この不審な青年に疾走を! (トキワ)
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登場人物

オリジナルな登場人物のネタバレのない範囲での紹介。
目を通しておけばある程度頭に入りやすいかもしれません


・トキワ

 

 当ssの語り部。本名青地研究。全身黒ローブに仮面の死ぬほど怪しい男。

 元は将来性抜群のトップアスリートだったが放火により全てを失った。

 自分より目上の人間には礼儀正しいが、自分と同等以下には粗暴に接する。性格が悪いというよりは徹底的な効率主義であり、その方が都合が良いならいくらでも丁寧に対応できる。

 しかしプライドを傷つけられた人間がどれほどの行動力を持つか見誤り、故意の放火によって選手生命を絶たれた。

 

 目的達成の為には手段を選ばないが、手段を選ばないデメリットも把握している為穏便な方法での解決を好む。

 「できたほうが評判がいいので」家事も一通りこなす。特に体調管理の為に料理はやりこんでいる。

 推薦の為に勉強も欠かしておらず、性格に見合わず考察する事や考え込む事が多い。

 

 狂人一号。クズで狂人という一番どうしようもない人種だが、一応会話ができるので三人の中ではまだマシ。

 ただし脚力で負けたりすると一番使えなくなる。

 

 職業は盗賊で、需要が高い罠対策スキルを全て習得している。逆に戦闘では毒頼りが多かったが、中期以降は自力で火力を出せるようになった。

 

 

 

・ユウキ

 

 本名宇佐美祐希。バーテン服に見を包んだ儚い笑顔が特徴的な美男子。

 本人は語ろうとしないが相当にろくでもない目にあっており、今も服の下には受けた暴虐の証が残っている。

 一応高校には通っていたようだが一般常識には欠ける面が多く、見ていて危なっかしい。

 基本的に敬語を常とするが、強い衝撃を受けた時やあにゃに対してはたまに自然な口調を見せる。

 パーティーにガーネットローズと名付けたのも名付けようと言い出したのも彼であり、込められた意味からも彼の人柄が伺える。…と思いきや時折嗜虐的な面が顔を出す。(暗黒微笑)系少年。

 

 狂人二号。気弱そうなだけで一番まともに見えるがかなりの感情を失っている。かつての世界で過ごせなかった青春やそれらしい行事に強い執着を見せる。

 また「耐える事」に強い適性を示す。タンク業に就いたのは天命とすら思える。

 

 職業は戦士で、防御系スキルを一つを除いて全て習得している。その圧倒的な硬さからカバーリングでの被攻撃代行を行うのでGM泣かせ。

 

 

 

・あにゃ

 

 本名不明。過去不明。設定不明。

 目を見張るような美少女であるがおおよそ人と言える理性を見せない野生の子。

 重度の戦闘狂であり、「強いやつを殺し、経験値を稼ぐ」という行為に拘る。

 どうやら破壊願望や征服願望も持っているようで、スキルで火力を上げて魔法ドーン!という戦術を好む。

 

 欲が深く戦闘が好きで刹那的という一番冒険者らしい人物。

 残りの二人が社会的な後ろ盾のなさから仕方なく冒険者を選択したのに対して、彼女は自分で選択したのである意味当然かもしれない。

 

 狂人三号。一番わかりやすい狂人。行動が欲求に強く影響されており、基本的に制止しても聞かない。この異常性に何かしらの要因があるかすら明らかになってはおらず、先天性なのか後天性なのかすら分かっていない。

 

 職業は冒険者からウィザードで、冒険者時代に面白そうなスキルを取るだけ取り、後でウィザードになって火力を追求するという彼女らしい欲張りなビルドをしている。

 その躊躇いのなさから放たれる強力な魔法はあらゆる物を粉砕する。

 

 

 

・「ガーネットローズ」

 

 ユウキが名付けたパーティー名。このすば世界ではパーティー名などは特に決めず、そもそも決まった人員のみでパーティーを固める事自体が稀である。

 

 肝心のメンバー同士の関係だがそこまで良い連携を見せるわけでも強い結束を見せるわけでもない。類が友を呼んだやばいやつの集まりで、アクセルではカズマパーティー以上に関わりたくないメンツとして扱われており、いつもギルド奥の指定席でたむろしている。

 

 

 

・まなみん

 

 歴戦の冒険者である紅魔族の少女?その割には何故かミヤコ魔法店でバイトしている謎深き存在。

 

 

 

・ミヤコ

 

 ミヤコ魔法店の店主。GMの趣味で見た目だけプリコネから参戦。かわいいね。

 

 

 

・???

 

 目的姿行動一切不明の謎の存在。優れた科学力を有する。



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この素晴らしい世界に狂人を!
青年は希望を得る


 

 

 人間の体感時間というものは、日常の充実度合によって変わる。歳を取れば取るほど年月は早く過ぎ去っていく───

 そんな知識を思い出しつつコントロールスティックを弄ぶ。画面の中では青いハリネズミが元気に走り回っている。

 

 リングを潜り抜け、敵をスタイリッシュに倒し、ジャンプ台で大ジャンプ。縦横無尽に駆け回るその姿がただひたすらに羨ましかった。

 

 

「…はあ」

 

 

 コントローラーを置き、そっと自分の脚を撫でた。真っ白な包帯に包まれたそれは、本来の役割を果たそうとしない。

 諦めて床に倒れた杖を掴む。脇に挟まれる一対の棒きれが、現在の自分の脚だった。

 

 

 

 

 

 部活を辞めて以来、あっという間に月日は過ぎていった。

 することと言えばゲームくらいで、それもいつも一人だった。

 人間というのは薄情なもので、かつて全国大会に出た時はあれほど持て囃したというのに、今は誰も構ってはくれない。

 

  走る事しか考えていなかった。

 

 昔はそれでよかった。走れば走る程速くなった。周りは皆褒めてくれた。教えてほしいと同級生や後輩、果ては先輩までもが詰め寄ってきた。県で一番の自覚があった。全国でも上位の自信があった。自分より速い奴もいつかは追い越す自信があった。有名大学からも声をかけられていた。あと数カ月もすればもっといい環境に身が置けた。そこでもっと速くなるつもりだった。

 

 

  燃えた。

 

 

 呆気のないものだった。人望も進路も何もかもあっさりと燃え尽きた。

 いやそんなものはどうでもよかった。熱は俺から脚を奪った。脚は速さだった。速さは俺の全てだった。

 

 

 

 時間をかけてリビングに移動した後、冷蔵庫の前で腰を下ろした。

 よく冷えた麦茶をピッチャーからコップに淹れる。そっと唇に淵を当て、静かに口に流し込んでいった。

 

 

「…痛い」

 

 

 いくら庇っても顔の火傷は強く意識を苛んだ。

 脚と違って中途半端に神経の残った右頬は、水を含むと暴れ始める。話すだけならば痛くない。触っても撫でても痛くない。では何故水を飲む時だけ痛むのか。

 理不尽に対する怒りは水分補給の度についてまわり、不快は積りに積もっていた。

 

 

 腹の虫が治まらない時は夜の散歩に出かけることにしていた。

 顔を他人に見せたくなくとも、趣味がインドアに変わっても、結局の所自分はアウトドア派なのだ。

 杖の先端にカバーを被せ、醜い顔を仮面で隠し、動きやすいジャージに着替えて外へ繰り出した。

 

 季節は冬。

 空は雲一つなく、放射冷却の影響で気温は低い。空気はとても澄んでいると言えた。

 刺すような寒さに身を震わせながら道を歩む。

 

 

「また走りたいな…」

 

 

 今着ているジャージも、通っている道路も、夜の帳の降りた時間帯も、全ては陸上部時代と同じものだった。やっているゲームもスピードラン系のゲームばかり。誰から見ても、自分は未練を断ち切れていない。

 

 

 走って走って走った先に辿り着く境地が好きだった。風を切るとでも表現すればいいのだろうか。スポーツ選手に訪れるというゾーンともランナーズ・ハイとも違う更にその先。

 

 あの火事からもう一ヶ月が経とうとしている。放火の犯人も捕まった。脚はもう動かないと宣告された。

 時間はとうに事実を通り過ぎたのに、自分だけがまだ取り残されている。

 もう決してやってこないあの感覚は、麻薬の様に心を蝕んでいた。

 

 

 一人鬱々と歩を進めていると、見慣れないおもちゃ屋を見かけた。

 ちょうどいいから普段買わないゲームを買おう──少しでも現状を変えたい一心で扉を開いた。

 

 一週間前までは空きテナントだったはずのこの店は、開店してすぐだろうに埃の匂いが鼻を衝いた。

 妙に美形な店員さんを横目に見つつ奥へと入れば、そこには聞いたことのないようなマイナーなソフトが並んでいた。

 イマイチ琴線に触れないそれらを避けつつ目を動かすと、一本のパッケージが目に入った。

 

「『この素晴らしい世界に祝福を!』…?」

 

 なんとも不思議なタイトルだった。なぜ名詞ではなく一文になっているのだろうか。気になったので手に取って裏面を覗いてみる。

 

「自由度が極めて高いRPG…」

 

 自由度が高い。よくある売り文句だ。どこまで本当なのか調べる為に、ポケットに手を突っ込みスマホを取り出す。

 

「あー…」

 

 ポケットから取り出されたのはスマホではなく学生証だった。どうやら間違えて持ってきたらしい。

 仕方ないので学生証をしまい、代わりに財布を取り出す。きっとこのゲームを買う運命にあったのだ。そう考える事にした。

 

 

 

 

 帰った後、トイレや水分補給を済ませてゲームをする準備を終えた。気軽に移動できないので先にやっておかないと後々面倒なのだ。

 

 ゲーム機本体のボタンを押し、青いハリネズミの描かれたディスクを排出する。横着をして新作のパッケージにはめ替え、読み込みを待つ。

 暫く機械の稼働音が戦慄いた後、接続したテレビにアイコンが現れる。競うように素早くコントローラーの丸をボタン押してやった。

 

 

 

 

 

 

 

「─────────────っ」

 

 

 

 瞬きを終えるとそこは自分の部屋ではなかった。

 薄暗い闇の中に幽かな輝きが瞬く謎の空間。辺りを見回してもその景色に途切れはない。その様は銀河という単語を脳裏に焼き付けた。

 混乱が頂点に達し、大きな叫びが喉を裂こうとした時、ふわりと何かが頭にかけられた。

 

 反射的に空を見上げるとそこにはまるで女神の様に美しい女性が星海を揺蕩っていた。

 見惚れるままに天を仰いでいると、彼女がくすりと微笑んだ。

 

 その瞬間の事だった。床が抜け、身体が重力に絡めとられていく。

 凄まじい加速に恐怖を感じつつも、あることに気がついた。

 

 

 

「脚が、動くっ」

 

 

 何故かはわからない。だがそんなことはどうでもよかった。また走れる!大地を脚で踏みしめられる!大きく蹴り飛ばして前に進める!

 

 そう考えると全てが快感だった。脚を大きく動かし、落下すらも加速に変換し、速さの境地へと至る。

 

 大きな光に呑まれながら確信を得た。

 

 

「俺はもっと速くなる!俺を超えていった全てを抜き去る!!」

 

 

 身を切る風が、賛同の歓声をあげた。



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青年は目標を得る

 目が醒めればそこは平原だった。見渡す限りになだらかな斜面が続いている。

 

 

「夢じゃない」

 

 

 杖なしで身体をしっかりと支えてくれる自分の脚。立っているのに脇が痛くないのは久しぶりだ。軽く腿上げをして、動かしてみる。こちらも痛くない。これなら走れるに違いない。

 

 そして自分がジャージの上に何か黒いものを羽織っている事に気がついた。

 あの美しい女性に掛けられたであろうその黒い布は、よく漫画で怪しい人物が着用しているローブに見えた。重さはまったくなく、自分の腕を見るまで着ている事に気づかなかった程だ。ダボダボだというのに、腕を振っても全く空気抵抗を感じない。

 高級品…なのだろうか?動きを阻害することもないようなので、そのまま着ておく事にした。

 

 

 しっかりと準備運動をした後、状況把握がてら走る事にした。こんなに大きな平原は今時見かけない。恐らく自然公園だろうから少し歩けば管理所があるだろう。こういう時にスマホがあれば便利なのだが、あいにくと忘れてしまった。

 

 

「位置について」

 

 

 落ちていた大きな石に右足をかけ、クラウチングの態勢を取る。身体の事を考えるなら流しで走ったほうがよいのだろうが、逸る気持ちを抑えられなかった。

 

 

「よーい…」

 

 

 ポーズを取れば自然と心が引き締まった。雑念や不安は消えてなくなり、残るのはただ速さへの追求のみ。

 

 

「───ドンッ!」

 

 

 石を強く踏み込む。投げ出された身体を左足で受け止め、全力で右足を振り抜いた。あとは反復だ。交互に脚を繰り出し、全力で距離を稼いでいく。

 

 やがてあの感覚がやってくる。風を切り、自分以外の全てが消えるあの感覚だ。

 酷く懐かしい。たった一ヶ月だというのに、この世界に強く焦がれていた。

 

 切り伏せた風を侍らせて進む快感。今この瞬間、間違いなく俺は世界の王だ。

 

 

 

 

 

「っハア…ハア…」

 

 

 自分で合図をして息を整えなかったからか、それとも仮面を着けているからか。恐らく両方の要因から息はすぐに切れてしまった。久しぶりに走れて満足したので、諦めて歩く事にする。

 

 やがて見えてきた小高い丘を登っていく。今の所人っ子一人見かけていないので人気の観光地ではないのだろうが、さすがに丘から見下ろせば何か見えるだろう。

 

 

「どっこいせっと…」

 

 

 脚を失ってからの口癖を呟き、頂上まで登りきった。すると辺りを見回すまでもなく、大きな街が見えた。

 

 すぐに違和感が頭を過ぎった。

 建物は中世ヨーロッパ風であり、何よりアスファルトで舗装された道路が見当たらない。車でアクセスできないのは大きなマイナスなので、観光地にしてもやり過ぎな気もする。

 街から延びる道路もあるが、あくまで整地されただけに見える。更にそこを本物の馬車が走っていた。

 

 そして極めつけに、緑の肌をした小人が歩いていた。

 

 

「これは…いや…でも…」

 

 

 なろう系異世界。頭にはそんな単語が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 考えていても仕方がないので街に向けて進む事にした。目測では恐らく5km弱。杖のいらない今の自分なら余裕だろう。

 歩いている内に不安が際限なく膨らんでいく。言語、価値観、貨幣、見た目。少し考えるだけでこれだけの致命的な問題が出てくる。事前情報がない以上は取れる対策もない。

 唯一の救いは自分がまだ死んでいない事だ。空気中の酸素量が違うだけで死ねるのが生き物である。もし本当に異世界ならば細菌や重力なども違うだろうし、転移して即死亡、となってもおかしくないはずだ。

 そうならない理由を考えると、やはりあの美しい女性が思い浮かぶ。彼女からは悪意や殺意といったものは感じられなかった。競技のライバル達からそういった視線は何度も受けたので、瞳に篭った感情を見分けるのには自信がある。

 あの笑みは邪悪なものではなかった。相手の事情は分からないが、脚も治してもらえた訳だし、少なくとも短期的には味方だと捉えていいだろう。

 そう考えると、これらの自分にとって都合のいい事実は彼女によってもたらされたものだと結論付けるのが自然だろう。

 

 

「ついでに情報ももらえればよかったんだけどね…」

 

 

 愚痴を溢しても仕方がないが、呟かずにはいられなかった。 

 そもそも何故彼女は事情も説明せず飛ばしたのだろうか。何かやって欲しいことがあったのかそれとも暇潰しか…どちらにせよ何も伝えないというのは妙な気がする。口がきけないのか何かに禁止されているのか。

 

 まあこれも考えるだけ無駄な気がするので一旦置いておくべきだろう。今考えるべきなのは自らの偽りの出自だ。

 

 言語が通じる、通じないに関わらずカバーストーリーは考えておくべきだ。気づいたら平原に立っていました、などと正直に話したらどう思われるか分からない。それに顔の火傷と仮面の事もある。触った感触を信じる限り治して貰えなかったらしいその痕は、どう見てもカタギではない。それを隠す仮面はもっと怪しいが、人種問題があるかもしれない以上着けておくべきだろう。

 

 これらを上手く理由付けられるバックボーンとして、「村の忌み子」として自己紹介する事にした。

 幼くして大きな火傷を負って以来、迫害を避ける為に家から出して貰えなかった。その為に世俗を全く知らないが、境遇に耐えられず家出してきた。

 

 こう説明すれば、何も知らない事も怪しい風貌も説明できるのではないだろうか。

 …勿論差別のない世界だったりそもそも村がないとかで設定が崩壊する可能性もあるが。

 

 

 

 

 

 そんな事を考えている内に残り2km位までやってきた。

 目を凝らせば関所が見える。

 そこに立っている人はフルプレートの鎧を纏っていた。きっと門番さんだろう。

 …困ったな。普段から通る人が少ないのかそれともたまたま空いているのか分からないが、人通りはまったくない。そのまま通ろうとすれば間違いなく呼び止められるだろう。

 それにこちらがあちらを見えている以上、当然あちらもこちらを見えている。先程から大きく手を振ってくれているが、こっちに来いと言うことだろうか?

 了解した事を伝える為に大きく手を振る。

 

 

 …あの門番さん、慌てている…のか?

 何か伝えたい様だが一体なにを…

 

 

 

 

 

「いっったあああああああ!!!!」

 

 

 

 

 恐らく背後から殴られた。

 距離を取りつつ振り返ればそこには緑肌の小人が立っていた。

 醜い笑顔を浮かべたそいつは、手に赤錆びた短剣を握っている。

 

 本物の刃物を握り、本気の殺意をぶつけてくる存在に、体が強ばって動かない。

 こちらは丸腰。遮蔽物もなければ助けもない。

 全力で走れば振り切れる気もするがそもそもこいつはなんなんだ。何か飛び道具でも持っていたら逃げる背中が無防備になる。

 やばい考えがまとまらない。これどうすればいいんだよ!

 

 

 

 

 

「───どけっ!」

 

 

 

 後ろから怒声が飛び、横を人影が通り過ぎていった。

 そのままの勢いで人影は剣を振り降りし、袈裟懸けに小人を叩き斬った。

 

 男は相手が赤黒い噴水を上げ、崩れ落ちても獲物を収めない。

 残心というやつだろうか。

 

 

「…よし。大丈夫か、怪我はないか?」

 

 

 血の勢いが治まってから、やっと男は長剣を鞘に収めた。

 

 

「ああ…ええと…お陰様で。助けて頂いてありがとうございます」

 

 

「お前も運がないな。こんな街の近くでゴブリンに襲われるとは…しかも一匹か。ギルドに報告だな」

 

 

 男は何やら考え込んでいる様だ。どうもこのゴブリンとやらに襲われるのは珍しい事態だったらしい。

 

 

「しかしなんだその格好は。怪しいなんてもんじゃないぞ。というか武器もなしに一人旅なんて正気か?」

 

 

 矢継ぎ早に浴びせられる質問。全て当然のものだ。

 

 

「家出なんです。今まで家の外に出たことなくて…」

 

 

「家出ぇ?冒険者志望か。悪いことは言わん。路銀を稼いだら帰ったほうがいいぞ」

 

 

 言葉が通じたのは本当にほんっっっっとうにありがたいが出てくる単語がいくつか理解できない。ギルド?冒険者?これはいわゆるなろうテンプレとして解釈していいのだろうか。

 

 

「村では忌み子として扱われてて…帰ったらもう…何をされるか…」

 

 

 仮面を外し、焼け爛れた顔を見せつつ演技(ロールプレイ)をした。これで騙されてくれるといいが。

 

 

「…訳ありか。仕方ない、まずは街門に向かおう。ここから先は門番の仕事だ」

 

 

 どうやら信じてくれたようで、そう言うと男は街に向かって歩き始める。心臓が跳ね周り、生きた心地がしないがどうにか修羅場を二つ潜り抜けたようだ。

 また襲われてはたまらない。急いで着いていきつつ質問をした。

 

 

「あの…貴方は街から走って助けてくださったんですよね?」

 

 

「ん?ああそうなるな。どうかしたか?」

 

 

 なんでもないように返されたがそれはおかしい。街からここまで2km弱。門番さんが手を振っていたときは見えなかったので、俺が振り返ってから走り出したはずだ。いくら睨み合っていたとはいえ、そこまで長い時間があった訳ではない。

 

 

 ──俺より速い

 

 

 嫉妬が鎌首をもたげる。この人は服装こそラフだが、剣を持ってあの距離を短時間で駆け抜けたのだ。

 短距離も長距離も、ハードル走も自信があった。だが…この人には勝てない…

 

 

「とっても脚が早いんですね。ビックリしました」

 

 

 白々しい声が出た。助けてもらった相手に嫉妬して、あまつさえ速さの秘密を聞き出そうとしている。…俺は、こんなクズだったのか。

 

 

「まあな、俺は戦士だがレベルも30を超えてるし、緊急時だから速度の強化魔法もかけてもらった。あとでそいつにもお礼言っとけよ?」

 

 

 レベルとかそういう単語を聞くに、恐らくゲームの様にクラスがあって、レベル制で強くなるのだろう。どこかで聞いたような話だ。

 だがもっと興味の惹かれる事実があった。

 

 『戦士だが』

 

 この人は世界で一番速い訳ではない。きっともっと速い人はいくらでもいるのだ。

 

 

「それは勿論です。…それとあの、私でも、冒険者になれるでしょうか?」

 

 

 露骨に渋い顔をする男。なにかマズイことを言っただろうか。

 

 

「さっきも言っただろ。冒険者はやめたほうがいい。給料は薄いし、危険しかないしでろくなことがないぞ。大人しく土方とかになったほうがいい」

 

 

 きっと事実なのだろう。俺の未来を案じて親切で言ってくれているのだろう。

 だが、俺はもう決めた。

 

 

「私は…それでも冒険者になりたいです」

 

 

「お前…いや、いい。俺にもそういう時期があった。それより着いたぞ」

 

 

 目前には大きく立派な門が口を開けていた。

 

 

「ようこそ。駆け出しの街アクセルへ」

 

 

 

 




TIPS
1:アクセル周辺はモンスターが狩り尽くされており、ましてや群生を常とするゴブリンが一匹でいることなどありえない。

2:主人公の幸運は2(このすばTRPG準拠)


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青年は職を得る

「なるほど。そのまま迷子になって道もよく分からないと」

 

 

「はい。どうにかそのゴブリンからは逃げられたんですが…」

 

 

「ゴブリンの活性化だろうか…?初心者殺しの仕業なのか…」

 

 

 門に入った後、俺は門番さんに連れられて取り調べ室の様な所に連れて行かれた。きっと俺の様な怪しいやつはここで検査されるのだろう。

 

 正直に答えられる訳もないので作り話を騙っていた。昔からこういった屁理屈は苦手ではない。

 

 

「君がここに来るまでの経緯は大体分かった。それでこの街ではどう過ごす気だい?」

 

 

 真剣な表情で門番さんが言った。街の安全を守る彼としては、これが一番重要な話に違いない。

 

 

「最初は食い繋げればなんでもよかったんですが…冒険者になろうと思っています。さっきアンドレイさんに助けて頂いた時に決めました」

 

 

 渋い顔する門番さん。冒険者のアンドレイさんでなくともこの態度な以上、相当に辛い職業と見える。

 

 

「冒険者か…そもそも登録料は持ってるのかい?」

 

 

 …登録料…?それは…マズイ…

 この世界の通貨なんて持ってないぞ…いや、ひょっとしたら言葉の様に通貨も通じるかもしれない。

 

 

「これは使えますかね?」

 

 

 ローブの下のジャージから財布を取り出し中身を取り出す。

 

 

「五十万エリス!?こんな大金どこで!?」

 

 

 えっ。

 いやよく見たらこれ円じゃないぞ!?

 

 

「やはり君は…上質な衣服やマスクといいこの大金といい…貴族の隠し子か…」

 

 

「えっ」

 

 

「いくらゴブリンとはいえ刃物で刺されて傷一つつかないローブ…そんなものが買えるのは滅多に…」

 

 

 なんかとんでもない勘違いをされていないか。

 

 

「いや私がいたのは普通の寒村…」

 

 

「隠し子は基本的に…いや、やめておこう。無用な詮索は我々の仕事じゃない」

 

 

 なんか納得されてる…いや今の状況は都合がいいのか…?

 

 

「とにかく登録料は足りるようだね。これなら装備や宿も確保できるだろうし、すぐにギルドへ向かうといい」

 

 

「それじゃあ街へ入っても!?」

 

 

「勿論大丈夫さ。ようこそ、駆け出しの街アクセルへ」

 

 

 

 

 

 

 教えられた通りにギルドとやらに向かいながら、さっき言われた事を思い出していた。駆け出しの街という名前についてだ。

 そういえばアンドレイさんも同じ事を言っていた。ここは駆け出し冒険者の街なのだろうか。だとしたらかなり幸運…というかお金しかりあの女性の思惑通りなのだろう。

 

 

「女神エリス様、ね…」

 

 

 通過に刻まれているその容貌は、あの女性のものだった。

 この世界で一番メジャーな宗教の主神であるらしく、こうして通貨にも使われていることからその人気が伺える。

 自分にとって命より大切な脚を治して貰えたのだ。日本では無宗教だったが、落ち着いたらエリス教に入ってみようかと思っている。

 勿論教えに納得できればだが。

 

 それにこのローブの事もある。動きを阻害せず刃を通さない。アンドレイさんのお仲間のウィザードさん曰く、魔法防御もかかっているらしい。お礼を言った時に教えてもらった。

 高級品で片付けるにはあまりに高性能なこの不思議なローブはひょっとして神器なのだろうか。

 

 これを渡されたのは、冒険者になれという意味だと受け取ったが…合っているだろうか。違ったとしても冒険者になるが。

 

 

 

 

 エリス硬貨を財布にしまっていると、複数の下卑た笑い声が聞こえてきた。

 目を向けると笑い声の主達は石造りの大きな建物から出てきたらしい。何故か読める看板に目を向けると、そこにはギルドという文字が読み取れた。

 

 

 意を決して跳ね橋を渡り、扉を開く。

 中からはアルコールや肉類などの匂いが混じった不快な風が吹き抜けていった。

 どうも飲食店を兼ねているらしく、冒険者らしき荒くれ者達が、テーブルを囲んで酒盛りをしている。

 

 新参に恒例で向けられているだろう好奇の視線を受けつつ、舐められぬ様にゆっくりとカウンターへ向かう。

 

 

「おいおいそこの不審者さんよぉ。外に出る時はしっかり仮面を外せってママに教わらなかったのかぁ?」

 

 

 道を塞がれた。いわゆる可愛がりという奴だろう。体育会系ではよくある、というか一生付き合っていかなければいけない悪習だ。

 

 

「故あってつけているものでして。衛兵の方には許可を頂いているのでご心配なく」

 

 

 彼も別に気に入らないから絡んでいる訳ではないだろう。どんな奴か分からないから取り敢えず話しかけたのだ。これに対する対応でどんな人間か分かるので、実際に有効だと言える。

 ならばどう対応するのが正解かと言えば、それは冷静に返す事である。喧嘩を売ればアウェーである以上絶対に勝てない。ただビビるだけならばカモにされる。どこの世界も同じだ。…同じだよね?

 

 とにかくさっき詰所でもらった許可証を掲げた。門番さんに話をつけてもらったもので、街中での仮面を許可する旨が書いてある。つけている仮面は顔を完全に覆うので、これがなければ職質に次ぐ職質だろう。

 

 

「お、おう」

 

 

 意外な物を出されたので出鼻を挫かれたのだろうか。彼はすっかり大人しくなっていた。

 実はかなり暴れている鼓動の音が聞こえない事を祈りつつ、会釈をして通り過ぎた。

 

 

 

 

 カウンターには多くの人が並んでいた。聞こえてくる会話から、どうもクエストの達成報告を窓口で聞いているらしい。

 クエスト。また使い古された単語である。この世界はとてもつもなくコッテコテの異世界の様だ。

 

 しかしおかしな事に、窓口は複数あるに関わらず、行列は一つに集中していた。特に看板等もないので同じ業務な気もするが…

 待つのも面倒なので、一番空いている隣の窓口の前に立った。

 

 

「すいません。冒険者登録をしたいのですが」

 

 

「はい。承りました。説明は必要ですか?」

 

 

 係員は人間のお兄さんだった。街で見かけた様なエルフ(たぶん)ではなく至って普通の日本にもいそうなお兄さんである。

 

 

「田舎者でして知らない事が多いんです。是非お願いします」

 

 

 そう言いつつ予め出しておいた登録料500エリスを差し出した。…チップっているのかな?いらないよね?

 

 

「おや、登録料をご存知でしたか。結構知らない方も多いんですが」

 

 

 正直門番さんに教えて貰わなければ知らなかった。そういう意味ではあの機会を作ってくれたゴブリンに感謝すべきなのかもしれない。

 

 

「それではこの水晶に手をかざしてください」

 

 

 言われて目を向ければ何やら複雑そうな機械のついた水晶があった。まさか占いでもするのだろうか?

 

 

「それは適正のある職業を示してくれる特殊な水晶なんです。しかも自動で冒険者カードに書き込んでくれるんですよ!」

 

 

 職業。ゲームでいうクラスみたいなものだろうか。そういうゲームをやったことはないが、なろう小説でよく解説されていた。

 

 了承の意を示した後、おっかなびっくり手をかざしてみる。

 すると水晶が怪しげに動きだし、下に置いてあった恐らく冒険者カードとやらに何か書き出し始めた。

 

 

 

「…はい。アオジトキワ様、ご登録ありがとうございます」

 

 青地研究。将来科学者になってほしかったらしい親がつけたキラキラネームだ。実際にはスポーツの道を一直線だった訳だが。

 

 

「敏捷の値が異様に高い!器用も高いですし盗賊に相当な適正がありますよ!」

 

 

「…えっ。盗賊?泥棒ですか?」

 

 

「ああ違います!冒険者の職業にはいくつかありまして、その中でも大抵の方は冒険者、戦士、盗賊、プリースト、ウィザードになられますね。ですから盗賊とは職業の名前なんです。別に盗みをする訳ではないんですよ」

 

 

 なんだかイマイチピンとこない。なんで盗賊って名前なんだ。

 

 

「仰りたいことは分かりますよ。盗賊は主に偵察やダンジョンでの罠の感知に秀でています。ですからその身軽さや器用さ等から盗賊になぞらえた訳ですね」

 

 

 やっぱりよく分からないが割り切るしかない。というかダンジョン?ミノタウロスでも封じこめているのだろうか。いや、たぶんお約束の方のダンジョンだろう。

 

 

「これにて登録は完了です。あちらに募集掲示板があるのでそこでパーティを募集してくださいね」

 

 

 パーティ。確か一緒に冒険する仲間たちをそういうらしい。なるほど、ここで仲間を募る訳だ。

 

 

「今日はまだ街に来たばかりなので宿を確保することにします。

また明日来るのでその時にやり方を教えていただけませんか?」

 

 

「勿論です!また私をご贔屓に!」

 

 

 ヤケに張り切ってるお兄さんだ。列を取られているのでが悔しいのだろうか?

 

 どうしてこんなにも差があるのか気になったので、隣の窓口を覗いてみた。

 そこには金髪美人のお姉さんがいた。そういうことなのだろう。

 

 




TIPS
3:このすばTRPGの初期所持金は500KE
1KE=1000エリス 1エリス=1円

4:転生の地球担当だったアクア様がポテチ食ってサボってたのでエリス様が適当に捌いたのが主人公。チートすら聞かず、ローブを押し付けたのでお詫びとして脚が治り、所持金も貰えている


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青年は信仰を得る

 実は宿屋の宛はついていた。

 持っている金額が金額だからと門番さんが紹介してくれていたのだ。

 基本的に借りを作るのは嫌いな私だが、彼にはお世話になりっぱなしで頭が上がらない。今度菓子折りを持っていこうと思う。

 

 無事に辿り着きチェックインを済ませた後、部屋に入った。

 日本からきた自分としてはまあこんなもんかなといった感じだが、曰く普通の冒険者は大部屋で雑魚寝らしい。

 特にお金のない新人は、馬小屋で寝てバイトをして装備を買うお金揃えるそうなので俺は十分すぎる程に恵まれているのだろう。

 

 手を合わせてエリス様に感謝した。

 いや手を合わせるのが正しい礼拝かは分からないのだが、こういうのは気持ちだろう。…たぶん。

 

 

 

 

 

 拠点を確保して落ち着いたので、先程貰った冒険者カードを取り出した。

 なんでもステータス、つまり俺のスペックの確認とスキル、そのまんま技能の獲得ができるらしい。

 スキル獲得にはスキルポイントが必要で、スキルポイントは最初から持っている分とモンスターを殺してレベルアップして得られる分があるらしい。

 

 

「ゲームだなあ」

 

 

 思わず呟くくらいはゲームである。

 スキルさえ獲得できれば数秒前まで素人でも急に上手く扱えるという所も最高にゲームだ。

 だが面倒な事にスキルの獲得には先人の教えが必要らしい。

 コツさえ教えて貰えれば獲得できるそうだが、それはつまり教えてくれる人がいなければ詰みということだ。

 対価さえ払えば教えてもらえるらしいが、知らない人に話しかけるのもなかなか勇気がいるものだ。

 だがお金も無限にあるわけではない。はやく稼げるようになる為に、明日は勇気を出すべきだろう。

 

 

 

 

 

 防具はローブでなんとかなりそうなのでダガーだけ買った俺は、お昼前にギルドにやって来ていた。

 

 

「すいませーん!どなたか盗賊のスキルを教えてくださる方いませんか!」

 

 

 早めの昼食を摂っている冒険者達に呼びかける。

 なんだあいつ。とでも言いたげな目線に耐えていると一人の女性が手を挙げてくれた。

 

 

「あたしが教えたげよっかー!」

 

 

 白髪で右頬に傷のある軽装の女性だった。

 なんだかいかにも盗賊って感じの人である。

 

 

「お願いします」

 

 

「おっけーおっけー。まずは裏庭に移動しよっか」

 

 

 素早く駆け寄り、予め職員のお兄さんに聞いておいた相場通りの礼金を渡した。

 金額を確認して納得したらしき女性は歩きだし、俺もそれに続いた。

 

 

「盗賊のスキルっていっても色々あるんだけどさ。具体的にどういうのが希望なの?」

 

 

 ぶっちゃけ考えてなかった。そんなに自由度が高いのだろうか。

 

 

「なんかこう…脚が速くなれるスキルはありませんか」

 

 

 

「うーん…移動が速く済ませられるってことでいい?だったら助走とかあるけど」

 

 

 助走。助走ってスキルなのか。なんかこう…瞬間移動!とかそんな感じかなと予想していたのだが。自分としては走る事に関連しているらしいので万々歳だ。命を賭ける以上贅沢は言わないが、できれば二本の脚で走りたい。

 

 

「なかなか面白いスキルだよ。こんな感じで走る前にちょっと集中するだけで…」

 

 

 スタンディングスタートの構えから走り出す女性。

 普段の彼女の足の速さは分からないが、不自然な加速からスキルの効果が見て取れる。これは是非ともマスターしたい。

 

 

「こういうのを求めてたんです!頂きますね」

 

 

 冒険者カードを弄って助走スキルを獲得する。

 

 

「一度試してみなよ。できなかったらアトバイスするからさ」

 

 

 お言葉に甘えてやってみることにする。

 肩幅より少し腕を広げて両指を地面に付き、右足側は膝を立て、左足を後ろに置く。いわゆるクラウチングスタートだ。

 

 

 いつものように心を落ち着け、右足に力を籠めた。

 

 

「うぇっ」

 

 

 物理的に不条理な加速。しかしトップスピードに乗ればいつも通りだった。最初の加速を助けるだけで最高速度を上げる訳ではないらしい。

 

 裏庭を一周して戻ると、盗賊さんが拍手してくれていた。

 

 

「いやほんと速いね。まだ初心者でしょ?才能あるよ」

 

 

 お礼を言いつつも少し引っかかる。初心者にしては、という事はやはりもっと速い人はいくらでもいるのだ。

 

 

「助走スキルだからほんとは助走中に使うんだけどね。こんな感じで止まってる間に使う裏技もあるんだよ」

 

 

 潜伏スキルとやらで隠れている間に助走をする時に便利な裏技だそうだ。

 先人の知恵はやはり偉大だ。

 

 

「どうする?まだ他にも教えようか?」

 

 

「是非お願いします」

 

 

 今日は午後を使ってスキルを教わる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れー」

 

 

「お疲れ様でした」

 

 

 夕方までかかったが、スキルを六つ教わった。これでもう一端の盗賊らしい。

 戦力が一日で出来上がるのは、便利だが恐ろしいシステムだと思う。

 

 

「ついでに一つお聞きしていいですか?」

 

 

「んー?なにー?」

 

 

「エリス教会って何処にあるかご存知ですか」

 

 

「ん?入信希望?それとも礼拝?」

 

 

 入信希望だと伝えると、彼女は嬉しそうに教えてくれた。

 街の真ん中に位置していて、他に教会はないので行けばすぐ分かるらしい。この世界はエリス教の一強なのだろうか。

 

 

「あ、これ着けてる人はエリス教徒だよー」

 

 

 ペンダントを見せてもらった。俺の世界で言う十字架みたいなものだろう。

 

 

「ってことは貴方はエリス教徒なんですね」

 

 

「そうだよ〜。教会であったらよろしくね!」

 

 

 まだ完全に入ると決めた訳ではないが、それは言わぬが花だろう。

 またスキルが必要になった時は訪ねる約束だけして解散した。

 

 

 

 

 

 

 立派にして荘厳。そうとしか言い様のない教会だ。

 今なら行けば分かるという言葉にも頷ける。

 日本では教会に入った事はなかったので、少し緊張する。

 

 

「お邪魔しまーす…」

 

 

 小声で呟きつつ両開きの扉を開ける。重くも軽くもないその手応えは、しっかりと整備がされている事を裏付けていた。

 

 

「いらっしゃい。ようこそエリス教会へ。今日はどうされました?」

 

 

 瞳に深い知性を湛えた老人が出迎えてくれた。

 服装は質素だが品位があり、なろうテンプレ聖職者特有の、私腹を肥やしているといった感じはしない。

 

 

「えっと、その、教えを聞きたくて…はい」

 

 

 教会と老人の雰囲気に呑まれ、しどろもどろにしか話せない。これが神聖な雰囲気という奴だろうか。

 

 老人、恐らく神父は優しげに笑い、静かに告げた。

 

 

「そう緊張なさらないでください。エリス教は厳格ではありますが、抑圧的ではないですよ」

 

 

 慣れた対応だ。ここで洗礼を受ける人は多いに違いない。

 

 

「ではこちらにおかけください。もう日も暮れそうですし、掻い摘んでお話しましょうか」

 

 

 指定された古びた椅子に座り込んだ。

 一体どんな教えなのだろうか。良くても悪くても楽しみだ。

 

 

 

 

 

 30分ほどかけて簡単な説明を受けたのだが、一言で表せばとてもまともな戒律だった。

 俺にとっても受け入れ難かったり理解できないものもなく、善行とされることも他人に親切にするといった分かりやすいものだ。

 おまけにエリス様は幸運の女神だそうで、ちょっと運がよくなるかも、らしい。

 

 入らないメリットがない気がした。

 この世界はエリス教の一強の様だから対抗勢力もなさそうだし、信仰を告白すれば他のエリス教徒と仲良くなれるだろう。

 あれだけ大恩を受けてスルーするのも申し訳ないので、入信することにした。

 

 小銭を払って信仰の証であるペンダントを購入した。

 特に入会金等はなく、商売っ気がない。大きなパトロンでもついているのか、それとも質素に暮らしているのか…

 よく手入れされた調度品を見れば、後者の方が正しい気がした。




TIPS
5:エリス教は教えも信仰する神もマトモであり、この世界では珍しく悪い側面がない。

6:アクセルのプリーストが集団墓地の霊を宥めない(原作情報)ことから彼らを雇うほどの財力がないと判断した。つまり教会内の描写はオリジナル要素。


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青年は最初の仲間を得る

「…………」

 

 

 ギルドの酒場。その奥の奥の席で俺は一人水を飲んでいた。

 やる気がない訳ではない。休憩している訳でもない。

 ただただする事がないのだ。

 

 

 入れてくれるパーティーがない。

 

 

 目下にして最大の問題が、俺を絶望の淵に追いやっていた。

 職員のお兄さん曰く、盗賊は他の職業で潰しが効かず、ダンジョンアタック等で必須となる為に需要が大きい職業らしい。

 更に器用な人しかなれないので、供給も少なくあぶれる事は少ないらしいのだが…

 

 

「なんで全部断られたんだ…」

 

 

 掲示板で盗賊を募集していたパーティー全てに面接を受けたが、その全てで落選した。

 確かに初心者だがステータスもスキル悪くないはずだ。面接でも特に失敗した覚えはない。本当になんで全部落ちたんだ。

 

 諦める時間ももったいないので、掲示板にパーティーメンバー募集の旨を書いた。

 盗賊以外なら誰でもいいと書いたので、きっと集まってくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして…」

 

 

 一時間経ったが誰も来ない。

 いや正確にはそれっぽい人は来るのだが、こちらをチラチラと見た後に帰っていく。

 やはり一人なのがまずいのだろうか。せめてもう一人いたら声をかけやすい雰囲気になるかもしれない。そのもう一人がいないから困っている訳だが。

 

 

 太陽が頂点にきたので、お昼ご飯を食べる事にした。

 食事をする人で混むだろうし、もしかしたら隣に人がやってきて仲良くなれるかもしれない。そうなればパーティーにいれてもらったり、別のパーティーに紹介してもらえる可能性がある。

 

 

 今日注文したのはカエルのステーキだ。

 俺の世界でもフランス料理等で食べられるらしいが、日本で食べるという話は聞いたことがない。

 こちらではそこまでゲテモノとして扱われていないようなので、きっと美味しいのだろう。

 

 ちなみに値段はそこそこした。

 モンスターの肉は食べることで経験値が手に入るらしく、強い魔物であるほど経験値が詰まっているそうなので、それに比例して値段も高くなる。

 なんでも貴族は討伐どころか外に出ることもなく食事でレベリングするそうだ。のんびりした世界に見えたが、やはり経済格差からは逃れられないらしい。

 

 口に運ぶのに結構な勇気が必要だったが、いざ口にしてみると意外と美味しかった。だがよく聞く鶏肉の味がする、なんてことはなかった。今まで食べた何かと似た感じもないので、蛙は蛙なのだろう。

 

 完食できたのでサービスのお冷で味を流す。

 この街には大きな川が横たわっているので生活水には事欠かず、魔法で綺麗な水を生み出せる為に飲料水にも困らないらしい。でなければお冷も有料だっただろう。

 そもそも異世界なので、蛙も人も俺の世界の物とは身体の構造が違う可能性が高いが、少なくとも水が必須ということは変わらない。

 水を生み出す事を生業とする魔法使いもいる、と銭湯の番台さんが言っていた。一例として、その銭湯には魔法で水を湯船に張って火加減の調整をする専属魔法使いがいるとのこと。

 魔法は文化に強く結びついていて、自分の常識を超えた現実を見せてくれる。

 誰かに話を聞くだけで驚きを得ている俺は、ひょっとしたら世界で一番冒険者なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 どうでもいい事を考えていたら昼飯時は終わっていた。結局誰かと話すどころか俺と相席する人すらいなかったが、気にしてどうにかなるものでもない。

 気分を変えるために日課の基礎練をするつもりで席を立った時、ギルド正面の扉が軋んだ。

 

 

 扉を閉めたその人物は大人しそうな男だった。

 白い肌で桜色の髪をしたその男は一瞬で俺の瞳を奪った。

 確かに整った容姿をしているが、その美貌が目を惹いたのではない。

 

 

「───バーテン服だと…?」

 

 

 この世界の服飾技術ではとても作れないであろう上等な服。その装飾は、間違いなく酒場のバーテンが着る服だった。

 恐らく、彼は同郷だ。

 

 その彼が静々と空いたカウンターに入っていく。

 耳を澄ませば冒険者登録の旨を伝えているのが聞こえた。

 選択した職業は戦士で俺と被っていない。そして記憶喪失らしい。この都合のいい設定、間違いあるまい。これはもう勧誘する以外の選択はないのではないか。

 職員さんとの話が終わるタイミングで距離を詰めた。

 

 

 

「キミ、ちょっといいかな」

 

 

「あっ、はい、なんでしょう」

 

 

 並んでみて分かったが身長は大体同じくらいだ。俺が175センチなので、彼は176センチくらいだと思われる。

 そこそこの体格を持つその少年は、それに似合う態度を取らなかった。オドオドとして体を揺らすのは、この世界に慣れていない為だろうか。

 

 

「ここじゃなんだ。少し奥で話さないか」

 

 

「、、、、、、はい」

 

 

 不承不承といった感じだが受けてくれた。さっきまで座っていた座席、つまり周囲に人がいないテーブルへと案内する。

 

 椅子に座った後、懐から学生証を取り出して見せた。

 

 

「これ、分かるかな」

 

 

 彼は大きく瞼を見開いたあと、ホッとしたように話し始めた。

 

 

「、、、わかります。そして私は今日が最初の一日です」

 

 どうやら意思を汲んでくれたようだ。間違いない。彼は俺と同じ世界から来た。

 

 

「俺は昨日だ。それとキミは【記憶喪失】なんだね?俺は【遠い田舎から来て】いてね。お互い何か常識外れなことをしたら庇い合おう」

 

 

「、、、はい。ありがとうございます」

 

 

 周囲に人はいないが、それでも誰が聞いているか分からない。明言を避けたぼやけた会話でお互いの設定を確認した。

 

 

「ところでパーティーを組むアテはあるかい?」

 

 

「いえ、ないです」

 

 

「そうか、俺は何故か干されててね…できれば組んでくれると嬉しい」

 

 

 言い訳はせず、正直な現状を話した。これから命を預け合うのなら、つまらない隠し事はない方がいい。

 

 

「じゃあ、よろしくお願いします」

 

 

 彼ははにかむと、ぺこりと会釈をした。

 

 

「こちらこそよろしく。俺の名前は青地研究だ」

 

 

「あっ、宇佐見祐希っていいます」

 

 

 俺の様なキラキラネームでない良い名前だ。だがそれを全て名乗るのはあまりよくない。

 

 

「この世界では貴族しか名字を持たない。キミもユウキで通すといい」

 

 

 関所ではそれを知らなくて、貴族と誤認される一因となってしまっていた。

 面倒を避けるならば姓は明かさない方がいい。

 

 

「分かりました。それと装備を整えたいんですけど…」

 

 

「了解。じゃあ俺がお世話になった所を紹介するよ」

 

 

 ユウキを伴って外に出る。

 抜けるような青空に見守られ、のんびりと先導を始めた。

 




TIPS

7:ユウキの中の人は三点リーダーを「、、、」で代用する。ユウキ特有の不思議な雰囲気を再現する為にそのまま採用した


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青年は第二の仲間を得る

 

 

「おはよう」

 

「おはようございます」

 

 

 昨日一日武具屋と魔法道具屋を周ってユウキの装備を整えた後、翌日の集合時刻を決めて解散した。そしてそれが今という訳だ。

 

 

「パーティーは最低三人必要なんですよね?」

 

 

 ユウキの質問に首肯で答える。

 ギルドが設けたセーフティ。それがパーティー制度だ。

 職業はそれぞれ何かに特化しており、唯一特化せずオールマイティな冒険者は基礎能力が低い。つまりこの世界でのソロ活動はとても危険なのだ。その問題を解決する為に複数の職業で寄り添い合うようギルドは推奨している。

 そしてそれでも無謀にもソロ貫こうとするものへの対策として、依頼を受ける際の人数下限を制定したのだ。

 

 言ってることは至極マトモだし理解もできるのだが…

 

 

「俺みたいに何故か組んでもらえない奴のことも考えてほしいね…」

 

 

 そういう不運もしくはコミュニケーション能力に難のある奴はそもそもクエストに出ても死んでしまうのだろうから、そのふるいの一つでもあるのだろうし仕方ないのだが。

 

 

「何故かっていうか、、、トキワさんは風貌が不審者だし仕方ないんじゃ、、、」

 

 

 

 …?

 

 

 

 

 

 

 

 あっ

 

 

 

「そっかあ…俺ローブ着てるし仮面つけてるもんね…そりゃ声かけないわ…」

 

 

「えっ。気づいてなかったんですか?」

 

 

「職員さんとか銭湯の番台さんとか普通に接してくれてたし…」

 

 

 冒険者稼業は当然命が懸かる。

 仲間選びは生存率に関わる大事な工程だ。こんな怪しい奴を避けるのは当たり前だろう。

 

 

「仮面を外して新しい服を買えばきっとそれで解決しますよ。私も付き合います」

 

 

「そういやユウキにはまだ見せてなかったっけ…俺の顔さあ…」

 

 

 仮面を外して素顔を見せる。

 

 

「うゎ、、、」

 

 

 …うん。まあそんな表情になるよね…

 

 

「こういうわけで仮面は外せないんだよ…」

 

 

「、、、うーん。もういっそのことローブも外さないほうがいいかもしれませんね。良くも悪くもインパクト大きいから不審者スタイルで売っていったほうが覚えてもらえるかも」

 

 

 そんなものだろうか。このローブは動きやすい上に内部のジャージを隠せるので重宝しているが。

 

 

「確かナイフも通さないんですよね?緊急クエストにも有利だしそのままでいいと思いますよ」

 

 

「ついでに全く汚れないから色々楽なんだよね…そうするかな」

 

 そういうことになった。

 

 

 ◇

 

 

「んでまあ誰も来ない訳だが…」

 

 

 あの後ギルドの中に入って新入希望者を待った。

 募集板には俺の事情を追記したが、依然として何のアプローチもない。

 飽きたのかユウキも趣味だという散歩に出かけてしまったし、暇を持て余しているという訳だった。

 

 

 大きな鐘の音が聞こえてきた。もうお昼がやってきたのだ。

 

 

「ユウキ遅いな…昼前には帰ってくるって言ってたのに…」

 

 

 まだ会って間もないが、彼が嘘をつくような人種ではないと俺は思っている。ひょっとしたら迷子になっているのかもしれない。

 

 

「すいません。待たせちゃいましたね」

 

 

 そんな事を考えていたら、背後からユウキの声が聞こえてきた。

 振り返るとそこには──

 

 

「…なにそれ?」

 

 

 脚を掴んで人間を引き摺っているユウキがいた。

 

 

「あ、これですか?散歩してたら落ちてたので持って帰りました」

 

 

 なにいってだこいつ。大人しくて常識的な子だと思っていたがそうでもないのかもしれない。というかマトモじゃないだろ。

 

 

「周りの目線やばかったでしょ…というか通報されなかった?俺だけでもやばいのに信用さらに落ちちゃうよ?」

 

 

 相変わらずニコニコしているユウキは頭を傾げた。

 …素でやってるのか?

 

 いやまずこの人を起こして事情を聞かないと。最悪助けた事にして誘拐ではないと弁明しなきゃまずい。

 

 取り敢えず人を長椅子に寝かせた。気絶した人間を軽々と持ち上げる自分の腕力に疑問を持つが、今は置いておく。

 

 

「うわめっちゃ美人…これやばいな…」

 

 

 橙色の長い髪が隠していたその顔は、10人中10人が美人だと断言する程の美少女だった。

 

 …誘拐犯扱いは免れそうにない。

 

 

「もしもーし。起きてくださーい」

 

 

 触るのは更に誤解されそうなので声だけで起こそうと試みる。程なくして少女の瞼が動いた。

 

 

「…んあ?」

 

 

「あ、おはようございます。どこか痛いとことかありませんか?」

 

 

 ユウキは引き摺ってこの女性を連れてきた。怪我していたら手当しなければならない。その確認を込めての質問だ。

 

 

「はらへった」

 

 

「…はい?」

 

 

 

 …これはあれか?慰謝料的な要求なのだろうか。

 おずおずとメニューを渡すと、彼女は開いて眺め始める。

 程なくして手を挙げ、ウェイトレスさんを呼び寄せた。

 

 

「これとこれとこれをくれ」

 

 

 3つ。一つが飲み物だとしてもよく食べるものだ。ここは冒険者が飲み食いする場なので一品一品のボリュームが多いのだが。

 弓を背負っているし、ギルド飯の量を知らない訳ではないだろう。

 

 

「…あの。よければ倒れてた経緯とか話してもらえたり…」

 

 

 沈黙に耐えられなかったので切り込んでみた。

 

 

「腹減ってたから」

 

 

「空腹で倒れたんですか?そこら辺の店に入るとかすればよかったんじゃ…」

 

 

「腹減ってるのに気付かなかったから」

 

 

 …こいつもやべえやつか…

 

 類は友を呼ぶとは本当らしい。隣のユウキを睨んだが、視線は仮面のせいで届かなかった。

 

 

「そうだ。お名前は?私はトキワで、こいつはユウキって言います」

 

 

「敬語はいらん」

 

 

 失礼があっては不味いので敬語&私の外行きモードで会話していたのだが…お言葉に甘えることを伝えた。

 

 

「名前か…」

 

 

 彼女は俯いた。何か名乗れない事情でもあるのだろうか。まさか貴族だったりしないだろうな。

 

 

「こちらご注文の品になりまーす」

 

 

 間の悪いことにウェイトレスさんが料理を運んできた。

 大盛りの料理3つを、だ。…食べきれるのか?

 

 

「いただきます」

 

 料理に目を奪われていた少女は、ナイフとフォークを握るとすぐに食べ始めた。

 その勢いは凄まじく、あっという間に料理が消えていく。

 

 

「それで名前は?」

 

 

 ユウキが容赦なく追撃した。

 

 

「あ?…あー、名前ね。忘れた」

 

 

「は?」

 

 

 やっぱこいつやべえわ。思わず声が出てしまった。

 

 

「んーじゃあ…あにゃ。あにゃって呼んで」

 

 

「はあ…あにゃさん…」

 

 

 露骨に偽名だ。幾ら異世界とはいえそんな命名法則は今までなかった。それとも本当に忘れているのか?

 

 

「じゃああにゃさん。弓背負ってるし冒険者ですよね?私達の仲間になってくれませんか」

 

 

 ユウキがいきなりぶっこんだ。こいつひょっとして元からそういうつもりで連れてきたのか?

 確かに仲間がいるなら空腹で倒れてはいないだろうから、現状ソロだろう。

 

 

「いいよ」

 

 

 あ、いいんだ…

 

 

「私は戦士で、トキワさんは盗賊です。貴方はアーチャーですか?」

 

 

「冒険者。スキルいっぱい使えるから強そうだろ」

 

 

 冒険者。ギルドに所属する者たちの通称ではなく、ロールの一種の方を指しているのだと思う。

 本来職業毎に限定されているスキルを全て習得できるが要求スキルポイントが高く、また基礎ステータスも低いという不人気職らしい。

 

 

「前衛中衛後衛で相性はいいか…」

 

 

 案外悪くないかもしれない。というか他に候補がないので組むしかない。

 

 

「リーダーはどうしましょうか」

 

 

「めんどいからやだ」

 

 

 ユウキの提案にすげなく返すあにゃ。

 

 

「俺がやるよ…」

 

 

 こいつらに任せるのは怖すぎるので立候補した。そんな柄ではないが、俺がしっかりしないとこのパーティーはやばい気がする。

 

 

「私も余りそういうのは向いてないですから、、、お願いしますね、トキワさん」

 

 

「任された。じゃあまずは俺とユウキが昼食取るから、その間にお互い使えるスキルの確認をしよう」

 

 

 取り敢えずパーティーが組めたんだ。メンバーの癖は強いが、これから上手くやっていく為にも、しっかり話し合うとしよう。

 

 

 




TIPS

9:トキワ含めてPCの中にまともな者はいない


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この素晴らしいタケノコに収穫を!
青年は仕事を得る


 

 

「皆さん向けのクエストをひとつキープしてるんですが、いかがです?」

 

 

 連携の訓練を終え、休憩していた俺達に一人の女性が声をかけた。

 

 平均に比べて明らかに大きい胸に、美しく整った顔。冒険者ギルド、アクセル支部の最人気受付嬢ルナさんだ。

 俺は美醜や惚れた腫れたに余り理解のある人間ではないが、常に男衆が並んでいれば誰が人気なのかは流石に分かると言うものだ。

 そんな彼女がわざわざ自分から俺達に…

 

 

「内容を聞いてから判断してもよろしいでしょうか」

 

 

 この初心者の街アクセルは、その名前に反して初心者向けの依頼が少ない。

 弱いモンスターは狩り尽くされ、いわゆるなろうテンプレ的な薬草採取の依頼もない。一般人でも安全に採取に出かけられるのに、依頼をする必要などないという訳だ。

 

 では初心者は何をするかというと肉体労働である。先輩冒険者のアンドレイさんが仰っていたのはこういう事だったのだ。

 まあ俺達はお金に余裕があったので働きもせず訓練三昧だったのが…

 

 そんな傍から見ればサボりな俺達に声をかけたということは、その斡旋ではないだろうか。

 

 

「詳細はこちらになります」

 

 

 にこやかな笑顔と共に渡された紙。そこには依頼内容が書かれていた。

 

 

【タケノコ堀り 種別 採取 期限 翌朝まで 報酬人数×10KE 要件 なし 内容 この道40年のベテラン オキナさんの竹林でタケノコを掘っていただきます】

 

 

 予想通りの肉体労働系だ。タケノコの収穫ということは恐らく早朝。人気がないので暇そうな俺達に声をかけたのかもしれない。

 我らがパーティーはそこまで朝に弱くない。収入が一切ないのも不安だったし、そろそろ仕事をするのも悪くないだろう。

 

 

「なるほど…仲間と相談してもいいですか?」

 

 

「ええもちろんです。夜中までなら受注できますからね」

 

 

 ルナさんに礼を言って、クエスト詳細を眺めながら相談を始める。

 

 

「オキナさんとやらの指示に従ってタケノコを掘るらしいぞ。報酬は歩合制でタケノコが動く直前ほど品質が良くて高値…ちょっと待て。タケノコって動くのか?」

 

 

「そりゃそうだろ。何言ってんだ」

 

 

 キョトンとした顔をするあにゃ。語感には当然といった雰囲気が含まれている。どうなってんだこの世界。

 隣ではユウキが感心した様な顔で頷いている。お前もそれでいいのか!?

 

 

「お前農場見たことないの?野菜は普通動くだろ」

 

 

「あ…ああそうだな。訓練で疲れたのかもしれん。スルーしてくれ」

 

 

  一つ確信があった。あにゃは異世界人ではない。

 記憶喪失設定に破綻した人格と、てっきりユウキの様なやばい転生者かと思っていたがどうやら違うらしい。道理でユウキの服装に突っ込まない訳だ。

 

 

「私は異存ないですよ。タケノコ見てみたいですし」

 

 

「我もない」

 

 俺の内心はともかく、二人は受注することに文句はないようだ。

 了解の意思を二人に伝え、ルナさんの元へ向かった。

 

 

 

 

 

 早朝。俺達はギルド前に集まっていた。

 

 

「さむ、、、」

 

 

 振り向けば横でユウキが震えていた。

 季節は冬一歩手前。普段より厚着をしているが、それでも寒さに耐えきれないようだ。

 不憫ではあるが、こちらの世界にカイロなどのお手軽な暖房用品はない。

 

 

「仕事が始まれば暖まるはずだ。頑張って耐えよう」

 

 

 ユウキは素直に頷いた。彼は何故か我慢する事に病的に強い。パフォーマンスに支障はないだろう。

 時折見せる遠い視線や死んでいる瞳、更に言えば未成年なのに纏っているバーテン服から、過去に何かあった事は推察できるのだが…俺も探られれば痛い腹しかない。直接聞くのは控えていた。

 

 

「おや、皆さんお揃いですね。おはようございます」

 

 

 ギルド会館の扉が開き、中からルナさんと老人が現れた。

 俺達も挨拶を返す。

 

 

「こちらが依頼主のオキナさんです!」

 

 

 紹介された老人は腰を擦りながらどうも、と会釈をした。

 年齢は見たところ60代。依頼に来たからか服装は綺麗だが、手の爪には土が挟まっている。間違いなく農業従事者だ。

 

 

「それではあとはよろしくお願いしますね!」

 

 

 ルナさんは顔合わせだけする予定だったらしい。挨拶もそこそこにギルド会館へ帰っていった。彼女は忙しいだろうし仕方ない。

 

 

「悪いが時間に余裕がなくてね…詳しい話は馬車でいいかい?」

 

 

 歩合制である以上、こちらも時間があればあるほどありがたい。勧められるままに馬車に乗り込んだ。

 

 

「それと…タケノコの生える山の位置は極秘でね…知られるわけにはいかないんじゃ」

 

 

 そういって目隠しを手渡される。着けろと言うことだろう。

 初めての馬車にテンションを上げていたユウキは苦笑していた。

 

 

「目隠しプレイかな?」

 

 

 あにゃは訳のわからない事を呟いてオキナさんをドン引きさせていた。というかこの世界にも目隠しプレイあるのか…

 

 

 俺達全員が目隠しを着けると馬車が動き出した。御者の鞭を振るう音と馬の嘶きが聞こえる。

 

 

「さて…改めて自己紹介をしようか。儂の名はオキナ。山の管理者をしとる。君達は…」

 

 

「【ガーネットローズ】という名前で活動しています」

 

 

 パーティー名はあった方が便利とのことなのでつけた名前だ。俺にネーミングセンスはないし、あにゃはめんどくさがったのでユウキにつけてもらった。

 

 

「おおそうか。君達は優秀な新人だと聞いとる。期待しているからね」

 

 

 …ルナさんなりの嫌みか…それとも発破掛けか…

 

 

「ええ。その様な評価もありますね。ご指導頂ければ信頼に恥じない仕事はしてご覧にいれましょう」

 

 

 煽りに乗っていく。俺は負けずぎらいなのだ。

 隣に座っている二人はニコニコしているかぼーっとしているのでバレはしないだろう。

 

 

「それじゃあ依頼内容を話そうか」

 

 

 がたがたと揺れる馬車の中、オキナさんが説明を始める。

 

 

 

 

「それじゃあここで待っているからね。頑張って取ってきておくれよ」

 

 

 その言葉に頷き、暫しの別れを告げる。

 ちょうど説明が終わった頃に馬車は止まり、装備を更新した俺達は、目的の山へと入山した。

 

 

 山は鬱蒼としており、夜明けがまだなのもあって足元すら怪しい。足を取られればそのままどうなるか分かったものではない。

 時間がもったいないがゆっくり進むしかなさそうだ。

 

 

「たしか罠が仕掛けられてるんですよね?」

 

 

「害獣対策らしいよ。俺が罠の探知と解除持ってるからたぶんなんとかなると思うけど…できるだけ慎重に移動しような」

 

 

 目的の竹林まではそこそこ距離があるらしい。こんな序盤で躓いていては話にならない。

 などと考えていると小さな違和感を感じた。初めて来た場所に違和感を感じるということは…

 

 

「噂をすれば、だな。落とし穴があるぞ」

 

 

 慎重に覗いてみるとそこには先客がいた。見覚えのある緑肌、ゴブリンである。

 胸からは杭が生えており、即死であったことが伺える。

 

 

「ゴブリンもタケノコ食べるのかね」

 

 

「雑食ぽいですしそうかもしれませんね、、、」

 

 

我ながら脳天気な発言だと思ったが、返ってきた言葉もまた脳天気だった。

 

 

 

 

「あっトキワさん。この死骸まだ新しいので近くに残党がいるかもしれませんよ」

 

 

「あ、そうなの?」

 

 

 暗闇の中目ざとく観察したユウキが伝えてくれる。

 曰くゴブリンは集団で移動するらしい。見つかれば面倒なことは確実なので避けたいところだ。

 

 

 

「特にあにゃ。お前さん弓置いてきたじゃん?気をつけないと危ないぞ」

 

 

 

 タケノコ堀りに使う道具を持つために、両手持ちである弓は置いてきた。つまり今のあにゃは丸腰なのである。なので一応声をかけたのだが…

 

 

「愛そうか、殺そうか」

 

 

 相変わらず意味不明な事を呟いており、その眼は半開きである。

 

 

「ゴブリン共!聞いているのなら武器なんて捨ててかかってこい!」

 

 

「敵を誘き寄せてどうする!」

 

 

 彼女の職業は冒険者であり、弓スキル以外にも魔法を取得している。それ故の余裕なのだろうがこちらはたまったものではない。

 さらに言えば面妖な事にこちらのタケノコは「起きる」らしい。起きてしまったタケノコの味は悪く、値段も下がるそうなので大きな音をたてるのはご法度だ。

 

 ガミガミと注意していると違和感に気づいた。

 

 

「…こっちは未起動だな」

 

 

 あったのは案の定の落とし穴。しかし今度のそれはまだ誰も呑み込んでいないようで、巧妙に隠されたままに獲物を待っていた。

 

 

「二重の罠ですか。殺意高いですねえ」

 

 隣のユウキが感心したように頷いている。

 仲間が片方に落ちて恐慌状態に陥り、逃亡した先でもう一つに引っかかる事を期待したのだろう。あいにくこちらには引っかからなかったようだが…

 

 

「マジで?もう一個あったの?」

 

 

 さっきまで杭に刺さった死体を眺めていたあにゃがこちらにやってきた。説教は馬耳東風だったというのに自由なものである。

 

 

「ええ、こっちは起動してないみたいです。近づかないようにしてくださいね」

 

 

「はいはい。流石にかからっ!」

 

 

 頷きながらのっしのっしと近づいていったあにゃは足を滑らせ、そのままの勢いで落とし穴に落ちていった。

 

 

 

「えっ。ちょ、おい!大丈夫か!?」

 

 

「あ〜るぇ〜?」

 

 

 滑るように落ちたのが功を奏した様で、杭に刺さらず、穴の底にべちゃりと潰れていた。

 いつも落ち着きのないあにゃだが身体能力は高い。こんなミスをするとはよほど運が悪かった(ファンブル)のだろう。

 

 

「こんな調子で大丈夫なんですかね?」

 

 ユウキの問に、俺は何も答えられなかった。



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青年はタケノコを得る

 

 罠の騒動から約30分程歩き、件の竹林に着いた。

 鬱蒼とした緑の中に竹の枯れ葉が目立つそこは、異様な音が響きわたっていた。

 プシューというまるで排気の様な音だ。近く、というかこの世界で機械類は見ていない。一体音源は何だろうか。

 

 

「聞こえるよな?この音なんだと思う?」

 

 

 ユウキは訝しげに首を傾げた後、小声で答えてくれた。

 

 

「なんだもなにもタケノコじゃないですか?オキナさんが言ってたじゃないですか」

 

 

「え…?あ、これタケノコの呼吸音なの?」

 

 

 確かにオキナさんは呼吸音がするからそれを目印にしろと言っていた。だがまさかこんなにも大きいとは…

 この量の排気量ということは恐らく身体が大きい為に必要酸素量も多いのだろう。もし起こせば大変なことになりそうだ。

 

 

「うーん…誰かタケノコの位置分かる?」

 

 

 起こしてしまう前に素早く特定して掘り出してしまいたい所だが、呼吸音が反響してなかなかうまくいかない。

 

 

「右と左ぜんぽー」

 

「耳いいねえ。ありがと、あにゃ」

 

 

 未だに眠そうな眼をしているが流石は射手と言うべきか、あっという間に位置を特定してくれた。

 後は静かに収穫するだけでミッションコンプリートだ。

 

 

「俺は右に行くわ。左前方は任せた」

 

 

 近接戦闘が行えるのは俺とユウキの二人だけだ。当然グループを2つに分ける時は俺が一人ということになる。

 

 

「了解です。お気をつけて」

 

 

 無言で頷き、ターゲットを視界に捉える。

 息を殺して近づきつつ背負ったスコップを利き手でしっかと握った。

 向こうの二人はともかく、隠密に長ける盗賊の私が気が付かれる訳にはいかない。

 

 

「うおっ」

 

 

 背後から勢い良く空気の音が吹き上がる。見れば二人の前でタケノコがいきり立っていた。

 そして全く同じ音が近くからも…

 

 

「うーん。もう強引に行くしかないかな」

 

 

 スコップを背負い直して懐からダガーを取り出す。未だ何の肉も断っていない新品である。

 恐らくこちらを睨み、怒っているであろうタケノコに躍りかかる。信じられない事だがこの推定植物には眼球があった。それならばこちらに考えがあるのだ。

 

 

「【フェイント】」

 

 

 ダガーを上段に構え、思い切り振り下ろす。…様に敵には見えているだろう。

 魔力を消費して放つこのスキルは幻術に近いものだそうで、相手に実際とは違う攻撃を認識させる。

 まあ平たく言えば敵に確実に攻撃を当てる技だ。

 

 手に残る確かな手応え。私は生き物に攻撃を当てたのだ。

 初めての経験だがそこまで印象深いものでもなかった。植物型だからだろうか?なんにせよ抵抗がないのはいい事なのでグリグリと刃をねじ込んでいく。

 

 

「【毒Ⅲ】」

 

 

 次いで刃先からスキルで毒を付与する。先輩のお姉さん曰く俺には毒の才能があった様で、最初から限界値であるⅢまで取得することができた。…嬉しいはずだが複雑である。

 

 やるべき事はやった。全力でバックステップを挟み、敵を注視する。

 タケノコは明らかに疲弊しており、うまくこちらに移動できないようだ。毒が発現した際の状態は訓練では学べなかったので、今のうちに学習させてもらうものとする。

 

 しかしこれから納品する食材に毒を注入するのは本当に大丈夫なのだろうか。情報通りならば毒は魔力でできている為に対象以外に影響を与えないらしい。

 想像するに呪いに近いのだろうか。フェイント然り助走然り、魔力を介するスキルは地球の常識に当てはめるべきではないのかもしれない。

 

 

「ん。フラフラだな。終わりか」

 

 

 力尽き倒れるタケノコを確認してから振り返ると、そこにはあにゃとタケノコを担いだユウキがいた。どうやらあちらも仕留めたようだ。

 

 

「まあな。そっちも無事か?」

 

 

「おう。剥ぎ取りも終わってる。次はそっちをやるわ」

 

 

 あにゃが剥ぎ取りナイフをぶんぶんと振り回す。

 彼女は剥ぎ取りが上手いらしく、そういった仕事は彼女に割り振られていた。

 

 

「見てくださいトキワさん。すごく美味しそうですよ」

 

 

 ユウキが担いでいたタケノコを見せてくる。

 色は白く透き通り、起こしてしまったにも関わらず日本のタケノコより美味しそうだ。

 

 

「いい色艶だな。ユウキはタケノコ好き?好きならもらって食べてもいいかもな」

 

「えーっと…タケノコを見たのは人生で初めてなので分かりませんね…」

 

「…‥………ま、まあ一度食べてみようか」

 

 

 タケノコは和食やラーメンや青椒肉絲等、様々な料理で見かける食材の筈だ。

 最近は慣れてきたが、相変わらず謎の多い男である。

 

 

「終わったぞ。次はあっちか?」

 

 

 タケノコを担いだあにゃが戻ってきた。

 彼女が指差す先にはある程度整備された道があり、奥にまだ何かがある事を伺わせる。

 

 

「情報通りだとね。例年通りだとこの先がメインの採集場みたいだな」

 

 

 探知役である俺を先頭に素早く移動を開始する。

 罠やゴブリンの危険を考えれば慎重に行動すべきだが、タイムリミットがある以上そうもいかない。

 

 

「…なんというか。あからさまな罠だな」

 

 

 スキルによる違和感に頼らずとも分かる余りに怪しい光景。

 道のど真ん中にりんごが落ちていた。

 

 

「解除するからじっとしててね。特にあにゃ」

 

 

 注意をしっかりと促した所で速やかに解除に向かう。

 【罠感知】で大体の大きさを把握し、【罠解除】で罠の要所となる部分を破壊していく。

 つい最近まで罠のわの字も知らなかったのだが、スキルを取った今では熟練の解除士である。

 

 

「ほぉん…ほぉん…」

 

 

 背後からボタボタと涎が垂れ落ちる音が聞こえた。急がないと先刻の二の舞いになりそうだ。

 

 

「あにゃ。あれは美味しくないりんごだよ。図鑑に書いてあった」

 

「不味いのなら尚更食べたいと感じるのは人間の本能だと思うの」

 

「あにゃって人間なの?」

 

 

 今度は漫才が聞こえてくる。図鑑を読んでいる姿を見た覚えなどないし、明らかに嘘を教えている。

 人間疑惑を含めて、やはりユウキはペットのつもりであにゃを拾ってきたのではないだろうか…

 

 

「とりあえず解除した。ほら、りんごもやるよ」

 

 

 予め取っておいた餌のりんごを放り投げる。

 受け取ったあにゃは勢い良くその牙を突き立てた。

 

 

「ムシャムシャグシャグシャジャリジャリブシャブシャドシュ」

 

「クチャラーとかは見たことあるけど…マジで擬音級の音をたてる奴は初めて見たな…」

 

 

 こうなるといくら美人でも野獣にしか見えない。…隣のユウキは何故か保護者の様な暖かい眼差しを向けているが…

 

 

「…ん?」

 

 

 水気の強い咀嚼音に混じってカサ、と枯れ葉が踏まれる音が聞こえた。

 

 

「ふむ。戦闘かい?」

 

 

 食餌を終えたあにゃが、口を拭いながら聞いてくる。

 

 

「うーん。まあ少し隠れて様子でも見るべきじゃないかな?敵とは限らないよ」

 

 

 一般に開放されているとは聞いていないし、いたとしても密漁者だろうが一応遭難者の可能性もある。

 奇襲をかけて損失の可能性がある以上は偵察だけでもしておきたかった。

 

 

「少し探ってくる。ここで待っててくれ」

 

「よし、ついていこう」

 

「一人とか怖いですよ…私も行きます」

 

 

 一応俺が斥候役なのだが…まあ全員【忍び足】を持っていないし変わらないと言えば変わらない…のか?

 

 

 

 

 




TIPS

10:一つのスキルに一度に3以上のポイントを入れることは本来できないため、【毒Ⅲ】は初期作成では取得できない。【毒Ⅱ】から成長させるのだが、PLが素で勘違いしていた。


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青年は快感を得る

 いつも通り俺を先頭にして進んでいくと、小さな広場にたどり着いた。

 辺りにはあの呼吸音が響き渡り、その騒音から少し離れた所で緑色の肌をした人型が三体動いている。

 

 

「ははぁ…さっきの足音の主はここに合流した訳ね…」

 

 

「ゴブリンじゃん。殺そうぜ」

 

 

 物騒な奴は置いておいて冷静に思考を深めていく。

 

 タケノコが寝たまま地中にいる以上、あのゴブリン達は大きな音をたてていないことになる。

 わざわざそんな場所を居住地に選ぶのは何故だろうか。護衛か非常食かそれとも他に理由があるのか…

 

 

「30m先にタケノコの群生を発見。とても美味しそうであります」

 

「食べないでね?」

 

 

 報告漫才を聞いているうちになんだか馬鹿らしくなってきた。

 できるだけ音を抑えればタケノコには届かないだろうし、先にゴブリンを始末してしまうのが最善だろう。

 

 

「先にゴブリンを片付ける。できるだけ音はたてないようにしろよ」

 

「ならば殺戮の限りを尽くそう」

 

「血走ってますねえ」

 

 各々が得物を取り出して準備し始める。自分もダガーを握り直した。

 

 

「しかし人型を斬るのは初めてだな。緊張してきたよ」

 

「人間とモンスターは違うんだから殺しても問題ない」

 

 

 そう口にしたあにゃの目に迷いはなかった。

 流石は現地人と言ったところか。彼女達からすれば、カタチが似ている程度で迷うのもおかしな話なのだろう。

 元々大して気にしていなかったが、さらにどうでもよくなってきた。

 

 

「なるほどね。じゃあ、走ってくるよ」

 

 

 【助走】の効果でトップスピードで駆け出し、目標に向かって一直線に進んでいく。正面以外の景色が歪み、身が切った風が奮え讃える。

 

 ──ああ、最高に気分がいい。俺は今一番速いし、コイツを殺せばもっともっと速くなれる。

 

 

「ふっ…!」

 

 

 一際体格が大きく、防具に身を固めた推定リーダーに全力の一突きを放つ。間髪入れずに【毒Ⅲ】を発動し、これまた素早く距離を取る。

 突然の奇襲にもあまり動じていないゴブリンリーダーは、しかし明らかに動きが鈍かった。

 

 

「毒だ。精々楽しめよ」

 

 

 言葉が伝わったかは分からない。だが彼の憤怒の表情を見れば何を思っているかなど丸わかりだった。

 

 

「うわ、えぐ…」

 

「聞こえてんぞ」

 

 

 配下のゴブリンに斬りかかりながら呟くユウキ。

 感知能力が高い俺には当然聞こえているのだが。

 

 

「死ね!」

 

 

 奥にはシンプルな暴言を吐きながら【ライトニング】を放つあにゃが見えた。

 後は俺が大将を引き釣りつつ戦えば簡単に勝てそうだ。

 

 のろのろと追いかけてくるゴブリンリーダーを尻目にもう一匹のゴブリンを斬りつけ、【毒Ⅲ】を注入する。

 呆然としていたので漬け込んで一撃を入れたが、流石に怒ってこちらに向かってきた。

 

 

「やっぱり毒は強いな…こうしている間にもダメージを与えられる…」

 

 

 入れたのはお互い一撃なのに、体力の多そうなゴブリンリーダーの方がへばっている。

 ヒットアンドアウェイ作戦は大成功のようだ。

 

 

「終わったぞ」

 

 

 二人が担当していたゴブリンはもう息絶えたらしい。合図を送ってモンスター達を誘導していく。

 

 

「おーけー。死に絶えろ雑種」

 

 

 あにゃの手が光り輝き、一筋の雷光がゴブリンリーダーの背を貫く。

 何度見ても圧倒的な威力だ。それに加えてそこまで音もたてないので使いやすいことこの上ない。

 

 

「ナイスだあにゃ。これ「トキワさん!」

 

 

 …あ、やべえ。まだ倒れてなかっ──

 

 

 

「ってえなあクソがよぉ!」

 

 

 激痛。ゴブリンリーダーの強撃(13ダメージ)が肩を打ったのだ。

 脱臼した時もここまでは痛くなかった。本当にムカつくしお返しもしたい所だがここは追撃を避けるのが賢明だ。

 

 

「油断しないでくださいよ!」

 

 

 ユウキが背後を斬りつけた後、ゴブリンリーダーは苦しみもがいて死んでいった。毒が回りきったのだろう。

 下敷きにしたもう一匹のゴブリン同様苦悶の表情で事切れている。

 

 

「はあ…はあ…ざまあみろ…」

 

 

「ざまあみろが一番似合いますね」

 

 

 近寄ってきたユウキに煽られる。こいつは大人しいのか大人しくないのかわからなくなってきた。

 

 

「うっさい…減給な…」

 

「帰ったら治療しますよーもぉー」

 

 

 軽口を叩き合っているとあにゃが歩み寄ってきた。その手には既にゴブリンの所持品のうちの換金できそうな物が握られている。

 

 

「あの死体にライトニングを撃ち込む愉悦に浸って宜しくて?」

 

「魔力の無駄だ…却下」

 

「嫌だよ。臭いし」

 

 

 案の定ろくな事を言わなかったので二人で釘を刺す。これ以上の面倒ごとは背負いたくなかった。

 

 

「さあ…メインディッシュだ。タケノコ掘るよ…」

 

 

 痛みが引いてきたので目的地を目指す。

 そこにはちょうど3つのタケノコがあった。

 誰が言うでなく一人一人がそれぞれのタケノコの前に立ち、無言で掘り進めていく。

 

 背負っていたスコップで外周部を慎重に削りつつ、穴を作り出していく。

 タケノコは底部で伸びた竹の地下茎に繋がっており、それをこの専用スコップで断ち切ると深い睡眠状態にした上で収穫できるのだ。

 

 できるだけ静かに傷をつけないように起こさないように、と気をつけることが多すぎて神経がやられる。

 あにゃですら黙って仕事をしているのだ。俺が真面目にやらないのはありえないのだが…しかし肩を庇いながらの作業はかなり辛い。

 

 ようやく掘り終えた頃にはユウキは座って休憩していた。随分と待たせてしまったようだ。

 

 

「すまん、待たせた。あにゃは?」

 

「大きいタケノコを掘っていますからね。時間がかかるんじゃないですか?」

 

 

 ヒソヒソと小声で話す。

 一番手先の器用なあにゃはその分難易度の高い大きなタケノコを担当していた。それが自分の技量への自負なのかただ単に大きいのが面白そうだと思ったからなのかは分からないが。

 どちらにせよ俺達は彼女を信用する他にない。

 

 

「あっやべ」

 

 

 えっ。

 

 声に目を向けるとあにゃが苦虫を噛んだ様な顔をしていた。

 手元を見るとゆっくりと、しかし確実にタケノコの目が開かれていく。

 その目は怒りに燃えており、仲間を収穫した事への復讐を考えている事は想像に難くなかった。

 

 

「なんだその目は。怒りか?復讐か?雑種にしてはいい目だ。殺してやろう」

 

 

 なんで挑発してんだこいつ。

 

 

「やべっ」

 

 

 当然大型のタケノコがあにゃに飛びかかる。その苛烈さ、捨て身さからは、自己の保身を考えない圧倒的な殺意が伺えた。

 

 

「馬鹿っ!」

 

 

 走り出したユウキが間に入る。盾でしっかりと受け止めたがしかし、強烈な衝撃(10ダメージ)に耐えきれず後ろに吹き飛ばされた。

 

 

「…死んじゃった?」

 

「…みたいだな。自爆特攻か…」

 

 

 その身に余る威力を発揮した為か、あとには皮の一枚すら残されてはいなかった。

 しかしその身を賭した攻撃は戦士であるユウキにそこそこの手傷を負わせた。凄まじい執念(あにゃのファンブル)である。

 

 

「お終いかな…皆お疲れ様」

 

「うぃ〜」

 

 

 辺りを偵察し、もうタケノコもゴブリンも残っていない事を確認した。

 ついでに見つけた薬草も皆で収穫しておく。ゴブリンがここを根城にした理由はきっとこれだろう。

 

 

「しかし撃ちたりないなー。まだ三発しか撃ってないんだよなあ」

 

「ライトニングか?帰ってから訓練所で撃てばいいだろ…」

 

 

 こいつは口だけではなく本当に破壊を楽しんでいる節がある。優秀なので目を瞑るが、誰かが制御しないと大惨事になるだろう。

 

 

「ん〜…今撃つか!」

 

 

!?

 

 

「ばっかお前!お前ここ私有地だぞお前!山火事になったらどうすんだ!」

 

「うるせえ!我は今撃ちたいんだ!」

 

 

 今この山にいるのは俺達しかいない!山火事になったら犯人なのは確定だから借金地獄に落ちてしまう!

 

 

「ちょーっと黙ろうねー」

 

 

 ユウキが素早く後ろから押さえ込む。正気のなさではこいつも大概であるが、理性的な判断ができるだけまだマシだ。

 

 

「ふはははは!貴様如きに捕まるほどマヌケではないわ!」

 

「あっ!」

 

 

 しかしあっさりと抜けられてしまう。弓取りである以上彼女も力は強い。もっとガッチリ抑えるべきだったのだろう。

 

 …だが。

 

 

「鉄拳ッ!制裁だッ!」

 

 

 渾身の右ストレートがあにゃの腹に突き刺さる。

 このPTで一番非力な俺ではあるが、一時的に黙らせるには充分だった。

 

 

 

 

 

「、、、、、、帰りましょうか!」

 

「そうだな!」

 

 

 俺とユウキは少しだけ満足した。これで完璧なクエストクリアだ!




TIPS

11:タケノコの特攻【爆殺四散】は22ダメージがでた。ユウキが庇わなければあにゃは瀕死だった


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幕間

 

 

 

 

「家…欲しくないですか?」

 

 

 

 いつも通りギルド奥の指定席でダラダラとしていた時、散歩から帰ってきたユウキが唐突に切り出した。

 

 

「なんだよ急に…宿があるし必要ないんじゃないか?一応俺ら冒険者だろ」

 

 

 安定した仕事の供給がない冒険者は、需要を求めて街と街を頻繁に移動する。

 もちろん横の繋がりが大事な職業であるが故にホームは必ずあるものだが、それでも遠征に何ヶ月と開けることもある。

 それにそもそも俺達は駆け出しでここは駆け出しの街だ。将来的に使わなくなるかもしれない家を買うのは損ではないだろうか?

 

 

この辺り(この世界)はとても降雪量が多いそうですよ。そして冬の間は反比例して依頼が少ないらしいです」

 

「マジか…んでもまあ、貯金しとけばなんとかなるんじゃないか?」

 

「冬は皆が泊まるから値上がりするんだとか。個人部屋は予約でだいたい埋まってるらしいですし…」

 

 

 …え。じゃあ何か?大金を払ってタコ部屋で知らない奴と寝ないといけないのか?

 

 

「家を買うしかないな…」

 

「ね?」

 

 

 しかし一言に買うと言っても問題がある。

 それだけの資金を用意できるか、皆同じ事を考えるのではないのか、そもそも売ってもらえるのか。

 俺達は冒険者という社会的に信用のない職業層だ。特に俺とユウキはバッググラウンドがない。こんな怪しさの塊みたいな連中を不動産屋さんは相手にしてくれるのだろうか。

 

 

「で、私はここに住みたいなと思ってます」

 

 

 差し出された紙には物件の説明が載っていた。これが貰えたということは一応相手にはしてもらえるのか…?

 

 

「貸して」

 

 

 さっきまで無言でご飯を食べていたあにゃに資料を奪われた。

 最初のうちはもぐもぐと静かに目を動かしていたが、読み進める毎に表情が険しくなっていく。

 

 

「5000KEとかマジ?普通に宿でいいだろ」

 

「ごせ…嘘ぉ…」

 

 

 とんでもない額だ…初クエストで出た報酬から生活費等を引いたあとに残ったのが576KE。

 1KEが大体日本円でいう1000円なので、今の所持金が57万6千円で目標金額は500万円だ。

 

 

「でも安い物件はもう残ってないよ。あとはその一軒家しかないんだって」

 

「だから宿でいいかなって」

 

 

 逞しい現地人であるあにゃはそうかもしれないが、現代日本男児である我々の精神的弱さを舐めないでほしい。

 何がなんでもタコ部屋は避けたい所だ。

 

 

「いや、もう少しクエストの難度を上げればギリギリ目標に届くんじゃないか…とは思う」

 

「まだ秋ですしね。どっちにしろお金は欲しいし頑張る意味はあるんじゃないですか?」

 

 

 結局の所我々【ガーネットローズ】の火力役はあにゃだ。彼女が頷かないと始まらないが…

 

 

「じゃあいいや。それで。強い奴を殺せるんだろ?」

 

「まあそうなるな…」

 

 

 一応これで了承は得られた訳だ。…もう腹を括るしかない。

 

 

「よし、じゃあ当面の俺達の目標は家の購入だ!キツイ戦闘が続く可能性もあるから各自準備をするように!」

 

「はーい」

 

「あい」

 

 

 …締まらん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目標を定めたその翌日。俺は街道を歩いていた。

 

 空もすっかり高くなり、街路樹の葉も色づく季節となった。

 俺とユウキがこの世界に来たのが夏の終わりなので、そろそろ一ヶ月が経つ頃だと思う。

 最初の頃は普通に生活を送ることすらままならなかったが、色んな人にお世話になってどうにかこうにかやってきた。先輩冒険者のアンドレイさんに風呂屋の番頭さんにetc…

 特にこの稼業に選んだ時にお世話になった二人には頭が上がらない。

一人はギルド受付のお兄さんで、もう一人は──

 

 

「あれ、キミは…」

 

 

 ちょうど教会から出てきたこの女性である。

 

 

「その節はお世話になりました。ちょうど貴方を探していたんですが…お時間はありますか?」

 

「うん、割と暇だよ。またスキルの訓練かな?」

 

 

 ピタリと当てられたので素直に頷く。

 銀髪で右頬に傷のある女性…そう、スキルを教わった盗賊の女性である。

 

 訓練の場所は当然訓練所なので、そこまで一緒に歩いていく事にする。

 

 

「そう言えば色々と噂を聞いたよーエリス教に入信したとか初クエストで大暴れしたとか」

 

 

 入信の件は彼女から紹介を受けた事を話していたので神父さんから、初クエストの噂は同僚から漏れたのだろうか。

 

 

「ええ。お陰様で入信できました。…大暴れは…した覚えがないんですがね」

 

 

 正直に答えたというのに何故かクスクスと笑われてしまう。本当に何も覚えがないのだが。

 

 

「初クエストであんなに戦果を挙げた上に未記載情報でギルドと揉めたんでしょ?」

 

「ああ…その話ですか」

 

 

 初クエストで帰ったあと、俺はギルドに不服を申し立てた。

 クエスト要項に書かれた情報にはタケノコ以外のターゲットは記載されておらず、依頼主のブリーフィングでは【害獣】が出る程度にしか聞いていなかった。

 しかし実際にはゴブリンが集団で徘徊していた。

 「騙して悪いが」でもあるまいし、依頼内容より過分な働きをさせられた事は当然遺憾の意を示すべきだと思ったのだ。

 

 …まあ実際には敏腕受付であるルナ嬢に口先で負け、違約金は取れなかったのだが…

 それでもゴブリンの素材の買い取りと「今後も過分な成果の分の報酬は払う」旨の言質を取った。

 正直乗せられた感じはあったが、結局の所なめられたくなかっただけなので一定の成果はあったと見ていいだろう。

 スポーツの世界でもそうだったが、冒険者の世界は輪をかけて面子が重要だ。

 なめられたらいいように使われる。それだけは防ぎたかったのだ。

 

 

「ギルドの覚えが悪くなるとクエストも紹介してもらえないしね。程々にした方がいいよー?」

 

「…ありがとうございます。肝に命じておきますよ」

 

 

 実際その線引きが一番大事だ。カモではなく、しかし優秀な道具だと認識してもらえなければ俺達は干上がる。

 交渉素人にできる事ではない気もするが、俺達を周囲に売り込むチャンスなのだ。

 

 

「ま、そこら辺はアタシがあんまり突っ込むところでもないか。それより何を学びたいか聞いた方がいいよね」

 

「ああそれなんですが、そろそろ直接的にダメージを稼げるスキルが欲しくてですね──」

 

 

 この世界には年金も充実した福祉もない。

 願い以前の目標である安定した生活の為にも、交渉もスキル習得もレベルアップも何もかも努力し続けなくてはいけないんだ。



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この素晴らしいカエルに天敵を!
青年は依頼内容を知る


 

 

 

 

 

《ジャイアントトードの討伐》

町外れの牧場に現れるジャイアントトードを五匹討伐してください。

 

 

 

「こんなのしかなかったわけだが…」

 

 

 各々準備をしたあとさあ稼ごうと仕事を探したが、案の定ろくなクエストは残っていなかった。

 冬前に懐を暖めたいのは皆同じらしい。

 

 

「肝心の報酬はおいくらだったんですか?」

 

 

 当然の質問がユウキから飛んできた。実際クエストを受ける際の大きな指標となるのが報酬であり、多少辛くとも見合う価値があるなら受託されることが多い。

 

 

 

「45KEだ」

 

「、、、」

 

 

 さしものユウキも黙ってしまった。

 

 

「カエルの内臓が見たいんでカエルをぶち殺しましょう」

 

 

 あにゃは平常運転である。ちょっと、いやかなり野性味が強いだけで頭は悪くないので報酬が安いのは分かっているはずだが…

 

 

「お前…まあいいや、ユウキはどう思う?」

 

「それでいいと思いますよ」

 

 

 彼ははにかんだ微笑を浮かべて肯定を示した。

 基本的に長い物に巻かれる男なのであまり同意を問う必要もないのだが、それはそれとして強要するのは間違っているのでいつもこの会話がまとめとなっている。

 

 

「はい、じゃあ我々ガーネットローズの次のクエストは決定しました。次はターゲットの情報が欲しいんだけど…」

 

「カエル」

 

「美味しそうなカエル」

 

「いやまあカエルなんだが…」

 

 

 ジャイアントトード。直訳するなら大きなカエルと言ったところか。

 大量発生するので安価で市場に降ろされながら、しかし肉厚で美味。さらに経験値も手に入るそこそこの食材でお馴染みである。

 グルメなあにゃも既に食べたようだが、俺が食べても実際美味しかった。別に品種改良も受けていない天然モノのはずなのだが。

 

 

「もっとなんか知らないの?」

 

「でかい!いっぱい!以上!」

 

「ああはい…大人しく職員さんに聞いてくるね…」

 

 

 パチパチと虚しく響くユウキの拍手を背に、いつもの受付のお兄さんに質問をする。

 

 

「ジャイアントトードですか?そうですね…牛や人間も呑み込む大型のカエルです。金属を苦手するそうですが、そういった装備を所持していなければ素早く呑み込まれてしまうそうですよ」

 

「はえー…ありがとうございます」

 

 

 お兄さんにお礼を言って指定席に戻る。

 情報を整理すると相当に巨大なカエルが想像できる。報酬の金額からそれほど強いわけではないのだろうが、それでも面倒そうなこと請け合いだ。

 

 

「あ、聞けました?じゃあミヤコさんとこに寄りたいんですけど、、、」

 

「ミヤコ魔法店?なんか用事あんの?」

 

 

 こくりと頷くユウキ。あにゃは何も言わず空中を見ているので文句はないようだ。

 

 

「ん、じゃあ寄ってから行こうか」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 ミヤコ魔法店。この駆け出しの街アクセルで一番良心的な道具屋さんである。

 ポーションやマナタイトの販売、果てはオリジナルのマジックスクロールの作成まで手がけている。かく言う俺も消費アイテムの購入で何度もお世話になっている。

 

 

「いらっしゃいませー!(なの〜)」

 

 

 扉を開けると二人の女性の元気な声が聞こえてきた。

 

 

「こんにちはミヤコさん。受け取りに来ました」

 

「あーお前は!品はちゃんと完成してるの。取ってくるからそこで待ってろなの〜」

 

 

 ふわふわと店の奥に消えていく幼女。割と奇抜な格好をした彼女こそが店主のミヤコさんである。明らかな日本的な名前や年齢や口調等々興味は尽きないが、失礼なので実際に聞いてはいない。

 

 …しかしこの店はワンマンで回していたはずだが…初めて見かけるもう一人の少女は店員だろうか。

 あまりジロジロと見る訳にはいかないが、なんと彼女は黒と赤のオッドアイである。異世界であるここでもオッドアイは未だ見たことがない。何か特殊な出自だったりするのだろうか。

 

 

「新人?」

 

 

 さっきまでポケーッとしていたあにゃが唐突に絡んだ。彼女の琴線に何かが触れたのだろうか?

 

 

「おや、私に声をかけるとは珍しい方ですね。いかにも私はここのしがないバイトです。よろしくお願いしますね」

 

 

 …この人もキャラが濃い!

 口調こそ丁寧だが語気がとても尊大だ。俺が大会で鼻っ柱を折ってやった奴らと似たような雰囲気を感じる。

 

 

「あらあら小さくてお可愛いこと。どことは言いませんが」

 

 

 明らかに胸をガン見しながら挑発するあにゃ。お前も大概だろうが。

 

 

「うちの者がすいません!あとで言い聞かせときますんで!」

 

 

 こいつは絶対に謝らない女なので代わりに俺が謝罪する。最近はもう慣れてきた。

 

 

「い、いえいいんですよ…ところで貴方達はこれからクエストに行くのですか?何か知らない事があったら私が教えてあげてもいいんですよ」

 

「あら、見た目に反して頼りになりそうですわね」

 

 

 折角の提案を頂いたのに、上品に手で顔を隠しそれでもやっぱり煽るあにゃ。一体どうしたんだ。彼女の何をそんなに気に入ったっていうんだ。

 

 そして店員さんはやはり強力な冒険者なのだろうか。冒険に詳しそうな口ぶりだし、今はパーティメンバーの所用とかで時間潰しにバイトをしているのかもしれない。

 

 

「じゃあ1つ聞こうかな。ジャイアントトードの弱点って知ってる?」

 

「そうですね…奴らは一部の物理攻撃に弱いので魔法で攻めるといいですよ」

 

「ほーん」

 

 

 カエルが物理攻撃に強い?地球のカエルではそんな特徴はなかったが…

 名前通り単純に巨大化しただけならば予想できる脅威な点は筋力と質量と舌、大穴で毒だろうか。

 彼らは移動の為に驚異的な筋肉量を保持しており、ぷにぷにとした感触からは信じられない程の跳躍力を発揮する。それがサイズ比のままに巨大化しただけならば重力に打ち勝てないので鈍重どころか動けるかすら怪しいことになる。

 しかし、この世界には魔力というよくわからない概念がある。逆に地球のカエルより素早く動けたとしてもおかしくはないだろう。特に受付のお兄さんからは毒や舌などの特殊な行動を聞いていないし、質量と筋力がメインと想像するのが素直だろうか。

 実際牛や人間を呑み込めるということは最低でも軽自動車並のサイズであり、それが意思を持って高速で飛びこんで─

 

 

 

「あのっ!」

 

 

「──え、ああ、すいません。なんでしたっけ」

 

「カエルにはハンマーとかの打撃系が効かないらしいぞ。だめだよ、ちゃんと人の話は聞かないと」

 

 

 こいつどの口が…

 しかしこれは有用な情報だ。おそらく柔らかい脂肪が衝撃を逃がすというハート様理論だろう。我々には斬撃系と魔法系しかいないので問題はないが、取れる選択肢を絞れるのは大きい。

 

 

「ありがとうございます。活用させて頂きます」

 

「むふー…そうでしょうそうでしょう。もっと感謝してもいいんですよ」

 

 

 腕を組んで誇らしげにする店員さん。うーんこの人も残念なタイプか。

 

 

「あっ!いいことを考えたの!」

 

 

 ユウキとの会話を中断し、こちらにふわふわと浮いてくるミヤコさん。

 

 

「クエストのついでにこいつを連れて行ってやってほしいの。森で採れる特殊な薬草が欲しいけどミヤコは忙しくていけないの…」

 

「それはいい話だ。了解した」

 

「えっ!?私に拒否権はないんですか!?」

 

「さあ準備をしたまえ小さき者よ。戦場へ行くぞ」

 

 

 すごい勢いで話がまとまっていく。本人と一応でもリーダーは決定に関われないのだろうか。

 

 

「我々としては人手が増えるだけありがたいですが…ご本人は大丈夫なんですか?」

 

「ええ…まあ私は大丈夫ですが…知識がないと見分けられない素材ですしね…」

 

 

 なるほど我々に委託しないのはそういうことか。

 この世界の住人ではない俺とユウキは薬草どころか雑草すら見分けることはできない。あにゃは…まあたぶん知らないだろう。

 

 

「では今日はよろしくお願いします。私はトキワと申します。リーダーもしているのでこいつらが何かやらかしたらご相談ください」

 

「これはご丁寧に…では私も」

 

 

「我が名はまなみん!我が故郷随一のウィザードにして最強の魔法を操りし者!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………!?

 

 

 

「我が名はあにゃ!この世界の征服を目論む者!」

 

 

 待て

 

 

「我が名はユウキ!この世界のすべてを感じる者!」

 

 

 待ってくれ

 

 

「さぁリーダー、、、期待してますね」

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

「わ、我が名はトキワ…世界の全てを抜き去る者…」

 

 

 

 

「はいじゃあ戦場に赴きましょうねえ」

 

 

 

「なんなんだよ…もう…」

 

 

 

 




TIPS:12

『紅魔族』
 かつて魔法と科学をもって繁栄した亡国ノイズで生み出された改造種族。
 真紅に輝く両目が特徴で、買われた喧嘩は必ず買う重度中二病しか生まれないネタ種族。
 一応魔王軍に対抗する為に産まれただけはあり、魔法資質のサラブレットばかりで当然の様に上位魔法を扱う。


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