

「ひゃっ!?」

 

 掠れた悲鳴を上げて直ぐ様にヒナを抱き上げるスズハ。

 

「な、何ですか!? これぇ!?」

 

「ゾンビです! いきなり目を覚まして襲撃をかけてきました! 今カズマがアクアを呼びに行ってます! さがって!」

 

「は、はい!」

 

 杖を構えるめぐみんの後ろに退くスズハ。

 そこでアクアの声が響く。

 

「迷える魂達よ、眠りなさい! ターンアンデット!!」

 

 アクアが魔法を行使するとゾンビ達は次々と天に召されていく。

 その魂が昇天する光景は不謹慎かもしれないが。

 

「きれい……」

 

 アクアを中心に次々と召されていくゾンビ。

 

「あはははははっ!? 私が居るときに現れたのが運の尽きね! 片っ端から浄化して上げるわ!!」

 

 酒瓶を片手に次々とゾンビを浄化していくアクア。

 商隊の人達や冒険者も、そんなアクアの姿に感嘆している。

 

「アクアさんが居て良かったですね……」

 

「……」

 

 安堵するスズハにめぐみんが難しい顔をしている。

 

「めぐみんさん?」

 

「……おそらく、あのゾンビ達はアクアに引き寄せられたのだと思います。理由は解りませんが、アクアにはアンデットを引き寄せる性質があるみたいですし……」

 

「それって……」

 

 つまり、アクアが居なければこの場にゾンビが現れることもなかったのだというめぐみん。

 さっきの感動を返してほしい。

 

「昼間といい、モンスターに遭遇する原因は私達じゃありません?」

 

「……気にしない方が良いですよ、きっと」

 

 帽子を深く被るめぐみん。

 

 カズマもその事に気付いたのか、報酬を支払おうとする商隊のリーダーを躱している。

 流石にこんなマッチポンプで報酬を貰うつもりは無いらしい。

 

「うー、あー?」

 

 目を覚ましたヒナが微妙な顔をしているスズハの頬に触れる。

 そんなヒナを抱き締めながらある不安が過った。

 

(このまま、本当に温泉までたどり着けるのでしょうか?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こんな感じにスズハもチマチマとレベルを上げていく予定です。


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ようこそ!水と温泉の都アルカンレティアへ!

 昨日に続いてカズマ達のパーティーが乗る馬車はモンスターに狙われて全力疾走を強いられていた。

 

「ねぇ! なんであのでっかい鳥達私達の馬車に狙いを定めてるの!? すっごく恐いんですけどっ!?」

 

 人間の子供と同程度のサイズはある鷲に似た鳥型モンスターに威嚇するように襲われてアクアが泣きそうな声で叫びを上げるとウィズが答える。

 

「気をつけてください! あれは鳥隠しです!」

 

「鳥隠しぃ!? 神隠しじゃなくて!?」

 

 馬車の上で矢を構えていたカズマのツッコミにウィズが頷く。

 

「あのモンスターは人間や動物の子供を! 特に赤ん坊をあの前足を使い拐って餌にする大変危険なモンスターです! 個体で動くときも街で親が子から離れた瞬間を狙って捕獲して食べることもあります!」

 

 真剣なウィズの説明に馬車に乗っている面々の視線がスズハに集まる。

 当の本人であるスズハもより娘を抱き寄せて顔を青くさせていた。

 

「じゃあ、あのモンスターの狙いは……!」

 

 モンスターの狙いを察してスズハの体が震える。

 それを見てめぐみんが叫ぶ。

 

「カズマ! 私が爆裂魔法であの怪鳥モンスターを吹き飛ばします!」

 

 鼻息を荒くして爆裂魔法の準備に入るめぐみんに、カズマがストップをかけた。

 

「バカ!? こんな近くで爆裂魔法なんて使ってみろ! 俺達まで巻き添えだろうが! どうせお前加減なんてしねぇんだろうから!」

 

「当然です! 爆裂魔法を手加減して撃つなど言語道断!! 私はいつでも全力投球です!」

 

「だからそれがダメだってんだよぉっ! 下手したら俺らも全滅だろうが!!」

 

 鳥隠しは既に馬車の頭上近くで獲物を狙っている。そんな中で爆裂魔法なんて使えるわけもなく、その上一ヶ所に纏まらずに少し後方で同じモンスターの群れが控えているのだ。これでは一発屋の爆裂魔法は使えない。

 少しの間、どうするか考える。欲を言えばめぐみんの爆裂魔法で一網打尽。そうでなくとも残りをカズマ1人で片付けられる数に減らしたい。

 モンスターの狙いから今回はすべて倒さなければ意味がないのだ。

 ウィズの手も借りたいが、昨夜のゾンビ騒ぎでアクアのターンアンデットの巻き添えを喰らったせいで本調子ではない。

 彼女の手を借りるのは最終手段だ。

 そこでカズマはある事を思い出す。

 

「アクア! お前、リザードランナーを誘き寄せたあの魔法を使ったとき、神聖魔法の中にはモンスターを寄せ付けない魔法もあるって言ったよな! それ、使えるか」

 

「そりゃ使えるけどー! でも、その魔法じゃあの鳥、追い払えないわよ!」

 

 目的がヒナと、もしかしたらスズハも。それなら魔法で一時的に遠ざけられても解決しないだろう。

 

「いいんだよ! その魔法で上にいる鳥達と距離が取れて、後ろの奴等と少しでも近づければ!」

 

 そうすればめぐみんの爆裂魔法で殲滅出来るし、討ち漏らしがあってもカズマとウィズで迎撃できる。

 説明しながら指示を飛ばす。

 

「アクアはモンスターを寄せ付けない魔法を! めぐみんは俺の合図で爆裂魔法だ! いいか絶対に早まって撃つなよ!! ダクネスはもしも突破された時の為に、ヒナを隠すようにしてスズハに抱きついてろ! いいな!」

 

 カズマが指示を出すと全員が頷く。

 ダクネスがモンスターに背を向けるように抱きついてくる。

 

「ダクネスさん……」

 

「心配するな。もしもの時は私が絶対に2人を守る。そうだ。赤子を拐うために邪魔な私をあの鋭い嘴が何度も私に襲いかかってくるのだ! そして私は2人を守るために無防備にその攻撃を受け続ける! くぅー、たまらん!!」

 

「ダクネスさん?」

 

 興奮したようで頬を染めるダクネスにスズハは先程とは違うニュアンスでダクネスを呼ぶ。

 そうしている間にアクアが空高く赤い光の魔法を飛ばすと、近くにいた鳥隠し達は戸惑うようにその場に留まり、後ろの群れと距離を近くしながら、馬車と距離が出来る。

 爆裂魔法を準備していためぐみんが指示を待つ。

 

「カズマ! まだですか!?」

 

「まだだ! もうちょい、もうちょい……今だ! やれ、めぐみん!!」

 

「エクスプロージョンッ!!」

 

 めぐみんの杖から放たれた光線が鳥隠しの中心で爆発し、全てを飲み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過度に走らせた馬を休ませるために休憩を取っていた。

 昨日と違い、今回の件はさすがに隠しきれずに商隊に謝罪すると、気にしなくていい、と笑われた。

 こういう事態は想定されて然るべきだし、その為に護衛を雇っていた。むしろ討伐をそちらにばかり任せて申し訳ないと。

 それにこれでしばらくこの付近で鳥隠しに遭遇せず、子供や赤子連れの母親も安心して旅が出来るとも言われた。

 

 

「なーにしょげてんだよ、スズハ」

 

「カズマさん……」

 

 馬車の奥で体を小さくしているスズハに、カズマが話しかけた。

 

「落ち込むなよ。誰もお前達のせいだなんて思ってないんだ。それにアクアやダクネスを見てみろ。昨日、あんだけの騒ぎの原因になったくせに、ケロッとしてるだろ?」

 

 馬車の外ではモンスターの討伐記念にアクアが宴会芸を披露していた。

 それをダクネスやめぐみんを含めて喝采を上げている。

 

「倒したモンスターも、解体して売れるところは持っていって売るんだと。逞しいよな」

 

 大量の鳥隠しを捌いて取れる部分は取る採算らしい。

 

「だからお前もさ、今回のことはそんな気にすんな。もうすぐ目的地なんだ。そんなんじゃ楽しめないだろ?」

 

 不器用ながら慰めてくれるカズマにスズハは小さく笑みを浮かべる。

 

「はい……」

 

 よし! とカズマが立ち上がるとスズハが思い出したように質問する。

 

「あの……カズマさん。少し、お聞きしたい事が……」

 

「どうした? なんかあんのか?」

 

「ダクネスさんってもしかして────」

 

 そこから先はカズマがスズハの口を塞いで言葉を切る。

 

「その事には触れるな。スズハにはまだ早い。いいな?」

 

 人差し指を当てて真剣な様子のカズマにスズハはただ、コクリと首を縦に振る。

 そこで芸を終えたアクアがやってきた。

 

「2人共ー! そろそろ馬車を出すらしいわよ! カズマ! 今回私もちょっとは活躍したんだから! 馬車の中に乗せて! 荷台はお尻が痛くなるからイヤなの!」

 

 ここぞとばかりに要求してくるアクアにカズマは苦笑する。

 

「はいはいわかったよ。どうせもうすぐ着くんだし、最後は俺が荷台に移ってやるよ」

 

 やった! とガッツポーズをするアクア。

 その感情豊かな様子にスズハはプッと吹き出す。

 それを見てアクアがムッと口を尖らせた。

 

「なによスズハ。人を笑うなんて失礼じゃない?」

 

「あ、すみません。アクアさんのそういうポジティブなところ、羨ましいなって」

 

 スズハに褒められて一転して上機嫌に胸を張る。

 

「なに? ようやく私の偉大さに気付いたの? ならこれからは存分にこの女神アクア様を称えなさい。具体的に言うと、私にお供え物をしたり、朝昼晩私に祈りを捧げ、あいたっ!?」

 

 調子に乗り始めたアクアの頭をカズマが叩く。

 

「遠回しにスズハをアクシズ教に入信させようとするな。スズハも、こいつを調子に乗せるなよ」

 

「なによっ! 御神体である女神()が目の前に居るんだからアクア()を信仰するのは当然の流れでしょ!」

 

「それが本当に敬える存在ならな!」

 

 言い合いを始める2人にめぐみんとダクネスが近付く。

 

「何をやっているのですか? そろそろ出発するそうですよ」

 

「アルカンレティアまでもう少しだ。何もなければ昼頃には着くだろう」

 

 ダクネスの言葉にアクアが目を輝かせた。

 

「なら早く出発しましょ! ほらカズマ! 荷台に移って!」

 

「はいはい。わかったよ」

 

 皆が乗り終えたのを確認してカズマが荷台に座る。

 上機嫌なままアクアが宣言した。

 

「水と温泉の都アルカンレティア! そこで皆は私の凄さを思い知ることになるわ!」

 

 腕を組んでうんうんと頷くアクアに、全員が疑問と悪寒が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の旅は本当に助かりました! では温泉街を楽しんでいってください。では」

 

 商隊のリーダーが頭を下げて去っていくとめぐみんが名残惜しそうに呟く。

 

「あぁ……じゃりっぱ……じゃりっぱが行ってしまいました」

 

「じゃりっぱ?」

 

 スズハが小首を傾げるとめぐみんがその胸を張った。

 

「預かっていたドラゴンの名前です。モンスターを蹴散らした大魔導師である私に是非名前を付けて欲しいと頼まれましたので。飼い主に可愛がられると良いのですが」

 

「ドラゴンは一度名付けられた名前以外では二度と反応しないと聞いたことがあるが……」

 

 ダクネスの呟きにカズマは顔を青くさせた。

 

「お、おまっ! 人様のペットに何してんの!? 飼い主が可哀想だろ! いい加減お前ら紅魔族が一般のネーミングセンスから逸脱してることを自覚しろよ!」

 

 カズマの忠告にめぐみんはふんと鼻を鳴らした。

 

「カズマに名付けのセンスがないのは分かりました。そんな格好良い名前を持ってるのに嘆かわしい。もしもカズマに子供ができたら私が名付け親になってあげます」

 

「お前にだけは付けさせるか! え? っていうかカズマって紅魔族的にはイカした名前なの? 地味にヘコむんだけど」

 

 めぐみんが何でですか!! と憤慨していると、アクアがテンション高く叫び声を上げた。

 

「着いたわね! 水と温泉の都アルカンレティア! ここの案内なら任せなさい! なんたってここは、私の加護を受けたアクシズ教団の総本山なんだから!」

 

 自信満々に胸を張るアクア。

 しかしカズマはその内容に不安しか感じなかった。

 

(変人ばかりで有名なアクシズ教団の総本山!? 嫌な予感しかしない……)

 

 そうして立ち止まっていると街の住民がカズマ達に集まってきた。

 

「どうなさいましたか! 観光ですか? 入信ですか? 洗礼ですか? 冒険ですか? お仕事をお探しなら是非アクシズ教団へ!! 今ならアクシズ教の素晴らしさを説くだけでお金が貰えて、なんと! アクシズ教徒を名乗れる特典がついてくるんです!!」

 

 とてつもない勢いで迫ってくるアクシズ教徒と思しき街の住民。

 その勢いにカズマたちは圧され気味だった。

 アクアの方はその容姿を褒められて熱烈な歓迎を受けている。

 カズマがアクアに近づいて釘を刺す。

 

「おいアクア。お前、間違ってもここで自分が女神だってバラすなよ? 大騒ぎになるからな」

 

「分かってるわよカズマ。そんなことになったら私も旅行が楽しめないじゃない」

 

 カズマはどうせ信じてもらえず女神の名を語るペテン師として厄介事になることを危惧しており。アクアの方は女神として崇拝されれば慰安旅行の意味はないと考えている。

 両者の意見の違いをカズマだけは感じ取ったが、ここであれこれ言っても喧嘩になるだけだと今は指摘しないことにした。

 要は、アクアが女神を語らないことが肝心なのだ。

 

「ウチにはもう、アクシズ教徒のプリーストが居ますので! それじゃあ、失礼します!」

 

 アクアの背中を押し、逃げるように街の入り口を去る。

 

「同士よ! あなた方にとって良き1日であらんことを!」

 

 手を振るアクシズ教徒にアクアだけが応える。

 少しの間アクシズ教徒の勧誘が続いたが、無視して宿に向かおうとカズマが提案する。

 幸いにも宿の宿泊券を商隊のリーダーからせめて、と言われて渡されていたのだ。

 

「なら、カズマたちは先に宿に向かって荷物をお願い! 私はアクシズ教のアークプリーストとして、ここの教団本部に挨拶しに行ってチヤホヤされてくるわ!」

 

 そう言って集団から離れるアクアに、めぐみんがアクア1人だと不安だからと付いていくと言う。

 確かに、とちょむすけを肩に乗せためぐみんにアクアのお守りを任せてカズマたちは宿に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿泊券が使用できる宿はかなり立派な建物だった。

 それこそ、貴族御用達の宿泊施設なのでは?と思えるほどに。

 

「それじゃあ俺は、せっかくだから夕食までブラついてくるが、お前らはどうする?」

 

「む。そうだな。なら私も一緒にいいか? アクセル以外の街はあまり知らないのだ」

 

「それでしたら私もご一緒させてください。リッチーである私が1人で出歩くと万が一の事がありますから。誰かが一緒に居てくれれば安心ですし」

 

 もしもウィズの正体に気付いたプリーストが現れたら騒ぎになるだろう。

 その点、カズマがいれば口八丁でどうにでもなりそうだ。

 

「分かった。スズハはどうする?」

 

「すみません。わたしは慣れない馬車旅で疲れてしまったようですので、少し休んでからヒナと一緒に温泉に入らせてもらおうかと思います」

 

 見ると、確かに先程から口数が少なく、疲れた様子だった。

 それに昨日に続いて今日も馬車による全力疾走で揺れの激しさを経験したのだ。子供のスズハには想像以上に負担だったのかもしれない。

 

「そっか。宿の中なら何にも無いと思うけど、気を付けてな」

 

「はい。いってらっしゃい」

 

 小さく手を振って観光に出掛けるカズマたちを見送る。

 一息吐いて窓から見える街の風景を眺める。

 

「綺麗……」

 

 水色を基調とした街並みに所々噴水が映えるように設置されていて、河も見映えするように計算されて設計されている。

 この宿がそれらが良く見える位置に建てられているのもあるだろうが、それでもこの窓から見える景色は素直に美しいと思える。

 

「アクシズ教徒方達に囲まれたときはビックリしましたけど、こうしてみると本当に。ほら、ヒナ。綺麗な街並みね」

 

「うーあー」

 

 娘を抱き上げて窓からの景色を見せると、何かを掴みたいような動作で手を伸ばしている。

 その姿が微笑ましくて頬を緩めた。

 

「それじゃあ、汗を流しにいこうか、ヒナ」

 

 馬車の旅だとやはり身を清める、というのは難しい。

 それに砂埃なども地味に被っていて体を綺麗にしたい。

 

 宿の従業員に温泉の場所を教えてもらい、今は混浴が誰もいないのでどうぞと勧められた。

 赤子がいることでのトラブル回避のためか。それとも純粋に気を使ってくれたのか。

 どちらにせよ、人がいないのはありがたいので混浴に入ることにした。

 

 もしも誰かが入ってきても良いように、体にタオルを巻いて浴室に入る。

 いつも通り自分の体を手早く洗ってからヒナの体を洗い始める。こういう時にあまり動かないでくれるのが助かる。

 ヒナの体の汚れを落としていつも浴槽に入るのと同じように抱きかかえて温泉に入る。

 

「露天なのが幸いでしたね……熱が篭らないから、少しはのぼせにくいですし」

 

 赤子のヒナがのぼせ易いので、今日は少し長くお風呂に浸かれそうだ。

 抱いているヒナに温泉の湯をかけていると、混浴の戸が開く。

 入ってきたのはスズハからしてとても羨ましい身体付きをした赤いショートヘアの女性だった。

 

「あら?」

 

「どうも……」

 

 向こうがこちらに気付くと、スズハは小さく首肯する。

 赤い髪の女性は洗い終わると、スズハの隣で入浴する。

 

「……」

 

 互いに会話もなく困っていると、向こうから声をかけてきた。

 

「ねぇ、あなた。見ない顔だけどここへは観光?」

 

「あ、はい。お世話になってる方々と一緒に。3泊4日を予定して湯治を」

 

「そうなの? 奇遇ね。私も湯治の最中なの。もっとも、どっかの馬鹿のせいで台無しになりそうだけど」

 

 もしかして、アクシズ教徒に何かされそうなのだろうか? そんな心配を顔に出さずにしていると、女性がヒナの頬に触れてくる。

 

「可愛いわね。あなたに良く似てるし、妹さんかしら?」

 

 猫のような金の瞳で見られながら、スズハは躊躇いがちに答える。

 

「いえその……この子はわたしの娘です」

 

「……養子とかそういう?」

 

「違います。血の繋がった正真正銘の母娘です」

 

「あなた、いくつ?」

 

「11、です」

 

 スズハの返答に目を細めて少しだけ遠い目をする。

 予想の範疇な反応だったため、スズハは苦笑いを深めた。

 

「そうなりますよね」

 

「あぁ、ごめんなさい。大変ねって言うべきかしら?」

 

「いえ。今は周りの良い人達が色々と助けになってくれてますから」

 

 実際、何だかんだでめぐみんを始め、皆に助けられており、大分楽させてもらってると思っていた。

 だから大丈夫と言わんばかりに笑っているスズハに赤い髪の女性は目を細める。

 

「後悔は、してないのね?」

 

「後悔……」

 

 ヒナの顔を見て思い返す。

 望んで作った子ではなかった。

 産んだ理由も、今思えば自分を守ってくれなかった家族への反発や命を奪う事への忌避感からだった。

 それでも、産まれた娘を始めてみた時の事を覚えている。

 少し力加減を間違えただけでいなくなってしまいそうなその存在。

 触れた時に沸き上がった様々な感情からこっちが泣いてしまった。

 あの世界の一生は、決して幸多い人生ではなかったけど。

 それでも、(あなた)に出会えたことは、最大の幸福だった。

 だから────。

 

「はい! 後悔なんて、きっとないです」

 

 噛み締めるように笑みを浮かべて返答するスズハに女性は、そう、とだけ微笑を返した。

 そしてスズハの髪に難しそうな表情で触れてくる。

 

「ダメじゃない。ちゃんと洗って手入れしないと。せっかく綺麗な黒髪なのに」

 

 元々艶やかだった黒髪の質は少し傷んでることに険しい表情になる。

 

「えーと……お風呂とかだとこの子がすぐにのぼせちゃうからあまり手入れしてる余裕がなくて……」

 

 仕方ないわね、と女性は嘆息して温泉から上がるとシャンプーでスズハの髪を泡立たせて洗い始める。

 

「髪は傷みやすいんだから。見えない汚れもちゃんと落としなさい」

 

「はい……」

 

 人に髪を洗ってもらう心地良さにスズハは楽にして目を閉じる。

 温泉にシャンプーの泡が入らないように顔を上げて湯で洗い落とすと、終わったわよ、と女性が再び温泉に浸かり始めた。

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして。その子の事を優先するのは良いけど、もう少し自分に意識を向けなさい。まだ子供なんだから」

 

「はい。それ、周りの人達にも良く言われます」

 

「でしょうねぇ」

 

 2人で吹き出す。

 そこでヒナがのぼせそうなのに気付く。

 

「すみません。もう上がらないと」

 

「大変ねぇ。あぁ、ついでに警告しておくわね。あまりこの街に長居するのはお勧めしないわ。どっかの馬鹿が余計なことをするみたいだから。はぁ~。人はともかく、この街の温泉は気に入ってたのに。また別の湯治先を見つけないと」

 

 残念そうに息を吐く女性にどういうことか質問しようとしたが、口元に人差し指を当てられる。

 質問をするな、ということか。

 警告に礼を言って脱衣所で着替えを終えて部屋に戻る途中であ、と声を漏らした。

 

「名前、聞きそびれました」

 

 今からわざわざ戻って聞くのも何なので結局そのまま部屋に戻ることにする。

 あの赤い髪の女性と再会するのはもう少し先の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 椅子に座って以前ウィズの店で買ったエレメンタルマスターに関する本を読んでいると、街に出ていた面子が帰ってきた。

 

「あ、おかえりなさい。街の方はどう────」

 

「うわぁあああああああんっ!? スズハァ!?」

 

 大泣きして帰ってきたアクアがスズハの太ももに顔を埋めてきた。

 いきなりの事に混乱してカズマ達の方に視線を向けるが皆も事情を解っていないらしく、首を左右に振る。

 

「私、温泉に入っていただけなのにぃ!!」

 

 泣き続けて要領を得ないアクアにカズマが質問する。

 

「で? 今度はどんな珍事件を起こして周りに迷惑かけたんだ? ちゃんと謝ってきたんだろうな?」

 

「珍事件って何よ! どうして私が悪いことしたって決めつけるのよ!」

 

 憤慨するアクアに代わってウィズが説明する。

 

「実は、アクア様が入った秘湯が水に浄化されてしまって」

 

「え? あれってオンオフ利かないんですか?」

 

「っていうか結局お前が原因じゃねぇか」

 

「仕方ないでしょ! 私は水の女神なの! 浄化しちゃうのは体質なんだからオンオフなんて利かないの!!」

 

 腕をブンブン振るアクアにスズハが疑問に思う。

 

(お酒は水に変わらないのに?)

 

 だからスズハはてっきり自分で制御できるものだと思ったのだ。

 

「しかも、謝るときにそう説明したら、温泉の管理人が何て反応したと思う! 鼻で笑ってきたのよ!? 私女神なのに! 私がここの女神なのにぃ!!」

 

 余程プライドが傷ついたのか、悔しそうに泣き続けるアクアにカズマも鼻で笑うとアクアの鳴き声が更に大きくなる。

 そんなアクアの頭を撫でながら苦笑いを浮かべてスズハが諭す。

 

「えーと。もう少しがんばりましょう?」

 

「頑張ってるわよ! 私信者の子達の為にすごく頑張ってるの!!」

 

 騒ぐアクアをダクネスとウィズで宥める。

 それにスズハがカズマとめぐみんに話しかけた。

 

「街の方はどうでしたか? ここからの眺め、すごく良かったんですよ」

 

 スズハの質問にめぐみんが少しだけ体を震わせる。

 

「まさしくここは魔境でした。街と温泉。景色も食べ物も文句なしなのに、人間だけが致命的です……」

 

「まぁ、なんだ。ここでは、エリス教云々は口にしない方がいい。ただでさえ何されるかわかんねぇのに、火に油を注ぐ事になりかねない」

 

 疲れた様子の2人に首をかしげる。

 

「とにかく、私は明日、街の近くで爆裂魔法を撃って今日の憂さ晴らしに行ってきます!」

 

「温泉入るだけじゃ時間も潰し切れねぇし、俺はまた街をうろうろするかな」

 

「なら、わたしもご一緒して良いですか? 1人だと、迷っちゃいそうなので」

 

「別にいいぞ。まぁ、なんだ。街の連中の濃さだけは覚悟しててくれ……」

 

「はぁ。良く分かりませんが、わかりました」

 

 そんなやり取りをしていると、アクアが泣きながら騒ぐ。

 

「今日はやけ酒よ! 限界以上に飲んでやるわ!」

 

 こうして、アルカンレティア1日目が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はカズマとのデート?回です。


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カズマからの贈り物

劇場版このすばのブルーレイを中古で見つけて買おうとしたら金が足りなかったのでコンビニへ下ろしに行って戻ってきたらもう買われてた。僅か数分の出来事だった。


「あう~」

 

 朝早く温泉に肩まで浸かって普段なら絶対しないような気の抜けきった声を出す。

 もはやふにゃふにゃというよりはぐにゃぐにゃと脱力しており、そのまま温泉の湯に溶けてしまいそうだ。

 昨日と違い娘はめぐみんに預けている。

 というか、朝風呂に入るのも彼女からの提案だ。

 

『ヒナの世話ばかりしてないで、スズハも旅行を楽しんでください。この子はこっちで見ていますから』

 

 そう、旅行前に言っていたように気を利かせてくれたのだ。

 縁に上半身を預ける形に体勢を変えて一緒に付いてきて桶の中に入れた温泉の湯でまったりしているちょむすけの頭を撫でる。

 

「ちょむすけはえらいね~。猫なのにお風呂好きで~」

 

 ちょむすけは綺麗好きなのかお風呂に入れるときも全然暴れない。体を洗って上げるとむしろ喜ぶくらいだ。

 

「こうしてゆっくりと温泉に浸かれるのは何年振りでしょうか……」

 

 温泉旅行には生前も行った事はあるが、こうしてゆっくりと出来る機会は存外に少ない。

 旅行と言っても社員やら取引相手やらも一緒で当然みっともないところは見せられず、終始緊張感の伴う旅行ばかりだった。

 

「止めましょう。わざわざ気が滅入る事を思い出すのは……」

 

 フゥ、と大きく息を吐き、縁に上半身を預けたまま水面に尻が浮かび、足を上下に動かしてパシャパシャと音を立てる。

 スズハはこの時、この世界に来てもっとも浮かれて気が緩んでいた。

 それ故に普段ならしないようなミスを犯していた。

 

 先ず、昨日も使った、という理由でよく考えもせずに女湯ではなく混浴に入っていたこと。

 入って他の客が居なかった事からそのまま長湯していること。

 これは生来スズハは長湯する方で娘が生まれてからはそっち優先ですぐに上がっていた為に、その反動で長く温泉に浸かっている。

 

 ガラン、と混浴の戸が小さく音を立てて開かれる。

 最初は昨日入ってきた女性が来たのかとも思ったが、風呂場に現れた人物にふやけていたスズハの思考が固まる。

 

「スズハ?」

 

「ふえ?」

 

 腰にタオルを巻いた姿のカズマの姿を確認して止まっていたスズハの脳が覚醒するのに5秒必要とした。

 

「○☆◎△◇△▽!?」

 

「ニャーオッ!?」

 

 頭を撫でていたちょむすけの首根っこを無意識に掴んでバックする。

 背中が反対側の縁に着くと、スズハはちょむすけを抱きながら体を小さく折って隠す。

 

「ど、どうしてここに……?」

 

 顔を真っ赤にして質問するスズハにカズマも質問を返す。

 

「いや、せっかくだから朝風呂に入ろうと思って。スズハこそなんで女湯じゃなくて混浴(こっち)にいるんだよ」

 

「き、昨日人が居ないからこっちに入って……それで思わず……うぅ……」

 

 少し考えれば、というか、混浴なら男性客も入ってくることを当然考慮するべきだろうに。浮かれすぎて足の赴くまま行動したことを悔やむスズハ。

 まぁいっか、とカズマは温泉に入り始めた。

 

「フゥー。生き返るー……」

 

 平然と温泉に浸かり始め、こちらに視線を向けるカズマにスズハは躊躇いがちに問いかける。

 

「あの……出来ればもう上がりたいのであっちを向いてて欲しいのですが……」

 

「お構い無く」

 

「…………恥ずかしいのでせめてわたしのタオルをこっちに投げてくれませんか?」

 

「ははは。俺たちはそんな恥ずかしがるような関係じゃないだろ? 前に俺のズボンまで脱がして体をあんなに丹念に拭いてくれたじゃないか」

 

「看病と一緒にしないでください」

 

 以前、カズマの服を脱がしたのはあくまでも看病のためである。当然疚しい気持ちは一切ない。

 恥ずかしがって小さくなって大事な部分をカズマに見せないように隠しているスズハをぼんやりと眺めながら思う。

 

 温泉に浸かってほんのり赤くなった肌。

 濡れた黒髪に恥じらいの表情は普段大人びた表情をしている分、こうして年相応な姿はギャップがあって良い。

 

(でもやっぱり子供だからなぁ……)

 

 最近アクアにロリニートだのロリマだの、スズハ関連で不名誉な呼び方をされることのあるカズマだが、流石に小学生は守備範囲外なのだ。

 

(そうだよ。これまでだってダクネスやめぐみんとも一緒に風呂入っただろ。それに比べればスズハはまだ……一部に関してはめぐみんより育ってるように見えるが。それでも前にやたらドキドキしたのは体調不良で優しくされた結果なんだよ! 断じて俺はロリコンなんかじゃない!)

 

 そんな風に心の内で自分を納得させるカズマ。

 しかし、先程から裸をマジマジと見られてスズハが決断するように息を吐く。

 

「カズマさん……先に謝っておきますね。雪精(シロ)

 

 指をパチンと鳴らすとカズマの目の前にスズハの雪精が出現し、口から冷気を噴出させる。

 

「おうわっ!?」

 

「出よ、ちょむすけ」

 

 カズマが視界を塞がれて怯んでいる間に温泉から上がるスズハ。

 混浴から出ようとすると、手をデタラメに動かしていたカズマの腕に足首が当たる。

 

「え?」

 

 足がもつれてそのまま温泉へと体が倒れていく。

 

「スズハッ!?」

 

 カズマが倒れてきたスズハを支えようと腕を伸ばす。

 バジャンッとスズハが落ちて水が跳ねる。

 

「つう……」

 

「大丈夫かぁ、スズハ」

 

「あ、はい。ありがとうござい────」

 

 お礼の言葉が止まる。

 不思議に思っていると、何やら手の平に柔らかな感触が伝わってくる。

 少し手を動かすと。

 

「んんっ!」

 

 小さく堪えるような声を出すスズハ。

 自分の手を見てみると、そこには小さな膨らみのある少女の胸に被さっていた。

 

「おおっ!? わ、わるい!」

 

 手を離して僅かに距離を取る。

 ちょむすけを抱きながら固まっているスズハにカズマが誤魔化すように話す。

 

「ま、なんだ。今のは事故だからな? わざとじゃないぞ。それにスズハもシロを使って俺を攻撃したんだし、ここはお互い悪かったということで────」

 

 そこでカズマはスズハの表情を見る。

 羞恥から顔を赤くしているのではなく、血の気が引き、小さく首を振って怯える表情だった。

 まるで、猛獣と対峙して足がすくんでしまったような。

 

「はぁ────あっ!?」

 

 湯に浮かんでいる自分のタオルを回収して逃げるように混浴から出ていく。

 その様子にカズマは目を覆う。

 

「やっちまった……馬鹿か俺……」

 

 普段はそんな素振りをまったく見せないから、スズハは異性に触れられることを苦手としていたのを忘れていた。

 その原因も細かくではなくとも知っている筈なのに。

 いつもは気を使ってそれらを感じさせなかったのだろう。

 

「温泉に来て浮かれすぎだろ……あーくそっ!」

 

 バシャバシャと湯で何度も顔を洗う。

 それから息が続く限り頭の芯まで湯に体を沈めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ────あ……う……!」

 

 脱衣所に戻ったスズハは胸を掻き毟るように押さえて吐き気を抑えた。

 何度か深呼吸を続ける内に吐き気は治まって尻餅をついて天井を見る。

 

「だ、め……はやく、なおさないと……っ!」

 

 あの一瞬、カズマが得体の知れない怪物に見えてしまった。

 

「もう、大丈夫な筈なのに……」

 

 あの時、マコトがカズマ達に反撃される姿を見て自分の中に有ったトラウマを払拭された筈だった。

 でも、それはうわべだけで────。

 

「ちがう。わた、しは……」

 

 この世界に来て自分を受け入れて守ってくれた人達。

 右も左も分からず、娘を抱えた自分達が今日まで健やかに楽しく過ごして来れたのは彼らのおかげで。

 そんな相手に嫌悪感を向けては()()()()のだ。

 

 さっきの自分の失態を覆い隠す為に表情を普段のそれに直す。

 そうすれば誰も。自分自身でさえその心の脆さに気付かない。

 

「にゃあ」

 

 そこでちょむすけがだらりと下げていた手の平を舐めてくる。

 慰めてくれているのか。それとも、別の何かを伝えようとしてくれているのか。

 

「ありがとう、ちょむすけ。体、拭くね」

 

 その時にはもう、いつものシラカワスズハに戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、私はこれから街の外で爆裂魔法を撃って来ます」

 

「動けないめぐみんは私が持ち帰って来よう」

 

「私は今日、宿でゆっくりしようと思います」

 

「私は一通り街を見て回ったら昨日の教会で懺悔室の手伝いをしてくるわ! 後で遊びに来てね!」

 

「あぁ。行ってこい」

 

 それぞれ別行動を告げる中でカズマは上の空で空返事していると、スズハがカズマに近づく。

 

「それじゃあ、カズマさん。案内、お願いします。さすがに初めて来た街を私達だけで歩くのは恐いので」

 

「お、おう。いや、それよりスズハ。さっきは悪かったな……」

 

 そのあまりにも普段通りの態度に動揺しながらもさっきの件を謝罪する。

 

「あはは。わたしも混浴で長湯してましたし。カズマさんも言ってたじゃないですか。お互い悪かったって」

 

「いや、そうだけど……」

 

 腑に落ちない気分になりながらもその疑問を払拭するようにスズハが話す。

 

「せっかくですから。クリスさんやゆんゆんさんへのお土産も見ていきましょう」

 

 ニコニコとヒナを抱き上げるスズハ。

 スズハの態度に違和感を覚えたカズマは首を傾げるが、結局それが何なのか分からずに保留する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、観光地な上に交易も盛んみたいですから色々と品がありますね」

 

「そーだなー」

 

 スズハに返事を返しながらカズマは周りを警戒していた。

 もちろんアクシズ教徒を、だ。

 

(ヒナを襲うかもしれない鳥隠しもヤバイが、さすがにこんだけ人の多い街中。それも昨日多く倒したばかりでここら辺は彷徨かないだろ。それに、敵感知スキルなら近づけば判るしな。それより、敵感知スキルに反応しないアクシズ教徒の方が厄介だ)

 

 アクアが聞いたら憤慨ものの内心だが、直接攻撃してこないだけで迷惑を被る存在という点ではモンスターもアクシズ教徒もカズマの中では大差なかった。

 現に今も────。

 

「あ~ら、兄妹でお散歩? 赤ちゃんの面倒まで見て偉いわねぇ。そんなあなた達には是非アクシズ教団に入信してアクア様の御加護を! 大丈夫! この紙に名前を書くだけでアクア様のすんごいパワーでその子が元気に育ってくれるわ」

 

「い、いえ! 結構ですので! あ、あぁ~! ベビーカーに勝手に物を入れないでください!?」

 

 アクシズ教徒が勝手にヒナの乗るベビーカーに入信特典の石鹸やらチラシやらを入れているのを慌てて返している。

 舌打ちしてカズマも物を返す。

 

「ホントいらないので! 行くぞ、スズハ! 目を合わせるな

 

 スズハにだけ聞こえるようにボソリと囁くとコクンと頷いて早歩きで離れた。

 他にも、スズハと同じくらいの年齢と思われる少年が話しかけてくる。

 

「久しぶりだな! 俺だよ俺! 小さい頃同じ学校に通ってた! 覚えてるかな?」

 

 知り合いを装って近づいてくる。

 

「私もこの芸に興味があるの! 良かったらそこの喫茶店で話し合わない?」

 

 などと共通の話題を見つけて近づいてきたり。

 

「わぁっ!? この凶悪そうな男が僕にカツアゲをー!」

 

「ふはははっ! 強くてかっこ良いアクシズ教徒なら見逃してやるところだが、ひ弱なエリス教徒は最高のカモだぜー!」

 

 そんな大根芝居を見せられて入信書を押し付けられたりしかけた。

 そこでとてつもない爆発音が響いて相手が驚いている内にとっとと逃げた。

 

「今の、めぐみんさんの爆裂魔法ですよね!?」

 

「他にないだろ! あいつの傍迷惑の日課も、たまには役に立ったな!」

 

 アクシズ教徒の勧誘から逃げて少し小さな屋台村に出た。

 途中で褐色肌の男性が自分達同様悪質な勧誘を受けているのを目撃して頑張ってくれと心のなかで応援したりして走っていた。

 近くの屋台で饅頭を買うと、ベンチに腰を落とす。

 

「昨日、めぐみんさんがすごく疲れた様子だった訳が解りました……」

 

「俺と合流したときはもっと酷かったからな……」

 

 渇いた笑みを浮かべるスズハにカズマは大きく息を吐いて項垂れる。

 

「ったく。食い物はうまいし。温泉は気持ちいいし。街も綺麗なのに人間だけがダメじゃねぇか」

 

 カズマの愚痴にスズハは否定しないところを見ると口にしないだけで同意見のようだ。

 いっそのことエリス教徒でも騙ろうかと考えたが、証明できるペンダントはないし、それならそれで攻撃的な対応を取られる可能性があるので頭の中で却下した。昨日ダクネスが子供達に石を投げられた感じに。

 

「アクシズ教徒から逃げてる間に知らない場所に出たな。掲示板の所々に地図があるから帰れないなんてことはなさそうなのが救いだが」

 

 地図を眺めているカズマにスズハが地図の一点を指差す。

 

「ここの近くに商店街が在るみたいですよ。行ってみませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辿り着いた商店街は幸いにもアクシズ教徒の勧誘が少ない場所だったらしく、アクセルの街に似た雰囲気の活気があった。

 

「ここならゆっくり見て回れそうですね」

 

「ホンットーになっ!」

 

 先程の勧誘にうんざりしていたカズマが心底疲れたように顔をしかめる。

 主にここはアルカンレティアの住民が使う商店街なのだろう。観光客は少なく、街の住民が多く行き交っている。

 もちろん土産屋のような店もあるが、その数はカズマ達が来た方面に比べて少ないようだ。

 

「カズマさん。この店に入っても良いですか?」

 

「はいはい何処へでも」

 

 若干はしゃいでいるスズハに従ってその店に入る。

 入ったのは、布地や反物を。他の服飾素材が売っている店だった。

 

「アクアさんを崇めている街のせいか、青系統の布が多いですね。あ、でも交易も盛んな分、アクセルの街より品質は良いみたいです」

 

「何か買うのか?」

 

「そうですね。そろそろ暑くなりますし、生地が薄めの反物を幾つかと、ちょむすけのぬいぐるみを縫う布が欲しくて」

 

「ちょむすけ?」

 

 いきなり何故ちょむすけのぬいぐるみを作るのか分からずに疑問を表情に出すカズマ。

 それにスズハはヒナを撫でて苦笑いを浮かべる。

 

「この子がすぐにちょむすけにちょっかいをかけるでしょう? だから、ぬいぐるみでも作ればちょっとは大人しくなるかなと思いまして」

 

「あ~」

 

 納得したようにカズマは天井に視線を向ける。

 ヒナはちょむすけが好きでちょっかいをかけるのだがまだ赤子。

 足や尻尾を握る。抱きつこうとして押し潰すなどでちょむすけを困らせている。

 

「最近では耳を噛んだりもしてかわいそうで。変な菌が感染しても怖いですし」

 

 別段アクセルの街でも揃えられるだろうが、旅行ついでの気分転換なのだろう。

 

「よし! それなら好きなのを買っていいぞ。それくらいなら俺が出してやる!」

 

「いえ、そんなつもりは……一応デストロイヤーの時に入った報酬がありますし」

 

 非戦闘員とはいえ、デストロイヤー戦で治療などを行ったスズハにも前線に比べて少ないながらも報酬は貰っていた。

 散財するタイプでもないため、そのほとんどがまだ手付かずである。

 

「気にすんな。今朝の詫びってことでな」

 

 今朝の件を思い出してスズハの顔が赤くなり、視線が下へ向いた。

 

「え、と。それなら、カズマさんに色を選んでもらって良いですか?」

 

「俺がか?」

 

「えぇ。お願いします」

 

 イタズラッぽく笑うスズハにカズマはまぁいっか、と反物を眺める。

 この世界で着物が流通してない以上、自分で仕立てるしかない。

 それなら普通に洋服着れば良いのだが、動きやすいが落ち着かないという。

 以前ゆんゆんに買って貰った服もゆんゆんと出掛けるときくらいしか着てない様子だ。

 カズマは濃い青色の反物を手に取る。

 

「ほら。これから暑くなるなら、青とか涼しそうだろ」

 

 特に考えず手に取った反物をスズハに渡すと彼女は嬉しそうにそれを受け取った。

 

「ありがとうございます。大事に縫いますね」

 

 

 

 

 

 

 

「他にもなんか欲しい物があったら言えよ。よっぽど高いもんじゃない限りは俺が持ってやる」

 

 一応旅行ということで普段では持ち歩かない額を持ってきてるので問題はない。

 

(スズハなら変に高い物を買わないだろうしな)

 

 これがアクア辺りならよく分からない珍しい物や高級酒をこれでもかとねだられるのだろうが。

 胸を張るカズマにスズハがクスリと笑った。

 

「太っ腹ですね。ついこの間まで借金が~って泣く泣くアルバイトに行ってたのに」

 

「おい。嫌なことを思い出させるな。あん時はホントに毎日生きた心地がしなかったんだからな」

 

 借金時代を思い出してげんなりするカズマ。

 

「でも、本当にこれだけで充分ですよ。お土産とかは自分で買うつもりですし。他の皆さんにもなにか買ってあげたら如何ですか?」

 

「むしろ、あいつらが俺に何か贈るべきだと思うぞ。あいつらの尻拭いにどんだけ走り回されてると思ってんだ」

 

 普段からアクセルの街で問題を起こしているパーティーメンバーのせいで謝罪に走り回ることも日常になっている。それを知っているスズハもそうですね、と苦笑した。

 

「そろそろ、アクアが懺悔室やってる教会に行ってみるか? 爆裂魔法を撃ち終わっためぐみんとダクネスも居るかも知れないし」

 

「そうですね。また勧誘に捕まる前に行きましょうか」

 

「………………そうだな」

 

 教会に着くまでにアクシズ教徒と出会しませんようにと祈りながら移動しようとする。

 そこで、スズハのスキルが反応した。

 

「カズマさん、ちょっと良いですか」

 

「どうした? まだ行きたいところでもあるのか?」

 

「こっちです」

 

 スズハは険しい表情で感覚が捉える方向に足を進める。

 少し移動してスズハの口から小さく声が漏れる。

 視線の先に居るのは檻の中に捕らえられている蜥蜴だった。

 大きさはちょむすけより一回り大きく、可愛らしくデフォルメされた蜥蜴。変なのは、尻尾の先端が燃え盛っている点だ。

 檻に入れられて項垂れているそれを店主が大々的に宣伝している。

 

「さぁさぁ! 見てらっしゃい! これこそが火の精霊、サラマンダーだよぉ! とあるエレメンタルマスターから譲り受けた正真正銘のサラマンダーさっ!」

 

 自信満々にサラマンダーを見世物にする店主。

 それを見たカズマの感想はかつて日本でやったゲームのモンスターを連想した。

 

(ヒト◯ゲじゃん)

 

 精霊は人の意思によってその姿を変えるらしい。もしかしたら前の持ち主は自分達と同じなのかもしれない。

 そんなことを思っているとスズハは痛ましそうにサラマンダーを見る。

 

「あの子、酷く怯えています」

 

 スキルポイントで精霊との意思疏通スキルを上げたスズハにはサラマンダーの不安と怯えを正確に感じ取っていた。

 

「この檻は特別製でね。契約してない弱い精霊は自然に還ったりするもんだけどこの檻の中でなら飼えるんだ! スゴいだろ!」

 

 店主の説明にサラマンダーは呻くように鳴き声を出す。

 サラマンダーの視線がスズハに向くと、助けを求めるように鳴いた。

 心配そうにサラマンダーを見るスズハにカズマは檻にかけられた値段を見る。

 

「150万エリス! たっかっ!?」

 

「そう、ですよね……」

 

 さすがにそんな大金は持ってきてない。

 こちらを見ながらサラマンダーは鳴き続ける。

 しかしスズハには買い取る資金はなかった。

 

「行きましょう、カズマさん」

 

「いいのかよ?」

 

「仕方、ありませんよ……かわいそうですけど、まさか力づくで盗るわけにもいきませんし」

 

 未練たっぷりに笑みを浮かべてここを去ろうとするスズハ。

 その笑みにカズマは────。

 

「しょうがねぇなぁっ!!」

 

「えっ?」

 

 ガリガリと頭を掻いてサラマンダーを紹介している店主に近づいていった。

 

「おっちゃん! そのサラマンダーを俺に売ってくれ!」

 

「カズマさん!?」

 

 突然買い取り宣言したカズマに店主は疑いの視線を向ける。

 カズマはどうみても駆け出し冒険者にしか見えなかったからだ。

 

「おいにいちゃん。金はあるのかい?」

 

「今はない!」

 

 堂々と告げるカズマに店主はやらせと判断して追い払おうとするが、カズマが冒険者カードを見せる。

 

「俺はアクセルの街で冒険者をしてるサトウカズマだ! アクセルに戻れば150万どころか200万エリスでそのサラマンダーを買い取れる! 後で必ず送金する! なんだったらアクセルの街の冒険者ギルドに問い合わせても構わないぜ!」

 

 疑惑の目を向ける店主だったが、冒険者カードが本物だったことと、カズマがあの手この手で交渉したことで幾つかの契約書を書かされて数十分後に買い取りが認められた。

 

「ほら。今回だけだぞ」

 

 そう言ってサラマンダーが閉じ込められた檻をスズハに渡す。

 

「あの……本当に……」

 

「もう買っちまったからな。これで今朝のことは完全にチャラだぞ。いいな」

 

「……はい!」

 

 嬉しそうに檻を受け取り、サラマンダーの頭に触れた。

 すると、サラマンダーの姿は一瞬消えて次の瞬間檻の上に出現した。

 その様子に周りから驚きの声が上がる。

 

「もしかしてお嬢ちゃん、エレメンタルマスターか?」

 

「はい。駆け出しですけど」

 

 店主の問いにスズハはサラマンダーを抱きかかえて答える。

 

「なるほどなぁ。なら、お嬢ちゃんに引き取られて正解だったわけだ」

 

 店主が近づくと敵意たっぷりにサラマンダーが唸り声を上げた。

 

「はは。こりゃ嫌われたな。当然だが。にいちゃん。金は元値の150万エリスでいい。大事に扱えよ」

 

 カズマの肩を叩いて元の位置に戻っていく店主。きっと彼は商売に誠実なだけで悪い人間ではないのだろう。

 

「カズマさん。本当に、ありがとうございます」

 

 サマランダーを抱えて頭を下げるスズハにカズマは照れ臭そうに頬を掻いた。

 

「今度こそ教会に行くぞ。アクアが問題を起こす前にな」

 

「はい!」

 

 カズマに促されてスズハはベビーカーを引いてその後ろに付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




着々と契約する精霊を増やしていくスズハ。


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『ホウレンソウ』って知ってます?

アンケート、ウィズが1位だったのは驚いた。
カズマかアクアだと思ってたから。

あと、このアンケート取ってる時、ギャルゲーの選択肢みたいだと思いました。


「今日は色々と走り回ったから疲れました~」

 

「アクシズ教徒から逃げ回って、ですよね? お疲れ様です」

 

 スズハはめぐみん、ダクネスと一緒に娘のヒナは縁で借りた幼児用の椅子に座らせて見ている。

 アクアは温泉をお湯に変えてしまうため室内風呂に泣く泣く入っていた。

 温泉でのびのびとしているとめぐみんが近づいてくる。

 

「ところでスズハ。貴方が新しく契約したというサラマンダーの事なのですが」

 

「ふあい?」

 

 ヒナを見ていたスズハがめぐみんに話しかけられると気の抜けた顔でそっちを向く。

 するとめぐみんが鼻がくっ付けそうなくらい顔を近づけてきた。

 

「いったい、あのサラマンダーをどうするつもりですか?」

 

「ど、どうする、とは?」

 

「決まってるじゃないですか! 名前ですよ名前! 火の精霊サラマンダーにどんな名を付けるのかと訊いているんです!」

 

 瞳を爛々と赤く輝かせて問い詰めてくるめぐみん。

 そういえば、合流してサラマンダーを紹介した時は何故かとても高揚していた。

 馬車でドラゴンの子供を相手にしていた時くらいに。

 

「火の精霊とあのドラゴンにも似た姿! 紅魔族の琴線に物凄く響きます! それでどのような名前を付けるのか聞かせてもらいましょうか! まさかまたシロみたいな安直な名前を付ける訳ではないですよね!」

 

 興奮で息を荒くするめぐみんにたじろぎながら答える。

 

「いえ、特には。サラマンダーのままじゃダメなんですか?」

 

 初めて契約した雪精はなんともなしに愛称として名前を付けたが風精霊(シルフ)火精霊(サラマンダー)も特にそうした物を求めているようには感じない。

 精霊自体そういうものに無頓着なのかもしれないが。

 その返答に納得できないのか嘆かわしいとオーバーアクションを取るめぐみん、

 

「ダメに決まってるじゃないですか! それはサラマンダーを種族名で呼んでいるようなものです! スズハに名付けるつもりがないなら私が付けてあげます!」

 

(あぁ、つまり、サラマンダーの名付け親になりたいと……)

 

 こう話を持っていくつもりだったのだろう。腕を組んでとげっぽだのちょろんぱだの小さく口ずさんでいる。

 何にせよスズハの答えは決まっていた。

 

「あ、そういうのは結構ですので。そんなかわいそ……いえ、無責任なことは頼みませんから」

 

「おい、私が名付け親になったらどうかわいそうなのか聞こうじゃないか」

 

 無表情で怒りを表してくるめぐみんに内心めんどうだなぁと思いながらもどうするか考えていると話を聞いていたダクネスが口を挟む。

 

「それならサラマンダー本人に決めてもらってはどうだ? それなら誰も角が立たないだろう?」

 

「ダクネスナイスです! さぁ、スズハ! サラマンダーを出しなさい! 私が必ずや気に入る名前を付けてあげます!」

 

「まぁ、そういうことでしたら……」

 

 縁の上に手をかざすとオレンジ色の光が集まり、形作るとオレンジ色の体皮に尻尾の先端が燃えたデフォルメされたトカゲの姿が現れた。

 その姿に歓喜したようにめぐみんが立ち上がる。

 

「このアクセルの街1の大魔法使いである私が貴方の気に入るカッコ良い名前を付けてあげましょう! ふむ、そうですねぇ。やはりとげっぽなどはどうでしょうか!」

 

 ビシッとサラマンダーを指差す。

 その名前にサラマンダーは────。

 

 ぷい。

 

「なっ!?」

 

 めぐみんにそっぽ向いてスズハの傍にすり寄り始めた。

 それにショックを受けながらも涙目でサラマンダーに話しかける。

 

「何故ですか! 何がそんなに気に入らないのですか!? せっかくカッコ良い名前を付けてあげようとしてるのに!」

 

 めぐみんを避けるサラマンダー。

 ダクネスが苦笑してめぐみんの肩に手を置く。

 

「まぁ、本人が気に入らないと言うならしょうがない。諦めろ、めぐみん」

 

「うう……」

 

 納得できないように呻くめぐみんはそのまま恨めしげな視線を向けて温泉に口まで浸かる。

 とりあえず一段落したことに安堵してスズハは頭を撫でた後にサラマンダーをこの場から消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆! この街の危険が危ないの! 力を貸してちょうだい!」

 

「危険が危ないってなんだよ……」

 

 夕食時、突然そんなことを言うアクアにカズマが呆れたように半目になる。

 

「教会で聞いたんだけど、最近この街の温泉の質が悪くなってるらしいの! それで調べてみたんだけど、幾つかの温泉に毒素が混じってたわ! 私でも浄化に時間がかかるくらいヤッバイのが!」

 

 アクアの説明にスズハが疑問を口にする。

 

「そんなになってるなら、もっと騒ぎになってるんじゃないですか? それにそういう温泉は原因が解決するまで封鎖されたりする筈ですし」

 

 さすがに毒素が混じってる温泉に客を入れるとなにかと問題だろう。

 温泉が目玉な観光地である以上、そこら辺には気を使う筈だ。

 

「また昨日みたいに怒られたくなかったからこっそり入ったのよ! それにそうした温泉はエリス教徒に勧めてるんですって!」

 

 それを聞いた皆は勧められたエリス教徒に同情する。

 

「と、言うわけで、私はこの街の皆の為に立ち上がるわ! 皆も手を貸してくれるわよね! もしかしたら、魔王軍の手先が我がアクシズ教徒の収入源を絶つ為の工作かもしれないし!」

 

 アクアの宣言。

 しかし仲間の反応は肯定的なものではなかった。

 

「俺は、明日この街をブラブラしながらアクセルの知り合いにお土産買ったりするからパス」

 

「私も、アクシズ教徒の恐ろしさはイヤと言うほどに思い知りました。カズマに付いていって、ゆんゆんや実家の家族にでもお土産を買っていきます」

 

 アクアと視線を合わせずにそう告げるカズマとめぐみん。

 アクアの視線がスズハとウィズに向けられる。

 

「わ、わたしとウィズさんは、その……明日公衆温泉を見て回ろうと今話してまして……ですよね、ウィズさん」

 

 スズハの言葉にウィズもコクンコクンと頷く。

 

「なんでよー! 散歩なんてどうでもいいじゃない! お土産だって帰るときに買っていけばいいでしょー! ウィズやスズハも、その温泉が危ないんだから手を貸してってばー!」

 

 泣きそうな表情で助力を頼むがカズマ、めぐみん、スズハは頑なに視線を合わせようとせず、ウィズは困った様子だ。

 そこで残ったダクネスに抱きつくアクア。

 ダクネスも断ろうとしたが、体を揺さぶられながら、飲んでいたジュースを水に変えられて諦めたように了承する。

 その姿を見て全員の感想が一致した。

 

(かわいそうに……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、スズハとウィズは街の地図にある宿から1番近い温泉に入っていた。

 

「調査に出たアクア様は大丈夫でしょうか?」

 

「ん~。ここがアクシズ教団の本拠地である以上、そうそう無茶なことはしないと思いますよ」

 

 いくらトラブルメイカーのアクアでも、ここで大きな揉め事は起こさない筈だと思っている。

 そして宿泊予定の日が過ぎれば温泉の異変は警察に任せて帰ることになるだろうとスズハは思っている。

 どうしても何とかしなければいけない事態が発生しなければ、だが。

 

 そんな事を思いながら、スズハはウィズの事をじーっと見ていた。

 その視線にウィズが居心地を悪そうにする。

 

「あの、なにか?」

 

「あ、すみません。ウィズさんってすごく綺麗だなぁって思って。体つきなんて同性として憧れます」

 

 実際、ウィズの顔立ちは彼女が美人でないなら人間の8割は普通以下に落とされる程に整っている。

 体も胸は大きく形も崩れていない上に腰からお尻のラインなど子供のスズハも見惚れて息を吐く程に魅力的だ。

 そういう意味ではダクネスにも憧れるが、彼女は少々筋肉質すぎる。

 そう言うと顔が真っ赤になるウィズ。

 

「そ、そんな事は! それに私はリッチーで、肉体の時間は停まってますし……」

 

 勢いからウィズはリッチーについて説明する。

 不死者の王と呼ばれるリッチーであるウィズは、年を取らず、肉体的に変化をしない。

 

「だから、本当なら私ももっと年が上で、それでぇ! うう……」

 

 それからはどう説明するか悩んでいるウィズにスズハはヒナを見る。

 もしも娘が大きくなっても、自分がこのままなら、いったいどう感じるだろう? 

 それはスズハには想像外の事だ。でも分かることは。

 

「淋しいことですね、きっと……」

 

「……はい」

 

 スズハの答えにウィズは本当に淋しそうに笑みを浮かべる。

 

「でも。もしもわたしがおばあちゃんになって、ウィズさんが今のままでも、このまま仲良くしていきたいです。わたしはウィズさんの事が好きですから」

 

 スズハにとってウィズは商才は無いが優しいお姉さんである。それはきっとこれからも変わらないだろう。

 

「スズハさん……」

 

 涙ぐむウィズ。

 そこでスズハがあることに気づいて慌てて立ち上がった。

 

「うあ! この子、のぼせてる!? ごめんなさい、ウィズさん! 先に上がらせてもらいますね! あ~! ゴメンね、ヒナ~!」

 

 慌てて浴場から出ていくスズハ。

 それを見送り、ウィズは目を閉じる。

 

「本当に、なんて……尊い子……」

 

 その呟きは誰にも聞かれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 のぼせ、肌を赤くして熱が出たようにあー、と苦しそうにしているヒナを団扇で仰ぎながら、濡らしたタオルで顔を拭く。

 

「だいぶ落ち着いてきた。本当にごめんなさい、ヒナ」

 

 娘の様子が戻ってきたのに安心して温泉で浮かれすぎていたことを反省する。

 

「もっと気をつけないといけなかったのに」

 

 団扇を仰ぎ続けるスズハ。

 すると、脱衣所の外で揉め事の声が聞こえる。

 

「だから! ポイントとか特典とか! 都合の良い言葉で誤魔化すなぁ!! そんな石鹸いるかぁ!!」

 

 見ると、褐色肌の三十代後半か四十くらいの顎髭を生やした男がアクシズ教徒からの勧誘を受けていた。

 しかもその男は昨日カズマと一緒に街を移動しているときに見かけ、その時も勧誘を受けていた。

 

「放っておくべきなんでしょうけど。んー」

 

 本当に困ってそうな男の様子にスズハは少し考えて動く。

 言い争っている2人に近づくと、スズハは考えておいた台詞を笑顔で口にする。

 

「旦那様。こんなところにいらしたのですか?」

 

 話しかけられて当然男も、は? と固まる。

 そこでアクシズ教徒に小首を傾げてなにも知らないふりをして訪ねた。

 

「うちの主人がなにか? もう娘と一緒に宿へ戻りたいのですが?」

 

「イ、イエ……ベツニ……ドウゾオカエリクダサイ」

 

 予想外の介入に片言になりながらアクシズ教徒から男性の手を繋いで離す。

 

「それでは行きましょうか、旦那様」

 

 アクシズ教徒の人間にペコリと上品に頭を下げてスズハは手を引いて男を店の外へと連れ出した。

 相手も突然の介入に固まって力が入らずに為すがままに連れ出される。

 その最中、他の客や店員から白い視線を受けながら。

 

「あんな小さな子が奥さん? 抱えてる赤ちゃんはまさか子供?」

 

「ねぇ、警察に連絡した方がいいんじゃない?」

 

 そんな視線や声を無視して店を出るまでスズハはニコニコと笑みを張り付かせる。

 店を出ると、男に話しかけた。

 

「すみません、余計なことをしてしまいました」

 

「いや、いい。正直、俺も助かった。アイツらしつこくてな」

 

「そうですよね……」

 

 スズハの意図を理解して礼を言う男に苦笑しながら同意する。

 するとすぐにウィズが出てきた。

 

「スズハさん、お待たせしました。中でお待ちしてくれても良かったのに」

 

「イッ!?」

 

 ウィズが出てくると、男は何故かとても顔をひきつらせる。

 

「あら? そちらの方は?」

 

「あ。こちらの方はアクシズ教徒の強引な勧誘をされてまして。お店の外に連れ出したんです」

 

「まぁ、そうなんですか。それは、災難でしたね」

 

 ウィズが同情的な視線を向けると男は作り笑いを浮かべた。

 

「いやー。このお嬢さんに助けていただいてとても助かりました! ではお嬢さん方、私はこれで!」

 

 HAHAHAと、駆け足気味に去っていく男。

 その後ろ姿を眺めながらウィズが思案するように顎に指を添える。

 

「あの方、どこかで会ったことがあるようなぁ?」

 

「ならもしかして、アクセルの街の住民なのかも」

 

「いえ。アクセルではなく……」

 

 どこで会ったのか思い出せないのか、考え続けるウィズに、スズハが切り替えさせた。

 

「思い出せないのなら、仕方ありませんよ。それより、ちょっと早いけど昼食にしませんか? 昨日カズマさんと回って気になるお店があったんです」

 

「そうですね。ではそこに────」

 

 行きましょう、とウィズが言おうとすると、聞き覚えのある声が拡張器を通して耳に届けられた。

 

『親愛なる我がアクシズ教徒よ。この街は今、未曾有の危機に晒されてます!』

 

「この声は……」

 

「アクア様、ですね」

 

 気になって声のした女神アクアの像がある広場まで行くと、そこには台の上に立って演説しているアクアと、その横で泣きそうな表情で俯いているダクネスが居た。

 付近を見渡すとカズマとめぐみんを発見してそっちに移動する。

 

「カズマさん! めぐみんさん! これは?」

 

 聞かなくても予想は付くのだが、情報を共有したかった為に、スズハは2人に問いかける。

 しかしカズマの方も疲れたように息を吐いて分かるだろ、と視線を向けた。

 

「あのバカが何を思ってか余計な演説をしてんだよ。ったくどういうつもりだよ」

 

 この後どう考えても厄介な展開になる予想しかできないカズマはガリガリと頭を掻く。

 そんな中でアクアの演説が続く。

 

『この街では今、魔王軍による破壊工作が行われています! それは、温泉に毒を混ぜるという大変悪質な工作です。皆さん、この件が解決するまで温泉への出入りはご遠慮ください!』

 

 そう訴えかけるアクアだが、ここが温泉街である以上、そんな言葉がすんなり受け入れられる筈もなく。

 

「でもよー。ここは温泉街だぜお嬢ちゃん。それに温泉を入るなって言われたら、この街が干からびちまうよ」

 

「それにさっき、温泉に入ったけど、なんともなかったわ」

 

 野次馬の1人に言われてアクアが得意気に返した。

 

『それは、私が温泉の毒素を浄化して回っていたからです! でもそれはあくまでも一時的な物。根本的に解決するまで────』

 

「いたぞー! うちの温泉をお湯に変えやがったプリーストだ!」

 

 アクアが温泉をお湯に変えた店の者が指を指して怒りを露にしている。

 それに呼応して他の店の者も声を上げだした。

 

「テメェ! うちの温泉を水に変えて! 今月の売り上げをどうする気だ!」

 

 怒声がアクアとダクネスに向けられる。

 温泉とは無関係のアクシズ教徒まで野次を飛ばし始めた。

 

「私達、世の中を良くしようとこんなに頑張ってるのに! どうしてそんな酷いことをするのよ!?」

 

「お前! まさかこの温泉街を破滅させるために派遣された、魔王軍の手先だな!!」

 

 終いには魔王軍扱いを受けるアクア。

 流石に涙ぐんできたアクアはとなりにいるダクネスに話しかける。

 

「ねぇ、ダクネス! 固まってないでちゃんと打ち合わせ通り言って! アクシズ教をお願いしますって! ほら恥ずかしがってないで早く!」

 

 瞳を紅魔族ばりに輝かせてダクネスに発破をかけるアクア。

 それにダクネスは泣きそうな顔でボソボソと口にする。

 

ア、アクシズ教を、よろしく、おねがい、します……

 

「聞こえねぇよ! 髪金(パツキン)の姉ちゃん!」

 

 怒声は更に増し、物を投げ始める者もいる。

 

「気の毒に……」

 

 その様子を見たカズマがダクネスに同情する視線を向けた。

 アルカンレティアの住民に業を煮やしたアクアが最後の手段に出る。

 

「なら、私の正体を明かします! 敬虔なるアクシズ教徒よ! 私の名はアクア。あなた達が崇める存在、水の女神アクアよ! 我が可愛い信者達よ! あなた達を救うために私自らこの地にやってきたの!」

 

 右手を胸に添え、左手を差し出すポーズを取るアクア。

 その姿は、傍目には本当に女神が降臨したように見える。

 そしてその神々しい姿に街の住民達は────。

 

「ふっざっけんなぁ!!」

 

 当然のように否定の意を発した。

 

「青い髪に瞳をしてるからって! アクア様を騙ろうだなんて罰が当たるよ!」

 

「簀巻きだ! 簀巻きにしろ! 水の女神アクア様なら湖に放り込んでも大丈夫だろ!!」

 

「ちょっ!? 本当だから! 私本物の神様ですからぁ!!」

 

 住民の怒りがヒートアップし、物を投げる者が増える。

 ダクネスがアクアを庇っているが、これでは本当に簀巻きにされかねない。

 それを見たカズマは。

 

「ダメだこりゃ。他人のふりをして帰ろう」

 

 冷静にそう告げた。

 

「えぇ!? アクア様とダクネスさんはどうするんですか!」

 

「ここまで騒ぎが大きくなると無理です。私達が介入しても火に油を注ぐだけです」

 

「せめて、女神云々を黙っていてくれれば……」

 

 カズマが隠蔽スキルを使ってウィズの背中を押して宿へと向かう。

 何だかんだで冒険者としてステータスの高い2人だ。何とか撒いて帰ってくるだろう。

 それにしてもこの街に到着した日に管理人に鼻で笑われたのにも関わらず、どうして今なら自分が女神だと信じられると思ったのか。

 

「だから、私は皆を助けようとしたんだってばー! 信じてよー!!」

 

 アクアの虚しい叫びがアルカンレティアの広場に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁあああああああぁああああん!!」

 

 夜になって帰ってきたアクアとダクネス。

 ダクネスは疲れた様子で椅子に座ってぐったりしており、アクアはスズハの太腿で泣き崩れている。

 

「私がここの女神なのに! 皆を助けようとしただけなのにぃ! なんで私、自分の信者の子に石投げられなきゃいけないの!? ねぇ、どうしてよぉ!」

 

 大声で泣くアクアにスズハは頭を撫でながら質問する。

 

「アクアさん、”ホウレンソウ”って知ってます?」

 

「何よスズハ! 野菜の事なんて今は関係ないでしょ!」

 

 ぷくーと頬を膨らませて怒るアクアにスズハはそうですね、と相槌を打つ。

 ちなみにスズハが言っているホウレンソウは野菜のほうれん草ではなく、報告・連絡・相談を表す報連相の事である。

 今日の事はアクアが温泉の管理人に毒素の事を報告し、管理人や関係者に連絡させ、温泉を浄化しても良いか相談すれば例え水に変えてもこのような騒ぎにはならなかったのだ。

 もちろん1番悪いのは温泉に毒素を混ぜた者で、次は温泉の管理を怠ったこの街の住民。そして関係者を無視して勝手に浄化を行ったアクアと順番が来るのだが、数の暴力により、矛先がアクアに向いている。

 落ち込んでいるアクアにカズマが呆れながら嘆息して話しかける。

 

「なぁ、アクア。明日は朝一でアクセルの街に帰らないか? この街の事は、この街の住民に任せればいいだろ?」

 

「駄目よ! 温泉を浄化してるとき、かなり強い毒素に汚染されているところもあったわ! あんな温泉に誰かが入ったら、病気になっちゃう!」

 

「ですが、住民に警戒されている以上、協力を取り付けるのは難しいですよ? やはりこの街の冒険者ギルドに任せるべきでは?」

 

 めぐみんの言葉にアクアは悔しそうに歯をギリッと鳴らす。

 事がアクシズ教絡みなだけに自分の手で解決したいのだろう。

 

 皆がどう説得するか考えていると、外の騒がしさに気づいた。

 それは、集まったアクシズ教徒の行進だった。

 

『悪魔倒すべし! 魔王しばくべし!』

 

「あんの魔王軍の手先め! 張り付けにしてくれるわ!」

 

「誰の許可を得て、髪を青く染めてるのよ!」

 

 カーテンを開けてそんなアクシズ教徒達にたじろいでいると楽観的なアクアが外を見る。

 

「何々? 私の話を信じた街の皆が集まってくれたの?」

 

「バカ!? 出てくんな!」

 

 アクアが外を見渡すと、それに気付いた教徒がカズマ達の部屋を指差す。

 

「いたぞ! あの部屋だ!」

 

「アクア様の名を騙る魔女め!」

 

 そんな殺気立った住民がこの部屋に乗り込む前にカズマが指示を飛ばした。

 

「お前ら! 捕まる前に逃げるぞ! アイツらマジでヤバいっ!」

 

『魔女狩りだーっ!!』

 

 叫ぶアクシズ教徒から逃げる為にカズマ達は荷物をそのままに部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




スズハがアクアに付き添うとダクネスの役はスズハが。
ダクネスに付き合うとウィズが。
カズマに付き合うとめぐみんがアクシズ教をお願いします、と言う予定でした。

前話で文字数の関係でカットした教会でのシーン。

アクア「エリスの胸はパット入り。これを唱えると良いでしょう」

アクシズ教徒「おかげで目が覚めました!」

スズハ「アクアさん……」

アクア「なーに、スズハ?私のあまりの女神っぷりにとうとうアクシズ教に入信する決心がついたのかしら?いいわよ!特別に私自ら入信の洗礼をしてあげる!」

スズハ「……台所の管理権限でしばらくお酒抜きです」

アクア「!?」

カズマ(エリス様の悪口でキレてんな、スズハ)


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黒幕との対峙

「やっぱり、源泉が怪しいと思うの」

 

 路地裏で身を低くして追いかけてくるアクシズ教徒から身を隠しながらアクアがそう呟く。

 

「私が温泉を浄化してるとき、結構な数の温泉が汚染されてたわ。あれだけの温泉に毒を混ぜれるんなら、源泉か、それに近いパイプに毒を混ぜるしかないと思うの」

 

 珍しく冴えた事を言うアクア。路地裏に身を潜めながらカズマ達はその推理を聞く。

 

「だから毒を入れられた源泉を浄化する。そして毒を入れた犯人を捕まえれば万事解決だと思うの!」

 

「まぁ、言いたいことは分かった。で、まさかこれからその源泉に行って、犯人を捕まえたいなんて言わないよな?」

 

 アクアの推理にカズマが青筋を立てながら嫌そうな顔をする。

 もうアクセルに帰りたい。

 この街が滅ぼうと知ったことか、という思いが強かった。

 そんなカズマの態度にアクアが泣きついてくる。

 

「なんでよー!? このままじゃ温泉がダメになってアクシズ教団が崩壊しちゃうのよ! それに私をこんな目に遭わせてる奴に目にもの見せないと気が済まないじゃない!」

 

 アクシズ教団が無くなるのは良いことじゃん、とカズマが返そうとすると、スズハが小さく手を挙げて質問する。

 

「あの……源泉を浄化するって温泉自体がダメになったりしませんか? 毒だけを器用に取り除く訳じゃないんですよね?」

 

 スズハの質問にアクアがドヤ顔でち、ち、ち、と人差し指を動かす。

 

「バカねスズハ。源泉の全部じゃなくて一部だけを浄化すればいいのよ。そうすれば最初はお湯だけでるかもしれないけど、少し経てば温泉が元通りになるわ」

 

 得意気にそう言うアクアにカズマは悪い予感しかしない。

 

(っていうか、なんで自分からフラグ立てるんだよコイツは)

 

 そんなことを思っているとめぐみんが発言する。

 

「どちらにせよ。街の出入り口は塞がれているでしょうし、何か策を考えないと」

 

 これだけの騒ぎになっているのなら、先ずは逃げ道を塞ぐのが道理だ。

 今ごろは街の門はアクシズ教徒に見張られていることが容易に想像できる。

 

「とにかく、魔王軍の好き勝手になんてさせないわよ! 私の可愛い信者達を、必ず守って見せるわ!」

 

 意気込むアクア。

 そこで魔王軍という単語にスズハが、あ、と声を漏らす。

 

「どうした? スズハ」

 

「あ、はい。この街に来たときに温泉で一緒になったお姉さんが、誰かが何かをするからこの街にあまり長居することは止めておいた方が良いって言われてて。もしかしたらそれって温泉の毒の事だったのかなーって」

 

 あはは、と苦笑いを浮かべるスズハ。

 それにアクアが半泣きでスズハの肩を掴む。

 

「ちょっとぉ! なんでそういう大事な事をもっと早くに言わないのよ!」

 

「す、すみません! あの後に泣いて帰ってきたアクアさんのインパクトがすごくて……それに、アクシズ教徒の方々の執拗な勧誘に関しての事だとも思ってましたし……」

 

 というよりも、あの勧誘よりも酷いことが起こるとは思っても見なかった。

 アクアがスズハの肩を掴んで大きく揺らす。

 

「なんでよー! うちの子達を毒を混ぜるような奴と一緒にしないでっ!!」

 

「いたぞ!!」

 

 アクアの大声に発見されて急いで逃げ出す。

 逃げながらカズマがアクアに問いかける。

 

「なぁ! もうあんな奴ら放って、助けなくてもいいんじゃないか! この街だって、来るときに一緒だった商隊の人に頼めば何とかなるかもしれないだろ!」

 

「う~! だってこのままじゃうちの可愛い信者達がぁ!」

 

 半べそを掻いて未練がましく事態を何とかしようとするアクア。

 このままでは1人でも残りかねない。

 そして絶対問題を起こす事が予測できる。

 

「しょうがねぇなぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 源泉までの道を塞いでいる門番をアクアが必至に説得していた。

 

「ねぇお願い! この先の源泉が危ないの! 緊急事態なの!」

 

「駄目なモノは駄目なんです。管理人の方に、ここからは誰も通すなと命じられてまして」

 

 アクアが源泉が湧いている山に通すようにお願いしているが、聞き入れてもらえない。

 それも当然だろう。

 この場に居るのは軽装の冒険者。

 ダクネスはきっちりと鎧を着ているがこのメンバーでは浮いている。

 そして何よりも、極めつけは赤子を抱えているスズハまで居るのだ。こんな怪しい集団を通す門番などハッキリ言っていない。

 アクアが泣き落としや褒め殺し等をして通させようとしているが、当然効果なし。

 ついには温泉をお湯に変えた犯人だとバレてさらに通るのが難しくなる。

 見かねたカズマとめぐみんがダスティネス家の権力を使って無理矢理通る羽目に。

 当然ダクネスはたいそう不服そうだったが。

 門番がモンスターが出るので気を付けてくださいと警告したところでスズハが、ん? となる。

 

「あの……モンスターが出るのに管理人のお爺さんだけで大丈夫なんですか?」

 

「あぁ。いつもなら護衛を引き連れて源泉まで行くんですが、今回は自分1人だけで良いと。絶対に誰も通すなと厳命されてまして」

 

 門番も不思議に思ってはいるのだろう。

 それでも命令として従っているようだ。

 

「ついでに、合流したら管理人の方の護衛もお願いできますか?」

 

「まっかせなさい! この街で暮らす可愛いうちの信者をモンスターなんかに傷つけさせやしないんだから!」

 

 アクアが胸をドンと叩く。

 ちなみに門番はダクネスに言っているのである。

 そこでめぐみんがスズハに言う。

 

「スズハ。ここからはモンスターなどの危険が伴います。貴女は先に宿に戻っておいてください」

 

 普通ならめぐみんの言うことは真っ当なのだが、今は状況が悪かった。

 

「そうしたいのは山々なんですが……アクシズ教徒の方達に部屋も知られてしまっているでしょうし。一緒に逃げるところも見られている筈ですから。戻ったら何をされるかと考えるとちょっと……」

 

 アクアの仲間として見られている以上、今アルカンレティアに戻る事に実の危険を感じているスズハはやんわりと拒否する。

 

「だよなぁ。戻ったら、スズハが磔にされて火炙りや水責め、なんて事態も考えられるしな。今はウィズもいるし、一緒に行動させた方が安全か」

 

 頭を掻いて重い溜め息を吐くカズマ。

 その言葉にダクネスが反応する。

 

「磔……火炙り……水責め……んんっ!?」

 

「興奮すんなよこのドMクルセイダー! っていうか、戻るなよ! こっからはお前みたいのでも必要なんだからな!」

 

「おい! お前みたいのとは何だ! 私だって、たまには役に立っているぞ!」

 

「ちょっとカズマさん! うちの子達がそんな酷いことするわけないでしょ! 今はちょっと気が立ってるだけで本当は皆優しくて良い子ばかりなんですからね! 謝って! うちの子達を狂暴な犯罪者みたいに言った事を謝って!」

 

 そんな風にいつもの喧嘩を始めるカズマ達。

 するとウィズがスズハに近づく。

 

「なら、スズハさんは私の傍を離れないようにしてください。お2人は、私がお守りしますので」

 

「ありがとうございます、ウィズさん」

 

 スズハのお礼にウィズはニコリと笑って頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し進んだところに初心者殺しと呼ばれる巨大な猫に似たモンスターが溶かされて殺されているのを発見。

 その討伐方法に訝しむがその場で結論が出る筈もなく先を急ぐ。

 幸い、山の中と言っても繋がれているパイプを辿って行けば良いため迷うことはなかった。

 ただ問題は────。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……ハッ……!」

 

「スズハ、大丈夫ですか?」

 

「はい……まだ……」

 

 汗だくになって文句も言わずにカズマ達の後ろを付いていくスズハだが、元より体力が低い上に娘を抱えているため疲労を見せ始めている。

 逃げるときにベビーカーを宿に置いてきてしまったのも原因だろう。

 

「よし。ここらで休憩するぞ。源泉に着いて敵が居たら、疲れて戦えませんじゃ話にならないからなぁ」

 

「いえ。わたしはまだ────」

 

 スズハが大丈夫、と言おうとするが、その前にカズマが座りだした。

 

「俺が疲れたんだよ。見ろよこの汗! よくお前らは平然としてられんな」

 

「なぁにぃ、カズマさん。このくらいでへばっちゃったの? 貧弱すぎて引くんですけど。プークスクスクス!」

 

「確かにカズマも息切れしてるな。アークウィザードのめぐみんも平然としてるのに」

 

「いくらなんでもめぐみんより体力が低いなんて事ねぇよ! ほら見ろっ!」

 

 冒険者カードを見せるカズマ。

 めぐみんは自分の冒険者カードとカズマの冒険者カードを見比べる。

 すると憐れむ視線を向けた後に明後日の方向を見る。

 

「ま、まぁカズマは私たちの中で1番レベルが低いですし、しょうがありませんよ!」

 

「おいちょっと待て。もしかして俺ってめぐみんより体力とか腕力とかが低かったりしないよな……?」

 

 その質問に答えずにめぐみんはスズハに水を渡す。

 もうちょっとレベルを上げようと思うカズマだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パイプの先に見つけた源泉。それは黒く濁っていた。

 

「毒なんですけど! ねぇこれ毒なんですけど!」

 

 アクアが腕を突っ込んで水を浄化する魔法を使う。

 しかし、源泉の温度が高くて痛そうに顔を歪めた。

 

「アクアさん! 雪精(シロ)!」

 

 雪精の冷気で源泉の温度を下げようとするが、さして意味を為さない。

 

「フリーズ!」

 

 しかしウィズが初級魔法を使うと手を入れても問題のないくらいに温度が下がった。

 

「ありがとね、ウィズ! スズハも!」

 

 しばらくして浄化も終わると、パイプまでは簡単に浄化できないため、この源泉はしばらく使えないと悔しそうにするアクア。

 そんな風に他のパイプに繋がっていた源泉も尽く毒に汚染されており、その度にアクアが浄化を行いながら進んでいった。

 足を進めて最奥に着くと、緑の上着を着た浅黒い肌の男が見えた。

 その人物を見てスズハが見覚えのあるその人物を思い出して声を出す。

 

「あ! あの人昼間の!」

 

「知り合いか、スズハ?」

 

「今日、アクシズ教徒にすごく絡まれて勧誘されてた人です。それを見かねて連れ出したんですけど……」

 

 スズハの声に気付いて男がこちらに振り向くと、ゲッと顔をひきつらせたが、すぐに取り繕うように笑みを浮かべた。

 

「これはこれは昼間のお嬢さん! どうしてここへ? ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ?」

 

 そこでウィズが頬に指を当てながら考え込み、ポツリと呟く。

 

「やはりこの方、どこかで会ったような……」

 

 ウィズの言葉に男は顔を反対方向に向く。

 

「嫌だなぁ! 会ったことなんてありませんよ! 何かの勘違────」

 

「あー! 思い出しました! ハンスさん! ハンスさんですよね!! 私ですよ! リッチーのウィズです! もしかしてハンスさんが温泉に毒を混ぜてたんですか? 確かハンスさんはデットリーポイズンスライムの変異種でしたね」

 

 ハンスと呼んだ男に近づいて知り合いらしいその人物に話しかけ続け、次々と相手の情報を暴露していくウィズ。

 

「忘れちゃったんですか? ほら、魔王さんのお城で────」

 

「おわぁあああああああっ!?」

 

 突然叫びだし、ウィズの声を掻き消す。

 

「わ、私はこれから用事があるので街へ戻らせて頂きます! では!」

 

 そう言ってこの場から立ち去ろうとするハンスにアクアが立ちふさがる。

 指を鳴らしてこめかみに血管を浮かべて。

 

「そんな言い訳が通ると思ってるのかしら? アンタのせいでどれだけ苦渋を舐めたか……さぁ、覚悟しなさいハンス!」

 

 続いてめぐみんとダクネス。そしてカズマも道を塞いだ。

 

「どこへ行こうというのだハンス!」

 

「もう逃げられませんよハンス!」

 

「観念して正体を現せハンス!」

 

「だぁああああああっ!! ハンスハンスと馴れ馴れしく呼ぶなクソ共がぁっ!!」

 

 名前を連呼されてさっきまでと態度を一変させる。

 

「おいウィズ! お前、結界の維持以外では魔王軍に手は貸さない。その代わり敵対もしない約束だろうが! なにこっちの邪魔してんだ!」

 

「えぇ! 私、ハンスさんの邪魔をしてしまいましたか!? ただ名前を呼んだだけじゃないですか!」

 

「それが邪魔になってんだよ!」

 

 忌々しそうに頭を掻くハンス。

 

「クソ! 今日のあの後、通報されて警察に追いかけ回されるわで本当にツイてねぇ。おいウィズ。まさかそいつらと一緒に俺と戦う気じゃねぇだろうな」

 

「この人達は私の友人なんです。なんとか、話し合いで解決出来ませんか?」

 

「ハッ! 相変わらずリッチーになってからは腑抜けてるんだな! お前がアークウィザードとして俺たちと敵対してた時は話し合いなんて言葉は出てこなかったぜ」

 

 ハンスの指摘にウィズは恥ずかしそうに言い訳を返す。

 そこでカズマが腰の刀を抜いてハンスに向けた。

 

「ウィズは知り合いだってんならやりづらい相手だろ。こいつは俺達に任せてスズハを頼む」

 

「カズマさん! 確かに私としては戦うのは遠慮したいのですが────」

 

 なにか言おうとしたウィズの言葉を手で制してカズマは名乗りを上げる。

 

「俺の名はサトウカズマ。数多の強敵を屠りし者!」

 

 カズマは今回の戦闘は楽勝だと思っていた。

 ウィズはハンスをスライムと言った。

 毒は持っているようだが、それはアクアが浄化出来るし、スライムと言えばゲームなどではチュートリアル担当の基本雑魚敵。

 温泉に毒を混ぜる、などという回りくどい方法を取っているのも戦闘能力の低さ故だと推理した。

 それがまったくの見当違いだとすぐに知ることとなる。

 

 カズマの名乗りに何を思ったのか不適な笑みを浮かべるハンス。

 

「俺の正体を知ると誰もが平伏し命乞いをする。だがお前は中々に骨がありそうだ。俺の名はハンス。魔王軍幹部のデットリーポイズンスライムのハンスだ」

 

 魔王軍幹部と名乗ったハンスにカズマは耳を疑う。

 

「え? 魔王軍幹部? スライムが? おいダクネス。スライムってのは雑魚だよな?」

 

 小声で訊かれた質問に何を馬鹿なとダクネスは自分の剣を構えた。

 

「小さなスライムはともかく、一定の大きさになったスライムは強敵だぞ! 物理攻撃はほとんど効かないし、魔法にも強い耐性がある! 取りつかれたら体を溶かされるか気管に入って窒息死させてくる!」

 

 続くめぐみん。

 

「しかもそいつは、街中の温泉を汚染するほどの強力な毒を持ってます! 触れたら即死だと思ってください!」

 

「大丈夫よカズマ! 例え死んでも私が蘇生してあげるわ! でも完全に消化されたらダメよ! そこまでいったら蘇生できないから!」

 

「気を付けてください! ハンスさんは幹部の中でも高額賞金をかけられている方です!」

 

 アクアとウィズの助言にカズマは自分の浅はかさを呪う。

 野菜が動いて飛んだりするこの世界で何故ゲーム知識を便りにスライム=雑魚の方式を信じ込んでいたのか。

 

 戦闘体勢に入るハンス。

 目の前のかつてない強敵にカズマは。

 

「さぁ、勇敢な冒険者達よ! どこからでもかかって────」

 

 

 

すみませぇえん!! ほんっとうにすみませんでしたぁ!! 

 

 脇目も振らずにカズマは全力で逃走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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いのちをだいじに

 恥も外聞もなく逃走したカズマに一瞬呆けたアクアが後を追う。

 

「ちょっとカズマァ! なんで逃げるの! ねぇ!」

 

 続いて他の面々も後を追う中、逃げ遅れたスズハがハンスにペコリと頭を下げた。

 

「えーと……失礼します」

 

「あ? あぁ……山の中はモンスターが出るから気を付けてな……」

 

「はい、どうも。みなさーん! 待ってくださーい!」

 

 軽く走り始めて少し進んでもう一度頭を下げるスズハ。

 その姿が見えなくなると手を振って見送っていたハンスは正気に戻る。

 

「って違う! 何をアドバイスまでして見送ってんだ、俺はぁっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってよカズマさん! なんで逃げ出すの!? アイツをやっつけるんでしょ!!」

 

「出来るかバカヤロウ! つべこべ言わず逃げるんだよ!!」

 

 走りながらアクアに怒鳴り、カズマは先程相対した魔王軍幹部を思い出す。

 

(アイツはヤバい!? これまでで1番ヤバい!)

 

 これまでカズマ達が本当の意味で強敵と対峙したのは2回。

 魔王軍幹部のベルディアと機動要塞デストロイヤー。

 どちらも何とか危機を乗り越えたが、ハンスは相性が悪すぎる。

 

(被害規模はデストロイヤーに劣るかもしんねぇけど、触れたら即死とか反則だろ!)

 

 今回ばかりは撤退を決め込んだが、道の向こうにアクアを探しに来たアクシズ教徒の集団を確認して立ち止まる。

 門番をどう言いくるめたのか気になるところだが、そうも言ってられない。

 アクアの方を向いて説得に入る。

 

「もう源泉は諦めようぜ。例え温泉がダメになっても別の産業を興せばいいだろ? 大丈夫だよ。雑草や害虫よりしぶといことで有名なアクシズ教徒の連中なら、強く生きていけるさ」

 

「なに言ってるのカズマ!? ここの温泉はアクシズ教団の大事な収入源なのよ! ここが失くなったらアクシズ教団が崩壊しちゃうじゃない!」

 

 泣きながらカズマの肩を揺さぶるアクア。

 

「そうは言っても、俺に出来ることなんて何もないぞ。狙撃スキルは無意味だろうし。触れないんじゃドレインタッチも無理。作戦っても、もうめぐみんに長距離から爆裂魔法で不意打ちして倒すくらいか?」

 

 カズマの案にウィズがおずおずと意見を言う。

 

「あの……爆裂魔法でも魔法耐性の高いハンスさんを一撃で倒しきるのは難しいと思います。それに、源泉を陣取ってる以上、完全に焼き尽くさない限り体の毒が四散して汚染は免れないかと」

 

 ウィズの意見にカズマがほら見ろと言い、こっちに来るアクシズ教徒の一団を指差す。

 

「なんだったら、向こうの連中に任せてみるか? この先に居る魔王軍幹部を見れば、誰が悪いか一目瞭然だし。アイツらも死に物狂いでどうにかしようとするだろ」

 

 あんまりな案にアクアが揺さぶる勢いを速めた。

 

「なに馬鹿なこと言ってるのよ! そんなことになったら私の大事な信者があのスライムの餌になっちゃうでしょ!?」

 

 さっきから信者信者と自分達に危害を加えようとしているアクシズ教徒を庇って無茶を言うアクアにカズマも段々苛立ってきた。

 

「じゃ、なにか! アイツらを守るためにやられて死ねってのか! お前が蘇生させるからって、倒すまで死んでこいってのかぁ!! お前には信者を想う気持ちはあっても仲間を想う気持ちはないのか!!」

 

「だってだってぇ!!」

 

 怒鳴るカズマにアクアがゴニョゴニョと口を動かす。

 アクアとて流石に無茶を言っている自覚はあるのだが、事が自分の信者であるアクシズ教徒達の問題なため、簡単に引き下がることが出来ないのだ。

 怒りに任せてカズマが更に続けた。

 

「どうせアクシズ教団なんて要らない子達だし。これ以上はやってられ────」

 

「もういいわよ!!」

 

 最後まで言い終える前にアクアが来た道を走って戻っていく。

 カズマに皆の視線が集中する。

 

「いいんですか? アクアを放っておいたら、もっと大変な事態になりますよ」

 

 めぐみんの言葉にカズマは視線を逸らす。

 そこで追ってきたスズハが合流した。

 

「ハァ、ハァ……やっと追いつきました……あの、そこでアクアさんとすれ違ったんですけど、また戻るんですか?」

 

 さっきまでの会話を知らないスズハが純粋な疑問をぶつけてくる。

 カズマも少し言い過ぎた事もあり、ガリガリと頭を掻いて嫌そうに来た道を戻り始める。

 

「しょうがねぇなぁ……」

 

 ふてくされた子供のような声でアクアを追おうとするカズマにめぐみん達がクスリと笑う。

 ただ、状況が分かっていないスズハだけが首をかしげていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズマ達が戻るとアクアがハンスに喧嘩を売るように暴言を吐いていた。

 戻って来てくれたカズマ達にアクアが笑みを浮かべるが、ハンスは面倒そうに腰を上げた。

 

「どの面下げて戻ってきたんだ。この雑魚どもが」

 

 睨まれてカズマがたじろぐ。

 しかし、ウィズが再度説得に入った。

 

「あの……ハンスさん。本当に話し合いで解決出来ませんか? ほら。昼間ハンスさんを助けてくれたスズハさんも居ますし!」

 

 ウィズの説得にハンスの口元が歪につり上がった。

 

「バカか! あの後結局通報されて警察に追いかけ回されたんだぞ! だからこうして管理人に化けて源泉を直接汚染してるんだろうが!!」

 

 怒鳴るハンス。

 それを聞いてダクネスがスズハを見る。

 

「なぁ、スズハ。お前はいったいどんな助け方をしたんだ?」

 

「え、と……その……普通、ですよ? 普通……」

 

 視線を明後日の方向に向けながら言うスズハ。

 ハンスの管理人に化けた、という言葉を聞いてカズマが質問する。

 

「じゃあ、管理人のじいさんはどうしたんだよ!」

 

「食った」

 

「へ?」

 

 あっさりと答えたハンスにカズマ達は呆けた表情になる。

 

「門番を通るのに管理人は邪魔だったからなぁ。それに俺はスライムだ食べる事が本能だ。それに食った相手でないと擬態出来ないからな」

 

 当然の事のように言い放つハンス。

 しかしそこでウィズの様子が一変し、彼女の周りから冷気が噴き出した。

 

「冷たっ!?」

 

 驚く間もなくウィズはハンスに向けて魔法を放った。

 

「カースド・クリスタルプリズン」

 

 放たれた冷気は一瞬でハンスのところまで一直線に凍結し、後ろに在った温泉すら一瞬で氷付かせた。

 腕を凍らされ、身動きが取れないハンスに、ウィズは普段の弱々しい雰囲気は影を潜め、アンデットの王であるリッチーに相応しい貫禄を醸し出して歩く。

 

「私が中立で居る条件。魔王軍の方に手を出さない条件は、冒険者や騎士などの、戦闘に携わる者以外の人間を殺さない方に限る、でしたね?」

 

 そのあまりの豹変ぶりにアクアとめぐみんが怯えてカズマの背中に隠れていた。

 ハンスが魔法を解けと叫ぶ中でウィズは歩く地面を凍らせながら言う。

 

「冒険者が冒険で命を落とすのは仕方のないことです。彼らは日夜モンスターの命を奪って生計を立てている。なら、自分が狩られる覚悟も持つべきです。そして騎士も。彼らも民から税を取り立てて生計を立て、その対価として民衆を守るために魔王軍やモンスターと戦います。対価を得ているのですから、命のやり取りも仕方ありません。ですが────」

 

 討って良いのは討たれる覚悟のある者だけ。

 命のやり取りをして生計を立てる以上、その結果を他者がどうこう口に挟むべきではない。

 しかし。

 

「ですが管理人のおじいさんは、何の罪もないじゃないですか」

 

 哀しげに睨んでくるウィズにハンスは開き直るように笑い出した。

 

「悪いなウィズ。俺はまともにお前と戦う気はない。仕事を終わらせて早々に帰らせてもらう!」

 

 ハンスが凍らされた左腕を切断する。

 その行動にスズハがヒッ、と掠れた声を出すが、切り離した腕から血は出ずに、ハンスその物がゼリー状に変化していく。

 

「氷の魔女と謳われたお前を相手にこの姿では分が悪い。スライムらしく、本能のまま食らうとしよう」

 

 ゼリー状になったハンスの体がみるみると巨大化し、カズマ達の住む屋敷と同じくらいの大きさまで膨れ上がった。

 そのスライムを見てダクネスが興奮して言う。

 

「なんと見事なスライムだ! 惜しい! 毒さえなければ、持って帰って我が家のペットにするところだ!」

 

「それは流石に……持って帰っても屋敷ごと消化されちゃうんじゃ!」

 

 ダクネスの願望にツッコミを入れるスズハ。

 ハンスが毒を内包した体を撒き散らして辺りを溶かし、源泉を汚染していく。

 それを見たアクアが大慌てで源泉に向かって行き、手を突っ込んだ。

 

「ピュリフィケーション! ピュリフィケーション!! あぁ! 熱い熱い!!」

 

「バカ! アクアァ! もう温泉なんていいから戻ってこい!!」

 

「アクア様! その毒は、ハンスさんの体から直接放たれた物です! 今までの汚染とは訳が違います」

 

「ダメよ! ここをやられたら、私のかわいい信者達が生活出来なくなっちゃう!!」

 

 ハンスの毒が撒き散らされる中で退こうとしないアクア。

 そこでアクシズ教徒達がこの場に現れる。

 流石にこの事態になってアクシズ教徒達も温泉を汚染していた原因を理解して即座にターゲットを巨大化したハンスに移る。

 プリースト達が浄化を行っているアクアに回復魔法をかけ、それ以外の者はハンスに向かって物を投げつけていた。

 

「みんな下がれ! ここは危険だっ!?」

 

「何言ってんだこのエリス教徒がっ!!」

 

 その際に毒から住民を守り、避難させようとするダクネスにまで物を投げつけてくるのが彼ららしいと言うか。

 めぐみんが爆裂魔法でハンスを吹き飛ばそうとするが、山自体が汚染される為、ストップがかかる。

 状況が動く中でカズマがウィズに問う。

 

「ウィズ! さっきみたいにアイツを凍らせることは出来ないのか!?」

 

「今の私の魔力では、巨大化したハンスさんを凍りつかせる事はできません! せめて、あの半分くらいの大きさにならないと!」

 

 そうして話している間にもハンスはアクシズ教徒達が投げた物を次々と食らっていく。なぜか石鹸と洗剤は避けているようだが。

 

「カズマ! いつもみたいに小狡い手を考えて何とかしてくださいよ!」

 

 めぐみんの大声にカズマは今考えてるよ! と辺りを見渡す。

 すると、ハンスの体から人の骨が見えた。

 それは、この街の管理人が溶かされた姿だった。

 カズマはそれを見てアクアに質問する。

 

「アクア! 完全に消化されてないなら、蘇生できるか!?」

 

「えっ! で、出来るけどー!!」

 

 言質を取ってカズマはもうこれしかないかと嫌そうに目を細めた。

 

「めぐみん! 爆裂魔法を撃たせてやるから! 向こうで待機だ! ウィズは、爆裂魔法で小さくなったアイツを凍りつかせてくれ! ダクネス!」

 

 カズマが指示を飛ばす前に心得ているとばかりに先に口にする。

 

「私は、スライムの毒からアクシズ教徒達を守ればいいんだな?」

 

「そういうこと! 頼りにしてるぜ! スズハ、お前は────」

 

「カズマさん!」

 

 スズハがカズマに近づくと手の平に乗せた緑色の服を着た小人。風精霊(シルフ)を差し出す。

 すると風精霊《シルフ》はスズハの手から飛び、カズマのマントにしがみつく。

 

「この子を連れていってあげてください」

 

「いや、でも……」

 

 返そうとするカズマにスズハは首を横に振る。

 

「どうか御自愛を。アクアさんが居ても、簡単に自分の命を投げ出すような無茶をするのはダメです」

 

 自分が何をするのか。大まかに察したスズハが強い視線を向けてくるのにカズマは苦笑する。

 

「そう、出来たら良いんだけどな! まぁ、分かった。こいつは借りてく! スズハは、めぐみんの後ろに引っ付いてろ! そこが1番安全だ!」

 

「はい!」

 

 スズハが頷くのを見てカズマは走り出した。

 頭の中で文句を言いながら走る。

 

(クソ! なんで湯治に来て、魔王軍幹部と戦わなきゃならないんだ! もし蘇生できなかったら、エリス様に頼んでアクアに天罰を下してもらってやる! もし上手く行っても、今回の祝勝会は全部アクア持ちにしてやるからな!!)

 

 次々とアクシズ教徒が持ってきた物を走るのに邪魔にならない程度に拾い、アクアに襲いかかろうとするハンスに饅頭を1つ投げつけた。

 

「お前の餌は、俺だぁ!!」

 

 自分を指差して源泉から引き離す為に走り出す。

 今のハンスに知性はなく、本能のままに回りの物を食らっているだけ。

 なら、少しでも多くの物を持つ奴を優先的に狙ってくる筈だとカズマは予想していた。

 その予想は的中し、本来は真っ先に食わなければいけないアクアかウィズを無視してカズマを追ってくる。

 

(お前の運の尽きは、この街に来たことじゃない!)

 

 見えてきたクレーターにカズマは躊躇う事なく身を投げ出す。

 

「俺達を相手にしたことだぁあああっ!?」

 

 追ってきたハンスがそのまま降下し、カズマの体を飲み込んでいく、筈だった。

 しかし、マントにしがみついていた風精霊(シルフ)が風を操り、その体を覆うとカズマを強制的に空中移動させ、ギリギリのところでハンスの体から外れる。

 そのまま風の力でクレーターの上まで押し上げていった。

 

「どうあっ!?」

 

 風の膜を解くとヘッドスライディング気味に着地するカズマ。

 

「し、死ぬかと思った……!」

 

 空中移動している最中、台風の目に居るような状態で息が出来なかったカズマはぜぇぜぇと深呼吸をする。

 風精霊(シルフ)がカズマの目の前で心配そうな顔で浮遊している。

 スズハがどこまでカズマの考えを察していたかは知らないが、この為に自分の精霊を預けてくれたのだ。

 

「はは! 助かったぜ……」

 

 笑みを浮かべて親指を立てるカズマに、風精霊(シルフ)は子供のように笑って親指を立てる真似をした。

 仕事を終えたカズマは仲間達に向かって叫んだ。

 

「後は頼んだぞぉ! みんなぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風精霊(シルフ)からカズマの無事を知らされたスズハがめぐみんに教える。

 

「カズマさんが安全地帯まで移動しました! めぐみんさん!」

 

「カズマは無茶しますね。ですが、これで心置きなく爆裂魔法を撃てます!」

 

 杖を構え、詠唱を開始する。

 

「哀れな獣よ。紅き黒炎と同調し、血潮となりて償いたまえ! 穿て! エクスプロージョンッ!!」

 

 人類が扱える最大火力である爆裂魔法。

 それのみを習得し、文字通り必殺の域にまで研鑽された爆裂魔法(こうげき)

 その一撃が今、クレーターに落ちたハンス目掛けて放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回でアルカンレティア編は終了すると思います。


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本気の代償

アルカンレティア編終了。
思ったよりも短くなりました。


 めぐみんの爆裂魔法をクレーターに落下したハンス目掛けて放ち、スライムの体を四散させる。

 爆裂が収まり、小さくなったハンスにウィズがクレーターに飛び込んで氷結魔法で凍らせていく。

 全魔力をハンスを凍結させることに注ぎ込むウィズ。

 スライムの体の大半がウィズの魔法に飲み込まれていく。

 しかし、ハンスもとっさに自身の核の部分を分離させる事で力の大半を犠牲にしつつも討伐には至らなかった。

 

「この俺が、こんな失態を……! だが、貴様らを喰らい、すぐに元に戻ってやる!」

 

 毒々しい紫色の蛸に似た姿になりながらも、スライムの驚異が襲いかかろうとしている。

 カズマ達の読みは外れて、魔王軍幹部(ハンス)を討伐するのに後一手が足りず、届かない。

 だが、彼はすぐに思い知る事となる。

 自分という障害を打破するのは、同じ魔王軍幹部でも爆裂魔法を扱う紅魔族でも、ましてや最弱職の冒険者でもない。

 自身が忌み嫌う女神とその信者達こそが、最後の一手なのだと。

 

 

 ハンスの前に青髪のアークプリーストが立つ。

 その後ろには壁のように密集して立ち塞がるアクシズ教徒達。

 アクシズ教のプリーストが声を上げる。

 

「アクシズ教、教義っ!」

 

『アクシズ教徒はやればできる! できる子達なのだから、上手くいかなくてもそれはあなたのせいじゃない! 上手くいかないのは世間が悪い!』

 

『自分を抑えて真面目に生きても頑張らないまま生きても明日はなにが起きるか分からない! なら、分からない明日よりも、確かな今を楽に生きなさい!』

 

『汝、何かの事で悩むなら、今を楽しく生きなさい! 楽な方へと流されなさい! 水のように流されなさい! 自分を抑えず、本能の赴くままに進みなさい!』

 

『嫌な事からは逃げればいい! 逃げるのは負けじゃない! 逃げるが勝ちという言葉があるのだから!』

 

『迷った末に出した答えはどちらを選んでも後悔するもの! どうせ後悔するのなら、今が楽ちんな方を選びなさい!』

 

『悪人に人権があるのならニートにだって人権はある! 汝、ニートであることを恥じるなかれ! 働かなくても生きていけるのならそれに越した事はないのだから!』

 

『汝、我慢をする事なかれ! 飲みたい気分の時に飲み、食べたい気分の時に食べるがよい! 明日もそれが食べられるとは限らないのだから!』

 

『汝、老後を恐れるなかれ! 未来のあなたが笑っているかは、それは神ですらも分からない! なら、今だけでも笑いなさい!』

 

「エリスの胸はパット入りぃ!!」

 

 次々と並べられるアクシズ教の教義。

 それを近くで聞いていたカズマはこれは酷いと夜空を仰ぐと風精霊(シルフ)も怯えるようにマントを掴んできた。

 その異質な光景を眺めていると、アクアの拳が炎を纏うように光だす。

 

「悪魔倒すべし。魔王しばくべし────っ! 爆熱ゴッドブローッ!!」

 

 光るアクアの拳がハンスへと突き刺さった。

 肉体を少しずつ浄化されながらもハンスの本体は消えない。

 

「この程度で俺を滅する事は出来んぞ! このへなちょこプリーストがっ!!」

 

 スライムの体を伸ばしてアクアを取り込もうとし始めるハンス。

 しかしそこでアクアの左拳が右拳以上に神聖な輝きを生み出す。

 

「可愛い信者達の温泉を毒で汚した罪、万死に値するわ! 神に救いを求めて懺悔なさい! 喰らいなさい! 女神の愛と怒りと悲しみのぉ!! ゴーッドォレクイエムゥ!!」

 

 左拳から生み出された光がハンスの本体を急激に崩壊させていく。

 その圧倒的なまでの浄化能力にハンスはようやく目の前のアークプリーストの正体に思い至った。

 

「まさか、貴様! 貴様があいつらが信仰する忌々しい女神とは────!」

 

「どりゃあああああああああああああっ!!」

 

 アクアの雄叫びとともに一条の光の柱が生まれてハンスの本体を包み込む。

 アクシズ教徒達の強い信仰が生み出した奇跡(ちから)は魔王軍幹部すらも討ち倒す決め手となった。

 まさに多くの人達の純粋な信仰(いのり)は巨悪を打ち破り、人々に勝利をもたらしたのだ。

 ハンス討伐と温泉の浄化の中心となったアクアたちに対する怒りも収まり、アルカンレティアの平和は取り戻された。

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでよぉおおおおおおおおっ!!」

 

 とはならなかった。

 

「私頑張ったのに! 温泉を浄化しただけなのにぃ!! なんで信者の子達に石投げられて街を追い出されなきゃいけないのよぉおおおおおおっ!?」

 

 帰りの馬車の中、スズハの太腿で泣き崩れるアクア。

 そんなアクアの行動にスズハは肉体内部の痛みで苦悶の表情をする。

 

「イタタッ!?ア、アクアさん、抱きつかないでくださいよ! わたし、今筋肉痛なんですから!」

 

 爆裂魔法でハンスにダメージを与えた後に、娘のヒナを抱きかかえた状態で倒れて動けないめぐみんを背に乗せ、ついでに付いてきていたちょむすけを頭に乗せた状態でカズマと合流するために走ったのだ。

 そのせいで現在筋肉痛であり、ヒナもめぐみんに預けている。

 

 泣いているアクアに荷台に腰を落としたカズマが呆れたように事実を告げる。

 

「お前があの街の源泉をお湯に変えたからだろ。スズハも言ってただろうが。源泉をお湯に変えちゃいませんか? って。なんでダメなフラグ回収に余念がないんだよお前は」

 

「だってだって! 本気で浄化しなかったらあの毒が街中に広がってたかもしれないのよ! それを頑張って浄化したのに、なんで私怒られなきゃいけないのぉ!?」

 

 変わらずスズハの太腿で泣き崩れているアクアにめぐみんがとどめを刺す。

 

「結果的に魔王軍の企みを完遂する形になった訳ですからね。報酬も賠償金として差し出す事になりましたし」

 

「め、めぐみん!」

 

 ハンス討伐の報酬金は温泉を駄目にした罪で賠償金として納める事となった。

 それに、ゴッドレクイエムの影響でウィズはいつ消えるか分からない程に消耗しており、今にも消えそうな程に存在が薄くなっていた。

 

「ハンスの時といい、お前水の女神だろ。ベルディアの時に洪水で城門ぶっ壊したのといい、なんで自分の得意分野の仕事では大雑把なんだよ」

 

 宴会芸やら土木仕事だのと、他の物作りには感嘆するほどに繊細なくせに。

 だってだって! と泣いているアクアに溜め息を吐いて雲1つない空を見上げる。

 

「結局、湯治としては微妙だったなぁ」

 

 アクシズ教徒に追われたり魔王軍幹部と戦闘したりで結局は最後は休まらなかった。

 

「でも、良いこともありましたよ」

 

 アクアをダクネスに預けて危うい足取りでカズマに近づく。

 彼女の前にはカズマが買い取ったサラマンダーが一鳴きしてカズマにくっ付く。

 

「この子と出会えただけでわたし、あの街に行って良かったと思ってます」

 

「そっか……」

 

 筋肉痛の痛みに耐えながら笑みを浮かべるスズハを見てまぁ、いいか、と思いながらサラマンダーの頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー! やっぱり我が家は良いものね!」

 

 あれだけ泣いていたアクアも家に帰ってくる頃にはすっかり元通りになる。

 アクセルの街に戻り、眠り続けているウィズをバニルに預けて知り合いに会うたびに挨拶しながら屋敷に戻る。

 外では待ち構えていたゆんゆんとめぐみんがじゃんけんで対決している。

 荷物を一旦置いたスズハは街に出る直前に買っておいたお土産を取り出す。

 

「ギルドに行ってきますね」

 

「クリスに会いにか? なら、私も同行しよう」

 

 ダクネスの提案にスズハは、はい、と頷いた。

 

 

 幸いにしてクリスはギルドの酒場で軽く飲んでいるところだった。

 それを見たダクネスが眉間にしわを寄せる。

 

「あ、帰ってきてたんだ」

 

「はい。先程に」

 

「クリス。あまり人の生活をどうこう言う気は無いが、昼間から酒とは感心しないぞ」

 

「固いこと言わないでよダクネス。これでも一仕事終えたばかりなんだからさ!」

 手をひらひらさせながらジョッキのおかわりをするクリス。

 そこでスズハが手にしていた袋を差し出す。

 

「クリスさん、お土産です。良かったら」

 

「わぁ、ありがとう! 悪いね」

 

「いえ、そんな。クリスさんにはこちらに来てからずっとお世話になってますから」

 

 アクセルの街でカズマ達を紹介してもらったり、生活費を援助して貰ったりと言葉に尽くせない程の恩がある。

 このくらいはむしろ当然だった。

 

「そこまで言われると照れるね。えーと、これお酒?」

 

 それは、アルカンレティアで売られている中でもそこそこグレードの高い地酒だった。

 

「はい。予算で買える中で1番高い地酒を。ダクネスさんがクリスさんへのお土産ならお酒を渡せば確実に喜ぶと教えてもらったので」

 

「へー」

 

 まるで自分が飲兵衛どころかアル中のような言いようにダクネスへ鋭い視線を向けるが本人は違わないだろ? とどこ吹く風だった。

 

「それで、旅行は楽しかった?」

 

「はい! ちょっと大変でしたけど、新しい精霊()とも契約出来たんです」

 

 サラマンダーを見せると、クリスは驚いたように火精霊に触れる。

 それからクリスはスズハの土産話を聞く。

 アクシズ教徒に追われたことや温泉で知り合った赤い髪の女性のこと。

 アクアが起こした騒動から魔王軍幹部との戦闘。

 

 大変なことも遭ったようだが、それでも楽しそうに旅行の話をする少女の話を嬉しそうに聞き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は紅魔族編に入らず、スズハ(16)が原作のベルディア戦辺りに時間移動する番外編を何話か書こうと思います。


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番外編3:前払い(1)

時間的にはベルディア襲来(1回目)の後くらいです。

評価10が来てテンションが上がり、嬉しくなって書き上げました。


 この地で異様な格好の少女は夜の街道を苛立たしさを隠すことなく歩いていた。

 この世界────少なくとも近くにあるアクセルの街では見ることない上に旅路にも適しているとは思えない民族衣装。

 その少女、シラカワスズハは彼女を知る者達からすれば珍しく不機嫌さを隠せない様子だった。

 

「これだからアイリス様の持ってくる仕事は引き受けたくなかったんですよ! カズマさんやめぐみんさんの駄目なところばかり真似して……!」

 

 彼女はこのベルゼルク王国の王女であるアイリスの依頼を受けてとある精霊との対話を行っていた。

 この依頼自体スズハは最初受ける気はなかったのだが、お世話になっているダスティネス親子に頭を下げられて仕方なく引き受けた。

 

「まさか、その結果がこれなんて……」

 

 幸いなのは、スズハ自身現状をある程度把握出来ている点か。

 

「今回もどうせ、ヒナに構いたくて呼びつけたんでしょうに! 王宮には専属の精霊使い(エレメンタルマスター)が居るんですからそっちに仕事を割り振れば良いのに、あの方は!」

 

 別にスズハとアイリスの仲は悪い訳ではない。ただ、スズハの娘であるシラカワヒナに関する教育に対する方針の違いから対立してしまうのだ。

 外から見ると教育に厳しい母親(スズハ)と娘を際限なく甘やかす父親(アイリス)に近い構図になる。

 

「とにかく、今は元の()()に戻ることを考えないと……」

 

 スズハは見えてきたアクセルの街に早歩きで急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「金がない……」

 

 新米冒険者であるサトウカズマは頭を抱えていた。

 この近くに魔王軍幹部が住み着いてからカズマ達で対処出来るモンスターは軒並み隠れ、強いモンスターのクエストしかない。

 つい先日、その魔王軍幹部であるデュラハンがやって来て、ケンカを売らなければなにもしないと言っていたが、このままではどの道飢えるか凍死である。

 どうするか悩んでいるカズマにアクアが呆れるように野菜スティックを齧りながら言う。

 

「まったくカズマったら甲斐性がないんだから。女神である私に馬小屋生活させるなんて本当は許されないんだからね? 感謝して。我慢して一緒に馬小屋で生活してあげてる私に感謝して!」

 

 ドヤ顔でそんなことを胸を張るアクアにカズマが頬をひきつらせる。

 

「誰のせいで目標金額を下回ったと思ってんだこの駄女神ぃ!! お前の飲み食いのツケを払ったから、こうなってるんだろうが! 自分のツケくらい自分で払えっ!」

 

 キレたカズマにアクアが頬を膨らませる。

 

「なによ! しょうがないじゃない! キャベツの中にレタスがあんなに混じってるなんて思わなかったんだもの!」

 

「今からでも払ったツケお前が払う事にして返してもらうか?」

 

「やめてよ! これ以上払わないならもう出禁するって言われてるんだから! 謝るから! 調子に乗ったことは謝るからぁ!?」

 

 ケンカを始めるカズマとアクアそれを見ていためぐみんが嘆息し、ダクネスが考えるように腕を組む。

 

「ですがこのままでは本当に無一文になってしまいます。なんとか私達にもこなせるクエストを探さないと……あ、爆裂魔法が活躍できるクエストを所望します」

 

「そうだな。いっそのことリスクを承知で高レベルのモンスターに挑んでみるか? もちろん、モンスターの攻撃から皆を守るのは任せてくれ! 仲間を守るためにモンスターの爪と牙の餌食に────くぅ~っ! 楽しみだっ!!」

 

「ダメだこいつら……もう移籍したい……」

 

 そんないつも通りの会話をしていると、ギルドの扉が開き、1人の少女が潜ると室内からどよめきが起こる。

 沸き上がった声にカズマも振り向くと、驚いたように目を見開く。

 

(あれ、着物だよな……?)

 

 黒に近い濃紺色の生地に肌色の帯。赤い蝶が羽ばたく柄模様が描かれた着物を着たダクネスくらいの少女。 

 濡れるように艶やかな黒髪に造形品のように整えられた顔立ち。

 和装をしていても判る大きな胸だが、立ち姿が綺麗で品の無さは感じない。

 軽くギルド内を見渡すと上品に歩く姿は様になっており、お姫様を連想させる。

 

「なんかあの子、こっちに来るんですけど……」

 

 知り合い? とアクアが3人に視線で問いかけるが当然首を横に振る。

 アクアの予想通りその人物がカズマ達が座っているテーブルの席まで移動すると、少し緊張した様子で話しかけてきた。

 

「あの……パーティーメンバーを募集してませんか?」

 

 見続けると吸い込まれそうな黒い瞳を不安そうに揺らしながらの質問に4人が目を丸くした。

 

「私、あるものを探しにこの街にやって来て。それが見つかるまでの間、一時的にパーティーに加えていただけないでしょうか? 多少は、お役に立てると思うのですが……」

 

 躊躇いがちに一時的にパーティーに加えてほしいと頼む少女。

 それを聞いてアクアが怒ったように手を腰に当てて立ち上がる。

 

「ちょっと貴女! 何処の誰だか知らないけど、私達は魔王討伐を目標に掲げる上級職以外お断りの崇高なパーティーなの! 冷やかしなら帰って!」

 

 一時的、という言葉が気に食わなかったのか、アクアがシッシッと手を動かす。

 そんなアクアを抑えながら、カズマが質問する。

 

「メンバーの希望は助かるけど、何で俺達なんだ? もっと頼りになりそうなパーティーはいくらでもあるだろ?」

 

 アクセルの街が駆け出しの街とはいえ、カズマ達はお世辞にも強そうとか有望そうに見える面子ではない。

 なのに真っ直ぐこちらに向かって来て態々パーティーに加入したいと言い出す理由が分からない。

 カズマの質問に相手はそんなことを訊かれるとは思わなかった、という感じで驚く様子を見せたが、すぐに取り繕って話す。

 

「え、と……このパーティーには私と同性の方が多いようですので。それに年齢も近いみたいで安心できるかなと思いまして」

 

 その答えにカズマは納得する。

 確かに腕は立ってもトラブルになりそうな相手とは組みたくないだろう。

 このパーティーの性格面はともかく、そうした面では一目見て安心できるのかもしれない。

 それに、と視線をカズマに合わせる。

 

「このパーティーには私と同郷の方もいらっしゃるようですので」

 

 その言葉にカズマは相手の出身地を確信する。

 めぐみんが発言する。

 

「ところで、貴女の名前と職業は? その格好から前衛職ではないと思いますが……」

 

「あ、申し遅れました。私、シラカワスズハと言います。若輩ではありますが、精霊使い(エレメンタルマスター)の職に就かせてもらってます」

 

 一礼して自己紹介するスズハと名乗る少女にダクネスがほう、と声を漏らす。

 エレメンタルマスターの職について知識のないカズマにダクネスが軽く説明する。

 

「エレメンタルマスターは上級職の1つだが、他の職業より稀有な才能を必要とすることからとても希少な職業なのだ。私も、王都に行ったときに見たことがあるくらいでそれ以外では会ったことがない」

 

「能力としてはウィザード系列に似てますが、精霊と契約して彼らの力を借りて術を行使する。精霊と出会い、契約を結ばなければならないという手間もあることから才能のある人でもその職を選ぶ人は少ないんです。スズハはいくつの精霊と契約しているのですか?」

 

「はい。雪精と風精霊(シルフ)火精霊(サラマンダー)土精霊(ノーム)水精霊(ウンディーネ)、ですね」

 

「ぶふぅっ!?」

 

 指を折って契約している精霊を挙げていくスズハにダクネスが吹き出した。

 

「めちゃくちゃ優秀ではないか!?」

 

「そうなのか?」

 

「そうだ! 通常は1種類。有能なエレメンタルマスターでも多くて3種類だ! それだけの精霊と契約出来るのなら王宮に仕えることも夢じゃない! スカウトされるぞ!」

 

 捲し立てるダクネスにカズマはへぇ、と感心する。

 めぐみんも驚いている様子で瞬きしている。

 しかしそこでカズマの中である疑念が浮かぶ。

 

(今度こそまともな人なのだろうか?)

 

 カズマのパーティーに居る3人はどれも一癖も二癖もある連中ばかり。

 トラブルと借金をこさえてくるアークプリースト。

 爆裂魔法狂いの頭のおかしいアークウィザード。

 敵にボコられるのが大好きなドMクルセイダー。

 ここまで揃うと、目の前の相手も何かしら問題が有るのではないかと勘繰ってしまう。

 

(別に俺だって完全無欠なパーティーメンバーが欲しいなんてワガママを言ってる訳じゃない。でもこれ以上面倒事を起こす奴がパーティーに入ったら対処仕切れないんだよ!)

 

 そんなことを考えるカズマ自身も性格に難が有るわけだが。

 そんな中でアクアが胸を張る。

 

「でも、たくさんの精霊と契約してるだけで実戦で使えないのなら意味がないと思うの! 貴女の実力を試させてもらうわ!」

 

 ビシリとアクアがスズハを指差した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 引き受けたクエストは繁殖期に入って大量発生したジャイアントトードの討伐。

 カエルにトラウマのあるアクアとめぐみんは嫌がったが、テストならこれで良いだろ、と言うカズマと、必ず成功させます! と意気込むスズハに押されて渋々納得させられる形となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カッズマさーんっ!? 助けてぇっ!? もうカエルに食べられるのはいやぁー!?」

 

「カズマ! そろそろ助けて下さい! 飲み込まれそうなのですが!」

 

「くっ! 攻撃が当たらん! というかなぜ私を無視するのだ! むしろ私を飲み込めぇ!!」

 

 3体のジャイアントトードに追いかけ回されるアクア。

 既に爆裂魔法を撃って4体倒すも倒れているところを食われて絶賛飲み込まれ中のめぐみん。

 巨大カエルを追いかけながら剣を振るうが面白いくらい当たらないダクネス。

 

「いやぁあああああっ!?」

 

「あ。アクアがカエルの舌に捕まった」

 

 カエルの口の中に入ったアクアが這い出るのと飲まれるのを繰り返している。

 カズマは以前にも見た光景な為に今回は比較的冷静だった。

 スズハから提案を出す。

 

「アクアさんは私が助けますので、めぐみんさんをお願いできますか?」

 

「……分かった。めぐみんがカエルを抑えてる間に仕止めるから、アクアを助けてやってくれ」

 

 ショートソードを抜くカズマ。

 

「はい。カズマさんがもしも食べられたらすぐに助けに入りますので」

 

「不吉なこと言わないでくれ……」

 

 苦笑しながらもめぐみんを助けるために走るカズマ。

 それを見送った後にさてと、とアクアを飲み込もうとするジャイアントトードに視線を向ける。

 

「お願い、風精霊(シルフ)水精霊(ウンディーネ)

 

 緑色の服を着た小人と、水で姿を成している美女が現れる。

 

 2体の精霊はジャイアントトードまで近づくと、先ずはアクアを飲み込んでいるカエルの腹を水精霊(ウンディーネ)が切り裂く。

 一撃で両断されたカエルの口からアクアが飛び出すが、別のジャイアントトードが飲み込もうとすると風精霊(シルフ)が風の盾で舌を防ぎながら守り、水精霊(ウンディーネ)が仕止める。ついでにダクネスが追っていたジャイアントトードも討伐する。

 

 あまりにもあっさりとした手際に今までの自分達の苦労はなんだったのかと思いたくなる。

 その後も数体現れたジャイアントトードをスズハがあっさりと討伐。

 計13体のジャイアントトードの討伐に成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから……カエルは嫌だって言ったのにぃ……!」

 

 粘液まみれになって泣いているアクアにカズマが呆れる。

 

「それで。女神アクア様から見て、スズハのパーティー入りは反対なのか?」

 

「あーまで助けられて反対なんてしないわよぉ。ありがとね。本当にありがとねぇ!」

 

 抱きついてくるアクア。鼻につく生臭さに顔をひきつらせながらも笑みを作るスズハ。

 そんな中でカズマは内心ほくそ笑んでいた。

 

(ようやくまともな人がパーティー入りだ! それもかなり強いっぽい! 一時的にって話だが、あの手この手で引き留め続けてやる!)

 

 一芸特化過ぎて使いづらいめぐみんとダクネスに、ステータスは高いが知性と幸運が絶対的に足りないアクア。

 そんな中でやっと性格的にまともっぽく腕も立つ冒険者が仲間になったのだ。色々と利用────いや、助けてもらわない手はない。

 帰路でそれぞれ別れ道に入るとスズハがアレ? と首をかしげる。

 

「皆さん、どうしてバラバラの道に入るんですか?」

 

「? そりゃあ別々だろ。俺とアクアは馬小屋。めぐみんは宿だし」

 

「私はこの近くに実家があるからな。スズハはどこに住んでいるんだ? 宿暮らしを考えているのなら、そろそろ取らないと間に合わないぞ」

 

「えーと、その……皆さん、ご一緒に暮らしているわけじゃあ……」

 

「あり得ませんよ。この男と同じ屋根で暮らすなんて大きな屋敷でもない限り身の危険ですから」

 

「んだとこら! 少なくともアクアやロリッ娘のお前相手に欲情するほど落ちぶれてねぇんだよ! それと、もし俺が大きな屋敷を手に入れてもお前追い出すからな!」

 

「私をロリッ娘扱いしましたね! それにカズマが屋敷を手に入れるとか夢の見すぎですよ!」

 

 そんな風にじゃれ合うカズマとめぐみん。

 スズハは口元に指を当てて馬小屋、と呟く。

 

「そうですね。私も宿屋での生活になると思います」

 

 その言葉にめぐみんが反応する。

 

「ほう。ちなみにこれから新しいパーティーメンバーと親睦を深めるために同じ部屋を取るつもりはありませんか? いえ、別にそろそろ本当に金銭が心許ないので一緒に住まわせて欲しいと思ってる訳じゃないですからね? あくまでも親睦のためです」

 

「こいつ……」

 

 今日会ったばかりの人間に対するあまりの図々しさに呆れるカズマ。

 断っていいんだぞ、という前にスズハは柔らかい笑みを浮かべて了承する。

 

「分かりました。私もあまり余裕があるわけではないので1部屋を2人で使う形になりますが」

 

「充分です! ありがとうございます!」

 

 頭を下げるめぐみん。

 なら私も! とアクアがスズハに付いていこうとするが、1人だけ良い思いさせるかとカズマが無理矢理連れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿を取り、ベッドで眠っているめぐみんの髪を軽く弄って笑みを浮かべる。

 

「かわいい」

 

 姉のように思っていた人物が年下となって横で眠っていればそう思ってしまってもしょうがないだろう。

 疲れたように天井を見上げる。

 カズマ達がまだ屋敷で暮らしてないことはスズハにとって誤算だった。

 そういえば、自分がこの世界に来たばかりの頃は屋敷を借りたばかりだと言っていた筈。

 そして、そういう打算込みでカズマ達に近づいた自分に若干の嫌悪感。

 スズハは自分の手の平を見つめる。

 そこには、いつも握っていた小さな手がここにはない。

 

「ヒナ……」

 

 今頃、というとおかしな話だが、自分が居なくなって心配させて居るだろうか? 

 

「絶対に、帰らないと……その為には……」

 

 この時間軸に来る前に対峙していた精霊を思い返す。

 

「時間と空間を司る精霊。必ず見つけないと。待ってて、ヒナ。母様は、必ず帰るから……」

 

 決意を新たにシラカワスズハは強く拳を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本作で通り過ぎてたイベントを中心に書きたいです。
たぶん4~5話くらい。


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番外編3:前払い(2)

(この抱き枕……すごく気持ちいいです……)

 

 朝の微睡みの中でめぐみんは抱きしめている柔らかな物に力を込める。

 

……ん、あ……め……み……

 

 冬の季節になり、雪が降ってもおかしくない気温の中で温かく、柔らかな弾力のある抱き枕に顔を埋めるのは心地よくて眠気に抗えなくなる。

 ただ、何か形が変な気がするのは気のせいだろうか? 

 こう、山が2つ並んでるような不思議な形。

 既視感を感じるその感触にもっと触れていたくて片手で山の1つを鷲掴みにした。

 

……や……ちか……よ……

 

 枕から鼻腔を擽る僅かな甘い匂いや掴んでいる山の饅頭のような感触。

 思わず食べてしまいたくなり、その膨らみに思わず歯を立てた。

 

いたっ……! 痛いです!? 歯を立てないで下さい! 

 

 それにしてもさっきから聞こえるこの声は何だろう? 

 

「ん……」

 

 目蓋をあける。

 女性らしい胸部が目に入り、視線を上に移すとそこには見知らぬ女の顔がアップで映った。

 

「目が、覚めました? その……痛いのでそろそろ退いてくれると嬉しいのですが……」

 

 見ると、その女の白い寝巻きの布が重なっている部分はめぐみんの手と頭によってはだけて曝されており、鷲掴みにしているのは女の乳房だった。

 

「わぁあああああっいたっ!?」

 

 驚いて体をズラすとベッドから落ちて肩をぶつける。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 その女────シラカワスズハも驚いて落ちためぐみんを心配する。

 見ると、そのたわわな乳房にはハッキリとめぐみんの歯形が残っていた。それも複数。

 それを見て居たたまれなくなるめぐみん。

 

「すみませんでしたーっ!?」

 

 朝1番に頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました。お早いですね、皆さん」

 

「おはようさん。馬小屋は寒いからさ。朝一でここに来て少しでも暖を取るんだよ」

 

 既にギルドのテーブルにはカズマとアクアにダクネスが揃っていた。

 大人しいめぐみんを見てカズマが目を細める。

 

「で? スズハにどんな迷惑をかけたんだ? めぐみん」

 

「おい。私が迷惑をかけた事を前提で話すのは止めてもらおうか」

 

 カズマの質問にめぐみんが目尻を吊り上げて返す。

 視線をスズハの方に移すと、彼女は小さく笑みを浮かべた。

 

「迷惑なんてそんな。宿のお風呂を借りたらすぐに眠ってしまいましたし。強いて言うなら寝惚けためぐみんさんに私の胸を一晩中玩ばれたくらいで」

 

「スズハーッ!?」

 

 あっさりとカミングアウトされてめぐみんが声を上げた。

 

『その話、もっと詳しく』

 

 そしてカズマのキリッとした表情と興奮した様子で鼻息を荒くしたダクネスが声をハモらせて続きを促した。

 

「そんなことは聞かなくていいんです!」

 

「いや。仲間としてメンバーが起こした問題は把握しておかないと」

 

「そうだ! だからめぐみんにどのようにして玩ばれたのか詳しく!」

 

「ねーねー。そんな事よりめぐみん。スズハと一緒に泊まる役を今日は替わってほしいんですけどー。私もちゃんとした部屋とベッドで寝たいし、こういうのは順番だと思うの」

 

 好き勝手言い合う中、ダクネスに詰め寄られて若干頬を染めて話を始める。

 

「め、めぐみんさんが顔を動かしながら浴衣の衿をずらしてきて。何度も胸に顔を埋めて噛んできて、歯形が残っちゃいました」

 

『おおーっ!?』

 

 スズハの説明に興奮した様子で声を上げる。

 他の冒険者。特に男性も聞き耳を立てていた。

 

「それで! めぐみんはどんなことをしてしまったんだ!?」

 

 続きを促される中でスズハはニコリと口元に指を当てる。

 

「ここから先は────秘密です」

 

『なぁ!?』

 

 カズマとダクネス。そして聞き耳を立てていた男性冒険者達が転けて体勢を崩す。

 

「さ。朝御飯を頂きましょう」

 

 何事もなかったかのように席に着くスズハ。

 ダクネスが惜しそうに声を出す。

 

「ここでお預けとはやるな、スズハ! カズマ! 私はこの火照りをいったいどうやって鎮めればいいんだ!」

 

「いや知らねぇよ。ずっと悶えてろよ」

 

 肩を落としたカズマは自分の胸をペタペタと触っているめぐみんを見る。

 

「どうした、めぐみん?」

 

「スズハは、16歳なんだそうです……」

 

「へ?」

 

 てっきりダクネスと同じくらいだと思っていたカズマは同い年(タメ)だった事に驚く。

 

「2歳差。あと2年で私はスズハに匹敵する(ぶき)に育てることが出来るのでしょうか……?」

 

 落ち込んでいる様子を見せるめぐみんの肩に手を乗せる。

 

「カズマ……」

 

「スズハのおっぱいのスゴさについて、詳しく」

 

 めぐみんはカズマの頭に愛用の杖を思いっきり振り落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日ジャイアントトードの討伐で僅かばかりの報酬を得た為、久々にまともな朝食を取る。

 スズハは猫舌なのか、コップに注がれた野菜スープをふーふー、と冷ましながら少しずつ飲んで今日の予定を訊く。

 

「今日はどうします? またカエルですか?」

 

『もうカエルはイヤ!?』

 

 アクアとめぐみんが即座に反対姿勢を見せる。

 もう食べられたくないのだろう。

 カズマも少し考えてアクアとめぐみんに賛同する。

 

「あの巨大カエルは報酬が少ないからな。出来ればもう少し実入りのあるクエストを受けたい」

 

 ジャイアントトードを13体討伐しても5人で分ければ1人たったの1万3千エリス。

 そんなチンチラしてたら本当に馬小屋で凍死してしまう。

 

「それでスズハ。お前、どれくらいのモンスターなら倒せるんだ?」

 

 臨時とはいえパーティーの戦力を把握したいカズマはスズハに能力の提示を求める。

 しかしスズハは困った表情でコップを置いた。

 

「すみません。私、戦闘経験はあまりなくて。どれくらいなら倒せるかと訊かれても」

 

「そうなのか!?」

 

 てっきり、ベテラン冒険者だと思い込んでいたカズマは驚く。

 

「私が主に引き受けるのは精霊との対話や交渉ですから。それに私はどちらかと言えば直接的な戦闘よりサポートの方が得意ですし」

 

 だからパーティーメンバーを探していたと言う。

 それでも他の面子よりは頼り甲斐があると思うカズマ。

 そこで思い出したようにスズハが話す。

 

「1年くらい前に偶然遭遇した初心者殺しを倒したことはありますね。1人で蒸し焼きにして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エクスプロージョンッ!!」

 

 めぐみんの放った爆裂魔法が不意を撃たれた一撃熊に直撃し、周りの木々ごと吹き飛ばす。

 

「はーっはっはっ!! 見ましたか! これが我が奥義! 爆裂魔法の威力です!」

 

 上機嫌な様子でスズハに支えられながらめぐみんが杖を掲げて爆裂魔法を賛美する。

 今回カズマ達が受けたクエストは一撃熊の討伐。報酬200万エリスのクエストである。

 本来ならそんなヤバそうなクエストはご遠慮願うところだが、1人で初心者殺しを倒したと言うスズハの言葉を信じて受けることにした。

 幸い、一撃熊を見つけた時はめぐみんの爆裂魔法を撃つのに良い位置を取れた為にそのまま攻撃させた。

 黒焦げになった一撃熊を見てアクアが荷台を引いているダクネスを促す。

 

「ダクネス! 早くその荷台に一撃熊を移しましょう! そうすれば報酬アップよ!」

 

 素材にして一撃熊を売ろうとするアクアがステップを踏んで倒れたモンスターに近づく。

 

「おいアクア! まだ倒したか確認してないんだぞ! 迂闊に近づくな!」

 

「だーい丈夫よ! めぐみんの爆裂魔法が当たったんだからー!」

 

「アクアの言うとおりです! 爆裂魔法の前には一撃熊程度、問題になりません!」

 

「なんでお前らそんなフラグ立てるのが好きなんだよ!」

 

 嫌な予感をカズマがしていると、アクアの叫び声が響いた。

 見ると、爆裂魔法を喰らった一撃熊がアクアが近づくのに合わせてのそりと立ち上がっている。

 

「アクアッ!?」

 

「熊の癖に死んだふりかよ!?」

 

 ダクネスとカズマがアクアを助けようと即座に飛び出して行く。

 

火精霊(サラマンダー)!」

 

 スズハがオレンジ色の蜥蜴姿のサラマンダーを出す。

 振り下ろされた一撃熊の攻撃はアクアを突き飛ばしたダクネスに当って吹き飛ばされた。

 

「くぅ!?」

 

 木に背中をぶつけて声を漏らすダクネス。

 そこにショートソードを手にしたカズマが破れかぶれに突っ込む。

 

「だぁああああああっ!?」

 

 その瞬間、カズマの剣に炎がまとわり付いた。

 燃え盛るショートソードを一撃熊の喉元に突き立てる。

 

「おっ!? わ、わ!?」

 

 急所に燃えている剣が突き刺さって激しく暴れる一撃熊に振り落とされるカズマ。

 しかし暴れていた一撃熊はすぐに絶命し、ピクリとも動かなくなった。

 

「ははっ……! やった……!」

 

 ひきつった笑みで体の震えを抑えるカズマ。

 燃えている剣の炎は刀身から離れてオレンジ色の蜥蜴へと姿を変えた。

 

「間に合いましたね」

 

 冷や汗を拭ってサラマンダーの頭を撫でるスズハ。

 

「無茶しますね。いくら負傷してても、その剣とカズマさんの腕力じゃ、喉元を狙っても深くは刺さりませんよ?」

 

 めぐみんを背負って言うスズハにカズマは仕方ないだろ、と息を吐く。

 

「アクア! 勝手に飛び出すなよ! 危ないだろ!」

 

「うう……ごめんなさい……助けてくれてありがとう……」

 

 余程恐かったのか、泣きべそを掻いてお礼を言うアクア。めぐみんも悔しそうに謝罪する。

 

「元はと言えば私があのモンスターを倒せなかったのが原因です。すみません。アレだけ大口を叩いておきながら」

 

 しゅん、と落ち込んだ様子を見せるもののすぐに自身を奮起させる。

 

「ですが、次こそは! もっと爆裂魔法の威力を上げて一撃で灰塵にして見せます!」

 

「いや、次なんてねぇよ……」

 

 もうこんな背筋の寒くなる思いはごめんである。

 そこでダクネスが興奮した様子で近づいてきた。

 

「あれが一撃熊の攻撃か……中々に効くっ! もう倒してしまったのは惜しい! もう何度かあの攻撃を喰らって……」

 

「そこは興奮するところでは……」

 

 ダクネスの様子に呆れるスズハ。

 その反応にカズマはアレ? と疑問が過る。

 あれだけ一撃熊に派手に吹き飛ばされたのだから、もう少し心配そうな反応をしても良さそうな気がする。

 何と言うか、ダクネスの耐久力を予め知っているような反応に思えるのだ。

 首をかしげているとめぐみんがサラマンダーを見る。

 

「しかし何ですか、今のは!カズマの剣に炎がまとわりついて! 紅魔族の琴線に激しく刺激されます!」

 

「精霊は元々魔力の集合体ですからね。人が見える形も私達の思いを汲んで形を成してますから。ああいう風に力を借りることも出来るんですよ」

 

 小さくも誇らしげに説明するスズハ。

 カズマもお礼を言おうとすると、ダクネスが耳を澄ませる。

 

「何か聴こえないか?」

 

「脅かすなよ。ここら辺には一撃熊以外に彷徨いてるモンスターは居ないって話だろ?」

 

「いえ、確かに聴こえます。これは……たくさんの獣が走る足音?」

 

 めぐみんが告げると、辺りにカズマ達を囲うように白い狼が集まっていた。

 

「白狼の群れ!?」

 

 ダクネスが近づいてきたモンスターに声を荒らげる。

 白狼達の鋭い爪と牙は5人の男女を標的に定めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある王宮にて。

 

 

「ヒナさん。はいあーん」

 

「あ、あーん」

 

 アイリスに差し出されたケーキを小さな口にいれて食べるヒナ。

 その様子にアイリスは満足そうに息を吐く。

 

「あー、かわいいです! ヒナさん次は何をお召し上がりに? この苺のケーキやアップルパイもオススメですよ?」

 

「あ、いえ……あまりお菓子を食べるとお母さまに怒られてしまいますから……」

 

 テーブルの上には選びたい放題に多用な甘味が並べられており、ケーキバイキングかよと少し遠くにいるカズマは呆れていた。

 ちなみにたまたま遊びに来ていたアクアもこの場におり、ウマウマと満足そうにケーキを次々と食べている。

 カズマも幾つか食べてもう胸焼けしそうだった。

 

「スズハさんには内緒にしておきますから大丈夫ですよ。さ、どうぞ」

 

 別のケーキを差し出すアイリスに、ヒナはでも……と躊躇っている。

 食べたい気持ちはあるが、帰ってきたときにスズハに怒られるのを想像しているようだ。

 そこでめぐみんがストップをかける。

 

「そこまでです。アイリス、あまりヒナを甘やかさないでください」

 

「そんな! めぐみんさん酷いです! 見てください! ケーキを美味しそうに食べてるヒナさんがこんなに愛らしいんですよ!」

 

 熱弁するアイリスにめぐみんが嘆息する。

 スズハとダクネスが依頼を受けて王都を馬車で旅立って3日。こんな光景が毎日続いていた。

 以前、スズハにどうしてアイリスに(ヒナ)をあまり会わせようとしないのか訊いた事がある。

 するとスズハはこう答えた。

 

『あの人のヒナへの可愛がりかたはペットのそれと一緒。教育に良くないと思うので』

 

 その言葉をこの3日で嫌と言うほど実感した。

 与えたい物を際限なく与えようとするアイリスの接し方を、教育に厳しいところのあるスズハには許容できないのだろう。

 

「めぐみんもスズハに似てきたわねー。食べたい物は食べたいときに食べるものよ? アクシズ教の教義にもあるんだから」

 

「アクアさん! その通りです!」

 

「アクアは黙っててください!」

 

 そんなんだからあなたのところの信徒は駄目人間ばかりなんですよ、と言おうとするが、ヒナがアイリスに質問した。

 

「あの、アイリス姉さま。お母さまはいつ頃おかえりに?」

 

「そろそろ目的の場所に着く頃だと思いますよ? だからあと3日くらいですかね」

 

 ヒナに後ろから抱きつきながら答えるアイリス。

 しかしその回答にめぐみんが、ん? と疑問を口にする。

 

「ちょっと待ってください。地図ではどう計算しても馬車で飛ばせば1日と少しくらいで着く距離でしょう? なんでそんなに時間がかかるんですか?」

 

 めぐみんの質問に答えずアイリスはただ微笑むだけ。その様子にめぐみんはある考えが過る。

 

「まさかアイリス。貴女、ヒナと一緒に居たいが為に御車に遠回りするように指示を出した訳じゃないですよね!?」

 

「そんなまさか。人聞きの悪い。ただ、安全に移動して頂くために危険の少ないルートを選んでゆっくりと移動してもらっているだけです」

 

「やっているではないですか! どおりで積み込まれている食料が無駄に多いと思ったら!」

 

 そこまでやるか! という顔をするめぐみん。

 どうやら血の繋がらない兄の教育により、駄目な方向に成長してしまったようだ。

 ヒナの見えないところで舌をチロリと出すアイリスに、めぐみんは頭を抱えた。

 

「じゃあ、ヒナさん。絵本を読んであげますね。今、王都で人気のある本を揃えてるんですよ」

 

「アイリス! 話は終わってませんよ!」

 

 ヒナの手を引いて去ろうとするアイリスを追うめぐみん。

 何か、嫌な予感がした。

 これならば、めぐみんも付いていけば良かったと後悔する。

 精霊との話し合いに下手に強力な魔法使いを連れていけば警戒されてしまうとやんわりと断られ、娘を頼みますと言われて残ったが、失敗だったと思う。

 これまで、厄介な事件に巻き込まれ続けた冒険者としての勘は当たるのだ。

 

(スズハ、ダクネス。どうか無事に戻ってきてください)

 

 そう祈ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白狼の群れに襲われ、再びサラマンダーを宿したショートソードを振り回してモンスターを牽制している。

 スズハはめぐみんをアクアに預けて白狼の数を少しずつ減らしていた。

 

(油断しました! カズマさんが敵感知スキルをまだ習得してなかったなんて……!)

 

 だから白狼の接近に気付かなかった。

 いつも旅の時はカズマが敵感知スキルで警戒してくれていたから無意識にそれをアテにしてしまっていた。

 

土精霊(ノーム)っ!!」

 

 地面に手を付けると、白狼達の足場が動き、体勢を崩させた。

 

水精霊(ウンディーネ)!」

 

 そこで水精霊(ウンディーネ)が生み出した水の鞭で数体の首を切断する。

 

「おらぁ!?」

 

「ヒール! ヒール! パワードッ!!」

 

 カズマもバランスを崩して倒れた白狼に炎の刃を突き立てて倒し、アクアはめぐみんを背負いながら回復魔法や支援魔法を飛ばして援護していた。

 

「見てくれカズマッ! 大勢の雄達が私に襲いかかってくる! くっ、や、やめろ~っ!?」

 

「お前1人だけ余裕だなちくしょーっ!!」

 

 デコイのスキルを使い、ダクネスが白狼に狙われて襲われているが、あの様子ならまだまだ耐えられそうだった。

 囲まれていた白狼が半分ほど減った段階でカズマが疲労を見せ始めたが、スズハが告げる。

 

「皆さん、隙を作るので走ってください! 距離を取って、一網打尽にします!」

 

「わ、分かったっ! 行くぞみんなぁ!?」

 

 スズハが土精霊(ノーム)で隙を作ると形振り構わず逃走する。

 しかし白狼とカズマ達ではアクアの支援魔法を受けても速度が違い、すぐにその差は縮まっていく。

 

「ねぇ! 追い付かれるんですけど! 何とかしてよぉ!」

 

 泣き言を言うアクア。

 一直線に並んだ白狼を見て、スズハが別の精霊を呼び出す。

 

雪精(シロ)! お願い!」

 

 雪玉のような精霊が広範囲の冷気を下へと噴出させ、白狼の足を凍りつかせる。

 火精霊(サラマンダー)を呼び戻したスズハは、袖口から筒のような物を取り出して垂れている紐の部分に火を点ける。

 

(え? アレまさかっ!?)

 

 その道具に見覚えのあったカズマは目を見開いた。

 足を凍りつかされて動けない白狼に向かってその筒────ダイナマイトを投げつけた。

 

「エクスプロージョンッ!」

 

 投げたダイナマイトは群れている白狼の中心で爆発し、その体を吹き飛ばした。

 爆音と共に白狼が潰されて全滅する。

 全ての白狼を討伐したことを確認してスズハがふー、と大きく息を吐いた。

 

「な、なななななな! なんなんですかアレはっ!?」

 

 ダイナマイトの爆発を見ためぐみんが目尻に涙を浮かべて抗議する。

 

「ここにくる前に護身用として預かってまして。まさか使うことになるなんて……」

 

「なんでエクスプロージョンなんて叫んだんですか! 認めませんよ! あんなの、精々炸裂魔法程度の威力じゃないですか!! あんな、あんな邪道っ!!」

 

「アレを渡してくれた人が投げるときにそう叫べと。つい……」

 

「ちょっと暴れないでよめぐみん!」

 

 アクアの背中で暴れるめぐみん。

 爆発を見ていたダクネスが質問する。

 

「アレは本当に道具(アイテム)なのか? アレならクルセイダーの私にも爆裂魔法が使えるのか?」

 

「なぁ、余ってたらアレ、俺にもくれないか?」

 

「2人ともっ!? あんなのに頼ったら駄目です!!」

 

「すみません。今のが最初で最後です」

 

 スズハの返答に肩を落とすカズマ。

 そこでアクアが話を変える。

 

「ねーねー! 一撃熊に白狼の群れよ! これって追加報酬出るのかしら?」

 

「白狼の群れ全部を討伐した訳ではないから、満額とはいかないだろうが、多少は増えるはずだ」

 

 ダクネスの言葉にアクアが目を輝かせる。

 

「さ! 早く一撃熊を荷台に乗せて戻りましょう! これで馬小屋生活ともおさらばよ!」

 

 意気揚々とステップを踏みながら一撃熊の所に戻るアクア。

 あの切り替えの早さだけは羨ましいとカズマは思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お疲れーっ!』

 

 ギルドまで戻ってきたカズマ達は酒場で祝杯を上げていた。

 シュワシュワを一気に飲んで、ぷはーっと息を吐いたカズマはおかわりを頼みながら上機嫌に話す。

 

「今回は流石にダメかと思ったぜ! でも、その甲斐あってどうにか冬を越せそうだよ!」

 

 今回の報酬で冬が終わるまで宿に泊まれそうな事に安堵するカズマ。

 

「一撃熊。あんな強敵とまた戦ってみたいものだ。そうして今度こそもっと……んっ!?」

 

 一撃熊の攻撃を思い出して余韻に浸るダクネス。

 

「今回私は完全に足手まといでしたからね。次までにもっともっと爆裂魔法の威力を上げておかないと」

 

 1人ジュースを飲んで、カエルの唐揚げを食べながらぐぬぬと唸るめぐみん。

 

「もっと行くわよー! 花鳥風月っ!」

 

 上機嫌に他の客達に宴会芸を披露しているアクア。

 そんな仲間を眺めながらスズハはチビチビとシュワシュワを飲んでいると、カズマが話しかける。

 

「ありがとな。スズハが居なかったら今回のクエストを受けようなんて思わなかったし、受けても全滅してた」

 

 お陰で今日から宿にも泊まれるのだ。スズハには感謝しかない。

 だからこそ、何れ自分達の下を去ってしまう事を惜しんでしまう。

 

「なぁ────」

 

 カズマが何か言おうとすると、アクアが割って入ってきた。

 

「なーにぃ、スズハ。全然ジョッキの中身減ってないじゃない! ダメよ! 今日はおめでたいんだから、もっと一気にいかなきゃ!」

 

 既に7杯目をおかわりしているアクアに対して、スズハは最初のジョッキの半分も減ってない。

 

「あはは。お酒はあまり得意じゃなくて。すぐに酔い潰れちゃうんです」

 

「大丈夫よ! いざとなったらめぐみんに宿まで連れていってもらえば!」

 

「アクア。あまりそういう勧め方は────」

 

「それっ!」

 

 ダクネスが止める前にアクアはスズハが手にしているジョッキを無理矢理口の中に注がせる。

 

「何だ飲めるじゃない! すいませーん! スズハにおかわりをー!」

 

 店員に次のジョッキをお願いしている間にシュワシュワを飲み干したスズハがジョッキを置く。

 

「美味しいでしょ! シュワシュワの最初の1杯は一気に飲むのが1番────」

 

「ふにゃ?」

 

 スズハは既に顔を赤くし、目が据わっていた。

 

「うわ! ホントによわっ!?」

 

 既に3杯目のカズマも平然としているのにスズハは頭をぐらぐらと揺らしていた。

 

「大丈夫ですか、スズハ?」

 

「んー?」

 

 心配そうに覗き込んでくるめぐみんにスズハは、意識がはっきりしない様子だった。

 

「ひな?」

 

「はい? わっ!?」

 

 知らない名前を口にするとめぐみんの頭を抱き寄せる。

 

「だいすきよ、ひな……」

 

「誰ですか、ひなって!?」

 

 めぐみんの頭を抱き寄せながら顔を埋めてくるスズハに戸惑い、突き放すと、反対側に座っていたカズマに頭を預ける形になる。

 

「すみません、カズマひゃん……」

 

 本当に弱いのだろう。

 目蓋を殆んど落としてカズマに体重を預けている。

 

「あー、何だ。辛いなら眠ってて良いぞ。後で宿まで運んでやるから」

 

「ふぁい……おことばに甘えて……」

 

 言うと、着物の帯に手をかける。

 

「って何してんのぉ!?」

 

「ねるなら、きがえないと……」

 

 律儀に着替えようと着擦れの音をさせて帯を外そうとするスズハ。

 帯が緩むと衿が浮いて、隙間からほんのりと赤くなった胸が見えた。

 カズマ達の席が店の中心に近い位置だったことと、一撃熊を討伐したことで注目の的だったことからその光景に周りの客達の視線を集める。

 その姿が男女問わず魅了するほどに色っぽい。

 周りの客達の視線に顔を赤くしためぐみんが止めに入る。

 

「そこまでです!」

 

 止めためぐみんに客達からブーイングが起こるが、爆裂魔法の餌食にしますよ! と脅すと静まり返った。

 

「私がスズハを送ろう。めぐみん、案内を頼めるか?」

 

 ダクネスがスズハを持ち上げ、荷物を持っためぐみんと一緒に酒場を出る。

 それを見送っていると知己の冒険者が話かけてきた。

 

「おいカズマ。あの姉ちゃん、今度俺らと交えて飲まね? 奢るからよ」

 

「断る」

 

 とにかく今はアクアをしばく事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダクネスがお姫様抱っこで宿まで移動していると、もう眠っているスズハは外の寒さから身じろぎする。

 その姿1つ1つが扇情的だった。

 

「エロいな」

 

「それ、ダクネスが言いますか?」

 

 特に会話もすることなく歩いているとスズハから寝言が漏れた。

 

「……ひ、な」

 

 先程も呼んでいた名前。

 酔い潰れても呼ぶことから仲の良い友人か姉妹か。

 そう思っていると次に発した言葉に2人が目を丸くし、ダクネスはスズハを落としそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 ────だめなおかあさまで……ごめんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編3:前払い(3)

「お願いです。お金が無いのでクエストを手伝って下さい」

 

 ギルドに集まって早々アクアが冷や汗をだらだらと流しながら頼んできた。

 朝食のパンを飲み込んでスズハが質問する。

 

「あの、先日のクエストで結構な額を受け取りましたよね? 数日で使い切れる額ではなかったと思うのですが」

 

 1人50万エリス以上を受け取ってまだ1週間も経っていない。

 スズハの質問に両の人差し指をつんつんと合わせて言いづらそうにしていると、カズマが大きく息を吐いて説明する。

 

「こいつ、散財しまくったんだよ。毎日酒場で好き勝手飲み食いしたり、酒を始めに色々買い込んだりして、すっかり金が底をつきかけてるんだ」

 

 カズマの説明に3人が何とも言えない表情をする。

 それを見てアクアがぶわっと泣き出した。

 

「お願いよ! このままだと来週には宿を出なきゃいけなくなっちゃうの! もう馬小屋生活に戻るのはイヤなの! 頑張るから! 今回私、全力で頑張るからー!」

 

 泣きついてくるアクアにスズハが苦笑した。

 

「アクアさんのお金は別の人に管理を任せた方が良さそうですね。私は構いませんよ。手伝える事があるなら言ってください」

 

「スズハ……!」

 

 感激して手を組むアクア。

 めぐみんがスズハに訊く。

 

「良いんですか? この街に探し物をしに来たと言っていたのに。ここ最近はそれで動き回っていたのでしょう?」

 

 街中を歩き回っている事を知っているめぐみんが質問するとスズハははい、と頷く。

 

「中々に尻尾を掴ませてくれませんし、案外皆さんと一緒に行動してた方が見つかるかもしれませんしね」

 

 どのような考えからそんな結論に至ったのか。もしくはアクアに気を使わせない為の気遣いか。

 ホットミルクを飲んでいる様子からは判断できない。

 

「助かる。どうせ宿代が払えなくなったら俺のところに住み着いてくるのが目に見えてるし。俺もいい加減プライベートな空間が欲しい」

 

「なら、ギルドの掲示板を見るか。良いクエストが見つかると良いな」

 

「うう……ありがとう、みんなぁ!」

 

 涙ぐみアクアに皆が仕方ないなぁ、という感じに苦笑する。

 朝食を食べ終わって張り出されている掲示板を見る。

 

「これなんてどうかしら!?」

 

 アクアが取ったのはグリフォンとマンティコアの縄張り争いをしているので両方を討伐する依頼だった。

 報酬金額は一撃熊よりも大分上なのだが。

 

「出来るかっ!!」

 

 即座にクエストの紙を掲示板に戻す。

 その反応に不満の声を出すアクア。

 

「なんでよー! 2体集まったところをめぐみんの爆裂魔法で倒しちゃえばいいじゃない!」

 

「その集める案を考えるのは俺だろうが! そもそも、一撃熊より報酬が上なのに一撃熊を倒せなかっためぐみんの爆裂魔法で倒せる保証がないだろ!」

 

 その言葉にめぐみんが悔しそうに歯噛みする。

 

「確かに、今の私の爆裂魔法では2体同時は厳しいですね。しかし! いずれ我が爆裂魔法で討伐して見せます!」

 

 先日の件を考えて今は無理だと言うめぐみん。それでも態々何れ挑もうという気概は彼女らしい。

 

「私も反対です。この依頼はアクセルの街総出の冒険者で挑まないと危険すぎると思います」

 

 何でも手伝うとは言ったが、全滅する危険までも許容するつもりはない。

 3人に反対されて肩を落とすアクア。

 ダクネスが掲示板を見ながら唸る。

 

「しかし、そうなると殆んどのクエストが難しいな。魔王軍幹部が近くに住んでいるせいで手頃なモンスターは隠れてしまっているし。残っているのは塩漬けクエストくらいだぞ?」

 

「うう……こうなったらあの腐れデュラハンを浄化してやろうかしら」

 

「だからわざわざ格上に挑もうとするなっての!」

 

 魔王軍幹部に挑もうとするアクアにツッコミを入れるカズマ。

 そこでアクアはあるクエストが目に入る。

 

「これよこれ! これこそ正に私向きのクエストだわ!」

 

 街の水源1つである湖の浄化クエスト。

 胸を張ってクエストの紙を見せるアクア。

 水質が悪くなった湖の浄化。正しくアクアにはうってつけのクエストだろう。

 特に、湖に住み着いたモンスターを討伐しなくて良いというのがいい。

 自分が水の女神であることを主張しながら、水に触れるだけで浄化も出来るとこのクエストを推すアクア。

 それならアクア1人で良いんじゃないかと言ったが、湖に住み着いてるブルータルアリゲーターというワニ型モンスターから浄化が終わるまで守って欲しいと頼む。

 浄化が終わればモンスターも住み処を別に移す筈だからと。

 少し考えるカズマ。

 

「アクア。安全に浄化できる方法があるぞ」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特殊なモンスターを入れる檻にアクアを入れて濁った湖に流す。もちろん檻には鎖がついており、近くの岩に括りつけて流されないようにしてある。

 

「私、出汁を取られてる紅茶のティーパックの気分なんですけど……」

 

 体育座りで浄化を行っているアクア。

 

「お願いね、水精霊(ウンディーネ)

 

 スズハも水精霊(ウンディーネ)を呼び出して水の浄化を頼む。

 しかし、当の精霊はどこか嫌そうな顔をしている。

 

「お願い……」

 

 手を合わせて済まなさそうにお願いするスズハに水精霊(ウンディーネ)は仕方無さそうに湖へと潜り、というより同化したように見える。

 カズマ達は湖から少し離れたところにシートを敷いてスズハが用意したサンドイッチを食べている。

 

風精霊(シルフ)、アクアさんにも届けてあげて」

 

 小包みを持った風精霊(シルフ)がアクアにもサンドイッチを届けに行く。

 それを見たカズマは便利だなーと思い、スズハに質問した。

 

「そういやさっきさ、水精霊(ウンディーネ)が嫌がってるように見えたけど……」

 

「はい。あの水質の湖に入りたくないみたいで。少し説得に手間取ってしまいました」

 

「精霊が精霊使い(エレメンタルマスター)の命令に異を唱える事があるのですか?」

 

 めぐみんの言葉にスズハは頷く。

 

「私達はあくまでも精霊から力を借りている立場ですから。人間ほど我は強く無いですけど、精霊にもそれぞれ性格というか、人格がありますからね。酷い扱いをしていると契約を切られてそっぽ向かれてしまうんです」

 

 サンドイッチを飲み込んででも、と続ける。

 

「精霊は純粋で律儀な子が多いですから。滅多な事では契約破棄はしないモノですけど。でもだからこそ精霊達の意見にも耳を傾けないと」

 

 話を聞きながらカズマは考える。

 ダイナマイトという例外もあったが、先日はスズハの活躍で一撃熊と白狼の群れを撃退出来た。

 カズマは初級魔法こそ使えるが、如何せん火力が足りない。

 めぐみんは大火力過ぎて1発しか使えない。しかも使う場所を選び過ぎる。

 

「なぁ、スズハ」

 

「はい? どうかしました?」

 

「もし良かったら、エレメンタルマスターのスキルを俺に教えてくれないか? 冒険者ならスキルは覚えられる筈だろ?」

 

 いつか、精霊に出会った時に契約してみたいという考えからの申し出。

 しかし、カズマの申し出にスズハは難色を示す。

 てっきり、すんなりと教えてくれるかと思っていたのでちょっと意外だった。

 

「何かマズイのか?」

 

「教えること自体は構いませんけど……先日の私を見て習おうとしてるならあまりお勧めはしませんよ?」

 

 自分の職のスキルをお勧めしないというスズハの言葉に瞬きする。

 躊躇いがちに説明し始めるスズハ。

 

「簡単に言えば私達はどれだけ精霊に心を許されているかで使える力が変化します。同じ精霊でも仲の良さで全然協力してくれる度合いが変わりますし、それはスキルでは補えない部分ですから」

 

「え? そうなの? レベルを上げたら勝手に向こうから好きになったりしてくれたりは……」

 

「しません。それってスキルを使った洗脳と変わりませんし。そういう精霊を洗脳する術はありますけど、そんな縛りかたをした精霊は本来の力をほとんど発揮出来ません。ついでに契約した精霊には常に魔力を与え続ける必要もありますから、魔力量が低いと日常生活に支障を来す恐れもあります」

 

 そして最後に続ける。

 

「以前、冒険者職の方にエレメンタルマスターのスキルを教えた事があって、結局精霊と契約出来てもほとんど力を引き出せなくて、思ってたのと違うと訴えられたことがありましたから。あぁ、訴え自体は明らかに言いがかりなので問題にはなりませんでしたよ。まぁ、その……冒険者カードに適性が出ないなら習得は止めた方が良い、というのが私の考えです」

 

 言い切るスズハにカズマはむぅ、と唸る。

 そこまで言うなら覚えたいとは言えない。特に常に魔力を与え続けるというのは大変そうだ。

 上手くいかねー、と快晴の空に息を吐いて浄化を続けるアクアに話しかける。

 

「アクアー! 浄化はどんなもんだー?」

 

「浄化は順調よー! このペースなら夕方までには終わるわー!」

 

「トイレに行きたかったら言えよー! 鎖ごと引き上げるからー!」

 

「アークプリーストはトイレなんか行かないし!!」

 

 顔を少し赤くして怒るアクア。

 その様子を見てめぐみんが問題無さそうですね、と言う。

 

「ちなみに紅魔族もトイレになんか行きませんから」

 

「お前らは昔のアイドルか!」

 

 そこでダクネスが恥ずかしそうにモジモジと体を動かして言う。

 

「私も、クルセイダーだから、トイレには……!」

 

 3人が言ったことで自分も言わなければと思ったのか、スズハまで顔を赤くして口元を隠しながら。

 

「わ、私もエレメンタルマスターですから……その……」

 

「いや! いいよ2人とも! そんな無理して言わなくても!? 特にスズハァ! すごく反応に困るんですけど!?」

 

 大きく息を吐いてめぐみんを見る。

 

「2人には今度、数日帰って来られないクエストを受けて本当にトイレが不要か確かめてやるからな!」

 

「や、やめてください!?」

 

 めぐみんが慌てて止めに入る。

 

「紅魔族はトイレになんか行きませんよ! でも、謝るのでやめてください……」

 

「いやぁあああああああっ!? カッズマさぁあああんっ!?」

 

 そんな風に話していると、アクアから悲鳴が上がる。

 見ると、ワニに似たモンスターであるブルータルアリゲーターはアクアが入っている檻に襲いかかっていた。

 水を浄化しているアクアが目障りになったのか。それとも餌とでも思ったのか、鉄格子に噛みついて揺らしている。

 

「おーいアクアー! 今から檻を引っ張るぞー!」

 

「止めてよ! そんなことしたら報酬が貰えないじゃない! ピュリフィケーション! ピュリフィケーション! ピュリフィケーション! ピュリフィケーショーンッ!? いーやぁああああっ!? 今変な音鳴った! 鳴っちゃいけない音がなったぁ!?」

 

 モンスターに遊ばれながら必死に浄化を勤しむアクア。

 それを見てめぐみんが呟く。

 

「これなら、スズハの水精霊(ウンディーネ)だけで浄化した方が良かったかもしれませんね」

 

「うーん。でもそれだと2、3日はかかるんですよね」

 

「あの中、ちょっと楽しそうだな」

 

「行くなよ。まぁ、あの檻は頑丈って話だから壊れることはないと思うけど……」

 

 段々自信が無くなってくるカズマ。

 それから1時間程して濁っていた湖は透き通る水質を取り戻す。

 

「ありがとう、水精霊(ウンディーネ)

 

 スズハがお礼を言うと精霊は頷いてその場から姿を消した。

 

「なぁ、アクアいい加減出てこいよ。皆で話し合ったんだけど、報酬はアクアの1人占めで良いってさ。スズハも今回の報酬は要らないって言うし」

 

「30万エリスだぞアクア! スゴいじゃないか!」

 

 皆がそれぞれアクアを励ますが、一向に動く様子を見せない。

 その状態が続き、業を煮やしたカズマが檻を叩く。

 

「さっさと檻から出てこい、つってんだ!!」

 

 ガンガンと鉄格子を叩くとアクアは光のない瞳で呟く。

 

「このまま連れてって……」

 

「はぁ?」

 

「檻の外は恐いの……ここから出たくない……」

 

 その言葉と姿にこのクエストでアクアにトラウマが刻まれた事を皆が悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青かった空が橙色に変わり始める時間。

 檻に入れたままドナドナを歌っているアクアが注目を集めながらもギルドまで移動していると、見知らぬ誰かが物凄い勢いで近づいてきた。

 

「ア、アクア様ー!?」

 

 青を基調とした鎧を着た薄い茶髪の少年がこちらに近づいて鉄格子をぐにゃりと曲げた。

 モンスターを閉じ込める頑丈な檻を曲げるその腕力に全員が驚くが、当のアクアはあいかわらず光の無い眼でドナドナを歌っている。

 アクアを連れ出そうとする男にダクネスが肩を掴む。

 

「おい貴様! 私の仲間に何をしている! 知り合いにしてはアクアの反応が無いようだが」

 

「いや。アクアさんは周りに反応してないだけだと思いますよ?」

 

 アクアは今も座って1人ドナドナを歌っている。

 このままでは話が進まないとカズマが声をかけた。

 

「アクア! なんかお前の知り合いが突っかかって来てるんだけどよ! アレ、もしかしてお前が女神としてこの世界に送った奴なんじゃないのか?」

 

「女神……?」

 

 カズマがそう言うとアクアは女神という単語に反応する。

 

「そうだよ! ほら!」

 

 カズマが青い鎧の少年を指差すとガバッと立ち上がった。

 

「そう! 私は女神なのよ!」

 

 隙間の開いた檻から出て来て鎧姿の少年と向き直る。

 

「貴方、誰?」

 

「あ、貴方にこの世界に送ってもらった御剣響夜です! この魔剣グラムを頂いた!」

 

 御剣響夜と名乗った少年にアクアはしばらくは誰だっけ? とボーッとしていたが、すぐに取り繕う。

 

「あ、あー! あの人ね! ごめんなさい! たくさんの人をこの世界に送ったから忘れてたわ! しょうがないわよね! あはははははっ!」

 

「こいつ、覚えてないな……」

 

 アクアの反応にカズマが御剣響夜を覚えてない事を確信する。

 

「女神様! 何故この世界に? いや、それよりも何故檻の中なんかに入って居たのですか!?」

 

 響夜の質問にアクアが事情を説明する。

 カズマにこの世界へと引き摺り込まれたことや今日までの事をかいつまんで話した。

 それを聞いた響夜は────。

 

「何を考えているんですか君はぁあああああああっ!?」

 

 ガックンガックンとカズマを揺らし始める。

 

「女神様をこの世界に引きずり込んだだけじゃなく、クエストで湖に浸けたぁ!?」

 

「ちょ、ちょっと! 私としてはそれなりに楽しい日々を送ってるし。この世界に連れてこられた事はもう気にしてないんですけど! それに、最近やっと馬小屋生活からも脱出出来たし!」

 

「馬小屋ぁ! アクア様は最近まで馬小屋で生活されてたんですかぁ!?」

 

 アクアが仲裁に入るも、火に油を注ぐ結果になっていた。

 周りからも先程より注目を集め始めている。

 流石に見かねたダクネスが響夜の手首を掴む。

 

「おい。事情はよく分からないが、その手を離せ! 失礼だろう!」

 

「撃って良いですか? こいつに爆裂魔法を撃って良いですか?」

 

「やめろ。俺も死ぬ」

 

 ダクネスとめぐみんを見て響夜は説教気味にカズマに問いかける。

 

「アークウィザードにクルセイダー。そっちの女性は分からないけど。でも君は、そんな優秀な人達とパーティーを組んでアクア様を馬小屋生活させて居たなんて恥ずかしいとは思わないのかい?」

 

「あ?」

 

 響夜の言い分にカズマも流石に苛ついて眼を吊り上げた。

 この御剣響夜という人物は転生特典(魔剣グラム)で特に苦労することなくこの世界で生きてきたのだろう。そんな相手に何故1から頑張っている自分が上から目線で説教されているのか。

 響夜がダクネス達を見る。

 

「君達もこれからはソードマスターである僕と一緒に来ると良い。馬小屋生活なんてさせないし、高価な装備も買い与えてあげよう」

 

 まるで断られることを想定していない。決定事項のような口調に女性陣は苛立ちを交えて引く。

 

「ねぇあの人、本気で引くくらいヤバいんですけど。ナルシスト系も入ってて怖いんですけど」

 

「どうしよう。攻めるより受ける方が好きな私だが、あいつだけは無性に殴りたい」

 

「撃っていいですか? 撃っていいですよね?」

 

「まぁまぁ。皆さん落ち着いて」

 

 宥めるスズハにめぐみんが鼻息を荒くして怒りを表現する。

 

「スズハは腹が立たないのですか! あのボンボン、ナチュラルに私達を見下してますよ!」

 

 その質問に困ったようにあはは、と笑うスズハ。

 スズハからすれば、もっと下劣で害にしかならない人物を知っているだけにこの程度で怒りの感情は沸き上がらなかった。

 

「いいですか、3人とも。世の中には人の将来や家族を含めた人間関係をズタズタにしたくせに素知らぬ顔でせせら笑ってくる上に自分の不幸は全て他人の所為。特に女性にとっては吐き気がするくらい下衆で視線を合わせたり、名前を呼ぶことすら害にしかならないどうしようもない人だっているんですよ?」

 

「ちょっ!? スズハ痛いです! 手に力が入りすぎです」

 

 優しい眼でめぐみんの肩にミシミシと鳴ってはいけない音を出してくるスズハ

 

「あ、すみません。あの人の事を思い出したらどうしても怒りが抑えられなくて」

 

 温厚なスズハがここまで嫌悪感や敵意を剥き出しにする相手。

 会ってみたい気もするが、きっと会わない方が良い相手なのだろう。

 

 閑話休題。

 

 皆が響夜に関わりたくないのを察して追い払おうとする。

 

「うちの女性陣は、おたくのパーティーに入りたくないそうです。それじゃ」

 

 そう言って立ち去ろうとすると回り込む響夜。

 

「待て! 僕はアクア様をこんな境遇には置いておけない。だから、勝負をしよう。もし僕が勝ったら、アクア様を僕のパーティーメンバーに加えてもらう。もし君が勝ったら、なんでも言うことを1つ聞こう。どうだい?」

 

「わー。自然とアクアさんを物扱い……」

 

 本人の意思を聞かずにこの発言は流石にスズハも引く。

 それも、チート特典持ちが貧弱装備の冒険者職にだ。自分が負けることがないのを理解しているからの発言なのは誰の目にも明らかだった。

 自分が対処した方がいいかな、とスズハは前に出ようとしたが、その前にカズマがショートソードを引き抜いて響夜に襲いかかる。

 そこからの展開は一方的だった。

 カズマの。

 スティールで魔剣グラムを盗み取り、頭に1発喰らわせて気絶させた。

 流れるような一幕。倒れた響夜を見てスズハは首をかしげた。

 

(この人、こんな人でしたっけ?)

 

 あまり接する機会はなかったが、スズハの中で御剣響夜は友人であるゆんゆんと同じくらい礼儀正しい常識人と認識していた。

 だから、自分の記憶と今の響夜の言動に差異を感じていた。

 アクアの境遇によほど腹を立てていたのか。それともこれから変わる要因でもあったのか。

 

(まぁ、いいでしょう)

 

 少し考えて終わった事と切って捨てる事にした。

 

 その後、響夜のパーティーメンバーの女性2人が異を唱えたが、カズマがスティールを示唆すると逃げていき、魔剣グラムを頂戴したが、重さに振り回されて使えないことが分かるとあっさりと売り払った。

 

 後日、返すように求めた響夜は外へ流れた魔剣を追ってアクセルの街を去っていくことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズマとアクアは待ち合わせの場所に訪れるとそこには冒険者と思わしき男性2人に絡まれているスズハがいた。

 しかし、スズハがカズマとアクアに手を振ると冒険者の2人はそのまま去っていった。

 

「誰だ、今の?」

 

「パーティーに入らないかと誘われて、断っていたところなんです。その……視線が変だったので……昼間なのに酒場に連れ込もうとしてきましたし」

 

 胸に手を当てながらされたその説明だけで大体の事を察するカズマ。

 おそらくあの冒険者達は前にスズハが酒場で酔っているのを見たのだろう。

 

「ま、まぁなんだ。じゃあ案内頼む」

 

「はい。任されました。この街の魔法具店は1軒しかないですから」

 

 以前、スキルを教えてもらう約束をしたある人物が経営する店を訪れる事を決めたカズマ。

 一応住所と地図は貰ったのだが、スズハが場所を知っているらしいので案内してもらうことになったのだ。

 歩いているとそう言えばと思い当たってカズマはスズハに質問する。

 

「今までめぐみんとダクネスが居たから聞きづらかったんだけどさ。スズハも日本からの転生者なんだよな?」

 

「はい。5年程前にこの世界に来ました」

 

「5年!?」

 

 すると、大体10か11くらいでこの世界に来たのか。

 驚いているとアクアがスズハの前に立つ。

 

「日本からの転生者ならスズハを転生させたのは私よね! 今まで、めぐみんやダクネスが居て言えなかった感謝の言葉とか! なんなら、今晩は私に高級シュワシュワを奢ってくれてもいいわよ!」

 

 手を差し出すアクア。

 しかしスズハの答えは意外なモノだった。

 

「あ、いえ……私をこちらに転生させてくれたのはエリス様ですから」

 

「ぶっふぅ!?」

 

 盛大にずっこけるアクア。

 

「なんでよー!? なんでエリスが私の仕事を取ってるわけぇ!?」

 

「私に言われましても……」

 

「エリスって確か、アクアの後輩女神だったよな?」

 

「そうよ! あの時エリスに仕事を押し付けた時かしら? でもアレは……」

 

 ぶつぶつと言い始めるアクア。

 どうやら覚えがあるらしい。

 

(それなら、アクアに会ったときに反応が淡白だったのは納得がいった。アレ? でもなんかスズハはアクアが女神だって信じてる?)

 

 めぐみんもダクネスも信じてないのに会ったことのないアクアをどうしてスズハが女神だと信じているのか。

 エリスの事は知らないが、はっきり言ってアクアは女神っぽくない。

 自分で女神だと言ったところですんなり信じるものだろうか? 

 そんなことを考えていると、スズハがカズマの顔を覗き込んでくる。

 

「どうしました? 立ち止まって」

 

「い、いや! なんでもない!」

 

 間近にスズハの顔があって顔を赤くして1歩下がるカズマ。

 

「そ、そういや、こういうことを聞いて良いのか分からないけど。スズハは、その……なんで死んだんだ? いや、言いたくないならいいんだけどさ……」

 

 少しばかり不謹慎な質問だったかと途中で考え直す。気にならないと言えば嘘になるが。

 そこでアクアがカズマの死因を暴露した。

 

「カズマさんわね! トラクターをトラックと勘違いして女の子を突き飛ばした挙げ句自分はそのままショック死したのよ! プークスクスクス! 今思い出してもチョー笑えるんですけど!」

 

「こいつ……!」

 

 笑い続けるアクアにカズマは握り拳を作る。

 

「でも……勘違いでもトラックから庇おうとしたんですよね?」

 

「う! そうだけど結局女の子に怪我させただけだし……」

 

 自分を卑下するカズマにスズハは優しい笑みを浮かべる。

 

「そういうの、色んな意味でカズマさんらしいと思いますよ」

 

「……どういう意味だよ」

 

 その態度にカズマは肩に力を抜く。

 ただ、自分の死に方を聞いて馬鹿にせずにいてくれるスズハの言葉に少しだけ前向きになれた。

 

「それで、私の死因、ですよね。私は……」

 

 すると途端にスズハの瞳から光が消える。

 

「母様に包丁で刺されました」

 

「へ?」

 

「部屋にいきなり押し入られて馬乗りになって包丁で刺されたんです」

 

 掠れた笑いを出して続きを言おうとするスズハにカズマが止めに入る。

 

「いや、もういいよ! 悪かったよ! 思い出したくないなら無理に言わなくても!?」

 

「重い! 重いからスズハァ!?」

 

「もう5年も前の事ですからある程度気持ちに整理は着いてるつもりなんですよ。それにこっちに来て良い縁も多くありましたから」

 

「……全然そうは見えねぇよ」

 

 笑顔を浮かべるスズハにカズマは頭を掻く。

 

 

 そのまま案内してもらうとそこには小さな店が建っていた。

 店に入る前にカズマがアクアに忠告する。

 

「言っておくがアクア。これから店の人を相手に問題を起こすなよ」

 

「なに言ってるのカズマ! 私、チンピラやならず者じゃないのよ! 女神なのよ」

 

「だから言ってるんだよ……」

 

 騒がしいアクアを無視して扉を開けるカズマ。

 

「いらっしゃいませー……あぁあああああっ!?」

 

「ああああああ、アンタッ!?」

 

 挨拶をした店員が驚きの声を上げるとアクアが掴みかかろうとする。

 その前にスズハが押さえに入った。

 

「はいはい。落ち着いてください、アクアさん」

 

「離しなさいスズハ! このリッチー、浄化してやるわ! イタッ!?」

 

「だから問題を起こすなって言っただろうが……」

 

 アクアの予想通りの反応にカズマは大きく息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみにスズハを訴えた冒険者はカズマではありません。


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番外編3:前払い(4)

 アクアを大人しくさせて席に座らせてからウィズ魔法具店の店長であるウィズから話しかけてきた。

 

「ここに来るまでに迷いませんでしたか? ここら辺は少し道が複雑ですので」

 

「あぁ。スズハに案内してもらったから」

 

 カズマがスズハを指を差すと、ウィズが、スズハ、さん? と首をかしげた。

 てっきり知り合いだと思っていたカズマが2人を交互に見る。

 スズハが前に出て小さく頭を下げた。

 

「以前このお店で商品を購入した事のあるシラカワスズハと申します」

 

「えぇ! そ、そうなんですか? お客さんの事は記憶していると思うのですが……」

 

 記憶を掘り返そうとしているウィズにアクアがふん、と鼻を鳴らす。

 

「お客の顔も覚えないなんて。これだからリッチーは」

 

「自分で送り出した奴も覚えてない駄女神が言うことかよ」

 

 ブーメラン発言をするアクアにツッコミを入れてから本題に入った。

 

「それでウィズ。一撃熊とか白狼とかを倒してポイントに余裕が出来たからさ。スキルを教えてもらいにきたんだ」

 

 カズマの言葉にアクアが机に頭をぶつけた。

 

「ちょっとカズマさん! 女神の従者がリッチーのスキルを覚えるとか許容出来ないんですけど!」

 

「誰が従者だコラッ! はっきり言って、普通のスキルを取って、俺が真っ当に強くなれると思うのか? 多少変則的なスキルを習得して、お前達のサポートをする方が建設的だろうが! それでウィズ。なにかオススメのスキルってあるか?」

 

 気軽に言うカズマにウィズがチラチラとスズハを見る。

 

「あの、スズハさんには私の事を……?」

 

「あ……」

 

 勿論スズハにウィズがリッチーだとは教えていない。

 当のスズハはポーション棚を眺めていたがこちらの視線に気付いて振り向く。

 

「先程アクアさんが言ってましたね。まぁ、ここだけの秘密と言うことで。勿論吹聴する気もありませんから」

 

「スズハさん……」

 

 安堵した様子で目尻に涙を浮かべるウィズ。そのチョロさがちょっと心配になってきた。

 

「何言ってるのスズハ! リッチーなんてね、暗くてジメジメしたところが好きな、謂わばナメクジの親戚みたいなモノなのよ! そんなに簡単に心を許してどうするの!」

 

「ひ、ひどい……!」

 

 アクアの言い分にウィズが泣きそうな表情をする。

 しかし、カズマはウィズの正体を知って平然としているスズハに違和感を覚える。

 自分達は以前、幽霊達を成仏させているウィズを見たから彼女が善人であると知っているが、ただ客と店員という関係だけでリッチーであるウィズを信用するだろうか? 

 

(もしかして、最初から知っていた?)

 

 それならそれで疑問は残るが、とりあえずウィズに対する態度はある程度納得できる。

 そんな風に考えているとウィズがおずおずとアクアに質問する。

 

「あ、あの……私を難なく浄化出来る力といい、先程女神の従者と言ってましたが、まさか本物の女神だったりは……」

 

 半信半疑の様子で質問するウィズにアクアが気を良くした様子で髪をなびかせ、ウィズを指差した。

 

「少しは物を理解しているようね。そう! 私はアクア! アクシズ教団の御本尊にして水を司る女神、アクアよ! 控えなさい、リッチー!」

 

「ヒ、ヒィ!?」

 

 上擦った声で下がるウィズにスズハが耳打ちする。

 

「大丈夫ですよ、ウィズさん。もし危害を加えようとしたら、こちらで取り押さえますので」

 

「あ、いえ。アクシズ教徒の方は頭のおかしい方々ばかりというのが世間での常識でして。その元締めの女神様と聞いて……」

 

「あ、あ~……」

 

「なんですってぇ! この! リッチーのくせに! スズハも何で納得したような顔してるの! 謝って! うちの子達を頭のおかしい連中だと思っていた事を謝って!」

 

 目尻に涙を浮かべてウィズの胸ぐらを掴んで文句を言うアクア。

 困っているスズハにカズマが質問する。

 

「なぁ、アクシズ教って前からちょくちょく名前は聞いたことあるけど、どんな連中なんだ?」

 

「まぁ、その……ダメな人を育てるには適した宗教だとは思いますよ、とだけ言っておきます」

 

 出来る限りオブラートに包むスズハだがアクアが泣きながら抗議する。

 

「ダメな人ってなによ! 言っておきますけどね! うちの子たちはどこに出しても恥ずかしくない良い子ばかりなんですからね!!」

 

 抗議するアクアにスズハはただ、困ったように笑うだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話を戻してカズマはウィズからオススメのスキルを教えてもらう。

 

「ドレインタッチなんてどうですか? 体力や魔力を吸い取ったり、誰かに分け与えたり出来る便利なスキルなんですけど……」

 

「なるほど。上手くすれば倒れためぐみんに魔力を与えて動けるようにしたり、逆に相手から体力を奪うことも出来るわけだ」

 

 少し考えてそのスキルを教えてもらうことにした。

 

「ではスキルを教えるために、その……スズハさん。魔力を吸わせてもらっても良いですか? ほんの少しですから」

 

「あ、はい。もちろん」

 

「なんで一瞬こっち見てからスズハを選んだのかしら?」

 

 一度アクアに視線を向けてから慌ててスズハを指名したことに目尻をつり上げる。

 そんな文句を言っている間にウィズはスズハから魔力を分けて貰う。

 

「これで、カズマさんの冒険者カードにドレインタッチのスキルが表示されている筈です」

 

 カズマが冒険者カードを見ると、そこには新たなスキルが追加されており、ポイント的にもギリギリ習得可能だった。

 冒険者カードを操作してドレインタッチのスキルを習得する。

 

「ありがとな、ウィズ。これでちょっとはクエストが楽になりそうだ!」

 

「はい。お役に立てて嬉しいです」

 

 笑みを浮かべるウィズ。

 そこで店の扉が開く。

 

「すみません、ウィズさんはいらっしゃいますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕刻になり、カズマたちは元貴族の別荘だったという屋敷の前に立ち、その敷居を跨いでいた。

 

「しかし、その不動産屋も太っ腹ですね。住み着いた幽霊を浄化する代わりにこの屋敷を安値で貸してくれるなんて」

 

「ただでさえ買い手が付かないのに、幽霊が住み着いてて完全に事故物件扱いらしいからな。噂が払拭されるまで、ここを安く貸して貰えることになったんだ。ところでめぐみん。貸し賃とはいえ、屋敷を手に入れた俺に何か言うことがあるだろ?」

 

「う! カズマの運の良さには正直脱帽です。お願いですから一緒に住まわせてください」

 

 以前、カズマが屋敷を手に入れるなんて夢の見すぎと笑っためぐみん。

 本当に屋敷を手に入れるとは予想できなくて当然だが。

 

「でも、一緒に住んだ方が色々と便利でしょう? 連絡とか」

 

「ま、そうだけどな」

 

 スズハも今日からこの屋敷に住むことになる。そうなると今まで半分ずつ出していた宿代をめぐみん1人で出さなければならない。

 それは無駄だし、もしも意地を張ってめぐみんが宿屋で暮らそうとすれば、なんやかんやで屋敷まで引っ張って来そうだが。

 

「アクア、屋敷には祓っても祓っても幽霊が集まって来るというが、除霊は大丈夫か?」

 

「まっかせなさい! 私はアークプリーストにして女神よ! この屋敷の霊くらい、すぐに成仏しつくしてやるわ!」

 

 自信満々に胸を叩き、中の霊を確認する。

 

「見える、見えるわ! 私の霊視によると、貴族が遊び半分で手を出したメイドとの間に出来た娘が幽閉されていたようね!」

 

 そこからなんでそこまで分かるんだというくらい詳細に語られる幽霊のことに逆に不安になる一同。

 

「とにかく、中に入ろうぜ!」

 

 霊視に夢中になっているアクアを放っておいて中に入る。

 中に入ってスズハは屋敷の様子を見渡す。

 

「やっぱり、埃もそれなりに積もってますね」

 

「あぁ、でももうすぐ夜だし本格的な掃除は明日だな」

 

「いえ。大まかになら夜までに終わらせておきますので」

 

 荷物から雑巾などを取り出すスズハ。

 

「待て待て! なんでスズハ1人で掃除するみたいな流れになってるんだよ! 皆でやろうぜ! な?」

 

「え?」

 

 まるで手伝ってくれるんですか? みたいに首をかしげるスズハ。

 

「皆でここに住むのだから当然だろう。スズハだけ働く事じゃないぞ!」

 

「あ、そ、そうですね! 癖でつい……」

 

「癖って……おいめぐみん。宿で一緒に暮らしてたんだろ? まさか、掃除とかスズハに投げてたのか?」

 

「失敬な。ちゃんと2人でやってましたよ! ただ、スズハの仕事が早くて割合としてはスズハの方が多かった事は認めますが」

 

 そんな事を話していると、雑巾を渡す。

 

「このままだと体に悪いですし、簡単な掃除だけでもしませんか?」

 

「……分かった……やるよ」

 

 仕方なしに雑巾を受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最低限の掃除を終えてスズハは元の時間軸と同じ部屋のベッドに腰を落とす。

 掃除の方はかつて知ったるどころか知り尽くした屋敷の掃除だ。

 カズマ達が呆然とするくらい高速かつスムーズに終わらせた。

 自分の部屋に戻ってきた感覚に安堵しながらふと思い出す。

 

「あれ? そういえば、カズマさん達ってなんで何千万エリスも借金があったんだっけ?」

 

 その借金自体当時の領主の言いがかりによって背負わされた物であった事は覚えているのだが、当事者ではなかった事もあり、その部分がやけに曖昧だった。

 少し考えたが、結局思い出せずに断念する。

 

「それらしいことには気を付けておけばいいでしょう。それよりも、ヒナのことです」

 

 今頃、というと変な話だが、どうしているだろうと気になる。

 

「学校だってあるし。アイリス様はどうせあの子を甘やかして好きな物を与えてるんだろうし……カズマさんやアクアさんにそれを注意するのを求めるのは無駄だろうし。めぐみんさんに頑張ってもらわないと。あぁ、そうだ。一緒に付いてきてもらったダクネスさん達も私を探してるだろうから」

 

 不安がつきない。

 早くこの時間に来るきっかけとなったあの精霊を見つけないと、と焦る気持ちを抑えるために腕を強く握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もはや人の住んでない廃村の周辺をダクネスは走り回っていた。

 豪雨と呼んで良い雨の中でひたすらに1人の少女を探し回っている。

 

「スズハ! 何処だ!! 居るなら返事をしろっ!!」

 

 迂闊だった、とダクネスは自分の見積もりの甘さを後悔していた。

 この廃村に見知らぬ精霊が住み着いたことがそもそもの発端だった。

 ここは天災とモンスターの襲撃が重なって村人が別の場所へと村を移して捨てられた場所だった。

 そこに住み着いた精霊を、最初はモンスターとして討伐隊が向けられたがあっさりと返り討ちにされてしまう。

 近くにそのような危険な存在が住み着いたことに近隣から不安の声が上がり、調べる内にあれが大精霊であることが判明。

 それを知ったアイリスはダスティネス家を通してシラカワスズハにその大精霊との交渉を依頼した。

 ダクネスとしてもアイリスの本当の目的は分かっていたが、近隣住民からの不安の声を無視できずにスズハに頼ってしまった。

 もし被害を出さずにこの件を収められるならスズハが適任と確信して。

 それだけ、ここ数年での彼女の精霊との交渉による功績は大きかった。

 もちろん大精霊がスズハに危害を加えるなら全力で守護するつもりだった。

 そこに大精霊の攻撃に対する期待がなかったのかと訊かれれば否定は出来ないが。

 しかし目標は一直線にスズハを狙い、テレポートのような力でスズハを消し去り、大精霊自体もどこかへと姿を消した。

 スズハが消えた瞬間、背筋が凍りついた。

 

「ダスティネス卿! これ以上の捜索は危険です! この雨の中、丸1日動いているのですよ! 皆が限界です!?」

 

 一緒についてきた騎士がダクネスにそう進言する。

 彼女はカッとなって進言した騎士の胸ぐらを掴んだ。

 

「馬鹿を言うな! スズハは今回の依頼を無理に引き受けてくれたのだぞ! そんな少女を放ってっ!?」

 

「ですがっ!?」

 

 騎士達も決して捜索に手を抜いているわけではない。それでもこの周辺を探しても見つからないのではと思い始めていた。

 なにより、雨の中これ以上の捜索は危険だった。

 

「分かった……」

 

「ダスティネス卿」

 

「皆は一度戻って捜索隊の増員を要請してきてくれ。私は1人でスズハを探す」

 

「ダスティネス卿っ!?」

 

「我儘を言ってすまない。だが、今回の件を頼んだのは私で。あの子は私の仲間で妹分でもあるんだ。このまま手掛かり1つ見つけずに帰ることは出来ない。なに。体力には自信があるんだ。お前達が戻ってくる間くらい動けるさ」

 

 相手の返事を待たずにダクネスは走って捜索を続ける。

 

(待っていろ、スズハ! 必ず見つけて、ヒナのところに帰ろう!)

 

 アテもなくダクネスは1人捜索を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「部屋にいきなり入ってきてどうしたんですか?」

 

「いえ、その……外に人形が……」

 

 悪霊の憑いた人形達が動き回っていて、近かったスズハの部屋に飛び込んだらしい。

 何やら股をもじもじさせるめぐみん。

 

「もしかしておトイレですか?」

 

 恥ずかしそうに首肯するめぐみん。

 

「分かりました。付いていきますね。水精霊(ウンディーネ)

 

 水の精霊が姿を現す。

 

「霊を祓う事は出来ませんが、幽霊避けの弱い聖水くらいの効果は期待出来ます」

 

「べ、便利ですね……」

 

 簡単な説明をすると、トイレまで手を繋いでついて行く。

 水精霊(ウンディーネ)の力で必要以上にこちらには近づいてこない人形に取り憑いた幽霊達。

 トイレまで着いて、めぐみんがドアノブを回すが、開かなかった。

 

「あ、あれ?」

 

 ガチャガチャと何度も回すが、一向に扉は開かない。

 どうなっているのかと不安になると、中から声がする。

 

『だ、誰だ! 誰か外にいるのか!?』

 

「カズマ!? カズマですか!?」

 

『そうだよ! 人形達に追われて、トイレにも行きたくなったからアクアが除霊し終わるまでここに閉じこもっていようかと……』

 

「ちょっ!? 早く出てきてください! 出てこないと爆裂魔法で吹き飛ばしますよ!」

 

『めぐみんだろお前! 紅魔族はトイレになんて行かないって言ってただろうがっ!!』

 

「確かに紅魔族はトイレになんて行きませんが! 今は入りたいんです! いいからさっさと出なさい! 出ろーっ!!」

 

 強く扉を引っ張るとカズマは分かったよ、とトイレから出て来ると、押し退けて中へと入るめぐみん。

 

「あの野郎……今度本当に数日かかるクエストを受けてやる」

 

 尻餅を打ったカズマが立ち上がるとスズハに気付く。

 

「どうした? スズハもトイレか?」

 

「いえ。私はめぐみんさんの付き添いで霊避け係です」

 

「霊避け?」

 

 指を差すと、水の格子が通路に張られている。

 

「これで、幽霊の憑いた人形は近寄ってこれませんよ」

 

「もしかして、スズハも除霊が出来たりは……」

 

「しません。あくまでも避けるだけです。除霊には、光の精霊の力が必要だと聞きましたから」

 

「そっか。なら、アクアの奴が除霊を終えるまでここで待つか。さっき、高い酒飲まれたーって屋敷中の霊を浄化しに行ってたし」

 

「幽霊ってお酒飲むんですか?」

 

「いや、知らねぇけど……」

 

 2人で疑問に思っているとアクアの悲鳴が聞こえて駆けつけると、ダクネスの手違いで額を殴打されたアクアが倒れていた。

 その時には屋敷の除霊は終わっていたらしく、この晩の幽霊騒ぎは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギルドからの追加報酬は受け取らない。ついでに、不動産屋さんにも謝りにいくぞ。いいな」

 

「はい……」

 

 翌日、除霊の報酬を受け取りにギルドを訪れると、意外な形であの屋敷に霊が集まっていた理由が発覚する。

 あれらの霊はこの街のプリーストに放置されていた共同墓地に集まっていた幽霊で、その霊達を成仏させる仕事はウィズからアクアへと譲渡されていた。

 しかし、いちいち墓地まで赴くのが面倒という理由でアクアは墓地に結界を張って霊が寄り付けなくしていたらしい。

 その結果、あの屋敷に再現なく幽霊が集まっていたのだとか。

 そのマッチポンプにカズマが報酬の受け取りを拒否させた。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

『緊急! 緊急! 冒険者の皆さんは、直ちに武装して街の正門に集まってください! 特にサトウカズマさんのパーティーは大至急お願いします!』

 

「は?」

 

 ご指名の意味が分からずに取り合えず指示に従い、正門まで移動するカズマ達。

 するとそこには見覚えのある首なし騎士(デュラハン)が聳え立っていた。

 

「ベルディアっ!?」

 

「ベルディア?」

 

 それは以前この街に訪れてダクネスに呪いをかけて帰っていった魔王軍幹部のデュラハンだった。

 スズハは聞き覚えのあるその名前を思い出そうと反芻する。

 ベルディアの後ろには配下と思わしき多数のアンデットモンスターが控えている。

 自身の頭を手にした騎士は憤慨した様子で怒声を上げた。

 

「何故城に来ないのだ! この人でなし共がぁあああああっ!?」

 

「はぁ?」

 

 何を怒っているのか分からずカズマは反論する。

 

「なんで態々危険な城に行かなきゃならないんだよ! 大体、もう爆裂魔法は撃ってない筈だろ! この街になんの用だよ!」

 

「撃ち込んでないだと! あれからも毎日毎日、そこの頭のおかしい娘が爆裂魔法を撃ち込んできていたわ!」

 

 冒険者達の視線がめぐみんに集まる。

 

「そんな事をしてたんですか? めぐみんさん」

 

 スズハの質問にめぐみんが少し言いづらそうに言い訳する。

 

「はい。今までは適当な場所に爆裂魔法を撃っていれば満足出来たのですが。あの城を攻撃してからは大きくて硬いものじゃないと満足できない体に……」

 

「モジモジしながら言うんじゃねぇ! 何の照れ隠しだ! というか、お前! 爆裂魔法使ったら動けなくなる筈だろ! なら、運んでた共犯者が────」

 

 すると1人だけ明後日の方角に出来ない口笛を吹き始めるアクアに誰が共犯者か理解した。

 

「お前かーっ!? なんてことしてくれんだこのバカッ!?」

 

 頭を拳で挟み、グリグリとするカズマにアクアがだって! と言う。

 

「アイツがここら辺に住み着いたせいで手頃なクエストが減っちゃったし! アンデットのくせにあんな立派な城に住んでるなんてムカつくじゃない! 嫌がらせしてやりたかったんだもん! 痛い痛い! 力を強めないでよ!」

 

 アクアに制裁を加えているとベルディアの言葉が続く。

 

「俺が怒っているのは爆裂魔法の事だけではない! 貴様らを庇い、俺の呪いを受けたあのクルセイダー! それを見捨てるなど、貴様らには仲間を想う心はないのか! 生前は真っ当な騎士であった俺から言わせれば、あの騎士の鑑のようなクルセイダーを見捨てるな、ど……」

 

 段々と言葉が小さくなるベルディア

 それもその筈。彼の呪いを受け、とっくに死んでいると思っていたクルセイダーの女はピンピンしてやぁ、と手を振っているのだから。

 

「あれぇええええっええっ!?」

 

 驚きのあまり変な声が出るベルディア。

 そしてそこで別の者も声を出す。

 

「あーっ!?」

 

「今度はなんだ!」

 

 突然声を出したスズハが険しくも真剣な表情でベルディアに視線を向ける。

 

「思い出しました! ベルディアさん! 聞いたことがあります! その剣の腕と死の呪いで大勢の優れた騎士や冒険者を狩ってきた魔王軍幹部です!」

 

 スズハの説明に鼻を鳴らすベルディア。

 

「少しは物を知っている人間が居るようだな、異国の娘よ。そこの者達が最初から大人しくしていれば、こんなところで死ぬこともなかったろうに……」

 

 クックッ、と笑うベルディア。

 しかし、スズハの説明はまだ続いていた。

 

「気を付けてください! 特に女性の冒険者の方は!」

 

「ん?」

 

「あの人は、自分の頭を転がして女性のスカートの中を覗いたり! 頭を投げて胸に当ててきたり、お風呂場にも投げて女性の裸を凝視してくるのが趣味なデュラハンです!!」

 

 その瞬間、男性冒険者達の親近感が僅かに上昇し。

 女性冒険者達の殺意が大幅に上昇した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次でこの番外編も最後です。
そうしたら紅魔の里編に入ります。


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番外編3:前払い(5)

今回で何とか終わらそうとしたら1万5千文字越えした。

顛末には賛否があると思いますが、寛大な心で読んで頂けると助かります。


 スズハの暴露に、アクセルの女性冒険者達はスカートを押さえて軽蔑の視線を魔王軍幹部であるベルディアへと向ける。

 兜で隠された顔からはどのような表情をしているのか不明だが、発せられた声からは明らかな動揺が聞き取れた。

 

「だだだだだだだだ誰だっ!? そんな事を言っているのはっ!」

 

「被害に遭われたご本人ですが? 毎日会う度にスカートの中を覗かれて迷惑していたと」

 

「アイツかぁああああああっ!?」

 

 咆哮のようなベルディアの叫びがアクセルの正門前に響く。

 その頃、何故かアクセルの街の売れない魔道具店の店主がくしゃみをしていたとか何とか。

 

「あ、いや待て! 女冒険者共よ! そんな眼でこっちを見るな! 誰これ構わずやっていた訳じゃないぞ! 俺がそういうことをしていたのはアイツ1人だけで────

 

 弁明を始めるベルディアに女性冒険者達から非難の声が飛ぶ。

 

「やってたんじゃない! サイテー!!」

 

「デュラハンなのはともかく、性格はまともだと思ってたのに!」

 

「何が生前は真っ当な騎士よ! セクハラで処刑されたんじゃないのっ!」

 

『か・え・れ! か・え・れ! か・え・れ! か・え・れ! か・え・れ!』

 

 女性冒険者達の帰れコール。

 それを受けて鎧を着ているデュラハンの体がぷるぷると震え出した。

 

「喧しいわっ!! 貴様ら状況が分かってるのか! 俺がその気になれば、この街の人間を皆殺しにする事も出来るのだぞっ!」

 

「うわっ! 過去の犯罪を暴露されたからって、癇癪で皆殺しにするぞって脅すとか信じられない! 騎士の風上にも置けないわね!」

 

 言葉を出せば出すほど言葉のカウンターを喰らうベルディア。

 アクアがそこで前に出た。

 

「アンデットの癖に生意気よ! この街の人達の命と、女の子のスカートの中はこの私が守るわ! ターンアンデット!」

 

 アクアの魔法でベルディアの周辺に魔法陣と光が生まれ、アンデットを成仏させる魔法の直撃を喰らう。

 

「ひゃあぁあああああああっ!?」

 

 成仏とは至らずとも効いたのか、地面を転がり出すベルディア。

 アクアの浄化を受けても消え去らないのは、流石魔王軍幹部と言うところか。

 

「なんてことなの! 私の魔法が効いてないわ!」

 

「いや、効いてるんじゃないか? ひゃああ、とか言ってたし」

 

 立ち上がったベルディアがふ、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「か、駆け出しのプリーストにしてはや、やるな! しかしこの程度で────」

 

「セイクリッド・ターンアンデット!」

 

 先程のターンアンデットより強い聖なる光が再びベルディアを襲う。

 

「ぎゃあぁあああああああっ!?」

 

 さらに激しく地面をのたうち回るベルディア。

 

「や、やっぱり効いてないんじゃ……!?」

 

「いや、効いてる効いてる。だってぎゃああああああって言ってたし」

 

 だが流石は魔王軍幹部。成仏とまでは逝かないらしい。

 立ち上がったベルディアが忌々しそうに舌打ちした。

 

「爆裂魔法といい、なんなのだこいつらはっ! この街は駆け出しが集う街じゃなかったのか!」

 

 攻撃力だけなら最強の爆裂魔法を使うアークウィザードに、ベルディアの呪いを解除するだけでなく大ダメージを与えるほどのターンアンデットを使えるアークプリースト。

 彼が舌打ちしたくなるのも無理はないだろう。

 ベルディアが背後に控えていた部下達に指示を出す。

 

「アンデットナイト達よ! この街の連中に地獄を見せてやれ! 皆殺しにしろ!!」

 

「あー! アイツ、アクアの魔法が意外にも効いたんでビビったんだぜ?」

 

「ち、違うわい! 最初からボスが戦ってどうする! 魔王軍幹部がそんなヘタレな訳がないだろう! 配下から戦わせるのは古来よりの伝統……ん?」

 

 動き出したアンデットナイト達。

 しかし、それは街の中でも冒険者達でもなく、1人のアークプリースト目掛けて求愛でもするようにアクアへと走っていく。

 

「なんでよー! なんで私ばっかり狙われるの!? 私女神なのに! 普段の行いだって良い筈なのにぃ!」

 

 半ベソを掻いてアンデットナイト達に追いかけ回されるアクア。

 それを見ながらスズハが呟く。

 

「こういうの、何て言うんでしたっけ? えーと……モテ期?」

 

「こんなモテ期はイヤだ」

 

 暢気にそんなことを言っていると、アクアがカズマ目掛けて走ってきた。

 しかしスズハは地面を見ながらボソリと呟く。

 

「そろそろ良いかな? 土精霊(ノーム)……」

 

 アンデットナイトを引き連れてこっちに向かってくるアクアに、カズマが顔を青くして拒否する。

 

「バカ! こっち来んな!?」

 

「カズマさーん!? 何とかしてよー! こいつら! ターンアンデットが効かないの!」

 

「アクアさん! こっちです! こっちにそのアンデット達を誘導してください!」

 

「スズハッ!」

 

 スズハが走りだし、アクアも反射的にその声に従いスズハの後を追う。

 

「何をするつもりかは知らんが! 俺の部下をそう簡単に倒せると思うな!」

 

 少しずつスズハとアクアの距離が近づき、スズハが叫ぶ。

 

「お願い! 土精霊(ノーム)!」

 

 スズハが振り返り、地面を強く踏む動作をするとそこから急激に地割れが発生し、アンデットナイト達を落としていく。

 

「いやぁあああああああっあぶっ!?」

 

 アクアも巻き込まれそうになるが、スズハが手首を掴んで引っ張り上げる。

 アンデットナイト達が地割れに落ちたのを確認すると、今度は元に戻ろうと地割れした地面が動き、落ちたアンデット達を圧し潰していく。

 断末魔の声を上げながら次々と圧し潰されていくアンデットナイト達。その光景にアンデット嫌いのアクアも顔を青くする。

 

「ス、スズハさん。アンデット相手とはいえ、流石にこの(たお)し方は私もドン引きなんですけど……」

 

「……落とし穴にアクアさんごと落として、全員を成仏させ終えるまで閉じ込める無限ターンアンデット作戦も考えてたんですけど。そちらの方がお好みでした?」

 

「一網打尽なんて素晴らしい作戦だったわスズハ! ご褒美に今晩はシュワシュワを奢ってあげるわね!」

 

 別作戦を聞いて泣き笑いで態度を変えるアクア。

 彼女をむやみに怒らせてはいけないと、その場を見ていた全員が確信する。

 自分の配下が地面に圧死させられるのを見て、ベルディアが震えた手でスズハを指差す。

 

「お、おおおおおおお前は悪魔か! いくらモンスターとはいえあんな倒し方があるか!? 鬼畜過ぎるぞ!!」

 

「街の住民を皆殺し……とまで言われれば、こちらも手段を選んでは要られないので。ここで退いてくれれば嬉しいのですが……」

 

 

「馬鹿を言うな。部下をあのような方法で倒せる貴様をみすみす放って置ける訳もあるまい! ここからは俺が相手をしよう。言っておくが、この俺にあのような小細工が通用すると思うなよ?」

 

 大剣をスズハに向ける。

 

「いくぞ! 異国の精霊使いよ!」

 

 全身鎧に身の丈程の大剣。そして左手に自身の首を持っているとは思えない速度でスズハへと向かってくるベルディア。

 アクアを突き飛ばして、別の風精霊(シルフ)で大剣を受け流そうとする前に金の髪が割って入る。

 

「ダクネスさん!」

 

「下がれスズハ! こいつは、私が抑える!」

 

 振り下ろされたベルディアの大剣を、自分の剣で受け止めて拮抗するダクネス。

 

「でぇえええいっ!?」

 

 むしろ、気合いと共にベルディアを押し退けた。

 

「やるな! クルセイダーの娘よ!」

 

火精霊(サラマンダー)!」

 

 スズハが火の精霊を呼び出すと、一撃熊と白狼を討伐したときにカズマのショートソードにしたように、ダクネスの剣に炎を纏わせる。

 

「ありがとうスズハ! この剣で必ずベルディアを倒す! はぁああああああっ!!」

 

「来いっ!」

 

 気合いと共にベルディアへと向かうダクネス。

 それを受けるために構えを取るベルディア。

 2人が交差し、周囲の岩が切り裂かれ、撒き散らされた炎が草を燃やす。

 しかし────。

 

「は?」

 

 疑問の声を出したのはベルディアだった。

 止まっていたベルディアの体に、ダクネスの剣はかすりもしなかったからだ。

 仲間のサポートを受けて、必ず倒すとカッコ良く宣言して、止まっている敵に当たりもしない。

 ダクネスだけでなくカズマも居たたまれない気持ちになる。

 そこから他の冒険者達もベルディアへと向かう。

 

「魔王軍幹部っつっても1人だ! 囲めぇ!」

 

 4人の前衛職冒険者が向かう。

 ベルディアは自分の頭を空中に投げる。

 すると、全体を見渡すように空中で静止した。

 嫌な予感がしてカズマが叫ぶ! 

 

「やめろ! 行くなっ!」

 

 その忠告は届かずに、それぞれの獲物を持った冒険者がベルディアに襲いかかるが、軽々と回避しながらも一瞬で斬り伏せた。

 4人目を助けようとスズハが風精霊(シルフ)の力を借りるが、生み出した風の刃を物ともせずに大剣で斬る。

 

「どうした? これで終わりか? 何を怖じ気づいている? 俺を倒し、一攫千金を狙う、そんな猛者はいないのか? それこそが冒険者の夢だろう?」

 

 あっさりと冒険者数名を殺害したその動きに冒険者達が後退る。

 しかし、ダクネスだけはなおもベルディアに突進する。

 

火精霊(サラマンダー)! 水精霊(ウンディーネ)!」

 

 ダクネスの剣から離れた火精霊(サラマンダー)が口から炎を吐いて攻撃するが、鎧によって阻まれて大したダメージにはならない。

 続いて上空から水精霊(ウンディーネ)が水の鞭で攻撃する。

 すると、ダクネスを無視して回避に専念した

 その様子にカズマは、ん? と疑問を覚える。

 風と火。2つの精霊の力は大して効かなかったのに、どうして水だけ避けたのか。

 確かめる為に、カズマはダクネスの相手をしているベルディアに魔法を使う。

 

「クリエイト・ウォーター!」

 

 ダクネスごとベルディアにクリエイト・ウォーターを喰らわせようとするが、水を被ったのはダクネスだけで、ベルディアは大きく後ろに避ける。

 その行動にカズマは確信した。

 

「カ、カズマ……攻撃は当たらないが、私はこれでも真面目に戦っているつもりなんだぞ。それなのにいきなり水責めとは……んっ……!」

 

「興奮してんじゃねぇよこのドM騎士! 皆、見ての通りだ! アイツは水が弱点だぞ! 援護頼む!」

 

 カズマが後ろに控えていた魔法使い職の者達に頼む。

 

「ナイス発見ね! あの変態デュラハンに目に物見せてやるわ!」

 

「変態死すべき慈悲はない!」

 

 魔法使い職の女性冒険者達が率先して水魔法をベルディアに放ち、教会から聖水を貰ってきていた冒険者達もそれを投げつける。

 その間にカズマがスズハとめぐみんを呼んだ! 

 

「スズハ! めぐみん!」

 

 近づいてきた2人にカズマが即興で考えた作戦を伝える。

 確認するためにスズハに訊く。

 

「出来るか?」

 

「……5秒ほど頂ければたぶん……いえ、必ず!」

 

「良し! 頼んだぞ! めぐみん、タイミングをミスって俺たちごと撃つなよ!」

 

 言うと、カズマが冒険者達が水魔法や聖水でベルディアの注意を逸らしている間に走って近づく。

 

「ダクネス! そいつにしがみついて抑えろ!」

 

「カズマ! 騎士である私がモンスターにしがみつくなど……」

 

「変なプライド見せんな! いいからやれぇ!!」

 

「のわっ!?」

 

 そのままベルディアと向かい合っていたダクネスの背中に、カズマが全力のドロップキックを喰らわせて無理矢理組み付かせる。

 

「くっ! 男女平等とは言っていたが、仲間相手に躊躇うことなく全力でドロップキックを喰らわせて来るとは! 流石は私の見込んだ男だ!」

 

「お前はあの男のどこを見込んだんだ!?」

 

 しっかりと組み付いているダクネスにベルディアが困惑気味に叫ぶ。

 その間にカズマもベルディアが剣を握っている右腕にしがみついた。

 

「何のつもりだ! それで俺の動きを封じたつもりか! 貴様ごとき小僧、すぐにでも────」

 

「なぁ……アンデットが魔力を吸われるって、結構ヤバイんじゃないのか? 新スキル! ドレインタッチ!」

 

 ウィズから教わったドレインタッチでベルディアの魔力を吸い始めた。

 

「ドレインタッチだと! 貴様、そんなアンデットのスキルを誰に! いや、あの女か! 俺の日課の事といい! 何を余計な事をしてくれるかアイツはぁ!!」

 

 誰かに向かって文句を叫ぶベルディア。

 しかし、ベルディアから魔力を吸い取っても先にカズマの容量(キャパシティ)に限界が来る。

 強いて言うなら、蚊が人間の血を全て吸えるかという問題である。

 顔が青くなってきたカズマの体を振り払い、腰にしがみついているダクネスを蹴り飛ばして距離を取らせる。

 呻き声を上げて地面を転がる2人。

 

「ドレインタッチとは恐れ入ったが、レベルに差がありすぎたな。貴様ごときに俺の魔力を吸い尽くす事などできんわ!」

 

「知ってるよ、それくらい……」

 

 この世界に来て自分がどれだけ凡人か嫌というほど体験した。

 多少胸が張れるのは幸運と小賢しい頭のみ

 大物モンスターや賞金首。ましてや魔王を倒す勇者には程遠い。

 だから、その役目は彼以外が負えばいいのだ。

 

「スズハ!」

 

「はい!」

 

 合図と共にスズハが手を地面に付けると、カズマとダクネスがその場から消えた。

 スズハが土精霊(ノーム)で作った即興の落とし穴。

 その中に2人を避難させる。

 

「どういうつもり────」

 

「めぐみんさん! 今です!」

 

 ベルディアが疑問を口にし終わる前にスズハが合図を出す。すると、赤と黒の魔力が1人の少女へと集まり出す。

 威力は高いが燃費が悪く、その魔法の使い手である彼女の同族からすらもネタ魔法扱い。

 それでも、ただひたすらにその爆裂魔法を極めんと邁進する少女。

 いつかこの魔法があらゆる敵を一撃で葬り去る、文字通り"必殺"の名を冠するのに相応しくなるように。少女は1日に1回しか使えないその魔法を放った。

 

「エクスプロージョンッ!!」

 

 ベルディアを目掛けて大爆発が起こる。

 めぐみんも落とし穴に落ちたカズマとダクネスを巻き込まないように範囲を絞り、なるべくベルディアのみに威力が集中するように撃った。

 それでも爆裂魔法。

 地面を容赦なく抉り、空へと向かい爆炎が立ち昇る。

 

「のわぁああああああああっ!?」

 

 しかし、ベルディアとて魔王軍幹部。

 瞬時に動き、直撃を避けるも爆発に巻き込まれる形で正門まで吹き飛んだ。

 

「クソ! あの頭のおかしい爆裂娘め! 下手をすれば仲間は生き埋めだぞ!?」

 

 マントは焼け焦げ、自慢の漆黒の鎧は形が変形している。

 しかし、まだベルディアを倒すところまでは届いていない。

 駆け出しの冒険者達などこの身1つあれば────。

 鎧の金属音と共に立ち上がろうとする。

 だが、まだ最後の攻撃が迫ってきていた。

 見たことのない異国の民族衣装。

 この戦いで部下を屠り、自分を手こずらせた精霊使いの少女。

 水の精霊を傍に控えさせたまま、ベルディアの所へと走ってくる。

 

水精霊(ウンディーネ)! (つるぎ)にっ!」

 

 女の姿だった水の精霊は人が持つサイズを遥かに超えた剣へと姿を変える。

 まだ10メートル以上離れたベルディアまで余裕で届くほどの大剣。

 

「でぇええええいっ!!」

 

 それが城壁を破壊しながら横薙ぎへと振るわれ、ベルディアの体を通過し、トドメとばかりに上からも振り下ろした。

 アクセルの街の正門が十字に斬られて音を立てて崩れ落ちる。

 魔力のほとんどを使い果たしたスズハは、その場で苦しそうに胸を押さえて膝をつく。

 

「はっ……はっ……はぁ……っ!?」

 

 出せる力は全て出し尽くした。

 これでも倒せないならもうスズハに打つ手は────。

 

 ベルディアから大きな溜め息が漏れた。

 

「まさかこの俺が、こんな駆け出しの連中にやられるとはな……」

 

 ベルディアから見てスズハの最後の2振りは不満の一言だった。

 鉄ではなく水で強引に作られた剣。

 使い手の振り方など、堕ちたとはいえ騎士であるベルディアからすれば素人丸出しの拙い動作。

 そもそも、攻撃が届く前に剣を投げつけでもすればこのような結果にはならなかったのだ。

 それでもそうしなかったのは、自分に向かってくる少女を見たから。

 長い黒髪を振り乱し、漆黒の瞳が自分を捉えていた。

 全てを出し尽くそうと動いたその姿を見た一瞬、その姿を美しいと感じて、その命を摘み取るのを躊躇してしまった。ただそれだけの事。

 

「まぁ、あの迷惑極まりない爆裂娘の魔法や頭のおかしいプリーストに浄化されるよりはマシか……異国の娘よ。存外に楽しめたぞ……」

 

 その言葉を最後に、ベルディアは黒い霧となって鎧も剣も跡形もなく消え去った。

 

「やった、の……?」

 

 信じられないという風に冒険者の1人が呟くが、紛れもなくアクセルの街の冒険者が魔王軍幹部を討伐したのだ。

 歓声が上がろうとしたとき、動けないスズハに近づく影があった。

 

「スズハッ!?」

 

 それはベルディアが乗っていた馬のアンデットだった。

 主人を倒された怒りからか。その蹄でスズハを踏み潰そうと。

 

「セイクリッド・ターンアンデット!」

 

 しかし、アクアの放った浄化魔法で問答無用に退場させられた。

 

「あの変態デュラハンに殺された人達を生き返らせるのに手間取ったのと、めぐみんの爆裂魔法の余波で吹き飛ばされちゃったせいで、美味しいところはスズハに取られちゃったけど、最後の締めはこのアクア様が頂いたわ!」

 

 自信満々に胸を張るアクア。

 その姿にスズハも力なく笑う。

 今度こそ魔王軍の驚異が消え去った事を知り、冒険者達の歓声が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルディアを倒した熱気が止まぬ間に、ギルドの酒場では冒険者達が宴会を繰り広げていた。

 今回の緊急クエストであるベルディア討伐の褒賞金が相当な額になることを見込んで、冒険者達は手持ちの金を散財している。

 参加しなかった冒険者はおこぼれにあやかろうと奢らせるために集まったり。

 とにかくギルドの酒場は盛況していた。

 

 

 

 

 

 

 

「あー! カズマ! そのシュワシュワは私のです!」

 

「お子様にはまだ早い! 酒を飲みたかったら、背丈とついでに胸を大きくして出直してこい!」

 

「おい。背丈はともかく胸が何の関係があるのか聞こうじゃないか」

 

 めぐみんが飲もうとしていたシュワシュワを奪い取って飲み干すカズマ。

 それを悔しそうに眺めているめぐみんにダクネスがフォローする。

 

「まぁ、小さい頃から飲むと頭がパーになると言うし。慣れない酒を飲んであぁはなりたくないだろう? めぐみん」

 

 自分達が最初に座っていた席を指差す。

 そこには頬を赤くし、ボーッとした表情で座っているスズハがいた。

 前回ジョッキのシュワシュワを飲んで眠ってしまったスズハ。

 今回は小さなグラス1杯だけ飲んでいたのだが、飲み終えるとあぁして動かなくなっている。

 意識ははっきりしているし、受け答えもしっかりしているが、どうやら怠いらしくて反応が緩慢になっていた。

 今は頼んだ水を飲みながら、たまにサラダや串焼き等をつまんでいる。

 

「本当に酒弱いんだな……今回のMVPなのに……」

 

 最初は他の女性冒険者を中心にパーティーに誘われたり、色々と質問されていたスズハだが、あの状態になってからは誰も話しかけてこない。

 カズマ達の目を盗んでセクハラしようとした男性冒険者もいたが、女性冒険者達に簀巻きにされてギルドから追い出された。

 そんなスズハだが、水を2杯程飲み終えた頃に席から立ち上がる。その表情は大分素面に戻ってきた。

 

「ちょっと風に当たって酔いを醒ましてきます……」

 

「大丈夫ですか? ついていきますよ」

 

「あーいえ。少し1人になりたいので……」

 

 めぐみんの申し出をやんわりと拒否するスズハ。

 ギルドの建物から出て、狭い路地に入る。

 

 ようやく見つけた探し物にスズハは息を吐いた。

 

「やっと見つけましたよ。いえ……出てきてくれましたね、と言う方が正解ですね」

 

 その存在の姿はとても奇妙だった。

 大きさは人の顔ほどの2頭身。

 ステッキを持ち、タキシードを着ているが、首から上だけは懐中時計という、一見すれば人形のような姿。

 スズハが探していた、時間と時空を司る大精霊だった。

 

「こちらに来たときは、水精霊(ウンディーネ)が色々と教えてくれなければ、ものすごく混乱するところでした。私も色々と考えたんですよ? 本来の歴史の流れを逆らうような行動をして、貴方を挑発すれば出てきてくれるんじゃないかな、とか」

 

 そうでなければ不用意にカズマ達に接触するような危険は冒さなかった。

 

「貴方は、どうして……」

 

 質問を重ねるスズハ。

 大精霊は精霊使いにのみ通じる言葉で話す。

 

「やっぱり。貴方は私の夢を叶えてくれていたんですね」

 

 それはかつてシラカワスズハが夢見ていた願望。

 この世界にやってきたばかりの頃。スズハ自身と娘もまだ小さくて、傍を離れる訳にはいかなかった。

 だけどいつも冒険に出るあの人達をいってらっしゃいと見送り、おかえりなさいと出迎える日々で、自分もその後ろについて行きたいと思わなかった訳ではない。

 それは後悔とか未練とかそんな大きな話ではなく。

 子供の頃に小さく燻っていた我儘な願望である。

 目の前の大精霊はスズハを困らせたかったのではなく、陥れようとしたわけでもなく、ただ、子供の頃の願いを叶えてくれていたのだ。

 スズハはお辞儀をして礼を言う。

 

「楽しい時間を過ごさせてもらいました。でも、もう帰らないと……皆さんが……ヒナが待ってますから。それに、もうすぐこの時間に居るべき私とヒナもやってくる。だから迎えに来てくれたのでしょう?」

 

 同じ時間に同一人物が居ることはかなり好ましくないだろう。

 だから、ここまでがタイムリミットなのだ。

 

「私がここにいた記憶は……やはりそうなりますよね。帳尻も合わせないといけないですし。それだけが、少し残念だなぁ……」

 

 少しだけ淋しそうにスズハは星の見える空に呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰る~っ!?」

 

「はい。探し物も見つかりましたし。急いで戻らないと」

 

「それはまた急だな。いつ出立するのだ?」

 

「今からです」

 

「ホントに急ですね!」

 

 屋敷に戻ってきたカズマ達に突然別れを告げるスズハ。

 そんなスズハにアクアが袖にしがみつく。

 

「そんなこと言わずにこのパーティーに残ってよ! 私達と魔王をシバキ倒しに行きましょう!!」

 

 強引なアクアの勧誘だが、他の物も同意見だった。

 この性格的にも能力的にも癖の強いメンバーと、パーティーとして行動できる人間は思いの外少ない。

 それが腕利きの冒険者ならどれだけ心強いか。

 

「しかし、ベルディアの褒賞金もあるのですから、せめてもう少しだけ……」

 

「そっちは皆さんで分けちゃってください。その件での私の功績は無くなってしまいますし」

 

「?」

 

 よく分からない事を言うスズハに皆が首をかしげる。

 

「いや、でも本当にここに残ってくれていいんだぞ? なんなら用事を済ませてから戻ってきてくれてもさ」

 

「お気持ちは嬉しいですけど。向こうには私を待ってくれている人も居ますから。早く帰ってあげないと」

 

「それって……」

 

 もしかして恋人とかだろうか? 

 この世界に来て5年と言っていたし、スズハくらい美人ならそんな相手が居ても────。

 そんなことを考えて地味にショックを受けていると、スズハから斜め上を行く回答を言われた。

 

「娘が、待ってるんです」

 

「は?」

 

「今は高貴なお方に預けてるんですけど。仕事も終えましたし、これ以上放って置くわけにもいきませんから。もっとも、向こうはそれを望んでるかもですけど……」

 

 最後の方は視線を鋭くして聞こえないように小声で呟く。

 スズハのカミングアウトに硬直するカズマ。

 

(めぐみんも結婚できる歳とか前に言ってたし。おかしくはないのか、な? なんだろう、なんかスゲェショックを受けてる。そんなどうこう言える関係でもないのに……)

 

 カズマは赤子を想像しているが、実は娘を産んだのが転生する前だとは流石に想像していない。

 

「そういえば以前酔ったときにそんなことを言っていたな。まさか本当に子供がいるとは……」

 

「でもどうせなら、その子とも会ってみたかったですね」

 

 めぐみんの言葉にスズハはイタズラっぽく笑う。

 

「会えますよ。もうすぐ」

 

 そしてスズハはカズマ達に頭を下げる。

 

「次皆さんに会う私は、自分だけでは何も出来ない子供です。きっとたくさん迷惑をかけてしまうと思います。それでもどうか、私を……私達をよろしくお願いします」

 

 そう告げると、何故かスズハの体が透けているように見えた。

 

「それじゃあ、また」

 

 小さく手を振って、スズハはカズマ達の前から幻のように姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が名はヒナ! 精霊の巫女の娘にして(将来的に)全ての精霊を従えし者!」

 

「キャアアアアアッ!? 素敵ですヒナさん!」

 

 紅魔族流の名乗りを上げるヒナにアイリスが手を叩いて絶賛。ヒナも嬉しそうに照れていた。

 アイリスはここ数ヵ月で最も上機嫌な日々だった。

 年々増えてくる王族としての責務。

 最近では父や実兄からお見合いの話が持ち上がり、特にかつて婚約破棄したエルロードの王子ともう一度話し合ってみないかとそれとなく勧められた。

 王族としての義務は理解しているが、彼女もまだ花の十代である。自由という蜜を知って、もう少しだけ思うように生きたいと願ってしまう。

 近頃は城の外へ出るのも大変なのに、スズハがヒナを城に連れてくる機会を段々と減らし始めた。

 ヒナが学校に通い始めてからは、同年代の子達と交流させてあげたいという理由で。

 理由は理解できるが、もう少しこちらに顔を出してくれても良いではないか。

 それに滅多に会えないのだから楽しく過ごしたいのに、あまり甘いものやおもちゃばかり与えるなとか、口を挟んで来るのも頂けない。

 どうせ過ごすなら互いに楽しい方が良いに決まっている。

 

(私が欲しいモノを全部持っているのだから、少しくらい分けてくれても良いじゃないですか)

 

 そう思ってしまうのだ。

 そんな思考に囚われていると、 少し離れたところで見ていたカズマがアイリスに質問する。

 

「なぁ、アイリス。雨すごいけどスズハやダクネス達は大丈夫だよな?」

 

 城の中にまで聞こえて来る雨音にカズマが表情を曇らせていた。

 

「今回出向くのはもう人の住んでない廃村です。建物はそのまま残されてるので問題ないと思いますよ」

 

 義兄からの質問に淀み無く答える。

 今度は何をしようかと考えていると、ヒナも外の天気を見て顔を曇らせていた。

 

「ヒナさん? どうしましたか?」

 

「……お母さまやダク姉さまはお風邪などを引いてはいないでしょうか?」

 

 カズマの質問に触発されたのか、ヒナも心配そうに窓の外の雨を見ていた。

 まだ5日程度だが、まだ5歳の子供が母親とそれだけの時間を離れることがどれだけのストレスか。

 不安そうな表情から泣きそうに瞳を潤ませているヒナ。

 その表情にはアイリスも流石に罪悪感を覚えた。

 

「ヒ、ヒナさん! 今日は昔、スズハさんやお兄様がこの城に初めて来た時の事をお話しますね!」

 

「あら。それは良いですね。昔話に花を咲かせましょうか」

 

「そうでしょ……ん?」

 

 この場に居ない筈の者の声がしてアイリスが後ろを振り向くと、そこにはスズハとダクネスが立っていた。

 

「お母さま!」

 

 スズハに抱き付くヒナ。

 娘の頭を撫でているとアイリスが動揺したように後退り。

 めぐみんとカズマがホッとしたように胸を撫で下ろす。

 

「帰って来ましたか。しかしいつ戻ってきたのですか?」

 

「1時間くらい前に。報告は自分でするので報せなくて良いと頼んだんです。雨で濡れてしまいましたので、湯浴みを先に。さて、アイリス様。少々お訊きしたい事がございます。今回の件、どこまでご存知だったのか。フフフ。あんな大精霊が相手なんて、流石に帰って来られないかと思いましたよ」

 

 ドス黒いオーラを出して微笑むスズハに、アイリスはゴニョゴニョと口を動かしている。

 全てではなくともとびっきり危ない精霊だとは気付いていたな、と当たりを付ける。

 カズマが質問する。

 

「そんなに危ない奴だったのか?」

 

「こっちからむやみにつつかなければ、そう危険はないはずですけどね。アレは倒そうと考えるのが間違ってます。今回私は体よく遊ばれて帰された感じですし。あぁ、肝心の精霊はどこかへ行きましたよ。細かな事は明日までに報告書に纏めますので」

 

 口だと説明しづらいので、と付け加える。

 スズハがこちらに戻ってきたときは大雨で、ダクネスの頭上に落とされた。

 本来なら首が折れてもおかしくない角度と落下速度だったが、流石はダクネス。綺麗に落ちるスズハをキャッチしてくれた。

 幸い、戻るように指示されていた馬車はダクネスの命令に背いて残ってくれており、そうでなければあの廃村で迎えが来るのを待つことになっていただろう。

 

「お母さま! お母さま!」

 

 よほど寂しかったのだろう。ここ数日で見ることのなかった満面の笑みで、スズハにしがみついて甘えるヒナ。

 スズハも膝を折ってヒナに視線を合わせて頭を撫でる。

 その姿にアイリスが少し悔しそうに口を曲げる。

 

「良い子にお留守番してた?」

 

「はい!」

 

 めぐみんとカズマに視線を向けると、2人は苦笑しつつ首肯して答える。

 ヒナ達からすれば数日。だが、スズハからすればもっと長い時間離れ離れだったのだ。

 娘が愛しくてずっと撫でていたい気持ちになるが、その前に。

 

「カズマさん。めぐみんさん。ダクネスさん。アクアさん。ありがとうございます。皆さんに出会えたお陰で、今日まで私達は健やかに幸せな日々を過ごすことが出来ました。心から感謝を。そして、これからもよろしくお願いします」

 

 突然そんなことを言われて皆が瞬きした。

 

「どうしたんですか? 急にそんな。それに、お世話になってるのはこちらの方な気もしますが」

 

「言いたかったんですよ。皆さんに出会えたこの数年。本当に幸せだったなって実感して」

 

「……そんな縁起でもない事をいうな。まるでこれから居なくなるみたいだぞ」

 

「そんなつもりは全然ないんですけどね」

 

 ダクネスの言葉にスズハは口元に指を添えて笑う。

 スズハが行方不明になったのを見たダクネスからすれば、そう感じてしまうのだろう。

 そこでアクアが身を乗り出す。

 

「何々? そんなに感謝してるのなら、アクセルに帰ったら盛大に奢ってくれていいわよ! 今回の報酬も相当なんでしょ?」

 

「台無しだなこの駄女神!」

 

 さっそくたかろうとするアクアにカズマが呆れる。

 わりと倹約的な所のあるスズハはやんわりと断るだろうと思ったが、返ってきた返事は意外なものだった。

 

「いいですね。どうせなら、再来週のヒナの誕生日に合わせて旅行にでも行きませんか? 旅費は今回の報酬から負担しますので」

 

「本当ですか、お母さま!」 

 

「えぇ。いくつか候補を挙げて、これからどこへ旅行するか決めましょうか。一緒に」

 

「はい! 楽しみです!」

 

 浮かれるヒナ。

 そこでアイリスがおずおずと手を挙げる。

 

「あの……それ、私が付いていっては……」

 

 今回の件は流石にやり過ぎた自覚のあるアイリス。

 しかしヒナの誕生日は祝ってあげたいので、躊躇いがちに訊いてきた。

 スズハはにこりと答えた。

 

「来るなら構いませんが、難しいと思いますよ? 先程国王陛下とお話しさせて頂いて。今回の件で大層ご立腹なご様子でしたから。しばらくは見聞の旅に出すと」

 

「なんですかそれは!」

 

 あの大精霊相手を一介の冒険者に任せようとしたのは愚策だった。

 本来ならもっと会議などを重ねて、念入りに準備して挑むべきだったのだ。

 ましてや私情ありきともなれば、国王陛下もアイリス王女の考えに頭を痛めた様子。

 

「ま、待ってください! 私、見聞の旅になんて行きませんからね! 私もヒナさんのお誕生日を祝いたいんですから!?」

 

「私に言われましても。そのお話は陛下となさってください」

 

「ラ、ララティーナ!」

 

「アイリス様。今回は私も流石に肝を冷やしました。少し反省なさるべきかと」

 

「お兄様! めぐみんさん!」

 

「あー。よく分からんが、スズハの件は俺もどうかと思うぞ?」

 

 ダクネスとカズマは反省しろと念を押す。

 めぐみんはプイッとそっぽを向くだけだった。

 ガクッと肩を落とすアイリスを横目に、まだしがみついている娘に額を合わせる。

 

「お母さま?」

 

「私の人生で、貴女ほど愛情を注いだ人はいないわ。大好きよ────私の愛しい(ヒナ)

 

 この素晴らしい世界で、しっかりと自身の幸福をスズハは抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば聞きそびれていたが、あの精霊に跳ばされて何処で何をしていたのだ?」

 

「う~ん。何と言いますか。跳ばされたのはよく知った場所でしたよ? 何をしていたかと聞かれれば、お世話になる前払いをしに行った、みたいな感じでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燃えている暖炉の前に置かれているソファーでだらけているアクアに、カズマが話しかける。

 

「おいアクア。もうちょい詰めろよな」

 

「なによ。カズマが座るスペースはちゃんと開けてるでしょ。ニートの座る分をちゃんと空けてあげてる私に感謝して!」

 

「あのな。お前がスペース取ってるせいでス────あれ?」

 

 今、誰の名前を呼ぼうとしたのか。

 誰かが居ない気がして、カズマはパーティーメンバーに質問する。

 

「なぁ。俺達のパーティーって4人だけだっけ? もう1人、誰か居なかったか?」

 

 椅子で本を読んでいためぐみんが呆れた様子で返す。

 

「ダクネスが加わってから、ずっと4人でクエストをこなしてきたじゃないですか。寝惚けてるんですか?」

 

 そう。その筈だ。

 このピーキー過ぎる仲間と然して取り柄のない最弱職の自分。

 それで今日まで頑張って来た筈。

 それなのにどうして、何かが欠けていると感じるのか。

 

「……前に一撃熊の討伐クエスト受けたよな? アレってどうやって成功させたんだっけ? ほらあの、白狼にも襲われた奴」

 

「あぁ。あのアクアがいつの間にか引き受けていたクエストか。たまたま他のモンスターにでも襲われたのか、瀕死の一撃熊を見つけてカズマがトドメを刺したんじゃないか」

 

「それで後からやってきた白狼の群れに、我が爆裂魔法で一網打尽に────あれ? その時何故かとても腹の立つ光景があったような」

 

「ん? そういえば私もとても気持ちの良い攻撃を喰らったような……」

 

 ダクネスやめぐみんまで考え込むと、アクアが話題を変える。

 

「どうでもいいじゃない。そんな昔の事は! それより、あのスカートの中を覗く変態デュラハンを倒した報酬が貰える日よ! 魔王軍幹部なんていくら報酬が貰えるのかしら! あ、私のターンアンデットで仕留めたけど、皆も頑張ったし、分け前は9:1でいいわよ」

 

 理不尽な事を言うアクアだが、何故か怒りは感じずに気になる部分があった。

 

「……スカートの中を覗くって誰が言ってたんだっけ?」

 

「さぁ? きっと討伐に参加してた冒険者の誰かでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日もクエスト頑張ります!」

 

「えー。もう季節的に寒すぎるし、暖かくなってからにしましょうよー」

 

「俺らになんで金が必要だと思ってんだコラ!」

 

「心の汚れたヒキニートの考えなんて、清らかな女神である私に解るわけないじゃない」

 

「借金だよ!」

 

 カズマの言葉にアクアが汗を滲ませて表情が固まる。

 

「お前がベルディアを倒したときに壊した正門の借金のせいで、報酬から毎度天引きされてんだぞ! このままじゃあ、暖炉にくべる薪代だって買えなくなるんだぞ!」

 

「あ、あれは違うわ! 私もそうした記憶があるけど、私が壊したにしては違和感があるし! なにより女神の勘が、あれは私じゃないって囁いてるの!」

 

「お前ベルディアを倒した報酬は9:1でいいわよ! とか言っておいて今更っ!」

 

「だってだって! お金はたくさんほしいじゃない! でも正門を壊したのは私じゃない筈なの!」

 

 パンパンとテーブルを叩いて信じてよー、と泣きベソを掻くアクア。

 カズマとアクアがそんな言い合いをしていると、見知った銀髪少女が手を振ってきた。

 

「やぁ久しぶり! 景気はどうだい?」

 

「借金持ちの俺らに景気を訊くとは良い度胸だな……」

 

 喧嘩売ってんのかとガンを飛ばすカズマに、クリスはあはは、と頬の傷を掻く。

 

「それはそうと、皆を探してたんだ。ちょっとお願いしたい事があってね」

 

「お願い? 金目の話なら大歓迎だぞ」

 

 指で金のジェスチャーをするカズマだが、クリスの頼みは違うらしい。

 

「そうじゃなくって。しばらくダクネス達のところで面倒を見て欲しい子供がいるんだ。ほら、最近屋敷住まいになったって聞いたし。その子の生活費とかはあたしの方でなんとかするからさ」

 

 手を合わせてお願いしてくるクリス。

 ダクネスが首をかしげる。

 

「クリスが懇意にしてる孤児院はどうだ? あそこならお前が頼めば頷いてくれるのではないか?」

 

「あ~。あそこも今年はちょっと大変みたいでさ。引き受けてはくれるだろうけどね。それにその子もちょっと訳有りでね。出来ればダクネス達のところで置いてもらえると助かるんだ」

 

「そうは言ってもな、犬猫じゃないんだぞ?」

 

 いくら生活費がクリス持ちと言えど、子供だ。

 それなりに目にかけなければならないし、正直そんな余裕はない。

 

「良い子だよ~。家事が得意で手のかからない。しっかり者の」

 

 ここまで言うと逆に疑わしくなる。

 めぐみんがそこで発言する。

 

「会うだけ会ってみてはどうですか?」

 

「え~? めんどくさいんですけど~。私たちも大変なのに」

 

「そこをなんとか! 今夜の飲み代はあたしが奢るから!」

 

「ま、まぁ。クリスがそこまでお願いするなら? あ、でも会うだけよ。預かるかどうかはその子を見て決めるから」

 

 頼んでくるクリス。

 その熱意と言うよりは、今夜は奢りという言葉に釣られて態度を軟化させるアクア。

 ダクネスも預かる事には賛成も反対も無いらしい。

 カズマの方に視線が向く。

 

「クリスにはなんだかんだで世話になってるからな。今度、またお得なスキルとか教えてくれよ?」

 

「もっちろん! それじゃあ、連れてくるね!」

 

 駆け足でギルドから出ていくクリス。

 

「さぁ! 今日はクリスの奢りよ! ここ最近おあずけだし、限界まで飲むわよ!」

 

「お前もう子供の事なんて頭から飛んでるだろ駄女神!」

 

 それからトラブルでもあったのか、思ったより時間が掛かって、クリスと10歳くらいの妹なのか赤ん坊を抱えた女の子を連れてきた。

 

(あれ、着物だよな……ってこんなこと前にも考えたような……?)

 

 軽い既視感に囚われているうちに、クリスに勧められるままに席に座る着物の少女。

 緊張した様子でカズマ達を見る。

 しかし何故かその少女が誰かに似ているような気がした。

 

 

 ────それでもどうか、私を……私達をよろしくお願いします。

 

 

 そんな、身に覚えのない約束が頭に過った。

 少女の緊張をほぐそうと、カズマ達がそれぞれ自己紹介する。

 カズマ達の自己紹介を終えると不安そうに瞳を揺らし、藁にでもすがるように。しかし育ちの良さを感じさせるしぐさで自分の名前を言う。

 

「シラカワスズハ、と申します。この子はヒナ、です。よろしくお願いします!」

 

 どこかで聞いた筈の。しかし思い出すことのない名前を口にして少女は頭を下げた。

 この素晴らしい世界で、小さな母娘が手にする幸福の日々の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から紅魔の里編に入ります。

たぶんスズハとこめっこは相性が悪い


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精霊を引き寄せる娘

紅魔族編のプロローグ。

次に番外編やるならヒナが実父と会う話とか書きたい。
前後編で8割シリアスの。


「これでよし、と」

 

 庭の掃除を終えてスズハは汗をタオルで拭く。

 

「気温も大分上がってきましたね。日本ならもうすぐお花見の季節でしょうか?」

 

 そんなことを思いながら屋敷に入っていくと、ぬいぐるみで遊んでいる娘がいる。

 

「あーうー」

 

 ヒナはちょむすけのぬいぐるみに抱きついて、嬉しそうに遊んでいる。

 

「……うん。まぁ、ヒナが気に入ったのなら良いんだけど」

 

 あのぬいぐるみはアルカンレティアで購入した材料でスズハが作成した物ではなく、アクアが作ったぬいぐるみだ。

 アルカンレティアから帰って来て、チクチクとちょむすけのぬいぐるみを作っていたスズハにアクアが現れて、

 

『そんな出来映えじゃあ、ヒナは満足しないわ! 見てなさい!』

 

 と、余った材料で本物そっくりの1/1(等身大)ちょむすけ人形を縫ったのだ。

 案の定、ヒナはアクアの縫ったちょむすけ人形を一目で気に入り、手離さなくなった。

 

「ちょむすけ、おいでー」

 

「なーん」

 

 ちょむすけを膝に乗せて体を撫でる。

 ヒナが人形に夢中になるとちょむすけを乗せても泣かなくなり、こうして癒されている。

 

「さて。そろそろ皆さんが帰ってくる筈ですから、夕御飯の支度を────」

 

 立ち上がろうとすると玄関が強く開けられる音がした。

 

「とぅあだぁいーまーっ!?」

 

 何かから逃げるように帰ってきたカズマ達は、息を切らせて玄関にへたり込む。

 人数分水の入ったコップをトレイに載せて玄関まで行く。

 

「おかえりなさい、皆さん。今日は随分と大変だったみたいですね」

 

「それどころじゃねぇよ! おい、ダクネス! あんなバケモノどうにか出来るかーっ!?」

 

 受け取ったコップの中身を飲み干して、クエストを持ってきたダクネスに文句を言う。

 

「いや、すまない。あそこまで大物だとは思わなくて。クッ! それならば、奴の攻撃を喰らっておけば良かった!」

 

「冗談じゃないから! あんなのの調査なんて、ホンットーに冗談じゃないんですけど!?」

 

 泣きながら両手を上下に動かすアクア。

 

「そんなに危険なクエストだったんですか?」

 

 爆裂魔法を使ったのだろう。カズマに背負われためぐみんが説明する。

 今回は、森の奥に建てられた神殿に居座っているモンスターと思わしき存在の調査だった。

 ギルド側から防御力の高さを見込まれてダクネスに依頼されたクエスト。

 いざ乗り込んで見ると、想像以上におぞましい姿の精霊(モンスター)だった。

 土の大精霊という噂もあるが、真偽は定かではない。

 めぐみんの爆裂魔法を叩き込んだが、倒すとまでは行かないだろうと。

 

「とにかく、一応今回の依頼は完了だ。あそこら辺は立ち入り禁止にしてもらう事になった」

 

「お疲れ様でした。お風呂も沸いてますから、順番に入ってください」

 

「ありがとう。本当に気が利くなぁ」

 

 と、先に浴室に行こうとするカズマの肩を、アクアとめぐみんが掴む。

 

「待ちなさい、カズマ。アンタ、女の子達より早くお風呂に入ろうって言うのかしら?」

 

「カズマ。貴方、レディーファーストって言葉を知ってますか?」

 

「……俺は真の男女平等を願う者。大して何もしてない自称女神や、爆裂魔法をぶっ放して担がれてただけの1発屋に遠慮する必要はない」

 

 暫しの沈黙の後に、男女どっちが先にお風呂に入るのか揉め始める。

 そこで鎧を脱いだダクネスにスズハが頼み事をした。

 

「ダクネスさん。ご実家から、お荷物が届いていて。たぶんいつものかと。中身を確認して厨房まで運んでもらってもよろしいですか?」

 

「分かった。まったく。お父様も度々何かを贈りつけなくてもいいのに」

 

 ダクネスの実家であるダスティネス家から、たまに高級食材やら高級酒等が贈られてくる。

 今回も何かしらの高価な食材が贈られているのだろう。

 ダクネスが玄関横に置かれた箱を持ち上げようと動く。

 

「あ、あれ?」

 

 ダクネスが箱を持ち上げようとするが、僅かに動くだけで持ち上がらない。

 

「ダクネスさん?」

 

 確かに届けられた荷物は重かったが、頑張ればスズハでも持ち上げられる重さだった。それをダクネスが持ち上げられない筈はないのだが。

 んー! と顔を真っ赤にして持ち上げようとするが、やはり少し浮くだけだ。

 それを見ていたアクアが代わりに箱を持ち上げる。

 

「なによ、持ち上がるじゃない。ダクネス。疲れてるからってそんな演技をするなんて感心しないわよ?」

 

「い、いや! そんなつもりは……」

 

 自分の手を不思議そうに見つめるダクネス。

 それを見て全員が首をかしげる。

 カズマが近づいてダクネスの腕を捻り上げた。

 

「いたたたたっ!? いきなり何をすんだっ!?」

 

 力ずくで手を外させようとするが、圧倒的に筋力で優っている筈のカズマに、ダクネスが腕を外させる事が出来ない。

 それを見てカズマは確信する。

 

「おい、ダクネス。お前、弱くなってるぞ」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぐに判明したことだが、どうやら調査対象だった精霊に、ダクネスは弱体化の呪いをかけられてしまったらしい。

 アクアが解呪を試みたが、相手がかなり強力な精霊の呪いであることから、完全に効果を消し去るには数日の時間を有するとのこと。

 

「大丈夫なんですか? このまま筋力が落ちて歩いたり立ったり出来なくなったり、内臓機能に支障が出たりしたら……」

 

「2、3日くらいで完全に呪いの効果は消えるから大丈夫よ。ま、ダクネスが本調子になるまで私達は何もせずに休んでましょう」

 

「おまえ自分がぐうたら出来る理由が出来て喜んでるだろ」

 

 ソファーで菓子を食べながら言うアクアにカズマが呆れる。

 

「相手が精霊なら私が役に立てませんか? 一応、精霊と意思疏通出来るスキルは取得してますし。話せばダクネスさんの呪いを解除してもらえるかも」

 

「あまりお勧めは出来ませんね。私の爆裂魔法を喰らった後で気が立ってるかもしれませんし。最悪、スズハも同様の呪いにかかって最悪の事態も考えられます」

 

 ダクネスですら一気にここまで筋力が下がる呪いだ。スズハが喰らったら本当に洒落にならない事態も想像できる。

 

「アクアの話では数日で解けるという事だし、危ない橋を渡る必要はない。だが、スズハの気持ちは受け取って置く。ありがとう」

 

「はい……」

 

 要は、危ないことはするな、ということだ。

 何となく歯がゆい気持ちになり、拳を握っているとヒナの泣き声が聞こえてくる。

 

「あぁ! どうしたの、ヒナ!」

 

 小走りでヒナのところに慌てて行くスズハ。

 もしかしたら、エレメンタルマスターのスズハなら本当にあの精霊を何とか出来るのかも知れないが、そんな危ない賭けをする必要はないのだ。

 スズハが1番に考えなければいけないのは娘の事なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日からダクネスの肉体は確実に弱まっていっていた。

 

「ダクネスさん、あーん」

 

「あ、あーん……」

 

 スズハが差し出したスプーンに乗せられた、小さく切られて柔らかく煮込まれた野菜を咀嚼する。

 その光景を見たアクアがピョンピョンと跳ねて手を挙げる。

 

「ねぇ、スズハスズハ! 私もダクネスに餌をあげたいの!」

 

「おい! 餌ってなんだ! 人をペット扱いするな!」

 

 顔を真っ赤にして声を上げるダグネス。

 不満そうな顔をするアクアにカズマが肩を掴んだ。

 

「待てアクア。俺はまだこの光景を眺めていたい。よく考えてみろ。黒髪の和服美少女が金髪の美人お嬢様を甲斐甲斐しくお世話するなんてレアなシーンだぞ。なんでこの世界にはビデオカメラが無いんだと憤ってしまいそうだ」

 

「びでおかめら、というのは分からないが、お前がそれをいかがわしい事に使おうとしているのは分かるぞ!」

 

「HAHAHA! いかがわしいなんてそんな! ただ、美しい場面を残したいと思うのは人間のエゴだって話さ」

 

 笑い続けるカズマにダクネスがフォークを投げようとするが、それは不出来な紙飛行機のように円を描いてカズマの足元に落ちるだけだった。

 

「まったくダクネス! 皆にちやほやされて良いご身分ですね」

 

「べ、別にちやほやされているわけでは……! うう……」

 

 難癖を付けてくるめぐみんに恥ずかしそうに肩を小さくするダクネス。

 そこでスズハが不安そうにアクアに訊く。

 

「でも、紅茶の入ってるティーカップを持つのも危なげなんですよ? 本当にもう少しで元に戻るんですか?」

 

 普段のダクネスからは想像も出来ないほどの弱々しい姿に、スズハは落ち着かないようだ。

 

「とは言っても、あの神殿には立ち入り禁止と接触禁止令が出されてるからな。それに迂闊に近づいて全員やられたら意味ないし」

 

「はい……」

 

「まぁ、アークプリーストとしての腕だけは一流のアクアです。その言葉を信じましょう」

 

「そうそう! この私の言葉を────アレ? だけって言った? ねぇめぐみん。私だって他にも色々と役に立つんですからね!」

 

 アクアの文句を流すめぐみん。

 コホン、とダクネスが態とらしく咳をしてスズハの頭を弱々しく撫でた。

 

「大丈夫だ。だからそんな顔をするな」

 

「……」

 

 そこで街中に放送が流れた。

 

『緊急! 緊急! 冒険者の方々は、直ちにギルドまでお越し下さい!』

 

「なんだぁ!?」

 

「もしや、あの精霊が街の近くまで来ているのでは?」

 

「うげっ! 私、またアレと対峙するなんて嫌なんですけど!」

 

 緊張する様子を見せるカズマ達。

 真っ先に立ち上がったのはダクネスだった。

 

「よし! 行くぞ!」

 

「おいおい! 大丈夫かよ、ダクネス!」

 

「甘くみるな! 筋力は確かに落ちたが硬さはお前達より上だぞ! めぐみんがもう一度、爆裂魔法を使う為の盾くらいやれるさ!」

 

 こうなったら意地でも今回のクエストに参加しようとするだろう。

 その斜め上に意地の張るダクネスに、カズマは頭を掻く。

 

「とにかく情報が先だ! ギルドに行くぞ!」

 

 慌てた様子で支度してギルドまで急ぐカズマ達。

 屋敷を出るカズマ達の後ろ姿に不安を覚え、スズハは手を組む事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなスズハの不安は見事に外れ、賞金首の大精霊は、カズマ達がギルドに着く頃にはウィズによって討たれ、ダクネスの呪いも解除されることとなってめでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(────)

 

 その声がスズハの耳に届いたのは、日付が変った深夜だった。

 動物の鳴き声にも聴こえる。

 歌声にも聴こえる。

 悲鳴にも聴こえる。

 そして、助けを呼ぶ声にも。

 放って置くことが出来ず、ベッドから起き上がり、蝋燭の灯りを頼りに庭まで歩いた。

 庭に建てられた小さな墓石。

 それに巻き付くように”それ”は居た。

 ”これ”がダクネスに何をしたのか。それを考えれば無視して見捨てれば良い筈だ。

 放って置けば皆が目覚める前に消えてしまう魔力の残り滓。

 見捨てたとて誰に叱られることもない。むしろ、ここで助ければどう思われるか。

 それでも────。

 

「これは……わたしのワガママだから……」

 

 蛇にも見える1本の触手にスズハは手を差し出す。

 

「おいで。わたしと、生きましょう……」

 

 その触手が、弱々しくスズハの指に触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、スズハ。そのモグラはなんだ?」

 

土精霊(ノーム)ですけど?」

 

 椅子に座って、膝に乗っているぬいぐるみのようなモグラを撫でているスズハ。

 それを見てアクアが何度も瞬きする。

 

「カズマさんカズマさん!」

 

「はいカズマです」

 

「アレ! アレはアレよ!!」

 

「いや、アレだけじゃ分かんねぇよ」

 

「だーかーらー! 昨日ウィズが倒したあんの、恐い賞金首!!」

 

「はぁ?」

 

 土精霊(ノーム)とは聞いたが姿が違いすぎるし、ヤバイ感じもしないのだが。

 

「たぶん、ウィズに倒される瞬間に、体の一部を切り離して完全に消滅することを逃れたのね。放って置いたら消えてただろうに。近くに居た精霊使い(スズハ)と契約して消滅を免れたのね」

 

「はい。深夜に、この子の声が聞こえて、つい……」

 

 スズハも正体は理解しているらしく、申し訳なさそうに土精霊(ノーム)を胸元まで上げる。

 

「それじゃあ、このモグラが力を取り戻したらあの姿に戻るのですか?」

 

「んー、どうかしら? 契約してるスズハ次第だと思うんだけど……ねぇ、スズハ。貴女、土の精霊で何を思い浮かべる?」

 

「モグラ、ですね……この子も最初は蛇のような見た目でしたけど、私が触れたらこの姿に……」

 

 アクアがまじまじと土精霊(ノーム)を見る。

 

「ここまでくると生まれ変わりに近いわね。アレの力の残滓は残ってるみたいだけど……」

 

「つまりはスズハ次第か」

 

「そういうことね。この私が保証するわ!」

 

「お前の保証とか逆に不安なんだが……」

 

 カズマの呟きに、アクアが半泣きで信じなさいよー! と掴みかかる。

 

「それで、この子は……」

 

「もう契約したのでしょう? なら、今までの精霊と変わりませんよ。アクアの言うとおりなら、スズハが決めることです」

 

 めぐみんの言葉にホッと胸を撫で下ろして、この場から土精霊(ノーム)の姿を消す。

 ダクネスがスズハに耳打ちする。

 

「もしもあの弱体化スキルを使えるのなら、もう一度私にかけてくれ。頼む」

 

「聞こえてんぞ。なに欲望に走ってんだ、このドM」

 

 いつもと変わらない空気が流れ、朝食の準備をしようと立ち上がる。

 すると────。

 

「すみませーんっ! 皆さん居ますかー!!」

 

 早朝から珍しくやって来ためぐみんの親友の声。

 

「ゆんゆんですね。無視しましょうか」

 

「いや、入れてやれよ……」

 

「わたし、お茶を先に淹れますね」

 

 カズマが玄関からゆんゆんを中に通す。

 何故かちらちらとカズマを見るゆんゆん。

 

「どうしました? こんな朝早くから人の迷惑も考えて欲しいのですが」

 

「いや、めぐみんが言うなよ」

 

 毎日日課で爆裂魔法を放っている爆裂魔に人の迷惑を考えろとか、思いっきりブーメラン発言である。

 しかし、ゆんゆんは変わらずもじもじとしながらカズマの方をチラチラと見ていた。

 

「わ、私……今日は……その……」

 

 何か言い出しにくい話題なのか中々先に話が進まず、痺れを切らしためぐみんがテーブルをバンバンと叩いて先を促す。

 

「いったい何なんですか! 言いたいことがあるならはっきり言いなさい! そんなんだからいつまで経ってもボッチなんですよ!」

 

「そ、そんな言い方しなくても良いでしょ!? そ、それに里には友達だってちゃんと……」

 

 友達の部分で自信無さげに声量が小さくなって俯いてしまう。

 それでも彼女なりに意を決してカズマに向き直る。

 

「あの、カズマさん……その……私……」

 

「はい?」

 

 次に出た言葉は、この館の誰もが想像もしてない言葉だった。

 

 

 

カ、カズマさんの子供が欲しいっ!! 

 

 

 

 

 その衝撃的な一言に誰もが動けず凍りついた。

 告白されたカズマはドヤ顔で仲間達の方へと振り向く。

 

「モテ期、入りました……!」

 

 スズハは、ティーカップに注いでいた紅茶が既に溢れている事にも気付かずに呆然としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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手紙と旅立ち

「あれ……?」

 

 気が付けばスズハは見覚えのある部屋に居た。

 暗がりだが広さは感じる部屋で置かれているのは木製の椅子のみ。

 

「ここは……確か……」

 

 来た覚えがある。だってここはスズハがあの世界に来た際に訪れた場所だから。

 誰かが後ろからスズハの肩を掴む。

 

「ようこそ、白河涼葉さん。死後の世界へ」

 

「エリス、様……?」

 

 はい、と答えるとスズハが座る席を通り過ぎて、向かいの椅子へと座る。

 

「残念ですが、今世での貴女は、その命を終えました。貴女は、死んだのです」

 

 突然に死を告げられてスズハはどうして、と記憶を辿る。

 ゆっくりと死ぬ直前の記憶が浮かび上がる。

 

「そうだ、わたし……!」

 

 死ぬ記憶。

 体に刺さった鉄の感触を思い出して冷たい汗が滲む。

 前回ほど動揺しないのはこれが2回目だからか。

 そんなスズハを見てエリスが小さく息を吐いた。

 

「本来ならば、あの世界へと転生している貴女はこのまま輪廻の輪を潜るか、天国へと行くかを選択するのですが……カズマさん同様に向こうに居るアクア先輩が合流すれば、貴女を蘇生させるでしょう。本当はダメなんですよ?」

 

 口元に指を添えて、やや疲れたように苦笑するエリス。

 事情はよく分からないが、その仕草から何らかのルール違反に触れていることだけは理解する。

 ズルをしている居心地の悪さと生き返れる安堵を同時に感じてどう反応すれば良いのか分からないでいた。

 

「それではスズハさん」

 

「は、はいっ!」

 

 名を呼ばれて返事をするとエリスが立ち上がって近づいてきた。

 何故だろう。表情は微笑んでいるのに、怒っていることがひしひしと伝わってくる。

 今度は正面から肩を捕まれた。

 

「アクア先輩がスズハさんを蘇生させる間……少々、お説教の時間です」

 

 女神の微笑をそのままに、長くて短いお説教の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在屋敷の中ではカズマがめぐみん、ダクネスと言い争いをしていた。

 

「邪魔すんじゃねぇよ、この色物ヒロインどもがっ! 俺が最近ギルドでなんて言われてるか知ってるか? 女の子のパンツを盗る事しか能のない、クズマだのカスマだのゲスマだのと謂われのない中傷を受けてるんだぞ! そんな俺にも、ようやくモテ期がやって来たんだ! 仲間として温かく拍手の1つでも贈ろうとは思わないのか!!」

 

「その中傷は自業自得じゃないですか! 友人が変な男に引っかかったら口の1つも出しますよ!」

 

「そもそも普段はヘタレなくせにどうして今日は即答なのだ!」

 

「うるさーいっ! 何だ? 俺がゆんゆんと甘酸っぱい関係になるからって嫉妬してるの? このツンデレどもが! それならそうと素直に言ったらどうですかー?」

 

「この男は……!」

 

「あ、あぁ……私のせいで……」

 

 3人の喧嘩を止めようとするが、オロオロしてまったくストッパーにならないゆんゆん。

 そんなゆんゆんにスズハが近付く。

 

「あの、ゆんゆんさん。お気持ちは分かりましたけど、その……いきなり子供というのは、ちょっと……もっと段階を践んでからの方が……」

 

 両腕を掴んでゆんゆんを説得するスズハ。

 例え、ゆんゆんがカズマにそうした想いを抱いていたとしてそれを邪魔する権利はスズハにはない。

 だが、流石にいきなり子供を作りたいなどと言うならば、友人として苦言も言いたくなる。

 あの男の子供。ヒナを妊娠した当時の事を思い出す。

 無関心になった父と、頬を張り、泣きながら怒鳴り散らす母。

 遠目から見ているだけの兄に家政婦の聞くに堪えない陰口。

 おそらくはスズハの知らないところでもっと色々と言われていただろう。

 それに、産みの苦しみ、という言葉が在るように、スズハの年齢や体格から本当に死ぬかもしれないと思うほどの苦痛を味わった。

 後に本当に死んでしまったが。

 スズハとゆんゆんでは年齢や状況どころか世界すら違うので、比較することではないのかもしれないが、スズハは当時の事を思い出して我知らず涙ぐんでしまう。

 

「だか、もっと……自分を大切に……!」

 

 上手く口と舌が動かず、最後まで言えないでいる。

 その必死な様子に取り乱したゆんゆんは、戸惑いつつも続きを口にする。

 

「で、でも! 私がカズマさんの子供を授からないと魔王が! 世界が!」

 

「へ?」

 

 どうしてここで魔王だの世界だのという話になるのだろうか? 

 意味が分からずに目を点にした。

 

「き、昨日……お父さんから手紙が来て……」

 

 手紙を取り出し、スズハにそれを渡す。

 

「この手紙が届いた時、もう私はこの世にはいないだろう……」

 

 不穏な言葉から始まった手紙の続きを読もうとすると、めぐみんがスズハから掠め取って続きを読む。

 内容を読んでみて要約すると、紅魔の里近くに魔王軍の基地が建造されて襲われているらしく、破壊することもできない状況とのこと。

 しかし、紅魔族の誇りにかけて魔王軍幹部と刺し違えて見せるとの内容が書かれていた。

 2枚目に移ると、里の占い師が予言をしたらしく、その内容が記されていた。

 要は、紅魔族は魔王軍によって滅ぼされ、唯一の生き残りであるゆんゆんがはじまりの街で、頼りなく、何の力もないその男性がゆんゆんの伴侶となり、その子供がいつか魔王を倒す事の出来る唯一の存在であるらしい。

 手紙を読み終えるとカズマがわなわなと自分の手の平を見つめる。

 

「そんな……俺とゆんゆんの子供が魔王を……!?」

 

 カズマが衝撃を受けているとアクアが、不服そうに指を折る。

 

「カズマとゆんゆんの子供が魔王を倒すって、いったい何年かかるのかしら? 3年くらいでどうにかならない? ならないならその占いはなかったことにして! そんなの私困るんだから!」

 

「お前……幼児に魔王退治をさせる気かよ……」

 

 アクアの発言に呆れながらも立ち上がってゆんゆんの肩を掴む。

 

「ま、そういうことなら仕方がない。世界の為だ。子供も魔王も任せておけ」

 

「お前という奴は! そんなことで本当に良いのか!」

 

「うるさーいっ!! 外野は黙ってろっ!!」

 

 ダクネスとカズマが言い争う最中、スズハが手紙を見る。

 

「あれ? この手紙、最後の方が折れてて、何かまだ書いてありますね。えーと、【紅魔族英雄伝 第一章】著者:あるえ?」

 

 それを聞いたゆんゆんは大きく目を見開くとスズハから手紙を取り上げてその部分に目を通す。すると。

 

「うぎゃあぁああああぁあああああっ!?」

 

 奇声を発しながら手紙を丸めると床に投げ捨てた。

 

「あるえのばかぁ……!」

 

 頭を抱えて膝を折るゆんゆん。

 

「え? どういうことだ? これから俺とゆんゆんが大人の階段を昇るんだろ? 俺はどうすれば良いんだ?」

 

 何故かズボンを脱ぎ始めるカズマ。

 

「ならない! お前はもう本当に邪魔だから向こうに行ってろ!」

 

「あるえというのは私達の同期で小説家を目指している子です」

 

「つまり作り話なんですか?」

 

「最初の方は本物のようですが……」

 

 めぐみんの言葉にゆんゆんが立ち上がる。

 

「そ、そうだめぐみん! 里が魔王軍に襲われているなら、早く戻らないと!」

 

「こんな手紙を出す余裕があるなら、とっくに逃げ出してると思いますよ。里の皆がそう易々とやられるとも思えませんし」

 

「で、でもぉ……」

 

 めぐみんの言葉にゆんゆんが煮え切らない態度であたふたしている。

 それを見ていたスズハが提案する。

 

「なんにせよ、一度戻ってみてはいかがですか? 何も無ければ笑い話で済みますし。何か起きているにしても、故郷の事です。知っておく必要があるでしょう?」

 

「スズハちゃん……!」

 

 感動したように手を組むゆんゆん。

 視線をカズマに移すと下げたズボンを履き直していた。

 その顔には難色を示している。

 

「でもなぁ……魔王軍幹部が来てるんだろ? はっきり言って、俺が出来ることなんてないぞ?」

 

 如何にも行きたくないオーラを出すカズマにダクネスが青筋を立てる。

 

「お前という奴は! 先日ギルドで、如何にしてハンスを倒したか触れ回っていたくせに!」

 

「やかましい! 基本的に俺はステータスが低い冒険者職だぞ! まぁでも……めぐみんが帰りたいって言うなら付き合うくらいはしてやるよ」

 

 だけど活躍は期待するなと念を押しつつも、めぐみんに答えを投げる事にした。

 皆の視線がめぐみんにあつまる。

 一瞬怯んだ様子を見せたが、小さく息を吐く。

 

「まぁ、久々に里帰りも悪くはないですね。私がどれだけすごい冒険者になったか教えに行きましょう。こめっこや家族も心配ですし」

 

 やや素直じゃない様子で言うめぐみんに皆が仕方ないなぁ、という感じに苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルカンレティアまでのテレポート、ですか?」

 

「あぁ。頼むよ、ウィズ。一応、金は払うからさ」

 

 昼頃に準備を終えたカズマ達は紅魔族の里までアルカンレティアを通らなければならず、そこまでテレポートをお願いする事になった。

 あの街の温泉を気に入ったウィズがテレポート場所として登録したらしいのだが、アクアが源泉をお湯に変えたことで意味を失くしてしまった。

 カズマとバニルが以前、取り引きした知的財産権について話していると、アクアが店の商品をぶちまけた。

 

「コラーッ! 来る度に商品を駄目にするなと言っとろうがっ!?」

 

「何よ! お客様は神様でしょ! 私は本物の神様なんだから、それ相応の扱いなさい!」

 

「商品を台無しにするだけの貧乏神が何を言っとるか、貴様ーっ!」

 

「絵に描いたようなクレーマーだな、アイツ……」

 

「アクアさん。その言葉はそういう意味で使われる言葉ではありませんよ。それに、客側がそれを言うのは非常に恥ずかしい行為かと」

 

「なによー! 2人してコイツの肩持つわけー!」

 

 ぷくー、と頬を膨らませるアクア。

 

「はぁ……ウィズ駄目にした商品もツケといてくれ。帰ってきたら払う。あ、いや……今度支払われる知的財産権から差っ引いといてくれ」

 

「あ、はい」

 

 未だにケンカをしているアクアとバニル。

 痺れを切らしたバニルが早く送還するように促す。

 

「それでは皆さん、良い旅を。テレポート!」

 

 ウィズが呪文を唱えると、足元に魔法陣が広がり、カズマ達はアルカンレティアまで転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前の経験から当然アルカンレティアで一泊、ということはなく早々に街を出る。

 広い草原をカズマの敵感知スキルを頼りに歩いているとゆんゆんがスズハに話しかける。

 

「そういえば、スズハちゃんはどうして一緒に? これから魔王軍幹部と遭遇する可能性があるんだよ? モンスターだって……」

 

 ゆんゆんの質問にめぐみんが今更ですか、と代わりに答える。

 

「スズハを一緒に連れてきたのは長期に渡ってあの屋敷に1人置いておくのは危険だと判断したからです。強盗とかにも押し入られる可能性もありますし。それならいっそのこと、一緒に来させようと決めたのですよ。それに、皆には一度、私達の故郷を見てもらいたかったですし。丁度良い機会でしたよ」

 

 暢気に構えているその姿は故郷が魔王軍にやられる筈はないという信頼が見て取れる。

 そのまま談笑して歩いているとカズマの敵感知スキルが引っかかった。

 

「あそこに何かいるぞ」

 

 誰か、ではなく何か。それぞれが警戒して近づくとそこには緑色の髪をして、ワンピースを着たスズハくらいの少女が地面に腰かけていた。

 怪我をしているように見えるその少女にアクアが近づこうとする。

 

「貴女、怪我してるじゃない。待ってて、今治してあげる」

 

 普段なら褒められる行為だが、カズマが待ったをかけた。

 

「敵感知スキルがアイツに反応してる。あんな見た目してるけど、あれはモンスターだ」

 

「え!?」

 

 全員が驚いていると、カズマは購入したアルカンレティアから紅魔の里までに出現するモンスターの図鑑を取り出す。

 

「安楽少女。それがこのモンスターの名前か……」

 

 図鑑の内容を読み進める。

 この安楽少女は、攻撃こそしてこないものの、遭遇した旅人に強烈な庇護欲を抱かせ、一度情が移ってしまうとそのまま死ぬまで囚われるらしい。

 離れようとすると泣き顔を浮かべ、ずっと寄り添うと、空腹時に果物などを分け与えてくるが、その実は美味ではあるものの栄養はなく、旅人はどんどん痩せ細る。

 しかもその実には神経を異常をきたす効果があるのか、空腹や眠気、痛みなどが遮断されて夢心地のまま衰弱していく。

 年老いた冒険者が死に場所として訪れることもあるらしい。

 戦闘力はないが大変危険なモンスターなので、見つけ次第、駆除して欲しいとのこと。

 

「質が悪いなっ!?」

 

 もうやだ。この世界、と思っているとアクア達がカズマに質問する。

 

「ねぇ……あの子、哀しそうにこっち見るんですけど……離れるのがすごくつらいんですけど……」

 

「こいつ、一応攻撃は加えてこないらしいけど、旅人を餓死させてそこに根を張るんだってよ……ここで放って置いたら、通りかかった人が犠牲になるかもしれない」

 

 言いながらカズマは腰に差したちゅんちゅん丸を引き抜く。

 

「カ、カズマ……まさか、モンスターとはいえ、こんな小さな女の子を殺して、経験値にしようなんて考えてませんよね?」

 

「いや、カズマはおそらく後に続く者達の為にこの安楽少女を駆除しようとしているのだろう。怪我も擬態のようだし、相当狡猾なモンスターかもしれん」

 

「安楽少女の事は聞いたことがありますけど、まさかここまで人に近いなんて……」

 

 4人の少女がカズマを緊張した様子で見ている。

 すると、今まで無言だった安楽少女は、その口を開く。

 

「……コロス、ノ……?」

 

 言葉を話す事を知らなかったカズマはピキッと固まった。

 さらに安楽少女は続ける。

 

「クルシソウ……ゴメンナサイ……ワタシガイキテルカラダネ……」

 

 だらだらと汗が吹き出るカズマ。

 手に持っているちゅんちゅん丸が震えていた。

 それだけでどれだけカズマが葛藤しているのかが分かる。

 次々と安楽少女の口から紡がれる諦めの言葉。

 それを聞いたカズマはちゅんちゅん丸を鞘に収める。

 

「できるかっ!?」

 

 無理無理と首を横に振り続ける。

 どうするか考えた結果、もう無視して先に行こうと提案すると、今まで沈黙していたスズハが動いた。

 

火精霊(サラマンダー)!」

 

「え?」

 

 火精霊(サラマンダー)を呼び出すと、その口から安楽少女の体を包むほどの火炎を吐き出した。

 突然安楽少女を攻撃し始めるスズハにめぐみんが大慌てで止めに入る。

 

「な、何をしてるんですか!? いつからそんな暴力的に────」

 

「いったいじゃないのっ!? 頭おかしいんじゃない!!」

 

 さっきまでの片言と違い、流暢に人の言葉を話す安楽少女。

 諦めたような瞳はイキイキとした物に変わっている。

 その様子にスズハは息を吐く。

 

「演技だとは思いましたけど、本心は随分と蓮っ葉なようですね」

 

「イ、イマノハナカッタコトニ……」

 

「さようなら」

 

 何の感情も映さない瞳は火精霊(サラマンダー)に指示を出して今度こそ完全に安楽少女を焼き払った。

 元が植物だからか、綺麗さっぱり消える安楽少女。

 

「ス、スズハ、さん……?」

 

 アクアが恐る恐る話しかけるが、スズハは行きましょうか、と歩くのを再開する。

 誰もが何も言わずに後を付いていくと、スズハが話し始める。

 

「ああいうの、私が昔通っていた学校でも居たんですよ。善人や無害なのを装って他人を陥れる子」

 

「陥れる?」

 

「虐められている人を助けるふりをして、実は虐めてる側の仲間で、心を完全に許した頃を見計らって裏切るんです。そうして精神的に追い詰めて、カウンセラー行きに追い込んだりってことが遊びと称してそれなりにあったので。あのモンスターからはその子達と同じ感じがしたんです」

 

「……お前本当に小学生だったんだよな? 実は中学生とかじゃないよな?」

 

 流石に小学生がそんな虐めを遊びと称してやるとか想像もしたくない。

 ゆんゆんが質問する。

 

「で、でも女の子の姿をしてたし……」

 

「普段から動く野菜とかも捌いてますし。だから、あれは野菜と同じ。あれは野菜と同じって、思い込むことにしました」

 

 どうやら、あのタイミングで動いたのは攻撃する為の心の準備期間だったらしい。

 見ると、やはり精神的にキツかったのか、汗がドッと吹き出ている。

 

「もしかしたらスズハは将来、私よりも容赦のない性格になるかもしれませんね……」

 

 冷や汗を流しながら呟いためぐみんの言葉を、誰も否定出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽が沈み、辺りが暗くなる頃に寝床の準備をする。

 この辺りのモンスターは強く、火を焚くと寄って来るため皆で身を寄せ合って眠る。

 敵感知スキルと夜目が利くカズマは朝まで見張りを買って出た。

 多少の話をした後に眠りに入るが、やはり慣れない野宿では眠りが浅く、僅かな音でスズハは目を覚ました。

 幸い、思ったほど辺りが暗くないのでヒナを抱えて見張りをしているカズマとめぐみんのところに寄る。

 

「隣、良いですか? 眠れなくて……」

 

 許可を得てめぐみんにくっ付くように座る。

 

「何のお話を?」

 

「カズマがアクセルに来る前はどんな生活をしていたのかを。はぐらかされてしまいましたが」

 

 死んでこの世界に来た、とは言いづらい。

 だからボカして話していたのだろう。

 

「スズハは、アクセルに来る前はどんな生活をしていたのですか? カズマと同じ国とは聞いた事がありますが」

 

「そうですねぇ」

 

 昔の事を思い出して話す。

 

「朝から夕方までは学校。帰ると習い事ですね。活け花にお茶。舞踊や社交ダンス。ヴァイオリンや礼儀作法。他にも色々と。学校の休日は────」

 

「もういい。聞きたくない」

 

 カズマからストップがかかった。

 ニートだった自分では想像もつかないハードスケジュールにげんなりする。

 めぐみんも似たような反応だった。

 

「だからこちらに来て、毎日が楽しいんです。それに、ヒナもここでなら、のびのびと育てることが出来ますし」

 

 監獄のような白河の家の教育。それに娘を巻き込まずに済む事への安心もあった。

 眠っているヒナの頬に触れながら笑みを浮かべる。

 

「家にはもう帰れませんし、帰りたくもありません。出来ることなら、アクセルの街でのんびりとこの子を育てていけたらと思ってます」

 

 ちょむすけ人形を渡してから少しだけアクアにも心を開き始めたヒナ。

 あの街と屋敷で過ごす時間は優しくて、ずっとこのままだったらと思ってしまう。

 日本の都会では見ることの出来ない満天の星空に視線を移す。

 

「皆さんと、ずっと楽しく笑って過ごせたら……それだけで、私は充分に幸せです」

 

 今ある幸福を噛みしめるように、スズハはそっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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悪意の無い暴言

「……何が遭ったか聞いても?」

 

 1時間程、別行動というか、置いてきぼりを喰らったスズハが合流すると、そこにはアクアの膝を枕にして頭を撫でられながら泣いているカズマが居た。

 カズマは何か怯えているようで、物凄く震えていた。

 スズハの姿を確認すると、こっちに四つん這いで近づいてくる。

 

「スズハ~!」

 

 お腹の辺りに顔を埋めてえぐえぐと泣き続けるカズマ。

 経緯が分からずに困惑していると、めぐみんが呆れるように目を細めて説明を始めた。

 

 メスオークに追われる事になったカズマ。

 その最中に足の遅いスズハはドンドン差が開いて追い付けなくなり、契約している精霊に辺りを警戒してもらって進んでいた。

 めぐみん達もメスオークに追われるカズマに気を取られてスズハが追い付いてないと気付いたのは既に見えなくなった後だった。

 次第にカズマはメスオークに追い付かれて押し倒され、そのまま性的に食われる寸前だったらしい。

 幸いにして間一髪にゆんゆんが魔法で追い払ったらしいが、精神的ショックが強すぎてこの有り様なのだそうだ。

 その話を聞いたスズハは涙ぐむ。

 

「メスオークがぁ……! あいつらが俺の初めてを奪いに……っ!!」

 

「……恐かったですね、カズマさん。もう大丈夫ですよ」

 

 性的暴行の恐怖を知るスズハは共感からカズマに同情してその頭を優しく撫でる。

 幼い女の子の腹に顔を押し付けて泣き、頭を撫でられる光景にパーティーメンバーは口を半開きにして言葉が出ない様子だ。

 それがしばらく続いてようやくカズマがスズハから離れると、皆の姿を見回した。

 

「どうした、カズマ?」

 

「……お前らって、綺麗な顔立ちしてるよな」

 

 普段から女性陣にセクハラ発言はしても、やれ駄女神だの、ロリッ子だの、おっぱいしか能がないドMだのと罵ってくるカズマが、ここまで真正面から褒めてくるのは珍しい。

 と言うか、正直気味が悪い。

 

「ど、どうしたのですか、カズマ!? いきなりそんな事を言うなんて……」

 

「いや、本心だよ。俺、皆とパーティー組めて、本当に良かったと思ってる。ありがとう……みんな」

 

 目に光がない笑顔で礼を言うカズマに、皆の背筋が寒くなった。

 

「カ、カズマ! いったいどうしたのですか!? メスオーク達に襲われて頭がおかしくなってしまったのですか!?」

 

 めぐみんの言葉にカズマは張り付いた笑みのまま返した。

 

「本心だよ……俺、皆とパーティーを組めて本当に良かったと思ってる。お前らって、マジ美人だよな……」

 

 メスオークに襲われた後とはいえ、まさかカズマからそんな言葉を聞けるとは。

 だが、何かしら勘繰ってしまうのは日頃の行いからか。

 

「ねぇ、カズマ! そんな悟りを開いた人みたいな顔でカズマが褒めると気色悪いんですけど!!」

 

「ア、アクア! 先ずはカズマに回復魔法を! きっと頭に強い衝撃を受けておかしくなってしまったに違いない!?」

 

 それぞれが好き勝手な事を言っているが、カズマは怒ることをせず微笑ましい光景でも見るようにアクアたちを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズマが落ち着きを取り戻し始めた頃に、めぐみんとゆんゆんがケンカを始めてしまった。

 

「おい。私が生涯を懸けて極めようとしている爆裂魔法の悪口はやめてもらおうか!」

 

「爆裂魔法なんてただのネタ魔法じゃないっ! 攻撃範囲と威力が高すぎてダンジョンじゃ使えないし、射程は長くても味方を巻き添えにする可能性があるから使いどころが難しい上に高位のアークウィザードでも1発撃ったらお荷物確定な非効率的な魔力消費! 初級魔法よりスキルポイントの無駄遣いでしかないテロ魔法じゃない!!」

 

「言いましたね! 言ってはならない事を言いましたね!! ゆんゆんだって、爆裂魔法を習得してからさぞやその恩恵に感謝しているのでしょう!」

 

「してないよ! 爆裂魔法なんてデストロイヤーの時以降、まったく使ってないわよ! というより、恐すぎて使えないから! ねぇ今更だけど、爆裂魔法に使ったスキルポイント返してよ!!」

 

 デストロイヤー襲撃の時は緊急事態ということで諦めていたが、当時の憤りを思い出し、胸ぐらを掴んで揺さぶる。

 ちょっとした言い合いから発展したケンカはもはや敵を誘き寄せ兼ねないほどに騒ぎになっている。

 

 流石に見兼ねたダクネスが嗜める為に前に出ようとすると、茂みを揺らす音が近づいてくる。

 こちらに真っ直ぐ向かって来て現れたのは緑や赤銅色の肌を持つモンスター、ゴブリンの集団だった。

 

「こっちから人間の声がしたと思ったら、やっぱりだ!」

 

「それもその紅い瞳! 紅魔族の子供が2匹もいるじゃねぇかっ! 他は人間の冒険者みてぇだが、こいつは大手柄だ!」

 

 ギラついた視線で得物を握りしめるゴブリンたちは、紅魔族であるめぐみんとゆんゆんの2人に対して特に強い敵意を向けていた。

 ダクネスがスズハを隠すように剣を抜きながら移動すると、入れ替わるようにアクアがゴブリンたちの前に出た。

 

「な~にかと思ったら、下級悪魔にも昇格出来ない悪魔モドキじゃないですか~。鬼みたいな悪魔くずれが何の用ですか~。あんた達みたいな下級モンスター相手だと、破魔の魔法も効きづらいのよねー! 良かったわねー悪魔のなり損ないで! プークスクスクス! ほら、あっち行って! あんた達は下級悪魔に昇格できたら相手してあげるから、もうあっち行って! シッシッ!」

 

 鼻を摘まんだり、手で追い払う仕草をしながらゴブリン達を挑発しているのか、脅しているのか判断できない口上を述べるアクア。

 ただ、それに激怒したゴブリン達が仲間をさらに呼び寄せる。

 それにめぐみんが一歩前に出た。

 

「ゆんゆん。さっきはよくも爆裂魔法をネタ魔法扱いしてくれましたね。ならばそのネタ魔法の威力を、久々に見せつけてやります!」

 

「ちょっとまさかっ!?」

 

「おいバカ止せっ!?」

 

 めぐみんの周囲に赤と黒の魔力が集まり始める。

 カズマとゆんゆんの制止は間に合わず、その暴力的な魔力が解放されようと────。

 

土精霊(ノーム)ッ!」

 

 スズハが指を鳴らす。

 

「どぅわっ!?」

 

 すると、めぐみんの姿が落ちていった。

 スズハが土精霊(ノーム)で突貫の落とし穴を作り、めぐみんを落としたのだ。

 

「な、なにをするのですかっ!?」

 

「すみません! 流石にここで爆裂魔法を使われるのはー! ヒナも危ないですしー!」

 

「ちょっと……スズハもだんだん容赦が無くなってるんですけど……」

 

 確かにこの場面で爆裂魔法を使うのは味方を巻き添えにする悪手だが、躊躇うことなくめぐみんを落とし穴に落とすスズハに周りは何も言えないでいる。

 だが、これで余計な被害を被らずに目の前のモンスターを倒せる。

 

「と言うわけで、ゆんゆん先生! お願いしまーすっ!」

 

「え、え~」

 

 ゆんゆんの後ろに就いたカズマが、モンスターの討伐を頼む。

 自分の背中を押してくるカズマに驚くが、すぐに上級魔法の準備に入った。

 そこで更に異変が起こる。

 夥しい数のゴブリンがこちらに迫ってきていた。

 しかし、それは援軍と言うよりも、何かから逃げている様子で。

 ゴブリンの大群がカズマ達の方に押し寄せて来ると、4人の男女が間に現れた。

 

「肉片も残らず消え去るがいい。我が心の深淵より生まれる、闇の炎によって!」

 

「もうだめだ、我慢できない! この俺の破壊衝動を静めるための贄となれぇ!」

 

「さぁ、永久に眠るがいい……我が氷の腕に抱かれて……」

 

「お逝きなさい。あなた達の事は忘れはしないわ。そう、永遠に刻まれるの……この私の魂の記憶のなかに……」

 

 それぞれが決め台詞のような言葉を口にしながら一斉に同じ魔法を放った。

 

『ライト・オブ・セイバー!』

 

 その魔法が一方的にゴブリン達を蹂躙していく。

 数の暴力など無意味とばかりに倒されていくゴブリン達。

 百以上は居た筈のゴブリンたちは、逃げ延びた者も居たようだが、瞬く間に駆逐された。

 この場にゴブリン達が消え失せると、二十歳前後くらいの紅魔族の男が、落とし穴から這い上がってきためぐみんに話しかけてくる。

 

「里を襲っていた魔王軍を追っていたら、めぐみんにゆんゆんじゃないか。こんなところでどうしたんだい?」

 

「靴屋の倅のぶっころりーではないですか。里のピンチと聞いて駆けつけて来たのですが……」

 

 めぐみんの返答にぶっころりーと呼ばれた青年を含む4人は目を丸くして首をかしげる。

 その反応にカズマ達も同様の反応だった。

 

「ところでめぐみん。この人達は君の冒険者仲間かい?」

 

 ぶっころりーにそう訊かれると、めぐみんは少しだけ恥ずかしそうに首肯した。

 何故ゆんゆんの、とか。2人の、と訊かれなかったのかは察してほしい。

 その返しにぶっころりーが真剣な眼差しになり、ローブをバサッと翻す。

 

「我が名はぶっころりー。紅魔族随一の靴屋の倅。アークウィザードにして上級魔法を操る者……!」

 

 ポーズを決めながら紅魔族特有の自己紹介を始める。

 するとカズマが1歩前に出た。

 

「これはご丁寧にどうも。私はサトウカズマと申します。アクセルの街で多くのスキルを習得し、数多の強敵と渡り合った者です。どうぞよろしく」

 

 軽く向こうのノリに合わせると、感動したように声が上がる。

 

「素晴らしい! 素晴らしいよ! 外の人達は僕達が名の乗りを受けると微妙な反応をするものだけど、まさかそんな返しをしてくれるなんて!」

 

 よほどカズマの返しが嬉しかったのか、絶賛する紅魔族の4人。

 次にアクアが名乗りをあげる。

 

「我が名はアクア! 崇められし存在にして、やがて魔王を滅ぼす者! その正体は水の女神!」

 

「へー、そうなんだー。凄いね」

 

「ちょっと待って! なんで私だけいつもそんな反応なの!」

 

 騒ぐアクアを無視して、ぶっころりー達がダクネスとスズハにも期待の視線を向けた。

 

「わ、我が名はダスティネス・フォード・ララティーナ……アクセルの街で────うう……」

 

 だんだんと恥ずかしさから声が小さくなる。

 スズハも郷に入れば郷に従えの精神で頬を染めつつも、一度態とらしく咳をした。

 

「我が名はシラカワスズハ。アクセルの街唯一の精霊使いにして、やがて全ての精霊と出会う者……です……」

 

 しかし、やはり羞恥から最後の方は声が小さくなってしまう。

 それでも紅魔族の人達にはそれなりに喜ばれたが。

 ちなみに数年後。今回落とし穴に落とされた意趣返しかは分からないが、めぐみんが成長したヒナに、『昔、ヒナのお母さんはこんな名乗りをしたんですよー』と娘に暴露してその趣向に多大な影響を与えることとなり、今回の名乗りを後悔することになるのだが。

 今は関係のないことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、里は平和そのものだった。

 あのやたら物騒な手紙はゆんゆんに対して送られたただの近況報告の手紙であり、この手紙が届く頃云々は、紅魔族流の挨拶とのこと。

 魔王軍がこの近くに基地を造ったのは事実だが、今のところ驚異となっていないらしい。

 事実、すぐに千匹の魔王軍が攻めてきたが、大魔導師(アークウィザード)の集まりである紅魔族。

 上級魔法の滅多撃ちだけでワンサイドゲームが成立していた。

 ちなみに、その魔王軍蹂躙の光景を観光名所にするか里で意見が割れているのだとか。

 その事実にカズマ達は紅魔族の力にドン引きすると同時にガックリと肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、凄かったなぁ。あれが本物の紅魔族かー」

 

「そうですね。ところで、本物が居るということは、偽物も居るということですが、誰の事なのか教えてもらおうか」

 

 カズマの頭を杖で小突くめぐみん。

 今はゆんゆんと別れてめぐみんの実家に向かっているところだった。

 夕暮れの道を歩いていると、ボロい建物が見えてくる。

 

「あ! あれじゃない? あれってめぐみん家の馬小屋かしら?」

 

「馬小屋ではありません。あれが母屋です」

 

「え?」

 

 めぐみんの返答に皆が呆気を取られる。

 ここまで見てきた紅魔族の建物は、どれもしっかりとした作りになっていた。

 しかし、めぐみんの実家は地震がくれば、すぐにでも崩れてしまいそうな程にボロかった。

 家の前まで移動してめぐみんがノックをすると、戸が勢いよく開かれる。

 するとそこには、小さなめぐみんがいた。

 

「こめっこ、只今帰りましたよ」

 

 めぐみんがそう言うと、驚いているのかこちらを見回してくる。

 

「わー! ちっこいめぐみんが居るんですけど。飴ちゃん食べる?」

 

 アクアが手から飴を差し出すが、動かず、急にぐるりとこちらに背を向けた。

 

「お母さーん! お父さーん! 姉ちゃんが男引っかけて帰って来たー!」

 

 その意外過ぎる第一声にカズマは大慌てで制止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 めぐみんの実家に通されると、カズマとめぐみんは両親の前で正座させられている。

 どうやら、両親に送っていた手紙にカズマに関して有ること無いこと書いていたのが原因らしい。

 スズハとヒナの事も手紙で教えられていたのか、チラチラとこちらを見てくるが、今のところ何らかの追求はされていない。

 カズマがめぐみんとの関係を説明している最中、他はテーブルの上に置かれたコップがひとりでに動くというアクアの芸を見て喝采を挙げていた。

 動く原理は魔力でも磁石でもないらしいが、本当にどうやって動かしているのだろう。

 それらを見終わると、こめっこがジーッとスズハを。正確には抱かれているヒナを見ていた。

 

「ねぇ、お姉ちゃん! それ! それ!」

 

 案の定、こめっこはヒナを指差す。

 

(そういえば、前にめぐみんさんが妹さんより下の子は里には居ないと仰ってましたね)

 

 もしかしたら赤ん坊が珍しいのかもしれない。

 

「えー、とこの子は……」

 

 どう説明すべきか悩んでいると、こめっこは瞳を輝かせて口から涎を垂らしてとんでもない発言が出てきた。

 

「それ! どれくらい太らせたら食べるの! あたしにもちょうだい!」

 

 その瞬間、家の中の空気がビシィッと音を立てて凍った。

 空気を読まないこめっこがヒナに触れようとすると、顔を青くしたスズハが慌ててこめっこから距離を取る。

 

「なんてこと言うんですかこめっこ! スズハに謝りなさい!」

 

「えー? だって前に姉ちゃんが人を見かけたら食べ物をねだれって言ってた」

 

「それは里の住民だったらの話です! そもそも赤ちゃん(ヒナ)は食べ物ではありません! 謝りなさい!」

 

「肉ー!」

 

「こめっこー!!」

 

 めぐみんに押さえつけられながらもヒナに手を伸ばそうとするこめっこ。

 スズハは立ち上がって愛娘を離さないように抱き締めた

 

 

 

 

 

 




自分の中のこめっこのイメージはこんな感じです。


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摩訶不思議な紅魔の里

お待たせしました。
時間は有ったけどちょっと行き詰まってました。


「と、言うわけで、泊めてください、ゆんゆん」

 

「……もう深夜なんだけどぉ……」

 

 パジャマ姿のまま、眠そうな顔でドアを開けたゆんゆんは大きく欠伸をする。

 目の前には同じように寝間着姿のめぐみんとスズハが立っていた。

 

「あのですね。元はと言えば、ゆんゆんのせいでこんなことになったのです。なので、責任取って泊めてください」

 

「なんで!?」

 

 めぐみんの発言に眠たげだったゆんゆんの目が大きく開いた。

 

「ゆんゆんがカズマとの子が欲しいなどと言うから、発情したカズマに襲われそうなのですよ?」

 

「え? ダクネスさんとかアクアさんが居るのに態々めぐみんを!?」

 

「……おい。何故私に襲いかかるのが疑問なのか聞こうじゃないか」

 

 半目になってゆんゆんに詰め寄るめぐみん。

 地雷を踏んだことを理解して慌てて口を押さえるゆんゆんに、スズハが申し訳無さそうにお願いする。

 

「あの、ゆんゆんさん。夜分遅くに礼を欠いているのは謝ります。でも、泊めて貰う訳にはいきませんか? めぐみんさんのご実家だと、その……不安で……」

 

 めぐみんの手前か言いづらそうにするスズハ。

 その意味を察して納得する。

 

「めぐみんの家はいつ壊れるか分からないものね」

 

「壊れませんよ! まだ壊れません!」

 

 強い語調で反論するめぐみん。

 しかし、スズハの不安の種はそれではない。いや、めぐみんの実家そのものに不安がないかと言われれば素直に首を縦には振れないのだが。

 

「その事ではなく、その……こめっこさんが……」

 

「こめっこちゃん?」

 

 何故そこでこめっこの名前が出るのか分からずに疑問が顔に出た。

 スズハはおんぶ紐で背負っている娘に視線を向ける。

 

「はい……彼女が、ヒナを見て、その……焼肉って呟くんです」

 

 その言葉を聞いてゆんゆんが固まった。

 

「横になっている間もヒナをジーッと見て柔らかそう、とか。明日のごはんとか言ってきて、安心して眠れなくて……」

 

 このままでは朝起きたら(ヒナ)が網焼きや鍋の中に入れられて火をかけられる可能性を考えてしまう。

 幼子が赤ん坊を涎を垂らしながら見つめてくる様は一種のホラーである。

 それを聞いたカズマは、紅魔族には人を食う文化が在るのかと本気で訊ねられた。

 もちろんそんな禍々しい因習は存在しない。

 

「……めぐみん。もう少し、実家への仕送りを多めに送ってあげたら?」

 

「ダメですよ。これ以上増やしても、どうせ売れもしない父の魔法具開発の資金に消えるに決まってます」

 

「あ~……」

 

 思い当たる節があるのか、ゆんゆんは夜空に視線を向けた。

 めぐみんの父の魔法具は、とても精巧な作りなのだが、無視できない欠陥を抱えている事が多く、ほとんど売れない。

 たまに売れても安く買い叩かれてしまう。

 普通の魔法具を作れば今よりずっとマシな生活が出来るだろうに。何故か売れない魔法具を作り続けている。

 

 

「ま、まぁ、とにかく上がってよ! 今、お茶とお菓子を用意するから! ね!」

 

「もう深夜ですよ? 今からお茶なんて飲んだら眠れなくなるじゃないですか」

 

「う……!」

 

「すみません。わたしも今日はさすがに疲れてしまったので……」

 

「そ、そうよね! ごめん……」

 

 友達が家にやって来て舞い上がっていたのだろう。既に眠気は飛んでしまっていた。

 落ち込んでいるゆんゆんを見かねてスズハが提案する。

 

「でも、せっかく来たのに寝るだけというのもアレですから、少し、お話ししましょうか」

 

「スズハちゃん!」

 

 手を組むゆんゆんにめぐみんが眠そうな顔で息を吐く。

 

「それは構いませんが、何の話をするのですか?」

 

「それは……えーと、うーん……」

 

 考えるゆんゆん。

 すると既に眠っているヒナに目を向けた。

 

「そ、そういえば、ヒナちゃん、大きくなったよね」

 

 苦し紛れの話題だったが、思いの外、スズハが乗ってきた。

 嬉しそうに背中から下ろしたヒナを抱き上げる。

 

「はい。最近は、ハイハイや、少しだけ支え立ちも出来るようになったんですよ」

 

「この間、バランスを崩してお尻を強く打って泣いてましたけどね」

 

 めぐみんは眠っているヒナの頬をつつく。

 一度眠ってしまうと中々起きないヒナは、めぐみんに触れられても気にした様子もなく、涎を垂らして寝ている。

 幸せそうに娘の涎を拭くスズハ。

 その年齢に合わない顔を見て、ふとゆんゆんが疑問をそのまま口に出した。

 

「そういえば、ヒナちゃんのお父さんって────」

 

「いません」

 

 遮るようにスズハが言う。

 

「え? でも……」

 

「ヒナに父親なんて居ません」

 

 笑顔のまま、珍しく有無を言わさぬ態度を取るスズハ。

 めぐみんも、やっちゃったよこの子は、と言わんばかりに嘆息する。

 

「ゆんゆん。その話題は禁止です。いいですね?」

 

 めぐみんも強い口調で諭すとゆんゆんは首を縦に動かす。

 すると、ちょむすけがゆんゆんにすり寄ってきた。それで、話題転換に入る。

 

「そ、そういえば、昔、めぐみんがちょむすけを連れてきたばかりの頃に皆で、ちょむすけをめぐみんって呼んで。めぐみんを偽めぐみんって呼んでたよね」

 

「どうしてそんなことに?」

 

 食いついてきたスズハに、ゆんゆんは当時を思い出してクスリと笑う。

 

「まだ呼び名が無かったからね、学生の頃は仮名で呼んでたの。めぐみんの使い魔になった時にちょむすけって名付けられたけど……」

 

 あの時の事件は大変だったなぁ、と過去を思い出して嘆くように息を吐くゆんゆんに、めぐみんがムッとなる。

 

「何が不満なのですか。こんなに我が使い魔に相応しい名を授けたというのに。ちょむすけだって大層気に入っている筈です! そうですよね、ちょむすけ!」

 

「………………なーん」

 

 すごく間を置いてから不満そうに鳴くちょむすけ。

 

「すごく不満そう……」

 

「そんなことはありません! 今のはちょっとタイミングがズレただけです!」

 

 ちょむすけを抱き上げるめぐみん。

 スズハが話を切り替える。

 

「でも、お2人の学生の時の話、興味あります」

 

「学生時代、ですか。ゆんゆんがいつも無謀な勝負を挑んできて、弁当を巻き上げてましたね」

 

「なによ! めぐみんなんて、起こさなくていい問題ばかり起こしてたくせに!」

 

「なにをー!」

 

 友人同士、じゃれ合うようにして取っ組み合いを始める2人。

 そんな2人を、スズハは羨ましそうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、結局朝方まで話して眠れなかったと……」

 

「いえ、寝ましたよ……2時間、くらい……?」

 

 朝、めぐみんの家に戻ってきたスズハとめぐみんにカズマが呆れるように肩をすくめる。

 

「取りあえず、朝食を頂くか? 私達は既に食べ終わっているが」

 

「いえ。ゆんゆんの家で頂いたので、要りません」

 

「おい待てこら。俺らは朝飯がおかゆ1杯だったけど、まさかそれよりも豪勢なもん食ってねぇよな? 仮にも客を差し置いて」

 

『……』

 

 2人揃って視線を逸らす。

 ちなみに眠気覚ましに朝風呂まで頂いていた。

 それに頬を膨らませるアクア。

 

「ちょっと2人だけ良い物を食べてくるなんて納得いかないんですけど! お昼はめぐみん達の奢りですからね!」

 

「そんなお金はありませんよ! 今日は紅魔の里の観光案内をしてあげるので勘弁してください」

 

 昨夜、スズハにお願いされたので、アクア達も誘う。

 

「すまないが、私はこの里の鍛冶屋に用がある」

 

 ダクネスだけ辞退すると、里の危機とやらは結局はデマだったので、折角だし紅魔の里を観光することに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……」

 

 最初に案内されたのは、日本でも在りそうな神社だ。

 そこの御神体として祀られている物体にカズマとスズハが顔をひきつらせる。

 猫耳を付けたスク水姿の美少女フィギュア。

 

「これは、以前モンスターに襲われた旅人を紅魔族が助けたお礼にと渡されたそうです。なんでも、命よりも大事な御神体だからと。それで、何かの御利益が有るかもしれないと祀られているんです。この神社という施設も、その旅人が教えてくれた通りに建築されたものです」

 

「それはひどい……」

 

 あんまりな過程にスズハは日本人として頭が痛くなった。

 カズマにヒソヒソと話しかける。

 

「その旅人さんってやっぱり……」

 

「アクアが考え無しに送った転生者だろうな……いや、ホント酷い……」

 

 こんなものを祀らされている紅魔族に同情するカズマ。

 その人物をこの世界に送った当の本人は、フィギュアを見て不満そうにして眉間にしわを寄せている。

 

「ねぇ。こんな人形が私と同じ神様扱いとか腹立つんですけど……」

 

「むしろ、こんなもんを祀らせる原因になったお前が紅魔族に謝れ」

 

 そんなやり取りをしていると、ヒナが美少女フィギュアに手を伸ばして、その髪の部分を掴み始めた。

 

「あーうー」

 

「ダメよ、ヒナ。こんなのでも大事な祀られ物みたいだから」

 

「こんなのでも……スズハも言いますね」

 

 ヒナを注意して放させようとするが、ヒナが強く引っ張って、フィギュアの髪がボキッと折れる。

 

「あ」

 

「あー! あー!」

 

 折った髪を投げるヒナと顔を青ざめさせるスズハ。

 

「ちょっ! 変な隙間に入ったぞ! 失くなる前に拾え! アクア! 弁償を言い渡される前に直せ直せ!」

 

「ラジャー!」

 

 急いで髪を拾ってアクアに直させる。

 幸い、アクアの修復技術によって壊れた部分がまったく分からないほど完璧に修復された。

 胸を張るアクアにスズハはお礼を言って喫茶店でおやつを奢った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伝説の聖剣、ですか……」

 

「と言っても、4年ほど前に鍛冶屋のおじさんが用意した聖剣ですが」

 

 次にやって来た観光名所は剣が刺さった岩だった。

 何でも、指定された人数が挑戦すると抜ける仕組みになっているらしく、挑戦するならもっと後の方がいいと言われた。ついでにアクアがかかっている魔法を解除して抜こうとしたのでめぐみんに止められた。

 

 

 

 

 次は、斧やコインを供物して捧げると、金銀を司る女神が召喚できるという泉。

 投げ込まれたコインなどは鍛冶屋が回収して武具やアクセサリーにリサイクルされる仕組みらしい。

 アクアがコインを勝手に回収したり、無駄に神々しく泉から現れる芸を披露してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは、紅魔族の謎施設です」

 

「なんだよ、謎施設って……」

 

「謎施設は謎施設です。用途も製造目的もいつ建てられたのかも不明。物珍しいので観光地として残してあるだけの建物です、言い伝えによると、世界を滅ぼす兵器が眠っているのだとかで、封印されているらしいですが」

 

「また随分と危なっかしいですね」

 

 少しだけ怯えた様子で謎施設を見上げる。

 そこでアクアが質問した。

 

「めぐみん。他にはなにか封印されている物はないのかしら?」

 

「うーん、時期が悪かったですね。以前は邪神が封印された墓だの、名も無き女神が封印された土地等が在ったのですが、今は色々あって封印が解けてしまっているのです」

 

「ここの連中の封印ザルじゃねぇかっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が名はちぇけら! アークウィザードにして上級魔法を操る者。紅魔族随一の服屋の店主!」

 

 お馴染みの紅魔族流の挨拶を受けてカズマが受け答えをする。

 

「これはどうもご丁寧に。紅魔族随一とは凄いですね」

 

「この里で服屋はうち1軒だけだからね」

 

「バカにしてんのか!」

 

(それは随一ではなく唯一なのでは……?)

 

 そう思ったが、口には出さなかった。

 そこでめぐみんが問う

 

「ところで、このローブと同じ物はありますか? 替えが欲しくて」

 

「ほー。何着欲しいんだい?」

 

「全部です。このローブは勝負服のようなものなので、たくさん有って困るものでもないですから」

 

「あのめぐみんが随分とブルジョアになったねぇ」

 

 そんな世間話をしていると、店内を見回していたスズハが赤ちゃん用の服を見る。

 

「すみません。こちらの服を頂けませんか?」

 

 ヒナ用の服を数着か手に取るスズハ。

 

「なに? ヒナの服、買うの?」

 

「はい。最近は服がキツくなってきたので、少しサイズに余裕があるのを、と」

 

 アクセルに帰ってからでも良いのだが、ここで買っても赤ん坊の服が数着増えた程度なら大した荷物にならない。

 染色を終えたローブを取り込む店主に、めぐみんがカズマに手を伸ばす。

 

「という訳でカズマ。出世払いでお願いします」

 

「いや、良いけどさ……ついでにヒナの分もだな」

 

 ヒナの分も支払おうとするカズマにスズハは遠慮しようとするが、いいからいいからと財布を取り出す。

 そこでローブを干している物干し竿を見て、カズマとアクアにスズハが目をギョッとさせた。

 

「アレ、ライフルですよね……?」

 

「どうなってんだこの里は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ! 我が魔法学園、レッドプリズンへ!」

 

「よ、ようこそ……」

 

 案内されたのは里唯一の学校であり、制服姿のめぐみんとゆんゆん。

 

「どうしてここにゆんゆんが?」

 

「昨日泊まった際にこの時間にと約束したのですよ。どうやら楽しみすぎて、約束の1時間前から待っていたようですが」

 

「そ、そんなことないもん!?」

 

 めぐみんの言葉に恥ずかしそうに反論するゆんゆん。

 アクアがめぐみん達の着ている制服を褒める。

 

「それ、この学校の制服。かわいいわね!」

 

「そうでしょう! そうでしょう! 神聖な学舎を案内するのですから、正装に着替えて当然なのです!」

 

「どうせ懐かしくなってお前が着たかっただけだろ」

 

 ひねくれた事を言うカズマにアクアがぼそりと呟く。

 

「カズマは学校の事になると辛辣よね。馴染めなかった古傷が痛むのかしら?」

 

「おいやめろ。プライバシーの侵害だぞ」

 

 苦い表情をするカズマ。

 

「でも、よく似合ってますよ、2人共。私、妊娠してから学校に行けなくなってしまったから、余計に制服が懐かしいです」

 

「何? スズハの通ってた小学校も制服だったのか?」

 

「えぇ。エスカレーター式の私立でしたから。セーラー服で」

 

 めぐみんとゆんゆんがスズハの発言に微妙に置いてきぼりを食らう中、部屋の扉が開く。

 するとそこにはめぐみんくらいの年齢の少女が3人居た。

 

「我が名はあるえ! 紅魔族随一の発育にして、やがて作家を目指す者!」

 

「我が名はふにふら! 紅魔族随一の弟思いにして、ブラコンと呼ばれし者!」

 

「我が名はどどんこ! 紅魔族随一の……なんだっけ?」

 

 グダグダな自己紹介を聞いた後に、めぐみんと同じ眼帯をした、あるえと名乗った少女が近づいて話しかける。

 

「無事に戻って来れたようで何よりだよ、2人共」

 

「あるえ。誰かさんが真に受けるので、ああいう手紙は控えてください」

 

「めぐみん!」

 

 あるえ、という名前と作家志望という自己紹介。

 それにめぐみんの台詞からスズハは耳打ちする。

 

「あの、めぐみんさん。この方達は?」

 

「同期です。あの手紙を送ったのも彼女です」

 

 あるえを指差すめぐみん。

 

「へぇ……」

 

 スズハは僅かに目を細めると、笑みを作り、前に出た。

 

「初めまして。シラカワスズハと申します」

 

 流石にもう、紅魔族流の挨拶をする気はなく、普通に挨拶をした。

 しかし、相手はスズハの雰囲気が少しばかりおかしい事に気付いて、首をかしげる。

 コホン、と態とらしく咳をしてからあるえに話しかけた。

 

「ところでゆんゆんさんに送ったあの手紙はどういうおつもりで?」

 

「は?」

 

 質問の意味を理解するのに僅かな時間を有した。

 

「あの小説を一部を読んだゆんゆんさんが暴走してそこに居るカズマさんの子を身籠ろうとしたことについてはどう思いますか?」

 

「スズハちゃん!?」

 

 突然のカミングアウトにゆんゆんが泣きそうになりながら肩を掴んで止める。

 あるえがキョトンと瞬きし、ふにふらとどどんこが、え? そんなことしたの? と感じにゆんゆんを見た。

 スズハは赤子であるヒナを見せるように抱きかかえ直す。

 

「子供を作ることがどれだけ大変か知ってますか? ご友人の名前を使って文章にして本人に送るというのは些か不謹慎なのでは?」

 

 それも、父親の手紙に便乗して、というのが質が悪い。

 勘違いしたゆんゆんもゆんゆんだが。

 

「スズハちゃん! もういい! もういいからっ!?」

 

 自分があの小説の内容を鵜呑みにしたことを暴露されて顔を真っ赤にしてスズハを抑えるゆんゆん。

 それを見たあるえが口元を押さえて笑い始めた。

 バカにされたと思ったスズハが眉間にしわを寄せるが、あるえが違うんだ、と手をひらひらさせる。

 

「良い友達を持ったじゃないかゆんゆん。学生時代めぐみんから弁当をたかられ、どこかの誰か達にお金を貸す名目でたかられてた頃とは大違いだ」

 

「あるえっ!?」

 

 追い討ちをかけられてゆんゆんが叫ぶ。

 

「まぁ、すまなかったね。今度からは気を付けるから許してくれ」

 

「はぁ……」

 

 何となく煙に巻かれたような気もするが、こうして謝っているのだからそれ以上なにかを言うのは止める。

 その後、スズハが抱いている赤子が実子だと知って驚かれたり、ゆんゆんが手紙で勝手にカズマ達のパーティー入りしてて、めぐみんがボッチしていたと見栄を張っていたことがバラされたりと、ゆんゆんにとって散々な学校案内になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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判断ミス

「カズマさんが拐われた!?」

 

「いえ、拐われたというか、自分から人質になったと言うか……」

 

「そうね。何をしているのかしらカズマは……」

 

 言い難そうにしているめぐみんと呆れたようにため息を吐くアクア。

 相手の体に釣られて勝手に人質になり、普段の仲間への不満から暴言を吐いたカズマ。

 しかし、魔王軍幹部の秘密を知って、今度は助けを求める始末。

 

「とにかく、私達はカズマと魔王軍の幹部を追う。めぐみん、奴が向かった先に、心当たりは?」

 

「……恐らくは謎施設だと思います。もしかしたら、あそこに眠っているらしい兵器に用が有るのかもしれません。尤も、あの封印が簡単に解けるとは思いませんが」

 

 そこで、めぐみんが申し訳無さそうにしてスズハに言う。

 

「私の両親や里の皆も、侵入した魔王軍の警戒に当たっています。それで、その間なのですが、その……スズハ。この家でこめっこの事をお願い出来ますか? あの子は、目を離すと何をするか姉の私にも想像がつきませんし。魔王軍のところに1人突っ込む可能性も有るので。スズハが、あの子を苦手にしているのは分かっていますが……」

 

 確かにスズハはこめっこの事を苦手に思っているが、状況が状況だ。それに、いつまでも避けているのは違うと思った。

 

「こめっこさんの事はわたしに任せてください。カズマさんの方を頼みます」

 

「任せろ。必ず連れて戻る」

 

「一応、里の暇人(ニート)数名を連れていくので、戦力的にもオーバーキルです!」

 

「カズマったら、今回の借りをどう返して貰おうかしらね~」

 

 それぞれ勝手な事を言いながら、行動を移す3人を見送ってめぐみんの実家に戻る。

 幸い、こめっこはもう寝ていたので、スズハは何が起きても良いように眠らずにいた。

 拐われたカズマの事が心配で眠れなかったのもある。

 

「カズマさん達なら、きっと大丈夫。帰ってきたら、いつものようにおかえりなさいって言うんですから」

 

 胸の不安を誤魔化すように1人呟く。

 30分くらい気を張っていると、布団で寝ていたこめっこが目を覚ました。

 

「う……んぅ、ふあ~っ……」

 

 のそりと体を起こして大きく欠伸をするこめっこ。

 スズハは抱いているヒナに気を使いながらこめっこに話しかける。

 

「起こしてしまいましたか?」

 

「姉ちゃんたちは~?」

 

「今、少し用事が有って出かけてます。すぐに戻って来ると思うので」

 

 簡単に説明すると、こめっこはふーん、と眠そうに目を擦る。

 

「あ、お肉……」

 

「違います!」

 

 ヒナを見てそう呟くこめっこにスズハは顔をしかめて反論する。

 この際だからはっきりと言っておいた方がいいだろう。

 

「この子は食べられませんよ。食べても病気になって死んでしまいますから。人に人は食べられないんです!」

 

「火をかければ大抵は食べられるって姉ちゃんが言ってたよ!」

 

 スズハの説明も意味をなさず、胸を張って主張するこめっこにスズハは頭を悩ませる。

 こめっこがヒナに触れようとする。

 

「やわらかそう。ねぇ、まだ太らせ────」

 

「触らないでっ!」

 

 我慢の限界が近かったスズハは娘に触れようとする手を払いのけた。

 

「この子は、食べ物じゃない。私の、大切な────」

 

 言い欠けると、突然地震のような揺れが起きた。

 そして、やたらと気温が上がって暑い。まるで火事の中に居るようだった。

 何より、窓から見える外の風景が赤く染まっている。

 

「何!」

 

 慌てて外を見ていると、既に里の中は炎に包まれていた。

 ついさっきまで何の異常もない夜だったために受け止めきれずに反射的に回りを見渡す。

 すると、里周辺の山が赤い閃光に燃やされ、高い建物には蛇のような巨大な下半身を持った、褐色の女性が巻き付いている。

 スズハは知らないことだが、その女性は魔王軍幹部の1人であり、紅魔の里に眠っていた魔術師殺しと同化したシルビアだった。

 既に里の中には火が回っている。

 

「こめっこさん!」

 

 慌ててスズハはこめっこの手を引いてめぐみんの実家を出る。

 とにかく火の手が回っていない地面と合間の箇所を闇雲に走っていた。

 そもそも、スズハ自身がそれほど紅魔の里の地理に明るくない為、どこを走っているのか分からない。

 

「こめっこさん! こういう時に、集まる避難場所は────伏せてっ!?」

 

「おあっ!?」

 

 スズハは突然こめっこの頭を押さえて体を低くさせた。

 同時に、シルビアから吐かれた巨大な火炎放射が上を通りすぎる。

 そのまま見つからないように移動を再開した。

 

「とにかく、里の人を見つけて、テレポートで安全な場所にっ!?」

 

 もしかしたら、めぐみんとこめっこの両親と鉢合わせすることを願って里で暴れているシルヴィアに見つからないように動く。

 そこでこめっこが大きな声を出した。

 

「あーっ!?」

 

「どうしましたかっ!」

 

「ごはんがーっ!?」

 

 見ると、眼下に有る里の畑がシルビアの炎によって焼き付くされている。

 

「そんなの今はいいですからっ!!」

 

 余裕のなかったスズハは怒鳴り付けるように畑を無視してこめっこを走らせる。

 スズハも混乱する頭が発狂しないようにするだけで精一杯で、心の余裕がなかった。

 なんとか堪えて足を動かしているのは、抱きかかえている娘とこめっこの存在があったから。

 だが、この事態でどう動けば良いのか、などのマニュアルはスズハの頭の中には存在しない。

 今はとにかく里で暴れているシルビアから離れるだけで精一杯だった。

 

(どうする! どうすれば! ここには、カズマさん達も、誰もっ!?)

 

 焦りばかりが募っていくと、シルビアが破壊した高い建物が崩れ落ちる。

 運の悪いことに、その建物の中に保管してあったのだろう、鉄製の物が多くスズハたちの方にも飛び散って落ちてきた。

 その範囲は、走ったくらいでは抜け出せないほど広がっていた。

 スズハが取った行動は────。

 

「つあっ……!?」

 

 ヒナとこめっこに覆い被さるように抱きついた後に、土精霊(ノーム)でやや深めの落とし穴を作り、2人をそこへ避難させる事だった。

 飛んできた鉄が盾の代わりに落とし穴を覆っていたスズハの背中に当たり、その体を貫く。

 脚を貫き、小さな鉄の金具が背中に落ちて、苦痛から表情を歪めて苦悶の声を出す。

 トドメ、とばかりに倒壊した建物の一部がそのままスズハたちの芳へとゆっくりと落ちてきた。

 抵抗する手段などなく、無慈悲に建物はスズハの上へと落とされる。

 建造物の落ちた振動が容赦なく伝えられる。

 それでも不幸中の幸いだったのは、潰されたのはスズハの胸から下で、落とし穴の中にいた2人には、直接的な被害が無かったことか。

 

「ゴホッ!?」

 

「お、ねぇちゃん……?」

 

 腹を潰されたスズハは堪らずに落とし穴の中に大量の血を吐いた。

 吐いた血は中に居た2人の頭にかかる。

 そこで、運悪くと言うか、これまで起きなかったことが奇跡というか。ヒナが目を覚ました。

 かけられた血が不快だったのか、それとも母の状態を悟ってか、泣き出してしまった。

 

「あーっ!? あーっ!?」

 

 普段なら、慌てて泣き止ますところだが、今は無事だと分かるその泣き声に安心する。

 

(これ……だめだ……母様に刺されたときといっしょ……)

 

 意識が遠退き、まともに考えることが出来なくなる。

 目蓋が落ちるのも抗えない。

 

「ご……ね……ひ、な……」

 

 落とし穴の中に居る娘に手を伸ばそうとするが動かず、そのまま意識が閉じていく。

 

(わすれてた……ひとは、こんなにもかんたんに、しんじゃうんだ……て……)

 

「スズハ?」

 

 最後に聞こえたのは、いつもは凛とした騎士の、呆けるような声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いですか! 今回、スズハさんにはもっと取れる行動があったんです! それに、めぐみんさんの妹さんも助けようとしたのは素晴らしい事ですが、貴女が第一に考えなければいけないのは娘のヒナさんと延いては貴女自身の安全であって────」

 

 女神エリスのところに訪れたスズハは、先程から似たようなお説教が繰り返されている。

 もうリピート機能でも付いてるんじゃないかと思うほどに。

 余程今回の事に憤慨しているのか未だにそのお話は終わることがない。

 

「そもそも、私は貴女にあんな終わり方をさせるためにあの世界に送ったわけではありません!」

 

 そこでエリスのお説教が一段落し、スズハが小さく手を挙げて質問した。

 

「その、エリス様。ヒナとこめっこさんは?」

 

「……今、スズハさんの遺体を回収したダクネスがアクア先輩のところまで運んでいます。お2人も無事一緒ですよ」

 

「ホッ……良かっ────」

 

「良くありません!」

 

 娘の無事が判って安堵するとエリスが遮ってきた。

 視線をエリスに合わせると、彼女は怒った顔でスズハを見下ろしている

 

「まだ理解してないようですね。良いですか────」

 

 説教が再開されようとした時に、上から声が響いてきた。

 

『ちょっとエリスー! スズハの体はもう治し終わったからこっちに戻してー!』

 

 やや緊迫した声で叫んでいるアクア。しかし、そこでエリスが待ったをかける。

 

「アクア先輩! 少し待ってください! 彼女にはまだ言いたい事が────」

 

『そんなことより早くスズハをこっちに返しなさいよエリス! こっちも危ないの!! ヤッバイのっ!! スズハの力が必要なの! 早く返してー!!』

 

 アクアの訴えにエリスは視線を上に向けながらコクコクと頷く。

 どうやら、アクア達の現状を観ているらしい。

 エリスは仕方無さそうに眉間に皺を寄せたまま息を吐く。

 

「分かりました。状況が状況ですし、スズハさんを今すぐそちらに戻します。準備は良いですね」

 

「は、はいっ!」

 

 背筋を伸ばして返事をし、エリスが指を鳴らすと、スズハの体が浮かび上がる。

 天井に吸い込まれていきながらエリスはスズハに向かって叫んだ。

 

「良いですか! くれぐれも寿命以外でこちらへ来てはいけませんからね!」

 

 エリスの最後の言葉と同時に再びスズハの意識は真っ暗になっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回で紅魔の里編を終えるつもりです。


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才能の萌芽

 カズマ達がスズハとこめっこを迎えに行ったダクネスと合流したのは、謎施設に残された情報を元に、服屋で物干し竿代わりにされていたライフルを取りに行き終えた頃だった。

 酷い姿へと変えられたスズハを見て3人は絶句した。

 

「私が、見つけた時には、建物の瓦礫に潰されていて……それで────」

 

 ダクネスが泣きそうな表情で何とか説明しようとするが、ぶつ切りで上手く話せない様子だ。

 背中に背負っていたスズハを降ろすと、胸から下は完全に潰されていて、血が逆流した影響で口や鼻。眼球や耳からも血の流れた痕がある。

 それを見たアクアは気分を悪くした様子で口を手で押さえた。

 

「ちょ……内蔵とか潰れたまま飛び出ててさすがにグロいんですけど。直視出来ないんですけど!」

 

 めぐみんが一緒に合流したこめっこに話しかけようとするが、その前に顔を青くして抱きついてきた。

 おそらくはスズハのあの状態を見て、恐怖しているのだろう。

 めぐみんがこめっこを慰めるように頭を撫でていると、泣き声を上げ続けているヒナに目をやった。

 

「それよりも、ヒナはその子が運んでいたのですか?」

 

 さっきから赤ん坊を持ち上げているもぐらモドキ。土精霊(ノーム)を指差す。

 

「あぁ。さっきからヒナを離そうとしなくてな。背負ってここまで運んでくれたんだ」

 

「アーッ!? アーッ!? アーッ!?」

 

 契約者の実子を守るようにしている土精霊(ノーム)

 しかし肝心のヒナは先程から一切泣き止もうとしない。

 それを見てアクアがカズマを見て質問する。

 

「ねぇ。スズハが死んだのって、カズマがあの兵器を解放したからじゃないの?」

 

 その言葉にカズマは直立で固まり、大量の冷や汗を掻いた。

 カズマがシルビアに連れ去られて謎施設に行くと、とある事情で封印の解き方が解ってしまったカズマ。

 脅されて抵抗することなく言われるがままに封印を解いた。

 弁明すると、封印の部屋に入ったシルビアを扉を閉じて再封印したわけだが、魔術師殺しと同化したシルビアはあっさりと扉を破壊して出てきた。

 紅魔の里を破壊するシルビアを見て罪悪感が半端なかった事もあり、頭がフリーズする。

 

「と、とにかく! アクア、スズハの蘇生を頼む!」

 

「えー! ここまで肉体の損傷が酷いと、治すのに時間がかかるわよ! あんなのが近くで暴れてるのに蘇生とか危ないんですけど!」

 

「なら、何処か移動するぞ! こいつを撃てる場所も用意しないとだしな!」

 

 手にしているレールガンを見せていると、遠くで里の住民を守るためにシルビアを相手に紅魔族流の啖呵を切っていたゆんゆんも、今は泣きべそを掻きながら追いかけ回されている。

 追い付かれるかどうかのギリギリのところで逃げているゆんゆんだが、それも時間の問題だろう。

 

「めぐみーん! たーすーけーてーっ!?」

 

「って、なんでこっちに来るんですか貴女は!?」

 

 めぐみんを見つけたからか、シルビアに追いかけ回されて居たゆんゆんがこっちに逃げてきた。

 カズマが慌ててレールガン(仮名)を構える。

 

「しょうがねぇ! ここで終わりにしてやるよ!」

 

 空間にスコープが映し出され、カズマはそれで照準を合わせると、狙撃スキルと併用して引き金を引いた。

 しかし、銃口からはポンッと小さな煙が出るだけだった。

 

「ちょっ!? 待てよ! まさか壊れてんのか!?」

 

 引き金を引くが、やはりレールガン(仮名)は何の反応も示さない。

 

「仕方ありませんね。ゆんゆん! 巻き込まれたくなかったら、全力でそいつから離れなさい!」

 

 めぐみんが杖を構えて爆裂魔法の詠唱を始めた。

 

「えぇっ!? め、めぐみんっ! 待って待ってぇ!!」

 

 走る速度を上げるゆんゆん。

 運良く爆裂魔法の発動を察知したシルビアがその動きを止めた。

 

「我が最強の奥義、爆裂魔法を喰らいなさい! エクスプロージョ、ンッ!?」

 

 放たれた爆裂魔法はレールガン(仮名)に吸い込まれた。

 

「はぁっ!?」

 

 自分の魔法が吸い込まれ、エネルギーを示すゲージがFULLと表示されていた。

 

「こいつは、壊れてたんじゃなくて、魔力が足りなかったのか!」

 

 その考えに思い至り、再びシルビアに狙いを定めた。

 

「楽しかったぜシルビアァ!! 他の幹部連中にもよろしくなぁ! ────狙撃ッ!!」

 

 引き金を引くと同時に目にも止まらぬ────黙視不可能な速度で撃ち出されたエネルギーがシルビアの腹を撃ち抜いた。

 

「え? あたし、これで、終わり……?」

 

 信じられない、という感じにシルビアが唖然とした表情で倒れる。

 撃ったレールガン(仮名)は、めぐみんの爆裂魔法分の魔力に耐えきれなかったのか。それとも試作品故か、完全な鉄屑に変わってしまった。

 カズマが緊張を解いて大きく息を吐くと、アクアが淋しそうな視線を空に向けて呟く。

 

「悲惨な戦いだったわ。私、二度と人を傷付けないと誓うわ……」

 

「態とらしい感傷に浸ってないで、さっさとスズハを生き返らせてやれよ」

 

 地面に置かれて放置されているスズハを蘇生させるように言うと、分かってるわよ! とアクアが治療に入った。

 だが、戦いはまだ終わっていなかった。

 シルビアが倒れた場所から急激に見覚えのある紫色の粘液が膨れ上がり、鉄の鎧が包んできて、大剣を手にしている。

 そこから産まれるようにしてシルビアが這い出てきた。

 いや、シルヴィアだけでなく、他にも見覚えのある顔が出てくる。

 

「ちょっとぉ!? これってこの間戦ったスライムじゃない!」

 

「そしてあの鎧兜は、ベルディアか!」

 

 死の縁。三途の川から倒した魔王軍幹部の魂を引っ張り上げ、同化融合したシルビア。

 スライムの体はなおも膨れ上がり、シルビアは完全復活を果たした。

 

「ここから、アタシの人生を始める! その先に行く!」

 

 存在が安定したシルビアはハンスの毒を津波のように吐き出す。

 事態のヤバさを察して既に逃げていたカズマ達はその毒の津波に呑み込まれかけていたが、その前に広範囲の冷気が毒の津波を凍らせた。

 

「カズマさん! これはいったいどういうことですか!?」

 

「ウィズッ!? どうしてここに!」

 

 そこで後ろに居たバニルがカズマに顔を近づける。

 

「汝から買い取った知的財産権で得た商品を生産する為にこの里を訪れたのだが。いやはや。まさか里が壊滅状態とはな。ふむふむ。我が身可愛さに魔導兵器の封印を解いてしまったと。しかも、それが原因でそこの娘はとばっちりで死んだと」

 

 やれやれと額に指で触れて首を振るバニル。

 これまでの事をズバリ言い当てられて焦るカズマ。

 なにか言おうとする前に、氷の上から巨大な剣が突き刺さる。

 上からこちらを覗き込むシルヴィア。

 

「ウィズ! それにバニルも!」

 

「お久しぶりです、シルビアさん! どうかここは穏便に……」

 

「出来るかっ!?」

 

「ふむ。魔王軍に我輩の生存が知られるのは少々厄介だな」

 

「この裏切り者共がっ!?」

 

 そんなやり取りをしている間にカズマ達は逃走を再開する。

 巨大化したシルビアに数百体にも及ぶバニル人形を爆発させ、ウィズも魔法で応戦するが、魔術師殺しと同化しているシルヴィアにはウィズの魔法は効かず、爆発による物理攻撃も大して意味を成さない。

 しかし、何かに気付いたようにバニルが顎に指を添えた。

 

 逃走中のカズマ達はシルヴィアをどうするか頭を抱えていた。

 

「クソッ! ウィズとバニルの2人掛かりでも倒せないとか、反則だろ!! あぁ、もう! どうすれば……!」

 

「そのことなのだが」

 

「おわっ!?」

 

 いつの間にかウィズを置いて追い付いていたバニルがアレを見ろ、とシルビアを指差す。

 

「そろそろ、動きが止まるぞ」

 

「え?」

 

 見ると、あの巨体で俊敏に動いていたシルビアが、段々とその動きは鈍重となり、巨大な剣を振るうのにも苦労しているように見えた。

 

「なんで!?」

 

「鎧の部分を良く見てみろ」

 

 走るのを止めて疑問を口にすると、バニルが指差すと、遠目からは判りづらいが、見覚えのあるもぐらが引っ付いていた。

 

土精霊(ノーム)ッ!?」

 

 いつの間にかシルビアに引っ付いていた土精霊(ノーム)に、誰もが驚きの表情をする。

 

「あの大精霊の欠片め。自分の契約者を殺されたのが余程怒り心頭になったと見える。本来の能力を取り戻しおったわ」

 

「能力って……アレか! ダクネスがかかった!」

 

 この里に来る前にダクネスに使った弱体化の呪い。

 それをあのもぐらが使っているという。

 

「と言っても、効果は本来の呪いよりも大分弱体化してるがな。それでもあの巨体だ。ほんの僅かでも力を落とせば忽ちと動けなくなるだろうよ」

 

 しかし、すぐにシルビアは元の動きを取り戻す。

 

「とはいえ、今の状態では解呪もそう難しくはない。後は呪いをかけては解きのいたちごっこだな。それに、このままではあの精霊、存在が消えるぞ。早くそこにいる娘を蘇生するのが最善だろうよ」

 

 まだ土精霊(ノーム)が存在していられるのは、契約者のスズハがエリスの元に留まって、蘇生できる可能性があるからだ。しかし、土精霊(ノーム)の魔力が切れれば、呪いも無くなり、事態は悪化するだろう。

 

「それにしても、ここまで精霊に好かれる精霊使いも珍しい。余程食わせた魔力が舌に合ったか。そこの子供らしさを置き去りにした娘。子育てなぞ辞めさせて、冒険者として旅にでも出したらどうだ? 数年も修練させれば、この国の脳筋王族レベルで魔王軍の脅威になると見た」

 

 本気なのか冗談なのか判断できない事を言うバニル。

 とにかく今は、シルビアの動きを止められる方法が分かったのだ。

 ここでやることは決まった。

 

「アクアッ! とにかく、大急ぎでスズハを生き返らせろ!」

 

「わ、分かったわっ!」

 

 ダクネスが背負っていたスズハを降ろすと、アクアが蘇生を開始した。

 

「ダクネスは何とかしてシルビアを足止めさせてくれ! それと、ウィズにこっちへと来るように行ってくれ!」

 

「分かった!」

 

 剣を抜いてシルビアの方へ行こうとするダクネス。それにバニルが追加案を出した。

 

「それならば、我輩がそこのなんちゃって騎士の肉体を使った方が良かろう。それ」

 

「おい待て! 貴様まさか……うにゅうっ!?」

 

 言うや否や、バニルは自分の仮面を外してダクネスの顔に張り付かせた。

 即座にダクネスの肉体の主導権を奪い、シルビアへと向かっていく。

 

「めぐみん! ゆんゆん! 締めはお前らだからな! 頼むぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダクネスの肉体を乗っ取ったバニルがシルビアの足止めをし、カズマの案を聞いたウィズが紅魔族から魔力をドレインタッチしている間、スズハはまだ蘇生していなかった。

 

「おいアクア! まだスズハを蘇生させられないのか!!」

 

「ちょっと待って! 体の方は治したけど、エリスの奴がスズハをこっちに戻してくれないの! そんなことより早くスズハをこっちに返しなさいよエリス! こっちも危ないの!! ヤッバイのっ!! スズハの力が必要なの! 早く返してー!!」

 

 怒鳴り付けるように天界に居るであろうエリスに訴えるアクア。

 それからすぐにスズハは息を吹き返した。

 

「ケホッ!?」

 

 スズハは気管に入っていた血は吐き出す。

 アクアのスカートに。

 

「ちょ! なんかスズハの血で卑猥な感じになったんですけど!」

 

 丁度スカートの股間部分に血を吐いてアクアが眉間に皺を寄せる。

 

「ごめんなさい……それで、ヒナ、は……」

 

「あーうーっ!」

 

 スズハが呼ぶと、カズマに抱えられていたヒナが手を伸ばす。

 血が足りないせいか、いつもより危うい動きながら、しっかりと抱く。

 

「それで、わたしは何をすれば?」

 

 カズマが現状を説明すると、スズハはすぐに分かりましたと土精霊(ノーム)に魔力を送り、呪いの力を強化する。

 スズハのバックアップを得た事で、土精霊(ノーム)の呪いの解呪が不可能になり、ダクネスの肉体を乗っ取ったバニルが足止めをしていた。

 ここから離れたところでウィズが紅魔族から魔力をドレインタッチで吸い上げている。

 動きが徐々に鈍くなるシルヴィア。

 最後に、目標が動けないように、シルビアを大きな落とし穴に落とした。

 あの巨大全てを深く落とすことは出来なかったが、筋力の弱ったシルビアには、そこから這い出るのに苦労するだろう。

 

 そして、仕上げに紅魔族から吸い上げた魔力をめぐみんとゆんゆんに送り、2人分の爆裂魔法でシルビアを討伐した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。大工なんぞ要らぬとばかりに恐ろしい速度で建て直されていく紅魔族の里。

 臨時の休憩所として建てられたスペースのベンチにスズハは腰を下ろしていた。

 

「イタタ……さすがに今回はひどい目に遭いました」

 

 ヒナを横に寝かせてお腹を擦りながら、ぶり返す痛みに顔をしかめる。

 傷自体は完治しているが、感覚がまだ、痛みを覚えており、ふとした瞬間に蘇る。

 今回、紅魔の里に訪れたウィズとバニルだが、その相手はめぐみんの父親だったらしい。

 カズマ案の商品を製作してもらおうとやって来たのだが、バニルが見通したところ、職人としての腕は確かだが、余計な機能を付与して商品が売れなくなる未来が見えたらしく、商談は中止となった。

 取り敢えず、アクセルの街までテレポートで一緒に送ってくれるらしい。

 カズマはシルビア討伐後に土下座で謝ってきた。

 シルビアが魔術師殺しを手にして暴れ、その結果スズハが今回死亡した件についてだ。

 今は、めぐみんの実家の中でダメになったベビーカー2号を製作している。

 アクアはバニルと喧嘩中で、ダクネスは復興作業を手伝っていた。

 

「エリス様にも散々心配をかけてしまいましたし……これからは気を付けないと……」

 

 傍らで眠る娘の頬に指で触れながら自戒する。

 そうして寛いでいると、めぐみんとこめっこがやって来た。

 

「スズハ。体の調子はどうですか?」

 

「はい。アクアさんのお陰で。問題なしです」

 

 笑みを浮かべて答えるが、現れたこめっこを見て無意識にヒナを手で隠すように腕を動かす。

 それに気付いているのかいないのか、めぐみんは自分にしがみついているこめっこにほら、と促した。

 こめっこがスズハに近付いて見上げてくる。

 

「たすけてくれてありがとう……」

 

 スズハが死ぬ瞬間を見たことがショックだったらしく、今回の騒動を終えた後もどこか避けていたが、どうやらお礼を言うタイミングというか、心の準備を整えていたようだ。

 お礼を言われて、スズハは小さく笑みを浮かべる。

 

「こめっこさんも怪我がなくて良かったです」

 

 そう返すと、こめっこがうん、と歯を見せて笑った。

 

「言わなければいけないことはそれだけじゃないでしょう?」

 

 めぐみんにつつかれてこめっこが眠っているヒナを指差した。

 

「あかちゃんをおいしそうって言ってごめんなさい。それはもう食べるなんて言わないよ」

 

 それだけ言うと、休憩所から走って出ていった。

 

「避難する前に、こめっこに怒鳴ったそうですね。すみません。どうにもこの里でも末っ子な為か、本気であの子を怒る人が居なかったので。スズハには不快な思いをさせてしまいました」

 

 姉として頭を下げるめぐみん。

 しかし、スズハは先程のこめっこの言葉が少し気になった。

 

「それ"は”?」

 

「……大丈夫です。こめっこはああ見えて頭が良いですから。ちょっと言い間違えただけです……たぶん」

 

 自信がないのか最後には小さくなってしまった。

 スズハはそこである考えが頭を過った。

 こめっこを怒る相手がいなかったという部分から、まったく関係のない事が繋がった。

 胸の霧が晴れて、納得してしまったというか。

 それを理解して思わず顔が赤くなる。

 

「どうしました? やっぱりまだ傷がっ!?」

 

「あ、いえ、そうじゃなくて……わたし、結構失礼なことを思ってたんだなって……思い至って……」

 

「?」

 

 赤くなった顔を押さえるスズハ。

 

「すみません。少しの間、1人にしてもらえますか? ちょっと考え事がしたいので」

 

「はぁ。分かりました。何かあったら呼んでくださいね。それと、アクセルの街に戻ったら、話がありますから」

 

 それだけ言い終えると休憩所から出ていくめぐみん。

 1人になると、大きく息を吐くが、赤くなった顔は治まらない。

 

「そうか、わたし……エリス様を、そんな風に思ってたんだ……」

 

 あまりにも失礼な感情を向けていて、それが恥ずかしく、スズハはしばらく体を小さく丸めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクセルに戻って数日。

 シルヴィア討伐の報酬も(珍しいことに)問題なく受け取り、お祝いにピクニックに来ていた。

 

「そろそろ故郷でお花見の季節だとは思ってましたけど、まさかこうしてピクニックが出来るなんて」

 

 桜は流石に無いが、草原にも所々に野花が咲いている。

 それを眺めながらお弁当も悪くない。

 

「天気も良いしな。今日は良いピクニック日和だ」

 

 シートを広げて荷物を置くダクネス。

 少し遅れてきているカズマとめぐみんをアクアが呼ぶ。

 

「2人ともー! 早く来ないと、お弁当なくなっちゃうわよー!」

 

「作ったのはスズハだろうが!」

 

「詰めて盛り付けたのは私よ! なら、私が優先的に好きなおかずを多く食べる権利が有るわ!」

 

「アクアさん。お弁当を詰めるの、すごく上手なんですよ」

 

「なにその初めて子供と一緒にお弁当を作った母親みたいなセリフ。それは大きくなったヒナの為に取っておけよ」

 

 カズマとめぐみんが追い付くと、スズハにちょっと良いですか? と話しかけてきた。

 

 集団から少し離れたところでめぐみんが話を切り出す。

 

「今回はすみませんでした」

 

「はい?」

 

「スズハが今回死んでしまったのは、私にも責任がありますから」

 

 すると、自分の冒険者カードを渡してくる。

 

「私がテレポートや上級魔法を使えていれば、スズハが死ぬことはなかった筈です。ですから、これからはもっと使い勝手の良いアークウィザードになろうと思います。ですからスズハには、私が修得する上級魔法を押してほしいんです」

 

 あの時、ダクネスに2人を頼まずに、テレポートで自宅に戻っていればこめっこが恐い思いをせず、スズハも死ぬことはなかった。

 

「……爆裂魔法はどうするんですか?」

 

「爆裂魔法は卒業です。我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、上級魔法を操る者! 今度からはこれでいきます」

 

 紅魔族風の自己紹介を変えためぐみんはトンガリ帽子で目元を隠した。

 それを見たスズハは項目を確認して冒険者カードを操作した。

 

「お返しします」

 

 冒険者カードを受け取り、懐に入れる。

 

「それじゃあ、さっそく爆裂魔法を撃ってください」

 

「はぁ?」

 

「今日はまだ撃ってないでしょう?」

 

 スズハの言葉に呆れるように肩を落とす。

 

「あなたという子は普段は私が爆裂魔法を使うのに渋い顔をするくせに。まぁ、いいでしょう。生涯最後の爆裂魔法! ゆんゆんと一緒に撃ったときと同等。いや、それ以上の威力を出して見せましょう!」

 

 自身を奮い起たして、爆裂魔法を詠唱する。

 

(さようなら、私の爆裂魔法……!)

 

 心の中で別れを告げ、最後の爆裂魔法を野に放った。

 

「エクスプロージョンッ!!」

 

 すると、その威力は今までの比ではない。

 過去最高レベルの爆裂魔法が落とされた。

 草原に倒れためぐみんが呆気に取られた表情でスズハを見る。

 

「スズハ、貴女……」

 

「良いんじゃないですか。爆裂魔法しか使えなくても」

 

 結果的に見れば、今回も含めて爆裂魔法がなければこれまでの戦いも勝利することは出来なかった。

 馬鹿な選択かもしれないが、あんな顔でめぐみんに自分を曲げてほしくなかった。

 

「誰に文句を言われてもこれだけは譲らない。私が知っているめぐみんさんは、そういう大魔法使い(アークウィザード)ですから」

 

 いたずらっぽく笑うスズハにめぐみんは空に向かって高らかに叫んだ。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードにして爆裂魔法を操る者! アクセル随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を極めし者!」

 

 そう叫び、歯を見せて笑うめぐみん。

 スズハとめぐみんは笑い合いながら互いの拳をコツン、と打ち付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 




バニルが言っていたスズハがこの国の王族並みに脅威になるというのは、番外編のスズハのレベルではなく、あくまでも子育てとか辞めて冒険者と精霊使いとして経験を積んだ場合のスズハです。
そうした場合、アイリスレベルで魔王軍の驚異になります。

次はすぐに王都編に行かず、別の話を挟みます。
そして王都編は事件の元凶が既に退場しているので、別の事件を起こすつもりです。


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剥がれた仮面

カズマ×スズハ。本格始動。


 ────痛い。

 

 思いっきり床に打ち付けられた背中。

 声を上げれば口許を掴まれて顎が壊されるのではないかと思う程に力が加えられている。

 

 ────気持ち悪い。

 

 破くように剥ぎ取られた服から晒された肌のあらゆるところを無遠慮に触られ、舐められた。

 

 ────たすけて。

 

 泣きながら、何度もそう口にした。

 やめて。こわい。たすけて、と。

 部屋の外に居る筈の兄と、この世で1番嫌っていた男に懇願した。

 

 恐怖と苦痛を与えられながら、尊厳だけは奪い取られていった。

 そして。

 そして。

 そして────。

 あの男は、力尽くで繋がってきて、わたしという女の最も大事な物を踏み躙ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁいふぃん、ふふひゃはほはひいほふぉふぉふほ」

 

「ほはへはふーは」

 

「……2人共、口の中の物を飲み込んでから喋れ」

 

 口に食べ物を入れながら話すアクアとカズマにダクネスが注意する。

 いつもの4人パーティーは久しぶりのクエストに出ていた。

 それもこれも、シルビア討伐後の報酬で豪遊していたカズマ達にクエストを受けてくれと受付のルナに頼まれたからだ。

 実情はともかく、功績だけはズバ抜けているパーティーを遊ばせて置くのは、ギルドの職員としての職務姿勢が疑われるので、彼女達も必死だ。

 そうして久しぶりにクエストを受けたカズマ達は、移動中にスズハが用意した弁当を食べていたのだ。

 ゴクンと口の中の食べ物を飲み込んだアクアが話す。

 

「最近、スズハの様子がおかしいと思うの」

 

「おいやめろよ。お前におかしいと思われてるとか、スズハがかわいそうだろ」

 

「……カズマ。いい加減、アンタに天罰を下すわよ? カズマの時だけシャワーの水が出なかったり、トイレの水が流れなかったりして困ることになるからね!」

 

「まぁまぁ。それでアクア。スズハがどうおかしいのですか?」

 

 小競り合いのような喧嘩を始める2人を止めて、めぐみんが問う。

 するとアクアは神妙な顔をして言った。

 

「買い物から帰って来て、手を洗ってたわ」

 

「……水の女神様には手を洗う習慣が無いのは分かったが、外から帰ってきたら手を洗うのは当たり前の習慣でな」

 

 諭すように話すカズマに、アクアが憤慨して声を荒らげる。

 

「ちっがうわよヒキニート! すごく長い時間洗面台から離れないから何してるのかなって思ったら、ずっと手を洗ってたの! 皮が擦り剥けるくらいしつこく!」

 

「はぁ!?」

 

「慌てて止めたんだけどね。本人が気付いてないみたいでハッとされたわ。あ、もちろん擦り剥けた手は治してあげたわよ?」

 

 治した、の部分で胸を張るアクア。

 しかし、手を擦り剥くくらいの手洗いとはなんだろうか。

 そこでめぐみんも思い当たる事があるのか口にする。

 

「そう言えば最近、夜中にお風呂に入っているようですが」

 

「いやいや。スズハ、いつもちゃんと風呂に入ってるだろ」

 

「赤ちゃんのヒナに合わせて長湯が出来ないんですよ。あの子、長湯する方ですし。以前はたまにそうしてましたが、最近は毎日夜中に起きて入浴してるみたいです。気温が上がってきたからだと思ってたのですが。それに、何故か疲れたような顔をして出てくるのが気になって」

 

 風呂に入って疲れるとはどういう事だろうか。

 続いてダクネスも思い出したように顎に指を当てた。

 

「そう言えばこの間、料理の最中にやたらと肉を叩いていたな。その様子が調理の為に叩いていると言うより、何かこう、怒りをぶつけるような感じで。気のせいかと思っていたが、あの時の様子はちょっとおかしかった」

 

 しかし、原因が思い当たらず、首を傾げる。

 

「カズマは何か気付きませんでしたか?」

 

「いや、最近は屋敷に居ることも減ってたから、全然気付かなかったわ」

 

 最近は顔見知りの冒険者と飲んだり、夜の喫茶店に行って宿で寝たりしてたので、自然と屋敷に居る時間が減っていた。

 白い目を向ける3人から目を逸らして考える。

 だがやはり思い当たる節はなかった。

 

「もしかしたら疲れているのかもしれませんね。最近は、少し暑くなってきましたし、アルカンレティアや紅魔の里では散々でしたし」

 

 どちらも魔王軍幹部との遭遇で色々と酷い目に遭った。

 特に紅魔の里では死亡する事態になったのだ。心身共に疲労が重なっていてもおかしくはない。

 

「なら、どうにかしてまた旅行に──―いや駄目だな。何かまた厄介な事に巻き込まれそうな気しかしない」

 

「それならば、家事だけでも2、3日休ませたらどうだ? 最近は本当に頼りっきりだしな」

 

「そうですね。その辺が妥当ですか」

 

「しょうがないわねぇ、スズハは。私みたいに息抜きする方法を知らないから」

 

「お前は堕落してるだけだろうが」

 

「カズマに言われたくないわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(新しいベビーカー、便利。カズマさんに感謝しないと)

 

 紅魔の里で新しくカズマが作ったベビーカーを押す。

 以前よりも押しやすいように改良され、ブレーキも付いている。

 まだ不要だが、これから暑くなることも考慮して日除け用の傘が広げられるようになっていた。

 

(これも商品にしたら売れそうなんですけど)

 

 今度カズマに言ってみようか、と考えながら買い物をする。

 

(今日は皆さんお仕事をして帰ってくるから濃い目の味付けの方が良いですよね? でも、カズマさんとアクアさんは飲み歩いてる事が多いからお野菜は多めに……)

 

 指を折りながら献立を考える。

 毎日飽きないように献立を立てるのにも頭を使うのだ。

 

(ヒナも流動食を食べられるようになったけど、あんまり口にしてくれない時もあるし。商店街の方たちに良いアドバイスが貰えると良いけど)

 

 流動食があまり好きではないのか、思うように食べてくれない。

 こういう時に現代日本の有り難みが身に染みる。

 そんな事を思い、商店街の人達と話しながら買い物を済ませていると、顔だけは知っている人と会う。

 

「アレ? 君は……サトウカズマの裁判の時の」

 

「貴方はあの時の」

 

 カズマの裁判の時に検察官のセナに呼ばれていた少年。

 青い鎧と腰に下げた魔剣のソードマスター。

 

「確か、ミツルギ、さん……でしたよね? 初めまして。シラカワスズハと申します」

 

 小さく会釈するスズハに、ミツルギは穏やかな笑みを浮かべた。

 

「アクア様は元気かな?」

 

「はい。アクアさんはいつも元気ですよ。昨日も、他の冒険者の方とお酒の席で賭け事を興じて、お小遣い全部取られたーって泣いて帰ってきました」

 

「そ、そうかい? それは大丈夫なのかなー?」

 

 キョウヤが引き吊った笑みを浮かべていると、スズハがいつもの事ですから、とフォローする。

 

「それで、アクア様達は今日────」

 

「お仕事で出掛けてます。ですから、今日はちょっと豪華な食事をご用意しようかと」

 

 健気にそう言うスズハに、キョウヤは感心したように褒めた。

 

「偉いんだね、君は」

 

 そして、頭を撫でようと腕を動かしてきた。

 手が触れる瞬間、スズハの目には、キョウヤがこの世で1番おぞましい(かいぶつ)に映った。

 

「いや!?」

 

 スズハがキョウヤの手を払い除ける。

 

「あ……」

 

 ビックリした表情のキョウヤだが、今話したばかりの男に触れられて良い気分はしない事に気付いた。

 

「あ、ごめん。嫌だったかい?」

 

「ちが……わたし……は……っ、ごめんなさい!」

 

 頭を下げて逃げるように去るスズハ。

 呆然としていると、キョウヤの肩を誰かが掴んだ。

 

「おい兄ちゃん。いったいあの子に何したんだ? えぇ!」

 

「え? 僕は何も……」

 

「へー。何もしてないのに、あの子があんなに恐がったって言うのかい?」

 

 見ると、商店街の住民が、キョウヤを取り囲んで居た。

 その後に、誤解を解くのに1時間程の時間を有した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミツルギキョウヤから逃げるようにして去ったスズハは、狭い路地に入り、体をくの字に曲げて呼吸を調えた。

 吐き気や体が震えている。

 

「わたし、どうして……」

 

 あの一瞬、キョウヤがおぞましい存在に見えた。

 

「もう、大丈夫な、筈なのに……」

 

 あの男の事は、もう踏ん切りは付いた筈だ。

 今更、恐がる必要は、ないのだ。

 

「ダイジョウ……だいじょうぶ……わたしは、大丈夫……」

 

 自分に刷り込むように繰り返すスズハ。

 気持ち悪さは治まり、震えていた体も止まる。

 空を見上げるとふと思った。

 あの日。あの男に襲われたのは、このくらいの季節だったな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズマ達がクエストを終えて帰ってくると、スズハはちょうど階段の上を掃除している最中だった。

 帰って来たカズマ達が階段に上ってきた事に気付くと、スズハは立ち上がって迎えた。

 

「おかえりなさい、皆さん。今日はどうでしたか?」

 

「どうしたもこうしたもねぇよ! 今回は水質が落ちた街の水源の1つを浄化するだけだったのに、途中でモンスターが出て来て、めぐみんが水源ごと爆裂魔法でモンスターを吹き飛ばしやがったんだ! 幸い、直撃じゃなかったから壊滅とはいかなかったが、工事代として報酬なし! むしろクエスト失敗でこっちが金払わされたぞ!」

 

「あんな絶好の位置とタイミングに現れたモンスターが悪いのです。私は悪くありません」

 

「喧しいわっ!」

 

 背負っていためぐみんを乱暴に降ろす、というより落とした。

 お尻を打っためぐみんは痛そうに擦る。

 めぐみんが文句を言おうとすると、ダクネスがまぁまぁ、となだめる。

 そこでアクアが今朝の提案を口にした。

 

「ねぇ、スズハ。貴女、最近疲れてない?」

 

「いいえ。そんなことはないですけど」

 

「実は、私達は最近スズハに家の事を頼りすぎていると思ってな。それで、どうだろう? 2、3日休んでは。いや、ヒナの事もあるから、完全に休むとは言えないだろうが」

 

「そんな……お世話になってるのはこちらですのに……」

 

「いえ、むしろ、最近は私達がお世話になりっぱなしというか……」

 

 休む事を提案する皆に、スズハは、やはり簡単には了承しない。

 その態度に業を煮やしたカズマが強制的に休ませようとする。

 

「とにかく、明日からは家事禁止! 俺達がどうにかするから! 明日からはぐうたらしてろ!」

 

 触れようとしてくるカズマ。

 鼻につく男性の体臭。

 伸ばされた手は、あの時に自分を押さえつけた手へと変わり。

 その姿は、スズハが最も嫌悪するあの────。

 

「え?」

 

 誰もが止める間もなく、スズハは階段からカズマを突き落とした。

 ゴロゴロと転がりながら落下するカズマ。

 

「カズマ!?」

 

「スズハ! いったい何をっ!?」

 

 アクアとめぐみんが落ちたカズマに駆け寄り、ダクネスは呆然としているスズハを見る。

 

「ちが……わ、わたし、そんなつもりじゃ……!?」

 

 わなわなと驚愕の表情で震えるスズハ。

 

「わ、わたしが、カズマさんを落として? ……わたし、がぁ……!」

 

「落ち着けスズハ! カズマは大丈夫だ! ほら!」

 

 幸運値の賜物か、それとも防御力に依るものか、カズマは打ち身程度の怪我で済んでいる。

 それを確認してもスズハの震えは治まらない。

 

 

 誰もが、大抵スズハを見てこう評する。

 優しく礼儀正しい。あの年で嫌な顔1つせずに赤ん坊の面倒を見ている責任感の強い、手のかからない子供。

 その評価は別段間違っていない。

 しかし本当に、それがシラカワスズハの素顔だろうか? 

 例えばそれが、彼女が生まれた時から刷り込まれた、仮面(ペルソナ)だとしたら? 

 本人も気付かない程に張り付いた仮面だとしたら? 

 そしてもしも、その鉄の仮面だったそれが、土の仮面に変わり、崩れ落ちたとしたら? 

 

「あ、あ、あ、あぁっ!?」

 

 ボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロ。

 

 目に見えない仮面は、他者を傷付けた事で脆くも崩れ落ちる。

 

「あ────っ」

 

 喉が裂けるほど大きな絶叫と共に屋敷を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足に何も履かずに屋敷を出たスズハは、足の裏の痛みを気にする事なく、闇雲に走っていた。

 

(どうしよう! どうしよう! わたし、どうして……!?)

 

 何故カズマを階段から落としたのか理解できずに混乱する頭を押さえながら走る。

 しかし途中で、尖っていた石が足の裏に刺さり、痛みで転んでしまう。

 

「い、た……っ!」

 

 手をついて体を起こすと、目から涙が溢れてきた。

 

「ちょっと、どうしたの!?」

 

 転んだスズハに銀髪の少女が話しかけてくる。

 

「クリ、ス……さん?」

 

「なんで靴履いてないのさ! それに酷い顔だよ!」

 

 心配して駆け寄ってくるクリスにどうにかいつも通りに挨拶をしようと顔を動かす。

 

「こんにち、は……クリス、さ……」

 

 でも、仮面が剥がれ落ちたスズハにはそれが出来なくて。

 クリスの腕を掴むと嗚咽が漏れた。

 

「わたし……わ、たし……わたし、は……っ!?」

 

 もうこれ以上、取り繕う余裕がなくて。

 

「スズハ?」

 

 自分を心配して呼んでくれたその声に、委ねたくなり、もう涙を自分の意思で止めることが出来なかった。

 

「あ、うあぁ……っ、あぁああああああああああっ!?」

 

 シラカワスズハは、幼子のようにわんわんと泣き崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

 




バニル登場の時に言ったスズハの仮面が剥がれ落ちる話です。
後2話で終わらせて王都編に行きます。


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少女の歪み

 ────白河の家に生まれた娘として、恥ずかしくない振る舞いを心掛けなさい。

 物心ついた時から。

 いや、それ以前からそう言われて育ってきた。

 最初はパーティーで小さく笑みを浮かべて大人達に挨拶するだけで褒められた。

 それから楚々とした振る舞いを覚え、生まれ持った整った容姿も相まって、常に周囲から少女は称賛された。

 パーティーや学校。自宅。

 それこそ自室ですら誰かの目を常に気にして過ごすよう教えられた少女。

 幸いして、幼少よりそう教え習ってきた少女にはそれが当たり前で、少なくとも表面上では苦痛を感じなかった。

 勉強も礼儀作法も家事も教養も。

 叩き込まれた全てを乾いた綿に水を与えるように吸収した少女は、大きな失敗を何1つ知らずに育った。

 しかし、それも終わりが訪れる。

 

「この売女が。とんだ恥を晒しおって」

 

 長期出張から帰って来た父から投げ掛けられたのは、汚物を見る視線と言葉。

 慰めでも、労りでも、こうなった嘆きでも怒りでもなく、堕胎することが不可能な程に大きくなったお腹を気にかける事もなかった。

 それから興味を失ったように部屋から離れる父と、その後ろに続く母。

 たった一度の大きな失敗。

 それだけで、少女は両親から切られたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、カズマ~。オムツどこー。ヒナがお漏らししちゃって泣き止まないの」

 

「スズハの部屋にあんだろ? つーか俺に訊くな」

 

 ヒナを置いて出ていったスズハ。

 当然、誰かがヒナの面倒を見ないといけないわけで。

 

「有りましたよ! 戸棚の上に!」

 

 スズハの部屋を漁っていためぐみんが買い置きのオムツを発見して持ってきた。

 

「めぐみーん! オムツの取り替え、私にやらせてほしいの! 最近、ヒナも私に懐いてきたし、良いでしょ?」

 

「かまわないと思いますが……気を付けてくださいね?」

 

「大丈夫よ、まっかせて!」

 

 そう言うと、素人とは思えない手際でヒナのオムツを替えるアクア。

 子守りスキルとかあんの? と訊こうとしたが、思えばアクアは普段から手先が器用なので、そのお陰かもしれないと考える。

 

「しかし、スズハはどうしたのだ? 確かに最近は様子がおかしいとは思っていたが……」

 

「わっかんねぇよ、くそ!」

 

 たんこぶになっていた頭を撫でるカズマ。

 階段から落とされた打ち身やこぶは、既にアクアに治されている。

 

「カズマが何かしたんじゃないの? ほら、カズマが触ろうとして怯えてたし」

 

「今朝は全然普通だっただろ! それからクエストで帰って来るまでずっとお前らと一緒だったろうが! どこにそんな間があるんだよ!」

 

 別段カズマは突き落とされた事を怒っている訳ではない。いや、まったく怒ってないと言うと嘘になるが、あそこまで取り乱したスズハが気がかりだった。

 

「とにかく、スズハを捜しに行ってください。ヒナに何を食べさせたら良いのかも分からないんですから」

 

 ヒナの食事はスズハが全てやっていた。以前なら赤ちゃん用のミルクをあげたが、今は流動食も混ぜているため、どちらを何時与えれば良いのか判断できない。

 

「分かってるよ……行くぞ、アクア」

 

「えー! 私もめぐみんと一緒にヒナの面倒をみたいんですけど。クエストで帰って来たばかりで街を歩き回るとか疲れるんですけど」

 

「後者が理由だろ! いいから来いっ!」

 

「いやよ! スズハが居ない今、将来アクシズ教徒(うちの子)になるヒナを誰が守るの!」

 

「なるか、ボケェ! 尚更お前をここに置いてけるか!」

 

 無理矢理連れて行こうとするが、手摺に掴まって動こうとしないアクアにめぐみんが言う。

 

「もうアクアは放って捜しに行ったらどうですか? どうせアクアが行っても、大して役に立たないでしょうし」

 

「待ってめぐみん! その言い方はあんまりだと思うの!」

 

「そうだな。ヒナの事はめぐみんに任せて、私とカズマは、スズハを捜しに行こう。時間が惜しいからな!」

 

「ダクネスまで!」

 

「しようがねぇなぁ! おい、めぐみん! ヒナを頼んだぞ!」

 

「任せてください!」

 

「ねぇ!? なんで私の名前を挙げてくれないの! 私だってやれば出来るんですけど! 無視しないで!」

 

 半泣きのアクアを無視して屋敷を出ていくカズマとダクネス。

 

「しかし、何処を捜す? スズハは目立つから、目撃証言はたくさん得られると思うが……」

 

 不安そうにしているダクネスに、カズマが返す。

 

「いや、アテはある。思うと、アクアを置いて行って正解だったな」

 

「?」

 

「決まってんだろ! こういう時に真っ先にアテになりそうな奴だよ!」

 

 行って、カズマはウィズ魔道具店へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近くに在った安宿を取ってクリスは背負っていたスズハをベッドに座らせた。

 ここに来るまでに泣き顔のスズハを背負っていたクリスは自分に刺さる白い視線がキツかった。

 

「先ずは足の裏を治療しようか」

 

「あ、自分でできます。この腕輪、治癒の魔法が使えて……」

 

「いいからいいから」

 

 簡単な治療用のキットを荷物から取り出し、スズハの靴下を脱がせると、消毒液を吸わせた綿で足の裏に塗る。

 

「つっ!?」

 

「我慢してね。すぐ済むから」

 

 やはり冒険者だからだろうか、慣れた手つきで包帯を巻くまで終えるクリス。

 

「それで、どうしたのさ。靴も履かずに砂利道を歩いて。それも、あんな表情で」

 

 隣に座って訊いてくるクリス。

 言って良いのか躊躇ったが、誰かに聞いて欲しいという欲求に抗えず、ポツリポツリと話し始めた。

 

「……最近、嫌な夢を見るんです」

 

「夢?」

 

「私が、マコトさんに、襲われた時の、夢を……」

 

 スズハの言葉にクリスの表情が険しくなる。

 

「その夢を見ると、自分が、とても穢らわしい存在に思えて……それから、不意にあの時の事が頭を過る事があって……近くにいる男の人が全員、あの人に見えるようになって……」

 

 震えている自分を抱き締めるスズハ。

 

「それでも、大丈夫だって自分に言い聞かせて……大丈夫だったのに……どうして今さら……」

 

 最後の方はクリスに、というよりは、自分に問い質しているようだった。

 そして、ここからが本題。

 

「わたし、カズマさんを、傷つけてしまったんです……階段から突き落として……近づいてきたカズマさんが、あの人に見えて……」

 

「……カズマの怪我は?」

 

 アクアが傍に居るなら、そう大事にはならないだろうと確信しながらも一応訊いてみる。

 

「……すぐに起き上がったので、大きな怪我は無い筈です。でも、そういう事じゃなくて」

 

 自分がカズマを傷付けた事そのものが、駄目なのだ。

 そしてようやく自覚する。いや、この場合、認めると言うべきか。

 

「恐いんです。男の人が……カズマさんも……異性の方が、近くに居ることが、恐ろしくて堪らない……」

 

 震える体を抱き締めるスズハ。

 スズハ自身はその事に負い目があるようだが、彼女のこれまでを思えば、仕方のない事だった。

 むしろ、男性が近付くだけで発狂してもおかしくなかったのだ。

 それでもシラカワスズハはその全てを自分が悪いのだと抱え込んでいる。

 

「カズマ達に正直に話してみたらどうかな? カズマや皆なら、きっと力になってくれるよ?」

 

 クリスの提案は真っ当な物だった。

 カズマ達なら早々追い出したりはしないだろうと践む。

 しかし、スズハは首を横に振った。

 

「言え、ません……カズマさんには、この街にきて、とてもお世話になったんです。楽しくて……優しくしてくれて……ヒナにも……そんな人に、こ、恐いだなんて、言えません……!」

 

 それは、血を吐くような声だった。

 そう言った時にカズマにどんな顔をされるのか、想像して身を小さくする。

 クリスの案が正しいのは分かっている。しかし────。

 

「また、父様や母様のように見られたら、わたし……!」

 

 大きくなったお腹を見て見限った両親。

 今なら、自分が両親に何を求めていたのか分かる。

 

「本当は、心配してほしかった……慰めてほしかった……どうすればいいのか、一緒に、考えてほしかったのに……」

 

 長期出張から帰って来た時、もうスズハのお腹は堕胎出来る時期を過ぎていた。

 完璧ではなくなった"白河涼葉"は、もう両親には必要なくて。

 後は他人に世話をさせ、世間の目から娘を隠し、どれだけ社会的ダメージを軽減するかだけを気にかけた。

 また、あんな風に切られるかもと思うと、涙がでて、体が震える。

 なんて、醜い。

 相手に怪我をさせておいて、結局考えるのは自分の事ばかり。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 何に謝っているのか、自分でも分からないまま、スズハはうわ言を繰り返した。

 随りついて泣くスズハに、クリスは憐れむような視線でスズハが落ち着くのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へいらっしゃい! 狡い頭だけが取り柄の小僧に、最近その無駄な防御力がパーティーにまったく役立ってない娘よ! 今日はどのような用件で?」

 

 相変わらず欠片も似合わないピンクのエプロンで出迎えたのはウィズ魔道具店の店員であるバニルだった。

 少しして店の奥からウィズが現れていつも通りに挨拶する。

 

「あー、スズハの奴、この店に来てないか?」

 

「スズハさんですか? 今日はお見えになってませんが……」

 

 まぁ、そうだろうな、と思う。

 もしもスズハがここに居るなら、ウィズがこんなにも普通に挨拶出来る訳がない。

 となると、当初の予定通りバニルに訊く事にする。

 しかし、質問する前にバニルがにやにやとした顔でこちらを察してきた。

 

「ふむふむ。いつも馬車馬の如くこき使っている小娘に休暇を与えようとしたら、いきなり階段から落とされた、と。いやー難儀難儀」

 

「おい。まるで俺達がスズハを奴隷扱いしてる言い方はやめろ」

 

「ハッハッハッ! あの屋敷を幼い少女1人に管理させて何を言うか! しかも、子育てまで有るのだぞ? 普通ならとっくに出て行っておるわ!」

 

「くっ!」

 

 なまじ言い返す材料が少ないため、カズマは悔しそうに黙る。

 

「それにしても、仮面が剥がれるのは思った以上に遅かったな。吾輩の見通しを狂わせるとは、とことん我慢が好きな娘よ」

 

「……まるで今回の事が分かってたみたいな言い方だな?」

 

「以前、貴様には忠告してやった筈だが?」

 

「…………あっ!?」

 

 すっかり忘れていたカズマは、声を漏らす。

 その様子にバニルはやれやれと拭いていたポーションの瓶を置く。

 

「あの娘の居場所を知りたいのであれば、教えてやらんでもない。しかし、会ってどうするつもりだ?」

 

「どうするって、そりゃあ……」

 

 話をして連れ戻す。

 それ以外にあるのだろうか? 

 

「今不用意にあの娘に近づいても、余計に怯えさせるだけだろう。そもそも何故、あの娘の様子がおかしかったのか。それを理解しなければ、心の傷を深めさせる結果になりかねん」

 

「原因……って言われてもなぁ……」

 

 ボリボリと困った様子で頭を掻くカズマ。

 スズハの様子がおかしい事すら気付かなかったのに、その原因を察しろと言われても困る。

 ダクネスも、押し黙って考えている。

 そこでバニルが拭いていたポーションを見せてきた。

 

「ちなみに、このポーションは先日紅魔の里に訪れた際に、そこの貧乏店主が仕入れた、モンスターを寄せ付けなくなる代わりに、体臭が公害レベルに変化する魔法具だ。1箱くらいどうだ! 今なら、特別に我輩のアドバイスも付けてやろう」

 

「バニルさん!」

 

 ニッと意地悪く口元を歪めるバニルにウィズが咎めるように名前を呼ぶ。

 

「……箱なら後で屋敷に送ってくれ。送料もこっち持ちでいい」

 

 ポーションなら後でアクアに水に変えさせようと心に決めるカズマ。

 

「毎度あり! 貧乏店主よ、久々に肉を食わせてやろう!」

 

「こ、こんな形でお売りするのは……でもお肉……たんぱく質……うぅ……」

 

 結局、肉の誘惑に勝てずに押し黙るウィズ。

 さて、と作業しながらバニルが話し始める。

 

「そもそも、あの娘はな、お前達とは別の方向に頭のおかしい娘だぞ。十そこそこの娘が子を抱え、文句も言わずにお前達の世話をする。そんな都合の良い娘が居ると思うか?」

 

「それは……」

 

 言われて見れば、そうかもしれない。

 いや、気になっていたが、まぁ、スズハだし、といつの間にかその違和感が消えていた。

 

「あの娘はな、生まれた時から"完璧"を求められていたのだ。そして本来ならどこかで躓くところをあの娘は難なくこなし、親の期待に応えてきた。運の悪いことにな」

 

「運の悪い?」

 

 ダクネスが首を傾げる。

 それは純粋にスゴいと思うし、親の期待に期待に応え続けてきたのなら、それは褒められる事ではないのか? 

 

「度を越しているのだ。どこかで失敗すれば、親も1人の人間だと気付き、対応も変わったのだろうが、あまりにも理想的に自分達の教育を守り、育っていく娘に、親は更なる期待と重圧をかけてくる。そして、いつか、失敗や過ちは許されなくなる」

 

 期待に応えすぎたが故に失敗する事の方がおかしいと思われるようになり、子供には重すぎる期待に応え続けなければならなくなった。質の悪いことに、本人もそれを普通と捉えたまま。

 

「そして、あの娘は────あぁ、お前達も知っているだろう? あの下半身に脳が詰まった男に襲われて子を宿した事だ。それが原因で、あの娘は両親から見限られた」

 

 以前、スズハは父の事を軽い調子で話していた。だから、カズマ達も必要以上に重くは捉えなかった。

 バニルの話を聞きながらダクネスは眉間に皺を寄せる。

 

「だから、あの娘はこう思ったのだ。完璧でない自分は、誰からも受け入れてもらえない。そうでなくなれば、自分は捨てられてしまうと思っている。お前達とて、出会った当初にあの娘がわがままばかり言う迷惑な性格なら、同居など出来なかったであろう?」

 

「そりゃあ、まぁ……」

 

 あの時は多額の借金もあった事から、屋敷の管理をしてくれるスズハには大分助けられた。

 元々パーティーメンバー自体が、我を通すというか、問題児だらけな事もあり、スズハまでそうなら一度くらい追い出そうとしたかもしれない。

 

「あの赤子に関しても、慈しむ、と言うには些か語弊がある。あれはただ、自分が思い描く理想の母親を演じているだけだ。親としての愛情と言うよりは、産んだ責任として面倒を見ている節がある。それで、あそこまで尽くせるのは称賛に値するがな」

 

 バニルの言葉にダクネスが不快そうに質問する。

 

「……スズハがヒナを愛してないと?」

 

「まさか。愛情は有るだろうよ。しかし、責任感の方が勝っている、というだけだ。それが悪い事でもあるまい? 少なくとも、面倒を見れないからと身勝手に我が子を捨てる大人とて居る。例え愛情ではなく責任感から来る感情で、理想の母親という演技だったとしても、あれはそれに命を懸けるだろう。それがあの娘の信じる”母親”だからな」

 

 それは既に証明されており、スズハは紅魔の里で自分の命よりもヒナの命を優先した。

 

「だが、それは同時にあの娘の子供の部分を圧迫する行為だ。母親であればあるほど。お前たちに都合の良い人間で在り続ける程に、あの娘の子供の部分を圧し殺さなければならない。子供としてのワガママややりたいことを削って周りに尽くし続けるのはさぞやストレスだっただろうよ。本人は認めないだろうがな」

 

 やれやれと言った表情で首を小さく左右に振るバニル。

 

「そんな生活を続けていれば、あの娘に余裕が失くなっていくのは当たり前だ。それが今回、奴の仮面が剥がれ欠けている原因だろう。今まで耐えられていたことが取り繕えず、犯さない筈の失敗をする」

 

「仮面……」

 

「そうだ。簡単に言って、男性が恐い、と嫌われて捨てられるのが嫌だ、だ」

 

 バニルの言葉にダクネスが疑問に思う。

 

「前者は分かるが、後者は?」

 

「さっきも言っただろう? 完璧でない自分は受け入れてもらえないと。今回、そこの小賢しい小僧に怪我をさせたことは、あの娘からすれば絶対に許されない失敗だろう。それで嫌われ、捨てられることを恐れている。謝罪の1つでもすれば事が収まるのに、失敗を知らんあの小娘は自分の許容を越えた事態に、混乱して逃げ回っておるのだ」

 

 そういうところは子供だな、と嘲笑する。

 話を聞いて、カズマは段々と苛立ってきた。

 バニルの言う事が本当なら、何故スズハはそんなにも────。

 

「我輩が言えるのはここまでだ。娘の居場所を知りたいなら、この店を出れば、道案内が現れるだろう。精々、小綺麗な嘘など吐かずに、本音を言ってやれ。そうすればそう悪いことにはなるまい。むしろ傷つけないように嘘など言おう物なら、察しの良いあの娘だ。本当に貴様らの下を去るだろう。幸いにもそれなりの貯金もあるだろうしな」

 

 それだけ言うと、もう買うものがないなら出ていけと追い出される。

 

 店の扉を閉められると、カズマとダクネスは顔を見合わせた。

 

「それで、これからどうする」

 

「案内って言われてもなぁ……」

 

 途方に暮れそうになると、見覚えのあるオレンジ色のトカゲがこっちを見ていた。

 

「ヒト◯ゲ!」

 

火精霊(サラマンダー)だろ。なんだヒト◯ゲとは」

 

 この街であの精霊を所有している者は1人しか居ない。

 火精霊(サラマンダー)は小さく鳴くと、カズマ達に背を向けて走り出した。

 心なしか、火の点いた尻尾が付いてこい誘っている気がした。

 

「あいつ、スズハのところに案内してくれるのか?」

 

「そう、なんじゃねぇのか!?」

 

 見失わないように2人は火精霊(サラマンダー)の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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悲痛な叫び

「実は、誠さんの嫌がらせを止めさせる事が出来るかもしれないんだ。だから涼葉。その、手伝ってもらっても良いかな?」

 

 申し訳なさそうに頼む兄に、わたしの返答は決まっていた。

 

「本当ですか! 良かったぁ……! もちろん、わたしに出来ることなら何でも仰って下さい、兄様!」

 

 十近く離れた兄が、あの男に虐められず済む。それはわたしにとって、とても嬉しい未来だった。

 兄があの男に理不尽な扱いを受けているのは当時のわたしには堪えがたい事で。

 これを期に、あの男と顔を合わさずに済むかもしれないと思うと心が軽くなる。

 この時のわたしはまだ、兄の事が大好きだった。

 強い期待を寄せてくる両親や習い事の先生達。

 そんな家の中で、兄だけが肩の力を抜いて接する事が出来る相手だったから。

 もしも兄が虐められなくなったら、少しだけ我儘を許してくれるだろうか? 

 そんな期待を胸に懐く。

 だから、想像もしていなかった。

 兄は確かに悪人ではない。

 だけど、どうしようもなく心の弱い人だった。

 気が弱く、抗うより、流されてしまう性根の人。

 だから、両親の期待が兄からわたしに向いていた事も理解していた。

 それでも、どうしてあんなことが予想出来るだろう? 

 大好きな兄が、わたしをあの男に差し出すなんて未来を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの男に汚されて丸1日経ち、自室から出ないわたしに兄が会いに来た。

 

「涼葉……その……」

 

 何か言おうとして口を閉ざし、視線を背ける兄。

 そんな兄をわたしはどんな顔で見ていたのか。

 全てが億劫になり、何の反応も示さなかったわたし。

 

「ごめんな、涼葉……」

 

 それだけ告げると、二度と兄はわたしの部屋に来ることはなかった。

 その後、妊娠したわたしの世話をしてくれた主治医が今回の事件で引きこもったわたしの事を騒ぎ立てないように指示していたのが兄だと後で教えてくれた。

 でも、もうどうでもいい。

 謝罪するくらいなら、どうしてあんなことをしたのか。どうして助けてくれなかったのか。

 誰を信じれば良いのか、涼葉にはもう分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか膝枕をしてスズハの髪を指で溶いているクリス。

 

「スズハの髪はきれいだね。くせっ毛とか全然なくて指に絡まないし、サラサラしてる」

 

「ありがとう、ございます……」

 

 それが気持ち良いのか、目を閉じて頭を預けていた。

 しかし、そんなとりとめのない会話が続く筈もなく、また沈黙に戻る。

 だから、クリスは話題を戻す事にした。

 

「スズハは、カズマ達の事が好き?」

 

「……は、い……大好き、です。この世界で、カズマさん達と一緒に暮らせて、本当に幸せで……なのに……」

 

 スズハの目から涙が落ちて体が震えていた。

 

「わたしが、壊して……」

 

「壊れてなんかないよ。帰ったら、きっといつも通り迎えてくれるよ、あの子達は……」

 

 クリスの言葉にスズハは身を小さくする。

 

「スズハはさ、ちょっと自分に厳しすぎるよ。そんなことくらいでスズハを嫌いになるなら、あたしはカズマ達に預けなかったよ」

 

 髪を溶いていた手は、頭を撫で始めた。

 

「確かにスズハはヒナのお母さんだけど、まだ子供なんだから。もっと周りに頼って甘えて良いんだよ? 恐い事は怖いって、嫌な事は嫌だって言っても大丈夫なんだ。ダクネス逹だって、そうしてるでしょう」

 

 凍っている思考を融かすような優しい声で言うクリス。

 だけど、長いこと封をしていた価値観はそれだけでは解き放てなくて。

 

「だけ、ど……父様逹も受け入れてくれなかったのに、それ、なのに……」

 

 思考が堂々巡りする。

 親ですら完璧でない白河凉葉を捨てたのに、他人が自分を受け入れてくれると信じられない。

 そんな自分にすら嫌悪感を抱いて追い詰めている。

 

「幸せになって……」

 

「え?」

 

 頭を動かすと、心配そうな顔で凉葉を見るクリスを見上げている。

 

「これまでずっと辛かった分、幸せになっていいんだ。ううん、ヒナと一緒に幸せにならなきゃ駄目だよ。エリス様はその為にスズハをこの世界に送った筈なんだよ?」

 

「それは……」

 

 他の転生者と違って、シラカワスズハは魔王軍と戦うためにこの世界へと送られた訳ではない。

 前の世界では手にすることが出来なかった幸せを、この世界で掴んで欲しくて、チャンスを貰ったのだ。

 その意味を噛み締めていると、ドカドカと部屋の外から足音が聞こえる。

 

「オラァ! 家出娘はここかぁ!」

 

 勢い良く扉が開かれると、カズマとダクネスが現れた。ビックリして起き上がるスズハ。

 

「むっ。クリスと一緒だったのか?」

 

「あ、うん……ダクネス逹の屋敷に行こうとしたらスズハを見つけてさ。なんか、泣いてたから……」

 

 突然やって来たカズマに面食らってクリスも戸惑いつつ説明する。

 ズカズカと近づくカズマに怯えた様子でクリスの後ろに隠れるスズハ。

 見下ろす形になり、ボリボリと頭を掻いた。

 

「帰るぞ。ヒナに何を食べさせたら良いか、分からねえんだから」

 

「あ……ヒ、ナ……」

 

 娘の食事について、今思い出す。

 ここまで、その事まで頭が回らなかった。

 

「だから、もう帰る────」

 

「ヒッ!」

 

 掴もうとする手が、あの日、自分を押さえつけた腕を連想させてベッドの上で逃げる。

 その恐怖に染まった表情に若干傷付きながら、嘆息して問い質す。

 

「お前、俺の何が不満なんだ? 俺、スズハに何かしたか?」

 

 苛立つような声にクリスが止めに入る。

 

「待ってよカズマ! スズハは────」

 

「クリス!」

 

 タグネスが黙っていてくれと視線で訴えると悩んで動きを止める。

 ここに来るまでにダクネスと話して、バニルから聞いた事も含めて本人から吐き出させる事にした。

 前に言いたくないなら言わなくて良いと言ったが、今回は放置出来ない。

 そうしなければ、結局同じ事の繰り返しになる。

 ジーッと見つめるカズマにスズハは俯いたまま、しどろもどろ言葉を口にする。

 

「ちが……カズマさんが、悪いんじゃなくて……わたしが、ダメなのが、全部……」

 

「……」

 

 辿々しく口にするスズハにカズマはパシッと軽く頭を叩いた。

 ビックリした表情でカズマを見る。

 

「そういう建前はいい。自分が悪いって終わらせて、酔ってるのを見るとイライラするんだよ。ほら、階段から突き落とすくらいなんだから、俺に何か気に食わない事があるんだろ? 言ってみろ」

 

 追い詰めるような言い方。

 クリスはカズマらしくないと思いながらも、信じて見守っている。

 胸を押さえながらスズハは、呼吸を調える。

 子供の頃から培った感情制御で上辺だけども取り繕い、ベッドの上に手を付いて頭を下げた。

 

「他意は、ありません。カズマさんを傷付けてしまったのは、わたしの不徳が致す所です。申し訳ありま────」

 

 今度は力の入ってない拳骨を落とした。

 驚いてカズマの顔を一瞬見る。

 それはとても辛そうで、すぐに視線を落としてしまう。

 

「そんな、逃げるような言い方するなって言ってんだよ」

 

「逃げて、なんて……!」

 

「ならどうして、さっきから俺を見ようとしないんだ!」

 

 親に怒られることを怯える子供のように身を小さくしているしているスズハ。

 その態度に腹が立つ。

 バニルから話を聞いた時もだ。

 そのくらいで、ここ数ヵ月に積み上げてきた物が失くなるなんて勝手に思われていることにも。

 

 カズマに睨まれて、スズハは再び呼吸を荒くする。

 嫌な汗が流れ、そこの窓から飛び降りて逃げてしまいたい衝動に駆られる。

 

「だっ、て……」

 

 ────言っては駄目。

 ────でも、もう……我慢が、でき……。

 

「だって! 恐いんですもの!」

 

 弾けるようにそう叫んだ。

 

「カズマさんには分からない! 男の人には、絶対に分からないっ!」

 

 ────やめて。聞かないで。

 ────こんな、醜いわたしを見ないで。

 

「わたしは嫌だって! 痛いって! 助けてって、何度も何度も叫んだのに! 貴方は! ()()()()()!!」

 

 泣きながら表情はくしゃくしゃになり、嗚咽を漏らす。

 

「ちがう、のに……カズマ、さんじゃないのに……おと、この人が、マコトさんに、見え、て……」

 

 ────止まって。こんなことを口にさせないで。

 

「恐くて、こわくて、堪らない、んです……」

 

 スズハの荒い呼吸だけが室内に響く。

 こんなのは八つ当たりだとスズハ自身が1番理解してる。

 心に溜まっていた膿を吐き出したからと言って、心が晴れる訳もなく、重い後悔が胸にのし掛かり、吐きそうだ。

 

「そっか」

 

 カズマから出たのはそんな一言だった。

 

「ありがとな。きつかったろ」

 

 それは先程とはうって変わって優しい声音だった。

 戸惑っているスズハにカズマは小さく息をする。

 

「これくらいで怒ると思ってたのかよ? 俺はいつもこいつらに振り回されて、街中の奴に頭下げてるカズマさんだぞ。これくらいのことで責めたりしねぇよ。出来れば、そんなに追い詰められる前に話してほしかったけどな」

 

「おい待て。私はそれほどお前に謝らせた覚えはないぞ。むしろ、お前逹がダスティネス家の名前を好き勝手使って私が後処理に回ることもあるんだからな?」

 

「そんなことはどうでもいい!」

 

 勢いで誤魔化すカズマ。

 未だに信じられないように言葉を続ける。

 

「だって、また……わたしの所為でカズマさんに怪我させてしまったら……」

 

「気ぃ使いすぎだろ。ま、そん時はアクアがいるし、何とかなるだろ。だから、何の問題もないんだ。さっさと帰るぞ」

 

「いいん、ですか……?」

 

 スズハの疑問に、呆れるように笑うと、恥ずかしそうに頬を掻く。

 

「今さら居なくなられても、その……淋しいだろうが」

 

 ダクネスがスズハを抱き寄せた。

 

「スズハは、完璧でない自分に価値はないと思っているのだろうが、私だってダスティネス家の令嬢として完璧とは言えん。お父様を不安にさせてばかりだからな。ここには、スズハを縛る家はないんだ。もう少し気楽に自由を満喫していいんだ。私逹の事ももう少し頼ってもな」

 

「むしろ、ダクネスはスズハを見習った方がいいんじゃないか?」

 

「うるさい! ぶっ飛ばすぞ!」

 

 カズマのからかいにダクネスは顔を真っ赤にして怒る。

 呆然としていたスズハは、震える声で質問する。

 

「わたし、は……帰っても、いいんですか……?」

 

「当たり前だろ。て言うか、帰ってきてもらわないと、俺達が困るんだ。男が苦手なことだって、手伝えることなら手伝ってやるから」

 

 当たり前の事を訊くなと言うカズマ。ダクネスに視線を移すと、頭を撫でて頷いた。

 その優しさが染みて、ジワッとまた目頭が熱くなる。

 

「カズマさん……わたし、みなさんの事が、大好きで……だから嫌われたくなくて……」

 

「そっか」

 

 ボロボロと泣いているスズハに今度は安堵したように頷く。

 それから、スズハが気の済むまで泣き止むのをまった。

 

 その間、クリスがカズマに近づくと小声で話す。

 

(ありがとね、カズマ。スズハを受け止めてくれて)

 

(これくらいはな。あいつらが起こす問題に比べればマシだよ)

 

(本当に、貴方逹にスズハさんを預けて正解でした。感謝します、カズマさん)

 

 そう言って微笑んだクリスの顔は会ったことのある誰かを幻視させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スズハが泣き止み、屋敷に戻る。

 あそこまで醜態を晒して、帰ることに躊躇いがあったスズハだが、屋敷に帰るとそんなものは吹き飛んだ。

 

「あ! 帰ってきたのね、スズハ! ダメじゃない、ヒナを置いていっちゃ! でも見て! このヒナの喜んだ姿!」

 

 めぐみんが抱えているヒナはキャッキャと喜んで身動ぎしていた。

 しかし、そんなアクアの言葉もあまり耳に入らない。

 

「そうか。それは頑張ったな。それで、この屋敷の惨状はどういうことだ?」

 

 カズマの質問にアクアとめぐみんが視線を背ける。

 屋敷全体が中で洪水でも起こったように水浸しであり、玄関は足首が浸かれるくらい水深があり、屋根の一部分が何故か消し飛んでいた。

 

「っていうかこの水浸しはアクアのせいだな! んで、屋根が破壊されてるのはめぐみんの爆裂魔法だろ! 俺らが帰ってきたときに丁度ぶっ放してたもんな!!」

 

「ち、違うのです! これには深い訳が!」

 

「そうよ! 私逹はお母さんが居なくて不安そうなヒナを喜ばせようと頑張ったのよ!」

 

 2人の話を纏めると、どっちがヒナを喜ばせるか勝負したらしく、アクアは何も入ってない壺から水が温泉のように吹き出る芸を披露した。

 それを見てヒナが興味深そうに喜んでいたので水を止めるのを忘れ、放置した。

 アクアに対抗しためぐみんが爆裂魔法を上空に、もちろん威力は抑えて、だが。発射角度をミスって屋根の一部分を消し飛ばしてしまったのだという。

 

「馬鹿か! 本当に馬鹿なの! こんな水浸しで風邪引くわ! めぐみんも! 屋根が消し飛んでんの、俺の部屋の位置じゃねぇか! 屋根が無くなって、風通しが良いにも程があるわ!!」

 

 喚くカズマのアクアがあーだこーだ言い訳している中、めぐみんがヒナをスズハに渡した。

 ヒナを抱くと、安心したようにヒナの表情が柔らかくなる。

 

「やっぱり、スズハの腕の中が1番落ち着くみたいですね。私やアクアが抱いても、ここまで安心しないです」

 

 力を抜いて身を委ねるヒナに、スズハは胸に秘めていた事を言う。

 

「本当はわたし、ヒナを愛せているのかずっと不安だったんです」

 

 好きでもない男との間に出来てしまった娘。

 自分が世話をしなければ死んでしまう命。

 赤ん坊の誕生は祝福されるべき事。

 だからスズハは、この子を愛しているふりをしているのではないか? と心の何処かで思っていた。

 

 そんなスズハにめぐみんは苦笑する。

 

「バカですね、スズハは。ヒナの世話をしているとき、自分がどんな顔をしているか分かってますか?」

 

 それは本心から我が子を想う母親の顔。

 最初はどうだったかは知らないが、今のスズハは間違いなくヒナの母親だった。

 

「……いつか、この子が大きくなった時に、わたしの娘に産まれて良かったって思ってくれるでしょうか」

 

「当然でしょう? もし、そんな親不孝な事を言うようなら、たくさんお仕置きしてやります!」

 

 フフンと腕を組んで宣言するめぐみんに、スズハは噛み締めるようにお礼を言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の部屋の天井が消えたので、余っていた別の部屋で寝転がるカズマ。

 今日は色々とありすぎて、頭が考える事を拒否している。

 このまま眠ってしまおうと目蓋を閉じると、扉がノックされた。

 

「なんだよもう……はいはーい!」

 

 扉を開けるとそこにはスズハが立っていた。

 

「どうした?」

 

「はい。やっぱり、今日のことでちゃんと謝罪とお礼を、と思って」

 

「マジメだなぁ」

 

 スズハの生真面目さに呆れつつ、部屋の中に通す。

 

「今日は、ありがとうございます。おかげで、スッキリしました」

 

「大丈夫そうなのか?」

 

 カズマの質問にスズハは首を横に振った。

 それはそうだ。そんな簡単に全て払拭出来る訳もない。

 きっとこれからも長い間、トラウマはスズハを苛むだろう。

 難しい顔をするカズマにスズハはお願いする。

 

「あの、カズマさん。お願いしてもいいですか?」

 

「なんだよ。今更遠慮すんな」

 

「はい。その、立って、後ろを向いてくれませんか?」

 

 訳が分からなかったが、特に嫌がる事でもないので言われた通りにする。

 するとスズハは、後ろからカズマに抱きつく。

 回している手は震えていた。

 

「わたし、男の人が苦手なのを、ちゃんと克服したいです。恐がらずにカズマさんと接したいです。だからこうして、手伝ってもらってもいいですか?」

 

「お、おう……俺で良ければ、任せろ」

 

 カズマの返事を聞き、体を離すスズハ。

 もう良いのか、と視線を送ると、コクンと頷く。

 そんなスズハにカズマは笑った。

 

「ま、なんだ。お前は充分スゴいからな? 前にあいつに会った時もちゃんとヒナを守ろうとしたんだろ? 俺、またオークのメスに遭遇したら、小便漏らして動けなくなる自信があるからな?」

 

 冗談っぽく話すカズマにスズハはありがとうございますと答える。

 そこで話題が少し変わる。

 

「この間、めぐみんさんの故郷に行った時に死んで、わたし、エリス様に会ったんです」

 

「あぁ。そういう仕事らしいからな」

 

「はい。それで、すごく怒られちゃったんです。エリス様は、あんな風に死なせるためにわたしとヒナをこの世界に送った訳じゃないって」

 

「そりゃそうだろうなぁ」

 

 あんな死に方されて喜んだら、カズマは完全に女神不信になるだろう。

 

「それで、あの時、真剣に怒ってくれて、叱ってくれたエリス様を見て思ったんです。わたし、エリス様を母様みたいに思ってたんだって」

 

「は?」

 

 スズハのカミングアウトに瞬きするカズマ。

 

「初めてだったんです。わたしの両親が叱る時はいつも、家に恥をかかせるな、って感じで、わたし個人をあんな風に想って怒られた事がなかったから。だから、とても嬉しくて。怒られて嬉しいっていうのも変ですけど」

 

 恥ずかしそうに笑うスズハ。

 そこから一拍置いた。

 

「わたし、ちゃんと幸せになります、ヒナと。エリス様が望んでくれたように。その為にもカズマさん。トラウマを克服する協力、お願いします! ヒナが大きくなった時に、男の人が寄る度にビクビクする情けない姿なんて、見せたくないですから」

 

「わ、わかった。任せろ」

 

 安請け合いのような気もするが、手伝える事は手伝うと言った手前、断る選択肢はなかった。

 それに、いつまでもこのままではカズマも困る。

 スズハがはにかむと、部屋の外からダクネスの悲鳴のような大声が響いた。

 顔を向き合わせてすぐに玄関まで急ぐ。

 

「どうした、ダクネス!」

 

「い、いや! 何でもないぞ! 騒がせてすまない。今日は疲れただろう? ゆっくり休んでくれ!」

 

 手紙を握りしめて怪しい様子を見せるダクネス。それに何故かダスティネス家の執事が居た。

 アクアとめぐみんも集まる。

 

「もしや、ダクネスさんの実家で何か問題でも?」

 

「いや、そうじゃないんだ! 本当に何でもないから! そ、そうだ! 明日はちょっと豪勢な宴会でも開かないか? 知り合いも呼んで! 数日に及ぶ大宴会をな!」

 

 どう見てもおかしい様子のダクネス。

 握られている手紙が原因らしい。

 

「スティール」

 

 問答無用でスティールで奪い取るカズマ。

 

「あぁ、おい!? いつもは下着が盗れるくせに、なんでこういう時だけピンポイントに盗るんだ! 返せっ!!」

 

 ダクネスがカズマから手紙を奪い返そうとするが、避けながら手紙を読む。

 

「えーと、何々。数多の魔王軍幹部を倒し、この国に偉大なる貢献を行った冒険者、サトウカズマ殿。貴殿の華々しい活躍を耳にし、是非お話を伺いたく。つきましては、お食事などをご一緒に出来ればと思います」

 

 手紙には王家を示す印と差出人に、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスと記されている。

 それは、この国の第一王女の名だった。

 手紙を呼んで、カズマ、アクア、めぐみんがそれぞれ邪悪な笑みを浮かべる。

 

「おい、まさか行くなんて言わないよな? ほら、カズマ逹は王宮の作法には疎いだろ? もし無作法があったら首が飛んでもおかしくないんだぞ? だからこの話は断ろう! 頼む!」

 

 カズマ逹が何かやらかして同じパーティーであるダスティネス家まで巻き添えを食うことを恐れて断ることを望むダクネス。

 しかし、カズマ達の反応は全くの別だった。

 

『俺達の時代が来た!!』

 

 その反応にダクネスは涙目でカズマ達の腰にすがり付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次章予告。

 

 

「シラカワスズハ。アイリス様暗殺未遂の容疑で、貴様を拘束する!」

 

 訪れたベルゼルク王国の王都で突如掛けられた王族暗殺未遂の容疑。

 シラカワスズハ処刑まで────

 

残り5日。

 

 

 

 

 冒険譚を聞かせる為に訪れた王都。

 そこで出会ったのは儚げな王女。

 

「わ、私も! ヒナさんのお母様になりますっ!」

 

「…………お子さんが欲しいのなら御自分で産んでください」

 

 

 城へ滞在するカズマ達を巻き込む陰謀。

 

「ねぇ、おかしいんですけど!? 王都に来てから私、水の魔法が一切使えないの! 私女神なのに! 水の女神なのにぃ!?」

 

「アイリス様は今も眠り続けておられる。あの晩、いったい何があった?」

 

「覚えてないんです。アイリス様に呼ばれた、あの夜の事は……」

 

「……貴様の処刑する日が決まった。アイリス様をあのような状態にした罪、楽に死ねると思うな」

 

 スズハの無罪を信じ、走り回る仲間達。

 

「最悪の場合、爆裂魔法であの城を消し飛ばしてスズハを救出し、他国に逃げましょう。何も問題はありません!」

 

「問題だらけだよめぐみん!」

 

「サトウカズマ。あの子の無実を晴らすために僕達も協力する。だから、必ず助けよう!」

 

 

 真実は、少しずつ紐解かれていく。

 

「それじゃあ、あんな良い子にふざけた罪を擦り付けてくれた犯人を炙り出しに行こうか、助手君?」

 

「そうですねぇ! それで、何か良い方法はあるんですか? エリス様」

 

「魔王様への手土産に、この国の王女の首と聖剣。確実に貰い受けましょう」

 

 

 ただ1人の少女の無罪を証明する。

 その願いは届くのか! 

 

「わたし、実はもうすぐ12歳の誕生日なんです。だからお祝い、期待してますね?」

 

「スズハァアアアアアッ!!」

 

 

そして事態はベルゼルグ王国最大の危機へと発展する。

 

「ねぇ!?このままだと、街に住んでる人達も含めて、誰も助からないんですけど!!どうするの!ねぇ、どうするのよ、カズマさんっ!?」

 

「あぁもう!しょうがねぇなぁああっ!!」

 

 

 この小さな母娘に幸福を! 

 六花の王女と精霊の愛し子編、2021年、公開予定! 

 

 

「それでは、エスコートをお願いします、アイリス様」

 

「はい。ベルゼルグ王族の名に賭けて、脅威は全て凪ぎ払いましょう。ですから、この地に住む方々の命をスズハさんに託します!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと予告とかやってみたかった。

今年はもう、この作品を投稿しません。来年の2月か3月を目標に再開します。

王都編は、大体予告のような感じに進めるつもりです。
メインはスズハとアイリスで。
ミツルギとゆんゆんの出番は削るかもしれません。


ちょっと予告を追記。投稿10分前に書いたインスタントだと物足りなかったので。


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準備期間

再起動。アイリス編の始まりです。
会食、王城でやったのかと思ったらダスティネス家だと知ったので修正しました。


「はい。はい。それでは、屋敷の修理をよろしくお願いします」

 

「任せてくれ! 俺達が責任を持って元通りしておくよ」

 

 頭を下げるスズハに、大工達は快く笑って承諾した。

 アクアとめぐみんが壊した屋敷の修理。

 破壊されたカズマの部屋だけでなく水浸しになった際に駄目になった細かな部分の修復も頼んでおいた。

 今回の修繕費は屋敷を破壊しためぐみんにアクアそして、騒動の発端となったスズハの貯金から出される。

 一応カズマは出さなくて良いとは言ったが、スズハが頑なだった為、出してもらう事にした。

 ちなみに何故スズハが対応しているのかというと、カズマ、アクア、めぐみんだと余計な注文を付けそうなことと、ダクネスが少し意気消沈している為である。

 屋敷の修理を依頼した大工達に頭を下げる。

 

「カズマさんの部屋も、壊れたままでは不憫ですので」

 

「カズマの奴の部屋はどうでも良いけど、貰った金の分は仕事をするよ! 任しとけって!」

 

「はい。頼りにしてますね」

 

 そう言ってもう一度頭を下げたスズハの姿に大工の男達は癒されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

 カズマ達と合流したスズハ。

 

「おう。大工の人達との話は終わったか?」

 

「はい。ダクネスさんの実家で会食を終えて数日もすれば修理も終わってると思います」

 

「まったくまどろっこしいですね。紅魔の里なら一晩もあれば魔法で終わるというのに」

 

「じゃあ直してくれよ。お前が俺の部屋を壊したんだからよぉ! アクセル随一の魔法使いさん!」

 

「うぐっ!?」

 

 カズマに責められて肩身を狭くするめぐみん。

 それにスズハがフォローに入る。

 

「ごめんなさい。元はと言えば私のせいで」

 

「いや、違うからな? スズハが飛び出した事とコイツらが屋敷をめちゃくちゃにしたことは別問題だからな?」

 

 確かにスズハが飛び出さなければあんなことにはならなかったかもしれない。

 しかし、だからと言って屋敷の一部を破壊する理由にはならないのだ。

 

「それよりも、今回はスズハもドレスを着るのですか?」

 

「はい。流石に王族に呼び出されてこの格好だと色々とマズイと思うので」

 

「そうか? 俺はタキシードの代わりに日本人として、着物や袴を用意するか迷ってるんだが……」

 

「そんな時間的余裕ないですよ。わたし達のドレスも既存品をサイズ直しして貰う訳ですし。それでも大忙しだと思いますが。というか、それを縫うのわたしですよね?こっちには着物なんてないんですから」

 

「えー! 女神であるこの私がフルオーダーじゃないドレスを着て王城に行くとか恥ずかしいんですけど!」

 

 そんな話をしていると、どんよりとした暗い表情のダクネスが躊躇いがちに聞く。

 

「お、お前達、本当に王城に行く気なのか? なぁ、今からでも断ろう。行ってもきっと! お前達が期待するような楽しい事なんてないぞ。だから、な! 今からでも断ろう!」

 

「しつこいぞダクネス。せっかく王族からのお誘いなんだから、行かない訳には行かないだろ」

 

「お前のその態度が不安だからだ! いつもなら面倒だと断るくせに! いったい何を企んでいる!」

 

 半泣きで指差してくるダクネスにカズマが呆れた様子で嘉多を竦めた。

 

「別に何にもないよ。ただ、王族に招待されて無視するのも失礼かなって思っただけだ。つーか、お前は俺達が王女様に無礼を働かないか不安なんだろ? それで、ダスティネス家の名前に泥を塗られるとか」

 

「うぐっ! あぁ、そうだ! はっきり言ってお前達が王族との会食で何のトラブルもなく終わるとは思えん」

 

「失礼ですよ、ダクネス。私達だって弁えるところでは弁えてます」

 

「そうよ! 私達も礼儀作法くらい知ってるんですからね!」

 

 文句を言うめぐみんとアクア。

 しかし、スズハはそこで疑問を口にした。

 

「でも、わたしもカズマさんは面倒だから行きたくないと言うかと思ってました」

 

 堅苦しい事を嫌う傾向にあるカズマが乗り気なのが少し以外だと言うスズハにカズマは懐かしむように呟く。

 

「実は俺、前から妹が欲しかったんだよ。弟は居たんだけどな。実の両親にも、離婚して可愛い女の子の連れ子がいる人と再婚してくれと訴えたほどさ」

 

「……最低ですね」

 

「……お前の両親はよくお前を追い出さなかったな」

 

「うるさいよ! そんなことは今さらどうでもいいんだ! ここに来て俺は多くの女性達との出会いがあった。癒し系お姉さんのウィズ。元気娘のクリス。幸薄いゆんゆん。クール系お姉さんのセナ。それこそ、王道派のヒロインであるエリス様まで……」

 

「ねぇねぇ、カズマさん、私は」

 

「お前はペットか色物枠────おい掴みかかるんなら話の後にしろ!」

 

 胸ぐらを掴んで揺らしてくるアクアにカズマが腕を外す。

 そんなカズマにめぐみんが仕方ないとばかりに息を吐いた。

 

「つまり、カズマは私に妹の代わりになれと……」

 

「何言ってんだ。めぐみんはロリ枠だろ」

 

「あれ!?」

 

 即座に否定されて驚くめぐみん。

 

「わ、私は何枠になるのだろうか」

 

「お前はエロ担当だよ。他に何があるんだ?」

 

「おい!」

 

 ショックを受けているめぐみんとダクネスを放置して話の纏めに入る。

 

「それでこの間、紅魔の里でめぐみんの妹のこめっこを見たときに思ったんだ。俺に足りないのは妹枠だってな!」

 

 腰に手を当てて宣言するカズマにふてくれされた様子のめぐみんが話す。

 

「それだったら、スズハが居るでしょう? 同郷なのですから、まさにカズマの言う妹枠なのでは」

 

「え? わたしですか?」

 

 いきなり話題を振られて小さく驚くスズハ。

 カズマはじーっとスズハを見ると、躊躇いがちに視線を外した。

 

「いや、その……なんつーか、スズハは~……お母さん?」

 

「……言いたいことは分かるが、その発言は色々と危ないと思うぞ」

 

「うるさい!」

 

 赤ん坊(ヒナ)の面倒を見て、クエストから帰ってくる自分達を迎えにくるスズハに、妹というより、母親としての面が印象を強くさせていた。

 そんなカズマに、アクアがどや顔をする。

 

「バブみってやつね! カズマはスズハに赤ちゃんみたいに甘えたいのね! プークスクスクス!」

 

「泣かすぞゴラァ!」

 

 からかってくるアクアに拳骨を落とそうとするがヒラリと避けられてしまった。

 しかし、その言葉の意味を知らない3人は首をかしげた。

 

「バブみとはなんですか?」

 

「バブみっていうのは、カズマ達の国の言葉で母性のある女の人に赤ちゃんみたいに甘えたいっていう欲望のことよ! 近年では、スズハみたいな幼い女の子に母性を感じて甘えたいって思う男が増えているらしいわ!」

 

『…………』

 

「説明してんじゃねぇよ駄女神! お前の羽衣奪って売り飛ばすぞ! おい、ダクネスとめぐみんも距離を取るな! 傷つくだろ!」

 

 騒ぐカズマに少し考えてスズハはストレートに質問した。

 

「えーと、カズマさんはわたしに甘えたいんですか?」

 

「ホンット、勘弁してください……」

 

 両手で顔を覆うカズマ。こういう素直な返しが時には1番ダメージを与えるのだ。

 そこで今日の目的の店の1つであるウィズ魔道具店に着く。

 

「ウィズ、邪魔するぞ」

 

「こんにちわ、カズマさん。聞いてください! カズマさんが出してくれた案の着火道具、ようやく完成して届いたんです!」

 

 持ってきたのは地球では馴染みの着火道具、ライターである。

 バニルが出てこないところを見ると、今は出掛けているらしい。

 興味深そうにめぐみんが質問する。

 

「カズマカズマ。これは何の魔道具なのですか?」

 

「魔道具じゃなくてただの便利アイテムな。ほら見てろ」

 

『お~!』

 

 カズマが火を付けると、周りから驚きの声が上がる。

 

「これはすごく便利ですね。本当に、まんまティンダーの魔法じゃないですか! これは売れます! 売れますよ!」

 

 火が付くところを初めて見たウィズが興奮気味に言う。

 めぐみんも魔道具でもないのに信じられないと感嘆し、ダクネスが火打石の代わりになると1つ買おうとした。

 しかし、元はカズマの案である為、今回のお代は要らないとサービスで、それぞれ持ち帰って良いと言う。

 

「もう、3人ともライター1つで騒ぎすぎよ。これだから文明が遅れてる人達は」

 

 そう言って茶菓子を貪っていたアクアが自分の分のライターを手に取ろうとするとカズマがペシッと手を叩いた。

 

「何するのよカズマさん。私も貰っていいでしょ?」

 

「3人をバカにしないなら何にも言わなかったんだが、お前は金払え」

 

「なんでよー! 私にだって貰える権利が有るでしょ! なんでそんな意地悪するの!」

 

「なんでってお前、ライターに関しては何もしてねぇだろ。めぐみんには紅魔族の魔道具制作技術を教えて貰ったし、ダクネスには親父さんを介して大手卸売り業者を紹介して貰ったぞ。店主のウィズは言わずもがな。スズハだって、今日この日の為に商店街やギルドでライターの宣伝をしてくれてたんだぞ? お前その間、食っちゃ寝してただけじゃねぇか」

 

 カズマの言葉にアクアは頬を半泣き顔で膨らませる。

 その姿にカズマは代案を出した。

 

「ライターが欲しけりゃ、せめて客引きでもしてこい」

 

「カズマの甲斐性なし! 洗濯物を洗う前に私達の服の臭いを嗅いでる事を黙ってあげてるのに!」

 

「最低な嘘吐くんじゃねぇよ! おい違うからな! そんなことしてないからぁ!!」

 

 再び距離を取る皆にカズマは無実を訴える。

 その後、客引きに芸を始めたアクアと帰って来たバニルが喧嘩となり、迷惑になる前に首根っこ掴んで退散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、めぐみんさんとアクアさんはどんなドレスを選ぶんですか?」

 

「やはり黒ですね! 大人の色気が出るデザインの!」

 

「私はやっぱり白かしら。私の神々しさをアピールするのを探すわ!」

 

 貴族御用達の専門店でダクネスの仲介で来ていた。

 並べられているドレスを眺めながらスズハはダクネスに質問する。

 

「ダクネスさん。一応、ヒナにもドレスを用意するべきでしょうか?」

 

「うーん。今回、我々と会食を望んでいるのはアイリス様だからな。たぶん必要は無いと思うが、用意出来るのなら用意しておいた方がいいな」

 

「そうですよね。じゃあ赤ちゃん用のドレスを先に選んできます」

 

「あぁ。それなら、私も一緒に行こう」

 

「ありがとうございます」

 

 ダクネスと2人でヒナのドレスを幾つか見て、店員の意見を取り入れて決める。

 

「それにしても意外だな。スズハは今回の件は乗り気じゃないと思っていたが」

 

「正直に言うと、あまり。でも、余程の理由もなく断るのも怖いですから」

 

 前領主であるアルダープはカズマを国家転覆の容疑で捕まえた。王族の判も押されて。

 今回断って、自分達かもしくは交友のあるダクネスの実家にデメリットが生じるかもしれない。

 

「それなら、要求を聞いて無難に過ごして帰ってもらった方が良いかな、と思いまして」

 

 王族の頼みを厄介事のように語るスズハにダクネスは笑う。

 

「お前も大概失礼だな。まぁ、だが……その無難にやり過ごせるメンバーなら良かったのだが……」

 

「……そうですね」

 

 はっきり言ってこの面子で何のトラブルもなく終わるとは思わない。

 それを聞いて近づいてきた3人は心外とばかりに不機嫌そうな顔を作る。

 

「心配し過ぎですよ、2人共。私達だって、しっかりする時はするんですから」

 

「まったくだ。王女とちょっと話をするくらいでビビリ過ぎなんだよ」

 

「でもカズマは不安よね。王女にセクハラして捕まっちゃったりして。やめてよ? 前は私達のおかげで裁判で済んだけど、今度は処刑台に上がるとか」

 

「なんか変なフラグ立てんじゃねぇ! それとお前はあの時何の役にも立たなかったろうが!」

 

 牢屋に入れられた時の事を思い出して更に不機嫌になる。

 そこでスズハがでも、と口にした。

 

「出来るなら、本当に無難に終えたいです。出来れば何の事件にも巻き込まれずに」

 

「含みがありますね。何かありました?」

 

 問われて、スズハが少し言いづらそう答える。

 

「実は、半月経ったらわたし、12歳の誕生日なんです。だから、出来ればあの屋敷でいつも通り過ごしたいなーって」

 

 正確には地球とこちらでは時間の流れが異なるのでズレがあるが、日付的にはスズハの誕生日だった。

 

「む? そうなのか。なら、帰ったらスズハの誕生日を祝わないとな」

 

「いえ。そこまでして貰うことでは」

 

「何を言ってるの! 誕生日は1年に1回しかないんだから、取って置きの宴会芸を見せてあげるわよ!」

 

「それに、スズハを休ませる話も有耶無耶になってしまってますからね。誕生日くらいは楽してもらわないと」

 

 戸惑っているスズハに、カズマが頭に手を乗せた。

 

「ま、なんだ。子供が遠慮すんなってことだ」

 

 皆がそう言ってくれる事にスズハは笑顔を浮かべる。

 

「はい。わたしの誕生日、期待してます」

 

 それは小さな、当たり前の約束。

 家で誕生日を祝おうという、ささやかな。

 帰って来て、そして仲間であり、家族同然の者達に新しい地で初めての誕生日を祝って貰う。

 ただそれだけの、決め事。

 

 

 帰ってさえ、くれば────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これからもマイペースに投稿を続けます。


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王女との会食

「いいか、お前達。あくまでも無難に終わらせるんだ。余計なアドリブはしなくていい。訊かれた事だけに答えるんだぞ。いいな! 冒険者相手だから、多少乱暴な口調でも許容されるだろうが、調子に乗って変なことを口走るなよ!」

 

「いやそれ、何度目だよ。分かってるって。お前は俺の母親かよ」

 

 王女との会食に何度も注意事項を確認してくるダクネスに、カズマはうんざりした様子で手をひらひらさせる。

 

「いいか? この国の死刑囚はリザレクションが使わせない為に火刑。それも、灰も残らないようにだ! いつもみたいにアクアに頼ることは出来ないんだからな!」

 

「それも何度も聞いたって。大丈夫だよ。もっと仲間を信じろ」

 

「お前の事を知ってるから不安なんだ! 真面目に聞け!」

 

 心配してくれるのは理解しているが、そう何度も同じような話をされて煩わしくなるカズマ。

 その後ろでは3人の少女が話している。

 

「どう! あまりの神々しさに目を離せないでしょ!」

 

 純白のドレスを着て身を翻すアクア。

 基の容姿は女神に相応しい美しさのあるアクアだ。こうして着飾れば見映えするのは当然と言える。

 

「どう? カズマ。まさに、馬子にも衣装でしょ!」

 

「…………そーだな」

 

 ただ、こうした言動が全てを台無しにしているのである。

 その代わりアクアには親しみ易さがあるため、プラスマイナスゼロなのかもしれないが。

 反応の薄いカズマにアクアが不満そうに腕を組む。

 

「なによ、その適当な返事は。やっぱり、ロリコンのバブマさんにはこのアクア様の神々しさは伝わらないのかしら?」

 

「おい今何つった? あんま舐めたことぬかしてると、そのドレスを奪い取って素っ裸で王女に会わせんぞ」

 

 スティールの指の動きをするカズマにアクアは胸を隠す動作で後ろに1歩下がった。

 

「や、やってみなさいよ! そんな事したら、帰ったときにウィズにお願いしてバブマさんをメスオークの縄張りに叩き込むんだからね!」

 

「バブマ、つうんじゃねぇ!!」

 

 睨み合うカズマとアクアを余所にスズハとめぐみんが話す。

 

「めぐみんさん、その黒いドレス。良く似合ってますよ」

 

「ありがとうございます。しかし、スズハの桃色のドレスは意外でした。青か白を選ぶと思ってたので」

 

「そう、でしょうか? 故郷で似たドレスを着たことがあったので。それより────」

 

 スズハが着ているのは首から掛けて肩を露出させた薄桃色のドレスだった。

 しかし、決して子供っぽいという事はなく、スズハの立ち振舞いが洗礼されている事からも年齢より大人びて見える。

 スズハが何か言おうとしていると、ダクネスがスガズカとめぐみんに近づく。

 

「おいめぐみん! その不自然に盛り上がった胸はなんだ!? 何を隠している! 出せ!」

 

「ち、違います! これは素です! 大きくなったのです! あー、胸元を引っ張らないでください!」

 

「数時間でそんな大きくなるか! いいから出せ!」

 

 ダクネスがめぐみんの胸に手を突っ込むと、幾つかの道具が取り出される。

 

「爆発用のポーションにモンスター除けの煙玉! これで何をするつもりだった!!」

 

「……ちょっと紅魔族流の派手な演出をしてお姫様を驚かせようとしただけじゃないですか」

 

「普通で良いと言ったろう! こういう場ではお前が1番不安だと今理解した。頼むから事を荒立てたくなかったら大人しくしていてくれ」

 

 道具を奪い取るとめぐみんが不満そうに口を尖らせる。

 そんなめぐみんにダクネスは嘆息するとスズハが質問してきた。

 

「あの、ダクネスさん。ヒナは本当に大丈夫ですよね?」

 

 案内役の従者にベビーカーを押されているヒナは色合いが同じ色のドレスが着せられているが、今は小さく寝息を立てていた。

 王族との会食ということで、騒がないように今のヒナは魔法で眠らされている。

 安全は保証されているからと何度もダクネスが説明したが、スズハからすれば薬で無理矢理寝かしつけられているのと変わりなく、不安が消えない。

 

「大丈夫だ。王族に会う際に赤子が同伴する場合、失礼が無いようにこうして眠らせるのが通例だ。少なくとも私はそれで何らかの問題が起きたとは聞いたことがない」

 

「……はい」

 

 そう納得するしかなく、スズハは何度目かの返事をする。

 赤子を連れてくることはダクネスが事前に返事の手紙で書いて知らせており、許可は降りている。

 もっとも、ダクネスはそれを理由に断れないか頭を悩ませていたが。

 そんな冒険者パーティーを見て案内役の従者が、もしも問題が起きたら、自分達は巻き込まれないようにしようと注意を払うと決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイリス様の相手は私がするから、お前達は食事をしながら何か訊かれた時にその都度答えてくれればいい。あくまでも無難にだぞ!」

 

 最後に念を押されると、晩餐会に使う広間の扉が開く。

 通された広間は派手過ぎない内装だが、高級感と清潔感の保たれた晩餐用の室内。

 燭台に火が灯されてかなりの明るさを保っている部屋には赤い絨毯が敷かれ、長いテーブルに豪勢な馳走が並べられている。

 その奥には純白のドレスを着たスズハと同い年くらいの少女が座っており、左右には黒いドレスを着た魔法使いと思わしき女性と、騎士風の男装が似合う女性が立っている。

 

「お待たせしました、アイリス様。彼が私の友人であり冒険者仲間のサトウカズマとその一行です。4人共、こちらがこの国の第一王女のアイリス様です。どうか失礼のない挨拶を」

 

 アクアから挨拶をしようとさっそく宴会芸を披露しようとして、ダクネスに止められる。

 その隙を突いてめぐみんがスカートの中に隠していた黒マント広げていつもの自己紹介をしようとしたが、それもダクネスに阻止される。

 

「すみません。この者達は、アクセルでも指折りの問題児でして」

 

 ダクネスがひきつった笑顔で取り繕う。

 そんな中でスズハが一礼してから自己紹介に入った。

 

「初めましてアイリス王女。わたしは、このパーティーで精霊使い(エレメンタルマスター)を務めております、シラカワスズハです。以後お見知り置きを。そして、こちらで今眠っているのがわたしの娘のシラカワヒナです。今回の会食に随伴する無礼をお許し下さい」

 

 ベビーカーで眠る娘を差して紹介すると、王女とお付きの2人が驚いたように表情や視線が動く。

 ダクネスから手紙で知らされていたらしいが、王女と年齢の変わらない子供が既に子持ちというのは、日本よりも結婚や出産の適齢が早いこの世界でも異例である。

 戸惑う表情の中でアイリス王女が騎士風の女性に何かを告げる。

 

「その年齢でご結婚を? と仰せだ」

 

 どうやら、直接ではなく彼女の言葉はお付きを通してこちらに伝わるらしい。

 

「いいえ。以前、少々盛りついた猿のような不躾な男性に襲われただけです。あまり口にしたくはないのでどうかご容赦を」

 

 早々に話題を切るスズハ。

 少なくとも十代前半の子供にする話ではない。それに今日はあくまでも冒険譚を聞かせることが呼び出された目的なのだから、態々スズハの過去を語る理由はない。

 

「彼女は幼いながら、優秀な精霊使いです。赤子を抱えているため、あまり一緒にクエストをこなす事はありませんが、既に高位の精霊(その一部)と契約を交わし、とある魔王軍幹部との戦いでは彼女の力が大いに役立ってくれました」

 

 ダクネスがそう説明してくれるが、お付きの2人が疑わしげにスズハを見る。

 この場で冒険者業はおまけで本職は家政婦ですとは言えない空気になった。

 そこまで挨拶が終わると、白けたような顔をした

 

「チェンジで」

 

「おいカズマ、ちょっと来い」

 

 ダクネスがカズマの肩を引っ張る。

 

「お前、散々ごねておいて、チェンジとはどういう意味だ!」

 

「いや、なんか思ってたのと違うし。もっとこう、目をキラキラさせて、”私、外の世界に憧れてますの! 是非とも貴方様の冒険譚をお聞かせくださいまし! ”みたいな反応を期待してたのになって……」

 

「だから! 最初からお前が期待するような物はない、堅苦しいだけの会食だと言っただろう!」

 

 親切丁寧に説明した筈なのに、思ってたのと違うと駄々をこねる子供のような言い分をするカズマにダクネスが小声で話しつつも青筋を立てた。

 2人が話している間にアクアが砂絵を描いてアイリス王女にプレゼントして、その褒美として宝石を貰っている。

 そこから指示された席に座り、会食が始まる。

 アクアは遠慮なく酒を飲み、スズハとめぐみんは黙って食事を摂る。

 カズマは王女の近くに座り、冒険者になって、これまでの活躍を少し────いや、かなり盛って話していた。

 それを聞きながらハラハラしているダクネス。

 今は紅魔の里でシルビアとの戦いを話している最中だ。

 

「あの男、盛大に調子に乗ってますね。結果だけ見れば嘘は吐いてませんが……」

 

「あそこまで自分に都合の良く脚色できるのは流石というか……詐欺一歩手前ですね」

 

 めぐみんとスズハがそんな会話を小声でしつつ、眠っているヒナを気にかける。

 

(後で、ダスティネス家の台所を使わせてもらえないかな? ダメでも、何か作ってもらわないと、ヒナも起きたらお腹を空かせているだろうし)

 

 早く帰りたいと思いながら、緊張から味がぼやけて感じる食事を喉に通す。

 すると、魔剣の勇者ミツルギキョウヤとの私闘についてアイリス王女や男装の女性が興味を示す。

 そこからカズマが最弱職の冒険者であることが知られ、どうやって王都でも有名な魔剣の勇者に勝利したのか口ごもるカズマに、先程まで話に聞き入っていたアイリス王女達が疑わしげな視線へと変わった。

 会食が終わりに近づいた頃に、向こうから、カズマの冒険者カードの開示が求められる。

 こちらは、冒険者である自分達の手の内を王族とはいえおいそれと明かせない事をやんわりとした言葉で拒否した。

 すると、アイリス王女は失望した様子でこれまで聞かせたカズマの冒険譚を嘘と決めつけてきた。

 確かに話は大分誇張していたり、都合の悪い部分はカットしていたが、虚偽は話していない。

 精々たまたま都合よく事が運んだ部分を、さも計算通りだったと言ったくらいか。

 それでも、カズマが紅魔の里やアルカンレティア。そして、定住しているアクセルの街を救うために知恵を絞り、体を張ったのは事実である。

 

「おいお前ら。流石の俺でも引っ叩くぞ」

 

 イケメンイケメンとミツルギの事を連呼する男装の女性にカズマがイラッとして思わず素で返した。

 当然それを無礼と受け取られ、男装の女性が声を荒らげる。

 

「無礼者! 王族に向かってお前らとは何事だ!」

 

 腰に携えていた剣を抜刀する勢いだったが、ダクネスが頭を下げた。

 

「申し訳ない。なにぶん礼儀作法も何も知らない男ですので。私に免じてどうか御容赦を。それにこの男が華々しい戦果を挙げていることは紛れもない事実ですので。ここで会食を求めたアイリス様が処分してしまうと外聞が……」

 

 そんな風に説得する中、動こうとしているめぐみんをスズハが制する。

 

「めぐみんさん」

 

「分かっていますよ。私1人ならともかく、ここで暴れたら、頭を下げたダクネスの苦労が無駄になりますからね」

 

 怒りを飲み干すようにめぐみんは出された果実水を一気に呷る。

 パーティーで1番喧嘩早いのはめぐみんだが、1番仲間想いなのもまためぐみんなのだ。

 今すぐにでも爆裂魔法を撃ちたいだろうに、この会食を無事終わらせる為に頭を下げているダクネスに免じて堪えているのだ。

 その事をダクネスも感じてか、何かを決めたように立ち上がると王女に頭を下げた。

 

「申し訳ありません、アイリス様。先程の嘘吐きという言葉を取り消してもらえませんか? 確かに大袈裟には伝えたものの、あの男は何も嘘は申しておりません。それに、最弱職ではありますが、いざという時には誰より頼りになる男です。どうか先程の発言を訂正し、彼に謝罪をしては頂けませんか?」

 

 もちろんただの冒険者であるカズマに王族が安易に謝罪する事など認められる訳もなく、男装の女性が怒りを隠さずにいきり立つ。

 そこで、先程からお付きを介してでしか話さなかったアイリス王女が立ち上がると、こちらに聞こえるように話す。

 

「謝りません、嘘ではないというのなら、その男にどうやってミツルギ様に勝利したのか説明させなさい。それができないのなら、その男は弱くて口先だけのうそっ!?」

 

 しかし、アイリス王女の言葉は最後まで続けられなかった。

 あろうことか、ダクネスがアイリスの頬を張ったからだ。

 

「何をするか、ダスティネス卿!!」

 

 誰もが驚く中、男装の女性がとうとう腰の剣を抜き、ダクネスに襲いかかった。

 ダクネスは腕で、その剣を受け止める。

 おそらくは相手は本気でダクネスを斬るつもりだった。しかし、皮膚と筋肉を僅かに切っただけで剣は止まり、そこから動けない。

 常識はずれなダクネスの硬さに驚いて下がる。

 ダクネスは自分が叩いた王女の頬を撫でた。

 

「アイリス様、失礼しました。ですが、精一杯戦い、あれだけの功績を残した者に対しての物言いではありません。彼にはどうやって魔剣使いに勝ったのか説明する責任もありません。また、出来なかったとしてもそれを罵倒される謂われもないのです」

 

 腕から血を流したまま、子供に諭すように話すダクネス。

 この国は長いこと魔王軍との戦いで苦しめられていた。

 魔王軍幹部だけではなく、あのデストロイヤーも、カズマ達が居なければ破壊などできず、今頃アクセルの街は潰されていただろう。

 例えそれが成り行きと幸運が重なった結果だとしても、目の前の危機に立ち向かい、最良の結末を引きずり出したのは紛れもない事実だ。

 それを安易に嘘と否定して良いものではない。

 優しく諭すダクネスを呆然と見上げるアイリス王女。

 

「よし。仲間にここまで庇われて教えない訳にはいかないだろ。見せてやるよ。俺がどうやってミツルギに勝ったのかを……てっ!?」

 

「ヒナッ!?」

 

 そこで、事態を見守っていた給仕が驚いてヒナの乗るベビーカーを押してしまう。

 普段なら、タイヤを止めるブレーキをかけているのだが、忘れていた。

 押されたベビーカーを止めようとスズハが立つが、間に合わず、カズマに当たるまで動いてしまった。

 衝撃で目覚めたのか。それとも眠りの魔法自体が解けたのか。

 眠っていた筈のヒナはゆっくりと目蓋を開かせ、黒曜石のような黒い瞳が、アイリス王女の姿を映しだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここから番外編でアイリスがヒナを溺愛する理由が明かされていく予定です。


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スズハおかあさん。叫ぶ、叩く、怒る。

会食、王城でやってたのかと思いこんでたらダスティネス家だったと最近理解して、そこら辺修正しました。


 結果を言うと、目を覚ましたヒナがそれはもう大声で泣き出した事でカズマの実力云々は有耶無耶になった。

 ダスティネス家とはいえほぼ見知らぬ場所。

 知らない人間が大勢目に映り、不安になったのだろう。

 ヒナがそれはもうギャン泣きし、スズハが泣き止まそうとしていたが中々泣くのを止めず、周りに謝罪して頭を下げ続ける。

 そんな空気の中で決闘云々なんてする訳もなく、

 場が有耶無耶になったことにダクネスは安堵する。

 アイリスは赤ちゃんが自分を見て泣いたことに若干ショックを受けた様子だが、スズハにそれを気にしている余裕はなかった。

 

「あぁ……やっぱり食べてくれない……」

 

 別室に通されたスズハは、ダスティネス側が用意してくれた離乳食をヒナに食べさせるが口に合わないのか、ペッと吐いてしまう。

 仕方がないので、念のために持ってきていたヒナ用のクッキーは与えると美味しいそうに齧りついた。

 

「もう……」

 

 現金な娘に困った顔で笑うスズハ。

 そこでカズマ達がやってくる。

 付き人であるクレアの後ろにはアイリスもいた。

 

「どうですか、ヒナは?」

 

「あ、はい。やっぱり、知らない場所で目が覚めた事とお腹が空いた事が原因みたいです」

 

 それからスズハはすぐにアイリス王女に体を向けて頭を下げた。

 

「今回のお誘い、このような形で台無しにしてしまい、申し訳ありません」

 

「……いいえ。お気になさらずに。元はと言えば、私の軽率な発言で場の空気を悪くしてしまったのが原因ですので。ただ、いきなり泣かれたのは、その……ショックでしたが」

 

 そう言うと、アイリスは視線を下げて、スズハに抱けれながらクッキーを食べるヒナを見る。

 与えたクッキーを食べ終わったヒナはゲップをする。

 落ち着いてきたらしく、先程と違い泣く様子はない。

 その姿をアイリスが興味津々な様子で見ているが、スズハは敢えて気付かないフリをした。

 そこでダクネスが告げる。

 

「アイリス様、今回の食事会は色々とありましたが、時間をお取りいただき、ありがとうございます。次の機会がございましたらもっとアイリス様の気に入る冒険譚をお話しましょう」

 

 ダクネスが一礼する

 スズハがアイリス王女の横を通るとヒナがその手を伸ばす。

 

「うーあー」

 

「あ、こらヒナ!」

 

 スズハの腕の中で動いてアイリスへと手を伸ばすヒナを嗜める。

 しかし、一向に手を伸ばす事を止めようとしないヒナ。

 最初は自分に手を伸ばすヒナに先程泣かれた事からビックリしたアイリスがおずおずとその手を握る。

 

「だー」

 

 それが嬉しかったのか、ヒナが小さく手を動かす。

 

「────」

 

 それに何故かアイリスが息を呑む表情になる。

 だが、スズハはヒナが手を伸ばしている理由に気付いていた。

 

(頭にあるぶどうの髪飾りを取って食べようとしてる)

 

 向こう側は気付いてないようだし、早々に立ち去ろうとヒナに手を離させた。

 

「娘は、アイリス様に手を取ってもらえて嬉しいみたいですね。ありがとうございます」

 

「私と手を握ってうれしい……」

 

 社交辞令を述べると、離した手を見つめるアイリス。

 それからアイリスは付き人であるレインのテレポートで王城へ帰還するらしい。

 

「嘘つきだなんて言ってごめんなさい。また私に冒険譚を聞かせてくれますか?」

 

「も、もちろん!」

 

 カズマが調子の良い事を言って別れが近づき、レインがテレポートを使う直前、アイリスがカズマとスズハの体を引き寄せた。

 

「おっ!?」

 

「え?」

 

 声と共に2人も巻き込んでテレポートの光に包まれる。

 光が消えるとそこには王城を背にして微笑むアイリス。

 その様子に付き人であるクレアとレインも驚いた様子で口を半開きにしている。

 

「また私に、冒険譚を聞かせてくれると言ったでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……カズマさんが本当にすみません」

 

「いえ、スズハ様のせいでは……」

 

 笑みを浮かべたまま眉間に皺を寄せるレインにスズハは頭を下げる。

 アイリス王女と一緒に王城に連れてこられて数日。

 最初は誘拐だと文句を言っていたカズマも、王城で自堕落な生活が出来ると分かると水を得た魚のように調子に乗り始めた。

 アイリスの客人という立場を利用して好き勝手している。

 その上、アイリスにお兄様とか呼ばせる始末。

 他にも、アイリスの勉強中にシャボン玉や竹トンボを使って気を引き、授業の邪魔をしたりなどの問題行動を起こしている。

 その都度スズハが周りに謝罪していた。

 

 そうしていると、城に魔王軍襲撃を報せる警報がなる。

 この警報を聞くのも2回目だ

 

「魔王軍の襲撃はこうまで頻繁に起こるのですか?」

 

「いえ、ここまでは。最近では2、3日に1回は魔王軍の襲撃があります。それも何故か、こちらの警備が薄いところを狙って。今は城の兵士と腕利きの冒険者が揃っていますので大事にはなっていませんが」

 

 危機感を表情に出さずにいるが、毎回戦力の薄いところを狙われていることに疑問を抱いているらしい。

 しかし、すぐにレインは笑みを浮かべた。

 

「ですが、スズハ様はお気になさらずに。それよりもアイリス様とお話しして上げてください。あの方は歳の近い同性と接する機会が少ないので。カズマ様とお話しするよりも、余程有意義だと思いますので」

 

 要するに、アイリスと接する時間を増やしてカズマがアイリスと話す時間を減らせということだろうと解釈する。

 カズマとアイリスが話している部屋に着く。

 

「あ、スズハさん!」

 

 広い部屋で遊んでいたアイリスが小さく手を振る。

 よく家でやっているチェスに似たボードゲームで遊んでいたらしい。

 劣勢なのか、カズマは苛ついた表情で盤面を見ている。

 スズハが近づくと、抱っこしていたヒナの頬にアイリスの指が触れる。

 くすぐったそうに顔を動かすヒナに、アイリスは目尻を下げる。

 

「あの……ヒナさんを抱かせてもらっても良いです? 先程からゲームが続かなくて」

 

「ぐう……!? ゲーマーの俺が……俺が……!」

 

 勝ち筋が見えず頭を抱えるカズマ。

 そんなカズマを無視してスズハは頷く。

 

「かまいませんよ。ヒナも、アイリス様が触れるのを嫌がりませんし。抱っこの仕方は────」

 

 了承し、アイリスにヒナを預ける。

 アクセルの街ではヒナを抱っこさせてほしいというお願いはよくされる。

 この世界に来始めた頃はともかく、最近はヒナが嫌がらなければ了承しているので抱き方を教えるのは慣れた物だった。

 

「ここを、こうして……はい。大丈夫です」

 

「わぁ……」

 

 始めて赤子を抱っこして、感動した声を出す。

 頬を綻ばせるアイリス。

 赤子に構うスズハとアイリスを見て、盤面に頭を悩ませていたカズマが腕を組んで思案している。

 

「……なぁ、2人とも。ちょっとお願いがあるんだけど、いいか?」

 

「なんですか、お兄様?」

 

 神妙な顔つきのカズマに2人が首をかしげる。

 

「悪いんだけど、ちょっと床に座って上目遣いでこっちを見てくれないか?」

 

「? はぁ……別に構いませんが……」

 

 言われた通り、床に手を付いて、上目遣いにカズマを見る。

 和風少女(スズハ)洋風王女(アイリス)が上目遣いに自分を見ている。その光景にカズマはゴクリと喉を鳴らした。

 

「俺……ライターなんて作らずにカメラでも作れば良かった……」

 

 そうすれば、今の光景を写真に残せたのに、と先程とは別の理由で頭を抱える。

 帰ったら、カメラを作ってみようと決める。

 流石にデジカメは無理だろうが、自分で現像するインスタントカメラならスキルとこの世界の魔法技術ならいける気がする。

 そんな事を考えていると、スズハが立ち上がった。

 

「すみません、少々お手洗いに。少しの間、娘を見てもらっても構いませんか?」

 

 申し訳なさそうにお願いするスズハに、アイリスが緊張と興奮が混じった様子で頷く。

 

「はい! 任せてください! ヒナさんには傷1つ付けさせません!」

 

「いや、何処からか襲撃でもされるのかよ」

 

 カズマの突っ込みに苦笑してスズハは席を外した。

 スズハが部屋から出た後に腕に抱えているヒナを見る。

 

「お兄様……ヒナさん、とっても柔らかくて温かいです。こんなに小さくて、弱々しくて、放っておけない」

 

「あーうー」

 

 覗き込むように顔を近づけると、ヒナがアイリスの顔を撫でるように触れる。

 その行動に興奮して顔を赤くし、笑顔になる。

 

「お兄様も、毎日ヒナさんを抱っこしてるのですか?」

 

「いや、俺はヒナを抱っこしたことはないな。その……恐くて、な……」

 

 カズマが始めてヒナを見たのは数ヶ月前で、今より小さかった。

 どうしたら良いのか分からず、自分から触れようとはしなかった。

 最初の頃は、ヒナも警戒して、あまり良い顔しなかったという理由もある。

 だから、何度もヒナを抱き上げようとしたアクアの意地にはちょっと感心していた。

 20分くらい経っても戻ってこないスズハに疑問を感じ始めた頃に、ヒナがぐずり出す。

 

「ど、どうしましょう、お兄様! ヒナさん、泣きそうです! 私、何か泣かせるような事をしてしまったのでしょうか!?」

 

 困惑するアイリスにカズマはこれまでの事から考える。

 

「いや、そんなことはないと思うが。え、と……オムツって訳じゃなさそうだし……あ、そろそろおやつの時間だから腹でも空かせてるのかも」

 

 カズマの呟きにアイリスは、お腹を……、と繰り返すと、一旦ヒナをベビーカーに置いて部屋を出ていった。

 1分と経たずに何か、小さな壺とスプーンを持ってきた。

 どうやら、その中身をヒナに与えるつもりらしい。

 

「いや、スズハが戻ってくるまで待った方がいいんじゃないか?」

 

「そんな! お腹を空かせているヒナさんを放って置くなんて出来ません! かわいそうです!」

 

「いや、でもなぁ……」

 

 難色を示すカズマだが、食べられない事もないか? と強くは止めなかった。

 そうしてアイリスは壺の中にある、()()()()()()をスプーンで掬い、ヒナの口へと近づける。

 

「さぁ、ヒナさん。どうぞ」

 

 それをヒナは口を開けて入れようとした時────。

 

 

 

 

「ひゃぁああぁあああああぁあああっ!?」

 

 

 

 今まで聞いた事のない叫び声が届き、ビックリしてアイリスの手が止まり、2人は戻ってきたスズハの顔を凝視した。

 スズハは駆け足でヒナのところまで近づき、アイリスの手にあるスプーンと壺を叩き落とした。

 

「お、おい! どうした!」

 

 スズハらしくない乱暴な行動にカズマが問うが、無視してヒナのお腹を押し出した。

 

「ヒナ、吐きなさい! 吐いてっ!!」

 

 先程の粘液を食べたと思い、必死で吐かせようとするスズハ。

 苦しそうにするヒナにアイリスが怒った顔で止める。

 

「や、やめてください! ヒナさんが苦しそうです! それに変な物を食べさせようとした訳じゃ……」

 

「じゃあ、その壺の中身はなんですか!」

 

「何って……”蜂蜜”ですけど?」

 

 蜂蜜と聞いてスズハの顔が青くなり、更に吐かせようとする。

 もういい加減泣きそうなヒナを見てカズマが割って入る。

 

「いや、食べる前にお前が止めたから。っていうか、ダメなのか、蜂蜜?」

 

 カズマの言葉にスズハが珍しい、焦りと怒りが合わさった顔になる。

 

「当たり前でしょう!! 赤ちゃんに蜂蜜を与えるなんて、最悪死んでしまいます!!」

 

『えっ!?』

 

 スズハの言葉に驚くカズマとアイリス。

 アイリスはともかく、カズマにまで驚かれた事にスズハはヒナを抱き上げて苦い表情になった。

 赤ちゃんに蜂蜜を与えると、腸内に排出できない菌が増殖し、最悪死に至る事を説明する。

 説明を聞いたアイリスは最悪の事態を想像して震え出す。

 

「わ、私は……これなら甘くてヒナさんが喜んでくれると思って……」

 

「ヒナの食事はわたしが全面的に面倒を見ますので、余計な事はしないでください!」

 

 強い口調でそう言うと、涙目でしゅんとなるアイリス。

 ヒナの為に何かをしようとしてくれるのは嬉しいが、生死に関わる物を与えられては堪らない。

 握り拳を作ったアイリスが後悔した様子で口を開く。

 

「無知で有ることが、誰かを危険に晒す事もあるのですね……私はそれを実感しました。スズハさん! 私に、もっと赤ちゃんの世話の仕方を教えてください! もっと色々と勉強して、私も、ヒナさんのお母様になります!!」

 

 宣言するアイリス。

 その姿にスズハはニコリと微笑む。

 

「……赤ちゃんが欲しいのならご自分でお願いします」

 

「そんなっ!?」

 

 あっさりと袖に振られて先程とは別の理由で泣きべそをかく。

 カズマも止められなかった事を申し訳なく思いながら質問した。

 

「そ、それよりも遅かったな。大の方だったか?」

 

 カズマの質問にスズハは目を細めたが、ヒナの後ろ頭を撫でつつ答えた。

 

「……此方に戻る途中に、ここで精霊に関しての研究をしている方にお会いしまして。一応わたしも精霊使いですから。少々お話しを」

 

 スズハの言葉にアイリスが手を叩く。

 

「ホーリー・ジョージさんですね。精霊やその契約に関する研究をしている方で、8年程前からご夫婦で研究をしています」

 

「へー。なら色々と話が聞けたのか? ほら精霊の事、知りたがってただろ」

 

「いえ、ヒナが心配でしたので、すぐに話を切り上げました。それに────」

 

 難しい表情をしてスズハは独り言のように呟く。

 

「わたし、あの人をあまり好意的には見れません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホーリー・ジョージは自分の研究室で腕を組んで難しい表情をしていた。

 彼が頭を悩ませているのは、最近城に住み始めた黒髪の少女だった、

 

「あの娘こそ正に、天然のエレメンタルマスター……」

 

 自分のような紛い物とは違う。精霊に愛された本物の天才。

 

「計画も順調に進み、魔王軍とのパイプ繋ぎもようやく終わったというのに」

 

 彼の望み。その達成がもう少しで叶うというのに、本腰を入れる段階でとんだイレギュラーがやって来た。

 

「勘づかれると厄介ですし、先ずはあの少女を────」

 

 ジョージは計画の修正を頭に描き始めた。

 

 

 

 



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王女との日々

「ここをこうして……はい、出来ましたよ」

 

「あ、ありがとうございます、スズハさん」

 

 アイリスはスズハに花柄の桃色和服を着せてもらい身体を動かす。

 

「わたし用に作成した着物ですけど、アイリス様と身長や背格好が似ていて助かりました」

 

 城に来たばかりの頃は向こう側が用意した服を着ていたスズハだが、やはり着慣れた和服が落ち着くのか、時間が余っているということもあり、和服を自作し始めた。

 他にもヒナの世話やアイリスとのお話しの合間にチクチクと縫っていた。

 それに興味を持ったアイリスに着せる流れとなったのだ。

 

「す、少し……動き難いですね。袖とか、引っ掻けてしまいそうで……」

 

「そうですね。慣れないと重くも感じるでしょうし。わたしは小さい時から着てましたからもうあまり気になりませんが」

 

 小さく笑うスズハ。

 着替えを終えて外で待っていたカズマを部屋に入れる

 

「どうですか、お兄様?」

 

「あぁ、似合ってる似合ってる! 流石俺の妹!」

 

 親指を立てるカズマと嬉しそうに笑うアイリスはスズハの方を振り向く。

 

「あの、スズハさん。これを本当に頂いてよろしいんですか? お作りするの、大変だったのでしょう?」

 

「はい。お気に召していただけたのなら。わたしは、いつでも作れますので」

 

 笑顔で答えるスズハ。

 さすがに城でタダ飯を食べるだけの毎日にも気後れしてきたし、少しはお返し出来ればという想いもある。

 そんな会話をしていると、魔王軍襲撃を報せる警報が鳴った。

 警報を聴いて、スズハは気になっていた事を訊く。

 

「そう言えばこの前、魔王軍は防衛の弱いところをいつも狙ってやって来ると聞いたのですが」

 

「……その様ですね。防衛の騎士達も色々と配置を替えて居るのですが、毎回人数の少ない場所や構造的に弱いところを狙って押し寄せています。それでも、戦力的にはこちらが上ですので、大事にはなってませんが、これが続くようなら私も防衛に参加する場合もあるでしょう」

 

「アイリス様が、ですか?」

 

「はい。我が国は元々、魔王軍と国境が重なる事もあって、軍事力を重視する国です。なので、王族もそれなりの教育を施されます。こう見えて強いんですよ、私」

 

 細い腕を見せられても、絵に描いたような蝶よ花よと育てられたお姫様にしか見えない。

 だが、ダクネスのように、規格外の防御力を誇る人も居るので、嘘と決めつける事も出来ない

 すると、警報を聴いて驚いたのか、ヒナが目を覚ましてぐずり始めた。

 

「あー、ビックリしちゃったのね、ヒナ」

 

 寝ていたベッドから抱き上げ、よしよしと揺らしながらあやす。

 スズハが歌を歌ってヒナを寝かしつける。

 それを聴いていたカズマは首をかしげた。

 

(なんで日本昔ばなし?)

 

 前々から不思議だったが、スズハは子守唄ににっぽん昔ばなしを歌っている。

 それも5番全部を暗記してるらしく、毎回コロコロと歌詞が変わるので、ヒナもそれを楽しんでいるのかもしれない。

 ぐずっていたヒナもだんだんと穏やかな顔になり、床に降りようと動く。

 

「もう、危ないでしょ」

 

 スズハの手から離れて降りようとするヒナを床に降ろすと、ハイハイをしてアイリスのところまで行くと、彼女の着物の足の部分を掴む。

 

「だー、だー」

 

「えっ? えっ?」

 

 ヒナが何を要求しているのか分からず、混乱していると、スズハが予想を伝える。

 

「もしかしたら、アイリス様に抱っこしてほしいのかもしれません」

 

「そう、なのでしょうか?」

 

 抱き上げて良いか目線でスズハに問うと、彼女は首肯した。

 

「……それでは失礼しますね、ヒナさん」

 

 緊張した様子でヒナの脇の下を掴むと持ち上げる。

 するとヒナは楽しそうに笑い、両手足を広げた。

 喜んでいる様子のヒナにアイリスは顔を近づける。

 ヒナは手を伸ばしてアイリスの顔をぺちぺちと叩いたり、頬を引っ張り出す。

 

「ぷっ」

 

「こら、ヒナァ!?」

 

 その行動にカズマは顔を逸らして吹き出し、スズハは慌てて叱る。

 しかし、当のアイリスは、頬を引っ張られたまま話す。

 

いえ(ひえ)大丈夫です(はいひょーふへふ)

 

 ヒナが手を離し、満面の笑顔を自分に向けている。

 

「もう。私にこんな事をしたのはヒナさんが初めてなんですよ?」

 

 無知であるが故に王族に対して偏見もなく、こんなにもか弱くて庇護欲を刺激する小さな生命。

 アイリスはカズマ以上にヒナへの興味を強めていった。

 それは、ずっと自分に構ってくれるカズマと違い、ヒナは母親(スズハ)の許可がないと触れ合えない事も一因かもしれない。

 

「ヒナさんはかわいいです。王族の一員として、私の妹にしてあげたいくらい!」

 

「……怒りますよ、アイリス様」

 

 不安な台詞にスズハは視線を鋭くさせるが、アイリスも本気ではないのだろう。ごめんなさいと舌を出す。

 こういうのはカズマの影響かもしれない。

 小さく息を吐いて、これまで先延ばしにしていた事をカズマに訊く。

 

「カズマさん。それでいつまでここに滞在を? 皆さんへの連絡もしてませんし、そろそろ戻った方が良いと思うのですが……」

 

「へ?」

 

 カズマとしてはこれからもアイリスの遊び相手という感じにここに居座る気満々だった。

 アクセルに戻っても、出来もしない魔王討伐だのを目指され、あの欠陥パーティーの尻拭いに走らされる。

 そんな日常に戻るくらいなら、ここでアイリスという後ろ楯を利用して楽な生活を満喫したい。

 そんなクズめいた考えだった。

 カズマのそんな思考を察したのか、残念そうというか、哀しそうに目を閉じる。

 

「カズマさんがそうお決めになったのなら、反対はしませんが。わたしはアクセルの街に戻ろうと思います。皆さんも心配してるでしょうし」

 

 その様子にカズマは何か引っ掛かる物を感じる。

 なんだろう。何か大事な事を忘れてるような────。

 

 "はい。わたしの誕生日、期待してます"

 

「あ……っ!?」

 

 もうすぐ、スズハの誕生日だったのを思い出す。

 それを祝う約束もしていた事も。

 日付を見ると、2日後がその誕生日だった。

 何なら、ここで祝えば良いとも思うが、スズハはアクセルの街でいつも通り過ごしたいと言っていた。

 めぐみん達も一緒に。

 それを思い出して、カズマは冷や汗を流す。

 

「いや、悪い……ここでの生活があんまり居心地よかったから……」

 

 言い訳をしてガシガシと頭を掻く。

 

「あー、悪いアイリス。俺も、明日の昼くらいにアクセルの街に帰るわ。今日まで、ありがとな!」

 

「え!?」

 

 手を合わせて帰ると言うカズマにアイリスは目を見開く。しかし、いずれはそうなるだろうとも思っていたので、すぐに名残惜しさを抑え、そうですか、と微笑む。

 

「ならせめて、今晩は細やかな食事会をさせてもらえませんか? 再会を願って」

 

「おう! 悪いな、気を遣わせて」

 

「お心遣い、感謝します」

 

「あーうー」

 

 2人はそれぞれ感謝を述べ、ヒナはアイリスに向けて笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝日が昇り始めて空が明るくなり始めた朝。ゆんゆんは親友であるめぐみんが住む屋敷に泣き出しそうな顔で来ていた。

 彼女は駆け足で扉の前に立つと、大きな声を出す。

 

「めぐみーんっ!! 居るんでしょーっ!! 大変大変なの! 出て来てーっ!?」

 

 ドンッと扉を叩く。それも何回も。

 

「開けてったらめぐみん! 本当に大変なの! 一大事なのっ!! めぐみんっ! めぐみんめぐみんめぐみんめぐみんめぐみんめぐみんめぐみーん! めぐみんめぐみんめぐみんめぐみんめぐみんめぐみんめぐみん~っ!!」

 

 ドンドンドンドンと扉を叩いていると、勢い良くその扉が開かれる。

 するとそこには、怒った表情のアクアが出てきた。

 

「うるさいわよ! 今、何時だと思ってるの! 私徹夜で、これから寝るところだったんですけど!!」

 

 怒鳴ってきたアクアにゆんゆんがビクッとするがすぐに眠そうな顔のめぐみんとダクネスが現れた。

 

「朝っぱらから人の名前を狂ったように叫ばないでほしいのですが……とうとう危ない薬にでも手を出したのですか?」

 

 欠伸をするめぐみんにゆんゆんは手にしていた新聞を差し出した。

 

「そんな事よりも! 本当に大変なの! これ読んでっ!」

 

 ダクネスがゆんゆんから新聞を受け取る。彼女も、寝ていたところを騒音で起こされてやや不機嫌そうだった。

 

「まったく。何があったのか知りませんが、突然こんな朝早く来るなんて非常識です。なんですか? とうとう紅魔族が魔王討伐にでも乗り込んだのですか?」

 

 そんな風にめぐみんがぶつぶつと文句を言っているとダクネスが新聞紙に握力を込めてクシャリと皺を作った。

 

「なんだこれは……っ!?」

 

「何々? どうしたのよダクネス?」

 

 アクアとめぐみんが新聞を覗き込む。

 新聞の1番大きな記事。それにはこう書かれていた。

 ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス王女殿下が胸を刺されて現在意識不明。

 一時逃走した犯人も現在は拘束されているが、共犯者は現在も逃亡中。見つけ次第拘束し、王城に引き渡すように協力を要請する旨が記されている。

 逃亡中の共犯者の名前はサトウカズマ。

 そして、アイリス王女を胸を刺した実行犯の名前には────。

 

 

 

 

 

 シラカワスズハ、と記されていた。

 

 

 

 

 

 



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凶刃

 アクセルの街に帰ることにしたカズマとスズハ。

 アイリスの希望によりいつかの再会を願っての食事会が行われる事となった。

 長いテーブルでアイリスの座る横でダスティネス家の時のようにクレアとレインが後ろに控えている。

 カズマとスズハも談笑を交えながら、最初の頃よりも肩の力を抜いて話をしていた。

 しかし今はその他にもとある夫婦がこの場に居り、スズハと話していた。

 

「ですから、私は1人の精霊使いとしてもっと安定性を求めてこの術式を完成させたのです!」

 

 熱を持って自身の持論と功績を語るのはここで精霊に関して研究をしているホーリー・ジョージ。隣には彼の妻が座っていた。

 ジョージが熱弁しているのは、人と精霊の在り方についてだ。

 彼は契約した精霊が精霊側から契約を切れなくする為の術式を開発して自身の研究仲間や教え子達に流布している。

 まだ大々的に広まっている訳ではないが、いずれは多くの精霊使いにとってのセオリーにしたいと熱く語っていた。

 ホーリー・ジョージは三十代半ばくらいに見える眼鏡を掛けた細身の、如何にも研究者という風貌の男だ。

 その妻であるホーリー・マリィは二十代前半に見える、女性で夫の後ろに控えている。

 同じ精霊使いというで先程から話しかけられてるスズハは、笑みを張り付かせつつ相槌を打ち、相手の機嫌を損なわないように時折質問を挟んでいる。

 

「ホーリー・ジョージ様は何故、精霊の新しい契約方法を立案をされたのですか?」

 

 スズハがそう言うと、ジョージは少しだけ遠い目をしてから答える。

 

「10年以上前の話ですが、私もかつては冒険者でして。若い頃は仲間達とモンスターの討伐や遺跡の探索など、色々な仕事を請け負った物です」

 

 これでも、当時は腕利きだったのですよ、と懐かしむ様子で話すジョージ。

 

「ですが、とあるクエストで精霊からそっぽを向かれ、契約を切られてしまいまして。そのせいで組んでいたパーティーからも追い出されてしまいました」

 

 悔しそうに握り拳を作るジョージ。

 

「だからこそ私は、当時集めた精霊に関する文献や溜め込んでいた私財を元手に精霊の契約についての研究を始めたのです。私のような事態に陥らないように」

 

 そう熱く語るジョージ。

 しかしそこでアイリスの隣に立っていたレインがコホンと態と咳をする。

 

「ジョージ殿、その辺で。今宵はアイリス様が客人を送り出す為の場ですので」

 

「あぁ! 申し訳ありません! 研究者の性でしょうか。話し出すと止まらなくなってしまいました! アイリス様、無理を言ってこの場に参加させて頂いたのに、時間を浪費してしまい、弁明のしようもございません!」

 

「いえ、かまいません。同じ精霊使い同士、交わしたい言葉もあるでしょう」

 

 アイリスがそう言うと畏まって頭を下げ、妻の横まで下がる。

 そこからはカズマとアイリスが中心になって話が進む。

 アイリスがカズマをお兄様と呼ぶ度にクレアの顔が渋い物を含んでいたが。

 食事も終わりに近づいてきた頃に、アイリスからスズハに話しかける。

 

「スズハさん。今夜、私の部屋に来ていただけませんか? 出来ればお御一人で」

 

「? はい。では後程お伺いさせていただきます」

 

 疑問に思いながらもスズハはアイリスのお願いを了承した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイリスに呼ばれた時間が近づいた頃、スズハは娘のヒナをカズマに預けていた。

 

「それではカズマさん、ヒナを少しだけよろしくお願いします。出来るだけ早く戻りますので」

 

「……まぁ、一応見ておくけど、俺に世話とか出来ないぞ。それにヒナも一緒の方が良いんじゃないか?」

 

「もうヒナは完全に寝入っちゃってますし。その、アイリス様が構って起きてしまったらかわいそうですから。万が一起きても何か口に入れないか見張っててくれるだけでいいですから。最近、何でも口に入れたがるので」

 

「まぁ、それくらいなら……」

 

 スズハの要求に乗り気じゃない様子で答えるカズマ。

 そこで気になっていた事を質問する。

 

「そういやさ。あの、ジョージだっけ? 前に嫌いみたいに言ってたけど、何でだ? 話を聞いて見ても、研究熱心なおっさんって感じだろ? 別に嫌う理由はないと思うんだけど……」

 

 カズマの質問にスズハは困った表情をする。

 

「いえ、別に嫌っている訳では。ただ、そうですね。価値観が合わない、とは感じました。わたしにはあの人のように精霊を道具だと断じることは、ちょっと……」

 

 自分の考えを纏めるように目を瞑り、一度息を吐く。

 

「冒険者のエレメンタルマスターが精霊との契約を破棄されるのは致命的です。そう言う意味では、人為的に精霊の方から契約を切れないようにするのは間違いではないと思います。カズマさんもお仕事中に魔法が使えなくなるのは困るでしょう?」

 

「そりゃあ、まあな……」

 

 スキルや魔法。ステータスの上乗せがなければカズマは多少悪知恵が働くだけの元学生である。

 この世界で生きていくことすら難しいかもしれない。

 

「自動車でも、免許が有るのに車に嫌われて運転させないなんて言われ始めたら大変ですし。だから、より便利に技術が進んでいくのは喜ばしいことだと思います。ですが────」

 

 スズハは自分の手の平を見つめる。

 

精霊(この子)達にも、人とは少し違っても意志や感情が有ることを知っているから。精霊をただの道具だと思うのに抵抗があるんです。わたしには受け入れられない」

 

 間違っているではなく受け入れられない。

 スズハも自分が契約している精霊に見限られた事が無いから言える甘い戯れ言だとしても、精霊達の意思で自分の傍に居て欲しいのだ。

 もし、愛想を尽かされる日が来たとしても、それは淋しくはあるが受け入れたい。

 この子達の意思を尊重してあげたい。

 

「わたしが、ジョージさんのように冒険者として生活している訳ではないから言える事かもしれませんけど。きっとこれは古い考えなのでしょうね」

 

 そう締めくくるスズハにカズマは何も言えなくなった。

 ジョージの話を聞いた時、便利そうだな、くらいしか考えなかった事が恥ずかしかった。

 それを誤魔化すように別の話を振る。

 

「そ、そう言えば、奥さんの方は結局何にも喋らなかったな。喋ってたのは旦那の方ばかりで」

 

 ジョージに付き添いで居ただけなのかと首を傾げるカズマ。

 スズハはそれに首を振った。

 

「いえ、たぶん彼女は、話せなかったんだと思います」

 

 たぶんと言うが、断言してスズハは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイリス様、シラカワスズハ様をお連れしました」

 

「ありがとう、クレア。ここから先は2人きりのお話がありますので、外で待って居て」

 

「それは……しかし……」

 

 退出するように言うアイリスにクレアは反対しようとする。たが、アイリスはお願いを続けた。

 

「お願い、クレア。スズハさんなら大丈夫。それに同い年の子と2人きりで話したいの」

 

 そう言われて折れる形でクレアは退出した。

 その際、スズハに小声で釘をさされたが。

 

「スズハさん、眠る前にごめんなさい。どうしても貴女にお渡ししたい物があって」

 

「わたしに、ですか?」

 

 何だろう、と首を傾げるスズハ。

 頷いたアイリスは化粧台に置かれた箱を手に取る。

 

「どうぞ」

 

「お受け取りします。中を開けても?」

 

 受け取り、箱を開けても構わないか訊いて了承を得る。

 箱を開けると中には髪留めが入っていた。

 銀の盤に左右一角獣(ユニコーン)の絵が上下逆さまに彫られ、中心には翠の宝石が埋め込まれている。

 それがかなり高価な品であることは分かった

 

「お兄様から後数日でスズハさんのお誕生日だと聞いたので」

 

 それを聞いてスズハは驚く。

 カズマからスズハの誕生日を聞いた事ではなく、態々スズハの為にプレゼントを用意してくれた事にだ。

 それもまだ、帰ると言ってから半日しか経っていないのに。

 

「お兄様と過ごしたここ数日は、とても楽しかったです。驚きの連続でした。でも、スズハさんと出会えたのも、とても嬉しかったです。ヒナさんに蜂蜜を与えてしまった時、あんなに叱ってくれて。年齢が同じであんな風に言ってくれた人は初めてでした」

 

 ふふ、と笑うアイリスに、スズハは頬を紅潮させる。

 ヒナが危なかった事でついカッとなってしまったが、あれだけでもアイリスの受け取り方次第では最悪の事態も考えられた。

 そうならなかったのは、アイリスが間違いや悪いことを素直に受け止められる性格故にだ。

 

「ヒナさんを抱かせてくれたことも。だからどうしても贈りたかったんです。スズハさんは、その……私のお友……とも……」

 

 最後の方は自信無さげに口ごもってしまうアイリス。

 同い年の友人というのは彼女にとって希少なのだろう。

 だからこそ。

 

「はい。アイリス様からのプレゼント。友人から頂いた物として、大切に扱わせていただきます」

 

 畏まった言い方ではあるが、その気持ちに嘘はない。

 それが伝わったのはアイリスの表情にパッと花が咲いた。

 同時に僅かに気になり、スズハから質問する。

 

「やはり、同世代の方と接せられる機会は少ないのですか?」

 

「そういう訳では。貴族とのお茶会などでお話する機会は多くありますよ。ただ、やはり立場上というべきですか、王族にすり寄ってくる方も少なくありませんね。それに、何かしら問題を起こした方や、良くない噂がある方とは距離を置かされますし」

 

 アイリスの話を聞いている内に過去の、かつての世界での事を思い出す。

 

 

 ────白河さん。今後とも家共々仲良くして行きましょうね。

 ────このアクセサリー、海外から取り寄せた特注品でして。お父様にもぜひよろしくとお伝えください。

 ────涼葉、あのような品の無い方とのお付き合いはおやめなさい。良からぬ噂が飛びます。

 

「スズハさん?」

 

「……いえ、少々既視感が」

 

 頭に過った過去を振り払うスズハにアイリスは首をかしげた。

 そんな彼女にスズハが提案する。

 

「アイリス様、もしよろしければ、いつか、アクセルの街にお越し下さい。今回のお礼をしたいので」

 

「申し出は嬉しいですけど……」

 

 彼女の立場からすれば、この城から出ることは難しい。

 だから、スズハは少し考えて入れ知恵することにした。

 

「なら、アクセルの街への視察、という名目はどうでしょう? この国の魔王軍やモンスターと戦う冒険者。その始まりの街の現状を見て把握したい、という理由ならどうです? 少しは耳を貸してくれるかもしれませんよ」

 

 スズハの言葉にアイリスは視界が拓けたような気になった。

 

「良いですね、それ。少し時間がかかるかもしれませんが」

 

 考え込むアイリス。

 

「ヒナにも、会いに来てあげてください。あの子もアイリス様が好きみたいですから」

 

「はい、必ず!」

 

 希望が見えた事で表情を輝かせる。

 いつになるかは分からないが、叶えられたら良いと思う約束。

 そこで、アイリスは贈った髪留めを見る。

 

「あの、スズハさん。もしよろしければ、その髪留め、私が付けてあげても構いませんか?」

 

「えぇ。お願いします」

 

 了承を得たアイリスは箱の中に収められた髪留めを手に取り、スズハの黒い、真っ直ぐと伸びた髪の右側に付けた。

 黒い髪に、銀と翠の宝石が映える。

 

「お誕生日、おめでとうございます、シラカワスズハさん。とても似合っていますよ」

 

「ありがとうございます、アイリス様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝食を食べ終えた後にカズマとスズハはアクセルの街にテレポートで帰る。

 アイリスはここ数日の短い期間にあった日々が楽しく、別れを寂しいと感じたが、それでも晴れやかな気持ちで2人を送り出そうと思った。

 クレアとレイン。そして世話役の侍女を連れて移動している途中にスズハを見かけた。

 近くにはヒナもカズマも居らず、その事に疑問を感じたが、もしかしたら最期になにか用があるのかもしれないと思い、スズハに近づく。

 

「おはようございます、スズハさん。今日、アクセルの街にお帰りですね。ララティーナ達にもよろしくお願いします」

 

 アイリスが話しかけるが、スズハは挨拶を返すどころか反応すらしない。

 その事にクレアが注意しようとすると、誰もが予想だにしない事態が起こる。

 もしも、誰かがシラカワスズハに対して警戒心を抱いていれば、それを避ける未来もあったかもしれない。

 アイリスに良からぬ事を吹き込み、使用人に無理難題を言うカズマに対してスズハ客人として礼儀正しく過ごしていた。

 問題を起こすカズマを嗜め、頭を下げる事もあった。

 まだ幼い少女という事実もあり、警戒心が薄くなっていた。

 だから、誰もがその凶刃を止められなかった。

 

「え?」

 

 アイリスがスズハに近づき、2人の距離が近くなるとアイリスの胸に痛みが走る。

 胸にはナイフが刺さっており、ナイフの柄を小さな手で握られている。

 隠し持っていたナイフでスズハがアイリスの胸を刺したのだと気づくのに数秒かかった。

 じわりと、アイリスの瞳から涙が溢れた。

 それは、胸の痛みから流れた訳ではなく、昨日プレゼントを受け取ってくれた彼女が自分を刺したのだと信じられなくて、認めたくなくて、混乱から流れた涙だった。

 1歩後ろに下がり、支えを欲してスズハの肩に手が伸びた。

 

 ────……赤ちゃんが欲しいのならご自分でお願いします。

 

 アイリスはその肩に、もたれ掛かろうとする。

 

 ────はい。アイリス様からのプレゼント。友人から頂いた物として、大切に扱わせていただきます。

 

 だけど、その手は。

 

 ────ヒナにも、会いに来てあげてください。あの子もアイリス様が好きみたいですから。

 

 パシッと無情にも手で払われた。

 そのままスズハの横に倒れる。

 

「きゃぁあああああああああっ!?」

 

 誰もが動けず、言葉を発することも出来ない中で、侍女の悲鳴が城の中で響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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カズマの選択

 胸を刺されて倒れたアイリス王女。

 侍女の悲鳴を合図に動いたのはクレアだった。

 

「貴様ぁっ!!」

 

 腰に下げている剣を抜き、スズハに襲いかかる。

 横へと一閃させた斬撃は後ろへと大きく跳躍して避けられる。

 だが、スズハがアイリスの傍を離れたことで指示を飛ばした。

 

「レイン! アイリス様をプリーストに! 早くっ!?」

 

 急所が外れているのか、それともアイリスの高い資質のお陰か。

 胸を刺されて倒れたアイリスだが、まだ息をしていた。

 レインは即座にアイリスを抱えてその場を後にする。

 クレアは剣を構えてスズハを睨む。

 

「どういうつもりかは知らないが、アイリス様を傷付けて無事に居られると思うな!」

 

 怒りで沸騰しそうな頭。

 逃がすまいスズハの僅かな動きを注意深く観察する。

 しかし、スズハは後ろに逃げることも、クレアに向かって来ることもしなかった。

 横の窓ガラスを破壊し、そのまま飛び降りた。

 相当な高さのある2階から飛び降りたスズハをクレアが慌てて見るが、スズハは地面に叩きつけられることもなく平然と着地し、クレア達の事を見ることなく立ち去っていく。

 

「此方を馬鹿にするのか……!」

 

 侮られたと感じ、クレアは歯を食い縛ると近くの使用人達に指示を飛ばしてスズハを捕らえるように命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スズハの奴、結局戻って来ねぇじゃねぇか!」

 

 朝、イライラしながらカズマは食堂へと歩いていた。

 すぐ戻って来ると言っておきながらスズハが昨夜から戻って来る事はなかった。

 おそらくはアイリスと一晩中話していたのだろうと思うが、赤ん坊を放置は無いだろう。

 朝目を覚ますとヒナが泣き出してしまい、育児経験のある侍女を呼んで泣き止まさせてもらったのだ。

 

「だー。久々の徹夜で眠ぃ……だりぃ……」

 

 いつの頃からか、規則正しい生活が染み付いていたので久しぶりの夜更かしに目がショボショボする。

 それも、ヒナの様子を見て、という理由なだけに疲労感が強い。

 スズハに会ったら文句を言い、アクセルの街に帰ったら寝てしまおうと決めた。

 そんな事を思いつつベビーカーを押していると何やら城の中が騒がしい。

 何か事件でも起きたのかと思う。

 

「何だよいったい……」

 

 チャペルでも鳴らしているのか、鼓膜に届く大音量にカズマは顔をしかめた。

 すると、カズマを呼ぶ声が届いた。

 

「カズマ、さん……?」

 

 弱々しい、スズハの声にカズマはそちらを向いた。

 

「おいスズハッ! お前一晩じゅ────」

 

 何をしてた、と聞こうとしたが、スズハの様子に言葉が止まる。

 城から借りていたローブは埃が被って汚れており、顔色もいつもより悪い。頭痛がするのか、頭を押さえて深呼吸をしている。

 壁に体重を預けて近づくスズハにカズマが移動した。

 

「おいどうした! 何か遇ったのか?」

 

「それが、わたしにも何が何やら。昨日、アイリス様の部屋を出て……それから、部屋に戻る途中でアルコール薬の臭いがして……」

 

 そこから記憶がなく、今さっき空き部屋で目を覚ましたと言う。

 

「そりゃあ、どういう……」

 

 とにかく、城の人間に診てもらおうと提案する。

 だが、そこでゾロゾロと武装した騎士達が殺気立てて集まってきた。

 そこそこ広い通路で前後を取り囲むようにして騎士達が道を塞ぐ。

 先頭にいたクレアが抜き身の刃を向けてくる。

 

「よくもまぁ、逃げ出さずまだ城内に留まっていたな。あぁ、成る程。その男と合流してから逃げる手筈だったのか。舐めてくれる」

 

 隠しきれない憤怒の感情を向けてくるクレア。

 突然の事に訳が分からず混乱しながらもカズマが声を上げて訊く。

 

「何だよこれっ! いったい何の冗談────」

 

 カズマが最後まで言う前に、クレアが剣を振るった。

 

「冗談だと? ふざけるなっ!? その娘がアイリス様に今しがた何をしたのか、知らないとは言わせんぞ!!」

 

 クレアから感じる怒りに身震いしたスズハは後退りると後ろにいた騎士が腕を掴んで捻りあげた。

 小さく呻き声を出すスズハにカズマが止めに入る。

 

「おい、何すんだ!?」

 

「それは此方の台詞だ! アイリス様を刺し殺そうとした罪、ここから生きて出られると思うな!」

 

「は……?」

 

 クレアの言葉にカズマとスズハは目を丸くした。

 刺し殺そうとした? 誰が? 

 顔を青くしたスズハが叫んで問う。

 

「刺されたって……アイリス様が……? アイリス様……アイリス様は御無事なのですか!?」

 

「白々しい! 貴様が刺したのだろうがっ」

 

「はぁ!? スズハがか! そんな事するわけ────!」

 

「捕らえろ!」

 

 聞く耳持たないとばかりにクレアからの命令に騎士達が動く。

 迫ってくる鎧の群れ。

 その手が、ベビーカーに眠る赤子(ヒナ)に伸びようとしていた。

 

「────火精霊(サラマンダー)!!」

 

 スズハが声をあげると、オレンジ色の蜥蜴、火精霊(サラマンダー)が現れ、カズマとヒナを騎士達から阻むように炎の壁が作られた。

 

「アッチッ!?」

 

「カズマさん! ヒナを連れて逃げてください!!」

 

「はぁ! バカか! お前はどう────」

 

「早くっ!!」

 

 有無を言わさず逃げろと言うスズハ。

 この場にいる何人かのウィザードが消火の為の魔法を使おうとしていた。

 ここに留まり続けるとどうなるか。

 自分やスズハ。それに赤ん坊のヒナは? 

 ぐるぐると悪い方向へと想像が掻き立てられ、カズマが選んだ選択は────。

 

「クソッ!」

 

 ベビーカーからヒナを引き上げ、近くの部屋へと入り、その窓から逃亡した。

 

「チッ! 逃がすな、追えっ!」

 

 クレアの指示で騎士達がカズマを追う。

 しかし、火精霊(サラマンダー)がさらに炎を広げようと動く。

 だがそこで、廊下一帯に大量の水が被せられた。

 

「申し訳ありません。少々雑な消火になってしまいした」

 

「ジョージか」

 

 現れたジョージが精霊の力で水を生み出し強制的に沈下させる。

 そのせいで廊下に居た者達は皆、頭から濡れてしまった。

 ジョージはスズハの火精霊(サラマンダー)を見て驚いた様子で目を大きく開けたが、すぐにクレアに視線を移す。

 

「アイリス様の事は聞きました。大変な事になりましたね」

 

「あぁ。私の落ち度だ。だが、アイリス様を刺した張本人は押さえた。後は仲間を追い、ダスティネス家にも使いを出す」

 

 言うと、騎士によって腕を後ろに捻られ押さえつけられているスズハに近づく。

 

「残念だよ。お前は、アイリス様の良き友になってくれるかもしれないと思っていたが」

 

 クレアは自身の持つ剣先でスズハの首にプスリと刺さり、血の線が流れた。

 

「シラカワスズハ。アイリス様を殺害しようとした罪で、貴様を拘束する!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー! あー!」

 

「泣くなよ! 見つかるだろ!」

 

 窓から逃げたカズマは潜伏スキルを使ってどうにか城の兵士をかわしていたが、スズハの危機を察してか、泣き出し始めた。

 

「頼むよ、今見つかったら……!」

 

 どうにか城の外へと逃げようと兵士のいない場所を探す。

 置いてきてしまったスズハの事や刺されたというアイリス。

 何がどうなっているのか分からずに唇を噛む。

 

「クソッ! どうなってんだよ!」

 

 それでも今はただ、逃げることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼頃になり、城下の街では昼食を摂ろうと多くの人が行き交っていた。

 屋台が建ち並ぶこの場も例外ではなく、そこには短い銀髪に顔に傷がある冒険者の姿もあった。

 

「おじさーん! 串焼き2本ちょーだーい!」

 

 快活に注文するその冒険者に屋台の店主はあいよ、と串を焼く。

 肉と葱が交互に刺された串焼きが焼かれ、濃厚なタレの匂いが加わって食欲がそそる。

 

「はいよ! 1本多くおまけだ! その代わり、また寄ってくれよ、坊主!」

 

「わ! ありがと……って坊主!? あたしは女の子だよ!」

 

 最近ちょくちょく性別を間違われる彼女は頬を膨らませて抗議する。

 それに店主は悪い悪いと笑いながら謝罪した。

 串焼きを1本食べ始めながら店主に質問する。

 

「ねぇ? なんか城の方が騒がしくない? あたし、今さっき王都に着いたばかりで、門の警備の人にも厳しく質問されたりしたんだけど?」

 

 少女の質問に店主は言いづらそうに声のトーンを落として話し始める。

 

「何でも今朝、城の客人に王女様が刺されたって話だ。犯人の1人は捕まえたらしいんだが、もう1人は現在も逃げてるって話だ」

 

「王女様が!?」

 

 少女の驚きに店主は頷く。

 

「何でも犯人は、王女様と同じくらいの歳の女の子だそうだ。本当かは知らんがね。だから城の騎士達はピリピリしてんだよ。仲間も捕まってないしな。だからお嬢ちゃん、怪しい行動は取るなよ? 捕まっちまうぞ」

 

「うん。分かったよ。教えてくれてありがとう」

 

 お礼を言って屋台から離れる。

 大変な事になってるな、と思いながら空を見上げた。

 

「それにしても、犯人は王女様と同じくらいの歳の女の子、か……」

 

 該当する知り合いが居て少女は鼻で笑い飛ばす。

 

「まっさかねー」

 

 紙袋から2本目の串焼きを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか城下町までたどり着いたカズマは目立つスーツの上着を脱ぎ捨てて路地裏に座り混んでいた。

 泣き疲れたのか大人しくなったヒナを見て溜め息が漏れる。

 

「おっもいなーお前……」

 

 それは体重的な重さではなく、1つの命に対する重さだ。

 か弱く、目を離したら失ってしまいそうな命。

 

(スズハの奴、今までずっとこんな重たいのを背負ってたのか……)

 

 自分が守らなければいけない立場になり、息がつまりそうだった。

 しかし、カズマの言葉をどう解釈したのか、ヒナが頬を引っ張ってきた。

 

「なんだよヒナ。一端のレディー気取りか? そりゃあせめて話せるようになってから……」

 

 ぐきゅるるるる

 

 突然カズマの腹の虫が鳴った。

 もう夕方。

 昨日の夜以降何も食べてないのだ。

 緊張の糸が緩んだ事で、空腹を自覚する。

 

「……何か食うか」

 

 幸い、財布はポケットに入っている。何か腹に入れないと倒れてしまう。

 

(そういや、ヒナに何を食べさせればいいんだっけ?)

 

 蜂蜜は駄目で。でも何なら食べられるのか。

 そもそもスズハは何を最近食べさせてた? 

 記憶を掘り返すが上手く出てこない。

 

「ミルク、で大丈夫だよな……?」

 

 何を食べさせても不安が残る。

 どうするかとその場をぐるぐる回っていると、声が聞こえた。

 

「居たぞ! サトウカズマだ! 捕らえろ!」

 

「うおっ!? ウソだろ!」

 

 兵士に見つかり、即座に逃げるカズマ。

 しかし、重たい鎧を着込んでるにも関わらず、騎士達との距離は少しずつ詰められて行く。

 

(もっと狭い道に入るか?)

 

 鎧が邪魔になるくらい狭い道に逃げ込もうと辺りを見渡した。

 しかしその些細な動きですら騎士達との距離が縮まる原因になってしまう。

 もう少しで騎士の手がカズマに届きそうになった時。

 

「そのまま、脇目も振らず走る!」

 

 聞き覚えのある声がして、全力で前だけ向いて走った。

 すると、逃げるカズマと騎士達の間に玉が投げられ、赤い煙が発生した。

 

「こっちだよ! ヒナを落とさないようにしっかり持って!」

 

「クリスッ!?」

 

 上から飛び下りてきたクリスがカズマの手を引く。

 後ろからは騎士達がの悲鳴が聞こえた。

 

 

「ぎゃあああああっ!? 目が! 目が!?」

 

「染みるっ!? 染みる!?」

 

「唐辛子の粉末入りの煙玉だよ! 少しは時間を稼げるから!」

 

「容赦無ぇな!?」

 

「文句言ってないで走る!」

 

 クリスが手を放すと見失わないようにカズマは必死に後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、処刑される死刑囚を見ようと人が集まっていた。

 手には鎖付きの手枷が填められ、裸足で引き摺るように歩かされている。

 そんな少女の姿を住民達は誰も同情をせず、怒りを向けていた。

 誰かが、歩かされている少女に石を投げた。

 頭に石が当たると血が流れると良い気味だと声が上がる。

 広場に着くと、用意された断頭台に無理矢理スズハの首が置かれた。

 その処刑場に行こうとカズマは走る。

 人だかりをかき分け、処刑を止めようとするが、どんなに足に力を入れて走って近づこうとしてもその分だけ遠退いていく。

 

(やめろ! やめろ! やめろ!!)

 

 断頭台の刃を固定している縄にナイフが当たる。

 

「スズハァアアアアッ!?」

 

 縄は切られ、刃はスズハの首へと落とされていく。

 刃が落ちる音と共にスズハの首が体から離れて飛び、カズマの足下へと落ちた。

 生首となったスズハは血の涙を流してカズマの顔に視線を合わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────っ!?」

 

 ベッドから起き上がったカズマは額から目に落ちた汗を拭った。

 

「夢……」

 

 限界まで肺に空気を入れて吐く。

 

(昔見たアニメの処刑シーンをスズハに差し替えて見た。最悪)

 

「おはよう。と言っても、今は深夜だけどね」

 

 部屋にいたクリスがカズマにタオルを投げた。

 

「ビックリしたよ。宿に案内した途端、ベッドに倒れるんだもん」

 

「あ、あぁ……わるい……」

 

 追っていた騎士達を撒いた後、クリスに宿へと案内されたカズマは昨夜から寝てなかった事や城の騎士に追われる疲労で意識を失ったのだ。

 

「ヒナは!?」

 

「そこだよ。宿の人に赤ちゃん用のベッド、借りといたんだ」

 

 見ると、ヒナはベッドの上で眠っていた。

 

「さっき、ご飯を食べさせたら寝ちゃったよ」

 

「そっか。悪い。俺、何食べさせたら良いかも分かんなかったから」

 

「これでも、エリス教会の孤児院で子供の面倒を見ることもあるからね」

 

 偉いでしょ? と胸を張るクリスに少しだけ心が軽くなった。

 それから、クリスが屋台で買ってきたゲバブに似た食べ物を食べてクリスに説明を求められる。

 

「それで、何があったの? 城下では王女様が刺されて倒れたって噂になってるけど。もしかして────」

 

「そんなわけないだろっ!!」

 

 途中でカズマがクリスの言葉を遮る。

 驚いているクリスの顔を見て頭が冷え、悪いと謝罪した。

 

「スズハが……あいつが、そんな事するわけ無いんだ、絶対に……」

 

「そうだよね。あたしもそう思う。でもなんでそんな事になってるのさ?」

 

 クリスの疑問にカズマはこれまでの事を話し始めた。

 王女から食事に誘われ、ダクネスの実家で冒険譚を話したこと。

 カズマ、スズハ、ヒナの3人はアイリスに気に入られ、強制的に城へと招待されたこと。

 そこでアイリスと数日過ごしたが、スズハの誕生日が近づいた事でアクセルの街に帰る事にした。

 そして今日の朝、アイリス王女が刺されたと捕まりそうになり、スズハが応戦してカズマとヒナを逃がしてくれたこと。

 

「……俺、逃げたんだ。スズハがヒナを連れて行けって言って。だから……スズハを残して……!」

 

 話している内に懺悔するように体を折る。

 体は震え、ズボンには透明な液体が落ちた。

 

「……」

 

 そんなカズマの姿にクリスはずっと黙っていたが、不意にその頭に手を置く。

 

「ヒナの為に逃げるしかなかったんでしょう?」

 

 赤ちゃんであるヒナを安全な場所に移す為に逃げたのだ。

 カズマが顔を上げると、そこには労るように微笑むクリスがいた。

 

「スズハを置いて行かなきゃいけなかった。それは辛い選択だったね、カズマ」

 

 その姿と声が、誰かと重なったような気がした。

 

「あ────」

 

 流していた涙が、勢いを増す。

 一度拭って止めようとしたが、止まず、頭を抱えて泣き続けた。

 そんなカズマを、クリスは泣き止むまでずっと頭を撫でて待ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……!?」

 

 寝台で苦しそうに呼吸をするアイリス。服が開かれた胸を見てクレアは絶句した。

 刺された箇所を中心に赤い紋様が広がっている。

 レインが説明する。

 

「傷の方は塞がったわ。でも、アイリス様を刺したナイフには呪いが付与していたみたいで」

 

 僅かに間を置いてからレインは続ける。

 

「刺した本人が死なないと呪いが消えないらしいの」

 

「もしも刺した者が死ななければどうなる?」

 

「……長くて1週間。もしくはもっと早く、アイリス様は呪いにその身を蝕まれて……死ぬことになるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アイリス刺される。
カズマ逃亡。
クリスと合流。
ダクネス達は新聞でアイリスの件を知る。

こういう順番です。


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カズマの土下座

「ダクネスのお父さんとウィズには感謝ですね、2人のお陰ですんなり王都に着きました」

 

「あぁ。お父様には本当に苦労をかける」

 

「それよりもカズマはどうしてるのかしら? 新聞では逃げてるらしいけど。きっと害虫みたいにこそこそしてるはずよ!」

 

「ヒナちゃん、無事だといいけど……」

 

 ウィズのテレポートで王都にやって来たアクア、めぐみん、ダクネス、ゆんゆん。

 新聞で王女の事を知った4人は王都へと向かおうとしたが、ゆんゆんの来た後にダスティネス家の執事がやって来るとダクネスの父であるイグニスが王城からの使者から取り調べを受けている事を知る。

 当然取り調べにはダクネス、というか、アクアとめぐみんも含めて受ける筈だったが、イグニスが時間稼ぎをしていることを執事から伝えられる。

 その間に王都へ向かうつもりだったが、冒険者ギルド、テレポート屋、馬車など騎士団に押さえられ、身動きが取れなくなったところで現れたバニルの勧めでウィズにテレポートを使ってもらい、王都まで来ることが出来た。

 

「それで、これからどうします? カズマを探すにしても手掛かりがありませんし……」

 

 杖を突いて質問するめぐみんにアクアがチッチッチッ、と人差し指を左右に揺らす。

 

「そんなの酒場に行くに決まってるじゃない! 情報と言えば酒場。酒場と言えば情報。冒険者の常識でしょ?」

 

 ウキウキした様子で胸を張るアクアに、ダクネスが釘を刺す。

 

「酒場に行くのは構わないが、飲むなよ? 話を聞くだけだからな」

 

「な、何を言ってるのダクネス! 酒場で飲まないなんて怪しいじゃない! 失礼にも程があるわ!」

 

「アクア。私達は情報を集めに行くのですよ? 事態を理解しているのですか?」

 

「めぐみんまで!? ねぇ、お願いよ! 1杯、1杯だけ! スズハのお誕生日にはたくさん飲めると思って今日まで我慢してたのよ!」

 

 そんな風に女4人で話していると、アクアを呼ぶ声が届く。

 

「アクア様!」

 

 振り向くとそこには青い鎧の少年と2人の少女が近づいて来る。

 

「あ、魔剣のイタイ人」

 

 アクアの呟きを聞こえているのかいないのか、爽やかな笑みを浮かべて話しかけてくる少年、ミツルギキョウヤ。

 

「ご無沙汰しています、アクア様!」

 

「えぇ、そうね」

 

 単調な返事を返すアクアにミツルギは心配そうな顔で質問してきた。

 

「アクア様はこの新聞を読んでこちらに来たのですか?」

 

 ミツルギはゆんゆんが持ってきたのと同じ新聞を見せる。

 答えたのはアクアではなくめぐみんだった。

 

「そうです。今はカズマを探す為に情報を集めるところです」

 

「ねぇ、あなた。王都には詳しいの? なら、情報と美味しいお酒を出す酒場を知らないかしら?」

 

「え? なら冒険者や城の衛兵が使う酒場がありますけど」

 

「冒険者や衛兵。それならカズマさんやお城のことも少しは分かるかもしれませんね!」

 

 ゆんゆんが期待を込めて言うと、アクアが頷く。

 

「じゃあ、魔剣の人! その酒場まで案内して!」

 

「あ、はぁ。こちらです」

 

 ミツルギの案内にスキップしながら移動するアクアを見て飲む気だなとめぐみんとダクネスは確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミツルギに案内された酒場で1杯飲んだアクアは宴会芸を披露しつつカズマの情報を聞いていた。

 

「みなさ~ん! この中に如何にも引きこもりのダメニート臭のする冒険者を見た方は居ないかしら! もし居たら教えて欲しいんですけど!」

 

 アクアがそんな風に呼び掛けている中、ダクネスが城の衛兵が着ている軽鎧姿の男に話しかけて城の中の事を聞いている。

 他の面々もそれぞれ情報収集をしていた。

 アクアが再び花鳥風月を見せようとした時、店に新しい逆が入ってくる。

 ダクネスが話を聞こうと出入口のところまで移動すると、目を瞬きさせた。

 

「クリス!」

 

「ダクネス! え? 何でここに!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スズハは城の地下にある牢に拘束されていた。

 視界は塞がれ、手足は椅子の手摺と脚に革の拘束具で固定されている。

 同じ部屋に居るのはクレアとジョージの2人。

 レインはどうにかアイリスの呪いを解呪しようと腕利きのプリーストを呼んだり、留守にしている国王への報告書を書いて送ったりとしていた。

 レインは今回の件で色々と不可解な点が多いため、スズハに嘘発見器の魔法具を使ってはどうかと提案したが、ジョージによってやんわりと否定される。

 シラカワスズハによってアイリスが目の前で刺されたのは事実であり、態々魔法具に頼る必要はないと。

 頭に血が昇っているクレアもこれに同意する。

 

 今はスズハが何故アイリスを刺したのか。

 誰かの差し金なのか。それとも個人の意思か、問い質している最中だ。

 

「わたしは、アイリス様を刺しては────」

 

 パンッ! と頬を叩く音が鳴る。

 どう質問しても自分はアイリスを傷付けてはいないと言うスズハに、クレアは今日2度目の平手打ちをした。

 口を中を切り、血が垂れる。

 

「……本来なら、アイリス様を刺した貴様には聞かなければいけない事が山程ある。しかし、それを長々と訊き続けている時間も無い。本当の事を話せば痛い思いをしなくて済む」

 

「どう訊かれようと、知らないとしか答えられません。わたしは何もしてません」

 

 毅然とそう繰り返すスズハにクレアは小さく息を吐いた。

 

「アイリス様に危害を加えた者とはいえ、子供相手にこんなことをするのは気が引けるが」

 

 クレアは持ってきた道具を手に取る。

 道具はスズハの人差し指。正確には爪が挟まる形で当たる。

 ぞわりとスズハは背筋にイヤな感覚が走った。

 

「なるべく早く本当の事を吐け。そうすれば、残りの日数は苦しむこともない」

 

「────っ!?」

 

 道具によってスズハの爪が剥がされる。

 その苦痛の声を聴き、後ろに立っていたジョージは眉間を寄せて口元を押さえる。

 隠された口元がつり上がっていたのを誰かに気付かれる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イタタタタタタッ!? おいやめろよダクネス!? 頭から鳴っちゃいけない音が流れてるから!! 潰れる潰れる潰れるぅ!!」

 

「やかましい! お前がさっさとアクセルの街に帰ってくれば、こんなことに巻き込まれる事もなかったんだぞ!」

 

 クリスと会ったダクネス達は、カズマが保護されていると知って案内された宿屋に来ていた。

 流石に大人数なので大部屋を借り直して現在カズマをアイアンクローで制裁中である。

 ミシミシと音が鳴り、頭部がダクネスの手によって少しずつ小さくなるのを感じていると、突如手を放し、カズマは尻餅をついた。

 

「イッてぇ。脳ミソが潰れるかと思ったぜ……」

 

 頭を押さえるカズマにベビーベッドにいるヒナに構いながらめぐみんが質問する。

 

「それでカズマ。スズハを助ける良い案は有るのですか?」

 

「……正直、ここまでいっぱいいっぱいで何も思い付いてない。というか、情報が無さすぎて動けないんだよ」

 

 不貞腐れた様子で顔を背けるカズマ。

 その様子にダクネスが自分の考えを述べる。

 

「私はこれから城へ行くつもりだ」

 

「ダクネス!」

 

 ダクネスの提案に驚くクリス。

 

「そうなれば勿論拘束されるだろうが、スズハやアイリス様の現状を知れるよう動こう。その情報を何とかお前達に届けられれば良いのだが……」

 

 何か案はあるか? と視線を向けてくるダクネスにカズマは腕を組んで考える。

 しかし、やはりこれだと思う案は浮かばない。

 そこで手を挙げたのミツルギだった。

 

「それなら、僕達が遅れて城へと行くのはどうかな? これでも2回程アイリス様に冒険譚を聞かせに行った事があるんだ。これまでも何度か魔王軍の襲撃に対する防衛で活躍してるし、少しは信頼されてると思う」

 

 ミツルギの言葉にカズマが良いのか? と問う。

 はっきり言ってミツルギがカズマ達に手を貸すメリットはない。

 しかしミツルギは迷うことなく首を縦に振る。

 

「もしもあのスズハって子が何もしてないなら捕まるなんて間違ってる。サトウカズマ。僕達もあの子を助けるのを手伝うよ」

 

 ミツルギの言葉に仲間2人はキョウヤが決めたならと手を貸してくれる様子だ。こういう、善人かつ英雄な雰囲気がカズマとは合わないのだろうが、今は味方で居ることが嬉しい。

 だからカズマも素直な気持ちで礼を言う。

 

「ありがとな、コバヤシ」

 

「ミツルギだ! ここで名前を間違えるか普通!?」

 

 いつも通りなやり取りをしつつ、役割を決める。

 ダクネスが城へと行き、スズハとアイリスの様子を調べ、後から来たミツルギに情報を纏めた手紙を密かに渡す。

 それから逃亡中のカズマを捜索する名目で城を離れてこの宿屋でダクネスからの手紙を受け取り、その情報を元に手を考える。

 小さくとも光明が見えて場が少し明るくなった。

 しかし、カズマだけは沈痛な面持ちだった。

 

「……ダクネスが言ったように、さっさと帰ってれば、スズハが捕まる事なんて無かったと思う」

 

 その場合でもアイリスが刺される事件は起きたかもしれないが、少なくともこんな形で関わるなんて事は無かった筈だ。

 

「俺1人じゃあ、ヒナを連れて逃げ回る事しか出来なかった。スズハの無罪を証明するなんて絶対出来ない」

 

 悔しさから唇を噛むと、カズマは床に額を擦り付ける。

 

「ちょ!? 何してるのカズマ!」

 

「スズハの無罪を証明して、アイリスを助ける為に、お前達の力を貸して下さい……!」

 

 夢で見たスズハの処刑。

 それが現実になるかもしれないのだ。

 それを防ぐ為なら、幾らでも頭を下げる。

 めぐみんがカズマの肩に手を置いた。

 

「とりあえず、頭を上げてください、カズマ」

 

 言われた通り頭を上げるとそこには照れ臭そうな表情のめぐみんが見えた。

 

「しょうがねぇなぁ! ですよ」

 

「え……」

 

「カズマはいつもそう言って、私達を助けてくれるでしょう? だから今回は私達がそう言ってスズハを助ける番です」

 

 シャキッとしてくださいとバシバシ背中を叩くめぐみん。

 それにアクアが続く。

 

「ま、スズハはかわいいアクシズ教徒。それを無実の罪で何かされたら女神アクアの名が廃るわ!」

 

「いや、スズハはアクシズ教徒じゃないだろ。捏造するなよかわいそうだろ」

 

 なによー! と頬を膨らませるアクア。

 皆がシラカワスズハの無実を信じて行動しようとしている。

 それを部屋の端で見ていたクリスは何か尊い物を慈しむような視線で笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次の話は文字数が少々多めになる予定。久々に一万越えるかも。


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■■(●●●) ■■(●●●●)

一万文字越えるかもとか言ってたけど全然そんな事なかった。


『ようこそ、死後の世界へ。────さん』

 

 目の前に、水色の髪をしたまさに女神が目の前に居た。

 その神々しい姿と笑みに思わず息を呑む。

 あの時間で話し、込み上げてきた感情は、例え地獄に堕ちたとしても、決して忘れる事はないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズマ達に言ったように1人城へと向かったダクネスはスズハの関係者という事で鎧と剣を取られた。

 それでもスズハへの面会が承諾されたことに安堵してクレアと数人の騎士に見張られた状態で案内された。

 城の地下にある部屋。

 最低限の明かりしかない部屋の中心に少女は座らされていた。

 扉を開けるとぼんやりとシルエットだけ見えるその姿は怯え、拘束された身体は震えながら小さくする。

 最初はてっきり長時間この部屋に拘束されていた恐怖からだと思ったが、暗い部屋に目が慣れてはっきりと座っているスズハを見えて違う事を理解する。

 叩かれた頬は痛々しく腫れている上に右手の人差し指と中指の爪が剥がされていた。

 もしもここに居るのがスズハ以外で、拘束されているのが見知らぬ誰かならば目の前の状況を羨ましいと思いつつ、剥がされた爪の痛みを想像して興奮出来たかもしれない。

 だが今のダクネスはスズハを拘束している椅子を叩き壊し、大暴れして逃がしてやりたい気分だった。

 しかしそんな事をしても何の解決にもならないので怒りを抑え込む。

 ダクネスが1歩部屋に踏み込みと、スズハの口からヒッ、と掠れた悲鳴が漏れた。

 だから安心させるために出来る限り優しい声音で話しかける。

 

「私だスズハ。ダクネスだ」

 

「ダクネス……さん?」

 

 ダクネスと知って若干力が抜けたようだがそれでも怯えは治まらない。

 大丈夫か、と訊こうとしたが、辛い目に遭わされたのが一目で分かるために止めた。

 

「遅くなってすまない」

 

「ダクネスさん……わたし……は……」

 

 もしかしたら、貴族であるダクネスが自分の味方なのか、測りかねているのかもしれない。

 ダクネスも同じパーティーの自分なら上手く聞き出せるかもしれないという条件で面会を許可されたので、一応の質問をする。

 

「スズハ。お前がアイリス様を刺したというのは、本当か?」

 

 その質問にスズハはビクッと体を震わせたが、それでも搾り出すように答えた。

 

「違い、ます……わたしじゃない……わたしは、知らない……!」

 

 それが精一杯なのか、項垂れて首を下に向ける。

 その体は未だに震えていて。

 傍に寄ってやりたいが、そこまでは許可されていない。

 距離を取ったままダクネスが告げる。

 

「そうだな。分かっている。スズハがそんな事をしないのは。すぐにそこから出してやるから。もう少しだけ我慢できるか?」

 

 後ろにいるクレアが怒りと苛立ちを込めた殺気を向けてきたが無視する。

 そんな中で、普段聞き分けの良すぎるスズハは頷かなかった。

 それも当然で、まだ12の子供が何をされるのか分からない状況で耐えろと言うのが酷な話だ。

 そこでダクネスはカズマからの伝えておいてくれと言われた言葉を思い出す。

 これを言えば、スズハも多少元気になる筈だと。

 言葉の意味は解らなかったが、ここに来るまで何度も忘れないように繰り返した。

 

「スズハ……"――――――――"」

 

 突然のダクネスの言葉にクレアを含めた周りの者達は首をかしげたが、スズハだけはハッとなり、唇をキュッと閉じて何度も感謝するようにコクコクと首を縦に動かす。

 どうやらカズマの言っていたことがデタラメでは無いことにホッとする。

 カズマがダクネスに託した言葉。

 それは『赤ちゃんは無事』という日本語だった。

 それだけでダクネスがカズマと会ったのだと理解して。娘も無事だと確信が持てた。

 

 面会が終わり、クレアの後を付いて今度はアイリスが眠る部屋へと案内される。

 そこでは数名のプリーストが眠っているアイリスを前に意見を言い合っている。

 近づいてきたレインが今のアイリスの状態を説明する。

 

「アイリス様を刺した短剣には呪いが付与されていました。後数日で刺した者を殺さなれば、アイリス様の命を奪う。とても強力な呪いです」

 

 呪い、と口の中で呟くダクネス。

 

「陛下や王子は?」

 

「あの方達は今、魔王軍幹部と交戦中だ。向こうには爆裂魔法を操る手練れの魔法使いが居るらしく、それを防ぐ為に王家が保有する神器の盾が必要な為、すぐには戻ってこれないそうだ」

 

「爆裂魔法……」

 

 爆裂魔法の威力を身を持って知るダクネスは難しい顔をした。

 そこでクレアが告げる

 

「ダスティネス卿。私はこれ以上アイリス様を苦しめるつもりはない。だから明日の昼。アイリス様を呪いから解き放つ為に────シラカワスズハを処刑する」

 

 ダクネスは自分の心臓が冷たくなったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。カズマはスズハやアイリスなどの情報が書かれたダクネスからの手紙をミツルギキョウヤの仲間である盗賊職の少女フィオから受け取り、読んでいた。

 魔剣の勇者はここ王都でもそれなりに名が通っているらしく、ダクネスとの面会も思ったよりスムーズに済んだ。

 そこから手紙を受け取り仲間であるフィオを経由してカズマに届けられる。

 アイリスの呪いや明日の昼にスズハが処刑される情報を読んで歯が鳴るほど力を入れて噛む。

 手紙を回して読ませると、皆が一様に似たような表情になる。

 そんな中────。

 

「痛い! 痛いわよヒナ! 私のチャームポイントを引っこ抜こうとしないで!!」

 

 ヒナを高い高いしていたアクアはヒナに頭のチャームポイント(本人談)を引っ張られて痛そうに騒いでいる。

 

 その様子に堅い雰囲気が少しだけ弛緩するのを感じ、めぐみんが質問する。

 

「それで、カズマ。何か案は出ましたか?」

 

「……取り敢えず深夜に、俺とクリス。それからアクアの3人で城内に忍び込む」

 

 クリスとアクアを指差して答えた。

 ゆんゆんが手を挙げて質問してくる。

 

「それって、スズハちゃんを逃がす為ですか?」

 

「いや。アイリスがかかってる呪いをアクアに解かせる。それだけで事態は好転する筈だ。そもそもスズハを奪い返すだけならアクアを連れていく必要無いしな」

 

「ねぇカズマさん。さりげなく私をディスるのやめてほしいんですけど……」

 

 アクアの言葉を無視して話を進める。

 

「向こうだって、まだスズハを処刑するなんてしたくない筈だ。調べなきゃいけない事がたくさんあるからな。でも、アイリスを呪いから救う為に処刑しなきゃならない状況だ。だからアクアにアイリスの呪いを解かせる。うちのアークプリーストはそこら辺だけは規格外だからな!」

 

 ダクネスもアクアを連れて来ようと提案したらしいが、ダクネスはともかく、身元の分からない者をこれ以上アイリスに近づけさせる事は出来ない、と突っぱねられたようだ。

 

「それならいっそ、カズマとクリスの2人であの王女を連れ去ってしまうのはどうですか? 正直、アクアも一緒だと辿り着く前に捕まるような気がするのですが」

 

「めぐみん!?」

 

「いや、流石に城から眠ってるアイリスを連れ出すなんて無理だろ。俺が逃げたばかりで警戒も上がってるだろうし。王女様を連れ出したとなれば、捜査ももっと大規模になるだろうし。それならアクアを連れてどうにかアイリスのところまで行ってアクアに呪いを解かせた方がいい。その際にはもちろん俺らは捕まるだろうけど、アイリスが目を覚ませば話を聞いてくれる筈だ」

 

 それに今夜城に泊まっているミツルギに手を貸して貰っても良い。

 ついでに言えば、ダクネスも城内に居る為、ほんの僅かでもそっちに人員が割かれてる筈だ。

 カズマの説明にクリスが腕を組んで疑問を口にする。

 

「う~ん。王女様の呪いを解くのは良いとして、その後に話を聞いてくれるかな?」

 

「フッ。ナメるなよクリス。俺はアイリスにお兄様と呼ばれる、謂わば義兄妹の間柄だぞ? 絶対に聞いてくれるさ!」

 

「本当に何したの君!」

 

「とにかく! 今は時間が無いし、深夜までに城に忍び込む準備をするぞ! クリスは侵入するのに有効なスキル教えてくれ! めぐみんとゆんゆんはヒナの世話を頼んだぞ!」

 

 ダンッとカズマは立ち上がった。

 

「アクア! 今回はマジでお前が頼りだ! 絶対にアイリスの呪いを解いてくれよ!」

 

「ふっふーん! まっかせなさい! 女神アクア様にかかれば、どんな呪いだってちょちょいのちょいで解いてあげるわ!」

 

 自分が頼りにされていることにアクアは上機嫌に答えた。

 

「ってイタっ!? だから私のチャームポイントを引っこ抜こうとしないでヒナ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからカズマはクリスと2人っきりになり、有効なスキルを教わっている。

 

「やっぱり、このスキルポイントだと有効なのはバインドかな?」

 

「相手を無力化するならゆんゆんにパラライズかスリープの魔法でも教われれば良いんだが、中級魔法を習得するにはポイントがギリギリだしな」

 

 そうなると、ポイントが比較的低く習得出来るバインドの方が良い。

 

「ダクネスが大雑把とはいえ城内の見取図を描いてくれてたのは助かったね。王女様の場所も描いてある」

 

「そうだな。帰ったら、何かお礼でもするか」

 

 そんな風に2人で話していると、耐えられなくなったクリスが訊く事にした。

 

「……ねぇ。さっきからジーッと見てくるけど、何?」

 

「いや、()()()()は何の用事で王都に来てたのかな、と思って」

 

「あぁ。それはですね────」

 

 エリスと呼ばれて反応するがすぐに口を押さえる。

 それでも慌てた様子でしらを切る。

 

「も、もー! いきなりエリス様だなんて不敬だよ!」

 

「……」

 

 クリスの言葉にカズマはただジーッと見つめるだけ。

 暫しの間、動きを止めていると、クリスが嘆息する。

 

「……いつから気付いていたんですか?」

 

「疑問に思ったのは、最初にスズハを連れて来た時ですかね。エリス教のプリーストとかならともかく、冒険者で盗賊職のクリスがなんで? とは思ってましたよ。それからクリスがクエストで得た報酬の殆どを孤児院に寄付してたり、ヒナの父親とのいざこざの時にも、あの刀をやたら欲しがったりしてたのに、自分で使うわけでも売っ払う訳でも無さそうだったし。それと、昨日慰められて一緒の部屋に寝た時に一晩中クリスの寝顔を見てエリス様の髪の長さにイメージし直したら、バッチリ一致したんで」

 

「ちょっと待って! 昨日一晩中あたしの寝顔を見てたの!?」

 

「そんな事はどうでもいいじゃないですか」

 

「良くないよ!」

 

 カズマの言葉にクリスが限界まで吸った息を吐く。

 それから少し考えてクリスとして話し始めた。

 

「君達がこっちの世界に送られる際に貰う神器。その人が死んだり、悪どい事に使われている際には、回収する事があるんだよ。中にはとんでもない能力の物もあるしね。王都には、それらが流れてくることがあるから定期的に調べてるの。まさか、こんなことになってるとは思わなかったけど」

 

「それ、アクアの後始末ですか?」

 

 頭を押さえて苦笑するクリス。

 否定しないところを見ると、まったくの見当違いでも無いらしい。

 互いに冷めた茶と軽食を口にしてからカズマは思い出した事を口にする。

 

「そういや、前にスズハが言ってたんですけど。叱ってくれた時のエリス様が母親みたいで嬉しかったって。何か、おふくろみたいに思われてるみたいですけど、ああいう娘はどうです?」

 

「────ケホッ、ケホッ! な、なんで!?」

 

 むせるクリスにカズマが追い討ちをかける。

 

「あ、ついでにクリスがエリス様だってバラしても?」

 

「やめてよ! 最近実は気付かれてるんじゃないかって不安なんだから!?」

 

 頭を抱えて次どんな顔して会えば、とか悩ませるクリス。

 その姿にカズマはしばらくイジリ回した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホーリー・ジョージは滅多に開ける事のない高級酒をグラスに注いで満足気に喉へと流し込む。

 昼間聴いた少女の苦痛の声。それを思い出して肴にした酒の味はいつもより芳醇な気がした。

 そもそもジョージは現在拘束されている少女、シラカワスズハが一目見た時から大嫌いだったのだ。

 

「あれは、俺の20年を否定する権化そのものだ」

 

 誰も気付かなかった秘密を一目で看破し、彼が契約している精霊をも惹き付けた。

 精霊の方から否応なしに力を貸したいと思わせる程の資質。

 そんなバケモノが存在して良い筈がない。

 もしもそれが、後付けに因るものならともかく。天然の才覚など馬鹿にしている。

 だからジョージは徹底的にシラカワスズハを追い詰めると決めた。

 王女の側近である2人を言葉で誘導し、苦痛を与えさせた。

 1枚目の爪を剥がさせた時のあの悲鳴。

 2枚目の爪を剥がそうとした時は拘束されて居るにも関わらず、やめてと憐れに懇願しながら逃げようと身動ぎする。

 2枚目を剥いだ瞬間に痛みによる失禁で意識を失った時は声を出して笑いそうになるのを堪えるのに苦労した。

 残念なのは、流石に幼い少女を拷問するのに気が咎めたのか、クレアが中断してしまった事か。

 だが、あの惨めな姿を見れば劣等感による溜飲も下がろうというものだ。

 そんな風に酒を楽しんでいると、妻であるホーリー・マリィがいつの間にか同じ部屋に居た。

 

「どうした?」

 

 普段の口調とは裏腹に尊大な態度で妻に接するジョージ。

 彼女は手にしている鏡を見せてきた。

 鏡はジョージの姿ではなく、別の物を映し出している。

 マリィは、彼女だけに出来る特別な警戒網を城内に張り巡らせていた。

 それを使い、ジョージは城内へ侵入してきた賊や、仕事をサボっている兵や使用人を報告する事で立場が上の者達からの信頼を得ていた。

 

 鏡から映し出された映像。

 映っているのは城内に侵入しようとする3人の若者だった。

 中には昨日逃げ出した少年の姿もある。

 

「あの子供を奪い返しに来たか?」

 

 ご苦労な事と嗤い、報告しようと立ち上がる。

 そこで、前2人の後に付いている少女に目をやった。

 登った塀から下りるとバランスを崩して顔からコケている少女。

 頭を上げてその顔を見ると、ジョージは体を震わせた。

 

 この世界に来て20年。忘れたくても忘れられなかった顔が映っている。

 

「女神アクア……!?」

 

 手にしていたグラスは粉々になって床に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コケたアクアを起き上がらせてカズマは文句を言う。

 

「何してんの、このバカ! さっさと行くぞ!」

 

「お、置いてこうとしないでよ!」

 

 小声で話しつつも侵入した城内を移動するカズマとアクアにクリス。

 

「まぁまぁ、助手君、アクアさんが王女様のところへ辿り着かないと意味ないんだし」

 

「そ、そうよ! だからカズマ! しっかりと私を守ってよね!」

 

「だったらちゃんとしろよ! それとクリス。助手君は止めてくれ。俺は盗賊行為なんてする気ないからな!」

 

「え~? 助手君って便利だし、あたしと一緒に悪徳貴族専門の盗賊とかになったら絶対成功すると思うんだけどなー」

 

「勘弁してくれ……」

 

 正体が判明したが、この姿でいる時はクリスとして接してほしいという本人の希望をカズマは了承した。

 クリスの姿の時にエリスとして接するには違和感があるし、ダクネスやスズハにバレたら面倒だと思ったのが理由だ。

 

 見回りの衛兵等を掻い潜ったり、バインドで拘束しつつ口を塞いで転がしながら城内を進んでいく。

 ダクネスが渡してきた見取図を頼りに進んでいると覗き込んだアクアが突然勝手な事をし始めた。

 

「ねぇねぇ。ここが今の位置なのよね? なら、そこの噴水を突っ切った方が早くないかしら? 行きましょう!」

 

「あ、バカ!? 暗いとはいえ、そんなとこ移動したらバレるに決まって────!?」

 

「大丈夫よー! 早く王女のところへ行きましょう!」

 

「ちょ! そんな大声出さないで! あぁもう! これだから先輩は!」

 

 どう考えてもバレそうな噴水の庭を突っ切ろうとするアクアにカズマとクリスは冷や汗を掻きながら付いていく。

 

 手を振って待つアクアに殺意を覚えながら追い付くと、突如中心に設置してある噴水の水が爆発するような勢いで噴き上げる。

 

「お、お、おおおおお前っ!? 何しやがった!?」

 

「な、何にもしてないわよ!? 本当よ! 信じてよカズマさん!!」

 

「それより走って! 水で庭が塞がってる!」

 

 噴き上った水がドーム状に庭を塞いで行くのを見て急いで庭を走り抜けようとするが、その前に突っ切ろうとした方向が閉ざされた。

 

「あークソ!! 間に合わなかった! おい閉じ込められたぞ! どうすんだよこのままじゃあ……!」

 

「退きなさいカズマ! この程度、水の女神、アクア様が簡単に破壊してあげるわ!」 

 

 ボキボキと指を鳴らすアクアが水の壁を殴り付けようとした時に、その声が届いた。

 

「まさか、ここで貴女と再会できるとは思いませんでしたよ」

 

 声の方を振り向くと、そこにはこの城の精霊使いが立っている。

 

「ホーリー・ジョージ……!?」

 

 カズマが相手の名前を呼ぶが、無視して小さく息を吐く。

 

「ただの(ねずみ)なら衛兵に任せようと思ったのですが。今更貴女の御尊顔を拝見出来るとは思いませんでしたよ、アクア様」

 

 アクアだけに視線を向けてそう告げる。

 

「アクア、知り合いか?」

 

「知らないわよあんな中ね────ハッ! まさか貴方、敬虔なアクシズ教徒ね! 丁度良かったわ! さ! この水を何とかして私達を王女の下へ案内なさい。そうすれば貴方に、大いなる女神の加護を授かるでしょう」

 

 自信満々にそんなことを言うアクアにカズマは開いた口が塞がらない思いだったがホーリー・ジョージは口元を歪につり上げて握り拳を作った。

 

「ここに来て20年。1日足りともその憎たらしい間抜け面を忘れた事はありませんでしたよ、アクア様」

 

 ジョージの言葉にアクアがずっこける。

 

「ちょっと貴方! どこの誰だか知らないけど、誰が間抜け面よ! 女神を馬鹿にすると天罰が下るわよ!」

 

 ビシッと指差すアクアにジョージは自身の胸に手を当て、日本語を話し始めた。

 

「お忘れなら自己紹介をさせて頂きましょう。堀居(ほりい)丈治(じょうじ)。20年前に貴女によってこの世界へと送られた、転生者の1人ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『プハハハハハハッ!? 未成年飲酒した上に、友達の家で素っ裸になって階段から転倒で死亡って! 私、この仕事を永くやってるけど、こんな笑える死に方をした人は貴方が初めてよ! プークスクスクスッ!?』

 

『あん?』

 

 遠慮なく笑う女神。

 自分の死亡をこれでもかと言うほど侮辱し尽くす女。

 この時に感じた恥辱と屈辱。

 

 それは、例え地獄に堕ちたとしても、決して忘れる事はないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編4:ヒナの反抗期?

前話と同時並行で書いてたので。


 ダスティネス家が領主として数年前に設立した学校。

 子供達に文字や計算にその他の学問を教え、子供同士の交流を大切にを目標にしてアクセルの孤児院と連係してここ数年で試行錯誤し、今度は2校目を設立する予定だ。

 その学校に数年前にアクセルの街に住み着いたシラカワスズハの娘、ヒナも通っているのだが────。

 

 

 

「ヒナ! 謝りなさい!」

 

 腰に手を当てて7歳になった娘を叱るスズハ。

 強めの口調で叱られるヒナの態度はというと。

 

「ぷい」

 

「ヒナ!」

 

 頬を膨らませて拗ねた様子で顔を背ける娘にスズハは困った顔で息を吐く。

 娘を迎えに来ると先生からヒナが取っ組み合いの喧嘩をしたと知らされる。

 それもヒナから相手の子の頬を叩いたらしい。

 いつまでも謝らないヒナにスズハの方から謝ることにした。

 

「ごめんなさい、ナタリーちゃん。この子には良く言い聞かせておくから」

 

 スズハが謝罪すると、ナタリーという名の少女は母親の後ろに隠れてしまう。

 相手側の母親にも頭を下げると向こうも申し訳無さそうに手を左右に動かす。

 

「良いのよ。うちの子もヒナちゃんの服を破いちゃったし。謝らないのはお互い様でしょう?」

 

 取っ組み合いのケンカの際にナタリーが思いっきり着物を引っ張ったらしく、袖の部分が破けていた。

 

「ジナさん……」

 

 ジナは4つ年上で、スズハ程ではないが早く子供を産んだ女性だ。

 親子共々仲の良い関係だったのだが。

 その場はお開きとなり、スズハは娘と手を繋いで帰路に着く。

 

「ヒナ。どうしてナタリーちゃんのお顔を叩いたの? そんな事をしたらダメでしょう?」

 

「……」

 

 ヒナは答えずにスズハと目を合わせない。

 だからスズハは足を止めると膝を曲げてヒナと目線を合わせた。

 

「母様に言えないこと?」

 

 叩いた事は叱らなければならないが、何故そうしたのかを知らなければどう怒れば良いのか分からない。

 

「……」

 

 しかしやはりヒナは何も答えない。

 スズハが折れる形で曲げていた膝を元に戻した。

 

「今日のデザートは無しだからね」

 

 負け惜しみみたいにそう言って歩こうとすると突然弾けるようにヒナが声を出す。

 

「……悪くないです」

 

「え?」

 

「わたし、悪いことなんてなにもしてません!!」

 

 そう叫ぶとヒナは走る。

 

「ちょっとヒナ!」

 

 制止を聞かずに行ってしまったヒナを眺めてスズハは肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕食は珍しく暗い雰囲気の物だった。

 いつもはヒナが学校であった事を嬉々として話してくれるのだが、今日は膨れっ面で掻き込むように夕食を腹に入れる。

 カズマとめぐみんが何か遇ったのかと視線をスズハに送るが、本人も分からないと首を横に振るだけだ。

 スズハ自身も娘の態度に困惑しているのだ。

 そんな夕飯も終わり、それぞれ部屋に戻る。

 

 めぐみんは夕食後に実家に送る仕送りと手紙を用意していると扉をノックする音がした。

 

「開いてますよ」

 

 ドアノブを回す音がして扉が開くと、そこに居たのはスズハだった。

 

「すみません、めぐみんさん。少し、付き合ってもらえませんか?」

 

 手には珍しく酒瓶が握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、ヒナはカズマの部屋を訪れていた。

 

「カズ兄様。お邪魔しても、よろしいですか?」

 

「珍しいな。ほら、来いよ」

 

「……はい」

 

 座っていたベッドの横をポンポンと叩くとヒナがそこに腰を下ろす。

 

「どうした?」

 

「いえ、その……聞きたいことが……」

 

 そう言うが、モジモジと体を動かすだけで本題を言おうとしない。

 その姿にカズマはちょっと待ってろと部屋を出ていき、数分して盆にクッキーと果実水(ジュース)を載せて戻ってきた。

 

「今日は食後のデザートが無かったからな。食べようぜ。あ、お母さんには内緒な?」

 

 口元に人差し指を当てるカズマにヒナは、緊張がほぐれて、はいと返事する。

 クッキーを1つ食べてからヒナは訊きたかった事をカズマに質問する。

 

「あの、カズ兄様……」

 

「なんだ、ヒナ?」

 

「…………カズ兄様がわたしのお父様なのですか?」

 

「ぶっふーっ!?」

 

 此方を見上げてとんでもない事を訊いてくるヒナにカズマは飲んでいた果実水を吹き出した。

 

「あ、あ~! バニルのとこに持ち込もうと思ってたアイテムの試作品が……」

 

 吹いたジュースが試作品にかかり、慌てて近くに置いてある布で拭く。

 拭きながら困惑してる様子で聞き返す。

 

「えっと……なんでそう思ったんだ?」

 

「今日、ナタリーちゃんに言われたんです。わたしのお父さんは? って」

 

 今日学校でヒナがケンカをしたと聞いた時は耳を疑ったが、それが原因なのかと思った。

 

「それに、お母様が若すぎるって。本当のお母さんじゃないんじゃない? って言われて。それで……」

 

 ついカッとなり叩いてしまった、ということのようだ。

 ナタリーという子からすれば嫌味とかではなく、ただ疑問を口にしただけなのだろう。

 ヒナ自身も周りと見比べてスズハの年齢や父親が居ない事に疑問を感じ始めていた。

 もしかしたら、スズハは本当の母親ではないのかもしれないという小さな疑いが持ってしまうくらい。

 それで、カズマが父親なら自分の母親がスズハだと断言してほしいと考えた。

 

(ってとこか?)

 

 そう予想しながらカズマは咳をしてヒナの両肩に手を置く。

 嘘を言う事も出来るが、後々擦れるよりも話せる範囲で真実を言ってしまった方が良いかなと判断した

 

「……俺の口から詳しい事は言えないけど。ヒナの本当のお父さんはさ。昔、お母さんにとても酷いことをしたんだ」

 

「酷いことを?」

 

「そうだ。だから一緒に暮らせないって距離を取ることにしたんだよ」

 

 カズマの話をどこまで理解してるのか、困惑してる顔で話を聞くヒナ。

 

「それにな。スズハと血が繋がってないとか考えてるならそりゃ、疑いすぎだぞ? 2人はそっくりだし。それにな」

 

 まだスズハと出会って1年も経たなかったあの頃を思い出す。

 

「今よりもちっちゃい体で、いつもお前を背負って家事をしてた。それに、アイツが1番怒る時はな、お前が何かされた時なんだ。昔、俺とアイリスが赤ちゃんだったヒナに食べさせちゃいけない物を食べさせようとしたことがあってな。知らなくてさ。その時も怒鳴られたんだぞ。すげー恐かった」

 

「お母様がカズ兄様とアイリスお姉様を?」

 

 その光景が想像出来ないのか、驚いた様子で目を丸くさせる。

 カズマが重ねて言う。

 

「それとも、スズハみたいな若い母さんは嫌か?」

 

 その質問にヒナは首をブンブンと横に振る。

 

「そんな事は、絶対にありません……!」

 

「だろ? だから外野の言う事なんて気にするな」

 

 ポンポンと頭を叩くカズマにヒナは頷いた。

 もう大丈夫かな、と思っていると、ヒナが照れたように呟く。

 

「でも、少し残念です」

 

「あ?」

 

「だって。カズ兄様が本当の父様ならお母様に優しくしてくれるから。そうだったら良かったのに」

 

 ヒナの言葉にカズマは一瞬唖然となる。

 

「いや……まぁ、なんだ。将来的にその可能性もなきにしもあらずというか……」

 

 視線を右往左往させてゴニョゴニョと言うカズマにヒナは立ち上がった。

 

「わたし、お母様のところに行きますね!」

 

「そ、そうか。おやすみ」

 

「はい!」

 

 トテトテと出ていくヒナを見送り、ドッと疲れてカズマは肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、私は母親として頼りないのでしょうか?」

 

「思い詰め過ぎですよ。ヒナも明日になったら元通りになってますよ」

 

 アルコールの低い果実酒を1杯飲み終えただけで頭をグラグラさせるスズハの愚痴を聞きながらめぐみんは適当に励ます。

 スズハも一時、苦手なお酒の克服しようとしていた時期もあったが、結局果実酒1杯が限界で、それ以上飲むと意識が無くなるのは変わらなかった。

 だからスズハが酒を持ち込むのは本当に珍しいのだ。

 

「私……親への反抗期とか無かった気がします。だから、今日のヒナにどう接すれば良いのか分からなくて……」

 

「スズハは頑張ってますよ。昔から。自信を持ってください」

 

 そんな風に話していると、扉が開く。

 

「お母様……」

 

「……ヒナ?」

 

 部屋に戻る途中、めぐみんの部屋からスズハの声が聞こえて扉を開けたヒナ。

 ヒナは駆け足で近づくと、飛び込むようにスズハへ抱きついた。

 

「とっ!?」

 

 お腹に思いっきりヒナの頭が突撃してきてスズハはコップを落とさないように手に力を入れた。

 

「お母様がわたしのお母様です! それで、良いんですよね? お母様、大好きです」

 

 膝に頬ずりして甘えてくる娘にスズハはその頭を撫でる。

 

「当たり前でしょう……もう。貴女は、私の愛しい娘……」

 

 何か、ヒナは自分の納得出来る答えを出したらしい。

 安心するスズハ。

 それを見ためぐみんは2人に告げる。

 

「解決したんならもう出ていってください。狭いんですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、ナタリーに謝ると向こうもごめんなさいと謝り、手を繋いで歩く姿に互いの母親は安堵した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




思った以上にアイリス編が長引いてるので息抜きに。


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城内争乱

『奥様は────ですよね?』

 

 城への来客である少女に話しかけたのは、ただの気紛れだった。

 同じ精霊使いとして少々教授してやろうと考えただけ。

 だが、少女は此方を見ただけでこの8年間ずっと隠し通してきた事を看破した。

 

『え、えぇ。申し訳ありませんが、その事は内緒にしてもらえますか? 周りに妻が奇異な目で見られますので』

 

『はい。それはもちろん』

 

 その瞬間に自分と契約している精霊が檻から手を伸ばすようにして少女の下へと行こうとした。

 それを施した術式で無理矢理抑え込む。

 何だこいつは? 

 問答無用で精霊の存在を惹き付ける怪物。

 それを理解して冷や汗が伝った。

 ありえないありえない。

 俺が従えるのにどれだけ苦労したと思ってる。

 なのにお前はそれ以上の場所へ才能という二文字だけであっさりと飛び越えて行くのか。

 認めない。

 ふざけるな。

 一礼して去っていく幼い精霊使いを見送ると、ジョージはギリッと奥歯を噛んだ。

 計画の準備は既に終わっている。必要な物は手の中だ。

 だから────。

 

「この国もろとも、お前の全てをぐちゃぐちゃにしてやる……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 堀居丈治と名乗った日本からの転生者。

 その事実を聞いてアクアが激怒する。

 

「日本からの転生者!? ちょっと! せっかくこの私が第2の生を与えてあげたっていうのに、間抜け面ってどういう事よ! もっと感謝して、私を誉め称えなさいよ! 天罰を下すわよ!」

 

 怒りをぶつけるアクアだが、カズマは逆にチャンスだと思い、前に出る。

 

「おいアンタ! アンタも転生者なら、アクアが女神だって知ってるんだろ! こいつなら、スズハを処刑しなくてもアイリスの呪いを解く事が出来るんだ! 頼むから俺達を行かせてくれ!」

 

 カズマは必死で訴える。

 アクアはパッと見、見た目が良いだけのうるさいアークプリーストだが、女神という事実を知っているならそこからアイリスの解呪に協力してもらえるかもしれない。

 そんなカズマの希望は此方の言語に戻したジョージに打ち砕かれる。

 

「分かっていますよ。アクア様ならアイリス様の呪いを解ける事は。だからこそ、あなた方を行かせる訳にはいかないんじゃないですか」

 

「え?」

 

 笑みを浮かべたまま、ジョージは訳の分からない事を言う。

 何で? と訊く前に、彼は話し始める。

 

「そうでしょう? この城に研究者として入り込んで8年。王都を崩壊させるための準備を整えるのに6年。そしてこの2年、アイリス様を暗殺する機会を狙い、ようやく達成されようというのに、態々解呪されては意味がない」

 

 ニコニコと人の良い笑みで理解できない事を喋るジョージ。

 カズマは掠れた声で何で、と気の抜けた表情で返した。

 

「それが魔王軍から信頼を得る為に提示された条件だったのですよ。王族1人の首を討ってこい、と。国王陛下や世継ぎの王子よりは難易度が低いと思っていたのですがね。思ったよりも時間がかかりました」

 

 そこでいつからそこに居たのか。ジョージの妻であるホーリー・マリィが後ろから現れて彼の後ろ隣に立つ。

 

「ですが、目的を達する時は呆気ない物ですね。まさか、ここまで楽に嵌まってくれるとは思いませんでしたよ。こんな手にね」

 

 ジョージがマリィの顔を手で遮りゆっくりと下へと下ろしていく。

 二十代半ばだった筈のマリィの姿は十代初めくらいの少女に変化する。

 そしてその姿は────。

 

「スズハ……?」

 

 手を下ろし終えるとその姿は、シラカワスズハと瓜二つへと変化していた。

 その無感情な表情を除けば、カズマ達にすら見分けがつかない。

 

「紹介しましょう。私の(パートナー)であり、唯一契約している精霊。水精霊(ウンディーネ)です」

 

水精霊(ウンディーネ)……」

 

 事態が飲み込めずカズマは混乱する頭を押さえつつもあの夜、アイリスの下へと向かったスズハがの言葉を思い出す。

 ホーリー・マリィは話せないと思う、と。

 声が出せないでも喋れないでもなく、話せない。

 その意味が、人間の言葉を話せないという意味だとしたら? 

 考えを纏めようとするカズマに、そんな事をお構い無しでジョージは話を続ける。

 

「この国の王族は勇者である転生者の血筋を受け継ぎ続けたせいか、素質のずば抜けた子供が産まれてくる。その上、金に物を言わせて高級食材でレベルを上げ続ける彼らは、ただ生活するだけで最強クラスの戦士に成長する。子供だからと言って油断してはいけない。あの可憐なアイリス様も、既に兵器と言って良い程の実力を備えているのですから」

 

 ジョージの見立てでは、実戦経験こそ無いものの、アイリス個人でも魔王軍幹部クラスを倒せる実力はあると思っている。

 嗜み程度の訓練と高級食材の力で、だ。

 

「直接戦うのは現実的ではありませんし、馬鹿正直にアイリス様への暗殺が成功してもお縄になるだけですからね。その後の事も含めて、犯人に仕立て上げられる存在を探してたんです。そういう意味ではシラカワスズハさんはまさに理想的な生け贄でした」

 

 スズハの名前が出て、カズマは目を見開く。

 

「アイリス様自身が心を許しつつも、クレア殿やレイン殿のように長い付き合いでもないので、多少不審な行動を取らせても偽者だとは気付かれ難い」

 

 クレアやレインなら普段の癖や態度で呪いの短剣で刺す前に警戒されて失敗していたかもしれない。

 また、アイリスと同い年の同性というのも適任だった。

 大人よりも子供の方が警戒心を抱かれ難いのだから。

 それにシラカワスズハ自体も、戦闘能力が低い事も理由だ。

 お陰で楽に拐う事が出来た。

 それらが重なり、シラカワスズハは本当にうってつけの生け贄(スケープゴート)だった。

 

「これが半分くらいの理由ですかね」

 

「半分?」

 

 これまで黙っていたクリスが呟く。

 

「彼女は、私の妻が水の精霊であることを一目見て看破しました。バレないようにと気を遣い、城の者や他の精霊使いにすら気付かれなかったのに」

 

 そこまで話して笑顔だったジョージの表情は嫌悪感により歪む。

 

「私が精霊使いとしてこの世界で活動して20年。精霊達を探し求め、契約し、使役するのにどれだけ苦労したか。しかしあの少女は違う。精霊達に愛され、彼女の力になりたいと契約し、自らの意思で力を貸す」

 

 それは、精霊使いの理想だ。

 それを意図も容易く体現するその才能。

 シラカワスズハの存在自体が、ホーリー・ジョージの精霊使いとしての在り方の否定そのものだ。

 そして本人はその事に気付きもしないのだろう。

 

「本当に素晴らしい素質です。いっそ憎しみすら覚える程に。だからこそ、あんな小娘────存在自体がおぞましい……!」

 

 身勝手な内心を吐き捨てるようにして言うジョージに、カズマの中で何かがキレた気がした。

 ヒナを挟んで笑顔で話すスズハとアイリス。その光景を思い出す。

 まだぎこちなくはあるが、普通の友達みたいに仲を深めていたのに。

 そんな馬鹿げた理由でスズハの偽者を作ってアイリスを刺させたのか。

 今まで思い通りにならず、トラブルばかり起こすパーティーメンバーに怒鳴り散らした事は何度もあった。

 しかし、ここまで怒りを覚えたのは初めてだった。

 人間は本当にキレると逆に頭が冴えるのかと他人事のように俯瞰する。

 

「ちょ、ちょっとカズマさん!」

 

 様子のおかしいカズマにアクアが話しかけるが、それを無視して腰のちゅんちゅん丸を抜いた。

 

「ぶっ殺してやる……っ!」

 

 ジョージを斬ろうと襲いかかるカズマ。

 その刃がジョージに届く位置まで走ると、庇うようにしてスズハの姿をした水精霊(ウンディーネ)が腕を広げて前に出る。

 

「っ!?」

 

 スズハの姿をした精霊にカズマの動きが鈍くなると、その隙を突いて水精霊(ウンディーネ)の足下から発生した水圧に弾き飛ばされた。

 

「ゴフッ!?」

 

 アクアの近くまで転がって弾かれるカズマ。

 寄ってきたアクアが回復魔法をかける。

 

「ちょっとカズマ! 冷静になりなさいよ! よわよわなカズマさんが、真っ正面から戦って勝てる筈ないでしょ!」

 

「う、うるせー……!」

 

 アクアから真っ当な指摘を受けて舌打ちする。

 どうやら頭が冴えたと思ったのは血が昇りすぎて冷静さを失っていた事にすら気付かなかったらしい。

 ここは私に任せなさいとアクアが水精霊(ウンディーネ)を指差す。

 

「この私の前に、水の精霊で挑むなんて良い度胸だわ! 本当の水魔法の攻撃を見せてあげる! 格の違いを思い知りなさい! セイクリッドォ────」

 

「ま、待ってアクアさんっ!?」

 

 クリスが止めに入るが聞き入れずにアクアは魔法を発動させた。

 

「クリエイト・ウォーターッ!!」

 

 しかし何も起こらない。

 あれ? と疑問に思ったアクアは何度も水魔法を発動させようと繰り返す。

 

「クリエイト・ウォーター! クリエイト・ウォーター! クリエイト・ウォーター!!」

 

 何度も魔法を使うがやはり発動しない。

 目に涙を溜めてカズマに訴える。

 

「カ、カズマさん!? 水の魔法が使えないの! 水の眷属達が私を無視して言うことを聞いてくれないの! ねぇどうして!? 私女神なのに! 水の女神なのにぃ!?」

 

 泣きながら地団駄を踏むアクアに、ジョージが腹を抱えて笑う。

 

「この8年。いえ、私がこの水精霊(ウンディーネ)と契約してからずっと準備してきましたからねぇ。彼女は元々、王都な水源を管理していた精霊です。契約を交わしてからずっと、王都に居を構え、この地の全ての水を蜘蛛の糸を張り巡らせるように少しずつ支配下に置いてきました。ここでは、如何に水の女神といえど、私の許可無しに水の力は使えない」

 

「ちょっ!?何よそれっ!たかだか地方の精霊風情が生意気よ!反則よ反則!!」

 

 宣言するジョージにアクアがブーイングしつつも後退る。

 クリスがマジックダガーを構えて質問する。

 

「……君が王女様を暗殺したのは分かったけど。何で人類を裏切って魔王軍へ就こうと考えるかな?」

 

 ジョージは人間であり、城で働ける程にこの国の者に認められている。

 契約している精霊を用いれば、冒険者としての再起も可能だろう。

 態々リスクを犯して魔王軍側に就く理由が有るだろうか? 

 

「……」

 

 目を瞑り、沈黙するジョージ。

 

「1人になって気付いたんですよ。私の本当の望みに……」

 

「本当の望み?」

 

 怪訝な顔で反芻するクリス。

 

「私達の世界では、勇者と魔王が戦う話が使い古去れるほどに溢れていました。ゲームやマンガ。アニメに小説。前世ではそういうの、結構好きだったんですよ。そしてそのエンディングは大抵、魔王を勇者が仲間と協力して打ち倒し、世界は平和になりました、とね。素晴らしい事です」

 

「なら────」

 

「だからこそ、ですよ。ありふれているエンディングだからこそ、思うでしょう? "つまらない"と」

 

「つまらない?」

 

「そう。飽きた、と言っても良い。魔王が倒され、世界が平和に。お話の中で何度もそれを迎えるのを見れば、こうも思うでしょう? 悪い魔王が勝利するエンディングが見てみたい、とね」

 

 あまりにも子供染みた理由に3人は言葉を失う。

 カズマとて地球でそういう想像をしなかった訳ではないが、この世界に来て気の合う仲間や隣人が出来た今、そうなって欲しいとは思わない。

 積極的に魔王退治をしようとは思わないが、見知った誰かが危ないなら力を貸そうくらいの善性はある。

 そんな心情を無視して熱くなったジョージの言葉が続く。

 

「いいえ! 見たいのではなく、私の手で作りたい! 魔王が勝利するエンディングをっ!! その先に人類がどんな扱いを受けようと、魔王側に居る私には関係ない!」

 

 そこで大きく息を吸った。

 

「その為にも、勇者の国であるこの国は、確実に滅んで貰います」

 

 話を聞き終えるとカズマはアクアを見る。

 

「おいアクア。デストロイヤーを造った奴といい、お前はなんでああいう危ない奴を弾かねぇんだ」

 

「な、何よ! 私の所為だって言うの! 言っときますけどね! 私はやって来る死者を本人の希望に沿って案内してるだけなんですからね! 元々アイツのおかしいだけじゃないの!! それに、それを言うならカズマさんだって問答無用で天国か赤ちゃんに生まれ変わり確定なんですからね!」

 

「んだとコラ!」

 

 ケンカを始めるカズマとアクア。

 それを見て肩を竦めるジョージ。

 

「さて。ではあなた方にはここで侵入者として消えて貰いましょう。アクア様、再び貴女に会えて、嬉しかったですよ。どうか私の悪夢と共に消えてください」

 

 水精霊(ウンディーネ)の腕が鋭利な鞭へと変わり、襲いかかろうとする。

 それが突き刺さろうとする瞬間、カズマがアクアを庇おうとしたが、その前にドーム状の檻で上の水が破壊された。

 

「アクア様っ!!」

 

「魔剣の人っ!?」

 

 城に滞在していたミツルギキョウヤが落ちるように飛び込んでくると、カズマとアクアを狙った水の鞭をグラムで叩き斬った。

 

「御無事ですか! アクア様!」

 

 綺麗に着地してアクアに無事か問うミツルギ。

 

「ナ、ナイスタイミングだわ! 魔剣の人!」

 

 無事なのに安堵しつつ、剣を構える。

 そこでジョージがミツルギに話しかける。

 

「邪魔をしないで頂けませんか? 魔剣の勇者殿。私は今、城へ侵入した賊を排除している最中ですので。いえ、むしろ貴方も彼らを処するのに協力を要請します」

 

 城に仕える精霊使いとして協力を要請しだす。

 それにアクアが怒った顔でミツルギに告げる。

 

「騙されないで魔剣の人! そいつは転生者で、王女を殺そうとした真犯人よ! 魔王軍に寝返ろうとしてるわ!」

 

「えぇ!?」

 

 与えられた情報にミツルギが混乱する。

 

「そのような賊の言うことを信じないでもらいたい。さぁ。共に侵入者を撃退しましょう」

 

 ジョージが誘ってくる。

 しかしミツルギは首を横に振った。

 

「僕は、アクア様を信じる! それに、何故彼女が貴方の隣に居る!」

 

 水精霊(ウンディーネ)はまだ、スズハの姿を模している。

 それを指摘されて、ジョージは何も答えずに精霊の姿を元に戻した。

 

「アクア様。この騒ぎで、外ではクレアさんがスズハちゃんの処刑を今行うつもりのようです! お急ぎ下さい」

 

 スズハの奪還を恐れたクレアは今、処刑を決行しようとしている。

 思った以上に事態が悪くなって居ることにカズマは焦る。

 するとクリスが言った。

 

「助手君! アクアさんならこの壁を突破できる筈だよ! 王女様のところへ急いで! こっちは何とかするから!」

 

「クリス!」

 

「時間がないよ!」

 

 促されて、カズマはアクアの手を取った。

 

「行くぞ、アクア!」

 

「え、えぇ!」

 

 アイリスの部屋の方角に走ろうとすると、水の鞭が襲いかかる。

 だが、ミツルギがそれを斬って防いだ。

 

「おらぁ! アクアバリアーッ!!」

 

「ちょっと、カズマさん!?」

 

 アクアの背中を押して水の壁に突進すると、そのまま突破して去っていく。

 

 それを見たジョージは苛立たしげに息を吐いた。

 

「もう少しのところで……このままだと本当に最後の手段を使うことになりかねませんね……」

 

「訳の分からない事を言うね。王女様の呪いが解けたら、君のくだらない夢も終わりだよ」

 

 クリスの言葉にジョージはクックッと笑う。

 

「忠告しておきます。事を丸く収めたいなら、私をあまり追い詰めない方が良い。王都を、滅ぼしたくなければ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様っ!!」

 

 水の壁を突破すると、そこには既に騎士達に取り囲まれ、近くに居た騎士がカズマとアクアに襲いかかる。

 

「バインドッ!!」

 

 即座にバインドを使い、騎士の1人を拘束する。

 

「スティールッ!」

 

 もう1人の騎士から剣を奪い、兜を被ってない頭に剣の腹を落として気絶させる。

 

「行くぞアクア!」

 

「待ってよカズマさん!」

 

 潜伏スキルが発動出来るところまで行こうとする。

 近づいてきた兵士が剣を振ってくる。

 バインドで拘束しようとするが、その前に割って入った少女の槍が剣を受け流し、蹴り飛ばした。

 

「お前!?」

 

「キョウヤに頼まれてるんだからしょうがないでしょ! ここは任せて行った!」

 

 ミツルギの仲間である槍使いの少女、クレメアがカズマとアクアを庇う。見ると盗賊職のフィオも騎士達を撹乱してくれている。

 

「わ、悪い!」

 

「ありがとう! 魔剣の人の仲間! もし殺されても、蘇生魔法で生き返らせてあげるわね!」

 

「縁起でもないこと言わないで!」

 

 そのまま城の内部へと駆け込む。

 配置されて居た騎士と遭遇すると、カズマがバインドやスティール。初級魔法で応戦して無力化していく。

 

「カズマさんが無双してるんですけど!? 全然似合わないわよ!」

 

「うるせーバカ! いいから走れ。そんな事言ってると……!!」

 

 曲がり角に移動すると、弓矢を構えている兵士が2人待ち構えていた。

 

「射てっ!」

 

「スティーッ!?」

 

 咄嗟にスティールを発動させて弓矢を奪おうとするが、相手が射る方が速い。

 矢がカズマ達に向けて放たれる。

 すると、カズマの位置と弓兵の間の横通路から金の髪が突っ込んできた。

 

「にゅんっ!?」

 

「ダクネスッ!?」

 

 矢が鎧のないダクネスに当たるとなんとも艶のある声を出す。

 驚いているのはカズマ達にだけではなかった。

 

「ダスティネス様! これはどういうっ!?」

 

「……すまない」

 

 邪魔をした事を問い質そうとする兵士。

 それをダクネスが問答無用で殴り飛ばした。

 ダクネスに殴られて兵士2人が気絶する。

 

「ダクネス、お前……」

 

「……これだけの騒ぎだからな抜け出すのも簡単だったさ。行くぞ、アイリス様はこちらだ!」

 

「もう剣を使わずに拳で戦えよ」

 

 ゴンッと壁に額を打ち付けるダクネス。

 

「今そういう事を言うなーっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダクネスという硬い壁を得たことでアイリスが寝かされている部屋までスムーズに移動出来た。

 部屋の前の兵士をバインドで拘束し、無理矢理押し入って、中でアイリスを看ていたレインの首にカズマちゅんちゅん丸の刃を当てる。

 

「ダスティネス卿! これはどういう……!?」

 

「すまないが、大人しくしてくれ。我々はアイリス様に危害を加える気はない。助けるために行動している。アクア!」

 

「ようやく私の出番ね! 本物の解呪ってのを見せてやるんだから!」

 

「ま、待ちなさいっ!?」

 

 部外者がアイリスに近づこうとするのを止めようとするが、カズマが拘束されて止められない。

 レインが無理矢理にでも拘束を解こうとする中で、アクアが呪いを解く魔法をアイリスに施す。

 すると、今まで苦しそうに呻いていたアイリスの呼吸が正常な物に戻り、青白くなった肌に赤みがます。

 そして、呪いの証である胸の紋様が掻き消されていった。

 

「ん……」

 

 胸の紋様が消えると目蓋を開いたアイリスが大きく息をして左右に首を動かす。

 カズマを視界に捉えると彼を呼んだ。

 

「おにい、さま……?」

 

 カズマは自身の額から流れる汗を拭った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スズハが座らされている部屋にクレアは手に毒杯を持ってその場にいた。

 

「本来なら、明日に処刑が決行される予定だったが、事情が変わった。貴様が連れ去られる前にここで命を絶って貰う」

 

 視界を封じていた布は取られ魔法によって意識が混濁しているスズハはぐったりとした様子で目の前の杯に焦点の合ってない瞳を向ける。

 

「せめてもの慈悲だ。この毒なら苦しむことなく逝くことが出来るだろう。アイリス様を救うために大人しく死んでくれ」

 

 クレアは毒の入った杯をスズハの唇へと近づけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




GWが終わるので、ここからは更新ペースが落ちます。


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水精霊、暴走

 アイリスは自分の聖剣を手にして地下へと急いでいた。

 

(スズハさん……スズハさん! どうか間に合って!! クレアも、どうか早まらないで!)

 

 自分が呪いに侵されている間の事はカズマ達から聞いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、たしは……スズハさんに、刺されて……」

 

 長いこと眠っていたことによる頭痛と呪いに奪われた体力消耗の倦怠感から疲れた様子で頭を押さえる。

 その疑問にカズマがアイリスの肩を掴んだ。

 

「違うんだよアイリス! お前を刺したのはスズハじゃないんだ!! そいつは偽物で!」

 

「そう、ですか……」

 

 カズマの訴えにアイリスが気怠げに頷くのを見て、疑問に思った。

 アイリスもスズハが自分を刺したと思っているのかと考えていたからだ。

 その疑問を口にする前にアイリスが答える。

 

「私、スズハさんを呼んだあの夜に、髪留めをプレゼントしたんです。お誕生日だって聞いて。でも私を刺したスズハさんは、それを付けてなかったから……」

 

 他人から見ればそんな事で? というくらいの違い。その時は付けてなかっただけと言われればそれまでだ。

 しかしアイリスは、あの夜に大事そうに付けた髪留めに触れ、笑ってくれた少女を嘘にはしたくなかった。

 だからこそ倒れる瞬間にあの髪留めが無いのを見て、もしかしたらと疑問を抱いたのだ。

 

「そっか……」

 

 細かな事は分からないが、アイリスがスズハを犯人ではないと信じてくれて安堵する。

 そこでダクネスが膝をついてアイリスと話す。

 

「お目覚めのところ申し訳ありません、アイリス様。このまま地下へとついてきて下さい。外の騒ぎを収めるにはアイリス様のお力が必要ですが、その前にシラカワスズハを助ける為にご協力下さい」

 

 そう言って頭を下げるダクネス。

 そこから簡単に説明を受けた。

 アイリスが刺された後にスズハが捕まり、地下で拘束されていること。

 アイリスにかかった呪いを解除するには刺した者の命を奪う必要があり、カズマ達の侵入に気付いたクレアが焦ってスズハを殺そうとしていること。

 それらを聞き終えたアイリスは、聖なる加護で呪いの苦しみを少しでも和らげないかと置いてあった自身の聖剣を手に、血の気の引いた顔で地下へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体の疲労を無視してアイリスは地下へと急ぐ。

 友達と言うのを躊躇った自分を友達だと言ってくれた同い年の少女。

 初めて抱き上げた赤ん坊。

 自分にとって大切な2人の人生が滅茶苦茶になろうとしている。

 もっと早くスズハ達をアクセルに帰していれば。

 あの時、油断して刺されたりなどしなければ。

 その後悔を繰り返しながら地下へと走る。

 

(このままでは、私達の所為でヒナさんがお母様を失ってしまう!)

 

 その想像に胸が軋み、地下室の扉が見えた。

 

「アイリ────」

 

「退きなさいっ!!」

 

 鍵を使う時間すら惜しいとアイリスは抜き身だった聖剣を握る手に力を入れて扉を斬り裂いた。

 十字に斬った扉が崩れる。

 

「アイリス……様……?」

 

 信じられないとばかりに呆けた表情をするクレア。

 そして椅子に拘束されてまるで生気を感じないスズハ。

 クレアが手にしている杯。

 それが死罪を言い渡された貴族に使う毒の杯だと気付くと、悲鳴に近い響きでスズハを呼ぶ。

 

「スズハさんっ!?」

 

 クレアを押し退けてスズハに駆け寄る。

 見れば、毒杯はまだ多く残っているが、スズハの顔にはやはり生気が無い! 

 

「クレア! スズハさんに毒を飲ませたの!?」

 

「は、はい! 1口飲んで……」

 

 そこでカズマ達が追い付く。

 目に涙を溜めて慌てふためきカズマに訊く。

 

「お兄様! スズハさんが毒を1口飲んでしまったらしくて!? どうすれば!」

 

「────っ!? 吐かせろ吐かせろ!! アクア! 拘束されてるベルト外せ!」

 

「わ、分かったわ」

 

 言って押し入り、カズマはちゅんちゅん丸で腕のベルトを斬り、アクアが手先の器用さで瞬時に脚のベルトを外す。

 椅子から降ろし、床に寝かせると聖剣を床に落としたアイリスがスズハのお腹に触れる。

 

 ────ヒナ、吐きなさい! 吐いてっ!!

 

 蜂蜜を食べさせたと勘違いしたスズハはそう言って何度もヒナのお腹を押していた。

 それに倣ってアイリスもスズハのお腹を押す。

 

「スズハさん! 死んでは駄目です! ヒナさんを悲しませたら……!!」

 

 涙を溢しながらスズハのお腹を圧迫した。

 4回繰り返すとスズハに変化が訪れる。

 

「……ゲホ、ゲホ……オェ……あっ……!?」

 

 苦しそうに顔を歪ませて横向けになり、胃の中の物を吐瀉するスズハ。

 反応があった事に安堵するアイリス。

 スズハも吐き終えると目蓋を開けて周りに視線を動かす。

 

「アイリス……さま……?」

 

「そうです! スズハさん、良かった!! 本当に、間に合って……良かっ、た……!」

 

 ヒック、と手で顔を覆い嗚咽を漏らすアイリス。

 ここでスズハを死なせてはヒナに顔向け出来ないし、同い年の友達を失うところだったのだ。

 その可能性に身震いする。

 アクアがスズハの状態を見て顔をひきつらせた。

 

「うわ、スズハ!? 貴女顔が腫れてるじゃない! 爪! 爪も剥がれてる!? 待ってなさい! すぐに治してあげるから!」

 

 回復魔法をスズハの顔と爪を剥がされた指にかける。

 意識が定まらず、茫然としていたスズハはカズマの姿を視界に収めると、呟くように質問する。

 

「ヒ……ナ……は……?」

 

「大丈夫だ。今はめぐみんとゆんゆんが面倒を見てくれてるよ」

 

 その言葉を聞いて、堰を切ったようにスズハの目から涙が溢れると同時に唇が言葉に成らずも動くと、倒れるようにカズマの服を掴んで胸に顔を埋めた。

 

「……わたし、じゃない……わたしじゃ、ないのに……」

 

 スズハとて、拘束されている間にもしかしたらと思った。

 魔法で操られて、アイリスを刺してしまったのではないかと不安だった。

 だけど、スズハと契約している4体の精霊が、ずっと無実を教えてくれていた。

 だからそれを信じて罪を認める事をしなかった。

 それでもどれだけ恐かったか。

 また死ぬのかと。

 もう大事な人達に会えないかもしれないと。

 娘に触れる事が出来ないのかもしれないと。

 その恐怖からようやく解放され、緊張の糸を緩めたのだ。

 震えているスズハをカズマは恐い思いをした幼子にするように頭を撫でる。

 

「そうだ。スズハは何も悪くない。よく頑張って耐えたな。偉いぞ。やっぱりスゲェよ、スズハは」

 

 安心させるように頭を撫でてやる。

 そこでまだ状況に付いていけてないクレアがアイリスに近づく。

 

「アイリ────」

 

 パンッ!! 

 

 自分を呼ぼうとしたクレアの頬をアイリスは張った。

 驚いた顔で叩かれた頬に触れる。

 

「今回、貴女が私を助けようとしての行動だとは理解しているつもりです。それでも、無実である彼女に対してした仕打ちを、私は許すことができません。この件が解決した後に然るべき処分を覚悟していて」

 

 言い終えるアイリス。

 しかし、クレアは心の底から安堵した様子で体に力を抜く。

 

「アイリス様、ご無事────!」

 

 アイリスが生きていた事に感極まった様子でクレアは体を震わせる。

 きっと彼女も、アイリスを助けようと必死だったのだろう。

 守れなかった不甲斐なさがそれに拍車をかけて今回の暴走に繋がった。

 先ずはスズハに謝罪をさせようとする前にダクネスとレインが遅れてやってくる。

 

「すまない、遅れた」

 

「遅いじゃないダクネス! 体力自慢なのに遅れるとか意味分かんないんですけど!」

 

「うるさい! これを取ってきてたんだ!」

 

 言って、スズハに小さな小瓶のポーションを渡す。

 

「毒消し用のポーションだ。必要かと思ってここに来る途中で貰ってきた」

 

「貰ってきた?」

 

 ダクネスの言葉にレインが顔を引きつらせる。

 通りかかった無人の救護室に入り、鍵のかかった硝子の戸を壊して毒消し用のポーションを取った事を貰ったと? 

 指摘しようと思ったが止める。

 ポーションを受け取り、スズハはそれを飲んだ。

 毒を飲んだのは1口だけで、既に吐いたと言っても薬を飲んでおくにこしたことはない。

 ポーションを飲み干し、息を吐いたところでまだ事態を呑み込めてないクレアがカズマに問う。

 

「どういう事だ。どうしてアイリス様の呪いが────」

 

 クレアの声を聞いてスズハの震えが先程よりも強くなり、恐怖のこもった声が漏れる。

 だからカズマは大丈夫だと示すようにスズハの後頭部に手を置く。

 

「アイリスの呪いはうちのプリーストが解呪した。刺したのはジョージっつうおっさんの水精霊(ウンディーネ)がスズハに化けたもんだった」

 

「ジョージ、が? 馬鹿なっ!?」

 

 長いこと城に勤めてきた彼がアイリスを殺害しようとした事が信じられないのだろう。

 信じられない様子のクレアにカズマは苛立たしげに返す。

 

「あのおっさん、魔王軍に寝返る為にずっとアイリスを暗殺する機会を狙ってたんだとよ!」

 

 ベラベラ喋ってくれたあの時の顔を思い出して腹立つ思いが甦る。

 

「おい。そこまでは私も聞いてないぞ!」

 

「今言ったろ? とにかく、あのおっさんを捕まえれば全部解決するんだよ!」

 

 言い争うダクネスとカズマ。

 震えがある程度治まったのを見てアイリスがスズハに質問する。

 

「あの、スズハさん。髪留めは?」

 

 今のスズハもアイリスから貰った髪留めをしていない。

 

「……アイリスさまの部屋を出た後に、傷付けないように外して箱の中にしまいました。それから、ここに連れてこられた時にクレアさんに押収されて」

 

「あぁ、だから……」

 

 スズハに化けた偽物に髪留めが無かったのは、単純に見てなかったからなのだろう。

 

「クレア」

 

 アイリスが返すようにジト目を向けると少々お待ち下さいと室内を去っていく。

 落ち着いてきたスズハの体を離して立ち上がる。

 

「とりあえず、後はホントにおっさんをどうにかすれば終わりだな。クリス達が何とかしてくれてるかもだけど」

 

「クリスさんも……」

 

 クリスもここに来ている事に目を丸くするスズハ。

 

「そうだよ。他にも、色んな奴が手を貸してくれたんだ。後で礼言っとけ。だから今度こそ、帰るぞ、アクセルに」

 

「────っ!?」

 

 疲れたようにガシガシと頭を掻きながら告げるカズマにスズハはコクコクと何度も頷いた。

 ようやく終わり、あの街に帰る事が出来るのだ。

 そこで戻ってきたクレアが手にはアイリスから貰った髪留めの入った箱がある。

 

「……すまなかった」

 

 クレア自身、まだ事態を受け入れきれてないのか、少しばかり言い淀んだ謝罪になってしまう。

 スズハは、クレアに近づく事を恐れから視線を合わせずに箱を受け取り、大事そうに胸に当てる。

 未だにジョージが裏切り者だと信じられないクレアにレインが肩に手を置いた。

 

「アイリス様。外の騒ぎを収めましょう。もう少しだけお力添えを」

 

「力を貸して貰うのは此方でしょう、ララティーナ。急ぎましょう」

 

 そこでスズハが立ち上がろうとするも、疲労から上手く立てない様子だった。

 

「スズハは休んでいろ。ここからは私達の仕事だ」

 

「いえ、連れていってください。あの人が今回の犯人なら、気になる事もありますから」

 

「気になること? 何かあるの?」

 

 アクアの質問に上手く言葉に出来ないのか、口ごもる。

 だが、スズハがこうまで言うのなら一緒に連れていった方が良いのかもしれない。

 それに、目を離した隙にまた何かあっては敵わない。

 

「分かった。私が背負うから、乗れ」

 

「はい」

 

 ダクネスの背中に背負われるスズハ。

 そこでカズマが思い出した様子でスズハに訊く。

 

「そういやスズハ。お前、あのおっさんの奥さんが精霊だって気付いてたんだよな?」

 

「えぇ。勘みたいな物ですけど……」

 

 それを聞いてカズマは青筋を立てた。

 

「お前もちょっと報連相を徹底しろ!」

 

 スズハの額に軽くデコピンをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ!!」

 

「あぁもう!? 数多いな!!」

 

 ミツルギとクリスはそれぞれの得物で閉鎖しているドーム状の水壁の中、夥しい数の水の人形と戦っていた。

 城の騎士や、初心者殺しに似た水人形。

 それが容赦なく2人に襲いかかる。

 1体1体は大したことはないのだが、数が多い上に水であるが故に倒してもすぐに復活する。

 

「そろそろ殺されてくれませんか? さっきも言ったように、あまり私を追い詰められるのは両者にとっても不都合だと思うんですけどね」

 

 のんびりとした口調で意味不明なことを口走るジョージにミツルギが悔しそうに奥歯を噛む。

 

「貴方はっ! 僕達と同じなら、何故こんなことを!!」

 

「さて。この世界に来て20年。やりたいことを見つけた。それだけですが?」

 

「っ!!」

 

 ジョージの返答にミツルギは足に力を入れて一気に間合いを詰めようと動く。

 このまま持久戦に持ち込まれれば力尽きるのはこちらが先だった。

 

「おおおおおぉおおおおぉおおおっ!?」

 

 咆哮と共に立ち塞がる水の人形達を斬り捨て、元に戻るより速く突っ切る。

 ジョージのところまで辿り着く間に、水精霊(ウンディーネ)が遮る。

 

「バインドッ!」

 

 即座にクリスがバインドで拘束する。

 体が水である以上、バインドによる拘束はあまり意味がない。すぐに抜け出すだろう。

 だが、一瞬で良い。

 僅かな静止でミツルギは水精霊(ウンディーネ)を横切り、ジョージのところまで辿り着く。

 

「ハアッ!!」

 

 振るった魔剣がジョージの肉体を斬り裂く。

 

「あ────」

 

 肉体が斬られると同時に、ジョージは自分の中にある契約(かぎ)を破壊されるのを感じた。

 同時に、場を覆っていた水が、形を失って崩れていく。

 

「うわっ!? びしょびしょじゃん!? 最悪!」

 

 水を被ってクリスが顔を振って落とす。

 外では城の騎士とミツルギの仲間が交戦しているが、突然水が解けたことで動きが止まっていた。

 とにかく今の内にジョージを拘束しようと動くと、彼は座った体勢で笑い始める。

 

「あ~あ。失敗しましたね」

 

「何を……」

 

 負け惜しみか時間稼ぎかとも思ったが、どうにも様子がおかしい。

 

「私がアクア様から頂いた特典は膨大な魔力です。私はその魔力であの水精霊(ウンディーネ)を術式で介した力付くで従わせていた。それからも、この王都に存在する水の力を時間をかけて支配下に置いてきた。私の容量はそれのみに費やしたと言っても良い。だから私を追い詰めれば追い詰めるほどに、彼女は私という楔から抜け出す可能性が大きくなる」

 

 少し離れた位置で話を聞いていたクリスが水精霊(ウンディーネ)を見る。

 彼女は何かから脱するように小刻みに震えていた。

 

「君っ!? そこから離れてっ!!」

 

 嫌な予感がしてクリスが警告を発した。

 

「そら。この王都全ての水が、お前達に牙を向くぞ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回からボスである水精霊の本格出番です。


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水害からの逃走

 めぐみんはベッドの中で眠らずに目だけを閉じていた。

 そんなめぐみんに隣で寝ているゆんゆんが話しかける。

 

「ねぇ、めぐみん。スズハちゃん、大丈夫かな? 助けに行ったカズマさん達も……」

 

「ゆんゆん。その問いはもう15回目ですよ」

 

「だって……」

 

 城に向かった皆が気になるのだろうゆんゆんは、上体を起こす。

 ゆんゆんに背を向けたまま、めぐみんはうんざりした様子で返す。

 ヒナの面倒を見る人間が必要とはいえ、ここに残らされている事には僅かながらの疎外感もある。

 それがゆんゆんに対する素っ気なさにも繋がっていた。

 何か別の話をしようとしてゆんゆんは眠っているヒナを見た。

 

「ヒナちゃん、ぐっすりだね」

 

「疲れているのでしょう。さっきまでゆんゆんが構ってた所為ですね」

 

「そ、そんな事ないよ!」

 

 めぐみんの指摘にゆんゆんが自信無さげに否定する。

 もっとも、夜泣きしないでくれるのはめぐみんとしてはありがたい。

 

(ヒナが夜泣きした朝は、スズハがすごい疲れた表情で台所に立ってましたね。それで最初の頃はカズマもそうですが、動く野菜にビックリしてて)

 

 2人の故郷では野菜は動いたりしないとは聞いている。

 だがめくみんからすればその事の方が信じられない。

 2人の故郷に想いを馳せていると、ゆんゆんがめぐみんの肩を揺らそうとするが────。

 

「うわぁあああああああああああっ!?」

 

 突然宿の外から悲鳴が聞こえてきた。

 バッとベッドから起きると2人は窓から外を見る。

 

「何ですか! あれはっ!?」

 

 めぐみんは声を上げた。

 暗い路上で見えにくいが、騎士に似た姿の水の塊に夜中に飲み歩いていたのであろう冒険者数名に襲いかかっている。

 

「ラ、ライトニングッ!!」

 

 とっさにゆんゆんが魔法で水の騎士を攻撃して散らせた。

 

「大丈夫ですか!? いったい何が!」

 

「すまねぇ! 助かった! コイツら、いきなり現れて……!!」

 

「コイツら?」

 

 それは、単体ではないことを意味していた。

 そこで宿の従業員が泊まっている客に呼びかける。

 

「皆さん起きてください! ここは危険です!」

 

「何かあったんですか!」

 

 めぐみんが訊くと従業員も困惑した様子で叫ぶようにして答えた。

 

「わ、分かりません! いきなり町中の水が暴れ出して! とにかく、兵の方から近くのギルド施設か役場に集まるようにと! 冒険者の方は一般の宿泊客の護衛をお願いします!」

 

 従業員の言葉に2人が行動を開始する。

 

「ヒナは私が移動させますから、ゆんゆんは護衛をお願いします!」

 

「わ、分かった!」

 

 慌ただしく準備する2人。

 

「ねぇ、めぐみん。これってもしかして……」

 

「……」

 

 城に行ったカズマ達に何かあったのかと疑問視して口に出すゆんゆんだが、めぐみんは何も答えない。

 同じ事を考えていたからだ

 

「とにかく、今は安全な場所へ、です! 頼みましたよ、ゆんゆん!」

 

「え? う、うん!」

 

 親友から頼りにされて嬉しそうにゆんゆんは部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 噴水のある庭に戻ると数多くの騎士や獣の姿をした水の人形達とその場で争っていた者達が協力して対処していた。

 上空には水で形作られた女性が此方を見下ろし、手足から水の人形を生み出している。

 

「クリス!」

 

「ダクネス!」

 

 獸型の水人形を斬ったクリスがこっちまで走ってきた。

 ダクネスが背負ったスズハを見てホッと胸を撫で下ろす。

 疲弊しているスズハの頭を撫でるとジョージの首根っこを掴んだミツルギもやって来る。

 

「ご無事でしたか、アクア様!」

 

「これ、どういう状況だよ!?」

 

 焦った様子で問うカズマにクリスが答える。

 

「なんか、彼と精霊の契約が切られちゃったみたいでね。怒った水精霊(かのじょ)が暴れ中って訳」

 

 話を聞いていたスズハが一瞬、後悔するように息を呑むと、ジョージに向かって言う。

 

「ジョージ、さん。水精霊(ウンディーネ)を止めてください」

 

「話を聞いてなかったのですか? 彼女はもう私の手を離れてるんですよ。もう私を差し出そうとアレの怒りは静まる事はない。この城にいる……いえ、城下も含めて王都にいる人間を殺し尽くすか、力尽きるまで決して止まることはありません」

 

「……っ!」

 

 やれやれと肩を竦めるジョージにスズハは悔しそうに歯噛みする。

 聞いていたクレアが胸ぐらを掴んだ。

 

「それがお前の本音か。魔王軍へ寝返ろうとした事も本当なのか?」

 

 クレアにとってジョージは城に勤めるようになってから世話になった人物だ。

 だから、カズマから今回の犯人だと聞かされた時も信じられなかった。

 しかしジョージは開き直ってあっさりと認める。

 

「えぇえぇ。ずっとアイリス様を暗殺する機会を窺ってましたとも。それにしても、貴女が私の言葉をあっさりと鵜呑みにして、真面目な顔でシラカワスズハに拷問を加える姿は滑稽で笑いを堪えるのに大変でしたよ」

 

「貴様っ!?」

 

 怒りと羞恥。何よりもアイリスに殺そうとした事実にカッとなってジョージの首を折らんと手をかけようとするが、上を見ていたアクアが引き吊った声で呟く。

 

「ねぇ……アレ、ヤバくないかしら?」

 

 指差すアクアに全員が上を見ると、水精霊(ウンディーネ)が手を掲げ、その上には水の箱が急激な速さで作られている。

 丁度この城をすっぽりと覆い、沈めるくらいの大きさ。

 

「あ、あんなのが落ちて来たら、みんなまとめて助からないと思うの」

 

 あの水の箱が落ちれば間違いなくこの場にいる全員が溺死か、水圧で死亡するだろう。

 水の女神であるアクア以外は。

 ここで取れる手は────。

 

「アイリス!? 外へ出られるルートを教えてくれっ! とにかく今は城から脱出だ!」

 

「え!? えーと!」

 

 突然質問されてアイリスは焦りと混乱から泣きそうな顔で思い出そうとする。

 アイリスが答える前にレインが慌てて答える。

 

「こちらです! この庭には、城下町に続いている避難路があります! 付いてきてください!」

 

 レインが先頭で移動すると同時にカズマが叫んだ。

 

「聞いたなお前ら!! 総員退避だーっ!!」

 

 カズマの叫びにその場に居た全員が避難路に急ぐ。

 ダクネスが動く前にスズハは上空で静止している水精霊(ウンディーネ)を見て悔しそうに唇を噛んだ。

 

「ごめんなさい……」

 

 その言葉を聞いたのは背負っていたダクネスだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 めぐみんがヒナをマントを被せる形でおんぶ紐を使い固定して移動しつつ、ゆんゆんや他の衛兵と冒険者達が水の人形を蹴散らしつつも市民を保護しながら移動していた。

 

「ライトニング!」

 

 かなりの数を倒したがやはり水であるため、1分も経たずに元通りか、もしくは別の型に変わって復活する。

 皆が嫌気が差しつつも近くの冒険者ギルドまで移動していると、急にヒナが目を覚ます。

 

「かーかー」

 

「ちょっとヒナ!? 危ないから動かないで下さい! どうしたんですか!?」

 

 めぐみんの背中でモゾモゾと動き、手を伸ばすヒナ。

 手の先には普段は閉められている王城に続く扉。

 それがギィッと音を立てて開かれる。

 

「うおぉおおおぉおおっ!?」

 

 中から飛び出すように彼女達の仲間と多くの兵が出てきた。

 後尾の兵が出ると急いで扉を閉めようとするが、出口のところでピタッと追ってきていた水の流れが止まる。

 

「はぁ、はぁ……土左衛門になるとこだったぜ」

 

 へたれこむカズマを見てめぐみんが声をかけた。

 

「カズマ!」

 

「あ? めぐみん? なんでここに……」

 

「町中で水の化物が暴れてるんですよ! それで、一度、近くのギルドに集まろうって話になって」

 

 めぐみんが説明しているとか細い声が届く。

 

「ヒ、ナ……?」

 

 背負われていたスズハがそう呟くとダクネスから降りる。

 しかし、まだ体力が立っているのが辛いらしく、転けるようにして地面に手を付いた。

 

「スズハ! 大丈夫ですか」

 

 めぐみんが近寄るとその顔色を見る。

 まだ丸2日も経ってない筈なのに憔悴した血の気の薄い顔。

 立っているのも辛い様子を見せるスズハを見てめぐみんの紅い瞳が僅かに輝いていた。

 するとそこで、背負われていたヒナが身を乗り出して手を伸ばす。

 ヒナが頭に手を置いた瞬間にわなわなと嗚咽を漏らし、娘の手を握ってスズハは涙を流した。

 

「ヒナ。ヒナァ……!」

 

「かー! かー!」

 

 母親と再会できた事が嬉しいのか、ヒナも声を上げて、かー、と繰り返す。

 

「うん。うん。お母さん、帰ってきたよ……ただいま、ヒナ」

 

 再会を分かち合う母子にアイリスがスズハの肩に手を置く。

 

「すみませんスズハさん。ここはまだ安全に欠けますので」

 

「はい。ごめんなさい。娘に会ったら堪えられなくなってしまって」

 

 涙を拭うスズハにアイリスは首を振った。

 

「良いんですよ。そもそもは此方が────」

 

 言ってから黙り、周りに指示を出す。

 

「私達もめぐみんさん達に同行します。そこでこの事態を治める方法を考えましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冒険者ギルドの施設に着くと、そこの責任者は事態の大きさから仕方ない様子で兵達を迎え入れてくれた。

 ホーリー・ジョージは止血だけして手足を縛り、空き部屋に放り込んである。

 

「スズハ。ゆっくり飲んでください」

 

「はい……」

 

 めぐみんから渡されたのは王都に来る前にウィズの店でバニルの勧めから購入した体力回復用のポーションだ。

 かなり高価な値のポーションだったが、スズハの状態を見て買って正解だったと思う。バニルの事だからこの事を見越していたのかもしれないが。

 小瓶に入ったポーションを飲み干して一息吐くと、ギルド内ではクレアとレインを左右に、ギルドの責任者。それからこの建物に来た冒険者達やミツルギ。それとカズマ達も交えて話し合いが始まっていた。

 城から逃げてきた兵達の大半は今も住民の保護に走り回っている。

 

「それでは先ず、城があのような状態になって、中に残された使用人達がどうなったか分かる? レイン」

 

「はい。魔法による通信で連絡を取りましたが、あの騒ぎで大半の使用人が一ヶ所に集めていたのが幸いしました。完全に密閉された部屋に集めていたのでまだ水の浸入を防いでいます。ただ、逃げ遅れた者や一部の者は……」

 

 おそらく水に溺れて死亡したということなのだろう。

 城から逃げてきた者達が暗い表情になる中、ギルドの責任者が話をまとめる。

 

「とにかく、早急に事態を収拾する必要があります。その為にはこの状況を作り出している水精霊(ウンディーネ)の討伐、でしょうか?」

 

 責任者がそう言うと、スズハが何か言おうとしたが、その前にアクアが意見した。

 

「それはやめた方が良いと思うわよ。あの悪い精霊使いが言ってたけど、あの水精霊(ウンディーネ)、ここの水源を治めてた精霊だったらしいし、下手に倒しちゃったら水源が枯れて別の場所に移動しちゃうんじゃないかしら?」

 

 アクアの推測にレインが苦い顔をする。

 そんな事になったら他の場所から水を買う必要があり、元々経済力が高くないこの国は打撃を受けることになるだろう。

 今回の事件が内部に原因があった事もあり、支援を求めた他国になんと言われるか。

 最悪、信用問題に関わる。

 

「なら、どうするんだよ?」

 

「うーん。いっそのことしばらく待ってみるとか? 1ヶ月くらいすればお城を沈めてる水も消えると思うわ」

 

「そんな悠長に待てるか!」

 

 アクアにクレアがテーブルを叩いて反発する。

 するとこの場に見回っていた兵が慌てた様子で入ってきた。

 

「報告します! 魔王軍が王都に向かい、これまでにない大規模な数で進行中!」

 

 報告を聞いてギルド内がざわつく。

 

「こんな時にっ!」

 

「こんな時、だからでしょうね。城の異常を察して兵を投入してきたのでしょう」

 

 あんな城の状態を見れば、喜んで進軍するだろう。

 そんな中でめぐみんがカズマに話しかける。

 

「カズマカズマ」

 

「はいカズマですってなんだよ。言っておくが、城に向かって爆裂魔法を撃ちたいなんて案は却下だからな。城を更地に変えてまた借金するなんて冗談じゃない」

 

 冗談半分で言うカズマ。しかしめぐみんの案はそれとは全く違っていた。

 

「ゆんゆんのテレポートでアクセルの町に帰りましょう。ここから先は、私達には関係のない事です」

 

「ちょっとめぐみん!」

 

 めぐみんの言葉にゆんゆんが焦った様子で止める。

 ダクネスも声を荒らげた。

 

「めぐみん。今がどんな状況か解って……」

 

「知りません。私はスズハを助けに来ただけです。城で裏切り者が出たとか、王都が大変だとか、関係ありません」

 

 きっぱりと言うめぐみん。

 ここに居る冒険者も含めて敵に回しそうな台詞だが、皆が緊張した様子で見る。

 紅魔族であるめぐみんの紅い瞳が強く輝いており、先程のカズマの言葉で爆裂魔法が使える事が知られた。

 めぐみんの事は知らずとももしも怒らせて紅魔族がここで暴れられたらと冷や汗を流しているのだ。

 

「いや、でもな……」

 

「いつも厄介事には関わりたくなって言ってるじゃないですか。それに、スズハをあんな状態にした連中をカズマは許せるのですか?」

 

 スズハに杖を差し、視線はクレア達方へと鋭い視線を向けて言う。

 ポーションのおかげで大分楽になったようで、眠っているヒナを抱えているが、顔色はまだ万全な様子はない。

 クレア達もスズハに行った行為に対して負い目があり、めぐみんの言葉にバツが悪い顔になる。

 カズマとて別に王都に愛着が有るわけではない。

 もちろん同郷の者が引き起こした事態に責任を感じてる訳でもない。

 それでも小狡い頭を回転させてるのは、単に義妹であるアイリスの為。

 それを放置して帰るのは流石に気が引け────。

 カズマが悩んでいると、アイリスが近づく。

 

「めぐみんさんの言う通りですね。お兄様、どうかお帰りください。スズハさん休ませてあげて」

 

「アイリス……」

 

「今回、あなた方を巻き込んだのは私のわがままがそもそもの原因です。申し訳ありませんでした」

 

 深々と頭を下げるアイリスに場が騒然となった。

 一国の王女がただの冒険者に頭を下げて謝罪したのだから当然。

 それを聞いてアクアがカズマの服を引っ張る。

 

「カズマ。こう言ってるのだから帰りましょうよ。私も疲れたし眠いんですけど」

 

「いや待て! 今は本当に国の危機なのだぞ! それを知ってノコノコ帰るのは人としてどうなのだ!」

 

 反対にダクネスが残るように説得をしてくる。

 どこか他人事のように聞きながら色々な事が頭を過る。

 

 ────それにしても、ここまで精霊に好かれる精霊使いも珍しい。余程食わせた魔力が舌に合ったか。

 

 紅魔の里で言ったバニルの台詞が思い出される。

 

 ────本当に素晴らしい素質です。いっそ憎しみすら覚える程に。だからこそ、あんな小娘────存在自体がおぞましい……! 

 

 嫉妬に塗れたジョージの台詞を思い出す。

 

 ────簡単に言えば私達はどれだけ精霊に心を許されているかで使える力が変化します。同じ精霊でも仲の良さで全然協力してくれる度合いが変わりますし、それはスキルでは補えない部分ですから。

 

 記憶にない誰かが過去にそんな事を教えてくれていた気がした。

 

「────スズハだ」

 

 ボソッとカズマが呟く。

 その言葉に周りが頭に? マークを浮かべた。

 

「もしかしたら、スズハなら水精霊(ウンディーネ)を説得出来るんじゃないのか? ジョージのおっさんもスズハのエレメンタルマスターの才能に嫉妬してたし。そうすればこの事態も丸く収まるんじゃないかって……」

 

「……本気ですかカズマ。スズハにそんな危険なことをさせるつもりですか?」

 

「俺だって酷いこと言ってる自覚くらいあるよ。ただ、今回の件を何とか出来る可能性があるとするなら」

 

 それはたぶんスズハだと視線がスズハに向く。

 この場にいる者達の視線を受けてスズハが萎縮する。

 

「スズハ。気にする必要はありませんよ。帰りましょう、貴女は休むべきです」

 

「そうですよスズハさん。ヒナさんとも再会できたのに」

 

 めぐみんとアイリスの言葉にスズハは視線を天井に見て考える。

 初めてジョージと水精霊(ウンディーネ)に会った時。もしもこの手を伸ばしていたなら。

 

「いえ、行きます。水精霊(ウンディーネ)を放っておけません」

 

 その言葉に案を出したカズマも驚いていた。

 

「いや、言っといてなんだけど、良いのか?」

 

 コクンと頷くとめぐみんが怒る。

 

「良い子なのもほどほどにしなさい! 自分の状態が解ってるんですか! ここの人達の為にこれ以上スズハが何かをする必要はないでしょう!」

 

 めぐみんは怒っていた。

 スズハを勝手に犯人と決めつけて酷く疲弊させた城の連中に。

 聞けば、爪も剥がされたらしい。

 そんな連中の為にこれ以上スズハが期待や苦労を背負うことはないのだ。

 めぐみんの怒りにスズハは首を振る。

 

「ここの人達の為じゃないですよ。ありがとうございます、怒ってくれて。めぐみんさんのそういうところ、好きですよ」

 

「茶化さないでください!」

 

 まだ納得してない様子のめぐみんを宥めつつ、スズハは意見を言う。

 

「でも精霊を説得するにしても、お城の中の方まで行かないとどうにも……」

 

 中は避難通路も含めて水で満たされている。

 それを何とかしないと説得は出来ないと言うスズハ。

 そこで仕方なさそうにアクアが腰に手を当てる。

 

「しょうがないわね、スズハは。このアクア様が一肌脱いであげるわ!」

 

 ウインクするアクアにカズマが胡散臭そうに言う。

 

「いや、お前。水の魔法使えないんだろ? どうするんだよ!」

 

「魔法は使えなくても、魔力で強制的に水を避けさせて中を移動するくらい出来るわよ! あの田舎精霊! どっちが水を司るのに相応しいか、思い知らせてあげるわ!」

 

 シュッシュッとシャドーボクシングのように拳を突き出すアクア。

 

「でもそれなら、今度はやり方を変えて水の人形で道を阻んで来るかも、ですね。だから護衛してくれる人が欲しいです」

 

 ここまでの事態になり、僅かながらでも光明が射した事に誰もが表情を少し明るくなる。

 スズハとアクアに付いていかせるなら誰か。

 爆裂魔法しか能のないめぐみんは問題外。

 カズマは単純に能力不足。

 ダクネスはそもそも敵を倒せない。

 盗賊職であるクリスに守りながらの戦闘が向いてるとは思えない。

 となると、ゆんゆんかミツルギだろうか? 

 カズマは城へ向かう2人と同性のゆんゆんに護衛を頼もうとすると、その前にアイリスが発言した。

 

「分かりました。なら、私がスズハさんを水精霊(ウンディーネ)の下まで送り届けます」

 

『!?』

 

 アイリスの言葉にその場に居た全員が唖然とした。

 クレアが意見する。

 

「いけません、アイリス様!? その者の護衛なら私が────」

 

「クレア。貴女は自分がスズハさんに何をしたか忘れたの? それに城を占拠されているのなら、王族である私が奪い返すのが筋でしょう?」

 

 クレアが一緒に行くと言った瞬間、スズハが身を強張らせたのを察してアイリスが却下する。

 この状態では、動きが鈍くなって怪我をするかもしれない。

 

「それに私、こう見えて強いのは知ってるでしょう?」

 

 クレアが押し黙る。

 ジョージはこの国の王族を兵器と言った。

 スズハの所へ駆けていく際に、物凄い速さで疾走したのをカズマも見ている。

 

「お兄様! スズハさんは必ず私がお守りしますから!」

 

「あ、あぁ。頼むな。でも、無理はするなよ」

 

 そう言ってアイリスの頭を撫でると嬉しそうに目を細めた。

 スズハがそこで何かに気付いた様子で声を出す。

 

「でも、ヒナを誰かに預かっていただかないと。赤ん坊の世話ができる信頼できる方に」

 

 抱いているヒナを見て言うスズハ。

 するとクリスが言う。

 

「なら、あたしが預かるよ。こう見えて子守りくらいできるし」

 

「クリスさん」

 

「あはは。ヒナを面倒見れる面子であたしが1番役に立たなさそうだしね。その代わり、スズハが帰ってくるまで、絶対に傷1つ付けさせないから!」

 

 苦笑いを浮かべながら断言するクリスにスズハは一拍考えた後に。

 

「お願いします、クリスさん」

 

「うん、任せて。エリス様に誓って、ね!」

 

 ヒナをクリスに渡す。

 それから、接近中の魔王軍に対する方法や住民の避難に割く人員を話し合った。

 

「あ、そうだ忘れてた! スズハちゃん」

 

「はい? どうかしましたか?」

 

 ゆんゆんが自分の鞄を開く。

 

「念の為なんだけど、スズハちゃんのお着替え持ってきてあるの。いる、かな?」

 

 中にはスズハの着替えが入っていた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋を借りて着ていたローブを脱ぎ、自分の和服に着替え直す。

 付いてきていためぐみんが頬を膨らませて話しかけてきた。

 

「本当に、行くつもりですか? そこまでする必要はないでしょう?」

 

「かもしれません。でも半分は自分の為です。後ろめたさを消したいだけの」

 

「後ろめたさ?」

 

 慣れた動きで和服を着ていくスズハ。

 これを着ていると、何か、自分を取り戻していくような錯覚を覚える。

 

「……最初に会った時に、あの精霊の手を取っていれば、ここまで大きな事態にはならなかったのかもしれません。だから────」

 

「スズハ。それは思い上がりですよ」

 

「かもしれません。でも、もうあの水精霊(ウンディーネ)を無視できなくて。それに今回の件が無事に済めば、酷いことをされた慰謝料とか、今回の功績に対する報酬もちゃんと請求するつもりです。その話し合いの為にもこの事件を終わらせないと」

 

 納得していない様子のめぐみん。

 帯を締めた布を固定したスズハが茶化したように言う。

 

「それに、将来ヒナに聞かせる武勇伝の1つも欲しいと思ってたんですよ?」

 

 似合わないその台詞にめぐみんは瞬きをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備は整いましたか?」

 

「はい、アイリス様。それではエスコートの方をよろしくお願いしますね」

 

「はい。ベルゼルグ王族の名に賭けて、脅威は全て凪ぎ払いましょう。ですから、この地に住む方々の命をスズハさんに託します!」

 

 この国命運は、王女と1人の精霊使いに託された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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再度侵入

「まったくカズマは!! スズハも人が良すぎます!」

 

 プンプンと言った様子で不機嫌な顔のめぐみんは苛立ちから杖の先端で何度も地面を突く。

 前方には魔王軍の兵が進軍してきていた。

 そんな状況でカズマは何度も文句を言われてうんざりした様子で聞いている。

 

「悪かったよ。だけど、他に思い付かなかったんだから仕方ねぇだろ」

 

「何ですか! あの王女に絆されたんですか! アクアの言うとおり、本当にバブみにでも目覚めたんですか!」

 

「……おい、そこの爆裂娘。あんま調子に乗ってると魔王軍を蹴散らした後にとんでもない目に遭わせるぞ」

 

 ドスの利いた声で威圧するとゆんゆんが慌てて口を挟む。

 

「あ、あの、2人共! もう魔王軍が近づいてるからぁ!」

 

「そうですね。ではさっさと蹴散らしましょうか」

 

 めぐみんが詠唱を始める。

 めぐみんとゆんゆんの役割は魔王軍の迎撃だ。

 爆裂魔法の1発で魔王軍に大打撃を与えた後に見えやすい位置でゆんゆんが爆裂魔法の準備をする。

 それで撤退してくれれば御の字だが、もしも進軍を止めなければ2発目の爆裂魔法を撃つ。

 それで魔王軍側は粗方片付くし、もしも死なばもろともと特攻してきても、少数の人員でも対処できるだろう。

 その為には先ずめぐみんのド派手な1発が必要なのだ。

 出来ればその1撃で帰ってほしいのがカズマの本音である。

 爆裂魔法を撃つ寸前にめぐみんが呟く。

 

「ここ最近は色々と溜まってますからね。遠慮なくぶちかまします」

 

 スズハとカズマが城で生活してる間にあのだだっ広い屋敷の家事をする事となった。

 屋敷に住み始めてすぐにスズハを預かる事となり家事の殆どを引き受けてくれていたが、帰って来ないせいでめぐみん達が家事をする。

 特にストレスだったのは食事だ。

 店での食事も3日以上続けば段々と飽きてくるし財布にも宜しくない。

 カズマも居ないことでクエストも受けられないのでなおのこと不安でストレスが溜まっていた。

 

「ですから! 魔王軍には私の八つ当たりの犠牲になってもらいます! いきますよ、エクスプロージョンッ!!」

 

 特大の爆裂魔法が魔王軍に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逃げ遅れている市民に水の獣が襲いかかる。

 その爪が小さな子供に襲いかかろうとした時、ダクネスが割って入り攻撃を受け止めた。

 

「んはぁんっ!?」

 

 何故か艶のある声が出るとその一瞬にミツルギが水の獣をバラバラに斬り捨てる。

 

「あまり先行しないで! いくらクルセイダーでも、敵の攻撃を受け続けてたらやられてしまう!」

 

「何を言っている! これだけ敵が居るのにでもったいな────いや、民を守るために我々が盾にならずしてどうする!」

 

 緩みきった顔でそう言うダクネスだが、なんとか表情を引き締める。

 ダクネスの剣と鎧は城に置いてきており、私服で市民の救助に当たっていた。

 ダスティネス家のご令嬢ということもあり、一部からは後方で指揮を取るように言われたが、王女が1番危険な場所に飛び込むのにジッとしていられないと動いていた。

 デコイで敵を引き付け、盾となり別の者が敵を討つ。

 水で有るが故にすぐに元に戻るが、市民を救出するくらいの時間は稼げる。

 それでも────。

 

「それで、死傷者は?」

 

「この騒ぎだからね。既に事切れてる人もいる。その人達は兵士の方達に運んで貰ってるよ」

 

「この騒動が解決したら、アクアの蘇生魔法で蘇らせられるからな」

 

 そうでなければやってられない。

 負傷者は冒険者や兵士の中にいるプリーストに治させ、死者はアクアに生き返らせる。

 だから、亡くなった人も丁重に運べと言い含めていた。

 とにかく今はこのまま城に向かった3人が事態を解決してくれると信じるしかない。

 

「頼んだぞ、スズハ」

 

 ダクネスは次の救助者の下に走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正直、自信はないんですよね」

 

 城への侵入が成功してスズハの第一声がそれだった。

 

「わたし、今まで精霊から求められて契約はしてきましたけど、自分から説得するなんて初めてだから」

 

「……ねぇ、今更そんな事を言われても困るんですけど」

 

 前を歩いているアクアが不安そうに言う。

 現在、水の詰まった城の内部でアクアの力を用いて進んでいた。

 何かに守られているように水は3人を避けている。

 アイリスは驚きつつも感嘆の声を漏らした。

 

「それにしてもスゴいですね。これだけの水を遠ざけるなんて」

 

「当然よ! この水の女神アクア様にかかれば、この程度の芸当朝ごはん前なんだから!」

 

「水の女神……」

 

「アクアさんは、アクシズ教の御神体である女神様、なんですよ……信じられないかもしれませんけど」

 

「ちょっとスズハ! 最後の一言が余計なんですけど」

 

 ぷくーっと頬を膨らませるアクア。

 スズハもそれに謝罪していると、アイリスはなにかを考え始める。

 

「どうしました、アイリス様」

 

「何々? この私の神々しさに敬服してエリス教に替わってアクシズ教を国教として奉るつもりかしら?」

 

「あはは……考えておきます」

 

 期待の籠った視線を送るアクアをアイリスが受け流す。

 話していると先程の噴水のある庭に戻る。

 

「スズハさん。水精霊(ウンディーネ)が何処に居るのか分かりますか?」

 

「スキルで捜してますけど正確な位置はちょっと。城の内部なのは確実だと思いますが」

 

「きっと、玉座よ! せっかくお城を占拠したんですもの。1番偉い人の場所を陣取るのが定番ね!」

 

 アクアの推測に2人は曖昧な笑みを浮かべる。

 そもそも精霊が玉座に興味を示すのか不明だが、どちらにせよ城の中には入らなければならないのだし。

 

「とにかく先ずは中で水精霊(ウンディーネ)の捜索を────」

 

 しましょう、とスズハが続けようとすると、辺りに変化が起きる。

 城を沈めていた水が消え始めて、別の形へと変化していく。

 その姿。

 

「ねぇ。アレ、ドラゴンに見えるんですけど……」

 

「ドラゴン、ですね」

 

 アクアの呟きにアイリスが同意する。

 ドラゴンの姿をした水の塊は唾を飛ばすように口から水圧を発射する。

 その攻撃が地面を大きく抉り、石柱を破壊した。

 攻撃の威力に固まっていると水のドラゴンがこちらに突進してくる。

 

「ひゃああああっ!?」

 

 アクアは叫びながら持ち前の身体能力で避け、アイリスはスズハを抱えて跳ぶことで回避した。

 通り過ぎた水のドラゴンは旋回し、アクアに襲いかかる。

 

「ちょっと!? なんで私を狙ってくるの!!」

 

「アクアさんを倒せばわたし達が全滅するからじゃないでしょうか!」

 

 アクアを消せばまた城を沈めれば良い。

 ならば最優先で狙うのも当然で。

 水のドラゴンが水圧の唾を飛ばして後ろから攻撃するがアクアは頭を抱えながら走り、器用に回避している。

 

「助けてカズマさーんっ!?」

 

 泣いて逃げるアクア。

 そんな追いかけっこも距離が詰められていると、アイリスが聖剣でドラゴンの首を落とす。

 だがやはり、というべきか、予想通り斬り落とされた首はすぐに元に戻る。

 

「どうするの!? 結構ピンチなんじゃないの、これぇ!!」

 

 水のドラゴンに追いかけ回されるアクア。

 スズハは城の中を窓ガラスから見る。

 

(城の中の水も抜けてる)

 

 城に使っていた水を全てドラゴンに集めているのだろう。

 今ならアクアの力を借りなくても城内に入ることが可能だった。

 

「すみません! ここはお願いします! わたしは中で水精霊(ウンディーネ)の説得に行きますから!」

 

 そう言って城の中へと走るスズハ。

 

「待ちなさい、スズハ! あんたが死んだらカズマ達に怒られるの私なんですからね!! うわぁっ!?」

 

 雨のように降ってくる水の弾丸にアクアは全速力で走って避ける。

 

「スズハさん」

 

 聖剣を構えてアイリスはドラゴンに攻撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、アイリス様を刺した呪いの短剣か」

 

「えぇ。昔の仲間から奪い取った強力な武器です」

 

 縛られて転がされているジョージの体をクレアが調べて出てきた、忘れもしないアイリスを刺した短剣。

 それはかつてジョージと一緒にパーティーを組んでいた仲間が転生特典として貰った物だ。

 ジョージが所属していたパーティーに居たもう1人の転生者。

 そのパーティーが城へとやって来た際に水精霊(ウンディーネ)に暗殺させて回収した。

 幸い向こうも、切り捨てた元仲間の事など数年で忘れたらしく、目の前に現れても気付きもしなかったが。

 

 クレアが質問を投げ掛けようとする前に、ジョージの方から話しかけた。

 

「シラカワスズハさん。彼女に水精霊(ウンディーネ)の説得をさせるつもりですか?」

 

「そうだ。その為に、アイリス様も一緒に城内へと向かわれた」

 

「殺されますよ」

 

 確信を持ってジョージはクレアに言う。

 

「あの少女は水精霊(ウンディーネ)に手を差し伸べるタイミングを誤った。最初に出会った時にその手を取るべきだった。一度背を向けた以上、私の妻が心を開く事はない」

 

 もしも最初に手を取っていれば、ジョージから契約を奪い取るか、契約を破棄させる事くらいは出来たかもしれない。

 だが、シラカワスズハはそうしなかった。

 精霊は基本、心が純粋で有るが故に、自分に背いた者を許さない。

 

「遅かったのですよ。たった一度のチャンスを逃したシラカワスズハさんに、妻と心を通わせる資格はない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スズハは精霊を察知するスキルで水精霊(ウンディーネ)の居場所へ近づいた。

 見つけたのは謁見の間に置かれている玉座。

 そこに座る女性の姿を象る水の精霊。

 同じ水の属性だからこそ察せられたのか。

 それともただの偶然か。

 それはどちらでも良くて。

 スズハは唾を飲んでから謁見の間の中へと足を進める。

 数日前、彼女を見捨てた事をやり直す為に。

 半分程距離が縮まると、スズハは水精霊(ウンディーネ)に向けて右手を伸ばす。

 そして、何かを言おうとする。

 

「え?」

 

 右肩に激痛が走った。

 見ると水精霊(ウンディーネ)の左腕が刃となって伸びており、それがスズハの右肩を貫いていた。

 

「いっ、あ……はぁ……!?」

 

 痛みで脂汗を滲ませ、表情を歪ませる。

 水の刃が縮むと、スズハの肩から血が吹き出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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夜明け

スズハの生前のダイジェストとか。
トラウマ克服を兼ねた18くらいのスズハとカズマの初めてとかを前後編のR18を書いてて遅れました。
まぁ、結局それも執筆が止まった訳ですが……。


 赤ん坊の世話をしているクリスは残っているギルド職員等に奇異な眼で見られながら端っこでヒナの世話をしていた。

 もうすぐ太陽が昇る時間。とっくに就寝だったヒナはこの状況にも関わらずぐっすり寝ている。

 母親と再会出来たことが余程心の安らぎになったのか、簡単には起きなさそうだ。

 安らかな様子で寝入っている赤子を見て頬を緩める。

 

(ヒナ……陽愛、ね……)

 

 以前、屋敷に遊びに行った時に教えて貰ったその名に込められた白河涼葉の想い。

 陽のように必要とされて沢山の人に愛されて欲しい。

 

『わたしのように誰かの道具じゃなくて、心から必要されて、愛し愛される子に育ってくれたら。あはは。高望みですかね』

 

 どこか自身無さげに笑う少女。

 その時の事を思い出してプッと吹き出した。

 

(まさに、今のスズハじゃん)

 

 今回、スズハが捕まった件でどれだけ周りが心配して彼女を助けようとしたのか。

 その理由は、決して道具などではなく、シラカワスズハという少女が大切だったから。

 それはきっと、この世界に来て数ヶ月。彼女が周りの人達と関わり、積み上げてきたことの証。

 そんなあの子なら、娘を育てられると信じられる。

 

「だからスズハさん……ちゃんと帰ってきてくださいね」

 

 クリスは誰にも聞こえない声量で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水精霊(ウンディーネ)に右肩を貫かれた痛みに膝をつくと同時に左肩に触れる。

 右肩に触れている左手は僅かに発光していた。

 

心臓(むね)(あたま)を狙われてたら死んでた。それに、この腕輪をくれたエリス様や、持ってきてくれためぐみんさん達にも感謝しないと)

 

 スズハが自分の治療に使っているのはこの世界に訪れる時にエリスから特典として貰った腕輪の力だった。

 アクアの魔法みたいにすぐに完治する訳ではないが、止血くらいならどうにかなる。

 スズハの着替えを持ってきたゆんゆんから渡された際に、カズマに渡そうと思った。

 街で怪我をした人に使って欲しいと。

 カズマにはアクアが一緒とはいえ、もしもの時の為に持っていけと断られたが。

 その予想は的中した。

 しかし、そう考えている間にも水精霊(ウンディーネ)が初心者殺しに似た水の獣を数体生み出す。

 街にも生み出されたその獣がスズハに襲いかかってきた。

 

「っ!? 雪精(シロ)!」

 

 精霊を使役して雪精(シロ)に広範囲の冷気を噴出させて凍らせて動きを止める。

 その後ろから水の鞭が伸びて襲いかかってくるのを移動して柱の陰に隠れる。

 

「そう、ですよね……簡単には……」

 

 こうして対峙しただけでその怒りが伝わってくる。

 スズハ自身、これが初めての精霊との交渉ときた。

 

「大見得、切っちゃいましたからね」

 

 これ以上被害を出さない為にも何としても水精霊(ウンディーネ)を説得しなければならない。

 

「それじゃあ、いきましょうか。力を貸してね」

 

 胸を撫でて自分と契約した精霊に語りかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぶぶぶぶぶぶ(たすけてカズマさーん)っ!?」

 

「アクアさーんっ!?」

 

 水のドラゴンに呑み込めれたアクアは腹の位置で泳いでいるというか、洗濯機のように流されていた。

 

 アイリスが近づいて救出しようとするとその位置にアクアを持ってきて思うように剣が振るえず、変わらずに地面に穴を開ける唾を飛ばしてくる。

 ドラゴンの攻撃を回避し続けるがアイリスの体力とて無限ではない。いずれは速度や動きの精細さを欠いていく。

 どうするかと悩んでいると、アクアがドラゴンの中でもがき始める。

 

あぶぶぶぶぶぶっ(水の女神をナメんじゃないわよ)!! ピュリフィケーション!!」

 

 アクアが浄化魔法を使うと腹の1部分が形を崩し、拘束から解放される。

 

「うぎゃんっ!?」

 

 着地に失敗したアクアは顔から地面に突っ込んだ。

 

「無事ですか! アクアさん!?」

 

「無事じゃないわよ!! もー! なんで私がこんな目にーっ!!」

 

 頭を振って水を飛ばすアクア。

 そしてキッと水のドラゴンを睨み付けた。

 

「水で作ったドラゴンのくせに、水の女神を食べるなんて良い度胸だわ!! どっちの立場が上か分からせてやるんだから! おりゃああああああああっ!!」

 

「ア、アクアさんっ!?」

 

 アイリスが止める間もなく頭に血が昇ったアクアはドラゴンに突撃していく。

 

「喰らいなさい、女神の怒りを! ゴッドブローッ!!」

 

 拳を突き出し、突進するアクア。

 それを真正面から迎え撃つドラゴンは、拳が頭部に当たる瞬間にその大きな口を開いた。

 

「へ?」

 

 マヌケな声を出したアクアはそのまま再びドラゴンの口から腹へと招待された。

 

「あぶぶぶぶぶぶっ!?」

 

「アクアさーんっ!?」

 

 状況が振り出しに戻り、アイリスから悲痛な声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つっ!? 風精霊(シルフ)っ!!」

 

 水精霊(ウンディーネ)が操る水の鞭を自分の周囲に小さな渦巻きを作って弾く。

 水の鞭は渦巻きに絡まり、水飛沫を飛ばして無力化する。次の行動に移られる前に火精霊(サラマンダー)を使って襲ってくる水の騎士達を蒸発させる。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」

 

 魔力を消費する慣れない疲労感にスズハの息が上がる。

 それも当然。

 今まで多少カズマ達のサポートをする為に精霊の力を借りた事は有るが、単独での戦闘などこれが初めてなのだ。

 どれだけの魔力を消費すれば爆裂魔法を使っためぐみんのように倒れてしまうのかイマイチ解らない。

 早く水精霊(ウンディーネ)を何とかしなければと焦りが生まれる。

 

「土精霊《ノーム》!」

 

 水精霊(ウンディーネ)が壊して倒した石柱から石の盾を作る。

 スズハでも持てるように薄く面が広い盾を。

 

「それでも、重いけど……火精霊(サラマンダー)!」

 

 炎を纏わせた盾。

 それを前に出すと攻撃に使われる水の鞭が盾に当たると蒸発する。

 水の獣と騎士は雪精(シロ)に因って凍らされ、少しずつ近づこうとした。

 ジリジリと、しかし確実に迫ってくるスズハに危機感を覚えたのか、それとも煩わしい敵を早々に消したいのか、水精霊(ウンディーネ)はその手を掲げる。

 すると、この謁見の間の床全体が濡れ始めて、水位が少しずつ上がってきた。

 

「っ!?」

 

 城を沈めたように、この部屋だけに水を詰めてスズハを溺死させるつもりだと判断した。

 スズハは重たい盾を即捨てて水精霊(ウンディーネ)の下まで走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶはぁっ!? ねぇ、まだ!? もうこれで6回目なんですけどっ!! 私ダクネスじゃないから恐いのとか痛いのとか好きじゃないんですけど!!」

 

「もう少しお願いします! だんだんと確実に小さくなってますから!」

 

 水のドラゴンに喰われて6回目の脱出。

 その回数に応じてドラゴンの体は小さくなっていく。

 アクアが浄化魔法を使う度にその分だけ水精霊(ウンディーネ)の支配権を無効化出来ると気付き、それを繰り返していた。

 動くドラゴンに浄化魔法をかけるのは至難な為、喰われてから浄化、脱出を繰り返している。

 本来ならドラゴンの中で溺死するなりで危険だが、水の女神であるアクアなら問題ない。

 だが、何度も繰り返している内に嫌になってきたアクアはアイリスの肩を揺さぶる。

 

「ねぇ! あの中って結構と恐いのよ! 体を色んな方向に回されるの! 落ちる時も痛いのぉ!」

 

「本当にあともう一度だけお願いします! そうすれば、私がどうにかしますか、らっ!?」

 

 水圧の唾を飛ばされてアイリスはアクアを庇いつつ回避する。

 穴の空いた地面を見てアクアが歯軋りした。

 

「もう! アクシズ教徒の皆が居てくれたら、あんな似非ドラゴンなんて1発で浄化出来るのにぃ!」

 

 アルカンレティアで温泉全てを水に変えたことを思い出しながら再びドラゴンの中へと突っ込んでいく。

 7回目飲み込まれたアクアはこれで最後というわけで、全力で魔法を使う。

 

「ピュリフィケーションッ!!」

 

 アクアの浄化魔法により、水のドラゴンは最初の半分近くの大きさまで縮んだ。

 少々高い位置から落下したアクアが小さな悲鳴を上げる。

 

「アイリス! 言われた通り頑張ったんだから! 私もう食べられなくて良いわよね!?」

 

「はい! ありがとうございます、アクアさん!!」

 

 小さくなった水のドラゴンを見据えてアイリスは聖剣を構える。

 アレを消し飛ばすだけならここまでする必要はなかったのだが、聖剣の力を全力で解放すると、城にまで多大な被害が出て中にいるスズハにも被害が出るかもしれないと考えて遠回しな手段を用いた。

 

(後は、ドラゴンがもう少し上に移動してくれれば!)

 

 これまでの戦闘でドラゴンの行動パターンは大体解ってきた。

 次こっちに突進してくるのを回避すれば目論み通り上へと移動してくれる筈。

 構えた聖剣に光が帯びる。

 ドラゴンが上昇し始めてところでアイリスは聖剣を振り下ろした。

 

「セイクリッド・エクスプロード!!」

 

 斬撃と共に放たれた眩い光が完全にドラゴンを消し飛ばした。

 その際に城の一部に当たり破壊されてしまう。

 聖剣の輝きはドラゴンと共に消え、アイリスは城の方へと視線を向けた。

 

「急ぎましょう、アクアさん。スズハさんが心配です」

 

 聖剣の威力を見たアクアはブンブンと首を縦に動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(思った以上に水位の上がりが早い!)

 

 既に室内にはスズハの膝の部分まで水位が上がっている。

 着物を着ている事もあり、前に進むのも一苦労だった。

 

(だけど……)

 

 どうにも手段が遠回りに思える。

 スズハを殺すつもりなら、態々悠長にこの部屋に水を敷き詰めるよりスズハの体だけを沈めれば良い。

 何なら、首から上だけでも。

 もしそうされたら、火傷覚悟で火精霊(サラマンダー)の炎で水を蒸発させるが。

 この部屋に入ってからの初手もそうだ。

 肩など狙わず、人間の急所を狙えば良い筈。

 嬲るつもりなら肩ではなく足を狙うだろう。

 殺意を持った相手がどこを狙うのか、シラカワスズハは経験から知っている。

 何せ彼女は自分の母に刺されて一度は命を失ったのだから。

 第一水に浸かった自分など、どうするのも簡単だろうに。

 だからこそ水精霊(ウンディーネ)の対応に違和感を覚えた。

 

(まるでわたしを自分から遠ざけたいみたい)

 

 思い違いかもしれないが、そう感じる。ただ自分に近づけたくないだけなのだと。

 だから先ずは触れ合える距離まで近づく。

 

(魔力ももうそんなに残ってない。恐らくは次が最後。それ以上使ったら、動けなくなるかもしれない)

 

 1歩1歩、転がらないように進む。

 それでも、上がった水位が腰まで達して、歩くどころか立っているのがやっとだった。

 いくら普段から着ていると言っても、着物で水中を歩いた事などなく、バランスを取るのが精一杯だった。

 そんな中で水精霊(ウンディーネ)が、手をかざすと波が起きて後ろに押し返される。

 

「あぁ!?」

 

 謁見の間から押し出されようとした、が────。

 

「スズハさん!」

 

 ここまで追い付いて来たアイリスとアクアがスズハを受け止める。

 

「もう! 1人で突っ走っちゃって! スズハに何か遭ったらカズマ達に怒られるの私なんですからね!!」

 

「ご、ごめんなさい?」

 

「何で疑問系なんですか?」

 

 突然現れたアイリスとアクアに頭が追い付かず、つい気の無い返事を返してしまった。

 しかしすぐに頭を切り替えてお願いする。

 

「すみませんアクアさん。精霊のところまで道をお願いします。アイリス様は────」

 

「護衛ですね! 当初の予定通り!」

 

「ふん! あの躾のなってない精霊! どっちが水を司るのに相応しいか教えてあげるわ! 女神の本気、見せてやるんだから!」

 

 言うと、アクアが水位が上がり続ける室内に手を入れ、魔力を流す。

 この城へと侵入した時は自分達が歩く範囲だけだったが、今は水精霊(ウンディーネ)までの最短距離を作ってくれた。

 

「スズハ! あの精霊をシバき倒しなさい!」

 

「はい!」

 

 アクアに言われて走るスズハ。

 アイリスも動きすぐにスズハの前に出る。

 スズハの足並みに合わせて動くアイリスは、水精霊(ウンディーネ)からの攻撃を全て剣で払う。その動きはスズハの目には追いきれなかった。

 走って近づいてくる2人に、水の壁を作って防ごうとする。

 

雪精(シロ)!」

 

 アイリスがそれを斬ろうとするが、何かしら仕掛けが有ることが予想されて雪精(シロ)の冷気で壁を凍らせる。

 水が氷へと変わった瞬間にアイリスが数回氷の壁を斬って人が通れるスペースを作った。

 

「スズハさんっ!!」

 

「はい!!」

 

 飛び込むように駆けてスズハは水精霊(ウンディーネ)の腕を掴んだ。

 それに驚いたのか、掴んだ腕と反対の手はスズハのお腹を突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流れ込んでくる。

 精霊の記憶と感情が。

 王都の水源である川に存在していた水精霊(ウンディーネ)

 流れる川その物である精霊は人前に現れる事もなく、人の住む都に供給される水を感じながらも穏やかに存在し続けていた。

 その静寂が破られたのは人の世の時間にして約10年前。

 突然感じた不快な力の流れ。その原因である人間が立っていた。

 スズハが知るより幾分か若いホーリー・ジョージ。

 彼は穏和な笑みを浮かべて水精霊(ウンディーネ)に話しかける。

 

「色々と考えてみたんだけど。やはり応用の範囲が広い水だと思うんだよ」

 

 訊いてもいないのに勝手にジョージは口を動かす。

 

「最初はこの世界で精霊使いとしてそれなりに楽しく過ごせれば良かったんだ。まぁ、生きるのに必死ってのもあったけどさ。でも、仲間だと思ってたアイツらは俺を簡単に切り捨てるし、何で俺の死に様を嘲笑った女神の言うとおり魔王退治に精を出さなきゃならんのだと気づいた訳」

 

 肩をすくめておどけて見せるジョージ。

 

「アイツ、水の女神とか言ってたしさ。同じ属性で魔王軍を勝たせるのも意趣返しとしては面白いと思って。だから協力してもらうぜ」

 

 ジョージが此方に手の平を向けてくる。

 すると水精霊(ウンディーネ)としての核が絡め囚われる感覚。

 力も意識も無理矢理目の前の男と繋がり、上塗りされるような不快感。

 

「精霊を強制的に従わせる術式。貰い物だけど、魔力だけは自信がある。お前の意思とは関係なく契約を結ばせて貰う」

 

 醜い笑みと共に水精霊(ウンディーネ)はホーリー・ジョージのモノ(道具)となった。

 

 場面が切り替わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城の中にある人気の無い通路。

 そこでは男が水精霊(ウンディーネ)に胸を刺されていた。

 

「な、んで……」

 

 どうして自分が刺されたのか理解できない様子の男に隠れていたジョージが薄ら笑いを浮かべて現れる。

 

「相変わらずだな。そうやって人の女に手を出そうとする性癖は。パーティーを組んでいた時にそれで何度も迷惑を被ったのも今では懐かしい」

 

「お前……どう……!?」

 

「忘れたか? そちらからすれば、切り捨てた元仲間なんて数年もすればどうでもよくなるんだろうな」

 

 元仲間らしい男に近づいてジョージは近づくと懐から短剣を奪う。

 

「実は、魔王軍から仲間になりたければこの国の王族の首を1人分持ってこいと言われててね。お前達と組んでいた時は魔王軍ともやりあってるから中々信用されないんだ。その為にはお前のチートアイテムも貰っておきたくてね。悪く思うなよ?」

 

 そう言うと、男の喉を刺して奪った短剣で喉を刺した。

 アイリスを刺して呪いをかけた短剣も、喉を刺されれば即死は免れない。

 短剣に付着した血を拭き取る。

 

「やはり狙うなら世間知らずの王女だな。聖剣の事もあるし。この短剣なら確実に殺せる筈だ」

 

 そうしてジョージが水精霊(ウンディーネ)に笑いかける。

 

「ありがとう。俺の伴侶(パートナー)

 

 

 

 

 場面が替わり、次は王族を騙そうとしていた商人を告訴した。

 侵入してきた賊を騎士達より早く始末する。

 その他諸々の功績でジョージは王城の者達の信頼を積み上げていった。

 

 

 

 

 

 その時に水精霊(ウンディーネ)が感じていた事は。

 

 ────もういや。

 ────帰りたい。

 ────こんなことはしたくないのに。

 ────辛い、苦しい。

 ────助けて。

 

 そんな様々な負の感情が蓄積されていく中で、出会った少女(わたし)

 

 シラカワスズハは自分の正体に気付いていた。

 だから、助けを求めようとした。

 しかし、スズハ(わたし)はホーリー・ジョージに一礼して去っていって────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スズハさん!?」

 

「!?」

 

 悲鳴のようなアイリスの呼びかけにスズハはハッとなる。

 

(今のは……?)

 

 水精霊(ウンディーネ)の記憶。

 流したのか流れたのか判らないが。

 刺された腹から血が流れていて当然痛い。

 何か良くないモノでも憑いてるんじゃないかと思うほど運が悪い気がする。

 

(エリス教会ってお祓いもやってますかね)

 

 そんな事がふと過ったが、すぐに水精霊(ウンディーネ)と視線を合わせる。

 

「ごめんなさい……」

 

 正体に気付きながらも見て見ぬふりをしたこと。

 助けて欲しいという願いに袖を振ったこと。

 あの時にこの手を取っていれば、こうはならなかったのに。

 

「ゴホ……っ!?」

 

 口から血を吐きつつも、手を伸ばして水精霊(ウンディーネ)の顔に触れた。

 10年間の契約による拘束。

 ずっと耐え続けるだけの日々。

 

「がんばったんですね……偉、かった、ですよ……」

 

 記憶を見て、スズハは水精霊(ウンディーネ)の10年の日々を労う。

 帰ってくる子供を迎え入れるような温かさで。

 

「おいで……もう……だれも、あなたを傷つけたり……」

 

 しない、と言い終える前にスズハの体が床に崩れ落ちた。

 ポーションなどで誤魔化していても、スズハはとっくに限界を超えてたのだ。

 

「────!?」

 

 倒れたスズハを見下ろしている水精霊(ウンディーネ)は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え!?」

 

 夜が明けて空が白み始める時間。爆裂魔法を使って魔王軍を追い払っためぐみんとゆんゆんの2人を抱えて水の人形達を避けて移動していたカズマは事態の変化に驚いていた。

 城下町で暴れていた水の人形達が次々と形を失い、水に還っていく。

 

「成功したのか、スズハが……?」

 

 中の様子は分からないと理解しているが、千里眼スキルを使用して城の方へと目を向ける。

 昇り始めた陽が差して城の姿が見えた。

 そこで見えたモノにカズマは目を瞬きさせた。

 カズマが見たのは宙に浮かんでいる水精霊(ウンディーネ)とそれに抱えられてるスズハだった。

 昇る朝陽の光を受けて、精霊に抱えられているスズハ。

 それは息を呑む程に幻想的な画だった。

 カズマだけでなく、城を監視していた者や、その他にも、その光景を見た者達は、その姿が焼き付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後2話でこの章も終わりです。
この章が終わったら番外編でヒナ(7歳)と父親を再会させるんだ!


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面会

 ホーリー・ジョージと水精霊(ウンディーネ)の事件から1週間経過した。

 その間、運悪く死亡した者達をアクアが蘇生させたり、水に沈んで水浸しになった城の点検などで使用人達が忙しく働いている。

 たから城の中が滅茶苦茶となり、とても王族が住める状態ではないという判断からクレアの実家であるシンフォニア家の屋敷にアイリス共々カズマ達も世話になることとなった。

 そして現在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒナさん。あーん」

 

「あーう」

 

 スプーンで掬ったヒナ用の雑穀を物凄く良い笑顔で食べさせているアイリス。

 運ばれた食べ物を口にするのをヒナを見てほぅっと熱い息を吐く。

 

「ヒナさん、本当にかわいいです。私の妹になって王族になりませんか?」

 

「……怒りますよ?」

 

 隣でナイフとフォークを動かしていたスズハが鋭い視線を向けるとごめんなさい、と小さく舌を出す。

 そこから黙々とスズハはナイフとフォークを動かして出されたステーキ肉を食べる。

 あの事件で水精霊(ウンディーネ)は9割が元の水源に戻り、残りはスズハと契約した。

 計5の精霊と契約したスズハは許容量を完全に越えてつい2日前まで起き上がるのも困難な程に弱っていた。

 アクアの見立てだが、今までも3体分の魔力しかないのをどうにか4体分で回していたのを、もう1体追加した事で日常生活も送れなくなったらしい。

 そんな訳で、シンフォニア家で体を休めつつ魔力上昇のポーションやら高級食材の料理を食べてレベル上げに努めていた。

 ちなみにポーション等の代金はレイン持ちである。

 それは良いのだが、問題は出される料理だ。

 

(こんなにカロリー高めで脂っこい物を毎日食べてたら絶対に太る……)

 

 昨日は豚カツ。その前はカルボナーラ等と太りやすい料理をメインに出されてスズハは胃もたれと増えるであろう脂肪を考えて内心ビクビクする。

 スズハとて揚げ物や麺類に豪快な肉料理が嫌いな訳ではないが、前の世界からの癖でどうしても栄養バランスの考慮や低カロリーな料理を多く口にしてきた為に、毎日こんな高カロリーな料理を出されて体重を気にしてしまう。

 しかもこの後に態々デザートまで用意されているのだ。

 かと言って作ってくれた物を無下にするのも気が引けるし、何よりも魔力不足は早々に解消する必要がある。

 せっかく契約してくれた精霊達にもこのままでは悪い。

 そう思いながら1日でも早く魔力が増えるように願って食事を続けていた。

 すると部屋の外から大きな音が響く。

 とんでもない爆発音。

 説明するまでもなくめぐみんの爆裂魔法である。

 爆裂魔法による震動が収まり始めるとアイリスが何気なく呟く。

 

「今日は一段と音が大きいですね」

 

「そうですね」

 

 ここ数日毎日撃たれる爆裂魔法にアイリスも慣れてしまった。その内にゆんゆんがめぐみんを担いで帰ってくるだろう。

 撃っているのがクレアの実家の領土の一部。そのところだけ隕石でも落ちてきたのではないかと思うほどに酷い惨状になっているが、スズハは見ない。

 見たら胃が痛くなるので絶対確認しないと決めた。

 今回の件でクレア以下城勤めの者達がホーリー・ジョージに踊らされて王都にもたらした被害やアイリスを守れなかった事。

 そして無実の少女(スズハ)にした数々の責め苦。

 特に最後のスズハの件でクレアとその実家は客であるパーティーメンバーに強く言えなくなっている。

 食後デザートまで食べ終えると魔力上昇のポーションを飲む。

 全てお腹の中に入れ終えるとアイリスはヒナの食事を手伝う手を止めて話しかける。

 

「随分と顔色が良くなりましたね。この屋敷に来たばかりの時は起き上がるのも辛そうにしてたのに」

 

「はい。おかげさまで大分楽になりました。もう動いても大丈夫です」

 

 まだ少し倦怠感はあるが、日常生活に支障がないくらいには調子を取り戻していた。

 ただ、急激に魔力を増やした影響が出るかもしれないのでしばらくは安静にしているようにとめぐみんとゆんゆんに言われているが。

 しかしいつまでも部屋から出ないのも身体に悪い。

 

「それじゃあカズマさん達のところへ行きますね」

 

「あ、待って下さい。私も行きます」

 

 お腹いっぱいになり、ゲップをしているヒナを持ち上げたスズハにアイリスはついていく。

 体調も大分元の状態に戻ってきたので、そろそろ帰る話をしたかった。

 そしてカズマ達が昼食を食べている部屋に入ると────。

 

「オラァ!! もっと酒もってこーいっ!!」

 

 カズマが出された高級料理をガツガツと食べながら瓶酒をラッパ飲みしている。

 

「ぷはぁ!! 仕事を終えた後のお酒は最高ね! こっちにも追加おねがーい!」

 

 その横ではアクアが満足そうにお酒を飲み干した。

 ちなみにアクアが蘇生などの仕事を終えたのは一昨日の話である。

 

「いやー。日頃のストレスが吹き飛ぶなー。タダで飲めるお酒最高!」

 

 カズマとアクア程ではないが、クリスまで遠慮無く飲み食いしている。

 シンフォニア家は上級貴族だけあり、貯蔵しているお酒も当然それなりのグレードの物ばかりで1本数十万~数百万エリスする物ばかりである。

 それらを水のように飲み続けて既に酒の貯蔵を1/4も消費していた。

 今回の件で色々と後ろめたい事もあり、滞在期間中は出来る限りカズマ達の要望を叶えるようにとクレアに言われているがこれは酷い。

 そんな中で仲間と友人のあまりにも傍若無人っぷりにダクネスがテーブルを叩いた。

 

「お前達いい加減にしろ! 遠慮と云うものを知らんのか!!」

 

 ダクネスの怒りにアクアが膨れっ面をする。

 

「なによーダクネス。良いじゃないちょっとくらい。私、今回スゴい数の人を生き返らせてあげたのよ? スゴく頑張ったの!」

 

「俺達は王国の危機を救ったんだぞ? ちょっとくらいのわがままな振る舞いしても罰は当たらないだろ」

 

「そうそう。固いこといわない。ほらダクネスも飲みなって」

 

「お前ら~!」

 

 まったく悪びれない3人にダクネスは青筋を立てて頬筋を動かす。

 扉を開けてその話を聞いているとゆんゆんに背負われためぐみんが戻ってきた。

 

「ただいま戻りましたぁ!! どうです! 今日の爆裂魔法の威力は!! 中々の震動だったでしょう! しかし更地に爆裂魔法を撃ち続けるのも飽きてきましたね。もっとこう破壊しがいのある建造物とかを要求します!」

 

「止めんか!? ただでさえ連日爆裂魔法の爆音と震動で市民が不安がってるんだぞ!! 捕まらないだけ有り難く思え!」

 

 そこで扉の外に居るスズハとアイリスに気付いたダクネスがそちらに意識を向けた。

 

「アイリス様、申し訳ありません。スズハ! ちょっとこっちに来てくれ! カズマ達が手に負え────って、あぁ! 扉を閉めるな!?」

 

 ダクネスの頼みも空しくスズハは部屋の扉を閉めるとアイリスに向けてニコリと笑った。

 

「アイリス様。散歩に出ようと思うのですが、屋敷周辺の案内をお願いしてもよろしいですか?」

 

「あぁいいですね。ここのお庭の花壇には色々なお花が咲いていて綺麗なんですよ」

 

「楽しみです」

 

 厄介事はダクネスに任せてその場を後にすることにした。

 その後、散歩で訪れた庭園で庭師に許可を貰ってヒナに花の冠を作ったりして時間を潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明後日にはアクセルの街に帰りますので」

 

「そ、そうか……」

 

 夕食でクレアに頭を下げて告げるスズハにクレアは安堵の息を吐く。

 それに真っ先に意を唱えたのはアクアだった。

 

「勝手に決めないでよスズハ! まだこのお屋敷のお酒で目を付けてたのがたくさんあるんですからね! カズマとスズハは何日もお城で贅沢な生活をしてたんだから、私達も同じくらい贅沢できないと不公平だわ!」

 

 まだ帰らないわよ! と息巻くアクアに呆れから溜め息を吐く。

 贅沢な暮らし、という点ではもう充分だろうと思う。

 

「お酒ならもう充分堪能したでしょう? 明日はアクセルの街のギルドやウィズさん。それにダクネスさんのお父様などにお土産を買って、もう1つ用事を済ませて。明後日の朝には帰りますよ」

 

「まぁ、そろそろアクセルの街に帰りたかったので私は構いませんが、スズハはいいのですか?」

 

 めぐみんが問いは捕まってされた行為の数々。

 それにスズハは苦笑する。

 

「えぇ。その件は既に話し合いで解決してるでしょう? それにこれから大変でしょうし」

 

 今回スズハはホーリー・ジョージに踊らされて捕まり、暴行などを受けた件は慰謝料を貰って解決している。

 暴走した水精霊(ウンディーネ)を静めた功績も含めて、その額は魔王軍幹部討伐に相当する金額が口座に振り込まれる。

 シンフォニア家から。

 それでもやられた事の全てが流れた訳ではないが。

 

「それにこれから、色々と大変みたいですし」

 

 スズハの言葉にクレアが疲れた様子で遠い目をした。

 今回の不祥事の責任を取る形でクレアとレイン。その他数名はとある地に左遷されることが決まっている。

 城や城下町の復興がある程度終わればそこである仕事に就く事となっている。

 左遷先では相当精神的苦痛を味わう事になるだろう。

 アイリスが寂しそうに話しかける。

 

「本当に帰られるのですか? まだ本調子でもないのでしょう?」

 

「ヒナに視線を向けながら言わないでください。えぇ。そろそろ戻らないと、屋敷に戻ったときに掃除が大変ですから」

 

 それにこれ以上、ここの人達に迷惑をかけるのも気が引けるので、と内心で付け加える。

 クリスが話題を少し戻す。

 

「お土産は分かるけど、他に何か用事あるの?」

 

「はい。一応は、と思いまして」

 

 するとスズハはクレアにあるお願いをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城の地下で1週間前までシラカワスズハが入れられていた部屋。

 そこには入れ替わりで今回の首謀者が拘束されていた。

 軽く身動(みじろ)ぎするくらいしか許されない拘束。

 魔王軍と通じていた彼は自殺されないように猿轡を噛まされている。

 この部屋に続く通路から、複数の足音か耳に届く。

 

 拘束されている扉が開くと、そこにはクレアとアイリス。それとカズマとスズハが現れた。

 アイリスが手で合図をすると、クレアが噛ませている猿轡を外し、舌を噛み切らないようにいつでも指を口に入れられるようにする。

 拘束されている男性、ホーリー・ジョージはスズハを見て鼻で笑う。

 

「おやおや。今更私に何のようでしょうか? あぁ成程。自分がやられた事への報復にでも来ましたか?」

 

「そんなつもりはありませんが。貴方に一応の報告と質問したい事があったので」

 

 ジョージが疑問を口にするより早く、ゆっくりと手を動かすと、この空間に水精霊(ウンディーネ)が現れてる。

 だけどその姿は女性のモノではなく、スズハと同い年くらいの少女に年齢を引き下げられている。

 水精霊(ウンディーネ)は浮遊したままスズハに後ろから抱きつき、ジョージを睨むように鋭い視線を向けている。

 

水精霊(ウンディーネ)の大半は元の水源に戻りましたが、力の一部を私の元に残してくれました。前任の契約者である貴方には一応知らせておこうと思いまして」

 

「……知っていますよ。視ていましたからね」

 

 魔力不足で支配からは逃げられたとはいえ、契約自体が完全に切れていた訳ではない。

 水精霊(ウンディーネ)の主がスズハに変更される瞬間までその視界は共有されていた。

 

「あそこまで暴走した水精霊(ウンディーネ)なら必ず貴女を手にかけると思っていたのですが……」

 

 この結末が本当に納得いかないとばかりにスズハに抱きついている水精霊(ウンディーネ)を見る。

 長い間、従属を強いられていた反動か、大半の力を元の場所に置いてきたせいか、水精霊(ウンディーネ)は顔をスズハの背中に隠した。

 

「この子は、ずっと見守ってきた。この地に住む人々の営みを」

 

 この国が生まれ、王都という人々のコミュニティが出来てからずっと、水という生命を分け与え続けてきた。

 

「長い時間を存在し続ける精霊にとって、高々10年の隷属。強い怒りは有っても憎しみではなかった。きっと貴方はそこを勘違いしたのです」

 

 一度発散されれば治まる怒り。

 ジョージはその強い感情を感じて憎悪と勘違いしただけ。

 そうでなければスズハが今回の件をどうにかするなど出来なかった。

 一度間を置いてからスズハは聞きたかった事を質問する。

 

「ジョージさん。どうして貴方は水精霊(この子)を理解しようとしなかったのですか?」

 

 精霊使い(エレメンタルマスター)なら、スキルで精霊の感情はある程度伝わる筈だ。

 もしも彼が水精霊(ウンディーネ)と心を通わせていたらその時点で詰んでいた。

 10年という月日があれば、可能だったのではないかと思う。

 スズハの質問にくだらないとばかりに目を細めた。

 

「どうしてもなにも。道具に自分の意思など必要ないでしょう?」

 

 ホーリー・ジョージにとって精霊はあくまでも道具でしかなく、意志疎通自体が煩わしい。

 道具は道具らしく大人しく主の思惑通り機能すれば良いのだ。

 道具と心を通わせるなど本当に気持ち悪い。

 

「……」

 

 ジョージの態度にそれでも何か言おうとするスズハに彼は自らの態度を変えた。

 

「あぁ。本当に反吐が出るほど気に入らない良い子ちゃんだなぁ……」

 

 それは日本語で放たれた拒絶。

 

「俺は精霊にも人間にも無条件で好かれて大事にされてるお前が大っ嫌いだ。何の苦労もせずにチヤホヤされてるだけの箱入り娘が。ここまで俺をイラつかせるなら、アイリス王女を刺した罪を被せたとき、早々に殺しておけば良かった」

 

 心底嫌悪感を剥き出しに拒絶するジョージ。

 これが彼の本質で、もしかしたらこの世界にやって来たときから、心の成長が止まっていたのかもしれない。

 ジョージの言葉に青筋を立てたカズマがちゅんちゅん丸に手を掛けるが、鉄の鳴る音を聞いてスズハが止める。

 ちゅんちゅん丸の柄に手を添えて止めたスズハが日本語で返した。

 

「そうですか。ですが、私だって信じていた人に裏切られたことは、あるんですよ……」

 

 スズハは自分をあの男に売った兄の姿が頭に過ったが、瞬きと共に追い出した。

 

「さようなら、堀井丈治さん。もう二度と、顔を会わせることはないでしょう」

 

 最後に日本語でそう別れを告げると、クレアにもう良いですと言った。

 再びジョージに猿轡を噛ませて、部屋の扉はギィと鈍い音が立てて閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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遅れた帰り道。そして――――。

「……どうかそろそろ娘を返していただけませんか? アイリス様」

 

「もう少し待ってください! まだ馬車の出発時間まで時間が有るでしょう?」

 

「いや。もう過ぎてんだけど。馬車待っててくれてるよな?」

 

「荷物は先に積んであるから大丈夫だと思うが……」

 

 ヒナを抱きしめて離そうとしないアイリスにスズハは困って息を吐く。

 既に乗る筈の馬車の出発時刻は過ぎている。

 本当なら転移魔法で帰れば良いのだが、今回の事件で各地の貴族や豪商。他国の王族などに連絡を取り合うために今も人員が足りてないと言うことで、1番高い馬車で合意する事にした。

 シンフォニア家のお金で。

 

「もう時間ですので」

 

「あ……っ!?」

 

 いつまでも離しそうにないアイリスにスズハがやや強引にヒナを返さしてもらう。

 名残惜しそうなアイリスの横からクレアが割って入った。

 

「今回は本当に世話になった。それに此方の勘違いで傷を負わせて毒を飲ませるところだった。本当に済まなかった」

 

 頭を下げるクレアにスズハは居心地が悪そうに手を振る。

 

「いえ。謝罪は何度もしてもらいましたし、相応の物を頂いたので」

 

「そうか。もしも何かに巻き込まれた時、連絡をくれれば出来得る限り我がシンフォニア家が力になろう」

 

「そうならないのが1番なんですけどね」

 

 スズハの言葉にクレアは違いないと頷く。

 最後にスズハは娘に言う。

 

「ヒナ。アイリス様にバイバイして」

 

 言いながらヒナの手を掴んでアイリス達に向けて手を振らせる。

 ヒナも、アイリスに向けて満面の笑みで。

 

「ばーばー」

 

「っ!?」

 

 バイバイと上手く発音できずにそう別れを告げた。

 

「そろそろ本当にマズイのではないですか?」

 

「そ、そうだよね。急がないと!」

 

 紅魔族2人に急かされて慌てて馬車停に急ぐ。

 慌ただしく去っていく集団の背中が見えなくなるまで立っているとアイリスの視界がじわっとブレた。

 

「アイリス様?」

 

「……ごめんなさい。色々と大変な事も有ったけど、お兄様達が来てからの時間がすごく刺激的で、楽しかったから」

 

 少し困ったところはあるが、とても楽しい兄が出来た。

 同い年の同性で、とてもしっかりした友人が出来た。

 そして、心を揺さぶられる小さな命に出会った。

 

 大変で危ない事も有ったけど、あの日々があまりにも輝いていて。

 思い出を抱きしめるように手を組んで、アイリスはカズマ達が消えていった背中を見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬車停に着くとそこにはミツルギキョウヤと2人の少女が待っていた。

 

「アクア様。お見送りに来ました。いつまでも現れないから、時間を間違えたのかと思いましたよ」

 

「ちょっとアイリスが離してくれなかったのよ。魔剣の人はまだ王都に残るの? お金はたくさん貰えたんでしょ?」

 

「はい。まだ魔王軍の脅威が心配ですので」

 

 ミツルギも今回の事件の報酬でかなりの額の報酬を貰っている。

 数年は高級宿に住んで遊んで暮らせる程の額だ。

 それでもこうして真面目に魔王軍が攻め込んでくるのを警戒する辺りが彼らしい。

 

「ミツルギさん。今回は手助けして頂いてありがとうございます。それと以前は失礼な態度を取ってしまってすみませんでした」

 

 失礼な態度というのは、前にミツルギに話しかけられて途中で逃げてしまった事だ。

 ミツルギもそれを思い出して苦笑いを浮かべた。

 

「気にしてないよ。でも、今回無事で良かった」

 

「はい……」

 

 そんな風に世間話をしているとクリスが此方を呼ぶ。

 

「ねぇー! 馬車もう出ちゃうってよー! 急いでー!」

 

「あー! 待って待ってっ!? 女神を置いていったら天罰を下すわよ!」

 

「置いてかないでください!」

 

 慌てて馬車に乗り込むアクア達にミツルギは手を振って別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒナをめぐみんに預けてスズハはぐったりした様子で壁に頭を預けている。

 まだ魔力問題は完全に解決した訳ではなく、気を抜くと気怠さで辛いのだ。

 

「それで? 良かったのですか? クレア達の処遇はあんなもので。何なら最後に私が爆裂魔法であの屋敷を吹き飛ばしても良かったのですよ?」

 

「……めぐみん。犯罪に犯罪で返しても犯罪者になるだけなんだよ?」

 

 未だにクレア達の処遇に納得してないめぐみんが掘り返す。

 

「これから充分大変だと思いますよ」

 

「アルカンレティアへの左遷でしょう? 大した事ないではないですか」

 

 クレアとレイン。そして他数名はアルカンレティアへの左遷が決まった。

 王と王子の不在で王女であるアイリスが決断を下した。

 めぐみんの不満にスズハはアイリスに王女から聞いた話を伝える。

 

「今、アルカンレティアでは温泉に代わって聖水の販売事業で成り立っているらしいんですけど、それが思ったより上手く行ってないらしいんです」

 

 あのハンスとの戦いでアクアが温泉を最高品質の聖水に変えた。

 当初は嘆いていた住民も聖水の販売が温泉以上の利益が見込める事で早速販売を開始した。

 スズハには解らないが、最高品質の聖水は様々な活用方法があるらしい。

 ただここで問題なのが聖水を売るのがあのアクシズ教徒達という事だ。

 

「なんでも、エリス教徒限定で適正価格の5倍以上の値段で売り付けていて、思ったより出回ってないそうなんです」

 

 国教というだけあり、この国の大半はエリス教徒だ。

 特に貴族や国の重鎮の殆どは。

 それは王族も例外ではないし、クレアやレインもエリス教徒である。

 

「国から何度もエリス教徒への価格上げを止めるように要請していたらしいですけど、向こうが取り合わないらしいんです」

 

 今回クレア達がアルカンレティアでその交渉を任される訳だが、エリス教徒である彼女達の話をまともに聞いてくれるか。おそらくは無いだろう。

 どれだけ互いに利益のある提案を出しても彼らは感情でそれらをエリス教徒だというだけで拒否してクレア達を否定し、拒否するだろう。

 観光客ならともかく交渉役として街に留まるなら、嫌がらせも住民から散々受ける事が予想される。

 

「もし途中で逃げ出せば、今度は彼女達が毒杯を呷る事になります。ちなみに前任の交渉役はストレスによる脱毛症や過食症になって異動したらしいですよ」

 

「……それ、成功するのか?」

 

 聞いただけで成功しそうにないお仕事にカズマはうへぇと口を歪めた。

 ついでに暴力に依る解決はNGらしい。

 

「はい。アクアさんに頼めば」

 

「ふぁい? なぁに?」

 

 先程から会話に参加せず、買ってあったお菓子をパクパク食べていたアクアに視線が向いた。

 

「聖水の利益が発覚してからアルカンレティアのアクシズ教徒の方々はあの温泉を女神アクアが降臨して変えた聖水という触れ込みで売っているらしいです。ですから、アクアさんがクレアさん達の要求を呑みなさいと言えば全て解決です」

 

 何せ本物の女神アクアの言葉だ。アクシズ教徒達も従わない訳にはいかないだろう。

 調べたところによると、既に向こうは目の前のアクアをちゃんと女神アクアと認識しているらしい。

 だからアイリスからはこっそりと気が済んだら許してあげてくださいね、と言われている。

 

「なんつーマッチポンプ」

 

「それに今回、王族やシンフォニア家との後ろ楯も出来ましたし、何だかんだで得してるんですよね」

 

 この世界で王族貴族とパイプを結べた事は大きい。

 もしもまた今回や以前アルダープの屋敷を吹き飛ばした時のように変な嫌疑をかけられてもダスティネス家を含めて力になってくれるだろう。

 得をしている、という部分に反応してアクアが上機嫌になる。

 

「そうなのよ! 私今回の沢山の人を生き返らせたじゃない? その時に女神アクアに感謝して、アクシズ教に入信なさいってアドバイスしてあげたの! きっと彼らはエリス教徒から敬虔なアクシズ教徒に生まれ変わったに違いないわ!」

 

 フフン! と得意気に話すアクア。

 実は、アクアが生き返らせた者達はエリスによって現世に魂を送り出されており、エリス様にお会いし、生き返る事が出来たと深く女神エリスに感謝の祈りを捧げている。

 これはアクアの行動云々ではなく、単純に死後で会ったのがエリスであった事と、単純にアクシズ教の評判が悪すぎるのだ。

 

「それにしても、流石に今回は疲れました。アクセルの街から出ると色々な事件が起きて酷い目に遭いますね。しばらくはアクセルの街を出たくないです」

 

 アルカンレティアでの魔王軍幹部と遭遇に始まり、紅魔族の里では壊された建物に潰され、今回は無実の罪で牢屋行き。

 

「またアクセルを出たら、今度は遭難したり誘拐されたり記憶を失ったりストーカー被害に遭ったり」

 

「おいやめろよ。何をコンプする気だよ……」

 

 本人は軽い調子で言ってるが、確かにしばらくはアクセルから離れない方が良いかもしれない。

 というか、最近のスズハの起こる災難を見ると本当に起こりそうで怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日かけて昼頃にアクセルの街に戻ってくるとアクアが腕を上げて伸びをする。

 

「うーん! やっぱりアクセルの街に着くと帰って来たーって感じがして安心するわね!」

 

「散々帰りたくないと駄々こねておいて」

 

 そこでクリスが団体から離れる。

 

「それじゃああたしはここで失礼するね! 孤児院にも顔を出したいし!」

 

「あぁ。今回は色々と世話に────いや待てクリス。このまま屋敷に寄ってくれ。なんなら泊まっても構わん。ゆんゆんもだ」

 

「え? なんで?」

 

 ダクネスの提案に首を傾げる2人にめぐみんは思い出したように手を置く。

 

「そうですね。その方が。なら私は、予定にあった店で料理と飲み物を届けて貰えるように頼んできます。この時間なら、夜には間に合うでしょうから」

 

「めぐみん!」

 

 そう告げて駆け足で去っていくめぐみん。

 

「どうしたんだ?」

 

「お料理って、パーティーでもするの?」

 

「アクアお前……まぁいいか」

 

 疑問を口にするアクアにダクネスが呆れるが何も言わないことにした。

 

 帰りがてらにウィズの魔道具店に寄ると、泣きながらウィズが抱き付いてきた。

 

「スズハさん!? ご無事で本当に良かった~! 心配したんですよ!」

 

「ご心配をおかけしました」

 

「どこもお怪我はありませんか?」

 

「えぇ、まぁ……アクアさんのおかげで」

 

 視線を僅かにズラして苦笑いで答えるスズハ。

 それで怪我をさせられた事はウィズも察したが、それ以上何も言わなかった。

 

「ふむ。五体満足で結構結構! 小娘の生存祝いについ先日偶々仕入れた魔力増強のポーションを20本3割引きで売ってやろう。どうだ?」

 

 ポーションの入った小瓶を揺らして見せるバニル。

 偶々ではなく、おそらくこうなる事を予見して仕入れておいたのだろう。

 

「買わせて貰います。あ、今は手持ちが無いので明日銀行でお金を下ろしたら取りに来ても良いですか?」

 

「毎度あり! 商品は今持って行って構わん。貴様の事だから約束を反古したりはすまい!」

 

 そう言って魔力増強のポーションが入った箱をカズマに持たせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に今回の報告を兼ねて冒険者ギルドに挨拶へ回った。

 

「スズハちゃん」

 

 すると受付嬢のルナを始めとするギルド職員や冒険者達が寄ってくる。

 

「お久しぶりです。あ、これお土産です」

 

 ギルド職員に予め用意していたお土産を渡す。

 そこで飲んでいた冒険者が話しかけてくる。

 

「どうせカズマが何かやらかして、そのとばっちりを喰らったんだろ? 大変だったなぁ」

 

「おいコラ。デタラメ言ってるとお前の装備をスティールすんぞ」

 

 いきなり罪状を被せられてカズマが凄むが、そんなのが通じる訳もなく。

 そんな中で女性冒険者達のヒソヒソ話が聞こえた。

 

「もしかして城のお宝を盗んだりとか王女のパンツを盗んだりとかしたんじゃないの?」

 

「王女刺殺未遂でスズハちゃんの濡れ衣は新聞に書かれてたけど、帰ってくるのにこんなに時間がかかったなら別の……」

 

「まてぇ!? 俺今回は本当に無実だからー!」

 

 その他の冒険者も何か言っていたが、本気で言ってる訳ではなく、彼らなりの歓迎である。

 それから今回の事件を解決した報酬が出ていることを確認して帰路に着く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから商店街を通ると、住民から揉みくちゃにされた。

 皆がスズハとヒナの無事を喜ぶ。

 何故か誰もカズマの心配をしてなかった事に本人がちょっぴり傷付いていたが。

 商店街の人達に色々な物を貰って通るとスズハ達が住む屋敷が見えてきた。

 以前めぐみんが爆裂魔法で壊した屋敷の一部は既に修理されていた。

 それを見て、スズハの足が止まる。

 

「どうしたの?」

 

「いえ。アイリス様が刺されて捕まった時に、ここに帰れないって思ってたので。だから、まるで夢みたいで……」

 

 処刑されるのかもしれないと思った。

 だからこうしてこの場所に帰ってこられたことが奇跡のようだ。

 そんなスズハの背中をダクネスが押す。

 

「馬鹿な事を思ってないで、早く入るぞ。準備が無駄にならなくてよかったしな」

 

「準備?」

 

 促されるままに屋敷に入る。

 すると中はスズハの記憶と少しだけ違っていた。

 玄関のロビーに長いテーブルが置かれており、市販や手作りの装飾が飾られていた。

 それを見たアクアが声を上げる。

 

「あー!? そうよ! スズハの誕生日よ! どうせそれまでには帰ってくるんだと思って、3人で準備してたのよ!!」

 

「あ!?」

 

 そういえばカズマもスズハの誕生日だからと帰ることを決めたのだった。

 その後のゴタゴタですっかり忘れていた。

 スズハ自身も。

 誕生日と聞いたゆんゆんがオロオロする。

 

「わ、私スズハちゃんにプレゼント用意してない! どうしよう……」

 

「いえ、祝って貰えるだけで嬉しいです」

 

「そ、そういう訳にはいかないよ!? ちょっと買ってくる!」

 

 するとゆんゆんはダッシュで出ていってしまう。

 

「まぁ、料理が届くのは夜になるだろうし、構わないか」

 

「カズマ。あなたも行かなくて良いの? プレゼントなんて用意してないでしょ?」

 

「一応、前にスーツを仕立てた時に用意したわ! お前こそどうなんだよ?」

 

「私? バッカねー! 今日はスズハの為に取って置きの芸を披露するわ! それが1番のプレゼントよ!」

 

 胸を張って自信満々にドヤ顔するアクア。

 確かに、アクアなら変な物を渡されるよりは芸を披露させた方が良いかもしれない。

 

 それからしばらくしてめぐみんとゆんゆんが戻ってきた。

 どうやら途中で会って合流したらしい。

 夜には料理が届いて、先程店に寄ったときにダクネスが招待していたウィズが来る。

 バニルは不参加らしい。

 少し溜まっている埃などを掃除して料理を置く。

 すると今日のメインだからと座らされていたスズハは抱いているヒナが自分に向けて手を伸ばしている。

 

「ヒナ?」

 

「まー、まー」

 

「────っ!?」

 

 今確かに、拙いがヒナがママ、と言った。

 自分だけに聞こえたそれに、スズハは娘の手を取る。

 

「ありがとう、ヒナ。最高の誕生日プレゼントよ」

 

 娘を褒めていると、準備を終えたアクアがテンションを上げる。

 

「さぁ、準備は整ったわ! これより早速スズハの誕生日を祝う、花鳥風月っ!!」

 

 アクアが花鳥風月で出した水が動き、誕生日おめでとう、スズハ。というメッセージが書かれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウォルバク様っ! 魔王様からの通達です!」

 

 ウォルバクと呼ばれた赤い髪の女性はやっとかと言わんばかりに手紙を受け取る。

 そもそも彼女は今回、王女暗殺の為に王と王子をこの地に留めるのが仕事だった。

 もちろんそれで王と王子を討ち取れればそれでよし。

 しかし毎日爆裂魔法を撃ち込んでいるにも関わらず未だにどちらも一進一退の状況だった。

 

「王女暗殺は失敗したのね。だから撤退しろとお達しよ。最低限の物資を持って退きましょう」

 

 ウォルバクの言葉に部下の1人が不満そうに意見を言う。

 

「宜しいのですか?」

 

「この膠着も飽きたし。私が居なくなったら貴方達があいつらに蹂躙されるわよ? やっぱりこの国の王族は化け物だわ」

 

 なんせ1ヶ月近くも毎日爆裂魔法を防ぎ続けてきたのだ。

 

「そろそろ、温泉にでも入りたいわー」

 

 もう撤退する気満々のウォルバクに部下が質問する。

 

「しかし例の内通者。本当にこちらに就くつもりだったのでしょうか?」

 

「それを試す為の王族暗殺でしょう? 成功すればここ最近減った幹部の代わりに結界を維持の人員にするつもりだったみたいだけど。魔力だけはかなりの物だったみたいだし」

 

 魔王も元から期待していた訳ではない。

 王都への攻撃は前から定期的に行われていたし、そのついでに成功していたらいいな、とは考えていただろうが。

 どちらにせよ失敗した以上は王国側に情報を吐いて処刑されるか。

 それとも情報が漏れる前に魔王軍が暗殺するかの未来しか残ってないだろう。

 すると、2枚目の命令書にはこう書かれていた。

 

「ベルディアの任務を引き継ぎ、アクセルの街の調査を求む……」

 

 仕事の内容を確認してウォルバクはアクセルの街って温泉あったっけ? と空を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 



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帰ってきた日常・前

 スズハはお昼ご飯を終えた後に運動を兼ねて箒で広い庭を掃く。

 今日はカズマ達もお休みでめぐみんは一緒に庭を掃いており、ダクネスは実家に呼び出され、カズマは部屋で昼寝をしている。

 アクアは昼食を食べるとすぐ遊びに出掛けていった。

 最近はますます大きくなって体重の増えた娘を背負うのも大変だが、目を離すのも恐いのでおんぶ紐で固定している。

 スズハの歩く揺れが心地よいのか今は眠っているが、起きると泣いたり髪を引っ張ってきたりするのが困る。

 2人は落ち葉を集めていると、めぐみんが時折こちらに視線を向けてくる。

 

「どうしました?」

 

「いえ。スズハのいつも着ている服とは趣が少々異なるので」

 

「……わたしもコスプレみたいでまだ馴れません」

 

 苦笑いを浮かべるスズハが今着ているのは先日の誕生日でカズマから贈られた服だ。

 白衣に赤い袴。髪を結ぶ為の丈長。

 俗に言う巫女服である。

 いつの間にか用意したのか、贈られた時は驚いたが、今はありがたく着させてもらっている。

 

(でも、本当に巫女服なんて何処で手に入れたんだろう? サイズも丁度良いし……)

 

 正確には少し大きめ位だが、スズハは現在成長期である。すぐにピッタリになるだろう。

 2人で話しながら庭掃除をしていると話題はこの間銀行に振り込まれたお金の話しになる。

 

「それにしても、口座の金額が物凄い額になりました。この街に来たばかりの頃は無一文でしたのに、何だか実感が湧きません」

 

 宝くじに当選したような気分になる。

 

「あれだけの事をされた上に王都の危機も救ったのですから当然です。むしろ少ないくらいなのでは?」

 

「ふふ。そんな事はないですよ。でもあんなにお金があると使い道に迷いますね。ヒナがもう少し大きくなって手がかからなくなったら、将来お店を持つのも良いかもしれません」

 

 娘が大きくなって親の職業を訊かれても答えられるように。

 お店を持つかどうかはともかくだ。

 屋敷で何か製作して卸すのも良いかもしれない。

 それなら今の環境でも問題ないから。

 

「ちなみにどんなお店を持つつもりなのですか?」

 

「まだそこまでは考えてませんよ」

 

 などと雑談に興じていると昼寝していたカズマが外へと出てきた。

 

「ふぁ~。ちょっと寝苦しくて起きちまった……」

 

 シャツの中に手を入れてボリボリお腹を掻きながら現れたカズマにめぐみんが眉を動かす。

 

「だらけ過ぎですよ、カズマ」

 

「ここんところ危ない目にばかり遭ってたからな。しばらくはゆっくりさせてくれよ」

 

「そんな事を言ってると、いつまで経っても動かないでしょう。大体カズマは本当に魔王を倒す気はあるのですか! 私は魔王を倒して最強の魔法使いの称号を得るためにこのパーティーに入ったのですよ!」

 

 このパーティーが結成されたばかりの頃、あまりにも戦力として問題のあるめぐみんとダクネスを追い出す為の口実だったのだが、律儀に覚えていたらしい。

 

「もう働かなくても生活できるしなぁ。いいんじゃないか? 魔王なんて放って置いて。態々こんな遠くまで攻めてこないだろ」

 

「この男は……!!」

 

 カズマのやる気の無さにめぐみんが箒を折らんばかりに力を込める。

 

「そんなに魔王を倒したいなら、もっと優秀なパーティーに加入したらどうだ? その方が現実的だろ?」

 

 めぐみんがアクセルの街の殆どのパーティーから追い出された事を知っていて発言する。

 それを素直に認めるめぐみんでもなく。

 

「ふ、ふん! 私ほどのアークウィザードを十全に活かすとなると、それなりに能力を求められるのです! そう! カズマみたいに小賢しくもド外道な手を躊躇しない頭脳が求められるのです!」

 

「お前絶対褒めてないだろ、それ」

 

 若干イラついたカズマだが、話題を戻す。

 

「それで、何の話をしてたんだ? 店がどうこうとか言ってたけど」

 

「えぇ。この間の件でお金がたくさん入ったので将来的に何かお店でも出せないかなって。お店じゃなくても何か作って卸す形でも良いですけど」

 

「何かやりたい仕事でもあるのか?」

 

「残念ながら今のところは。ゆっくり考えてみます」

 

 時間はたくさん有るのだ。

 焦る必要は何処にもない。

 

「とにかく! カズマも暇なら掃除を手伝ってください! ほら窓拭き!」

 

「……分かったよ」

 

 指示を出すめぐみんにカズマも頭を掻く。

 中へ入る前にスズハに話しかけた。

 

「その巫女服、気に入ってくれたか?」

 

「はい。白ですから汚れとかが恐いですけど、大事に着させてもらいます」

 

「そっか」

 

 実を言うと巫女服は半分ネタのつもりで買ったのだが、こうして着られているのを見ればやはり嬉しい。

 感想を聞いて満足し、屋敷の中へと入っていくカズマ。

 

「庭の掃除が終わったら一緒に買い物でもどうです? 今晩何か食べたい物はありますか?」

 

「そうですね。ここ最近は煮物や魚の料理がメインでしたから、ガッツリお肉が食べたいです」

 

「なら、ハンバーグはどうです? パン粉がもうちょっとで使い切れるので」

 

「良いですね! 1番の大きいのを所望します!」

 

「皆さん同じ大きさですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動く野菜などを入れる箱を抱えて商店街を歩く。

 すると商店街にいる人達が話しかけてくる。

 

「スズハちゃん。今日は良い鮭を仕入れられたんだ。どうだい?」

 

「良いですね。でも、今日はもう買う物は決まっていますので。ごめんなさい」

 

「おー。めぐみんちゃん。スズハちゃんの付き添いかい? ここで魔法を使うなんてやめてくれよ? 商店街が失くなっちまうよ」

 

「失礼な! 私にだってそれくらいの分別はありますよ! もう警察に怒られたくないですからね

 

 最後は小声で聞き取れなかったが何かとても危ない事を言っていた気がする。

 今日の晩御飯の材料と切れそうな生活必需品の買い足しをする。

 そこで2人に寄ってくる子供が居た。

 

「スズハお姉さん!」

 

「エルザさん。あ、走ったら危ないですよ!」

 

 近づいて来たのはめぐみんの妹であるこめっこと同い年くらいの女の子だった。

 

「どうしました?」

 

「うん! これ、やっと出来たの!」

 

 見せてきたのは折り紙で折られた鶴だった。

 少しだけ不恰好ではあるが、キチンと折られている。

 それを見たスズハはエルザの頭を撫でる。

 

「上手ですね。ちゃんと鶴の形になってます」

 

「えへへ。たくさん練習したんだよ! あたしが1番最初に折れたの!」

 

「そうですか。すごいですね」

 

 エルザとはこの商店街の買い物に疲れて休んでいた時に他の子供たちと一緒に囲まれて質問責めにあったのが始まりだった。

 子供というのは自分に正直で、興味の引かれたモノに対して真っ直ぐに行動する。中には赤ん坊であるヒナにちょっかいをかける子供もいる。

 さすがにそうなると周りの大人が叱ってくれたりスズハも注意する。

 アクセルの街の子供は素直な子が多いのですぐに止めて謝ってくれるので大きな問題にはなっていない。

 その際に子供達の注意を向ける為に折り鶴を折ったのが注目を集めた。

 以前外国へ旅行に行った際に折り鶴を折ってあげると大人子供に関係なく喜ばれた事を思い出したからだ。

 それ以降、集まってくる子供達に何度か鶴やらハートやら薔薇などを折ってあげると子供達の間では折り鶴がちょっとしたブームになっていた。

 スズハがエルザを褒めていると耳に響く声が届く。

 

「めぐみ~んっ!! スズハ~っ!!」

 

 泣きながらアクアが走ってくる。

 

「どうしよう、2人共っ! 私、お金取られて今月のお小遣いが無くなっちゃった!」

 

「え! もしかして盗まれたのですか!? 早く警察に行かないと」

 

 めぐみんの指摘にアクアがブンブンと首を横に振る。

 

「そうじゃないの! 今日冒険者ギルドに行ったらね!」

 

 何でも外からやって来た冒険者とアクセルに在住する冒険者がカードゲームに興じていたらしい。

 それも勝てば賭け金が貰えるギャンブル形式の。

 外来の冒険者は幸運値が高いのか、連勝重ねてそれなりの額を懐に入れていた。

 

「そこでね、皆のお金を取り返してあげようと私もそのゲームに参加したの! でも……」

 

 そこからは言葉にせずとも理解できた。

 

「それで全額巻き上げられてしまったと……」

 

 呆れた様子のめぐみんの言葉にアクアは指をツンツンさせて頷いた。

 

「自業自得じゃないですか……」

 

「私だって頑張ったの! ゲーム前に幸運を上げる補助魔法(ブレッシング)を使って挑んだのよ! それで全敗するなんておかしいわ! おかしいわよ!! 絶対ズルしてるわアイツ!!」

 

「むしろアクアがイカサマと言われてもおかしくないのですが……」

 

 幸運を上げる魔法とか明確なイカサマでなくとも相手に卑怯と言われても仕方ない行動である。

 まぁ、そこら辺は相手次第だろうが。

 

「お願い! 仇を取ってよ! お金を取り返して! 私のお小遣いはカズマが管理してて、最近は前借りも許してくれないの! 今月はもう使えるお金がないのー!!」

 

「お、落ち着いてくださいっ!?」

 

 スズハの肩を掴んで揺さぶってくるアクア。

 めぐみんが引き離すとスズハは自分の財布の中を確認する。

 

「わたし、今日はもう買い物を済ませたばかりであまりお金は有りませんよ?」

 

 ギャンブルである以上は此方もお金を賭ける必要がある。

 しかし、必要額以上は持ち歩かないようにしているスズハの手持ちはそう多くはない。

 それにアクアがフフンと鼻を鳴らした。

 

「それなら大丈夫よ! スズハみたいな子供からお金を巻き上げるなんていくら何でもしない筈だわ。例えしたとしても、アクセルの冒険者達が黙ってないんだから!」

 

「最低ですね!」

 

 確かに、スズハからお金を巻き上げれば周りの冒険者から冷たい視線くらいは浴びせられるかもしれない。

 

「ねぇ! お願いよ! 荷物持ちでも何でもするから助けてよー!」

 

 しがみついてくるその姿はとても女神とは思えない。

 結局は2人が折れる形になる。

 

「分かりました。負けても文句言わないでくださいね?」

 

 スズハの言葉にアクアの顔がパアッと明るくなる。

 続いてめぐみんに小声で話しかけた。

 

(めぐみんさん。賭け金が足りない様でしたら貸してください。後で返金しますので)

 

(……仕方ありませんね)

 

 内緒話をして上機嫌のアクアの後ろに付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダクネスは父に呼び出されて私服姿で椅子に座っている。

 父であるイグニスの横には最近秘書としてダスティネス家で働いている、前領主の養子であるバルターが立っていた。

 口を開いたのはイグニスからだ。

 

「よく来てくれたね、ララティーナ」

 

「いえ。それより急な呼び出しでどうしましたか?」

 

 ダクネスの質問に少しだけ言いづらそうに間を置いてから話す。

 

「実はここ最近多くのお見合いの話が────あぁ、待て待て! 今回はお前のじゃない! だから無言で立ち去ろうとするな!」

 

 立って踵を返すダクネスにイグニスが引き止める。

 自分のではないという話にダクネスは椅子に座り直す。

 ダクネスのお見合いの話でないのなら誰のだろうか? 

 もしや父は再婚を考えているのかとも思ったが、内容はダクネスの予想の斜め上を行っていた。

 

「実は、シラカワスズハさん。彼女に多くの貴族。その息子とお見合いをして欲しい。もしくは養子に来ないかと手紙が来ていてね。我がダスティネス家にその仲介を、という要請が多く舞い込んで来てるんだ」

 

「…………………………はぁっ!?」

 

 父の言葉にダクネスが内容を時間をかけて咀嚼し、変な声を出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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帰ってきた日常・後

「あの……それはいったいどうしてそんな事に?」

 

 動揺を隠しきれないままにイグニスに質問をすると彼は逆にダクネスに問いかける。

 

「最近、アクセルの街に普段とは異なる冒険者や、商人などの業者が出入りしているのは気付いていたかい?」

 

「えぇ、まぁ……見慣れない冒険者が増えたな、とは」

 

「それらの大半はお前達の事を調べるために各貴族から雇われた者達だ」

 

「私達を?」

 

 疑問に思うダクネスにイグニスが説明を続ける。

 

「最初はシラカワスズハさんだけではなく、君達全員が婚約の申し出をする対象だった。しかし調査を進めて行く内に、彼女だけに狙いが絞られたようだね」

 

 手で指示を出すとバルターが纏められた書類をダクネスの前に置く。

 

「捕まえた何人かの調査員から聞き出した君達に関する調査報告書だ」

 

 一応言っておくと、本当に話を聞き出しただけで捕まえる事は勿論、報告書の押収もしていない。

 彼らの調査方法が違法だった訳ではないし、彼らが持っていった情報の大半がこの街に住む者なら周知の事実である内容だったからだ。

 書類にはダクネスを除いた他のメンバーとゆんゆんに関する内容が纏められていた。

 

 先ずはサトウカズマ。

 アクセルの街を襲った魔王軍幹部やデストロイヤーなどの討伐に実質的な指揮官として活躍。

 本人は最弱職の冒険者ではあるが、指揮官としての適性は高いと思われる。

 しかし、公衆の面前で女性の下着を剥奪や王族貴族に対して礼儀を酷く欠いており、王都滞在時には多くの問題を起こしていた。

 婿養子として取り入るには性格に難ありと判断。

 

 続いてアクア。

 王都で多くの死傷者を癒した極めて優れたアークプリースト。

 問題点として自身を女神アクアだと吹聴しており、敬虔なアクシズ教徒な上に妄想癖有り。

 また、散財癖とアルコール依存症の可能性も有り。

 そして毎日のようにアクセルの街でトラブルを起こしているため、貴族として迎え入れるには不適切な人物だと思われる。

 

 次にめぐみん。

 紅魔族のアークウィザード。

 しかし修得している魔法は爆裂魔法のみであり、本人も喧嘩っ早く、住民とのトラブルが絶えない。

 また、毎日街の周辺で爆裂魔法を使用する危険人物。

 問題外と言わざる得ない。

 

 そしてゆんゆん。

 紅魔族のアークウィザード。

 極めて優秀な冒険者であり、単独で多くの依頼をこなす少女。

 人格面での問題は見られないが、本人は紅魔族族長の娘と名乗っており、婚約の話を持っていった場合には紅魔族とトラブルになる可能性も有るため、留意されたし。

 

 最後にシラカワスズハ。

 複数の精霊と契約しているエレメンタルマスター。

 冒険者資格を得ているが、冒険者として活動している様子は皆無。

 アイリス王女と個人的な文通を行う交流が有るほど親しい関係の模様。

 アクセルの街での評判も極めて好意的であり、前領主であるアルダープの不正暴露に貢献。

 但し、実子かは不明だが赤子を抱えている。

 

 報告書を読み終えたダクネスは渋い顔を見せた。

 確かにこの面子ならヒナの事があってもスズハに最も注目が集まるだろう。

 何よりも、アイリス王女と親密な関係なのが大きな理由になっているようだ。

 それでも反論しようとダクネスは言葉を吐き出す。

 

「しかし、スズハは言ってしまえばただのアクセルに住む1市民ですよ? 貴族からこうもお見合いの話が持ち上がりますか?」

 

「彼女が王都の危機を救ったのは既に周知の事実だ。この国では優秀な人材が王族貴族に招かれるのは珍しくないからね」

 

 魔王軍との最前線であるこの国は優秀な人材なら積極的に取り込みにかかる。

 王族もそうして戦闘の素養が高い子供を産んでいる。

 それでも感情が納得出来るかは別であり、ダクネスが眉を中央に寄せているとイグニスが苦笑した。

 

「優秀な人材を入れて血を残そうとするのは貴族として当然の義務と責任だよ。勿論私も含めてね」

 

 今の言葉は暗に、お前も早く身を固めろと言われているような気がした。

 今回、スズハだけでなくおそらくはダクネス────ダスティネス・フォード・ララティーナにも見合いの要請が来ているのだろう。

 今それを口にしないのは親としての甘さか。

 ダクネスはそれに丁重にスルーしてスズハに見合い申し込んでいる貴族の書類に目を移した。

 スズハと年齢の近い者は少なく、1番多かったのはカズマやダクネスと同じくらいの年齢の貴族の子息。

 中にはダクネスの父であるイグニスと近い年齢の者もいる。

 逆に5歳くらいの子供まで。

 更に驚くべき事に。

 

「あの、お父様。この中には私が知る限り、既にご結婚されている方や婚約者がいる方も混じってるようですが」

 

「……どうやら、今回シラカワスズハさんとの婚約が通ったら今の婚約関係の解消や奥方と別れるつもりのようだね。望まない婚約だったり、散財癖のある困った奥方を持つ家は特に強く要望してきているよ」

 

 読み進めると婚約の際に色々と条件を付けている者もおり、中にはヒナの養子先は此方で用意しておくなどと書かれている家もある。

 そこでイグニスが少しだけ険しい顔をして話し始めた。

 

「見合いの話は今すぐどうこうという話ではない。先日の王都での事件もあるしね。だから当面の問題は、彼らの婚約者達の方なんだ」

 

「と、言うと?」

 

「自分の婚約者が突然現れた小娘に奪われるかも知れないんだ。彼女達も気が気でないだろう。当人同士で話が終わるなら良いが、中には怒りの矛先がシラカワスズハさんに向く可能性もある」

 

 スズハが現れなければ何事もなく夫婦になれたのに、と考える者もいるだろう。

 それにスズハはアイリス王女の覚えが良いと言ってもアクセルの1市民でしかない。

 貴族の婚約者とどっちが攻撃しやすいかと言うと────。

 

(スズハ。お前本当に何かに呪われてるんじゃないか?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ! 今度はこのスズハが相手よ! 私の仇を取ってくれるんだから! スズハも、こんな奴ヤッつけちゃって!」

 

 先程有り全金むしり取った水色髪のアークプリーストが今度は小娘2人を連れて戻ってきた。

 それは彼にとって大変都合の良い展開である

 実はカードゲームで小遣い稼ぎをしていたその冒険者はとある貴族令嬢に雇われてアクセルの街にやってきた盗賊職である。

 その貴族令嬢の婚約者が目の前にいるシラカワスズハに見合いの話を持っていった事で彼女の素行調査────というより、粗探しをするためにこの街にやってきた。

 だが聞き込みなどをしてもシラカワスズハの悪い噂はまったく出てこない。

 白い服を重ねるようにして着て、赤いスカートを履いた、この国では珍しい民族衣裳に身を包んだ少女。

 少しばかり聞き込みをすれば好意的な噂ばかり聞こえてくる。

 

(それなら、悪い噂を作ればいいしな)

 

 例えば今反対側に座る少女に負けさせ続け、そこから煽ってゲームを続けさせる。

 そうすればシラカワスズハはギャンブル狂いの気があると悪い噂の種が出来る訳だ。

 その情報を持っていくだけで噂好きの令嬢達が話を大きく尾ひれを付けて流してくれるだろう。

 

(それだけで50万エリス。悪く思うなよ、お嬢ちゃん)

 

 そんな事を考えていると、スズハが控え目に手を上げた。

 

「すみません。ルールの説明をお願いしても?」

 

「あぁ。分かった」

 

 ゲームのルールを説明すると納得した様子で頷く。

 

「わたしの知っているポーカーとルールは同じですね。はい、大丈夫です。ありがとうございます」

 

 軽く礼を言われて公平を期す為に適当な誰かにカードの配りを任せた。

 そしてカードが配られる。

 2人共何枚かのカードを交換して手にしている5枚を開示した。

 

「フルハウスだ。降りるかい?」

 

「いえ、わたしはフォーカードです。わたしの勝ちですね」

 

「お、やるじゃねぇか。ほら賭け金だ」

 

「ありがとうございます」

 

 盗賊職の男は最初の賭け金をスズハへと移す。

 

(ま、最初くらい華を持たせてやらねぇとな)

 

 彼とて冒険者として各地を周り、活動してきた。

 そこではこうしてゲームを興じて情報を得たり、貧窮している時に生活費を稼いでいた。

 つまり冒険者としてだけでなく、この手のゲームでも彼はプロと言える。

 故にこれからは彼の独壇場で────。

 

「フォーカード。フォーカード。ストレートフラッシュ。フォーカード。フルハウス。フォーカード。ストレートフラッシュ、です」

 

「ふっざけんなぁ!? どう見てもイカサマだろっ!! フォーカードが連続する上にストレートフラッシュなんてくるかぁ!!」

 

 次々と出される強い役に盗賊職の男がキレた。

 そしてディーラーをしている冒険者を睨む。

 

「おいアンタ! まさか故意にこの娘へ強い役をを渡してるんじゃないだろうな!」

 

「そんな事をするか。いや、俺もビックリだけどな」

 

 肩を竦めてディーラーは苦笑している。

 既にアクアの負け分は取り返しており、逆に盗賊職の男は自分の持ち金を失いかけている。

 

「そういえばスズハって、カズマより幸運値が高いんでしたよね」

 

「ここのところスズハは散々な目に遭ってたから忘れてたわ……」

 

 後ろで何か言っている2人を無視して次のカードが配られた。

 

「あ、ロイヤルストレートフラッシュです」

 

「いい加減にしろぉ!? ロイヤルストレートフラッシュなんて65万分の1じゃねぇか! イカサマだろイカサマッ!!」

 

 このままでは貴族令嬢から報酬を貰う前に無一文になってしまう。

 そう思って騒ぎつつもギャンブルでイカサマを行う程手癖が悪いと報告するかと八つ当たり的な思考が過る。

 すると遠くで様子を見ていたダストが酒を片手に後ろから盗賊職の男の肩に腕を回す。

 

「おいおい。負けが込んでるからってみっともねぇぞ。それにもしもスズハちゃんがイカサマしてたとしても、バレなきゃイカサマじゃないんだぜ?」

 

 ダストの言葉に観戦していた周りの冒険者達も同調する。

 それに小さくなっていると、スズハが立ち上がった。

 

「それでは、わたし達はそろそろお暇します。晩御飯の準備もありますし」

 

 そしてアクアの負け分だけ纏めて、後は返金した。

 

「おい!?」

 

「これが今の全財産なのでしょう? こちらは取られた分だけ返ってくれば充分です。冒険者は危険な職業です。せっかく稼いだお金をギャンブルに注ぎ込まない方が良いですよ」

 

 スズハからすれば余計な恨みを買いたくないと思っての返金だった。

 それに無いと思うが有り金を奪われて犯罪に走られても迷惑だ。

 アクアとめぐみんに向かって笑顔を見せる。

 

「それじゃあ帰りましょうか。アクアさん、約束通り荷物を持ってください」

 

「えー! 何でお金返しちゃうのよ! そのお金で帰りに何か買って帰りましょうよ!」

 

「アクア。あまり駄々をこねないでください」

 

 3人の少女がギルドから去っていくと、盗賊職の男は返されたお金を見る。

 

(50万エリスは諦めるか……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういう訳で、彼女への説明を頼む」

 

「それは構いませんが、何故私から? 今日スズハも呼んで話せば良かったのでは?」

 

「私から話すと形だけでも見合いの話を受けそうだからね。ララティーナからの方が彼女も気を使わなくて良いだろう」

 

 つまりはスズハの本心が知りたいという事だ。

 

「分かりました。スズハには私から聞いておきます」

 

「頼むよ。仮に見合いを承諾したとしてもそう悪い話じゃない。ダスティネス家(うち)が間に入る以上、シラカワスズハさんを無下には扱えないからね。相手にも因るが、身を固めるのも1つの道だと思って欲しいと伝えてくれ」

 

「分かりました。伝えておきます」

 

 そう言ってダクネスは念のために見合いの書類を手にして部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーずっと窓を拭いてたから腰がイテェ……」

 

「運動不足なんじゃないですか、カズマ」

 

「んー! やっぱり勝った後のご飯は美味しいわね~」

 

「最近、モンスターによる家畜への被害が多いらしくてお肉が高いんですよね」

 

 4人がそれぞれ話をしている中で黙々とダクネスは食事を進めていると、スズハが不安そうに話しかける。

 

「あの、ダクネスさん。もしかしてお口に合いませんでしたか?」

 

「ん? い、いや! そんな事はないぞ!! うん。スズハの料理はとても美味しい。ちょっと考え事をしてただけだ」

 

「なんだよダクネス。もしかして今日家に呼び出されて親父さんに何か怒られたのか?」

 

 茶化すようなカズマの態度にダクネスはそんな訳があるかと返す。

 このまま悶々と悩んでいても仕方ないと話を切り出す事にした。

 

「スズハに訊きたい事があるのだが」

 

「はい? わたしですか?」

 

「うん。その……スズハは故郷に婚約者などは居たりするのか?」

 

「……居ませんが。どうしたんですか、突然?」

 

 ダクネスの質問に瞬きして答える。

 もしかしたらスズハとカズマの遠い故郷にそうした相手が居るかもしれないと念の為の確認だった。

 実はスズハの知らないところでとんでもない人物が仮とはいえ婚約者とする話が進んでいたのだが、今となっては関係のない事である。

 

「うん。実は、スズハに各貴族からお見合いの話がダスティネス経由で来てるらしいんだ」

 

 その話題にスズハは事の原因を考えて口にする。

 

「王都での件が原因ですか?」

 

「そうだ。あの件でスズハは色々と頑張ってくれたからな。アイリス様への覚えも良い」

 

 そこでアクアが疑問を口にした。

 

「それっておかしくないかしら? あの事件では私もたくさん活躍したんですけど。スズハにだけお見合いの話が来るなんてこの国の貴族はロリコンばかりなの? 普通ならこの美しくも気高い女神アクア様にこそ真っ先にそういう話が来るのが当然じゃないかしら?」

 

 立ち上がって腰と胸に手を当てるポーズを取るアクア。

 そんな女神にカズマとめぐみんは白けた視線で見た後にダクネスに問う。

 

「それって、受けなきゃ駄目な話なのか?」

 

「いや、断るなら断ってくれて構わない。お父様もスズハの意見を尊重すると言っている。だから遠慮なく本心を言ってくれ」

 

 ダクネスの言葉にスズハは申し訳なさそうに返した。

 

「ならお断りさせて頂きます。今はヒナの世話で手一杯ですし、ここでの生活が好きですから」

 

「そうか……そうだな……」

 

 実を言うと、スズハが内心はどうであろうとこの話を受けるのではないかと少しだけ思っていた。

 だから正直に答えてくれた事に安心した。

 隣に座っているヒナに食事をさせながら話を続ける。

 

「正直、大きな家に縛られるのはもう遠慮したいので。この子にとっても……」

 

 言いながらヒナの汚れた口を拭く。

 出来ればヒナには伸び伸びと育って欲しいと思う。

 

「分かった。お父様には伝えておこう」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと良いか?」

 

「えぇ。どうぞ」

 

 ノックに対して入室の許可を出すとジャージ姿のカズマが入ってくる。

 

「少し話してもいいか?」

 

「はい、かまいません。あ、でも、ヒナが眠ったばかりですのでお静かにお願いします」

 

「おう」

 

 部屋にある椅子に座るとカズマは晩御飯での話を蒸し返した。

 

「お見合い、断って良かったのか?」

 

「今は住む家もお金も有りますから。貧窮してたなら飛び付いてたかもしれませんけど。それに────」

 

「それに?」

 

 一瞬、スズハが小さく笑ったかと思うと、頬に手を当てて心配そうな表情に変わる。

 

「わたしがここを出ていったら、皆さんがどんな生活をするのか不安で不安で」

 

「お前は俺らの母親か!」

 

 そこまでだらしない連中だと思われていたとは心外だ。

 思い当たる節はたくさんあるが。

 すると、スズハがカズマの手に触れる。

 触れている手は小さく震えていた。

 

「……まだ、男の人は怖いって気持ちも有って。結婚と言うなら、()()()()()も視野に入れる必要があるでしょう。わたしにはまだ、その勇気はありませんから。例えそれが数年先の事でも」

 

 もしもまた男の人に押し倒されたら。気が動転して暴れて、精霊の力を使って相手を傷付けてしまうかもしれない。

 だから今のところスズハの中で異性と一緒になるという選択はなかった。

 カズマもスズハの答えに納得したのか、椅子から立ち上がる。

 

「悪かったな。ヒナが寝たばかりなのにお邪魔して」

 

「いいえ。わたしも話せて頭の中が纏まってスッキリしましたから。カズマさん。おやすみなさい」

 

「おう。おやすみ」

 

 挨拶をすませるとカズマはスズハの部屋の扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編5:父娘の再会・前

タイトルだけ見れば感動的。


 貴女が初めて私をママと呼んでくれた日の事を覚えている。

 貴女が初めて自分の両足で歩いた日の事を覚えている。

 貴女が自分でご飯を食べられる様になった日の事を覚えている。

 貴女が初めて自分1人で着替えが出来る様になった日の事を覚えている。

 どんなに価値ある宝石よりも。

 どんなに煌びやかな細工を施された衣服よりも。

 貴女は私の生きる希望であり、誰よりも大切な愛しい私の娘。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日からわたしがこの部屋を使っていいんですよね!」

 

「えぇ。昨日も言ったけど掃除は自分でするのよ?」

 

「はーい」

 

 シラカワスズハの娘であるヒナも7つと年齢を重ねて、近頃は自分のプライベートを強く意識し始めた。

 スズハの言葉を聞いているのかいないのか、自室が出来て浮かれている娘を見ているとめぐみんが話しかけてくる。

 

「淋しそうですね」

 

「そうみえますか?」

 

 こうして娘が少しずつ手元を離れていく。

 それを嬉しいと思う反面、淋しいと感じるのも否定は出来なかった。

 ここのところヒナは着物だけでなく洋服にも興味を持ち始めたり、スズハ達と過ごすよりも年齢の近い子供達と一緒に遊ぶ方が楽しいと感じ始めている。

 

「ふふ。アイリスが知ったら、泣き出すかもしれませんね」

 

「アイリス様にもいい加減あの甘やかし癖をどうにかしてほしいんですけどね」

 

 困った様子でスズハは肩を竦める。

 アイリスのヒナに対する甘やかし方は妹に対するそれというよりも、初孫を喜ぶ祖母に近い。

 この間も200万エリスもするドレスを贈られてきた。

 そんな彼女が自分よりも友人を選んだら、ショックで泣き崩れるかもしれない。

 

「それはそれとして、流石に私の部屋を2人で使うのも手狭になってきましたからね。良い機会ですよ」

 

 元々1人用の部屋を母と娘で使っていた。

 しかしスズハもヒナも体が大きくなって狭く感じていたのだ。

 それにヒナが母親と同じ部屋で着替えなどをする事に煩わしさを感じ始めてもいた。

 スズハが仕込んだ事により、ヒナの家事能力は同世代の比べて高い事もあり、部屋を与えても問題ないと家族会議で決定した。

 

「それじゃあヒナ。私は作業場に居るから。運んだ荷物は出して整理しておくのよ」

 

「はーい」

 

 上機嫌に返事をする娘を信用してスズハは作業場に向かう。

 ヒナがある程度手がかからなくなり、スズハは屋敷で出来る裁縫の仕事を始めた。

 それもただの服作りではなく、精霊の力を付与させた特別製の衣服だ。

 これはかつて王族暗殺を企てたホーリー・ジョージの遺された研究資料を基にスズハが形にした。

 伝説級の効果、とまではいかないまでも、それなりの人気商品としてウィズ魔道具店に卸している。

 バニル曰く、負債しか仕入れない店主より余程店に貢献しているとの事。

 難点はスズハしか製作出来ない為に大量生産が出来ない事だ。

 ちなみに効果は。

 雪精:気温が高くなると衣服の冷たくなる。

 火精霊:気温が低くなると衣服が温かくなる。

 風精霊:弓矢や投石を受け流す矢避けの加護。

 土精霊:皮の鎧以上の硬度に変化。

 水精霊:水の上での歩行が可能。

 等々。値段は少し高めだが奮発すればアクセルの街の冒険者でも充分購入可能な値段で売られている。

 最初は手探りだったが今は購入者の意見を取り入れてそれなりの利益になっていた。

 手には職があり、血の繋がった娘と血は繋がらずとも家族と思える人達との平穏な日々。

 

「幸せ、だなぁ」

 

 噛み締めるようにそんな言葉が漏れる。

 後数年もすれば故郷よりもこの世界で暮らした年月の方が長くなる。

 最初は不安が大きくて潰れてしまいそうだったが、今はこの街に馴染んで故郷とこの世界常識の違いなども受け入れられている。

 このまま、穏やかに過ごせることを願ってスズハは針動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実は、少し話したい事がある」

 

 ヒナが学校に行っている間。ダクネスが真剣な表情でこの場に集まっている3人に話し始める。

 

「何だよ、改まって。嫁に行き遅れかけてるララティーナお嬢さ、まっ!?」

 

 茶化すカズマをダクネスが殴り飛ばした。

 

「真面目に聞け! それと私は結婚しようと思えばいつでも出来るんだ!」

 

「そう言っている間にどんどん貰い手がなくなり……」

 

「ほう? めぐみんも拳骨を喰らいたいのか?」

 

 ボキボキと指を鳴らすダクネスにめぐみんは口を閉じた。

 苛立った様子で眉間を揉んでから話を続ける。

 

「ここ数年で急成長している新しい商会があってな。主に取り扱うのは最近貴族に人気の化粧品や香水、石鹸などの美容品だ。それが昨日からこの街に訪れている」

 

 話しを聞くと特にカズマ達とは関係なさそうな物だが。

 

「何か買って欲しいのか? それとも、その商会ってのが何かヤバい連中なのか?」

 

「……わからない」

 

「私達もダクネスが何を言いたいのか分からないのですが」

 

 どこかこれから言うことを躊躇っているダクネス。

 本当にヤバい連中なのかと思ったが、なら門番が追い返すか、それなりの制限を設けるだろう。

 どちらにせよカズマ達には直接関係のない話で躊躇う理由が分からない。

 

「その商会の代表者の名前が、モリタケマコトと言うらしい」

 

 聞きたくなかった名前をダクネスが口にしてこれまでお茶を淹れていたスズハの手が止まる。

 

「……生きてたんですね、あの人」

 

 かつてカズマの裁判後に程なくしてアクセルの街から去って行ったと人伝に聞き、忘れることもないが思い出すこともしなかった。

 普段からは想像出来ないくらい冷たい声で呟くスズハ。

 トラブルの予感にカズマは頭を掻く。

 

「何でそんな奴を街に入れるんだよ」

 

「正式な手続きを踏んでいる以上は門前払いなど出来ん。疑わしきは、で拘束する訳にもいかないからな。一応名目としては新規顧客層の開拓と新商品開発の為の原材料を購入だからな」

 

 日本での事件をこの街で裁ける訳もないし、貴族の中にはその商会のファンも多い。

 下手に手を出せば、糾弾されるのは此方になりかねない。

 

「大丈夫ですか? スズハ」

 

 厳しい顔をしているスズハにめぐみんが気に掛ける。

 

「えぇ、はい。まぁ……取り敢えずはヒナに知らない人にはついて行かないように言い含めて置きます。今接触するなら私よりも娘の方にだと思いますので」

 

 スズハに何かしらの嫌がらせを行うなら、直接ではなく娘を狙ってくる可能性が高い。

 

「念の為に護衛は付けます。向こうが近づいて来ないなら無視しましょう。でももし。もしもヒナに危害を加えるなら、その時は────」

 

 最後に自分の紅茶を淹れてティーポットを置く。

 

「近々、アイリス様も遊びに来られますし、騒ぎを起こす必要はありませんから」

 

 手紙には久々にこっちへ遊びに来れると逸る気持ちが文字に出ている文章が綴られていた。

 

「いいんだな?」

 

 確認するように訊ねるダクネスにスズハは頷く。

 

「もう私達には関係のない人ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、今度、ヒナちゃんのお部屋に遊びに行くね」

 

「うん、来て来て! ナタリーちゃん!」

 

 学校の下校は幾つかの集団に分かれており、ヒナは友人と手を繋いで歩いていた。

 友達と別れると1番学校から家が遠いヒナは1人、家路を歩く。

 

「明日にはアイリス姉様も遊びに来てくれますし。お母様と一緒にお菓子を焼いたら喜んでくれるかなぁ」

 

 前に焼き菓子を作った時は失敗してしまったがアイリスはおいしいおいしいと食べてくれた。

 しかし今回はちゃんと作ってアイリスを喜ばせたい。

 いつも色々な物を贈ってくれるアイリスに自分が出来るお礼がしたいのだ。

 

「がんばらないと」

 

 グッと拳を握って気合いを入れる。

 そうして帰り道を進んで行くと、停車していた小さな馬車から見知らぬ男性が降りてくる。

 

「もしかして君、シラカワヒナちゃん」

 

「え?」

 

 知らない男性に声をかけられてヒナの肩が跳ねる。

 

「あぁ、やっぱり。着物を着てるし、お母さんにそっくりだから」

 

 ニコニコと笑顔で話しかけてきた男性。

 年齢はヒナには分からないが、カズマより上かもと感じる。

 整った顔立ちに身嗜みもキチンとしており、貴族と言われても信じてしまいそうな身なりの男性。

 このところ母に知らない人にはついて行かない事。もし危ないと感じたら声を出して誰かに助けを求めなさいと口酸っぱく言われた。

 ここで声を出しても隣家からは距離が離れていて、ヒナの声は届きにくいだろう。

 

「あ、あの。ごめんなさい! 急いでますので!」

 

「ちょっと待って」

 

 男性の横を通り過ぎようとすると、手で遮るように制される。

 

「あの、通してください」

 

「本当に怪しい者じゃないんだよ。僕は君のお母さんとは昔からの知り合いでね。ヒナちゃんと話がしたくてお母さんにも許可を貰ってるんだ」

 

 知らない大人に声をかけられて小さい体を震わせるヒナに男性は安心させるような優しい声。

 だけどおかしいとヒナは感じた。

 そんな話は聞いてないし、もしそうだとしても母自身が一緒に居てくれる筈だ。

 

「あなたは、誰ですか……?」

 

 ヒナの質問に男性は小さく声を漏らした。

 

「僕は、モリタケマコト。君のお母さんとは小さい頃からの付き合いで、君の本当のお父さんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後編もなるべく早く書き上げられるよう頑張ります。


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番外編5:父娘の再会・中

三部に分ける事にしました。
前にカズマにカメラを造れば良かったって発言が在りましたが、このすばに在るんですね、カメラ。
原作っていうかアニメでダクネスがバルターの似顔絵を持ってくるから無いのかと思ってました。


 いつも優しい声でわたしの名前を呼んでくれる人。

 いつも笑顔で包んでくれる温かな人。

 怒ると怖い時もあるけど、それ以上に愛してくれた人。

 はぐれないようにと手を繋いで歩いてくれる人。

 そして本当にわたしを愛してくれる人達がいる。

 だから父親が居ないことを淋しいと感じた事はなくて。

 だけど周りとは少し違う自分の事が小さな針のように違和感を時々感じて。

 だから知りたいと思った。

 わたしの事を。

 そして、お母様(あなた)の事も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シラカワヒナは自分の父と名乗る男性と馬車の中で向き合う形で座っていた。

 街の中を移動する馬車の為、中は2人が向き合うくらいの広さだ。

 ヒナは知らない人に付いて行かないという母親に言われた事を破ってしまった事に後ろめたさから手を膝に置いて俯いていた。

 視線を向かいのマコトに向けると笑みを浮かべており、話しかけてくる。

 

「それにしても、本当にスズちゃん。お母さんの子供の頃にそっくりだ。娘は父親に似るって言うけど僕には全然似なかったね」

 

 はは、と声を出すマコトにヒナは意を決して話しかけた。

 

「……あの、おとう……さま?」

 

 躊躇いがちだが父と呼ばれてマコトは瞬きする。

 

「これまでずっと離れていたのに父と呼んでくれるなんてね。嬉しいよ」

 

「どうして、今になって……?」

 

 会いに来たのか、という問いかけにマコトは申し訳なさそうに、うんと返す。

 

「これまで商会の設立と商売を軌道に乗せるのが忙しくてね。今日まで会いに来る余裕がなか────」

 

「わたしはっ!」

 

 マコトの言葉を遮ってヒナが自分が聞いていた事を口にする。

 

「わたしは、お父様がお母様に酷いことをして、それで一緒に住めないとお聞きしました」

 

 それはカズマから聞いた話だが、スズハも否定していない。

 何れ話すとだけ言われただけ。

 ヒナの言葉にマコトは表情を曇らせた。

 

「あの時の事は本当に酷いことをしたと思ってる。ヒナちゃんはお母さんと僕の事をどこまで知ってる?」

 

 マコトの質問にヒナはただ首を横に動かした。

 父親の事など、それ以外に聞いた事もなかったから。

 

「僕とスズちゃんは家族ぐるみで交流が有ってさ。スズちゃんのお兄さん。ヒナちゃんにとっては伯父だね。子供の頃から仲が良くて、その縁で年齢(とし)は離れていたけどスズちゃんと婚約していたんだ」

 

「お母様と?」

 

「そうだよ。本当はスズちゃんが大きくなって、僕が父と同じ仕事で経験を積んだら正式に結婚する筈だったんだ」

 

 そんな話しは初めて聞いて戸惑うヒナ。

 

「故郷の日本って国ではスズちゃんの実家はとても大きな家でね。あの子にも華があった。パーティーに参加した際には偉い大人がたくさん話しかけるのは珍しくなかったし。同世代の男の子達も彼女が話しかけると顔を赤くするなんて初々しい反応をしてたよ」

 

 懐かしいなぁ、と過去を思い出に浸るマコト。

 母の昔の話しなど滅多に聞けない為にヒナは僅かながら心躍らせ、マコトに対して警戒心が緩んでいく。

 話の最中、マコトが突然ヒナから視線を外す。

 

「だから、婚約者としてちょっと嫉妬してたんだ。当時の僕は世間をナメてる子供(ガキ)で、スズちゃんを本当の意味で自分のモノにしたかった。その気持ちが逸って、彼女には酷いことをしてしまったと後悔したよ。その時の事が原因でヒナちゃんを妊娠したと知ったのも大分後のだった」

 

「お父様……」

 

 当時の事を反省するように沈痛な面持ちの表情を手で覆う。

 顔から手を下ろすと、その手はヒナの手を握った。

 

「本当なら君達親子の前に出るべきじゃないと何度も思った。それでもやっぱりヒナちゃんは僕の娘だから。ずっと気になってたんだ。もちろんお母さんの事も」

 

 熱を持って語るマコトにヒナは内心を揺さぶられる。

 

「今更かもしれないけど、出来ることならあの時の責任を取りたい。今日ヒナちゃんと話をして余計にそう思った。やり直したいって。だからお母さんを説得する為に少しだけ協力して欲しいんだ」

 

 すっかりマコトのペースに引き込まれたヒナは相手に同情的な気持ちが芽生えていた。

 

「お母様は、とても優しい方です。心から謝れば、きっと許してくれると思います。だから頑張りましょう、お父様」

 

「……ありがとう、ヒナちゃん」

 

 ヒナは言ってしまえば箱入り娘である。

 だから、悪意を持って接触してくる相手を知らない。

 感謝する父の言葉に顔を赤くして視線を下に移す。

 その時にマコトの顔が先程までの優しい笑みとは別の笑みに変わっていることに気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズマさんが買い物に付き合ってくれるなんて珍しいですね」

 

「まぁな」

 

 実を言うとめぐみんにダラダラしてないでたまには荷物持ちくらいしろと言われただけである。

 カズマの様子にスズハは何を思ったのか、変な事を言い始めた。

 

「お菓子なら買いませんよ? 明日どうせアイリス様がお土産に大量のお菓子を持ってくるに決まってますから」

 

「お前、俺を何歳(いくつ)だと思ってんの? ヒナじゃないんだぞ」

 

「ふふ。でも昔、アクアさんと一緒に買い物に出かけると、あれ買ってこれ買ってってねだってこられたんですよ。主にお酒でしたけど」

 

「あの駄女神は……」

 

 数年越しに聞く真実に今度会ったらそこら辺を突っついてやろうと決めた。

 お肉屋さんに着くと、物珍しそうに店主がカズマを見る。

 

「珍しいな。お前がスズハちゃんと一緒に買い物なんて」

 

「そういう日もあんだろ?」

 

「そうかい」

 

「すみません、このお肉を────」

 

 スズハが買おうとしている量にカズマが首を捻る。

 

「多くねぇか?」

 

「明日はすき焼きにしようかと思いまして。何年か前にアイリス様が鍋物を食べた時には絶賛してくれましたし。この間、大きな鍋も買って丁度良いかなって」

 

「大変だなぁ……」

 

 そういうことを考えるのを任せているカズマは素直に感心する。

 

「いえいえ。こめっこさんが遊びにくる時に比べれば全然大した事はないですよ。食い尽くし系って言うんでしたっけ? あの人が来ると本当に大変で……」

 

「あ~」

 

 染々と言うスズハにカズマは納得して変な声を出す。

 めぐみんの妹であるこめっことスズハは相性が悪い。

 数年前に遊びにきた時には屋敷の食料をかなり食い荒らされた。

 特に菓子と肉類は全滅だ。

 食べた本人は『たくさん有るんだからいーじゃん』と開き直っており、最初はめぐみんの妹という理由で軽く嗜める程度だったスズハも声を上げて叱りつける騒ぎになった。

 その大きな理由がまだ4つだったヒナが楽しみに取っておいたお菓子を勝手に食べたのが理由なのだが。

 

 閑話休題。

 

 いつもより多くの肉を買ったおまけにコロッケを貰って2人で食べながら次の店に向かうと、ここにいる筈のない人物が手を振っていた。

 

「お兄様! スズハさん!」

 

「アイリス!?」

 

 ダクネスが隣に居て、御忍び用の庶民用服(それでも高価だが)を着たアイリスが近づいてきた。

 

「ごめんなさい。お仕事が予定よりも早く終わったので1日早く来てしまいました」

 

「ちょっとビックリしましたね……」

 

 鍋は1日早く繰り上げかな、と考えているとアイリスがスズハとカズマの辺りをキョロキョロ見る。

 

「あの、ヒナさんは?」

 

「もう学校から帰って来てると思いますが……」

 

 スズハの言葉に少しだけ肩を落とすが、すぐに期待感に胸を膨らませる表情になる。

 

「そうですか。前回はドレスでしたので今回はヒナさんに似合いそうなお洋服を用意したんです。あ、もちろんスズハさんやお兄様達にも用意してありますので。魔道カメラに収めるのが楽しみです!」

 

 それ血税ですよね? と訊こうとしたが答えは分かりきってるので止めた。

 

「ごめんなさい、アイリス様。まだ買いたい物があるので先にお屋敷に向かってもらえますか?」

 

「お買い物ですか。ちょっと興味あります。御一緒しても良いですか?」

 

「それは構いませんが……」

 

 ダクネスの方を見ると好きにさせてくれ、頼むとジェスチャーされた。

 

「では行きましょうか、アイリス様。次は八百屋です」

 

「はい!」

 

 そんな話をしている2人を余所にダクネスがカズマに話しかける。

 

「すまないが、アイリス様をよろしく頼む」

 

「どうしたんだよ、ダクネス? アイリスの護衛とかで側に居なくて良いのか?」

 

「あぁ。少々気になる事があるのでな。何も無ければ晩御飯までには戻れると思うが、遅れたら先に食べていてくれ」

 

「? 分かったよ」

 

 その後、黒髪と金髪の美女2人に買い物をされた店からおまけやら割引やらで得をして帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒナがマコトに案内されたのは貴族や大きな商会が使う、アクセルで三指に入る高級宿だった。

 マコトの商会は規模こそまだ小さい物の勢いがあり、貴族に接客する機会も多く、この宿を使うだけの財力を有していた。

 ヒナとマコトは大きなソファーで一緒に座り、これまで離れていた時間を埋めるように話をしていた。

 ヒナは学校生活の事や屋敷で暮らす家族の事。

 カズマの話をするとマコトが僅かに表情を曇らせたが、ヒナは気付かない。

 ルームサービスのケーキを上品な動作で食べるヒナを見てマコトが感心する。

 

「綺麗な動きで食べるね。まだ7歳なのに。お母さんの教育の賜物かな?」

 

「はい。お母様、テーブルマナーとかうるさいんですよ」

 

 ちょっとだけ不満そうに愚痴を言うヒナ。

 

「流石。スズちゃんも、子供の頃に散々そういうマナーを仕込まれてたな。気の毒に思えるくらい厳しく」

 

「そうなのですか?」

 

「家がとても厳しいみたいだったから。ほら、ケーキのクリームが口に付いてる」

 

 マコトはナプキンでヒナの口を拭いてあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後編はR18verの後日談と同じ日に1時間ズラして投稿予定。


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番外編5:父娘の再会・後

「まだ帰って来てない?」

 

「はい。一応ヒナと仲の良い、友達の家にも行ってみたのですが、一緒に帰って別れたと」

 

 屋敷に戻ると未だにヒナが帰宅してないと言うめぐみん。

 それに最初に反応したのはアイリスだった。

 

「ま、まさか! ヒナさんに何か危険が────って何をしてるんですかスズハさん!!」

 

 両目を手で覆っているスズハにアイリスが袖を引っ張って怒る。

 手を下ろすとスズハは苦い顔で小さく息を吐いた。

 

「……どうやらマコトさんと一緒にいるみたいです。今、あの子に付けている精霊と視覚を繋げて確認しました」

 

 マコトがこの街に来ていると聞いてからヒナにはもしもの時の為にスズハの精霊を護衛として付けている。

 まだ危害を加えていないので何もしていないが。

 スズハの言葉を聞いてカズマとめぐみんは顔を青くし、アイリスだけは状況が分からず困惑した表情をしていた。

 

「おいおい! それってマズイんじゃ────」

 

「早く助けに行きましょう!!」

 

「これ、何処の宿でしょう? いえ、マコトさんの商会が泊まってる宿を調べた方が早いですかね。ダクネスさんと別れたのは失敗でした」

 

 ダクネスならそこら辺を既に調べて教えてくれただろうに。

 間の悪さに握り拳を作っていると、アイリスが問いかけてくる。

 

「あの、マコトさんとは?」

 

 モリタケマコトのアイリスの質問にスズハが答える。

 

「血縁上はヒナの父親です。尤も、あの人が父親だなんてそんな事を認めるつもりはありませんが」

 

「え? え?」

 

 忌々し気に話すスズハに困惑するアイリス。

 しかし今はそれを丁重に説明している時間はない。

 

「ダクネスが商会の規模は大きくないけど貴族と取引してるって言ってたから、結構良い宿に泊まってるんじゃないか?」

 

「となると、街の西側でしょうか? あそこは貴族が使う宿が並んでますし」

 

 カズマとめぐみんがそれぞれ推理しているとスズハが頭を下げる。

 

「ごめんなさい、ヒナが……」

 

「何を言っているのですか! 私達は家族同然です! あの男がヒナに危害を加えるのなら、今度こそ私が滅し去ってやります」

 

「それは止めとけ。それよりもこんなところで駄弁ってないで行くぞ!」

 

 急ぐスズハ達にアイリスが困惑しながらも付いていく。

 

「どういう事なのか私にも教えてください!? ヒナさんが危ないんですよね! 私も付いていきますからっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頼んだケーキを食べ終わった後、ヒナはマコトと会話を楽しんでいた。

 

「お母様は精霊使いとしてアイリス姉様によく招かれるんですよ」

 

「へー。スズちゃんがねぇ。ところでアイリスってもしかしてこの国の王女の?」

 

「はい! アイリス姉様はお姫様でわたしにもとても良くしてくださいます!」

 

「へぇ」

 

 一瞬マコトの視線が鋭くなったが、ヒナはそれに気付かずに視線を一度下げて相手を見る。

 

「あの、お父様。わたしそろそろ帰らないと。お母様達が心配すると思うので」

 

 大分話し込んでいたのか、窓の外を見ると夕暮れから夜に時間が移ろいつつある。

 流石にこれ以上はと思う。

 それに母であるスズハと話をする為にも今は家に戻った方が良いと思う。

 しかしマコトはそれに頷かなかった。

 

「僕はまだ、話し足りないんだけどね」

 

 ヒナの髪を指で梳くように触れてくる。

 慣れたその動きが気持ちいい。

 

「全然髪が絡まない。お母さんが毎日手入れしてくれるの?」

 

「少し前まではお母様が梳いてくれましたけど、最近は自分でしてます」

 

「そっか。偉いね。スズちゃんも丁寧にヒナちゃんの髪を手入れしてくれてたんでしょう?」

 

「はい。とても大切にお手入れしてくれました。わたしをいつも宝物だって言ってくれます」

 

 母の慈しむ声を思いだし、くすぐったそうに照れ笑いを浮かべる。

 

「やっぱり、もっと話したいな。今までずっと会いたくて淋しかったんだ。悪いのは僕なんだけど、もう少しだけ一緒に過ごせないかな?」

 

「でも……」

 

 帰らないと、と断る前にマコトが質問する。

 

「それともやっぱり、僕の事が信じられないかな?」

 

 マコトの疑問にヒナはブンブンと首を横に振った。

 ヒナの視点から見てマコトは優しい。彼が本当に自分の父親だと言うのなら、一緒に居る事が正しいと思える。

 まだ人の悪意に鈍く、疑うことを知らない幼子。

 だから、相手の言葉をそのままに受け取ってしまう。

 

(お父様は、淋しかったんですね……)

 

 子供らしい同情でマコトを見上げる。

 

「お父様は今、どのようなお仕事をなさってるのですか?」

 

「僕? 僕は化粧品何かの販売をね。あ、そうだ。試してみる? 子供用の化粧水を最近製造したんだ」

 

 備え付けられている化粧台に置かれている小瓶を手に取る。

 

「でも……」

 

 興味はあるが、いきなりそうした物を使うのに抵抗がある。

 それでも父親に勧められて緊張しながら化粧台の前に座った。

 

「まだヒナちゃんは子供だから、量は少しだけね」

 

 言って、少量の化粧水を垂らしてマッサージするように顔や腕に広げられていく。

 

(あ。気持ちいい……)

 

 マコトのやり方が上手いのか、それとも冷たく液体と仄かに香る花の匂いに依るものか、目を閉じると眠ってしまいそうだ。

 

「商会を立ち上げるまでは本当に大変でね。あの時は裸一貫で食べる物も着る物もろくに無かった。ゴミを漁って飢えを凌いだ事もあったっけ」

 

 懐かしそうに話すマコトの声にヒナは耳を傾ける。

 

「昔、友人だった子が趣味で自作の化粧水を作ってて、その製作をどうにか再現して売り始めたんだ。もっとも、その時は信用なんてなかったから、色んな人達に頭を下げて媚びを売って、何とか生活出来てた」

 

「大変、だったんですね……」

 

「……うん。あの時は形振り構って居られなかった。それでも貴族の方達が買ってくれるようになってからは商売も軌道に乗ってね。今じゃあ、この街の高級宿の最上階を貸し切れるようになるまで成長した!」

 

 ここまで昇る過程を思い出してか、口調には若干熱が篭っている。

 

「スズちゃんはどうだった? ヒナちゃんはこれまで生活に不自由とかは、あった?」

 

「……ありませんでした」

 

 父親がこれまで苦難な道程を歩いて来たのかと思うと、これまで自分が衣食住不自由しなかった事に少しだけ申し訳無さが沸き上がる。

 

「そっか……スズちゃんはきっと、目に入れても痛くないくらいヒナちゃんを大事に育てたんだね」

 

 母を認めてくれるその言葉が嬉しくて、ヒナは笑顔ではいと肯定しようとする。

 しかし口から漏れたのは苦痛を訴える声だった。

 

「イタッ!?」

 

 座っているヒナにマコトが後ろから掴んでいる肩に力を入れる。

 

「お、父様……いたい、です……!」

 

「……この数年間、低能な貴族どもに地面が磨り減るほどに頭を下げて、どれだけ屈辱だったか。なのに、同じ理由でこの世界に来たあの子はなに不自由なくのうのうと生きて」

 

 ゾワリとヒナは背筋が寒くなるのを感じた。

 恐る恐るヒナは後ろに居る父の顔を見るために顔を動かす。

 すると、そこには先程までの安心感をもたらす優しい笑みではなく、恐怖を与えてくる歪な笑みを浮かべていた。

 

「あぁ……ヒナちゃんは本当に可愛いね。スズちゃんが手塩をかけて育てた娘。もしもそれを滅茶苦茶にしたら、いったいどんな顔をするかなぁ?」

 

 肩を掴んでいたマコトの手が着物の上から身体をなぞってくる。

 その触れている手の動きが恐くて気持ち悪い。

 

「静香さん……ヒナちゃんのお母さんはいつも僕に甘えてきた。スズちゃんはいつも僕を邪険にしてたけど、あの時の泣き叫んだ顔は可愛かったなぁ。許して、ごめんなさいって何度も懇願してきてさ。それに、あの子とは身体の相性も抜群だったし」

 

 マコトが何を言っているのかまったく理解出来なかったが、ここから離れなければと直感する。

 ヒナの頬をマコトの爪が掻くと、線が出来て血が流れた。

 

「母親とその娘、それに孫娘まで……僕の物になるなんてね。父娘でするのってどんな感じかなぁ?」

 

 ここから逃げたしたい衝動があるのに、目の前の父から目を逸らすのも恐くて動けずにいる。

 冷たい汗が滲み出て、上手く呼吸が出来ない。

 マコトの手がヒナの帯の結び目に触れた。

 

「ん? おわっ!?」

 

 いつの間にそこにいたのか、ヒナの肩に乗った小人がマコトを拒絶するように両手を突き出すと、突風が起こって吹き飛ばした。

 

風精霊(シルフ)ちゃん!?」

 

 ずっとヒナの着物の中に隠れていた、母の精霊の1体である風精霊(シルフ)がマコトを払い除けると、ジェスチャーで部屋を出るように指示する。

 スズハがヒナの護衛にと付けた精霊。

 ヒナに危害を加えた場合動くように指示されていた。

 金縛りが解けたように動いたヒナは、マコトが立ち上がるより早く部屋の外に出る。

 しかし、階段にはマコトが雇っている冒険者の姿を見て、慌てて近くの部屋に飛び込む。

 幸いにも部屋の中には誰も居らず、クローゼットの中に隠れて口を手で塞いでやり過ごす。

 

(どうしようどうしよう! どうすれば……)

 

 恐怖から身震いするヒナ。

 父親の豹変。あの締め付けるような視線を思い出して泣き出しそうになる。

 風精霊(シルフ)が慰めるようにヒナの額を撫でてくれたがこの場に置いて大した効果はなかった。

 ギィッと扉が開くと心臓が大きく跳ねた。

 

(お願い、気づかないで!)

 

 心の中でそう念じる。

 足音が聞こえるたびに泣き叫んでしまいそうな衝動を堪える。

 クローゼットの中に気付かずに他の部屋に行って欲しいとだけ願う。

 しかし、捜すのにそう広くない部屋。

 況してや閉まっているクローゼットを調べない訳もなく。

 

「見ぃつけた」

 

「ヒッ!?」

 

 クローゼットの中を開けたマコトに、ヒナが掠れた悲鳴が出る。

 風精霊(シルフ)がもう一度、風を起こそうと動くが、その前にマコトは手に持っていた小瓶を開けた。

 すると風精霊(シルフ)が中に吸い込まれて閉じ込められる。

 

風精霊(シルフ)ちゃんっ!?」

 

 先程とは異なる驚きの声で風精霊(シルフ)を呼ぶヒナ。

 

「精霊封じのアイテム。高額な上に一度解放したら効果が無くなる消耗品だから、これだけしか持ってないけどね。スズちゃんの事はあらかじめ調べてたから用意してたんだ。この精霊はお母さんのでしょ?」

 

 無造作に風精霊(シルフ)を封じた小瓶を落とす。

 

「それにしても、いきなり飛び出すなんて思ったよりお転婆だね。子供はそれくらい元気な方がいいのかな? でも、僕を吹き飛ばしたのはやり過ぎだね。父親として少しお説教しないといけないかな?」

 

 声は穏やかなのに、その笑みは驚く程に醜悪で。

 どうしてこの人に付いて行ったのか。かわいそうなどと思ったのか。

 子供のヒナでも相手の悪意を感じる事が出来る。

 

「こ、こないで……!」

 

「恐がらなくていいんだよ。昔、ヒナちゃんのお母さんにやったのと同じ教育をして上げるだけだから、ね」

 

 そしてマコトの手がヒナの顔に近づくと────。

 

「おいコラ。この変態野郎。その子になにしようとしてんだ」

 

 誰かがマコトの首根っこを後ろから掴み、無理矢理引き離させると反対方向に行くように顔面へと拳を打ち込んだ。

 

「っ!?」

 

「カズ、にいさま……」

 

 いつものジャージ姿で現れたカズマ。その陰に隠れるように一緒にいた女性が、ヒナに駆け寄ってくる。

 

「ヒナッ!」

 

「お母、様……」

 

 気の抜けた返事をするヒナをスズハが抱き締める。

 

「良かった! 無事なのね!」

 

 母に抱きしめられ、力を抜くヒナ。

 少し体を離してヒナを目を合わせると、暗がりで見逃していた頬の傷に気付いた。

 

「ヒナ……その傷。あの人にやられたの?」

 

 スズハの問いにヒナは小さく首を縦に動かした。

 

「……」

 

 その間にカズマとマコトが話している。

 

「お前ら、どうやって……! いや、それよりもこの階には誰も上げないようにと!」

 

「高級宿の最上階を貸し切りなんてしてるから、すぐにお前の商会が使ってる宿が割れたよ。それでも宿の従業員が入れてくれねぇから、めぐみんとアイリスが受付で騒いでる内に、潜伏とその他のスキルでここまで来たんだよ」

 

 この宿の特定は、冒険者ギルドに訊けばあっさりと話が聞けた。

 今フロントではめぐみんとアイリスがヒナを出せと騒いでおり、2人に注目している内にカズマのスキルでコソコソとやって来たのだ。

 

「ったく、何のつもりか知らねぇが、全然懲りてねぇんだな。また俺のスティールで素っ裸にされてぇのかぁ? スティール!」

 

 意気揚々とスティールを発動させてマコトの持ち物を奪おうとする。

 しかし。

 

「アレ? ミスった?」

 

 カズマの手には何も盗っておらず、空の手だった。するとマコトが首飾りを見せてくる。

 

「ハッ! バカが! コイツはスティール防止用のアイテムだ! 金の力をナメんなよ、このクソガキ!」

 

 殴られて怒り浸透のマコト。しかし、この場にはもっと怒りを溜め込んでる者がいる。

 

「……水精霊(ウンディーネ)

 

 ボソリと呟かれたスズハの声。

 するとマコトの上から水の女性、(精霊)が現れる。

 そして水精霊(ウンディーネ)はマコトの頭部を抱くように包み、自身の胸部の中へと誘った。

 

「ウゴゴッ!?」

 

 文字通り水精霊(ウンディーネ)の胸の中でもがき苦しむマコト。

 腕などを叩いているが、水の塊であるので何の効果もない。

 

「綺麗な女性に抱かれて死ねるなら本望でしょう?」

 

 ヒナの頬の傷を見た瞬間に頭が沸騰しそうだった。

 もしももう少し遅れていたら。

 かつてこの男に自分がされたことを思い出し、この状況から何をされようとしていたのか容易に想像がつく。

 反吐が出る思いだった。

 水精霊(精霊)に呼吸を封じられてもがいている男。

 この男のせいで、どれだけシラカワスズハの人生が狂わされたか。

 そして今度は娘まで、だ。

 これ以上この男に振り回されるなど冗談ではない。

 この世界に来てそれなりの年月が経過しての経験から生まれた、殺伐とした感情が表に現す。

 

「■んでください」

 

 呟いた言葉はゾッとする程に冷たく、マコトの抵抗は弱々しくなっていく。

 それを見ていたカズマがスズハの肩を掴む。

 

「止せよ。ヒナの前だぞ」

 

 言われてハッとなった。

 見ると、抱き寄せられているヒナは、怯えた表情でスズハを見ている。

 ヒナが抱き寄せられたままで後退る。

 

 それを見たスズハは、一瞬苦い顔をするとこの場から水精霊(ウンディーネ)を消す。

 

「ゲホッゲホッ……!?」

 

 苦しむマコトを見てスズハは呆れて息を吐く。

 

「貴方、もう30でしょう? 私への嫌がらせに娘を使うなんて、恥知らずな真似を良くできますね」

 

「……っ! 29だよ、クソが! また僕の邪魔をして! 大体僕がこんな目に遇ったのはお前の所為だろうが!!」

 

 濡れた頭を振りながらマコトは全てスズハの所為だと言う。

 むしろそれはスズハの台詞なのだが。

 マコトが癇癪を起こす子供のように喚く。

 

「お前が! 始めから妊娠なんてしなけりゃ、こんなクソみたいな世界に僕が来ることも無かったんだよ!! この数年間僕がどんな思いで生きてきたか分かるか! あぁん!! 貴族なんて名ばかりの低能なカスどもに、頭を下げなきゃならない屈辱が、どんなもんか!! それもこれも全部お前がそいつを堕胎(おろ)さなかったのがっ────!?」

 

 最後まで聞いて要られず、カズマがマコトの頭を掴んで床に叩きつけた。

 

「いい加減にしとけよ? それ以上喋るとぶっ殺すぞ」

 

 勝手な事ばかり言うマコトにカズマもキレそうになる。

 ヒナの手前だからと黙らせる為の脅しとして殺すと言っているが、そうしても良いのではないかと頭に過る。

 出会ってからこれまで、スズハがヒナを育てるのにどれだけ頑張ってきたのかを見てきた。

 それを簡単に堕胎せなどと聞いただけで虫酸が走る。

 

「うるせぇ! 他人が話に入ってくんな! それにな、スズちゃんは僕の物になる筈だったんだ! 夫の言うことに従うのは当然だろうが!」

 

「?」

 

 突然訳の分からない事を言うマコトにスズハが首を傾げると、ヒナが話す。

 

「あの……お母様とお父様は婚約者だったと……」

 

「……あぁ」

 

 ヒナの言葉にようやく合点がいった。

 あの時、どうしてマコトがスズハを襲ったのか。

 大企業の娘であるスズハと、大手とはいえ1弁護士の息子でしかないマコト。

 家柄という点ではスズハの方が圧倒的に上なのに、どうして手を出したのか。

 それが、あの時点で親同士でそういう話が出ていたのなら、ある程度納得出来る。

 父なら自分とマコトの婚約を推奨してたかもしれない。

 しかし。

 

「父がどう考えていたのかは知りませんが、貴方との婚約の話を知っていたなら絶対に拒否してました。私と貴方が籍を入れるなんてあり得ません」

 

 当時は仲の良かった兄に嫌がらせをしていた男と添い遂げるなど、絶対に御免である。

 スズハが本気で拒否すれば、父も考え直していただろう。

 それは、スズハの心情を慮っての事ではなく、そこまでのメリットを感じないという理由でだが。

 そうしていると、ドタドタと複数の足音が外から聞こえてくる。

 もしかしたら、マコトが雇った冒険者辺りが異常に気付いたのかもしれない。

 面倒になったな、とどうするか考える。

 すると────。

 

「モリタケマコト! 貴方を違法アイテムや薬物売買の容疑で拘束します!」

 

 現れたのは、カズマも何度か世話になったこの街の警察庁署長の女騎士だった。

 その後ろには複数の騎士に混じってめぐみんとアイリス。そしてダクネスも居た。

 

「ヒナさん!」

 

 アイリスがヒナに駆け寄る。

 マコトを騎士に捕まえさせるとダクネスに話しかける。

 

「なんでダクネスが一緒に?」

 

「まったくお前達は。アイリス様とめぐみんから事情は聞いたが、どうして毎回トラブルの中心に居るんだ。実は前々からこの商会は黒い噂があってな。警察が調べた所、化粧品に紛れて違法なアイテムや危険な薬物を運搬して売っているという情報を得て踏み込んだんだ。この街に居る他の商会のメンバーや、契約している冒険者は既に捕らえてある。尤も、護衛として契約してただけの冒険者の方は、事情聴取だけして解放されるだろうが」

 

 呆れと怒りが半々と言った様子で眉間に皺を寄せるダクネス。

 先程別れたのはその為らしい。

 話しているとアイリスの悲鳴が響く。

 

「スズハさん! ヒナさんの顔に怪我が!? は、早く高位のプリーストをっ!?」

 

「あぁ、いえ。傷は私が治します。ヒナ、顔を見せて」

 

 転生特典の腕輪の力で、ヒナの頬の引っ掻き傷を治す。

 すると、拘束されながらも抵抗するマコトが騒いでいる。

 

「離せよ、この!? 僕は悪くないんだ! そうだ、全部悪いのはスズちゃんで────」

 

 などと往生際の悪いマコトに、これまで沈黙していためぐみんがマコトの前に立った。

 

「ふんっ!」

 

 そのまま全力で容赦なくマコトの股間を蹴り上げると、プチッという感触と共に泡を吹いて気絶する。

 めぐみんの行動に、カズマだけはうわっと顔を青くして股間を無意識に防ぐ。

 

「これで少しはスッキリしました」

 

 やってやったぜと鼻を鳴らすめぐみん。

 そのままマコトが連行されて行くと、スズハはダクネスに質問する。

 

「あの人、これからどうなりますか?」

 

「ん? そうだな。商会は解散するだろうし、あの男は数年は檻の中だろう。お前から申し立てがあれば、接近を禁止させることも出来るが」

 

「そうですね。お願いします」

 

 軽く頭を下げるとアイリスが何を言ってるんですか? と話しに入ってくる。

 

「そんな軽い罰で許されるわけないでしょう? ララティーナ。あの人はスズハさんやヒナさんに酷い事をしたのよ? えぇ。必ず相応の罰を受けて貰います」

 

「アイリス様。あまり公私混同をするのは……」

 

「こんな時に権力を使わずに、何が王族ですか!」

 

 胸を張って言うアイリスに、めぐみんがカズマの影響ですよ、アレは、という視線を向ける。

 

 

 後に、モリタケマコトとその商会メンバーは開拓地へと移送され、そこで働かされる事になる。

 その地は過酷な環境にあり、土地の関係から事故が多い上に、モンスターにいつ襲われるかも分からない。

 開拓が進んでも囚人である彼らには何も還る物がない。

 扱いも厳しく、過酷な労働に過労死する者も多く、逃げ出そうモノなら問答無用で斬り伏せられる、いつ死んでも構わない替えが前提の労働力だ。

 しかも、正規の開拓民との扱いの差は雲泥であるらしい。

 

 こうしてようやく、スズハとヒナはモリタケマコトとの縁が切れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿の外に出て、落ち込んでいるヒナ。

 血の繋がった父の本性を知ってショックを受けている。

 そんな娘を叱るのは心が痛むが、締めるところは締めなければいけない。

 

「ヒナ……」

 

「はい、お母さ、まっ!?」

 

 ヒナが返事をすると同時にパンッと頬を叩く音が鳴る。

 

「な、何をしてるんですかスズハさん!」

 

「アイリス、黙って」

 

 詰め寄ろうとするアイリスをめぐみんが制止する。

 張られた頬を押さえて視線を上げると、そこには怒った表情の母がいる。

 

「知らない人に付いて行っては駄目だと言ったでしょう? 私達がもう少し遅れていたら、取り返しのつかない事になっていたのよ?」

 

 あの男の事だ、実の娘に手を出すくらい平然とやるだろう。

 もしもそうなっていたらと思うと、身震いする。

 膝を曲げて娘の視線に合わせて、もう一度抱き締める。

 

「ヒナが無事で良かった。私みたいにならなくて、本当に……」

 

 抱きしめられて、ヒナは目頭が熱くなり、我慢することなく泣いてしまう。

 

「ごめん、なさい……おと……さ……こわく、て……恐かった、です……」

 

「うん。恐かったよね。ごめんなさい。もっと早く助けられなくて」

 

「うぅ……あぁう……」

 

 そこからヒナは声を上げて泣く。

 恥も外聞も気にならない。

 ただ今は母親の胸の中で泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、おかえり~。もうどこ行ってたのよ。食材を玄関に置きっぱなしにしてちゃ駄目じゃない。このアクア様がちゃ~んと片付けておいてあげたわよ? 気の利く私に感謝して!」

 

 スズハとアイリスが左右に手を繋ぎ、他の皆と帰宅すると、そこにはコップに酒を注いで1杯やっているアクアが居た。

 胸を張るアクアにカズマとめぐみんが溜め息を吐く。

 

「……別にな。アクアが居たからって事態が良くなるとかいう展開になったとは思わねぇんだ。いや、むしろ悪化してた可能性が高い気がする。でもなぁ」

 

「えぇ、そうですね。いくらなんでもこのタイミングは……」

 

「え? なに。なんで私、2人に役立たずを見るような視線を向けられてるの? ここは気の利く私を褒め称えるところでしょ?」

 

「うるせー! こっちの気も知らねぇで! 来るのが遅ぇんだよ駄女神ぃ!!」

 

「ちょっ!? 痛い! 痛いわよカズマァ!!」

 

 八つ当たりでヘッドロックをかけられたアクアの悲鳴が、屋敷に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しくしく泣くアクアも交えてすき焼きパーティーや入浴を終えると、ヒナの部屋でスズハ、アイリスの3人は川の字でベッドに居る。

 

「流石にこのベッドで3人は狭いですね」

 

「ふふ。ヒナさん温かいです」

 

「……」

 

 スズハとアイリスに挟まれて安心したように微睡むヒナ。

 今日、色々なことがありすぎて疲れているのだろう。

 眠そうにしながらヒナが話し始める。

 

「アイリス、姉、さま……」

 

「はい。どうしましたか?」

 

「あした、おかあさまとお菓子を作るんです。また、食べてくれますか?」

 

「もちろんです。私も作るので、一緒に食べましょう」

 

「たのしみです。おかあさま……」

 

「ん?」

 

 いつもの優しい眼で自分を見てくる母。

 今、伝えたいのは。

 

「わたしを産んでくれて、ありがとう」

 

 自然と口にした感謝にスズハは瞬きをしたが、すぐに笑みを浮かべた。

 

「私の方こそ、ありがとう。私の下に来てくれて。愛しい私の()

 

 頭を撫でられると強くなった睡魔に抗うことなく、眠りに落ちる。

 その顔は本当に幸せそうで────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に大丈夫なんですか? マコトさん」

 

「今日の為に念入りに調べてある。怖いんなら勝手に残って死ぬまでここで働いてろ」

 

「それは……」

 

彼らはこの開拓地で働かされている囚人だった。

ここの生活は地獄だった。日の出から夜の暗闇で周囲が見えなくなるまで働かされ、質素な食事と不衛生な部屋で数人の袋詰め生活。

しかし、そんな生活にも転機が訪れる。

先日の落石で見張り役の兵士が数名死亡し、増員が来るまで監視に穴が出来ているのだ。

 

(他国に逃げれば後はどうとでもなる! こんなところで終わってたまるかよ!)

 

マコトは同じ部屋の囚人を連れて国外へ逃げて再起を図るのだ。自分はこんなところで終わる人間じゃない。他国へ行けば、自分を必要とする者は幾らでもいる。

 

(いつか、この国に攻め込ませて、僕が味わった屈辱を何倍にも返してやる!)

 

そんな妄想に浸りながら脱獄に専念し、ようやく見張りの範囲を抜けた。

 

本当の地獄はここからだった事も知らずに。

 

「あーら、良い男が4人も!」

 

「は?」

 

そこに居たのは豚の頭部を持つ二足歩行のモンスター。

一般的にメスオークと呼ばれるそのモンスターが集団で行動していた。

 

「大丈夫よ~、お兄さん達。アタシ達が天国に連れていってあ・げ・る!」

 

胸を強調するポーズを取るメスオークにマコト達は恐怖で震え上がった。

 

『う、うわぁああああっ!?』

 

後日、接近したメスオーク達を討伐すべく、王都から騎士隊が派遣される。

メスオーク達の根城には数名の人間の男性と思わしき遺体が発見されたが、ろくに調べられずに彼らはその場に埋葬された。

 

 

 




次は本編のウォルバク編を書きます。


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突然の再会

短い……。


 雨。

 雨が降っていた。

 アクセルの街から少し離れた渓谷。

 そこには数名の人影が見える。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁ……っ!」

 

 その中心には2人の女が上下に密着していた。

 上に居るのは、その国では珍しい、着物という民族衣装を着ている十代前半の長い黒髪の少女。

 

 下に居るのは、二十代前半程に見える赤い髪の魔王軍幹部。

 上に乗っかっている黒髪の少女は逆手に持った剣を赤い髪の女性に突き付けていた。

 剣を握っている手が湿っているのは汗なのか、それとも雨なのかも判断出来ない。

 震えているのが雨の寒さなのか。それとも誰かに刃物を向けているという恐怖からなのかも。

 

「────」

 

 互いに幾つかの言葉を交わすと、赤い髪の女性はこれから起こる事を受け入れるように目蓋を閉じた。

 そのまま、黒髪の少女は握っていた剣の刃を赤い髪の女性の胸へと下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ! 見て見て! 私、ドラゴンの卵を買ったの!!」

 

 上機嫌に帰って来たアクアが大事そうに手にしている卵を見せてくる。

 

「ドラゴンの卵、ですか……」

 

「そうなの! この街に来ていた商人が売ってくれたのよ! この子が育てば、魔王軍を倒す大きな戦力になると思うの! もう名前だって決めてあるんだから!」

 

 小さな卵を頬擦りするアクア。

 スズハは隣に居るめぐみんにヒソヒソと確認する。

 

「あの、めぐみんさん。ドラゴンの卵ってあんなに小さいものなんですか? わたしには、その……」

 

「スズハの予想通りですよ。私もドラゴンの卵の実物を見た事はありませんが、アクアが持っているのは間違いなくヒヨコの卵です。おそらくはその商人に騙されたのではないかと」

 

 めぐみんの返答にスズハは小さく顔をひきつらせた。

 ソファーに座り、何か作業をしていたカズマがアクアに問いかける。

 

「どーでもいいけど。その卵、いくらしたんだ?」

 

 カズマの質問にアクアが胸を張って答える。

 

「えぇ。何せドラゴンの卵ですもの! 私の今月のお小遣いを全部使ってしまったわ。でも、この子。キングスフォード・ゼルトマン。略してゼル帝が魔王をしばき倒せば充分元が取れるわ!」

 

 そう言って小さな器に柔らかい布を敷き、その上に卵を乗せる。

 

「あぁ。早く孵化してくれないかしら?」

 

「……アホだな」

 

 興味を失くしたカズマは自分の作業に戻る。

 そこでソファーの横からちょむすけの鳴き声が聞こえた。

 

「なーんっ!」

 

 そこにはヒナに上から抱き付かれて苦しそうにもがいているちょむすけが居た。

 

「あ! ヒナ!! ちょむすけが嫌がってるでしょう! めっ! 遊ぶならこっちにしなさい!」

 

 ちょむすけ人形を手にして引き剥がそうとするが、ヒナが抱き潰さんばかりに強くちょむすけにしがみついており、無理に剥がそうとすると嫌がって暴れる。

 それでも苦しそうなちょむすけがかわいそうなので無理矢理離すとちょむすけは逃げるように別の部屋に行ってしまう。

 

「あー! あー!」

 

「ほら。ヒナはこっち」

 

 手を伸ばして暴れていたヒナもちょむすけ人形を与えるとそっちに意識が向いて本物と同様にぎゅっと抱き締める。

 どうも本物と人形の区別がついてないらしい。

 ちょむすけには今晩ご飯を少しだけ豪勢にしようと決めた。

 

「流石は私の作った人形ね」

 

 誇らしげにするアクアを見てスズハは卵の方に視線を向けるとある事に思い至る。

 

(ペットが増えますね)

 

 ヒヨコってどう飼うんだっけ? と自分の知識を引き出そうとするがすぐに止めた。

 この世界のヒヨコがスズハの知っているヒヨコと同じか分からないからだ。

 何せこの世界では野菜が動き回り、サンマが畑から採れるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クーロンズヒュドラ?」

 

 その日の夕食。

 戻ったダクネスが近くに棲息するヒュドラについて話し始める。

 

「クーロンズヒュドラはアクセル近くの山に住み着いているモンスターだ。普段は湖の底で深い眠りについて動かないが、10年程で体内に魔力が蓄積すると暴れだす」

 

「……おいまさか」

 

「あぁ。そろそろその10年だ。明日にはギルドから通達されるだろう」

 

 ヤマタノオロチみたいな見た目のドラゴンの絵を見て、カズマが頭を抱える。

 

「10年前はどうしたんです? 冒険者の方々が対処したんですか?」

 

「いや、有志は募ったが、基本派遣された騎士団がクーロンズヒュドラの相手をして魔力を発散させるまで耐え忍んだ。しかし────」

 

 少しだけ言い淀むが続きを口にする。

 

「どうにも前の王都での件で派遣するのが遅れているようだ。もしかしたら騎士団が遅れた場合、この街の冒険者で対処するかもしれん」

 

「マジかよ……」

 

 そんな危険極まりない案件が回ってくる可能性にカズマは嫌な予感がして頭を抱える。

 そこでめぐみんが得意気に手にしているナイフを掲げて立ち上がった。

 

「その時こそ我が爆裂魔法の出番でしょう!! クーロンズヒュドラは下位とは言え、ドラゴン! とうとう私がドラゴンスレイヤーの称号を得る日が来ました!」

 

「えー! ゼル帝が生まれるのにドラゴン退治とか気乗りしないんですけどー。それに、そんな危険な目に遇うのも嫌なんですけど!」

 

 やる気に満ち溢れているめぐみんとは反対にアクアはブー垂れる。

 そんな2人の態度にダクネスは苦笑いをした。

 

「まぁ、騎士団が間に合う可能性もあるからな」

 

「そうだな。是非間に合ってほしい」

 

 こういう冒険者としての会話をしている時、スズハはちょっとだけ疎外感を覚えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばスズハちゃんはエリス祭はどうするんだい?」

 

「エリス祭?」

 

 商店街の宿屋で買い物をしていると、店の店主に言われて首をかしげる。

 

「あれ? 聞いてないかい? 近々、1年無事に過ごせた事への感謝をエリス様に祈る祭りだよ。この街でもそろそろ話し合いの準備が行われると思うんだけどね」

 

「へぇ」

 

 初めて知った情報にスズハは感心する。

 スズハ自身はエリス教徒という訳ではないが、女神エリスにはお世話になった。

 もしも届くのなら、元気でやっていると報告をする意味で感謝の祈りを捧げたい。

 

「祭りの当日は屋台なんかも出るよ」

 

「それは楽しみですね」

 

 良いことを聞いたと少し多めに買い物をして店を後にする。

 移動しようとベビーカーを移動させようとすると、不注意から通行人に当たってしまう。

 

「あ! すみません! 怪我はありませんか?」

 

 ベビーカーが当たった旅人風の格好の女性にスズハは謝罪した。

 

「えぇ、大丈夫よ。こっちもよそ見をして……あら?」

 

 相手の顔に視線を合わせるとそこにはどこかで見たような赤い髪の女性が居て。

 

「貴女もしかして、アルカンレティアで会った、あの……」

 

 覗き込むように顔を近づかせて言われたその言葉にスズハはハッとなった。

 

「温泉のお姉さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




現代パロディ。

白河涼葉
小学六年生。裕福な家の娘。

白河陽愛
小学一年生。この世界では娘ではなく妹。

アイリス
小学六年生の留学生。涼葉と同じクラスの少女。

佐藤和真
高校一年生(ただし現在不登校)。父親が白河の会社の重役な関係で白河兄妹とは顔見知り程度の知り合い。

アクア。
高校一年生。学校は和真と同じクラスメイト兼トラブルメイカー。

エリス&クリス
高校一年生の双子姉妹。アクアとは同じ中学の出身でクラスメイト。彼女を先輩と呼ぶ。

めぐみん&ゆんゆん。
中学二年生。涼葉は元々ゆんゆんと知り合いでその関係でめぐみんとも知り合った。

こめっこ。
小学一年生。陽愛のクラスメイト。

ララティーナ
大学一年生。アイリスの親戚。

ウィズ。
大学一年生。

白河夏人。
大学一年生。涼葉と陽愛の兄。ララティーナとウィズとは同じ大学。

バニル。
個人経営のコンビニ店長。余計なことをする大学生を雇ってから何故か経営が赤字続きに。

とか言うのが突然頭を過った。




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未来のママ友?

裏技紹介。
番外編5:父娘の再会・後の最後を夜間モードで見るとオマケが読める。


「お久しぶりです、お姉さん」

 

「えぇ。貴女も無事だったのね。アルカンレティアは大変な事になってたみたいだから」

 

「はい。あの時はありがとうございます」

 

 あの時にしてくれた助言は途中までの勘違いでド忘れていたのだが、教えてくれた事には変わりない。

 

「お姉さんはこの街に観光ですか?」

 

「一応仕事にね。この街って温泉とか在ったりするかしら?」

 

「無いですねー。それなら私達もアルカンレティアに行かなかったですし」

 

「そうよね」

 

 気落ちした様子を見せる赤髪の女性にスズハは苦笑いを浮かべる。

 

「あ、でも大浴場は在るみたいですよ。私は行ったことありませんが」

 

 カズマやアクアが冒険者を始めたばかりの頃に使っていたという大浴場。

 何度か聞いた事があったために温泉の代わりにと紹介する。

 

「そう。ありがとう。暇を見て行ってみるわ」

 

 本心からかそれともスズハを気遣ってか、赤い髪の女性は礼を言う。

 そうして何でもない雑談に興じていると、ヒナが騒ぎだした。

 

「あーっ! あーっ!」

 

「どうしたの、ヒナ。暴れたら危ないでしょう」

 

 泣いている訳ではないが、もしかしたら赤い髪の女性と話をしていて構って欲しくなったのかもしれない。

 あらあらと赤い髪の微笑んでいると、ヒナが手にしている人形に目が向く。

 アクアが作成したちょむすけ人形だ。

 それを見て赤い髪の女性が息を呑む。

 

「少し、いいかしら?」

 

「はい。どうかしましたか?」

 

「えぇ。その子が持っている人形は……」

 

 神妙な顔をして聞いてくる女性にスズハは素直に答える。

 

「えぇ。家で飼ってる猫を模した人形なんです。この子、すぐにその猫にイタズラしちゃって。だから一緒に暮らしている方が作ってくれたんです」

 

「そ、そう……ねぇ────」

 

 女性が何かを訊こうとしたが、同じタイミングでスズハがまだ残っている用事を思い出した。

 

「すみません。わたし、もう行かないと」

 

「そうなの? 引き留めて悪かったわね」

 

「いえそんな。ぶつかったのはわたしですし、こうしてお話し出来て嬉しかったですから。あ、お名前を伺ってもよろしいですか? わたし、シラカワスズハと申します。この子が娘のヒナです」

 

 今更ながら自己紹介するスズハに赤い髪の女性は少しだけ間を置く。

 

「……バク、と名乗っているわ」

 

 やや不自然な自己紹介だったが、スズハは特に気にしない。

 紅魔族などの特殊な自己紹介もあるし、多少の違和感を今更にどうこう突っ込もうとは思えないのだ。

 

「はい。バクさんですね。この街に滞在中に会えたら嬉しいです」

 

「えぇ。また会えるわ、きっと」

 

「楽しみです。それじゃあ、また」

 

 別れの挨拶を済ませてスズハはベビーカーを押し、次の店に移動した。

 その背中が消えたところでバクと名乗った女性は小さく呟く。

 

「ようやく、見つけたかもしれないわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんくださ────」

 

「この愚か者がぁあああああぁああっ!?」

 

 ウィズ魔道具店に扉を開けるとバニルの盛大な声が響き渡る。

 中に入るとバニルが何かの商品を指差して激怒していた。

 

「何故貴様はそうも売れもしない商品を買い付けてくるのだ! 仕入れに関しては我輩に任せて置けば良いと何度言えば────」

 

「それじゃあバニルさんのお店じゃないですか! 私はバニルさんと一緒にこの店を盛り立てて行きたいんです!」

 

「それで赤字になったら意味がなかろうが!!」

 

 などと言い合いをする2人を眺めているとバニルがこちらに気付く。

 

「ん? 滅私奉公娘ではないか。あの甲斐性なし男が頼んだ商品を取りに来たのか?」

 

「はい。カズマさんに頼まれて」

 

「それなら仕入れてありますよ。今持ってきますね」

 

 ウィズが店の奥に消えていくとバニルが重い息を吐く。

 

「ウィズさん。今度はどんな商品を入荷したんですか?」

 

 少しだけ気になって訊いて見ると何やら小さな瓢箪のような形の入れ物を見せてきた。

 

「これは肉体から魂を剥がして保管する瓢箪だ。敵の魂を剥がして無力化する事が出来る」

 

「すごい道具に聞こえますが?」

 

「発動条件に相手の了承が必要なのだ。意志疎通が出来ん相手には意味がないし、そもそも敵がそんな事を許すと思うか?」

 

「許さないでしょうね」

 

 スズハの返答にバニルが頭を押さえて陰鬱なため息を吐いた。

 

「しかも1つ辺りの値段が洒落にならん。娘よ、貴様、買うか?」

 

「要りません」

 

 笑顔で断るとバニルは返品もタダではないというのに、と文句を言っている。

 そこでウィズが戻ってきた。

 

「カズマさんに頼まれた魔法薬です。取り扱いに関するメモも添えてありますので」

 

「ありがとうございます」

 

 魔法薬の入った箱を持ち上げると中々に重かった。

 

「貴様のような小さな娘に重労働をさせる鬼畜男に伝えておけ。売れそうな商品が出来たら持ってこいと。また我輩が買い取ってやろう」

 

「はい。伝えますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま────」

 

「うわぁああああんっ!? スズハァ!! カズマさんが! カズマさんがぁ!?」

 

 手に例の卵を持ってアクアが近づいてくる。

 

「酷いのよ! カズマがゼル帝の卵を今日の晩ごはんにするって追いかけてくるの!!」

 

「は、はぁ……」

 

 するとアクアを追ってきたカズマが異臭を放ってやってくる。

 その臭いに思わずスズハは顔をしかめて鼻を摘まんだ。

 

「……なんですかこの臭いは?」

 

「アイテムを自作してたらアクアが邪魔して薬品ぶっかけてきやがったんだよ! あー、クソッ!? 風呂に入っても臭いが取れねぇ!?」

 

「邪魔じゃないもん! カズマを手伝ってあげようと思ったの! 頑張ってるカズマの役に立とうとしたんだから怒んないでよ! ゼル帝を食べないで!!」

 

「ふっざけんなよテメェ! せっかく上手くいきかけてたのにダメにされた上にこれだぞ! その卵寄越せ! 目玉焼きにしてやる!」

 

 アクアから卵を奪おうとするカズマの異臭に顔をしかめためぐみんが話しかける。

 

「それよりカズマ。すごく臭いですよ。そんな臭いを撒き散らして動き回られても迷惑ですので、臭いが落ちるまでお風呂から出ないでください」

 

「うぐっ!?」

 

 めぐみんに臭いと断じられて泣く泣く風呂に戻るカズマ。

 カズマが風呂場に消えるとホッとしたように卵を大事そうに抱える。

 

「ありがとうめぐみん……」

 

「どういたしまして」

 

「まったくカズマったら。ゼル帝を食べるだなんてとんでもないわ! かわいそうにゼル帝。あなたはお母さんが絶対に守ってあげるからね」

 

 そう言って卵に頬擦りするアクア。

 すると何を思ったのか、卵とヒナを交互に見てからスズハの手を握ってくる。

 

「そうよ! 私もゼル帝(この子)のお母さんになるんだから! 謂わばこれってママ友って奴じゃない?」

 

「はい?」

 

 いきなりヒヨコと娘を同列扱いするアクアにスズハの表情が固まった。

 

「お互い、子育てを頑張りましょうね、スズハ!」

 

 一方通行な共感を勝手に抱かれて部屋へと戻っていくアクア。

 固まった笑顔で突っ立っているスズハにめぐみんが話しかける。

 

「スズハ。貴女今、物凄くイラッときてるでしょう」

 

「何の事やら」

 

 笑顔のままスズハはそう誤魔化した。

 

 

 

 

 



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アクセルの危機、再び。

「おーい、スズハァ。お前宛に手紙と小包が届いてるぞ」

 

「わたし宛に、ですか?」

 

 この世界に実家が存在しないスズハには正直心当たりが無いのだが、宛名を見てあぁ、と声を漏らす。

 

「アイリス様からですね」

 

「アイリスから、ですか」

 

 手紙の封を開けて目を通す。

 

「はい。クレア様達、王都が落ち着いてアルカンレティアに送られた事と、アイリス様自身の近況。それから────」

 

 そこでスズハの表情が一瞬だけ無になった。

 

「どうした? アイリスに何かあったのか?」

 

「いえ。ヒナはどうしてるかとか、どれくらい大きくなったのか、とか。そういう質問責めの文が書き列ねてあるので」

 

 手紙をカズマとめぐみんに見せると、そこにはヒナに対する質問がズラリと並んでいる。

 こんな手紙を貰っても鬱陶しいし、正直恐い。

 そこで小包を持っていたアクアが勝手にそれを開封する。

 

「ってお前何やってんの!? 人の荷物勝手に開けんなよ!?」

 

「え? だってこれって私達皆に宛てた物でしょう? なら、私にも開ける権利が有るじゃない」

 

「それならアイリス様は私達全員の名前を書くと思うが」

 

 ダクネスが呆れていると、小包の中身が開封された。

 

「本?」

 

 中に入っていたのは1冊の本だった。

 スズハが手に取ると、中身と手紙を交互に見る。

 

「どうやら、ホーリー・ジョージさんの研究を纏めた物。その写本みたいですね。原本は王都の図書館に禁書として保管されるようです。精霊使いのわたしの役に立つかもしれないとアイリス様が特別に送ってくれたみたいです」

 

「禁書って……何か危険じゃないのか?」

 

 書いた人間が書いた人間なだけにカズマは警戒するが、杞憂だとスズハは笑う。

 

「禁書扱いになったのは、あの人の罪状を鑑みての事のようですし、問題はないかと。それに紙に書かれている知識自体に貴賤はないですよ。要は学んだ事をどうするかです」

 

 スズハが本を閉じると、アクアがつまらなそうに興味を失う。

 

「どうせなら、ドラゴンを育てる為の本を送ってくれたら良いのに。さ! 私は、いつ産まれても良いように、ゼル帝の卵を見てくるわ!」

 

 去って行ったアクアの背中を見ているカズマは最早達観したように目で呟く。

 

「アイツ最近、ホントに卵の世話しかしてなくね?」

 

「そ、そう言えばカズマさん。この間失敗した道具の作成はどうなりました?」

 

 アクアのせいで、と言わない辺りがスズハなりの気遣いである。

 

「それか? 何とか形にはなったけど、使えるかはこれから試さねぇとな。さすがに屋敷でやると危ないから、適当なクエストを今度受けようと思う」

 

 クエストと聞いてめぐみんが目を輝かせた。

 

「クエストですか! 最近は外へ出る機会も減ってカズマもアクアも魔王討伐の目標を忘れているのかと思いましたよ! どんなクエストを受ける気かは知りませんが、任せて下さい! カズマのアイテムが役に立たなくても、わたしの爆裂魔法が必ずや倒して見せましょう!」

 

「いや、魔王討伐はもうどうでも……まぁ、いっか。その時は頼むぜめぐみん!」

 

 煽るように親指を立てる。

 ダクネスもクエストを受けることには賛成ではあるが、カズマの発明が気になるので質問する。

 

「いったい何を作ったのだ、お前は?」

 

「当日のお楽しみだな。上手くすれば、大きな戦力強化に繋がる上に、何よりも、またバニルに売り込めばデカい金が入る筈だしな」

 

 今更金に困っている訳ではないが、自分が作った物が大金に換わることを思い描いて口元をつり上げるカズマ。

 

「お仕事はいつ頃に?」

 

「まだ用意したい物もあるし、明後日かなぁ?」

 

「そうですか。どうかお気をつけて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが目を覚ますと、感じたのは強烈な破壊衝動だった。

 10年もの間、湖の中で溜めこんだ魔力を発散させたくて仕方がない。

 毎回毎回、人間の騎士団に邪魔されて結局はろくに暴れられずに魔力切れで終わる。

 今回こそは、と少しずつ湖から這い出る。

 それは思考ではなく本能。

 暴れたい、壊したい、喰らいたい。

 その衝動への歯止めは一切なく、クーロンズヒュドラは深い湖からその頭を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イーヤーよっ! ゼル帝がいつ産まれても良いように、私は家を離れないわ!」

 

 クエストを決めた当日に、アクアはソファーに囓りついて動こうとしない。

 アクアを置いていく、という選択もあるが、何だかんだで回復魔法を含めた補助魔法のエキスパートだ。何か遭った時の為について来てもらわないと困る。

 ついでに言えば、1人だけ家でぐーたらしてるなんて身勝手は気にくわない。

 

「アクア。最近は本当に生活態度がヒドイですよ。そろそろ動かないと、また太りますよ」

 

「前のダイエットで泣きながらジャイアントトードに追いかけられただろう。またそうなりたいのか?」

 

 以前自堕落的な生活を送り続けた結果、体重が激太りしてカズマにダイエットを強要された事がある。

 その時に天敵であるジャイアントトードに追いかけ回される毎日を送る羽目になったのだが。

 そんな事はもう忘れたのか、幼子のような反論をしてきた。

 

「女神は太らないわよ! カズマもカズマよ! そんなやる気を出してクエストに向かうなんてカズマさんらしくないわ!! ヒキニート魂は何処へ行ったの!!」

 

「お前は俺に魔王退治をさせたいのか、このまま堕落させたいのかはっきりしろ! とにかく! 今日はクエストに行きます! これは決定事項だ!」

 

 ビシッと指を差すと、アクアは目に涙を浮かべてスズハにしがみついてきた。

 

「スズハァ! 同じママ友としてスズハなら分かってくれるわよね!? 我が子と離れたくないっていう母親の気持ちがっ!!」

 

「……アクアさん、そろそろ卵とヒナを同列に扱うの、止めてもらっても良いですか?」

 

 スズハの言葉にアクアは地団駄を踏む。

 

「何よスズハまで! ゼル帝が人間じゃないから下だって言うの! 種族差別だわ種族差別っ! 貴女がそんな子だとは思わなかった!」

 

 なおもクエストに行くことを嫌がるアクアに全員が呆れて息を吐くと、街に警報が鳴り、放送がかかった。

 

『アクセルの街に住む冒険者の皆さんっ!! 緊急クエストです! 冒険者資格を持つ方は至急冒険者ギルドまでお越し下さい!!』

 

 本当に緊急なのだろう。切羽詰まった声の放送にカズマ達は顔を見合わせた。

 この緊急事態警報。

 つい先日聞いたダクネスの話も含めて心当たりが有りすぎる。

 

「おいおいマジかよ……おいアクアッ! いつまでも駄々こねんじゃねぇ! このままだと街が無くなって、その卵も潰れちまうぞ!」

 

「うぅ……でもぉ……痛い痛い!? 髪を引っ張らないでぇ!?」

 

 まだ動こうとしないアクアの長髪を引っ張って連れていくカズマ。

 ダクネスもスズハに家で大人しくしてるように言い含めるが、本人が首を振る。

 

「いえ。事態を把握したいので、ギルドまで御一緒します。邪魔はしませんので」

 

「来るな、とは言いませんよ。まぁ、クーロンズヒュドラなど、我が爆裂魔法で木っ端微塵にしてやりますよ! だから安心してスズハはヒナと待っていて下さい!」

 

 自信満々なめぐみんの啖呵にスズハは「はい」と頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クーロンズヒュドラに関しては数日前から知らせが既に行われていた為、冒険者達は緊張しながらも混乱は起きていなかった。

 

「それでは御説明します。クーロンズヒュドラを監視を請け負っていた冒険者の方の情報に依るとターゲットは既に山を降り、真っ直ぐこの街を目指しているようです」

 

「いつもの騎士団はやっぱり間に合わなかったの?」

 

 若い冒険者の質問に、ギルド職員は苦い表情で頷く。

 

「王都の軍の建て直しは終わりましたが、今すぐにこちらに騎士団を派遣できる余裕はないそうです。アクセルの戦力で対処して欲しいとのことです」

 

「始まりの街に要求する事じゃねぇだろ……」

 

「デストロイヤーの討伐が成功して、王都からアクセルの街の冒険者への評価が上がってるんです」

 

 ギルド職員が息を吐く。

 重たい雰囲気にギルドで鉢合わせたゆんゆんが緊張した様子でめぐみんに話しかけた。

 

「何だか、大変な事になってるね」

 

「ゆんゆん、臆する事はありません! 私達には最強の爆裂魔法があるのですから! 修得して置いて良かったでしょう?」

 

「う~……認めたく無いけど実際切り札になってるから反論できない……」

 

 肩を落とすゆんゆんの横でスズハが苦笑して娘をあやしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤い髪の女性はアクセルの街に建てられた高台の上に座っていた。

 

「さて。どうするべきかしらね……」

 

 少しだけ困った様子で眉間に皺を寄せてクーロンズヒュドラがやって来る方角を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




未来編の情報。
ダクネスはスズハがカズマとの子供である双子の男子を身籠った時期に観念して結婚する。

めぐみんはスズハの第4子の次女が産まれた時に勝手に名前を役所に提出(受理はされてない)をした結果、スズハと大喧嘩となり、数年間行方不明となる。

ヒナは13歳で冒険者資格を得た後に、めぐみん捜しを兼ねて世界を見て回る旅に出る。



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番外編6:現代パロ

以前後書きで設定だけ載せた現在パロディです。
前話と平行して書いてたので。


 今年小学生になった白河陽愛は、朝の微睡みに身を委ねていた。

 二度寝の誘惑に抗うこと無く一度開いた目蓋を落としていく。

 

「もう少し……もう少し……」

 

 そんな気持ちで再び眠りに浸ろうとするが、ドアをノックする音にビクッと体が跳ねた。

 

「陽愛! 起きて! 朝御飯が片付かないでしょ!」

 

 毎日自分を起こしにくる姉がいつも通り部屋に入ってくる。

 毛布を揺すってくる姉に陽愛は不機嫌そうに返す。

 

「姉さま……もう少しだけ……」

 

「そんなこと言って起きないでしょう。ほら、早く顔洗ってくる」

 

「はぁい……」

 

 ゆっくりと起き上がり、眠そうな目を擦っている陽愛。

 そんな妹に姉である白河涼葉は心配そうに息を吐いた。

 

「わたし、来年から寮制の私立中学に通うから起こしてあげられないのよ。そんな風で起きられるの?」

 

「できるよぉ」

 

 口うるさい凉葉に二度寝を邪魔された陽愛は鬱陶しそうに返す。

 早く顔洗ってきなさいと言って凉葉は陽愛を起き上がらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、凉葉さん。陽愛さん」

 

「おはようございます! アイリス姉さま!」

 

「おはようございます……いつも遠い上に違う登校班までよく来ますね」

 

「えぇ。朝の楽しみですから!」

 

 スゴく良い笑顔で陽愛に抱きついているアイリス。

 彼女は凉葉と同じクラスの少女である。

 1年程前に日本に留学してきた彼女は、凉葉と親交を深めた。

 ある日、家に招待して遊びにきた時に妹の陽愛を紹介した。

 話している内に陽愛がアイリスを姉と呼ぶようになった事で急激にデレた。

 これには凉葉もビックリだった。

 アイリスはそれから

 少々過剰に甘やかすのでその事でちょっとした喧嘩になることもしばしば。

 それを見ていた兄の夏人は"孫を甘やかす祖母と躾に厳しい教育ママみたいな関係"などと口にしたので、一睨みしてやったらそそくさと退散した。

 

「あ! こめっこちゃん!」

 

「おはよー」

 

 中学生の姉であるめぐみんと、その友人であるゆんゆんと一緒に送られてきたのは、陽愛と同じクラスのこめっこである。

 アイリスから離れてこめっこの側に陽愛が移動すると寂しそうな顔をする。

 陽愛が同い年の子と仲良くしているのは良いのだが、1つ懸念事項がある。

 

(あの子を影響で、陽愛がズル賢い事を覚えてくるのよね……)

 

 こめっこと一緒に行動するようになってから妹が、少し(したた)かというか、ズル賢く、屁理屈をこねるようになったと感じる。

 今はまだ幼子故にかわいいと笑える範囲だが、この先がちょっと心配である。

 そんな事を考えていると、めぐみんとゆんゆんが話しかけてきた。

 

「私達はもう中学に行きますので、今日も妹をよろしくお願いします」

 

「凉葉ちゃん、下の子達を見るのは大変だろうけど、頑張ってね」

 

「あ、はい。お2人も気を付けて」

 

 こめっこを預けると2人は中学に向かう。

 

「ところでゆんゆんはなんで毎日ついてくるのですか? ちょっと鬱陶しいのですが」

 

「ひどいよめくみん!?」

 

 幼馴染みであるゆんゆんにめぐみんは冷たくあしらいながら去っていくと、ちょうど全員揃ったので凉葉が指示を出した。

 

「それじゃあ皆さん、登校しますよー」

 

『はーい!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、エリス。私、ちょっと気になることがあるの」

 

「どうしました? アクア先輩」

 

「……エリス。私達今は同級生なんだから先輩呼びはおかしいと思うの」

 

「いえいえ。私にとってアクア先輩は今でも先輩ですので。それに中学校の頃に、先輩の私を敬いなさい! と事ある毎に言ってたじゃないですか」

 

 エリスの言葉にアクアが渋い顔をする。

 

「そ、それは昔の事よ! それにアンタが私を先輩先輩って呼ぶから! 留年した事がクラスの皆にバレちゃったんですけど!」

 

「来年は私が先輩にならないと良いですね」

 

 エリスが軽い調子で恐ろしいことを言うと、アクアが歯軋りをする。

 

「アンタ、あんまり調子乗ってるとその胸がパッ────」

 

「わぁっ!? やめてくださいアクア先輩っ!?」

 

 アクアの口を塞ぐエリス。

 そこでチャイム2分前に駆け込むように入ってくる少女。

 それはエリスと同じ銀色の髪だが、エリスと違い短く切られている。

 

「ギリギリセーフッ!! あ、エリス! 何でアタシを起こさないで先に行っちゃったの! おかげで朝ごはんも食べられなかったんだけど!」

 

「起こしましたよ。起きないから先に行ったんです」

 

「ブーブー」

 

「これでも食べてなさい」

 

 双子の姉妹がいつものやり取りをすると、アクアが話の軌道修正をかける。

 

「それよりもエリス! 私、訊きたい事があるの!」

 

「どうしたの? アクアさん」

 

 エリスから渡されたカロリーメイトを食べるクリスが会話に入ってくる。

 するとアクアが空席を指差した。

 

「もう新学期になって1ヶ月経つけど、あの席の子、全然来てない気がするの? なんで?」

 

「あぁ。確か最初の1週間くらいは登校してましたけど、それからは見てないなー。前に先生が家に電話かけてるのを見たことあるけど、何かずっと家に居るらしいですよ」

 

 アクアの質問にクリスが記憶を掘り返して答える。

 

「ふーん。要はヒキニートって奴ね。なっさけないわねー。それで、あの席の奴、なんて名前だっけ?」

 

「確か……佐藤和真さん、だったと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室で凉葉とアイリスは中学受験で受ける学校の資料を見ていた。

 

「この学校は中高一貫ですからね。進学校でもありますから大学受験の時にもかなり有利になると思います」

 

「なるほど。寮生活ですし、かなり勉強漬けの生活になりそうですね。女子校ですし、お父様が勧めてくる訳です」

 

「私の父もですよ。お母様がこの学校の出身というのもありますが、ここなら間違いも起きないだろうって」

 

 そんな話をしていると、クラスメイトの少女が話に入ってくる。

 

「何かもう受かった時の心配してるけど、落ちる可能性は考えない訳?」

 

『ないですよ。何でです?』

 

「コイツら……」

 

 ハモらせる2人にクラスの女子は渋い顔をした。

 そこでアイリスが話題を変えた。

 

「そういえば凉葉さん、御自宅では着物を着てるのに、学校では着て来ないんですか? とても似合っていて綺麗なのに」

 

 アイリスの質問に凉葉はピクッと肩を動かし、スーッと視線が険しくなる。

 その理由を知っているクラスの女子は苦笑して代わりに答える。

 

「この子、1年の最初だけは着物を着て登校してたのよ。それをクラスの何人かにからかわれて……」

 

「そうなんですか?」

 

 思い出したくないのか凉葉は顔を逸らして答えない。

 1年の頃に着物を着て登校した際に、変な格好だの、古臭いだの目立ちたがりなどと散々言われた。

 日常的に着物を着ていた凉葉にとってはそれが自然体だったのだが、周りがそう見る筈もなく、周りに合わせた服装をするようになった。

 それでもプライベートではやはり着物が落ち着くので着ている訳だが。

 

「でも私は、着物姿の凉葉さん、好きですよ。とっても似合ってます!」

 

「うんうん。それにはさんせー。なんていうか、無理に着てる感じが無いんだよね」

 

「……ありがとうございます」

 

 そこで思い出したようにアイリスが話題を変えた。

 

「そういえば、森岳誠さん、警察に捕まったと聞きましたが……夏人さんとは小さい時からの仲なのでしょう?」

 

「そうですね」

 

 森岳誠の名前に凉葉がどうでも良さそうに返した。

 彼は兄の年上幼馴染みであり、小さい時から兄に嫌がらせをしてきた男だ。

 どうやら数年前から少し大人っぽく見える小学生や中学生を対象に、水商売とまではいかないまでも、少しいかがわしいアルバイトを紹介して仲介料を貰っていたらしい。

 その中の中学生がストーカー被害に遭い、そこから芋づる式に誠も警察のご厄介になったらしい。

 これを受けて誠は法大学を中退。親からも絶縁され、父親は社会的制裁として大手事務所を辞めて田舎に帰り、小さな事務所を構えるらしい。

 

(それよりも、わたしと誠さんの婚約話が出ていたのには驚いたけど……)

 

 誠が逮捕された後に知ったが、親同士で2人の婚約が勝手に進められていた事だ。

 幸いまだ口約束程度で流れたのが幸いだった。

 ましもこの話がどこかで正式発表されてたなら、凉葉にもマスコミが接触していただろう。

 悪い事をすると、やっぱり罰が当たるんだな、と思って凉葉は出していた資料をしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 佐藤和真は現在引きこもりの少年である。

 せっかく合格した高校も10日程通ってからは共働きの親の目を誤魔化して全然登校していない。

 オンラインゲームを終えた和真は一眠りした後に、予約していたゲームを買いに家を出ていた。

 その時間が既に下校時間だったのは、もう彼には昼夜の感覚が曖昧だからだ。

 買ったゲームを抱きながら和真は家へ戻っている。

 そんな和真に2人で歩く小学生女子が横断歩道の向こうにいた。

 黒い髪の女の子と外国人の金髪少女。

 和真にロリコンの気があるとかそういう事ではなく、ただ楽しそうにお喋りをして下校するその様子が、何だが眩しく思えたからだ。

 横断歩道ですれ違うと、横から大きな黒い影が迫ってくる。

 それをトラックだと思った和真はまだ気付いていない2人の小学生を突き飛ばして助けようと動く。

 

「危ねぇっ!?」

 

 2人を押そうとした瞬間に、黒い髪の女の子はひょいっと和真の手を避け、金髪の女の子は逆に和真の腕を掴んだ。

 

「ふっ!!」

 

 一息と共に和真は金髪の女の子にお手本にしたくなるような一本背負いを極められ、背中を地面に打ち付けた。

 

「いってぇっ!?」

 

「凉葉さん、変質者です! 早く警察に連絡を!!」

 

 腕を後ろに回して関節を極めてくる金髪少女の指示に和真は慌てて訂正した。

 

「ちょ、待てよ! 俺はただお前達をトラックから助けようと────」

 

「トラック?」

 

 不思議そうに目を丸くする黒髪の少女。

 周囲を見回すと、トラックなど1台も無く、道路に在るのは1台のトラクターだった。

 そのトラクターの運転手も不思議そうに顔を出している。

 

(え? これってつまり……俺が必死な顔で小学生女子に襲いかかろうとしたヤバい奴に見えね?)

 

 それを察した和真は関節極められた状態で地面に額を擦り付けた。

 

「すみませんでしたーっ!!」

 

 大声で謝る和真。

 その姿に黒髪の少女が何かを思い出した様子で口を開いた。

 

「もしかして、佐藤和真さんですか?」

 

「は?」

 

 2人の少女。凉葉とアイリス。この2人の出会いが佐藤和真が再び学校に通うきっかけとなるのだが。

 それはもう少しだけ先の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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クーロンズヒュドラ討伐・前

お待たせしました。
今年もこの小さな母娘に幸福を!をよろしくお願いします。


「それでは皆さん。どうかお気をつけて」

 

 クーロンズヒュドラの対策会議を終えてギルドを出ると娘を抱っこした状態でスズハはクーロンズヒュドラの討伐に赴くカズマ達の身の安全を口にしつつ送り出す。

 カズマは頭をボリボリと掻きながら肩から下げているバッグに触れた。

 

「ハァ……適当にゴブリン退治でも引き受けて、コイツを試そうと思ったのに、まさかヒュドラが相手とは……」

 

「アレですよね? 扱いには充分に気をつけてください。危険物ですので」

 

「分かってるよ」

 

 今回扱う新アイテムの開発に協力したスズハは戒める意味でも忠告する。

 協力と言ってもスズハが持つ知識を教えただけだが。

 それでも扱い方を間違えれば、味方に大きな被害を与える可能性もある。

 カズマなら上手く扱えるだろうが、何事も絶対はないのだ。

 

「ねぇ、2人して何の話をしてるの? カズマの新兵器ってそんなに危険なの? 恐いんですけど」

 

「いや、今回はあくまでも試作のつもりだったし、威力は抑えて作ったつもりだ。ホントのところは使ってみるまでわかんねぇけど」

 

 このパーティーは色々な意味でバランスが悪い。女性陣はそれぞれが一芸特化。カズマのような器用貧乏。スズハは非戦闘員。

 特に攻撃面の格差は酷かった。

 だからそれを解消する意味合いでも今回の新兵器だ。

 

「まぁ倒すのは無理でも、ダメージくらいは与えられる筈だ」

 

 そう締め括る。

 スズハはめぐみんとゆんゆんの方を向く。

 

「ゆんゆんさん。めぐみんさんが暴走した時はお願いしますね。下手したら味方ごと爆裂魔法を撃ちかねないので」

 

「あはは。うん、自信は無いけど任せて! その時は全力で止めるから」

 

「……スズハ。どうしてそんな事をゆんゆんに頼むのか、理由を聞こうじゃないか」

 

 ほっぺを引っ張るめぐみんと視線を合わせずにいると、ダクネスが話しかけてきた。

 

「お前もだぞ、スズハ。もしも街に危険が及んだら、ウィズに王都までテレポートして貰えるように頼んである。そこからアイリス様を頼るんだ」

 

「はい。でも、そうならないように祈ってます」

 

「そのつもりだが、お前はいざという時には自分を顧みないからな。分かってると思うが、スズハが優先しなければいけないのは────」

 

「はい。分かってます。この子の安全を最優先に動きます」

 

「あー」

 

 母親の頬に触れるヒナ。

 ウィズにはアクセルの最後の防衛ラインとして街に残ってもらう事となった。

 その際に、カズマ達が個人的にスズハを王都までテレポートしてほしいと頼んである。

 他の住民を裏切るようで気が引けるものの、やはり娘が最優先なのだ。

 そこでカズマが割って入ってくる。

 

「ちげーよ! スズハとヒナの2人の安全が優先だろうが! いや、ホントやめてくれよ? 紅魔の里や王城での二の舞はごめんだからな?」

 

 カズマからすれば、内臓がモロ出しとか、濡れ衣で処刑されるスズハをまた見るなどゴメンである。

 カズマの言葉にスズハは一瞬顔を呆けさせたが、すぐ後に嬉しそうに口元を小さく上げる。

 

「はい。私もこの子を置いて死ぬ訳にはいきませんから」

 

「そうよ。私が近くに居ないと蘇生出来ないんですからね! あ、でも逃げる時はゼル帝の卵もお願いね! 私の可愛いドラゴンなんだから!」

 

 そう言って持って来て有った、タオルに包まれた卵を渡してくる。

 やや複雑そうな笑みで受け取るスズハ。

 アクアには以前蘇生してもらった恩が有るので卵を預かるくらいは構わないのだが。

 

(やっぱり、鶏の卵と私の娘を同等の扱いにするのはやめてほしいな)

 

 この件は終わった後に確りと話し合う事にしよう。

 するとヒナが卵を取ろうと手を伸ばしてくる。

 ブンブン動くその手に卵を落としてしまいそうでスズハはヒナの届かない位置に卵を離す。

 

「うー! うーっ!」

 

 卵を離された事で不機嫌になるヒナ。

 

「ダメよ。これはアクアさんの。めっ」

 

「……本当にゼル帝を頼むわよ、スズハ! もし卵を割ったら女神の天罰を喰らわせますからね!」

 

「大丈夫ですよ……アクアさんでもあるまいに

 

「ん? スズハ? 今、何か言ったかしら? 小声で聞こえなかったんですけど」

 

「いえ、特に何も」

 

 ボソッと呟いた一言を有耶無耶にするスズハ。

 ここ最近、アクアにママ友扱いされたりでストレスが溜まっており、こういうところで不満が漏れたのだろう。

 そこで締め括るようにめぐみんがマントをたなびかせた。

 

「我が名はめぐみん! 今日(こんにち)より、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の称号を得し者! さぁ行きますよ、皆さん! クーロンズヒュドラなど、我が奥義! 爆裂魔法の餌食にしてやります!」

 

 高らかに宣言するめぐみんにこのクエストに参加する冒険者は苦笑しつつも、その威力を知るだけに、一種の安心感を覚えていた。

 

「それじゃあ、行ってくるわ!」

 

「はい。行ってらっしゃい、皆さん」

 

 カズマがいつものように正門の方に向かうと、スズハもいつものように見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警報を受けて家や避難所に閉じ籠る中で、赤い髪の女性が1人街の通路を歩いていた。

 ついさっきまで活気付いていた街は突如現れた災害(モンスター)によってゴーストタウンのようになっている。

 

「本当に、どうしたものかしら……」

 

 彼女はこの街である調査をするためにやって来た。

 しかしもしもクーロンズヒュドラによってこの街が滅ぶのであればと、どうするか決めかねている。

 街を歩きながら悩んでいると、聞き覚えのある声が後ろから自分を呼んできた。

 

「バクさん?」

 

 温泉街で出会い、この街で再会した少女が赤ん坊を寝かせた台を押していた。

 

「まだこの街にいらしてたんですね。危ないですから、避難所に行きましょう」

 

 前回のデストロイヤーでの反省点から街の地下に人間が隠れる為の避難所が建設されている。

 まだ未完成だが、それでも上に居るよりはマシだろう。

 

「大丈夫よ。私はテレポートの魔法が使えるの。いざとなれば1人で逃げられるから」

 

 女性の言葉に現れた少女、スズハは胸に手を置いて安堵の息を吐く。

 

「なら、安心ですね」

 

「えぇ。貴女こそどうしたのよ? 避難しなくて良いのかしら?」

 

「こういう危ない時に、大人の言うことを聞かないで飛び出しちゃう子供とかも居るんですよ。冒険心って言うのか。それに純粋に家族とはぐれて迷子になった子も居るかもしれませんし。せめてそれくらいは手伝えたらと思って」

 

 だから一応見回っていたと言う。

 それは立派な事だが逆に心配になる。

 

「赤ん坊を連れ回して1人動き回るのはどうなのかしら?」

 

 見つけたのが子供ならまだ良いが、こういった緊急時に犯罪行為を行おうとする者もいるだろう。

 そうした不埒な輩に襲われたらと考えてつい苦言を呈する。

 その言葉にスズハはバツが悪そうに苦笑する。

 

「一応、この子に警戒してもらってますから」

 

 ベビーカーで眠る赤ん坊のお腹に乗っている小人を指差す。

 人形か何かだと思っていたそれは、小さく首を動かした。

 

「これ、精霊?」

 

「はい、風の。私が契約してる」

 

「へぇ……なら安全かしら?」

 

 意外、という様子でスズハを見る。

 

「それにしても大事ね。クーロンズヒュドラの討伐に向かった冒険者達も気の毒に」

 

 この街は冒険者にとって始まりの街と呼ばれるだけあり、多くの冒険者を生み出してきた。しかし、その実力は他の────例えば、魔王軍などと常日頃から戦っている者達と比較するとやはり見劣りする。

 おそらくは、今回の依頼(クエスト)に参加した者達は全滅か、逃げて生き延びるかのどちらかだろう。

 その考えを見透かしてか、スズハは首を小さく振ると、落ち着いた声で話す。

 

「大丈夫ですよ、きっと……」

 

 当たり障りのない励ましのようにも聞こえるが、どこかその声には信頼があった。

 

「わたしがお世話になっている冒険者パーティーの方々なんですけど、普段はちょっと抜けてるというか、色々と問題を起こすんですけど、こういう大きな事件では負けないです」

 

「……これまで上手く行ったからといって、今回も大丈夫と思うのは危険じゃないかしら?」

 

 それは赤い髪の女性なりの気遣いだった。

 信じるという事は、それが深ければ深い程に違う結果になった時の失望が大きい。

 そう思っての苦言だ。

 スズハもそれを理解している。

 

「そうなんですけど。あの人達なら、なんとかしてくれそうなきがするんですよね。だって……魔王軍幹部だって倒してしまう人達ですから」

 

 スズハの言葉に赤い髪の女性は大きく瞬きをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズマ達は馬車に揺られながら今回の作戦について話し合っていた。

 クーロンズヒュドラがアクセルに近付いているとはいえ、その速度はデストロイヤーと比べれば遅く、広い場所で戦うよりも、ある程度行動が制限出来る場所で迎え撃つ事にした。

 幸い、クーロンズヒュドラが眠っていた場所からアクセルの間にはちょっとした渓谷があり、そこを陣取って迎撃する事に決めた。

 巨体なら、狭い場所で戦う方が犠牲を減らせると考えて。

 

「取り敢えず、場所の問題から爆裂魔法の同時撃ちは控えたい。遮蔽物が盾になって威力が削がれるかもしれないし、周りの被害も洒落にならないからな」

 

 爆裂魔法を使えば地形まで影響を及ぼす。

 それにクーロンズヒュドラ1体に爆裂魔法2発同時では攻撃範囲的に広すぎる。

 カズマは地図を広げて迎撃場所を指差した。

 

「俺達はヒュドラをここで迎え撃つから、敵が見えたら先ずはめぐみんの爆裂魔法。それで倒せれば良いが、再生能力も有るらしいしな。可能性は低いと思う」

 

 クーロンズヒュドラは首などの肉体の再生に魔力を使う。

 要するに、これまでの騎士団同様に再生させまくって魔力切れを狙えば良いのだ。

 もちろん倒せるならそれに越した事はないが。

 カズマは1発目に撃つ爆裂魔法の位置とそれより少し手前の位置に✕印を付ける

 

「そんで、この位置に今度はゆんゆんの爆裂魔法を頼む」

 

「は、はい! 頑張ります!」

 

「ちょっと待ってください。それじゃあ私がクーロンズヒュドラを倒せなかったら、ゆんゆんにドラゴンスレイヤーの称号が持っていかれてしまうではないですか!」

 

 作戦内容に抗議するめぐみん。

 予想通りなのでカズマは落ち着いて対応した。

 

「どうせ1番槍は自分だー()って爆裂魔法を撃つんだろうが! それに、めぐみんを最初に置くのはもう1つ理由があんだよ!」

 

「理由?」

 

「正直、2発目の爆裂魔法でも倒せるかは微妙だと俺は思ってる。だから、もしそれでも仕止め損なったら、周りの冒険者達に足止めしてもらって、その間にアクアの魔力をドレインタッチでめぐみんに送って3発目で仕止めるんだよ! もちろん足止めしてる皆を逃がした後でな!」

 

 素人考えだが、もうこれしか思い付かない。

 そしておそらく、4発目を撃つ余裕は無いだろうとも思っている。

 そこで今度はアクアからブーサインが出た。

 

「えー! また私の神聖な魔力をリッチーのスキルでめぐみんにあげるとか嫌なんですけど! 私、めぐみんの魔力電池じゃないんですけど!」

 

「うるさーい! 何の為にお前を連れてきたと思ってんだ!」

 

 いがみ合い始めるカズマとアクア。

 ダクネスは自分の役割を確認する。

 

「私は、めぐみんが3発目の爆裂魔法を使う際に、撤退する冒険者を援護すれば良いんだな?」

 

「あぁ。最悪、ダクネスだけなら爆裂魔法を喰らっても(爆裂魔法による)死人は出たりしないからな」

 

「ふふ、そうか。クーロンズヒュドラの攻撃とめぐみんの爆裂魔法……お前はいったいどこまで私を悦ばせるつもりなんだ!」

 

「いや、逃げろよ? 巻き添え喰らうのは最悪の事態だって言ってんだろうが!?」

 

 頬を染めて身をくねらせるダクネスにカズマは声を上げてツッコミを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 渓谷に辿り着き、それぞれが確認しながら決められた位置に着く。

 すると、地響きと共に9つの首を持つドラゴンがこちらに近付いてきた。

 

「来たっ!? めぐみん、デカいのを1発頼むぜ!!」

 

「任せてください! ゆんゆんの出番もなく、この1撃で終わらせて上げましょう────エクスプロージョンッ!!」

 

 今、開戦の爆炎が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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クーロンズヒュドラ討伐・後

「くっ、無念です! あのモンスターを仕留める事が出来ませんでした!」

 

 爆裂魔法を撃って魔力を使い果たしためぐみんが大の字で倒れて悔しそうに表情を歪める。

 しかしカズマからすれば上々の成果だ。

 

「上出来だぞ、めぐみん! アイツの首を6本も消し飛ばした!」

 

 再生を始めているが、クーロンズヒュドラの首は既に6本も失っている。あれだけでも相当な魔力を喰う筈だ。

 

「次! 頼むぜゆんゆん!!」

 

「は、はい!」

 

「ゆんゆん。もしもここでクーロンズヒュドラを討伐したら、後でヒドイ目に遭わせます」

 

「うん! って、えぇっ!?」

 

「変なプレッシャーかけんな!!」

 

 理不尽な事を言うめぐみんにカズマが怒鳴る。

 ゆんゆんを2発目に置いたのは、3発目にめぐみんに撃たせる意味も有るが、もう1つは射程と発動速度である。

 爆裂魔法を強化してないゆんゆんは、どうしても爆裂魔法関連では劣ってしまう。

 それを考慮しての順番だ。

 

「今だっ!!」

 

「はい! エクスプロージョン!!」

 

 ゆんゆんの杖から2発目の爆裂魔法が放たれた。

 2発目の爆裂魔法が進行してくるクーロンズヒュドラに直撃する。

 

「よっし!! 首が殆ど消し飛んだぞ!」

 

 クーロンズヒュドラは破損した肉体を動きながらも再生させていく。

 だがあれなら、首が全て元通りになるよりも冒険者達と接触する方が早いだろう。

 これならアクセルの冒険者達で時間稼ぎも出来るかもしれない。

 

「さぁカズマ! 早くアクアの魔力を私に────って! 何でゆんゆんに送ってるんですかっ!?」

 

「戦ってる皆を援護して貰う為に決まってんだろ!」

 

 めぐみんと違って魔法のバリエーションが豊富なゆんゆんの魔力を先に回復して危ない奴が出たら助けて貰うのだ。

 ただ、全回復だと時間がかかるので、半分くらいを目安にする。

 

「うわぁあああぁあああああっ!?」

 

 そうしてゆんゆんの魔力回復を行っていると、冒険者の数人がクーロンズヒュドラに襲いかかられている。

 他のウィザードなどが魔法で援護しているが、あのままでは食われてしまうだろう。

 

「クソッ!」

 

 カズマはゆんゆんの魔力回復を中断して、鞄からアイテムを取り出す。

 

「この日の為に投擲スキルを取ったんだよ! 外さねぇぞ!」

 

「え? ちょ! カズマそれ!?」

 

 取り出した筒を見てアクアがギョッとした。

 垂れている糸の部分にライターで火を点ける。

 

「オラァ喰らえっ! エクスプロージョン!!」

 

 投げた筒がクーロンズヒュドラの横っ面に直撃し、大きな爆発が起こる。

 予想以上の出来にカズマは拳を握りしめた。

 その爆発を見て真っ先に反応したのは倒れているめぐみんだ。

 

「な、なななななななんですか、アレはっ!?」

 

「ダイナマイトだよ。今のが1番威力の高いやつ!」

 

 ここ最近、開発していたアイテムだ。

 初級魔法しか使えないカズマがどうにか攻撃力を上げる手として考えたのがコレだった。

 ライターと併用して売れば、売れるだろうという思惑もある。

 スズハから何故かダイナマイトに関する知識がスラスラ出てきた事もあり、開発はかなり早く進んだ。

 

「スゴいな! 威力は炸裂魔法程度だが、それなら私にも使えるのか?」

 

「カズマカズマ! 私もドッカーンってやりたーい!」

 

「お前達はダメ!!」

 

 鞄からダイナマイトを取り出そうとするダクネスとアクアにカズマが拒否をする。

 何で? と、不満そうな顔をする仲間にカズマが説明した。

 

「当たり前だろ! 止まってる相手に剣も当てられないクルセイダーとやらかし属性のアークプリーストにダイナマイトなんて使わせられるか!」

 

 考えても見てほしい。

 剣がまともに当たらないダクネスにダイナマイトなど持たせよう物なら、誤って味方の方角に投げかねない。

 アクアも、投げる瞬間にスッ転んで自爆する未来が見える。

 

「くっ!?」

 

「なによやらかし属性って! ヒキニートのくせに!」

 

「うるせー! お前は大人しく魔力電池と周りにサポート魔法を使ってればいいんだよ!」

 

 ゆんゆんへの魔力供給を終えて今度は倒れているめぐみんにアクアの魔力を送る為に触れる。

 すると何故か不機嫌そうなめぐみん。

 

「……カズマ、アレは捨てましょう。あんな物は必要ありません」

 

「馬鹿な事を言ってないで、とっとと魔力を補充すんぞ!」

 

「馬鹿な事じゃありません! なんですか今のアイテムは! エクスプロージョンって私への当て付けですか!! あんな邪道に頼るなんて見損ないましたよ!」

 

「うるさーい!! 大体いつまでもお前が爆裂魔法しか覚えないのが悪いんだろうがっ!!」

 

「なにをー!!」

 

 喧嘩をしつつも魔力を供給していた。

 そこで、今回のクエストに参加していたダスト以下数名の冒険者が近づいてくる。

 

「おい、カズマァ! さっきのアイテム、俺達にも分けてくれ!」

 

「おう! 持ってけ! 使い方は……」

 

「見てたから分かるぜ! あのドラゴンモドキ、目にもの見せてやる!!」

 

 と言って、カズマの鞄からダイナマイトを持ち去っていく。

 

「あぁ! 皆さんが邪道に染まっていきます……」

 

「ちょっとカズマ! 仲間の私達はダメで何で他の冒険者にはあっさりあげちゃうのよ!! そんなに私達が信用できないの!!」

 

「バカヤロウ! 俺はお前達なら必ず失態を犯す筈だと信頼してるんだよ!」

 

「なんだそれは!?」

 

 そんなこんなで言い争っている中で、前衛組がクーロンズヒュドラの足止めをしつつも合間にダイナマイトを駆使して凌いでいた。

 アーチャーの弓や、ウィザード達も中級魔法を駆使して戦っている。

 しかしそれでも負傷する冒険者も居るわけで。

 

「ダクネス! 向こうの奴がヤバい! 行ってこい!」

 

「任せろ!!」

 

 ダクネスが走って突進してくるクーロンズヒュドラの頭を剣で受け止める。

 頭部は既に半分が再生を終えていた。

 

「思ったより頭の再生が早いな!」

 

 めぐみんの魔力はまだ回復していない。

 いましばらくは持ち堪えてもらわないといけない。

 

「頑張ってくれよ、みんなぁ!!」

 

 焦る気持ちを抑えるように呟くカズマ。

 ダイナマイトを使い果たした後も、前衛の冒険者達は足留めの為に武器を振るってクーロンズヒュドラの体を傷つけ続けた。

 負傷した冒険者をダクネスが回収し、プリーストに治療させる。

 ゆんゆんが十八番のライト・オブ・セイバーで1本の首を狩って見せる活躍をした。

 まさに総力戦。

 このクエストに参加した冒険者の誰もが死力を尽くして目の前のドラゴン討伐の為に自身の役割を全うしていた。

 

「よーし、めぐみん! 魔力は充分だな! 最後の決めを頼むぜ!!」

 

「ふん! やはり、最後は私の爆裂魔法に頼る他ないようですね! あんなアイテムよりも我が奥義、爆裂魔法の方が優れていると証明しましょう!」

 

 意気込み、杖に魔力を込め始める。

 カズマは、拡声器で最後の指示を出した。

 

「お前らぁ! 頭のおかしい爆裂娘の一撃がくるぞぉ!! 死にたくなけりゃあ、全力で退避しろぉおおおおっ!!」

 

 カズマの号令に前衛で戦っていた冒険者達が後退し、その援護にウィザード達も魔法を叩き込む。

 ダクネスは負傷した冒険者を2人担いで走っていた。

 

「カズマ! 私を頭のおかしいと言った事、覚えておいてくださいね! 後でお仕置きですよ!」

 

 黒い魔力の奔流がめぐみんの杖に集まっていく。

 全ての魔力を込めて杖を解放しようと、クーロンズヒュドラに向けた。

 

「さぁ、もう一度喰らいなさい! 我が最大の奥義、爆裂魔法を!! エクスプロ────」

 

 めぐみんが爆裂魔法を使う刹那の一瞬。

 それが飛んできた。

 一条の赤い熱線がクーロンズヒュドラに向かい、その巨大な体に直撃すると大きな爆発音と共に爆炎が広がっていく。

 それは紛れもない爆裂魔法。

 寸でのところで別方向から飛んできた爆裂魔法に誰もが唖然とした驚きの表情をする。

 爆裂魔法を撃ち損ねためぐみんはとっさにゆんゆんを睨むが、本人は両手を挙げて首を左右に振り、私じゃないとアピールする。

 

「おい! あそこに誰か居るぞ!」

 

 爆裂魔法を飛んできた方角を見たダストが自分達から少し離れた位置に居る誰かに気付いて指差した。

 悔しそうな顔をしているめぐみんは、文句を言ってやろうとその方角見る。

 しかし、その人物を見た瞬間にめぐみんは言葉を失った。

 

「貴女は……」

 

「どうしたの、めぐみん?」

 

 アクアの問いに答えることができない。

 赤いショートヘアの髪に女性らしい肢体。

 その人物に、めぐみんは見覚えがあった。

 それはかつて、めぐみんに爆裂魔法を教えてくれた女性だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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祝勝会

お待たせしました。


「それでは! クーロンズヒュドラ討伐祝いにぃ、カンパーイッ!!」

 

『オーッ!!』

 

 音頭を取ると店にいる冒険者達が一斉にジョッキを掲げた。

 3発目に放たれた爆裂魔法により、クーロンズヒュドラは完全に活動を停止した。

 冒険者達が戻った時には既に陽が落ちており、ギルド内に在る酒場で祝勝会をしていた。

 

 今回のクエストにより大金を手にする予定の冒険者達は思い思いに散財していた。

 

「なぁ、カズマ。今回持ってきた魔道具、もっとねぇのか?」

 

「あ~。アレな。今回はまだ試作品だけど、思った以上に効果有ったし、バニル辺りに見せてその内ウィズの店で売られると思うぞ」

 

 ダイナマイトの出来はカズマの思った以上であり、バニルのところへ持っていけば即座に商品化されるだろう。

 ライターも合わさってかなり売れる筈だと思う。

 そっかー。とダストは酒を呷った。

 別のところではアクアが宴会芸を披露しており、ダクネスは今回のクエストで助けた冒険者に礼を言われている。

 

「お疲れ様です、めぐみんさん」

 

「スズハ……」

 

 適当に料理と飲み物を盛ってきたスズハは背負っていた娘を膝に置いてめぐみんの隣に座る。

 

「早く食べないと無くなっちゃいますよ。それとも疲れてしまいましたか?」

 

「そんな事は……」

 

 飲み物を受け取っためぐみんは考え込むように軽くつまめる料理を口に入れた。

 スズハも1口果実水を飲むと、めぐみんに話しかける。

 

「今回もめぐみんさんは大活躍だったのでしょう?」

 

 スズハの何気ない質問に場が凍りついた。

 今回のクエストでクーロンズヒュドラの討伐に成功した事は知っていても、過程までは聞いてなかった。

 酒場の誰もがカズマに目をやると、本人もしょうがねーなー! と立ち上がる。

 めぐみんの感情が爆発する前にどうにか宥めなければならない。

 しかし、めぐみんの反応は意外な物だった。

 

「あぁ、いえ。今回私はあんまり……」

 

 心ここに在らずな様子で答えるめぐみん。

 その反応に周りが意外そうに目を丸くする。

 真っ先に反応したのはゆんゆんだった。

 

「ど、どうしたの、めぐみん!? いつもならここで暴れるところじゃない!?」

 

「……おい。ゆんゆんが私をどう思ってるのかじっくり聞こうじゃないか」

 

 青筋を立てて睨み付けるめぐみんにゆんゆんが自分の口を押さえて首を横に振る。

 しかしそこでスズハが質問する。

 

「それじゃあ誰が倒したのですか? ゆんゆんさん?」

 

 ゆんゆんを見て問うが本人が否定した。

 そこでカズマが今回のクエストの事を話す。

 2発目の爆裂魔法までは作戦通りだったが、3発目の撃つタイミングで見知らぬアークウィザードらしき女性が爆裂魔法を撃ってクーロンズヒュドラを討伐したと。

 聞き終えたスズハは感心した様子で唇に指で触れる。

 

「めぐみんさん以外にあんな凶悪な魔法を修得する方がいるんですねぇ」

 

「……スズハが爆裂魔法をどう思ってるのか聞こうじゃないか。それとゆんゆんやウィズも使えますからね!」

 

「ちょっと待って!? 私はめぐみんに冒険者カードを取られて無理矢理修得させられたんだからね!」

 

「それは既に過去の事です! 実際に役に立ってるのですから良いじゃないですか!!」

 

「良くない!」

 

 掴み合いを始めるめぐみんとゆんゆん。

 その様子に周囲は安心したように祝勝会を再開する。

 

「それで、その方はどちらに?」

 

「それがな。クーロンズヒュドラが倒れたのと同時にテレポートで消えてしまったのだ。おそらくは冒険者ではない旅人だとおもうが」

 

「その根拠は?」

 

 質問にダクネスが答えるとカズマが質問を続けた。

 

「通りすがりの冒険者ならば、あの場で報酬の交渉をしていた筈だ。そこらの雑魚ならともかく、クーロンズヒュドラを討伐したともなればその報酬も相当な額だしな。それを逃す理由がない。しかし、冒険者でもないただの旅人では、あのクエストに飛び入り参加しても、報酬はでないからな」

 

「そうなのか?」

 

 カズマの反芻にダクネスが頷く。

 

「その為の冒険者資格だからな」

 

 話が一区切りすると、宴会芸を終えたアクアが両手にジョッキを持って近づいてきた。

 

「どうだっていいじゃない、そんな事は! あのモンスターを倒した報酬はちゃんと貰える訳だし!」

 

 顔を上に向けたアクアが両手のジョッキに注がれているシュワシュワを同時に口へと1滴も溢さずに流し込んだ。

 その豪快かつ繊細な飲み方に冒険者達から喝采を贈られた。

 それに気を良くしたアクアが更にお酒を注文する。

 

「アクアさん、少しペースを抑えた方が……」

 

「何を言ってるの、スズハ! こんなおめでたい時に全力で飲まないでいつ飲むっていうのよ!」

 

 プハーッと追加で届いたシュワシュワを一気に飲み干すアクア。

 その様子にこの場で言うべきか迷っていると、少し顔の赤くなったアクアが若干苛立たしげに言う。

 

「何よスズハ! 言いたいことがあるならちゃんと言いなさい!」

 

「はぁ……それなら。アクアさん、最近太りましたよね?」

 

 スズハの言葉にカエルの唐揚げを食べていたアクアの手が止まる。

 

「洗った服が微妙に伸びてますし。少しお腹が出てきましたよ」

 

 アクアのお腹をつつくと以前よりも脂肪の厚みが増していた。

 スズハの指摘にアクアが目尻に涙を溜めてプルプルと震えている。

 

「太ってないわよ! 女神は太らないの!!」

 

「いや、前にぶくぶく肥えただろうが……」

 

 以前太って無理矢理ダイエットをさせた時の事を思い出す。

 

「うるさいヒキニート! とにかく今日はお祝いだからたくさん飲むの!! すいませーん、シュワシュワ追加でー!!」

 

 更に飲もうとするアクアにカズマがポツリと呟いた。

 

「明日からダイエットだな」

 

「カズマさん、アクアさんの兄様みたいですね」

 

「あんな妹要らねー」

 

 そう言いながらカズマは自分のシュワシュワを飲む。

 スズハも酔っ払ったアクアに鶏の卵は渡せないな、と自分で持っている。

 そんな中でめぐみんだけは何かを考え込むように視線を落としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーん」

 

「どうしたの? ちょむすけ。おやつならさっきあげたでしょう?」

 

 洗濯物を取り込んで畳んでいると、ちょむすけがスズハにすり寄ってくる。

 最近はちょむすけが何かと近づいてくるような気がする。

 それは別に良いのだ。スズハもちょむすけが好きだし、膝に乗せてると心が癒される。

 問題は────。

 

 クンクンと鼻を鳴らすちょむすけ。

 何故か近づく度にこうして臭いを嗅いでくる。

 

「臭う、かなぁ?」

 

 気をつけているつもりだが、自分の体臭というのは分かりづらいものだ。

 

「どうした?」

 

 そこでジャージ姿のカズマが話しかけてきた。

 手には袋を下げている。

 

「コレか? 残しておいたダイナマイトだよ。今日バニルに見せに行くんだ」

 

「……大丈夫なんですか?」

 

 今回売るのはコレまでと違い明確な危険物である。

 もしも街中で使う者が現れたら。

 

「スズハの懸念も分かる。そこら辺はバニルやウィズとも話し合うつもりだ。まぁ、爆発するポーションなんてのが売ってる訳だし、今更な気もするしな。それより、どうしたんだ? 渋い顔してたけど」

 

「あぁ、それは……」

 

 言うか迷ったが、相談してみることにした。

 

「えっと、その……カズマさん。わたしって臭いますか?」

 

「は?」

 

 予想外の質問にカズマは怪訝な顔をする。

 

「いえ、最近ちょむすけがやたらとわたしの臭いを嗅いできて……」

 

 ちょむすけの頭を撫でながらスズハが説明する。

 カズマとしては、スズハから変な臭いは特にしないのだが。

 

「ふむ。ちょっと待ってろ」

 

「へ? わっ!?」

 

 カズマが顔を近づけてスズハの髪や首の辺りを嗅いでくる。

 

「────カズマさんっ!?」

 

「ん。特に変な臭いはしないと思うぞ」

 

「……たまにカズマさんって大胆な事をしますよね」

 

「何がだよ」

 

 心外だと言わんばかりの態度を取るカズマ。

 

「それより、これから買い物に出るのか?」

 

「話を逸らしましたね。そうですね。洗濯物を片付けたら。出ようと思います。最近めぐみんさんも何か悩んでる様子ですし、少しだけ豪華に」

 

「そうか。なら、こっちの話が終わったら商店街の入り口で待ってるわ。そこに居なかったらウィズの店まで来てくれ。荷物くらい持つ」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 素直に喜ぶスズハ。

 実を言うと、先日の祝勝会で女の冒険者達から小さな女の子に家事を任せっきりでダラダラしてるダメ男のレッテルを貼られたのが原因なのだが。

 喜んでくれるなら荷物持ちくらい良いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズマが荷物を持ってくれるという事で、少しだけ多めに買い込んでいると、見知った顔を見かけた。

 

「あ、バクさん。こんにちは」

 

「えぇ、こんにちは」

 

 赤い髪の女性に近づく。

 クーロンズヒュドラの討伐クエストの際に途中からギルドの職員に呼ばれて別れるとそのままだった。

 

「またお会い出来て嬉しいです」

 

「そう……」

 

 無邪気な笑みを見せるスズハに赤い髪の女性が口を開いた。

 

「時間があるなら、これから少し、付き合ってくれないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 



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お客様

 赤い髪の女性に誘われたスズハは少しだけなら、という条件でオープンカフェで向かい合っていた。

 

(そう言えば、ギルドの酒場以外の飲食店を利用するの初めてかも……)

 

 こちらに来てからは基本自炊していたし、お店でおかずや菓子を購入する事あっても、カフェなどを利用することはなかった。

 あの屋敷に住んでいる間に、あの人達の役に立とうと奮起していたという理由もある。

 

(それに、皆さん喜んでくれるし)

 

 自分の料理を美味しいと食べてくれたり、掃除洗濯をして喜ぶあの人達の為に家事をするのはイヤじゃない。

 そんな事を考えていると、向こうの方から話しかけてきた。

 

「ごめんなさいね。いきなり誘ったりして」

 

「いえ。一度こうしたお店にも入ってみたかったので」

 

 そう返したスズハに相手は少しだけ心配そうに眉を顰めた。

 

「でも。誘った私が言うのも何だけど、ホイホイ付いて来るなんて警戒心が無いのではないかしら? 不用心よ」

 

 女性の苦言に一拍置いてから苦笑いを浮かべる。

 

「そうかもしれません。でもバクさんは、アルカンレティアの温泉で早く出た方が良いと忠告してくださったでしょう? 今もわたしを心配してくださいますし。そういう方なら大丈夫かなって」

 

 スズハの返答に赤髪の女性は若干顔を赤くする。

 

「貴女なりに考えてるのね」

 

「はい。それでお話というのは?」

 

 あまり時間が取れないので本題に入ることにする。

 相手も了承の意で頷いた。

 

「実を言うとね、貴女がお世話になっている冒険者パーティーについてもう少し詳しく教えて欲しいの」

 

 意外なお願いにスズハは首を傾げた。

 

「あの人達の事を、ですか?」

 

「えぇ。ほらこの間、魔王軍の幹部を倒したって言っていたでしょう? だから気になって」

 

 相手の言葉にスズハは少し考える素振りを見せる。

 

「もしかしてバクさんって……」

 

「何かしら?」

 

 女性は笑顔を崩さずにカップの取っ手に力が籠る。

 しかしスズハの口から出た言葉は予想外の言葉だった。

 

「新聞記者の方ですか?」

 

「は?」

 

「てっきり、冒険者かそれに近い職の方かと思ってましたけど、記者の方なら納得です」

 

 アルカンレティアでの警告。

 その内容がずっと疑問だったが、情報を扱う職種なら辻褄が合う。

 

「え、えぇ。実はそうなの。でも女1人で色々なところを回るのは危ないでしょ? 冒険者風を装っていればトラブルも少ないから。多少の心得もあるしね」

 

「なるほど。でもそれでしたら────」

 

 女性の言い分に納得しつつ、ある提案を口にしようとする。

 その時、スズハの後ろから声をかけられた。

 

「ス~ズ~ハ~?」

 

 振り向く前に頭の左右を掌で挟まれ、力を込められる。

 

「イタッ!? そ、その声カズマさん!?」

 

「商店街を捜してもいねぇし。店の人が知らない人に付いて行ったって聞いて心配したぞこの野郎。何でお前は変なところで隙だらけ何だよ!」

 

 掌を外すと怒ってはいるが、安堵して息を吐くカズマ。

 そこでスズハとお茶をしている人物に目を向けて目を大きく見開く。

 

「アンタは……」

 

「お知り合いですか?」

 

 涙目で挟まれた頭を押さえつつ問いかける。

 

「知り合いっていうか……」

 

 先日のクーロンズヒュドラ討伐の際にめぐみんの代わりにトドメを刺した爆裂魔法の使い手だと説明する。

 

「何でアンタが……」

 

「こちら、新聞記者のバクさんです。魔王軍の幹部を倒したカズマさん達の活躍を取材したいとの事で……」

 

『え?』

 

 カズマと赤い髪の女性が同時に目を丸くする。

 しかしカズマの方は段々と頬が緩んでいった。

 

「よっしゃあぁあっ!! 俺達にもようやく! そうだよおかしいよな! 魔王軍の幹部を倒したのに未だに無名扱いって! マツルギばっかり取り上げやがって!」

 

 ようやくこれまでの苦労が報われたと拳を突き上げるカズマ。

 

「あ。でもそろそろ帰らないと。どうしましょうか? また後日に?」

 

 そろそろ夕飯の準備をしないと間に合わない。

 それにカズマが提案をする。

 

「ならお姉さん。この間のお礼も兼ねて、夕食を一緒にどうです。魔王軍を倒した時の話を詳しくお話しますよ!」

 

「えっと……」

 

 やたら大仰な仕草で食事を誘うカズマに戸惑う女性。しかしスズハも賛成だった。

 

「あぁ。良いですね。バクさん、どうですか? 記事にするならカズマさん達が面白おかしく話してくれると思いますよ?」

 

 カズマだけではなく、アクアやめぐみんも、水を得た魚のように話してくれるだろう。

 それに魔王軍幹部の討伐ならスズハも知らない事もある。

 

「そ、それじゃあ好意に甘えようかしら?」

 

「はい。夕飯、お口に合えば良いんですけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3人が屋敷へ帰る。

 その道中でカズマが以前アイリスに話したように延々と以下に自分が魔王軍幹部の討伐に貢献したかを話している。

 それを女性は少しだけ困惑した笑みで聞いていた。

 

「見えてきましたよ。あの屋敷がわたし達の────」

 

 

 

ドゴォオオオオオオオオンッ!? 

 

 

 突然玄関から爆発音が響き、玄関の扉が勢い良く吹き飛ぶ。

 唖然とするスズハと女性。

 カズマだけは何かを察したらしく、怒りでプルプルと震えながら屋敷に走る。

 

「アクアの奴まさか────!!」

 

 カズマが屋敷に近づくと、壊れた玄関の奥からケホケホと咳をしたアクアとめぐみんが出てきた。

 

「おい馬鹿2人。これはどういうことか説明してもらおうかー?」

 

「カ、カズマさん? ち、違うのよ!? これは事故なの! わざとじゃないの!」

 

「喧しい! 大体なんで引き出しの奥に保管してあったダイナマイトを発見してんだよ!」

 

 どうやらカズマの部屋に残してあったダイナマイトを室内で爆発させたらしい。

 

「私はただカズマの部屋に置いてあったゲームガールを取ろうとしただけなの! で、探してたらダイナマイトを見つけたの! 1本くらいならバレないかなって思ったの! 私もドカーンってやりたかったの! 扉を壊した事は謝るから許してよカズマー!?」

 

 泣き顔で謝罪するアクア。しかしそんな理由が通じる訳もなく。

 

「アホか! 勝手に人の部屋の物を取ってくんじゃねぇ! つーか室内でダイナマイト使うなボケェッ!!」

 

「それは私のせいじゃないもん! めぐみんがこんなもの処分するって取り上げようとするから!」

 

「ふん! 大体ですね。爆裂魔法の使い手であるこの私が居るのに、あんな邪道な魔道具は不要なのです! これに懲りたらカズマもあんな物を作るのはやめるのです」

 

 要するに、アクアがカズマの部屋からダイナマイトを見つけ、1本だけ使おうとした際にめぐみんとすったもんだとなり、その時に運悪く持っていたライターで火を点けてしまい、慌てて玄関に向けて投げたのだろう。

 

「馬鹿だ馬鹿だ思ってたら……爆発の規模から見て1番威力の弱い奴だったから良かったものの! 下手したら俺らも巻き添え喰ってたんだぞ! それに、せっかくバニルのところで売れそうなのに、警察に目を付けられて販売禁止になったらどうすんだ!」

 

 アクアとめぐみんに拳骨を落とすカズマ。

 少し何かが違ってたら死人が出た状況なのでこの制裁もやむ無しである。

 それを見ていたスズハはやっぱり兄様だ、と呟く。

 その光景に唖然となる赤髪の女性。

 すると、屋敷の中から小さな物体が飛び出してくる。

 

「なーん!」

 

「ちょむすけ!」

 

 屋敷から飛び出してきたちょむすけが、赤髪の女性の胸へと飛び込む。

 

「あ、こら!」

 

 女性にしがみつくちょむすけをスズハが引き剥がした。

 

「ごめんなさい。普段はこんなことはしないんですけど」

 

 スズハの腕の中でバタつくちょむすけを諌めた。

 しかし相手は息を呑むようにちょむすけを見ている。

 近付いてちょむすけの頭を撫でた。

 

「この、子は……?」

 

「はい。めぐみんさんが飼ってる猫で」

 

 めぐみんの方を指差すスズハ。

 するとめぐみんの方も呆然と様子で赤髪の女性を見ていた。

 そして此方に近付いてくる。

 

「あ、あの!?」

 

 めぐみんの行動にカズマが警戒する。

 先日のクーロンズヒュドラ討伐で手柄をかっ拐って行った女性にどんな無礼を働くか分かったものではない。

 制止しようとする前にめぐみんが口を開く。

 

「私の事を覚えていますか? 以前貴女に爆裂魔法を教わっためぐみんと言う者ですが……」

 

 めぐみんの質問に全員がカズマ達は目を丸くした。

 そして女性の返答は────。

 

「えぇ。覚えているわ」

 

 

 

 

 

 




またR18版書こうかな?


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交流・前

「まったく。何をやっているんだ2人共……」

 

 ダイナマイトで遊んだアクアとめぐみんは帰って来たダクネスに正座させられて説教をされている。

 一段落したところでアクアが半泣きで意見する。

 

「ダクネス。もういいでしょう? カズマにも散々怒られたの。足も痺れて辛いの! ほら! お客様もいるんでしょう!」

 

「ダクネスにとっては軽い一撃でも、頭が割れるかと思いましたよ」

 

 めぐみんも、お仕置きでダクネスに落とされた拳骨に涙目だった。

 反省した様子の2人にダクネスが締めにふーっと息を吐いた。

 

「いいか、2人共。次あの魔道具を使う時は、この私に投げるんだぞ。あの爆発だ、さぞ気持ちい────」

 

「って、違うだろうがぁああっ!?」

 

「キャンッ!?」

 

 締めで台無しにするダクネスの背中にカズマが跳び蹴りを喰らわせた。

 

「珍しく真面目に説教してると思ったら! なに最後にお前の歪みきった性癖を暴露してんの!?」

 

「くっ……この容赦のない蹴り! お前はどこまで私の喜ぶツボを押さえて────」

 

「お前の為にやったわけじゃねぇっ!!」

 

 地団駄を踏むカズマ。

 そこで奥からスズハがやって来る。

 

「お説教は終わりましたか?」

 

 お茶と菓子を載せた盆を持ったスズハがカップを配る。

 

「うう……やっと終わったわ~」

 

 出来たたんこぶを擦った後にカップに口付けるアクア。

 スズハは少し離れたところで2人へのお説教タイムを見て待たされていた女性にもお茶を配る。

 

「すみません。来てもらって早々にこんなことになって」

 

「あはは。まぁ、退屈はしなかったわよ?」

 

 微妙な表情で笑う女性に頭を下げて、スズハはカズマに質問する。

 

「壊れた玄関はどうしますか?」

 

「……取り敢えず、アクアとめぐみんの貯金から修理するしかねぇよ。今晩はちょっと防犯面が不安だけど、我慢してくれ」

 

 流石に今夜、事件が起きたりはしないだろうとカズマは投げやりに答えた。

 そこでダクネスが客人に意識を向けた。

 

「ところでそちらの女性は? スズハが連れてきたようだが……」

 

「あ、はい。こちらは記者のバクさんです。魔王軍の幹部やデストロイヤーを討伐した皆さんを取材したい、という事ですので」

 

「そして、この私に爆裂魔法を教えてくれた人でもあります!」

 

 紅魔族らしいポーズを取りながらめぐみんが言う。

 それを見たカズマが内心でこう思っていた。

 

(この頭のおかしい爆裂娘がこんな常識人っぽいお姉さんから生まれた? ウソだ、イテェっ!?)

 

 最後の方でめぐみんがカズマの頭に杖を落とした。

 

「……今何か、失礼な事を考えてましたね? 顔を見れば分かります」

 

「至極当然の感想を思ってただけだよ……」

 

 痛そうに頭を擦るカズマ。

 

「それじゃあ、わたしは夕飯を作るので、取材をどうぞ。さっきも言いましたが、きっと面白おかしく話してくれますよ」

 

 そう言って台所に引っ込もうとするスズハだが、思い出した様子で立ち止まる。

 

「夕飯を終えると暗くなるでしょうから、良かったら泊まって行って下さい。アクセルは治安の良い街ですが、女性の1人歩きは心配ですから」

 

 これはダクネスがお説教中にカズマと話し合った事だ。

 既に客間の用意も終わっている。

 ゆんゆんやクリスが時折泊まりに来るので、1人分くらいならそう手間でもない。

 

「えっと、良いのかしら?」

 

 至れり尽くせりで戸惑っている女性にカズマが苦笑する。

 

「別に構わないですよ? 部屋は余ってるし。めぐみんも話したそうにしてますし」

 

 積もる話も有るだろうとカズマなりにめぐみんに気を利かせた。

 それを察したのかは判らないが、女性がペンと手帳を取り出す。

 そうしてると本当に記者っぽい。

 

「それじゃあ、話を聞かせて貰えないかしら」

 

 こうして、カズマパーティーへの取材が始まった。

 

 

 

 

 

 

 取材対象1:アクアの場合。

 

「いい? あの変態デュラハンの時もデストロイヤーの時もアルカンレティアの時も紅魔の里でも! もちろん王都でもこの私、気高く美しいプリーストであるアクア様の活躍のお陰なのよ!」

 

 胸に手を当てて自分に酔った様子を見せるアクア。

 そこからこれまで自分がどれだけスゴい活躍をしたのかを語り始める。

 実際彼女が居なければ詰んでいたのは間違いないのだが。

 

「なのによ! カズマ達もこの街の皆も、この私に対する感謝が足りないと思わない! そう思うわよね!!」

 

「そ、そうね……」

 

 話している最中に色々と思い出したのかだんだんと愚痴っぽくなるアクア。

 

「私が何回も蘇生してあげたのにっ!?」

 

「はいはい。感謝してるよ。ほら、時間も圧してるし次な次」

 

「ちょっとカズマ! 引っ張らないでよ! もっと私の素晴らしさをアピールするんだから!」

 

 アクアの愚痴に飽きてきたカズマが無理矢理交代させた。

 

 

 

 取材対象2:めぐみん。

 

「デストロイヤーと紅魔族にやって来た魔王軍の幹部はこの私が爆裂魔法で葬り去ってやりました!」

 

 自信満々にそう言うめぐみん。

 女性はそ、そう。と戸惑いつつも質問を続ける。

 

「そ、そう。じゃあ他にはどんな魔法が使えるのかしら?」

 

「使えません」

 

「え?」

 

 めぐみんの言葉に手帳を書き込んでいた女性の手が止まる。

 

「私は爆裂魔法以外を覚えるつもりはありません! 生涯を爆裂魔法に捧げるつもりです!」

 

「いや、でもそれだと……」

 

 いくらなんでもピーキー過ぎない? と口に出そうとしたが止めた。

 何と言うか、爆裂魔法に対する情熱が視線からひしひしと伝わってくる。

 

「貴女には感謝しています。貴女に教えてもらった爆裂魔法で私は最強の魔法使い(アークウィザード)として魔王を倒すことが出来るのですから!」

 

「そ、そう……」

 

 めぐみんの発言に女性は物凄く困った笑みを返した。

 

 

 

 取材対象3:ダクネス

 

「私はクルセイダーだが剣は苦手でな。はっきり言って壁役か囮役としてしか役に立たん。スキルも防御系一辺倒だしな……」

 

 自身の不器用さから少しばかり恥ずかしげに話すダクネス。

 疑問を質問に変える。

 

「……クルセイダーには剣術のスキルも無かったかしら?」

 

「それでは駄目だ!」

 

 勢いよく立ち上がるダクネス。

 

「私はモンスターの攻撃を受けたいのだ。それも力及ばずに無理矢理滅茶苦茶にされるような! 今まで戦った魔王軍幹部達それは素晴らしい痛みを与えて────」

 

「だからそう言う発言は控えろって言ってんだろぉ!!」

 

 カズマがタグネスの頭に全力チョップを落とした。

 しかし、むしろダメージがデカかったのはカズマの方で、痛そうに手を撫でる。

 

「お前はバカか! 実家のダスティネス家を変態一族にする気なの!!」

 

「い、今は実家とは関係なく1人の冒険者として話したのだから問題ないだろう……たぶん……」

 

 そうは言ってもダクネスがダスティネス家の令嬢なのは周知の事実だし、調べようと思えば簡単に調べられる。

 

「すんません。コイツの今の発言は無かった事にしてください」

 

「……その方が良さそうね」

 

 了承して女性が手帳に線を引く。

 すると台所に居たスズハが戻ってきた。

 

「皆さん、お食事の用意が出来ましたけど、今召し上がりますか?」

 

「ナイスタイミングね、スズハ! もう私お腹ペコペコよ!」

 

「今日はお客様も居ますし、お酒も多めにお出ししてますから」

 

「やったわ! これも私の日頃の行いの賜物ね!」

 

「ついさっき玄関を破壊した奴がなに言ってんだか」

 

 カズマの言葉に耳を貸さず、ウキウキした様子で食堂に行くアクア。

 スズハが女性に近づく。

 

「バクさんもどうぞ」

 

「えっと……本当に良いの?」

 

「えぇ。もう人数分作ってしまいましたし、食べて行ってくれると嬉しいです」

 

「それじゃあお言葉に甘えて」

 

 ここまで歓待されて断るのも悪いと思い、了承する。

 食堂では、いつもより豪華で様々な料理が並んでいた。

 

「今日は奮発しましたね、スズハ」

 

「これ、貴女1人で作ったの?」

 

「はい。お口に合えば良いんですけど。あ、大皿から好きな物を取って下さいね」

 

「さぁ! 早く食べましょ! 先ずはお酒を注がなきゃ!」

 

「飲み過ぎるなよ、アクア」

 

「聞いちゃいねぇよ、この駄女神」

 

 それぞれの席に着き、食事を始めた。

 アクアは酒のツマミになりそうな物を優先的に取り、めぐみんは肉と麺類を中心に。

 ダクネスはバランス良く。カズマはやや肉類を多めで野菜も食べている。

 スズハはヒナに離乳食を与えつつも合間合間に食事を摂っている。

 客人である女性もスズハの料理に口を付ける。

 

「美味しい……」

 

 自然とそんな言葉が漏れた。

 

「お口に合いましたか?」

 

「えぇ。家庭的って言うのかしら。ホッとする味ね」

 

 店で食べるような強い味付けではなく、毎日食べる為に計算された味。

 母の味とでも言うのか、安心感がある。

 女性の評価にアクアがフフンと鼻を鳴らした。

 

「そうでしょう! スズハの料理は美味しいんだから!」

 

「お前が自慢するこっちゃねー」

 

 なによー! と頬を膨らませるアクア。

 ダクネスが苦笑し、めぐみんが女性に料理を勧めたりしている。

 スズハも娘に食事をさせながら周りに受け答えをしている。

 客人を加えた和やかな雰囲気で食事が進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終えるとカズマは流石に玄関が開けっ放しなのは不安なので、適当な板を玄関に立て掛けて塞ぎ、板の左右に穴を空けてロープを通して適当な所に引っかけて支える。

 これなら台風がくるか、外から人為的に倒さない限り倒れないだろう。一応防犯として倒れたら鈴が鳴るように仕掛けもする。

 その作業の最中にめぐみん達の声が聞こえる。

 

『お風呂に行きましょう! ここの風呂はこの人数でも余裕で入れます!』

 

『え、えぇ』

 

『あ、私も御一緒しますね。ヒナもお風呂に入れないと』

 

 そうして浴室のドアが開け閉めする音がした。

 それを聞いたカズマは数分後に作業を一時中断する。

 思えば、あの女性も大層なモノをお持ちだった。

 

「さ~て、俺もちょっと休憩するかー」

 

 わざとらしく首を左右に動かして肩を回すカズマ。

 隠蔽スキルを使用し、脱衣室に侵入する。

 足音を消して浴室のドアに近づくと、中の声が聞こえてくる。

 

『おかしいです! 何でスズハばかり胸が大きくなっているのですか! このままいくと、ゆんゆんにも追い付きそうじゃないですか!』

 

『そんな事を言われましても……あ、でも最近は母乳も出てきた、かな……?』

 

『~~っ!? 何ですか!! 自分は大きくなったから自慢ですか!』

 

『あ~。母乳が出るのに大きさは関係ないって聞くわよ?』

 

 そんな会話がされているのを聞き、カズマは息を荒くして鼻血が垂れる。

 少しだけ、バレないように浴室の戸を開こうと────。

 

 ピタ。

 

「ほわぁっ!? つっめた!?」

 

 いきなり背中に冷たい感触が走り、思わず声を上げて背中を払う。

 振り向くと、スズハの精霊である雪精(シロ)が跳ねていた。

 

「なんだよいいところで。ビックリさせ────」

 

 ガラッ。

 

 浴室の戸が開くと、そこにはバスタオルを巻いためぐみんが仁王立ちしていた。

 無表情で睨み付けるめぐみん。

 

「あーいや。そのな。俺も風呂に入ろうと思ったけど、お前らが入ってるのに気付いて引き返そうとしてたところでな……」

 

「ふんっ!」

 

「ゴッ!?」

 

 めぐみんがカズマの鼻っ面を拳で殴り倒す。

 

「スズハの精霊に見張りを頼んで正解でしたよ! もしも覗いたら、股間を踏み潰しますよ。良いですね?」

 

「あ、はい……」

 

 めぐみんの紅い瞳が輝きながらされた警告に本気を感じ取り、股間を押さえて頷く。

 戸を閉めるとまた中で楽しそうな声が聞こえてくる。

 この場に留まって居ると本気でカズマのカズマさんが潰されかねないので、大人しく立ち上がる。

 

「作業に戻っかー……」

 

 トボトボと玄関に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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交流・後

「イテテ……めぐみんのやつ、本気で殴りやがって。お前の貧乳を見たかったわけじゃないっつーの」

 

 鼻を押さえながら玄関の作業に戻るカズマ。

 板に縄を括り付けていると、アクアがやってきた。

 

「ねぇ、カズマ。私はこれからお風呂に入るの」

 

「いや、勝手に入れよ。作業の邪魔すんな。つーかその前に手伝え」

 

 板をアクアに支えさせる。

 カズマの態度に不満そうに頬を膨らませる。

 

「もう! さっきみたいに覗かないでねって言ってるの! 女神の裸なんて見たら、天罰が下るわよ!」

 

 プリプリと怒るアクア。

 その台詞にカズマはハッと鼻で笑う。

 

「あのな。馬小屋で生活してた頃からお前を女として意識したことなんて1回もねぇよ。自惚れんな」

 

「なんですって~!! カズマのくせに!」

 

「おい! 板離すなよ!」

 

「イタイッ!?」

 

 肩を揺さぶるアクアに頭突きをお見舞いして黙らせた。

 馬小屋生活の時に健全な青少年として見た目だけは美人なアクアで自身の境遇を紛らわせようとしたこともあったが、カズマのカズマさんは全く反応しなかった。

 サキュバスによる淫夢を利用する際にもアクアが出演したことは1回もない。

 つまり、異性として全く意識してないのだ。

 怒ったアクアが立ち去ると、カズマは1人作業に戻る。

 

「アイツが壊したのに邪魔しにきたのかよ……」

 

 ブツブツと文句を言いながら作業をする。

 所詮間に合わせだとちゃっちゃと終わらせようとする。

 

『でも最近は母乳も出てきた、かな……?』

 

 先程の会話を思い出して顔を赤くする。

 

(そういや最近、胸の辺りが微妙に膨らんでたな。寝間着の浴衣の時とか特に……)

 

 そこまで想像力を滾らせていると、板に頭を打ち付ける。

 

「って、違うだろぉおおおっ!?」

 

 考えるならあっちのお姉さんで、何でスズハの胸を想像して興奮してるのか。

 いや、大きくなったのは喜ばしいことだが。

 悶々としていると、ヒナを背にしたスズハが冷たいお茶を用意して持ってきた。

 

「お疲れ様です、カズマさん」

 

「お、おう……」

 

 お茶を受け取って一気に流す。

 汗を掻いていたので冷たい飲み物はありがたかった。

 スズハにコップを返すと胸元に視線がいく。

 ダクネスやウィズとは比べるまでもないが、そこには確かな膨らみが────。

 突然ボーッとしだしたカズマにスズハは1歩近づく。

 

「どうしました?」

 

 心配そうにカズマを見るスズハ。

 対してぐちゃぐちゃな思考のままカズマは反射的に返す。

 

「いや……母乳って、どんな味がす────」

 

 途中で何言ってんだと思い、口を塞ぐ。

 案の定、先程覗きに来たのを知っている事もあり、スズハから向けられる視線は冷たかった。

 

「ここは頬を張ったりした方が良いのでしょうか?」

 

「……すみませんでした」

 

 カズマは速攻で頭を床に付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 めぐみんは赤い髪の女性と話している。

 爆裂魔法を教わったあの日から、爆裂魔法を覚える為にスキルポイントを貯め続けたこと。

 故郷を出てアクセルの街での今日までの暮らしも。

 

「私は、貴女にとても感謝しています。貴女に爆裂魔法を教わらなかったら、他の子達と同じような普通のアークウィザードに成っていたでしょう」

 

 皆と同じような上級魔法を修得して。

 冒険者になって、それなりのパーティーに所属する。

 その可能性のめぐみんは、きっとこのパーティーには居なかっただろう。

 魔王軍の幹部だって倒せなかったかもしれない。

 何よりこの日々が楽しいのだ。

 冒険者としてクエストに行き、達成したり失敗したり。

 本音でぶつかって喧嘩をしたり、ふざけあったり、心の底から笑い合う毎日。

 その何と刺激的で愛おしい日々か。

 

「ありがとうございます。あの日に貴女と出会えて、私は"私"に成れた気がします」

 

 爆裂魔法を愛するアークウィザード。

 大変な時期もあったが、今はとても充実していた。

 それを聞いていた赤い髪の女性は曖昧に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝。

 トントントンとまな板の上で食材を刻む音と鍋から良い匂いが厨房からする。

 今日もスズハは横にいる娘を見ながら朝食を作っている。

 

「あぁ、おはようございます。朝、お早いですね」

 

 スズハが小さく頭を下げると、彼女もクスリと笑ってはいけない。

 

「そういう貴女の方が……毎日準備してるの?」

 

 それはこうした朝ごはんの準備についてか。

 

「はい。最初は大変でしたけど、今は慣れました。皆さんも手伝ってくれますし」

 

 小皿にスープを盛って味見する。

 最初の頃は流石にスズハ1人では手が回らない事も多く、何だかんだで手伝ってくれた。

 スズハの1番の仕事が娘の子守りという事もあるが。

 元々適応力の高いスズハは1、2ヶ月もすれば屋敷の家事を殆んど1人でこなせるようになった。

 そうなると当然あの堕落気質というか、面倒臭がりの面々も次第に怠けるようになったが。

 ちなみにダクネスは手伝おうとしても、生来の不器用さから家事の戦力に成らず、めぐみんは爆裂魔法を撃つ日課のせいで、スズハがお願いするか、夜くらいにしか手伝えない。

 朝昼晩決まった時間にご飯が出て、クエストから帰れば風呂が沸かされ、屋敷の使うスペースは常に掃除されている。

 楽を覚えたこのパーティーはスズハが居なくなったら屋敷を数日で汚屋敷に変えるかもしれない。

 

「もしかして眠れませんでしたか?」

 

「いいえ。ここ最近で1番の快眠だったわ」

 

「それは良かったです」

 

 冗談混じり答えにスズハもニコニコと笑って返す。

 

「時間が取れたらで良いのだけど……」

 

「はい?」

 

「今日は貴女の話を聞かせてくれないかしら?」

 

 鍋の火を止めてスズハが振り返る。

 

「わたしですか? それは構いませんけど。でもわたしはこのパーティーには名前だけ籍を置いているだけで、実質はただの家政婦ですよ?」

 

 スズハからすれば、普段からクエストに参加している訳でもない自分に取材する価値が有るとは思えない。

 しかしそこで相手から意外な名前が出る。

 

「ホーリー・ジョージ……王城で精霊使いとして招かれていた精霊学の第一人者。私ね、少し前に起きた王都での大事件についても調べてるのよ。貴女の名前も、当時新聞に出ていたし」

 

「……そうらしい、ですね」

 

 スズハ自身その新聞は読んでないが、大々的に報じられたのは知っている。

 事件解決後はアイリスの指示によりシラカワスズハは濡れ衣である事も大々的に広められたが。

 

「その件については貴女に聞いた方が良いとあの子から聞いたから。もちろん無理にとは言わないけど……」

 

「いえ、大丈夫ですよ。王族の方から話さないように言われている部分も有りますので、そこら辺は無理ですけど」

 

「えぇ、もちろん。王家が絡んでいるのなら口止めは当然ですものね」

 

「それじゃあ、今日はカズマさん達はお仕事に出かけますので、その後にでも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズマ達をギルドに送り出した後に茶と茶菓子を用意する。

 正直に言えば、あの事件を思い出すのは少々辛い。

 日本で普通にしていればまず経験しない体験のオンパレードだったのだ。

 

 そこでスズハは女性の膝で丸くなってるちょむすけを見る。

 

「ちょむすけ。ダメでしょう? こっちおいで。すみません、ウチの猫が……」

 

「あぁ……良いのよ、別に」

 

 と言ってくれるが、このままでは仕事の邪魔になるかもしれないので、退いてもらう事にする。

 

「ちょむすけー、おやつよー。こっちおいでー」

 

 ササミのジャーキーを出すと膝からビシッと立ち上がり、その翼でスズハのところまで飛んで、器に入ったジャーキーを貪り始めた。

 その様子に何だかショックを受けているように見える赤い髪の女性。

 

「い、いつもそうなの? その子……」

 

「えぇ、はい。まぁ……娘が起きている時は尻尾や翼を引っ張られたり、抱きつこうとして押し潰してくるので近付かないんですけど。娘が寝てる時はおやつ欲しさに私にベッタリ何ですよ」

 

 ちなみにめぐみんの肩に乗っていた時に同じ事をして大きくショックを与えていたりする。

 動物を手懐けるには胃袋を掴むのが手っ取り早いのだ。

 

「え、と……じゃあ取材を始めます?」

 

「……そうね」

 

 目元を覆っている相手を見て、そんなに動物が好きなのかな? と思いつつ質問は開始された。

 

 王都での事件。

 第一王女であるアイリスの気紛れから始まった食事会。

 その際にカズマとスズハ。そしてヒナが気に入られ王城まで招待されたこと。

 交流を重ねて親交を深めたが、帰宅を決めた時にホーリー・ジョージによってアイリス王女への刺殺未遂の犯人に仕立て上げられたこと。

 それから色々とあり、彼の精霊である水精霊(ウンディーネ)が暴走したが、最終的にスズハと契約して事件が終息したこと。

 ホーリー・ジョージが日本からの転生者であることや、拘束中にクレアなどにされた諸々に関してはカットして話した。

 

「大変だったわね……」

 

「えぇ。でも、そう悪いことばかりではありませんから」

 

 同情的な視線にスズハはそう返した。

 辛いこともあったが、アイリスと友人になれた事は彼女の中で良い思い出として刻まれているのも事実だ。

 

「質問の最後になるけど……ホーリー・ジョージは魔王軍に関して何か言っていたかしら?」

 

 魔王軍の情報。

 彼が魔王軍と精通していたのなら、何かしらの情報を口にした可能性。

 

「いえ。わたしの知り得る限りでは特に。王城の方で取り調べは続いていると思いますが」

 

 だが、それはスズハには預かり知れぬことだ。

 

「そう……そうよね……」

 

 すると女性は立ち上がった。

 

「少し、情報を纏めさせてもらうわね」

 

「えぇ。どうぞごゆっくり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サトウカズマの屋敷を訪れた数日後。

 赤い髪の女性は宿屋の窓から鳥に偽装された使い魔から手紙を受け取っていた。

 手紙の内容は短くこう記されている。

 

 

『件のパーティー。これ以上魔王軍に損失を与える前に排除を要請する。手段は問わない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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悪魔の囁き

遅くなってすみません。


 魔王軍幹部であるウォルバクは、アクセルの街にある高台に居た。

 深夜の暗闇からでも見える屋敷を指差す。

 つい先日、取材という名目で訪れたアクセルの街では珍しい大きな屋敷。

 組織のトップから、彼のパーティーを潰せと命じられた。

 だから彼女はその命令を実行しなければならない。

 しかし────。

 

「ウォルバクさん……」

 

 後ろから現れたウィズにウォルバクは小さく息を吐く。

 

「どうしてここに?」

 

「バニルさんに教えてもらって」

 

「あぁ、やっぱり生きてるのね、アイツ……」

 

 仮面を被り、腹の立つ笑いを思い出して額に手を当てるウォルバク。

 ウィズが不安そうに口を開いた。

 

「ここで、何を為さるつもりですか?」

 

「そうね。例えば、魔王軍幹部を数人討伐した冒険者パーティーを爆裂魔法で始末しよう、とかかしら」

 

 ウォルバクの言葉にウィズの握られていた手が開く。

 その視線も普段の彼女からは想像出来ないくらい鋭いモノに変化していた。

 ウィズの様子にウォルバクは握っている杖を構える。

 

「確か契約では、冒険者や騎士などの戦いを縄張りとする者以外に危害を加えた場合は敵対する、という条件だったわね。今私が討とうとしているのは魔王軍幹部を倒した冒険者パーティーよ。さて。ここで敵対するなら、貴女の方こそ契約違反ではないかしら?」

 

「それは……」

 

 ウォルバクの言葉に口ごもるウィズ。

 確かにサトウカズマのパーティーは魔王軍幹部を数名倒している。

 大なり小なりシラカワスズハも加担している限り、ウィズが介入する事ではない。

 ある1つの見落としを除いては。

 

「いいえ、ウォルバクさん。もしも貴女があの屋敷を攻撃するのなら、私は全力で貴女を止めます」

 

「それは、此方との契約を反故するという事?」

 

「いいえ。あの屋敷には赤ん坊(ヒナさん)がいます。まだ物心すら付いてない小さな子です。あの子に危害を加える気ならば、私も黙っていません」

 

 手の平から魔力によって生み出される冷気。

 それを見てウォルバクはクスリと笑って両手を上げる。

 

「安心なさい。ここからあの屋敷を攻撃する気は最初からないわ」

 

「え?」

 

「あの屋敷から、取り返さなきゃいけないモノがあるからね」

 

 そう言って、ウィズの横を通り過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、珍しくカズマ達はアクセルの街に在るレストランで昼食を食べ終えていた。

 

「たまには外で食べるのもいいわね~!」

 

「つーか、アクアお前ぇ……レストランで酒場感覚に酒を注文するなよ。お前だけ値段が3倍じゃねぇか」

 

「だってカズマの奢りだったから」

 

「こんのアマ……っ!」

 

 青筋を立てるカズマにダクネスがまぁまぁと宥める。

 昨日のクエストでそれなりの報酬を得たカズマ達。

 それでたまにはと知り合いの冒険者から美味い店を聞いて外で昼食を食べることにしたのだ。

 

「しかし何故いきなり外食をしようなどと言い出したんですか? 今までそんな事なかったじゃないですか」

 

「はっはっはっ! 何を言うんだめぐみん! 俺はいつだってパーティーメンバーの事を考えて行動してるよー!」

 

 明らかに目を泳がせて話を逸らすカズマ。

 それにダクネスが反応してカズマの肩を揺さぶる。

 

「カズマ! まさかまた借金かっ!? 私達の知らないところで借金をして、食事を奢った代償で私達に払わせようとしてるのか! くっ! 何て鬼畜な!」

 

「おいふざけんな! アクアじゃあるまいしそんなこと言うかっ! つーか、ちょっと嬉しそうにすんじゃねぇ!」

 

「私じゃあるまいしってどういう意味!? 謝って! 私がそんな酷いこと言うって決めつけた事を謝って!」

 

 ギャーギャー騒ぎ始めたカズマ達にスズハが会話に入る。

 

「でも、ビックリしましたよ。いきなり外食なんて言うから。てっきりわたしの料理に飽きて外で食べたいって意思表示かと思いましたよ」

 

「おいやめろよ。その倦怠期が始まった夫に不安を抱く嫁さんみたいな台詞。てか何でお前らを労おうとしてこんなこと言われてんの俺?」

 

「普段の行いのせいですよ……アイタッ!?」

 

 めぐみんの額にデコピンを喰らわせるカズマ。

 

「普段の行い云々でお前にとやかく言われたくねぇんだよ」

 

「なにをー!」

 

 カズマとめぐみんがじゃれていると、丁度屋敷が見えてきた。

 すると玄関口で見知った顔が立っていた。

 

「バクさん!」

 

「あぁ、やっぱり留守だったのね」

 

 腕にはちょむすけを抱えているのを見てめぐみんが手を伸ばす。

 

「ちょむすけがすみません。ちょむすけ、こっちへ来なさい」

 

 めぐみんの呼びかけにちょむすけがプイッと顔を逸らす。

 

「ちょむすけ!」

 

「ごめんなさい、バクさん」

 

「いいのよ。今日は半身であるこの子を迎えに来たのだから」

 

 抱いているちょむすけの頭を撫でる。

 彼女の発言が理解できないまま相手は此方に向いて小さく笑う。

 

「さてと。魔王から何人もの幹部を倒したパーティーである貴方達を始末するように命じられているわ」

 

「あの、何を言って……」

 

 状況が呑み込めないスズハ。

 それを無視する形で彼女は続ける。

 

「私の本当の名はウォルバク。暴虐と怠惰の女神にして魔王軍幹部の1人よ」

 

 魔王軍幹部と名乗る女性に困惑するカズマ達。

 真っ先に反応したのはアクアだった。

 

「はぁあああぁあああっ!? ちょっと貴女! この世界には私とエリス以外の女神は居ない筈なんですけど! 女神を騙ろうだなんて罰が当たるわよ!」

 

 ビシッと指を差して噛み付くアクアにウォルバクは不快そうに眉間にしわを寄せる。

 

「失礼ね。私はれっきとした女神よ。怠惰と暴虐という少し印象の良くない感情を司ってるし、魔王軍に所属するようになってからは邪神を名乗る事もあるけれど……」

 

「嘘吐いた! この女嘘吐いてるわよカズマさん! 謝って! 勝手に女神を自称して清く美しいも尊い女神の名を穢した事を謝って!」

 

「ちょっと。いきなりどうしたのよ。確かにアクシズ教徒とか言う頭のおかしな連中には勝手に邪神認定をされたりはしたけど、一介のプリーストにそんな事を言われる筋合いは無いからね!」

 

「頭のおかしい! 今ウチの子達を頭のおかしいって言ったわね! 大体ウォルバク何て言うマイナー女神、全然聞いたことないんですけど! 信者だってちゃんと居るのかしら? プークスクスクス!」

 

 挑発行為をするアクア。

 それからウォルバクとアクアによる段々しょーもない口喧嘩に発展する。

 

「そもそもこの世界で知らない者のいないアクシズ教団の御神体にして水の女神アクアに、マイナー女神が意見するなんて烏滸がましいわね!」

 

「……貴女、勝手に女神を騙ると罰が当たるわよ」

 

「謝って! 騙りとか言ったことを謝って!!」

 

 それからも本当に下らない口喧嘩を続けるアクアとウォルバクにカズマが声を上げる。

 

「だぁあああああああっ!! 話が進まねぇ! アンタいったい本当に何の用だよっ!」

 

「あ、あぁ……そうだったわね」

 

 コホンと咳払いしてから話題を戻す。

 

「さっきも言ったけど、何人もの幹部を討ち倒してきた貴方達を消すように命を受けているわ。2日後、この街に私の隊が到着する予定よ」

 

「マジかよ……」

 

 あまりの急展開に目を覆うカズマ。

 2日で魔王軍幹部の部隊がアクセルにやって来る。そんなのどう考えても自分達の手に余る事態だ。

 ウォルバクがちょむすけの頭を撫でる。

 

「この子を保護してくれていた事には感謝しているけど、魔王軍側の者としてこれ以上貴方達に損害を出させる訳にはいかないわ。それに、伝説の勇者の子孫まで居るとなればね……。そうでしょう? 勇者サトウの末裔の冒険者さん」

 

「へ?」

 

 カズマが間の抜けた顔を晒す。

 

「惚けるつもり? それとも昔過ぎて今は忘れ去られているのかしら? でもサトウなんて珍しい名が早々あるとは思えないけど」

 

(いや、それどう考えても別のサトウさんだろ!)

 

 恐らくは過去に送られた転生者がたまたま勇者と呼ばれるようになったのだろう。

 何にせよ、日本では珍しい名前ではないし、カズマとの血縁関係はありえない。

 妙な勘違いが生まれた事に頭を抱えていると、めぐみんがちょむすけに再度呼び掛ける。

 

「ちょむすけ! こっちに来なさい! 怒りますよ!」

 

 めぐみんの呼びかけにやはり小さく鳴いて顔を反らす。

 ちょむすけの態度に眉間にしわを寄せるめぐみん。

 

「まぁ待て。ここは俺に任せろ」

 

 めぐみんの肩に手を置くカズマ。

 その自信にその場にいる全員が頭に? を浮かべた。

 

「ほ~らちょむすけー。おやつだぞー」

 

 懐から容器を取り出して開ける。

 中にはちょむすけ用にスズハが作ったおやつが入っている。

 

「何を出すかと思えば……仮にも私の半身がそんなのに釣られるワケ────」

 

 するとウォルバクに抱かれていたちょむすけが暴れだし、その腕から脱出すると、脇目も振らず容器に飛びついた。

 

「どういう事よ仮にも私の半身が食べ物に釣られるなんて!」

 

「プークスクスクス! ねぇ見た! あの自称女神、ちょむすけにあっさり手の平返されてるんですけど!」

 

「飼い主と同じで食い意地が張ってるからな。ちょむすけ用の食い物作ってる時、いつも足下でウロウロしてたし」

 

「おい。私を食い意地の張った卑しい子扱いするのはやめてもらおうか」

 

「て言うか、なんでカズマさんがそれを持ってたんです?」

 

「いや、出かける前にちょむすけにおやつやって遊んでたから」

 

 そんな会話をしていると、ウォルバクがワナワナと震えている。

 アクアが片眼を閉じ、もう片方の眼で望遠鏡で見るようなジャスチャーをする。

 

「貴女、女神を名乗るにしては神格が低いと思ったら、ちょむすけに何かの封印が施されているのかしら? 私のくもりなきまなこが見通したわ!」

 

 フフンと自慢気に鼻を鳴らすアクア。

 カズマがちょむすけを首で持ち上げる。

 

「さてと。アンタの半身は取り返したとして、こいつに何かされたくなかったら大人しく退いて貰おうか!」

 

「くっ」

 

 苦い表情をするウォルバク。

 

「カズマ、流石にそれはどうかと思うのだが……」

 

「うるさい! 代案も無い役立たずは黙ってろ!」

 

「誰が役立たずだ! ぶっころすぞ!」

 

 半泣きのダクネスがカズマの首を掴んで大きく揺らす。

 

「残念だけど、私も今更退く訳には行かないわ。その子も返して貰う」

 

 何らかの魔法を行使しようとするウォルバク。

 カズマは舌打ちして別の案を出す。

 

「なら! 俺達だけで白黒(ケリ)付けるのはどうだぁ!」

 

 ウォルバクの動きが止まる。

 

「決闘って事だよ! もしも俺達が勝ったらアンタは自分の部隊を退かせる! そっちが勝ったら好きにすればいい!」

 

「それを承けるメリットがこっちにあるとでも?」

 

「要するにアンタの目的は俺達だろ? ならそれを達成した時点で任務完了の筈だ。それにアンタは知らないかもしれないが、アクセルの街には冒険者はともかく、一般人に手を出したら怒る魔王軍幹部が居るんだぜ! そいつを相手にしたら、お前さんの部隊もタダじゃ済まないからな!」

 

 遠回しにウィズの事をほのめかす。

 ウォルバクもこの街にウィズがいる事を知っている為、眉間のしわが深くなる。

 

「いいわ。その決闘を承けましょう。場所は……そうね。クーロンズヒュドラを討伐したあの渓谷が良いかしら? あそこなら邪魔は入らないでしょうし。明日の午後までに来なさい。もしも反故にすれば、此方も予定通り私の部隊共々この街を攻め込ませてもらう」

 

 そこまで言うと、スズハが哀しそうな顔でウォルバクの名を呼ぶ。

 

「ウォル、バクさん……」

 

「……貴女も、赤子を巻き込みたくなければここで大人しくしていなさい」

 

 テレポートを使って消えるウォルバク。

 ガシガシと頭を掻くカズマ。

 

「なんだってこんなことにぃっ!!」

 

「ごめんなさい、わたしのせいで……」

 

「気にするな、スズハ。この街にいる以上、向こうは私達に辿り着いていたさ」

 

 ウォルバクを引き合わせた事に責任を感じるスズハにダクネスが励ます。

 それでもスズハは顔を俯かせているが。

 

「ま、安心なさい! あんな神格の低いなんちゃって女神なんて、本物の女神であるこのアクア様がケチョンケチョンに返り討ちにしてやるわ!」

 

「お前……あの人が爆裂魔法使えるのを忘れてるだろ?」

 

 カズマの指摘にアクアが固まる。

 

「ほ、ほら。そこら辺はカズマさんの小狡い作戦で……ね?」

 

 アクアの言葉に渋い顔をするカズマ。隣にいるめぐみんも表情が暗い。

 

「めぐみんも、今回は気が進まないか?」

 

「い、いえ! 大丈夫です! 相手は魔王軍の爆裂魔法の使い手! 相手にとって不足無し、です……」

 

 どう見ても強がっている様子のめぐみん。

 爆裂魔法を教えたのはウォルバクだと言うし、精神が不安定になっている。

 

(クソッ! 魔王軍の幹部と決闘とか! 俺達がやるようなイベントじゃないっつーのっ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約束の時間に間に合うように出発したカズマ達。

 念の為に街に居るゆんゆんにも手伝って貰うらしい。

 スズハはヒナの相手をしながら待っている。

 

「うーあー」

 

「あ……ごめんね、ヒナ」

 

 お手玉を見せていたが手が滑ってヒナの頭に落ちてしまう。

 スズハの頭の中は今回の件で混乱していた。

 もしもカズマ達に何かあったらどうしよう? 

 ならウォルバクが倒されれば良いのか? 

 考えが纏まらず、悶々と帰りを待っている。

 不安に惑っていると、修理した玄関からノックする音がした。

 

「カズマさん?」

 

 まだ早い気がするが、それでも逸る気持ちを抑えきれずスズハは玄関の扉を開ける。

 

 

「ふはははは! あの間抜け面の小僧だと思ったか! 残念! 吾輩でしたー!」

 

「……」

 

 高笑いと共に現れたバニル。

 スズハは妙に苛つきを覚えてそっと玄関を閉めようとする。

 

「待て待て! 客を追い返そうとするな! 最近子育て以外にも悩みが増えた娘よ! 吾輩は貴様の為に良い話を持ってきたのだぞ!」

 

「話、ですか……」

 

 それなら無理に追い返すのもアレなので、中に通す。

 

「それで、御用件は?」

 

「決まっておろう。例の決闘の件だ。貴様はこのまま見て見ぬふりをするつもりか?」

 

「それは……」

 

 スズハとて、今回の件は色々と責任を感じているし、どちらにも嫌な結末になってほしくないと思っている。例えそれがスズハの我が儘でも。

 

「そんな貴様にこれを授けよう。もしかしたら、貴様の望む結末を引き寄せるかもしれんぞ?」

 

「これ」

 

 バニルが魔法の道具をスズハの手に落とす。

 それは以前、説明された道具だった。

 

「でも……」

 

 娘を見る。

 決闘の場に連れていく訳にはいかないし、ここで1人放置するのは論外だ。

 それに気付いたバニルがあろうことかヒナを持ち上げた。

 

「ならば、貴様らが帰ってくるまで、吾輩が面倒を見てやろう。なに、これでも子供の扱いには慣れている。心置きなく行ってくると良い」

 

 笑いながら玄関から出ていくバニル。

 当然追いかけるが、そこには既にバニルの姿はなかった。

 

「人拐いーっ!?」

 

 スズハの絶叫がアクセルの空に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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決闘

 指定させた決闘場所にカズマ達は陰鬱な表情で向かっていた。

 

「めぐみん、本当にあの人が? 何かの間違いじゃなくて?」

 

「さっきからそうだと言ってるでしょうゆんゆん。同じ事を何度も訊かないでください」

 

 イライラとした様子を見せるめぐみんにゆんゆんは黙り込む。

 以前クーロンズヒュドラを討伐してくれたお姉さんが魔王軍幹部だとはゆんゆんには未だに半信半疑だった。

 渓谷に近付いた事で先頭を歩いていたカズマが足を止める。

 

「とにかく問題は爆裂魔法だな」

 

「任せろ。私が囮になって爆裂魔法を食い止めて見せよう。ふふ。めぐみん以外の爆裂魔法……どれ程のモノか」

 

 頬を染めて身体をくねらせるダクネスにカズマは眉をヒクヒクと動かしつつ却下する。

 

「おい。そこのアダマンダイトより硬い脳筋騎士。お前は馬鹿か? 態々お前1人がノコノコ現れて、爆裂魔法なんて使うわけねぇだろ! ちょっとは頭使えよ!」

 

 どれだけ硬かろうが、ダクネス1人に爆裂魔法なんて間違っても使わないだろう。

(当たらないが)剣士なら別の魔法で対処すれば良いのだから。

 

「おいカズマ。私だって乙女の端くれ。言われて傷付く言葉もあるんだぞ?」

 

「首絞めながら言うんじゃねぇ! 折れるだろ! 決闘前に殺す気か!!」

 

 ダクネスの力で首を絞めれば窒息する前に首の骨を折られ────いや、砕かれかねない。

 何とかダクネスの手を外して首を撫でるカズマ。

 

「いいか。相手が爆裂魔法を使うからって1発だけとも限らないんだぞ!」

 

 魔力を回復するアイテム。もしくは肩代わりするアイテムが無いとも限らない。

 それでも爆裂魔法が破格に燃費が悪いのも事実だ。

 

「2回……いや、3回は爆裂魔法を使ってくると考えた方が良い。しかも今回は見晴らしの良い場所だ。待ち伏せする側が圧倒的に有利なんだよ」

 

 考えれば考えるほど嫌になる。

 これならウォルバクの部隊にアクセルを襲わせて、冒険者全員で対処した方がマシなのではないかと思ったが、爆裂魔法で大損害を被る未来しか見えない。

 

「くそ! 普段は燃費が悪くて使った後はお荷物な癖に使い処が難し過ぎる頭のおかしい爆裂魔法なのに! 敵が使うとこんなに厄介なのかよ!」

 

「おい。爆裂魔法の悪口を言うのはやめて貰おうか」

 

 カズマの愚痴にめぐみんが抗議する。

 そこでアクアがカズマに話しかける。

 

「ねぇねぇ、カズマさんカズマさん」

 

「なんだよ」

 

「今回、私の出来ることは少ないと思うの」

 

「そんな事ないだろ」

 

 蘇生は勿論、補助魔法など、本人の頭を除けば一流なのは間違いない。

 むしろアクアを外すとか命綱を自分から切るような物である。

 

「だってぇ! 爆裂魔法なんか喰らったら1発で終わりじゃない! 恐いんですけど! 私だけ帰っちゃダメ?」

 

「お前あんだけ挑発しといてなに言ってんの? もしここで逃げだしたりしたらタダじゃおかねぇからな?」

 

「う~」

 

 カズマの脅しに呻くアクア。

 

「そろそろ渓谷に着くぞ。さっさと終わらせるからなっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウォルバクは渓谷で岩を背にして隠れる形で待ち構えていた。

 サトウカズマのパーティーを視認したら即座に爆裂魔法を叩き込んで終わらせるつもりで。

 

「一応魔力を肩代わりさせるマナタイトも用意してあるけど。どう出るかしらね、あの子達は……」

 

 そんな事を思っていると魔力を感知して岩から動くと、そこには爆裂魔法の魔法陣が空に刻まれている。

 

「まぁ、そう来るでしょうね!」

 

 真面目にウォルバクを探さず、広範囲の爆裂魔法を撃って倒す。

 ここいらに居るのは分かっているのだから。

 ウォルバクもマナタイトを1つ使い、爆裂魔法での相殺を試みる。

 発動には僅かに遅れたが2つの爆炎が衝突し、数秒かけて消滅する。

 

「さて、これで向こうはもう爆裂魔法は────えぇっ!?」

 

 今しがた相殺した筈の爆裂魔法。その魔法陣が再び空間に刻まれる。

 

「あの子にそこまでの魔力がっ!?」

 

 魔王軍幹部のウォルバクですら爆裂魔法を素の魔力で使えるのは1日に1回が限度。

 残りはテレポートを使うくらいの余力しか無いのに。

 もしかしたら向こうもマナタイトなどの魔力を肩代わりする道具を用意しているのかもしれない。

 

「えぇい!」

 

 焦りと苛立ちから自分の魔力で爆裂魔法を発動させた。

 先程より威力が弱いのか、此方が押すも、押し切るより先に消え去る。

 少し警戒したが、3発目はどうやら発動しないらしい。

 

「切り札を出し終えたのか。それとも……」

 

 ウォルバクは爆裂魔法が発射された地点を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あークソッ!! やっぱ仕留めきれてないか!!」

 

 もしかしたら1発しか爆裂魔法を使えないのではと賭けてめぐみんとゆんゆんの順で爆裂魔法を撃ったが、どうやらハズレたらしい。

 

「ゆんゆん、コレ飲め。魔力回復用のポーションだ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 カズマからポーションを受け取って飲むゆんゆん。

 

「カズマカズマ! 私にもポーションをください」

 

「ねぇよ! 運悪く、ウィズのところに置いてたそれが最後の1本だったんだ!」

 

「なっ!? だったら何故ゆんゆんにポーションを渡したのですか!!」

 

「どうせお前にポーションを渡しても爆裂魔法を使えるまで回復しないだろうが! だったら汎用性の高いゆんゆんを少しでも回復させるわ!」

 

「なんですとーっ!!」

 

 自分が役立たず宣言された事と、ライバルであるゆんゆんを優先した嫉妬でめぐみんは倒れたままカズマの脚をゲシゲシと蹴る。

 めぐみんの蹴りを距離を取って止めさせると、ゆんゆんに話しかけた。

 

「ゆんゆん! 相手がどこら辺から爆裂魔法を使ったか分かるか! そこまでテレポートで移動出来るか!」

 

「あ、はい! 本来なら登録した場所しか跳べませんが、目に見える範囲くらいだったら!」

 

「よし! 頼むぞ! 近付けば爆裂魔法は使えねぇんだ! アクアとダクネスが注意を引き付けてくれ! 後は俺が気配遮断で近付いて背後からあのお姉さんをブッ刺す!」

 

 カズマが作戦を伝えるとアクアが異を唱えた。

 

「えー。そんな事しなくても。いつもみたいに私の魔力をめぐみんとゆんゆんにあげれば良くない? 今日は特別に、私の神聖な魔力を渡してあげるから!」

 

「そんなチンタラしてる間に向こうが爆裂魔法を撃ってくるわ! あのお姉さんがあと何発爆裂魔法を使えるのか分からねぇんだぞ!」

 

 どうやって連発したのかは知らないが、近付いてしまえば爆裂魔法は使えない筈。

 

「しかしなんだ。カズマ、お前はいつから暗殺者(アサシン)になったんだ? いや、適性は有ると思うが……」

 

「どやかましいっ!! 元はと言えばお前の剣がまともに当たるなら、俺がこんな危険な橋を渡る必要は無かったんだぞ! これが終わったら、剣術関係のスキルを絶対に修得して貰うからな!」

 

「断るっ!」

 

 カズマの命令をバッサリと切り捨てるダクネス。

 彼女にも譲れない物があるのだ。例えそれが、他人から見て意味のない拘りだとしても。

 青筋をカズマが立てるとゆんゆんがアワアワとしながら通告する。

 

「と、とにかく跳びますね! テレポートッ!!」

 

 魔法による移動を行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 お互いが爆裂魔法の射程距離に入る距離まで移動する。

 ダクネスを盾にしながらもっと近づき、気配遮断で相手の視界外から弓矢でも剣でも攻撃する。

 ウォルバクのところまで走ろうとした。

 

 しかし────。

 

「おうわっ!?」

 

 突然沼になった足下に沈んで動けなくなる。

 

「ボトムレス・スワンプッ!?」

 

 足を止めさせた魔法を叫ぶゆんゆん。

 彼女自身修得している魔法だ。

 

「カズマさんっ!? アレ! アレェッ!?」

 

 自分達の頭上には爆裂魔法の魔法陣が刻まれている。

 いつの間にかウォルバクは距離を取り、スキルで視力を上げたカズマだけがその唇の動きを見ていた。

 

 ────エクスプロージョン。

 

「ねぇ!どうするの!?どうするのよ、カズマさぁんっ!?」

 

(やべえ! コレ、マジで終わっ────)

 

 最強の魔法がカズマ達に向かって落ちてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テレポートしなかっためぐみんは1人爆炎に呑み込まれる仲間達を見ていた。

 

「アクア……ダクネス……ゆんゆん……?」

 

 信じられない様子で仲間の名前を呟く。

 これまで数多くの強敵を屠ってきた自分の仲間が一瞬で消え去ってしまった。

 

「う、あ、あ、あぁ……っ!?」

 

 現実を認めたくなくて、首をイヤイヤと左右に振るめぐみん。

 爆裂魔法の痕には誰も残って居なくて。

 

「カズマァアアアアアッ!?」

 

 

 めぐみんの叫びが渓谷に響いた。

 

 




次回でウォルバク編は終了です。


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契約

年末に間に合わなかったので今年の最初に投稿。


 爆裂魔法の影響なのか、急に雨が降り始めた。

 小雨から大降りになるのに時間がかからずめぐみんを濡らす。

 雨に全身が濡れてもめぐみんはベト付く髪や衣類は気にならず、今見た絶望の光景に茫然としていた。

 赤い髪の女。魔王軍幹部ウォルバクは鬱陶しそうに雨を受けていると、めぐみんの方に視線を向ける。

 

「う、あ、あ……」

 

 みんなが爆裂魔法に呑まれて跡形もなく消えてしまった。

 その跡を見つめるめぐみんとウォルバクは目が合い、面倒そうに魔法で空を飛んで此方に向かってくる。

 着地する音が雨に掻き消されめぐみんの前に立つウォルバク。

 手にしている杖を向けてきた。

 

「なにか、言い残すことはあるかしら?」

 

 ウォルバクの質問に仲間を失ったショックでめぐみんは答えることが出来ない。

 その状態を理解してウォルバクは最期の別れを告げる。

 

「さようなら」

 

 杖から魔法が撃たれて────。

 

「セイクリッド・クリエイト・ウォーターッ!!」

 

 突如洪水が2人に襲いかかった。

 ウォルバクは魔法で浮遊し、回避し、めぐみんだけが洪水に流される。

 それをやったのはもちろん。

 

「あれ?」

 

「こぉんの、駄女神ぃ!! めぐみんを流してどうすんだよぉおおおおおっ!?」

 

「だってピンチに見えたんだもん! 怒らないでよぉっ!」

 

 髪を引っ張るカズマにアクアが目に涙を溜めて言い訳をする。

 

「ブクブクブクッ!?」

 

「めぐみ~んっ!?」

 

 流されていくめぐみんをゆんゆんが助けるために洪水に飛び込んでいった。

 その様子をウォルバクは信じられない様子で見ている。

 確かに彼らは爆裂魔法で消滅した筈だ。

 なのに何故、まだ生きているのか。

 混乱しているとダクネスが()()()ウォルバクに接近してくる。

 

「くっ!?」

 

 剣を振り下ろそうとするダクネスにウォルバクは咄嗟に炸裂魔法で撃退しようとする。

 爆発系の魔法では最弱だが、1人の人間を屠るには充分な威力ある。

 本来ならば────。

 しかし相手は爆裂魔法にすら耐え切る防御力を誇るダクネスだ。その程度では倒せない。

 しかし、驚いたのはその事ではない。

 ダクネスの体に隠れていたスズハが身を乗り出し、ダクネスを飛び越えてウォルバクに向かってくる。

 

風精霊(シルフ)ッ!!」

 

 風を操り、ウォルバクに体当たりして地面へと叩き落とした。

 

「うあっ!?」

 

 地面に女の子1人分の体重を乗せて叩きつけられたウォルバクは痛みで声を上げる。

 上半身を起こして後ろの腰に差していた剣────カズマのちゅんちゅん丸を抜く。

 逆手に持った刃は震えたまま、ウォルバクの心臓の辺りに当てられた。

 

「ウォルバクさん……貴女の魂は、わたしが貰います……!」

 

 今にも泣き出しそうな顔と声で宣言するスズハ。

 どうしてあのパーティーが無事だったのか。理由は分からないが、きっと彼女が何とかしたのだろう。

 納得出来ない部分はあるが、戦いとはそういうものだ。

 だから、そんな泣きそうな顔をしないで欲しい。勝者にそんな顔をされたらこっちはどんな顔をすれば良いのか分からない。

 

「仕方ないわねぇ……」

 

「っ!!」

 

 苦しみを堪えるような顔のまま、小さな精霊使いはウォルバクの胸に刃を突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 ウォルバクを殺害すると、どういう事か、その身体が光の粒子となって消えてゆく。

 それを見届けるとスズハはちゅんちゅん丸から手を離した。

 

「スズハ……」

 

 事態を見守っていたカズマが近付いて声をかけると、スズハがカズマの胸に飛び込んでくる。

 肩が震えているのは当たる雨の冷たさからではないだろう。

 なんだかんだでウォルバクとは仲が良かったのだ。

 自分から言い出した事とはいえ、相当堪えただろう。

 スズハの頭を撫でようと腕を動かす。

 すると────。

 

「○✕△◎▽□◇ッ!?」

 

「うおぉいっ!? コイツ吐きやがったぁ!!」

 

 自分の体に吐瀉物をぶちまけられたカズマは驚いてスズハの体を押して距離を取る。

 青ざめた顔のままハンカチで口元を押さえるスズハ。

 

「すみません。色々とトラウマが刺激されてしまって……」

 

 ウォルバクを刺した時に自分が母親に刺されて殺された時の事がフラッシュバックしてしまった。

 

「うわっ! カズマさんバッチィ! こっちに近付かないでよね!」

 

「うるせー! ぶん殴るぞこの駄女神ぃ!!」

 

「すみませんすみません」

 

 半泣きのカズマの謝り続けるスズハ。

 そこで救出されためぐみんがゆんゆんの肩を借りてやって来た。

 

「ど、どういうことですかっ!? 爆裂魔法でみんな……!」

 

 頭がついてこないめぐみんに、カズマが乾いた笑いをする。

 

「さっきのは流石に死んだと思ったなぁ」

 

「そうよ、スゴく恐かったんだから!」

 

 アクアがスズハの肩を揺らす。

 混乱しているめぐみんにゆんゆんが説明する。

 

「簡単に言うとね、スズハちゃんが助けてくれたの。地面に落として」

 

 爆裂魔法が当たる直前に土精霊(ノーム)の力でカズマ達を地中の奥深くに落とし、穴を塞ぎつつ、水と風の精霊の力で爆裂魔法の威力を分散させた。

 ウォルバクがめぐみんのところに向かっていた最中にカズマ達を地面の中から出して、めぐみんを助けたところに繋がる。

 そこでダクネスが疑問を口にした。

 

「それにしても、よくあのタイミングで助けに入れたな? いつ頃ここに居たんだ?」

 

「皆さんがくる少し前ですね。風精霊(シルフ)の風に乗って空を移動したら追い越したみたいで。後は適当な物陰に隠れてました」

 

『……』

 

 平然とずっと戦闘を見ていたと言うスズハに全員が視線を合わせてコクンと頷いた。

 カズマがスズハの頭を握り拳で挟み、グリグリと攻撃する。

 

「だったらどっかで教えろやぁ!! それならそれでやりようは有ったんだぞぉ!!」

 

「いたぁっ!? ごめんなさい! どうにも出てくるタイミングか分からなくて!」

 

 自分達が必死こいて戦っていたのに観戦してましたと言われればそりゃ怒るだろう。

 次にめぐみんが質問する。

 

「そう言えば、ヒナはどうしたのですか? まさかほったらかしにして出てきた訳ではないでしよう?」

 

「……バニルさんに連れて行かれました」

 

『……ハァッ!?』

 

「ちょっとスズハッ! それ大丈夫なの! あの自称大悪魔にヒナを連れてかれて! 身体を変な風に弄られたりしちゃうんじゃない!?」

 

「恐い事を言わないでください! ウィズさんにもバニルさんの捜索に協力して貰ってますし! 大丈夫ですよ! ……きっと

 

 最後の方が自信無さげなのだった。

 そこでくしゅん、とめぐみんがくしゃみをする。

 

「取りあえず、アクセルに戻りませんか? 雨の中ここに留まっていたら風邪を引いてしまいます」

 

「そうね。ゲロまみれのカズマさんが可哀想だし」

 

「うるせー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクセルに戻ると先ずはウィズ魔法具店に顔を出した。

 

「おぉっ! どうやら上手くいったようだな! 感心感心!」

 

 ハッハッハッ! とスズハの娘(ヒナ)を抱きながら笑うバニルにスズハは珍しく怒った顔で音を鳴らして店のカウンターまで歩く。

 すると懐から何かを取り出して叩きつけるようにバニルに手渡し、逆に娘を奪い返す。

 

「次やったら本当に怒りますよ」

 

 低い声で告げるスズハにバニルは手渡された物を眺めておーこわいこわい、と肩を竦めるだけだった。

 そんなバニルの態度にウィズも怒りを露にする。

 

「もう! バニルさん! ちゃんと謝ってください! いくらなんでも今回は酷すぎます!」

 

「喧しい。○○歳のくせに未だに男ッ気がなく子供の世話をする機会のない哀れな貧乏店主よ。さて吾輩は忙しいのでこれにて失礼する」

 

「な、な、な、な、なぁっ!? バニルさんっ!!」

 

 店の外へ出ていくバニルをウィズが追っかけるが、ヒナを拐った時と同様に既にその場から消えていた。

 

「じゃあ俺らも帰るわー」

 

 疲れた表情でカズマパーティーは帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 首を刺されて死んだウォルバクが目を覚ましたのは、狭いような広いような。不思議な空間だった。

 意識もハッキリしているか。それとも夢を見ているのかも判断出来ない。

 そんな空間の中を漂っていると、突如不快になる笑い声が聞こえてきた。

 

『ふはははは! どうやら意識を取り戻したようだな!』

 

「バニル!?」

 

『何か言っているようだが、そちらの声はこちらには届かんのだ。だから疑問の内容は推測で答えさせてもらう。先ず今の貴様は魂だけを魔法具に閉じ込められている状態だ。あの貧乏店主もたまには役に立つ物を仕入れてくる』

 

 バニルがスズハに与えた魔法の道具。それは対象が許可を出して殺されると瓢箪の中に魂だけを封じる魔法具だ。

 

「許可って! 私は────」

 

 言いながらウォルバクはスズハとの最期の会話を思い出す。

 確かに彼女はウォルバクの魂を貰っていくと言った。そしてウォルバクもそれを了承した。

 命、ではなく魂という表現に疑問を抱くべきだった。

 数時間前の会話を思い出して唖然とするウォルバク。

 

『貴様の存在の殆どは半身に持っていかれたぞ。魔王城の結界も貴様の分は消えたようだ。吾輩と同じく魔王幹部からは除外された訳だ』

 

「……私をどうするつもり?」

 

『なに。丁度使い勝手の良い助手が欲しかったのだ。幸いこの街の近くに在る遺跡で貴様の新しい身体を造ってやろう。少し時間はかかるがな』

 

 アクセルの街の近くに在る遺跡はかつてデストロイヤーを生み出した伝説の魔法使いが人造生命を造り出す為の物。

 新しくウォルバクの身体を用意することも出来よう。

 

『お前の魂を移し替えた後はしっかりと働いて貰うぞ。ふははははっ!』

 

 哄笑するバニル。

 ウォルバクはなんて奴に自分の存在()を握らせたのかと頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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 深夜、カズマが気持ちよく眠っていると、ドンドンと乱暴に扉をノックする音に起こされた。

 

「なんだよ……」

 

 こんな真似をするのはアクアかめぐみんか。

 どちらにせよ、人の快眠を邪魔した以上はそれなりに文句を言わなければならない。

 深夜に起こした誰かに怒鳴りつけようとベッドから降りる。

 すると、意外な声が扉越しから聞こえてきた。

 

「カズマさん……! 起きてますか! カズマさん!?」

 

 切羽詰まった。泣きそうなスズハの声だった。

 先程までの苛立ちが疑問に変わり、急いで扉を開ける。

 扉を開けると目尻に涙を溜めたスズハがカズマの腕を掴む。

 

「どうしよう、カズマさん!? ヒナの熱が下がらないんです! エリス様から頂いた腕輪も効かなくて……!」

 

「おい、落ち着けよ! 取り敢えずお前の部屋に────」

 

 身体を震わせて訴えてくるスズハ。

 カズマは落ち着くように言うと他の住人も目を覚ます。

 

「なによスズハー? せっかく気持ちよく寝てたのに起きちゃったじゃない……」

 

 目を擦りながらアクアを筆頭にめぐみんとダクネスもやってくる。

 アクアを見てスズハがアクアに駆け寄る。

 

「アクアさん! ヒナを! 娘を助けてくださいっ!?」

 

「???」

 

 詰め寄ってくるスズハにアクアは目を点にした。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 ベビーベッドに顔を赤くしたヒナが苦しそうに呻いている。

 

「私が目を覚ましたらヒナが苦しそうで。どうしよう……どうすれば……」

 

 これまでヒナが病気らしい病気もなく、その兆候があると、スズハが転生特典の腕輪で治していた。

 だから、その腕輪が効かない事で完全にパニックになっている。

 めぐみんが簡単に診察すると、険しい表情をする。

 

「これ、ただの風邪じゃないです。おそらくは赤子殺し(ベビーキラー)かと」

 

「なんだよその物騒な名前の病気は?」

 

「名前の通り、赤ん坊にだけ罹る病気です。昔は国中の赤ん坊が罹る危険な病でしたが、今では罹るのも稀ですし、罹っても薬を飲ませて看病を続ければ治ります」

 

 説明するめぐみんにスズハが立ち上がる。

 

「なら、今から薬を買いに……」

 

 それにカズマがストップをかける。

 

「バカか! お前が家を出たら誰がヒナの看病するんだよ! は~、仕方ねぇ。ちょっと行ってくるわ」

 

「こんな時間にお店開いてないんじゃないかしら?」

 

 深夜の時間帯に開いてるのは酒場くらいな物だ。

 

「んなこと言ってる場合じゃねぇだろ。薬屋の戸を片っ端から叩いて薬を売って貰うんだよ! 朝まで待ってらんねーからな」

 

 マントを羽織って出かける準備をする。

 ダクネスとめぐみんも続く。

 

「なら私は急いで実家に戻ってみよう。薬が置いてあるかもしれん」

 

「私も街の薬屋を当たってみます!」

 

 外出する準備をする3人に続いてアクアも着替えようとすると、カズマがそれを止める。

 

「お前は留守番だ!」

 

「なんでよー! まぁ、深夜に夜の街に出なくていいのは嬉しいけど」

 

「アクアはプリーストだろ! 魔法でヒナの病気を治せないのか?」

 

「なに言ってるのよ! ウイルスだって生きてるのよ! 下手に魔法をかけたらウイルスが元気になっちゃうじゃない! ウイルスを殺すのは病院の呪術師の仕事って昔っから決まってるんだから! あ、でもヒナはまだ赤ちゃんだから手術に耐えられるか難しいところだと思うの。薬を持ってきた方が賢明ね」

 

 この世界の病気は基本、薬で治す。そうでなければ病院の呪術師がウイルスを呪い殺して病気を治すのだと言う。

 その事にカズマがこれだから異世界は! と文句を言っている。

 

「私が出来るのは精々、病気の毒素を抜いて、症状を遅らせるくらいよ」

 

「じゃあそれで良いから、ヒナを頼むぞ。俺らは薬を買ってくるまでな」

 

 カズマとめぐみんにダクネスが屋敷から出ていく。

 すると、スズハがアクアに頭を下げた。

 

「娘を、よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 めぐみん、ダクネスと分かれたカズマは最初の薬屋の扉を叩いた。

 

「おい! 開けてくれよ! おいっ!」

 

「うるせぇぞっ!! 今何時だと思ってる」

 

 中からは店長である角刈りの中年が出てきた。

 当然の深夜に叩き起こされて不機嫌そうな店主にカズマは説明する。

 

「赤ん坊が、赤子殺しっていうのに罹って! 急ぎで薬が必要なんだよ!」

 

「赤子殺しの薬……あぁ、わりぃが、ウチには今置いてねぇよ」

 

「なんでだよ! 薬屋だろ! 夜起こしたの悪かったけどさ!」

 

 店主の言葉にカズマは慌てて深夜に起こしたのを詫びる。

 しかし店主は首を横に振った。

 

「元々近年じゃあ、殆んど罹るガキも居ねぇ。だけど一応在庫で少しばかりは置いてあったんだが、昨日来た客が買い占めちまったんだよ。補充は勿論するが、それも明後日以降だなぁ」

 

 顎を撫でながら言う店主にカズマは食って掛かる。

 

「ハァッ!? 誰だよよりによってこのタイミングでっ! そんなに待ってたらヒナが死んじまうよ!!」

 

 そんな事を言われてもなー、と店主も眠そうに欠伸をする。

 

「とにかく。ウチには置いてねぇから、他を当たんな」

 

 そう言って店の扉を閉められる。

 すぐに買えるだろうと高を括っていたカズマは地団駄を踏んだ。

 

「とにかく次だ次っ!」

 

 次の薬屋へとカズマは走った。

 

 

 

 

 

「あー、悪いね。ちょうど売り切れてて────」

「ごめんなさい。今日売り切れちゃって……」

「その薬は今入荷待ちなの……」

 

 

 

 5店舗目も売り切れと言われてカズマは頭をガシガシと掻く。

 

「チキショー誰だよ買い占めやがったのはーっ!!」

 

 狙い澄ましたように売り切れている薬にカズマはどうするか考える。

 

(金が有っても肝心の商品が売ってないんじゃ、意味がねぇ! どうする?)

 

 いっそのこと必要な材料を聞いて今から採ってきて誰かに調合して貰う? 

 圧倒的に時間が足りないだろう。

 焦って考えが纏まらないでいると、別行動を取っていためぐみんが走って近付いてきた。

 

「カズマ! 薬は買えましたか? こっちは売り切れてて……!」

 

「そっちもかよ! こっちも買い占められててっ!?」

 

 苛立たしい雰囲気のまま腕を組んで考える。

 

「どうしましょう、カズマァ!? このままではヒナがっ!?」

 

「分かってるよ! ちょっと待て! 今考えてるからっ!?」

 

 実家に戻ったダクネスだが、長年子宝に恵まれなかったダスティネス家が赤ん坊に使う薬を所有してるとは思えない。

 

「ウィズのところにも行ってみたのですが、あの店では取り扱ってないと」

 

「そっか……」

 

 ならどうするか。

 アクセルの街にある薬屋に置いてある赤子殺しの薬全部を既に買い占められているのかもしれない。

 なら、店以外からなら? 

 

「商店街の連中ならどうだ? もしかしたら、誰か薬を持ってるんじゃないか? 赤ちゃんを育ててる人も居るだろうし」

 

「あ、なるほど。そこから分けて貰えば……商店街の人はスズハに良くしてくれてますし。事情を話せば譲ってくれるかも」

 

「だよな! 金は何倍も請求されていい! 買い取るぞ!」

 

「はい!」

 

 希望が見えて来て、カズマとめぐみんは商店街まで走ろうとした。

 そこで見知った人物が話しかけてきた。

 

「あれー? 助手くんにめぐみん? こんな時間にどうしたの?」

 

 話しかけてきたのは短い銀髪の盗賊(シーフ)であるクリスだった。

 まぁ、いいやとクリスは肩に下げている鞄から小瓶を取り出す。

 

「これ。赤子殺しっていう病気の治療薬なんだけどさー。孤児院の子達用に買ったついでにヒナ用に明日届ける予定だったんだよね」

 

 ニコニコ薬を渡してくるクリスにカズマは無表情で質問する。

 

「もしかして、この薬を買い占めてたのはクリスか?」

 

「あ、うん。どれくらい必要か分かんなくってここら一帯の薬屋から全部買っちゃった」

 

 照れた様子で頬を掻くクリス。

 めぐみんがカズマの肩に手を置く。

 

「……カズマ。やっちゃってください」

 

 2人の異様な雰囲気に気付いてクリスが思わず後退り、顔を引きつらせる。

 

「ねぇ、なにか怒ってる……?」

 

「……クリスのせいで危うくヒナの命がヤバかったんだよ。サンタ気取りも限度を考えよーなぁ、クリス~」

 

 深呼吸してからカズマはクリスに向けて手をかざした。

 

「スティイイイイイイルッ!!」

 

「なんでぇええええええっ!?」

 

 カズマの怒声とクリスの悲鳴が続けて夜の街に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スズハッ! 戻ったぞ!!」

 

 音を立てて屋敷のドアを開けてスズハの部屋まで走る。

 部屋に入ると、ヒナに向けて魔法を使っているアクアと腕輪の力を行使しているスズハがいた。

 

「おっそいわよ、2人ともっ!! 薬買うのにいつまでかかってるわけ!」

 

「うっせー! こっちにだって色々あったんだよ!」

 

 言いながら、薬をスズハに渡す。

 

「これは、どうやって飲ませれば?」

 

「小さいコップに少量だけ入れて水で薄めてください! そうしたらスプーンで少しずつヒナ飲ませて! 何度か吐き出すと思いますが、根気よく!」

 

「は、はい!」

 

 急いでコップと水を用意するスズハ。

 量をめぐみんに確認しつつ、水で薄める。

 スプーンで水で掬い、ヒナの口に入れる。

 

「ケポッ……」

 

 最初の1口を吐き出してしまう。

 

「頑張って、ヒナ……」

 

 もう1口をスプーンで移すと、今度は小さく喉を鳴らして飲み込む。

 

「飲み込んだら、1分程間を空けて次を飲ませてくださいね!」

 

「はい!」

 

 言われた通り、1分間を空けてから薬を飲ませるも、吐いてしまい、その度に口を拭う。

 最初は3回に1回くらいしか飲み込めなかったが、段々と飲み込める回数が増えていき、熱も下がってきた。

 その途中でダクネスも戻ってくる。

 何度も吐いた物を拭き、汗を拭うの繰り返した。

 1時間くらい薬を飲ませる作業を続けると、容態も大分安定してきた。

 

「ここまでくれば、もう安心です。頑張りましたね、スズハ」

 

「いえ。薬を買ってきてくれた皆さんのお陰です。本当にありがとうございました」

 

 頭を下げるスズハにカズマは一区切りついた事を確信して大きく息を吐いて座り込む。

 

「はぁ~。いつもヤバイ奴と戦うのとは別の緊張感だったぜ」

 

「何にせよ、ヒナが快報に向かって良かった……」

 

「と言うか、ダクネス。貴女いつ戻ってきてたの? 全然気付かなかったわよ」

 

「おい! 私もヒナの体を拭いたり皆に水を差し出したりしてただろう! アクアも私から水を受け取っていただろう!」

 

 結局、ダスティネス家に薬がなく、戻ってきた時には皆でヒナの介護をしていた。途中から参加してたのだが、アクアもヒナの容態に意識が向いていてダクネスの存在に気付かなかったらしい。

 

「あ……見てください。もう朝ですよ」

 

 窓の外から陽が差して来たのに気付く。

 

「本当、で……あれ?」

 

 スズハは膝に力が入らずに尻餅をついた。

 

「ごめんなさい。安心したら力が……ヒナはわたしが看ますので、皆さんは休んでください」

 

「バカ! そんな状態で看病なんて出来る訳ねぇだろ! ヒナはこっちで看とくからさ。お前はめぐみんの部屋で寝てろ。何かあったら呼ぶから」

 

「でも……」

 

「カズマの言う通りだこういう時くらい頼れ。お前は頑張り過ぎなのだ」

 

 取り敢えず最初はダクネスとめぐみんがヒナを看る事になり、他は部屋の外に出される。

 すると、カズマの腕にしがみつくスズハ。

 その体を震えていた。

 

「こわ、かったです……今回は、本当に怖かったんです。ヒナが死んでしまったらどうしようって……」

 

 娘が死んでしまう未来を考えると目の前が真っ暗になって泣きそうだった。

 

「ありがとう……ありがとうございます、カズマさん。ヒナを助けてくれて……」

 

 涙声でお礼を言うスズハにカズマが照れて頬を掻く。

 それを見たアクアがニヤニヤとする。

 

「なぁにぃ、カズマさん。スズハにお礼を言われて照れちゃって。やっぱりロリコンに目覚めたの?」

 

「違うわっ! あーもう! とにかくスズハはちゃんと寝ろよ! 起きたら今日は家事とかはいいから、ヒナに付いててやれ! いいな!」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約2日後。

 

「なーんっ!?」

 

「あーうーっ!」

 

 病気が完治し、ますます元気になったヒナがちょむすけに抱き付いて遊んでいる。

 赤子殺しの病気に罹るのは1回だけで、2回目は罹らないとのこと。

 ちょむすけを押し潰そうとするヒナをスズハが引き離す。

 

「ほーら。ちょむすけが苦しそうでしょう」

 

 ヒナを抱き上げると、嬉しそうにはしゃぐ。

 そんな娘をスズハは抱きしめた。

 

「ごめんね。お母さん、ヒナがもう苦しい思いをしなくて済むように頑張るから」

 

 そう言うと、愛しい娘の頬にキスをした。

 

 

 

 

 

 

 その数日後、ヒナの病気について何処で知ったのか、アイリスからヒナを心配する大量の手紙と滋養の高い食材が送られてくる事となるのだが、それは別の話である。

 

 

 



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天敵

エリス祭とこめっこの居候話を同時にやろうと思った。


「オカシイと思うの!!」

 

 食後のデザートの食べている最中にアクアがバンとテーブルを叩いて訴え出した。

 アクアの訴えにデザートを作ったスズハが問いかける。

 

「え、と……プリン、お口に合いませんでした?」

 

 不安そうにしているスズハにアクアは首を横に振る。

 

「そんな事はないわ! 最近私、外でデザートの買い食いとかしなくなったもの!」

 

「じゃあなんなんだよ……」

 

 プリンを食べ終えたカズマが面倒臭そうに話を進めさせる。

 するとアクアが1枚のチラシを取り出す。

 

「これよ! これっ!」

 

 アクアが見せてきたのは今度開催されるエリス祭のポスターだった。

 

「エリス様のお祭りですね。これがなにか?」

 

「なにか? じゃないわよ! 後輩女神であるエリスを崇めるお祭りが在るのに、私のお祭りが無いなんておかしいわ!」

 

「コイツまたいらん対抗心を……」

 

 エリス祭のチラシをバンバンと叩きながらアクアが話す熱を上げる。

 それを聴いていたスズハが疑問を口にした。

 

「アルカンレティアならアクアさんのお祭りがあるのではないですか?」

 

「……」

 

「アクア、どうした?」

 

 アルカンレティアの名前を出すと途端に動きを止めるアクアに隣に座っているダクネスが肩を揺さぶる。

 

「だってぇ! 今あの街に行ったらまた怒られちゃいそうで嫌なの! それに私はこの街の人達に私のお祭りをして欲しいの!」

 

「ガキかよ……」

 

 呆れつつカズマはプリンの器を片付ける。

 そこで玄関からノック音がした。

 スズハが出ようとするが、カズマが制止して玄関に向かう。

 

「はーい。どちらさんで〜」

 

 玄関前に立っていたのは3人。

 1人はめぐみんの妹のこめっこ。

 もう2人は紅魔の里で会っためぐみんの同級生だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ」

 

 3人にお茶と菓子を出して下がるスズハ。

 こめっこがいち早く茶菓子に手を付ける。

 めぐみんが妹を連れて来てくれた同い年の紅魔族2人を紹介する。

 

「ふにふらとどどんこです。ダクネス以外は学園で会いましたよね」

 

「はい。覚えてます」

 

「パッとしない2人なので別に覚えてなくていいですよ、スズハ」

 

 めぐみんの発言に2人がテーブルを強く叩いて立ち上がる。

 

「ちょっと! 学生時代にめぐみんが悪目立ちしてただけで別に私達がパッとしない訳じゃないんだからね!」

 

 そう怒る2人だが、話が進まないのでカズマが話を遮る。

 

「で? なんだってこんな時間にこめっこを連れてきたんだ? 紅魔の里でなんか遭ったのか?」

 

 カズマの質問に2人は真面目な表情になる。

 そして重たい口調で話を始めた。

 

「実は紅魔の里が魔王の娘から大軍を率いて襲撃を受けたの」

 

「その襲撃でめぐみんの家が壊されちゃって。新しいのを建てるまで、こっちで預かって欲しいって頼まれたの」

 

 話を聞いてカズマは深刻な顔をする。

 

「なぁ。何で魔王の娘が大群率いて襲撃してくるんだ?」

 

 紅魔族は確かに魔法使いとしては脅威だが、一部を除いて殆ど里から出ない少数部族である。

 あの上級魔法の雨あられを掻い潜るリスクを負ってまで、魔王の娘が態々紅魔族を襲撃する意味が分からない。

 それとも、前回のようにまだ、何かしらヤバい兵器が眠ってたりするのだろうか? 

 カズマの質問に3人は真面目な表情をする。

 

「実は里近くの山頂に観光名所で魔王の娘の部屋を覗ける展望台があるのです」

 

「それで、紅魔族は常に魔王の娘を監視してるの。それがとうとう向こうにバレたみたいで」

 

 なるほど。魔王軍側からしたら常に監視されているのは面白くないだろう。

 そこでスズハが小さく手を挙げて質問する。

 

「あの。今、観光名所って言いませんでしたか?」

 

「はい。お金を入れて魔王の娘の部屋を覗けるのです。使わない時は里のニート共が使用して癒しになっていたのですが──―」

 

「バッカじゃねぇのっ!!」

 

 真面目に聞いていたカズマがテーブルを叩いた後に頭を掻き毟る。

 そんなのいつかバレるに決まってるし、そんな理由で不特定多数にプライベートを見られていた魔王の娘には同情を禁じ得ない。

 

「なぁ。真面目な話、なんで魔王軍と人類って戦ってんの? 戦争が続いてるのって、紅魔族やアクシズ教徒が余計な事してるからじゃねぇだろうな!」

 

 カズマの指摘に3人が明後日の方角に視線を彷徨わせる。

 

「おい! 目ぇ合わせろよ!」

 

「し、失礼ですね! ちょっと毎年魔王城の近くでピクニックに行くくらいですよ」

 

「ピクニックゥ?」

 

 何でもそのピクニックは、魔王城の近くでバーベキューを楽しんだ後に城の結界に向けて上級魔法を連発し、城から兵が出たらテレポートで帰ってくるレクリエーションだとか。

 

「やめてしまえっ! そんな行事はっ!」

 

 どう見ても悪者は紅魔族だ。

 説明を終えた後にどどんことふらふには握り拳を作って椅子から立ち上がる。

 

「とにかく! 紅魔族としてやられっ放しな訳にはいかないわ!」

 

「今、里に居座ってる魔王の娘にゲリラ活動するなの!」

 

 それで、小さな子であるこめっこの預け先を探していたという。

 

「分かった。めぐみんの妹はこっちで預かるから、そっちはゲリラ活動でも何でも好きにしてくれ」

 

 こっちを巻き込まないなら魔王軍と紅魔族の喧嘩に首を突っ込む実力も勇気はない。

 めぐみんも意気揚々と参加しようとしたが、そこでこめっこが声を出す。

 

「おかわり!」

 

 器に盛られていた茶菓子を食べ尽くしたこめっこがおかわりを要求する。

 

「えっと。今日はもう遅い時間ですから、また明日にしましょう」

 

「えー?」

 

 スズハの言葉に不満そうにするこめっこ。

 それにめぐみんが注意する。

 

「こらこめっこ! スズハを困らせない! 今日はもう歯を磨いて寝ますよ!」

 

「は〜い」

 

 めぐみんが就寝を促すと、こめっこが不満そうに返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……今日も暑いですね」

 

 翌日、お昼を終えた頃にカズマ、アクア、めぐみんの3人はエリス祭に女神アクアも同時に祝うようにする為に、アクシズ教の教会へと向かった。

 ダクネスは領主の娘として祭の打ち合わせに出るのだとか。

 それで必然的に屋敷に残るのはシラカワ母娘とこめっこになる。

 めぐみんはアクセルのアクシズ教のシスターと縁があるらしく、その案内で出かけた。

 こめっこもついて行こうとしたが、めぐみんが、妹とスズハ達をそのシスターに会わせたくないらしく、留守番をさせることに決めたらしい。

 

「正直、あの子の近くにヒナを置きたくない……」

 

 紅魔の里で娘を食料扱いしたのを覚えており、それがスズハの中でこめっこに対する苦手意識に繋がっている。

 だからこうして今は動きにくくても抱きかかえていた。

 こめっこは今、ちょむすけと遊んでいるだろう。

 

「う〜あ〜」

 

「ふふ……重くなったねぇ、ヒナ……」

 

 つい先日病気だったのが嘘のように元気になり、成長していく娘に微笑みながら風呂場の清掃に入る。

 お昼寝している娘を見ながらスズハは風呂場の掃除をする。

 頻繁に掃除はしているので、終わるのにはそう時間がかからなかった。

 お風呂掃除を終えてロビーに戻るとそこにはちょむすけを抱えたこめっこがいた。

 スズハを見ると、トテトテと近づいてくる。

 

「お腹空いた」

 

「あぁ。もうオヤツの時間ですね。何か作りましょうか」

 

「やったー!」

 

 スズハの言葉にこめっこがちょむすけを掲げて喜ぶ。

 その時にちょむすけの身体に幾つも噛まれた痕が見えたので、今日のオヤツは奮発してあげようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

『こめっこには簡単で沢山作れるオヤツをお願いします。味より量です』

 

 というめぐみんの言葉に従い、ホットケーキを作る事にした。

 何枚か焼いて重ねてこめっこには提供する。

 ちょむすけにも多めにおやつを皿に盛ってあげた。

 

「それじゃあ、わたしは夕飯の準備をしてしまうので、ゆっくり食べててくださいね」

 

「はーい!」

 

 3枚重ねのホットケーキにナイフとフォークをぶっ刺して食べ始めるこめっこ。

 大人しくしてくれそうだと判断してカズマ達が戻ってくる時間を大まかに予測して夕飯の下拵えを始める。

 いくつかの野菜を切り終えると、こめっこが皿を出してくる。

 

「もうない?」

 

「え? 足りませんでした?」

 

 3枚重ねだから流石に満足するだろうと思っていたが、どうやら足りなかったらしい。

 材料は余ってるし、作るのは簡単なのだが。

 

「えっと……夕飯が食べられなくなると思うので、今日はもう終わりにしましょうか」

 

「えー! 別腹だからご飯も食べられるよ! だからもっと!」

 

 おかわりを要求するこめっこ。

 スズハは悩んだ末にもう1枚だけ、と焼く事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー! 聞いてよスズハ! この私の活躍のおかげて見事で──―」

 

「なんてことしてくれたんですかっ!?」

 

 帰宅してアクアが今日の事を自慢しようと上機嫌で奥へと歩いていると、珍しくスズハの怒った声が届いた。

 

「なんだぁ?」

 

「行ってみましょう」

 

 食堂に行くと、腕を組んで怒っている様子のスズハと、ちょむすけを抱えて怒られているこめっこがいる。

 

「おいおい。なにがあったんだ?」

 

「あぁ。おかえりなさい、みなさん。アレを見てください」

 

 スズハが怒るのも珍しく、躊躇いがちに訊くと、彼女はテーブルを指差す。

 視線を動かすと、そこには並べられていたのだろうか料理のいくつかが食べられていた。

 

「少し目を離した隙にこの有様です」

 

「これ、こめっこが食べたんですかっ!?」

 

 姉であるめぐみんが驚きのあまり声を上げる。

 

「……はい。特にメインのグラタンは全員分。それにデザートも、ですね」

 

 スズハの報告にカズマはあちゃー、と額に手を当て、夕食を楽しみにしていたアクアは肩をガックリと落とす。

 

「こめっこ! スズハに謝りなさい!」

 

「えーっ! 食べ物たくさんあるんだからいーじゃんっ!! それにねーちゃんも前はヨソから食べ物とってきてた!」

 

「それは里で生活が困窮してた頃の話です! スズハは皆の分を用意してくれてたでしょう!」

 

 めぐみんも叱るが、どうにも反省の色は見られない。

 疲れているカズマは話を切り上げようとする。

 

「別にぜんぶ食われた訳じゃないし、子供がやった事だろ? 大目に見ようぜ」

 

「これは躾の問題です!」

 

 流石にここまで迷惑かけて叱らない訳にはいかず、めぐみんはこめっこにお説教する。

 

「あの。こめっこさん、明らかに食べてる量がおかしいんですよ。豚や金魚みたいに満腹感が判らないとかないですよね?」

 

 豚や金魚には満腹を判断する神経がなく、食事量による満足感が判らないと言われている。

 豚は脂肪に変え、飼育されてる金魚が死にやすいのは、過剰に餌を与えるのが原因になりやすいという。

 

「人の妹を豚や金魚と同じにしないでください! それよりもこめっこ! 早く謝りな──―」

 

 そこで、場の空気を感じてか、ヒナが泣き出してしまった。

 

「ヒナ。すみません。ちょっとあやしてきます」

 

 娘を抱えて食堂を出ていくスズハ。

 

「とにかくもうご飯にしましょう。ピリピリした空気で嫌なんですけど」

 

「俺もアクアに賛成だ。明日から気をつけてくれればいいじゃねぇか。ほら、めぐみんも腹減ってんだろ?」

 

 諦めたように席に着くカズマとアクア。

 めぐみんは顔を顰めるが、直後にぐ〜っとお腹がくうふくを訴えてきた。

 めぐみんも席に座ろうとすると、こめっこがバンザイした。

 

(ごはんーっ!!)

 

「こめっこはもうダメですっ!!」

 

 

 

 



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愚痴と休息。

「それじゃあ行ってきます」

 

「いってきま〜す!」

 

 姉妹が手を繋いで出かけていく。

 ここ数日、めぐみんがこめっこを連れてアクセルの街を案内している。

 玄関を閉めて2人が見えなくなると、スズハが珍しく目に見えて肩の力を抜く。

 

「おぅ。大丈夫か?」

 

「あ、はい。すみません、だらしないところを見せて」

 

 謝るスズハにアクアが眉を真ん中に寄せる。

 

「そんなこといちいち気にしないの! 大体スズハがだらしなかったらここに居るカズマさんなんて、もう人として生きていけないレベルでだらしないんだから!」

 

「んだとオラァ! お前にだけは言われたくねぇんだよ! この駄女神ぃ!!」

 

「イタイ! 痛いわよ、カズマァ!」

 

 じゃれ合う2人を見て仲が良いな、とスズハは微笑む。

 アクアにヘッドロックをかけながら、カズマが質問する。

 

「まぁ、でも。子供なんだし、そうカリカリすることもないんじゃないか? あの歳の頃はあんなもんだろ?」

 

 子供なんて手がかかり、騒がしくて当たり前だと思っているカズマ。

 しかしスズハはその言葉に首をかしげた。

 

「そうですか? わたしは幼稚園に入る年齢には母や父の雇った方々に30分単位でスケジュール管理されてましたよ? 躾には厳しくて、言い付けを守らなかったり、行儀の悪い行動を取ると、空き部屋に閉じ込められてひたすらに課題をやらされました」

 

 だから同じ間違いは2度も犯さなかったと言う。

 例えば習い事が上手く出来なかったり、躾や行儀に問題があれば、母や先生に出来るまで部屋から出して貰えなかったとも語る。

 自分の幼少期とのあまりの違いにカズマが遠い目をする。

 アクアが恐る恐る質問した。

 

「ね、ねぇスズハ。ヒナが大きくなったら同じ事をするつもりなの? 私、そんなの見たくないんですけど……」

 

 アクアの質問にスズハは苦笑する。

 

「まさか。ヒナとわたしとではもう環境は違いますよ。娘には伸び伸びと健康に育ってくれれば充分です。でもそうですね。こめっこさんを見て、多少厳しくした方が良いのかな? とは思いましたが」

 

 どうやらこめっこを見てスズハのヒナに対する教育方針は上向きへと修正されたらしい。

 

「スズハはこめっこのどこが苦手なの? かわいいじゃない。あっ! もしかしてみんなでめぐみんの妹を可愛がるから嫉妬してるのかしら?」

 

「そう、なんでしょうか?」

 

 アクアの言及にスズハは首を傾げる。

 そんなスズハにアクアは片手を胸に当て、反対の手をスズハに差し伸べて言う。

 

「思うところがあるならこの女神アクアに言ってみなさい! 言葉にするだけで楽になるものよ!」

 

(久々に女神っぽいことしてみたくなっただけだな)

 

 自分に酔ったアクアの表情にカズマは白けた眼を向ける。

 しかし、言ってる事は間違ってない。ストレスを溜め込むよりも、言葉だけでも吐き出せば幾許か楽になるだろう。

 スズハは天井に視線を向けて少し考える素振りを見せる。

 考えが纏まったのか、スーッと表情が冷たくなった。

 

「普段は2日3日措きに食材を買ってるのに、こめっこさんが勝手に食べてしまって毎日買い物に行くのが正直しんどいです。皆さんから預かってる食費が嵩むのも申し訳ないですし。それと食事中にいきなり手掴みで食べ始めて食べカスやらソースやらをポロポロテーブルや床に溢されると苛々します。拭くのわたしかめぐみんさんですし。何より、ヒナがお昼寝してようやく一休み出来ると思ったら、こめっこさんが騒いで起こされて、泣き出したヒナをあやすのが大変で辛いです。身体が休まりません。それから──―」

 

「うん! もう分かったわ! 軽はずみに訊いたりしてごめんなさいっ!!」

 

 居た堪れなくなってアクアが止める。

 スズハがここまで静かに怒るのも珍しく、余計に怖がっている。

 カズマ達が思っていた以上にストレスが溜まっているらしい。

 

「それに、めぐみんさんの妹さんですから、どう叱れば良いのか分からなくて」

 

 もしもヒナが大きくなって同じ事をしたなら、スズハは母親として叱る事が出来るが、他所様の子を叱るのには躊躇ってしまうのだと言う。

 めぐみんも叱るのだが、話半分にしか聞いておらず、1枚上手に見える。

 そういう意味ではこめっこは半分姉離れを済ませているのかもしれない。

 

「ねぇ、カズマ。スズハもこめっこも街の皆に可愛がられてるじゃない。なのになんでこうもかみ合わないのかしら?」

 

「そりゃお前なぁ……」

 

 スズハとこめっこでは可愛がられる理由が違う。

 スズハの場合、あの年齢で娘の面倒を見つつ、屋敷の家事の大半を引き受けている。 

 本人も気が利くし、育ちの良さからか、子供とは思えないくらいに礼儀正しい。

 性格に癖のある者も多いが、基本的にお人好しで気の良いアクセルの住民からすれば、応援したくなる子なのだ。

 対してこめっこは、生来の気質なのか、物怖じせず人懐っこいので、人に好かれやすい。

 冒険者ギルドや商店街などで、よく食べ物を貰っているようだ。

 まだ幼い年齢という事もあり、大抵の事は仕方がないと笑って許される。

 猫っ可愛がりというか、ペットのような感覚で甘やかしている感はある。

 実際カズマ達もこめっこの問題行動を幼児だからと大目に見ていた。

 

(これからはこめっこにもうちょっと厳しく接した方が良いか?)

 

 スズハに倒れられたら生活水準というか、快適さが大幅にダウンしてしまう。

 そこでスズハが難しい顔をする。

 

「それに……いえ、なんでもありません」

 

「いや、そんな引きされたら気になるだろ。もう全部吐き出しちまえよ」

 

「えぇー!? 私はもう聞きたくないんですけど!」

 

「なら耳でも塞いでろ!」

 

 珍しくスズハが不満を吐き出すのだから、吐かせるだけ吐かせた方が良い。

 その気遣いにスズハはありがとうございますと礼を言う。

 

「実は、わたしが契約してる精霊達がこめっこさんを警戒してると言いますか、あまり良い感情持ってないみたいでして」

 

「うん? 精霊達が? なんで?」

 

「分かりません。苛立ってるような感情は伝わってくるのですが、細かい事は……」

 

 スキルのレベル不足ですね、と呟く。

 アクアが少し考えて答える。

 

「うーん。それってこめっこがスズハのストレスになってるからじゃない? ほら、(スズハ)を守ろうとしててピリピリしてるのかも」

 

「……そうかもしれませんね」

 

 笑みを浮かべるが、どこか腑に落ちてない様子だ。

 そこで来客が訪れた。

 

「やぁ。元気だった──―ってスズハ!? なんかすごく疲れてない!? まさかまだヒナの具合悪いの!?」

 

 疲れた表情を見せるスズハにクリスが駆け寄って心配そうに顔色を診る。

 ヒナの方は幸いにも健康そうだ。

 

「ちょっと助手くん! 君、スズハになにか変な事をしてないよね!」

 

「してねーよ! それと助手でもねぇっ!!」

 

 そんな簡単なやり取りをした後に、カズマがハァ~ッと息を吐く。

 

「スズハ。これから買い物行くんだろ?」

 

「はい。今日の分の夕飯が足りませんから。そろそろお米も買い足さないと」

 

「ほら」

 

 と、手を出すカズマ。

 それにアクアが怒る。

 

「ちょっとカズマ! いくらなんでもスズハ相手にカツアゲなんて見損なったわ!」

 

「ちげーよ! 代わりに買い物に行くから、メモくれって意味だよ!」

 

「それは、でも……」

 

「いいから今日は他の家事も含めて休めって。クリス、悪いんだけど、スズハを見ててくれ。ついでにヒナの面倒を見てくれると助かる」

 

「それはいいけど……赤ちゃんの面倒って片手間で見るモノじゃないよ?」

 

「じゃあガッツリ見てくれ。礼はする。おら行くぞ、アクア!」

 

「えぇ〜。私は今日、お祭りの準備で忙しいんですけど!」

 

「たまには荷物持ちくらいしろ! スズハ、メモ!」

 

 買い物メモを要求してくるカズマ。

 それに、じゃあお願いしますね、と買い物メモを書いて渡す。

 

「それじゃあ、よろしくお願いしますね」

 

「おう」

 

 アクアを引きずる形で連れてゆき、買い物へと出かけるカズマ。

 それを見たクリスは小さく笑う。

 

「なんだかんだで助手君はスズハに優しいよね」

 

「カズマさんは誰にでも優しいと思いますよ」

 

「それはない」

 

 つい先日もスティールで自分のパンツを盗っていったカズマを思い出す。

 後から聞いた話だが、ヒナが罹った病気の治療薬をクリスが買い占めたのが原因なのだが、それでも文句は言いたくなる。

 

「それにしても、本当に大丈夫? 目に少しだけ隈が出来てるよ」

 

 クリスの質問にスズハは恥ずかしそうにして頬に手を当てる。

 

「少し寝不足みたいです。故郷の実家だったら、そんなみっともない顔を見せるなと怒られるところですね」

 

 熱でも出さない限り、具合の悪さを顔に出す事を許さなかった両親だ。

 今のスズハを見たら、弛んでいると叱責されていただろう。

 

「そういえば、ダクネスは?」

 

「今度のエリス様のお祭りの準備に領主の娘としてお仕事があるそうです。お祭りが終わるまではあまりこちらには帰れないと言っていました」

 

 本人も実家の役に立てるのが嬉しいのか、大変だと言いながらも嬉しそうに祭りの準備を手伝っている。

 

「ダクネスからすれば、ようやく親孝行出来るチャンスだからね。張り切ってるんだよ」

 

「それはとても良い事ですね」

 

 そこでクリスがスズハが抱えているヒナを抱える。

 

「スズハは休んでなよ。ヒナはアタシが見てるし、分からない事があったら起こすから」

 

 だから大丈夫、と娘を抱くクリス。

 高い高いしてもらってヒナも楽しそうだ。

 

「それじゃあ、少しの間、お願いします」

 

 思った以上に疲れていたらしいスズハは、ソファーに座ると目蓋が重くなる。

 どうやら、スズハ自身が思うよりもずっと疲労が蓄積していたらしい。

 睡魔に抗わず、スズハは意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──―これは、夢だ。

 スズハは即座にそう判断する。

 一人部屋としてはやや広い、自分が物心ついた時から使っている自室にいた。

 腕には産まれたばかりのヒナが居る。

 懐かしさからなのか、スズハは自分の部屋を見回す。

 すると、突然ドアが、バンッと開く。

 ビクッとなって開いたドアを見ると、そこには鬼の形相の父が居た。

 

「あ……」

 

 部屋の中に入った父が孫を抱える娘を怒鳴りつけてくる。

 幸いだったのは、スズハにはその内容が理解出来ない事だ。

 夢だからだろう。怒鳴られているし、声を届いていると認識してるのに、何を言っているのかまったく入ってこない。

 スズハ──―白河涼葉にとって父は常に自分を値踏みしてくる人だった。

 白河涼葉という娘の商品価値をどう扱うのか考え、見ている人。

 それに応えなければどうなるのか。ずっと怖ろしかった。

 今も夢の中だというのに、こうして縮こまって去ってゆくのを待つしかない。

 そんな父が、娘から孫を取り上げようと手を伸ばし──―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スズハが目を覚ましたのは鼻腔をくすぐる刺激臭にだった。

 

(カレー……?)

 

「あ。起きた?」

 

 気付くと、スズハはクリスの膝を枕にして眠っていた。

 それに気付いて慌てて体を起こす。

 

「ご、ごめんなさいっ!? わたし、いつの間に……」

 

「うんうん。すごく気持ち良さそうに寝てて、起こしても起きなかったんだよ。よっぽど疲れてたんだねぇ」

 

 窓を見ると、外は完全に真っ暗になっている。

 起こしても起きなかった、という事は、本当に疲れていたらしい。

 ヒナはベッドの上でちょむすけの人形と遊んている。

 

「お〜。起きたか」

 

 お玉を手にしたジャージ姿のカズマがやってくる。

 

「飯は出来てるけど、食えそうか?」

 

「はい。カズマさんが作ったんですか?」

 

 料理を出来た事を初めて知って驚きつつ質問すると、カズマは誇らしげに冒険者カードを見せてきた。

 

「馬鹿にすんな。俺にはコレがある」

 

「……それ自慢することかなぁ?」

 

 料理スキルを修得した事を見せるカズマにクリスが微妙な表情をした。

 

「まぁ、作ったのはめぐみんやアクアを含めてだけど……」

 

 そこでアクアが会話に入ってくる。

 

「ねぇ聞いてよスズハ! カズマったら料理中に野菜達にKOされちゃったのよ! プークスクスクス! 魔王軍幹部を倒したパーティーメンバーなのに、野菜に負けるとか、もうちょっとレベル上げなさいよカズマさぁん!!」

 

「うるせー! まさか鞄から出した瞬間顎に突っ込んで来るとは思わなかったんだよーっ!!」

 

 顎を撫でながら眉間にしわを寄せるカズマ。

 傷が無いところを見ると、おそらくはアクアに治してもらったのだろう。

 ちなみにスズハが野菜を調理する時は、風精霊(シルフ)で息の根を止めてから包丁を入れている。

 

「それより早く食べましょう。クリスも食べて行くんでしょ? このアクア様の手料理が食べられる機会なんて敬虔なアクシズ教徒でもないんだから! 感謝して食べなさい!」

 

「あはは。それじゃあ、お言葉に甘えて……」

 

 胸を張るアクアにクリスは苦笑しつつ招待を受ける。

 食堂のドアを潜ると、そこには何故か椅子に縛られているこめっこがいた。

 

「どうしたの、あの子?」

 

「料理を勝手に食べようとするので椅子に縛りつけたのです。どうしてこんな風に育ったのか」

 

 食堂で待っていためぐみんが嘆くように額に手を当てる。

 街に出かけた際に、今日も冒険者ギルドで食べ物を奢って貰ったり、偶然会ったサキュバスに食べ物を貰ったりしていたらしい。

 

「……カズマとアクアにこめっこがスズハの負担になっている事を相談されまして。そろそろ色々と躾し直す必要性を感じたのです。スズハも、妹が粗相をしたら、遠慮なく叱ってくれて構いません」

 

 こめっこもそろそろ学園に通う年齢で、今のように卑しい行動ばかり取るのはどうかと思い直したようだ。

 

「昔と違って生活に困窮している訳でもないのに……はぁ」

 

 めぐみんの学生時代は勝負にかこつけてゆんゆんから弁当を取り上げないといけないほど貧窮していた、と前に話していたが、今はめぐみんが冒険者になり、偶然が重なった結果とはいえ、魔王軍幹部やデストロイヤーの討伐を成した事で、毎月実家への仕送りが出来るようになった。

 贅沢三昧とまではいかないが、普通に生活する分には困らない額を送っている。

 それでこめっこの食欲に思うところが出来たようだ。

 

「それに、最近はこめっこにナメられているような気がします。これを機に、姉としての威厳を取り戻すのです!」

 

 気合を入れて握り拳を作るめぐみん。

 もしかしたら、そっちの方が本音なのかもしれない。

 

「姉ちゃん縄解け〜っ!!」

 

「全員席に着いてからです!」

 

 椅子の上でジタバタしているこめっこに、めぐみんが一喝する。

 3人で作ったのはカレーライスとサラダに豆のスープだ。

 

「スズハのレシピを見ながら作りました」

 

 本として出版出来る数のスズハのレシピから作ったらしい。

 ただ、慣れの違いか、野菜や肉の切り分けは等分にならず、粗が目立つ切り口。

 スズハはカレーのをお米ごと掬って食べる。

 

「どう? 私達が作ったカレーは?」

 

「はい。美味しいです」

 

 そう、笑みを浮かべるスズハ。

 父の夢を見たせいだろうか。余計にここが心地良く感じる。

 安堵を覚えてスズハはカレーの2口目を掬った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はお祭りの準備の話し合いです。


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お祭りの準備。

 こめっこの態度があまりにも酷いと判断した姉のめぐみんによる再教育が開始された。

 めぐみん自身の素行が普段から良いモノなのかはさておき、こめっこの将来が不安なのは共通認識だった。

 

「いいですか、こめっこ。食べ物を与えられたからといって簡単にそれを貰ったりしてはいけません。ここは紅魔の里ではないのですから。はい、復唱」

 

 パンパンと手を叩いて妹に言い聞かせるめぐみん。

 それに対してこめっこの返答は──―。

 

「ことわる」

 

「ことわる、じゃありません! 今のこめっこを見てると食べ物に釣られて誰にでもホイホイついて行きそうで不安なんですよ!」

 

 腰に手を当てて叱るめぐみんだが、当の本人はどこ吹く風、と言った感じで聞き流している。

 

「もちろんついていく。そしてやしなってもらう」

 

「バカなこと言うんじゃありません! もし連れ去られても助けになんて行きませんからね!」

 

 真面目に聞こうとしないこめっこが唇を尖らせた。

 

「ねえちゃんのおこりんぼ」

 

「こめっこ! どこへゆくのですか! 話は終わってません!」

 

 こめっこはめぐみんに背を向けて逃げていく。

 めぐみんも捕らえようとするが、すばしっこくて失敗してしまった。

 そうしてこめっこが逃げ込んで鍵を掛けたのは食料の置いてある台所だ。

 めぐみんが鍵の掛けられた扉を叩く。

 

「開けなさい、こめっこ!! 逃げて閉じ籠もるなんて卑怯者のやることですよ!」

 

「食べるものがなくなったらでるー」

 

「こめっこーっ!!」

 

 ドア越しに出てくるように促すが、こめっこは食糧室から出てくる気配がない。

 というか、何かを漁っている音がする。

 

「おっきなチョコみつけたー!」

 

「ってそれ私が取って置いたチョコじゃないですか! こめっこ! それに手を出したら許しませんからね!!」

 

「いただきまーす!」

 

 めぐみんの忠告など聞きもせず、こめっこはめぐみんのチョコに手を付けている様子だ。

 それを紙に何か書きながら見ていたカズマが呆れた感じで話しかける。

 

「手玉に取られてんなめぐみん」

 

「ぐぬぬ! こめっこ。いつからあんな反抗的な子に……」

 

 悔しそうに歯軋りするめぐみんに、カズマが頬を掻いて提案する。

 

「なんだったら、俺が出てくるように仕向けさせてやろうか?」

 

「姉である私が苦労してるのに、カズマに出来るとは思えませんが?」

 

「いや〜、意外と簡単だとおもうぞ?」

 

 めぐみんの言葉に特に怒りもせずに簡単だと言うカズマ。

 

「そ、そこまで言うならやって見せてもらおうじゃないか!」

 

 姉としての矜持から素直に頼めないめぐみんが偉そうに要求してくる。

 仕方ないと息を吐いてからカズマはこめっこが閉じこもっている部屋に聞こえるよう、声を張り上げた。

 

「こめっこが台所に立て籠もっちまったー! しかたねーから俺らは高級レストランにでも行って飯にしようぜー! こめっこは置いてよー!」

 

 態とらしいカズマの言葉にめぐみんが目をパチパチしていると、ジェスチャーでお前も合わせろと指示を出す。

 

「そ、そうですね! こめっこが台所から出てこないのなら仕方ありませんもんね!」

 

 カズマの意図を察してめぐみんも話を合わせる。

 

「そんじゃ、アクアとスズハも呼んで行────」

 

 そこで、バンッと台所の扉が開く。

 

「ずるいー! わたしもいくーっ!!」

 

 両手を上げて同行を希望するこめっこにめぐみんが頭を鷲掴みにした。

 

「そういうところですよこめっこぉ。私のチョコを食べた事も含めてお説教タイムの延長です」

 

 逃げようとするこめっこを即座に椅子に座らせてから縄で巻いて拘束する。

 それにこめっこがジタバタと足をバタつかせた。

 

「ねぇちゃんのひきょーものーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで! みんなには今度のアクシズ&エリス祭で我がアクシズ教団を賑わせる出し物を考えてもらうわ!」

 

 ボードに議題を書いたアクアがバンッと叩いた。

 それに真っ先に手を上げたのがこめっこだ。

 

「たべものがいいです!」

 

 目を輝かせて意見を出すこめっこにめぐみんが少しだけ眉を動かしたが、今は様子を見る事にした。

 

「うんうん。確かに食べ物は定番よね! なにが良いかしら? はい、スズハ!」

 

「え? わたしですか?」

 

 ヒナの相手をしていたスズハが急に指名されて固まる。

 

「この中で1番料理に詳しいのはスズハじゃない。我がアクシズ教の売上がエリス教の奴らにギャフンと言わせる案を、さぁっ!!」

 

 期待大な視線を向けられて、スズハは膝に抱える娘に自分の手を遊ばせながら考える。

 

「う〜ん。たこ焼きとかどうです?」

 

「いや、アクセルでタコが流通してないだろ」

 

 スズハの回答にカズマが意見する。

 それにスズハは首を横に振った。

 

「別に中身はタコじゃなくても。そうですね。例えば、小さく切ったお肉やチーズ。それと柔らかくしておいたお芋なんかを2つずつの6個入りで売るとか。名前もボール焼きみたいに名前を変えて」

 

 たこ焼きと言ったのはあくまでも分かりやすく説明する為だ。

 そこでめぐみんが手を挙げる。

 

「そのたこ焼きというのはどういった食べ物なのですか? タコは分かりますけど、イカ焼きのように火で炙るだけの料理ではなさそうですが」

 

「あぁ、たこ焼きってのは俺やスズハの故郷の食べ物で────」

 

 カズマがたこ焼きについて説明する。

 専用の鉄板で溶いた小麦粉を小さなボール状にして中にタコの切り身を入れた食べ物なこと。最近ではタコ以外の具を入れることもあったと。

 そんな風に説明していると涎を垂らしたこめっこが声を上げる。

 

「たべたい! たべたい! たべたい! 作って!!」

 

「コラこめっこ。わがまま言うんじゃありません!」

 

「まぁ、たこ焼き用の鉄板がないから無理だしな。スズハは調達出来るアテはあるのか?」

 

「あぁ、ごめんなさい。とっさに思いついた物を提案しただけなので、道具に関しては考えてませんでした」

 

「だよな」

 

 たこ焼きの名前が出た瞬間から道具どうするんだよ、と思ったが、そこまで頭は回ってなかったらしい。

 しかしアクアがカズマに提案する。

 

「そこはほら。カズマさんのスキルでどうにか、ね?」

 

「流石に全部用意すんのは無理だ。俺だって他にやる事あるし、時間が足りねぇよ。鉄板は鍛冶屋に依頼して作ってもらった方が早いと思うぞ。他の部分は何とか自作出来ると思うが……」

 

 そんな風に話が纏まっていくと、アクアがうんうん、と頷く。

 

「なんだかたこ焼き屋が実現出来そうじゃない! それじゃあスズハ! 当日のたこ焼き作り、よろしくね!」

 

「へ? 無理ですよ」

 

 アクアのお願いを秒で断り、アクアの額が机に衝突する。

 

「な、なんでよー!?」

 

「いえ。流石にお客様を相手にしながらヒナの様子を見るなんて器用な真似は出来ませんよ。屋台なら外ですし、ヒナをおんぶしながら火を扱うのも怖いですから」

 

「うっ!」

 

 赤ん坊の事を出されてはアクアも流石に強くは言えない様子だ。

 

「アクアが作ればいいだろ。お前器用だし、たこ焼きくらい鼻唄混じりに作れるだろ」

 

 アクアは素で手先が器用だ。作り方を知らなかったとしても教われば1日で作れるようになるだろう。

 それと、スズハは別の理由でも手伝える余裕がなかった。

 

「ふははははっ! お邪魔するぞ!」

 

「ちょっと何の用よ、この貧乏悪魔! お呼びじゃないんですけどー!!」

 

 突然現れたバニルにアクアが食ってかかる。

 

「ふん。吾輩こそ貴様になぞ用はないわ! 最近また余分な肉が増えてきた肥満女神! 吾輩はそこの小娘に呼ばれたのだ」

 

 と、スズハが座っていた席を指差すが、当の本人はいつの間にか席を立って消えていた。

 全員がアレ? と思っていると、自分の部屋から何かを持ってきた。

 

「バニルさん。これがお話ししてあった試作品です」

 

 バニルに渡したのはカズマが使っているくらいのサイズの外套だった。

 

「どれどれ。ふーむ」

 

 スズハが渡した外套を鑑定し始めるバニル。

 

「なんだそれ?」

 

「ホーリー・ジョージさんが遺した研究書を参考にして作った精霊の力を宿した外套です」

 

 以前の件のお詫びとして渡されたホーリー・ジョージの研究書。

 それを読んで縫った試作品の外套だ。

 魔道具製造職人の娘だからか、めぐみんが興味深そうに見る。

 

「ほう。それは凄そうですね」

 

「いえ。精霊の力を宿していると言ってもそう大きな効果はありませんよ。この外套には雪精(シロ)の力を込めていて、これからの暑さが和らぐくらいです」

 

「この街の冒険者は全体的に質が高くないからな。あまり効果の高い道具では手が出せんし必要もない。需要を考えれば、これくらいの効果が丁度良いのだ。それなのにあの貧乏店主ときたら」

 

 ブツブツとウィズに対する文句を言いながらも鑑定を終える。

 

「充分売れるな、これは。エリス祭までにどれくらい用意出来る?」

 

「あまり多くは。15枚程、でしょうか」

 

「魔力の消耗も考えたらそんな物か。良いぞ。上手くすれば目玉商品になるな!」

 

 ふははははっ!! と上機嫌に笑うバニル。

 しかしアクアがその笑いに水を差す。

 

「ってちょっと! そんな物作ってたなんて聞いてないんですけど!! それもこんな奴の店に卸すなんて正気!」

 

「貴様がとやかく言う事でもなかろう。赤子を抱える小娘に火を扱わせようとした鬼畜女神よ。それと吾輩はこの娘にまだ話があるので借りていくぞ」

 

 と、猫でも持つように持ち上げてスズハの部屋に入っていくバニル。

 後ろでアクアが文句を言っているが、鍵を閉めて無視をする。

 

「あの、お話とは?」

 

 売る金額と分前の話だろうか? と考えていると、まったく違う話だった。

 

「もうすぐ、あの女の新しい肉体が出来上がるぞ。そうだな祭りの後くらいか」

 

 その言葉にスズハは心臓が跳ねる。

 スズハ自身が手を下した魔王軍幹部の女性。

 魂は目の前の悪魔に渡してある。

 

「と言っても以前程の力はなく、蘇ったからと言って今更消えた分の魔王城の結界が戻る事もない」

 

「そう、ですか……」

 

 良かったとホッとする反面、こうなってしまった責任で胸が痛むのも事実だ。

 どう顔を合わせたら良いのかまだ分からない。

 

「ありがとうございます。その、色々と」

 

「こちらとしてもタダ働きさせる店員が手に入って万歳だったからな、礼を言われる事でもない。これは一応の報告だ」

 

「はい」

 

 タダ働き、というところが気になるが今は追及しないでおく。

 

「それと、あのぐうたら男にやる分に集中するあまり、こっちの方を疎かにするなよ? 最低15枚、しっかりと買い取らせて貰うからな!」

 

 何もかも見透かした様子でそれだけを告げて部屋を出ていくバニル。

 部屋の外ではアクアとなにやら言い合っているが、飽きればバニルが帰るだろう。

 スズハは小さく息を吐いて机に置いてある作りかけの外套を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 



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