やはり伝説の餓狼達が俺の師匠なのは間違っているだろうか。 (佐世保の中年ライダー)
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少年は、伝説の狼と出会う。
今でも鮮明に覚えている、その人達との出会いは、小学三年生の夏休みが始まって間もない七月末の、土曜日の近場の公園での事だった。
夏休みの宿題の、自由研究のネタを探して歩いているうちに、行き着いその公園で、偶々遭遇してしまった同じクラスの四人の男子。
まぁ俺としては、全くもって会いたいとも思っていない連中なんだがな。
その頃から、否それ以前からだが、俺は他者との距離感やコミュニケーションの取り方が下手で、オマケに目付きが悪く、その為になのだろうか、人から距離を置かれる様になっていた。
子供ってやつは残酷な生き物だ、自分達と違う所があれば、ソレをネタに蔑み嘲笑し、やがてシカトされたり、物を隠されたり壊されたりする様になる。
幼さ故に限度というものを知らないから、理性の箍が容易く外れその行為はエスカレートして行く。
俺に対して行われる行為が、暴力へと発展して行くのにさして時間は掛からなかった。
四人は俺を見つけるなり、ニヤリと嗜虐的な笑みをその顔に浮かべ、ゆっくりと俺の退路を断つ様に四方へと分かれながら俺に近づいてくる。
それに対して俺は……。
俺の身に暴力が振るわれる様になって、既に久しく、俺の心はとっくに折れていて、だから俺は、逃げる事もせずに、これから始まるであろうソレを、凍てついた心で受け入れていた。
そして始まる。いとも容易く行われるえげつない行為。
あぉマジ、D4C。
四人の同級生により行われる殴る、蹴るの暴行。
ソレを受ける俺は、いい加減さっさと終わってくれないかな、あぁでもやっぱり痛いなぁ、とかそんな程度の気持ちでその時間が過ぎ去るのを待っていた。
元来が臆病な性格の俺は、相手に反撃しようなどと云う気持ちは持ち合わせていなかった。
始めのうちは「止めてくれよ」と懇願する事位はしていたんだが、連中がそんな事を聞き入れる事など有る筈も無く、奴等が飽きる迄、連中にとっての宴は奴等が飽きる迄続く。
そして小3にして、連中のやり方は狡猾で、その攻撃は俺の肌の露出している部位には振るわれず、腹や背中にその攻撃は集中される。
稀に顔にその攻撃があたる事も有り、顔を腫らしたりもしたんだが、もしソレをチクろうものなら更なる報復を受けるんじゃないかと考えてしまい、大人達には転んだとかぶつけたとか言い訳をしようと考えていた。
実際は、先生は気付いてもくれなかったし、共働きの両親とは余り自宅で顔を会わす事が無く、気付いてもらう以前の問題だったけどな。
だが唯一人、妹の小町だけはそれに気が付いてくれた。
自宅で傷薬を付けている所を見られた事があり、悲しそうな、悲痛そうな表情で、薬を付けるのを手伝ってくれた事があったんだが。
その治療後、小町は両親や先生に相談しようと提案してくれたんだが、その後の報復がもしかしたら小町にも及ぶんじゃあないかと思った俺は、小町に口止めした。
『弱虫な兄ちゃんでゴメンな小町』と心の中で詫ながら、小町の頭を撫でて、不格好な作り笑いを浮かべて、大丈夫だとアピールする。
どれ位の時間が経ったのだろうか、体感ではもう何十分も暴行を受けていた様な気もするが、実際にはほんの数分といった処だろう。
「あぁ、なんかコイツ殴んの飽きたて来たなぁ」
「だよなぁ、なんかつまんねぇよ反応うすいし」
「コイツたしか妹居たよな、なんなら妹の方もやっちゃう?」
「ソレ良いな!やっちゃおうぜ!」
ふと気付くと交わされている奴らの会話、ソレが切っ掛けだったんだろう。
それが俺の中の何かを変えたんだ。
今まで、怖さと自分の弱さから、立ち向かう事を諦め、只事態を受け入れる事しか出来なかった状況。
その状況を奴等の会話が動かした。
小町をヤル……だと!
コイツ等はそう言ったのか!!
俺は初めて、身体を震わせながらその手に力を込めて、握り拳を作っていた。
小町がお前等に何をした!!
俺が弱いからか?
俺の弱さがコイツ等を付け上がらせたのか!?
この世でたった一人だけ、俺に笑顔を向けてくれる。
共働きで帰りが遅い両親の代わりに俺が作った、拙い料理と言って良いのかよく分からない食事を、文句も言わず笑顔で「美味しいね」と言って食べてくれて、俺の手を握り笑顔で共に歩いてくれる、たった一人の妹。
俺は身体を震わせ、唸り声を挙げながら、握り込んだ拳を持って奴等に反撃して行った!
だが、所詮は多勢に無勢。
俺の反撃は、ほんの僅かな時間で奴等に鎮圧された。
ソレに怒った、奴等は更なる攻撃を俺に加えようとした。
その時だった。
「ヘイ!小僧共、よって集ってたった一人を甚振るなんざ男のヤルことじゃあねぇぜ!!」
そう大きな声がして俺は、そして奴等もその声がした方向へと振り向くと、そこに居たのは。
白いTシャツに、肩口で切られた袖の無い赤いジャンパーを着た、長身で均整の取れた逞しい身体付きの、赤い帽子、キャップを被った、長い金髪の外国人の若いイケメンの兄ちゃんだった。
そしてその隣には、俺と同い年位の同じく外国人のこれまた将来は、間違いなくイケメンに成長するであるだろうと思わせる風貌の金髪の少年が、その手にカメラのような物を持って立っていた。
金髪の兄ちゃんは、まるで威圧するかの様な厳しい表情を奴等に向け「見た所、お前等は普段からその坊主に対して暴力を振るっている様に見えたんでな、さっき迄のお前達の行動を撮影させてもらったぜ。」
「コイツを然るべき所に提出したらお前等はタダじゃあ済まないだろうな。」
ニヤリと不適に笑い、金髪の兄ちゃんは、奴等を一睨みしながらそう言った。
俺は呆然とその事の成り行きを見ているだけだったんだが、奴等の表情はなんだかまるで、野生の獣に追い詰められたかの様な、絶望に満ちた様な表情を浮かべていた。
俺には只、金髪の兄ちゃんが奴等を睨んで、叱っているだけの様に思っていたんだが。
これは後で知ったんだが、この時兄ちゃんは、奴等に対してほんの少しだけ闘気を放っていたんだ。
まぁ普通の人間が闘気なんて物をまともに放たれたら、恐怖に駆られて腰を抜かしたり、或いは気絶したり、失禁したりしてもおかしくは無いだろうな。
だから奴等が、兄ちゃんに恐れをなして前後不覚な様相で、その場から逃げ出したのは至極当然の事だよな。
でもその時、そんな事を知らない俺はと言えば、漸く奴等の宴が終わったんだと思い、緊張が解けて、その場にヘタりこんだ。
奴等が去った公園のベンチにすわらされ、俺は金髪の兄ちゃんに怪我の治療してもらった。
兄ちゃんが、肩に掛けていた頭陀袋の中には、ちょっとしたした薬等が常備されていて、そのお陰で俺は治療をしてもらえたのだが、見ず知らずの人の手を煩わせてしまった事を、何だか申し訳無い気持を、若干ながら抱いていた。
治療を終え俺たちはそのままベンチに座り、兄ちゃんが買ってくれたジュースを手に、暫し無言の時間を過ごす。
元が社交性なんぞ持ち合わせていない俺は、初対面のしかも外国の人相手に何を話せば良いかなんて分かるはずも無く
、すっげえ気まずい思いを抱いていた。
いったい、何を言えばいいのん?
誰か何か言って!
この沈黙、気まずいよぉ……。
そんな事を思っていると、ゆっくりと金髪の兄ちゃんが話し掛けてきた。
「…お前大したヤツだな、大勢を相手によ、自分の為じゃ無くて、誰かの為に闘ったんだろ!」
俺は、ハッとして顔を上げて金髪の兄ちゃんの顔を見つめた。
何でこの兄ちゃんは、知ってるんだ?
「コマチってヤツの為に、闘ったんだろ!? …何だ、坊主お前気付いて無かったのか!お前大きな声で言ってたんだぜっ、コマチに手ぇ出したらお前等赦さねぇぞ!…てな。」
全然気付いて無かった、俺はそんな事を言いながら奴等に殴り掛かって行ったのかよ…
そっか、だからこの兄ちゃんは、俺が人の為に闘える人間だと評してくれたのか、けどそれは違う。
「小町は妹だ………」
小町は家族で、たった一人だけ俺の事をまともに見てくれる、相手をしてくれる。
たった一人の存在で、だから俺のせいで小町が苦しむような事か有っちゃ駄目なんだ。
だから今日、俺が奴らに立ち向かったのは、只の偶然。
奴等が小町を標的にすると口に出したから、だから俺は思がけず我を忘れたんだと……
「だから俺は……そんなもんじゃ無くて……」
いつしか俺は何故か、これ迄の経緯をこの金髪の兄ちゃん話始めていた。
たどたどしく語る俺の話を、兄ちゃんは静かに聞いてくれて、そして話終えると、兄ちゃんは俺の頭の上にそっと掌を置き、優しく撫でてくれた。
その手は少しゴツくて、でもすっげぇ暖かくて、その手が優しく俺の頭を静かに動いて。
見上げて見るとその表情は、穏やかな笑みが浮かんでいた。
どれ位振りだったのだろうか、人に優しくされたのは、こんな裏表の無い優しさを示されたのは。
だから俺は、それに気付いたのかも知れない、否ちがうな、きっと誤魔化していたんだ、自分の心を、俺の心は限界が来ていたのかも知れないと。
「俺、強くなりたいなぁ………」
俺の口からはその言葉と、そして俺の眼からは涙が漏れ出していた。
しばらくの間、俺の気持ちが落ち着くのを待っていてくれたのか、やがて少し俺の気持ちが落ち着いて来た事が解ったのか、兄ちゃんの掌は俺の頭から離れて行った。
何だか少しだけ、俺はそれが名残惜しく感じてい事は俺の心の中にしまっておく事にした、だって恥ずかしいしな。
「なぁ坊主、ちょっとばかり俺に付き合ってくれないか、なぁに悪い様にはしねぇからよ!」
唐突に兄ちゃんは、俺に対してそう提案してきた。
別に何か予定がある訳でも無いし、助けてもらった恩もある、だから少しくらい付き合っても構いはしないんだが、どうやら俺は何だか訝しげな表情をしていた様で、「ハハハッ!なぁに別に取って食おうって訳じゃねぇさ、ちょっとばかりお前に見て欲しいモノが有るんだよ坊主。」
と付け加え、ニッと眩しい笑みを浮べて俺を見ている。
あぁ、きっとこの兄ちゃんは、これから俺に何か、これから先の俺に対しての何か一つの道を示そうとしてくれているのかな、短い時間だけどこれ迄のこの金髪の兄ちゃんが、俺に示してくれたその行為は、信頼するに足るものだと俺にはそう思えていた。
だけど俺って奴は、どうにも素直じゃ無くて、俺の口から兄ちゃんに対して紡がれた言葉は……
「……坊主じゃ無い…八幡だよ…」ポツリと呟き。
「!?」
「俺の名前、比企谷八幡だよ、坊主じゃ無い…」まるで照れ隠しの様な、ぶっきらぼうな態度で、自己紹介をした。
「ヒキギャ…ハチマン!?」
どうやら、比企谷という姓は外国の人には発音が、し辛い様だ。
「悪いな、上手く発音出来ないみたいだな、ハハハッ……ハチマン、ハチマンだな!」
発音を確認する様に、俺の名を呟きそして。
「俺は、テリーだ!テリー・ボガードってんだ、宜しくなハチマン!」
金髪の兄ちゃんは、俺に自分の名を教えてくれた。
そして……
「こいつはロックだ、ロック・ハワード、訳あって俺が面倒見ているんだが、日本語はまだ話せなくてな、でもまぁ、こいつの事も宜しくしてやってくれよなハチマン!」
金髪の兄ちゃん、テリー兄ちゃんと俺と同い年位の金髪の少年ロック、それが二人との出会いだ。
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少年は、餓狼達と出会いそして…
俺に自分とロックの事を紹介し終えたテリー兄ちゃんは、スクッとベンチから立ち上がり「でよ、ハチマンどうなんだ?俺につきあってくれるのか?!」
ヌッとその顔を俺の顔に近付けてニッコリといたずらっぽい笑みで聞いてくる
「別に良いけど……」俺はボソリと、我ながら素直じゃ無い、肯定の返事を返しテリー兄ちゃんに付き合う事にした。
「ヨシ!じゃあ行くとするか、ハチマン、ロック!!」俺とロックに出発を促したかと思うと、テリー兄ちゃんは、俺の正面へと立ち、徐にその手を俺の両脇へと回したかと思うと、いきなり俺の身体を持ち上げた。
宙高く持ち上げられた俺の身体は、クルリと180度前後回転された。
いきなりの事にちょっとビビッた俺だったが、テリー兄ちゃんは俺の身体を放り投げたりなどせず、自身の肩の上に俺をパイルダーオンさせた。
ぶっちゃけ、肩車をされただけなんだけどな。
いきなりの事にパニクった俺は、その合体シークエンスを、眼を瞑っていた為に、見ちゃいなかったんだけども。
実際、いきなりそんな事をやられてみろよ、マジビビるって!決して俺がヘタレだからって訳じゃ無いよな。
多分、いやきっと………。
「おいハチマン、大丈夫だ怖くないぞ眼を開けてみろよ」
目を瞑り、顔を下に向けテリー兄ちゃんの頭に両手でしがみつく俺に、テリー兄ちゃんは、ポンポンと軽く俺の太ももを叩きそう声を掛けてくれて、その声に恐る恐る俺は、顔を上げ、眼を開きその景色をその視界に入れた。
その景色は凄く新鮮で、いつもの公園が、遊具が、施設が、公園前の通り道が、いつもとは違う物に見えて、いつもよりも遠くまで見渡せて。
「どうだ、こうすると色んなもんが遠くまで、良く見えるだろう。」
優しい声音で、呼び掛けてくれるテリー兄ちゃん。
そのたった一言に俺は、何だかテリー兄ちゃんの、色々な思いが込められている様に感じられたんだ。
きっとテリー兄ちゃんも、誰かにこんなふうにしてもらった思い出が有るのかもしれないなと。
普通に考えれば、それはテリー兄ちゃんの父ちゃんがこんなふうにな。
でも、俺にはそんな記憶は無いんだよな、温かい肩の上に乗っけてもらって、いつもと違う遠くまで見渡せる風景を見て、普段は手の届かない所に有るものに触れた記憶も俺には無いんだ。
それは多分俺にも問題が有ったのかもしれない、小さい時から両親が忙しいって事が、何となく解っていて、それに小町も生まれて忙しい中で小町の世話もしなきゃならないんだ。
そんな状態で、俺まで手が掛かるようじゃ両親共に休む暇も無くなってしまうんじゃかいかって、何だか妙にそんな事を察してしまい、素直に甘えられなかったんだよな。
でも本当は羨ましかったんだ、両親に可愛がられて、沢山の愛情を注がれ素直に天真爛漫に育ってゆく小町が……。
父ちゃん、母ちゃんの肩の上から、こんなふうに、こんな景色を見たかったんだ……。
テリー兄ちゃんの肩の上で、俺は俺の本当の気持に、閉じ込めていた思いに気が付いた。
「…ありがとう、テリー兄ちゃん…」
ボソリと俺の口から漏れた感謝の言葉は、欲しかった物を気付かせてくれて、それを与えてくれた人への、俺の心からの言葉だ。
もう一度、ポンポンとテリー兄ちゃんは、俺の太ももを優しく叩いてくれた。
俺を肩に乗せたまま歩くテリー兄ちゃんとロック、テリー兄ちゃんは日本語の分からないロックへ、どうやら俺が話した内容をロック話し聞かせている様だ。
あらかた話を聞き終えたロックは、俺にすげぇ良い笑顔で「ハチマン!you are
great!!」といってくれたんだが、当然英語なんか解らない俺の頭の中は??だった。
「ハチマン、お前はすげぇ奴だって言ってるんだよ!」
それを察してくれたテリー兄ちゃんが通訳してくれた。
「サンキュー、ロック」所謂カタカナ英語で、俺は礼を言っておいた。
それに対してロックは、先と同じ笑顔で、サムズアップで応えてくれた。
それから暫くテリー兄ちゃんは、自分の事を話してくれた。
テリー兄ちゃんが格闘家だって事、世界中を旅して修行したり、色々な大会に出場したり、或いは行く先々の格闘家の人達と手合せをしているんだそうだ。
二年位前に、孤児だったロックと出会ってそれからは、テリー兄ちゃんがロックを世話しているって事だった。
まぁテリー兄ちゃんとロックには、ちょっとした因縁めいたものが、有るんだが、それを語ると文字数が不必要に増えそうだから、止めておくことにする。
て、何だよ文字数って!?
所謂メタ発言ってやつか!?
それでこの日テリー兄ちゃんが、この我が愛する千葉県に居たのは、格闘大会に出場する為だそうだ。
テリー兄ちゃんの肩の上で、話を聞きながら歩いているうちに、最初は少なかった人通りも次第に増えて行き、それに比して人の目線も増えて行き、ボッチな俺はその視線に羞恥心を掻き立てられ、何だかいたたまれない気持になって、テリー兄ちゃんに、降ろして貰おうと頼もうとしたときだった。
「見付けたぞテリー!全くおめーは何処をほっつき歩いていやがった、この野郎ぉ!!」
「まったく、今日が何の日なのか理解しているのか、兄さんは!」
声の聞こえた方を見やれば、そこには二人の男の人と女の人が此方へと駆け足で近付いて来ていた。
最初に声を掛けて来た人は、まるで箒を逆さまにしたような髪型の黒髪の日本人の男の人で、もう一人の男の人は少し小柄な感じだけど、長い金髪のイケメンな、外国人。
テリー兄ちゃんの事を兄さんと呼んでいる事からテリー兄ちゃんの弟だろうと推測される。
「テリーの自由人ぶりは今に始まった事じゃないでしょう、それにロックも一緒なんだから、大丈夫だって言ったじゃない。」
そして三人目のお姉さんだが、長い黒髪の、まさに絶世の美女と呼ぶに相応しい、いや絶世の美女と云う言葉はこの人の為に有ると言っても過言では無い、と思わせる程の美しさだった。
「そうは言っても、舞そろそろ会場入りしなくちゃいけないんだ、グズグズしては居られないだろう。」
「アンディの言うとおりだぜ、ロックが居るとは言っても、土地勘のない場所だ、何が起こるか解ったもんじゃ…て!おいテリーお前、その肩に乗せてるガキんちょは何なんだ!まさかお前まぁた厄介事に首突っ込んだんじゃねぇだろうなぁ!」
今更の様に三人が俺の存在に、気が付いたかの如く、その視線が俺に注がれるんだが、ボッチな俺にはその視線が堪らなく居心地が悪い。
「ん?あぁ、こいつはハチマンだ、さっき知り合ったんだ、詳しい話は後でするからよ、早く行かなきゃ間に合わなくなっちまうだろ。」
皆さんに俺の事を、紹介してくれるのは良いんだけどさテリー兄ちゃん、その発言は……。
「元はと言えば兄さんが、原因じゃないか!」
「オメーのせいだろうがよ!」
まぁ当然、ツッコミが入るわな。
「ハハハ、まぁ良いじゃあねぇか!取り敢えず急ごうぜ!後で経緯を説明するからよ。」
あぁ、やっぱりテリー兄ちゃんって結構大雑把な性格なんだな、さっきお姉さんも自由人って言ってたし。
周りの人は、かなり苦労してんだろうなぁと、何となくその状況を察し俺は、ご苦労さまですと、何となく皆に黙礼した。
大会の主催者が手配した、リムジンへと乗り込み、テリー兄ちゃんは、皆へ俺の事情を話しているんだが、生まれて初めて乗ったリムジンの豪華さに、俺は圧倒されていた。
リムジンなんてもの、一般家庭の小学生の子供が乗るもんじゃねぇよな……。
いやはやなんとも、場違い感がハンパなったわ。
其れは扠置き、テリー兄ちゃんの話を聞いた三人は。
「…妹の為に、初めて拳を振るったと言う訳か、それは良くやった。僕は立派だったと思うよ八幡。」
そう言ったのは、テリー兄ちゃんの弟のアンディ兄ちゃん(本名は、アンディ・ボガード)少し小柄だけど、ひ弱さなど感じさせない、しっかりとした肉体をしている。
そして、流れる様な美しく長い金髪のどえらい美形。
骨法と云う拳法の使い手だそうだ。
「まぁな、それは俺も認めるけどよ、しかしな、今まで黙ってヤラれっ放しだったってのは、いただけねぇな!男ならガツンと一発カマさなきゃよ!」
握り拳を掲げて発言したのは、黒髪の箒頭のジョーあんちゃん(本名は、東丈)テリー兄ちゃんにも引けを取らない、ガッシリとした体付きで、喧嘩っ早そうな人だ。
今の発言からして、その印象に間違いは無いだろうと思ったが、実際その通りの人だった。
ちなみに「にいちゃん」では無く「あんちゃん」と呼べとの事、THE昭和て感じの人だ。
日本人初のムエタイの王者と成った人で、リングネームはジョー東。
「全くジョーって、ホント脳筋よね。
喧嘩した事が無い子がいきなりガツンなんてそうそう出来る訳無いじゃない。ねぇ八っちゃん、ジョーの言う事なんか気にしなくて良いんだからね、これからゆっくり強くなって行けば良いのよ!」
不知火流忍術の使い手、現代に生きるくノ一、その美しさに見惚れずには居られない。
舞姉ちゃん(本名は、不知火舞)その容姿の美しさもさる事ながら特筆すべきは、その胸部に備わったたわわな実りだろう、この時小3だった俺をして、その実りに視線を釘付けにされてしまたからな……。
俺はこの身を持って、万乳引力の法則を証明して見せたと言う訳だ。
「しかし、いつの時代、どんな国でも弱い者や自分達と毛色の違う者を、虐げ排除しようとする輩が後を絶つことは無いと云う事か……」
ひどく実感のこもった声音でアンディ兄ちゃんは、そう呟いた。
「あぁ、そうだなアンディ、それは俺達がこの身を持って経験した事でもあるだろう。けど俺達は父さんに出会えた。
父さんが俺達に道を示してくれた。」
テリー兄ちゃんが、そう続けた、やはりテリー兄ちゃん達も過去に何か過酷な経験して、今に至っているんだ。
「だったらよ俺達がその道ってヤツの取っ掛かり程度でも、八幡に示してやっても良いんじゃねぇか、テリー、アンディ。」
ジョー兄ちゃんは、そう言って左の掌にバシッと右の拳を撃ちつけ、野生的な笑みを浮かべテリー兄ちゃんとアンディ兄ちゃんに、提案する。
「あぁ、だがよジョー、ソイツはハチマン自身で決めなきゃいけねぇんだ、まぁその為にも今日のイベントを、ハチマンのその眼でしっかり見てもらわないといけねぇんだけどな。」
テリー兄ちゃんは、右手のひらを俺の頭の上にのせ、軽く撫でながらそう言った。
アンディ兄ちゃん達はその言葉に、しずかに頷き、そして俺を見た。
これから見るであろうテリー兄ちゃんの闘い、それによってこれから先俺がどうなって行くのかこの時はまだ分からなかった。
だが決して悪い事にはならない、それだけは確実だ、会ったばかりの人達だがこの人達は信頼に足る人達だと、そう思えた。
やがて俺達を乗せたリムジンは、会場へと到着した。
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少年は、餓狼の出陣を見届ける。
リムジンを降り、試合会場の場所を知った俺はそのスケールに言葉を失い、只呆然とその会場を見上げた。
その会場とは、千葉県民ならば誰もが知っているであろう、千葉マリンスタジアムであった。
当時格闘技の事など殆ど知らなかった俺だか、偶にテレビで放送されているボクシングや柔道等の試合は、体育館みたいな屋内で行われているみたいだったので、てっきり県内の何処かの体育館で行われるもんだと思っていたんだが……
まさかの千葉マリン、結構のん気していた俺もこれにはびびった!
……すいません調子に乗って、またまたジョジョネタぶっこみました。
またまたやらせて頂きまし……もう言いません…暫くは……。
だが、会場が千葉マリンだと知りビックリしたのはマジで、これからこの場所で何が起こるかそれを思うと気後れしてしまったのは本当の事実だ。
会場のスケールに息を呑み、フリーズしている俺に「ほれハチマン、ぼうっとしてないで早く行くぜ」軽く俺の肩に手を置きテリー兄ちゃんが声を掛けてくれた。
その声のお陰で、再起動を果たした俺は皆と共に関係者入場口から入場して行った。
入場後俺達は、テリー兄ちゃんの為に用意された選手控室へと入室した。
時刻は午前十時を過ぎていたが、テリー兄ちゃんの試合開始の時間にはまだまだ時間的な余裕は、十分に有り此処で漸く俺はこの日のイベントがどういった物かを尋ねる余裕を持てた。
今回開かれたこの格闘大会は、世界的規模で開催されたもので、先ずは各国で代表者決定の為の予選会が開催され、テリー兄ちゃんは、アメリカ大会で優勝し決勝大会へ出場。
全米及びヨーロッパブロックにてトーナメントを勝ち抜きこの日の決勝戦へと駒を進めて来たとの事だ。
そして、決勝戦の相手は日本人の選手で、因みにアンディ兄ちゃんは、日本代表決定戦の決勝戦に於いてその人に敗れ世界大会出場を逃したのだそうだ。
ジョーあんちゃんはと云うと、本当はタイの予選大会へ出場したかったのだそうだが、残念ながらムエタイのタイトルマッチの日程が被った為に出場を断念したのだそうだ。
「もちろん、タイトルは防衛したに決まってんだろ!ナァ〜ハハハハッハ〜ッ!」両手を腰に添え高らかに大笑しながら、ジョーあんちゃんは言った。
話をこの日のイベントの内容説明へと戻すと、この日行われるのは2試合で一試合は勿論テリー兄ちゃんが出場する決勝戦。
もう一試合は、三位決定戦となる試合が行われるとの事。
試合はこの2試合だけなんだが、せっかく行われる大々的イベント、試合だけでは時間的にも短い物に為るであろうと言う事で、試合開始前にアイドル歌手のコンサートが、開かれこの大会に彩りをそえるのだとか。
因みにその歌手とは、芸能人に疎い俺でもその名は知っている。
その名は麻宮アテナ。
歌って踊れて、格闘も出来るサイコソルジャーと云う触れ込みのアイドル。
何で俺が知っていたかと云うと、小町がファンだからだ。
もし小町がファンじゃ無かったら知らなかったと思うよきっと、俺だからな。
暫しの間、控室でまったりとした時間を過ごす俺達、モニターで麻宮アテナのコンサートの様子を見たり、正午には主催者サイドが用意してくれた昼食(テリー兄ちゃんが、ファストフード好きなのでハンバーガーやホットドッグ等が用意されていた)を頂いた。
やがて腹がこなれた頃、テリー兄ちゃんは試合に向けてのアップを始めた。
ジャンパーを脱ぎTシャツ姿で、ストレッチを始め、身体をほぐした後アンディ兄ちゃんがミットを構えパンチを、キックを連続してフォームを確認しながら繰り出す。
バシバシ、ビシビシ、ドスッ、ズドンッ、文字化するとそんな感じか、パンチやキックの繰り出すスピードや打角によりミットより発せられる打撃音が変化する。
響き渡る打撃音、飛び散る汗、その迫力、その全てが初めて見る物、そして聴く音。
俺はその全てに魅入られたかの様に言葉無く、ただただその光景を見続けていた。
そして時は来た。
控室へと主催者側の係員が訪れ、リングへの入場を促す。
「準備は良いよなテリー!」
「出番だよ兄さん!」
「勝って世界一よテリー!」
「Terry.It’s the Beginning of The party!」
皆がそれぞれに、テリー兄ちゃんへと声を掛ける。
「…OK!」
静かな口調で一言だけ、テリー兄ちゃんは、汗で湿ったTシャツを着替えながら返事を返し、袖の無い赤い、白抜きの星のマークが背中に輝くジャンパーを右手に持ち「…ハチマン、これから始まる事を、お前のその眼でしっかり見てくれよな!そいつを見て、お前自身がどうしたいか、どうすべきか決めるんだ、良いな!」と俺に言う。
「…うん…分かったよ…テリー兄ちゃん…」
俺はそうテリー兄ちゃんへ返事を返した。
「ヨシッOK!行こうぜ!!!」
案内係の後を、テリー兄ちゃんを先頭にその後を皆が続き、試合会場へと出陣して征く。
もちろん俺も皆と共に征く、これから始まるテリー兄ちゃんの闘いをこの眼で見届ける為に。
それが俺の未来にどんな影響を与えるのか、このときの俺はそれを知る由もなかった。
控室からリングへと続く廊下へ出るとテレビカメラが待ち構えていた。
闘いに赴くテリー兄ちゃんの様子をカメラに収めるためだろう。
流石は世界大会決勝戦だけに、テレビ放映もされるのだろう。
おそらくテレビでは、入場の様子なんかも、局アナが過剰な抑揚を付けた口調で解説しているに違いない。
俺はと云うと、あらやだ八幡ったらテレビに映ってる?マジテレビデビューしちゃた?そんなの困る〜、映すなら事務所通してくれてからにしてくれないかしらぁ。
等と一人脳内遊びをする余裕など有る筈も無く、テレビカメラの存在する現実に、俺が闘う訳でも無いのに妙に緊張してしまった。
闘う訳でも無い俺がこんなにも緊張しているんだ、これから闘うテリー兄ちゃんの心境は如何なものか、俺達の前を歩み征くその背中から、その思いを感じ取る事はこの時の俺には出来なかった。
まぁ今なら少しは解るかもな。きっとこの時テリー兄ちゃんのその表情は、不敵な笑みを湛え、闘いの前の緊張とワクワクを抑え込み、その力を爆発させる瞬間を今か今かと待ちわびている。
きっとそんな感じなんじゃなかったのかなと思うだが、どうだろうな、俺は本人じゃ無いしな。
話を戻そう、通路を通りやがて到着した入場ゲート。
そこは千葉マリンスタジアム一塁側ベンチ。
入場ゲートは、そこに設えられてあり、どうやら場内アナウンスによる紹介コールの後、ゲートを通りリングインする手はずになっているらしく、一塁側ベンチに一旦待機する。
先ずは、相手側選手の紹介と入場が先で、三塁側ベンチより入場するとの事。
一塁側ベンチは、ゲート等を設置した事により、外側(グラウンドや観客席等の様子)は見えなくなっていて、当然三塁側もだろうが、しかし場内アナウンス等の音声は聞こえてくる訳で、否が応でも緊張感が高まる。
どうやら場内アナウンスにより三塁側の、相手選手の入場が始まった様だ。
割れんばかりの歓声が木霊する、その音量に俺の緊張感は更に高まり、心臓の鼓動は痛い程にそのビートを刻む。
止まれ、止まれよ心臓!否止まっちゃ駄目なんだけど、この時の俺はそんな心境だったんだ。
仕方ないよな、ボッチの俺が大勢の人前に出るんだ、自分が試合する訳じゃ無くてもそう感じたって仕方ない。
うん、仕方ない。
そして時は来た、場内アナウンスによりテリー兄ちゃんの名がコールされ、俺達は入場を始める。
テリー兄ちゃんを先頭にゲートを潜り抜けグラウンドへ、そこに設置されたリングへと向かう俺達に降り注ぐ観客席から響き渡る大歓声。
大きな声で、手を拳を振り上げ、振り回しながら叫ばれるテリーコール。
超満員のスタジアムから響くそれに圧倒された俺の心境は、恐怖。
その状況が、熱狂する観客達が、大勢の人の口より発せられ混じり合った音が重力と成ったかの様に、俺の身体はそのプレッシャーに押し潰されてしまうんじゃないかとの思いに駆られてしまい、動けなくなってしまった。
視野狭窄状態、周りの状況も分からない。恐怖感だけが心に拡がる、周りがまるで自分の敵ばかりで在るかの様な感覚に陥り、支配される。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!
でも足は竦み逃げ出す事も叶わない状態、何も、どうする事も出来ない。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!
だがその状況は、打ち破られた。
その状態を破ってくれたのは、俺の両肩と頭に置かれた暖かさ。
右肩にアンディ兄ちゃんの左手が、左肩に舞姉ちゃんの右手が、そして頭の上にジョーあんちゃんの手(見えないがおそらく右手だろう)がそっと添えられて、そして俺の正面にロックが立ち、優しく俺には微笑みかけながら頷いた。
大丈夫だよ、ロックの声無き声が俺には聴こえた様な気がした。
そうだ、今俺の周りに居るのはこの人達だ。初めて会ったばかりにも関わらず優しく俺に接してくれた人達。
その人達が居てくれる、恐れる事なんか無いんだ。
だから安心して、これから起こる事を見届ければ良いんだ。
テリー兄ちゃんの闘いを、その背中を。
気を取り直し、テリー兄ちゃんの後を追い、リングサイドへそして俺はまた驚いたその舞台に、テリー兄ちゃんが闘うリングの大きさに!
例えば、これは後に調べて知ったんだが、ボクシングのリングだとその大きさは、一辺が5.47mから7.31mの範囲内で、床面の高さは1.22m以内と定められているのだそうだが、この日設けられたリングは、その大きさを遥かに超えていた。
おそらくは一辺が20m位有ると思われる、そして床面の高さは当時の俺の喉元位だったから1m弱といった処だろうか。
そして、一塁側サイドのリングのセンター辺りにはそのリングへと登る為のステップが有りそこからリングイン出来る様になっている。
当然だろうが三塁側サイドも同様の造りのはずだ、当時の俺の背丈じゃあ見えなかったけどな。
その床は柔らかい素材のマットの様な物が敷かれていて、ボクシングのリングの様なロープは張られていない。
まぁあれだ、ドラゴンボールの天下一武道会の武舞台を石造りでは無くマットにした様な感じだな。
「大変長らくお待たせ致しました。只今より………」とリングアナが、メインイベントの開始を告げる。
テリー兄ちゃんと対戦相手のプロフィール等の紹介、主催者や協賛企業等の紹介と意外と長くスピーチしていて、会場の観客はうんざりしていたんじゃないかと思うんだが、案外そういった事もイベントとして楽しんでいたりしている人も居るのかな、知らんけど。
俺はその間ずっとテリー兄ちゃんの背中を見ていたから、聞いて無かったけどな。
「それでは、両選手リングへ入場願います!」
漸く、テリー兄ちゃんと対戦相手がリングへと登る時が来た。
大音量のBGMが流れる中颯爽と、テリー兄ちゃんは早足にステップを登りリングインした。
左肩にジャンパーを掛けたまま右手を突き上げ、観客の歓声に応える。
対戦相手の選手も又テリー兄ちゃんと同じ様に、観客の声援に応えているんだがその何と言うか。
その容貌は、サラサラの黒髪に額には白いバンダナを巻いた、メッチャイケメンな若い兄ちゃんなんだが…。
その服装が。
ボタンを外し、袖まくりをした…
学生服。
所謂学ランだ。
俺はこの兄ちゃんを学ランの兄ちゃんと呼称する事にした。
当初は、KOFのキャラを出すのだから3ON3マッチで行こうかと思っていましたが、餓狼伝説シリーズとのクロスオーバー作品なので、一対一の対戦で行く事にしました。
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少年は、闘いの始まりを見る。
テリー兄ちゃんの対戦相手の服装、学生服姿に思わず呆気に取られた俺は、何だか格闘技と言う物が分からなくなった様な気がした。
えぇ?格闘技ってそれで良いのん?
テレビで見たボクシングは上半身裸だけど、下は大きめのトランクスに細身のブーツみたいなシューズを履いて、グローブ着けてるし、柔道や空手は道着を着ているし、なのに学生服って!?
と格闘技のなんたるかに、思いを馳せている俺、比企谷八幡だったが…
よくよく考えれ見るとリング上に居るテリー兄ちゃんだって、Tシャツにジーンズ&スニーカーに指貫のグローブを着装しているんだし…
…これで良いのだ!何処かからバカダ大学卒のパパの声が聴こえた気がした。
だからそれについて考えるのを止めたよ俺は、カーズじゃ無いけどね。
その対戦相手の学ランの兄ちゃんについて知った事を述べてみよう。
その名は草薙京さん、草薙流と云う古武術の使い手で、若き天才格闘家として有名らしい。
学ラン姿に気を持っていかれたが、その容姿はすらっと細身に見えるが、テリー兄ちゃんと変わらない位の身長と付くべきところにはシッカリと筋肉が付いていて、只者ではない雰囲気を醸し出している。
顔貌はすっごいイケメン…
きっと女子にモテモテだろうな。そういや昔神聖モテモテ王国って漫画有ったよな。
まぁどうでもいいや。
しかし、テリー兄ちゃん、アンディ兄ちゃんといいこの学ランの兄ちゃんもだが、この日出会った格闘家の人達ってやたらイケメンばっかだよな。
格闘家になるための必須条件なのかイケメンが…
あっ!でもジョーあんちゃんは…
否、あんちゃんだってカッコイイと思うよ、でもイケメンって感じじゃなくって、何と言うか………そう!男前って感じだ!
…脱線してしまったが、学ランの兄ちゃん。
草薙京さんなんだが、この時何と年齢が…二十歳だったんだと……。
ハァッ!草薙さん、もしかしてダブってるんj……。
…何だか悪寒を感じたから、コレについては語るまい。
学ランの兄ちゃんについては、これ位で良いだろう。
で、学ランの兄ちゃんサイドのコーナーには、三人の男が控えていた。
その特徴だが、俺から見て左側に居る一人目は、平均的な背丈の青っぽい学生服を着た腕白小僧っぽい見た目の兄ちゃんだ。
学ランの兄ちゃんの様に袖を腕まくりしているので、その影響を受けているんだろう。
「草薙さ〜んっ!ファイトで〜す」
大きな声で、声援を送っている。
名前は知らない。
二人目、真ん中に立っている人は、金髪のスラリとした長身の、イケメンな兄ちゃん、見た感じナルシスっぽい。
またイケメンかよ…やっぱり格闘家イケメン必須条件説が、真実味を帯びてきたな。
だが、その金髪さん…見た目が何と言うか………ポルナレフだな!
大丈夫かな、便器とか舐めさせられたり…………止めておこう、これ以上の言及は。
この人の名は二階堂紅丸さん、シューティングという格闘術の使い手だそうだ
。
そして三人目、身の丈2メートルを超えているであろう大男、職業は格闘家以外の何者でもないって感じの、厳ついオッサン。
あぁ良かった、格闘家イケメン必須条件説なんてなかったんや!
やったね八幡! おめでとう八幡!
……………ちょっとしつこかったかな、何も補完とかしてないしな、失礼しました。
この厳ついオッサン、胸元で腕を組み学ランの兄ちゃんに対して「うむぅ!」
と頷いている。
その姿、威厳ありありだな!おい。
この人は大門五郎さん、元オリンピックの柔道金メダリスト、柔道をベースにした独自の格闘術の使い手。
学ランの兄ちゃんサイドへの言及はこの位で良いだろう。
アナウンスすべき事を終えたリングアナは、場内へと一礼しホームベース側からリングを降りて行き、リング上には対戦する二人とのレフェリーの三人だけとなった。
レフェリーからの注意事項を聞き終えた二人は、其々のコーナー側へと離れて試合開始の合図が告げられるのを待つばかりとなった。
テリー兄ちゃんは、俺達の方へと一度眼を向け、右腕を水平へと伸ばしサムズアップをして見せた。
『よく見ておけよハチマン!』
声には出さずにテリー兄ちゃんは俺にそう言っている、俺にはそう感じられた
。
絶対にそうだと断言出来た、それは俺だけの真実だ。
そして、リング中央を居るレフェリーが、右手を垂直に伸ばした。
まもなく試合開始の合図が告げられるのだろう。
その時だった………
テリー兄ちゃんは左手に持っていたジャンパーを自分から空へと投げ出した。
そしてそれを追うように自身も空へとジャンプし「Let’Party!!」と叫びながら、なんと空中で自分が投げたジャンパーを着込んだ!!
首筋と腰の辺りの2ヶ所で結えた長い髪をたなびかせ、ジャンパーの背中の星のマークを煌かせながら、テリー兄ちゃんはリングへと着地し、ファイティングポーズを取った。
何だよ今の!?すげぇカッコイイ!!
テリー兄ちゃん最高かよ!!
この一連のテリー兄ちゃんのアクションは、小3男児の俺のハートをバッチリとキャッチした!。
プリティでキュアキュアな伝説の少女戦士のアニメ並みに俺のハートはキャッチされた!
因みにこの時学ランの兄ちゃんも何かパフォーマンスをやってたみたいだが、俺の眼はテリー兄ちゃんに釘付けだったから見ていなかった。
テリー兄ちゃんがリングへ着地しファイティングポーズを取ってから数秒、遂にその瞬間が訪れた。
「ファイト!」
レフェリーより試合開始の合図が告げられた。
開始前の派手なパフォーマンスとは打って変わって、試合は静かな立ち上がりとなった。
二人は軽くリズムを刻みながら、ゆっくりと時計回りに廻りながら、徐々に徐々にとゆっくりとその彼我の距離を詰めてゆく。
やがて、テリー兄ちゃんはホームベース側へ、学ランの兄ちゃんは二塁側へと移動、互いに半身に構え対峙する。
その距離は5〜6メートルといった所だろうか。
歩を止め互いにファイティングポーズを取りつつその視線を合わせ、その顔は不敵な笑みが浮かべ、そして示し合わせた訳では無いだろうが、二人は同時に動き出す。
ダッシュし、その彼我の距離を詰め遂にその距離は、互いの拳が届く距離まで接近。
いよいよ始まるんだ、本当の意味での闘いが。
俺は固唾をのんで、その瞬間の訪れを見落とすまいと、二人から視線を外す事なく凝視し続けた。
シュッ!!と響き渡るのはパンチを繰り出す音か、それとも二人の口から洩れ出た声なのか。
ほぼ同時に繰り出された二人の拳、それは直撃する事なく、二人共的確にそれをガードした。
ガードの上からでも、ビシリと甲高い音を響かせる二人の拳、その打撃力の高さを感じさせるに十分だ。
それに興奮を掻き立てられ観客のボルテージは一気にたかまった。
『Wooooo!!』
大勢の人々の声が掛合わされた歓声は
、意味を為さない狂声となり会場全体に木霊する。
大歓声の中のリング上で繰り広げられるのは、二人の男の攻防戦。
拳打が、蹴りが、繰り出されては防御し、或は捌き、回避し、未だクリーンヒットは互いに許していない。
そのハイレベルの攻防に、大歓声に湧いていた観客達も次第に声を失い、やがて先の俺と同様に固唾を飲み、相対する二人の男達の一挙手一投足を見逃すまいと身構えている様だ。
いつ果てるともつかぬ、二人の格闘家による緊迫の攻防戦。
だが遂にその流れを変えるべく動いたのは、学ランの兄ちゃんだった。
「喰らえぇッ!!」
声を発しながら放たれた、学ランの兄ちゃんの拳はテリー兄ちゃんのボディめがけて繰り出されたんだが、驚くべきはその拳……それは燃え盛る炎を纏っていた。
拳を振るう軌道を追うように、風に靡く炎。
…嘘だろ、何だよそれ……。
炎を纏ったパンチを見た、俺の思いは正にそれだった。
拳から炎が放たれる、そんなの漫画やアニメの中の必殺技みたいな物が現実の世界に有るなんてそんなバカな。
もし、もしそんな物が、そんな物をテリー兄ちゃんが喰らったら……
テリー兄ちゃんが死んじゃう!?
「アンディ兄ちゃん!ジョーあんちゃん!テリー兄ちゃんが、テリー兄ちゃんがっ!」
二人に向き直り俺は必死の形相で訴えるも、当の二人は。
「心配要らないよ八幡、兄さんなら大丈夫だ!」
アンディ兄ちゃんは冷静な声音、でそう言った。
「あぁ、アンディの言うとおりだ八幡
。こっからだ、いよいよ面白くなって来やがったぜ!」
左手の掌に右の拳を叩きつけ、ニヤリと笑いながらジョーあんちゃんは言った
。
「……………………」
二人はそう言うけど、あんな光景を初めて見た俺には、とても二人が言う様に大丈夫だとは思えなくて、不安は募るばかりだ。
そしてリング上では更に、学ランの兄ちゃんの攻撃が繰り出される。
「ボディが甘いぜ!」
学ランの兄ちゃんの掛け声と共に再び炎の拳が、テリー兄ちゃんへと向けて繰り出される。
たが、それはテリー兄ちゃんのボディへヒットする事は無かった。
テリー兄ちゃんのボディは甘くは無かったって事だ。
学ランの兄ちゃんの攻撃をギリギリまで引きつけた後、サイドへスウェーで躱し、そして空振りによる反動により体勢を崩した学ランの兄ちゃんへ、遂にテリー兄ちゃんの一撃が加えられる。
「シュッ!」
短い呼気と共に繰り出される、右のストレートパンチ、テリー兄ちゃんの放ったそれは、学ランの兄ちゃんの頬へ深々と突き刺さった。
「うぅッ」
学ランの兄ちゃんの発した呻きの声、この試合における最初のクリーンヒットはテリー兄ちゃんによるものだ、さっきの学ランの兄ちゃんが繰り出した炎のパンチに比べると地味に思えるかも知れない、だがそれは次に繋がる、テリー兄ちゃんによる攻勢の最初の一歩。
テリー兄ちゃんのパンチにより、更に体勢を崩された学ランの兄ちゃんに、追い打ちが掛かる、テリー兄ちゃんは学ランの兄ちゃんの懐に潜り込み、下方よりパンチをボディ目掛けて叩き込む。
軽く身体をくの字に歪める学ランの兄ちゃん、テリー兄ちゃんの更なる追撃が加えられる。
それこそが、アンディ兄ちゃんとジョーあんちゃんが言った、心配入らないと言った理由。
学ランの兄ちゃんの炎の拳にも負けない、テリー兄ちゃんの必死の拳。
ダメージに身体を歪める学ランの兄ちゃんを他所に、テリー兄ちゃんは両の手をバッと斜め上方へと挙げる。
所謂バンザイのポーズだ、瞬間バンザイのポーズを取った後、軽く身をかがめグッと力を溜め込むテリー兄ちゃん。
そして勢いを付け左の腕を前方へ突き出し、身体は相手に対して半身の構えとなり、右腕を下方で軽く曲げ拳を己の腰の辺りに構える!
「バァーンナックゥッ!!」
相手に対しての真っ直ぐに伸ばした左腕、その拳に青白い炎の様なエネルギーを纏い、リングより足が離れ滑空するかの様に相手へと高速で突進して行く。
『Bagoooon!!!』
高らかに打撃音を響かせ、その拳は学ランの兄ちゃんの頬へとぶち当たる、その威力の前に学ランの兄ちゃんは、ダウンした。
そう、テリー兄ちゃんも持っていたんだ、学ランの兄ちゃんの炎とは違うけど
、超常の技を必死の拳を。
「どうだ八幡、俺の言った通り面白くなっただろうがよ!」
ニヤリ獰猛な笑顔でジョーあんちゃん
は俺に呼び掛ける。
「八幡、今のがバーンナックルだよ
これまで兄さんが築いてきた伝説の礎と言っても過言では無い、兄さんの代名詞と言える技だよ。」
アンディ兄さんは、冷静な態度を崩さずにそう言った。
「勝ったんだよね…テリー兄ちゃんの勝ちだよね!?あんな凄いパンチが当ったんだ、テリー兄ちゃんの勝ちなんだよね!!」
俺はバーンナックルのヒットのインパクトの強さに、テリー兄ちゃんが勝ったんだと、そう思い皆に確認する様に尋ねる。
だがしかし、帰ってきた答は。
「まだよ八っちゃん、まだまだこれからよ、京君はあれだけで勝てる程甘くはないわ。」
『そんな筈は無いんじゃね?』舞姉ちゃんの返答に俺は心の中でそう反論するんだが、それに続きジョーあんちゃんが声を出し俺に言う。
「舞の言うとおりだ、見ろ八幡あの野郎もう立ち上がるぜ。 全く可愛気のねぇ野郎だぜ。」
ジョーあんちゃんの言葉に俺はリング上を見る。
ジョーあんちゃんの言った通りだ、学ランの兄ちゃんはダウンのダメージを感じさせない、しっかりとした足取りで立ち上がった。
その眼は鋭い眼光を湛え、不敵に笑いながら学ランの兄ちゃんは立ち上がったんだ。
二人の格闘家の闘いはまだ終わらない
。
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少年は、闘いの結末を見届ける。
まるでダメージを感じさせない足取りで、不敵に笑い立ち上がった学ランの兄ちゃん。
こういう時、テレビの中継とかだと、
アナウンサーが「解説の○○さん今の攻撃、撃ち気に逸った草薙選手の若さがでましたね」等としたり顔で言うんだろうな。
それを受けて「そうですね、しかし今の一連の流れボガード選手の老獪さが光っていましたよ、あれはボガード選手が草薙選手を撃たせるように誘導したんですよ。」
と言って解説が始まったりして、上手い人の解説は、なるほどと思えるんだがな、下手な人だと精神論に終始して鬱陶しいんだよな。
「へへっ!流石に伝説の餓狼と呼ばれるだけの事はあるな、結構効いたぜ。」
立ち上がり首をコキコキと鳴らしながら言う学ランの兄ちゃんだか、そのセリフからして効いているとは思えないんだがな。
「まだまだこんなもんじゃあ無いぜ俺はよ、勿論お前もだよな京!」
「へっ当然!漸くエンジンが温まって来たところだ、行くぜテリー!」
「OK! Come on京!」
リング上で互いに言葉の掛け合いをしながらも、仕切り直しとばかりにファイティングポーズを取り直す二人。
気合の叫びを響かせ、再び始まる二人の男の超接近戦、開幕序盤の再現の様な展開かと思われたんだが。
さっきとは違い、二人の打撃は徐々にだがヒットし始めた。
顔面をボディを、二人の拳が蹴りが、
互いを捉える。
ビシバシと、打撃の音が響く度二人の顔が歪み、呻きの声が微かに漏れる。
だがそんな状態にも関わらず、二人の顔には笑みが浮かんでいて、まるで二人してもっと打って来い、当てて来いと言っている様で。
俺にとって殴られる事は、痛い事で苦しい事、身体だけじゃ無くて心まで傷付いて行くようで、死なずとも死んでしまって行くようで、現に俺は心が諦めていて、心が死にそうになっていて………。
なのに何でリングの上の二人はあんなにも…………。
この時俺は、それが……知りたくなって…
「フッ!フッ!」
学ランの兄ちゃんの呼気と共に繰出された連続蹴りは、テリー兄ちゃんの顎へとヒットし、その身体を宙へと浮き上がらせる。
「うぉりゃあぁ!」
追撃とばかりに学ランの兄ちゃんが、
腕を振るい炎を発しながら宙へと飛び上がり、その爆炎でテリー兄ちゃんを撃ち落とした。
炎にその身を焼かれながら、マットへ倒れ込むテリー兄ちゃんの姿に、俺は絶望感を味わう。
だがテリー兄ちゃんは、直に立ち上がった。
若干のダメージは負った様だが、その身体には火傷を負った様な形跡はまるで無い……、どうなってんのあの炎?
だが、ダメージは確実に受けている筈だよな、どんな感覚なんだあれ。
「パワーウェイブ!」
「喰らえっ!」
テリー兄ちゃんは、右腕を振り上げ拳にエネルギーを溜めて、屈む込む様に身を曲げマットへその拳を叩きつける。
学ランの兄ちゃんは、身体を斜に構えて腕を大きく下方斜め前方へと振り抜く
。
気のエネルギーと炎のエネルギー。
遠間からエネルギー波を撃ち合い、マットの表面を疾走する、その二つのエネルギーは、ぶつかり合い瞬間マットの上でスパークし相殺された。
(それを見て俺は、何故この闘いのリングが、こんなに広いのか理解した。
こんな飛道具みたいな技を放つんだから、小さなリングじゃ観客に被害が出るかもしれない。
そう考えるとこのリングの広さなも合点がゆくってもんだ。)
すげぇ、二人共、形は違うけどドラゴンボールみたいに、エネルギー波を飛ばせるんだ!
まるでニチアサやアニメのヒーローみたいな人が、自分の目の前に現れた!
こんなの見せられたらそう思うよな、
何時しか俺はテリー兄ちゃんだけじゃ無く、学ランの兄ちゃんの事もそう思う様になり、ちょっとだけ学ランの兄ちゃんの事も応援したくなったのは、内緒だよ八幡と君達との約束だ!
………キモいな、小町にごみいちゃんって呼ばれそうだな。
「こっちだぜ!」
大きく孤を描き空高くから、学ランの兄ちゃんの蹴りがテリー兄ちゃんへと襲い掛かる。
「パワーッダンク!」
だが、それはテリー兄ちゃんの技の前に逆撃を喰らう。
学ランの兄ちゃんの蹴りに対して、その帽子のツバを後ろへ回しながら、飛び膝蹴りを見舞い、相手ごと空へ舞い上がり、落下しながら駄目押しの朱色のエネルギーを纏った拳を叩きつける。
そして着地して帽子のツバを元に戻して構える。
落下のエネルギーが加わったそれは、
一体どれ程の破壊力を有するのか?
それを想像するだけで、下腹部がキュッと縮こまる思いだ。
「クラックシュート!」
テリー兄ちゃんは空中回転蹴りを見舞うが、学ランの兄ちゃんはバックステップで躱し反撃にする。
「うぉりゃあ! 燃えろっ!」
テリー兄ちゃんの着地の瞬間を待ち構えるかの様に捉え、学ランの兄ちゃんは突進し肘打ちを放ち、そのままテリー兄ちゃんの身体を片手で空へと持ち上げ、炎で爆砕。
その様はまるで、爆熱ゴッドフィンガーからのヒートエンドみたいだ。
何処ぞの独神が観たら熱狂間違い無しだっ!……誰だよ独神って?
しかしすげぇな学ランの兄ちゃん、片手でテリー兄ちゃんの身体を持ち上げたよ、どう見ても体格はテリー兄ちゃんの方が大きいのに、一体ダンベル何キロ持てるのん?私、気になります!
取り敢えず、お巫山戯はこれ位にしよう。
二人の打撃の応酬に大いに沸き上がる観衆と裏腹に、次第にダメージによる疲労の色が見え始める二人の様子に、俺の不安は募って行く。
大丈夫だよねテリー兄ちゃんは、そんな思いを口には出せず俺は、アンディ兄兄ちゃんとジョーあんちゃんを見る。
俺が不安気な表情を見せた為か、アンディ兄ちゃんは俺に聞かせるべく語り始めた。
「八幡、僕はずっと昔から1つの目標を持っていたんだ、」
リングへ視線を戻しながらアンディ兄ちゃんは語る。
「そうだな、今の君くらいの年齢からかな、それは兄さんと闘って勝つこと」
視線はそのまま、ポンとアンディ兄ちゃんは俺の頭に手を置き。
「その目標は、残念だけどまだ叶っていないんだ。
だけど彼は、草薙京は兄さんと二度闘い、一度勝っているんだ。」
えぇ!アンディ兄ちゃん、この流れでそんなこと言う?
すっごい不安なんですけど、こういう時って安心出来る様な事言うもんだよね
、違うのと思っていると。
「認めるのはシャクだけどよ、彼奴の実力は本物よ! 本当シャクだけど認めてやるよ彼奴は天才だ、あの学ラン野郎はよ。」
アンディ兄ちゃんの言葉に更に募った不安をジョーあんちゃんの言葉が更に追い打ちをかける。
「だがまぁテリーだって負けちゃいねぇ、彼奴の格闘センスも此れまでに積み上げて来た物もな。」
パシッと俺の背中を叩いてジョーあんちゃんは付け加えた。
その言葉に多少なりとも安心感を得た様な気がして、ホッと一息着けた俺はリングの上のテリー兄ちゃんに、「頑張って」と初めて声を出して声援を贈った。
その声はテリー兄ちゃんに伝わったのか、微かにテリー兄ちゃんが優しく笑ってくれた様な気がした。
いつの間にか俺の背後に舞姉ちゃんが来ていて、俺の両肩に手を置いて。
「大丈夫、今日のテリーは強いわ、だって八っちゃんが見ているんだから。」
俺の身長に合わせて身を屈めて、俺を安心させてくれようと舞姉ちゃんはそう言ってくれたのだろうが、その……。
当っていますよ、大きくて柔らかくて温かい膨らみが。
今の俺ならその感触をジックリ味わっている所だろうけど、この時の俺はそんな下心的な感情など抱いていなくて、ただその感触に途轍もない安心感を抱いていた。
ホントだよハチマンウソツカナイ。
そこよ氷の女王さん携帯仕舞って下さいお願いします。
誰ですか氷の女王さんって?
「パワァチャージ…パワーダンク!」
ショルダータックルからの追撃が学ランの兄ちゃんにヒットする。
「ボディがガラ空きだぜっ!」
炎の拳がテリー兄ちゃんに当たり、追撃の肘打ちが鳩尾へ、そして止めの踵落としが連続ヒットする。
どれ位二人は闘っているんだろう、十分? ニ十分? 実際にはそれ程の時間は経過していないのだが、それを見ている俺には途轍もない時間が経過している様に感じられた。
しかしそれも終わりの時は訪れるのだろう。
現にリングの上の二人は、そのダメージに呼気は乱れ、防御も疎かになり普通のパンチやキックが当たる。
しかし、そのパンチやキックの威力も
衰えている様で、単発で終わり追撃に移れない。
声援を送る観衆にもそれは伝わっている様だ、女性客の悲痛そうな声がやけに耳につく、やっぱり二人がイケメンだから女性客が多いのかな。
「京様ぁ負けないでぇ!」
「テリーさ〜ん頑張ってぇ!」
響くよな女性の大声って、あんまり聞いてると難聴になりそうだよな。
正に声帯兵器だよ、八幡上手いこと言った! 違うか、違うよな。
「フッ、ハァッ」 「うっッ!」
「おりゃあ!」 「うぁっ!」
攻撃の呼気とダメージの呻き、それがまるで交互に繰り返されている様で。
いつだ、いつ終わるんだ、願わくばテリー兄ちゃんに勝ってほしい、でも二人共無事にリンクを降りて、どうか、どうか……。
弾け飛ぶ顔、折れ曲がるボディ、近接戦闘、正に乱打戦の様相。
その最中、三歩ほどバックステップでテリー兄ちゃんは突然学ランの兄ちゃんから距離を取りる。
突然のこの行動に俺は、俺だけで無く恐らくは観衆も、そして学ランの兄ちゃんも、テリー兄ちゃんが何かを仕掛けて来る。
そう思っただろう、現に学ランの兄ちゃんはそれに対しての反撃を意識しただろう。
距離を取ったテリー兄ちゃんだが、攻撃を加えようと動こうとしたんだが、一瞬、ほんの一瞬バランスを崩した様に見えた。
その一瞬を学ランの兄ちゃんは、見逃してはいなかった。
「受けて見ろ!草薙の拳を!!」
巨大な炎の柱がリングに立ち上がる。
どっから出てきたその柱!?なんてツッコミ出来ない。
その炎の柱を潜り抜け、学ランの兄ちゃんはテリー兄ちゃんへと、その身を炎の紅に染め拳の連打を叩き込む。
ビシバシと響く打撃音。
だがそれは、テリー兄ちゃんのガードの上を叩くだけだった。
あのテリー兄ちゃんの一瞬のふらつきは、学ランの兄ちゃんの攻撃を誘う為の策謀。
フェイントだったんだ。
やがて失速してゆく学ランの兄ちゃんの攻撃は、莫大な体力の消耗を促し、遂に終息の時を迎えた。
そしてテリー兄ちゃんは……
眼光鋭く、学ランの兄ちゃんの消耗を確認し、次の行動に移れないでいる事を見留め、テリー兄ちゃんは左のボディブローを放つ。肝臓辺りにぶち当たったそれに苦悶の表情を浮かべる学ランの兄ちゃん。
そして放たれる。
俺がこの日見た、最大の衝撃。
この日からいつか俺もと。
だが未だ届かない高み。
「オーバーヒート!」
さっき見せたパワーウェーブと同じモーションで、マットに右拳を叩きつける
。
発生したそれは、炎の様に燃え上がり天を突刺そうと伸び上がるエネルギーの牙。
その牙は、学ランの兄ちゃんを飲み込み空高く放り挙げる。
間髪を入れず、屈んだ姿勢から左拳を身体を立ち上げながら上方へと振り抜く
。
再び発生したエネルギーの牙は、学ランの兄ちゃんの身体を再度弾く様に吹き飛ばす。
そして数瞬の間を置き、再び右拳にエネルギーを込め、身体ごとぶつける様に振り抜く。
「ゲイザー!!」
先の二発のよりも巨大な、エネルギーの牙がリングの上に発生し、その巨大な牙は学ランの兄ちゃんを三度襲い、大きくて弾き飛ばし、やがて…。
学ランの兄ちゃんは、リングに落下した。
学ランの兄ちゃんは、立ち上がる事が出来なかった。
「Winner! テリーッ・ボガードォッ!!」
高らかに告げられる勝者のコール、妙な抑揚が付けられたソレに誰も突っ込みを入れず、その瞬間観衆の大歓声が響き渡る。
この試合の勝敗はここに決した。
ハァハァと疲れの色を見せていたテリー兄ちゃんは、やがて呼吸を整え終え、しっかりとした足取りで立ち。
「ヨシ! OK!」
勝利宣言と共に自分の帽子を空へと放り投げた。
その帽子は、リングサイドの俺の側に落ちて来た。
どうするべきかと、思案する俺にロックは何か言っている様だが、言葉は分からない。
だけどきっと、その帽子を取れと言っているのだろう。
それに頷いてい、俺はテリー兄ちゃんの帽子を拾った。
リング上ではテリー兄ちゃんが、観衆の声援に応え、大きくその両手を振っている。
二人の格闘家の闘いを見届けた俺は、
決意した。
それを伝えよう。
この日俺に手を差し伸べてくれた、偉大な格闘家に。
心優しい狼に。
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少年は、狼に決意を伝える。
観衆の歓声に、手を振り応えるテリー兄ちゃん。
一頻りその声援に応えた後、リングサイドの俺達の方へと向かって来た。
「どうだったハチマンちゃんと見てくれたよな。」
激闘を乗り越えたその姿には、疲労の色と受けたダメージによる傷等も見て取れる、だけどその顔にはまるでそれを感じさせない、腕白坊主がそのまま大人に成った様な屈託の無い笑顔が有った。
「………まぁカッコ良かったんじゃね…と思う。」
テリー兄ちゃんに声を掛けられたのが何だか凄い気恥ずかしくて、変にぶっきらぼうに応えてしまった俺、比企谷八幡この時もうすぐ九歳。
手に持っていた帽子、テリー兄ちゃんが放った帽子を、テリー兄ちゃんへ突き出す様に差出しそう言った。
「Thank youハチマン!」
身を屈めて一旦は俺から帽子を受け取ったテリー兄ちゃんだったが、その帽子はテリー兄ちゃんの手により俺の頭へと被された。
「こいつは、お前が持っていてくれないか。」
気の良いイタズラ小僧の様な笑顔でそう言ったテリー兄ちゃんに俺は。
「…そうしたいって、兄ちゃんが言うなら、貰ってやっても良いけど…」
全く持って素直じゃない、捻くれた返答しか出来なかった。
「ヨシ!ならそうしてくれ」
そう言ってテリー兄ちゃんは、勝利者インタビューを受けるべくリンクアナがスタンばるリングの中央付近へと歩いていった。
インタビューが終わり、リングサイドに居た俺達もリングに上げてもらう事が出来て、(勿論学ランの兄ちゃん改め、草薙京さんのサイド人達もだが)草薙さんはテリー兄ちゃんと話をしている。
草薙さんもまた試合で受けたダメージを感じさせない挙動をしている。
その様子に俺は、あぁ良かったと内心安堵していた。
話し終えたのだろうか、二人は突き出した互いの拳を打ち付けて、再戦の約束でもしたのだろうか最後に一言交わし、草薙さんは挙手をして離れ行った。
仲間達と合流した草薙さんだったんだが、その眼がふと俺に向けられたかと思うと、俺の方へ歩み寄って来た。
「…その帽子、お前テリーの弟子なのか?!」
そう問いかけられたんだが、俺はそれに対して答えられなかった。
俺自身の気持ちは固まりつつ有ったが
、まだそれを伝えてはいなかったから。
「頑張れなんて言える立場でもねぇし柄でもねぇ…けどまぁ精々元気でいろよ坊主…じゃあな、あばよ!」
なんか銀英伝のキルヒアイスっぽいセリフを言い残して草薙さんはクールに去って行く、どの位クールかと言うとジョナサンの病室を深夜に見舞いに来ながらも、エリナの献身的な看護に感銘を受けてクールに去って行くスピードワゴン位クールだった。
そして、草薙さんの後を追いながらも二階堂さんや大門さん、あと青い学ランの兄ちゃんも俺とロックに手を振って去ってゆく。
引き続き、リンク上では優勝者テリー兄ちゃんへの優勝賞金、商品等の授与式が行われている。
一通りの品物の授与が終わり、次は花束の贈呈なんだが、その担当者を麻宮アテナさんと小学生の女子数名が、どうやら受け持つ様だ。
「テリーさん優勝おめでとうございます、素晴らしい試合でした、今度は私とも手合わせしてくださいね。」
「ありがとなアテナ、そうだな、まぁやる時は精々お手柔らかに頼むぜ。」
麻宮さんの祝いの言葉にテリー兄ちゃんは、パチリとウインクをしながら返礼する、こういう所はやっぱアメリカ人なんだなと思わせるよな。
麻宮さんに続いて花束を持った女子数名が、順番に花束をテリー兄ちゃんへ渡してゆく。
「優勝おめでとうございます、お兄ちゃん。」
「ありがとう、小さなレディ!」
子供達から花束を受け取る為、しゃがんで目線を合わせながらテリー兄ちゃんは一人一人に感謝の言葉を述べながら、
受け取る。
金髪イケメンの外人兄ちゃんに、レディなんて言われんだからな、少しませた子なら落ちちまうだろうな。
現に今、小さなレディなんて言われたあの亜麻色の髪の女子、めっちゃ嬉しそうにしてるし、うわ〜めっさモジモジして身体くねらせてやがる、いちいち仕草があざとい! まるで何処ぞのあざとい後は…
ペコリとテリー兄ちゃんにお辞儀をして、その場を離れる亜麻色の髪の女子。
俺を見て立ち止まった、否ロックを見たんだろうな………。
うわ〜さっきみたいにモジモジしだした。
右手はスカートを軽くつまみ、左手を口元に当てて、チラチラと目線を送りながら顔なんか赤らめて。
おい、イケメン金髪男児、アピられてんぞ………べっ、別に悔しくなんか無いんだからね! ………くすん(泣)
しかしロックは、その女子に対して何らリアクションをしなかった。
だがその顔は赤味が掛かっていて、照れているの丸わかりだ、ロックもどうやら俺と同じコミュ症の暗黒面に落ちているようだ。
ダース・なんちゃらって改名すべきかな、俺もロックもさ。
最後の一人がテリー兄ちゃんに花束を手渡しつつ、語り掛けている。
「お兄しゃん、らい丈夫なの、痛くない?」
「ハハハッ平気さ、俺はすっごく強いからな!」
花束を受け取りながら、片腕の二の腕の力こぶを示し、そのちょっと舌足らずな話し方の女子に答えるテリー兄ちゃんは、彼女を安心させようとしてか、漫画ならニカッって感じの書き文字が入りそうな笑顔でそう答えた。
「怪我をし時は、ちゃんとお手当して病院に行からいとだめ何らからね!」
「あぁ、ありがとうな優しいお嬢さん心配してくれて…その優しさを何時までも忘れない様にな!」
「うん!」
舌足らずな少女の(多分俺と同い年位だな)思いやり溢れる忠告にテリー兄ちゃんは、その女子の頭を優しく撫でて返事を返す、その物怖じしない少女の態度と優しさに、すっかり感心した様だ。
彼女を見る眼は、慈しみを感じさせるものだった。
ペコリと彼女もまた、お辞儀をしてテリー兄ちゃんの前から辞する。
笑顔でテリー兄ちゃんの元から、少女達の待機する場所へ向かおうとかけ足で向う少女だが、おいおい足元ちゃんと見てるか危ないぞ!
あっ、つんのめった! 言わんこっちゃ無い……言ってないんだけどね、てへっ!。
俺は咄嗟に、転びそうになったその女子に手を差し伸べた。
何とかギリで転ぶ前に間に合って、少女を支える事が出来て、まぁ膝は着いちまったが。
自分の現状が把握出来て居ないのか、
キョロキョロとする少女。
「あっ、あのひゃ…大丈夫か?」
くそっ噛んだ。
噛みながらも少女に声を掛けてみたんだが、俺の眼を見てなのか、自分の現況を理解し恥ずかしくなったのか。
「うぅっ…ひっく…」
半べそかき始めた。コレ俺の眼を見てなら、泣きたいのは俺だっての。
しかし、このまま泣かれるのも厄介だな、そう思った俺は右手でその女子の頭を撫で。
「だっ、大丈夫だじょ、どこも怪我してないだろう、大丈夫落ちちゅけよ…」
なんとか宥めようと、コミュ症回路を封印して頑張ってみたんだが…
吃りまくりな上に噛みまくりだよぉぉぉ……しかも、うわぁ初めて小町以外の女子に触れたよぉ、小町ぃお兄ちゃん大人の階段一歩登っちゃったよ、頑張ったんだってばよ。だからもうゴールしてもいいよね、良いって言ってよバーニィ!
「…………あ、おりがと…えへへっ」
俺の頑張りが報われたのか、少女は小さな声でお礼の言葉を言ってくれた。
良かった、俺の眼を見てびびられたんじゃ無かった、ホッと安堵の溜息が出そうになった。
「おっ、おう…立てるか? ほら。」
彼女に手を貸して、立つことを促すとニコッと大きく口をあけて笑って素直に従ってくれた。
その際見えた彼女の口内は、所々歯が抜けていた。
コラっ!女の子がそんなに大口開けちゃ駄目ですよ、セキレイNO.88のあの娘も言ってたでしょう。
慎みを忘れちゃいけないって…あっ!NO.88の中の人はこいつじゃ無いじゃあないか、NO.88のかなの人は氷の女お……否中の人なんて居ないんだからね。
てか、しかしだから舌足らずっぼい喋り方なのかよ、虫歯かコイツ、ちゃんと歯ぁ磨けよな。」
「あしひ、ちゃんと磨いてるもん! 子供の歯が取れたらけらからもうすぐ、大人の歯が生えてくるんらからね!」
あらやだ、内なる俺の声は口から漏れ出ていた様です。
怒らせてしまった様だ、しかし大人の歯って、乳歯永久歯って知らないのかよ
、どうやらコイツはアホの子の様だ。
「…でも、ありがとう…」
怒ってはいたものの、礼はちゃんと言ってくれた辺り、コイツは結構良い奴のようだ。
そんな俺達の様子を兄ちゃん達は、ニヤニヤ笑いで見ていた。
止めて、そんな目で見ないで!
見てるのは、マリア様だけで充分なのよ!
最後は皆で記念撮影をして、この日のイベントは終了した。
それ迄の間、アホの子少女はずっと俺の隣にいて、話しかけて来た。
「今日はねあたひ、アテナちゃん見に来たの、あたひアテナちゃん大ひゅきなんだ、パパがねコンサートの切符買ってくれたの! えへへぇ〜!」
にこにこ顔で楽しそうに話すアホの子少女、こんな風に女子に話し掛けられたのとか初めてで、「ふうん」とか「そっか」とかしか言えなかった俺、ポニーテールにはなりません。
コンサートの切符って、チケットだろうがよ。
やっぱコイツはアホの子だ、だかしかし切符って言っても問題ないのか、広義の意味では。
それにしてもコイツは距離感近すぎじゃね、小3?女子ってこんなもんなの?
ボッチの俺には分かんねぇや。
それからついでに、亜麻色の髪のあざとい女子だが、何とかロックに近づこうと思っていた様だが、ロックの性格的に女子と積極的に女子と関わろうとしない女子限定の、コミュ症の暗黒面落ちしてるしな、彼女に近寄ろうとしないて、テリー兄ちゃんの側から離れ様としない様だし、しかもまだ日本語も理解出来ていないからな、その思惑通りには行かなかった。
めっちゃ残念そうな顔で、口を膨らませていた。
何と言うかあのですね、ドンマイ亜麻色の髪の女子。
「…あのね、ありがとう…また遊ぼうね!」
遊んだ覚えは無いんだが、どうやらアホの子少女の中では、遊んだと認定されたらしい。
ほぼ一方的に喋られただけなんだが。
「あぁ、おう!?」
適当に相づちを打っておいた俺、口調に疑問系も含ませて置いたので、それが叶わずとも問題無い。
只一度この場で会っただけ、また会えるとは限らないからな。
控室へ戻り、皆で暫しのリラックスタイムを満喫。
俺は、自分の決意をテリー兄ちゃんにどう伝えるべきか考えていた、言おうと思っていてもそれを上手く言語化出来るのかとか、それを聞いたテリー兄ちゃんが何と言うか、普段人との関わりを持てない俺としては、只それを伝えるだけでも妙に考え込んでしまう。
それを察してくれたのか、考え込んでいた俺の前にテリー兄ちゃんが来てくれた。
「なぁハチマン、朝俺はお前に見て欲しい物があるって言ったけどよ、それが何なのかお前はもう解ってんだろ。」
そして自分から話を振ってくれた、俺はコクリと頷き肯定する。
「お前は強くなりたいんだよな、俺はなお前のその思いに応えてやりたい、そう思ってんだ。」
「しかしそいつは、それを実行するには、お前自身の決意ってやつが必要なんだよ、どうだハチマンお前は学んで見る気はあるか!?」
テリー兄ちゃんのその真摯な気持ちに俺は、俺も真摯に応えなければいけないんだ。
言うんだちゃんと……
「テリー兄ちゃん、俺に格闘技を教えて下さい。 俺強くなってちゃんと守りたいんだ、自分も大事な物も全部。」
伝えた、自分の思いを。
「解った。 ハチマンこれからお前の家に行くぞ、お前の両親に会いにな。」
テリー兄ちゃんは応えてくれた、俺のその思いに、その上で俺ん家へ行こうと言う。
「お前の両親に会って、その上でこれからの方針って奴を決めようぜ!」
そのテリー兄ちゃんの決定により、皆で比企谷家へ向う事が決された。
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少年は、餓狼達と共に家族と向き合う。
そんなこんなで、俺達は会場へ来る時に乗せてもらったリムジンに再び載せてもらい、やって来ました比企谷家の前。
リムジンを降りて、俺を先頭に皆があとに続いてくれて、いざ我が家のドアを開かんとしたその時。
我が家の扉はあらなんと、内側から開かれたではあ〜りませんか。
開かれた扉から現れたのは、当然ながら我が家の住人。
初めに見えたその姿は、母ちゃんだった、続いて親父の姿が見えた。
『ただいま。』とそう言おうとした時だ、俺の機先を制し先に言葉を発したのは母ちゃんだった。
「…おかえりなさい八幡…それから皆さんこんばんは、八幡の母親です。」
「はじめまして、八幡の父です。
狭い家ですがどうぞお上がりになって下さい。」
母ちゃんとそれに続いて親父が、皆に挨拶をして家へ入る事を促した。
「はじめまして八っちゃんのお父様、お母様、私不知火舞と申します。」
皆を代表するかの様に舞姉ちゃんがうちの両親に挨拶をし。
「はい、良く存じております、不知火舞さん、テリー・ボガードさんにアンディ・ボガードさん、ジョー東さん、それとそちらのお子さんは、テリー・ボガードさんのご養子のロック・ハワード君でしたね。」
舞姉ちゃんの返礼に答えた親父、俺は親父が皆の素性を知っている事に驚いてしまい、何で知っていたのか聞いてみると「父さん実は格闘技、結構好きなんだよ。」との答えが帰ってきた。
意外な答えが返ってきたのに、瞬間俺の表情はポカン状態。
親父の趣味志向を俺はちっとも知らなかった。
この一事を取っても、如何に俺達家族が互いに、コミュニケーションを取っていなかったかと言う事実を物語っているよなぁ。
「母ちゃん、小町はどうしたの?」
さっきから気になっていた、この玄関に小町の姿が見当たらない事。
それが気になり俺は聞いてみた。
「小町は、寝ちゃったのよ…さっき迄起きていてね、お兄ちゃんが帰ってくるの待ってるって言ってたんだけどね。」
ここじゃあ何だから、話は家の中でしましょう、母ちゃんの言葉に従い皆で家へ上がり話す事にした。
まぁ最初っからテリー兄ちゃんの目的はそれだったんだから、漸く目的が果たせるってなもんだ。
リビングのソファの上に小町はタオルケットを掛けられて寝かされていた。
小さな小町の可愛い寝顔に、俺は心が暖かくなってゆくのを感じた。
「……ただいま小町。」
そっと小町の頭を撫でながら、小声でただいまと告げた。
「小町ね、お兄ちゃんと一緒にアテナちゃん見るんだって、お母さんが起きてからずっと言ってたのよ。」
そうだったんだ、今日のイベントはテレビで放送されていたんだよな。
麻宮アテナファンの小町はそれを知っていて、俺と一緒に見る事を楽しみにしていたんだ。
ゴメン小町、一緒に観れなくて。
「でも八幡が帰って来ないから、ガッカリしていたのよ。」
「でもな、その後のテリーさんの試合中継に八幡、お前が映っているのを小町が見つけてな、お兄ちゃんがアテナちゃんの所に居るってテレビを見て大騒ぎでな、まぁ俺達は気付けなかったんだけどな。」
「だけど、テリーさんの帽子を八幡が被せてもらってた時に漸く私達も判ったのよ、大きく映ったからね八幡がテリーさん達と一緒にいたんだって、それまでもチラチラ八幡が映っていたのに私達は気付かなかったけど、小町は最初から八幡だと気付いてたのよ。」
「本当に小町はお前の事が大好きなんだよ、父さん本当にお前に嫉妬の炎に身を焦がしそうだぞ八幡。」
その日の出来事を語る両親、改めて俺の事を想ってくれる妹の存在。
その事に心が充たされてゆく、でも親父ィィィ、最後で台無しだぜよ。
改めてリビングに集った俺達は、今朝からの一連の出来事を両親に語った、そして何故そうなったのか、切っ掛けとなったのは俺に対する虐めだ。
「と言う訳でこのカードに、今朝撮影したデータが入っている、コレをどう使うかはあんた達次第だぜ親父さん、お袋さんもな。!」
奴等に良い様にヤラれていた今朝の俺の姿が映された映像、テリー兄ちゃんはそれを親父に渡した。
「…何から何まで、ありがとうございますテリーさん、この好意決して無駄にはしません。八幡の今後の為必ず役立てます。」
「…自分の子供がそんな目に会っていると云うのに、それに気が付いて居いなかったなんて、私達は父親母親失格ですよね。」
テリー兄ちゃんへの感謝と己の有り様に対する反省の弁を口にする両親の姿に俺は何とも言えず、只それを観ているだけだったんだが。
「……うぅ〜ん…んぁ〜っ!あっ、お兄ちゃんおかえりなさい。」
そんな時に小町が目を覚まし、おかえりなさいと言いながらボディアタックをかましてくれた。
思わずぐえっと声が出そうになっが、そこはガマンの男の子。
そうなのです、為せば成る、ザブングル……
このネタ、知っている人は昭和世代かスパロボ好きだよな、八幡知ってる。
息が詰まりそうな状態を我慢して何とか、ただいまが言えて、俺は安らいだ気持ちを抱いた。
「よう、目が覚めたんだなコマチ。」
俺のお腹に抱き着いて頭をグリグリとしていた小町に、テリー兄ちゃんが、呼び掛けると、小町はキョトンとした顔でテリー兄ちゃんを、そしてリビングの状況をキョロキョロと確認し。
「あ〜!テレビのすごく強いお兄ちゃんだぁ!」
大きな声でテリー兄ちゃんを指差しながら、言う小町の表情は驚きと喜びに溢れていた。
「俺はテリーだ、よろしくなコマチ」
「うん!!テリーお兄ちゃん!」
テリー兄ちゃんの小町に対する自己紹介と小町の返事、それに続き皆も小町に自己紹介を始める、小町はそれぞれの名前プラスお兄ちゃん、お姉ちゃん呼びで返事し、以後そう呼ぶ事が定着する。
ロックもお兄ちゃんと呼ばれ、意味は理解出来なくとも、小さな小町に好意を向けられている事は解った様で、優しく笑って接してくれた。
因みに皆の小町に対する呼び方だが、舞姉ちゃん以外は普通に小町と呼ぶ。
舞姉ちゃんはと言うと「こまちゃん」と呼ぶんだが……何処ぞの田舎にお住まいの越谷さん家の小さな長女かよ。
まぁ俺の事を八っちゃんと呼んてる時点で、なんと無くそう言う呼び方になるんじゃ無いかとは思っていたがな。
一通りの挨拶も終え、話は再度俺の現状に対しての事が話される。
改めて両親は俺に対しての謝罪を口にする、そして小町はその眼に涙を溜めて以前虐めが原因で負った怪我の治療を手伝った事を両親に話し、両親にはそれに対し何故言わなかったのかと問われた。
「…俺、今日テリー兄ちゃんに肩車してもらったんだ、いつも見えないずっと遠くまで色々沢山見えたんだ、それが何か俺……嬉しかったけど…俺、父ちゃんにも母ちゃんにも肩車してもらった事無い………。」
そこで俺は言葉に詰まって、沈黙してしまい。
「要するに八幡は、話しても無駄だと思ったんじゃ無いですか、いつも仕事で帰りが遅く、話をする時間もあまり取れていなかった、八幡は僕達にそう話してくれましたよ。」
「休日はあんた等、仕事疲れで遅くまで休んでいて、起きて来てもまだ小さい小町の世話も有るだろう、だから八幡に対して目を向ける事がおざなりに成ってたんじゃあないのかい?」
アンディ兄ちゃんとジョーあんちゃんの二人が両親に、言葉に詰まった俺の代わりに物申してくれた。
「八っちゃん自身それを分かっていたんでしょう、まだ小さいこまちゃんの事を目を掛けなきゃいけないって、そう一歩引いてしまったんでしう。」
「自分はこまちゃんのお兄ちゃんなんだからって、八っちゃん自身が我慢してしまったって言うのも有るんだよね、そうなんでしょう八っちゃん!?」
「………………」
何も言えなかった、確かに舞姉ちゃんの言う通りだ、俺自身が両親へと距離を取った。
だから甘えたかったのに甘える事を躊躇ってしまった、痩我慢をしてしまっていた。
何処ぞのテレビ番組に出て来る教育評論家なんぞは「それでも、それを察する事が親としての在るべき姿だ。」とかしたり顔で宣うんだろうな、けど物事そうそう上手くは動かない。
家の両親は仕事人間だった事、俺が自分を抑えた事、両親と俺が共に小町を優先的に考えてしまった事。
そう言った複数の人間の思考が思惑が働いた結果がこの状況を作り上げたんだよな。
何も教育評論家の言を全否定しようとは思わない、彼等の言う事も一理有ると思う。
只、うちの家族がそんなだから、俺を含めて互いの事を理解し合うと言う事をおざなりにしてしまった。
それだけの事なんだよな。
「…ねぇ八幡、八幡はさ覚えているかな…八幡が小学校に上がってすぐの頃の事、休みの日にお母さん寝坊しちゃって朝食作れなかった事が有ったよね。」
あぁ、覚えてるよ母ちゃん。
親父と母ちゃんは前日帰りが遅くて、二人は朝起きて来なくて、俺と小町は普通に起きていて「お腹空いたね」小町がそう言って、朝食を俺が作ったんだ。
それからだったんだ、休みの日に俺が小町分と二人分の食事を用意する様になったのは。
「テーブルの上に、トーストと玉子焼きと焼いたウインナーと、ちょっとしたサラダが並べられていてさ、コレどうしたのって聞いたら小町が…お兄ちゃんが作ったんだよって、本当に嬉しそうにそう言ってさ…。」
「八幡はお母さんが、作っているの見て覚えたって言ってさ…お母さん本当にビックリして、だって小学校に上がったばっかりの八幡が料理が出来るって思ってもいなかったからさ。」
母ちゃんはそこまで言って、躊躇う様に、口をつくんだ。
暫し沈黙し、意を決したのか再び語り始めた。
「ごめんね八幡、あの時お母さんは八幡の事褒めたよね…でも本来ならあの時お母さんは、八幡の事叱らなきゃいけなかったんだよね、なのにそれからはしょっちゅう八幡に甘えて。」
え!?何で!?
何で母ちゃんは俺を叱らなければならなかったんだ、理由が分からない。
「だって、小学校に上がったばっかりの子供に刃物やガスコンロを扱わせるなんて、危険だからやっちゃいけない事なんだよね。だからお母さんあの時…先ずは八幡の事叱ってガスコンロや包丁は、お母さんと一緒の時しか使っちゃ駄目って注意して、それから…それから寝坊してごめんねって謝って、それから…ありがとうって言わなくちゃいけ…なかっ…なかったんだよね。」
最後は言葉に詰まりながら、母ちゃんは俺を抱きしめそう言った。
小さくごめんねと何度も耳元で呟く母ちゃん、その声を聞くうちに俺も母ちゃんの背に腕を回して、母ちゃん、母ちゃんって呼んで…。
数年ぶりに感じた、母ちゃんの温もりに感極まり、何時しか俺は泣いていた。
俺の腕を掴んで、小町もまた泣いている、そして親父も俺の頭に手を置き謝罪の言葉を呟く。
俺は自分の心が次第に解けてゆくのを感じていた。
ずっと蟠っていた物が解けてゆく。
「ちくしょー、泣かせんじゃねぇよ」
ジョーあんちゃんは、鼻を啜りながら貰い泣きしていた。
一々昭和っぽい反応をするジョーあんちゃんに、俺達は次第に泣き笑いの状態になって行ってしまった。
シリアスブレイカーかよ、あんた。
「ふぅ、コイツはどうやら俺の考えていた最悪の事態は避けられそうだな。」
テリー兄ちゃんは安堵し、そう俺達に告げた。
テリー兄ちゃんが言う最悪の事態とはどう言う事なのかそれは、皆がテリー兄ちゃんを注目する中、ゆっくりと語り始めた。
「もしも俺が考える最悪の状態にあんた達が有ったら、俺は八幡の親権をあんた達から奪うつもりだったんだ。」
テリー兄ちゃんのその言葉は、親父と母ちゃんに取ってみてら、とても重く受け入れ難い発言だろう。
二人はその言葉に言葉を失い、テリー兄ちゃんの真意か語られる時を固唾を飲んで待った。
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少年は、遂に修行を始める。
思わぬ発言とは正に、テリー兄ちゃんがこの時に発した発言で有ろう。
「どう言う意味ですかテリーさん。」
そのテリー兄ちゃんの言葉に、衝撃を受けた両親は恐る恐ると言った感じで、テリー兄ちゃんに問いかける。
「あんた達にハチマンに対する愛情って奴が無かったら、そんな人間の元にハチマンを置いとけないからな、その場合はまぁ、そうしていたって事さ、例えば金で子供を売る様な親だったりとかだったら、今日の試合の賞金全部くれてやってでもそうしたさ。」
「けどまぁ、あんた達には我が子に対する愛情って奴がちゃんと有った、だからもう俺がそれをする必要は無い、だろう親父さんお袋さん。」
「はい。」
テリー兄ちゃんの言葉とそれに続く問に両親は確りと応えた、その答えに皆は納得したとばかりに頷く。
「よっしゃあ!八幡の自宅での環境問題はひとまずコレでヨシだな、あとは夏休み明けの学校問題だ。」
「そこは御両親が、学校に対して行動を起こさないとね。」
「あぁ、なんと言っても兄さんとロックが撮影した映像という何よりの証拠もあるんだ、その子供達には然るべき報いを受けさせなければいけない。」
「それだけじゃあ終わらねぇ、それ以外にも八幡を虐げていた奴も居るんだろからな、そこの対処も確りとやらねぇとな。」
「ええ、その為にも活かさせて貰いますよこの映像、抑止力として確りと役立てます。」
大人達が俺の為の今後の方針を話し合ってくれている、この日最初にテリー兄ちゃんとロックに出会った事で俺の置かれた状況は一変した。
少なくともそれは悪い方向にでは無いだろう、それは今現在の俺の状況に表れているしな。
一通りの話を終えその後始まったのは親睦を兼ねた宴会だ。
夕飯として母ちゃんが作った料理だけでは、皆の分は賄えないので出前を注文し、更にアルコールやジュースなどの買い出しに親父を駆出して、ある程度の物が揃った所で始まったささやかな宴会。
それはとても楽しいひと時だった。
大人達は共に酒を酌み交わし、次第に酔いが回りおかしなテンションになって行き、子供組はそんな大人達を少し呆れながらも笑って見ている。
俺個人としては小町がそれを喜んでくれた事が、堪らなく嬉しかった。
普段は寂しい我が家がこの日は大勢の人で賑わっていて、豪放で気さくな格闘家の兄ちゃんや姉ちゃん達が明るく場を盛り上げる。
そんな皆の周りを行ったり来たり、ニコニコ笑顔で動き回る、そんな小町を皆も笑顔で受け入れる。
正にマイスウィートエンジェル、コマチエル!
その魅力の前に皆ノックダウン、カウント無しのレフェリーストップによるKO勝利。
序にその宴会の中で起こった出来事のいくつかをここで語るとしよう。
先ずは親父だ、親父のやつと来たら舞姉ちゃんの色香に迷ったか、鼻の下を下げまくってだらしない顔晒しまくって、挙げ句果には母ちゃんにどつかれる始末だ。
まぁ親父の気持ち判らんでも無い、だってホラ舞姉ちゃん超美人だし、あと美人だし。
後母ちゃんもだな、母ちゃんも余り親父の事言えないっていて八幡思うの。
だってアレだ、テリー兄ちゃんとアンディ兄ちゃんの事見て顔をうっとりさせてんだからな、そりゃあ二人共イケメンだしさ、女の人からすりゃなぁ…。
それに母ちゃんロックの事もすっげー慈しみをの眼を向けて見てんだよな、あれか!?将来のイケメン候補に今のうちからツバをつけとく的なもんか?
それからジョーあんちゃんなんだが、親父の事をしばき倒す母ちゃんのバイタリティーに、すっかり母ちゃんの事が気に入ったらしくて、母ちゃんの事を姉貴と呼ぶ様になったんだよな、最初は姉御と呼ぼうとしたんだが、ソレは止めてとの母ちゃんの希望から姉貴呼びとなったんだ、因みに後に親父の事も兄貴と呼ぶ様になるんだが。
そんな感じに宴の夜は更けて行き、翌朝大人達が二日酔いに苦しむ事になったのは、至極当然の事であった。
そして翌朝、俺は遂に、遂にテリー兄ちゃんから、格闘技の手解きを受ける事になっ……らなかった。
翌朝大人達が二日酔いで唸っていてそれどころでは無かったからだ。
俺達子供組は、醜態を晒す大人達に水や牛乳を飲ませたり、インスタントのしじみの味噌汁を用意したりと、忙しかった。
結局、大人達が復活したのは正午に近い時間だった。
こんな大人達を見て思うんだが、結果として苦しむ羽目になる酒なんて何で飲むんだろうか、結果が分かっていても飲みたくなる程に美味いものなのか!?
まぁあのディオ様が人間辞める前に飲まずにはいられないって言ってた程の物だしなぁそんなもんなのか、つかあれはストレス発散の為だよな、ダメダメじゃん。
テリー兄ちゃんが、二日酔いから醒めて動ける様になるまで、夏休みの宿題やらやってたら、テリー兄ちゃんが俺とロックに、其々日本語と英語を教えて合って見たらどうかと提案してくれて。
二人共否やは無く、そのアイデア頂きました!と言う事で教え合う事にしたんだ、とはいっても始めは品物の名前とか其々日本語と英語で何と言うかとか、まぁそんな程度の事からスタートした。
漸く、修行が始まる。
それはその日の正午を過ぎ、昼食を済ませた後の事だ。
まず始めはストレッチからだ、筋肉を解す事で柔軟性を増し怪我をするリスクを減らす為に。
そして体力増強の為の長距離ランニングや瞬発力強化の為の短距離ラン、筋力アップの為の腕立て腹筋等のマッスルトレーニング。
その後、パンチやキック等の基本動作等のトレーニングだ。
但し、これ等はまだ俺達の身体が成長期を迎える前の子供で有る事から、必要以上の無理なメニューは組まない。
メニューの増加は俺達の成長に合わせて行う、という事で。
「ハチマン、俺の格闘スタイルはマーシャルアーツって言うんだかな、その元になっているのは八極聖拳と云う流派の拳法なんだ。」
「その八極聖拳の技は、体内の気を高める事によって成されるんだ、つまり体内に蓄積する事で防御力を高め、拳や脚に集中する事で攻撃技として放出するんだ。」
そうか、あの試合で放ったバーンナックルとかパワーウェイブとかの輝く様な光は気のエネルギーなんだ!
おお!なんかドラゴンボールぽいぞ、その事実に俺の気持はものすっごく昂ぶった。
気を高める為に行う修行は、心身を鍛える事だ、先に行なった肉体的トレーニングは勿論の事、精神修養の為の瞑想、そして呼吸法等だ。
瞑想により己の内と向き合い、気の流れ等を知ること。
呼吸法により外気を取り入れる事により、ウチなる気と外気を融合させて更にその気を高める。
まぁ言うは易し行うは難しだ、一朝一夕で身に付く物では無い、現に修行を始めて数年経った現在でもまだまだ極めたなんて言え無いからな。
「……………………。」
早速気の鍛錬を始めてみた、眼を閉じて胡座を組み黙って座っている。
本当に黙って座って居るだけだ、まるで何も感じない。
本当にこれで良いの、次第に俺は心の中に色々な思いが浮かぶ、これって雑念って奴かな。
「ハチマン、こんな事で良いのかなんて考えているだろう!?」
テリー兄ちゃんは俺の状態を見て、その俺の心境を言い当てる。
やっぱ判るよな、きっとテリー兄ちゃんも通って来た道なんだろうな、でもマジでそう思ってしまうのは仕方ないんじゃね!? この時の俺はそんな顔をしてテリー兄ちゃんを見た事だろう。
鏡を見た訳じゃ無いからな、自分の顔なんぞ分かりようが無いさ。
「ハチマン、俺の手を握って眼を閉じてみろよ。」
左手を差し出して来たテリー兄ちゃんの、その手を自分の左手で掴んで言われた通りに眼を閉じてみた。
「今から俺がお前に俺の気を送るからよ、ちょっとビックリするかも知れないけど、心配する事は無いからな……そんじゃ行くぞ。」
そう言うとテリー兄ちゃんは俺に自分の気を送り込んで来た。
瞬間、俺の身体に確かに何かが流れ込んで来る感覚が走った。
「うわあぁっ!!」
予想だにしない不思議な感覚に、思わず悲鳴を挙げた俺、あらやだはずらかしい。
「テリー兄ちゃん、何これ何これ!」
その感覚が何なのかテリー兄ちゃんに尋ねる、興奮の為何これ何これってサーバルった言い方になったけど、この時はまだけもフレ放送前だったからハチマン知らない。
「ハハハッ、今のが俺が送り込んだ気だ、落ち着けハチマン何の害もないからよ。 それよりもう一度目を閉じてみるんだ、眼を閉じて、そうだなゆっくりと深呼吸をしてみろ。」
テリー兄ちゃんの言葉に従い、眼を閉じて鼻から思いっきり空気を吸って、口から「ハアーッ」と吐いた。
「ハチマンそんなに思いっきりやらなくても良いんだ、ゆっくりとだゆっくり吸って、静かに吐くんだ。」
その言葉に従いゆっくりと、静かに深く呼吸を繰り返し行う。
「どうだ感じるか、気が体内を巡るのを。」
「…うん」
最初はどう表現したら良いか、そうだな荒れ狂うだとちとオーバーな感じだけど、いきなり自分の中に流れ込んできたものに違和感と云うか電流…とも違うかな、暖か、否熱いエネルギーが(あぁ自分の語彙力の無さが恨めしい。)駆け抜けてゆき放散される様な感覚がしたんだが、呼吸を整えてみるとそのエネルギーは静かに体内を巡りやがて穏やかに身体の中に充ちて往く、不思議な感覚だ。
「そいつを自分自身で出来る様に成らないといけないんだ、ハチマン。」
「うぅん、なんかすげえ難しそうだよテリー兄ちゃん、俺出来るかな?」
先行きの困難さが思いやられ、不安を口にする俺ガイル。
さっきも言ったが、一朝一夕で出来る様になるものでは無い。
「ハハハッ、そう簡単に出来る筈が無いさ、焦るなよ時間を掛けてゆっくりと身に着けて行けば良いんだ。」
ゆっくり、ゆっくりとか…
でもさ、テリー兄ちゃん、そんなにゆっくり出来るのかな。
だってテリー兄ちゃんはアメリカ人でさ、だから何時までも日本に居る訳には行かないんだよね。
「………。」
そう口に出掛かった、けど言い出せ無い。
出て来たのはまるで自分の思いを誤魔化すかの様な言葉。
「…じゃあさ、ロックはどうなの?」
俺の口から出た自分の名前に、ロックはキョトンと首を傾げ、テリー兄ちゃんはやれやれと言いたげに、俺の問に答えた。
「そりゃあな、ロックは俺と一緒にチョトばかり長くお前よりも修行してるからな、今はそれなりに身に付いて来ているさ、えぇとこう言うの日本語で何て言うんだ…?」
「一日の長だよ、兄さん。」
日本語の言い回しが、浮かばないテリー兄ちゃんにアンディ兄ちゃんが、助け舟を出し言葉を教える。
流石はアンディ兄ちゃん、日本に長く住んでいるだけに、良く日本語を理解していらっしゃる。
「Thanks、アンディ!」
「それだハチマン、ロックだってある程度身に付ける為に其れなりの時間が掛かったんだ、だからソイツは当然の事だと思っとけよ。」
「…うん…。」
言えなかった。ずっとは無理だとしても出来るだけ長く此処に居て欲しい、もっと長く一緒に修行したい。
兄ちゃん達とロックと……。
「お兄ちゃん、お母さんがスイカ切ったよ〜、皆で食べよう!」
タイミングが良かったのか、両親と小町がスイカを持って来てくれて、状況の切り替えが、取り敢えずは出来そうだ。
今は考えないで居よう、今は教えてもらった事を一つ一つ見に付ける事を優先するんだ。
「いやースイカ食ったのなんか随分と久し振りだぜ、日本の夏はやっぱコレだよなぁ!」
「あぁもう!ジョーてば、種を飛ばさないでよ、子供じゃ無いんだから!」
「初めて食ったが、塩を効かせるとすっげぇ旨くなるんだな。」
「うん美味しね、確か千葉県はスイカの収穫量が日本でもトップクラスじゃ無かったかな!?」
スイカを味わい、思い思いにその感想などわ口にする皆。
しかしアンディ兄ちゃん、良くスイカの収穫量なんか知っていたよな、もしかしてアンディ兄ちゃんってイケメン農業系アイドル格闘家として鉄腕DASHのレギュラー狙っていたの? 違うか、違うよな。
スイカを味わい人心地付いてのまったりタイム。
そんな時テリー兄ちゃんが、家の両親に話し掛けた。
「親父さんお袋さん、チョトばかり相談と頼みが有るんだが良いかい」と切り出した。
「実はさ、ハチマンの修行の為にも暫く日本に居ようと思っているんだが、この近くに手頃なアパートメントが有れば借りたいんだがどうだろうか、それとその間ロックをハチマンの学校に通わせたいと思っているんだが、それは出来るかな!」
えっ!?何やってえ〜!
何処ぞの関西弁のパン職人の様な叫び声を、心の中で上げた俺、ジャぱん!
「テッ、テリーさん本気なんですか、うちの子の八幡の為にそこ迄して下さるのですか……。」
俺と同じ様にテリー兄ちゃんの発言に驚いたのか、母ちゃんは言葉に詰まりながらもそう尋ねる。
「そうじゃ無いさお袋さん、してやるんじゃあ無い、俺がそうしたいんだ。
俺がハチマンの成長を見たいんだよ、と言っても、さっきも言ったがそんなに長くは無い…そうだな一年位居ようかと思っている。」
テリー兄ちゃんの母ちゃんへの返事は
、まるで俺の願いを知っていてソレを叶えてくれたかの様な、そんな俺にとってとても、素晴らしい贈り物の様だった。
八極聖拳の修行の件は捏造です、その辺りの設定が無いか探してみましたが、見つけられませんでした。
又テリーとロックが一年ほど日本で八幡の修行に付き合うと云う流にしましたが、もう一つの案として八幡がテリー達とアメリカに渡って修行を行い、その間に留学中の雪乃と出会うと云う流れも考えたのですが、それだと進学校の総武高校に入学出来るか疑問だったので日本で修行ルートにしました。
外国人の日本での居住や学校への入学には、現実には色々な手続きが必要な筈だと思いますが、ぶっちゃけその辺りは判りませんので、その辺りの手続きは完了した物とします。
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少年は、餓狼と共に修行の日々を送る。
テリー兄ちゃんが俺に修行を付ける為に、暫くの間日本に滞在する。
その、エリナばあちゃんも喜ぶであろうニュースを聞かされてから一週間が経過した。
テリー兄ちゃんとロックは、比企谷家から徒歩5分程の2DKのマンションを借り、そこで生活を始めた。
あの日の翌日にアンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんは、自分家の不知火道場を何時までも休む訳には行かない、との事で帰宅して行った。
「あ〜もう、こまちゃんを連れて帰りたい!」
小町の事がすっかり気に入った舞姉ちゃんは、帰り際小町を抱き締めて駄々を捏ねていた。
フフフフッ!舞姉ちゃん、小町は誰にも渡さない!
小町は我が家のアイドルにして天使!
そう、アイドル天使ようこそこまち。
この頃は俺や親父が小町の事をアイドル扱いすると、すっごく喜んでくれたんだが、今は………。
「何言ってんのさお兄ちゃん、キモいよ。」
だもんな…。
それは兎も角、舞姉ちゃん、小町を欲しくば我が親父と、この俺を倒してからにするんだ……なって、駄目じゃん、俺と親父じゃ舞姉ちゃんに勝てる訳無いじゃん。
嗚呼、小町。
行かないで小町。
俺達を見捨てないで小町ぃ!
お巫山戯はこの辺にしておこう、舞姉ちゃんは、小町に必ずまた会いに来ると約束して、アンディ兄ちゃんと共に帰って行った。
「ねぇアンディ、私も八っちゃんとこまちゃんみたいな子供欲しいな♡」
アンディ兄ちゃん、そのですね、頑張ってください、比企谷家の平穏の為に。
更にその翌日にはジョーあんちゃんが
、日本では秋口辺りの頃に予定されているタイトルマッチに備えタイへと(帰国と言って良いのか?)出国して行った。
「じゃあな八幡、小町、タイトルマッチが終わったらまた来るからよ、元気でいろよ、兄貴と姉貴によろしくな。」
「テリーとロックもな、次は一丁やり合おうぜ!」
「あぁジョー、勝てよ試合、負けんじゃあねぇぞ。!」
二人拳を合わせて、ジョーあんちゃんは去って行った。
この夏休み、テリー兄ちゃんとロックと三人で行う修行。
元がインドア派だった俺は、テリー兄ちゃんの元で修行を続けていたロックと比べて、体力の面でかなり劣る。
なのでテリー兄ちゃんが果たしたトレーニングメニューはロックのそれよりも少なめだ。
但しそれは身体の成長と体力の増強等に合わせて、増やして行く。
そして気を練り高める為の瞑想と呼吸法。
まだまだ一人で其れを掴めるには至らないので、テリー兄ちゃんの手を借りての訓練だ。
其れを朝夕行う、それ以外の時間は皆好きな事をして過ごす、テリー兄ちゃん曰く楽しく遊ぶ事も修行の内だ。
ロックとの、英語と日本語の教え合いも楽しくやっている、小町もそれに興味を持った様で加わって来た。
しかしロックって実は優秀なんじゃないかと思うんだ。
俺と比べて覚えるスピードも早くて、2〜3週間もすると、チョットだけだが日本語を理解出来る様になったし、それに併せて片言だけど話せる様にもなったからな、地頭が良いんだろうな。
それに比べて俺が英語を覚えて行くスピードはロックよりも遅い。
「それはなハチマン、環境の差なんじゃかいか、ロックは今日本に居て周りの言葉は日本語ばかりだ、だからその環境に対応しなくちゃいけない。」
「逆にお前がアメリカに行って周りが英語だらけだったら、そんな環境に見を置いたら自然にそうなるんじゃないのか。」
そんなもんなのか、その状況に置かれていない俺にはその言がピンとは来なかった。
修行しながらも遊ぶ、この夏俺達は日本の夏のイベントを満喫した。
自宅の庭で花火、縁日や花火大会へと繰り出し夜店の食べ物を食べ歩き。
「オオッマイゴッド!コイツは美味ぇな、流石は日本だジャンクフードの味も一級品だなぁ!」
テリー兄ちゃんはその味に大満足の様で、大いにはしゃいでいた。
「おっ!そこの彼女、85.60.83だな、向こうの君は………」
テリー兄ちゃんは時々、こんな事を言い出す、ロードワーク中で有ろうと無かろうと。
この頃はそれが何だか解らなかったんだが、俺も成長して理解した後は。
『止めてくれ兄ちゃん、それってヤバイって!』
しかし不思議と其れを言われた、お姉さん達は何も文句も言わずに、むしろ顔を赤らめて満更でもないといった様子だった。
イケメンって得だよな、もし俺が言ったなら即通報間違い無しだよな、ちくしょう。
「全力で行くよ、兄さん!」
「OK!アンディ!」
一度は帰宅したアンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんだか、夏休み中は度々、それ以後も月に2、3度家に訪れてくれて、修行を共にした。
〜アンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんは、テリー兄ちゃんとロックがアメリカへと帰国した後も度々我が家を訪れてくれて、俺に修行を付けてくれた、小学校高学年に上がってからは、二人の道場に招待してくれて不知火道場の門下の人たちと共に鍛錬をさせてもらったり。〜
ロードワークでやって来た運動公園で
、テリー兄ちゃんはアンディ兄ちゃんへ組手をしないかと持ち掛けアンディ兄ちゃんも了承し、いざ始めんとした矢先が先の全力宣言だ。
「飛翔拳!」
「パワーウェイブ!」
互いに必殺技を繰り出し、激突する二人、これはもう組手なんてレベルじゃ無い。
嫌嫌嫌嫌!ちょっとお二人さん、こんな所でいきなりおっ始めますか!
だけど二人の闘いは、流石は世界でもトップクラスの格闘家と言うに相応しい物だ、修行を始めたばかりの俺にもそれが分かるくらいに。
あの草薙さんとの試合の日アンディ兄ちゃんはテリー兄ちゃんに勝つ事が目標だと、今迄一度も勝てて居ないと言っていたけど、この組手を観る限り二人の実力は拮抗していて差は殆ど無いんじゃ無いかとは思うんだよな。
その差が何に起因しているのかは、今でも俺は解らない。
それだけ凄いんだテリー兄ちゃんもアンディ兄ちゃんも。
あっ!因みにこの時、舞姉ちゃんは我が家で小町の相手をしていてくれました
。
大好きなお姉ちゃんと一緒に遊べて小町はとても喜んでいた。
本当に良く小町の事を気に掛けてくれて、全く持って舞姉ちゃんには幾ら感謝をしてもし足りない。
そして夏休み明けの新学期、テリー兄ちゃんとロックが撮影した映像データを手に、両親は学校へ抗議を行い俺への虐めに加担した連中には、処分が下った。
虐めに加担した連中の親がそれを知り我が家へ謝罪に来たりと、或いは逆に文句を言いに来たり、そんな毒親は家に来ていたテリー兄ちゃんの姿を見て(格闘技に詳しい人等は我が家に格闘チャンプが居る事に驚いた事だろう)その迫力に文句を付けていた毒親もその勢いは萎びれて行った。
ロックも学校へ転入し同じクラスへ配属、共に小学校生活を送ることにしなった。
別に学校で生活するクラブを作ったりはしなかったがな。
でも、休み時間には交代でミット打ちを行ったりはしていたよ。
クラスの連中はその様子を驚きを持って見ていた(女子はミット打ちでは無くイケメン少年ロックを見ていたんだろう。
ベツニハチマンクヤシクナイヤイ)。
9月の末、ジョーあんちゃんのタイトルマッチが行われた、残念な事に日本でのテレビ放映は無かったので、ネット配信での視聴だ。
結果は1ラウンド一分経たずにKO勝利、俺達は電話で祝福。
『はぁ〜、もうムエタイのリングには俺の相手になる奴ぁ居ねぇ様だな、伝説のチャンプ、サガットでも復帰すりゃあ楽しめるんだろうがなぁ。』
ジョーあんちゃんはそうボヤいていた
、しかし伝説のチャンプか、どんな人だろう、ちょっと興味があるな。
その数日後にはジョーあんちゃんが日本上陸。
約束通りのテリー兄ちゃんとのガチンコ勝負が行われる。
アンディ兄ちゃんもそれに加わり総当たり戦、どんだけ元気なんだこの大人達は。
俺?俺は勿論見学していたさ、体育座りでな。
そして皆で我が家へ集い、大人達は再び飲み会。
翌朝には二日酔いと云う醜態を晒す、これがデフォだな。
親父も母ちゃんも、この飲み会を楽しみにしている様で皆が揃うと毎回開かれる様になる。
まぁこんなんで日々のストレスが解消されるなら、子供としては黙認だな。
楽しく有意義で充実した日々は、一日が長く感じられたんだが、過ぎ去れば短くも感じられる。
毎日のトレーニングで着実に体力、身体能力は向上している、それを実感出来る様になったのは半年を過ぎた位か。
トレーニングメニューが幾らか楽に感じられる様になったからだ。
小3の2学期から、例のことが有り俺に対する虐めは無くなったんだが、学校ではボッチのままだ。
ロックが一緒だからまぁ良いかと思っていたし、今更クラスの連中何か信用も信頼も出来ないよな、虐めに加担していないやつだって、それを黙って見ていたり、嘲っていたりした奴等だしな。
そんな連中がある日、ロックに話し掛け一緒に遊ばないか比企谷何か相手にしないほうが良いよ何て吹き込んだんだ。
「ハチマンは俺のファミリーだ、俺の前でハチマンをバガにする奴は、俺が許さない。」
まだ流暢には話せ無いが覚えた言葉でたどたどしくも、ハッキリと言ってくれた。
女子は何だか残念そうにしている、俺とロックを引き離して仲良くしたかったんだろう、残念だったなクラスの女子!
ロックは女子と接するのが苦手なんだよ
、ハチマン君と一緒だね♪
嬉しい事があった、それは母ちゃんとテリー兄ちゃんが授業参観に、来てくれた事、そして体育祭にもな。
因みに体育祭って学校に依っては運動会って言ったり、体育発表会って言ったりするよな。君達の学校はどうだった?
一体俺は誰に聞いてんだ…。
「気」に付いても、四年生に上がって間もなくコツを掴む事が出来たのでテリー兄ちゃんの助けを借りずに、練る事が出来る様になった。
とは言っても、微々たる物なんだが。
「ハチマンもロックもまだ身体が成長していないからな、そんなもんだよ。」
「じゃあさ気って、身体大きい人の方が沢山練る事が出来るの?」
「気」に対する疑問をテリー兄ちゃんに質問してみた。
「否、一概にそうとは言えないな、成長と成熟と言った方が良いか、心身を磨き器を大きくする事、練った気を全身に行き渡らせてそのうえで蓄積する、更に体外の自然の気との融合させる事が出来れば、その力は更に倍化されるんだ。」
「現に俺とオヤジの師匠のタン先生は、とても小柄な方だからな、だがその気の大きさと扱いは、そりゃあもの凄いもんだぜ。」
要するにまだまだ、しっかり修行を続けていかないとイケナイって事だよね、うんハチマン知ってたよ。
季節は過ぎ去りやがて夏を迎え、テリー兄ちゃんの元に格闘大会の招待状が届いた。
それはテリー兄ちゃんのホームタウンである、アメリカのサウスタウンで開催される大会。
元から日本での滞在は一年位と言っていたテリー兄ちゃんは、この機にアメリカへ帰国する事となった。
「…テリーお兄ちゃん、ロックお兄ちゃん、行っちゃやだ……。」
それを聞かされた小町は、ギャン泣きしたもんだ。
その気持ちは俺も一緒だ、行ってほしくない。
もっと此処に居て、もっと色んな事を教えて欲しい。
「コマチ、これで最後のお別れって訳じゃ無い、俺達は絶対にまたここへ来るさ、約束するよ。」
「コマチ、離れていても俺達はファミリーだ、お前は俺のシスターだよ。」
二人の優しい説得に、渋々と頷くが納得出来無い、小町はそんな顔をしてる。
それでも何とか気を取り戻して小町は二人へ右手の小指を差し出す。
「?」
アメリカには指切りは無いのかな、俺は二人に指切りに付いて教えた。
「そうか約束の誓いの為の行為か、ヨシ小町約束だ。」
二人は交互に小町と指切りをし再会を誓った。
「アンディ、舞コレからもハチマンとコマチの事を気に掛けてやってくれよな
、頼んだぜ。」
「あぁ勿論だよ兄さん、八幡も小町も二人共僕にとっても弟と妹も同然だからね。」
その、二人の会話に俺は深く感謝する
、こんなにも俺達の事を気に掛けてくれている事を。
しかしその数日後、アンディ兄ちゃんと舞姉ちゃん、そしてタイに居るジョーあんちゃんの元にもその格闘大会の参加招待状が届く。
小学四年生の夏休みの前半は、前年に比べ寂しい物となった。
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伝説の餓狼達が俺の師匠なのは間違っているだろうか。
テリー兄ちゃんとロックが帰国し、アンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんもアメリカへと渡り、寂しい夏休みとなった。
今迄一緒に居た人が居ない、その寂しさは思っていた以上に来るものがある。
でも小町も塞ぎ込んで居るし、兄貴の俺まで落ち込んでいちゃあ駄目だと、自分を鼓舞し修行に打込みつつも、出来るだけ小町と居る時間を捻出する事に心掛ける、それは両親も同様だ。
「父ちゃん、母ちゃんあのさ、小町がもう少し大きくなる迄の間、少しだけ仕事の時間短く出来ない?」
両親に俺はそう提案してみた所、両親も思う処があった様で、最大限努力してみると言ってくれた。
「八幡、お前は本当に良い兄貴になったな、父ちゃん嬉しいぞサンキューな八幡。」
そう言って親父は俺の頭をグリグリと撫でた、涙目の笑顔で。
両親はおそらく、相当な努力をしてくれていたんだと思う、帰宅時間が幾分か早くなったからな。
八月第一週、格闘大会に参加していたアンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんがジョーあんちゃんを伴い帰国。
だがそこに、テリー兄ちゃんとロックの姿は無かった。
「実は兄さんは、向こうで幾つかの大会への参加のオファーが有ってね、それにボランティア活動への参加要請と公演の依頼が舞い込んでしまって、日本に来れなくなったんだ。」
公演とボランティアは恵まれ無い子供達への支援の為の活動と云う事で、子供好きで、自身もまたそんな境遇にあった過去を持つテリー兄ちゃんに、それを断わる事は出来ないであろう。
残念だけど仕方ない、テリー兄ちゃんはそんな人だ。
その人柄できっと多くの人に手を差し伸べるんだろう、俺に手を差し伸べてくれた様にな、これからも。
「八幡と小町に兄さんとロックからプレゼントを預かってきたよ。」
『HAPPYBIRTHDAYHACHIMAN』
メッセージカードを添えられたプレゼントは間近に迫った俺への誕生日プレゼントだった。
プレゼントの中身はテリー兄ちゃんのは、テリー兄ちゃんの履いているスニーカーと同じ物を、ロックからは練習用にとオープンフィンガーグローブだった。
『ありがとう大事に使うよ、そして強くなるよ俺。』
心の中で二人に感謝を、そして改めて誓いを立てる、次に会うときはもっと強くなっている俺を見せるんだと、比企谷八幡やがて十歳になる夏の日に。
追記、小町へのプレゼントはめいぐるみでした、くまちゃんのねニョホホホ。
三人は数日家へ滞在し、それぞれ帰路に付いた。
その間修行に付き合ってもらったのは言うまでも無いであろう。
夏休み明け2学期、ロックが居なくなった事により学習しない馬鹿共が俺にチョッカイをかけてきたが、一年間ロックと共にテリー兄ちゃんに鍛えてもらって来た俺だ、今更同級生に遅れを取る事は無い。
相手は多勢で有ったが、適当にあしらい疲れさせた上で無力化した。
徹底的に攻撃を捌いて、かなり手加減した打撃を当てただけなんだが、恐怖心は植え付けられただろう、コイツ等は俺に絡まなくなったからな。
5年生へと進級しクラス替えが行われた、三、四年の時の奴等とは殆ど一緒のクラスにはならなかった。
この辺りは、学校側の配慮が有ったのだろう。
まぁでも、ちょっとしたイザコザが後に有るんだが、それを語るのは何れ機会が有ればな。
ゴールデンウイークにはテリー兄ちゃんとロックが来日、併せてジョーあんちゃんも帰日し、久々に皆が揃った。
大人達のお約束の宴会と二日酔い、皆の笑顔。
翌日、二日酔いから醒めたテリー兄ちゃん達三人に鍛錬の様子をみてもらう。
「…なぁテリー、八幡の基本フォームだいぶ固まって来たんじゃないか!?」
「そうだな、普段から一人の時も確りと鍛錬して居たって事が良く解るな。」
「あぁ、コレならもう直ぐだね。」
何だか三人が俺の事について相談をしていて、褒めてくれているのは解るんだが、何だろうかと思い尋ねると。
「以前から僕達で話していた事なんだが、八幡の基礎が固まったら、いずれは僕とジョーの技も教えようかとね。」
「実はそうなんだぜ八幡、なんつうかお前は俺等にとってもよ、もう弟みたいなもんだからよ。」
「俺達もお前に何かを伝えたいって思っていたんだよ。」
「だけど一遍にアレもこれもと詰め込んでも、何もかもが中途半端に為りかねないからね、教えるにしてもベースとなる物が確りと確立してからにしようと話していたんだよ。」
お前は俺達の技を覚えたくはないか、二人の言葉と思いに、俺に否やがある筈は無い。
俺は教わりたい、アンディ兄ちゃんとジョーあんちゃんの技を、だから当然俺は願った教えを乞う事を。
「それはそうとさ、具体的にはいつから教えてくれるの!?」
俺は至極当然の問を皆に投げ掛ける、それに対して返ってきた答えは、攻撃に「気」を放つ事が出来る様になる事との御言葉だった。
「バーンナックルを打つことが出来る様になったらな。」
「パワーウェイブを放つ事が出来るようになったらかな。」
ジョーあんちゃんとアンディ兄ちゃん
、二人共別の技を挙げていますがどっちなの、せめて意見を統一してからもう一度出直してくださいゴメンナサイ。
とは言えこの時の俺は、まだ「気」の放出なんか出来るだけの実力は身についていないかったから。
「え〜っ、なんか先はまだまだ遠いなぁ。」
思わずトホホ〜、とぼやきたくなった
。
まだ遠い、だけども目標となる事がもう一つ増えたと、前向きに考えよう。
前向きにか、何だかな、皆と出会えたからそんな風に思える様になったんだろうな、もし出会えなければ俺はどう云う人間になっていたんだろうな。
今はもう考え付かないな、それだけ充実してんだろうなこの日々がな。
5年生の夏休み、高学年になった事にと云う事で、アンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんが居る不知火道場へ招待された。
小町と共に電車を乗り継ぎ二人の待つ不知火道場へ。
初めての子供だけの電車旅、その旅はチョッした冒険心を満たしてくれた。
脳内BGMは、スタンド・バイ・ミーだぜ。
不知火道場では、門下生の人達と一緒に鍛錬に励み、アンディ兄ちゃんの演武を見せてもらったり(門下生のお姉さん達がうっとりと見惚れていた、何か門下生の女性率が高杉君)とても充実した日々を送れた。
そして小町が、舞姉ちゃんに武術の手解きを受けていた。
小町自身、思う処が有ったのだろう、もしかしたら俺のせいで小町に要らん火の粉が降りかかるかもしれないしな、護身の術は持っていて損は無いしな。
でも俺としては、小町に舞姉ちゃん張りのコスチュームは真似て欲しくないな。
。
そうなったら俺は、全ての男性観戦者の眼を潰して廻らなければならなくなるからな。
そういや舞姉ちゃんの側にいつの間にか小さなお爺さんが居たんだが、その眼付は何だか…エロ爺ィそのものだ。
その爺さん、舞姉ちゃんだけに飽き足らず、アンディ兄ちゃんの廻りに居る女性門下生の人達にまでチョッカイをかけ始める始末、正にエロ爺さん。
「…十平衛先生、いい加減にしてくださいよ。」
見兼ねたアンディ兄ちゃんが、そのエロ爺さんに苦言を呈すが、当の爺さんはと云うと、全く持って悪怯れた様子も無く。
「…いやぁスマンのアンディ、じゃがな若い女性とのふれ合いこそが儂の若さと健康の秘訣なんじゃよ、ムフフゥ。」
デレッとした顔で形だけは侘びているのだが、反省の色は無いなこのエロ爺さん。
このエロ爺さん、現役時代は「柔道の鬼」と呼ばれた程の物凄い格闘家だったそうだ、名は「山田十平衛」御年七十を越える御高齢で有りながら、全く衰えを感じさせない爺さんだ。
テリー兄ちゃんの師匠のタン・フー・ルー先生や舞姉ちゃんのお爺さん、故不知火半蔵さんとも旧知の間柄で、今でもこうして不知火道場を訪れては、セクハラ行為をするとか。
諦め混じりの様子で尚もアンディ兄ちゃんが諌めるものの。
「昔から言うじゃろう、分かっちゃいるけどやめられねえとな。」
……植○等かアンタは……。
まぁでも、柔道にかけてはその腕前に陰りも無く俺も少しだけ投げ技を教えてもらった。
それに小町はその守備範囲には入って居ないらしくセクハラの心配も無い、まるで好々爺然とした態度で可愛がってくれたので良しとする。
問題は爺さんでは無い、小町と同い年位の男子門下生だ、「北斗丸」と云ったか……。
何だかな小町に馴れ馴れしく接して入やがる、こいつは当然の八幡君のブラックリスト入だ。
目標をセンターに入れて補足、目標をセンターに入れて補足、目標をセンターに入れて補足、目標をセンターに入れて補足…………。
そんなこんなで、新たな出会いも有った不知火道場での出稽古から我が愛するマイホームタウン、千葉へと帰郷。
『千葉か、何もかも皆懐かしい。』
等と感慨に浸る程じゃ無いが、やはり故郷とは良い物だ。
ふるさとは遠きに有りて思ふもの…では無い、出不精な俺は千葉から出たくないまである。
『千葉の重力に魂を惹かれた人々の、その私兵なのだよハチマンは。』
あら何それ凄くなりたい、八幡は八幡は物凄く思ってみたり。
一人での鍛錬の日々、時々兄ちゃん達との鍛錬、皆が集まったら宴会。
やがて季節は幾つか巡り、俺は小学校を卒業し四月からは晴れても曇っても雨でも雪でも、中学生だ。
「パワーウェイブ!」
「バーンナックル!」
遂に俺は、パワーウェイブとバーンナックルを会得したのだ。
まぁその威力はテリー兄ちゃんのそれとはまだまだ比較にも成らないだろうがな。
「よっしゃあ、合格だ八幡!」
「あぁ、これなら十分だ。」
アンディ兄ちゃんとジョーあんちゃんのお墨付きを頂き、漸く俺は二人の技を教えて貰えるようになった。
とは言え二人の全部の技を教えて貰う訳では無い、テリー兄ちゃんに教わったマーシャルアーツに組込んでバランスを崩さない物を厳選して教えてくれるのだそうだ。
そして中学校入学、幾つかの学区の小学校からの生徒が統合されるので、1学年の生徒数は増える訳で、まぁ中にはニ、三年生に知り合いが居るし其処で粋がる奴やお調子に乗るやつも出てくる。
なので俺と同小出身で、なお且つ俺の事が気に食わない奴が、他小出身の奴や先輩等に俺の事を色々吹き込む訳だ、そんなもんでその連中と一緒に絡んで来るんだが、後々が面倒なので早々に大人しくして頂くために鋭意努力を致した八幡君で有りました。
今時ツッパリくんやヤンキーくん何て流行んねえだろ。
まぁその結果大人しくはなったんだがなぁ、中には矢鱈と俺に謙る奴も出て来て、○○中との喧嘩に加勢してくれだのと言って来る始末……。
知るかっ! てめぇのケツ位てめぇで拭けっての。
第一俺は静かに暮らしたいんだよ、杜王町の殺人鬼の様にな。
最初はしつこかった、そんな連中もやがて諦めたのか絡まなくなってくれて、漸く俺も平穏なジュニアハイスクールライフを送れる様になったんだが、相変わらずボッチ街道一直線だ。
ただ、一人だけ偶に絡んで来る女子が居たんだが、誰に対しても距離感が近い奴で悪意は無いんだろうが…。
訓練された、生粋の選ばれしボッチの俺じゃ無かったら勘違いして惚れて告白している所だ、告白して挙げ句振られてそれが学校中に知れ渡るまであるな。
俺が三年になったらな小町も入学して来る、小町の立場を悪くする訳にはいかんのだよ俺は。
幸いか三年に成り小町も入学して来たが、小町に対しては何も無くホッと胸を撫でおろす事が出来た。
まぁ小町も舞姉ちゃんに多少なりとも護身の術を習っているし、そこ迄の心配は不要か。
俺とは違いコミュニケーション能力は高いからな。
コミュニケーションA(超スゴイ)は伊達じゃ無い。
テリー兄ちゃんのマーシャルアーツに加えアンディ兄ちゃんの技とジョーあんちゃんの技の修練、そして受験勉強。
俺はなるだけ静かな学生生活を送りたいと常々思っている、なので出来るだけ偏差値の高い進学校を受験する事にした。
その方が高校生活も静かに過ごせるだろうとの思いからだ。
選んだのは市立総武高校、県下でも有数の進学校だ。
結果は合格、春からは俺も高校生だ。
そして今日。
俺は中学校の卒業式を終え、我が家へ帰って来たのだが、長々と俺のこの現実逃避の回想に付き合って頂いた読者諸氏には大変心より御礼申し上げ候。
現在俺の眼の前には、ポキポキと首と指を鳴らしながら。
「よう、帰ってきたな八幡。」
「卒業おめでとう八幡。」
「俺達から卒業の祝がある、勿論受け取ってくれるだろうな八幡。」
「卒業祝いは俺達四人との組手だ、覚悟を決めて掛かって来い八幡。」
「見届け人は私よ、安心してやりなさい八っちゃん。」
兄貴分が、兄弟分が、姉貴分がどえらい事を宣います。
「せめてもの手加減だ、超必殺技は封印してやるからよ。」
何の慰めにもならない事を、昭和の男が付け加えます。
「正々堂々試合開始だ。」
何処かで聞いた様なフレーズが飛び出ます。
何処のアイアンなリーガーですか。
高校生活が始まるまでの、平穏な日常はたった今諦めなければならないようです。
暫くは筋肉痛とダメージにのたうち回る事が確定です。
どうしてこうなるの。
やはり伝説の餓狼達が俺の師匠なのは間違っているだろうか………。
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やはり入学式の日に無傷で犬を助けるのは間違っている。
あの地獄の如き、卒業祝いの連荘組手とそのダメージによる痛みに苦しんだ春の休暇を終え、本日より私事比企谷八幡は晴れて市立総武高校へと入学する事と相成りました。
とまぁ高校入学に当たっての挨拶はこの辺で良いだろう、と云うより俺は一体誰に対して挨拶しているんだよ。
高校生に成ったからと言っても俺のやる事には何ら変わりはない。
朝、目が覚めたらストレッチで身体をほぐし、ロードワークの10kmランニング、それが終わり帰宅後は筋トレを熟した後に、庭に設置してある、親父が買ってくれたウォーターバッグを叩く。
これが朝のメニューだ、一通りのメニューを終えは俺は「ふぅ〜っ……はぁ〜っ」と呼吸法により「気」を練る。
繰り返しの呼吸により、体内の気が高まってゆくのを感じる。
高めた気のエネルギーを右の拳に集約してゆく、良しと意を決し構えを取る。
「パワーァゲイザーッ!」
掛け声と共に拳を庭の地面に叩きつける、俺の練った内気と大地を巡る気が合わさり、溢れ出たエネルギーが激しく空へと立ち昇る。
のだが、本来は……………。
パワーゲイザーのフォームはその拳を地に叩きつける為に、しゃがみ込む姿勢になる、なので目線が若干下方を向く、更に技を出した後は立ち上がるのだが。
「…なぁ小町、どうだった今の?」
立ち上がりながら、それを見ていた小町に俺のパワーゲイザーの出来栄えについて尋ねる。
「…あ〜、駄目駄目だね、テリーお兄ちゃんのパワーゲイザーの3分の1位しか出てなかったよ。」
小町の率直な指摘に、ハートがブレイクしそうになる八幡君十五歳。
だがまぁそう言われてしまうのも仕方無い、俺のパワーゲイザーはまだ未完成品だからな。
「…そうでしゅか、その程度じゃせいぜいラウンドウェイブの超強化版位の威力しかないよなぁ。」
哀しさの余り思わず少し噛んでしまった。
パワーウェイブをマスターして以降、中学に入学してから、更に気を練る鍛錬に身を入れ、それに比して気力も上がって行った事もあり、2年程前から俺は憧れの技であるパワーゲイザーをマスターすべく、毎日の様にこうして朝から練習しているのだが、完成への道程は未だ遠い。
クズマさんとこの頭のおかしな紅魔の娘の一日一爆裂よろしく、トレーニングの締めに壱ゲイザーしている訳だ。
尤も爆裂娘はその日の出来如何で「ナイス爆裂!」と評して貰っているが、俺は未だ「ナイスゲイザー!」とは言って貰えない。
ベッ、別にくや……いいやもう。
「八幡、小町朝食の用意出来てるから早く食べなさい。」
キッチンに居る母ちゃんの声が庭まで聞こえて来る、サンキューな母ちゃん。
「分かった、シャワー浴びたら食うからちょっと待っててな。」
「小町は先に食っててくれよ、後で行くから。」
母ちゃんに返事をし小町に声を掛けると、「アイアイサー!」とあざとく敬礼をして食卓へ向かう小町、くっ!今日も可愛いじゃねぇかコンニャロ。
シャワーを浴び朝飯を食い終え、俺は母ちゃんと二人食器の片付けをしながらも、母ちゃんに言わなければと思っていた事を話した。
「なぁ母ちゃん、何も無理して入学式に来てくれなくても良いんだよ、疲れんだろ?」
俺のその発言にやれやれとばかりに、一つ溜息を付き俺に答える。
「アンタは全く、母さんが行かないで誰があんたの入学写真を撮るのよ。」
「イヤイヤ無理して撮らなくて良いって、魂を吸い取られるかも知れないじゃん。」
正直、入学式に来てくれると言う母ちゃんの気持ちは有り難いんだが、何だか思春期真っ只中の俺としては、母親に入学式に来られるのがものすっごい恥ずかしくて、何とか来させない様にと誘導工作するものの。
「アンタは幕末の人間か!良い八幡、今日は母さんアンタの入学式に行く為に有給取ったんだからね、母さんだって楽しみにしてたんだから、それにテリーさん達に入学写真見せるって約束してんのよ、アンタはその約束を破れって言うの!?」
うっ!痛いとこを突いて来るじゃあねぇか、母ちゃんよ、兄貴達の名前を出されると弱いんだよなぁ。
これ以上の反論は無駄だと悟りましたよ俺、ええ悟りましたとも。
「それよりもう八幡、アンタ今日は下見がてら早く家を出るんじゃ無かったの、もう結構な時間じゃない?」
、もう結構な時間じゃない?!」
確かに時計を確認するともういい時間だ、急いで支度を済ませ行くことにしよう。
「そうだな、ほんじゃあ着替えて先行くわ。」
母ちゃんに断りを入れ、学校へ行く準備の為キッチンを離れ、自室で制服へ着替えて学校へ行く。
俺は学校へは自転車通学をするつもりだったんだが、それを知ったジョーあんちゃんが、入学祝いだと言って自転車をくれたんだが、その自転車が問題有り有りだ。
随所にジョーあんちゃんによる魔改造が施されたそれは車体重量が50kgを超え(フレーム部分に溶接により金属プレートや鉛板を取り付けている)タイヤは26インチの極太を履かせブレーキはディスク式、本来は後部に荷台は付いていない使用だったのを、自分で溶接して取り付けている。
まぁ其処までは良しとしよう、問題はギアだ、ギア比とか詳しい事は知らないがベダルが半端なく重く、しかも変速ギアは付けていない。
上り坂はメチャ苦労しそうだ、全くとんだドM仕様だぜ。
『ナ〜ハハハッ、通学も修行の時間だと思ってコイツで通えよ八幡!』
高笑いしながらジョーあんちゃんは、ほざいてくれやがった、しかしこの自転車ジョーあんちゃんが自分で改造してんだよな、あのオッサン随分とまた器用だなおい。
ドM号(仮)に乗って学校への道程をひた走る、新たな希望に萌える心のワクワクを抑えながら。
なんて気分は無い、重いベダルを漕ぐ為に脚に力を集中、5分も漕いでいると既に汗が浮き出ている。
「はぁ、はぁ〜…此れから毎日これなのかよ、はぁはぁ…かなりキツイなこりゃ…平坦場は良いけど、上り勾配は地獄だ…。」
しかし車体重量に加え俺の体重だ、こりゃ相当タイヤに負担が掛かるな、更にブレーキもこの重量を止めるとなったらパッドとディスクも相当すり減るぞ、もう一個オマケにチェーンとスプロケットも普通のチャリンコよりも太いの付けてるし交換の時大変だぞ、多分コイツ相当コスパ悪いぞ。
財布に対してまでドM仕様かよ。
しかし今日はかなり早く家を出たんだが、意外と人の通りが多いな。
通勤のサラリーマンにOL、ジャージやユニホーム姿の部活生か、それにジョガーや犬の散歩をしている人も割と居るな。
てか、小さな犬に引っ張られている女子、あれきちんと躾けてないな。
「サブレ待って、そんなに走んないでってばぁ!」
おいおい、早朝とは云え全く車の通りが無い訳じゃ無いんだ、もし車道にでも飛び出したらどうすんだよ。
「待ってよサブっ!あっ!!」
あいつ力負けした挙げ句にリード離しやがった、ヤバいんじゃないかこれ。
俺がそう思って見ていると、案の定と言うべきかその犬は車道へと飛び出た。
「駄目ぇサブレ!戻ってぇ!!」
その飼い主の女子の声に反応したのか犬は車道で立ち止まって振り向いた、バカヤロー其処は不味いだろうが!
黒塗りのデカイ車がその犬の方へと向って来ている、運転手も気が付いたのかブレーキは掛けている様だが!?
「嫌あーっ!サブレーっ!」
「チイッ!!」
その女子の絶叫と同時に俺は、ダクネス号(仮)から乱暴に降りそのまま放置、犬へと向かい走った、名前の通りなら放置プレイも本望だよな。
しかし間に合うか!?車と犬との距離は刻々と近づく、クソッ間に合え、間に合え、間に合えぇッ!
コンペイトウでの核ミサイル発射を阻止すべくGP−01Fbを駆り、アナベル・ガトーのGP−02サイサリスの元へと駆けるコウ・ウラキの如く、俺は犬の元へと駆ける。
だがこのままじゃあ、どうする!?
甲高く響くブレーキ音が、心を逸らせる。
やるしか無い、俺は瞬間的に体内の気を高め、そして。
「斬影拳ッ!!」
アンディ兄ちゃん直伝の超高速突進打撃技、斬影拳で俺は犬へと近づく。
この技は比較的、技を出した後の硬直が短いので次の動作へ移り易いという利点がある。
良し、お陰で何とか車より早く犬の居る場所まで来れた、だがしかし車はもう目の前だ。
素早く体勢を戻した俺はアスファルトを軽く蹴ると、上体を下方へ向け倒し込み、逆に脚を空へと向けて上げる。
所謂逆立ちの様な状態になりながら、犬の身体を片手で掴む、掴んだ犬を胸元へと抱きながら叫ぶ。
「ライジングタックル!」
片手は胸元で犬を抱き、もう片方の腕は水平に伸ばす。片脚は垂直にまっすぐ伸ばして、片脚は軽く膝を曲げる。
その状態で錐揉み回転をしながら、空へと翔けあがる。
良しギリギリだが車は躱せた、と思ったんだが、しくじったか?伸ばした方の腕の拳が車と接触しゴツンと音がした。
くっ!だが大丈夫だ。
ライジングタックルは上昇中は無敵時間が有る!
だから俺に怪我は無い、だがヤバイぞ車の方はどうなった?
あの車相当高いよな、無傷で有ってくれれば良いけど。
俺の身体が上止点へ到達する頃には、車は既に俺から数メートル離れている。
やがて重力に従い俺の身体は降下に移る。
車の方も更に数メートル先で停車した様だな、それを確認しながら俺は着地した。
車の運転席のドアを開け、ドライバーの初老の男性が降りて俺の方へと、駆け足で近づいてくる。
やっべー、どうしよう車壊してしまったかな、弁償となるとどんだけ掛かんのかな。
「申し訳ありません、お怪我はありませんか?」
俺がとりとめもなく弁済の事を気に掛ける中、初老のドライバーさんは優しく俺の身を気遣ってくれた。
ヤバこの人すげえ良い人だ、老紳士且つ有能な執事って感じだな、そういう人には相応の対応をしないとな。
「あっ、いいえ、自分の方こそ突然飛び出したりしてすいませんでした。」
俺は背筋をしっかり伸ばしてから、45度の角度でお辞儀をして敬意を表しつつ詫びた。
「あの、自分は大丈夫です、怪我一つありませんから心配は御
無用です、それよりもそちらの車の方は壊れたりしていませんか。」
車と接触した右手を挙げて、グーパーをしてみせて怪我が無いとアピールしてみせてから、車の状態について伺う。
「いえ、車の事よりも貴方の御身体の状態の方をこそを第一にと考慮すべき事です、救急車を呼びますか。」
俺の身を案じてくれている老紳士、正直無用の心配です。
「常日頃から鍛えていますので平気です。」
もう一度アピールするが、老紳士は尚も俺を気遣う、こいつは埒が明かない。
そう、思いアプローチを変えてみる。
「分かりました、自分としては何の問題も無いと思いますが、もしもと云う事も有るかも知れませんので、お互い連絡先を交換すると云う事でどうでしょうか。
失礼ながら何か急ぎの用が有るとお見受けしましたが」
「此方の事情にまで配慮して頂けるとは、若さに似合わぬ貴方の見識には痛み入ります。」
イヤイヤ、俺としては面倒事をさっさと終わらせたいだけなんです、とは馬鹿正直言えないなが、此れは何だか良い感触じゃね!?
よっしゃあ、面倒事回避だぜぃ!
「貴方の提案通り、連絡先の交換をする事に私に否はございません。」
そうです、そうしましょう、それがお互いの為です。
「ですが、此れは紛れも無い事故でありますので、私共の主への報告と警察への連絡は義務で有りますれば、誠に申し訳有りませんが、今暫くお付き合い願います。」
深々とお辞儀をして、老紳士が仰る、ですよね〜っ。
老紳士は警察と雇い主へ連絡を入れる為、俺の側を離れ車の方へ歩いて行く。
結局は俺も、このまま警察の到着を待たなきゃいけない訳だ。
さてどうするか……。
「ワン、ワンっ!」
俺の腕の中の犬がむずがりながら吠えた、あっ!犬の事すっかり忘れてたわ、
しかしコイツ今迄大人しくしていたのにな、話が終わった途端に吠えたぞ、もしかしてコイツ空気が読めるのか。
躾けなって無いのに凄えな、まともに躾けたらコイツ相当賢いんじゃねえの。
なんて名前だっけ…確か…サプリって言ってた様な…。
生き残ったら余生は健康に留意するのかな。
アムリッツア会戦。
おっと、そういや飼い主の事も忘れてたわ、八幡ったらうっかりさんね。
ほんで、飼い主の女子は、あら歩道にへたり込んでいやがりました。
しゃあない、犬を返してやらないといけないしな、俺は飼い主の元へ歩いて行く。
しかしいつ迄呆けて居るんだこの飼い主は。
「ほれ、お前の犬無事だからな。」
俺はしゃがみ込んで飼い主に犬を手渡した、お〜い正気に戻れよ。
犬を受け取った飼い主は微かに身体を震わすと、その眼に少しだけ正気の色が戻り始めているのが見て取れた。
緩やかに顔を上げ、飼い主の視線は俺の顔へと向けられた。
あれ、コイツは、ちょい地味目な感じだが顔立ちは童顔で眼はパッチリとしているし、正気に戻ればかなり可愛いんじゃねえか!?
「あっ…あ、あり…あり…。」
幾分か正気を取り戻した様だな、喋ろうとしてるし、だが、何だよありありって。
アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリッ!
ブチャラティなのん?
「うっ、ひっく、ふぇっ、あり、ありがとう…ふぇ〜ん」
アチャー、泣かれちまったよおい!
どうするどうなる比企谷八幡、まぁ礼を言ってくれてるし、悪感情を持たれている訳じゃ無いだろう。
でもな、俺は女子に免疫無いからな、こういう時の対処法が。
「おっ、おい泣くにゃって、犬も怪我一つ無いからよ。」
嗚呼もう、此処で噛むかよ俺の馬鹿。
「…だって、だってぇ、サブレが、サブレがぁ、ふぇ〜ん………。」
イヤ、サブレでも鳩サブレでも良いから泣き止んでくれよ、頼むからさ。
こんな眼つきの悪い男の側で女子に泣かれた日には速攻通報モンだよ。
「うっ…ううっ…ひっく…ぐすっ…」
う〜ん、泣き止む気配がない、しゃあ無いな、やって見るか、小さい時の小町にやってた様に。
「…大丈夫、落ち着け…な、良い子だから…。」
俺は飼い主の頭に手をやり、ゆっくりとその頭を撫でながら、努めて優しいイケボ声をかなり無理して作り、語り掛けた。
多分当社比1.25倍位優しいと八幡は思うんだ。
しかしこの撫で心地、何だか知っている様な。
まぁ気のせいだよな、うん気のせい、
俺に女子の知り合いなんか居ないしな。
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やはり、女子と話すのはハードルが高い。
泣き止まない犬の飼い主の頭を、最大限の努力を持って優しく撫でる、犬が無事だった事に感極まっての事なんだろうが、俺としては憂鬱な気分だ。
だって、見知らぬ女子の頭を撫でるとか、昨今の社会情勢的にセクハラ認定受けても可笑しくは無い、しかも俺は自他共に認めるレベルの眼つきの悪さだ、もし第三者にこの状況を見られたら、最悪の事態に成りかねん。
あぁ、頼むから早く泣き止んでくれ飼い主さん。
しかしコイツ犬の躾けは出来ていないみたいではあるが犬自体には嫌われたりしてはいない様だな。
泣いてる飼い主を慰める様に、さっきから「くうん」と声出しながら、その飼い主の顔を舐めてやってるし。
犬って確か、躾けとかそういった事を飼い主と一緒にやる事で信頼関係を築くとか、群れの中での地位とかを確立して自分より上位や下位を決めるって聞いた覚えがあるんだが、この犬案外飼い主の事を妹認定してんじゃねえか、だったらその辺り改善出来たらコイツらは案外いい関係になれるんじゃねえのかな。
おい犬、もう少しちゃんと飼い主の言うこと聞いてやれよ、心中で犬に対し語り掛けながら飼い主の胸元に短い前脚を掛ける犬を見ていたはずだったんだが、俺はいつの間にか見てしまっていた、思わず俺の眼は其処に釘付けになっててしまった。
おいおいおいおい、何だそりゃあ!
其処に存在したのは、言うなればたわわに実った大きな果実。
まじかコレ、コイツは順調に育っていけば舞姉ちゃんクラスに届くんじゃねぇか!
俺は、俺は再び万乳引力の法則に囚われてしまった。
ヤバイヤバイヤバイ、逸れるんだ俺の眼線よ!このままでは、このままでは俺の人生が終わってしまう。
逸れてくれ俺の目線よぉぉぉぉ!
……………………。
俺が頭を撫で始めてから、そしてなんとか万乳引力の法則に逆らうことが出来て三〜四分位が過ぎただろうか、良かった漸く飼い主が泣き止み始めたわ、八幡一安心。
「その、落ち着いた…みたいだな。」
一安心とは言っても話し馴れない女子との会話は、何だか妙に突っかえてしまい、ぶっきらぼうな感じになる。
自分の眼つきの悪さと相まって、人に拠っちゃ脅していると思われてしまうんじゃ無いかなんて考えてしまうんだよなぁ。
「…うん、ありがとう、サブレを救けてくれて。」
ふう〜、セーフ。
良かった脅しているとは思われていなかった様だな、
しかも何だか凄く穏やかそうな笑顔を浮かべていらっしゃる、やべぇ俺ってば今迄女子にこんなふうな表情で見られた事無いから免疫がアナフィラキシってしまう。
小学校の時は虐めとか有って、蔑まれていたし。
中学の時は絡んで来る連中を排除してたら、なんか若干乱暴者みたいに思われてたみたいだし、俺が女子の落とし物を拾って、渡してやったら「ひっ!」とか「きゃっ!」とか言って顔紅くして、ゴメンナサイとか言って走って逃げられてたからなぁ。
あれって結構傷つくんだよな、家に帰ってから鏡見て優しい笑顔を作る練習とかやってたんだよ俺。
それを見た小町は、可哀想なものを見る眼で俺の事見つめてくるし。
いかんいかん、ちょっとトリップしてダウナー空間に入室してしまったぜ。
ここは一つ気を引き締めて行かなきゃだな。
どうやら運転手の老紳士さんは、まだ電話で連絡取ってるみたいだし、取り敢えずは、この飼い主と話しとくか。
「おぉ、まぁ何だ、無事で良かったなってかさ、ちょっと良いか。」
「えっ?何…かな…。」
…飼い主、若干引いてる様だな。
何を言われるかって、不安なんだろうな。
「あのな、自分でもこんな事人に言うのは柄じゃ無いって思うし、ちょっと説教じみた事言うから、余計なお世話だと思われるかなとも、と思わないでも無いんだが…。」
「……うん。」
「あんた、その犬の躾けちゃんとして無いよな、だとすると此れからも今日みたいな事が又起こらないとは限らないだろ、あんたが飼い主なんだよな、だったらしっかり躾けてやんなきゃいけないんじゃねえか。」
俺は出来るだけ、飼い主を不安がらせない様にとは思ってはいるが、きつい様でも言わなければならない部分は、やはり伝えなきゃいけないと思う、この飼い主はどうだろうか、苦い物を受け入れる度量は有るだろうか。
俺の言葉が良薬だ等と、自惚れた事は思わないが、どうだこの飼い主は。
「…そう、だよね……。」
「あたしがサブレの事、しっかりみててあげなきゃだよね。」
あぁ、上方修正だ、この飼い主は人の言う事を聞いて、その上で反省する事が出来る奴だ、なら俺は俺で伝えられる事をコイツにつたよう。
「もしもだ、躾け方が分かんなきゃネットとかで調べれば情報が得られじゃねえの、ペットショップとか自治体とかでもそう云ったイベント事とかやってるかもだしよ。」
「そうなんだ、そんなふうに調べる事出来んだ、じちたい?とか調べればいいんだよね。」
何?正に青天の霹靂みたいな顔してんのよ、今はネット社会だよ大概の人は気になる事はググるだろ。
それに今、自治体を平仮名発音してたよな…コイツは、もしかしてアホの子なんじゃ……。
あちゃあ、上方修正すんの早まっちまったかな俺。
「おう、分かんなかったら、家で父ちゃんか母ちゃんにでも聞けば教えてくれんじゃないの、知らんけど。」
「うん!そうしてみるね、あたしちゃんとサブレの事躾けるよ、あたしサブレのお姉ちゃんだもん。」
さっき迄の泣き顔と不安げな顔色がすっかり失せたな、良かった、でもホントちゃんと躾けろよ。
………しかし眩しいなコイツの笑顔、泣き顔の何百倍も良いな、コイツにはずっと笑っていて欲しいな。」
「…眩し…ずっと笑っ、てって…」
へっ!?もしかして声に出してたの、俺ってば…うっわあ〜やべぇ、死ぬ、死ぬわ、八幡恥ずか死んでしまいますわぁ
〜!
飼い主が顔真っ赤にしてるう〜、俯いて身体をブルブル震わせていらっしゃるう〜、ヤバイ怒らせた!?
話題、話題だ、話題を変えるんだ、この気まずい雰囲気をその幻想ごとぶち壊す。
そうだ。
「ちょっと気になったんだけど、あんたのリードの持ち方なんだが、あんたリードの輪っかに指入れて、そのまま輪っかを握ってただろ、だから強く引っ張られて離してしまうんじゃないのか。」
「うん…。」
「それよっかさ、こうやって輪っかの中に手首まで入れてから、輪っかの根本を握ってやれば、多少強く引っ張られても離さないで済むんじゃないの。」
「あっ!そっかホントだ凄い、あたし今日からそうやってリード持つね、ありがとう教えてくれて!」
ニコニコ笑顔でマジ感心しましたってか、コイツほんとに素直だな、将来騙されて壺とか買わされんじゃねえだろうか
、他人事ながらマジ心配だよ、誰か監督して無いと不味いだろ。
飼い主との話はこれ位にして、運転手の老紳士さんの所へ行かなければと思い
立ち上がろうとした時、背後から声を掛けられた。
「あの、はぁ、お取り込み中みたいですけど、ふぅ〜っ…、コレどうにかしてもらえ、はぁ、ない、ですか…。」
途切れ途切れに、しかも息を乱しながら俺達に掛けられた声は、女子の声。
おいおい、何を朝っぱらからハァハァ言ってんの、チョット変な想像してしまうでょ。
そんな、僅かながら邪な気持ちに駆られながら後ろを振り向くと。
「ハァ、ハァ、この自転車、スゴく重いですぅ…。」
亜麻色の髪をしたジャージ姿の女子中学生が、俺が放置していたララティーナお嬢様号(仮)を、押していた。
何故この亜麻色の髪の女子が中学生だと判ったかと云うとだな、ジャージの胸の部分に中と言う文字と学校のマークが刺繍されているからだ、誤解が無いように言っておくが、決して胸を見ていた訳では無いからな誤解するなよ。
てか、この女子中学生ってば、車体重量50kg超えを引き起こしたのか、やりやがるなコイツ。
「…わ、悪い、態々引き起こしてくれたのか、その、すまない助かった。」
一応お礼は言っておかないとな、八幡常識人だから。
亜麻色の髪の中学生から、ドM、ダクネス、ララティーナお嬢様(仮)近日中に正式な名前を決めなければいけない号を受け取って、左側のペダル側に取り付けてあるサイドスタンドを下ろして、止めた。
普通の自転車だとリアタイヤ側にスタンドが付いているもんだがコイツは、フロント側が重いからなリアだとバランス崩して倒れるんだよ。
マスの集中化による恩恵では無く弊害だよこれ。
最近の単車はマスの集中化、集中化と言ってずんぐりむっくりで尻切れトンボみたいなデザインが多くなったよな。
しかしさっきは咄嗟に放り出して、倒れた時にすげえ音がしたんだが、どこも異常なさそうだな、流石は「痛いのはウエルカムカモーンなので愉しむ為に防御力に極振りしました。」な変態の名を冠するだけは有る。
「いえいえ、でももう本当に大変でしたよこの自転車、ふぅ、一体どうなっているんですかぁ。」
一体どうなっているんですかぁ…語尾の伸ばしが妙にあざとい、着ているジャージもなんだが少し大き目サイズで袖が余っているし、そこからちょこんと出した手が私かわいいでしょうアピールをしてやがる。
「あぁ、コイツは改造しまくってド変態仕様になってるからな…しかしよくコイツを起こせたな、女子にしてはかなり力が有るんだな、案外パワーキャラなのか、近距離パワー型?」
「えぇ〜っ、何言っているんですかぁそんな事ある訳ないですぅ、かなり頑張って起こしたんですよぉ、それなのにパワーキャラとかひどいですよぉ〜。」
俺の言い分に、背伸びをして俺へと近づき詰め寄り、反論して来る亜麻色の髪の女子、おい!近い近い。
語尾の伸ばしと云い、プンスカと怒ってますアピールの素振りと云い一々あざと過ぎる。
俺だって思春期男子だ、彼女が欲しいとか、出来たらとか妄想もするさ。
このあざとい亜麻色の髪の女子は理解しているんだ、どう言う仕草が男心をくすぐるのかと云う事をな。
コイツはく…………さくはねぇ、寧ろいい匂いがプンプンするぜぇ!そして近い!近い!
「だぁ〜、もうスマン、俺が悪かった謝る、あと近い近い!」
この手の女子の相手をするのは疲れるだけだ、なのでさっさと白旗を揚げた。
「あれれ〜、先輩もしかして、もしかしてぇ、私の魅力にノックアウトされましたかぁ!?」
萌え袖状態の右手を下顎付近へとセッティングし、軽く身体をフリフリする亜麻色の髪の女子、コイツは何処までもこのキャラに徹するつもりの様だ。
「…あざとい、てかちょっと待て、あと何で俺がお前の先輩なんだよ。」
「もう、私あざとくないですぅ、先輩のその制服、総武高ですよね、私来年総武高受験しますからぁ、やっぱり先輩は先輩じゃないですかぁ。」
マジで!?てかコイツ総武行けるだけの学力あんのかよ。
「先輩、私に総武高に入れる学力あるのかって思ってるでしょう、大丈夫ですよ此れからしっかり受験勉強しますからね♡」
「それよりぃさっきの先輩の動きって何なんですか?スゴかったです、なんかアクション映画のワンシーンみたいでしたよ、先輩もしかしてアクション俳優とかめざしてます!?」
コイツ、コレから勉強するって、じゃあ今はして無いて事だろ、本当に大丈夫なのかよ。
でもって俺みたいな眼つきの悪くて、コミュ症気味の奴が俳優とか出来る訳ねぇだろ。
しかし何なんだコイツは、えらくグイグイ来るな、ハァ…めんどくせー。
「……アハハ。何だか仲良さげだね、あたしなんだか置いてきぼりみたい。」
あ、スマン犬の飼い主、決して忘れてた訳じゃないんだよ、ホント、マジで。
「あの、でもスゴくカッコ良かった、ホントにヒーローみたいだった。」
うわぁ!マジかよ!俺ってば生まれて初めて女子にカッコ良かったとか言われたよ。
うわぁ〜ヤバイ何かすっげぇ嬉しい、顔がニヤけそう、てかもうニヤけてる、気持ち悪がられるかな、けど嬉しい、嬉しいけど勘違いするな、勘違いしてその気になって、調子に乗って告白して挙げ句振られる迄が連続技として繋がるスーパーコンボだ。
「…そ、そんな事にぇだろ多分、知らんけど。」
また、かみまみた。
「お取り込み中に申し訳有りませんが
、間もなく警察の方が此方に到着するとの事ですので、対応をお願い頂きたいと思うのですが宜しいでしょうか。」
老紳士な運転手さんが態々俺を呼びに来てくれた、お手数をお掛けしました。
いや、俺だけじゃ無いな、犬の飼い主も関係者だからな、検証には立ち会ってもらわないとな。
俺は飼い主を促して、共に運転手さんの元へ行こうと思ったのだが。
「なあ、あざとい中坊、俺達はコレから警察の現場検証に立ち会わないといけないんだが、お前は無関係なんだし、それに部活かなんかに行く途中だったんだろ、早く行った方か良いんじねえか。」
「ぶう!だから私あざとくないですって、しかも中坊呼びとか酷くないですかそれに私は目撃者ですよ、だからココに居ても良いんじゃないですか。」
うわ、ぶうとか声に出して言う奴初めて見た、本当に居るんだな。
しかしコイツ、語尾伸ばし忘れてやがるぞ、普通に喋れるんだね。
「それから、私には一色いろはって言う、ちゃんとした名前が有るんですから覚えておいて下さいね、先輩。」
バチコンとウインクをして、あざとい中坊は名乗りを上げた。
何でコイツは態々面倒事に首を突っ込むかな、俺だったら帰れって言われたら喜んで帰るよ。
「…お前物好きだな、目撃者が必要な案件かどうか分からんが、好きにすりゃいいんじゃね?」
俺は頭を掻きながら、あざとい中坊の意思に任すことにした。
え〜と、何て名前だったっけ…………
確か……百式だったかな、クワトロ・バジーナ大尉の黄金のモビルスーツ。
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入学の日に人生初の友達が出来るのは間違っている?
老紳士な運転手さんに付き従い、俺達は車の側へ歩いていたその時、一台の黒塗りの高級車が、俺がライジングタックルを食らわせた車の前にゆっくりと停車した。
運転席のドアを開け降りてきたドライバー、年の頃は三〜四十代と云ったところか、そのドライバーは綺麗な姿勢と足取りで俺達の前へと向って歩いて来た。
「お待たせしました都筑さん、ここからは都筑さんに替わり、私がお嬢様をお送りします。」
とても洗練された仕草で、ドライバーさんは、老紳士な運転手さんに挨拶をした。
つか、この運転手さん、都筑さんて名前だったのね。
そういや、俺達お互い名乗り合っていなかった、いやいやコイツはうっかり。
都筑さんにしても俺も、多少冷静では無かったのかもな、尤も俺は面倒事をさっさと終わらせたいって気持ちの方がデカかったんだけどね。
「申し訳無い妙蓮寺君、迷惑を掛けてしまったね、お嬢様の事を宜しく頼みましたよ。」
「わかりました、お嬢様は私が責任を持ってお送り致します、では。」
おぉ、都筑さんもだが、この妙蓮寺さんと言う人も正にプロフェッショナルって感じの人だな、カッコいい。
そのお嬢様とやらの乗る車へと向かう妙蓮寺さんの姿を見送りながら。
「あの、都筑さんで良いんですよね、俺、自分は比企谷八幡と言います、名乗るのが遅れて申し訳有りません。」
名を名乗り、そして名乗っていなかった事を侘びた。
「いえいえ、お気になさらないでください、それは私も同じ事ですからなね、いやはや私とした事がどうやら幾分、気が動転していたようです、私こそ名乗り遅れて申し訳有りませんでした比企谷さん。それから、普段通りの話し方で構いませんよ。」
更に都筑さんまで俺に侘てくれた、本当にこの人はとても誠実な人なんだと、改めて思った。
妙蓮寺さんが、都筑さんが運転していた車の後部座席左側のドアを開く、そこに乗っていた人こそが都筑さんが、本来なら送って行くはずだった人。
お嬢様と呼ばれる人なのだろう、車から降りてきたそのお嬢様とやらの姿、最初にチラリと見えたのは横顔だったが、はっきり言って驚いた。
一寸見ただけでも理解出来る、そのお嬢様の容姿はお世辞抜きで綺麗と言える物だ。
美しく煌めくような黒髪、何処か儚げに見える表情。
車を降りて来て見えたそのお嬢様の服装は、俺と同じ総武高校の制服だった。
そのお嬢様の立ち姿は凛としていて、ほぼ万人が見惚れてしまう程の物だが…
俺にはその姿が何だか寒々しく感じてしまった。
何故そう感じたのかは解らないし、考えても仕方無いだろう。
あ、コレだけは言っておく、決して彼女のその…犬の飼い主と比較して、そのお山の大きさが残念な物だったからとかじゃあねぇぞ!
この事故でそのお嬢様にも迷惑を掛けてしまったんだな、だったら。
「あの都筑さん、俺のしでかした事で都筑さんが送って行く筈だった人にも迷惑を掛けてしまった訳ですよね…その方にもおわびをしなければならないと思いまして、挨拶をしても構わないでしょうか。」
「全く貴方と言う方は…判りました、では私と共に参りましょう。」
都筑さんの了解を得て、お嬢様とやらの元へ行く事に。
「あたしも、謝りたい…です、いいですか?」
犬の飼い主も同行を願い出るが、先方も急いでいるのだ、其処に幾人も連れ立っていくのはどうかと思うぞ、その気持ちは分かるがな。
なのでそれを、俺は飼い主に告げた、その謝罪は後日にすればどうかと。
俺と都筑さんは、妙蓮寺さんとお嬢様とやらの前へ、妙蓮寺さんとお嬢様とやらに都筑さんが話を通してくれて、俺は謝罪の機会を得た。
「あの、俺の後先考えない行動のせいで迷惑を掛けてしまって、すいませんでした。」
深く腰を折りお嬢様に頭を下げた、10秒程で頭を上げ、その顔に眼を向け見つめる。
その表情はまるで感情と言う物を持たない様な、実際はそうでは無いのかもだが、今現在の彼女表情からはそう感じさせられた。
「謝罪など結構です、私に怪我など無いのだし、タイムスケジュール的にもまだ猶予は有るのだから、要件がそれだけなら私はもう行かせてもらうけれどよろしいかしら。」
オーノー!その言葉からも感じさせられました。
何なんだこのお嬢様の頑なさは、1万2千枚の特殊装甲とATフィールドで守ってんの? その心を、何から? 初対面の、しかも女子の心の内側なんて分かるはずながない、だってボッチなんですもん涙が出ちゃう。
「あぁ、了解した。行ってくれて構わない、此方の都合を押し付けるつもりは無いからな。」
こんな時テリー兄ちゃんなら、もっと上手くコミュニケーションを取れるんだろうな。
あの時の俺の懐に、優しく入って来て導いてくれたみたいに。
お嬢様は俺達に背を向け、妙蓮寺さんと共にもう一台の車へと向かって行く。
お嬢様に対し頭を下げる都筑さんと共に、お嬢様と妙蓮寺さんが去って行くのを見届ける。
同じ総武高校の生徒同士だ、縁が有ればまた会うことも有るだろう。
無ければ、しゃあないハイそれまでよだな。
「お、警察が到着した様です。」
都筑さんが、此方に向かって来るパトカーを目視確認、2台のパトカーが到着した。
事情聴取と現場検証ってヤツが、これから始まる、でもまぁ、これが終われば取り敢えずは終了だな。
しかしハッと俺は気が付いた、それは今日俺人生初の、3人の女子との会話をしたという事、しかも三人が三人共かなり高レベルな顔面偏差値の持ち主だ、てか、お嬢様とは会話と呼べるレベルかと言われると困るがな。
「こんの!馬鹿息子があ!!」
現場検証が終了し、学校へ向かう前に俺は、母ちゃんに電話連絡し事故のあらましを話した。
母ちゃんは了解、学校で落ち会うと言う事になり俺は学校へ向かう事に。
「ねぇ、先輩、先輩、連絡先交換しませんかぁ。」
あざとく、百式?が電番メアドを要求して来たので、丁重にお断りした。
「だが、断る。」
言った、言っちゃったよ八幡ってば名言を、言ってみたいセリフ八幡ランキング、第2位のセリフを。
露伴先生、ありがとやしたぁ!
犬の飼い主には改めて礼を言われた。
俺がさっき言ったアドバイスを実行して行くと、笑顔で言ってくれたので嬉しくなった俺は、無意識にその頭を撫でていた。
「むう、私に対する態度と差が有り過ぎだと思いますぅ。」
百式?のボヤキはスルーして、一応目撃証言もしてくれたので、礼だけは言っておいた。
「お前もサンキューな、受験勉強頑張れよ。」
都筑さんにも改めて挨拶、後日保険会社とか弁護士とかから連絡が来るかもとの事でした。
母ちゃんの絶叫と共に拳骨が振り下ろされる、入学式も恙無く終了した学校の校庭で。
「くぅ、痛いって母ちゃん!」
鍛え始めて6年以上なるのに、母ちゃんの拳骨の痛さは異常。
家族に対する愛情とか心配とかが、ダメージ値に加算されてんのかな。
「あんたが、心配掛けるような事するからでしょうが!!」
「いくら鍛えてるからって、車に喧嘩売ってんじゃないわよ、全く!」
イヤイヤ、売ってないからねお母様、いくら何でもさ、俺其処までは馬鹿じゃないと思………事実だけ見るとそうなのかな。
母ちゃんにどつかれた頭を擦り、痛みを逃がす。
逃していると「あの〜、ちょっと良いですか。」と少しおっとりとした感じの女性の声が聞こえた。
その声に振り返ってみると、其処には少し茶髪掛かったセミロングの、声からも想像がつく、おっとり童顔なお姉さんがいた。
しかもなんと、舞姉ちゃんに匹敵するか、若しくはそれ以上の豊かな物をお持ちのお姉さんが。
「突然すみません、今朝散歩中の娘と犬をそちらの御子息に助けて頂いた、由比ヶ浜と申します。」
「ほら結衣、いらっしゃい。」
「あっ、うんママ。」
声を掛けて来たのはお姉さんでは無く
、なんと今朝の犬の飼い主のお母さんでした。
母親に呼ばれその隣に並び俺と母ちゃんにお辞儀をする飼い主。
確かに二人並ぶと、見た目の雰囲気が似ているのが解る。
だが、母娘!? 姉妹じゃ無くて。
若ッ!このお母様メチャ若じゃあねぇか、アンチエイジングにも程が有るだろう。
もし道で声掛けられて逆ナンとかされたら、速攻付いていくレベル。
『いいか八幡、美人を見たら美人局だと思え、声を掛けられて人通りの少ない場所に誘導されて金品を巻き上げられるのがオチだからな。』
何処からか親父の忠告の声が、聞こえて来た様な気がする。
心配すんなよ親父、俺はボッチのプロだぜ、そんなトラップなんざに引っ掛かる程ヤワな人生送っちゃいないぜ。
「この度は、うちの家族を助けて頂き
本当にありがとうございます。」
「あ、ありがとうございます。」
俺と母ちゃんに二人は揃って礼の言葉と共に頭を下げた。
「頭を上げて下さい、それはうちの馬鹿息子が勝手にやった事ですし、それに誰も怪我等も無い事ですしね。」
おい母ちゃん、いい加減馬鹿息子呼ばわりは止めて頂きたい。
俺だって心も身体もガラスの十代なんだからね、傷つくんだからね!
知ってるか、ガラスって1300℃位の熱で完全に溶けてしまうんだぞ、と言う事は俺の心は1300℃迄の熱に耐えられると言う事だな。
まじか、ならば俺のハートはエシディシの怪焔王の流法に耐えられる。
ガラスの十代ならば柱の男に勝てるんだ………。
んな訳無いじゃん。
「ですが、息子さんの行動でうちの家族が救われたのは事実です。 もし息子さんが居なければ、サブレはどうなっていたか、そうなった時娘の心は深く傷ついていた筈です。」
「うん…あっ、はい、えっと比企谷君が居なかったらあたしきっと、スゴく後悔していました、だから、ありがとうございます。」
何度も礼を言ってくれる飼い主、それだけサプリが無事だった事が嬉しいのだろう、ん?サプリだよね?あれ、サブレだったっけ。
「いえいえ、家の馬鹿息子がお役に立てたのなら何よりですよ、これ以上の礼は不要ですよ、あんたもそれで良いわね八幡。」
「あぁ、良いよ。」
もう済んだ事だしな、無事だったからな生き物に関しては、だが。
無事じゃあ無かったのは、あの車だ。
俺がライジングタックルを食らわせた車の、フロント右側のヘッドライト周りは思いっきりぶっ壊れていました。
あれ、修理代幾ら掛かるんだろうな、それを考えるとゾッとするぜ。
都筑さんは修理は保険で賄う事になるだろうから、心配はしなくて良いと言ってくれたけど、それでもし都筑さんの立場とか悪くなったらと思うとなぁ。
「息子もこう言っていますから、もうお気になさらずに、ね。」
ですけど、となのも言い募るお母様と申し訳無さそうにしている飼い主。
そんな二人を宥めていた母ちゃんだったが、急にニヤリと悪い顔をして俺を見た。
そして何をトチ狂ったのか、どえらい爆弾を投下しやがった。
「其処まで仰るなら、一つお願いが有るんですが、家の馬鹿息子ってば見ての通り眼つきがすこぶる悪いでしょう、ですから今迄マトモに友達が出来た事が無いんですよ、なのでもし良ければなんですけど…お嬢さんにこの馬鹿の友達になって戴けないかと思いまして。」
西暦20○X年、世界は核の炎に包まれたあらゆる生き物は死に絶えたかに見えた
、だが人類は死に絶えてはいなかった。
けど俺は死ぬ、死ねるわ。
「おいコラ母ちゃん、イキナリ何言い出すんだ、こんな眼つきの悪いのが、こんな可愛い娘の友達とか、ある訳ねぇだろ。」
「あっ、あんたも本気にすんなよ、こんなバカ発言。」
ヤバイ、飼い主メッチャ顔を赤くして俯いて、ぷるぷるしてるう!
怒ってる、怒ってるよね、母ちゃんのバカぁ!
今日は入学式だよ、俺まだ入学したばかりなんだよぉ!
明日っからどうすんだよ俺ェ!
「……って、もらえた…可わ……。」
何か、ブツブツと言っていらっしゃる飼い主さん、そうだよな嫌だよな〜、あぁ言ってて涙が出そうだよ。
「…あの、あたし、なりたい友達に、比企谷君となりたいな。」
「あらあら、まあまあ。」
おおっとぉ、思いがけない言葉が飼い主さんから発せられたぞぉ。
そしてお母様、何故そんなにニヤニヤ笑顔なんですかね、ご自分の娘さんが道を踏外そうとしているので御座いますですますわよ。
親御さんとして、其れで宜しいのでございますか。
「ほれ八幡お嬢さんもこう言ってんだから、覚悟を決めな。」
おのれディケイド! 面白がりやがってェ。
「…あんた、良いのかよ、こんな眼つきの悪いのが友達で。」
「結衣だよ、あたしの名前…確かにちょっと眼は怖いかなって思ったけど…あたし、知ってるから比企谷君、優しい人だって。」
クッ、なんて邪気の無い笑顔なんだ。
女子にこんな笑顔で接されたのは、初めてじゃあねぇかよ、あっ今朝も向けてくれたわ。
ここ迄言われて断る程、俺も唐変木って訳では無い。
仕方無くは無い、ここ迄言われたんだからな、でもやっぱ眼は怖いと思われてるのね。
「比企谷八幡だ、あ〜、その宜しく頼む。」
「うん! 由比ヶ浜結衣です、宜しくね。」
二人で挨拶を交わし、ここに初めて俺は友達が出来た。
しかも女子がだ。
二人の親御様方は、そんな子供たちをニマニマとした顔で見ている。
「娘の事よろしくね比企谷君。」
あのお母様、俺はお嬢さんを嫁に迎える訳では無いのですから、その言い方は関係各方面に誤解を産んでしまいますわよ。
「いや〜、こりゃ今晩はテリーさん達に良い報告が出来るわ、ウフフっ。」
おのれディケ………一話で同じネタ2回は使えないが、使いたい気分だぜ。
取り敢えず入学式の日の話まで書けました。
この「伝説の餓狼達が俺の師匠なのは間違っているだろうか。」ですが、もしも八幡が格ゲーの高速突進技と無敵対空技を使えたら無傷でサブレを救出出来るんじゃあねえか、と思い立ったのが始まりでした。
ただそれだけだったんですけど、じゃあ何の技を使えば良いかと考えたらやっぱり、当時従兄弟が持っていたスーファミソフト餓狼伝説2で初めて格ゲーと言う物をプレイして、惚れてしまった、テリー・ボガードの技だけは外せない絶対にだ。
と言う事でライジングタックルを、超高速移動している感バリバリの斬影拳を選んでみました。
実はストーリーが出来ているのは、ここ迄です。
原作開始の二年生になってからの話はどうするか、思案中です。
取り敢えず考えているのは、川崎姉弟は極限流空手の使い手にしようかと、姉は覇王翔吼拳をマスターしているけれどその威力はリョウ達に比べ7割位、弟はマスターしていない。
雪ノ下姉妹は藤堂香澄に藤堂流古武術を学んでいるけれど、姉は重ね当てができる程度で、超重ね当ては使えないレベル、妹は重ね当ては使えない。
あとは材木座も何らかの武術を学んだけれど、実践では萎縮してからっきし、と言う設定はどうかなと思っています。
話をある程度原作のストーリーと絡めたいと思っていますが、どうなる事やらです。
こんな自己満足の書物を読んで下さった皆様に感謝致します。
P.S個人的アドバイスを頂いた西園弖虎様には深く感謝の意を示したくおもいます。
そのアドバイスを活かせる程の発想能力が不足していますが。
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高校生活を振り返って その1
KOF14からテリーのボイスが、長年テリー役を努めた、橋本さとしさんから葉山の中の人に替わっていたんですね。
橋本さんの声がメッチャ好きだったんですが、残念です。
新しいボイスもカッコいいんですけどね、オールドファンとしてはテリー=橋本さんだっただけに……。
ひょんな事から入学式の朝に出会った少女、由比ヶ浜結衣と母ちゃんの策略により俺は友達となった。
それは俺にとって人生初の友達だ、それが寄りにも寄って女子、此れまで兄貴達以外の他者と親しく付き合った事の無い俺にとって、改めて他人と付き合う事は割とハードルが高いんじゃ無いかと思う訳で。
でもまぁ悪い気はしないかな、出会ったばかりだが彼女の為人は悪く無いと思う。
俺の説教臭い忠告も素直に受け取ってくれて、早速改善に取り組むと宣言してくれたし。
正直此れはすっげぇ嬉しかった、何より中学迄の同級生の女子なんかは俺と眼が合っただけで、怖がって逃げられたりしていたからな。
まぁ一人だけだがたまに絡んで来る奴が居たけど、彼奴は妙にテンション高くて付き合うのに疲れる奴だったんだよなぁ。
彼女、由比ヶ浜は内心では俺の眼を怖れてた様だ、なのにそれでも確り向き合ってくれたんだからな、正直嬉しいさ。
しかもその容姿も中々の物だ、まだ何と云うか垢抜けていない感は有るが、メイクとか服装のコーディネートっての?
そういうの覚えたら化けると思う。
『ハハハッ、そうかとうとうハチマンにもガールフレンドが出来たか、今度俺達にも紹介しろよな!』
早速その晩、母ちゃんによりその話を皆に広められた。
テリー兄ちゃん始め、皆それぞれ同じ様な事を俺に言う訳だが、畜生こっぱずかしいぜ。
クッ、母ちゃん覚えてろよ毎晩深夜十二時に枕元に新聞を届けてやるからな。
『しんぶ〜ん』、精々恐怖に恐れ慄けばいいさ……つかそんな事やってバレたら、俺の方が後が怖いな、多分母ちゃんに殺される。
肉体的にも経済的(小遣い)にもな、うん、この計画は無かった事にしよう、ぶっちゃけそんなにネタも無いしな。
「所で八幡よ、そんなに凄いものなのか、その結衣ちゃんママさんの2つのお山はよ?」
親父は由比ヶ浜のお母さん(母ちゃん命名、結衣ちゃんママ)のお山について俺に聞いて来た。
しかし母ちゃんよ、結衣ちゃんママってさ、ドラマとかに出て来る幼稚園児の子供を持つ母親達(ママ友って奴?)の呼名じゃ無いんだからさ、違う呼び方考えた方が良いんじゃね!?
「あぁ、そりゃもう見事な物だったぜ親父、アレこそ正に霊峰、富士のお山を俺はこの眼に焼き付けたぜ。」
「…まじか、クッ、俺も有給取れば良かった……。」
オッパイについて語り合う父と息子の図、それは傍から見ればさぞかし滑稽で女性陣から見れば蔑みの対象となる物だろう、内心俺が女子だったとしたらきっとそう思う。
それが、女性陣を含む家族団欒の場なら尚更だろうな、さっきから母ちゃんと小町の視線が、まるで物理的なダメージを俺達男陣に与えようとしているかの様だ。
だが、母ちゃん、そして小町よ、例えそんな眼を向けられたとしても俺達のオッパイに対する熱い思いは止められないのだよ、残念だったな。
「うわぁ、最低だよお父さんもお兄ちゃんも、小町的に超ポイント低いよ、大幅下落だよ。」
うぐぅ、小町の言葉ナイフが俺と親父の精神をグリグリと削る、ヤバイ少しばかり調子に乗りすぎたか、やはり視線よりも言葉の方がダメージがデカい。
「…オッパイ、オッパイってあんた等親子はそんなにオッパイが好きか!!」
母ちゃんの怒りに満ちた怒声が、俺と親父に叩き付けられる。
当然俺達の思いは、そしてその答えは決まっている。
男の探究心とは尽きないのだ、例えなんと言われようとな、俺達はまだ登り始めたばかりなんだ、この男坂をよ。
「「サー、イエッサーマム、大好きであります!!」」
それに対する俺達の返答が、重ってしまった。
瞬間、心重ねた訳だ……キモいな…うんキモい。
その俺達の返答に母ちゃんは、一旦クワッと眼を見開いたかと思えば、軽く俯きフルフルと身体を震わせ……
「……そんなに…そんなにオッパイが好きなら、履歴書の名前のよみがなの欄と趣味の欄にオッパイ大好きとでも書いておけ、ド畜生ッ!」
怒りゲージを満タンにした、母ちゃんの絶叫が我が家のリビングに木霊する。
あぁ母ちゃんが壊れていく、あの日のダッドの様に………。
あっ、そういや家の親父は元から壊れていたわ、あの日どころか最初からな、八幡ったらうっかりさん、てへっ♡
てゆうか、あの日っていつなのさ?
「おい八幡、どうするよ、お前これからはオッパイ大好きに改名しなきゃならねえじゃないかよ、大変だなおい。」
「イヤイヤイヤ、何他人事みたいに言ってんだよ親父、母ちゃんは親父に言ったんだからな。」
不名誉な名前を互いに押し付け合う父と子、そこにあるのは醜い自己保身のみだ、美しき家族の絆が介在する余地など其処には無い。
「…この馬鹿親子は、小町やってしまいな!」
俺と親父の醜い争いに業を煮やした母ちゃんは、小町に俺達に対する刑の執行を言い渡した。
「アイアイサー、へっへぇ、逝っくよぉ〜花蝶扇!」
母ちゃんへ最敬礼をし小町は、二つの扇を俺と親父に向けて放つ、舞姉ちゃん直伝の必殺技、花蝶扇。
高速で飛来するそれを、俺は咄嗟にガードしダメージを軽減、だが親父はガードなど出来る筈も無くボディへヒット。
おいおい、俺は兎も角として、親父には手加減したんだろうな小町さんや。
「うぅ……。」と腹を抑え呻く親父の様子に戦慄を超えて、お兄ちゃんドン引きだよ小町ちゃん。
「……舞姉ちゃんと云いお前と云い、何処から扇を出してんだよ。」
「そんなの不知火流の秘伝なんだから教える訳無いじゃん、それに知らないのお兄ちゃん?女の子には26の秘密があるんだよ!」
最後はバチンとウインクを決めながらとんでもな事を宣う。小町ェ〜。
「…お、れの、天使な娘がいつの、間にか…Vスリャーな、件…ガクリッ…」
親父は最後の力を振り絞りその一言を残した。
「親父…最期の最後までカッコつけやがって(ネタに走りやがって(笑))アンタはやっぱり俺の親父だぜ。」
親父はうずくまった。
俺がが無意識のうちにとっていたのは「敬礼」の姿であった。
涙は流さなかったが無言の男の詩があった。
奇妙な友情があった。
まぁそんな感じて高校入学初日は、恙無く?過ぎて行った。
因みに、その日の夕方、都筑さんとその雇用主の名代の人と葉山とかって名の弁護士さんが、我が家に挨拶に訪れてくれて、改めて謝罪をされたんだが、悪いのは俺の方なんだから謝罪等不要と伝えるも、先方も譲らず、まるで千日手の様相を呈しそうな雰囲気だった。
俺には良く分からない世界なんだが、相手方にも面目とか立場とかが有るのだろうか。
何にしても面倒な話だ、そんなモンはとっとと終りにしなけりゃな。
だから俺は1つの提案を先方に伝えたんだ。
「あの、じゃあこうしませんか、このままじゃ埒が明かないですし……あなた方に俺からですねチョットした要求をします。」
「……マッ缶を一年分、其れで手打ちにしませんか、それ以上の要求はコチラからはしませんので、何なら念書に署名捺印しますよ。」
家の家族からはまるでアホな奴を見るかの様な視線を、先方からは呆気に取られたかの様な視線を向けられてしまったんだが、なぜ?、解せぬ。
ココは千葉だぜ、マッ缶と言えば千葉のソウルドリンクだ。
千葉人の血はマッ缶で出来ていると言っても過言ではあるまい。
九州人の血がブラックモンブランとミルクックで出来ているようにな。
この辺りを落しどころにすんのが良いと思うんだがな、決して俺が毎日タダでマッ缶を飲める様に企んだ訳では無いんだからね、ホントだよハチマンは……正直者だもの、多分。
先方は俺の提案を持ち帰り、改めて主である雪ノ下家の当主と検討し対応すると述べ我が家を後にした。
あっ、今迄言及し忘れていたが、あの時車に乗っていたお嬢様は、雪ノ下雪乃と言って、新入生代表として入学式の挨拶をする為にあの車に搭乗していたそうだ。
何でも入試の成績トップで入学したそうだ。
中の下だった誰かさんとは大違いだなとキャぜルヌ先輩に言われそうだ。
…俺に親しい間柄の先輩なんか居ないんだがな。
残念ながらなのかは分からんが、由比ヶ浜と俺とは同じクラスでは無かった。
無かったんだが、校内で会うと、俺を見掛けると由比ヶ浜は、嬉しそうな笑顔で俺に駆け寄って来ては話し掛けてくれるんだが、俺には気の利いたトークなんぞ出来ないし、退屈させてしまっているんじゃ無いかと思うと申し訳無い気もする。
なもんで、専ら俺は由比ヶ浜が話す事に相槌を打ったり、突っ込みを入れたりするだけになる事が多い。
「……て、ギャルっぽい娘と仲良くなってね、メイクとか教えてもらってんだよ。」
「…そか…けどよ程々にしとけよ、ギャルとかって行き過ぎてビッチくさくなったりすっからな。」
昼休み、校内探索によって発見した、俺のお気に入りの場所、校舎特別棟自販機側の、ベストプレイスと名付けたそこで昼飯を食い、昼のひと時を過ごすのが雨天時以外の昼休みの過ごし方だ。
屋外だから当然雨の日は教室で過ごすんだが、教室ではいつもの如く知らない人と接するのが苦手な俺は、気まずい気持ちになるんだよな。
態々、中学迄の知ってる奴が一人も居ない学校を選んで総武高校へ入学したんだから、心機一転、新たな関係を築くべく行動を起こせれば良いんだろうが、其処はまぁ…俺だからなぁ。
「あ〜、うん、そだよね…やりすぎは駄目かな、やっぱり…。」
「おぅ、そうだぞ由比ヶ浜、人間何事も限度ってのを見極めないとな、TPOは弁えるべきだそ。」
等とファッシセンスE(超ニガテ)の俺が言っても説得力もクソもねぇけど。
「……えっとさ、ヒッキーは茶髪とかってどうかな、やっぱりそのビッチって思う!?」
「別に、その人に合ってりゃ悪く無いんじゃね、現にお前の母ちゃん…の場合は栗毛色かな?知らんけど、似合ってんじゃん、だからよあんまり極端にならなきゃ良いと思うぞ。」
「……てか、ちょっと待てヒッキーてのは俺の事か、俺は引き篭もりじゃねぇぞ!」
由比ヶ浜の奴、なんてとんでもねぇ渾名を付けやがるんだ、人を引き篭もり扱いしやがって、お前は俺をそんな眼で見ていたのか!
「え〜、違うよ!あたし引き篭もりだなんて思って無いからね、比企谷だからヒッキーって、なんか可愛いなって思ったんだし…。」
あぁ、コイツのネーミングセンスはアレだな、紅魔族レベルなんだな。
犬の名前からしてサブレだからな、その時点で気付いて然るべきってか。
「あー、因みに聞くけどよ、お前自身に渾名を付けられるとしたらどんなのが良いんだ?」
「あ、あたしの渾名?、う〜んそうだなぁ…」
さてどんな答えが飛び出すか、てか人差し指を口元に置いて考えてる姿が、アホっぽいぞ由比ヶ浜。
だが…クソっ、それを可愛いと思ってしまう俺がいる、あのあざとい中坊ならそんな仕草も計算しての振る舞いなんだろうが、由比ヶ浜のは多分天然なんだろうな。
「あ!あたし由比ヶ浜結衣だからさ、『ゆいゆい』とかどうかな由比ヶ浜のゆいと結衣のゆいでさ!」
「……………。」
俺の初めて出来た友達が紅魔族レベルのネーミングセンスだった件。
「お前の将来の旦那の名前は『ひょいざぶろう』で生まれてくる子供には『めぐみん』と『こめっこ』と名付けるんだな……。」
俺は由比ヶ浜をじっと見つめる、哀れみを湛えた眼で、それはもう大層な哀れみを、この眼に込めて。
「なっ!あたしそんな変な名前の人と結婚しないし!絶対なんだからね、それにあたしの旦那様の名前は、ハッ…チ…あぅ〜っ………。」
真っ赤な顔で怒りながら『ひょいざぶろう』さんを否定するガハマさん、その顔を更に赤くして告げられた名前は『ハッチアウ』!?それってまだ『ひょいざぶろう』の方がマシじゃねえの?
真っ赤な顔で俯き、小声であうあうと呟く由比ヶ浜、『お〜いガハマさん早く現実へ帰っておいでよ、地球は良いところだぞ、だから早く戻って来〜い!』
あうあうモジモジと中々現実へ帰還しない由比ヶ浜の様子に、月にでは無くガハマに吠えようかな、比企谷八幡はそう思った訳で。
つか、俺はさっきから何度か由比ヶ浜の事『ガハマ』って言ってるけど、もう其れで良いんじゃね、由比ヶ浜の渾名はガハマで決定だ。
由比ヶ浜とは週に何度かベストプレイスで一緒に昼休みを過ごしたり、一緒に下校したりと交流を続けている。
しかしそれ以外の人との交流は未だ無しだが、まぁその辺は気長にやって行こうかと思う所存だ。
そして入学間もないある日の放課後の事、俺は自転車を押しながら校門を出た所で、思いがけない人物に声を掛けられた。
因みになんだが、自転車の名前は熟慮の末にダクネス号に決定した。
「あ〜っ、やっと見つけましたよせ〜んぱい!」
何だか俺の左後方から、せ〜んぱいとやらに呼び掛ける声が響く。
せ〜んぱいさん、呼ばれてますよ。
俺はまだ一年生だからなせ〜んぱいなんて呼ばれる筈はないからな、多分2年か3年の人だろうな、呼ばれてるのは。
「ちょっとちょっと、可愛い後輩が呼んでるんですよ無視しないで下さいよ、せんぱ〜い!」
そっすよ、無視は良く無い。
されるとすっげぇ悲しいからな、テリー兄ちゃんと出会う前の俺は、クラスの皆に無視される度に、仮面の下の涙を拭っていたものさ、テックセットはしないけどね。
てか、早く応えてあげてよ、せんぱ〜いさん。
「もう!無視しないで下さい先輩。」
その声と同時にダクネス号を押していた俺の左腕が引っ張られた、えっ?何事なのん、何で俺の腕が引っ張られてんのかな。
…う~~ううう あんまりだ…HEEEYYYY あァァァんまりだァァアァ AHYYY AHYYY AHY WHOOOOOOO HHHHHHHH!!おおおおおおれェェェェェのォォォォォ うでェェェェェがァァァァァ~~~!!
「可愛い後輩ちゃんがわざわざ、先輩を訪ねて遥々総武高校迄訪ねて来たんですからね、無視するなんてあんまりじゃないですかぁ!」
さっきから呼ばれていたのは、俺でした。
そして俺を呼んでいたのは入学式の事件に関わった、あのあざとい中坊。
亜麻色の髪の女子中学生、今日はジャージでは無く普通に中学の制服を着た、え〜っと、名前は。
「…何だお前か、久し振り?だな、百式だっけ?」
「うわ〜、何なんですかそれ、私あの時ちゃんと名乗りましたよね、私の名前は一色いろはですよ!い・ろ・は、ちゃんと覚えて下さい良いですか、私の名前を金色のモビルスーツみたいに言わないで下さい、取り敢えずそこから99引いて色をつけてやり直してください、ごめんなさい、てかもう覚えましたよね、はい!ちゃんと呼んでみてください、私に続いて言って見てくださいリピート・アフタ・ミー!」
「可愛い可愛い、いろはちゃん!」
「……すまんな、いっ、一色…てか良く噛まずにそれだけ話せるな、つうか何気にガンダム知ってるんだなお前…」
突然俺の前に現れたあざとい中坊、一色いろは。
何の用が有っての訪問なのかは分からんが、面倒くさい事態になりそうな予感がヒシヒシと伝わってくる。
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高校生活を振り返って その2
入学式の日の事件で出会った、あざと可愛い中房、百式改め一色いろは、ソイツが今俺の眼の前に居る。
総武高校の正門前で、どうやらコイツは所謂出待ちと云うヤツをやっていたらしい、しかもその対象がこの俺と来たもんだ、マジかよ何時の間にか俺ってばテレビ局やコンサート会場から出て来たアイドルやアーティストと同じ扱いを受ける迄になってたんだよ!
…まぁそんな事がある訳が無いんだけどね解っているさ、俺は自分自身を冷静に客観的に観る事が出来る男だ、自惚れたりなんかしないからね。
ここで自惚れて自制心を無くして、あれもしかしてコイツ、俺の事好きなんじゃね?
等と勘違いを起こす事など俺には無いのだ、俺の自制心の硬さたるや、ガンダリウムΓを超えていると自負するまである。
俺が思考の海にダイブして思索にふける傍らで、あざと中房一色いろははと云うと…うんうんだの、ふむふむだのと呟きながら俺の腕や腹周り背中等をペタペタと触っていやがる。
「ちょっ!?お前っ何やってんの、嫁入り前の娘が無闇に異性の身体に触れるもんじゃありません!
お前御両親にそう教わらなかったのかよっ!」
「え〜っ、何言ってるんですかせんぱい勿論当然教わったに決まってるじゃぁないですかぁ!」
身長差故、自然と一色は上目遣いになる、軽くシナを作りながらの上目遣い。
そのあざとすぎる所作に拠って、コイツは幾人もの男達を勘違いさせ操って来たのだろう、リモコン操作で鉄人28号を操る金田正太郎君の様にな、一色はその操縦テクニックに拠って、哀れな男子を巧みに操りながらこれ迄失敗する事なく幾度も修羅場を切り抜けて来たのかも知れない。
だかな一色よ、この世にはお前のリモコンで操れ無い男は幾らでもいるんだ、良いも悪いもリモコン次第では無く、超AIで自ら思考し行動する勇者ロボの様にな。
「せ・ん・ぱ・い・だからですよ、他の男子にこんな事しませんよ…信じて、もらえませんか、先輩…。」
上目遣いに潤んだ瞳プラス軽く赤らめた頬、右手を口元に左手は制服のスカートを掴む、その袖口は幾分かサイズが大きいのか余りが有る、所謂萌え袖ど言う奴だ、くっ!コイツは一体幾つのコンボを重ねて来るんだ。
コイツはヤバい、いくら俺が超AI搭載の勇者ロボとはいえ、このコンボには多少なりともダメージを受けるかも知れない。
てか何時から俺はGGGに所属していたんだよ。
「てゆうか、何なんですかせんぱい、見た感じの体型は割と身長もあるし、スラッとして痩せて見えるけど、シッカリと筋肉が、着くべきところに着いているって言うか、ホントあの時も思いましたけど、せんぱいアクション俳優でも目指しているんですか、ただちょっと目つきが何だかヤクザ屋さんみたいに怖いですけど、顔の造り自体は悪く無いって言うかぁ、すっごい整ってますよね?」
コイツは一体何を考えていやがるんだろうか、俺なんぞをそんなにAgeたって何の得にもならないはずだ、じゃあコイツは俺には近付いて何を目論んでいるんだ、少なくとも由比ヶ浜の様に純粋な好意ってか恩義の様な感情で俺に近付いて来ているとは思えないんだが…
「…なぁ一色、何が狙いなんだ?」
「ふぇっ!?」
ちょっ、何だよ『ふぇっ!?!』て疑問形か、何お目々パッチリ開いて心底驚きましたって感じで俺を見てんの、何だよ図星突かれて驚いてんのかよ、承太郎に自分の考えを物の見事にそのものを当てられた、音石明かよ。
けど一色よ、少なくとも音石明はその思考を読まれても、今のお前みたいに取り乱したりはしなかったぞ、もしお前があざと系女子の高みを目指すのならその辺り、キチンと精神をコントロール出来る様にならないとな。
あざと系女子の高みとやらがどんな物かなんて俺には分からないけどな。
「…何なんですかこのせんぱいは、何でそんに察しが良いんですか、ヤバいです、この人の攻略は一筋縄では行きそうにありませんよ…」
俺から目線を逸し、口元に手を当てブツブツと何かを呟く一色だが、その声は小さくて難聴なんか患って無い俺の聴力を以てしても上手くは聞き取れなかった。
所々聞き取れた単語は攻略だのと聞こえたんだが、一体何の事だよ。
「それで一色、お前は俺に何の用が有るんだ。」
「…あのですね、実は……私せんぱいに相談したい事が有りまして…少しお時間頂けませんか?」
ふむ、此れはいよいよ本題入ろうとしているんだな、正直面倒臭い事になりそうだから、可及的速やかに自宅へと進路を向けたい所何だが…
「あっ!ヒッキーだ、お〜いヒッキーこんな所で何してんの!?!」
背後から、少し詳しく言うと学校正門の方向から、ここ暫く何なら家族以外で一番会話をしている女子の声が、何だが微妙に不名誉な感じの彼女が俺に付けたあだ名で呼びながら近付いて来る気配がする。
その声の主は俺にとっては言わずと知れた存在、ほぼ毎日何かしら会話をする仲である少女(何故かこの日は校内で出会う事が無かったのだが)由比ヶ浜結衣。
俺はその声に後ろを振り向いた。
正直ちょっと驚いた、振り返り見た彼女は、正確に言えば主に彼女の髪の色とヘアスタイル、そして軽く着崩された制服にだ。
昨日までは黒髪だったその髪の色は若干桃色掛かった茶色に染められ、その右側部にはちょこんとお団子が結われていた。
「………。」
イメージチェンジ、そう言うべきか。
俺達の元まで駆け寄って来た由比ヶ浜の姿は昨日までの印象とはまるで変わっていた。
元々、彼女はスタイル、ルック共にかなりのレベルが高いと俺は思っていたんたが、立ち振る舞いなどから来る雰囲気のせいなのか、少々地味な印象を抱かせていたんだが。
それが今は何だが、垢抜けたと言えば良いのか、華やかになったと言えばいいのか…。
「…あの、ヒッキー…えっと、昨日ぶりだよね、あはは…。」
俺から目線を逸しながら、右手で自分の頭のお団子を所在無さげに弄りながらたどたどしくも、俺に話しかけて来た。
「…おう、そう、だな…今日は学校の中では会わなかったからな、クラスの友達とツルんでたのか由比ヶ浜。」
「えっ!…あぁうん、えっと実はそうなんだ、あははっ…。」
俺はイメージが変わった由比ヶ浜の雰囲気に戸惑い、吃った様な口調になってしまった。
俺がそんな体たらくだった為か、由比ヶ浜もそれに釣られた様に、たどたどしく答えた、あ〜…何かスマン由比ヶ浜。
「むぅ〜っ、ちょっとお二人共私の事忘れて居ませんか、いきなり二人だけの世界を作らないでくださいよぉ。」
おっと、そうだった今この場にはコイツが居たんだった。
しかしこいつ『むぅ〜っ』て声に出して、あくまでもそのあざといキャラを貫くつもりなのかよ、そこ迄行くと逆にいっそ天晴と言うべきなのか…。
「あぁ悪いな一色。」
此処は素直に謝っておく事にする、こういう場合に女子を適当にあしらったりすると、面倒事に為りかねないからな。
小町の奴も一度機嫌を損ねると面倒な事になる、そうなると機嫌を取るのも一苦労だ。
けどそんな状態でも、テリー兄ちゃんやロックと話をすると直ぐに機嫌が良くなりやがる……。
解せぬ、納得行かねぇ〜!
「あ〜っ!あの時の中学生の子だよねあの時はありがとう!」
どうやら由比ヶ浜は一色の事を覚えていた様だ、あの時の由比ヶ浜はサブレの事で一杯一杯で、周りの事に気が回って居なかった様な感じだったんだかな。
どうやらそれは俺の穿ち過ぎだったのか。
「はひ?…あっ、もしかしてあの時のワンちゃんの飼い主さんですか?」
おっと、どうやら一色の方も由比ヶ浜の事に気が付いた様だな、まぁあの時と今とでは由比ヶ浜の雰囲気は随分と違っているからな、しかしまぁ流石に女子同士、そういった同性の変化に対して敏感なのかもな。
「うん、そうだよ!あたし由比ヶ浜結衣、よろしくね。」
「あっ、はい、私は一色いろはです、よろしくお願いします、結衣先輩って呼んで良いですか?」
おお、この二人早速コミュニケーション取り始めたぞ、凄えな俺だとこうは行かないだろうからな。
まぁ、一色の奴は初対面の時から妙にグイグイと来ていたし、コミュ力は高いだろうと思っていたけど、由比ヶ浜の方は若干ながらコミュ力は低いんじゃないかと思ったんだがな、どうやらそうでは無いらしい。
「うん!良いよ、あたしもいろはちゃんって呼ぶね。」
イキナリ名前呼びかよ凄え、レベルが高杉君過ぎて俺には無理な芸当だ。
しかしこの二人はある種対照的な人種かも知れないな。
由比ヶ浜の表情は何と言うか天然素材100%って感じたが、片や一色の方は自分の演出方法を完璧に把握していて、その場に合わせてその顔を作っている様な感じを受ける。
現に俺に対していた時の顔と、今由比ヶ浜に対して見せている顔は違った物の様に俺には思えるからな。
「所でせんぱい、せんぱいは結衣先輩に対して何か言わなければいけない事があるんじゃあないですかぁ!」
「はぁ?」
今まで女子二人してキャッキャウフフしていた筈の一色が、イキナリそう言うのだが…はて?
「はぁ?じゃありませんよ、せ・ん・ぱ・い・乙女が一大決心をしてイメージチェンジをしたんですよ、それについて男子ならちゃんと言わなければいけない事があるんじゃないですか!」
その口調に少しだけまぶされたスパイスは非難と呆れの二つ、なるほどそう言う事か…前に舞姉ちゃんと小町にも言われたっけな。
「…そうか、ああ…うん。」
女子の髪型やファッションなどを改めた時はキチンと褒めて感想を言えって。
よっしゃあ!
解ったぜ、俺はジョーあんちゃん並に勝利の雄叫びを上げ(心の中だけで、実際には叫ばないがな)由比ヶ浜に向き直った。
「あのだな由比ヶ浜、その…似合ってると思うぞ、髪の色とか髪型とかな…あと制服のアレンジとか、けどあれだな、程々にしとかないとビッチ臭く成っちまうからその辺のバランスはキチンとしないとな。」
「…えへへぇ、ありがとヒッキー。」
「ブブーッ!!はぁ、全然駄目駄目です、何ですかビッチ臭く成るって、もう少し言葉を厳選して選んで下さいよ、確かに最初は髪の事を褒めてはいましたけど、その後はどうなんですか全く…ホント赤点ですよ赤点!」
えええっ、何で!?駄目だったの、だって由比ヶ浜は喜んでくれてるんだし、アレで良かったんじゃね?
「結衣先輩も結衣先輩です!駄目じゃ無いですか、あの程度で喜んで!男の子って直ぐに調子に乗る生き物なんですから、女子の方でシッカリと手綱を握らなけれはいけませんよ、良いですか!」
コイツマジ中房かよ、俺にダメ出ししたかと思えば、間髪入れずに由比ヶ浜にまで、はぁ…もうやっぱり面倒臭い事に成っちまったなぁ、八幡早くお家に帰りたい…。
「えっ?あっと、うん、そだね…あははっ…」
おい一色それ位にしておけ、お前に詰め寄られて由比ヶ浜の奴タジタジじゃねぇかよ。
しゃあないここら辺りで、この話題は終わりにさせよう。
「なぁ一色。」
「…何ですか、せんぱい。」
「…そのだな、お前の言う事は完全とは言え無いとは思うが、ある程度は理解出来た、俺も由比ヶ浜もな。」
「うん」と俺の跡に続いて由比ヶ浜も一色に対して頷いて見せている、まぁ良いか。
「それで、さっきの赤点と評した俺の発言だが、それでも由比ヶ浜は喜んでくれた訳だろうと、と言う事はだな俺の発言は問題が無かった訳だ、知ってるか一色、世の中にはこう言う言葉がある「問題は問題にしなければ問題じゃ無い」、つまりだな少なくとも由比ヶ浜は俺の発言を問題とはしなかった、だから此れは端から問題では無かったと言う事だ、解ったか一色。」
どうだ一色、この俺の理論武装の味はよ、お前のその作り上げたキャラよりも強烈だべ!
何処ぞのヤンキー漫画のセリフをパクり俺は心の中でほくそ笑む。
「はぁ〜っ、もう良いです…せんぱいに対してその方面の言葉は期待出来ないと言う事が良く分かりました。」
それに対する一色の言葉である、一色はおれの顔を『うわ、何この人マジであんな馬鹿なこと言ってるの!?』とでも言いたそうな表情で俺の事を見たかと思うとその様に宣いました…。
あれ〜っ!?おっかしいぞ、俺は間違った言は言っていない筈なんだけどな。
だが一色の奴はどうやら俺に対する追求の手を緩めてくれたらしいから、良しとしておこう。
「所で一色、さっきも聞いたが、お前は一体俺に何の用が有るんだ。」
「あっ、そうでしたね、あのぅ此処では何なので場所を変えませんか。」
あっ、だと…コイツ元々の要件を忘れていたのかよ、だが場所を変えて話をするって事は、やっぱり何かしらの面倒事なのかも知れないな。
俺がもしかしたらコレから聞かされるかも知れないな面倒事について思案していると、いつの間にやら一色は再度俺をあのあざとい上目遣いと不安げな眼差しで見ためていた。
「……分かったよ、サイゼでいいか財布の中身が心許ないからな。」
俺の了承の言葉を聞いた一色は、その瞬間に不安げな眼差しから喜びの表情へと変化を遂げていた。
速っ、そのスピードたるや音速を超えてんじゃねぇの、コイツもしかして青銅聖闘士になれんじゃね?
撃つのかペガサス流星拳。
「あっ、あたしも一緒に行っても良いかなヒッキー、いろはちゃん。」
おっ由比ヶ浜、偉いぞよく言った!正直俺一人だと間違いなく面倒事になるだろうからな、お前が着いてきてくれるなら多少なりとも緩和出来るかも知れん。
「おう、良いんじゃねぇの、何も一色も人様に言えない様なヤバい話をする訳じゃ無いだろうしな、どうだ一色。」
由比ヶ浜に了承の意を伝えながら一色の方へ向き直ると、一色の奴は刹那の一瞬だけその顔に不満げな表情を浮かべたが、その一瞬の後その表情は何時ものあざとい笑顔を拵え、俺達の提案を了承してくれた。
しかし一色の奴、誰も見ていないと思って居るんだろうが、俺はシッカリと見ていたんだからな、コレからもあざとキャラを続けるのなら、表情造りには精々気を付けるんだな、まっ、俺は知らんけどな。
俺達三人はサイゼへと進路を取ることにした訳だが、此処で一つ俺にはヤラなければいけない事が有る。
それはある日小町に言われ、その後気を付ける様にしている(一人で行動する時には行わないのだが)行動。
「ちょっと待ってくれ、今眼鏡掛けるから。」
そう、眼鏡を掛ける事、特に女子と行動を共にする時には俺は伊達眼鏡を着用する。
コイツを掛けると一色が先程評したヤクザ屋さんの様な俺の眼つきが緩和されるのだと、小町が言っていた。
『うわ〜良いよお兄ちゃん、眼鏡のおかげてお兄ちゃんの眼つきの悪さがいい感じに薄れて、割かしイケメンさんに見えるよ、コレなら一緒に街だって歩けるから、デートしようねお兄ちゃん、あっ今の小町的にポイント高い!』
最後の一言は余計だが、小町が言うんだから間違いは無い筈だ。
バッグの中から眼鏡ケースを取り出して眼鏡を掛ける、当然俺はその時『デュア!』と心の中で叫びながら掛ける事を忘れない。
カッコイイもんなモロボシダン。
「悪い待たせた、行こうぜ。」
面倒事はチャッチャと済ますに限る、セブンに変身した俺は二人と共にサイゼへ向かうべく声をかけたんだが。
「……………。」
「………ふぇ〜っ…。」
由比ヶ浜も一色もイキナリ押し黙ってしまった、何だよ一体どうしたってんだよ、まさか眼鏡を掛けた俺に何か変な所が有るのか?
小町は褒めてくれたのに何でなのん、まさか小町は身内の贔屓目で見ていたって事なのか、実際は眼鏡を掛けても効果は無いのか或いは却って酷い事になってんのか!?
「あ〜何だ、おかしいか?だったら外すわ。」
「わ〜わ〜っイエイエおかしい事なんて無いですそのまま、そのままで良いですからせんぱい!」
「うんうん、そうだよヒッキー!べっ別におかしく無いから、外さなくても大丈夫だよ!」
おおっ、随分な勢いで眼鏡を外す事を否定してくるな、と言う事は小町の言う通りで、眼鏡を掛けた俺におかしな所は無いと判断しても良いんだな。
「ヤバいです、ヤバいです、何ですかアレは反則ですよ想定外ですよぉ…」
「あわわわっ、凄いヒッキー…こんなになるなんて思って無かったよ…」
二人揃って何だがブツブツと言っているが、早く正気に戻ってくれ。
さっきから通り過ぎて行く人達の目線が俺達に集中してるんだよ。
集中されたからって命中率と回避率にプラス30%の補正はつかないんだからな。
そんな事より早くサイゼに行かせてくれ、この時俺は心からそう願っていた。
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高校生活を振り返って その3
そんなこんなで、俺達三人は総武高校を後にしてサイゼへと到着したのだが。
イヤもう、その道中が俺が予想していた以上に他者の注目を集める結果になってしまった訳である。
由比ヶ浜も一色も客観的に見ようと見まいとも、間違い無く美少女と言っても過言では無い、そんな美少女二人を伴って、トンデモ変態仕様の自転車を押して付き従う眼つきの悪いボッチ野郎が歩いて居るんだからな。
道行く男達の嫉妬の視線が痛たまれなかったぜ。
其れだけじゃ無く、何故か女子までもがコチラに憎悪の視線を向けて来ていたのには、驚かされた。
しかしまさか、我が千葉県にこんなにも多くの百合属性持ちの女子が居るとは思いもしなかったぜ…その辺りに関しては、結構呑気していた八幡もコレにはビビった! だ。
だが解るぞお前達、理由を知らなければ俺だって美少女二人と行動を共にする男が居れば『けっ!このクソッタレのリア充が、滅んじまえ!』位の事は思うだろうからな。
だがな、俺にそんな視線を向けて来た者達よ、お前達は大きな勘違いをしているんだよ、今俺が置かれている現状はお前達が思っている様なリア充イベント何かじゃあ決して無いからな。
一色の要件次第では、途轍もなく面倒な自体になる可能性が高いんだよな。
まぁ、取り敢えずは一色の話を聞いてみてから判断するか。
「……ぱい、もうせんぱい!何時までも立っていないで早く座って下さいよ、何時までボォーっとしているつもりなんですか!」
はっ!どうやら俺はサイゼへ到着し、席まで案内されてから長々と回想をしていたらしい、しかもテーブルの前で。
イヤこりゃ一色でなくとも、着席を促すわな、既に一色と由比ヶ浜は二人で同じサイドに腰掛けていた。
「おぉ、悪い確かに少しボォーっとしてたわ。」
見ると一色は軽く頬を膨らませ怒ってますアピールをしているし、由比ヶ浜は心配そうに俺を見詰めている。
「ヒッキーどうしたの具合悪い?」
「…イヤ何でもない考え事していただけだ、マジで。」
マジで由比ヶ浜に心配掛けてしまったようだ、脳内でこれ迄のあらすじを回想していただけなんだが。
これ以上心配を掛けない様にサッサと座ろう、何かいたたまれない気持ちになるからな……比企谷八幡はクールに座るぜ。
「…せんぱい、何ニヤけながら座ろうとしているんですか、その顔ちょっと引きますよ…。」
こっ、この野郎…人が気持ち良くスピードワゴン気分に浸っているのに、引くだと。
引かれるのかよ、惹かれ合うじゃあなくて、さては一色の奴スタンド使いじゃあねえな!
…俺も違うけどさ、テヘペロッ♡
うわっキモっ、辞めよう。
テーブルに着いた俺達はフードとドリンクで小腹を満たした。
やはりサイゼのコスパは最高だな、味も悪くない。
正に『我がぁ!サイゼのコスパは世界一ィィィ!』だ。
まぁ、ネタはこの位にして置くか、いい加減本題に入った方が良いよな、何時までも引っ張るのは良く無い。
「…でだ、一色そろそろ本題に入ろうぜ、お前は一体どんな目論見があって俺を訪ねてきたんだ。」
「…もう、やだなぁせんぱい人聞きが悪いですよ目論見だなんてぇ、私は只せっかく出会えたせんぱいと絆を深めたいと思っただけなんですよ、本当ですからね…信じて、もらえませんか、せん・ぱい。」
コンにゃろう、事此処に至ってもスットボケるつもりか、いい加減お前のあざとキャラも食傷気味だぜ。
「あんま下らん要件なら俺は帰らせてもらうぜ…。」
「…いろはちゃん、ヒッキーはさ、優しい人だから、ちゃんと話をすればきっと相談に乗ってくれるよ、見ず知らずのあたしとサブレを助けてくれたんだからさ、いろはちゃんも知ってるよね、だからね話して見ようよ。」
…ちょっと由比ヶ浜さん、俺に対する評価が高過ぎるんじゃありませんの事、俺調子に乗っちゃうよ?天狗になるよ、なっちゃうよ鼻伸ばすよ。
「…はぁ、まるっきり嘘って訳じゃないんだけどな……。」
由比ヶ浜の説得の言葉?を聞いた一色は、何やらまた呟いているが、何か計算でもしているのか?
「…分かりました、言いますねせんぱい…えっとですね実はせんぱいにお願いがありまして。」
来たな、面倒な話じゃ無きゃ良いが。
「せんぱいも知っていると思いますけど、私総武高校目指しているじゃないですかぁ。」
目指しているじゃないですかぁ、って語尾を伸ばし過ぎるのも程々にしなさい一色いろはよ、そう言うのはあまりやり過ぎると不真面目な印象を受ける事に為りかねないからな。
確かにあの日一色は総武高校を受験するって言っていた…様な気がする様な。
「それでですね、せんぱいはその総武高校に合格している人ですよね、総武の生徒なんですから、それを見込んでお願いがあるんです!」
ヤバいヤバいヤバいヤバい!コイツは間違い無く面倒な事態になる。
「せんぱい、私に勉強を教えて下さいお願いします。」
キター!面倒事確定ダァー!!
確かに俺は総武に合格出来るだけの勉強をして来た、それだけの事をやれたとの自負もある。
特に文系科目には自信がある、だがハッキリ言って理系はそこ迄得意では無いんだ、赤点を取らない位の勉強はしたけど、人に教えられる程の成績を治めてはいない。だから…
「なあ、一色…ハッキリ言うがお前マジで総武目指してんなら、予備校にでも通うのがスジってもんだろう。
それを出会ったばかりの良く知りもしない人間、しかも男に頼むのは、お門違いなんじゃないのか。」
本気で勉強をしようと思うなら俺の言っている事が当然の事だよな、それでも不安なら、家庭教師を付ける手もある。
親御さんにそれだけの経済力があるんだったらだけどな。
「…予備校は部活を引退したら通うつもりです、私サッカー部のマネージャーなんですけど、うちの学校ハッキリ言って強く無いし多分一回戦負けだと思うんですよ、だからもうすぐ引退ですから。
そしたら予備校通いです、でも予備校だけって何か味気無いじゃなあですか、だからですね折角せんぱいと出会えたんだから、せんぱいに教えて欲しいなって思ったんです、きっとせんぱいに教えて貰えば私は絶対に合格間違いなしです。
だからお願いしますせんぱい。」
はぁ〜、どうするよ今の一色の言葉には嘘を言っているような感じは無い。
何となくだが、コイツは俺の事を慕ってくれている様な気がしないでもない。
だけどな、文系は兎も角理系はな、俺には手に負えん。
それにちょっとばかりやりたい事があるしな。
「一色、俺は確かに総武に合格した、文系科目にはそれなりの自信もあるが理系は駄目だ、人に教えられる程のレベルじゃ無い、だからだなたまになら軽く教える程度なら出来無くも無い、コレからバイトもやるつもりだからな、それでも良いならたまに見てやる、但し文系に限るが、俺は理系が駄目だからな。」
俺の返事を聞いた途端、一色はそれ迄の微かな不安を抱いた様な表情から一変し明るい表情を魅せた、見せたでは無く魅せただ、俺はその表情に不意を突かれた気持ちになっちまった。
それだけ一色のその表情は魅力的だったんだ。
「はい!それで良いですせんぱい、宜しくお願いします!」
あいたたたぁっ、思わず受け入れてしまった、面倒臭いにも関わらず。
俺って案外チョロい男なのか、ボッチが聞いて呆れるぜ、由比ヶ浜と友達になって俺の他者に対する警戒レベルが下がってしまったのか。
「…あの、ヒッキーあたしも、あたしもヒッキーと一緒に勉強したいな…駄目かな?」
なっ、なんとおーっ!由比ヶ浜迄もが参戦意思表示キター!
どうするよ、一色の頼みを受け入れた今、友達である由比ヶ浜の懇願を退ける訳には行かないじゃねぇか…
「ああ、一色、由比ヶ浜も一緒でも構わないよな、由比ヶ浜だって総武に合格してんだからもしかしたら俺がわからない所なんかフォローしてくれるかも知れないぞ。」
「…そっ、そうですよね結衣先輩だって総武の生徒ですからね……分かりました一緒にやりましょう、お願いしますね結衣先輩。」
最初の間が少し気になるが一色も了承した事だしな、コレからの事について話を纏めとくか…とは言え先ずは俺はバイト先を探さねばならない、そこら辺りも踏まえた上でどうするかだな。
「所でせんぱい、何でバイトを始めるんですか。」
何で、か…別に隠す様な事でも無いからな話しても構わないか。
「単車の免許と単車が欲しくてな、その為の金を貯めようと思ってな。」
「単車ってバイクの事ですか、もしかしてアクションスタントとかの為に免許を取ろうとか思ってます?」
随分とグイグイ来るな一色、しかし一色の中では俺はアクション俳優志望の学生って事で定着している様だな、その辺の勘違いも解いていかないとな。
「別にそんなんじゃ無いけどな、単純に俺は単車が好きだし、元から乗りたいと思っていんたがな、アメリカにいる兄弟分がな、単車手に入れたって自慢して来やがってな、少しばかり悔しいと思ったし負けてらんねえとも思ってな、だからバイトをと思ったんだよ。」
そうロックの奴、手に入れた単車の写真送って来やがった、べっ別に羨ましくなんか、有るんだよなぁ〜。
つっても、アイツ誕生日6月だからまだ無免だよな。
「ほぇ〜せんぱいアメリカにそんな人が居るんですね、どんな人ですか?写真有るなら見せて下さい。」
「ヒッキー、あたしも見たい!」
この二人はそんなに気になるのか、別に知らなければ知らないで良いんじゃねと俺は思うんだが、何だ女子ってそう言った事にも興味津々なのか?
まぁ何も隠す様な事でも無いし見せても良いかな。
スマートフォンのフォルダを開いて写真を二人に見せる。
ロックの奴が単車の左サイドに腰を掛けて写っている写真だ。
「うわっ、何ですかこの人!物凄いイケメンじゃなあですか!本当すごいですよ、この人がどこかの国の王子様だと言われても納得出来るレベルですよ。」
「うん、ホントだねスゴイイケメンさんだ、ヒッキーとどう言う関係?」
うん、そう言う反応になるよね、知ってた。
ガキの頃からそうだったけど、此処何年かでマジでハイレベルのイケメンになりやがったからなロックは。
まぁイケメンにはなったが、あの頃と変わらず、女子には免疫無いからな。
「…幼馴染で兄弟分って奴だよ、コイツはな。」
「と言う事は、せんぱいと居ればこの人にも会えるかも何ですね!スゴい楽しみです。」
まあな、確かにその確率は高いな、向こうで何かしらの大会とか、テリー兄ちゃんに何某かの用事が無きゃ、年に1、2回位はコッチに来てくれるしな。
この間の連荘組手では流石に最後の方は疲れて良いとこ無しな感じだったけど次はもっとヤレる様に精進しなけりゃだな。
「おおっ、誰かと思えばいろはじゃんか!久しぶりだなおい!」
たく、誰だよ人が新たな決意の元に精進する事を誓っていい気分になっている所に、妙に人を不快にさせる様な口調で喋る野郎は、発言から一色の知り合いだとは解るんだが。
「……っ、あっはい、お久しぶりですね上大岡先輩……。」
「うへぇ、マジかよ上大岡、お前の後輩かよ!スゲェマブいじゃねぇかよ。」
「おっ、隣の娘もレベル高いな、その制服総武だべ、アソコの女子は昔からレベル高って有名だもんな。」
俺が黙って聞いていると、何ともまぁ物凄く偏差値の低そうな奴らが、やはり偏差値の低い発言をかましながら、由比ヶ浜と一色を下卑た目で物色していやがる。
全部で5人か、しかしコイツ等5人が5人とも如何にもな感じだな、所謂高校デビューって奴だろうな。
「…一色、お前の知り合いみたいだけど、付き合う奴はキチンと選ば無いと駄目だぞ。」
「おいおい眼鏡君、総武の娑婆僧が何を粋がってくれちゃったりしてやがんだよ。」
「そうそう、あんま調子くれちゃてると痛い目見るよボクぅ〜。」
あらあら、別に俺はコイツらを挑発したツモリではないんだけどな、どんだけ沸点低いんだこの連中は。
「あれぇ〜、もしかしてビビっちゃったかな、驚かせたならゴメンネ!なぁんてな、ギャハハハハハハ!!」
全く、今は21世紀だよね?もしかして俺ってばタイムスリップでもしたのかな、もしかして此処は昭和なのかな?
「ヒッキー……。」
「せんぱい……。」
……由比ヶ浜、一色……。
二人を不安にさせてんな、全くよ、こんな馬鹿そうな連中の為によ。
しょうがねぇか、素人相手にヤルもんじゃ無いけど、面倒だけどな。
ちょっとだけやるか闘気開放!!
俺が開放した闘気に連中の腰が引ける様子が解った、俺は座席から一歩たりとも動いてはいない。
あの日、俺を助けてくれたテリー兄ちゃんが、虐めグループの連中に対して放って見せてくれた物だ。
「な、な、な、な、何だってんだよ、オメェ…調子こ、こここっ、こいてんだよ…」
あらま、ビビりながらも口は開けるのか、根性があるのか虚勢なのか。
進学校の総武の生徒にナメられてたまるかとでも思っているのかな。
「調子のんな…よっ、おっ、俺等比企谷クンしってんだからよ!」
はあ〜!?何?何なの、あまりにも意外な名前が出て来て、思わず闘気を引っ込めてしまったよ。
「へっ!?誰?」
「ヒッキー…。」
「せんぱい…。」
イヤ知らないから、俺。
「あ〜っ!総武のボクチャンは知らないだろうけどな、比企谷クンはよ○○中を入学早々ブッ締めて、伝説になったスゲェ人なんだよぉ!」
イヤ確かに入学早々、そういった事になったけどね、別に俺はその界隈の人種じゃ無いから。
只降りかかる火の粉を払っただけなんだからね。
「イヤ、だから知らないって、誰なのお前?」
マジでコイツらとは面識は無い筈だし何ならあれ以後俺に喧嘩仕掛ける奴は居なくなったからな。
「ハァ!何を言ってんだテメェはよ、自分が比企谷クンだとでも言うつもりなのかっての、笑わせてくれんなよ!」
多分コイツ等が言ってる比企谷クンとやらはおそらく俺の事だろう、比企谷なんて姓はそんなには存在していないだろうからな。
「お前の言う比企谷クンとやらが誰かはしらないが、俺の名前は比企谷八幡と言うんだ、間違い無くな。」
連中に名乗りながら俺は伊達眼鏡を外し、連中一人一人に顔を見せる。
すると連中の中の二人がガタガタと震えながら、ボソボソと呟いていた。
「あっ、あの、あの恐ろしい眼つき、マジか…本物か……。」
はい、本物です。
「おい、やべーって聞いてないって、まさか総武に行ってるなんて…」
だろうな、格闘技の鍛錬なら兎も角、喧嘩とか面倒だからな、巻き込まれない様に勉強して総武に入学したんだよ。
まぁ面倒だとは思ってるけど、中学の時と同じく降りかかる火の粉は払う所存ではあるがな。
「はぁ、大方中学の時の俺の噂を聞き付けて、お前らはそれを利用しようと思ったんだろうが、残念だったな。」
そのセリフと共に再度俺は闘気を開放する。
連中は震え上がり、慌ててサイゼから出ていった。
お店側からすれば、結果的に客を逃してしまった形になるかもだが、質の悪い客が付くよりはマシで有ろう。
コレに懲りて連中少しは真面目になってくれれば良いんだが、さてどうなる事やら。
取り敢えずは、俺や由比ヶ浜と一色に何か起こらなければ別にいいけどな。
もし何かあった時は、俺は連中を許さない、徹底的にブチのめす。
その時はな。
連中が去った後、取り敢えず今後のスケジュールを話し合い、俺達はサイゼを後にした。
一色の奴が、やたらと中学の頃の俺の事を知りたがって聞いて来たのは、鬱陶しかったがな。
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高校生活を振り返って その4
由比ヶ浜と一色とこれから先、一色の総武高校受験の為の勉強を三人で行うと約束を交わして訳なんだが。
先ず俺は、それに先立ち当初の目標であるバイト探しをしなければならない。
取り敢えずバイト面接時に必要で有ろう履歴書は10枚程書き上げている。
バイト先の候補としては、手っ取り早く実入りの良い力仕事関係を狙って居るんだが、その方面の仕事は学校上がりの放課後から入れる所は少ないだろう。
そうなると、メジャーな所でコンビニとか外食産業になりそうだが、そちらは接客とかあるしな、俺の自他共に認める眼つきの悪さでは、お客さんに対して印象を悪くするだろう…イヤそもそも面接で落とされるのがオチか。
しょうが無い、取り敢えずは情報収集からだな。
こういう時つくづく、ネット環境の整った現代社会は有り難い。
親父や母ちゃんが学生だった頃は、まだ今程ネット環境が整って無かった為、バイト探しは紙媒体がメインだったそうな。
俺がバイト探してると親父と母ちゃんに伝えたとき、親父ときたらイキナリ歌い出したからな。
『火ぁ火、金金、火ぁ金金♪…』
何でも昔のバイト情報紙のテレビCMソングらしい、やべぇなんか妙に耳に残ってんだけど。
「ああ八幡、あんた今週の土曜日は家に居なさい。」
母ちゃんはバイトの話を切り上げたかと思うと、急にそう告げた。
「…いや、まぁ別にこれと言って出掛けるような用事は無いんだが、何で?何かあんの?」
基本俺はインドア派だから、普段からトレーニング以外はあまり外出する方では無いんだが、その事は母ちゃんも知ってる筈だよな、何で念押しみたいに言うんだ。
「あれよ、入学式の日の雪ノ下さんが家に来るのよ、直接挨拶がしたいんだってさ、まあ向こうさんは県議会議員に会社経営者だからね、中々時間が作れなかったらしくてね、遅くなって申し訳ありませんだって。」
「マジかよ、何か申し訳無いのは俺の方なんだがなぁ…。」
「まあ、あんたからするとそうなんだろうね、何せ車をぶっ壊してんだからね。」
うっ、事実とは言え、面と向かって言われるとやっぱり痛たまれない…。
あんな高級車だ修理費もとんでも無い額になるだろう…。
先方さんは気にしなくて良いとは言ってくれたけどな、ハイそうですかとは簡単には言えないだろう、普通。
「…そうなんだよなぁ、マジで都筑さんにも申し訳なくてな、あれだ穴があったら入りたいって気分だな。」
「何かさお兄ちゃんってその都筑さんって人の事、すっごい評価してるって言うかさ尊敬してるみたいだよね。」
そうだな、小町の言う通りだ俺は都筑さんに対して尊敬の念を抱いている、事故の時に相対したて感じた都筑さんの為人や仕事に取り組む際のプロフェッショナル感が、俺には格好良く感じられたんだよな。
「おう!都筑さんはな出来る男感がハンパないし、人柄も良いからな、男が惚れる男ってのはああ言う人だろうな。」
「テリー兄ちゃん達とはまた違った魅力ある大人の男だな。」
ふうんそなんだ、と向こうから振っておきながら既に興味を無くしました、みたいな感じで小町の奴はこの話を切り上げやがった。
この辺の感覚はやはり現代っ子とでも言うのか、全く近頃の若いモンはなっとらん!俺の中の老害爺が愚痴っていらっしゃる。
だが、なっとらんでは無いが、Gガンのマスターアジアの『なっちゃいない、本当になっちゃいないぞドモン!』はすっげぇ好き。
何時か機会があれば言いたいセリフのトップランキングだな。
「ああ、それから結衣ちゃんママにも伝えといたから、結衣ちゃん達も来るからね。」
なっ、なにいっ!由比ヶ浜が家に来るだとぉ!、あまりの事に思わず車田節で驚いてしまったぜ。
そして翌日の放課後である。
別にキング・クリムゾンした訳ではないからね、この日も俺は由比ヶ浜と一色と共にサイゼを訪れ、約束通りに勉強をしていた。
そして俺は残念な事実を知ってしまったのだ。
それは……由比ヶ浜がアホの子だと発覚したのであった。
由比ヶ浜は受験が終わり総武へ合格が決まった途端、勉強をほっぽり出し遊び呆けて居たらしい…。
しかし受験が終わってまだ2ヶ月位しか経っていないんだが、コイツはどれだけ鳥頭なんだ。
えへへぇ、と笑う由比ヶ浜に対し俺はデコピンをカマしてやったのだが、それは当然の事だと思う、一色の勉強を見るに当たり、理系科目に自信がない俺はその辺りを由比ヶ浜に任せようと思っていたんだが、コイツは俺と大差ないレベルのおバカさんだった。
やれやれだぜ、今の俺はイギーから学帽にコーヒー味のガムをくっつけられた承太郎の気持ちが理解出来た様な気がする。
流石にテンションが貧民街時代に戻る程では無いがな。
「はう〜っ、ゴメン二人共ぉ〜。」
額を擦りながら力無く謝罪する由比ヶ浜の姿はまるで捨てられた仔犬の様だ。
くっ、思わず庇護欲を刺激されてしまったぜ…。
「あたしも、ちゃんと勉強するから、だからごめんなさい〜ぃ…。」
これから俺は一色だけでは無く由比ヶ浜の勉強も見なければならなくなってしまった。
なので一色には、基本理系科目に付いては予備校及び独力で頑張ってもらわなければならない。
「…仕方ありませんね…理系については独自に行う事にしますね…だけどお二人共、老婆心から言わせていただきますけど理系の勉強するべきだと思いますよせんぱいも結衣先輩も。」
DEATHよねえ〜、うん知ってる。
流石にドリンクバーとミラノ風ドリアだけで2時間も居座るのは不味いだろうと思い、勉強会をお開きにする事にしたんだが。
「じゃあさヒッキー、土曜日はお昼過ぎにヒッキーん家へ行けばいいよね。」
と、由比ヶ浜が振って来た、そうなると当然の如く、割って入って来るのが我らの一色いろはさんです。
「ちょっと!何ですか結衣先輩、どうして結衣先輩がせんぱいの家に行くんですか!ズルいですズルいです!私もせんぱいの家に行きたいですぅ!」
まるで駄々っ子の様に手をパタパタさせながら一色は、俺の家へ行きたいと宣うのだが、今回は遊びでは無くあの事故についての話し合いがなされるのだ。
「だったら、私も参加できるじゃないですかぁ!なんたって私は事故の目撃者なんですからね!」
確かにそうなんだが、一色はあの事故の日に警察に対して目撃証言を済ませているんだから、この件に関してはお役御免で構わない筈だ。
「そんな私だけ仲間外れにしないで下さいよ、それに言うじゃ無いですか、乗りかかった舟って。」
「そうは言ってもな一色、向こうさんの意向とかもあるしコレばっかりは俺の一存でどうこうなるこっちゃ無いんだよな。」
「だったら確認してみて下さいよ、せんぱいの御両親や結衣先輩の御両親にでも、それで駄目なら今回は潔く諦めますから。」
と、一色の要請により俺と由比ヶ浜は両親に確認を取ることにした。
由比ヶ浜の方は母ちゃん曰く結衣ちゃんママのOKがあっさりと出た。
そして俺はコレからの母ちゃんに電話をする所だ、果たしてまだ仕事中の母ちゃんが電話に出れるか解んねけどな。
ポチッとな……。
母ちゃんは僅かツーコールで出てくれた。速っ!
『はいよ、どうしたの八幡。』
「あぁ悪い母ちゃん、今大丈夫か。」
『良いよ〜。』
何かめっちゃ軽いなぁ、仕事中にそんな調子で良いのかよ母ちゃん。
『ふ〜ん、なるほどね。 所で八幡その子は女の子だったりする?』
「?ああそうだけど、それがどうしたってんだよ。」
『フフフっ良し分かった!構わないから連れて来な!』
あっさりと母ちゃんは了承しやがったんだが、何だか妙な気分だ…
何か引っ掛かる、今にも額に閃光が走りそうな気がするんだが…。
「ん?この感覚…アムロ・レイ…ララァ・スンか…」グリプスに潜入する訳でも無いのに俺は思わずそう呟きたくなった。
兎も角、土曜日の話し合いに一色の参戦が決定された。
俺としては面倒事にならない様に祈るしか無いようだ。
「ばいばいヒッキー、また明日ね。」
「さよならですせんぱい、土曜日までいろはちゃんに会えないからって、悲しまないで下さいね、たとえ会えなくても私の心には何時だってせんぱいが一緒なんですからね♡」
「はいはい、あざといあざとい、そう言うの良いから、あれだ二人共気を付けて帰れよ。」
思わずガリガリと頭を掻きながら俺は一色を軽くあしらいつつ、二人にわかれの挨拶をした。
二人の姿が視界から消えた事を確認して、俺は後片付けをする事にした。
こっから先はあいつ等を関わらせられないからな。
「何時まで隠れてるツモリだ、いい加減出て来いよ。」
駐車場や車の陰に隠れている気配が複数、大方昨日の連中だな、しかも人数が昨日より多いな。
「あ〜りゃりゃ、何だ気付いてたのかよ一年坊。」
「何だコイツ、ごっつ大物こいてんじゃねぇかよぉ!」
…全部で十人か、昨日の一色の先輩とやらの連れ5人と、俺のこと一年坊って言うからには、後はコイツ等の先輩って事か。
ゾロゾロと雁首揃えてまぁ、ご苦労さん。
「コイツがあの伝説の比企谷だってぇのかよ、こんな眼鏡くんがねぇ、偽モンだべコイツ、眼鏡キャラは勉三さんだけで間に合ってるんだっつうの!けひゃひゃひゃ。」
眼鏡=勉三さんね、ある意味尊敬するわその安直な発想によ、てか勉三さん知ってるとこ見るとコイツら見ていたんだな、キテレツ大百科の再放送。
「あ〜何だこんな所じゃ人様に迷惑になるから、場所変えね?」
「ハイ、頂きました真面目くん発言、偉いね〜。」
「まぁいっか、着いて来いよ逃げんじゃねえぞ、イヤ逃げても良いかオメェが逃げたらさっきの彼女らと遊んじゃうからよ。」
………クールに行こうぜ、俺。
コイツらは徹底的に追い込んでやる、俺の大切な者に手を出そうなんて二度と思わない様に、肉体的にも精神的にも徹底的にな。
その為には、本来なら素人さんには使ってはならない必殺技も解禁しよう、当然力加減はするがな。
その前に眼鏡は外しておかないとな、折角小町がプレゼントしてくれた眼鏡だからな、壊す訳にはいかない、小町に嫌われるのは御免こうむるってなもんだ。
俺が眼鏡を閉まった途端、連中の雰囲気が変わったな、昨日の5人は既にビビっているから大した戦力とはならないだろう、残りの5人も俺の眼を見て気を引き締めた様だな、それなりに喧嘩の場数は踏んでる様だが、所詮は素人だ。
「ここらでいいべ!」
そう言って、連中と共に歩んだ先はビルとビルの間の人通りが少なく、しかも狭い路地裏だった。
道幅は大凡3メートル程か、コイツは有り難い。こんなに狭くちゃ数の理は行かせないからな、俺からすると各個撃破の絶好のチャンスってもんだ。
もしコレが広い場所だったら、四方から囲まれて、まぁ負けはしないだろうが対処が面倒になる。
だがここなら二方だ、上手いこと正面突破ができれば、一方から攻撃出来る。
中央突破背面展開だな、やだカッコイイ。
銀河とは言わないが、俺も千葉の歴史の1ページ位は刻めるかな。
「おう、一年坊逃げられねぇようにそっち塞いどけよ!」
「ハイ先輩!わかりましたッス」
Oh、ヤンキィ君達の哀しきかな上下関係、ココにもあったかヒエラルキー。
一年坊君達、負けずに強く生きるんだぞ、俺は君達に心の中で敬礼をしてあげよう……しないけどね。
数の有利を確信している様で、先輩くん達はニヤニヤ笑いを止めようとはしない。
だろうな、普通ならそうだろう、しかも連中は懐から凶器(ドーグ)を取り出した。
バールにパイプ、それにモンキレンチか、流石に刃物は無いか…。
ふむ、武器を持った相手か、チャンスだな、此処はあの伝説のセリフを言うチャンスだ。
嘗てテリー兄ちゃん達がいるサウスタウンで、テリー兄ちゃん達よりも前に伝説を創ったと言われる、あの人が言ったと言われるセリフだ、真偽の程は定かでは無いがな。
「フッ、武器を持った奴が相手なら覇王翔吼拳を使わざるをえないな…。」
言った!言っちゃったよ俺、覇王翔吼拳使えないけどさ。
だって俺極限流の門下生じゃ無いからね。
まぁ、悪ふざけはさて置きだ、何時かは手合せして見たいもんだな、極限流の使い手とさ。
「はあ〜っ!!テメェ何訳分かんねぇ事言ってんだ!ザケてんじゃねえぞ!」
おっと悪い、君達の沸点の低さを考慮していなかったわ、八幡ったらうっかりさん。
「おう、なんかスマン。」
口先だけで謝りながら、俺はスクールバッグを道の端に置く。
別に高揚感も何も無い、勝つ事は分かりきっているからな。
「じゃあ、始めるか?」
未だ俺は構えも取ってはいない、それ程の相手じゃ無いうえに、奴らは俺の言動で頭に血を登らせ冷静さを欠いているからな。
「ッメェ、ヤッたろうじゃねぇか!後悔スンナよコラァ!!!」
その声と同時に先輩くん達が俺に向かって来る、3人か…やはりこの狭い路地だと一斉攻撃は無理だったな。
当初の予定通りコイツらの戦意を挫く為に此処は派手な技で行くか!
俺は腰溜めに構えた腕を大きく空へと振り上げる。
「ハリケーンアッパー!オラッオラぁーッ!」
使わせてもらったぜ、ジョーあんちゃん。
両の腕から繰り返し繰り出す、ハリケーンアッパーの連撃、爆裂ハリケーンをよ。
この技は使い勝手が良いんだよな、ハリケーンアッパーを前方に連撃する事も出来るし、状況によっては分散して広範囲に攻撃が可能になる。
今撃ったのは分散型だ、俺が放ったハリケーンアッパーの嵐は3人を飲み込み空へと吹き飛ばした。
アスファルトへと叩き付けられた三人は、痛みに呻いている。
この程度のダメージで済ませたのには理由がある。
その一つは俺が技を加減して放った事だ、その2は単純に俺がジョーあんちゃん程この技を極めていない事、そして3つ目は、一発で沈めてしまったんじゃあコイツラの心には恐怖を植え付けるには不十分だと思ったからだ、実力差も理解出来無い奴だとアレはマグレだとか言い出しかねない、そうなると一色と由比ヶ浜を危険に晒す可能性が高くなる。
それだけは絶対にさせちゃならない。
三人がアスファルトへと叩き付けられるのを確認するまでも無く、俺は次の行動へと既に移っている。
前方へステップを刻み、距離を測る。
良し、四人目を射程圏に捉えた、今だ次の技の発動だ、俺はショルダーチャージの動作で相手の懐に入り込む、ショルダーチャージがヒットして、相手はよろける。
よろけた相手に間髪入れず、身体ごと下方から力を込めて相手を空へと弾き飛ばす。
「パワーッダァンクッ!」
相手を弾きながら俺も空へ舞い、上止点を迎え、落下の勢いを加えたパンチを空中で叩き込む。
コレはテリー兄ちゃんと一緒に、改良を加えたパワーダンクの強化版だ。
四人目もまたアスファルトへと叩き付けられ、うめき声をあげる。
当然これも手加減してあるよ、八幡ってば優しいからね。
そして5人目、四人のヤラレ様を見ていたコイツは、恐れをなしたようで顔を引つらせながら後ずさり。
「ヒイッ、来るな…来るなよ…。」
そう言いながら俺に背を向け逃走に移った、残念、もっと早くに気が付けば良かったのにね。
タイミングが遅すぎたのだよチミは。
サッと俺は掌に気を込めて、5人目の背中に向けて高速で撃ち出す。
「飛翔拳!」
アンディ兄ちゃん直伝の高速気弾の飛翔拳、5人目の走る速度よりも飛翔拳の弾速ははるかに速い。
5人目の背中へと着弾した飛翔拳は、着弾と共に弾け、多大なダメージを与え5人目もアスファルトへと叩き付けられ悲しいことに、アスファルトに顔面でキスをするハメになってしまった様だ。
八幡、し〜らない。
取り敢えず、先輩くん達はダウンしてアスファルト上で呻いているが、俺と同じ一年坊5人がまだ残っている。
一年坊5人は昨日の段階で既に俺にビビってはいたんだが、先輩くん達の無残な現実を目の当たりにした今、戦意なんぞ1万光年の彼方に放り捨てている事だろう。
可哀想にぷるぷると産まれたての子牛の様に震えているじゃないか。
でも此処は心を鬼にして駄目押しをしておくべきだろう、パフォーマンスは大事。
『ポキッ、ポキッ』俺は指の骨を鳴らし一年坊達へと近付いてゆく。
その姿は一子相伝の暗殺拳の伝承者を彷彿とさせる事だろう(当社比1.25倍)位にな。
ぷるぷる、ガタガタ震えていた一年坊達は精神の限界点に到達したようだ。
余りの恐怖に気を失いへたり込んでしまった。
そのうち二人は失禁のオマケ付きだ。
コイツラはこの辺で良いだろう、十分に精神を叩き折る事が出来た。
後は、アスファルトの上で悶ている先輩くん達の教育だな。
「さて、後は君達の後始末だね。」
ちょっと下品だが、俺は先輩くん達のリーダー格と思われる、一番調子のウェイブに乗っていた、飛翔拳を喰らいアスファルトに顔面キッスをかました、5人目の男の髪を掴みあげ、優しく言葉を掛けてあげた。
「イッツ、ショータイム」
俺はソードでアートなオンラインのオレンジ集団の、ボスのセリフを彼等に贈った、満面の笑みを浮かべて。
その後の描写は敢えて語るまい、彼等は涙を流す程に俺の行動に感動してくれた様だ、二度と俺達に関わらないと快く約束してくれたからな。
これで取り敢えずは俺の大切な二人に火の粉が降りかかることは無いだろう。
俺は路地裏を後にして家路に着く。
明後日土曜日に向けて、一つの懸念事項は解決をみた。
後は、早急なるバイト探しと、土曜日の会談を片付けに全力を注がなければならないな。
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高校生活を振り返って その5
そんなこんなで土曜日である。
昨夜、一色からメールが届いたのだが『せんぱい、何かしましたか?』と一言だけのメッセージだった。
なので俺は『ん〜!?なんのことかなフフフ』と返したのだが…『せんぱいキモいです(●`ε´●)』と帰ってきたのでした。
どうやら一色はアミバ様を知らない様だ、ガンダムは知ってた癖に……八幡悲しい。
まぁ、世代じゃないし仕方無いか、俺だって親父の影響で知ってんだし。
話を戻そう、一色は昨日、例の何たら言う一年坊君達と出くわしたんだと、連中は軽い挨拶もソコソコにまるで逃げる様にそそくさと去っていったそうだ、どうやら俺との話し合いを彼らは良く理解てしくれていた様だ。
それで一色は俺がそれに関わっていると推察したのだろう多分…一色、恐ろしい娘。
今日、恐らくは直接問い掛けて来る事だろうな……さて、どう誤魔化し抜くかな。
そんなこんなで土曜日である…二度目だな。
何時もの如く日課のトレーニングを済ませシャワーを浴び、朝食を摂った後はダラダラと昼迄アニメ鑑賞と洒落こむつもりだったんだが。
インターフォンがピンポーンと鳴り、母ちゃんと小町から対応する様に仰せつかり、渋々ながら出て見ると…。
「…お前何しに来てんの、昼からって言ってよね、まだ10時過ぎだよ…」
満面にあざとかわいい笑顔を浮かべヤツが家の玄関の前にスタンバっていた。
どうやら我が家の防衛システムはその機能を発揮していなかった模様だ。
俺の脳内に『左舷、弾幕薄いぞ!何やってんの!。』とブライト艦長の声が響いた…気がした。
「おはようございます!せんぱい、いろはちゃんがやって来ましたよ、嬉しいですか嬉しいですよね、そんな嫌そうな素振りで自分の心を隠さなくても良いんですよ、もっと素直になりましょうねせんぱい。」
得意のあざとウインクでその早口言葉の様な挨拶を締めた。
どうでも良いが、あざとウインクってデビルウイングと似てるな、デビルウイングは空を飛ぶけどあざとウインクは、勘違い男子を死地に送るのか…まぁデビルマンは悪魔だし、一色は小悪魔、敢えて可愛く言うならばプチデビルとでも言うか。
あっ、どっちも悪魔じゃん!八幡納得だ。
玄関でのやり取りもソコソコに、母ちゃんからのお達しにより、一色を我が家へと招き入れ、リビングにて一通りの挨拶を済ますと。
「…八幡あんたも隅に置けないわね、結衣ちゃんと言いいろはちゃんと言い、何でこんなにかわいい娘達が次々とあんたの前に現れるのかね。」
俺の耳元で母ちゃんは小声で、ニヤニヤと笑いながら、仰ってくれやがった。
ちっ、『消してやるぜ、そのニヤついた顔を!』俺はそう言ってやりたかったが冷静に考えるとこのセリフは、なんか負け犬ムードが漂ってるよな、なので俺は母ちゃんの顔にジト目を向けるだけに留めた。
まぁ、それは良いんだが…何故か現在リビングのソファーに腰掛け、向かい合って座る小町と一色…何だか二人の間に視えざる火花が飛び散っている様な気がするのは気のせいだよね…。
顔は二人共笑顔なんだけどね、怖い、この雰囲気。
今にも始まりそうな気がする、龍虎相打つ…そんな事態が。
しかしどうした事だ、俺と違って小町は社交性A(超スゴイ)のはず、それに一色程では無いがあざとスキルも兼ね備えている。
それに親父も俺も度々ヤラれて、下僕と化してしまうんだが……。
ん?もしかしてそれか!?小町は、いや一色もだが、二人は互いに感じたのかも知れないな、二人に共通する性質に…其れ故の反発心なのか。
「へぇ〜そうなんですね、お兄ちゃんが勉強をですかぁ、まぁ小町ならたまにと言わず毎日でも教えて貰えるんですけどね、なんたって小町はお兄ちゃんのたった一人のかわいい妹ですからね、だよねお兄ちゃん、あっ今の小町的に超ポイント高い!」
「え〜、でもでもぉ逢えない時間があるからこそ、二人の心は燃え上がるんですよねぇせんぱい!私の方がもっとポイント高いですよね♡」
お前達のそのポイントとやらは何と交換できるの…
てか一色よ、よその家に来てお前はよくそれだけやり合えるな、どんだけ強靭な心臓してんだよ?
「あっ、そうでした私実はバウムクーヘン作ってきたんですよ、良ければ皆さんで食べてみて下さい!」
一色はさも、今思い出した感を強調しながら持参したバックの中から、一色曰く自分で作ったと云うバームクーヘンが収められているであろうケースを取り出した。
取り出されたケースはかなりの大きさがある正方形で、一辺が20cm位で高さは15cm位か、普段俺はバウムクーヘンと云えばコンビニで売ってる百数十円位のしか食ったこと無いんだが、こんなデカい箱に入っているとなると、コンビニのヤツとは比べ物にならない
ならんだろうな。
テレビで前に見たバウムクーヘンは確か一色が持って来たケース位の大きさに見えたが、厚みはそんなに無かった様な気がするが。
「えっ、いろはちゃん凄いわね、お菓子なんか作れるなんて、家の八幡は甘党だから胃袋から掴むのは上手い手よ、ヤルわね。」
「はいありがとうございますお母様、とっても参考になりました!」
一色を褒めつつ母ちゃんは、如何にも何か含みのある嫌な笑いを見せつつ俺に下手なウインクをカマしてきた。
へっ!オバちゃんのウインクなんて誰得よ。
「八幡、文句があるならハッキリ言ってみな!」
…母ちゃん、あんたはエスパーなのかよ、俺は母ちゃんの察しの良さに戦慄を覚えた。
「あんたは顔に考えが出てんのよ。」
結論から言おう、一色お手製のバウムクーヘンはメチャ美味だった。
金を取ってもおかしく無いレベルの出来だった…お菓子だけにな。
フヒッ、滑ったな…思ったよりも甘さが控え目で、我が愛するマッカンのお供に最適だ。
小町のヤツも始めは訝しげな顔をしていたが、一口食べて表情は一変した。
「…まぁ、美味しいとは思いますよ、美味しいとは…」
顔を朱に染めて、不本意そうに評価する小町はやはり可愛かった、流石は我が家の天使だね。
それに小町、お前は母ちゃん仕込みの料理の腕があるだろう、お前の腕は中学生としてはかなりのレベルだと俺は思うぞ、俺にとっては第二の母の味と言っても過言では無いまである。
「そうよねぇ、お父さんもこんな日に休日出勤なんてツイてないわね、はぁ美味しい。」
そう、ここ迄俺が親父について触れなかったのは、親父が休日出勤の為不在だからだ。
残念だったな親父、あれ程親父がお目にかかりたいと思っていた富士のお山を親父は今日も拝む事が叶わないんだよ。
一色お手製のバウムクーヘンで小腹を満たした後は、愛すべきまったりタイムだ、流石に菓子だけで満腹するのは如何な物かと皆も普通にそう考えているだろうし、栄養バランス的にも控えるべきだろう。
それに後々、由比ヶ浜母娘や雪ノ下家の方達も家を訪れる予定だからな、俺達だけで独占するのも憚れる…独り占め良くない!だな。
「念の為もう一箱作って来てますから大丈夫ですよ。」と一色は言うのだが、だからと言ってそれはな。
時刻は午前11時30分を過ぎ一色謹製バウムクーヘンを食した腹も程よくこなれた頃、再び我が家の呼び鈴が鳴り、由比ヶ浜母娘が来訪した。
バルバルバルバルバル!と言いながら来訪してくれれば、八幡的にはポイントが高かったんだがな、それは無いか…無いな。
「やっはろーヒッキー!」
「こんにちはヒッキー君、今日はよろしくお願いね。」
元気いっぱい満面笑顔の由比ヶ浜とニコニコほんわか笑顔の由比ヶ浜母、豊かな物をお持ちの母娘二人が来訪の挨拶をしてくれた。
「うす…あ、いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました、狭い家ですがどうぞお上がりください。」
二人横並びの由比ヶ浜母娘の見事に連なる、由比ヶ浜連峰に眼を奪われない様に努力しつつ、挨拶を交わす俺はやはり紳士であろう、親父だったらきっとガン見していた筈だからな。
てか、由比ヶ浜母まで俺の事ヒッキー呼びだな…。
「あら、いらっしゃい結衣ちゃんママに結衣ちゃんもって、あら結衣ちゃん髪染めたのねぇ、こうやって見ると本当に貴女達姉妹に見えるわねぇ〜、羨ましいわ、家も小町がもう少し大きくなったらそんな風にできるかしらね。」
「うふふっ、こんにちはヒッキー君ママ、私としては息子とデートが出来るヒッキー君ママが羨ましいわぁ!」
「駄目駄目、この子は出不精で服装にも無頓着で、オマケにこの眼つきでしょうとてもじゃ無いけど…ハァ〜。」
早速繰り広げられるママさんトーク、どうでも良いが、母ちゃんは俺の事ディスり過ぎだと思います、そこんとこどうよ…MyMother!
「だったら今度私とデートしましょうねヒッキー君!」
由比ヶ浜母、何か言い難いな…由比ヶ浜はママと呼んでいるし、由比ヶ浜のママ…ガハマのママ…ガハママ!
そうだな、ガハママにしよう。
ガハママはまるで、我天啓を得たりとでも言いたそうな笑顔で俺をデートに誘うが…
「駄目だよママ!ママにはお父さんがいるじゃん、だから駄目っ!それにヒッキーとデートするのは………。」
由比ヶ浜が異を唱える、最後の方は何と言っているのか聞き取れなかったが、偉いぞ由比ヶ浜、危うく俺はガハママの色香に迷いデートの申し入れを受諾する所だったぜ、それこそポツダム宣言を受諾する様にな。
どうでも良く無いが、現在の我が家は女性の比率が高過ぎる。
母ちゃんと小町、由比ヶ浜母娘と一色と来たもんだ…その比率5対1。
その5名の女性の内の四人が、キッチンへと出陣し昼食の準備をしている状況でリビングには俺と由比ヶ浜がソファーに腰掛け、昼食の完成を待っている。
「…はうぅ〜…。」
ガハママよりキッチンへの出入りを禁じられた由比ヶ浜は、落ち込んだように切な気な声を出している。
しかし出禁を言い渡されるとは、由比ヶ浜は余程料理の腕が残念な様だな。
「あぁ、あれか…由比ヶ浜は料理が出来ないんだな、母ちゃんに習ってないのか…。」
「…うん……あのさ、ヒッキーはやっぱ料理とか出来る娘が良いよね…。」
ひどく落ち込んだ様に由比ヶ浜は言うが、小町に一色と自分よりも年下の女子がキッチンにて料理の腕を奮うのを黙って見ているしか出来無い現状は同性としては来る物があるんだろうな。
「まぁ、出来るに越した事は無いが、人の価値は一つの物事の良し悪しだけで決まるもんでも無いだろう。
現に俺は勉強でも文系はイケるが理系は駄目だしな、誰だって得手不得手があるんだから…はぁ、そんなにお前が気にするなら少しずつでも習って行けば良いんじゃね、知らんけど。」
「もう!ヒッキー最後の一言で台無しじゃん、せっかくいい事言ってるぽかったのにさ…でもありがと、そうだねあたし、習ってみるね…それでさ、ちゃんと出来る様になったらさ、ヒッキー…食べてくれるかな?」
どうやら由比ヶ浜は落ち込みモードから脱した様だな、まあ良かったとして置こう。
だが、今の由比ヶ浜はちとマズい…
食べてくれるかな、と一色バリに上目遣いで俺を見ている姿は、実に自然で潤いを感じさせる瞳と僅かに紅い頬と身長差によって見下ろす形になる為に視界に入る豊かな峰の破壊力がハンパない。
ヤバい何だか俺の顔が熱い、瞬間的に熱が上がった様な気がする、コレは気まずい。
だが、この気まずい雰囲気は意外な救世主の出現で覆された。
『ミャ〜ォ』と低音の鳴き声をあげながらリビングへと遅れて現れた、メシアのお陰でな。
その名はカマクラ、我が家に住まうふてぶてしい雄猫だ、コイツは母ちゃんと小町には従順なんだが、俺と親父には塩対応をかましやがる。
猫であるにも関わらず、コイツは我が家のヒエラルキーを理解しているのか、或いは只の女好きなのか…
カマクラの出現に「ひゃっ!」と由比ヶ浜は小さく驚きの声をあげ、ビクリと身を震わせた。
もしかすると由比ヶ浜は猫が苦手なのか?
「コイツはカマクラって言ってな家の猫なんだが、由比ヶ浜はもしかして猫が苦手なのか?」
「…うん、実はね…小さい頃はそうでも無かったんだけどさ、ほら野良猫とかっていつの間にか居なくなったりするよね、昔団地に住んでた頃ね一緒に遊んでた子達と皆で猫の世話をしてたんだ…人懐っこくて可愛かったんだけどね、いつの間にか居なくなっちゃったんだよね、それからね何かちょっと猫と居るのが辛いって言うかさ…なんかね…。」
「そうなのか…。」由比ヶ浜の思いに俺はそう一言だけ応えた。
由比ヶ浜は小さい頃から、気の優しい子供だったんだろう、何の予告も前触れもなく居なくなった猫の安否をきっとすごく心配していたんだろう、それ故なんだろうな猫が苦手になったのは。
『ニャァ〜』と鳴きながら俺の足にカマクラの奴は身体を擦り寄せる、母ちゃんと小町がキッチンに居る為俺に昼飯の催促をしているんだよな。
こんな時だけコイツはこんな態度をとるんだが、腹が満たされれば俺と親父には見向きもしやがらない。
「お兄ちゃん、カアくんにご飯あげといてねぇ!」
小町よりの指令ゼロが下ったからには動かねばならない、それが千葉武装警察秘密捜査官コマンダーエイトの使命だからな。
「あいよ〜!」と返事をしカマクラの飯を用意する俺の後をのそのそとついてくるカマクラはこんな時ばかり甘えた声を出す、本当に現金な奴だ。
時刻は正午を過ぎ、四人の女性陣により作られた美味なる食事をいただき、後片付けを済ませ、しばしの後。
午後一時を迎える頃、三度我が家の呼び鈴が鳴り、あの事故の際の車のオーナーである雪ノ下さんが我が家を訪れた。
事故の際、その車に乗り合わせた俺と由比ヶ浜と同級生でもあり、今年度入学式に於いて入学生代表として毅然として挨拶に望んだ、恐らくは誰しもが認めるであろう美貌の少女、雪ノ下雪乃。
その少女が、母親と共に我が家に訪れたたのだ。
どうでもいい事ですが、執筆中ふと思いついた事が…
この餓狼たちに鍛えられた八幡が「ありふれた職業で世界最強」の異世界トータスに召喚されたら、どえらく無双するのではないかと。
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高校生活を振り返って その6
土曜日の昼下り、午後一時を過ぎた頃にその二人は我が家に訪れた。
和服姿の少しきつ目の眼差しが如何にも遣り手感を醸し出している。
若い頃はさぞかし美しかったのだろうと容易に想像でき、流石は県議とはいえ政治に携わり、この千葉の建設土木業界に於いては知らない者は居ないであろう雪ノ下建設社長の令夫人。
そして、入学生の日に俺が由比ヶ浜ん家のサブレを助ける為、道路へ飛び出しライジングタックルをかまし破壊してしまった車に乗り合わせていた少女。
入学式に於いて新入生代表とし凛々しく責務を果たし、全校生徒に堂々とその存在感を示した少女、雪ノ下雪乃。
しかし俺はその事故の時、彼女に対し事故に巻き込んでしまった事を謝罪した際に感じたんだよな、この雪ノ下雪乃と云う少女は、他者に対し壁を作り踏み込ませない様にしているんじゃないかと。
頑ななまでに、自分のテリトリーを死守しているかの様な感じか…。
それが俺の思い過ごしか正解かは、現時点では何とも言えないがな。
その後の、会談は極当たり前の挨拶から入り、母ちゃんが代表を務める我が比企谷家、ガハママが代表の由比ヶ浜家、そして雪ノ下婦人の三人が互いに非は己にあるとして謝罪合戦を繰り広げ、このままでは黄金聖闘士同士の戦いの如く千日戦争になるんじゃね…と俺は内心アホな事を考えていた。
「結衣さんでしたね、散歩中に手綱を手放した貴女の責任は確かにあります、それは解りますね。」
雪ノ下婦人は由比ヶ浜へ、そう問いかけ、由比ヶ浜は神妙にも姿勢を正し「はい」と返答をした。
「八幡君、貴方の身を呈してまで小さな命を救おうと行動を起こした、その勇気は評価に値すると私は個人的には思います、ですが後先を考えない行動により被害を被った者が居ると言う事も事実ですよ。」
俺の顔、眼を確りと見据えて雪ノ下婦人は諭す様に語りかけてくれた。
俺も由比ヶ浜同様に「はい」としか言えなかった。
俺と由比ヶ浜の返事を聞き、雪ノ下婦人はそれ迄の事務的な表情を崩し、柔らかな微笑を湛えた表情を俺に向けてくれた。
「都筑から報告は受けていますよ、八幡君の言動は…貴方は都筑へ事故に対する謝罪をきちんとした上で、結衣さんへの忠告も行い、更に雪乃に対しても謝罪をしてくれたそうですね。」
その優しさを湛えた雪ノ下婦人の言葉に、俺は「…いや、その、ですね…。」と意味をなさない様な単語を頭を掻きながらボソボソと発する事しかできなかった。
「はい、確かに私は彼から謝罪を受けました。」
雪ノ下は事実をありのままに偽り無くそして、簡潔に己の母親に対し返答をする。
それを確認する様に軽く頷き、雪ノ下婦人は家の母ちゃんとガハママへと向き直り宣言する様に語った。
「私は決めました、比企谷さん、由比ヶ浜さんこの度の事故、我が家の車の修理費についてですが、私としては貴女方にそれを問おうとは思っておりません、当然それは当方の保険より賄うものとします、元よりそのつもりでしたしね。」
「ですが雪ノ下さん、それでは貴女方が一方的に損をしてしまうだけではないですか、元を正せば家の娘が原因で起こった事故ですし、我家も何らかの処罰を受けて当然だと私は覚悟しています。」
「そうですよ雪ノ下さん、結果的に家の愚息が車を壊してしまったんですから家も弁済をして然るべきだと私も思いますけど。」
母ちゃんとガハママは雪ノ下婦人へ反論するが、当の雪ノ下婦人は左右へ首を振り、それを否定する。
「私には何がどうなっているのか解りませんが、八幡君が走行中の車と接触し車は修理が必要な程に壊れているにも関わらず、当の八幡君はかすり傷一つ負ってはいないと云うではありますが、下手をすれば今頃八幡君は大怪我を負って入院、或は命を失う事態となっていた可能性もあるのですよ、そうなった場合我が家が被るであろうダメージは如何程の物かと考えれば車の保険料が跳ね上がるくらい、何程の物ではありませんよ。」
雪ノ下婦人の言葉に母ちゃんとガハママは複雑そうな表情で押黙る。
確かに普通の人間ならそうなっている可能性が高いからな、俺は幸いテリー兄ちゃん達にずっと鍛えてもらったお陰で何とも無いんだが…もしかして俺は、と言うか格闘家と云う人種は人間を辞めているのかな?石仮面も被ってないのに。
『俺は人間をやめるぞ!ジョジョーーッ!!』ってか?、嫌、辞めてないし!俺人間だからね、人間だよね!?
この一連の会談の末に見せた雪ノ下婦人の微笑、それ様子に一番驚いた表情をしていたのは、意外にもその娘である雪ノ下雪乃であった。
我が家を訪れてから、彼女はあまり声を発す事はなく、殆ど表情と姿勢を崩さず凛としてソファーへ座る姿は入学の日に俺が抱いた印象通りだったんだが、その彼女が自分の母親の微笑に驚き戸惑っている。
何故彼女がそんな顔をするのか、やはりそれは俺には解らん。
解らないなりに予想を立てるなら、雪ノ下婦人は普段から我が子の前ですら笑う事なく、俺達に最初に見せていたきつ目の表情と態度で接していたとか、はたまた或はそう言った事により家族間に於いて深い溝が出来てしまったのか、その辺りの真相を俺が知る事があるのかどうか今の俺には解らない。
硬い話はこれで終わりだと母親達は事故についての話は打ち切り、普通に極ありきたりに主婦同士の会話を楽しんでいる様に俺には見える。
社長婦人に社畜おばさんと専業主婦とその立場は違えど、母親達はそんな事等関係なしに話が弾んでいる様だ。
前にテレビでやってたけど、おばさん同士は初対面でも割とすぐに打ち解け仲良くなって行ってたけど、おじさん連中はおばさん達と違って打ち解けるのに時間が掛かってたよな、そういうのも男女の性差とかから来るんだろうか、まぁ俺ならおじさん連中よりも更に打ち解けられず、そのまま気づかれること無くそのままフェイドアウトして行くだろう。
それがこの俺ハチマン三世、ボッチのエリートだ!
俺のアホ語りは取り敢えず、一旦置こう。
おばさん達の話に何時の間にか小町と一色も加わっていた。
一色が作って来てくれたバウムクーヘンとコーヒーが、人数分二人によって準備され会話に彩りを添えている。
俺と由比ヶ浜はその様子に置いてきぼりを食らったみたいで、なんだか浮いている様な気分だ。
だがそれ以上に雪ノ下は、この場で所在無さげに戸惑いの表情をしている。
どうするこんな時、俺は雪ノ下に声を掛けるべきだろうか…
俺の逡巡を他所に、動いたのは由比ヶ浜だった。
由比ヶ浜はソファーの雪ノ下の隣に座り、太腿の上に握られている雪ノ下の手の上にそっと自分の手を添えて、その屈託の無い笑顔で雪ノ下に話し掛けた。
「雪ノ下さん、さっき自己紹介したけどさ改めて、あたし由比ヶ浜結衣よろしくね、えっとさあたし雪ノ下さんと友達になりたいんだ。」
そう言いながら由比ヶ浜はその手を持ち上げ、握られた二人の手は互いの胸元辺りの高さで繋がっている。
おぉすげぇな由比ヶ浜、この一連の動作、見事なもんだ。
コイツは小町と同等か或はそれ以上の高いコミュ力を持っているようだ、由比ヶ浜自身は意図していないだろうが俺としてはなんだか二人の間に百合百合しい雰囲気が見て取れて、小腹が満たされた気分だ。
由比ヶ浜、見事な自己紹介だったぞ。
良かった、もし俺が堪らず雪ノ下に声を掛けていたら自己紹介が事故障害になっていたかも知れないからな。
ああ、そこの君親父ギャグ乙とか言わない様に、それは俺が一番解っている事だからしてだな…くっそう!
いや実際俺はマジで由比ヶ浜は凄いと思った、入学式の日と今日と俺が感じていた雪ノ下の壁を、ATフィールドをあっさりと侵食してしまったのだからな。
「…あの、由比ヶ浜さん…手を離してもらえると助かるのだけれど、その、それに貴女距離が近すぎるのではないかしら、パーソナルスペースは弁えるべきだと私は思うのだけど。」
困惑を顕に雪ノ下はそのペースを由比ヶ浜に握られ、どうするべきかを思案しているのだろうか。
「う〜ん、じゃあさ、雪ノ下さんがあたしと友達になってくれるなら離してあげるね。」
ニコニコとして、心の裏表をまるで感じさせない由比ヶ浜、と言うか由比ヶ浜は元来、そう言った計算高さを持ち合わせて居ないのかも知れないが、だがそれこそが案外雪ノ下の心を開かせる最高の武器なのかもな。
対雪ノ下、最終人型決戦兵器エヴァンユイオン…語感の悪さは気にしない。
「はぁ、解ったわ…その、よろしくお願いね由比ヶ浜さん。」
溜息と共に返された雪ノ下の返事、由比ヶ浜から視線を逸し顔を赤く染めながら発せられたそれに由比ヶ浜は満足したらしく、雪ノ下の手を離し改めて挨拶を返すのだが。
「うん!よろしくねゆきのん!」
笑顔で発するその言葉に聞き覚えの無い単語が混じっている。
あぁ早速発動したようだな、由比ヶ浜に流れる紅魔族の血が。
「…由比ヶ浜さん、一つ聞きたいのだけど…そのゆきのんとは私の事なのかしら?」
「うん、そうだよゆきのん、可愛いでしょう!」
雪ノ下は由比ヶ浜へ問いただし、返ってきた返答に困惑している様子が手に取るように俺には理解できた。
「あのだな雪ノ下、諦めた方が良い事がこの世にはあるんだよ、その一つが由比ヶ浜のネーミングセンスだ、お前はまだ良い方だと俺は思うぞ、俺なんかヒッキーと付けられたんだからな。」
だから俺は、雪ノ下へ忠告したんだがな、由比ヶ浜はブー垂れて俺に遺憾の意砲を放つし、雪ノ下は…
「もしかして由比ヶ浜さんは、貴方の普段の言動を鑑みてそのニックネームをつけたのかしら、だとすれば強ち由比ヶ浜さんのネーミングセンスは間違ってはいないと言う事かしら…」
などと、中々に辛辣な事を言い出して来やがった。
もしかしてこれが雪ノ下の地なのか、それとも照れ隠しなのか、現時点でその判断は早計か…
「失礼な俺は引き篭もりじゃないからな、何なら朝晩のロードワークは欠かさないし、学校にもちゃんと通ってるからな、それに早ければ来週からはバイトもするしな。故に俺には引き篭もり要素は無いと断言出来る。」
俺は堂々と雪ノ下に反論するのだが、それに対する返しは予想外の方向からもたらされたのだ。
「…でもさぁ、お兄ちゃんって基本それ以外は外に出たがらないよねぇ、大抵何時も古い映画とかアニメのDVDばっかり見てるし、後は本ばっかり読んでるよね。」
我が愛する妹よりのフレンドリーファイヤーが俺に炸裂し、皆の視線が俺に集まる。
特に女子中高生からの視線が痛いうえに、母ちゃんなんか笑いたいのを必死こいて我慢していやがるし、ガハママと雪ノ下婦人は微笑まし気に俺を見ている。
ヤメロ、俺に羞恥プレイの趣味はないから、だからそっとしておいてくれ。
「やっぱり由比ヶ浜さんの目は正しかったようね…。」
「アハハ、あたしそんなつもりでヒッキーって呼んでんじゃないんだけど、なんかごめん…。」
女子高生組の言葉が痛いが、由比ヶ浜と雪ノ下は上手く打ち解けてくれたみたいで、良かったとして置くか。
「あ〜、もう、3人だけで良い雰囲気作らなでくださいよ!ずるいですずるいです、私も混ぜて下さい。」
あ〜、もう、小悪魔系女子中学生一色いろはが参戦して来やがりました。
これはキツイぞ、俺の気分は終が二人にはなったよ様な気分だ、コイツは俺の手には余るぞ。
にしても今のは良い雰囲気だったのかよ、俺にはそう思えなかったんだが。
「あれ、居たのか一色!」
だからココは適当にあしらった方が良いだろうか。
「ブゥ〜!酷いですせんぱい、私を除け者にしてぇ、私だって雪ノ下先輩とお近づきになりたいんですから、仲間に入れてください!」
そう宣言し、一色は雪ノ下の左隣、由比ヶ浜とは反対側に座り、雪ノ下に対しお得意のあざとい笑顔で迫り始めた、コイツのあざとさは男に対して発動する物とばかり思ってたんだが、女子にも発動出来るのか。
「雪ノ下先輩ってすっごく綺麗ですよね、髪の毛もサラサラツヤツヤで、お肌も白くって…私、嫉妬してしまいそうですよぉ!」
「だよねいろはちゃん、ゆきのんって本当に綺麗だよね。」
一色の褒め言葉+嫉妬の言葉に被せる様に由比ヶ浜は雪ノ下を褒めながら、抱き着いた。
「あ〜結衣先輩ずるいです!私も雪ノ下先輩とイチャイチャしますぅ!」
由比ヶ浜へ対抗し一色までもが雪ノ下へ抱き着いた。
女子三人により繰り広げられるゆるゆり展開。
良いと思います!!
「あの、二人とも暑苦しいのだけど…離れてくれないかしら…。」
そう口では言っている雪ノ下だが、その顔が朱に染まっている所を見ると満更でも無いのかもな。
だが、恐らくは雪ノ下は…多分こう言った友達との関係を築いて来れなかったんじゃ無いかと俺は感じるんだが、彼女の口数の少なさと、二人をあしらえない辺りに俺はそう感じているんだよな。
一頻りゆるゆり展開を繰り広げる三人だったが、それは奴の闖入により終わりを告げる。
そう、奴だ、此の場に於いて俺以外の生物学的分類上男にカテゴライズされる奴。
カマクラの闖入によってだ。
カマクラは再び此のリビングへと現れたかと思うと、何故かは知らないがそのターゲットを雪ノ下へと定めたようで、雪ノ下の足元へ辿り着くと、犬で言う所のお座りポーズで雪ノ下を見定め、得意の低音ボイスで『んにゃ〜っ』と一鳴きアピールをしやがった。
コイツはやっぱり女好きだ、それが見事に証明された瞬間に俺は立ち会った。
しかし、別に何の感慨も湧きやしないな、てかコイツがどう云う奴かがハッキリとしたな。
「…猫…さん、あぁ猫さん、何て可愛らしい…。」
その声は小さく途切れ途切れに耳に入って来た。
雪ノ下はその身をかがめ、手を伸ばしてカマクラを恐る恐る触れようとしている。
歓喜にほんのりと、先程のゆるゆり展開の時とは若干違う朱に染った顔でカマクラを見つめている。
それは遠く離れていた、恋人に再び出会えたかの様な歓喜に溢れていた。
まぁ、俺は恋人なんか出来たこと無いから知らねえけど…。
「あっカーくん起きたんだね、雪乃さんその子はカーくん、カマクラって言うんですよ、カーくん雪乃さんに興味津々みたいですから、抱いてみませんか。」
躊躇う雪ノ下へ小町は助け船を出し、意を決した雪ノ下はカマクラを抱き上げ自らの膝の上に乗せ、思う様モフり始めた。
コレは邪魔をするべきじゃ無いと由比ヶ浜と一色は判断したようで、雪ノ下から距離を取り、暫くはカマクラとの逢瀬を満喫させようと思ったのだろう。
離れた二人は生暖かい眼差しで雪ノ下を愛でている様だ。
「カマクラ、カマクラさんね…カマクラさん素敵なお名前ね…にゃ〜お…」
左手で背中を右手で胸元を、雪ノ下はカマクラをモフりながら、カマクラをさん付けで呼んだかと思えば、猫語まで話し始めたよ。
どんだけトリップして居るんだコイツは、ヤバい薬を使っているんじゃ無いだろうな、てかコイツにとっては猫の存在がドラッグになってんのか?
猫にマタタビ、雪ノ下に猫、おおこの三つが揃えばトリップの永久機関が完成するんじゃね? 俺は知らんがな。
雪ノ下は心ゆくまでカマクラをモフり倒し満足したようで、どう言う効果があったのかは知らないが、その肌艶はキラキラと輝いている様に見えた。
それはまるで、ふんすと鼻息荒くどやる時の古味さんの様だった。
ネコニウムを確りと充填出来たようで何よりですが、ネコニウムを搾取されたカマクラは些か以上にヘバッている様だな。
カマクラ、ナイスガッツ!心の中でお前に敬礼しよう。
普段が普段なので奇妙な友情は感じないがな、カマクラ普段の行いの不幸を呪うがいい、一つ言わせてもらうが俺は図っちゃ居ないからな。
時刻は午後5時を周り、我が家に集った皆様はお帰りあそばす頃合いになっていた。
皆互いに別れの挨拶を交わし、帰路に着く。
「それじゃあヒッキー君ママ、ヒッキー君またね、ヒッキー君も何時でも家に遊びに来てね、何だったら家の結衣をお嫁に貰ってくれて私達と一緒に暮らしても良いのよ♡」
ガハママさん!何を言っていますのですか!!
貴女の隣を見てください、由比ヶ浜が真っ赤になってお怒りになっていますよ解っているんですか!
「もう!ママは、イキナリそんな事言わないでよっ!あたしとヒッキーはまだそんなんじゃ無いんだから、それはこれから…って何いわせるのよ!」
「あらあら結衣ったら照れてるのね、でも頑張らないとヒッキー君はカッコいいから、後悔する事になってもママは知らないわよ。」
由比ヶ浜もガハママも何を言っているのでせうか…俺がカッコいいとか、無いよな、無いだろう…自分で言ってて切なくなったよ…。
「バイバイヒッキーまた学校でね。」
「おう、またな…。」
キラキラな笑顔の由比ヶ浜に俺は、いつもの様にぶっきらぼうに返してしまった。
そんな俺の態度に由比ヶ浜は一欠片の不満も表さず変わらぬ笑顔で「うん!」と応えてくれる。
すまん由比ヶ浜、ぼちぼちとでも慣れていくから勘弁してくれ、ボッチだけにな……こりゃ山田君に座布団全部没収されるな。
由比ヶ浜母娘に入れ替わる形で雪ノ下母娘と挨拶を交わす。
「雪ノ下、今日はありがとうな、少しだったけど話が出来て良かったよ。」
「…いえ、私もその入学式の日は貴方に対して少しだけ失礼な態度を取ったのでは無いかと思っていた所よ、ええほんの少しだけなのだけど…。」
何ての、コイツは素直じゃねぇな、一言詫びるだけなのにこんなに持って言い回してよ、全く親の顔が見たい…と思ってら隣にいらっしゃいましたね。
雪ノ下のお母様そんなに睨まないで下さい、基本僕ちんは臆病者なんですからしてその様なお顔は…。
「雪乃さん、何ですかその物言いは、淑女たる者その様な不作法な発言は控えなくてはいけません。」
ほっ、良かった、雪ノ下婦人は俺では無く御自身のお嬢さんを叱るのですね。
だが、そのお叱りのお言葉は静かに発せられているにも関わらず、得も言えぬ迫力を感ぜずには居られない。
その佇まいたるや、正に女帝の如し。
「っ、すみませんお母様…以後気をつけます。」
何か不味いな、雪ノ下が女帝の如き母の一言ですっかり萎縮してしまったよあだぞ。
此処は一つ、俺が何か言わなきゃだよな…でなきゃ男が廃る、そうだよな兄貴たち。
「あの雪ノ下さん、お嬢さ…雪乃さんは俺の見る所、男性…あっいや人との付き合いが浅いんじゃないかと思うんですよ、だからですねその距離感が掴めず、ああ言った言動になるのでは無いかと思う訳です、だから此処は穏便にですね、お嬢さんの成長を見守ると思って頂ければとでしゅね…。」
うわぁ…折角我ながらいい感じで話せてたと思ったのに、コレだよ。
オイそこ、母ちゃん、小町、一色よ、人の失敗を笑うんじゃありません!
「にゃハハハ、おっ、お兄ちゃんがカッコつけようとして、ぷっ!アハハハぁ可笑しいよぉ〜!」
クッ、小町ィィィ!覚えてろよ、後母ちゃんと一色、二人共だからな。
「はぁ、比企谷さんが羨ましいですわね、我が家は雪乃の他に三つ上の姉がおりまして、要するに二人姉妹なのです。
なので八幡君の様な優しく寛容で、それでいて確りと自己を確立している男の子を見ると、私も息子が欲しかったと尽く付く思ってしまいますわね…。」
イヤイヤ、マダム雪ノ下…俺はそんな御大層な男ではありませんよ、それは買いかぶりが過ぎると言うものです。
「雪乃の成長を見守る様にとの事ですね…解りました私も母親ですから、此処は八幡君の言に従ってみましょう、しかし八幡君…貴方はそこらの高校一年生とはどうやら格が違う様ですね。」
雪ノ下婦人は俺の言を受け入れてくれた、しかし凄いなこの人は。
ただ単に威厳や凄みが有るだけじゃない、たかだか一高校生の発見を受け止め認める処が在れば認めるか。
「…いや、俺はそんなだいそれた者じゃ無いですよ、もし雪ノ下さんから見てそう見えたのなら、それは両親と…それから俺を鍛えてくれた兄貴姉貴達のお陰ですね。」
そうだよな親父と母ちゃんが家庭を支えてくれて、テリー兄ちゃんとアンディ兄ちゃんとジョーあんちゃん、そして舞姉ちゃんが、俺と小町を心身ともに鍛えてくれたんだ。
後はまぁ、ロックと言う身近なライバルが居てくれたから、負けじと精進出来たってのもあるな。
色々あった一日だったが、過ぎてみたらあっと言う間だったな。
雪ノ下婦人は帰り際に、将来は我社に来ないか何て言ってくれたが、あの人の元で働くとなると…アカン!プレッシャーで胃を悪くすく未来がみえる。
嗚呼、アムロ刻がみえる…。
そして今俺は最後のお勤めを果たしているのであった。
それは一色を送って行く事だ、此れは小町より授かった任務であるのだが、小町の奴は家では一色と反りが合わない様だったが、何だかんだと言いつつもこう言う事には気が回るんだよな。
可愛い奴め、そんな娘に育ってくれてお兄ちゃんは嬉しいぞい!
…………………もはや語るまい。
「所でせんぱいはどうして今ジャージなんですか?」
数分ばかり無言で歩いていた俺達だったのたが、開口一番で一色は質問してきた。
何だかその声音には不満の色が感じられる、普段なら小町が俺の服装をチェックするんだが、今日はその小町がジャージを許可してくれた、それは。
「お前を送り届けた後にな、ロードワークをして帰るからな、まぁそれで汗をかいちまうからな、コイツはトレーニング用のジャージだ。」
「…そう、なんですね、せんぱいは、やっぱりアクション俳優志望…なんですか?」
そうだった、一色は俺をアクション俳優志望だと勘違いしていたんだったな。
恐らくだが一色はそう勘違いして、将来映画やテレビに出ている役者が自分の知り合いだとか、彼氏だとかそういったステータスを見出して俺に近づいたんだろう。
だったら俺は早めにその勘違いを正してやらなきゃだな…それが最も一色の為になる事だ、その結果一色が俺から離れたとしてもそれは仕方の無いことだ。
「あのな一色、お前は勘違いをしているんだよ。」
俺の言葉に反応する様に、一色は俺に向き直りつつ、その目を反らすことなく俺の眼を確りと見つめている。
あたかもそれは、一色なりに何かを覚悟している様な…そんな感じだな。
「俺はな、実は格闘家としての修行中なんだよ。だからまぁ、そんな訳でな俺に絡む価値はあんまり無いと思うんだがな…そこんとこどうなんだ?」
一色は俺の告白を顔色一つ変えず、眼を見据えたままだ。
「…せんぱい、私はあの日のせんぱいのアクションに、不謹慎かもしれませんがすごく興奮しました…だってテレビで見る様なすごいスタントアクションみたいでしたから、だから私はそんなせんぱいとお近づきになれたら私のステータスは爆上がりだあっ!て思いました。」
だよな、俺の読みは大方当たっていたな。
「でも、それだけじゃ無いんですよ、だってせんぱいは…優しいです。見ず知らずのワンちゃんの為にあんな行動するなんて、きっとそんな人他には居ませんよ、だからです。」
「そして此処何日かせんぱいと過ごして、せんぱいがアクション俳優志望かとかどうでも良くなっちゃいました。」
僅かな憂いを秘めたような口調と表情に、俺は揺れる一色の気持ちを見たような思いに囚われた。
「そして納得がいきました、せんぱいは上大岡先輩達に何かをしたんですね、だから上大岡先輩は私を見た途端あんな態度で…。」
今朝までは俺はその事実を、どう誤魔化すかと考えていたが、今の一色に対してそれはあまりにも不誠実じゃないかと思い、だから俺は…誤魔化すのを止める事にした。
「ああ、一昨日お前達と別れたあとにな、アイツ等十人ばかりで訪ねて来てくれたもんでな、丁重におもてなしをしてやったんだ。」
政治家さんたちも言っているよな、日本はおもてなしの国だと。
それを実線する俺は立派な愛国者だよな、うん。東郷さんと一緒に国防仮面がやれるレベルだな。
「!せんぱい、十人相手におもてなしって!それに怪我一つ負ってないですよね…雪ノ下先輩の家の車の時もそうですけど、どうなっているんですかせんぱいの身体は?」
そりゃ驚くだろうな、鍛えていない一般の人からすると、でもな一色、俺なんか名だたる格闘家の人達からすれば、まだまだ産まれたてのひよこの様なもんなんだよ。
「鍛えてますから、シュッ!」
俺はヒビキさんポーズでおどけて見せるが、返ってきたのは…それはそれはまるで不浄な物でも見るかの様な、蔑み色の目だった。解せぬ、響鬼は俺が最も好きなライダーなのに…鍛えて鍛えてやがて人を越える響鬼は格闘家の道に通じる物があると俺、思うんだ。
「せんぱい、私…本気ですからね、私だけでは無いですよ、結衣先輩もです、それにもしかしたら雪ノ下先輩もいずれは…ですねそう言うの女子は敏感なんですから。」
「だ・か・ら・私を本気にさせた責任取ってくださいね♡」
何時の間にかたどり着い駅の前で一色はあざとさ全開でそう言った。
だが俺はそのあざとさにコレまで感じだな胡散臭さをまるで感じなかった。
「ここ迄で良いですよせんぱい、またですせんぱい、バイトの無い日はよろしくお願いしますね」と言い残し一色は改札の向こう側へと去って言った。
それを見送り、俺はロードワークをこなすべく駅に背を向け走り始める。
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高校生活を振り返って その7
入学式の日の事故に関わった3家による会談を終えてから数日、俺は単車購入の為に始めようと思っていたアルバイトのバイト先を上手い具合に見つける事が出来た。
週に3〜4日、一日四時間程の就業時間で、勤務先は某運送会社、作業内容は荷物の仕分けとトラックへの積込みがメインとなる。
それなりに身体を動かす作業だし、割と重い荷物も有ったりするので、適当な運動には成るな、でもソレだけでは足りないので両手首には1.5kgのパワーリストを両足には2.5kgのパワーアンクルを取り付けて作業をしている。
コレでバイトに時間を割くために多少減らさざるを得ない、夕方のロードワークの時間の補填になれば良いんだがな。
バイトの話はこれ位でいいよな。
さて、あの会談を経て由比ヶ浜とは相変わらず、昼休み等にチョイチョイ一緒に過ごしている。
「ママに教えて貰ってんだけどさ、あんまし上手くならないんだ…。」
と、上達しない自分の料理の腕前に由比ヶ浜は、へこみ気味である。
あの料理上手なガハママさんの講習を受けているにも関わらず上達しないとなると、由比ヶ浜には料理に関する重要な何かが欠けているのだろうか?
あの土曜日の昼飯は実に美味かった、四人が四人とも料理の技量が高かったんだ、一色含めてな。
「…まぁ、焦っても仕方ないんじゃねぇの、まだ始めたばっかりだろう…」
別にリップサービスって訳じゃ無いけど、この位の慰めの言葉位はいくら俺でも言えるからな、それ以上は…ゴメンちょっと無理。
「そうかもだけどさ、小町ちゃんもいろはちゃんも料理上手だからさ…あたしも出来る様になりたいじゃん!」
「それにやっぱ、ヒッ…に食…て欲しい…から。」
近頃お馴染みになりつつある、女子の言葉の最後の方がよく聴き取れない現象を起こした由比ヶ浜、一体何がそれにやっぱなんだろうか…僕には解らないよ。
まぁ、解らない物はしゃあなしだな。
「…あら誰かと思えば比企谷君に由比ヶ浜さん。」
このマイベストプレイスに新たに入門して来たのは、先日の土曜日に知己を得た、この総武高校一の才媛。
「あっ、ゆきのん!やっはろー!!」
「…よう、雪ノ下、土曜日振りってか由比ヶ浜、何だよその変な造語は、またお前の中の紅魔の血が目覚めたのか?」
何時もの人懐っこいニコニコ笑顔で挨拶をする由比ヶ浜だが、何だやっはろーって?
見ろよ由比ヶ浜、雪ノ下がどうリアクションして良いのか解かんなくて、フリーズしているぞ。
「えへへぇ!ヤッホーとハローをくっつけた挨拶だよ、便利でしょ、てゆうかヒッキー、こうまのち?て何??」
紅魔の血が平仮名発音だったよな、てか由比ヶ浜お前のネーミングセンスの無さは、その血が為している物じゃ無いのかよ。
「…二人共、先日はありがとう。」
雪ノ下も再起動を果した様だな、このまま動かなかったら、メーカー送りにしなけりゃいけないかと思って、オラびっくりしたぞ、クリリン!
「ううん、どう致しましてだよゆきのん、あたしゆきのんと出会えてお話出来て嬉しかったもん。」
言いながら由比ヶ浜は立ち上がり、またしても雪ノ下の両手を握り、笑顔で雪ノ下を迎え入れた、コイツのこの行動力と云うかコミュ力は大したもんだよな。
言動から見て雪ノ下はコミュニケーション能力E(超ニガテ)位だろうからな。
「そうだ、ゆきのんは何処でお昼食べてるの?あたしとヒッキーは良くここで食べてるんだよ、良かったらゆきのんも一緒に食べようよ、きっと皆でお話しながら食べたら楽しいと思うんだ!」
オイオイ由比ヶ浜さんや、一人で話を進めなさんな。
このベストプレイスは人の通りが少ないから、ゆったりと昼の一時を過ごすのにはうってつけだよ、でもな考えて見ろよ、美少女揃いの総武高校に於いても由比ヶ浜と雪ノ下はその中でも頭一つ二つ飛び抜けていると言っても過言じゃ無いと俺は思っている。
そんな美少女二人と眼つきの悪いボッチ男が一緒に昼飯を食っている。
人間なんてな噂好きなんだ、だから忽ちその噂で持ち切りになって俺は嫉妬に駈られた野郎共の恨み妬みの感情を一身に浴びる事になるだろう。
そうなったら俺の、のんびりスクールライフが終わってしまうでしょうが!
「そうは言うが由比ヶ浜、お前は何時もココに来てる訳じゃ無いだろ、たまにクラスの連中と過ごしたりもしてるんだしな、そんな時雪ノ下はどうなるんだ、お前その辺りちゃんと考えてんの?」
のんびりスクールライフを死守する為に俺は由比ヶ浜へ再考を促す、これ大事だからな。
「あの、由比ヶ浜さん…私はお昼は教室で食べているのよ、何も態々こんな所で食べなくとも…」
「あ!じゃあさこうしようよ、皆で曜日を決めてそんで一緒に食べよ、そうすれば皆それぞれの都合に合わせられるじゃん!」
結局この由比ヶ浜の提案を俺と雪ノ下は了承する事となった。
週に三日程、ここマイベストプレイスにて三人で昼を過ごすことにな。
俺と雪ノ下のディフェンスは由比ヶ浜の黒色槍騎兵団艦隊の如き猛攻の前に呆気なく崩壊した。
俺もだが、雪ノ下もまた由比ヶ浜の邪気の無い押しに弱いと云う事実がココに発覚した…そんな大したもんじゃ無いかな…無いな。
体育の授業と言うのは、殆どの学校が中学から男女別で授業を行っている事だと思う。
俺の中学もそうだったからな、そして高校に上がるとそれが一クラス単体で行う学校や、複数のクラス合同で行う学校等それぞれの学校でカリキュラムが組まれている事だろう。
俺の通う総武高校のそれは、後者である。
まぁ、それは良いのだが…。
「よし、では始めはストレッチから始めるぞ、皆二人一組を作って始めてくれよ。」
これだ、この体育教師より指示されたこの二人一組、ただでさえ俺はボッチで同じクラスの相手ともまだ、マトモに話をした事も無いんだよ。
初めての授業で、或は授業から先生それは余りにも御無体過ぎやしないですかね…。
俺の積極性の無い性格もあるが、やはり自他共に認めるこの眼つきの悪さが、ネックになって居るのか、俺に近付いて来る者はいやしない…。
誰か、誰か居ないのか、俺はこのグラウンドに集まったムクつけき野郎共の中から俺と同じ様にあぶれた奴は居ないのかとセンサーを働かせサーチを続け、ン秒間の探索の後奴を捉えた。
ソイツは身長180Cmに何なんとする大柄で眼鏡を掛け無造作に伸ばした、中途半端な後ろ髪を束ね、何を考えているのか不明だが授業中であるにも関わらず指貫グローブを着けている。
ファットマンが、所在無さげに佇んでいた。
もう、コレだけで解るだろう、コイツはボッチだ。
そして恐らくだが病を患っている、それはあの病だ、完治或は過ぎ去り過去を振り返った時に自我の崩壊を起こしかねない程に身悶え苦悩し、その過去を消し去りたいと誰しもが思うであろう。
十四歳、中学二年生位の頃から発症するとされるその病名は…中二病。
今現状に於いて、この場で二人一組を成立させていないのは、どうやら俺とこのファットマンだけの様だ。
必然的に俺はこのファットマンと二人一組を組まざるを得ない。
だが、どうするよ…コイツはヤバい。
コイツと組むと後々ヤバい事になる、と俺のセンサーが告げている。
スピードワゴン程では無いが俺にも解るぞ、コイツから漂うヤバい匂いがな。
とはいえ、他にどうしょうもないからな、行くか…。
俺がそのファットマンへ向き直り、歩き始めると…ソイツは大きな眼鏡に締められた顔に瞬間歓びの色が見えた。
幻覚だと思いたいが、それに合わせて奴の頭にピコピコ動く犬耳とブンブンと振られる犬しっぽが見えた……。
俺が近づくに連れ、ファットマンはその歓びの顔を無理に押しやり、しかつめらしい表情を作って俺に対峙しようとしている様だ。
無理や我慢は身体に良くないぞ。
「…よう、お前相手いないよな…。」
「…うむ、まぁその様なものだな。」
これがこのファットマン、材木座義輝との初めての会話であった。
二人一組のストレッチ運動により、俺はこのファットマン、材木座の意外な事実を知る事になった。
「なぁ、材木座…お前一見唯の太っちょに見えるけど、いや事実太ってるけどよ。」
「…八幡よ、そう人の事を太ってると連呼しないでくれまいかの、流石に我も少しばかり傷ついてしまうではないか、これでも我は繊細なハートをしておるのだぞ。」
「いや、それは別に良いんだがよ、お前案外と鍛えてるみたいだな、結構硬い筋肉しているな、何かやってんのか?」
「いや別に良くはないぞ!だがまぁ今は置いておこう、良く解ったな比企谷八幡よ!如何にも我は鍛えているぞ。」
この一連のやり取りだけでも、材木座のウザさの片鱗が既に現れている事が解るだろう。
「知りたいか、いやさ識りたいのか比企谷八幡よ!」
「いや、そう言うのいいんで。」
「イヤイヤイヤイヤ!是非聞いてくれ八幡よ、お願いでおじゃるぅ!」
後悔先に立たずとは、良く言ったものだよな、この時程俺はその言葉の意味を噛みしめる事になった事は無かった。
でだ、結局のトコ、材木座は格闘技を学んでいるそうだ。
「香港にな、我の遠い親戚の叔父殿が居ってな、その叔父が開設した流派の格闘術を学んでいるのだ、ムハハハ!」
腕を組み得意げに高笑いをする材木座のウザさと来たらもう、今くずにでもこの場を離れて他人のフリをしたくなる程のウザだ。
実際他人なんだけどな。
「おい!多少の私語は構わんが、今は授業中だぞ、大声は慎め!」
体育教師よりのお叱りのお言葉を頂戴してしまった…それもコレも材木座のウザさが原因だよな、俺はそんなに大声出していませんよ先生。
「…はい、すいません…。」
お叱りのお言葉に材木座の奴は借りてきた猫状態になりやがった。
ホントにコイツは気がちっちぇ〜んでやんの。
改めて声のボリュームを抑え俺は材木座の学ぶ流派の話を聞いた。
「開祖たる叔父殿が付けた流派の名はな、その名はサイキョー流だ!」
「……………。」
サイキョー流、それがどんなスタイルの武術なのかさっぱり解らないが、その名から漂うのは、そこはかとない残念さだった。
「よし、まだ時間は有るが、今日の授業はこれまでにしよう、後は短い時間だが自由にして良いぞ。」
十分程の時間を残し教師より、自由時間を与えられ、それだけ時間があれば少し試すことができるな。
そう思った俺は材木座に提案を持ち掛けた。
「なぁ材木座、実はな俺も格闘技やってるんだが、良かったら寸止めでいいから組手やらないか?」
またまた意外な事だが、材木座と組手をしてみて驚いた。
材木座のパンチはスピードもあり、パワーも程よく乗っているのが寸止めでも十分に解った、蹴りも同様だ。
その太った身体からは想像がつかない程、その脚は高く鋭く上がるうえに、その重量だヒットした時の破壊力はかなりの物だろう。
コイツは意外な掘り出し物かもな。
「材木座、もしお前が良ければだが、たまに今日みたいに組手やらないか。」
なので俺は材木座に申し込んで見たんだが、材木座の奴は俯く様に下を向き両の拳を握り込みぷるぷると震え始めた。
ヤバいな俺はもしかして、何か材木座の触れられたくない部分に踏み込んだのか、いくら練習相手になりそうな相手に会えたからって、イキナリこんな提案はマズかったか、材木座も俺と同じボッチだろうから、あまり人との付き合いは面倒だと思ってんのかも知れないな。
「…良いのか、八幡…。」
「!?」
「また、我と組手をしてくれるか!」
あれ、コイツ案外乗り気だぞ、そうか材木座はもしかして待っていたのかも知れないな、今日みたいにこうして互いに拳を交えて自身の研鑽の成果を確認したいと思っていたのかもな、それは俺もそうだしな。
「おう、お互い時間が合えばな。」
「そうかそうか、うむ、相分かった!ではそうしようではないか!そして八幡よお主には誰にも教えておらぬ、我の秘密をおしえよえぞ!」
…誰にも教えて無いって、お前は教える相手が居なかったんだろうが!
何か、突っ込むのも面倒だからスルーしておこう。
「我こそは、嘗て剣豪将軍と呼ばれし足利義輝の生まれ変わりし姿、刀の佩刀が許されぬ現代において、刀を拳に置き換えし現代の武将!その名も拳豪将軍。拳豪将軍っ!材木座義輝也ぃ!!」
右腕を天高く突き上げポーズを取る拳豪将軍は、間違いなくウザいと万人が思うだろう。
俺もそう思う、コーラを飲むとゲップが出る、それ程に確実に誰しもがそう思うだろう。
今夜俺が書く日記のページは、失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した…と書かれるだろう。
日記なんて、付けてないけどな。
材木座義輝 幼い頃香港に住まう遠い親戚の叔父である火引弾によりサイキョー流の手解きを受ける。
とはいえ叔父である弾は香港を拠点としている為付きっきりで教えを受けた訳では無く、教えを受けていられない時間の方が長い為、独自に技を磨く。
市販されている格闘技の試合を収めた映像ソフトやネット視聴動画、近所の空手道場などを見学し(チキンハートとコミュ症が災いし入門する事は出来無い)それを参考に通常技を磨く、それにより元祖サイキョー流の弾よりも基本に則った動きが可能である。
研鑽の末に必殺技、通常技共にその性能は師匠である弾のそれを上回っているのだが(その性格は弾とは真逆で挑発行為など行え無いビビリ)その為リアルファイトは出来ず、街のチンピラ達に絡まれない様に大人しくしている(三節棍を手放した時のビリー・カーンの様な有様)
果たして材木座がその秘めた力を開放する時が来るのか(笑)
将来の夢は格闘が出来るラノベ作家。
と言うと設定を作りました。
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高校生活を振り返って その8
お気に入り登録、投票してくださった皆様ありがとうございます。
高校入学から三週間、昼休みの一時を由比ヶ浜と雪ノ下の二人と週三日程共に昼食と摂り、それ以外の日は一人で過ごす日もあれば、材木座と二人飯を食った後組手をしたりとそれなりに充実したハイスクールライフを送っている。
安心すべきかどうなのか、ボッチの俺が美少女二人と昼休みを過ごしている事が校内で噂になっている、と言う事も無く…あ〜いやね、確かにこのマイベストプレイスは人通りが少ないとはいえさ、皆無って訳じゃ無いんだよな。
由比ヶ浜も雪ノ下も人目を十分惹きつけるだけのルックスをしている訳で、ここを通る生徒の幾人かはその視線を彼女達に向けている、それは男女の別なく。
で、あるにも関わらず…だ、これが噂にならないってことは…。
もしかして俺は、彼ら彼女らの視界の中に入っていないのかな?
そこに居るのに認識されていないのかな、長きに渡るボッチ生活によって何時の間にか能力に目覚めたのか、能力は存在認識の撹乱とか。
おお、なんか潜入捜査とかスパイ活動とかに特化した能力っぽいな!
あらま、そう考えたらカッコいいんじゃね!?
…すまん、現実逃避した…って俺は誰に対して謝ってんの…。
さて本日の昼休みだが、「ヒッキーお昼先に行っててね、あたしちょっと遅れて行くからさ。」と廊下でかち合った由比ヶ浜からお達しがあり、俺は一人ベストプレイスへと来たのだが…。
そこには既に一人の女子生徒のシルエットが視認できた。
長く艶のある美しい黒髪を微風に揺らし佇むその姿は、後ろ姿でさえもが一枚の絵画の様に感じられる。
「…よぅ、雪ノ下今日は早いな。」
彼女の背後へ、出来るだけ接近している事を判ってもらえるように、足音を出しながら近づき挨拶をする。
迂闊に気配を消して近づこうものなら非ぬ疑いを掛けられかねないしな。
「…こんにちは比企谷君、由比ヶ浜さんは一緒では無いのね…所で貴方、挨拶の言葉は確りと使うべきではないかしら。」
なんとも彼女らしさを感じさせる返しの挨拶だが、これが雪ノ下の平常運転なんだとここ数日の付き合いで、俺は理解きた。
「おう、悪りいな…大体が男の挨拶なんてこんな感じたからよ、由比ヶ浜は少し遅れて来るそうだ、さっき廊下で会ってそう言ってた。」
「…そう、分かったわ…。」
さて雪ノ下が分かったのは、挨拶の事か由比ヶ浜が遅れて来ることか…聞き返すのは辞めとこ。
だって面倒じゃね、基本俺も雪ノ下も口数は多い方じゃないし、雪ノ下は分ってくれてるって言ってんだからそれで良いよね。
雪ノ下の隣、若干だが由比ヶ浜との距離よりは離れた位置に腰掛けてから俺は弁当箱を取り出し早速食べ始める。
嗚呼、今日も大変美味である、小町特製の弁当は。
この弁当を食べられる俺は、正に兄冥利に尽きると言うものだ。
これはもう俺は一生小町の料理無しでは生きて行けないのかもしれないな。
…と言っても来年は小町も受験生だからな、あまり負担は掛けられないだろうし、この弁当を楽しめるのは今年度限定だな。
今年度限定とか言うとなんかプレミアム感がハンパ無いな、小町特製プレミアム弁当か、ネットオークションに出せば相当な落札額になる事間違いなしだ…誰にも売らないけどな。
それはそうと、由比ヶ浜が居ない今は雪ノ下に対して思っていた疑問を彼女に直接問う良い機会かもしれないな。
「…なあ、雪ノ下…俺の勘違いならすまないんだが、お前に聞きたい事があってな、聞いてもいいか。」
とりあえず聞くだけ聞いてみよう、答えるかは否かは雪ノ下しだいだが。
「何が聞きたいのかしら、身の危険を感じる様な事柄なら拒否させてもらうけれど。」
雪ノ下さん、そんな訝し気な目で見ないでいただきたい、そんな下心に満ちた質問など決して致しませんので、そんな目で八幡の事見ないで!
「あのだな…雪ノ下、お前もしかして何か武術の嗜みが有るんじゃないかと思ってな、それを聞きたかったんだ。」
「…比企谷君、逆に聞くけれど何故貴方はそう思ったのかしら?」
おっと来たか、まぁそう聞き返されるんじゃないかとは少しは思っていたよ、だからその質問に答えるのは吝かでは無いが、雪ノ下よ…質問に質問で返すんなあ!と静かに暮らしたい殺人鬼の様に叫ぶよ俺…ゴメンウソ叫びません。
「…なんてか、あれだなお前の所作とか居すまいとか足運びとかから、そう感じたんだが…違ってたらスマン。」
「…いえ、謝る様な事ではないわ…比企谷君、貴方の見立て通りよ。 私は幼い頃合気道と古武術の手解きを受けたのよ、香澄おば…母の友人であるおば様から、姉と一緒に…。」
雪ノ下はゆっくりではあるが、はっきりと答えてくれた、そしてやはり彼女は武術の経験がある事が解った。
しかし彼女の最後の一言『姉と一緒に』その一言に何故か俺は雪ノ下がそれを話すべきか躊躇っていた様に感じられたのは、気のせいなのか?
そう言うデリケートな所はあまり聞き出したりするのは良く無いよな。
しかし古武術か、なんだか雪ノ下の雰囲気にピッタリなイメージだな。
「でも、貴方はその様に普段私の事を視姦しているのね…。」
…なっ、なんば言いよっとねこん娘はひどか言いがかりばつけんとぉ!
俺の中にヌンチャク使いの刑事さんが思わず顕現しちまったじゃねえかよ。
前にネットの動画で見たけど、あの人の動きと技は一見コミカルに見えるけども、当て感が良いのか攻撃の的確さはかなりの物だったな。
ちょっと口数が多くて五月蝿そうだったけどね。
「…濡れ衣もいい所なんだよなぁ。」
俺の些細な反論を雪ノ下は静かに、そして僅かながらに笑顔を見せて受け流してくれた。
「ハァッ!セイッ…オオッ!」
「フッ!ハッ!」
その翌日である、この日俺は材木座と昼食を摂った後にベストプレイスから移動し校舎裏で組手を行っている。
「うぉりゃあっ!ダダダアッ!」
「フッ!フッ!フンッ!」
交互に攻守を入れ代わり、或いは攻防立ち代わり拳を蹴りを放つ。
…まぁ、寸止めなんだけどな。
5分程この組手を行い、一旦小休止し俺は材木座に一つ提案と言うか頼み事をしてみた。
「…なぁ材木座、お前んトコの流派には必殺技とか有るのか?」
「うむ、気になるのか八幡よ、無論有るぞ我がサイキョー流にはな、正に必殺の技がな!」
この持って廻すようなウザい話し方にも、多少は慣れては来たがやっぱウザい物はウザいな。
「実はな、今日はミットを持って来てんだよ、なんだったら俺が受けてやるから見せてくんね?」
「おお、そうか見たいのか八幡よ、貴様と我との仲だ、お主の心ゆくまで見るが良いぞ八幡、ぬはははぁ〜っはっはっ!」
あぁ〜うん、ウザいな。
持参したミットを両手に装着しパンパンと打ち合わせ、装着状態を確認。
「…最初の技は蹴り技でな、八幡よ5メートル程離れてくれ。」と材木座からの要請を受け、離れた位置でミットを構えた。
「最初の技はこれだ!征くぞ必殺の断空脚ッ!」
材木座は力を込めて、空へ飛び上がり前方突進しながら連続蹴りを放った。
「ハッ!セイッ!」
俺の胸元に構えられたミットにその蹴りによる連撃がヒットする。
その巨体から繰り出されるその技は、突進の速度も加算され、ミットを付けているにも関わらず、その威力を十分に感じさせる重さがある。
「どうであるか八幡!我が断空脚の威力の程は!」
「…ッ、おう十分な破壊力があると思うぞ…マトモに受けたらかなりのダメージを受けるだろうな…。」
「ぬハハハッ、そうであろう!続けて次の技を披露しようではないか!」
次の技は空高く飛び上がりながら放つアッパー、『晃龍拳』と言う技名だそうな。
なんか、何処かで見た事が有る様な技だな…しかし威力はかなりの物だ、ミットで受けはしたがその威力に弾かれたミットが手から飛ばされてしまったからな。
近接状態でも対空としても使えそうだな、だがミスった時のスキはデカいな。
まぁそれは、対空技全体に言える事ではあるんだけどな。
「うむ、昼休みもまもなく終わりの時間が迫っているな、では最後にもう一つだけ、サイキョー流の技を披露しようではないか!」ちなみにミットを構える必要は無いぞとの材木座の言により、俺はサイドへと回って見せてもらう事に。
「…信じられないかもしれぬが、我は気を操れるのだ八幡よ!これから放つのは所謂気弾だ!」
眼鏡の奥の眼をギラリと光らせ、得意げな態度で宣って材木座は構えを取る。
右手を後方へ引き、瞬間タメを作りサイドから前方へスイングしその気弾は放たれた。
「我道拳!!」
技の名を叫び放たれたその気弾は…だが、ほんの数メートル程進み霧散した。
「……………。」
「どうだ八幡よ、あまりの事に言葉も出ぬであろう!」
「……ああ、うん、そうだね、アハハハ、はあ〜ぁ…。」
最後の最後に、こんな残念なオチがつくとはな、八幡思わず開いた口が塞がんないかと思ったよ。
気弾なのに近距離でしか使えないよなこの技…。
まぁ使い方によっては、案外化けるかもだけどだな。
「と言う訳で本日は特別講師をお迎え出来る事と相成った訳なんだ、良かったな一色。」
バイトの無いこの日は、一色を交えた勉強会だ、その舞台は毎度の事サイゼで有る。
と言うか元は一色の願いにより一色の受験の為に始める事になったんだが、理系に弱い俺と、受験が終わり遊び呆けてこのままでは落ちこぼれ街道一直線の由比ヶ浜の学力浮上の為の催しとなったのでした、まる。
「なんてったって今年度総武高校入試第一位で新入生代表を努めた逸材だからな、一色この際だから確りとだな、誠に遺憾ではあるが俺と由比ヶ浜では教える事が出来無い数学なんかを重点的に教わると良いんじゃないか…。」
「…あのねいろはちゃん、あたしがゆきのんにお願いしたんだ、ゆきのんならあたしやヒッキーよりもずっと頭良いからさ…えへへ。」
事前に連絡を入れなかったせいか、何だか一色の態度が硬い様に見受けられるんだが、雪ノ下と言うまたとない戦力をこの場に投入出来たんだ、これは僥倖と言うべきだと思うぞ、一色いろはさん。
これで我がデラーズフリートは確実に星の屑作戦を遂行できると言うのに、どうしてそんな不機嫌なお顔をしているんですかね。
「…ごめんなさい一色さん突然お邪魔して、迷惑だったかしら。」
「……いいえ迷惑なんて思ってないですよ、雪ノ下先輩……。」
雪ノ下の謝罪とお伺いに、口では否定する一色だが、不機嫌の色は消えない。
何をコイツは怒ってんだろうか、誰か教えてくれないかな。
おじいさんとアルムのもみの木だったら教えてくれるのかな?
「…いえ、それは良いんです、寧ろ雪ノ下先輩に教えてもらえるのでしたら私としてもバッチコイですよ。」
おじいさんでも無くてアルムのもみの木でも無くて、御本人が教えてくれました。
え〜なら何でその様なお顔をしておいでなのですかね。
「だってズルいです雪ノ下先輩、私だってせんぱいの隣に座りたいですぅ!」
はぁ、そういう事ですか…四人掛けのテーブルに、俺と雪ノ下(通路側に俺)その対面に由比ヶ浜と一色(通路側に一色)という配置で座って居るんだが。
「だってせんぱい達は学校で毎日会えるのに、私だけたまにしか会えないんですからココは可愛い後輩に譲って然るべきだと思いますぅ!」
一色の希望により、席替えが行われ、俺の隣に一色(通路側に俺)その対面に由比ヶ浜と雪ノ下(通路側に由比ヶ浜)という配置に落ち着いた。
その後各自オーダーを取り、軽く飲食し、お勉強タイムへ突入したのだが、その前にある事実が判明した。
「…その、私はこの様なお店での飲食の経験が無くて、戸惑っていただけなのよ、今日経験をしたのだから次はこの様な失態は犯さないわ。」
顔色を羞恥の赤に染め、俺達と目を合わせずに言い訳をする雪ノ下の姿を、俺達三人は生暖かく見守った。
雪ノ下がドリンクバーのシステムを知らなかっただけなんだが…。
「あ〜もう!ゆきのんかわいい!」
『雪ノ下大好き由比ヶ浜さん』がそのあふれるゆり属性を発揮し、雪ノ下へ抱着く、すっかり見慣れた光景だが不思議とその光景に飽きが来ないな。
何なら最近は、雪ノ下の言動から由比ヶ浜の気持ちの昂りを見極め、抱着くタイミングを図ることも出来るまでに成長しつつあると言える、コレならそろそろ俺も『ゆるゆりソムリエ』を自称しても良いだろうな……止めておこう、そんなもの自称した日には自傷になりそうだ…フッ決まったな!
「せんぱい…また変な事考えてますよね、口の端の釣り上がり方が気持ち悪いですよ!」
「…一色さん、気持ち悪いは無いんでは無いかと思いますのですが、少しはせんぱいの繊細なハートを労ってくれても良いんだよ?」
この後輩は、雪ノ下属性を身に着けつつあると思うのは俺の気のせいか…。
「だってお米ちゃんが言ってましたから、せんぱいがにやって口の端を釣り上げて笑っている時は、しょうもない事を考えている時だって。」
相手の進路を予測して事前にレールガンを射出していたのか!
またしても小町のフレンドリーファイアが俺を捉えた…と言うか一色、お米ちゃんとは小町の事かよ。
しかし流石はサイゼだ、俺達が入店して数十分、店内に居る客層はほぼ学生に占められている。
そして不思議な事に学校では、上手く発動していた俺の気配遮断能力がココでは上手く発動していない様だ。
店内に入店して来た学生のほぼ全てが初見で雪ノ下、由比ヶ浜、一色の三人に目を留め、しかる後に俺を見て恨みがましい視線を送る『くそ、リア充が見せつけてんじゃねぇよ…』と中には口に出す奴まで居る、しかも女子までがだよ。
「………はぁ〜。」
思わず漏れるため息だけど、仕方なあよな、この状況じゃな。
「ヒッキーどうしたの、あんま調子良くない?」
由比ヶ浜に心配をかけてしまったようだな、彼女は良く周囲の人達の空気を読み、気配りをしてくれるんだが…それは彼女の心根の優しさの現れなのだろう。
だがそれは、過ぎればそれはただの八方美人となって彼女自身にマイナスに働く事があるかも知れない。
機会があればそれとなく忠告するべきかな、何と言っても由比ヶ浜は俺にとって初めての友達だからな…。
「いやな、覚悟はしていたんだよ、由比ヶ浜も雪ノ下も一色も、三人とも何と言うか所謂見目麗しき女性ってヤツだからな、まぁだから男連中からの嫉妬は致し方無しとは思ってんだが…まさか女子からもそんな目で見られるとはなぁ、なんか俺が居たらお前達に迷惑かけそうだな。」
今現在の俺の思いを吐露してみたら…あぁ、またしても俺は彼女達を不快にさせてしまったようだ、顔を俯かせて表情は見えないんだが、かすかに髪の間から見える耳は…怒りの為か赤く染まっている。
全く、俺は進歩しないなぁ、これで何度目だ…。
「ヒッキー…」「比企谷君…」「せんぱい…」
僅かながらのタイムラグはあるが、三人がほぼ同時に俺の呼ぶが、何?やっば怒られんのかな…。
その当の本人たち三人達は、ハモった事に驚いたようです。
微妙な顔をして互いを見合わせて、何やら俺には解らないが、アイコンタクトで意思の疎通を図っているように感じられた、てか凄いな女子それだけで伝わんのかよ。
「せんぱい!ホントにせんぱいは馬鹿なんですか、アホなんですか、間抜けなんですか、八幡なんですか!」
「おい、ちょっと待て一色!馬鹿アホ間抜けと来て最後に俺の名前入れないでくれる!?俺悲しくて泣いちゃうよ?」
なんなんホンマ?一色の奴まで、小町みたいに言いやがって、君達いつの間にそんなに連帯していたのさ、俺だけ蚊帳の外なの八幡ハブられてんの?
「そんな事はどうでも良いんです!良いですか、せんぱいは自己評価が低過ぎなんです!なんですか女子が自分を嫉妬の目で見ているなんて、何を勘違いしているんですか、馬鹿じゃないですか!女子がそんな目で見ているのはせんぱいじゃ無くて私達なんですよ!理解出来ないって眼をしてますね、でも今のせんぱいの状態がどうなっているか思い出して見てください、そうです眼鏡を掛けていますよね、それによってどうなっているか分かりますか?そうですせんぱいが言ってる眼つきの悪い眼がいい感じに緩和されて、悪くないって言うかかなりのイケメンさんに見えるんですよ…そうですここ迄言えば察しの悪いせんぱいにもご理解いただけた事でしょう。」
…凄えな一色良く噛まずにそんだけ言えるな、コイツ早口言葉選手権大会に出場出来んじゃね!?
「つまりは、女子の悪意の眼は俺じゃ無くて…お前達に向いていたって事なのか…。」
「うん、そうだよヒッキー、あたし達もさそう言う視線を感じてんだよ、だけどねヒッキー…そんな知らない人がどんなかなんて、どうだっていいんだ。あたしはこうやって皆で一緒に居る時間が好きだからさ…。」
そんな風に言ってくれるんだな由比ヶ浜も一色も、ったく俺は何を勘違いしていたんだよ。
自分勝手に判断して、皆を不快にさせてるなんて。
「比企谷君、由比ヶ浜さんが…私の友人がここ迄言っているのよ、私だって…そうねこうして貴方達と過している時間は悪い物では無いと言えるわね。」
雪ノ下もか…そうだな、俺もなんだよな、嘘偽りなく俺もこいつらと過ごす時間は、すっごく居心地が良いと思っていたんだよな。
テリー兄ちゃん、アンディ兄ちゃん、ジョーあんちゃん、舞姉ちゃん、そしてロック…俺漸く見つけた気がするよ、兄ちゃん達以外にさ、一緒に居て悪く無いって思える人達とね、俺はこいつらとの関係を大事にしていくよ。
由比ヶ浜、雪ノ下、一色、後ホントについでのついでのついで位に材木座も入れとくかな。
けど俺も案外とチョロいのかもな。
高校一年生編はここ迄です。
次回からは高校2年編、やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。原作時間軸ですね、そして一応『餓狼MOW』とリンクしている設定です。
捏造設定として公式ではどうなっているか分かりませんが、この作品内では、アンディと舞は結婚している事とします。
アンディ34歳、舞33歳ですからね、所帯をもっていてもおかしく無いでしょう。
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比企谷八幡、アラサー女教師に呼び出しを受ける。
「で、比企谷この君が提出した作文について詳しく聞こうか。」
と、現在職員室にて俺を呼び出して、そう問い質しているのは、我が2年F組担任にして現国教師であるアラ(!殺気っ)…生徒指導を担当する若手(自称?)教師である、平塚静先生である。
はて、俺は何か問題になりそうな内容の作文を書いたであろうか、平塚先生は一体俺の作文の何が気に入らなかったのか、或は問題だと思ったのか…。
言い訳くらいは聞いてやる、が返答次第ではどうなるか分かっているな、とでも言いたそうな目で俺を見ていらっしゃる。
どうでも良い事だが、俺の目に付いた先生の机の上はあまり整理されてなくて授業で使う教材等が山積みになっており、何だかこの人のだらしなさを垣間見た様な気がする。
「詳しくと言われましてもですね、その作文に書いたとおりですよ、この総武高校に入学して初めて俺は友達と呼べる人達と出会い、友誼を結び充実した一年を過ごす事が出来たと書いただけですが一体それのどこに問題があるんですかね」
そう…俺はこの総武高校入学の日、由比ヶ浜、一色、雪ノ下と偶然の出会いを果たし、由比ヶ浜とは入学式の後改めて声を掛けられ、母ちゃんの策略により人生初の友達となり、その後日には一色、更には雪ノ下とも良好な関係を築けたと自負している。
後、材木座もその中に一応入れておくか。
「…そうかね、私には君のこの作文は陰キャ、ボッチの皮を被ったリア充のイチャイチャハイスクールライフを語っているようにしか思えないんだがな…。」
おっと先生、どこをどう取ればその様に感じられるのでしょうか、私めとしましては事実をありのままとは言いませんが、掻い摘んで書ける分だけは書いたと自負しておる所なんですが(流石にテリー兄ちゃん達の事は書いて無いけど)お気に召さないですかね。
「いや先生、事実俺はボッチであることは否定出来ないんじゃ無いかと思いますけどね、実際去年のクラスでも俺が近づくと同じ男子連中なんて目を逸らしてマトモに相手もしてくれなかったっすからね。」
そうなんだよな、結局去年は材木座以外の男子は俺とマトモに会話してくれたヤツは居なかったんだよな…一年間通してそんな感じだったからな、そんな状態じゃ流石にグレートマジンガーだって涙を流すよな……。
俺だって分かりたいんだよ、燃える友情とかさ、そして求めてはいるんだよ一緒に悪を撃つ君とかさ、材木座?知らない子です。
「…あぁ何かすまない、ところで比企谷、君には武丸とか鰐淵とか言う親戚が居たりとかするのかね?」
「…うわぁ、平塚先生……俺は別に俺の代で魍魎を無敵にしたり、ハードラックとダンスちまったとか迷言?言わないですからね。」
…一年の時の授業の時、この人たまに脱線してジャンプネタ口走ってたっけなぁ、熱血系好きなのは解ってたけど、マガジンのヤンキー系もイケるのか。
「ハハハッ、知っているのか比企谷!そうか君はこっち方面もイケる口なのかね!」
平塚先生は今日一番の笑顔を俺に向けて来た、まぁ俺ん家は親父と俺と二代に渡って基本ヲタですしおすし、親父が若い頃に集めたコミックとか大量にありますし、母ちゃんは虎視眈々とそれらを処分しようと企んではいるようだけど、親父と俺の土下座外交と接待で思いとどまってくれているんだけどね。
「しかし、君が雪ノ下と親交があるとはな…それに由比ヶ浜に、今年度入試第三位の一色いろはもか、三人が三人共男子に人気のある女子生徒だ、そんな女子ばかりが何故に君の元に…。」
普通そう思いますよね、俺だってそう思ってますよ、ってか一色のヤツ入試成績三位だったのかよ、これって雪ノ下効果だよな…。
あれから雪ノ下も勉強会に参加してくれる様になって一色の成績は急上昇したし、俺や由比ヶ浜も釣られる様に成績アップ出来たからな。
ただ、毎回サイゼってのは懐的に無理だから日によって俺ん家だったり由比ヶ浜ん家だったり、雪ノ下のトコだったり(雪ノ下がタワマンで一人暮らししてると知ったときは流石に驚いたけどな、流石は千葉でも有数のブルジョアジーだ)と場所を変え、そのうち小町も仲間外れは嫌だと参加する様になって小町の成績も上昇し、親父と母ちゃんも大喜びだった。
「…ときに比企谷、君は部活には参加していなかったよな?」
「ええ、まぁそっすね、バイトもしていますしね、部活はやってませんね。」
一年の頃から始めたバイトだが、目標金額にもまもなく到達しそうだし、トレーニングとの兼合いもあるから、最近日数を減らしたんだが、先生はもしかして俺に部活に参加しろとでも言うつもりなのか?
幸い春休みの間に教習所に通ったお陰で軽二輪免許は取得済みだけど。
「…実はだな、君のその友人の雪ノ下なのだが、実は彼女から新しい部活の創設の相談を受けてな。」
「へぇ、雪ノ下がっすか…それで一体どんな部活を作りたいって言ってんですか雪ノ下は。」
知り合って間もない頃、雪ノ下が俺達に漏らしていたことが合ったっけな、昔虐めにあった事、それに対して雪ノ下はしこたまに逆撃を加えたが、それにより学校に居辛くなって中学はアメリカへ留学した事、そう言った経験が有ってかアイツは、世界を変えたいとかって言っていたんだが、あいつは男は勿論だが同性の女子から見ても最上級の美少女だその容姿に嫉妬し更には勉学の方面もトップに君臨している、その事が更に嫉妬心を増幅させたのだろうな。
だから俺が…俺も雪ノ下と同じ様な経験をした事、テリー兄ちゃん達と出会って心身を鍛えてもらい、それに立ち向かえるようになり、少しだけこの眼に見える世界が変わって見える様になったって話をした事があってんだよな。
『それでな、俺自身が世の中の見え方が変わって見える様になった、と思う…人間なんて十人十色って言うし、そうそう簡単に変えられるもんじゃ無いと思うぞ、それに所詮俺達はまだまだケツの青いガキだ、社会に出て実績を積んだ訳でも何かの功績を残した訳でも無いんだ、だからな先ずは自分自身が成長する事の方が第一じゃねえか、まぁこれはあくまでも俺の意見であって、雪ノ下には雪ノ下の思いも考えもあるだろうから、押し付けはしないけどな。』
と言う様な事を語った事があったな、もしかするとあれから雪ノ下は雪ノ下なりに俺の言葉を咀嚼してくれて自分の成長の方法を考えていたのかも知れないな。
「ふむ、私が説明するよりも本人に直接聞いた方が理解も早かろう、比企谷一緒に着いてきてくれ、実は既に部室となる部屋は抑えてあってな、雪ノ下は今そこに居るのだよ、ああ比企谷今日はバイトの方は大丈夫なのか?」
「ええ、まぁ今日はバイト無いですから、それ位は平気ですが。」
「フフッ、ならば問題は無いな、では行こう。」
と言ってスーツの上に着込んだ白衣をたなびかせ、椅子から立ち上がる平塚先生の姿はやけに格好良く見え、思わず見惚れてしまっちゃったよ八幡…。
なのに結婚出来無いのは多分、性格とか趣味思考の問題なんだろうな。
実際この人のすっげえ美人なんだよなあ、もしも俺がこの人と同世代だったらきっと惚れてたかもな、そんで告白して玉砕して、枕を涙で濡らす事になるんだろうな。」
「…そのだな比企谷、私も教師の前に女なのだよ…面と向かってそう褒められたら幾ら相手が生徒と言えどだな…。」
…Oh!NO!もしかして俺、声に出していましたか!
ヤバいヤバい、これはもしや、怒らせてしまったか…。
「すっ、スンマセンでしたぁ!!」
俺は45度を超え60度程腰を折り平塚先生へ頭を下げた、これで先生の怒りが治まるならば安いものだ。
下手をすれば俺は平塚先生へ問わねばならなくなるだろう。
右ですか(No.No)
左ですか(No.No)
りょうほうですかあああ〜(Yes.Yes)
もしかしてオラオラですかーっ!?
(Yes!Yes!Yes!OhmyGOD!)
…無いな、うん無いよね。
「ああ、そのだな、頭を上げてくれ…別に怒っているのでは無いんだ、ハハハッ…褒められるのは悪い気はしないのだよ、ただな公私の別は弁えねばな、ハハハッ。」
もっともらしい大人の言を述べられておられる平塚先生だが、そのお顔は僅かに赤く染まっていらっしゃる。
やだ何、この人と何か可愛いんですけどマジでアラサ…。
「…何か失礼な事を考えていないかね比企谷!?」
……な、何で分るのだろうか、ほんの僅かな一瞬の思考だったはずなんだけどな。
マジで前に母ちゃんが言ってた様に、俺ってば顔に出やすいのか!?
解せん、俺はポーカーフェイスに定評が有る男の筈だよな?
誰が評したかなんて、気にしないでね君達、男同士の約束だぞ!
その雪ノ下が創設しようとしている部活の部室として平塚先生が手配した教室は、特別棟の4階の現在は余り物の椅子やテーブルなどを置いておく倉庫の様な場所になっているんだそうだ。
まるでこの学校の辺境だな、これからその辺境が新たなフロンティアとなり得るかは未だ未知数、雪ノ下を始め部員となる者たち次第、雪ノ下は性格的に猪突猛進型だからその辺りを俺達がフォローしてやんなきゃならないか…って俺は何時の間にか入部を前提に思考しているけど、何でだ、雪ノ下がどんな活動をするのかさえまだ解ってないのにな。
雪ノ下が居ると言う、特別棟の4階へと俺と平塚先生は横並びで廊下を歩いていると、前方からここ一年で良く見知った顔がみえた。
そいつもこちらに気が付いたようで、その亜麻色の髪を揺らめかせ、少しばかりあざとさを感じさせる笑顔を見せながら近づいて来る。
「せんぱ〜い!こんな所でって、あっ平塚先生こんにちはです…。」
「やあ一色、これから帰宅かね。」
「あっ、はいせんぱい達と一緒に帰ろうと思っていたんですけど、どうして平塚先生とせんぱいが一緒なんですか?」
あらま、俺を置いて女性陣で会話が始められましたよ、こんな時俺はどうすれば良いのかな、シンジくん『笑えばいいよ』とは言ってくれないよね、八幡知ってるんだ。
「ふむ、一色…君も比企谷同様、雪ノ下とは面識があるのだろう?」
「…はい、去年からせんぱい達には勉強を観てもらいましたから、特に雪ノ下先輩は凄く頭が良くて一番お世話になりましたから…あっ、勿論せんぱいにもとってもお世話になりましたけど、ですよねせんぱい!」
とびっきり笑顔のあざと可愛い後輩は宣うが、しかし一色さんや、別に取ってつけたように俺の事を持ち上げなくても良いんだよ、実際お前の成績が上昇したのは殆ど雪ノ下の力があればこそだからな、俺だけじゃ入試成績三位までお前の学力を上げてやるなんてできる訳無いから。
「うむ、ならば良かろう…一色すまないが君も我々と同行してくれ、なに別に君達に何か不利な事が起こるなどという事態にはならないからな。」
「はぁ…あの、せんぱい…。」
何かメッチャ不安そうな表情で俺を見てくる一色いろは…大丈夫だ一色俺がついているんだ、何も心配する事何かないんたぜ☆!…なんてセリフを俺が言うかと思った?残念言いません。
精々俺に出来るのは、一色の目を見て黙って頷いてやる程度だよ。
そうです俺の能力は黙って頷いてやる程度の能力だよ…なんだこりゃ絶対使えない能力だよな。
「フムそんなこんなでやって来ました特別棟四階!」
ノリノリであるこの女教師は、そうノリノリだったのだ、が、俺と一色からの冷めた視線を向けられている事に気が付き、どうやら恥ずかしくなったのかその顔を羞恥の色に染めておられる…。
「…そのですよ先生、ドンマイ?」
「何故疑問系なのだね比企谷!?」
こう言うとき何と声を掛ければ良いのか解らないからですよ先生、だからとりあえず俺は先生から眼を逸らさせて頂きます…。
と言うかそんな恥ずかしいと思うならそも言わなければ良かったんですよ、そうすりゃその傷を負うことも無く済んだんです。
「まぁまぁ平塚先生もせんぱいもその位にしましょうよ、それよりも平塚先生は私達を何処へ連れて行こうとしているんですか?」
上手いぞ一色よくぞ躱してくれた、ナイスフォローだ俺は知っていたよお前がやればできる子だってな、今のはアレだな出撃に際してイデオンガンを取り忘れたコスモに対して『イデオンガンを忘れるなんて!』と言ってイデオンガンを取ってくれた『デク』並に良く気が回ってくれたな、俺は嬉しいぞい。
「…そうだな、目的の場所はそこだよ。」
平塚先生は右手の親指で持ってすぐそばの教室を指で差し示し「…では行こうか。」と一言発して、教室の扉へ手を掛けた、てかオイオイ先生!まさか!
「邪魔をするぞ雪ノ下。」
「…平塚先生、入るときはノックをして下さいと言いましたよね…。」
「スマンなしかし君は返事をしてくれないではないか。」
「それは返事をする間もなく先生が入ってくるからです。」
やっぱりだよこのセンセ、しやがらなかったよノック…しかも常習なのかよ、これで理解したよ俺、何でこの人と独身なのk…。
「なぁ比企谷、仏の顔も三度までと言う言葉を知っているかね…。」
「……肝に命じておきます。」
また顔に出てたのかよ俺。
平塚先生に続く形で、俺と一色もその教室へと入室しその中を見渡していると意外ではないが俺に呼び掛ける声が響いた。
「ああっ!ヒッキー!それにいろはちゃんも、どうして二人が平塚先生と一緒に来たの?」
雪ノ下が大好きな由比ヶ浜だ、この展開は十分にあり得たよな…雪ノ下だって由比ヶ浜の何の打算も無い純粋な好意に対しては、雪ノ下なりに信頼しているだろうし、もしかするとこれから活動する部活の相談もしていたのかもな。
「…いやな平塚先生に連行されて…じゃ無くて平塚先生から雪ノ下が新しい部活を始めるから話を聞いてみないかと言われてだな、まぁ一色はオマケだ。」
俺は平塚先生から殺気を感じたので言い直しました。
君子は危うきに近寄らずと言うから…何だね、お前は自分から近寄っているだろうって、気のせいですよそれは。
「こんにちはです、結衣先輩雪ノ下先輩、お邪魔しますね。」
俺の背後からピョコンと前方へ飛び出し敬礼ポーズであざと挨拶をかます一色いろは、由比ヶ浜と雪ノ下からするとコイツは既に妹ポジションに収まっていると言って良いだろう。
「うん!やっはろーいろはちゃん、いらっしゃい!」
「やっ…こんにちは一色さん、歓迎するわ。」
「悪い雪ノ下、挨拶が遅くなったなってか平塚先生から聞いたが部活を立ち上げるそうだな、由比ヶ浜と一緒に活動していたんだな。」
「ええ、こんにちは比企谷君、貴方はアルバイトをしているから誘えないかと思っていたのよ。」
何だそうだったのか、良かった俺だけハブられたのかと思ったよ、雪ノ下なりに気を遣ってくれていたのね。
もしハブられていたとしたら、俺きっとこの眼から滂沱の如く涙を滴らせていたよきっとな。
「あ〜雪ノ下、部活を立ち上げるには最低四人の部員を確保しなければならないんだが、取りあえずはここに居る人数でそれはクリア出来るな、後は君達で話し合って活動内容など細部を打ち合わせて私の元へ報告に来ると良い、では私は職員室に戻るよ。」
「あと比企谷、爆ぜろリア充!!」
格好良くクールに去るのかと思えば、コレだよ、泣きながら廊下を走らないで下さい先生、危ないですよ転んでも知りませんからね。
あと俺は別にリア充では無いです、多分きっと、絶対?
「アハハハ…平塚先生行っちゃったねヒッキー泣いてたよ先生…。」
「だな、けど由比ヶ浜、こう言うときはそっとしてやった方が良いんだよ、それが優しさってヤツだ…。」
「ふ〜ん、そうなの?」
「ああ、そうだこんな場合下手に慰められると余計惨めな気持ちになって、更に気持ちがダウンするんだよ、ソースは小2の時の俺。」
あの頃はまだ、俺に対する虐めは始まって無かったけど、同級生の日吉君の誕生日に俺だけ呼ばれて無くて『日吉君の誕生ケーキすっごい美味しかったよね、今度俺の誕生日も同じケーキにするから楽しみにしててね。』
『うん楽しみにしてるよ…あっゴメンね比企谷君、比企谷君呼ぶの忘れてたよマジでゴメンね、次は呼ぶからさ。』
その後俺は一度たりとも日吉君の誕生日に呼ばれる事は無かった…。
あぁ眼の機能に不具合が、マザーを呼んで修理してもらわないと戦いに差し障りが出るな。
「そろそろ現実へ帰って来てもらえるかしら比企谷君、椅子ならこの部屋には幾らでもあるから自分で用意してね。」
あっ、そうでした、雪ノ下に聞かなければいけないんだったなこの部屋でコレから始まる雪ノ下主催の新部活の活動内容その他をな。
奉仕部結成目前です。
ちなみに由比ヶ浜は相模とも葉山グループの女子二人とも良好な関係ではありますが、ヒッキー&ゆきのん大好きなので二人と過ごす時間を大切に思っているのでグループ入りはしていません。
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その名は『HOY団』?いいえ奉仕部です。
「ほれ一色、お前の分だ。」
雪ノ下が主催する新たな部活の拠点となる教室の一角にまとめ置かれた椅子とテーブルの山から、俺は二脚の椅子を取り出してその一つを一色に手渡す。
「はい、ありがとうございまぁす!せんぱい♡」
どうでも良いけど一色さんや、たかだか椅子を受け取るだけの為に、態々そのあざとく作った甘々の声音で礼なんて言わなくても良いんだよ…。
「おぅ、なぁ雪ノ下序だからテーブルも一つセットした方が良くないか、なんなら俺がやっとくけど。」
「…そうね、悪いけれどお願いできるかしら比企谷君。」
現状雪ノ下と由比ヶ浜が自分用に用意した椅子二脚しかないからな、これじゃあ部室としての体裁が整ったとは言えないだろうからな、それにまぁそんな大した物じゃ無いが力仕事なら男の俺がやっといた方が良いだろう。
『悔しいけど僕は男なんだな…』イヤね悔しくは無いよこの位はさ、スマンちょっと名言を言いたかっただけです。
「おう、任された。」
「ありがとねヒッキー!」
こんな何程の物でもない事でも、由比ヶ浜の様に『ありがとう』と言われるとこちらとしても悪い気はしないよな、一色もその辺はしっかり礼を言ってくれるんだが、由比ヶ浜と違って一色はあざとい感じがするから微妙な気持ちになるんだよな、おっと思考にばかり意識を向けないで作業もやらないとな。
「それじゃ雪ノ下、教えてくれコレからお前が何を始めるのかをよ。」
テーブルと椅子もセットし終えた、これで最低限部室としての体裁は整った。
「…そうね、比企谷君、去年初めて貴方のお宅へお邪魔した時の事を覚えているかしら?」
初めて俺ん家へ雪ノ下が来たときね、あの事故の時の事だな、てかそれはここに居る四人全てが関わってんだよな。
雪ノ下だけじゃ無く由比ヶ浜も一色もその日初めて家へ訪れて、あの件についての話し合いがなされ、それから俺達四人は共に行動する様になったんだよな。
あれからもう一年が経ったんだな。
「ああ覚えてるよ、今この場にいる俺達四人全員が関わってるからな。」
「…ええ。」とコクリと小さく頷き肯定する雪ノ下はいつもの如く凛とした澄まし顔ではあるが、何だか僅かに何時もと違う様な気がするのは、思い過ごしかな。
「…あの日、比企谷君…貴方は私の母に言ってくれたわね、私の…自分の娘の成長を見守ってくれと。」
「ああ、そうだな…一字一句その通りとは言わないがそんな事言ったな俺。」
「そして、貴方達と共に過ごすようになって、私は貴方に言ったわね世界を人ごと変えると…。」
真剣な眼差し、挑むような眼差しとも見える雪ノ下の鋭い眼差しに俺は、いつもの様に脳内で一人行っているお巫山戯さえも止めるべきだと思ってしまった。
それだけ雪ノ下は真剣なのだろう、侍戦隊じゃ……イカン集中しろよ俺、今はそんな時じゃ無いだろうがよ。
「…ああ、人間なんて十人十色とか実績も功績も無いケツの青いガキだとか、そんな事言ったかな。」
「そうね、そして先ずは自身の成長をこそ優先すべきと…その貴方の言葉に正直に言って私は少しだけ貴方に対する反感の気持ちを抱いたわ…だけれど同時に貴方の言葉は真に的を射た物だとも思えたの、はっきり言って私は…その、自分で言うのも何だけど、人との関わりを持たないで来たのよ私は優秀だから何でも一人で出来ると、だけど確かにそう…世間的には私は何の実績も功績も打ち立てては居ない只の一学生に過ぎない、だから比企谷君、私は貴方が言う様に自分を成長させなければならない、将来の自分の為にも、そして私に足りない物不足している物が何かと考えてその内の一つが人との関わりだと。」
少しばかり長い雪ノ下の独白に俺は感心の思いを抱いた、雪ノ下は俺の言葉を真摯に受け止め自身の成長と云う事を自らの課題としてそれをどう成し遂げようかと一年近くも考えていたのだろう。
その一年が長いのか短いのかは人によって感じ方は違うだろうが。
「…そうか、雪ノ下はこの部活で他者との関わり合いを主題として活動しようと企図しているんだな、それで具体的にはどんな事をするつもりなんだ?」
「ええそうね、先ずはこの部活を通して私達自身を高めてゆく事、その為の人との関わりを持つ、その為に困っている人や悩んでいる人、そんな人の悩み事や困り事の解決の一助となる様に助力する事。
それがこの部活を通して行う活動内容よ。」
…なる程な、要は部活を通してボランティア的に人助けをするって訳か、だがそれって…。
「…雪ノ下、お前の企図する所は大まかに理解出来た、しかしなちと線引きが難しいと思うんだが。」
「どういう事ですかせんぱい?」
「ヒッキー何でそう思うの?」
ああ、まぁそう思うだろうな、人助けをするって何か無条件で良い事ってイメージがあるし、そういう事やっている人は偉いって単純に思うもんだ。
「いやな、人助け助力って行いを否定している訳じゃ無いが、その助力って果たしてどれ位までやって良いかって事だよ、一から十まで全部俺達が肩代わりするのか、もしそんだけ手伝ったとしてだ果たしてその手伝われた側は、どうなるかどう考えるか、そしてその相手は成長出来るのかって事を考えてみてだな…」
下手をすると、俺達はその相談者に良い様に利用される結果になるかもだ、更に人によってはそれに味をしめて俺達は体の良い便利屋みたいな扱いを受ける様になるかも知れないんだ、そんな事態は俺達にも相手側にも何の利にもならないだろう。
…ああ利用者側には利益があるか、タダで厄介事を引き受けてくれる奴が居ると思えばな。
「…なる程ですね、人って一度楽を知ると際限無くそれを求めてしまう所があるでしょうしね…。」
「スゴイねヒッキー、そんなの良く思いつくね。」
「比企谷君の懸念は尤もね、だから私はさっき言ったでしょう、解決の一助にと…私の目的とする所はあくまでも、悩める者の問題解決の一助、そうね例えるならば飢えた者に獲物を取ってあげるのでは無く獲物を取る方法を教える事と言えばいいかしらね…。」
ほう、そう来るか…確かにその辺りが落としどころだな、依頼者から相談を受けたうえで俺達がその相談に対してどう動くか、何処から何処までを俺達が助力するか、先ずは打ち合わせて方針を決めて行動を起こす、三人寄れば文殊の知恵じゃ無いが俺達は四人居るんだし、なせば大抵何とかなる!かな?
「…分かったよ雪ノ下、そう言う事なら微力ながらお前の活動手伝うよ、ただ俺の場合一応バイトもやってるし、その日は悪いが早上がりか休ませて貰うが、それでも良いか?」
「せんぱいある所いろはちゃん有りですので、私も当然手伝いますよ雪ノ下先輩!」
「あたしは最初っからゆきのんと一緒にやるつもりだったから、当然手伝うよゆきのん!」
良し、皆の意見は一致した様だな、これで態勢は整ったと思っていいな。
「ありがとう、比企谷君、由比ヶ浜さん、一色さん…これからよろしくお願いするわね。」
椅子から立ち上がり美しい所作でもって礼をする雪ノ下、こんな仕草もコイツは本当に様になるな。
「おう、まあよろしくな。」
「はい!よろしくです雪ノ下先輩。」
「うん、がんばろうねゆきのん!」
いい感じにこの部活はスタートを切れそうだな、一年前の入学の日偶然出会った俺達がこうやって一つの処に集って新たな活動を始める、人との関わりあいによって自己と相手の成長を促すか、雪ノ下と俺は特にだな…由比ヶ浜と一色はコミュニケーション能力に問題は無いと思われるからな。
ただ雪ノ下の主張を全否定するつもりは無いが…なぁ雪ノ下、こうは思わないか、本当に飢えた人と出会ったとして、果たしてその人に悠長に獲物の取り方を教えるだけの余裕があるのかと、場合によっては一度獲物を与えて飢えを癒やした上でなければ、手遅れになってしまうんじゃないか?
…まぁ始まる前から、マイナス要素にばかり眼を向けるのも如何なものかってな、逆にそう云った要素にぶち当たる事でもしかしたら俺達の成長につながる可能性だってあるかもだしな、だったらその度に俺達四人とその俺達に依頼をして来た人達と一緒にそれを乗り越えられる様にディスカッションして行けばいいかな、決して只の便利屋になっちゃいけない。
「それで雪ノ下、俺達が始めるこの部活だけど、部活名は考えているのか?」
まさか『人の成長を大いに盛り上げる雪ノ下雪乃の団』とか付けないよな、多分雪ノ下は俺と違ってヲタ属性は持っていないだろうし、ここに居るのは宇宙人でも未来人でも超能力者でも無い。
ちょっとアホの子だけど天真爛漫にして胸部に巨大な実りを有する広報担当その1。
部内で現状唯一の後輩キャラ、小悪魔あざと系妹分の広報担当その2。
眼つきが悪く友達が出来ないボッチ系男子、餓狼達に育てられたヒヨッコ格闘者雑用全般担当。
そして文武両道を地で行く、この学校一の才媛にしてこの部の発起人であり、この『HOY団』(嘘)を率いる団長。
てか、この部は広報担当が多すぎじゃないか、更に言えば女子三人共見目良い少女ばかりだ、この三人が揃っているだけで何もせずに広報になるんじゃね?
「まさか聚義庁とか忠義堂とかって付けないよな。」
「比企谷君、ココは水の滸では無いのだし、百八の星が集う訳でも無いのよ、その様な名前はつけるわけが無いでしょう…。」
流石は雪ノ下だな、水滸伝知ってたんだな、俺の場合は親父コレクションにあった吉岡平先生のラノベの『妖星紀水滸伝』から入って本家の水滸伝読んだんだんだが、登場人物達の無法っぷりにドン引きした思い出があるんだよな。
しかもまだ最後までは読んでないし、中華の翻訳小説って何か文体に馴染めないと辛いものがあると思うんだ、イヤねそんなに沢山の中華翻訳小説を読んでる訳じゃ無いけど…もう最近は北方謙三先生版を読もうかと思案中だったりする俺です。
「じゃあアレだ、今一度世界を洗濯致候とか「海援隊などと付けるつもりもないわ、しかもご丁寧に日本を世界と言い換えて…はぁ…。」…瞬時にそれを理解して突っ込みを入れるお前も大概だと思うけどな…。」
雪ノ下の知識は一体どれ程のものなんだよ、勉強だけじゃ無く雑学なんかにも精通してんのか、凄えな雪ノ下が居りゃあもうウィキペディアをググんなくて良いんじゃね、コイツはもう歩くウィキペディアだな、命名するならユキペディアで良いか。
「もう!せんぱい雪ノ下先輩の相手ばかりしないで私の相手もしてください、知ってますか?うさぎは寂しいと死んじゃうって言いますよね、せんぱいが相手をしてくれないと可愛い後輩うさぎちゃんがどうなっても知りませんよ?」
「ヒッキー、犬だってそうだよ!寂しかったりすると元気無くなっちゃうし不貞腐れたりもするんだよ?だからあたしも、そのヒッキーと…。」
うさぎに犬か、確かに由比ヶ浜は犬っぽいな、一色のうさぎは、何か狙い過ぎ感ハンパない気もするがそれをチョイスする辺りが一色の一色たる所以かもな。
あちゃあ、ヤバい何か想像してしまったよオイッ!
犬耳と犬しっぽ着けた由比ヶ浜とバニーガールのコスした一色の姿を、しっぽをブンブンフリフリしながら笑顔で迫る由比ヶ浜と、バニー姿であざとい笑みを浮かべて、胸元にライターとか挟んで…
イカンイカン、想像すんなよ俺、この場でそんな想像してしまうとだ…そのだな、男子の生理的現象が起こって立ち上がれなくなるだろうが…。
「…ふむ、新たに創設する部活動、部長は雪ノ下が務めるか、言い出しっぺなのだから妥当な判断だな、活動内容は以前雪ノ下が報告してくれた通りの内容なのだな…。」
四人揃って職員室に平塚先生を訪ね、雪ノ下が纏めたレポート用紙を渡し、平塚先生は丁寧にその内容を吟味する様に読み進め、納得とばかりに頷いている。
雪ノ下が纏め上げた内容におそらくは不備など無いだろう、雪ノ下自身は何の気負いも無いと言った感じで平塚先生の答えを待っている様だな。
それとは逆に、由比ヶ浜と一色は緊張しているのか平塚先生の様子をソワソワとしながら伺っているようだ、お〜いお前達、そんなに心配しなくても大丈夫たぞ平塚先生が顧問に着いてくれるって言ってるんだから心配は無用だぞ。
「……その部活動の名称は『奉仕部』か、良し!問題無しだ、生徒会と学校側には私が話を通す、活動の趣旨も君達の志にも何ら問題は無い、間違っても不受理などと言う事態にはならないさ、しかも雪ノ下は成績も優秀であり掲げられた活動内容も素晴らしい物があると、きっと判断されるだろうからな、うん。」
「やった!良かったねゆきのん、皆一緒に部活出来るよ!」
「そうですよ雪ノ下先輩、皆で頑張って行きましょうね!」
「えっ、ええありがとう、よろしくお願いね由比ヶ浜さん、一色さん、後序に比企谷君も…。」
「ちょっと待て!俺はついで扱いなのかよ、納得行かねぇ不当待遇だ!改善を要求するぞ、でないと俺泣いちゃうぞ良いのか、男の泣き姿なんかウザいだけだぞ、そんな姿をお前たちはコレから目の当たりにするんだぞ其れでも良いの?」
女子三人、トライアングル手繋ぎしていた三人は俺の要求を冷たい目で見ている、何その眼は?止めてよねその眼だけで俺の心のハートはポッキリブレイクして壊れちゃうよ。
…何だよ心のハートって、ブレイクして壊れるってアホ丸出しじゃねえか。
「もうヒッキー、ゆきのんは冗談言ってるだけなんだからさ、そんなに悲観?しなくても良いんだよ、それよりもさヒッキーもゆきのんといろはちゃんも手を出して見て!」
何?手を出してって、まさかアレか皆の手を重ねてシュプレヒコールみたいなのやるの?
『奉仕部ファイトお〜』とかどっかの吹奏楽部みたいにやんの、何それ凄え恥ずかしい…でも何かやって見たい気もする、ヤベえどうしよ何か八幡ってば照れちゃうよお!
「あ〜君達、盛り上がっている所悪いが此処は職員室だと言う事を理解しているのかね、そう言う事は別の場所でやってくれ。」
平塚先生からのお叱りが下ったよ、そりゃまあ確かに職員室だからな、他の先生方の視線も俺達に向いてるし、控えた方がよろしいよな。
「すみません先生、少し喜びの感情が溢れてしまったようです、そうっすよね先生の言う通り場を弁えます。」
職員室を退室し俺達は一度部室へと戻る事にした。
部室に俺達のバッグなどの荷物も置いてあるからどちらにしろ戻る必要はあるんだけどな。
『君達も承知の通り私は生活指導を担当しているが、その役職柄生徒の悩み事などの相談も多々受けていてな、どうだろうかその中から君達奉仕部にその相談者を送る事にして、その悩める者たちの為に行動を共にしてみないか。』
平塚先生はそう言ってくれたが、良いのかそれは生徒のプライバシーを侵したりとかって事にならないのか、いや先方が納得してるならば良いかもなのか、それに先生も俺達学生の手に余る様な相談を俺達に回す何て無いよな。
「だけど平塚先生の提案は私としては有りだと思うんですよね、私達奉仕部はまだ発足仕立で知名度もないし、実績も作らなきゃですし。」
「…確かには先ずは校内の掲示板にポスター貼ったり、学校のサイトに紹介乗っけるとか最初はそのくらいしか思い付かないからね。」
「ええ、最初は地道に開拓して行かなければならない事は初めから想定していたわ、だから平塚先生の申し出は願ったりね。」
女子連には平塚先生の提案は、概ね良好に受け入れられてる様だな。
確かに現状それがコレからの活動して行く上で必要ではあるのかもだな、俺としては面倒事は避けたい気もするんだがな。
まあでも、コイツラと一緒ならそれも良いかな。
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番外編その1 噂の闘士ヨシーとハチ
バリバリの昭和ドラマのネタです。
「お〜い比企谷君、時間だよ!上がって上がって!」
「あっ、はいっす、じゃあお先失礼します、お疲れ様でした。」
「おう、お疲れ!またよろしくな!」
夏休みも終わり、2学期も始まり一月余りが過ぎようとしているある日、時刻は午後九時、バイトの終わり時間だ、この集配所で働く先輩達に上がりの挨拶をすませロッカールームへ向かう。
今日は割合重量のある荷物が多く、そこそこの運動にもなった、それに此処は高校生が出来るバイトとしてはかなり実入りも良い方だし、何より働いている人達は俺の眼を見ても忌避したりなんかする人も居ないから、居心地が良かったりする。
俺は夏休みの間、週に5〜6日フルタイムでバイトに入って知ったんだが、ここの集配所でバイトしている幾人かの人が格闘技経験者だったりプロボクサーの人が居たりで、休憩時間にその人達と交流が出来て結構有意義な夏のバイトライフを過ごせた。
『比企谷君良かったら、ウチの道場に遊びにおいでよ。』なんて言ってくれる人も居て、丁度こっちに来てたテリー兄ちゃんとロックと三人でその道場を訪ねたら、その道場の人達を凄え驚ろかせてしまった。
まぁ、世界的に有名な格闘家がまさか千葉の小さな道場を訪れるなんて思っても居なかっただろうしな。
だが流石コミュ力の塊みたいなテリー兄ちゃんだ、直ぐに道場の人達とも打ち解けてすっかり道場の皆と仲良くなったっけな。
テリー兄ちゃんとスパーをやった何人かの門下生の人メッチャ感激してたし、その人達にとっても、いい経験になった事だろう。
ちなみにロックに会いたいと言っていた一色だが、丁度二人が来日していた時期にご両親の田舎へと帰省していた為、会えなかった。
残念だったな一色、ドンマイ。
居心地が良いってのはバイトをする上でかなり重要だって思うんだ、ってか俺はここでしかバイトした事ないんだけとね。
ロッカールームで作業服から私服兼トレーニングウェアに着替え帰路に着く、帰り道はロードワークを兼ねてのランニングだ。
このバイト先の某運送会社の集配所から自宅までの距離は凡そ5Kmと言った所だ、がその程度の距離じゃトレーニングにはならないからな、大回りをして15km程走ってから帰宅するのが、バイト時の日課だ。
ランニングっても、ただずっと走り続けているだけじゃ無い、途中には長い坂道や階段、公園などが有る。
坂道や階段を利用しての登り下りのダッシュ、公園での短距離ダッシュや体幹トレーニングにシャドーと一通りのメニューをこなしながらの帰宅ルート。
とは言ってもいつものこの通りのメニューをこなしている訳じゃ無いがな、雨天時なんかは早めに帰宅して室内でトレーニングやったりする。
この日は雨天では無かったのだが、俺はちょっと趣向を変えてみようと思い繁華街へと向かう事にした。
午後九時を過ぎても駅周辺はそれなりの人通りもある、ちと申し訳無いが俺は人混みの中を、通行人を障害物に見立ててぶつからない様にダッシュで走る事にした。
当然ながら、俺は他者にぶつかる事なくスレスレ回避を繰り返しダッシュをしていたんだが、中には驚く人も居たりする…当然だよね、スンマセンでした。
このトレーニングは余りやらない方が良いな…。
この思いついたトレーニングを終え清々しい気持ちで帰路に着いた俺だったがその途中、路地裏から出て来たであろう十数人の学生団体と出くわした、如何にもソレと解る時代錯誤な学生集団、所謂ツッパリヤンキー君たち。
見た感じその中の幾人かは、それなりに場数を踏んでそうな、まぁそこそこ喧嘩が強そうな感じがする奴もいるが、それ以外は大した事は無いな…と思わず値踏みしてしまったよ、俺。
「へっ、口先ばっかで大したことなかったすね。」
「バーカそりゃオメェこの辺で綱島サンに勝てる奴なんか居ねぇっての!」
ハハァンどうやら喧嘩してたみたいだねこの人達、学校同士の抗争とかやってんのかな、つくづく時代錯誤な人達ですね、これで学ラン姿なら正に昭和のツッパリ君なんだろうが、ブレザーじゃイマイチツッパリ感が無いなと思う俺だが、別にヤンキー系の漫画はそれ程読んでいる訳じゃ無いよ。
「カカカッ!そりゃそうたべ、なあ〜にがサイキョー流だよ、あれじゃ最弱だっての!ケケッ!」
「だよなァ!なんだアレ、威勢がいいのは始めだけ、おっ始めた途端ビビりやがってダセェダセェ!」
ちょっと待てよ、今この連中サイキョー流って言ったか?
まさかコイツら、まさかだよな?
「チッ!!」
俺は慌てて連中が出て来た路地裏へと走って行った、だってなサイキョー流なんて流派名、俺はアイツ以外のヤツから聞いた事なんか無いからな、それにアイツはしっかりと鍛錬を積んでいるんだ、そうそう簡単にその辺のヤツに遅れを取る様な事は無いだろう。
だが、なんだ。
嫌な感じだ。
だから、呼ばずには居れなかった。
「材木座ァァッ!居るのかァッ、居るなら返事しろォ!!」
薄暗い路地裏へ入り周囲を見渡しながら大声で呼んでみる、材木座の名を。
何度か俺は材木座の名を呼びながら路地裏の薄暗い細路を歩き、見つけてしまった。
ビルの壁に背を預け蹲る、良く見知ったシルエットを。
「…おい、ざ、材木座なのか?」
そのシルエットへ近付きながら、俺は声を掛けてみた、その声に反応したのかそのシルエットはピクリと微かに動いた。
「…その声は八幡なのか…。」
間違いなかった、それは紛れも無い材木座本人だった。
「…何故お主が…此処に居るのだ、八幡よ…。」
顔を上げ俺を見つめながら、材木座のヤツは途切れがちに尋ねて来た、その声音からもダメージの程が伺える。
「俺は、バイトの帰りだよ、さっき此処を出てった連中がな…サイキョー流がどうとかって粋がりながらも歩いてったからな、まさかと思って見に来んだが案の定だったよ、何でだよ!?お前ならあの程度の連中に遅れを取る何て無いだろうが…。」
「……………。」
俺の質問に材木座は無言、返事を返さなかった。
俺はコイツとは何度も組手をして来たんだ寸止めとは云えな、そしてミットでコイツの技も受け止めたんだミット越しとはいえどコイツの技の威力は承知している。
だからこそ俺は言える、コイツの技ならあの程度の連中、どうと言う事は無いとな!
「…たく、随分とヤラれたみたいだなお前…立てっか、何ならお前ん家まで送ってくぞ。」
「…スマンな八幡よ、何心配は無用だこの程度のダメージなど直ぐに治まる、サイキョー流の使い手はタフだからな、ムハハハッ…ッッ!」
「何がタフだよ、やっぱ痛えんじゃねえかよ…。」
「…とんだ醜態を晒したな、しかしタフなのは事実だもう暫く休んで居れば回復する、心配するな八幡よ。」
材木座の言ったサイキョー流がタフだと言う発言は…………マジだった。
イヤイヤあり得ないだろう、何なの暫く休んでいた材木座の腫れ上がっていた顔が、本当に…その腫れが引いていったよマジで!
使い古されたネタだけど言いたくなったよ俺、三部のポルナレフのジョセフ達にDIOの能力に弄ばれた時の事説明した時の例のセリフをさ。
アレってやっぱり『ザ・ワールド』で時止めた後にポルナレフの事運んだんだろうな、DIO自身かスタンドでさ、そう考えると凄えシュールな絵面だよな。
しかし何なのサイキョー流って?もしかして妖怪医者いらずなのん?れんちょんが見たらビックリだよ!俺だってビックリしたし…。
それとももしかしてヤバいクスリでもキメてんのか…だとしたら付き合い考えねぇとな……。
「ヌハハハハハハァッハハハァ!我此処に復カア〜つ!!」
両の拳を腰に当て高らかに笑い復活宣言をする材木座、その様は正に何時ものウザい材木座だ…コイツやっぱりキメてんのかな?
「まぁ、態々ごめんなさいね、この子の事送ってくれて、ほら義輝あんたもちゃんとお礼言いなさい。」
「…うむ、世話になった八幡よ。」
乗りかかった船だしな、一応何かあったら後味が悪いからな、俺は材木座の帰宅に付き合ったんだが。
材木座の母ちゃんは何と言うか、肝っ玉母ちゃんって感じの人だった。
一応俺に礼を言った材木座の頭に材木座母は手に持っていたお玉で材木座をひっぱたいた。
「あんたは!お礼を言うならちゃんと言いなさい、本当に馬鹿なんだからこの子は!」
「…痛いよ母上……。」
「あんたがちゃんとして無いからでしょうが本当にもう!どうせまた喧嘩に負けて帰って来てんでしょう…あんたの事だから調子に乗って大きな口叩いて於いてイザとなったら怖くなって一方的にヤラれたんでしょうが…アンタみたいなのを言うんでしょうねチキンって…本当情けない。」
「………。」
流石に母親だな、息子の事を良く理解して居られる様だな。
そしてさっき俺の問に答えられなかった事と、今お袋さんに何も言い返せなかった事から見て、お袋さんの言は事実で材木座は粋がってみた物の、実戦になった途端ビビって手が出せなかった訳か。
「ごめんなさいね、変なとこ見せてしまって。
君が比企谷君よね、最近この子は比企谷君の話ばかりするのよ、いつも組手の相手をしてくれて、話も合うってね、本当に楽しそうに…これからもこの子と仲良くしてやって下さいね。」
「…あっ、はい俺も結構楽しんでますから、これからもよろしくやりますんで安心して下さい。」
なんかね、人ん家の母ちゃんに仲良くしてやってなんて言われたの初めてだったから、何て反応すれば良いかよく分かんなくて、こんな受け答えになっちまったよ。
取りあえずコレで役目は果たしたからな、俺も我が家へと帰還しよう。
小町も心配してるかもだし、親父と母ちゃんも帰宅してるだろうしな。
「それじゃ材木座、明日の昼休み屋上でな。」
「うむ、了解したぞ八幡、ではサラバだ!」
別れの挨拶の後、材木座親子の言い合いの声を背に帰宅の途へつく、全く良い母ちゃんじゃねぇかよ材木座。
一夜明けて翌日の昼休み、材木座と二人屋上へと忍び込み昼飯を食い終わってのマッタリタイム。
「…我が母上の言っていた通りなのだ八幡……我は、実戦になるとな、怖くなってしまってだな、萎縮してしまう…のだ。」
昨夜材木座はゲームセンターへ寄ったらしいのだが、そこで例のツッパリ軍団と出くわしたそうだ。
そのゲーセンでツッパリ軍団は他の学生にチョッカイを掛けて場の雰囲気を壊していたそうだ。
そんな状況で材木座は義憤に駆られてツッパリ軍団を注意したらしいんだが、最初は只の言い合いだったが、やがてそれがエスカレートし材木座も調子に乗った発言をかましてしまい、ガチの喧嘩になったらしいんだが、殴り合いになった途端に材木座はビビって手を出せなくなり、一方的にタコ殴りにされたらしい。
なる程な材木座は材木座なりに義侠心も有り身体も鍛えては居るが、残念ながら心の方は鍛え方が足りなかったのだろう。
だから実戦になったら怖くなり何も出来なかったと言う事だな。
だったら俺は、材木座に対して俺ができる事はコレだけだな。
「なあ材木座、今日の組手は寸止め無しの実戦形式のスパーにしないか。」
「……解った、八幡よ…それで行ってみよう。」
「ハッ!」「フンッ!」
材木座の放ったパンチを俺は楽にいなした、やはり何時もの組手やミット打ちの時のキレも重さも無い、所謂手打ちの打撃だ。
こんなパンチじゃあたっても何らのダメージも受けないだろうな、本当にコイツは本人も認める様にチキン野郎なんだな。
「シュッ!ハッ!」
材木座のパンチをいなした俺は、それによりスキが産まれた材木座へボディへパンチを打ち込み、連続して顔面へパンチを叩き込んだ。
堪らず材木座は屋上のアスファルト防水加工をされたコンクリートの上にダウンした。
「立て!材木座っ何をビビってんだよお前!パンチに腰が入ってねぇから、簡単にいなされるんだろうが、足運びもなってねぇぞ、まるで酔っ払いの千鳥足じゃねぇか、そんなんじゃお前の流派がサイキョー流の看板が泣いちまうぞ!」
「しかしな八幡、我は怖いのだ…。」
だろうな、暴力はやっぱり怖いよな、殴られりゃ痛い、人を殴った時に拳を徹して感じる肉を撃つ感触も気持ち悪いよな。
俺も初めて人を殴った日、あのテリー兄ちゃんとロックと出会った公園でアイツらへ立ち向かた時そう思ったよ。
結局あの時はその後返り討ちにされたけどな…。
そして俺はテリー兄ちゃん達に鍛えてもらった、自身を守る為に、小町を守る為、そしてあの大きな舞台で雄々しく戦ったテリー兄ちゃんと草薙さんの姿に感銘を受けてその世界を知りたいと思って、何時か絶対に其処へ行くんだと…。
なぁ材木座、お前はどうだったんだ?
サイキョー流の、お前はそのサイキョー流の創始者の叔父さんの姿に憧れて、その技を身に着けたんだろう。
だったらよ、こんなとこでビビってんじゃねえよ!
「立て材木座、お前は其れでも男かよ!チ○ポ付いてんのか!お前なんかなぁ…」
俺は立ち上がらない材木座へと有らん限りの暴言を吐いた………そして。
アスファルト防水された、屋上の床に俺達は背中合わせで座り込んでいた。
俺の暴言に逆上して材木座は立ち上がりそして立ち向かって来た。
その結果がこの姿だ、ハァハァと息を吐き互いに草臥れて顔を腫らした姿を晒しているのだ。
「…おい材木座、お前やっぱやれば出来んじゃねぇかよ…はぁ、ハァ…。」
「…ハァハァ、だが八幡…はァ、我は一体…何をしたのか覚えて居らんのだ…ハァ、ハァ…。」
材木座の奴は逆上してしまって、俺達のこの闘いの事を覚えていない様だ、だが俺の暴言からの材木座の爆発力は本物だった、もしかしたらこの手を使って闘いに慣らして行けばそのうち…。
「なぁ材木座、お前このままで良いのかよ。」
「このままで、とは何の事だ八幡?」
「昨日の事だよ、お前やられっ放しで悔しくないのかよ?リベンジしたくねぇのか?」
「……悔しいに決まっておろう…。」
「だったらよ、やれよなリベンジをよお前の男を見せてやれよ、骨は俺が拾ってやるからよ!?」
「…八幡よ骨を拾われるとは、我の敗北が前提なのか!」
そいつはお前次第だよ材木座、お前が男を見せられるかどうか、だな!
まぁでも今は疲れちまったよ…こりゃ昼の授業は出れねえな、ココでサボりだな…ヤベえ5時限目は平塚先生だよ、呼び出し確定だな。
でも良いや俺は寝る。
数日間の調査の結果、例のツッパリ軍団の情報を掴み(俺は調査とかして無いよ、だってバイトがあるし勉強会も有るからな)材木座のリベンジの刻は来た。
まぁ言うても、連中は材木座とファーストコンタクトしたゲーセンに居たんだけどね。
取りあえずゲーセンへは俺が行き、材木座はあの時の路地裏で待機させている。
ゲーセン内で我が物顔に振る舞うツッパリ軍団のリーダー格らしい『網島』君だったっけ?に辺りをつけて俺は近づきゲーセン外へと誘い出し材木座の待つ路地裏へと案内する。
ちなみにだが、この連中は武器は持たないようだ、リーダー格の『網島』?君の方針でケンカはステゴロってルールを決めているらしい、あらやだ男前!
と言う事で今回は俺も言えないんだよな、あのセリフ「武器を持った(後略)」
ゲーセンを後にし路地裏へ到着、ってもその距離はほんの数十メール程なんだけどな。
『網島』?君始めその舎弟、総勢15人を引き連れ到着すれば薄闇の中に浮かぶファットなシルエット。
「ムハハッ!待ち侘びたぞ『網島』何某!今日はこの間の様には往かぬぞ!」
両手を胸元に組み高らかに宣言する材木座の姿はまるでガンバスターの様だった。
嫌、そんなカッコよくは無いな。
「あぁ〜ん!?誰かと思えば、こないだのブー君じゃねぇかよ!何々コリもせずに綱島君にまたボコられに来たの?」
「か〜っ!ダッセッ身の程を知れっての!どうするよ綱島君!?こんな奴綱島君が出るまでも無いんじゃね?」
等などと、下っ端君達が口々に材木座を笑い物にしていらっしゃるが、当の本人である綱島君は、てか綱島君だったのか、ごめんね名前間違ってさ、でも似てるよね網と綱って漢字さ。
その綱島君はダボダボの改造スラックスのポケットに両手を突っ込んだまま、材木座に視線を合わせ、眼力を込め見ている。
所謂メンチを切っている状態だな。
ポケットに両手を突っ込み相手をジッと見つめる、これが、これこそがヤンキーメンチカットフェノメノンだ!
そして材木座は…アカン、ビビってるわ。
眼鏡を掛けているから、何処に目線を向けているのか薄闇と距離があるから分かん無いけど、身体が若干プルプルしてるし。
「…ハン!そんなビビってん奴、俺が手ぇ出すまでもねぇ、オメェらで遊んでやれや…で、そっちの眼つきの悪い兄ちゃんよ、オメェはどうすんだよそっちのデブとやんよりオメェは面白そうなんだがよ?」
へえ!コイツ解んのか、なる程やっぱりそれなりに場数踏んでんだな、まぁっても俺なら、いや材木座だって本来の力が発揮出来れば普通に楽勝レベルだけどさ。
「…ああ、そうだな…こっからの展開次第かなアイツ次第じゃ俺も出張んなきゃだな?」
「…そうかよ…おいデブ、精々気張れやそうすりゃ俺も楽しめそうだからな。」
あれま、綱島君の興味がすっかり俺に移ってしまったよ。
そして始まった、材木座とツッパリ軍団の喧嘩。
材木座は怖さを抑えて連中へ立ち向かっ行ったが、数分と経たずにその性格の弱気の虫が顔をもたげてしまった。
「ひいい〜っ八幡!怖いでおじゃるよぉーっ助けてはちえもん!」
アスファルトへと倒れ込み、俺のスラックスの裾を掴んで情けない声を出して醜態を晒す材木座の様子をツッパリ軍団は小馬鹿にして嗤う。
だよな…人の気性が早々簡単に変わる筈もなしだな…ならばやはりやるしか無いな。
「おい材木座!このバカヤローがお前ソレでも男かよ!チ○ポ付いてんのか、付いていたとしてもそんな物無駄に付いてるだけじゃねぇか、お前なんかな男じゃねぇよ、オ○マだテメぇはよ!この男女の義子がッ!義子ッ!義子ッ!義子オーっ!!!」
この俺が発した罵倒、それを受け材木座の身体は一瞬震えが止まる…だが止まったのは一瞬。
一瞬の後、再び材木座の身体は震えだす、その震えは徐々に大きくなり…。
ゆっくりと、そして震えながら、ジワジワと材木座は立ち上がろうとしている
「…ぃ、…オ○…じゃ…我……○マじゃ…い…我はオ○……い!我はオ○マじゃ無い!男ダ!」
「我は男ダァーーーッ!!!」
そう大きく叫び鉄人28号の『ガオポーズ』を取る材木座。
始まったな、あの時と同じだ!
「ヴォーーーッ!喰らえ雑兵共がぁァァァァ!!」
雄叫びを挙げ、ツッパリ軍団へと突撃をかます材木座に怯えの影は無い。
今の材木座は半ばバーサク状態にあるのだ、だがこのバーサーカーは長年格闘技の鍛錬を積んだ恐るべきバーサーカーだ、その恐ろしさを、今からこのツッパリ軍団はその身を持って知るだろう。
「ドゥりゃアァァ、我道拳!」
「オラオラどぉしたあぁ!晃龍拳!」
材木座の拳に蹴りに、必殺技にツッパリ軍団は次々と倒れて行く。
「くっ!ザケンなこのデブがぁ!」
次々に倒れて行く仲間の姿を目の当たりにしながらも、果敢に材木座へと立ち向かう、中々に気骨ある奴も中にはいるようだ。
拳を振り上げ材木座へ向けて吶喊して行くが、元の地力が違い過ぎるんだ。
「ダッ!セイリャァ!断空脚ッ!」
材木座の技の前に為すすべ無く倒されてしまう。
材木座による一方的な蹂躙劇に拠って十四人のツッパリ軍団は3分持たずして全滅した。
綱島君も流石にこの光景は予想だにしていなかっただろうな。
俺には解るよ綱島君、今の君は12機のリックドムを3分持たずして全滅させられた、コンスコンの様な気持ちなんだよね。
そっか君はコンスコンの様な気持ちのフレンズなんだね♡
唖然としていた綱島君だったが、流石にツッパリ軍団の頭なだけはある様だ。
綱島君は少しばかりビビって居る様だが、ソレでも材木座に対して立ち向かうだけの気概を持っているようだ。
力一杯に拳を握り込み距離を詰める為に走り出す。
材木座へと向かって。
「てっメェーッ!喰らいやがれぇやぁァァッ!!」
大きく振り上げた腕を振るい材木座へと拳を打ち込む。
材木座は、意外にも…その拳を避ける事なく顔面で受け止めた。
その自分の拳が材木座の顔面にヒットしたと云う事実に、綱島君は意外に思ったのかも知れないが、同時にチャンスとも思ったのかも知れないな。
続け様に綱島君は材木座へその拳を叩き込む。
頬へ、ボディへ、2発、3発、4発、5発と…。
叩き込んでいた綱島君も、やがて気付いた様だ。
材木座が、綱島君の攻撃に微動だにしていない事に。
それに気が付いた綱島君の攻撃はそこで止まり、恐怖の色を浮かべた綱島君は材木座の顔を、見てしまった。
眼鏡の向こうの眼を、ニタリと薄ら寒く口の端を歪めた嗤い顔を…。
「どうしたね、もう終わりなのかね、ならば今度は我のばんだな!」
「ひぃっ…くっ来るな…。」
材木座に恐れをなし一歩、ニ歩と後退る綱島君にコレから材木座のラストアタックが叩き込まれる。
「喰らえ!晃龍烈火ァァッ!」
後退る綱島君にダッシュで迫り、叩き込まれるのは材木座の超必殺技?なのだろうか…。
綱島君の懐へ潜り込み、ジャンピングアッパーを連続して叩き込む。
アッパーの連撃により綱島君は、立つ力を失いアスファルトへとキスをした。
「我はっ!サイキョーだコラァ!!」
右の拳を天高く突き上げ、勝鬨を揚げる材木座の姿は、負けられない闘いに挑み勝利を得た、その事実を高らかに宣言している様だった。
この勝負で、きっと材木座も格闘家として一皮剥けるだろう。
コレからのコイツの成長が何だか楽しみだな。
だが楽しむだけじゃ駄目だよな、俺も材木座に負けない様に精進しないとないけないな。
と、思っていたのだが…。
「八幡っ、痛いでおじゃるぅ!怖いでおじゃるよぉ。」
数日後、再び学校の屋上にて行った材木座とのスパー…。
材木座の奴はすっかり元のチキンに戻っていやがったよ…。
材木座の奴は、もしかしてもしなくても罵倒に拠ってバーサクモードにしないとその潜在能力を発揮出来ないのか。
はぁ、なんかもう…パトラッシュ、僕はもう疲れたよ…。
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番外編その2 邂逅。
比企谷八幡の日曜の朝は一杯のコーヒーから始まる。
苦い人生に細やかなる甘さをもたらすそれを彼はこよなく愛しているのだ。
暴力的な迄の練乳と砂糖が織りなす甘みのハーモニーはシンクロ率100%を越え、飲む者をオーバーヘブンへと導くだろう。
選ばれし男の選ばれし飲み物、それがMAXコーヒー。
等と朝も早くから俺は一人脳内放送ネットワークに於いてMAXコーヒーのCMを流していた。
そのナレーションは、我ながらとても良く練り込まれた台詞だど自画自賛するまである。 練乳だけにな。
だが、MAXコーヒーはコカ・コ○ラ社の商品であるにも関わらず、そのBGMは何故かネス・カ○ェのCMでお馴染みのミュージックであった。 解せぬ。
長々とMAXコーヒーについて語ってしまったが、実のところ俺は朝一からMAXコーヒーを飲んでいると云う訳では無かったりする。
毎朝午前5時に起床し、身支度を済ませたらロードワークを開始する。
一通りの朝のメニューを消化した後、朝食の席において俺は始めて、MAXコーヒーを口にするのだ。
程良く汗をかき、シャワーを浴びて火照りを抑えて、朝食のパンと共に口にするMAXコーヒーの甘さは、たちまちの内に全身に染み渡る。
その、身体に染み渡りゆく甘みはまるで桃源郷よりもたらされた甘露の如く、俺を震わせる。
俺はベッドから上半身を起し、枕元のスマホを確認する。
そのスマートフォンの画面に表示されます時刻は午前四時五十三分。
俺は己のスマホの目覚ましを午前五時にセットしてある。
今日もまた俺はスマホのアラームが鳴るよりも早く起きた訳だ!
勝ったな、今日もまた俺はこのスマートフォンとの闘いに勝利を収めたのだ。
フッ!全く敗北の味と言うものを知りたい物だな。
…俺は一体何に対して勝ち誇っているんだかな、嘗てジョセフ・ジョースターは言いました『相手に対して勝ち誇った時ソイツは既に敗北している。』とな、ならばこそ俺はその先人の言に習い戒めねばなるまい。
この程度の勝利に酔いしれている様では、何時か誰かに足元を救われかねないからな。
てか、俺はたかだかスマホのアラーム一つに対して何を思考しているんだよ。
「しゃあない、起きっかな。」
寝起きでボッサボサの髪をガシガシと掻きながらベッドから起き出し、一つ欠伸をしてトレーニングウェアに着替えます。
ボッサボサの髪の毛に軽く櫛を当てて整えます。
以前は適当に手櫛で済ませて居たんだけどね、それを見たマイスウィートエンジェルリトルシスター小町が私に言いました。
『…あのさお兄ちゃん、それって小町的に超ポイント低いよ…せめて櫛くらいちゃんと当てようよ、そんなだからごみいちゃんって言われるんだよ、もう小町はお兄ちゃんと一緒にお出掛けしてあげないよ…ソレでも良いならそうすると良いよ…。』
…はい、俺には反論の余地がありませんでした。
だってね、小町だからね…。
トレーニングウェアへと着替えを終えて、マイスウィートルームから階段を下りて一階へ、我が愛すべき社畜人生を送る御両親様は、今はまだベッドの上でご就寝中だ、とは言えそれも後三十分位だろうがな。
?いや今日は日曜だったな、という事は二人はまだまだその惰眠を貪るつもりだろう。
ならば俺は両親に気を使い、せめて少しは静かに寝かせてあげるとしよう。
全く俺ってば、何と言う息子力の持ち主なのだろうか、全く親の顔が見てみたいぜ…って我が家の両親の寝室、その扉の向こうに居るんだった。八幡ったらうっかりさんね!
もう、水戸黄門に『うっかり八幡』って新たなレギュラーキャラとして出演出来るレベルだよ。
「およっ!おっはようお兄ちゃん。」
「おう、おはようさん小町今日も可愛いな、その可愛さたるや正に銀河を突き抜ける矢の如しまであるな。」
「うん、ありがとうお兄ちゃん、お兄ちゃんは…う〜んまぁ普通にお兄ちゃんだね。」
…妹の俺に対する評価について。
「お兄ちゃんはこれからロードワーク出るんだよね、小町ももう少ししたら出るからさ、家の鍵持って行ってね。」
「ハイよ、了解…あと小町今日は日曜だから親父も母ちゃんも多分昼近くまで寝るだろうからな、出来るだけ静かしとこうな。」
「…あぁうん、そだね小町も気をつけるよ、行ってらっしゃいお兄ちゃん。」
俺の忠告を素直に受け入れ声のボリュームを抑えて、行ってらっしゃいお兄ちゃんと言ってくれる小町は全世界妹選手権に出場すれば優勝間違い無しだな!
異論は認めんぞ、それが世界の真理なのだからな。
10月も下旬になると、午前5時はまだ日の出の時間をを迎えておらず、世界は闇に包まれている。
「…闇が深くなるのは夜が明ける直前であればこそか…千三百年ばかり未来の宇宙でアーレ・ハイネセンはそう言うのかな…。」
等と、どうでもいい事を呟きロードワークをスタートする、そうすりゃそのうち夜も明けるだろうからな。
俺の休日の朝のロードワークは、少しばかり平日よりも長く時間を掛けているんだが、その理由の一つはこれから行く場所に有る。
家の近所の高台にある私有地である雑木林、そこの持ち主の人の善意からそこは公園のように開放してくれていて、夏にはセミやカブトムシを求める親子連れで賑わっていたりする。
俺としては、あまり虫が好きじゃ無いからな、虫君達との遭遇はご遠慮願いたいがな。
ただそこにはオーナーが決めたいくつかのルールがある、その一つが雑木林の一部分を占める竹林へは立ち入らない事だ。
筍大好きなオーナーが筍を採る為に作った竹林なんだとさ。
まぁ後は常識的にゴミを散らかさないとかそんな感じだな。
何故俺が此処にトレーニングに来るのかと言うとだな、テリー兄ちゃんとロックと修行をしていた小3の時この場所の存在を知ったテリー兄ちゃんがオーナーに掛け合って雑木林の中の一本の巨木にサンドバッグを吊るす許可を貰い、それ以後此処を修行の場所にしていたからなんだなこれが。
「……ヨシ行くか。」
その高台へと登るには五十段程の石段を登らなければならない。
この石段の昇降を十往復するのも、トレーニングメニューの一つだったりするんだよ。
けど、今日は石段昇降は後回しだ、サンドバッグ撃ちを先に済ますつもりだからな。
「……フゥーっ…ヨシ休憩!」
十分程サンドバッグを叩いていただろうか、俺は一息吐いて汗を拭ってサンドバッグから距離を取り、此処へ登って来た階段の方を振り向き驚愕に眼を見開く事になった…。
そこに一人の人物が悠然と佇んでいたからだ、その程度の事で驚愕するなんてお前変だろう、なんて思わないで貰いたい。
昔っから俺は人一倍気配に対して敏感な性質だったんだ、だから割と離れた距離に居る人の気配だって感じ取れたりするんだよ、そんな俺なのに…俺はこの人の気配を感じ取れなかった。
「…すまないな少年、修行の邪魔をしてしまったようだな…。」
その人の背後から朝日による日の光が射して居る影響から、その面貌を伺い知る事を困難にしているが、その人の佇まいから俺は敵意の様な悪意に類する感情を感じる事は無かった。
徐々に昇りゆく太陽により、その人を面貌を隠す影は薄れてゆく…。
「…いや、大丈夫っすよ、此処は万人に開放されて居る場所ですし、丁度一息吐いてたとこですから…。」
次第に見え始めるその人の姿は、テリー兄ちゃんが持っていたズタ袋と同じ様な袋を肩に掛けていて、黒い髪を短く切っている事が解った。
そしてその人は静かにこちらへ向かって歩を進めて来た、静かに悠然たる雰囲気はそのままに。
近づくに連れて更に分り始めたのは、その人が道着を身に着けている事だ、かなり長い年月をその人は…その道着と共に歩んで来たのだろうか、袖は片口から破れかなりのダメージを受けている様子が見て取れる。
あぁ、この人はやはり格闘家なんだな。
その身に着けた道着は、この人の修行の日々を闘いによる勝利と敗北と血と汗を刻み込んでいるのかも知れないな。
「すまんが、少しだけ邪魔をさせてもらっても構わないか少年。」
互いの距離は現在3M位か、ここ迄近づけばもうハッキリとこの人の姿が細部迄確認出来た。
年の頃は四十代前半辺りか、面貌は少し厳つくも見えるが、この人の本質は穏やかなのかも知れないと感じさせる物がある。
赤い鉢巻を額に巻いて、両の拳にはオープンフィンガーグローブを着け、その足は、なんと靴も靴下も身に着けては居なかった。
「…はい、別に構わないっすけど…あの、裸足で大丈夫なんすか!?」
それが俺的に結構衝撃的で、思わずそう聞いてしまったよ、ヤバいな…怒らせてないよな…他人の沸点てそれなりに付き合わないと、どこら辺にあるか解んねぇからな。
イキナリ怒りだしたりする人だって居るかもだし…。
「…ハハハ、変な心配をさせてしまったな、すまん。
今は修行中だからな、決して四六時中この格好と云う訳でもないんだ。」
その男臭い顔立ちに笑顔が広がる、この人はあれだな男が惚れる漢って奴だよな。
ガッシリとした体格はそれ程高身長と云う訳でも無い、身長は俺と然程変わらない。
なのに何だかこの人の身体が俺には材木座よりも大きく感じられた、ってもこの人がファットな体形をしてるって意味じゃ無いからな。
そう感じられる存在感があるって事だからな。
今、俺はハッキリと感じ取れる…この人は強いと。
その実力はテリー兄ちゃんに勝るとも決して劣ったりはしないだろうとな。
あぁ、世の中ってのは凄え広いんだって改めて思ったよ。
こんな凄味を感じさせる人が居るなんて、この人とテリー兄ちゃんが手合せしたらきっと凄え闘いになるだろうな。
うっわっ!ヤベえよ、凄っげえ見てみたい。
「…………。」
その人は黙したまま、俺達のサンドバッグを手を掛け見詰めている、まるで其処から何かを感じ取ろうとしているかの様に…。
「…このサンドバッグから、俺は、少年…君の鍛練の日々を感じ取れる様な気がするよ、このサンドバッグに刻まれたキズや凹凸にまるでそれが現れている様だな。
君はまだまだこれから強くなるだろうな、楽しみだ俺はまた一人強い奴と出会えたのかもな…。」
うわぁ、何だよ!凄え嬉しい、この人のこの言葉が!
テリー兄ちゃんに褒められた時と同じ位嬉しい!
「…少年、一つ頼みがある、今の君の力を俺に見せてくれないか…発展途上の君の力を、そして何時か今以上に成長した君と再び拳を交える日の為に…少年、俺に君の力を見せてくれ!」
正直この人のこの申し出は俺の今の力量からすると、無茶も良い所だ。
だってな、万に一つも勝ち目なんか有りゃしないんだからな、この申し出を俺が断ったとしても、何の不思議も無いだろうな…。
でも、今、俺はこの人の申し出を断ろうと云う気持ちがまるで起こらないんだよ、立ち向かって行った所でボコられる事確定してんのにな、参ったな…俺は自分で言うのも何だが、冷静な判断力があると自負しているんだがな、なのにこれから俺は無謀な挑戦をしようとしているんだ。
もしかしても俺にも流れ始めているのかもしれないな、餓狼の血って奴が。
「…分かりました、見て下さい、今の俺の力を…取るに足らないヒヨッコ程の力っすけど…お願いします!」
「…解った受けて立とう!」
…正面から対峙して改めてヒシヒシと感じる、この人の強さの程を。
軽く上体を前傾させ、右の拳を顎の辺りに、左腕をほぼ直角にボディの辺りに構え軽く振り、リズムを刻んでいる。
軽やかに全身を揺らし、リズムを刻んでいるにも関わらず、俺の眼にはその人が…まるでそこにドッシリと根を下ろし天高く伸び上がっだ巨木の様に見えた。
参ったな、マジで一分のスキもないんだな、俺が何処からどんな攻撃を加えたとしても、その全てを軽くいなされてしまいそうだ…。
相対する俺は、テリー兄ちゃんのファイトスタイルを受け継いだ構えを取っいる。
まぁ、ぶっちゃけらとその構え自体は比較的似た様な感じだ。
だが、構えと違い二人の間には決定的な違いがある…それは流派とかファイトスタイルとかそんなもんじゃ無い。
俺とこの人では、格闘家として己が身に刻み込んできた日々、経験、志し。
それらの物が圧倒的に違うんだよな。
「…どうした少年!ただ睨み合っているだけじゃ、お前の力は示せないぞ、今この場にあるのは勝ち負けだけじゃ無いんだぞ、見せてくれお前の今を!」
…そうだよな、俺は今の俺をこの人に示さないといけないんだよな、そして俺はこの人の今を見せてもらうんだ。
ヨシ、覚悟は決まったぜ!
「……行きますよ!」
「ヨシ来い、少年!!」
ガードを上げて、俺はダッシュでその人との距離を詰めて、ボクシングで言う所のインファイト、至近距離まで詰め寄り、顔面目掛けて左ジャブを放つが…。
「ふっ!!」
それに合わせて、左腕で払われてしまった。
完璧に撃ち込みのタイミングを見透かされたブロッキングだ!
ヤバい左手を戻せ!迎撃が来るぞ!
来た!ガラ空きの俺の左の頬を目掛けてあの人の右の拳が迫って来る!
クッ!駄目だ、左腕の戻しが間に会わない!どうする、もうあの人拳は眼の前に迫っているぞ、どうする高速の拳が今正に俺の頬の皮膚を掠めた、このままマトモにヒットしてしまえば、確実にダウンを奪われる!
一瞬の刹那の攻防、その結果俺はダウンを奪われてはいなかった…。
自分自身でも何が起こったのか理解出来ていないんだが、俺は何をしたんだ?
今、俺とあの人はさっきの至近距離とは違い、互いの拳も蹴りも届かないロングレンジで相対している。
いつの間に、こんなに距離を取っていたんだよ…。
「…やるな少年!スリッピングアウェーをあの態勢から使うとはな!」
…マジかよ、俺そんな技を使ったのかよ?あの一瞬で!?
「その眼、その反射神経…天賦のものかも知れないな、そして真摯に修行に打ち込む姿、本当に楽しみな奴に俺は出会えた様だな!」
そう評してもらえたのは、マジで嬉しいけど多分さっきのは無意識でやったんだと思うんだよな、おそらくもう一度同じ事をやれと言われても出来無いと思うよ俺。
コレって綿密に計画を練った訳じゃ無く偶然が重なった結果でイゼルローン要塞を無血開城した様な奇跡だよ、多分。
「ヨシ、今度は俺から行くぞ!」
あの人のその言葉に俺は迎え撃つべく防御姿勢をとったのだが。
あの人のはコチラへ距離を詰めるでは無く、両腕を身体の後方へと持って行き左脚を前へ、合わせて上体も前方へ更に傾けた。
何だ?何が来る…コレは逆に俺から仕掛けた方が良いんじゃね?
ツーステップもあれば、十分に拳が届く間合いだ!行くか!?
!?ちょっと待てよ、この構え!?
何か見覚えがあるぞ、直接見た訳じゃ無いけど、何処かで?
何処でだ、ヤバい見過ぎた!このタイミングでの接近は不味い、来るぞ!
そうだ!この技知ってるぞ、コレはあの人と同じ技じゃないか!
そうだよな、この人はテリー兄ちゃんにも匹敵する程の格闘家なんだ、なら出来てもおかしくは無い筈!
「行くぞ!波動拳!!」
来た!やはりだ!このタイミングじゃ回避は無理だ、ならどうする?
防御か、いや、それじゃ次の動作に支障が出る。
なら、俺もあの人と同じくブロッキングするのが正解だ!
タイミング合わせろ、俺!
ヨシ今だ、ブロッキング(ジャストディフェンス)!!
あの人が放った気弾をブロックで打ち消し、返す刀で反撃に出る。
あまりにも短い刹那の時間、気を込める時間が足り無いが、今は巧緻よりも拙速を尊ぶべきだ!
気の充填も足り無いし、技の発動の為のモーションも省略せざるを得ないが、其れでも、コレも今の俺だ!
「バーンッ、ナックゥッ!」
俺の咄嗟に仕掛けたバーンナックルだったが、どうやら俺の賭けは功を奏した様だ。
微かな気を纏った俺の拳はあの人の頬を捉え、あの人は体勢を僅かに崩した。
中途半端なバーンナックルだ、ダウンも奪えないし、威力も微々たるものだ、あの人はきっと直ぐに体勢を整えて来るだろう。
一度仕切り直さなければならないだろう、バーンナックルでダウンを奪え無かったのは逆に不味い結果となる可能性が高いからな。
距離を取るぞ、そのままあの人を通り過ぎ躱す様にだ。
「…驚いたぞ少年、今のはあの伝説の餓狼の技だな!」
「そう言う貴方こそ今の気弾は『ケン・マスターズ』さんの技と同じですよね…。」
ケン・マスターズは有名な格闘家だ、テリー兄ちゃんと並び2大アメリカンヒーローと称される凄腕の格闘家だ。
『残念だが、ケン・マスターズとはまだ拳を交えた事が無いんだよな、何時か機会があれば、俺はケン・マスターズを訪ねようと思っているんだ。』とテリー兄ちゃんはかつて言っていた。
「ああ、ケンとは同門、同じ師匠の元共に学んだ親友でありライバルだ…そう言うお前はテリー・ボガードの弟子なのか!?」
「うす、テリー兄ちゃんだけじゃ無いですよ、アンディ・ボガードとジョー・ヒガシも俺の師匠で兄貴分です。」
「なんと、現代に生きる忍者とサガットにも劣らぬと言われるムエタイチャンプもなのか、コレは益々楽しみだな、お前の将来が!」
コレで俺も、あの人も互いの技の素性が解った、俺は何度もケン・マスターズさんの試合の動画を見た事がある。
多少この人との違いはある様だが、技の基本はほぼ同じだろう。
だからと言って、今の俺にとってはそれが勝ち筋となる確率はコンマパーセント程度の上昇だろうがな。
「…言葉で語るのはここ迄だ、少年行くぞっ!お前も全力で来い!」
「押忍!行きますよ!!」
俺はあの人へ向かって、拳を振り上げて接近戦を挑み、そしてあの人もそれを迎え撃つ。
「ウォォ!!」
「セイッ!」
互いに拳を蹴りを撃ち合う、そして必殺技を…。
だが自力の差は如何ともし難く、俺は結局あの人に対して取れたクリーンヒットと呼べる程の攻撃は3発程しか当てる事が出来なかった。
逆に俺はもう何発もの打撃を受けていた。
そして…………。
「行くぞ少年!昇竜拳ッ!!」
…目を覚ました俺の眼に映った物は、巨木の枝とその葉が作った天井だった。
残念だが『あっ、知らない天井だ』は言えなかった、八幡残念。
「目が覚めたようだな少年。」
俺は今、どうやらあの人との手合せの結果気を失い寝ていた様だ、あの人のズタ袋を枕にして。
「…はい、スイマセン、世話を掛けましたね…。」
「気にするな、俺の方こそお前の強さが想像以上だったからな、本気を出したよ、どうだダメージは少しは回復したのか!?」
「そうっすね、あの俺、どの位寝てました?」
「三十分って所だな…。」
…そうか、割と俺寝ていたんだな。
いい加減起きなきゃだな、早く帰んねぇと小町に怒られるかもだからな。
今頃小町もトレーニング終わって朝食の準備してる頃だろうからな。
「よっ…ッてぇっ!」
「急に起き上がるな、もう少しだけ休んでいろ、幸い骨に異常は無いがもう少しダメージを抜け。」
「…はぁ、っすね。」
しゃあない、小町に叱られらるだろうが、粛々と甘んじて受けよう。
それ受ける!と、どっかで聞いた事のある声が聞こえて来た気がする。
「…今日はここへ来て本当に良かったぞ少年、お前に出会えたからな。」
あの人は少し厳つい男臭い顔に笑顔でそう言ってくれた。
それは何の混じりっ気も無い、この人の本心の言葉だと解る。
俺も同じ気持だ、俺も此処へ来て良かった。
この人と出会い拳を交え、負けちまったけど、凄え痛いけど、凄え気持ちよかった。
「…あのそう言や俺達、お互い名前を名乗って無かったっすよね、俺は比企谷八幡って言います、貴方の名を教えて下さい。」
「…八幡か、いい名前だな…俺の名はリュウだ。」
「…リュウさん、ですか。」
「…リュウさんはどうしてこの街へ来たんてますか?」
今日この場で出会ったリュウと言う名の格闘家、その格闘家が何故この街へ来たのか、俺は好奇心から質問せずにはいられなかった。
「…この街に俺の旧い友(好敵手)が居てな、彼女はこの街で教師をしているんだ。」
多分この人の言う友とは、ライバル的な意味合いも含んでいると見たよ八幡。
そして、リュウさんはその人を彼女と言ったよな、て言葉その人は教師でしかも女性格闘家なのか…まさか平塚先生とか言わないよな?
「…そうだったんすね、リュウさん…俺はもっと精進して強くなりますよ、そして今度は俺の方からリュウさんを訪ねます、その時はまた闘って下さい。」
俺は、今の俺のありったけの思いをリュウさんへ伝えた、きっとこの先俺はこの人との邂逅を生涯忘れない。
そしてその生涯忘れる事の無い記憶を何度でも刻みたい。
「ああ、強くなれ八幡、俺ももっと強くなる、そしてまた拳を交えよう。」
そう言ってリュウさんは右の拳を俺へ向けて突き出した。
当然俺はそのリュウさんの拳へ、俺の左拳を合わせた。
それは何時か再び出会う時のた為の約束の印だ。
リュウさん別れ帰宅した俺を待っていたのは、暖かな妹の手料理では無く…。
お叱りの言葉と正座だった。
俺が朝食へ有りつけたのはその一時間程後の事だった。
時系列としては、番外編その1、その2共に高1の出来事です。
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テニスコートの天使との出会いは間違っている。
雪ノ下が企画し立ち上げられた俺達の奉仕部、由比ヶ浜の発案で校内掲示板に活動告知ポスターを貼り、同時に学校のHPサイトにも紹介してもらったりと知名度を上げる為の行動をいくつか行ったが、どうやら悩み事や困り事を抱えている人ってのはそんなにいないのかも知れないな、奉仕部に相談に来る生徒は創設から二週間、依頼者はゼロであった。
二週間を過ぎ初めて我が奉仕部へと持ち込まれた。
その依頼は材木座がもたらした物だった…イヤねもう何ての、材木座の奴はラノベ作家に成りたいから、その初投稿作を書き上げたから感想を聞かせてくれってのが依頼内容だったんだが…はぁ。
俺達四人は予め材木座がコピーを取ってあった、そのラノベをそれぞれ受け取り持ち帰って読む事にし、後日その感想を伝える事として、その日は解散した。
帰宅して夕飯、トレーニング、風呂と日々の日課をこなした後、材木座のラノベ原稿に手を伸ばしたのは午後九時を過ぎていた……そして。
読み終わったのは、午前四時を過ぎていた…結局徹夜になっちまったよ、お陰で朝のトレーニングから五現が終わる迄終始欠伸のし放しだった……。
まぁそれは良いが、由比ヶ浜の奴が机につっ臥し朝寝を決めている俺に朝の挨拶をして来たんだが、僅かな時間だが貴重な睡眠時間を得ようと思っていた俺としては正直ウザイとマジ思ったよ。
しかも由比ヶ浜の奴の様子からどうやら材木座の原稿を読んでいないと解った俺が、由比ヶ浜にデコピンを喰らわせたのは至極当然の行為だ、俺は悪く無い!!
放課後、部室へ行くと椅子に腰掛け静かに眠る雪ノ下の姿を確認、コイツは寝姿さえも絵になんのな…。
『みろ由比ヶ浜、あの雪ノ下の姿こそが苦行を成し遂げた者の姿だ。』と共に部室へ到着した由比ヶ浜へドヤ顔で宣告してやった。
由比ヶ浜もそれで反省し、心底申し訳無さそうに項垂れてしまったので、俺としては同じ間違えを何度も繰り返さなければ問題ないと諭し、目を覚ました雪ノ下も俺と同様な言葉を告げ今回は不問とした。
由比ヶ浜はきちんと話して、理を解けば反省する事が出来るヤツだと俺は信じている、不器用で要領の悪い所はあるけど、反省し次へ繋げる事が出来るだろうと俺は信じている。
それから数分後、部室へ一色が到着して堂々と宣言しやがった『すみません先輩方、私中二さんの小説全部は読めませんでした、ハッキリ言って余りにつまらなかったので7割位まで読んでめげてしまいました♡』とだ、コイツはいっそ清々しい位にぶっちゃけやがった。
丁度その時材木座が現れその一色の宣言を聞いてしまい、ショックのあまり部室の床をゴロゴロと転げ回った…。
だが一色の宣言は、材木座にとっての絶望の時間の始まりに過ぎなかったんだよな、次は雪ノ下による…まさに公開処刑とも言える、酷評の嵐。
俺は、その雪ノ下の評価を聞く材木座の精神がコロニーを落とされたシドニーの街の様に崩壊しないかと他人事ながら心配になってしまった…。
材木座、強く生きろよと、心の中で願ってしまった程だ。
雪ノ下に続いて由比ヶ浜が、感想を伝える番だが、残念ながら由比ヶ浜は材木座の原稿を読んではいない。
どう答えるべきか由比ヶ浜も、内心焦っていた事だろう…由比ヶ浜が考えた末に出した発言は『難しい字沢山知ってるんだね。』だった。
一応由比ヶ浜も家で原稿に目を通しては見たのだろう、その結果由比ヶ浜の目についたのは、必殺技や能力等に使われていた、日常生活の中ではそう使う事も無いやたらと画数が多い漢字だったんだろうな…。
由比ヶ浜の評価によるダメージで、材木座は腰掛けた椅子にすがり付き涙を滝の如く流していた。
そして最後は俺だ、この日はバイトが入っているからさっさと済ませるべく、俺は材木座の肩に手を置き努めて意識して優しい声で材木座へ語り掛けてやったよ、多分その声音でずっと話せるなら俺はきっと、優しさライセンスを取得出来る筈だ。
その俺の声に材木座の奴は涙を流したままにその顔に安堵の笑みを浮かべていた…だが結果として俺の評価こそが材木座にとどめを刺す事になってしまった。
『材木座、お前パクり過ぎだ俺が理解出来ただけで5作品のネタを確認できたぞ!』
『心配すんな材木座、最後に物を言うのはイラストだ!』
いやマジで、書店で新作見る都度思うんだけど、やっぱり初見で好きな絵師さんのイラストだったりするとさ、取りあえず一度は手に取るよね。
いやさ、ストーリーが二の次とか言う訳じゃ無くてさ、ラノベだと読者と本とのファーストコンタクトってぶっちゃける必要も無いって位イラストが担ってる訳じゃない?違う?違わないよね!?
俺の評価に一度は沈没した材木座ではあったが、やがてゾンビの如く起き上がり『また、読んでくれるか?』と俺達へ問うて来やがった…マジかよ材木座、あれだけケチョンケチョンに落とされて猶お前は…どんだけドMなんだよ!まじ引くわ〜。
…冗談はさて置き、材木座の奴が本気でラノベ作家兼格闘家を目指している事は少なくとも俺には届いた。
それが奉仕部女子軍にまで届いたかは定かでは無い。
初依頼となった材木座のラノベを読まされてから数日、今俺は一人で昼休みの一時をいつもの如くベストプレイスでマッタリと過ごしている。
由比ヶ浜はクラスの女子と約束があるとかで、雪ノ下は部室に用があるらしいし、一色は『もしかしたら遅くなるかもですけど、優しいせんぱいはきっといろはちゃんの事待っててくれますよね♡』とハートマーク付きで脅して来やがったよ、たまには一人で過ごしたいと思ってたんだがな…。
材木座の奴は新たな作品の構想を練りたいから、今週は組手を中止してくれとの事だ。
果たして彼奴、次はどんなの書いて来るやら…せめてあからさまにパクリだと見抜かれる様な物で無く、雪ノ下のアドバイスを受け入れてくれて最低限読める作品になっていてくれれば良いんだが、書くのが材木座だからな…。
まぁ良いか、一色が来るまでの間の僅かな時間だけど一人の一時を満喫しとこう。
…俺は暫し目を閉じ心地良い春の微風に吹かれ一人悦に入っていた、流れ行く風の音が加わり心地良さのステージがワンランクアップしている様に感じる、これが風流ってやつなのか…。
眼を閉じる事暫し、ふと気がつけば風の音に加えて新たな音が耳に木霊している事に俺は気が付いた。
『パコン…パコーン…』それはベストプレイスの正面に見えるテニスコートから聞こえる、ラケットがボールを捉える音とそのボールがコートにバウンドする音だな。
その音が気になり眼を開いて見ると、テニス部の部員だと思われる…銀色に輝いて見える髪のショートカットの女子が一人練習をしている様だ。
何度も何度もボールを叩き、ボールを追うその姿に俺は何時しか見惚れてしまっていた。
俺が居るベストプレイスからテニスコートでは若干距離はあるが、俺の高い視力を以てすればこの程度の距離なんとする程でもない。
要するにだな、何が言いたいかと言えば、ここから見えるテニス部員らしき銀髪の女子のルックスが…俺の好みドストライクだと言う事だ!
言わせんなよ八幡恥ずらかすぅぃ〜んだからね…キモッ、我ながらキモすぎるぞ、キモ幡とか呼ばれかねんレベルだ。
しかし、本当に、俺は普段から由比ヶ浜や雪ノ下に一色と小町に舞姉ちゃんと綺麗どころの女性は見馴れている筈なのに…こんなに見惚れるとは、ハッ!?
…まさか、これが…恋!?なのか…
「…せんぱい、まさかとは思いますけど愛しのいろはちゃんが来るのが遅いからって…練習中のテニス部の女子を視姦していませんよね(怒!)」
あらやだ一色さんったらいつの間に此処へいらしていたのかしら、せっかく人がスポーツ女子を穏やかな気持ちで愛でて居たのに、いきなり現れておいてその妙に怒りの籠もった声音で背後から声を掛けるなんて、全く野暮なお人も居たもんだ!ですよ一色後輩。
「人聞きの悪い事言わないでくれるか一色よ、俺はなただスポーツに爽やかな汗を流す女子を暖かく見守っているだけだぞ、そこに一分の疚しい気持なんぞ存在しないからな、見てみろ一色あの躍動する姿をひたむきにボールを追う姿を、人間の何かを追い求める姿とはかくも美しく見える物だと言う事を、彼女の姿は間違い無くそれを体現しているんだ、俺は今…そう、一つの芸術を鑑賞しているのだ!」
「せんぱい、人って疚しい気持があると饒舌になるって言いますよね、今のせんぱいは正にそれ!ですよ。」
ちっ…一色め、言ってくれるじゃあないか、普段俺は思考にリソースを割いているから確かに口数は少ない、それを解っているからか、一色よ。
「……さよけ……。」
「むっふぅん!敗北を認めましたねせんぱい、いいですかせんぱいのその両のお目々はこの可愛い後輩のいろはちゃんを見つる為にあるんですからね!」
むっふぅん!って、そんなの言語化して言う奴マジでいるのね…、うわぁ八幡知らなかったよ。
まぁでも、一色ならそれも有りだと思わせるんだよな、それがコイツの一色いろはの人徳のなせる技なのか?
てか、あるの一色に人徳…てかヤバかったな、もしも一色がダービーブラザーズだったら俺は魂抜かれてたかもな。
「…はぁ、でも何だかせんぱいがあの人に見惚れてていた気持ち、なんだか私も分かるかもです…ちょっと癪ですけどあの人可愛いですよ…チッ。」
ごくさり気なく、自然に一色は俺の隣に腰掛けてテニス部員であろう女子を見てそう評した。
だが一色最後の『チッ』はいかんよ、花の女子高校生がはしたないですわよ。
「だよな、しかしスポーツ女子ってのもなんだか新鮮だな。」
「………もぅ、せんぱいは…。」
いやもうって一色、俺ただ新鮮だって言っただけだよ、そんな事で気分を害されても…俺にどうしろってのさ…。
…その後テニス女子を無言で見守って居る間に昼休みの残り時間も、間もなく終わりを迎えるであろうと思えるくらいに時間は過ぎていった。
「あっ!やっぱりまだ居た、やっはろーヒッキー、いろはちゃん!」
皆さんご存知、胸に付けてるマークは巨峰の由比ヶ浜結衣、因みに今年度は俺と同じ2年F組と同じクラスだ。
「よう!由比ヶ浜、お前クラスの連中と飯食ってたんだろ?」
「やっはろーです、結衣先輩!」
俺達の姿を見留めた由比ヶ浜は、右手を振りながら近づいてくる、相も変わらずのニコニコ笑顔で。
「やあ〜そなんだけどね、優美子と姫菜と一緒に食べてたんだけどさ、ジャンケンで負けた人がジュース買いに行く事になってさ…えへへぇ〜。」
ソイツは所謂罰ゲームってやつか、俺は経験ないけど、リア充に類する人類は確かそう言うイベントをやってるって見聞きした事がある様な気がするが…あっしには関わりの無い事で御座んす!
「…すまん、名前で言われても俺には誰が誰だか分からんってかクラスで認識出来んのは由比ヶ浜だけしか居ないからな俺の場合は。」
「もう、ヒッキーはクラスの皆に対して関心が無さ過ぎだよ…でも、そっか…えへへ、もしかしてあたしって、その、ヒッキーにとってあたしって特別だったりして、えへへ…。」
何だか由比ヶ浜がもじもじしながら、何かを口走って居るが、由比ヶ浜よお前は俺にとっては人生初友達なんだから、特別っちゃ特別だろうがよ、いやさだからね、そんな照れないで欲しいんだが、なんかコッチまで、そのな…。
「せんぱい、せんぱい!当然私もせんぱいの特別ですよね、そうですよね、それ以外の答えは認めませんからね、答えはハイかYesかSiかJaかДаかOUiでお願いしますね!」
「…他の選択肢でお「あるはず無いじゃァないですか。」…ですよねぇ。」
俺は一体どの言語で答えなければいけないんだよな全く…誰か、心あらば教えてくれ!
「あっ、彩ちゃんだ!お〜い彩ちゃ〜ん、」
俺と一色の攻防戦を苦笑しながら見ていた由比ヶ浜が、知り合いが近くに居たのか、多きな声でその人物を呼んだと思ったら、テニスコートから出てきた銀髪の女子だった。
…何だと、由比ヶ浜はこの女子とお知り合いだったのか!?
マジか、でかしたぞ由比ヶ浜、俺、お前と友達でよかったゼーット!
ヤベっこっち来る、どうしよ緊張して来たよ、うわぁ土器が胸胸して来たよ。
土器が胸胸ってどっから出土した土器だよ。
もうすぐそこまで近づいて来てるよ、銀髪の女子が…うわ可愛い、近くで見ると超絶可愛い!
「よっす彩ちゃん、テニス部の練習だったの!?」
よっす、て何だよ?何か馬鹿っぽい挨拶だな…今流行ってんのかそれ、プ〜ックスクスッ可笑しいんでやんの!
「よっす、由比ヶ浜さん、漸く顧問の先生から昼休みの使用許可が降りてさ、今日から昼錬なんだ。」
前言撤回!流行らせようぜ!よっす、良いじゃん良いじゃん可愛いじゃん!
あ〜君達、朝令暮改とか言わんといてや!…何人だよ俺。
しかしルックスだけじゃ無くて、声まで可愛いじゃねえか、何て言うか若干ハスキーってかさ。
「そっか、良かったね彩ちゃん。」
「うん、僕もっと練習して、もっと上手くなって、テニス部を盛り上げたいんだ。」
僕っ娘キタ−ーーーーーッ!
しかも控えめなガッツポーズが、可愛らしさを強調していらっしゃる。
銀髪でスポーツ女子で僕っ娘と一体この娘はどれだけの属性コンボを繰り出すんだ、八幡の体力ゲージはもうレッドゾーンに突入してるよ?
「…なんと言ってもうちのテニス部弱いからね、今度のインハイで三年生が引退したら尚更だよ、二年生はあんまりやる気有る人少ないし、一年生も似た様な感じかな………。」
そうか、苦労して居るんだな銀髪の女子、しかしうちの女テニってそんなに弱かったのか、まぁ曲がりなりにも総武は進学校だしな、内申点の為にクラブに所属している生徒も多く居るのかもだな、だから女テニに所属している部員もそんな生徒が多いのかもな、所謂幽霊部員ってやつだな。
「そうだ、比企谷君ってテニス上手だよね。」
「へっ!?俺が?」
いや、俺テニスの経験なんか無いんだがな、有るとすれば今体育の授業でテニスを取ってるがそれだけだよ、その程度で経験とは呼べないだろうしな、しかも男女別の授業だから女子との接点は無い筈だ、何なら男とも無いけど。
「うん、授業でさ比企谷君のフォームとか見てるけど、経験者以外の人の中で比企谷君のフォームが一番綺麗だし、ボールもしっかり芯で捉えてるよね。」
よっ、止せよ照れるぜ、そんなに褒められるとさ、良いのか俺増長しちゃうよまた。
「何か褒めてもらって恐縮だが、うちの学校体育は男女別だよな!?」
「!?ヒッキーさ、もしかして彩ちゃんの事女子だと思ってたりする?言っとくけど彩ちゃんは男子だかんね!」
へ?由比ヶ浜さんや、今何と仰っしゃりましたか?男子と言ったの…まさかだよね、この銀髪の僕っ娘が!?
「「えぇ〜っ!!?」」
ハモっちまったよ、一色と。
だよな一色、お前も女子だと認識してたよなこの銀髪の僕っ娘を、イヤ有り得ねえだろう!この可愛さだよ。
「本当なんですか、結衣先輩…この人が男子だ…なんて、まさかですよね?」
「アハハ…良く言われるんだ、僕男なんだけど、しかも一年の時も比企谷君と同じクラスだったんだけとね。」
マジか、一年の時もって…俺ちっとも気が付かなかったよ!?だってさ一年の時のクラスの男子は俺と眼さえ合わせてくれなかったんだよ、イヤ女子もだけどな。
…しかしこの娘が、男だと…、俺の好みドストライクの具現化されたこの理想が、男だと…。
神は、色々と間違っている!
せめて性別くらいはきちんと産み分けされるべきだろう、つくづくそう思わずにはいられない、平日の昼下がりの出来事だった。
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テニスの王子様育成計画開始。
ありがとうございます。
まさか…齢い十六にして遂に巡り会った理想の君が、まさかの男だとは…。
この、千葉の八幡の眼をもってしても読めなかった!!
「すまん、もう一度確認するが…マジで男、なのか…?」
嘘だと言ってよ、バーニー!!
俺は眼の前の銀髪の美少女にしか見えない、彼(認めたく無い!)戸塚彩加へ確認せずには居られなかった。
嘘だと言ってくれ、俺は切実にそう願うぞ、その為なら俺は悪魔にだって成れるだろう…。
「…えっと、ごめんね僕男なんだ比企谷君…」
…そう…なのか、やっぱり現実は苦かった…嗚呼、さっき飲み干したマッカンを追加でもう一本飲んだとしても、この苦味消しされぬであろうぞ。
「…いや、すまなかったな、戸塚。」
「気にしないで比企谷君、僕良く言われてるから実は馴れてるんだ。」
…なんて良いやつなんだ戸塚、俺の方から失礼をしてしまったってのに、そんなに屈託なく笑って許してくれるだなんて、しかもそれに馴れているなんて…昔虐められ始めた頃、俺は眼つきの事でイジられ馬鹿にされてそれが辛くて悲しくて、悔しかったしそれに馴れるなんて出来なかった。
もしかしたら戸塚…口では馴れてるなんて言っているが、やっぱり嫌な思いをしているかも知れないな…。
「ありがとな戸塚、そう言ってもらえると助かる。」
しかし俺と戸塚は一年の時も同じクラスだったなんて、何で俺はその事実に気が付かなかったんだ、馬鹿じゃねえのマジ、どうしようもねえ失態だよ。
もし一年の時に戸塚の存在に気が付いていたら俺は、俺は、俺は、嗚呼俺は。
止め止め、何か虚しくなって来た、まぁ良いじゃないか、遅ればせながらだけど、こうして俺と戸塚は出会えた訳だしな、これから色々と思い出作りだって出来るさ!
俺は過去をふり返る男だからな、あれ何か違うか!?
戸塚の話によると、テニス部は部員も少ないうえに実力的にも県下で下位に属する、その為部員もやる気が無く、部活に真面目に参加する者も疎らで、このままではテニス部自体が瓦解しかけない。
「だから、僕が少しでも上達して強くなれば、皆も少しはやる気になってくれるんじゃないかと思ったんだ。」
戸塚は憂いを帯びた表情で自身の決意を語る、俺はその戸塚の決意にシンパシーを感じた。
そして、同時にその決意を語る様子に俺は漢を感じた、そして同じ男として俺は戸塚に助力したいた思った。
「…なあ由比ヶ浜、一色、俺は出来れば戸塚に力を貸したいと思うんだが、お前達はどう思う!?コレは勿論当人である戸塚次第だが、奉仕部として動いても良いんじゃないか。」
「うん、そうだね、あたしも彩ちゃんに協力したいかな!」
「私としては、先輩達が動くのなら、反対する理由はありませんよ!」
二人は賛成してくれたか、後は雪ノ下へ話を通して、雪ノ下も賛成してくれれば、俺達も動けるんじゃないだろうか。
「えっと、比企谷君…一体何を皆で言ってるのかな?」
「ああ、すまん戸塚、もしかしたら俺達に何か戸塚に協力出来る事があるかも知れないと思ってな、どうだ戸塚、放課後時間を作ってくれないか?」
俺達は、ざっくりと奉仕部について戸塚へ説明し、放課後部室へ来てくれるように頼んでみた、戸塚は俺達の提案を喜んで受け入れてくれ、放課後の部室への来訪を約束した。
「じゃあさヒッキー、あたし5時間目が終わったらゆきのんの所に行ってくるよ、ゆきのんにも早めに話しておいた方が良いよね。」
「おお!由比ヶ浜すまんが頼めるか、J組は女子率が高過ぎだからな、俺には敷居が高い。」
「だよね、うんあたしに任せてヒッキー!!」
よし、この場での話は、これ位で良いだろうな昼休みももう終わる頃だし、後は雪ノ下を交えて放課後に方針を決めれば良い。
なんて、考えていたら昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
さて、休暇は終わりぬなどと少しはカッコつけたい処だが、高々昼休みの終わりにカッコつけたってな…そう言えば。
「おい由比ヶ浜、お前ジュースはどうすんだよ、昼休み終わりだぞ!?」
「あアッ、忘れてた!」
閉まらねぇなおい!まぁそれも俺達らしいっちらしいか。
「そう、では私達は戸塚くんのレベルアップの為の助力を行えば良いと言うわけなのね、幸いと言うべきかしら、我が奉仕部には普段から肉体トレーニングを日課としている比企谷君が居るのだからトレーニングメニューなどの作成は、比企谷君貴方に一任していいかしら?」
「ああ、その辺りは俺でも戸塚にアドバイス位はできるからな、任された。
しかし雪ノ下、そう云った筋トレなんかの基礎的なメニューは普段からの積み重ねが重要なんだ、今日明日始めたからって早急に効果が現れるもんでも無いんだし、放課後は戸塚以外の部員もテニスコートを当然使うだろうから、戸塚の訓練に付き合うとしたら昼休み位しか出来無いだろう、だとすると昼の短い時間じゃそれ程の効果は得られないだろう、だったらその短時間で出来る事を考えてみないか?」
俺としては筋力や体力アップの為のトレーニングを行うならば、まずは朝晩のロードワークのメニューなんかを提案しみてるか。
そして昼休みの短時間に絞って協力するなら、技術面をメインに据えたメニューで行く方が効率的だと思うがな。
だから取り敢えず、その方向で提案して見る事にした。
「…確かに私もせんぱいの意見に賛成ですね、そうですね例えば実戦形式の練習とかも出来そうですし、あっ私はかじった程度ですけどテニスやった事有りますよ。」
「そうね、では一色さんと比企谷君が言うように実戦形式の練習とボールを使った練習をメインに据えて行う方針で行きましょう。」
「…あたしは、授業位しか経験無いから、あんまり役に立たないかな…ごめんね彩ちゃん。」
「うぅん、謝らないで由比ヶ浜さん、僕は皆が、僕の為にこうやって力を貸してくれるだけで、感謝してるんだ。」
コレで、奉仕部による戸塚のレベルアップの為の計画『テニスの王子様育成計画』(比企谷八幡命名)の大まかな概要は決定された。
行動開始は明日昼休みより開始される運びとなった。
そして時間は飛んで、翌日の昼休みでは無く…二時現目の体育の時間だったりする、悪しからず。
今現在、体育の授業はテニスを執り行っていたりする、戸塚のテニスを上手くなりたいと言う依頼の事を思うと、なんともタイムリーだな。
いつもの如く材木座と組み適当にラリーでもしておこうかと、移動していると戸塚が俺に声を掛けてきてくれた、うんこれから毎日この声で起こされて朝を迎えたいものだ!
『実はさ、いつもコンビを組んでいる子が今日は休みだから、良かったら僕も仲間に入れてもらえないかと思ったんだけど…駄目、かな?』
と、頼まれてしまったよ、駄目じゃ無い、駄目じゃ無いから、当然答えはイエスだから、何なら材木座は放流しちゃうから一緒にやろうぜ戸塚!
「それは駄目だよ、今日は僕が入れてもらうんだからそんな訳にはいかないよそれに材木座君は比企谷君の友達なんだよね、だったら僕も材木座君と仲良くしたいな。」
その戸塚の言葉に材木座の魂は浄化されバイストン・ウェルへと帰還した…ら良かったのにな。
材木座の奴もスッカリ戸塚の魅力にメロメロになりやがった、全く罪作りだよな戸塚は…。
この授業で、こうして戸塚と共に行動できる事はある種の僥倖と言えるかも知れないな、この機会にテニス部員である戸塚にテニスの基本的な事を教われば、昼休みの戸塚の特訓の役に立てる事が増えるかもだからな。
戸塚と材木座と三人で至福の時間を過ごす俺達だが、ここで俺は不愉快な思いを味合わされる事となった、それは俺達が所属するF組のトップカーストと目される最大派閥であるらしいリア充集団の、五月蝿さに対してだ。
俺にはよく解らない、ウェ〜イだのなんだのと何かアクションを起こす度にこれみよがしに、デカイ声で奇声を発すのは俺としては正直いただけないと感じてしまうんだよ、いや別に楽しく授業を受ける事自体を全否定するつもりは無いんだが、ある程度の節度は弁えて然るべきだと思うんだよな。
「アハッ、いつも賑やかだよね、葉山君達のグループは…。」
「イヤさ戸塚殿あれは、賑やかなどと言うレベルを超えておるぞ、言い過ぎかも知れぬが、彼奴らの振る舞いはまるで今この場は己等の為のステージで有り、それ以外の者は、彼奴らを引き立てる為の小道具でしかないと、彼奴らはそう認識して振る舞っている様に我には感じるのだがな…八幡ようぬはどう思う?」
「…だな、しかもあの連中は授業が始まってから今迄、ほぼずっとコートの一面を独占しっ放じゃないか、他の生徒だってコートを使ってプレイしたい奴だって居るだろうにも関わらずにな、別のコートがあるとは言っても、生徒数を考えると時間内に使いたくても使えないって奴が出るかもな…しゃあない、俺ちょっとアイツらに掛け合ってくるわ。」
あ〜ぁ面倒くさっ、何で俺が態々とも思わなくも無いが、誰かがやんなきゃいけない事って往々にして有るよな、そんで都合良く俺はボッチだしこういった行動をしても反感を買うのは俺だけで済むからな。
「…待って比企谷君僕も行くよ、僕はテニス部だからテニス部の人間が言ったほうがあまり角が立たないと思うんだよね。」
良い奴だな戸塚、それに比べてあの連中は、魔球がどうのとかスライスがどうのと一々騒いで、ウザってぇな。
「いや戸塚、態々お前まで出張る事は無いんじゃねぇか、こう言うのはほらあれだ、適材適所っての?」
「でも、葉山君達のグループって三浦さんや海老名さんも居るし、その二人は由比ヶ浜さんとも仲が良いから、その…なんていうかね…。」
そうか、戸塚はここに居ない女子の、由比ヶ浜の立場とかも考慮してくれてたんだな…戸塚マジ天使!
この戸塚の天使力ビームをダイレクトに浴びたら俺はもうバイストン・ウェルへ帰還してしまうかもしれないな!
『彩加・ラパーナ、浄化をっ!』
そして小町・チャウが俺達の物語を地上人に語るわけだな。
イヤイヤ、そりゃ駄目だ!小町だけを地上に残しては逝けん!
語り部は別の奴を任命しないとだな。
「だからね、僕行ってくるから!」
戸塚がリア充軍の首魁と思われる金髪優男風イケメンの元へ向おうとしたその時だった、材木座の危険を知らせる声が響いた。
「八幡!戸塚殿ぉ!かわせぇ!」
リア充軍の一人が放ったボールが、戸塚へと向って高速で飛んで来たのだ。
丁度俺に声を掛けていた為に戸塚は前方を見ていない体勢だった故に飛来するボールが見えていない。
不味い、このままじゃ戸塚の顔面にボールが直撃してしまうぞ。
が、戸塚も普段からテニスに慣れ親しんでいるからか、もしくは材木座の声に反応できたのだろうか、咄嗟に戸塚はその場にしゃがみこんだ。
ナイスだ戸塚、良くぞ反応出来た、序に材木座お前もグッジョブだ、今度マッカン奢ってやるからな!
後はこのボールの処理するだけだ、瞬時に俺は技の体勢を取り発動させた。
「スラッシュキィック!!」
ジョーあんちゃんの突進系必殺技スラッシュキックで、俺はダイレクトにボールを打ち返してやった。
ボールのスピードと俺のスラッシュキックのエネルギーの相乗効果によって、飛来したボールはそれを遥かに超えるスピードを以て打返されたのだ。
ヤバい、コイツは過剰に過ぎたかも知れないな。
幸いボールの進行方向に人は居ないから、このままではならフェンスに直撃するだけで済みそうだな、あのスピードと乗算されたパワーだ、訓練をしていない一般人では目視も出来無いだろうし、それがぶつかってしまえば大怪我をさせるかも知れないな。
そしてボールはフェンスへと直撃し、接触による激突音を高らかに響かせ、その金網をぶち抜いた。
その様をつぶさに目撃した者達、そしてその激突音に気が付き、フェンスの有様を見た者たち、多くの生徒達と先生が呆気に取られたのか暫し呆然としていた。
あ〜あ、やらかしちまったかな…八幡知〜らない!
という訳にはいかないかな、しょうが無い一応先生に謝罪しとくかな。
「うわぁっ凄えマジかよ、フェンスぶち抜いてるじゃん!」
「何、何!?何やったん!?」
「俺見てた!飛んできたボールに直でジャンプキックカマして打ち返したんだよ!しかも打ち返したボールのスピード速過ぎてちっとも見えなかったからな、マジ神業だったよ。」
何だか口々に周りの生徒達が騒ぎ始めちまったよ、やべえな目立ち過ぎたかなあ…。
「ちょっ、凄っえっしょ!ヒキタニくんマジパねえべよ、ってか御免ね。」
「…あの、すまないね、えっと…ヒキタニくん?」
その騒ぎの中、元凶であるリア充軍の賑やかし担当?とその首魁とが、こちらに向かって誰かに声を掛けてきた様だ。
と言うのも、ここにその二人が言うヒキタニと云う人物は存在しないからだ。
何て言ってみたが、実際は小学生の頃などはヒキタニと呼ばれていたりしていたんだよな、中には素で間違ってそう呼んでた奴も居るけど、悪意を以て呼ぶ奴も当然の様に居た。
「…あのさ葉山君、戸部君、この学校にヒキタニて人は居ないよ。」
「…うむ、戸塚殿の言われる通りで有るな、我が相棒の性は比企谷であってヒキタニなどでは無いのである!」
そして材木座と戸塚もそのヒキタニ呼ばわりを不快に思ってくれたのか、二人はリア充軍の首魁と賑やかしの二人を睨めつけ苦言を呈してくれた、ヤバっ、何かなこう言うのちょっと嬉しいなほんの些細な事かも知れないが、こうやって俺の為に怒ってくれる奴が居てくれたんだな。
「えっ!?マジで、御免ね俺マジでヒキタニって思ってたわ、マジスマンすっ比企谷君!勘弁してくれっしよ。」
おっ!賑やかし担当は素で間違ってただけなのか、しかもそれを知って謝罪までしてくれたし、俺もこのまま態度を硬化させっ放しは良く無いな。
「アハハ、いやゴメン悪気は無かったんだ、それよりも今のキックは凄かったねまさかフェンスの金網を突き破ってしまうとはね、ウチのサッカー部に入部してほしい位だよ。」
だが、対してこの首魁の金髪イケメン君からは何だ?そこはかとなく漂うこの胡散臭さは。
この持って回った様な物言い、謝っている様でいて謝っている様には感じられない…結論、コイツと仲良くなるのは無理だな。
「…折角だが御断りだ、俺には何の利もないからな。」
そうか、残念だよ…何て言ってはいるが、その様子からは残念さを感じなかった俺はやはり捻くれているからなのか?
しかし向こうからこちらに接近して来たのは好都合か、序にここで言っとけば良い。
「…なぁ、さっきからお前達のグループでずっとコートの一面独占してっけどよ、他の班だってコートを使いたいんじゃねぇの、その辺どうよ!?」
首魁に対して発した俺の言葉に、周りに居た生徒達の注目が集まる。
その生徒達の中には俺の言葉に頷くもの、気まずそうに視線を逸らすものと人それぞれの反応をしている。
眼を逸してんのは所謂スクールカーストの底辺に位置する生徒達なのかな。
自分の立ち位置ではトップカーストには反抗出来ないとか、後々の事を考えると事を荒立たせたく無いとか計算しているのかもな…その辺りはまぁ、仕方が無いか。
「……そうだね、確かに君の言う通りだ。」
首魁は俺の言葉を肯定して見せて、そして周囲の生徒達の方へ向かい謝罪をしてみせた。
「皆すまなかった、俺達でコートを独占してしまって…俺達はコートを出るから使いたい班はどうか使ってくれ。」
「ははっ、コレで良いだろうか?」
振り返り俺へ確認する様に尋ね、首魁は手下を連れてコートを出て行った。
その去り行く首魁の後ろ姿に、俺は何とも言えない後味の悪さと、奴に対する不審感しか抱けなかった。
そして昼休み、昼食を手早く済ませてテニスコートへ集合、何故か材木座も混ざっていた。
まぁ材木座もサイキョー流の鍛錬を小学生の頃から続けているだけあって、身体能力はかなりの物だ、だから別に居てくれても構わないし、何かしら役に立ってくれるかもだ。
一通り戸塚の身体能力を確認し、戸塚は基礎体力、スタミナが足りない事が解ったので俺は体力強化のメニューを作成し戸塚に渡した。
それを元に戸塚が朝夕のロードワーク等を行えば体力もついて行くだろう、まぁそれは長いスパンで見なければいけない事だから、たまに戸塚と一緒に朝練するのも良いかもな!良し♡今度誘おう、うわぁっ今からドッキドキだ!
そして更に、コレが肝心なのだろうが戸塚のテニスの技量だ。
これに関しては俺からアドバイス出来る事は殆ど無い、だがそこは雪ノ下が居てくれた。
雪ノ下は天才寄りの秀才とでも言おうか、勉強もだがスポーツもこなせる様でテクニックに関しては、テニス部員である戸塚よりも上であった。
なので、その辺りの指導は雪ノ下が中心で行う…ただ、雪ノ下には重大な欠点があった。
それは雪ノ下が、圧倒的に体力が無いと言う事だ、コートで戸塚と打ち合い十分も持たずにスタミナ切れを起こしてしまった…。
コレは…雪ノ下に対しても体力強化のメニューを作ってやるべきかもな、マジで。
ただな、雪ノ下にそれを言っても『その様な事に時間を使うなんて無駄な事よ、そんな事に時間を割くくらいなら貴方は戸塚君の強化考えるべきではないかしら。』とか言われるのがオチの様な気がする…。
こんな具合に戸塚のテニス上達の為のプロジェクト、『テニスの王子様育成計画』はスタートを切った。
体育の授業、材木座をテニス班に組み込みました。
そして葉山グループは若干アンチ寄りになりそうです。
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戸塚に予期せぬ事態が起こるのは間違っている。
俺達奉仕部による戸塚のテニス技量向上の為の助成、テニスの王子様育成計画がスタートして、早数日目となる土曜日の早朝。
俺はこの日日課である早朝トレーニングに戸塚を誘い、今戸塚と行動を共にしている。
俺の提案に快く応じてくれた戸塚、マジ天使、何なら天使の後ろに♡マーク付けるレベルだ。
え!?俺が♡マークつけるとキモいだと、ハートをつけてかわいいのは上坂す○れさんだけで十分ですかそうですか、ほっとけ八幡それ知ってるから。
格闘技にしろスポーツにしろ、強くなる為にはやはり心技体の3要素が揃わなければならないだろう、技は雪ノ下がメインで昼休みに指導に当たってもらっいる、俺始め他の部員ではその役は担えないからな。
なので俺に出来る事といえば、体力強化の指導だ、そこの所は雪ノ下からも任されたし、何よりも俺自身がやりたかったからってのが大きいかな。
だって、なんてったって戸塚と二人っきりでのトレーニングだよ!
一体全体どんなご褒美だってぇのよ。
八幡カンゲキィ!
リンゴと蜂蜜だってとろぉり溶けちまうよ。
蜜月の時だよ、例え何人たりともこの至福の時間を邪魔するに能わずだよ。
とまぁ、色々と俺の妄想垂れ流してしまったけど、仕方無いよね!
そんな訳で、早朝に戸塚と合流し俺のロードワークに着いてきてもらい、尤もいきなり戸塚に俺がこなしているメニューの全てをやらす訳にはいかない、と言うよりいきなりは着いてこれる筈が無いから、戸塚には適度に休憩をとってもらいながらのトレーニングだ。
そして今、サンドバッグを吊るさせてもらっている(一般開放している私有地の雑木林、ここで去年リュウさんと手合せしたんだよな。)巨木、俺はそのサンドバッグを叩き、その間戸塚には小休止してもらっている。
ビシバシと響き渡るサンドバッグを叩く音が何時もよりも軽快でいて、なのに十分に重さが乗っているように感じられる。
もしかしてコレもやはり戸塚効果なのか、コレは良いな何か気分も乗って来たよ、正に『最高にハイって奴だ!』ってなっちゃうよ。
「僕サンドバッグを叩いている所初めて見たよ、凄いね、物凄く迫力があってさ僕すごく圧倒されちゃったよ。」
サンドバッグ打ちを終え、共に小休止する俺に戸塚は興奮気味に話掛けてくれている。
「そっかぁ、八幡って格闘技をやってたんだぁ、こうやって毎日鍛えているから初心者なのにテニスのフォームも綺麗だったんだね。」
「いや、褒めてもらえて嬉しくはあるが、戸塚や雪ノ下に比べたら大したこと無いだろう。」
そう俺を褒めてくれる戸塚の言葉が嬉しすぎる。
…そうだ、因みに戸塚は俺の事を比企谷君から八幡と呼ぶ様になった。
『あのさ、僕も材木座君みたいに比企谷君の事八幡って呼びたいんだけど良いかな、その方が今よりずっと友達って感じがするから…駄目かな?』
俺に駄目な事がある筈無いだろう、だって戸塚が名前で呼んでくれて、俺を友達だって言ってくれたんだよ、あぁこんなに嬉しい事は無い、ララァにはいつでも会えるから…。
「まぁ、最初っからここ迄出来た訳じゃないけどな、真剣に鍛錬を積んでいけば確実に力は付いていくさ、だから戸塚も日々のトレーニングを続いていけば今よりも絶対に強くなれるぞ。」
心から、そして俺自身の実体験から戸塚に対して俺はそう告げた、日々鍛えていけば身体はそれに応えてくれる。
そしてその応えてくれる身体を作る為にも鍛えいかなければだ。
「尤も、戸塚はテニスプレイヤーであって、格闘家じゃ無いからサンドバッグは叩かなくても良いけどな。」
「うん、八幡にそう言ってもらえると本当に僕強くなれる気がするよ、ありがとう八幡!」
二人で雑木林へと登る階段の最上段に腰掛け語り合う俺と戸塚、この場には俺と戸塚の二人だけ、もういっそ世界は俺と戸塚だけしか居ない様に感じてしまうのは俺だけだろうか?
「…おぅ、それで良いんじゃねの、それと戸塚、俺が格闘技やってるって知ってんのは戸塚以外だと材木座と一色だけなんだ、正直俺さ、あんまり目立ちたくないから人に話さないでくれると助かるんだが、良いか?」
うん!と屈託の無い笑顔で返事をしてくれる戸塚にあてられ、俺の顔はきっと今真っ赤に染まっている事間違い無しだろうな。
これがスカーフなら、あの娘(戸塚)に振ってもらえるかも知れないけど、俺の顔だと振ってもらえるじゃ無くて、振られるだろうな。
俺もヤマトへ乗り込んでイスカンダルまで旅するかな…。
朝のトレーニングを終え、俺は戸塚を我が家へと誘った、何だかこのままトレーニングだけやって終ってのも味気ない気がして、だから一緒に朝飯でもどうかと思ってさ。
初めは、それは悪いよなんて言って断っていた戸塚だったが、俺が今迄男友達を家へ誘った事が無いから、その最初の一人目になってくれないかと言ったら喜んで承諾してくれたよ!
それで今、戸塚を家へ迎え入れたんだが、まぁ大方の人が予想できただろう現状を迎えているんだなこれが。
「へ!?またまたぁ〜もうお兄ちゃんってば冗談ばっかり!こんな可愛い人が男子だなんて、あり得る訳ないじゃん。
朝っぱらから小町をかつごうなんて、甘い甘い!」
最早お約束の様に小町も言いました、だよなそう思うよな、俺だって思ったもん…。
「ごんめさないです(ごめんなさい)、戸塚さん。」
驚愕の事実を知り、只々戸塚に対して謝罪をして、苦笑しながら戸塚が気にしないでと言ってくれる。
「いやあまさか本当に男の人なんですね、お兄ちゃんいくら戸塚さんが可愛いからって、トチ狂ってちゃ駄目だからねそんな事になったら小町的にポイント低いよ。」
「いや、そんな事になったらポイントどころの騒ぎじゃ無いから、下手を打つと犯罪だから、でなくとも社会的に抹殺される可能性大だからね!」
うん、初めて戸塚と出会った日、ちょっとだけトチ狂いそうになったのは黙っておこう、それが身のためだ。
小町が用意してくれた朝食を三人で摂って、戸塚と二人リビングのソファに腰掛け俺達は語り合った。
「戸塚、格闘技でもそうだが、スポーツの世界でも強さってのは心技体の三つが揃ってこそって言うよな。」
「うん…僕もその言葉なら聞いた事あるよ。」
「その三つの内の二つ、技は昼休みの練習で雪ノ下が中心である程度は教えられるし、体、身体能力の強化は日々の鍛錬で伸ばすことが出来る、今日俺と一緒に朝練した様に戸塚自身が普段から自主的に取り組んで行けるならな。」
「…うん、やるよ僕。」戸塚は決意も新たに俺の言葉に頷く、強くなると云う意志をその表情に表して。
「だけどな戸塚、残りの一つ心、つまりな精神を鍛えるのは俺達には無理かもだ、それは戸塚お前自身の内面の問題だからな、試合に臨み闘い抜くと云う決意とか勇気とか、闘志とかっても言うな、それからどんな状況に陥っても己を見失わず、冷静に物事に対処出来る心構えとかだなそう言う内面は戸塚自身が獲得しなきゃだな。」
鴨川会長も言っていたよな、どんな優秀なトレーナーでも、それを練習で教える事は出来ないってな。
最近ではメンタルケアとか自己啓発とか、何か色々あるかもだけどさ、そう言った方面を俺達が指導するとか、先ず無理だ。
仮に何か言えたとしても、ただの古臭い根性論になってしまうだろうしな。
「…獲物を与えるのではなく、獲物の取り方を教えるだったよね、八幡達奉仕部の活動内容は、今でもさ昼休みの練習や今日みたいに僕は皆に沢山お世話になっているんだ、何から何まで全部を八幡達にやってもらったんじゃさ、奉仕部の活動内容にも外れるだろうし、僕の方もそれにただ甘えるだけになっちゃうよ、だからそう言った事は自分で頑張ってみるよ。」
戸塚もやっぱり男なんだな…俺もまだまだ修行中の身だけど、ほんの少しだけだが先を歩いていると言っていいかは分からんけど、エールを送ろう。
『ファイトだ戸塚!』
何かファイトとか横文字使ったけど、戸塚は強くなろうと頑張ってんだ、だからさその頑張っている人に頑張れは無いかと思うんだよね、ただファイトってのも意味的には頑張れと変わんないんだろうけどさ、それでもエールを贈りたいと俺は思ったんだ。
この後、目を覚まし起きていた母ちゃんと親父も同じ様な反応を見せた。
その際親父が『男の娘キターー!』と絶叫し母ちゃんからシバかれた。
さすがは親父、お約束は外さない男だよ…。
その後由比ヶ浜、一色、雪ノ下の順に我が家を訪れ小町の受験の為の勉強会が始まり、折角だからと戸塚も参加して行った。
午前中、中々姿を表さないカマクラが気になる雪ノ下はやたらとソワソワしていたとここに記しておこう。
『盲言を吐くのもいい加減にしなさい盲言谷君、貴方が見たものは幻覚よ、その様な物が見えてしまう様な眼は生きていく上で不必要でしょうから、処分してあげるわ。』などと雪ノ下なら言いそうなのでこの記録は俺の心の中の宝石箱に仕舞って置く事としよう。
週が明けて更に数日、戸塚の昼錬の手伝いもそろそろ一週間になろうとしていた。
その間戸塚は俺が作成したメニューを元に独自に朝練を行い、この昼休みの練習と放課後の部活、そして帰宅時はジョギングと自身の強化を精力的に取り組んでいる。
何か良いもんだな、誰かが目標へ向けて懸命に努力をする姿を側で見るってのもな、アレだよなそんな姿を見てると俺も負けられないなって思えるんだよな。
いや、頑張っているのは戸塚だけじゃ無いけど、雪ノ下も体力が無いなりに言葉や身振り理論などを持って指導にあたり、由比ヶ浜と一色も戸塚の練習相手や雑用などを俺と一緒にこなしてくれている、後序に材木座も手伝いに参加してくれている、まぁ材木座の場合は戸塚の天使っぷりの前に心を奪われたからだが、っても材木座に戸塚は渡さんがな!
この昼休みの練習を始めてから、次第にだがこの俺達が取り組むテニスの王子様育成計画の様子を見学する生徒が増えて来ている、何せこの場に居るのはアレだこの学校の女子生徒の中でも有名な美少女達なんだ、それも三人とも確実にトップ5にランキングしている事間違い無しのな。
しかもそれに加えて、一見美少女と見紛う程の可憐さを持つ男の娘、戸塚が懸命にスポーツに汗を流している。
美少女三人と激カワイイ男の娘がテニスするこの光景は、思春期男子にはたまらん物があるだろう、後一部の女子生徒にもな。
実は戸塚は、一部どころかかなり女子生徒に人気があるんだよな、この昼錬始めて最初の頃は女子生徒の見学者が男子より多かったしな。
しかし、今回あまり女子生徒の見学者は必要ないんだ、何故かってそれは戸塚がこの練習を通して強くなり、他の部員のやる気を起こさせる事が最大の目標だからな、その為には男子、特にテニス部の男子にこの事を知ってもらい、更に興味を持ってもらい、出来ればその連中にもやる気を出して貰えれば万々歳なんだよ。
だからこの見学者が増えている状況、俺の目論見通りに運んでいると言って良いだろう、後は見学者にテニス部員が居て、戸塚に続こうと志してくれる奴が現れてくれればな。
(しかし、ただ単に雪ノ下、由比ヶ浜、一色達奉仕部美少女チームを見に来ているだけ、なんて連中だけだとしたら…俺の目論見的にはハズレたんだけど、その至極個人的な俺の感情なんだが、彼女達をそんな好奇の目に晒させて居るとなると俺的に面白く無い…。)
だが、好事魔多しとは良く言ったものだ…。
「うぅっ!………っつ。」
右に左にとコートの中でボールを追い弾き返していた戸塚が、足を縺れさせて転び膝を負傷してしまった様だ。
「戸塚ぁ!」「彩ちゃん!」
「戸塚殿ぉ!」「戸塚先輩!」
雪ノ下を除く俺達四人は、その状況に焦り思わず大声を発し戸塚の名を叫んでしまった。
膝を抑えながらも立ち上がろうとする戸塚の様子から、怪我それ自体はそれ程大した事は無さそうだ。
「…っ、ゴメンね折角皆が手伝ってくれてるのに…。」
ただの擦り傷の様だし、大した事無さそうとは云え、それでも痛いものは痛いんだ、なのに戸塚は何より先に俺達に詫びの言葉を述べる。
「彩ちゃん、彩ちゃんは何も悪くないんだよ!だから謝らないで…それよりも足は大丈夫?」
「そうですよ戸塚先輩!先ずは一旦ベンチで休みましょう。」
「そうであるぞ戸塚殿!先ずは傷口を洗い、それから治療であるぞ!」
そんな戸塚だからこそだろう、皆がそれぞれに口々に戸塚の身を案じるのは。
しかし一人だけ、雪ノ下だけは違っていた、ベンチで休む戸塚に対して雪ノ下は言った。
「…まだ続ける気かしら戸塚君。」
この物言い、一見すると雪ノ下は冷たい奴の様に感じられるかも知れないが、そうじゃ無いんだ。
「うん、折角皆が手伝ってくれてるんだし…それに僕自身何だか手応えを感じ始めているからね。」
戸塚の返事に雪ノ下は「…そう解ったわ。」と言い踵を返し俺達から離れて行こうとしている。
雪ノ下がこれから行おうとしている事は何も雪ノ下がやらなけりゃならない事じゃない。
「待てよ雪ノ下、お前はココに居ろよな、保健室には俺が行く。」
雪ノ下は保健室に行き、先生を呼ぶか救急箱を借りて来ようとしているんだ、雪ノ下は基本的に不器用な奴だからさっきみたいな物言いをしてしまうが、別に冷血だと云う訳じゃ無い。
その本質は優しい奴なんだよ、ただ過去の経験とかそう言った外的要因の影響で人付き合いが下手なだけ(その辺り俺と似ているのかも)なんだよ…多分。
「お前は奉仕部の部長だろう、ならこの場の責任者な訳だ、こう言うのは部員に任せて、部長のお前はデンと構えていろよ。」
俺に声を掛けられ、立ち止まった雪ノ下は自身の行動を俺に読まれた事に意外そうな顔をしたが、俺の意見には了承してくれた。
「…そうね、比企谷君貴方に任せた方が良い様ね、お願いするわ。」
「おう、任された。」
「由比ヶ浜、一色、後序に材木座、お前達も少しの間此方を頼むな。」
由比ヶ浜と一色も居る、この二人ならきっと雪ノ下をサポートしてくれる、二人は俺や雪ノ下と違ってコミュ力が高いから、特に一色はそのあざとさと云うか人当たりの良さと、意外と頭も回るから対外交渉とかも任せられそうだ。
由比ヶ浜はアレだ、うん、場の雰囲気を和らげてくれるかな。
硬いオージービーフを柔らかくするために漬け込むワインみたいな…ちと違うか。
材木座はホントにオマケだ、スーパーミニプラに付いているガムみたいな程度の存在だ。
オマケのガムみたいな程度の能力…このネタ前にやったな!?
…てか、俺はちょっとこの場を離れるだけなのに何でこんなに説明してんの。
「うん!行ってらっしゃいヒッキー、気をつけてね。」
朝、仕事へと出てゆく旦那を送り出す新妻の様な返事をする由比ヶ浜…あっ、ヤバイ由比ヶ浜の新妻の手料理とか…あまり想像したくねぇ…ガハママさんも由比ヶ浜の料理はまだ人様に出せるレベルへは至ってないと言ってたし。
「ハイ、せんぱい!いろはちゃんに任せておいてくださいね♡」
あざとさ可愛く敬礼しながら返事をする一色いろはさん、俺言ったよね♡をつけてかわいいのは上坂す○れさんだけ…じゃない様だな、遺憾ながら。
「ちょっ!相棒よ、我序にって酷くない!それ酷くない!!」
材木座が何か言っている様だが、聞こえません。
だが、俺がこのテニスコートを離れてしまった僅かの時間の間に、面倒事が起こってしまっているとは、この時俺は想像してもいなかった。
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トップカーストが高い代償を払うのは間違っていない。
俺はテニスコートを後にし保健室に向かったんだが、そこに養護教諭の白楽先生は不在だったので職員室へと遥々やって来た。
いやね、別に遥々とか強調する必要は無いんだけどね。
扉をノックし、入室の挨拶を済ませて職員室内を見渡したが、白楽先生の姿は確認出来なかったが、俺の来室に気が付いた平塚先生が俺に声を掛けて来てくれた。
「やあ、比企谷どうしたのかね、君が呼び出し以外で職員室へ来るなど滅多に無い事だ、何かあったのかね。」
「うす平塚先生、実はっすね…」
俺は事の経緯を平塚先生へ説明し、保健室から救急箱を借りてもらった。
「どうもありがとうございます平塚先生、戸塚の治療が終わったら救急箱は返しておきますんで。」
「ああ頼むよ比企谷、ところでどうかね戸塚の練習の成果の程は?」
顧問として平塚先生も俺たちが取り組む、テニスの王子様育成計画の進捗状況が気になるのだろうし、生活指導担当と言う立場もあるだろうが、基本この人は面倒見が良いと云うかお人好しな面があるんだよな、それがプラスの方向に働けば今頃恋人の一人…。
「比企谷、君にはどうやらファーストブリッド〜ラストブリッド迄のフルコースをお見舞いせねばならない様だな。」
右手の指をメキメキしながら、このお人は物騒な事を仰る…まぁ例え撃たれたとしても全弾回避でもガードでも対応出来るけどね。
「なら俺はシャイニングフィンガーで対抗させてもらいますよ。」
「…敢えてゴッドフィンガーでは無くシャイニングフィンガーを選択するとは比企谷、君も解っているな!いやあGガンの主役機交代劇こそ歴代ガンダムシリーズの主役メカ交代劇中屈指のエピソードだと私は思うのだよ、ハハハハっ!」
「…そっすね、何気にゴッドガンダムにお姫様抱っこされてるシャイニングガンダムのラインが妙に女性的だったりするんですよね。」
Gガンなぁ、アレ当時リアルタイムで見てた人ってどんなふうに思ったんだろうか、DVDレンタルで視聴した俺としては一ロボットアニメとして楽しめたけど、それ迄のリアル路線からガラリと変わってついて行けない視聴者も多かっただろうな、何せその前番組が∨ガンだからなぁ、ギロチンとか水着のお姉さんをビームサーベルで焼き殺すとか、お母さんの頭部があのメットの中にあるのかとか考えると…。
色々脱線してしまったが、平塚先生には順調に計画は進行していると伝えると平塚先生は一つ頷き。
「最終的な報告は、依頼完了後の活動日誌の提出を以ってと言う事でな。」
平塚先生は右手を振り、職員室へと戻っていった、長い黒髪と白衣をたなびかせながら、ホントにこの人のこう云う仕草には見惚れてしまう…な。
救急箱を借り受けてテニスコートへと戻って来た俺は、そこで俺が離れていた間に起こったであろう状況に呆れとも、憤りとも着かない感情を抱く事になってしまった……。
「…コイツは一体どう言う状況だ?」
テニスコートの両サイドに男女一人ずつのペアがラケットを片手に陣取っている。
片方は材木座と由比ヶ浜、もう片方は俺や由比ヶ浜と同じ2年F組のトップカーストと目されるグループの二人だ、イケメンとして学校内でもかなり知れ渡って居るらしい、例の体育の授業の時にコートを独占していたうる星やつら…では無く五月蝿ぇ奴らの首魁と、見た目が派手で金髪ドリルヘアの(俺の印象としては我儘、唯我独尊を地で行く)女子だ。
そして周りにはコイツらのグループの男子が三人と赤い眼鏡を掛けたショートヘアのチョイヲタっぽい?女子。
ベンチでは戸塚が悲痛な表情で、その側にはゼイゼイと荒い息を吐く雪ノ下が疲れ果てた様に腰をおろしていた。
「おぉ、比企谷君じゃん!比企谷君も混ざりに来たんだべぇ!?」
トップカーストの賑やかし担当の…戸部だったかが、気楽な調子で俺に声を掛けて来た。
が、俺はそれを無視して身内(この場合は奉仕部のメンツと戸塚と材木座だな)へ確認を取る。
「雪ノ下ァ言え!コイツはどう言う事だ!」
俺のキャラでは無いかも知れないが演出を兼ねて、俺は少しばかり大きな声で雪ノ下に確認を取ってみた。
雪ノ下は一旦俯いていた顔を上げ、俺と目を合わせたが、バツが悪そうに視線を反らした。
「ヒッキー…ゆきのんを責めないであげて、あたし達も悪かったんだ…。」
「そうだぞ相棒、雪ノ下嬢だけの責任では無いのだ、我等にも非はある…。」
「八幡…ゴメンね、僕が…。」
由比ヶ浜、材木座、戸塚が雪ノ下を庇う様に自分達の非を俺へ告げようと口を開いているが、それは後で聞く。
今聞くべきは、この場の責任者の立場にある雪ノ下からだ、その経緯を聞くべきはな。
雪ノ下は荒い息を吐き、ながら一言ごめんなさいと俺へ謝罪するが、違うだろう雪ノ下、今言うべき言葉は俺への謝罪じゃ無いだろうが!
「…せんぱい、今雪ノ下先輩は疲れてますから話せる状態じゃ無いです、だから代わりにこれを見てください!」
そう言って一色が俺に手渡してきたのは、戸塚の練習の様子を録画する為に利用していたビデオカメラだ。
戸塚の練習及びフォームの確認等に利用していた、雪ノ下が自前で用意してくれた物だ。
なる程な、一色はどうやらことの顛末をずっと録画していたんだな。
コレは良くやったと評価しておこうかな、八幡的にポイント高いぞ!
ふむ、これはどうやら俺がこの場を離れてほんの間もなくの事のようだな。
『あ〜、テニスやってるじゃん、テニスぅ、あ〜しさぁ今超テニスやりたいんだけどぉ!』
金髪ドリルの声が聞こえ、一色はその声が聞こえて来た方向へカメラを向け、そこに映っていたのは金髪ドリルを先頭にコート内へと無断で侵入して来た、この連中だった。
『およ、なんだぁ結衣じゃん!ねぇ結衣あんたテニスやってんの、だったらさぁあ〜しらもヤって良いっしょ!』
『あ〜っゴメン優美子、あたし達今さ部活中なんだ、だから学校に許可をもらわないとコートをつかえないんだ。』
ふむ、由比ヶ浜はきちんと断りをいれているな、偉いぞ由比ヶ浜、この先の展開次第ではハナマルをあげても良いな。
『え〜っでもさ結衣、あんたテニス部じゃ無いしょ、だったらあ〜しらだって使えんじゃん。』
『やぁ〜そうなんだけどさ、あたし達の部で彩ちゃんの手伝いする事になってさ、それで…。』
『だったら結衣だって部外者じゃん!ならあ〜しも…『貴女聴こえなかったのかしら由比ヶ浜さんは学校に許可を取ってここに居るといった筈よ。』なっ!あんた確か雪ノ下さんだっけ?随分高飛車な態度取るじゃん!?あんた何様!』
なる程な此処で雪ノ下が出張って、金髪ドリルと口論へと発展して行く訳だ、この二人どちらもある種女王様タイプみたいだからな、さしずめ雪ノ下は氷で金髪ドリルは火ってところかな。
…待てよ、氷を水と考えると、水と火って訳だ、もしかして探せば木金土のタイプの女王様が居るかも知れないな、集めれば総武高校の陰陽五行の女王様戦隊を結成出来るかな…。
何か面倒くさい戦隊になりそうだな、チームワークも何もあったもんじゃ無いバラバラの戦隊ってかそれじゃあ戦隊の体も為さないんじゃね?
『まぁまぁ優美子も雪乃ちゃんもそれくらいにして冷静に話し合おうよ。』
首魁閣下のお出ましか、途端に金髪ドリルはデレやがったが、雪ノ下は何だかすっげー嫌そうな、嫌悪感丸出しって表情してるな。
『…貴方に名前で呼ばれる筋合いは無いわ、不快だから止めてもらえるかしら葉山君!』
『っ、すまない雪ノ下さん…だけど二人共そんなに攻撃的にならずに皆仲良くしよう、話し合えばきっとわかり会える筈なんだからね。』
…ハッ、皆仲良くね…由比ヶ浜はテメェ等にきちんと理由を話し、それは無理だと断りをいれたじゃないか、なのにそれを無視するように無理矢理テメェの我を押し通して来たのはどっちだ!
コイツが、葉山とか言ったか…コイツの言う皆仲良くってのは俺達がコイツらに対して譲歩して、その我儘を受け入れろって事じゃねぇか。
譲歩する事を一方的に押し付けられた側に、押し付けた側に対する友情なんて無ぇだろ、そこに生まれんのは反感だ、そんな相手と仲良くなんてしたいと普通のマトモな思考回路を持っていりゃ出来やしないだろうがよ。
『ではこうしないか、俺達と君達と試合をし、勝ったほうが戸塚の練習の手伝いをする、恨みっこなしでね。』
…何処までコイツ等は馬鹿なんだ、俺達奉仕部は部活として正式に依頼と許可を受けて此処に居るんだと説明を受けたにも関わらず、飽くまでもテメェの都合を押し付けやがる………。
『葉山君貴方話を聞いていたのかしら私達は『ハン!何だかんだ言って雪ノ下さんさぁ〜、あんた負けんのが怖いだけなんじゃないのぉ〜。』…何ですって、良いわ貴女のその安っぽい挑発受けて立ってあげるわ!』
………あっちゃぁ〜、雪ノ下ェ…。
「おい雪ノ下。」「何かしら比企…」
俺は雪ノ下の返事の途中で、雪ノ下に対してデコピンをお見舞いしてやった。
雪ノ下は痛む額を抑え、恨みがましい眼で俺を睨みつけるが、その眼光には普段の雪ノ下の気迫の様なものが感じられない。
こいつ自身下手な挑発に乗ってしまった負い目があるんだろうな。
「何やってんのお前は、挑発だと分かってんのに何でそれに乗るよ!?馬鹿なのか、お前がやるべき事は何だ挑発に乗る事か違うだろうが。」
俺は雪ノ下から視線を離すことなく、ジッと見つめ話す。
「お前が奉仕部を立ち上げたのは何の為だったよ!?依頼を通して自身と依頼者の成長を促す事じゃなかったか!」
「…貴方の言うとおりよ比企谷君、返す言葉も何も今の私には無いわね。」
「なぁ雪ノ下、お前ライラ大尉知ってるか?知らないだろうな、そのライラ大尉はこう言った…お勉強が出来るだけの馬鹿な子っているよね…とな、今のお前を見てるとそれがお前に当てはまる様に俺には思えてならないんだよ。
お前は学年一位の成績を誇るのに精神はてんで未熟じゃねぇか、いや未熟なのは俺達だって一緒だ何せまだまだ親のスネかじってる一介の高校生だからな、でもよ挑発だって解ってんなら何でそれを回避する路を選ばないんだ、それを選べる様になってこその成長だろうが、お前は今日その成長の機会をテメェで不意にしたんだ。」
「…………。」
俺が雪ノ下へ話し掛けている間もビデオの再生は続いている、結局葉山グループと雪ノ下達は試合をする事になり、男女ダブルスでだ。
葉山と金髪ドリルペアに対し雪ノ下と材木座ペアで挑む。
何だか金髪ドリルが中学時代テニス部だったらしく、その腕前はかなりの物だと俺にも解るが、雪ノ下は技術でその金髪ドリルの上を行っていた。
葉山もスポーツマンだけあり、それなりに上手く立ち回っている。
材木座は…パワーはあるがボールを上手く捉える事が出来ていない為、打ち返したボールがホームランレベルの打球になっていたり、ネットをぶち抜いたりといいとこ無しだ……。
それでも雪ノ下一人の力で優勢に試合は進んでいたが、それはゲーム開始からほんの三〜四分間だけだった。
元々雪ノ下は体力が無かったが、金髪ドリルの技術は一歩劣るもののそれなりのレベルには達していた様で雪ノ下相手に善戦、それがあったが故に雪ノ下の体力は僅かな時間で削られてしまったのだろう、体力を削られた雪ノ下はリタイアした訳だ。
そして、雪ノ下の代わりに由比ヶ浜が試合に出たが、力及ばず序盤にリードを覆されてしまった訳か。
「良いか雪ノ下…クールになれよ、くだらねえ挑発なんかに乗るような猪突じゃいけない。」
「あんさぁ〜どうでもいいんだけど早くしてくんなぁい?」
痺れを切らしたか金髪ドリルが催促してくるが、コイツは自分がやっている事の意味を理解してんのか、もしもして無いのならコイツはどうしようもねぇ救いようも馬鹿だ。
「ちょっと黙ってろやァ!糞ビッチがァ!!」
この連中にはいい加減俺もムカついているからな、此処は少しばかり闘気を込めて恫喝してやった…連中、闘気なんてモノ食らったことなんか無いだろうからな、全員たじろいでいやがる。
「雪ノ下俺は、まぁなんだお前の事は信じてるぞ…お前はきっと成長出来るってな、雪ノ下だけじゃ無い、由比ヶ浜も一色も戸塚も…材木座も?」
皆の視線が俺に集まる、生憎俺の眼に俺の顔は見えないが、多分今の俺の顔は赤く染まっているかも知れないな。
なんか今日の俺は柄にも無い事ばかりやってんじゃね?
その俺の柄でも無いセリフに続いて、皆がなんだか愛でる様な声で俺の名を呼んでた。
相棒、我だけ何か疑問形…と材木座が言っている様だが、八幡聞〜こえない。
身内からの話は聞き終えた結果、連中の挑発を受け雪ノ下が暴発し本来やるべきで無い事をやってしまった。
なのでこちらも、何らかの処罰が課せられるだろう。
「…さてと、ちょっくら奴等と話してくるわ。」
「…ヒッキー、あのさ…ゴメンねお願い。」
俺は由比ヶ浜の頭を人撫でし、コートへ向かう。
連中にも解らせないといけない、自分等がどんだけ愚かな行動を起こしたかと言う事を。
俺はテニスコートのセンター、ネットの向こう側にいる首魁と金髪ドリルの二人と対峙した。
「…解ってんだよな、お前等の行動がどんな結果になるかってよ、わかった上での行動だよな。」
「ハア!?何言ってるし、あ〜しらテニスやりたいからやりに来ただけだし、アンタらだってやってんじゃん!」
どんだけなんだよ、コイツは由比ヶ浜達に説明を受けたにも関わらず、それをまるで理解しちゃいないなんてな…コイツは救いようがねぇ奴と認定して構わんようだな。
「まぁ二人共、そんなに好戦的にならないで、折角なんだから皆で仲良く楽しくテニスをしようよ、優美子もヒキタニ君もさ。」
こいつ、事がここに及んでもまだそんな寝言をほざいてんのかよ、こいつと言い金髪ドリルと言い、この学校は進学校の筈だよな、だってのに人の話を理解出来て無いのかよ。
それにこの男は、俺前に言ったよな俺の名は比企谷であってヒキタニじゃあねぇと…ワザとヤッてんのか、それとも素で間違えてんのか…前者ならコイツは敵認定しても構わんな、後者だとしたら、コイツは残念な奴と認定するか。
「おいハサン、テメェは頭脳がマヌケか!?由比ヶ浜達が説明したんだろうがテニスコート使うには許可が必要だってよ、しかしアレだな、アーガマの軍医のハサン先生は子供達や乗組員の体調からメンタルのケア迄行う人格者だったけどよ、同姓のお前はそれに程遠いな。」
「…すまないが、俺はハサンでは無いよ、葉山だよ。」
ふっ、コイツ今少し気分を害したか、今迄おそらくコイツは常にトップカーストに君臨していたんだろう、なら今俺がやった様に直接的に悪意をぶつけられた事なんか無かっただろうと想像できる。
「へぇ〜、あっそ!俺今迄お前の名前知らんかったし、仕方無いよな。
お前はアレだよな、俺は前に名前を名乗った記憶があるんだが、もしかして俺の気のせいだったかな…なぁ材木座、俺確かコイツに名前名乗ったよな!?」
「…うむ、相棒よお前は確かにそこな奴に名を名乗ったであるな、我だけでは無く戸塚殿も聞いていたぞ、そしてそこの長髪君も知っておるぞ。」
材木座の言葉に戸塚も頷く、あの時の事を二人は普通に覚えていたよ、それが普通だよね、なんたって戸塚が覚えていたんだからさ。
「…だそうだ、ほんの一週間程度前の事だと思うんだが、それを覚えてないとすれば…やはりお前の頭脳はマヌケとしか言えないわな。」
ハハッ、流石に此れだけ言われると少しはコイツもバツの悪そうな顔をするのか、皆仲良くだとかなんとか口当たりの良い言葉で今迄物事を有耶無耶にしてきたんだろうが、そうは問屋が下ろさないってな。
「まぁだが、今それは置いとくとしてだ、一旦始めたからには取り敢えず着けなきゃだろうな、相手してやるよお前ら二人共俺一人でな、フッ!。」
俺は葉山と金髪ドリルを睨む、お馴染みの眼つきの悪いと評判の(平塚先生曰く特攻の拓のキャラクターの様な眼つきと評される)眼光に微量の闘気を加えてな。
それを受けた二人が僅かに後退る、ヘイヘイ!ピッチャービビってるう〜!
「おら、お前らもポジションにつけよ殺ろうぜ!」
俺はジャージのジッパーを下ろしながら促す、このくだらない試合を終わらす為に、そして事此処に至ったなのなら利用するか、この状況を。
お誂向きに見物人も集まっている、証人は十分だ。
更に此処で少しばかり力を示せば、中にはそれを見て自分もってヤル気を出すテニス部員も居るかもしれないし、新たにテニスをやりたいって生徒も出てくるかも知れない、マイナスばかりじゃ無くもしかしたらプラスの効果が現れる可能性だってゼロじゃ無いかもな。
二人がポジションに付いたことを確認し、俺もそれに続く。
「風は一人で吹いている
月は一人で照っている
俺は一人で流れ者…。」
俺はジャージを脱ぎながら唄う、ドラマ『スクールウォーズ』で大木大介が喧嘩に臨む際に唄った『東京流れ者』を。
コレも演出だ、けど元ネタをコイツらが知っているとは思えないけど、いやスクールウォーズって割と再放送やってたからワンチャンあるか。
ジャージを投げ捨てラケットとボールを材木座から受け取り、その材木座には葉山と金髪ドリルの後方に陣取ってもらう。
サーブ権は俺が貰った。
さて何発かな、コイツらのメンタルをへし折る迄に俺が打つ回数は。
先ずは一発目、俺はボール2回バウンドさせキャッチしたボールを空へ放り、戸塚に褒められた(八幡超嬉しい)フォームでラケットを振り抜いた。
一流のテニスプレイヤーが打つボールのスピードは時速250Km/hを超えると云うが、今の俺のショットもそれに遜色ないだろう。
それだけの速度、一般人が反応など出来るだろうか、否出来無い…多分。
現に、葉山と金髪ドリルは一歩も動けずにいた。
俺が打ったボールは二人の間をワンバウンドして通り過ぎて行った。
呆気にとられたような表情の二人と、その球速に驚きざわめく観衆の声、コート外へアウトしたボールに反応し、キャッチした得意気な顔の材木座、いやお前は格闘者だし出来んだろう。
『WOOOO!!!!!』
「ヒッキー!!カッコいいよお!」
「せんぱい!素敵ですう!!」
見学していた観衆が、由比ヶ浜が一色が、一斉に歓声をあげる…学校で目立つのは不本意だが、仕方無いな。
手を挙げて歓声に応えたりなんか八幡やんないよ、だって恥ずかしいし。
葉山と金髪ドリルは互いの顔を見合われている、そりゃそうだよね、君達に打ち返せるかな?出来るかな、かな?
「あ〜、予告しとくわ、次も同じ所に打ち込むから頑張ってな。」
二人を煽るため、俺は敢えて挑発的に同じ場所へ打ち込むと告げてみた。
まぁ、うん同じところに打ち込みはするよ、打ち込みはね!
ボールを受け取り一発目と同じ様に、コートにボールをバウンドさせる。
キャッチしたボールをさっきは普通に放りサーブしたが、この先が違うんだなこれが。
左手に掴んでいるボールに俺は気を込める、「ハァーッ」と一呼吸し。
気を込めたボール放り上げる。
そのボールをチョッピングライトをイメージしてラケットを振り抜く、一発目がおよそ250Km/hを超えた位のスピードだったが、この2発目はそんなもんじゃ効かないだろう。
気を込めたボールを全力で振り抜き、ラケットの真芯でそれを捉えたんだからな、おそらく400Km/hは出てんだろうな、カワサキのNinjaH2Rの最高速度並みの速度だろう。
超スピードで射出されたボールは、気のオーラを纏い、一発目とほぼ変わらぬ発射角で相手側コートの、やはり一発目と変わらぬ位置に着弾し…。
『ドゴオーン!』
と大凡テニスボールがコートに着弾した音とは思えない音を響かせ、コートの地面を軽くえぐり取りそのボールは…。
『パァーン』と気のぬけた様な音を起てて破裂四散してしまった…。
あ、これヤバイやつだ…どうしようきっと皆ドン引きしてんだろうな…。
てか、ボールを弁償しないとだよな、まぁバイトのおかげて金銭的な心配は無いけど(ボールの一個くらいなら)さ。
『WOOOO!!!!』
一発目を放った後の歓声よりも、より大きな歓声が観衆から発せられ、中には賞賛の声がチラホラと聞こえる。
そんな状況に於いて、葉山と金髪ドリルはただ呆然と立ち尽くすだけであったが、俺としてはコレで済ますつもりは無い。
そろそろ昼休みも終わるだろうし、今後コイツらにデカい顔をさせない為にもさ、止めは刺すべきだよね。
さて、もう一芝居打ちますかね。
「やっべぇ、調子乗ってコースの予告してみたけど良かったわぁ、うまい事行って。」
ラケットを右肩に担ぎ、ネット際へ歩きながら少しだけ大きな声で独り言を言う体で、二人に聞こえるように言う。
「我ながらあれだけのスピードとパワーだからな、もしアレがコントロールを外して人の身体に当たったらどうなったろうな。」
二人に眼を向けニヤリと、作る必要もなくデフォルト装備の悪人的な眼と、口元を歪ませて、駄目押しだ。
「もしアレが、女子の下腹部にでもぶち当たったとしたら、確実に子宮が破壊されるだろうな…そうなったらアレだ、将来好きな男の子供も産めなくなるかもな、フッ!」
金髪ドリルはそれを想像したのか、恐怖の小さなうめきを漏らし、その場に崩れた。
「もしアレが、男の股間にぶち当たったら、確実にそのぶら下げた二つのボールとバットは使いもんになら無くなんじゃね。」
バチコンウインクをかまし、俺は優しく告げてあげました…まる
てか俺のウインクとか多分需要無いよね。
蹲る金髪ドリルを労りながら、葉山は苦い表情をしていた。
「人の忠告を無視した挙げ句に、無様に完全敗北を喫する、人それを自業自得と言う!」
胸元で腕を組んでロム兄さんしたかったが、あいにくとラケットを持っているから出来なかった、これぞ正に片手落ちってか…お後が宜しいようで。
放課後、俺達奉仕部はことの顛末を平塚先生に報告、一色の記録した映像と言うこれ以上に無い証拠も有り、直ぐに処分は決定した。
俺と雪ノ下は、停学三日。
雪ノ下は止めるべき立場に居ながら、安易な挑発に乗った為に、俺は些かやり過ぎで在ろうと。
葉山グループのテニスに参加しなかったメンバーも停学三日。
戸塚、由比ヶ浜、一色、材木座は反省文の提出。
そして葉山と金髪ドリルこと三浦は、一週間の停学と、葉山は一ヶ月間の部活動禁止。
一時の快楽の為に痛い思いをする事になったが、これも又自業自得だ。
停学明け、登校した俺を由比ヶ浜と戸塚が笑顔で迎えてくれた。
「八幡、ゴメンねそしてありがとう、奉仕部の皆のおかげであれから新しい部員も増えたし、何人かの部員もヤル気を出してくれてさ、テニスが盛り上がって来たんだ。」
「ヒッキーゴメンね、ゆきのんとヒッキーにだけ嫌な思いさせちゃって…でもおかえりなさいヒッキー。」
まぁ停学はちと痛かったのは事実だけどな、テニス部を盛り上げる事に貢献出来た様だし、戸塚と由比ヶ浜も笑顔で迎えてくれたし…終わり良ければすべて良しだな。
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黒のレースは魅惑に輝く。
疲れた、俺は疲れているんだよ、何ならもしかしたら憑かれているのかも知れないまである。
何で疲れているかと言うとね、昨日は土曜日だったんだけどさ、俺はその貴重な休日である所の土曜日を休む事が出来なかったのです。
それは何故なのか…我が奉仕部唯一の一年生部員にして、俺にとってただ一人の後輩にして、最近はもう妹分認定しても良いんじゃね?と思い始めている。
そう!皆様ご存知の…って何処の皆様なのか、ワタクシ存じ上げませんトコロの、あざと系ゆるふわギャル一色いろはに一日付き合わされたからであった。
『だってせんぱい私の誕生日、停学で祝ってもらえていませんから、その穴埋めの為にもせんぱいはいろはちゃんに一日付き合わなければいけない義務があるんですよ、当然ながらせんぱいに拒否権など存在しませんからね。』
との有り難(迷惑)いお言葉により、付き合う事と相成った訳なんだよな。
いやいや一色さんや、俺、遅ればせながらだけどさ、誕生日プレゼント渡した筈だよね。
『すまん一色、遅れたけどほれ、まぁなんだおめでとう、誕生日よ…。』
気のせいのはずはないんだけどなぁ、俺渡した筈なんだよ、まさかいつの間にか俺はD4Cに一色にプレゼントを渡していない平行世界に連れ込まれたのか?
それってヤバいじゃん、もしこの世界の俺と俺が出会ってしまったら…。
一色を自宅へ送り届け、帰ってきた俺の様子を見てを見て小町は驚きと心配の声をあげた。
眼鏡を掛けていたにも関わらず、リビングに座り込んだ俺の眼が朽ち果てたかの様に生気を無くして見えたそうだ。
まるでその役割を終えて、錆びくれ朽ち果て惑星デロイアの片隅に佇む『ダグラム』の様だったとは親父の談だ。
朝のトレーニングを終え、シャワーと食事を済ませ、プリティでキュアなアニメが始まるまでの時間を俺は動画を観て過ごすことにした。
「…やっぱ凄えなこのお二人は。」
「およ、お兄ちゃんまたなんか動画みてんの、何なに、エッチなの!?駄目だよ小町が居るんだからそんなの見ちゃ駄目・ダ・ゾ!」
…自室よりリビングへ降りてきた小町がお約束の様にアホな事を言いやがる。
何なのその人差し指を顔の側でフリフリさせて片目を瞑って、決め顔しやがって!
八幡可愛いと思います!
「馬っ鹿お前、違うからね、朝っぱらからそんなの見ないから。」
「もう、お兄ちゃんってばそんなの小町分かってるよ冗談だってば、冗談。」
あらやだこの子ってば何言ってんのかしら、みたいな言い方しやがって…。
しかもすっげぇ良い笑顔で…殴りたこの笑顔。
嘘だけどな、千葉の兄貴が可愛い妹に手を出すわけ無いだろう…たまにデコピン位はやるけどさ。
「それで、今日は何見てたの、格闘技の試合か何か?」
そう言いながら俺のノートPCを覗き込んでくる。
慎ましやかな膨らみを俺の背中に押し付けて、全く兄妹とは言え無防備過ぎやしませんかね小町さん。
「…何かさ、随分古そうな映像だね、昭和の映像かな?」
「確かに古いけど平成の初期だよ。」
俺が視ていた映像はニ十五、六年位前の映像だから、確かに古いっちゃ古いけど、それでも色々と学べる事だってあるんだからな。
「コレはな、極限流のリョウ・サカザキ現総帥とロバート・ガルシア師範の若かりし頃の試合の映像だ。」
当時おそらくは、20代前半だと思われるお二人の直接対決を収めた貴重な映像だ。
うp主さん、あざした!
サカザキ総帥とガルシア師範、それぞれが別の人と闘っている映像は何度も視ていたけど、直接対決の映像を視たのはこれが初めてだ。
結果はサカザキ総帥の勝利だが、ガルシア師範の健闘も光っていた、実際途中迄はどちらが勝っても可笑しく無い試合内容だったと言える、まぁ何にしろ素晴らしい試合だった。
流石は無敵の龍と最強の虎と並び称されているだけの事はある。
「ふ〜ん。」
小町はあまり関心を示さなかった。
▶ハチマンはおいでおいでをした。
▶コマチはリビングをあとにした。
▶ハチマンはけいけんちをえられなかった。
▶ハチマンはゼロエンをてにいれた。
週が明けて数日、葉山と三浦の停学期間が終わり、二人は登校してきた。
材木座が小説を投稿したかは、俺の預かり知らぬところであるが。
登校一番三浦は、由比ヶ浜と海老名に労わられていた、その変わらぬ由比ヶ浜の優しさに三浦は救われた事だろう。
「ゴメン結衣…それとあんがと。」
「うん、おかえり優美子。」
何だか今、俺はその三人を父親の様な気持ちで見つめている。
決してそこに疚しい気持ちは無いからね、ハチマンウソツカナイ。
と、そんな三人を見つめていたら、あらあら眼が合っちゃったよ。
うわぁ、何か三浦が俺を睨んでるよ、顔を真っ赤にして…そりゃなぁ我ながら三浦には酷い事言ったからな、嫌われんのも当然だよな。
て!ちょっとまって、何此方に近づいてきたよ、喧嘩上等なの!?
嫌だよ俺、素人のしかも女子と喧嘩するなんて。
アレコレ考えてたら三浦さんってばもう、俺の所に到着しましたよ。
「………………。」
むっ、無言で上から睨むの止めてもらえませんかね。八幡ってばチキンハートの持ち主だからね。
これ前にも言ったよね、大事な事だから試験に出るからね、きちんと板書しとくんだよ、後から泣いても知らないよ。
「…ヒッ、ヒキオ、こないだはゴメン迷惑かけたし…。」
まっかっかの顔を背けて俺に詫びをいれる三浦、やだ何なの三浦ってばいきなり俺に詫びるなんて、もしかしてアレかこれが噂に聞くツンデレって奴なの、マジかよ本当に存在していたのかよ!
これってもしかして国宝指定レベルの出来事か…。
「…………………、おっ…おう、まぁ済んだ事だし、そのな、お前も反省してんだよな、ならもう気にすんな…そのアレだ俺もあの時は言い過ぎた、スマンかった。」
「ん、わかったマジゴメンだし。」
しかしな三浦、今のお前の少しばかり謙虚と言える態度を、何であの時見せなかったんだよ、俺にはそう思えてならなかった。
去りゆく三浦の後ろ姿を見送り、元鞘に収まったように見える葉山グループを見ると、葉山が俺の方を視ていた。
あら目線が合っちまったよ、やだなぁココから恋が始まるなんて事態にならないよね。
そんな薔薇の花びらが飛び交う展開お断りだからね。
『ハヤハチキター!』なんて誰も言ってない、ハチマン聞こえない。
それはさて置き葉山の奴、何か妙にバツの悪そな顔してんな。
まぁ良いけど、テニス部の件みたいな事にならなきゃ俺には関わりない事だからな。
「優美子がね、ヒッキーとゆきのんに謝りたかったって言っててさ、ヒッキーありがとう、優美子の事許してくれて…やっぱさヒッキーは優しいね。」
俺の隣の席に腰を下ろし、由比ヶ浜はニコニコとしながら何かこっ恥ずかしいし事を言っているけど、もうすぐ一時限目始まるから早く自分の席に戻りなさい由比ヶ浜さんや、お前が俺に話掛けに来るとクラスの男連中の視線が痛いんだからね。
「別に優しくなんか無いぞ由比ヶ浜、あの時は俺も三浦に言い過ぎたし…それに由比ヶ浜は友達なんだろう三浦と、ソレだと何か気まずくなるだろう…。」
「もう…ヒッキーは、そうやってあたし達の事をちゃんと考えてくれるんだから、だからヒッキーは優しいんだよ…それとさ、あの、ほらあたしさ6月が誕生日だからさ…そのね、あたしもいろはちゃんみたいにヒッキーとお出かけしたいな、なんて…」
あうっ、もじもじと身体を小さく小刻みにくねらせ、両手の人差し指をちょんちょんさせ、更に顔を紅潮させ遠慮気味にお誘いの言葉を告げる由比ヶ浜の仕草が……その、遠慮して言っても、可愛すぎるだろ!
だけどね由比ヶ浜さん、俺さ一昨日の土曜日一日、一色に付き合わされた訳なんですよ、それがね俺にとっては散々な一日となったのよ、一色の奴俺の事からかいやがってさ、普通そんな時に男をその…あれ、下…ラン、ええぃ!ランジェリーショップに連れて行ったりするの?
行かないよね!いや俺、抵抗したよ、だって恥ずかしいしじゃない、ただ恥ずかしだけじゃなくてさ、女性の園へ連行されてさ、不審者か犯罪者でも見る様な眼で見られてさ…。
『せんぱ〜い、見てくださいコレなんかどうですか、私に似合うと思いませんかぁ!』
とか言って現物を手に取って俺に見せる訳ですよ、何なの?いじめなの、そう言うの良く無いと八幡思うんだ。
いやね、思わず想像しましたよ、その下着を身に着けた一色いろはさんの姿をさ。
俺だって思春期なんだよ、春を思う時期なんだよ!舐めちゃいけないよ、思春期男子の妄想力をさ。
あっ、ヤバい思い出したらまた、疲れ始めた……。
「ちょ!どうしたのヒッキー!何か目が変だよ、死にかけてるよ!しっかりしてヒッキー!死んじゃ駄目だよぉ!」
あぁ、何か身体がガクガクと揺らされている気がするぅ〜…。
あ〜ァ〜カ・ラ・ダが揺れるう〜頭が揺れるう〜、アタシ怠惰ですか?脳が、震える。
「…由比ヶ浜その辺の事はだな、誠に遺憾ではあるが前向きに検討して内容を吟味した上で商品の発…送を以って変えさせていただきたいと思いま…す。」
「えっ?なにヒッキー!何か途中から意味分かんなくなってるし、前向きに検討って、検討だけで断っちゃうパターンだよねしかも遺憾って何で!?」
俺の身体の揺れと脳の震えは、HRが始まる時間迄は続いた…。
「ダッ!セイッ!」
材木座が必殺技、断空脚を繰り出し迫りくる。
「ウォリャ!ハッ!」
俺はその断空脚の技の終わりにタイミングを合わせて、ファイヤーキックで迎え打つ。
良しタイミングはドンピシャだ!
下段へのスライディングキックで体勢を崩させ、ニ撃目の上段蹴りでその身体を宙へ浮かせる!
そして、すかさず追撃を決める!
「空破弾!!」
俺は身体を屈ませ前転、その勢いを技の力に変え弧を描く様に空へ舞い、両脚を合わせ空へ浮く材木座へ蹴りを叩き込む!
「ぐわ〜ぁ!!」
材木座は屋上のアスファルト防水された床に背中から叩きつけられた。
断末魔の如き悲鳴を響かせながら。
「…はぁ、はぁ八幡よまた腕を上げたな、流石は…はぁ、はぁ我が相棒よ…はぁ、はぁ…。」
俺は、ヘッドギアと両手に着けたスパーリング用のグローブを外しながら、はぁはぁと息を切らしながら喋る材木座の評価を聞いた。
ムクリと背中を起こし、アスファルト防水の床に座り、材木座も俺と同じ様にグローブとヘッドギアを外す。
「取り敢えず息を整えてから喋れよ材木座、それからお前は断空脚に頼り過ぎじゃねぇか、さっきの断空脚は何かやけっぱちで出したんじゃねえの!?」
ジャージを脱ぎながら、俺は材木座へ今のスパーリングで感じた材木座の技の組み立てに対する欠点を指摘した。
材木座の巨体から繰り出される断空脚は突進力も合わさり、直撃させれば大ダメージを与えられるだろうけど、その技単体で博打の様に出してたら、そりゃ返し技を食らうっての。
何せもう、俺と材木座は一年もこうやって定期的に組手やスパーリングをやってんだからな、技のモーションもある程度解ってるかね。
因みにだが、この材木座との昼休みのスパーリングは例の材木座バーサーカーモードを発現させて以後着用する事にした。
流石に学校で、あの時みたいに二人してボロボロになるのは不味いだろうからな。
備えあれば憂いなし、だからね。
「…うむ、我も実は最後はヤケクソ気味になった感は否定できぬな、八幡お主に我の出方を尽く読まれている様に思えてな、どうにか流れを変えられないかと出してみたのだが、ムハハハっ!見事に迎撃を食らってしまったわ!」
ムハハハって笑い事じゃねぇだろ、曲がりなりにも格闘者なら日々研鑽を怠らず、だろ!
俺と材木座はスパーリングを終え、ストレッチで身体を整えながら、お互いの反省点を挙げ、互いのフォームを確認し合い、ドリンクを飲み一息ついた。
この昼のメニューはニ〜三十分程で終る、残りの時間は二人で雑談しながら時間まで過す。
まぁ話す内容なんて、別に大したことじゃ無いけどね、お互い読んだ本の話とか材木座のラノベの構想だの、後は材木座の中二病的発言に突っ込んだりどツイたり。
屋上からテニスコートに居る戸塚を遠く見守ったり、愛でたり。
「のう八幡よ、やはり戸塚殿の可憐さはこの学校に於いて群を抜いていると思わぬか、戸塚殿の笑顔を見るだけで我、御飯三杯はイケてしまうぞ!」
「おい材木座、戸塚をそんな変態的な眼で見てんじゃねえぞ、戸塚はなそんな眼で見て良い存在じゃ無いと何度も言っただろう!」
「わっ、解っておるぞ八幡!戸塚殿こそこの学校に舞い降りた天使、その天使をドロップアウトなぞさせてはならん事もな。」
…まぁ大体こんな話をしてんるだが、今日はこの後予期していない出来事が起こった。
「ふあ〜ぁ!」
この屋上に今居るのは俺と材木座だけの筈だ、なのにその屋上に俺たち以外の人の声が、しかも今のは女子の声だ、それも何だかアクビっぽい。
声が聞こえた方向とその声の主が居るである場所は、俺も多分材木座もきがついているのだが、此処は様式美として。
『だっ!誰だ、どこに居る!』
と心の中で叫びながら、キョロキョロと辺りを見回す。
が、直ぐに飽きました。
その女子の声が聞こえてきたのは、この屋上へと登る為の階段、そこは建屋となっている為屋上から更に一段高くなっていて、そこには給水タンクが添えつけられている。
そこに女子が居るのは確実だ。
「よいしっつとぉ〜、ふぁ〜。」
その声と時同じくして、ムクリと起き上がった女子の上半身が見えた。
見えたのは後ろ姿だったが、その女子は長い青み掛かった髪をポニーテールに纏めていて、う〜んと伸びをしながら両手を空へ挙げ、はぁと伸び終わり手を下ろしヨイショとばかりに立ち上がると、頭を軽く掻くと、どうやら俺達に気が付いた様で、俺達に視線を向けてきた。
始めは何だか眠そうな目をしていたその女子だが、やがてそれは胡乱げな視線に変わった。
あら何?彼女ってば、もしかして俺達の事変質者とでも思っているのかしら?
しかし俺はこの女子に見覚えがある、俺と同じ2年F組の生徒だ、名前は確か川…川…川なんとかさん。
右手を腰にあてポニーテールを靡かせ俺達を見下ろす姿は贔屓目に見てもカッコ良く見える、タイプとしては(第一印象だが)平塚先生に近い様な気がする。
彼女は、クラスでは静かに過ごしていて、俺は彼女が誰かと話している所を見た事は無い。
こんな事に言うと、『お前なんだかんだ言って女子の事良く見てんじゃん』何て言われそうだけど、そこは元ボッチの習性で、周囲にどんな存在が居るかを取り敢えずは確認してんだよ。
だから別に女子だけを見てんじゃ無いんだからね、だから俺の脳内の雪ノ下さん、そのスマホを仕舞おうね、110番を押さないで!
なんて事考えていると、その時風が吹いた(ターンエーガンダムの予告調で)。
その風は、この世の誰でも無く俺と材木座の味方となった。
その風は爽やかに舞い、給水タンクの側に立つ彼女、川なんとかさんのプリーツスカートを鮮やかに舞いあげ、その中の美しきお宝をお披露目してくれた。
「…黒のレース、だと!」
黒のレース、それは魅惑の輝き。
黒のレース、それはビビッドカラーでは無くとも、センチュリーカラーであろう。
何が言いたいかと言うと……。
川なんとかさん、ありがとうございました。
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比企谷八幡が結城リトになるのは間違っている。
一陣の風が吹いた、それは俺達思春期男子にささやかな幸福の一時を与えてくれた。
俺達は今、春風の妖精に祝福を受けたのだ…そうそれは祝福の風、リィン・フォース。
『パンッ!パンッ!』
時同じくして、俺と材木座は意図せずに魅惑の黒レースに柏手を打った。
本来なら二礼、二拍手、一礼をするべきだろうがそこは割愛させて頂く、そして川なんとかさんは自分の身に何が起こったのか気が付いたのだろう。
俺達が柏手を打った意味にだ。
川なんとかは『ハッ!』と驚きの表情を一瞬浮かべたかと思うと、間髪入れずに緩やかに揺れるスカートをその手で抑えた。
紅潮した顔とキッと鋭く研ぎ澄ました眼で俺達を睨めつけ、ぷるぷるとその身を震わせたかと思うと。
何を思ったのか、川なんとかさんは己が立つ建屋の屋上の床を蹴った!
蹴った先には…いや単純にジャンプしただけなんだけど…。
てか!嘘お〜ん!!
建屋の上からこの屋上の床まで少なくとも3m近くあるよ!
その上その建屋から俺達二人がいる位置は8〜9mは離れてる!
ちょっ、マジかよ!しかもジャンプしただけじゃなくて、川なんとかさんってば空中でキックの体勢とってるよ!
マジかよ、マジかよぉ〜ん!
そのあまりの出来事に、一瞬ポカンしていた俺と材木座だったが、川なんとかさんに攻撃の意思があると気が付き我に返り、咄嗟にその場から離れた。
リアルライダーキック、その川なんとかさんの蹴りは見事なフォームを維持しながら俺と材木座が居た場所の床に炸裂した。
『ズシャァ!!』と音を起てながら数メートル程床を滑りながら、川なんとかさんはキックの体勢を解きダッシュで瞬時に俺達へ接近し、その左右の手で同時に俺と材木座の胸ぐらを掴んだ。
マジかよ、コイツ凄えな、俺達の反応よりも早くダッシュで俺達の懐へ接近して、その胸ぐらを掴むか。
コイツ…速いぞ!まるで3倍の速さを誇る赤い人の様に。
俺は二年になり今のクラスに配属されそれなりにクラスの人間を観察してみたんだが、この川なんとかさんに実は、俺は密かに注目していた。
何故なら、彼女の足運びや姿勢、佇まいから彼女が何かしらの武道の経験者だと推測が付いたからだ、しかもおそらくはかなりの実力者じゃないかとな。
その推測は今の一連の彼女の動作から事実だと実証された。
「…忘れろ!」
胸ぐらを掴まれた状態に置かれた俺と材木座の耳朶に、とても女子が発しているとは思えない低音でドスの効いた声音が響き渡った。
「「why?」」
材木座とハモってしまった…不本意なんだけどさ。
「あんた達は今、何も見なかった、良いねもう一度言うよ、あんた達は何も見ていない!」
俺達の胸ぐらを強い力で締め付けながら川なんとかさんは、俺達に念を押す。
イエス以外の返事は認めないと、その締付けと眼光と紡がれた言葉が言っている。
「「SirYesSir!」」
なのでそう返事をしておきました、だから川なんとかさん、お願い申し上げ奉ります。
何卒、何卒その胸ぐらを掴む手をお離し下され!
「…その言葉、忘れるんじゃないよ、いいね!」
最後に俺達をキッと一睨みして、俺と材木座が首を上下に振るのを確認して川なんとかさんは、その御手を離してくださいました。
川なんとかさんが、その手を離してくれたおかげで漸く俺は痛む首元を擦り、皺になったシャツを整えられた。
その俺達の様を一瞥し、川なんとかさんは踵を返しこの場を去ろうとして、ふと俺と材木座が使用していたヘッドギアとグローブ、そしてジャージの存在に気が付きしばし眺めていた。
やがて、何かに納得でもしたかの様にため息を一つ吐き再び俺達を見やり。
「…アンタ達遊びでやってんじゃないよ、怪我しても知らないからね。」
一見、俺達を心配している様にも、馬鹿にしている様にも聞こえるセリフを残し去っていった。
「…なぁ材木座。」
「何だ八幡…。」
「無理だよな。」
「無理であろうな。」
「「忘れられねぇ…。」」
十メートル程も離れた位置にいた、女子のソレをはっきりと見極められる視力の良さを、そして思春期男子の習性の恐ろしさを川なんとかさんは理解していない様だ。
あっ材木座の場合は眼鏡による視力矯正があってこそだと思うんだが、俺と同じ位見えていたとしたら、材木座の眼鏡は伊達眼鏡だと言う事なのか?
さて今日の昼休み、俺は川なんとかさんの下着が黒のレースであるとの大発見をした訳だ。
だが、俺はやはり奥ゆかしい男なのだろう、こんな大発見をしたにも関わらず決して学会に発表しようなどとは露程にも思わないのだからな。
この奥ゆかしさは川口浩探検隊隊長にも伍すると言う物だろう。
「…教室戻るか…。」
「…そうだな…。」
大発見をして屋上を後にする、来る時あれだけ居たリア充カップルやウェイ系集団、ギャル系集団いやしない。
まぁ、もうすぐ五時限目が始まるからな、当然っちゃ当然だよな、俺もさっさと教室へと戻っている最中だし。
だが、どうやら俺はToLoveるの神に愛されているようだった。
途中で、材木座と別れ歩く事数分。
「あ〜っ、居た居た!こんな所に居たんですせんぱい、もう!探したんですからね!」
それは数日前の土曜日、俺を一日中引っ張り回し疲れ果てさせ朽ち果てたダグラム状態にしてくれた一色いろは後輩。
一色はちょこちょこと小走りで駆け寄ってくるその姿は、なんだか小動物を思わせる、こんなとこにもあざとさを感じるんだが。
これが素なのか造り込まれた仕草なのか、最近は分からなくなって来た。
「…一色、もうそろそろ授業が始まる時間だぞ、早く教室戻れよな。」
「もう、せんぱいったら何言ってるんですか、本当はいろはちゃんと会えて嬉しいくせに。
そんなに無理して自分を偽らないで良いんですよ、ほらほら素直になりましょうよ。」
おいおい一色、人の二の腕をつんつんしない!
何してくれてんの前は、俺の二の腕の秘孔を突いてんのかよ、いつの間にお前は一子相伝の暗殺拳の継承者になったんだよ。
「ちょつ!お前突くなつっ突くなってばよっ、そんなに突いたって俺は『ひでぶっ』ちゃわないからね!なんなら『たわば』も『あべし』もしないから!」
「はぁ?せんぱい何言ってるんですか訳が分かりませんよ、私の親愛の表現をそんな風に迷惑がってる様に誤魔化すなんて、せんぱいってばどんだけ捻でれさんなんですか、本当は嬉しくてしかたが無いくせにそれを上手に表現出来ないんですね、でも私としてはそんな不器用なせんぱいも悪くないですよ、寧ろバッチコイかもですね!
そんなせんぱいの真実のデレ顔をこの私一色いろはちゃんが、現出させてあげますから楽しみにしてくださいね。」
…一色、何言ってんですかはお前の方だよ、捻でれって何だよお前は小町と連帯してんのかよ、しかもスマホの文字変換一発で出ないような造語の使用は控えなさい。
それに真実のデレ顔って何?どんな顔なのってか、そんな顔に需要あんの?
「…いや、マジでそろそろ時間だからお前も教室に戻れって言ってるだけなんだが!?」
「そんな、野暮な事言わないでくださいよ、只ちょっとだけせんぱいに会ってせんぱいニュウムを補給したいなって、思っただけなんですよ…だめ、でしたかせんぱい。あっ今の私、お米ちゃんよりポイント高いですよ…ね!」
そこっ!うるうるお目々で上目遣い禁止、何だよせんぱいニュウムって?俺から何かそんなヤバい鉱石でも採集できんのかよ、しかもちょっとだけ会いたいとか、そんなのお前…恥ずかしいセリフも禁止だよ。
アクアのウンディーネさんも言ってたよね!
「…駄目な事は、無いんだがな、そのだな…もう時間も時間だからな…。」
「はぁい、せんぱい今日はバイトですよね、だから放課後は逢えないかなって思ってですね、一目せんぱいと逢いたかったんですよね、もう会えましたから私教室に戻りますね。でわでわ!」
敬礼ポーズ一発かまし、離れていく一色に何だか名残惜しさを感じてしまった俺は、さっきまで一色がつんつんしていた二の腕の所に反対の手の掌を宛ててしまっていた。
全く俺も随分と絆されたもんだな…。
「そうだ!せんぱい」
数メートル程離れた一色がクルリと反転して俺に向き直る、その一色のアクションに合わせる様に制服のプリーツスカートもヒラリと翻る。
ちょっと…『たまんなく好きなんだよね、そう言うのさ』俺は心の中でティンプのセリフを呟いてしまった。
何ならCVはギャラクシーな万丈さんの声だった。
「…今日の私、あの日買った下着つけてるんですよ。」
とんでも無い事をとんでも無いタイミングでカミングアウトした一色は、更にとんでも無い事に両手でスカートのちょっとだけ裾をたくし上げて魅せやがったよ!
俺は今、一体どんな眼をしてんだろうか!?
どんな眼をしているか其れは解らないが、その目線が何処に向かい注がれているかは健全な思春期男子ならば当然…。
しかし敵(一色)もさる者、思春期男子の欲望を正確に把握しているのだ。
一色がたくし上げたスカートはそれが見えないギリギリの位置に固定された(ガントリーロックが解除じゃ無くて固定されちゃったよ)それが尚更に孟宗竹…では無く妄想力を掻き立てる。
「あはっ♡せんぱい、ドキッとしましたか!?ここから先はもう少し大人になってからですよ。」
「でわでわ、今度こそせんぱいまたです!」
再度敬礼し、今度こそ本当に一色は一年の教室へと戻っていった。
一色よそんなビッチな行動するんじゃありません!
俺だから良かったけど、他の男だったらお前どんな目に遭うか分かったもんじゃ無いからな。だが…
くっそう一色め、とんでもない物を盗んで行きおって!
『いいえ、あの方は何も盗らなかったわ。』
いや、ヤツはとんでもない物を盗んで行きました!
『?』
貴方の思春期男子の欲望です。
『はい!』
教室へ戻って来ると、もう既に川なんとかさんは、自分の席に着き頬杖をついていた。
川なんとかさんは入室して来た俺に気が付き、俺に視線を送るがその目が語っている『さっき言ったこと忘れるんじゃないよ!』とな…それが解るなんて俺ってもしかして覚醒したのか、やったね、八幡ったらもしかしてサイコミュ兵器搭載のモビルスーツの操縦出来ちゃうね。
目線で俺に語り終えた川なんとかさんは、極自然な態度でその視線を俺からフェードアウトさせ、まるで最初から自分の眼中に、俺と言う人間の存在など無かったと言わんばかりの態度です。
本日のお務めの時間の終了を告げるチャイムが鳴る、それは俺達学生という名のプリズナー達が学校という名のプリズンから開放される事を告げる開放の狼煙だ。
「じゃあねヒッキー、あたし部活行くね、ヒッキーもバイト頑張ってね。」
いつの間に身支度を整えたのか、由比ヶ浜が俺の席の側に寄り別れの挨拶をしてくれた、その顔はやはり三浦との仲直りが出来た事が大きく影響しているのだろう、ここ数日の由比ヶ浜の表情に現れていた屈託がなりを潜め、何時もの天真爛漫な由比ヶ浜の顔だ。
「おう、すまんが頼むな由比ヶ浜、一色にはさっき会ったが雪ノ下には会ってないからよろしく言っといてくれ。」
うん、それじゃ明日ね…由比ヶ浜の無邪気な挨拶に少し癒やされた様な気分になれたし、この気分を維持したままバイトへと向かいましょうかね。
…と思っていた時期が俺にもありました。
教科書をスクールバッグに詰め終え席を立ち上がろうとした時、今正に教室から廊下へ出て行こうとしていた川なんとかさんと目が合ってしまった。
「…………。」
数瞬、俺を見る川なんとかさん…その目は再度確認を取るかのように鋭く俺を睨めつける。
『解った分かった判りました、忘れる忘れる忘れます。』俺は心の中で返事をし、川なんとかさんは納得してくれたかは解らないが、直ぐに教室を出て行ってしまった。
「…何か、台無し気分だな…。」
下駄箱へ向かう為階段を下り、1〜2階の間の踊り場で俺は今日一度も顔を合わせていなかった雪ノ下とエンカウントしてしまった。
「あら、今帰りなのね比企谷君。」
「おう、雪ノ下…由比ヶ浜がもう部室に行ってるけど鍵開けてんのか?」
「いえ、今日はまだ私が部室へ行っていないから鍵は開いていないわ。
由比ヶ浜さんに悪いから早く部室へ行かなければならないわね。」
「だな、そうしてやってくれ。」
「ええ、そうするわ…ねえ比企谷君、今日由比ヶ浜さんがその…三浦さんを伴ってJ組に私を訪ねて来てくれたのだけど、その三浦さんが謝罪をしてくれたのよ。」
そうか、三浦は雪ノ下にも謝罪をしていたんだな、彼奴はあんななりをしていて、高飛車な奴ではあるんだろうが、反省が出来た時はしっかり筋を通して謝罪する事が出来る奴だったんだな。
そこももしかしたら由比ヶ浜の存在が影響してるのかもだけどな。
「ああ、今朝な俺にも謝罪してくれたよ三浦の奴な。」
「そう、ならばあの問題はコレで手打ちと言う事で構わないわね。」
「そうだな、そうしてやってくれ…俺達には関係ないが由比ヶ浜にとって三浦は友だ…」
友達だからと言おうとした時、階段を駆け足で下っていた男子生徒が俺と雪ノ下が居た踊り場で、急ぎ過ぎていたのだろうか、どうやら足を縺れさせた様でバランスを崩し俺に接触してしまった。
「うわっ!」「きゃっ!」
其れにより俺は更に雪ノ下を巻き込んでしまい、その雪ノ下を踊り場の壁へと押し付けてしまった。
そして当の本人たる、俺達を転倒に巻き込んだ男子生徒は何事も無かったかのように立ち上がり。
「ごめんなさい、スンマセン、勘弁してください、急いでっから失礼します。スンマセンした!」
と、まくし立てて風のように去っていった。
其れは百歩下がって良しとしよう。
問題はこの場に残された俺と雪ノ下の現状である、今俺は雪ノ下を壁へ押し付けてしまった体勢になっている、片手を壁についてな。
そこまでは百一歩譲ってまだセーフと言ってもいいだろう…問題はもう片方の手の現在所在地にある。
さぁ、皆さんもうオチが見えて来ましたね!
そう、俺のもう片方の掌は今とんでもない物に触れていた。
慎ましやかではあるが、確かな柔らかさを感じさせるそれ。
ソイツに触れる事は死を意味する!
どうする、どうするよ!このままでは雪ノ下は確実に変身してしまう。
俺はこの場で目撃してしまうだろう。
雪ノ下がバオーとなり、アームドフェノメノンしてしまう瞬間を。
そのブレードに絶対零度の氷を纏わせた。
雪ノ下版バオーの必殺能力、Absolutele ZeroSaverphenomenomを。
「…比企谷君、いい加減にその手を退けてもらえないかしら、そして覚悟は出来ているのでしょうね、貴方がこの世から消え去る時が来てしまったのよ。
貴方はこれからこの世全ての罪を背負い旅立たなければいけないのよ、でもそうね感謝しなさい、貴方がこの世で最後に触れた人間が私の様な美少女なのだからその光栄を胸に、粛々と覚悟を決めてこの世との別れの時を迎えなさい。」
この時、風は吹かなかった。
ここで俺に出来る事は「すいませんでしたぁ〜っ!!!」謝罪の言葉とDo・GE・ZA☆だけだった。
こうして俺のToLoveるまみれの一日は終わりを告げる、頬に真っ赤な紅葉を残して。
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おそらくはそれさえも平穏な日々なのは間違っている?
そしてお気に入り登録者数がいろはすの誕生日を超えて私の誕生日と並びました。
読んで下さった皆さんありがとうございます。
「さて比企谷、察しの良い君の事だ何故自分が呼び出しを受けたか解っているだろう?」
もうあといくつ寝ると黄金週間♪を迎えようとしている、4月の下旬。私事比企谷八幡は我が敬愛すべき恩師にして担任教師、そして我が青春のアルカディアたる…(か、どうか今は定かでは無いが)奉仕部顧問、平塚静先生により教師の園たる職員室へとお呼ばれしていたりする。
呼び出しと言うと、その言葉の響きから堅苦しく重苦しく何らかのペナルティーを与えられそうなイメージを受取りそうだが、其れをお呼ばれと言ってしまうと…あら不思議そこにはなんだかドキドキワクワクが待ち構えている様なそんな響きになってしまう、日本語って不思議だね!
「はっ!平塚隊長殿、誠に遺憾ではあるますが、私事比企谷八幡一等兵、何故にこの場にお呼ばれいたしたのか、皆目検討が付きませんであります!」
俺は自分で自画自賛しても良いんじゃね、と思えるくらいにピシッと背筋を伸ばし、この愛すべき独…上官では無く担任教師、平塚先生へ敬礼した。
だが、平塚先生はこの俺の正式な作法に則っているかは解らない、返答がお気に召さなかった様である……う〜ん解せぬ。
「ほう、飽くまでもシラを切るつもりかね、では現物を持って聞こう。」
一連の俺のアクションは華麗にスルーされてしまったよ…。
「コレが何かの分かるかね!?」
平塚先生はA5サイズのプリントを右手に持って俺に尋ねた。
「何かと言われると、プリント用紙ですね…それがどうかしましたか?」
そうプリント用紙だ、平塚先生がその手に持っているのは、紛うこと無きプリント用紙だ、それ以外にどう表現出来るだろうか。
「はぁ、なあ比企谷…私が問題にしているのはプリント用紙それ自体では無いのだがね。」
「問題はこのプリント用紙に君が書き込んだ文言にあるのだよ!」
平塚先生はその手に持っていたプリント用紙を俺の眼の前に突き付けてくださった。
ふむ、これはどうやら昨日提出した、ゴールデンウィーク明け、中間試験後に行われる学校行事、企業訪問の行先希望調査票だった。
「あの平塚先生、この調査票は自分が行きたい場所を書いて提出する物ですよね、ですから俺は自分自身の素直な気持を、希望する行先を書いたんですけど、お気に召しませんでしたかね。」
平塚先生は俺の眼の前から調査票を取り下げ机の上に戻し、右手に持ったボールポイントペンシルのキャップ部分ををトントントンと机にリズミカルに打ち付けていらっしゃる。
「ああ、そうだ確かにこの調査票には自分が希望する企業名を書き込む物だ、だがな…それは現実に存在する企業に限定される物で合って、フィクション、現実に存在しない企業では決して無い。」
リズミカルなトントンが最後の一言に合わせる様に、『ドンッ!』と鈍く響き平塚先生はボールポイントペンシルのトントンを止めた。
罪無きボールポイントペンシルは漸くその身を襲った苦役からこの瞬間解放されたのだ。
良かったね、赤いインクのボールポイントペンシル君…もう面倒いからボールペンで良いや。
「何で希望する行先が民明書房なのかね、この現実世界に民明書房が存在すると言うのかね、民明書房が存在するのならこの日本の何処かに太公望書林、ひいては男塾迄も存在すると君は思っているのかね!」
Oh!流石は平塚先生ジャンプ読者なだけありますね、直ぐ様そこに行き着くんだから。
「私だってな呉竜府が考案した纒欬狙振弾がどの様な歴史を辿って、近現代の紳士のスポーツと言われるゴルフへと発展し移行して行ったのかその歴史を学んでみたいものだよ。」
「…平塚先生、良く俺の希望調査からそこまでネタを引っ張れますね、流石ですよ尊敬します、そこにシビれるし憧れますよ。」
平塚先生は俺を見据えていた目を、先程のボールペンへと視線を向け、深くため息を吐いてしまった。
駄目だぞ!平塚先生、そんなにため息を吐いちゃうと、幸せが逃げちゃうぞ。
「兎に角、この調査票は却下する、現実にある企業名を記入して再提出する様に、解ったかね?」
希望する企業と言われてもな、もしも俺が兄貴達と出会わなかった別の世界線の俺なら多分、希望する職業を専業主夫として希望する職場を自宅とでも書いているかも知れないけど、今の俺は鍛錬を積んで強くなって、大学に進学したら長期休暇を利用して世界を旅してそこに居る強い人達と手合せをして、見聞を広めて…将来的にプロ格闘家としてやって行くのか、それとも別の路を往くのか…考えないとな。
「…別にこれと言って行きたいと思う企業と言われてもなぁ〜?」
平塚先生の呼び出しから解放されて、俺は一人屋上の建屋の、昼の今の時間日陰になっている部分に位置取り、グローブとヘッドギアを収めたバッグを、別に重い荷物でもないけどそれを枕にして横になっている、既にして今日は晴れ空だから深呼吸をしたとしても、改めて青空にはならないだろう。
手の中で先程突き返された調査票をヒラヒラと玩び、俺はこれと言って思いつかない行き先に付いて思考を巡らせているところだ。
「…自分じゃあ考えつかないからな、いっその事グループを組む奴に丸投げしとくかなぁ、あっ!?そうだ戸塚!戸塚はもう一緒に行く奴決めてんのかな、もしまだなら戸塚と組んで一緒に行けば良いんじゃね!?やだ何それってすっごく幸せじゃん、全世界の俺が喜ぶまであるな。あと序に由比ヶ浜が三浦達と組まないなら誘っても良いな!」
ガバッと勢い良く、上体を起こし俺は指パッチンを思わずしてしまった。
イヤだって我ながらナイスアイディアだと思ったんですもの八幡。
だが、その勢いの為に俺は手に持っていたプリントを手放してしまい、そのプリントはタイミング良くイヤこの場合はタイミング悪くだな、吹いてきた風に乗り空高く舞い上げられてしまった。
「うわっ!マジかよ、コレはなんともはや、あらららら!!とか何とか言っちゃったりして。」
風に舞い建屋の向こうに飛ばされたプリントとお別れしながら俺は、いやね俺の今の身体能力ならさ、座った姿勢のままでジャンプしてプリントをキャッチ出来たとも思うけどさ、何となく言いたかったんだよな広川節のセリフをさ。
広川太○郎さん、素晴らしい声優さんだったよな…過去形で語んなきゃならないのがなんとも悔やまれる。
「…しゃあない、平塚先生に新しいプリントもらってくるしか無いな、まぁ良いかもう一眠りしとこ。」
もう一度、今度はバッグの上に更に腕枕を加えて横になってみた。
空が青いぜよ、出海さん…。
俺は心の中で幕末期の陸奥圓明流の遣い手に語り掛けてみた。
当然、返事が返って来ることは無いけどな…。
「これ、あんたのだよね。」
はぁ!?返って来たよ返事が、嘘マジで何で…と驚いたフリをしてみたが、本当は俺には解っていたんだな、声の主とその主が居る場所がさ。
建屋の上から此方を見下ろしながら、黒レース…ケホン…川なんとかさんが先程永遠の別れをしたと思ったプリントを手に持ち、俺に確認して来ました。
「あんたのだよね、違うのかい?」
「……おっ、おうそうだよ俺んだ、その拾ってくれたのか、悪いな…助かったよ。」
「…ん、分かった、待ってな。」
互いに確認し、川なんとかさんはタラップを伝い降りてこようとしているんだが、ちょっ!待て待て!見えてるから、また見えてるから!
てか、また黒かよ!どんだけ黒好きなの記憶がフラバって来るよ、忘れかけてた黒の思い出がフラバって来たから。
ああ、そういや『幕張』の奈良が昔言ってたよな黒い下着を指して黄金聖衣ってさ、そうか川なんとかさんは黄金聖闘士だったんだね、八幡知らなかったよ。
新しい知識を八幡得ちゃったよ、さしずめ今のアーガマの艦長がブライトさんだとクワトロ大尉に教えられて、安心してランデブーが出来ると安堵していたカラバのクルーの様な気持ちだよ。
「……………………………。」
今俺は、タラップを降る川なんとかさんに視線を固定してしまっている。
その視線を外さなければならないのに外せ無い、男子なら分かるよねこの気持ち!
駄菓子菓子、女子が視線に敏感だと言う話は本当の様で、タラップを降ている途中に川なんとかさんは、一時停止して俺をまるで長年探し求めた仇敵に遭遇した様な表情を以て睨み着けていらっしゃいます。
「…あんた、どうやら懲りないタイプの人間みたいだね…。」
そう言うやいなや、タラップから跳び降り屋上の床に着床し、俺に対して最後通牒を突き付けてきた。
「選びな、アタシにシコたま殴られて記憶を無くすか、自分からこの壁に頭を打ち付けて記憶を無くすかをね。」
「…ちょっと待て、待て待て待て!
今のは不可抗力だろうが!おっ、お前言ってる事理不尽すぎだろ!?何でそんなに暴力的なの、大体がお前の言ってる事無理が有るって!お前みたいな美人タイプの女子の、それを眼にしてときめきトゥナイトしない男は男じゃ無いってんだよ、俺は悪くないとは言わないが、悪いのは思春期だ!欲望だ!煩悩だ!そして美人すぎるお前が悪い!だからそのゴメンナサイ勘弁して下さい。」
俺は再び、雪ノ下に続いて二人目の女子に対してのDO・GE・ZA☆をカマしてしまった。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
どれ位の時間俺は土下座を続けないといけないのだろうか、川なんとかさんは何も言ってはくれないし、何もして来ない…。
このままじゃ、埒が明かないしな…少し顔を上げてみようかな、ビンタの一発位喰らわされる覚悟でさ。
良し怖いけど顔をあげようか!
「…………。」
「…?」
何か、川なんとかさんがフリーズしていらっしゃってますけど…何でさ!?
何かものすっごい顔を赤くしているけど、それは赤い彗星のザクもかくやってかさ、シャアザクって赤ってよりピンクだよな。
言うなればシャアはピンクの彗星だよな、どっちかってと赤いのはジョニー・ライデンじゃね?
おっと、いらん事考え過ぎた。
「…なあ、どうしたんだ…大丈夫かお前?」
「……はっ!?」
「はっ!?てお前顔赤いし、何処か具合でも悪くしたのかと思ったんだが。」
本当のどうしたんだよ、何か良くないモンでも食ったのか…駄目じゃないか、子供の頃母ちゃんに言われなかったのかよ、拾い食いしちゃ駄目ってさ。
「な、な、な、な、何言ってんのさアンタは、人の事びっ、美じっ…ばっ、馬鹿じゃないの!」
何よどうして俺馬鹿なんて言われてんの…俺、何んかした、南下もしてないし軟化もして無いと思うんだけど…川なんとかさん?
「…きょっ、今日の処は勘弁してあげるけど、良いね早いとこ忘れてしまいなよ!!」
川なんとかさんは、赤い顔のままに、超高速で屋上から一陣の風を吹かせて去っていった。
「風のように去るぜよ、だな。」
こうして俺と黒いレースとの、第二次接近遭遇は幕を閉じた、爽やか?な風を残して。
放課後、俺は由比ヶ浜と連れ立って奉仕部の部室へと到着した。
部室へ来る途中にも、複数の男から恨みがましい視線を浴び続け、気持ちが萎えそてしまいそうだった。
それだけ由比ヶ浜が男子に高い人気を誇っているって事なんだろうが、何だかなぁ…そんなに人に対して恨みの気持を抱くよりも自分を磨いて、イイ男に成りゃ良いんじゃねえかよ、その上で由比ヶ浜に気があるんならアタックしろよな、由比ヶ浜だけじゃ無くてそれは雪ノ下や一色に気がある奴にも言える事だ。
イイ男なら凭れ掛かって酒が飲めるって言ったのは、因みにだが天の道を行き総てを司る男のお婆ちゃんでは無いからね、悪しからず。
「やっはろーゆきのん、あっいろはちゃんも居たんだねやっはろー!」
「こんにちはです結衣先輩、それとせんぱい!」
「やっ…こんにちは、お昼以来ね由比ヶ浜さん、それから…性犯罪者予備軍谷君も。」
「…雪ノ下、あれは不可抗力だろう、確かに俺はお前に対して失礼をしてしまったかも知れないが、俺は決して疚しい気持ちを持っていた訳じゃ無いから。」
「犯罪者はいつもそう言うのよ、不可抗力だ自分は悪くないとね、やはり貴方もその様な輩なのね…ならばその輩の芽は早めに摘むべきなのだと私は今改めて決意を固めたわ。」
あの件から、一週間程が過ぎ雪ノ下の気持ちも多少は軟化している気がするんだがな、こうやって毒舌では有るけども口を聞いてくれる迄にはなってくれたしな、あれから暫くは口さえ聞いちゃくれない上に目が合うと逸らされたり、顔を赤くして鋭い眼光で睨んで来るしで、いたたまれなくて居心地が悪すぎてで針の筵に居る気分だったよ。
「…もう、勘弁してくれよ…。」
「ところでせんぱい、ゴールデンウィークの予定はどうなっているんですか、暇ですよね、そうですよね!それ以外はあり得ませんよね。」
一色いろは、お前は何故俺のスケジュールを勝手に聞きもしないで断定するのかね。
俺にだって予定があるとは思わないのかねチミは、俺には崇高なる目的があるのだよ一色いろは君。
「残念だが一色、俺にはゴールデンウィーク中、フルタイムでバイトのシフトに入ると言う崇高にして尊い予定が組まれているのだよ、なので俺はこのゴールデンウィーク、暇ではないってか去年もそうだっただろうがよ。」
「え〜っ、でもでもそれって、休み中全部バイトで費やす訳じゃ無いんですよね!?」
まぁそりゃな、働く時は働くし休む時は休む、人間には生きる上で健康に暮らすにはメリハリが必要だからな、女子だってそうだろう!?
メリハリの効いたワガママナイスバディを手に入れる為に苦労してダイエットなんかに勤しんだりしてんでしょ!
それと同じ同じ…あれっ?なんか違うかな。
「一色、前にも言ったと思うが、休日と言うのは「休む日と書くでしたよねせんぱい!」…おう、解ってんじゃねぇかよ一色。」
ね、やっぱり言ってたよね俺、覚えてたのね一色さん、だったら俺の言わんとする事も理解してくれてんだろうね。
「せんぱいの何時も言うくだらないセリフ私もう結構覚えちゃいましたからねそれ位先回りできますよ。」
「あ〜、うんそうなんだね!でもだと言う事は、つまりお前もそのくだらない考えに至ることが出来たって事だよね、ナイスよナイス、ベリィナイス!いろはちゃん!」
パンパンパンと俺は一色がその思考に辿り着いた事を祝して惜しみない拍手を送った…のだが何故か一色はぷく〜っと頬を膨らませていらした。
あらら、もしかして俺ってばからかいすぎたかな、からかい上手な比企谷さんになっちゃいましたかね?
「もう!何でですかせんぱい!!」
「…いや何がだよ?」
「ど・う・し・て・初めて下の名前で私の事呼んでくれたのが、そんな小馬鹿にする様なセリフに絡めて何ですか、どうせ初めてを捧げてくれるなら、もっと雰囲気のあるタイミングの時にしてくださいよ、何なんですかもう!何で一年も待った時がこんな残念なタイミングなんですか、ガッカリですよ不本意ですよ、もうせんぱいの馬鹿、スカポンタン!八幡!」
…いや、何でと言われましても俺には何がなんだか…。
と言うか何だかなぁ、一色だけじゃ無く由比ヶ浜と雪ノ下まで俺の事を冷たい目で見ているんだけど、勘弁してくれよなさっきのは…なんか勢いに乗ったというか、波に乗ったと言うか、ウェーブにライドしたんですよ。
ウェーブライダー形態に変形して大気圏に突入したんですよ。
何なら百式の代わりに一色を背負ってキリマンジャロへ降下するから、カラバと合流しますから…勘弁してください。
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試験前に厄介事が訪れるのか?
この日の本の国に暮らす者ならば、ほぼ総ての人が心からその訪れを心待ちにしていると言っても、決して過言となる事は無いであろうと断言出来る日々。
ゴールデンウィーク、漢字で書くならば黄金週間だ!皆知ってるよね?
あの日、部室にて初めて俺が一色の事を姓では無く名前で呼んだと認識されたあの日…ご機嫌を損ねた一色とその機嫌を損ねさせた俺に軽蔑の視線と非難の言葉を投げ掛けて来た雪ノ下と由比ヶ浜。
その三人のご機嫌を回復させる為に俺は…その黄金週間の(バイトの日以外)全てを費やす羽目になってしまった。
「そうですね、ならゴールデンウィークのせんぱいがバイトのない日私とデートしましょう、もっち論せんぱいに拒否権はありませんからね…それとこれからは私の事を一色では無く、いろはって名前で呼んでくださいね、勿論これも拒否権は認めませんからね♡」
と一色が言えば…。
「無粋谷君、その私も黄金週間はスケジュールがタイミング良く空いているのだけれど、そうねその一日を貴方に私のエスコートをする事を許可するわ、光栄に思いなささい。 それから…そうね私の事を雪乃と呼ばせてあげる事も吝かでは無くてよ。」
と雪ノ下から氷の刃を孕んだお声が掛かり…。
「…あのねヒッキー、あたしもヒッキーとデートしたいな!それにサブレもママもヒッキーと会いたがってるし、あたしん家にも遊びに来てよ。それとね、あたしもヒッキーに結衣って呼んでもらいたいな…。」
と由比ヶ浜からも参戦表明がなされ、俺以外の全会一致によりその法案が可決されてしまったのだ…俺の起死回生の牛歩戦術は功を奏さなかった。
民主主義…怖いよぉ!野党は何やってんのさ、てか奉仕部内の野党は俺だけだった…。
一色との…で、デート?は一色様のお慈悲により今回はランジェリーショップへと連行される事は許されたが、その一色様の勅命によりエスコートを仰せつかったのだが…俺にはそんなリア充的な高等スキルなんかある訳が無く、事ある毎に一色様の採点が付けられた、赤点により落第してしまうレベルの点数が付けられたのだ…助けて下さい、アカテン教師の梨本小鉄さん。
俺のメンタルはリタイヤだ…←To Be Continuedのマークが最後のコマに書き入れられた気分を俺は味わったぜ…。
雪ノ下に仰せつかった任務は…一言で言い現すならば、猫…その一言に集約されるだろう。
朝、方向音痴の雪ノ下をタワマンへと迎えに行き、俺の家へ案内しカマクラと戯れる雪ノ下を愛で、ペットショップで仔猫と戯れる雪ノ下を愛で、猫カフェにてお茶をしながら猫達と戯れる雪ノ下を愛で、公園に生息?する猫達と会話する雪ノ下を愛で、自宅以外のすべての場所に於いて俺は男達の嫉妬の視線を浴びまくり、最後に二人で少しだけ書店に寄って印刷のインクの匂いにほんの少しだけ癒やされた気がしたが、そこでもムクつけき野郎共の嫉妬の炎に心焼かれ、失意の帰宅…。
そして最後は由比ヶ浜と…由比ヶ浜とサブレと俺、二人と一匹は由比ヶ浜ん家の近所の公園でまったりと散歩と洒落込んだ、サブレは家のカマクラと違い俺に懐いてくれていて、相手をしていて和めるんだよな、この3日間でこの時が最も心穏やかで居られた時間だった。
その後『ごめんなさいねヒッキー君、結衣とヒッキー君が成人して結婚する迄にきちんと結衣に家事を仕込んでおくからもう少しだけ待っててね。』とガハママさんの爆弾発言を聞く羽目になってしまったのだ。
マジかよ…人類(八幡)に逃げ場は無いのか!?ハチマンロボット大戦αなの、てか由比ヶ浜お前は本当にあのガハママさんのお子様なのか…姿形は似ているけどさ。
以上のエピソードの積み重ねにより俺のゴールデンウィーク…黄金週間はダークネスな物になってしまった。
それは正に鎮魂歌を奏でてもらわなければならないレベル、それだけ俺はダメージを食らってしまったのだ、てかそれって俺死んでんじゃね?
黄金週間鎮魂歌…ゴールデンウィークレクイエム、終わりが有ったのが唯一の救いか、終わりが有るのが終わりなんだよな…。
あと追記、実はこの三日間、そのすべての日に俺は奴と…材木座とエンカウントしてしまったのだ、彼奴は一体何をやってんだろうな…ラノベ作家目指すんなら連休の時こそじっくり執筆に取り組むチャンスだろうにさ。
まぁ、それはこの際どうでも良いとして、問題は連休明けのこの学校でだ。
『八幡!貴様見損なったぞぉっ!何なのだあの三日間の貴様の行動は!!
羨ましいにも程があるぞ!このニセボッチがぁーっ、はっ!まさか貴様我を差し置いて一人だけ大人の階段を登ってしまったのか!!
貴様のその『先っぽクロマティ』な何を何してしまったのだな、この裏切り者ォォォ!』
等と学校でしかも廊下で絶叫して逃げて行きやがった、てゆうか誰が先っぽクロマティだ!…当然後で材木座には折檻してやったけど、あのセリフを聞いたモブな人達がどんな反応するか、考えろっての!
そして後俺は断じて先っぽクロマティじゃ無い!
はぁ、材木座の奴に俺の眼鏡を掛けた顔を見せるんじゃなかったよ。
「あ〜〜っ…疲れが取れねぇ…。」
ゴールデンウィークが明けて既に一週間が経ち、部室の何時もの席に着席しテーブルに突っ伏して俺が放った最初の一言が正にそれでした。
ご機嫌いかがでしょうか、比企谷八幡です。
「もう、ホント情け無いですねぇせんぱいは、何で何時までもそんなに枯れ果てちゃっているんですかねぇ。ほらほらせんぱい愛しのいろはちゃんを愛でて、その枯れ木に花を咲かせましょうよ。」
…イヤね、一色さん、俺はそのチミ達を三日間も愛でていたから枯れてしまったんですよ、これ以上君達を愛でていたら俺は枯れるどころか朽ちてしまいますよ。
「ヒッキー大丈夫?もしかしてバイトが辛いの、ちゃんと休んでる?」
由比ヶ浜がたゆんたゆんさせながら(何処とは言わないが)心配そうに、机に突っぷす俺の側へ寄ってくれた…んだけど由比ヶ浜、今の俺にはそのたゆんたゆんは劇薬なんだよ!?お願いだから自覚を持って下さい。
「だけど、サンキューな…ゆ、結衣…ガハマ…。」
俺は突っ伏したままに、左腕を伸ばし由比ヶ浜の頭を撫でた…ああサラサラだなぁ。
「あぅ♡ヒッキー…ちゃんと名前で呼んでよね、ガハマは要らないんだよ…。」
真っ赤なお顔の由比ヶ浜さんのサラサラヘアーの感触が気持ち良すぎて、由比ヶ浜の声に意識が向かない、なので由比ヶ浜が何を言っているのか今の俺には聞こえない。
「あ〜っ、せんぱいせんぱい!ズルいですズルいですぅ!何で結衣先輩ばっかり撫でてるんですか、私も撫でてくださいよ!」
あっ、コラッ一色、机をバンバン叩かないで、響くから頭に響くから!
音叉の様に響くから、変身しちゃうから紫色の炎に包まれて姿が変わるから!
…てか本当は一色の方が太鼓の鬼で俺はもしかして魔化魍なのか、そして俺は今一色に清めの音を叩き込まているのかな、まさか一色の本当の名前は一色では無く『一色鬼』なんじゃないだろうな。
「はい!結衣先輩もう充分に堪能しましたよね、交代ですせんぱいから離れて下さい、次は私の番です!」
「そうよ色魔谷君、今すぐ由比ヶ浜さんを解放しなさい!さもないと即刻通報するわよ…そして由比ヶ浜さんはそこから離れて、次は…私の番…。」
「雪乃先輩もドサクサに紛れないで下さい、割り込みは許しませんよ!」
「一色さん貴女私に挑むつもり!?良いわよ、その挑戦受けて立つわ!」
「ゆきのんもいろはちゃんも、駄目だよあたしがまだヒッキーと…」
「由比ヶ浜さんは黙ってて!」
「結衣先輩は黙って下さい!」
あゝもう喧嘩しなで君達、マジで収拾つかないから、そして雪ノ下、俺は色魔じゃ無いからね。
本当だよ、何なら歌っちゃうよ。
色魔じゃ無い♪(色魔じゃ無い)
色魔じゃ無い♪(色魔じゃ無い)
ホントの事さ♪
奉仕部の修羅場が見れるぞ!
もう見てるんだけどね、ゴメン…少し現実逃避してた。
だってもう事が此処に至っては、俺にどうこう出来る状態じゃ無いよね。
誰か助けてくれないかな、現れてくれないのかな救世主、もしも現れてくれたなら…この修羅場から俺を助けてくれたなら、俺が語り継いじゃうから!奉仕部救世主伝説を…。
ショックで、愛で、空が落ちてもいいから、邪魔する奴を指先一本でダウンさせても構わないからぁ!
…そして…
俺が待ち望んでいたその時が来た。
俺の望んだ救世主が現れたのだ。
その救世主の到来を告げたのは、バイブレーション。
制服のポケットに突っ込んでいた、スマートなフォン。
ありがとう俺のスマートフォン、俺は君に名前を贈ろう。こんな名前はどうだい!?
スマート・フォン・ローエングラム
何か良くない!銀河の支配者になりそうなので名前じゃない!
金髪の孺子とかって、門閥貴族の無能な子弟に嫉妬されそうな名前じゃない!
はっ!あまりの嬉しさに、又トリップしてしまったぜ…。
早くポケットから取り出さなきゃね、俺のスマートフォン。
内心の嬉々とした気持ちを押し殺して俺はスマホをポケットから取り出した。
スマホのモニターに表示されていたその名前は…あゝやはり神は俺を見捨てなかったんだ、何故なら神はこのスマホのモニターに天使を降臨させてくだされたのだから。
我が、マイスイートエンジェル。
比企谷小町の名がモニターに表示されていたのです。
何をしているだーっ!早くするんだ八幡、早くスワイプするだーっ。
Go八幡!Go八幡!
『あっもしも〜しお兄ちゃん、小町だよ!』
「…小町ぃ、待ってたよぉ…。」
『どしたのお兄ちゃん?声が震えてるよ、何か悪いもの食べた!?』
「いや、俺は今感謝の気持ちでいっぱいなんだよ、天使の降臨に涙溢れんばかりの気持ちで胸がいっぱいなんだよ。」
『あ〜うん、そう、そんなことよりさお兄ちゃん。』
マジか、そんなこと呼ばわりかよこの天使は…畜生、俺の溢れんばかりの思いを返せ、あゝ大天使コマチエル…貴女は堕天してしまわれたのですか?
下界の娯楽に触れてコマチエルドロップアウトしてしまわれたのですか…。
『お兄ちゃん達ってさ、もうすぐ試験だから、部活上がり早いって言ってたよね?』
「…あぁ、そうだね、言ってた言ってた、八幡超言ってた。」
『うわ〜な〜にお兄ちゃん、ご機嫌斜めった?』
誰のせいだよ、誰の!
『ま、良いや、お兄ちゃんさぁ、雪乃さんと結衣さんと、後序にいろはさんも一緒でイイけど、サイゼに来て来んないかな。』
ホント小町ちゃんったら一色とウマが合わないんだな、序扱いじゃ流石に一色が可愛そうだろ。
「俺は別に構わんが、後で皆にも聞いとくわ、で、何かあるのか?」
『うん、ちょっと友達から相談受けてね、小町だけじゃきつそうだからお兄ちゃん達にも協力してもらおうと思ったんだ。』
「ほ〜ん、相談ね…けどお前今日予備校無かったっけ?」
『うん、実はさその相談受けたのって予備校の友達なんだ、でね小町も今日は早いからさだからサイゼで待っててよ、良いでしょ?』
予備校の友達ね、本当小町は何処でも友達作れんだな、何処ぞの八幡とは大違いだな。
「はいよ了解、そんじゃサイゼな。」
『ありがとう流石お兄ちゃん、大好きだよ!あ、今の小町的にポイント高っかい〜!』
はいはい高い高い、何処で還元出来んのか解かんないけどな。
『じゃあね〜お兄ちゃん。』
ツーツーツーツー。
「ヒッキー、小町ちゃん何だって?相談って言ってたよね。」
おっ!流石は由比ヶ浜、一番最初に切り込んで来てくれたな、助かるわ。
「ああ、何か小町が友達から相談受けたらしくてな、一人じゃ辛いから手を借りたいらしいんだが、皆これから時間あるか?」
皆の都合次第だがどうだろうな、小町もしも駄目だったとしても皆を恨むんじゃ無いぞ、いきなりの話なんだから。
「あたしは良いよ、小町ちゃんにも会いたいし!」
「私も構わないわ、他ならぬ小町さんの相談と言うのなら。」
「お米ちゃんの相談ですか…まぁ別に私も構わないですよ。」
(そうか皆サンキューな……。)
「お前ら揃って暇なんだな。」
「ヒッキー本音と建前が逆になってるよ!」
あらやだマジかよ、またまたうっかり八幡しちゃったよ。
「おっと!こりゃまた失礼、致しましたっと!」
「「「……?。」」」
あっ、クレージーキャッツは通じないのね…。
校舎を出て、俺は伊達眼鏡を装着しダクネス号を押しながら、雪ノ下と由比ヶ浜と一色の三人と連れ立って、小町と合流すべくサイゼへと向う。
毎度の事ながら、嫉妬に塗れた男達の視線が痛い、本当に気分が滅入ってしまう、だが滅入る原因はそれだけじゃないんだよな。
「…はぁ。」
「比企谷君、貴方は一体何故ため息など吐いているのかしら、仮にも貴方は私達と共に行動すると言う名誉に浴しているのよ、ため息など吐かずに凛としていなさい。」
流石に大した自信だな雪ノ下、お前は常にそうやって事に対して真っ直ぐに見据えて行動しているんだよな、まぁ時としてその自信が過信となって失敗するんだけどな。
「そうだよヒッキー、ゆきのんの言う通りだよ元気に行こうよ!」
「ですですせんぱい、ため息なんか吐いてると幸せが逃げちゃうって言うじゃないですか、だからそうならない様に一緒に幸せになりましょうね!」
三人が三人共、それぞれの為人に則ったセリフで、俺を元気付けようとしているんだが、そのため息の原因は君たちなんだよ。
「まぁ、お前達とこうして歩いている以上、他の男達の嫉妬心を煽ってしまうのは覚悟の上なんだがな。」
「覚悟をしているのなら、何等の問題も無いでしょう、だったら「いや最後まで言わせてくれ雪ノ下。」…解ったわ言ってみなさい。」
「おう、すまん…今言った通り男の悪意はどうでも良いが、問題は女子なんだよ、何で女子に迄俺は悪意を向けられねばならないんだよ、あれか?千葉には百合属性持ちの女子が多いのか!?」
「「「……。」」」
ん?どうしたんだよ三人共、何その人を憐れんだような目は、止めてよねそんな目を向けないで、八幡心がポッキリ逝っちゃうから、メンタルが!ホントマジ止めて。
「せんぱい…。」
「ヒッキー…。」
「比企谷君…。」
何、何で君達三人でハモってんのよ、えっ!?俺今から君達に何を言われるのん?
「馬鹿ですよね!」
「バカだよね!」
「大馬鹿者ね!」
馬鹿って言われたの、3人揃って…しかも一人はその上に大の字が付いてたよね。
マジか〜俺って馬鹿だったのか…知らなかったよ、って何でだよ!?
三人を代表する様に一色がダクネス号を押す俺の前に立ちはだかり、片手を腰に据えて、ちょっと腰を折り俺の胸元にもう片方の手の人差し指を突き付けて不機嫌さを表に出した声音で宣言するかの様に宣った。
「良いですかせんぱい、せんぱいが何を勘違いしていたのか、やっと解りましたよ!せんぱいの言う女子からの悪意って、せんぱいに向けられている訳無いじゃないですか。」
えっ?どういう事…だって俺、明らかに女子にまで悪意を向けられているよ、凄え明らかに嫌悪されている様な視線なんだもんよ、ボッチが視線に敏感とかそんなレベル通り越してるんだよ、あの視線は。
「いい事比企谷君、貴方の言う女子の視線は貴方に向けられているのでは無いのよ、それは…私達に向けられている物なのよ。」
へ?何それ…どういう事だってばさ。
「あのねヒッキー…」
おや、今度は由比ヶ浜が解説してくれるのね。
「ヒッキーには自覚が無いかもだけどさ、眼鏡を掛けたヒッキーは凄いイケメンさんなんだよ…去年初めてヒッキーの眼鏡姿見た時さ、あたしもいろはちゃんもすっごくびっくりしちゃってさ、そんですっごくときめいちゃったんだ…ヒッキーカッコいいって、それでねあの時からあたし達も感じてたんだよ、女の子達のヤナ視線にね…。」
…マジか、一年目にして知る意外な真実ってか。
実感沸かねえ。
でもマジかよ、だとしたら俺は一年もの間三人に嫌な思いをさせていたって事だよな、これからも俺がいたんじゃコイツらを傷付けてしまうって事か。
「せんぱい今、自分が私達と居たら迷惑掛けるとか思ってますね!ハッキリ言いますけど私達、他人の悪意とかどうだって良いんですよ、手を出して来ないなら実害も無いんですからね、それより…せんぱいと居られない事の方がよっぽど辛いですよ。」
一色がそんな風に思っていてくれたのか、それに由比ヶ浜と雪ノ下も…一色の言葉に頷いているし、それが三人の総意なんだな。
俺は…居て良いんだな、コイツらと一緒に居てもさ。
「…サンキュー…な。」
俺の感謝の言葉、照れくさくってなんか面映い気分だけど、三人共頷いてくれてるし。
「そんな事よりも急ぎましょう。」
「そうだよ、小町ちゃんもう待ってるかも知れないしさ。」
ああ、少し急ぐか…。
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川なんとかさんのバイト先がアソコなのは間違っている。
小町からの相談と言う名目に拠る呼び出しの電話により、俺達奉仕部四人は連れ立って約束された地へと至る遥かなる道程を超え、遂にその約束された地『サイゼリヤ』へと至ったのは西暦20XX年5月の中旬、暦の上では夏を迎えた或る日の夕刻のことであった。
俺達はその地に仕える使徒により導かれ、四人の人間が余裕持って寛げるだけの広さを持つ一席を用意され、そこに腰を落ち着け、暫し長旅の疲れを癒やすべく使徒により用意された冷水を呷り、その喉を通り抜け胃の腑へと至り全身に染み渡る快楽に僅かな時間だがそれに身を任せてみた。
その一時の快楽が治まり正常な心身を回復を果たした俺達は、使徒が用意したこの約束された地にて代価を支払う事により得られる糧を記した書物に眼通しをし、それぞれの望むその糧をいただくべく再び使徒の降臨を願う為に、席に設置された手押し式の呼び鈴を鳴らした。
「…てな具合に、ただ単にサイゼに来て席に案内されて水を飲んで注文をするだけなのに、何か荘厳な物語の一小節みたいじゃね?」
そう、今回の冒頭の語りは今サイゼで小腹を満たしながら俺が皆へ聞いてもらっていたものだ、ってか冒頭の語りって何だよ?
「…はぁ、何を聞かされるかと思えば貴方は…でもそうね、この前のざい…財津君だったかしら?彼の書いた物よりは興味を引かれそうな気はするわね。」
辛口の評論に定評がある雪ノ下がそれなりに評価してくれた様で、俺としては何よりです。
それにしても材木座、お前のラノベはやはり雪ノ下の興味を引くレベルには無いらしいぞい!Don’tmindダゾ、材木座!
「せんぱいって時々そんな変な事言い出したりやりだしたりしますよね、何でしたっけ?この前やった掌に目を描いて何かニギニギぃ〜ってやってたの?」
「あ〜、アレだよね!あたしもなんかアレはキモいと思ったよ…アハハ。」
Org…どうやら俺が以前皆の前で披露した『ガブリン』は不評だったようです。
仕方無いよね、俺も最初ガキの頃親父がやった『ガブリン』見て何だって思ったからさ、後でキョーダイン見てハマったけどね。
まぁ昔の特撮を女子が知らないのは仕方無いとしても、材木座さえキョーダイン知らなかったのは俺的には許せない。
中二病には刺さらないのかキョーダイン。
『らき☆すた』のエンディングでこなたが歌ってたじゃんキョーダイン、何なら家の親父はキョーダインの歌で数字の単位を学んだって言ってたよ、なのに知らないのかよ材木座ェ…。
俺が独りキョーダインとそれを知らない材木座に対して思いを馳せ、憤っていると、待ちに待ってたやっと出た!エンジェルボイスが俺の耳朶に鈴の音の如くに響き渡った。
あゝ、夏の風物詩たる風鈴、その風鈴の鈴の音がこの声だったなら俺は、一日中風鈴の前に陣取って聴き続ける自信がある。
おお!一つ商売を思いついたぞ!
小町(CV悠○碧)と由比ヶ浜(CV東山○央)と雪ノ下(CV早見沙○)と一色(CV○倉綾音)敬称略すの声がする風鈴を売りだせば大儲け出来んじゃね!
…でも雪ノ下の場合、罵倒する声が木霊しそうだよな、需要あるかそれ…最悪俺が演技指導して最後デレさせれば、ツンデレ好きの需要に答えられれば、ワンチャンあるか!?
「あ!お〜いお兄ちゃんお待たせ。」
その天使の声が聞こえた瞬間に、俺は座っていた席から立ち上がり、その声に答える為に振り向いた。
「おう、来たか小町!お兄ちゃんは全然待っていない………」
振り向いた先には、今朝学校へ向かう前に別れた時そのままに中学の制服を着て、ニコニコ笑顔の口元に、見ようによってはあざとさを感じさせるかも知れない程の露出具合で八重歯が覗いて、それが可愛さのワンポイントとなっている感満載の天使が降臨した…のだが。
「…小町ちゃん、その隣に立っているのはどこの馬の骨かな返答次第ではお兄ちゃんこれから修羅道へ踏み込まなきゃいけないかな、かなぁ!」
我が前に降臨あそばせられた、天使の稍後方に付随うように一体の、どこの馬の骨とも分からぬ生命体が立っていた。
「あ〜もうまたお兄ちゃんは訳の分かんない事言って、さっき電話で言ったじゃん。相談があるってさ。」
その生命体、分類学上では男に属している…ソレの体長は小町より数センチ程高く細身の体格で、鉄灰色の髪と…俺とは違い優しげな眼差しの瞳を有し、そこに不安そうな色を宿しペコペコと俺達に対して頭を下げている。
「あっ、ごめんなさいです雪乃さん結衣さんやっはろーです、後序にいろはさんも!」
その生命体を置き去りに小町は、奉仕部三人娘に挨拶をしている由比ヶ浜と雪ノ下に対しては愛想よく、一色には微妙におざなりに。
小町と小町に対し返礼する三人の輪に俺は加わらず、置き去られた生命体にロックオンしている、相談者とはいえ我が天使に付き纏う輩だしな、警戒は怠らぬぞ。
俺に視線を向けられた事に気が付いた生命体は、俺の眼光に当てられて『ひいっ』と声を漏らし一歩後退った。
勝った、第3部完!
「もう、何やってんのさお兄ちゃん、大志君のこと威嚇しないの!」
そうか、こいつは大志と言うのか、てか小町さん何故に名前呼び?お兄ちゃんはお前をそんな娘に育てた覚えはありませんよ!
年頃の娘がはしたないですよ、慎みなさい。
「…おい、大志とやら!」
「ハハ、ハ、ハイっす小町さんのお兄さん!」
俺の呼び掛けにヤケにキレイな直立不動の体勢で返事をする、その様は緊張感を孕みながらも妙にその姿勢に慣れている様に感じられ、少しだけ感心してしまった。
「おい、俺はお前の兄貴じゃ無い、お兄さんと呼ぶなッ、あと小町の名を呼ぶ事も赦さん!」
だが、それとコレとは話が別だ、我が天使の名を呼ぶなぞ赦されざる大罪、その咎人は滅されて然るべきである!
そして俺はその咎人を屠るべく、羅刹の道を歩む事も辞さぬ、『我が名は八幡千葉で一番のお兄ちゃんスキルを持ち羅刹の道を歩む者!』むっ何かコレじゃ俺まで紅魔族ぽいよな。
「ハイッ、スイマセンっす!」
この害虫、相談者の名は川崎大志と言うらしい、今年四月から小町が通い始めた予備校で知り合い、お互いの兄と姉(勿論兄とは小町の兄たる俺の事であるのだが)が総武高校に通っているって事で、話をする様になったとの事だ。
そしてこの大志の悩みと言うか、相談事と言うのがその姉の事であったのだ。
「ほ〜ん、姉ちゃんが不良にねぇ。」
「ねぇ大志君、もしかして大志君お姉さんってサキサキだったりする。」
出た!由比ヶ浜の中の紅魔の血の発動だ、相変わらずそのシビレもしないし憧れもしないセンスには呆れさせられてしまう。
「由比ヶ浜さんは大志君のお姉さんを知っているの。」
「うん、川崎沙希さんだよね、あたしとヒッキーは一緒のクラスだよ。」
「ハイ、そうです、ウチの姉ちゃんに間違い無いっす!」
へっ、誰それ…八幡わかんない?
「結衣先輩、何だかせんぱいは解ってないみたいですよ、ほら顔にクエスチョンマーク浮かべている顔ですよ今のせんぱいの表情は。」
「ヒッキー…無いわぁ!」
「お兄ちゃん…無いわぁ!」
え〜、何さ何さ、何が無いっての…ってか一色さん確かに君は正解を言い当ててるけどさ、お前の一言で小町と由比ヶ浜の俺を見る目が残念な物を見る目になってるよ、酷いよ責任取ってよね。
「ほらヒッキーあの娘だよ、青っぽい髪のポニテの娘だよ、分かんない?う〜ん確かにサキサキってあんま誰かと話したりしないし、何時も一人で居るし、ちょっと取っ付きにくい感じするけど…」
ポニテで青い髪で何時も一人で居て取っ付きにくいって…それって川なんとかさん?
「ああ、黒のレースか!」
その何気に発した俺の一言で、大志を除く全員の視線が俺にロックオンされてしまった…やべぇ。
コイツはもしかして、後で皆からの追求が来るかも知れないな…。
大志の姉、川崎沙希こと川なんとかさんこと黒レースさんが不良化し始めたのはごく最近の事なのだそうだ。
「それまでの姉ちゃんは…俺んちって俺の下にまだ弟と妹が居るんですけど、共働きで両親の帰りが遅いから飯の用意とか殆ど姉ちゃんがやってくれてたんです…なのにそんな優しい姉ちゃんが不良になって、しかも家へ帰ってくるのだって夜遅い時間なんです…。」
大志の言う川なんとかさんが帰宅する時間は遅いなんて物じゃ無かった、午前五時位になる事が多々あるそうだ、それはもう夜じゃねえだろ、朝帰りじゃねぇかよ、御膳様…じゃ無かった、午前様だよ。
だがなる程な川なんとかさんはああ見えて家庭的な奴なんだな、子だくさん家庭の一番上の子で下の面倒見が良くて、そんな人間の有り様がそう簡単に変わる物か、有るとすれば男か!…それは無さそうだなキャラ的に、何となく?。
「なぁ大志、その時期にお前ん家で何か変わった事ってあるか?どんな事だって言い思い出してみろ。」
「…どう言う事比企谷君、まさか川崎さんが不良化した事の原因が家庭環境の変化に有ると考えているのかしら。」
雪ノ下が言う様に俺は川なんとかさんの変化の理由は家庭環境にあるのでは無いかと予測する、俺がそう考えた理由はあの日材木座とスパーリングを屋上でやった日、初めて黒のレースとご対面した日。
俺達の脱ぎ置いた、ヘッドギアとグローブを見つけた川なんとかさんはちょっとキツメな物言いだったが俺達を気使う素振りを見せていたからな、だから川なんとかさんは不良化したと言ってるが、大志の言う面倒見が良いって気性は変わっていない様だし。
「雪ノ下、それから皆…もしかしたら俺は大志の姉ちゃんは別に不良化したって訳じゃ無いと思う、大志のところは四人兄弟姉妹だよな、そしてご両親は共働きだ、とは言え四人も子供が居れば必要になってくる物の額もその分だけ跳ね上がる。」
「はっ!せんぱい、それってお金ですか、もしかして大志君のお姉さんってバイトをしているって事ですか!?」
その可能性が高いじゃないかと俺は推測する、上が高校生でその次が受験を控えた中学生に後の二人の歳は分からんけど、だがそれだけの子沢山、他所ん家の家庭環境とか経済状況は分からないが学資保険とかを、もし掛けていたとしても賄えない部分が出てるかも知れない。
「そうだ、まぁコイツはあくまでも俺の推測だが黒レー…大志の姉ちゃんは歳を誤魔化して深夜帯のバイトをやってる可能性が高いと思うぞ。」
深夜帯はバイト正社員問わず大抵の企業では賃金の深夜割増がある、基本は確か1.25倍だったか、俺のバイト先だってそうだからな、手っ取り早く高賃金が貰える深夜帯はアルバイターにとっては有り難い物だろうな。
「そうだったんですかね、確かに家は兄弟が多くてあまり裕福じゃ無いっす、来年俺受験だから俺予備校通わせてもらってるけど、それだってきっと両親は家計を色々切り詰めて賄ってくれてんだと思うんす俺…。」
なる程だとすると、家計を助ける為のバイトか…いやまだそうと結論づけは早計か。
だが…そう言や黒レースさん、最近遅刻が多かったよな、こないだも昼から出勤して平塚先生に注意受けてたし、屋上で会った時も欠伸してたよな、あれってあそこで昼寝してたんじゃないか!?
「だったらさ、大志君一度サキサキと話し合ってみたら良いんじゃないかな、バイトしてるなら辞めてって。」
「でも結衣先輩、それだけなら根本の問題が解決しないじゃ無いですか、ホントにせんぱいの言う通りの経済的な問題だとしたらですけど。」
そうだよな、一色の言う通り、経済的な物なら辞めろだけじゃ駄目なんだ、辞めても構わないわ状況にならない限り問題の解決はみない。
「そうね一色さん、比企谷君が言う事が真実だとしたら、そしてそれを辞めさせる為には…川崎さんが辞めても問題が無い環境を整えなければならない、そう言う事かしら比企谷君?」
「ああ、そういう事だと思う…大志お前が姉ちゃんと話をするのは構わないがな、辞めさせたいからってあんま高圧的ってか急進的な態度に出るなよ。」
「でも俺…。」
まぁ大志にしたら納得出来ないだろうな、俺が言うとおりだとしたら、姉が家族に内密に独り苦労を背負っている何て考えたらな、辛いよな。
「今はまだ推測の段階だ、憶測だけでああしろこうしろなんて言われたって反感が募るだけだし、態度を硬化させかねない、そうなったら話も何もない…。」
だがもし本当に川なんとかさんが深夜のバイトをやってんのなら、出来るだけ早期に辞めさせないといけないのも事実だ。
労働基準法などの法律問題がある、それは川なんとかさん本人だけでは無く、その川なんとかさんを雇用している企業にとっても不味いことになる、それが公になったとしたらな。
下手を打つと、雇用主から川崎家に対して多額の賠償を請求されるなんて事態に発展する可能性も高いからな。
「分かったっす、お兄さんが言う通りにしてみます。」
「そうだね大志君、そうしてみなよ、何かあったらさ、また私達に話してよ…ねっ、お兄ちゃん。」
はぁ、他ならぬ小町がそう言うなら、俺はそうするしかないがな。
「結衣さん雪乃さん…あといろはさんも?」
「ええ、私も何か考えてみるわ、奉仕部の部長としても。」
「うん、あたしも…あたしはあんま、役にたてないかもだけどさ、でも考えられるだけ考えてみるね。」
「…お米ちゃんは何でそう私に対して好戦的なんでしょうかね、でもまぁ良いです、私も奉仕部の一員ですし当然する事をする迄です。」
「皆さん、ありがとうございます!」
大志は深々と頭を下げ、と言ってもテーブルに頭が当たらない程度だが、元気な声で俺達に礼を述べた。
その後早速とばかりに大志は踵を返す様にサイゼを出て行った。
「さて、川崎さんの問題は数日間推移を見守るとして、もう一つの問題に移りましょうか、比企谷君。」
雪ノ下の宣言を受け、奉仕部女性陣+ワンの不審感バリバリの視線が一斉に俺に向けられた。
アカン!これアカン奴や。
ほぼ確実に有罪以外の判決が無い、魔女裁判の開廷だ…。
その昔『ジョニーは銃をとった』だけど俺は何も取れなかった、この裁判官たちのプレッシャーの前に…。
翌日の昼休み、俺は独り屋上建屋の上に足を運んでみた。
予想通りならそこに川なんとかさんが居るだろうと思ったからだ、まぁ結果としてそれはドンピシャだった。
「よう、邪魔するぞ。」
川なんとかさんはご丁寧にも、持参したと思われるシートを敷きその上に寝転がっていました。
ゴクリ、何か堪んないものが有るな、女子の寝姿とかさ、ハッいかん邪な事は考えるな八幡!
お前は又あの恐怖を味わいたいのか!
あの暴君の如き女将達に蹂躙されるが如き恐怖の時間を…。
「……何だいアンタは、邪魔してる自覚が有るんなら帰りな!」
川なんとかさん、寝姿を見られたからか、それとも昼寝の邪魔をされたのが嫌だったのか、機嫌が悪い…スマン。
「…そう言うなよ、まぁ詫びって訳でも無いがほれ!」
俺は川なんとかさんの昼寝を邪魔するにあたって、詫びの品として持参したアクエリアスを渡した。
もう初夏だしな、まだ本格的に汗をかくシーズンでも無いが、スポーツドリンクなら無難だろう。
「アンタがそう言うなら、取り敢えずもらっとく…ありがと、まぁアタシはポカリ派なんだけどね。」
礼を言いながらも嫌味を言う、川なんとかさん…恐ろしい娘。
「で、アンタは何で此処に来たのさ、何か用が合っての事だろう?」
「まぁ、ちょとな…」
俺はマッカンのプルタブを開けながら川なんとかさんに話を切り出した。
「実はな、俺の妹がお前んトコの弟と知り合いでな…まぁコイツは家の妹がお節介焼いたんだろうが、お前の弟が相談したんだよ、お前の事をな。」
事の経緯、その取っ掛かりを川なんとかさんに説明し、俺はマッカンを口から流し込む。
「…ハンッ、それでアンタに話が回って来て、アンタが今日此処に来たって訳かい!…あぁそういう事かい、あんた等が余計な入れ知恵したから大志の奴が、悪いけどアタシの事はアンタに関係ないんだ、放っといてくんない!」
まるで射貫く様な鋭い目線が俺に向けられている、うん雪ノ下もそうだが川なんとかさんも硬質系美人タイプだから、眼力半端無い、ソッチ系の人にはご褒美かも知れんが生憎俺はソッチ系じゃ無いからな、純粋に怖い更に倍率ドン!
起死回生、破れかぶれの篠沢教授に八万点、八幡だけに。
「…だよな、お前からしたらいい迷惑だよな、まぁ今から俺は独り言を言うから、お前は適当に聞き流しても良い。」
そして俺は労働基準法や雇用関係や扶養控除などの話を語った。
「…と言う訳さ、後はお前自身の問題だ、自分でどうするか考えると良いんじゃね?」
「ただな俺も曲がりなりにも兄貴だからな、出来るだけ妹には心配は掛けたくないし、あぁ悪いこりゃ独り言じゃなくなるな…じゃあ俺は行くわ。」
川なんとかさんを建屋に残し俺はタラップをつたい降りて先に教室へ戻る。
ほんの少しでも良いから川なんとかさんが俺の言った事を考慮してくれりゃ良いかな。
その2日後、俺達は再び小町よりサイゼへ集まる様にと招集を掛けられた。
「皆さんスイマセン、実は昨夜姉ちゃんのバイト先だと思うんですけど、連絡があったんす、それでその…電話掛けてきた人が言ったバイト先の名前が何か変なって言うか、ヤバそうな感じの名前だったんです!」
そう前振りして大志が告げた店名は。
「俺も何か焦ったって言うかなんて言うか、そのよく聞き取れなかったんですけど…パヤパヤとかパヨパヨとかって言っていたんです!何かいかがわしそうな感じがしないっすか!?」
…あ〜、何かそれ落ちが見えたよ、うん多分きっと…あれだな。
「…お兄ちゃん…。」
だよな小町もそう思うだろう。
それしか無いよな…俺それ知ってる、チョー知ってる、だってテリー兄ちゃんが言ってたし。
『実はなハチマン、今度お前の街にパオパオカフェの日本一号店が出来るんだとよ、機会があれば行ってみろよ。』って連絡があったんだよな、確か開店が先月だったよなぁ…。
「なぁ大志、それってもしかしてパオパオカフェって言わなかったか!?」
だとしたら俺も一応身内が世話になってる所だし、動かないとだよな。
…テリー兄ちゃん、ちゃんとツケ払ってんだろうな………………。
サキサキのバイト先を原作のエンジェル・ラダーからパオパオカフェに変更しました。
店内でバトル観戦する様な店が風営法その他条例的にどうなのよ!?
ですが、そこは伝家の宝刀、ご都合主義と言う事で。
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やはり俺がパオパオカフェに赴くのは間違っている。
パオパオカフェ、それはテリー兄ちゃんとアンディ兄ちゃんの故郷、アメリカサウスタウンにブラジルから渡米して来た自身もカポエラの使い手である…オーナー(やばっオーナーさんの名前覚えて無いわ。)が表裏問わず格闘技が盛んであったサウスタウンにそのオーナーさんが最初の一号店を開いたのが始まりだったそうだ。
店内には試合用にリングが常設され、腕に覚えのある猛者やプロの格闘家さえもが、そのリングに上がる事が有りそれを見たさに格闘家が、マニアが数多く集い又店内で出される飲食物の味も良く、舌の肥えた者達の胃袋も掴み上々の評判を呼び、店は繁盛しサウスタウンを中心に店舗数を増やして行き現在は海外にも展開しているそうだ。
かつて、十年近い修行を終えたテリー兄ちゃんとアンディ兄ちゃん(当時二十歳位だったそうだ)が養父さんの仇を討つべく戻って来たサウスタウンのパオパオカフェ一号店に於いてテリー兄ちゃんはオーナーさんと試合い、その後意気投合しテリー兄ちゃんはそこの常連客となったそうだ。
っても当時万年金欠野郎のテリー兄ちゃんはしょっちゅうツケで飲み食いし、店内で労働或いは店内での試合に出る事で料金の支払いに替えていたそうだ…。
そのパオパオカフェ、日本一号店がこの千葉にオープンしたのが先月の事だ。
「て事でパオパオカフェってのはな格闘技のメッカと呼ばれてんだ…ところで大志お前の姉ちゃん、何か武術の心得があるんじゃねえか?」
あの黒レースとの第一次接近遭遇を果たした日、川なんとかさんが放った飛び蹴りは半端なもんじゃ無かった。
あれは相当な破壊力が有っただろうなそしてあれだけのジャンプ力と飛距離、一体どれ程の物なんだ。
「分かるっすかお兄さん、実は俺んち三年前に千葉に越してきたんすけど、前に居た街で俺達近所の空手道場に通ってたんです、姉ちゃんは凄え才能が有ったみたいで師範たちに凄え可愛がられてたんす、だから引っ越しする事伝えたら道場の人達すごく残念がってて、でも何時でも遊びに来いって言ってもらえましたっす。」
そうか空手か、大志達が通ってた道場がどこの流派かは知らないけど、才能を認められるってのは大したものだな。
でもってバイトに応募するにあたって特技或いは趣味の欄に空手とでも書いたんだろう、それでパオパオカフェに採用された可能性が高いな。
「ほぇ〜、サキサキってそんなに凄いんだぁ!」
「ですねぇ、たまにテレビなんかで空手女子とか紹介されたりしてますけど、割と可愛いかったりしますもんね。」
由比ヶ浜は単純だから素直にサキサキ凄えと、一色は空手女子のルックスとかそっち方面に感想が行くのね。
でもまぁ皆の感想は置いといて、パオパオカフェは身内が世話になってるし、話を通すべきだよな。
今此方の時間が午後六時半だから、向こうは…早朝だな、起きてっかなぁ!?
俺はポケットからスマホを取り出し、某通話アプリを起動し、待つこと数秒。
『…八幡か、どうしたんだこんな朝早くに?』
『ロックか、それテリー兄ちゃんのスマホだよな、て事はやっぱりテリー兄ちゃんまだ寝てるんだな…。』
テリー兄ちゃんのスマホに掛けたのに応対したのはロックだった、もうそろそろ二人共早朝トレーニングの時間だろうから起きてるかもって思ってたんだが。
『イヤ、寝てると言うよりもついさっき横になったと言ったほうが正確だな、テリーの奴昨夜飲みに行って久し振りにダックと会ったらしくてな、そのまま二人で深夜まで飲んでいてほぼ朝帰りって訳だ、今ソファで唸ってるよ。』
テリー兄ちゃんェ…。
『ところで八幡、こんなに朝早く連絡して来るって事は何か急ぎの用事でも有るのか?』
流石はロック、此方の状況を直ぐに察してくれたか。
まったく…イケメンで気配り上手で、家事万能と来てやがる、コレで彼女が居ないってのが信じられないよな、アイツの場合女子に対して免疫とか抗体が無いのかもな…抗体、アンチボディ…もしロックがオルファンのプレートと出会ったらブレンパワードがリバイバルするんだろうな、多分。
俺!?俺だったらグランチャーかなやっぱ、バロンズゥカッコいいじゃん。
『流石だな理解が早くて助かる、なぁロック、テリー兄ちゃんってパオパオカフェのオーナーさんと連絡取れたりとか出来るかな?』
『パオパオカフェのオーナー?リチャードの事か、まぁ最近はテリーもそれなりに収入も安定してるし、ツケも精算してるから大丈夫だろう。』
『そうか!だったら安心だな、実はな此方のパオパオカフェで面倒な事が有ってな………』
俺は川なんとかさん絡みの経緯をロックに説明した、テリー兄ちゃん経由でオーナーさんに事情説明が出来ないかと、更にはあまり事を荒立てずに対処して貰えるように頼んもうと考えている事を説明した。
『ちょっと待ってろ八幡、今テリーが起きてきた、電話代わるってよ。』
『そうか、サンキューなロック…ところでお前日本語また上手くなったな。』
『お前の英語もな八幡、それと次に闘る時も俺が勝つからなじゃあテリーに代わる。』
そう、今の一連のロックとの会話、俺は英語でロックは日本語で話していた。
此れは昔から俺達が良くやっていた事だ、お互いに英語と日本語を学び実践する為にだ。
それにしてもロックの奴、前回の来日時の勝負で勝ち越したからって調子付くなよコンニャロメ。
『…よう、ハチマン、リチャードに話があるって?』
おいおいテリー兄ちゃん、あんまり酔いが覚めてないだろ…。
「あぁ悪いなテリー兄ちゃん、朝っぱらからさ、パオパオカフェのオーナーさんはリチャードさんってたっけか?」
『…ああ、そうだぜ、リチャード、リチャード・マイヤってんだ。』
俺はテリー兄ちゃんにもロックに話した川なんとかさん問題を説明した、オーナーのリチャード・マイヤさんがサウスタウンに居るんだったら、テリー兄ちゃんに話を通してもらって、出来ればマイヤさんから日本のパオパオカフェの責任者に指示を出してもらえれば事を穏便に済ませる事が可能じゃね、と考えての事だ。
『なる程な、そう言う事か…だったら今なら好都合だな、お前運が良いぞハチマン、幸いリチャードは今そっちに居るからな今から俺がリチャードに連絡してみて折返し連絡するからちょっと待ってろよ、じゃあ一旦切るぞ。』
「あぁ、頼むよテリー兄ちゃん、ほんじゃ後で。」
ポチッとなっと通話を切り周りの皆を見渡すと…小町以外の皆が何だか変な顔をして俺に注目しているよ、俺何かしたのか?
「ほえ〜、ヒッキーさっきの電話初めは英語だったよね、凄いヒッキー英語話せるんだ良いなあ!」
「ですです!それに今のって前に言ってロックさんって人ですよね、あの王子様みたいなイケメンの人ですよね!」
やはりトップバッターとして最初に切り込んできたのは由比ヶ浜と一色だったか、この二人には前にロックの写真見せたからな。
「比企谷君、貴方欧米で暮していた事が有るのかしら?今の英語はあちらで十分に通用するレベルだったわね。」
そして海外留学の経験がある雪ノ下からも、俺の英会話能力に対してお墨付きがいただけた。
いや、海外どころか飛行機にも乗った事無いけどね。
「まぁな、小三の頃からネイティブスピーカーに教わってたからな、小町もだけどな。」
「ねぇお兄ちゃん、テリーお兄ちゃん何て言ってたのそれとロックお兄ちゃんも、あっちょっとロックお兄ちゃんに電話してみよっかな!」
ちょいと小町さんや、一度聞いて来たならさ、聞き終わってから電話しなさいな…お兄ちゃんまだ説明して無いよね。
取り敢えずスマホは一旦置きなさい、説明しますから。
いや、小町が皆…特にロックの事大好きなのは知ってるから話したいの分かるけどさ、なんたって小町の初恋の相手はロックだったからな。
俺と親父はハッキリ言って小町を、特に親父は溺愛していて、『小町は嫁にはやらん』と常々言っているし、それには俺も同意だが、でも相手がロックならまぁ許せるかなと思わなくも無い。
だけど…肝心のロックは完全に小町の事を妹として接してるからな。
それから数分後、テリー兄ちゃんからの折返しの連絡が入り、俺はパオパオカフェのオーナー、マイヤさんと会える事になった。
『明日は土曜日だからお前学校休みだよな、午後に時間が取れるからその時間にパオパオカフェへ行けるか?』
「ああ大丈夫問題無いよ、だったら昼食後位の時間が良いかな。」
『ああそれが良いな、明日そっちの時間の、じゃあ午後一時にってリチャードに伝えとくなハチマン、それからパオパオカフェの場所は知ってるんだよな?』
「解ったそれで問題無いよ、場所はベイサイドタウンの海沿いだったよな、テリー兄ちゃんサンキューな明日行ってくるよ。」
『おう、リチャードにもよろしくな、それからコマチや皆にもな、上手くやれよハチマンじゃあな。』
再びポチッとなっと通話を切り、明日俺がパオパオカフェを訪ねて行く事を皆へ伝える、まぁ小町は電話でロックと談笑中で聞いちゃいないが、それを見ている大志の目が失恋した奴みたいで、うぷぷぷぷぅ〜。
大志よ、悲しくても此処で泣くなよ。
涙ふくハンカチも無いし。
愛が壊れたお前の心を優しく包む椅子なんて無いぞ。
第一此処は失恋レストランじゃあ無いから!サイゼリヤだから。
「では明日の待ち合わせ場所を決めましょうか。」
雪ノ下が提案するが、俺としてはあまり大勢で押し掛けるのは先方に対してあまり良い印象を与えないのでは無いかと思える、なので俺は皆にその旨を伝え了承してもらった。
「でもさ、そのパオパオカフェって喫茶店みたいなトコなんだよね、だったらさお客としてお店に入るくらいなら別に良いよね、食事も美味しいんでしょヒッキー。」
うっ、こういう時だけ無駄に判断力を発揮しやがりますね、由比ヶ浜さん。
何時もそれだけの判断を下せたら、そうだな…深夜アニメのヒロイン出来んじゃね。
『判断上手の由比ヶ浜さん』とかさ、主人公は尽く打つ手を先回りされて追い詰められる…何か、それって由比ヶ浜のキャラじゃねぇな。
「結衣先輩ナイスです、せんぱいはオーナーとお話ししてもらって、私達はお店でお昼のひと時を楽しみましょう、雪乃先輩!」
「そうね、お昼の時間帯なら川崎さんと顔を会わす事も無いでしょうし、一度現場を下見するのも悪く無いわね。」
はい、コレは女性陣全会一致で可決されましたね、再び俺は少数派野党の立場に追いやられてしまいました。
この女子達の連帯力と来たら、少数派男子たる俺に反撃の余地はない。
「ハァ解ったよ、但し店に行く時間は俺とずらしてくれよ…あくまでもお前達は店に客として食事に行くだけであって、マイヤさんと会うのは俺だけだ。」
それだけは皆に徹底してもらわないとな、しかし俺だって本当は美味いと噂のパオパオカフェの料理を食ってみたいんだけどな、それは後日か…時間が有りゃあ明日食えるかな。
「お兄ちゃんもう出る時間なんだね、大志君のお姉さんの事上手く行くと良いんだけど、そこはお兄ちゃんに懸ってるかな。」
「どうだろうな、結局のところ大志の姉ちゃんの問題の根っこが何処にあるかまだ解ってないからな、いや金銭問題って事は解んだけどな、まぁ取り敢えず俺はもう行くわ。」
「うん、お兄ちゃん行ってら!」
小町…また変なとこ略しやがって、可愛いから許すけどね。
だが川なんとかさんが金を必要としている理由か、大志から聞いた為人、俺が実際に話してみて感じた印象…どっちも悪印象を抱く事は無かった。
なのでおそらく、遊び金欲しさって事は無いだろう、なら何か…大学進学の為か、その可能性は高いと思う。
元から総武高校は進学校だし、そこに入学出来た時点で川なんとかさんの学力は高いと言える、が由比ヶ浜が入学出来たと言う事実は意外と言うしか無いだろう、今は雪ノ下が勉強を見てくれているからそれなりの成績をキープしちゃいるけど。
進学か…それを考えているなら、川なんとかさん予備校に通ってるのかな、予備校の費用も馬鹿にならないだろうし、大志も今小町と同じとこに通ってるんだから相当な家計的負担になるんじゃないか…
そうか、予備校か!川なんとかさんは進学の為の資金と予備校の費用を同時に捻出しようと考えて、深夜帯のバイトに手を出したんじゃないのか…だとするとそのどちらかの負担額が減れば、何も無理して深夜帯のバイトなんかやらなくても済むって事じゃね?
「ふむ、取り敢えずこの考えを皆にも検討してもらうか。」
スマホを取り出し、某アプリを起動し皆にメッセージを飛ばす。
多分あいつらもそろそろ何処かに集合してるだろうからな、三人にも話し合ってもらえば何かしらの回答が得られるかもな。
駅前の駐輪場にダクネス号を預け、駅のホームで電車を待つ。
俺はそのホームでこれから会うリチャード・マイヤについて思いを馳せる、予めテリー兄ちゃんにマイヤさんはカポエラの使い手だど聞いていたから、昨夜はネットでそのマイヤさんの試合の動画がないか探して見たが残念ながら見つける事が出来なかった。
しかしその代わり、そのマイヤさんの弟子である『ボブ・ウィルソン』さんの動画を見つけ視聴した。
何と言うかカポエラと言う武術の動きはあまりに独創的と言うか、その動きのリズムはまるでダンスの様な動きだな。
蹴り技が主体の武術ではあるが、まるでそのダンスの様な動作が加わり正面から相対したとしたら、きっとその技の出処が掴み辛いだろうなと思わずにはいられないな。
電車を降り、駅の改札を通り抜けてベイサイドタウンの海沿いを目指し歩く事暫し、俺はそこに発見した。
遠くからでもよく目立つ、大きな看板とそれに見合う大きな建物を。
パオパオカフェ日本一号店の威容がそこにあった。
「まぁ、店内で格闘試合が行われてんだし、リングが設置してんだからこの位の大きさは必要だろうな…。」
その店舗の大きさは、ちょっとしたホムセン位の規模は有るだろう。
むしろその位の規模がないとリングの設置なんて無理だろうな、それに加えてキッチンやスタッフルームなどのバックヤードその他、それから客の収容人数や利益率なんかも考慮しないといけないだろうし、この位になるのは必然か。
今から此処に入っていくのか、どんな人なんだろうな…リチャード・マイヤさん、まぁテリー兄ちゃんと長年友人付き合いしている人だしそんなに心配する必要は無いかも知れないとは思うんだけどな、元々俺自身が基本人付き合いが下手な人種だからな。
さて褌って奴を締めて事にあたらないと…だな。
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オーナーが元格闘家なのは普通なのか?
パオパオカフェ日本一号店の想像以上に大きかった店舗の規模に驚愕と言うのは些か大袈裟に過ぎるかも知れないが、まぁ驚いた事には変わりがない、俺としてはこれだけの規模の飲食店を世界展開させる事が出来ているオーナー、リチャード・マイヤさんのその手腕にこそより以上の驚異、感嘆の念を抱かずにはいられないな気分だ。
開店から一月余りが過ぎた状況でありながら、店舗駐車場にはかなりの数の車が駐車されていて、店の繁盛ぶりがそこからも伺えると言うものだな。
だがまぁ…穿った見方をすると、今日が休日の土曜日って事と今がまさに昼飯時という事が影響しているんじゃ無いかと思わなくも無い。
おっと、何時までも歩道から建物を見続けているわけにはいかないか、覚悟を決めて先方へ伺うこととしますか。
「しっかし、ここの駐車場随分と広いな…四〜五十台は停まってんじゃねえのこれ…。」
そのうえでまだまだ空きのスペースも残ってると来た、店舗+駐車場これだけの土地一体幾らで買ったのやら、想像も出来ないな。
「更にはこの建物の高さと来たら三階建以上のタッパがあるよな。」
ここまで来るとカフェってよりちょっとしたアミューズメントパークって規模じゃ無いのこれ、実際店内にリングが設置されてんだしあながち間違っちゃいないか。
まぁ入店前から色々と感想や感慨を抱きながら入り口まで歩いて来たが、はたして店内はどんな雰囲気なんだろうか。
オーナーのマイヤさんの母国ブラジルや南米をイメージした物だろうか…入って見りゃ分かるか。
『いらっしゃいませー!!』
入店一番、店内で立働くウェイターやウェイトレスの人達の挨拶の声が響き渡る。
てっきり南米風の挨拶で迎えられるかと思ってたけど普通に日本語だった、ってか店員さん達は殆どが日本人だよ。
でも何気に見渡してみたら外人さんもいるな、最近はコンビニとかでも普通に居るからそんなもんかな。
それから俺は店内をキョロキョロと見廻しみる、店内は2階建てになっている様で、二階にも客席がある様だな、それから階高がかなりある、おそらく三メートル以上ありそうだ。
そしてこの店の売りであるリングは俺が入店して来たほぼ建物の正面に位置するメインの入り口から見て中央よりやや右寄りに設置されていて、そのリングの周りは吹き抜けになっていてニ階席からも試合観戦が出来る造りになっている、そう言う造りでないとニ階席に案内された客から不満が出るよな。
そして今その肝心のリング上では、南米の人と思しき人達がダンスパフォーマンス…いや此れはカポエラの演武と言ったほうが良いか。
低く構えられた体勢からリズミカルに手脚を動かし踊る、マットに片手を付き空を蹴り上げる様に回転し更にはブレイクダンスの様に頭頂部をマットに付けての高速回転。
「…大丈夫なのかよアレ、将来ハゲても知らないよ。」
マジであれって頭髪と頭皮、更には毛根とかにもダメージ与えんじゃね?
俺ならやって見ろって言われてもお断りだな、見てる分には凄えと思うけど。
現に客も飲み食いしながら『凄え、凄え』言って喜んで見てるし好評を博しているみたいだな。
「お客様、どうかされましたか。」
へ?…ああ俺が何時までも入り口付近でキョロキョロ見廻してるから不審者と思われたのか…ごめんなさい、俺は決して不審者じゃありませんから、ただ単に眼つきがすこぶる悪いだけでなんです。
あっ、眼つきが悪いからそう思われてるのかな、駄目ですよ印象だけで人を見ては、その何気なくあなた方が抱く印象に日々傷付いている眼つきの悪い系男子は多分世界のいたる処に存在してるんだからね。
「あっと、すいません俺リチャード・マイヤさんに会うために来ました、比企谷八幡と言います…」
右手で後頭部を掻きながら、店員さんにペコペコと頭を下げて詫ながら来店理由を告げる俺、マジ日本人、そして小市民。
「はい比企谷様ですね、マイヤ様より案内いたします様に承っております。」
「そうですか、良かった約束の時間には少し早く着いてしまいましたけど、大丈夫ですかね…。」
現在時刻は十二時四十分、約束の時間迄まだニ十分は有るからな…こう言った人と会う為の約束事にニ十分前は早過ぎたよな。
しかし三十代後半位と思われるその男性店員さんは、爽やかな笑顔で問題はないと答えてくれ、そのうえでマイヤさんが居るニ階にあるバックヤードの事務室へと案内してくれた。
そこには幾人かのスタッフらしき人達とその人達に指示を出している、大柄な浅黒い肌で後頭部に髪を結った中南米辺りの方だと思われる人の横顔が見て取れた。
日本語と英語の入り交じった話し言葉であるが、その発音は明瞭で聞き取り辛さは感じられない。
歳の頃は四十代後半、かつてはカポエラの使い手として『キング・オブ・ザ・ファイターズ』に出場した事もある格闘家だっただけに威厳のある雰囲気を醸しているな。
だが、威厳があるだけじゃ無いみたいだ、身振りや手振りも交え更に笑顔で相手の肩に手を掛け語り掛ける。
こう言ったスキンシップに依って、従業員に親しみを持って接する…うん、俺には無理だな。
一通り従業員に指示を出し終えたマイヤさんは、俺へ向かい右手を挙げ挨拶をしてくれた。
「やあ君がハチマン君だね、私がリチャード・マイヤだ、よろしく頼むよ。」
挨拶の言葉を掛けながらマイヤさんは俺の方へ近づき、右手を差し出した。
男臭くも良い笑顔をもってだ、俺は少しだけ戸惑ったけど右手を差し出し握手を交わした。
マイヤさんは笑顔はそのままで俺の肩をポンポンと叩きながら…
「この日本にロックと並ぶテリーの弟子、そしてアンディとジョーの弟子でもある少年、君と会える日を私は楽しみにしていたよ。」
と仰った、それはそれはとても良い笑顔と、握られた右手の力を更に籠められて。
「あの、なんかスンマセン、挨拶するのが遅くなってしまいまして…。」
痛い痛いです、マイヤさん!怒ってますか怒っておられますか。
俺ってもしかして不義理をしましたかね、てかテリー兄ちゃんマジでツケ払い終わってんの、痛いですよマイヤさん、あと痛い。
「ハハハハッ、イヤすまんテリー達に鍛えられた君の力を知りたくてね、いやもし私が現役から退いていなければ一つ手合せを願いたかったのだがね。」
マイヤさん、格闘家特有の肉体言語を以て語り合いたかったと言う訳ですね。
良かったマイヤさんが現役から身を引いていてくれて、マイヤさんのお弟子さんのウィルソンさんの試合動画見てて思ったもん、カポエラの動きすっげぇ対処し辛そうだなってさ。
マジで良かったマイヤさんが一線を退いていてくれて…。
「イヤ、俺なんてまだヒヨッコですからね歴戦の勇者達には及びませんよ。」
マイヤさんは漸く握力を緩め、手を離してくれた。
「謙遜する事は無いハチマン君、君が常にトレーニングを怠っていない事は今の握手で伝わったよ、あちらに部屋がある此処では何なのでそちらで話をしようじゃないか。」
マイヤさんに案内された部屋で俺は川なんとかさんの事についての経緯を話しなんとか穏便に済ませられないかと願い出た。
「…ハチマン君、君は気持ちの優しい男なのだな、なる程なテリーが君を気に掛ける訳が解ったよ気がするよ。」
なんか、マイヤさんが妙に俺の事過大評価している様な気がするんですが、出来れば辞めていただきたい、だって水晶米なんだもん!…すいません嘘です俺は水晶の様に透き通ってなんかいません、ただ単に恥ずかしいだけです、ああでもでも、黒水晶なら何かいいかね、もなんたって黒だからなカッコいいよね。
でも黒水晶ってさ、魔除けの石とか邪気払いの石とかって言われてんだよね、だったらなんかそれって俺のキャラじゃ無いな、俺の眼を見て魔とか邪とか寄ってきそうじゃね。
いや来ないでくださいお願いします。
「川崎沙希君か、年齢の詐称など確かに法的に問題のある行動であるし、こちらとしても何らかの処罰はせねばならないのだろうが…。」
「…すね。」
普通に解雇処分とかだよな、何度も言ってるけど店側に多大な損害を与える可能性が高いからな。
「だけどね、その川崎君を最終的に採用したのは私なのだよ。」
な、な、なんとぉオーナー自ら採用なされたのですか、マジですか…。
「ああ、私は日本語をなんとか話せはするが読み書きは出来ないからね、日本のスタッフに履歴書を読んでもらい格闘技経験者がいないか確認してもったうえで、経験者は私が自ら面接をし演武を見せてもらったのだよ、その中でも彼女は最も良い動きをしていたのでね即決採用したと言う経緯があるのだよ。」
おい聞きましたか黒レースさん、貴女ってばオーナー直々のお墨付きで採用されたんだってよ、相当気に入られてんだな…しかも即決採用かよ。
まぁあれだけの美人空手女子だから、店側も川なんとかさんのルックスとかで男性客の集客率が上がるとか、その辺りの計算もあるかもだけど。
だったらマイヤさん、なるだけ温情を持った判決をお願い出来ないなでしょうかね。
「だからこそ惜しいな、彼女を手放さなければならないのはね…。」
そうですよね、それが一般常識って奴ですよね。
だが、もし川なんとかさんがこの職場を失ったとして、根本的な問題の解決を見ない限り川なんとかさんは他の所で同じ事を繰り返すかも知れない…。
「あのマイヤさん、その決定を少しだけ待ってもらえませんか、彼奴の金銭的な問題が解決すれば、彼奴は年齢詐称して深夜帯のバイトをする必要が無くなるんです、そうすれば深夜帯は駄目だとしても条例の許す範囲でのバイトなら可能じゃ無いですかね。」
そうだ川なんとかさん家の経済的問題から、大学進学の為の資金と予備校へ行く為の資金が多分賄えないんだ、だがそのどちらかが解決出来れば川なんとかさんは経歴詐称をする必要は無くなる。
けど、バイトそれ自体は、暫くは彼女には必要だろうからな。
「ほう、その問題を君が解決すると言うのかね?」
「いえ、俺は…イヤ俺達は彼女の問題を解決はしません、解決の為の手伝いをするだけです。」
「俺達?その手伝いとは君だけではなく、他にも居るのかね彼女に手を差し伸べ様としている者が。」
「はい、居ますよ…俺にとって心強い仲間がソイツらと一緒に方法を考えてアイツに提案してみますよ。」
ふむ、とマイヤさんは手で顎髭をさすりながら、俺の提案を真剣に吟味している様だ。
その姿がメッチャ様になっていてシブいです、ガタイのいい中年外人さんのこう言った姿って何でこんなにかっけぇて思えるんだろ。
「ではこうしようじゃないかハチマン君、君達が彼女に提示した内容により、彼女の置かれた現状が解決を見て、そのうえで彼女が我々に対しこれ迄の事を正直に打ち明けてくれたなら、私は彼女の罪を問わない事にするよ、それで良いかねハチマン君。」
来た!来た来たキタキタ、キタキタオヤジーッ!
おっと、冷静になれ俺、ステイクールだよ。
取り敢えずマイヤさんは、現状考えうる限りかなりベターな回答を提案してくれたんだ、後は俺達が川、黒レ、えっと川崎?に対して彼女が納得出来るだけの提案をプレゼン出来ればな。
「ハイ!それで構いません、いやそれでお願いします。」
椅子から起立し俺はマイヤさんに深く頭を下げた。
それはもうとても深く、営業担当のリーマンが取引先のお偉いさんのクレーム処理の為に頭を下げるかの如く。
それは親父と母ちゃん、その二人の血を継ぐ社畜としての才能の、その可能性の開花を告げるかの如く。
そんな物に目覚めたくねえ〜、だってさS(社畜)B(血)D(殺)システムを発動した一角獣型のMSにぬっころされそうじゃん!
その後俺はマイヤさんと暫し雑談を交わした、大半はテリー兄ちゃんの話題だったけど、テリー兄ちゃんがパオパオカフェに対してどれ程ツケを溜め込んだのかとか…テリー兄ちゃん、俺そんなの知りたくなかったよ…。
まぁでも何だかんだと、マイヤさんのテリー兄ちゃんに対する友情は確かな物だと言う事は伝わって来たけどね。
「それではハチマン君、良い結果が得られる事を期待しているよ、彼女にとっても、君達にとっても、当然我々にとってもね。」
マイヤさんは別れ際最後にそう言ってくれた。
後はあいつ等と見つけ出さないとだよな、川なんとかさんに提案する内容を。
ベストでは無くても構わない、この場合ベターな答で良いんだよな、彼奴が納得出来る解答を提示できればな。
階段を下り一階へと降りてみると、リングに程近いテーブルに良く見知った四人の姿が確認出来た、その四人見渡す限りにおいてこの店内で最も華のある一団だろう事は間違い無いだろう。
その一団に近づき声を掛けている猛者が居たがそれは敢え無く撃沈した様だ。
その代表たる、氷の女王の絶対零度の言葉の刃の前にズタズタに切り裂かれてしまったのだろう、アームドフェノメノンさせたんだろうな。
残念だな、振られる(事故る)奴は踊(ダンス)っちまったのさ不運(ハードラック)とよ。
すごすごと引き下がるヤローを尻目にその四人の方もどうやら俺に気が付いたようで、その中で最もたゆんたゆんな物をお持ちのお方が、大きく手を振って。
「お〜いヒッキー、こっちだよお!」
大きく手を降るのに合わせて、そのたゆんたゆんがプルンプルンとリズミカルに揺れております。
それはあたかも無限の軌道を描くかの様に…。
『ローリング20’s…あれが、デンプシーロールか…。』
それは伝説が蘇った瞬間、引退した幕ノ内一歩に代わりその新たな使い手が現れた瞬間…その、歴史的な瞬間を俺は目の当たりにしたのだ。
俺はいつの間にか来ていたのか、ボクシングのメッカ後楽園ホールに…。
なれば俺は宣言したい『我が生涯に一片の悔いなし』とな。
「せんぱい、此処ですココ!いろはちゃんの隣が空いてますよぉ♡」
そして全日本あざと可愛い後輩選手権千葉代表にして、現在唯一俺の後輩と呼べるたゆんまでは行かずともプルッ位ならワンチャンありそうなヤツが座席指定をして来て。
「なぁに言ってんですかお兄ちゃんは私の隣に座るんですよ。」
と我が天使、全日本あざと可愛い妹選手権千葉代表にして優勝確実、世界大会進出確定が見込める逸材が張り合う。
いやね、君達がいるテーブル円いからね、何なら君達が指し示している椅子って同じ場所だから、そこに座ると俺は自ずと君達が俺の両隣になるから、だから君達は言い争わないで。
小町と一色の間に挟まれて遅めの昼飯をいただいております、あ〜ワニの唐揚げ美味えわ〜…ジョーあんちゃんの言ってた事は事実だったんだね、初めて知ったよ。
てかパオパオカフェって一体どれだけのメニューがあるんだよ、和洋折衷って言葉じゃ言い表せない驚きだよ、驚異の世界だよ、知られざる世界だよ、そして素晴らしい世界旅行だよ、まぁ胸囲の世界なら今俺の目の前に存在してっけど。
おっと、雪ノ下さんや何故に俺を睨みつけているんですかね、止めてその凍える様な視線を向けながら微笑まないで下さい、そしてその手に持ったスマートフォンを閉まってください、何なんですか貴女は、千葉県はスマートフォンとともになんですか?何でもかんでもスリップで済ませようって気なのかな…若干スリップしそうな部位が確認出来ていま…。
嘘です嘘ですごめんなさい、そんな事思っておりませんとも…えぇ断じて思ってなぞ居りませんぞ。
腹も満たされ、マイヤさんとの話のあらましを伝えて俺は皆の意見を聞いてみた。
朝メッセージで伝えた川なんとかさんに対する俺の考察と、それに対する皆の見解を。
「せんぱい、ほら私って去年最初は予備校通っていたじゃないですかぁ、雪乃先輩が勉強会に加わって成績がアップしてからは余り行きませんでしたけど。」
あゝそうだね君そのお陰で入試三位の成績で入学出来たんだよね。
「それでですね、当時予備校を決めるに当たり学校案内等の資料を集めたんですけど。」
一色は妙に勿体つけた喋り方で、関心を集めようとしている…それよりも早く結論を言いなさい。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!です、これを観てください。」
あらま、誰もくしゃみなんかしていないのに、飛び出してきましたよ。
てゆうかぁ君って女子だよね、だったらアクビ一つで呼ばれた方が良いんでないの。
「此処ですココ!ここを見て見てください。」
と俺の内心に突っ込みを入れること無く一色さんったら勝手にお話し進めちゃってさ、いいもんいいもん。
「どうです先輩方コレならイケそうじゃないですか、どうですか!」
エッヘンと両手を腰に当て雪ノ下程では無いが薄い…何でもありません。
なる程なこれなら川なんとかさん次第だけど行けるかもしれない。
川なんとかさん次第だけどね。
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パオパオカフェにて。
一色が参考資料にと持参してくれた予備校の資料、そこに記されていた記述。
確かにそれが叶うなら、川なんとかさんの抱える問題を幾分か軽減出来るだろうと思う。
「そうだな俺はいろ…いっし「いろはです!」…俺はいろ、は、の提案に賛成だ。」
うっわあ〜、やっぱキツイですわぁ女子の名前呼び、こうやって名字で呼ぼうとすると毎日の様に皆から是正勧告を食らうんだよ。
「もう!い・い・加減慣れてくださいよせんぱい。」
「そうだよヒッキー、あたし達ヒッキーになら、ってかヒッキーには名前で呼んでほしいって毎日言ってんじゃん、他の男子は嫌だけどさ。」
イヤね確かにさ、クラスの奴等でもグループ組んでる奴等とか男女で名前呼びしてるけど、アレ連中ってよく平気で呼べるよな。
どういったタイミングで呼び合い始めんの、あの葉山とか金髪ドリルとかさ、お前ら付き合ってんのって位自然に呼び合ってるよな…あっ後戸部もだな、べーべー言いながら優美子だか由美子だか知らないけど。
「比企谷君、貴方またアレコレと変な理屈を考えて名前呼びを回避しようと考えているのでしょう。」
うっ…はい、その通りと言わざるをえませんね、だって恥ずかしいからさマジ何か抵抗感あるんだにょ…なんで俺心の中でまで噛んじゃってんのバッカじゃねぇの、しかもゲノマノズのねこメイド店員かよ『でじこ』かよ。
そう言えばスマホででじこで変換すると『で自己』って変換しやがったんだけど、皆にはどうでもいい情報だよね。
「まぁまぁ皆さん取り敢えず、このヘタレなお兄ちゃんの事は一旦置いて、まずは大志君のお姉さんの事を話し合いましょう、私も一応いろはさんの意見に賛成しておきます、一応ですけど。」
「ははあ〜んさては悔しいんでしょうお米ちゃんは、このいろはちゃんの提案に大好きなお兄ちゃんが一番に賛成したもんだから!一応なんて付け加えている所がソレを物語ってますもんね、せんぱい。」
「…ぐぬぬぬぅ…。」
…小町ちゃんや女の子がぐぬぬぬぅとか言わないの、小町がやっても可愛いだけだから、見てみなさいそれ見て一色の奴メッチャ得意げになってるから、山の天辺から見下ろしてるから。
それから一色もあんまり小町を刺激しないで、もっとお互い歩み寄ってよお願いだから。
「あ〜ワニのステーキ美味えわ〜。」
三十六計逃げるに如かず、女の闘いに男は口出ししない方が良いよな多分。
二次被害がこっちに及んじゃ溜まったもんじゃねえもん。
昼飯と打ち合わせを終え、俺は今パフォーマンスも終わり誰も居ない店内に設置されているリングの側にいたりなんかする。
やっぱ気になるからさ、格闘家たる者としてはね、あらやだわ俺ったらなんか一端の格闘家ぶった事言ってるわぁ!
「格闘の道を歩む者としてはやはり興味があるかね、ハチマン君。」
店内の様子を見廻っていたのだろうと思われるマイヤさんに声を掛けられた。
「そうっすね、ところでマイヤさん、このリング通常のボクシング等の試合に用いられる物よりも大きいですよね、それとこのリング外の四隅に設置されている装置は何なんですか。」
今俺が質問した様にこのリングは、大きいんだよな、おそらく一辺が8M以上はある、俺達みたいに気弾を放てる者からするとこれだけの広さがあると、遠間から牽制や相手の出方を伺う為に気弾を放ったりとか闘いの幅が広がるから、有り難いっちゃ有り難いけどさ。
それと四方四ヶ所に設置されている、高さが2.5M程ある白い円筒形と台座からなる機械的な装置の様な物、一体何なんだろうか。
「このリングは特別製でね、8.5M四方の大きさがあるんだよ、君達にしてみれば、これ位の広さがあった方が戦術に幅が広がるのではないかね。」
なる程流石長年格闘に携わって来ただけあるな、テリー兄ちゃんと闘った事もあるんだパワーウェーブをその眼で見た事もあるだろうしな、その上でそう言った気弾を使う格闘家の持ち味も活かす為に通常よりも広いリングを用意したんだな。
「そうっすね。」
「それと君が気にしているこの装置だが、コレは所謂バリアの様なものだ。」
はぁ〜っ!?バリアってマジかよ。
「ハハハハッ、驚いている様だね、これはね三重の超電磁フィールドウォールを発生し、観客や店内に気弾による被害を及ぼさない為の装置なのだよ、理論上は極限流の覇王翔吼拳を超える威力の気弾も中和出来るだけの出力を発生可能なのだよ。」
マジかよマジかよ、超電磁フィールドとかそんなトンデモ科学が実現されてたのかよ。
凄えなもしかしてそのうちミノフスキー物理学とかミノフスキー粒子とかIフィールドとか確立されるのか、うっわマジかよ遂にモビルスーツの実用化が始まるのかよ、そして更にはモビルトレースシステムも実用化され俺達格闘家がガンダムに乗り込み『ザ・キングオブ・ガンダムファイターズ』が開催されたりしてな、夢が膨らむ…そりゃ無いか。
「…とんでもない物ですね、そんな物が実用化されていたなんて夢にも思いませんでしたよ。」
「科学の世界は日進月歩だからね、そして格闘を売りにしているこの店にとっては、お客様の安全に考慮する事こそが第一義だよ。」
確かにマイヤさんの言う通りだよな、観戦者の安全性、それが無きゃこの店の営業が許されないだろうし客だって態々危険を承知で来店する人なんて滅多に居ないだろう、それに…。
昔の俺の様に格闘技に興味が無い人は気功とか知らないだろうからな。
「ところでハチマン君、あのテーブルに集った君のガールフレンド達を私に紹介していただけないかな。」
…やはり気になりますかマイヤさん、まぁ確かに今この店内で一番華やかですからね、あの四人は…。
俺達は結局、何だかんだとパオパオカフェで二時間程過ごし、店を後にした。
駅へと談笑しなが歩く四人より俺は数歩後に付き従う様に歩く、四人ともパオパオカフェで食べた料理やデザートの味に大変ご満足の様で、また行こうと賑やかに…騒がしく…話している。
女三人寄れば姦しいって言うけど、四人になれば尚一層だな。
が、しかしそんな中にあっても一人雪ノ下は、冷静で早々に話を切り上げた。
「比企谷君、私は今日中にでも川崎さんと会って提案すべきだと思うのだけれど、貴方はどう?」
雪ノ下は後ろを振り返り、俺へ問うて来た…雪ノ下に急に振り返られた俺は一瞬焦りに似た気持ちを抱いてしまった。
それは、長い黒髪を靡かせ振り返る姿に、これが見返り美人か、などと取留めなくも思わせられたからなんだが。
「お、おうそうだな、俺も雪ノ下の意見に賛成だし当然だと思うんだが、急いては事をし損じるとも言うし…タイミングがな…。」
それと、もし川なんとかさんと話すにしても、大人数で押し掛けるよりも俺一人で交渉しに行った方が良いと思うんだが、それを提案して雪ノ下が納得してくれるかだよな。
かと言って内緒で俺一人で川なんとかさんとこに行ったとして、それを後で知られたら、雪ノ下の事だ後々どんな責苦を課せて来るか…怖っ!ゆきのん怖!
「だからな、先ずは俺一人でやらせてくれないか…。」
現在の時刻は午後八時、現代は電波時計と言う便利な物があり勝手に時間合わせをしてくれるので俺のスマホに表示されているこの時刻に間違いは無い筈だ。
因みに日本の時刻と世界の基準の時刻とされるグリニッジ標準時との時差は九時間あり、日本の方が九時間進んでいるんだ、これマメな。
更に付け加えるなら、グリニッジ標準時より最も時間が進んでいるのは太平洋上の『キリバス共和国』と言う所だ。
なので、毎年恒例秋の風物詩になった感があるボジョレーヌーボーの解禁が世界で一番早いのはキリバス共和国となるって事だ、まぁ実際行ったことないしキリバス共和国がボジョレーヌーボーを輸入してるかどうか知らんけど。
あの後、俺の提案を渋る皆を説得するのに時間が掛かったが、何とか納得してもらえたら…その為に俺がアイツらに支払う代償が偉い事になりそうだ、ハァ、ゴールデンウィークの悪夢再び…。
気を取り直し、俺は再びパオパオカフェへ足を踏み入れる、昼に来たときと比べ、店の雰囲気も客層も違っている。
昼間は少ないってか殆ど居なかった酒を注文し飲んでいる人の割合が多い。
飲酒をしているのは男女で来店している人達、所謂カップルだな…土曜の夜に男女で酒飲んでその後はチョメチョメですか、質問チョメチョメって何ですか?ハチマンコドモダカラワカラナイヨ…。
そして昼間は演武のパフォーマンスが繰り広げられていたリング上では、今格闘技の試合が行われていた。
一方はキックボクシングの使い手でもう一方はテコンドーか…試合展開はキックボクシサーの方がかなり優勢だ、テコンドー選手は派手な蹴り技ばかり繰り出しては回避され転び、転んだ所に反撃を受けダメージを蓄積されている、よくあの程度でリングに上がる気になったな。
お客さんもブーイングの声を上げてるじゃんよ…。
「…と、リングに気を取られたか、黒レースはっと…。」
キョロキョロ店内を見渡し、探し求めるその姿は…居た。
リングから離れたカウンター席になっている一角、そのカウンター内でウェイター姿でカクテルを客に出している。
…しっかし、美人てのはどんな格好も似合うもんだな、男装の麗人、まさにそう形容するに相応しい。
男性客ばかりか、女性客まで川なんとかさんに見蕩れている人も居るわ。
見蕩れてばかりも居られないか、しゃあない行くか。
「いらっしゃいませ。」
取り敢えず俺はカウンター席の他の客とは離れた席へ座った。
話すにしてもあまり他の人に聞こえない様にしときたいしな。
席に付いた俺の元へ川なんとかさんが注文を取りに来たが、その顔にはお世辞にも笑顔には見えないな…店員さん客商売にそれってどうなの。
「よう、ご苦労さん。」
まぁ優しい優しい八幡君としては、勤労少女に労いの言葉の一言位は掛けて置くことにした、んだが。
「ハァ、誰?」
あらま、帰って来たのは思っきし訝しがっている声で御座いました。
まぁこの時間帯に赤いキャップを被って目元を隠した男に声掛けられりゃ、そう思われても仕方無いのかな…若い男がグッすん、お色気無さそで、グッすん。
あの日テリー兄ちゃんに貰ったこの赤い帽子、中央部の白地に『KING OF THE FIGHTERS』と黄色い糸で刺繍された帽子だ。
「…俺だよ。」
俺は川なんとかさんに対して目元まできちんと見える様に帽子の鍔を上げて見せた。
川なんとかさんはそれを確認し、何か呆れとも諦めともつかない様な表情で溜息をつき、一言漏らした。
「…こんな所迄、態々ご苦労な事で、アンタ相当な暇人なんだね…。」
「まぁ今日はバイトが無いからな、確かに暇っちゃ暇だな。」
川なんとかさんにとっちゃ俺は招かれざる客、だろうから嫌味の一言くらい言いたくもなるだろうけど、なまじ美人タイプの女子に言われると来る物があるよな、あらやだわ俺ってば目覚めちゃいそう…。
「アンタもバイトやってんだ、はぁ…で、ご注文は?」
うさぎですか?と続けて欲しかったけど、知りませんよね川なんとかさん。
心がぴょんぴょんしませんですかそうですか…。
「マックスコーヒー。」
「またかい、アンタそんな物ばかり飲んでると身体壊すよ。」
そう言いながらも、しっかりマッカンを用意してくれる辺り仕事は疎かにしないんだな、それに人の健康にも気遣う優しさも持っているか。
慣れた仕草でカクテルグラスにマッカンの中身を注ぐ川なんとかさん、てか何気に俺ってカクテルグラスでマッカン飲むの初めてだよな。
「はいよ、お待たせしました。」
ちょっと無愛想な感じではあるが、川なんとかさんは丁寧な手付きでマッカン入りのカクテルグラスを差し出してくれた。
「…おう、サンク。」
「で、アンタ態々それ飲む為だけに此処に来た訳じゃ無いんだよね、こないだの話の続きでもしようてかい?」
そう言いながら挑発的な眼差しを向ける川なんとかさんに、俺はまず皆で推測した川なんとかさんの現状を確認してみた。
「…アンタ推理小説家か探偵の真似事でもしてんのかい、まぁ…大方合ってるよそこ迄知られてんなら誤魔化したって意味ないからね。」
「それで、アンタがそれをどうにかしてくれるとでも言うのかい、それともハンパな気持ちで同情だけしてくれてんのかい、そうだったらハッキリ言って迷惑だし放っといてくんないかな。」
「…まぁ、ハッキリと同情の気持ちが100パー無いとは言えないけどな、それと俺はお前を全力で助けようとかそんな傲慢な事を考えてる訳じゃ無いんだ、まだ小学生とか義務教育期間中の子供じゃ無いんだからな、ただ今のお前の状況を少しだけ身軽にする手段の提案くらいなら出来る。」
訝しそうに、或いは忌々しそうにと言うべきか、兎に角俺に対して余り良い感情を抱いていない事アリアリの表情だった川なんとかさんだったが、今の俺の言葉に対して初めて幾ばくかの興味を抱いた様な表情を見せた。
よし、この時を待っていた!くらえ火炎瓶だ〜〜!!
…イヤイヤ投げないから火炎瓶、漁夫の利占めて保安官になろうとか思ってないから…。
俺はジャンバーの内ポケットへ閉まっていた例の物を取出しカウンター上、川なんとかさんに見える様に提示した。
「…これは、予備校のパンフレットかい、それが何さ…。」
「ここん所、読んでみろよ。」
右手人差し指で俺はパンフレットの文言の一文を指し示し川なんとかさんにそこを読む様に促す、何だか肩透かしを食らったと言った様な表情を浮かべていた川なんとかさんだが、一応素直にその文章に目を通した始めた。
「…スカラシップ、奨学金制度か…そんな物があったんだ…。」
スカラシップ制度、一色がこのパンフレットから見つけ出したこの制度、もしこれを受け取れるだけの学力を川なんとかさんが身に着けているのなら(総武高校に入学出来ている時点でその可能性は充分に有るとは思うけど)イケんじゃねぇか川なんとかさん!?
「…あのさ、比企谷だったっけ…」
お、マジ?俺の名前知っててくれたんだな…。
「ありがと、もしアタシがこれを利用出来たらアンタの言うとおり、深夜のバイトやらなくて済みそうだよ。」
顔を上げ、そう言ってくれた川なんとかさんの表情は、まるで何か憑き物が落ちた様な穏やかさと…男心を蕩かす様な美しさを併せた様な、と、兎に角ヤヴァい表情だと此処に明記しておく。
「…はっ、イヤ礼なら一し、ウチの部の後輩に言ってくれ、コレ見つけて来たのはソイツだからな、それにまだお前がスカラシップ取れるかはやってみないと分かんねえだろ!?」
俺の言葉に頷き答える、川なんとかさん…何か急に素直になってオラビックリたぞチチぃ!
「アタシさ、この店の人達に謝らなきゃいけないよね…嘘を吐いてまで雇って貰ったのに、皆からするとさ酷い裏切りだよね。」
自分が抱え込んでいた重石が取れて、川なんとかさんは改めて周囲を顧みる心の余裕が生まれた様だ。
そして自分が犯した罪を自覚した事だろう。
「…だな、それが当然だろうな、それが解んならお前がこれから何をすべきかも分かるよな…。」
再び頷く川なんとかさん、これなら大丈夫だな、マイヤさんとの約束も果たせそうだ。
「アタシ今日の勤務時間が終わったらオーナーの処へ行くよ、行って正直に全部話して処分を受けてくる。」
すっかり素直な川なんとかさん、今のこいつには初めて話した時の、排他的な雰囲気はナリを潜めている…案外此方が川なんとかさんの素の状態だったりしてな。
「…その必要は無いかもな、マイヤさんそれで隠れてるつもりですか?見えてますよ。」
カウンター席の外れの壁際に背を預け腕組みした姿勢で此方を伺っているマイヤさんの姿が、俺の位置からは見えていますよマイヤさん。
俺の声に答える様に、静かな笑みを浮かべてマイヤさんは俺達の方へと近づいてくる。
「ハハッ、バレていたのか、参ったなこれは…。」
「えっ!あ、オーナー!」
川なんとかさんにとっては、突然のマイヤさんの登場…。
まぁ俺は少し前から気付いていたけどね、マイヤさんそれ程気配を消していた訳でも無いし、単に此方に見えない様に位置取っていたつもりだったんだろうけど、マイヤさん…わりとガタイがデカイから隠れきれていませんでしたよ。
丁度今なら、カウンター席の客は少ないから話すには丁度良いんじゃないか。
さ、頑張れよ。
川…端?だっけ?
トンデモ科学にご登場願いました。
八幡がテリーに貰った帽子は餓狼伝説3バージョンのキャップです。
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餓狼と龍虎、その弟子達がリングに相立つのは間違っている。
「えっ!?あの…オーナー…。」
頑張れ川…越、告白するなら今がチャンスだ!
歳の差何か気にすんな、愛が有ればそんなん乗り越えられるさ!
スマン、少し銚子市に…調子に乗りました、因みに銚子市は千葉県の最東端であり、市域は利根川下流および河口の南岸…ってウィキペディア読めば分かりますよね、更に因みにこの作者、学生時代に二年間市原市の五井駅近辺と松戸市の北小金駅の近くに住んでいた事があったりしますが、銚子市には行ったことがありません…どうでも良いですねそんな事さ。
突然現れたマイヤさんに川なんとかさんは驚いているが、オイ何時までもパニクってんじゃありませんよ。
そろそろ覚悟を決めて、さっきの冗談では無いけど言わなきゃならない事は、言っちまえ!
「…あのオーナー、本当にすみませんでした!」
お〜っとぉ!覚悟を決めたか川なんとかさん、マイヤさんに対しガバッと一気に頭を下げたぞぉ!!
それに対してマイヤさん、イキナリの頭下げに戸惑いを隠せないかぁ〜!
まだまだ頭を上げる気配のない川なんとかさん、次はどう出る!?
まさか此のまま次の一手を撃つのか!
出るか無差別格闘早乙女流、必殺の猛虎落地勢!!
…いい加減しつこいよな…。
「顔を上げなさい、サキ君。」
俺の脳内悪巫山戯を他所に、マイヤさんは川…島さんに頭を上げる様に促す。
またまた因みに嘗てWBC世界スーパーフライ級の世界チャンピオンだった川島敦志氏はそれはそれは素晴らしい世界チャンピオンであった。
俺が嘗てリュウさんと闘った時に偶々成功させたスリッピングアウェーと言う技術を日本に知らしめた選手としても有名である、これもマメな。
…マイヤさんの言葉に、躊躇いがちにだが、川なんとかさんはその頭を上げてマイヤさんを伺い見ている。
「私に話さなければならない事があるのだろう、ゆっくりで構わないから話してくれないか。」
優しく諭す様に語り掛けるマイヤさんの様子に川なんとかさんは安堵の表情を漸く見せたのだった。
そして川なんとかさんは自分が皆に対して偽っていた事、年齢詐称と大学生では無く高校生だと言う事実を正直に話し再びマイヤさんに頭を下げた。
「良く話してくれたねサキ君、もう良いんだよ頭を上げなさい…君が自身の事を正直に話してくれた、私にはそれで充分だ。」
マイヤさんに再び促され頭を上げた川なんとかさんの目の端に、うっすらとひかる雫のかけらが見える。
感極まった、そんな感じなのか川なんとかさん!?
「…オーナー…。」
「とは言えだ、私は経営者としてこの店を守る為にも君にペナルティーを与えねばならない…それは理解してもらえるかね。」
「はい。」と神妙に頷き返事をする川なんとかさんの表情には覚悟を決めた者が持つかのような、清々しさが見て取れた。
うん、実に清々しい姿だ…まるで正月元旦、おろしたてのパンツを履いた時の様な清々しい姿だ。
「…君に下すペナルティーは…」
ゴクリと生唾を飲み込む音は聞こえなかったが、川なんとかさんにするとその言葉が発せられた時まさに心境としては生唾を飲み込んだ様な気持ちだったんじゃないか?
「まず第一に明日、皆に対して今私に言った事を告白し謝罪する事。」
「…はい。」
宜しいとばかりに、川なんとかさんの返事に対し頷くマイヤさん。
こう言う態度にも男の貫禄と渋さが光るな、マジカッコゆす。
「そして第二に、君は今日より深夜帯の勤務を禁止する物とする、なので新たなシフト表を提出する様に良いかね。」
ポカン…今の川なんとかさんの表情を言い表すなら正にそれだろう。
川なんとかさんはクビを言い渡される覚悟を決めていただろうからな、だからこそこのマイヤさんからの恩情判決、温情判決と書くべきか…は川なんとかさんにしたら意外だっただろうな、黒騎士ブラフォードが髪の毛を使い剣で攻撃して来た時のジョナサン・ジョースターが感じた意外性くらいにな。
「あの、オーナー…アタシは解雇される事を覚悟していました、それだけの事をアタシはこの店に対してしてしまったんです…。」
「君は辞めたいのかね?」
解雇を覚悟していた川なんとかさんと俺と交わした約束により許す方向に話を振るマイヤさん。
川村、お前はどう答える、マイヤさんの思いに。
「いいえっ!アタシは辞めたくありません、出来るなら此処で働かせて欲しいです…。」
「フフ、ならばそれで良いではないかね、サキ君…そしてハチマン君、君もこれで納得してくれるかね。」
マイヤさんが、最後を俺に振った為に川なんとかさんが、メチャ不思議そうに俺を見ているんだけど…。
うん、自分が勤める店のオーナーと、高々一高校生が知り合い何て普通思わないよな。
「比企谷、アンタ一体オーナーとどう言う関係なのさ!?」
まぁだから、こう質問されるだろうとは思いましたとも、夏休みの友。
「…あぁ、そのな、マイヤさんにはアメリカに居る俺の兄貴分達が色々と世話になっていてな、俺達自身は今日初めて会ったんだ。」
川なんとかさんってば、またポカンとしていらっしゃる、何時までもそんなにポカンしてるの?現実を受け入れなさい川なんとかさん。
「サキ君、ハチマン君が言っていることは事実だよ、彼の師匠に当たる男達は私の旧い友人なのだよ。」
川なんとかさんに対する処分の通達を終え、少しだけ三人で世間話をし、マイヤさんは執務へ戻るべくこの場から立ち去ろうとし、俺も家へ帰ろうかと思っていたその時。
『ガシャーァン!!』と食器が割れる音が、リング付近の客席から店内に大きく響いた。
俺は、酔っ払った客が粗相をして食器を落としてしまったのだろうかと思ったんだが…どうやら違う様だ。
「何だ何だ!その体たらくは、オメーらそれでも格闘家かぁ〜!?」だの「せやせやそないな動きしか出来ひんのやったら止めてまえやぁ〜!」だのとヤジを飛ばし始めた一団がいた。
遠目にもその一団はそっち系と係わりのある者達だと解る。
良くあるパルパティーンとしては、裏社会で何らかの格闘イベントをやっていた組織が、ちょっと評判の店に人出を奪われて因縁を付けに来たとか、そんな処じゃ無いかな…あながち間違っちゃ無いだろうな。
そうなるとマイヤさんも黙っちゃ居ないだろう、直ぐ様マイヤさんはそちらへ向かって行ってるし。
「君達は此処に居てくれ。」
そう引き止めるマイヤさんだが、事に寄っちゃそうも行かなくなるだろう。
だから俺達はマイヤさんの後に続きその一団の元へ向かった。
「お客様、どうかなされましたか?」
極々紳士的にマイヤさんはその連中に対応するが、それに対し連中がマイヤさんの様に紳士な態度で接するかと言うとそうはならないんじゃなかろうか?
「…お、オウオウ出しゃばんじゃねぇぞガイジンさんよぉ!」
プッ、このチンピラさんビビってやんの!マイヤさんガタイがデカくて貫禄あるからな、しかも元格闘家だし威圧感充分だ。
「そうも行かないのです、私がこの店のオーナーですのでね。」
マイヤさんとチンピラさん達とのお話し合い(笑)の結果ほぼ先程俺が予想した事で合っていた。
直接的に裏社会って程の組織では無いらしいが、ちょっとした賭け試合とかを主催し小金を儲けていたが、このパオパオカフェが開店してからは客足が遠退いて行ったそうだ。
まぁこのパオパオカフェのリングに上がっている選手もピンキリだが、賭け試合に出場している連中よりは実力者が多いだろうから、ギャンブルとしてでは無く本物の格闘を見たいと思う人はそりゃ此方に来るだろうな。
第一賭け試合とか純粋に犯罪行為じゃ無いのさ。
と言う事をチンピラさんの代表がマイヤさんに対してオブラートに包みながら話してくれたした。
ギャンブルの胴元やってますなんて、大っぴらに公言出来ないよね。
それに対してマイヤさんは、あくまで紳士に対応していたけれど、結局埒があかず激昂した連中が…。
「こうなりゃ実力で白黒つけようじゃあねぇか!お誂向きにリングがあるんだ手前ぇ等ントコの腕に覚えのある奴ァリングに上がれやァ!」
と、大層頭の悪い発言をして下さいましたとさ。
その代表の言葉と共に連中の内、十ニ人がリングに上がって行ってんだけど…幾ら通常のリングより大きく作ってあるったってさ一度に上がんのには人数多すぎんじゃ無かろうか!
その挑発にさっき迄リングに上がっていたパオパオカフェと契約?している選手の幾人かがリング上がろうとしていたが、マイヤさんがそれを引き止め、更にはそのマイヤさんは自身がリングに上がろうとしてるのだろう、上着を脱ぎネクタイを外し始めた。
「マイヤさん、待って下さい…此処は俺にやらせてもらえませんか。」
何も…本来なら俺が出る必要なんぞ無いんだろうけどさ、マイヤさんは此処のオーナーでもあるし、いずれそう遠くない時期にアメリカへ帰国するだろうから億が一もあり得ないだろうけど怪我をさせる訳には行かないからな。
「ハチマン君…だが君は。」
「マイヤさん俺の師匠達が誰だか、マイヤさんなら分かっているでしょう。」
今後、俺もこのリングに立たせてもらう事があるかも知れないとテリー兄ちゃんからパオパオカフェ開店の話を聞いた時から思っていたからな、それが今日になっただけと思えば良いだけだ。
「…オーナー、アタシにもやらせて下さい。」
オイ、川井お前まで出張る事はないんだってばよ、あの程度俺一人で十分だ。
「サキ君…君まで…。」
あゝ、コイツ覚悟を決めてやがる、まぁ多分サキサキ君一人でもアイツら位対応出来ると思うけど。
ざっと見、あの中でソレ也にやれそうなのって三人位だな。
「…やってくれるのかね、二人共。」
「「はい!」」
俺と川なんとかさんは揃ってマイヤさんに返事をした。
「良し、ハチマン君とサキ君以外はリングから離れるんだ!二人がリングインし次第超電磁フィールドウォールを再展開、準備完了次第ゴングを鳴らすんだ!準備急げ!!」
マイヤさんの号令にテキパキと行動を開始するスタッフの皆さん、とても良く統制が取れておられる。
それに比べ、リング上のチンピラさん達と来たら、その殆どが青コーナー側に密っているよ。
そんなんじゃ数の利点を活かせないよ君達、まぁ俺達からすると面倒事が半減するから良・い・け・ど・さ。
俺、次に川なんとかさんの順に赤コーナーからリングへ上がった俺達は軽く身体を解し、ゴングが鳴らされるのを気楽に待つ。
「やれるのか、川口?」
「…アンタ、アタシの名前知らなかったのかい、アタシは川口じゃ無い、川崎だよ!」
Oh!そうでしたか!
「なぁ川崎、お前やっぱり好きな色はライムグリーンか!?」
「言っとくけど比企谷、アタシはバイク屋じゃ無いからね。」
嘘、通じたの!?やるじゃん川サキサキィ!
何か久し振りに俺のボケに突っ込んでくれる人が現れたよ!八幡嬉しい。
「フッ、そろそろゴングが鳴るぜ。」
「ああ。」
『カァーン!!』と店内に乾いたゴングの音が響いた。
先手必勝と威嚇の意味を込めて行くぞテメェら!
「パワーウェーブ!!」「龍撃拳!」
俺の放ったパワーウェーブがマット上を疾走し、川サキサキの放った龍撃拳がリング上を青コーナー側へ一直線に飛んで行く!
って!龍撃拳だって!?それって極限流のガルシア師範の技じゃねえかよ!
俺の驚きを他所に、俺達が放った気弾はチンピラさん達の内二人をリングアウトさせた。
チンピラさん達にとっては正に、それは青天の霹靂だっただろうな、残りの連中ったら呆然としているよ。
「サキサキ、お前って極限流だったのかよ!しかもガルシア師範の流れを汲む脚技主体の…マジか。」
「サキサキ言うな!そう言うアンタは伝説の餓狼の技を遣うのかい、アンタの兄貴でオーナーの友人って言うのはもしかして。」
おや!?チンピラさん達、俺達が話している間に気持ちの立て直しが出来たみたいだよ。
改めて構え取り直した奴も居るしね。
「話は後だな、行こうぜサキサキ!」
「だからサキサキ言うなって!」
俺達二人は揃って青コーナーへと駆けていく、さっさとチンピラさん達をお片付けする為に。
「そりゃ!ハッ!」
チンピラAのやけっぱちのパンチを捌き左ボディブローからの右ストレートの二発で、チンピラAを沈め。
「ヤッ!破ッ!」
チンピラBをサキサキが下段膝蹴りで体勢を崩し上段回し蹴りで場外へ叩き落とした…やるなサキサキ!
背後から俺を攻撃しようとして来たチンピラCに俺は一旦屈み込みCの顎目掛けて掌底を叩き込む。
アンディ兄ちゃんに教わった掌底打の上げ面だ。
屈み込みから上方目掛けて高速で身体毎叩き込まれた掌底の威力にチンピラCはチンピラBと同様にリングアウトし果てた。
チンピラDとEが二人掛かりで一度にサキサキへと向かって行くが、Dのパンチにカウンターを合わせての右正拳で仕留め、Eの型もない喧嘩蹴りを軽く躱して。
「飛燕疾風脚!」
超近距離からの二連撃の蹴りが炸裂、リンかけの敵外人Jrの如くこれまたリングアウト。
すっげぇ、俺も負けらんねぇよな、チンピラさん達、まさか十人も居てたった二人にここ迄ヤラれるとは思ってなかっただろうな。
またしても動きが止まってますよ、だったら遠慮なくやらせていただきます。
俺の方からチンピラFへ向かい接近し動きの止まったFへ身を屈めた状態から上目遣いでニヤリと笑い。
「タイガーキィック!」
チンピラFのボディへ必殺の膝蹴りを喰らわせ、空高く舞い上がったFは…哀れ顔面からマットへ口づけをした。
車田落ち、頂きました!ごちそうさまです。
「ヤローざけんなや!」
威勢よく、なのか虚勢よくなのかは定かでは無いがチンピラGが突進し俺に上段回し蹴りを放って来た、コイツはそれなりに出来る奴のようだが、此方にむざむざ当たってやる筋合いは無いからね。
「ハアッ!!」
此方も上段蹴りで相殺してやると、蹈鞴を踏み三歩程後退るGが体勢を立て直す前に突進し、攻撃を加える。
「ウリャァ!」
超低軌道から空高く突き上げるアッパーカット『ワイルドアッパー』をボディへ突き刺し追撃の。
「パワーッダァンク!」
膝蹴りで相手を空へ飛ばしの追撃の空中から叩き落とすパンチ、旧タイプのパワーダンクを叩き込んだ。
Gの身体はマットへ叩き付けられバウンドし、またもやリングアウト…。
後は残り三人か…と思っていたら川サキサキさんたら。
「そっりゃあ!」
とビルドアッパー、ガルシア師範のは龍牙だったかな技名は、リュウさんやケン・マスターズさんの昇竜拳と同タイプの技だ。
メチャ痛いだろうなアレ、食らったことのある俺が言うのだから間違い無いったら間違い無い。
チンピラさん達の残存兵力が、残り二人となった今。
『WOOOOOH!!』
観客、その他店員さん達の歓声がパオパオカフェ店内に高らかに響く!
俺達二人、どうやら皆さんのご期待に添えた様で何よりで御座います。
ではでは、さてさて残りを排除しましょうかね、と構えを取りチンピラIとJへ向き合いますとですね。
「な、な、な、ん…何なんだよお前らは…何もんなんだよぉ。」
と質問をされましたので答えてあげるのが世の情とロケット団の二人も言ってるよね。
「極限流空手、川崎沙希!」
とサキサキさんが、カッコ良く名乗りを上げたので、どうしよう…何男だと、聞かれたので比企谷家の長男だ!とボケるべきかと思ったけれど…。
「同じく伊坂十蔵!」
と別のボケをかましました。
何か隣からものっそい冷たい視線を感じるの…。
サキサキさん、このネタ知ってるのかな、知ってるからそんな目で俺を見るのかな。
後で聞いてみよっと!
チンピラIさんとJさんは、もう諦め気分ですよね、どうしますか尻尾を巻いて逃げますか?
「テメェ等ァァァァ!」
「上等だぜェェェ!!」
自棄のやんぱち…チンピラIとJは考え無しに突進して来ましたよ。
「クラッッシューゥト!」
チンピラIの突撃に合わせて打ち込む空中回転蹴りクラックシュートを叩き込みコーナーロープの反動で帰った所に。
「ライジィンタックゥ!!」
ライジンタックルで追討ちを掛け、リング外へ…SoLongGoodBye
サキサキへと突進していたチンピラJはどうなったのか…。
空高く舞い飛んだサキサキの。
「飛燕龍神脚!」
斜め前方へと向い降りながらの二連の脚撃、飛燕龍神脚を喰らいコーナーポストに背中から叩き付けられ、その意識を失った。
此処にチンピラ軍団は一人残らず排除され、リングに立つのは俺とサキサキの二人だけとなった。
『フッ、またつまらぬ物を斬ってしまった…。』心の中だけで俺は五右衛門気分を味わった。
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餓狼と龍虎、相対する時。 前編
チンピラさん達を漏れなく全員リング外に叩き落とした終え、今リング上に残っているのは俺とサキサキの二人だけ。
チンピラ軍団のボスとチンピラ軍団はリングサイドの一箇所に纏め、逃げられない様にマイヤさんを始めとしたパオパオカフェのスタッフの皆さんとファイターの皆さんが、既に連絡を済ませたお上に到着次第引き渡せる様に取り囲んでいる。
ふう、我ながら良い仕事したぜ。
あ〜ぁ、多分この人達警察に取調べられたら色々と余罪とかも出てくるんだろうな。
まっ、俺には関係ないからね…でも、もしかしたら参考人として事情聴取とか協力要請なんかはあるかもだな、面倒臭いけど仕方が無いか…。
更にはこのチンピラ軍団の悪行のお陰で、パオパオカフェは今日の営業を急遽取り止める事となってしまった。
オーナーであるマイヤさんの計らいでこの日の料金は無料とし、更にお詫びの品として割引クーポンを皆さんにお贈りすると言う徹底振りだ。
「オーナーさん今日はこんな事になったけど、また来ますからね。」
と、ほぼ全てと言って差し支えない程のお客さんがマイヤさん始めスタッフの皆さんに概ね好意的な声を掛けている。
今日この店を訪れたお客さん達はおそらくリピーターとなる人が多いだろう。
テリー兄ちゃん、どうやらこっちのパオパオカフェもサウスタウンと同じ様に愛される店になりそうだよ。
チンピラ軍団の警察への引き渡しも恙無く終え、現在店内にはマイヤさんとサキサキ含むパオパオカフェのスタッフさん達と、俺だけが残っている。
スタッフの皆さんは店内の清掃片付けなどに忙しく動き回っていたが、それもほぼ方が付き、帰宅の途につき始めた人も居る。
その中にあって、俺とサキサキはリングサイドからそのリングをなんと無く感慨深く見上げている。
「……ふう、やれやれだな。」
「…何がさ?」
たかだか相手はチンピラであったが、人前でリングに上がっての実戦はこれが初めてだったからな。
闘った相手に不足はあったけど、リングと言う舞台での闘いに、俺は興奮を覚えていたのも事実だ。
「…て訳でだな、なんと無く感慨に耽っちまったんだよ…笑いたきゃ笑っていいぞサキサキ。」
「サキサキ言うな!てかさそれ言ったらアタシも同じさ…アタシも今日初めて人前でリングに上がったんだからね。」
俺の言に一言サキサキがそう返し、再びリングを見上げ、二人共無言になってしまった。
何か普段はこう言った、女子と二人になった時とかって、いたたまれなくなったりする事が多いんだが…今は何だかそんな普段感じる所在無さなどを感じていなかった。
もしかしたらサキサキも、そんな風に感じてたりしてな。
「ねえ、比企谷…もう一度リングに上がってみないかい?」
はぁ!?
そう問い掛けてくるサキサキの表情には、純粋に仕合う事を望んでいる者の挑戦的な眼差しがあった。
コイツ案外バトルジャンキーなのか、怖いよサキサキ、超怖い。なんてな。
…実は俺もサキサキと同じくそれを望む気持ちがあったりなんかしてな。
「…ハハッ、お前も同じなのかよ、川サキサキサキ…。」
「サキが多すぎだってのバカ!」
けど良いのか、組み手かスパー位なら問題無いかも知れないけど、今はなんてか、そんなもんじゃなくて…俺は今このサキサキと仕合ってみたいと思っているから。
「試合をしたいのかねハチマン君、サキ君。」
従業員の皆さんがあらかた帰り終えたこの店内で、マイヤさんが俺とサキサキにそう聞いてきた…いつの間にか此方に来ていたんですねマイヤさん。
「マイヤさん…。」
何だかマイヤさんったらとても良い笑顔でおられますね…。
これってきっと、やって見なさいって事ですよね。
「君達二人の試合なら、私個人としても見てみたいと思ってね。」
でしょうね、俺だってテリー兄ちゃんとサカザキ総帥かガルシア師範が仕合うなら絶対観たいと思うしね、うん。
まぁ現実的には今の俺達じゃ、それよりも一〜二枚落ちるんだろうけど。
「…だってよ、比企谷。」
「マジで…本当に良いんですかマイヤさん?」
マイヤさんは俺の問に頷き、超電磁フィールドウォールを展開させるので気弾を放っても構わないと言ってくれた。
そして、この仕合い於いて、自分が見届け人を務めるとも…。
そこ迄言われちゃさ断れ無いよな、何より俺自身がやってみたいと思っているしな。
再び俺はリングへ上がった、トントンと軽くステップを踏みマットの感触を確かめる。
ウレタンフォームの感触はすこぶる良好だ、うん、俺もう既にテンション上がり始めてるよ、ウハッ!…べーっ、マジべーっしょ、思わず戸部ってしまうくらいだよ。
あっ、因みに俺赤コーナーね。
良し!ウォーミングアップはこれ位で良いな、顔を上げ青コーナーのサキサキを見ると…向こうも準備万端って感じかな、イイ顔してんなサキサキ。
「準備は良いかね二人共。」
対角線上に見合う、俺とサキサキにニュートラルコーナーに立つマイヤさんから声が掛かる。
その声に二人ほぼ同時に頷くと、マイヤさんも答える様に頷き返し。
「では私はリングから降りよう、降り次第直ぐにゴングを鳴らそう。」
その一言を残してマイヤさんはコーナーロープの間を跨ぎ、リングを降りていった。
後は…待つだけだ、その瞬間を。
なぁ川崎、お前も今そう思っているんだろう…。
「待たせたね、では。」
リングサイドからマイヤさんの重低音の声が響く、決して大きな声では無いけど今この静けさが支配するかの様な店内に於いては十分に聴き取れる声量だ。
木製のハンマーを軽く揚げ、振るわれると。
『カァーン!』と甲高い鐘の音が響き渡った、今正に賽は投げられたって奴だな。
やろうぜ川崎!
右の拳を顎の側に、左の拳は軽く前方胸元に構え、ステップを踏みながら時計方向へ前進移動しながら様子を伺う。
対するサキサキはと言うと、左半身を前にし半身に構えた状態で右拳は握り込まず顎より下に、左も同様拳は握り込まれず、前方肘を軽く曲げ腰の辺りに構えられている、ほぼノーガードと言って差し支えないが、きっとガードよりも裁きと躱す事に長けているんだろうな。
同じく時計方向へ三歩、四歩と移動していたが…川崎は前方へ、俺に向かい距離を詰めて来た!
ダッシュから一閃、上体を軽く後方に反らし、しゃがんで右手をマットに着けた体勢、左脚での下段蹴りで俺の脚を狩りに来た。
まさか、開幕いきなりこんなトリッキーな攻撃を仕掛けて来るなんてな。
開幕早々脚を狩られるなんて、たまったもんじゃない、俺は反時計方向へ小さくジャンプして避け体勢を整え反撃を掛け様としたが、川崎は既に立ち上がり構えを取っていた。
早えぇなコイツ、もうかよ!
そう、体勢を整え終えていた川崎は、すかさず次の攻撃を仕掛けて来ていた。
下段より上段へと撓る様に振りあげられる左腕、ボクシングで言う所のフリッカー気味のパンチ、おそらく此れは牽制を兼ねているんだろう。
それを俺は左腕でガードしたが…
『パシーンッ!』と受けた左腕から乾いた音が響く。
一撃の重さは無いが、鞭の様に撓るそれはジンジンとした痛みを左前腕に残した。
更にそれが二発、三発、四発と連続して繰り出されその繰り出され、受けた数だけの打撃音が響く。
痛えなオイ、ミミズ腫れになんねえよなコレ。
けど、此のまま受け続ける訳には行かないよな、だから俺は川崎のパンチが繰り出されるタイミングに合わせて後方へバックステップした。
俺というターゲットを消失した、その拳打ちは空を虚しく切り裂き、川崎にとっては予想外だったのか一瞬だけ顔色を変えた。
俺の反撃が来ると思ったのだろう、川崎はその左腕を素早く引き戻し防御体勢整えようとしている。
「バーン!…」
川崎は俺がバーンナックルを放つと思っただろうな、川崎はさっきのチンピラさん達との闘いの時俺の技を見て餓狼の技と言っていた。
つまり川崎はテリー兄ちゃんを知っているって事だ、ネットかテレビ中継か、それとも直に観戦した事があるのか。
だから咄嗟にバーンナックルに対してのガード体勢を取ろうとした。
だが川崎、残念だけどコイツはフェイントだ!
俺はお前が正面からの防御体勢を取ることを促したんだ。
時計方向へサイドステップ!
瞬間に構えを取り、そして撃つ!!
「飛翔拳!」
川崎の防御の空きを付き胸元目掛け高速で直進する気弾、飛翔拳。
だが、大したもんだよ川崎は…。
ガードが間に合わないと理解したんだろうな、咄嗟に川崎は自ら体勢を崩すように川崎から見ての時計方向下方へ上体を下げる事で回避しようとした。
それにより俺の飛翔拳は、川崎の右上腕部に軽く掠り当たりした程度に終わってしまった。
咄嗟にそれだけ動けるなんて、本当に大したもんだよ川崎!
けどね、お前が体勢を整え直すよりも俺の次の攻撃の方が速いぞ。
「シュッ!」
体勢を立て直そうとしていた川崎に、接近し打ち下ろす様に上方から下方へ左フックを繰り出す。
それは川崎の頬へヒットした…のだが思いの外手応えが少ない。
どうやらクリーンヒットとはならなかった様だ。
川崎はもらう事を覚悟し、敢えて俺の打撃に合わせ俺のパンチの軌道が打ち下ろしだった事もあり、倒れ込む事でその威力を半減させたんだ、マジか…なんてクソ度胸してんだよ川崎は!
しかもそのままダウンしたんじゃ、立ち上がりの際に不利になる、そのリスクを少なくする為にダウン際に回転受け身を取る事で俺との距離を放して立ち上がってきたよ。
おそらく今の俺のパンチはクリーンヒット時の六割以下の威力しか無かっただろうな。
「…川崎、お前天才かよ!?」
今の一連の川崎の動きに対して、俺はそう賞賛した。
「いや、そんな簡単な言葉で済ましちゃいけないよな、何年もお前が研鑽してきた成果だよな…スマン。」
「…別に、謝んなさんなよ、アンタだってそれはアタシと変わんないだろう、長い間研鑽を積んで来たんだろう?」
「ハハッ。」「フッ!」
期せずして思わず二人同時に笑みが漏れてしまったよ、やっぱり俺達二人共バトルジャンキーなのかな。
さて仕切り直しだ…。
次は俺からだ、行くぞ川崎!
俺は何の駆け引きもせずに、川崎へ向いダッシュで接近する、川崎もまた俺に合わすようにダッシュで接近する。
コイツは何処まで男前な奴なんだよ、美人なのに、何なのお前、あっ!美人格闘女子高生だな普通に…略して『ビジンダー』てのはどうだ!駄目だよなうん、版権とか色々とさ…。
「ハァッ、セイッ!!」
川崎の上段回し蹴りが繰り出される、対する俺は。
「ソッリャァッ!」
バックスピンキックで迎え撃つ、互いの蹴りがクロスボーンの様に瞬時に交差する、打撃音と共に。
そして、互いの蹴りの威力が互いに返って来たかのように弾かれてしまった。
「「まだまだぁ!」」
同時に声を出し、同時に立ち上がり体勢を立て直しての再接近から、俺は左腕で顎下をガードしアッパーを繰り出す。
それを左手で払いながら川崎の反撃へ繋げての左裏拳が顔面へ迫る!
「チィっ!」
スウェーで躱すが、完全には躱しきれず鼻先を掠ってしまった。
すかさず拳を戻し、川崎は一歩踏み込んで右の手刀を打ち込んできた。
極限流の氷柱割か!
上空から叩き落される手刀、この軌道だと打たれるのは胸元辺りか!?
今の俺の体勢では回避は無理だ、だったらどうする。
俺は打ち降ろされる川崎の手刀が胸元に当たる直前に、両腕のガードが間に合いその威力は半減出来たが、その技の勢いの前にダウンを余儀なくされてしまった。
強かに背中からマットに叩き付けられて、小さくバウンドする。
ウレタンフォームのマットのお陰でダウン時の背中ダメージもほぼ無いし、打たれる覚悟を決めていたので、全体的なダメージ自体も少ない。
なので俺はマットの上を回転して、川崎からの追撃が来ない位置で立ち上がった。
俺が回転の勢いを利用して立ち上がった時、川崎もまた振り抜いた手刀を戻してダッシュしすかさず攻撃を繰り出してきた。
「幻影脚!」
無数に放たれる超高速の蹴りによる連撃が俺に襲い来る。
クッ、ヤバい!このままじゃガードが弾かれんじゃねえか…。
その俺の心配はどうやら杞憂に終わったようだ、俺のガードをこじ開ける事が出来ないと判断したのか、川崎は蹴りを止め一旦距離を取ろうと後方へ一歩下がった。
川崎、お前判断を誤った様だな、今の蹴り後数発撃たれていたら俺のガードは崩されていたぞ!
この川崎の後退は俺にとっては大きなチャンスだ、その後退に合わせ俺が打つのは。
「斬影拳!!」「うっっ…。」
川崎の後退に合わせ、打ち込む俺の肘は川崎の胸元へ初めてヒットした。
そして攻撃はこれだけでは終わらないぜ。
「せりゃッ!」
疾風裏拳、技を受け崩れた相手に更なる追撃の裏拳、これにより川崎はダウンを喫した。
良し、確実にダメージを与える事が出来たぞ。
しかし、コレで終わりじゃ無いよな川崎、まだやれるだろう!
「ぐぅっ…。」
ダメージを引き摺りながらも立ち上がろうとしている川崎。
片手と片膝をマットに着きながらも、痛みに耐えながら…。
「ハア〜、ふぅ…。」
吸って吐く、ひと呼吸。
そして…立ち上がる川崎、本当に凄え奴だ、このひと呼吸で心身ともに立て直したよな、ダメージを抜きにしてもさ。
「…やるね比企谷、アンタさ…こっちも負けらんないね!」
「おう!見せてみろ川崎!」
迎え撃ってやるぜ川崎、次はどう出てくるんだ!?
「ハァ!!」
掛け声一発、川崎は空高く飛び上がった。
此れは飛燕龍神脚か、だとするとお前いきなりすぎんじゃねえか!?
この位置からなら俺は左右どちらにでも回避出来るし、ここで待って対空技で迎撃だって出来る。
それが解らないお前じゃ無いだろう。
ヤケになった…なんて事は無いよな、何かしらの考えがあっての事だろう。
だったら俺だって、此処で簡単に迎撃なんてしないぞ。
ダッシュして川崎との距離を詰めて、川崎の飛燕龍神脚を殺す!
しかし、この判断は俺の誤りだった。
「破アッ!」
川崎が空中から放った技それは飛燕龍神脚では無かった。
俺は甘かった、どうかしていた!!
馬鹿だな俺は、龍撃拳を打ち飛燕龍神脚を放つ川崎を見て、そのスタイルはロバート・ガルシア師範のそれだと判断してしまっていたんだ、俺は…。
だけど、普通に考えればガルシア師範もサカザキ総帥も同じ極限流だ、その使う技には自身が考案した技もあるだろうが、ベースとなるスタイル極限流の技を共に鍛錬していただろう。
なら自信考案の技以外の共通の技などは、(実際飛燕疾風脚など共通の技を使っているんだしな。)使えてもおかしく無い筈だったんだよな。
サカザキ総帥は拳での攻撃を主体に、ガルシア師範は脚技主体に、実践に於いてはその得意とする技を主に使っているにすぎないのだろう…なのに俺と来たら先入観から判断しちまって、考えても見ろよな俺。
テリー兄ちゃんの技をベースにアンディ兄ちゃんとジョーあんちゃんの技、全部じゃ無いけど伝授してもらってる奴が居るだろうが、えっ!?誰だって。
鏡を見てみろっての、俺だよ俺。
川崎が空中から放ったのは気弾。
サカザキ総帥の使う、空中より繰り出す必殺の気弾、サカザキ総帥のは『虎煌拳』だったかな…。
全くの予想外の技の前に、迂闊に前へ出て行った俺はそれをダイレクトに食らってしまい、堪らず俺は二度目のダウンを喫した。
「…つっう、てぇなおい。」
マジで痛え、なんて威力だよ極限流の気弾はよ、あまりの痛さに八幡もうお家帰るって言いたくなったよ…。
…嘘だけどね、だってこんなんで終わりたく無いじゃん。
折角、こんな身近にこんな凄え奴が居たんだよ。
まだまだ、やり相対よな!
手も腕もまだ動く、脚だって十分に力が残ってる。
「比企谷!まだ立てんだよね、早く立ち上がりな。」
全くお優しい事ですわね、川崎さん。
解ってるよ、お前だって立ち上がって来たんだもんな。
「ウオーッ、成せばなるザブングルもウォーカーギャリアもハチマンクンも男の子おーっ!」
気合一発、勢い付けて俺は立ち上がった。
待っててくれてる奴が居るからな。
「悪りぃな川崎、待たせた…こっから仕切り直しだ!」
「ああ、男が女を待たせてんじゃ無いよ全く!」
さあ続きをやろうぜ極限流!
書きたい事が増えて、終わりませんでした。
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餓狼と龍虎、相対する時。 後編
もう一度確認だ。
手元良いか!?
手元良し!
足元良いか!?
足元良し!
ヘルメット良いか!?
ヘルメット無し!
安全帯良いか!?
安全帯無し!
オイオイ、一体何処の工事現場の朝礼だよ!?
メットも安全帯も無きゃ躯体工事は出禁食らうぞ、後安全靴も要必要だ。
ボケはこれ位で良いか…。
何時までも女子を待たせちゃ行けないよな、八幡それ知ってるよ。
だってさ、小町に由比ヶ浜、雪ノ下に一色の四人からここ一年間調きょ…教わって来たからな。
準備OK!…待たせた川崎。
再び俺は構えを取り、リズムを刻みながら前進を開始する。
眼の前の強者へと向かって、一歩、一歩と緩やかに。
川崎もまた、仕合い開始時と同じ構えで以て前進してくる、何か時間が巻き戻ったみたいだな。
違うのは、互いに幾ばくかのダメージを受け、その技の幾つかを互いに知ったって事だな。
俺と川崎、互いに前進し徐々にその彼我の距離は近付いて来る、まぁ当然そうなるわな…。
二人共その目線は互いの顔に合され、その眼を反らす事は無い、イヤ反らせないと言った方が正確だな。
緊張感による均衡状態が支配するリング上、眼を離した途端何が起こるか解らない状態に汗が滴る。
俺もだが、おそらくは川崎もコレだけで多分ゴリゴリと削られている事だろうな…精神力を。
『ゴクリ…』今飲み込まれたのは、鳴ったのは、どっちの喉だったんだろう。
もしかしたら二人同時だったのか、分からない…だが、それが合図となった。
「シャアッ!」「ハッ!」
ほぼ同時に放たれたのはお互いの右の拳だった、それを放ったのは緊張感故の焦りだったのか。
防御も回避も次へ繋げる為の組み立ても無い、冷静さを欠いてしまった攻撃だった…と思う。
俺達は互いの拳をその身に、顔面に受けてしまった。
出した腕が二人共右手だったから、立ち位置が交差する位置で無かったからクロスはしなかったが、互いの攻撃で互いにカウンターを食らった様なもんだ。
「ウッッ…」「クァッ…」
互いが互いに吹き飛ばされる様な状態になり、距離が離れてしまったが、ダウンには至らなかった。
再度の接近、からの攻撃は、川崎の方が速かった。
再び放たれるフリッカー気味の高速の左の連撃。
それを俺は左の前腕で捌く、一発、二発、三発と。
そして四発目を捌くと同時に、俺は川崎の懐に潜り込み、川崎の左手を伸び切ったタイミングに合わせ掴み取り、更に右手で川崎の胸倉を掴み。
「セイリャア!」
背負い投げ、テリー兄ちゃん命名『バスタースルー』でもって川崎を投げ飛ばした。
マットに叩き付けられた川崎は「うっっ!」と苦悶とも取れそうな呻きを漏らしマット上をバウンドした。
…どうだコレで!?
「はあ〜…ふう〜、ハッ!」
ダウンした状態でひと呼吸したかと思うと、川崎は勢い良く飛び跳ねる様に立ち上がって来た。
立ち上がり、すかさずに取られる構えにはそれなりのダメージを与えられた事だと思う、川崎はそれをおくびにも出しちゃいないけど。
「まさか、此処で投げ技を食らうなんてね、やるじゃん…ハハッ、結構ダメージ来てるかな…。」
思うんだが、それだけ喋れる所を見るとね、有ったのかなダメージ…とか思っちまうよな。
けど、躊躇う訳にはいかないしな、ガトーじゃ無いけど…今は行くのみ、だ。
川崎は確実にダメージを受けている、それは間違い無い、だからこのまま畳み掛けるぞ川崎!
「ダァーッ、シャアッ!!」
フロントステップから前方へジャンプし、ジャンプの勢いを加えて打ち下ろしのパンチを放つ!
少々博打が過ぎる気がするが、どうだ川崎!
「グッ!」
俺のパンチを川崎はガードにより耐えた、それも耐えただけじゃ無い。
耐えたうえに、反撃に転じてきた。
俺のパンチをガードし耐える為に膝を曲げ前に置いていた左脚と、後方へ引いていた右脚。
その左脚を回転軸として大きく撓らせながら放たれる下段への水平蹴り。
「せりゃアァ!」
体勢の立て直しが間に合わなかった俺はそれにより脚を払われてしまった。
不確かな体勢にもって受けてしまった蹴りは、俺の左脚の脹脛を捉え、そのダメージにより俺の左脚は所謂膝カックンの様になってしまった…かっこ悪いっすね八幡君。
何て考えてる場合じゃないか、これ追撃確定じゃんか!
「はぁ!」
更にもう一度超低空での水平回転を加えて迫る川崎の蹴り、此れは防御出来無ければ、側頭部に食らってしまう!
クッソォォ、間に合え!
側頭部を守る為に左に身体を撚る、それにより左腕でのガードが間に合った!
「セイッ!」
ガードした腕にどえらい威力の蹴りが炸裂した、瞬時に襲い掛かってくる衝撃と痛み、そして…。
ガードをしたにも関わらず、俺の身体はガード毎吹っ飛ばされ、マットの上を滑る様に転がってしまった。
俺はまたまたダウンを食らった。
「か、ハァッ…。」
いくら体勢が悪かったとは言え、まさかガード毎叩き伏せられるとは思ってもいなかったぜ。
だがまだ行ける、ちょっとばかり左のアンヨの脹脛が痛いし、左のお手手がジンジンするけどさ。
くう〜っ、左脹脛がジンジンするよ、後左腕も、八幡超〜痛い!
「立って来たね比企谷、そうでなくっちゃね!」
にゃろう!簡単に言いやがんなよ、川崎サキサキィッ!
ニヤリとそんな不敵な笑みを浮かべやがって、ドSかよお前!
…べー、思わず想像しちまったよ、ボンデージ衣装で鞭を持ってハイヒールの踵で男を踏みつけてるサキサキを…。
けど川崎、お前だって受けてんだろ、さっきの投げのダメージをさ。
だったらまだまだ、状況は五分五分ってところだ。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「ふぅ、はぁ、ふう〜…」
お互い呼吸も乱れて息切れして、体力もかなり消耗してるよな。
さて、後どんだけ行けっかな。
呼吸を整えて、筋肉をリラックスさせてっと…それって波紋の呼吸かよ!って言いたいトコだけど、闘いを続行するなら此れ必要なんだからね!
「はあ〜、ふう〜っ!」
「…すぅ〜、ハァ〜…。」
良し、整いました!
彼我の距離は大凡六メートルってとこか、左の脹脛は痛いけどまだダッシュも出来そうだ。
あの技使ってみようかな…長年ってか此処二年程掛けて取り組んできた、俺独自の技を。
そうと決まればダッシュで距離を詰めての、接近戦からタイミングを図って。
と…考えていましたが、何だオイ!
マジかあの構え…川崎、お前撃てんのよあの技!!
川崎は頭上で両手を交差させて、右へ身体をひねり込みながら両の腕を後方へ下げた!
来る、ダッシュのスタートを切ろうとしていた俺は回避は間には合いそうに無い、ガードで耐えられるか!?
「覇王翔吼拳!!」
来た!!!
俺は咄嗟にクロスアームガードの体勢を取り迫りくる巨大なその気弾を正面から………受け止めている。
「うぐぐぐぅ!!」
なんて威力だよコイツは、クロスアームのガードが弾かれそうじゃねえかよ。
「ぐっ、ギギィ!」
だが良し、覇王翔吼拳のエネルギーが薄れて来た!
「破ァァ!!」
その薄れたエネルギーを俺は両腕を振るい打ち消した。
…打ち消したは良いが、これでまた体力を持っていかれたよ。ハァ〜。
行けるかな俺…そして川崎はどうだろうな。
…見てみると川崎も息を乱し、右手を膝の上に置き呼吸を整えている状態だった。
「…ハァ、ハァ、今のが覇王翔吼拳の威力かよ…ハァ、来るのが分かってて、ガードしたってのに…なんて破壊力なんだよ、ハァ〜。」
「…分かってて、ハァ、ふぅ、それに耐え切ったアンタこそ…どうなってんのさハァ〜、でもね比企谷…アタシの覇王翔吼拳は、ハァ、ハァ、師範代クラスの方達の、それと比べるとハァ、ふぅ、まだまださ…漸く撃てるようになった…って程度のモノだよ、はぁ〜…。」
…マジでか、恐るべし覇王翔吼拳、恐るべし極限流空手…だな、マジで。
今のがサカザキ総帥やガルシア師範の覇王翔吼拳だったら、今頃俺は…怖っ!
呼吸は整って来た、けど体力も耐力ももう…こりゃ長いことやれないな。
俺もだけど、川崎もだな…そうだろう川崎。
こっからが、いよいよラストステージって奴だな、俺は構えを取り直しこの素晴らしく濃密で熱い時間を共に築き上げた強敵(友)を見据える。
川崎もまたその両眼で俺を見据え、そして不敵な笑みを見せている。
『Oh!なんと言う…。』
マイヤさんのつぶやく声が聴こえた様な気がするが、今はどうでも良い事だ。
キュッ、キュッ、キュッ…
トン、トトンッ…
ウレタンフォームのマットの上に、二人分の靴音が響く、軽ろやかなステップを踏む音が。
良し、行くぞ川崎!
時を同じくして、俺と川崎は互いへ向けて走る!
そして、始まる超接近戦。
「シュッ!」
川崎の顔面へ右ストレートを放つ、がギリギリの間合いで避けられた。
間髪入れずの川崎の反撃の左、俺の顎にヒットした…川崎はそう思っただろうな。
スリッピングアウェー、この最終フェーズに於いてそれを俺は発動出来た。
それが俺に最大のチャンスを与えてくれた。
当てたと思っていただろう左に、手応えを感じ無いそれに川崎は、もしかしたら焦りを感じたのかも知れない。
川崎の左の腕の戻しに合わせ、靴一足分の距離を詰めながら俺は川崎の肝臓部分に左拳をコツンと当てる。
「フッ!!」
瞬間、俺はその拳に気を発動。
「グハッ…」
俺が左拳より発した気はほんの微々たる物だ、だがそれで充分だ。
それにより体勢が崩れる川崎に、最後のアタックを仕掛ける。
トン、とステップを踏み体勢を上下入れ替える。
「ラァイジン!」
発勁の技法による高速の回転運動による上昇は通常のライジングタックルを超えるスピードと上昇高度を持って俺と川崎の身体を空高く運ぶ。
「ぐぁっ…」
その衝撃による呻きを漏らしながら、空を彷徨う川崎。
俺は川崎よりも高い位置で上止点を迎えると、体勢を入れ替え両の脚先を揃えてそれを川崎へ向け再度回転運動をしながらの下降。
降下角度は…多分三十度位かな、多分図ってないから知らんけど。
「スクリュースピィン!」
高速回転降下キック、それが川崎にヒットし、それがこの仕合の勝敗を決める一撃となった。
マットの上に着地した俺と、マットの上にダウンした川崎。
今の俺と川崎の立ち位置はライダーキックを決めた仮面ライダーと怪人の立ち位置って感じか。
後ろを向いた格好になっているので、まだ自身の眼で確認していないけど、川崎が立ち上がって来る気配は無い。
俺のオリジナル超必殺技、名付けてライジングスクリューキック実戦での使用はこれが初めてだが、上手く決まってくれた。
「ウィ、WINNNERハチマン!」
マイヤさんの口から発せられた勝者コールは俺の名を告げていた。
「あ〜〜〜〜っ、しんど…。」
深い深いため息と安堵の気持ちが、口をついて出てしまったよ。
そしてまだ立ち上がる気配の無い川崎を介抱しようと振り向いたら……。
………川崎の着ていたバーテンダー衣装がボロボロに弾け飛び、その…美しい柔肌と見事な輝きを放つ豊満なそれを包む黒い黄金聖衣がご開陳されていた。
「黒のレースか……。」
俺は自分が着ていたジャンバーを川崎に着させて……………。
眼を覚ました川崎の前で、バッチリと決めました。
無差別格闘早乙女流奥義、猛虎落地勢を、つまるところ。
「すんませんでしたあーーー!」
土・下・座だ、言わせんなよ。
顔を真っ赤に染めてプルプル小さく震えていらっしゃる川崎さんが…俺は怖いよ、小町ちゃん…お兄ちゃん明日のお天道様拝めるかなぁ!?
「アンタね、女の服をひん剥くなんてありえないだろう……。」
「返す言葉も御座いません!」
平にご容赦を、平にご容赦を、何卒!
土下座+マットへ額擦り付けの、怒りの対女子用超必殺技を発動し、川崎大魔神の怒りを鎮める為に祷る気持ちで出し続ける。
「…責任、とってよね…。」
ボソリと呟かれた川崎の声は俺の耳にはよく聴き取れはしなかった。
店の衣装をボロボロにした事をマイヤさんに詫びたが、マイヤさんはそれを笑って気にしない様にと言ってくれた。
マジで感謝だよな、ああいった衣装ってメッチャ高いんだろうからな…。
店を出て、俺は皆に川崎の件が片付いた事をメッセージで報告。
『そう、了解したわ。』
『お疲れ様\(^o^)/ヒッキー!ありがとね♡』
『了解です<(`・ω・´)ご苦労さまでしたせんぱい!チュ♡!』
すぐさま返ってきた返信に俺は恐れの気持ちを抱いてしまった、もしかしてコイツらずっとスマホ持ってスタンバってたんじゃないだろうな…。
明けて翌日、日曜日。
プリティでキュアなアニメを見て、心身ともに癒やされていた俺に小町が言ってきた。
「お兄ちゃん、大志君のお姉さん夜のバイト辞めるってよ!」
ニコニコと笑顔で告げる小町は、心の底からその事を喜んでいる事が見て取れる。
「頑張ったんだねお兄ちゃんも大志君のお姉さんも、小町的に超ポイント高いよ!大好きお兄ちゃん♡」
そう言ってガバっと勢い良く小町が、俺に飛び付いてきた。
その小町の背を右手でぽんぽんと軽く叩き。
「サンキュ、小町。」
更に明けての翌月曜日、あれ!?俺の日曜日はどこ行ったんだっけ。
昨日の朝のあまりの感激に記憶が吹っ飛んだのかな…。
今日は生憎の雨で、ベストプレイスでの昼飯の時間を楽しめないので、皆で特別棟四階の奉仕部部室で食べていたりする。
「へへえ〜ん、どうですかせんぱい、いろはちゃんのお陰で上手く行ったんですよ、せんぱいなので私はせんぱいからのご褒美を所望します。」
敬礼と共にトンデモナイ事を言い出す一色、何で俺がご褒美を与えないといけないの、教えてマイティーチャー…駄目だ、平塚先生じゃ教えてくんないよね。
てか教えきれないんじゃないかな、多分、確実、絶対に!?
「一色さん、貴女の功績は認める所だけれど、それとこれとは話が別よ。」
「そっ!そうだよいろはちゃん、そんなんでヒッキーの事独り占めしようなんてあり得ないんだからね!!」
あ〜こうなったか、程々で止めといてね君達、俺が居たたまれ無くなるから。
トントン、トンとノック音が響いた、ラッキー!お客さんが来た、この状態から抜け出せる。
「邪魔するよ。」
雪ノ下の入室許可を発するよりも早く開かれた扉から、サキサキが入室して来た。
「……。」
無言で入室して来たサキサキは赤い顔をして俺へ向かって迫りくる…何?
何で迫って来んの、怖い怖いよ、俺今示せないよ迫りくる悪に、その力に勇気をさ…ってかサキサキは悪じゃ無いけどさ、だからスペースランナウェイする必要もないけどさ。
真っ赤な顔で、上から睨みつけて来るサキサキは…何で無言なんですかね。
「…ん!」
と言って突き出されたそれは形状から弁当箱を包んでいる物だと分かる。
「何?」
くれるっての、何で!?
川崎の顔を見ても赤いまま、どうしようかなと思案して居ると…。
とても痛い視線を右方向から感じ取ってしまった、三人分の視線を。
ギ、ギ、ギ、ギ、と錆び付いたかのように動きの悪い首を回すと、予想に違わぬ冷たい眼が三対ロックされていたよ。
「あら、何かしら誑し谷君、受け取れば良いのではなくて?」
「…ヒッキー、あたしはまだ作れないんだよね………」
「むう〜、せんぱいはまた!有り得ません!超有り得ません!!」
何か今の俺の状態って引くも地獄引かぬも地獄ってヤツじゃね?
コレをどうしろってんだよ!?
「アンタには世話になったからね、それとアンタ達にもさ…。」
因みに川サキサキが持ち込んだお手製弁当は後でスタッフの一人が美味しく頂きました。
嘘です、イヤ嘘じゃないんだろうけど味どころじゃ無かったです…ハイ。
川崎を極限流の使い手としたときから、龍虎の女子キャラの宿命、脱衣KOは決められていたのでした。
八幡のオリジナル超必殺技はライジングタックルに新巨人の星のスクリュースピンスライディングを付け足した物とイメージしていただければわかり易いと思います。
ユーチューブ辺りにアップされているかもですね。
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トップカーストはまた厄介事を持ち込む。
川サキサキの深夜バイト問題も片が付き、中間試験も俺達奉仕部全員全教科赤点回避に無事成功と、誠に持って良いこと尽くめの今日この頃皆様如何お過ごしでしょうか…私事比企谷八幡はと申しますと、あの日サキサキが弁当を差し入れしてくれて以来…雪ノ下、一色、由比ヶ浜の三人に何か?何故にか?火が着いたのか俺の分まで昼飯を作ってくれる様になってしまった……。
因みにだが、弁当の味ヴィジュアル含めた出来栄えは雪ノ下≧一色>>>>由比ヶ浜の順だ、由比ヶ浜も漸く人様に出せる及第点レベルの物を作れる様になったんだろうな、でなければあのガハママさんが作らせないだろうし、何より持たせないだろうからな…成長したな由比ヶ浜!
そして五月も終わりを迎えようとしている週末、俺達奉仕部のメンツと小町プラス川崎姉弟がマイヤさんの計らいによりパオパオカフェに招待して頂いた。
マイヤさんは六月に一旦アメリカへ帰国すると言う事で、その前に一度食事に招きたかったとの事だった。
奉仕部メンバーと小町は、パオパオカフェのメニューにとても満足していて、また来たいと言っていたし(学生にとっては少しばかりお財布に優しくないのが玉に瑕だが、サイゼに比べてだけど)このマイヤさんの計らいに大喜びだ、サキサキは普段はこのパオパオカフェで働いていて、此処での飲食は賄いで頂いていたそうだが、客として来店した事は無かったらしく改めてゆっくり料理を堪能出来た事を喜んでいた。
えっ!?大志はって?ああ居たなそんな奴も。
「おい、大志!」
「はい、何すかお兄さん!?」
「俺はお前の兄貴じゃねえ、お兄さんとか言うな!!」
他に呼び方ってのがあるだろうに、コイツときたら何回注意してもコレだからな…いい加減にしろっての!
それはちょっと置くとして、一つ俺は大志に質問したい事があったんで、この際にと聞いて見る事にした。
それは大志自身の空手の実力をだ、以前居た町で極限流の道場に通っていた川崎姉弟、大志はサキサキがその道場に於いて師範達に才能を認められていたと言っていたが、では大志の方はどうなのかとホンの気持だけ、イヤ本当に少しだけ興味があっただけなんだからね!
「俺っすか!?、そうッスね俺は姉ちゃんと比べるとまだまだってところッスね、姉ちゃんマジ凄かったスから。」
「ああ、それは知ってる。」
この身に沁みて重々承知しておりますよ、川サキサキの実力はな…。
「「「!?」」」
小町と一色、サキサキ以外は俺の知ってる発言に対し頭にクエスチョンマークを浮かべているみたいだな、けど話す訳にはいけないからな…俺の生活の平穏の為にさ。
「あの頃はまだ大志は小学生だったからね、身体の方もまだ出来上がっちゃ居なかったし、でも今はあの頃よりも身体付きもしっかりしてるしね、そこそこには遣れるだろうね…比企谷今度機会があったら相手してやってよ。」
ちょっ!?サキサキぃ〜、止めてよそんな爆弾発言!
あんまり大っぴらにしたくないんだよ今はまださ、まァいずれはばれるだろうとは思ってたけど。
「ほえ!?ヒッキーって空手やってんの、えっ本当に?」
うん、こうなるんだよ…由比ヶ浜と雪ノ下はメッチャ興味津々、津々浦々って顔だよ…いや津々浦々って関係ないな。
興味津々=しんしん、津々浦々=うらうら、日本語の読み方って不思議だね、日本語学んでる外人さん苦労するだろうな同じ字で全く読み方が違うとかさ。
「…イヤ空手はやってねえよ。」
こう言う時は誤魔化すに限るってものなんだろうけど、それを良しとしない人間も存在している訳で。
「比企谷君、貴女今空手はと言ったわね、と言う事はそれ以外の武術の経験があると言う事なのではないかしら。」
うっ!鋭いッスねゆきのんのん、のんのんゆきのんゆきのんのん♪秀才少女だゆ〜きのんのん♪
おっとイカン、脳内のナ○スの少佐が叫んでいらっしゃる、歌っとる場合かぁーーーっ!と。
「…ちょっとした護身術だよ…。」
取り敢えず、そう誤魔化しておく、雪ノ下は納得して無いって顔だけどね。
「マイヤさん、今日は本当にありがとうございました。」
最初に俺が代表して挨拶をして、その後に皆が続いて礼の言葉を述べる。
「向こうに帰ったらテリー兄ちゃんとロックによろしく伝えておいて下さい、それとツケは程々にする様にと。」
まぁ、今のテリー兄ちゃんはそれなりに金持ってるだろうからそんなに心配は無いと思えっけど、なんせ映画とかにも何年か前から出演してたりしてるし、講演依頼とかにも呼ばれてるし、まだまだ現役で格闘大会とかも出場してるしな…もしかしたらマイヤさんのトコでツケで飲み食いしてんのって、昔は兎も角今は二人の友人としての付き合い方の一つになってんのかも知れないな。
「ハハハッ、分かったよハチマン君、必ずテリーに伝えておくよ、君の方もアンディや舞によろしくと伝えておいてくれるかね、次に私が此方へ来る時は此処へ顔を出す様にとね、ああ序にジョーにも伝えてくれるかな。」
「うっす、解りました伝えておきますよマイヤさん、何なら今から電話しておきますか、ジョーあんちゃんなら多分夏辺りに此方に来ると思いますんでその時にでも。」
マイヤさんは笑いながら、そこ迄する事は無いと言ってくれたが…確かに今回アンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんが此処に顔出して無いって、何か理由があんのかな。
それから帰り際俺とサキサキはマイヤさんから改めてこの店のリングに、たまにでも構わないからたってくれないかと頼まれてしまった。
まぁ、俺としても色々な人達と手合わせが出来るってのはありがたい事なのでそれを快諾させていただいたのだが、いっその事この店でバイトしないかともマイヤさんは提案してくれたのだが、今の運送屋のバイトも一年以上世話になってるし、高校在学中は向こうでやらせてもらうのが筋ってもんじゃないかと思っていたりする、そんな俺は生まれてくる時代を間違ってるか?
なのでパオパオカフェでバイトするとしても、大学進学後かと思っている。
場面は変わって、今はある日の昼休みの屋上だ。
週に一、二度行っている、材木座との組手とスパーを終えて二人で一息ついている所だ。
「時に相棒よ、お主もしかして強くなってはおらぬか!?」
と、材木座がそう確認する様に問うて来た、あぁうん…そうかも知れない、多分あの日サキサキとの仕合いで俺は一皮剥けたんだと思うのん。
言うなれば、『実戦に勝る練習無し』って事なのかもな、しかもサキサキは俺達と同年代の中でもトップクラスの実力者じゃ無いかと思うしな。
「何やらお主、先週と比べて動きも技のキレもダンチではないか!」
「序にパワーがダンチだったら良かったんだけどな!」
「そうそう上手くは行かないものなのよね。」
「学校は戦争をする場所ではないでしょう!」
「逃げ回っていりゃあ、死にはしない。」
「認めたくは無い物だな、自分自身の若さ故の過ちと言うものは…。」
…材木座がダンチとか言ったから、今日は富野節記念日。
などと互いに基本がヲタな俺と材木座は富野節なセリフを繰り出し合って遊んでいた。
コイツは無駄に声が良いから、ついつい乗っちまったよ…
「ところで材木座、お前少しは人前で闘う度胸はついたのか?」
俺としては材木座の、例のアレ…チキンハートの為にまともに相手と相対する事の出来無い難儀な性格をどうにかしたいと思っているんだけど、毎回毎回コイツに本気を出させる為に罵倒すんのも何だかなって感じだからな。
「うっ、それはだな…以前程では無いとは思うのであるのだかな、うむむぅ、どうであろうかな…。」
材木座ェ…下手な口笛で誤魔化そうとしやがって、つまるところまだ克服出来ちゃういないって事じゃねぇかよ。
材木座のそれがなぁ、克服出来てんならパオパオカフェに連れて行ったって構わないんだけどな。
もう暫くは、経過観察が必要って事なのね。
どうにか材木座のチキンハートを克服させる事が出来ないかと思案しながら午後の授業を終え、由比ヶ浜と二人部室へ到着、中には既に雪ノ下が定位置にスタンバっており。
「やっはろーゆきのん、お昼ぶり!」
と何時ものキメラ言語の挨拶をし、雪ノ下は「やっ、今日は由比ヶ浜さん。」危うくつられそうになっていた…俺としては別に釣られても良いとは思うんだけど雪ノ下は釣られまいと頑張って居られる。
「よう、雪ノ下俺達は今朝ぶりだな、弁当サンクスな美味かった。」
今日の昼飯の弁当は雪ノ下が作ってくれた物だ、サキサキが差し入れてくれた翌日、三人が一度に俺の分を作ってくれたんだが、流石にそんな分量食えないから勘弁してくれと頼んだ結果、三人交代で作って持ってきてくれるようになったんだが、それは俺的にありがたい事ではあるんだけど、同時に申し訳無くもある訳で…ここ迄してくれる三人が、俺の事をどう思っているか、幾ら鈍感な俺でも理解出来るってもんだよな。
「そう…喜んでもらえたかしら、ならば良いのだけれど。」
そう言いながら、雪ノ下は席を立ち何時もの様に紅茶を淹れる準備を始めた。
その数分後には一色も部室へ到着し、奉仕部メンバーは此処に揃った。
全員が揃った部室で雪ノ下の紅茶をいただきながら、依頼人が来ないのでマッタリとした時間を過ごし、今日もこのままのんびりと終るのかと思っていた矢先に、部室の扉を叩くノックの音と共に来やがりましたよ面倒な事が。
雪ノ下による入室許可の声が発せられた後、扉を開き入室して来たのは。
「こんな遅い時間に来てしまって申し訳無い、部活を途中で抜け出せ無かったものでね。」
俺と由比ヶ浜と同じ二年F組のトップカーストグループの首魁、常に胡散臭い爽やか笑顔を絶やさない男…。
「あっ、葉山君だやっはろー!」
友人の二人が所属するグループのリーダーである葉山の登場に由比ヶ浜が最初に何時もの挨拶で歓迎(?)しているが、雪ノ下は、本人は隠そうとしている様ではあるが、その表情には嫌悪とまでは行かずともそこはかとない不快感が見て取れた。
あのテニス部の一件で雪ノ下は葉山に対してそう思う様になったのか、或いは別の理由でもあるのか…その辺はプライベートな事情があるのかも知れないからな、下手に俺なんかがどうこうと言うべきじゃ無いのかな、それとも…まぁそれは後で考えるか。
「やぁ由比ヶ浜さん、すまないけどお邪魔するよ、それと雪乃ちゃ…雪ノ下さん、比企谷と一色さんだったかな。」
ん?葉山の奴今雪ノ下の事を名前で呼ぼうとして言い直したよな!?て事はやっぱり雪ノ下と葉山は知り合いって事なんだろうな。
葉山が持ち込んだ懸案は、数日前からクラスで流れ出したチェーンメールについての事だった。
「ああ、何かあたしにも来たよそれ、戸部君とか大岡君とか大和君の悪口書かれてるやつだよね、何かさあんなのってやな感じだよね。」
何それ由比ヶ浜さんや、そんなの流行ってんのかよ、ってか俺の所には来ないんですけど、もしかして俺ってばハブられてんの!?
「比企谷君今すぐ自首しなさい、大丈夫よ例え貴方が実刑に処されてしまったとしても、私は何時までも貴方の帰りを待っているわ、貴方が綺麗な身になって帰ってくる日を。」
「せんぱい、私だって待てますよ例え五年でも十年でも!あ、でもでもやっぱり若いうちに私はせんぱいにいっぱい可愛がってもらいたいですから、せんぱいの無実が勝ち取れる様に凄腕の弁護士をせんぱいに付けてあげますからね♡」
「ちょっと待て!俺を下手人と断定した上で話を進めんなよ、俺は無実だ!第一俺のスマホにはお前達含めた身内と平塚先生と戸塚と材木座とバイト先関係しか登録して無いからな、クラスの連中のアドレスなど俺は知らん!」
コイツラと来たらいの一番に俺を犯人扱いだよ、どんだけ俺って信用されて無いんだっての。
「そうだよゆきのんいろはちゃん、ヒッキーはそんな事しないよ、だから二人共ヒッキーの事虐めちゃだめだよ!」
おお!由比ヶ浜、お前だけだな…この奉仕部唯一良識派だよな、俺は嬉しいぞお前と言う味方が居てくれる事がな。
「ヒッキー…やって無いよね!?」
「ブルータス(由比ヶ浜)お前もかぁーーー!」
この世に俺の味方は存在しないのか、ここでもやはり俺はロンリーウルフだったのかよ…くっ、良いさ良いさ、俺なんか校庭の隅っこで地面に枯れ枝で一人寂しく、のの字を書いているのがお似合いなんだ。
けど生憎此処は校庭じゃないからさ、テーブルの上に書いてやるよのの字、どうせなら消えないように油性マジックで書いてやるからね。
「あ〜もうせんぱい冗談ですよ、私達がせんぱいの事疑ってる筈が無いじゃ無いですかぁ、ちょっとしたお・遊・び・ですヨ、ね雪乃先輩、結衣先輩!」
「…ええ当たり前じゃないの、顔を上げなさい比企谷君、私達が貴方を本当にそんな風に思っている訳が、ある筈無いでしょう。」
「そうだよヒッキー、ゴメンナサイ冗談だよ、あたしヒッキーの事世界で一番信じてるからね!ヒッキーはあたしのヒーローで王子さ……」
…冗談かよ、ふんだ!知ってるよ、てか由比ヶ浜最後は何て言ったんだ?
「ハハハ…仲が良いんだね、君達。」
何言ってやがるんだ葉山は、俺はコイツラに良い様に遊ばれてる"ダケ"なんだからな!
お前に解るのか葉山よ、マイノリティーの辛さがよ!?
「オイ葉山、お前の目はどうかしてるんじゃないのか!今の状況はどう見ても俺が虐げられているんだ!な状況だろうがよ。」
まぁ、強いられてはいないけどな。
「ハハハ…………。」
笑って誤魔化してんじゃねぇよ、元はと言やお前が持ってきた厄介事が元凶だろうがよ!
そのメールの内容はと言うと、俺からすると、『実にくだらないと言わざるを得ない!』とアメリカタイプの単車に下駄履きで乗って運転しながら呟かざるを得ない!レベルの物だった。
てかなん何だ、下駄履いて単車の運転とかあぶねーよ!
「赦せないわね、チェーンメールなどと匿名を良い事に人の尊厳を踏みにじり影で陰湿にほくそ笑む様な恥知らずの行為は、その様な人間は表にさらけ出して徹底的に叩きのめさなければならないのよ、二度と私に敵対しようなどと思わない程にね、現に私は中学生の時、私に対してその様なくだらない行為を行った者達に対してそれを為し、主犯格達を排除してあげたのだから、あの時の星川さんと鶴ヶ峰さんと瀬谷さんの顔ったら見物だったわ、フフフ。」
怖っ、ゆきのん怖っ!フフフって…でもまぁ、雪ノ下ならやるよな絶対ってかやったのね実際に…。
「待ってくれ雪乃ちゃ…雪ノ下さん、俺は別にそこ迄する必要は無いと思うんだ、俺はただどうにかしてコレを送っているヤツにそれを止めてくれる様に促せないかと思っているだけで…」
「甘いですよ葉山先輩!私は学年も違いますしそのメールの事も知りませんでしたけど、こういう事をやる人達って多分そんな説得程度で止めたりなんかしないんじゃないかって思いますよ、雪乃先輩の発言はちょっと怖いと私は思いますけど、あながち間違いでは無いと思うんですよね、多分犯人はバレなければバレない程その行為が愉快になって、それがエスカレートしていって歯止めが効かなくなったりするのがオチじゃないですかね、せんぱいはどう思いますかぁ?」
確かにな、雪ノ下と一色の言っていることは大いにあり得る事だ、人間なんてのは快楽に弱い生き物だからな、今回のメールが犯人にとっては成功体験になってその成功に味を占めて一色が言う様にそれが愉快になっちまう。
この犯人が何の考えがあって、このメールを送ったのかそれは解らんけど、そのターゲットになってんのはこの葉山のダチなんだよな、コイツらは所謂クラスのトップカーストってヤツで、この葉山がキングであの三浦だったか、金髪ドリルがクイーンとして君臨している訳だ、イケメンと、それなりってかかなりの美形ギャルとが君臨するグループ。
考えられるとすれば、そのグループに入りたくて、今居る取り巻きを蹴落として自分がその地位に付きたいと考えている奴の犯行とか……。
結論出すのは早いよな、先ずは現状確認をしてどう云った経緯からこんなメールが流れ出したのかを考えてからだ。
チェーンメール事件とかから格闘に持ち込めそうに無いですね。
あまり総武校生に格闘家増やすのもなんですし。
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それでも葉山隼人と言う男は。
「…ほぉん、カラーギャングにラフプレイヤーに三股野郎ね。」
俺は耳の穴に右の小指を突っ込みつつそう口にした。
幾ら千葉っても今時カラーギャングなんて居るのかね、戸部は葉山のグループで俺が唯一話をした事がある奴だよな。
俺の印象としては葉山んトコのメンバーの賑やかし担当のチンドン屋みたいな奴って感じか、だが人は見掛けによらずって事もあるし…あるかあいつに?
何かあんまり印象に無いんだよな大岡って奴は…ラフプレイっても、実際にそんな事やったら審判に注意を受けるだろうし、度が過ぎると判じられたら退場処分か、下手を打つと学校自体が公式戦出場禁止とかの重罰に処されるかも知れないのに、そんなリスクの高い事やるか?
大和ってのは、あのガタイのデカい奴か…三股掛けられる程の見てくれ良いとは思えんのだがな、それともあれかR18指定をしないと言え無い方面のテクニックが凄いとか…無いか、まぁ他人の下半身事情なんか興味無いし。
けど三股って他の二人に比べると罪は軽いよなカラーギャングだのラフプレイだのってのは警察或いは学校からの処罰の対象に為りかねないけど、三股なんてのは所詮は他人事、当事者間でどうにかしなさいってレベルの事柄だもんな。
しかしゆきのんさんや、お前さんの三人に対する評価、本人聞いたらきっと泣いちゃうぞ!
雪ノ下曰く、騒ぐだけしか脳が無いだの、人の顔色を窺うだけの風見鶏だの、反応が鈍い上に優柔不断って、本人達が聞いたらきっと『しおしおのパー』だぞそれ!
「このメールが流れ始めたのは、先週末からなのよね、その頃に何か変わった事があったのかしら。」
「う〜ん、先週末って言えば、今度の職場見学のグループ分けが…あっ!もしかしたらそれかもだよ!」
由比ヶ浜が言うには、職場見学のグループが一チームに付き三名と決まった為に、男子が四人居る葉山のグループはその中から一人があぶれてしまう事になる為に、もしかするとそのあぶれる一人になりたく無い犯人が、あぶれ者にならない様に流したんじゃないか、との事だ。
「う〜ん、なる程ですね、でもこのメールじゃ三人皆の悪口書かれているじゃないですか、それだと三人全員が嫌われたり弾かれたりして意味があまり無い様な気がしないですか?」
確かに一色の言う事にも一利あると俺も思う、仮に犯人が葉山グループの三人の内の一人だと仮定して、自分の悪口まで書いてしまう事はいわば諸刃の剣と為りかねない。
それによりこの葉山グループそれ自体が疑心暗鬼に陥り空中分解してしまう事だってあり得るだろうし、更には他の人間に蔑まれシカトされ相手にされ無くなったりって事だってさ、そのリスクをこの犯人は考慮してるんだろうか…。
「まぁ取り敢えず、今日の所はお開きで良いんじゃないのか、現状此処でアレコレ言っても仕方無いから、そうだな葉山は勿論の事としてゆ、ゆ…いは三浦とあの赤眼鏡の娘とか、他のクラスの女子にそれとなく当たってみてくれ、俺はクラスで話をする相手って戸塚位しかいないんだよなぁ、どうすっかな…。」
くっ、やっぱり慣れねぇ、どうすれば慣れる事が出来んの?って葉山の奴そう言やグループの女子二人共名前呼びしてたよな…しかも極自然に、コイツって実は凄い奴だったのか。
「!?、どうしたんだい比企谷、俺の顔に何か付いているのかい?」
夫遺憾…オッとイカン、思わず葉山の顔を見入ってしまった…『ハヤハチキマシタワ−』なんて声は聞こえません、聴こえた人は耳鼻科へ行く事をお勧めします!
「…あぁ、右肩の所に水子の霊が憑いてるぞ、いやもしかするとチープトリックが取り憑いてんのかもだが、葉山お前背後からなんか奇妙な囁き声とか聴こえてないか?。」
俺はこの発言により女性陣からの最大級の非難と蔑みの目を向けられてしまいました。
ヤッちまったよ、気まずさを誤魔化そうとしたとは云えど今のは無いわな、確かに此処は素直に詫びて遺憾の意砲を撃っておこう、それが処世術って奴だ。
コラ又またどういう訳だ♪
世の中間違っとるよ〜♪
誠に遺憾に存じます♪ てへ。
…あぁ、またてへとか言ったよキモい八幡たら十二分に知ってんのにさ。
雪ノ下により部活終了宣言がくだされ俺達全員が部室より退出、後は帰路に着くだけだ。
「すまん、悪いが先に行っててくれ、ちとトイレへ行ってくるわ。」
「俺も付き合うよ。」
と何故か葉山がトイレへの同行を申し出てきた、止めろよな、こんな所見られたら…特にお前のトコの腐女子がまたぞろ発作を起こしちまうでしょうが!
何だってんだよ、いっちょ男の友情連れションでもするかぁ!とか言わないよな、元から俺と葉山の間に友情なんて存在してないからよ。
「比企谷、教えてくれないか。」
トイレにて出す物を出してスッキリ爽やかコカ・コーラな気分を味わった後、手洗い場で漸く葉山が話しを切り出してきた。
「あの時、あのテニスコートでの君のサーブ…あれは一体何だったんだ?あんな目視確認も出来無い程のボールの速度と風圧、それに衝撃によって破裂してしまったボール、あんな事を人が出来る物なのか…それと、あんなに生き生きとしている雪乃ちゃ…雪ノ下さんを見たのは久しぶりだよ、君が彼女を変えたんだろう…一体君は何者なんだ?」
何だコイツはあの時の事を気にしてたのかよ、そう聞かれてもな別にそれをコイツに話してヤル義理も無いからな。
「…何者かって言われてもな、この学校に来てアイツらと出会う前までは、ただのボッチでありふれた非リアだった男だ。世界最強じゃねぇけど。」
「それにボールの破裂だって、出来るモノは出来るとしか言いようがねぇし、お前もやりゃ出来んじゃね、俺は知らんけど。」
そんなに簡単に出来る事じゃ無いだろうと、葉山は言うが多分あれ位なら材木座だって出来るだろう、ビビって無きゃだけど。
まぁあと、サキサキなら確実に出来るな。
「それと雪ノ下の事だが、何となくアイツとお前が以前からの知り合い同士だと言う事は解る、が別にそんなのは俺にはどうでも良い事だ、けどな葉山、何も俺が雪ノ下を変えたなんてことは無い、アイツが自身で変わろうとしている、いや成長しようとしているって言った方が良いか、まぁ俺や由比ヶ浜や一色の存在がその切っ掛けの内の何%かにはなったかもだけどな。」
初めて雪ノ下と出会った入学式とその後の俺ん家での二度目の対面、雪ノ下はおそらくそれ迄の経験によって他者に対する壁を作っていたんだと思う。
それに加えてあのおっ母さんの存在だよな、あの人はあの人なりに娘の行末を案じていた部分もあるんだろうが、本人が有能過ぎて恐らくはこれまで何事も失敗無く会社運営その他諸々運んで来たもんだから、それを我が子に当てはめて多少…いやもしかしたらかなり高圧的だったのかもだが、娘に押し付けていたのかもな。
しかしその雪ノ下の母ちゃんも、あの時了承してくれたんだよ雪ノ下の成長を見守るってな。
それと特に由比ヶ浜だよな、アイツは雪ノ下にほぼ初対面にも拘わらず、何の計算も打算も無くただ単に本物の友達になりたいと願って雪ノ下の懐に飛び込んで行ったんだよ。
その由比ヶ浜の行動は雪ノ下にとってもしかすると初めての経験だったのかも知れない、心を許す事の出来る同性同年齢の友達…。
「…そうなのか、彼女は良い出会いをしたんだな。」
良い出会いね、訳知り顔で言いやがって、葉山よ…雪ノ下はお前に対して、ひどく不信感を抱いている様な態度をさっき見せていた様だったが、お前は雪ノ下に何かやったのかよ?その上での今のセリフか…。
まぁ、それも含めて俺には関係ないわな、これから先雪ノ下から何か言ってくるなら別だけどな。
「それはそうと葉山、お前はマジで出来ると思ってんのかよ、今回の件を穏便に収めるなんてよ?」
「……俺は、そうしたいと…思っているよ。」
それで何もなせなかったとしたら、お前は単なる偽善者だぜ。
解ってんのかよ、葉山隼人さんよ。
「ふぁ〜ぁ…」
何だか今にも雨が降り出しそうな、少し憂鬱な気分にさせられそうな、そんな朝も早よから、教室のいつもの席で欠伸一発かましました、比企谷八幡です。
別にヘアーの乱れをせっせとせっせと整えたりはしていません。
ポマードもベッチョリ付けてないしクールでバッチリ決められる様な性格でも無いしな。
何よりも俺はロックンローラーじゃ無いしね。
などと昭和の時代の迷曲の歌詞を否定しながらなんとはな無しに、葉山グループの男子連中を視界に入れて眺めていると…。
「あっ、おはよう八幡!」
その時銀鈴の如き美しい声音を響かせて、天使が俺に声を掛けて来てくれた。
あゝこの天使の声だけでハチマンは後十年は戦える!
マ・クベの鉱山なんぞ無くてもな。
「おはよう戸塚、俺が18になったら一緒に市役所へ行こう!!」
言った、言っちまった比企谷八幡、一世一代のプロポーズの言葉を!
「市役所に何をしに行くの八幡?」
「そりゃ決まってんだろ、婚姻 「あっ!やっはろーヒッキー、彩ちゃん!」けを提出…。」
くっ!由比ヶ浜めぇ…邪魔をしやがってぇ〜。
せっかく俺が泣けなしの勇気を総動員して…。
「わぁ!どっ、どうしたのヒッキー、何でどうして泣いてんの!?大丈夫?」
お前が邪魔をしたからですよ由比ヶ浜結衣さん、人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて…。
「…何でもねぇから気にすんな。」
ハァ、良いやもう…本当にもう!
「あのさ八幡、今大丈夫?。」
「おう、お前に対して閉ざす扉を生憎俺は持ち合わせていないからな。」
そうだ、24時間365日何時だって俺は待ってるぜ。戸塚♡
「あのさ八幡、今度の職場見学、僕と一緒に行ってくれないかな?」
おっしゃあー!やったぜ八幡!
天使からのお誘いが来たー!
「勿論だ戸塚!一緒に行こうぜ、何処までだって俺達は一緒だぜ!」
俺は感激のあまり戸塚の両手を掴んで互いの胸の辺りに持ち上げてしまっていた。
『トツハチキマシタワー!ぐふッ』
『ほら姫菜擬態しろし!ほらティッシュ、ちーんしな。』
ん?!何だ!誰か何か言ってんのか、気のせいだよな、うん!気のせいだ。
「いっ、痛いよ八幡!」
はっ!イカン強く握り締め過ぎてしまったのかよ、馬鹿野郎俺、俺のバカヤロー、危うく天使を怪我させてしまうところだったじゃないか!
「すまん戸塚、感激のあまり我を失いそうになっちまった…怪我してないよな大丈夫だよな!?」
俺のせいで戸塚に怪我なんかさせた日には、俺は腹割っ捌いて詫びなければならん!介錯は、くそっ材木座位しか居ねえ〜。
「アハハっ大丈夫だよ八幡、でもやっぱり凄いね八幡は、流石僕のスーパーマンだね!」
た…助けてくれ、天使が、天使が俺を萌死にさせようとしている。
日輪をも超える眩い輝きを背負って、この教室に降臨あそばした天使が、俺をキュン死させようとしていらっしゃる。
助けてシティーハンター冴羽僚!
「由比ヶ浜!!」「ひゃ!?なっ、何ヒッキー!?」
「今すぐ新宿駅へ行って伝言板にXYZと俺のケー番を書き込んで来てくれ、頼む今直にだ!」
「ええ〜っ!無理無理、無理だよヒッキー!今から授業が始まるんだから、ってか何で新宿駅なの、千葉駅じゃ駄目なのってかあたしの事名字じゃ無くて名前で呼んでって言ったじゃん!」
おのれ由比ヶ浜、やりもしないで否定から入りよって、使えぬ奴め!それにお前シティーハンターは新宿駅って決まってんだろ、だから千葉駅には居ないの、お分かり?
てかしゃあないだろ今のは、俺半ばメダパニってたんだから。
四時限目が始まって間もない頃、遂に空全面を覆っていた雨雲が涙を滴らせ始めた。
天気予報に依ると、この涙は次第に強くなり今夜半まで降り続くとの事だ。
今日はバイトもあるしな、帰りの事を考えると気分のテンションは下降の一途を辿るってものだ。
今日は俺と由比ヶ浜は葉山グループの様子伺いの為に昼休みを教室で過ごすつもりで居たんだが。
「はい、せんぱい今日のお昼は私のお弁当ですよ!」
「はい比企谷君、紅茶は私が用意して来たわ、どうぞ。」
「えへへ、皆でウチのクラスでお昼食べるって何か新鮮だよね、ヒッキー!」
「僕も一緒に食べるのって、皆に特訓を手伝ってもらった時以来だね。」
二年F組の俺の席の周りは華やかに咲き誇る花達(たおやかなる、とは言わない…だってコイツラと意外と強かだからな)と天使が一同に会していた。
「悪いねあーしらまで仲間入れてもらってさ。」
「愚府府、こんな間近でトツハチを拝めるなんてキマシタワー!」
プラスアルファで三浦と腐女子さんも加わっている…。
あのさ君達(奉仕部の女子)俺達今日は葉山グループの動向を探る任務が有ったんじゃないのかな、俺と由比ヶ浜がさ。
でもねこんな状況じゃそれどころじゃ無いよね、しかも肝心要の葉山グループの女子まで居るしぃ…更には。
「何かアタシは凄い場違いな所に居る気がすんだけどさ、良いのかい?」
サキサキまでもが、居たりなんかするんだなコレが…。
ああもうね、何かささっきっからヒシヒシと伝わって来るんだよな、他の男共の嫉妬に塗れた視線がさ、そりゃな分るよ俺だってさこの場に俺じゃない別の男が居たとすりゃさ、クタバッちまえクソリア充が!て思うだろうからね。
「勿論良いに決まってんじゃん、サキサキ!たまには皆で食べるのもさ、ねぇヒッキー!」
「由比ヶ浜、サキサキって言うなって言っただろうが、もう!」
「何?あんたサキサキってあだ名だったん?プッ…。」
「あ〜ん、そんなもん由比ヶ浜が勝手に呼んでるだけだから、アタシにゃ関係ないんだよ!」
…あ〜、もうほら一部険悪ムードになり掛けてる所もあるし、何か俺此処離れたいんですけど…駄目ですかね?
まぁちょっと現実逃避がてら、今日俺が観てみた葉山グループについて考察してみようかな。
先ず基本的に葉山グループは休み時間の度に男士四人或いは女子も合流して六人で居ることもある、たまにその中に由比ヶ浜や他の女子が話し掛けたりしている様だが、三浦に遠慮しているのか他の女子は葉山にはあまり話し掛けず、最初は三浦にことわりを入れてから話し掛けている様に見える。
まぁそこいらは関係ないか、今回のメールの件には。
問題は男子四人でいる時だな、ニ限の終わりの休み時間、葉山を中心に四人が集い会話が始まる。
始まって、戸部が賑やかして他の奴らに振る、大抵は葉山が突っ込み、ほか二人がそれに肯定の意を示す。
まぁ大体そんな感じで、回っている様だ…しかし、そこでその四人の中から葉山が抜けてしまうと、たちまちそれが崩れてしまう。
葉山がトイレその他でグループを離れてしまった途端に、他の三人は互いに話し合うことなくそれぞれが別行動を取ってしまっているんだ。
それぞれがそれぞれにスマホを取り出しいじり始める、そして葉山が戻って来るとまた四人での絡みが始まる。
それから導き出される事実、それは葉山グループの男四人は葉山という鎹があって初めての繋がりが出来ているだけのバラバラの板って事だ。
その鎹が無けりゃ戸板としての体も為さない、ただの板切れだ。
と言う事を皆にメッセージで報告し、序に葉山にも話しておいた、その結果が今のこの状況だ。
雪ノ下達もそれを確かめたいと言ってこの教室へ昼飯持参で参上したという訳である…以上現実逃避の現場からカメラは一旦お返しします。
『比企谷君、本当に貴方の見立て通の様ね彼らは…』
昼食を摂りながらも、雪ノ下は葉山達の動向を観察していた様で、小声でそう話し掛けてきた。
流石部長、見るべきところはは見ていたんだな。
でも、あまり見過ぎるなよ、お前みたいな美少女に見られていると気が付いたら勘違いする奴って絶対現れるからな。
『だろう…それが分かったのは良いけど、ここいらで少し引っかき回して見るのも良いかもな。』
『せんぱい達、何やろうとしているんですか?』
コソコソ話に一色も交じってきた、まぁそんな大層な事をしようって訳じゃ無いから心配すんなよ。
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葉山隼人が覚悟を決めるのは間違っている。
俺は特段変わった事をしようと思っている訳じゃ無いからね、ホントだよ。
ハチマン君は嘘つきじゃ無いんです、ただ間違いを犯すだけなんです。
「あ〜ところで結衣が…昨日お前が言ってた例のメールってまた来たりとかしてんのか?」
今現在、葉山が教室から離れた状況下で俺達が居る一角から然程離れてはいない場所に、葉山グループマイナス葉山=三モブ団?な三人が、側に居ながらも互いに話し掛けたりせずに居る、一種異様な状況に、メールの話題をぶっ込んでみた。
「ふぇ?あぁうん、また来たよ。」
ちょっとだけ、その声音に沈んだ様な雰囲気を纏わせて由比ヶ浜が返事をしてくれた。
何時も元気な由比ヶ浜を沈んだ気持ちにさせてしまう事に、若干の申し訳無さを感じるが、これはある種チャンスと言って良いだろう。
「結衣〜そんな落ち込むなし、てかあんがと…あーしらのグループの奴の事で気を使わせてさ。」
良し来た、三浦は我儘な女王様気質なところはあるが、基本友達認定している奴に対しては思いやりのある態度で接しているからな。
そして今の由比ヶ浜と三浦のやり取りを聞いて、三モブ団の一人がピクリと反応を示したのを俺の観察眼が捉えた。
「そうだよ結衣、落ち込まないで…私さ結衣には感謝してるんだ、だって結衣のおかけでこうして超至近距離でトツハチを拝む事が出来るんだからね!ハーーッキマシタワー!」
オイこら腐女子の人、折角の雰囲気が台無しじゃ無いかね少しは慎みなさい。
「でもさ確かに嫌だよね、同じクラスの人が悪く言われるのって…。」
だよな、戸塚その通りだ、流石に戸塚は良い事言うな。
「ねぇ比企谷、さっきから言ってるメールって何?」
どうやらサキサキには俺同様メールが回って来ていなかった様だな、良かったねハチマン仲間がいたよ!
しかしこのクラスの生徒はこのサキサキの発言を意外に思った様だ。
「ちょっ、マジでアンタ知んないの、クラスの大半に回ってるとあーし思ってたんだけどぉ!?」
三浦ことあーしさんがその疑問をサキサキに対しダイレクトに投げ返した。
「はぁ!?しょうが無いだろ、アタシは家族と…比企谷以外のアドレス知らないんだよ!」
サキサキから返ってきた返答はそれはそれはもう…涙無しには語れない哀に満ちた物語であった。
愛では無くて哀だ、震える哀だ、哀・戦士篇だ、元気出せサキサキ。
てゆうか、俺も中学の時はサキサキと同じだったんだけどね。
「うわっ、サラッと悲しい事言ってるわコイツ…しゃあないアンタ携帯出しなし。」
「はぁ!?何でさ。」
あーしさんはサキサキにアドレス交換を申し出、それに続く様に女子達によるアドレス交換会が始まった。
それにより沈み気味だった由比ヶ浜の気分も上昇曲線を描いた様なので、良しとしよう。
『比企谷君、どうやら絞れた様ね。』
『です、です、丸わかりって感じですね!』
交換会の行われる最中、雪ノ下と一色が再び小声で答え合わせをして来てくれた。
二人共どうやら俺と同じ人物に犯人の照準を合わせられた様だ、この元ボッチの俺と同じ答えに辿り着くとは…侮り難し雪ノ下雪乃、一色いろは!
あっ、雪ノ下は基本タイプは違えど俺と同じボッチだったわ…八幡ってば忘れていたのね!
そして一色は、俺達に出会うまではそのあざとさで男を手玉に取る様な奴だったらしいからな、男に対する観察眼を持っているんだろう。
『何かメールの内容からして、もしかしてとは思っていましたけど。』
だよな、俺もそう思う、雪ノ下も一色の言葉に頷いている。
メールに書かれている内容の事実だったとした際の重さ、それを考えると一番疑わしいのは…。
ただ、これはあくまでも推測に過ぎない、さっきの反応だって実は自分も興味がある話を俺達がしていて、なのでそれに過剰反応してしまったと取れなくもないからな。
だが、その後に僅かに見えた犯人(仮)の横顔に垣間見えた表情には後ろめたさが現れていた様に思う。
『それはそうと比企谷君、貴方依頼の為とは云え私の友人を悲しませたわね、其れについては厳罰を以て当たらなければならないわね。』
えぇ…何?ゆきのんさんってば俺に何をさせ様として居られるのでせうか?
まさか13階段を登らせようとか思っていたりして、いらっしゃらないですよね?
放課後、俺がバイトへ向かう関係でHRが終わり次第直に奉仕部の部室へ葉山に来るように要請し、ポツダム宣言を受託するかの如く其れを受託した葉山に(そんな大げさに言うほどの事じゃ無いんだが)俺達が導き出した所見を説明した。
「…そんな、本当にそうなのか?」
「ええ、かなりの確率で彼が犯人だと考えて差し支えないわ。」
葉山としては全否定したいところだったんだろうな、けど雪ノ下が俺の説明を補足補強した事によって、葉山も信じざるを得ないと思っているだろう。
「…なら、俺は、どうすれば……。」
フッ、イケメン王子様よ思い悩んでる様だな。
自分の仲間が仲間を中傷している、なんて事実が常に人の集団の中に居てそこから外れた事が無いだろう葉山には、さぞかし受け入れ難いんだな。
やれやれ、もうそろそろバイトへ向かわなきゃいけない時間だしな、手っ取り早く解決方を説明しとくか。
「そんな事で、問題が本当に解決出来るのかい?」
「…恐らく、かなりの確率でな…本来の奉仕部の活動目的からするとさっき言った方法の提示で終わりでも構わないんだが、葉山これは俺個人のアフターサービス的な助言として聞いとけ。」
「俺らが提示した方法で解決出来たとしても、そこで有耶無耶に終わらすんじゃねぇぞ。」
もしもそれによってチェーンメール自体が終息したとしても、その件による蟠りは燻り続けるかも知れない、だったら一度…。
「今回のチェーンメールは幸いなんだろうが、お前んトコの女子にターゲットが向かなかった、だが今後もそれで済むとは限らないだろう。」
なら一度、男同士でやり合ってみろよ葉山、それが話し合いでも喧嘩でも構いやしない、もしそれで潰れる様なら所詮お前らの仲なんてその程度の物って事じゃないのか…。
「でもよ、それでももし…潰れなかったとしたらそれはお前らが本物の関係になれるって事なんじゃねぇの?まぁお前が上っ面だけの関係で構わねぇってんなら、今俺が行った事は無視しても良い、そこん所は自分で決めろ。」
小学生じゃ無いんだからアフターサービスもこの位で良いだろう、其れを実行してどうなるか迄はこっちで責任持てねぇからな。
マジで、後は自分でどうにかしなさいって事だよな。
「と、皆悪いな、そろそろバイト行く時間だわ。」
ちょうど時間となりましたっ、雨ん中憂鬱だが、我は行かねば為りません、なのでおさらばであります!
「うん、行ってらっしゃいヒッキー、気を付けてね。」
「はい、せんぱいまた明日です♡」
「行ってらっしゃい比企谷君、車に気を付けるのよ、横断歩道は青信号になってから渡りなさい。」
うん、皆行ってらっしゃいしてくれるのは良いんだけどさ、雪ノ下は取り敢えずお巫山戯が過ぎますね。
「お前は俺の母ちゃんで俺は小学生児童かよ雪ノ下…、それとも何か、俺は社長で小学生で今日も乗り込むのかよG7によ?」
俺の反応に実に良い含み笑いを見せながら雪ノ下はかましやがった。
「貴方の様な大きな子供を私は産んだことなどある筈無いでしょう、それとも何かしら比企谷君、貴方は私がその様な行為を経験していると、そう思っているのかしら、だとしたら貴方のその見識を改め…」
「あ〜あ〜、解ったもう良いもう良いもう時間だ、なので俺は行く、じゃあなアミーゴ。」
別にダッシュしなければ間に合わないなんて事も無いんだが、これ以上居たら雪ノ下の口撃の餌食になるだけの様な気がするから…今の俺は、逃ぃげるんだよぉ!な気持ちです。
「待ってくれ比企谷!」
廊下へ出て数メートル走った所で、葉山が俺を呼び止め、そして俺の元へ近付いて来た。
「…なんだよ、用があるなら手短に話せよ。」
「…上手く行くだろうか…。」
…全くコイツは、この後に及んでまだ言ってんのかよ。
俺は葉山に対し斜に構え、首を傾げてポケットに手を突っ込んだ(所謂最強外道の秀人君立ち)ポーズで以て言ってやる。
「葉山もう一度ハッキリ言っとくぞ…俺が知るか!だ、決めんのはお前だ、なあなあで誤魔化して何時までも不発弾の上で、いつ爆発するかも解らない状態でお友達ゴッコを続けるのも、一度やり合ってリセットしてやり直す路を選ぶか、お前が選ばにゃ為らないんだよ。」
なんてカッコつけては居る物の、肩にはバッグを掛けているからイマイチ、キマって無いんだろうな。
決めたつもりで何処かしらヌケがあるのが、比企谷八幡クオリティ。
そんな決まりきらないポーズでも異次元だったらそれでOKかも知れないが、悲しいけどこれ現実なのよね。
ヤバっ今のは死亡フラグじゃね?イヤ俺ミライさんにリングを預かってもらって無いからセーフだよな!?
「じゃあな、マジで俺はもう行くからな!」
躊躇い俯き、考え込む葉山をその場に捨置き俺はバイトへ向う、奉仕部の部員として為すべき事は為した筈だからな。
明けて翌日、宇宙暦797年6月…ゴメンナサイ嘘です。
雨上がりの虹がとてもキレイですねとマーヤに語り掛けたくなるような、そんな晴天の朝、俺は戸塚と二人で職場見学には何処に行くかと話し合っていた。
「やあ、おはよう比企谷、そして戸塚もおはよう。」
そこへ割り込んで来る怪しい影…とかでは無くお邪魔虫。
葉山隼人、呼ばれて無くとも速参上ってかよ?
「うん、おはよう葉山君!」
…戸塚が眩い笑顔で葉山に挨拶を返してしまったので、俺も返さなければ…駄目なんだろうなこりゃ。
「よう、はよさん。」
至福の時間を奪われたんだ、この位ぞんざいな挨拶でも良く無く無くない?
「………。」
俺のそのぞんざいな返礼に無言ではあるが笑顔で目礼して来やがった、ちょっと止めてよね何かそんな態度取られちゃ俺が大人気無いみたいじゃないのさ!
「昨日…あの後俺は君の忠告に従ってみたんだ、ありがとう比企谷…俺達は一からやり直すも事が出来そうだよ。」
なんてぇ!?ほんなごてや?こん男ほんなごて実行したとや!?
ハッ!いかン…千葉人である筈の俺が思わずエセ長崎人になってしまったぜ。
あれだけ躊躇っていたにも拘わらず、葉山の奴は実行しやがっかのかよ…。
「と、言う訳だから比企谷、俺を君達の班に入れてくれないか。」
だが断る、俺がそう言おうと身構えた時天使が、俺の天使が!
「うん!良いよ葉山君僕達と一緒に行こうよ、ねぇ八幡も良いよね!」
「勿論だぜ戸塚!」
俺はサムズアップでもって戸塚に答えた、俺に否定の言葉などある訳無い。
「ところでさ八幡、葉山君、何処に行こっか?」
「俺は君達に任せるよ、入れてもらってる立場だからね。」
ふむ、出来ればあんまり遠くには行きたくは無いよな、近場でいて然程肩肘張らなくて済みそうな所とか…あっ一件有るな。
黒板にチョークで俺、戸塚、葉山の名を書き込み、そして見学先にはこう書いた。
『パオパオカフェ日本一号店』と。
「べぇーマジかよ比企谷君、カフェとかチョー洒落てんじゃん、てか隼人君も行くんだよな、大岡、大和俺等も一緒ンとこ行くべぇ!」
「それな!」「だな!」
「ちょっ、隼人が行くならあーしらもそこ行くし、良いね姫菜、結衣!」
「オケオケ!」「うん!良いよえへへヒッキー、一緒だね!」
葉山がパオパオカフェへ行く、それが表明された途端にクラスの大半が葉山と同じ所へ行きたいと、行き先希望をパオパオカフェへと変更して行った。
このクラスの連中は主体性って物を持ち合わせちゃいないのかよ、それとも単に葉山の人気が高いだけなのか。
まぁ良いか別に、パオパオカフェなら十分な広さもあるしな、俺知らね。
時は巡り、職場見学の当日が来た。
「べぇー、マジ店の中にリングが有るよ凄え!」
戸部の奴がはしゃいでいるが、気持は解る俺がいる。
つい先程、リングでのパフォーマンスもお客さんにも好評に終わり、リングの上は清掃作業中だ。
「まもなくリングの清掃も終わりますが、生徒の皆さんでリングに上がってみたい人はいらっしゃいますかな!?」
この職場見学に訪れた俺達の案内を買って出てくれたのはマイヤさんだった。
いや、俺はてっきりもう、マイヤさんはアメリカへ帰っていったのかと思ってたんだけど、帰国は今週末だとの事でした。
「ハイ!ハイ!俺上がってみたいっス良いっすか!」
思っていたが、やっぱり最初に名乗りを挙げたのは戸部だった。
こんな時に物怖じしないコイツは案外大物なのかも知れないな。
「では、君に上がってもらおうか。」
「ヨッシャあ、あざっす!」
マイヤさんのご指名により戸部がリングへ上がる事になった、その戸部は周りに居る連中に大はしゃぎで自慢しているが、あんまり調子に乗るなよ戸部。
『ひゃあ〜、べぇーしょコレがリングの上っすか、何かチョー高えっす。』
戸部がリングに上がってみた感想を口に出しているが、その声から緊張している事が伺える。
そうなんだよな、俺も最初に上がった時は何だか奇妙な緊張感に囚われたんだよな。
本当に何か不思議だよなリングの上って。
『お〜い戸部、ファイティングポーズとってみろよ!』
『そうだ!やれよ戸部ぇ〜!』
外野からの戸部をけしかける様な声援と呼べるか解らんが、その声に戸部はどうやら何時もの調子を取り戻した様に思える。
その声援?を送っているのは大和と大岡だ、声援を送られる戸部、送る大和と大岡…その三人の様子を見るに、裏や蟠りといった感情は俺には感じられない。
『お〜し、任せるっしょ〜!』
戸部はそう言うと、両拳を顎の位置まで持ち上げた構えを取り『シュッ!、シュシュッ!』と口で発しながら、左、右左と拳を放って見せた。
戸部は、格闘は素人ではあるのだろうが、スポーツをやっているからか身体のキレも拳速も案外悪く無い。
「…アイツ、結構やるな…。」
思わず口から漏れてしまった呟きに、奴が返答をして来やがった。
「へぇ、そうなのかい?…俺は気が付いていなかったんだな…。」
前半は戸部に対する俺の評価に対してで、後半は自分から見てのあの三人についての発言だろうな。
「…あの後皆を呼び出して三人とは組めないって、俺は他の人と組むって…宣言したんだ。」
「そりゃそうだろうな、お前が俺達と組んでんだから、で、それがどうしたってんだよ。」
多分葉山は俺のアフターサービス発言を実行したんだろうな、それはコイツにとってはもしかすると苦渋の決断って奴だったのかもな。
「その宣言の後に、君達が言う所の犯人…俺は、こんな言い方はしたくないけどね。」
「イヤ、事実そうだったんだろう。」
「…敢えて名前は言わないけど、一人だけ呼び出して問いただしたんだ。」
ほぉん、なる。
で犯人はそれを認めたって事ね、それで葉山はそれを自分の胸だけに収めて、これは俺とお前だけの秘密だ、とか言ったのか、それとも。
「アイツはそれを認めたよ…認めた上で何故そうしたのか正直に話してくれたよ。」
フムフムそれで?
「説得したよ、皆に告白して謝らないかとね、謝って腹を割って話をして俺達の関係を見直さないかとね、その結果が今の彼らのあの姿だよ。」
そうか意外だな、アイツら全てを知った上で、それを飲み込んでそれでも前を向いて行くって決めたのか。
やるじゃねえかよ、もしかするとコイツラの心の何処かには、この件に対する負の感情って奴が残っているかも知れない、空中分解する恐れだってあるだろうしな、それでも選んだ…イヤ選ぶ事が出来たってかな。
「まぁ、良いんじゃね、お前らがそれで良いってんならさ、知らんけど。」
「比企谷、君は凄い奴なんだな、でも俺は君とは友達になれなさそうだよ。」
けっ、それは俺のセリフだっての。
その後、俺はマイヤさんのご指名によりバーテンダー衣装のサキサキとリング上で組手を披露させられる羽目となってしまった。
俺としてはあまり目立ちたく無いからサキサキに頼んで教えてもらっている体を取ったけど。
一通りの組手を終えリングから降りたサキサキを、一部の女子がそのサキサキの姿に『お姉様』とか言っていた事を此処に追記しておこう。
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日曜日がイベント目白押しなのは間違っている。
日曜日である。
数日前に梅雨入りを果たし雨が降らずとも、感じられるそのじめっとした大気中の湿気、湿度からも感じ取れる不快感に気分が滅入りそうな、そんなある日の日曜日。
早朝トレーニングを終え、帰宅した俺は今日この一日を、この約束された安息の日をダラダラと過ごす所存である。
前日の土曜日、俺は朝からフルタイムでバイトのシフトに入っていたのだ、為ればこそ今日この日曜日をこの肉体と魂の安息に使ったとしても、誰にも非難される筋合いは無いと断言出来る。
エアコンにより室温湿度とも快適に設定された家の中で、今日の俺は引き篭もりになる!
なので今日の俺は、このまま何処か遠くに連れて行ってくれないか、なんて望まない。
だからね来なくても結構ですよ、『日曜日よりの使者』さん。
「おっ帰りお兄ちゃん、早くシャワー済ませて朝ご飯食べといてね。」
テーブルに就き自分は既に朝食を食みながら、何かしらの雑誌(所謂ティーン向けの偏差値低めの内容が書かれてある雑誌だろうな)を眺め読む我が妹は、苺のジャムを塗った食パンを口に含む度に小さなカスをポロポロとテーブルの上に落としている…。
「…おう、ありがとさん。」
まぁオーブンで焼いた食パンだしな、こぼれ落ちのは仕方が無い、けどね小町さんや…折角皿が有るんだからさ、皿を近づけてその皿に落とす様にしたらどうだろうかと、お兄ちゃんは思うな。
「…おいそれで良いのか受験生。」
「あのねお兄ちゃん、小町は昨日お兄ちゃんがバイトに行っている間、何をしていたか知ってるよね。」
ああ、勿論知っていますともさ…昨日はこの我が家で、俺が居ぬ間に小町は我が奉仕部女子軍を招集しお勉強会と云う名目の(実際勉強はしたらしいが)女子会なる催しを行ったとの事だ。
バイトからの帰宅後、デレデレと鼻の下を伸ばした親父がそう語っていた。
「JKとは良い物だな八幡!」とだらし無く俺に語る親父が、その後母ちゃんにしばかれた事は語るまでもあるまい。
「お兄ちゃん、昨日小町はとても頑張りました。」
「…まぁ受験生なら当たり前の事だけどな。」
その俺の返答にジト目で睨む、何故に俺は至極真っ当な事を言っただけなんだけど。
「あ〜そんなの良いから、コホン…小町は頑張っているのです、なのでお兄ちゃんはそんな頑張る小町を労い接待をする義務が有るのです。」
何処ルールだよそりゃ!?いつから千葉の兄は営業職のサラリーマンになったんだよ、領収書切って飲み食いさせろってのか、そしていつから妹は大口の取引先のお偉いさんになったんだ?
まさか安息の地である筈の我が家でブラック企業並の仕事を仰せ着かる等と夢にも思わなかったわ!
「なのでお兄ちゃん、これ一緒に行こうね。」
小町はそう言って、一枚のチラシを差し出して来た。
『東京わんにゃんショー』
チラシにはそう書かれていた、『東京わんにゃんショー』それは幕張メッセにて開催される所謂、一大動物売買会だ。
死の商人たる『ブラックゴースト』がサイボーグ戦士や各種の武器を世界中に売りさばくように、生物商人達がイベントに託けて動物達を売り捌くべく開かれる世にも恐ろしき催しだ。
「お兄ちゃんさ、その恐ろしい催しのおかげでカアくんがうちの子になったんだからね。」
そう、家のカマクラは数年前にこの東京わんにゃんショーにて出会い我が家に迎え入れたのだ、俺としては猫も良いが犬も欲しいと思っていたんだが…アンディ兄ちゃんが犬苦手だから諦めたんだよな。
「……へいへい了解、っか小町さん口元にジャムついてんぞ。」
「ふへっ?マジ!ジャムルフィン?」
…………此処でネタをぶっ込んで来るのか我が妹殿。
「…のう、小町婆さんや。」
「何ですか、八幡お爺さん?」
「お前やっぱり俺の妹なんだな。」
「まぁね!昔っからさお兄ちゃんに付き合って古いアニメとか映画とかさ一緒に観てたじゃん、多分小町位だと思うよクレージーキャッツとか歌える中学生って!」
そうなんだよな、俺が借りてきたDVD、アニメから始まって特撮怪獣映画からクレージーキャッツに若大将にトラック野郎とか、一緒になって観てたもんだから意外に小町はその辺の知識があったりするんだよ…何かゴメン。
「そんな訳で到着しました『東京わんにゃんショー』会場、幕張メッセです!ドンドン、ヒューヒュー、パフパフ〜ってお兄ちゃんテンション低いよほら!」
イヤイヤ、俺のテンションが普通でお前のテンションの方がイカれ具合MAXなんだよ。
いやね確かにさ、可愛い動物やカッコいい猛禽類を拝めるのは俺としても楽しみではあるけどさ。
「うおっ!これが大鷲にコッチはコンドルかよ、やべぇ超かっけぇな、そんであれは木菟で…白鳥と燕が居ないじゃねぇかよ、駄目!やり直し、これじゃ科学忍者隊が結成出来ないじゃねぇかよ!」
俺と小町は今、鳥獣エリアに来ているんだが…猛禽類のカッコよさに痺れつつも、ネタの完成に足り無い物の存在に不満を禁じ得なかった。
「…お兄ちゃんさぁ、こんな所まで来てネタに走んないでくんないかな…。」
「いやだってお前、ガッチャマンは大鷲とコンドルと白鳥と燕と木菟の五人が揃って初めて成立するんだぞ、それなのに…」
ハイハイもう良いもう良い、と小町が俺の主張を途中で遮ったうえ、更に俺の背中を押して鳥獣エリアから追い出しに掛かった。
鳥獣エリアから締め出すと云う我が妹の理不尽な振る舞いに、嘆く気持ちを抑えながら次なるエリアへと向う?
まさかこのまま会場自体から俺を追い出すつもりじゃ無いよね、ねぇ答えてよマイシスター!
「あっ、お兄ちゃんあれ見てあれ!」
俺の背中を押しながら小町は進行方向左舷十時半の方角を指差した、俺の質問には答えてくれないのに。
そこには俺の良く知る、長い黒髪と細身できめ細やかな肌と慎ましやかな膨らみをお持ちの(殺気!?)…雪ノ下雪乃の姿がそこに在った。
「お〜い雪乃さぁん、やっはろーで〜す。」
「やっ…あら、今日は小町さん比企谷君、奇遇ねこんな所で会うなんて…ところで比企谷君、貴方今何か妙な事を考えていなかったかしら?」
「なっ、何の事かな雪ノ下雪乃さん、俺は別に何も考えていなかったぞ。」
コイツの勘は何でこうも鋭いのかな、これじゃ迂闊に何かを考える事も出来ないんじゃないの?
「所でお前は…聞くまでもないな、目当ては猫だよな。」
この広い会場で、方向音痴のコイツの事だ、手に持っているパンフと現在いる会場案内板前、そこから導き出される答えは。
「雪ノ下雪乃、貴様迷っているな!」
俺はジョセフがハーミットパープルで予知を試みた時のブラウン管テレビに映ったDIO様を意識して言い放った。
「……何を言っているのかしら石仮面谷君、貴方石仮面では無く最近の湿度の高さに脳を侵食されてしまったのでは無くて?」
なん…だと、雪ノ下が、あの雪ノ下雪乃がネタを口にしただと…あっ、そうだった、俺そういや奉仕部女子連に読ませたんだったわ、JOJO。
しかしロゴが悪いな石仮面谷って、もっとこう…エレガントな言い方は無い物かね。
「ハイハイ、そう言うの良いから行こうぜ。」
こうして八幡達は雪ノ下をお供に加えて猫ブースへ向かう事になったのじゃ…
めでたしめでたし。
「所で比企谷君、貴方午後から何か予定はあるかしら?」
小町を先頭に、その後に付き従う形で俺と雪ノ下は横並びで歩いていると、雪ノ下が聞いてきた。
勿論この日此処へ小町に連れ出されて来る事がなければ、俺は夕方までゴロゴロと自堕落な生活を満喫する予定だったから。
「おう、別に…アレがアレでアレだからスマンがいそ…「そう、暇なのねでは私に付き合いなさい、一色さんとも待ち合わせをしているのよ。」…ゆきのんさんや、聞いてた俺予定あるって言おうとしてたよね!?」
「嘘ね、昨日貴方フルタイムでバイトに入ったでしょう、貴方の性分からして二日続けて予定を組んでいるなんてあり得ないわ。」
コイツ…なぜ解る、さては小町に聞いたのか…いやそれは無いだろう、現に小町もここに来て雪ノ下を発見した訳だしな…!と言う事は、コイツはもしかすると八幡検定皆伝レベルに達していると云うのか!?
まさか小町以外にそのレベルに達する者が居たとは、まさにお釈迦様でもわかるまいと言う事か!
「貴方が解り易いだけよ。」
…へいへい左様でございますか、雪乃お嬢様。
「解りました、付き合いますよ…ところで何をするつもりなんだ?」
『コイツ何言ってんだ』今の俺の問に雪ノ下はそう表現するしか無い様な呆れ果てたとでも言いたそうな目で俺を凝視して後…額に手を当て信じられないとばかりに顔を左右にゆっくりと振った。
「貴方ね、来週は私達奉仕部にとって重要なイベントが有るでしょう、まさか覚えていないと言うの?」
…イベントねぇ、何かあったかこんなジメジメした時期にさ、まず態々梅雨時に野外でスポーツイベントは無いだろうしな…もしかして俺の預かり知らぬ所で女子陣だけで何か計画でも練っていたのか?ご苦労な事ですな。
「ハァ、来週何があるか本当に解らないのかしら貴方は…。」
六月って、俺からすると月の半分は梅雨空のせいで憂鬱な気分にさせられる上に祝祭日の無いブラックな月って印象しか無いんだが。
「…ってもな、俺にとっちゃ由比ヶ浜の誕生日位しか思い付かないんだが。」
「…何よ、分かっているじゃない。」
ああ、なる程そういう事か、由比ヶ浜の誕生パーリーを開こうってことだったのね、なあんだそうだったんだ!
去年コイツらと出会ってから、俺も一端のパーリーピーポーの仲間入りを果たしたんだよ、生まれて16年家族と兄貴達以外に祝われた事なんか無かった俺にも、誕生日って奴を祝い祝われ喜びを分かち合う、そんな事が出来る仲間が出来たんだ。
「由比ヶ浜さんへのプレゼントを選びに行くのよ。」
「ハイよ、お供致しますよお嬢様。」
雪ノ下雪乃が猫ブースへ突入し、脱出を果たす迄に掛かった時間は二時間に及んだ、もうコイツは猫ノ下猫乃と改名すれば良いと八幡思うな。
猫ブースを脱出する為に二時間を要した為に俺が昼食にありつけたのは、午後一時を過ぎてしまっていた。
そして由比ヶ浜へ贈る誕生日のプレゼントを買うべくIDOしました、『ららぽーとTOKYOーBAY』へ。
因みに携帯キャリアのAUって、その昔は関東及びその近圏ではIDO、その他の地域ではセルラーって言ってたらしいな、そんで後に事業の全国統一の為に合併してAUブランドを立ち上げたとかなんとか…ってどうでもいい話ですね。
「や〜っぱり、私とせんぱいは運命の赤い糸で結ばれているんですね、約束もして無いのにこうして出会えたんですからね♡」
合流早々やらかしてくれましたよ一色いろは。
雪ノ下と一色が事前に決めていた合流場所南船橋駅で、挨拶もそこそこにいきなり俺の腕に手を絡めて来やがりましたよ。
「…おいコラ一色、暑苦しいからその手を離せ。」
このジメジメとした湿気の中、マジで暑苦しいからプラス周りの視線(特にすぐ側に居て冷気を漂わせている誰かさんとマイエンジェル)が辛いから、即離れなさい!
「嫌で〜す!ちゃんと、いろはって呼んでくれないと離れません!」
くっ!ころ…助けてくれ、小町ア〜ンド雪ノ下っ!
俺は二人に眼を以て助けを求めるが、雪ノ下はその俺に『自分で何とかしなさい』と眼で返してきた…あんまりだぁ。
「あっ、でもあれですよね雪乃さん、お兄ちゃんと雪乃さんは待ち合わせた訳でも無いのに、あの広い東京わんにゃんショーの会場で出会ったんですから、いろはさん以上に赤い糸で結ばれているのかもですよね〜!」
おい小町止めなさい、燃え盛る炎にガソリンを注がないで!
そして、そう言うBCボタン同時押し(挑発)的な事を言うと…。
「むむう、いい度胸してますねお米ちゃん!仮にも未来のお義姉様に向かって生意気な!」
一色は俺に絡めていた手を離し、小町と対峙する。
「ハア!?いついろはさんが私のお義姉ちゃんになるって決まったんですかねぇ?」
対峙し睨み合う二人の背後に何某かのビジョンが視えた様な気がするが、それは気のせいと言う物だ。
然しやはりこうなるのね…どうするのよこの状況。
俺はこの状況を何とかしたくて、縋る思いで雪ノ下に眼を向けると…。
「そんな…命の、あ…糸だなんて…たしは別に……。」
顔を赤くして、何やらブツブツと呟いていらっしゃる…何処か故障したのかなゆきのんさん?昔のブラウン管テレビの様に斜め45度の角度でチョップすれば治るかな?
誕生日プレゼント、こう言った物を選ぶセンスがあまり無い俺と雪ノ下、なのでこんな場合に頼りになるのは、やはり小町と一色だな。
二人のアドバイスのお陰で何とかプレゼント選びも恙無く終える事が出来た、時に西暦1889年発明好きの少年、ジャン・ロック・ラルティーグは飛行機コンテスト…止めた。
「ありがとう一色さん、小町さん貴女達のお陰でプレゼント選びもスムーズに終える事が出来たわ。」
だな、本当にその通りだよ、仮に俺と雪ノ下が単独だったら、どんな物を選んでいた事か。
さて、済ます事を済ます事が出来たんだからもう、帰れるよね。
マイルームとエアコンが俺の帰りを今か今かと待っているんだ!…多分。
と、思っていた時期が俺にもありました。
その幻想はあっさりと打ち砕かれてしまい、掌からこぼれ落ちた、今は俺、16前から知ってた路地裏で…嘘ですららぽです。
キャンキャンと甲高い鳴き声をあげ、ここ一年物凄く良く聞いている声が響いて来た。
「ちょっと、待ってよサブレ、そんなに急がないで!」
それはサブレに引っ張られ、慌てふためく由比ヶ浜結衣、その人だった。
てか由比ヶ浜…お前小型犬のサブレに力負けするなんて、どんだけ力が無いんだよ。
サブレの勢いは止まらず、犬が苦手な雪ノ下は慌てて小町と一色の後ろに隠れてしった。
ナイスな判断だ雪ノ下、サブレは俺にロックオンしているからな、俺の側から離れるのは正解だ。
良し来いサブレ!俺はお前を受け止めてやる。
駆け足で俺の元へと向かい来るサブレが、もし人語を話せたとしたら、今こう言っている事だろう。
『フェイド…フェイド…』
サブレと俺の相対距離は1メートルを切った、そしてサブレはジャンプした。
『フェーイド・イン!』と
俺の胸元目掛け飛び込んで来たサブレを俺は優しくキャッチした。そして
「ラァーイディーン!」
ひびき洸(サブレ)を乗せた俺は、復活の雄叫びを挙げた。
1万2千年の時を超え今勇者は甦ったのだ、この千葉の地に…だがその勇者の復活にこの場にいる者は、誰一人歓喜の声を挙げるものは居なかった…。
「ご、ごめんなさいサブレが…って、ヒッキーなの?ふぇ!?」
サブレが走り出した原因、それは俺なんだろうけど、由比ヶ浜からすると何故サブレがいきなり走り出したのか分からなかっただろうから、さぞかし慌てただろうな。
「よう、久しぶりだなサブレと会うのも。」
「あっ、うん。」
「やっはろーです結衣さん!」
「昨日ぶりですね結衣先輩!」
俺に続き由比ヶ浜に挨拶をする小町と一色、その後に隠れた雪ノ下が。
「由比ヶ浜さん…その、こんにちは。」
小さなサブレにビビりまくりマックスの雪ノ下は恐る恐る挨拶をする。
「ほへ!?ゆきのん、いろはちゃんに小町ちゃん、えっ、皆一緒?」
自分以外のメンツがここに居た事を由比ヶ浜は訝しく思ったのかも知れない。
「あぁ、俺と小町は東京わんにゃんショーに行ってきたんだが、そこで雪乃…下と出くわしてな。」
「私は雪乃先輩と待ち合わせしてたんですよ!」
由比ヶ浜、俺達は決してお前をハブいたりしないから、安心しなさい。
そんなにありありと安堵のため息なんか着かなくて良いんだからね!
「あれか、結衣…は、ららぽのペットショップに行ってきたんだな。」
「うん、そだよ!」
由比ヶ浜の機嫌を損なう事なく済んで良かったが俺がマイルームとエアコンに祝福を与えるには今暫くの時を必要とする事になりそうだ。
折角皆が揃ったんだから喫茶店にでも行こうかと話が纏まり移動しようしたその時。
「あれぇ〜雪乃ちゃん、雪乃チャンじゃない!」
と雪ノ下の名を呼ぶ女性の声がららぽーとに響いた。
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二つの笑顔。
突然に雪ノ下の名を呼ばわる声に、その声が聞こえてきた方向に顔を向けた。
その人物は高速で雪ノ下へ駆け寄ったかと思うと。
「きゃあ〜もう、雪乃ちゃん久しぶりぃ、元気してた?最近ちっとも実家に帰って来ないからお姉ちゃんは寂しかったんだぞ!」
ガバッと雪ノ下を抱きしめ、早口にそうまくし立てた、話の内容からこの人が雪ノ下の姉である事は解るんだが。
「ちょっと、やめて姉さん暑苦しいわ離れて!」
「あっ、ごめんごめん、久しぶりだったからつい、にゃハハハっ…。」
雪ノ下の苦情に慌ててその身を離し、頭を掻いて苦笑する、雪ノ下姉。
その容姿は、髪は雪ノ下よりも短いが顔立ちは流石に姉妹だけあって、面立ちもよく似ている、然しその身体付きは雪ノ下と比べると幾分ふくよかで、その胸部を飾る膨らみは…由比ヶ浜には劣るものの、中々に豊かな物をお持ちの様だ。
ふぅ〜セーフ、誰の殺気も感じなかったぞ、どうやら俺もワンランク成長した様だな、多分誰も褒めてはくれないだろうし、此処は一つ俺が褒めてやろう。
『偉いぞ俺!』
と思っていたら、小町が俺に冷たい視線を送っておりまするわ、ヤバいどうやら小町には俺の思考が筒抜けの様だ、止めて小町そんな目でお兄ちゃんを見ないで!
「……………。」
「あっ、ごめん雪乃ちゃんお友達と一緒だったんだよね、初めまして雪乃ちゃんのお姉ちゃんの雪ノ下陽乃です、よろしくね。」
何ともまぁ、雪ノ下と比べて社交的と言うか何と言うか、雪ノ下にも引けを取らない、いや、年齢の分だけ熟成されていて尚且つ少し違うベクトルの美しさを醸し、更に妹を超えるプロポーションとその…おそらくは誰に対してでも発動されているであろうと思われる社交性とそれを彩る笑顔。
「…はっ、初めまして由比ヶ浜結衣と言います、ゆきのんはあたしの大切な友達です。」
「えっと、雪乃先輩の後輩の一色いろはと言います。」
「うす、比企谷八幡っす。」
「短っ、お兄ちゃん短いよ、あっどうもお兄ちゃんの妹の比企谷小町です、よろしくお願いしますね陽乃さん!」
由比ヶ浜も一色も雪ノ下姉の美貌と愛想の良さに圧倒されている様だな、しかし小町と俺としては舞姉ちゃんと云う真の絶世の美女を、子供の頃から見慣れてるし大した感銘を受ける事も無いって訳だ。
そして俺には、この姉ちゃんから葉山と通じるそこはかとない胡散臭さが感じられた。
いや葉山なんぞ比べ物になら無い位だな、だから俺はこの姉に警戒心を抱かすにはいられないと感じてしまった。
「そっかそっかぁ!皆、雪乃ちゃんと仲良くしてくれてるんだね。」
「そして君が比企谷君かぁ、なる程なる程ぉ…。」
しげしげと、色々な角度から雪ノ下姉は俺の事を眺め回す、その眼光はさっき迄の愛想の良さげな印象が鳴りを潜めている…。
そして俺にはそれがまるで、新たに見つけた獲物に舌なめずりをする、爬虫類の様な陰湿な物を感じられた。
おそらくはこの場でそれに気がついているのは俺だけでは無いだろうか。
「家の母さんは君の事を、歳に似ず鋭い眼光と思慮深く優しい心根を持った、今時稀有な少年だって言っていたけど…いやぁ中々どうして眼鏡の似合うクールで、イケメンな男の子って感じだよねぇ。」
「ハァどうも、恐縮でもして見せればいいんですかね。」
だが、…この姉ちゃんから感じるこの二面性の様な物は一体、どの辺に目的があるのか。
いや、この姉ちゃんの表面的な社交性については理解出来る所もある、県議とは云え代議士でこの千葉では比較的大きな建築土建屋の家の長女だ、それこそ銀英伝の門閥貴族が開く華やかな社交界のパーティーと迄は言わないが、其れなりの公の場に駆り出される事も多々あるのだろうと想像できる、そこで身に着けたこの姉ちゃんなりの処世術って奴なんだろうが。
「いやぁイイね君、流石は家の母さんが気に入っただけの事はあるって訳だね…ところで比企谷君、雪乃ちゃんとはもうキス位は済ませたのかな♡」
「「ハァァァァ!!!???」」
由比ヶ浜と一色が雪ノ下姉のトンデモ発言に驚愕の声を挙げた。
うんありがとう君達、本当は俺も挙げかったんだ。
全くこの姉ちゃんはいきなり何を言い出しやがるんだか!
「なっ、何を言い出すのかしら、姉さん…私と比企谷君はまだそんな関係では無いわ。」
ちょっ、雪ノ下お前まで何を言い出すんだよ、姉ちゃんのおちょくりに乗らないでよ。
「あ〜っ、ゆきのん!ズルい!!」
「そうですよ雪乃先輩、どさくさに紛れて自分だけ、抜け駆けしようとしないで下さい!」
ほら言わんこっちゃ無い、こうなるでしょうが、君分かっててやってるよね。
「へえ〜、なぁんだ比企谷君、モテモテじゃん!このっ、このっ!」
くっ、肘でボディをツンツンしないで頂けないでしょうかね、雪ノ下姉!
その作り込んだ、気さくで物分りが良くてノリのいい年上のお姉さんキャラ、やり過ぎると鼻につきますよ。
「そうなんですよ陽乃さん!いやぁ妹としては、兄に突然訪れたモテ期にワクワクが止まらないって感じなんですよねぇ!」
そして小町、お前も余計な事を言わないの!
「ほうほう、それはそれはニヤニヤも止まらなくなりそうだね小町ちゃん。」
何?何で君達はそんなに、意気投合なんかしちっゃったり、なんかしてんのかな、僕には解らないよ。
「いやぁ、雪乃ちゃんのお姉ちゃんとしては残念だけどさ、コレはこれで楽しめそうだなぁ!」
…あぁ、なんか相手にしているのも疲れて来るわこれ、マジで何がしたいんだこの姉は、端から見てりゃ妹とその友達と偶然出会って、その交友関係に興味が湧いただけに思えなくも無い、てかそれも多分にあるだろうが、ああもう面倒クセえ〜…。
「ところで雪ノ下のお姉さん、あちらにいらっしゃる人達ってお姉さんのお連れの人達じゃないんですか。」
先程、この姉が現れた辺りから、俺達が居るこの場所より数メートル程離れた位置に居る五、六人の男女の一団はこの姉の連れだろうと思われる、さっきからその場で動かずに此方を伺っているようだからな。
「あっちゃぁ、そうだったゴメンネ雪乃ちゃんとお友達の皆、私も友達と一緒だったんだよね、いやぁお姉さんうっかりだよ。」
そうそう、それで良いですから…早くドコカへ行ってください、マジで。
「と言う訳だから雪乃ちゃん、たまには実家にも顔を出すんだゾ!」
「ええ、分かってるわ。」
うんうん、そんな感じで良いですよ、早く去れ姉よ風の如く去るのだ!
俺はこの姉が、一刻も早くこの場から離れてくれる事を期し願っていると、当のその姉は、去り際に俺の耳元で囁く様に言った。
『君が雪乃ちゃんが変わる切っ掛けを作ったんだね、コレからも私を楽しませてね義弟君!』
…………この姉は、何を勝手に義弟認定してやがるんだ、人の将来を勝手に決めんじゃねえっての!
「それじゃあ皆、またね。」
雪ノ下姉は愛想の良い笑顔で手を振りながら、友人達の待つ方へと去って行ってくれた。
たく、何が私を楽しませてねだ、他人はてめぇが愉悦に浸る為の道具じゃ無えんだからな。
「なんか、凄い人だねゆきのんのお姉さん…。」
「そうですね、あんなに綺麗で人当たりも良くて、まさに完璧超人って感じですよね。」
そうだな一色、それを演技でやっているところは、俺も凄いと思わなくも無いが…。
「ああ全く、よくもまああそこ迄演じられる物だよな。」
「比企谷君、貴方はあれが解ったと言うの、流石ね。」
そりゃな、あそこ迄わざとらしけりゃ気が付くだろう、妹の友人達にまで気さくに接する気の良いお姉さん、しかも男にまでスキンシップを仕掛けそれでいて嫌な素振りも見せない、例え相手が俺であろうと、それこそ材木座であったとしても変わんねぇだろう。
マジで、上手いことそれを演じていたよ、けど俺を見る眼はそれだけじゃ無かった、明るさの裏に潜む陰湿さみたいな感覚を中てられた気がするわ。
「なぁ雪ノ下、お前前に古武術を習っていたって言ったよな…それってあの姉ちゃんも一緒にだったんだろう。
そしてその実力は姉ちゃんの方が上じゃ無いのか。」
「…そこ迄解るのね、ええその通りよ比企谷君、姉さんは私では至れなかった奥義まで伝授されたわ、何事も常に私の先をそして上を征く…そんな姉さんに憧れ追いつこうと私は藻掻いていたの。」
藻掻いていたって事は今はそうじゃ無いって事だよな、前に葉山がそして今雪ノ下姉が言った様に、雪ノ下は変わり始めている。
「誰もが恐れていた私の母に対して意見を言える人と出会って、私は姉さんの後追いをするだけでは無く違う道があるんだと気付かせてくれたのよ。」
「左様で…。」
まぁあの母ちゃんはな威圧感半端ねぇからな、格闘家の放つ闘気とはまた違うプレッシャーを感じさせるってか、政治や事業の世界で海千山千の猛者や或いは亡者みたいな人間と相対して来た経験が作り上げた圧力なんだろうな。
雪ノ下もあの姉ちゃんも、ずっとその圧力の下に押さえつけられていた、と言うか押さえつけられていると思ってる、雪ノ下の場合は思っていたのか。
今の雪ノ下は自分の道を試行錯誤しながらも模索してんだよな。
「まぁ俺としては、厄介事が俺の身に降りかかんなきゃそれで良いけどな。」
「…………。」
先週までのジメジメとした湿気も感じられないくらいに晴れ上がった青空が眩く輝く、梅雨の合間の日本晴れ。
今日はそう呼ぶに相応しい日だ、と同時にその輝く太陽は既に夏を感じさせる程の熱量を立ち地に叩きつけている。
「それでは、これより奉仕部による略式誕生会を始めたいと思います!。」
略式誕生会ってのは、本当に簡単に部室内で済ます誕生会って事だ、交友関係の広い由比ヶ浜の事、どうせ後から部員以外の面子も集まって本格的に祝うだろうから、先に部員だけで軽く祝っておこうとの提案より始まった行事た。
何をやるのかと言うと、誕生日の祝の言葉を贈り、雪ノ下の淹れた紅茶とお菓子を食って駄弁るだけ…要は依頼の無い時の俺達の日常と何ら変わらないって事だ。
「結衣先輩、誕生日おめでとうございます!」
「おめでとう由比ヶ浜さん。」
「おめでとう…ゆっ、結衣…。」
一色司会の元進行して行く、誕生会は和やかに進行して行く。
「今年もありがとうみんな、えへへぇちょっとの間、ヒッキーとゆきのんよりあたしがお姉さんだね!」
そう、学年が下の一色は兎も角、六月生まれの由比ヶ浜、八月生まれの俺、そして雪ノ下は一月生まれと、確かに生まれの順番で見るとそうなるって訳だ。
「…そうだな、年齢に精神が噛み合えば言う事なしだけどな、お前は見た目幼く見えるからな。」
極々一部はとても大人だが、身長は割と低めで童顔だからな。
「もう!ヒッキーってばまたそんな意地悪な事言ってたまには素直に褒めてくれたって良いじゃん!」
「そうですよせんぱい!こういった席で今のセリフは無しですよ。」
「あ〜、悪りぃ解ったよ俺が悪かったスマン。」
いやホント、折角の祝の席でその主賓の機嫌を損ねちゃ不味いか、反省すべきだなコレは。
「意地悪の罰としてヒッキーはあたしとデートする事、良いよね約束だよ!」
ニコニコ笑顔で右手の小指を差し出す由比ヶ浜の顔にはもう、不満の色は消えていた。
一色の誕生祝の時の前例があるし、しょうが無い…それに由比ヶ浜なら俺を、ランジェリーショップに連行するなんて恐ろしい事しないだろうならな…しないよな、頼むぞ由比ヶ浜。
「あぁ解ったよ約束だ。」
俺も右手を差し出しその小指と小指を絡めて、おそらく十年以上振りに指切りげんまんなんぞをやってしまった。
『指切りげんまん、嘘ついたら…』
ところで指切りげんまんで嘘付いて、マジに針千本飲んだ人って居るのか?
居ないよな、そんなマゾい、体内からアイアンメイデンの刑みたいな事やる奴もヤラせる奴もさ…。
部活終了後、改めて由比ヶ浜結衣生誕祭を開催すべくその開催地へと向う。
参加者は、俺達奉仕部一同と戸塚、葉山グループに小町…そして仲間に入りたそうにしていた材木座を加えた、総勢十三名に及んだ。
その会の内容は割愛しよう、しかし由比ヶ浜が心のそこからこの会を喜び、また参加した皆に感謝している事は全員に伝わっていた事だろう。
目尻に光る雫も笑顔も、全ては喜びと感謝から発せられている物なんだ、由比ヶ浜のはな。
雪ノ下の姉、雪ノ下陽乃…その笑顔の作り物めたさに嫌悪の感覚を抱き。
由比ヶ浜結衣の笑顔に、癒やされた様な気持ちにさせられる。
二人の女性の笑顔の質の違い、願わくば由比ヶ浜はじめ俺と友誼を結んだ女性達にはあんな歪な笑顔の仮面を被らなければならない様な、そんな人生を送って欲しくは無い…俺としてはそう思わずにはいられない。
因みに、由比ヶ浜結衣生誕祭会場は、お馴染みになりつつある『パオパオカフェ日本一号店』であった事だけは明記しておこう。
PS、バイト中だったサキサキは誕生会には参加出来なかったが、それでも祝の言葉を由比ヶ浜に贈った様だ。
サキサキ良い奴。
一学期中、七月のエピソードは番外編や二学期への変更として、次回から千葉村篇に行こうかと思います。
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夏休み到来。いざ千葉村へ、やって来た男。
「と言う訳で、これにて一学期の授業は終了となる、皆九月に元気な姿でまた会おう。」
平塚先生の締めの言葉で高校二年の一学期が終了した。
去年の夏休みはその大半をバイトに費やしたので今年は少しセーブして、皆と過ごす時間を儲けよう。
「あ〜、帰る前にすまんが比企谷と由比ヶ浜は少し時間をもらえないか、頼みたい事があるんだ、雪ノ下と一色にも声を掛けてもらえると助かる、これは奉仕部への頼みだ。」
…速攻家に帰って、今日は自堕落に過ごそうと思っていたのに、あ〜あそれは儚い夢と消え去るのか。
俺達奉仕部四人は、揃って職員室へ赴き応接室で平塚先生からの頼み事とやらを拝聴する事となった。
「小学生の野外学習のサポート、それも2泊3日。」
「ああ、そうなんだよ、実は先方の小学校からの依頼もあり今月から頭から掲示板に生徒によるボランティアスタッフの募集を掛けたんだがね。
思いの外人が集まらなくてね、君達へ依頼を兼ねて頼みたいのだよ、何だったら君達だけでは無く、他校の知り合いなどにも声を掛けてもらって、もう幾人か来てもらえると助かるんだがね。」
だそうです、いや今言われてもなぁ、バイトのシフト組み直してもらわなきゃいけなくなっちまったじゃ無いのさ、しゃないコレから日ペンの美子ちゃん、じゃ無いや、いっぺんバイト先に顔出してシフトの変更頼むしかないか…あとそうなると。
「あの、平塚先生、中学生もスタッフとして参加させる事は出来ますかね、家は共働きなんで、俺が家を空けるなら妹も一緒に連れて行きたいんですけど。」
「ああ、構わんよ何かあれば責任は私が取る、中学生ならば一通りの仕事はこなせるだろう、だから頼むよ比企谷、もっとも君の妹さんの意思を第一に尊重するつもりだが。」
了解しました、小町にも確認取りますよ、多分小町なら何の躊躇も無く行くと答えるだろうけどな。
しかし2泊3日の避暑地でのイベントか…コレがもし戸塚と一緒だったら、どんなに楽しい旅になるだろうか…嗚呼想像しただけで俺は、今日の晩飯三杯はイケるぜ!
でも戸塚も部活があるかもだし、そうだ千葉村から戸塚に手紙を書こう。
千葉村からの手紙、嘗て昭和の時代にヒットした『カナダからの手紙』を超えるヒット曲になる事間違い無しだ!
て、歌うのかよ…やだそれ八幡恥ずらかしい〜ぃ!
「そうだ、彩ちゃんにも聞いてみようか!?部活が無ければ彩ちゃんも来れるかもだよ!」
ナア〜イス!だ由比ヶ浜、お前はなんて気の利いた奴なんだ、まさにベリーナイス!
「良いぞ!良く気がついたな結衣、戸塚と一緒、何たる響き!」
戸塚と一緒、その響きは『サンベルト共和国』の国名にも引けを取らない程の輝きを放つ響きだ、それを俺はフィル少佐の演説よりも大々的に宣言できる迄ある!
『戸塚と一緒、何たる響き!』
「せんぱいどんだけ戸塚先輩の事好きなんですか!」
「ホント、ヒッキーって彩ちゃんの事好き過ぎだよ!」
「もしかして私の最大のライバルは同性ではなく異性なのかしら…。」
「爆発しろ!」
夏休みに突入し、キング・クリムゾンが発動、今日から俺達は千葉村でのボランティア活動だ。
「よぉ〜し、カアくんのご飯もOK!戸締まりもOK!ほらほら早く行こ、お兄ちゃん!」
そんなに急かさなくても時間に余裕はあるぞ小町。
こういう時は、急がず騒がす自然体で居ることこそが正解なのだよ、コマソン君。
「慌てなくても千葉村は逃げないから落ち着けよ。」
「え〜でもさ、結衣さんや雪乃さん達と旅行なんて嬉しいじゃん、ついでにいろはさんもだけど。」
旅行じゃ無いんだけどな、けど小町ちゃんや、お前なんだかんだ言ってるけどさ、実は一色の事結構好きだよな。
好きじゃなきゃ、相手をしなけりゃ済むのにさ、自分から一色に絡みに行ってるからな。
集合場所たる駅前のバスロータリーへ到着すると、髪をポニーテールに束ね、随分と気合の入った登山ウェアに身を固めた平塚先生が大型ワンボックスカーの側に佇んでいた。
この人は、マジで見た目完璧美人なのに中身が残念な人だからなぁ…。
「やあ、来たか比企谷、そしてそちらが君の妹さんかね。」
おっ今日は平塚先生、殺気を飛ばして来なかったな、俺のポーカーフェイスも以前よりも磨かれたと思って良いのか。
「うっす平塚先生、そうです、妹の小町です。」
「初めまして、お兄ちゃんの妹の小町です、三日間よろしくお願いします、平塚先生!」
ニカッと笑顔で、一色張りの敬礼ポーズを決め口元に八重歯を覗かせている小町。
うん、かなり贔屓目抜きにしてもカ・ワ・イ・イ!
「うむ、元気があってよろしい!よろしく頼むよ小町くん!」
「はい、頑張るであります!」
「あ〜、ところで比企谷、君のその帽子だが、もしかして…あの伝説の餓狼、テリー・ボガードさんが被っていた物と同じタイプではないかね?」
うへ?何この人、帽子見ただけでそんな事解るのん?
「ええ、まあそうっすね。」
「やはりそうかね!いやぁ良いなぁ比企谷…私もその帽子が凄く欲しかったんだよ、私の世代にとって、伝説の餓狼達は永遠のヒーローだからな。」
そんな物欲しそうな顔してもあげませんからね、でも…そうだなテリー兄ちゃん今は帽子被って無いから、もしかすると頼めば幾つか送ってくれるかもな。
今度聞いてみようかな、多分二つ返事でOK!って言ってくれるだろうな。
「あっ、お〜いヒッキー小町ちゃんやっはろー!」
「おはようございますせんぱい、何だお米ちゃんも居たんですね。」
「おはよう比企谷君、小町さん。」
大量の菓子類を詰めたコンビニ袋を両手に抱えた三人娘が挨拶をしてくれた。
涼やかな夏の衣に包まれて、この場が一気に華やいだ様だ、やはりなんだかんだ言ってもこいつ等はそこいらの女子とは一味違うな。
「やっはろーです皆さん、あといろはさんは一言多いです!」
「よう、おはようさんってか、凄え買い込んでんな、あんまり食うと太るから程々にしとけよ。」
「うん、分かってるよヒッキー、あっ先生これも車に積み込みますね。」
三人はそのまま荷物を積み込むため車へ向かった。
「後は、戸塚だけか…。」
嗚呼戸塚、早く来い来い我が元へ。
オドロキ、桃の木、山椒の木、ブリキにタヌキに洗濯機、やって来い来い!
『トツカエル(大巨神)!』
待つ事、一分弱、遂に、その時が、やって来た!
「お〜い、八幡!」
銀鈴の音声と共に降り立った天使!
戸塚彩加、俺はお前の為なら何時だって『大天馬』になれる、だから一緒になろう『大馬神』に!
あっ、言っとくけど、戸塚は扁平足なんかじゃ無いからな!
「ハァ、ハァ、おはよう八幡!」
「おはよう戸塚、良かった元気そうだな。」
「もう八幡は、この間一緒に朝練したばかりだよ。」
ああ、ああ、確かにそうだけどさ、この夏休みたまに戸塚と一緒に朝練やってるんだよ、あの雑木林の公園にも一緒にな。
因みに戸塚は俺と違って、虫とか苦手じゃなくて、カブト虫とか平気で捕まえてるけどな。
「良し皆揃ったなでは「お兄ちゃん!あれ見て!!」…。」
平塚先生は多分皆に車に乗り込む様に促そうとしたんだろうが、その指示を小町が大声で遮った形になっちまった。
小町が指し示す方向、即ち駅の出入り口。
そこから出てきた、とても良く知るその出で立ち、ツンと天を向く黒髪の箒頭のその男。
アロハシャツに短パン姿で、肩にボストンバッグを下げたその男は…。
あっ、こっちに気が付いた!
「お〜い八幡、小町ィ!」
大声で俺達の名を呼び、右手を大きく振りながら駆け足で此方へ向かって来たその男は。
「よう!久し振りだな八幡、小町、何だお前らどっか行くのか!?」
元ムエタイ世界チャンプ、ジョー・ヒガシ…毎年恒例、この時期に来日ってか帰国してくるけどさ、アポ無しはねぇだろう。
「あんちゃんさ、来るなら来るでアポ取ってくれよな、俺達が居なかったらどうするんだよ。」
「ナッハハハ!いやぁ悪りィな、お前達を驚かそうと思ってな、それより元気してたか八幡、小町!」
全くさ、此処で会えたからまだ良い物の、コレから三日俺と小町は留守なんだからね。
危うくニアミスするところだったじゃねぇかよ。
「うん!小町は元気だったよジョーお兄ちゃん。」
そうかそうかと男臭い笑顔で俺と小町の頭をガシガシと掻き回すジョーあんちゃんは相変わらず、イタズラ小僧がそのまま大人になった様な、昔のままのあんちゃんだな。
「ひ、ひ、比企…。」
そんな俺達に平塚先生は驚きに満ちた顔をして、言葉に詰まりながらも何かを言おうとしている。
「比企谷っ、何故だ!何故此処に、ジョー・ヒガシさんが居るんだ!?君は、君達はヒガシさんと一体、どう言う関係なんだっ!!!???」
はい、さっき言ってましたもんね、先生にとって伝説の餓狼達は永遠のヒーローだって。
その、ヒーローがいきなり目の前に現れたんだもんな、パニくるのもしょうが無いですよね。
さて、どう説明するかと思案していたら…。
「おい、八幡!このどえらいべっぴんさんは誰だ!?お前とどう言う関係なんだっ!?」
俺の胸倉を掴み、興奮気味にまくし立てるジョーあんちゃん、なんか似てなくねこの二人。
「いや〜あまさか八幡の学校の先生がこんな美人さんだったとは、思ってもいなかったっすよ!」
「そんな…美人だなんて、ヒガシさんもテレビで見るよりもずっと格好良くて男らしいですよ、今日はヒガシさんに会えて私の人生最良の日ですよ!」
平塚先生の運転の元、助手席にジョーあんちゃん、その後に小町、俺、そして戸塚。
その後に、結衣、雪乃、いろはと言う配置で乗り込んでいる。
結局、千葉村へジョーあんちゃんも同行する事になり、しかもジョーあんちゃんと舞姉ちゃん迄もが今日家にアポ無しで来るつもりだったとの事で、出発前にあんちゃんが舞姉ちゃんに連絡し、その舞姉ちゃん迄、千葉村へ来ると言い出したそうで…。
「ほえ〜、ヒッキーのお師匠さんって有名人なんだ、凄いね。」
本当に凄いと思っているのかどうか分からない様な口調で由比ヶ浜がほんわかと感想を述べ。
「ですです、どうやってそんな有名人の弟子になれたんですか?」
興味津々な様子で聞いてくる一色、そしてマイペースを崩さない雪ノ下。
「ああ、それはな…」
俺に代わりジョーあんちゃんが、説明を始めた、テリー兄ちゃんとロックとの出会いから始まった、俺達の関係を。
「そうだったんだ、大変だったんだねヒッキー…。」
「貴方も虐めを経験していたのね。」
「良かったですねせんぱい、素敵な人達と巡り合って。」
「うん、だから八幡は強くて優しい人なんだね。」
皆がそれぞれに感想を述べ、それぞれの感慨に耽っている。
なんか、あれです…照れますのです、ハイ。
「しかし八幡、お前の学校は先生だけじゃ無く女の子達もかわいこちゃん揃いじゃねぇかよ、全く羨ましけしからん限りだぜテメェ〜よ!」
かわいこちゃん…て、今日び使わないんじゃね…あんちゃんやっぱり昭和の時代の人間だよな。
「んで、その隣の銀髪の娘が、本命なのか?」
流石だなジョーあんちゃん、良く解るな…けど…。
「あの…僕、男です。」
「………何い〜っ!!?」
戸塚の告白に心底驚いたと言わんばかりに大声で絶叫するあんちゃん、ハッキリ言って喧しい!
「マジかよ…。」
まぁ初めて戸塚を見た者のお約束みたいな物だから仕方無いか。
助手席から半身を捻り、後方を向いて戸塚を見つめるジョーあんちゃんは、絞り出す様に一言発し。
「なんか、すみません…。」
戸塚が申し訳無さそうに詫びるが、戸塚には一切の非はない!
「いや、坊主お前は悪くねぇ、スマン悪いのは俺だ、この通り。」
頭を下げるジョーあんちゃんに、あたふたとしながら頭を上げるように促す戸塚と。
「本当に、何と男らしく潔い方なんだヒガシさん♡」
もうね、平塚先生はジョーあんちゃんにメロメロって感じだ…メロメロってのも今日び使わねぇ〜。
平塚先生、脇見運転だけはしないで下さい。
「へっ?そっ、そうすかね?」
しかもジョーあんちゃんも平塚先生に好印象って感じなんだが、ジョーあんちゃんには確か…。
「なぁ、あんちゃん、確かリリーさんだったっけ?」
俺が、その名を出した瞬間、ジョーあんちゃんは…。
「…………。」
口を噤み、落ち込んでしまった…振られてたのかよ。
俺はジョーあんちゃんの肩を優しくぽんぽんしてあげた。
悪りぃなあんちゃん、弟分としてこれ位しか俺にはできないや。
「…う〜ぅん??!」
そんな前方で繰り広げられる、出来事に我関せずで居た後方の由比ヶ浜が、何だか疑問を抱いているような感じで呻っている。
「どうかしたの由比ヶ浜さん。」
「やぁ〜、何かヒガシさんの声って、どっかで聴いたことある様な…何処だったっけ?」
…あぁ、そう言や俺もなんか、そんな感じが…。
「ああ!分かった、中二だ!中二の声と似てるんだよ。」
確かに、言われてみると…ヤバっコレから材木座と話す度に思い出しちまいそう………。
千葉から車が離れて行くに連れて、視界に入ってくる色は、緑が増えて来た。
車内の前方の席では平塚先生とあんちゃんと俺、そして戸塚の四人が主に語り合い、と言っても何だか平塚先生とジョーあんちゃんのねるとんフリートークコーナーと化している感が、やっぱこの二人相性バッチリっぽいな。
後方の結衣、いろは、雪乃にプラス小町は女子トークで盛り上がっている。
きっきゃウフフの女子トークとゲームとお菓子を四人でお楽しみの様だ、さっきも言ったけど食いすぎんなよ。
「ところで八幡、最近何か変わった事とか無かったか、話のネタになりそうな事がよ?」
と言われてもな、いやパオパオカフェの事とかあるか。
そうだな、その辺の事話しとくか。
「そうか極限流とやりあったか。」
「ああ、すっげぇ強かったぜ。」
俺はサキサキとの仕合の話った、勿論サキサキの黒い黄金聖衣の事は話せる訳が無いけど。
「まさか川崎が極限流空手を習得していたとはな…。」
ジョーあんちゃんも平塚先生も驚きを隠せないで居る、まさかこんな身近に極限流の遣い手が居るとは思っても居なかっただろうからな、うん。
「良いなオイ、かぁ〜俺も極限流と手合わせしてみたいもんだぜ!」
ムエタイのリングには上がらなくなったが、格闘家としてはまだ現役のジョーあんちゃんだ、強い奴との出会いを臨む気持ちは、まだまだ衰えは無いって事だな。
今晩、仕事が片付いたら一丁組手の相手をしてもらうか。
「そんで、他には無いのか!?」
後ね、リュウさんの事は話したよな…
「そう言や、テリー兄ちゃんってちょいちょい映画とか出てんじゃん、この間テリー兄ちゃんが出てる映画のDVD借りて来たんだけどさ、英語と吹き替え両方観て見たんだけど、その吹き替え版のテリー兄ちゃん役の声優さんが、すっげぇテリー兄ちゃんの声とそっくりだったんだよ。」
「あ〜あの映画だよね、小町もそれ思ったよ!テリーお兄ちゃんが日本語で喋ってんのかと勘違いしちゃったしね。」
俺の説明に小町が付け加えた、それだけ俺達が観た映画の吹き替え声優さんがの声や口調がテリー兄ちゃんその物の様に感じられる位にソックリだったんだよマジで。
「なぁ、俺ももしかしてわざわざテリー兄ちゃんが吹き替えの為に日本に来てたのかと思ったくらいだよ。」
「ほう、それで、その声優は何て名前の人なんだ、俺も聞いて見たいわ。」
「ああ、確か…橋本さ○しさんって人だった。」
更に目的地に近付くに連れて、緑と稜線の凹凸が増えて来た。
「わあ〜山ですよせんぱい!」
「うん山だねゆきのん。」
平野部の関東、千葉育ちの俺達は滅多に山にお目にかかる事が無いからな、感慨もひとしおだろう、俺と小町はアンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんの居る不知火の里へ良く行くからな山の風景には慣れてるんだよ。
何なら山の滝で水行とかやってるし、今更感慨も無いかな。
「わあ〜山だよ八幡、大きいね!」
「おう!だよな戸塚、山は偉大だよなうん!、何なら今夜が山田迄あるな。」
そして俺達は千葉村へ到着した。
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山がもたらす開放感、比企谷八幡恥ずか死す?
「や〜ま〜だ〜っ!」『や〜ま〜だ〜っっ』
今にも蜥蜴のマスクのライダーに変身しそうな勢いで大きな声で叫ぶのは、我が妹比企谷小町…残念ながら『ギギの腕輪』も『ガガの腕輪』も所持していないので変身は出来ません…あしからず。
因みに百円で『カルビ○のポテトチップス』は買えても、『カル○ーのポテトチップス』で百円は買えません、あしからず!
と言うのは昭和や平成初期の時代の話であり、今では『カ○ビーのポテトチップス』は一部のディスカウントなお店以外は百円では買えなくなっています、あしからず!
「やぁ〜はろ〜!」『やぁ〜はろ〜ぉぉ!』
小町に続くように、由比ヶ浜が何時もの残念な挨拶を絶叫レベルの大声で叫びます。
二人の絶叫の声に山彦がダイレクト答える、その様子が此処が山間部だと言う事を改めて知らしめてくれる、GJ部山彦さん。
もしこの場に中島誠○助先生がいらっしゃれば『いい仕事してますねぇ〜』とおっしっていただける事間違い無し。
「ねぇねぇゆきのんもいろはちゃんも一緒にやろうよ!」
由比ヶ浜が雪ノ下と一色を巻き込もうとしている、確かにこう言う場所に来ると山彦遊びをしたくなる気持ちも分からなくは無いが。
「わっ、私は別に叫ばなくても…」
うん、こんな時雪ノ下ならこう答えるだろうな、雪ノ下もやりたくない訳じゃ無いんだろうが、何か恥ずかしさの方が勝ってしまうんだろう。
「良いですね、私もやります!」
うん、一色ならそうだろうな。
「せ〜んぱ〜い〜!」『せ〜んぱぁ〜い〜っ!』
せんぱいです。
「帰ったらっデぇ〜トぉ〜しましょうね〜っ!」しょうね〜ぇぇ!』
な、な、な、な、何叫んでんだよ、お前わぁ〜っ!?
止めろ止めろ!ジョージ・A、ヤメロォー!
「あ〜いろはちゃんズルい!あたしだってぇ!」
おい由比ヶ浜まさかお前まで、お願い待ってよ…。
「ヒッキーーー!」
ヒッキーだよ…って引きこもってねぇけどな。
「だぁ〜いすきぃ〜〜〜!」ぁ〜いすきぃ〜〜!』
「やぁ〜めぇ〜ろぉ〜!」ぁ〜めぇ〜ろぉ〜、ろぉ〜、ろぉ〜、ろぉ〜!』
だぁーーっマジ止めて、ホント止めてくれ頼むから、止めてくんないと俺、恥ずか死んじゃうからゾンビになっちゃうから、ジョージ・A・ヤメロ監督の映画に出演しちゃうからぁ!
郊外のホムセンを彷徨き廻る、リビングデッドになっちゃうからぁ〜。
「ホント、頼むからマジ……。」
「比企谷君…。」
ハァ…比企谷です。
「その、私も叫ん「もう止めて!」…そう残念だわ…。」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
お兄ちゃんだよ…ってもう良いわ!
「今どんな気持ち?ねぇどんな気持ちなのさぁ?」
くっコイツは、元はと言えばお前のせいでこうなった様なもんだろうが!
何で俺がこんな羞恥プレイ紛い目に遭わなきゃいけないんだよ!
てかよく見りゃ一色も由比ヶ浜も顔真っ赤じゃねぇかよ、そんなになるんならやらなきゃ…今の俺は、まだお前達の好意にちゃんと答えてやれないんだよ、申し訳無いが、まだ待っててくれ…。
それと、ジョーあんちゃん!そんなにニヤニヤと下世話な笑みを浮かべない!
平塚先生も何時もは爆発しろだの言う癖に、そんな生暖かい眼差しを向けないで!まだジョーあんちゃんといい仲になれるか解かんないんですからね。
などと思っていると、少し遠くから響く4気筒エンジンの甲高いサウンド。
その音は次第に此方に近付いて来ているようだ。
おそらくらツーリングでここ迄走って来たライダーだろう…良いなぁ俺も大型の4発エンジンに乗りたいぜ。
やがてそのサウンドを響かせるマシンはこの場所に到着した。
黒いライダースの革ジャンとパンツに身を包んだ細身の一目見て女性と分かる胸部の見事な膨らみ…間違い無い。
『Z900RS CAFE』マジかよ買ったのかよ!かっけぇ良いなぁ。
サイドスタンドを立て、シートから降りてヘルメットを外し、長い黒髪をたなびかせて「ふうっ。」と一息吐き、その手に持つヘルメットをミラーへ引っ掛けた。
その一連の動作が実に絵になる。
年齢は三十路を超えたが、その美貌は初めて出会った八年前と何ら変わりはしない、否、結婚し人妻となった事で更に妖艶さが増した感が凄い半端ない(ジョーあんちゃん以外の皆がその美女に釘付けになっている。)が、でありながらも何処かに稚気をも感じさせる部分もある。
目があった…その瞬間、その人はその場から消え、一瞬にして。
「久し振りねぇ!八っちゃん、こまちゃん!元気してた!?」
俺と小町の二人を同時に抱きしめた。
疾い、ジオンの赤い人よりも遥かに疾い、其れもその筈、この人は現代に生きるくノ一にして格闘家…そして俺と小町の姉貴分。
「わあ〜い!舞お姉ちゃん、小町会いたかったよぉ〜!」
感激し自ら小町は抱き締め返し、大きな膨らみに顔を埋める、羨まけしからんぞ、その様な真似俺には出来ぬ、今の現状でも三組の冷たい視線が感じられるんだからな。
「久し振り、げ、元気そうだね舞姉ちゃん、てか痛い離して!」
俺のリクエストに答えて、その手を離してくれたが、その面貌に悪戯っぽい笑みをたたえて宣った。
「あらもう八っちゃんたら、照れちゃってもう!」
更に激しさを増す冷たい三組の眼光に俺は恐怖心を抱かずには居られない。
「むぅ〜せんぱい!」
「もう!ヒッキー。」
「比企谷君!」
「「「その人誰!?」」」
三人の誰何の声が見事にハモった、何か静かな怒りを湛えたような、そう…もうワンプッシュあれば、『プチン』と行き、なれそうな静けさ…穏やかな心をもちながら怒りによって覚醒めた、伝説の戦士。
『超サイヤ人一色いろは、由比ヶ浜結衣、雪ノ下雪乃』だぁ!
はあ〜、何時までも現実逃避は出来そうに無いな、舞姉ちゃん恨むぞ!
「あのだな、この人は不知火舞さん、俺と小町にとっては姉ちゃん同然の人なんだが…因みに言っとくけど人妻だからな!」
「「「なんだ、そう「不知火舞さんですか!私は比企谷の担任で部活の顧問をしております、平塚静と申します!お会い出来て光栄です!」のね…。」」」
三人の言葉に平塚先生が被せ、舞姉ちゃんの手を取り自己紹介を始めてしまったので、残念ながら一色達の言葉は聞き取れなかったが、その顔には安堵の色が見て取れるから、修羅場は回避出来た様で一安心だ。
「そ、そうですか、八っちゃんの先生ですか…よろしくお願いしますね…。」
平塚先生…舞姉ちゃんをもたじろがせるとわ!凄えなコレがファン心理って奴か、今風に言うなら推しに会えたって感じなのかね、握手会兼お渡し会に参加してんのか、CD何枚買ったんだ!?武道館行ったら死んでも良いのん?
そして次は自動車のエンジン音が聞こえてきた、それは一台のワンボックスカー。
その車は停車すると、四人の若い男女を降ろすと発進し去っていった。
その四人とは、俺と由比ヶ浜と同じクラスのトップカーストグループの四人。
「やあ来たか、葉山、戸部、三浦、海老名。」
「お待たせしました、平塚先生。」
メンバーを代表し葉山が平塚先生へ挨拶をし、それに合わせて他の三人も平塚先生へ頭を下げ挨拶をする。
「ヒガシさん、不知火さんこの四人も私の生徒で比企谷と同じクラスのメンバーです。」
その四人を平塚先生があんちゃん達に面通しをさせ、改めて挨拶をさせる。
戸部なんか、舞姉ちゃんに目が釘付けになってやがる。
まぁ思春期男子にとっては(美人の年上のお姉さん、どう見ても三十路を超えているとは思えないからな)刺激的だろうからな。
戸部だけじゃ無く、あーしさんと腐女子さんも舞姉ちゃんに見蕩れていた。
今時JKギャル子さんと腐界の住人から見ても舞姉ちゃんには憧れられる要素が溢れているんだろうか。
「やぁ〜しっかし俺っちがボランティアとかって有り得ねぇべ〜って思ってたけど来て正解だったっしょ〜っ!」
まぁ確かに戸部がボランティアってキャラ的に違うんじゃね、と俺も思うな。
「分かってないな戸部っちは、このイベントはボランティア活動何か二の次なんだよ、見るべきは其処じゃ無いのよ、みるべきは…ハヤハチ、トツハチ、トベハヤ、トベハチなのよほ〜っ!キマシタワーっ…ブッハッ…。」
腐女子さん…あんさんはホンマお約束を外さないやっちゃなぁ〜…。
「ほら姫菜鼻血吹いてんじゃん、ほらティッシュだよ、ほらちいんてしな!」
そしてあーしさん、アンタマジで世話焼きさんだよな、俺はアンタに感服するぜ、これからはアンタの事を『世話焼きドリルのあーしさん』とよぶ事にしようかな…俺の心の中でな。
「雪ノ下さんに、ガハマッちに、一色ちゃんと比企谷君の妹ちゃん、それから優美子と海老名さん、極めつけは不知火のお姉さん、後ついでに平塚先生、何なんここ美人しかいねえじゃん、本っマジベェ〜っしょ隼人君、比企谷君。」
だろうな、そう言うと思った、何となく知ってたわ…まぁ戸部だしな、うん。
「ハハハッ、そうだな。」
おい葉山、笑い声が乾いてるぞ、大地が乾いちまうぞ、知ってるか?乾いた大地は心を痩せさせるんだぞ。
「やぁ!比企谷、君達も来ていたんだな…。」
若干の乾きが残った様な複雑な表情を浮かべながら俺に挨拶して来た。
止めろ来るな、お前が来るとまた腐女子さんが大噴火を起こすだろうが!
「おう、まぁな部活の一環だ…お前こそどう言う風の吹き回しだ?」
「校内掲示板に、このイベントのボランティア募集の掲示があってね、参加者には内申点も加味してくれると言う話しだったからね、平塚先生から言質を取っているよ。」
内申点と引き換えに三日間も丁稚奉公するのかよ…コイツら案外奇特な奴らなんだな。
「ハヤハチ!hshsブハアッ!」
「コラ姫菜、擬態するしあと自重も忘れるなし!」
腐女子さん、いい加減にするし!
舞姉ちゃんと小町が先頭を歩き、その後に由比ヶ浜と一色、あーしさんと腐女子さん、その後ろを戸部と葉山が並び、その後に俺と戸塚、殿に平塚先生とジョーあんちゃんと雪ノ下の並びで俺達はそれぞれ荷物を抱えて目的地へと歩を進めている。
「私達以外のボランティアメンバーは葉山君のグループだったんですね。」
複雑な心境ありありな声音で雪ノ下は平塚先生へと確認する様に尋ねた。
「ああそうだよ、不服かね雪ノ下。」
「……………。」
その平塚先生の返答に雪ノ下は、何も言い返せなかった。
雪ノ下と葉山の過去に、あった経緯を俺は知らない、迂闊に踏み込め無い、踏み込むべきじゃ無いんじゃと俺は思っている、今は。
時が来れば雪ノ下の方から話してくれるんじゃ無いかとも思っている。
「雪ノ下、彼らと仲良くやれとは言わないよ、だが上手くやってみなさい、いやどうすれば上手やれるか考えてみなさい、それも勉強だよ。」
「…勉強ですか。」
ああ、雪平塚先生は雪ノ下や俺達に教科書には書いてない実地の勉強、所謂『トライ&エラー』失敗しながらでも構わなきから、立ち向かい経験し、其処から学ばせようと考えているんだろうか。
「所謂、処世術って奴かな…世の中に出るとな、どうしたって周りを全て自分の好きな人間だけで固める事など出来ないのだよ、反りが合わない、ウマが合わない、或は黒と迄は行かずともグレーゾーンに関わらなければならない場合もあるかも知れないし、そう言った時、人とだって共に仕事をこなさなければいけない場面だって多々あるんだ。」
その様な状況下でどう対処するか、出来るかそう言った事を勉強してみると良い、平塚先生は雪ノ下をそう言って諭した。
「……解りました、善処します。」
雪ノ下は平塚先生に一言だけ、そう答えてお辞儀をし前方に居る由比ヶ浜達と合流しに行った。
雪ノ下は真っ直ぐな奴だ、正道を真っ直ぐに進む、不正や姑息な手段などを良しとしない生らいがある、けどソレだけでは通用しない事など世の中幾らでもある、否、ありふれているとも言えるかもだな、そういった場合に『清濁合わせて飲む』それ位の心構えが必要な場面は幾らでも訪れるかも知れないな。
「…良い先生なんすね平塚さん、コイツは俺の偏見かも知れないっすけどね、今時の先生は今平塚さんが言った様な事生徒にやらせようとはしないでしょう、それこそ平均的な学生を大量生産する様なカリキュラムって奴に沿って教科書通りの事を詰め込むだけって感じのね。」
「いやいや、そんな私は、アハハ…」
あんちゃんの言葉に平塚先生は照れまくりだ、あらやだ先生っらそんな乙女チックな顔も出来たんですね。
もしかして本気であんちゃんに惚れたのかな!?
社会人、社会に出て地位立場に就くって事は、それに比した責任が伴うって事だよな。
例えば先生だったら、例えばこのボランティア活動中に俺達が何かをやらかしてしまったら、平塚先生は監督者として何らかの責任を取らなければならない立場に居るんだ。
ジョーあんちゃんが言う様に普通の先生だったら確かに、そう言った事態を避ける様に生徒に促す筈だ。
今回の事にしたって、小町の参加を許可してくれた時だって平塚先生は、何か合ったら責任は自分が取ると言ってくれたし、職業と立場に其れだけの覚悟を以て就いているんだな。
「もうあと、一年半位でしょうけど平塚さん八幡の事よろしく頼んます。」
「はっ、ハイ!勿論ですヒガシさん、至らぬ処はあるでしょうがね。」
何か二人共、良い雰囲気だよな、ハハッ遂に先生にも春が来たって奴?
けどこの二人がもし結婚とかしたら、平塚先生が姉貴分になっちまうのか。
「なぁ、八幡…あのよ平塚さんは今、誰かと付き合ってたりとかしてたりするのか?」
コソコソとジョーあんちゃんは俺の耳元に囁きかける、あんちゃんマジか!
「いや、居ねえよ…だって先生何時も言ってるからな結婚したいってさ。」
俺の言葉を聞いて、ジョーあんちゃんは実に生き生きとした笑顔を見せやがった、けどさあんちゃんは活動拠点をタイにしてんだしさ、大丈夫か!?
「ヨッシャぁ!」
その辺気にしてないのね、あっそういや元カノとも遠距離恋愛だったんだよな確か…。
「なぁ、比企谷…。」
今度は平塚先生っすか、ハイハイ何ですか?
「そのだな、ヒガシさんは喫煙者をどう思うだろうかな、格闘者のヒガシさんの事だ体調管理なども考慮していて当然だろう、それを考えると私も禁煙するべきかと思うのだが、どうだろうか、どう思う比企谷!?」
ちょっ…平塚先生!?まだ出会って数時間ですよね、それでもうそこ迄思考を進めてるんですか…どんだけなんだよ平塚先生!!
「そうっすね、まぁ先生の考え通りのところもあるとは思いますよ、まぁ人にも依るんでしょうけど、因みにテリー兄ちゃんはタバコが苦手って公言していますけどね。」
「う〜む、やはりそうすべきなのか…良し決めたぞ比企谷、私は今日、たった今から禁煙するぞ!」
おお!先生が燃えている、たったの数時間の出会いでここ迄人は変わんのか、それとも結婚を焦る平塚先生が、ガッついているだけなのか?
にしても、取り敢えず二人が互いに好印象を持ってるって事は確実だし、出来る事なら上手いこと行ってもらいたいとは思うがな、弟分としちゃなぁ。
「ねぇねぇ八幡、ヒガシさんと平塚先生って何かいい感じだよね。」
「…そうだな、うん。」
えっ…戸塚がこの手の話を振ってくるなんて、しかもすっごい笑顔。
ただ純粋なだけのスポーツボーイじゃ無かったんだな、まぁ戸塚だってごく普通の思春期男子なんだよな、やっぱ気になるよな。
「僕さ、平塚先生って良い先生だと思うんだ、だから先生にも幸せになって欲しいなって思うんだ。」
戸塚、なんて良いやつなんだ!平塚先生の事そんなに気に掛けていたんだな、マジ天使戸塚、あれだな戸塚は『バファ○ン』と違って半分以上、何なら全部優しさで出来ているんだな!
などと、心中で戸塚を讃えていると、いつの間にか俺は目的の場所に到着していた。
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やはり女の世界は小さくてもドロドロとしているのか?
俺達は持ち込んだ荷物を千葉村施設本館に置き、ジョーあんちゃんと舞姉ちゃんはそこで場所を借りてジャージに着換え、小学生達が集合している『集いの広場』と名付けられた場所に赴いた。
其処には百名に何々とする小学生とそれを引率する先生達が居た。
ガヤガヤと各所で私語に耽る小学生達は一旦置いて、俺達は引率の先生達と面通しの挨拶を済ませた。
其処にその昔…良く見知った一人の教員の姿を俺は確認した。
その者に付いての話は置いておくが、と言う事はこの小学校は俺と小町の母校で小学生達は俺と小町にとっては後輩に当たると言う事か。
「…お兄ちゃん、あれって……。」
「…ああ…まぁ今更だ心配ない。」
小町も気が付いた様だな、その声は俺を気遣う気持が強く感じられる。
気を遣わせて悪いな、そう思った俺は小町の頭に手を置き軽く撫でた。
この夏休みの野外学習に参加しているのは六年生なのだそうだが、この年代だと変声期を迎えた男子は居ない様で、ペチャクチャと喋くる子供達の声は全体的に甲高く、耳にキンキンと響く。
コイツは一種の音波兵器だな、もしかしてこの音達を一点に収束する事が出来たら『ギャオス』の超音波メス並の威力のあるトンデモ兵器としてつかえそうだな。
その小学生児童たちの、控え目に言っても喧しい喧騒に俺達高校生組はドン引きしていた、由比ヶ浜でさえもがだ。
なので、普段から静寂を好む雪ノ下などはこの場に居る事を苦痛と感じてるんじゃなかろうかと、見てみると案の定雪ノ下は青褪めた顔をしていた。
「おい…大丈夫か、辛いんなら木陰で休ませてもらったらどうだ?」
俺は雪ノ下にそう提案したが、多分雪ノ下はそれを断わるだろうな。
「ありがとう比企谷君、だけど平気よ心配ないわ…。」
ほらな、コイツは負けず嫌いな奴だから、この返事は予測出来ていた。
「そうか、けどもう少し様子を見て、俺が辛そうだと判断したら強制連行するからな。」
ええ…と力無く答える雪ノ下、もう少しだけこの意地っ張りの意思を尊重しとこうかな。
しかし、コレはアレだな…雪ノ下殺すにゃ刃物は要らぬ、児童の百人も集めりゃ良い……どう考えても子供百人集める方が効率悪いという罠!
「せんぱい、せんぱい…私も気分が優れないから…せんぱいにもたれかかっても良い…ですかぁ…。」
「あざとい、あからさま過ぎ、やり直し!」
一色の奴がお調子に乗ってきたので、駄目出しをしておきました。
「むぅ〜、あざとく無いですぅ〜。」
むぅ〜とか言語化する奴って多分日本でお前さん位のもんだと思うぞ一色いろは!
少し頬を膨らませて『むぅ〜』とかあざと可愛いじゃねぇかよ、こんちきしょう!何なのムゥってチベットの奥地ジャミールで聖衣の修復でも手掛けてんのかよ。
オリハルコンとガマニオンと星銀砂を用意したら俺にも聖衣を作ってくれるのかな!?その前に心の小宇宙に覚醒めないとだな。
ガヤガヤと騒ぐ児童達を注意するでも無く黙って佇む教師たち、その様子に児童達もやがて違和感を覚え始めた様で、次第にその喧騒は収まりを見せ始め、やがて皆その口を閉じた。
「はい、皆が静かになる迄三分掛かりました。」
でっ、でたぞ「うおっマジかよこの伝説のセリフ、ン十年振りに聞いたぜ!」ジョーあんちゃんェ…。
いや、それについては全くの同意なんだけどさ、見てみなよ舞姉ちゃんなんか笑いを堪えるのに苦労してるじゃん、多分舞姉ちゃんも同じ事思ったんだろう、それに平塚先生も『ぶふっ!』って吹き出しそうになってるし、自重しようよ三十路超えのオッサンなんだから。
学年主任?と思われる教員からのお説教と、この野外学習の趣旨そして予定が説明された後、この野外学習にボランティアとして参加する俺達総武校生の紹介と特別参加者として、ジョーあんちゃんと舞姉ちゃんの事が紹介された。
二人が世界的に有名な格闘家だと知って、特に格闘技に興味がある?児童などはえらく驚いていた…そりゃそうだ。
ついでに、何時も何時でも上手くゆくなんて保証が何処にも無いのも、そりゃそうだ…ですよねオオキド博士!?
そしてボランティア組を代表しジョーあんちゃんが挨拶をする事になった。
まぁ妥当な選択だな。
「え〜と、おっーす皆元気か!?」
『げんきでーす!』
私達はここに居ますって、かなり叫んでみたの? 違うか、違うな!
ジョーあんちゃんの呼び掛けに児童達が答える、やっぱ変声期前の子供の声って男子の声も音波兵器だわ、八幡改めて実感、そりゃあアニメじゃ女性声優さんが演じる筈だわ、けどそう考えりゃ『エルドラン』シリーズで小学生役を三作通して演じられた『島田敏』さんはやっぱ凄い人なんだな。
『ジ・O動け、ジ・Oなぜ動かん?』
其れよりも前の時代にZガンダムでシロッコも演ってたんだよな。
「オジサンは、いや、お兄さんと言わせてくれっ!」
そのジョーあんちゃんの一言に、この場に居る殆どの人から笑い声が漏れた。
コレが所謂『掴みはOK』って云う奴か、やるなジョーあんちゃん。
「お兄さんはタイと言う国でムエタイと言う格闘技を学んで、その世界チャンピオンだったんだが、今は若い人達にそのムエタイを教えています。」
おお!とか凄えとか、児童達から感嘆の声が漏れる。
「その中には君達よりも小さな子供達も居るんだ、てそれは良いか…皆この三日間元気に楽しく過ごそうぜ!!」
『はーーーーい!!』
児童達の大合唱の声が山彦の様に響いてくる。
お次はボランティア生徒を代表して、葉山が挨拶をしたんだが、其処は割愛する事としよう、だって需要が無いだろうからな、読者的に、まぁ小学生女児達には需要が有った様だけど。
そして始まる本日最初の行事、オリエンテーリングまたの名をウォークラリーとも言う。
またの名、所謂二つ名か、例えばテリー兄ちゃんなら伝説の餓狼とかワイルドウルフとか呼ばれてるし、ジョーあんちゃんは嵐を呼ぶ男とかハリケーンアッパーのジョー・ヒガシとか…なんか俺も二つ名欲しいな、はっ!、イカン封印した筈の中二心が!
「それで平塚先生、私達はコレから何をする予定になっているのでしょう?」
雪ノ下が平塚先生に確認を取る、それによると、俺達はオリエンテーリングのゴール地点となる場所で児童達の昼食の準備全般を請け負うとの事だった。
弁当及び飲み物の配膳等、それらは予め平塚先生が車で運んでくれるとの事、まぁ手ブラで行けるのは楽で良いか。
「それじゃあ私達も行きましょうか、八っちゃん、こまちゃん、それから八っちゃんの彼女達もね!」
おい舞姉ちゃん!!その言い方ああ!ヒデェよ、止めてくれよそんなん、世間体ってもん考慮してくれよぉぉぉ!
「「「ハイ!」」」
君達もハモらないで、嗚呼もう…眼から汗が『どうしたんだろう、おかしいね輝、涙が止まりませんよ。』覚えてい〜ますかぁ(涙)
「アハハハ…元気出してね八幡。」
嗚呼、戸塚…君だけが俺の心のオアシスだ、戸塚俺と一緒にファイナル・フュージョンしよう!
何なら、材木座をハンマーにしても構わない、ドライバーは誰に演ってもらおうかな!?(声的にホントは材木座かジョーあんちゃんがファイナルフュージョンしそうだけどね。)
と、その前に誰に発動承認してもらうかだな、山崎竜二…誰ですかそれ?
「ありがとな戸塚、俺の味方は戸塚だけなんだな…。」
はぁ〜、舞姉ちゃんと小町が由比ヶ浜達に俺の昔の話を暴露してるんだけど、それってプライバシーの侵害ではないでしょうか?
そんなに俺の心を蹂躙したいのん?君達は『ララーシュタイン』なの、悪の天才なの、野心を抱いたの?
「でもさ、ヒガシさんも不知火さんも二人共、八幡の事本当に弟の様に思っているだね。」
ああ、それは俺も重々承知しているけどさ、それでも昔の事を暴露されるってのって居たたまれないんだよ、いや俺の場合は痛たまれないか!?
ゴール地点への移動の道すがら、オリエンテーリングに勤しむ子供達のグループの姿を見掛ける。
葉山とか世話焼きドリルのあーしさんとかはそんな児童達に声援激励を送っているが、更にはその小学生グループの輪の中に入り、オリエンテーリングのクイズの答えを一緒に解いたりしてその中に溶け込んでやがる。
コイツらのこう言ったのコミュニケーション能力は素直に感心できる、あまりやり過ぎ無ければだけど。
「あーしさ子供とかってチョー好きなんよね、何か良いじゃん!」
あーしさんが葉山をチラチラとチラ見しながら、子供好きをアピってらっしゃいます、はは〜んそゆ事ね…雪ノ下達に鈍感扱いされる俺でもピンと来ました。
まぁ頑張れ、あーしさん。
そんな児童達のグループの中で、一つ他とは違う、歪んだ様相を見せる女子児童のグループを俺達、厳密には雪ノ下が見つけた。
「ねぇ、比企谷君…あの娘達のグループの様子たけど…。」
「……あぁ、たく嫌なもん見せやがってくれる。」
それは厳密に言えば五名の女子児童で構成されたグループなのだが、実質は四名と一名に分断されたしまったグループだ。
和気藹々として語り合いながら歩く四人と、その後を少し遅れて続いて歩く一人の少女。
四人は一人の少女をチラ見しながら、嘲笑の笑みをうかべている。
対する一人の少女は…その表情には何処か諦めにも疲れている様にも見える表情を浮かべている。
何とも対照的で胸糞悪い対比だ、俺にも覚えがある。
俺の場合は、まずはちょっとしたオチョクリから始まった、所謂イジリってヤツから、やがて一部のグループから受けるシカト、それがクラス全体に広がり…やがて暴力へと。
まぁ女子だから暴力に発展なんて無いと思いたいが、そうとも言えないかもだよな、前に雪ノ下が言ってたもんな『男性よりも女性の方から余程ドロドロとしてねちっこいのよ。』って。
雪ノ下の場合は、自分をチェーンメール攻撃をして来た連中を迎撃どころか殲滅したとか言ってたし。
しかしあの娘は、小六にしては随分と大人びてるってか落ち着いて見えるな、その大人びた佇まいも合間って、可愛いより綺麗だと思える、雰囲気的に言うと雪ノ下を小さく小学生にした感じと言えばしっくりくるかな。
そして、その子は首にストラップを掛け、そのストラップはデジタルカメラに繋がっていて少女の胸元、胃のあたりにぶら下がっている。
時折所在な下げにそのデジカメに触れては、離し……。
何か見てらんねぇが、今手を差し伸べるのは不味いか、いや中途半端な他者の介入はあの娘の立場をより一層悪化させるだろう…ハァ、苛つくぜ。
別にあの娘が自ら望んで今の立場、孤独な状況に身を置いているなら構いやしないが、ぱっと見そうとは思えない。
あの娘は悪意によって今の立場に置かれている様に思える。
「どうしたのヒッキー、ゆきのん?」
「おぅ、いやちょっとな…。」
由比ヶ浜の質問に何と答えるべきか、思わず木工…黙考してしまう。
ヤバい危うく木工ボンド部に入部してしまうところだったぜ…。
「…!?、ヒッキー…あれってさ、もしかして…。」
俺と雪ノ下の目線を追ったのか、由比ヶ浜はあの少女達の一団と孤立している少女の状況に気が付いた様だ。
「由比ヶ浜さん、今は手を出したら駄目よ。」
「ふぇ!?ゆきのん……うん、分かったよ…でもさ、何か…。」
由比ヶ浜、お前は優しい奴だから…あの娘の置かれた状況に心を痛めて居るんだろうが、俺達とあの子達には現状何の接点も無いんだ、そんな俺達が何かした所で…。
「あの娘の事何も解って無いんだぞ、迂闊に手ぇなんぞ出さん方が良い…。」
そんな…悲しそうな顔するなよ由比ヶ浜、お前って本当に誰かに対して感情移入しやすいんだな。
「八っちゃんの言う通りよ、結衣ちゃん、でも結衣ちゃんだってホントは分かってるのよね。」
舞姉ちゃんが由比ヶ浜の肩に優しく手を掛けながら諭す様に語りかける、サンクス舞姉ちゃん。
俺達はそうやって、彼女達を見守る事にしたのだが、ソレをぶち壊す奴が現れてしまった。
葉山隼人だ…少し距離が離れているから何を言っているのかは聞こえないが、葉山は一人孤立する少女、ミニチュア雪ノ下の前に跪き目線を合わせ語りかけている。
「本当に、彼は余計な事しかしないのだから…。」
雪ノ下は忌々しげにそう、呟く…雪ノ下と葉山の因縁?もココは置いておこうか。
声をかけた後葉山は少女の肩を押して四人の中へと押し込む…。
一見すると爽やかなイケメンのお兄さんが自分達に語り掛けて来たのだから、四人の女児達は葉山に対してだけは嬉しそうな笑顔を見せるが、果たして自分達がバブいているあのリトル雪ノ下に対して…………ハァ、やっぱりだな。
「ヒッキーの言う通りだね、ゆきのんもヒッキーも舞さんも、こうなるって分かってたんだね、あたしはここ迄だとは思わなかったな。」
ああ、あそこ迄悪意のある嘲笑を年端も行かない子供がしてんだよ、其れを今現在あの娘は体験していて、俺もそして多分雪ノ下も経験した。
「あぁ…もう胸糞悪りいな。」
認めんのは癪ではあるが、葉山の奴は中々にイケメンだ…それはさっきの小学生達への挨拶でも分かったように、小学女児にも通用する程に。
そのイケメン年上お兄さんが、取りように依っては一人の女の子を贔屓した様に受け取られるかも知れないな、それも自分達がハブいているターゲットを、果たしてそれが後々どう言う事になるか。
「やあ、お疲れ様、皆早速で悪いが先程言った様にこの弁当と飲み物の配膳を頼む、それから女子の中で家事が得意な者は梨の皮むきを頼みたい、それが終われば私達も昼食と夕飯の準備を始める迄は休憩時間だよ。」
ゴール地点に到着すると平塚先生から労いの言葉と共に次のお仕事の指示とを頂戴した。
「ヨッシャぁ、じゃあ一丁ヤロー共は力仕事を、嬢ちゃん達は皮むきを担当するってのはどうだ、平塚さんと舞は女の子達の方を見てやってくれ。」
「ええ、分かったわジョー!」
「はい引き受けましたヒガシさん!」
ジョーあんちゃんの提案のもと、昼飯前の最後の人仕事に取り掛かる運びとなった。
「ソンじゃあ行くか八幡、坊主共!」
「おう。」「「ハイ!」」「了解っしょ〜!」
男達がジョーあんちゃんの音頭により動き出した。
仕事と昼食を終え、木陰でのんびりと休憩時間を過ごす俺達、ジョーあんちゃんと平塚先生はいい感じに会話が弾んでいるようで、何よりであります!
葉山のグループ四名も、教室に居る時と変わらぬ調子で、若干二名男が足りないが、まぁ何時も通りだろう。
「あぁ、落ち込むわ〜まさか結衣の方があーしより家事が出来るなんて思わなかったし…。」
心の底から落ち込んでいますとアピるあーしさん、まぁ由比ヶ浜は一年以上もあの完璧主婦のガハママさんに家事の手ほどきを受けてきて、漸くそれなりレベルまで持って来れたんだよ、だからあーしさんも頑張って見れば良いんじゃねえの?
「大丈夫だよ優美子、女の人生は家事だけじゃ無いのよ、そう女の道はBLにこそ有りよ!ハヤハチをトツハチをトベハチを私達は、生温い目で見守るのよーむワッはーーー!!」
もう誰かあの腐女子の口塞げよ、頼むからさ、葉山お前グループリーダーだろうが、なら責任持ってあの口を塞いどけよ…それによってお前がどうかなっても俺は知らんけどさ。
「お〜い八幡、いい感じに腹もこなれて来てんじゃねぇか!?」
腐女子さんの腐った発言にゲンナリしていた俺にジョーあんちゃんからお声が掛かる。
ジョーあんちゃん、やるつもりだな、まぁ今日は色々とムシャクシャしているし、丁度良いや。
「ああ、問題ないよあんちゃん。」
ジョーあんちゃんは両手にミットを装着して俺を誘う。
さてと久し振りに叩かせてもらうな、よろしく頼むぜあんちゃん。
3ヶ月に及んだ労働災害による休業期間も終え9月1日より現場復帰しますので更新速度か低下すると思いますよ。
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リンゴとハチミツが溶けてるカレーは知ってるが、桃は?
さてと、ホンじゃ一丁久し振りに“ぶあっと”行ってみますか!
俺はいそいそと両手に練習用グローブを着け、既にミットを着け終えたジョーあんちゃんの元へ向かう。
ジョーあんちゃんは両手のミットを、俺はグローブを着けた両拳を軽く打ち合わせて、感触を確かめる様に。
周りの皆は、そんな俺達二人を何事かと注目している(身内を除いてだが)、俺が格闘をやっている事は一色と戸塚以外には公言して無かったからな。
「ヨッシャ来い八幡!」
「押忍、行くぜあんちゃん!」
先ずは、軽く身体を解す様に全身を揺らして、しかる後その場でステップを踏み、構えを取ってから…ジョーあんちゃんの顔面の高さに構えられたミットに、感触を確かめる様に、左のジャブを三連打、からの右。
「シュッ、シャッ!」
其れから、構える場所を変えるミットを追尾する様に追いかける様にパンチを叩き込む。
フック、アッパー、ボディブローと乾いた音を響かせながらミットを叩く、時折ジョーあんちゃんは攻撃を模してミットを着けた腕を振るう。
其れを俺はスウェーでウィービングで回避しながら体勢を整えて、或はそのスウェーやウィービングの動きを利用して攻撃。
「ヨシ!次は蹴りも加えてみろ!」
「…OKィ!」
ジョーあんちゃんの指示に従い、蹴りを加えてミットを叩く、中段、上段への蹴り、流石にミットを構えてもらってんのにミットの無い下段へローキックをカマす訳にはいかないわな、なので下段は無しね。
ジョーあんちゃんが左腕を振りつつ右手を下げて腰の位置に構えている。
俺はそれを、ダッキングで左腕を躱して、その体勢のまま左を下方から斜め上方へフック気味にパンチを叩き込む、パシンと妙に軽い音が響く、踏み込みが足りなかったか。
「ふわぁ〜、せんぱい…カッコいいですぅ…。」
「うん…凄い、ヒッキー凄いカッコいい!」
一色と由比ヶ浜の声が聞こえる、集中力が途切れて来たのかもな、もうどん位こうして叩いてのか、もう十分近くになるんじゃ無いのか?
「ヨッシャ!ラストだ八幡アレ行ってみろぉ!」
ジョーあんちゃんは右腕を前方へ押し出し、右手のミットを顎位の高さに斜に構えた、アレね、了解。
俺は身体を軽く屈めてタメをつくり、その溜めた力を一気に開放する。
「タイガァッ・キィック!」
黄色味を帯びた闘気を全身に纏い、俺はジョーあんちゃんのミットへ向け飛び膝蹴りを食らわせる。
『バシィーン』と鋭くも低い音を轟かせてミットへブチ当たる俺の右膝の威力にミットを着けたジョーあんちゃんの右腕が弾かれ、俺も勢いのまま空へと飛びあがり…やがて着地。
「うおぉぉ、っべぇ〜マジかよ比企谷君マジすっげぇ〜!」
戸部の声を皮切りとして皆が拍手や喝采をあげて迎えてくれた。
あっらっやっだっわ〜、八幡ったら照れちゃうわ〜。
「どうぞ、比企谷君。」
「ヒガシさんも、お疲れ様です。」
雪ノ下が俺に、平塚先生がジョーあんちゃんに汗を拭う為のタオルを手渡してくれた。
「…わり、サンキュウ雪乃。」
「いやぁ!コイツはどうもありがとうございます、平塚さん。」
ジョーあんちゃんはまだ両手のミットを外していない為、平塚先生が代わりにあんちゃんの汗を拭ってやっている。
俺も礼の言葉を述べて、木陰へと向かいながら汗を拭う。
「どうだぁ八幡、チッたぁスッキリ出来たか!?」
「…あんちゃん、気付いてたのか。」
ジョーあんちゃんは、あのリトル雪ノ下の現状を見てしまい、チョットばかり胸糞悪い気分に苛まれていた俺の様子に気が付いていた。
「ハッ!もう何年だ俺らの付き合いはよ、オメェが何かに苛ついてんのが解らねえ俺様だとでも思ってんのかぁ。」
ミットを付けたままの右手で俺の頭を押さえ付けながら、ガシガシと掻き回しながらジョーあんちゃんは、そんな事を言いやがった。
「まだまだお前は、俺等にとっちゃあ手の掛かる弟って事なんだろうな八幡!ナッハハハハッ!」
あ〜ぁ全くだな、まだまだ俺は兄貴達には届かねぇのかな。
「サンキューな、あんちゃん…。」
しかしこのミット打ちのお陰で幾分かムシャクシャした気分が晴れた様な気がする、本当にありがとなジョーあんちゃん。
木陰へ向かう道すがら、意外な奴等が俺に声を掛けてきた、あーしさんと腐女子さんだ。
「やるじゃんヒキオ!」
「うん、凄かったよ比企谷君。」
あーしさんと腐女子さんも、今のミット打ちに高評価を付けてくれた様だ。
だが、口ではそう言って高評価を付けてけれてんのに、あーしさんは顔を赤くして…何か怒ってんのかな。
対して腐女子さんの方は、何だか新たな方向性が見えただの、何だのとブツブツと呟き始めた…こう言う時は放って置くのが一番だよな、多分、触らぬ神に祟り無しって言うしね。
「おう、サンキュな。」
なので、一応評価に対するお礼だけは言っておく。
「…………………。」
木陰の木の根本に腰掛けようと思い、歩を進めていると、何も言わず、ジッと俺を見ている葉山の姿を俺は視界の中に入れてしまった。
「ん?何だよ葉山…。」
「……君は、凄い奴だったんだな…あのサーブの力の秘密が漸く分かった様な気がするよ…。」
…ああ、アレね、葉山の奴もしかしてあれからずっと考えてたのご苦労なこって…コ〜ツコ〜ツやる奴っあご苦労さん♪てな。
「別に俺は大した奴じゃねえよ、まだまだ兄貴達の…漸く足元か…膝位は行ってるのか?」
どうなんだろうな、自分じゃ良く解らん、最近漸く少しだけ納得出来て来たような気もするんだが、どんなもんなんだろうか。
「そうなのかな…でも『パキッ』…」
葉山が、俺に何かを言おうとしたその時、今俺が居る木からほんの僅かに離れた一本の木の側から何か小枝でも踏んづけた様な小さな音が聞こえた。
「あっ……………。」
片手をその木に添えて、立ち尽くしていたのは、現在此処には居ない筈の小学生(今は小学生も引率の先生達も、宿泊施設に居る筈)の少女の姿、リトル雪ノ下の姿があった。
「…………………。」
「……………さい。」
リトル雪ノ下は何かを呟いた様だか、俺には上手く聞き取れなかった、コレは俺が難聴系主人公だからじゃ無い、ホントだよ。ハチマンは真実を語っているんだからね、決して騙っている訳じゃ無いんだよ。
「ごめんなさい!」
あっ、今度は聞こえたよ、マジでマジでって言ってる場合かァーッ!
ごめんなさいの言葉を残して、リトル雪ノ下は走ってその場を離れて行った。
ヤバい、今日は伊達眼鏡持って来て無かったからな…俺の眼を見て怖がらせてしまったかもだな…ゴメンなリトル雪ノ下、ゴメンなリトル・ルルとちっちゃい仲間たち!
「………留美ちゃん……。」
「…あの娘は留美って名前なのか。」
葉山隼人やりやがる、あの短時間に名前まで聞き出して居たのか、何?コイツもしかしてロリ好きなの、ヤバい奴なのか!?
チョット距離を取った方が良いよな、うん!そうしよう。
「ああ、鶴見留美と言うそうだよ。」
鶴見留美ね、『つるみるみ』、何か魔女っ子が魔法のステッキを振りながら唱える魔法の呪文の一小節みたいだな。
ヨシ、俺はあの子の事をルミルミと呼ぶ事にしよう、逆から読めばヤ○ルト社の商品名だな、しかも結構美味いんだよなコレが。
「ヒッキー、はい冷たいアクエリだよどうぞ!」
ルミルミがこの場を去って行ったタイミングで由比ヶ浜が此方へ来てくれた、
ニッコリ笑顔の由比ヶ浜が手間渡してくれたアクエリアスは彼女が言った様にキンキンに冷えていた。
左の掌から感じる冷たさ、それを俺が飲み干してしまうのに大した時間は掛らなかった。
時刻は夕刻、冬であれば日は西に傾き始めている刻限だろうが、夏至を過ぎたとはいえ夏のこの時期なれば、日はまだ高い位置に存在し鬱陶しい熱を放射している。
そんな最中、さて我々はと言うと…夜食の、キャンプ等に於いては定番と言っても過言では無いであろう、カレーを作る為の準備を始めていた。
キャンプ地である、この場に電気は無い(宿泊施設にはあるが)為、炭に火を付けて炊飯及び調理をしなければならないのだ。
「ヨシ舞、準備はオールオーケーだ、一丁頼むぜ!」
全ての竈に炭と着火しやすくする為の新聞紙を設置し終え、ジョーあんちゃんが舞姉ちゃんに仕上げの合図を送る。
「分かったわ、行くわよ!」
「龍炎舞!!」
巨大な扇を取り出して舞姉ちゃんはその扇を振りながら一回転すると…。
あら不思議、扇から炎が発生し、その炎は薪と新聞紙に燃え移り、それを勢いよく燃やし始めた。
『うおぉぉぉ!!』『凄え!』
小学生達が、引率の教員達が、ボランティアとして参加した俺の同級生達が、舞姉ちゃんの龍炎舞によって炭に火が付いた事に喝采を送る。
因みにだが、舞姉ちゃんの格好は残念ながらトレーニング用のジャージだ、試合用のバトルコスチュームは流石に小学生の前ではヤバ過ぎだからな、なんてったって、スマブラ出禁になったくらいだしな、ってスマブラって何!?
「まだまだ行くわよ!」
そう言って、舞姉ちゃんは全ての炭に火を付けて行った、不知火流忍術恐るべし!そして超便利!
そして、俺達ボランティア組は料理の出来る女子を中心に、小学生達は引率の教員の指示に従い調理及び炊飯を開始した。
こうなると、普段料理をしない系男子の俺は手持ち無沙汰になってしまう。
なので俺は、周囲の様子を眼で見て回る、ジョーあんちゃんと平塚先生が一緒に作業をしているし、ジョーあんちゃんはタイでも自分が教えている子供達に料理を振る舞う事があるらしく、多少の料理は出来るんだよな、対する平塚先生はと言うと…普段やって無いんだろうな。
先生…禁煙だけじゃ無く所謂花嫁修業もやった方が良いですよ、何ならあの由比ヶ浜を一年数カ月でそれなりレベルに迄押し上げた、ガハママさんに弟子入りするとか。
舞姉ちゃんはあーしさんと腐女子さんに料理を教えている、昼間の梨の皮剥きで二人をヤバいと思ったんだろうと。
「ほら優美子ちゃん、包丁はこう持つのよ、そして片手をこうやって添えてから、トントンって感じよ。」
「う〜っ、結構難しいし…。」
「あっ、優美子私は何か分かったかもかも!」
うん、二人は舞姉ちゃんに任せときゃ良いよな、なんてったってアイドル…じゃ無くて主婦だからな。
「でもさ、舞さんって美人で強くて料理も出来てイケメンの外人の旦那さんが居て…チョー憧れるし!」
あ〜うん、君等さっきテリー兄ちゃんとアンディ兄ちゃんとロックの写真にすっげぇ食いついてたもんね。
『ムッは〜ッ金髪イケメン兄弟による格闘的くんずほぐれつ!そしてその間で右往左往した挙げ句結局は受けに回る比企谷君!ハァ〜辛抱タマ…ラン!!』
とか、腐女子さんは絶叫するし、あーしさんじゃ無ぇけどマジ擬態するしだわよ!
『ひ、姫菜ちゃんは…独特の感性を持っているのね…。』
頬を引つらせながら、舞姉ちゃんはそう吐露してたけど、止めて舞姉ちゃん…それを感性とか言わないで、ソレ腐ってるだけだから、発酵なんてレベルを通り過ぎて廃棄しなきゃいけないレベルの腐敗だからね。
頭を切り替えよう、うん、それが心身共に健やかに過ごす為の最適解だ。
他だ他、他を見てみよう、雪ノ下を中心に一色と由比ヶ浜と小町が脇を固めてる…うん多分彼処が一番美味いカレーを作るだろう…八幡た・の・し・み!
しかし流石にこの夏の気温だ、いくら避暑地と言えども、そこ迄都会と気温差がある訳でも無い。
まぁ湿気が少いから多少は過ごしやすいんだろうがな。
夏の気温プラス炭の炎が放つ熱、体力の無い雪ノ下には、そろそろ一休みをさせるべきだろう。
「やっぱり、山とは言っても夏なので竈の火は辛いものがありますね、なので交代で涼を取りましょう、でわ最初は雪乃先輩からどうぞ!」
どうやら一色がそれを察したようだ、ナイス一色、多少強引でも一度休ませてやってくれ。
多少雪ノ下が意地を張っていたが、小町と由比ヶ浜の勧めもあって、雪ノ下もそれを受け入れた。
「よう、お疲れさん。」
此方へ向かってくる雪ノ下に俺は労いの言葉とタオルを手渡すと彼女はお礼の言葉を口にしてベンチへ腰掛けた。
此れで取り敢えず雪ノ下は大丈夫だ、なので他を見てみよう。
…あれはルミルミ達のグループか、昼間見た時と何ら変わらぬ状況、やはり此処でもルミルミは孤立している。
そこへ近づく一人の男、場の空気を呼んでいるんだか、いないんだか解らんのだが、それは葉山だった。
「カレー好きかな?」
中腰で視線の高さをルミルミに合わせて語り掛ける葉山、だがなさっきと同じでこの場でお前がルミルミに声を掛けるのは…。
「別にカレーとか興味ないし…。」
一言、そう断ってルミルミは葉山から離れて行った。
此れは謂わば戦略的撤退だ、恐らくは虐めのターゲットになっているルミルミが、ちょっと気になる年上の中々にイケメンなお兄さんに、声を掛けられ贔屓をされている、等と認定されたりしたらどうなるか…ルミルミは其の事を良く理解した上での撤退だろう。
「…………。」
葉山の奴は去り行くルミルミの後ろ姿を苦笑いの様な表情で暫し見つめていたが、気持ちを切り替えたのか『折角だから隠し味でも入れようか』等と言いやがった。
「良いねぇ、かしく味せっかくだからさ、あたし達も入れてみようか小町ちゃんいろはちゃん!」
「良いですね、私も賛成です!」
「と、言っても何を入れますか?」
葉山の隠し味発言が連鎖して行き由比ヶ浜が隠し味投入を、提案し小町と一色が賛成に回った。
…………………出切れば、御三片が突拍子も無い食材を入れようなどと思わなければ良いがな、俺は藁にもすがる思いで…いや藁はいくら何でも頼りなさ過ぎる、頼るなら…そうだな、せめてカプセル怪獣位にすがらないとだな。
『頼むぞミクラス、ウインダム、アギラ!』
「あたし桃!桃が良い!」
うわあ、マジかよソンなん入れるのかよぉぉ!
「ば、馬鹿止めろ結衣…。」
俺は由比ヶ浜を思いとどまらせようと声を発したが、その声音はか細くて由比ヶ浜達には届いて居ない様だ。
「ホント、馬鹿ばっか……。」
その一言、思わぬ方向から聞こえた声とセリフ、マジかよルミルミがルリルリのセリフを言ったよ、リアルロリが、蔑む様に言いやがったよ!
「…………でもね貴方達、桃を使ったカレーは実際に作られているのよ。」
「「嘘!?」」
雪ノ下の意外な言葉に、ルミルミと俺は同時にその一言を発してしまった。
いやさ、だって桃だよ桃、中に桃太郎居るかも知れないんだよ!いやゴメン、そんなの居ないけどさ。
「本当よ、嘘だと思うのなら、グーグルさんにでも聞いてみなさい…それに私は虚言は吐かないもの、貴方知っているわよね。」
確かに雪ノ下は何てか、よく言えば一本気で悪く言えば融通が効きにくい気性だが、その雪ノ下がそう言うのなら本当なんだろうな。
まぁでも、それに某バーモン○カレーにはリンゴと蜂蜜が入ってるんだし、ありっちゃありなのか。
「…………あの、さっきは…。」
ん?何かルミルミが言いたそうだな、何だじゃらほい、もしかしてアレか…俺の眼が怖すぎだとかクレームを言いたいのだろうか、しかしすまんルミルミ、そのクレームは俺にはどうにも出来ん。
それでも言いたければ、製造元にでも言ってくれ、本当は俺だってテリー兄ちゃんやアンディ兄ちゃんの様にキリッとしたカッコいい眼が良かったんだ(男泣)
「勝手に練習見て、ごめんなさい。」
はあ!?ルミルミはアレを気にしていたのか…いや、あんなモンは興行を打っている訳でも無いんだから、何も気にす事は無いんだか…。
あぁそうか、本来あの時間小学生達はあの場に居ない筈だったんだよな、もしかしてそれがルミルミからすると後ろめたさに繋がったのかも知れないな。
「あ〜、何だ…そんなもん気にするな、別に見られたからって減るもんでも無いし、それに俺はプロでも無いからな、別にお代は頂きませんって奴だ、まぁあの不気味な顔のセールスマンならお代の代わりに心を頂くとか言うんだろうけど、俺は残念ながら、そんなセールスのトークなんぞ弁えちゃいないからな。」
「「??」」
あれ、何か雪ノ下とルミルミの表情、頭の中にクエスチョンマークが浮かんでいらっしゃるのかな?
あっ、もしかして二人共知らないんだ『喪黒福造』さん…。
何か、スマソ………。
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俺達が小学生と語らうのは間違っている。
『笑ゥせぇるすまん』のネタが雪ノ下とルミルミに通じなくて、若干ではあれど申し訳無く思っております…比企谷八幡もうすぐ十七歳です、オイオイ。
いやマジなんだけどね…十七歳と言うと昭和の時代に『十七歳の地図』と言う名曲があったが果たして俺は、コレからどんな地図を描くのかそれは神のみぞ知るセカイ。
どうでも良いけど、このアホ作者『神の味噌汁世界』と入力ミスをしていました、変換の時に気が付いたけど。
まぁ直ぐに気が付いて直したけど、一体どんな世界だよ…赤味噌、白味噌、合わせ味噌に麦味噌、全国津々浦々の味噌製造者たちが、日本一の座に就く為に熾烈な争いでも繰り返してんのかよ『ザ・キング・オブ・ミソシル』でも目指すのかよ、そして更に上の『ザ・ゴッド・オブ・ミソシル』の座に選ばれし味噌が着く…無いわ〜、マジ無いわぁ!
たった一単語の入力ミスの為に本来予定の無い文字数を消費してしまったが、まぁ良いか。
何かルミルミが沈黙してしまった…こりぁ悪い事しちまったかな。
ルミルミは何かを言いたそうな、でも言えないのか、何か躊躇っているみたいだが…言っちまえよルミルミ、俺も雪ノ下もお前を無視したりなんかしないからさ。
「…強く、なったらさ…色んな事平気になれるのかな……。」
漸く意を決してルミルミは気持ちの一端を吐き出したのだろうな。
「さぁ、どうなんだろうな、そんなのはその人次第だからな…。」
俺は右手で頭を掻きながらルミルミに答え、更に続ける。
「お前が何を指して平気と言ってるかは知らんがな…昔話をするとだな…。」
ルミルミに俺の話を語った、小学校時代から始まった虐め、兄貴達との出会いなど。
「結局俺は、小中と一人の友達も出来なかったが後悔はしていない、その代わりにかけがえの無い兄貴達と出会えたからな。」
小学生の小さな女の子に自分語りをしてしまった、うっわ〜何なの俺!?もしかして今の俺はナルシスちっくだったりして無かったか?
「………そっか…。」
暫く間を置いてからルミルミは一言そう呟いた、セーフだったのか俺、小学生にナルシーだと思われなかったんだな!
ふ〜っ…良かった良かった、一安心一安心。
「…名前…。」
何だ…名前って!?
「名前がどうかしたのか?」
ルミルミの呟き、名前って何が言いたいんだ。
「…名前教えてって言ってるの、分かんない!?」
ああ、そう言う事ね…なる程な、けどルミルミよ、その言い方ちと不味いぞ。
「人に名を尋ねる時は、先ず自分から名乗るものよ、そう学ばなかったのかしら。」
なっ!雪ノ下はこう言った礼儀作法には割と厳格なんだよ、ってかルミルミは今日初めて俺達と会ったんだから知る筈無いわな、コイツは八幡うっかりだ。
「鶴見留美……。」
ルミルミはポツリと自分の名を名乗った、まぁ俺は知ってたんだけどな。
ロリ山ロリ人君が教えてくれたから、えっ?その呼び方は止めて差し上げろって。
「そう留美さんね、私は雪ノ下雪乃、そして彼は…。」
雪ノ下は俺に目配せをして来た、俺自身で自己紹介しろって事ね、ハイ。
「…俺は貧乏旗本の三男坊、徳田新之助だ。」
俺は、俺の出来うる最大限の作り声、松平○さんの声をイメージして自己紹介してみた。
「……………ハァ。」
「……………?」
雪ノ下はこめかみを押さえてため息を吐き、ルミルミは訳が分からないのかキョトンとしている。
「貴方と言う人は、自己紹介も満足に出来ないのかしら…全く私は何故こんな人の事を……」
「…違うの!?ちゃんと教えて!」
オッふ…二人からの物言いが付いてしまった…さてどうするかな。
「……俺は桜間長太郎、美玉市立第一小学校の五年生だ『ゴチィーン』…っ行ってえ〜!?」
「オメェは一体何処の『はっちゃく』だコラ!さっきから聞いてりゃネタに走ってばっかじゃねえか、しかも『あばれはっちゃく』とか俺の世代でも知ってる奴はほとんど居ねえってのに、今の小学生が知ってる訳無えだろうが!!」
「さっさとちゃんと名乗りやがれ!」
人が楽しく名乗りあげていたのに、このオッサンは俺に、思いっ切り拳骨カマしやがった、しかもさっきから聞いていたって、アンタさっき迄平塚先生とカレー作ってただろうがよ、いつの間に俺達の話聞いてたんだよ。
「アハハハ…今のはヒッキーが悪いってあたしも思うな…。」
ジョーあんちゃんと、いつの間にか由比ヶ浜までもが此処に来ていた…だと。
俺はネタに走る余り、周囲に気を配る事を怠った…とでも言うのか…まぁぶっちゃけ多分そうなんだけどね。
「…さっきのオジサン…。」
ルミルミはジョーあんちゃんを指してオジサン呼ばわりをした!
「ハァ、解っちゃいたが、やっぱり今の小学生からすると俺もオジサンなんだな…。」
…おい…ちょっと待てよジョーあんちゃんよ。
「違う!ちがーう、だぜジョーあんちゃん、そうじゃあ無えだろ此処は『オジサンは無いだろうこう見えて、まだ二十歳なんだぜ』って言わなきゃだろうが、声的に!」
俺は、思いの丈全部をぶちかます様にジョーあんちゃんに言ってやった。
「なぁに訳の分かんねえ事言ってやがんだオメェはよ?見てみろ嬢ちゃん達も困った顔してんだろうが!」
ジョーあんちゃんが言う様に、俺はこの場にいる雪ノ下、ルミルミ、そして由比ヶ浜に眼を向けて見た……。
「………。」「………ハァ。」「…アハ、ハハッ…。」
…ルミルミは無言、雪ノ下は額に手を当てため息、由比ヶ浜は苦笑い…。
あっちゃ〜八幡ってば、またハズしてしまいましたかね…。
「お呼びで無い、お呼びで無いね…こりゃまた失礼致しました、と!」
「だから、オメェは何時代の人間だこのヤロー!」
少しゴタゴタしてしまったが、えっ?誰のせいかだって…そんなの八幡知らないよ。
「…美味いな、良いんじゃねえか、俺の好みの味だな。」
由比ヶ浜は、カレーの味見を俺に頼む為に此方に来たんだそうだ、お猪口サイズの小皿に注いだカレーを手渡してくれた。
肝心のお味の方は、とてもよろしかったと言っておこう、まぁ俺の味の好みを熟知している小町が居るんだしな。
「そっそう!やった!えへへぇ〜。」
「ほぉ、察する所こいつの味付けは結衣嬢ちゃんがやったんだな、おい八幡彼女達が丹精込めて作ったカレーだ、心して味わえよ。」
…はいはい解ってますって、あんちゃん、今の由比ヶ浜の笑顔を見ればさ、いくら俺が鈍感野郎だったとしても。
それは勿論由比ヶ浜にもだけど、一色と雪ノ下と小町にも感謝しないとだ。
「あ〜、ルミルミこいつは由比ヶ浜結衣って言ってな…俺が高校に入って出来た、人生初友達だ。」
由比ヶ浜を指差し、俺はルミルミに由比ヶ浜を紹介する、人を指差すなんてお行儀が悪いですよと、怒られたりする可能生もあるがまぁ見逃してくれ。
「ほぇ、あたし…えへへぇ〜あたしヒッキーの初めての友達なんだ…ふへぇ〜何か嬉しいねヒッキー!」
「ルミルミじゃ無い留美!」
その紹介の言葉に由比ヶ浜は表情を蕩けさせ、その身をくねらせて…ずっげぇ嬉しそうだが、ルミルミはルミルミと言う呼び名がお気に召さないご様子だ。
全くもう!注文の多い料理店…もとい注文の多い娘ね!
「おう、そうか……。」
「…誰かがハブられたりする事って、結構前からあったんだ……。」
静かにルミルミは語り始めた、自分の置かれた現状を…。
「面白がって、誰かをターゲットにして無視したり笑ったり…でもそれは直ぐに終わって次は別の人がターゲットになって……。」
そんなある日、そのターゲットにルミルミの友達…と言って良いのだろうか、ルミルミが仲良くしていた娘達がそのターゲットとなり、ルミルミも周りの雰囲気に流されてしまったのだろう、その娘と距離を置いてしまったのだそうな、その後巡り巡ってと言う程の時間も掛らず遂にそのターゲットにルミルミがなってしまったと言う訳だ。
「本当に馬鹿な事したな。」
それが、いざ我が身に振りかかってみてその事に気が付いたってか、そしてルミルミは友達を見捨ててしまった事を後悔し、自罰的に現状を受け入れてはいるが…それでもやはり、一人で居ることに対する辛さや惨めさを感じているのだろうな。
「で…留美嬢ちゃんは自分のやった事を反省はしているって訳なんだな。」
ルミルミが語り終えるのを待って、ジョーあんちゃんが総括?しまとめる様にそう言ってルミルミが肯定して頷く、そして更に。
「だったらよ、嬢ちゃんは一つやらなきゃならねぇ事が、あるんじゃねえのかよ!?」
続けて言った、ああそうだよなジョーあんちゃん、俺も同感だ。
けど、ルミルミも由比ヶ浜と雪ノ下もそれが何か分からないといった顔をしている。
「ああ?何だ嬢ちゃん達は分かんねえって顔だな、悪い事をしたらどうするかって教わってねえのか。」
ここ迄言えば分かるよな、ルミルミ、由比ヶ浜と雪ノ下もな。
「…でも…許してもらえるかな…。」
「…無理だろうな。」
そう無理だろうと俺は思う、自分が辛い時苦しい時に見限った様なヤツを簡単に許せるなんて事はな、でも。
「謝ったからって、皆が皆許してくれるなんて思わない方が良い、けどなルミルミ、それでももしかしたら許してくれる奴だって居るかも知れない、まぁ俺はそこ迄保証してやれないけどな。」
銀英伝のヤン・ウェンリーも言っていただろう『半数が味方になってくれたら大したものさ』ってな。
「謝んなきゃ、お前を許してくれる奴は一人も居ねえが、お前が心から謝ったらもしかしたら一人くらいなら許してくれる奴も居るかも知れねえぞ、俺は知らんがな。」
だが、この際はたったの一人でも良いんじゃないか、たったの一人でもゼロじゃ無いだけマシだろう。
「もう、ヒッキーは…そこは大丈夫って言ってあげなよ!」
「バッカお前な、そんな無責任で安請け合いな事言えないだろう、もしそれで一人も許してくれなかったら、俺がルミルミに恨まれるかも知れないだろう。」
この一年半ので俺はお前達と付き合って、女子を怒らせるとどれだけ恐ろしいかと言う事が嫌って程解ったからな。
「貴方、それが本音なのね。」
「…そこはあれじゃね、俺って男はリスクヘッジがシッカリ出来る人間だと、敬われても良いんじゃないかと思うんだが。」
クスリと、小さく笑う気配を感じた、それはルミルミから発せられた、極々小さな笑いの波動。
「あっ!留美ちゃん今笑った!」
由比ヶ浜も気が付き、その事実を殊更に大きな声でルミルミに指摘する。
「………笑って無い。」
ルミルミは笑いを我慢しているかの様に、小さくぷるぷると身体を震わせながら笑って無いなどと言っているが、我慢は身体に毒だぞ。
「…私も出来るかな、八幡達みたいに友達…。」
何といきなりの呼び捨てかよ、熊本名物いきなり団子も思わずビックリドッキリメカを発進させる勢いでの、速攻呼び捨てだなルミルミさん。
「そいつは、嬢ちゃん次第だろうな、八幡が言った様にな。」
ジョーあんちゃんがルミルミの問に答える、それは至極当然な答えだ、どう行動するのか、しないのかによって結果は着いてくるし変わりもする。
サイキックだのテレパスだのと言った超常の能力で人の心を読める訳でも、世界や人に何らの干渉が出来る力がある訳じゃ無いんだ、やってみなけりゃ分りゃしねえってな。
「…なぁルミルミ「ルミルミじゃ無い留美!」…おっおう留美、そのカメラって割と良い物じゃ無いのか、俺はその手のアイテムには詳しく無いんだが。」
ちょっと言葉をぼかして言ったが、昼間ルミルミを見掛けた時、寂しげにその胸元のデジカメに触れていたよな、本当はルミルミも誰かと一緒に写真を撮ったり写ったりしたいと思ってるんじゃないかと思ったんだが…。
「…お母さんが持たせてくれた…これで沢山友達との思い出を撮ってきなさいって…。」
…あちゃぁ、マジかぁルミルミの母ちゃんも、もしかして娘の様子に何かしらの変化を感じ取ってて、それで…ルミルミママはちょっとした気分転換でもさせようと思って、カメラを持たせたのだろうか…だとすると、否こいつはあくまでも俺の憶測なんだけど…ルミルミとっちゃあ意外に重くのし掛かんじゃないのか、この母ちゃんの気遣いは。
「そだ!ねえ留美ちゃん、そのカメラあたしに貸してくれないかな、留美ちゃんを中心にさヒッキーとヒガシさんとゆきのん、あ〜後舞さんと皆ににもお願いしてさ一緒に写真撮ろうよ!」
由比ヶ浜が、さも名案を思い付いたとばかりに自身の提案をルミルミに語る。
「ねえ留美ちゃん、あたし達と友達になろう!」
ベンチに座るルミルミの目線を合わせる為由比ヶ浜はしゃがみ込んで、ルミルミの膝の上に置かれた小さな両手を包み込む様に、自分の手をルミルミの手の上に重ねて言った。
こう言う時の由比ヶ浜の決断力は大したもんだな、人の懐にスッと入り込む事が出来る、雪ノ下の時もそうだし今も。
その後俺達は由比ヶ浜の提案通りにルミルミと共にミニ写真撮影会を行った。
舞姉ちゃんと一色と小町も呼び皆でデジカメに収まった。
世界的有名人である、ジョーあんちゃんと舞姉ちゃんが自分の娘と写真に写っている姿を見たら、ルミルミママもさぞかし驚く事だろう…尤も格闘技方面に詳しく無ければ、誰それって事になるかも知れんがな。
そしてそれを葉山が複雑そうな表情で見ていたが、それに付いて俺が何かを言う必要も無いだろう。
日も沈み夕飯を終え、小学生とその引率の教員達は既に宿泊施設へと引き上げて、今この場に居るのは総武高校関係者とジョーあんちゃんと舞姉ちゃんのみ。
小町と雪ノ下が淹れてくれたお茶を皆でいただいている所だ、そのお茶を俺はちびちびと味わっている、結構猫舌なんだよ俺。
「留美ちゃん大丈夫かな…。」
「…皆で写真撮ってた時は、平気そうにしてましたけどどうなんでしょうね、せんぱい達が留美ちゃんに何か言ってあげたんでしょう?」
まぁ、厳密には俺じゃなくてジョーあんちゃんなんだがな。
その経緯を知らない皆に此処でも改めて説明をしておいた。
「確かにヒガシさんが言う様に、留美ちゃんがその友達に謝ると言う事には賛成だけど、留美ちゃんの班の四人とも話し合うべきじゃないかと俺は思うんだ、そうすればきっと分り合える筈だよ、皆本当は良い子なんだ。」
話し合いね、時と場それと人に拠ってはそれでも良いだろう、あんちゃんがルミルミに提案した様に謝罪をする事だって話合いの一つだと言える。
「けどよ葉山、お前の言うルミルミの班の四人って、十中八九一連のシカト事件の主犯格だよな、そんな奴らと何を話せって言うんだよ、こんな馬鹿な事はもう止めてとでも言わせんのかよ。」
「いい子ちゃんね、そんな愉快犯みたいな奴らに一人ルミルミが何か言ったところで、多勢に無勢で押し潰されちまうだけだろうと俺は思うぞ。」
大体がな葉山、お前が評すところのいい子達なら、端からそんな真似する訳無えだろう。
人の痛みや悲しみをニタニタとほくそ笑み、小馬鹿にしてそれに飽きたら次のターゲットを見つけて同じ事を繰り返している。
「………くっ…それは…。」
テメェで分り合えると言っておきながら、実は葉山自身も絶対にそうなるとは自信を持って断言が出来ないんだろう。
「私も比企谷君の意見に賛成よ、葉山君貴方の言う話し合いだけど、貴方はそれで一度失敗しているのよ、それにもし第三者がそれに立ち会ったとしてもあの手の手合は…表面上は反省したフリをして見せても裏では舌を出して嘲笑っているのよ、あの時がそうだったでしょう。」
そこに持ってきての、雪ノ下からの追撃のお言葉、その最後の一言に雪ノ下と葉山の間に合ったであろう過去の何かの出来事の一端に触れているんだろうと、推察出来る。
それも雪ノ下の身に今のルミルミが置かれている状況に近い事があったんだろうと、その状況に葉山が何らかの形で介入でもして、その結果…。
「…確かにあの時はそう…だったかも知れないけど、今は…。」
「今の自分なら仲裁が出来るとでも言いたいのかボウズ。」
葉山は何か、決意表明でもしようとしていたのだろうか、だがそれはジョーあんちゃんに遮られてしまった。
月曜日、台風により仕事休止です。
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俺達が議論をする事は間違っている?
葉山の言葉を遮ったジョーあんちゃんは、真剣な面持ちを以てその葉山の眼を見据えている。
「なにもな坊主、俺はお前の意見を全否定する気はねぇんだがよ…世の中話し合うって事が大事な場面てのも多々あるさ、俺が留美嬢ちゃんに提案した、これ迄に同じ目に遭った子達に詫びを入れてみろって事も一つの話し合いだしな。」
何かこんなのは俺のキャラでも柄でも無いなんて事を、ジョーあんちゃんは照れ隠しの様に頭をガリガリと掻きながら言った。
「だったら、留美ちゃんとあの四人も話せば分り合えるんじゃないですか、互いがきちんと腹を割って話し合えばきっと。」
それに対して葉山はあくまで持論の理想論を以て、ジョーあんちゃんへ対そうとするが葉山よ、加害者であるあの四人とその被害者でもあり、留美が詫びねばならないであろうとジョーあんちゃんが言った子達ではその立ち位置からして全然違うだろう。
「コイツは俺の見立てなんだがな、さっき留美嬢ちゃんの話しを聞いてみて思ったんだがよ…嬢ちゃんとあのその四人の子達な、おそらく話し合いでどうこう出来る状況はとっくに通り越してるぜ。
物事には大抵それに応じた場や時っもんがあるんだがよ…まぁ関係無い話なんだが、俺達格闘家なら試合に向けてのコンディション作りから始めて、試合当日にその肉体と精神がピークを迎えられる様に持っていくんだが、そこ迄の道のりで、その時々それに応じたトレーニングメニューを熟して、その時その時に心と身体に聞いて診るんだよ、どうだまだやれるか!?平気か!?ってよ、そんでまだまだイケるって解ると、よっしゃだったらトコトンやろうぜっとかって心と身体と会話するって訳だ。
そうだなこの場合…おい八幡、それから皆もだがよもしもだ、この坊主が言う様に話し合いの場を持ったとして、その後どう言う事が起こるかって事を、少しばかり考えてみようや!?」
葉山に諭しながらも、俺達に話を振って来た、この場に居る皆に、それぞれに色んな考えがあるだろうしな、有り得る可能性を考えてみるのは有用だろうな、所謂ブレインストーミングって奴だ。
「そうだな、先ずは年上のイケメン兄ちゃんの言葉に従ってあの四人も話合いのテーブルに付くだろう、で口先だけで『はい、イジメなんてもうしません』とかって言うんだろうな、けど…。」
「けれど私達が居なくなった後、留美さんは彼女達に更なる虐めを受ける事になるでしょうね、年上のお兄さんに告げ口をした卑怯者だのと罵り、よりエスカレートした手口を持ってしてね。」
俺の言葉を繋げる様に雪ノ下が後に続けてくれた、恐らくは雪ノ下もその様な目に遭わされたクチなのだろうな。
俺の場合と一緒だな、あの日テリー兄ちゃんが俺を助けてくれたとしても、その後日本に残ってくれなかったら、俺は後日奴等にもっと酷い目に遭わされたかも知れない『あん時は外人のオッサン(奴等主観だとそう言いそう)に邪魔されたけどこれからはもっと酷い目に遭わせてやるから覚悟しろ』とか言われてさ、それにあの時アイツ等小町にまで手を出そうとか言っていたからな…クッ思い出したらまた苛ついて来たぜ!
「しかしそれは、あまりにも彼女達の事を冷たく見やしていないだろうか、俺達が情理を以て諭してあげれば、自分の悪い所に気が付いて反省してくれるかも知れないだろう、現に俺達だって…比企谷、君達のアドバイスのお陰で話し合って纏まる事が出来たんだ、そうだろう戸部、此処には居ない大和や大岡だって分かり会えたんだ!」
あぁ、例のチェーンメールの件な…確かに俺は葉山に言ったよ、その件をなあなあで済ますなとな、その言葉を受けて葉山は戸部達と話し合いの場を持ち、それが功を奏して前以上に仲間としての絆が深まったんだろ?。
かつて雪ノ下に対して失敗したであろうと思われる、皆仲良く話し合おうの精神…それが時を経て戸部達の時は上手く行った、所謂成功体験だな。
けどよ葉山、それは…。
「隼人君、俺さ思うんだ…あれは俺達三人誰が犯人になっていてもおかしく無かったてさ、だって現に俺だって内心は思ってたもんよ、ハブられたく無えってさ、もしアイツがあんなやり方をして無かったらもしかすっとさ、俺っちも別の方法で、二人の内の一人を蹴落とす方法を考えてたかも知れないっしょ…。」
「……と…べ!?」
葉山は今の戸部の告白を受けて、さも意外で不本意だと言わんばかりの表情を浮かべている、もしかして葉山は戸部達が和解する為の現場を設けただけで、その話し合いそれ自体に参加していなかったのか?
でなければ、今葉山の浮かべる表情の理由が成り立たない。
そして、だとすると葉山の言う皆仲良くだの話し合おうだのと言う触りの良い言葉は…なんともはや中途半端な気持ちの現れの様だな。
「それこそさ、ヒガシさんが言った時と場があの時ドンピシャハマったって事じゃないべか?
そんでルミルミっちはさ、その時期を逃しちまったって事なんしょ!?
ゴメン、俺っちってあんま頭良く無ぇからさ上手いこと言えてないべ…。」
最後はなんとも戸部らしい、口調で照れ隠しの様に話を締めたが。
戸部、俺には今のお前の言葉はさ、決して頭が良く無いとか上手いこと言って無いとか思わなかったぞ。
「戸部、そう自分を卑下する必要は無いよ、君は君なりに留美君の置かれた状況や君の友人達との出来事を踏まえ、そして慮ったうえで語ったのだろう、そうだね現国教師としては良い点数はあげられないが、生活指導担当としては花丸とはいかないまでも、三重丸位は進呈しても良いと思うよ。」
平塚先生にも高評価を頂いたじゃないかよ戸部、てゆうか平塚先生のセリフって久しぶりに聞いた気がするな、前回先生セリフ有ったよな、つか前回って何だよ前回って!?
「隼人君、女ってね…隼人君が思っているよりも…もっとずっとドロドロしてるんだよ、そのやり方は男子の其れよりももっと陰湿でねちっこいんだ…特にまだ学校と云う世界しか知らない小学生の女子じゃ尚更だよ…。」
これ迄、この場で殆ど口を開いていなかった腐女子さんが、妙に真剣味を帯びた口調で葉山に意見しやがった。
眼鏡に隠れている為目線は何処を見ているのか判然としないが、その語り口調からは実体験に基づいて語っている様に思えてならない。
「…姫菜、君迄そんな…。」
「だから私は思うんだ!何も学校の中だけが世界じゃ無い、もっと広い世界に羽ばたくべきだと、だから私は留美ちゃんに勧めるわ!私が通った道を、果てしなく続くヤオイ坂を!!」
「世間では腐界だとか、蔑まれているけれど私はその道で友達百人出来ま「姫菜そこ迄にしな!擬態、擬態するし!」ムッハ〜ッ!」
珍しく真面目モードで行くのかと思えば腐女子さんはやはり腐女子さんだったのね…かつて『風魔の小次郎』と『聖闘士星矢』の間に連載され僅か3巻で打ち切られ、今何処に需要があるのか解らんが細々と執筆されている、某○坂の第3巻最後のセリフをパクった様なセリフを吐いたうえでとんでも無い腐教活動に結び付けやがった。
この腐女子…やりやがる、やりやがるのは良いが腐女子さん、小町と奉仕部の三人には決して腐教しないで下さいね、八幡との約束だぞ!
そう言や、聖闘士星矢の後に連載された『SILENT KNIGHT翔』ってのも打ち切りだったよな(泣)
そしてあーしさん、毎度の事ながらマジでご苦労さまであります、腐女子さんの腐教活動を止める事が出来るのは君だけなんだ!
俺は君を常に応援しているぞ、コッソリと影から見付からない様にな、だって見付かったら面倒だし、やたらと俺を誰かとカップリングしたがるじゃん…。
「…それでよ坊主、お前は一体あの子に対して、どうしたいって思ってるんだよ?」
ジョーあんちゃんが葉山に対して発したそれは、俺としても是非とも知っておきたいと思っていた事柄でもある。
「…俺は、出来れば留美ちゃんを助けたいと思っていますよ、俺の出来る範囲で…。」
出来る範囲でね…つまり葉山は自分のできる範囲を超える様な事態であれば、そこでルミルミを見捨てるって訳か。
「…出来る範囲でか、じゃあハッキリ言ってやるぞ坊主、高々高校生の小僧にあの子は救え無ぇよ…その程度の覚悟じゃな!」
そうなんだよな、ジョーあんちゃんの言う通りだ、葉山だけじゃ無い。
それは、ジョーあんちゃんの言葉は俺達にも当て嵌まる、何の力も経験も実績も無い高校生に何が出来る?
今の俺達に出来る事って言や、精々が大人を頼って、この場合は平塚先生を通してルミルミの学校の先生に虐めが恒常的に行われているって事をリークして、注意して見てもらい、その都度小学校の先生に注意指導してもらう様に要請する位か。
「…その昔な、一人の外人の男が旅先の小さな公園で小さな小僧と出会ったんだが、その小僧はいつの頃からか虐めを受ける様になってしまっていたらしくてな、始めの内は今の留美嬢ちゃんが受けている様な事柄だったんだが、それが暴力に発展する迄に大した時間は掛らなかった…」
おいちょっと!ジョーあんちゃんが今語っているのは、俺とテリー兄ちゃんの出会いの話じゃねぇかよ!
あの公園でテリー兄ちゃんとロックと出会い、アンディ兄ちゃんとジョーあんちゃんと舞姉ちゃんと出会い、千葉マリンでこの眼に焼き付けたテリー兄ちゃんと草薙さんとの仕合い、闘う男の大きな背中…。
「…でだ、その男は結局国へは帰らずに一年間この国で暮らし、その小僧に寄り添ったんだよ、闘う為の牙をその小僧に授ける為にな…人に手を差し伸ばすって事はな坊主、本来は、お前それだけの覚悟が必要な行為なんだよ、お前に出来るか?まだ高々十七年かそこらしか生きていない小僧っ子に、それがよ。」
「…一年も、見ず知らずの子供の為にですか…何もそこ迄…。」
そう一年間もだぜ…凄えだろう葉山、一年間テリー兄ちゃんは俺にロックと一緒に修行を付けてくれた、お陰で俺は力を付ける事が出来て、暴力を跳ね返す事が出来た…ただそれは単なる暴力による力だけの事じゃ無い。
漫画やアニメとかなら、ありきたりな設定だったりするんだろうけど、俺が授けて貰ったのは立ち向かう勇気もだ、臆病でヘタレなヲタガキが兄貴達と触れ合って授けて貰ったのは心の力もだ。
またまたありきたりな言葉だが、それはまさに『心・技・体』って奴だ。
尤もそれはまだまだ道半ばなんだけどな。
だがよテリー兄ちゃんが凄いのは其れだけじゃ無いんだぜ、俺だけじゃ無くてロックもまたテリー兄ちゃんに手を差し伸べられた人間なんだよな、お袋さんと二人暮しだったロックは病気でそのお袋さんを亡くし天涯孤独(実際には父親は居たらしいが)の身となった処をテリー兄ちゃんに拾われ実質養子にしてもらってんだからな。
そう云う行動をサラッと出来る処がテリー兄ちゃんの凄い所だよな。
葉山、お前は何もそこ迄と言ったが、俺は思う…もしテリー兄ちゃんが日本に残ってくれなかったら俺はどうなっていただろうかって…まぁさっきも思った事だから、此処でまた語る事も無えな。
あ〜っ!けどよ、何てかさ…名前は出して無ぇけどさ、自分の昔の事を話されると何かこう、いたたまれ無えってか恥ずいってか。
ハァ、ちと頭冷やして来っかな、考えも浮かば無ぇしな。
「…悪りぃ、俺ちと外すわ…。」
「ほへ?ヒッキーどこ行くの?」
立ち上がった俺に由比ヶ浜が、すかさず声を掛けてくれた、そんな心配そうな顔すんなよ、何でも無えからさ。
「あ〜、アレだ俺はハガキ職人だからな『欽ドン!良い子悪い子普通の子』と『鶴光のオールナイトニッポン』の「あの歌はこんなふうに聴こえる」のコーナーに投稿するネタを考えなきゃだから、ちょっと失礼するぜ、俺程のハガキ職人になるとこんな場所も常にネタを考えているものなんだよ、シュ!。」
ヒビキさん敬礼ポーズを決めて、この場を離れようとする俺を由比ヶ浜達は微妙に呆れを含んだ(多分微妙だよな、あからさまじゃあ無いよな)瞳と乾いた笑を浮かべて居られる、あれ?もしかして俺、何かやっちゃいましたか…と某なろう系の主人公みたいな事思ってないかんだからね。
こう言う場合は、恥ずかしさなど微塵も見せることなく立ち去るべきだ!
「比企谷八幡はクールに去るぜ!」
此処で一端、物語は比企谷八幡の視点から他者へ移す。
「八幡どうしちゃったのかな、大丈夫かな…八幡ってさ何時も話す時に色んなネタを混ぜたりして、ちょっとふざけた事言ったりするけどさ、でも八幡は優しい人だから普段はふざけていても、誰かの為に一所懸命に行動出来る人なんだよね、僕も八幡にすっごく助けてもらったからさ、でも今の八幡って何時もと違って何か変だったよね…。」
この場所から離れて行くヒッキーの姿を見つめながら彩ちゃんが、心配そうな感じでそう言う、それはあたしも同じ気持ちなんだ。
入学式の日にあたしとサブレを助けてくれた命の恩人、ちょっと目つきは怖めだけど、あたしの知ってる中で誰よりも優しくて強い人だもん。
「平気ですよ戸塚さん、お兄ちゃんのアレはあからさまな照れ隠しですから、だってジョーお兄ちゃんがいきなり昔の自分の話をし始めたから、多分いたたまれ無ぇ〜とかって思って頭を冷しに行ってんですよ、それとお兄ちゃん留美ちゃんの事助けたいって思っているんだろうけど、良いアイデアが浮かばなくてチョット苛ついてるんですよ。」
彩ちゃんの疑問に小町ちゃんが、答えてくれた…ってか、ヒガシさんが言ってた小僧ってやっぱヒッキーの事だったんだ!
「ちょっ…ヒガシさんが言ってた子供ってヒキオの事なん!?」
アハハ、あたしが声に出す前に優美子が言っちゃったよ、あたし達は車の中でちょっとだけヒッキーとヒガシさん達との関係がどんなものか聞いたけど、優美子達は聞いて無かったもんね。
虐めに遭っていたヒッキーをテリー・ボガードさんが助けて、それから格闘技を教わって…そのテリーさんの弟さんで舞さんの旦那さんのアンディさんとヒガシさん、それからあたし達と同い年の男の子ロック君。
そんな素敵な人達と出会えたから、一緒に頑張って訓練したから、ヒッキーは強くて優しくてその…えっと、カッコいい男の子になったのかな。
「まぁな、実はそうなんだ。」
あっ、ヒガシさんあっさり認めちゃった…あたしはてっきりヒガシさん誤魔化しちゃうのかなって思ったんだけど、よく考えてみたら、小町ちゃんも居るんだし、舞さんだって居るんだもんね、だったら誤魔化す必要も無いか。
「でもさ、ジョーお兄ちゃん、小町はあの時のテリーお兄ちゃんのあの言葉…今でも忘れないよ、あの時はさ小町はまだ小一だったから完全に理解出来てた訳じゃ無いけど、お兄ちゃんがテリーお兄ちゃんに取られちゃうんじゃないかってさ、すっごく不安だったんだ。」
まだ小っちゃかった小町ちゃんが、テリーさんにヒッキーを取られちゃうって思ったって、どう言う事だろう、舞さんやヒガシさん皆ヒッキーと小町ちゃんとすっごく仲良いのに、昔何があったんだろう皆の間で?
「ちょっとお米ちゃん!ヒガシさんと舞さんも!どう言う事ですか!せんぱいを取られちゃうって、ちゃんと私達にも解る様に説明して下さい!」
いろはちゃん、ちょっと怒ってる…大好きな人が、昔と事って言ってもさ、すっごく辛い思いをしていたかも知れないって思ったら、そんな風に思っちゃってもおかしく無いよね、あたしだって…それにゆきのんだってきっと。
「ヒガシさん、不知火さん、それと小町君…教師としては、必要以上に生徒のプライバシーに深く立ち入るべきでは無いと思いますが、もし差し障りが無いのでしたら聞かせていただけませんか、比企谷と貴方がたとの間にあった事を。」
平塚先生も知りたいと思ってるんだ、先生の場合はヒガシさんの事が好きだからなんだろうかと思わなく無いけど、けどさ平塚先生ってかなり生徒思いの良い先生だとあたしは思うから、今のはホントにヒッキーの事を思いやって言ったんだろうな。
「…まぁ、こうなっちまったらしゃあねえな、小町も舞も構わないよな、話ちまってもよ。」
ヒガシさんの確認に小町ちゃんと舞さんも賛成みたいだ「まぁ小町は最初から殆どそのつもりだったけどね!」とニッコリ笑って言った。
小町ちゃんにとっては、とっくの昔に終わった話で、もう今は思い出になってる事だから平気って事なのかな?
そしてヒガシさんは話し始めた、改めて最初から。
ヒッキーとテリーさん達との出会いの日からの出来事を。
そしてあたしは、ヒガシさんの話から知る事になったんだ…。
それを知って、あたしはいつの間にか涙を流していたみたい、そして…。
「おい、どうしたんだ結衣!?何で泣いてんだよお前、大丈夫なのか?」
ヒガシさんが話終わった頃、ヒッキーはいつの間にか此処に戻って来ていたみたい、あたしの涙を見て心配してくれたんだね。
でもね違うんだよヒッキー、この涙はね…嬉し涙って言うのかな?うん、嬉しくても涙って出ちゃうもんなんだね…。
だって、あたしは!
あっ、でもヒッキーが小学校に上がって直に簡単な料理を作れるようになってたって知って、あたしは地味にショック受けちゃった、あたしなんか一年以上ママに教わっているけど、まだまだゆきのんや小町ちゃん、いろはちゃんには全然叶わないレベルだもんね…。
先週は佐世保のオッサン、風邪っぴきと三ヶ月間の休業からの現場復帰に身体が付いて行けず…何もやる気が起きませんてました。
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彼女達は彼について思いを馳せる。
〜一色いろはの場合〜
ヒガシさんが語るせんぱいと格闘家のみなさんとの出会いのエピソードは私が思っていたよりも、重いものでした。
…せんぱいは眼つきが悪くて、訳の分からない変な知識で、おかしなネタをよく口にする変な人ですけど、本当は誰よりも優しくて暖かい人で、見ず知らずだった結衣先輩のお家のサブレちゃんを、普通の人だったら命懸けの行為で(とは言ってもですね、いくらせんぱいが格闘技の修行を小さい頃からやってたと言ってもですよ、それでも一つ間違えたら大惨事になりかねない事ですよね)助ける事が出来る人で、なのにせんぱいは…そんな人なのに小学生の頃は誰にもそれを理解されずに虐めを、迫害を受けていたんだそうです。
「偶々テリーとロックがその場を通り掛かってな、そのガキ共を追い払ったって訳だ、元来八幡の奴は大人しい性格でな、いくら手を出されても反撃もせずに逃げるか、諦めてそのまま相手が飽きる迄やられっ放しだったそうなんだがよ、その日は違ったんだ。」
無抵抗なせんぱいを虐めるだけでは飽き足らず、その虐めの犯人たちはお米…小町ちゃん迄標的にしようとしていたそうです。
それを聞いたせんぱいは生まれて初めて、その犯人達に立ち向かって行ったんだそうです…初めての闘いが自分の為では無くて小町ちゃんの為だなんて、本当にせんぱいは子供の頃から自分よりも周りの大切な人の為に動く人だったんですね、そんなに小さな時から…。
私は中学に上がってからは、自分の容姿に自信があって、それを証明する様に男子達は少し媚びた態度を見せれば、直ぐに尻尾を振ってくれて、だからそんな男子達を私は良い様に使っていました。
そんな私だから、男子からはチヤホヤされてましたけども、同性のクラスどころか学年の女子からは疎まれていたと思います(直接、面と向かって言われた事は無いけど確実にそう思われていただろうな)そんな私ですけど、当時は本命と呼べる人は居ませんでした。
まぁ所詮は中学生ですし、将来性とかそんな事は何も考えず、少し見た目の良い男子と遊んでたりしていました。
それが変わったのはあの日です、中学生三年生に進級する目前、サッカー部のマネージャーだった私は部活の朝練に参加する為朝早く登校していて、それを目撃しました。
結衣先輩ん家のサブレちゃんを助ける為に、大きな車に向かい走って行く男の子の姿を。
その人は、顔貌含めた容姿は悪く無いと言いますか、かなりレベルは高いと思います、ただ一部眼つきだけが…そうですね、まるでヤの付く自由業の反社会的な人みたいに怖く感じるかもですけど。
そのせんぱいの行動を私はただ、見ているだけしか出来ませんでした。
だって普通に考えて、よそのお家の犬の為に車が走る車道に飛び出すなんてあり得ないですからね。
そして、せんぱいは怪我一つ負う事無くサブレちゃんを救出してのけました。
逆に、せんぱいとぶつかった車の方が壊れてしまってましたけど。
あれって、せんぱいが格闘技の技で壊してしまったんですよね、一体格闘家の人達ってどれだけ凄いんでしょうか…もしかして軽く人間辞めちゃってるんでしょうかね?
その事故?によって、精神状態が不安定になっていたと思われる結衣先輩をせんぱいは優しく、その結衣先輩の頭を撫でながら宥めていました。
それを遠目に眺めながら私は、この人案外女の子の扱いに慣れている人なのかと思ったんですけど、せんぱい曰く『お兄ちゃんスキル』が発動しただけだそうです(せんぱいによる後日談)。
その後『接触編と発動編』同時公開だとか何とか訳の分からない事を言ってましたけど、一体何の事だったんでしょうかね?
この時私は、もしかして凄いチャンスの到来かもなんて思っていました。
この人はきっと、アクション俳優志望の学生で将来の為に普段から自己鍛錬に余念の無い人に違いない、眼はあれだけど、その他はかなりレベルが高いし、身体付きなんて細マッチョって言うんですかね、凄くカッコいい!
コレは是非ともお近付きにならなきゃいけない!そうと決まれば積極的にアタック有るのみです!
と、思ってアタックして見たものの…せんぱいってば『あざとい』だとか言うんですよ、ホント失礼過ぎますよね。
でも、それってその当時の私の本質をせんぱいはひと目で見抜いていたって事でしょうか…ハァ自信なくすな、なんてその時密かに思った事は内緒です。
それに、その程度で挫けるいろはちゃんではありませんからね、でも中学生と高校生では接触の機会は多いとは言えないし、どうすれば…。
何日間か思案した私は閃きました、別におでこの辺りに閃光が輝いたりしていませんけど!
中学三年生と云えば受験生ですし、私は女子の制服のデザインがカワイイ総武高校を受験するつもりでしたし(当時若干偏差値的に厳しかったりしましたけど、あくまでも若干ですからね、若干、大事な事なのでココ強調しておきます)せんぱいはその総武高校の生徒です!
だったら、その総武高校現役の生徒であるせんぱいに勉強を教えてもらえば良いんじゃないでしょうか、せんぱいって案外押しに弱そうでしたし、うるうるお目々でお願いすればイケるかもです!
結果、せんぱいは少し不服そうにしていましたけど、結局は折れてくれて私の勉強を見てくれる事になりました。
しかし残念ながら、せんぱいとマンツーマンとは行かず、結衣先輩も一緒でしたけど…そしてこの結衣先輩、絶対にせんぱいに気があります、それはもうありまくりって位に…強敵その一です。
それから、せんぱい達の入学式の時の例の事故、その話し合いの為に雪ノ下家と由比ヶ浜家そして比企谷家の三家による会合?が開かれる事になり、私も強引に目撃者としてそれに参加する許可を貰いせんぱいのお宅にお邪魔しました。
幸いにもせんぱいと小町ちゃんのお母様には、多分気に入ってもらえたと思いますけど、お米ちゃんは何かに付けて私と張り合って来ます。
まぁあの娘も大概ブラコンでお兄ちゃん大好きっ子ですから、妹ポジションを私に取られたくないと思っているのかもですね、でも私が欲しいのは妹ポジションじゃないんですけど。
と、お米ちゃんについて語るのはこれ位で良いでしょう、問題はもう一人の強敵です。
雪ノ下雪乃先輩、同性の私から見ても雪乃先輩は惚れ惚れする位に綺麗で、正に深窓の令嬢を絵に描いたような存在感のオーラを全身から出していました。
けれど、初対面の時に感じた冷たさと云うか硬さのような、一種の排他性を感じさせる態度を見せていた。
そんな雪乃先輩でしたけど、せんぱいのお家のカマクラくんと触れ合い(せんぱい曰く雪乃先輩は猫大好きフリスキー)、そして多分当時雪乃先輩が恐れていたのでは無いかと思う、雪乃先輩のお母様に対しせんぱいが意見した事によって少しずつ雪乃先輩は柔らかく女性的になって行きました、この時からきっと雪乃先輩はせんぱいに惹かれ始めていたんだと思います。
ただでさえ天真爛漫を絵に描いたような、屈託の無い笑顔が似合い、思わず嫉妬してしまう位に大きな物をお持ちで、包容力の塊の様な結衣先輩という強敵が居るのに、さらに雪乃先輩という強敵が参戦して来たのです、いろはちゃん大ピンチ!
この頃になると私は、もう既にせんぱいに対して打算的な考えは抱いていませんでした、もう純粋に一人の男性としてせんぱいに惹かれていたのです。
そして今日、ヒガシさんにせんぱいの過去の話を聞き確信しました。
ああ、私やっぱり好きになる人間違えなかったんだ、結衣先輩と雪乃先輩、それにもしかしたら川崎先輩も…ライバルは手強い人達ですけど私負けませんからね、なんせ私はせんぱいが一番最初に、自分が格闘家である事をカミングアウトしてくれたオンナなんですからね♡それに…。
〜雪ノ下雪乃の場合〜
「その日テリーは、千葉マリンスタジアムで開催される『キング・オブ・ファイターズ・ザ・ワールド』って世界大会の決勝戦に出場する事になっていてな、丁度いい機会だと思って、それを八幡に直に見せる為に連れて行ったんだ。」
そして、比企谷君はその眼でテリー・ボガードさんの闘う姿を見て、強くなる事を、理不尽に負けない人間になる事を決意したのね。
世界トップクラスの強者達の闘う姿に彼は…それ迄人の醜い部分ばかり見ていたのでしょうから、きっと光を見たかの様な思いを抱いたのではないかしら。
私もまた、彼と同じ様に人の醜い部分を見せ付けられて来た人間だったから、尤も私は、香澄おば様から藤堂流古武術を習っていたので、同世代の女子に荒事で遅れを取る事は無かったのだけれど。
徒党を組んで敵対されたのでは、流石に厄介が過ぎると言うものだったわね、そこへ持ってきての彼、葉山君の中途半端な介入に拠って私は学校に居場所を失い、両親と相談し中学からはアメリカへ留学する事に決めたわ。
私が彼と初めて出会ったのは、総武高校への入学式の日、私はその日総武高校入学試験に於いて一位の成績を収めた事により、入学式に於いて新入生代表としての挨拶を行う事になっていた為に、早朝その打ち合わせの為他の生徒より早く学校へと向っていた。
その…私は、認める事は甚だ不本意ではあるのだけど、どうやら方向感覚があまり良く無い様なので、実家の使用人である都筑さんの運転する自家用車で学校へ送ってもらう手筈になっていたので、その自家用車へ乗り込み学校へ向っていたの。
正直に言って、新入生総代を私が務めると言う事はとても光栄な事だとは思うのだけれど、同時に面倒で憂鬱だとも思っていたわ…学校へ向かう自家用車の後部座席で私は車窓に映る風景を感慨に浸るでも無く、流し見していたその時。
その事故が起こり、私は…いえ私達は彼と出会ったの。
彼とのファーストコンタクト、それは当時の私が他者に対して、特に男性には尚更隔意を持っていたので、彼からの事故に対する謝罪の言にもぞんざいな対応をしてしまったわ。
自慢する訳では無いけれど、私の容姿は一般女性のそれを凌駕している様で、大抵の男性からは好意を持たれていた、それが不純な想いであっても。
そんな私だったから、母からの指示で共に彼の自宅を訪ねた時は、またこれ迄の経験に依り私は彼、比企谷君を警戒していたのだけれど、彼はまるっきり私の容姿に対して下心の様な不純な想いを抱いている素振りを一切見せなかった。
…それはそれで少しだけ、彼の態度に対して不本意だと思ってしまったのは彼には内緒。
けれど、それも今日納得出来たわ、だって彼は幼少の頃から不知火舞さんと交流が在ったのだから、あの方ほどの美人をそんな頃から見知って居たのなら、それも納得だわ。
そして私はやはり其処でも、虚勢を張ってしまい再び彼に対しぞんざいな態度を取ってしまい、母さんに窘められてしまった。
私の母は、厳格で高圧的な人で、そして何より優秀な人、県議といえ議員を努め忙しい父をサポートし我が家の家業である雪ノ下建設の実質的な指揮を執る程の人。
私と姉さんに取っては、母であるという思い以上に恐怖心を抱いてしまう程の存在、あの人が黒と言えば白い物でも黒と言わなければならない。
そう思わせられてしまう程、私は母に対する時常に萎縮してしまっていた、なのに彼は…。
その母に対して(私から見ると)あろう事か、まるで物分りの悪い知り合いのおば様に対して、窘めるかの様な飄々とした態度で苦言を呈した。
そして母さんは彼の言を受け入れた、それもあっさりと…親ならば子供の成長を見守るもの、彼は母にそのような事を言っていたわね。
会談も終わり、帰宅の途に着く車内で母さんは私に言ったわ。
『家の後継者にするならば、八幡君の様な人物こそが望ましいわね、残念だけれど葉山さんの所の隼人君では、八幡君よりも数段落ちてしまうでしょう。
雪乃、出会ったばかりの貴女には、まだその気は無いでしょうけど、将来お付き合いをするのなら、彼の様な人になさい…けれど、結衣さんもいろはさんも八幡君に思いを寄せている様ですからね、二人ともチャーミングな少女達ですから厳しい闘いになるでしょうけど。』
この母の言葉は、今にして見れば、予言の様にも思えてしまうわね、確かに私はこの一年と数カ月の間に、彼を知り彼の為人を知り、心惹かれて行ったのだから。
そして由比ヶ浜さんと一色さんの二人は、これもまた母の言葉通り強力なライバルとなってしまったわ、けれど同時に彼への想いを抜きにすれば彼女達は私に取って、掛け替えのない友人でもあるのだけれど。
〜由比ヶ浜結衣の想い〜
ヒガシさんが云う、千葉マリンスタジアムで行われた格闘技の大会…あたしはそれに思い当たる事があった。
「あの、ヒガシさん…その大会ってもしかしてアテナちゃんのコンサートが一緒になかったですか?」
あたしの予想通りならきっとあの時に違い無いと思う?
「おうよく知ってんな結衣嬢ちゃん、その通りだぜっ、てかもしかして嬢ちゃんもあの場に居たのか!?」
やっぱりそうなんだ!じゃあ、やっぱりヒッキーがあの時の男の子なんだ!
あたし、逢えてたんだ…ずっと逢いたかったあの子に、あたしの初恋の男の子に…。
「ちょっと待って下さい!それってもしかしてあれですか!?千葉県在住の小中学生の女の子が優勝者に花束を渡す係に選ばれて…そうだ!学生服を着たイケメンなお兄さんと赤い帽子を被った金髪のちょーイケメンの…あっあの人がテリー・ボガードさんのだったんですね!」
ほえっ、何でいろはちゃんも知ってるんだろ!?てことはもしかして、いろはちゃんもあの時のあそこに居たの?
「実は私、あの時のイベントで花束の贈呈役の一人に選ばれたんですよ!」
えっへん、と腰に手を当てていろはちゃんは、どんなもんだいって感じでいろはちゃんはドヤ顔してる、あれってテレビでやってたからね、あたしん家もパパが録画していたし。
「そうなんだ、じゃああたしといろはちゃんってあの時の会ってたんだね。」
「ふぇ?じゃあ結衣先輩もあの時の選ばれてたんですか!?」
はぁ〜っ、すっごい偶然だな…あの日あたしといろはちゃんが花束の贈呈役に選ばれて、ヒッキーはヒガシさん達と出会って千葉マリンスタジアムに行って、そしてあの舞台の上であたし達は…。
「うん、そうだよ!あたしの場合は格闘技とかよく分かんなくて、アテナちゃんが好きだったからさ、だからアテナちゃんのコンサート目当てで行ったんだけどさ、なんでか選ばれちゃってたみたいでね、ちょっと緊張しちゃてたんだ。」
テリーさんへ花束を渡して、確かちょっとお話して、テリーさんって大っきいけど優しそうなお兄さんって感じの人だったな。
それから花束を渡し終わって、集合場所へ向かおうとしてた時、あたしは転びそうになって、その時手を差し伸べてくれたあの男の子がヒッキーだったんだ。
「だとすると、あの時のステージの上に居た黒髪の男の子がせんぱいで、金髪の美少年がロックさんだったんですか、もしかして!?」
「おう、その通りだぜいろは嬢ちゃんよ!しっかしコイツは、偶然にしては出来すぎって感じたな…いやただ単に案外世間てぇ奴が狭いだけなのかも知れねぇのかもだがよ、ナッハハハハッ!。」
ヒッキー、あの時の男の子のお陰であたしはステージの上で転ばなくて済んだけど、でもあの時の急にあたしは恥ずかしくなって、それで不安な気持ちが大っきくなって来て…それで、あたしあの時の半べそかいてて。
気が付いたら、あたしの頭の上に暖かい手のひらの感触がして。
ちょっと目つきの悪い感じの男の子があたしの頭を撫でてくれていて。
『大丈夫だよ、平気だよ。』って言ってくれている様な感じがして…あたしも段々そんな気持ちになって、すっごく心が落ち着いて来て。
赤い帽子を被ったその男の子はちょっと顔を赤くしていて、なんか照れ隠ししているみたいな感じで、あたし…それが可笑しくて、嬉しくて、何か心がポカポカして来てさ、その瞬間多分あたしはその男の子の事を好きになってたんだと思う。
それからあたしはステージから降りるまでその男の子の隣に居て、ずっと話し掛けてたんだけど、その子は『そうか』とか『へえ〜』とか何だか気のない返事ばっかだったっけ。
かと思えばさ『こいつ虫歯かとかよ』言うんだもん、何かちょっとカチンと来ちゃったよ、あの頃ってあたし歯が生え替わった時期だっただけなのに!!
「…ヒッキー、あの時ステージの上で転びそうになったあたしを助けてくれたんです。」
「おおっ!そう言やあったな、そんな事がよ、そうか結衣嬢ちゃんがあん時の子だったのかよ、かァ〜っ…マジで世間様ってのは狭いもんだな!」
わ〜っ、ヒガシさん覚えていてくれたんだ!何か嬉しいな…ヒッキーはあたしの事覚えていてくれてるかな…。
「…あの後な八幡の家に向かってる時によ、アイツ言ってたんだぜ…初めてだったんだとよ結衣嬢ちゃん、アイツは家族や俺達身内以外の人間に初めて普通に接してもらえたんだってよ…ありがとな結衣嬢ちゃん、アイツの兄貴分として俺から礼を言うぜ。」
ヒガシさんはそう言って、あたしに頭を下げてくれて…その頭を上げた時に見せたヒガシさんの顔は、とっても優しそうで、そしてちょっとだけ歳を感じさせない…なんて言うかいたずらっ子っぽい感じの笑顔をしていた。
「…そうなんですか、あたしに喜んでもらえたのかな…。」
「本当よ結衣ちゃん、八っちゃんね、本当に嬉しそうだったわ、お姉ちゃんとして、私もお礼を言うわね。」
「ありがとう結衣ちゃん。」
ヒガシさんと舞さんがあたしにお礼だなんて、ちょっと照れちゃうな…でもそっか、あたしなんかでもヒッキーの役に立ててたんだ。
凄いホントに嬉しいな……あれ?何だろ嬉しいのに変だな、なんかあたし、何でだろ涙が出て来ちゃった…。
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二人の少年は斯く思う。
〜葉山隼人の場合〜
正直…俺はヒガシさんが語る比企谷とヒガシさん始めあの有名なテリー・ボガードさんやアンディ・ボガードさん達との関係を知り、いや…知ってしまった為に自身の思いに揺らぎを感じている。
「…幸い八幡と家族の関係は互いのちょっとした気持ちと、考え方のすれ違いだったってだけだったんだよ。」
「そうね、なまじっか八っちゃんがお兄ちゃん気質を発揮して両親に気を遣い過ぎて上手に甘える事が出来なかったのもあるし、小さいのに身の回りの事を小器用に熟してしまう八っちゃんを見て、安心しきってしまった両親にも問題があったのよね、そして何よりも八っちゃんはこまちゃんが可愛くって仕方が無かったのよね、だから小さいのに頑張って、お兄ちゃんしないといけないと思っていたのよね。」
テリー・ボガードさんは幼かった比企谷と、その家族との関係が改善修復が不可能であったならば、比企谷を自分が引き取り育てるつもりでいたと言う、だけど…養子縁組をするにしても外国人であるテリーさんがそう易々と親権を獲得できる物でも無いだろう。
「そんな事は解ってんだ…あ〜いや、何せテリーだからな、法的な事とかは深く考えちゃいなかったろうなぁ、何せテリーだからなぁ…。」
「そうなのよね、何せお兄ちゃんだからねぇ〜、今にして思うとロックの親権だってよく取れたものよねぇ…。」
それを俺が指摘するとヒガシさんと不知火さんは、呆れたかの様にため息混じりにそう漏らした。
日本とアメリカでは法律も当然違うだろう(しかも国だけで無く州に拠っても違うと聞くし)テリーさんは、その比企谷にとっては同門の兄弟とも言えるだろうロック・ハワードと言う少年の保護者になれた事を不知火さんは、まるで七不思議の一つの様に回想しているし。
ハハハ…テリー・ボガードさんと言う人は一体どんな人なんだ…。
「まぁ親権云々は抜きっ、てか最悪を想定しての事でよ、テリーの奴は本当は信じたかったんだろうな、比企谷家の皆の絆って奴をよ…」
ヒガシさんはそう言って、頭をガリガリと乱雑に掻いた後、比企谷の妹の小町さんへと目を向け、不知火さんもほぼ同じタイミングで隣にいる小町さんの肩を優しく抱いてあげている。
「あの頃の私達は…お兄ちゃんに甘えていたんです、舞お姉ちゃんが言った様にお兄ちゃんが家の中の事殆ど熟せてたから小町の事をイツモ思っていてくれたから…でも、テリーお兄ちゃんとジョーお兄ちゃんとアンディお兄ちゃんと舞お姉ちゃんが、ちゃんと話す機会を作ってくれたから私達家族はちゃんと向き合う事が出来たんです。」
「まぁ、こまちゃんはまだ小学校に上がったばっかだったから難しい話は解らなかったでしょうけどね。」
小町さんが回想を語り不知火さんがそれに付け加える、確かに小学校の低学年児童には話が難しいかも知れないが、彼女は小さいなりに家族に兄に対する想いがあったのだろう…。
その後比企谷達家族の関係は改善が見られ、比企谷と両親は積極的に話をする様になり、比企谷は特に父親の影響を受けて、やたらと昔の古いアニメや漫画、映画やドラマといったメディアに嵌ってしまい、その手のネタを口にする様になったのだそうだ。
「はは〜ん、そうですかそうですか、あのせんぱいの良く分からないネタの出どころろは、お父様だったんですね。」
「おうよ、比企谷の兄貴、八幡と小町の親父はよ所謂オタクって言葉が生まれた辺りの時代のよ、謂わば年季の入ったオタクってヤツだな。」
「そうなんですよ、家にはお父さんが子供の頃から集めてた本とかビデオとかいっぱい有るんですよ、それもビデオだけで二種類も大きさが違うのが有ったりするんですよ、お母さんはどうにか処分したいと思っているんですけど、お父さんとお兄ちゃんが断固反対していて、お母さんに土下座して捨てないで下さいってお願いしてるんですよ。」
「あぁあれな、VHSとβとかって言ってたっけか、俺には大きさ以外に違いは解らんが、VHSは俺が物心ついた時はまだあったかな…と何か話が脱線しちまったな。」
「ほほう、それはそれは、私達の様な人種にとってのお宝が眠っているかも知れないねぇ!?」
タハハ(汗)姫菜、優美子じゃ無いけど自重しような…。
確かに話は脱線してしまったな、でもテリーさん達との出会いと尽力により比企谷とその家族はその絆を確かめ合う事ができたんだな、ならば俺は…。
あの頃、雪乃ちゃ…雪ノ下さんと同級生の女子達との確執を、俺はなんとか治めたいと思い皆の仲を取り持てないかと話し合いの場を…だがそれは結果として雪ノ下さんを追い詰める結果となって、俺は……………。
「…ヒガシさん、なぜテリーさんはそこ迄…比企谷家の為にそこ迄の事が出来たんですか。」
俺は今、心から知りたいと思っているんだ、人を救う為の行動の意味を。
あの日の俺は、何を間違ってしまったのか、そして今も…皆が仲良く笑い合う事が出来ればそれが一番良いと思う、その俺の気持ちは今も変わらない。
だけど、あの件は、その思いによって生まれた綻びだったのだろうか…。
「…俺ぁテリーじゃ無ぇから、アイツの心の内の全部を理解出来てる訳じゃ無ぇがよ、もしかすっと彼奴の生い立ちってヤツが関係してんのかもな。」
ヒガシさんはそう言うと不知火さんに目配せをする様に視線を送り、不知火さんもそれに静かに頷いた。
「テリーとアンディはな、血の繋がった実の兄弟じゃ無ぇんだ。」
ヒガシさんから語られるテリーさんとアンディさんの生立ちは、平和な日本と言う国で育った俺にはあまりにも衝撃的だった。
「物心つくかつかないかって、年頃のガキがよ、実の親に捨てられっちまうんだぜ。」
それだけなら、稀に日本でもある事柄だろう、しかし…。
テリーさんとアンディさんを養子として迎えてくれた格闘家の『ジェフ・ボガード』さん、その人のもとでお二人は幸福と呼べる日々を得る事が出来た。
だけど、その幸福は長くは続かなかった、二人の養父ジェフ・ボガードさんが殺害されてしまったのだ。
「まだ十歳やそこらのガキがだぜ、復讐を誓ってそれぞれの道を歩む事にしたんだよ。」
テリーさんは、養父ジェフさんの師匠でもある『タン・フー・ルー』老師のもとで、アンディさんは不知火舞さんの祖父『不知火半蔵』さんのもとで、それぞれ修行に励み、十余年の歳月を経て遂にその仇を討ったのだそうだ。
その時ヒガシさんはテリーさん達と出会い意気投合、その仇討ちの手伝いを買って出たのだと云う。
「つっても、結局ギースの奴は死んじゃいなかったんだがな、だがよサウスタウンの裏社会を牛耳っていた奴が失脚したお陰で、サウスタウンも少しは風通しが良くなったみたいでよ、テリーの奴はサウスタウンヒーローなんて呼ばれる様になりやがったんだが、アイツにとっちゃそんな肩書きなんざどうでも良いもんだからな。」
仇討ちなど、法治国家である現代社会では、まず思い至ったとてしも、まずそれを行う事など出来ないであろう。
俺も将来は父の後を継いで弁護士への道を進もうと志望している身としては、仇討ちなどと云う行為など辞めさせるべきだと思う…が、もし俺が当時のテリーさん達と出会ったとして、果たして辞めろと言えただろうか。
「ですが、数年の時を経て再びサウスタウンにギース・ハワードは戻って来たのですよねヒガシさん、不知火さん。」
「ええ、秦の秘伝書を巡る騒動の末ギースは、再びサウスタウンのギースタワーに陣取ったわ、そして丁度その頃にテリーは母子二人暮しだったけど、その母親を亡くしてしまったロックと出会い、引き取ったのよ。」
「ロックの身の上に、自分と通じる物を感じたんだろうなテリーの奴は、そしてロックに伝えたかったんだろうよ、格闘の技もだがそれ以外の生きていく上での、人として男としての有り様って奴をよ、それは八幡に対しても言える事なんだろうがよ。」
ロック・ハワード君と比企谷、生い立ち境遇も国籍も違う二人の少年に、何故テリーさんは自らの持つ力を伝えようと思ったのか俺には分からない。
比企谷の中にテリーさんは何を見出したのか、それが解れば俺も…。
「まぁ…俺の場合は、その場は見ちゃいねぇんだが、テリーと八幡に話を聞いてな、喧嘩も出来ねえヤラれてもやり返せなかったガキがよ、自分以外の誰かの為に怒る事が出来る奴だって知ってな、アイツは彼奴なりに小さな勇気って奴を持ち合わせている男だと感じてな、そいつを誰かの為に奮い起こせるんだぜ、勇気って奴はよ教えたからっておいそれと見に付ける事が出来るようなもんじゃねえんだ…そう言う男にはよ、同じ男として何か伝えてやりてぇてよそう思っちまったのさ。」
案外テリーとアンディもそう思ったのかもな…ヒガシさんはそう締め括る。
小さな勇気、話し合いではなく拳を振るう事が勇気なのか…分からない今の俺には。
居たたまれない気持ちを抱いて、皆から一度離れて頭を冷して来たは良いものの、戻ってみれば由比ヶ浜が涙を流していた。
何事だ、何がありましたのん?ジョーあんちゃんと舞姉ちゃんと小町は俺と涙を流す由比ヶ浜を、何だかとっても非っ常〜にキビシイッ!では無く、生温かい眼差しで見てやがる。
もっとも〜っとタケモット、ピアノ売ってちょ〜だい!もっと、も〜っと見てちょうだい、嘘です止めてちょ〜だい!
クッ…思わずてなもんや三度笠っちまってからのタケモトピアノのコンボってか、なんちゅうか本中華、冷やし中華は正に今が旬、良し解った帰ったら食いに行こう勿論トマトは抜いてもらうがな…じゃあねぇよ!一体何だってのさこの状況。
由比ヶ浜は嬉し涙って言ってるけど、果たして喜べる様な出来事が何かあっただろうか?
「おい八幡喜べ!結衣嬢ちゃんがな、あん時の嬢ちゃんだったんだよ!」
はあ?そう言われてもな、あん時のって何?猪木…ってスンマセン何にもおもんないですね。
「んだぁ解かんねえのかよホラあん時だよ、千葉マリンでテリーと京が仕合った日だよ、序に俺達が出会った日でもあるけどよ!」
「ジョーは説明が下手なのよ、話を聞いていない八っちゃんに最初に結論を言っても分かんないでしょうが!」
へっ!ちょっと待て、それってつまりは由比ヶ浜があの時彼処に居たって事だよな。
「ヒッキー、あの時はありがとう…あの時さ、ヒッキーがあたしを転ばない様に支えてくれて、泣き出しそうになってたあたしを助けてくれて…すっごく嬉しかったよ!また遊ぼうねって約束したのにずっと会えなくて、あたしもう会えないのかなって諦めてたんだ、けど…あたし会えてたんだねヒッキー…。」
何ですって…チョット待て、お待ちになってティーチャー!って別に平塚先生を待たせようとは思ってないけど、それを言ったら、ジョーあんちゃんと平塚先生の今後の方がどうなるかだよ。
それより今は由比ヶ浜の事だよな、まさか…マジであの時のあの子が由比ヶ浜だったのかよ。
あの頃学校じゃ男女問わず疎まれて、マトモに相手もしてもらえなかった俺と普通に接してくれた、あの笑顔の可愛い女の子が由比ヶ浜…。
「マジか…結衣があの時の虫歯ちゃんだったのか!」
俺のこの発言に小町が「ズコー」と言ってくれた、流石は世界の…いや俺の妹ちゃんは分かっていらっしゃる。
「もうヒッキーはっ!あの時あたし言ったじゃん虫歯じゃ無いって、ただ歯が生え変わってただけなんだって!」
もう、台無しだよぉ〜…とか由比ヶ浜はテーブルをパンパンと叩きながら不服申立をしていらっしゃるが、俺にその辺のカッコ良さを求められてもな、だって俺は俺であり続けたいそう願った訳でだからさ、だけど幸せのトンボが何処へ飛んで行こうが別に良いんだけどね、だって俺、虫とか超ニガテ(E)だしさ。
でもそうか俺達は、また会えていたんだな…また遊ぼうね…あの子はそう言ったけど、会えるかどうか何て解りゃしないと、内心期待はするなって自分に、あの頃の俺は言い聞かせていたんだよな、だってなあの日俺は最高の兄貴達と姉貴と兄弟に出会えたんだ、それ以上を望むのは…何か贅沢が過ぎるって、ガキながらに思っていたんだよ。
ったく、高々小三のガキが何を思ってたんだろうな、我ながらさ。
「…だからだったのか、入学式の日に触れた結衣の頭に何だか妙な懐かしさを感じたのは…。」
「あっ…うんあたしも思ったよ、ヒッキーがあの子だったら良いなって…。」
由比ヶ浜…お前もそう、思ってたんだな。
「ヒュ〜ヒュ〜!いやぁ舞お姉ちゃん何だか周りの空気がお熱いですね〜!」
「うんうん、ホントにねぇ〜今ならブラックのコーヒーが八っちゃんの好きなマックスコーヒー並の甘さに感じるでしょうネ!」
くっ、身内の女性陣がうざったい件について。
更にはジョーあんちゃんと平塚先生、そしてあーしさんと腐女子さんまでが生温モードに突入してんのか!?
「せんぱいせんぱい!私もです私もあの時居たんですよ、あのステージにほらほら覚えていませんか!?テリーさんが小さなレディって言ってくれた、可愛いいろはちゃんですよ!」
一色の奴が、身を乗り出してアピールして来たが、はてな。
そんな期待に瞳を輝かせても、小さなレディね…。
「ああ!あれだお前ロックに色目使ってたオマセさんかよ、そう言やあの子も亜麻色の髪だったよな!」
ぷふっ…と雪ノ下が暫し黙考して導き出した俺の結論に吹き出してしまい、一色は顔をメッチャ赤く染めてプルプルと震えだし、他の皆の顔にも笑みを抑えているように見える。
「もう!何ですかせんぱいはぁ!確かにあの時は金髪の美少年にときめいちゃいましたし、何だったら今のロックさんも素敵だとは思いますけど、せんぱいだって私の中では相当なレベルの格好いい男子なんですからね、それに今のいろはちゃんはせんぱい一筋なんですから、そんな言い方しなくても良いじゃないですか、結衣先輩との再会の時を思い出したみたくチョッピリロマンチックな要素を加えてやり直して下さい、ごめんなさい!」
イキナリごめんなさいされちまったよ俺…いやいや、さっきも言ったけどね、俺にそんなの求めないで、何なのさロマンチックな要素って、そんなにロマンチックが欲しいならCCBか橋本潮さんにでもお願いしなさいな、きっとロマンチックが止まらなくなるか、ロマンチックあげるよって言ってくれるから。
どうでも良いけど、仮面ライダーエグゼイドってCCBのメンバーの人に見えるよな、俺所見の時思わず言っちゃったもん仮面ライダーCCBってさ。
「…あ〜、何かスマン。」
三十六計じゃ無いが、ココは一つ謝っておこう、なんてったって俺は平和主義者だからな。
「解ってくれたんですね?」
いや、あんまり解ってません、ごめんなさい。
「…むぅ、その顔は今一解ってない顔ですよね。」
うっ!鋭い…まるで砥いだばかりのナイフのエッジの様だぞ一色いろは。
それを以て傷付けられるのは、この俺ルパン三世…では無く比企谷八幡なんですね。
「なのでせんぱいにはペナルティーとして次の日曜に私とデートしてもらいます!」
「なっ!?チョット待てっ!日曜は不味い、だって「プリキュアを観るんですよね!」…あっいや…。」
不味いぞ先読みされた、何なんだコイツは先読みのシャアかよ…考えろ八幡、このピンチを切り抜ける手立てを…。
「…違うぞいろは、いや違わないんだけど、あれだ日本の男の子としては日曜の朝は『ミユキ野球教室』を観なければいけないんだ、知ってるかいろは『ミ〜ユキミユキ服地はミユキ、紳士だったら知っている服地はミユキと知っている』んだ!そして当然真の英国紳士を目指す俺としては、服地はミユキと知っているんだよ!」
「もう!せんぱいは何処のジョースター家の一人息子なんですか、隠れてパイプをふかすんですか、勝てもしないのに女の子の人形を取り返す為に不良に立ち向かうんですか、それって女子としてはとってもときめくシチュエーションですけど、せんぱいが怪我したりする姿を私は見たくはありませんから、少しは自重さてください!」
「…てか俺としてはそのミユキ野球教室ってのに対して、突っ込みたいんだかよ…一体いつの時代の番組よ?」
なんだかんだ、何時ものグダグダな雰囲気になっちまったが、まぁコレで良いのだ。
そして、一人になった時にルミルミの置かれた状況にあれこれ考えてみたが、結局俺に出来る事はあまり無いと言わざるを得ない、だから。
「ジョーあんちゃん、平塚先生…もしかしたらだけど、二人の力を貸を貸してもらう事になるかも知れない…その時はどうかお願いします。」
俺は二人に頭を下げて願った、今はまだどうなるか解らないが、もしもの時は世界的に知名度のあるジョーあんちゃんと小学校の先生に渡りを付けてもらう為に平塚先生に尽力を願わなければならない、それはまだ一介の高校生にどうか出来る事案では無いかも知れないからな。
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夜を超えて、朝を迎え、俺達は。
リョウとロバートに至っては60オーバーかよ!うひゃ〜っ!
この話に登場しないけれどバーチャファイターの結城晶は52歳……。
結局の処、俺達にルミルミを救うなんて御大層な事は出来無いと言う事が俺の結論だ。
葉山が言っていた自分の出来る範囲でってのも、強ち間違った意見では無いとも思う。
「さっきジョーあんちゃんがルミルミに言った様にさ、これ迄被害に遭った連中と話し合う事が出来た上でいい感じの方向へ向うなら…其れこそ俺達の出る幕は無いだろうしな。」
問題は其れをルミルミが出来なかった場合と実行しても上手くいかなかった場合だ、そうなった場合留美は、そしてもしかするとその次にターゲットになるかも知れない子達が増える訳だ。
そう云った被害者をこれ以上出さない為の力、あいにくと未成年の一高校生にそんな物ある訳無い。
「比企谷君、私達は無力だと貴方は言うのね。」
「…残念ながらな…ルミルミを救うにはどうしたら良いかって考えてみたんだが、ろくな考えは浮かばなかった、例えばだなルミルミをハブってる連中は数の力、つまりは集団で以て其れをやっている訳だ、ならその集団を機能させなくする。」
「…策略を以て集団を瓦解させてしまう、と言う事かしら。」
雪ノ下はその考えに思い至った様だ、そう…俺の行き着いた考えの一つが正にソレ。
「ああ、方法はそうだな…例えば連中を相互不信に陥らせ互いにいがみ合わせる様に仕向けるとかな、どうだ全く持ってろくでもないだろう、まぁ虐めなんてクソッタレな事をヤル様な連中だ、ソンナ奴等の事なんざどうでも良いってんなら、こんな手段を使っても構わないんだろうけどな、葉山の言い分じゃ無いが連中の中にも或いは心から反省する奴も居るかも知れない、が、そうで無ければ…その時はそれなりの対応をだな。」
そう…と雪ノ下は力なく俯いた、由比ヶ浜と一色もだ。
でもよ、お前達も実際そう思ってるだろう、だからお前達もそんなに口惜しそうにしてるんだよな。
「本当に俺達に何か出来ないんだろうか、あの子達の為に…。」
だからよ葉山、晩飯作ってる時にジョーあんちゃんが言っただろう、これ迄の被害者に謝ってみろってよ…ちょっとした助言程度だけどそれだって十分に何かをしてやったって事じゃねえのか…。
「…なあ葉山、何でお前はルミルミとあの四人の関係だけに拘るんだ、成功すればだがよ、他の子達との関係修復だって一つの手段だろう、お前の言うあの子達と渡り合うにはルミルミ側の勢力の拡大を以て対処したほうが、より確実性が増すってもんじゃねえのか、四対一って云う不利な状況で話し合うより複数対複数で事にあたった方が余程マシな結果を導けるんじゃねえのか!?」
戦いは数だよ兄貴ってあの厳ついオッサンも言ってたしな。
孤立無援で、補給も援護も無しでお前は留美に立ち向かえって言うのかよ。
何処までお前は性善説だけを以て、他者を見てんだ、だがな現実ってのはそうじゃ無ぇだろう。
「まぁ、事はそう上手い事行くとは限らないからな、その為に俺はあんちゃんや先生の力を借りたいって言ってるんだよ。」
葉山、お前はお前なりにルミルミを思いやっているんだろうからよ、そんなお前の気持ちは大切な物だし否定しない。
だがよ、お前は話し合えば分かるって結論在りきで、其処へ至るまでの過程とその結果どうなるか、そこに人の心を勘案出来てないだろう。
皆が皆、心優しい天使の様な子供達って訳じゃ無いんだぞ、でなければルミルミは、かつての俺や雪ノ下は…。
「お前の言う話し合いのテーブルに付けたとしても、決裂って結果に終わる事は往々にしてあるだろうがよ、なあ葉山いい加減に捨てちまえよ、お前のその幻想をよ。」
「幻想だって…俺の考えが、幻想だって言うのか…比企谷、俺は…。」
でないといつか、お前はその理想の為に取り返しの付かない事態を招いて仕舞うかも知れないぞ。
「やっぱそうなんだ〜、高校生になったら少しは大人になれるって、中坊の頃は思ってたけど案外そうでもなかったっしょ〜…。」
まるでメンチを切り合うように視線を合わせていた俺と葉山の間にあった険悪ムードを払う様に戸部が現状を嘆く様に嘆息した。
一部何処ぞの腐の世界の住人さんは、なんぞや悪寒が走りそうな事を口走ってるけども。
そうなんだよな戸部、俺も少しはそう思ってたからな、お前の嘆きは何か分かるよ。
俺はさ、歳を誤魔化さないとエロ本も買えないしアダルトDVDをレンタル出来ない時点で気が付いたけどな、まぁこんな事女子達に知られたら、正座とお説教と軽蔑と刑罰のコンボが待ってるだろうから言わないけどさ。
「そりゃそうでしょうが戸部、だってあんた本屋でエロ本買えないっしょ!」
うわっ!?マジかよあーしさん…ダイレクトに明け透け無く言っちゃったよ!
半端ねえな、マジかっけぇー!
見ろよ女子はおろかこの場の男まで目が点状態だよ。
「やるなあーしさん、俺達男子には言えない事を平然と言ってのけるぅ、そこにシビれる憧れるぅ!だぜ。」
「なっ…ヒキオ変な事言う無し!」
おっ、おう…何かスマン、そんなに顔を赤くして怒らないでくれってか、後で恥ずかしがる位なら言わなきゃ…「あ〜ん!?」何でも無いっすあーしさん。
俺の内心の声、サイレントヴォイスに対して「あ〜ん!?」するとわ!
やっぱパネェぜあーしさんはよ、いつか優しい目をした誰かに会えると良いよな、まぁあーしさんにとっては其の相手が葉山なら尚良いんだろうけど…。
「それで、比企谷…私とヒガシさんに頼みとはどういった物なのかね。」
グダグダな流れを引き戻しに掛かるかの様に、平塚先生が始めに俺が言った事に対して問い質してきた。
流石に大人で教師だな、引き際ってのを弁えていらっしゃる、其れが恋愛関係に対して働いていれば…「どうやら良からぬ事を考えている様だな比企谷!?」Oh!マジか此処にも俺のサイレントヴォイスを聞き取れる女性が居たよ。
『私のサイレントヴォイスを感知出来る者が此処にも居る、此処にも!』ってギワザ・ロワウっちまったぜ。
「…いいえべ、べちゅに何も考えていませんにゅ…。」
やっべぇカミカミじゃん俺、しかも最後はぷちこってたし、まぁ平塚先生もジョーあんちゃんと出会えたんだしさ、もうガラスのロープを目隠しで渡る様な刹那っぽい人生を送らなくて済むよね。
そして俺は皆に俺の考えを説明した、出来ればそうならなきゃ良いんだがな。
「…でもさ、お兄ちゃん…あの先生が居たじゃん…。」
…説明を聞き終え小町が憂いを帯びた声で、俺に注意を喚起する。
そうなんだよな、其れがちょっと懸念事項だ、俺の小五の時の担任、当時ひと悶着あったんだよなあの人とは…。
「あ〜、でもよ小町、あの人どうやら俺の事覚えていないみたいだったぞ。」
そう、このボランティアに参加し小学校側の先生方と面通しの挨拶時、あの先生俺と小町に気が付いた素振りさえ見せなかったからな、もし其れが気が付いていた上での事なら相当な役者ぶりって評価をするけど。
「せんぱい…その先生と何かあったんですね。」
一色、そんなに心配そうにしなくて良いんだよ、もう五年以上も前の事だからな。
「…なに、とっくに終わった事だ。」
「…ひゃっ…はにゃ〜ん…。」
おっと、気が付かない内に一色の頭を撫でていた様だ、ヤバいセクハラ扱いされない内に引っ込めよう。
「…はっ、う〜…せんぱい、まだ続けてても良かったのにぃ…。」
あ〜あ〜聞こえない聞こえない、八幡今から難聴系主人公になるんだ。
だからそのような声はシャットアウトなんだからね!
「…八幡、大丈夫なの?」
「勿論大丈夫だぜ戸塚、戸塚が居てくれるなら百人力だぜ!」
流石は難聴系主人公、天使の声はバッチリと聞き取れるぜ、そう伝説の風魔の戦士の様に三里先に落ちた針の音の様に戸塚の声が小さかったとしても聞き分けてみせるぜ、そしていずれは木で拵えられた伝説の聖剣を使う男に、俺はなる!
てかさ、メインウェポンが刀とか手裏剣とかじゃ無くて木刀って所が風魔の小次郎の面白い所だと俺は思ってるけど。
その後、わりと直ぐに場は解散し割り振られた宿舎へと直行。
まぁ後は寝るだけとなった訳なんだけどそうは問屋が卸さない、って何処の問屋だよ卸さないのはよ、越後のちりめん問屋では無いだろうけどな、何せ正体はは天下の副将軍だしな。
「…でだ、八幡…お前の本命は一体誰なんだ、結衣嬢ちゃんか雪乃嬢ちゃんかいろは嬢ちゃんなのか、それとも誰か他に居んのか!?」
「そうだぜ比企谷君、そろそろ本命決めても良い頃っしょ〜!?」
そう…その正体は、俺の兄貴分の一人と同級生のお調子者だ。
ちっ、ニタニタと気色悪い含み笑いをしやがって、特にあんちゃんと来たらちょっとばかり平塚先生といい感じになったからってよ。
「僕もちょっと興味あるかな、だってさ皆可愛くて良い娘ばかりだからね、八幡の周りの娘達はさ。」
なっ!?戸塚まで…其れを言うのか、ジョーあんちゃんと戸部の二人と違ってキラキラとしたお目々ちゃんで興味津々とばかりに……。
神は死んだのか!?
「おっ、俺の事は兎も角戸部…お前はどうなんだよ、好きな娘の一人位居るんだろう…。」
こう言った場合は他の奴に振っちまうのが一番だ。
「おっ、俺ぇ〜!?…えっと…」
ニヤリ!掛かったな、こういう時言い出しっぺの奴は話を振られると結構マジに考えるからなぁ!これこそが我が逃走経路よ!
「…えっとさ、実は俺…海老名さん結構っか、かなり良いなって思ってるっしょ。」
クククッ、戸部のヤツ真面目に答えやがった、ってか本マジに答えたよ、やるじゃあねぇか戸部!
しかも相手はあの腐女子さんかよ、コイツは案外怖い物知らずなのか。
「そうなんだ、戸部君は海老名さんが好きだったんだね、上手く行くと良いね頑張って!」
「サンキューだべ、戸塚君!」
くっ戸部の奴、戸塚に応援されるなんて!なんて羨やまめしい!
「そいつはあの赤い眼鏡の娘か、翔の坊主…お前案外マニアックな男だな、いやぁ、結構可愛い顔してるとは思うけどよ!」
ニョホホっ良いぞ!もう一人の言い出しっぺも食らいついたぞ!
コレで俺にお鉢は廻っては来まい、ここはこのまま俺は寝たふりをして、マジでさっさと寝てしまおう。
「そうっしょヒガシさん!俺も海老名さん可愛いって思うんすよ、けど俺ってさ何つうかチャラく見られてっかもだから…やっぱ俺も比企谷君みたいに男を磨かなきゃいけねぇかなって思ってるっんすよ。」
布団の中から寝ながら聞いているが、戸部の奴結構マジに考えてるんだな。
けどな、何となくなんだけど…なんかあの腐女子さんには闇の様な物を感じるんだよな。
「ほう!そうか坊主、お前良い心構えしてんじゃねえか、だったら俺が鍛えてやるぜ!」
「ええ!マジっすか、ヒガシさんあざっす!」
「おうよ!そんじゃあお前も一緒にタイに行くぜ!」
「え〜っ!タイってそれだと俺、海老名さんと離れてしまうっしょ!」
「お〜っ、そう言やそうだよな!そんじゃあ意味が無ぇわなっ、ナッハハハハハハッ!」
おいおい、あんちゃん…今のは突っ込み待ちのボケなのか天然なのか、どっちだよ…。
「そう言や戸塚君と隼人君は誰か好きな人は居るん!?」
な、な、な、な、何い〜っ!?戸塚の好きな人だとぉ〜?
だ、だ、だ、だ、ダッダッダダダダ、ダダ星のって違が〜う!誰だよ誰なんだよ、戸塚の好きな人!すっげぇ気になるし超気になる、私気になります!
「おっ、彩加坊も誰か居んのか!ここにゃ男しか居ねぇんだからよ、思い切って言っちまえよ!」
ジョーあんちゃん、今絶てぇ〜ニヤケ面してるよな、くっそぅあんまり俺の戸塚をイジメんなよ!
「もう、ヒガシさんまで!ぼ、僕は今は居ないかな…。」
…そう、そうなのか…今は居ないんだな戸塚に好きな相手は、何かホッとしたぜ…ふぅ〜、安心したら何かマジで眠くなってき…………………………。
「…ん…は…まん…」
なんだよ、人が気持ちよく二度寝してるってのに…………。
「ちまん、八幡ってば、起きてよ!」
ふわ〜、なになに…なんか今天使の声が天界から聞こえて来たよ、まさか俺ってば何時の間にか天に召されてしまってたのかよ。
て!んな訳あるかあ〜っ!大天使トツカエルが直々に俺を起こしてくれているんじゃあねえかッ!
だったら俺がやらねばならない事は唯ひとつ、その声に答えて起き上がる事だろうがよ!
「おう!おはよう戸塚、戸塚のお陰で目覚めもバッチリだ、装甲声刃があれば鬼神覚醒だって出来る勢いだぜ!」
「もう、八幡ってば!そんな事ばっかり!」
くう〜っ、可愛い!神様恨むぜ…何で戸塚を女の子としてこの世に生誕させてくれなかったんだよぉ!
「おう、スマン。」
朝のトレーニングを終えて、皆がまだ起きてなかったから、ジョーあんちゃんと一緒に皆を起こさない様に横になってたんだけど、二度寝しちまったよ。
休みの日にちょいちょいやるけど、気持ち良いんだよな二度寝ってさ。
「…てか、ジョーあんちゃんもまだ寝てんのかよ…。」
「うん、それにしても凄い寝相だねヒガシさん……アハハ…。」
だよな、ヘソ丸出しで腹をボリボリ掻きながら眠るって、昔の漫画かアニメのキャラかっての。
…この後俺はティッシュで紙縒りを作り、ジョーあんちゃんの鼻の穴を擽って起こしてやったんだが、何故か拳骨を食らってしまった。
「痛てぇな、ったくよ、折角起こしてやったのに、この仕打ちとは、鬼だよこのオッサン!」
「てめぇ〜八幡!誰が鬼でオッサンだってんだコラッ!!」
「アンタだアンタ!あんたしか居ねぇだろうがよ!」
鼻紙縒り位で拳骨を食らうなんて、割に合わないにも程があるだろうてんだよ全く!
「手前ぇ表出やがれ!」
「おう!上等だぜあんちゃん!」
表で俺たち二人は互いにプロレス技(ただし寝技と関節技に限る)の掛け合いの応酬を十分以上続け…その幕切れは誰かが呼んできたであろう、舞姉ちゃんと小町によりもたらされた。
「ヒッキー大丈夫…まだ何処か痛いところある?」
「由比ヶ浜さん、今回は比企谷君の自業自得よ放っておきなさい。」
「そうですよ結衣先輩、今回はせんぱいが悪いです、せんぱいが!」
ジョーあんちゃんとのバトルは舞姉ちゃんと小町によるお仕置きにより終え、朝飯前のひと時に屍の如く呆けている俺を由比ヶ浜は心配してくれて、雪ノ下と一色は辛辣にも俺が悪いと断罪する。
「当然よ、元はと言えば比企谷君、貴方がヒガシさんを起こすのに紙縒りなどを使わず普通に起こせばこんな事にはならなかったのだから。」
……其れを言われると返す言葉も御座いませんです、はい。
「アハハ…意外とヒガシさんにも子供の様な一面があるんですね。」
俺以上にこっぴどく、折檻を受けたジョーあんちゃんを治療しながら、平塚先生も苦笑している。
「いやぁコイツはお恥ずかしい…でもまぁ、男なんてな何歳になっても案外、ガキみたいなものですよ、なぁ八幡。」
「…ああ、否定は出来ねえよな、何せ三十路過ぎて高校生とプロレスやるオッサンが此処に居るんだからな。」
「手前ぇ!まぁた言いやがったな!」
俺の返答により、再び一触即発状態となったが、舞姉ちゃんと小町によるハリセン攻撃により、俺達はあっさりと鎮圧されてしまった…。
しかし此れは、花蝶扇による攻撃で無かっただけマシだったのだろうか。
さて朝飯を食ったら、本日最初のお仕事だな、その時にでも小学生達に接触出来たら、ルミルミの様子でも確認できるかな。
SNKヒロインズに登場した女体化テリーの声優に何故、阿澄佳奈さんを起用しなかったのだろうか。
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俺が覚悟を決めるのは間違っている?
期待に反し、俺達ボランティア組は朝から小学生達と接触する事は無かった、なので当然発動もしない訳だな。
てか、ルミルミが今どんな状況か確認が取れないな、これじゃあさ。
「いや〜っ、朝っぱらから丸太運びってのも結構キッついもんしょ〜。」
「うん、そうだよね数が多いから一苦労だったよね。」
朝食後の朝一番の仕事、其れは今夜行うキャンプファイヤーの為の井桁を組む事だった。
俺はバイトで重量物の運搬には慣れているから今日程度の丸太の運搬など別段気にはなら無いが、普段こう言った作業に慣れ親しんでいない者にとっては、確かに辛いものが有るだろうな。
戸部は兎も角、戸塚がしんどそうにしている姿を見ると、代わってあげたくなる俺は天使に魅入られてしまった愛の奴隷なのだろうか、因みに浜田省吾さんがソロデビュー前に所属していたバンド名は愛奴だ。
「ハハハっでももう今日はこれから自由時間なんだから、身体を休める事が出来るだろう、体力が回復したら川遊びにでも行こう。」
葉山がそんな二人を慰めるが、疲れの方が先立つ戸部は中々体力テンション共に上昇しない様だ。
「おう、そうだぜ翔の坊主、水遊びとなると当然女の子達は水着になるだろうよ、お前らの学校の娘達は可愛娘ちゃん揃いだからな、その子達の水着が拝めるんだぜ想像しただけでテンション上がって来ねえか!?」
「なっ!!そう言やそうだったしょ〜っ!ウォーッ燃えてきたっしょ〜っ!」
戸部の奴一気にテンション爆上がりだよ、流石だよなこのあんちゃんは、思春期男子の生態を熟知してやがっからな。
まぁ本人も通って来た道だからってのも有るんだろうけど。
けど戸部気を付けろよ、あんまり調子に乗って女子をエロい目で見ると、お前にとって肝心の本命、腐女子さんから軽蔑されるかもだからな。
正直ヤバかった…何がヤバいかというと、先ずは筆頭舞姉ちゃんだ。
あの人マジで三十路超えてんのかよって、声を大にして言いたい処だぜ。
まるで型崩れを起こしていない二つの峰と扇情的な迄なほどにくびれた腰からお尻のライン!
くノ一の修行をすると女の人は誰でもそうなるんだろうか!?
「どう?八っちゃん、お姉ちゃんもまだまだ行けるでしょう!?」
はい!それはもう当然で有ります、おねえちゃま!
同性のあーしさんや腐女子さんも舞姉ちゃんに見惚れてるし。
それから由比ヶ浜だ、知っちゃあいたけどね、あれはやはり反則だろう。
「えへへッ…ヒッ…キーどうかな?新しい水着買ったんだ…えっとさ、似合ってるかな?」
ってお前、そんなモン当然じゃあねぇかっ、てな物だろう、由比ヶ浜のあどけなくて可愛い童顔とそれとは不釣り合いなたわわな実りだけでも『くわっ!』てなりそうだってのに、モジモジと頬を紅潮させながらの上目遣いのコンボを喰らわされた日には、どうなるか解るよな!
そんなの…八幡のジュニアがダディーに、いやビッグXに変身してしまうでしょうが!
あっ、いや待て、ここは俺らしく、八幡のジュニアがロム兄さんだとすると、ケンリュウからバイカンフーになってしまう!
いやいや、待て待て、此処は『マシンロボ クロノスの大逆襲』で例えるよりも『闘士ゴーディアン』で例えた方が良いのか…いや、もう良いや。
…控えめに言っても辛抱たまりませんです、はい。
「…あ、しょにょな、似合ってる…可愛いと思うぞ、知らんけど。」
くっしょ〜、可愛すぎてエチ過ぎて直視できね〜よお!
ピンクのビキニにパレオとか狙ってるよな、絶対に。
「…そっ、そか…えへへ…。」
そっ、そんなに嬉しそうに…コイツは本当にさ、何でそんなに邪気無く笑えるんだよ…あんまり他所でそんな顔するなよな、絶対に勘違いする奴が出てくるからな!
「せんぱい!せんぱい!どうですかどうですか!?このいろはちゃんの水着姿は?グッと来ませんか、何だったら欲情してもらっても私としては一向に構わないんですよ!」
クリームイエローからオレンジ色へのグラデーションカラーのこれまたビキニの水着にやはりパレオを着装し、左手を腰に右手を上方へあげて肘を折り曲げ後頭部へ手を当て、セクシーポーズを決める一色いろはす。
「こら、いろはお父さんはお前をそんなビッチに育てたつもりは、ありませんよ!」
確かに一色も可愛いっちゃ可愛いんだけど、そのお胸のサイズ由比ヶ浜に比べるとどうしても、見劣りしてしまうんだな、お前のウリはそこじゃ無いぞ。
なので、バイカンフーがケンリュウになってしまったよ八幡。
「もう、なに言っちゃってるんですかせんぱいは、そんなの当たり前ですよ、そ・れ・にいろはちゃんの事はこれからせんぱいが育てるんですよ♡」
オイオイコラコラ!!何言っちゃってるんだよお前は、そう言う発言は控えなさいこのエロいろはす!
「オイこらエロイロハス、これ以上の危険発言は止めなさい、でないとこの作品をR15指定をしなけりゃいけなくなるだろうがよ!」
ホント勘弁してくれっての、そう言う発言を真に受けて、人生を狂わせた男がこの世の中に、果たしてどれだけ居る事かっての。
…そういや昔プロボクサーに居たんだよな、エロイロハスって名前の選手が。
「ハァ…たくお前は、あのないろは、お前は普通にしててもすっげぇ可愛いんだから、無理にそんなキャラなんか作んなくていいんだからな。」
「なっ!…もうせんぱいはぁ!何ですかいきなり不意打ちなんて卑怯ですよ…すっげぇ可愛いなんて…ああもう!!」
ワタワタぶんぶんと両手をフリフリ一色いろは。
…おいおい、言われてそんなに照れるなら、最初っからそう言う態度取らなきゃ良いじゃねえかよ。
「…だってこのままじゃ結衣先輩に負けそう……。」
何だって、最後の方の呟きがよく聞き取れないんだが、一色の奴何て言ってたんだ?
「…あの比企谷君、わ、私も水着を、その新調して見たのだけれど、どうかしら…。」
お次は雪ノ下雪乃さんですね、白いビキニに赤と青のストライプが入った其れは、雪ノ下らしく清楚感に溢れていた。
そしてやはり雪ノ下もパレオを着装いたしております。
三人揃ってトリオ・ザ・パレオってかよ、ご当地アイドルとかでやってけそうだな。
コイツら元から十分にアイドルで通用しそうなルックスだし…そのうち武道館とか行ったりしてな。
別に推しじゃ無いけど、コイツらが武道館行ったら死ぬ…訳ねえって。
「あ〜うん、何てか似合ってるぞ、雪乃らしい、清楚なお嬢様って感じだな、白地に赤と青のストライプとかドラグナーD1を意識してんのかと思っちまったよ、しかもお前はスラッとスタイルがいいからな言うなればバリグナーだな。」
雪ノ下から溢れる清楚な雰囲気と三人の中では一番慎ましやかなそれのお陰で俺のケンリュウも、ロム兄さんに戻ってくれたよ。
しかしあれだな、慎ましやかではあるけどそれ以外はすらっと均整が取れてるし…何か雪ノ下が『遠坂凛』のコスプレとかしたらすっげぇ似合いそうだな。
長い黒髪をツインテにしてさ、ミニスカにニーソに絶対領域……そういや普段からそうだよな雪ノ下の場合。
「ハァ…また訳の解らない例えを…本当に貴方と来た日には、私は今の貴方の言葉に褒められたと喜べば良いのかどうか、判断が付かないわ。」
喜べば良いと思うよ、俺は雪ノ下が乗るエントリープラグをこじ開け、そう言ってあげたかった。
肝心のエントリープラグが無いけんだけどね、って本人目の前に居るんだから直接言えよな全くよ…って俺の事じゃねえか!
「私だって、負けたくは無いのよ…例えたそれがかけがえの無い友人でも。」
雪ノ下の言ったそのセリフの意味を俺は知らない、一体それがどう言う意味なのか。
「ねえねえお兄ちゃんお兄ちゃん、小町はどう?可愛い!?」
何てぇのキュロットタイプの水着ってヤツ!?小町の可愛らしさを引き立てまくってて…はぁ、癒やされるぅ、俺の妹マジ天使。
ずっと昔に流行った『だっちゅうの』みたいなポーズでウインクかましてっけど、肝心の膨らみが無いからな。
「あ〜うん!かなり控え目に言って、マジ天使!お前がエンジェル・ハイロゥで祈るなら、俺は永久に眠らされても構わないぜ!」
俺は、俺に出来る最高のニコ顔でサムズアップを決めてやったぜ。
「お兄ちゃん…褒めてくれるのは嬉しいんだけどさ、そう言う事は雪乃さん達に言おうね!」
誰がなるかな、誰がなるかな、誰がなるかなお義姉ちゃん♪
などとサイコロトークの替歌で、とんでも無い事歌いながら小町は舞姉ちゃんと手を取り合い川へと向かって行った。
暫く皆と川遊びに勤しみ、俺は今木陰で身を休めている。
こうやって、少し離れた位置から皆が楽しそうにしている姿を見てるってのも案外悪くないよな。
葉山の言葉じゃ無いけど、皆で仲良く出来るのならそれに越した事は無いんだよな。
でもな、結局人間ってのは感情の生き物だ、他者に対する好悪の念っ物もあるし、思いやりのある奴も居りゃあそうで無いやつも居る。
エゴだよそれは!とか連邦の白いヤツのパイロットなら言うのかな。
そして留美のクラスでハブを流行らせた主犯格、そいつらは…。
俺の時と同じ様に、大した理由なんて無いのかもな、目がキモいだとか挙動が変だとか、目立ってんのが気に入らないとか…何が楽しゅうてそんな事をやるのやら、だな。
「留美の奴も、こんな風に友達と笑い合える様になりゃ良いんだけどな…。」
「ふぇっ…。」
ん?俺が腰を降ろした木の側から、幼い少女の驚いた様な声が聞こえたんだがはて…とその声が聞こえた方を振り向いて見ると、あらやだわ居たのね留美さんったら。
「……………。」
「……………。」
何だかすっごい気まずいんですけど、誰か何とかして下さい。
「…よう。」
「…うん。」
うっわ!何なんだよ俺、何が『よう』だってのよ。
何かこう、もっと気が利いたセリフ言えない訳ぇ〜っ、馬っ鹿じゃねえの!
…八幡が気の利いたセリフがいえないだって、それは無理に話そうとするからそうなるんだ。
逆に考えるんだ八幡、喋らなくてもいいさとね…いや言い訳ねえだろが歳上としてはさ、俺の中のジョースター卿!
「私も、座っていい?」
あっちゃ、マジかよ…俺がグダグダ考えてる内にルミルミに先越されちまったよ。
「おつ、おう…別に断る様な事でも無いからな、ルミルミがそうしたいって思ったんならそうすりゃ良いさ。」
「…ん、そうする、あとルミルミじゃ無い留美!」
何とも締まんねえな俺、小学生女児に気を使わせるとか、なってねえ。
ん、ちょっと留美さんや、何か座るって言ってたけど…なんかこう近すぎやしませんかね?
何で、俺の隣に腰掛けてんのさ、ソーシャルディスタンスはどうしたのよ?
その距離はおよそ30Cmって所か、雪ノ下張りの美少女に成長するであろう事が確約されている様な女児と、まるで極道モンの様だと評される程に目付きの悪い高校生男子、それがこんな近くで接しているなんて…事案として通報されかねないよな、場所が場所なら。
…しかし、考えてみたら、ルミルミはここ暫く、クラスでハブられていてあまり人と接していなかったんだよな、て事は…こんな眼つきの悪い高校生でも構わないって位に誰かと接したかったのか。
「……昨日、昨日ねあれから謝ってみた。」
そうか、早速提案を実行に移したんだな、ルミルミはそれだけ自身の行いを反省して、それが必要な行為だと結論付けた訳だ。
けど、此処にこうしてルミルミが独りで居るって事は。
「…何人かの人は口も聞いてくれなかった。」
「…そうか…。」
やっぱり、そう言う態度に出る子も居るよな、きっと何を今更とか、自分が辛くなったからってふざけんなとか…その子達はそう思ったのかも知れないな。
「一番仲良くしてた子には、今はまだ気持ちの整理が付かないから待ってって言われちゃった。」
今は整理が付かないか…それはもしかしたらこれからのルミルミの行動次第では、関係の修復だって有り得るかも知れないって事だよな。
「…そうか、それでルミルミはその事に対してどう感じたんだ?」
その俺の質問にルミルミは両膝を抱え込んで小さな、それでも聞き取れるだけの音量の声で反省の言葉を口にした。
「本当に馬鹿だったんだ、人の気持ちとか考えなくて、空気だけ読んで流されて…私、もう絶対にそんな事しない。」
「そうか、でだルミルミ、それでお前はこれからどうするんだ。」
諦めるのか、もう何もしないのか、此処で蹲ってただ…反省の気持ちだけを抱え込んで、お前は。
「ううん、私謝る…機会を見つけて何回でも、ウザいからもう二度と話しかけるなって言われなきゃ…。」
強いんだなルミルミは、俺だったらどうだったろうか、そう思わずにはいられないな、俺は幸い兄貴達に出会えたお陰で立ち向かう力を仕込んでもらえた、けどもしその出会いが無かったら…。
きっと精神が腐り切っていたかも知れないな、心も身体もボロボロになって、自殺とか家出とかして、今この場に存在していないかもな。
「ねえ、高校生ってさ、八幡って大人なの?」
いきなりの質問だな、だけど…ああそうだった、小学生の頃って自分より歳上ってすっげぇ大人に見えんだよな。
昨日の戸部じゃ無いけど、残念ながらそうじゃ無い、なってみて解るけど。
「…じゃあルミルミには、俺がどう見えるんだ?」
「ルミルミじゃ無い、留美! 八幡は他の人と違うみたい…。」
他の人と違うか…こんな俺でもルミルミから見ると少しは大人に見えるって事なのかな。
「残念ながら、高校生ってのは大人じゃないんだよな、エr…単車、バイクを買うのにだって保護者の承諾が必要だし、社会的な信用が無いから、借金も出来無い…要するにだ、高校生ってな中途半端な存在なんだって事だな。」
「でも、昨日あのオジさんとやってたパンチとかキックとか、凄かった。
音とか凄い大きく響いてたし、何か体から光とか出てたから。」
昨日のミット打ちか、あれ見て留美は何かを感じてくれたのかな…体から光ってたってえと最後のタイガーキックか。
「あれはな、兄貴達に仕込んでもらった物なんだ、あのツンツン頭のオッサンもその一人だ。」
「へぇ!、じゃあ他にも居るの?」
おっ、何かいい感じに食い付いて来たなルミルミ、もしかして格闘に興味を持ったのか。
「おっ、おうそうだよ、俺にはあのオッサン含めて三人の師匠兼兄貴が居るんだ、ああそうだ、スマホに写真在るけど見てみるか?」
「うん、見たい。」
俺はスマートフォンを取り出し、フォルダを開き写真をルミルミに見せた。
「此方がテリー兄ちゃん、俺の技の基本はこの人の教えだ、そして此方がアンディ兄ちゃん、あそこに居る綺麗なお姉さんの旦那さんなんだ。」
「へぇ、外人さんなんだ…あっこの人知ってる!前にテレビで見た映画に出てた人だよね。」
おっ!ルミルミあの映画見たのか、テリー兄ちゃんはイケメンで身体も鍛えてるし脚なんか超長げえからな、すげえ画面映えするんだよな。
だから映画出演のオファーもひっきりなしに来てんだよな、まぁ基本は格闘家だからそっちを優先してんだけど。
「おう見たのか留美、カッコ良かっただろうテリー兄ちゃんは!あれで世界最強レベルの格闘家なんだぜ。」
俺と留美は暫くの間二人で話をしていた、皆気を使ってくれての事だ。
昼食の時間になり留美は戻って行き、俺達も昼食を摂る為に集合し、その場で俺は平塚先生とジョーあんちゃんへ昨日話した計画の実行を願い出た。
「結局、留美はまだ一人のままみたいだし、このままじゃ数の力に押し潰されかねない、だから頼みます平塚先生、ジョーあんちゃん。」
「分かったよ比企谷、あちらの先生方への交渉は私が引き受けた。」
平塚先生は真剣な眼差しを俺に向け、俺のその頼みを受け入れてくれた。
「その結果次第で俺が、一丁ブチ上げれば良い訳だな八幡!」
ジョーあんちゃんがそう言って俺へ確認を取る、それに俺は頷く。
他の皆は心配そうな眼をしている、この計画が上手く行くなんて確証は皆無だからな。
そりゃあそうだ、そして俺は懐から昨夜用意した物を取出し…。
「平塚先生、此れを預かっといてくれませんか、最悪必要になるかもだろうしそれに、そいつは俺の覚悟の形ですからね…。」
「なっ!比企谷此れは…。」
俺が平塚先生へ預けた物、それは…退学届だ。
それを見て取った皆はその顔に驚愕した顔と悲痛な表情をした者とに大まかに分類出来た。
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嵐を呼ぶ男が子供達に語るのは間違っている!?
俺の渡した退学届を手にした平塚先生は、その目を大きく見開いた後、嘆息し俺に確認する。
「…本気なのかね比企谷。」
しっかりと俺の眼を見据えて。
「最悪の場合はと言う事です。」
だから俺も、その平塚先生の目から視線を外さずに答える。
「せんぱい!」「比企谷君!」「ヒッキー!」
一色、雪ノ下、由比ヶ浜、悪いなお前達に何の相談も無くこんな事を決めるなんてな…。
「比企谷、此れは一応私が責任を持って預かっておくがね、はっきり言って此れが必要になる事は無いよ、何故なら君が言う最悪の事態になった時に必要になるのは、私の辞表だからだよ。」
なっ、何を言ってんだよ平塚先生、先生には居てもらわないと駄目なんだよ。
時々授業は熱血漫画の話で脱線する事はあるし結婚したいとかボヤいて俺達生徒を辟易とさせる事もあるけど、話は分かってくれるし、生活指導として生徒からは信頼されてるし、俺がふざけて書いた職場見学の行き先の事だって、立場上叱ってはいたけど、表情は若干笑ってたし、洒落の解る人なんだよな、それに中には先生の事姉貴みたいに思っている奴だって居るんだよ、俺とかさ…それに何より俺達奉仕部の顧問なんだから。
「こういった場合に責任を取らねばならないのは我々教師の、大人の役目だからね、だから君の此れが学校へは提出されないのだよ私の一存でね、この件に君は思うところが多々在り、故に行動を起こそうとしているのだろう、だからね比企谷私達にも君のその思いを支えさせてくれないか。」
平塚先生のその言葉に雪ノ下達も、頷いている。
先生ありがとうございます、そして奉仕部の皆も。
「八っちゃんがやろうとしている事はあの日のテリーと同じ事よね、それをしようと考えているのよね…八っちゃんはあの子に寄り添ってあげようと、そう思っているんでしょう。」
舞姉ちゃん、やっぱり解っちまうんだな、俺に出来る事が何かって考えてみたんだけど、結局は行き着く答えはそれなんだよな。
「え〜と、うん…舞姉ちゃんの言う通りだよ、あの日テリー兄ちゃんが俺を拾ってくれて、皆で俺を鍛えてくれて今の俺が在るんだ。」
「退学ってのは、あくまでも最悪の事態になった時であって、そうで無ければ別に辞める必要は無いんだよ、さっき留美と話をしてさ、アイツ昨日のジョーあんちゃんの言った事を実行したんだってよ、結果は芳しく無かったんだけど…でも留美はそれでも諦めて無いんだ、アイツの心は昔の俺よりもよっぽど強いんだぜ。」
だから、留美の決意の程があれば一見心配は無さそうに見える。
「俺のいじめの時がそうだったんだけど…何度か話した事があると思うけど、最初はごくありふれた嘲笑だの今留美が経験しているみたいな、ハブられたりとかそんなレベルの事だった。
今留美は皆への謝罪を決意実行して、これからもそれを続けるつもりでいるんだけど。」
「それを面白く思わない者が出て来る可能性が、それが留美さんを今の状態に追いやっている子供達である可能性が高いと、留美さんの行動によってその行為がエスカレートしてしまうかも知れ無いと言うのね、比企谷君…。」
ああ、やはり俺と同じで虐め被害に遭った事があるだけに雪ノ下の洞察力は鋭いな。
俺の憂慮しているところは正にそれなんだ、被害者達に対して留美が謝罪をして回るとなれば、それは当然で目立つ行為になる訳で、そうなるとそいつらは、虐めの主犯共は感情的に面白く無いし目障りだと感じるだろう。
そして暴力と言う実力行使った行為に出て来る、いや言葉や態度なんかも、場合によっては十分に暴力足り得るんだけどな、その連中の性質によっては直接的な行動を取るか、或いは陰に籠もって、本人達は表に立たずに、弱い子達を脅して操り暴力を振るわせたりとか。
もっと過激になれば、性的な攻撃さえ厭わなくなるとか、そんな事態だって考えられる。
「留美の謝罪で、少人数でも味方が出来りゃ良かったんだがな、今ん所上手くは行ってない。」
俺の時は、学校にもロックって心強い味方が居てくれた。
テリー兄ちゃんの弟子としては、俺の兄弟子に当たり、当然当時の俺よりも当たり前だが他の同世代の子供と比較しても、ケンカの実力はレベルが違った。
「俺がある程度の力を付けるまでの一年間、小四の夏までロックが何時も俺の側に居てくれた、まぁアイツがいなくなった途端に俺にチョッカイかける奴がまた現れたんだが、その時にはもうソイツ等も俺の相手に成らない程度のレベルになっていたがな…。」
そして小五のクラス替えでも、同じ様な事があって……。
「だから比企谷、君は留美ちゃんに立ち向かえる力を与えようと…そう考えているのか。」
ああそうだな葉山、留美がそれを望めばだけどな。
てか、立ち向かうってか迎撃だなこの場合は…『当方に迎撃の用意あり』ってな、けど本当はそんな事にならないのが一番良いんだよ、葉山お前の言う皆仲良くっての、それが叶うなら其れこそがベストアンサーってヤツだ。
残念ながら俺は、今迄その皆って括りの中に入った事が無いからそんな理想を積極的に求める事なんか出来無いし、そこ迄人を信じられないし、それに届く程に俺の腕は長く無い。
「…凄いんだな君は、俺にはそこ迄の覚悟なんて持つ事は出来無い……。」
「だよなぁ、比企谷君覚悟決め過ぎっしょ〜。」
覚悟とか凄いとか、そんなんじゃ無いんだよ俺的には…昨日留美と連中の様子を目の当たりにして昔の自分を留美に重ね合わせちまって、一人で勝手にイライラして高々一高校生の分際で何とかしてやりたいとか、そんな大それた事を思っちまって、それって多分只の傲慢ってヤツなんじゃないのかって、自分ではそうじゃねぇかと思ってんだけどな。
「ヒキオ、あーしにとって結衣はさダチなんだよね、アンタがガッコやめたらさぁ結衣が悲しむし、あーしとしてはそんな結衣の顔見たくないんだよねぇ、だからさ辞めるとかってあーしが勘弁しないかんね!」
あーしさんは目力込めて俺を見据えて居られる、金髪ドリルのヘアスタイルとか自分の事あーしとか言って、如何にもギャルって感じのキャラなのに、腐女子さんの面倒を甲斐甲斐しくこなしてみたり、今の由比ヶ浜への友情発言とか最近登場初期とキャラ違い過ぎんのとちゃいますか?
「それにあーし最近じゃ雪ノ下さんといろはの事も割と気に入ってるし…。」
マジで戸塚の特訓の時の傲慢系キャラはどこ行ったんだよ、まさか転生系中身入れ替わりでもしたのかよ!?
「比企谷君、私的にはねハヤハチにトツハチにトベハチとをまだ見続けていたいしね、ハァハァ…それにコレからテリハチとアンパチとロクハチとまだまだ私の目を愉しませて欲しいからキミに辞められると困るんだよぉハヒーッ!ブハァッ…。」
「おいコラ!人の兄貴達を変な妄想のオカズにするんじゃねぇ!」
どんだけなんだよこの腐女子は!その鼻血の量パネェなおい、まるでキャプテンサワダの腹切り並に対空に使えそうだな!!
…誰なんでしょうね、キャプテン・サワダって?
「わ〜っ姫菜っ鼻血ぃ、ほらティッシュ!」
けど、ありがとな…あーしさんに腐女子さんは…どうなん?
「八幡っ僕も、僕も八幡に学校辞めてほしく無いよ、八幡と一緒が良いよ!」
戸塚ぁ〜!俺もだよ、俺も戸塚と一緒に青春スクールライフを送りたいゼッ〜トッ!
やっぱ退学は思い留まろうかな、戸塚とのスクールライフを送れるのは後一年半だけなんだし。
「クククッ、おい八幡!俺は安心したぜ、ようやっとお前にも青春ってヤツを一緒にヤレる仲間ってモンが出来たのかも知れねぇなおい!」
トンっと俺のボディへ軽く拳を当ててきた、ツンツン箒頭のオッサン。
ジョーあんちゃんは何歳になっても変わらない、悪ガキの様に笑いながらそう言った。
「お前ぇを、学校辞めさせない為にもコレから俺がやる事ぁ、失敗が許されねぇって事だな。」
「あんちゃん、俺は…ハァ、何か格好が付かなくなっちまったな俺。」
仲間か、そうだな俺にはもう出来ていたんだよな、雪ノ下、由比ヶ浜、一色、戸塚、川崎、あと序に材木座もか…。
平塚先生の交渉により、夕刻に時間をもらい子供達に対してジョーあんちゃんによる、トークショーってのは言い過ぎから…ちょっとした講演ってのも大袈裟だな、まぁトークをカマしてもらうって事だ。
最近はジョーあんちゃんも、講演依頼なんかを積極的に受けているし、それなりに知名度なんかもあったりするしな。
「いやあ、高名なヒガシさんから子供達に語り掛けていただけるなど、とても光栄な事ですよ。」
学年主任の先生?の反応はとても好感触って感じだな、だが…やはりあの先生は、あまり良い顔して無いな。
こりゃあ、あの頃と何にも変わってなさそうだな。
あの当時で教師歴五年目で新しく赴任して来たって言ってたから、今年で教師歴十年目位になるのか、年齢的には舞姉ちゃんと変わらない位だな。
「そう言って頂けるのは、此方こそ光栄なんですけどね、ただもしかすると子供たちにとってはキツイ話になるかも知れないんですよね、それでも構いませんかね?」
「ええ、子供達にとっても他の国、世界を知る良い機会となるかも知れませんし、構いませんよ…ただですねあまり大きな声では言えないのですが、一人少し厄介な方が居ましてね、彼女が変に暴走しなければ良いのですが。」
あぁ、十中八九あの先生の事ですね、分かります、やっぱり変わって無かったんですね。
午前中にキャンプファイヤー用の井桁を組んだ広場に皆集合し、ジョーあんちゃんのトークショー(笑)が始まった。
「よう皆、野外学習はたのしんでいるかぁ!?」
百人近くに及ぶ数の児童を前にジョーあんちゃんが俺達と先生方よりも前へ、生徒達により近い位置から語り掛ける。
『はぁ〜い!楽しいでぇ〜す!』
ジョーあんちゃんの開幕の質問に、児童達は声を揃えたかの様に、ほぼ同時に返事をする。
う〜ん、相も変わらぬ超音波攻撃の炸裂だな、雪ノ下以外の皆はよく平気で居られるもんだよ。
「…雪乃、平気か?昨日もだけどお前本当にちびっ子ボイス苦手なんだな。」
「心配無用と強がりたい所だけれど、流石にこの暑さだし、それにこれだけの数の子供達の音量が加わるのは辛い物があるわね。」
雪ノ下の顔色、マジで若干青白いうえに、避暑地で山の中で標高が多少高くて緑が多いとは言え昨今の猛暑の影響でこの程度の標高じゃ平野部より幾分かマシって程度だし、体力に難のある雪ノ下には辛いだろうな。
「ゆきのん、無理しないでね…。」
「そうですよ雪乃先輩、辛いなら木陰で休みましょう。」
由比ヶ浜と一色も雪ノ下の体調を気遣う、本当に二人共優しい奴だよな。
やっぱり俺達は四人で奉仕部なんだよな、この関係を俺は大切にしていきたいって、マジで思える。
出来る事なら留美にも、こんな風に思える仲間ってヤツを持って欲しい。
「…ありがとう、本当に限界だと感じたらそうさせてもらうわ。」
「馬鹿、お前な…そこは限界だと感じる前で無きゃ意味ねぇだろうが。」
俺達奉仕部ががこんな会話をしている最中も、ジョーあんちゃんのトークは続く、流石に慣れてるなあんちゃんの語りに子供達は時に笑い、時に真剣に聞き入っている。
「はぁ、素敵ですヒガシさん……。」
平塚先生なんて、もうメロメロになってるよ、ジョーあんちゃんコリャもうアンタ先生を嫁にもらうしか無ぇんじゃ。
あ〜でも、先生って料理とか家事全般出来んのかな、俺の中のイメージとしては、かなりがさつ…ハッ!なっ、何だこの強烈な波動は…って平塚先生ですね、あなたまた俺のサイレントヴォイスを感知しましたね。
「時に比企谷。」
「はい、何で御座いましょうか?」
…平塚先生は実に良い笑顔を俺に向けていらっしゃるのだが、のだが、その眼はどう見ても笑顔を作っているお人の物では無い!
「…もし仮にだ、私がヒガシさんの嫁になれたとしたらだが、そうなると君は私にとって謂わば弟の様な存在になるのだな、さすれば私としては姉として礼を失した弟を矯正せねばなるまいな、いやあこれは腕が鳴るな。」
ハハハと笑いながら手指をメキョメキョと鳴らす平塚先生は、職業の選択を間違えているとしか思えません。
もしも先生が格闘家を志していたら、一角の強者になれたやもしれんな。
「お…お手柔らかにお願い致します、姉御…。」
「うむ、任せ給え!」
怖い、チョー怖い!あと怖い…あんちゃん、マジで頼むぜ平塚先生の事。
そんな感じで俺達が、ジョーあんちゃんの後方に居ながら、何とも締まらないやり取りをしている間にも、ジョーあんちゃんは子供達に語り掛ける。
先ずはタイという国の現状、貧困層が多くストリーチルドレンなどが多数存在している事実。
また年端の行かない子供達が、家計の為或いは将来の為ムエタイのリングに上がって、中にはリング禍により命を失う子供が居る現実。
そんな子供達の為にジョーあんちゃんは5年程前からリングにのぼる傍ら、後進の育成を始めた、少しでも不幸な事故で命を失う子供が減る事を願って。
そして、最近自身のジムを開設し本格的に指導者として、また経営者としての道を歩み始めた。
しかし、タイ国内の経済状況も厳しい物がある為ジョーあんちゃんは他国での講演活動や、ギャラや賞金の高い格闘大会へ頻繁に出場している。
まぁ、外貨を稼いでジムの経営を安定させ、門下の子供達に飯を食わせたりする為の資金にしているんだけどな。
また、そうやってジョーあんちゃんが他国へ遠征している時は、あんちゃんの盟友であり、かつてのライバルでもある『ホア・ジャイ』さんが、ジムを預かっているんだ。
俺達と一緒に居る時はバカもやるけどジョーあんちゃんは、マジで尊敬出来る男なんだよ。
「まぁ本当は、国が経済的に豊かになって、貧困層が少なくなれば子供がリングに上がる必要も無くなって、そう言った事故も無くなるんだろうけど、現実は中々思い通りにはならないんだよな。」
ジョーあんちゃんの語るタイ国の現実問題に絶句する子供、嗚咽を漏らす子供と反応は様々だが、多くの子供達に日本と違う他所の国の現実の一端を知る良い機会になっただろう。
「まぁ、暗い話はこの位にして、こっからは俺の武勇伝を皆に聞いてもらう事にするかな!」
と気分を切り替え、お次は自分の生い立ちから格闘家たるを志した理由、タイへ渡りムエタイのチャンプに迄登りつめる迄の道程、やがてそのタイトルを保持しながらもキング・オブ・ファイターズ等の異種格闘技の大会へ積極的に出場。
テリー兄ちゃんとアンディ兄ちゃんの二人との出会い。
その宿敵ギースを打倒する為の助っ人を買って出て二人と友誼を結び。
「そのアメリカのサウスタウンって街を牛耳る悪党に引導を渡す為に、そして俺はテリー達と協力して、街からその悪党を追い出したんだ。」
おお〜っすげぇ…と、子供達は関心の声をあげる者が多々いる。
この位の子供には、ジョーあんちゃんの今の話は一種の英雄譚の様に感じられたのかもな。
だけど…。
「何ですか、なんだかんだと言って結局は暴力ではありませんか、何故暴力を振るう前に対話を以て諭そうとしないのですか、そうすればきっとその方も解ってくれた筈です!」
ハァ、やっぱり来たよこの先生、兎に角暴力は駄目、相手が力で攻めて来ても力で立ち向かうわず話し合いましょう。
貴女は以前から、ずっとそうですよね花月園先生。
「あ〜、そうは言いますけどね先生、だったらアンタがその立場に立ったときにそのセリフを言えますかね。」
「くっ、え、ええ私ならばそうしますとも、私がそうすれば相手はきっと解ってくれます。」
ホント、駄目だこりゃだよこの人は何処迄平和ボケしているつもりなんだよ。
「皆さん騙されてはいけませんよ、格闘家などと言ってはいますが、それは只の暴力至上主義者なのです、暴力は何も生み出さないのです。
この世の中に必要なのは、愛を以て話し合う事です、そうすればこの世に争いは生まれず人は幸せに生きていけるのです。」
「花月園先生落ち着いてください、貴女の言動はあまりにも礼を失していますよ、折角ヒガシさんが好意で子供達に語り掛けてくれていると言うのに、貴女の偏った思想を人に押し付けるのはお止めなさい。」
おお、この学年主任の先生、立派な人だな、亀の甲より年の功ってか、しっかりとした理念を持っている人の様だな。
しかしこの花月園先生、俺が小五の時もこの人は同じ事を言っていた…四年生の時点でクラスには俺に勝てるヤツは誰も居なくなった。
俺が、そして今留美が通うこの学校は三年と五年で二学年毎にクラス替えがあるんだが、その五年次のクラスで再び俺にチョッカイを掛けて来る奴が現れた。
四年まで同じクラスで五年でまた同じクラスになった奴が、新しいクラスで新たにツルみ始めた奴に俺の事を愚痴りでもしたのかも知れない。
俺としては、相手にもならないし適当にあしらっていたんだが、こういう奴の発想ってのは凡そ似て来るんだろうな。
俺に勝てないからって、小町に手を出すと宣いやがった。
またしても、クソッタレ野郎はそんな事をホザくのかよ!
俺は、ソイツの襟首を掴み投げ技をキメた、が普通に投げたら大怪我をさせてしまうから、床に叩きつける前に留めたんだけどな、だから一切の怪我は負わせていない。
厄介な事にその場をこの先生が目撃してしまい、お得意のご講説により俺は責められたんだ。
『私はこの子の将来が末恐ろしい!』
呼び出しに応じた母ちゃんに対して放ったのがそのセリフだ、俺としてはアンタの一方的な思考の方が恐ろしいわ。
「ハァ…メンドくせぇなぁ、じゃあよ先生、アンタこんな平和な日本に留まらずにいっその事、紛争地帯にでも出張って行って、その御大層な理想を語ってきなよ!そこ迄言えるんならよ、アンタが出張れは紛争も戦争も終結させる事が出来るんだろう!?」
そして、やっぱり切れたよジョーあんちゃん。
うん…ムカつくよなこの先生はさ、しかしジョーあんちゃんの言ってる事は正論だよな、本当に会話で全てが丸く治まるんならさ、人類史に戦争なんてなかった筈だからな、しかし現実はそうじゃ無い。
「なっ、なんですか自分が出来もしない事を人にやれだなんて、貴方は何様のつもりなんですか、やはり格闘技などやっている者にろくな者は居ないんです、あの時のあの生徒もそうでした!」
うっわっ!すっげぇ矛盾、自分はその出来やしない不可能事を人に押し付けておいて、いざでは貴女が実行しなさいと言われると逆ギレって…。
ホント何なのこの人、これで良くこれまで教職に着いていられたもんだな、こんなんでも失職しないなんてマジで公務員って勝ち組って言われるだけは有るよな。
そんでもってあの時のあの生徒ってのは百パー俺の事だよな。
そんでやっぱり、なるかもだな、最悪の事態に。
「あ〜と、お久しぶりですね、花月園先生、覚えていらっしゃらないでしょうけど、先生の言うあの生徒です、お陰で
今は総武高校の生徒をやっています。」
皆には悪いけど、格闘家や兄貴を侮辱されて黙っては居られないからな、だからゴメンな皆。
俺は前へと進み出て、帽子を取って名前はまだ名乗ってないけど、名乗りをあげた。
「変わってないですね、その自分の見たい風景以外が見えると途端に機嫌を悪くして誰彼無く突っかかる所。」
学年主任さんに突っかかっていた花月園先生はまだ俺に気が付いていない様だが、自分が侮辱されたとの思ったのだろう。
「何ですか君は、子供が大人の話に割り込むなんて、どう言う教育を受けて来たんですか!?」
「へえ〜、あんちゃんが生徒達へ語り掛けて居た時に割込んで来た人の言葉とはとても思えませんね、いやはや随分と都合の良い思考をしていらっしゃる。」
ハン、と俺はお手上げポーズを取って少し挑発を試みてみた。
っても、俺が言ったことは何ら間違えの無い事実なんだけどな。
「おい、八幡お前。」
「すまん、あんちゃん…。」
俺はこの場へしゃしゃり出て来た事をあんちゃんへ詫び、学年主任の先生へ一礼し。
「花月園先生の事を知っている様ですが、君はどなたですか?」
名乗ろうとしていたんだが、先に学年主任の先生へ質問されてしまった。
「はい名乗り遅れました、俺は比企谷八幡と言います、このジョー・ヒガシの弟子で、小五の時花月園先生のクラスの生徒でした。」
その俺の名乗りに、学年主任の先生は経緯を察してくれた様だ。
おそらくこの先生も当時から在任していたのだろう、けどその時は違う学年の担当だったのだろうな、俺この先生の事知らなかったもんね。
こんなに常識を確りと弁えた先生を知らなかったなんて、どうもすいませんでした。
「…そうですか、君が比企谷君だったのですか、その節は同僚が迷惑をお掛けしました。」
学年主任の先生、高々一高校生俺に対して頭を下げてくれた、それも自分は一切関わっていないにも関わらずだ。
こう言う先生がもっと増えれば、虐めを根絶は出来なくとも、もっと少なく出来るのかも知れないな。
「登戸先生、何故その様な無礼な学生に頭を下げているのですか、下げるべきはその学生でしょう!」
学年主任の先生(登戸先生ってのか)に迄噛み付いてきたよこの人、まるで狂犬だなマジ…。
「黙りなさい花月園先生、貴女は少し頭を冷やすべきです、見てみなさい生徒達のアナタに対する表情を!」
登戸先生が言われる様に児童達の花月園先生を見る眼は、とても冷め切っていて、其処には尊敬の欠片も感じられる物では無かった、寧ろ憐憫さえ含んだ目をしていた。
「あ…あ、あ、嫌、嘘…。」
その表情を見て取った花月園先生は現実を受け入れる事を拒否するかの様にブツブツと呟いている。
登戸先生はその様子に嘆息し、他の先生方に声を掛け、花月園先生はその他の先生方に両脇を抱えられこの場から連れ出されて行ってしまった。
「…とんだ事になってしまいましたがヒガシさん、もし宜しければこのまま話の続きを語ってはいただけないでしょうか、察する処ヒガシさんにも何か思惑があってこの場を設けたのだと思うのですが…。」
鋭いな、登戸先生…こう言う話の解る先生は敵に回したら駄目だよな、そして味方に付ける事が出来れば、これ程心強い人物も居ないだろうな。
「解りました、此方の事情を察していただき感謝します。」
さて、此処から改めて仕切り直しってヤツだな。
ジョーの現状などはオリジナル設定です。
花月園先生には一応モデルと言うか、自身の体験を元にこのエピソードを作りました、ここ迄酷い先生では無かったんですけど、葉山の主張に対するアンチテーゼと言うか、葉山主張の行き着く先が極端になるとこうなるんじゃ無いかと…。
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俺が子供達の前に出ていくのは間違っている。
登戸先生の計らいで、改めてジョーあんちゃんは再び子供達に話を語る事の許可を得られた。
「比企谷君、実は私は格闘技ファンでねぇ、学生時代にはアマチュアながらボクシングの経験もあるんだ、とまぁ私の事はさておき、今でも覚えているよ、我が校にあのテリー・ボガードさんが運動会の観戦に見えられた日の事をね、いやぁあの時はとても感激してしまってね、おまけにサインまで頂いて、いやぁ私はあの時程興奮を隠すのに苦労した日は無かったよ。」
それは俺が小三の時の運動会ですね、母ちゃんと親父、そしてテリー兄ちゃんが来てくれたっけな、ロックの奴も運動会なんて初めての経験だったから、すげえ張り切ってたし、その雰囲気を楽しんでもいたしな。
でもこの登戸先生のカミングアウト、すげえ嬉しいな、もしかするとこの先生なら留美の置かれた現状を解決する為に動いてくれるかも知れない。
出来る事なら俺も在学中にこの先生と出会いたかったな、そうしたら当時の俺の状況も多少はマシだったかも…いや過度の期待は禁物だな、登戸先生だって普通の人なんだ全てを見通す眼を持っているわけでも無し、ましてや全知全能には程遠いんだからな。
登戸先生も気が付かないからこそ、今日までの留美のクラスの問題があるんだから…。
「出来れば後程ヒガシさんと不知火さんのサインも頂きたいものだねぇ。」
ハハハッ、結構ミーハーなんですね登戸先生って…でもこの先生の存在は嬉しい誤算ってヤツだな。
俺はあの花月園先生とやり合う覚悟でいた、あの…ちょっとイカレポンチな先生と。
けど、登戸先生の介在でそれは防がれた、有り難い事にだ。
「登戸先生、この度は私共の落ち度で多大な迷惑をお掛けして「いや、平塚先生あなた方には、何らの落ち度もありませんからどうか頭をあげてください、そう畏まられては此方が困ってしまいますよハハハッ。」ですが…。」
平塚先生の謝罪を登戸先生は必要無しと止めると、平塚先生の表情には申し訳の無さが滲み出ている。
元はと言えば、俺が言い出しっぺなのに、こうして先生達にまで心労を…。
「あ〜ちょっとばがり、グダついちまったな、皆スマン!」
ジョーあんちゃんのその一言により、トークショーは仕切り直された。
ただし、今度はその趣向をすこし変えてみた様だ。
あんちゃんは子供達に自身が先程話した内容について問い掛け、それに付いて子供達がどう思ったかを聞くと言うスタイルにだ。
あんちゃんが話したタイの子供達に現状に付いて、可哀想だとか助けてあげたいだとか、実に子供らしい言動で以て答えている。
「そうだな…皆ありがとうな、皆がそんなふうに思ってくれて俺は嬉しく思うぞ、だけどそれは俺の居るタイだけの話じゃ無いんだ、他にもいろんな所でいろんな人が困っていたり苦しんでいたりするんだ、俺は昔っから勉強なんてほとんどやらなかったし、ムエタイしか知らない様なモンだからな、その方法でしかやれない訳だ…だから皆は、皆なりの勉強をして俺よりも、もっと良い方法で困っている人を助けてやれる大人になってくれよな!」
『はい!』
生活の為にまだ年端も行かない子供がリングへ上がる、しかもそれが賭けの対象になっていたりして、詳しくは解らないが裏社会なんかも関わっているのかも知れない。
そしてリング禍によって失われた小さな命、その悲劇を少しでも減らそうと、あんちゃんは門下の子供達に正しい技術を、身を守る術を教えているんだ。
無論、元来ケンカ好き格闘好きな人だから、才能のある子を鍛えて強くしてやりたいって気持ちもあるだろうし、案外弟子を鍛えて将来自分がその子と仕合おうとか考えてるのかもだけどな。
「さっきのあの先生…俺の思想の、気持ちの、その行き着く先は…俺も…あんなふうになっていたかも知れなかったんだよな。」
いつの間にか、葉山の奴が俺の隣に来ていて、嘆息しながらそう呟くように口にした。
ちょっ、お前離れろよな…こんな所をあの腐界の住人に見られたら、またぞろ妄想を大爆発させられるだしょう!
と、まぁ冗談はさておき、つかあの腐女子さんならどんなシチュエーションからでも妄想を捗らせそうではあるが…。
「なんだ、あのキョーレツさに中てられて思うところでもあったのかよ。」
「…まぁ、そんなところだよ…。」
おいおい、何だかヤケに萎れていやがるじゃないかよ葉山。
その姿、正に『しおしおのパー』状態ってか。
まっ、しゃあないよな、葉山からするとアレはある種の強烈なカウンターパンチを喰らったようなモンだよな。
「さっきのヒガシさんの言葉…紛争地帯でも行ってそれを言ってこい…何だかまるで俺に言われた様な気がしたよ。」
そうか、それでコイツは今戸惑っているんだな…おそらく皆仲良くって理想は否定するつもりは無いのかもだけど、現実問題、戦争だの紛争だのをお題目だけでどうこう出来る訳が無いんだし。
それが出来るのは『THESTAR』の『長瀬優也』位なモンだろうよww
「まぁ、お前が自分を顧みて何か思う処があるってんなら、精々自分で考えて答を探しゃ良いんじゃねぇの、俺は知らんけどな。」
葉山との話はこれで終りだ、何時までも腐界のお姫様?に鼻血を出させ続けさせる訳にもいかんだろうし…。
「さぁて、そんじゃ次は皆の学校の事を聞こうかな、皆は学校や友達の事好きかぁ!?」
『はぁ〜い!好きでぇ〜す!』
ジョーあんちゃんの呼び掛けに多数の子供達が声を揃えて返事をするが、中には一部だが『学校嫌い!』とか『勉強嫌で〜す!』とか聞こえる、まぁ居るよなこう云う子供って、どっちかって云うと俺もそっち寄りだからな。
「ハハハハッそうか好きか!でもまぁ中にゃあそうでも無い奴もいるんだな、けどそれでも良いんだぜ!勉強が苦手な奴だって他に好きな物見つけてそれに対して一所懸命になれれば、何も学校の勉強に拘る事は無いんだ!」
ジョーあんちゃんのその発言に幾人かの子が『えっ!?良いの?』とでも言いたそうな困惑顔をしている。
きっとその子達は母ちゃん辺りから常日頃勉強しなさいと口を酸っぱくして言われているに違いない。
「まぁこんな事を皆の父ちゃん母ちゃんに聞かれると、なんて事を言うんだって怒られそうだけどな。」
だな、現代の世情を考えると親って多分…まぁ家の両親は違うけど、勉強して良い学校へ行って安定企業に就職しなさいって、だから今のジョーあんちゃんの発言の様にそれを否定する大人に対しては、あまり良い顔をしないだろう。
けどその安定の終身雇用ってヤツだって壊れつつあるんだよな、それでも親としては子供の将来の安定を願うんだろうな、知らんけど。
ふぅ〜、つくづく昭和の時代は良かったんだなと思わずにはいられないよな。
クレージーキャッツも歌ってたし、二日酔いでも寝ぼけていても、タイムレコーダーがちゃんと押せばどうにか格好がつくものさってな。
そんな気楽な人生、俺も送りたいもんだよ。
「ただなぁ、学校の勉強だけが勉強じゃあ無いんだぜ!例えば野球やサッカーなんかのスポーツにだってルールってもんが有るし、技術テクニックってヤツを知って身につける事だって一つの勉強なんだからな。」
生徒達の中の一部、多分スポーツが好きな児童だろうな、今のジョーあんちゃんの言葉にハッと気が付かされたみたいな表情をしている。
「それにそういったスポーツだって今は日本国内に留まらずに世界で活躍する選手だって沢山いるだろう、外国でプレイすんのならその国の言葉をある程度は話せた方がコミュニケーションだって取りやすいだろう、その為に言葉を学ぶのも勉強だ。
まぁ中にゃあんまり話せなくて身振り手振りでコミュニケーション取ってる奴も居たりするけどな。」
そこで一人の男子児童が『ヒガシさんはどうだったんですか?』と質問をして来た。
「俺か、さっきも言ったが俺も学校の勉強はそんなにして無かったんだ、けどムエタイで強くなる為の修行はタップリやったぞ、どうすれば強いパンチやキックが打てるかとか、身体のどの部分を鍛えればスピードや防御力が強化出来るかとかな、あとはどんな必殺技がカッコイイかとか、こう見えてそこら辺は考えてんだぜ。」
そして今はきっと指導者として、後進を育てる為の勉強もしているんだろう。
このオッサン、普段は『俺様は天才だからな、ナァハハハハッ』とか言って高笑いしてるけど…。
「じゃあ此処らで違う話を聞くかな…そうだな、皆は友達は居るか!?」
来た、いよいよ本題に突入だ。
その質問に児童達は元気に『は〜い』と、「は」と「い」の間を伸ばして返事を返す、その発声が如何にも小学生っぽいよな。
そう言えば、何時ぐらいから何だろうかな、伸ばさなくなるのは。
俺は小学生の頃は、ってか中学の時もだけど友達とか居なかったから、友達の家を訪ねてその子の名前を呼ぶなんて経験無いから………クッ、またしても眼から汁が、まぁ良い、子供って友達の家を訪ねて呼び出すとき『○〜○〜く〜ん、あ〜そ〜ぼ〜!』って言うよな、えっ何故ボッチだった俺か知ってるかって?
…そりゃあお前、俺だって低学年の頃は、まだ夢見るお年頃だった頃はな、何時友達が出来ても良い様に、何時友達の家に遊びに行ってもバッチリとその子を呼び出せる様にシミュレーションしていたんだよ!
俺は割と凝り性だからな、その辺に抜かりはなかったんだよ昔っから…けどそのシミュレーションの成果を披露する機会はついぞ訪れなかった訳だ。
そう、俺は待っていたんだ…『8歳と9歳と10歳の時と12歳と13歳の時も僕はずっと……待っていた!』何をって!?そりゃクリスマスのプレゼ…じゃ無い、いつかわが町にもプラモ屋の『クラフト・マン』が、開店してその二階には『プラモシミュレーションマシーン』があって、そこで俺は俺の作ったガンプラで『プラモシミュレーションゴー!』出来るんだって!
そしていつか狂四郎の『パーフェクトガンダム』をも超える俺の『ガンプラ』を作り上げる事を!
スマン嘘です、これは以前ウチの親父が言っていた事です、親父コレクションの『プラモ狂四郎』を俺か読んでいた時にシミジミと親父が言っていた事で、俺とは何ら関係まりません。
でもな親父の奴、プラモ狂四郎全巻集めて無くて、途中で途切れてんだよ『途中で飽きた』からだと、だからその後が気になってんだ俺。
「だったら皆はその友達が困っていたり、悲しい目に遭っていたりしたらどうする?さっき皆は俺の話を聞いて、タイの子供達を助けてやりたいっていってくれたよな、じゃあそれが同じ学校の仲間ならどうする?具体的に言えば虐めとかだな、そういった事に出会したら、そん時ゃどうする!?」
若干名、その質問にバツの悪そうな顔をする女子児童達が居る、言わずもがな留美をハブにしている連中だ。
本当にただ何かバツが悪いなって程度にしか思って無いですって表情だ。
多分バレてないよねって位にしか考えて無い、そう言うところだろうな。
『助けます』とか『止めさせます』とか幾人かの、如何にも正義感が強そうな児童が答える。
それに対し冷めた目をしている児童や俯き悲しげな表情を見せる児童も居る、どうやらその娘達は瑠美と同じ目に遭った被害者達だろう…。
その傷はまだ癒えずなのか、或いは再び自分にお鉢が回ってこないかと恐れているのか…。
「なる程そういう事ですか…。」
登戸先生があんちゃんの言葉から察してくれた様だが、申し訳無い事にその面貌は苦味が滲み出ている。
「そうか助けるか、今言った子はそう言うの見掛けたら本当に助けてやってくれよな!」
『はい!』と元気良く答える正義感ある、子供達に笑顔でジョーあんちゃんは『良しゃあ!』と応える。
「でもな今助けるって言ったけどよ、俺の見たところそう出来ていないんだよな…。」
えっ?どういう事、って無関係な子供達は思ってんだろうな。
「やはりそうですか…。」
無念そうに登戸先生が呟く…やっぱりこの先生は信頼出来る人の様だな。
「…すみません登戸先生、これを仕組んだのは俺です、俺があんちゃんと平塚先生に頼んでこの場を設けてもらったんです…。」
「いや、比企谷君なにも謝罪の必要はありません、我々は以前の君が体験したそれと云う前例があるにも関わらず、現在虐めを受けている児童が居ると云う現実を見落としていたのですからね。」
登戸先生は覚えていてくれたんだな、当時受け持っていた学年は違った筈にも関わらず。
まぁ、アレはテリー兄ちゃんとロックが映像で以てその証拠を確保してくれていたってのもあるけど。
だけど登戸先生、子供の虐めってのも案外狡猾なんですよ、大人に見られない様に、気取られない様にと陰湿に事を運ぶ奴が多いんですよ。
「昨日俺達は君らの中の一人と出会ってだなそれで、その事を知ったんだが…そうだなちょっとばかり昔話でもするかな…。」
ジョーあんちゃん…昔話って、やっぱり…だよな。
「あれからもう、八年っ位になるのかな、ソイツは皆と同じ小学校の卒業生でな、当時三年生だったか…。」
そしてあんちゃんは語り始める、俺とあんちゃん達との出会いの経緯、それが俺に対する虐めに端を発する事だと。
それを聞き『酷い』だとか『可哀想』とか呟く子供達。
「…まぁ俺が言うより本人から直接話してもらった方が、良いのかも知れないな…おい八幡、コッチ来い!」
名指しでジョーあんちゃんは俺に声を掛け、前へ出る事を促して来た。
しかも俺に直接語れって…いや、こうなる事も実は内心俺の計算の内だったりする、これを計画したのは俺だ。
『これも計算の内か八幡!』と言う…奴は居ないか。
言い出しっぺが何もしないって訳にもいかないだろうとも思っていたから。
だから俺は一発此処で腹を括んなきゃならないよな。
児童達も『えっ、本人が居るの?!』って感じの意想外って表情をしている。
そして、留美は…其れこそ心底驚いたって表情だな、意外だったか留美?
さしずめそれは、『黒騎士ブラブォード』の攻撃手段が自身の髪の毛だった事を意外に思ったジョナサン・ジョースター一行の如く…って違うな、うん。
「…うす。」
「お兄ちゃん…。」
「…ヒッキー。」
「せんぱい…。」
「…比企谷君。」
呼び掛けに返事をし俺はジョーあんちゃんの隣へと歩を進める、その最中、小町と由比ヶ浜と一色と雪ノ下の四人が心配そうに小さく声を掛けてくれた。
その四人の表情を、俺は見てはいないが、きっと…。
「お願いします、比企谷君…責任は私が取ります。」
登戸先生までもが、その責任を取ると言ってくれた。
ここ数年、俺は尊敬に能う年上の人と出会う機会が増えた気がする、テリー兄ちゃん達兄貴分とは別に。
雪ノ下のところの都筑さんからバイト先の運送屋で働く皆さん、初めてのガチで仕合ったリュウさん(結局あの時は、ほとんど俺の攻撃はリュウさんに通じなかったけど、けどあの経験があって俺は格闘者として一皮向けたって気がする)平塚先生もか、それからマイヤさんと…。
「おう、お膳立ては整えておいたぜ八幡、お前端っからこうなる事を見込んでたんだろう。」
…俺、ジョーあんちゃんに話さなかったよな、なのにあんちゃんは俺の思惑に気が付いて居たんだな。
「サンキューなあんちゃん。」
おうよ!とあんちゃんは俺の礼に答えてくれた。
「一丁決めろや!」
俺の肩に手を置きジョーあんちゃんは良い笑顔で、もう片方の手でサムズアップを決めた。
相も変わらぬ、悪ガキがそのまま大人になった様な、憎め無い笑顔で。
「…うす!」
それじゃ始めるとしますかね。
関係ありませんが…。
ごちうさ三期に桑ちゃん(桑原由気さん)キター!
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やはり俺が虐めについて語るのは間違っているのか?
さて、あんちゃんに呼ばれて表に立ったは良い物の、普段大勢の人前に立つことなんな無いからな…どうすっかなぁ。
何か俺もあんちゃんがやった様に掴みのネタでも披露するべきか!?
「おい八幡、今この場で何時ものアホなネタはやらなくて良いからな。」
オー・マイ・ガァッ!予め釘を刺されちまったぜ、デ・トマソ・バレテーラ!
…いや、やらないからね俺、精々心中で思うだけにしとくから。
「…あ〜今、このツンツン頭のオジサンから紹介を受けてはいないか、俺は比企谷八幡って言う者だ、今は総武高校の二年生で君達と同じ小学校の卒業生でってのは説明されてるか。」
シンと静まり俺の自己紹介に小学生達が聞き入っている、あらやだ俺ってば今やちょっとした、注目の星だったりするのかな…まぁ星じゃ無いか、大体嫌じゃんあんな被り物被るのさ、荒川河川敷の住人じゃあ無いんだし。
何ていつもの如く、一人思考の旅をしていると一人の少年が挙手起立して質問をして来た。
「…お兄さんはどうして、イジメられたんですか?」
おおっ!ダイレクトに来たな少年、やっぱり気になるのね、小学生達を見てみると…少年の言葉にコクコクと頷く子供がちらほら居てますやん…。
「おっ、おう…え〜前の方に居る人は見えてるかもだろうけど後ろの方の子は見えてるかな…俺の眼なんだが、昔っから俺は眼つきが悪くてな、それで人に怖がられたりしていたんだが、それと何て言うか俺は人との付き合い方が下手だったんだろうな…上手に人に話し掛ける事が出来なかったんだ。」
此処で俺は被っていた帽子を取った、此れで少しは俺の眼が見えやすくなっただろう…って思った矢先、早速前の方にいる女児が『ひいっ』とか声をあげちゃいました。
くすん、まぁ誰かしらこんな反応をするとは思っていましたよ…思っちゃいたけどねぇ、だって涙が出ちゃうの男の子ですもん…ぐっすん。
「…あ〜この眼のお陰で、怖がられていたりしてたんだけどな、実際はケンカとかもまともに出来無い位臆病だったんだ、まぁ段々とそれが知られ始めてからだな…。」
「最初は、ヒソヒソと俺の事について噂したり笑ったりとかだったかな…それから、無視されたり居ない者みたいな扱いを受ける様になって…。」
其処で一端話を区切り、俺は留美と四人の方へ視線を向けた。
同じ班として、五人が一塊になってすぐ側に居る状態なのに、其処には…四人と留美の間にはまるで見えざる分厚い壁が存在しているかの様だ…。
「…そう、今皆んなの間の一部で流行っている状態に近い感じだな。」
俺はハッキリとそう告げた、それによりざわつき始める児童達、その事実を知らない子供達は『誰だよ』とか『嘘だろう』などと口にする。
そして其れを知る者たち、留美以前の被害者達だろうか…俯き暗い表情をしているな、あんな事はもう嫌だとか思い出したく無いとか思っているのか、その胸中は想像でしか語れないがな。
対してその首謀者たる四人は、互いに目配せをしあっている。
察するに其れは、自分達が主犯だとバレてないよねとか確認しあっているってトコか…。
更に、四人は留美にチラチラと目線を向け始めた、コイツもしかしてチクったのかとか思ってんだろうな。
そして留美は、その表情を何一つ変えていない、確りと俺を見据えている。
強いな留美は、覚悟を決めてるって意思表示をしてんだな、ったくコイツは俺よりも五歳も年下なのに、マジで尊敬出来る奴だな。
「それでだな、何で今日俺とこのオジサン…まぁ俺にとっちゃ兄ちゃんみたいな人なんだが、皆からすると明らかにオジサンだよな。」
「おいコラ八幡、お前ぇは何時までも人をオッサン呼ばわりするんじゃねえって言ってんだろうが!」
「あ〜ハイハイ、苦情は後で聞くから取り敢えず今は話に集中しようぜ、あんちゃん。」
俺達二人のやり取りに、一部の子供達が小さく笑う子や、吹き出している子供も居る。
それに気が付き、ジョーあんちゃんは頭を掻きながら俺から距離を置く、しゃあねぇな、なんて呟きながら。
「…何でこんな話をしてるのかって言うと、其れは勿論…そんなくだらない事は止めろって、注意するのが目的ってのは解ってもらえると思うが、まぁ其れをやってる連中からすると、そんなのアンタに関係ないじゃんなんて思われてっかもだけど…。」
確実に思ってるよね、其処の四人の女子児童は。
「さっきも話した様に俺は、虐められた側だから虐めをやっている奴らの気持ちなんぞ知りたくは無いけど、なんてかさ遊びとかでもそう言う事がある…経験した事がある奴もこの中に居るかもだけど、段々と気持がエスカレートして行くって事が無いか!?」
「そう、コレをやったら面白かった、だから次はコレを更にこうしたらもっと面白くなるんじゃねえかって、そんでそうしてみたマジでもっと面白かったってだから次はもっともっとって感じになっていく、皆はそんな経験ないか?」
おっ、コクコクと頷いている子が居るな、あ〜それ解るう〜チョー解るう〜!とか思ってんのかな。
そういった感情が良い方向、向上心とかとして働けば、将来科学とか技術の発展とかに寄与したりとかって事も有るかもだろう。
スポーツなどの分野でもそう言うのあるよな、科学的なトレーニングとかの導入に拠ってアスリートの身体能力の向上が叶い次々に新たな記録が打ち立てられて、更にその記録を破るべく向上心をもち努力するとか。
俺だって兄貴達の教えを元に身体を心を技を磨き続け、バーンナックルやパワーウェーブを放てた時の感動は忘れていないし、それが出来たから次の技をその次をって、それだって気持ちのエスカレートと言えるよな…そんでコレからも其れを続ける所存だし。
だが、厄介な事に人間って良くない事とか、不実な事とかにスリルを感じたりする者が多い様に思える。
其れが良くない事と分かっていても、いや分かっているからこそ、其処に快楽を見出すんだろうな…多分、そうなんじゃね?
「そう言った感情が虐めなんかにも働くんじゃないかって俺は思ってんだ。
其れを俺は実際に体験しているんだからな、この身で持ってな。」
またも静まり返る児童達、子供達にも思い当たる節があるんだろうか、或いは俺達が気が付いていないだけで、もしかすると留美達以外にも現在進行で虐めが行われているとか…嫌だよな、どうか杞憂であってくれよ。
「どう言う経緯かと言うとだな、はじめのうちはさっき言った様に言葉や態度による物だったんだが、やがてそれが暴力になったって訳だ。」
俺の口から暴力と言う言葉が出た為だろうか、子供達が少しざわつき始めた。
ここに集う児童の殆どがだ、と言うとこはもしかすると、この中にはまだ暴力と言う手段に訴えている奴は居ないと解釈しても良いのか…。
「小三の五月位からだったかな、殴られたり蹴られたりする様になったのは…何度も止めてくれって言っても、泣いて頼んでもまるで聞いてくれなくてな、逆に此方が泣いたりすれば奴らは喜んで、やる事がもっと過激になっていくんだ。
だからそのうち俺はやられている時は何も言わなくなっちまった、それよりも奴らに捕まらない様に素早く逃げ出せる様にしたんだけど、それでも捕まる時は捕まっちまう。
大体奴らは大抵四人か五人位だったかな、多い時は十人位の時もあったな。
取り囲まれて、両腕を取られて動けなくされてから殴られるって訳だ。」
ここ迄語った段階で、子供達の幾人かは嗚咽を漏らし、幾人子かは両手で口元を抑え微かに震えているも居る。
「助けてくれる人は居なかったんですか?」と一人の女子児童が悲しげな表情で質問して来た。
「…あ〜、さっきも言ったが俺は友達が居なかったからな、両親は共働きで何時も帰りが遅かったし、それに俺達を育てる為に毎日遅くまで働いているって思うと言えなかった……しかも奴等のやり口は巧妙でな、殴るにしても顔とか服やスボンから出ている素肌の部分は攻撃しないんだ、ヤラれるのは大抵腹とか背中とか、あとち○ち○とかな。
女子には解かんないだろうけど、アレはすっげぇ痛いんだよな。」
俺の最後の一言に男子生徒の幾人かはウンウンと頷き同意していたりする。
やっぱり六年生にもなると、その痛みを体験している物なんだなやっぱ。
女には解らないその痛み、嘗て『ロラン・セアック』君がその痛みに股間を抑え耐えていたが、その痛みを知らぬ『ソシエ・ハイム』お嬢さんは其れを大袈裟だと言い、ロラン君はソシエお嬢さんに言ったのだ、一度男に生まれてみてくださいよと…全く持って同感だ!
「…そんなにいっぱい、ひどい事されてお兄さんは、どうして頑張れたんですか?」
遠慮がちにおずおずとしながら、一人の女子が質問して来た。
「う〜ん、頑張れたのかどうかは良く解らんが、俺には世界一可愛い妹が居てな、その妹の笑顔を見ると心が暖かくなって、気持が少し楽になるんだ…けど一度、虐めでヤラれたところの傷に薬を付けていた所を、妹に見られて…それで妹が半泣きで薬付けるのを手伝ってくれてな、その時ちょっとな自分の弱さが嫌になった様な気がしたかな。」
「でも、な…それでもやっぱり、俺の心は死にかけていたんだ。
臆病で何も出来無い自分が嫌で、でも歯向かうのが怖くて、立ち向かえない。
それでな、夏休みに入る前日だったかな…その日もやっぱり虐められてて、両手を何時もの様に抑えられて、塀の上から『ライダーキック』を喰らって、俺はお腹を両手で抑えてアスファルトにうずくまった………。
その俺に連中はその塀の上から…俺の全身に奴等はションベンを引っかけやがったんだ。」
絶句、そして遂には涙を流し始める女子児童の姿が見える、やっぱりこの話は女の子にはエグ過ぎたかな。
「三、四人分のションベンでずぶ濡れになって家に帰ってシャワーを浴びて、服を洗濯しながらな、俺はもう良いかなって、誰も知らない何処か遠くへ行こうかなって、もしあの時俺の前にゲインさんが現れて『エクソダスするかい?』って聞かれたらって、あ〜すまんネタを入れちまった…ん、コホン、そう思ってたんだけどな、そう思ってんのに妹の顔が浮んで来てな、俺が居なくなったら妹が独りぼっちになっちまうなって、そう思うとそれも出来なかった…。」
涙を流す児童の数は更に増えた、留美もまた、涙で潤んだ瞳で、それでも確りと俺を見続けていた。
そして、後ろに控えている者達までもが。
小町が、由比ヶ浜が、一色が、雪ノ下が、涙声で小さく俺の名を呼ぶ。
あーしさんが鼻をすする様な涙声が聞こえる。
スマンな、お前達にまで嫌な思いをさせちまったみたいだな…。
だが、留美をハブにしている連中には未だ、反省或いは己の行いを省みている様子は見て取れないな。
微かに聞こえる声は、オシッコかけられるなんて汚いね、とか言ってクスクス笑ってるし。
確信したぜ、こう言う奴だからこそ、クソみたいな虐めなんて事をおっ始める事が出来んだろうとな、そしてそのうち俺の時の様にやる事がエスカレートして行くな。
だからコイツラに対しては遠慮は要らねえ!
「…まぁ、なんだ…皆もテレビのニュース何かで見聞きした事があるかも知れないが、虐めを苦にして自分から命を断つ人の事が取り上げられるよな、誰かをハブにしてソイツが落ち込んでいる姿が面白いとか、集団で一人をボコにして自分のストレス解消とか、それによって被害者が思い詰めて死んじまったら、一生ソイツ等はその事実を背負っ行かなきゃならなくなるんだぞ。
ましてや現代は情報化社会なんだ、皆はまだネットとかあんまりやっている子は少ないと思うけど…ネット上の情報から個人を特定されて、ネットってのは世界中に繋がっているからな、その特定された情報が世界に晒されるんだ。
それで、どうなると思う!?例えば将来仕事をする様になったとする、偶々同じ会社の人が君達の名前をネットで検索して、昔虐めで人一人を自殺に追い込んだなんて事まで知られてしまうんだ、もしその会社の上司の人がまともな人ならそんな社員は必要無いって辞めさせられるかもな。
或いは就活の段階で調査されたりなんかしたら、雇ってくれる会社なんか在りやしねえだろう。」
おっ、四人組も今ので少し危機感を持ったかな、少し態度が変わったかな。
けど其れも今だけかも知れないな、喉元過ぎればなんとやらだ、時間が経てばまたケロッとして、同じ事を繰り返しかねないな。
就職だの就活だのはまだ今一つピンと来ていないかもだし…ふう、ココはもう一つ二つばかり追い込みを掛けるか。
「それに、もし皆がこの先誰かを好きになって付き合ったとするよな、そんで結婚とかって話が出てだ、その相手か若しくは家族の人が昔の事を調査なんかしたりして、昔虐めで人を死に追いやっていたなんて知られたら、そうすっとどうなると思う…確実にその話は破談になるよな、俺だって嫌だもん俺の妹の結婚相手がそんな奴だなんてな!
まぁおれの妹は人を見る目があるからそんな奴には引っかからないけどな。」
恋愛だの色恋だの、そう言った事をこの年頃の女子は既に意識しているだろうし、現に昨日もあの四人組と来たら、葉山に興味津々だったし、一丁前に色気付いて居るって証拠だよな。
だから、この話しなら理解出来るだろうよ、虐めなんて馬鹿やる奴にろくな彼氏なんざ出来やしないし、寧ろ端から付き合おうと思わないだろう。
普通の感覚を持った男ならな、まぁ同じ穴のムジナっての、同じレベルのDQNカップルならワンチャンあるかもな!
「…とまぁそんな感じか、でもな…そんな俺だったけど、転機って奴が訪れたんだ。
あれは、小三の夏休みに入ってすぐの頃だったっけな…。」
そして俺はあの日の、出会いの経緯を子供達にも語った。
今に続く、俺達の絆の始まりの日の物語だ、俺の人生と心の有り様を変えた出会いとその後の日々を。
ふう…喋った喋った、俺史上大勢の人前でこんなに短時間で喋ったのはもしかして初めてかも知れないってか、初めてだよな。
しかし、子供達が皆沈黙してしまったな、あの四人組は兎も角他の関係の無い子供達には悪い事したかな。
「あの…お兄さんは格闘技の技で虐めをしてた人達に仕返ししようって思わなかったんですか?」
などと、若干自己嫌悪しそうになっていたが、一人の男児が質問をして来た。
この質問の為にこの子は今、この子なりに最大限の勇気を振り絞ったのかも知れないな。
聞き辛い質問だもんな、仕返したく無いのかとさ。
「…そうだな、その気持ちが全く無かったとは言えないな、でもな兄貴達に教えを受けていく内にな、少しずつ体力とか付いて来て、身体が強くなって行くのが何となく解るようになり始めて…其れからネットやテレビで世界中の色々な格闘技や強い格闘家の人達の試合を見て、世の中には沢山の強い人達が居るんだと思うとな、そんな小さな事を考えるよりも、その世界中の強い人達といつか闘えるようになりたいって思う気持ちの方がデカくなって行って、もっと修行して強くなろうって思う様になって、だからかな仕返しなんて考えなくなったな…。」
「けどな、とは言っても、相手の方から此方に手を出してきた時とかは、それなりに対処はさせてもらうけどな。」
小五の時のアイツとか、中学の時の馬鹿共とか、一色と由比ヶ浜に手を出そうとしたヤンキー君(嗤)とか…他にもチラホラと。
「え〜と、今日俺とヒガシのオジサンが何で皆の前でこう言う話をしたかって言うとな、まず第一に君達の中に虐めをやっている連中がいる事を知って止めさせたいと思ったからなんだ、マジでそんなクダらない事はさっさと止めちまえよって言いたくてな!」
『さっさと止めちまえ』と俺は言いながら四人組に対して闘気…イヤこれは殺気と言うべきか、其れをブツけてやった。
『ひっ!?』と、それに慄き声を漏らし身を震わせる四人組と其の様子を見つめる留美以外の被害者達か。
(どうするんだろうな、今の反応で自分達が虐めをやってるって事が他の児童にも知られたかもだよな、場合によっちゃあ今度はチミたちが孤立するかもな、しかし全く持って俺も随分と独善的な人間なんだって、今のこの感情を以てマジでそう思えるわ、まっ良いけどさ)
闘気だの殺気だのを受けた経験なんぞ無いだろうお前達は!
小さくだが恐怖に慄える四人組、俺はまだ殺気を抑えていない、ひょっとするとコイツら恐怖のあまり失禁してるかもな。
まぁどうでも良いか、コイツらさっき俺が虐めでションベン引っ掛けられたって言った時嗤ってやがったしな、だからそうだったとしても俺ゃ知らないし、そうだったとしたら自分等も笑われてみりゃ良いんじゃないのかな♪
ククッ俺もまぁ随分と性格が悪い事、悪い事。
「それとな、俺から皆への頼みがあるんだ……どうか皆は虐めなんて馬鹿な事をやる様な奴にならないでくれ、そしてもし其れをやってる奴を見つけたら止められるような勇気のある人になって欲しい。
そしてこの中で、もし今辛い、苦しい思いを抱いている者が居るのなら、立ち向かう勇気を欲しいって者が居るなら、俺がその方法を教えてやる。
俺が兄貴達に、教えてもらった事を今度は俺が誰かに伝える番だ…俺は今そう思っている。」
子供達に、主に留美に対してだが俺は宣言した。
留美の目を見つめて、そして留美もまた其れを逸らすことなく見つめ返して来る。
「八幡、どうだお前が皆に伝えたかった事、ちゃんと伝える事が出来たか?」
後ろに控えていたジョーあんちゃんが、話は終わりと判断したのか俺に話し掛けて来た。
そうだな、話したい事は粗方話したかな、けどもうあとひと仕事残っているんだよな、俺にとっては…。
「ああ、まぁ大体かな……ジョーあんちゃん、今から俺と此処で仕合ってくれないか…。」
俺のその言葉を聞いたあんちゃんは、俺が思っていた程には、意外そうな表情をしてはいなかった。
…何だか、やっぱりそう来たかよって思ってそうな顔だな、今の表情は。
「お前ぇは……マジで言ってるんだよな八幡。」
ジョーあんちゃんは俺の言葉に対して確認をとる、その表情には何時もの陽気な表情では無く格闘家としての、挑戦を受けた格闘家のモノになっていた。
「ああ、マジだ…子供達に俺が過ごしたこの八年の時間を見てもらいたいって思ってな、それとあんちゃんに確認してもらいたいって、あんちゃん達が仕込んでくれた今迄の成果と今の俺をさ、だから…今迄の様に超必殺技の封印とか無しで、本気のジョー・ヒガシに挑戦したいんだ!」
じっと俺の顔をジョーあんちゃんの眼は捉えて離さない。
俺の気持の度合いを確認しているのだろうか、だがやがて。
「ヨッシャア、一丁やってやろうじゃねぇか八幡!お前ぇの本気ってヤツを見せてみやがれ!」
俺の胸に己の拳を当てて、あんちゃんは俺の挑戦を承諾してくれた。
此処に今俺は初めて、本気のジョー・ヒガシに挑戦する事が決定した。
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決戦を前に。
これから俺は、ジョーあんちゃんと仕合う、それに辺り子供達始め先生方と序に葉山達にも闘う為のスペースを確保する為に下がってもらった。
ジョーあんちゃんとの仕合いを目前に控えて、俺の側には今、小町と雪ノ下、由比ヶ浜、一色の四人が集う。
両の拳に新調したグローブを装着(テリー兄ちゃんのヤツと同じタイプだ)し、その感触を確かめる。
まぁ買う時に一度試して見たからピッタリなのはわかってるけどね。
確認が終わり俺は皆に向き直り、一言告げた。
「あ〜、なんだかスマン…皆にも嫌な思いをさせちまったかな。」
皆の俺を見る目がとても悲しげで、まるで辛い何かに耐えているかの様な、そんな表情の様に俺には見える。
いくら昔の事とはいえ、あんな話を聞いたんじゃあ、皆良い気分では居られないよな。
「…そんな事無いですよ、せんぱい…ただちょっと驚いているだけですから…だって私、せんぱいが、あんなにも酷い目に遭っていたなんて思いもしなかったから…ぐすっ…なのにせんぱいはずっと優しい心を無くさなかったのかと…うぅっ…そう思うと私は…。」
「ありがとうないろは、でも出来れば泣かないでくれないか…そのだな、俺はお前たちの涙が、苦手っつか弱いってかさ、そのな、俺はお前達の笑顔が好きなんだ…だからお前にも笑っていて欲しいんだよ…。」
一色は話しながら感情が昂ぶってか泣き始めてしまい、其れを由比ヶ浜が宥めている。
俺の頼みに小さく『はい』と答えてくれて、涙を止めて笑顔を見せてくれようとしているんだ、ありがとうないろは。
「私もよ比企谷君…私は自分が恥ずかしいわ、貴方が遭ったそれと比べると私が体験した虐めなんて、児戯にも等しいレベルの物だったのね…なのに貴方はその私に『お前は頑張ったんだな』と言って私を認めてくれたわね。」
そして雪ノ下も…嘗て彼女が体験したと言う虐めの話を何時だったか俺達に話してくれたっけ。
「其れは違うぞ雪乃、虐めと言う行為にレベルだの何だのありやしねぇんだ、お前はその虐めに対してお前なりに闘いを挑んだ結果そういう事になったってだけだろう…俺はお前と違って兄貴達と出会うまで闘う事なんか出来なかったんだからな、だからやっぱお前は頑張ったんだよ、すげぇんだよ。」
その虐めに葉山が何らかの形で関わって、その結果があまりよろしく無かった為に雪乃はそれ以後孤高を貫き、それに依って頑なで意固地な気質になってしまったンだろう、けれどそれも俺達と出会って変わって行った、特に結衣といろはの二人の存在が大きいのだろう、彼女にとっては初めての同性の友人が出来た事が。
今でも多少ぎこち無さを感じる時もあるが、初めて出会った頃よりも柔らかく優しい笑顔を見せてくれるようになったな。
「ヒッキー…。」
結衣が小さな声で俺に声を掛け、そしておずおずとした仕草でそっとおれの右手を自らの両手で包んでくれた。
その手を結衣は自分の胸元近くへと導きって…おい!ソレは不味いんじゃあねぇのか!?
止めてこれ以上行くと『男の子だもんね息子は。
男の子を産んだんだから、仕方無いよね。』って劇場版『銀河鉄道999』のトチローのお母さんの名言をつぶやく羽目になっちゃうからぁ!
…と思った時期が俺にも在りました、結衣はその辺きちんと弁えていらっしゃった様で御座いまして、なので俺の右手が其処に触れる事はなかった。
べっ、べちゅに残念だなんて思っていないんだからね!
「あたしちっとも気づかなかったよ、あの時の男の子がヒッキーだったなんてさ、その男の子がそんな辛い思いしてるなんて…なのにさヒッキーはそんな目に遭っても優しい男の子で、その子にあたしは恋をしてさ、また会えるって思ってたけど会えなくて、いつの間にかあたしは諦めて…。
入学式の日にサブレを助けてくれた男子にあたしは恋をしてさ、その男子があの男の子だったらな…何て思った事もあるんだ。」
…ありがとう結衣あの日俺は、嬉しかったんだよ、お前が俺に普通に接してくれた事がさ。
兄貴達とあの時の女の子、あの一日でそれ迄の辛かった日々が、充実した日々にガラリと変わったんだよ。
世の中はあんな奴等ばかりじゃ無いんだって、優しくて暖かい人達も居るんだって、それが解ったんだからな。
俺もまぁ、あの女の子にまた会えるなんて思ってもいなかったけど。
「でもさ、あたしってきっと幸せなんだ、だって同じ人を二回も好きになったんだもん。」
「結衣先輩抜け駆けはズルいです!私だってせんぱいが本物の初恋の人なんですからね!」
「あら、奇遇と言うべきかしらねいろはさん、私の初恋の相手も比企谷君なのだから。」
いろはが俺の左手を取り、雪乃までもがいろはと共に俺の左手に其の手を添える。
3人の手から暖かさが伝わって来る…来るのだが、何このこっぱずかしさ!?
これって端から見れば、ある種の公開処刑じゃね?
うわ〜ジョーあんちゃん、メッチャこっち見てるよ…『闘いの前に随分と余裕があんだな!?』とか思ってそう。
うわっ何そのニヨニヨ顔微妙にむかつくわぁ。
「ムフフフフっ、お兄ちゃん小町は決めました!雪乃さんと結衣さんといろはさんには比企谷家にお嫁に来ていただきます、これは決定事項です異論は認めません!。」
ハァァァァァァァァァァァァァァ!?
何言うてますのん?、じゃあねぇっ!何言ってんのさ我が妹様はよ!?
「ちょっ!おまっ…何考えてんだよってかそんな事出来る訳がねぇだろうが、この国は一夫一婦制であって一夫多妻制じゃあねぇんだからね!ってかだったとしても、そんな「と言うのは冗談なんだけどね♡」…ハァ…お前なあ!」
ジョーあんちゃんのそれと変わらないニヨニヨ笑いを満面に浮かべ、冗談だと言う小町だが…言って良い冗談と悪い冗談って物があるだろうがよ。
全く心臓に悪いったらありゃしない、大体がそれじゃ皆に失礼だろうよ、いや三人共此れだけの好意を示してくれているのに、答えを出せない俺の現状…十分に礼を失していると言えるだろうけど。
「お兄ちゃんにとってさ、結衣さんも雪乃さんもいろはさんも皆掛け替えのない大切な人でしょ、小町の見立てではきっとお兄ちゃんはこのまま、三人の内の誰かを選ぶなんて出来ないって思うんだよね…だったらさ、ここは一つ三人まとめて面倒みよう!位の事言いなよね、お兄ちゃん♡」
「えーい!こうなりゃ俺も男だ皆まとめて面倒みよう、言いたかないけど面倒みよう…ってまたクレージーキャッツのネタやらせるつもりかよ!!
てかな、今時クレージーキャッツのネタとかやるの俺達兄妹か、吉岡平先生の『無責任艦長タイラー』を始めとする、『宇宙一の無責任男シリーズ』位のもんだよ、それさえも俺達が産まれるずっと前の作品なんだからな!」
小町に対する俺のツッコミが虚しく響き渡る。
コレから一世一代の大勝負に挑もうってのに、その前に気力ゲージをメッチャ削られちまったよ……トホホ…。
ジョーったら凄く嬉しそうな顔をしてるわね、その気持は私にも十分に理解できるわ。
バンテージを巻きながら、その瞬間が訪れるのを今か今かと、もう待ちきれないって顔をして。
「遂に来たわねジョー、この時が。」
「まぁな、あれから八年か…長かったようで案外早かったって気もするぜ、あのちっこいのがよ、今じゃ随分と図体もデカくなりやがってよ、一端の格闘家の仲間入りをしようとしてるってんだからな。」
本当にどれだけ嬉しいのよ、でもそうねこれがジョーでなくアンディやお兄ちゃんだったとしても、きっと今のジョーみたいな表情をしてるんでしょうね。
「あの、ヒガシさん不知火さん…。」
あらこの子は彩加くんだったわね、本当にこの子が男の子だなんて、一見すると信じられないわよね。
結衣ちゃん、雪乃ちゃん、いろはちゃんにも負けないくらい可愛らしいだなんて…もしこの子が女の子だったら、八っちゃんもしかしたら告白してたかもね。
「おう、彩加坊どうした、何か用かっつか八幡達の所へ行かなくても良いのかよ。」
…彩加坊って、ジョーってばもっと違う呼び方は無いのかしら、本当にセンスの欠片も無いったら有りゃしないわね。
全く…静さんも、こんなのの何処が良いんだか…。
でも一体どうかしたのかしら彩加くんってば、八っちゃんじゃ無く私達の所へ来るなんて。
「…はい、今はあの五人の中に入っちゃいけない気がするんです。
八幡にとって彼女達は特別な存在なんです、だから今は僕は行っちゃ駄目なんです。」
はあ、何この子!?すっ…ごい良い子じゃないの!
八っちゃん達の思いを汲んで、自分も八っちゃんの所へ行きたいでしょうに。
私とアンディの間に男の子が出来るなら、八っちゃんみたいなワイルドな感じの目の男の子が良いかなって思ってたけど、彩加くんみたいな可愛い系の男の子も良いかもね。
私とアンディとその子の三人で、親子でお揃いの服を着て街を歩くのも悪く無いわ!
「ほぉう…そうか悪ぃな彩加坊、気ィ使わせちまってよ、で、どうしたよ?」
「…あのヒガシさん不知火さん、ありがとうございます!」
えっ?彩加くん、いきなり何かしら…私達何かお礼を言われる様な事をしたかしら。
「あ〜ん?何だ彩加坊、薮から棒に礼なんてよ…一体どうしたってんだ!?」
そうよね鈍感男のジョーだってこれは訝しいって思うわよね。
「あの…今の八幡が居るのは、ヒガシさんと不知火さん、そして此処には居ないボガードさん達が、八幡を救ってくれたからなんですよね。
だから僕達は八幡と出会えたんだと思うんです、もしそうじゃ無かったら僕達は八幡と出会えなかったかも知れなかったんじゃないかって、だからありがとうございます。」
ヤバいわ!この子凄くヤバい、思わず家の子にしてしまいたい位にヤバいわ!
もう、なんて良い子なのかしら、寧ろお礼を言うのは私達の方だと私は思うんだけどな。
「何だそんな事か、寧ろ礼を言うのは此方だぜ彩加坊、ありがとうな八幡の奴とダチになってくれてよ。
それと、コレからもアイツのダチで居てくれるか!?」
「はい!」
うん!良い返事ね、本当にこれからも八っちゃんの事よろしくお願いね。
小さくお辞儀をして去って行く彩加くんを見送りながら、ジョーが嬉しそうに呟いた言葉は私と同じ思いだった。
「八幡の奴、ようやっと本物のダチって奴と出会えたんだな。」
「えぇ私もそう思うわ、でもジョーあんたも結構お兄ちゃんしてんじゃない、まぁあんた可愛くって仕方が無いのよね八っちゃんの事!」
「うっせぇ、気色の悪い事言ってんじゃねえ!」
ふふふっ、無理しちゃって。
嬉しいなら嬉しいって素直に言いなさいよね、かく言う私もその気持は同じなんだけどね。
あの小さかった男の子が今、一人の男として独り立ちしようとしている。
その第一歩が、これから刻まれるのよね。
でもこのカード、アンディ達も見たかったでしょう、後で知ったら悔しがりそうね、まぁだから私が代わりに見届けるわ。
「それよりも舞、審判の方は任せたからな!」
ええ、任されたわ、だから安心して全力で闘いなさい。
さて、そろそろか……今の俺が果たして何処迄喰らいつけるかな、相手は全盛期は過ぎたとは云え、チャンプに迄なった相手だし、その技は円熟の域に達しているんだ、ムエタイのリングにこそ上がる事は少ないとは言え、その他の格闘技の大会のリングではまだまだ現役だ。
…まあ其れは兄貴達三人皆に言える事なんだけどな。
それに、ロックの奴も今頃サウスタウンで開催されている大会に、テリー兄ちゃんと共に出場してるって言うしな。
「…だから、俺も負けちゃあいられないよな。」
「どうかしたのかしら、比企谷君?」
俺の呟きの声が聞こえたのか、雪乃が俺に声を掛けて来た、小さく囁いた程度の音声だったと思っていたんだが、聞こえたのか。
いろはと結衣もまた心配そうに俺を見つめている。
まぁ小町の奴は何時も通りな感じで、心配の欠片も感じさせない表情だけど。
「いや、何でもない…アレだちょっとした決意表明って奴?
だから、そのな、サンキューな…つかそろそろ時間だからな、四人共離れてくれるか。」
俺は皆にそう促す、此処は間もなく戦場(いくさば)ってのは大袈裟だよな、かと言ってリングでも無いし…闘技場って言っちまったら、今宵は満月時はそれ、場所は千葉村のつどいの広場の一角…って何だかなぁ『ピッツベルリナ山山麓』とか『骸骨の踵石』に比べると地名がイマイチだよな。
「…ヒッキー、あのさ…帰って来てくれるよね、あたし達の処へ絶対帰って来てね。」
…今の結衣の言葉はきっと、三人の共通の思いなんだろうな、其れを代表する形で結衣が言葉として紡いだんだろう。
その気持ちに、此処で応えないのは男じゃあ無いよなぁ。
「まぁ当然だろ、轟く叫びを耳にしてウルトラマンは帰ってきたんだからっ、てか何か今の言い方は今生の別れみたいじゃないかよ、あれか俺は最終話で地球を去って行く郷さんなの、お前たちはウルトラの星へ帰還する俺にウルトラ5つの誓いを空へ向かって叫ぶの?」
とは思うんだが、何だかむず痒くってちょっと茶化す様に言ってしまっいました。
「…ハァ、ホントにせんぱいは色々台無しにしてくれますよね、ホントにもうですよ!」
「…これだからお兄ちゃんはゴミィちゃん何だよ。」
つどいの広場の闘技場として与えられた空間には俺とジョーあんちゃん、そして審判役の舞姉ちゃんの三人が残り、他の皆は其処より十分に距離を取って其れを見守っている。
ジョーあんちゃんは上着のジャージを脱ぎ、Tシャツに短パン両手にはバンテージを額には日の丸の鉢巻を巻いた姿で闘うつもりの様だ。
ムエタイの衣装では無いんだな、シューズも履いたままでやるんだな…。
対する俺は、ジャージの袖を腕まくりをして両手には指貫きのグローブを頭にはテリー兄ちゃんから譲られた帽子を被り、コンバースの黒のスニーカーを履いた姿だ。
「八幡よぉ、やるからには初っ端っから一丁派手に行くぜ!お前ぇちゃんと着いて来れんだろうな。」
初っ端から派手にね、解ってるよあんちゃん、付き合うよ…その派手にって奴にさ。
「当然だよ、でなけりゃ挑戦何か最初っからしないって。」
「フッ!上等!」
ニヤリと獰猛ささえ感じさせる笑みと共に一言、そして踵を返し俺から距離を取る。
俺もまた同じ様にあんちゃんとは反対方向へ歩を進める、歩数にして八歩程歩き、八幡だけに………再び俺達は互いを向き直る。
さっきのあんちゃんの、あの獰猛な笑み…俺は思わず飲み込まれそうになっちまった。
まぁ当然だよな、何せ相手は百戦錬磨の元チャンプ、ペーペーの駆け出しの俺じゃあ…って飲み込まれてんじゃねぇよ俺!
ありったけの精神コマンド全部使い切る位やらなきゃ、経験の差は縮められ無いよな。
まずは当然「集中」を掛けて命中率と回避率のアップだ、其れから「気合い×3回」で気合い130超えの技を使える様にして、更には「必中」と行きたい所だけど…相手は野生の男だからなナチュラルに「ひらめき」使って来そうだから其れは使わずに「熱血」を…イヤ此処は絶対「魂」を懸けなきゃな!
なんてな、生憎と俺はスパロボのキャラじゃ無いから精神コマンドなんて物使えないんだけどね。
だけど気持ちとしてはそれ位でなければだよな、気合いをいれて闘いに集中して魂を懸ける、それ位でなけりゃあな。
「おい!八幡、覚悟は決まってんだよな、だったらさっき行った通り初っ端から派手に行くぜ!」
くう、あんちゃんと来た日には…俺はすげぇ緊張感持ってるってのに、あんちゃんは…そんな物まるで感じさせねぇのな。
「…ああそうだな、けど此処は一丁景気づけに前口上を一つ言っとくかな。」
ここ迄来たらもう逃げ場所なんて、無ぇんだ、緊張感なんて持ってて当然、相手はなんたって嵐を呼ぶ男だからな、だったら俺も俺らしく此処は一発!
「行くぜあんちゃん、キーワードH・A・C・H・I・M・A・N!やぁぁってやるぜ!!」
俺は言い終えると直ぐに、構えを取った、いつ闘いの開始を告げられても良いように。
「ハッ!どうせどっかから取って来たネタなんだろうがよ、良いじゃねえか気合いが入りそうな感じだぜ!じゃあよ、俺も一つ………サクサク行くぜ!」
そしてあんちゃんも、それに付き合ってくれた。
舞姉ちゃんの口から仕合い開始の宣言がされたのは其れから数秒の後の事であった。
この作品、ピクシブの方にも上げて居るのですが、前回での八幡が過去に受けた虐めの描写に不快感を抱いた方が少なからず居られたようです。
過去に私自身が受けた虐めの内容を多少マイルドにして八幡の過去に当てはめたのですが…う〜んこう言う表現の難しさを改めて感じてしまいました。
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挑戦の時来る。
ダンクーガの合体時のキーワードで景気づけをやったは良い物の、てかこの時期の『矢尾一樹』さんってダンクーガで『藤原忍』役で主役やってZガンダムでは『ゲーツ・キャパ』演じて、その後はガンダムZZで主役の『ジュドー・アーシタ』演ったんだよな、って関係ないだろうがよ俺…つうかっべ〜っマジ緊張するしょ〜ぉ!
…思わず戸部っちまう位に俺はプラッシーを飲みたく…じゃ無くってプレッシャーに呑み込まれそうだ。
俺とジョーあんちゃんとの彼我の距離はそれなりに離れている物の、その歴戦の男が放つ闘気がビンビンに感じられるわ。
くっ、覚悟は決めてた筈なのによ、やっぱり怖えな、心臓がまるで早鐘を打ってる様だ。
俺とジョーあんちゃんと、その中間に立つ舞姉ちゃんが俺たち二人の様子を確認し、そして遂に舞姉ちゃんがその右手を上げ、宣言し…振り下ろす!
「ジョー・ヒガシVS比企谷八幡、レディ…ファイト!!」
始まった遂に!!
オープニングは決まってんだよなあんちゃん、付き合うぜ!
「ハリケーンアッパーッ!」
「ハリケーンアッパーッ!」
ジョーあんちゃんって云えばこの技、嵐を呼ぶ男の代名詞、アッパーカットのモーションより繰り出される小さな嵐。
チッ…同時に放った筈なのに、技のモーションも発動もやっぱり本家だけあって速え!
『おおっ!すっげぇ〜!』
皆の驚きの声が聞こえる…。
て事は当然、あんちゃんの方が俺より早く次の行動へと移れるって事だ。
何だ、何が来る!?『スラッシュキック』で以て一気に畳み掛けて来るのか、それとも『黄金のカカト』で高空から打撃を叩き付けて来るのか!?
どっちだ…タイミング的に反撃は出来そうも無いか、ガードは間に合うか!?
俺たち二人が放ったハリケーンアッパーにより砂埃が舞い視界が悪い。
「ッシャアァァァ!」
視界を遮る砂埃のカーテンを突き破りジョーあんちゃんの攻撃が俺を襲う。
なっ、何い!?下段狙いのスライディングキックかよ、ヤバい脚を掬われっちまう。
来た、まるで氷上を滑走するかの様なスライディングが!間に合うか、間に合え下段ガードッ!!。
『ビシッ!』
良し、辛うじて下段ガードが間に合った、攻撃は防御出来たのだが接触音は鈍く響く、このスライディングキックは技後の硬直が短く直ぐに次の行動へと移行できる。
くっそう、やられる俺からすると、厄介極まりない技を選択しやがる。
おっと、思考にばかり偏り過ぎたか、ジョーあんちゃんの方はもう立ち上がろうとしているじゃないかよ、俺も立たなきゃ攻撃も防御もままならない…。
俺とあんちゃん、立ち上がったのはほぼ同時。
しかし次の攻撃を、先に打って出て来たのはあんちゃんの方だ。
「オラオラオラァッ爆裂拳!」
超高速の拳の連打が俺のガードした左腕を…そのガード上にお構い無しに連打を叩きつける。
グッうっ、一発一発の威力がどえらく重くて、一発でもクリーンヒットを許せばかなりのダメージを被りそうだ…。
以前聞いたことがある、プロボクサーの放つジャブのハンドスピードは時速換算で大凡30km/h〜40km/h位の速度だと。
しかもソレはKOを狙った重いパンチでは無くスピードを重視して打つジャブでだ。
だがコイツは、あんちゃんの放つこの爆裂拳はどうだ、一発一発が必到の威力を秘めている上にこのスピードと来た日には…時速40km/hなんて余裕で超えてんだろう!
やっぱ、この位の芸当が出来なきゃ頂点は取れないって事かよ、ってそれにしてもこの連撃はいつ終わるんだよ、いい加減ガードした腕にもダメージが。
やべぇ、ガードが保たねぇ!?
「オラオラオラァッ!!」
つぁっ!?しまった、弾かれた…ガードが弾かれた事によって俺はあんちゃんの攻撃の前に顔面を思っきり晒してしまった!くっ、来る!!
「シャーァ爆裂拳フィニッシュ!」
打ち降ろすかの様な拳撃が上方から俺の顔面へと向い放たれる、ヤバい、ヤバい、ヤバい!!
来た!フィニッシュの打ち降ろしが俺の左頬を捉える。
「ヒッキー!」「せんぱい!」「比企谷君!」三人の俺を呼ぶ声が聞こえる、また…心配かけちまったかな。
数瞬の静寂の時が過ぎ去り。やがて周りのざわめきの声が聞こえて来る。
「…………、くっ、つぅ…ハァ。」
気が付けば堪らず俺は片膝を着いてしまっていた様だ、そしてジョーあんちゃんはそんな俺を見下ろして。
「味な技身に着けてんじゃねぇかよ八幡、スリッピングアウェーなんて御大層なもんをよ!?」
おやぁ?褒めてくれてんのか、わーい八幡ちょ〜嬉しい♡
………………キモいな俺にハートマークなんて、ガンツ先生だって多分くれやしないしだろうな、百点なんて取れやしないからな、万が一貰えたとしても付けるトコ無いし、付けたとしても『うわ!あいつハートマークとか付けてるよマジキモいんですけど、自分の顔鏡で見てみろってんだよな』とかヒソヒソと言われそうだし…(泣)
「ハァ痛ってぇ、その御大層なもんでダメージを幾らか軽減出来たとは思うけどさ、それでも膝着いちまったよ…一体どんだけの威力してんだよ。」
『当然だろうがよ』と口には出して無いが、ジョーあんちゃんの表情、不敵な笑みがそう言っているみたいだ。
「ハッ、どうやらお前ぇのその眼の動体視力と反射神経は天性の物みてぇだな八幡、比企谷の兄貴と姉貴に感謝しねぇとだな、そんな良いモン持たして産んでくれた事によ!」
そんな物なのか…何か自分じゃ良く解らんが。
「どうした、もう終わりか…そうじゃあねぇよな八幡、俺ゃまだまだお前ぇの今を見足りねぇぜ!」
スビシっと人差し指を突き付けてジョーあんちゃんは俺に奮起を促す、ホント過保護だよな、俺の兄貴はさ。
…ああ、そりゃあ俺としてもたったの一発で伸されてしまったりしてちゃ、挑んだ意味が無いからな。
しかし、改めて知ったよあんちゃん、俺が目指す高みがどんなモンか、追い付きそして越えるべき高みってヤツがさ、やっぱでけぇよ…けど、だからこそ挑み甲斐があるんだけどね。
「…んな訳無いだろ、まだまだコレからだよ、まだまだ俺のオイルは沸騰し切っちゃいないぜ!」
立ち上がりながら俺は、減らず口を叩く、自分のテンションを上げる為にな。
「へっアイアンリーガーのネタかよ、あの番組は俺も見てたぜ、ありぁ幼心にもハートを熱く滾らせてくれる良い番組だったぜ。」
おっマジかよあんちゃん!アイアンリーガー見てたのかよ、しかもリアタイでか…良いなぁ羨ましいぜ!
「…まさかあんちゃんが見ていたなんてな、ハハッ…よっと。
悪い待たせたな、仕切り直しと行こうかジョーあんちゃん!!」
俺は再び目の前の、越えるべき目標である男の一人、ジョー・ヒガシを前に立ち上がる。
態々気を使って俺が立ち上がるのを待っていてくれた、その気遣いに対し礼を述べ、構えを取る。
「おう!待ちわびたぜ、お前に習って此処は一つ俺も行っとくか、『正々堂々試合再開!』てよそんじゃまぁトットとかかって来やがれ!」
ジョーあんちゃんも、それに合わせて構えを取り直す、俺にマジで付き合ってくれてネタ迄入れて…サンキュー。
「シャァ!」と掛け声とも吐息とも付かない音声を口から小さく響かせ、俺はジョーあんちゃんとの距離をフロントステップにより詰める。
詰めながら牽制と攻撃の糸口を掴むためのジャブを放つ。
単発では無く、二の矢、三の矢と続け様にだ、しかし相手は歴戦のムエタイチャンプ此方の攻撃が単調に過ぎれば、空かさず反撃してくるだろう。
現に、俺の放ったジャブをあんちゃんはほぼ全てウィービングやパーリングで捌ききり、また的確にガードしている。
なので気を抜くと、いつ反撃を許してしまうか分かったもんじゃ無い。
そして案の定、あんちゃんも迎撃のパンチを差し込んで来た!
「シッ!」「シュ!」
だが迎撃に出るって事は、それだけ防御に割く割合が減るって事だ。
その分攻撃を食らうリスクも高まるって事だ…。
しかし互いに互いの空きを付く様に放たれる拳は、だがお互いにクリーンヒットは許していない。
あれ!?もしかしてさっきジョーあんちゃんが言ってたのってもしかしてマジなのか?
本当に俺ってば動体視力と反射神経が優れてたりするのか、だってこの超接近戦において、此れだけあんちゃんのパンチに反応できているし。
『見えるぞ!私にも拳が見える!』
今の俺の気分はまさに『ア・バオア・クー』の攻防戦に於いてガンダムを見つける事が出来た、赤い人の様だ!
……ゴメンナサイ嘘吐きました、この緊迫感バリバリの接近戦でそんな余裕はありません。
ジョーあんちゃんは元々ボクシングからムエタイへと行った人だからな、事パンチに関しては三人の兄貴達の中で最も確かな技術を持っていると言える。
その人相手に何時まで、拳撃だけで渡り合えるか…難しい処だよな。
「シュシュ!シャァ!」
「ハッ!セィ!ハァッ!」
やがて俺達は、左のジャブだけではなく右のパンチも織り交ぜ始める。
それにより緊迫感はより一層高まり、比例する様に恐怖感もまた上昇カーブを描くかの如く高まる。
くっそ、呑まれるなよ俺!「集中」だ集中ッ!
「シュ、シュシュ!」
「シッ!ハァッ!」
そして俺は遂に、ジョーあんちゃんの顔面に拳を叩き込めそうな空きを見つけた、良し今だ。
俺は渾身の右拳をフック気味に繰り出す、ジョーあんちゃんの顔面目掛けて。
「シャァァッ!」
「だぁリャァッ!」
だがしかし、スキを作っていたのはあんちゃんだけでは無かった様だ。
俺もまた空きを作っていたのだろう、ジョーあんちゃんもまた俺のパンチに合わせる様に、パンチを繰り出す。
『バシィッ!!』
俺達二人のパンチは互いにカウンターとなり顔面にヒット、俺の右はジョーあんちゃんの左頬へ、ジョーあんちゃんの右は俺の左頬へとほぼ同時に着弾した。
「グハっ!」「うぅっ!」
その衝撃により、俺達は二人してその威力の前に吹き飛ばされ、二人同時に背中を地に着けてしまった。
所謂ダブルノックダウンだ…かつて日本のボクシングのリングで、東洋太平洋ミドル級タイトルマッチ『竹原慎二』選手と『李成天』選手との試合に於いて、第8ラウンドに互いの左フックがヒットしダブルノックダウンのシーンが演出された事が有名だ。
また竹原選手はこの試合の後WBAミドル級世界タイトルマッチに臨み、日本人初のミドル級世界チャンピオンの座に就いた、これマメどころか有名な話な。
そしてその偉業を成した試合の模様を中継しなかったTBSは絶許だ(世界戦以前の竹原さんの試合はTBS系のガッツファイティングで中継されていた)
後に録画とは云え放送したテレ東には喝采を!
しかしこれは…カウンターはその威力が倍化されるって良く聞くけど、其れはどうやらマジの様だ。
そういやYouTubeでWBA世界ライトフライ級世界チャンピオンの『京口紘人』さんが言ってたっけ、来ると解っているパンチってのは、力を込めた強打でも割と耐えられるけど(まぁ当てられるまでに打撃部位など耐える為に力を込めて踏ん張ったり出来るんだろうけど)意想外のパンチ、見えないパンチを食らうと其れが単に軽く当てられただけの別段強い力で放たれたパンチで無くとも、凄いダメージになってしまいダウンを食らう事が多いとか。
そして今の一撃はまさにそうだった、全く意識をしていないパンチを受けてしまったって訳だ。
なので俺は予想以上のダメージを被ったみたいだ、そしてどうやらジョーあんちゃんの方も同様か…。
俺達二人立ち上がろうとしてはいるんだが、ダメージの大きさによりそれも儘ならない。
「お兄ちゃん、ジョーお兄ちゃん!」
「ヒガシさん、比企谷ぁ!」「嫌ぁヒッキーッ!」「せんぱいっ、いやぁっ!」「だめ比企谷君ッ!」「ヒガシさぁん、比企谷く〜んガンバっしょ!」「八幡頑張って!」『ヒガシのおじさん、お兄さん頑張れ!』「ヒキオ!ヒガシさん!」「比企谷!」「比企谷くん!」
皆が俺とジョーあんちゃんの名を呼んでいる、小町が、結衣、雪乃、いろは、平塚先生、戸塚、戸部、あーしさん、腐女子さん、小学生の子供達、葉山…。
皆、聞こえてるよ…そんなに大きな声を出さなくてもさ、ちょっと待ってろ…今立ち上がっからよ。
「…くっ、ハァァ…。」
「プハァァ…。」
まだ少しふらつきながらも、俺達二人はゆっくりと立ち上がる。
片膝に手を添え『すう〜…ハァ〜』と呼吸を繰り返しダメージの回復と打撃による痛みを緩和し、ゆっくりと。
「フ〜ッ、ハァ〜…おい八幡お前まだ行けるよな!」
「…当然だろ、ハァ〜…まだまだ俺は今の俺の全部は出し切っちゃいないぜ、あんちゃん!」
ジョーあんちゃんが俺に問い掛ける、闘う意志と気力があるかと、そして俺も応える。
「二人共、まだやれるわね!?」
舞姉ちゃんが俺達の現況を確認する、俺達は其れに無言で頷き肯定する。
「では構えを取って。」
舞姉ちゃんが仕合いの再開を促そうとしたその時…。
「八幡!頑張って!」
俺に奮起を促す少女の声が、この闘技場と化したつどいの広場に木霊した、其れは…。
「…留美。」
その小さな両の手を、自身の胸元に置き留美が叫んだ。
此れまで、この仕合いが始まってから一度も、いやジョーあんちゃんと俺が皆に語り掛けた時も、一言も発さなかった留美が。
あ〜あ、全く…こりぁもう負けられないじゃねえかよ。
俺は留美に視線を送り、一つ頷いて見せる、声には出さない…出さなくとも解ってくれるよな。
「…では改めて、構えを取って!」
男二人構えを取り直し、再開の掛け声を待つ。
「始め!」
合図と共に舞姉ちゃんが下がる、其れを見届けるでも無く俺とジョーあんちゃんは向き合う、構えとリズムを刻みながら。
俺はジョーあんちゃんが一気に間合いを詰めて来るのかと考えていたんだが、意外にもそうでは無かった。
さっきダメージが残っていると考えるべきか、其れとも慎重に事に当たろうと考えているのか、或いは誘い?
…迷うな俺、今の俺は何だ…言うなれば挑戦者の様なもんじゃね。
だったら此処は挑戦者らしく俺から距離を詰めなきゃだよな!
「しぁねぇなァッ、行くぜジョーあんちゃん!」
俺とジョーあんちゃんとの間合い、ほんの3メール程の距離を、短距離ダッシュで詰める。
距離を詰め、互いの攻撃が届く間合いに達しジョーあんちゃんが牽制の高速ローキックを連打で繰り出す。
「シッ、シッ!」
其の攻撃が俺の左脚脹脛に当たるも、其れは威力を重視した物では無いのでダメージは無いに等しい。
けれど其れは俺に接近と攻撃の糸口を作らせないと言う点に於いては有効に働く、普段派手な言動で以て有名なジョーあんちゃんだが、こう言った基礎的な技術は当然身に付けている訳で、普段あんちゃんが叩く大口と派手な試合を玄人気取りで批判する、マスゴミや批評家等には其れが見えていないんだろうな。
そうでなけりゃ後進の指導なんて出来やしないんだぞ、俺だってあんちゃんには沢山の技術を仕込んでもらったんだ。
…と、まぁ其れは置いといて、威力を込めていないと言ったって何時までも食らう訳にはいかないし。
「シッ!シッ!」
ジョーあんちゃんの放つローキックのリズムが次第に掴めて来た。
ローキックを放ち、そして戻す、戻すタイミングに合わせて俺はその場で小さくジャンプし。
「ハァッ!」
右脚でジャンピングキックを放つ、しかし其れをジョーあんちゃんはどうやら読んでいた様だ。
「させるかぁ!!」
同じく右のハイキックで以て、俺のジャンピングキックを相殺する、くっ流石の対応力だなあんちゃん。
然し感心してばかりじゃ居られない、次だ次、攻めろ俺。
キック同士の激突により空に浮いている状態だった俺の身体は、地上に根を張る様にしっかり片脚を付けていたジョーあんちゃんの蹴りの前に、若干の後退と着地時に地に手を着く事を余儀なくされた。
なのでまた俺は体勢を立て直さなくてはならない、そしてその状態を黙って見ている様な男では、ジョー・ヒガシって男はそんな格闘家では無い。
「ッシャァァオラオラァッ!」
絶叫の様に木霊するジョーあんちゃんの声が響き繰り出されるは、テリー兄ちゃんのクラッシュシュートと似た、空中に於いて回転を加えられる事により強烈な破壊力を生み出される必殺の技。
『黄金のカカト』が俺目掛けて繰り出された。
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八年の集大成をぶつけて。
来る!
ジョーあんちゃんの必殺の黄金のカカトが、しかし今の俺の体勢…右の掌と膝を地に着けた状態、この体勢からの対空迎撃はすっげぇ難しい…昇竜弾、タイガーキック、ライジングタックルにパワーダンク。
迎撃は無理っぽいが、だったら何が出来るか…今一つ思い付いた事が有る、ぶっつけ本番出来るかどうか不安はあるけど、やって見るしか無いよな!
「オラオラァッ!」
ジョーあんちゃんの黄金のカカトの着弾目前、チャンスは今だ!
俺は現状の体勢、片手方膝を着き片膝を曲げた状態からその曲げた左脚をコンパスの軸として身体を回転。
回転の速度は思っていたよりも遅かったけど、何とか回避に成功し序に体勢の立て直しも同時に出来た。
チャンス!この仕合い開始から初めて訪れた俺にとっての最大のチャンス。
こいつを活かさないでこの先俺にチャンスが訪れるか分かんねえからな、黄金のカカトからの着地そして体勢の立て直しに掛かる僅かなこの時間を有効に使わせてもらうぜジョーあんちゃん!
「ファイヤーキック!!」
体勢の調わぬジョーあんちゃんの懐目掛けて俺は地を滑るかの如く潜り込み、スライディングキックを浴びせる。
「グハっ!」
其れは功を奏し、一段目のスライディングキックはジョーあんちゃんの体勢を崩し、更に次段のハイキックによりその身体を空高く弾き飛ばした。
ここ迄来れば、追撃は確定だぜあんちゃん!
この大チャンスを前に今の俺に躊躇いは無い、間髪置かずに俺は次の技の体勢に入る。
ジョーあんちゃんの技、ハリケーンアッパーと来て、テリー兄ちゃんの技ファイヤーキックと来たんだ、お次はやっぱりお約束だよな。
ファイヤーキックの体勢を解き、続け様に新たな技のモーションに入る、前方へ一回転しその回転により得たエネルギーにプラス腕の力によりカタパルトから放たれる砲弾の如く我が身を撃ち出す。
撃ち出した我が身に捻りを加える事により更に威力の底上げをする!
「空破弾!!」
弧を描きながら、放たれるのは捻りにより回転の威力が加わった所謂ドロップキック。
空破弾が空へと弾かれたジョーあんちゃんの腹部へ直撃し更なるダメージを与える。
「グハァァッ…」
呻き声をあげながら、ジョーあんちゃんがその身を地に叩きつけられダウンを喫した。
『WOOO!!』
その瞬間、広場に歓声が木霊した。
決める事が出来た、当初の想定とは違った展開ではあったけど(俺の当初の策として考えていた展開は、敢えてムエタイスタイルのジョーあんちゃんに対して拳打を中心に据えた近接打撃戦を挑み、攻撃を上段から中段へ集中させる事で下段への意識を逸らせて、その空きを付いて下段への攻撃を加えるつもりでいたんだが、その道の頂点へと至った男が相手ではそれも巧くはいかなかった)
そして俺としては、ダウンしたジョーあんちゃんの起き上がりに追撃を仕掛けたい所なんだが、その絶好の機会なんだが、此れまでの攻防で体力だけでなく気力集中力をも消耗してしまっている様でそれもままならない。
更に言ってしまえば、さっきのファイヤーキックだってその気力と集中力がもっとあれば、そして俺の経験値がもっとあれば、追撃にライジングスピンキックを撃てたかも知れないのに…いかんな、タラレバを言い出したらキリが無い、これ迄の結果を含めて今の俺だ。
「…プハァァ、ふぅ、くっそう。」
残念だが此処は回復に徹しよう、ジョーあんちゃんからダウンを奪えたとは言え、あんちゃんは確実にまだ余力が残っていると思える。
ジョーあんちゃんが立ち上がり、仕合いを再開する迄の時間はおそらく後数秒ってトコだな、それ迄に俺がどれ位…。
「あらよっと!」
…マジでか!?
後数秒は掛かると思ってたのに、このあんちゃんと来た日には、身体のバネで一気に起き上がってしまったよ…。
しかも首筋をコキコキやり始めて、効いてないアピールかよ!
「へっ、やりやがったな八幡、今のは効いたぜ!」
「嘘付け…ってか効いているとは思うよ確かに、けどその首コキパフォーマンスをやれるだけの余力がありますよアピール、ソレをやられる此方は精神的にあまりよろしくメカドック…じゃ無ぇ!
これだけやっても、大したダメージ与えられなかったのかって、精神的にあんまよろしく無いんだからね。」
「全く、ベテランってのは本当に厄介だし、迷惑だよなぁ。」
はっ!?イカン、迷惑とか言っちゃったよ、ヤバいこの辺りにアークダーマーが彷徨いていたりしないよね、『メイワク…ベテランはメイワク…』とか言ってジョーあんちゃんをモデルにしたジャーク獣が現れたりしないよね?
そうなったら『地球防衛組』に出動要請出さなきゃならないからな。
「何をお前ぇは一人ボケツッコミやってんだよ…そうだなちなみに俺はキャノンボールトライアル編のワタナベスーパーZが一番好きだぜ、かっけぇもんな昔のフェアレディZはよ、今のは何かデザインが微妙だがよ。」
おふっ、そう言えばジョーあんちゃんってば、うちに来るとしょっちゅう親父のマンガ読んでるもんな…そりゃあメカドック知ってるわな。
「その意見には俺も異論は無ぇよ、でもやっぱり主役のセリカXXも外せ無いと思うけどね、アニメ版のレッドカラーのボディは頂け無いけどさ、俺的にはアニメには登場しない那智さんの弟『那智徹』の自分でチューンナップしたシルビアのパトカーってのも好きなんだけどってこんな事言ってる場合じゃ無ぇよ!」
……コイツは俺ってば、ヤラれちまったのかジョーあんちゃんに。
さっきのファイヤーキックからの空破弾の追撃はおれが思っていた以上にジョーあんちゃんにダメージを与えていて、そのダメージの回復の為に俺の性格を利用して……。
「ヤラれたよあんちゃん、短い時間だけど、今のやり取りであんちゃんのダメージもそれなりに回復したんだろう?」
ニヤリ…と不敵に笑うジョーあんちゃんの顔を見て何だか俺は、複雑な気分になってしまった。
俺自身、先の攻防で集中力と精神力をガリガリ削られてしまったから、これ幸いと乗ってしまったが、其れは同時にジョーあんちゃんのダメージの回復の為の時間を与えたって訳だ。
「まぁ、コレはお前ぇが相手だから出来た手だがな、経験を積みゃあこう言った駆け引きで自分のダメージの回復を図る事も出来るって寸法よ。」
…まぁしゃぁ無しだな、コレも経験だって割り切るか、この短い時間は俺にも恩恵が無かった訳でも無いしな。
体力と気力の回復も出来たし、少しリラックスが出来たおかげか闘いに集中出来そうだ。
「ふっ、解ったよ肝に命じて置くとするよ…そんじゃあジョーあんちゃん、此処からもう一つ一気にブアーっと行ってみようかぁ!」
「おう!もう一丁掛かって来やがれ八幡!」
拳を構え、ジョーあんちゃんへ向けて突進、左拳を繰り出す。
「シュッ!」
ジョーあんちゃんは上体を後方へと反らす事で回避し、その状態から体勢を元に戻しながら右のミドルキックを放って来た。
「おっと!」
俺もその蹴りを戻し掛けの左腕でガード、そして受け流しながら、続けて俺は姿勢を低くして、片足立ちの状態のジョーあんちゃんの左脚を刈るべく、水面蹴りをくりだすが。
そいつは読んでいたぜとでも言わんばかりにジョーあんちゃんは片足の状態から小ジャンプでアッサリと回避してしまった。
今のは上手く行くと思ったんだけど、甘かったか。
しかしあの体勢から蹴りを放ち更にはジャンプ出来るなんて『ナジーム・ハメド』かよってんだ(つかジョーあんちゃんは身長180Cm有るから軽量級のハメドじゃ無くて、体格的には『はじめの一歩』の『ブライアン・ホーク』の方が近いな…つか多分ハメドがホークのモデルだよな)流石は元ムエタイチャンプだな、身体の体幹バランスが優れてるなんてモンじゃねぇ、マシで三十路過ぎてんのかよ。
なんて事を考えながら俺は再び体勢をスタンディング状態に戻そうと、水面蹴りの為の回転の運動を利用して立ち上がろうとしていたが…ヤラれた。
まるでジョーあんちゃんは、コレも読んでいたかの様に、いや多分コレは読みじゃ無くて、野生の勘ってヤツなんじゃねぇのかな。
「ぅっシャァァァァッ!」
掛け声が聞こえたかと思うと、俺のボディには深々とジョーあんちゃんの膝が食い込んでいた。
「…ぐっぼぇっっ…」
堪らず俺の口からは呻き声がもれ涎が垂れ流れ出てしまった…ボディから全身に鈍くそして強烈な痛みが駆け巡る。
ヤバい…足元が覚束ず蹈鞴を踏む様な有様の俺、そしてこの状況をみすみす逃すジョー・ヒガシでは無い。
「スラッシュキィック!」
「うっ、ぐぇっっ…」
俺のボディに、ジョーあんちゃんのスラッシュキックが炸裂し、またしても俺はダウンを奪われてしまった。
「…ぐぅぅ…ってぇ…」
ジョーあんちゃんの膝、そしてスラッシュキック、三連打を食らった俺は腹を抑えてうずくまり、痛みと苦しみに耐えようと…耐えられるかなコレ。
ボディの打撃がこんなに痛いなんて、話には聞いていたけど、コイツは痛いを通り越して苦しいって感じだぜ、ボディで奪われたダウンは地獄の苦しみとは良く言ったものだよな…。
ああ…また聞こえる、雪乃…結衣…いろは…戸塚…留美…皆…ゴメンな格好悪い所見せちまってさ。
腹を抑えて、膝を折り、そして上体を折り蹲る今の俺の姿は…まるで『要塞17〈ワンセブン〉の様な状態に見えんじゃね?
しかし、何でだあんちゃん…さっきの膝蹴りの後、ジョーあんちゃんなら追い打ちにスラッシュキックじゃ無くて、スクリューアッパーいやダブルサイクロンだって撃てただろう……何でだあんちゃん。
「オラどうした八幡、こんなもんで終わりか!ああ!!」
………そうか、ジョーあんちゃんはまだ、闘いたいんだな俺と。
まだ俺を…見てくれるつもりでいるんだな、あんちゃん。
…全くさ、過保護なのかスパルタなのか一体どっちなんだよ、けど此処まで期待されているんじゃ、此れで終わりって訳には行かないよな。
腹の痛みはまだ続いてするし、体力もゴッソリ持って行かれた、集中力はもう少し行けるか、気は…まだ幾らか練れるよな。
「八っちゃん、大丈夫なの?無理なら此処で止めるけど。」
「すう〜……はぁ〜〜…すう〜……はぁ〜〜…だっ、大丈夫まだ行けるよ舞姉ちゃん…今、立つから、俺。」
舞姉ちゃんが俺の状態を気遣ってくれている、まぁ審判としてってのもあるけど、何か今のは素で心配されてる感じだよな、大丈夫だよ舞姉ちゃん。
そうだよ、立つんだよ、要塞17は立ち上がって『戦闘17〈ワンセブン〉』になるんだぜ、立て要塞八幡救える者は他に無い、なんてな…てか俺が誰かを救えるなんておこがましくって言えはしないが、ちょっとだけでも何かを伝えられたらって、イヤ…それよりも俺はジョーあんちゃんに認めてもらいたいんだ。
「…なぁジョーあんちゃん、今のはあんちゃんならスラッシュキックじゃ無くてスクリューアッパーを撃てたよな、今の俺じゃあスクリューアッパーを撃つまでも無いって事なのか…ふぅ〜。」
立ち上がりながら俺は、別に聞かなくてもいい事を聞いてしまった、別に答えが聞きたい訳じゃ無い、何となく口を付いて出てしまっただけだ。
さっき俺自身が考察した事が真実かは解らないけど、それで自分で勝手に納得してたってのにな。
「へっ、さあな…ソイツはお前ぇ自身で身を持って知りゃあ良いんじゃねえか八幡よぉ!?」
…さいですか、ハハッ…安心したよ何かジョーあんちゃんらしい返答でさ。
不敵に笑うジョーあんちゃん、改めて痛感させられる目標の高さ。
だからこそ挑むんだよ、そして絶対に出させてやる、ジョーあんちゃんの超必殺技を!
「…そうさせてもらうよ…ふぅ、行くぜあんちゃん!」
始めはゆっくりと前進しながら自分の体調の確認だ、体力はもう相当に持っていかれて、チョットやそっとじゃ回復は望めないな。
ハハッ…コイツはあんまり、長い事無ぇわな。
『すぅ、はぁ、すぅ、はぁ…』
「ハッ、どうした八幡!足元が覚束ねぇのかよ、だったらもうお寝んねしちまうか!」
「喰らえ!ハリケーンアッパー!オラオラァ!」
来たかよ、広範囲に撃ち分けた爆裂ハリケーン…ちと、今の俺じゃ回避はキツいかな、おそらくあんちゃんは俺が防御か或いは、気弾での相殺を狙うと考えてるんだろうか?
何方にしても、ジョーあんちゃんは接近戦に持ち込むつもりだろう。
なら、俺は…突き上げた拳に気を集約し放つのは、独自に改良…いやこの場合はある意味デ・チューンと言うべきか。
「パワーウェーブ!」
目前まで迫って来た爆裂ハリケーンの小竜巻に放つ俺のパワーウェーブ、しかし本来のパワーウェーブは拳に集約した気を大地に叩き付ける事により、自然界の気と合一され放たれる物なんだが、其れを今のは…拳を叩き付けるのでは無く地に放る様に放つんだ。
謂わば、ロックの『烈風拳』や草薙さんの炎を放つ技(百八式闇祓い)に近いやり方だな。
パワーウェーブはその拳を地に叩き付ける動作を行う為に、一度体勢をしゃがみ込ませなければならず、その分次の動作へ移るのに時間が掛かってしまう。
なので俺が考案したのが今放った、なんちゃってパワーウェーブ(仮)だ、欠点としては、気のエネルギーの合一が出来ない為に威力も射程も短いんだがな。
だけど、相手の気弾を相殺するだけなら此れで十分だ、そしてこの技を出すのは初めてでジョーあんちゃんは俺が普通にパワーウェーブを放ったと思い、俺の体勢が戻る前に突進し攻撃を加えようと考えるだろう。
案の定、読み通りジョーあんちゃんはダッシュで距離を詰めて来ていた。
そしてまた、俺が既に体勢を立て直している事に驚いた様な『げっ、コイツ何でパワーウェーブ撃ったのにもう体勢戻ってんだよマシでか、やべぇ!?』とか思ってそうな表情をしてんな。
ジョーあんちゃんは、迂闊な接近はヤバいと感じた様だが俺達の彼我の距離は既にかなり近付いている、なので俺は此処はチャンスと次の技に入る。
「激・飛翔ぉ拳!」
ジョーあんちゃんへ向けて巨大な球形の気弾を纏わせた腕を伸ばし、ブチ当てる。
「ぐわぁァァっ!」
その衝撃によりジョーあんちゃんの口からは呻き声が漏れ出す。
この激・飛翔拳の気弾は数秒間持続するからな、普通に出せればだけどね。
残念ながら今の俺にはそれだけの時間を持続出来無い(其れには事情があるんだけど)なので早々に切り上げて次のシークエンスへと移る。
「まだまだぁ!行くぜあんちゃん!バーンナッ……!?」
が、俺のバーンナックルは不発に終わる。
技の発動のモーションに入った途端に俺は失速していまい、足元がよろめいてしまう。
そして激・飛翔拳を食らったことによるノックバックから回復した、ジョーあんちゃんが此れを見逃す筈も無く。
「どうやら此処までの様だな八幡、行くぜ!」
来いよあんちゃん、耐えてやるぜってぇに耐え抜いてやるぜ!
現状、かなりの近接状態にある俺とジョーあんちゃん、俺の体力の限界と見たであろうあんちゃんはおそらく、とどめを刺すべくあれを撃ってくるだろう。
「喰らいやがれぇ!スクリューアッパーァ!!」
来た、耐えろよ俺、絶対に耐えろ…耐え抜いたその先に…。
天を突き刺すかの様に伸びゆく巨大な紅色の竜巻の発生に、この仕合いを見守る皆は驚きを隠せ無いだろうな、この暴風により発した轟音の為に皆の声が今の俺には聞こえないけど。
「うっ、グッぐっぐっぐぅっ!」
くっ、しかし参った、このスクリューアッパーの暴威に必死こいて耐えているのは良いんだが、其れに巻き上げられた砂や小石やその他色んな物が身体にぶつかって想定外にチクチクと地味に痛くて気持ち悪い。
ってそんな事を思っている間にも、俺の体力はガリガリ削られている、このスクリューアッパーの発生持続時間はほんの数秒の筈なのに、随分と長く感じちまってるよ俺、まるで3部の承太郎とDIOとの戦いが作中経過時間が僅か二分程度であるにも関わらず、俺達読者や視聴者には数十分掛かってい様に感じるのと同じ原理か…違うな。
いつ終わる、いつ終わるんだ……ん、あれ、もしかして…スクリューアッパーの威力が弱まっている…間違いない…スクリューアッパーはもう間もなく消失する!
今なら行ける!吉幾三…って俺のアホタレ、行くぞガードキャンセル!
消失の時間を迎えつつあるスクリューアッパーを強引に回潜り、俺はジョーあんちゃん目掛けて攻撃を仕掛ける。
そして撃つのは新型の…
「パワー…。」
スクリューアッパーを撃った為に腕を天へと掲げているジョーあんちゃんのガラ空きの懐へ、俺は新型パワーダンクを仕掛ける。
一段目のショルダータックルがジョーあんちゃんにヒット、続けて二段目のカチアゲによってジョーあんちゃんを空中へと弾き飛ばす。
なぁ…あんちゃん、アレから八年が過ぎたんだよな。
あの日テリー兄ちゃんとロックに拾われた臆病者のガキンチョはさ、テリー兄ちゃんと草薙さんの仕合いに光を見て、その光景の中に自分も入りたいって思って、そんな俺にテリー兄ちゃんもアンディ兄ちゃんも、そしてジョーあんちゃんも付き合ってくれて、沢山の事を教えてくれて、技を仕込んでくれて…。
ようやくさ、最近ようやく納得の行く形に仕上げる事が出来たんだ、今の俺の体力と残った気の残量じゃ、テリー兄ちゃんみたいに三連発は無理だけどさ、残った気で一発、ありったけの全部を費やして全力全開、渾身の一発って奴を放ってみせるよ。
そいつを撃てば俺にはもう、ハナクソほじる力も残んないだろうけどな。
そして悪ぃな、さっきのバーンナックル、本当は撃てていたんだ、あの日のテリー兄ちゃんが草薙さんに使った手を俺も使わせてもらったんだよ、所謂三味線を弾いたってやつさ。
そしてこの新型パワーダンク最大の売り其れは…。
「強制停止〈ブレーキング〉!!」
パワーダンクの強制停止、そこから行くのは、あの日見た憧れの技。
今言ったように、三連発は出来ないけど、この一発に全部を乗っけてやる。
だからジョーあんちゃん、受けてみてくれ、コレが俺の……。
「パワーゲイザーッ!!」
渾身の拳を大地に叩き付け、そして吹き上がるエネルギー。
其れはジョーあんちゃんを呑み込み弾き飛ばし…。
地に横たわる、ジョーあんちゃん。
終わったよな、もう立たないよな、俺さこの仕合いに勝ったら結婚するんだ…って何考えてんだよ、今のってまるで死亡フラグじゃあねぇかよ!
アホか俺、なんで今そんな事を考えやがってんだよ!
そんな事考えたらマジでジョーあんちゃんが立ち上がって来るだろ……!
…マジかよ、ジョーあんちゃん…マジで立ちあかんのかよ。
ヨロヨロとだけどジョーあんちゃんは立ち上がろうとしている…。
対する俺にはもう何も残っていない、正直意識を留めておくのもかなりしんどい状態だ。
立たないで、立たないでくれ……けど願い空しく立上んのよね、ジョーあんちゃん…やっぱ凄えわ、俺の兄貴分はよ。
アレ喰らって立ち上がられたんじゃもう俺には何も出来ねよ……もう…意識も保て無いや…届かなかったのかな、くそぅ、あ〜あ、俺の…負…け……
あゝ気持いい、何だか随分と眠った様な気がする…何だか…後頭部がふわっと暖かな感じに包まれて、天国に居るみたいだな。
て、何言ってんの俺ってば、天国とか洒落になんないから、日がな一日お爺ちゃんお婆ちゃんと日向ぼっこしながらのんびりなんて今はまだ、する気無いからね。
だったら特典貰って異世界行くわ!
だが、しかし今感じているこの天国の様な感触も、もっと味わっていたい。
「あら、目が覚めた様ね、私達の旦那様は。」
はい!?
何それ、何なの旦那様って、俺まだ十七歳だから結婚出来ないんだけど、いつの間に嫁を娶ったの?
しかも何か私達のとか言わなかった?何で。
「あっ、本当ですね雪乃先輩、やっと起きましたねわ・た・し達の旦那様♡」
またもや、はい!?
「うん!起きたね、あたし達の大好きな旦那様♡ところでゆきのん、そろそろ替わってよ。」
またまた、はい!?
「あら、其れは出来ない相談よ結衣さん、コレは私がジャンケンと言う厳正なる勝負の結果勝ち取った権利なのだから。」
何か状況に不穏な物を感じた俺は眼を開いて、状況を確認してみたら、俺は雪乃に膝枕をされていて、雪乃の右側にいろはがいて左側には結衣が三人で寄り添う様に俺を見ていた。
果たして勝敗の行方は!?
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俺が彼女達に決意を語るのは間違っているだろうか。
トンネルを抜けるとそこは雪国…では無いですはい。
目を覚ますと俺は雪乃に膝枕をされていて、結衣といろはも共に俺を見守る様に寄り添って居られる…。
しかもなんか、今不穏当な事を言わなかったか…何なの私達の旦那様って…。
嫌な汗が背中を濡らしてしまいそうだわ八幡ってば、なので此処は一つ誤魔化すに限る!
「…大きな星が点いたり消えたりしている、アハハ、大きい……彗星かな。イヤ、違う、違うな、彗星はもっとバーって動くもんな、暑っ苦しいな此処、ん…出られないのかな、おーい、出し下さいよ…ねぇ。」
「せん、旦那様そう言うのもういいですから現実を受け入れてくださいね。」
八幡アウト! どうやら俺の周りにはスラッと美しい御身足をした中華系の幼馴染の女の子は存在しない様だ。
なので俺の現状をアーガマのブライト艦長に報告してくれる人など存在しないんだな…。
いや、現実をってさ、三人の女子が俺を旦那様とか言ってる時点で、コレが現実とか『あり得へんでぇ!』じゃん。
マジで何なの、俺ってばやっぱり異世界転生させられたの?そんで以て転生特典はいろは達三人とか…。
無いわぁ、マジ無いわぁ…大体其れなら俺は何時死んだんだよ!
「ねぇゆきのん、いろはちゃん、ヒッキ…旦那様にもちゃんと説明した方が良いんじゃないかな?」
俺の現実逃避っぷりを見かねたのか、結衣が説明云々言っているけど、その説明を聞いてしまったら…俺は後戻りが出来なくなってしまいそうな、嫌な予感がする『予感です、予感がします。』と俺の中の『カセイジン』が耳を回しながらそう言ってるし。
「…そうね、その方がこの人も納得してくれるでしょうから、そうしましょうか…。」
ちょっと待って、プレイバック、プレイバック!いまの言葉プレイバック、プレイバック♪
じゃ無くってさ、其れ聞かされる俺の身にもなっては…くれませんよねぇ…。
「さっきさ、ヒガシさんとヒッ、だ、旦那様が試合する前に小町ちゃんが言っていたよね、あたし達の三人をヒッキーのお嫁さんにって。」
…あ〜、うん、言っていたよね、そんなとんでも戦士ムテキング…もとい、とんでも発言をね。
まさか其れを君達マジに受け取ったって訳なの?
「それでですね、私達改めてヒガシさんと闘う、旦那様のひたむきな姿を見て思ったんです、これから先私はせん…旦那様以上の男の人と出逢えるとは思えないって。」
イヤイヤそんな事は無いって、世の中広いんだから俺より凄え奴なんて幾らでも居るんだからね。
其れに、そんな事は法律が許さないだろうし君達の親御さんや世間体って物が許さないでしょうが!
「ヒッ…旦那様あたしもさ、いろはちゃんと同じだよ。
旦那様よりも素敵な男の子に出逢えるなんて、絶対に無いって言えるもん!
それにさ、小町ちゃんが言ったとおりだと思うんだ、旦那様は優し過ぎるからさ…あたし達の中から誰か一人何て選べ無いだろうから、待っていたって絶対に来てくれないって、だからねあたしは自分から行くって決めたの。」
小町ェ…痛い処を突いて来るなぁ、確かに俺はこのままじゃ誰か一人なんて選べ無いだろう。
雪乃、結衣、いろは…三人とも凄く魅力的で眩しくて、俺なんかには勿体無い女性達だし、そんな彼女達が俺に好意を寄せてくれている事が誇らしくも有り、又戸惑いもある。
其れは俺が三人に対して等しく好意を抱いている事、三人がそれぞれに俺に対してだけ、異性としての好意を示してくれているにも関わらずだ。
だから俺は、もしかしたら彼女達に相応しく無い不埒な男なんじゃないかと、自問自答せずには居られないんだが、同時に彼女達を失いたく無いと云う気持ちが在るのも事実な訳で…。
彼女達は…兄貴達とロックと舞姉ちゃん以外で初めて出会えた、心から信頼出来る人達だから…だから、その存在を俺は失いたく無い。
「比企、旦…那様、私も概ね結衣さんと同意見よ、来てくれない可能性が高い貴方だからこそ、私も自分からあなたの元へ飛び込まなければと考えたのよ。」
「ですです!結衣先輩と雪乃先輩の言う通りです、私も…と言うか私って最初っからせんぱい、じゃ無い旦那様に対してずっとアプローチしていましたよね、なのに旦那様ったらちっとも反応してくれなかったじゃないですか!」
何で…良いのかよ…お前達程の所謂器量良しならきっと、どんな男だって放って置かないだろうによ、こんな優柔不断で誰か一人に決める事も出来無い様な無様な奴に。
「それとね、あたし達三人で話し合ったんだ。
あたしはヒッキー…旦那様の事が好きだし、ゆきのんもいろはちゃんも旦那様の事が好きなんだから、だったらあたし達三人でお嫁にしてもらえば良いんじゃないかって!」
おいおいおいおい!何でそこでそう言う結論に至るんだよ、ってかさ雪乃もいろはもそこで同意する様に頷かない!
「旦那様、私は貴方が好きよ…愛しているわ、けれど私は結衣さんといろはさんにも好意を抱いているの、同性として友情とそれ以上の…同じ相手に好意を抱く同士としてもね。」
「私達はヒガシさんに立ち向かう、せんぱいのいいえ旦那様の姿に心配もしましたけど、それ以上の頼もしさを感じました。
こんなにも勇敢で優しくて頼り甲斐のある男性なんて、これからの人生でそれ程沢山出逢える訳が無いでしょうし、此れを逃す訳には行かないんですよ女としては、それにきっと…これから旦那様の事が広く知られるようになれば、他の女の子も旦那様の事を放って置かなくなるでしょうから、今からそんな女達を牽制しておかなきゃですからね!」
なんてこったよ、よく女は強いって聞くけどさ…コイツらは強いなんてもんじゃ無ぇだろう。
もうこれ最強レベルじゃん、この三人にかかったらテリー兄ちゃんとアンディ兄ちゃんとジョーあんちゃんの三人同時に相手するよりも骨が折れるんじゃねえの?
「けどな、俺はあんちゃんに勝てなかった…俺は負けたんだ、まだまだてんで駄目駄目野郎なんだよ俺は。
お前たちの期待に応えられる程の、技量も器も無い男なんだよ…。」
「ええそうね、貴方はヒガシさんに勝てなかったわ…けれど貴方は負けなかったのよ、元ムエタイ王者で貴方にとっては師匠に当たる人に、貴方は負けなかったのよ、其れは誇るべき事だと私は思うわ。」
Why?どゆこと…だって俺負けたよね、パワーゲイザー決めた筈なのにジョーあんちゃんは立ち上がったんだよな、だから俺は負けたんだよね?
「アハハっそっか!ヒッキー…じゃ無いや旦那様気付いて無いんだね、旦那様は負けなかったんだよ。
あのね、ヒガシさんあの時立ち上がろうとしてたけど、結局立てなくてね。
ヒッキーとヒガシさん同時に気を失って倒れたんだよ。」
…て事は何!?俺ってば、ジョーあんちゃん相手に負けて無かったって事は要するに引き分けって事なの!?
「ええ、そうよ旦那様…理解できたかしら?」
「そうなんです!もう、すっごくカッコ良かったですよ特に最後の技、私思わずキュンってなっちゃいました!
もう、女の子に生まれて来て良かったってせんぱいを好きになって良かったって、再確認出来たって感じですよ!」
そうなのか…俺は、辛うじて届いたんだな、目指した高みに、ほんのちょっとだけだが届いたんだ。
此れで漸く俺も格闘家を名乗っても良いのかも知れないな、まぁでもまだまだ駆け出しのルーキーではあるんだけど。
「そうなんだな…俺、少しは示せたのかな、子供達にさ…。」
「うん!」「はい!」「ええ!」
俺の自問自答の様な呟きに三人が答えてくれた、
「見えるヒッキー、あれ!?」
雪乃の膝枕に頭を沈めて横になっている為に、遠景が見えない俺に結衣は手を伸ばし指し示す、俺は雪乃の膝枕って言うか太腿の感触に、これは内緒だが名残惜しさ全開で心の中で別れを告げ、身を起こして結衣の指先が指し示した方向を見た。
『喰らえスクリューアッパー!』
『行くぜ!パワーゲイザー!』
そこには、俺とジョーあんちゃんの真似をして格闘ごっこに興じる小学生児童達の姿があった。
何だかむず痒い気分だな、俺がそんな子供達のごっこ遊びの対象になるなんてさ、夢にも思ってなかったからなぁ…。
暫し俺は、そんな子供達の様子を、ぼんやりと眺め感慨に暫く耽り…。
「なぁ雪乃、結衣、いろは、三人の決意に正直俺は圧倒されてるって言っても過言では無い…そんな心境だ。」
「それでな、俺は何てかお前達の事が好きだ……普通に考えて、これってお前達に対してすっげぇ失礼だと思うし、お前達の親御さんに対しても申し訳無いって思うし、でも俺は…お前達を失いたく無い、ずっと一緒に居たい。」
比企谷八幡一世一代のモノごっつい罪悪感ハンパない告白。
幾ら彼女達が其れを許しているからと言っても、世間やご両親が其れを許すとは思えない、それでも…この俺達の思いを貫くと云うのなら、俺は彼女達を茨の道を歩ませる事となるのだ。
「あたし、旦那様と一緒なら、ゆきのんといろはちゃんも一緒なら、どんな事だって耐えられる。」
「当然よ、今更その様な事語るまでも無いわ、どんな障害だろうと私達は四人で其れを廃すればいいだけなのだから、貴方も覚悟を決める事ね。」
「ですね、やり様はいくらでもあるですよ旦那様♡ですから私達を幸せにしてくださいね!」
本当…何て強いんだよ女って…。
「不束かな男ですけど宜しくお願いします…。」
今の俺には、彼女達にそう言うのが精いっぱいだ、いつかもっと気の利いた事を言える様に、出来る様になれるんだろうか…。
三人の女子に対して告白すると云う、大それた事をやらかし、精魂尽き果てかけていたその時……………。
『あっ!兄ちゃんが起きたぞ!』
その時一人の男児が、大きな声でそう言うと、ワラワラと幾人もの子供達が此方に向かっい駆けてきた!
『兄ちゃん、凄かったよ!ちょーカッコよかった!』だの何だのと次々と俺達を取囲み、興奮気味に話し掛けてくる。
『俺も兄ちゃんみたいに強くなれば、モテモテになれる?』とか小六にして不順な事を口にするマセガキもいやがる!
雪乃に膝枕をされ、結衣といろはに見守られていた俺を見て、そんな事を思ったのか!?
だとしたら『誠に遺憾に存じます』ですはい。
だがまぁ中には『僕も強くなって、困っている人を助けられる人になる!』って頼もしい事を言う子供もいたりした、そんな子が少しでも現れてくれたって事は、今回の俺達の仕合い良好と迄は行かずとも、それに近い結果を齎せたって事で良いのかもな…。
「おう、そうだな…ちゃんと毎日修行に励んで行けば強くなれるぞ。」
俺がそう応えてやると、その児童はとびっきりの笑顔を見せてくれた。
ひとしきり、喋り終えた子供達はやがて満足してこの場を離れて行ってくれた様ですハイ…ふぅ、しかし子供ってパワーに溢れてやがるんだな、喋っているだけで此方は疲れてしまったぜ。
『カマクラ…僕はもう疲れたよ…何だか眠いんだ…。』何て俺が語り掛けたとしても、あんニャロメは知らん顔で丸まって『ボリューションプロテクト』体形をして眠ってんだよな…絶対に。
お前も猫ならせめて俺に『キャット空中三回転』でも伝授してみろっての。
なんて事をつらつらと徒然なるままに思考していると、遠慮がちな声音で俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
「…あの、八幡…。」
もじもじと、そして少しばかり怖ず怖ずとした様子で俺の前に現れたのは雪乃を若干小さくした様な、将来はきっとその雪乃張りの美少女へと成長するであろうと容易に想像が付く、今回俺が色々と立ち回る切っ掛けとなった美幼女、鶴見留美の姿があった。
「おう、ルミルミどうしたんだ。」
「ルミルミじゃ無い留美!」
そう突っ込みながら、ペタンとその場に俺の目の前に座り込みながらルミルミは、俺を可愛く睨む。
「…あのね八幡…ありがとう。」
「はて、留美さんや…俺は何故にお礼を言われているのかの?」
と、すっ惚けてみせるが、返ってきたのはチョッピリだけムスッとしたお顔でした。
留美は改めて俺に決意表明をしてみせた、今朝と同じくこれ迄の被害者達への謝罪を続けると、言葉だけでは無く行動を以て事に当たると、そしてもう二度と虐めの被害者を見捨てる様な真似はしない、もし其れを見かけたら必ず止めてみせると。
「そうか!やっぱり留美は凄えな、偉いぞ留美!」
留美のその決意表明が、俺はとてつもなく嬉しかった。
そして気がつけば俺は、強い決意を秘めた小さな少女の頭に手を置き撫でていたではないか!!
っべぇ〜っしょ!これって普通に事案発生じゃあねぇかよ。
気がついた俺は謝罪しながら慌ててその手を離すのだが、離そうとするその手を留美が掴み。
「……まだ止めちゃ…ヤダ!」
ノンノンノン!何言ってくれてんの留美さん、そんな上目遣いでお顔を真っ赤にしてそんなセリフを言っちゃ駄目でしょう!お母さんは貴女をそんな娘に育てた覚えはありませんからね!
いや俺母ちゃんじゃ無ぇけど、何なら父ちゃんでも無いですハイム。
…てかやべぇよ留美、この歳にして既に出会った頃のいろはをも上回る、男殺しを身に付けていらっしゃって居られますですやん!
いや何より先ず、そんな事をこの場で言われるとですね…。
「「「旦那様、後でじっくりお話しましょうね♡(怒)」」」
こうなってしまうの事で御座いますですハイ…嗚呼果たして俺、明日の朝日を拝めるのかな(怖)
留美が満足する迄の数分間が、俺には数時間にも感じられた。
其れは恰も、死刑執行の為の十三階段を登る死刑囚の心境とでも言えばいいのだろうか……。
其れは一旦置いておこう、ガクブルする心に蓋をして、取り敢えず今は留美の話を聞くことを優先すべきだろう。
「…あのね八幡、私ね八幡の闘う姿を見て思ったの……私も八幡みたいになりたいって、だから…私、私を八幡の…師匠の弟子にして下さい!」
やはりそう来たか、初めて会ったと言うか、俺のミット打ちを見ていた事と云い、今朝話した時兄貴達の事に興味を示した事と云い、この娘はもしかすると格闘技に関心を持っているんじゃないかとは思っていたんだが、まさか俺に弟子にしてくれと言ってくるとはな…。
「…なぁ留美、俺はなハッキリ言ってまだまだ修行中の身って奴なんだよ、だからまぁ何だ…師匠なんて柄じゃ無いしそれ程の格闘者じゃ無い。」
そう、其れが今の俺だ…。
「けどまぁ、俺が兄貴達に教わった事を留美に教えてやる事くらいなら出来ない事も無い…まぁアレだな、留美さえ良ければ、留美の都合の良い時なら一緒に修行するか?」
留美は俺の言葉をその提案を聞き、劇的に表情を変えた、覚悟を決めた様な硬い表情から満面に笑みを讃えた、年頃の少女らしい笑顔に。
「はい!よろしくお願いします、八…師匠!」
へへっ…テリー兄ちゃん、アンディ兄ちゃん、ジョーあんちゃん、兄貴達に教わった事を留美に伝えても良いよな、師匠なんてのは柄じゃ無いけど、強くなろうとしている女の子に俺が出来る事を伝えても良いよな。
俺は、自分の頭に被った帽子を取り、留美の頭に被せた。
「こいつは八年前、テリー・ボガードから受け継いだ物なんだが、留美…これからはお前が此れを持っていてくれないか?」
自分の頭を覆う、サイズの大き過ぎる帽子に、留美は何度も触れている、まだまだ小さな留美の頭には合わない帽子、俺にも初めは大き過ぎたそれを嬉しそうに…そして留美は。
「はい!」
と、この二日間で最も綺麗な笑顔で返事をしてくれた。
留美がこの帽子が合う大きさに成長した時、果してどれ程の者になっているんだろうか…俺は今それが楽しみで仕方無いと思ってしまった。
もしかしたら、テリー兄ちゃんもあの日、そう思ったのかも知れないな。
高々十七年しか生きていない小僧がそんな気持ちを抱くなんてのは或いは分不相応なのかも知れないがな。
「見ましたか、結衣先輩、雪乃先輩、こうやって無自覚に女を落しているんですよこの人。」
「ええ、だからこそ私達がこの人の手綱を握らなければならないのよ。」
「だよね、これ以上ヒッキーのお嫁さんは要らないもんね! でも良いな留美ちゃん…ヒッキーの帽子あたしも欲しいなぁ。」
「川崎先輩に留美ちゃん、もしかしたら三浦先輩も既にせんぱいに気が逝っちゃってるかもですからね、私達でしっかりブロックしなきゃです!」
君達、君達、聞こえていますよ。
何なんですかね、君達ってばさっきから人の事をとても不埒な男の様に評していますけど…。
そしてそれから暫し女子三人による、比企谷八幡品評会が始まり…俺は彼女達にああだこうだと、とてもとてもありがたい(泣)お言葉を賜りました。
「なぁ、君達…もしかしたら自分でも気が付いているかもだけどさ、もう旦那様呼びが崩れ去っているよね。
てかさ、何でいきなりそんな呼び方をし始めたのかな、かな!?」
留美が去ったあと四人だけとなったこの場で、俺は三人に対して確認してみる事にした。
まぁ大方の予想は付いているんだけどね、一応確認だけはしとこうかと思いましてね。
「其れは、小町さんからの提案よ、貴方はこう言われると喜ぶから、そう呼んであげて欲しいと。」
はい!やっぱりそうでした、こんな事を思い付く愉快犯的なヤツと言えば…まぁ小町だろうな。
「あとね、舞さんもね『それ良い考えかもね頑張りなさい』って言ってくれたよ。」
な、何ですってぇ! まさか舞姉ちゃんまで絡んでいたのかよ、おにょれぇ俺の身内の女性陣は敵だらけなのか!?
「イヤ!喜ばないからな、いくら何でもお前達クラスのとびっきりの美少女三人に、旦那様とか呼ばれてるの他人に見られたら、俺が社会的に葬られちゃうでしょうがよ、マジで!」
俺の山よりも高く、海よりも深く、宇宙よりも遠い場所…では無く、強い要望により三人の旦那様呼ばわりは止めていただく事と相成り、俺は深く安堵の溜息を吐いた。
「じゃあさ、あたしヒッキーの事ダーリンって呼ぼうかな…きゃっ♡」
「良いですねぇそれ!私は何て呼びましょうかね…ダーリンは結衣先輩が取りましたから『はちくん』なんてどうでしょうかね!舞さんも八っちゃんって呼んでいますし。」
「だったら私は何と呼ぼうかしらね、そうね此処は奇をてらわず、シンプルに『あなた♡』と呼ぼうかしら。」
一難去ってまた一難…この時程俺はこの言葉の意味を噛み締めた事は無い。
「おう八幡!目ぇ覚ましたのか。」
再び俺の身に降りかかった危機的状況をまるで気にする様子も無く、まぁこの場に居なかったんだから其れを知る訳無いだろうけど…さっき迄拳を合わせていた相手、俺の目標の一人が何時もの調子で現れた。
舞姉ちゃんと平塚先生と厄介な状況を演出してくれやがった、我が妹を引き連れて。
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俺は後幾つの技を覚えなければいけないのだろうか?
俺の目指す目標の一人、つい数十分前迄拳を交えていた男、そして愛すべきバカ兄貴、ジョー・ヒガシ。
その兄貴が平塚先生と舞姉ちゃん、そして今回結衣達の件で、とてもとてもありがたくも要らん事してくれた、可愛い可愛い(怒)俺の妹小町を引き連れやって来た。
「どっこらしょっと!邪魔するぜ嬢ちゃん達もよ。」
ジョーあんちゃんはそう断りを入れながら俺の対面に座り込む、片膝に肘を置いて。
それに続いて舞姉ちゃんと平塚先生も腰を下ろし、優しく労いの言葉を掛けてくれた。
「どうでも良いけどさ、何かどっこらしょっとってジジ臭くねぇかジョーあんちゃん、つうかソコはやっぱり『よっこいしょういち』じゃね?」
「うるせぇ放っときやがれ、全く屁理屈やボケツッコミばっか一人前になりやがってつかお前ぇのほうが言ってる事がジジ臭えじゃねぇかよ!………と言いてぇトコだがよ、だがまぁお前ぇもきちんと成長してやがったんだな八幡。
俺様相手に引き分けに持ち込むなんざよ。」
お小言を言われるのかと思えば、あんちゃんはいきなり俺の成長を認めてくれる様な事を言い出した。
「しかもとうとうパワーゲイザーまで身に付けやがってよ、もうそろそろお前ぇも一人前の格闘家を名乗っても良い頃合いなのかもな。」
「そうね、男子三日会わざれば刮目して見よとは能く言った物よね、見事に成長ぶりを見せたわね八っちゃん。」
ジョーあんちゃん、舞姉ちゃん…二人が俺を認めてくれた。
くぅ〜、嬉しい物なんだな…こう云うのさ、ずっとガキの頃から俺を弟の様に面倒を見てくれた二人が、俺を…ほぼ一人前の男になったと言ってくれてんだ、感慨も一入ってヤツだな。
「比企谷、私は…先程の君とヒガシさんの勝負に感動させてもらったよ。
私の教え子がこれ程迄の力を持つ武人だったとは思いもしなかったよ。
勿論君だけではなく当然ヒガシさんも素晴らしかったのは言うまでもない事だがね。」
ああ、イヤ先生…いくら何でも、武人って云うのは言い過ぎじゃないでしょうかね、ってか言い方が古風過ぎですし。
「しかも三人も彼女を作るなんてね、そっちの方は八っちゃんの方が上手の様ね、ジョーよりも。」
…舞姉ちゃんェ…それは姉ちゃんが小町と一緒になって三人を焚き付けたからでしょうが、全くもう!
…でもまぁお陰で俺の思いを伝える事が出来たのは事実だけどさ。
「うっせぇよ!俺だってな八幡位の年頃の頃は彼女の五人や十人は居たもんだってんだぜ、なんせモテてモテて仕方無かったからな、しかも俺様のナンパの成功率は100%だぜっ!」
「まぁた、何言ってんのよジョー、アンタのナンパが上手く行った試しなんて無かったじゃない、静ちゃん悪い事は言わないわ考え直すなら今のうちよ!」
ハハ…ハハッ…ジョーあんちゃんと舞姉ちゃんの言い争いに、俺…乾いた笑いしか出て来ないよ。
しかも舞姉ちゃん、平塚先生にまで飛び火させてるし、そんな事を言っちゃ駄目でしょう、平塚先生には後が無いんだかぁ…………ごめんなさい睨まないで、怖い!怖いから!平塚先生ぇ〜っ!
「舞さん、昔は昔今は今ですよ、私はヒガ…ジョーさんを信じて着いて行く所存です。」
ちょっ……それマジっすか平塚先生、二人ともまだ出会って二日目ですよね?
そんなにアッサリと決めちゃって良いんですか?
「勿論、ジョーさんとの約束通りに比企谷が卒業する迄は日本に居ますし、私はその…何と言いますか此れまで女性らしい事などやって来ませんでしたので、此れを期に料理などの花嫁修業と言いましょうかそう言った事などを習おうかと思っているのですが…。」
すっげ、マジで平塚先生そこ迄考えてんすか!!
流石は崖っぷちの女「何か言いたい事が有るのかね比企谷!?」
「イエス、サー!べ…別段、俺には何もありませんですサー!。」
怖ぇ〜よ、マジ…チョー怖ぇ〜、平塚先生…………。
「静さん……。」
「ジョーさん……。」
うわっ、ジョーあんちゃんも、すんげぇ感激したって表情してるし。
二人見つめ合ってるし、二人の世界を作り出してるしぃ。
『静さん……。』
『ジョーさん……。』
『静さん……。』
『ジョーさん……。』
うわ〜っ…二人して見つめ合いながら心の中で互いの名を呼び合ってるよ。
ま…まさかコレって…そうだ間違い無い!これがこれこそが、親父が言っていた、伝説の『キックオフ』ごっこするってヤツだっ!
永井くんと由美ちゃんならぬ東くんと静ちゃんってか…。
「ちょっとお二人さん、いつまで二人の世界を作り続けるおつもり?」
ふぅ〜、舞姉ちゃんの突っ込みによってジョーあんちゃんと平塚先生も我に返り、この異様な甘ったるい背景が構築されていた『キックオフ』ごっこ空間が消えてくれたぜ。
何?そんな空間を何で俺が見る事ができたかって…ばっか、そんなもん見るんじゃ無く感じたんだよ、察してくれよ。
「しかしまぁ、八幡も遂にパワーゲイザーをマスターしたんだからな、当然次は俺様のスクリューアッパーを覚える番だよな!」
「ちょっと何を勝手な事を言ってるのよジョー!八っちゃんが次にマスターする技はアンディの超裂破弾に決まっているでしょう!」
「お前こそなぁに言ってんだよ舞!次に来るのはスクリューアッパーに決まりだろうが!」
「超裂破弾よ!」
「スクリューアッパーだ!」
はい!ひと騒動終わったかと思えば、また次の騒動が持ち上がって来ました。
二人がそれだけ俺に期待を掛けていてくれている証では有るんだろうが、こうなって来るとそろそろ俺にも二人の言い争いの火種が飛び火して来るんだよな、これ迄のパターンからしてさ。
嗚呼せめてこの作品が富野監督作品ならパターン破りが期待出来たかも知れないってのに(泣)
「おい八幡!当然スクリューアッパーをマスターすんだよな!?」
「超裂破弾よね八っちゃん!?」
ほらね…おいでなさったよ…。
「スクリューアッパーだよな!」
「超裂破弾よね!」
二人はグイグイと身を乗り出し俺に迫って来る、得も云えぬ怖ろしい気迫を込めて。
それに対して俺はただ冷や汗を流し、どう答えるべきか思案する。
スクリューアッパーも超裂破弾も当然マスターしたいと思っているが、一朝一夕で超必殺技が身につくもんでも無し…それに俺はもう一つ是非にマスターしたい技が有るし、なので此処は素直に答えるべきなのかな。
「どっちなんだ!?」
「どっち!?」
うわぁ〜もう!勘弁してくれってば二人共さ、コレはもう素直に言うしか無いよな…。
「お、俺は…。」
「「俺は?」」
「バ…バスターウルフかな…。」
バスターウルフ…テリー兄ちゃんが数年前に新たに編み出した、パワーゲイザーをも超える超必殺技。
大きく振りかぶる様に全身に溜めを作り気を込め、相手に高速で突進し強烈な拳打を繰り出し、更に全身に満ちた闘気を一気に開放し相手にブチ当てる。
その全身から放たれる暴れ馬の如き闘気を相手方向へ向けて集約し放つのに、まだ俺は慣れていなくて、気が四方に散ってしまうんだよな。
「バスターウルフかよ…なる程な、まぁ、お前ぇの技の基本はテリーの物だからなぁ…。」
「そうよね…八っちゃんが其処へ行き着くのは当然の帰結なのよね。」
どうやら、ふたりはプリキュア…コホン…二人は理解うしてくれた様だ。
「だったらそん次ゃぁスクリューアッパーだよな!」
「何言ってんのよ!その次こそ超裂破弾に決まってるじゃない!」
……はぁ〜また始まったよ、何なのもうさ、此れで少しは二人共落ち着いてくれるかと思ってたのに、結局はこうなってしまうのね……。
ジョーあんちゃんと舞姉ちゃんの、ある種俺にとってはとても有難い事柄での言い争いは、取り敢えず…本当に取り敢えず終結してくれて、その代わりに俺はスクリューアッパーも超裂破弾も、どちらも絶対にマスターするべしとの厳命を受ける事となった。
バスターウルフと合わせて三種の超必殺技を身につけろとか…どんだけ俺に茨の道を歩ませたいのよ、お二人さん!
さてとそれでは、超必殺技問題は一時忘れてと、言っておくが俺は決して現実逃避をしようと思っている訳じゃ無いんだからな。
「なぁ小町…お前は俺にとってこの世で唯一人の、この世で一番可愛い妹だけどな…とは言ってもだ、お前が何をしても怒らないなんて事は無い訳だ。」
俺は我が妹…俺にとって要らん事をさせたら『よっ、日本一!』と舞姉ちゃん張りに言っちゃうぜぃ!な小町に対して付けなければならないケジメってヤツを付けさせるべく話し掛けたんだが。
「およ?はてお兄ちゃん、小町はお兄ちゃんに対して何かしたっけ?」
などと、しれっと宣いやがった。
「そうか……あくまでもそんな態度を取ると言うんだな。
お兄ちゃんは残念でならないよ、可愛い妹がそんな…そんな残念な娘だったなんてな、お前が今此処で己の非を認めるんなら梅干しか雑巾で許してやろうと思ってたんだけど、残念だよ。」
俺の言葉を聞き、小町は危機感を遅まきながらに気が付いた様で、少し後退って行く。
俺が右手を掲げ指をメキョメキョと動かす仕草に、恐れをなした様だがもう遅いのだよ!
「…お兄ちゃん、そのメキョメキョはやめよう…ね♡」
無駄だ、今のお前が語尾にハートを付けたところで、我が心は一寸たりとも動かんのだ!
「覚悟は良いな小町!俺のこの手が光って唸る!お前を折檻せよと輝きぃ叫ぶぅっ!必ぃっ殺、バーニングゥッ・フィンガーァ!!」
逃ぃげるんだよ!を実行しようとしていた小町の後頭部を俺はガシッと掴み、シャイニング・フィンガーならぬバーニング・フィンガーを小町に喰らわせてあげたのだった。
「小町よ俺は…お前が結衣と雪乃といろはに要らぬ入れ知恵をしてくれたお陰で、とんでも無い羞恥プレイを強いられたんだよ。」
「みぎゃ〜っ!痛い痛い痛い痛い!止めてお兄ちゃん!ごめんなさい、もうしないでぇぇぇっ!」
俺の怒りと羞恥心のエネルギーが加えられたバーニング・フィンガーの痛みに小町の絶叫が響き渡るが、まだまだこんな物では無い、我が恥ずかしみこの程度で消え去ると思うでないわ!
「そうかそうか、痛いのか……だがな小町よぉ、俺の痛たまれないと言う気持ちはこんなモンじゃあ無かったんだよ、行くぞ更に倍率ドン!篠沢教授に3千点だぁ!!」
俺は指先の力を更に強め、小町の頭の締付けを強くしてあげた。
「みぎゃぎゃぎゃぎやぎや〜ぁっ!?ゴメンナさい〜痛だいのいやぁぁ…もうしまぜんゆるじでおでぃぢゃん!!!」
痛みによる絶叫の声を上げて許しを乞う小町の声が…ヤバい、何だか心地良く感じてしまう俺は、今何かに目醒め様としているのだろうか。
「フハハハハッ!良いぞ実にィィ、痛みにひきつり濁った声をもっと聴かせて見してくれ小町ィィ!!」
うはぁ〜、マジヤバだよ俺っば、心の奥底にこんなドSな感情が眠っていたのかよ!
今この瞬間俺は唯の比企谷八幡から、究極進化を遂げたのかも知れないぞ、恰もエイジャの赤石を装着した石仮面を被ったカーズの如く。
ドSテッドシィング、ハチマンが今誕生したのだ!
「おい八幡、もうその辺で許してやれよ、小町のやつマジ泣きしてんじゃねぇかよ!」
「ゔあぁぁん、ジョーおでぃぢゃんだじゅげてぇ〜!」
フハハハ…我が愚妹めジョーあんちゃんに助けを求めるか、まぁ良かろう我が溜飲もかなり下がった事であるしな。
「良かろうこの辺りで勘弁してやろうぞ…う〜ん実に、本当に実にいい声だったぞ小町よ、お兄ちゃんはだんだんと先程の状況に爽やかさを感じ始めた程だったぞ!
そうだな…正にあれは、正月元旦おろしたてのパンツを履いた時の様な爽やかさだったわ、フハハハ!」
小町への折檻を終えた俺はその余韻に愉悦を感じていた。
おそらく今の俺は、誰が見てもヤバいと思われる様な笑みを浮かべている事だろう。
舞姉ちゃんの膝の上でぐずる小町に…小町に………はっ!?お、俺は一体何をやっていたんだ……世界一可愛い伊都市のマイシスター、略して愛妹シスターに対して俺は、とんでも無い事をしていたのでは無いのか!?
「はちくん今のはいくら何でも、やり過ぎですよ…。」
「そ、そうだよダーリン…小町ちゃんも反省してるんだろうし許してあげても良いんじゃないかな?」
「…確かに今の行動はあなた♡らしくも無かったのではと私も思うわ、見てご覧なさい小町さんがあんなに怯えて…」
いろはが…結衣が…雪乃が…俺を見る目に非難の色が濃く滲んでいる。
異様なテンションに引きずられてしまい、俺は必要以上の折檻を加え…その行為に溺れ、俺は、俺は…。
「あぁ…僕は取り返しのつかない事をしてしまった…僕は小町をイテコマしてしまった…。」
まるで幼児退行したかの様に舞姉ちゃんにしがみつき離れない小町に謝るも、中々許してもらえなかったのだが、次のバイトの給料が入ったらパオパオカフェでたらふく奢ると約束し、どうにか許してもらえた。
「いやぁ楽しみだなぁ!お兄ちゃんの給料日、思う存分食べてあげるからねお兄ちゃん♡」
俺の今月分の給料が、一月の労働の成果が、その大半がおそらくはこの妹様のお腹の中に消えて行くであろう事が此処に確定した。
くっ…もしかしたらさっきのアレはこの結果を引き出す為の小町の策略だったのかも知れないな…バチンとウインクを決め舌をペロリと出し、したり顔で笑う小町の表情に俺はそれがかなりの高確率であると推察できた。
おのれ…またしても俺は小町にしてヤラれてしまった様な気がする。
まぁ小町にパオパオカフェで奢る事は決定として、俺はもう一つの懸案を解決しなければならないのだ、それは……。
俺が……あ、あい…くっ、愛する…くうぅ、何か心の中でそう想うだけでも、物凄い恥ずかしさが込み上げて来るんだが…大体がだよ、俺って三人を名字では無く名前で呼ぶ様になるまでにだって、かなりの時間を費やしたってのに…それがいきなり…愛とか何とか、メッチャこっ恥ずかしいじゃん…。
「と言う事で…頼むから元の呼び方と迄は言わないけど、せめてダーリンとかあなた♡とかは止めて頂きたいと思っておりますればですね…。」
切なる願いを込めて俺は三人に懇願する…まぁいろはに関しては、はちくん呼びはギリ許容範囲ではあるんだが、俺としては今までの平仮名発音での少しばかりあざとさを感じさせる『せんぱい』呼びも、いろはらしくて良かったと思っているんだが…その辺りはいろはのセンスにお任せする事にしよう。
「え〜、でもじゃあ何て呼べば良いかなぁ八っちゃんじゃ舞さんと同じだし…今まで通りのヒッキーだと、あたしも将来は……だしさ…きゃっもうやだぁ♡」
「そう…それは私としてはとても残念なのだけれど、あなた♡が困るのなら…そうね…は…八幡くん…ではどうかしらね、此れならごく普通だと思うのだけれど…。」
『きゃっもうやだぁ♡』とか言ってるけど、全く嫌がってないよね結衣さん…それに将来はって…気が早過ぎるんじゃ無いですかね、まぁそのですね…俺も…それは………。
それから雪乃さん、俺を名字では無く名前で呼んでくれるのは結構な事で御座いますですですよ、何なら元から『あなた♡』とか奇をてらわずに、そう呼んで欲しかったよ…。
結衣の俺に対する呼び名は今後の課題とし、頼むからごく普通の呼び名でオナシャス…何せ結衣のネーミングセンスと来たら紅魔族レベルにぶっ壊れているから、これから暫くの間俺は戦々恐々とした日々を過ごさなければならないのではと思わずにはいられない…。
それから間もなく戸塚と、オマケの葉山達が合流。
「お疲れ様八幡、もう大丈夫なんだよね、でも本当に凄かったよ八幡もヒガシさんも、僕…凄く感動しちゃったよ。」
うっはぁ!戸塚が褒めてくれたよ、八幡感激ぃ!
リンゴと蜂蜜……ってコレ前にも言ったかな!?
「おう!サンキューな彩加坊。」
ジョーあんちゃんも、歳を感じさせない悪ガキの様な笑みで褒められた事に礼の言葉を述べ、舞姉ちゃんにその彩加坊って呼び方をどうにかする様にお小言を言われている。
ハッキリ言って、俺もそれに付いては舞姉ちゃんに同意する、ジョーあんちゃんにはもっとこう…戸塚を呼ぶに相応しい呼び方ってものを考えて欲しい物だ。
「ヒキオ…あんさぁ、アンタ結構カッコ良かったし!」
「そうだよ比企谷君、何だか私の中の女がキュンと目覚めそうになって、疼きそうだよ、ぶはぁ〜っ!」
あーしさんと腐女子さんが、ってか何だかヤバ気な事を腐女子さんが宣っておられるが…。
此処は華麗にスルーしておくべきだろうな、その方が『世の為人の為、腐女子の妄想を打ち砕くハチマーン8!この悪眼を恐れて此方に来んな!』お願いだから。
「えぇ!?もしかして海老名さんってば、格闘系男子マジ好み系な人なん?
べぇ〜だったら俺も鍛えるしか無いっぽい感じっしょ!?」
おぉぉ、戸部の奴ドサクサに紛れて腐女子さんにさり気にアピールか!?
「もう何言ってるのよ戸部っち!鍛え抜いた男二人が互いを賭けてくんずほぐれつ、それを見て興奮しない女が腐女子の名を名乗る資格なんか無いんだよ、戸部っちが鍛え抜いて比企谷君とそれを見せてくれるのならブハァ〜ッ…たまりません…わぁ…!」
「わぁ〜姫菜鼻血出てんよ、ほらティッシュ有るからちーんしなし!」
と、思ったが肝心の腐女子さんの方はスルーしたな、しかしこの腐女子さんのスルーの仕方…何か引っ掛かる様な気がするな、何だろうか…気のせいか?
「比企谷…君は本当に凄い男だったんだな、ヒガシさんとの闘いもだけど、君が経験した事も…子供達も君の話に聞き入っていて、殆どの子達が虐めの問題について考えを改めただろうね…だけど、其れでも君が言った様に、其れが届かない相手も居るんだな…認めたくは無いと俺は思ったけど、あの娘達の態度を見てしまっては…………認めざるを得ないんだな……。」
ほう…葉山もちっとは人の態度を観察して、その感情や思考を推察するって事を知ったのか、そしてあの四人の態度から、皆いい子だとか話せば分り合えるなんて幻想だと気が付いたのか。
「なぁ葉山、コイツは極論かもだが、俺は思うんだ…躾のなっていない子供ってのはある意味獣以下なんじゃねぇかってよ、他者の気持ちも慮れずテ前ぇの快楽の為に人を貶めて悦に浸る。
それをやってたのがあの四人の子供達だ、そしてああ言った輩には得てして言葉は通じない事が多い、だから場合によっちゃ力を以て痛みで解らせなきいけない時もあると、俺は思っている。」
俺のこの極論を葉山は否定も肯定もしなかった、葉山自身としては其れでもあの四人の子供達を信じたいとの思いがあるのかもだが、其れは打ち砕かれたも同然の結果に終わったと言っても良いだろう。
今回の留美との出会いを発端とする虐め問題に対して葉山は何も成せなかったのだ、口ではどうこうと言ってはいたがな。
そして其れは俺も同じだ、ジョーあんちゃんと平塚先生にも動いてもらい、俺自身も柄に無い行動に出たはいいが結果は…俺もあの四人の子供達の心を動かす事が出来なかった。
まぁ、其れでも、伝わった人が居なかった訳では無い、人を手助けられる人間になりたいと言ってくれた子供も居た。
そして留美が、新たな決意を以て新たな道を歩む決意を固めた、そんな娘も居る。
其れだけでも、今回は良しとすべきかな。
さぁてと、この千葉村でのイベントも後は晩飯を食って、子供達の肝試しの脅かし役を演れば終わりか。
千葉への帰還後は、一度留美の親御さんに話を通さなきゃだよな、格闘技を学ぶとなると心配されるだろうし、下手を打つと怪我を負う可能性だってあるんだからな。
その辺りの事もきちんと話しておかないとな、はぁ何だかんだで残りの夏休みも忙しいそうだな……。
ルミルミのお母さんを、総武高校の鶴見先生にしても良いかなと思っています。
舞さんの平塚先生の呼び方を静さんから静ちゃんへ変更します、はるのんと被りますけど。
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我ら千葉へ帰還せり、そして…。
翌日、いよいよ俺達の千葉村でのボランティア活動も終わりを迎えようとしている。
初日に皆で面通しを行い、昨日は俺とジョーあんちゃんが子供達に語り、そして初めて真剣に仕合った場所。
つどいの広場にて、この小学生達の校外学習の終了と俺達ボランティア班との別れの挨拶が交わされた。
「あ〜、そのだな、千葉に戻ったら近い内に留美の親父さんかお袋さんに挨拶に行くから都合の良い日を後で連絡してくれ。」
「うん分かった…じゃ無い、はい師匠分かりました。」
帰りのバスに乗り込む為に下山を始める前の僅かな時間、俺は留美に今後の事について、親御さんへのご挨拶に伺う為のアポイントを留美に取ってもらうって事で話をつけていた。
「あとな、そのだな…そんなに畏まった話し方じゃなくて良いんだぞ、別に普通に話してくれて構わないからな。」
師匠なんて呼ばれんのは、俺の柄じゃ無いし、何より第一照れ臭いだろう。
「でも、これから色んな事教えてもらうんだから、お母さんにもキチンとしなさいって言われたし。」
なんだ、留美はもう既にお袋さんに連絡済みなのか、しかも今の留美の言からして了承も得ていると判断出来そうだ。
「それにお母さんは八幡師匠の事も、雪乃さんと結衣さんといろはさんの事も知ってたし。」
はいぃ!?
どう言う事だ、俺達が留美のお袋さんと何らかの接点があるって…えっ?
「私のお母さん、総武高校で先生してるの。」
なん…だと、マジかよそれ。
「ああ、留美君のお母様は、我が校の鶴見先生なのだよ比企谷、昨夜鶴見先生から私の方に連絡があってね、それで私も知ったのだが、鶴見先生も君達に感謝しているとの事だよ。」
本当にマジでしたよ、しかも既に平塚先生にも連絡済みとは。
「アッと驚く為五郎…とは正にこんな時に使うべき一発ギャグなんだろうな、いや…驚愕の事実にそんなネタも出て来なかったけど…。」
出てるじゃないか、なんて突っ込みは無しの方向でお願いします。
しかしそうなると、コレは俺だけじゃなく奉仕部全員で鶴見家に挨拶に伺った方が良いのかも知れんな。
その辺りの事も、雪乃達と話を詰めておくかな、何処ぞの古典部の灰色の部員じゃ無いが、面倒事は手速く済ますに限るからな。
留美が小学生達の列に戻り下山を開始し去り際に改めて登戸先生が俺達に挨拶をしてくれた。
「帰ったら校長先生に報告しますよ、比企谷君…我が校の卒業生の少年は、とても立派な青年に育ち、そして一人の男としてもまた、立派に成長していっているとねではまた機会が在れば会いましょう。」
俺は去り行く登戸先生の後ろ姿に深く頭を下げ、そしてその姿を見送った。
『留美達の事をお願いします』心の中でそう願いながら。
帰りの車中で俺は件の話を皆に告げ、鶴見家への訪問の段取りを打ち合わせたのだが。
「平塚先生、基本先生達は夏休み中も平日は学校に出勤しているんですよね、だったら学校に行って直接鶴見先生に会うのも一つの手段として有効ではないですかね?」
「うん、そうだよね、いろはちゃんの意見にあたしは賛成かな!」
いろはの言う通り、確かに学校へ赴いて挨拶を済ますのも有りかもだけど…。
「けれどそれでは、留美さん自身が不在になってしまうでしょう、こう言った話は本人がいる場で話した方が良いのではないかしら。」
雪乃の意見は最も筋が通っている、と俺には思える。
俺達、留美自身、そして親御さんと、皆が揃った状況で話をする事がこの場合は最適解だろう。
「だったらよ、お前達の学校に留美嬢ちゃんも一緒に行くってのはどうだ、そうすりゃ手間が省けるし一遍に済むだろう。」
ジョーあんちゃんの何気ない発言、確かに留美が総武高校赴ければ手間はかなり省けるが、果たしてそれは可能なんだろうか。
「別に構わないよ、受付で入校許可を得れば学校関係者では無くとも入校は出来るよ、それになんと言っても留美君は鶴見先生のご息女だからね。
その方向で進めるならば、私からもその様に計らうが?」
平塚先生がそれが可能であり、手続きも済ませてくれると仰言ってくれたので俺達は、賛成多数ってか反対無しで、近日中に学校へ赴き鶴見先生へ挨拶へ伺う方向で話を進める事となった。
それに加えて俺達は、このまま一旦総武高校へと向い、其処で解散する予定となっており場合によっては鶴見先生と会える可能性もあるとか…。
やがて俺達を載せた車は総武高校の門前へと到着した、舞姉ちゃんの単車と共に。
そこに待っていたのは、鶴見先生では無く…入学式の日に見た車種と同じと思われる黒い、雪ノ下家の高級車。
もしかしたら都筑さんが雪乃を迎えに来ているのか、だとしたら久しぶりだし挨拶をしなけりゃな…。
車から俺達が降りたのを確認してか、雪ノ下家の車のドアが開き…。
「やっほー雪乃ちゃん、お姉ちゃんが迎えに来たよ!」
以前一度だけ会った事がある人物、雪乃とよく似た顔立ちと、雪乃とはあまり似つかぬ膨らみ……(っべ、何か雪乃がメッチャ俺を睨んでいるんですが、俺声に出してないよね)それは置いといてと、前に会った時と同じく胡散臭さを感じさせるよそ行きの、仮面の如き物を貼り付けた様な表情をした、雪乃の姉…名前は確か、陽乃さんだったかな。
「ゆきのん……。」
「雪乃先輩……。」
結衣といろはも、この場にこの人が居る事に警戒感を抱いたのか、心配気に雪乃を気遣う。
「大丈夫よ二人共、姉さんはただ私を迎えに来ただけなのだから。」
柔らかな笑みで二人に気遣は不要と述べる雪乃、本当に雪乃は柔らかく笑う様になったな…。
「!?………。」
その雪乃表情をその目で捉えた姉が、意外な物を見、驚いた様な表情を僅かな時間浮かべたが、すぐにまた元の作り物の表情を繕い…。
「やっほー比企谷君!雪乃ちゃんとは仲良くやってるのかな?」
今度は俺をターゲットに選んだのか、その身をグイグイと俺に押し付ける様に近寄って来た。
「あのですね、そんな過度の接触は止めてもらえませんかね(結衣といろはの視線が痛いから)…それから今の質問ですが当然ながら、雪乃は俺の大切な女性の一人ですからね、とても仲良くしていますよ。」
「ほぇ!?ええぇぇぇ!?」
俺の答えが意外に過ぎたのか…雪乃の姉は、多分ギャグ漫画やアニメなら下顎が大きく外れ目玉が飛び出した状態で描かれている事だろうと思わせる程に正体を失っている。
「姉さん、五月蝿いわよ、少し落ち着いたら?」
それを雪乃に窘められ、自信有りげに佇むその雪乃を、心底驚いたと言わんばかりの表情で見ている…雪乃の姉は今、あの胡散臭い仮面をかなぐり捨ててしまっていた。
「そうだぞ陽乃、君の妹の言う通りだ少しは声量を抑えないか。」
「おっ!何だこの嬢ちゃんは、雪乃嬢ちゃんの姉ちゃんなのかよ。」
「へぇ、確かに顔立ちを見ると雪乃ちゃんと似てるわね!」
車の運転席と助手席から平塚先生とジョーあんちゃんか降りてきて、更に単車から降りた舞姉ちゃんもこの場に集う。
と言うか平塚先生、今雪乃の姉の事名前呼びだったよな…と言う事は二人は知り合いだって事だな。
「はっ!?静ちゃん…に…ええぇ!?なっ、何で!?ジョー・ヒガシさんと不知火舞さんが一緒なの!?えぇーっ?」
再び炸裂する雪乃の姉の驚愕の声、全く以てその美人顔が台無しな位に崩れ去っていらっしゃる…ここまで来ると何か申し訳無く感じてしまうよな。
『ウチの兄貴と姉貴のせいで何だかホントに…サーセン!』と心の中で雪乃姉に謝罪しておきます。
「少しは落ち着き給え陽乃、ジョーさんと舞さんは比企谷にとって身内も同然の人達なのだよ、しかも比企谷はジョーさんと、舞さんのご主人でもあるアンディ・ボガードさんとその兄上のテリー・ボガードさんに格闘技を学んだ弟子でも有るのだよ、どうだね驚いたかね!!」
平塚先生が得意げに、まるで自分の手柄であるかの様にその豊満なお宝を大きく反らして、雪乃姉に俺達の関係を説明しておられる、俺は一瞬そのお宝に目線がロックオン・ストラトスしそうになったが、結衣といろはに背中を抓られ、雪乃に絶対零度の眼光を向けられたのでそのお宝から大きく視線を反らしました。
だってこのままだと俺は、多分…三人に『気化冷凍法』を喰らわせられてしまいそうだから………。
「もう!はちくんは分かり易すぎなんですよ。」
「もうホントだよ!ハッチンは!」
そんなになのかよ…俺、ってか思春期男子なんてそんなものじゃないの…と言いますか結衣さん、ハッチンってのはもしかしなくても俺の呼び名だよね、間違い無く。
やっぱり結衣の正体は紅魔族だったんですね………八幡知ってた。
「でもよくご存知でしたね、ジョーあんちゃんと舞姉ちゃんのこと…。」
俺はこれ以上責められるのが嫌なので無理やり話題を変えるべく、雪乃の姉に話を振ってみた。
「そりゃあ多少なりとも武術の心得がある人だったらお二人の事を知らない人の方が少ないんじゃないかな!
私と雪乃ちゃんも幼い頃から、母の友人である香澄おば様に古武術を習っていたからね。」
ああ、前に雪乃が言っていたよな、確か藤堂流古武術だったか。
「それに八年位前だったかな、千葉マリンスタジアムで行われた格闘大会を雪ノ下家もスポンサードしていたからね、テリー・ボガードさんと草薙京さんの試合、私会場でみてたもん、そこにヒガシさんと不知火さんもいらっしゃいましたよね。」
なんと…八年目にして初めて知る意外な真実、あの大会のスポンサーの内の一社が雪乃ん家だったとは、じゃあもしかして雪乃もあの会場に居たのか?
「……いいえ、私はその時は家に居たわ…。」
俺達が雪乃を見ていた為か、その疑問を察して雪乃はこたえてくれた。
「………でも、まさかそんな事があるなんて…妹の想い人がまさかまさかの伝説の格闘家の弟子だったなんてね、意外も意外、大意外だよ…でもそうか、だから家の母さんに対しても気後れせずに意見も出来て、気に入られもしたんだね、うんうん、それに同時に女の子を三人も落とすなんていつの時代の乱世の英雄なのさって突っ込みたくもなるよね。」
平塚先生の言葉を聞き俺の質問に答えた後、まるで値踏みでもする様に俺を見遣る雪乃の姉…。
何だよ人の事乱世の英雄って、あれか英雄色を好むってのに掛けてんのか、別に俺は色を好んでいるって訳じゃ無いんだけどな、ただ貴女の妹さんと結衣といろはの事を大切に思っているだけなんですよ。
その様には一欠片の遠慮会釈も無い、人によっては失礼だと、気分を害してしまうんじゃね、と思わせる素振りだ。
「そっかぁ…雪乃ちゃんは見つけたんだね……………でもそれで良いのかな、
一人の男性を三人で分け合うなんて、本当にそれで済むのかな…。」
雪乃姉の言葉が俺にはとても痛く感じられた。
俺達四人は、互いの気持ちを確認しあい、此れからを共に生きようと決意し合う事が出来たが、だがその家族の人達はそれをどの様に思うだろうか。
常識的にも、御両親の親心としても、そんな男との仲など認められる物では無いだろう。
だが、雪乃はそんな姉の言葉にも動じることなく、あくまでも自然体である様だ…結衣もいろはも、まるで自分の決めた事に一切の躊躇いさえも感じていない素振りだ、何だか俺だけがクヨクヨと考え込んでいるみたいだな…全く、女は強しだ。
だがしかし今の一言を発した時の、姉の表情は……何だ、何を思ってそんな顔をしたんだ?
深い…とても深く感じられる、憂いとも感慨ともとれる様な表情……はぁ、全く駄目だな、高校で皆に出会うまでボッチだったせいか、俺にはこう云った時の人の感情を慮れる程の経験値が足りて居無い……いや無いんだよな。
「ゆきのん…後でメールするね。」
「はい、私もしますね雪乃先輩!」
姉と共に迎えの車に向う雪乃へ、結衣が気遣いの声を掛けいろはもそれに同乗し、雪乃が優しい笑顔で答える。
「ええ、ありがとう結衣さんいろはさん、私からも連絡するわね、これから私達と八幡君の事も母さんに話さなければならないでしょうから、その事についてもね。」
そうなんだよな、近いうちに俺も雪乃と結衣といろはの親御さんに挨拶をしなけりゃいけないんだよな、そん時は親父さん方にぶん殴られる覚悟を以て当たらなきゃならないんだろうな……。
「…雪乃、近い内に俺もお前の家に伺わないといけないよな、結衣のところといろはのところもだけど。」
ええ…と雪乃は静かに返事をし車に乗り込む、その時の表情は自信に満ちた様に感じられる程に、或いは不敵にも感じられる様な笑みを湛えていた…本当に雪乃は強くなったよな。
「あのね比企谷君、老婆心で言わせてもらうけどさ、それはまだ時期尚早だと思うな、考えてもみなよそれを聞かされる親御さんの気持ちをさ、悪い事は言わないからそれを伝えるのは君が男として立派に独り立ちが出来てからにするべきだとお姉さんは思うな!」
ぐっ…確かに雪乃の姉の言う事は最もだ、俺はまだ只の高校二年生で社会の事も世間の事もよく知りはしない、謂わばまだケツの青いガキと言っても過言じゃ無いだろう…そんな小僧っ子が彼女達の親御さんの元へ行ったとしても、まともに相手にしてもらえないだろうな。
しかも三人の女性と……ならば、実績を作り、彼女達とその親御さんに安心してもらえる人間にならなきゃだよな。
其れでも、許してもらえる可能性は甚だ低いと言わざるを得ないんだが…。
去り行く雪ノ下家の車を見送りながらも俺は雪乃の姉の言葉を心の中で反芻している。
そして己が如何に考えが足りず、また彼女達とのこれからを甘く考えていたんじゃないかと……ああもう!あんまりグダグダ考えるのは止めだ止め!
俺がこんなじゃ彼女達を不安にさせるかも知れないだろう、実績が足りないならこれから作れば良い!
ガキだってなら成長して大人の男になりゃ良いんじゃねえかよ、あと三年で俺も二十歳になるんだ、そうすりゃ年齢的なもんはパスだ、後は実績…そうだな、まぁ、やれる事を一つずつ熟して行くしかないよな!
「雪乃先輩、すっごく良い笑顔でしたよね恋が人を…いえ愛が人を変えるんでしょうね、もしかして私と結衣先輩もあんな風になれているんでしょうかね?」
「うん!凄く綺麗だったね。」
いろはの言葉に結衣が深く同意する、俺もそれに同意見だ、やはり何時も行動を共にしているだけあるよな、いろはも結衣もしっかりと雪乃の事を見ているんだな。
いろは、お前だって雪乃のなんら引けを取らない程に魅力的な女の子だぞ、結衣だってそうだ。
いろはも結衣もそして雪乃も、出会ってからのこの一年半の間に互いに足りない部分を補い合い高めあって来た、だから今のお前達は出会ったあの頃よりも、ずっと成長しているし魅力も増してるんだよ。
正直に言って俺は出会った時から三人共に三者三様、それぞれを…可愛い娘達だと思ってたけどな。
ただまぁ、直接本人に言えれば良いんだろうけど、恥ずかしさと俺の柄じゃねえだろ感がハンパなくて言ってあげられないんだよなぁ…マジごめんな。
「なぁ結衣、いろは…さっきの雪乃の姉の言ってた事って、最もな事だよな。
俺決めたよ、これからお前達をちゃんと守れるだけの男になるって、そう思ってもらえるだけの実績を作るって!」
「だから、二人の御両親に会いに行くのはそれからで良いか?」
こんな自分勝手な気持ちの押し付けを果たして二人は受け入れてくれるだろうか。
「うん、あたしその時を楽しみに待ってるねハッチン!」
「はい、私もそれが良いと思います、誰にも文句の付けようの無い実績をはちくんが築けばそれだけハードルも下がるかもです!」
ふぅ…はぁ〜緊張したぁ…二人共こんな俺の身勝手な意見に賛同してくれるなんて、これは愈々以て実績を作らなきゃならないな。
その為にも、此れまで以上に鍛錬に励んで心技体共に成長しなきゃな。
決意も新たに俺は結衣、いろは、そして雪乃の三人と共に歩んで行こう!
しかし結衣さん…『ハッチン』呼びはどうにかならない物かなぁ…………。
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留美の成長の為のもう一つの布石。
千葉村から千葉へと『ジェダイ』の如く、嘘ですゴメンナサイ、カッコつけたかっただけなんです…帰還して早ニ日、いががお過ごしでしょうか、比企谷八幡間もなく十七歳です!
あいにくワタクシ喜久子お姉ちゃんでは無いので『オイオイ!』は不要に願います。
あの日あの後、雪乃を乗せた雪ノ下家の車を見送った後の事を少しばかり説明せねばなるまい!(CV富山敬様)
ハッ!今俺は何を?………まぁいいか深く考えたら負けな気がする。
総武高校の校門前で俺達は解散する予定になっていたのだが、どうせなら皆を自宅の最寄り駅まで送ろうと平塚先生が申し出てくれ、ではお言葉に甘えてそうしてもらおうと(平塚先生としてはジョーあんちゃんと離れ難かったんだろうな、おっとコイツは言わぬが花って奴だな)車に乗り込む直前、校内より一人の女性が現れた!
察しの良い読者諸氏にはもうお解りだろう(メメタァ!)
そうその方は俺達が挨拶に赴かねばと思っていた、留美のお母さんでありこの総武高校家庭科教師でもある鶴見先生だった。
『そんな畏まった挨拶なんて良いのよ比企谷君、そして皆さん。
それよりも留美の事本当にありがとうございます。』
俺達が今回の出来事を掻い摘んで説明し、それに対して鶴見先生はそう答え、深くお辞儀をして下さった、そして。
『それから比企谷君、留美が此れから君にお世話になると思いますが、迷惑で無ければ宜しくお願いね。
あの子は一人っ子だから、きっと比企谷君の事を兄の様に思い甘えて来るかも知れないけれど、聞き分けが無い時はどうか叱ってやって下さい。』
鶴見先生から留美への指導のお墨付きを頂き、俺は留美に対して今朝から指導を始めた。
とは言え、留美は格闘技の経験も無くまた、スポーツの経験者でもないので嘗て俺がテリー兄ちゃんに指導してもらった時と同じく、基礎体力作りから始める事にした。
しかしこう言った基礎ってのは地味だからな、この段階で投げ出す初心者も多いんだよな…まぁ俺は何処かの道場に通っていた訳じゃ無いから実際にそんな人見てないけど。
そして今日……。
昨日は俺が朝から六時間程バイトに入っていた為皆と会えなかったが、今日は夕方からなので時間が取れる、なので俺達一行は。
おっといかん、メンバーの紹介をしていなかったな。
先ずギターは、って何でバンドメンバーの紹介みたいに言ってんだよ…スマン皆、今のは忘れてくれ。
俺達奉仕部の四人とジョーあんちゃんに舞姉ちゃん、そして……。
「ねぇ、八幡師匠、どこに行くの?」
今朝から共にトレーニングをしている留美も一緒である……のだが、小町は予備校の夏期講習の為、そして戸塚も部活に参加する為今日はこの場に居ないのだった。
嗚呼、我が心の二大天使が不在なのだよ!この場にな………。
「まぁ、着いてからのお楽しみだ、良い所だから期待していいぞ。」
「ふぅ〜ん…。」
察しの良い読……さっきこのネタやりましたね。
まぁ留美にはこれから何処に行くかを内緒にしていたりする訳なんだが、それはさて置き目的地へと向う道中いきなり突然爆弾発言をカマしてくれた御仁が居られる、それは…………。
「あっ!ねぇねぇハッチン、実はねあたしママに報告したんだ!あたし達がハッチンに告白した事!」
皆さんご存知、壊滅的なネーミングセンスと奉仕部女子随一の豊かな峰を育む童顔少女。
お、俺にとって大切な女性の一人…そぉのぉ名ぁは〜コンバトラーV、V♪…
って誰が身長57M体重550tもある女子が居るんだっての!
そんな彼女とか怖いなんてもんじゃねぇわ恐いし強い……って、彼女かぁ…そう言っても良いんだよな…結衣の事。
若干パニクってしまったが、改めて…爆弾発言の主は言わずと知れた由比ヶ浜結衣その人だった。
「…そ、そうか…。」
「それでね、ママってば『あらあら、だったらヒッキー君だけじゃなくて、ゆきのんちゃんといろはちゃんもうちの子になるのね。』なんて言うんだよ、えへへぇ。」
…あぁ…何と言いますか、結衣の母ちゃん、結衣ちゃんママさんなら言いそうだよなぁ。
「…左様でございますか…。」
なんか他に言葉が出ないわ、あの大らかな気性の結衣ちゃんママさんが、ニコニコしながら結衣にそう言ってる様子が俺にも見えるよ…。
「ぷっ…ナァハハハハッ!どうやら結衣嬢ちゃんのお袋さんは相当な大物みたいだな!」
「フフフッ、ホントにねぇ私もそう思うわ結衣ちゃん、会ってみたい物よね結衣ちゃんのお母さんに。」
ジョーあんちゃんと舞姉ちゃん、その二人が結衣ちゃんママさんを大物と評したが、それはあながち間違いじゃないと俺も思う、あの人は…なんと言うか周りを穏やかに包み込む様な、そんな雰囲気の人だしな、そしてその器は相当にデカいんじゃないかと俺は思ってる。
「はちくん、はちくん!実は私もですね、お母さんに話したんですよ。
そしたらうちのお母さんこう言ったんです『お母さんは八幡君は信じられる男の子だとは思うし、いろはが好きになる気持ちも理解出来るからそれに付いては反対しないけど、それはきっと世間一般から見ると異端視されて、悪意を持って後ろ指を指される筈よ、それをいろは達が乗り越える覚悟があるのならお母さん何も言わないわ、頑張りなさい。』ですって。」
結衣に続いていろはまでもが、お袋さんに話してたのかよ、しかも結衣ちゃんママさんに次いでいろはちゃんママさんも肯定派なのかよ、こりゃいよいよ以て俺は中途半端は出来無いな!
そして…結衣、いろはと来て次は、当然皆の視線が一人の少女に向けられるのは必然だろう。
「当然ながら私も一昨日、母さんに話したわ……貴方は聞きたいかしら、八幡君。」
ハイ来ました、ある種期待を裏切らない女、雪ノ下雪乃嬢も此処にスタンバりましたですハイ。
「おう…そうだ、な…後学の為にも是非とも拝聴しましょうかね…。」
聞かせてもらおうか、ゆきのんママのお言葉とやらを!
「そ…そう、では話すわね…『貴女の覚悟の程は理解出来ました、ならば雪ノ下家の女として八幡君の正妻の座は何としてでも貴女が勝ち取りなさい、いいですね雪乃。』と家の母さんはそう言ったのよ…。」
ま…マジでママさん三人とも肯定派なのかよ、参ったな。
しかしゆきのんママって何なんですかね、正妻の座を勝ち取れとか…。
あれですかこの世に生がある限り常に心は「常在戦場」なんですか!?
やっぱ地方とは云え議員の婦人で建設業界に名を馳せる程の人って、其れだけの覚悟を持ってなければ務まらないのか。
「ハハハッ、コイツはあれだな女は強しされど母は尚強しとでも言うべきだろうな、ホントに凄え母ちゃんばっかじゃねぇか八幡!」
ジョーあんちゃんェ…他人事だと思って高笑いしやがって、俺の身にもなってくれよ……。
家の母ちゃん以外に、俺は将来恐ろしい母ちゃんが三人も出来るかも知れないんだぜ。
そんな、おれにとっては恐怖により恐れ慄く様な話を効きながら歩く事暫し。
俺達は目的の場所へ到着した、そこは皆様ご存知、お馴染みの。
「着いたぞ留美、此処が俺達の目的の場所だ。
格闘技のメッカ、多くの格闘家が集う事で有名な、尤もこの日本じゃまだそれ程でも無いけどな。
けど此処の食い物と飲み物はすっげぇ美味いぞ!」
「…ふうんパオパオカフェ?面白い名前…でも大きいお店。」
パオパオカフェ日本一号店、ジョーあんちゃんは普段タイで活動しているので当然ながら此処に来店出来なかった訳だが、舞姉ちゃんとアンディ兄ちゃんは。
『それがね、北斗丸が大会へ出場するって言い出したから、アンディが付きっきりで修行を付けていたのよ、だから顔を出せなかったのよ』との事だった。
しかしあのちびっ子が大会にね、彼奴大丈夫なのか、あんなちっちゃいのに、出場者の身長制限とか有ったら引っかかるんじゃないのか!?
「おう!留美嬢ちゃん、此処のは何でも美味いぞ、特にオススメはワニの唐揚げとステーキだ!」
…あ、うん…あれは美味いよね、俺もそう思う。
肉の味も案外サッパリしていて、食べやすいんだよな。
店内へ入店し周りを見渡し、俺は目当ての人物を探した。
この店へ初めて来た、ジョーあんちゃんと舞姉ちゃん、留美は店内の様子に感心しきりだ。
「おお!随分とデカいリングだな、本場のサウスタウンのより一回りはデカいんじゃねぇのか。」
「ホントね、此れだけ大きければ、色んな戦術が組み立てられそうね。」
名うての格闘家たるお二人さんの関心はやはり此処のリングへと向いたようだな、流石だよなこう云うところは。
「………凄いね、八幡師匠。」
一方留美は、リングもだが店内全体の規模とその雰囲気に感銘を受けている様だ。
まだ昼食の時間には早い為客の入は疎らなので、中央入口から店内全体をよく見渡せる状況だからな、そこからこの店が客で埋まった状況を想像でもしたのかな。
そんな状態を想像してしまって、もし将来自分がリングに上がったらなんて考えて、圧倒されてしまいそうな感じでも味わってるのか……。
しかし、今の所客の入が疎らではあるんだが、その疎らな中でも取り分け若い女性の姿がかなり多く見受けられる、しかも何人かは学校で見かけた事がある女子の姿も確認出来た、一体何だってんだろうな。
なんて俺が疑問に思っていると、一人の女性の声が店内に大きく響いた。
『きゃ〜ぁ来たわぁ!お姉さまよぉぉぉッ!!」
ああ………はい、納得です。
此処に居る女性客の大半のお目当ては彼女だ、そしてこの女性客は殆どが総武高校の女子生徒で………。
店のスタッフルームの扉方向から現れた一人の店員。
それは長い青み掛かった長い髪をポニーテールに結い上げ、女性にしては比較的長身ですらっとスリムに見えるが出る所は出ていて、まぁ結衣や舞姉ちゃん程では無いが…女性ながらバーテンダーの衣装に見を包む、まさに男装の麗人と呼ぶに相応しい雰囲気を醸し出す、一人の少女……一見、その見た目から成人していると言われても疑う者は居ないだろうと思われる風貌だが、彼女はれっきとした俺達と同い年の高校二年生の少女。
「ほう、あの嬢ちゃんがそうなのかよ八幡。」
「なるほどね、女の子達が騒ぎたくなるのも解るわ。
あれだけ美人で男装が似合う娘なんてそうそう居ないでしょうからね。」
ジョーあんちゃんが俺に確認し、舞姉ちゃんが彼女が醸す雰囲気をそう評価する。
川崎沙希、それが彼女の名だ…って勿体ぶって解説したけど皆知ってるよね。
きゃあきゃあと、川崎を囲み声を掛けてくるシスターズに、微かに戸惑いの表情を見せながらも、手を振りそれに応えながら川崎は仕事の定位置でもあるカウンターへとスタンバった。
と、それによりシスターズ達も皆カウンター席に陣取るのかと思いきや、何と彼女達はそれをせず各々数人ずつに別れテーブル席へと着いた。
おお、何と!やるなシスターズ、キチンと川崎の仕事を妨害する事が無い様に統制されているんだな、八幡思わず感心しちゃったよ。
「とま、此処で突っ立ってるのも何だし行ってみようか。」
「おう!」「ええ!」
川崎と話すべく俺は皆へカウンター席に向かう様に促し、ジョーあんちゃんと舞姉ちゃんが返事をし、他の皆は無言で頷き、俺達は川崎の居るカウンター席へと向った。
「いらっしゃいませ……って来たね比企谷。」
店員として客に来店の挨拶をする川崎だったが、それが俺だと知って川崎は微妙な顔になってしまった。
あれぇ、俺昨日事前に川崎に今日会いに来るって連絡したよね…なのに何でそんなお顔をするんですかね、八幡解かんない?
「よう川崎来たぞ、仕事中に悪い。」
まぁ、それについては考えるのを止めよう、カウンター席を俺達で陣取りながら俺も一応川崎に挨拶を返しておく。
「で…何の用なのさあんた達……っえぇまさか、ジョー・ヒガシ……さん…ですか?」
俺と一緒に席へ着いたメンバーの一人がまさかのムエタイチャンプだと知った川崎は驚きの声を上げようとしたが、仕事中の為か理性でそれを抑え込んだ。
この女やりやがる!俺は今プロフェッショナルの心粋ってヤツを見たぜサキサキよ、まぁバイトなんだけどねサキサキは…。
「おう!そうだぜ、嬢ちゃんは極限流の遣い手なんだってな、話は八幡から聞いてるぜ…かなりのやり手だってな。」
キッと、今のジョーあんちゃんの一言にサキサキは表情をきつくした、あっこれはもしや挑発されたとでも思ったのかなサキサキさん。
「あらぁ、ちょっと八っちゃん!近くで見ると尚更綺麗な娘じゃないの。」
舞姉ちゃんも身を乗り出してサキサキの顔をじっくりと見つめ、綺麗だと評価する、まぁ確かにそいつは俺も否定出来ないんだよな、実際サキサキはかなりの美人だと思うし。
「……不知火舞さん…ですか…。」
「ええそうよ、宜しくね川崎沙希ちゃんで良いのよね。」
絶世の美女と呼んでも過言では無い程の美人である舞姉ちゃんに綺麗だと評され、頬を紅に染めながらサキサキは「はい宜しくお願いします…。」と返事を返した。
そして、再び俺にキッと視線を固定しこんな話は聞いてないんだけど、とでも言いたげなお顔で俺を睨みつけていらっしゃる……もし俺にドMの属性があったら、とても堪らない表情に思えた事だろう。
取り敢えず、俺達は一旦サキサキにそれぞれドリンクを注文し喉の乾きを癒やしてから、改めて話す事にした。
「で、比企谷…あんたが昨日言ってた頼み事ってのはまさかアタシとヒガシさんか不知火さんと手合わせでもしろってのかい?」
まさか俺がジョーあんちゃんと舞姉ちゃんを引き連れて此処へ来るとは考えも付かなかっただろうサキサキは、訝しげに俺を見ながら、若干冷たさを感じる声音で尋ねてきた。
まぁそう思われても仕方が無い面もあるよな、ってかもしかするとサキサキ自身も或いはベテラン格闘家である二人と手合わせをしてみたいと云う思いを抱いているかもしれないが…。
「まぁ…いやそれも見てみたいと個人的には思うんだが、そうじゃないんだ。
今日サキサキに会いに来た目的はこの娘の事についてなんだ。
名前は鶴見留美、訳あって今日から俺が格闘の手解きをしているんだ。」
「留美、この姉ちゃんは川崎沙希って言ってな俺達の同級生で極限流ってすっげぇ強い流派の空手の遣い手なんだ。」
俺はサキサキの質問に、隣に座る留美の頭に手を乗せて留美の事を紹介し、また留美にもサキサキの事を紹介した。
極限流と云う空手の遣い手でとても強いお姉さん、そう聞いて留美はサキサキの事をキラキラとした目で見ている、まさか留美までシスターズ入りしないだろうな!?
突然小学生と思われる小さな少女を紹介されてサキサキは、とても冷酷な目で俺を睨めつけておられる、いやはやこいつはトンデモナイ勘違いをされているんだろう…と八幡は思い至った!
「おいサキサキ、誤解がない様に先に言っとくけど、俺と留美は決して事案が発生する様な関係じゃあ無いからな!
いいか断じて違うんだからなハチマンウソツカナイ!」
「ハン!どうだかね、後サキサキって言うなって言った筈だよね!」
サキサキ…川崎の誤解を解くために俺は留美との出会いの経緯と今日から格闘の手解きを始めた事を…説明しました。
決して、断じてやましい関係に無い事を理解していただく為にね!
その甲斐有ってか、漸くサキ…川崎も理解してくれた、ふぅヤレヤレだぜ。
「なる程ね、それは分かったけどさ、それとアタシがどう絡む訳さ?」
「それでなんだが川崎、出来ればお前にも留美の指導を頼みたいんだよ、お前がバイトのない日とかで構わないから頼めないか。」
川崎に留美の指導を頼む事、其れこそが今日此処に川崎に会いに来た理由だ。
しかし川崎は将来の進学の為にバイトをしているから無理には頼めないけど。
「何で其処でアタシに頼むのさ、そこの所を聞かないで返事なんか出来る訳ないだろう。」
はい、それは御尤もで御座います。
「其れはな、留美は格闘技の経験者でも無いしスポーツをやっていた訳でも無いんだ、だから先ずは基礎体力作りをメインにしたトレーニングから始めているんだが、なんせ俺は今迄誰かを指導した事なんてある訳ゃ無いし、第一俺は男だろう…だから当然男女で身体の造りも違うにも関わらず俺が留美に対して男目線での女子にとってはあまり有効では無いトレーニングを果してしまう可能性もあるだろう。
それに女性特有の男には話せ無い悩みとかもこれから出て来るかもしれないしな。
だから、その為にも川崎から女性目線での指導の協力して欲しいと思ったんだよ…頼む川崎、どうか力を貸してくれないか!?」
俺は自身の考えを川崎に説明し、カウンターの椅子に座っている状態ではあるが、頭を下げて留美のトレーニングに対する協力を依頼した。
「……はぁ〜、全くアンタは…まぁアンタ達には借りがあるし、鶴見先生にと個人的に色々とアドバイスをもらったりしてお世話になっているからね。
その先生の娘さんが相手じゃあ、断りきれる筈無いじゃないのさ、良いよアタシもこの娘のトレーニングの手伝いの協力させてもらうよ。」
ヨシ!サキサキが了承してくれた、正直に言ってやっぱり女の子を指導するってのは、今の経験不足な俺だけでは満足な指導をしてやれないって始める前から思っていたからな、そう言った現実問題も鑑みてどうすれば良いかと考えりゃ当然女性の協力を仰ぐって事に行き当たる訳だ。
そうすれば自ずと、極限流の遣い手で実力もあり、更に長女として下の弟妹達に対する面倒見も良く、また女性としての繊細さも併せ持つ川崎はまさにうってつけだ。
「ありがとうな川崎!留美の事、これからよろしくな。」
川崎の助力を得られる事になり、これからの留美の指導も充実した物に出来るだろう。
「あ…あの、よろしくお願いします、沙希師匠!」
早速留美は川崎に対しても師匠呼びを始めた、キラキラとした無垢な瞳に見つめられ川崎は紅くなった頬を誤魔化す様に無愛想を装いソッポを向いた。
あらやだぁ、サキサキったらカ・ワ・イ・イ・!
………さて、では…川崎の仕事の邪魔にならない程度にトレーニング方法に付いて、話を詰めるかな。
と云う訳で、サキサキにはルミルミのもう一人の師匠になってもらいました。
ルミルミが二人の教えにより順調に強くなったら餓狼と龍虎のハイブリッドガールへと成長するでしょう。
その際に彼女がマスターするであろうオリジナルの超必殺技は…。
ハリケーンアッパー以上スクリューアッパー未満の小竜巻により相手を空中へ飛ばし、落下して来た処へリョウの天地覇王拳張りの正拳をぶちかますと云う恐ろしい技です。
して、その技名は『烈風正拳突き!』です。
残念ながらルミルミは人間なので巨大なトレーラーへと変形は出来ませんけど。
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番外編その3 俺と彼奴と屋上で…。
川崎と共に、留美の鍛錬についての方針を軽く打ち合わせを済まし…と言っても基本川崎は平日の夕方はほぼバイトと予備校があり、俺もまた部活とバイトを入れている為に、留美への指導は早朝トレーニングをメインに行う事となった。
尚、昼や夕方は留美自身に自主トレをしてもらう事も決定され、そのメニューの作成にはもう数日留美の早朝トレーニングの様子を見定めてから俺と川崎で決める事にした。
とはいえ身体的にも成長途上の留美に必要以上の負荷を掛けさせるべきじゃないからな、その辺りは常識の範囲内で。
「なぁ留美、今日は朝早くから鍛錬したけど、どうだった…早起きや筋トレとか辛くはなかったか?」
普段俺が朝のトレーニングを午前五時に起床してから始めているので、留美にもそれに合わせてもらったんだが、流石に慣れない時間に起床して身体を動かすってのは結構堪えるんじゃないかと思うんだよな。
実際最初の頃は俺もそうだったし、テリー兄ちゃんは俺の体力の具合に合わせてメニューを決めてくれたんだけど、それでも始めはな。
「うん…身体は慣れてないからキツイけど楽しかった、八幡師匠に教えて貰う通りにすれば私も強くなれるんだって思ったら、キツイのも平気。」
くぅぅ…ルミルミ!可愛い事言ってくれるぜ。
今日は初日って事もあって若干俺も気負っていた部分があったし、トレーニングに付き合ってくれたジョーあんちゃんが、俺の至らない所を助言してくれたりしたし、とても指導者としては合格点はいただけないと思い知らされた、それで今朝から俺は少しヘコみ気味だったんだけど…今の留美の言葉に救われた気がするよ。
あっ、因みに舞姉ちゃんは小町のトレーニングに付き合っていました。
「ははっ…サンキューな留美。」
俺の謝意に留美はドリンクを飲みながらコクリと頷いた。
その仕種が、なんだか小動物の様で、俺の心が癒やされた様な気がした、うん決めたぞ、留美は小町に次ぐ俺の妹だ!
たった今そう決めた、異論反論は認めない。
なら俺は留美の兄ちゃんとして、その行く末を見守ってやらないとな!
「ところで比企谷、アンタ、留美の修行に彼奴は絡ませないのかい?」
「はあ!?誰だよ彼奴って?」
ドリンクをチビチビと飲む留美の様子を暫し愛でていた俺に、川崎が唐突に妙な事を言ってきた……マジ何の事だ?
「彼奴だよ、ほらアンタのダチのガタイのデカイのが居るじゃん。」
「…ガタイのデカイのって…………あぁもしかして材木座の事を言ってんのか川崎!?」
俺の知人で、川崎も面識がある奴って言ったら材木座位しか思いつかないからな………しかし。
「ばっ…お前何言ってくれちゃってんのよ!?俺の可愛い妹分を彼奴の目に触れさせる訳無いだろう!!」
そう、当然だぜ川崎、あのコミュ症ファットマンが留美の様な美幼女を視界に入れてしまったらどんな事案が発生するか分かったもんじゃ無ぇからな!
なぁんてな、彼奴にそんな事案を引き起こすだけの度胸はないんだけど。
「けど、比企谷…彼奴だって格闘家の端くれだろう、実際アンタ達学校の屋上でしょっちゅう組手やってんじゃん。」
…まぁ確かに彼奴は組手の相手としてはうってつけの相手なんだが、それはそれ、これはこれってやつだよ。
「うっ…まぁ、そ~なんですよ川崎さん(デデデデン)ちょっと待って下さい山本さん(デデデデン)実はですね(デデデデン)え〜(デデデデン)そ〜なんですって…ごめん何でもない。」
いかんぜよ、川崎さんってフレーズから思わず『恋のぼんちシート』っちったぜ…。
案の定川崎がめっさ怖い目で俺を睨んでるし…てかこの歌川崎知らないよな、A地点からB地点まで行く間に既に恋をしてたんです、とか…。
「ハッチン、それって中二の事なの、てかハッチンが時々お昼居なくなるのって中二と遊んでたんだ!」
いやいやいやいや結衣さんや、遊んでたって…まぁ、遊んでもいたかなぁ?
「ふぅん、八っちゃんところの学校って八っちゃんと沙希ちゃん以外にも格闘技をやってる子がいるんだ。」
「ほう、そいつどんな武術でなんて流派の遣い手なんだ八幡。」
ベテラン格闘家の二人も食いついて来たな、こりゃ少し説明しなきゃなんないかな材木座について。
「ああ、俺達の同級生に材木座って奴が居るんだけどさ、ソイツ基本俺と同じボッチでコミュ力が壊滅的な奴なんだけどさ、なもんで一年の時から体育の時ペアを組んだりするんだけど、初めて組んだ時そいつの体付きがさ、太ってんのにシッカリと筋肉が着いてたから、何かやってんのかって聞いたら、サイキョー流って流派の武術を学んだって言うから、じゃあ俺も格闘技やってるから組手とかやらないかって、誘ったんだよ。」
と、簡単にだが材木座の事について、俺とどういった関係かを話した。
そしたらどうだろう、いきなりジョーあんちゃんがプルプルと身体を小刻みに震えさせ始めてしまった。
「ぷっ、くくくくっ…いやまさか、マジで存在していたのかよプププッ…。」
…ジョーあんちゃん、一体どうしたんだよ、なんか笑いを堪えながらブツブツ言ってるけど、存在がどうとかって…何の事だ。
皆もジョーあんちゃんの醸す奇妙な雰囲気に、戸惑っている様だ。
「ああスマンな、ちとサイキョー流って流派の名を聞いてな、思わず笑っちまいそうになっちまった。」
そう言った後、ジョーあんちゃんは自分が知る『サイキョー流』にまつわる話を俺達に教えてくれた。
それは、以前ジョーあんちゃんが教えてくれた『サガット』と云う伝説的なムエタイチャンプとの関係…。
「……と言う訳で、そのサイキョー流の使い手は結局サガットに適当にあしらわれていたらしい。」
それはなんともはや…とても残念な逸話に彩られていた。
まぁ確かに材木座の使う気弾の我道拳も殆ど飛ばずに消えるし、あの対空アッパーの晃龍拳もどこか中途半端だった、しかし…。
「まぁ、確かにサイキョー流の技は中途半端感が否めないけど、最近ちょっとした出会いがあってな、彼奴腕をあげたんだよ。」
「ほう…まぁ時間はあるんだしよ、その話ちょっと聞かせてみろよ八幡。」
ジョーあんちゃんが興味を示し、皆もどうやらそれを聞きたそうにしているので、俺は材木座とあの人との出会いの話を皆に語る事にした。
ジメジメと湿気が鬱陶しい日々が続く今年の梅雨が明けたのは、七月も中旬が差し迫る頃だった。
梅雨明けしたとはいえ、次にやって来るのは灼熱のアッザムリーダー…コンクリートとアスファルトに覆われた現代日本の比較的都会たる関東圏たる我が千葉県も、大都会東京と然程変わらぬ陽射しとその照り返しにより熱せられた灼熱の大気温に俺のハートもダウンダウン。
もうこれ体感的に40度超えてんじゃねって、日々が幾日も続くのかと思うと『気持ち的に梅雨とあんまり変わんねぇなお天道様よ』と、恨み言の一言も言いたくなる俺は、やっぱり何処にでもいる小市民なんだろうと自覚せずにはいられない。
だって…雑誌を買う時上から3冊目位を買うし。
と、まぁそんな事はどうでも良いか、不平を言い始めたら幾ら時間があっても足りゃしない。
長々と語ったが、とにかく梅雨明けの快晴の青空の元、俺は久し振りに学校の屋上へと足を向けた。
恒例の材木座との昼錬を行う為にである事は言うまでも無いよな。
スパーリング用のヘッドギアとオープンフィンガーグローブを入れたバッグを肩に引っ提げて、屋上建屋の扉を潜り屋上へと出てみれば。
「…まだ来ていやがらないのかよ材木座の奴は………まぁほっときゃそのうち来るだろうし、日陰で待ってるかな。」
等と、誰も居やしないと思われる屋上で俺は一人独り言を呟いた、何せ独り言ってのは一人で声に出すから独り言な訳で二人で喋りゃそれは独り言では無く只の会話に成り下がる……下がるのか?
なんて事をつらつらと一人思考していると…。
「此処だ我は此処に居るぞ!」
とあまり聞き慣れたくは無いが、この一年と数カ月の間に随分と聞き慣れた、彼奴の声が屋上に響き、そしてその屋上に映る棟屋の影、その上部にファットな人影も併せて映っていた。
要するに、塔屋の上に彼奴は立っている訳ですね。
「…なんだよ材木座、お前来てたのかよしかも棟屋の上に態々上って、御苦労な事だなおい!」
棟屋の上での胸元に腕組みをし、俺を見下ろし材木座は一瞬口元がニヤリと笑みの形となったが。
「喝(かぁーっ)!」
突然大声を上げた、そして俺はこの時点で察しましたよ…ええ。
材木座の奴が何をしたいのかをね…声を上げた材木座はポーズを変えて、俺を指差し本格的にそれを始めた。
しゃあなしだな、付き合いますか。
「答えよ八幡(ドモン)!流派東方不敗は!」
「王者の風よ!」
俺が返すと共に材木座は棟屋から「トォーゥ!」と元気に飛び降り、着地と共に俺へと向かい拳の連打を繰り出して来た。
「全新系裂!」
そして俺も併せて、拳の連打を材木座へ向けて放つ。
「天破侠乱!」
「「見よ東方は赤く燃えている!」」
互いの拳と拳を併せて、俺と材木座は最後の決ポーズを格好良く(多分)更に気分良く決めた!
男二人が屋上で互いの拳を併せ、ニタリと笑う姿は果たして他者から見たらどの様に思われるかなど、この時の俺達の頭の中には1ミリ秒たりとも頭に過る事などかった。
後になって冷静に考えると、滅茶苦茶恥ずい思いをする事になるんだろうな。
『黒の歴史が、また1ページ』って屋良有作さんの声が脳内に響いちゃいそうだよ八幡。
「ウォーミングアップはこれ位で良いか材木座?」
「おうさ!梅雨の間に身体が鈍ってはおらぬ様だな八幡よ!」
再び男二人でニタリと笑い、俺達久々に屋上で組手を始めた。
十分程二人で組手を熟し、いい加減腹も空いた事もあり俺達は一旦昼食を取る為に組手を止め、棟屋の日陰で何時もの様に昼飯を摂った。
「時に八幡よ、我ら格闘家たるもの仕合いに臨むにあたり、前口上を述べるのが作法だと我は思うのだが、お主は如何様に思う?」
飯を食い終わり腹もこなれてまったり気分の俺は、暫し材木座と雑談へと突入し、その流れの中唐突に材木座はその様な事を言い出した。
まぁ日本でも、もしかすると海外でも古来の合戦とかでは名のある戦人は一騎打ちとかに臨む時、名乗りを上げてから臨んでたりしてたらしいし、今でも確かにリングに上がった格闘家の人達も、試合前のパフォーマンスをやってたりするし、材木座がそう言うのもわからんでも無い、ってか俺が初めて見たテリー兄ちゃんのジャンプしながらジャンパーを着るヤツ、超かっけぇって思ったし。
「…まぁ、良いんじゃね?」
「あるぇれ?反応薄くない!?」
いや俺は普通だと思うぞ、お前が少しウザいだけで…でもって此れは材木座の前ふりだって事を俺は重々承知しているまである、だから。
「…今このタイミングでそんな話を振るって事は、お前既に何らかの口上を考えて来てんだよな?」
俺は半ば諦め気分で、ため息を吐きつつ振り返してあげた。
八幡ってば優しいからね、ここで敢えてスルーとかしないから。
「モハハハハッ!当然の事でであろう八幡よ、我のやる事に抜かり無しだ!」
…嘘をつきなさんな材木座、お前のやることは抜かりだらけじゃないかよ…。
「ヌフっ!そうか聞きたいのかね八幡君よ!!ならば聞かせて進ぜよう!」
…いえ、そう言うの間に合ってますんで、と本当はそう言いたかったが、それを言っちゃうとコイツ絶対足元に縋りついて『聞いてよねぇ八幡、お願いだから意地悪しないで!』とか言いそうだからな、何も言わず俺は材木座のやりたい様にやらせる事にした。
材木座は得意げにニヤリと笑い、まるで何処ぞのライダーにでも変身するかの如くポーズを取りながら向上を始めた。
「両の拳に野望を載せて、唸れ必殺我道拳!拳豪将軍材木座義輝、刻限通りに只今参上!!」
向上とポーズを決め、材木座はどうだ格好いいであろうと言いたそうな顔をして俺を見下ろした。
「………元ネタはマイトガインかよ、時に材木座、そのネタをチョイスしたのはやはり中の人繋がりだからなのか?」
「……八幡、そう言うメタい事言うの止めてもらえないかな……。」
俺が褒め称えでもすると思っていたのか材木座、残念だかそう簡単に褒めたりなどしてはやらぬぞ!
まぁ俺も勇者シリーズ好きだし、マイトガインはかっけぇとは思うけどね…材木座のキャラじゃないような気がするんだよな。
「では、八幡お主ならどの様な前口上をするのだ!?」
…俺だったらか、そうだなやっぱりそんなに長くならないシンプルなのが良いよな…。
「おっ!一つ思いついたぞ。」
あのネタで行こう…と俺としては自信のあるネタを思い付いたから、それを前口上にしようと思った。
「ホウ、ならば聞かせてもらおうか、お主の前口上とやらを!」
材木座が赤い人のセリフをパクって俺に対して前口上を促す、クククッ…材木座聞いて驚け、これが俺の前口上だ!
「いくぞ…ハチマーン!ヘッダーッ、トラングーッ、レッガァーッ!」
俺は右腕を垂直に伸ばし手を広げ、左腕を腰だめに拳を握り込んで大きな声で前口上のセリフを叫んだ!
「…………………………………。」
「…………………………………。」
そして沈黙が屋上を支配した。
「…………八幡、お主はUFO戦士であったのか…しかもほぼまんまだし。」
「………つまんねえなら、いっそそう言ってくれ……。」
此処に俺はまた一つの(黒)歴史を築いてしまった様だ、俺は自分の(マイナスの方向に作用する)才能が怖いぜ…。
しかしダイアポロンに合身したあとの各マシーンの余剰パーツってどこに行くんだろうな!?
しかもその合身のあとタケシの身体がダイアポロンの内側で、そのダイアポロンと同じサイズに巨大化するんだよな…てことは、ダイアポロンの内部の機械部品って………考えちゃ負けだな。
「材木座、時間もまだ残ってるしもう少し組手やっとこうぜ。」
「うんむ、良かろう!梅雨の間マトモに身体を動かせなかったのでな、是非もなしである。」
材木座が大仰に同意してくれたので俺達は再度組手を行う事にした、梅雨の間まともに身体を動かせなかったてのは、俺も同じだからな、対人戦の感を取り戻す為にももう少し動いておきたかったので、この同意には感謝だ。
「ぬおっ!我道拳!!」
材木座が放った気弾をサイドステップで左サイドへ躱し、躱しざま材木座へ懐へ接近する、そして我道拳を放った後、まだ体勢を戻しきらない材木座の腹部へ軽く拳をあてた。
「お前のそれは射程が短すぎんだよ、その割に体勢の戻しが遅いからこう接近されると防御も間に合わないだろう…だからその技は単発より連続技に組み込んだ方がより効果的なんじゃねぇのか?」
俺は以前から思っていた材木座の気弾の欠点を指摘し、それを使用する際のタイミングを提案した。
「う〜む…やはりそうであろうかな、我も薄々はそうではないかと思いはしておったのだがな…………。」
と、材木座自身も己の技の欠点を自覚はしていた様で、俺の言に素直に頷いてくれた。
う〜ん、もう一年以上の付き合いになるし、コイツがどんな奴かも解っているし、材木座がレベルアップ出来るのならそれに協力するのも、俺としては吝かでない。
それにコイツが強くなれば手合わせをする俺としても、より強い相手とやれる訳で…べ、別に捻デレった訳じゃ無いんだからね!
「なぁ材木座、俺が思うにお前のそれは気の集約が不足しているんじゃないのか、もっとこう…気を放出する掌にグッと気を溜め込んでサッと出せれば、飛距離も延びるんじゃないのか、実際威力自体はかなりの物だしな、例えば極限流の坂崎総帥やロドリゲス師範代なんかはお前の我道拳と近いモーションで気弾を放っているけど、威力も飛距離も申し分なさそうだろ。」
あと材木座には話していないが川崎の気弾も坂崎総帥のモーションとは若干違うみたいだけど、かなりの威力を持っていたし、マジで痛かったよなアレ…。
それから俺達は、互いの技について、ああでもない、こうでもないと意見しあっていると、其処に俺たち以外の第三者の声が響いた。
「ああ!やっぱり居た!」
それは俺達男子は授業で絡むことが無い為にあまり聞き慣れない声で…。
「いやぁ、噂話だけだと思ってたけど、まさか屋上でこんな事をやってる生徒が居るなんて思いもしなかったよ!」
それは女子の体育を受け持つ(歳の頃は二十代終盤位か、まぁ平塚先生と同じ位の年代かな)ジャージ姿の女教師。
名前は確か『春日野さくら』先生だったかな……。
と言う訳で…出て来ました。
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番外編 その4 材木座義輝を改造せよ、そして。
我々はこの女性を知っている、いや授業で絡まないんだから、実はあんまり知らない。
知っているのは女子の体育担当教師って事くらいだ、なので正直あまり人の名前を覚えない俺が珍しくフルネームで覚えていたのって奇跡じゃね?
その人は女性にしては、かなり短く切り揃えられた黒髪からとても元気な人なんだろうとの印象を受ける、尚且つ体育教師で常にジャージ姿である事がその印象を更に底上げしている。
「君達、我が校の屋上は本来未許可の使用は禁止なんだよ、とは言っても鍵だって壊れていて殆ど機能してい無いんだしこのいい天気だからね、こんな所で思いっ切り身体を動かしたくなる気持ちも解らないじゃないかな。」
一応俺達が屋上に出入りしている事を注意しつつも、理解を示してくれているしもしかしてこのままお咎めなしにって事には…ならないだろうな。
「………………。」
「………………。」
俺も材木座も春日野先生が現れてから一言も声を発する事が出来ないでいる、
素直に謝って此処を立去れば良いのか、先生に連行されて生徒指導室へと直行って事になるのか現段階では判然としないからなんだが。
「…ふぅん、ヘッドギアに拳には練習用のオープンフィンガーグローブか、一応安全には留意してんだね。」
流石は体育教師だな、ヘッドギアやオープンフィンガーグローブなんて名称を知っているし、しかもグローブが練習用のだってひと目で見抜いているし…。
「ねえ、君達学年と名前を教えてくれるかな?」
はぁ…こりゃ観念するしか無いかな。
「…二年F組の比企谷八幡っす。」
「…二年C組所属、材木座義輝と申す以後見知りおかれい。」
ちっ!このおバカさんは、こんな時くらい普通に受け答えしろっての!
お前だって解ってるよね、春日野先生案外穏便に済ませてくれそうな雰囲気だって事さ、まぁこれが材木座なりの人との、特に免疫が無い女性と対する時の材木座為りの対処の為の術なんだろうが。
「うん、比企谷君と材木座君だね、見たところって言うか、そんな格好をしてるって事は君達が格闘技をやってる事は一目瞭然だね、よければスタイルや流派も教えてくれるかな?」
こりゃ確定だな、スタイルや流派まで聞いてくるなんてさ、春日野先生は格闘技経験者だ。
「うす、俺は八極聖拳をベースとしたマーシャルアーツに骨法とムエタイを兄貴達に学びました。」
「へぇ、八極聖拳って流派の事は知らないけど、兄貴達って事は比企谷君には複数の師匠がいるって事だね、で材木座君は?」
俺の返事に感心したかの様に評して春日野先生は改めて材木座へ質問する。
「我…お、俺は…で、ある…です。」
ボソボソと他者には聞こえない程度の声音で材木座は答えているんだろうけども、それじゃ不味いぞ材木座…受け答えはしっかりと聞こえる様にしなきゃよ。
「おい材木座、聞こえないぞもう少しハッキリと喋んないとよ、すいません先生コイツ女性に免疫が無いんですよ。」
「アハハ、焦んなくても良いからね材木座君、君のペースで良いから。」
へぇ、春日野先生ってかなり優しい人みたいだな、女性に対して免疫の弱い材木座にこんな風に語りかけてくれるなんて、ほれ材木座此処は一丁男を見せてみろよ。
「…わ、わ、俺は、俺の流派はサイキョー流です!」
直立不動の姿勢で多少吃りながらも材木座は、ちゃんと言い切れた、てか春日野先生が良い方向に誘導してくれたってのもあるけど。
なんて事を考えながら春日野先生を見てみると、ん、何だろうか…春日野先生が何だかすっげぇ驚いた様に目を見開いて、若干だけど身体をワナワナと震わせてる、どうしたんだ一体!?
「材木座君っ!今君サイキョー流って言ったよねっ、本当なの!?間違い無いんだよね!!」
うわっ!?ビックリ…春日野先生ってば急に一体どうしてしまわれたんでしすかって問いたいくらいの勢いで、材木座の両腕を掴んでその身をガクガクと超高速でシェイクしていらっしゃる…。
「…は、はい、そうでおじゃ…そうでしゅ……。」
あっ…噛んだ、言い直した挙げ句に噛んだ。
こんな時、あの作品の残念な水の駄女神だったら『プークスクス』とかって思っきり自分を棚上げして笑い転げるんだろうが、残念ながら俺は比較的材木座寄りの男だからな、結構女子と話す時噛んでしまったりするから、笑えないってか親近感を感じてしまうまである。
まぁ、あれだスタンド使いが惹かれ合う様にコミュニケーション能力不全者同士が惹かれ合った……ってキモッ!
だが何だろうか、春日野先生は材木座の流派の事を確認しながらも、随分と嬉しそうな表情をしている、ひょっとして先生は。
「そっかぁ!サイキョー流の門下生なんだねぇ、いやぁ良かったよ火引さんにも弟子が出来たんだ!」
やっぱそうなんだな、春日野先生は材木座の師匠と知り合いなんだ、しかもかなり仲が良かったと推察できる程に。
「…へっ、先生は叔父御と知り合いなのでありますか?」
「うん、そうだよ、火引さんとは私が高校生の頃に知り合ってね、それで私が格闘技を始めだ頃に少しだけ手解きを受けたんだよ、って今叔父って言ったよねもしかして材木座君って火引さんの甥っ子なの!?」
「…いや、何と言いますか、叔父御は我…俺の母方の親戚でありまして…。」
そんでもって材木座の奴、春日野先生が自分の師匠の知り合いだと知って、少し吃りがなくなってきたな、まぁ只何時もの中二発言が出そうになってんのを控えようとして引っかかってるけど。
しかし縁は異なものってか、世間は狭いってか…まぁこれが良縁ならば大歓迎っ感じなんだが、どうだろうな…。
「なんだ!そうなのね、うんそうかぁ火引さんのねぇ〜、ところでその火引さんは元気なのかな!?」
「…そので有りますが、実は叔父御とはもう四年ほど会ってはいないんです、ああいや、香港の方で相変わらず元気にやっているとは思うのでありますが…」
そんな感じに春日野先生が材木座とその叔父の事について話を始めてくれたお陰か、どうやら俺達は生徒指導室へと連行されずに済みそうな雰囲気だ、シメシメ!おっとイカン最後まで気を抜くべきじゃ無いよな、事態なんてもんはどう転ぶか分かったもんじゃないからな。
などと、俺が今後の流れについて考慮しているといきなり春日野先生がとんでもない事を言い出した、まさかそう来るとは…まさに計算外もいいところだ。
「そうだ材木座君、少しだけ君の技を見せてくれないかな、君が火引さんの元で身につけた物を見てみたいんだ。」
俺はこの先生の発言に我が耳を疑ってしまったが、どうやらそれは空耳でも此処とよく似た平行世界β世界線を垣間見た訳でも無い様だ、てことは今の先生の発言は現実の様である。
本気なのかよ春日野先生、本気と書いてマジと読むって位本気なんですか?
材木座の奴、今の春日野先生の発言にめがっさ戸惑ってキョドってるわ、そりゃそうだよないきなり先生からそんな事は言われりゃそうなるわ……けどこりゃある種チャンスじゃね?
「材木座、折角だ春日野先生に見てもらったらどうだ、幸いってか春日野先生はお前の師匠の知り合いなんだろ、その上格闘技経験者だってんなら、俺とは違う視点でお前の技に対するアドバイスを頂けるかもだぞ。」
自分が伸び悩んでいる事に材木座自身も気が付いている、俺と組手やスパーをやっていて此処暫く感じている事だ。
特に俺が川崎と仕合った後から、それは如実に現れている、と思う。
「それから春日野先生、何だったらミットもありますから直接受けてみたらどうでしょうかね。」
「えっ本当に、良いねえそれ!だったらそうしようか!」
と言う事で春日野先生がミットを着けて材木座の技を受ける事となり、一通りの技を披露し終え……。
「うん、しっかりと鍛え込んでいる様だね、感心感心!」
「…あっ…ありがとうございます。」
春日野先生は材木座の技に対して中々の高評価を付けた様だ。
材木座の奴すっげぇ嬉しそうだな、嬉しさのあまり鼻の穴がピクピクってしてるし。
「ねぇ、材木座君は当然我道拳は撃てるよね、出来るのならちょっと見せてもらえないかな?」
ほう、此れは…春日野先生はきっと材木座の師匠の火引さんって人のオリジナルの我道拳を知っているんだろう、と言う事は、材木座に此処で我道拳を撃ってもらい師匠のそれと見較べてもらい、可能ならアドバイスか或いは技の進化の為のヒントでも貰えれば。
「…はい、やります。」
材木座は始めはどうするべきか戸惑っていたようだが、やがて意を決して春日野先生の要請に従い、そして我道拳を撃つための体勢と構えを取り。
「我道拳!」
材木座の真正面、3メート弱程距離をおいた位置に立っていた春日野先生は、材木座が放った我道拳を正面から受け止めた。
当然春日野先生は防御体勢を取っていたことは言うまでも無いとは思うが。
「…くぅ〜っ…ふう、うんそうだね、今の我道拳にしても他の技にしても威力は申し分ないね、君の体格の恩恵もあるのかもだけど、威力は火引さんのを超えてるよ。」
その様に春日野先生は材木座を評価しているが、どことなくではあるが春日野の表情には不満の色が伺えるように俺には思えてならなかった。
まぁ材木座はそれに気が付かなかった様で、春日野先生の評価に気を良くしている事がありありって感じで『ありがとうございます!』なんてお礼を言ってるけど、材木座ここからだぞ、春日野先生の見立てとお前に対する真の評価はこの先の言葉にあると俺は読んだ!
「けどやっぱり、火引さんと同じで気弾が直ぐに消えちゃうよね。」
「うっ、それは……。」
俺の読みはズバリと的中したようだ、そして春日野先生に我道拳の欠点を突き付けられ材木座は何も言い返せず口を噤んでしまった。
「う〜ん、そうだなぁ、材木座は気もしっかりと練れてる様だし…やっぱり問題はフォームの方にあるんじゃないかなぁ…。」
春日野先生はフォームの問題と言うけど、それなら極限流の坂崎総帥やロドリゲス師範代はどうなるんだ、あの人達は材木座のそれと近いフォームからすげぇ気弾を放っているんだけど。
けど、春日野先生はまだ何かを呟いている、材木座の我道拳を改良する為の何かを頭の中から導き出そうとしているのかな………それから数十秒が経った頃、どうやら春日野先生は何かの結論に至った様だ。
「そうだ!ねぇ材木座君、私の横に着いて私と同じ構えをしてみてくれないかな。」
謎は全て解けた、とばかりに春日野先生が材木座を促す。
まさか先生は実地で材木座に気弾の放出法を伝授しようってんだろうか…いやそうだとしたら、もしかして春日野先生も気弾を撃てるのか!?
「材木座、先生の言ったとおりにしてみろよ、もしかしたら何かが掴めるかも知れないぞ!」
春日野先生の言葉に戸惑いを見せていた材木座だったが、俺がそれを促した事により意を決し俺に頷き、春日野先生の隣に並び立った。
「お、お願いします春日野先生!」
材木座と春日野先生が横並びとなり、春日野が先ずはリラックスと材木座に肩の力を抜く様に指示し、軽く深呼吸をさせる、深く呼吸をすると書いて深呼吸なのに軽くとは此れ如何に、だな。
「良し準備OKだねっ、先ずは左脚を前へ出して半身に構える…うん、そんな感じだよ。」
「はい!」
春日野先生の指示に従い材木座も同じ体勢を取る、そして次の春日野先生が指示し取った体勢を見、俺は衝撃を受けてしまった。
「そして軽く前に屈むように前傾姿勢を取る、そして右手と左手を後方へと持って行って…。」
「なっ…その体勢は!」
それは去年の秋……………。
「後方へ持って行った両の掌の間に、気を集中させて、気を球にする様なイメージを意識してみて!」
「はい!集中…集中!気の球…球を作る!」
春日野先生と材木座の両の掌の間に淡い輝きが生まれてゆく、ジリジリとスパークが走りやがてその掌の間に球形の球が形作られている事がハッキリと見てとれる、同じだあの人と!
「うん、良いよ材木座!出来てる出来てる!後は…思いっ切り両手を前へ突出す。」
「…思いっ切り前へ突出す、でありますか春日野先生!」
「そう、私に続いて撃ってみて…行くよぉ!波動ォ拳!」
同じだ、あの日俺がこの身で受けたあの人の…リュウさんの技と!
春日野先生が放った気弾『波動拳』あの日リュウさんは言っていた、リュウさんが学んだ武術は古来から続く名も無い暗殺拳だと、リュウさんとケン・マスターズさんの二人が同門の兄弟弟子として同じ師に師事し互いに競い合ったって。
だとすると、春日野先生はリュウさん達の妹弟子って事なのか…いや違う、春日野先生は材木座の師匠に手解きを受けたと言っていた…どういう事なんだ。
「おおおっ!波動ォ拳!!」
春日野先生から遅れる事数秒、材木座もその気弾を撃ち放つ、それはこれまでのほんの僅かな距離で消えていた今迄の材木座の我道拳とは違い数十メートルほど直進しやがて霧散した。
「………………………。」
「うん、いい感じだったよ材木座君、初めてであれだけの物を撃ち出せるなんてね大したもんだよ、此れまで君が日々の鍛錬をしっかり積んでいた、その成果が如実に現れたんだね。」
ああ、春日野先生の言う通りだ、材木座は中二病でコミュ症で、書いてくるラノベもしょうもない物だが、格闘技に対する気持ちと己を鍛え続けた日々の積み重ねは、本物だ。
だからこそ撃てたんだろう、リュウさん達と同じ技…波動拳を。
「うおおおおおっ!見たか八幡よ、我の気弾があんなに飛んだぞぉっ!」
ああ見てたよ材木座、まさかお前がリュウさんと同じ技を使えるなんてな、ほんの一分前まで想像さえしていなかったよ。
「おう、まぁ飛んだな。」
「反応うっすぅ〜っ!!」
いやまぁ、取り敢えずはこんなもんで良いじゃねぇかよ、其れよりも俺は春日野先生に聞かなきゃならない事があるんだからよ。
だから悪いが材木座、お前の事は一旦置いとくな。
「春日野先生…一つ良いっすか、先生はリュウさんとケン・マスターズさんのお二人と何か関係があるんですか?」
俺は春日野先生に質問した、そのものズバリを湾曲させる事なく。
俺が質問した事により、材木座は『はぁ?コイツ何言ってんの…。』って感じの表情で、まぁ材木座は預かり知らない事を話してんだから当然…では無いな、取り敢えずチミのその顔は鬱陶しいのでどうにかしなさい。
「波動拳ってリュウさんとケン・マスターズさんの技ですよね。」
再度俺は春日野先生へ質問を重ね尋ねた、具体的に波動拳と言う技の名を加えて。
「ねえ、比企谷君…ケンさんは色んな大会に出場していたし、君が知っていたとしても何の不思議は無いけど、何故君がリュウさんの事を知ってるのかな?」
リュウさんは表立った大きな大会に出場した記録は殆ど無いと言ってもいい、以前から俺はネットや市販の映像媒体で古い格闘技の試合や格闘家の特集などを探して視聴していたが、遂にリュウさんの闘う姿を収めた映像には出会えなかった。
その人の事を俺が知っている、春日野先生はもしかしてその事を訝しんでいるんだろうか。
「…去年の秋頃でした、俺は何時も修行で使っている雑木林で一人の格闘家と出会い、そして手合わせをしてもらいました…。」
俺の答えに春日野先生の表情は、先程と違い、驚愕とまではいかないかな、けど十分に驚いたって感じの表情をしていらっしゃります。
あの雑木林でのリュウさんとの邂逅、その時リュウさんは何と言っていた、確か誰か会うためにこの街に来た、リュウさんはそう言っていたよな。
やがて、春日野先生の顔から驚きの色は消え、何だか随分と…頬が緩んでいる様な何と言うか、不味い感じがし始めた様な気がするぜぇ、この八幡にはよぉ!
「はぁ〜っ、ホントに世間って狭いんだねぇ…。」
やっぱりそう思いますよね、まぁ『SF西遊記スタージンガー』のオープニングじゃ銀河系も狭いもんだって言ってるしね、ましてや日本の同じ千葉県内だしね、あるあるこんな事も…ってそうそうあるもんじゃ無ぇよ!多分、知らんけどさ。
「いっやぁ〜っ、リュウさんか言ってた将来が楽しみな少年って、君の事だったんだね比企谷君!」
バンバンと俺の肩を叩きながらそう言った、春日野先生のお顔は…ワクワクが止まらないぜ…と言っているかのようなそんな表情でした。
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番外編その5 拳豪将軍の改たな技を構築せよ!
バンバンと俺の肩を春日野先生がにっこにこと楽しそうに叩く、しかし叩かれる俺からしたらたまったモンじゃねえってばよ!
「痛っ、痛いですって春日野先生!マジ勘弁して下さい!!」
やっぱり格闘技経験者なだけあって叩く力が半端じゃ無いんだもん。
もうこれって1秒間に十六発位叩いてんじゃねぇ…て、何処のファミコン名人なんだよ。
「あっ、ごめんごめん比企谷君、いやぁあのリュウさんが認めた少年とまさかこんな所で会えるなんて思っても居なかったからね、ん!?て事は君の言ってた兄貴達って、あの伝説の餓狼と呼ばれるテリー・ボガードさんとアンディ・ボガードさん、そしてジョー・ヒガシさんの事なんだね!」
俺はあの日、リュウさんと仕合ったあの時、確かにテリー兄ちゃん達が俺の師匠だと告げた、春日野先生が其れを知っているって事は…春日野先生は本当にあの日リュウさんが言っていた、リュウさんが会いに来たって人なんだ。
「…まぁ、はいそうっすけど…。」
俺の返事を聞き、春日野は「うんうんそうなんだ、へへへ…。」とそれはもう楽しい物を見つけたと言いたげな表情を浮かべ、そして俺達に意外な提案を提示してみせた。
「二人共今後はこの屋上を利用したい時はまず私の所に来る事、まぁ形だけだけど鍵を渡すからさ、そうすれば許可を得た上での利用になるから問題にはならないよね!尤も実際は鍵も壊れている様な物だから、侵入しようと思えばできるんだろうけどね、それでも許可を得ているかそうでないかは何かあった場合を考えると結果が違ってくるよね。」
それは俺達からするととてもありがたい申し出なんだが、俺には先生の申し出にそこはかとなく不安と言う程では無いが…そうだな、面倒な事が起こりそうな予感がするんだよな。
「でさ、お願いなんだけど…時々で良いから私もご一緒させてくれないかな、いやぁ教職に就いてからすっかり格闘方面と縁が遠くなっちゃってね、身体が鈍っていた所なんだ、だからこんな近くに将来有望そうな子達が居るなんて、もう私の中の格闘家としての血が騒いじゃうってもんだよ!」
…うわぁマジであたっちゃったよ、予感が!先生が昼飯も一緒とかマジ面倒なんですけど、けどさっき見せてくれた春日野先生の波動拳、あれだけの物を身に付けている先生が俺達を監督してくれるってのは、それなりに恩恵もあるかも知れない、そう考えればこの件は受けるべきかもだよなぁ…。
「八幡、我は先生の意見に賛成であるぞ!春日野先生は此処暫く伸び悩んでいた我をほんの数分見ただけで、我が欠点を見抜き飛ばなかった気弾を飛ぶように指導してくだされたのだ。」
「アハハハ…まぁそれは私が火引さんとサイキョー流を知っていたからなんだけどね…。」
う〜ん、まぁ材木座も賛成してるし、時々で良いってんなら俺達の側に不都合は無いしな、そう思えば俺にも否はなしかな。
「はぁ、分かりました…先生の提案を受け入れます、ただですね俺は普段昼休みは部活の仲間達と過ごしていますし、こうやって材木座とトレーニングしてるのは週一位なんですよ、それでも構いませんかね?」
それでも構わないと春日野先生も了承してくれて、此処に春日野先生が俺達のトレーニングに参加する事が賛成多数ってか反対無しで決定された、まぁ俺と材木座の二人だけだし…。
「おっと、もうそろそろ昼休みも終わりだね、そうだ材木座君!」
「はっ!何でありましょうか!?」
「君にその気があるのならさ、波動拳の訓練ちゃんと毎日やるんだよ!それからね、波動拳には更にその先があるからね、今からちょっとだけ見せてあげるよ良い?よく見てお行くんだよ!」
そう前置きをし、春日野先生は再び構えを取った。
材木座に否、俺も含めてだろうがな、波動拳のその先にある物の一端をを見せる為。
春日野先生が構える両の掌の間に淡い光が宿り、それは幾筋ものスパーク光を放ちながら次第に輝きを増す、まるでこの場の大気を震わせるかの様に、ビシビシと音をも発しながらその掌の中に気の塊がやがて球形を成しそして…。
「行くよ、これが……」
「真空ぅ…波動ぉけぇぇん!」
春日野先生の掛け声と共に放たれたそれ、波動拳を超えたその先の技『真空波動拳』…それはあの日見たリュウさんの波動拳をも超えているであろう事がひと目で理解できる。
それはまるで、一度に何発もの波動拳を纏めて放っているかのように(実際そうなのかもだが)見える。
しかも一発一発が波動拳の威力を超えているようにも思えてならない。
あんな物をまともに受けてしまったら一体どうなってしまうんだ…。
「………………。」
「………………。」
俺も材木座もその真空波動拳のあまりのインパクトに暫し言葉を無くし、動く事もままならなくなったかの様に立ち尽くした。
それはまるで、ヒッポリット星人にブロンズ像にされたウルトラ兄弟の如く…は言い過ぎだよな。
「う〜ん…久し振りだからなぁ、まぁこんなトコかな。」
「でも、リュウさんの真空波動拳はまだまだこんな物じゃ無いよ!」
イヤイヤ、先生…こんなトコって、しかもリュウさんも同じ技を使えるってマジですか!?いや違うか、春日野先生がリュウさんの技だった真空波動拳を身に付けたってのが真相だろうな。
「先生はリュウさんの弟子って訳じゃ無いんですよね…それなのにリュウさんの技を使えるんですか…。」
「へ?ああ…うん、まぁそうだね。」
結構呑気な感じで俺の疑問に答える春日野先生だが…だとしたら先生はリュウさんの技を独学で、多分だがそれを何らかの形で見て身に付けたって事なんだよな…。
「先生って…もしかして天才なんですかね……………。」
「もう、大袈裟だよ。」なんて春日野先生は謙遜しているけど、見様見真似で超必殺技レベルの技を身に付けたって人を天才と呼ばずして誰を天才と呼ぼうかだよな…ハハッ…。
「もう昼休みも終わりだから君達も早く教室に戻るんだよ、それから比企谷君今度私と手合わせしてくれるかな。」
うわっ…やっぱり来ましたね、まぁ先生程の人と手合わせ出来るのは俺としても願ったりだけど、果たして今の俺が春日野先生の相手が務まるのか、問題はそこじゃねぇかな。
「とまぁ、こんな感じで春日野先生と出会って材木座も波動拳を割と直ぐに波動拳を身に付ける事が出来て、その後も何度か昼錬に春日野先生も参加してもらう様になったんだが…。」
と、俺は皆に材木座と共に春日野先生との出会いのファーストコンタクトの経緯を話した。
「へぇ、あの春日野先生がねぇ……ねぇ比企谷、アタシも今度アンタ達の昼錬に参加させてよ。」
マジですか川崎さん!?
まぁ川崎なら腕も確かだし、先生と同じ女性だし俺としては良いんじゃないかと思うんだが……。
「ねぇねぇハッチンあたしもハッチン達の練習見学したいな!」
「それ良いですね、私も見てみたいですはちくん達の練習!」
「そうね、私も奉仕部の部長として、また将来を共にする者として是非とも見ておきたいものね。」
はぁ…女性陣全員参加表明ですか、俺としてはまぁ良いんじゃ思うんだがなぁと思うが、如何せん材木座の奴が女子に対して免疫が無いからな、こんなに大勢の、しかも超絶可愛い女子がお仕掛けたら彼奴次こそ本格的にブロンズ像になっちまうんじゃね?
「あぁ、でも材木座の奴がな…取り敢えずは彼奴にも話しておくけど、何せ彼奴は昔の俺以上にコミュ症だからな、特に女子に対しては…。」
俺は結衣達と知り合って付き合っていく内に、コミュ症をかなり克服出来たと思うんだが、材木座の奴はどうだろうかな。
「しっかしよ、伝説の格闘家リュウの技を使う教師にサイキョー流の使い手に極限流の使い手の沙希嬢ちゃん、そして俺達の技を受け継ぐ八幡か、総武高校ってのは一体どうなってんだ八幡、確かかなりの進学校だって話だったよな。」
ん?伝説の格闘家リュウだって、今ジョーあんちゃんそう言ったよな…マジかよ…否、リュウさんって凄えひとだってあの日手合せしてソレは俺にも理解できたし、なんたってケン・マスターズさんとも同門だって言うし…。
「なぁジョーあんちゃんはリュウさんの事なんか知ってんの?」
「あぁん、おう!まぁ直接の面識は無ぇんだがな、結構有名なんだぜリュウって男は、何せあのサガットを倒したって逸話があるしな、でもってそのサガットがムエタイのリングを降りて姿を消したのはリュウとの闘いがあったからだって話なんだよ。」
知って驚く意外な真実とはまさにこの事か、しかも伝説として語られる程の人なんだリュウさん…。
「俺もテリーもいつかリュウと手合わせしてみたいって思っていたんだがよ、まさかお前に先を越されるとは思ってもいなかったぜ八幡。」
「そうね、その話をアンディが知ったら八っちゃんの事をさぞや羨ましがるでしょうね!」
ウチの兄貴達、三人が三人共リュウさんと闘ってみたいと思っているのか、やっぱ凄え人だったんだなリュウさん。
俺もまだまだこれからも鍛えていかなきゃな、いつかまた絶対にリュウさんと手合わせして…そして。
「おっ!良い面構えになってんじゃねぇかよ八幡、お前ぇも一端の格闘家の仲間入りしたって事か。」
「次は絶対に勝ってやるってそんな顔してるわよ、八っちゃん!」
そんなに俺って顔に出るのかよ、はぁこりゃああれだな、俺は賭け事とか向かない人間なのかもな…ドン・ペキンバーにもマイク・ハーパーにも挑めないな。
まぁそれはともかく、ジョーあんちゃんも舞姉ちゃんも少しは俺を一人前と認めてくれたのかな。
「それで八幡師匠…その材木座って人はそれからどうなったの、波動拳って技を覚えたら今迄使ってた技はもう要らなくなったの?」
おっ、留美も材木座に興味を持ったのか…おのれ材木座奴ぇ赦さんぞ!
まぁ嘘だけどね、てか今の留美の言い方からして新しい技を覚えたから古い技はもう要らないからポイって捨てた、みたいに思って切なくなったのか…そんな技にまで思いを寄せるとは、俺の妹分ってば…控えめに言って、すっげぇ良い子だわ!!
「いや…心配しなくていいぞ留美、ちゃんとその辺りの事も説明するからな、そうだな………。」
春日野先生の出会いから翌週、再び舞台は校舎の屋上へと移る……前々から思っているが俺は一体誰に対して説明しているんだろうか…。
「……どうでありましょうか春日野先生、我の波動拳は!?」
「うん、もうバッチリだね、後は実戦で撃つべき時を見誤らない様に経験を積んで行かなきゃだね。」
「はい…………しかしですな…。」
材木座なりに一週間の間波動拳の練習を行って来たんだろう、春日野先生が言う様に材木座は波動拳をそれなりに物に出来ている様に俺にも思える。
その後に続けた材木座のしかしですなって言葉それは何を指しているんだ、何となくだが今の材木座の言葉には何かを憂いているって感じの響きがするんだがな。
「お陰で波動拳を身につける事は出来たが、我としては叔父御に学んだ我道拳を捨て去る事は出来ぬのであります。」
なる程な、確かに波動拳を覚えた今では我道拳はその下位互換位の価値しかなくなってしまう、材木座にとっちゃそれはひどく残念な事に他ならないんだろうな。
「なぁ材木座先週も言ったけどお前の我道拳は連続技に組み込めばそれなりに使えるじゃねぇかよ、遠距離や中間距離では波動拳、近接戦では我道拳って感じに使い分けりゃ良いんじゃね?」
なので俺はそう提案してみたんだが、材木座にはそれがあまりお気に召さないのか、何だか不満げに見える。
「うむ、八幡の言も一理あるとは我も思うのではあるのだが、もっとこうであるな…。」
と本人もその技の有効な使い道に思い至らない様だ、本人のお前が分かんないものが他人の俺にも分かる訳ゃ無ぇだろうがよ。
俺はそう思うんだが、まぁこれ迄の付き合いもあるし、無碍に扱うのも何だしな、少し考えてみるか……。
つか、お前の我道拳が極限流の気弾の様に飛べばこんなに悩む事も無いんだがよとは、言わないのが人情って物かこの場合。
などと俺が思案していると、春日野先生が「そうだ!」と何か閃いた様に声を上げた。
「こう言うのはどうかな、我道拳を気弾として使うんじゃなくって、拳に気を纏ったパンチとして放つってのは!」
!なる程その手が有った、材木座のやる気と鍛錬次第だがそれは案外良いアイデアの様に思えるな。
「材木座、俺も先生のアイデアは凄え良いと思うぞ、謂わば俺のバーンナックルに近い性質の技になるって訳だ。」
凄いな春日野先生、よく其処に行き着いたよな、材木座の恵まれた巨体から繰り出される気を纏ったパンチか、活用法が色々ありそうだぞ。
「ふむ…気を纏ったパンチか…なる程それは良いアイデアであるし、また汎用性も高い様に思えるな!
…そうだ閃いたぞ八幡、先生!気を纏ったパンチとしての生まれ変わった新たな我道拳とその気を纏った拳を加えた新たな晃龍拳、名付けるならばそうであるな『我道晃龍拳』と言うのはどうであろうなかな!?」
早速一つ閃いたか材木座、気を纏ったパンチによる対空迎撃技のアッパーかそれがあれば迂闊に飛び込めなくなってしまうな。
「良いねぇそれ!良し材木座君早速これから練習してみようよ!」
春日野先生も大乗り気で超早でミットを着けて、材木座の練習相手を買って出たし、こりゃ案外早く材木座の奴それをモノにしそうだなぞ、こいつは俺もうかうかしていられないな。
きっと材木座の云う我道晃龍拳なんて完成に至ったら、おそらくは超必殺技レベルの威力の技になる事間違いなしだ。
俺も一刻も早くパワーゲイザーを完成させなきゃならないな。
「でも、まだ夏休みに入る前はその我道晃龍拳ってのは完成に至ってなかったんだけど、それでも多分今頃は案外モノにしているかも知れないんだよ。」
「へぇ、ソイツは夏休み明けが楽しみだね。」
およ…もしかして川崎の中で材木座の株が爆上がりした?
『材木座ホールディングス』上場と共に最高値とか…ある訳ゃ無ぇか。
「おっ!来た来た、コイツが美味えんだよな。」
午後を過ぎて俺達の腹も減ったので、そのまま俺達はパオパオカフェ店内で昼飯をいただく事にした。
流石に大人数でカウンター席を占領し続けるのも悪いのでテーブル席へ移動して食事を摂ることにしたんだが。
「…凄い、美味しそう…。」
「そうでしょう留美ちゃん、本当に美味しいんだから沢山食べるのよ、何せ育ち盛りなんだからね!」
ウェイターさんとウェイトレスさんが運んで来てくれた料理の山を目の当たりにして留美はその分量の多さと美味そうな見た目に圧倒されて舞姉ちゃんが沢山食べる様に勧めるが、このテーブルの料理の大半はジョーあんちゃんの胃袋の中に収まるんだろうな。
「はう、ここのお料理って美味しいからつい沢山食べてしまうんですよね、でも…その後が怖いんですよぉ…。」
「うん、そうなんだよねぇ…後で体重計に乗るのがね…。」
いろはと結衣はどうやら乙女の悩みと真っ向から向き合わなきゃいけないみたいだな、けども俺から言わせて頂くならいろはも結衣も雪乃もそんなに太っちゃいないと思うんだが………ってそんな怖い顔で睨まないで二人共!
「八幡君は分かり易過ぎなのよ。」
「否、今のは俺失礼な事を考えてた訳じゃ無いから!何なら三人共魅力的だと心の中で愛でていただけだからね!」
俺の言い訳ではない本心からの言葉に三人は顔を赤く染め身を捩り始めた。
あるぇ〜俺また何かやらかしちゃいましたかね?
「もう…ハッチンってばぁもう、ほんとうにもうだよ。」
「そ、そうですよいきなりはちくんは心臓に悪すぎですよ!」
「ま、全く二人の言うとおりだわ、八幡君はもっと場という物を考えてから発言するべきだわ。」
解せぬ、俺は三人を褒め称えたつもりなんだが何故…責められているんだろうか…。
「なぁ舞…何時から俺らの弟分はこんな爆発野郎になっちまったんだ…。」
ジョーあんちゃんのしみじみとした言葉が俺達の耳朶を微かに震わせ、そして他のテーブル席の男性客からの痛い視線が俺を突き刺している様に感じる。
「誠に遺憾に存じます…。」
俺はそれを言うだけで精一杯です、別に世の中が間違っているとか思わないけどね。
密林でポチったスーパーミニプラ、コンバトラーVとクロスフレームガール、ガオガイガーが届きました。
我道晃龍拳の元ネタはテレビアニメ「ストリートファイターⅡV」に於いてケンが使用した波動昇竜拳です。
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比企谷八幡は女性の暗黒面に恐怖する。
「ぷは〜ぁっ、いやぁ美味かった、ごっつぉさん!」
テーブルに置かれた料理の三割以上を自らの腹に収めたジョーあんちゃんは、その腹を擦り満足の声を上げた。
ジョーあんちゃんの食べっぷりに圧倒されたのか、奉仕部の女子連と留美は呆気に取らた様に無言で眺めていたが。
「……アハハハ、ヒガシさん凄い食欲だよね。」
我に返った結衣が呆れの成分を八割以上含ませた声で、ジョーあんちゃんの食欲に対する感想を表明したんだが。
「結衣、この位はウチの兄貴達に取っちゃまだまだ序の口って位だ、だから驚くのはまだ早いぞ。」
「そうそう今はまだお昼だしね、夕飯はもっと食べるのよジョーもだけどテリーお兄ちゃんもね、まぁアンディは二人に比べると控え目だけどね!」
俺がこの状況が驚くに値しないと結衣に伝え、舞姉ちゃんが其れを補足…さり気にアンディ兄にゃんに対する惚気が入っている辺りは、流石ですお姉たま。
舞姉ちゃんが言う様に夕飯は更に食うし、しかもそれに加えてアルコールも入るからな一体胃袋の容量がどうなっているのか覗いて見たいもんだよ…。
「ほぇ〜っ…格闘家の人たちってそんなに食べるんですか!?ヒガシさんの影に隠れたような感じでしたけど、舞さんも案外沢山食べていましたよね……なのにそんな見事はプロポーションを保っているなんて……ハァ、私も格闘技を学んだら舞さんみたいになれるんでしょうかね………はちくんはどう思いますか?」
うっ…そこで俺に振って来ますかいろはさん、まぁ身体を動かすって事はカロリーが消費されるし、また動かす事によって脂肪が燃焼されて筋肉もつくけどもさ…。
だからっていろはさん、舞姉ちゃんの様なお山が形成されるとは限らないんだから。
「…それについては、ノーコメントって事にさせてもらおうかな…。」
それは結衣を見れば一目瞭然ってやつだろうと俺は思います、だってほら結衣んところはママさんもその…アレだ素晴らしい物をお持ちだし、其れこそ舞姉ちゃんに勝るとも劣らない程の物をな。
でも二人共別段格闘技をやってる訳でもないし、何か他のスポーツをやっている訳でも無いよな、ご近所のママさん達とママさんバレーとかさ。
「いろはさん、過度の期待は抱かない方が身の為よ、私だって過去には古武術を習ったけれど、その…なんと言うか、あまり成長は望めなかったのだから。」
てか雪乃さん、君はその古武術を身を入れて習わなかったと前に言ってなかったかな?
それに同じ様に古武術を学んだお前の姉ちゃんは、お前よりは身を入れて学んで、お前以上にその技を使いこなせているんだろう……いや待てって事は…!
雪乃の姉ちゃんって確か結構な物をお持ちだったよな、舞姉ちゃんや結衣程じゃあ無かったと思うけどそれでも世間一般的に見て、かなりのお山が形成されていた!
なら、だとしたら武術を学んだ女の人って…イヤイヤ偶然だ偶然。
またまた舞姉ちゃんと雪乃の姉ちゃんがそうだったって……はっ!?だけじゃ無いぞ!
何なら川崎だってかなりの物をお持ちだったよな、あの黒のレェスに包まれた膨らみはまさに『あなたが編んだレェスを透かし覗いた景色はひどく自由な大人の世界』だったと思う。
あの状況で凝視する事は憚られたから確り見ちゃいないけど、かなり素晴らしい男子の夢が詰まった物が…
「所で八幡君…貴方今とても不埒な事を考えているのではなくて?」
雪乃が絶対零度の死線を俺に向けつつそう仰られた、それに連動するかの様にいろはと結衣も俺を冷酷な眼差しで見ている。
あ…あの女達の目……養豚場のブタでもみるかのように冷たい目だ、残酷な目だ…。
『かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね』って感じの!
またしても俺は顔に出ていたのか、一体何回同じ事を繰り返すんだ、なぁ五飛教えてくれ俺は一体あと何度……って初期の頃のスパロボのWガン勢って何か使えなかったな、それにキャラ的にもウザって感じだったし(あくまでも主観です、ファンの皆様ゴメンナサイ)それなのに強制出撃イベ多いし…当てられないのに当たって堕ちるし(何か育てる気にならなくてさ)もうさ一体何度リセットボタンを押した事か。
「雪乃ちゃん、いろはちゃんと結衣ちゃんもだけど、八っちゃんも思春期の男の子なんだから、多少の事は多目に見てあげなきゃね、それもイイ女の条件よ、まぁでも絞める処は確りと絞めなきゃいけないけどね!」
姉さん事件です!…舞姉ちゃんは俺を庇ってくれているかの様にみせて、実はそうではありませんでした。
きっと彼女達は先人たる舞姉ちゃんの言葉に感化されてしまう事間違いなしです。
これから先の僕の運命を思うと、何だかこう…背筋に冷たい雫が滴り落ちてしまいそうです、それに締めるの字が違う様な気がしてならないんです気のせいならばいいんですが…。
「「「はい!舞さん。」」」
どうやら俺はコレから先の人生、常に大きな十字架を背負いゴルゴダの丘を目差してあるき続けねばならない様な人生を送らなければならないのか……。
結婚は人生の墓場だと言う人もいる様だけど、俺はこの三人と共に歩むのだとしたら一体…。
「心配しなくても大丈夫よ八幡君、私達が貴方を最高に幸せにしてあげるわ、うふふふふ…。」
怖っ!マジ怖っ!
何なの雪乃さん!?今君の目の中のハイライトさんがお仕事していませんでしたよね!
駄目ですよハイライトさん、職務放棄をしてはいけませんよ、でないとゆきのんがヤンな女の子になっちゃって俺が最後は『伊藤誠』さんになっちゃうかもだから、お願い仕事してぇ〜!。
「…八幡師匠、ドンマイ…。」
留美、ありがとう…俺頑張るな、お前をもっと鍛えないとだから…お前の成長だけが俺の今後の人生の生きがいなんだきっと、だから俺其れを糧に頑張って生きるな。
「さぁてお次はデザートって奴を頂くとするかな!」
「「って、まだ食うんかい!!!」」
場の空気を読まない?ジョーあんちゃんの呑気なセリフに舞姉ちゃんと俺の突っ込みのタイミングがかぶる。
俺の今後の人生が『Road To The Final Victory』じゃ無くて『Road To The Endless Horror』になるかも知れないのにジョーあんちゃん…って、なんだよそりゃ!?
……でもまぁ、ジョーあんちゃんってば案外今のは俺に助け舟を出してくれたのかもな、女子連の気を反らすために。
「……ふぅ〜っ、サンキューなジョーあんちゃん。」
なので一応礼は言っておく事にした。
ランチタイムの時間も過ぎ店内の客足も幾分落ち着いて来た頃合いか、リング上では現在格闘的で華麗なダンスショーが繰り広げられている、その派手なアクションにより観客席からは大きな歓声があがる。
このダンスの振り付けはテリー兄ちゃんの幼馴染で、格闘家でダンサーでもある『ダック・キング』さんによるものだそうだ。
そのキングさんだが、年齢はテリー兄ちゃんよりも四歳年上の三十九歳、所謂アラフォー世代で流石にここ数年は格闘のリングには上がってはいないが、ダンサーとしてはまだまだその身体は十分に若手と渡り合えるだけのキレは健在だという。
ダンサーとしてもだが、最近は舞台演出家としても引っ張りだこでアメリカ各地を飛び回っているとの事だ、まぁ仕事がオフの時は基本サウスタウンで過ごしていて、偶に街でテリー兄ちゃんと会うと二人で夜遅く迄飲み歩いて、帰りが午前様になる事がしょっちゅうでロックの奴も辟易してるそうだが…ロック、お前も強く生きろよ。
「この店本当に繁盛しているみたいねお客さんの様子を見ても皆楽しそうにしてるみたいだし、お料理の味にも満足って感じだしね。」
舞姉ちゃんは心からこのパオパオカフェの状況に感心している様だな、まぁもうかなり長い付き合いのある人が立ち上げた店が、この異国である日本でこうして受け入れられているんだから、感心と同時に安心もしているのかもしれない。
「だな…まぁそこは流石リチャードの手腕ってヤツだな。」
うん、やっぱり凄い人なんだなマイヤさんって、店内で出される料理の価格は他店に比べると多少お高いけど、こう言ったダンサーの人や格闘家の人達に対するギャランティとか、そう云った諸々を計算に入れると実はかなり良心的な価格設定なのかも知れないな。
「ああ、最近じゃさこの店の事かなり知れ渡ったみたいで、色んな武術や流派の格闘家の人達が腕試しにリングに上がる為の交渉に来ているみたいでさ、なもんで此処でちょっとした興行をやろうって企画も持ち上がってるみたいなんだ、少し前に川崎がそう言ってたし。」
まぁそれ以外にも本場のパオパオカフェみたいに飛び入りでリングに上がる格闘家の人達も増えてるんだけどね。
「何!?マジか、じゃあ八幡お前も当然出場する気なんだよな!」
おっ、早速食いついて来たよ、この派手好きケンカ好きのオッサン…。
「いや、あくまでもまだそう云う話が持ち上がっているってだけでさ、まだ具体的なプランなんかは纏まっちゃいないだろうから、開催時期なんかも何時になるか分かんねえんだよ。」
まぁ、それが具体化したら俺も考えるけど、あと多分そうなるとマイヤさん辺りからオファーもあるかもだし……。
「あら、そんな話があるなんて、私も実家に帰ったら父と母に話してみようかしら、案外この話を知ったら雪ノ下建設としても乗ってくるかも知れないわ、おそらくだけれど八幡君を売り出そうと考えるかも知れないわね。」
「あらぁ、じゃあ雪乃ちゃん家がスポンサーに付けばそれなりの額の賞金なんかも出るかもね。」
イヤイヤ、そうなったらちょっとした大会じゃなくなっちゃうんじゃね、其れこそこの店のキャパでは事足りない位の観客が詰めかけるだろうし、大規模な大会になっちまうんじゃ…。
「ハッチン頑張ってね、あたし応援するからね、あっでも怪我とかしない様に気を付けてね。」
「うん…僕頑張るねって、だからまだ決まった訳じゃ無いんだっての!」
などと、まだ具体化していないパオパオカフェ主催予定の格闘大会の話をしつつ、デザートを食しながらリング上のパフォーマンスを観覧しつつ時を過ごしていた俺達だったが…。
「オラオラそうじゃねぇ!パンチってのはこうやって打つんだよぉっ!」
そのパフォーマンスも終わり、リングにて試合が執り行われていたんだが、それを見て身体がウズウズしたんだろう、元気なオッサンがそのリングに飛び入り参加してしまいましたとさ…で終りゃ良いんだけどさ。
「ヒ・ガ・シッ!ヒ・ガ・シッ!」
と自身の知名度がどんだけかをまるで考え無しにリングに上がるもんだから、さぁ大変、って元からリング上で試合していた選手達も意外な大物の登場に寧ろ感激し喜んで立ち向かって行ってるし。
観客も大盛り上がりでヒガシコールを始めてるし、これ収拾着くのかよ…。
「タイガーキッィク!」
「ぐはぁっ…。」
タイガーキックを食らいダウンを喫する相手選手、もう一人の選手もそれを見て怯むではなく果敢に立ち向かって行くが、ダメージによる消耗か大きい様だ。
「こりゃもう次の一撃で終わりそうだね、比企谷…。」
休憩時間になったのか何時の間にか川崎が俺達の陣取るテーブル席へ訪れて、ジョーあんちゃんの暴れっぷりを見てそう漏らす。
「ああ、まぁここ迄善戦したって言えるんじゃ無ぇか、何せムエタイチャンプが相手だし。」
「けど、アンタはそのチャンプ相手に引き分け迄持ち込めたんだろう、ならアンタは今リングに居る二人よりも確実に強いじゃないのさ。」
うん…ま、そうだけど、俺からすると川崎だって確実にあの二人よりは強い筈だと言える、何せあの覇王翔吼拳を身に付けてんだし…。
「へぇ、川崎先輩ははちくんがどれ位強いか解るんですね!?」
まぁ実際に仕合ったしな、そりゃあ知っていますとも…ってかその話、千葉村ヘ向かう車中で話したよねいろはさん。
「ああ、この身を持って知ってるよ、何せアタシはこのリングの上で比企谷に身ぐるみ剥がされたからね。」
ギャーーーーーーーーーーーーッ!?
ギャーーーーーーーーーーーーッ!?
な、な、な、な、な、何を言い出してんだよォォォォ!?サキサキィィィ!
おっ、おま…お前あの事そんなに根に持ってんのかよ!?
それとも何か、俺の事殺したい程憎んでたの!?
「ちょっ、何を言ってんだよ川崎ィ!人聞きの悪い事言わないでくれ、あれは不可抗力であって俺は「へぇそれは一体どういう事なんでしょうかねぇ、はちくん!?どうやら確りとO・H・A・N・A・S・H・Iをする必要がありそうですねぇ〜ア・ハ・ハ・ハ!?」……。」
「へぇ〜、ハッチンってばサキサキにそんな事したんだね……あたし達にはまだそんな事してくれていないよね…。」
ちょっと待って!いろはさん、結衣さん!君達までハイライトさんの職務放棄をさせないで下さい、ヤンにならないで下さい!
それ八幡的に需要無いから、俺には必要ないからそんな病んだ笑顔なんて要らないんだからねっ! てキモッ、俺ってば超キモいんですけど。
イヤイヤ、現実から逃げてる場合じゃ無いって八幡!どうにかこの姫君達のお怒りを鎮めなきゃいけないだろうが、てか川崎ィお前何でそんな言い方するんだよぉ!?
「どうやら貴方は私達が知らない所で相当なお悪戯(いた)をしている様ね八幡君…。」
ああァァもう雪乃迄またハイライトさんがオフったよぉ!
「ち、違う、俺は無実だいろは結衣雪乃ぉー!信じてくれ、ほらこの眼を見てくれ此れが嘘を付いている人間の眼かどうか、お前達なら解るよな!?」
「知ってますか?犯罪者って大概自分は無実だって主張するそうですよ。」
「あぁ、それあたしもなんか聞いた事あるよ、刑事ドラマとかでさ。」
「ええ私も知っているわ、何だったかしらオタク用語で確か『テンプレ』と言ったかしらね、テンプレートの略語なのよね、フフっ。」
ああ…死ぬのか比企谷の八幡とあろう者が、己の無実を勝ち取らぬうちに…。
「ま、ま、ま、ま、待ってくれぇ、本当なんだって!あれは仕合いの最中に起こった不幸な事故なんだ!なぁ川崎、そうだよな!!」
「…アンタ…アタシにあれだけの事をしておいて不幸な事故で済ますつもりなのかい………。」
おまっ…何今の、何で目尻にキラッと光る物を滴らせてんのさ!?
何なのお前って役者なの?役者志望の女子高校生だったの、凄えよ今の!
事情を知らない人なら絶対に騙されるよ、無実の罪に陥れられちゃうよぉ!
てかノリいいよなサキサキぃ、お前ってそんなキャラしてたっけ?
「ねぇ!止めてホントお願いだから止めてちょうだい、てかお前『本当に役者やのう』って俺からの突っ込みを期待してんのもしかしてさ、だとしたら幾らでも突っ込んであげるからね、何なら突っ込みの大盤振る舞いしちゃうからね。」
いろはと結衣が嘘泣きしている川崎に寄り添って頭撫でてるし、その川崎も調子に乗りやがって俺から顔を背けて俯いて項垂れたみたいに演技ってるしぃ…。
雪乃は何か途轍もない闇を纏った禍々しい笑顔でいらっしゃるしぃ!
嗚呼俺の人生此処で終わるのかな、もうこの作品のプレイヤーキャラじゃ無くなるんだな、でもって隠しキャラに格下げされて、全キャラノーコンテニュークリアしないとプレイヤーキャラとして使えなくなって、キャラ名表記も比企谷八幡からナイトメア八幡とか表記変更されて、足元には揺らめく陽炎のような炎を纏って土気色の肌をして………はっ!?何言ってたの今の俺ってば、また…何か違う世界線の誰かの人生でも垣間見ていたのか!?
何だよナイトメアってそしてプレイヤーキャラって……。
「…よしよし、八幡師匠、いい子いい子。」
俺が雪乃達の精神的な責め苦より開放されたのが、あれからどれ位の時間が過ぎてからなのか、今の俺にはもう定かでは無い、まぁ時計を確認すりゃ現在時刻は知る事が出来るんだろうけど、そんな気力も沸かない。
「…ありがとう、留美…ぐすん。」
デーブルの側に体育座りをしてうらぶれた雰囲気を醸し、床にのの字を書きダークなオーラを発する俺を留美がいい子いいこと慰めてくれて、なんとか俺は気を取り直し始める事が出来そうだ。
「あ〜、その悪かったよ比企谷。」
結局あれから、川崎が事の真相を皆に話してくれた事により、漸く事態は鎮静化し結衣達の機嫌も治ってくれました。
「アハハ…確かに皆ちょっとやり過ぎたわね、けど八っちゃんもいい加減に機嫌直しなさい。」
なんて言ってるけど、舞姉ちゃんも暴走する雪乃達を止めなかったよね、俺が雪乃と結衣といろはからゲル結界食らっている時も見てるだけだったよね。
「でもさ、幾ら試合だったとしても女の子の服を破るのはやり過ぎだよね。」
うっ、もうその話は混ぜっ返さないで下さい、お願いもう堪忍したってや!
「ところで沙希ちゃんはもうそろそろバイトの時間も終わりなのかしら?」
舞姉ちゃんがサキサキに対して確認を取っている…はぁ〜、何かもうこの先の展開が読めましたよ八幡。
「へっ、あぁはい…もう直ぐ終わりますけど、何か?」
川崎が躊躇いがちに返事を返してるけど、其処で躊躇っているって事は川崎はまだそれ程格闘脳に侵されていないって事だろうな。
「じゃあさ沙希ちゃん、後で私と軽く手合わせしない?八っちゃんが認めた極限流の使い手の力、ちょっとだけ見せてくれないかしら。」
ほらねこう云う事になるんだよなぁ、舞姉ちゃん多分自分と同性の女性格闘家の後輩(と表現して良いかな)が現れた事が嬉しいんだな、それでその実力の程を見ていたいと考えている訳ですね……。
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女の闘いが始まろうとしているのは間違っている?
コマンド入力が…………。
アーケードスティック欲しい。
ジョーあんちゃんが試合中のリングに乱入した事により、店内は大いに盛り上がった。
それは恰も、ジョーあんちゃんを団長に据えた『店内を大いに盛り上げるジョー・ヒガシの団』略して『TOJ』団が結成でもされたかの如く……てか『TOJ』団とかメッチャ語呂が悪いよな、でも流石はプロのチャンプにまで上り詰めた格闘家だよ、技術云々だけじゃなくて会場全体をも盛り上げられるエンターティナーとしても一流だ。
しかも試合が終わった後は、闘った選手に技術的なアドバイスまでしてたし、それを見た他の若手の人達まで教えを乞いにリングに上がってくるし、それはさながらジョー・ヒガシによる格闘教室が開催されたかのようだった、ホント普段はおちゃらけたオッサンだけど、事格闘に関しては流石に技術は一流だし、指導者としても教え方が懇切丁寧でわかり易いし、気さくな性格だから結構下の者からも慕われるんだよな。
このジョーあんちゃんの教えを受けた人達も、僅かな時間だったけどその教えを糧に自分でも独自に精進していくだろうしな、きっと強くなるだろう。
俺もうかうかしていられないな、ここに居る格闘家の、誰よりも強くなりたいし、いつかは絶対に兄貴達を超えたいって思うし、その為には俺も精進あるのみだな、うん!
うわっ…何か今の我ながらキャラじゃ無いんじゃね、と思わなくも無いがこれは嘘偽り無い俺の本心だ、やっぱ何時までも憧れているだけじゃ駄目なんだよなって、今日からは留美に対して指導も始めたし、それに俺の事を信じてくれる三人の…その、えぇと、恋び…たっ、大切な娘達も居る事だしな。
と、まぁ今の俺の所信表明と前回の補足を入れた所で今回の話に入る訳だが…てか前回の補足とか今回の話とか、一体俺は何を言っているんだ?
これじゃ何だか俺ってば、ドラマの主人公にでもなったつもりなのかよって、突っ込みの一つも入れたくなるっもんだよな……まぁ良いや、それじゃあ今回も行ってみようかぁ!
「さぁて、準備は良いかしら沙希ちゃん!?」
ジョーあんちゃん達をリングから降ろし(強制的に)舞姉ちゃんと川崎がリング上にスタンバった。
舞姉ちゃんが川崎の実力を計りたいが為に(強制的にでは無いけど)ノリノリで一丁軽く手合わせをとのご希望により、エキシビジョン的に二人の対戦と相成った訳なんだが。
川崎の方も意外にもヤル気を出していて「…はい、大丈夫です。」なんて返事をしてるし。
「意外だな、俺はてっきりお前は渋るものかと思ったんだけどな。」
俺はリングサイドの川崎側のコーナーから彼女に声を掛けた、川崎が舞姉ちゃんの申し出をどう云ったつもりで受けたのか訳を知りたかったからなんだが。
「…何だかんだとさ、アタシも格闘家の端くれなんだって事だろうね、同じ女で、しかも名のある不知火さんと手合わせする機会なんて、そうそう無い事だろうし…まぁ今のアタシが何処まで先輩に通用するのか自分自身知りたいってのもあるのかな、フフッ。」
川崎は答えた、この女やる気である…訂正せねばなるまい、川崎も十分に格闘家能に冒されている様だ、コイツはヤヴァイ、速い所治して差し上げねば、しかしその為には14万8千光年の彼方、大マゼラン星雲にあるイスカンダルへ赴かなければっ…て違うだろうが俺ッ!
この場合は格闘家能では無く格闘家脳と言うべきだろう、となると話は変わってくる。
格闘家脳とは不治の病だ…こいつに罹患した者は、己が闘う力を失ったと自身で納得が出来ない限り他者には治すことは不可能っ!
かく言う俺も、多分そいつに冒されているだろうッ、だからコイツの気持ちは十分理解可能っ!
「りっ…リリカル“マジ”かよ、始まります…。」
「はぁ!?アンタ何言ってんのさ?」
おっと、川崎に『なのは』ネタは通じませんね…はい。
俺的には1Stのなのはちゃんとフェイトちゃんがぶつかり合いながらも友情を育んで行く様がめちゃ感動的で尊いと思うんだが…どうでもいいですね、てかそこの人、俺のネタが誰かに通じた事があるのかよとか言わない様に、って毎度毎度俺は誰に言ってんの?
「あ〜すまん、お前もやっぱ格闘家なんだと改めて思ってな。」
「フン、アタシだって負けっぱなしはいやだからね。」
やだ、そんなに顔を紅潮させて熱い眼差しで見つめないでよ川崎さん、そんな目で見つめられるとさ、三方向からとても恐ろしい殺気がビシビシと飛んでくるんだからね。
今もほら、黒髪の氷結スレンダー美少女とお団子付けた天真爛漫系美少女と亜麻色の髪の元あざと系の後輩美少女がですね…。
次第に俺に接近して来て「八幡君。」と言いながら俺の右手をぎゅっと両手で包み、身を預けて来て、左手を「ハッチン。」と呼びながらやはり包んで身を預けて来る、そして「もう先輩達ズルいです!だったら私もえいっ!」と俺の背後から両肩に手を添えピトっと、見えないからはっきりと分からないが自分の頭を俺の背にグリグリしている様だ。
それに便乗するかの様にまさかの「…八幡師匠」と留美までもが、俺に正面から抱き付いて来た…。
「なっ!?るっ留美まで、オイ皆、留美の情操教育的にこの状況は不味い、宜しくないから離れてくれ!」
「嫌ですぅ、はちくんが誰の物なのかはっきりとさせなきゃですからね!」
「そうだよね、あたし達身も心もハッチンのものなんだよ、そんでハッチンもあたし達のものなんだからね」
「そういう事よ、貴方に変な虫を付けない様にするにはこうしなければね。」
「…八幡師匠は私の師匠だから。」
リングの側でこんなカオスな状況を作り上げてしまった俺達のせいで、三方向どころじゃ無くですね、いつの間にかリングの周りにうら若き女性達と独り身のヤロー共が集まっていらっしゃって、何かさ『ぐぬぬぅ〜マジでハーレム野郎が存在するのか』とか『あんな年端もいかない美幼女まで落としてんのかあのペド野郎!』とか人聞きの悪い事ほざく奴とか『お姉さまに近付きながらあんなに女を侍らせて誰なのアレ!』とか言ってる女子も居るし八幡怖いよ、狂った男の嫉妬とシスターズが怖いよぉ!
敢えて誰とは言わないが、四人の女子が周囲に一頻りアピールし終えたと判断してくれたのか、漸く俺は幸せな責苦から開放してもらえたのだが、まさかる留美までもがあんな行動に出るとは、マジ教育上宜しく無いよなぁ……。
まぁそれは一先ず置いてだな、今現在店内に居るお客さんの大半がリングの側に集まって来た事によってリングの周りは熱気に包まれ、空調が効いているにも関わらず汗が滴りそうだ。
ナイスバディで超絶美女でその…えっちな衣装で有名な舞姉ちゃんと、やはり高校生にしてはナイスバディで男装も様になる美少女ってよりはいい女って感じの川崎との試合だ、注目度もそりぁ高くなるわな。
舞姉ちゃんと川崎の二人が立つリング上に、バーテン服を着用しマイクを持った三十路位の、割とイケメンの髪型をオールバックにした従業員の人が登った、俺としてはその髪型なら片目に眼帯を着けていて欲しい所なんだがな、まぁあの人名前がヤバいからな。
しかしガンダムシリーズのキャラ名って『ニート』とか『ストーカー』とか、マジで誰が命名してんのかな。
『只今よりエキシビジョンマッチとして、伝説の女性格闘家不知火舞さんと我がパオパオカフェが誇る看板娘、新進気鋭の空手ガール川崎沙希による3分間のワンラウンドマッチを行います!』
ストー…店員さんのアナウンスにより遂に舞姉ちゃんと川崎による対戦(と言って良いか)が間もなく開始される事が告げられ、そして店員さんが右手で指し示し選手の紹介を始める、先ずは。
『赤コーナー、不知火流忍術正当伝承者っ、その美しさは今尚健在、女性格闘家の魁、不知火舞!』
物凄く大きな歓声が(特に男性客から)上がり、それに応える様に舞姉ちゃんは身に着けていた衣服を脱ぎ捨て…。
「不知火舞、参ります!」
レオタードを基調とした忍び装束(一部には全然忍んでないと評判の)へと早着替えを披露した。
以前はもっと、際どい赤と白を基調とした衣装だったけど、今日のは黒を基調に赤い縁取りのシックな感じだけど…コレはこれでやっぱエロいです…。
『ウォーッ、舞さぁ〜んずっと前からファンでしたぁっ好きです!結婚してくださぁい!!』
『舞さぁ〜んまだまだ綺麗ですよぉぉぉ!!』
舞姉ちゃんがコスチュームチェンジした途端、ムクつけき野郎どもの大きな声が店内に木霊する、つかもう既に舞姉ちゃんはアンディ兄ちゃんの奥さんになってんだから、残念ながらあんたの嫁にはならないよ、てかアンディ兄ちゃん以外のヤツが舞姉ちゃんの旦那とか俺が認めないけどな!ガルルゥ。
なんて俺が、舞姉ちゃんにどさくさ紛れにプロポーズ紛いの事を言ってるオッサンに憤慨していると、「まっ、間に合ったぁ舞さんの試合…はぁ、はぁ…」「そっ、そうだね…はぁひぃ…」と最近すっかりお馴染みになった感のある二人の女子の息切れした声が聞こえてきた。
「あっ、優美子に姫菜やっはろー。」
それは結衣と仲の良いうちのクラスのオカンと腐女子だった。
「お前ら…何で此処に居るのん?」
俺は素朴な疑問を二人に投げかけたんだが、オカン三浦はキッと鋭い眼光を俺にぶつけて、てかハァハァと息を切らせてるから迫力もありゃしないんだけど。
「はぁ…はぁ…、あん!?結衣がパオパオカフェに行くってメールくれたからうち等も行こうって姫菜と話してたんけど、ツイッスターで舞さんが試合するって呟いてる人が居たから、駅からダッシュして来たし…はぁ…死ぬ…。」
「ふひぃ〜…はひぃ、そう…なん…だよ…比企谷、君、優美子ったら…私に迄ダッシュさせるし…はぁ…はぁ…熱い男達の肉体言語が拝める訳でも…無いのに優美子ってば…ふぃ〜。」
あ〜三浦オカンはすっかり舞姉ちゃんの信者になっちまってるからな、それに腐女子さんは付き合わされたと云う訳なんだな、南無ぅ。
「お、おうご苦労さんだな…。」
何かハァハァと息切れしている二人に僅かばかり敬意を払いたくなって、ご苦労さんとか言ったけど、腐女子さんはブレ無ぇなオイ!肉体言語とか何処の魔法少女だよ。
けど残念だったな腐女子さん、そのお前さんが見たかったであろう熱い男達の肉体言語は、ほんの少し前まで此処で展開されていたんだけどな、まぁそれが腐海の住人の求める物かは…俺には判らんけど。
「で…舞さん…誰と試合すんの?」
まだ整わない呼吸で、途切れ途切れながら頑張って口を開くオカンなあーしさん、まぁこれからストー、店員さんが紹介してくれるから直ぐに分かるよ。
『青コーナー、当店自慢の看板娘、期待の新人極限流空手の使い手、シスターズのお姉さま、川崎沙希!』
…シスターズのお姉さまとか、凄えなそこ迄認知されてんだ、川崎…いやシスターズ、恐ろしい子(達)
右手を上げて歓声に応える川崎だが、その顔は…可哀想に羞恥により赤く染まっている、そりぁお姉さまとか紹介されたらそうなるわな多分。
『きゃァァァっお姉さまぁ素敵ぃ〜、抱いてぇ!』
でもってやっぱり…その様な危ない声援を送るんですねシスターズの皆さんってさ、ちょっとさ少しは場と云うものをですね弁えられたら如何かと八幡思うんだ…えっ!?さっき迄散々場をかき乱したお前が言えたことかって、だって怖かったんだもん、ウチの奥方達…。
「なっ!?ちょっ…ヒキオ何で舞さんの相手がアイツなん?いやさぁ前に皆でここ来た時にアイツが空手やってるって知ったけど…舞さんの相手になんの?」
そうなんだよ、以前学校の職場見学でここに来て川崎は此処でバイトしてるって事で、バイトの衣装でリングに上がって俺を相手に空手の実演をやって見せた事があって、まぁそれが原因で川崎はお姉さまになったんだけどな…。
「おう、川崎は強いぞ…まぁ今はまだ舞姉ちゃんには及ばないかもだけど、それでもかなり出来るぞ。」
「…そ、そうなん!?まぁヒキオが言うんだったらマジなんだろうし…。」
「うほぉ〜っ、舞さんはものごっつセクシーだし、サキサキは男装がバッチリ決まってるし、コイツはヤバいね比企谷君!むはぁ〜っ、何か私違う方向に目覚めそうだよ。」
なっ…何だと、まさかリングの上の二人の美女に中てられて、腐女子が…あろう事か百合属性に覚醒め様としているとでも言うのか!?
うぬぅ、何か良からぬ事か起こる前兆でなければ良いのだかな……と少しシリアスぶってみる、まぁ嗜好は人それぞれだし他所様に迷惑かけなきゃ良いんじゃね。
「ハァハァ…ハァハァ…愚腐っ…」
前言撤回、コイツはやっぱり止めた方が良さそうだ、これ以上この腐女子さんを野放しにしていては、この作品にR指定が付けられてしまう。
「…ほら姫菜、よだれ垂れてるし、はいティッシュあげっから口周りふきふきしな!もうホントにしょうがないんだからあんたは…。」
ナイスフォローだぜあーしさん、本当にアンタって奴は生粋のオカン属性持ちなんだな、そんなアンタに対して俺は敬礼を以て応えるぜ。
俺は風になり消え逝くワムウを送るジョセフの様な気持ちで、あーしさんに敬礼をした。
てか俺としてはジョジョに於ける三大敵ながら天晴キャラを選ぶとしたら、一部の黒騎士ブラフォードと二部のワムウと三部のンドゥールを選出するな。
次点としてやはり三部のダービーの兄の方な、異論反論は認める、だってこれも人それぞれに好みと推しは違うだろうし。
「ちょっさぁヒキオ、アンタなんのマネだし!?」
「…イヤな、そうやって腐女子さんを甲斐甲斐しく世話するあーしさん、アンタに俺は敬意を表さずにはいられなかったんだ。」
「馬鹿なこと言うなし!」なんて顔を真っ赤っかのかにしながら照れ隠しに強がるあーしさんの事が、何だか凄え可愛く見えてしまい、そんなあーしさんに少し見惚れてしまった…はっ、不味い!
案の定、奉仕部美少女軍団プラス美幼女が極寒の視線を俺に向けている。
しかもリンクの上からも、青みがかったポニテをメドゥーサの如く揺らめかせその一組の視線が俺を射貫いているし、てか何でサキサキまでそんな目で俺を見るのさ?
しかも何か『こいつはメチャゆるさんよなぁ!』と言う彼女らの心の声と冷凍ビームを射出する十の瞳が俺を撃ってるし。
「…八幡師匠、分かり易すぎ…。」
…俺って、小学生児童にまで読まれる程に浅はかなのか、まるで久美ちゃんや山口先生を思い鼻を膨らます幕ノ内一歩の様に…。
てかサキサキさん君はこれから始まる闘いに集中しなさい、俺達の方に気を取られていたんじゃ舞姉ちゃんの相手にはならないぞ。
「へへっ…さぁて極限流の嬢ちゃんが舞を相手にどこ迄やれっか、コイツは楽しみだな八幡。」
うおっ!舞姉ちゃんによってリングから強制パージされて伸びていたジョーあんちゃんが、いつの間にか復活して俺達の側に接近していたよ、女性陣のプレッシャーに圧されてまるで気が付かなかったわ。
「あんちゃん大丈夫かよ、何かしこたま頭打ち付けてたみたいだったけど?」
首筋を抑えている処を見るに、まだ痛みは残っているんだろうけど、流石にタフだからなこのあんちゃんは。
「おう、まぁ大丈夫だ、それより来てたんだな優美子嬢ちゃんと姫菜嬢ちゃんもよ?」
「はい…ヒガシさん、ってどうかしたんたしヒガシさん?」
「なぁに別に何でも無ぇよ、それよりもリングの上に注目していない、きっと面白えもんが見られるぜ。」
ジョーあんちゃんのその言葉によりあーしさんもリングの上に目を向ける、其処にはこれから仕合いに臨む二人の女性と、司会を務める独りの男の三人だけが立っている。
『コレより試合の開始となります、観客の皆様安全の為、リングの周りを超電磁フィールドウォールにて囲みますので白線より外側へ下がります様にお願い致します。』
司会者の一言により、観客はリングの周りより数歩離れて行く、全観客が離れた事を確認し超電磁フィールドウォールご張られ、いよいよこれから闘いが始まる。
司会者もリングを降り、遂に後は開始のゴングが打ち鳴らされるのを待つだけだ。
『カーァン…』
と緊張の極地に達したパオパオカフェの店内に…遂に開始を告げるゴングが鳴らされ、二人の女性の手合わせが此処に始まった。
舞姉ちゃんのコスチュームは餓狼伝説3及びリアルバウト餓狼伝説のコスチュームの色違いです。
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そして女の闘いは開始される。
赤コーナーと青コーナー、対角線上に位置する二人が互いに見つめ合う、闘いに慣れている舞姉ちゃんは兎も角まだまだ実戦経験の乏しい川崎の心境たるや如何な物だろうか。
もしかしたら口からは心臓が飛び出しそうな位に緊張し、身体を硬くしているのか、それとも悟空のように『オラわくわくすっぞ!』な気持ちなのか…。
司会を努めた店員さんがリングを降りた事を合図とするかの様に、二人の美女が闘いに向け構えを取り、そしてゴングが打ち鳴らさた。
さて、どう出る…サークリングしながらゆっくりと様子を観つつ接近する、俺なら出だしはそうするかもだが。
「龍ぅ撃拳!」
なっ…開幕一発川崎の奴いきなり気弾を撃ちやがった。
そいつは不味いんじゃねぇのか、この距離じゃあ舞姉ちゃんはどうとでも回避動作を取れるし、更に避けつつ攻撃に繋げられるだろう…へっ?
まっ、舞姉ちゃん何で回避しないんだよ、もう川崎の気弾が目前に迫ってるだろう!
しかも舞姉ちゃんは、迫りくる川崎の気弾を前に不敵な笑みを浮かべそして。
「龍炎舞!」
川崎の気弾を龍炎舞により相殺、それは良いとして舞姉ちゃん…川崎は気弾を撃ち出した体勢から既に次の動作に移ってるよ!
「飛燕龍神脚!」
空高くジャンプし空中から斜め前方へと降下しながら放つ脚技、飛燕龍神脚、この技は遠距離から相手への接近と攻撃を同時に行える中々に優れ物の技だ。
思えばあの日、材木座と共に学校の屋上で初めて川崎の黒レースと御対面が叶ったあの時、川崎が棟屋からジャンプして俺達に対して放った蹴りこそこの技だったのだろうな、まぁ今の状況には関係無いですね…対して未だ龍炎舞を出した体勢のままの舞姉ちゃん、このままじゃ迎撃は出来ないだろう。
さっきの気弾を龍炎舞で相殺するんじゃなくて、回避していたらこの飛燕龍神脚に対して舞姉ちゃんは飛翔龍炎陣で迎撃出来ただろうにさ、どうする気だよこの状況?
そして川崎の飛燕龍神脚の着弾音が鈍く響く、だがそれは舞姉ちゃんのガードに阻まれクリーンヒットとはならなかった。
川崎もそれを理解しているだろう蹴りの反動を利用し、反撃を食らわない距離へと離れ防御体勢を取る、取りながら舞姉ちゃんから視線を外さず睨めつける。
ウォーっ!と観客からの歓声が沸き上がる、今の一連の二人の攻防に皆が熱狂を以て応えた。
「凄い…沙希師匠本当に強いんだ、八幡師匠…。」
「だろう、本当に凄えんだよ川崎は、しかもまだまだこれからもっと強くなって行くだろうしな。」
だが…そういう事かよ舞姉ちゃん、川崎の実力の一端を知る為に舞姉ちゃんは敢えて川崎の技を受けたって事なんだよな、マジでおっかねぇ事するなぁ…。
「ふ…ふぅん、やるじゃんアイツ。」
あーしさんも今の一連の川崎の攻撃に対して驚きを隠せないで居る様だが、なんか無理して強がって見せてんな。
まぁ、クラスメイトでたまに一緒に昼飯を食べている女子が、あんな凄い技を放つ、ルーキーとはいえ格闘家だと知って衝撃を受けたんだろうな。
しかもそれを憧れの女性に対して放ったんだからな。
「流石ですね不知火さん、アタシの龍撃拳と飛燕龍神脚を敢えて受けたんですよね、アタシの事を試したって事ですよか。」
フフフっ…流石にバレちゃったか、まぁ我ながら少しわざとらしかったかな。
けど沙希ちゃん、今の一連のやり取りで解ったわ。
「今の気弾と脚技、沙希ちゃんが普段から確りと鍛錬を積んでいるって事が手に取るように感じられたわ、本当に楽しみな子達が台頭し始めているのね。」
八っちゃんに沙希ちゃん、それから八っちゃんの友達のサイキョー流の子にロックと、それから北斗丸はどうなのかしらねアンディ…。
これからこの新たな若い子達の時代が始まるのかしら、でも私達だって格闘家としてまだまだこれからなんだからね、負けてなんかいられないわ。
「…ありがとうございます、けどまだアタシはこんな物じゃないですよ、だから不知火さんの力も見せてください!」
うふふ…全くもう、あの日のジョーの気持ちが改めて解ったわ。
八ちゃんと手合わせをして、その成長の程を自身の身を持って、肌で感じられてジョーも嬉しかったのよね。
その事を知ったらテリーお兄ちゃんもアンディもきっとジョーの事を羨ましがるでしょうね、フフフッ。
「ええそのつもりよ、行くわよ沙希ちゃん!」
さて、それじゃあ次は私から行かせてもらうわ。
舞姉ちゃんと川崎、何か話していたみたいだが…何となくその話の内容が解るような気がするのは俺とそしてリングの上の二人も同じ人種の人間だからなのかな…。
「フッ、やるじゃねぇかよ沙希嬢ちゃん、しっかし舞の奴やけに嬉しそうにしやがんな。」
俺達の傍らにで観戦しているジョーあんちゃんが自分も又嬉しそうな顔をしながらリング上に居る舞姉ちゃんをその様に評する。
「…そういやジョーあんちゃん、何気にスルーしてたけどさ、あんだけ舞姉ちゃんにシバカれて放置されてたのに、もうピンピンしてっけどさ、一体誰に復活の呪文を入力してもらったんだよ?」
「ああん、馬鹿野郎俺はバックアップ機能の無いファミコンソフトじゃ無ぇんだってんだ、ダメージが引きゃあ立ち上がれるに決まってんだろうが!」
おっと、珍しく俺のネタが通じたよ…つかジョーあんちゃんってファミコン世代じゃあ無いよな、はっ!?まさかあんちゃん歳を誤魔化していたのか、昔のた○きんトリオのトシ○ゃんみたいに?
「…なぁジョーあんちゃん、あんちゃんってもしかして、四十路超え「その疑問そっくりそのままお前ぇに返してやるぜ、ったくよぉお前ぇは四十路どころか五十路過ぎじゃねえのかよ?」……」
「それにお前が兄貴の、あの謎呪文を書き連ねたノートを見つけた時、俺も一緒に居ただろうかよ!」
そうだったっけ?まぁいいや、この話題はこの辺までにしておこう、どうにも我が身にブーメランが突き刺さりそうだからな。
因みに俺が復活の呪文ネタを知ってたのは、親父の部屋から発掘した訳の分かんねぇひらがなの羅列が書き記されていたノートを発掘したからなんだが…。
それが、親父曰くDQⅠとDQⅡの復活の呪文を書き記していたノートなのだそうな、中には書き損じて『復活の呪文が違います』とかなって、それからは一度のセーブの度に3パターン位のパスワードを書取るようにしたそうだ。
『復活の呪文が違いますとか表示された時に、思わずコントローラーを床に叩きつけてしまったのは、今では良い思い出だぜ…。』とは親父のコメントだ。
まぁその後親父はばあちゃんにしこたまどつかれたのだそうだ。
いやさぁ、そりゃあそうだろうさ、だいたいがコントローラー投げつけちゃ駄目だろう、せめて2Pコンのマイク機能で絶叫シャウトする位で留めとけよ。
不知火さんが手にした扇を縦横に振るい、更には合間に蹴りをも加えて来る。
その動作が素早くて、技の出処も掴み辛いものだからアタシは防戦を強いられている。
「はっ!やっ!…とう!」
くっ…流石に女性ながら、幾度も大きな大会に出場して好成績を残しているだけあるわね。
一発の威力は然程でも無いけど、中々スキが見当たらない…。
「…くっ…。」
とは言ってもこのままじゃジリ貧だよね、此処らで一つ流れを変えなきゃいけないのにっ…て、しまった、思考にばかりソースを割いてしまって動きが疎かになってた!? ガードが弾かれそう、いや違う…
「くあぁっ!」
舞姉ちゃんの攻撃の前に防戦一辺倒の状態に追い込まれた川崎の、そのガードのスキを突き遂に舞姉ちゃんの攻撃が川崎を捉えた。
『いやぁ〜っお姉さまぁぁ!!』
不利な状況に追い込まれた川崎の姿にシスターズが悲痛な叫びを上げる、だが彼女らが叫んだところで状況に変化があるわけでも無く。
「やっ!はっ!はあっ!」と舞姉ちゃんの連撃が川崎にヒットし、ダメージにより川崎は体勢を大きく崩し仰け反り、そこへ。
「はっ!陽炎の舞!」
扇を口に咥え指で印を結び、技名を唱え舞姉ちゃんがニ柱の火柱を発生させその周囲を周回、川崎はその火柱に呑まれそして吹き飛ばされた。
「くぁーっ…」
うめき声とマットへと叩きつけられた音とを響かせながら…………。
くっ…不知火さんの技をまともに食らってしまった、いくら相手が自分よりも格上だからと云えど情なさ過ぎだわ、アイツが見てるのに…だから、だからさ立たなきゃね。
アタシは身体を起こしながら、ふとリンクサイドに目を向けアイツを探してしまった…何で、何でアタシはこんなにもアイツの事が気になるんだろう、今のアタシはリングの上であの伝説の女性格闘家と対峙しているってのにさ、どう考えても変だよね。
そしてアタシの目はアイツを捉えた、周りには同性のアタシから見ても可愛い娘達を従えて…イラッ!
「ああっ、もう!イライラするっ!」
立ち上がりざま、アタシは思わず声を荒げてしまっていた…。
「ちょっ…沙希ちゃん大丈夫!?」
あっ…ヤバい、アタシが大声出したばっかりに不知火さんにまで要らない心配を掛けてしまったみたいだ…。
もう、アタシとした事がどうしたってのさ…それもコレもみんなアイツのせいだっ、もう!
立ち上がりざま感情も顕に大きな声で叫んだ沙希ちゃんに、ちょっと心配だから声を掛けて見たんだけど。
「…試合中にすいません…。」
なんて私に詫びながらも、チラチラとリングサイドに視線を向けている…ははぁん、なる程そういう事なのね。
もう、本当に八っちゃんってば罪作りな子よね、フフッ。
そうね年長者としてここは一つ沙希ちゃんの事応援してあげなきゃだわね。
「沙希ちゃん、そんなに気になるんなら今此処で頑張ってイイとこ魅せなきゃね、大変よあの三人は纏めて一緒にお嫁入りする気でいるんだからね!」
「はぁ………はぅぅ……。」
私の贈ったエールに、あらあら沙希ちゃんったら慌てちゃって顔まで真っ赤にしちゃって、もう可愛いんだから。
さぁて沙希ちゃん、八っちゃんにもだけど私にも見せて頂戴、沙希ちゃんの実力をね。
いきなり大声を出したりして、一体どうしたんだ川崎の奴。
よっぽど舞姉ちゃんの攻撃に対処出来なかったのが悔しかったのか、けどな川崎、いくら悔しいからって冷静さを失うなよ、冷静さを欠いてしまっちゃあ要らぬスキをを作る事になりかねないからな、こういう時こそステイ・クールだぞ。
まぁけど悔しがる事が出来るってことは川崎の奴がまだまだ闘志を失っちゃいないって事だろうからな、だから川崎、こっからが踏ん張りどころだぞ!
一声叫んで少しはスッキリしたのか、川崎は再度構えを取り舞姉ちゃんと対峙する、そしてジリジリと少しずつ前進し距離を詰める。
あいにく俺からは今、川崎の後ろ姿しか見えていないからその表情までは見て取れないけど、舞姉ちゃんの表情から察するに…多分川崎の表情はやるぜって言う感じで闘志が漲っているんだろうな。
「沙希師匠、頑張って!」
留美がそんな川崎を心配してか、決して大きな声では無い控え目な声音で川崎を応援する。
その小さな拳をぎゅっと握り締め、その目はリングの上の川崎を確りと見据えて、その留美の肩に俺はそっと静かに手を掛け、気休めだが川崎は大丈夫だと告げてやる、本当に気休め程度の言葉でしかないんだが、留美はそれに小さくコクリと頷く。
小さな留美の応援の声が川崎に届いた訳では無いと思うが、決意を新たにしたのだろう川崎は自ら舞姉ちゃんへと向かい距離を詰め接近、攻撃を仕掛けた。
「やっ!ハッ!ハァッ!!」
ロー、ミドル、ハイ、と高速の蹴りを放つ川崎だがそれは舞姉ちゃんのガードによりクリーンヒットとはなら無い、それでもお構い無しにしつこい位に蹴りの連打を放つ、ロー、ローと続け様に同じ場所を狙って放ったかと思えばミドルと見せかけてフェイントを交えてハイと巧みな技巧も見せる、マジで凄えよ川崎…。
『…くっ、ハアッ…なんて、しつこいのよ沙希ちゃん!?』
川崎の蹴りを的確にガードしている舞姉ちゃんだが、その連撃には些かながら辟易とし始めた様だ、いやホントに良くバランスを崩さずにあれだけの蹴りを放てるもんだよな、それだけ川崎の体幹バランスが優れていて、そして相手をよく見ているんだろう。
「しかしマジでやりやがるな沙希嬢ちゃんはよ、さっき迄は舞の手数とトリッキーな動きに翻弄されていたってのに、もうそれに対応出来て逆に舞の動きを封じてんだからな。」
「だよな、あれだけ素早くしつこく食いつかれたらいくら舞姉ちゃんでも反撃もままならないよな。」
そしてそのしつこさが遂に川崎に好機を与える事となる。
おそらく舞姉ちゃんは、ガードに徹させられている現状を打破しようとしたんだろう、川崎の蹴りのタイミングに合わせてバックステップで距離を開け体勢を整えようとしていたのかも知れない、だがその一瞬、後方へと離れようとしたその一瞬を川崎は見逃さなかった、いや或いはそれを狙い追い込んでいたのかも知れない。
舞姉ちゃんの後退にタイミングを合わせたかの様に川崎もまた半歩程前身、ここぞとばかりまるで測ったかのようなタイミングで技を発動する。
「幻影脚!」
幾重もの残像を曳きながら放たれる無数の蹴りは、まるで舞姉ちゃんの身体を吸引するかの様に引き寄せた。
それは恰も吸引力に自信がある某掃除機の如く。
川崎の蹴りに引き寄せられ、空中に固定されたかの様になってしまった舞姉ちゃんの身体に、川崎が放つ無数の蹴りが叩きつけられる。
『ビシビシビシビシ』と甲高い打撃音を響かせて、おそらく十数発の蹴りが舞姉ちゃんの身に叩き込まれた事だろう。
そして止めとばかりに最後の一打で舞姉ちゃんの身体は空高く跳ね上げられ、そこに川崎の追撃が加えられる。
「せい、やぁーっ!」
それは俺がかつてリュウさんと仕合った時に食らった最後の技「昇竜拳」と良く似た、何なら材木座の「晃龍拳」とも似ていると言っても良いかも知れない。
アッパーカットを放ちながら己も空高く飛び上がる強烈な一撃…確かガルシア師範の技名は「龍牙」だったかな、川崎は基本がガルシア師範の流れを組むスタイルだから今のはやはり「龍牙」なんだろうな。
「あぁぁ……っ…」
バコーン…と鈍くしかし強烈に響く打撃音が収まる頃、舞姉ちゃんの身体はその口より漏れ出た悲鳴の声と共にマットに叩き付けられた。
『キャーお姉さまぁ素敵ぃ〜っ♡』
『うわぁっ!?舞さぁーんっ!!』
シスターズの嬌声と、舞姉ちゃんのファンのヤロー共の悲痛な叫びが混ざり合ってリングの周りは一種の騒音公害の発生現場の如く成り果てている。
「ヒ…ヒキオ、ヒガシさん舞さんが、舞さんが…大丈夫なん?舞さん大丈夫なんヒキオ、ヒガシさん…」
千葉村以来すっかり舞姉ちゃんを慕うようになったあーしさんは、舞姉ちゃんの身を案じ不安感に苛まれ今にも泣きそうな表情で俺とジョーあんちゃんに尋ねる。
「おう、大丈夫だぜ優美子嬢ちゃん、結構今のでダメージ食らったけどよ、まだまだ舞はやれる、寧ろ沙希嬢ちゃんがあれだけやれた事を喜んでるくらいかもしれ無ぇな!」
俺もジョーあんちゃんの言に同意だ、何だかんだと舞姉ちゃんも格闘家脳の持ち主だからな、今頃は良い攻撃を食らったにも関わらず内心喜んでるだろうからな。
「ほら、見てみな…舞のやつもう立ち上がろうとしているぜ。」
ジョーあんちゃんが言う様に舞姉ちゃんは、ゆっくりとだが確かに起き上がろうとしている、やっぱりそれなりにダメージは食らってしまったって事だよな、だけど、立ち上がりかけている舞姉ちゃんの目と表情は。
くぅ〜っ……痛ったぁ、全くもう本当に、沙希ちゃんってば、何て娘なのよ…でも、フフフッ。
「ふぅ〜っ、やるわね沙希ちゃん、今のは結構効いたわよ、でも私だって負けていられないのよね。」
痛みはまだ残ってる、ダメージも結構受けた…でも久しぶりにこんなにも強い娘と相見えられるんだから、何時までも倒れたままじゃいられないわ。
「はっ、よっと!」
良しちゃんと立ち上がれたわ、それじゃあもう一度構えを取り直してと、確りと目を離さずに相手を見なさい私!
まだもうすこし時間は残っているわ、沙希ちゃん…先輩として貴女に見せてあげるわね。
「フフッ沙希ちゃん、伝説は伊達じゃ無いってところをみせてあげるわね!」
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女の闘い決着の時。
「兄貴分と大切な三人の少女達と可愛い妹分、同じクラスの二人の女子そして大勢の観客と共に、姉貴分と同級生の仕合う様を手に汗握り観戦する眼つきの悪い男は誰でしょう…そう私です…すまん俺が私とかなんかキモいよな、ここは一つ言い「お前ぇはさっきから何をブツクサ言ってやがんだ、良いから黙って仕合いを見てろってんだよ!」直そう…ゲフン…はい。」
「そうですよはちくん、舞さんと川崎先輩が闘っているんですから黙って見てましょうよ、まぁ私としては嬉しい事言ってもらえたかなとは、思うんですけどね!でもやっぱり時と場所と言う物はきちんと弁えなければいけないと思いますから、そう言う言葉はもっと良い雰囲気の時にロマンチックに耳元で囁いてほしいと思いますから、どうかその時にまた出直してくださいお願いします、ごめんなさい!」
おう、何か久しぶり感ブリバリだなこのいろはの超速長ゼリフ、よく噛まずに言えるもんだよな俺だったら多分噛みまくりだろうなきっと、蝸牛の子みたいに『かみまみた』とは言わないけどね、俺が言っても多分皆から蔑みの目で見られるのがオチだからな…ああ、想像したら眼から汗が…。
「そっ、そうだよハッチン、大切って言ってくれるのはすっごい嬉しいけど今は…えっとあの…だよ。」
うん、何か今の注意の仕方は結衣らしいな、ちょっと気の利いた事言おうとしたけどボキャブラリーが乏しいから言えなくて諦めたっぽい感じか、結衣のそういう所可愛いと思います。」
「…はう、かわいい…うぅ、もう♡」
なっ…また俺って考えを口に出してしまったの?
ヤバいいろはと雪乃が…なんか、これはあれかなもしかして催促しておられるのでっしゃろか…。
「そのですね、いろはと雪乃もとても可愛くていらっしゃいまする…。」
わ、我ながら何か言い回しが、妙な事になっている気がするけど…仕方無いよね、だってさ、この状況なんだもん。
それに、雪乃もいろはにも何とか満足とまでは行かずとも及第点くらいは付けてあげます、みたいな感じの表情をしてくれているし。
「ん、んんっ、そうよ八幡君、私も貴方が大切だと言ってくれることはとても嬉しいけれども、貴方はもう少しTPOと云うものを弁えるべきだわ、将来的に貴方は私と共に公の場へと出る機会も多々あるでしょうから、その時の為にもね。」
『こう近づいては四方からの攻撃は無理だなシャア!』とアムロは言ってたのに、うっ…何故だナゼ俺は至近距離で四方八方から集中砲撃を浴びてしまったのだ、一体俺が何をした。
まぁ何もしちゃいないが要らん事は言ったような…はて、てか雪乃さん、なにゆえ俺は貴女と共に公の場へとやらに出なければいけないのでせうか!?
つか公の場って何?もしかして社交界とかってヤツなのか、銀英伝に出てくる門閥貴族が開いているパーチー的な!?ってこれ前にも言ったかな。
「八幡師匠、ちゃんと見てなきゃ駄目だから…。」
ぐはっ…何か妹分にまでダメ出しされちゃったよ八幡ってば、こりゃ少しは自重しないと示しが付かないって事で御座いますかしら?
まぁいいさ、気を取り直していこう、この仕合い開始間もなくは川崎が、舞姉ちゃんに翻弄され攻撃を食らってしまった、その後川崎はその舞姉ちゃんの動きに対応反撃に転じ、強烈な連続技を決め舞姉ちゃんからダウンを奪った。
今の所、与ダメージ率で言えば川崎の方が若干上回っているってところか。
けど、舞姉ちゃんがダウンの後に立ち上がり再開されたこの仕合い、これはどうにも一筋縄では終わりそうにない。
「なぁ、ジョーあんちゃん…舞姉ちゃんの動きさ、ダウンする前よか速くなってね!?」
舞姉ちゃんとの付き合いが俺よりも長くて、互いに幾度か手合わせをした事もあるジョーあんちゃんに俺は疑問をぶつけてみた。
「やっ!はっ!花蝶扇!たぁっ!」
「っ…くっ!」
さっき迄舞姉ちゃんは、完全に川崎に動きを見切られていた様に見受けられたんだが、今は川崎と互角かそれ以上の動きを見せ、いや川崎が舞姉ちゃんに若干圧され始めた様に思える。
舞姉ちゃんは手にした扇を武器として利用しているので、その分攻撃のリーチも長い、川崎の拳と蹴りが届かない巧みな位置取りから、それを縦横無尽に振るい翻弄。
更にそれを投げ放ち、川崎に上段へのガードを意識させた上で、自身は屈み込んでの足払い。
それにより、川崎は体勢を崩してしまいそこへ舞姉ちゃんの技が発動。
「飛翔龍炎陣っ!」
「くあぁっ…」
空高く飛び上がりながら後方回転し龍炎舞の様に炎を発して相手を撃つ、その不知火の技の炎が川崎の身を焦がす、そして堪らず川崎はマットの上に倒れ伏した。
『きゃあお姉さまぁ!?』とシスターズの悲鳴が響く中でジョーあんちゃんがニヤッと笑いながら俺の質問に答えた。
「…まぁ、舞のやつもやっとエンジンが暖まって来たってところだろうな。」
「どういう事なのでしょうか、ヒガシさん?」
くっ…しまった俺のセリフを雪乃に取られてしまいましタワー…ってヤメヤメ何も好き好んで腐女子属性的思考をするもんじゃ無いな、八幡反省。
「舞のやつはここ数年、主婦業や道場の経営に重点を置いていたから大会なんかにゃ出場して無かったし実戦の勘ってのが鈍って本来の力が発揮出来ていなかったんだ、それがあの沙希嬢ちゃんの技量に触発されて、漸くその勘を取り戻せたって事だろうな、全く大した嬢ちゃんだぜ、おい八幡お前よくあの娘に勝てたな。」
なる程そういう訳かよ…流石はチャンプだな、リングの上の二人の状態を的確に把握して、客観的に分析まで出来てんだからな、実戦では野生の勘で闘ってる様にしか見えないし普段はおちゃらけオッチャンなのにな…。
けど勘が鈍ってたっても、この僅かな実戦の時間でそいつを取り戻せたって事は、舞姉ちゃんが実戦から退いていたっても普段からの鍛錬は疎かにはしていなかったって事だよな、まぁ普段から門下生に稽古を付けてもいんだろうしな。
「ふぅ、はぁ、まだまだぁ!」
…リングの上では舞姉ちゃんがマットの上に倒れ伏す川崎を見下ろしている、まるでその姿は川崎が立ち上がってくる事を確信し、それを待ち構えているかの様に。
そして見下されている川崎は未だ衰えぬ闘志を顕にし声を発する。
お前まだ立ち上がれるのかよ、凄えよ川崎、明らかに格上の舞姉ちゃん相手にここ迄善戦してんだからさ、ジョーあんちゃんの言う通り…俺マジでよく勝てたよなぁ…。
「舞さんもサキサキも凄いね…二人共頑張って。」
「はい、本当に凄いです…そしてとっても綺麗ですよね二人共…。」
「だね、本当に格好良くて綺麗だよサキサキ…シスターズからお姉さまって呼ばれるのが理解出来るよね、そして舞さんも大胆過ぎるよ、ダイターンカァムヒアーだよ!私も何だかそっちの道にも、行けちゃいそうな気がするわっ…愚腐腐フヒヒッ…むっはぁ〜っ、たっ、堪ら、ん!」
何がそうさせるのか、俺には解らないけど川崎と舞姉ちゃんに欲情した?腐女子さんは一旦はテンション爆アゲ状態になっていたが、高まり過ぎたのか今はまるで痙攣でも起こしたかの様にピクピクしている、怖っ、チョー怖っ!
「わぁ〜っ姫菜っ自重!てかしっかりするし!」
「………………。」
この腐界の住人の事はあーしさんに任せておこう、いちいち相手にしていちゃ精神衛生上宜しくない…。
しかしこの腐女子さん、ダイターン3のネタとか知ってるなんてな、もしかして俺と近しい種族なのか…スタンド使い同士が惹かれ合う様にオタク同士もまた惹かれ合った…イヤイヤそんなの結構ですから。
残り時間はあとどれくらいか、ここへ来て川崎もまた少しずつ舞姉ちゃんの動きについて行ける様になって来た、更に単発ながら攻撃も繰り出し舞姉ちゃんへと急追、それにより、シスターズばかりでは無く舞姉ちゃんを応援していた男性客観からの川崎への声援も増え始めた、そして…。
『いいぞぉ!舞さんも沙希ちゃんも、どっちもカッコいいぞぉ頑張れぇ!!』
『沙希お姉さまぁ!舞お姉さまぁ!二人とも頑張ってくださぁーい!』
なんと!川崎信者のシスターズが、川崎ばかりか舞姉ちゃんにも声援を送り始めちゃったよオイ!?
まさか…いや、ほぼ間違いなく十中八九シスターズって百合属性ってより、真性のそちら側の人達なんだろうか?…。
でなければ…『私はバイだよ』の人達とかなのかもしれな………。
なんて彼女等にばかりか気を取られてちゃいけないな、今俺が見届けなければいけないのはリングの上の二人だから。
そのリングの上の二人、その現況はまさに一進一退と言った状態だ。
「たぁぁっ!ムササビの舞!」
舞姉ちゃんが空中からの急降下攻撃を繰出せば、川崎は。
「ハアっ!龍斬翔!」
迎撃に後方回転蹴り、所謂サマーソルトキックを放ちこれを撃墜。
「くはぁっ…」
舞姉ちゃんの口から小さく紡がれるのはダメージによるうめき声。
「飛燕疾風脚!」
「たぁ!必殺忍蜂!」
川崎が蹴りを放てば、舞姉ちゃんはそれをサイドステップで軌道をずらして反撃する。
「くぁ…っ…。」
川崎の口からも同じく漏れ出る、痛みに堪え切れずに発せられるうめき。
そうやって、小技と必殺の技とを互い繰り出し激突する二人の美女、その姿と様相はまさに『女の力でぇーっ!』ってな感じだな、劇場版Gレコテレビ版よりもキャラ同士の会話が自然に感じられて解り易かったよな。
二人の拳が、腕が、脚が、身体が、激しくぶつかり合い二人の汗が滴り、飛び散る。
僅か二分数十秒の間にそれだけ激しく動き続けたんだからな、それに比して疲労の度合いも相当なもんだろうから、そりゃまぁ当然だ。
だけどそんな状態に在っても、リングの上の二人は…息もやや乱れ始め、呼吸する度に、肩が上下に小刻みに揺れているのにも関わらず、その表情は。
「舞さんも川崎さんも、二人共笑っている…のよね八幡くん、ヒガシさん。」
雪乃が小さな声でそう尋ねた、ああそうなんだよ二人は笑っているんだよ、それは戦闘によって昂ぶった様な獰猛な感じの笑みでは無く、とても爽やかで穏やかにも感じられるそんな微笑みだ。
フフッ…楽しいな、まさかアタシがあの不知火舞さんとここ迄、遣り合えるなんてね思いもしなかったよ。
あの日此処でアイツと遣り合って、結果は負けだったけど、でもあの一戦でアタシは明らかにそれまでよりも強くなったって自分でも今改めて実感出来たよ。
ねぇ、アンタもさ…そうなんだろう比企谷………。
ははっ、こんな時に迄アイツの事を考えるなんてね、やっぱりアタシはアイツの事を…認めるしかないかなこりゃ、でもアタシのこの気持ちはあの三人とは少しだけ違う気もするんだよね。
アイツにアタシの気持ちが向いているのはあの娘達と一緒だけどさ、それと同時にアタシはアイツと同じく武の道を往く者として、互いに切磋琢磨したいとも思っているんだよね。
はっ…駄目駄目今はこの闘いに集中しなくちゃだよ、只でさえ相手はアタシよりもずっと格上の歴戦の強者なんだからね、時間はあとどれ位残ってんのかな、それとアタシの気力と体力も…。
まぁどれも、殆ど残っちゃいないだろうけどさ、だから次がアタシの…この仕合いにおける最後の攻撃になるんだろうね。
フフフッ、本当に楽しかったわ沙希ちゃん、そして覚悟を決めたのね…。
良いわよ沙希ちゃん、貴女のその覚悟に私も付き合うわよ、でもまさかこの日本に十七歳の女の子で此処まで出来る娘が居るなんて思いもしなかったわ。
沙希ちゃん、貴女はこれからもっと強くなって行くわ、きっと全盛期の頃の私よりもね。
でも私も、先達として今はまだ負ける訳にはいかないのよね、だから今日のところは私が勝たせてもらうわよ、沙希ちゃん!
「破ぁぁぁーっ!」
「覇ぁぁぁーっ!」
残り時間は後数十秒、時を同じくしてリングの上の二人は気合の声を発した、互いに対角線上の白いコーナーポスト付近、所謂ニュートラルコーナー辺りに位置取て。
それはつまり、二人は共に覚悟を決めたって事だな、その為に残された気力と体力を振り絞って、二人は共にはラストアタックを掛けようってつもりなんだろう。
「あんちゃん、やるつもりだよな二人共さ……。」
俺はジョーあんちゃんに確認を兼ねて質問する、同じ格闘者としてジョーあんちゃんもまた気が付いている筈だと確信してのことなんだが。
「…そうだな、皆リングの上から目を逸らすなよ、これから放たれるのは二人の最後の一撃だ、だからよ皆も最後迄見届けてやってくれよな。」
ジョーあんちゃんは、そう応えてくれてそれを皆にも伝えてくれた、二人の新旧女性格闘家の闘いの、その二人の最後の一撃とその結果を見逃さない様にと促して。
「破ぁっ……!」
「覇っ……!」
そして待つ事数秒、遂に二人はほぼ同時に気力の充填を完了させた様だ。
「…二人共繰り出す気だな、自分の持つ最大の技…奥義をさ。」
「まぁ、だろうな…そうすっと舞は超必殺忍蜂か、でもって沙希嬢ちゃんはおそらくアレを繰り出すのか。」
ジョーあんちゃんの言う『アレ』ってのは、川崎が俺との仕合いに於いて遣ってみせた極限流奥義『覇王翔吼拳』の事を指しているんだろう。
ジョーあんちゃんをして、そう予想するんだからそれだけ有名だって事なんだろうな。
「ああ…おそらくだけどね、出すんじゃね、覇王翔吼拳を…。」
極限流奥義『覇王翔吼拳』あの馬鹿でかい気弾はどえらく恐ろしい威力を持っているからな、俺はあの日川崎が放ったそれをガードして防いだけど、それでも気力と体力をえらく消耗させられたからな。
本当に恐ろしい技だよあれは……そして更に極限流には、その覇王翔吼拳をも超える最終奥義まで存在してるんだからな、マジで『どんだけ〜っ!?』なんだよ極限流空手!
「舞さん、サキサキ…二人共怪我しないで…。」
「舞さん…川崎先輩、もうあとちょっとで終わりです、どうか二人共から気をつけて下さい…。」
「舞さん、川崎さん…二人共どうかご無事で…。」
「沙希師匠…舞お姉さん…。」
舞姉ちゃん、川崎、皆がさ二人の事を応援しているよ、闘いに集中している二人に気遣ってるのかさ、その声は小さくて二人には届かないだろうけど。
そして、その時は訪れた。
「……………。」
川崎は無言で両の腕を自身の額の辺りで交差させる、出たな極限流奥義発動の為の構え、そしてそこから身体に捻りを加えて………!?
いや川崎は身体をひねらず両手を腰の位置に固定し、舞姉ちゃんへと向かい突進して行く。
まっ…マジかよ川崎!お前は……。
「おい八幡、ありゃあ覇王翔吼拳じゃねえぞ!?ありゃ…まさか!」
いけるのかよ…お前は、極限流空手最終奥義を、あの『龍虎乱舞』を…お前は会得しているってのかよ!?
「行くわよ、不知火究極奥義!」
そして川崎が最終奥義を発動した時同じくして舞姉ちゃんも、不知火流忍術の奥義を発動させた。
舞姉ちゃんはその戦装束を脱ぎ捨てレオタード姿となり、その身を不知火の奥義たる炎に包み超高速で川崎へと向かい突進する。
「超必殺忍蜂!たぁぁぁぁっ!!」
奥義を発動させた二人は共に互いへと向かい突撃、リング中央付近にて遂に衝突した、轟音と呼んで差し支えない程の衝突音を響かせて。
「ぐぅっ!」
「ぬぅっ!」
炎を纏いショルダーチャージの体勢で川崎とぶつかる舞姉ちゃんと、それ。受けた状態に置かれてしまい拳を振るう事も蹴りをはなつ事も出来ず、それでもその状況を打破すべく川崎も力押しではね返そうと力を込めてぶつかる。
ぶつかり合う二つの奥義の発するエネルギーにより、リング上にはまるでスパークが二人の接触部分から幾筋も発している、ビリビリとビシリッと衝撃波をも発しながら……。
それはほんの数秒間の極短い時間だったが、それを見守る俺達観衆には…いや観衆だけじゃ無いだろう、きっとリング上でぶつかり合う二人もそう感じていたのかも知れない。
「決まったなこの勝負…。」
ジョーあんちゃんはそう断定する、ああ…そうだな。
「ぐっ…グググッうっ…」
「破ぁーっ…たあぁっ!」
遂に均衡は崩れた、舞姉ちゃんの超必殺忍蜂の炎と突進力の前に川崎の龍虎乱舞は…崩されてしまった。
「ぐ…あぁぁぁぁぁっ……」
舞姉ちゃんの超必殺忍蜂が遂に川崎の龍虎乱舞を打ち崩し、川崎は静かにマットの上に倒れ伏した。
舞姉ちゃんはマットの上に倒れ伏す川崎の姿を確認すると、胸元より新たな扇を手に取って軽く振るい勝ち名乗りを上げる。
昔からの舞姉ちゃんを知る者達にはお馴染みのそれを披露する。
「……ふう…よっ日本一ぃ!」
観戦者達から大きな拍手と声援が、この素晴らしい闘いを披露した二人の美しき女性達に惜しみなく贈られる。
その勝敗に関係なく、勝者にも敗者にも等しく観客達は二人の名を称賛し。
仕合い時間は僅かに三分弱の極短いものだったが、終わってみればその三分はとても濃密なものであったと断言出来るだろう。
二人の類稀なる実力を持った新旧女性格闘家同士の激突、これはもしかすると後にこう語られるのかも知れないな『新たな時代の幕明けを告げる一戦』であったと。
女の闘い、此処に決着。
サキサキのオリジナル超必殺技を考案中だったりします、が…技の構成をどうするか?
取り敢えず、三種の蹴り技を混ぜ合わせて繰り出すと言う事と技の名前だけは決まっているんですけど。
その技の名は「飛竜三段蹴り」
怒りの電流では無く、サキサキに何を迸らせるか!?
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やはり闘いの後にとんでもない人達と出会うのは間違っている。
勝敗は決した……。
この二人の新旧女性格闘家同士の闘いを目の当たりにした、このパオパオカフェにて観戦した全ての人が二人に惜しみの無い拍手と喝采を贈っている。
中には感激のあまり涙を流している人も居る、それは僅か三分程の時間だったけど、それを見守り続けた人達の心に確かに刻みつけたと俺は思う。
二人の女性の日々の研鑽と志の高さと強さとを、本当に凄えよ二人共。
同じ道を往く者として俺も二人に負けちゃいられないよな。
おっ、何か今のって俺的に凄えかっけぇとか思っちゃたよ、良いな『同じ道を往く者』って言い回し八幡的に有り有りの有り、って何かアリアリばっかだな、ブチャラティかよってのアリアリアリアリアリアリ……アリーヴェデルチか〜らぁの〜っバカルチメルチってか!?
アタシはリングの上でほんの暫くの間気を失っていたみたいだね。気が付いた時アタシの目の前には不知火さんが居てくれて、アタシの身体を支えていてくれたし。
「もう大丈夫みたいね沙希ちゃん。」
本当にこの人は優しい人なんだね、比企谷が姉と慕うのが何故か解ったわ気がするよ、けどさ。
あ〜あ、負けちゃったよ……でも何かサッパリした気がするんだよね、それは闘った相手が尊敬出来る人だからなのかな、それとも今の自分を出し尽くしたって感じられるからなのか、どうなんだろうね。
「見事だったわよ沙希ちゃん、本当に貴女の将来が楽しみだわ。」
不知火さんはアタシの手を取り立ち上がるのを手伝ってくれながら、そう評してくれた、フフッ光栄だね。
「ありがとうございます不知火さん、アタシは不知火さんが相手だったからこそ、今日は此処までやれたんだと思います。」
これはアタシの本心だ、あの日の比企谷との手合わせの時と同じ様に、不知火さんがアタシの力の限界を引き上げてくれたんだ。
アタシは心からそう思っている、全くさ、伝説は伊達じゃ無かったよ。
とは言ってもさ、でもやっぱり悔しくもあるんだよね負けたってことが、もっと強くならなきゃね、アイツと肩を並べられるアタシである為にもね。
「ええ、私もそう思わよ、沙希ちゃんが相手だったからこそ、私はもう一度自分の本来の力を取り戻せたんだって、そう思うの、だから私からもありがとう沙希ちゃん。」
本当にもう敵わないな、でもイヤな気持ちが少しも湧いて来ないや、これも不知火さんの持つ人徳ってやつなのかな。
「さあ、応援してくれた皆に応えてあげましょう沙希ちゃん。」
「……はい、不知火さん。」
闘いを終えた二人がリング上で互いの健闘を讃え合った後、再びあの店員さんがリングへ上がり、このエキシビジョンマッチの終了を告げた。
二人は一頻り観客の声援へと応えてリングを降りてきた。
その二人に俺達は労いの言葉をかけると、二人もそれを素直に受け微笑みと共に謝意を述べた。
「ようお疲れさん、舞も沙希嬢ちゃんもな、まぁ少しばかり反省点も有りゃするけどよ、まぁ取り敢えずそれは置いとくとして、二人共見事だったぜ。」
リングから降りてきた二人に対し真っ先にねぎらいの言葉をかけたのは、ジョーあんちゃんだった。
あっ、しまった先を越されちゃったよ八幡ってば、俺が最初に労いたかったのにさ、でも『野郎、ここの一番乗りは俺だってのに!』なんて八幡思ったりなんかしていないんだからね!
ホントダヨハチマンウソツカ…いや、たまぁ〜に吐いてるかな苦し紛れの言い訳とか……。
「そうだし!舞さんカッコよかった、それに川崎も結構やるじゃん。」
なっ!?しまった、あーしさんに二番手まで取られてしまったよ、何か色々と要らん事を考え過ぎていたが為に…。
しかもそれを皮切りに結衣、いろは、雪乃、腐女子さんと次々と二人に話し掛けていて、俺ってば完全に出遅れてしまったよ。
何かさ、こう言うのってタイミングを一度逃すと中々入れなかったりするんだよな、まるで免許取り立てペーぺーのドライバーがメインストリートの交差点で右折に躊躇う様な感じ、違うか…うん違うよな例えが。
因みに交差点と言えば、ザ・コレクターズの加藤ひさしさんと古市コータローさんがやってるポッドキャスト『池袋交差点24時』はオススメだ。
なんて事を俺が考えていたら…あららら、川崎ったらメッチャ怖い目でお顔を紅くして、俺を睨んでいらっしゃいますわ。
八幡怖い〜っ………はぁ止めよ、我ながらなんだか怖気が疾走るくらいにキモいわ。
しゃあない、何時までもグダってても何も始まらないし終わりもしない、ん…始まりも終わりもなければゴールドエクスペリエンス・レクイエムってどうなるんだろう、いやいやもう脱線はこの位にしとこうぜ俺。
久し振りの実戦だったけど、こんなにも皆が評価してくれるなんてね、私もまだまだ捨てたもんじゃ無いってことで良いのよね。
でも流石にそろそろ……ほら沙希ちゃんが八っちゃんと話したそうにしているんだから、皆沙希ちゃんの事開放してあげてね。
ああでも八っちゃん、こういう時は男の子の方から話し掛けないと駄目じゃないの、と言いたい所だけど…只でさえ八っちゃんには三人も思ってくれている娘達が居るし、それに多分まだ恋愛感情では無くて、そうね頼り甲斐があって強くて優しいお兄さん位の…いえもう少しだけ深い気持ちかも知れないけど、留美ちゃんだってそのうち八っちゃんの事、今とは違う想いを抱いてしまうかも知れないんだからね、だから沙希ちゃんも頑張りなさいよ。
ふぅ、しょうがないな此処は年長者として私が一言、言わせてもらうわね。
「ほらほら八っちゃん、何時までそうしている気なの、沙希ちゃんに何か言ってあげることがあるでしょう。
それにお姉ちゃんだってまだ八っちゃんにお疲れ様って言ってもらって無いんだけどなぁ。」
「あ、うん…ごめん舞姉ちゃん、と川崎もだな、そのお疲れさん二人共凄い仕合いだったよ。」
「ああ…うん、ありがと比企谷…。」
もう、八っちゃんてばそれで終わりなの、もっと沙希ちゃんに話し掛けてあげなさいよね…って沙希ちゃん!?
何だかすっごく嬉しそうな顔しちゃってるし、駄目よ沙希ちゃんその程度で堕ちていちゃ!もっとこう…そうねいろはちゃん位攻めないと『労うならもっと確り気持ちを込めた言葉と態度で労いなさい!』位の事言ってあげなきゃ駄目よ。
ふう…舞姉ちゃんのお陰で何とか二人に声を掛ける事が出来たけど、我ながら何だかなぁ…もっとこう気の利いたセリフの一つでも言えないもんかね。
何となくだけど、何か舞姉ちゃんも表情でそう俺に言ってる感じがするし。
もし此処に小町が居たら、メッチャ駄目出しされて『うわ〜っ、小町的に超ポイント低いよ。』とか言われるんだろうな…。
「けどあれだな川崎、お前さ…最後のアレな、無理に龍虎乱舞を出す必要は無かったんじゃ無えの、もし彼処で出したのが覇王翔吼拳だったら、案外違う結果になってたかもじゃね?」
俺はさっきの二人の仕合いに対する評価として、ラストアタックに付いて苦言めいた事を言ってしまった。
ヤベ…思わず何時もの材木座との組手の時みたいに論評してしまったよ、たった今闘いを終えた人に対してキツかったかな。
「…うっ、そ、それは……。」
あっ…これってサキサキ自身も自覚があった系だったりするのかな、ヤバい悪い事しちまったかな……。
などと、俺が自身の言動を反省していると…比較的リングに近いテーブルから声が掛けられた。
「うむ、その少年の言うとおりだな沙希坊、彼処で龍虎乱舞を出すのは悪手であると言わざるをえんな。」
そこに居たのは…椅子に座りメニューを開き見ながら顎を指でなぞる、老齢の男性とその連れの女性。
その老齢の男性は椅子に腰掛けて尚、その身にから発せられる迫力(オーラとでも言えば良いのか)佇まい、そして抑えてはいるんだろうけども、それでも尚漏れ出ているように感じられる闘気、それだけでこの人が、おそらくは若かりし頃はさぞかし名のある格闘家であったに違いないと察する事が出来るだけの方だと思う、ジョーあんちゃんなんか警戒感バリバリでおまけに臨戦態勢整いましたって感じだし…そして女性の方は…。
「もう、お父さんったら久しぶりに会うのにいきなりそれって、沙希ちゃんが可哀想でしょう。」
今のセリフから察するにどうやら娘さんの様だ、ってかお父さんってハッキリ言ってるし。
う〜ん、娘さん結構若く見えるけど、かなり歳を取ってから出来た娘さんなのか、それとも結衣ちゃんママみたいに見た目がすっごく若く見える女性なのか、だとしたら家の母ちゃんと同年代かちょい上位いなのか。
しかしこの二人、サキサキとどういう関係なんだ。
「…まさか、ご、ご隠居…それにユリさん、おっ、押忍!お久しぶりです。」
川崎が空手家っぽい挨拶「押忍」と言ってるし、この人達は極限流の……まさか、ご隠居にユリさん、それに押忍って挨拶つか察するに、まさかってかやっぱりそうじゃねえのか、この人達は極限流空手の…しかもご隠居って事は!?
「まっ…まさか貴方は極限流空手の創始者、前総帥のタクマ・サカザキさんとその娘さんのユリ・サカザキさんなんですか!?」
俺が発した言葉に、この高齢の男性は胸元で腕組みをして唸る様にその解を述べた。
「うむ、如何にもワシが極限流空手の創始者、タクマ・サカザキである!」
まさかなぁ…今日此処でこんなビックネームと遭遇するなんて夢にも思ってなかったわ、しかも名乗り方が若干『ワシが男塾塾長江田島平八である!』みたいな感じだけどなんか全く違和感が無ぇよな。
「ええ、そうだよ…と言いたいけどサカザキは旧姓なの、私はユリ・ガルシアよよろしくね。」
えっ…ユリ・ガルシアってまさか、この女性がガルシア師範の奥方でしかもサカザキ前総帥の娘さん、って事は当然サカザキ総帥の妹さんって事だよな…。
「あっはい…よろしくお願いします、俺は川崎の同級生で比企谷八幡と言います。」
お二人が名乗られなので、俺も自己紹介と挨拶をした、うん挨拶大事。
「おいおいまさかよ、こんな所で極限流の創始者様に出会えるなんて、思ってもいなかったぜ!」
うわっ、ジョーあんちゃんってばエラく挑戦的な表情してるし、何なのさまさかサカザキさんに挑もうとか思ってんじゃないよな、止めようよ相手は多分七十代位だよ…まぁ世の中には八十超えてセクハラかます元気者の爺様とか居るけどさ、十兵衛先生とか十兵衛先生とかさ。
「ふむ、そう言うお主はムエタイチャンプのジョー・ヒガシか、フフフッ。」
フフフッ、なんてサカザキさんは笑って言ってますけど、その眼光はめっちゃ鋭いっすよ!
まさかその挑戦受けてたってやろうとかって言ったりなんかしませんよね!?
「あのっ、ご隠居とユリさんは何故此処に、何時日本に来られたのですか。」
ナイスだサキサキ、川崎も不穏な空気を感じ取ってくれて二人の間に割って入ってくれたんだよな、サンキューサキサキ、GJ部!愛してるぜ。」
「な、な、な、な、な、なっ、何言ってんのさアンタは!?」
へっ何!?、俺何か言ったのか、サキサキってばえらく顔赤らめてすっげー怒ってるみたいだけどってか、ちょっと待って、何か結衣といろは怒ってるけど?
「八幡君、貴方は自分が何を言ったのか理解しているのかしら、そうなのだとしたらうふふっ覚悟をして貰わなければいけないわね。」
と雪乃が何か恐ろし気な事を仰っておいで何ですけど、でもって俺の正面に立つって……って痛っ!?
「ちょっ…雪乃さん、痛い痛いです止めて、何?何なの、俺が一体何をしたんですかちょっとマジで止めて痛いから痛いですってこのままじゃ俺、痛いの通り越して遺体になっちゃうから、その挙げ句に俺の遺体がアメリカ大陸に散らばっちゃうから、だから止めて下さいお願いします!関節極めないでぇ!」
「安心なさい、その時は私達が責任を持って貴方の遺体を回収するから、別にアメリカ横断レースなど開催する事も無いわよ。」
雪乃は俺の正面を取ったかと思うと、腕を取り高速で背後へ周り込み、俺の肩と肘を極めてしまわれた。
ホントにマジで勘弁して下さい、お願いします雪乃様。
しかし雪乃もいろはも、いい感じにジョジョネタには反応してくれる様になって来たし、それがわりかし嬉しい俺ガイルです。
てか、俺の遺体じゃ聖人の遺体になんかなりゃしないだろうな、精々暗黒の遺体とかそんな感じ、いやただの木乃伊だな知らんけど。
「はちくんは少し痛い目を見る必要があると私も思います、そうやって無自覚に女を落とすんですから、暫くその格好で反省してください。」
「そうだよハッチンはあたし達のハッチンなんだからね、もうこれ以上は駄目なんだからね!」
へっ…なにゆえに、いろはと結衣までもが、腰に手を当てて激怒って居ますけれどもなんで?
「八幡師匠、沙希師匠の事愛してるぜって言ったから、お姉さん達怒ってるんだよ…。」
………俺はまたやっちまってたのね。
「そうですよ、はちくんはまだ私達にだって愛してるぜなんて言ってくれていないじゃないですか、どうして将来の貴方の奥さんになる私達に言ってくれていない事を、川崎先輩に先に言っちゃうんですか!?」
なんかすいませんでした、雪乃様、結衣様、いろは様……。
「あの、今日は…と言うか今回はご隠居とユリさんだけで来られたのですか、リョウ総帥やロバート師匠、それからマルコ師範代はこちらに来られてはおられないのでしょうか。」
サカザキ前総帥から席を勧められ、俺達は現在…皆でデーブルを囲んでいたりする。
「おおっ、サキサキの口から次々にビッグネームが飛び出して、オラびっくりだぞ!」
「アンタねサキサキって呼ぶなってアタシは言ったよね、つうかよくこの場でそんな茶々入れられるもんだよ全くどうなってんのさアンタの神経は…。」
あらあら、八幡ってばサキサキに窘められてしまいましたわ、気を付けなくっちゃね、テヘペロっ!
「フフッ、なる程ね沙希ちゃん、しばらく見ないうちに随分と女性らしくなったと思ったけど、そう言う事なのね。」
「な、な、な、何を言ってるんですかユリさん!アタシはそんなんじゃ…。」
えーっと、ユリさんでしたっけ、ガルシア夫人の言ったことにサキサキってば大慌てって感じで反論しようとしたみたいだが、どうしたんだ一体………まぁ良いけどさ。
「おに…兄さんは向こうで今頃山籠りの最中でしょうね、マルコ君はキングオブ・ファイターズに出場するから此方には来てはいわ、それとあの人はもうそろそろ此処へ来るわ。」
へえ、ロドリゲス師範代はKOFに出場するのか、何か十年ぶりにサウスタウンで開催されるってテリー兄ちゃんが言ってたっけか、て事はもしかするとテリー兄ちゃんかロックとの対戦があるかもだよな、凄ぇ何そのカード、めっちゃ見たいんだけど!
それと何気に北斗丸の奴も出場してるんだっけ、そんでアンディ兄ちゃんは北斗丸の事を影から見守る為にサウスタウンに行ってるって言うし、大丈夫なのかアイツは。
「つか、マジですか!?ガルシア師範が此処にお見えになられるとか、うっわぁべぇ〜っしょ!」
思わず戸部が憑依してしまったけど、実際マジにガルシア師範とお会い出来るとか、メチャ緊張しそうだよな。
あーでも、今日は夕方からバイトだからもう暫くしたら此処を出なきゃいけないんだよな、ちょっと残念だな。
「ヒキオ、あんた何戸部ってんのさ、てかヒキオがそこ迄驚くなんて、そんなに凄い人なん、その人?」
なん…だと、まさかあーしさんが戸部ってるとか言うなんて、しかもあーしさんガルシア師範を知らないとでも言うのかよ、つかよくよく考えたらってか考えなくても格闘に興味が無けりゃ知らなくても別に不思議は無いですね…はい。
「ロバート・ガルシア、かつての極限流空手の二枚看板と呼ばれた無敵の龍リョウ・サカザキと最強の虎ロバート・ガルシア、主に拳撃を主体とする無敵の龍と蹴り技を主体とする最強の虎、沙希嬢ちゃんのスタイルは基本的にその最強の虎のものを受け継いでいるようだから、だろうとは思っていたがやっぱりそうだったんだな、へへっ。」
と、この様に俺に代わってジョーあんちゃんが皆に説明してくれました、まぁジョーあんちゃんも結構蹴り技を多く使うし、タイガーキックなんて虎の名を冠する技もあるし、ガルシア師範に対して思うところがあるんだろうなやっぱり。
「はい、アタシはロバート師匠とご隠居に目を掛けて頂いて、主にお二人から教えを受けたんです。」
おお、凄えよサキサキ!まさかのまさかで、ガルシア師範だけじゃなくてサカザキ前総帥からも教えを受けたなんて。
「フハハハっなぁにワシはとっくの昔に現役を退いて暇を持て余している隠居の身であったしな…この日本支部を立ち上げて暫くはこの日本に長居していた事もあり、その頃にたまたま我が極限流道場に入門して来た幼い姉弟に、たまたま才能を見出し年寄の道楽としてその子等を指導したくなっただけの事だ。」
「ふふっ、なんて事を言ってるけどお父さんってば、沙希ちゃんと大志くんの事を自分の孫の様に思っていて、特に沙希ちゃんには嬉々として指導していたのよね。」
なんともまぁ聞いてびっくり、まさか極限流の創始者が川崎姉弟を孫の様に思っていたとは、しかもその方直々に才能を見い出されるとはな。
しかし当の川崎と来たら、そのユリさんの言葉に顔を真っ赤に染めて照れまくりだし、やっぱりそんな風に思われるってのは嬉しいんだろうな。
まぁ、そんな感じでこの場は案外和気藹々として、ジョーあんちゃんも今はもう格闘者の顔を引っ込めて極限流の皆さんの話を興味深く聞いているみたいだ。
それからほんの暫しの時が過ぎ、遂にあの人がこの場にお見えになられた、最初に気が付いたのはユリさんで、そのユリさんは店の出入り口の方へ幾度か視線を向けていたんだが、その時ユリさんの顔にパッと花が咲いたかの様に明るい笑顔が広がった、そして。
「あなたぁココよ此処ほらほら速く来てぇ!」
ユリさんが声を掛けた方向、つまりは店の出入り口方向に目を向けた訳だが、つまりはそういう事だ。
「いやいやこらぁ、ユリちゃんに師匠お待たせしてホンマすんません、それと久しぶりやなぁ沙希、暫く見いひんうちにエラいベッピンになったやないか。」
高級そうなスーツをビッと決め、丁寧に整えた髪はオールバックで、長い後ろ髪をポニーテールにして、家でちょくちょく視ている動画よりは齢を重ねている事が伺えはするが、実際の年齢よりも遥かに若く見える渋味掛かっていて、ハリウッドのムービースターと言われても納得がいきそうなマスク。
そして何故か関西弁で話す、そうこの人こそが極限流空手の最強の虎と呼ばれた男、ロバート・ガルシア師範その人である。
本来ロバートの関西弁はイタリア訛りの英語を表現する為の演出なのだそうですが、もうロバート=関西弁が根付いていると思うので日本語も関西弁を話すキャラとします。
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テーブルを囲み彼等は斯く語りあう。
「…はぁ、かっこいい……。」
ガルシア師範を一目見たあーしさんは少しうっとりとした表情でぽそりとそう漏らした、その声に周りの女性陣を見てみると、舞姉ちゃんと留美とサキサキ以外の女子達もまたガルシア師範の男っぷりにトキメキを感じている様だ。
うん、ガルシア師範ってマジで所謂イケオジってかダンディっ言葉はこの人の事を表してるんだな感じだもんな。
あっ、因みに今現在サキサキは椅子から立ち上がりガルシア師範の事を心底驚いたって感じの顔して見ていたりする。
いやさまさか、本当にまさかだよ…今俺の、いや俺達の目の前に立つ人物こそは、俺の兄貴達よりも前の時代にサウスタウンに伝説を残した極限流が誇る二人の格闘家、無敵の龍と最強の虎。
その片翼たる最強の虎ことロバート・ガルシア師範、今まさにその人がこのパオパオカフェ日本一号店に現れたんだ。
いや全くこれはどういう事なんだよ、その極限流の創始者である、タクマ・サカザキさんがここに居るってだけでも驚くべき事態だってのに、そこへ更にガルシア師範までって……。
「おっ、押忍ロバート師匠、お久しぶりです!」
驚愕の表情を押し殺し川崎は姿勢を正しガルシア師範に挨拶をするが、俺にはその川崎が未だかなり緊張している様にじられる。
いやまぁ、俺も実はかなり緊張してんだけどね、だってさあの伝説の最強の虎と極限流空手の開祖が目の前に居るんだよ、サカザキ前総帥だけでも興奮と緊張で変なテンションになりそうなのに、更に加えてガルシア師範の登場だからな、一体俺ってこれからどうなるのよ…いやマジで。
「おう沙希そう固くなんなや、けど元気そうで何よりや…しかし何やこの一団はエラいべっぴんさんとカワイコちゃんばかりやないか、まぁ若い子らは沙希の友達なんやろけど、しかしそこに元ムエタイチャンプと不知火のくノ一が混じっとるなんてなこら一体どう云う事ですのん、なあユリちゃんに師匠!?」
おお…ガルシア師範、ジョーあんちゃんと舞姉ちゃんの事をちゃんと知っていらっしゃる、何時だったかな格闘技の大会なんかで互いに顔を会わせる機会がこれまで無かったのが残念だって兄貴達も言ってたし、俺もそう思ってた(だって見たいだろ、伝説の餓狼と無敵の龍と最強の虎の仕合いとかさ)それがまさか今日、此処でこんなふうに邂逅を果たすなんて人生何が起こるか分かったもんじゃないな、まぁ此処にテリー兄ちゃんとアンディ兄ちゃんが居ないのが残念だけどな。
「おいおい最強の虎さんよぉ、アンタだってパオパオカフェってトコがどんな店なのか知らない訳じゃ無いんだろうがよ!?」
なんて俺が感慨にふけっていたら、ジョーあんちゃんがガルシア師範の言に対して挑発的反応をしてるし、いや全く何でこう俺の兄貴達は喧嘩っ早いのさ、アンディ兄ちゃんは二人と比べればそうでも無いけど…。
「ん、おうそら当然知っとんで、此処はカフェでありレストランや飲んで食って会話を楽しむ処や、ほんでまぁ格闘も楽しめるんやけどな。」
それに比べてガルシア師範は飄々とした軽い感じでいなす様に受け答えた、流石に対応が大人だよな…うん。
「チッ……。」
………ハァ、本当にさぁウチの兄貴分と来たら、しょうが無ぇんだからさ。
頼むからさ喧嘩とか止めてくれよな、こんな公衆の面前でさ、まぁ喧嘩じゃ無くて二人が正式に仕合うってのなら俺としても…それは是非とも見たいけどさ!
けどまぁしゃあなしだな、ここは一つ俺が…ってかヤバっ、そう言えば俺達って!
「あっ、あのですね、そう言えば俺達まだ極限流の皆さんに名乗っていませんでしたよね、何か礼を失したみたいで本当にすみませんでした。」
俺は立ち上がり、極限流の御三方に詫びを入れた、全く俺達ってばどうかしてたよ、挨拶これ大事!
「今更かもですけど名乗らせて頂きます、俺は比企谷八幡と言いましてサキ…川崎とは高校の同級生で同じクラスに所属しています、それからここに居るジョーあん…ジョー・ヒガシは俺にとって兄貴同然の人で俺はこの人からムエタイを学んでいます。
それから不知火舞さんも姉同然の人でして、此処には居ませんけど俺の妹が不知火流の手解きを受けていまして、なんと言うか俺にとっては二人共家族同然の人達なんです。」
とまぁ何とか挨拶は出来たんだけどもさ、皆さんの反応は如何なものかな。
「うむ、丁寧な挨拶痛み入る、では改めてわしも名乗り直そう…。」
ふぃ〜っ、よ、良かったぁ、サカザキ前総帥が俺の名乗りに返礼を返してくれたお陰で何とかこの場は収集が付きそうだ、本当に感謝ですサカザキ前総帥。
それを期にこの場の皆が改めて名乗り挨拶を交わし場は何とか穏やかなものとなり、俺としてもほっと一息ってところだな。
「……と言う訳で沙希坊と大志坊が我が極限流に入門して来てな、ワシは甲斐甲斐しく弟の世話を焼く幼い姉と、その姉の言う事を聞き分け良く聞く幼い弟の姿に、我が子らの幼い頃の姿を重ねてしまったと言う訳なのじゃ。」
互いの紹介を終え、俺達はサカザキ前総帥から川崎姉弟との出会いの経緯をお聞きしている、サキサキさん貴女昔から弟大好きブラコン姉ちゃんだったのね。
以前聞いた事があるんだが、サカザキ前総帥は若くして事故で奥さんを亡くされ、その事故に裏社会が関わっていたらしく…それは強大な力を持つサカザキ前総帥を自陣に取り込むべく起こされた陰謀だったらしいんだが。
サカザキ前総帥は自身と家族を巻き込んだ犯人を追うべく、残された家族であるまだ幼いサカザキ総帥とユリさんを残し旅立ったのだそうな。
けど…よくよく考えると年端も行かない子供を残して姿を消すとかトンデモナイ親父だよな…………。
まぁ、それは敢えて口に出すまい、だって怖いじゃん、とても七十歳を超えているなんて思えない貫禄してるし。
「ほう、そんで創設者自ら沙希嬢ちゃんの指導を買って出たって訳かよ。
しかし其処は流石と俺も言わざるを得ねぇな、実際沙希嬢ちゃんの実力は大したもんだ、あんた達の指導と沙希嬢ちゃん自身の精進、それから嬢ちゃんの才能ってヤツが見事にマッチしたって事だろうからな…。」
サカザキ前総帥とジョーあんちゃんの自分に対する高評価発言を聞く川崎は、恥ずかしいんだろうな、顔が真っ赤になってるよ。
その気持ち良く判るぞ川崎、俺も千葉村で同じ様な事を経験して凄え痛たまれない気持ちになったからな。
「うむ、指導を始めて直ぐにわしは沙希坊に才能を見出した訳なのじゃが、その才は拳撃よりも蹴りを主体とするスタイルこそが沙希坊には合うであろうと解ってな、其処でわしはロバートをイタリアから呼び沙希坊の指導に当たらせたと言う訳じゃ。」
なる程な、そう言う経緯を経て川崎はガルシア師範の技をメインとして学んだって訳か、しかもそれに加えて極限流の創始者の教えもか、なんて贅沢なんだよサキサキさん。
「とは言うても俺は基本的に家業とイタリア支部の運営を任されとるさかい此方に常駐出来へんからな、日本とイタリアを行ったり来たりやったんや、せやから沙希が強うなれたんは師匠のお力と沙希自身の努力の賜物でもあるんや。」
うん、そうでしょうね…サキサキって一見すると昔のスケバンみたいな雰囲気してるけどさ、言うなれば初代『3年B組金八先生』の三原じ○ん子さんみたいな感じか、或いは映画『ビー・バップ・ハイスクール』の宮崎○純さんとか、でもな実はサキサキは根が凄い真面目なヤツだからな、しかしそれが行き過ぎてあの深夜帯のバイト事件に繋がってしまった訳なんだけど……ね。
「俺らの事はこの辺にして、後は自分等の事を教えてくれや。」
ガルシア師範の要望により、これから極限流の皆さんへ俺達の事を語る事と相成った。
「しかし自分どえらいなぁ、女の子三人といい関係になるなんて、しかも三人が三人共えらい可愛こちゃんとはなぁ、ほんま大したもんやで自分。」
ガルシア師範が俺といろは、結衣、雪乃の三人との関係を知ってその様に弄っているのは、いろはのやつが『私は一色いろはと言いまして、このはちくん、あっはちくんと言うのは比企谷八幡さんの事です、そのはちくんの婚約者ですよろしくお願いします。』なんて真っ先に自己紹介してくれやがった為で、それに続いて結衣と、雪乃も負けじと自分達も俺の婚約者だと宣言してくれまして…お陰で俺は皆様にそれを肴に弄くられているわけですハイ。
「そうなんですよ、ハッチンは凄いんです、初めて会った時なんてアタシがサブレのリードを離しちゃって、サブレが道路に飛び出しちゃって、そこに通り掛かったハッチンが走っていって助けてくれたんですよ、ハッチンあの時すごいカッコよかったなぁ…。」
あ〜っ、もしもし結衣さん、君がニコニコ笑顔で嬉しそうに褒めてくれえいるのは、こちらとしてもまぁ嬉しいんですけどね、知らない人にサブレとか言っても解らないだろうし、走っていって助けたって言っても、きちんと状況とか伝わっていないんじゃないかと思うんですけど。
「結衣さんそれでは皆さんに伝わらないわよ、全く…貴女は学力は向上している筈なのにそういった所は以前とあまり変わらないのね…はぁ。」
雪乃が結衣の要領を得ない説明に嘆息し、改めて皆に俺達の出会い、その馴れ初めに付いて語ってくれた。
「ほう、なる程なムエタイチャンプに鍛えられた力を使こてこの桃髪の娘のワンコを助けたってか、そらこの娘からしたら白馬の王子様が颯爽と現れて家族を助けてくれた様なもんやんけ、自分八幡やったか!?なかなかイカス事やるやないか!」
「うむ、咄嗟の事態に対してその様に動けたと言う事は、普段から確りと鍛錬に励んでいたと言う証、八幡少年よお主は師の教えを決して疎かにせず精進を続けているのだな。」
「うんうん、八幡くんが将来ムエタイのチャンピオンの座に輝く時が楽しみだわ。」
うわっ、何かめっちゃめちゃ嬉しいんですけど!極限流の皆さんからこんなに評価していただけるなんて、何ともこれは光栄の極みってヤツ!?
だけど皆さん一つ勘違いしていらっしゃるんだよな、それは。
「あ〜なんだ、こいつは別にムエタイの選手って訳じゃ無ぇんだよ、何故ならコイツに技を仕込んだのはな俺だけじゃ無いからな。」
ジョーあんちゃんはぶっきらぼうな調子で極限流の皆さんへ、俺に代わってその勘違いを正そうとしてくれた。
その言葉を聞いた極限流の皆さんは、当然ながらどういう事だと訝しむ様な顔でジョーあんちゃんと俺を交互に見ていらっしゃる。
「…あんたらも名前位は聞いた事があると思うけどよ、コイツに技を仕込んだのは俺とテリーとアンディの二人、ボガード兄弟もだ。
つうか、コイツのスタイルの基本形はテリーの技だから言うなれば総合格闘ってところか。」
ジョーあんちゃんの言葉を聞いた極限流の皆さんの顔に浮かんだ表情は驚愕…と言うのは大袈裟か、まぁ精々いいところ『えっ…マジ!?ちょっと意外なんですけど!』位だな。
「…そらほんまかいな、噂に聞く伝説の餓狼テリー・ボガードとアンディ・ボガード、そんであんさんジョー・ヒガシの三人が師匠って、こらまたどえらい豪勢やなぁ、まるでてんこ盛りやないか、イヤイヤこらたまげたわ。」
三人を代表する様にガルシア師範がその様に俺の事を評してくださり、サカザキ前総帥とユリさんもその言葉に『うんむ…』って感じで頷いている。
なんか今の俺の気持ちは『大変恐縮であります!』て気分なんだが、てんこ盛りって表現はちょっと…。
「その話だけ聞くと、皆さんはちくんの事を大した人だと思うかもですけど、はちくんって案外おバカさんな所もあるんですよ。」
極限流の皆さんの中での俺の株価が急上昇してんじゃねってその時に、その株価を下げるべく(なのだろうか?)いろはがいきなりその様に宣いました。
いろはさん、貴方は一体何を目的としてその様な事を仰るのでせうか?
「はぁ、誠に遺憾なのですけど私としてもいろはさんの言を否定する事が適いません……。」
其処へ、いろはの一言で下がった株価を更に下げるべく雪乃からの追撃ちが掛った!?
雪乃さん貴女まで、なして!?
「あはは…はぁ、確かにハッチンってさ何時も何か変なネタ言うよね、ほら千葉村でさヒガシさんが言ってたけど、アレってハッチンのパパの影響なんだってね。」
……結衣さん貴女もですか、そうですか、此処には八幡株を買い支えてくれる出資者は存在しないのですか(泣)
「ああ、そう言や此処でアタシと一緒にヤクザ者を追い払った時もアンタってネタを口走ってたよね、連中に何者かって聞かれた時アタシが極限流空手の川崎沙希って名乗ったら、アンタそれに続けて『同じく伊坂十蔵』って、あれってさアタシは偶々『大江戸捜査網』の再放送を観た事があったから理解出来たけど、てかそれはどうでも良いんだけどさ、アタシはあんな場面であんな事を平然と言うアンタの事さ理解に苦しむよ…。」
サキサキさんが、遂にこの俺にとどめを刺して下さいました。
結局八幡株は再び持ち直す事なく、上場廃止、不渡りを出してしまった様であります。
極限流の皆さんもジョーあんちゃんも俺の事をシラケきった様な目で見ていらっしゃいます。
ジョーあんちゃんなんか『お前ぇは本当にアホだよな』とその目で俺に言っているようだ…。
『八幡です…ここに居る皆の視線が痛くて堪らないとです。』ぐすん。
「八幡師匠、私の時も名前教えてっ言ったら『俺は貧乏旗本の三男坊の徳田新之助だ』って言った…。」
ぐはっ……ルミルミさん貴女の一言が止めの一撃、つか死体蹴りだよね。
「アンタねぇ留美にまでそんな事言ってたのかい、ホントにさぁアンタのそれはある意味病気だよ…はぁ、なんだってアタシはこんなのを……。」
俺は五人の女性に連続して打撃を食らってしまいました…これってアレに通じるんじゃね、一瞬にして五発のパンチを繰り出す志那虎一城の必殺技『スペシャルローリングサンダー』に、違うか、違うよな、向こうはほんの一瞬の間に一人で五発のパンチを繰り出すんだから。
なんて事を連連と考えていたら留美かぽそりと呟いた、それは…。
「昨日調べたら、松○健さんカッコよかった……。」
おおっ!留美さん、貴女結構渋い趣味してますね…いや確かに俺もマツケンさんカッコいいと思うよ、てか昔の時代劇俳優さんて大抵格好良いんだけどさ。
「あっ、でもですね、私ははちくんのそう言うところもひっくるめて、全部大好きなんですけどね!雪乃先輩と結衣先輩はどうなんですか?」
今いろはが言ったそれは、別に取り繕っている訳では無いって事は重々理解している俺ではあるんだが、この数分間でアゲて落してまたアゲてってやられてもさ、ちょっと俺としては素直に喜べないんだよなぁ…。
おにょれぇいろは奴ぇ、雪乃と結衣に振りながらも、俺がいろはの事を見てるの知ってパッチンとあざと可愛いウインクとかキメやがって、今更そんなんやってもなぁ……か、可愛くしかないんだからね!
「あっ、あたしだってそうだよ!だってハッチンはあたしの初恋の人だし、それに人ってさ誰だって欠点とかあるじゃん、あたしなんか出来ない事とか苦手な事いっぱいあるし、けどハッチンはさ色んな事いっぱい知ってて色んな事出来てさ、だからあたしさ凄いなって思うよ…えへへぇ。」
うん、そう言やよくよく考えると結衣はあんまり俺の事を落とす様な発言してなかったよな、もしかして結衣って三人の中じゃ癒やし系枠なのかな…結衣もまた俺に向かって、ウインクじゃ無いけどニッコリ微笑みながら小さく手を振ってる、その動作に連動する様に結衣の持つ豊かなお宝も小さく震えていたりするのに…視線がロックオン…駄目だぞ俺、自重自重!
「…ええ、勿論私もそうよ貴女達二人に負けないくらいに八幡君の存在を誰よりも大切な男性だと、私が生涯寄り添うべきただ一人の人だと確信しているわ八幡君、それに痘痕も笑窪と言う言葉もあるでしょう、私にとっては貴方の欠点さえも笑窪と同義なのよ。」
雪乃って、かなりの毒舌家で俺は、しょっちゅうその口撃に凹まされてんだけど、其れでもその後はなにかとフォローもしてくれるし、特に知識が豊富だから多方面に渡って支えてくれるし、料理は美味いし…俺、完全に胃袋掴まれてるよな。
「フハハハ…」
三人の俺に対する最終的な評価を聞き終えて直ぐに、サカザキ前総帥がさも愉快とばかりに笑い、そして一言こう言った。
「いや此れは愉快だな八幡少年、英雄色を好むとも言うが、フハハッ…どうだな八幡少年、我が極限流の門下とならんかね!?」
と………。
極限流の御三方の口調が難しいです。
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やはり俺達が極限流の内情を知るのは間違っている。
サカザキ前総帥の俺に対する極限流への勧誘発言は、ここに集う皆にとってもまさに青天の霹靂というべきだろう。
それはサカザキ前総帥の娘さんであるユリさんとガルシア師範にも当てはまる様で。
「ちょっとお父さん何考えてるのよ、八幡くんはここに居るヒガシさんやボガードさん達の弟子なのよ、それを知っていながらなんで勧誘なんて、それこそお父さんの好きな演歌的な義理人情を欠く行為なんじゃないの!?」
「ユリちゃんの言う通りでっせ師匠、ホンマに何考えとりますん?確かに八幡は仕合いで沙希に勝った言うし将来性はバッチリや思うけど、あくまで他流派の門下生みたいなモンやないですか。」
お二人がサカザキ前総帥に苦言を訂してくださった、いやまあ実際お二人の言う事こそが正しいよな、俺はあくまでも餓狼の弟子なんだからさ。
それから更にお二人はサカザキ前総帥に対し諫言してくれていたんだが。
「えぇい!二人してゴチャゴチャと、元はと言えばロバート、ユリ、そして此処には居らぬがリョウ、お前達がイカンのだ!!」
ドン!と拳をテーブルに叩き付けて、サカザキ前総帥は憤りも顕にしそう仰られた。
それによりテーブルの上に置かれたグラスやドリンクの瓶が倒れてしまい、その中の氷や飲み物がテーブルにこぼれてしまった。
しかも、そのサカザキ前総帥の行動に驚き格闘家でない女子達は、ビクリと身を震わせてる。
御年七十を越えているとはいえども、長年格闘家として実戦と鍛錬を続けて来た歴戦の古強者であり、まあその歳にして未だ鍛錬を続けているであろう、強靭さを感じさせる肉体の持ち主だ、そりゃあ怖いわな。
「へっ、何?ちょっとどういう事よお父さん!?」
そしてユリさんにとっても、サカザキ前総帥の憤慨の理由が自分達にあるとのお言葉に心当たりが無い様で、だから戸惑いその理由を尋ねた。
俺としてもその辺りの事情に付いては部外者だけども、極限流前総帥からよく解らない理由でスカウトを受けた身としては、出来うればお聞きしたいものである。
なのでこれから語られるであろうサカザキ前総帥のお言葉は一言たりとも聞き漏らすまい。
「ロバート、ユリ、わしはお前達に感謝しておるよ、お前たち二人が世帯を持ちわしに可愛い孫の顔を見せてくれた事に付いてはな、その点リョウの奴めは、自身の鍛錬ばかりに明け暮れよって、遂に恋人の一人も作る事も無くもう数年で五十を迎えようとしておるのだ。
全くあ奴はキング嬢や藤堂の娘御など見目の良い女性と出会いながらも遂に浮いた話一つ無く終わってしまいよった…実に嘆かわしい。」
サカザキ前総帥は切実に…切実に自分の息子が嫁を迎えなかった事を嘆いて居られる。
やはり父親として、倅が何時までも独り身と言うのは何かと思うところがあるんだろうか、その辺俺はまだ十代だからなのか、あまり理解できない。
「その点お前達は二人も子を成してくれた事であるからな、その辺りは良くやったと褒めてやろう…うむ。
しかしじゃ、しかしなにゆえその子供達は我が極限流を学ぼうとせんのだ!?お前達の子が極限流を学び未来の極限流を背負って立つ男子となってくれれば、わしはなんの憂いも無く隠居じじいとして気楽な老後を謳歌出来ていたであろうと言うのに。」
「だからわしは、わしがその才を見出した沙希坊とその想い人である八幡少年に、ゆくゆくは我が極限流の未来を託したと思ったのだ……今はまだ良い、リョウの奴めもまだまだ十分に若いからの、然しあ奴が老いた後に極限流を負って立つ事の出来る者を今の内に育てておかねばならぬであろうが!」
結局のところ、サカザキ前総帥の思惑とは偏に極限流の未来を思っての事だという事なんだな、その為にサカザキ前総帥は俺を極限流の門下生にしたいと、そして更には川崎との間に…………って、ちょっと待て!待て!待て!待て!待ってってばよ!
サカザキ前総帥ってば、何を言ってくれちゃってんのよ!?
川崎の想い人が俺で、でもってその俺と川崎に極限流の未来を託すだってぇ〜っ!?
俺はその言葉が気になりチラリとサキサキに視線を向けると……サキサキさんは顔を真っ赤にして、声も出せずに口をアワアワとさせている……えっサキサキさん、何その反応…まさかだよね?
「むふふふふ…今から楽しみだな、沙希坊と八幡少年の間に子が産まれればきっと両親に似てさぞや強い子が育つであろうな。」
またまた更に駄目押しの、お子様発言ですかいサカザキ前総帥!?
そのお言葉でサキサキはまるで顔から湯気を出してしまいそうな程に、さっきよりもまた一段と深い赤に染まっているし!
「…な、なっ、何を、何を言ってるんですかご隠居!アタシと比企谷は別にそんな関係じゃありません!
それに、ご隠居も聞いたでしょう比企谷には三人も相手が居るんですよ、其処にアタシが…入り込む…余地、なんてある訳……。」
その真っ赤なスカーフ…元い真っ赤なお顔で以て必死になってサカザキ前総帥の言葉を否定するサキサキだけど、その言葉は次第に小さくなって途中から何を言っているのかわからなくなってしまったんだが、何と言うかサカザキ前総帥の発言もだが俺の存在がなんだかサキサキに要らぬ迷惑を掛けてしまったみたいで申し訳無く感じてしまうんですけど。
「ふははははっ、なにも照れずとも良いのだぞ沙希坊、沙希坊程の器量良しを袖にする様な男なぞそうそう居る筈も無かろうて…うむ。」
嗚呼…俺、なんだかサカザキ前総帥が口を開けば開く程、サカザキ前総帥に対する敬意が薄れていく様な気がするんだけど、ハァ、何だかなぁ…。
「…ちょっとさあ、お父さんいい加減にするっちよ!」
サカザキ前総帥が、いい感じで気持ち良さそうに持論を打っているのを、其れまで静かに聞いていたユリさんが、その身をワナワナ震わせながら、怒りを顕にサカザキ前総帥に対して反撃に打って出た…でたんだけど、えっ?『いい加減にするっちよ』ってユリさん今そう仰っしゃりましたか!?
「黙って聞いていればお父さんってば自分勝手な事ばかり言って、少しは沙希ちゃんと八幡くんの事を考えてから口を開くっちよ!」
椅子から立ち、スビシっとユリさんは右手人差し指を憤慨したかの様にサカザキ前総帥へと突きつけて、その様に宣告した。
「…ちょっ、ユリちゃんユリちゃん!言葉、言葉が昔に戻っとんで!?」
そのユリさんを落ち着かせようと、ガルシア師範はまぁまぁとばかりにユリさんへ声を掛けるが、と言うかユリさんって昔はこんな風な口調で喋っていたんですね……『○○っち!』とか。
「けど師匠、ユリちゃんの言う事はもっともな事でっせ、実際師匠かて覚えてはりますやろうあの当時の事!?」
「そうだよお父さん!だいたいあの子達が格闘の道を選ばなかった原因はお父さんにあるっちよ!!」
「ぎくっ!」
『ぎくっ』て言ったよね、今サカザキ前総帥『ぎくっ』って…何かこの僅かな時間の間に、マジ俺の中のサカザキ前総帥のイメージが崩れまくりだよ!
なんかさ俺、極限流の人達って皆さんきっとシリアスで漢字の『漢』と描いて男と読むってな雰囲気の人達ばかりなんだろうと思ってたんだけど、この数分で『極限流空手=ギャグキャラ軍団』の図式が成立しそうだよ…。
てか、サカザキ前総帥って自分のお孫さんに何をしたんだよ一体。
「お父さんさぁ、まだ小学校にも上がってない年齢の、当然まだ身体だって出来上がっていないあの子達に無理やり稽古つけたりしてたっちよね!
しかも超スパルタな内容のをさ、それであの子達に大泣きされて『タクマお祖父ちゃん嫌い』って言われて凹んでたじゃん!」
アハハ…此処に居る皆のサカザキ前総帥を見る目が次第次第に残念な者を見る目へと取って代わられちゃったよ…。
「ぐ、めぬぬぅ…。」
「ロバートさんも私も、当然あの子達に極限流の指導をするつもりでいたんだよ、けどそれはあの子達の成長の度合いに合わせて少しずつゆっくりやろうって二人で話してたっちよ!」
サカザキ前総帥に対して尚も言い募るユリさん、ああガルシア師範ご夫妻としては自分達が描いていた絵図をサカザキ前総帥に御破算にされてしまったも同然なんだな。
うん…そりゃあ恨み言の一つや二つも言いたくなるわなぁ。
「そのおかけであの子ら、なんや空手がトラウマになった様でしてな、しばらくの間道着を見ただけで震え上がっとりましたわ、ホンマあれは親としても極限流の一員としても悲しかったですわ。」
胸元で腕組みをしてガルシア師範はウンウンと頷きつつ、当時を思い出してその様に述懐している。
然し道着を見ただけで震え上がるってどんだけサカザキ前総帥はお孫さんにトラウマ植え付けてんだよ…。
「ぐ、ぐ、ぐぅっ…。」
「イタリアって結構物騒な所が多いからさ、当然私としてもあの子達が危険な目を回避出来る様に、護身術としても極限流を学ばせるつもりだったっちよ!」
「せやせや、あの後あの子らが道着を怖がるさかい仕方無しにトレーニングウェアを着せて、トラウマを払拭させる様にユリちゃんと二人で優しゅう宥めながら、少しずつ極限流の指導をしてったんやけど、結局あの子ら最後まで空手に興味を持たんやったから結局護身術レベルで止まりですわ……。」
凄えなガルシア夫妻、空手がトラウマになった我が子に対して、親としてとことん親身に献身的に空手の指導を行ったんだろうな、まさに親の鏡じゃねそれ。
「お兄ちゃんの時だってそうだったじゃん!お兄ちゃんって小さい頃から、本当に気が優しくて争い事や荒事に向かない人だったのに、お父さん無理矢理稽古付けたりして、それで私やロバートさんがお兄ちゃんに無理強いしないでってお願いした事あったっちよね!」
そう言えば聞いた事があったな、極限流空手はその稽古があまりにもスパルタ過ぎて、折角入門して来た初心者がその辛さに付いて行けず、結果多くの門人を失っていたってさ、まぁその後サカザキ総帥やガルシア師範やロドリゲス師範代の活躍もあって、その厳しさこそが強さに繋がっているって認識されて、その覚悟を持った人が極限流の門を叩くようになったと。
けど、やっぱりさ…その覚悟を持たない人にまで無理強いするのは良く無いよな、特にまだ身体が出来ていない子供とかはさ。
「マジかよ、あの伝説の無敵の龍が子供の頃はそんな性格だったのかよ…。」
ユリさんが語った昔のサカザキ総帥の性格に付いての言に、ジョーあんちゃんが食いついた。
うん、俺もそう思ったよ、まさかサカザキ総帥が昔はそんな気性の人だったなんてな意外だ…。
「おうせやで、昔のリョウはなホンマに気弱な性格でな、せやけど人一倍思いやりがあって心根の優しいヤツやってんねん、せやから俺はリョウのヤツがまさか格闘の世界に身を置くようになるなんて思っとりもせんかったわ!」
そうだったのか、けど一体何があってサカザキ総帥は格闘の世界に飛び込んだんだろうか、その理由…知りたいな。
「へぇー…サカザキ総帥さんってはちくんと何だか似ていますね、ヒガシさん舞さん。」
「うん、そうだね、あたしもそう思ったハッチンと一緒だって!」
「……ええ、私も同意見だわ、話に聞く昔の八幡君と昔のサカザキ総帥の気性は、なんだか近しいものがある様だと思えるものね。」
えっ、そうかな…そんな事無いと思うけどな。
「まぁそれは置いといて、お父さんもさぁ、お兄ちゃんやうちの子達の事もあって反省したんじゃなかったの、だから沙希ちゃんと大志くんにはスパルタ指導じゃ無くて普通に段階を経る様に指導したっちよね!」
「…うぬぬぅ、そ、それはそうであるのだがな……。」
うわぁ認めちゃったよ、サカザキ前総帥…。
何事もやり過ぎは良く無いって言葉をまさに体現している人だったんだな、そしてそれで結局のところ自身の所業で極限流の跡継ぎに拒否られたって、なんか残念過ぎるわ!
「えぇい!今は昔の事などどうでも良い!問題はこれからの事じゃ!」
うわぁ、今度は開き直ったよ…。
「それで八幡少年よ、お主の返答を聞かせてもらおう。」
あっ、その件はまだ引っ張るつもりなんですね、俺としてはこのまま有耶無耶に終わってほしかったんだけどな。
はぁ、仕方無いな…だったら俺もきちんと返事をしなきゃだよな。
「…あの、ですね…サカザキ前総帥のお誘いは俺にとって凄く光栄な事ではあるんですけど、俺は極限流の門下生にはなれません。」
そうです、俺は極限流の門人にはなれない、それこそが俺の答えなんだ。
「ほう、なんでや八幡!?当然その理由を聞かせてくれんのやろうな。」
ガルシア師範が俺の答えを聞いて、ニヤリと悪戯っぽい笑みで、その理由を話すように促す。
悪戯っぽいとは言っても、俺には其処に挑発的な物や嘲りの感情を見て取れない、その笑みは俺には何だか俺に対してとても好意的なものの様に思える。
だから俺はガルシア師範に促された事もあるが、俺自身としてもその理由を正しく知って欲しいと思う、なので俺はそれに一つ頷いてから皆へ伝えた。
「はい、それはですね…極限流の皆さんもご存知の様に俺は此処に居る、ジョーあんちゃんとテリー兄ちゃん、アンディ兄ちゃんにずっと教えを受けてきました。」
「ひ弱で臆病者で嫌われ者だった俺に兄貴たちは優しく、そして厳しく接してくれて鍛えてくれて今の俺が培われて来ました。」
どうかな、俺の思いは皆に伝わるだろうか………。
「それだけじゃ無いな、兄貴達と出会ったお陰で俺は…俺の家族も救われたんです、忙しさのあまり子供の事をきちんと見きれていなかった両親…そんな両親に対して俺の心も離れていってた……けど兄貴達が俺と俺の家族をもう一度向き合う事が出来る様に取り持ってくれて、そのお陰もあって今の俺が形作られているんです。」
「あの日三人の兄貴と姉貴、そしてタメの兄弟分が俺に出来て、兄貴達にその技を教わって…あとついでに親父からはオタクの知識を教わりましたけど、って此れは関係ないっすね。
だから俺は、その兄貴達の教えを元にこれからも精進を続けて行きます、まぁ何と言うかですね…俺はもうずっと前から、そうだな流派名とか無いんですけどあ〜うん、敢えて言うならそうだ『餓狼流』かなうん、餓狼流とでも名乗っときましょうかね。」
「要するにっすね、餓狼流は俺にとって家族の絆なんです…勿論俺んち比企谷家にとって家族ってのは兄貴達も含まれるるんですけど。」
そう親父も母ちゃんもそして小町もテリー兄ちゃん、アンディ兄ちゃん、ジョーあんちゃん、舞姉ちゃん、そしてロックの事を家族と認識している。
血縁は無いし、皆離れて暮らしているけど、俺達の家族なんだ。
だから皆が家へ来る時は母ちゃんも、親父も『おかえりなさい』と言って迎えるんだ、けっして『いらっしゃい』では無くてな、そして当然見送る時は『行ってらっしゃい』だ。
「そうであったのか…いやすまぬ八幡少年、わしは知らぬ事とは言え極限流の為に一つの家族の絆を奪おうとしておったのだな…この通りだ誠に申し訳無い事を言ってしまった、すまぬ。」
サカザキ前総帥は俺の話を聞き終えると、直ぐにそう言って深く頭を下げ詫びの言葉を述べてくれた。
うん、この辺の潔さは流石に武術の一流派の創始者だな、孫程の歳の青二才に対してさえその様に自身の非を認め謝罪が出来るんだからな。
「あっ、あのですね、判っていただいたのならっすね俺としてはもう結構なんで…そのどうか頭を上げてください、なんて言うかですね、その痛たまれない気持ちになっちゃいますから。」
けど、その遥かに歳上の人生の先輩に頭を下げられるのって、あまりに度が過ぎると此方の方が凄え痛たまれなくなるんだよな、だからマジで止めて欲しいんだけど!
まぁ、でもこうして俺の極限流への入門の件は片付いた。
後はそうだな、良い機会だから、一応極限流の皆さんにも伝えとくべきだろうな…。
極限流関係のキャラ設定はかなり独自の捏造をしてあります。
リョウが独身者だとか、実際はどうなんでしょうかね…KOFではキングと中々に良さげな関係に見えるし、外伝では香澄の事も認めている様でもあるし……。
ロバートとユリの間に子供が二人居るとかも、当然捏造設定です。
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彼は願い出、彼等は語る。
年末のデスドライブが始まりました。
家に帰って飯風呂、寝て、また出勤彼は願い出、彼等は語る。。
さてと、サカザキ前総帥もどうやら俺の極限流への勧誘も諦めてくれた様で、めでたしめでたしだな。
あとは一応極限流の皆さんにも、留美の事を伝えておかなきゃだよな。
そうと決まれば早めに…と、思っていたところ不意に、まぁ俺視点から見ての不意になんだが、ガルシア師範が唐突に笑い出した、そして。
「いやスマンすまん、まさかこないな結果になるとは思わんかったわ…しかしな八幡、そう呼ばせてもろてもかめへんよな。」
「あっ、はいっす……。」
うわぁ、マジでかよ!?あの最強の虎に俺の名前を呼んでもらえるなんて…やっべぇ『めっちょ』嬉しいんですけど。
「ホンマに俺はお前の事が気に入ったわ八幡、ええやないか!兄弟分と家族との絆とかめっちゃ浪花節やないか、なぁムエタイチャンプ、アンタらホンマにええ弟分育てたな、噂に聞いとった伝説の餓狼達はどうやら一格闘家としてだけやのうて、指導者としてもかなりのモンみたいやな、それとそっちの不知火のくノ一の姐さんもやろ、技とかの事は知らんけど、姐さんも八幡の事をよう可愛がって面倒見てたんやろ、せやからウチの沙希にも気に入られる様な男になったんやろうな。」
しかも俺の事を気に入ってたって仰ってくださった上に、俺を鍛えてくれた兄貴達の事も高く評価して頂けた様だな、うんそれもまた嬉しいな、テリー兄ちゃんは俺とロックを、アンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんも同じく北斗丸始め道場の門下生の人達を、ジョーあんちゃんだってそうだよな、ジムをやって後進育成にも携わってんだから当然だな。
「へっ、俺達ゃコイツにずっと付きっきりで見てやってた訳じゃ無ぇからな、そりゃあある程度の事は教えちゃやったがよ、だからコイツは俺達が居ない時ゃあそいつを元に、後は自分で毎日欠かさずに鍛錬を続けてきてたんだよ、まぁだからな、コイツは俺達に育てられただけじゃ無くてな、勝手に自分で育って行った部分が割と多いんだよ。」
ガルシア師範のお言葉にジョーあんちゃんは何だかわざとぶっきらぼうな感じで返事を返したけど、その顔には嬉しさの成分が見て取れるんだよなぁ…ハハッおやおや、なんか照れておられますなジョーあんちゃん、そりゃやっぱあんちゃんだって最強の虎に褒められて悪い気分じゃないんだよな、しかしオッサンのツンデレとか誰得なんだよ。」
「あぁん、おいコラ八幡!誰がツンデレで誰がオッサンだぁこのヤロー!」
おっと、俺とした事がまたしてもお口のチャックが緩んでいたようだ、全く仕事しろよな『スティッキー・フィンガーズ』つか此処で俺がアンタだろアンタ、なんて反論でもしようものならジョーあんちゃんの事だからきっと更に噛み付いて来るだろうから、此処は一つ誤魔化しておこう……。
『ピュー、ひゅ…ピュヒュ〜♪』
パオパオカフェ店内の俺達が陣取ったテーブル周辺に俺が吹く口笛の音が優しく響いていく。
心なしか口笛を吹く俺を見る皆の目がちょっとだけ冷たい様な気がするのは、うん気のせいだね!
「オイ、まともに吹けもしねぇ口笛なんかで誤魔化すんじゃねぇ!」
なん…だって…俺が口笛を吹けていないだって、それじゃあ俺は空き地へ行けないじゃないかよ、空き地へ行ったら知らない子がやって来て遊ばないかと笑って言ってくれないじゃないかよ…いやいきなり知らない奴に遊ばないかとか言われてもさ、やっぱり訝しさのほうが先行しちゃうから早々と『おう、良いよ遊ぼうぜ!』なんて承諾できないよな、それに元ボッチの俺にそれはハードルが高過ぎるし。
まぁ良いか別にさ、しかしどうやら俺は『ピューと吹くハチマン』にはなれそうに無い様だな、残念ながら。
「まぁ、これ以上話が脱線するのも何だからさジョーあんちゃん、これ位にしとこうぜ。」
「脱線させてる張本人が言ってんじゃ無ぇってんだよ!しかしまぁヘタに何か突っ込んじまうとお前ぇをツケ上がらせるだけだからな、この辺にしといてやるぜ。」
おう…流石に解っていらっしゃるな、ってかツケ上がるとか言うの止めてよねマジで、俺はツケ上がったりなんかしませんからね、多分いや絶対…目指すべき目標を見失わない限り絶対な、あと守るべき大切なもの達がある限りはな。
てゆうか、さっさと本題を話してしまわなきゃだろうがよ、俺のバカ。
サカザキ前総帥はじめ今目の前に居る極限流の御三方に対し改めて神妙な面持ちで以て俺は相対する。
「…あのですねサカザキ前総帥、ガルシア師範、ユリさん、俺は今日から此処に居るこの娘に、留美に格闘技の手解きを始めたんですけどっすね、正直に言ってまだまだ半人前の俺が人に指導するなんて早すぎると言いますか、身の程知らずと言われても否定出来ないんでしょうけど、けど約束もしてしまいましたからそれを反故にも出来ません、でも俺じゃまだ力不足って事も理解しています。
それでですね、俺と一緒に川崎にも留美の指導を頼んだんですよ、なので留美に極限流の技と精神も伝える事になると思いますけど…なんと言うかこんな事後承諾みたいになってしまいますけど、許可していただけないでしょうか、どうかお願いします!」
俺は立ち上がり、極限流の御三方に対して腰を折り深くお辞儀をした。
サカザキ前総帥の勧誘を断っておきながら、自らはその極限流に属する川崎の好意を頼って留美に対する指導の協力を要請しているんだから、見ようによってはそれは他流派の技を盗む行為と見做される可能性だってあんるだ、相手によっちゃそれを否とする可能性が高い。
「…お、お願いします。」
俺は頭を下げた体勢からその声を聞いてしまった、それは紛れもなく留美の声帯から発せられた言葉である事が直ぐに理解出来た。
俺はその声に、はっとして思わず腰を折ったまま留美の方を見やると、留美もまた俺と同じ様に立ち上がり頭を下げていた……情けねえな俺ってさ、俺を信じてくれてその俺と同じ格闘の道を歩む事を選んでくれた小さな女の子にこんな風に、頭を下げさせる事になるなんて。
「…留美、お前までそんな事……。」
この状況、俺は留美に対してそう一言呟くしか出来なかった、ごめんな留美、俺が不甲斐ないばかりにお前にまでこんな事を…。
「私が望んだ事を八幡師匠は叶えてくれたから……。」
そんな事を留美は言ってくれた、本当にいい子だよお前は、小町と戸塚に続く第三の天使だよな、うん。
俺は留美のその一言に何も言わず、ただ静かに頷いた、ありがとうな留美これからも一緒に頑張ろうな。
心中改めて決意した俺と留美は再度極限流の御三方に頭を下げた。
だがそれは…それだけで終わりじゃなかった。
「ご隠居、ロバート師匠、比企谷に頼まれたからって事もありますけど、アタシ自身も留美を鍛えてやりたいと思ってます、留美にはどこかアタシと近しい何かを感じるからってのもありますけど、留美の母親の鶴見先生には個人的にお世話になっているから、その恩返しって程じゃないけどアタシに出来る事があるなら協力したいんです、だからアタシからもお願いします。」
川崎もまた立ち上がると己の師に対して願い出、そして深く頭を下げた。
川崎…すまない、俺がお前に話を持ちかけてしまったばかりに………。
「川崎…お前まで……。」
「言っただろう比企谷、アタシは個人的にも何かと鶴見先生にはアドバイスをしてもらっているってさ、だからね。」
『すまん』と、俺は川崎と留美に目礼を以て謝した、やっぱり川崎っていい奴なんだよな。
前に大志の奴が言ってたっけ、川崎は共働きで何かと忙しい両親に代わって下の弟や妹の面倒を見ているって、そしてそれはずっと前からだったんだろう、優しいヤツなんだよな本質的に。
そう、きっと川崎と大志が極限流の門下となる前から、そしてそんな姿をサカザキ前総帥は見て二人の事を。
「フハハ、ハーハッハッハー!、イヤイヤもう良い三人共顔を上げなさい。」
俺達を見かねたのか、それとも呆れたのか…いや呆れたって訳じゃ無いよな。
サカザキ前総帥はさも愉快そうに笑声をあげてその様に促してくれて、俺達はそれを受け顔を上げると、サカザキ前総帥始め極限流の御三方皆その顔には負の感情など一切無い、とても良い笑みがあった。
「…あ、あの…!?」
「うむ、別段我らが反対する理由も無いのだ、気兼ねなくやると良い!」
へ!?でも…本当に反対しないの、なんかさこう『流派の秘伝を漏らすでないぞ!』的な事とかさ…そう思った俺は御三方にそう質問してみたんだが。
「ハハハッ、そんなん今更やで八幡、俺らの極限流は師匠が創設してからそれなりに時も過ぎてんねんで、その間に俺やリョウを含む多くの門弟が彼方此方の大会に出とんのお前かて知っとるやろうが。」
「そうだよ八幡くん、それに私だって若い頃はそれなりに大会にも参加してたしね、お店に行けばさそんな試合の記録映像なんかも売ってるし、ネットに動画とかもアゲられてるからね、今更今更っちよ!」
はぁ、確かにその通りかも知れませんけどですね、とはいってもその流派のトップにいらっしゃるであろう人達がですよ、そうあっさりと…いや勿論俺的にはとてもありがたいんですけど。
「それにな八幡、俺は何やこうおもろい事になりそうな気がすんねん。
俺らの極限流と伝説の餓狼達の技の双方を学ぶ者とか、それが将来どないなるかホンマ楽しみやないか!」
「うむ、ロバートの言うとおりだ八幡少年、わしも同様其処に興味がある。」
「それにさ八幡くん、もしかすると君も知ってるかも知れないけど、ロバートさんと私はお父さんに教わった極限流の技に独自のアレンジを加えてるんだよ、勿論アレンジを加える為には基礎を確りと学んでこそなんだけどね。
だからさ、技なんてものは人や時と共に変化する物なんだって思えば良いんだよ。」
極限流の御三方からの思わぬ好感触に若干ながらホッとしている俺が居る、んだけど…本当に良いのかなぁ。
まぁ確かにユリさんが言うとおり、俺も兄貴達に教わった技の幾つかに多少のアレンジを加えたりしている、それは基本をきちんと学んだからこそ出来たんだって事も解っているんだけど。
「おい八幡、極限流のオッサン達も構わねえって言ってんだからよ、其処は素直に受け取っとけよ。」
俺が逡巡しているのを見かねてか、ジョーあんちゃんがそう促すんだが、イヤイヤ初対面の人をオッサン呼ばわりとかヤバイんちゃいまっか、おっとガルシア師範の口調が移っちまったぜ。
「せやせや、ムエタイチャンプの言う通りや、って誰がオッサンやねん!」
おお!本場関西の突っ込みが炸裂したぜ、てゆうかガルシア師範って確かイタリアの人だったよね、それが何で関西弁なんだろうな、今更ながらの疑問だけどさ。
極限流空手創始者からの許可をいただき、これで俺と川崎による留美への指導は誰に気兼ねする必要も無く行えると言うものだ、それはさておきそう言えば何でサカザキ前総帥達、極限流の御三方は日本に、更に言えば何故このパオパオカフェに来たんだろうか。
『今更ながらの疑問PART2』それを聞いといた方が良いのではないだろうか、まぁ言ってしまえば『あっしには関わりの無いこって』なんだけど、極限流門下の川崎には関係して来る事柄かもだからさ。
「あの、お聞きするのが遅くなりましたけどご隠居達は今回どうして日本に来られたんですか。」
あっやはり聞いちゃうんですね川崎さん、そりゃそうだよな、極限流に関しては部外者である俺でさえ気になっている事なんだから、ただでさえ好奇心の塊の様な千反田……イカン何かいつの間にか別の作品の別の人物について語ろうとしていたわ、気をつけないとな。
極限流門下の川崎ならば尚の事気になるだろう。
「それな、最初俺とユリちゃんは師匠から連絡を受けたんや、沙希に会いに日本へ行くぞってな。」
「そうそう、そうなんだよね、だから先ずはその辺りの事をお父さんが皆に話してよ。」
なる程今回の御三方の来日はサカザキ前総帥が言い出した事なんだ、けどただ単に川崎に会う為だけに極限流一門の首脳部の人達が来るわけ無いよな、その他にも何か理由があるんだろうな。
「うむ、一月程前の事なのだがな、皆知っての通りわしは隠居の身故に暇を持て余しておってな、その様な訳でわしはサウスタウンのパオパオカフェへと赴いたのだ。
サウスタウンのパオパオカフェはなんと言っても格闘技のメッカ故に新たな若く威勢の良い格闘家や、噂に聞く伝説の餓狼テリー・ボガードとも会えるのではないかと思っておったのだかそれは叶わなかった、ジェフの倅がどれ程の漢か知りたかったのだが残念だ。」
へぇ、サカザキ前総帥がねえ…けど残念だなテリー兄ちゃんとは会えなかったのか、もし二人が会ったらどうなっていたんだろうな、流石にサカザキ前総帥は七十歳を越えてんだから、仕合うとかって事は無いだろうけど。
てか、サカザキ前総帥はテリー兄ちゃんとアンディ兄ちゃんの親父さんとお知り合いだったのか……。
「テリー・ボガードには会えなかったのだがな、其処でわしは店のオーナーであるリチャード・マイヤ殿と出会ったのだ。
其処でリチャード殿が教えてくれたのだ、この日本に新たにパオパオカフェを開店させた事、そして其処に極限流の使い手の娘がアルバイトとして勤めていることをな。」
「ほんで師匠がよくよく話を聞いてみると、それが日本の千葉っちゅう街の事で、そんでその娘っちゅうのが沙希やったって訳なんや。」
なる程、今回の出会いは其処に繋がるんだな、本家本元のパオパオカフェでサカザキ前総帥とマイヤさんが出会い、二人の間で日本の事、極限流の使い手の事なんかが話し合われた結果、サカザキ前総帥としては孫娘の様に思っている川崎の現状を知り会いたくなったと言うことなのね。
その旨俺が確認の為に伺って見たところ「無論それもあるのだがな、実はこれを機に我が極限流の新たな道場をこの街に開設出来ぬかと思っておるのだ、この街には沙希坊と大志坊も居る事でもあるのだしな、近場に道場があれは二人も以前の様に頻繁に顔を出せるであろうと思ったのだ。」とサカザキ前総帥は胸元で腕組みをして頷きながら仰られた、マジで孫の事が可愛くて仕方が無いお祖父ちゃんそのものだな、しかしその為に道場までとはな、まさに『発想のスケールで負けた…。』だな。
「とは言うてもや、まだ何処に出すかとかも決まってへんのや、先ずは物件探しから始めなあかんねんからな。」
でしょうね、取り敢えず思い立ったが吉日って感じで日本に来たはよい物のって事なんですね極限流の皆さん。
「あの、それでしたら私の家が協力出来るかも知れませんけれど、その私の実家が建設会社ですので。」
控え目な声で雪乃が御三方に対し申し出た、そうだった雪乃の実家って建設業を営んであるんだから、その関係で不動産会社との繋がりもあるだろうから、確かにイケるかもな。
「おおっなんと、それは真かね美しいお嬢さん!?」
サカザキ前総帥が喜色を顕に雪乃の言葉に食いついた、そりゃノープランで来たところに建設業社との繫がりが出来る可能性があるとなり、上手く行けば話が早期に纏まるかもだしな。
しかしサカザキ前総帥から見てもやっぱ雪乃って美しいとか思われる程の器量良しなのね。
「はい、もしよろしければこれか家に連絡をとってみましょうか。」
「おお!それは有り難い、お嬢さん是非ともお願いしたい、この通り宜しくお頼みする。」
サカザキ前総帥が年齢を感じさせない如何にも威風堂々した姿勢から、雪乃に対して頭を下げ願い出た。
「はい分かりました、では失礼しますね。」
雪乃が了承してスマートフォンを取り出すと早速とばかりに、おそらくは雪乃ちゃんママに電話連絡を取るつもりなのだろう。
結果、雪乃からの連絡により雪ノ下建設を通す前に、一度極限流の皆さんとお会いしたいとの雪乃の両親からの要望により、明日雪ノ下家へと御三方が訪問する事となったのだった。
「家の両親の我儘の為に皆さんに御足労をお願いする事となってしまい、申し訳ありません。」
雪乃は本当にすまさそうに御三方に頭を下げた、しかし極限流の皆さんにお会いしたいと言い出すとは、もしかして雪乃の両親って格闘技マニアなのか!?
「良いのよ雪乃ちゃん、此方からお願いしたんだし、気にしないでね。」
「そうやで雪乃ちゃん、ホンマにおおきにな、お陰で物件探しで苦労せんと済むかもしれんのやし、ホンマ気にせんといてや。」
ユリさんとガルシア師範が雪乃の事を労い謝し、雪乃もそれを受けお二人に柔らかな笑みをむけた。
「良かったねゆきのん!」
「ですです、雪乃先輩!」
雪乃の両手に結衣といろはが自身の手を添えて優しく雪乃へと微笑む、そんなゆるゆりを始めた三人に、俺はめっちゃ気持ちが和んだ、それは三人の信頼関係の現れだから。
うん、とても良いものであるな『ゆるゆり』は、マ・クベがキシリア様に贈った壺よりも絶対に良いものだぞ、間違い無い。
「うん、良い笑顔だね雪乃ちゃん、結衣ちゃん、いろはちゃん、けど、うぅ〜ん私としては沙希ちゃんを応援しないとだけど、此れは強敵だらけだよ沙希ちゃん!」
「なっ、何言ってるんですかユリさんはもう!アタシは別にそんな事…。」
雪乃達三人を見てユリさんはそう評して、更にサキサキをけしかける様な事を仰られる。
そしてサキサキはユリさんの発言に興奮気味に反論しようとし、トーンダウンしてしまった。
その様子に三人が、川崎に対してまるで警戒をしているかの様な強い眼差しで以て彼女を見つめている。
……そのなんと言いますか、本当なのかね…川崎が俺の事を……。
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やはり俺の誕生日を祝われるのが照れ臭いのは間違って無い?
俺達がパオパオカフェへと赴き、川崎に留美の鍛錬への協力を要請し、そして極限流のサカザキ前総帥、ガルシア師範とその奥方のユリさんと思いがけない出会いを果たしてから数日がたった。
あの後、俺は夕方からのバイトが入っていた為に直ぐに皆と別れてバイト先の運送会社へと向かった、その際にガルシア師範にこう言われたのだ。
『八幡、俺らはしばらくの間日本に滞在するさかい、お前沙希と一緒に極限流の道場へ遊びに来いや、今日はお前がバイトがあるんならしゃあ無いけど、そん時はオレと手合わせしようや!』
とのお言葉を頂いた、それは俺にとって経験を積む貴重な機会だし、すっごくありがたい事なんだが同時に怖くもあるんだよな。
齢は重ねたとは言え、あの最強の虎と一戦交えなきゃならないんだからそりゃあなもう『ア・バオア・クー』にてキシリア閣下と面談した時のシャアの如く手の震えが止まらないまである、分かるかなぁ、分かんねえだろうなぁ。
それからバイトへ向かう為に皆の前から失礼しようとした時に、更にいろはたちに声を掛けられたっけな。
『はちくんは誕生日に何か欲しいプレゼントとかってありますか?』
とな、だから俺はこう答えたんだ。
『えっ、何?プレゼント買ってくれんの!だったら俺はアレが欲しい!『ローラースルーゴーゴー』が!』
『ふえ…何ですかそれ?』
『何だよお前、ローラースルーゴーゴーを知らないのかよ、いいかよく聞けローラースルーゴーゴーはな『BD7』のマストアイテムなんだぞ、ローラースルーゴーゴーを華麗に乗りこなしてこそのBD7メンバーだと言っても過言ではないんだ(嘘)!』
『ねえ、八幡君…貴方の言うローラースルーゴーゴーと言う物さえ私達は知らないのに、それに加えてBD7などと言われても尚更解らないのだけど。』
なんと皆ローラースルーゴーゴーもBD7も知らないと言うのだ、なんてこったいな…なので俺はこう言ったんだ。
『えーっ、解かんないならググってみなさいよ…。』
俺がそう言って数秒後、俺が言う前に既にググっていたらしき結衣が言いやがった!
『なんだ、ローラースルーゴーゴーってキックボードじゃん!』
その瞬間切れた、俺の中の決定的な何かが切れた。
『ちっがぁーうっ!!いいか結衣、ローラースルーゴーゴーをキックボードごときと一緒にするんじゃあねぇ!
いいか結衣、ローラースルーゴーゴーにはなチェーンがある!スプロケットがある!ペダルがある!オマケながらブレーキがある!自分で漕げるんじゃよこいつはっ!!』
俺は懇切丁寧?にローラースルーゴーゴーを構成する部品について説明してやった。
『うぅぅ〜ん、あっ!ハッチン今のってスピードワゴンお爺ちゃんのセリフのパクリだよね、あたしでもわかっちゃったよ、えへへ。』
あっ、うんそうなんだけどね……せめてパクリでは無く元ネタと言ってもらいたかったわ。
『BD7…江戸川乱歩原作の『少年探偵団』を元に制作されたテレビドラマ版の少年探偵団、その番組内での探偵団のチーム名の事なのね『BoyDeteectives Seven』つまり七人の少年探偵と言う事なのね……はぁ…』
雪乃は俺の言った通りに自分のスマートフォンでBD7の事をググって、そして何故か額に手をやりため息を吐いた、マジなんで!?
『はぁーっ…おい八幡、お前ぇは照れ臭いからって何時までもネタに走ってんじゃねえぞ!』
『そうよ八っちゃん、素直に言いなさい、いろはちゃん達からのプレゼントならたとえどんな物だって嬉しいって、ね♡』
なっ…この兄貴と姉貴は何でこう、見透かした様な事を言うかなぁ。
『なん、ヒキオって赤くなってっし、ヒガシさんと舞さんの言う通りなんじゃん!』
『だねぇ〜比企谷君本当に真っ赤っ赤だね、私としてはその顔をハヤハチ、トツハチで見たいところなんだけどね!』
数話ぶりに口を開いたかと思えば、あーしさんと腐女子さんは何て事を言いやがるし、残念だがな腐女子さんハヤハチなんぞ永劫待ったことろで見られるなんて事は無いからな、トツハチに付いてはそのだな…………あっいや戸塚をそんな対象にするんじゃ無い、戸塚はアレだ俺の初めての男のダチってヤツなんだからな、うん。
つか、そう言や戸塚に言われてたんだよな『ねえ八幡、僕たち友達なんだからさ、彩加って名前で呼んでよ!』って、そうだよな戸塚だって俺の事八幡って呼んでくれてるんだし…良し練習してみよう『さっ、彩加っ!!』
うっ、名前を呼ぶ練習なのに思わず昂ぶってしまった、へっ?材木座…ああ、居ましたねそう言えばそんなヤツも。
まぁけど、材木座と居るのも意外と悪くはないんだよな、お互いにヲタ同士だから話は合うし…ただ、かなりウザかったりするけどね。
おっと話が反れたな、それが切っ掛けで俺はパオパオカフェを辞する迄の間、皆にイジられてしまった訳なんだが…ありゃあ公開処刑もいい所だった、精神力をゴリゴリ持っていかれたぜ。
でもそれで皆が楽しく笑ってくれたんなら、まぁ良いか……。
そして翌日の早朝の事だが、約束通りサキサキも留美のトレーニングに付き合ってくれた、のは良いのだが…俺はその日、小町、戸塚、留美に続く第四の天使と遭遇してしまった。
何時も鍛錬に使わせてもらっている、私設雑木林公園にその朝、俺、ジョーあんちゃんと舞姉ちゃん、小町、留美の五人が集合、其処に数分遅れて川崎姉弟が合流。
『悪いね、少し遅れたね。』
『おはようございます、今日は俺も参加させて下さい。』
そう謝罪の言葉を口にする川崎の隣の大志が参加を志願、まぁそれは別に構わないんだけど。問題は…俺達と合流した川崎の背中に背負われていた、小さな存在だ!
『ところで沙希ちゃん、後ろに背負っている子はもしかして…。』
舞姉ちゃんが川崎に問いかける、うんそりゃあ気になるよね、女子高校生が早朝から背中に小さな女の子を背負っているとか、事件の匂いがプンプン…はしないか。
『あっ、はいこの子はウチの一番下の妹のなんですけど、今日はどうしてかこの子朝早くに目を覚まして、支度をしていたアタシ達に、自分も着いていきたいって言うもんだから連れて来たんですけど、途中で眠気に負けたみたいで…』
普通に川崎の妹でした、そりゃ小さい子はたくさん眠るからな、たまたま早くに起きたとしても、後から二度寝、三度寝しちゃうよね。
なんなら俺もこの夏休みトレーニングとバイト以外の時間寝ててもいいまである。
けどこの小さな寝顔…可愛すぎる!
髪色は姉のサキサキとほぼ同じ色で、顔貌なんかもそのサキサキを幼くしたって感じで、此れは将来きっと美人になるに違い無いと俺は断言する。
『はぁ〜、この子可愛いぃ、何か沙希さんをちっちゃくしたみたい!』
『本当ね、流石は姉妹ね!』
『…ちっちゃい沙希師匠、すごくかわいい…』
女性陣はサキサキ妹(仮)の存在にすっかり夢中になってしまった、あの天使の寝顔を魅せられりゃあ、そうなるよ。
そして皆がワイワイと騒いでいたせいなのか、サキサキ妹(仮)が川崎の背中で少しむずがった『ふ、ぅ〜ん…むぅ』と小さな声で呟いたかと思うと、薄ぼんやりとしながら、そのつぶらな瞳を開き首をキョロキョロとゆっくりと振り。
『…さーちゃん、たーちゃん…』
自分を背負う姉と、その隣にいる兄の存在を確認する様に呼びかける。
『あっ、起きたのかいけーちゃん』
川崎姉弟はどうやら互いを○○ちゃんと呼び合っている様で、何か微笑ましく感じてしまった、だけど大志がたーちゃんって…ジャングルの王者でもあるまいし、ってアレは『ターちゃん』か。
それから暫くは目を覚ましたけーちゃんの事を皆で構って、鍛錬を始める迄に時間が掛かってしまった。
しかし、けーちゃん(本名は川崎京華というそうだ)によって俺達もみな○○ちゃん呼びをされる事になってしまった。
斯く言う俺も『はーちゃん』と呼ばれる様になってしまった、ちと恥ずかしい気もするがけーちゃんなら許す!と言うかウェルカムカモーンだよチノちゃん!
(つか此処は木組みの街じゃ無いからチノちゃん居ないし、なんならラビットハウスもありゃしないし、俺はココアちゃんでは無い、それに出来ればこのセリフはいろはに言ってもらいたい様な気がするんだ、中の人的にさ)
俺にもすごく懐いてくれたし、にぱっとした笑顔が『バリかわいかねぇ』だった、雛見沢村に住んでいるナタをもったCV中原麻衣さんのあのキャラだったら絶対に言ってるだろうな『はぅっ!かぅわいいっ!お持ち帰りぃ!』とかな(と言うかなんか最近あの声を何処かで聞いた様な気がするんだが…まぁ何かこうMSAー005い気がするから考えんとこ)
だたし一つ付け加えると、何故かジョーあんちゃんだけは何故か『じょーおいちゃん』と呼ばれてしまい『だあぁっ!納っ得行かねえ!』と嘆いていた、まぁ普段俺もあんちゃんの事オッサンとか言ったりするけど、ジョーあんちゃんって見た目まだ二十代後半位に見えるから実際はそんなオッサンくさくは無いんだけどな。
そしてトレーニングメニューをこなして行く俺達の様子を興味津々キラキラお目々できゃっきゃと笑いながら、けーちゃんが見ている。
やがてサキサキや大志の真似をして型をやり始めるけーちゃんがマジ天使で可愛かった。
『たー!やー!はぁー!』
とか舌足らずな掛け声を出しながらやるんだからな、可愛さMAXで無限大でINFINITYだよ、お陰で思わず俺はその様子に昇天しかけてしまったわ。
そして数日後今日は俺の誕生日だったりするんだけど、ありがたい事に今年も皆が祝ってくれるとの事なんだが、何か本当に去年アイツらと出会ってから俺は今まで出来なかった仲間たちとの、そう言ったイベント事とかを色々と経験出来た。
あの日、テリー兄ちゃん達と出会ったあの時からともまた違う新しい幾つもの事を体験したよな、何かこう青春っぽいてのか何なのかむず痒い様なこそばゆい様な、そんな甘酸っぱい感じだな。
けど中学迄の俺なら多分捻てそういった事から目を背けていたかもな、くだらねえとかいって、小学校からの延長で中学の連中に対して良い感情持ってなかったからってのもある、お互いにだろうけどさ…。
夕方、もうすっかりお馴染み感が半端無いあの店、パオパオカフェにて執り行われるのは我が誕生日会。
今回は親父と母ちゃんと小町の三人があれこれとその段取りを受け持ってくれた、まぁ実は親父たちがこのパオパオカフェへ来てみたかったってのが大きな理由らしいが、数日前に来店している俺達からすれば…『またまた来させていただきましたァン!』だよ。
因みに本日の参加メンバーは、先ずは俺達比企谷家の面々、ジョーあんちゃんと舞姉ちゃん、結衣達が声を掛けてくれて参加してくれた彩加とあーしさんと腐女子さん、川崎姉弟とそれからなんと極限流の御三方に当然ながら雪乃、結衣、いろはの三人だ。
「今日は八幡くんの誕生会と言う事ですけど、お招き頂きありがとうございます。」
ユリさんが極限流を代表してうちの両親へ挨拶し、その極限流の皆さんと会えた事に感激した格闘技ファンの親父は緊張しながらも返礼を返した。
まぁ、その後緊張も解けてサカザキ前総帥とガルシア師範にサインをお願いしていたけどな…そんな所はちゃっかりしているんだよウチの親父って。
「八幡少年、今日は君の誕生会に招いて頂き感謝する、先日は君達と出会ったおかげで雪ノ下家の方々と縁を結ぶ事もかない、近日中には道場を建てる土地の決定も出来るであろう。
誠に感謝する、そして誕生日おめでとう。」
サカザキ前総帥は挨拶と共にその様に仰られた、どうやら雪ノ下家との関係も上手く行っている様だし、これは極限流空手千葉道場は案外早く開設されるかもな。
「ありがとうございますサカザキ前総帥、けど俺は何もしていませんよ、今回事が上手く運んでいるとしたら、それはこれ迄の総帥をはじめとする極限流空手門下の皆さんの実績があってこそですから。」
うむ…ありがとう、サカザキ前総帥は俺の肩に軽く手を置くと一言そう述べ、ニカッと男臭い笑みを湛えた静かに笑った。
一通りの挨拶を済ませ、誕生会は恙無く開催され出席してくださった皆さんからのプレゼントを頂き、その度に各人へお礼の言葉を述べ終えた頃には今までに経験したことの無い数のプレゼントの包を席の側に積み上げる事となった。
こんな経験今までして来なかったからお返しとかの事を考えると少し怖くもあるんだが、でも…それでもこう言うのって嬉しいしありがたい事でもあるんだよな。
その中で、親父と母ちゃんから贈られたプレゼントには正直に言ってかなりビビった。
「ア○イのヘルメットにク○タニのライダースジャケット…良いのかよこんな高い物……。」
「単車に乗るんだったら最低限の安全には留意しなきゃならないだろうが、確かにメットもジャケットも高額ではあったけどな、お前の安全を買うんだと思えば安いもんだよ、それに此れまでずっとお前は小町の兄貴として頑張ってくれてたからな。」
そうは言うけど親父と母ちゃんは二人して家を支える為に毎日頑張ってくれてるじゃないかよ、だから俺は長男として兄貴として小町の事を、ってかその小町だって小学校高学年からは家事全般受け持ってくれる様になったし…。
まぁ今は取り敢えずそう言った事は置いといて、親父と母ちゃんは親心から心底俺の事を心配してこれを買ってくれたんだ、だったら俺は出来るだけ心配を掛けさせない様に基本安全運転を心掛けないといけないよな……。
「親父、母ちゃん…本当にありがとうな、バイクに乗る時は安全運転を心掛けて乗るからさ。」
「おう、ところで八幡、肝心の単車は何を買うか決めたのか?」
しんみりとした場の雰囲気、空気を換えようと思ってか、親父が単車に付いて質問して来た。
「ああ、色々考えたけど…ZXー25Rにする事にしたよ。」
「ほうニーゴーマルチ、行っちゃうのか!良いんじゃ無ぇか絶対的な速さは無いって聞くけど、あの高回転エンジンのサウンドは其れだけで乗る価値が充分に有るってもんだよな。」
俺が答えると、ジョーあんちゃんが話に入って来た、ああジョーあんちゃんの世代だと四発エンジンの最盛期位だったかな、2ダボとかホーネットとかバリオスとか…。
「だよなぁ、あの甲高いサウンドは気分が高まるよな、けど俺の世代だと2スト全盛期が過ぎようとはしていた時期だったけど、また2スト乗りたいと思うんだが環境とか規制でもう作られる事も売られる事も無いんだろうな…。」
そうか親父世代は2ストなんだな、ナナハンキラーって呼ばれたのはヤマハのRZサンパンの方だっけ?
2ストはエンジン構造もシンプルだから車体重量も軽くて、初期加速とかハンパ無いって言うけど排気ガスもハンパ無くてしかも燃費がすこぶる悪くて、エンブレが効かないって言うし…オマケにお調子にノッてカッ飛ばした挙げ句命を失ったって…まぁこの話は止めとこう。
「そっかあハッチン、バイク買うんだね、あたしも乗ってみたいな、そしたら一緒にお出かけ出来るよね。」
う〜ん、結衣はお世辞にも運動能力高いとは言えないから、何か不安が有るんだよな…けど。
「あ〜結衣ならあれだよな、スズキとカタナをこよなく愛しそうだよな(中の人的に)うん。」
「?」
「おっ、八幡お前もそう思うか!!実は俺も初めて結衣ちゃんと会った時そう思ったんだよな、その声的にもスタイル的「おい親父、それ以上はセクハラ発言だ!また母ちゃんにどつかれるから自重しろ!」おう、スマン気をつけるわ。」
親父…見てみろよ母ちゃんの表情と仕草をさ、ほら右手をメキョメキョさせてんだろう、きっとアレは必殺カァチャンフィンガーを繰り出そうとしてるんだ、多分その内母ちゃんはその右手の甲に紋章を浮かべる事が出来る様になるだろうな…親父アンタは買っちまったんだよ、地獄への片道切符をさ…。
「親父…どつかれる奴はよ不運と踊っちまったんだよ」
親父は俺の言葉に、まるで整備が行き届かず油も注していない機械の様なぎこち無い動きで以てギギギと異音を響かせてはいないが、首を動かし母ちゃんを見遣り、その顔を青褪めさせた…。
「お誕生日おめでとうございます、はちくん、これは私と雪乃先輩と結衣先輩の三人で買ったプレゼントです、受け取ってくださいね私達の愛がたっぷり詰まってますから♡」
「はい」と両手で持っていた包を差し出ししてくれるいろは、それは丁寧に可愛いいリボンを着けてラッピングされていて受け取る俺の照れ臭さを倍加させてくれる。
「お、おう…その、ありがとうな。」
ほんのりと顔を朱に染めた笑顔の三人が眩しくて、思わず礼の言葉もキョドってしまい我ながらぶっきらぼう過ぎるんではないかと思わなくもない。
いや、事実としてその通りと言わざるを得ない、だって愛情たっぷりとか言うんだからな、ムッチャ恥ずいしそりゃ当然だよ!
「ふふっ早く開けてみて八幡君…。」
微かな笑みを湛えた雪乃に促されて俺は包装を解きプレゼントを確認した、その中身は。
「っ!コレって……。」
その中身は正面は白で左右後方は黒の帽子が三個と背中に白いシャイニングスターのエンブレムが飾り付けられていて肩口から袖を脱着出来るタイプの黒い革ジャンと黒いリーバイスのジーンズ501だった。
そっか、だからちょっと前に俺のスリーサイズとか股下の長さとか聞いてきたんだな。
「ハッチン黒が好きって言ってたからさ、昔のテリーさんのに似た衣装の黒バージョンとかどうかなって三人で話し合ったんだよ。」
向日葵の様な笑顔で結衣が、そう補足する様にプレゼントに付いて説明してくれた。
「…えっと…その、ありがとうな…メッチャ嬉しいよ…うん。」
俺の大切な三人の少女達の暖かな心遣いがとても嬉しい、しかもテリー兄ちゃんの衣装を意識してくれたなんて…あれっ何か可笑しいな…視界が妙に滲んでる様に感じるんですけど、気のせいですよね、樹の精…おっと字を間違えました、日本語って不っ思議い!同じ読み方でも違う漢字を宛てるだけで意味する事がガラット変わるんだもんな、まるで『超力ロボ』でもあるかの様に。
「帽子には『KING OF FIGHTER』ってプリントしてもらったんですよ、あと一つづつに小さく私達の名前も一緒にですけどね、はちくん…あんまり気に入りませんか?」
心配そうな不安そうな、そんな顔をして俺を三人が見つめる、俺の表情を見て勘違いさせてしまったのかな、やっぱ俺ちょっと涙を流してしまってたんだな。
「ごめんそうじゃ無いんだ凄え嬉しいんだよ、ただ…KING OF FIGHTERか、まだ駆け出しの半人前の俺がそうなれる迄にどれだけ掛かるんだろうかなって先の事を考えるとな…きっとかなりの時間が掛かるかもだけどさ…其れまで俺に付き合ってくれるかな結衣、雪乃、いろは…」
俺の兄貴達への、テリー兄ちゃんに対する思いを、憧れを、目標を、絆を…そう言った気持ちを三人は汲んでくれたんだよな、そしてこれから先を共に築く俺達の関係をもふまえて。
「うん、勿論だよハッチン!」
「ええ、当然の事よ八幡君」
「はい、何処までも一緒ですよはちくん!」
三人からの返答に俺は、改めて彼女達と出会えた幸運を噛み締める、本当に三人は俺には勿体無いと思わずには居られない。
ありがとう結衣、ありがとう雪乃、ありがとういろは、こんな俺と出会ってくれて。
テリーのジーンズメーカー、設定ではLeeなのだそうですけど自分の趣味で八幡のはリーバイスにしました。
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誕生日のサプライズは心に響く。
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誕生日のサプライズは心に響く。
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保存日時:2021年01月01日(金) 00:52
いろは、結衣、雪乃…三人の暖かな心遣いと、この日集っていただいた皆の心からの祝福の言葉と贈り物に感激した俺の眼からは、知らずの内にひと雫の泪がこぼれ落ちていた…。
やっべぇ〜っ、何か少し冷静になったらものすっごい恥ずかしいんですけど、なんなの俺ってば何で泣いちゃってんのよ!あり得ないだろう泣くとかさ…。
はぁ、もう確定だよ絶対にさ、先ずは小町と母ちゃん、それからジョーあんちゃんと舞姉ちゃんは確実に後で俺の事をイジりにくるし、これから先何かある度にこの事を引き合いに出して来るんだろうな。
ニュータイプでは無い俺にさえ刻が見えるよ、俺はまたしても黒の歴史を築いてしまったんだよ、そうさまさにさコーラを飲むとゲップが出る位確実に!と言えちゃうよ………。
まぁ取り敢えず今は『断腸の思い』と迄は言わないけど、確定された未来の羞恥的で屈辱的なイジラー達からの攻撃に対する反撃方法を考えるのは先送りだ。
この祝ってもらっている場ではな、等と俺が顎に手を当て脳内でこの状況に対してグジグジと考えていたら。
「おっ、静さんコッチですよ!」
と、ジョーあんちゃんが、陽気でそして歓喜を含んだ声を上げ、まさかなお名前を呼んだ…ウソだろうあんちゃん!?
「あっ、ジョーさん、それに皆さんもすみません遅くなりました。」
時刻はまもなく午後八時、今この場に到着したという事は…我ら学生は休みであるにも関わらず、この時間まで学校でお仕事をなされておられたと言う事なのですね…。
「比企谷家の皆さん本日はお招きありがとうございます、それから比企谷…誕生日おめでとう。」
うちの両親と皆に挨拶を済ますと、その人は俺の肩に手を置き祝福してくれたんだけど…なんてこった、まさか高校生になってこの歳で自分の誕生日に、学校のしかも担任教師が参加するなんて。
「ひ、平塚先生…ありがとうございますっ…てかどうして先生が此処に?」
さっきの親父じゃ無いけど、俺も何だか油の切れたメカの様に後を振り向き先生に礼を述べたんだが、いやホントマジなんで『なんでここに先生が!?』を身を持って体験するなんて思ってもいなかったよ俺。
「いや何ね、一昨日ジョーさんと逢った時に今日の事をお聞きしたのだよ、それで昨日小町君から参加しないかとのお誘いを受けてね、ありがたくお受けしたと言う訳だよ。ぽっ…」
おお、なんと!ジョーあんちゃんと平塚先生は着実に交流を重ねていたと言う訳だったんですね、うんそれはめでたい事だと思いますけどね、ジョーあんちゃん平塚先生共に念願のパートナーを得る事が出来るんだからさ、しかし先生自分で『ぽっ』とか言うのはどうかと思うんですけど…命が惜しいから言わんでおこう。
「…乙女かよ…。」
「ん?何か言ったかね比企谷八幡君、フフフフッ…。」
ほへ?俺また口に出したのか、全く以てこの口は…なんでこうゆるゆるなんだろうか、美少女達による『ゆるゆり』ならば大歓迎なんだが…っていやこの場合口ではなく無くて色々と要らん事を考えてしまう俺の思考の方に問題が?
「…あっ、いいえなんでも、てか恋する女性は皆乙女ですよね…アハ、ハハ、ハハハ…ハァ…。」
「うむ、解れば良いのだよ。」
俺の言い訳に気を良くして平塚先生はそう言ったけど、俺ってば実はあまりよく解ってないんだよな、所謂口からでまかせってか、その場しのぎに言っただけの陳腐な言葉なんだが、平塚先生が何を理解したかとか解釈したのかは不明なんだが、まぁ良いや。
「極限流の皆さんはじめまして、私はこの比企谷八幡君の学校で担任を受け持っております平塚静と申します。
本日はあの高名な極限流空手の創始者とであるサカザキ前総帥とその門人であり最強の虎と呼ばれるロバート・ガルシア師範及びその奥方であられるユリさんとお会いする事が出来、大変光栄に思います。」
「うむ、ご丁寧な挨拶痛みいる、しかし堅苦しい挨拶はこれ位にして今日は八幡少年の誕生の日を祝おう。」
そのサカザキ全総帥の言葉により祝宴が再開された、ついでと言ってはなんだが、サカザキ前総帥より『サカザキ前総帥等と呼ばれるのも面倒臭いのでな、これからは沙希坊や大志坊の様にわしの事はご隠居とでも呼んでもらいたい』とのお言葉により、俺達も『ご隠居さん』と呼ばせてもらう事になった事を明記しておこう。
平塚先生がこの会に合流し30分程の時間が過ぎただろうか、俺達が借りたこの会のスペースに舞姉ちゃんと川崎が仕合ったあの時、レフェリー兼リングアナを努めたあの店員さんが「お楽しみのところ失礼致します。」との挨拶と共に一台のノートパソコンを載せたキャスター付のスタンドを運んで来られた。
「…店長、そのパソコンは何なんですか?」
川崎が店員改め店長へ質問、つかこの人此処の店長だったんだ…俺あの時この人の事Gガンのストーカー扱いなんかしちゃったんだけど…スンマセン、心の中で侘びておこう。
「サウスタウンの本店に居られるオーナーから通信が入っていてね…比企谷八幡様よろしいでしょうか。」
川崎の問に答え、次に店長は俺に確認を取る、オーナーと言えばマイヤさんだよな…はてそのマイヤさんが俺に何の用があるんだろう…しかも向こうはまだ早朝と言うにも些か早い時間帯だよな。
「…あっ、はい…!?」
俺の返事を聞き、店長はそのノートパソコンを開く、そのパソコンにはウェブカメラとスピーカーマイクが取り付けられていた。
そして間もなく、モニターに映像が映し出され、その映像に映っていたのは。
『ヨシ、繋がったか!よう八幡元気にしていたか!?』
モニターの中、二本の指を額付近でシュッと軽く振りながらそう言ったのは…
其処に居るのは間違い無く、数年前に腰の辺りまで有ったロングな髪を肩の辺りまでバッサリと切った、てかそれでも十分長髪なんだが…。
「…なっ、テリー兄ちゃん!?」
それは紛れも無いあの日俺を救ってくれた、俺にとって一番上の、一番尊敬する兄貴(何かこの言い方だと兄貴達に順列を付けているみたいに感じられてしまうかも知れないが、俺は兄貴達皆等しく尊敬しているんでココを勘違いしないで欲しい)テリー・ボガードその人だった。
『ああ俺だ、元気そうだな八幡『テリー、もう少しモニターから離れないと皆が映らないだろう。』おっとスマン。』
「今の声は…ロックも居るのか!?」
『ああ居るぜ、てか俺だけじゃ無いけどな。』
テリー兄ちゃんがモニターから距離を取った事により、モニター内にパオパオカフェ本店、一号店の店内の様子が幾分か見て取れ、当然今声を発したロックの姿も映っている、そして。
『やあ、八幡誕生日おめでとう、すまないね直接祝ってあげられなくて。』
「アンディ兄ちゃん!?」
「えっ、アンディ!?テリーお兄ちゃん達と一緒だったの!?」
その声に真っ先に反応したのは当然アンディ兄ちゃんの奥さんである舞姉ちゃんだ。
舞姉ちゃんは反応するとほぼ同時にパソコンモニターの前に移動し、語り掛けた…流石はくノ一だな移動速度が半端ないぜ。
『やあ舞、無事にキングオブファイターズも終了してね、昨夜は皆で兄さんの優勝祝賀会を此処でやっていたんだよ。
残念ながら北斗丸は三回戦でロックに負けてしまったけどね…。』
『オイラも居るよ、よっ八兄ぃ元気?小町っちゃんは居る!?』
アンディ兄ちゃんを押しのけるように北斗丸の奴が入って来やがった。
「ハイは〜い、小町は此処だよ!元気そうだね、まるくん。」
今度は小町が俺に引っ付きモニターの中の北斗丸に返事をする。
『小町っちゃん、オイラもうすぐ師匠と日本に帰るからさ、そしたらデートしようね!』
北斗丸の奴は小町を見るやいなや早々にとんでも発言をしやがった、こんにゃろまだ小町の事を諦めていないのかよ。
「おいふざけんなよ北斗丸、お前に小町は渡さん!小町の相手は俺とロックよりも強い奴じゃ無きゃ認めんからな!」
『何だよ八兄ぃ!恋愛は自由じゃんかよぉ、オイラ小町っちゃんが大好きなんだから良いじゃん!?』
コイツは初めて会ったその日から何故かやたらと小町に懐いていたんだよな、小町も何かこいつの事を弟みたいに可愛がっていたし。
『そうだな、小町は俺にとっても妹だからな、当然八幡の言う通りだ北斗丸、俺と八幡に勝てないようじゃ小町の事は到底お前には任せられないぜ。』
『ちぇっ、ロック兄ぃまでそんな事言うのかよ…良し決めたオイラ絶対に八兄ぃにもロック兄ぃにも勝ってやるんだからな!』
「はん!返り討ちにしてやる。」
北斗丸の必勝宣言に対し俺はそう返してやる、しかしコイツはアンディ兄ちゃんの弟子で、その将来性をアンディ兄ちゃんも認めている。
コイツがこれから先、更に本気で修行に打ち込めばきっとかなりの実力者になるだろうな、しかも今回の大会、初出場で三回戦まで進出してるし。
こいつは俺もうかうかしては居られないって事だな、小町の為にもさ…うん。
「うはぁ〜っ、ショタっ子キマシタワーァァっ!ブハッ…愚ふぇふぇ…。」
人が決意も新たにしていれば、いつの間にかモニターをのぞき込んでいたらしき腐女子さんが、北斗丸の姿に興奮し始めた、見境い無ぇなおい。
『ひぇっ!?誰だよこの姉ちゃん?』
モニターの向こうからでもその腐のオーラが感じ取れたのか、北斗丸は思わず腐女子さんにビビり、後退った…凄えな腐のオーラ。
バイストン・ウェルに召喚されたなら一体どれ程の聖…否逝戦士になるんだろうか、逝っちゃう戦士で逝戦士な…ブルルッ、いかん想像したら思わず身震いしちゃったぜ。
「あっ、コラ姫菜自重しろし!……はぁけど三人共ちょーカッコいいし…。」
あーしさんがモニターから腐女子さんを引き離し、モニター内でもアンディ兄ちゃんが北斗丸を引き離している。
やっぱりアンディ兄ちゃんもあーしさんも苦労人気質なんだな、尊敬するぜ二人共。
なのであーしさんがテリー兄ちゃん達にときめいている事は葉山には内緒にしとくよ、しかし腐女子さんと来たらモニターから離されつつも『愚腐腐、新しいカップリング、ハチホクキマシタワー』等と言っているし…もうどうにかしてくれよ誰か。
何だよハチホクって!?何時もならハチが後ろに来るのにっ、てか何か凄えゴロが悪いんだけど…。
ひと騒動あってグダってしまったが、改めて俺達はモニターの向こうのテリー兄ちゃん達との会話を再開した。
『ジョーから聞いたぜ八幡、お前ジョーとかなりいい勝負したんだってな…フッ、成長したな。』
ニカッと笑いテリー兄ちゃんはそう言ってくれた。
『ああ、その仕合い僕も見たかったよ八幡…よくやったね。』
テリー兄ちゃんとアンディ兄ちゃんは俺とジョーあんちゃんが仕合った事を知っていて、まぁテリー兄ちゃんが言うようにジョーあんちゃんが電話ででも話したんだろうけど、その結果を(俺の健闘と言っても良いか)を讃えてくれた。
「ありがとう、テリー兄ちゃん、アンディ兄ちゃん…。」
『コイツは俺もうかうかしてられないみたいだな八幡、まぁ次に闘る時も俺が勝たせてもらうけどな!』
更にロックの奴が祝辞とも挑発とも取れる言い回しで以て、語り掛けてきた。
「ハン、そいつは俺のセリフだぜロック、たった一個勝ち星が多いからってよそんなもん直ぐにでもひっくり返してやるよ。」
俺とロックは互いにモニターを通して右の拳を前へ突き出した、二人してニヤリと笑みを浮かべて…誰だよ俺の場合はニヤリじゃ無くてニタリだろう、とか言う奴は!?
『おいおい二人共、闘りあうなら直接会ってからにしろよな、ところで八幡…お前のガールフレンド早く紹介しろよって、去年からそう言ってんだろう。』
遂にこの時が来たか…高校の入学の日に結衣と友達になり、その日の内に母ちゃんがテリー兄ちゃんに連絡して、何れ紹介しろよと言われてたんだよなぁ。
「おうテリー、この野郎の彼女達皆びっくりする位の可愛娘ちゃん揃いなんだぜ、見て驚くなよ!」
『よう!ジョー、お前もいい人が出来たんだろう…ついでにその彼女も紹介しろよなってか彼女達だって、すると八幡のガールフレンドは何人も居るのかよ、ヘイ!ロックお前コッチ方面じゃ八幡に負けてんじゃ無いかよ!。』
『うっ…うるせぇな、俺は別にそんな事はどうだって良いんだよ!』
テリー兄ちゃんはモニターの向こうでロックの事をウリウリと弄りだした、ロックのヤツ女子に対する免疫、相変わらずみたいだな。
『けどロック、お前だってあの拳法使いの娘とそれなりに話しなんかしてただろう、ガールフレンドをつくるチャンスだぜロック!』
『………うっせ…。』
ほほう、ロックの奴も女子と出会ったのか、しかも拳法使いって事はその娘も今度の大会の出場者だったのか、へぇ。
「えっと、紹介するよ…。」
モニターの前に左から雪乃、結衣、いろは、そして川崎と留美を座らせ、俺との関係を説明。
『いやぁ、コイツは驚いたぜ!まさか三人の女の子に結婚を申し込まれるとはな、しかもジョーの言う通りとびっきりのキューティーガールばかりたぁ…やるじゃ無ぇかよ八幡!』
『しかも、小さな女の子を弟子にしたってのか…フッ良いと思うぜ、誰かに何かを伝えるって事は、そいつによって自分のこれ迄の道程の再確認にもなるし、初心ってヤツを見つめ直す切っ掛けにもなるしな。』
『うん、兄さんと同感だね、八幡しっかりと留美ちゃんに伝えるんだよ、技だけじゃ無い、君がこれ迄に僕達から学んだ物と自分で掴み取った物をね、それから雪乃君と結衣君といろは君、八幡の事をよろしく頼むよ。』
『ああ、俺達の弟の事頼んだぜ、ユキノ、ユイ、イロハ!』
「「「はい!」」」
テリー兄ちゃんとアンディ兄ちゃんから、俺の事を託された三人がにこやかに華やかに、そして元気に返事をする。
『OK!良い返事だぜ三人共、しかしな…う〜んユイとは何処かで会った事がある気がするんだが、ソイツは俺の気のせいか?』
凄えテリー兄ちゃん、朧げとは言え結衣の事を覚えていたんだな、大した記憶力だよ。
「ああテリー兄ちゃん、気のせいじゃ無いよ、あの日の大会で結衣はテリー兄ちゃんに花束を渡した子供達の内の一人なんだぜ、あと此方のいろはもな。」
『OH!マジかよソイツは素晴らしい偶然ってヤツだな!そうだったのかよ俺達はあの日の皆出会っていたんだな!』
素晴らしい偶然か、うん全くその通りだよな、神様なんて物が存在するかなんてどうでも良いけど、もし居るんだとしたら俺はソイツに感謝してやるよ、素晴らしい出会いをありがとうってな。
『ユイ、サンクス!お前と出会えたお陰であの日八幡の心は随分と救われたんだぜ!』
「ふぇっ!?あっ…はい?」
『…うん、君の屈託の無い素直な笑顔が八幡を救ったんだよ。』
テリー兄ちゃんとアンディ兄ちゃんからの言葉に結衣は最初戸惑っていたが、その理由が判り顔を赤く染め…はうぅなんて言っている、全くもう…可愛いじゃ無ぇかよ…。
『しかし極限流の使い手か、コイツもまた偶然か…ちょっと待ってな、ヘイ!マルコのオッサン起きろよ、日本のお前さんと同じ極限流の門下生が居るぜ!』
へっ…今テリー兄ちゃん何て言った?
マルコのオッサンって、もしかしてあのロドリゲス師範代か!?
そう言や今回の大会ロドリゲス師範代も参加しいたんだよな!
それがテリー兄ちゃん達と一緒にパオパオカフェ本店に居るのか、しかもテリー兄ちゃんの祝勝会にも参加してたのかよ。
『ムムムぅ…如何にもワシが、何時も心は錦ゴイ!極限流空手門下生が一人マルコ・ロドリゲスである!』
テーブルにうつ伏せて眠っていたと思われるロドリゲス師範代はテリー兄ちゃんの呼び掛けに、ガバリと身を起こしそう宣言する様に宣ったが、その声には眠気と酔いが混じっている様に見受けられる…テリー兄ちゃん、相当飲ませたな。
「えっ!?マルコ師範代が居るんですか、其処に!?」
川崎がその意外な現実に驚きの声を上げ、更にその声に反応して。
「何やて、其処に居るんかいなマルコの奴!!」
ガルシア師範が立ち上がりモニターの前に陣取り、それに続いてサカザキのご隠居さんとユリさんもモニターを見る。
「おいマルコ!お前其処で何やっとんねん?」
「うむ、マルコよ何なのだその体たらくは…。」
「あちゃー、マルコくんこれお兄ちゃんに知られたら、地獄の特訓コース待ったナシだよ…。」
極限流の御三方に呼ぴ掛けられ、モニターの向こうのロドリゲス師範代の様子は目に見えて、恐怖に駆られている事が見て取れる。
『な、なっ、前総帥にガルシア師範、そしてユリ様まで…何故御三方がその様な場所に!?』
直立不動の姿勢で、ロドリゲス師範代は極限流の御三方に問うた、ロドリゲス師範代は画面の向こうであっても解るくらいに冷や汗をかいている。
ロドリゲス師範代は今大会、準決勝でテリー兄ちゃんと対戦し敗北、その大会終了後テリー兄ちゃんに誘われ祝勝会に参加し、へべれけになる迄飲まされたとの事だった。
なので皆さんあまりロドリゲス師範代を叱らないでやって下さい、
「まぁ良い、マルコよ今回の敗北に学び更に精進するのだぞ!」
『押忍!』
ご隠居さんのお言葉にロドリゲス師範代は恐縮しきりながらも返事をし、モニターから下がっでゆく『失礼しました』と一言挨拶をして。
『しかしまさか極限流の開祖と最強の虎が八幡と出会っていたとはコイツは一体…まるで何処かの誰かに仕組まれでもしたみたいだな。』
挑戦的な眼差しでテリー兄ちゃんはモニターから極限流のお二人を見ている。
対するお二人も同じ様な眼差しで、テリー兄ちゃんとアンディ兄ちゃんを見返す。
「ほう良い眼をしている…流石はジェフの倅達、そしてタン殿と半蔵殿の弟子と言ったところか。」
『へぇ、アンタ親父だけじゃ無くタン先生や半蔵さんの事も知ってるのかい、格闘の世界ってのは広い様で案外狭いモンなんだな。』
「うむ、まだ極限流を編み出すよりも前のヒヨッコだった頃にな、わしが十五の若き日に、やはりまだ若き半蔵殿とタン殿に挑んで返り討ちにされたわ、フハハハハッ…いやお二方共大した方であったわい。
そしてジェフもまた、天晴な漢であったぞ倅達よ!」
ご隠居さんのその言葉にテリー兄ちゃんとアンディ兄ちゃんは、とても嬉しそうな表情をしている。
そりゃあ自分が目標としている人達を高く評価されれば嬉しくもなるよな、俺だってそうだもんな、兄貴達が同じ様に評価されると嬉しいし。
暫し極限流の御三方とテリー兄ちゃん達が語りあい、そして再び俺達がテリー兄ちゃんとアンディ兄ちゃんとロックと話す。
『…て事でな、もしかしたら秋にはそっちに顔を出せるかもしれないんだ、八幡その時迄に今よりもずっと強くなっておけよ、良いな。』
「ああ、当然だよテリー兄ちゃん、ロック!」
俺はもう一度、モニターへ向けて拳を突き出し、モニターの向こうの三人も同じ様に返礼の様に拳を突き出した。
それは再会の約束の印にして、証。
こうして俺の十七回目の誕生日は生涯の記憶に残る程濃密なものとなった。
秋が来るのが今から楽しみだ、果たしてこの秋はどんな季節になるんだろうかな、その前に近日中には極限流の道場へと足を運ばないと行けないんだけどな。
八幡の得意技?スリッピングアウェーですが、必殺技とするならば顔面攻撃限定の当て身技扱いでしょうか。
顔面への打撃攻撃ならばパンチ、キックに拘らず通常技、特殊技、必殺技問わずに有効。
コマンドは←↙↓↘→AorC、コマンド入力成立後三秒間有効、その時間内に顔面への攻撃を受けると発動、ただしそれ自体に攻撃力は無く、発動すると相手はバランスを崩し硬直、その間に技を叩き込む。
尚、相手が顔面攻撃をしないようならば任意のボタンで何時でもキャンセル可。
対サキサキで見せたのは、スリッピングアウェー(←↙↓↘→C)〜特殊技リバーブロー(近立ち↘↘A)〜超必殺技ライジングスピンキック(↓↘→↓↘→BC)
欠点として、顔面以外への攻撃を放たれると、防御しようと打撃を受けようと無効化される。
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俺達が極限流道場を訪れるのは間違っている。
皆の優しく暖かい思いに触れた十七回目の誕生日からはや二日、落ち込んだりもして無いし私は元気です。
皆さんは如何お過ごしでしょうか?比企谷八幡十七歳です(マジの十七歳なのでオイオイの突っ込みは必要無いよ!)
今日この日、俺は川崎姉弟の案内のもと、ジョーあんちゃんと平塚先生、雪乃と結衣といろはそして留美と共に東京は○○市の閑静な住宅街から更に外れた辺鄙な場所に構えられた『極限流空手道場日本支部』にお邪魔する事となっていたので現在はその道中だったりする。
舞姉ちゃんはと言うと、何時までも道場を閉めている訳にはいかないと昨日不知火道場へと帰って行った。
てか明日にはアンディ兄ちゃんと北斗丸が帰国するからな、舞姉ちゃんとしては愛する旦那さんを出迎えてあげたいのだろう、何時までもお熱いお二人さんだよな………あと序に北斗丸も。
しかも小町までもが舞姉ちゃんと共に不知火道場へ行っていたりする。
『お兄ちゃんの分まで小町がアンディお兄ちゃんと丸くんのお出迎えしてあげるからね♡』との事だ。
まぁそう言う事だしな、俺も快く行かせたんだけど、よくよく考えたら俺も近い内に向こうへ行くつもりだったんだよなぁ……。
てか小町のやつ実は舞姉ちゃんの単車の後ろに乗りたかっただけなんじゃないかと俺は推測してるんだが、多分それが正解だな。
はぁ…しかしやっぱイカスよなZ900RS Cafe、ノーマルのマフラーであのサウンドだもんなぁ、いつかは俺も乗りたいなぁCafeとは言わないけどさ。
…っとまぁ前書きが長くなったが、俺の近況はそんなトコだ。
「なぁ、やっぱアレかな固定資産税とかそう言った諸々の事を考慮して、極限流の道場はこんなに辺鄙な場所に建てたのかな。」
電車とバスを乗り継ぎ、最寄りのバス停から徒歩で極限流空手道場を目指しながら、俺は極単純に感じた疑問を口にだし。
「全くお前ぇはいきなり何を言い出すのかと思えばよぉ、けどまぁその可能性はかなり高いんじゃ無ぇのか、それとプラス道場ってのはそれなりの大きさが必要だからな、特に極限流ってぇのはお前やテリーの八極聖拳と同じ様に気を操る流派だからな、そいつを考慮すりゃあなるだけ安くて広い土地が必要になってくらぁな。」
ジョーあんちゃんが答える、うんまあ確かにそうかもだけどさ、けどいくら辺鄙っても東京都内となりゃあ土地の価格とかだって千葉より高額になるんじゃねえの、多分。
「そうだよなぁ、幹部の人達の給料とか税金とか諸雑費とか引いて、当然経営するからには利益とかも考えなきゃだからな、そう考えるとどれ位の人数の門下生と一人頭の月謝を取る必要があるんだろうな。」
まぁ極限流空手のネームバリューを考えりゃ入門したいって人はかなりの人数になるだろうけど、何たってその修練の厳しさでも知られてる流派だしな、だが長続きしない人だって当然出てくるだろう。
『耐えろしごき、越えろ限界、力試すにゃ丁度いい♪』…なんてダンガ○ドAのED唄いそうになるけど当然そんな生半な訳ゃ無えわな、なんせ自分の孫にトラウマ植え付けるレベルのお人が創始者だからな。
てか、何気にダンガ○ドAの主人公と極限流空手の創始者って、どっちも『タクマ』だな、その『タクマ』が父親か息子かの違いはあれど。
しかもその親父は主人公である息子と相対するのに鉄仮面?を着けてるし、サカザキのご隠居さんは行方を晦ましている間に天狗の面を被っていてその格好でサカザキ総帥やユリさん達と再会したとかって言うし、なんか色々と凄えな…まぁ今はどうでもいいか。
「うわっ、何かハッチンとヒガシさんが世知辛い話してる!?」
なんてノリ突っ込みぽい感じで結衣が声に出して驚いた様に言って来た。
いやそうは言うけどな結衣さんや、慈善事業とかボランティアとかじゃ無いんだからさ、利益を考えるのは当然じゃないか?と俺がその様に思っているとジョーあんちゃんが、その結衣に答えた。
「そうは言うけどな結衣嬢ちゃん、経営者が利益を考えるのは当然必要な事なんだぜ、なんつってもな儲けが出なきゃよ幹部連中に給料だってまともに払えないからな、やっぱよ気持ちよく働いてもらう為にはそれなりの額を払わなきゃだしな。
こん中では…八幡と沙希嬢ちゃんはバイトしてっからは解ると思うけどよ、やっぱもらう金額が高いとモチベーションも違って来るだろう、俺も若いの育てるのにジムを開いてからはそこいら辺りの事を考える様になったんだぜ。」
俺と川崎はジョーあんちゃんの言葉に頷く、ああそうだよなムエタイのリングにこそ今は上がらないけどジョーあんちゃんは、現役の選手と会長を兼ねてんだよな、そうなると経営者としての手腕や力量ってのも当然ながら必要になって来るんだろう。
「ああジョーさんの言うとおりだよ由比ヶ浜、経営者と言うのはやはりその様な視点を持たなければならないんだよ。
何より第一に利益を上げる事と従業員の生活の安定を考えなければね。
経営状態の良い会社に就職すれば、当然貰える給金だって高いだろう、さすれば社員は豊かで安定した暮らしが出来るというものだろう。」
ジョーあんちゃんの言葉に至極御尤な発言だとばかりに平塚先生がそれを補足する様に語ると“特に”結衣といろはの二人は『なる程、そうなんだ』と感心仕切りの様子だ。
いやね君たち…もし自分が就職活動する事を考えるとさ、やっぱり社員の暮らしぶりに迄心を配ってくれて業績の良いホワイトな会社の経営者とそうでないブラックな経営者の会社ならさ、当然前者を選ぶでしょうが…まぁでもそう言う企業は倍率も高いだろうから入社出来るかどうかは別問題だけど。
「所で八幡、お前ぇ今のトコで時給どれ位貰ってんだ?」
その流れに乗ってジョーあんちゃんが聞いてきた、ハハッ!実は俺っていつかこの質問をされる事を待っていた!
何故なら、なんと言ったって暫く前に遂に俺の時給の額がアレに達したからだったりする、だからこのネタをメッチャ言いたかったんだよ。
「おう、時間給でルチ将軍の知能指数だ!」
……………………あれ、反応薄!?
「また何時ものごとく、しょうも無いくだんねぇネタなんだろうが、一体誰だよルチ将軍ってのはよぉ!?」
知らないのかよルチ将軍……。
「……知能指数1300がお約束のセリフの人だよ、因みにCVは神○明さんな。」
……おっと皆の視線が痛いぜ、人それを自業自得と言う。
「所であんちゃんは明日タイへ帰るんだよな、それと平塚先生も本当に一緒に行くんですよね?。」
明日ジョーあんちゃんもタイへ発つ、それは舞姉ちゃんと同様に何時までもジムをホア・ジャイさんだけに任せている訳にはいかないって事もあるし、それに秋以降に欧州方面で開催されるいくつかの格闘大会参加のオファーが来ているそうで、それへ向けてのトレーニングも開始しなきゃならないから。
「おう、この一週間ばかり気楽に過ごせたしよそれに八幡、お前ぇの成長もしっかり見れたしな、今回の帰国は俺にとっちゃかなり良い刺激になったぜ。
それに静さんとも出会えたしよ、まぁそれもあってだな、一度静さんにタイでの俺の普段の暮しっぷりを見てもらいたいと思ってな。」
俺の問にジョーあんちゃんは最初は元気に男臭い笑顔で受け答え、それから平塚先生の事に及んだ時にはいい歳こいて少年の様に照れ臭そうに語ってくれた。
その隣で同じく平塚先生も、何だかまるで初恋が実った少女の様に頬を染めているし……ははっ、良かったっすねお二人さん。
今回のジョーあんちゃんの来日は、あんちゃんにとっても平塚先生にとってもすごく実りのある物になったんだとその二人の様子からも窺い知る事が出来る。
「うん、この夏季休暇の間にじっくりと見させてもらって来るよ、タイでのジョーさんの有り様をね。」
平塚先生すっげえいい顔だな、俺から見ても平塚先生って舞姉ちゃんにも勝るとも劣らないって位の美人だと思えるもんな、その人がこんな魅力的な微笑みを見せるんだから、ジョーあんちゃんも堪んねえなだろうな。
コレでもう少し普段の言動が大雑把でなけりゃな平塚先生。
「老婆心ながら平塚先生、料理とか習いたいなら雪乃か川崎かもしくは結衣のお袋さんに習ってみたらどうですか、なんたってやっぱり男を完落ちさせたきゃ先ずは胃袋を掴まなきゃですよ、何せこの兄貴は大食らいっすからね。」
俺のその一言に平塚先生はフッと優しく微笑み『その時は宜しく頼むよ』と静かな声音でそう言った。
三人もそれに対し笑顔で快く『はい』と返事をかえすが、何故かいろはがムスッとした顔で俺を睨んでいるんだが…はて何故に。
「はちくんはどうして其処で私の名前を出さなかったんですかね?私だって料理には自信があるんですけど、それを知らないはちくんじゃ無いですよねどうしてですか?意地悪しているんですか?ハッ何だそうなんですね『いろはの料理の味は俺だけの味だから、門外不出誰にも味あわせ無いぜ!』って意思表示なんですね、もうもうそうならそうと早く言ってくださいよぉ、エヘヘぇイヤですねはちくんはそんなにいろはちゃんを独占したいんですね、そんなに心配しなくても私ははちくんのお・よ・め・さぁ・んになるんですから心配は不要ですよ♡」
始めはプンスカしていたいろはだったが、自分で言っている内に段々と都合良く自己解釈、それとも事故解釈?をはじめ、終いには両頬に手を添えいやんいやんと身体を左右に振るいろはに俺は言葉も出なかった。
何時もながらいろはの此の超高速長台詞には驚かされるわ、まぁ確かにいろはだって料理の腕は確かだと思うけどな、その腕前が発揮されるのは特にお菓子とかの、所謂スウィーツ系だしな…。
だが確かに甘党の俺、はいろはのつくる甘味に既に胃袋を掴まれていたりするし、それを味わえる事を幸福に思っていたりしますです、ハイ。
と、この様にグダグダとしゃべくりながら歩き、漸く俺達は本日の目的地に到着した。
「着いたよ、此処が極限流空手道場日本支部だよ。」
川崎が指差した建物は、正面に乗用車が10台ほど停められそうな駐車スペースが確保された二階建の建造物。
ネットで調べた情報だと道場は畳百畳の広さを確保、二階には更衣室はじめトイレやシャワールームを完備。
事務室と十人ほどの人が泊まれるベッドルーム迄設えられているとの事だ。
「ほお、こうやって見ると確かに中々の大きさだな。」
「ああ…マジにデカイな。」
ジョーあんちゃんと俺は、その外観の意外な大きさに対する単純な感想を述べる、道場の内側を見ていないので今のところそれ以外の感想の懐きようが無いんだけどな。
「中の設備だって中々の物っすよ。」
大志の随分と久方ぶりに言ったセリフがそれである、そう言や居たのねお前ってば……。
若干得意気に見えるその表情からは、大志のこの道場に、ひいては極限流空手に対する誇りと愛着が感じられる気がする。
「だろうな、ネットに上がってる画像からもそれは解るが、しかしお前久方振りのセリフがそれかよ、何気に今のお前のセリフ『中』ばっかだな。
まぁアニポケの第一シリーズのオープニング程じゃ無いけどな。」
「なっ、何スカお兄さんそれ!?俺そんなに喋って無く何かないでしょう!」
いやお前これ迄殆どセリフどころか出番さえ無かったからな、前々回の朝の修行回だって一言だけだったし。
「あと俺はお前の兄貴じゃ無え、お前にも北斗丸にも小町はやらん!!」
ガルルゥッ!と俺は不貞な輩である大志を威嚇する、てか小町は多分今でもロックの事が好きなんだろうからな、ロック以上の男じゃ無きゃ小町の方も恋愛対象として見ないだろうけどな。
「はぁーっ、八幡君何時までもこんな所では何だしいい加減先方にご挨拶に行くべきではないかしら。」
「雪ノ下の言うとおりだよ、いい加減ご隠居や師匠も待っているだろうしね、と言うか比企谷、あんたアタシの弟に何か文句でもあんのかい!?」
おっと、流石は我がグダグダパーティーの数少ない常識人枠で在るところの雪乃嬢と川崎嬢、てか川崎さん千葉の兄としては妹に迫る虫は……って、なんて恐ろしい目をしてるんですかねぇ……。
「おっ、何でもないですじょ…。」
川崎のあまりにも恐ろしい眼光に俺はたじろぎ、発したセリフも思わず…。
「あっ、ハッチン噛んだ!」
「噛みましたね!」
「ええ、誤魔化しようも無いくらいに見事に噛んだわね。」
我が親愛なる少女達に此処ぞとばかりに突っ込まれてしまった、これぞまさに比企谷八幡一生の不覚と言うべきか。
なんてな、そんな大袈裟なこっちゃ無いな、うん無い。
気持ちを新たに、俺達は川崎姉弟を先頭に洞窟へ入る、さながら俺達の立ち位置は川○浩探検隊で川崎姉弟はカメラマンと照明さんか…嘘です、極限流空手道場の正面玄関からお邪魔する。
「押忍、皆さんご無沙汰をしております、川崎沙希及び川崎大志只今帰参致しました。」
道場全体によく響く大きく澄んだ声で川崎が挨拶の言葉を述べ、道場内で鍛錬を積んでいた門下生と指導にあたっていたと思しき幹部の方達の視線が俺達に集中する。
道場内の人々の様子は、川崎姉弟を知る人は驚きと喜びの相まった表情で、二人を知らぬ人には『誰!?』と疑問を浮かべた顔をしている。
その中で一際大きな体格をした、三十代後半位の年齢だと思われる道着姿の一人の壮年の男性が進み出て、喜び顕に川崎姉弟に語り掛ける。
「おおっ沙希に大志か、大きくなったな二人共、話はご隠居とロバート師範に聞いているぞ、よく来たな!皆さんもようこそ極限流空手道場へ。」
「押忍!ご無沙汰をしています黒岩師範代、お元気そうです何よりです。」
俺達に真っ先に挨拶をしてくださった方は黒岩鉄夫師範代と言う方で、私立高校の教師を務める傍らこの極限流空手道場で師範代をも務める、身長195Cm体重105Kgの何処ぞの初代主人公な巨体を誇る、見た目からしてTHE強者な雰囲気を醸し出す強面フェイスのお方だ。
その強面なお顔に満面の笑みを湛えて俺達に挨拶をしてくれていて、所謂好相を崩すって状態のお顔なんだろうが、もし仮に俺が格闘の道を選ばなかったとしたら、先ず決してお近付きになりたくは無いタイプのお人だな。
「ああ、何だ…本日はお招き頂き一同を代表しています感謝します。」
我がパーティー最年長のジョーあんちゃんが黒岩師範代に挨拶を返すが、何気にあんちゃんが畏まった物言いをすんのって珍しいな、春ならぬ夏の珍事ってところかな。
「おお、話には聞いていたが本当にムエタイチャンプのジョー・ヒガシ殿がご一緒とはな今日はよくぞ参られた!ゆっくりして言ってくだされ……とまぁ堅い挨拶はこの位で、後は普段のテレビなどで見るジョー・ヒガシで構わんよ。」
黒岩師範代はジョーあんちゃんに右手を差し出しながら、普段通りを促す。
ジョーあんちゃんもまた右手を出し二人は固く握手を交わし、そういう事ならと口調を元に戻した。
うん、やっぱジョーあんちゃんはそっちの方がシックリ来るわ、畏まったあんちゃんなんてのは違和感の塊でしかないからな。
「もう、間もなくすればご隠居達も参られるだろう、それ迄皆の鍛錬の様子でも見学していると良いだろう。」
黒岩師範代の勧めにより、俺達は道場の一区画を借り、その練習風景を見学させて頂く事とした。
ミットを構えた指導者へ拳打を撃ち込む者、ウォーターバッグを叩き込む者達に組手をしている門下生に、そして極限流の代名詞たる気の鍛錬を行っているであろう者達、現在この場で鍛錬を積んでいる門下の人達は総勢三十人弱ってところかな。
「ははははっ、今日は綺麗どころのお嬢さん方の目があるものだから、皆いつも以上に張り切っているな!」
はぁ、成程ね…男ってのはやっぱ単純な生き物なんだな、黒岩師範代の言葉に俺はしみじみとそう思ったわ…。
まぁ勿論それだけじゃ無いって事は解るけど、中にはウチの女性陣など目もくれずに鍛錬に打ち込んでいる人も沢山いる訳で。
だが、たしかに黒岩師範代の仰るとおり女性陣をチラ見見ている門下生も見掛けられる、オイオイ………。
十数分程の時間が過ぎた頃だろうか、極限流空手道場の正面玄関が開かれて現れたのは、本日俺達を此処へ招いてくれた御三方が『今帰ったでぇ!』の言葉と共に道場へと帰還された。
極限流門下のオリキャラを出しました、名前の由来は知る人ぞ知る。
その容姿は原作とは真反対ですけど、と言うか何分古いので原作自体チラ読みしかしてないんですけど。
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極限流との交流、そしてまさかの……。
極限流空手道場へとお招きいただいた俺達一行は、あいにくと不在だったご隠居さん達が帰られるまでの間、門下生の皆さんの鍛錬の様子を見学させていただいた。
それから十分程の時間が過ぎた頃、ガルシア師範の『今帰ったでぇ!』の言葉と共に、お三方が道場へと帰還された。
『押忍!お帰りなさいませ!』
幹部の皆さんはじめ門下生の方々が一旦修練の止めお三方へ挨拶をする、おおっ…スゲえ統制が取れてんな。
と俺は、その様に感心してしまった、つか川崎姉弟も皆と一緒に挨拶してたんだけどね、やっぱ二人共この道場へ通っていた頃の習性つか習慣が残ってやんのね…ははっ。
「おお、皆おおきにな、俺らの事はかまへんから皆鍛錬に励んでくれや。」
ガルシア師範は道場の皆に手を挙げ答えると鍛錬の再開を促し、そして道場内の俺達の存在に気が付くと三人揃ってこちらに歩み寄りながら友好的に声を掛けてくれた。
「おっ、スマンな待たせてしもたようやな、よぉ来てくれたな八幡にムエタイチャンプにお嬢さん方に、沙希と大志も皆の案内ご苦労さんやったな。」
「うむ、皆さんよくぞ参られた、大したもてなしも出来ぬがゆっくりしていってくだされ。」
「やっ!皆いらっしゃい。」
ガルシア師範、サカザキのご隠居さんにそしてユリさんと、お三方は順繰りに歓迎の意を表してくれたは良いのだが。
「ねぇねぇ沙希ちゃん、どうなのあれから少しは八幡君と進展はあったの?ねぇねぇ!?」
と、挨拶が終わるやいなやユリさんは川崎に対してとんでもない事を言い出してくれやがりました。
てか本当に止めて下さい、そう言った発言は!
「ちょっ…ユリさんは何を言っているんですか!?あっ、アタシは別に比企谷の事なんて…………。」
ちょっマジで何を言ってんだよユリさんは、見てくださいよ川崎は顔を赤く染め怒りに身を震わせて?否定してくれているじゃないっすか、それにほらほら、こっちでは三人の少女から何か恐ろしいまでのダークオーラを纏っているし、思わず俺のナニがキュッと縮こまってしまったじゃないっすか。
何ならもう三人揃って、修羅道に突入してこの場に屍山血河を顕現させてしまいそうまであるぞ、コレ。
「皆どうだね、我が極限流の門下の者達の鍛錬の様子は、沙希坊と大志坊には懐かしかろう、八幡少年とヒガシ君はどうかな?」
サカザキのご隠居の質問に皆口々に己の抱いたこの道場の感想を述べる、女子達はこの道場の熱気に圧倒され、まだ小さな少年少女の門下生までが鍛錬に励んでいる事に驚きを禁じえないとも。
「そうっすね、何かスゲえ懐かしいっす俺、俺もあの子達みたいに此処で修行してたんすよね、黒岩師範代やご隠居さんに色んな事教わって…。」
「アタシもですご隠居、アタシ達姉弟は此処で皆さんに良くしていただいて、此処での修行の日々があったからこそ今のアタシがいるんですよね、その事を再確認出来ました。」
サカザキのご隠居さんは皆の述べる感想を聞き満足そうに頷くと、俺とジョーあんちゃんに目を向ける。
「ああ、まぁ何だ俺もジムを開設して指導者となった身だしな、それなりに参考にはなったぜ。」
ジョーあんちゃんは、あんちゃんらしい素直では無い言い回しを以てこの道場に対する評価を下すが、ジョーあんちゃんときたらこの道場へ招き入れられてからずっと、感心した面持ちで皆の鍛錬の風景を見ていたくせにな。
「はははっ、そうか……。」
サカザキのご隠居さんは、そのジョーあんちゃんの評価に呵々と笑うと、次は俺へと目を向ける。
なので俺も、此処はその視線に対して真剣に答えるぺきだろうな、ネタとか抜きで。
「…そうっすね何てか…もしかするとこの中から将来、次代の無敵の龍や最強の虎が現れるかもって思うと何だか楽しみっすね。」
その俺の言葉にサカザキのご隠居さんだけでは無く、ガルシア師範とユリさんまでもが嬉しげに微笑んだ。
やはり創始者として、そして指導者としても無敵の龍や最強の虎の二つ名を継承させられる様な後継者を育てあげるって事はこの上ない喜びなのだろうな。
きっとそれはテリー兄ちゃんやアンディ兄ちゃん、そしてジョーあんちゃんも同様だろうか。
それから俺達は道場二階の応接室へと案内され、お三方プラス黒岩師範代の四人と暫し歓談し、其処で黒岩師範代と極限流空手との出合いのエピソードなどをお聞きした。
それによると黒岩師範代は高校を卒業と同時にアメリカへ放浪の旅へと出発ヒッチハイクなどをしながらアメリカ各地を見聞して回るつもりでいたそうた。
「その旅の途中にちょっとした厄介事に巻き込まれてね、その時たまたま其処に居合わせたサカザキ総帥の介入により助けられて、そのまま二年程私はアメリカに留まりバイトをしながら極限流空手の門下となり修行の日々を過ごしたんだよ。」
そして二年後帰国した黒岩師範代は改めて、教育学部体育学科へと進学、スポーツ武術を通じて若者の育成に携わりたいと思っての事だそうだ。
大学を卒業後、地元であるこの○○市の私立高校の体育教師として採用され、その後この日本に極限流空手道場の支部を創設するに当たり尽力。
現在は教師と空手道師範代を立派にこなす、まさに二足の草鞋を履いているって状況だそうだ。
「黒岩先生、同じ教職に就く者として私は貴方に尊敬の念を禁じ得ません。
貴方の様な方に学ぶ学生達は、とても幸運な少年少女達と言っても過言ではないでしょうね。」
黒岩師範代は平塚先生からの惜しみない称賛と尊敬の念を表明され、強面の顔を赤く染めまるで世慣れぬ少年の様に照れている、まぁ平塚先生って見た目超美人だからな、そんな人に心からの称賛を受けりゃそうなるのも致し方なしだな。
「なんやぁ鉄夫、お前その別嬪さんに惚れたんちゃうやろな?せやけど残念やったな、その別嬪さんはソコのムエタイチャンプと良い仲やねんで。」
などとガルシア師範は黒岩師範代に対しチャチャを入れ、サカザキのご隠居さんとユリさんも朗らかに笑い、当の黒岩師範代も頭を掻きつつ照れ笑いしつつ反論する。
「いやぁ、からかわないで下さいロバート師範、私は別にその様な事は…。」
実は黒岩師範代、皆さんには内緒ってかタイミングが掴めず言い出せなかったそうなのだが、お付き合いをしている女性が居るそうで、この場で其れをカミングアウトする羽目になってしまったりする。
其れを聞かせれた俺達も極限流の皆さんも黒岩師範代に祝福の言葉を贈った事をここに明記しておこう。
世間的には怖いって印象が強い極限流だけど知り合ってここ数日で俺が感じた事は、実は極限流の皆さん案外アットホームな感じなんだってさ。
やがて歓談もそこそこで切り上げ、俺達は再び道場へと赴き、極限流の皆さんのご好意により俺と留美は川崎姉弟と共に道場での鍛錬へ参加させて頂いた。
俺は同年代と思しき男子門下生との組手を、川崎も以前此処でお世話になっていたであろう門下の年上の人達とやはり組手を、留美も同じ年頃の女の子達と共に型稽古を。
地元千葉での例の胸くそ悪い留美に対する悪感情など、この道場の門下生の子達にはある筈もなく、共に鍛錬の時間を共有する事で留美とその子達はごく僅かな時間で仲良くなっていた。
帰る頃には皆で連絡先の交換を行っていた事は言う迄も無い事だな、うん。
「ヨシ、大志何時でも構わないぞ、撃って来い!」
黒岩師範代と大志が三メートル程の距離を置き対峙し攻撃を促す、その距離から察するに黒岩師範代は大志に気弾を放てと言っているのだろう。
「ハイっす師範代!行きます。」
大志は左半身を前に構えを取り、一呼吸。
「はぁーーーーっ!」
右手を後方へと持って行き、それを前方へと大きく振り抜く。
「虎煌拳!」
なっマジ!?大志のヤツ気弾を放てたのかよ、へぇやるじゃないか。
俺の中でこの瞬間大志に対する評価がこれまでより一段階アップした、っても小町の回りを彷徨くお邪魔虫には違いないんだがな!
「フンッ、何のっ!虎煌撃!!」
黒岩師範代は迫りくる大志の気弾を、己の拳に纏った気で相殺、いや大志の気弾を打ち消した。
打ち消して尚、黒岩師範代の拳から気の輝きが消えていないところを見るに、大志の気弾よりも黒岩師範代の纏った気のエネルギーの方がはるかに強かったんだろうな。
ややあって黒岩師範代は己の拳に纏った気を消し、大志の顔を見据え真剣な表情で評価を下す。
「うむ、しっかりと鍛錬を積んでいる様だな大志、あの頃はまだ虎煌拳を放つ事が出来なかったのにな、フハハッ。」
「はい!あっ…お、押忍!」
黒岩師範代の評価に大志は挨拶を以って返す、抑えようとしてはいるが、大志のヤツ顔がものごっつ嬉しそうじゃないかよ、こりゃああれだな、ニヤけるのを止められないって感じか。
そして俺は、一人の少年門下生と対峙している。
「押忍!俺、鮎川拓って言います、今高一っす!あの比企谷さんマジ凄いっすね、あのテリー・ボガードさんとアンディ・ボガードさんとジョー・ヒガシさんの弟子だなんて、今日はよろしくお願いしまっす!」
俺の組手の相手をしてくれる事になったのは鮎川君って言うちょっと可愛い系の男子門下生だった。
キラキラの黒い瞳とサラサラの黒髪に身長160チョイくらいの少し華奢な体型……。
「お…おう、よろしくな鮎川君。」
俺は鮎川君の可愛さに己の顔が熱を発しているのではないかと少しばかり気になってしまったが、ちょっと待ってくれよ、確かに鮎川君は可愛いが、だがそれでもマイエンジェルトツカエルには敵わないのだ!
ふっ、この程度の可愛さで俺の信仰心は揺るぎなどしないのだ…………すんません嘘つきました、メッチャ揺らいでましたよね俺。
嗚呼戸塚、駄目な俺をどうか許してくれぇッ!
おっと、何時ものアホ思考はこれ位にしておこう。
俺と鮎川君は貸し出してもらったプロテクターとヘッドギアを装着し、実戦形式での打ち合い稽古を行う。
極限流へ入門してまだ一年に満たない鮎川君は、まだ気弾の放出など出来るレベルには達していないらしい、なので俺もハンデと言う訳でもないんだが、気功による攻めは控えて基本的な打撃技の使用に留めることした。
鮎川君との打ち合い稽古は僅か三分程の時間であったんだが、その三分間、俺は先ずは受けに回り鮎川君に攻撃させてみたんだが、その鮎川君の打撃に正直驚いた。
拳打も蹴りもコンパクトで鋭くそして体格の割に重みもあり、とても経験一年未満の新米の物とは思えなかった。
きっと鮎川君は、日々基礎鍛錬を真剣にそしてひたむきに決して努力を怠ること無く、打ち込んでいるんだって事を十分に感じさせられる程の物だった。
鮎川君がもしこのまま真剣さを失わずに鍛錬を続け、そして気を身に付けたとしたら果たしてどれ程の者になるだろうか、これはマジで俺もウカウカとは出来無いな。
いつか鮎川君とマジの仕合いをやった時に負けない様に俺も鍛錬を怠っちゃいけないな、やっぱアレだ俺も歳下には負けたく無いしな。
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
打ち合い稽古を終えて一礼、それから俺と鮎川君はヘッドギアを外して一息吐く。
「ふぅ〜っ…あの、本当にありがとうございました比企谷さん、やっぱ凄いっすね俺と一つしか違わないのに。」
ヘッドギアを片手に鮎川君が改めて礼を言ってくれた、その顔は打ち込み稽古を終えたばかりの為か、ほんの少しだけ息が弾み頬が紅潮しているが、その表情は嬉しそうに綻んでいる。
「お、おう、サンキューな…けど鮎川君だってマジで凄えって俺は思うぞ、まだ空手始めて一年位だろ、それでアレだけやれるんだからな、大したもんなんじゃね。」
「えっ、本当っすか比企谷さん!?俺も比企谷さんや川崎先輩みたいに強くなれるっすかね!?」
俺が鮎川君の言葉にに返礼すると、鮎川君は満面の笑を浮かべ更に言葉を重ねて言い募る。
俺は鮎川君のその勢いに若干引き気味になったが、彼の問に肯定の意を示す。
「ああ、そう言や鮎川君は気の鍛錬はまだ始めたばかりなんだろ、今のまま打撃技の鍛錬も怠らず更に気功技術を身に付ければ鮎川君の戦いの幅は今以上に多様な選択肢を得る事になるんだからな当然拡がるだろう、まぁだからこのまま続けていきゃそうなれるんじゃね、そいつは多分自分次第ってヤツ?」
「っう〜ぅ、ハイ!俺これからも精進します!」
鮎川君は、俺の言葉に『たまんねぇ』って感じに感激を現す、そんな様子も何か可愛いぞっ……と、そうだった俺は鮎川君に一つ確認しょうと思っていた事があったんだった。
「なぁ、鮎川君はもしかして今成長期だったりするのか?」
俺がそう思ったのは何か確信が有る訳では無く、今んところ何となくそうなんじゃないかと感じたからってだけなんだけど。
「えっ、はい…俺去年の年末は160無かったんですけど、今は163センチあるんですよ、だから半年チョイで5センチ伸びてるから多分…成長期なんですかね。」
やっぱりか、俺がそう思ったのは単純に、今鮎川君が着ている道着が少し小さいんじゃないかと思ったからなんだけどな、だったら何でそんな小さいサイズを着ているのかと考えると、行き着くのは成長期って答えだ。
道着自体はまだ新しいっぽいのにも関わらずにだ、まぁそりゃ経験一年未満だからまだ新しいんだろうけど。
「……マジか、鮎川君が今よりガタイがデカくなったら今より当然更に力が強くなるんだろうし技のリーチも伸びて間合いも変わってくるよな、はぁ…本当俺もうかうか出来ないわコレ。」
それから少しの間俺は鮎川君と話をして、とは言っても殆ど鮎川君の方から話を振って来てそれに俺が答えるって感じなんだがな、やはり元ボッチの習性故だろうな、初対面の人間との会話をあまりスムーズにこなせないのは…。
しかし何とか会話が出来たのは、俺達にはお互い格闘の世界に身を置いて居るって共通点があるからだろうけど。
で、でもな、これでも前よかかなりマシになってんだからな、うん多分な。
それからやや在って、黒岩師範代から皆へ鍛錬の一旦休めの号令が掛かり、門下生の皆はそれに従い、その視線を黒岩師範代へと向ける。
これから、黒岩師範代から皆へ何かしら伝達事項でもあるのだろうと思っての事だろうな、きっと。
「ああ…いや皆は休憩してくれて構わないぞ。」
黒岩師範代は何か伝える事があるのでは無く、本当に休憩する様にと再度促すと門下生の皆さんは道場の壁寄りへと移動し着座、タオルを取り出し汗を拭いたり、稽古での反省点などを話し合ったりなど思い思いの時間を過ごす。
しかし、どうやら俺はそうも行かないらしく………はぁ。
黒岩師範代と共にガルシア師範が俺の元へと来られ、そして……。
「なぁ八幡、スマンがちと俺とやり合うてくれへんか!?」
何とあの最強の虎、ロバート・ガルシア師範から俺への仕合いの申し込みであった…まさかだよな!?
「………まさか、本気ですか?」
俺は、あまりにも意外な申込みに戸惑いを禁じ得ない、だってそうだろう。
ガルシア師範はここ十数年間確かに大会などに出場する事が無かったし、それは家業の方が忙しいって事と師範として後進の育成に当たっていた事も理由だろうけど、それでもその身形とその発せられる気からガルシア師範が自己の鍛錬は疎かにしていないって事はヒシヒシと伝わって来る。
コレは俺の推測だがガルシア師範は今でもまだジョーあんちゃんやアンディ兄ちゃんと五分でやり合えるんじゃないかと、俺は思っている。
「おう、そら本気やで八幡、お前の経歴を知ってや、ほんでそれがそこのムエタイチャンプとやり合えるだけの力を持っとるって思うとな、俺かてこの身でそれを感じてみたい思うた訳や、それが人情っちゅうもんやないか!?」
いやいや、人情かどうかは知らんけどですよ…はぁマジか、どうすっかなぁ、まさかあの伝説の最強の虎と手合わせ出来るとか、そりゃ俺にとってもありがたい事だとは思いますけど、う〜んどうしたものやら。
はてさて、あの最強の虎による手合わせの申込み、それに対して俺は一体どう応えるべきなのか、そしてどうなってしまうのか、それはまた次回の講釈で。
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最強の虎、そのプレッシャー。
さて、思いがけずも俺はガルシア師範から手合わせの申し出を受けた訳だが、それは俺にとってはまたとない機会であるのかもしれない。
四十代も後半、ここ十数年も公式的な大会などに出場もしていないとは言えども、相手はあの最強の虎だ。
果たしてこの勝負を受けて俺に勝ち目はどれ位あるんだ……さてさてどうなるどうする比企谷八幡!?
極限流空手道場日本支部、今その道場に於いてあの最強の虎と呼ばれたロバート・ガルシア師範が俺と一戦交えるべくその練武場にて待ち構えている。
「すう………はァー。」
そして俺もまた、ガルシア師範と相対すべく覚悟を決める為の、一呼吸。
「どうした八幡、柄に無く緊張なんかしてんのか。」
そう声を掛けて来たのは俺の兄貴分にして、元日本人初のムエタイチャンプでもある『ジョー・ヒガシ』だ。
「……まぁ、そりゃあさ、相手が相手だから緊張位幾らでもするんじゃね。」
内心俺は思っていた事がある、それはこの格闘の世界に身を置く者としていつかは、相対したいと思っていた。
『無敵の龍』と『最強の虎』それからやはり尊敬する兄貴達『伝説の餓狼』
駆け出しルーキーの俺が、それらの伝説を築いた格闘家達にどれだけ食らい付く事が出来るかって疑問もある、だが俺はつい先だってその目標の内の一人と対したんだ。
勝てはしなかったけど、何とかついて行けるだけ力は身に付ける事が出来たって自負もある。
「まぁな、老いたりとは言え相手はあの最強の虎だしな、だがよ八幡、お前ぇだってガキの頃から俺達が技を仕込んでやったんだ、いくら相手が伝説とは言えそこ迄恐れる事は無ぇぜ!」
そうだな、俺の中には三人の兄貴達が長年掛けて仕込んでくれた技がある。
ならそれを信じて一丁挑んでみようかな、って何か今の俺ちょいカッコよさ気じゃね?
「オイコラ、何人の事年寄り扱いしてんねん、俺はまだ五十にもなってへんねんで!」
ジョーあんちゃんの発言は、どうやらガルシア師範の耳に確りと届いていた様で、ガルシア師範からの突っ込みが入ってしまった、ホンマスンマセン。
「まぁ、そらええわ…ほんで八幡覚悟は決まったんか?」
ガルシア師範は自分の頭を一掻きして嘆息したかと思うと、真っ直ぐに俺へと向き直り、その鋭い眼光を向けて来た。
「……くっ!?」
俺はそのガルシア師範の眼光に一瞬怯んでしまった。
長く実戦から遠ざかっているにも関わらずこれ程までの気を放てるのかよ、これが伝説の格闘家の一人、最強の虎。
こう言う言い方は失礼かもだけど、その気力は老いて尚健在って処だろうか、今更ながらに俺はこんなおっかない人と対峙しようとしているんだよな、怖いなぁもう、俺とっとと家に帰りたい!
「八幡君…………。」
「ハッチン……。」
「はちくん……。」
雪乃、結衣、いろは……はぁ参ったわなこりゃ、もしかすると俺の怖じ気が三人に伝わったのかな。
「……あ〜、何だそのすまん、そんなに心配そうな顔しないでくれ。」
何が今の俺カッコよさ気だってんだ、自分の大切な人達にこんな顔させるとかダサいにも程があるってもんだろうこれじゃあさ。
「八幡師匠……。」
更には可愛い妹分にまで。
「…留美、此処で一つカッコいいところの一つや二つでも見せないと男としての貫目が問われるってな、皆も見ててくれるか、俺があの人相手に何処まで喰らいつけるかさ。」
俺は留美の頭に掌を乗せ、その頭を撫でてから、改めて四人へ所信表明を行った、いつかの目標の一つが偶々今日になっただけだ、ただそれだけ。
それに今、この場にはこんなにも俺の事を見守ってくれている人が居るんだ、そう思えば湧いてくるよな、勇気ってやつがさ。
「…うん、ちょっと心配だけどあたし見てるね、ハッチン憧れの人の一人と試合するんだよね。」
「ええ、最後まで見届けるわ、貴方の闘いをこの目で。」
「はい、ですからはちくんは思いっ切りやっちゃって下さい!」
「うん、八幡師匠…。」
結衣と雪乃は両の手のを組んで、いろはは敬礼のポーズで、留美はガッツポーズで俺を見送ってくれる。
「そんじゃ、やっぱりコレを被んなきゃな。」
一昨日の誕生日に三人によりプレゼントとして贈られた黒い帽子を取り出して被る、黒い帽子と黒いジャンパーにブラックジーンズ。
若い頃のテリー兄ちゃんの別カラーバージョンの衣装に身を包み、仕合い用の指ぬきグローブを装着し。
「……それからジョーあんちゃん、骨は拾ってくれよな。」
こっから先何があるか解らないし、なので俺はジョーあんちゃんに後の事を頼む、まぁ若干カッコ付けてみたけど。
「へっバッカ野郎、カッコつけてんじゃん無ぇよ、オラよ行ってこい!」
流石にあんちゃんには直ぐに解ったみたいだな、やっぱ付き合いも長いってのもあるけど何だかんだと俺はこの兄貴にも割と影響を受けてんだよな。
「ああ、じゃ「比企谷!……。」何だよ川崎、どうかしたか?」
ジョーあんちゃんに答えて仕合いに向かおうとしたその時川崎が躊躇いがちに俺に声をかけて来た。
当然だろうけど、川崎は俺に何かを言おうとしているんだろうけど、それを上手く言語化出来ていないんだろうか、だからその気持ちが躊躇いとなっているのかな。
「あっ、アタシは立場上アンタの事を応援出来ないけどさ、まぁそれなりに頑張んなよ!」
意を決して川崎は俺にその言葉を伝えてくれたんだろう、だよな川崎は極限流の門下生だし幾ら学校の同級生と言えども、自分の師匠筋に当たる人と対戦しようって相手を面と向かって応援は出来ないわな。
ソッポを向いて顔を赤らめるて、川崎は出来得るギリギリのラインで応援の言葉を贈ってくれたんだろうな。
「おう、まぁお前もサンキューなサキサキ!そんじゃあまあ、今度こそマジで行ってくるわ。」
ちょっと気取って俺は右拳をグッと突き上げてサムズアップを決めて歩を進める、この位のカッコ付けは許容していただきたい。
『サキサキって言うなっ!』と言う川崎の叫びを背に受けて俺は練武場へと足を踏み入れる、そこで待ち受けているのは、伝説の格闘家の一人、最強の虎。
「すいません、お待たせしました。」
練武場中央にて待ち構えるガルシア師範に俺は待たせてしまった事に恐縮し詫びを入れる。
「おう、エライ待たされたで実際ってな、まぁ冗談や。」
ガルシア師範はそれに対して冗談口を叩いて笑って済ましてくれた、まぁこれくらいの事は言われてもやむ無しだな。
しかしガルシア師範、こうやって対峙しみると改めてその大きさが理解出来る思いだ、いやそれは身長とか体格などの外見的な物では無く、きっとガルシア師範がその身のうちから発する気迫に拠る物だろう。
ガルシア師範の身長は180cmと聞くから俺との身長差は4cm位だし、まぁ体格はガッシリとしているから80kgは余裕で超えているだろうな。
この体格から繰り出される蹴りの破壊力は一体どれ程のものだろうか、まぁ確実に川崎の蹴りよりも遥かにパワーは上だろうな、はあ〜っ何かもう既に逃げ出したい気分なんですけど、そう言う訳にはいかないよな、うん知ってる。
「オイオイ八幡、お前今更怖気付いたんちゃうやろな!?」
なっ、ガルシア師範ってば何でそんなに鋭いんですかね、もしかしなくても俺の表情を見てそう判断したんでしょうけど、やべぇなぁ、そんなにビビり具合が出てんのかよ。
「うっ、そりゃあそうっすよガルシア師範、何せ相手が相手ですからね、緊張する位勘弁してください。」
バレてんならアレだ、何も態々取り繕う必要も無いだろうから、思いっ切り開き直ってこれ位は言っても良いよね。
うん、百戦錬磨のガルシア師範なら笑って済ましてくれるさ………多分な。
「おっ、何や八幡、おだてても手加減はせぇへんからな、せやからお前も覚悟して掛かって来い!」
はぁ〜、ガルシア師範笑ってくれると思っていましたけど、そうでは無かったわ、確かに口元はニヤリと口角を吊り上げてるけど、その眼光はとても笑っている人のそれじゃありませんです。
ほんの気持ちだけでもリラックス出来る状態に精神を持っていけるかと思ったけど、そうは問屋が卸さないってかよ。
「ガルシア師範、俺なんか泣けて来ましたわ……。」
この期に及んで往生際が悪いって言われそうだけど、グチ!言わずにはいられないッ!あの社畜のような父親……のってゴメン親父、親父と母ちゃんは俺と小町を育てる為に一所懸命働いてるんだよな、なのに俺と来たら現実逃避にアホな事考えちまったよ………。
嵐の前の静けさか、それとも台風の目の中には入り込んだのかってなくらいに道場内は現在静まり返っている。
これから始まる闘いの舞台たる練武場に居るのは、俺とガルシア師範、そして審判を務める黒岩師範代の三人だけ。
黒岩師範代によりこの仕合いのルールが説明される、っても基本的に金的とか目潰しとかあからさまな反則行為をやっちゃ駄目って事位なんだけど。
「すぅー、はぁ〜っ…。」
もう一度俺は深呼吸をして精神の安定を図る、ここ迄来ちまったらもう逃げられないしな。
「はぁーっ…ふぅ……よしッ!」
覚悟は決まったと思う、さっき迄若干手が震えていたけど今はもうそれも止まってるし。
てか不思議だな、俺凄え怖いはずなのに、何でか少し今ワクワクして来たぞ。
もしかして俺って何処ぞの戦闘民族の血が流れてんのかも知れないな……ってな訳ゃ無ぇ〜っての。
「両者、開始線まで下がって。」
黒岩師範代の号令に従い俺とガルシア師範は距離を取る、マット上に印された白線の位置まで下がって。
黒岩師範代が中央に位置し、それを挟む形で俺とガルシア師範との距離は4メートル位だな。
俺たち二人が開始線まで下がった事を確認し、黒岩師範代は一つ頷き、右手上方へと挙げる。
「これよりロバート・ガルシア師範と比企谷八幡君の対戦を行う。」
その言葉にガルシア師範は、お決まりだろうと思われるセリフを一言発する。
「ほな、行きまっせぇ!」
そのセリフと共にガルシア師範は構えを取る、臨戦態勢完了ってな。
そして俺も此処は一つ言っておくか、やっぱりココはあのセリフだよな。
テリー兄ちゃん、使わせてもらって良いよなテリー兄ちゃんのセリフをさ。
「Come On! Get Serious!!」
まるで挑発でもしているかの様なセリフだけど、きっとテリー兄ちゃんはこの言葉を発す事によって自身も本気で行くからお前も本気で来い!って思いを込めて相手に投げ掛けてんだと俺は思っている。
だからさ、俺もこの言葉にその思いを込めてガルシア師範、貴方に投げ掛けました。
そして俺もまた直様構える、もう幾秒と経たずに黒岩師範代から告げられるだろう。
「それでは………。」
黒岩師範代の掲げていた右手が下方へと振られる。
「両者とも、始めッ!!」
そして遂に黒岩師範代の口から闘いの開始が告げられた、最早八幡に逃げ場は無しだ!
だったら此処はやっぱり俺から前に出なきゃだよな。
「おりゃあッ!」
俺は思いっ切り勢いを付けて前上方へジャンプしてから一気にガルシア師範の方へと急降下。
「はっ、いきなりジャンプからの攻撃かいな、せやけどそんなん迎撃してくれて言うとる様なもんやでって何ぃ!?」
ガルシア師範は俺がジャンプからの急降下に合わせて龍牙で撃ち落とそうと考えていたのだろう、しかし。
「そうは行かないっすよ、ガルシア師範!」
俺の身体は降下しながら幾つもの残像を生みながら、僅かにガルシア師範の立ち位置を躱しながら降下する。
降下地点はガルシア師範の左側斜め後方だ、其処から速攻の攻撃をガルシア師範へとぶつける。
「セイッ!!」
これぞ、アンディ兄ちゃん直伝、不知火流奥義が一つ『幻影不知火』とその追撃技の踵落としだ。
「チィッ、なんのッ!」
だが流石は最強の虎だ、俺の踵落としの急襲をガルシア師範は既のところでガードしてダメージを免れた。
技を防がれた俺は、ガルシア師範からの反撃を警戒し咄嗟に飛び退りガルシア師範から距離を取り、体勢を立て直す。
道場内で俺達の仕合いを観戦している極限流の門下生達からどよめきの声が漏れる、掴みはOKって所かな。
「……今のは結構驚いたで八幡、これ以上に無い奇襲戦法にうってつけの技って感じやな、技の特徴からして今のは不知火流の技やろ?」
まっ、マジかよガルシア師範……たった一度見ただけの技の特徴を見抜いて、しかもその流派まで当てるなんて。
「……まさに最強の虎の異名に偽り無しッスね、そこ迄見抜かれるなんて思いもしませんでしたよ。」
俺は感嘆の思いを込めてガルシア師範に自身の思いを漏らした、嘘偽無しのマジもんの感想って奴だ。
「まぁ何や、お前の師匠達は三人共有名人やさかいな、ネット上を漁ればぎょうさん動画がアップされとるし、映像ソフトも発売されとるやろ、それを当然俺も見とるっちゅう訳や。」
はぁなる程、ガルシア師範もっすね、俺もやってる事ですしね、これもネット社会の弊害って奴ですかね……ってそんな御大層なもんじゃ無いですわね。
それによって世界中の沢山の格闘化の人達の、それこそ時代を問わずにその仕合いを技を見る事が出来るんだからな。
「ですね、けどそれはガルシア師範だって一緒ですよ。」
ネット上に上がっている動画の数こそ少ないけど、ガルシア師範やサカザキ総帥の動画を俺は何度も見返しているんだからな。
「さよか、けど俺のは時代が古いからそんなに動画は出回っとらんと思うんやけどな。」
そう言うながら、ガルシア師範は再度構えを取り、俺に対し恐ろしい程の闘気を放出。
「お喋りはここ迄や八幡、あんま喋りよってもギャラリーをシラケさすだけやからな。」
ガルシア師範はそう言って一旦口を閉じると、その身をリズミカルに揺らし始める、そして再び。
「お前が望んだ事やぞ八幡、お望み通りに見せたるわ、俺の本気っちゅうヤツをな!」
来る!
伝説に謳われる最強の虎の本気が、恐ろしいまでの圧力となって俺の身に降り掛かっている気分だ。
此処は極限流空手道場日本支部、相対するは伝説の格闘家である最強の虎。
その伝説に果たして駆け出しの若造の力と技が何処まで通じるか、そして最強の虎の技に若造は何処まで耐えられるのか、次回も八幡と地獄に付き合ってもらう。
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やはり最強の虎の本気を引き出すのはまちがっている。
開幕、俺は何とかこの仕合いの主導権を取れないかと奇襲戦法を試みたが、相手は流石に百戦錬磨の格闘家であるロバート・ガルシア師範だ、俺の放った幻影不知火からの浴びせ蹴りは寸での処でガードにより対処されてしまった。
「お前が望んだ事やぞ八幡、お望み通りに見せたるわ、俺の本気っちゅうヤツをな!」
ガルシア師範はその言葉の通りに俺へと向かい来る、リズムを刻むが如くにその身を揺すりながら次第次第に距離を詰めながらまた、威圧するかの様に闘気を放つ。
俺はガルシア師範のそれに内心気圧され後ろへと下がりそうになるが、何とか思い止まる。
「逃げ場なんて何処にもありゃしないってのッ!」
自分自身に言い聞かす様に敢えて大きくそれを口にして怖じけそうな気持ちを鼓舞し、震えそうな身体に力を込めて半歩前へと足を踏み出す。
そんな俺に合わせられたのかも知れないがガルシア師範は前進を止めて、極小さく軽く息を吐きそして最小のモーションで左の拳を放つ。
「ハッ!」
ジャブに近い威力よりも拳速を重視したかの様なそれを俺はパーリングにより弾こうと身構えそして、ガルシア師範の拳を弾くべく己の左手をサイドから振り払う様に放った。
「甘いわッ!しゃあッ!!」
「なっ!?しまっ……!?」
ガルシア師範はその左拳を半ばで引き戻すと高速で自身の体を捻り、俺の左側頭部目掛けて回し蹴りを放ってきた。
『ビシィィーッ!』と道場全体に大きく響き渡る鈍い打撃音、咄嗟に左腕で側頭部をガードする事が出来はしたが俺はガルシア師範の蹴りの威力に軽くよろめいてしまい。
「まだまだやッ!」
よろめく俺にガルシア師範のさらなる蹴りが放たれる、しかも今度は中段狙いのミドルキックだ。
このままではその蹴りは俺の腰部に直撃してしまうだろう、なので俺は側頭部をそのままガードした状態でその場に屈み込む。
再び響く打撃音俺はそれを何とか腕でガードする事は出来た証だが、その蹴りの威力と不確かな防御姿勢が祟り俺は弾き飛ばされるようにマットの上に倒れ込んでしまった。
「……うっ、っうぅ……。」
防御したにも関わらず俺はガルシア師範の蹴りにより地を(此処は道場だからマットだな)這わされてしまった訳だ、これが最強の虎の蹴りの威力かよ、もしこれがガルシア師範の全盛期の蹴りだったなら俺は今頃どうなっていたんだ!?
「ほうやるやないか八幡、己からしゃがんでダメージを殺しよったか、せやけど完全には殺しきれへんかった様やな。」
俺を見下ろしながらガルシア師範はこの一連のシークエンスに評価を下す、いや全くその通りですね返す言葉もございません。
「くっ、はぁ〜っ……全くおっそろしい蹴りっすね、ガードして無きゃ今頃俺の意識は刈り取られていたかもですよ全く……。」
「ははっ!せやけどお前まだそないな口が叩けるっちゅう事はまだまだ行ける言う事やなせやったら早よ立てや、立って続きと行こうやないか!?」
はぁ〜っ、全く簡単に言ってくれるもんですね確かに俺はまだまだヤレますけどですね、ノーダメージって訳では無いてすし、ソレに痛いものは痛いんですから少しは労ってもらっても罰は当たらないと思うんですけど、ってそれは無理な話ですよねぇ〜何たって闘っている相手なんだし。
『比企谷君まだやれるか』と黒岩師範代からの状況確認が入り俺はそれに応えると、師範代は頷きそして仕合いの再開を告げる。
「ふぅ〜、はぁ〜っ……。」
呼吸を調えながらおれは立ち上がるがさて……立ち上がったは良いけど受けたダメージがまだ少し残ってるし、これが回復するにはまだ若干の時間が掛かるかな、当然ガルシア師範もそれを見抜いていると判断して間違い無しだよな。
だとすれば、当然出て来ますよねガルシア師範!
その予想は当然の如く的中する。
「飛燕ッ疾風ゥ脚!!」(弱)
ガルシア師範は俺との距離を一瞬で詰める突進の水平飛び蹴り『飛燕疾風脚』を繰り出す。
「くっ!」
未だダメージを引きずる俺はそれに対しての迎撃が出来る状態に無い、なので此処はそれをガードでは無く回避する事を選択する。
迫りくるガルシア師範の攻撃を左方向へ二歩半身の状態で躱す、ガルシア師範はおそらく俺が回避するとは思っていなかったのかそれが表情に表れている。
多分だけどガルシア師範は、与えたダメージから俺が回復出来ていないとの考えから俺がガード徹すると思っていたんじゃなかろうか、そう考えれば今の『意外ッ!』って表情に理由が付く、つか俺もそんな事を考えているばかりで居るんじゃ無いっての!
技を空振ったガルシア師範と俺との距離は約1.5mって処かな、このチャンス逃せ無いよな!
「クラッ、シュート!……っ。」
技を空振り体勢の整わぬガルシア師範に俺は側方より浴びせ蹴りクラックシュートを放つ。
だがそれは先程のダメージが尾を引いてか技の切れが鈍っている様だ、回転速度が通常よりも若干遅くて飛距離にも影響が出来ている。
だが俺のクラックシュートは、其れでも辛うじてガルシア師範の右肩部に浅くだがヒットし道場内の皆のざわめく声が聞こえてくる。
「チィッ!」
「ッ!?」
ガルシア師範は攻撃を受けた事に軽く舌打ちをし、俺はダウンも奪えず与ダメージ量も大した事が無かったことに些か落胆の思いを味わう。
ガルシア師範は打撃によりそして俺は不完全な攻撃を行ったが為に互いに体勢を崩し、空かさず攻撃或いは反撃への移行とは行かず先ずは体勢を立て直す事とし間合いを取り直す。
「はぁ〜っ………シャッ!」
「スゥ、スゥ…はあ~っ。」
俺達は二人揃って体勢を立て直して一呼吸、お互いの顔を眼を見据えリズムを刻みつつ緩やかに前進し再度距離を詰める、ダウンを食らった際のダメージも殆ど無くなったし体力もまだまだ十分だ、そして其れはガルシア師範の方も同じだろうな、だって師範と来たらギンギンと眼光を鋭くし口角バリバリ上がってるしマジ怖っ。
この様子からするとガルシア師範、今直にでも打って来そうだな、何ならこの一瞬後にでも出て来ても可怪しく無いって感じだ、ヤバいそう思うと心臓がバクバクと鼓動のビートを刻む速度が上がっちゃうわ。
「ヨッシャァ、行くでぇ!」
その掛け声と共にガルシア師範はステップを刻み前進し彼我の距離を詰める、詰めて至近距離からの攻撃が来た。
左半身を前面に出して左肘を前に突き出した恰好で右腕を後方へと引いた体勢を取るガルシア師範。
その肘をガードするべく俺はガードを固める、だがしかしその肘は攻撃では無く俺は無意味にガードをしてしまった形になった。
「掛かったな、龍撃掌!」
ガルシア師範の左肘はフェイントで本命の攻撃はその次に繰り出された右の拳だった、それは掌に気を纏った掌底打ストレートパンチの軌道で俺のボディ目掛けて放たれたそれを俺は。
「ぐふぅっ!?」
ボディへのガードが間に合わず至近距離からそれを食らってしまう。
「ぅわぁぁっ………。」
その威力の前に俺は後方へと吹き飛ばされたまらずダウン。
やべぇ凄え痛ぇ腹の中の物を全部吐き出しそうだ、それにあんまりにも痛くて呼吸が……。
「ぐはっ………はぁ〜、はぁ……。」
俺は何とか立ち上がろうとするが、貰った掌底打のダメージに腹を押さえながら呼吸を整えようとするが、さっきダウンを食らったときよりも痛みの引きがかなり遅い。
そりゃそうだよな今のはモロに直撃を食らったんだし。
「ハッチン!」「八幡君!」「はちくん!」「八幡師匠!」
結衣、雪乃、いろは、留美、四人の俺の名を呼ぶ声が聞こえる、悲痛な響きが籠もるそれに申し訳無いが俺は今は応えられない、それよりも今は少しでも速くダメージを引かせて立ち上がる事に集中しなきゃならない。
「比企谷君立てるかね?まだ闘えるのか。」
ジャッジを務める黒岩師範代が側に駆け寄り状態確認を取る、俺は膝を付き左手で腹を押さえた大勢でそれに頷く。
はぁ、はぁと呼吸をする事により全身に気を巡らせるダメージを軽減させて改めて口を開き黒岩師範代に応える。
「大丈夫です、ふぅ〜っ…今立ちますから………よっしょっと。」
俺は応えながらゆっくりと立ち上がりガルシア師範を見やる、不敵な笑みを浮かべるガルシア師範の様子に若干俺はイラッとしてしまった。
だってアレだろ、ガルシア師範と来たらその不敵な笑みは置いといても右手で掌底打を放ったって事は俺のクラックシュートのダメージが解っちゃいるけど殆ど無かったって事だもんな。
「ふう〜っ……流石ですねガルシア師範、正に最強の虎の異名に偽り無しっすね恐れ入りますしすっげえ嫌にもなりますよ全く。」
俺は少しすっとぼけた調子でガルシア師範に言ってやった、だってあんな顔されたんだからこれ位の事言ったって良いかな!?いい友!
「おう、そら相応に経験を積んどるさかいな、こん位は出来て当然や。」
龍撃掌って言ったか今の技、さっき黒岩師範代が大志の気弾を打ち消した技と理屈は同じだよな、でもって材木座が新たに試みている我道拳のある種の完成形でもあるんだよな。
「ですよねぇ。」
いや本当に流石だよな、俺が材木座に提案した事を極限流の皆さんは既に流派の技として実用化してんだもんな。
やっぱり極限流創設から数十年、その間に新たな技も開發してるしこれ迄にあった技もきっと更に磨きをかけて進化させているんだろうし、或いはその人によって独自に身に付けた技もあるだろう。
「なんや八幡、お前もう怖ぁて闘えへんとか言わんよな。」
構えを取りながらガルシア師範はその様に仰る。
「まさかですよ俺はまだヤレますよってか俺最初っから怖かったっすよ、何せ相手が相手ですからね。」
嘘偽り無しの本音をガルシア師範にぶつけながら俺も構える、最初から解っていたし想像もしていたよ伝説と呼ばれる格闘家の先達達の怖さってのがどれ程の物かってな。
あの日のジョーあんちゃんとの対戦もそうだった、そして今相対するガルシア師範もそれに負けないくらい、いやあんちゃんの時はガキの頃からの付き合い故の気安さってのが在ったけど、ガルシア師範に大してはそれも無い。
「けどビビってばかりじゃい居られないってねっ、そんじゃあ行きますよガルシア師範!」
「はっ!上等や来い八幡!!」
よしこっから又仕切り直しだ、怖じける気持ちは心の隅に追いやってやってやるって気持ちを前面に押し出せ俺、じゃ無きゃ飲み込まれっちまうからなプレッシャーにさ。
俺はガルシア師範に向い距離を詰めながら思考する、これ迄のやり取りで感じた事を。
先ずは体格面だと身長で4cm程、体重では20kg弱俺の方が下回るし打撃の破壊力も同様だ。
ただスピードだけはいくらか俺が上回っている、それは年齢と体重差から来るものだろうか。
「だったらそれを活かさなきゃ俺に勝ち目は無いってのッ!」
俺はガルシア師範の懐へと入り込むべく体勢を低くして構えての前進からの。
「斬影拳ッ!」
さっきのガルシア師範じゃ無いけど俺も攻撃するに当たり肘打ちである斬影拳を選択する。
「甘いわ!その技は知っとんでェ!」
でしょうねガルシア師範、この技は言わばアンディ兄ちゃんの代名詞的な技ですし、兄貴達のことを研究してるんなら知ってて当然ですね。
なので俺が予測するにガルシア師範はこの俺の突進をビルドアッパー『龍牙』或いは川崎にも伝授しているガルシア師範版サマーソルトキック『龍斬翔』で迎撃するだろう。
そして今ガルシア師範が取っている構えは、俺の予測通りだった。
右の拳を腹部へと下ろした体勢から突進する俺のタイミングに合わせて撃ち込もうと狙っているのはやはり。
「はあっ!そっりゃあぁっ!」
予測通りに繰り出されたガルシア師範の龍牙、だがそれは俺にヒットする事無くガルシア師範の身体は俺に触れる事無く虚しく一人師範は空へと拳を振り上げ己自身も空へと飛び上がった。
「なっ!?アカンしまった!」
俺は先程のガルシア師範に食らったフェイクの左肘への意趣返しとばかりに、同じく肘打ち技である斬影拳を寸前で強制停止する事で龍牙を空振らせたって訳だ。
それにより降下中無防備になるガルシア師範の着地に合わせて迎撃の技を繰り出す。
「今だ!撃壁背水掌ッ、ハッ!ハッ!そりゃぁッ!」
近距離からの掌底の三連撃であるアンディ兄ちゃんの撃壁背水掌、これによりこの仕合いに於ける俺の攻撃が初めてガルシア師範を芯から捉える事が出来た。
三打目に当てた掌打によりガルシア師範の身体が宙へ浮く、其処に空かさず俺は追撃を仕掛ける。
「バーンッ、ナックゥッ!!」
追撃として選択した技はテリー兄ちゃん直伝のバーンナックルだ、気を纏った俺の左拳は落下するガルシア師範の身体の真芯を捉えて吹っ飛ばす。
「ぐわァァ……っ。」
呻きの声をあげながら吹っ飛ばされたガルシア師範は遂にマットに叩きつけられる。
やったぞ俺っ!とうとう俺はあの最強の虎からダウンを奪う事が出来たんだ。
この光景を目撃した道場内に居る観戦者達がどよめく、極限流の関係者達はガルシア師範がダウンを奪われると言う意外な結果に驚き戸惑って居るのか、そして結衣といろはは幾分か声を控えながらも喜びを現し雪乃と留美はほっと胸を撫で下ろすかよ様に、平塚先生はうむと良くやったとばかりに一つ頷く。
しかしジョーあんちゃんは顔色を変えずジッと黙ってガルシア師範に目を向けている。
「ロバート師範、まだやれますか?」
黒岩師範代はガルシア師範の側へ駆け寄り状態を確認すべく俺の時と同じ様に声を掛ける。
だけど確認するまでも無いですよ黒岩師範代、大丈夫ですガルシア師範は立ち上がりますよ……まぁジョーあんちゃんはそれが解ってたんだよな、だからじっとガルシア師範を見ていたんだろう。
手応えもあったしダメージも確実に与える事が出来た、しかし完全KOって程のダメージ量ではないだから。
「当然立ち上がって来ますよねガルシア師範。」
黒岩師範代の言葉にガルシア師範は頷き荒い息を整えながら肯定してみせる、静かに立ち上がりながらガルシア師範は俺を睨め付けながら口角をあげる。
その様はガルシア師範の異名に偽りが無い事を物語っている、それは恰も俺を獲物と狙い定めたかの様な野性的でいて獰猛な表情だった。
「……ふぅ、あったり前やがな八幡、自分俺を誰やと思っとんねん!」
立ち上がり一息吐くと俺の言を肯定の言葉を述べるガルシア師範、言いながらダメージはもう抜けとでも言う様に師範は構える。
「勿論存じ上げていますよガルシア師範、極限流が誇る伝説の最強の虎、さっきからその野性味溢れる闘気がビシビシと伝わって来てますよ。」
そうさ、ガルシア師範と来たら今のダウンから立ち上がった時から闘気をこれでもかって位に発してるし、こんなの何も知らない鍛錬も積んでない奴が相手だったらもうそれだけで意識を刈り取ってんじゃ無ぇかって位に恐ろしいわ。
俺からダウンを取られた事でガルシア師範、貴方これ迄抑えていた気を開放しましたね。
「て事は、今迄師範は完全なる本気の最強の虎の力を発揮していなかったって事ですよね。」
………ハハハ、ああもぅ何か俺ってば乾いた笑いしか出て来ないって感じだわマジで、今しがた奪ったダウンはガルシア師範が力をセーブしてたから奪えたって事なのか、だとしたら此れから見せるだろう本気の最強の虎の力………。
「まぁ、それなりにはヤッとったけどやな、若干様子見も兼ねとったわ。
まっ、せやけどお前相手なら本気を出しても良さそやって解ったさかい、こっからはマジで行かせてもらうで!」
ガルシア師範は俺に対してそれを解き放つと宣告した、え〜っ嫌だなぁ。
「はぁ〜あ、マジっすか参ったな着いて行けんかよ俺。」
結局の所、俺がガルシア師範に対して現時点で上回っている点ってのはやっぱりスピードただ一点だけなんだよな。
だから俺がやる事って結局のところそれを如何に活かして技を組み立てるかって事なんだよな………はぁ、しゃあないやるしか無いか!
EPISODE82 END
「つづくっ!」
ロバートの龍撃掌はKOF96〜の飛ばない龍撃拳の様な物だと思っていだきたいです。
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成長の証、そして牙を研ぐ最強の虎。
ガルシア師範のスキを付き何とか撃壁背水掌からバーンナックルの連撃を極める事が出来た俺だったが、それはかつて最強の虎と呼ばれた伝説の格闘家の本気を引き出す結果となってしまった。
その放たれる闘気は俺の心胆を寒からしめるには十分に過ぎる物だ、俺とガルシア師範の体格差から一撃の威力は先方にあるのは火を見るより明らかってヤツで、俺が有利に事を運ぶには唯一ガルシア師範より勝っていると思われるスピードを重視した戦法を取らなきゃだ。
「さぁて、クライマックスよぉ!」
銀河○丈さんの渋い声のナレーションの後に暗幕を破ってウォーカ○ギャリアが現れてバズーカ砲を撃ちこみ最終話のサブタイを小○進(大滝○矢)さんが読み上げそうな感じで言ってみたけど、こんな事でも言って気持ちを変えないと何だか弱気の虫に支配されそうになってしまってたからな。
けどネタ抜きにしてもつっ走れっ!て気持ちは持っとかないとな。
「おう、何やお前もそう思とんのか八幡、せやな俺も同感やで…こっからがクライマックスっちゅう奴やでッ!」
あちゃぁ、どうやら俺の一言でガルシア師範まで『みんな走れ!』って気になっちゃってるよ……。
けどまぁしゃあなしだよな、此処でネタを入れた俺が悪かったと諦めよう『押して駄目なら諦める』とか何処か別次元の俺なら多分そう言うだろうな、はて俺はいつ世界線を超えたんだ、まぁ良いかこの際そんな事。
「そうっすねまさににコレこそ『君は走るか?俺たちゃ走る!』ってヤツですかね。」
「いや、そら知らんがな、多分ちゃうやろ。」
ハイ、ガルシア師範より突っ込みを頂きました。
その一言の突っ込みを最後にガルシア師範は口を閉じて構える溢れ出る闘気を漲らせながら、遊びは終わりだって事ですよねガルシア師範。
それに習い俺もまた構えを取り直しガルシア師範に負けじと闘気を発して相対する。
「行きますよガルシア師範……。」
それに対するガルシア師範からの返答は無い、ソレは本格的にバトルモードに入るぞって事を俺に暗に促しているって証だろうな。
緊張感を持ちつつ頭と身体は柔軟にそしてクールに、それは俺が闘いの際に常に心掛けようと思っている事、っても俺はまだ大した実戦経験がある訳じゃ無いけどね。
「すぅ…はぁ、っしゃあ!」
再び呼吸を一つと決意を込めての叫びを一丁口に出してガルシア師範へと接近を試みる、俺の目論見はスピードとジョーあんちゃんにも認められた眼の良さを生かしての出入りと手数を出す事によるヒット・アンド・アウェイだ。
「飛翔拳!……疾ッ!!」
俺の師匠である三人の兄貴達、その中でも事スピードとなるとやはりアンディ兄ちゃんが一番だろうな、身体付きが割かし小柄で細身ってのもあるけど何と言っても不知火流の骨法と忍術を体得しているって事が挙げられる。
ただし欠点とまでは言わないけど、近接戦に於いては意外に技のリーチが短いところがネックになる事があるがそれはさて置いとこう。
まぁ取り敢えず俺は牽制と様子見を兼ねて飛翔拳を放つ、それによりガルシア師範の行動の選択を迫ったって訳だ。
気弾により相殺するか、防御を固めガードするか、左右何方かに回避行動を取るか、空中へとジャンプしてからの降下攻撃を加えてくるか、或いは覇王翔吼拳を放ってくるか。
俺はそれをガルシア師範の目線や身体の動きから読む、飛翔拳を放った瞬間ガルシア師範の身体が僅かに俺から見て右方向にピクリと動いた事を確認、俺は飛翔拳を放った直後の硬直が解けた瞬間ガルシア師範を追い右手前方へと速攻で駆けてゆきそして。
「シャッ!シャアァッ!!」
間合いを見極めて、ダッシュの勢いを乗せた右の高速ミドルキックの二連打を繰り出す。
「何やってぇ!?」
なんて驚いたかの様な声をあげるガルシア師範だが、その声とは裏腹に俺の蹴りをガルシア師範は的確に一発目はガードをし、二発目は左の掌で軽くはたき落とす様に裁かれてしまった。
「うおっ!?」
それによりバランスを崩し蹈鞴を踏む状態の俺にガルシア師範は空かさず追撃をかけてきた。
「そらッお返しやッ!!」
俺の中途半端な前屈み状態のところに以って放たれるのはガルシア師範の右のミドル、しかし俺の体勢が体勢だけにこれが当たると上段を食らうのと変わらない、頭部にでも当てられようものなら脳震盪では済まないかもだ。
「おぉっとぉ!?」
なので俺はそれを体勢を更に低くして前周り受け身の様に前転回避する事で無事に凌ぎ、ガルシア師範の背後に回り込んでから立ち上がると間髪置かずに、体勢を整えると再度間合いを詰め後背からの奇襲を試みようと思ったが。
「そうは行かへんでッ!」
俺の行動に気付いたかガルシア師範は蹴り脚を戻さずに更に振り抜き、軸足の左をコンパスの様に使い180度反転し俺と相対、背後からの強襲策は不発に終わってしまった。
「っ……マジか、器用っすね。」
その動作に俺の口から思わず漏れた一言は感心4の愚痴6と言った割合か、しかしガルシア師範は俺のその一言に…。
「ハン、しゃべくっとる暇はあらへんで八幡、そっりゃぁッ!」
突っ込みながら身体に撚りと回転を加え勢いを乗せた上段バックハンドブローを繰り出して来た。
技のスピードはそれほど速くはないがガルシア師範の体格から来る重みが加わっているからなのか、風切り音が半端ないわ!
「うおっとぉッ!?」
まさかそんなモーションも大きくて外した時のスキもデカイ技を繰り出すなんて思ってもいなかった俺は、若干呆気にとられてしまい反応が遅れカウンターを取る絶好の機会を逃してしまい、ハメドっぽく背を反らしバックスウェーの要領で回避。
「けど!まだぁッッ!」
カウンターこそ取れなかったが、回避には成功し俺はガルシア師範の引き戻しに合わせて身体を引き起こし、そしてガルシア師範の懐へと飛び込もうと前進。
ツーステップで密着とまでは行かないがガルシア師範の懐付近に到達出来たので良しとしよう。
「はぁッ、シュッ!」
俺がこの位置から狙うのはガルシア師範の右腹部、身体を撚りながら肝臓目掛けて撃ち込む左の拳打リバーブローだ。
俺のリバーブローはガルシア師範の右腹部に深々と突き刺さる、いや突き刺さった筈だったが俺の左拳から伝わって来る感触は………。
「硬ッ!?」
そう、思いの外ガルシア師範の腹が硬かったんだ、俺のリバーブローの威力がまるっきり無効化されたって事は無いけども気を身体に充満させる事による防御力の向上、そして何より現役を退いたいと言えど鍛錬を欠かす事なく続けて来た故の鍛え上げた肉体由来の頑丈さだろうか。
そう言や昔『鍛えれば全身が撥条になる』って名高○郎さんがCM演ってたそうだけど、ガルシア師範の場合は差し詰め『鍛えれば全身が鋼になる』って感じかな、けどそれはさて置き…クソッおそらく今ので俺のリバーブロー本来の威力の四割以上は殺されてるよな。
『ニヤリ』
俺は、それをやってのけたガルシア師範が今どんな顔をしているか少し気になってしまい、瞬間その顔に目を向けて確認した。
ガルシア師範の俺を見る眼と表情、その両方が現していた物は野性的で獰猛な笑みだ、理解した……俺は今まさに虎の尾を踏んだんだと、いや更に付け加えるなら態々自分から虎の穴に入り込んだ上でそれをやっちまったって事だ、はぁぁ思わず言っちゃうよ俺『マジヤバイんですけどぉ!』って、つか言っとる場合かーッ!
「っべぇッ!?」
その表情を見た瞬間俺は思わずにはガルシア師範から距離を取ってしまった、もしあのまま俺が彼処に留まっていたとしたらおそらくガルシア師範の、最強の虎の『牙』で俺は確実に食らい付かれてしまっていただろう。
「ハハッ、飛び退きよったか八幡、なるほどええ勘しとるし流石に速いやないかぁ、せやけどそこでそないボサッとしとる場合や無いでェ!」
……っ! そうだよなガルシア師範の言う通りだよ、挑戦者的立場の俺が此処でボサッとしていてどうなるんだっての、どうせこの練武場自体が虎の穴なんだから何処にも逃げ場ないってな、なら俺がやる事はさっきと同じ…。
「そっ…すねッ、そんじゃまた行かせてもらいますよ!」
その台詞と共に俺はガルシア師範の方へ向けて最接近を試みる、歩数にして三歩ほど詰めて素早くしゃがみ込むんでからこれまた素早く脚を繰り出す。
「しゃァーッ!」
俺が放つのは両手をついて身体を回転させながら向こう脛付近を狙って繰り出す水面蹴りだ、しかしこれはきっとガルシア師範は確実に回避するだろう。
空中へとジャンプするかもしくはバックステップか、さてどっちを選びますかねガルシア師範!?
「甘いわッ!!」
言うと同時にがガルシア師範は後方へとジャンプして回避する、チャンス到来か俺は回転の勢いそのままに体勢を変化させ次の技に繋ぐ。
「空ぅ破弾!」
ガルシア師範のバックジャンプを追う様に空破弾で追撃を掛ける。
「なっ!?ちィッ!」
後方にジャンプをしながらもガルシア師範は俺の空破弾を間一髪ってタイミングで、クロスアームガードによりブロック畜生この固いガードは流石に崩せないな、しかしガードされたとは言えまだ空破弾は終わっちゃいない、まだ着地していないからな。
勝負は着地後だな、ガルシア師範はガードによる硬直があり俺は技の終了後の硬直がある、果たして何方が先に次の行動に移れるかが勝負の分かれ目か。
それから数瞬の内に俺達は着地、密着状態から極僅かにだが彼我の距離が開いている、そして硬直が切れ次の動作に移る。
とは言え俺は屈んだ様な状態にあり、この場で愚直に立ち上がったりなどしようものならガルシア師範の反撃の体の良い的になっちまうよな。
なので、俺はこの状態から繰り出せる幾つかの技の中からコレをチョイス。
「(闇 浴びせ蹴り)せりゃあ!」
蹴り足に不知火の炎を纏い繰り出す後方回転蹴り、クリーンヒットさせる事が出来れば確実にダウンを奪えるだろう。
しかしガルシア師範は……。
「そりゃあ龍斬翔!」
大きく飛び上がる様に所謂サマーソルトキック、龍斬翔を繰り出し迎撃。
俺の『闇 浴びせ蹴り』とガルシア師範の『龍斬翔』を繰り出したタイミングでは若干俺が速かったんだがな。
しかし空中で交錯する互いの蹴り、それにより二つの技は相殺されてしまい互いの距離だけが開く結果となってしまった。
闇 浴びせ蹴り自体が技を繰り出すと後方へと下がる様な形になるんだが、今のはガルシア師範の龍斬翔とぶつかる形となった為にそのノックバックが加わり更に通常よりも大きく下がり彼我の距離がかなり開く。
しかしやっぱりだった、今のだってガルシア師範よりも俺の方がスピードが速かったしな、まぁ彼処で龍斬翔を出して対応してみせたのはベテランの経験故ってヤツだろうな、其処には注意を払わなきゃだな。
「だぁっシャァッ、まだまだぁ!」
反動が止まり体勢を立て直して即座に駆け出す、自分を奮い立たせる為に声を上げ相手目掛けて走る。
「おう、まだやッ!」
それにガルシア師範が応える、その表情には未だに獰猛な野生の笑みがコレでもかって位に溢れている、その『コレでも』ってのが果たして如何程かなんて聞かないでくれると助かる、なんつかこの表現はわりと曖昧ってか敢えて横文字で言えば『fuzzy』って感じか。
しかし何より其れが解るのは闘いに身を投じている人間だけで良い事だなんてな、ってこりゃ我ながらちょっとばかりカッコつけ過ぎかもな、だからちょっとそこの君、君だよ君、人の事ナルってるとか言わない!
なんて一人脳内思索を続けながらも、俺はガルシア師範へ立ち向かう事は忘れちゃいないからな。
「ハッ!そりゃ!」
今だってちゃんと俺はガルシア師範が繰り出す蹴りを躱して懐へ入り込むスキを覗ってんだからな……それから間もなく近接でのガルシア師範の連撃を掻い潜り俺は遂に、ガルシア師範の懐へ潜り込む事が出来た。
素早く軽く身を屈めて上方、ガルシア師範のガラ空きになっている顔面目掛けて放つのは。
「破ぁッ!」
アンディ兄ちゃんから教わった至近距離から相手の顔面を下方から上方目掛けて撃つ『上げ面』だ。
「グハぁッ!?」
良しガルシア師範は上げ面を食らって体勢を崩し大きく仰け反っている、此処が俺の連撃を叩き込む千載一遇のチャンスって奴だ。
「ハッ、ハッ、セイッ!」
此処で放つのは左ジャブの二連打から右のストレート、クリーンヒットにより大きく仰け反るガルシア師範に対して更なる追撃を掛ける。
「スラッシュキィック!」
至近距離から放ったスラッシュキックはガルシア師範のボディを深々と抉りその身を数メートル程吹き飛ばした。
「ぐほぉ……」
と、まるで断末魔の様な呻き声を洩らしながら。
へへっ、八幡のヤツやるじゃねぇかよあの最強の虎相手に連続技を叩き込むなんてよ。
「…凄いハッチン、ヒガシさんもう勝ちですよね!?ハッチンが勝ったんですよね。」
結衣嬢ちゃんが安堵と不安が入り混じった様な顔で俺に尋ねて来る、よく見りゃ雪乃嬢ちゃんといろは嬢ちゃんも似たような顔してんな、ハハッ八幡のヤローこんなにも嬢ちゃん達に愛されてやがんのかよ……チッ、何処ぞの誰かの言い草じゃ無ぇがよ………ケッ爆発しろってんだ畜生め!
「……あのヒガシさん?」
おっと、何時の間にか弟分のリア充っぷりに思わず嫉妬しそうになっちまったぜ、俺には静さんが居るってのにな。
「あぁいや悪いな何でも無ぇよ、そのよ嬢ちゃん達の不安を煽る様で悪いんだがよ残念だがこの程度で完全に沈んじまう程最強の虎は甘くは無いんだよな。」
俺が嬢ちゃん達に答えている間にも奴さんもう立ち上がり始めてるしな、まぁ案外ダメージは受けちゃいる様じゃあるが……惜しむらくは彼処でスラッシュキックじゃ無くてパワーゲイザーに持っていけなかったってのが八幡のヤツの甘さって事なんだろうな、経験不足とかを加味してもな。
「ああヒガシさんの言う通りさ、ロバート師匠はこれ位で終わっちまう程ヤワな鍛え方しちゃいないよ例え現役を退いてもね、かつて最強の虎と呼ばれた称号は伊達じゃないんだよ……まぁリョウ総帥やご隠居は例外だろうけどね。」
サンキュー沙希嬢ちゃん追加補足感謝だぜ、けど沙希嬢ちゃんの言う通りなんだよな……これ位でくたばる様じゃそんな御大層な二つ名で呼ばれる様にゃならねえだろうしな。
あと、確かにサカザキの爺様は今でも現役相手にやり合えそうな佇まいしてるけどな、全く十兵衛の爺さんと言いタン老師と言い何でこの世界は元気者の爺様連中がわんさか居やがるんだ!?
あ〜、まぁ流石にタン老師を引っ張ってくるのは流石にもう無理だろうがよ。
だが、十兵衛の爺さんなら可愛娘ちゃんがわんさか居るって言やあ速攻で出張って来るだろうがよ……不味いな八幡のトコの学校は雪乃嬢ちゃんはじめ大概可愛い娘ばっかじゃねぇかよ、しかも静さんも居るし、コイツはこの情報は爺さんにゃ知らせない方が賢明だな。
それはさて置きだ。
「ああそう言う事だ、ほれ見てみな最強の虎のオッサンもう立ち上がって来るぜ、しっかしコリャ不味いかもな八幡のヤツ出来りゃ今ので極められてりゃ良かったんだがな。」
俺のその言葉に三人の嬢ちゃん達は痛ましげな表情で八幡を見つめている、悪いな嬢ちゃん達楽観的な事でも言えりゃいいんだがよ、現状そうは言えないんだよな。
全く凄えな、俺の連撃を受けながらもガルシア師範は立ち上がってきた、出来る事ならさっきので決めたかったんだけどな、はぁ自信なくすぜ……。
まぁそれでもかなりのダメージは与えられた筈だしな今はそれで良しとしとくか、それにガルシア師範に対して俺のスピードは有用だと解ったからなそいつを活かしゃあ活路はある!
「ふぅ……今のホンマはかなり効いたで八幡、せやけど俺を沈めるにはちいとばかし足らんかったみたいやな、それにヤラれっぱなしは性に合わんし反撃の一つもさせてもらわない気ぃが済まへんしな。」
そしてこの人ガルシア師範である、今の言葉がハッタリじゃ無いって事がその鋭い眼光と取られた構えの力強さからヒシと感じられる……『えぇい極限流の二つ名持ちは化け物か!?』とジオンの赤い彗星さんみたく言ってみる。
実際ガルシア師範もだけど、未だ山籠り何かやってるサカザキ総帥もだしロドリゲス師範代もそうだろう、それにもしかしたらご隠居さんだってその気になりゃ今にも舞台にあがりそうだし、そして川崎もこのまま行くと近い将来きっと最強の虎の称号を受け継げるだけの空手家になるだろうし…オ〜マイガッ!
「でしょうね、未だにアリアリ感じてますからねガルシア師範の闘気ってのをね、なのでそいつを十全に発揮されるのは怖いから速攻で行かせてもらいますよっとな!」
そう宣言し再度俺はガルシアに吶喊するべく両の脚に力を込めて駆け出した。
さぁて試合再開ってかよ、八幡のヤツ相も変わらずスピードで上を行っての撹乱速攻ってか、その戦法自体は間違っちゃ無ぇけどよ八幡、相手はあの最強の虎なんだぜ。
「一本調子の戦法じゃいつかは捉えられっちまうぜ………。」
「「「「えっ……!?」」」」
おっといかんなつい口に出しちまった様だなコリャ不味かったか、嬢ちゃん達に余計な不安感をが植え付けっちまったかな、しかも留美嬢ちゃんにまでとは俺も焼きが回ったってトコか。
「ヒガシさんの言うとおりだよ、今言ったろうロバート師匠の本気ははまだこんなモンじゃ無いよ、今のまんまじゃ比企谷の奴何れ捕まっちまうよ……。」
フッ、沙希嬢ちゃん解ってんじゃねぇかよ、どうやら舞との一戦で沙希嬢ちゃんも一皮剥けたって事だな、オイ八幡コイツはどうやら上ばっかじゃ無く身近な周囲や同年代の奴にも気を配んなきゃだぜ。
良い調子に八幡のヤツは最強の虎に速い出入りで対抗しているし、そいつは今ンところ巧くやれては居るがよ……。
相手の攻撃を躱しては懐へ潜り込み打撃を加えて、連撃を入れられ無さそうなら素早く引いて立て直してから仕切り直しか、この八年間の成果が出てんじゃねえかよ見事なもんだぜ八幡。
だがよぉお前ぇは相手の眼ェ観てるか最強の虎の眼はよ、獲物を仕留める為に静かにじっくり爪と牙を繰り出すタイミングを今か今かと測ってるて眼ぇしてんだぜ。
そしてまた八幡のヤツは最強の虎の懐へ飛び込んでの打撃、ジャブの連打からストレートと見せかけてのフェイントからの左フック、そしてボディへのアッパーへと繋ぐ………っ!?
「不味い行くな八幡!そいつは誘いだァッ!」
最強の虎の眼を遠目から客観的に見ていたからこそ気が付けた俺は八幡を止めようとして思わず声に出してしまった。
八幡の攻撃は最強の虎を巧みに捉え優勢に事を進めていた、しかし其処に待ったをかけるジョー・ヒガシ。
その叫びを呼び水に遂に開始される最強の虎の反転攻勢、果たして八幡の運命やいかに、次回『やはり伝説の餓狼達が俺の師匠なのは間違っているだろうか。』第84話『極限流空手道場会戦』格闘技の歴史がまた1ページ……… 嘘。
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やはり最強の虎の実力が驚異的なのは間違っている。
行ける、イケてるぞ俺! とガルシア師範に対して有効打を連続で撃ち込めた事に内心俺はガッツポーズを決めたい位に心がハイに成りかけている。
ジャブの二連打から右ストレートと見せかけての左フックと立て続けに当てることができ、続けざまに右でボディへのアッパーを放ち止めにパワーゲイザーをと俺は展開を組み立ているし、それは上手く行きそうだと確信に近い物が俺自身に有る、そして俺は右アッパーのモーションへと入ろうとしていたその時。
「不味い!行くな八幡、そいつは誘いだ!」
ジョーあんちゃんが俺を押し留めようとするの声が道場内に響くが、もう既にその時俺はアッパーを放つモーションに入っていた為に途中で止まることができなかった。
「…………………!?」
其れを俺が理解するのに果たしてどれ位の時間を要しただろうか、俺の右横腹にガルシア師範の拳が突き刺さっていた事を。
「…うっ、グフッ……?」
其れに気が付いたのは、肝臓辺りから感じられる痛みにり堪らず呻き声が口から漏れ出たからだった。
何故と言う疑問、何時の間にと言う疑問が頭の中を駆け巡るが答えに辿り着けない、いや単純にガルシア師範の拳を当てられたからなんだがそれすらもこの時俺は理解できていなかった。
「捉えたで八幡、どや意想外のノーマークの打撃を受けた感覚は!?普通に打たれるよりもえらい効くやろ!」
其処に聞こえるガルシア師範の声が無情な現実を俺に突き付けたが、俺は腹部を襲う痛みと飛びそうになる意識を繋ぐ事に精一杯でそれどころでは無いし、何よりそのダメージによりよろめき蹈鞴を踏むって状態だ。
「いやぁーっはちくん!?」
「やだぁーハッチン!!」
「八幡君駄目ッ!?」
俺の身を案じ名を呼ぶ、大切な女性達の声さえもが何処か遠くに感じられる。
「せやけど、まだ終らんでぇ!」
ガルシア師範がそう宣告し俺に詰め寄り、そして始まる。
「ハッ、喰らえやッ!」
先程は躱したバックハンドブローが俺に叩き込まれる、それにより俺の身体は空へとふっ飛ばされた。
「うげっ!?」
吹き飛ばされた俺の身体はやがて重力によって落下に転じる訳だが、ガルシア師範がただ黙って落ちて来る俺を見送る訳などなく。
「そりゃ行くでッ、幻影脚!!」
無数の超高速の蹴りが俺の身に襲い掛かる、それにより又しても空へと持ち上げられる俺の肉体に散弾の如く降り掛かる無数の蹴りにより激しい痛みが身体の彼方此方から感じられる。
肉を撃つ鈍い音が己の耳に響きやがてその音が収まり空へと放り出される俺の身体に更なる追撃が加わる。
「お次はコレや、飛燕疾風脚!」
滑空するかのように飛び迫るガルシア師範の蹴りが空中の俺にヒットし、追加のダメージの痛みに再び襲われる俺だがしかし幸か不幸か(この場合は後者だな)俺はまだ意識を手放していない、だからこそこの痛みに苛まれ居る訳だが。
「ぐはっ……。」
だから本当は此処で俺は気を失っていた方がまだマシだったのかも知れない。
「此処でブレーキングやッ!」
ガルシア師範は飛燕疾風脚にブレーキングを掛けるが俺の身体は未だに空を彷徨ったままで、此処でブレーキングが掛かったと言う事は当然次なる技が俺を目掛けて放たれる訳だ。
「此奴を喰らいや、行くで覇王!」
それは当たり前の如く超必殺技クラスの物になるのは必然で、俺は此処に初めてその技をこの身に直撃で受けることとなった。
「…翔吼拳!!」
空を舞いながら俺は目撃する、我が身に迫る眩く輝く巨大なエネルギーの塊が迫りくる様を、そしてそのエネルギーに飲み込まれてしまう瞬間を。
……………果たして俺はどれ程の時間意識を失っていたんだろうか、黒岩師範代の声が聞こえて来る。
『大丈夫か比企谷君!?』とそして靄が掛っていた視界が徐々に鮮明になり、練武場を見ると未だガルシア師範が身構えている事からそれはほんの数秒の事だと、多少鈍った頭でも何となく理解出来たのはいいんだが今の気持ちは、いッッッたあーーーーっと大声で喚き倒したい。
いやマジそれ位痛いんだよ本当に、もしかして俺が一瞬意識を失ったのにも関わらず、目を覚ましたのはこの痛さ故だったんじゃないかってマジで思うわ。
「くっ……っうぅぅッ…はぁはぁ。」
俺は苦痛に小さく呻きながらも何故かよろよろと立ち上がっている、はてこんなにも痛くてもう身体の彼方此方が悲鳴をあげそうなのに俺は何で立とうとしてるんだ。
「どうだね比企谷君、君はもうかなりのダメージを受けているんだ此処で棄権しても構わないんだよ。」
「だっ大丈夫です(マジっすかそれじゃぁ)まだ行けます!(棄権します!)」
はぁ!?ちょっと何言ってんの俺ってヴァ、いやいや何で本音と建前が逆転してるんだよ!?
俺もう十分にやったよね、もうゴールしてもいいよね?だってパトラッシュ僕はもう疲れたんだ……何だか眠いんだ、いや痛くて眠気も何もあったモンじゃ無いけどね。
「……そうか、此処は君の意気を買おう、だがこれ以上は危険だと判断したら其処で即刻終了とする、解ったね。」
「……っ、うっす!」
いやいやいや危険です黒岩師範代、俺今正にチョー危険ですってば!だから止めてくださいマジ、って言うか俺も何返事なんかしちゃってんのさ!?
「ほうもう立って来よったか八幡、まだもう暫くは掛かるやろ思とったんやけどな、ええ根性や!」
ガルシア師範が先と変わらぬ獰猛な猛虎の如き笑みを“湛えて”立ち上がった俺を“称えて”くれた……。
滑ったな、うん摩擦係数ゼロもイイところって位に思いっきり滑ったな。
「そいつはどうもっすね……実を言うと本当はもう止めときたいって思っているんすけど……ふう〜っ。」
痛みに耐えながらもポロリと口を吐く俺の本音にガルシア師範が思わずと言った感じでクスリと笑う、俺は其れを見ながらも『痛えなぁ特に背中が』と思いながら自分の立ち位置を確認した。
どうやら俺はガルシア師範の覇王翔吼拳を受けて道場の壁に激突したらしい、うわっ…マジかよもし此処が道場内では無かったら果たして俺はどれ位の距離をふっ飛ばされていたんだろうか、そう思うと冷や汗どころじゃ済まねえな。しかし同時に分かったこともある、それはやっぱり俺は天才じゃ無かったって事だ。
だってもし俺が天才だったらふっ飛ばされる瞬間に、審判を務める黒岩師範代をクッション代わりにしてダメージを殺していたから……このネタ解る人居る?
「ハンッ!そう言いながらも立ち上がって来た上にまだ死んじゃおらんそないギラついた眼ぇしとって何言うとんねん自分!?」
マジですか俺ってば、そんなギラついた眼とかって、何か柄じゃ無ぇ〜って感じなんですけどぉ。
つってちょっと戯けてみたけど(心の中で)実際は俺の中にもあったんだよな、本当に柄じゃ無いんだろうけども『負けたく無い』って感情がさ。
「…あ〜それは多分アレですよ『悔しいけど僕は男なんだな』って感じと『僕は、あの人に勝ちたい』って感じっすかねやっぱ!?」
「イヤ知らんがな、てか何やお前一々何か変なん言わなアカン習性でもあるんかいな?」
さっき迄ギラついた野獣の様な眼で見ていたガルシア師範が、今は何か残念な物を見る様なジトっとした眼で俺を見ている。
どうやら俺はやっちまったらしい、と思っていたんだが……。
「どや八幡、こんで少しは回復したんちゃうか!?」
ガルシア師範はちょっとだけ俺のダメージが抜けるのを待っていてくれたって訳だったのね、はぁ〜参ったなこりゃ。
「……随分余裕っすね、敵に塩を送るってヤツですか……けどまぁ当然っすよね、何せ俺はガルシア師範の覇王翔吼拳をまともに喰らっちまったし、ダメージアリアリでもうあとひと押しでKOされちまいそうだし……はぁ…。」
ここ迄してもらっちゃもう此処でやっぱ止めときますとか言えないよな、つか俺自身が思ってんだよな止めたくないってさ、ガルシア師範にはネタとして言ったけど本心だったんだよな『僕はあの人に勝ちたい』って思いは!
「ハハッ、何せ俺も久々の本番や、しかも相手が思っとった以上にヤリよるさかいにな、お前となら俺ももっと楽しめるやろからなぁッ!」
再びその目に野獣の光を点してガルシア師範が俺に闘気を放つ、猛虎が再びその爪と牙をおれに突き立てるべく身構える。
だが果たして俺に、その猛虎に最強の虎に立ち向かえるだけの力が残っているのか、結論を言うとハッキリ言ってそれは残っちゃいない。
けど、やるしか無いんだよな……だってさ待っていてくれてるんだよ、あの最強の虎がこの俺をだよ。
ガキの頃は虐められているのに其れに立ち向かう事もできなかった俺が、偉大な兄貴達と出会ってさ、困難に立ち向かえるだけの技と心を仕込んでもらって。
「ふう〜っ……はぁ〜っ……。」
だからさ、ぶっ倒れる迄やらなきゃなんだよ、俺の中にある残り物全部を引っかき集めてその全部を総動員してぶつけなきゃいけないんだよ、ハハッ何か俺今モーレツにめっちゃ熱血してるわ!キングス○ッシャー呼べるんじゃね?って位にさ。
「ガルシア師範、ハッキリ言って俺にはもうガルシア師範とやり合えるだけの力は殆ど残っちゃいないっす。」
正直に俺はガルシア師範にそしてこの場に居る皆に告白する、俺の事を心の底から心配してくれている彼女達と俺を師匠と呼んでくれる小さな女の子と俺をガキの頃から鍛えてくれた兄貴達の一人にも伝わる様にそして。
「だからこっから先俺に何が出来るか解んないっすけど、やるしかないんですよね………。」
その為に俺は自分に暗示を掛ける、それは俺のお得意の昭和ネタ、でもここ一番に口にするには相応しい!?かは解らんが、言ってその境地に自分を追い込むんだよ行くぜ!
「はあーっ……我が身既に鉄なり、我が心既に空なり……天魔伏滅……。」
そして俺の精神は深く深く集中力を増してゆき、もう雑音は耳に入らず。
その眼は目の前の敵とその動きだけを捉え、その時が来るまで其れだけを追う事に費やす。
深く深く深く深く、集中集中集中…。
ヘヘッ八幡のヤツ最強の虎の超必殺技を喰らいながら立ち上がりやがったか、そう来なくちゃイケ無ぇよな男としちゃよ。
「ハッチン……もういいよ、立たなくてもいいよぉ……。」
「はちくんもう十分です、だからもう止めましょうよ!」
結衣嬢ちゃんといろは嬢ちゃんはその声に嗚咽が混じっていて八幡に止めてくれと懇願しているし。
「八幡君……貴方はもう十分に闘ったわ格上の人を相手に、だからもう此処で止めても何ら恥じる事は無いのよ。」
雪乃嬢ちゃんは気丈に振舞っちゃ居るがよ、その心中は二人と同じで八幡にもうもう闘って欲しくないってアイツが傷付く姿を見たくないって思っている事は語る迄も無ぇよな。
「…嬢ちゃん達にゃ悪いがよ、八幡のヤツは此処で止めやしねぇよ。」
三人の嬢ちゃんの目が俺に集中する、潤んだ瞳に僅かなに輝いちゃいるが悲痛に歪んでいる、まぁその気持ちは解らんじゃ無ぇけどよ。
「彼奴も一端の格闘家になろうとしてんだよな、格闘家として格上のしかも一時代を築いた伝説の男相手に自分がどれだけやれるか試してみたいってよ、なぁ嬢ちゃん達よちょっとばかり酷な事を言うがよ嬢ちゃん達がコレからも彼奴と共に歩んで行こうって思ってんならコレからもこう言う事は何度だってあるかもしれねぇんだ、その度に嬢ちゃん達は今の様な悲痛な思いをする事になるんだぜ、それでも嬢ちゃん達は彼奴に着いて行く気があんのか!?」
此処で嬢ちゃん達がどうするか、どう思うかそれは俺には分かんねえがよ、願わくばこの娘達には末永く八幡と共にあって欲しい、そう思うのは俺の我儘なのかもしれねえな。
「なぁ雪ノ下、由比ヶ浜、一色、君達が愛した男は格闘家としての道を歩む事を選んだ男なんだよ、それは平和な現代日本に於いて自ら修羅の道に踏み入る事を選んだ、見様によればそれは愚か者にも見えるかも知れないな様な人間だ。
だが私はそんな愚か者が堪らなく好きなのだよ、そして私はその人に着いて行こうと思っているんだが、まぁ其れを君達に強要するつもりは無いけれどね。
先程のジョーさんの言葉と同じ事を言うがこれから先も君達は彼と共に在ろうと思うのならば、この様な光景をこれからも目の当たりにすることを覚悟する事だな。」
静さんが俺の言葉に付け加えて彼女達に語ってくれた、そいつは今目の前で惚れた男が傷付く姿を目の当たりにしているまだ少女と呼ばれる年頃の子供達には酷って奴かも知れねえが、教師として一人の女としてそして格闘の道に生きる男と共に在ろうと決意しているが故に言ってやれる事なんだろうな、静さんアンタはマジで最高に良い女だよ。
「「「っ……。」」」
嬢ちゃん達はまだ心を决めかねているが其れも当然っちゃ当然だな、まぁ良いや時間を掛けてじっくりと考えな嬢ちゃん達、皆まだ若いんだからよ悩んで悩んで悩み抜いて自分の思いに向き合うんだな、それこそが若さってやつの特権の一つなんだからよ。
おっとそうこうしている間に八幡の奴が遂に練武場に戻って来やがったか、しかもさっき迄とは纏っている雰囲気が大違いじゃねえかよ。
「覚悟は完了ってかよ八幡、ヨッシャあッ行って来い」
こっからが最期の攻防ってヤツだぜ、だからよさっさと決めて嬢ちゃん達の心配を取り除いてやるんだぜ八幡。
ほう何やよう訳が分からんけど何かえらいカッコ良さ気な事を呟いたかと思とったら八幡の奴急に雰囲気が変わりよった。
残りの体力ももうあと僅かやしさっきのダメージも残っとる筈やのにえらい気迫を感じるわ、こら迂闊に近寄らんと先ずは遠間から牽制と様子見から入ってみる事にしよかいな。
せやから俺はバックステップで八幡との距離を離して牽制の技を繰り出す。
「試させてもらうで八幡、龍撃拳!」
俺は八幡に気弾を放つこいつに対する反応で少しは解るはずや、八幡がまだ十分に闘える力が残っとんのか或いはもう既に力の無い死に体なんかがな。
そらどないすんのや八幡、回避かガードかそれともお前も気弾を撃って相殺すんのか?
着々と高速で向かい飛ぶ龍撃拳に対して八幡は未だに動かへん、どないしたんや八幡やっぱお前はもうあかんねんか。
俺は八幡のその様子からそない思うてしもたが、それは早計っちゅうものやった。
「ハッ!!」
迫りくる龍撃拳を八幡はギリギリ迄引き付けてなんと掌打でもって打ち消しよった、ハハハハッ!コイツはオモロイわまだ八幡は多少なりとも力が残っとる。
「せやったらその力全部俺が奪ぼうてやるわッ!」
そう宣告して俺は八幡と打ち合うためにダッシュで距離を詰る、これが最期の打ち合いやそんで速攻で楽にしてやるさかいな八幡。
俺は意気込んで八幡を打撃戦で打ち倒すべく距離を縮めたはいい物の、しかしその肝心の相手八幡がそれに乗って来んかった。
八幡のやつは自分は攻撃はして来んと俺の攻撃を的確にいなし、躱し、防御しと守りに徹しとる、最初その状況に俺は何や肩透かしを食ろうた気分を味おうたやったけども、次第にその思いは八幡に対する感嘆の気持ちに変わって来てもうたわ。
「シュッ、シュッ、ハッ!」
「………!」
俺の拳も蹴りも師匠の教えの元で学びそんで師匠が行方を晦ましてからは己で鍛錬して来て、更にはライバル達との激闘を繰り返して長い時間掛けて磨いて来たんや。
其れをこの目の前の小僧は冷静に捌きよる何やぶつぶつと呟きながら俺の技を躱す様はホンマに見事なもんやで、まるで俺のやる事が解っとるかの様に先読みでもしよるんかいな。
せやけど其れももう長い事無いやろうな、八幡は今極限の状態でこの至近距離から繰り出される俺の攻撃を躱しとるんや、例えどんなに集中力が有ろうとも何れ限界は訪れるもん何や。
「ハッ!セイッ!そっりゃぁ!」
「………!!」
ホンマにオノレは末恐ろしい小僧やで八幡、ようここ迄そないにやってこれたモンやでせやけど其れももう終わりや、気い付いとるか自分の状況っちゅうもんを極度の緊張感に汗だくになっとんねんで、残念やけどもう終いやで。
「ハッ!ハッ!ハアッ!」
俺は三連続後方転回で八幡との距離を取る、それは何時までアイツをもいたぶる様な真似はしたない思うたからや、せやから此処は一思いに覇王翔吼拳で!
「ハアーーー…………!?」
俺は八幡と距離を取り覇王翔吼拳を放つ為に気を集中していたんやが、突然その八幡が動き始めよった、右の拳を高く掲げてその身を斜に構えとる。
その構えは知っとるで、そいつはお前の師匠、テリー・ボガードの十八番『パワーウェーブ』の構えやな、せやけどな八幡今その技を出すのは失敗やで。
何でか言うたらその技は地を滑走する様に相手へ向かって行く技や、ちゅう事はジャンプをする事で簡単に回避出来るんやで。
しかも俺にはジャンプした状態から放てる技が、飛燕龍神脚があるんやで!
ハンしゃあない技の変更や止めは覇王翔吼拳やのうて飛燕龍神脚で行く事にするで、そんで終いや!
「ハァッ!」
俺はその場から空へと飛翔し飛燕龍神脚を繰り出す為の体勢に入った。
皆さんお待ちかね!
ついに始まった最強の虎の逆撃、それに晒される八幡はもはや満身創痍の状態で何時倒れてもおかしくはありません。
ですが八幡はその猛攻を耐えながら起死回生の一撃を狙い、ついにあの技を放つのです。
次回『やはり伝説の餓狼達が俺の師匠なのは間違っているだろうか。』
『比企谷八幡大勝利希望の未来へレディゴー!』
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やはり闘いが終わってから○○を告げるのは間違っている。
はぁ、はぁ、はぁ………集中、集中、集中………ガルシア師範の攻撃を俺は捌き続ける。
これ迄に学び身に付けた防御技術を集中力を高め思考よりも反応反射とにリソースを割き、それはこの最終局面に於いてガルシア師範の攻撃を今の所捌き切っている事から上手く運んでいた。
ここ迄はな………しかしその集中力も切れかけ始めている事が自分自身理解している、極度の緊張感に身体中から汗が吹き出し額から流れ落ちるその汗が眼の中に入り込み視界が滲むし、少し痛い。
そして何よりもこうやって頭の中でこんなふうに思考をはじめだってことが其れを如実に表しているって事じゃね、と違うか?嫌違わないよな。
「そりゃ!そりゃ!ハッ、セイッ!」
はっきり言ってこの勝負に俺が勝てる可能性は皆無に等しい、この集中力が途切れ雑念が頭の中に過ぎっている現況だからな、その時がいつ訪れたとしてもおかしくは無い。
俺に残された数少ない可能性、それはガルシア師範が余程俺の事を舐めて掛っていて油断するとか、攻撃の技の選択の判断をミスをしてしまうとか或いは奇跡でも起こるとか………ちっ、何にしても全部他力本願じゃないかよ全く。
クッソ、一格闘家としてそう言った相手のスキを作るのだって本来自分で為せる様にならなきゃなのによ。
「……はぁ、はぁ、はぁ……。」
……不味い、とうとう息切れまでし始めたわ、こりゃあもう長く………えっ?
何だガルシア師範がいきなり三連続のバック転で後方へと下がり俺との距離をとったけど、一体何をするつもりなんだよ。
「…ふぅ…はあぁーーーっ!」
俺との距離をとったガルシア師範は俺を見据えながらも気合注入を開始した、ハハッコイツはどうやら見透かされているらしいわ俺の現況を、だからそうやってパワーを溜める余裕が有るって事ですよね。
パワーを溜めてきっと超必殺技を超える威力の更に上の超必殺技を撃って俺に止めですかガルシア師範、だろうな仮にガルシア師範が覇王翔吼拳を放ち其れをガードしたとして、俺はきっと其れに耐えられず気力体力全部持っていかれて敗北は必至って感じだしな。
或いは龍虎乱舞だったとしても、俺はそのアタックをもう止められやしないだろう………あっ、これもう積みだわ俺。
「はあーーーー………。」
なおも続くガルシア師範の気合い注入に俺はもう為す術無しなのかよ……いや待てよ、この状況は要するにガルシア師範がもう俺には反撃の術も無くあとはもう止めの一撃を食らわせりゃ終わりだと思っているって事だよな。
まぁ実際それは事実なんだが……つかだからこそ余裕綽々気合い注入がやれてんだろうけど、はてこれって言わばガルシア師範が油断してスキを晒してるって言うのは若干過言かもだが、この状況利用出来んじゃね?
公式戦その他二十年位のブランクが有るっても、ガルシア師範は一流の格闘家だって事には変わり無いけどさ。
そんな人を罠に掛けるのなら案外三流のペテンみたいなモンが効果を発揮するかも知れない……例えばボクシング元ジュニアミドル級(スーパーウェルター級)チャンピオンの輪島功一さんが放ったと言う、よそ見(はじめの一歩の青木のトリッキー戦法の元ネタ)する事で相手の視線をそちらに誘導してそのスキにフックを当てたって言うとんでもスキルで異世界放浪……ってネタはいいっての、そんな事に思考を割くな俺。
ただでさえ今の俺の勝ち筋が見えないってのにそんな事に頭を回して勝負が疎かになった挙げ句に負けるとか冗談じゃねえだろう、どうせ負けるんなら今ある残りの力の全部を出し切って気持ちよく負けたい。
それがガルシア師範に対する礼だろうがよ、いやでも本当は負けたく無え……本当は、勝ちたい!
俺とガルシア師範との彼我の距離は大凡6〜7メートルってところか、其れだけの距離が在った上でガルシア師範は俺に追い足はないと解釈してるんじゃなかろうか、そうすると攻撃手段として取られる技は『遠当て』気弾だろうと判断するんじゃ無いのか、だとするなら俺はそれに賭けるしか無いってな。
そんでその読みが外れたら俺はもうそこ迄だな。
一か八かそいつに賭ける、俺は右手を高く掲げて構える、そしてそれを見たガルシア師範は宙へとジャンプした!しめたどうやら上手く行ったみたいだ。
「パワーウェ……「飛燕龍神脚!」
俺の発声に被せる様にガルシア師範が技の体勢に入り、そして発動する高速急降下蹴り飛燕龍神脚、俺はその声が発せられるのと同時に構えを戻す。
「なっ!何やってぇ!?」
俺はパワーウェーブを撃つと見せかけて技を取り止める、そう俺はガルシア師範に対してフェイントを仕掛けた訳だ。
右手を引き戻し体勢を戻してから後方へとバックステップ、もう既に飛燕龍神脚を発動したガルシア師範は急には止まれず、そして。
「しもたっ!!」
元俺がいた地点に着地するが多大なスキを晒す事になった。
これが最後のチャンスだ!これが決まらなきゃ俺にはもう何の手立ても残っちゃいない、ガルシア師範行きますよッ!
俺に残ってる身体中の全部の力を出し切ってやる。
飛燕龍神脚の不発から体勢を整えきらないガルシア師範に俺は渾身の突進を敢行する。
「パワッ、チャージ!!」
俺のショルダータックルがガルシア師範を捉える。
「なっ!?……うわッ!?」
そして宙へと打ち上がったガルシア師範の身体が無防備に舞う。
「行け八幡!今のお前なら撃てるはずだぜ、一発撃てたんだ二発も三発も同じ様なもんだろうがッ!!」
ジョーあんちゃんの声が道場に大きく響く、俺にアレを撃てと……やれるのかよ俺に……いややれるかじゃ無いだろうがよ、やるんだよ俺!
あの日憧れたあの人の、あの輝く背中の星が見せてくれた、あの日から俺が目標として来たあの技をさ。
「行くしかないよなぁッ!…オゥバーヒィーッ!!」
俺は再び右手を掲げてマットへ打ち下ろす…マットから吹き上がる巨大な気の牙とその発生を宣言する様に高らかに響く爆音、それを確認する間もなく俺は左腕を大きく空へと振り上げると再度響き渡る爆音!
「うっ…うあっッ…。」
ガルシア師範の呻く声が微かに聞こえた様な気がする……そして数瞬の間を置き俺は身体全体を大きく前方へと屈めながら右手で、もう一度マットを叩き付ける。
「ゲイッザァーー!!」
三度響く爆音とそれが収まるとやや遅れてマットに響く落下音とその衝撃、それからやはり微かに聴こえて来るる呻き声とそれが消えた後に訪れる僅かな時間の静寂…………。
「勝者……比企谷八幡ッ!!」
やがて黒岩師範代から告げられる勝者コールに歓声と驚愕のざわめきが道場内が広がる、その中の俺の関係者が集まる一角に目を向けると……。
ジョーあんちゃんがニカッと笑顔でサムズアップしてるし、平塚先生はウムっとばかりに頷いてるし(その仕草なんか意味無く大物っぽい、あんたは江田島平八塾長かよ)留美と川崎は何だかホッとしたって感じの安心感溢れる顔してる。
そして、俺の大切な三人の少女達は涙を浮かべながらその場にへたり込む。
その様子に俺は『スマン…めっちゃ心配掛けちまったな。』と心中詫びる。
「オイ八幡、勝者のお前ぇにはあと一つやる事が残ってんだろう!」
ジョーあんちゃんが俺にアレを催促する、所謂勝利のポーズって奴ね。
「……OK!って帽子を放り投げたい所だけど、もうそんな力も残っちゃいないわハハッ……はぁ〜っ、しんど!」
そう言って俺はその場に腰を落としてしまった、最後迄締まん無えな俺は。
「へへっ、ロートルとは言え達人の域にある奴相手に中々健闘したじゃねぇかよ八幡………しかもとうとう潜在パワーまで発揮しやがったか。」
マットの上に座り込む俺の前迄歩み寄りジョーあんちゃんはそう言いながらヤンキー座りの体勢を取り俺の額を軽く小突くと、何だか妙に優しげな眼差しを俺に向けて来た、つかその体勢だとその短パンの尻の部分の縫い合わせが千切れてパンツ丸出しになっても知らないからな俺。
「はあ〜っ、ああ…何とか出来たっぽい?」
俺はそう一言それに答えてからもう一つ溜息のよに息を吸って吐く、だってかなり疲れててキツイから喋るのも何か億劫だし呼吸を整えないとだし。
「何で其処で疑問形なんだよお前ぇはよぉたく。」
そう言われてもさ、何かイマイチ実感が無いんだよな。
いやね、確かに俺ゲイザーを打つ為に拳をマットに叩き付けた様な気がするしゲイザーが発生した時の爆音が聴こえた様な気もするけど、何かあの時の事が夢現の様な気が………。
「ハッ、そう思うんだったらアレを見てみろよ。」
ジョーあんちゃんが呆れ気味にサムズアップを横向きにして親指で示した方向では、横たわった状態から頭を振りながらガルシア師範がその身体を起こし始めていた。
「なあ、あんちゃん……俺もしかして勝っちゃったの?あの人にマジで!?」
「なんだぁ、お前ぇはまだ信じられねぇってのか、しょうがねぇ奴だな。」
優しい顔で苦笑しながらジョーあんちゃんはそう言うけども、当の俺にはまだ実感がわいてこないんだよマジでさ、だってあの状態で普通に考えたら俺に勝ち筋なんて皆無だったんだよ。
それをあんな三流以下のペテンに掛けてだもんなぁ、何かアレって本当に現実だったのかはっきり解かんねえって。
「よっと、まぁ良いやほらよさっさと捕まれ八幡。」
ジョーあんちゃんはヤンキー座りから立ち上がると右手を俺に差し出してくれた、立ち上がるのがまだちょっとしんどいかなと思っていた今の俺としては、あんちゃんのその好意はとてもありがたいものだった。
「う…っす、サンキュージョーあんちゃん。」
「おう、まぁそんな事はどうでもいいんがよ八幡、お前は行かなきゃならねぇトコが有んだろうが、ほれッ!」
そう言って指差したのはガルシア師範と三人の少女達、ガルシア師範も黒岩師範代やユリさん達に付き添われ立ち上がり、二人に礼を述べている様だ。
そして彼女達は闘いの終わりに安堵したのかその場に座り込んでいる、だな確かに俺は挨拶に赴くべきだな全くこの兄貴は、こう言う時に案外気が利くんだよな。
そのお節介精神はありがたくもあるんだが、同時に気恥ずかしさも内在してるんだよなってか叩かれた背中がめっちゃ痛いんだけど、ちったぁ手加減しやがれオッサン。」
「お前ぇは一々一言多いんだよッ!」
何でか知らんがいきなりジョーあんちゃんは憤慨しながら俺の頭に拳骨を喰らわせやがった、ゴツンと鈍い低音を道場内に響かせて。
「いったぁ〜〜って、なっ何をするだァーーッあんちゃん!?」
その痛さに俺は思わずうんこ座りポーズで頭を抑えてその加害者に抗議する、てか一言多いって何の事だよ。
「お前ぇは頭で考えてっ事が口に出てんだよ、全く所構わず喋くるアホなネタと言いその締りの悪い口のチャックと言いよ、ちったぁどうにかしやがれってんだアホッ!」
「けどまぁ、何時までも蹲って無いでさっさと立ち上がれや。」
……またやってたのかよ俺、これでもう何度って数えるのも馬鹿らしいわ、けどあんちゃんの言う通り何時までも蹲ってる場合じゃないか。
「ガルシア師範、今日はありがとうございました!」
ジョーあんちゃんと共に俺はガルシア師範の元へ向かい手合わせをして頂いたことに対する礼を述べ頭を下げる。
「おう、こっちこそ礼を言うわ八幡ホンマに楽しかったで、久々の実戦の相手がお前でホンマ良かったわ、まぁ負けてもうたのはちぃとばかり癪やねんけど、しゃあないわな。」
そう言ってガルシア師範は豪快に笑い俺の肩に自らの手を置き表情を改め真剣な面持ちで語る。
「のう八幡、俺はとっくに一線から退いとるとは言うてもな一流派の師範なんや、その師範を打ち破ったお前をこのまま放って置くなんてこた無いやろな、この話を知ったらリョウやマルコ辺りならきっとお前に会いたいって日本に来るかも知れへんで。」
まっ……マジっすか、俺としてもサカザキ総帥やロドリゲス師範代にはお会いしたいって気持ちはあるけど、もう当分極限流門下の人達との肉体言語はご遠慮致したいところなんだがな。
「まぁ、そん時を楽しみに待っときや八幡。」
「いや、サカザキ総帥の拳はめっちゃ痛そうですからね、暫くはお腹一杯っすよマジで……てかガルシア師範、川崎との一戦もそうでしたけど今日は極限流の怖さを改めて思い知りました。」
俺はガルシア師範に極限流とガルシア師範に対する感嘆の思いを伝え頭を下げた。
「ロバートや、俺の事はロバートと呼べや八幡、ガルシア言うたらユリちゃんもやし家んトコの倅達もガルシアやねんからな。」
ガルシア師範改めロバート師範は少し砕けた調子で名前呼びを許してくれた。
「それからムエタイチャンプ、あんさんともその内手合わせしたいもんやな、そん時ゃよろしゅうたのんまっさ、せやけどあんさんよっぽど八幡の事が可愛ゆうてしかたあれへんのやな。」
更にはロバート師範がジョーあんちゃんに対戦の申し込み?と来た上に、俺の事が可愛いとか言い出すし、あのもしかしてロバート師範って目が腐ってるんじゃ無いだろうな。
「うっせェってんだよオッサン、けどまぁ八幡とあんだけやり合えたアンタとなら年なんざ関係無しにガチでやれそうだしな、そん時ゃ派手にやり合おうぜ最強の虎さんよ。」
不敵な笑みでメンチ切り合うオッサン二人、個人的にはモノごっつ見てみたいこの二人の対戦、いつか叶うといいなと思いつつも俺は出来ればサカザキ総帥との手合わせなんて事にならない事を祈るばかりだ。
ロバート師範のもとを辞して、続いてジョーあんちゃんと共に足を運ぶのは俺達の仕合いが終えた事に安堵したからかマットの上にへたり込んでいる三人のもとへ行く。
彼女達には途轍もないって位に心配を掛けてしまったしな、さて今この状況で俺は彼女達に何と声を掛けるべきかと思案するも中々言葉が出て来ない。
こう言う時ってマジで以前の自分が人と関わりを持って来なかったって事で生まれた弊害ってのを感じるんだよな。
はぁ〜、ジョーあんちゃんやテリー兄ちゃんの陽気さが羨ましいわ、両手を空に掲げれば地球の皆の陽気さが集まって『陽気玉』とか出来ないかな。
「あのよ……まぁ何てか、スマンかったな。」
はぁ、コレだよ何とか口を開けたと思ったらこんな事しか言えないとかってどんだけ拗らせてんだよ俺。
潤んだ瞳を俺に向ける三人にこの程度の事しか言えないって、マジ無いわ〜だよな男としての鼎の軽重を問われるぞ、誰にかは知らんがな……いや問うてくるのは彼女達か。
ポカンとした顔でしばらくの時間俺を見つめる結衣雪乃いろは、これぞまさしくタイムポカン…ってか。
「「「………ぷふっ」」」
そんな俺の様子がおかしかったのか彼女達はほぼ同時に吹き出し、間を置かずに今度はクスクスと笑い出した。
ちょっと止めてくれるかな、もうさこっ恥ずかしいでしょうがよ全くさぁ勘弁してくれよ頼むから。
「……笑うなよ、兵が見ている。」
三人の笑いの衝動が収まるまでの僅かな間俺は気恥ずかしさを我慢しながら過ごさざるを得なかった事を此処に記し、次へとシーンを移す事にする。
俺の目の前で三人は互いに目配せをして意思疎通を図っている様だ、凄えなコイツらもしかして言葉など無くても会話が出来ているのかよ、はっ!?もしかして人類の革新はもう始まっているのか。
宇宙へ出ずしてこの重力の井戸の底でニュータイプの胎動が始まっているって事ですか……おい見ているかジオン・ダイクンしかも三人同時にだぞ。
「はちくん……またお馬鹿なこと考えていますよね!」
「うん…だよね、その顔はまた変な事絶対考えてる顔だよハッチン!」
「ええ、けれどそれを分かってしまえる私達もこの人に毒されているのかも知れないわね、誠に遺憾なのだけれど…はぁ、なぜ私はこんな人を好きになったのかしら。」
三人は代わる代わるに口を開き俺の思考を読んだ事を告げる。
「雪乃先輩に同感ですよ本当にはちくんはどうしょうもないお馬鹿さんですよこんなに私達を心配させて置いて気の利いたセリフの一つも言えないし、格好良く決める事も出来てないしなんか言ったのかと思えばガンダムのネタですしね、本当に何なんですか馬鹿ですかさっきも言ったけど間違いなく馬鹿ですよどうしょうも無い位のお馬鹿さんで……なのに時々格好良くて不器用に優しさを示してくれて、側に居ると何だか暖かい気持ちになって心が満たされて……でもやっぱりお馬鹿な事ばかり言って私達を呆れさせて、闘って傷付いて私達を心配させて一体何なんですかはちくんは……全くもう、何で私はこんな人を好きになったのかな…。」
そしていろはが皆を代表する様に長々とその心情を吐露するが、その大半は俺が馬鹿だと言われているだけの様な気もするが。
「だよね本当にハッチンはお馬鹿さんだよね、でもさ多分……きっとあたしもハッチンと変わんない位馬鹿なんだと思うんだ、だってさ好きな人に三股掛けて良いよって言っちゃうくらいなんだからさ、普通に考えたら絶対に馬鹿だよ。」
「あのだな、その事については誠に遺憾に存じますとしか言い様が無いってか何て言うかだな、その……。」
俺はあの小三の夏に兄貴達と出会ったあの日からこの道を歩いて行くと决めたから今日みたいに痛い目に遭うことも覚悟の上なんだが、けどいろはも結衣も雪乃は多少は武術の嗜みがあるって言ってたけどまぁ、それでも三人共こんな人によっちゃ野蛮な行為としか受け取れない様な世界に本来関わることなんか無かったんだよな。
それが俺と関わったばかりにこんな血なまぐさい世界に関わらせてしまって、そしてもしコレからも俺が闘い続けるなら今日みたいな思いを何度も経験させてしまうかも……やっぱ俺は彼女達と一緒に居ない方がいいんじゃないのか。
何だかそれが正解のような気がして来たし彼女達が望むのならそうすべきか…って何で俺はこう決断力が無いんだよ、こんな大切な事の判断を相手だけに委ねる事で自分のダメージを少なくして逃げようとしてるんだからな、こんなだから俺は彼女達に相応しく無いとしか言い様がないじゃないかっての。
「…だからな、もしこんな俺に着いていけないって思うんならはっきり言ってくれ、お前達が苦痛に感じる様な事は出来ればしたくは無いけど俺は……この道を往く事を止められないからな、だからなその……でも、本当は俺……これからもお前達と一緒に居たいし俺に着いてきて欲しいって思ってるんだ、身勝手な自分の都合だけをお前達に押し付けているって百も承知なんだが、それでも俺は兄貴達以外で初めて俺の前に現れてくれたずっと一緒に居たいって思える人と共に在りたいんだ、俺は結衣が好きだ雪乃が好きだいろはが好きだ、こんな三人の女性に告白するとか不誠実もいいところな馬鹿野郎だけどこれが俺の本心だ、三人を幸せにするなんて自身を持って言えやしないけど、けど少なくとも俺はお前達と一緒なら幸せになれる自信がある。」
言っちまったよ、今まできちんと言葉に出来ないで居た自分の思いを漸く言えたよ俺、何だろうなもしかしてガルシア師範と一戦交えてテンションが揚がってそれで頭が何処かしらイカれしまったのかって位に手前勝手な思いをグダグダとしかも他所様の道場で。
取り敢えず俺は自分の思いを伝える事は出来た、後は彼女達がどの様な決断を下すかを俺は静かに待つ………。
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やはり俺が絆を再確認するのはまちがっている?
ありがとうございます、アホな作品ですけど楽しんで頂ければ幸いです。
うわ〜っ、とうとう言ってしまっちまったよ俺、しかも何なんだよ三人の女の子に対して同時にとか馬鹿じゃ無えのかってんだよ、バーカバーカ!現実的に考えてマジ最悪じゃん。
『お前達が俺の翼だ!』とでも言うのかよ全く、テレビ版フロンティアのラストの早乙女アルト以上に最悪だよ三枚の翼とか、一翼多いし或いは一翼足り無いからバランスも取れないだろう。
オーラバトラーならオーラコンバーターの下には二対四枚の翅が付いて……ってまた考えが非ぬ方向に進もうとしていたわ、俺の馬鹿。
いやね、確かに最初は彼女達の方から三人一緒で構わないって言ってくれたけど、だからと言って彼女達のその好意に甘えっ放しなのは如何な物なのかとあの日からそう考えなくはなかった。
一年以上もずっとこんな俺に対して好意を示してくれていた彼女達に対して俺はこれ迄ずっと煮え切らない態度を取ってきていた。
それは俺にとって彼女達が初めて出来た友達と呼べる存在であり、また初めて本格的に同年代で異性を意識した女子達であり、その三人の異性にそれぞれ異なる魅力と好意を感じていたことは自覚している。
だからこそきっと何れ最終的に誰か一人を選ばなきゃならない時が来るだろう事も予見していた。
だがもしその時が来たとしても結局俺は誰も選べないんじゃ無かろうかと、そしてその時が訪れたとしたら俺はきっと『逃げるんだよォ!』してしまうんじゃなかろうかと、我が事ながにそれが容易に想像出来ていた。
その選択肢を選んでしまう事は彼女達に対する裏切り行為だし、結果彼女達を悲しませそして苦しませる結果に為るだろうと解っていながらだ、はぁ…マジに最低でヘタレだな俺は。
けどそんな俺に彼女達は本気で自分の想いをぶつけて来てくれた、その上で三人揃って俺に受け入れて欲しいとまで言ってくるし、本当に兄貴達に教わって八年も格闘技を学んでいる俺なんぞより余程彼女達の方が人として強いんじゃないかって、しみじみと思わせられた。
そして俺は彼女達のその想いを受け入れた、それはもしかしたら俺は心の何処かでその提案を“これ幸い”と思う気持ちが在ったのかも知れない。
これで俺は三人の内の誰かを傷つけずに済むだなどと、傲慢にもそう思ったのかも知れないし或いは自分の臆病さから目を背ける口実が出来たとかそんな風に思ったのかも知れない。
だが、今日俺がロバート師範の連撃を喰らいぶっ飛ばされるって悲惨な姿を見せてしまった事で俺は彼女達に格闘家の現実を知らしめてしまった。
『勝敗は兵家の常』闘いに身を投じる以上は勝敗は必至だし場合によっちゃ再起不能レベルの大怪我や下手を打つと命を落とす事もあり得る。
その現実を知り戦いと縁のない彼女達が尻込みするのは致し方ない事だし、それに拠って彼女達が俺から離れて行くって決断をしてしまったとしても、それも又同様た。
だけど………だけどそれでも俺は雪乃と、結衣と、いろはに俺の側にずっと居て欲しい、それがどれ程に傲慢で我儘で道義的にも最低で法的にも認められていないと解りながら。
「すまん、完全に俺の一方的な気持ちをお前達に押し付けてしまってるけど、これが俺の偽り無い本心だ、お前達とこれからも一緒に泣いて笑って時には喧嘩してって、ど根性ガエルの歌詞じゃ無いけど俺は………そう在りたい。」
心臓の鼓動が高速で脈打つ極度の緊張感に俺は息苦しさを感じる、この緊張感は先のロバート師範と相対していた時と変らない程に、否もしかするとそれ以上に。
俺は三人をこの眼で見つめる、早く答えが欲しいって気持ちとそれを知りたく無いって思いとがせめぎ合う、こんな体験は今迄に経験したこと無いし何ならもう二度と経験したくは無い。
そして俺を見つめ返して来る六つの瞳は光を映しゆらゆらと揺らめいている、それはとても美しくこの世のどんな宝石等よりも遥かに貴重で、何物にも変えられない価値あるもの。
共に見つめ合う事暫し、いつしかその六つの宝玉から若干の時間差を置いて雫が滴り落ちる。
「…………………!?」
ああ、そうなのか。
俺は六つの瞳からは己が眼を反らし俯きそして諦る、やはり俺の勝手で三人をこんな血なまぐさい世界に関わらせるべきじゃ無いんだろうな。
この心優しく美しい少女達ならきっと俺などに関わらずとも、それぞれに良い相手と普通の恋愛を経験してやがてそれぞれに伴侶を得て、ごく一般的な家庭を築く事も出来るだろう。
なら俺はもう彼女達と関わっちゃいけないのだろう、彼女達の未来の為にも俺は身を引くべきだ。
覚悟はしているがそれでもやっぱり辛いよな、俺はその辛さに耐えようとしているのか何時しか両の拳をグッと強く握り込んでいた。
爪が掌に食い込む感触、もしかしたら少し血が滲み出ているかも知れないが、そんな掌の痛みなど彼女達との関係を断つ事に比べたら何程の事も無い………しかしそうやって心の整理を付けようと思っていたりその時、ふと気付けばその拳を包む様な暖かい優しい感触と温もりが広がる。
「八幡君………。」
俺の名を呼ぶ雪乃の声が聞こえ、俺は背けた顔を上げると其処には俺の真正面に雪乃が居て右に結衣が、そして左にいろはが居て左右の二人が俺の手を両手で優しく包み込む様に掴み取り、その目は俺を優しく見つめてくれている。
「私達三人は貴方が馬鹿だと言う事はこの一年以上の付き合いで十分に理解しているわ、その上で私達は貴方を愛したのよ。」
真摯に俺の顔を見つめ寸分たりとも視線を逸らさず雪乃は語る、一点の曇りもない強い意志に裏打ちされたかの様な美しさが其処にはある。
「うん、ハッチンがガルシアさんに攻められて沢山殴られる姿は見てらんないって、そんなの嫌だってもう止めてって思ったけどさ、でもそれだってハッチンが選んだ道なんだよね、テリーさん達がハッチンの未来の為にハッチンに教えてあげた大切なものなんだよね。」
「そうですよね、はちくんがヒガシさんとテリーさんとアンディさんから受け継いだ、はちくんとはちくんのお兄さん達との絆なんですよね、その大切な絆を私達の為にはちくんに断ち切らせる様な選択はさせたくないですし、だったら私達でそんなお兄さん達との絆に負けない位の絆をこれから私達で築いていけば良いんですよ!」
俺の左右から雪乃にも負けない強い眼差で見つめ暖かな言葉で語り掛ける結衣といろは、そして涙を滲ませながら優しく微笑む三人。
「俺は……こんな俺がこれからも一緒に、お前達と一緒に居ても良いのか!?
これから先俺は今日以上にヤラれっちまうかも知れない、無様な姿をお前たちの前に晒してお前達に悲痛な思いをさせてしま………!?」
俺は其処で言葉を詰まらせたそれは突然に俺の口を塞がれたから、それは俺の左の拳を両手で掴んでいてくれた筈の結衣が俺の正面に回り背伸びをして俺の首に両腕を伸ばして捕まえ、その身長差を縮めて俺の唇に彼女が自身の唇を俺に触れさせたからだった。
突然の事態に俺は頭が真っ白になり掛けるが寸出の処で意識を保つ、それを見ていた人達から歓声やその他色々な感情が混じった複数の声や呻きが聞こえる。
「……………なっ!?ゆ、ゆ、結衣さんあなた一体何をしはりますのん?」
俺は慌てて結衣を引き離すと、パニッっているが為か何処ぞのエセ方言で以てその結衣に問い質す、いやマジ何を考えてこんな公衆の面前でしかも他所様の道場の中でち、チ、チッスとかって……。
俺は身体全体が羞恥によって火照るのを意識しながらもそれを押し留めて結衣を見る。
結衣もまたこの多くの人が居る中で大胆に過ぎる行動に出た為か顔を真っ赤に染め上げて羞恥心に耐えるかの如く、強い眼差しを堅持しつつ俺の目を見て宣言する。
この娘はこんな小さな身体できっと勇気を振り絞ってこの様な行為に及んだんだろう、それは理解出来る……んだが、コレは余りにも恥ずかし過ぎる。
「今は言葉なんか要らないよハッチンこれがあたしの気持ちだから!世界で一番大好きな貴方に対するあたしのっ!」
そう宣言して、やがて結衣はその羞恥心により顔を俯かせ両手で顔を覆ってしまった、当然だろうが絶対に結衣は俺に自分の初めての口付けを捧げてくれたんだよな、いやまぁ俺も当然ながら初めての体験だった訳なんだけど。
そんなに恥ずかしいならやらなきゃいいだろうが、なんて野暮な事はこの際は思わないし口にしない。
俺の大切な人がその想いを全霊を持って知らしめてくれた、そうだと理解出来るから。
あっ、そう言えば俺初めて知ったわ、キスってズキューーンって効果音がしないって事。
「ズルいですよ結衣先輩ばっかりっ!はちくん私にもして下さい!」
「そうよ結衣さんこのドサクサに紛れて何を一人だけ、八幡君解っているでしょうね当然貴方は私達にもそのくっ、口付けをしなければならないのよ、けれどそうね此処は人目が多過ぎるから然るべき場所で後程と言う事で此処で行為に迄及ぶ事は許してあげるわ。」
いろはと雪乃がぶっ飛んだ事を宣うがちょっと待って欲しい、アレって俺がした訳じゃ無いんだからねお二人さん。
けど結衣の勇気ある行動と三人の言葉に俺は、彼女達がこれからも俺が共にある事を許してくれたって事実だけは過たずに理解できた。
比企谷とあの娘達との絆の強さを、正にアタシ達はまざまざと見せ付けられてしまった訳だね。
不覚にもアタシはそんな彼奴等を美しいって思ってしまった、互いを思い合う四人の姿にそう感じずには居られなかった、これからも彼奴等が歩む道程は平坦なばかりじゃ無いだろうおそらくは曲がりくねった道だったり起伏の激しい道だったり、そして先の見えない暗闇だったりするんだろうね。
それでも彼奴等はその道をともに歩んで切り抜けて行くんだろうね、それはきっと世間的には理解されない事だろうしもしかするとガキの戯れ言って風に評される事になるんだろうけど。
だけどアタシはそんな彼奴等を認めてやらない事も無い、だからもう一度言うよそんな事など関係無くアタシには彼奴等の姿が美しく感じられる。
けど同時に彼奴等の姿を見ているとアタシのこの胸が僅かにチクリと痛むのもまた自覚している。
「なぁ、沙希嬢ちゃんは良いのか、嬢ちゃんも少なからず八幡の事を意識してんだろう?」
アロハシャツをだらし無く着崩したヒガシさんが少しだけ気遣いの色が感じられる声音でアタシに問う、この人は一見ガサツな人の様に思えるけど案外優しい人だって事をここ数日で知った。
早朝の鍛錬に着いてきたけーちゃんの事を相手してくれたし、かなりの子供好きなんだろうなこの人は。
「ヒガシさんアタシは結構欲張りなんですよ、だからあの娘達みたいに一人の男をシェアする様な愛し方は抵抗があるし、それにどうせならアタシ一人のだけモノにしたいって思ってるから今のアタシはあの中には入れないですよ。」
成功しているかは解らないけどアタシは努めて精一杯不敵な感じを演出しつつヒガシさんに返事をする、とは言えその発言はアタシの偽らざる本心でもあるんだけどね。
「そうか、まぁ嬢ちゃんは見目も良いし料理の腕もかなりのモンだしな、あの朝練の時に作ってきてくれた握り飯も味噌汁もスゲえ美味かったぜ、だからまぁ嬢ちゃんはきっと良い嫁さんになるって俺は断言するぜ。」
ヒガシさんは頭を掻きながらそんな事を言ってくれた、お調子者なトコもあるけどこの人は本当に暖かい人なんだね。
だから彼奴があんなにも心を許して兄貴と慕ってるんだろうね。
テリーさんやアンディさんみたいなイケメンって感じじゃ無いけどさ、この人は間違い無くイカした良い男だと思うんだよねアタシは、だから。
「平塚先生、年下のアタシが言うのもなんですけどね敢えて老婆心ながら言わせてもらいます。
ヒガシさんの事逃しちゃ駄目ですよきっとこの先、先生はこの人以上の相手とは絶対に巡り会えないって断言出来ますからね。」
だから平塚先生にはこれ位の事を言ってやっても構わないよね、ふふふッ彼奴ならこんな時『爆発しろリア充!』とか言いそうだけど、今の彼奴はそれを言う資格が無いレベルのリア充野郎になってしまってるんだけどね。
「なっ、川さ……んッんん!何を言うんだ川崎、そんな事は当然の事、私は必ずや良き妻となってジョーさんを支えて行く所存だよ。」
イキナリ振られて一瞬たじろいだ平塚先生だったけど直ぐに体裁を取り繕うとさも当然って感じで宣言する、ハイハイご馳走さまです………フフッ。
僅かな時間に色々な事が起こった極限流空手道場を辞去し帰路に就き、帰って来た我が家。
小町が舞姉ちゃんと一緒に不知火道場に行ってるし親父と母ちゃんは明日から夏季休暇だから今日中にあら方の仕事を片付けるべく残業確定で遅くなるとの事で、今我が家には俺とジョーあんちゃんの二人だけだ。
そのジョーあんちゃんはと言うと、明日の朝に日本を経つから今はその準備をしている、つっても元が大した荷物を持って来ていた訳でもなく然程時間が掛かる訳じゃないけどな。
鼻歌交じりに演歌を口ずさみながら胡座をかいて乱雑に荷物をバッグに突っ込むあんちゃん、つかもうちょいきちんと整理しようやあんちゃん。
「……なぁジョーあんちゃん、今回はさ特にあんちゃんに色々と力貸してもらったよな。」
俺はジョーあんちゃんの正面に位置取り同じ様に胡座をかいて座る、するとあんちゃんは訝しげに『あぁん!?』と呟き俺を見返して言った。
「何だ藪からスティクに?どうしたってんだよ八幡。」
「……あんちゃんそれメッチャつまんねえよ。」
「へっ、お前ぇが普段言ってる訳の解かんねえネタと大して変わんねえだろうがよ!」
なっ、失礼な俺の厳選したネタと変わらないだと……そんな事ある訳ないだろうがよ、無いよな!?
まぁそりゃもういいや、俺は改まってジョーあんちゃんと向き合い感謝の気持を伝える、いや今回だけじゃ無いんだけど何ならこの八年間沢山のものをジョーあんちゃんだけじゃ無く兄貴達には貰ってきたんだけどな。
「あのさ、あんちゃんには色々面倒かけてっからさ、まぁ礼を兼ねてさこれ貰ってくれないか。」
俺は予め買っておいたジョーあんちゃんへの贈り物のビニール包装を感謝の言葉と共に差し出す、あらやだ何かこう言うのって凄え照れるもんだな。
ヤバっ何処かしらからあの腐女子さんの愚腐腐腐って声が聞こえてきそうだ。
「おう、くれるってんなら貰ってやるぜ、サンキュー。」
手を差し出し包を受け取るとジョーあんちゃんはそのふわりとして軽い包に怪訝そうにしている、多分だがあんちゃんは食い物だとでも思ってたのかも知れないな。
「まぁ開けてみて見りゃ良いんじゃねえの。」
おう、と答えてジョーあんちゃんはビニールの包をガサガサと開いて中身を取り出した、俺があんちゃんに贈ったビニールの中身はそれは。
「ハハハッ!八幡っお前ぇは気が利くようになったじゃないかよ、ありがとよ気に入ったぜ!」
俺が贈ったそれを一枚一枚確認する様に大きく広げてみて笑いながらジョーあんちゃんはそう言ってくれた。
感謝の印として俺がジョーあんちゃんへ贈ったものそれは三枚のアロハシャツだ、このあんちゃんは暑い夏場は大抵アロハかTシャツで過ごしているから贈るならやっぱりコレだろうと思ったんだよな。
「おう、気に入ってくれたなら何よりだよ、まぁそんなに高いもんじゃ無いけどさ向こうでも着てくれよ。」
俺はポリポリと自分の頬を右の人差し指で掻きながら照れ臭くってソッポを向きながら返事を返す、そこの君俺は今断じてデレたりなんかしている訳じゃ無いんだからねっ………キモいな。
それからまたジョーあんちゃんは鼻歌を歌いながら俺の贈ったアロハも自分のバッグに仕舞い込み、取り敢えずの旅立ちの準備は完了だ。
「ヨッシャ準備完了ッてな、オイ八幡もうそろそろ夕方の鍛錬の時間だろ、行こうぜ最後にお前にもう一丁見せとかなきゃならねぇものがあるからよ。」
そう言ってジョーあんちゃんは俺を促して夕方のトレーニングへと向かおうと言うとサッと立ち上がってニカッといたずらっぽく笑う。
俺はそれに答えて立ち上がる、ジョーあんちゃんが言う俺に見せたいものそれはおそらく。
お気に入り登録をされた方のユーザーネームに、某漫画家様のペンネームと同じ名を発見したのですがもしご本人だとするとビックリ感激です!
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嵐を呼ぶ男は爆音と共に去りぬ。
極限流空手道場日本支部を訪ねた俺達だったが皆一旦帰宅した後のその日の夕方、今度は俺が何時も鍛錬に利用させてもらっている(近所の私有地であるにもか関わらずオーナーのご厚意により開放されている)雑木林公園へと、ジョーあんちゃんの希望により再度集合する事と相成った。
「よう皆態々また集まってもらってすまないな、まぁ皆も知っての通り俺は明日タイへ戻るから、最後にもういっぺん皆の顔を見ておきたいと思ってな。」
ジョーあんちゃんのたっての希望によりこの場に集まってくれた皆を前に別れの挨拶を行う、この場に集まってくれた皆はそれを神妙な面持ちで聞いてくれている。
今ここに集ったメンバーはと言うと、本日共に極限流空手道場へと赴いた人達とプラス川崎の妹けーちゃんと俺の初めての男の娘友達である戸塚のダブルマイエンジェルズとあーしさん&腐女子さんコンビ、そして。
「中には今初めて会った人も居るが、その人達とははじめましてと同時にまたなって感じになっちまうけど、一応自己紹介させてもらうとだ……。」
そう言ってジョーあんちゃんは初対面の三人の方を向くと、右手親指を突き出してズビシッと自らを指し示し。
「俺様が嵐を呼ぶ男ハリケーンアッパーのジョー・ヒガシだよろしくな!」
男臭くニカッと笑顔で挨拶をする、因みにその三人と言うのは、夏休み前から俺と材木座の昼練を見てくれている春日野さくら先生と格闘鍛錬仲間の材木座義輝の二人、そして娘と並んでいてもとても母娘とは思えない程に若さを保っており、もしかするとこの人波紋使いなんじゃねと思う今日この頃、俺の大切な人の御母上にして俺達奉仕部四人の母ちゃんネットワークに連なる癒やし系ママ、そう由比ヶママその人だ。
「あっ、イエイエまさかあのムエタイチャンプのジョー・ヒガシさんと会えるなんて思ってもいませんでした、総武高校で女子の体育の授業を受け持っています春日野さくらです、よろしくお願いしますヒガシさん!」
春日野先生は朗らかな笑みの中に僅かにだが挑戦的な感情が交ざっている感じに見えるんだよな、何せ昔はリュウさんやケン・マスダーズさん達とストリートファイトでブイブイ謂わせていたらしいし、そう言った感情があっても可笑しくはないかもな、つか今時ブイブイとか言わねえか。
「いやぁコッチこそ弟分が世話になってる様で本当にありがとうございます、どうかコレからもこの小僧共を見守ってやって下さい。」
『ハイ!』と元気一杯に春日野先生はジョーあんちゃんへ返事をする、この人って確か平塚先生より少し歳上なんだよな、なのに何か何処か元気爆発少子って感じが身体全体から溢れてるって言うか何て言うか……っとイカン又誰かに女性の年齢の話題をするもんじゃ無いとか怒られそうだからこの話題はこの辺にしといてやるんだからね……て誰に対する負け惜しみのツンな逃げ口上だよ。
次は材木座の番だ、ジョーあんちゃんが材木座の前で止まりその顔をしっかり見据える。
「わ、わ、我…俺はざ、ざ、材も、材木座義輝です……。」
材木座はまたもや持ち前のコミュ症気質とヘタレっぷりを存分に発揮しているのか自己紹介一つに吃りに吃る、いくらあんちゃんが有名だからって言ってもお前はもう少し精神的安定感って物を身に着けろよ、とまた今度直接本人に言ってやろう。
「おう!よろしくな、所でお前は拳豪将軍とかって二つ名を名乗ってるらしいじゃ無ぇか。」
「へっ、ぃゃその……何と言いますかですか、我は……モハは………。」
ジョーあんちゃんの口からついて出た拳豪将軍との単語を聞くと材木座は顔を青くして冷や汗を流し始め、そしてしどろもどろに返答しようとするがキチンハートの材木座に返す言葉などある筈も無く。
「へっ、もっとビッとしろよお前ぇはよぉ、まぁ一見太って見えるがよしっかり付くべきところには筋肉も付いてんじゃねぇかよ、コイツはお前のこれ迄の鍛錬の成果なんだろう、もっと自信を持てよ、それにいいかよそうやって二つ名を名乗んならそれに見合った強さって奴を身に付けろよ坊主力だけじゃ無ぇぞ、ハートもだぜっ!」
バシッと材木座の胸を叩き発破を掛けると、さっき迄の厳しい顔付きを止め何時ものガキ大将の様な人好きのする笑顔を見せる、これには材木座のヤツもヤラれた様で感激成分増々で『はいっ!』と返事を返した。
「いやぁ二人にはイキナリこんな場所に呼び出しちまって申し訳無い、日本を発つ前に会っておきたいと思ってたんだが快く応じてくれてありがとうな。」
ジョーあんちゃんは腰を折って頭を下げて二人に礼の言葉を述べると次へ向かう、結衣と共に並ぶママさんの元へ。
「はじめまして結衣嬢ちゃんの……本当にお袋さんなのか!?姉ちゃんじゃ無くて、かあ〜っマジ若けえし凄え綺麗だなぁ!。」
結衣ママの前に立ちその若々しい姿にジョーあんちゃんは驚きを隠しえず、そう疑問と感嘆の声を漏らす。
うん俺も去年の入学式の日初対面の時はそう思ったもんな、だからあんちゃんがそう思うのも仕方無いね、ないったら無い。
「あらあら、どうしましょう結衣、こんなにワイルドで男らしい方に若くて綺麗だって言われちゃった、ママもまだまだイケるってことよね結衣うふふっ。」
うふふって結衣ママさん貴女は人妻なんですから自重しましょうね、でないと旦那さん可哀想じゃないですか。
いや、この人を奥さんに出来た時点で由比ヶパパは人生の勝ち組だよな、こんな奥さん居たら俺絶対残業とか断って速攻家帰って二人でイチャイチャするわ。
「もうッ!ヒガシさんは平塚先生の大切な恋人なんだからママはその気になっちゃ駄目だかんねっ!」
結衣がプリプリと怒って結衣ママを嗜める、よく解らんけど娘としては母ちゃんのこう言うトコ見てらんないとかって感じてんのも知れんな。
しかし良くぞ言ってくれた流石だよ結衣、おかげでさっき迄般若の形相を浮かべていた平塚先生が結衣の一言で乙女顔になったしな、ふぅ。
一通り三人にお初の挨拶を済ますと、ジョーあんちゃんは再び集まった皆へと語り掛ける。
「まぁ何てかな今回日本へ来てみて本当に良かったって今俺はしみじみと思っているんだが、それは今迄ダチの一人も居なかった八幡によこんなに沢山のダチと彼女まで出来てたんだからなハハハハッ、まぁそれを知る事が出来てよ俺ぁ安心して日本を去る事が出来るってもんだぜ皆コレからも俺の弟分の事をよろしく頼むぜッ。」
とまぁこんなふうに碎けた感じの挨拶をする所がジョー・ヒガシのジョー・ヒガシたる所以ってトコだろうな。
てか寧ろこうでなきゃジョーあんちゃんじゃ無いまである、形式張って畏まりまくったジョー・ヒガシとか中身が入れ代わった転生者じゃねえのとしか思えないからな。
それからジョーあんちゃんはこの場にの参じてくれた人達一人一人を声を掛けてゆく、この十日余の日本滞在で出会った人達の表情はある人は笑顔を浮かべ再びの再会を約し、ある人はと涙を浮かべその別れを惜しむ。
「ぐすっ、じょーおいちゃんいっちゃやだ、もっとけーかとあそぶの。」
ジョーあんちゃんとの別れを惜しみ涙するけーちゃん、オノレ天使なけーちゃんに涙を流させるとはこのオッサンには後で俺が天誅を加えてやらねばならん、と思ったがそれは許してやろう。
ジョーあんちゃんはけーちゃんに目線を合わせる為にしゃがみ込む、所謂昭和の時代のヤンキー座りの体勢をとりけーちゃんの頭を撫で優しくゆっくりと慈しむ様に、そして語り掛ける。
「悪りいなけーちゃん、けどまたきっとけーちゃんに会いに来るからな、そしたらまた一緒に遊ぼうぜ、なっ!」
「ほんとに?またあそぶ!?」
健気にも寂しさを抑え涙を拭いけーちゃんは尋ねる、その小さな瞳は少し赤味がさしているが。
「おう!絶対にまた遊ぼうぜ。」
その言葉を聞くとけーちゃんは機嫌を直し右手の小指をジョーあんちゃんへ差し出し二人は指切りげんまん、再会の約束を交わした。
ジョーあんちゃん、その約束違えようものならば例えけーちゃんか許そうとも俺が許さん、だから絶対にまた皆に会いに来いよなあんちゃん。
「彩加坊、八幡とダチになってくれてありがとうなこれからもよ八幡の事よろしく頼むぜ、まぁアレだ八幡も彩加坊も男同士だからな時にゃあ喧嘩の一つもするかも知れねぇが、事が終わりゃあ直ぐに仲直り出来るってそんな関係になれりゃ良いな、ナ〜ッハハハッ!」
戸塚の肩に優しく触れてそのような事を宣う三十路超えのオッサン(怒)おのれッ畏れ多くも俺の大天使トツカエルにその様に軽々しく触れるとは何て罰当たりなオッサンなんだっ、ダッ、Da!!
ちょつといやかなりムッとしたから最後の“だっ”を強調してやったぜ。
「ハイ、ヒガシさん僕はこれからもよずっと八幡の友達で居ます、絶対に!」
戸塚あ〜っ!!(泣)戸塚の俺に対するズッ友発言に全世界の俺が泣いた、この発言が貰えただけで八幡はあと十年は闘える!
やっぱり俺、総武高校を選んで正解だったんだな、入学式の日に結衣といろはと雪乃と出会って交流を持つ様になって体育の授業で材木座と組んだのが縁で共に昼の鍛錬をやる様になって、雪乃達と共に奉仕部を立ち上げて戸塚や川崎と出会って、うん俺格闘の鍛錬だけじゃ無くて勉強の方もやってて良かったわ、そうじゃ無きゃ総武に行けなかったからな。
「優美子嬢ちゃんもありがとうな元気でいろよ、そんでよ嬢ちゃんのち持ちがいつかあの坊主にもちゃんと伝わると良いな!」
お次は結衣の友達であるあーしさんと腐女子さんだ、ジョーあんちゃんの言葉にあーしさんは瞳を潤ませる。
ジョーあんちゃんの言う坊主ってのはやっぱり葉山の事だろう、そしてあーしさんはその葉山に惚れてるって事は言葉に出さずとも周りに居る者達には丸わかりだしな。
「ん、ありがとうヒガシさん、あーし頑張る!」
頑張れその意気だぜっ、とジョーあんちゃんは最後にあーしさんに声援を贈り続いて声を掛けたのはあーしさんの隣に居るその相棒の腐女子さんだった。
「姫菜嬢ちゃんも元気でな……それとよ俺にはよく解かんねえけど嬢ちゃんは何かを抱えている様に俺には思えんだがよ、まぁそれは俺にゃどうもしてやれ無ぇけど嬢ちゃんには直ぐ側に一緒に居てくれるダチも居るんだしよそう言った時ゃダチを頼れよ、そいつが本物ならきっと嬢ちゃんを悪い様にはしねぇ筈だぜきっとよ。」
ジョーあんちゃんの贈る言葉を腐女子さんは一見神妙に聞いている様にも見えるが、確かに俺にも何だかそれを聞く腐女子さんの表情に言い知れない影の様な物を感じる、出来ればそれは俺の杞憂でありゃいいんだけどな。
「ヒガシさん……けど私、腐ってるから……。」
俯き呟く腐女子さん、まぁ確かに彼女の趣味は腐ってるけどな、でもこの場合の腐ってるってのは何か別の意味合いなんだろうな、今のがどう言った意味合いなのかは解らんけど。
「まぁ直ぐに解れなんて言わ無ぇよ、そう言った事も踏まえて手前ぇの目とハートで確りソイツを見極めて行きゃ良いんだよ。」
トントンと拳で己の胸を軽く打ちつつ格好付けてジョーあんちゃんは腐女子さんへ助言する、俺には腐女子さんの思いとかそんな事はちっとも解らないしそれはジョーあんちゃんも同じな筈、それでもそんな助言を与えられるだけジョーあんちゃんはその人生で色々な経験を積んで来からこそなんだろうな、それをどう受け止めるかは腐女子さん次第なんだけどな。
「さぁてそんじゃあ沙希嬢ちゃんと留美嬢ちゃんだな、沙希嬢ちゃんはまぁ八幡のヤツには思う処もあるだろうけどよ同じ格闘家仲間として八幡やあの義輝とよ切磋琢磨して強くなれよ、身近にライバルって呼べる様なヤツが居ると居ないとじゃ成長の速度もダンチだからな、それと八幡と一緒にコレからも留美嬢ちゃんの面倒見てやってくれよな、頼んだぜ未来の最強の虎!」
ジョーあんちゃんはグッと拳を持ち上げ川崎に対してサムズアップを決める、そして川崎は微笑みジョーあんちゃんへうなずいて見せる。
「はい、ヒガシさん、また会いましょう絶対に。」
川崎は返事を返しながら拳を突き出しジョーあんちゃんの拳と打ち合せ、ジョーあんちゃんも再会を約し頷き返す。
「留美嬢ちゃん、八幡や沙希嬢ちゃんの言う事を聞いて学んで強くなれよな、次に会うとき嬢ちゃんがどんだけ強くなったか楽しみにしてるぜ、それと学校が始まったら嬢ちゃんがやるべき事やるって決めた事をやり抜けよ、それは嬢ちゃんにとってもしかすっと辛い事かもだけど負けるなよ。」
膝に手を付き目線を留美と合わせてジョーあんちゃんは留美に語り掛ける、留美は真剣にあんちゃんの言葉を胸に刻み込む様に静に頷く。
俺が留美に与えてやれる強さなんて、人生を生きる上でたかがしれている程度の物かも知れない、だから俺は川崎に共に留美を鍛える為の手伝いを頼んだ訳なんだが、川崎なら格闘家としても留美と同じ女性としても信頼がおけるヤツだしな、留美はきっと強くなれるよ。
あんちゃん、その時を楽しみにしてくれよあんちゃん達が俺を鍛えてくれた様に俺達が留美を鍛えるよ、フッおう言うのを継承って言うんだろうな。
心と技と体それは時を越えて未来へと伝わるんだ、兄貴達から俺へそして俺達から留美へとそしていつかは留美も誰かにそれを伝える時が来るのかもな。
「あの、ヒガシ老師ありがとうございます。」
あまり大きく無い声で留美はジョーあんちゃんに感謝の言葉をかける。
『おう!』と一言だけジョーあんちゃんは留美の言葉に応えるとフッと笑って片手を上げ留美から離れ、最後は雪乃達の元へ。
「ヨッシャ!そんじゃあ最後は雪乃嬢ちゃんと結衣嬢ちゃんといろは嬢ちゃんだな。」
あんちゃんは三人の前へと歩み寄り、静かにゆっくりといろはを結衣を雪乃を感慨深い表情で見やる。
時間にするとそれは然程長くは無かったが、ジョーあんちゃんはまるで三人の顔を自分の脳裏に植え付けようとするかの様に見つめる。
「三人共よ、コレからも八幡の事をよろしく頼む、まぁ普段からアホなネタばっか繰り出すどうしようも無いヤローだけどよ、けどこいつの結衣嬢ちゃん、雪乃嬢ちゃん、いろは嬢ちゃん、三人に対する気持ちだけは何の雑じりっ気も無い本物の気持ちだぜ、間違い無くな。
だからまぁ八幡の事を見捨てないでやってくれよな、頼んだぜ。」
最後にジョーあんちゃんは三人に対して軽く頭を下げる、このオッサン人の事をアホだとかどうしようも無いとか、酷い言い様だな全くさ、けどあんちゃんが言う様に俺の三人に対する気持ちは、まぁ確かにその通りなんだけどさ何かこう改めて人の口からそれを俺の想い人達に言われるってのはなぁ、公開処刑されてるっぽい感じだよな。
「はいヒガシさん約束します私達はこれからも八幡君と共にあり、病める時も健やかなる時も彼を愛し支え続ける事を誓います。」
三人を代表して雪乃が………って何々何なのさ今のは!? やっべぇッ今のってアレを引用してんだよな、いくら俺が鈍感でもコレは解るわ、もう八幡思わず赤面しちゃうよ。
「ですですヒガシさん!まぁ法的にはまだ先の話ですけど、私達の心はもうとっくにはちくんの元に嫁いでいますからね、だから絶対に見捨ててなんかやらないですよ。」
「うん!ヒガシさんハッチンはあたし達に沢山いっぱい色んなものをくれたから、だからあたし達もハッチンにいっぱい色んなものをあげちゃいます。」
お次とばかりにいろはと結衣が続けて宣言する、いろはさん……そのですね、何と言いましょうか貴女達はいつの間に嫁いでたんですか俺の元へ、いやね今日俺は決意して君達に思いを告げたよ、告げましたもと。
でもその日の内に嫁がれるとか……その、うん頬が緩むわ緩むわ使い古したパンツのゴムみたいに、ってこの喩えはあんまり過ぎるか、あんまり過ぎてエシディシが泣き叫ぶまであるな。
そして結衣………ヤバい、今俺は結衣の顔をまともに見る事が出来ない、だってなぁ俺達しちゃったんだよな。
つかまぁしてもらったってのが正解なんだが、軽く触れただけの接触だったけど柔らかくって暖かでそれで優しくていい匂いがして……。
俺は意を決し結衣を見る……事が出来ずチラッと見るにとどまる、その俺の視界に入ってくるのはやはりぷっくりとしていて薄く塗られたリップに彩られた可愛い口唇だった。
色んなものをあげちゃいます、その宣言通りに結衣は俺にしてくれて………うわあっマジかぁ。
俺はまた結衣からまぁ厳密には結衣の口唇から視線を逸らす、ヘタレのチキン野郎とか言わんといてや本人自覚してるからね……言われても仕方無いか!?
「ハハハハッ!こりぁ良いや八幡の嫁って事は俺にとっての妹分が三人一辺に出きたってこったな!」
ジョーあんちゃんは豪快に笑い飛ばしこの場に集った皆の顔をたちまちの内に笑顔に変える、やっぱり俺がこの人を超えるには今少しどころかまだまだ時間が掛かりそうだな、そりゃそうだわな。
「え〜っ、改めて皆ありがとうな、俺からの細やかな礼って程でも無いんだがよ、パオパオカフェに予約を取ってるから時間がある人は是非来てくれよな、お代は勿論俺が持つからよ!」
ジョーあんちゃんの締めの一言にこの場に集った皆からの拍手が沸き起こる、皆この後の予定も無い様で皆揃ってパオパオカフェへと向かう事となった。
「あ〜、けど少しだけ待ってくれ、一つやり残しがあるからな、行くのはソイツを片付けてからだ。
すまんが皆少し此処から距離をおいてくれ、おい八幡今からやるぞ!」
皆に離れる様に促しつつ俺に呼び掛けるとジョーあんちゃんは上着のアロハを脱いでTシャツ一枚に短パン姿となり、軽く身体をほぐし始める。
「ああ、了解。」
俺も返事を返して同じ様に身体をほぐす、昼間のロバート師範との仕合いのダメージも多少残っちゃ居るが、まぁ問題ないだろう。
「留美嬢ちゃんも確り見といてくれよな。」
ああ、俺が留美に格闘の技を教えるからには当然俺があんちゃんから学んだ物も伝える訳だからして、そうすると留美はあんちゃんにとっては孫弟子って事になるんだよな。
留美はあんちゃんの言葉に頷くとその瞳で俺達を見つめる、これから起こる事を何一つ見逃すまいと、その目に焼き付けようと思っているのだろうか。
コイツは俺も下手打てないよなって言っても俺はこれからもジョーあんちゃんが放つ技を留美と同じ様に見せてもらう立場なんだけどね。
「おい八幡、お前さっきの仕合いだがよまさか勝った何て思っちゃ居ねぇだろうな。」
身体を解しつつジョーあんちゃんは俺に呼び掛ける、それはロバート師範との仕合いでの事を言っている訳で、当然俺も感じている事でもある。
「……ああそうだよな、解ってるよあんちゃん、あの時覇王翔吼拳を食らって立ち上がった時点でロバート師範に詰め寄られたら俺は防御もままならずヤラれてたかもな。」
それも十分に俺は理解している、あの時ロバート師範は俺の力を見極める為にああやって俺に回復する時間を与えてくれたんだって事をな。
「フッ、まぁそれが手前で解ってんなら俺からはそれに付いてはもう言う事は無ぇな、ヨッシャあそんじゃあ行くぜ構えろ八幡!」
俺に呼び掛けると同時にあんちゃんも自らも構えをとる先ずはオーソドックスなムエタイの構えから、そして。
「今から見せんのは俺のスクリューアッパーに潜在パワーを上乗せした技だ、コイツはまだお前に生で見せた事は無かったからな、行くぜ名付けてその名もスライドスクリュー。」
オーソドックススタイルから右の拳を下へ下ろしてアッパーを放つ体勢をとりそしてジョーあんちゃんは叫ぶ。
「ヨッシャアーッ!これでも喰らえぇぇーっ!!」
その叫びとともに右腕を下から上へと大きく振り上げ続け様に左腕も同じく振り抜く、そして発生する巨大な紅い竜巻は轟音を響かせ速度を上げながら俺へと向かい迫りくる。
地に落ちている小石や葉っはなどを巻き上げつつ迫る、俺はそれに吹き飛ばされない様に防御を固めるがその勢いに俺の脚は一歩二歩と後退る。
その竜巻はおそらく数十メートル程も空高く伸び上がっている事だろう、コイツをまともに食らっちゃひとたまりもない防御をしていてもコレだからな。
「くっうっっ!?」
耐えて、耐え抜く、そしてやがてその勢いは緩まり消え去る、俺の身体にその威力の残滓を残して。
「……はぁ〜、あんちゃん…確かに見せてもらったよ、そんで確りこの身に刻んだよスライドスクリュー、凄え技だったよ。」
俺はジョーあんちゃんへ技を受けてみての感想とその思いを伝える、俺もいつかこの技を身に付けなければとの誓いの思いも新たに。
「ヘッ!そうかよ……良いか八幡強くなれよ、俺よりもアンディよりも、そしてテリーよりも絶対に強くなれ!」
ジョーあんちゃんは俺の胸に拳をトンと当て、またしても俺に大きな課題を与えて来た。
いや当然それは俺の目標なんだけど、それを改めて言われるとな、しかもそれが俺の目標の一人の口から出てんだからな。
「……おう、そりゃあそれが俺の目標だし、そうなるつもりだけど。」
そいつはまだ当分先の話だろうな。
それから俺達はパオパオカフェにてジョーあんちゃんの送別会を時間の許すギリギリ迄行った。
別れを惜しみつつも湿っぽくなる事無く、笑いに包まれた楽しいひと時を過ごす事が出来た。
これもまたジョー・ヒガシって男がもつ人徳ってヤツの為せる技なんだろう。
そして翌日早朝、ジョーあんちゃんは平塚先生が我が家まで自分の車で迎えに来てくれて共に空港へと向かうって段取りになっているからな。
「「行ってらっしゃいジョーさん、平塚先生。」」
「またなあんちゃん、平塚先生このオッサンの事を頼みます。」
親父と母ちゃんそして俺の三人で旅立つ二人を見送る、平塚先生は俺の言葉に頷き、珍しくあんちゃんはオッサン発言に食って掛かってくることも無く拳を付き上げニッと笑うだけに留めた。
挨拶が済むと平塚先生の車は轟音を上げ発車する、住宅街に朝っぱらから迷惑なレベルの爆音を残して。
いろはすの誕生日に間に合いませんでした。
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初めてのショートツーリングはあの場所へ。
朝の住宅街に爆音を轟かせて去って行った兄貴分を見送ったその翌日午前十時を少し過ぎた頃、俺はとある場所を訪れていた、それは。
「て訳でいいかい八幡君、二百キロを超える迄は六千回転まででその後は三百五十キロ迄は八千回転まで、それから千キロ迄はまぁそうだねあまり上げすぎないようにね。」
川崎プ○ザ千葉に念願の俺の単車『ZX25r』の納車日なのでそれを受け取りにやって参りました。
嬉しくてテンション上がりまくりな俺としては、どんどんヒューヒューパフパフとチンドン屋てし欲しい気分だ。
「はい、まぁそうですよね十分気を付けて慣らしていきますよ。」
受け取り前に親父さんに新車の取扱い上の注意点をレクチャーしてもらっている訳なんだが、ヤバい……澄まし顔で説明を聞いているつもりなんだが、何だかすっげぇ嬉しくて顔が今にもニヤついてしまいそうだわマジで。
しかし待望の1万七千回転の超高回転エンジンの官能的なサウンドを聴くのは千キロ超えるまでお預けを食らう訳で、其処はまぁちょっぴり残念ではあるんだが、はぁ……。
「うん、そのへんは親父にも聞いてるよな、それとだね走行距離千キロを超えるかもしくは一ヶ月後に初回点検を受けに来る事、この初回点検自体は無料だけどオイルエレメントやオイルの交換には料金が発生するから気を付けてね、それとメンテナンスノートも忘れず持参してね。」
懇切丁寧に説明をしてくれる親父さんに返事をしながらも俺は今すぐにでも愛車に跨がりたくてウズウズが止まらない気分だ、因みに説明するとこの親父さんと俺の親父は知り合いだったりする。
一通りの説明が終わり、親父さんは何か感慨深げな眼差しを少しの間俺に向けていたがやがて『フッ』と笑い。
「俺が店を開いて間もない頃に単車を買いに来た高校生の坊主が大人に成って結婚して所帯を持って、今じゃその倅が此処へ単車を買いに来るんだからなぁ俺も年を取るわけだよな。」
しみじみとした口調と暖かな眼差しで俺を見つめながらそんな事を語ってくれた、ここで一つ説明せねばなるまい。
この川○プラザ千葉だが、今から二十数年前の開店当初は親父さんと奥さんの二人で切り盛りしていた町の小さなKawasakiの代理店としてスタート、親父さんと奥さんの人柄と当時のバイクブームも手伝い店はそこそこに繁盛。
やがて親父さん達の息子さんも成長し親子三人で営業する様になったんだがバブルの崩壊も既に久しく世は若者の○○離れなどと言う言葉が実しやかに叫ばれる様になり、ご多分に漏れずバイクに乗る若者も減少し国内のバイク需要は大激減。
それにより日本国内の彼方此方で店を閉めたバイク店は果してどれ程の数だったのだろうか、まぁそれでも親父さん達の店は当時からの常連の顧客がかなり残ってくれたらしく、利益もそれなりに維持出来ていたそうだ。
大型自動二輪の教習所での教習も始まり大型二輪に乗るハードルも低くなりその大型リッタークラスのビッグバイク需要の伸びに加え2008年、久方振りに250ccクラスフルカウルスポーツ、Ninja250Rの登場とバク売れによりkawasa○iの躍進が始まる。
やがて販売網の再編などが図られ全国の経営状態が良い代理店などが店舗改装などを施し川崎プ○ザとして営業開始、この親父さんの店も数年前にプラザとして再出発と相成った訳だ。
今は息子さんが店長として取り仕切り親父さんはメインメカニックとして若い衆を指導しながら裏方に回っている。
「最初に俺が親父に連れられて来た時はまだ場所も此処じゃ無かったしプラザでも無かったっすもんね。」
6年程前、当時親父が所持していた250TRを手放す為に親父さんの店に俺は親父と共に訪れて、其処で俺は親父さん達と知己を得たって訳だ。
「ハハハッ、そうだったんだよな、あの頃はまだ町の小さなバイク屋だったんだよなぁ、だけどまぁこの歳になってもバイクをイジって暮して行けてるんだからな此処へ来てくれる皆さんに感謝しないとだよな。」
「いやいや、親父さんまだ十分若いんですからそんな老け込んだ様な事言わないで下さいよ、俺の25rまだ買ったばっかなんですからね、これからもコイツの面倒お願いしますよ。」
てな感じで暫く親父さんと世間話や思い出話に花を咲かせ、漸く俺は○崎プラザを後にして目指すは一路○○○○○。
さぁ果して丸の中に当て嵌まる文字は何でしょうか!? それじゃあ皆で考えよう!
何てな、それはその内分かるだろうから別に考える必要も無いからね、何れ目的地には着くから其れまでのお楽しみと言う事で。
颯爽と風を切り一路目的地を目指し夏の青空の元真新しいマシンを駆るイカした男は誰でしょう? そう私です。
そこの君、お前このネタは前にやっただろうとか言わないの、このネタ好きだから多分またやるだろうからね。
てかそれは兎も角スマン、マシンを手に入れてちょつと浮かれポンチになってたわ、大体が回転数縛りがあるから速度もあまり出せない上に夏の日差しとアスファルトからの照り返しの影響で体感四十度を余裕で超えてるからシグナルストップするとその暑さが堪えるし、ヘルメットの中の頭は汗で濡れてキモいし、チットもイカシちゃ居ね〜っての。
はぁ〜真夏の炎天下の単車はマジ地獄だよな、それだけに留まらず冬場は低気温と風のお陰でプチ極寒体験出来るし雨降りの日の白線やマンホールの蓋やグレーチングは地獄への道標だし、快適に乗れるのなんて春先から初夏の頃と中秋辺り位な物だし……でもソレでも乗る事止められない、結論単車乗りってやっぱりどっかオカシイわ!
「フンフンフンフン霊感♪
フンフンフンフンヤマカン♪
フンフンフンフンフーンフーン第六か〜ん♪」
そして俺は何時しかマシンで走りながら歌を口ずさんでいた、ああヤバいマジで親父の言ってた通りだったわ。
その昔親父も単車で走っている時は大概歌を口ずさみながら走っていたと言う事だ、特にソロツーの時など出発時から目的地へ到着する迄はテンションの上がるロボットアニメのオープニングを、帰り道にはしっとりとしたエンディングテーマを歌う、それが定番だったと。
『いやぁ〜特に気分が上がるのは復活のイデオン、疾風ザブングル、ダンバインとぶ、ゼータ刻を越えて、夢色チェイサーだな!夢色チェイサーなんて歌ってる時は常に頭の中でレバーを↑←↑って入力していたからな、ハッハッハッハッハーッ!』
などとほざいていたけど、実際俺もそれを経験してみて親父の気持ちが理解った様な気がするわ、だってこの暑さだしね走ってる時は多少なりとも風を浴びれるけど、停車した時はなぁ……まぁそんなんだから歌でも歌って気分を盛り上げようって気持ちは良〜く解った!
これで俺も一端の単車乗りの仲間入りを果たしたって訳だな、違うか!?違わないよな。
そんなこんなで途中コンビニ休憩をはさみながら水分補給と軽く食える物を口にして、数時間の時間を掛けていよいよ俺は目的地へと到着。
某河○湖近くに存在する其処は俺のよく知る人達が暮らす地、住宅街から少し外れた郊外の多少辺鄙と言っても差し支えない場所に構えられた割と大きな和風建築物、道場と住居を兼ねたそれは古いながらも手入れが行き届いていて住んでいる人達の人柄が窺えるってものだ。
建物の周りは比較的大きな庭や駐車場があり市街地や住宅地から通って来ている門下生の人達の車が十台程停められるスペースもあるし、晴れた日にはその庭で鍛錬や組み手なども十分に出来る広さもある。
しかしこの夏の炎天下、もう時間的には夕方で冬場ならそろそろ日が傾く時刻とは言え今は夏、夏至は過ぎお盆も目前となり日没時間も早くはなり始めたとは言えど今はまだ明るく気温も高い。
「流石に今は外で鍛錬なんかやって無いだろう………ってえぇッ!?」
マシンの速度を落とし徐行速度で進みつつ建物の前の庭兼駐車場を見てみるとこの暑い最中に見知った五人の人物のシルエットを確認出来た、おいおい熱中症になっても知らないよ皆さん!?
近づくに連れて大きくなって行くそのシルエットの人物達も、自分達の方へと単車が近づいて来ている事は判っていたようで、幾人から此方に手を挙げて挨拶をしてくれている。
一人は流れる様なサラサラの金髪を持つ向こうの人としては若干小柄なイケメンのアメリカ人の成年、その隣に寄り添う様に日本人離れしたとてもグラマラスな肢体と長く美しい髪を持つ大和撫子な大人の女性、その側には小柄なショートカットにアホ毛がちょこんと飛び出して自己主張をしている我が愛妹。
そしてその我が愛妹の側を忙しなくうろつくちっちゃなガキンチョ、こいつは後でたっぷりと可愛がってやろう。
そしてもう一人は、しかしあの人は俺が此処へ来ると大抵居るんだよなつか半分此の道場の住人になっている様なモノだよな此処まで来ると。
皆の居る側に俺はマシンを停めてキーを切りスタンドを立ててから降りる、因みに教習所では先ず乗る時はスタンドを払ってからシートに跨がり、降りる時は先に降りてからスタンドを立てるんだがどう考えても跨ってからスタンドを払って、スタンドを立ててから降りた方が安全だと思うんだけどな。
バイク系ユーチュ○バーのWokaRiderさんも動画で俺と同じ事言ってたし、コレも所謂ライダーあるあるだろうな。
も一つ因みに教習所や試験場で俺が言った事をやると減点対象になるから此れから二輪免許取得を考えている人は気をつける様に、コレ豆な。
「アンディ兄ちゃん久しぶり、それからお帰り、ガキンチョの引率おつかれ様でした。」
俺はヘルメットを取りながら金髪長髪イケメンの兄貴分に先ずは挨拶をするとアンディ兄ちゃんはふっと穏やかな笑顔で「ありがとう八幡、よく来たね」と返事を返してくれた。
「八兄ぃすっげぇーかっけぇなぁこのバイク、オイラにくれるの!?」
久し振りに会った兄貴との会話に割って入りトンデモ発言をカマしてきたのは件のガキンチョ、アンディ兄ちゃんの弟子で調子をコイてアメリカでKOFに出場し俺の兄弟分ロックにコテンパンにヤラれて日本に戻って来た、マイスウィートエンジェルコマチエルに粉を掛ける身の程知らずこと。
「オ・マ・エはぁーッ!会って早々何を巫山戯た事を言っているのかなぁ南斗丸君?」
この巫山戯たガキンチョにアンディ兄ちゃん仕込みの高速移動で背後へと回り込み、俺は素早くコイツの両の蟀谷に拳を当てて挟み込みグリグリとウメボシを喰らわせてやる。
「うがァーっ!?痛てぇえーッ、何すんだよ八兄ィッ止めろぉ離せよちっくしょう、それにオイラ南斗丸じゃ無いぞ北斗丸だからなッ!てか早くは離せよぉ、冗談言っただけだろうッ、ウキキキキィッ!」
俺のウメボシ攻撃から逃れようと足掻きまくる南斗丸、バイクの事は冗談だったとしても小町の事は冗談では無いだろうから此処いらで一つ小町には俺という鉄壁ミュラーな守り人が居るって事を頭と身体で解らせねばならないからな。
俺は拳のグリグリの速度と挟み込む力を更に高めウメボシ攻撃の威力を増してやる。
「五月蝿いぞお前なんか南斗丸で十分だ、何ならこのまま南斗人間砲弾にでもして飛ばしてやろうか、ああン!?」
「何だよぉそれ!?訳分かんねえよってか離せよぉ!」
ウメボシ攻撃を喰らいながら南斗丸はが鳴りながら聞いてくる、なので優しさライセンスをカンストしている俺としてはだな。
「ふむ、では説明せねばなるまい『南斗人間砲弾』それはかつて放送されたTVアニメ北斗○拳に於いて登場した、アニメ独自の技?と呼べるかはさて置くとして、刃物を仕込んだ人間を大砲で砲弾のように飛ばすという余りにも出鱈目過ぎるアニメ版のオリジナルの南斗聖拳の流派。
その他にも南斗列車砲や南斗爆殺拳等のトンデモナイ技の登場には原作サイドからのクレームが付き、その後アニメ制作サイドには監修が入る様になってしまったとか。
そりゃあそうだろうな、俺が作者でもそうするだろうし、何なら現在だったら視聴者サイドから原作レイプだとか何だとか騒がれて、不買運動とか不視聴運動とかSNSとかを通して拡がる所だろし最悪制作中止に追い込まれたりとかもあるかも知れん。
けどこんな番組を夜の七時代に放送していたんだからな、何ともおおらかな時代だったんだなぁ……嗚呼昭和は遠くになりにけり。」
優しく俺は解説をしてやった、暫くそうやって南斗丸を折檻していた俺だったがいい加減見かねたアンディ兄ちゃんと小町によって止められてしまった。
「もう、お兄ちゃんはやり過ぎだよ、丸君が可哀想じゃん!」
小町は自分よりも背の低い北斗丸の頭を撫でながら俺に苦言を呈する、小町は自分より一歳年下の北斗丸に対してまるで姉の様に接している。
テリー兄ちゃんにアンディ兄ちゃんとジョーあんちゃんに舞姉ちゃんに俺と、小町の周りには兄姉ばかりだからな年下の北斗丸に対してお姉ちゃん振りたいのかも知れない。
「うえ〜ん、小町っちゃん八兄ぃが俺をイジメるよぉ〜っ!」
小町のお腹に頭をこすり付けて泣き真似をする北斗丸を『お〜よしよし』とあやしながら小町は俺をキッと睨み怒ってますよな視線を向ける。
「イヤ待ってよ小町ちゃん、お兄ちゃんはだね君に近づく害虫を駆除する為に心を鬼にしてコイツをグリグリしてやったんであってって…てか小町コイツ今俺にあかんべーしてるからね、小町からは見えてないだろうけど今すげぇ勝ち誇った顔してあかんべーしてるから!」
俺の弁明の言葉は小町には受け入れられなかったのか、呆れ果てましたとばかりに冷たい眼差しで俺を見つめる小町はきっと心の中で『これだからゴミィちゃんは……』とでも呟いているのかも知れない、いやほぼ百パーの確率でそう言っているだろう。
なので俺のその弁明はこの不知火道場の前の庭に虚しく響くだけだった。
「良い、お兄ちゃん!丸君は小町の“可愛い弟”なんだからねッ、だからいじめちゃ駄目だよッ!」
こと更に可愛い弟の部分を強調して小町は俺に釘を刺す。
フハハハッそうかそうかそう言う事なのか聞いたか害虫北斗丸よ!小町はお前の事を弟としてしか見ては居ないのだ、フハハハッお前はどう足掻こうとも小町基準でそのランクから上昇する事は叶わぬのだよ、多分。
「なっ…何か、八っちゃんが悪い顔をしているわね。」
俺の顔を見て我が親愛なる姉君が引き気味に仰られたその言葉に俺はハッと我に返り、そう言えばまだ皆への挨拶も終わって無かったって事を思い出した。
「なっ、何を言っているのかな舞姉ちゃん!?俺には何の事やらサッパリ解んないんだけど…ヒュー、ぴゅひゅ〜。」
誤魔化しともつかぬ虚しい言葉を紡ぎ調子っ外れの口笛を加えるが、皆から俺への呆れ混じりの視線は暫く治まらなかった、解せぬ。
「ハハハッ!八坊は相変わらずおなごの扱いが下手くそじゃな、そこへ行くとワシなぞこの歳になってもモテモテじゃぞい!」
柔道着の上に赤いちゃんちゃんこを羽織った小柄なジイサマが笑いながら俺に駄目だしをしてくる。
「ハア〜っ、十平衛先生はまた此処に居たんっすねってか俺が来る時は大抵居るってかもう殆ど此処の住人と化してるんじゃないんですかってか八十もとっくに超えてんのに何でそんなに元気なんすかね。」
この場に居た最後の人物に俺は声をかける、御歳八十代も後半に突入したにも関わらず未だ現役などと宣う元気な御老体。
亡くなられた舞姉ちゃんのお爺さんとは親友同士で幼い頃から舞姉ちゃんとは知己であり、その舞姉ちゃんが成長し抜群の美人になってからはセクハラをかます厄介ではあるが、何処か憎め無いところがある気の良い爺様。
そして俺にとってもその昔この爺様には柔道の技を教えてもらった事もあるので、ある意味兄貴達に次ぐ第四の俺の師匠とも言えなくもない。
「何のワシは半蔵の代わりにアンディと舞ちゃんの行く末を見守らねばならんからな、まだまだ耄碌する訳には如何からなムフフフフッ、ところで八坊や聞いた話によるとお前さんの通う高校はとびっきりのかわい娘ちゃんが揃っておるらしいのぅ、秋には学園祭もあるのじゃろう、だったらその際にはこのワシを招待せぬかでゅふふふ!」
俺の問いにはじめのうちは良い事言っていたけど、次第にそのエロじじいとしての本性を顕して俺の耳にとんでもない事をば囁きかけるが、此処に居る皆はこの爺様の正体なんぞはとっくの昔に知れ渡っているからな、たとえ本人は内緒話をしているつもりでも何を言っているのか皆心得ている。
まぁこんな面子と共に此れから何日かの間この不知火道場で過ごす事になるんだが、はてさて何が起こるやらそれは次回を御覧じろ。
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やはり不知火家での団欒は間違っている。
マイ・ホーム・タウン千葉より百数十キロの距離を納車したての愛車を駆ってのショートツリーング、その目的地は俺の敬愛する兄貴分と姉貴分が切り盛りする不知火流道場。
到着したのが夕刻に近い時間だったのもありやがて舞姉ちゃんと小町が作ってくれた夕飯を皆でいただき、その片付けを俺とアンディ兄ちゃんと十平衛先生、そして何故か居る北斗丸とで担当者。
一通り片付けた後皆で不知火家の居間へ集合、そこで俺達の近況報告会へと相成り俺は坂崎のご隠居さんやロバート師範と出合い、そして極限流道場でロバート師範と手合わせした事を告げた。
「ほう坂崎拓馬とな、これはまた随分と久し振りにその名を聞いたわい。」
煎餅をバリバリと噛み砕き、緑茶を飲みながら十平衛先生は坂崎のご隠居の名を懐かしそうに口にした。
まぁそれは良いんだが、十平衛先生貴方先程夕飯を食べましたよねなのにもう別の食い物を食べてんですね、ジョーあんちゃんじゃ無いけど俺もこの人は百を超えて生きるってマジ思えるわ。
だが、そんな呆れとも付かない思いなんぞオクビにも出さず俺は十平衛先生に話しかける。
「あぁ、そう言や坂崎のご隠居が言ってましたっけ、若い頃に舞姉ちゃんのお祖父さんに挑戦してコテンパンにやられたって、その時十平衛先生も一緒に居たんすよね。」
俺がそう言うと十平衛先生は『うむ』と何時になく重く頷く、その仕草に俺はこの老いた格闘家が遥か昔に出会った若き格闘家との出合い時のエピソードをどんな感慨を以って思い出しているのかものすごく知りたいと思うのは、多分に出歯亀的根性の発露もあっただろう。
「うむ、そうさのう確かにあの時ワシも此処に
くぅ、アンディ兄ちゃんの師匠で舞姉ちゃんのお祖父さんである不知火半蔵さんに十平衛先生とテリー兄ちゃんの師匠のタン老師の三人と極限流空手開闢前の坂崎のご隠居との邂逅か、五十年以上昔の遠い過去の出来事とは言え格闘家の端くれとして俺もその場に立ち会いたかった。
つか流石に開闢って表現は大袈裟すぎるかな、ここは初代無敵の龍、初代Mr.空手誕生前夜位が適当だろう。
「当時既にそれなりに名が売れ油の乗っていた儂らを前にして
ははは………俺からするとまだまだ雲の上の存在の様な坂崎のご隠居が十平衛先生から見ると跳ねっ返りの小僧っ子なのかよ、笑えねぇ〜っ、てもそれは“当時は”との但しが付くんだろうけど。
「ワシは兎も角として、半蔵の体術と忍術、そしてタンの八極正拳の気功などはその後の彼奴の成長を見るに随分と彼奴の力となった事じゃろう。」
確かに、不知火流の骨法や忍術を駆使した格闘法は中々にトリッキーだしな、そう言ったトリッキーな闘い方をする相手と対する際には不知火流との対戦経験が生きるかもだし、タン老師との対戦によって八極正拳の気功の技を知り自らもその後鍛錬によって気功の技を身に着けた、それが覇王翔吼拳や龍虎乱舞を編み出す切っ掛けとなったのかもな。
「彼奴は何だかんだと三日ばかり此処に居座りよってな、半蔵のお内儀がこさえてくれた飯も遠慮せずにたらふく食って行きよったわ、しかも丼メシ三杯もいきよった。」
そうか、五十年以上昔って言ったら高度経済成長期の頃だよな、その当時の日本人の体格って現代よりもまだ小さかった筈だよな、戦中派の十平衛先生の体格とか見るとそれは明らかだ。
その時代にあれだけの体格を持っていた坂崎のご隠居って、やっぱりそれだけ食っていたって事だろうな、それであの身体が作り上げられたと考えりゃ納得行くわ、しかしなぁ他所様ん家で丼メシって……ありえねぇ『居候三杯目にはそっと出し』って言葉知ってるのかな。
「まあしかし彼奴め、帰りしなに山に入って百キロ近くはあろうかという大きな猪を仕留めて来よってな、丁寧に血抜きまでして儂等に礼を兼ねた土産だと言うて置いて行きよったわ、ふふふっ。」
…………………はっ、思わず絶句しちゃったよ、周りを見ればアンディ兄ちゃんと舞姉ちゃん、小町と北斗丸も目を丸くしてるわ。
だがこれで納得したわ、あの時代の人にしてはかなりデカい坂崎のご隠居の肉体はおそらく山籠りとかして野生動物を狩ってたっぷりと食っていたんだろう、ビバタンパク質。
「どんだけ野生児なんすかね、坂崎のご隠居さん………。」
しっかし坂崎のご隠居、十代で血抜きの技術を持ってただなんて『異世界料○道』の森部○民よりは文明的な野生児だったんだな、確か作中に出てくるギバって猪にデカい牙が生えている様な感じだったっけ。
「うむ、じゃがまあ猪位なら八坊、お主でも十分に仕留められる
なんじゃったら試しに八坊も山籠りでもしてみてはどうじゃ、普段の鍛錬では得られん事が経験出来るかも知れぬからよってな。」
十平衛先生の言う様に猪位なら確かに今の俺なら仕留められるけど、流石に血抜きの仕方とか分からないうえに捌き方とか味付けとかも解らしな、折角仕留めた獲物も美味しく味わえないなら勿体無い、小町を筆頭に俺の周りには料理上手な女性陣が大勢いる為か俺の口は贅沢になり過ぎているし、それに。
「………いや、まぁ必要に迫られればサバイバルも已む無いっすけど、そうで無いならなるだけ余計な殺生は避ける方向で、それに山とかって虫とかいっぱい居るじゃないっすか……。」
俺は基本的にインドア派だからな鍛錬以外はあんま積極的に外に出たくない派に所属する議員だし、って何時俺は議員になっんだよ。
「ふむ、まあそれはそれで良いじゃろう、ところでな八坊話は変わるがそろそろ教えてくれても良かろう、ぬふふ。」
話題を代えようと提案する十平衛先生の表情はまさに十平衛先生らしい助平爺さん以外の何物でも無い表情で、この爺様が今何について知りたいと思っているのかそれは一目瞭然だ。
「はて、一体何を言ってるんすかね十平衛先生、俺には何の事だかさっぱり解りませんが?」
なので俺はこの爺様の毒牙から大切な彼女達の貞操を
「またまたそう惚けんでも良いじゃろう八坊、ほれほれ話してみぃ!」
うりうりとだらしなく表情を崩した八十過ぎの爺様の助平な面とか一体誰得なモノを俺に見せつつせがむ様は本当にかつては鬼と称された格闘家なのかと疑問に思わずにはいられ無い。
しかしそんな俺の思いを他所にその助平な爺様に助け舟を出す者が現れた、それが何と最も俺に親しい人物。
「もぉお兄ちゃんはさぁ、十平衛お爺ちゃんだけ仲間外れにするなんて可愛そうじゃん、いくらお爺ちゃんがエッチだって言ってもさ、やっていい事と駄目な事くらいは弁えてるよ。」
ねっ、お爺ちゃんと小町は俺を窘めつつ十平衛先生を労る様な事を言っているが、だがしかし俺は見落とさなかった。
小町の目と表情が悪戯を企てている
「そうだよ八兄ぃ!自分ばっかり良い思いするとかそりゃ無いとオイラも思うけどな、老い先短い十平衛の爺ちゃんにちょっと位いい思いさせてやっても良いんじゃないの、ニッシシシシッ。」
頭の後ろに両手を組んで北斗丸が小町に同調して合いの手を入れるように巫山戯た事を言いだす、ってか何気にスルーしてたけどさて何でコイツはさも当然って感じで此処に居るんだ。
「おい北斗丸お前何で何気に此処に居んだよ、良い子の中学生はお家に帰っている時間だろうが、父ちゃん母ちゃんが心配しんじゃねぇのか、だから早く帰った方が良いぞってか帰れ!」
いくら夏休みとはいえども夜遊びは教育的によろしく無い、俺は年長としてこのガキンチョを正しい道へと導いてやるべく苦言を敢えて呈した俺『我が名は、八幡はまさに年長者のあるべき姿を体現する者』だ。
しかし俺の忠告を受けた当の本人である北斗丸は、事もあろうか『へっ、コイツ何も知らないんでやんの』とでも言わんばかりのムカつき指数をガン上げしてくれるかの様な顔を俺に向け。
「あのさぁ、八兄ぃ知らないだろうけどさ、へっへぇーんオイラ今は此処に下宿して師匠に鍛えてもらてってんだ、だから今は此処がオイラん家なの!」
スクッと立ち上がり俺に指を突きつけて得意気に宣いやがる北斗丸、コイツはマジで俺のムカつきのゲージを上げてくれやがる、その内両腕の裾から惑星をも断ち割るハチマンソードとか放てそうなくらい。
いやまぁそれはそれとし、今コイツ何か聞き捨てならない事を言ったよね、下宿って言ったか。
「はぁっ!?マジで………。」
俺の疑問の声に、今度は指突きつけから得意気に腕を胸の前で組み替えムフフって感じにドヤる。
こんにゃろーどこぞのガイナの巨大ロボでもあるまいし、ちっこい北斗丸にそのポーズは似合わない『百年はえーんだよ。』と言っておこうか。
「そっか、八っちゃんには言ってなかったわね、四月に北斗丸のお父さんが転勤になったのよ、それでお母さんはお父さんと一緒に転勤に着いていったんだけどね、北斗丸はアンディの元で修行したいからって家に下宿する事になったよゴメンね言い忘れてたわ。」
「ああ、そう言う事なんだよ八幡。」
舞姉ちゃんとアンディ兄ちゃんが北斗丸の言ったことを肯定する、舞姉ちゃんはお茶目にテヘペロって感じでごめんなさいのポーズ付きで、アンディは物静かに一言だけだったけど優しい声音に歳を経て培った威厳の片鱗を添えて。
「ほ〜ん、そうなんだ。」
気の無い風を装い呟いた俺にアンディ兄ちゃんは更に補足説明を。
「北斗丸自身が希望した事もあるけどご両親も目標を持つ北斗丸の願いを叶えてやって欲しいとの事でね。」
「うん、うん。」
アンディ兄ちゃんのそれを聞きながら北斗丸は腰をおろし胡座をかきつつ相変わらず腕を組みっぱで相槌をうつ。
コイツはどうしてくれようか。
「オイ北斗丸、お前こんな所で何をのんびりしてるんだよ、お前にはやるべき事があるだろうが!」
俺はさっきの意趣返しにと北斗丸に人差し指で指し示して言う、腕組みしながら俺を見る北斗丸だが、その顔と頭の中にはクエスチョンマークが浮かんでいる事だろう。
「お前は雷門中を率いてフットボールフロンティアに出場しなけりゃならないだろうが、こんな所でのんびりお茶なんか啜ってないで鉄塔公園でタイヤを止める特訓でもして来い!あと序にサッカー部の部員も集めなきゃなんないんだからな、グズグズしてんじゃねえぞハリアップ・ゴーッ!」
「って何だよそれ、意味分かんねえよぉッ!?
ホント八兄ィってそんな意味の解んないことしょっちゅう言ってるよな、オイラ流石に呆れっちゃうぜ……ふ〜ぅ、やれやれ。」
いやさ、中の人的にコイツやりそうじゃね『ゴットハンド』とか『マジン・ザ・ハンド』とか。
つか何だよその『ふ〜ぅ』とか、ガキンチョのくせに人の事をコイツどうしようもねぇなぁとかって態度しやがって、ぐぬぬぅどうしてくれようか。
「のほ〜っ何じゃとぉ、このかわい子ちゃん達が八坊の彼女達じゃとな、うぬぅどの娘も皆めんこいが、この乳の大きな娘っ子は特に堪らんの〜ぅ。」
この場に居るただ一人の爺様の声が響く、俺が北斗丸とグダグダとやっている内にどうやら小町が自分のスマートフォンを、その中に収められた写真を十平衛先生に見せていた。
両手をワナワナと何かをモミモミする真似をしながら、ニヤけきっただらし無い顔をして。
十中八九アレは結衣のあの部分の事を言っているんだろう、セクハラ爺さん
「あ〜、うん結衣さんのはねぇ〜、あれは反則だよねぇ、小町もさぁアレ位とまでは言わないけどさもっと欲しいって結衣さんとか舞お姉ちゃんの見る度に思うんだよね。」
「イヤイヤ小町ちゃんはそれでええんじゃよ、今のままのめんこいマスコットキャラで十分じゃよ。」
以前から己の胸の膨らみが薄い事を気にしている小町だが十平衛先生が慰める様に諭す、以前から十平衛先生は小町の事を孫か曾孫の様に可愛がってくれていてセクハラのターゲットに小町を入れる事は無い。
そこだけは信頼して構わない、てか十平衛先生は助平過ぎるって欠点はあるが案外と面倒見が良い人だ。
今もこうやってアンディ兄ちゃんと舞姉ちゃん夫婦の事を気に掛け、顔を出すのは亡くなられた舞姉ちゃんのお祖父さんに対する友情をずっと大切にしているからだろう、まぁ独り身で寂しくて此処にしょっちゅう顔を出している説もあるんだけどな。
「ほれ見てみい、この黒髪ロングのかわい子ちゃんとて然程小町ちゃんと変わらぬ大きさに見えるぞい。」
だがしかしだ十平衛先生、そこで俺の大切な
「オイ、そこの二人一体何をしていて何を言っているのかなぁ、俺にも聞かせてもらおうじゃあないかなぁーっ!」
俺は立ち上がり世紀末救世主伝説、胸に七つの傷の男よろしく両手の指をポキポキと鳴らし気を発し威嚇しながら優しく質問する、うん威嚇する程度なんだから優しいよね。
何なら次のやさしさライセンスの更新は減点なしのゴールド免許で五年後更新まであるな。
「あっお兄ちゃん丸君とのお話し終わったの、小町は十平衛お爺ちゃんにみんなの写真見せてただけたよ!?
てか何、にひひぃ雪乃さん達の事十平衛お爺ちゃんに知られるのが怖いの、そこはお兄ちゃんがちゃんと守ってあげればいいだけじゃん。」
いけしゃあしゃあとムカつく笑みを浮かべてふざけた事を言う小町に俺のポイントはダダ下がりだ、しかもそんな事を言いながらも更に小町は他の写真まで見せている様で、十平衛の爺様も次を次をとせがんでいる。
「ぬほぉ〜っこの気の強そうな金髪ドリル娘もええ味出しとるの〜う、おおこっちの青い髪の娘っ子も目の下のほくろが色っぽいのう。」
「でしょう、あっこっちの沙希さんはねぇ極限流の遣い手なんだよ、そんでねな・ん・と・沙希さんもお兄ちゃんの事をねぇニッシシシ。」
俺の威嚇を無視して二人は総武高校女子の写真を回し見る事を止めない、しあもあーしさんや川崎の事迄。
それはもしかしたら俺が泣くまで止めないのかも知れない、何故だ別に俺はズギューンしたって訳でも、あっイヤ…そのだな、うんあったよ確かにっても小町はそれを知らない筈だしなぁ。
「なんと!?八坊は四人もの娘っ子をたらしこんでおるのか、ぬうぅやるではないな男たる者そうでなければのう。」
「おいそこの爺さん、たらし込んだとか失礼な事言うな!
全く、俺と結衣達は出会ってからこの方共に絆を培って来た俺にとって兄貴達と親しい存在だし、川崎は同じ道を歩む好敵手で同志みたいなもんだからね。」
十平衛先生のあんまりな発言を俺は正し否定する、この爺様はちょっと良い所を見せたかと思えば直ぐにこんな感じでアホな発言で台無しにしてくれる。
「ふふふっ、でもねえ、八っちゃんはそう言うけれど沙希ちゃんだって八っちゃんの事を憎からず思っていてくれてる事、本当は解ってるのよね。」
まさかの舞姉ちゃんまでもが彼女達の話題に参戦し俺を誂って来る、いくつになっても色っぽさと悪戯っ子気質が感じられる邪気に溢れるニンマリ笑顔で。
いかん此処で舞姉ちゃんまでそちら側に付かれてしまっては、俺の敗北は決定的になってしまう起死回生の一打を打つ事が出来なけりゃな、しかしお姉たまそれは言わない約束ですわよ、まぁ約束とかしてないがな。
「だけど八幡、この間少しだけ話をさせてもらったけど皆いい子達なのと八幡の事を大切に思っていてくれているって僕にも伝わって来たよ、だからまぁ八幡は堂々としていれば良いんだよ、もし実際に彼女達に対して十平衛先生がセクハラ行為に及んだ時は八幡が鉄拳制裁を加えれば良い、その時は僕も協力を惜しまないよ。」
更にアンディ兄ちゃんまで参戦し敵方に回るのかと思えばそうでは無く、中立よりかは比較的俺寄りの方に回ってくれた、やったね八幡。
制裁執行の御墨付を頂いちゃったよ、まぁ昔はアンディ兄ちゃんも十平衛先生には舞姉ちゃんがセクハラによる被害を受けてたし、門下生の女性の方達も一部同様だっしそれに頭を痛めていた事だろうが、流石に八十超えの爺ちゃんに鉄拳はやんない方が良いだろうな。
「ぬをぉーっこの黒髪のナイスバデーの娘っ娘も堪らん物を持っとるのう。」
「ああうん、その人はね平塚先生って言ってねお兄ちゃんの先生でジョーお兄ちゃんの彼女だよ十平衛お爺ちゃん。」
「何とな!?このペッピンの娘っ娘がジョーの奴めの彼女とな、グヌヌぅっ許さんぞジョーのくせしよってこんなベッピンをものにするなんぞ!」
前言撤回、やっぱこの爺様には鉄拳の一発や二発はどうという事も無いだろうな、うん。
十平衛爺様の若き日のエピソードや極限流の気にまつわるエピソードも創作です。
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突きつけられる新たな課題。
夏真っ盛りの早朝、とは言え暦の上では俺の誕生日にあたる八月八日あたりが立秋となるのだとかでもう秋に突入している訳だ、なのでこの暑さは所謂残暑と言う奴であり言わば夏の残骸ってやつなんだろうが、駄菓子菓子。
気温三十度を超える真夏日はまだまだ続くので実質的にはまだ夏なのだ、そう俺達の夏休みは“最終回じゃないぞよもうちょっとだけ続くんじゃ”な状態なのだ、実際夏休みは八月三十一日中まで続くんだし、これはもう暦云々は関係無しに国家が八月末迄は夏だと認めていると見做せるのだ、イヤだがちょっと待てよ、そう言えば日本の北部では夏休みが終わるの結構早いんだっけか?
そうなると、どうなんだろう、ぽくぽくぽくぽく……チーン、分からん! と言う事でこの件は以上だ。
「シュッ!」「ハッ!」「セイッ!」
今は真夏の早朝の日の出から間もない時刻でしかも此処は標高も千葉より高い位置にある為、気温もいくらか低くこの時間帯なら少しだけ肌寒いってか動いて無かったら結構寒い。
「シュッシュッ、ハッ!」
「何のッ!」
のだがあいにくと俺は今その肌寒さを感じる余裕が無かったりする、それは日々の日課でもある朝の鍛錬を不知火道場の庭と呼ぶには些か広過ぎる敷地にて執り行っているからだ、それも一人では無く、アンディ兄ちゃんと実戦を想定しての組手を行っているところだ、まぁ但しプロテクターを装着してだがな。
「しゃッ…斬影拳ッ!」
『ヨシ、スキが出来たチャンスだ』そう判断し繰り出した斬影拳だったが、しかしそれは。
「甘いッ!昇龍弾ッ!」
どがそう判断しタイミングは決まったと思っていた俺の斬影拳は、アンディ兄ちゃんの昇龍弾にカウンターを合わされてしまった。
もしプロテクターを装着していなかったら今の昇龍弾で俺は大ダメージを被っていた事間違い無しだな、ありがとう俺の獅○座の聖衣レオのクロスおかげで助かったぜ、ふっ違うな確かに俺は八月八日生まれの獅子座だけど今身に着けているこのプロテクターは聖衣と呼べる様な物じゃ無い、普通にスポーツ用品店で買える量産品だし、何なら俺は聖闘士セイントになる為の訓練をしている訳じゃ無い、兄貴達から学んだ格闘の世界を征く為に鍛錬をしている訳で。
「なッ!?くうっ……まだぁっ、シャッ!」
さて置き、俺は立ち上がりアンディ兄ちゃんへと向かい攻撃を仕掛けるべく動き出し、そして牽制と距離測定を兼ねてのリードブローとローキックを。
「フンッ!セイ!」
しかしそれを的確に往なしながらこちらのスキを窺い、これあらば即座に反撃を狙っている事を眼力で語るアンディ兄ちゃん。
いやまぁそれは格闘家の心得としては至極当然の事っちゃ当然なんだが、しかし俺にとって師であり目標の一人でもあるアンディ兄ちゃんにこんな眼を向けられている事に少しの怖気と認められているのかと思えばこその誉れを感じる。
怖気る心を抑え込んで仕掛ける攻撃だがこの組手にはアンディ兄ちゃんの提案により一つのルールってか制限を設けられている、それはこの組手通常技以外の必殺技は不知火流の技だけしか使わないって制限だ。
「シュシュッ!だりゃ…飛翔拳ッ!」
そしてギリ掠るかなって位の至近距離から敢えてガードされる事を前提として放つジャブで目眩まし、其処からストレートを繰り出すと見せかけてフェイントからの飛翔拳を放ちガードを固めさせようと考えていたんだが。
アンディ兄ちゃんは飛翔拳をブロッキングで相殺し即反撃に転じてくる、自身の小柄な体格を十二分に利用して飛翔拳を放った後の戻りきれない俺の腕の更に下から腹部を狙っての掌底打を放ってくる。
「くっ!?しまっ…」
アンディ兄ちゃんの掌底が俺のボディへ直撃、其れを辛うじて腹筋に力を込めて気を巡らせ耐えるが生憎とダメージの全てを殺しきるには至らず、これが結構痛かった。
その為俺は少しだけ身体を前方へ傾けてしまった、ヤバいとそう思ったのは後の祭りか、更に今度は下顎を突き上げるように掌底打ちが繰り出され、俺の身体が軽く宙に浮くとアンディ兄ちゃんの追撃が加わる。
「空破弾ッ!」
アンディ兄ちゃんの錐揉み回転蹴り空破弾の直撃を受け、堪らず俺はダウンを喫してしまった。
「其処まで!」
舞姉ちゃんの号令により俺達の実戦組手は此処に終了を告げられる、プロテクターを着けた上での実戦稽古とは言えアンディ兄ちゃんは世界的に知られる一流格闘家だ、受けた打撃を完全吸収してくれる訳では無いからなそれなりに痛い。
やはり早期のエアバッグの実用化が待たれる、逆シャア辺りの時代のMSのコックピットよろしくな。
「ぷはぁ〜っ…痛いっつう〜っ。」
ダウンした状態のまま俺は腹に手を当てて擦りながら溜め息を漏らす、やっぱり不知火流の技限定だとアンディ兄ちゃんにはまだまだ敵わないわな。
「ふう、ヨシ、お疲れ八幡。」
『ふう』と一呼吸、そして居ずまいを正すとアンディ兄ちゃんは倒れた俺に手を差し伸べてくれた、俺は上半身を起こしその手を掴み立ち上がり。
「お疲れ様八っちゃん、アンディ。」
俺が立ち上がったところで舞姉ちゃんが労いの言葉を掛けてくれて、続く様に小町と十平衛先生からも掛けられる。
「うっす、ありがとうございます…はぁ〜けどやっぱりまだまだ甘いよね俺の不知火流の技の完成度はさ。」
皆へ礼の挨拶を述べ、続けてこの組手に於いて痛感した自身の甘さをアンディ兄ちゃんに吐露する。
「フフッ、そりゃあ僕が何十年も掛けて磨いて来たんだからねまだまだ越えられる訳にはいかないさ、だけど八幡の技の完成度もそれ程甘いと言う訳では無いよ寧ろ良く出来ているとは思うよ。
現時点ではその完成度は北斗丸のそれよりは上だよ、だが油断は禁物だ北斗丸も最近はメキメキと実力が向上しているからねうかうかしていると追い越されかねないよ。」
「まぁそう言われるとその通りなんだけどさ……アンディ兄ちゃん今の組手で使う技をさ不知火流の必殺技たげに限定したのって何か理由ってか思惑があるんだよね。」
俺の技の完成度についての意外な高評価には思わず口元がニヤけそうになってしまうが、その後に続けられた説教ともつかぬお小言は俺に対しての発破なんだろうけどな。
何と言うかテリー兄ちゃんとジョーあんちゃんはどちらかと言えば感覚派と言えると思うんだが、対してどちらかと言えば理論派に属すると思えるアンディ兄ちゃんの事だから、この課題には何かしらの理由があるって事はそれなりに長い付き合いだしそれは俺にも推察がつく、いやまぁ格闘家たるもの日々の鍛錬には何かしらの課題を持って取り組む物のは当たり前だのクラッカーヴォレイだ、線路は続くよ……まぁ終点まではな。
「話は取り敢えず休憩しながらにしようか、北斗丸もそろそろ走り込みから戻って来る頃だろうからね。」
「うむ、それが良かろうてな、いくらここの気候が涼しいとは言えどもまだ夏じゃしな水分の補給位はしておかんとならんぞ。」
「そうね、それじゃあ皆の分のお茶を用意しておくわね。」
「あっ、だったら小町も手伝うね舞お姉ちゃん。」
と言う訳で、師匠筋二人のお言葉により朝練は切り上げ皆で休憩を摂ると言う流れとなった、プロテクターを着けてはいれどニ十分以上も組手をやってたし喉もさすがにカラカラだし、ここで休憩はありがたい。
しかも舞姉ちゃんと小町がお茶を淹れてくれるなんて尚更だ、まさに今の心境たるや
不知火家の縁側に男三人腰掛けて、女性陣が準備してくれているお茶の用意が出来るまでの間にタオルで汗を拭い、鳴き始めたセミの声をBGMに訪れたまったりタイムに侘び寂びを感じる。
偶にはこう言うのも悪くないなと素直に思う、八十過ぎの爺ちゃんと三十代の兄貴分と十代の俺、まるっきり世代は違うのに格闘を通して同じ時間を共有する今って時に柄に無くセンチな気分を味わう、柱の男では無い俺はセンチになる事を否定しないし、強者だけが真理とか勝者だけが正義なんて傲慢にはなれん。
「まぁ、ワムウはカッコいいから好きなんだけどな。」
そんな愚にもつかない事を考えている間に北斗丸も帰宅し舞姉ちゃんと小町もお茶の用意も終え皆縁側に並んで腰掛けてそのお茶を飲む、まぁ一人だけバリボリと煎餅を食ってる爺様もいるがな。
てゆうか、十平衛先生って一体どれだけの枚数の煎餅をストックしてるのかがちょっと気になるんだが、八十越えてそんな物を食えるんだから歯もしっかりしてるんだと感心しといてやれば良いだろう、なので俺としては敢えて突っ込んだりはしない。
まったりタイムも程々にアンディ兄ちゃんが今日の朝練の総括ってかその目的ってか意義を語り始める。
「八幡のスタイルは兄さんの八極正拳ベースのマーシャルアーツがその基礎となっている訳だが、其処に僕の不知火流とジョーのムエタイの技法を加えているのは承知の通りだね。」
アンディ兄ちゃんは現状確認の意味合いを含めて基本的な事から語りだし、それに畏まるって程でも無く俺は頷いてみせる、思えば俺がバーンナックルとパワーウェーブを使える様になってから二人が俺に自分の技を教えてくれる様になったんだよな、あれは俺が小六の頃だからもう四年以上になるのか……。
「これは八幡では無く何方かと言えば僕とジョーに問題があったとも取れる事だけど、兄さんの技もそうだが僕やジョーの教えた事も八幡は直ぐに吸収してくれたうえにその教えを元に真摯に鍛錬を積んでくれるものだから、それが嬉しくてね。」
「ああ、うん、だってねぇ俺としても技を教えてもらえるのが嬉しくてさ、其れを身に着ける事が出来た時なんか更にその嬉しさもひとしおってかね、だからうん。」
俺はアンディ兄ちゃんの発言を肯定、あの日いつか俺たちの技もお前に教えたいと告げられた時から今現在までその思いに変わりは無い、三人から教わる事が俺にとってかけがえの無い絆だからとこの事に関しては俺は言葉を濁したり照れたりなんかせずにはっきりと言える。
いや、場合によっちゃちょっとだけ照れたりするかもだけどな。
「ああ、でもその結果八幡が器用貧乏になってしまうんじゃないかと僕は懸念しているんだよ、八幡自身にも何か思い当たる節はないかい、先日ジョーとも手合わせをしたとの話は聞いているよ。」
そっか、アンディ兄ちゃんは千葉村で俺がジョーあんちゃんとやった事を知っているのか、アンディ兄ちゃんの隣に座る舞姉ちゃんへと目を向けるとニッコリと微笑みパチンとウインクをかます。
くっ、ワカイイ!ってかこれって舞姉ちゃんがアンディ兄ちゃんにその事を教えたんだって告白してる様なもんだよ。
まぁそれは良い、今の問題はアンディ兄ちゃんからの問いかけだ、言われて俺には思い当たる節がある確かにある。
厳密に言えば今日のアンディ兄ちゃんとの組手と先日のジョーあんちゃんとの対戦の過程を踏まえてなんだけどな。
「……はぁ、何だ知ってたんだアンディ兄ちゃん。
うん、まぁあの仕合いの時、俺とジョーあんちゃんは開幕の時に同時にハリケーンアッパーを撃ったんだけど、技の射出ってか技のモーションから放つまでのスピードが俺の方が遅れたんだよね、その時は流石はジョーあんちゃんやっぱり元祖は違うなって単純にそう思ったんだけど、さっきのアンディ兄ちゃんとの組手の結果も踏まえて見ると確かにアンディ兄ちゃんの懸念も御尤もってそう思えるね。」
ジョーあんちゃんとの同じ技の撃ち合いに遅れ、アンディ兄ちゃんには技をほぼ封殺された様な結果になったしな。
そう考えればやっぱりアンディ兄ちゃんが言う様に今の俺は器用貧乏なのかも知れない、三人に教わった技を一通りそれなりには使いこなせるけど、教えてくれた三人を超えることは現状出来ていない、いやこれは“なのかも知れない”では無く本当に器用貧乏な状態だと言わざるを得ないわ。
「ああ、まあ僕としても、ジョーにしてもおそらくはそう思っているだろうけど、やはり八幡に対してまだ色んな事を教えたいと思っいるしそうするつもりだよ。
だけど、それだと今以上に八幡が器用貧乏になるかも知れない、だからこれは一つの提案なんだが、八幡は僕等が教えた技を自身でその取捨選択をした方が言いのかも知れないと僕はそう思っているんだよ。
学んだ事の中から自身にとって何が重要か有効かを確りと見極めるべきだろうとね、まぁどうするか、それを決めるのは八幡自身が考えなければいけないんだけどね。」
取捨選択か、アンディ兄ちゃんの話を聞いてその提案は確かに一理も二理もあるんじゃねぇかと俺も思う、だけど俺は兄貴達が教えてくれる事を全部吸収したいと言う気持ちもある。
それは、その考えはもしかしたらただの我儘だろうか、それとも或いは傲慢だろうか、ゴーマンがましてよかですかってところか!?
いやいや、別段何かを宣言しようとか俺は思っちゃいないけどな……そんな物はどうでもいい。
「これまでに十五年以上僕達は色々な格闘大会に参戦して来たけど、その都度新たな技を修得してそれに臨んでいたし逆にそれまで使っていた技を封印した事もある、それは大会や対戦相手の傾向などを元にどの様な技を組み立てるか等の予想して戦術的な判断を下した結果でもあるし、同じ様な性質の技が重複する場合より繰り出しやすい方の技を選択し其れを更に磨きをかけて臨んだものだ。」
ベテラン格闘家の実戦経験により裏付けられたアドバイスか、こんなにも分厚い説得力のある言葉も無いな、俺は兄貴達が闘う姿を実際に自分の目で見た事は殆ど無い、見たのは過去の大会での映像が大半だからアンディ兄ちゃんが言う様ないつの時代、誰との闘いに臨んでどの技を編み出しどの技を封じたのかは解っていない処も多々ある。
「……アンディ兄ちゃんが言う事も尤もなのかもな、いくら沢山の技を修得したとしてもそれが完成度の低い物なら実戦の役には立たないしね、こいつは確かに一考の余地ありだな。」
俺は『う〜んマンダム』よろしく顎に右手を添えてしかつめらしく考える、そんな俺の周りには何だかホンワカとした空気が流れている様な気がする。
はたと気が付いたふうを装い俺は周囲を見回すと、いつの間にかそんな俺を皆が生温い眼差しで見ていたりする、オーマイガッ!?
「なっ…何なの皆してそんな目で、何かすっげえ恥ずいから止めてもらえませんかね、いやマジで。」
若干テンパリつつ細やかな抵抗運動を試みるが、俺にはレジスタンスとしてやって行けるだけの才能は無いらしい。
皆はニヤニヤを止めない、オノレぇそっちがその気なら俺だってな…。
「あはははっ、多分お兄ちゃんの次のセリフは『消してやるぜそのニヤついた顔を!』だねっ!」
「消してやるぜそのニヤついた顔を!はっ!?」
なっ、読まれだだと俺のセリフを小町に読まれただってぇ〜っ!?
なんてな、ちっくとパニったふりをしとったがぜよ(いかんこんなエセな方言を使ってたら地元の人に怒られるわな、八幡自重)まぁアレだ流石に十五年近くも兄妹やってるし、考えを読まれたとしても不思議は無い。
「へっへぇ〜、お兄ちゃんの言いそうなことなんて小町にはお見通しだよ!」
人差し指を立ててチッチッチッと指を振り得意気な調子で宣う小町、まぁこの世で唯一八幡検定段位を持つ小町だからなふしぎでは無い、これぞ美しき兄妹愛の為せる技だ。」
「はぁ?何言ってんのお兄ちゃん、バカじゃないの……。」
めっちゃメチャ冷め切った声音で小町からのバカ発言が飛び出した、兄妹愛はどうやら俺からの一方通行だったのだろう、俺は此処に
「カッカッカッカッ、小町ちゃんも皆も八坊をイジるのはその辺にしておくんじゃ、それにアンディよお主が八坊に伝えるべき事はまだあるじゃろうての。」
亀の甲より年の功とは言ったもので、十平衛先生が近年に無い程ってのは言い過ぎ感があるが珍しくも皆を嗜め、そして更には聞き捨てならない発言のスパイスを加えていた。
「フフッ流石ですね十平衛先生、理解っていましたか。」
アンディ兄ちゃんもそれを流石に解っていると評しているし、何だろう言い方からしてさっきの話の続きとかだろうけど。
そんな訳ならば俺としちゃ此処は神妙に拝聴すべきだろうな、アンディ兄ちゃんも俺に視線が向いているし話してくださいプリーズミー。
「んっ、んん……八幡、さっき僕が言った事はある意味マイナス=負の面について言った訳だけど、そうだねもしこのまま八幡が精進を続けて教えられた技の完成度が今以上に仕上げる事が出来たなら、これは対戦する相手からすると非常に厄介な相手となる事間違えなしだ、察しの良い八幡なら此処まで言えば僕が何を言いたいかある程度理解出来てるんじゃないかな。」
何故か咳払いをしてからアンディ兄ちゃんは解説を始めたが、そんなアンディ兄ちゃんの仕草に俺は何だか案外アンディ兄ちゃんってお約束的な事が実は好んでいたりするのかもと思わずにはいられないが、今は其処に言及はすまい。
考えるべきは今アンディ兄ちゃんが言った事についてだ、なる程俺が高い次元で三人の技を使えるようになればか。
「そうだな、えーと、多くの技を使えるって事は相手に取ってはさ、正にそれだけで多くの選択肢を突き付けられるって事だよね。
例えば代表的な突進系の必殺技だけでもバーンナックルや斬影拳にスラッシュキックと揃ってるし、ジョーあんちゃんのスライディングキックなんてのもあるから、相手としては此方が一体どの技でもって攻めてくるか中々読めない。
これは確かに俺からすると大きな利点となるわ、うん。」
俺の導いた回答はどうやらアンディ兄ちゃんや十平衛先生の用意した答えと然程遠く離れてはいなかったらしく、二人は力強く頷いてくれた。
「将来的に八幡の格闘スタイルが何方側を取るのかは八幡自身が決める事だけど、まだ十代だし十二分に伸びしろがあるんだから其処はじっくり考えて答えを出せば良いんじゃないかな、八幡も北斗丸もそしてロックも君達がどんな格闘家になるのか楽しみにしているよ。」
アンディ兄ちゃん僅かばかりの厳しさと多分含まれた優しさとが同居した様な眼差しでもってそう締めくくった。
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我が家への帰宅、それにより何かが始まるのは間違っている?
「う〜ぁ〜っ、
アンディ兄ちゃんとの組手により今後の俺にとっての長期的課題を突き付けられた翌日、俺は相棒のZX−25rのタンデムシートに小町を乗せて一路千葉への帰還の途に着いた訳なんだが……。
「いやね、だから俺言ったよね小町ちゃんこの季節の2ケツは地獄だって、ぷはぁ〜っやっぱりこの季節マッ缶も良いけどスポドリだよなぁ。」
まだ慣らし運転も終っていない関係もあり回転数も上げられないから然程スピードも出せない訳で、風を切ってかっ飛ばすなんて事は出来ないからな暑さに負けた小町と序に俺も水分補給の為に途中のコンビニでドリンクを購入し、建物の日陰に逃げ込みそれを喉に流し込んでいる所だ。
「まぁ、それは置いてな小町、こうなるのはお前にも予想出来てたんじゃないのか、だから言ったろう明日アンディ兄ちゃん達と一緒に車で帰った方が良いってな。」
アメリカから帰って来て早々だがこのお盆の季節だし、当然とは言わないが道場も休みにするそうで明日からアンディ兄ちゃん達も千葉へ顔を出すそうだから俺は小町にそれに同乗するように勧めたんだがな。
「だって舞お姉ちゃんの後ろに乗った時はさ、高速道路をビュンビュン飛ばしてすっごく気持ち良かったんだもん、それに早く家に帰ってカアくんのお世話もしなきゃだし。」
だからお兄ちゃんも高速に乗ろうよと同じくスポドリを飲みながらせがむ小町に俺は溜息を一つ、今はお盆休み期間中で家の両親も家に居てカマクラの餌やりやトイレ交換もやってくれてはいるだろうけど、カマクラ大好き小町ちゃんとしては早い所家に帰ってカマクラを猫っ可愛がりしたいんだろう、猫だけにな。
「ふう、小町がカマクラの世話をしたいってのは解ったが、俺は二人乗りで高速を走る事は出来ないんだよ。」
法的に高速道路での二輪による二人乗りをするには条件がある、それは運転者が免許取得から三年以上経っている事と二十歳以上である事、俺は去年の誕生日の翌日に試験を受けて二輪免許を取得したから一般道での二人乗りは出来るが、高速道路の二人乗りの条件を何方も満たしていないから当然法規上それは出来ない。
喉を潤しながらその事を小町に説明しているんだが、クワッと目を見開き楳図か○おバリに驚愕の表情でもって小町はギヤースカと騒ぎ立てやがった。
「しょうが無いだろうが、法的に無理な物は無理なんだから、はぁしょうが無い家まではまだ距離があるからなこうやって定期的にコンビニよって水分補給しながら帰ろうぜ。」
「うう、まぁしょうが無いか。」
何だかやたらと兄妹二人でしょうが無いを連呼しているが、そう言う時もあるさと見逃してもらいたいものだ、赤い彗星の人ではないがこれも若さ故の過ちと言う物だろうか、否そんな御大層なものじゃ無いですかそうですか。
今朝の早朝鍛錬を終え、朝食を頂き不知火家から帰宅する為に出発したのは朝に八時を過ぎた頃だった。
朝食を終え出発迄の時間俺達は今後の予定などを皆で話しをしていた。
「じゃあアンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんも明日は家に来るんだね、十平衛先生はどうするんですか。」
食後のお茶を飲みながら俺はそれを皆に問う、北斗丸は多分両親の元に顔を出すんだろうから聞かなくても良い。
「ああ、そうだよ比企谷の兄さんや姉さんとも直に会いたいし、それにリチャードも来日するって言っていたし、僕も千葉のパオパオカフェにも行ってみたいからね。」
俺の問いに答えてくれたアンディ兄ちゃんの口から意外な人物の名前が飛び出し、俺はちょっと驚いた。
川崎のバイト騒動の時に知己を得たパオパオカフェのオーナーで兄貴達の古い友人でもあるリチャード・マイヤさんが再び来日する。
「マジでマイヤさんまた日本に来るんだ、ついこの間アメリカへ帰ったばっかだと思ってたんだけどな。」
最初はサウスタウンから始まった料理店だったパオパオカフェだが、今では世界に複数店舗を出店しているし、そのオーナーのマイヤさんださぞや毎日忙しい事だろう。
「フフッ、リチャードも色々とプロジェクトを抱えている様だけど、その一つを日本で行う予定なんだそうだよ。
今回の来日はその内の一つの懸案の為の来日と言う事もあるんだろうね。」
なる程な、前にマイヤさんに会った時に言ってたっけな、パオパオカフェ主催の格闘大会を企画しているって、今回の来日はその辺りの企画を煮詰める為の物だと言う事だろうな、となると俺と川崎にも出場依頼が来るかもしれないな。
コイツは褌って奴を締めてかかんなきゃだし改めて鍛錬に身を入れようか、それこそがこの場合の転ばぬ先の杖になるだろう、ちょっと違うか。
「そうさの、わしも一度八坊と小町ちゃんの親御殿に挨拶に行かねばならんが坂崎拓馬がこちらに居るのなら会いに行くのもよかろうかな、あ奴の弟子達も見てみたいしの。」
次に顎髭を弄びながら十平衛先生が答える、そう言や十平衛先生ってまだ家に来た事無かったっけかな、まぁ来てくれるってのなら歓迎はするけど結衣達へのセクハラ行為は俺が阻止せねばなるまいな。
それに加えての極限流への訪問するのか、十平衛先生と坂崎のご隠居の数十年ぶりの再会の時か、互いに格闘家同士積もる話もあるだろう。
「けど十平衛先生、坂崎のご隠居は暫く日本に居るみたいっすけどロバート師範は昨日イタリアに戻ってる筈ですよ、何せ財閥の総帥も兼務しているそうですからね、そうとう忙しいんじゃないっすかね知らんけど。」
現役を退き隠居の身である坂崎のご隠居と違い、ロバート師範は主要な大会にこそ出場しないけど、極限流の師範としてのイタリア支部運営にガルシア財閥総帥としての責務、その忙しさは俺なんぞには推し量り様も無いだろう。
「何じゃ、最強の虎は居らなんだか、それは残念じゃのう。」
お茶を飲みながら煎餅をボリッと齧り始めた十平衛先生に俺は少しだけ呆れてしまった、いや貴方少し前に朝飯食ったばかりですよねと。
十平衛先生は小柄な身体にも係わらずかなりの健啖家でもある、齢八十を越えて尚食欲旺盛、健康そのものだ。
まさか極限流道場へ行って坂崎のご隠居と一戦やらかそうとかしないよな、しないよね!?
「本当に十平衛の爺ちゃん良く食うよな、オイラより食ってんじゃないの。
あっ、オイラも師匠と一緒に行くからよろしくな八兄ィ!」
そして珍しく大人しくしていた北斗丸が口を開いた。
その前半に関しては俺も同意する激しく同意する所謂禿同だが、後半部分はいただけん!
「いや、お前はご両親の元へ帰省するのがスジってもんだろうが、てか来るなよ。」
コイツはほっときゃ何をやらかすか知れたもんじゃ無いし、そのせいで俺の生活が掻き乱されちゃたまらん。
基本この俺、比企谷八幡は静かに暮らしたいんだよマジで。
「もうっ、いい加減にしなよお兄ちゃん、まるくんを邪険にしちゃ駄目って小町言ってるよねっ!」
可愛い顔にキッとお怒りモードの表情を拵えて小町は俺を叱る、解せん。
「でも、お兄ちゃんの言う事も一理あるよね、まるくんお父さんとお母さんの所行かなくて良いの?」
………小町さん、君もそう思ってるなら何も俺の事怒らなくても良いんじゃないでしょうか。
俺は小町のその言葉に世の中の理不尽さをヒシと感じ一人心の中で嘆く、此処で“あんまりだぁ”しないだけ俺も大人になったものだと己の成長具合に自画自賛しておく。
「まぁ、家にはその内顔出すよ、まだ夏休はもうちょっとあるしさ。
それよりもオイラ小町ちゃんや八兄ィの住んでる街も行ってみたかったしね、ニッシシシッ!」
いやお前の事情なんて知らんし、と言ってやりたいところではあるんだが。
俺や小町が暮らす千葉のいってみたいとか、そんなしおらしい事言われてしまっては俺としても邪険には出来ぬ。
千葉の良さを知千葉マニアがもしかすると新たに誕生する可能性の目を剪む事など俺には……出来ん。
なので俺は断腸の思いを耐えて、北斗丸の千葉行きをスルーしよう。
「ふふふっ大丈夫よ八っちやん、北斗丸の事は私が責任を持って監視しておくからね。」
そんな俺の精神的葛藤を知ってか知らずか定かでは無いが、我が姉貴分はそう申し出てくれた。
流石はお姉たま、俺の思いをサラッと慮ってくれてさり気にフォローをしてくれるっ、そこにシビれるあこがれるゥ。
以上の様な経緯を経て俺と小町は皆より先に今朝、不知火家を後にし千葉への帰宅の途に着いたって訳だ。
数時間の道程を越えて我が家へと帰り着いたのは午後二時を過ぎた頃だった。
俺は暑さにへばった小町にシャワーを浴びるよう促し、小町もまたそれに否とは言わず素直に了承。
着替えを取りに自室へと一旦向かった小町と別れ俺は一路リビングへと、其処はクーラーを効かせてガンガンに冷やされたおそらく外気温度と比べ十度は下回る、半袖では長居できないであろうと思われるレベルに冷された空間と化していた。
其処にダラリと寛ぐのは二人の人間と一匹の猫、それは言わずと知れた社畜街道一直線、休みの日には半ばリビングデッドと化す事について定評のあるウチのおとんとオカン。
そして、滅多な事では俺に媚び一つ売らないふてぶてしいにも程があるリアル『俺、つしま』CV大塚○夫な我が家の猫。
「親父、母ちゃん、流石に此れは温度下げ過ぎだろ、これじゃクーラー病になっちまうんじゃね。」
パジャマ姿で夫婦揃ってリビングでクーラーに浸りきった状態でテレビを見ながら昼間っから………。
「あっ…ありのまま、今見た事を話すぜ!
俺は小町と二人で不知火道場から家へ帰ってきたんだが、その帰ってきた家のリビングでは俺の両親が真っ昼間っからだらけ切ってビールを飲んでいやがりやがった。
しかも柿○ーとハッピ○ターンをおツマミにしてだ、何を言いたいのかは大方理解してもらえたと思うが、その両親の姿に大いなる呆れの気持ちの片鱗を、俺は味わったぜ………」
一体この二人は何時から飲んでいたのやらだ、リビングのテーブルには空になった350mlのビール缶が既に7〜8本と今現在二人が手にしたビールの缶と食い散らかされたおつまみの袋。
まぁ、平時は仕事に忙殺されているんだから偶の休み位はダラケてもらっても大いに結構なんだが……。
「お〜イエィ八幡、帰ってそうそうに長いネタをご苦労さん!」
「あ〜、お帰り八幡、小町は一緒じゃ無いのぉ!?ヒック……」
飲んだくれてこんな
「はいお父さんお母さん、麦茶だよこれ飲んで早く酔を醒ましてよね、本当にしょうがないんだから。」
シャワーを浴びおえTシャツにショートパンツスタイルのラフな格好に着替えを済ませた小町は、そんな二人を口ではしょうが無いなどと言いつつも甲斐甲斐しく世話を焼く。
かく言う俺は帰って早々にこの酔漢二人に捕らえられビールを飲まされそうになってしまったが、そこは流石に鍛えてますからシュッ!とばかりに回避に成功する事は出来たよ当然、だがこの二人は小町がシャワーを済ませてこのリビングに来る迄に更に三本のビールを飲み干しやがったし。
「う〜ん、ありがとなぁ小町ぃ。」
「んぐっんぐっ…ぷあ〜っ冷えた麦茶が滲みるう〜っ、ありがとうね小町。」
麦茶を用意してくれた小町に礼を言いながらそれを飲む両親、さっきまでの醜態はいくらか鳴りを潜めている。
しかしこの中年夫婦、さっき迄麦のお酒をしこたま飲んで今また今度は麦のお茶を飲んでやがる。
「どんだけ飲むんだよ、麦尽くしじゃねぇかよ、あれか大麦畑で捕まえてっとか言わないよね。」
俺は両親をジト目で見ながら苦言を贈呈する、それは定年により退職する老サラリーマンを送る後輩社員の如く、などど言う事は無く単純に呆れてしまったが故の言葉なんだけどな。
「ふぃ〜っ、甘いなそれを言うならライ麦畑だろう八幡、今のは面白く無かったぞ。」
「いや、何言っちゃっていの今のは別に狙ったわけじゃないし。」
それをこの酔っぱらい親父と来たら人の苛つき指数を爆アゲしてくださる。
俺は思わず拳を握り込み何時でも発射出来る態勢を取らずにはいられない、いや既に取ってんだけどね。
「まぁまぁお兄ちゃんも怒んないの、小町これからちょっと遅いけどお昼ごはん作るからさ、落ち着いとこうね。
お父さんとお母さんもお酒ばっかりじゃ無くって少しはご飯も食べなきゃ駄目だからね。」
うむ、この妹の良く出来た事よ、感激のあまり俺感涙にむせび泣く思いだよってかもう、目から汗が出ちゃってる気がするわ。
それから三十分程で小町は四人プラス一匹分の昼飯を用意してくれて、俺達はそれをありがたく頂戴し皆でリビングでまったりとしている所だ、そののんびりタイムに俺と小町が明日以降の話をしたものだから。
「ほう、あの山田十平衛先生が我が家になぁ、これは歓迎の準備を整えておかなきゃいけないかな。」
格闘技ファンで皆で飲むのが大好きな親父は当然こう言うと俺は予測出来ていたし、おそらくその後に続く母ちゃんからの御達しも。
「そうね、貴方後で車出して八幡と一緒に買い出しに行って来てね、必要な物は後でメモって渡すからヨロシクね。」
はいこうなりました、我が家の帝王たる母ちゃんの御達しに対して俺と親父には拒否権などある筈もなし、親父の酔が抜けた後に買い出しへと駆り出される事が此処に決定した。
くっ、我が家は台所を預かる女性陣の発言力が強過ぎる、故に俺達男チームはこんな場合隷属を余儀なくされるのが常である、うむ家庭内で上級国民と下級国民の格差社会が構成されているとは世知辛い。
くっ、かくなる上はマッ缶をダース単位で買い込んでやるっ!やるったらやるぜ母ちゃん。
「それから八幡、マックスコーヒー買っても良いけど買い過ぎは許さないからね!」
流石は帝王、俺の考えなどお見通しって訳ですか、俺の企ては実行に移す前に潰えてしまった。
それは恰もVIPを護衛するSSが如く、事を起こす前に不審者を捕らえるかの様に華麗に。
「何で解ったん!?」
「私が何年アンタの母ちゃんやってると思ってるのよ、あんたの考えは全部とは言わないけどある程度はお見通しよ、母ちゃんナメんなよ。」
俺はリングに上がる前に既に母ちゃんの前に敗北していたって訳ですか、それは恰も最後迄黒塗りのまま何もせずにくたばった夜叉八将軍の不知火の様に。
「おい八幡一つ教えておいてやる、俺はな母ちゃんと結婚してこの方一度として勝利を収めたことが無いんだよ、ただ一つのことを除いてな………それが何か知りたいか八幡。」
親父のやつが俺と母ちゃんの攻防、一方的に敗北を喫した俺としては防御もままならず終わった様な物だが、その結果を見届けたその親父が何だか勿体付けてそんな事を言いやがる、ゲンドウポーズまで付けて。
そんな事をやられた日には当然俺も興味を多少は抱いてしまう訳で、俺は親父に頷いてみせる。
「それはな、八幡……ベッドの上での攻防戦だ、お前も雪乃ちゃんと結衣ちゃんといろはちゃ『ドゴォっ』…たわらばっ、ゴワッ!?」
勿体つけて喋りだしたその口から出て来たのがコレだった、しかも全部言う前に『カアチャン怒りの鉄拳』を喰らうってオチまで付いて、マジで聞こうとした俺が馬鹿だったよ。
いや親父の事だからこんな結末もあり得たんだけど、それもかなりの高確率でな。
「未成年の子供の前でアホな事を言うんじゃないわよっ!この馬鹿旦那が!」
母ちゃんの渾身の拳骨が親父の頭をクリティカルジャスティだ、顔を真っ赤に染めた母ちゃんが拳を握りしめてワナワナと震えているが、そりゃそうだよな。
この真っ昼間っから自分の息子に対してR指定を付けなきゃいけないようなネタをかまそうとしたんだから、この結果は甘んじて受けるべきだよ親父。
「……親父、アンタは何処のパウロさんなんだよ。」
俺はそんな親父にパウロと命名してやりたい気持ちをその口から発し、頭から煙を発するソレを不憫なモノを見る眼で眺めていた。
しかし一つ疑問なんだが、さっきの顔を真っ赤にした母ちゃんは果たして、その顔の赤さは怒りから生まれたものなのかそれとも羞恥心から出たものなのか、それは今の俺に解らない事だ。
ソレから母ちゃんは親父に一瞥くれてリビングを出て行った、それは怒り心頭な感情を落ち着かせる為だろう。
母ちゃんの拳骨によって撃沈した親父を放置して俺は小町と食後のお茶を啜っていた、その時唐突にテーブルの上に放置していた俺のスマートフォンが静かに振動し、着信を告げる。
バックライトが点灯したモニターにはそれがメールの着信では無く音声通話の着信である事が表示されていた。
俺はそのスマートフォンを手に取り相手の名を確認する。
「……雪乃からか。」
そのモニターには雪乃の名が表示されていた、俺が雪乃からの着信を拒否するなどと言う選択をする訳も無く、直様に通話を選ぶ。
雪乃からの通話の要件とは何か、それは次回の講釈で。
さあ雪乃からの要件は何でしょうか。
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格闘家たちが雪ノ下家へ集うのは間違っている?
不知火道場から帰宅して間もなく雪乃からの掛かってきた電話、俺はスマートフォンのモニターからそれを確認すると直様通話状態にして右の耳へと当てた。
『今日は八幡君、今大丈夫かしら。』
スマートフォンのスピーカーからでもハッキリと分かる雪乃の静かだが滑舌のしっかりとして艶のある声が俺の名を口にする。
『八幡君』とこの世でただ一人彼女が親愛の情を込めて男子の名を呼ぶのは、俺だけなんだと言う事がやけに誇らしく感じられる、いやそれは結衣やいろはも同様なんだけどな(結衣の場合はあまりセンスのよろしく無いニックネームで呼んでるけど)
そんな事だけで口の端を緩めてしまう俺、あっ間違い無いわ俺ってチョロインならぬチョーローだわ……って漢字にすると長老じゃねえか、やだわそんなの俺の界隈では十平衛先生だよそう呼ばれるべきは、なのでチョーローって呼び方は却下の方向でオナシャス。
「ああ、構わないけど、どうかしたのか雪乃?」
雪乃の声音から何某か(デートとかそう言った類のお誘いでは無く)要件があるんじゃなかろうかと、俺はそう検討を付けて彼女に尋ねてみた。
『ええ、八幡君、急で悪いのだけれど貴方明日は時間があるかしら?』
やはりな、雪乃がこんなふうに問うてくるって事はやはり何かがあるって事だろう、それがどんな事かは分からないけども気にやって仕方がない。
「そうだな、明日は午前中はバイトが入ってるから午前は都合が悪いけど、午後からなら構わないんだが、ただな明日はアンディ兄ちゃん達が此方に来るんだよ、だからそんなに長くは会えないと思うんだけど雪乃はそれでも良いのか、もし何かトラブルか何か抱えてんなら俺ん家まで来るか?」
そう言った訳なので俺は逆に雪乃を誘ってみる、明日はアンディ兄ちゃんや舞姉ちゃんも居るからもし厄介事を雪乃が抱え込んでるのなら二人にも相談に乗ってもらえるかも知れないしな、だけどその場合は十平衛先生のセクハラから雪乃を守らなきゃならないかもだが。
『そう、アンディさんと舞さんがいらっしゃるのね……えっ、ごめんなさい八幡君、通話中に悪いのだけれど少しだけ待ってもらえるかしら。』
そう言って通話を中断した雪乃の声は何故だか解らないが緊張している様に感じられた。
それはまるで、受話機の向こう側でボス、声を震わせながらボス、ヤバイことになっちまったジョニーのやつがしくじった………って別に雪乃はアンダルシアに憧れていないって。
まぁそんな感じで空白の時間を脳内遊びに費やしたんだが『遊びは終わりだ』って天の声が聞こえたからこの位にしておこう。
そして暫しスマートフォンの向う側から雪乃の声は聞こえずの、無音の十数秒が過ぎて、やがて。
『お待たせしてごめんなさい八幡君、実は明日なのだけれど家の父が貴方と会って話がしたいと言っているのよ、そのもしご都合が良ろしければなのだけどアンディさんと舞さんにもお越しいただけないかとの事なのだけど。』
なっ、なんだってえ〜っ!?雪乃の親父さんが俺と会いたいだとぉーっ!?
はっ、まさか親父さん俺に言うつもりなのか『何処の馬の骨とも解らぬ奴に娘はやらん!』と、イヤイヤちょっと待てって雪乃のおっかさんと比べりゃ今迄に会った回数は少ないが親父さんとも何度かあった事があからな、俺が比企谷家の馬の骨だって事は親父さんも知っている筈だ……って誰が馬の骨だよ。
まぁ俺だけじゃ無く、アンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんにも会いたいって事は多分そんな宣戦布告的な事を言う為じゃ無いだろう、とすると。
「雪乃、すまんが俺の方はさっき言った様に午後からなら時間があるから構わないけど、アンディ兄ちゃん達の事は今はどうだか解らんから一旦俺の方からアンディ兄ちゃんに連絡して聞いてみて、後で折り返し返事をするって事で構わないか。」
親父さんは何か重要な懸案を俺達に聞かせようって考えなんだろう、なら俺としちゃ断る訳にはいかないだろう。
だが、アンディ兄ちゃん達の事は俺が独断で返事は出来無い、なので雪乃にはそう返事をしたんだが。
『もしもし八幡君ですか、お久しぶりですね雪乃の母です、毎日暑い日が続いていますけどお元気でしたか。』
あれっ、俺は雪乃と話していた筈なんだが何時の間にか雪乃からままのんにチェンジゲッターしてるのん?
「あっ、はいお久しぶりですね、お母さん……。」
『あら、嬉しいわね私を母と呼んでくれるのですね八幡君、ふふふっ。』
俺は雪乃のお母さんだからお母さんと呼んだんであってですね、他意は無いのですけどそんなに喜んでいただけるとは思ってもいませなんだよ。
『雪乃と共に聞かせていただきましたけど、八幡君はいらしてくれるのですよね、ありがとうございます。
それに後程アンディ・ボガードさんと不知火舞さんにも連絡を取っていただけるとか、お手数をお掛けしますけれどよろしくお願いしますね。』
この様なやり取りの後、俺は雪乃達との通話を一旦終えてアンディ兄ちゃんに連絡を取り雪ノ下家への訪問の了承を貰い返す刀で雪乃へ連絡し明日の午後雪ノ下家の車で迎えに来てくれるとの事となった。
序に話を聞いた十平衛先生までも同行を希望した為、その旨をゆきのんのママに伺ったところ二つ返事で了承して頂いた事により、明日は四人で雪ノ下家へ訪問する事と相成った。
因みに北斗丸は堅っ苦しいのはパスとか言いやがったので我が家で留守番だ。
明けて翌日午後、時として時は何時の間にか過ぎ去って行くものだ、なのでその辺りはスルーして欲しい。
「すっげーっ、デッカイ車だなぁ!」
雪ノ下家からの迎えの車の大きさに北斗丸がこう言った場面でのお約束のセリフをかます、うんそうだよやはり庶民はこうでなくっちゃな。
「雪乃ん家は千葉でも有数の建設会社だし、親父さんは県議だからな対外的にもこれ位のアイテムは所有していないと格好が付かないんだろう。」
別に北斗丸に対して知ったかぶりのマウントを取っているつもりは無いが、聞き様によってはそう捉えられるかも知れない様な言い方になっているが、しゃあなしだ。
「ふ〜んそんなもんなんだ、まっオイラにゃ関係ないけどな。」
ニシシと笑いながら北斗丸は車に背を向けて両手を頭の後ろに組んで家の中へと入っていく、俺とアンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんと十平衛先生は案内されるままに雪ノ下家の車へと乗り込み、一路雪ノ下家へと出発。
お盆休みのおかげか道路もそれ程混雑していなかった為、出発から僅か二十数分程で雪ノ下邸へと車は到着し。
「ほう、何とも大きな家じゃのう。」
やがて到着した雪ノ下邸の大きな門扉をくぐり車から降りその雪ノ下邸の外観を眺めやりながら、開口一番声に出したのは十平衛先生だった、うんこれもお約束だ。
「本当に凄いわね、雪乃ちゃんって本当に正真正銘のお嬢様だったのね、八っちゃん。」
十平衛先生に続いて舞姉ちゃんも雪ノ下邸を見上げ感嘆し、そして俺と雪乃の間柄を良く知っているが故に悪戯な笑みを湛えた顔を見せて揶揄して来る。
ぐっ、と舞姉ちゃんのからかいに俺は言葉に詰まるし、鏡が無いから分からんけど俺の顔は若干赤らんでいるのではなかろうか……くっころ。
「うん庭も手入れが行き届いている上に多様な植物が植えられている様だ、まさに地元の名士のお屋敷と言うに相応しい佇まいのお宅だね。」
邸内の広い庭を見回したアンディ兄ちゃんのお言葉だ、俺は恥ずかしながら植物などには疎いからこの庭に植えられた植物の種類や名前など殆ど解りかねるんだが、結構博識なアンディ兄ちゃんにはどうやらそちら方面の知識もある様だ。
イケメンの上に博識で世界的にも有名な格闘家とか、天から何物与えられてんだって思わず嫉妬したくなるわ。
けど俺はアンディ兄ちゃんが努力と研鑽を積んだ上で現在が在るって事を知っているから本当は嫉妬などしないがな、寧ろしてんのは尊敬た。
車から下車して僅かの時間、そんな会話を交わしていると玄関扉が開くガチャリと開き、扉の向こうから三人の男女が現れた。
「やあようこそいらっしゃいました皆さん、私が雪乃の父です本日はご足労頂きまして感謝の念にたえません、それから久しぶりだね八幡君。」
「皆様この暑い中私共の願いを聞き届けて頂きまして誠にありがとうございます、
それはこの家の家長ゆきのんのパパとゆきのんのママ、そしてこの家の次女で俺の大切な人の一人である雪乃だった。
ゆきのんのパパが先ずは代表して俺達へと出迎えの挨拶を。
続いてゆきのんのママが、二人は挨拶の言葉の後深々と頭を垂れるとそれに合わせ雪乃も続く。
「お久しぶりです雪乃のお父さん、今はお招き頂きありがとうございます。」
俺はゆきのんのパパに少しありきたりで捻りのない挨拶をかえす、こんな場面でネタをかます程の勇気はまだ持てそうに無いし。
「うん、元気そうでなりよりだよ、そしてはじめましてアンディ・ボガードさん不知火舞さん………」
そして続けてアンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんへの挨拶、流石は新進気鋭の比較的若手議員、人好きのする笑顔と一本芯が通っていてよく通る感じのしっかりした声で二人を歓迎するが、ゆきのんのパパは十平衛先生へと目を向けて何故か驚いたかの様に固まっしてしまったが。
「まっ、まさか……貴方は山田十平衛先生ですか!?」
やがて興奮も顕にゆきのんのパパは十平衛先生へ問い掛ける、流石は老いたりと言えど有名人だ地方の名士からもその名を知られていたか。
「うむ、如何にもワシは山田十平衛じゃがお前さんワシを知っておるのか、若いのに感心じゃのぅ。」
いや、ゆきのんのパパは若いったってアラフィフですがね十平衛先生。
「ありがとうございます、いやあ実はですね先生は覚えていらっしゃらないかと存じますが、三十年程前私が高校一年生の頃に私の母校で体育の特別授業がありましてね、その時の特別講師として我が校へいらした山田先生に柔道を教わりまして、その授業がとても楽しくそしてとても実のある授業だった事を私は今でもハッキリと覚えていますよ、あれから三十年まさかこの様な機会に先生と再会出来るとは感激も一入ですよ。」
聞いて驚く意外な事実、まさか十平衛先生が学校で講師的な真似が出来るなんて意外を通り越して……いや通り越しても意外は意外か、しかし一つ気になる事があるんだが。
「十平衛先生まさか、雪乃のお父さんの母校でセクハラ紛いの事やって無いっすよね。」
そう、それこそが最も気になる事だ、綺麗な女性や可愛い少女を見ればだらしなく鼻の下を伸ばす、この爺様の事だ何かやらかしているに違い無い。
「ギクッ…なっ、何を言うか八坊よ、ワシがそのような真似をする訳が無かろうが、全くお前さんはワシを何だと思っとるのじゃ。」
十平衛先生ときたら俺の突っ込みに取り繕った様な返答を返すが、始めにギクッてあからさまに言ったしコレって完全に白状してるじゃないか、この爺様マジでやらかしてんのか本当にしょうがない人だな。
「てか先生の疑問に答えるとっすね俺は貴方をセクハラ爺だと思ってるしなんなら(セクハラ)疑惑の総合商社まである。」
「はははっ、大丈夫だよ八幡君、私の母校は男子校だったからね、いくら先生でも女性に対するセクハラ行為など行い様が無かったよ。」
ゆきのんのパパは笑いながらそう答えてくれたし男子校なら確かに女子セクハラは出来ないな、しかし十平衛先生最初にギクッって言ってたしなおそらくは他の学校でそう言った事をやらかしているに違いないし余罪はきっとたっぷりとある筈だ。
このような所では何ですのでと、これまたセオリー通りに俺達は雪ノ下家の応接室へと案内され、その応接室の広さと室内に飾られた壺や絵画それからテーブルやソファなどの調度品エトセトラ、エトセトラ………。
「申し訳ありませんが、本日お呼び致しましたお客様がまだお揃いになっておりませんので今暫くお待ち頂く事となります、大御迷惑とは存じますが暫しお寛ぎ下さいませ。」
通された応接室のソファへと腰をおろした俺達に給仕のメイドさんが珈琲と茶請けを人数分用意してくれ、俺はそのお高そうな珈琲の鼻腔をくすぐる芳しさにうっとりとしてゆきのんのママの話を聞きそびれそうになってしまった。
「ありがとうございます、ではそうさせてもらいます。」
高級テーブルと7〜8人は余裕で座れそうな大きくてふかふかのクッションの効いたソファに陣取る俺達を代表しアンディ兄ちゃんが答えそれを合図に俺達は珈琲に口を付けた、一人を除いて。
「ぐひひっ、イヤこれは堪らんのう八坊よ生のメイドさんじゃぞい、いやはや居る所には居るものなんじゃのう。」
それが誰かは名前を出さずとも知れようって物だろう、部屋から退出しようとするメイド服の若い女性のスカートのお尻の辺りにロックオンしてだらし無く鼻の下を伸ばす爺様。
アンディ兄ちゃんはこめかみを押さえて溜息を吐き舞姉ちゃんは胸元から扇を取り出した、攻撃準備完了ってとこだ。
「てか、何でそこで俺に振るんすか、風評被害を被りたく無いっすから勘弁して下さい、ってか雪乃はそんな目で俺を見ないでくれ、俺は関係無いからね。」
俺の対面のソファに座る雪乃が不穏当な目で俺を見ているっぽい、ほらみろやっぱり風評被害が俺に及んでいるじゃないか。
「あの、八幡君はあの様なコスチュームが好みなのかしら?」
若干首を傾け上目使いで雪乃がおずおずと俺に確かめて来た、その仕草は恰もいろはのあざとさモードが発動した時のようだ、おそらくレクチャーを受けたのだろう……おのれいろはす師弟揃って可愛いじゃないかどうしてくれようか。
「……ノーコメントでオナシャス。」
「そう、けれどいずれ聞かせてもらうから、覚悟を決めておいてね八幡君。」
フフフッと静かに笑う雪乃の佇まいがこの時俺には恐ろしく感じてしまった、だってなぁ、笑顔が笑ってるってより嗤ってるって感じたんだよ。
それから五分と経たず応接室の扉がノックされその扉を開き都築さんが『旦那様失礼いたします』と挨拶、相変わらずプロフェッショナルなできる大人の雰囲気を醸し出していらっしゃる。
「お客様をお連れ致しました。」
都築さんに案内を受け室内へと通された俺達以外のお客人、それは俺達の良く知る人物。
一人目は、来日するとは聞いていたがまさかこの場で会うとは思いもしなかった俺ってよりも兄貴達の古い友人。
そして二人目は、ここ数日の内に何度か会う機会を得た伝説的な格闘家であり川崎姉弟にとっては師匠に当る偉丈夫。
「なっ、マイヤさんに坂崎のご隠居じゃないですか!?」
パオパオカフェオーナーであるリチャード・マイヤさんと極限流空手創始者であるタクマ・サカザキ前総帥。
そしてそして三人目は、年の頃は三十代前半辺りのこざっぱりとして清潔感のある、見た目一般的なサラリーマンって感じのする………すんません記憶に無い方なんすけど、どちらさんでしょうか?
マイヤさんと坂崎のご隠居ともう一人の方はは先ずは雪ノ下家の方々へ来訪の挨拶を済ませ、翻り続けて俺達へと。
「やあ久しぶりだね八幡君、アンディとは数日ぶりかな、そして舞と十平衛さんも久しぶりですね。」
「うっす、マイヤさんもお変わりなくて何よりです。」
「お久しぶりねリチャードも元気そうで、お仕事順調そうで何よりだわ。」
「うむ、またお主の店に美味い料理をいただきに行こうかと思って居ったところじゃて。」
俺、アンディ兄ちゃん、舞姉ちゃん、十平衛先生と続けてマイヤさんへの返礼し、続けて坂崎のご隠居へ挨拶をと目を向ければ。
「おおっ!まさか十平衛殿でありますか、いやぁ久しぶりなどと言うには時が経ち過ぎましたが御壮健の様で何よりですぞ、あの節は大変お世話になりましたがおかげでこの歳まで空手に携わって来れましたわ。」
当のご隠居は十平衛先生へといの一番にご挨拶だ。
「うむ、坂崎拓馬か……お主も元気そうで何よりじゃムフフッ、しかしあれからもう五十年以上になるのか、その後のお主の事は風の噂に聞いて居ったが、よもやあの無謀な小僧が一流派の創始者へと成長するとはのぅ。」
超が幾つもの付く程のベテラン格闘家の遥かな時を超えた再会のシーンに立ち会う事ができた俺は、一格闘家として物凄い幸運なのかも知れん。
普段は目に余る程のセクハラをかます爺様だけど、老いて尚大きな気を放つ柔道の鬼の片鱗は今も健在だしな。
「いやはやしかしお互い歳を取りすぎましたかな、あの頃には無かった顔の皺が深く刻まれておりますしな。」
そんな感慨も去る事ながら、この場に集ったのは雪ノ下家の三人ともう一人のお客人を除けば皆格闘家、或いはそれに準じる面子だ。
この人達をこの場に集め語られるのは一体全体どんな話なんだろう、まさかこの邂逅に依って事態は風雲急を告げるなんて事になったりしてな。
一通り旧交を温めた俺達、ゆきのんのパパとママと雪乃は静かにそれを見守っている。
やがてそれもひと段落付き皆がこの応接室のソファへと腰掛ける、俺はこれから語らる話の内容が果たしてどんな物となるのか、一つ思い当たるとすれば格闘が関係する事なのかって位だろうか。
さて雪ノ下家で話し合われる事柄とは一体!?
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今後の予定が語られるのは間違っている。
坂崎のご隠居とマイヤさん、そして謎のスーツ姿の三十代位の男性を加え遂に面子は揃った、のだろうと思うが。
「あの、そちらの方はどなた様でしょうか。」
未だ紹介もされていない謎の男性、この人がどんな人だかわからない上に俺を含めた格闘に携わる人間達、そんな者達を集めて雪ノ下家は一体何を話そうと言うのか、気になる。
この木なんの木でお馴染みの○立のCMに出てくるバカでかいあの木くらい、俺は気にって仕方の無かったので思い切って尋ねてみた。
「ああ、此れはうっかりしていたよ、申し訳無い、彼の紹介がまだだったね。」
ゆきのんのパパが苦笑交じりにその事を詫びて、件の人物を指して俺達への紹介がはじめられた。
「紹介しましょう、彼はこの千葉市の市会議員、武蔵中原忠弥君です。」
ゆきのんのパパの右隣に立つこの人物の名前と肩書きとが説明された、まさか市会議員なんて人がこの場に現れるとは思ってもいなかったが、そうなると俺の予想していた事態とはもしかすると違ってるのかも知れないな、とするとはて此れは一体どう言う会合なんだ。
「皆様お初にお目にかかります、千葉市議会議員を努めております武蔵中原忠弥と申します、本日は暑い最中お集まり頂きありがとうございます。」
ピシッと姿勢正しく腰を折り、爽やかさをヒシヒシと感じさせる様な声音で挨拶をバッチリと決めた武蔵中原議員、その姿に俺は思わず感心する。
此れはあくまでも俺の持つ印象なんだが、国会だろうと地方だろうと議員と名のつく者は選挙で票を得る為、特に選挙期間中ともなればその為にいくらでも爽やかさや清潔感を演出するって言う穿った見方をしてるんだが。
此れはやっぱりちょっと失礼な見方だろうか、何と言っても雪乃の親父さんも県議を努めているわけだしな、っとまあそんな事を思いながらも皆に続いて俺も武蔵中原議員に挨拶を返す。
この場に参集した皆の紹介挨拶も一通り済み(まぁその大半が顔見知りだった訳なんだが)遂にこの会合の目的が語られる、それは。
「千葉市とサウスタウンとの姉妹都市提携ですか……。」
武蔵中原議員の口から紡がれたその言葉を舞姉ちゃんが反芻する様に問い、武蔵中原議員は『はい』とよく通る声でこたえた。
しかし姉妹都市提携なんて話しが飛び出すとは予想外だった、これはどうやら俺の予想は外れたっぽい感じだな。
俺は当初この面子が集められた理由はパオパオカフェ、マイヤさんと雪ノ下議員とが組んで何かしら格闘大会でも企図しているんだろうと推察していたんだがな。
「はい、実はですね此れは私が二年程前になりますか、マイヤ氏がこの千葉にパオパオカフェを出店するとの情報を知った時から考えていた事でして。
それから市長を始め市議会の御歴々に話を持ち込み今春パオパオカフェのオープンを以って漸く上からゴーサインが出まして。
この四ヶ月ほど私をはじめ数人の若手議員を中心にサウスタウンのある○○州へと赴きマイヤ氏の協力、ご尽力を得てあちらの市長や町長とも協議致しまして上手い具合に話が纏まったと言う訳なんですよ。」
しかも既にその話は本決まりってか、けど実際のところ姉妹都市提携ってもどう言う事やるんだ、日本国内他の地方でも色々なトコが国内外問わず姉妹都市だとか或いは言葉を変えて友好都市だの親善都市だのってやってるみたいだが、その実状とか活動内容とか全くと言ってもいい位に知らないんだよな。
「付きましては来月、パオパオカフェに於きまして姉妹都市提携の宣言をイベントとして執り行う事と決まりまして、もし御都合が宜しければ皆様にもそのイベントにご参加頂けないかと。」
宣言イベントへの参加か、そう言うのってアレだよな長いリボンを複数人で鋏で切って、それを合図にくす玉が割られて紙吹雪が舞って白い鳩が飛んでいくってヤツか、なんだがそんな発送しか出て来ないとか俺も案外貧困な発想力しかないのか。
いやそれもやるかもだけど、いくら何でもそれだけってのは捻りもなんも無いだろうし、此処は主催者側の演出に期待したい所だな。
「まぁ、俺は千葉住みっすからね平日とか学校が無きゃ参加は出来ると思いますけど。」
千葉市民としては、参加するに当たりその辺の事がクリアされてるんなら
「それならば問題はありませんよ比企谷君、このイベントの開催日は9月○○日の月曜日。
この日は君の学校、総武高校文化祭後の振替休日ですからね、イベント参加に支障は無いでしょう。」
言い直す前に武蔵中原議員からのご回答がありました、くっ我が野望ここに潰えたり……ってかマジでその日程なの、恐らく文化祭となりゃ雪乃や結衣、それにいろはが張り切って何かやるだろうし俺はきっとそれに駆り出されて馬車馬の如く働かされるだろう。
その文化祭終了後の心と身体をリフレッシュする為の休日が、潰れるだと……
「そっ、そうですか………。」
俺は力無く、そう返すのが精一杯だった。
「僕は問題ありませんけど、舞と十平衛先生はどうかな。」
「私は当然アンディと一緒なら何処へでも行くわ、十平衛先生はどう?」
「無論ワシも参加しよう、その様なイベントならば綺麗所もさぞや大勢集まるだろうのぅ。」
アンディ兄ちゃんもそれに承諾し、舞姉ちゃんと十平衛先生もそれぞれの思惑から参加の流れへと、そして。
「当然ワシも参加させていただこう、日本とアメリカ、二つの都市の友好大いに結構!」
坂崎のご隠居も参加を快諾しこの場に集った者達は全員参加が決定となった。
「皆さん御協力感謝いたします。」
サイド7グリーン・ノア○通称グ○プス……再度武蔵中原議員は立ち上がり俺たちへ向け深々と頭を下げた、そしてその顔を上げたときには満面の笑みがその顔から溢れていた。
武蔵中原議員が着席し話の続きがゆきのんのパパと武蔵中原議員の口から語られる、当日は千葉市側からは千葉市長はじめこの件に携わる議員の方が参加。
県を代表してゆきのんのパパこと雪ノ下県議と一応千葉県選出のなんタラ言う国会議員も顔を出すとらしい。
そしてサウスタウン側からも市長や町長と言ったお偉方が参加するとの事。
そして、あの人の名が告げられる。
「そして、スペシャルゲストとして比企谷君もよくご存知の人物………サウスタウンヒーロー、伝説の餓狼と呼ばれる世界的格闘家デリー・ボガードさんに参加して頂く事が決定しております。」
幼い日、虐めって名の地獄から俺を救い出し今日までの道筋を作り導いてくれた恩人であり師匠であり、そして三人の兄貴達と姉貴達の実質的長兄、まぁ兄弟分であるロックにとっては義父だけど。
俺の最大の目標であるテリー兄ちゃんの名が武蔵中原議員から告げられた。
「テリー兄ちゃんが……。」
テリー兄ちゃんもこのイベントに参加する、そうなると当然ロックも同行してくるだろう………あれそう言えばテリー兄ちゃん『秋口にはそっちに行ける』ってあの日言ってたっけ、と言う事は。
「アンディ兄ちゃんさ、もしかしてこの事知ってたりする!?」
疑惑の眼差し(って程大袈裟じゃ無いが)を俺はアンディ兄ちゃんへ向ける、あの時アンディ兄ちゃんはサウスタウンのパオパオカフェにテリー兄ちゃんと一緒に居た訳だしな、もしかして今回の話を聞いていたとて何ら不思議は無いと思うんだが。
それを取り敢えず確認しとかなきゃならないと俺の使命感が、別に言っちゃいないけどな。
「ははっ、まあ実はね。」
やっぱりか、アンディ兄ちゃんは教えてくれた、あの頃にサウスタウンで開催されたキングオブファイターズへ北斗丸が参戦を希望しアンディ兄ちゃんは保護者としてそれに同伴していたし、その大会で優勝したテリー兄ちゃん主催の祝勝会にアンディ兄ちゃんも参加していた上に、その会場はお馴染みのパオパオカフェだった訳だし。
「あの時アンディ兄ちゃんもテリー兄ちゃんと一緒に居たしね、この話を聞いていても可怪しく無いって思ったんだけどね。」
『済まない、正式に発表される迄は内密に』とのお達しがアンディ兄ちゃんはじめその情報を知っていた人達には通達されていたんだとさ、まぁ事が事だからな。
そしてまた武蔵中原議員による姉妹都市提携の経緯が語られたんだが、その武蔵中原議員がこの企画を漠然と考え始めたのには、何と俺の存在も関係していたらしい。
「もうかれこれ八年程前になりますかね、当時の私はまだ市議会議員となって間もない頃でしたし大した役割は与えられてはいませんでした。」
武蔵中原議員は語ってくれた、当時まだ経験も浅く役職も無かったけども千葉市民の一人として、また議員としても自身の暮らす街の発展に寄与したいと常に考え、またどうすればそれが可能かと。
「あの光景を私は忘れませんよ、何せこの千葉にあの世界的格闘家テリー・ボガード氏が暮らしていたうえに、この地元の小さな少年に格闘技を指導していたんですからね、ボガード氏ご自身の養子であるロック君と比企谷君、君達三人のトレーニングに打ち込む姿を目の当たりにして私も君達が懸命に格闘技に取り組む様に、私もこの街の発展に懸命に取り組もうと決意を新たにしたものです、そしていつか何らかの形でボガード氏と何某かのコラボレーションを行えればとの思いを常々抱いていたんですよ。」
切々とその想いを語る武蔵中原議員の姿に我ながらどうにも安っぽいなと思わなくも無いが、感銘を受けてしまっていた。
しかも今回の企画の出発点が俺たちの存在に在ったなんてな、灯台下暗しってかお釈迦様でも気付くまいってか…いや別にそんな例えとか要らんわな。
「そんな思いが漸く実現出来る事となった上に先日雪ノ下さんからご連絡がありましてね、それが何とこの千葉に極限流空手道場が開設されると言う話ですしね、此れはもう話を進める為の追い風に他無いではありませんか!
そしてゆくゆくはこの千葉をサウスタウンに続く一大格闘都市へと発展させてゆくのですッ。」
サウスタウンと千葉2つの街が協力仕合い格闘技のイベントや大会を開催か、それが叶えば俺も一格闘家として腕が鳴るっ感じだが、しかし武蔵中原議員は気が付いているんだろうか。
光ある所には影もある、テリー兄ちゃん達の活躍もあり確かに今のサウスタウンは昔と比べて大分平穏な街になったそうだけど、それでも闇の勢力が完全に潰えたって訳じゃ無い。
現状この日本だって国際交流だの何だのと言って……(あまりこういう場で政治的な事は言わないほうが良いか)昔と比べて治安も悪くなってるしな。
兎に角闇の勢力とかがこの千葉の街に紛れ込まなければ良いんだが、と俺としては懸念するんだが。
「なる程面白い!だがしかし武蔵中原君、君はかつての裏社会に牛耳られていた時代のサウスタウンの事を知っているかね、この千葉の街がかつてのサウスタウンの様にならぬ様に対策も練らねばならないのでは無いのかね、まあだがその様な事態になる様ならば我が極限流空手としてはその為の協力は惜しまぬぞ。」
胸元で腕を組み力強く頷き坂崎のご隠居は武蔵中原議員やゆきのんのパパに協力を申し出る、流石に坂崎のご隠居は暗黒期のサウスタウンをよく知っているだけある、その危険性を誰よりも知っている事だろう。
それこそここに居るアンディ兄ちゃんや現在サウスタウンに居るテリー兄ちゃんやロック以上に。
「ワシも長く格闘の世界に身を置いて来たしの、それなりに修羅場も経験しておるが、流石に歳を食いすぎたわい。
じゃがこんな老いぼれでも若いモンに何かを伝える事はまだまだ可能じゃて、そんなワシの残された人生の時間は心正しく真っ直ぐな心を持つ若いモンを育て上げる事だろうかのぅ、お主もそうであろう拓馬よ。」
十平衛先生は自身の真っ白で長い自身の顎髭をなでつけながら、己の気持ちを吐露し坂崎のご隠居にも問い掛ける。
意外だ、柔道の指導の時以外は何時も女性にダラダラしている十平衛先生がこんな真面目な事を言うなんて、明日は雨どころか槍が降ってくるんじゃないのかコレ……。
「うむ、正にその通りでありますぞ十平衛殿、未来を担う若者を育て上げる事こそが我ら旧世代の努めでしょうな。」
二人の老格闘家が力強く頷き合う、この街をかつてのサウスタウンの二の舞いにさせない様にと、俺はその二人をかつて無い程に敬意を抱かずにはいられなかった。
例え普段どれ程助平ジジイだったとしてもな、かつての偉大な格闘家の威厳今尚健在って事か。
それからまたイベントについての詳細を説明を受けてこの日の会合はお開きとなり、俺達は来訪時と同様に雪ノ下家の車で我が家まで送っていただけた。
何故か雪乃までもがそれに同乗して我が家へとやって来ると言うオチが付いたんだがな。
「連絡を取ってみたのだけれど、結衣さんといろはさんも家族旅行から帰ってきているそうよ、なので二人とも貴方のお宅へ伺うそうよ。」
との返答が雪乃から車中に於いて語られた、どうやら今夜の我が家は騒がしくなりそうだ。
「ぐっひひひっ、何とかわい子ちゃんが揃うとな、コレは楽しみじゃのう。」
そして俺はエロ爺さんから彼女達を守らなきゃならないだろう、まぁそうなっても舞姉ちゃんという強力な守護神がいるから、何とかなるだろう。
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やはり俺達が新たな気持ちで始動するのは間違っている?
真夏の太陽がその灼熱のエネルギーによって版図を拡大するにはまだ幾許かの時間的余裕か残されている早朝、昨夜は昨今のこの季節には珍しく熱帯夜とはならず案外涼しかったが故の恩恵を受けたのか、この朝は大変に涼しく過ごしやすく寝覚めも爽やかだった、そう真しく正月元旦おろし……っと
何なら不知火家の所在地たる河○湖周辺の、この季節の朝の気温と大差ない程だと俺の体感がそう言っている、うん此れは大変ありがたい事だ。
「94、95、96、97、98、99ぅ、ひゃあくぅっ………。」
さて前フリも終わった事だしな、此処らでひとつ俺の現在の状況を説明しようと思う、いや訂正しよう俺達のと言うべきだろうな。
今日も今日とて俺達は何時もの如く早朝トレーニングに励んでいると言う事はこの作品をこれまで読んでいただいた皆様には想像出来たと思う、って何だよ作品って?
まぁ良い、それで話を戻すが現在何時もの如く何時もの鍛錬に使わせてもらっている雑木林公園にて、先ずは俺とサキサキと共に留美がスクワット百回を終わらせたところからだ。
「よし、大分出来るようになったな留美、お疲れ様少し休憩しておけよ。」
「ああそうだね良い感じだよ留美、それと水分補給も忘れずにね。」
俺とサキサキはまだスクワットを続けつつ留美に休憩を促すと彼女は『はい師匠』と素直に返事をしつつ休憩に入る。
まだ鍛錬を始めたばかりで基礎体力が備わっていない留美に、いきなり俺達と同じ分量の運動量を要求する訳にはいかないからな、過度の運動は体を壊す事に成りかねないのでトレーニングメニューは身体の成長と体力の増加に合わせて増やせば良い。
「ところでだがな川崎、留美の事なんだが……ふっ、ふうーっ、ふっ、ふうーっ。」
スクワットを継続しつつ俺は川崎に相談を持ちかける、それは留美の今後について。
「ふっ、ふうーっ、ふっ、ふうーっ何だい改まって。」
「いやな、俺なりに少し考えてみたんだけどな、まぁ留美の体術の基礎についてなんだけどっ、ふっ、ふうーっ、俺のは八極正拳をベースにしたマーシャルアーツ、いわばテリー・ボガード流とでも言えばいいのか、まぁそれはいいんだが、ふっ、ふうーっ、思うにだな留美にはあまりそれは合わないんじゃ無いのかってな。」
テリー・ボガード流なんて言ってはみたがテリー兄ちゃん本人はジェフ流喧嘩殺法って言ってるんだよな、っとそれは兎も角としてその技の数々はパワフルにして豪快って感じで、女の子の留美にはもしかしたら基本ベースにするのには向かないんじゃね、と吾輩は愚行するでありますですハイ。
「はーん成程ね、じゃあアンタは何が留美に合うって思ってるのさ。」
話してみたところサキサキも何かしら俺と近い事を感じていたんだろうか、川崎がダイレクトに問い返し俺もそれに答える。
「そうだな、何方かと言えば留美は手数や足捌き何かを増やす事を重点的にやった方が良いと思うんだよな、だからスタイル的にはムエタイ……もしくは川崎と同じ極限流のロバート師範のをベースにしたスタイルのが合うんじゃって。」
俺が考え辿り着いた答えはそれだ、ジョーあんちゃんのムエタイとロバート師範の極限流空手、俺はあんちゃんからその技と少しだけムエタイの初歩的な動作とを学んだが、それはテリー兄ちゃんのスタイルを大きく崩してしまわない程度の初歩の初歩もいい所で、とても留美に確りと教えてやれるレベルじゃ無い。
なので半端な物しか身に付けさせる事は無理だろう、となればやはり身近に居て確りと監督指導が出来るサキサキの極限流空手ベースの方が確りと身に付けされてやれるだろう、その旨を俺はサキサキに伝えた。
「ふうーっ……確かにね、あんたの考えは一理あるかもね、いや現実的に考えて其れが妥当かね。」
サキサキもどうやら俺の考えを妥当だと認めてくれた様だ、まぁそうなると川崎に今以上に負担を掛けてしまう事になってしまうし、其処は申し訳無く思う。
「この間極限流の道場にお邪魔した時に留美が、あちらの門下生の子達と仲良く稽古をしていただろう、あれを見てもしかしたら行けるんじゃって思ったんだよな、おっ!。」
俺が言い終えたタイミングで、アラームの電子音が『ピピーッピピーッ』と鳴り響く、それはスクワットを始めて五分が経過した事を伝え示す音だ。
しっかしこのアラーム、まるで俺達の話を理解したうえに空気まで読んだかの様な実に見事なタイミングで鳴りやがった全く将来が末恐ろしいぜ、まぁソフトウェアの書き換えとか無い安物のタイマーだし将来性とか無いけどな。
因みにだが、今の俺のスクワット等の基礎鍛錬は回数では無く五分動いて一分休憩って感じのラウンド制を取り入れている。
「おっと、五分経ったか、とまああの時なやっぱり歳の近い同性の仲間とか居た方が留美の為にもなるんじゃと実感したんだよ。」
あの千葉村での沈んだ顔をしていた留美と、極限流空手道場で同世代の女の子達と共に短い時間だったけど汗を流し笑い合っていた姿。
極限流空手千葉道場(仮)も早ければ年明け位にはオープンするかもだし、俺や川崎が付いてやれない時なんかは道場へ通って学ぶのも有用だろう。
まぁそれとは別に新学期になって、これまで仲を違えた娘達ともよりを戻せりゃ良いんだけどな。
「ふうん、アンタ案外ちゃんと考えてあげてるんだね、確かにアンタの提案は悪くないってアタシも思いはするけど、どうだろうね……何と言ってもさ留美はアンタに憧れて鍛える事を選んだんだろうからそれを忘れるんじゃ無いよ、それに留美はまだ始めたばかりなんだからあんまり頭でっかちに考えないで、暫くは様子見も兼ねてつつ色々教えてあげてから将来的な事を決めてもいいんじゃないのさ。」
うーん俺だって川崎が言う事も解るんだが、留美にはなるだけ早く道筋を掴ませてあげたいって思いもあるし、さてどうしたものか。
「のう八坊ワシも沙希ちゃんの意見に賛成じゃよ、この世にはのぅ急いては事を仕損じると言う言葉もあるんじゃ、聞けば留美ちゃんは鍛錬を始めて一月にもならんのじゃろう、それならば八坊と沙希ちゃんとで確りと時間を掛けて留美ちゃんの資質を見極めてやれば良い。」
留美の今後についての俺達の会話に十平衛先生が徐に交ざり意見を述べる、その十平衛先生の見解は川崎の物と同意見だ、その声音はセクハラ爺モードが引っ込み長年格闘の世界に格闘者として、そして指導者として身を置いて来た年長者の重みが感じられる、但し。
「ロープでぐるぐる巻にされてる人に言われても説得力が無いんだよなぁ。」
この朝の鍛錬に参加してくれた十平衛先生だったが、来て早々川崎に対して鼻の下を伸ばしセクハラ行為を働こうとしたところを舞姉ちゃんにとっ捕まり、その身を捕縛されたって訳だ。
因みにだが、今この場には俺たち以外にアンディ兄ちゃんと舞姉ちゃん、そして小町と大志と序に北斗丸も居る。
そして今は舞姉ちゃんが小町に稽古を付け、アンディ兄ちゃんは大志と北斗丸がこの後組手を行う事になっているんだが、それの立会を受け持つ予定だ。
舞姉ちゃんと小町は何時もの様に和気藹々と。
大志はアンディ兄ちゃんに対して緊張しているのがアリアリと伝わる程に吃りながら返事をしている、まぁ三十路は超えたとは言えどもその面貌は以前と変わらず美形だし、更には有名な格闘家でもある訳だからなそうなるのも頷けるし何ならうなず○マーチを歌うまである。
対する北斗丸はイラッと来る位にいつも通りのマイペースだ、とは言え北斗丸のこう言うメンタルの図太さを俺は結構評価していたりする、まぁ本人に直で言うと調子に乗るだろうから言わないが。
「全くのう舞ちゃんと言い八坊と言いもっと年寄りを労ってはどうじゃ。」
縄で上半身を縛られた状態で地べたに胡座で座り込みつつ十平衛先生はそんな愚痴を溢すが、どう考えても自業自得としか言い様が無いんだけどな。
「十平衛先生がセクハラ行為を辞めりゃ皆尊敬もするし労りもするんじゃないっすかね、てか昨夜は十平衛先生が結衣達にもセクハラかまそうとするから俺は排除しただけなんすけどね。」
大体がだこの爺様と来た日にはやはりお約束を外しはしない、今言った様に十平衛先生は昨夜予想通りやりやがりました、雪ノ下邸から自宅へと帰還し我が家へ集った雪乃と結衣といろは。
雪乃から知らされていた様にいろはと結衣も旅行の土産を持って我が家へ来てくれたんだが、まぁ雪乃も含め若くてとびっきりに可愛い三人の女子高生が居ればどうなるか、十平衛先生を知る人ならその後の展開はお解りいただけるだろうから此処ではそれを語るのは控えよう。
数十分を掛けてしっかり基礎メニューを熟した俺と川崎と留美の三人は、大志と北斗丸の実戦組手を見守り監督するアンディ兄ちゃんの側へと向かい二人の様子を尋ねてみる。
「アンディ兄ちゃん、どんな感じ、北斗丸と大志の様子は。」
「八幡か、そうだね二人元中々どうして実力伯仲良い感じに刺激しあっているかな、手数では小柄で動きの素早い北斗丸が有利、一撃の重さでは流石は極限流を学んでいるだけあるな、大志君に歩があるよ。」
へぇ、元々自分の弟子でその才能を認めている北斗丸は兎も角として、アンディ兄ちゃんってば大志の事も意外に高評価だな。
「ありがとうございます、アンディさん。」
あら川崎ってば、大志が褒められたのが余程嬉しかったのかしかつめらしい態度を意識しつつアンディ兄ちゃんに礼を述べるけど、だが川崎よ俺には見えているぞお前の口角が緩んでるのがな。
「なっ、何さ言いたい事があるなら言ってみなよ!」
俺の目線に気が付いた川崎は自分のユル顔を見られた事が恥ずかしかったのかキッと目を釣り上げてそう言うんだが、それはもう如何にも照れ隠しで御座いますって公言している様な物なんだよな。
「ふぅ、いや別に。」
真っ赤な顔の川崎に内心結構萌えを感じてしまった何て事は大っぴらには言わないでおく、なぜなら俺の人生の選択コマンドは『いのちだいじに』だからな。
「へぇ〜っ、案外やるじゃん!大志の兄ちゃんっ!」
ぐっと左手の人差し指を大志に突き付け嬉しそうな北斗丸、その背中には自分の身の丈に合わせた訓練用の竹光を背中に装備し右手をその柄に掛けている。
「そう言う北斗丸も流石にKOFに出場しただけはあるね!」
オープンフィンガーグローブと各所に簡易プロテクターを装着した大志が構えを取ったままの体勢でそれに応える。
中坊二人がまるで格闘マンガの主人公とライバルが対峙しているかの様に二人しての掛け合い、二人は俺達が来る二分程前からこの組手をやっていたらしく、どうせなので俺達もアンディ兄ちゃんと共に暫し観戦する事に。
「ヨシ、次は俺からっ!」
左構えのオーソドックスな体勢から大志が北斗丸との距離を詰めるべく前進を始め、元からそれ程離れて対峙していた訳でも無く二人の距離は秒の間に打撃が届く距離となる。
迎え撃つ北斗丸の方は身体を小刻みに揺らしながらリズムを刻む、その右手は変わらず背の竹光の柄に掛けたままだ。
「大志のヤツ思い切ったね、小柄な北斗丸君が相手とは言っても、相手は竹光持ってるからその分リーチの不利はカバー出来るんだからね。」
北斗丸のそれは短刀程度の長さの物だが、とは言え不知火流忍術の素早く予測の難しい挙動はハマれば驚異的だ。
「ああ、けど北斗丸のヤツ手裏剣や苦無まで持ってるからな遠距離からの攻撃手段も持ってんだよな、だったら至近距離でその飛び道具を封じて更に獲物も振り回せなくするってのは良策って言えるかもな。」
まぁ流石に模造刀の竹光同様に手裏剣と苦無も非殺傷のゴム製だが、それでも当たりゃ痛いのに変わりは無いからな封殺するに越したことは無いわ。
大志と北斗丸の身長差は見たとこ十センチ程度、顔面狙いなら気持ち下方へと向ける位な物だしそれ程軌道修正を余儀なくされるなんて事も無いだろう。
「シャァっ!、セイっ!」
そして再開された(後から来た俺達から見れば開始っぽいけど)二人の組手は大志の牽制を兼ねた左の高速ブロー、此れはジャブに近い性質の物でダメージ狙いじゃ無いっぽい、俺も割と使うし。
ソレを北斗丸はウィービングで難無く避ける、三発の左を連続で回避するが続けて大志が放った右のローキックが北斗丸の左脚の脹脛を微かに捉えた。
「ってぇ〜っ!?」
だがそれはピシッと微かな音が響いただけだった為、クリーンヒットとは行かなかったが北斗丸の体勢を少しばかり崩す事は出来た様で、ソレを好機と大志は北斗丸の腹部を狙ってミドルキックを繰り出す。
「破あーっ!……なっ!?」
しかしそれは北斗丸にヒットはせず空を切ってしまう、何故なら北斗丸は体勢を崩しかけながらも持ち直しバック転回でそれを回避し大志との距離をとり反撃に転じやがった。
「今度はオイラだっ、ヤッ!」
ダッシュからの高速スライディングで大志の足元を狩る事を狙う北斗丸、だがそれを大志は後方へジャンプにより回避する、だがしかしそれは小癪な北斗丸の狙いだった。
「掛かったな!くうーはだんっ!!」
空へと回避した大志だったが、それは今回は悪手となり空破弾の直撃を受け大志はダウンを喫してしまう。
「ぐっ……まだっ!」
ダウンを食らってから数秒、腹を抑えながらも根性を見せて立ち上がる大志の姿に俺は少しだけ大志を見直した。
まだまだ姉ちゃんには及ばないけど大志もやっぱり武の道を往く男としての心構えを持っていたんだな。
まぁ、それは置いといて俺は大志の姉であるサキサキの様子が気になりその顔をチラリと見てみたが、やはりと言うか何て言うか。
ハラハラとした様子で目を見開き大志を見守っているが、今にも飛び出して大志を介抱したいって言ってる様なものだよな、このブラコンめ!
えっ!お前が言うなって、ハイすみません調子こきました、だからそんな目で見ないで下さい川崎さん。
「二人共其処まで!」
立ち上がり再度構えを取り直そうとしていた大志と迎え撃とうと身構えていた北斗丸に対してアンディ兄ちゃんが組手の終了を告げる、まぁ此れはあくまでも組手であって試合では無いからな。
此処で止めるのも仕方無いかな、まぁ当の本人達は何だか肩透かしってか消化不良って感じで、アンディ兄ちゃんを見てるがな。
「え〜っ、何で止めんのさ師匠っ、オイラまだやれるよっ、大志の兄ちゃんもそうだろう!」
やはりそれに食って掛かって行く北斗丸は序に大志にもそれを振る、組手の続行を願う気持ちが大きいんだろうな、その気持ち解らんでもないぞ俺もな。
「うん、俺もまだ行けますよアンディさん!」
大志も北斗丸に同意しアンディ兄ちゃんに続行を申し出るが。
「忘れちゃいけないよ二人共、此れはあくまでも組手であって試合では無いんだよ、今日の所は此処迄にしておきなさい。」
アンディ兄ちゃんの言葉に渋々と同意し此処は引き下がる二人だが、俺は一つ気になる事がありそれを川崎に尋ねてみる事にした、それは極限流奥義の一つ覇王翔吼拳を大志が体得しているかどうかって事なんだが。
「……いや、残念だけどまだ大志はそこ迄には至って無いね。」
川崎は俺の問に本当に残念そうな面持ちで答える、大志はまだ奥義体得に至らないと。
そうなると残念だが今現在の実力は北斗丸の方に歩があるって事だな、あいつ何だかんだと独自の超必殺技とか身に付けてるし、それに何と言ってもこの間KOFに出場した事が何よりも大きいしその差が出たんだな。
「そうか……けどまぁ大志達も俺達もまだまだ発展途上だしな、これからだろ知らんけど。」
別にはぐらかすって訳じゃ無いが俺は川崎にそう答えておく。
「ヨシ、今日の鍛錬は此処まで、皆お疲れさまでした。」
二時間程の朝の鍛錬を終え、使わせてもらった雑木林を簡潔に清掃し修練の終了の挨拶をと皆集合したその時、此方に近づいて来ている様な小犬の鳴き声が聞こえて来た。
俺にはその子犬の鳴き声に聞き覚えがあり、そしてこの時間にこの場へ訪れる可能性のある人物の姿が容易に想像が出来た。
振り返り階段のある方へ顔を向けその件の一人と一頭が登り来るのを俺は待っていると、直ぐにその姿が現れる。
「やっはろーハッチン!皆もやっはろーっ!」
それは愛犬のサブレを散歩させていると言うより散歩させられていると言った方がしっくりと来る、小さな小さな小型犬サブレに引っ張られる由比ヶ浜結衣の姿。
「おう、おはようさん結衣ってかお疲れさん。」
息を切らせながらも頑張って挨拶をする結衣に俺は挨拶を返す、階段を登り終え俺の元に辿り着いた結衣は両手を膝に付き荒くなった息を整えるが、うん前屈みになるとその大きさが如実に現れますな。
「うわっ!」
サブレが俺に飛び付いてきたんだが、その俺の隣に居たアンディ兄ちゃんがそれに驚きの声を上げ、自身も大きく飛び上がり巨木の太い枝の上に飛び上がる。
「ふぇっ!?アッ、アンディさんどうかしちゃったの?」
そのアンディ兄ちゃんの奇行をと不思議思った結衣が、俺に何事かと問うんだがまぁそれは言ってしまえば簡単な事でな。
「……アンディ兄ちゃん、実は犬が苦手なんだよ。」
「そっ、そうなんだ、何か悪い事しちゃったかな、あははは………。」
秋のイベントの話を聞きその気持ちを新たにした俺達の初日の鍛錬の終了は何だか締まらない形となったが、まぁこんな事もあるわな。
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千客万来は何かをもたらすだろうか。
ねぇ比企谷君……私と闘って…。
何と言い表わせばいいんだろうか、思い詰めた様な或いは鬱屈した思いの箍が限界を超える席を切って外れそうになっているとでも言えばいいのか。
そんな表情と声音でもって彼女は俺に対戦を求めて来たんだが、では何故この状況へと至ってしまったのか説明せねばなるまい。
事は二日前へと遡る、それはこの千葉市とサウスタウンとの姉妹都市提携の話を雪ノ下邸にて伝えられたその翌日、早朝鍛錬を終えた頃に鍛錬場にやって来た結衣からもたらされた提案が事の発端だろうか。
「明後日さベイサイドタウンで花火大会があるって言ってたでしょ、だからさ皆で行こうよ!……ねっ駄目かな?」
思わず見る者を楽しげな気持ちにさせる様な満面の笑顔と高音で鈴の音のような軽やかな声で結衣が俺達を誘う、この顔と声音で誘われた日にはそりゃもう露伴先生バリに『だが断る』なんて言えやしないし、それに。
「結衣さん、結衣さん、安心して下さい、実はですね私達元から花火大会行く予定だったんですよ、だよねっお兄ちゃん。」
誘われて速攻で小町が応える、てか小町さんやお前さんは受験生なんだが受験勉強の方は大丈夫なのかねと問い質したいところではあるんだが、その辺りは雪乃が面倒を見てくれているから案外大丈夫だったりするんだよなこれが。
っと話が逸れたな、俺達は当初から小町が言う様に花火大会へ行く予定だったんだが、それは今回の花火大会が千葉市とサウスタウンとの姉妹都市として提携した事を公に発表する場となっていた事などのイベント事も含まれているからってのもある訳だ、まぁ別に今回そのイベントの表舞台に俺達が立つ事は無いんだがな。
「おう、実はな明後日の花火大会は雪乃の家がスポンサーに付いてるしな、それにここにいる人達には話しても良いかなアンディ兄ちゃん?」
サブレを少し遠ざけてリードを木に繋げ此方に来れないようにした事で安心して飛び登った木から降りてこれた(それでも若干サブレを警戒しているのはちょっと笑えるけどな)アンディ兄ちゃんに俺は確認を取る。
「そうだね、ここに居る人は信頼に足る人達だろうし大丈夫だろう。」
顎に手を添え少し考える素振りを見せるが直ぐに結論を出したアンディ兄ちゃんは肯定してくれた、俺はアンディ兄ちゃんに頷き話を知らない皆(結衣、川崎姉弟、留美、小町)に説明をする、千葉とサウスタウンの姉妹都市提携の話を。
「でな、明後日の大会の日にその正式な発表があるって訳なんだよ。
まぁぶっちゃけて言っちゃうけど、それによってベイサイドタウンの名が千葉サウスタウンって改められる事になるんだ、これもまだ内密にしといてくれると助かる。」
結衣達を前に俺は昨日聞かされた話を掻い摘み話すと、一部を除いて目を見開いて驚きの色を現していた。
そりゃな、姉妹都市提携なんてこんな意外にも大きな話になってるなんて皆想像もしてなかっただろうしな。
「うん、解った誰にも言わないよ。」
結衣が声に出して素直に同意すると他の皆も頷きつつ同意してくれた、まぁ皆話しの解る連中だから何の不安も無かったけど。
ソレからもう一つ伝えといた方が良いだろうと思う懸案があるから、この際伝えとこうか。
「ああ、それから川崎姉弟にはもう一つな、極限流の千葉道場もベイサイドっていや千葉サウスタウンに開設される事が決まってな、その建設工事着工前の地鎮祭が花火大会の後に予定されているんだと、もしかしたら坂崎のご隠居からお前達にも参加しないかって連絡画あるかもな。」
まぁ、あの辺りの土地って確か大半が埋め立て地だった筈だから、過去に何かしら曰く付きの土地って事も無いだろうけど、地鎮祭ってのはそこに建物を建てるとか住むことになるって事を土地の神に報告し安全な暮らしを祈願する為の儀式だったよな、そう考えたら古来からの土地じゃない埋立地ってのはどうなんだろうな。
いやでもこの国は八百万の神が棲まう国だし新たに作った土地に新たな神が宿っているって考えもあるのか。
「へえそうなのかい、教えてくれてありがとう比企谷、アタシの方からもご隠居に確認してみるよ。」
なんて話をしてから二日後、やって来た花火大会当日は皆が我が家へと集合してから千葉サウスタウン(予定)へと出発する事となり、まぁ家にアンディ兄ちゃんはじめ不知火流関係者と十平衛先生も居る訳だしその流れは至極当然と言えるんだけどな。
「はちくん、はちくん!私すっごく楽しみです、だって去年はこの時期家族旅行に行ってたからはちくんや皆さんと一緒に過ごせなかったですからね。
あっでもでもはちくんと二人っきりでいい感じの雰囲気の中で花火を観るのも良いかもですね、と言う訳ですからはちくん今度は二人だけで行くように私の事を誘って下さいねっ!
あっそう言えば私の出番って随分と久し振りな気がするんですけど、どうやら存在を忘れられている訳では無かったんですね一安心です、もう当分出番は回ってこないのかと心中やきもきとしていたんですよぉ。」
オレンジ色を主体とした浴衣姿のトロピカルな印象の少女、集合早々に長ゼリフをまくし立てるそれは誰か、まぁ大体お解り頂けるだろうが取り敢えず説明しておくと。
「みんなのアイドル永遠の可愛い後輩ポジションからはちくんのハートを射止めた一色いろは十六歳、久方振りに登場ですっ♡」
バチコンとウィンクにプラス目元横ピースで決めて魅せるいろはすさんは某喜久子さんよろしく『オイオイ』と突っ込みを欲しているのだろうか、僕には解らないよ(良い子の皆は迂闊な契約話に乗っちゃ駄目だぞ、八幡との約束だ!ってか身内に乗りそうな声をした娘が居るだろうって、いいんだよそんなの俺が阻止するに決まってるんだから)と何処かしらから淫獣の声が聞こえた気がする。
てか俺が言う前に自分から言い出しましたよこの娘ったら、もう性の無い娘です事ね。
「あーはいはい長ゼリフご苦労さんでした一色パイセン。」
が、そう言った事を色々とスルーして俺は適当にいろはを労っておく事にしたんだが、どうやら当のいろはパイセンと来た日にはそれがお気に召さなかったご様子でジト目の上目で俺を見る。
世の中にはこんな目で見られることにエクスたる人も居るらしいが、俺は別にそんな性癖の持ち合わせは無いのでこのいろはパイセンのジト目の理由が奈辺にあるのか原因を突き止めるべきだろう。
「……むぅ〜っ、とう何なんですかはちくんはッ!本当に久し振りの出番なんですからもっと親愛の念を込めて相対してくれてもおかしく無いところですよ此処は、それなのに“パイセン”とか変な呼び方するなんてはちくんはいろはちゃんに対する情が無くなってしまったんですか。」
腰に手を当て憤慨してる風を装いながらいろはは文句をたれて来るが、そんな仕草も一々可愛いだけだから効果は無いんだよな、だからそんな物で俺が揺るがない事をいろはにも把握してもらいたいもんだ。」
そんな事を思いながら周りを見廻すと何故だか皆の様子がおかしい、アンディ兄ちゃんや舞姉ちゃんは笑いを堪えてプルプルしているし、雪乃と結衣は何だか生暖かくも余裕を感じされる眼差しで俺といろはを見てるし、当のいろはと来たら俯いて半ば顔を隠し多状態で下げた両手の拳を握りしめてそれを外側にほぼ水平に上げブルブルしている。
「なっ、何だよ皆してどうしちゃったの一体!?」
「なる程のう…これが所謂お約束と言うやつなんじゃな、ヌフフやるではないか八坊よ、こうやって娘っ子達のハートを掴んで行ったという訳じゃな。」
顎髭を撫で付けながら煎餅を噛るなんて器用な真似をしながら十平衛先生が訳の解らない事をほざく、この人は何を言ってんだと俺の頭の中にはクエスチョンマークが飛び交っているんだが、小町などは十平衛先生の言葉に尤もらしく頷き同意してる。
「いや何、何なのっ?」
「お兄ちゃんまた声に出してたんだよそんな仕草も可愛いって辺りからさ。」
俺の疑問に小町が答えてくれて疑問は解消されたが、なる程またしても俺は途中から声を出してたって訳か。
こりゃお約束って言われても仕方が無いのか、つか何か理由を知ったからか急に恥ずかしくなって来ましたよ。
「……もうはちくんは、どっちがあざといんですか……」
顔を上げはしたけど、俺とは目を合わせず少しその顔を背けながら頬を染めてぽそりと呟くいろは、確かに最近のいろはは以前と比較するとあざとさよりも自然な可愛らしさをさらけ出してくれている……と俺は実際思っているし、現に今の仕草だってな……。
「むぅ、ハッチンってばいろはちゃんとばっかりイチャイチャしてズルい、もっとあたしともしてよね。」
そんな状況に桃色を主体としたスウィートな浴衣姿の結衣が割って入り、俺の右手を両手で包む様に握りしめ少しだけ潤ませた瞳でアピール、つてか最近はどうもいろはよりも結衣の方があざとさを身に付けている気がするんだが、それは気の所為だろうか。
つかこの大所帯でそう言う行動は控えてもらいたいんものなんだが…くっ此処はどうするべきだろうか、彼女達の気持ちを受け入れて又俺も彼女達に気持を受け入れてもらったが、如何せん俺には経験値が足りな過ぎてどうすべきか咄嗟に判断が出来ないんだよな。
誰か選択コマンドを視界に提示してくれて序にチュートリアルもやってくれない物かと思わずにはいられ無い状況だよこれ、つか俺としては朝飯の量を控え目にしたし早々にパオパオカフェへと向かいたいんだがな。
まぁ昼飯に誘ってその答えが『僕も頑張らないとね』とか答える何処ぞのCV石○彰さんな熊本舞台なゲーキャラもどうなのって思うが。
「まあ此処でこうしているのも何だしね、皆取りあえずは出発しようか、リチャードがパオパオカフェで僕達が来るのを待っているはずだしね。」
行動不能に陥りかけていた俺を見かねてアンディ兄ちゃんが助け舟を出してくれた、今日此れからの本題である花火大会を前にしその開始前にパオパオカフェへと立ち寄り昼食でもとマイヤさんにお呼ばれしているんだが、その為にもそろそろ出発した方が良いしな。
「ふふふっ、そうね結衣ちゃんもいろはちゃんも八っちゃんとは何時でもイチャイチャ出来るでしょう、だから今は急ぎましょう、ね!」
「そうだよぉ八兄ィに姉ちゃん達、あそこの店ってすげぇ美味いんだよなあ、だからオイラ早く食べたくて仕方ないんだよな。」
そこに舞姉ちゃんが言葉を継ぐが、その発言は俺的にはどうなのかと思うんだけどな、それに比して北斗丸はと言うと相も変わらずのマイペースっぷりを発揮してやがるが、取り敢えずはこれでこの一騒動の終焉が来るのなら良しとすべしかな。
「くっ、私としたことが出遅れてしまったわ……。」
何だか聞き様によっては恐ろしく感じる事をボソりと呟いたのは、藍色主体の浴衣を涼やかに着こなす雪乃だった。
俺は聞いてない、何も聞いていない、何か耳に入って来たとしてもそれは幻聴以外の何物でもない。
おっと忘れていたが、現在我が家へ集まったメンバーを紹介しておくべきだろうな。
先ずは比企谷家からは俺と小町、因みに両親は夏季休暇が終わり今日か仕事で不参加である、まぁ屋台のお好み焼きかたこ焼きでも土産に買ってきてやろう。
それから我が家へ滞在中の不知火流のアンディ兄ちゃんと舞姉ちゃん夫妻と北斗丸に、半ば以上不知火流関係者と化している十平衛先生だ、ちょっとばかり大勢人が集まる場所に行かせても良いものかと思わないでも無い人物が混ざっているけど、抑止力となる人材が居る事だし大丈夫たよな……だよな!?
そして俺の、俺の大切な雪乃、結衣、いろはの三人だ。
それから追記しておくと、川崎は本日バイトの為朝からパオパオカフェにて労働の最中だし大志は予備校で不参加と言う事だ、なので俺の不安要素の一つが消えて一安心だ。
そして留美はと言うと流石に今日は帰りが夜遅くなる事から親御さん、鶴見先生と共に向こうで合流する予定だ。
我が家を出発して徒歩と電車を利用して一時間程、時刻は午後一義を過ぎ俺たち一行はパオパオカフェへと到着しオーナーであるマイヤさんが用意してくださった席へと店長に案内していただき、それぞれ任意に席へと座る。
その道すがら、もう既に祭りの準備が整い営業を始めていた如何にも夏の祭りの風物詩たる出店の屋台が通り一体に所狭しと並び営業を始めていた為に、その匂いに誘われ北斗丸があっちへフラフラ此方へフラフラとするし、この時刻から既にお祭り気分が盛り上がった連中が繰り出して賑わっているものだから、パオパオカフェへ到着するのに倍近い時間が掛かってしまった訳である。
「いやぁ外観も凄いものだけど店内も凄いものだな、此れは本場のサウスタウンの店舗よりも数倍は大きいんじゃないかな、これだけの店舗を構える事が出来るなんてねやはりリチャードの経営手腕は大したものなんだろうな。」
「うむ、全くじゃのう客の入も良さそうじゃし何より若い女の子が多いのもポイントが高いぞい、ムフフフっ」
店内の状況を見回して感想を述べた二人の言葉、その二つの発言が誰の物かは容易に理解してもらえるだろうから敢えて誰とは言わないが、この爺様本当ブレないよな。
昔の手ブレ補正機能とか無かった頃のカメラを扱わせたら凄い鮮明な写真が取れるんじゃね、まぁ但し被写体が女性限定でしかもえっちいモノになるんだろうけどな。
「お褒めいただき光栄であります、アンディ・ボガード様、山田十平衛様。
間もなくオーナーも本日のイベント開催式も終え、此方へと戻られるでしょうが皆様方にはどうか先に御食事をごゆるりと堪能して頂きたく存じます。」
案内してくれた店長が恭しく挨拶をしてくれて、俺達はやっと昼食にありつける事となった。
「ヤッホーご飯だご飯〜もうオイラ腹ペコでお腹と背中がくっついちゃいそうだったんだよなぁ!」
チャッカリと小町の隣に陣取った北斗丸がメニュー片手に煩いが、腹が減って堪らないのは俺も同感であるので此処は敢えて突っ込んだり窘めたりしないでおく。
このパオパオカフェは高級レストランとか鯱張った店では無く、高校生には若干値が張るが一般大衆をメインターゲットにするレストランだしな。
と、そんな状況の中で俺達の席へと近付いてくる二人の人物の姿を俺は視界に捉えた、それは先に追記にて語った一組の親娘だ。
「こんにちは皆さん遅くなりました、本日は私共もお招き頂きましてありがとうございます。」
「ありがとうございます……。」
鶴見先生がまずは招待を受けたことに礼と挨拶を、続いて留美がペコリと頭を下げて挨拶を。
何時も口数の少ない留美だが、今日は母ちゃんが一緒の為か緊張気味に見えるってかついこの間のジョーあんちゃんのタイへの出立前の宴席でも留美はこんな感じだったっけな。
まぁ留美は基本的にお母さんっ子の様に俺には思われる(それは間違っちゃいないと思うが)し嫌って感情は無いだろう、どちらかってと気恥ずかしさの方が勝ってるのだろうか、まぁそんな留美も初々しくていい感じに可愛いけどな。
鶴見母娘を新たに加え始められた昼食の席、その料理の味に皆舌鼓を打ちつつ思い思いに会話と共にそれを楽しむ、朝食を少なめにした上に時間が遅くなった為に尚更その料理の美味さが倍増して感じるが、生憎俺は海原雄山や山岡士郎でも味皇でも無いから料理の味やその調理法に蘊蓄を述べるだけのボキャブラリーの持ち合わせは無いので、そう言うのを楽しみたい諸氏はどうかソチラに目を通して欲しい。
宴もたけなわ、皆一様に食が進みかなりの量を腹に収めてしまい、花の乙女たる十代女子達は後程乗るであろう体重計のメモリの事を気にしつつも、やめられない止まらない状態だ。
「だってしょうが無いじゃん、此処の料理がすっごく美味しいんだもん。」
「ええ私も普段はこんなに食べないのだけれど美味しくてつい食べ過ぎてしまうのよ、決して普段ならこんなに食べてはいないのよ。」
高二女子二人がそんな言い訳を口にするが、俺からすると『まぁ健康的で良いんじゃね』って感じ何だが、女子的には違うんだろうか。
「ふふふっ大丈夫よ結衣ちゃん、雪乃ちゃん、心配なら私が後でダイエットに効果的な運動を教えてあげるから。」
舞姉ちゃんのその言葉に三人の女子高生達は瞳を輝かせて『お願いします舞さん』と異口同音に口にし、食事を再開する。
そして其れから暫くして、漸くこの宴席を儲けてくれたマイヤさんが帰還したと店長から俺達へ伝えられ程無くしてそのマイヤさんが数人の人物を伴いこの席へと来られた。
「やあ皆さんおまたせしました。」
右手を上げてマイヤさんが俺達へ挨拶をすると続けてマイヤさんと共にやって来られた人達からも挨拶の言葉を述べられた。
その人達とは、雪乃の両親である雪ノ下夫妻とその姉である陽乃さん、この人と会うのはこれで三度目となるが相変わらず人好きのする表情を作るのが上手だな、見る人が見りゃそこには感情的な物があるとは感じられ無い味気無い物だがな。
そして最近は頻繁に会っている気がする極限流空手創始者たる坂崎のご隠居ともう一人は、初めて会う人だな。
年の頃は四十代前半ってところか、雪乃の母ままのんと同じく和服姿のちょっとキツめな美人って感じの女性だ。
その佇まいから俺はこの女性がただならぬ実力を持つ格闘者である事を感じ取った。
それはアンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんに十平衛先生も同様だった様で、三人の眼光が少しだけ鋭くなっている。
この女性が一体何者なのか、以前雪乃から聞いた話があるので俺には少しばかり心当たりがあった。
「紹介しよう、この方は雪ノ下婦人の古くからの友人で雪乃君とこちらの陽乃君の古武術の師でもある、藤堂香澄さんだ。」
マイヤさんが至極落ち着いた声音でその女性を俺達に紹介してくれたおかげて緊張感が幾分薄れたが、やはりそうだったのか。
「はじめまして皆さん藤堂流古武術の師範を務めます藤堂香澄と申します、どうぞよろしくお願いします。」
見た目から感じるよりも穏やかな声音で藤堂さんは俺達への自己紹介と挨拶をしていただき、この方々を交えてこの昼食会は再開された。
恥ずかしながら勘違いをしていました。それは藤堂香澄の年齢なのですが、彼女の年齢をリョウとロバートよりも三歳くらい歳下だと思っていたのですが、公式設定だと六歳歳下でした。
なので年令的にゆきのんのママと同世代か一つ歳下位だと考えていたんですが、しょうがないのでこの作中では香澄さん四十四歳とさせていただきます。
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ここへ来て身内の過去が交差するのは間違っている?
詳細は作品中で。
今夜開催される花火大会を前に千葉市とサウスタウンとの姉妹都市提携の話が公式に発表された、そのイベントを終えた雪乃の両親と姉の陽乃さんとマイヤさんに加えて極限流空手創始者である坂崎のご隠居と、雪ノ下姉妹に古武術を教えた師匠でもありゆきのんのママと古い友人でもある『藤堂流古武術』師範、藤堂香澄さんまでもがこのパオパオカフェへと参集しこの集いは意外な程の大所帯となってしまった、てか密集度高すぎ問題発生中だなこりゃ。
その密集度はかつて長崎県に存在していた炭坑の島『端島』(世間一般的には軍艦島と言った方が通りは良いか、何せその最盛期には東京の約九倍の密集度だったそうだから)の最盛期よりも多いんじゃね、とは言い過ぎですか、そうですか。
「因みに件の端島だが、炭坑閉山後無人島になってしまったがその島自体は別に無くなった訳じゃないし地元では観光資源に活用しようと色々やってるみたいだ、これマメな。」
「……はぁ、いきなり何を言いだすんだ八幡、まるで話が噛み合っていないじゃないか。」
俺の呟きと言うには些か長いセリフにアンディ兄ちゃんが突っ込みを入れてくれる。
「どうせお兄ちゃんの事だからさ、何か
そしてそれに、俺の生態を熟知している小町がアンディ兄ちゃんに対して説明を加える。
小町の言葉に「だろうね」と同意して溜息をつくアンディ兄ちゃんと何とも微妙な形容し難い表情を見せるこの場に集う人達に「よせやい照れるぜ」なんてセリフを吐こう物ならきっと顰蹙の嵐に見舞われる事間違い無しだろう、なので俺はその衝動をグッと我慢する事にした。
「まあ八幡の事は置いておいて、藤堂さんと雪ノ下さんのご長女殿にはお初にお目にかかりますね、アンディ・ボガードですよろしくお願いします。」
俺の葛藤を他所に今日の俺達一行の保護者的立場にあるアンディ兄ちゃんが先ずは初対面の二人に挨拶をし、藤堂さんと姉乃さんも改めて挨拶を返しその後は続けて俺達もと相成った、まぁこれは至極当然の流れだよな。
さて、互いの紹介も一段落付き皆でテーブルを囲み俺達は歓談へと洒落込んだ訳だが、お初にお目にかかった藤堂さんがアンディ兄ちゃんに対してしみじみと語り掛ける。
「アンディさん、これは厳密には貴方のお兄様にも述べなければならないのでしょうが、此処にはいらっしゃらないのですから先に貴方へ伝えておきますね。」
姿勢を正し藤堂さんは深々とアンディ兄ちゃんへと頭を下げ礼の言葉を述べるのだが、当の本人たるアンディ兄ちゃんはと言うと何が何だか解らないとその表情が物語っていた。
その事態にアンディ兄ちゃんは慌てて藤堂さんへ顔を上げてほしいと促し、暫くして藤堂さんはその言葉に従ったって事ではないのかも知れんが、頭を上げるとその理由を語り始めた。
その理由ってのがまた何と言えば良いのか、縁は奇なものって言葉を知らしめる様な感じの何とも世間は案外狭いって思わせるものだった。
「かつて、私の父は武者修行と我が藤堂流を世に知らしめる為に旅立ち、そして極限流の此方にいらっしゃる拓馬殿とそのご子息亮殿と相対し敗北しました。
そしてその敗北が元で父は失踪し…」
藤堂さんの話を要約するとこう言う事だ、父親が旅立った頃まだ当時中学生だった藤堂さんは修行中であったが師匠でもある父親が居なくなり、その修行に行き詰っていた。
そんな自身の修行の行き詰まりを打開する為に藤堂さんが思い付いた事、それは藤堂さんの父親龍白氏の古い友人でもあり先輩でそして同じ古武術の達人であった『周防辰巳』氏の元で稽古を付けて貰う事だったそうだ。
因みにだがその周防辰巳師はテリー兄ちゃんとかなり良い感じの美人なフレンドで、周りの皆んなは『もう、お前らマジで付き合っちゃえよ、何ならもう結婚でもしろよ』と言われている、コマンドサンボの遣い手である格闘家にしてフリーランスのエージェント、そのコードネーム『ブルー・マリー』こと『マリー・ライアン』さんの祖父なのだそうだ。
なっ!世の中案外狭いって感じるだろう。
そして周防氏の元に足繁く通い修行を付けてもらいその実力も向上し、藤堂さんは辰巳氏へ深く感謝と礼の言葉を述べると、その後失踪した父を探しにアメリカへと旅立つ。
「その私と入れ違う様に、リョウさんとの闘いに破れたギース・ハワードがこの日本へと来日し周防先生の元で弟子として修行を開始し、やがて………」
高いレベルで古武術を物にしたギースはアメリカへと帰国、その際にギースは師匠である周防辰巳師を殺害してしまったのだと言う事だった。
元よりタン老師の元で修行し、そのタン老師をして己の弟子の中で最も強大な気を発揮したのはギースだと言わしめた程の遣い手だ、その実力の程は計り知れない。
「私がその事実を知ったのは、それからかなりの時間が過ぎてからでした。
我ながら不甲斐ない事です、お世話になった恩師の死も長い間知る事なく父の捜索や実家の雑事に追われ、いいえ此れは私のはたらいた不義理に対する言い訳ですね。
ですが、そのギース・ハワードを貴方達兄弟が打倒してくださったのです、アンディさん改めて申します。
テリーさん共々我が恩師の無念を晴らして頂きありがとうございました。」
語り終え藤堂さんは再度アンディ兄ちゃんへと最大の感謝を込めているって、周りの皆にもそれがありありと感じられる程の所作で以ってその思いを伝えた。
「とっ、藤堂さんどうか頭をお上げください、僕達兄弟にとってギースは父の仇でもありましたし、それにギースを倒したのは私では無く兄のテリーですからね。」
心からの藤堂さんの感謝の言葉にアンディ兄ちゃんは戸惑いと照れを感じてだろう、しどろもどろに語り掛ける。
俺はその辺りの経緯を直で知る訳では無いからな、このギース・ハワードが関わる一連の出来事についてテリー兄ちゃんやアンディ兄ちゃんから聞いた範囲内でしか判断出来は無いんだが、このギースと言う人物と関わった人達がどれ程不幸な目に遭ってしまったのかを聞くにつけ、無関係な俺でさえも思わず憎しみに近い感情を抱いてしまいそうになるわ。
それは周防氏だけじゃ無く、テリー兄ちゃんとアンディ兄ちゃんの養父であるジェフ・ボガードさんもギースの手に掛かって殺害されているし、恐らくはテリー兄ちゃんの知らないところでもギースの野望の邪魔になる人達を闇に葬っているかも知れない、それ程までにギース・ハワードと言う人物は己の野望、欲望の邪魔となる者に対して非情に排除しサウスタウンの暗黒時代を象徴する一大勢力へと上り詰めていたんだ。
「それだけじゃあ無いッ、奴はロックとロックの母ちゃんを見捨てやがって、そのせいでロックはッ!!」
俺はギース・ハワードの事を考えているうちに、次第に心の中の憤りが沸点を越え無意識にも罪の無いテーブルを右手で打ち据えた。
「っ!? 八幡落ち着くんだ!」
そんな俺をアンディ兄ちゃんが俺の肩に空かさず手を掛け強い声で嗜める、その声に俺はハッと我に返ると周りの皆を見渡す。
格闘の世界に身を置く人達は兎も角雪ノ下一家や結衣、いろはや鶴見母娘などは俺のいきなりの行動に戸惑っていた。
「はっ……そのすいません。」
この場を騒がせてしまった事を俺は謝罪し、周りの人達も一部戸惑っている人も居るがそれを受け入れてくれた。
「私達、初めて見たのかも知れないわね、八幡君が怒りを顕にする所を。」
女子陣を代表したのか、雪乃が俺の目を見据えて静かな口調でそう言うと、結衣といろはもそれに同意してゆっくりと頷く、俺は再度彼女達に謝罪する。
先とは違い、今は頭も冷え冷静さを取り戻したからか取り乱した姿を見られた羞恥心もあり、頭を掻かずにはいられなかった。
「前にヒガシさんから聞きました、父親に捨てられお母さんを失ったロックさんをテリーさんが養子にしたって…そのロックさんの父親がギース・ハワード、なんですよね。」
控えめな声音でいろはがそう確認する様に俺やアンディ兄ちゃんを見つめる、それはきっと千葉村での事だったんだろうなと俺には思い当たった。
それに倣うかの様に結衣と雪乃も此方を見つめ、それが伝播する様にみんなの視線が集中する。
くっ、しまった俺とした事が『ひらめき』を掛けるのを忘れていたぜ、つかひらめきの百パー回避は一回だけだからこの状況じゃ無駄か。
まぁだからしゃあないな、覚悟を決めて話しておくかと勇んでみた物の俺が話そうとする傍でアンディ兄ちゃんが『そうだよ』といろはに返事をし続けて話を始めたよ、ラッキー!なら俺は黙って見ておくことにしようか。
以前にジョーあんちゃんと舞姉ちゃんがいろは達には話していた事もありアンディ兄ちゃん話はそれにほんの少しエピソードを追加しただけだったんだが。
「そんな感じでね、八幡は小さな頃から自分の事より人の為に怒る様な子供だったんだよ、そんな八幡だったから兄さんもロックも八幡の事を気に入ったんだろうね。」
それは俺にとってどうにもこそばゆい話だったりするうえにアンディ兄ちゃんと来たらや、たらと優しい顔して語るもんだから俺は途中からどうして良いやら解らず目を逸らして店内の常設リングの方を見ていた。
そのリングの上には物凄い体格の良い外国人の若い、年齢的には俺と然程変わらないくらいの歳の兄ちゃんが陣取っていた、その身長は悠に百八十センチを超える長身に全身をガッシリとした筋肉に覆われていて、両手にはグローブを付けている事からそのファイトスタイルはボクシングかキックボクシング、或いはムエタイ辺りだと推察される。
「フフフそうよね、でもそう言うけどアンディだってあの時から八っちゃんの事気に入っているんでしょう、お兄ちゃんやジョーと一緒ね、それと八っちゃん自分の事を話されているのが恥ずかしいからって何時までも余所見しないの、良いわね。」
おっと、今正にリング上では件のデッカイ兄ちゃんが試合を開始しようとしているその時、敬愛するお姉またに俺の現実逃避を窘められてしまいました、イヤね兄ちゃんや姉ちゃんが俺の事を評価してくれるのは正直ありがたいとは思うんだよ、思うんだけどさ。
「なっ……慣れてないんだよ、こう言うのってさ。」
ポリポリと軽く頭を掻き努めてぶっきらぼうを装いつつ、てか自分では装うまでも無くまんま素でそんな感じだとは思うが、まぁ兎に角そう演じたと思ってもらいたい。
実際高校入学以前は身内以外に評価してもらう事なんて無かった事だし、嘘は言っちゃいないよ俺。
「ふふ、ねえ母乃(仮)ちゃん、どうやら雪乃ちゃんの殿方を見る目は確かの様ね、勿論結衣さんといろはさんもですけどね。
今時こんなにも義侠心の厚い少年など探しても早々に居るものでは無いでしょうしね。」
ほえっ!?
そこに突如として乱入し爆弾を投下して来たのは藤堂さんだった、藤堂さんはゆきのんのママに語り掛けながらもメッチャ優しさを感じさせる眼差しで俺、雪乃、結衣、いろはと微笑みながら高評価ボタンを押すような事を仰る。
「ふふふ、そうでしょう香澄ちゃん、何と言っても私の娘達ですからね。」
しかも駄目押しの如く、ゆきのんのママ迄もがだよ本当何なのこれって、これが所謂褒め殺しってやつなのか。ウッソマジで俺ってもしかしてキルされちゃうのか!?
切るか斬るか伐るかKILLなのかは解らんけど………しかしアレだな俺もそうだが、その藤堂さんとゆきのんのママの言葉の爆弾によって雪乃も顔を紅くし俯き気味に目を背けてはにかんでいる、いろはと結衣も同様にだがそりゃそうだわな、恥ずか死ぬわ。
てかままのんさん、何気に雪乃だけじゃ無く結衣といろはも半ば娘認定してるんですね。
初対面の藤堂さんに迄こんなにも評価を受けるとか恥ずかしさを通り越して寒イボが発疹してしまいそうだわ、あ〜っ背中がめっさカイカイだムズムズするう。
「あの、ありがとうございます香澄おば様、母さん。」
俺が背中を掻きたいという誘惑に必死こいて抗っている最中、はにかみ俯いていた雪乃が何時の間にかその顔を上げて藤堂さんに感謝の言葉を伝えていた。
「あっ、ありがとうございます。」
雪乃に続き結衣といろはもまた藤堂さんとゆきのんのママへ謝辞を伝える、雪乃と違い若干わたわたとした仕草でのテンパリモードだったが。
「………………。」
しかしそんな中に在って俺は一人気になる人が居る、それは雪乃の姉である雪ノ下陽乃さんの事だ。
この一連の歓談の中に在って彼女は、何故だか解らないがあまり積極的に会話に参加して来ない、いやまぁこの人と会うのはこれで三度目くらいだからこの人がどんな人なのか大して知りもしないんだが。
彼女はこの場に於いて、誰かが話をする度に人好きのする笑顔を見せてはいるんだが(現に十平衛先生なんかは彼女のルックスとスタイルにその表情を崩しデレデレしているし)俺にはそれがどうにも不自然な物に視えて仕方が無い。
それは何だか初めて会った当初の雪乃のそれに近い様に思えるんだが、何かこの人は抑圧されているのだろうか、俺の気の所為なら良いんだがな。
リングの上から響いて来る打撃音をBGMに食後のデザートをいただきながらの歓談も終わりの時が訪れようとしていた、それは。
「貴方そろそろ向かいませんと行けませんわね。」
「ああ、もうそんな時間か、いやぁ楽しい時間と言うのは本当に過ぎ去るのが速いものだね、名残惜しいですが私と妻は此処らでお暇させていただきます。」
席から立ち上がり雪ノ下夫妻はこの場の皆に丁寧に別れの挨拶を述べるとこの場を去ってゆく。
「陽乃悪いけれど、後の事をお願いするわね。」
ゆきのんのママがこの後の(多分イベントに付いてだろうが)それを雪ノ下姉に託すと彼女は『ええ母さん任せて下さい』と答え、ままのんはフッと微笑んで姉ノ下さんへと頷き、改めて旦那さんと共に挨拶を済ますとパオパオカフェを去っていった。
俺達は暫しその二人の後姿を見送る、やはり地方議員として行政に携わりしかも比較的大きな会社の経営まで手掛けているんだからな、まさにそのタイムスケジュールたるや分刻みの忙しさなのだろうか、だとしたら俺はそんな世界には身を置きたくないな。
『WOOOOO!!!!!』
リングの近辺に陣取り、そのリングの上で繰り広げられている闘いに熱狂する観戦者達の歓声が木霊する、どうやら闘いは観客がそれ程までに盛り上がる程のファイターが現れその実力を発揮しているのだろうか。
まぁ俺達としてはこれまでそちら側には注目していられ無かったから、どんな闘いが繰り広げられていたかは知らないがな。
「何ぞリングの周りが騒がしいのう、注目に値する格闘家でも闘っておるのかのぅ。」
その熱狂的な騒がしさにリングを背にしていた十平衛先生は、のそりとリングを振り返り見ると、釣られた訳では無いだろうが坂崎のご隠居と藤堂さんも同様にリングの上に視線を向ける。
「……ほう、あれはキックボクシングですかな、あの若いの中々のパワーの持ち主のようですな十平衛殿。」
この場の長老格二人がリングの上の外人兄ちゃんに着目し評価を下し、俺達もそれを倣い見る。
優勢に試合を運んでいる、身長が裕に百八十を越えるマッチョなキックボクシングを使う外人兄ちゃんと劣勢にある白い道着を着た空手家、こちらの選手は見た感じ身長百七十五センチ程のスリムな体型の二十代前半位の年齢だろうか。
空手使いの人は頑張って外人兄ちゃんのラッシュを捌いているがそれも徐々に危うくなりつつある様だ。
「あれって………もしかして!?」
暫しリング上の試合を観戦していた舞姉ちゃんだったが、何かに気が付いたかの様に声に出してそう言うとアンディ兄ちゃんが『どうしたんだ舞』と問う。
「ねえアンディ、あのキックボクシングの使い手の子って彼の面影が在ると思わない!?」
そう言われたアンディ兄ちゃんもリングの上に着目する、厳密にはキックボクシング使いの外人兄ちゃんにだが。
しかし、舞姉ちゃんが言う彼の面影ってのが正しければあの兄ちゃんは舞姉ちゃんとアンディ兄ちゃんの知り合いの子供とか孫とかって事になるのか。
そうとなれば俺としても、リングの上の外人兄ちゃんに着目しない訳には行かない。
『シッ!シッ!シッ!フンッ…ダブゥッコングッ!!』
外人兄ちゃんの下段しゃがみ状態からのジャブの連打からの必殺技、聞き取りづらいけどその技名は『ダブルコング』と言うらしいが空手使いに炸裂する。
「ああ間違い無く舞の言うとおり、彼はジュニアだ。」
「ええ……まさかあの子があんなに大きくなっていたなんて思いもしなかったけれどね。」
外人兄ちゃんは舞姉ちゃんの言った通りの人物だったらしく、二人は何処か懐かしげにリングの上で繰り広げられている二人の闘いを観戦している。
元祖、龍虎の拳では「重ね当て」以外の技が無かった藤堂龍白でしたが、その娘香澄がKOFにて当て身技が追加されていたので、ならばその技の出処は何処かと勝手に思案して時代的にギースの師匠に行き着きました。
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スタンド使いは引かれ合うが、俺たちまでそうである必要はあるのか。
もし今後餓狼シリーズの続編が制作されたとして、Jrがプレイヤーキャラとして登場したとしてもこの様なキャラでは無いと思います。
フランコ・バッシュさん、十年程前の秦の秘伝書を巡る騒動時に悪名高きブローカー山崎竜二に息子を誘拐され、心ならずもテリー兄ちゃん達と敵対した元キックボクシングスーパーヘビー級チャンピオンだった人で、身長百九十五センチと、まるで初期のジョースター家の男の様な巨体を誇る豪腕ハードパンチャーで豪快なファイトスタイルが売りの名チャンプだったそうだ。
今俺は、雪乃達に件のジュニアについて聞かれたのだがあいにくと俺は親父さんであるバッシュさんに付いては、過去の動画やテリー兄ちゃん達から話を聞いていたから幾らか知っている事柄が合った、なのでその親父さんについて話して聞かせている所だ。
肝心の息子の事は全くのノーデータだから話せる事は無いんだなこれが。
おっと話を戻そう、そしてサウスタウンの街や人々の為に巨悪と相対するテリー兄ちゃん達ファイターの侠気に感銘を受けたフランコさんは山崎の言いなりになる事を良しとせず反旗を翻し、みんなの協力を得て息子を山崎から奪還する事に成功し秘伝書を巡る騒動の終息に一役買った偉大な
漢字の漢と書いてオトコと読む、此処試験に出るから教科書に線を引いておくように、八幡から皆への助言だ。
そのフランコ・バッシュさんの息子、ジュニアが成長しこの日本へと来日していて、しかもこのパオパオカフェのリングへ上がって闘っているんだ。
「まさかリチャード、君がジュニアを日本へ連れて来たのか?」
俺達と共に食後のデザートを食しながらこのリング上の闘いを観戦しているマイヤさんに、アンディ兄ちゃんは至極尤もな疑問を問い掛ける。
だよな、アメリカ人であるフランコ・ジュニア・バッシュがこの日本に居るって事態を紐解けば、解答として出て来るのはその答えだろうな、俺がアンディ兄ちゃんだったとしてもその答えを見ち引出すわ。
「ああ…いやアンディ、ジュニアの来日の件なのだが私は一切関知していないよ、寧ろ彼がこの場に居る事に私が驚いているくらいだよ。」
マイヤさんはアンディ兄ちゃんからの問いかけを即座に否定する、俺が見るにその否定する時の表情から見てもマイヤさんが嘘を言っている様にはどうにも思え無い。
「ねぇ、リチャードも何だか驚いているみたいだし、嘘は言っていないみたいよアンディ。」
マイヤさんとの付き合いが俺よりもずっと長い舞姉ちゃんもそう言うんだし、やっぱりマイヤさんはこの件に関わっちゃいないって断定しても良さそうだな。
ならば此処は真実を知るためにも本人に直接聞いた方が早かろう、俺はそう思い皆にそれを伝えようと口を開きかけたその時だった。
「お客様もう食事はお済みでしょうか。」
夏休みに入ってから以前と比してよく聞くようになった、若干の気怠さを感じさせる声音の女性の声でそう問われる。
それは見るまでも無く誰だか解るくらいには俺も付き合いが深くなってきた、このパオパオカフェにてアルバイト店員として(男装バーテンダーの格好で何故男装なのかは解らんけど)労働に勤しむ同じクラスの女子生徒の声だった。
ある時は極限流空手の使い手、ある時は現役女子高生、そしてある時はこのパオパオカフェに務める男装の麗人にしてシスターズのお姉様、しかしてその実態は。
「ぬぉっ!?沙希ちゃんではないか、いやはや何とも男装が良く似合っとるのう、全くこうその格好も堪らん物があるわい、ぬふふぅ!」
川崎沙希の登場に早速とばかりに十平衛先生はエロジジイモードへとチェンジし、両手の指をイヤラシくにょきにょきとさせるんだが、最早お約束とも言えるこの爺様の生態だがこの日は少しばかり不味かったりする。
「怒ぬうぅッ十平衛殿ッ、沙希坊はワシにとって孫も同然の愛弟子なればよもや不埒な真似などなさらぬ様願いますぞ、でなければ例え十平衛殿とてワシも容赦はしませぬぞ!」
「何を言うか拓馬よ沙希ちゃんの様な器量良しを放っておくなど男子としての沽券に係るわい、さてはお主男として枯れておるのじゃな、ふふふっワシを止めたくばお主の力存分に見せてみい!」
後背に阿修羅の如きスタンドを現出させた坂崎のご隠居が十平衛先生に釘を刺す、その釘の大きさたるや五寸を越えて十寸はあるだろうと思われる、刺す相手が十平衛だけに、ふヒッ………おっとそこの君その程度のダジャレじゃ山田君に座布団全部持っていかれるぞとか言わないでね、十平衛だけに。
対する十平衛先生も坂崎のご隠居を相手に一歩も引くこと無く、両腕を広げて構え迎撃体制をとる。
「何を言われるかっ!あの日よりワシは亡き妻に操を立てておるのだけですぞッ!!」
リングの上の闘いはもう終わろうとしているのに、このテーブル付近では二人の老兵が相対しようとしている、然し。
「はぁ〜っ、御老体たちの事は放っといて僕達はジュニアの方へ行ってみようか。」
十平衛先生との付き合いが長いアンディ兄ちゃんは知らん振りを決め込むつもりの様だ。
だよなぁ、この矢鱈と元気な一時代を築いた御老体達に付き合っていちゃ体力ゲージが幾つ合っても足りないだろう、それに。
「ご隠居、山田のお爺さんも、リング以外で騒ぎを起こすのならアタシとしても二人を店の外へつまみ出さなきゃいけなくなるんですけどねぇ、そうされたく無ければ大人しくしていてもらえませんか、ねぇ。」
口元は微笑むように口角が上を向いているのに眼は笑っていない、そんな般若の如き容貌で二人の御老体を(優しく)諭す川崎の様子に、殊に川崎の事を孫の様に思っているの坂崎のご隠居は若干たじろぎ『いや…沙希坊ワシはじゃな』と言い訳を口にしようとするのだが。
「ハアアァァァーッ!」
突如川崎が気合い注入を開始した為に口籠ってしまう、まぁやり過ぎた指導で実のお孫さんに疎まれた経験のある坂崎のご隠居としては、その実の孫にも負けぬ位に愛しんでいる川崎姉弟には嫌われたくないんだろう。
まぁそんな訳だから坂崎のご隠居の方は鉾を納めるだろうけど、十平衛先生の方はどうだろうか。
「ぬうぅッ……沙希ちゃん何と言う気の発露じゃ、しかし山は高い程攻略のし甲斐があると言うしのぅ、
この爺様は本当に懲りない様だ、つかこんな公の場でセクハラ行為に及ぶなんて警察呼ばれてもおかしく無いって、この爺様には解らないんだろうか。
てゆうか、この場には小学生の留美も居るしいい加減俺としても放っておく事も出来ないわな。
「舞姉ちゃん、ごめんちょっと協力してくんない。」
溜息を吐きながらも舞姉ちゃんは俺の応援要請に応えてくれた、ある意味一番十平衛先生のセクハラの被害に遭ってあるのは舞姉ちゃんだしな。
そしてどうなったかと言うとその過程は省く、大体皆理解してるだろう、結果として十平衛先生は今現在ある種天敵でもある舞姉ちゃんにより簀巻きにされている寸法だ。
一騒動終わったところで俺はリングの上へと目を向ける、そこでは既に先のファイトは終わりフランコJrが勝利の雄叫びをあげているところだった。
『ダァーッ、見たかぁッ俺が若手NO1ダァーッ!!』
と英語でナンバーワン宣言の勝鬨の声を上げる、左手を腰だめにし右腕を天へと突き上げて。
そして一頻り叫んだJrはやがてその顔をリングサイドへと向ける、偶々だろうがそれは丁度俺達一行が集う場所で。
そしてそのJrの表情には歓喜の色が現れる、それを目撃した俺の感想としては『映画とか漫画に出て来る外人キャラのステレオタイプみたいだな』だった。
リングのトップロープに手を掛けて大きく飛び上がりリングを降りるとJrは速攻でアンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんの元へと駆け寄り。
「Ohーッ、アンディサン、マイサン
グローブをはめたままの両手で二人に握手を求めながらも今放たれたJrのセリフがステレオタイプって印象をより強固に補強した、恰もそれは外壁をベトンで固める様にだ。
因みにベトンって言うのはコンクリートの事な、ドイツ語(Beton)フランス語(béton)圏でコンクリートの事をベトンと言うんだと、この辺りの知識は実家が建設業を営んでいる雪乃に教えてもらった事だったりする。
「お約束だよなぁ、片言のカタカナ日本語を使う外人キャラって……。」
ブンブンと両手を大きく振りながらの握手にきっとアンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんも困った顔になってるだろうなと、二人の一メートル程後ろにいて表情は見えないが多分そうだろうと思いながら俺はぼやく。
それがJrの耳に聞こえたのか、二人の手を取りながら一瞬チラリと俺の方に鋭く視線を向けてきた、本当に一瞬だったが。
一頻り二人の手を取り振り回すのに満足したのか、バッシュJrはその手を離して、次は二人の事をまじまじと見回しと再度カタカナ日本語で語り掛ける。
「アレぇアンディサン、マイサン、シバラク見ないアイダにチヂンだんジャネエノカ!?」
片手を腰に当て、もう片方の右手を下顎に添えて言ったセリフは。
「天界での修行を終えた悟空かよ。」
俺はまた二人の後ろでポツリと呟くのとほぼ時を同じくして舞姉ちゃんがブルマの様に突っ込み返す。
「何言ってるのよJr、私達か縮んだんじゃ無くてJrの方が大きくなったのよ。」
その舞姉ちゃんの突っ込みに満足したのか、フランコJrは大きく頷くと次はマイヤさんに挨拶を始める両手に着けたグローブを外しながら、どうでも良いけど外してから話せば良いんじゃねと思ったがそれは言わんでおこう。
「ハッチン……。」
戸惑いと微妙な空気感じたかの様な声音で俺を呼ぶ結衣、見てみると結衣と一緒に居る雪乃といろはも同様な表情をしている。
なので俺は三人に対しそこに居ろとくちに出さず手で制すと頷いて、アンディ兄ちゃんの隣に並び立つ。
『しかしJrまさか君が日本に来ているとは知らなかったよ、ご両親はこの事を知っているのかね。』
マイヤさんは英語でJrに問う、その問いにフランコJrは若干不満の色を見せると、片言の日本語で言いやがった。
「Oh!ノーだぜリチャードサン、ソコはこう聞いてクレなヨ『Youは何しに日本へ?』とな!」
フランコJrのセリフに俺は自分の蟀谷がヒク付くのを感じ、理性を総動員して己の気持ちを抑えにかかる。
「…………はァ、この子は。」
舞姉ちゃんは声に出して、アンディ兄ちゃんは声には出さず額に手を当ててJrに対する呆れを表明する、だがしかしアメリカに拠点を置いているマイヤさんにはそのネタは通じなかった様で、華麗にスルーしている。
『いやね、今学校も夏の長期休暇中だからね、武者修行を兼ねて日本に来たって訳だよ……それに此方には会いたい奴も居るしね。』
そうマイヤさんに答えながらフランコJrはチラリと俺にその視線を向けるとマイヤさんとアンディ兄ちゃん舞姉ちゃんの二人も俺を見る。
「……へっ、俺ェ!?」
皆に注目されて思わず俺は8部定助の様に問うとフランコJrはジッと視線を俺にロックし、やがて俺の方へと向かい数歩動く。
一メートル弱の距離を置き対峙する俺とフランコJr、身長差が十センチ程ある為相手の顔を見るには少し見上げる格好になる。
件のフランコJrに付いて少し触れようかな、格好としては青いデニムのオーバーオールにタンクトップのグレーのシャツ、グローブを外した両手にはバンテージが巻いてあり特に拳の部分には確りとガードする様に巻き付けてあった。
そして髪は黒くて短く刈り揃えてあり案外清潔感が感じられる。
「オーッ!アイたかったゼ、ハチマンヨォ、テリーサンとロックからオマエの話はキイていぜ、知ってルだろうが俺はフランコJrだよろしーく、ナンだったらJrってヨンでクレよなッ!」
フランコJrは何とも憎めない笑顔を俺に向けて話し掛けて来て右手を差し出してくる、初対面のしかも人に話を聞いただけの相手に対してこんなにも距離を詰められるなんて、やっぱり外人のコミュ力はすげぇな。
何だか圧倒されそうな気分になりそうだがまぁ悪い奴じゃ無さそうだし、何よりもネタを入れている所に俺はこの同世代のアメリカ人に少しばかり親しみを覚えていた。
『おっ、おう……まぁよろしくな比企谷八幡だ。』
英語で俺はJrに返事を返すと指しだされた右手を『後楽園球場で僕と握手』よろしく掴み取ると、ニヤッと笑いながらJrは大きくその右手を立てに振り回すのだが、その時俺の鼻腔にとんでも無い悪臭が飛び込んできた。
ボクシングの経験がある奴なら、解ると思うが革製の通気性が無いグローブってのは使っていく内に汗や汚れによって鼻がイカれてしまいそうな位にとんでも無い悪臭がこびり付いてしまうんだ、マジで。
だがらマメに手入れをしてやんなきゃならないんだが、Jrの奴はそれをどうやら怠っていた様だ。
「ちょっ、お前手ぇ臭えぞグローブの手入れ位ちゃんとしろよっ!」
堪らず俺は日本語でJrに抗議ってか苦情を入れる、この臭いはとんでも無い兵器だ臭覚が過敏な人間らな気を失ってもおかしく無い。
『そうか、どれどれ。』
俺の抗議を受けて手を離したJrはクンクンと己の手の臭いを嗅ぎ始める、此処は敢えて匂いを嗅ぐでは無く臭いを嗅ぐと言わせてもらう、其れ位にこの臭いは最悪でとてもじゃ無いがいろは達にこの悪臭を嗅がせる訳にはいかん。
「雪乃、いろは、結衣、小町と留美も此方に近付くなよっ!臭いがうエッ…こりゃマジ堪らんっ!」
俺の呼びかけに女性陣は顔を顰め、今居た場所から数歩後退り怖気の色を見せる、やっぱり不潔なのは良くない女子の印象を悪くするって事が此処に証明された訳だ。
『オオッ、確かに匂うけどそれ程でも無いんじゃねぇのか、寧ろワイルドでいい感じじゃね!?』
自分臭を堪能したのかJrはとんでも無い持論を語りやがる、確かにチョットだけならワイルドで済まされるかもだがコイツのソレは限度を超えている。
『いや、何がワイルドだってんだよ、お前のはその範疇を超えてるからね、頼むからソレ自覚してくれよ。』
「全く何だがワイルドだっんよだよ、男らしさの証だとか思っちゃってんのかよ、日本語で言うと野生って意味だよワイルドって。
野性の証明かっての、あれか薬師丸ひ○子さんのナレーションで“お父さん怖いよ何かがお父さんを殺しに来るよ”って言うのか!?」
途中から日本語で俺はJrに突っ込みを入れるが、片言レベルのJrの日本語レベルで果たして俺のネタは通じたのだろうか。
いやまぁ別に通じなくても良いんだけどね取り敢えず言っておきたかっただけだから。
「ハッハーッ、今のネタは解らナイがお前がロックの言うトオリのヤツだってのハ、Understandingデキたぜハハハッハーッ!」
右手親指をサムズアップさせてJrは宣うが、どうでも良いからさっさと手を洗えと俺は声を大にして言ってやりたいところだ。
「コトロでハチマンあそこに居るギャル達はオマエのガールフレンド(仮)なのか。」
Jrの質問に(仮)じゃないけどなと訂正を加えて俺はその質問を肯定してみせた、するとこの悪臭男は悪い笑みを浮かべて。
「オぉッ、日本のギャルはイカすぜ、スカートめくりテーなぁ!」
とご丁寧にポーズまで取って二部ジョセフのネタをカマシやがった、間違いないわコイツは絶対にアメリカの日本アニメ、向こう風に言うとジャパニメーショオタクだ。
そしこの片言の日本語は日本のアニメを字幕無しで楽しみたいが為に独学で学んだか、もしくはロックにでも頼み込んで教えて貰ったに違い無い。
「はぁ〜っ、マジでオタクの執念恐るべしだわ、何お前俺に突っ込んで欲しいのかアメリカ人のお前に、なんだのこ軽さはこれでもアメリカ人かとかさ!?」
つかステレオタイプな俺の印象だけどアメリカ人ってJrみたいな軽いノリの人が多い様な気がするんだがな、映画とかアメリカのテレビドラマとか見てるとさ。まぁ現実の俺が知ってるアメリカ人っていやロックとかアンディ兄ちゃんみたいに結構シリアスムードな為人が多いけどな。
「ハッハーッ、解ッてんジャあネェカよハチマン、ヤッパりココヘ来てcorrectダッタぜっ!」
超ご機嫌って感じに俺の左肩をバシバシと叩きながらJrは俺との出会いを喜んでくれている事がひしひしと伝わって来る。
スタンド使い同士が引かれ合う様に、オタクや格闘家同士もこれまた然りなのだろうか、まぁこのノリは付き合うとなれば相当にSAN値を削られるだろうし相当に疲れる気もするが悪くは無い、ただ。
「だからお前は手が臭いっての、ここでは!「石けん」で手を洗いなサイッ!とは言わんけど、せめて洗面室の液体石鹸で手を洗えってのッ!!」
Jrの大きなアクションと声に負けじと俺も大きな声で突っ込む、コイツの相手はかなり疲れるって事がこの数分間のやり取りで俺は嫌と言う程に身に沁みて感じられた。
SNK餓狼シリーズ制作スタッフの皆さん、この作品を読んではいないと思いますが……何だかすみません。
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奴の登場により状況が動くのは間違っている。
とんでも無い悪臭を放つJrの両手を清める為に俺は洗面所へとJrを案内し序に俺も自分の手を洗い、二人して洗い終えると再び先程まで食事を摂っていた席へと戻りJrを交えての話を再開する。
『全く、お前なぁ……グローブの手入れくらいマメにやっとけよな、そんなんだとお前誰も側に寄り付かなくなってしまうぞ。
それによ、グローブってのは闘う時に自分の拳を預ける相棒だろうが、だったらソイツは自分の手で日頃のメンテをやって、それで自分の手の及ばないところはプロに預けるとかしろよ。』
柄にも無く俺は説教めいた事をJrに言ってしまったが、それは何も間違った事は言っちゃいないと己に言い聞かせながらJrに告げた。
『ワッハッハッハッハァ!イヤ悪かったなハチマン、確か「ゴウにイッテはゴウにシタガエ」だったかな、この国にはそんな言葉があるんだよな。
しかしハチマンは英語が上手いな、テリーさんやロックに習ったのか、ああそれと一つ頼みがあるんだが出来るだけ日本語で話してくれないか、俺の日本語の勉強の為にもさ。』
俺に謝罪しながらJrはそんな要望を述べる、それに俺も了承し以後は日本語でJrには話す事にし、英語が堪能な雪乃は除き結衣やいろは北斗丸にもJrには日本語で話す様促す。
「うむ、中々良い心掛けだぞフランコJrとやら、しかしな八幡少年の言う様に己が使う道具は大切に扱わなければならぬぞ、何せこの日本は八百万の神が棲まう国故な「万物に神は宿る」と言うてなこの世のあらゆる物には命が宿っているとされているのだ、故にこそ何物にも慈しみの心をもって接しなければならぬのだぞ。」
長くアメリカで暮らしている坂崎のご隠居がその言を以って早速、文章にすると長文となるであろうセリフでJrに諭すが。
「スイマセン、マスターサカザキ、日本語でとイイマシタけど、まだ……Longな言葉だとキキトレません。」
俺もそうだったけど、ロックやテリー兄ちゃんに英語を習い始めた頃は長文は聞き取れなかった、何て言ってるのか全く判らなかったからな。
けどまぁこのJrはほぼ独学で日本語を学んでるって言ってたし、短文で難しい言葉でなければある程度理解出来ている様だし、そう考えるとコイツはマジに大した奴だな。
「まあ拓馬の言っとる事を平たく言うとじゃな、道具は大切に扱えと言う事じゃよ。」
自分の顎髭に触れながら本当に平たく簡潔にまとめて十平衛先生がJrに説明する、これなら日本語初心者のJrにも理解出来るだろう。
「オーッ、OK!ワカリマイタ、道具をダイジにデスね、ハチマンも言ッテルしそうしマ〜ス!」
慣れないせいも有るだろうけど、何ともお調子者的な口調になってはいるがJrも道具については反省している様だから、この件に付いては此処らで締めても良いだろう。
御老体二人もそんなJrの返答に苦笑しながらもそれを是とし頷く、その様子はまさにバカ○ンのパパよろしく『これでいいのだ』と言わんばかりだ。
「あのジュニア君が今回日本に来た目的は武者修行とはちくんに会う事が目的だったんですよね、と言う事はやっぱりはちくんと闘う事も目的の内なんですかね?」
一つの話題の集結を見届けた後、おずおずとしながらもいろはがそうJrに尋ねたのは、やはり俺の身を按じてくれたが故の事だろう。
「……ああ、ソウダなオレも一人のファイターとしてテリーサンやロックが認めるオトコと闘っテみみたいサ、ナンタッてオレには、aim…あーっとモクヒョウがアルカラな。」
グッと右手の親指を己の胸元へ向けて語るJr、修行と同時に実戦経験を積む為に海を渡り目標へ向かって進むか。
俺も確かに強い相手と拳を以て語りたいと思うがその前に一つJrに聞いておくかな、何かチラチラとJrの奴俺に視線を向けて来てるし。
これはアレだな、何かネタをやりたくて突っ込みを待ち望んでいるって態度だな。
「……はぁ、それでJrお前の目標ってのは何なんだ。」
まぁ俺もヲタとしてはネタをやりたいって気持ちは理解出来るし、それをやりたいって奴にその為に振るのも吝かでない訳で、なので振ってやったぞJrお前のネタを見せてみろ!ってのは少し大袈裟だな。
そんでもってJrは俺の振りに対して良くぞ振ったとばかりにニヤリと笑い、ガバっと椅子から立ち上がりポーズを決めて宣い始めた。
「このフランコJr・バッシュには夢ガある、ソレはキックボクシングスーパーヘビー級のワールドチャンピオントナる事、そしてHeterogeneous martial artsデモ、サイキョーとナル事そして…」
堂々とジョルノのネタを交えながらもそう宣言するJr、先ずはキックとHeterogeneous martial arts=異種格闘技とでの世界でチャンピオンそして最強になるとだと。
しかしそこで一旦言葉を区切り勿体ぶってタメを作りグッと拳を握り込み、そして。
「ビックでメジャーな存在とナッテ、アメリカでジャパニメーションのEvangelist伝道師トなり、そしてぇッ!」
と、再びそこで勢い良く言葉を切ったんだがその雰囲気がさっきとは違う様だった、さっきのは何て言うか自己演出の為に言葉を区切った様だったが今のは途中迄は勢いに任せて言い切ろうとしていたけど、なんだか途中で戸惑ったみたいな感じに見受けられる。
「そして、何だよ!?」
そこに若干の焦れったさを感じた俺はJrに言葉の続きを話す事を促す様にそう尋ねた、その言葉を受けJrは『いやそれはな、あ〜何だ。』と英語で言い倦ねてもぞもぞとして、しかもその顔を少し赤らめていたりするんだが、それも数秒の事だった。
やがて意を決したJrはさらに顔を赤くして大きな声で半ばやけくそ気味に宣言した。
「そして、そのアツカキあかつきニハ、オレはVoice アく、あーっオレはッ、セイ、せっ……声優サンと結婚スルんだァーっ!!」
パオパオカフェ店内に響き渡るJrの絶叫の如き宣言、それにより俺を含む周りのみんなは椅子に腰掛けているにも関わらず、思わずズッコケそうになってしまったわ。
そして流れる何とも微妙な空気、だが俺にはこの空気感に馴染みがあったりする訳なんだが、どうやらそう思わなかった人もチラホラと居る様だ。
「ぷっ、あはっ、あははははっ、何かおかしいねっ、ジュニア君って何かさアメリカ版のハッチンって感じだよね。」
その空気をご破産にする様に、結衣が大きな声で笑いながらそんな事を口にするではないか、その結衣の意見に同意して頷く雪乃といろはと小町。
そして苦笑いのアンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんに、変わらず微妙な表情の坂崎のご隠居と鶴見母娘とマイヤさん、そしてそんな中に在って変わらずマイペースな十平衛先生と感情の読めない雪乃の姉である陽乃お姉やん。
確かに俺とJrにはオタクとネタ使いと言う共通点がある、だから結衣達がそう思うのも解らんでも無いが、だが誤解しないで欲しい。
「ちょっと待て結衣、確かに結衣が言う様に俺とJrには相通じる物がある事は否定できないが、だがなぁJrがアメリカ版の俺ってのは少しばかり違うぞ、何故なら俺はッ声優さんは確かに好きだが結婚したいとまでは思っちゃあいないぞっ、だってなぁ俺にはお前達がいるのに他に目移りしている暇は無いっての。
だからコイツな、言うなればアメリカ版の俺じゃなくってアメリカ版の材木座だっ!」
ズビシっとJrを指さして俺は断言する、コイツは俺よりも材木座要素をこそ多く持ち合わせているってな。
何故かって、それはだな材木座の奴が言っていたんだよ『我は格闘の出来るラノベ作家となり、そして我の作品がアニメ化された暁にはっ、我は声優さんと結婚する!』ってな。
そして、俺のその一言に材木座よ事を知る総武高校組プラス小町は『ああ』と納得した、それは今年奉仕部を立ち上げて間もない頃持って来た材木座からの依頼、そうあの妄想とパクリに満ちた原稿の感想を聞きたいとの依頼だ。
その時材木座が俺に言ったのが、声優さんと結婚したいって事だった。
「なぁ、やっぱそう思「我がどうしたと言うのだ相棒よ。」………ってぇ!?材木座ァッ!?」
ああ、と納得した結衣達にそう思うだろうと確認しようとしたその時、俺の背後から聞こえてきた声に振り向くとそこに居たのは、相変わらずの指ぬきグローブにトレーニングウェア姿に何時もの眼鏡ではなくゴーグルを装着した、材木座だった。
「して、もう一度問うが相棒よ、我がどうしたと言うのだ!?」
眼鏡の代わりに装着しているゴーグルをスチャっとイジり格好を付ける材木座の奴が、何時もの口調で俺に呼び掛けてくる。
材木座の奴は別にイメージチェンジって訳じゃ無いんだろうがゴーグルタイプの視力矯正器具が、すこぶる似合って無い。
「……てかお前、何処から生えてきたんだよ材木座。」
このグダった状況下に突然現れた材木座に正直俺はゲンナリしてしまい、溜息を吐きたいのを我慢しながら材木座に問うんだが、まぁそのゲンナリ感は多分消しきれちゃいないだろう。
「なっ、ちょ、ちょっとぉ相棒それ酷く無〜い!?我生えないからイキナリ生えたりしないからっ!!」
そんな適当にあしらわれた感を材木座も感じてだろうな、何時もの作り口調を忘れて素の状態で涙ちょちょぎれさせて言い募る、あ〜ぁ面倒クセェと思っていた俺だったが有り難いことにそんな材木座を嗜める人がいた。
「アハハハ、材木座君皆さんに挨拶もせずに急に声を掛けちゃそうなっても仕方が無いよ。」
ポンと軽く材木座の肩を叩きそう言いながら材木座の背後より現れたのは、年の頃は舞姉ちゃんより確か少し歳下なんだが、ショートカットのヘアスタイルにこれまた材木座と同様にトレーニングウェアを着装しているせいか活発で元気な少女の様な印象を抱かせるそんな女性だった、それは。
「あっ、春日野先生!」
その人の登場にいち早く名前を呼んだのはいろはだった、そうこの人は俺達の母校である総武高校に於いて女子の体育を受け持つ教師であり且つ、俺と材木座の校内でのトレーニングの監督を務めてくれている春日野さくら先生だった。
その春日野先生の登場に現役総武校生である、雪乃達は掛けていた椅子から立ち上がり挨拶の会釈と言葉を掛ける。
「やあ、こんにちは皆数日ぶりだけど元気そうだね、それとはじめましての方達もいらっしゃるけど……これはまた物凄い顔ぶれだね。」
先ずは俺達生徒に声を掛け、然る後他の面々を見渡し春日野先生は本当に驚いたって表情を浮かべるが。
プロでは無かったとは言えども春日野先生も格闘の世界に身を置いていた事もあるんだからな、ここに居る人達の事を知っていてもおかしくは無いよな。
「いやぁまさかこんな所でアンディ・ボガードさんや不知火舞さん、それに極限流空手の開祖タクマ・サカザキさんにお会い出来るなんて思ってもいませんでした。
はじめまして、総武高校にて体育教師を勤めさせて頂いております春日野さくらと申します。」
春日野先生は教師らしくと言うのは語弊があるか、うむ此処は模範的な社会人としておこうかな、その模範的な態度を以って綺麗な姿勢で頭を下げて挨拶を行うのだった。
そして始まるのは大人達の自己紹介タイム、十平衛先生などは春日野先生に対して最年長者らしく肩肘張らずざっくばらんに行こうとアドバイスを贈り、以後は春日野先生もリラックスムードで語り合い始めた。
女性にだらしないセクハラ爺さんだけどこう言う時は年長者としての役割はしっかり果たしてくれるんだよな、つか本人が堅苦しいのが嫌いなだけかもなんだがそれは言わないでおこう。
「ところで春日野先生は何故材、ざ財津君?とご一緒なのですか。」
各人の紹介と挨拶も済んだところで雪乃が核心?たる材木座と春日野先生がこのパオパオカフェへと来店した理由を尋ねるが、雪乃さんあいも変わらず材木座の名を覚えちゃいないのね。
アンディ兄ちゃんや坂崎のご隠居と言った歴戦の
「ほう、知りたいのかね雪ノ下嬢、我と春日野先生がこの場へと馳せ参じた理由をっ!?」
眼鏡の代わりのゴーグルの端をクイッとカッコつけるが、残念ながら当作は文字媒体だからな当然アニメの演出の様にキラリと光ったりはしない残念だったな材木座、お前のカッコつけはある意味徒労に終わったと言っても過言では無いって事だてか材木座よお前それよか先ずは雪乃に名前を覚えてもらえる様に財津ってのは訂正しろよ。
「良かろう、ならば教えて進ぜようではないかっ!!」
「ああ、それはね実は昨夜材木座君から連絡があってね、今まで取り組んでいた新しい技が形になって来たから監修をお願いしたいって事だったんだよ。」
材木座が勇んで説明しようとした矢先に春日野先生がことのいきさつを材木座が勿体付けている間に空かさず説明してくれた。
「なぬっ!?先生それは我のセリフでありますぞなもし……。」
材木座の悲しい抗議に春日野先生は後頭部を掻きながら笑って誤魔化しつつゴメンと謝罪する。
「ほう、と言うと材木座が夏休み前から取り組み始めた例の技ですか、でどうなんですその完成度的に。」
俺としても材木座が取り組んでいた技には興味があったし共に鍛錬に取り組んでいる仲でもあるし、まぁそんな訳で俺は春日野先生へと聞いてみたんだが。
「良くぞ聞いてくれた相棒よ!、ムハハハハッ!我の新たな技であるがな、本日めでたく春日野先生より合格点を頂いたのであるのだ。」
春日野先生への質問だったのだが俺の質問にお得意の胸元での腕を組み、ガイナロボ立ちで得意げに答える材木座意だが、こいつの場合は図しての意趣返しって訳ではなく単に俺に対して自慢をしたいだけだろうな。
「うん、形としては完成と言ってヨシだね、後はこれから更に研鑽を積んで磨きを掛けて行かなきゃだけどね。」
だが、流石に春日野先生は大人の余裕があるんだな、材木座のそれに気を悪くする事無く寧ろその材木座の自慢話しの後を継いで補足説明までしてくれた。
全く材木座よ、お前春日野先生と出会えた事を感謝しろよ、こんなにもお前の事を考えてくれた上に嫌な顔ひとつせず付き合ってくれる人なんてそう滅多に居るものじゃ無いからな。
「なあ、ソコのFat Man、ザ、ザイモッコってイッタか!?」
黙ってペプ○コーラを飲みながら話を聞いていたJrが徐に材木座へと呼び掛ける、つかザイモッコってJrもどんな聞き間違いをしてるんだか。
まぁ雪乃も材木座の名を未だに覚えようとしてないしそれは良いとしとくが、何だか材木座を見るJrの目が剣呑な光を発している様に思えるのは俺の気の所為だろうか。
「ふむ、其処な異人よファットマンと言うのは我の事を指しておるのか、まぁそれは取り敢えずは良しとしてやろう。
だがしかし我が名はザイモッコなどと言う名では無いっ!
我が名は材木座義輝、剣豪将軍との誉れも高き室町幕府第十三代将軍足利義輝の魂をこの身に宿し現代に顕現し、刀を拳に置き換えしは人呼んで拳豪将軍材木座義輝とはッ!あっ我の異な〜りィ!」
かなり完成度は低いが歌舞伎役者の様に見得を切り得意の名乗りを上げる材木座、俺は普段からやられているから途中であしらって中断させるが初見の皆は何事かと最後まで見ていた。
まぁあまりのアホらしさに皆は開いた口も塞がらないだろうな、俺はそう思いながら周りを見渡すと。
舞姉ちゃんやアンディ兄ちゃんは漏れ出そうとする笑いを必死に堪えてるし、雪ノ下さんや藤堂さんそれにマイヤさんと鶴見先生なんかポカンとしている。
凄えな材木座、お前古武術の達人をして呆気に取らせているぞ、そして雪乃達は冷めた目をしてもう既に材木座の方を見ずに女子陣でデザートに付いて語り合っている(この中に留美も含まれる)んだが。
「ふっ、フハハハハハッ、良いぞ材木座少年よ!その名乗り実に面白いッ!」
坂崎のご隠居や十平衛先生には何故だか解らないが好評な様で大きな声で笑っているしな、材木座都市でもこれ程の好感触は経験が無く御老体に対して恐縮仕切りってかんじだ。
しかしふむ、これはアレだな所謂ジェネレーションギャップの為せる技なのだろう、今の様な見得を切る様な挙動とかが御老体達の琴線に触れたのだろう、そういう事にしておこう。
これ以上御老体達の事に触れていちゃ肝心のJrの態度についての話題に行けやしないしな。
「ザイ、ケンゴウ!?ハッ!ソンな事はどうデモイイぜッ、ファットマンオマエいまハチマンを相棒ってイッタナ!」
椅子から立ち上がりJrは威嚇する様に材木座を睨めつける、はて材木座が俺の事を相棒と呼んだ事で何故Jrに怒りの電流が迸ってんだ。
「うむ、そうであるぞ異人よ、我と八幡は時に共に拳を合わせ修行に励み、時に轡を並べ共に強敵と相対した間柄であれば、これを相棒と呼ばずして何をそう呼ぶのだ!?」
再度腕組みをして自慢話をJrに聞かせる材木座だが、その言っている事はかなりオーバーじゃないのか。
確かに俺達は共に組み手などの修行を行っているよ、それは認めるがな。
だが轡を並べて強敵とって、それってお前がゲーセンに屯するヤンチャ君達と揉めた時のことだろう、そんな連中に勇んで意見したは良い物のいざバトルとなったらビビッて何も出来なくり、トミマツネタで材木座をバーサクモードにさせた時だろう。
てか、関係無いけどヤンチャとヤムチャって似てるよな、何方も漫画とかアニメじゃ噛ませっぽいし。
「…トモに闘ったダト……!?」
しかし材木座の発言を聞き、信じられない事を聞いたとばかりにボソリとJrは呟く。
「相棒っテノは、ベストパートナーとかッテ意味の日本語ダッたよな!?」
「はい、ですですそんな感じで合ってますよジュニア君。」
Jrの疑問の声にいろはが空かさず応えてやる、答えてくれたいろはにJrはThanksと礼を述べフムッと唸り。
「No!!俺ハ認メねェゾ、Fatmanッ、ハチマンのNumber1のダチは俺ダぜ!
リングに上ガレよfatmanッ、オマエもファイターならココはコブシで勝負ダぜ!」
「はあっ!?」
突然にJrが告げた材木座への闘いの申し込みとその理由に俺は思わず大きな声で疑問と驚きの声を上げてしまった。
つか何それ、Jrと俺はまだ出会って数十分間程度の時間しか経過して無いんだよ、なのに一番のダチとかって……。
何なのアメリカ人ってそう言う感じなのん、いや少なくともロックはそんな性格じゃ無いし。
「あら八幡君、貴方男子にもモテるのね、この光景を海老名さんが見たらどんな反応をするかしら……。」
雪乃がこの状況を面白がっているのかそんな事を宣う、止めてっ、お願いだから止めてねそう言うの無いからね、マジお願いします。
俺は腐の皆さんの為の薄い本のネタになんかなりたく無いからね、止めて想像したくない〜っ。
「良かろう、異人よその挑戦我が受けて立とう!」
俺がこの混沌たる状況に頭を抱えているのを他所に材木座の奴はJrからの挑戦を受けるなんて言い出すし、一体どうなってしまうんだよ。
と、言う事で次回は重量級対決の予定です。
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斯くて二人の闘いは始まりを告げる。
「さあ皆さん、大変な事になってしまいました。」
俺はパオパオカフェ店内のカウンターバーから一本足の丸いスツールを借りて座り努めて渋い声を造り語るのはこの俺ルパン三世、では無く。
「夜の花火大会を前にパオパオカフェにて食事とデザートを楽しんでいた一行の前に現れたのは、アメリカから夏休みを利用して来日した元キックボクシングスーパーヘビー級チャンピオン、フランコ・バッシュ氏の愛息子フランコJr・バッシュ少年でありました。」
懐から取り出したアイパッチを右目に装着し淡々と話し続ける。
「ジュニア少年は父親から学んだキックボクシングの技を試す為の武者修行の行き先としてこの日本を選び、このパオパオカフェのリングへと上がり幸先よく勝利を収めました、その少年の前に現れたのはかつてサウスタウンに於いて父と共に巨悪と闘った格闘家とその真仲間たちでした。
そしてアメリカに居る友人より聞いた日本に居る、同年代の少年と意気投合したまでは良かったのですが、そこに現れた日本人の少年の知人がどうにもいけ好かない相手だったのです。
そのいけ好かなさに、さしたる意味は無いのかもしれませんがジュニア少年はその男にファイトを申し込み、相手も同意した事により此処に戦いの幕が上がります。」
此処でワンクッション置き、更に続けて俺は語る。
「今日の対戦カードは未来のキックボクシングスーパーヘビー級チャンピオンを目指すフランコJr・バッシュと謎の武術サイキョー流の使い手材木座義輝の巨漢ファイター同士の一騎打ちです。
その勝敗の行方は果たしてどうなる事やら、それは武の神のみが知るのかもしれません。」
そして俺はスツールから立ち上がり、上着を脱ぎ捨て放り投げる、そして。
「お待たせしました、それではパオパオファイトッ!レディーッ、ゴーッ!」
そのセリフと同時に俺は俺は右目のアイパッチを外し、両手を高々と天へと突き上げる。
決まった、俺はパオパオカフェの天井を眺めながらそう心の中で己に喝采を送るが………。
「花蝶ハリ扇!」「上げ面ッ!」
小町が何処からか取り出したハリセンによって鼻っ面をシバかれ、追撃にアンディ兄ちゃんから上げ面を食らう。
「うげろぶぁっ!?」
その衝撃に俺は奇声をあげて堪らずダウンを喫してしまったんだが、解せぬ。
「なっ、
ダウンから上体を起こしておれば問い掛ける、右肩にハリセンを預けメッチャ冷酷な目をした小町と額に手を置き溜息をつくアンディ兄ちゃんをの二人にロック・オンして。
「はぁ……これだからゴミぃちゃんはゴミぃちゃんなんだよ、ホントにさぁ時と場所を選びなよ……はぁ。」
と虫けらを見るような目で冷たく言い放つ小町と。
「八幡、ネタをやるなとは言わない、そのネタによって場の空気を和ませてくれる場合もあるだろうし、だけど小町の言う様に時と場所は選ぶべきだよ、八幡も解っているだろう材木座君の状況。」
優しさの中に威厳を感じさせる声で俺にお説教をたれながら、アンディ兄ちゃんはチラリと材木座の方へと心配げな眼差しを向ける。
「……や、や、や、や、わっ、我、おっ俺は、何をや、や、や、や……。」
うん、俺はこの状況よく知ってるよアンディ兄ちゃん、材木座の奴はきっと新しい技を春日野先生に褒められて有頂天となり銚子の波に、では無く調子に乗ってたところに、Jrから挑戦を受けてその場のノリと勢いで受けて立ったは良いけども、急に材木座元来の弱気の虫が顔を擡げて来てしまって今更ながらにパニクってんだよ。
「いや、だからさアンディ兄ちゃん、材木座の奴がこんなだから俺としては材木座が好きなGガンネタをやってみた訳なんだけど、実際俺と材木座は普段から割とGガンネタ一緒にやってるし、これをやれば少しは緊張感も解れるかと思ったんだけ………。」
何だろう、俺はアンディ兄ちゃんに事に及んだ経緯を話しているんだが、それを聞くアンディ兄ちゃんの表情が次第に薄ら寒いものになって行っている様に感じられて、言葉が途切れてしまったよ。
「はぁぁ、全く……。」
心の底からくたびれたよとでも言いたいかの様な溜息をアンディ兄ちゃんが吐いた、駄目だそアンディ兄ちゃん、そんな溜息なんか吐いてちゃ幸せが逃げていっちゃうぞい。」
「誰のせいだと思っているんだ八幡、もう良いよ……材木座君の事を気遣ったと言うけどそれこそ今は余計なお世話だよ、見て見るんだ八幡。」
アンディ兄ちゃんに促されて俺は材木座を見やると、震え慄き立ち尽くす材木座の真正面から春日野先生が相対していた。
「……せっ先生、わっ我…俺は……」
弱気の虫に支配された材木座はその胸の内を春日野先生へと吐露しようとしているのだろうが、だがその言葉さえもがはっきりとした音声となっていないし。
「怖いんだよね材木座君、良いんだよゆっくりで良いから今君が感じている思いを言葉にしてみて。」
そっと材木座の頬に春日野先生は自らの手を添えるてあげている、俺の位置から見えるのは材木座と春日野先生の横顔だが、その春日野先生の材木座を見つめる横顔は慈愛に満ちているって表現が当てはまるだろうか。
「……先生、俺は……。」
訥々と材木座は春日野先生へ己の心情を語りはじめる。
幼い頃から材木座は俺と同じ様に気が弱く自分に自信が無い上にオタクでコミュ症だった為、人と上手く付き合う事が苦手だったって事。
そんな材木座の状況を見かねたのかどうなのかは定かでは無いが、材木座の母方の親戚に当たる叔父さんでサイキョー流という謎の流派の創始者で格闘家の火引弾さんが材木座に対して武術の手解きを買って出たのだそうな。
「最初は俺、そんなに乗り気じゃ無かったんです……でも叔父御は俺がどんなにトロくさくとも物覚えが悪かろうとも、そんなもの気にするなって何時もニッコリと笑い飛ばして、けど真剣に親身になって教えてくれたんです。」
材木座の語る叔父さん像、それに対して俺は何だかテリー兄ちゃんと近しい物を感じていた。
きっと火引さんって人はテリー兄ちゃんやジョーあんちゃんと同じ様に豪放磊落とか能天気とか陽気とかそんな人柄なんだろうな、そして材木座はそんな叔父さんを尊敬しそんな大人になりたいと叔父さんを目標にしたんだろうな。
「でも叔父御は五年程前に、しばらく旅に出ると行ってそれっきり……。」
元々香港に活動拠点を置いていた火引さんだけに材木座も頻繁に叔父さんと共に修行が出来ていた訳では無かったそうだが、それでも会う度毎に成長して行く材木座の事を火引さんはとても褒めてくれて、次に会うときにはもっと強くなった姿を叔父さんに見せるんだって思いが材木座の鍛錬と格闘技に対すモチベーションとなっていただけに、その会えない日々がどれ程材木座の寂しさを募らせた事だろうか。
もし、俺がその頃兄貴達と会えなくなってしまっていたらと思うと。
「そうなんだ……全くもう火引さんと来たら本当にしょうが無い人だなぁ。
ねえ材木座君、キミも知っているだろうけど火引さんってアレでお人好しで面倒見のいい人だからさ、きっと今頃この世界の空の下で誰かにお節介でも焼いているんだろうね、そう思わない!?」
春日野先生の言葉に材木座の顔にはハッと何かに思い当たったって感じの表情を浮かべ、そして春日野先生に大きく顔を上下に降ってみせる。
「私もそうだったんだよね、ある人に憧れて格闘の世界に飛び込んだ私に火引さんはアレコレとお節介を焼いてくれてね、気の練り方とか海外での過ごし方とか色々ね。
はっきり言ってね火引さんの格闘家としての実力はそれ程の物じゃ無いんだよね、もしかしたらもう今では材木座君の方が上かも知れないよ。
でもね、火引さんってどんなに殴られても倒れても決して心は、ハートは折れる事は無かったんだ心が折れてしまう前に気を失ったりとかは有ったけどね、フフフっ。」
真剣に春日野先生の言葉に聞き入る材木座だったが、苦笑する先生に釣られて一緒に笑ってしまっていた。
これは良い感じじゃないのか、もしかすると今の材木座は上手い具合に緊張が解けたかも知れない、去年から材木座とは週一程で昼練一緒にやってきたが、はっきり言って材木座のフィジカル面での完成度は中々の物だと俺は思っている。
材木座の問題はメンタル面の弱さにつきると俺も春日野先生もそう思っていたし、それに。
「ハイ、先生の言うとおりだと俺も思います、去年から相棒……八幡とトレーニングをする様になって、この間からは先生からも指導してもらって俺もそう痛感しました、サイキョー流の技は不完全な物が多いんじゃ無いかって、八幡からも度々指摘されていた事ですし先生にあの技を教わってからはその思いも尚更てす。」
そうだったな材木座、確かに俺はお前にアレコレと指摘していたっけな。
「じゃあ材木座君はサイキョー流を捨てる?」
核心を突く様に春日野先生は少しキツめの声音で材木座に問い掛ける、この質問への材木座の答え次第では俺も春日野先生も今後の奴との付き合い方を考えなければならないだろう。
どう……答えるよ、材木座。
材木座は暫し黙考するかの様に沈黙し目を瞑り、そしてカッと目を見開き力強く春日野先生へと向き直り告げる。
「……俺は、捨てません!捨てたりなどしませんぞッ、寧ろ俺の、否我のこの手でサイキョー流を更に進化させる所存でありますぞ春日野先生!」
言い切りやがったな材木座、俺もそうだったけどお前もたった一人との出会いで、その人の行動と言葉で変わる事が出来たんだな。
「けどそこはアレだろう、お前の場合は叔父さんとの修行の中で変わらなきゃだったんじゃねえのかよ!?」
ガキの頃から親身になって付き合ってくれた叔父さんの言葉じゃなくて、歳上の女の人の言葉でってのが……なんだかなぁ。
「なあに、いつの世も男を奮い立たせるのは女の存在があればこそであるぞ八幡少年。」
「カーッカッカッカァッ!拓馬の言う通りじゃよ八坊、
ご老体二人が俺のボヤキに突っ込む、まぁ確かにそんな面も男にはあるって俺も思うけどね、更に言えばこの二人の発言だから尚更に説得力がある様な気がするわ、方や亡くなられた奥さんの仇を討つ為に十年に渡りその仇を探し続けた男だし、方やこの世全ての悪ならぬ助平魂の塊を集めた様な爺様だしな。
まぁ終わりよければ全てよし……つかまだ始まっちゃいないけどね。
「けど、此処が材木座にとっての『
夏でも羽織っている暑苦しい材木座のトレードマークと化した感があるコートとゴーグルを外して、ステップを一段一段登ってゆく材木座の後ろ姿を見送る俺達。
そのリングの上には既にバンテージを巻き終えた拳にグローブを装着したJrがコーナーロープに腕を掛けて不敵に登り行く材木座を見つめている。
俺達はJrが闘う姿を見たのはさっきが初めてだがおそらくはアメリカでも実戦経験を積んでいるだろうな、対する材木座はこれが初の実戦な上に本当にメンタルの弱さを克服出来ているのかは未知数だ。
コーナーのトップロープを掴み、勢いを付けて飛び越えリングインを果たす材木座だが、重量級の体重によりマットへの着地音が大きく響く。
「覚悟はキメてキタのか俺ニ、ブッタおされる覚悟をヨっ?」
店内にこだました材木座の着地音がやがて薄れ消る迄タイミングを待っていたのか、Jrは音が消え材木座が立ち上がった瞬間に悪役の様なセリフを吐きやがった。
「うむ、待たせてすまなんだ、異国からの来訪者よ。」
それに相対する材木座は、まるで何処ぞの格闘マンガの主役の様に返答を返すし、本当にどうしちゃったの君達と小一時間ばかり問い詰めてみたい俺ガイル。
「何か、Jr君が悪役で中二先輩がヒーローみたいな感じになってるんですけど、はちくん主役としてはその辺りどう思いますか。」
リング上に佇むJrの態度からいろはがそう思うのも無理も無かろうだ、実際材木座を見るJrの目は相手を舐めきっているって態度だし、これでガムでも噛んでりゃ海外の映画やドラマに出て来そうな解りやすい三下だ。
てか何だよ俺が主役って、今の俺はリングサイドで観戦するだけの脇役だってのに。
「フフフっ、違うのよいろはちゃん、Jrのアレはね遊んでるのよ、ねえ八っちゃんもそう思うでしょう。」
舞姉ちゃんの言う様に俺にもJrが態と悪役を演じていんじゃね、と思わなくも無い。
どういう事ですかと、いろはが俺と舞姉ちゃんに問い掛けるが残念ながら俺には何故態々Jrが悪役っぽく振る舞うのか、その理由の方はどうにもピンと来ないだよな、一体Jrが何を狙ってるのかはハテナだから答えようが無い。
「と言う訳であしからず、まぁ見てればその内解るんじゃね。」
そんな訳で俺はいろはにそう答えリング上の二人に注目する様に促し、また俺自身もそうしようと思っていた矢先に上着のポケットにしまっていたスマートフォンが震え出す、着信は通話では無くメッセージだったから俺はその場で素早くササッと返信を返した。
「スタッフ、コーナーポストとロープを収容し、超電磁フィールドウォール発生装置を用意!」
マイヤさんの掛け声によりスタッフがメカニックルームから操作する事によりリングの四角のコーナーポストとロープを張り巡らせている部分が昇降装置により下がり代わりに超電磁フィールドウォール発生装置が四隅を囲い。
「超電磁フィールドウォール発生!」
マイヤさんがバッと手を艦隊指揮官の様に上方から正面へと振り下ろしながら告げられる、所謂バリアの発動だな。
正方形のリングの四つ角の装置から九十度の角度をつけて二つの方向に放たれる朱色の光が中間地点で両隣の装置から放たれた光と触れあい、やがて目に見え無い透明の防護壁を形成する。
「……これが超電磁フィールドウォールか、まだ本場サウスタウンのパオパオカフェにも導入されていなかったのに、凄い物だねリチャード。」
「フフッ、ありがとうアンディ、だが近日中に他の店舗にも順次導入して行く予定だよ。」
その過程の一部始終を見届けたアンディ兄ちゃんが感嘆の声をあげマイヤさんに称賛の声を送り、対しマイヤさんもこのシステムの他店舗でも順次導入予定だと告げる。
「マジで凄い物だよな、確かサカザキ総帥とロバート師範とロドリゲス師範代が同時に覇王翔吼拳の一点集中砲撃を放っても理論上は余裕で耐えられるんでしたっけ。」
アンディ兄ちゃんへの補足情報としてこのバリアがどれだけの物かを聞いた話だが解説する風を装いマイヤさんに俺は確認を取り、マイヤさんもまたそれを静かに肯定する。
それによりこのシステムがどれ程の物かをアンディ兄ちゃんも理解した様だ、まぁ尤も理系が壊滅的な俺じゃあそのシステムの概要を詳しく深くは説明出来ないんだけどな。
「けど、もしそれを越える力が加えられたらやっぱり光子力研究所のバリアみたいにパリンと割れるのかな……。」
俺が呟いた疑問の声はあまり大きくは無かったから多分誰にも聞こえなかっただろうな。
リングの上の対角線上の二つのサイドに別れ立つJrと材木座、実戦経験があり表面上は余裕があるように見えるキックボクサーのJrと、これが初の実戦となり精神的に脆さがあり其処が現状不安要素と思われるサイキョー流の材木座。
不敵な笑みで、まるでパフォーマンスでも披露する様に軽い柔軟からシャドーを披露するJrと緊張を抑えようと深呼吸を繰り返す材木座、そんな対象的な二人と観客に間もなく試合が始まることが告げられる。
戦いを前にコーナーから一歩だけ歩を進めた材木座が突然何を考えてか…
「フンッ!!」
と大きく声を上げたうえにまさかの、己の両頬を思いっ切り張り手をやりやがった、うわ痛そうなどと言う感想がアチラコチラからチラホラと聞こえてくる。
まぁ貼りての音がメッチャ響いたから皆そう思ったんだろうな、しかし不思議だよな覇王翔吼拳でも破壊出来ないバリアが張られてるのに何で中の音はこちらに聞こえてくるんだろう、まぁ考えちゃ負の様な気がするからこれ以上は考えまい。
「八幡君、財津君は何を……。」
突然の材木座の行動に不思議と思っただろう雪乃がその行動の理由が奈辺にあるのか知りたいのだろう、疑問を疑問のまま残しておくのが嫌いな雪乃だからこその問い掛けだろうか。
「そうだな、言うなればアレだ……一流のスポーツ選手には『スイッチング・ウィンバック』と呼ばれる精神回復法がある!選手が「ジョジョの二部の対ワムウ戦のネタなら結構よ!」……おっ、おう解ったか。」
「でもそうね、財津君が一流かどうかは兎も角、ああやって己の気持ちを切り替えるための行為なのね、そう考えれば合点が行くわね。」
俺のネタを途中で遮る雪乃だったが、使ったネタのチョイスは俺自身間違っちゃいないと自負しているし、雪乃も自らの推察の上でそれが間違ってはいないと納得してくれた、そうだろうともだぞゆきのんさんや。
おっとこんなネタをやっている最中にもスタープラチナ・ザ・ワールドで時が止められている訳では無いので事態は当然進んでいる訳で、もう既にリングの上の二人の紹介も終わり、後はもう十秒もせずに試合の開始が告げられるだろう。
その事はリングの上の二人も理解していて二人は既に構えを取っている、Jrは親父さん譲りのアップハンドガードの構えを、対する材木座は……材木座の構えが夏休み前とは比較にならない程に堂に入った構えとなっていた。
それは、あの人を彷彿とさせる左手を下方へ下げ右腕を顎の辺に添えた。
「似ている、リュウさんの構えに。」
そう、材木座の取る構えが似ていたんだよリュウさんに、そして当然だろうがその構えを材木座に教える事が出来る人と言えば、春日野先生を置いて他に無しだ。
「あの構え春日野先生が教えたんすよね材木座に。」
春日野先生は静かに「うん」と頷くが多くは語らなかった、それは何よりも直ぐに試合が開始されるからであり、或いはそんな事は気にせずに試合を見ろと言っているようだった。
俺は言われる迄もなくリングの上から目を離さず時を待つ、試合開始の告げるアナウンスが皆に伝わりやすかろうと思って。
「フランコJrヴァーサスっ、材木座義輝っ、レディっファアイッ!!」
試合開始告げられ先ずはJrがゆったりとした足取りで数歩前進し右腕を大きく振りかぶる、対して材木座は先の構えを崩し両手を後方へと下げて気合いを込めて気を錬る。
そしてほぼ同時に放たれる二人のオープニングショットであり必殺の技が。
「メテオッショーット!!」
「フン、波動ォ拳!!」
此処に二人の重量級パワーファイター同士の闘いの幕は切って落とされた。
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リングの上とリングの下で。
材木座とJrとの闘いの幕は、互いに飛び道具の撃ち合いから始められた。
Jrがその親父さんより伝授されたであろう、打ち下ろす様に拳を振るい発生させる暴風の如き「メテオショット」とかって春日野先生が放浪の格闘家、永遠の求道者と呼ばれるリュウさんに憧れ身に付け、そして材木座に伝授した「波動拳」だ。
その二つの飛び道具はリングでぶつかり合い轟音を立てて、若干の余韻を残し消え去った。
その事態をリンク上の二人は経過観察をする様な事無く次の動作に移るが、リングサイドに陣取る俺達ってか正確には御老体二人はなんだが。
「なっ……波動拳じゃと…!?」
「うむ、あの少年確かに波動拳と言いましたぞ十平衛殿!」
おおっ、やっぱり全米格闘王だったケン・マスターズさんが使っている技だけあってご隠居や十平衛先生も知っていたのか。
俺も去年リュウさんと手合わせして食らったんだよな、ガードの上からでもすげぇ体力削られたっけな。
っと、それは置いて、波動拳に何だか衝撃を受けている御二方に俺はそれに付いて話してみる事にした。
「やっぱご隠居も十平衛先生もご存知だったんすね波動拳、あのケン・マスターズさんも使っていた技ですしね、それを春日野先生が材木座に伝授したんすよあれ。」
俺としては御二方が『うむ』とでも呟いてから何かしらのコメントが頂ける物だとおもっていたんだが、その予想はどうにも外れてしまった様だ。
坂崎のご隠居も十平衛先生も俺の言葉を聞き、少しその表情が苦い物に変わっていたからだ、いや厳密には俺の言葉では無いのかもだが。
リングサイドで話をする俺達を他所にに飛び道具の撃ち合いから始まった二人の闘いはやがて近接打撃戦となり、ビシビシと肉を打つ鈍い音が響く。
そんな白熱するリングの上の二人を他所に坂崎のご隠居は春日野先生へと向けて質問を発した。
「お嬢さん、春日野先生でしたな、つかぬ事を聞くがもしや貴殿とあの材木座少年はあの流派の、轟鉄殿と剛拳殿の流派に連なる者なのであろうか?」
此処で少しリング上の二人の闘いに目を向けてみよう、設定や昔語りも必要な要素ではあるけど折角闘っている奴等が居るんだからそちらも進めないとな、そこの君メタいとか言わないでね。
ああっとそうだな、展開は取り敢えず波動拳とメテオショットが相殺された段階からとしよう。
「Shitッ!」
「ぬぅッ!?」
波動拳とメテオショットが相殺されていまい二人は忌々しげに呟くが、早急に気持ちを切り替え次のアクションへと移行する、即ち。
「フン、シャアーッ!」
「ぬぉーっ!!」
構えを戻して相手の方へと互いに突進する、近接での打撃戦を選択した様だ。
身長185CmのJrと178Cmの材木座、この位の体格差だけならば然程のハンデとはなら無いだろうが、アメリカ人のJrは身体的な作りとしてやはり日本人よりも手脚が長い、対して材木座は極端な短足だとか腕のリーチが短いって訳では無いが若干短いって感じだな。
と言う事はどうなるか、それはイコール二人の打撃の射程距離に反映されるって事だ。
「フンッ、シッ、シッ、シュッ!」
だから、材木座が自分の射程に入ったと判断したJrが先ずは牽制を兼ねての軽いがスピードを重視したミドルキックを連打、これは言わばパンチでは無く蹴りによるジャブのようなノリだろう、そんな物だから多分Jr自身これにはダメージを期待してはいないだろうし、よしんば与えられたらラッキー位の感覚か。
そして空きあらば其処から怒涛の連撃に持ち込もうって展開を狙ってるのかも知れない、いや多分そうだろう。
『誰だってそーするおれもそーする、By形兆の兄貴。』だな。
「何のっ!」
自分を鼓舞するかの様にそう口にしながら材木座は、その攻撃を的確に捌く。
ガードで以ってサイドへのスウェーを駆使してそしてブロッキングでと持てる技術と身体能力を駆使して、Jrにクリーンヒットを与えない。
「やるな、材木座君……。」
「ええ、防御技術はかなりのレベルにある様ね彼。」
「ふうん、やっぱアレかな痛いのが嫌で臆病だから当てられない様にって気持ちが強いんじゃないの、あの太っちょの兄ちゃん。」
左腕を腹部あたりに添え、その左腕に右肘を付き右手を顎に当てて唸るアンディ兄ちゃんと、それを受けて材木座の技術に高評価を下す舞姉ちゃんと、両手を背に回してちょっと生意気にも若干材木座にディスりを入れて私見を述べる北斗丸の不知火流一派。
てか北斗丸よ、それじゃ材木座が何処ぞのVRMMOアニメの主役の可愛い娘みたいだから表現を変えなさい。
アンディ兄ちゃんや舞姉ちゃんが評価する様に材木座はハッキリ言って防御技術だけじゃ無く、その潜在能力もかなりの物だと俺は思っている。
春日野先生と出会う前は北斗丸が言う様にリアルファイトじゃ、その臆病さが如実に現れまともに闘えないって欠点があったし、それ故実戦経験の不足から普段の組み手でも少し追い込まれたら攻めや反撃がワンパターン化してしまうからそれを読まれて迎撃されるんだよ。
「シャーッ、シッシッシッ!」
攻め手を変えてのJrの左ジャブの連打、これもまた材木座はパーリングで弾きダメージを受けていない。
「やるナ、ファッツ!だがボウギョばかりじゃ最後はツミだッゼ!」
材木座の防御技術の高さを素直に賞するJrだが、同時に攻め切れない現状に忌々しさも感じているだろう事がその声から伝わる。
「この状況、Jrにはきついかも知れないな、彼のスタイルが父親譲りならば彼の本領は豪快に攻める事にあるだろうからね、しかし材木座君が的確に攻撃をいなしているからその取っ掛かりが掴めないってところだね。」
「でもさ師匠ぉ防いでばかりじゃ始まんないよ、Jrの兄ちゃんがもっと圧力を上げたら太っちょの兄ちゃんの防御も破られるかもだよ。」
不知火流師弟による状況解説も入ったところで、それが聞こえた訳じゃないだろうけどJr自身もこの状況を面白く無いと思ったんだろうな、一旦リセットって感じでJrが構えを変え、そして上体を左右に振り出す。
それは漫画『はじめの一歩』の主人公幕之内一歩や元ボクシングヘビー級チャンピオン『マイク・タイソン』が使っていたことで有名なウィービングと言う技術た。
幕之内一歩は漫画で、マイク・タイソンは現実の世界でこの技術を用いてKOの山を築いてきた、そしてJrの親父さんであるバッシュさんもまたそれを用いた必殺技があるが、Jrのそれは親父さんの技とは少し違う様だ。
「フンッ、フンッ、フンッ、フンッ、シュッ、シャッ!!」
基本そのウィービングって技はインファイターが上体を左右に振る事によって相手の攻撃を躱しながらうち懐に接近し攻撃を加えるって使い方をする物だ、親父が録った古いビデオで観たタイソンの試合もそうだし一歩もそうだよな。
だが、材木座が防御に重きを置いている現状だから相手の攻撃を掻い潜るってよりも、ウィービングによって材木座を揺さぶる事と攻撃を加えるポイントを悟られない様にする為だろうか。
「……ぐっぬっうっ……。」
何とか頑張ってJrの攻撃を辛うじて防いでいる材木座だが、巨体に似合わないJrのウィービングの速度に材木座はかなり辛そうだ。
「フンッ!フンッ!ガァーッ!」
右、左、右とサイドから放たれるJrの拳による虚実織り交ぜた猛攻に材木座はそれ迄の技工を凝らした防御技術を駆使出来ず、ただ防御に追われているって状況に陥ってしまっている、これは材木座にとってかなり拙い事態だろうこのままじゃ何れ材木座のガードはJrの猛撃によりこじ開けられてしまうだろう、どうするよ材木座。
坂崎のご隠居が少し苦さを醸した声音で春日野先生へ問い掛ける、轟鉄殿と剛拳殿って二人の人物の名とそしてあの流派と。
「シャーッ、シッシッシッ!」
俺が思うにそれってもしかしてリュウさんとマスターズさんの師匠に当たる人なのだろうか、だが春日野先生はリュウさんに憧れ見様見真似で波動拳を習得したって話だし、その師匠の事は知らないんじゃ無いのかってのが今導き出した俺の見解だが。
「坂崎さん私は剛拳さんの弟子ではありませんしその流派の技を誰かに学んだ訳ではありません、何故なら私の技は剛拳さんの弟子であるリュウさんの技を見様見真似で習得した物だからです。
ですが、ずっと昔私がまだ学生でストリートファイトに明け暮れていた頃に剛拳さんとはお会いした事があります、轟鉄さんと言う方にはお会いした事はありませんけど。」
坂崎のご隠居の問いに春日野先生は静かに答える、てかやっぱり剛拳さんって人がリュウさんとマスターズさんの師匠だったんだな。
とまあ、リュウさんと春日野先生の繋がりが直接的な師弟とかでは無いって事は皆にもはっきりと周知できたたけど、坂崎のご隠居は春日野先生のその言葉によって驚愕したかの様に目を見開き、数順の間絶句してしまうがやがて我に返り再度春日野先生へと、今度は興奮気味に尋ねる。
「何とッ…それは本当なのかっ、本当に剛拳殿と会われたのか!?」
今にも春日野先生の肩を掴んでガックンガックンと揺さぶりそうな勢いで質問を投げかける坂崎のご隠居、まぁ肩に手を掛けてないから揺さぶりはしないんだけどな。
そんな坂崎のご隠居の様子に少しばかりタジタジになりながらも、落ち着いてくださいと宥めながら春日野先生は『ええ』と答える。
その答えを聞き坂崎のご隠居も一言春日野先生へと詫びた後、そうかと小さく呟いた。
「そうか、生きておられたのか剛拳殿は、そうか良かった、これで一つ長年の胸のつかえが降りた心地だ……」
剛拳さんってリュウさん達の師匠の安否を知り、坂崎のご隠居は心底安堵したって事が他者にも伝わる程に、その人と坂崎のご隠居との間にはきっと大切な縁が結ばれていたんだろうな。
しかし多分何某かの理由できっと長い間会えなかったんだろう、正直俺はそれを聞きたいって好奇心はあるけどこういった事は余り聞かない方が良いかもな。
『比企谷八幡は(たまには)クーキを読むぜ。』何て心で呟きながらスピードワゴンっぽい雰囲気を出しているつもりだけど、それが上手く行っているのかは知らん。
「何じゃ拓馬よ、お主はあの流派とも親交があったとはな、どれ一つ詳しく話してみぃ。」
………何て俺の空気読みは爺様の一言によって台無しだよ、ってか十平衛先生はその剛拳さんとは面識が無いのか、さっきは何だか知ってそうな口ぶりだったと思ったんだけどな。
ウィービングから叩き込まれるJrの連打の前に材木座のガードがまるで風前の灯火であるかの様に崩れかける、拳に打たれる肉の音と材木座の口から漏れる微かな呻き声と、形成された防護壁に押し込まれた材木座の現状からその事が窺える。
「あっちゃ〜っ、あ〜あもうジリ貧だよ太っちょの兄ちゃん、さっきの波動拳って技凄かったからどれだけやれるかオイラ期待したけどこりゃガッカリだったかなぁ。」
その状況を見て北斗丸が漏らした感想は仕方の無い事なのかもだが、材木座との付き合いもそれなりに長くなって来た俺としてはその北斗丸の感想に、僅かばかりの苛つきを感じるのはあまり認めたくは無いが材木座に対して友情的な物を感じているからだろうか、認めたくは無いがな若さ故の過ち位にな。
「そう捉えるのは早計だぞ北斗丸、材木座君の目を見れば分かるだろう……彼の目はまだ諦めてはいないよ。」
「えっ!?」
だがアンディ兄ちゃんは北斗丸のその判断を否、早計と退ける。
防御の型も崩れ身を丸くしてJrの猛攻を防いでいる材木座、しかし俺の今居る位置からは残念ながら材木座の目は見えないから解らないが、アンディ兄ちゃん達の位置からはそれが確認出来るのだろう。
「アンディの言う通りね、あの子何かを狙っているわ……目もだけどあのガードをよく見なさい北斗丸、Jrに対して左半身を前に出して極端に半身に構えてそして、身を丸めた上で左腕であたまを中心に防御を固めてるでしょう。」
「虚実織り交ぜたJrの連撃に今は苦戦を強いられているけど、材木座君は打たれながらもその攻撃の空きを覗っているんだよ、反撃の一撃を決める為に。」
不知火流師範格二人による不知火流門下生に対する解説が入ったお陰で結衣やいろは、鶴見先生にも状況がお解りいただけた事だろう。
波動と呼ばれる気を扱う秘して伝わりし伝説の暗殺拳、それが現代まで伝わり続けていると言う事を十平衛先生は偶々知る機会があったそうだ。
そしてかつてテレビ中継されたマスターズさんの試合に於いて波動拳を放つマスターズさんの姿にそれが未だ伝えられているって事が真実だったと知ったんだとさ。
「そうですな、あれはワシが不知火道場を訪ねてから二年程が過ぎた頃であったのでワシが十七の時でした。
十平衛殿やタン殿、そして半蔵殿と出会い気の存在を知ったワシはあれから独学で鍛錬を積み半年程で開眼する事が出来ましたが、まだまだ実戦に於いて使うには技量が足りぬそう思い武者修行で各地を巡りました。」
十平衛先生に問われて語り始める坂崎のご隠居だが、これってもしかしてリュウさん達の師匠との縁だけじゃなくて極限流空手誕生の秘話なのかもだよな!
そう思うと俺は坂崎のご隠居の話に俄然興味が湧いて来た。
「各地の道場に赴き時に其処の方々とともに汗を流し手合わせをして頂き、またある時は別の場所にて道場破りなどもやっておりましたかな。」
そんな道中、坂崎のご隠居はとある山奥に何気無く足を運ぼうと言う気になったそうだ。
「何かを感じ取ったとでも言えば良いのか、まあ兎に角その山に引かれる様にその山を目指し歩を進め、やがて。」
その山奥にあった物は古びた日本家屋と、そして。
「其処に居ったのが轟鉄殿と剛拳殿そして、後に殺意の波動に取り憑かれてしまったあの男でした。」
言われて北斗丸は材木座の様子をじっと見つめている、アンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんの言った事を自分でも確認しているんだろう、こういった所は案外北斗丸も真面目なんだよな。
まぁそれでも小町はやらんがな、それが千葉の兄としての当然の答えだ俺がイケボで有名な三木眞○郎さんなら十年どころか百年早えーんだよって言ってるの世界だ、いや待てそれだとキャラとボイスが変わっちゃうよな。
「うっ……ぐぅぅ…っ…」
反撃して来ない材木座にJrは左右からの拳撃を連打する、防御に徹する材木座だがそれはやはり意図して行っているのだろう、とは言えどやはりそれでも一方的に打たれるのは辛い物がある訳で微かに材木座は呻く。
「本当だ師匠と姉ちゃんの言うとおりだよ、太っちょの兄ちゃん目付きがすげぇ獲物を狙ってるみたいな目だよ、うんこの勝負まだまだお楽しみはこれからって感じだね、あ〜もうオイラもやりたいよぉ!」
材木座の様子に気が付いた北斗丸は楽しいおもちゃでも見つけたかの様な期待に目をキラキラさせはじめる、まるでそれは次は自分も闘うんだとでも言わんばかりだ。
しかし、残念だが北斗丸よ他の国のパオパオカフェはどうだか知らんけど、この日本の店舗では十五歳未満はリングに上がれないんだよ、本来ならプロボクシングの興行と同じく十七歳以上でとの話もあったのだそうだが、その辺りはマイヤさんや武蔵中原議員が掛け合ってくれて十五歳未満って事で話がまとまったそうだ。
「フンッガァーーッ、いイ加減にツブレろっ、ファッートマンッ!!」
想像以上に粘り強い材木座の防御にいい加減苛つき始めたのかJrは声を荒らげて材木座を罵る、しかも不味いことにそれによりこれ迄の虚実織り交ぜ緩急を付けた打撃が鳴りを潜め強引な叩き付ける様な打撃が目立ち始めた。
それは、場合によっては確かに有効だと俺も思う、此処からだと判断が付かないがもしかしたらJrにはアンディ兄ちゃん達の様に材木座の目を見る事が出来なくて、なのでもうひと押しで潰せると判断しての事かもだから。
だが、材木座がJrの猛攻に対して始めから今の様に防御を固めて凌ぎ、一撃を入れる機会を覗っているとなると。
「フンッ!ガーッ!」
まるで頭に血が登り『プッツンオラ』したみたいにフルスイングで拳を叩き付けるJr、まぁスタープラチナと違いその連打は左右のフックでの連打だが。
「ぬぅッ!!」
ズシッと肉を叩く音がより鈍くより重く響く、だがそれに比して打撃速度が落ちている事もここに居る格闘家には理解出来ただろう。
熱くなり過ぎだぞJr、多分この状況こそが材木座の狙いだったんだよ「ぬぅッ」とか言ってるけどさっき迄の我慢を強いられてる感が無いからな。
「ん!、来る!」
アンディ兄ちゃんがリング上を見上げながら断言する様に呟き、皆が材木座に注目する。
右のフックで材木座の左側部を叩き、その勢いを利用して、今度は左のフックを身体の回転力を用いて、然しそれこそが。
材木座がグッと半身に構えたその身を後方へ撚り、前方へと突き出す為に右手を構えられた右手に輝きが微かに宿る。
そして材木座はJrの左フックに合わせて回転運動を加えた気の輝きが宿った拳を振り抜くべく動き出す。
「我道ォ拳!」
材木座の気を纏ったパンチがJrの左頬へと炸裂し。
「ごふぉっ……!?」
Jrの巨体が大きく後方へと吹き飛ばされ、ダウンを喫してしまった。
あの日、春日野先生と初めて屋上で出会った日に俺が提案した材木座の我道拳を気弾としてでは無く、気を纏った拳撃として使えばどうかとの意見を材木座は採用してくれて遂に身に付けた様だ。
まさか本当に身に付けてしまうとはな大したもんだよ、材木座。
過去のタクマさん使い勝手が良すぎですね、色々利用させてもらいます。
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ご隠居の過去、そして状況を見誤ると碌な目を見ない。
まあタクマさんも関わらせていますのでしょうが無いですよね、と言い訳をしておきます。
材木座の我道拳をまともに頬に食らってしまったJrはリング上を数メートルと大きくふっ飛ばされて呻き声を上げながら、遂に大きく鈍い音を響かせてマットに叩きつけられてダウンを喫してしまった。
『……………………………。』
優勢に攻めていた筈のJrがダウンを喫すると言う意外な展開に見守る観客も言葉を失ってしまった様に呆然とする人が多数を占めるだろう。
まぁ、こんな事になるなんて想像していた者なんてほぼ居なかっただろうからな、しゃあなしだな。
武者修行中の旅の武芸者であると自己紹介をした坂崎のご隠居を、轟鉄さんの一派は快くとは言わないがごく普通に受け入れてくれ、暫しの間坂崎のご隠居は門弟の剛拳さん達と共に鍛錬を行ったのだそうだ。
なんでも、ご隠居を他流派からの出稽古に訪れた客人的に扱ってくれたって話だった。
「聞くと剛拳殿はワシよりも四歳歳上で、あの男……豪鬼はワシよりも一つ歳下だと言う事でな、剛拳殿はおおらかで気さくな方でワシとも直ぐに打ち解けてくれたが、弟の豪鬼の方とはどうにもウマが合わんと言うかの終ぞ打ち解ける事は叶わなんだわ。」
轟鉄さん一派のもとで数日間共に鍛錬に励み下山し地元に戻り更に鍛錬し、そしてまた一月乃至二月程時間を置いて再び彼らの元を訪ね共に鍛錬を、そうした中で坂崎のご隠居は着実に極限流空手の根幹を創り上げて行く事が出来たのだそうだ。
「交流が深まるに連れワシらは互いに胸襟を割って話が出来るようになっていったわ、そして剛拳殿は語っておられた己が学ぶ流派は暗殺拳……だがしかし今の世に殺し為の技は持て余してしまうであろうと、故に剛拳殿はその暗殺拳を武術として後世に伝えてゆく事を志しておるとな、しかしそんな剛拳殿を豪鬼は甘過ぎるなどと一笑に付していたがな。
そして一年程が過ぎた頃だったか、いつもの如くワシは彼らの元を訪れたのだが………。」
そこにあったのは轟鉄さん一派が暮らす古い家屋が破壊され崩れ去った光景だったそうだ。
そして、酷い外傷を負い既に息も絶え既に絶命していた轟鉄さんと、その場から少し離れた場所で何処からか溢れ出ている禍々しくも強大な気、嫌な予感に常を引き裂かれるかの様な思いに囚われながらも坂崎のご隠居はその禍々しい気の出処を目指して歩を進めると其処には。
「手傷を追った剛拳殿と、件の禍々しい気を発する豪鬼とが相対しておったのだ。」
その状況に行き当たってしまった坂崎のご隠居は、剛拳さんと豪鬼さん実の兄弟である二人が対峙するその訳の解らない状況に愕然とし暫してしまうが、その事態を引き起こしたのが豪鬼さんが発する禍々しい気の影響だど判断した坂崎のご隠居は、直ぐ様剛拳さんの元へと参じ共に豪鬼さんへと立ち向かった。
「後に剛拳殿にお聞きしたのだが、轟鉄殿達の流派は古より伝わる暗殺拳である故に、時として破壊と闘いの本能に取り憑かれる者が顕れるのだそうだ。」
聞いて驚くとんでも無いリュウさん達の流派実情と、それに殺意の波動か。
元が暗殺拳だったが故にってリュウさん達の流派マジ怖え〜っ……てちょっと待てよだとするとリュウさんとマスターズさんもその殺意の波動に呑み込まれる可能性があるって事なの!?
「………殺意の波動ですね、リュウさんもそうでした、己の中のその衝動に打ち克ち呑み込まれないようにと、その為に技だけではなく心をもリュウさんは鍛え続けているんですよ。」
そんな事を考えている俺の内心を見透かして回答したって訳じゃ無いだろうけど、春日野先生が坂崎のご隠居に応え語るリュウさんの事情。
去年の秋初めて出会い拳を交えた、偉大だと誇張無しでそうだと言える尊敬すべき格闘家だ、拳を交える事で相手を知り己を知りそしてさらなる高みを目指し精進する、ほんの僅かな時間の語らいだったがリュウさんはそんな事を語ってくれた。
そしてその言葉は嘗てテリー兄ちゃんが俺とロックに語ってくれた事と変わらない言葉だった、表面的な性格や為人は違えど二人は根底の部分はすっげえ共通しているって思える。
いつか俺がもっと強くなったらまたリュウさんと手合わせを願いたいが、それと同じ位にテリー兄ちゃんとリュウさんの対戦ってのも見てみたいなってな事を俺は時として思う事があるんだが、もしかするとそれは何れ叶うのかもな……っとこの俺の思いは取り敢えず今は関係無いからな、ちょっと話を軌道修正だ。
「うむ、そうか……。」
春日野先生の言葉に坂崎のご隠居は貫禄たっぷりに重々しく頷くと再び話を続ける、剛拳さんと共に豪鬼さんへと立ち向かうが強大な殺意の波動の前にお二方は。
『豪鬼よ、目を覚ませ殺意の波動などに呑まれるで無い!』
と闘いつつも呼び掛けを続けながら相対している上に強大な殺意の波動に当てられているものだから、どうしても決め手に欠け逆に二人がかりでも豪鬼さんに押し込まれてしまったそうだ。
しかし、豪鬼さんは時折その剛拳さんの声に反応し拳を振るう事を躊躇う時があったと。
「豪鬼もまた殺意の波動の衝動に翻弄され呑み込まれそうになりつつも、それに抗おうとしておったのだ。」
だがそうは言ってもその衝動は強力に豪鬼さんを、まるで縛り付けたかの様に離さずそして遂には坂崎のご隠居も豪鬼さんの攻撃の前に負傷を余儀なくされてしまい。
「戦いの
坂崎のご隠居は心の底から過去の己の不甲斐無さを恥じている、その声音からも俺やこの場に居る皆にもその思いが伝わっている事だろう、だがそんな感情を抑えて坂崎のご隠居は話の続きを語ってくれた。
「そして、暫しの失神より目覚めたワシが見たものは、負傷し地に伏した剛拳殿とそれを見下ろす豪鬼の姿だった。」
剛拳さんとの闘いにより多少は己を取り戻す事が出来たのか、はたまた思いっ切り暴れ回って気が晴れたのか二人を見下ろしながら豪鬼さんは告げたのだそうだ『兄者、そして拓馬よ俺はこの力に我を呑まれる事無く必ず己が物と成すであろう、たとえ征く道が修羅道であろうともな。』と。
「そう言い残して豪鬼はワシらの前から立ち去って行きおった、ワシと剛拳殿に奴を追うだけの余力が無い事を熟知したうえでの。」
無力感に苛まれながらも二人は体力の回復を待ち、何とか動ける程に回復した後息絶えてしまった轟鉄さんを簡素ながらも荼毘に付し墓を立てそして、檀家も絶えて久しい廃寺を新たに根城としそこで傷が癒得るのを待つ。
『俺はこれより修行を再開する、かねてより考えていた通り我が暗殺拳を武術として昇華し、殺意の波動を封じる事の出来得る技を会得する為にな、拓馬よお主には世話になったなこれより先は我が流派の問題故に他流派のお主はこれ以上関ることは無用ぞ。』
そう言って剛拳さんは坂崎のご隠居に絶縁を告げる、しかしハイそうですかと坂崎のご隠居もあっさりと其れを受け入れられる筈も無く、剛拳さんに食って掛かるが。
「ワシに背を向け振り返る事もせぬ剛拳殿であったが……その握り締められた拳は微かに震え血も滲んでおった。
剛拳殿は厳しくもお優しい方であったからな、ワシを突き放す言葉も断腸の思いを以って告げたのであろうな。」
その剛拳さんの気持ちを汲み取った坂崎のご隠居は、それを了承しこれ迄の月日の学びと教えと結ばれた絆とに深く感謝の思いを伝え剛拳さんの元を辞去して行った、しかし。
『剛拳殿、俺が推察するに豪鬼のあの力は強き力と強き者の存在を求め闘い、そしてそれを斃す事を望んでおる様に思えすのですが。
であればこれから先俺が更に腕を磨き強くなればあ奴は俺の前に顕れるやも知れませんな、もしもそうなった時の為に俺もあの力を抑え込めるだけの力を付ける為に精進する所存ですぞ。
さすればまた我らの道は何れ何処かで再び………いや今は考えますまい、剛拳殿、再び会う時迄どうか御壮健であられます様、ではこれにて失礼。』
そんな言葉を残して坂崎のご隠居は剛拳さんの元を辞し、以後は己自身で以て極限流空手を作り上げていったとの事だった。
鍛錬、修行の日々の中で坂崎のご隠居はやがて愛する女性と出逢い結ばれ子を成し、亡くなられた奥さんの故国であるアメリカへと渡り後に無敵の龍、或いはMr.空手と呼ばれる程の格闘家となったって事は俺達も良く知るところだ。
「極限流空手の黎明にそんな
坂崎のご隠居が話を一括した所で川崎が感慨深げにその口から漏らす、極限流空手門下生として川崎も今の話には思うに処もある様で……って!?
「かっ、川崎ぃ!?おまっ…いつの間に此処に?」
ヤッバっ、唐突に現れた川崎に俺は思わず虚を付かれ、そして驚きの声を上げてしまったわ。
だってコイツ今勤務中だし、このJrと材木座の対戦が開始された時は居なかったよな、よな!?
「はぁ!?アンタ何いってんの、アタシはさっきから此処に居たでしょうが、その事にアンタが気付かなかっただけだろう。」
メッチャメチャ呆れたって感じの視線で俺を射貫きながら川崎はそんな事を言うけど、イヤイヤイヤ川崎さん貴女居なかったっすよね。
あっ、そうか解ったわ!コレはアレだよアレ筆者が川崎を加えるタイミングを忘れていて今思い出して急遽出したんだな、そうに違いない……ってメタっ!
我道拳によってJrをマットに叩き付けた材木座は残心を残しつつも立ち上がらないJrの様子を確認し。
「……………やったのか、我……。」
己の成した状況を見てポツリと呟く、春日野先生より波動拳を学んだ事により使い道が無くなりそうだった、サイキョー流の技『我道拳』を気弾としてでは無く気を纏った打撃技として生まれ変わらせるとアイデアを提案した身の俺としても、その技を身に付け実戦で使えるだけの技となした材木座も、その威力には驚きを禁じ得ないってところだ。
「ほう、今の技は我が極限流の虎煌撃や龍撃掌に似た性質を持っている様であるな、それに八幡少年のバーンナックルだったか。」
顎に手をやり材木座の我道拳を寸評する坂崎のご隠居だが、確か先日極限流空手道場を訪れた時に黒岩師範代が見せてくれた技が虎煌撃だったよな。
テリー兄ちゃんがジェフさんから受け継ぎ、俺に伝えてくれたバーンナックルにしろ以前テリー兄ちゃんと闘った草薙さんの炎を纏ったパンチとかでもそうだけど、色々な流派で近い性質の技ってのは結構あるものだな、それだけ使い勝手が良いのかも知れないな。
「カウンターで当てましたからね、Jr君が受けたダメージは通常よりも倍化されている筈ですしね。」
「うむ、正に狙いすました一撃じゃ、それを見事に当てよったわいのうあの小僧め。」
続けて春日野先生と十平衛先生も材木座の攻撃に高い評価を下す、まぁ確かにブレイクショット(ガードキャンセル)からのカウンターが決まっしそれに加えての材木座の体格もある、その威力は相当な物だろう。
だが、相手のJrだって材木座以上に体格に恵まれているんだし、それ相応の耐久力だって有るだろう。
「そっすね、今のは確かに上手い具合に決まったっすけど、Jrだってこのままじゃ終わらないですよ。
それに材木座の奴、これで調子に乗って気を抜かなきゃいいんすけどね。」
なので俺は材木座の事を評価しつつもこの後の不安材料を提示する、初めての実戦でこれまでの研鑽と努力の結果が会心的な一撃として決まったんだからな、浮ついた気持ちが擡げて来ても何らの不思議は無いと思うんだ、材木座だしね。
「………くっ……くっ、ククク…」
そしてやっぱり俺の危惧した事が起きそうな感じになり始めた、材木座の奴は自分がJrをダウンさせた事を認識し静かにクククと笑い始めたからだ。
小さく笑声を漏らしながら、小さく肩を上下に震わせてダウンカウントを取られるJrから目を離し、やがてその笑声が徐々に。
「なーっハッハッハッハッはぁー!」
大きくなり両手を腰に添え調子に乗っての呵々大笑、俺の予想したあまりよろしく無い状態へとなり始めた。
それはカウントを受けつつもダメージからの回復を図る為にフーハアーと深呼吸をしつつ立ち上がろうとしているJrへの挑発行為と取られかねない行為だ。
「あははは……もうしょうが無いなぁ材木座君は、変な所ばっかり火引さんに似てるんだこら。」
春日野先生はリング上で調子にのり始めた材木座の事を見ながら苦笑しながらそんな事を言うが、その表情は昔を材木座の叔父さんの事を懐かしんでいるのだろうか、しょうが無いと言いつつも暖かさを感じさせる物に俺には思えた。
「……はぁ、知りませんでしたよ、まさか材木座のあの調子乗りぃな性格が身内からの遺伝だとは……」
春日野先生の感慨は兎も角として、まだ完全に決着が継いていない現状に於いてあんな行為に及ぶのは如何な物かと、まぁ闘いの最中に相手を挑発する事で己を鼓舞したり相手を怒らせて冷静さを失わせたりといった事も、実戦では行うわけなんだが。
今の材木座のはそれから逸脱し始めているように俺には思える、何故なら今まで高笑いしていた材木座だったが何を思ったのかいきなり右手を高く真っ直ぐに空へと上げて人差し指を一本、ビシッと突き立てた。
そして左手は肘を軽く曲げた状態で下ろし腰から尻にかけてをクイッとその左側へと付き出す、それは所謂。
「イエ〜イ!フィーバー!」
「……彼奴ジョン・ト○ボルタにでもなったつもりかよ、ってかサタデー・ナ○ト・フィーバーって知ってる奴居るのか、しかもそれが特撮戦隊シリーズ初の巨大ロボを登場させたバトルフィ○バーJのタイトルの元ネタになったとか、平成や令和生まれの子供達は誰も知らねぇっての!」
と言う訳だ、知らない皆はお家のお父さんやお母さんに聞いてみてね、八幡からの提案だ!
「いや、八坊お主も平成生まれじゃろうに、しかも要らん知識までも開陳しおってからに……」
俺の発言に何だか御老体が呆れ多様に突っ込みを入れているけど、そんな物は聴こえません、ええ聴こえませんともさぁ。
それよりも何よりも今はリングの上の二人に注目するべきだろう、って事で俺は改めて材木座とJrの様子を見定める事とした、決して逃げた訳では無いからねマジ。
「我強い!我サイキョーっ!オラオラオラッどおしたぁ!叔ぉ父ィ御ぉー見てくれましたかぁーっ!?」
『…………………………。』
何と言えば良いのか、そんな材木座のパフォーマンス?に春日野先生を除くこの一戦に注目していた皆の表情が冷え冷えとした物に変わっていた。
一々ポーズを変えながら、取り留めもない事を大声で叫ぶ材木座に皆さん呆れてしまったのでしょう、そりゃなぁ対戦相手はまだ完全にグロッキー状態になってる訳でも無いのに、リング上で調子こいてるんだから当然だわな。
しかもJrは既に立ち上がって今にも闘いが再開されようとしているって状態なんだ、それでアレだもんな。
「彼奴はいっぺん痛い目見た方が良いと思うんだ。」
アホなパフォーマンスに夢中でJrの倒されてなお衰えない戦意に気が付きもしない材木座に対して俺はそう思い、それを口にした。
周りの皆も無言ではあるが俺と一様にそう思っているのだろう、ご老体二人が軽く頷いているし。
そして、材木座が気づかぬままに戦意に昂るJrはその力のはけ口を求めマットの上をダッシュする。
「材木座君、気を引き締めてっ!まだ試合は終わっちゃいないよ!」
「ほへっ!?」
しかし春日野先生は流石に愛弟子?の身の危険を放ってはおけず材木座に注意を促すが、時既に遅し。
「フンガァァーッ!」
ダッシュで材木座へと接近していたJrがその攻撃の射程に入ったと同時に、遠間からの左ハイキックを材木座の横っ面に叩きつけた!
「げっぶぉっ!?」
と言う間抜けな呻き声を上げながら、衝撃によろけ蹈鞴を踏む材木座だがJrの攻撃はこれだけに留まらない。
よろけた材木座の至近距離へと体格に似合わぬスピードで急接近すると、Jrはごく軽く身体を曲げると勢いを付けて膝蹴りを放ちそのまま材木座の巨体を空へと吹き飛ばし、Jr自身もそれを追うように空へと跳び上がり。
「ガァー、ガァッツダァーンッ!」
そして材木座が落下しマットへと叩き付けられると、追い撃ちを掛けるようにダウン状態の材木座を足蹴にして踏み潰す様に蹴りつけた。
その衝撃に材木座は「うぐぇ〜」と踏み潰されたカエルの様な呻きをあげてのたうった。
Jrからダウンを奪った材木座はスパコンゲージを一本無駄にして材木座版挑発伝説をカマしましたが、残念ながらJrは終わる迄待つほどお人好しでは無かったのです。
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やはり格闘家とは闘いの中で解り合えるのは間違っている?
この場の雰囲気を何と言い表わせば良いのやら、Jrに強烈な一撃を叩き込んだ材木座だったが、春日野先生曰く叔父さんの影響を受け継いだ調子乗りな性格が災いし、立ち上がってきたJrからの逆襲の一撃を喰らいマットに叩きつけられてしまったんだが。
そこに同情の余地は1ミリグラムも存在しないとこの光景を見つめる人達は心の底からその様に思っている事だろう。
「さっき……中二先輩がJr君をふっ飛ばした時、私少しだけ中二先輩の事を見直したんですけど、やっぱり気の所為だったみたいですね。
今の私は少しでもそう思った自分にビンタしたい気分ですよ………はぁ。」
「あ〜、うんいろはちゃんだけじゃ無いと思うなそれ、あたしだってちょっとそう思っちゃったもん、流石にハッチンと一緒に練習しているだけあるなぁとかってさ……。」
「いろはさん、結衣さん甚だ不本意なのだけれど私も貴女達と同じ事を思ってしまったわ、ねぇ八幡君これが貴方が良く口にする『認めたくは無い若さ故の過ちというもの』なのかしら。」
それを如実に表わしているのが我が奉仕部の絢爛たる三輪の華達だろう、所構う事なく材木座の事をケッチョンケチョンに腐しているのがいい証拠って奴だ。
しかも雪乃などはシャアの台詞までも引用して己の不明を恥じる始末だし、何か三人が段々と俺色に染まってきているみたいだな、まさに俺色パティシエールだ……ゴクッ、言ってて何だけどちょっとエチぃ言い回しだな俺色とかって。
「いや、まぁ確かに対戦中に相手から気を外して調子に乗った材木座が悪いのは紛れも無い事実ってやつだが。」
元来がチキンハートな材木座が春日野先生の言葉に発奮して、おそらくはアメリカの方ではもう何度も実戦を経験しているだろうJrを相手に、強烈なクリーンヒットを入れる事が出来たんだから気持ちが舞い上がるのも解らないじゃ無いんだよな。
「うぐっ………っぅ…。」
Jrの猛撃によりダウンを喫した材木座が痛みに呻きながら立ち上がろうとするが、果して大丈夫だろうか、今ので彼奴の弱気の虫が発動して戦意喪失とかって、何かメッチャあり得るんだが。
「材木座君、どうだった?すっごく痛いでしょう、まだ終わってもいないのに気を緩めた君自身の招いた事だよ、これはね。」
俺達がそんな事を話し合っている間に春日野先生がリングサイドの材木座の近くまで進み出て問い、そしてその自身の不明を突き付ける。
「……せっ、先生……はい…。」
その言葉に材木座は己の不甲斐無さを思いっ切り痛感したんだろうな、俯き膝をついたままの状態で返事をしながら右手をマットに叩き付けた。
俺たちに対して背を向けているから春日野先生がどんな顔で材木座の事を見ているのかは解らないが、先生は一つ頷くと優しい声音で材木座に問い掛ける。
「闘いって怖いよね、ほんの少しの気の緩みが思わぬ事態を招くんだからね、まあでもそれは人生に於いても同じ事が言えるんだけどね。
それで材木座君、どうする?怖いからもう闘えないかな?」
「……………わっ、俺は。」
「怖くって闘えないなら辞めれば良いよ、でもね悔しいのなら、自分はまだ闘えるって思うのなら……選ぶのは君自身だよ材木座君!」
先生の顔を縋るような表情で見据えていた材木座だったが、春日野先生のその問い掛けに次第に材木座の表情が変化していくのが解る。
「ほぉうあの嬢ちゃん、さくらちゃんと言ったかの…うむ、あの
材木座と春日野先生、二人の間に築かれている師弟としての絆の様なものを感じたのか十平衛先生が顎髭を毎度の如く撫で付けながら呻る。
確かに俺も十平衛先生の言に賛成だ、材木座の奴に僅かな期間で波動拳を授けたうえにチキンの彼奴にリングに上がる勇気を出させたんだからな、それは大したものだと俺も思うわ。
だがまぁそれは材木座にこれまで自身で鍛錬を積んできたって土台があった事も事実だが、切っ掛けを与えたのは間違い無く春日野先生だ。
「俺は……やります!俺はまだ闘えます先生!」
材木座は春日野先生へと宣言すると、立てた片膝に手を添えてグッと力を込めて立ち上がる。
「うん、行っちゃえ材木座君!」
サムズアップでもって春日野先生は材木座を激励し若干けしかける様な發言で発破を掛け、材木座も力強く頷くとJrの方へと向き直り。
「あいや、待たせてすまなんだ異国からの来訪者よ、此処から仕切り直しとさせてもらおうか!」
構えを取り直し闘志も顕に闘いの再開を要請した、そしてJrもまた立ち上がり闘志を見せた材木座に対して一瞬意外そうな表情を見せたが、それを直ぐに打ち消すと不敵さと獰猛さが入り混じった様な笑みを見せ。
「ハッ!優しィマーマの言葉でファイティングスピリッツをとリモドシたか、此処は
ジャパニメーションオタクの本領かネタ混じりの皮肉を口にして材木座を煽りやがった、てかさあJrさんいくら何でもその喩えは如何な物かと思うんだが。
「一言言っておくぞ異人よ、我は確かに春日野先生を我が叔父御と父母と同じ位に尊敬しておる、であるから先生に対する無礼には我は容赦せぬぞ!
しかし……ふむ、そのネタで行くに我はさながら
なんてフザケた事を宣いやがった物だから、この発言に若干イラッとしてしまった俺はリングの上の材木座にクレームを入る事にした。
「はぁ!?オイ材木座、謝れ!全国の白鳥星座の○河のファンのおねいさん達に謝れ、お前が氷○ポジなわけ無いだろうがっ!お前のポジは風魔○小次郎の劉○のポジだろうがどう見ても、何なら○田先生にお前の似顔絵描いてもらったとしたら絶対に○鵬の顔と体型に描かれるからなっ、もしくは夜○一族の黒獅○だし百歩譲って大熊○座の檄だ。」
「ちょっ相棒よ近頃お主の我への扱いが酷くぞんざいな物になっていると思うんだが、気の所為じゃ無いよね!?」
俺は華麗に材木座の問いかけをスルーする、何故ならば俺にはやらなければならない事があるからだ、それはこの作品を読んでいてくださる方達の中に聖闘○星矢ファンのおねいさんが居るとは思えないけど、材木座の代わりに俺が誤りますごめんなさい。」
「プふッ…はーハッハッハッハッハァーッナイスなツッコミだぜハチマン、ロックが言ッテタ通りダナ!
ネタを拾ってクレテThanksハチマン、ソレとアンタモナ、ケンゴー!
オット、ちょいトバカリオシャベリが杉田○和さん、じゃぁ無ェ、オシャベリが過ぎタな、バトルの再開トイコウゼケンゴー!」
俺たち三人が一頻りネタをぶつけ合うっていうグダグダな展開をカマしてしまい、周囲の皆はポカンと呆れたた顔をしている人、雪乃やアンディ兄ちゃんの様に額に手を当て頭痛いポーズを取る人、このやり取りの意味が解らずクエスチョンマークを浮かべている鶴見母娘、様々な表情が見て取れる。
まぁだけどそんな表情も二人のバトルが再開されればまた違う物に自然となるだろうから、放っといても良いよな。
あと材木座、俺のお前に対する扱いは以前からこんなものだったよ、だから気にするなって。
しかし、それよりも何よりも何時の間にやらJrの材木座への呼び掛けがファットマンからケンゴーに変わっているんだが、コレはもしかして少年マンガのお約束の。
「愚腐腐腐、良いねぇ〜むくつけき男子二人がぶつかり拳で語り合った末に友情で結ばれ、その友情がやがて恋へと発展してそして二人は、やがて第三の男比企谷君を交えてくんずほぐれつ、愚腐腐腐っ……ぷはぁーーキマシタワー!!」
「わーっ姫菜擬態しろし、ってか鼻血鼻血出てるし!ほらティッシュ。」
「うわっ!?腐女子さんとあーしさんじゃないか何で二人が此処に居るのんってか腐女子さんはマジで擬態しとけ。」
いきなり予告も無しに登場したあーしさんと腐女子さんの登場とお約束な発言に驚きを禁じ得ない俺ガイル。
まぁ、今日は花火大会の日だし同級生がこの近辺を出歩いても何らの不思議はないんだが、最近はこの二人との遭遇率高過ぎる気がするんだよな、それに今回は更にオマケが付いていた。
「チーッス、おひさ〜比企谷君、俺と隼人君も居るっしょぉ、千葉村以来だけど元気してた!?」
「やぁ、皆久しぶり、突然現れてすまないね、四人で花火大会に来て出店を回ってたんだけど、ちょっと店に入ってコーヒーでもと思って此処に来たんだけど皆の姿が見えたから挨拶をと……って、えっ陽乃さんも居るの!?」
如何にも陽キャで如何にもチャラ男って感じのステレオタイプな戸部と総武高校で多分女子に一番人気の葉山だ。
二人は俺達に挨拶に来てくれた様だがその中に雪乃の姉の陽乃さんが居る事に驚きの声を上げる、そう言えば葉山は雪乃達と幼馴染みな関係だったよな。
「あれぇ、隼人は私がここに居ちゃ何か都合が悪いのかなぁ、その辺り後でじっくりお話しようか、ねぇ隼人。」
「いや……そんな……事は無いよ陽乃さん……ははは……。」
姉ノ下さんは何処ぞの愉悦大好き破戒僧ならぬ破壊神父の様な歪んだ笑みを湛えている、それはまるで葉山を威嚇でもしている様に思える、怖いよ後怖い。
そして葉山の方は何だかそんな姉ノ下さんに言い訳がましく言われた事を否定しているが何か頬が引き攣っているみたいに思える、この二人もしかしてってかおそらくは葉山の方がだろうけど過去に何らかの経緯があって姉ノ下さんを恐れているんだろうか。
「まぁ、他人事だからどうでも良いっちゃどうでもいいんだよな。」
俺は頭を掻きながらそんな事を呟いて後は知らんと、再びリングの二人に視線を戻す。
リング上の材木座とJrも新たな闖入者が現れた事に若干毒気を抜かれたみたいだったが、今は気持ちの切り替えも完了した様で試合再開のコールを待っている状態だ。
あーしさんは舞姉ちゃんとアンディ兄ちゃんの姿を確認すると、腐女子さんを伴って素早くそちらへ向かって行き感激も露わに挨拶を、序に腐女子さんに気がある戸部もそちらに着いていったがな。
憧れの舞姉ちゃんと再会出来、またアンディ兄ちゃんとも会えた事にあーしさんの声も弾んでいるようだ、そして途中からハイテンション此処に極まれりって感じの腐女子さんの『アン×ハチキタコレー』などと言うコトバは俺には聞こえないェ。
「Hey Come on Let’GoFight ケンゴー!」
「応よぉッ!行くぞJrよ!」
そんなリング外のグダグダを他所にリングで対峙する二人はいち早く気持ちを切り替えて、闘いを再開する。
「怒ぅッ…波動拳!」
再開早々材木座は突進して来るJrに対して波動拳を繰り出しすもJrがそれをウィービングとサイドスウェーを以って回避する、しかし材木座はこの流れを読んでいたのか技の硬直が解けると直ぐにサイドステップでJrとの間合いを詰める。
「フンッ…ガァーッ!」
「何のぉッ!」
そして始まる接近戦、Jrのジャブから打ち下ろす様な右をだがそれを的確に捌く材木座、捌ききった材木座も反撃のローキックを放つがそれをJrが咄嗟に同じくローを放つ事で相殺する。
その衝撃に二人は互いに弾かれてしまい彼我の距離は開きバランスを崩してしまう。
「チッ!
「ぬぉっ、まだまだァーっ!」
二人はそれぞれに一声吠えると体勢を立て直して再度接近戦を挑むべく駆け出す、マットの上に重量級の重さを感じさせる様なズザッと響く靴音を響かせて。
「のう八坊、あの娘達は優美子ちゃんと姫菜ちゃんじゃったかのう、ぬっふふぅ〜っいや写真も中々じゃったが本物もええのう、またらんのう!ぐっほほほほぉ〜っ……と言う訳でじゃワシはちと向うに行って来るぞい!」
今まで珍しく真面目にリング上の対戦を観戦していた十平衛先生だったが、新たに来店した二人の女子高生の存在に持ち前の助平根性を抑える事が出来ず、脱兎の如く二人が居るアンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんの側へと飛んで行った。
まぁあの辺りには舞姉ちゃんとアンディ兄ちゃんに加えて、藤堂さんも居るし姉ノ下さんも居る事だしいくら十平衛先生とておいそれとはセクハラ行為に及べないだろう…………だよな!?
てか御老体、たまには最後まで真面目モードでいてください。
「……かっ、彼は確かE組の……材、材木君だったかな。」
こちらの内情を知らない、何時の間にやらやって来ていた葉山グループの、そのリーダー葉山が何故か俺の隣で若干呆気に取られながらも気を取り直し空気を変えるべくだろうが、そんな事を俺に確認して来る葉山だが実際はそんな事に興味は無いんだろう。
「ああ、まぁクラスは正解だが彼奴の名前は材木座だ、別に興味が無きゃ覚える必要も無いがな、雪乃なんかそれなりに会っているが未だに財津だの財前だのとまともに覚えちゃいないしな。」
いと哀れなり材木座、名前を覚えてもらえない事に懸けてはもしかすると俺ん家の比企谷よりも上かも知れない。
えっ、どんぐりの背比べは止めろってか……はいそうします。
「そうか……だけど君といい彼といいうちの学校には格闘技に長けたものが多いんだな、優美子に聞いたけど川崎さんもかなりの腕前の格闘家らしいね、それに雪乃……下さんも藤堂先生に古武術を習っていたし。」
葉山はそう言ってリングの上の二人を何だか眩しげに見ている、はて葉山の奴は一体どうしたってんだろうか。
この間の千葉村での一件、ジョーあんちゃんと留美のシカト問題が絡んだ事から、俺が格闘技を学んでいるって事を皆に知られた訳だが、もしかしたらそれが葉山の中の何かを刺激したとか。
「俺も……君達の様に……。」
葉山が漏らした言葉はすごくか細く小さい物で、周りの歓声やリングの上の二人が発する打撃音やマットを蹴る音や吐息や叫びによりかき消されて、他の人の耳には届かなかっただろう。
君達の様にか、もしかすると葉山は千葉村での件で何かしら思う事があったんだろうか、何て事をふと思い至ったんだが違うだろうか。
千葉村での留美の件で葉山は自身の考え、皆仲良くだとか悪い子なんて居ないとか話せば解り合える何て思想が通用しないって事をある意味突き付けられた様な格好になった訳だよな。
漫画やアニメ、小説などの媒体でも語られる事のあるちょっとした切っ掛けでそれまでの思想や志向がガラリと変わってしまう登場人物、例えばあの件で葉山があの時まで抱いていた思いが崩れ去ってしまって、己の主張を通すには力が必要だと考える様になってしまったとか。
「……まぁ、いいか。」
葉山が何を思っているのかなんて、それを俺がアレコレと考える必要なんてありゃしないんだからな。
「ダッ!セイッ!断空脚!」
互いの攻撃を回避や防御をしながらもスキを突いては打撃を繰り出す近接戦、そこに生じたJrの僅かな防御の綻びを見て取り材木座は膝蹴りから始まる三連撃をJrに浴びせる。
「ウッ……。」
その威力の前に呻き声を洩らしながらJrがマットに両手と両膝を着いてしまう、先の我道拳の時は残心を解き調子に乗り相手の状態を確認せずに挑発行為に及んだ材木座だったが、流石に痛い思いをして勉強した為か今は構えを解かず確りと倒れたJrを見据えている。
「凄いな………。」
Jrからダウンを奪った材木座の快挙に、快挙と言っても良いよな実戦のキャリアはJrの方が上だから謂わばJrは材木座よりも格上って事になるし。
まぁ、そんな訳だが葉山はそんな事情は知らないだろうが、学校内に於いてあまり目立つ事の無く何方かと言えば陰キャに分類される材木座が、リング上でこれだけの力を示したんだから葉山もその辺りを素直に感心しての言葉だったんだろう。
「ウッ、ハァハァ……まだ、ダゼっ
「ふぅはぁ、ふぅはぁ、応っ!来いJrよッ!」
凄いな二人共、攻撃を決めた材木座も食らってしまったJrもかなりの体力を消耗している様で、息も乱れているが二人共その闘志の炎はまだまだ燃え盛っていて消えちゃいない。
そんな二人の熱い闘志に俺は敬意を抱かずには居られない、異国の地に闘いを求め単身乗り込んできたJrの度胸も、初めての闘いにヘマも見せてしまったが先生の教えを受けて立ち上がった材木座も。
「ああ、確かにな……けどそれは春日野先生もだな。」
「えっ、春日野先生ってうちの高校の女子の体育の先生だよね。」
俺の言に葉山が疑問を呈す、なので俺はざっくりとだが俺と材木座と春日野先生との関係とこの二人の闘いの経緯を話してやる、それに依って葉山はまた何やら複雑な表情を顕にしおし黙ってしまった。
葉山の事は置いといて先のの春日野先生だが、調子こいた材木座に注意を促すしたタイミングが今にして見ると絶妙だったんじゃないかと俺は思っている。
多分たけど、あの時の調子に乗っていた材木座に直ぐにそれを諌める様に言ったとしても果たして材木座がそれを素直に聞いていただろうか。
俺にはどうにもそうとは思え無い、なので春日野先生は敢えて材木座に痛い思いをさせて、その身を以て教訓とさせる様に仕向けたんじゃなかろうかと思い至った訳なんだが、まぁその真意は春日野先生に直に聞かにゃ解らんし、それは後でもいいだろう。
「そりゃ、せいやっ!」
ダウンから起き上がり材木座へと突進するJrを迎撃すべく、材木座はその巨体に似合わぬ素早さで身を屈めて脚払いのマットスレスレの水面蹴りを放ち、ソレを読んでいたかのようにJrは前方へショートジャンプで躱すと空中から材木座に対してパンチを放つ。
「Shooーーッ!」
リンかけのハリケーンボルトの様に落下による加速度を加えたパンチが、しゃがみ込んだ状態での回転蹴りの途中段階にあった材木座の頬を高速で掠める。
「うおっ!?」
咄嗟に驚きの声を漏らす材木座だが、中途半場な体勢でその攻撃を受けたものだからその後の回避もままならず、Jrの着地からの屈んだ姿勢からのパンチの三連打を喰らい、そして追い打ちの。
「ダブーゥコーーングッ!!」
必殺の連続ブローが材木座を捉え、強かにマットへと叩き付ける。
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二人の決着を目前に昔話は再び。
Jrの巨体に似合わぬ小技連打から必殺技へと繋ぐ強烈なコンビネーションにより、材木座は強かにマットへと叩き付けられた。
中段へと打ち込むパンチと冗談からの打ち下ろしの二連撃、親父さん譲りの豪快な必殺技ダブルコングにより、マットの上を数度バウンドし材木座は小さな呻きを漏らす。
「ぐふぉッ……はぁ、はぁ……うぐぅっ、ゲホッ…はぁ、はぁ……」
蹲り痛みとダメージに咳き込む材木座は少しでもその痛みとダメージから逃れようと荒い呼吸を不規則に繰り返す。
そして材木座を叩き伏せたJrもまた材木座から受けた技によりかなりの体力を消耗している様で、材木座程では無いものの乱れた息を調えている。
「フゥ、ハァー、フゥ………。」
吸って吐く、それを幾度か繰り返し落ち着いた頃合いを見図りJrは、材木座へとグローブを着けた右手を向けて挑発する様に叫んだ。
「ダァーーーーーッ、Heーy!Come On! Stand Up!!ケンゴーッ!!」
まだ終わりじゃ無いだろう、立って続きをやろうぜとJrは材木座にそう呼び掛け大声で叫ぶ。
そして材木座もまたJrのその思いに応えるつもりの様で、乱れた呼吸を調えつつ静かに立ち上がろうとしている。
「まじ?アイツ、E組の何とかってヤツじゃん、アイツもヒキオや川崎みたいに格闘技やってたん?」
「うん、そうみたいだね……スゴイねザザ君。」
「べーっ、マジかーっあんなの食らってまだ立とうとしてるっしょ、マジリスペクトだわぁ……」
あーしさんと腐女子さんそして戸部もリング上の二人、殊に同じ学校の同級生が闘い熱いガッツを見せる姿に感じ入る物があるんだろう、かく言う俺もそうだからな。
普段共に組手等の鍛錬を共に行っている材木座が、実戦になると縮こまってしまい手を出せなくなっていた材木座が、今熱い思いを胸に闘っていやがるんだもんな。
「はぁ、はぁ……くっ、ゆっ、征くぞぉッJrッ、拳豪将軍材木座義輝推して参る!」
少しふらつきながらも立ち上がった材木座は、もう完全には回復しない体力を気力でカバーし鼓舞する様に大声を張り上げてJrへと向けて前進を始める。
「ハァ、ハァ、フゥ……Nice Fighting Spirits ダッぜ、ケンゴーッ!」
Jrも材木座の闘志を讃えると打ち合う為に前進する、材木座よりも若干の体力的なアドバンテージはある様だがJrもそれなりに消耗してるし。
此処は日本で周りは日本人ばかり、所謂判官贔屓が多い日本人の気質もあるのかもだが、観戦者達からの声援の多くは材木座に対してのものだ。
その中でこれだけの、親父さんから受け継ぎそして己で磨き上げただろう力を引っ提げ異国の地を訪れ闘うJrに、柄にも無く俺は今敬意を抱いてる。
「……こりゃあどっちに転んでもおかしくは無いな。」
「だね、アタシもそう思うよ。」
誰かに同意を求めるでは無く、ただ俺の口から漏れ出た言葉に川崎が同感の意を示し、そして坂崎のご隠居も無言ながらも頷き同意する。
「これが……格闘家の、俺と同世代の高校生の闘いなのか……これが……。」
残り少ない気力と体力を振り絞り、なおも衰え無い闘志をその身に宿す二人の姿に葉山は圧倒されたんだろう、驚愕にその目を見開き声を震わせてボソリと呟いた。
「フンッ、ガァーーーッ!」
「何のぉッ!」
まぁ何てか、もしかしてだが俺や材木座は他者からの印象としてある種陰キャ的に思われてるんじゃなかろうかと、俺は自己分析しているんだが(いやもしかしたら俺は雪乃や結衣にくっついている忌々しいお邪魔虫的に捉えられてるかも知れんけど)俺の事は兎も角葉山にしても材木座の事なんかはそう思っていたのかも知れないが、いやよくは知らんけどその陰キャが(多分)意外な事にこれだけの格闘能力を見せたんだからその衝撃たるやだ。
「ああ、Jrと材木座のヤツが長い年月を掛けて学びそして研鑽してきた成果だよ、これがな。」
「……………っ」
葉山の漏らした言葉に俺は返答をしてみる、葉山がそれを求めていたかは知らんけども。
俺のそれに葉山は何とも苦虫を噛み潰したって形容が当てはまりそうな、いやちょっと違うかもだがエスパーでもニュータイプでも無い俺に人の心を読む事は出来る筈もないから、それが正しいのかどうだか解らないがまぁそんな感じだろうと思っとく。
「もしかしてだが葉山、お前自分も格闘技をとか強い力を得ればとか、そんな事を考えてたりするのか?」
「力なんてものは余程の例外を除きゃぁ一朝一夕簡単に身に付くもんじゃ無いんだよ、格闘家は誰もが皆長い年月を掛け目標を持って鍛練に励み続けるんだ。
格闘家を志した理由は人それぞれあるだろうさ、誰かに憧れたとか自分が世界最強になりたいとか復讐の為とか色々とな。
いや、別にお前が何を考えているかとか何を思っているかとかどうでも良いからこれ以上は俺は何も言わないがな。」
そう、たとえば葉山が格闘家を志そうがどうしようがな、だが間違った事はやってほしくは無いがな。
それこそ力に溺れて我を見失うとか、さっき坂崎のご隠居が語ってくれたリュウさんの流派の殺意の波動とか、まあ豪鬼って人が今でもその力に溺れてるかは知らんし、もしかしたら今ではその力をコントロール出来てるかもだけど。
「ダァーッ、StepAxs!」
「ゆくぞ喰らえぃッ!サイキョー蹴りィィ!」
Jrのダッシュからの強力な右ストーレトと材木座の上段回し蹴りがぶつかり合い、二人共に体勢を崩し互いに弾き飛ばされるが、気合で踏ん張る。
「ぬぅーーっ……波動拳!」
「ウォッ!?Shiィィtッ!」
いち早く体勢を立て直した材木座が速攻で波動拳を放ち、遂にそれはJrの胸部へと着弾するが気合の声を発し片膝は着いたものの、Jrはそれに耐えて立ち上がる。
「見事だJrよ、ならばこれはどうだっ!!晃ォー龍ゥ拳!」
材木座は言うが早いか速攻でJrへと接近し内懐へと潜り込み、リュウさんの昇龍拳やロバート師範の龍牙と似た技、晃龍拳を放つ。
「フンッ!!」
「なぬッ!?」
しかしそれはJrが上体をスウェーし反らすことで回避に成功、材木座は空中で無防備な状態となってしまう。
「PowerBIcycゥ!!」
「うおっ!?ぐぁーっ!」
其処へ繰り出されたJrの高く大きく振り上げた蹴りが材木座を捉え、その威力に材木座が大きく吹き飛ばされる。
しかし材木座も晃龍拳が不発した段階で反撃を受ける事は予測していたのか、吹き飛ばされながらも受け身を取る事に成功し、ダーメジは最小限に止められた様だ。
「くっ、っつぅ………はぁ、はぁ…」
「ぜハァーっ、ハァ、ハァ……」
攻撃を当てたJrもそれを食らってしまい立ち上がろうとする材木座も、互いにかなりの体力を消耗した事が手に取る様に理解出来る。
二人共に呼吸が乱れていて中々それが調わない、こりゃもう謂わば満身創痍的な感じってところだろうかな、だとするとおそらく。
「この勝負、二人共先はもう長くは無いであろう、おそらくは次の行動によって決着を見る筈じゃ。」
俺達がそう感じていた事を坂崎のご隠居が敢えて言語化してくれる、それは葉山をはじめとするこの場に居る格闘家以外の者達への配慮なのかは知らんけど。
「あのご隠居、話を蒸し返すようです申し訳ないんですけどいいでしょうか、先程ご隠居が話された春日野先生と縁のある流派の方々の……剛拳と言う方とはそれっきりお会い出来ていないって事ですけど。
もう一人の、豪鬼という人とはどうなったんですか以前に見た事があるんですけど、ご隠居の左胸にある大きな傷痕はもしかしてその人との闘いによる拠るものなんですか。」
坂崎のご隠居の言に続けて川崎が先の過去の話についての、ご隠居のその後の事や豪鬼さんの事を尋ねる。
確かにそれは俺も聞きたいとは思うし話してもらえるのなら是非お聞かせ願いたい、しかし何故川崎はこの話題を今この時に尋ねたのかって事だよな、何故だろうか。
「……スッ、スッ、ハァー……スッ、スッ、ハァー……フッ。」
「……ハッ、ハッ、フーッ……ハッ、ハッ、フーッ……ハッ、ハッ……」
リングの上では材木座も立ち上がり息を調えようと吸って吐いてを繰り返しながらも闘志も露わに相手たるJrを見据えて対峙する、そしてJrもまた。
リズミカルにそして小刻みに刻まれていたステップも今はもう失われかけている二人だが、気力はまだ途切れてはいない様だな。
そんなリング上の二人と、リング下の川崎と坂崎のご隠居の二人にチラチラと周りの幾人かは視線を移しつつ見守る。
そして当の、この話題を振った川崎はチラッと葉山へと向けていて、そこで俺は合点が行った。
要するに川崎は、葉山の事は多分よく知りはしないんだろうけど、なにせ川崎は学校では孤高ってかボッチってかあまり人とつるまないし、興味の無い奴にはトコトン興味を持たないって感じか。
それでもこの数分間の間に葉山が何かしら、力とか格闘技とかに興味を抱いているって事に思い当たったんだろうな。
もしそれが、葉山が安易な思いであったのならそれこそ力に溺れて取り返しの付かない事をしでかすかも知れない、だから川崎は葉山に対して格闘技の怖い面や負の面をご隠居の過去の事柄から知らしめてもらいたいと思ったのかも知れんな。
「ふむ……そうだな、確かにワシは豪鬼によって胸部肋骨を折られはしたがこの身に残った傷跡自体はその後に相対した別の者との手合わせによって負ったものでな。」
坂崎のご隠居は再び語り始めた、それは若き日のご隠居が剛拳さんと袂を分かってから幾年かが過ぎ去り、ご隠居が研鑽の末に極限流空手も完成に近づいていた頃の事だったそうだ。
「海を渡りアメリカを訪れたワシは其処で一人の中国拳法の遣い手と出会ったのだ。」
その人の名は『リー・ガクスウ』師、年齢は坂崎のご隠居よりも四十以上も歳上だったそうで、二人が出会った当初既にガクスウ師は六十を超える高齢で在ったにもかかわらずその動作は二十代の坂崎のご隠居に引けを取るどころか圧倒される場面もあったとの事だ。
「何せあの男は齢九十を超えてなお、サウスタウン刑務所の主事を勤めておったからな。」
「なっ、マジっすか………。」
「うむ、あの者は中国拳法と漢方医学を極めておったしな、それもあってか齢を重ねようともその実力に衰えは見えなかった、本当に大したものよ。」
世の中には
まぁ十平衛先生のセクハラ行為に付いては取り敢えず放置して、若き日のご隠居とガクスウ師はサウスタウンにて対戦し遂にその決着は見る事は無かったそうだ。
しかしその二人の熱くハイレベルな攻防はそれを観た者達に圧倒的な印象を残し、やがて誰からとなく坂崎のご隠居には『無敵の龍』と、そしてガクスウ師には『最強の虎』の呼び名が贈られたのだそうだ。
その時こそが元祖にして初代無敵の龍と最強の虎の誕生、これはその逸話だった。
「であるからこの身の古傷は豪鬼とガクスウ、その強大な二人の敵手の手に依って着けられたモノなのだ。」
凄い、全くもって凄い話を聴けたものだと心から思うし、何てか坂崎のご隠居とリュウさん達の流派との関わりやガクスウ師との逸話に身震い、いや俺が闘った訳でもないのに武者震いしそうだ。
「沙希坊は極限流の真髄、奥技とは何かを知っておるかな?」
ガクスウ師との出会いと闘いの経緯を語った後坂崎のご隠居は唐突にその様な質問を川崎に投げ掛けた、それを受けた川崎は下顎にそのしなやかでありながらも長年の修練によって少し拳ダコの出来た手を当てごく僅かな時間黙考し。
「極限流の真髄それは限界を超えた極の精神と肉体と技に在り、そしてその極限を超えた先にある闘争心により発現する闘気こそが極限流奥技発動の要、其処には至る事が出来て初めて放つ事が叶う物が覇王翔吼拳であり龍虎乱舞だと学びました。」
真剣な面持ちと声音をもって川崎は坂崎のご隠居へ返答し、坂崎のご隠居もその川崎の答に対して首を縦に振るが。
「うむ、だがそれは我が極限流に於ける、そうじゃな言わば目指すべき最初の段階の到達点であり通過点でもある。」
「……最初の到達点で通過点……。」
川崎は坂崎のご隠居のその言葉を胸に刻み込む様に繰り返す、それを見つめ坂崎のご隠居は語ってくれた。
若き日のご隠居は己の流派となる極限流空手の完成を目指すと同時に、あの日相対した殺意の波動と再び出会った時の対抗手段を模索していたそうだ。
日々の鍛錬の中で徐々にその強さを増してゆくご隠居、そんな頃にアメリカへ渡り出会ったのがガクスウ師であり、その実力は初めて相対した時の殺意の波動に翻弄されていた豪鬼さんにも引けを取らなかったと。
「ワシは正直に驚愕の思いであった、よもや剛拳殿やあの殺意の波動の一端を開いた豪鬼にも匹敵する者が居ったとはな、あれからも日々の鍛錬を積みワシも当時よりも遥かに力を増しておったが、それでもガクスウは僅かながらワシを上回って居った。」
ガクスウ師に一歩先を行かれ手傷を負った坂崎のご隠居は、己の敗北を覚悟し始めたその時。
「その時ワシの
それはまるでワシの精神と肉体とが
「あの時にワシが至った境地こそが明鏡止水、或いは無我の境地であろうか。
そしてワシの身体は意識するでも無く構えを取り覇王翔吼拳をいや覇王至高拳を放っておったのだ。」
そして覇王至高拳を受けてガクスウ師は地に膝を付き立ち上がる事適わず、坂崎のご隠居もまた力尽き膝を付いたのだそうだ。
「その時初めて我が極限流は完成を見たと言っても差し支えなかろう、その境地に至り放たれた技こそが究極覇王至高拳であり真の龍虎乱舞なのだ、そして其れこそが殺意の波動へと対抗出来うる高みなのだ。」
坂崎のご隠居は静かにしかし厳かさを感じる声音でその様に語り、そこに春日野先生が付け加える様に言った。
「なる程、かつて私が出会った時の剛拳さんも殺意の波動を封じる技を会得していました、その技を、その波動を剛拳さんは無の波動と言っていましたよ、案外坂崎の言う無我の境地と剛拳さんの無の波動は近しいものなのかもですね。」
春日野先生の言葉に坂崎のご隠居はよく比喩表現として言い表されるまるで雷に撃たれた様な表情ってやつ、その表現が当てはまりそうな顔で「なんと…剛拳殿もその様な……」と。
しかし、直ぐに坂崎のご隠居はそこから平常へと戻ると、ちょっとばかりアレな事を言い放った。
「しかしなその境地、おいそれと到れるものでは無い、かく言うワシも実戦に於いてその境地へ至ったのは両手の数で数えられるほどの回数よ。
それにワシはその後極限流の力を欲する裏社会の者共に妻を殺害され復讐に身を焦がし残された子を顧みず父親としても人としても碌でもない生活を送り折角身に付けた力も無為な物と堕してしまったのだ…」
奥さんを殺害され坂崎のご隠居のその後の事は少しばかりユリさんやロバート師範に聞いた事がある、確かにあれはろくでなしと呼ばれても仕方無かろうだ、いくら犯人の裏社会の相手を見つけ出す為とはいえ、見つける事の出来無い犯人を探す日々に膿んでいたとはいえ、その裏社会と関係を持ち博打に身を崩して、あまつさえテリー兄ちゃんとアンディ兄ちゃんの
「力の使い方を過てばろくな事にはならぬ、まさにワシの人生がそれを体現しておるわ。」
坂崎のご隠居はサラリとそんな事を言ってのける、てかその時にご隠居とサカザキ総帥やロバート師範はそうとは知らずに対峙したんだよな、そう考えりゃあよく赦したもんだよサカザキ総帥もユリさんも、そんな言っちゃ悪いけどク○オヤジだよ。
「そして此処が肝心なのだが、二十年程前の事だが、豪鬼の奴めがワシの前に現れよった……しかし当時のワシは長き年月の激戦と乱れた生活が仇となり格闘者としての力を失っておった。
そんなワシを豪鬼は闘うに値せずそう判断したのであろう、何もせずに去っていったわ。
其処には落胆の思いもあったのやも知れんな、しかし
日本の南アルプスの山中の秘境に秘して伝わる秘湯が在ると、その秘湯は傷を癒やし回復させる事のできる効能があると、当然クレージーダ○ヤモンドの様に完全に治すって事は無いんだろうがな。
その言葉を真実と受け取った坂崎のご隠居はその秘湯を探し当て、其処で不定期的ながらも幾度も脚を運び数日間の湯治を行い、少しずつだが坂崎のご隠居の心身は回復して行ったとの事だ。
全盛期の力程では無いにせよ、坂崎のご隠居はその力を取り戻す事が出来、既に総帥の座をサカザキ総帥に譲っていた事もあり、その補佐として後進の育成に当たり始めたそうだ。
その頃、サカザキ総帥やロバート師範を始めとする門下の腕利き達が名を轟かせていた事もあり、極限流は規模を拡大し各国に世界進出して行く。
そして日本に進出ってか凱旋ってか、日本道場も開設し其処で坂崎のご隠居は川崎姉弟と出会い、その才能に惚れ込み適性のあったロバート師範のスタイルを伝授したって訳だ、無論川崎はロバート師範を師匠と呼んでいる事からもロバート師範がメインとして川崎の指導に当たったのだろうけど。
俺達が坂崎のご隠居の昔語りを聞いている一方でリング上の二人は共に、最後の攻めのタイミングを覗っているのか睨み合いを続けて入る、そんな中で雪乃が俺に要望を告げる。
「八幡君……どうか貴方はそんな風にならないで。」
「うん、そんなハッチン嫌だな…あたしは今のちょっと……な所もあるけど優しいハッチンが良いな。」
「ですね、でもでももしはちくんがそんな事になったなら私達で正気に引き戻してあげますからね。」
続けて結衣といろはからも、まぁ彼女達の反応も致し方無しだよな、坂崎のご隠居の身を崩した辺りの話は其れだけ女性陣には受け入れ難い物だろうな。
「おっ、おう…まぁその鋭意奮闘努力致します。」
俺は彼女達にそう答えておいた、多分これが今の俺にとって最も無難な答えだろうと………。
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やはり決着が着いた後にグダるのは間違っている。
さて坂崎のご隠居の昔語りも終了した訳だが、葉山には事の最初っから聞かせてはいないながらもご隠居の話は身に包まされるものがあったんじゃないだろうかと俺は思うんだが。
何某か力を欲していた感のある葉山だが、この話を聞いた上で力って物について葉山なりに考えてみて欲しい、きっと川崎もそう思ってご隠居の話を聞かせようと判断したんだろうし。
「フゥーッ、ハァーッ、フゥーッ、ハァーッ……。」
「スゥーッ、ハァーッ、スゥーッ、ハァーッ……。」
それじゃあ此処からはリング上の材木座とJrに注目するとしよう、リング上にて互いに目を合わせながらラストアタックの為の力を引き出す為に繰り返される呼吸。
その甲斐あってか乱れていた二人の呼吸も僅かながら回復している様だ、身体の動きもそれに比して軽やかさも少しは取り戻せているし、Jrは構えをアップライトにし一方で材木座は現状構えらしい構えを取らず両手を下げ左半身を前方に半身の体勢で身構えている。
「矢吹丈の両手ぶらりを気取ってる訳じゃ無いんだろうが、材木座の奴何かやるつもりなのか。」
俺がそう洩らした矢先材木座はアクションを起こした、グッと拳を握り込み右手を腰のあたりに添えて左手はほぼ直角に肘を曲げて拳を前方へ顎の高さ辺りまで上げ、左脚を前に右脚は後で両膝は軽く曲げた状態を作り、そして気合の声を張り上げる。
「はあぁーーーーーー…………!」
それは所謂某龍球でお馴染みの気合い注入の所作だった、材木座は残されたありったけの力を気を練る事で底上げし渾身の一撃を繰り出す気でいるって事だ。
「ヌッ!Woooooォォ!」
Jrもまた材木座がやろうとしている事を理解したようだな、負けじと気力を絞り出す様に吠える。
「これは二人共やるみたいだね。」
「ああ、だろうな。」
「ふむ、二人共に最後にとデカい花火を打ち上げるつもりか。」
川崎と俺そして坂崎のご隠居が続けて口を開くが、三人が共に同じ結論に至っている。
「はちくんはちくん、一体中二先輩とJr君が何をやるって言うんですか、坂崎のおじいさんが言う花火って何の事でしょう。」
普段と変わらぬちょっとあざとさを感じさせる口調でいろはが説明を求める、まぁ格闘技に慣れ親しんでなければ解らないってか想像が至らないって面もあるんだろうし、いろはだけじゃ無く多分結衣も解ってはいない筈だ。
雪乃は藤堂さんに古武術を習ってたっ言うしもしかしたら理解しているかも知れないけど、此処はザックリとでも説明せねばなるまい。
「あのだな、今材木座とJrは最後の力を互いにぶつけるべく気を高めているんだが、あの気の高まりからすると二人共最後の一撃は超必殺技もしくは潜在パワーマックスの技を撃ち込むつもりなんだよ。」
と、俺は本当にザックリといろは達に説明して差し上げましたとさ、わ〜っ八幡って易しく説明してくれるフレンズなんだねっ、てぇ『誰がフレンズやねん』と自分で突っ込んでおく。
「ふぇ!?超必殺技ってハッチンのパワーゲイザーとかヒガシさんのスクリューアッパーとかのすごい技の事だよね、大丈夫なのかな中二もJr君も…」
俺の説明に結衣が二人の事を心配し気遣う、普段は材木座の言動に駄目だしをする結衣だが基本的には優しい女子なんだよな。
「絶対に大丈夫とは言えないけど、二人共オタクではあるが普段から鍛錬は欠かしていないからな、まぁ大丈夫だろう多分。」
仮にも格闘の世界に足を踏み入れた二人だからな、たとえ体力は消耗していたとしても耐久力や回復力はそれなりにある筈だろう。
「ハァーーーーッ……フンッ!」
「Wooooッ……フッ!」
俺達がそんな事を話しているうちにリング上の二人の気力充填は完了し二人揃ってほぼ同時に構えを取り直す、此処から二人のラストアタックに向けて臨戦態勢へと突入する訳だ……何て事を俺も感染する皆もは思っていたんだが、忘れちゃいけない事がある。
「ヘィ!ケンゴー、オマエとここデやり合っタ
「うむ、我もだJrよ!我が初陣の相手が貴殿で在った事を生涯の誇りとしようぞ。」
構えは崩さずに二人は数メートルの距離を置き対峙しながらも言葉のキャッチボールを始める、今の所は二人共互いの健闘を称え合っているが。
「臆病者の我がこの様な場に立とうとはな、面白いよ世の中は……。」
「最高だぜ……。」
そのセリフにネタを入れ始めた、そしてニヤリと二人して嗤うと同時に俺に瞬間的に視線を送り、直ぐに改めて互いに目線をロックオンしその身にグッと力を込めて駆け出す。
「イクぜ、これガ俺達の!」
「最後のスーパーブローだ!」
此処でぶっ込んで来たのは何となく解っちゃいたがやはりリンかけだった、これはアレだ二人が技を出したあとに俺に言わせたいんだな『銀河が泣いた!』と『虹が砕けた!!』ってさ、ってかどっちが竜児のウイニング・○・レインボーでどっちが剣崎のギャラクティ○ファントムのつもりだよ、その辺はっきりしようやお二人さんってそうだと判ったとて俺はやらないからな、流石に此処でやっちゃアンディ兄ちゃんと小町からこっ酷くどつかれるのが目に見えてるし。
しかしリンかけってパチマネーでアニメ化したけどやったのは世界大会編までで、残りのギリシャ十二神編も阿修羅一族編も最後のプロ編もアニメ化して無いのに、何でJrは知ってんだよ。
「ヌッ!Wooom!」
互いに向けて駆け出した二人だったがいち早くJrは駆けるのを止め、左脚を前にして両脚でグッとマットを踏み締めると打ち下ろしの右を放つべく大きく振りかぶる。
対する材木座はまだ止まらずに駆けながら右拳に気を集約し始める様で右の拳が淡い光を放っている、その光はまたたく間に強い光となって材木座の拳から肘の手前辺りまでもを覆ってしまう。
「フンッ!征くぞッ!」
材木座はJrの内懐へと軽く身体を屈めダッキングを交えて潜り込みそして、腰だめにしていた右の拳を上方へと打ち上げる様に振り上げる。
「我ぁ道ぉーッ!」
力を貯める様に右の拳を振り上げていたJrの法も材木座とまるでタイミングを併せたかの様に、その右腕を材木座の顔面目掛けて打ち下ろし。
「ウォーッ、FinalOmega Shoォォォーッ!」
「晃ォ龍拳ッ!」
そしてまた材木座もJrの下顎目掛けて気を纏った拳をアッパーカットのモーションで打ち込む。
『ゴォーッ』と風切り音を響かせて二人の拳が上と下から振るわれる、そしてそれはほぼ同時に材木座の顔面とJrの下顎を鈍く肉と骨を叩いた音を轟かせながら捉える。
「ウグァっ」
顎を強かに叩かれたJrの口から苦悶の呻きが漏れ、更にその衝撃にJrの頭が材木座の伸びゆく右拳につられて跳ね上げられる。
「うぅガァーッ!?」
対する材木座は顔面でJrの打ち下ろしの右に叩かれるのもお構い無しに、強引に足腰のバネの力を加えて右拳を打ち上げる、そして振り抜くと同時に両脚がマットから離れた。
この勝負材木座の勝ちだ、この瞬間迄おそらくはこの闘いを見守る誰もがそう思っただろう、顔面に強打を受けかなりのダメージを受けただろうにも拘わらず気合でそれを我慢して最後まで技を出し切ったんだからな、しかし。
「なぬっ!?うごぉわー……………ぐぶぉっ……。」
材木座が空に飛んだその瞬間、Jrが放った超必殺技ファイナルオメガショットにより発生した、強烈な衝撃波により材木座はふっ飛ばされ背中からマットへと強かに叩き付けられた。
そして時同じくしてJrもまた材木座の我道晃龍拳の破壊力により空へと打ち上げられ、材木座同様背中からマットへと叩き落された。
『…………………。』
観戦者達はこの事態に啞然呆然、誰もがこの意外な結果に言葉を無く沈黙に支配される。
『ダッ……ダブルノックダウン、カウントします!』
マイクを片手に店長がそう宣言しカウントを始める、因みにこの場合テンカウント以内に立ち上がったほうが勝者となるんだが。
『ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ……』
どっちだ、どっちが勝つんだ、と俺達とは無関係な観戦者達が口に出しざわつく中で俺達格闘家はこの闘いがどの様な結末を迎えるのか既にもう見えていた。
「立てんよ、超必殺技がいや、潜在能力が互いに直撃しあったのだ二人共もう既に意識は無かろう、たとえあったとてテンカウント以内には立てまい。」
カウントが続く中で坂崎のご隠居がそう断言する、その言葉に俺達も異論は無い俺も川崎も坂崎のご隠居の言に二人揃って頷く。
そしてやはり坂崎のご隠居が言う様に材木座とJrは揃って意識を手放してしまっている事が確認出来た、それにより店長がマイクを通し店内スピーカーに乗せ拡声された声を響かせる。
『……カウントの続行を停止します、この試合ダブルノックアウトによりドローとします。
皆様、出来ますれば素晴らしいファイトを繰り広げた二人のファイターに惜しみない拍手をお願い致します。』
店長よりの裁定が降され此処に日米重量級オタク対決は引き分けと発表、多くの観戦者達から二人に対し惜しみの無い拍手が贈られる。
超電磁フィールドウォールが解除され春日野先生は直様リングへ登ると材木座の介抱を、アンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんがJrの介抱の為に二人もリングへと登る。
「ふむ、次世代を担う若き闘士達の闘い実に見事であったな、しかしあのままでは暫くは二人共目を覚まさんだろうからな、ここは一つワシが覚まさせてやろうかの。」
闘い終わった戦場たるリング上を見つめ坂崎のご隠居は二人の闘志に称賛の言葉を述べると二人を目覚めさせると言ってリングへと向かい行く、俺と川崎もまた頷き合ってご隠居の後を追いリングへ登る。
「どれ、お嬢さんここは一つワシに任せてくれまいかな。」
そして材木座の上体を起こし支えている春日野先生へそう告げると、材木座の肩から首筋辺りに掌を当てると僅かに気を高めて「フンッ!」と気合一閃、材木座に気を当てると。
「………はっ!?」
材木座は直様目を醒ましキョロキョロと周囲を見渡し、己の置かれた状況をなんとはなしに理解した様だった。
しかし初めて見たわ、良く時代劇で見る気を失っている人を起こす時に気付にやる所作っぽかったよな今の、凄えな極限流ってか坂崎のご隠居が凄いのか。
「……我は、勝負は終わったのでありましょうか先生………。」
材木座は、勝てなかった事を無念とでも思っているのだろうか、それだけを口にすると落ち込みを見せて俯いた。
問われた春日野先生は優しい眼差しで材木座を見つめその背中を擦りながら静かな口調で材木座に声を掛けた。
「顔を上げなよ材木座、君は初陣で立派に闘い抜いたんだよ自分よりもキャリアが上の相手をね、その相手に対して最後まで諦めず互角に闘って相討ちにまで持っていったんだからね、この試合を見た人達とそして君と闘ったJr君は知った筈だよ、拳豪将軍材木座義輝と言う一人の格闘家の将来の可能性をね。」
春日野先生の自身に対する高い評価を聞き材木座はまるで狐につままれるって表現がピタリと当て嵌まりそうな、心底意外だって思いがその表情に如実に表れている、そんな状況にあって更に今度は坂崎のご隠居が材木座の肩に手を置くと威厳たっぷりの良く通る声で告げる。
「春日野殿の言う通りであるぞ材木座少年よ、お主は師にそう評されるだけの闘いをこのリングの上で見せたのだ。
ほれ顔を上げよそして胸を張るのだ少年よ、そしてこれからも精進を続けるのだぞ。」
坂崎のご隠居もまた材木座の事を高く評価し称える、戦う勇気を持たなかった男が師の言葉に奮起し初めて闘いそして高い技巧を見せたんだからな。
「……あっ、ありがとうございますご老人、恐縮であります。」
材木座からの返礼に「うむ」と頷き坂崎のご隠居は立ち上がるとJrの方へと身体の向きを変える、これから材木座と同じ様にJrの気付けを行う為だろう。
「あっ、お待ちくだされご老人、貴方の名をお教え下さい。」
背を向けた坂崎のご隠居を引き留め材木座はご隠居の名を聞こうとするが、いやさ材木座ェ………。
「ふむ、ワシは坂崎拓馬、今はしがない隠居のジジィよ。」
一言坂崎のご隠居は名を告げるとそのままJrの元へと歩を進める、残された材木座は惚けた表情と声音でぼそりと呟く「まさか……あの御仁が極限流空手の創始者……」と、てかお前最初に春日野先生が言ってたよね坂崎のご隠居の事をさぁ、聞いてなかったのかよ。
「お前は、その極限流の創始者に認められたんだよ。」
俺は取り敢えず突っ込むことは止めて材木座にそう言いながら右手を差し出し立ち上がらせた。
「ハーッ、ハハハハハッァ!タノシカったぜケンゴー、いつかコノ
材木座と同じ様に坂崎のご隠居によって起こされたJrがリンクを降りると、早速とばかりに材木座に駆け寄りその背中をバンバンと叩きながら再戦を要求しやがった。
材木座はそんなJrの勢いに若干しどろもどろになっているが満更でもなさげに笑みを浮かべていた、んだが。
「痛っ……Jrよ流石に痛くなってきたぞ、叩くのを止めてくれまいか。」
「Oh!sorry、コイツはスマねぇナ。」
とまぁこんな感じで二人仲良くジャレているんだが、お約束と言うか何と言うべきか賢明なる読者諸氏にはもうお解りだろうが、その光景を見て赤い眼鏡を光らせてハァハァと………いや面倒だから言うまいか。
俺にその火の粉が降りかからないならモウマンタイでわよだからね。
「トコロでヨ、ケンゴー、お前に聞きたいことがアル。」
ガシッと材木座の肩に手を回して抱き寄せたJrはそう切り出す、そしてその光景を……ってもう彼女の事は無視の方向で行こう。
「何であろうか」と材木座が尋ねるとJrは真剣な声音で本題を切り出したんだが。
「ケンゴー、オマエのイチ推しの声優さんは誰だ?」
そのあんまりな内容に周囲の皆はズッコケそうになったんだが、そりゃある意味当然だわな、二人がオタクだってのはリング上でも曝け出されていた事だが降りて早々最初の会話がこれだ。
何かこの一言でさっき迄の二人の健闘を称える空気が瞬時に霧散した様な、そんなアレな空気が漂う中で。
「我イチ推しのであるか……そうだな我はほぼ全ての声優さんをリスペクトしているが強いて上げるならば、やはりみっ水瀬い○りさんであるかな。」
若干照れつつも我が意を得たりと材木座はイチオシ声優さんの名を公言した、ああうんコレは俺も解るわ〜超わかるまである。
「ガーッハハハッ!ソウカよいの○んさんカヨ、オマエ解ってんナぁケンゴーヨォーっ!良いヨナい○りんさん、レムもヘスティア様もスヤリス姫もチノちゃんも、Ohッ上げれバ切がねぇがもうサイコーだゼッ!」
Jrも材木座に同意し、一人ハイテンションに盛り上がり周りをドン引きさせている、何かアレだな漫画やアニメとかで見るステレオタイプって感じのハイテンションヤンキー兄ちゃんをまんま具現化させたっぽいんだよな、今のJrのテンションは。
「そうであろう、そうであろう、お主も解っておる様だなJrよ!ヌッハハハハ〜ッ」
それに連られて材木座もテンションが爆アゲでJrと語り合う、俺以外にオタク方面の話が出来る相手が居なかった事もあるのかもだが、何時ものウザい材木座が顕現しやがった。
こうなると材木座の相手するのはスゲえかったるいんだよな、ってかもしかしたら俺も皆にそう思われてんじゃないかと思わないでも無いが、哀しい現実からは今は眼を逸らそう。
「オウ当然ダゼ、だがなケンゴー、確かニいのり○さんはサイコーだ、ソイツは否定シないゼ、しかしオレは違ウ人ヲ推すゼ!」
右手をチッチッチッと手首辺りから左右に振り(グローブを取ってないからそんな仕草になってんだろうが、無かったら多分人差し指を立ててやってるな)ながら勿体付けてJrは一旦言葉を切る。
「してお主のイチオシとは?」
こう言ったお約束は外さない材木座が真剣な声音の演技をつけてJrに問う、それに気を良くしたJrはニヤリと笑いその答えを述べる。
「オレのイチオシの声優さん、それはりえ○ーさんだっゼ!」
そして繰り返される、先のやり取り二人はり○りーさんこと高○李依さんの出演作や役柄のことで盛り上がる。
えっ、お前も二人の話に加わりたいだろうって!?まぁその気持ちは大いにあるんだが闘い終えた二人の盛り上がりに水を指すのもアレだろう、何かクラスで誰かが興味のある話で盛り上がってる所にしゃしゃり出るように加わろうとしてそれまで話していた連中からちょっとアレな感じで、可哀そうだから加えてやろうぜ的な雰囲気とか醸されたら居た堪れないだろう、そういう事だよ。
てな事を思っていた時期が俺にもありました、しかし……。
「ヘィ、ハチマンオマエのイチオシ声優さんハ誰ダ!?」
Jrがメッチャ良い笑顔で俺にも振ってくれた、べっ別に嬉しくなんか無いんだからねっ!
しかしまぁ問われたからには答えてやるのが世の情けってヤツだし、それを答えるのも吝かでないから答えてやってもいいんだよ、こんなサービス滅多にしないんだからね。
「おっ、俺のイチオシか……そうだな俺はやっぱりすみ○さん、上坂す○れさんかな。」
若干吃ってしまったが俺も答えたよ、答えましたともさすみ○さんめっちゃ可愛いよな、否毛深いよな。
材木座もJrもこの答えには納得してくれるだろう、そう思って俺は二人の反応を待っているとそこにまるでちょっと待ったコールを掛けるかの如く。
「ちょっとあり得ませんよはちくん、其処はあや○るさん、佐倉綾○さんの名前を出す事がはちくんの使命なんじゃないですか!」
「そうだよハッチン、此処はな○ぼうさん、東山○央さんの名前を出さなきゃだよハッチン!」
「ええ、八幡君貴方は今ミスを犯したわ、それは此処ではや○んさんの早○沙織さんの名を出さなかった事よ、なので今すぐ訂正して早見○織さんと答えなさい。」
いろはと結衣と雪乃が訂正を迫る、それはもうとても良い笑顔と仄暗く虹彩を消した瞳をもって迫りくる、ズイズイと三人揃ってそれぞれの中の人をイチオシに挙げよと俺に詰め寄ってくる。
「えっと、八幡師匠、私は諸星○みれさんが良い。」
俺のジャンパーの袖をちょこんと摘んで留美まで参戦して来た、こりゃもうグダグダでカオスが過ぎんじゃね収拾も付けらんないでしょうが、もうマジ勘弁して下さいオナシャス。
「ドウだハチマン、ちゃんト手も洗って来たゼ。」
あの後、年長者の皆さんのおかげでカオスな状況に終止符が打たれ、Jrはグローブを外し材木座に付き添わせ洗面室で念入りに手を洗わせて、今は俺達が陣取っていたテーブルに戻って来たところだ。
「お〜、ハイハイ臭くない臭くないってか早く会いたい座れって。」
春日野先生と材木座、そして葉山達が来た為に人数が増えてしまった為に店員さんが気を利かせてくれ人数分の椅子を用意してくれた(まぁ其処は説明しなくてもよかったか)其処に戻って来たJrをあしらい着席させる。
「オーケーオーケー!」
陽気な仕草と声音で答えながらJrが着席すると、お調子者だがコミュ力の高い戸部がいち早くJrへ話し掛け日米高校交流が始まった。
「ねぇねぇJr君はBLに理解はある方かな、誘い受けは好き?それとも襲い受けかな!?」
「ちょっ…姫菜落ち着くし、てか外人にまでアンタの嗜好を広めるなし!」
何てお約束な展開を繰り出しながらもそれなりに楽しい時間は過ぎて行く。
「それじゃあ皆さん私は此処で一旦失礼させていただきますね、後ほど会場の方でお会いしましょう。
香澄おば様も久し振りにお会い出来て楽しかったですよ、近い内に私も道場の方にお伺いしますね。」
雪ノ下家のぱぱのんとままのんの名代として花火大会の協賛スポンサーとして開会式に参加する為雪乃の姉、陽乃さんがパオパオカフェを後にするが残った俺達は今少しこの場に居なければならない訳があるんだが、それは後程な。
「トコロでケンゴー、今回は決着ガ着かナかっタが、次にヤル時にハはっきりサセようぜオレとオマエ、どっチがハチマンのイチバンのダチかヲよ!」
「応よっ、次こそは必ずな!」
Jrと材木座は互いに拳を突き合わせて再戦と、何だかよくわからない戯れ言をほざいている、それを聞いて腐女子さんは毎度の如く妄想タレ流し状態に陥るし、俺はその謂われない妄想をこれ以上広げさせたくないし、その為には言っておかなければならない事もある。
「ああ、そのだな、二人で盛り上がっているところ悪いんだが、俺の一番の友達は材木座じゃ無い。」
それを俺はハッキリと突き付けねばならない、心を鬼にしてもな。
我道晃龍拳。
材木座の超必殺技及び潜在能力。
超必殺技版は技の発生から材木座の拳が自身の顎の高さに到達すると無敵時間が切れる為対空には不向き。最大3ヒットする。
潜在能力版は拳を振り上げ材木座が飛び上がり両脚が地から離れた瞬間無敵時間が切れる為、相手を引き付けなければ対空技としては厳しい。最大5ヒット。
今回材木座が放ったのは潜在能力版であった為に材木座の脚がマットを離れた時点で無敵時間が切れJrのファイナルオメガショットにより発生した強烈な衝撃波によりふっ飛ばされました。
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やはり天使と野獣が出会うのは間違っている。
闘いを終え不本意ながらも俺の相棒的立場を得る為に再戦を約す材木座とJrに対して、俺は毅然とした態度で歴然たる事実を突き付ける。
「なん……だと、相棒よ……あいやさ八幡よ、なれば我は貴様の友では無いとそう言うのか!?」
物凄い悲壮感と不満をこれでもかと積載オーバーした様なリアクションを取りながら材木座が俺に問う、しかし材木座はこう言った茶番をやらせると妙に上手いんだがコイツ案外役者とかやれるんじゃね、コミュ症を改善出来ればだけど。
「OhNoっだゼっハチマン、ソリャあ無いんジャねえのカよ、ケンゴーはこんなにおもシれーヤツじゃネエかよ。
それヲ、ダチじゃネエトはオレは納得イカねぇーゼ!」
Jrは対して何の混じりっけも無い真剣な態度で、本心から材木座の事を擁護する様に異議を唱える。
俺や材木座と同様にネタ好きではあるが、どちらかと言うとってかどう見ても陰キャに属するだろう俺達と違って陽気で大雑把な感のあるJrだが、日本人で言うところの義理人情的な精神を持ち合わせている様だし良いやつだな。
「いや待てってJr、何も俺は材木座を友達だと思って無いって訳じゃ無いからね、高校入学から一年半近く材木座とは週一で組み手とか一緒にやってきたしお互いの技の問題点とか指摘し合ってきたしな。
それだけ材木座とは行動を共にしていたんだし今更友達じゃ無いとか言わないって、それに何よりもオタク仲間でもあるしな。」
「Whyじゃア何でだ!?」とJrは疑問を呈し、材木座は改めて装着したゴーグル型眼鏡を得意気にチャキッとイジる、その仕草に内心俺はイラッとする。
「それはだな。」
俺はその一言で一旦言葉をと切らせる事でJrや材木座の焦燥感を煽る、さっきの材木座じゃ無いけど演出ってのは案外大事だと思う、まぁやり過ぎは良くないんだろうがこれ位は御容赦願いたい所存だ。
「それは!?」と二人揃えてハモリながらズイッと身を乗り出して俺に促す、その二人揃った挙動にウザさを感じる俺の顔には多分その思いが如実に現れている事だろう、知らんがな。
「それはだな、俺にはもう心に決めた親友が既に存在している他にある訳無いだろう!」
「なっ、何ぃっ!?」
胸元に両手を回し指を顎に添え目を閉じて男の渋味を演出しながら俺は二人に告げると、二人はまるで背景に車○漫画的雷光を背負いこれまた○田漫画的な驚愕の声を上げる、つかまだお前達続けてるのなそのネタ。
「八幡…いや相棒よ、まっ、まさかお前の言う心に決めた親友と言うのは、あの…まさかあの伝説の……」
「オイ、一体どおしタってんダよケンゴー、あの伝説ッてノは一体何だヨ、ハチマンのダチっテノはソンなに凄ぇ奴ナノか?」
材木座が悪ノリしオーバーリアクションで返しJrはそれを真に受けるが、材木座の奴は俺が言う親友ってのが誰の事を言っているのかもう解ってやってるんだよな。
「オイ材木座、あんまり煽んなってのJrが真に受けるだろうが。」
しかしあんまり悪ノリでJrの期待値を煽り過ぎるのも良く無いし俺は一応窘めておく事にした。
「あ、いやスマン、しかし相棒よ我も貴様の親友があの御方となれば納得も行こうと言う物よ、ゲフンゲフン。」
材木座も俺を真似たガイナロボ腕組みポーズを取り、納得とばかりに同意するが最後のゲフンゲフンは要らねえわ。
「フッ……そうだろう。」
「オイオイ!二人ダケで納得シ合ワないでオレにも教えてくれヨ。」
いい加減痺れを切らしたJrがその答えを早急に求め声を上げる、まぁちょっと勿体を付けてしまったしここらで回答を示す段階だろうなと思い口を開こうとした時だった。
「あ〜!何かあたしも分っちやったよハッチンが言う親友が誰かさ。」
「そうね、私も理解したわ八幡君が言う人が誰かがね、寧ろそれしかあり得ないと思える程に納得の人物よね。」
「ですよねぇ〜、それもごく一部の人が物凄く喜ぶんですよねはちくんとの絡みを観て、本当マジ勘弁して下さいって感じで困り物なんですよねぇ。」
「ああ、そうだねアタシもピンと来たよどう考えてもアイツしか居ないよね比企谷、てゆうか材木座とアイツくらいだよね比企谷と話ししてる男子って。」
奉仕部女子陣とサキサキがその人物に当たりが付いたと表明すがサキサキさんや、貴女は人の事言えんでしょうが。
それに俺は最近は話しかけられりゃあ答えるくらいはするからね、まぁその殆どが「おう」とか「分かった」とか一言だけだがな。
「何だァ!?ハチマンのガールフレンズも知っテるヤツなのカ、ダッたらオレにモ教えテくれヨ。」
もう待ちきれんッ、Jrの心境はまるで今まさにその思いではち切れんばかりだ、そうたとえるなら限界いっぱい迄空気を送り込まれたゴム風船の様な状態なのだ。
なのでほんの少し先の尖った物を軽く押し当てるだけで直ぐに弾けるだろう、とアニメJoJoのナレーター大○透さん風のナレーションを入れてみたが、流石にそろそろ話さなきゃだろうな。
「そうだな、一言で言い表すならばまさに天使と、いやまさに大天使と形容するのが最も相応しいだろうな。」
「うむ、そうであろうなあの御仁を言い表すにそれ以上に相応しい呼称はあるまいよ。」
俺が喩えた大天使と言う形容に材木座がしたり顔で同意するのが何かそこはかとなくムカつくんだが、これは俺とした事がしくじったな。
大天使の前に「俺の」と加えておくんだったわ、そうすりゃあ材木座のヤツにしたり顔などさせずに済んだのにな。
「大天使っテのは確カArchangelの日本語ダッたよナ、ソイツはソンなにスゲェヤツなのカ!?」
「何をいうか、凄いなどと言う物では無いぞJrよ、あの御方はな、そのお声を発するだけで我々の俗世の垢にまみれたソウルジェムの穢も、たちまちのうちに回復してしまう程の浄化力を身に付けておられる上に、その微笑を向けられた日にはエンジェルハ○ロゥに眠るサイキッカー達もたちまちの内に昇天してしまう程の御方なのだぞ。」
驚愕のJrに語る材木座だが、だから何でお前がそんなに得意気なんだよってマジで言ってやろうかこんにゃろ。
だがしかし、材木座が言っている事はオーバー気味に言っちゃいるけどマジでそんな感じがするのは紛れもない事実だしなぁ、なので否定も出来やしない。
「マッジカよ、日本ニはソンなスゲェヤツが居ルのかヨ、ジャあソイツがイレばアノ淫○ト契約シて魔法少女にナッても魔女堕チシナイでスムし、キッと育成計画のあのFuck○nなハム○郎モ改心サセられるナ!」
JrはJrでそれを真に受けてるのかネタだと理解してだか知らんけど調子に乗ってるのかネタで返すしっ、てか何だよ○獣も酷い言い様だし育成計画のク○なハ○太郎ってのはかなり酷くね(つかアイツは改心とかしないだろう、多分ひまわりのタネが大好物じゃ無いだろうし、好きな物はアノ愉悦神父と同じモノだろうしな)だがまぁJrも多分だがこの状況を楽しんでるんだろうな、向こうじゃきっとネタを言い合う様な仲間とか居なかったんだろう。
「あっ、居た居た、おーい八幡、皆も遅くなってゴメンね。」
そして俺の、ここに居る俺達の目と耳に件の大天使の清涼な玉音が響き、その声のする方へと向き直ると其処にはこの世に舞い降りた我が心の二大天使の一柱たる、我が盟友の姿が顕現あそばされて居られたのだ。
にこやかに微笑みながらその御手を大きく振りながら俺たちの元へと小走りに駆け寄る大天使、その名は。
「戸塚ぁ!部活お疲れ様、なぁに戸塚を待つ為なら俺は何時間だって平気だから気にするなよ、寧ろその待っている時間さえもが至福の時間の一部でさえあるまであるぞ。」
「うわ〜っ、お兄ちゃんがメッチャテンション高い上にメッチャアホな事を言ってるよ、そう言うのは雪乃さんと結衣さんといろはさんに言ってあげなよ。」
フン何とでも言えば良いのだマイシスターコマチエルよ、今の俺は精神的無敵時間継続中だからどんな酷言を受けようとも心は無傷だ。
そんな小町の事は置いといて、我が友あえてドイツ語で言うと
その身姿に材木座なんぞはまるで仕事から帰って来た大好きなご主人をお出迎えする犬の様に見えない尻尾を振りたおしている有様だ。
奉仕部の面々を始めうちの学校の連中など戸塚のことを知る者達も戸塚へと挨拶を返す、そんな戸塚の様子をJrはポケッとした顔で眺めている。
「どうだよJr、この場に現れて僅かな時間でこんな和やかフィールドを作り出す戸塚の存在感は。」
俺が問うとJrはハッと我に返りそして、如何にも俺の中にあるステレオタイプ的なアメリカンティーン・エイジャーっぽく口笛を一吹きしやがった。
おそらくだがJrは所見で誰もが通るあの勘違いを起こしているに違い無い。
「ハッハーッ!お前スミにおけネェなハチマン、この三人や極限流のカラテガールとリトルレディってガールフレンドが居るノニ、更に今度はこのボーイッシュスポーティガールもかヨ、このリア充ヤロー爆発しヤがれッ!」
と、この様に俺の予想はドンピシャで当たったんだが、Jrの声がデカい為に皆にも今の発言が聴こえたって訳なんだが真実を知る皆の反応もこれまたお約束だな。
そして勘違いをされてしまっている本人である戸塚もそれはもう慣れた物で、アハハと苦笑しながら右手の人差し指で目元をぽりぽりと掻いている。
「あのなJr、俺もお前と同じ道を通ったからあまり偉そうな事は言えないんだがな、お前は大きな勘違いをしているだよ、良いかよく聞けッ戸塚はなああ見えて実は男なんだよ!!」
ズビッとJrに指を突きつけて俺は真実を告げる、そう初見ではマジで信じられないだろうが、それはこの世の神秘にして残酷でもありそして純然たるたった一つの真実をだ。
「ハァ!?オマエ何ヲ言ってンだよハチマン、ジョークにしちャ笑え無いゼ。
こんなキュートなガールを捕まエて男だナンて失礼にも程ガあるゼ!なぁ皆もソウ思うダろう。」
Jrがそう皆に同意を求めるが、その皆からJrへと帰って来るのは何とも言い難い複雑な思いが混じった様な苦笑だった、その皆の反応にJrの方もまた困惑してしまいやがて口をあんぐりと開けてしまう。
どうやらJrも事実を飲み込もうとしているんだろうが、同時に認められないって思いも抱き心の中ではひどく葛藤しているんだろう。
「………マジ、なのカ!?」
水を吸った雑巾を絞りに絞り、そこに残った僅かな水分をサラに目いっぱいに絞り尽くした残滓をこれまた更に絞り出し尽くしたかの様な掠れ途切れた声でJrが呟くと俺を含む総武高校組は一様に頷き、そして。
「うん、僕男だよ……あはは……。」
蟀谷に汗を浮かべ苦笑いしつつ戸塚自身が告げるとJrは言葉を失ってしまった様だ、大きく目を見開き口もあんぐりと開き塞がらない様だ、きっとJrは受け入れ難い真実と闘っているのか、その気持ち俺も痛い程
何せ俺なんてな、男子とは知らずに戸塚に恋をしてしまったって前科があるしな、しかもそれが初恋でその初恋も僅か数分間で終わったし。
「いやぁ〜っJrくん、マジ戸塚くんは男子っしょ、間違いねえって俺達千葉村で一緒に風呂に入った仲だしぃ、ねッ隼人くん比企谷くん、それにあん時はヒガシさんも居てすっげぇ楽しかったっわぁ。」
確かに俺は千葉村で皆と風呂に入ったよ、うんあの時俺は決定的に思い知らされたよ初恋ってのが叶わないものだと言う事と、戸塚はやっぱり男だったんだって事をな。
中々立派な物をお持ちだったよこんちくしょう、先っぽクロマ○ィ略して先マ○ィじゃ無かったのが唯一の救いだったよコンチクショウ。
「山の大浴場でのおっ…男達の裸の宴に羽目を外してくんずほぐれつ、あぁあこれはもう私の方が大欲情だわ、ふっ…ふひっフヒヒっ、ブハーーーっ!」
「ちょっ、姫菜もう止めろし!あんた今日は鼻血出し過ぎだっつうのッ自重、自重しろし!」
戸部の言葉に俺が返答する前に、速攻で反応を示す腐女子さんと世話焼きオカンのあーしさんと言うお約束な展開に多少辟易としながら、いやかなり辟易といているわ俺。
いやさ、個人の主義主張や趣味嗜好は他者の迷惑にならなきゃどうだっていいんだよ、たとえそれがBLだったとしても構いはしないんだけど……その妄想の餌食に自分がなってるって思うとなぁ。
何だよ『やおい穴』ってさ、そんな器官持ち合わせちゃないからね少なくとも一般的日本男児たる俺はな、まぁ葉山とか戸部辺りには在るのかも知れんけどってやっぱり無いわ、嗚呼一瞬でも想像してしまった自分の脳を殴りたい。
脳を殴って脳が震えてやったね此れで君も僕も今日から魔女教○罪司教怠惰担当だやったね八幡、いやいやそれこそ無いわぁ。
「………マジか…………よッ。」
戸部から始まり腐女子さんとあーしさんの何時ものコントに加え俺の脳内独り言が一段落ついた頃合いに、Jrがポツリと溢す。
よく見るとJrの身体は若干震えているんだが、もしかしたらJrがなっちゃうのだろうか魔女○大罪司教怠惰担当にって、それはもういいってのいい加減本題に戻れよ俺の思考。
事実を突きつけられて数十秒『マジかよ、マジなのかよ」などとブツブツと呟き震えていたJrのそれが、ピタリと止まり数瞬の時が過ぎ……。
「Oh Jesus! it’s Amazing!!マジカよッ、凄えゼ日本はよォーーっ!マサか本当ニ存在シテいたノカよッ、マンガやアニメだけノ存在ジャ無かっタんだナ『
テーブルをバンと勢いよく手のひらで叩き立ち上がって歓喜に満ちた声を上げてまくし立てるJr、流石はジャパニメーションオタクだな戸塚を男の娘と認定して感激し暴走してやがる。
その気持ち解らんでは無いがあんまり大きな声で言ってやるなよJr、戸塚がもの凄い恥ずかしがってるだろう。
しかしJrの暴走はそれだけに留まらなかった、何とJrの奴はそのまま戸塚へと向き直るとさっと、その白魚の如く美しくも高貴なる戸塚の手を取ると超接近距離で戸塚に対して宣いやがった。
「オレはフランコJr・バッシュ、アメリカかラ来た、ハチマンとケンゴーのダチコーだ、ヨロシクなトツカ!」
「へっ、ああうん、僕は戸塚彩加だよフランコ君、僕の方こそよろしくね、あははははっ……」
ウザったいくらいのJrの挨拶に戸塚は押され気味になりながらも苦笑しながら挨拶を返す、困った顔の戸塚もまた唆るものがあるんだなと不謹慎な事を思う俺ガイルっかいい加減戸塚を解放するべきでは無いでせうかJrさん(怒)。
「オーーケェーオーーケェー、Yeah!トツカ it’Very cute!素晴らシイ!!
何か日本語と英語では無い言語が混ざっていた様な気がするがそれはどうでも良いか、Jrは最高にハイだてやつだなテンションで戸塚に友達申請をだし、それを心優しい大天使トツカエルは『八幡と材木座君の友達なら僕も大歓迎だよフランコ君。』なんて高過ぎて値段が付けられない程の価値がある微笑みを見せて快く受入れた(尊い)
その返事に更にテンションが爆上がりするJrは戸塚の両手をブンブンと振り回しながら『オレの事ハJrッテ呼んデクレよ、トツカ!』とJr呼びを求め戸塚もそれを了承する。
までは良いが、否よく無いわあんまりJrのパワーで戸塚の腕を振り回し過ぎると脱臼や骨折の恐れもあるし、もう止めるとしよう。
決して戸塚の手を取るJrの事が羨ましい訳じゃ無いんだからねっ!
「おいJr戸塚が戸惑ってるだろ、もうその位にしておけってのってか俺と代わってくれ、俺だって戸塚と握手したいの我慢してるんだからなッ。」
Jrを止めに入った俺だったが気が付けば俺は本心ダダ漏れ欲望丸出のセリフをぶち撒けていた。
大天使トツカエルの虜になるアメリカンビーストの巻でした。
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やはり仲間達と分断されるのは間違っている。
雪乃のご両親からのお誘いで昼食を頂きに訪れたパオパオカフェに於いて、思いがけぬ邂逅を始めとするイベント事も一段落付き、俺達は花火の打ち上げ時刻までの時間を屋台の出店巡りを楽しもうと言う話になり、だが流石に大所帯になり過ぎてしまったものだから数人規模のパーティー編成を行った上で行動しようと言う事で、俺と行動をともにするメンバーは奉仕部の女子三人と戸塚とJrって事になったんだが。
「あっちゃ〜、皆と逸れちゃったねハッチン……ごめんねあたしが下駄に慣れてないから。」
結衣は不器用にカランコロンと下駄を鳴らしながら申し訳無さそうに俺に詫びるんだが、彼女が言う様にその動作から本当に慣れてないって事が覗える。
「いや謝る事は無いって、普段履き慣れてない物を履いてるんだからなしゃあ無しだよ、まぁ気にするな。」
本日の花火大会が開催される湾岸地区は新興の埋立地故建物の建っていない土地もまだまた多く残っており、そういった事情もあり俺が思っていた以上に屋台の出店の数も予想以上だった。
そしてこの街に繰り出して来ている人出もまた俺の予想を遥かに超えるものだった、基本人集りが苦手な俺はこの溢れかえる人の流れに辟易としもう家に帰りたいと訴えたんだが、それは多数派と言う名の集団の数の暴力の前に敢え無く却下されてしまった。
そして着替え終えた女性陣を前に俺達男衆はそれぞれに評価を求められたんだが、まぁ皆お世辞抜きに綺麗だし可愛いしでまぁありきたりな言葉しか出て来なかったんだが、やはりって言うか女性陣からはご不満の声があがったって事は皆の想像に難くないだろう。
おっと、それはそうと何故結衣が下駄を履いているのかと言うと、それは雪乃のお母さんことゆきのんのママが女性陣の為に人数分の浴衣と下駄を用意していてくれて(但し後から来たあーしさんと腐女子さんの分は無いが)それをパオパオカフェの更衣室をお借りして着替えたと言う次第だ。
因みに結衣が着ている浴衣は彼女が好きな桃色(ってか薄桃色ってのかな)の生地に何だかよく分からない花の柄の浴衣だ、はっきり言ってものすっごく結衣に良く似合っていると思う。
「うん、でもさあたしがもっとちゃんと歩けてたら皆と逸れなくて済んだんじゃないかなって思うとさ。」
結衣はそう言って少し俯くがアレは不可抗力だろう、パオパオカフェを出て横並びで歩いていた俺達だったが其処に駅からやってきたと思しき集団が一斉に俺たちがいた方へと流れて来たせいなんだから。
まぁ確かに結衣は雪乃やいろはと比較すると不器用だし物を覚えるのにも二人より時間が掛かる所もある、けどそれでも結衣は真面目に物事に取り組んで歩みは遅くとも少しずつ進歩していっているしな。
基本結衣は頑張り屋だからコツを掴めばきっと下駄だって普通に履いて歩ける様になる………筈だ。
「アレだ、ほら普段俺たちが履く靴だって新しいのはモノによっちゃ慣れるのに時間が掛かったりとか靴擦れができたりとかするだろう、そう考えりゃ下駄ってのは普段履かないんだから慣れるのに時間が掛かるのは当然だと思っときゃ良いんだよ、これはアレだ謂わば逆に考えるんだ慣れてないんだから歩き辛くて当然さとなbyジョースター卿の理論だ、否ちょっと違うか。」
「ぷっ、もうハッチンてばっ、そうやって直ぐに何かネタを入れなきゃ気がすまないんだから……でもありがと、えへへ。」
少し沈んでいた結衣が俺のネタ入り台詞にちょっと困り顔を見せつつもはにかみながら微笑んでくれた、ああやっぱり結衣は笑顔のほうが良いわ。
「しかし、何時までも此処に居ても埒が明かないしない人通りも多いし場所を移すか、あ〜っとな、ほれ。」
俺は結衣に自分の右手を差し出すと彼女は少し不思議そうな表情を見せて『ほえ!?』と気の抜けた声を洩らして俺の顔を見つめる。
「この状況だしな、俺と結衣まで離れ離れになっちまう可能性もあるし、それにお前下駄に慣れてないんだから歩き難いだろうから手繋いでた方がんじゃね。
まぁ、結衣が嫌だってんなら無理強いはしないけど。」
そんな彼女に対して俺は顔を横に反らし左手の人差し指で鼻の頭をカリカリと掻きながらそう提案をしてみた。
ヤベっ何か我ながら柄でも無くカッコ付けてしまった気がする、何か今の気分は『ねる○ん紅鯨団』の告白タイムで意中の女性に告ってる時の男性参加者ぽいな、願わくばちょっと待ったコールは無しの方向でオナシャス。
しかしマジで此れで断られたりなんかした日にはもう今晩は枕を刻の涙で濡す事間違い無しだ。
何とも言えない数秒間の緊張の時が流れて、そして『えいっ!』と声を発し勢いを付け結衣は俺の胸元へと飛び込んで来た。
「嫌な訳無いじゃん!」
そう言って結衣は俺の手を握るのでは無く、俺の腕に自身の腕を絡めその身を俺に預ける。
ってイヤイヤちょっと待ってって、ヤヴァイヤヴァイのが当たってる当たってる、当たってますよ結衣さん。
大きくて柔らかくていい匂いがしてそのうえとっても暖かな温もりを発する結衣ちゃんの結衣さんが俺の腕にモロに当たっておりますよ、それは非常に不味いですってヴァ八幡の
あっ、でもゴ○ディアンって言ったら闘士だし、俺たち格闘家も闘士なんだからこれはもしかして“無問題”なのか、って違うわ!問題アリアリだっての流石に若干前傾姿勢で歩く羽目になるとか恥ずいにも程ってものがあるでしょう。
「あっ、あのですね結衣さん……コレだと歩き難いと思うので御座いましてですね、なので普通に手を繋ぐ位に止めて欲しい所存で御座いまして候でありますの事よ。」
俺は思春期男子特有のこっ恥ずかしさを回避すべく切なる思いを込めて結衣に求めるが『……あたしとじゃ嫌かな』何てなセリフを上目遣いで言われた日には否とは言え無い、言った方が良いとは思うんだが言え無い。
落ち着け俺、クールに冷静に行くんだってクールも冷静も同じ様な意味じゃねぇかよ、ホントマジ落ち着け、そうだ何か考えて精神を落ち着かせるんだ。
そうこんな時に俺が出来る事と言えば数を、奇数を数えるんだ……えーっとだな1、3、5、7、9って意味ねぇ!
「いや……全然、ちっとも、嫌じゃ無いんだがってか寧ろ結衣みたいな可愛い娘となら、どえらいご褒美まで在りはするんだが……。」
畜生っ意志の弱い俺を笑わば笑え、華麗にスマートに女の子をエスコートできる程に思春期男子たる俺は格好良く出来てはいないんだ。
コォォーッこれだッ!腕から伝わる
「てか、結衣って小さい頃にゴム草履とか履いてなかったのか。」
素朴な疑問として草履の様に足の親指と人差し指で鼻緒を挟んで履く物を使い慣れてたら下駄くらい直ぐに履けるようになると思う訳で。
「あ〜、うんそう言やあたしって草履っぽいのあんま履かなかったかも、子供用のちっちゃいサンダルとかは履いてたって思うんだけど。
う〜ん、あっでも家族で海とか行った時はビーサンは履いてたかな。」
俺の右腕に左腕を絡め、空いている左手人差し指を下唇のちょい下に当て、結衣はつらつらと思い出しながら語る。
「やっぱりか、ヨシじゃあ結衣には俺が昔ジョーあんちゃんにもらった鍛錬用の鉄下駄をプレゼントしてやろう、それで足の指とか体幹とかを鍛えろよそうすりゃバランス感覚とか下半身の安定感も増すだろうからもう安心だ。
つかビーサンってのはビーチサンダルの略なんだろうけど、俺達オタクからするとペーパーサイズのB版が頭に浮かぶんだよな、因みにB3の版型は364mm×515mmで少年ジャ○プをはじめとするB5版サイズの週刊少年雑誌を縦横二冊ずつ計四冊並べた大きさだ、これマメな。」
「やあ、紙のサイズとか知ってんのは素直にへえ〜ってなるけど、鉄下駄とか要らないし!」
何てな事などを二人して喋りながらたまに屋台で足を止めてジャンクなフードを口にしてと、そんな時間を暫し楽しんでいると『あれ、結衣ちゃんじゃん』ととある屋台の側にいる誰かが結衣の名を口にし呼び掛けた。
その呼び声が掛かった方向に結衣と二人ほぼ同時に顔を向けると、其処には三人組の俺達と同世代の女子グループの姿が見て取れたってか三人共何処かで見た事がある様な気がするんだがはて。
「あれっ、さがみんだ、やっはろー久し振りだね。」
右手をヒラヒラと振りさがみんさんとやらに返礼しつつ、俺をグイグイと引っ張りつつ結衣は件のさがみんさんその他二名の元へと歩み寄る。
「おっ、おい結衣ちょっ…そんなに引っ張ったら危ないって!」
下駄は慣れて無いからあるき辛いって言っておいてこれかよ、その事に俺は抑える事も出来たんだかここは敢えて口に出して『ハァ……』と溜め息を付きつつも向かう先に居る三人をチラっと目に止めて見る、あっ、思い出したこのさがみんさんって女子は確か同じクラスの女子だったよな。
学校ではあんまり印象に無いんだが、ってか俺って特定の相手以外は殆ど他者に印象を抱く様な付き合いとかして無かったわ、ハハハっ……これは俺とした事がぬかったわ。
「遥ちゃんとゆっこちゃんも、やっはろー!」
てか結衣さんや、挨拶するのは構わないんだが俺の忠告も少しは聞いて、安全確認くらいしてください。
「うん、お久だね結衣ちゃん。」
「久し振りもしかしてデート中かな、結衣ちゃん。」
結衣の挨拶に返す二人の言葉には何やらニマニマとしたからかいの感情が混入している事が見て取れる、結衣が呼んだ二人の名前「遥ちゃんとゆっこちゃん」だったか、何方が遥ちゃんで何方がゆっこちゃんだか判らないけど恥ずかしいのでその手のお顔はお止め頂きたい。
しかし逆に結衣はそれに気を良くしたのか三人の側まで来ると足を止め徐に俺の右腕に今度は彼女の両方の腕とポヨンポヨンのフワッフワが押し付けられて俺の腕の形に変形してッ!?
「えっ、へへへえ〜分かる、実はそうなんだ!」
そんな状態で結衣は蕩けきった様なテレテレな声音でとんでも無い発言をかまし、それを聞いた遥ちゃんさんとゆっこちゃんさんはもう今にもキャーっとか言って囃し立てそうな喜色に溢る表情を浮かべていらっしゃる、そう言うの無しの方向で行ってもらえませんかね。
「何て言いたいけど本当はゆきのんやいろはちゃん達皆と一緒に来てたんだけど逸れちゃったんだ、えへへ。」
「何だもうそうだったの」と結衣のネタばらしを聞いた二人はそう言いながらも結衣を冷やかす様に囃し立て「えへへゴメン」と結衣も頭を掻きながら照れた様に謝罪、まぁどうでも良いけど「何だもうそうだったの」って「何だ妄想だったの」と変換すると何だかすごく哀しく感じられるよな。
そんな感じの女子四人だが、ふと俺はその女子トークに余り積極的に参加していない一人の女子、さがみんと結衣が呼んだ女子に俺は目だけを向けるとそのさがみんさんがまるでタイミングを測ったかの様に口を開いた。
「へえーそうなんだ、フフフッ残念だったね結衣ちゃん。」
そう言う彼女の口調と表情には少しばかりの嘲りの色が混じっていると感じ取れる、実際はどうだか解らないけど俺にはそう感じられる。
口の広角の上がり具合とか笑っている様には見えない眼光とか何よりも声音からも見下している感が伝わる。
彼女、さがみんさんとやらのそれは果たして何処から来るものだろうか、優越感かもしくは悪意とかか……まぁ会ったばかりだし今の所彼女のそれがどんな感情からの顕れなのかよく解らないしな、暫くは様子を見とくかな。
「うん……そうだね、でもね好きな人と一緒だしまっ良いかなって思うんだあたし!」
結衣もさがみんさんのソレを感じ取ったのか少し躊躇いながら声を出したが、チラリと俺の顔を見つめると直ぐにそれを改め力強く答えた。
「それにゆきのんやいろはちゃんだって大切な人だしね、舞さんやアンディさんだってそうだし。」
そしてもう一言を付け足す、その声音は常の彼女らしい純真で明るく優しさの成分が多分に含まれる物だった。
これは彼女の成長の証だろうな、うん結論由比ヶ浜結衣の成分は半分以上が優しさで出来ているまである、まさに鎮痛剤要らず。
「ふっ…、ふう〜ん、そっ、そうなんだね。」
おっ、さがみんさん今の結衣の一言にちょっとたじろいだな、どうやらこのさがみんさんは人に対してマウントを取りたがる
どうやら彼女の最初の反応はアレだったんだろうな、結衣と俺とが(特に俺を見て)連れ立っているのを見てこんな風に思ったんじゃないだろうか『プププっな〜に結衣ちゃんってばあんな目つきの悪い男を彼氏扱いしてるの趣味悪っ、どうせだったらもっとイイ男を彼氏にすれば良いのに、プ〜クスクスっ!』ってところだろうか。
だがしかし結衣はそんな蔑みをものともしなかった、まさにそれは『蚊に食われた程の痛痒も感じんわ!』的な心持ちだろう、今の精神的に成長した結衣には勝て無いですよさがみんさん。
人を嘲ったり見下したりする前に先ずは自分が成長する為の鍛錬を始める事をお勧めするね、まぁ他人事だから敢えて俺からは言わんけど。
しかしそろそろこの場からお暇した方が良いかも知れないな、このさがみんさんとの邂逅はあまり俺達にも彼女にもよろしく無いと思うからな。
俺がそう判断し結衣にその事を伝え様とした時、俺達の背後からガヤガヤとした複数人の話し声と足音、そして。
「あっ、居ましたよはちくんも結衣先輩も、もう二人共何やってるんですか探してたんですよ……て、あああっちょっと何やってるんですか結衣先輩ズルイですよ!」
再会早々姦しく捲し立てるのは皆さんご存知“あざと可愛い系後輩女子日本選手権高校生の部代表”足るの資質を充分以上に備えた、美しい亜麻色のサラサラな髪を持つ少女。
オレンジ色に近い黄色い浴衣を纏い、結衣よりも上手に赤い鼻緒の黒い下駄を履きこなす、もう一人の結衣と同様に俺が大切に想っている少女、一色いろは。
「もう、結衣先輩は十分にはちくんとの時間を堪能しましたよね、今度は私の番ですから早く代わってください!」
いろはは駆け出しながら言うが早いか俺の左腕を取る、そして結衣と同様に結衣よりも一周以上小さ……ゲフンゲフン魅惑のいろはちゃんのいろはさんを押し付けながら俺の腕にその手を絡める。
これにより俺はいろはに左腕を結衣に右腕を取られてしまい身動きが封じられてしまった、それは恰も左門○作の兄弟達に纏わり憑かれた星飛雄○の如しだ。
いや違うか、どちらかと言えば大岡越前守の前にて自分こそがこの子の母親だと主張する二人の女性に両腕を引っ張られてる的な……。
「え〜っ、良いじゃんいろはちゃん、あたしもう少しハッチンとこうして居たいし。」
そして始まってしまった二人の鞘当てだが、正直男としてはこんなシュチエーション満更でもないって気がしなくもないが、流石にこの人集りの中ではご遠慮願いたいと思い他の面子に助け舟を求めようと俺は皆の方へ視線を向けるが。
「がっ、頑張ってね八幡……。」
「ハッハァーッ、モテモテジャあネェかヨ、うらヤマしイゼッハチマン!」
「だべぇ、マジ羨ましいっしょ比企谷君。」
「ハハハ……大変だな比企谷も…。」
「怒ぅぅ、相棒よ貴様何時からオタクの風上にも置けぬ奴に成り下がりよったのだッ、我羨ましくなんか無いんだからねっ……ヌググ。」
「ヒッ〜ヒュ〜ッ!やるじゃん八兄、もってもてじゃん、ニシシシっ。」
誰も俺を救けちゃくれない様だわう〜んこの……男子連中の使えなさと来たらもう(但し戸塚は除くだって大天使だからね)特に材木座と北斗丸。
このドサクサに紛れて何が『小町っちゃんオイラ達もデートしようよ』だってのそんな事を俺が許す訳ゃ無ぇだろう。
てか美味そうだなその焼けた醤油の匂いも芳ばしい焼きモロコシ、俺も一つ食いたいな……って思わず現実逃避してしまったわ。
「やだっ、戸塚くんと葉山くんも一緒なの!?」
「わぁ〜っ、戸部君と何あの小っちゃい男の子もカワイイ!」
「…………っ。」
遥ちゃんさんとゆっこちゃんさんがイケメンにジャンル分けされる方の男連中に嬌声を上げるが、しかし意外に北斗丸の評価が高いのにオラビックリだぞ。
しかしその中に合ってさがみんさんだけは浮かない顔色をしてらっしゃるな、意外な面子の登場にどうやら呆気に取られてるっポイ感じか。
まぁ解るわその気持ち、俺だってもし目の前に予告も無しにサカザキ総帥やケン・マスターズさんとか現れたら感激して若干パニクる自信がある。
「駄目だよ比企谷君、戸塚君と戸部っちと隼人君と北斗丸君を差し置いて女の子とイチャイチャしてちゃ、そんなの私は期待して無いからね!」
「ヒキオ、修羅場ってんじゃん!超笑えるし、てか雪ノ下さんは行かなくて良いいん?。」
「ええ大丈夫よ三浦さん、知っているかしらこういう時真打ちというものは後から出て来るものだと相場は決まっているのよ、ねぇ八幡君後ほど貴方の紳士的なエスコートを期待しているわよ、フフフッ。」
更に女子陣が之またとんでも無い発言をぶっ込んで来るんだもんな、あーさんはまぁ兎も角として問題は腐女子さんとちょっとだげ雪乃もだよ。
何その不穏当な発言はさ、君達は何なんフランクリン・ビ○ン大尉かよmark2はエゥ○ゴに渡しても良いんですかねそうですか、バ○ク大佐この人達を窘めて下さいお願いします。
つかあーしさんは笑ってないで腐女子さんの手綱を握っていてくれませんかねと言いたい所だが、普段から暴走ってか妄想ってか妄言垂れ流しの腐女子さんの面倒ばかり見ているからあんまり強くは言えないか。
「雪乃さん、その発言メッチャ怖いからね八幡身の危険感じちゃう、つかあんまり後回しになるとお茶っ葉と同じで俺の精神が出涸らしになってるかもな。
それとあと腐女子さんは俺のSAN値を削るのやめて下さいませんかね。」
俺は心の底から二人に乞い願うが、雪乃は何とも不気……不敵とも取れそうな笑みを湛えて俺を見つめ、しばし後「そうね出涸らしになってしまっては私も楽しめないわね、その辺を考慮しなくてはいけないかしら」などと不安を煽る様な事を呟き、腐女子さんは己の世界に没入してしまい最早俺の言葉なんぞ聞いちゃいねぇし、怖過ぎだろコレは。
そんな状況に打ち拉がれそうな俺の前に、此処で救世主が華麗に登場してくだされた。
「まぁまぁ皆あんまり八っちゃんの事いじめないであげたね。」
紅色を基調とする華やかな浴衣を纏いしは結衣のそれよりも大きくてたわわな実りを宿し、雪乃のそれよりも深い濡れ羽色の美しい黒髪と、いろは以上に如才なき才覚を身に付けた妙齢の超絶美人な俺の姉貴分と。
「フフッああそうだよ皆、八幡はどうやら立派に結衣君の護衛を勤め上げたみたいだしね、からかうのはその位にしてあげよう。」
三十路を越えてもなお若々しく、しかも男ながらに得も言えぬ艶っぽさをも感じさせる驚異の美形、美しい金色の長髪をフワリと靡かせ藍色の甚平を纏い日本人以上に日本人らしく礼節を重んじる、俺の知る人達の中でも最上格の常識人で俺の兄貴分。
「わっ、すっごい綺麗な人、はぁ〜素敵……。」
「ふぁ〜っ、格好良い……本物の金髪外人さん……。」
「………。」
二人の登場に遥ちゃんさんとゆっこちゃんさんはときめく気持ちを感嘆の溜息とともに呟き、さがみんさんは言葉無く二人に視線が釘付けだ。
まぁ気持ちは痛い程解るよ、これ程の美男美女カップルに出会うなんて滅多にあるもんじゃないしな。
「ありがとう……俺の味方は舞姉ちゃんとアンディ兄ちゃんだけだよ。」
切々と俺は溢れそうな涙を堪えて二人に感謝の言葉を贈った。
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それぞれの思いを乗せて花火大会は始まろうとしている。
みんなーっカレイd……あーっ、ゲフンゲフン、ンッンンっあーテステス。
みんなーっ『やはり伝説の餓狼達が俺の師匠なのは間違っているだろうか。』がまじまるよーぉっ!『やはり伝説の餓狼達が俺の師匠なのは間違っているだろうか。』を読む時は部屋を明るくしてモニター画面を少し離してから読んでね。
と、あまりの自分の味方の少なさに嘆き哀しみたい己の心の弱さを茶番のネタに包みアバン的前回のあらすじでも始めて心を強く保とうかと思ったけど、よくよく考えて見たらネタに逃げる時点で俺の心は強く保てていませんね。
まぁ、俺はヒヨッコ格闘家だから別に幻の○技も天使○技もマスターしようとは思っていませんのであしからず。
あっでも小3の時から兄貴達に鍛えてもらってたから肉体的には案外やろうと思えば出来るかも。
スンマセン調子に乗りました、それに技名に天使を冠するのならばそれは俺では無くマイエンジェルたる小町もしくは戸塚にこそ相応しいと言うものですね、なので俺としてはどちらかって言うとゴールデンフェニッ○スでもマスターしようかと思います……えっ、いい加減本編に入れってですかそうですか。
「う…舞さんとアンディさんがそう言うなら、ほら皆もヒキオからかうのもう控えるし。」
舞姉ちゃんとアンディ兄ちゃんがやんわりと皆を窘めてくれ、真っ先にそれに同調したのはもうすっかり二人に心酔していると言っても過言では無い総武高校オカン属性No.1ギャルと言っても過言じゃ無いあーしさんだ、つか俺はさっきから過言って言い過ぎだろ。
そしておそらくNo.2はサキサキだろう、当作の読者諸氏の中にはサキサキこそがNo.1なんじゃねと思われる方も居るだろうがしかし、彼奴の大志やけーちゃんに接する態度は行き過ぎた姉弟愛姉妹愛から生じたもので、それは歳下の弟妹の面倒を見るうちに幼い頃から培われてきた物で、対するあーしさんは多分歳下の弟妹は居ないと思われる。
それと比してあーしさんの場合は総武に入学し腐女子さんと出会うう事によってその属性を開花させたのだろう、或いはずっと前から種は(戦場でトチ狂ったシャク○ィによってでは無いだろうと思うが)既に蒔かれていたのかもだが蕾から花が開いたのは間違いなく腐女子さんの存在が在ってこそだろう、いや知らんけど。
「いやーっ、優美子の言う通りっしょマジあんまからかい過ぎるのは良く無いべぇ、マジごめん比企谷君!」
「いや、まぁ、おう?」
あーしさんの控えめな号令に真っ先に同意して詫びてくれる戸部ってもしかして案外良い奴なのか、はたまたそれとも腐女子さんこと意中の海老名さんにいいトコ見せたいだけなのか、そこの所は分からんがまぁ此処は素直に感謝してやらんことも無い。
「あーってか皆何時の間にか集合してたんだな、これじゃ班分けした意味無くなってんじゃね?」
しかし人出が多いからって事で一応周りに気を遣って通行の邪魔にならない為にイベント開始時間まで分散してたってのに、何だかんだで集結してしまって結果一つ所に密集する形になってるし、もうこりゃあ会場入りした方が良さそうな気がするんだが。
「何いってんだよ八兄い達が雪乃姉ちゃん達と逸れたって聞いたからオイラ達八兄いと結衣姉ちゃんの事探してたんだからな。」
さも憤慨とばかりにちびっ子クレーマーが文句を付けてきやがる、いや北斗丸もそれなりに心配してくれて俺達の事を探してくれたのかもだからクレーマーは言い過ぎか。
「おうそうか、そいつはすまんな北斗丸、しかしその手に持った美味そうな焼きモロコシが台無しにしてんぞ、ってか俺も普通に食いたいんだがな焼きモロコシ。」
「コイツはオイラんだから絶対にやんないからなッ!」
俺の言葉に反応して食い掛けの焼きモロコシを後ろに隠そうと身を引く北斗丸だが、コイツは俺の事をどんな人間だと思っているんだよ。
「いや、安心しろ人の食べかけとか取らないから。」
いや本当に生き残りをかけたサバイバルな環境に居るって訳でも無し人の物を奪ったりしないっての、ってかどちらかって言うと俺は奪われる側なんじゃなかろうかと思わんでもない。
主に小町とか小町とか、小町と二人で出掛けると大概俺が奢る事になるんだよな、まぁ小町はまだ中学生だしバイトとか出来ないからしょうが無い面もあるしそれに小町は何と言ってもマイエンジェル、それは謂わば信仰の対象。
となるとそれはお布施とかお賽銭みたいな物って事で、ってかお布施とかって確定申告の時の経費とかに計上出来るのかな、それって所謂寄付をしてるみたいなモンだと思うし。
もっと言うならマイエンジェルって事はある意味我が帰るべき故郷も同然って事になり、じゃあ俺はふるさと納税してんのと変わんないんじ無かろうか……あっ!だとするとよくよく考えるに俺ふるさと納税に付き物の返礼品を受け取ってないわ、今更そんな事実に行き当たって俺愕然。」
「わぁー…マジお兄ちゃん考えてる事ダダ漏れだよ、それに相変わらず訳分かんない上に何かセコい事言ってるし。」
おっと、いつまで経っても治らない俺の何時もの癖が出てしまってたか、イカンな俺のお口と心のチャックを安心安定高品質のY○K社製の強固な物に付け替えなきゃな、メイドイン某国製のパチ安モンレベルの品質しかない自分のマウスジッパーにビックリだわ。
あっと、そう言えばジョジョのスタンド名とかって大抵洋楽とかのバンド名とか曲名から付けられてるが、アニメ版の海外配信だと版権の関係上そのまま使えないって事で名前をいじられているそうだが、ブチ○ラティのスティッキー○ィンガーズなんてジッパーマンとかクソダサな変更を加えられているそうだ。
さっきJrが嘆いていたよ『ナぁ解るダロうコレだカらオレは日本語を学ボウって思っタんだヨ!』ってな、悲しいけどコレ現実なのよね。
「そうだぜ八兄い、大体八兄いは毎日小町っちゃんの美味い料理を食べてんだろう、だったらたまに奢るくらい安いもんだろう。」
「おっ、やあ〜っまる君ってばいい事言ってくれるねぇ〜、そうだよ小町はお兄ちゃん風に言うんならさ、もう最初っから返礼品を先払いしてんのも同然じゃんね!」
へ〜っ、なあんだそうだったんだぁ、俺ってば返礼品を先払いでもらってたんだね、八幡ちっとも知らなかったよぉって何か上手い事言い包められてる気もするが小町がそう言うのなら多分そうなんだろう、うん多分。
「……っと、ところでアンディ兄ちゃん、十平衛先生の姿が見えないけど何処行ったの、あの爺様は。」
そして俺はちょっと強引に俺の不利的状況を打破するべく、いやそんな格好良いもんじゃ無く不利的状況から逃げるんだヨぉする為に話を変える。
常に舞姉ちゃん始め奇麗所の揃ったこの集団に在って、あのセクハラ爺さんの姿が見えないなんて不思議でならない。
「ああ、十平衛先生なら藤堂さんと春日野さん、それに鶴見さん母娘と一緒に先に会場の方へ行ったよ、サカザキさんと沙希君の演舞を見る為にね。」
ほう、あのセクハラの権化と言って過言じゃない爺様が珍しいな、もしかして古い知り合いのサカザキのご隠居がこれから演る演舞に格闘家としての血でも騒いだのだろうか。
イヤだが待てよ、アンディ兄ちゃんや舞姉ちゃんが女性陣をガードしてるからさしもの十平衛先生と言えどもおいそれとらセクハラ行為におよべない訳で、だとするとあの爺様の事だしご隠居とサキサキの演舞を見るって口実をでっち上げて……。
「アンディ兄ちゃん、ちょっとそれってヤバいんじゃね?あのスケベ爺様の事だからお目付け役が居ない所で何をやらかすか判ったもんじゃ無いって思うんだけど、言うなりゃ猛獣を野に解き放つみたいなさ。」
アンディ兄ちゃんは俺のその発言により沈思黙考下顎に手を当て真剣、いやもういっそ深刻って位に考え込んでしまっている、きっとこれ迄の十平衛先生の悪行の数々を思い返しているんだろう。
アンディ兄ちゃんと十平衛先生の付き合いはもう二十年以上だしな、その悪癖による被害は舞姉ちゃん共々とんでも無い回数被っている筈だ、まぁたまにはその長い格闘家生活により培った経験則からくる助言とか年の功らしく良い事も言うんだがそのあり余る助平根性が全てを台無しにしてんだよなぁ。
「……舞。」
「ええ、行きましょうアンディ、悪いけど八っちゃん私とアンディは先に行くわね後の事はお願いね。」
アンディ兄ちゃんは黙考の末についに答えを導き出した、それは恰も『それって殆ど3Dプリンターと変わらんやん』と突っ込みを入れたくなる某A○eシステムの様に、大体あのシステムって親子三代の間にどんだけ稼働していたんだろうな、あっそう言えば二代目の人って俺と声が似てんだよな……ってそんなのどうでも良いし関係無いな。
アンディ兄ちゃんが舞姉ちゃんに声を掛け皆まで言わずに舞姉ちゃんは速攻同意し十平衛先生のセクハラ行為を防ぐ為に去っていく。
「あっ、師匠!不知火の姉ちゃん!ちょっと待ってよオイラも行くから、っと八兄い小町っちゃんや姉ちゃん達の事は八兄いに任せたからな!」
ガツガツッと残りの焼きモロコシを高速で食い終え北斗丸も二人を追って走り出した、頬にモロコシの食い滓を引っ付けて。
「あ〜っはいはい解ったから行くんなら早く行けよ、あと食い終わったモロコシの芯はちゃんと所定の場所に捨てるんだぞ。」
「おう!分かってるってばよぉそんな事!」
そう言うと北斗丸はスタコラサッサと走り去って行った、不知火流忍術の歩法を駆使して他の通行人にぶつからずその隙間を縫うようにあっと言う間に夕暮れの通りを花火大会会場方面へと。
しかし北斗丸の声で『〜てばよ』とか言われると何処ぞのラーメン大好き忍者みたいで妙な気分だ、えっとあれがナ○トだから北斗丸はメンマで良いか。
「ねえ八幡君、私達も此処に居ても埒が明かないのだからアンディさんたちを追って移動してはどうかしら。」
「うむ、そうであるな我も雪ノ下嬢の提案に賛成するぞ相棒よ。」
雪乃がこの場からの移動を提案し材木座が何故か即座にその意見に賛成の意を示し、他の皆も続けて頷く。
「だな、まぁ今からじゃ間に合うかは解らんけどサキサキとご隠居の演舞は興味あるからな。」
「えっ、お姉さm…川崎さんが!?」
おっと、俺の口を付いて出たサキサキの名に食い付き咄嗟にお姉様って言い掛けた、遥ちゃんさんかゆっこちゃんさんの何方かは知らんけどここにも一人シスターズが居やがりましま、案外シスターズって広く深くその根が我が校には侵食している様だ。
名付けるならばシスターズネットワークとかどうだろうか、だが女子のこう言った事にはあまり突っ込むのはよろしく無い様な気がするので此処はスルーするのが吉だろう、腐女子さんとは別ベクトルの恐ろしさを感じるし。
てか彼女さっき舞姉ちゃんとアンディ兄ちゃんが現れた時真っ先に舞姉ちゃんの事を綺麗な人とか呟いてたよな、って事は彼女はソチラの人なの……うぉっとぉ!?悪寒が。
「うん、サキサキがね空手のお師匠さんと一緒に演舞とかパフォーマンスとかやるんだって。」
結衣が屈託なくこれから行われる花火大会開会を彩るプログラムの一つとして組み込まれている極限流の演舞について彼女等に説明し、途端にその目をキラッと輝かす女子が一人。
「ねえ、私達も開会式観に行こうよ、クラスメートとして川崎さんの晴舞台を見届けようよ!」
さがみんさんともう一人のツレにテンションを若干上げて訴える、これは多分だが彼女は今心の中では若干どころか物凄い爆上げ状態なテンションになっている事だろう。
『そう言うなれば彼女は今正に最高に「ハイ」ってやつだ状態に陥っている可能性大ッ。』しかし腐女子さんと違って自分がシスターズの一員であることを大っぴらに出来る程には恥じらいを捨てられないんだろうか。
まぁもしかしてだがさがみんさん達も本当は薄々気づいているのかも知れないがな。
しかし残念ながら彼女は知らない、もう時間的に開会式は既に始まっている頃合いだと言う事を、そして会場はもう既に多くの人が良いポジションを陣取っているだろうからな。
尤も俺達は予め雪ノ下家のご厚意で貴賓席を用意していただいているから別段急がなくとも問題無い。
「……………。」
しかし、何だかさっきからこの三人組のリーダー格だろうと思われるさがみんさんが無言で居るのが妙に気になるんだが、何かしら気に障る事でもあったのだろうか。
『破ッ!破ッ!破ーッ!』
『むんッ!セイッ!とりゃーぁッ!』
会場の貴賓席へと俺達一行が到着した時にはもう既にサカザキのご隠居とサキサキによる演舞は始まっていた、会場に設えられた舞台の上に並び立ち極限流の型を披露する師弟の様子が設置された巨大なモニターに映し出されている、此処でちょっとこの花火大会の会場について説明せねばなるまい。
この花火大会の会場は千葉市ポートサイドの新興埋立地の埠頭、凡そ六百メートル程の岸壁でそれは大型客船二隻を停泊させる事ができる規模だ。
その岸壁付近はまだ港湾施設と商業施設が幾つか点在している程度で、後は数百台規模のキャパがある駐車スペースと集会やミニライブ等を行える小さなステージがある。
なので普段船舶が停泊していない時は海辺の公園的に一般に開放されいて早朝などはジョギングや飼い犬の散歩コースとして利用されているしベンチや樹木や芝生などもあり休日などはデートコースの定番にもなりつつある。
そんな埠頭の中心部と言える場所に海を背に単管パイプ等で地上高約1メートル広さ約20M²×8M²程の特設ステージを組み、その両サイドには巨大なスピーカーと照明設備が、ステージ背面中央付近にはこれまた巨大なモニターが設置され今現在はそのモニターに演舞を披露するサカザキのご隠居とサキサキの雄姿が映し出されている。
『以上が我が極限流空手の基本的な型となります、それでは引き続きちょっとした余興をお見せしよう。』
演舞を披露し終え薄っすらと汗を滴らせながらサカザキのご隠居がマイクを通して伝える、その声に応じる様に会場に大型のフォークリフトに載せられてセダンタイプの乗用車がステージの手前に運ばれて来た。
俺達がいる貴賓席からステージまではそれなりの距離が有るのでその自動車の細部を目視では確認出来ないが、其処は会場の巨大モニターが大きく映し出してくれている為に遠くに居る観客にもある程度の状況は知る事ができる、モニターから見て取れたその自動車は多分だが廃車として処分されてる物だったのではないかと言う事が窺える程には古い物だと解る。
『この自動車を的として我が極限流の奥義をワシと弟子の沙希嬢と共に披露したいと思う。』
『押忍!』
フォークリフトが自動車を降ろし移動して行くのを待ちサカザキのご隠居がそう告げると会場に詰め掛けた観衆から歓声が上がる、サカザキのご隠居とサキサキの名を観客がコールする。
「ほう、拓馬め此処で大技を披露して魅せて来たる道場開設に向けて門下生を大量に確保出来る様に弾みをつけようと言う算段じゃな。」
珍しく、大変珍しく、もう一度言うとても珍しい事に十平衛先生が女の人に目もくれず真面目にこのイベントを見学していた事に驚きを隠せない俺ガイル。
「十平衛先生、八幡師匠、沙希師匠とサカザキ老師はもしかして超必殺技を出すつもりかな?」
留美が興味津々って感じにキラキラと輝く瞳を俺と十平衛先生に向けて尋ねてくる、千葉村で初めて出会った日からまだ僅かな日時だが留美の表情は目に見えて明るくなって来ている、これは良い傾向だな。
「ああ、十中八九、いや百パーそう来るだろうな。」
留美の質問に俺は一言そう断定し十平衛先生がそれに続け語り掛ける。
「うむ、そうじゃったの留美ちゃんは八坊と沙希ちゃんからも武術を学んでおったのじゃな、では留美ちゃんこれから二人が放つ技をしっかりとその目に焼き付けるのじゃよ。」
曾孫、いや玄孫に接する様な好々爺然とした態度と長い時を格闘者として生きて来た先達としての態度、その二面性を顕して十平衛先生は留美へ告げる。
全く普段からこんな感じだったらこの爺様も多くの人達から尊敬されるだろうにな、助平過ぎるせいでそれを台無しにしてんだよなぁ。
「はい!」
安全策として四方を超電磁フィールドウォールで囲い……ってどえらく金掛けてるな、まぁサウスタウンとの姉妹都市提携が正式にアナウンスされた訳でその日に向けて千葉市としても大いに盛り上げたいんだろうし、雪乃ん家の様に名のしれた複数の地元企業もスポンサーとしてかなりの額を提供しているし。
『征くぞ沙希坊!』
『押忍!ご隠居。』
自動車から数メートルの距離をおき師弟二人横並びに陣取りロックオン、あらやだお二人さん狙い撃つ気満々の気合の入りようです事。
両の拳を小脇に添えて二人揃って気合充填「はあーっ!」「ぬおーっ!」と声を上げる……そして両手を頭上で交差し左脚を前方へ、上体を右方へグッと力強く捻り込む。
『覇王ッ至高拳!』
『覇王ぉ翔吼拳!』
掛け声と共に己の身の丈になんなんとする程に巨大で眩い光を放つ気弾が超高速で自動車へと向かって撃ち出され、それは僅か数瞬で自動車へと着弾すると轟音を轟かせ自動車をクラッシュさせ大きくその場から吹き飛ばすと超電磁フィールドウォールにぶつかり轟音を立て地へと落ちた。
『…………………。』
直に目撃した人もモニター越しに見ていた人達もそのあまりな光景に言葉を失い静寂が会場を支配する、しかしそれはほんの数秒間の事。
『Wooooooooo!!』
やがてそれは巨大で爆発的な歓声へと取って代わられ、おそらくはかなり遠くまで轟き渡っている事だろう。
しかしサキサキさん、貴女俺と対戦した時は自分の覇王翔吼拳はまだまだ師範代クラスには及ばないとかって言ってたけど、今のはサカザキのご隠居の至高拳の弾速にに十分ついて行けてたよね。
あれからまた腕を上げたんだなサキサキさん、俺次にやり合ったら果たして勝てるかな………。
「あれが極限流奥義覇王翔吼拳か、嫌ぁまいったなあ私の真空波動拳は当然として、ううんもしかするとリュウさんの真空波動拳よりもずっと威力が高そうだね。」
「確かに俺も凄いと思いましたが、それ程でありますか春日野先生。」
貴賓席にて春日野先生と材木座師弟もその驚異的な威力に驚きを隠し得ず二人は共にその感想を言い合う。
「川崎さんもあの年齢であれ程の力を付けているし坂崎さんも全く老いを感じさせ無い、あの力やはり極限流空手恐るべしですね。」
「香澄おば様のお父様が目標とし好敵手と認める流派だけの事はある、と言う事ですね。」
藤堂さんと姉ノ下さんの藤堂流師弟も同様だ、だが聞いた所によるとサカザキ総帥は藤堂さんの事を好敵手としてその実力を認めているって言うし、その闘う姿はあいにく見たことは無いけど貴方も相当な物だと思いますよ。
「では、その極限流の川崎さんとガルシア師範に勝った八幡君はもっと凄い人だと言う事なのね。」
「あっ、ですですそうですよねぇやっぱりはちくんは凄いんですよね♡」
俺の背後に居た雪乃が姉ノ下さんの発言に続きとんでもない一言事をぶっ込みいろはが激しく同意とばかりに久方振りにハートマーク付きで宣う。
今の俺の心境は『やめて やめて もうやめて ビックリほんとにさせないで やめて やめて もうやめて こっそり後ろに居ないでよ!』だッ、いやこっそりでは無いんだが。
君達のそのお言葉のお陰で見てみなさいな、藤堂さんと春日野先生と姉ノ下さんがメッチャ俺を見てるんですよ怖いです、あと怖い。
ここは俺も四谷○こちゃんを見倣って見えない子ちゃんになりたいと思うんですがどうでしょう。
「へぇ〜つ、そうなんだ比企谷君ってそんなに凄い男の子なんだぁ、へぇ。」
ニタリと口の端を曲げて姉ノ下さんが嗤いながら少し態とらしくつぶやき以上の声音で言う、嫌もうそれ声音ってより怖音ですよ。
「イヤあれはだな、川崎の時はどっちが勝っても可怪しくない位に拮抗していて偶々俺が勝てたって感じの所謂薄氷の勝利ってヤツだし、ロバート師範との対戦は勝ったってより勝たせてもらったって感じだったよね、君達それ見てたよねあんまり大袈裟に言わないで下さいお願いします!」
周りの格闘に関わりの有る方々の目から物凄い圧力が発せられている様で俺は焦り必死こいて否定の発言を口にするのだが果してどうなる事やら、願わくば大事にならない様にお願いします。
次回予告
極限流師弟による演舞とパフォーマンスも終わり俺達は華やかな花火を楽しむが、その楽しい時間も終わり皆それぞれに帰路に着こうとしたその時、何と姉ノ下さんが!?
コレはやっぱり受けるしか無い!無いッ!無〜い!
次回、姉ノ下の スゴい 挑戦
拳は夢、そして
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やはり俺があの人の視線に恐れを抱くのは間違っている。
牧師「罪深き迷える子羊よ入りなさい」
私入室。
牧師「心ゆく迄懺悔なさい」
私「神様私事、佐世保の中年ライダーは調子に乗って前話に於いてネタ次回予告をかましましたが、執筆中に当初予定していなかったエピソードを加えた為其処まで書くことができませんでした、神様どうかお許し下さい………」
牧師「神に祈りさい」
私「神様どうか許して下さい」(拝む)
BGM『チャー♪ラー♪ラー♪」
神様「✕!」
私「この季節に水を頭からは厳しいのでお湯で勘弁してください」
天井から『ザッパーン!』
坂崎のご隠居とサキサキによる演舞とパフォーマンスも終了し、以て花火打ち上げ開始前のプログラム全て終え後はそのメインイベントである打ち上げの開始を待つばかりとなった。
演舞を終えた普段着に着替えた坂崎のご隠居とサキサキも俺達と合流してそれぞれにイベント会場に設えられた折りたたみ椅子に思い思いに腰掛けて、今俺はと言うと。
「はい、八幡君もうあまり熱くは無いけれど猫舌君の貴方にはこれ位が適温ではないかしら。」
とても良い微笑を浮かべたゆきのんさんが俺の右隣から、十センチ弱程の長さの竹串にタレと青のりと粉末鰹節と辛子マヨネーズと刻んだ紅生姜が乗った外はカリカリ中はすこしふわっとした、割と大きめのサイズのたこ焼きを俺の口元付近にそっと差し出し。
「は〜い、はちくん此方もまだまだ美味しく食べられますよ♡」
と小悪魔的な笑顔のいろはすさんが左隣から、割り箸にこれまたタレと青のりと粉末鰹節とマヨネーズを乗せて一口大に切って差し出されたのは、お好み焼きの一片だ。
因みに中は定番のキャベツと玉子と刻み紅生姜が生地に練り込まれていて豚肉が割とたっぷり使われている、所謂みんな大好き豚玉ってだ。
この状況は例のアレだ、男子たる者が一度は憧れるであろう女子による嬉し恥ずかしの『あーん』だ。
「………………うぐっ、粉モンによる左右からの同時攻撃か……。」
そうその嬉し恥ずかしのあーんなのだが、この大勢の人に囲まれた中で致されるのはどうにもその嬉しいだとか恥ずかしだとかをブッチギリで飛び越えて、何かある種の拷問を受けてる気分になっているまである。
「もう、何ですかはちくんは、かわいいかわいいいろはちゃんと雪乃先輩二人にあーんとかやって貰える男子なんて、世界広しと言えどはちくん以外にいないんですからね、だから此処はもっと喜ぶ場面じゃないんですか!」
「いろはさんの言う通りよ八幡君、それとも貴方もしかして何か私達に攻撃を受けても仕方の無い様な『おいた』でもしたのかしら?だとすると私としては不本意なのだけれど、躾けと言う物をしなければ行けないのかしらね。」
ぷくっと頬を膨らませていろはが言うと雪乃が続けて躾け等と恐ろしい事をチラリと結衣の方に一瞬目を向けて言うってか何だよ『おいた』って、俺は別に何もやって無いからね……って、いや、まぁアレだ、とっても柔ら……っといかん想像するのは止めておこう。
「ううーっ、二人共ズルいよぉ!あたしもハッチンにあーんとかやってあげたいのにぃ〜っ。」
いろはの隣に座っている結衣が不満気に言うんだが、ちょっと其れはマジで止めて頂きたいんだが。
「あら結衣さん貴女は十分に二人の時間を堪能出来たのでしょうその不埒な物まで有効活用して、なので当然今は私達の時間よ。」
雪乃が若干苛つきの混じった声音で持って結衣を制する、そして雪乃の言う結衣の“不埒な物”を嫉妬の目を向けて。
「ですよね〜っ、結衣先輩ってば私達が居ないのを良い事にずっとはちくんの事独り占めしていたんですから、此処は私達に譲るのが当然だと思うんですよねぇ、なので此処は自重して下さいゴメンナサイてゆうか結衣先輩って第一食べ物買ってないじゃないですか。」
いろはもいろはで結衣に追撃をかけるが久し振りに聞いたわいろはの早口ゴメンナサイ、そしてやっぱりいろはも結衣のそこに嫉妬の目を向けている。
「うっ!?そっ、それはまぁえっと、そのぉなんと言いますか、えへ、えへへぇ〜っ…ってちょっと待ってゆきのんは兎も角いろはちゃんはその後あたしと一緒にハッチンと此処まで来たじゃん。」
二人からの反撃にたじろぐ結衣だったが己の最大の武器に同性の雪乃といろはに嫉妬される事に満更悪い気はしないの だろう、ちょっと得意げになってるし。
こんな感じの俺たちを周りのみんなの色々な思いを込められた視線が向けられている、アンディ兄ちゃんや舞姉ちゃんの微笑ましく見守ってくれているぽい感じの眼差しとか。
『オノレ八幡、我を差し置き一人だけリア充ハーレムを築きよって』と怨嗟の言葉をブツブツと呟くアイツとか。
『べーっ、流石比企谷君しょ、マジパネェっ!』とか『ヤリおるのう八坊、これは儂も負けては居れんぞい』とか『うむぅ、沙希坊も負けてはならぬぞ』とかまぁ色々とな。
つか坂崎のご隠居はその肝心の沙希坊の今の状況見てますか。
元来結構恥ずかしがりやな面がある川崎が、幼い頃からお世話になっている坂崎のご隠居や極限流空手の為且つ未来の門下生確保の為に、その羞恥心を押し込んで表舞台にたったは良いが。
「…………くっ、やり過ぎた、恥ずかしい……。」
思いっ切り後悔している様だ、まぁ美形の川崎があんな凛々しい姿を大々的に世間に知らしめした訳だしな、もしかしたらこれから先マスコミとか格闘関係のイベントとかに超絶美少女空手ガールとか持て囃されて五月蝿い事になるかもだし、更にはシスターズも勢力拡大してしまうかもだし。
「川崎………ドンマイ。」
これから先のサキサキの事を思うと俺はなんと無く同情心とかシンパシーを感じてしまうのだった、と俺としては此処で締めたいんだが。
「はい、八幡君あーん。」
「おっ、おう……っ!?」
こうやって雪乃が俺に対して何らかのアクションを起こすと、その度に実はさっきから俺は殺気の様なものが籠もった視線を感じている……さっきと殺気を別に掛けている訳では無いって事は先に述べておく、ふへ面白くないですかそうですかそうですよね。
「…………(ジーーッ)……。」
雪乃が差し出したたこ焼きを咀嚼しながら右側後背から感じる気配に、俺はそれがメッチャ気になって遂にそのそちらを振り返って見た。
「…………あの、どっ、どうかしましたか雪ノ下さん……。」
そこに居たのは俺に含みのある視線を送っている一人の女性、ご両親の名代としてこのイベント開催の挨拶をし終えて此方に合流した雪乃の姉、雪ノ下陽乃さんであったってか俺達が此処へ到着し時にはもうその挨拶も終えてこの場に居たんだけど。
「……別に何でもないよ比企谷君。」
いや、貴女の今の表情とか眼力とか声音とか放たれている強烈なプレッシャーとか諸々、別にって感じじゃ無いんですけどねぇ。
例えるならアレですよシロ○コの乗るドゴス○ギアをメガ○バズーカ・ランチャーで狙撃しようとして何度も外したクワトロ○バジーナ大尉が感じたプレッシャー、それが今の俺には凄く理解出来るんですけど。
『アレに乗っている男のプレッシャーか……。』てな気持ちだよ、まぁ雪ノ下さんは女性なんだけどな。
「いや、別にって感じが全くしないんですけど、それって気の所為とか言わないですよね。」
「気の所為だよ、気の所為。」
どうやらこのお姉やんはあくまでも気の所為だと言い張るおつもりの様だ、嗚呼もうどうか面倒な事にならないでくれたら良いんだがと神頼みでもしいた気分だわ。
午後七時を回り空の色も良い具合に夜の色に塗り替えられている、流石に夏至を過ぎお盆も終わると日が沈むのも早いものだ。
「やっぱりお盆も過ぎると日が暮れるのも早いな。」
俺達の後方にひとかたまりとなり椅子に腰掛けていた葉山グループ、そのリーダーの葉山がどうも俺と同じ事をこの空を見上げて感じた様だ。
うわっ、マジかよまさか葉山と同じ様な感慨を抱くとかメッチャ嫌なんですけど……いや別に葉山に対してどうとかでは無くてだな、此処で俺と葉山が同じ事を考えてたなんて知られた日には赤いフレームの眼鏡を掛けた悪魔がなぁ……。
だが今はその葉山に対して戸部が合いの手入れてるから、彼女のその矛先は俺の方を向いていないし取り敢えずは良しとしておこう。
精神的安寧、これ大事だからね。
話を戻すと、もう日が暮れたしそろそろ花火の打ち上げが開始されるだろうと思われるんだが未だその気配が無いってことも無いんだろうけども、現在舞台上では司会進行役の人が何やらマイクパフォーマンスをやっていらっしゃる。
多分この会場に詰め掛けている観客達はこう思っているだろう『そんなのいいから早く花火やれよ』ってな、誰だってそーだろう、俺もそーだ。
しかし現金な物でその司会者の次のセリフで俺は華麗に手のひらを百八十度クルッとする事になる。
『えー、間もなく花火の打ち上げが始まりますがその前に一つスペシャル、と言いますかとある方からのメッセージ動画がこの会場に届けられております。
でありますので、皆様には花火の打ち上げを今暫くお待ち頂く事になりますがご容赦頂きたく願います。』
その司会者の言葉に会場の彼方此方から不平不満の声、ブーイングが響き渡るのだが、その次に告げられた事に依って事態は変わる。
『では、会場特設モニターにてメッセージの再生を開始致します。
メッセンジャーはこの方、世界トップクラス実力を誇る格闘家、伝説の狼、そしてサウスタウンヒーローッ!
テリー・ボガードさんです!!』
伝説の狼、サウスタウンヒーロー、テリー兄ちゃんの名が告げられると会場に詰め掛けた観客の大半が歓声を上げた。
正にそれは割れんばかりの喝采って形容がズビシっと当て嵌まると言っても過言じゃない、それ程観客のテンションはバク上がり
そして始まるメッセージの再生、それは先に開催された十年ぶりのキングオブファイターズに於ける、テリー兄ちゃんの試合のダイジェストムービーから始まった
『カモンゲットシリアス!』
『ハッ!シュッ!ロック・ユー!バーニング!キックバット!ゴーバンッ!ライブワイヤー!ゴーバンッ!アーユーオーケー!バースッウォーッ!』
それはおそらく一回戦から決勝までの闘いに於いてテリー兄ちゃんが繰り出した必殺技や超必殺技のシーンを編集した物だった。
それをノリの良さげなBGMとともに映し出され、その迫力ある映像に会場の観客も大いに沸く。
改めてやっぱりテリー兄ちゃんのファイトスタイルは派手で豪快でそして見る者を興奮させてくれるんだよな、それに見たところ身体も技も初めて出会った頃と変わらずキレてるし、そこに更に円熟味が加わって増々強くなっている。
「やっぱりそうでなきゃな、テリー兄ちゃん。」
俺の目標の人がまだまだずっと遥か高みに居る、改めてそれを確認出来て俺のテンションは水面下でバク上がりだ。
へっ?どうせなら水面上で上がって見せろって、嫌だよそんなのどうにも俺のアイデンティティがクライシス帝国でその時不思議な事は起こりませんでした。
まぁ要するに俺は潜水艦の様に深く静かに潜航してたまに空気の入れ替えの為に浮上する位が丁度いいんだよ、今の処はな将来的にはどうなるか知らんが。
「ほほう、流石は伝説の狼と呼ばれるだけの事ははある様じゃな、何とも奔放な闘いをする男だ。
フフフっやるではないかこれではマルコが勝てぬ筈じゃ。」
坂崎のご隠居もテリー兄ちゃんの闘いの様子に唸り高い評価を与える、マジっすか何かそれって俺メッチャ嬉しいんだけど、何たって元祖無敵の龍に俺の兄貴分が認められてんだからな!
そしてオーブマニングのダイジェスト映像も終わり遂にテリー兄ちゃんのメッセージの再生が始まる。
特設モニターに大きくバストアップで写し出されたテリー兄ちゃんは、右手の人差し指と中指を立て米上の辺りで軽く振り。
『よお、千葉の皆、はじめましてってヤツも居れば久し振りってヤツも居るだろうが、そうだな俺はテリー・ボガードだよろしくな。』
テリー兄ちゃんの挨拶に会場のあちらこちらから挨拶を返す声が響く、まぁ流石に衛生生中継とかネット配信とかじゃ無いからそれがテリー兄ちゃんには届いては無いけどな。
テリー兄ちゃんは三十路を越えて、それまで自身のトレードマークだった赤いキャプをかぶるのを辞め、腰の辺りまであった長い髪を肩の辺でバッサリと切りそして赤いジャンパーからブラウンカラーのボア付きのフライトジャケットを着用する様になったんだよな、その姿もバッチリ決まってカッケぇんだよこれが。
『皆が俺のこのメッセージを聴いている日は花火大会ってヤツの開催日だってな、そして俺達のサウスタウンと皆の千葉とが姉妹都市提携ってヤツを結ぶって事が発表されたんだよな。
そんなハッピーな日にあんまり長々と話をするのも何だからまあ簡単に纏めさせてもらうよ。』
テリー兄ちゃんの発言に会場の観客達がどっと湧き上がり、会場中にテリーコールが木霊する。
『俺にとって日本、それに千葉って所はすっげぇ馴染みの深い場所でな、まずは俺の弟のアンディと舞が暮らす国ってのが一つだな。』
『それと千葉には八年前に初めて行ったんだが、あの時は千葉のスタジアムで開催された格闘大会の決勝戦に出場する為だったんだが、その当日に俺は一人の小さな少年と出会ったんだ。』
『その子供と出会って色々あって俺はそいつに俺の格闘技の技を教える事になったんだ、まあ言っちまうとソイツは俺の弟子であり弟みたいなヤツかな。』
その言葉に会場がざわ付き始める『テリーの弟子で弟だってマジかよ!?』とか『どんな奴なんだ』とか疑問の声が湧き上がる。
てかそれって俺の事なんだけどねこんな奴ですけど、何かすんません。
『それから、ソイツの妹や親父さんお袋さん達とも家族同然の付き合いをするようになって、俺と俺が面倒を見ているロックってヤツと一緒に一年ばっかり千葉で暮らしてたんだ。』
『誰が面倒見ているだって、面倒見られてるの間違いじゃないのかテリー』とモニターからは見切れているがロックが突っ込みを入れる声が聴こえ、会場の皆も大笑いだ。
まぁ確かにガキの頃は兎も角今じゃロックの方がしっかりしてるし、生活環境はロックが守っている様なモンだしな。
それから『俺知ってる、トレーニングしているテリー達を見た事ある』『俺も知ってるよテリー!』なんて報告が相次いぐ、べぇーっマジ俺見られてたのか。
『その後も毎年俺とロックは時間を作っては千葉に来てるんだ、それに行きつけの飯屋のタイショウやオカミさんに飲み屋で知り合って一緒に酒を飲む飲み仲間のオッチャンや地元の格闘技道場の師範とか門下生とか沢山のダチが居る千葉って街は俺にとってもう一つのマイカントリーだぜ。』
テリー兄ちゃんがそう言うと会場全体から『WOOOOOOO!!!』怒号とも歓喜ともつかない程に響き轟き渡る大歓声が圧力となって空間を揺るがしている様に感じられる、会場は正に興奮の坩堝と化したって感じだ。
『そんな俺のもう一つの故郷千葉と俺達の街サウスタウンの姉妹都市提携のイベントを、9月にやるそうなんだが俺もそれに参加するから皆ッ9月に千葉で会おうぜッ、それじゃあな!』
サムズアップから二本指のヒビキさん風敬礼ポーズを決めテリー兄ちゃんはメッセージを締め括られ、映像の再生は其処で終了した。
『テリー!テリー!テリー!……』
映像は終了したが観客達の歓喜のテリーコールが会場全体に木霊しそれは暫く止まなかった、メインイベントの花火の打ち上げを前にこれは最高のビッグサプライズだ。
九月か、その日に向けて俺もテリー兄ちゃんが帰って来た時に落胆され無い様にしとかなきゃだな、俺は響き渡る巨大な歓声の中密かに決意する。
だってな、此れだけの歓声を以て迎えられる程のファイターの弟子として弟分としては、その顔に泥を塗る様な真似は出来ないからね。
会場を包み込んだ大歓声もやがて静まり始め、もう間もなくすると本日のメインイベントである花火の打ち上げも始まるだろう。
俺の周りの皆も割と控え目な声でテリー兄ちゃんの事を語り合っている、中にはアンディ兄ちゃんの事にまで言及する人もいる様だ。
まぁ女子陣は大概格好いいとな素敵とかそう言う感想が殆なのは仕方あるまいってところだな、実際兄弟揃ってマジでハイレベルのイケメンだし。
「あら、だけど八幡君だって負けてはいないわよ。」
「うん、あたそう思うよハッチンはカッコいいって。」
「そうですよはちくん、私達のはちくんは世界一ですよ。」
と、三人は言ってくれているけど、こう言うのって所謂贔屓の引き倒しとか蓼食う虫も好き好きとか痘痕も靨とかって言うんだよな、まさかナチスの科学力じゃ有るまいし世界一は無いと思うわ八幡知ってる。
しかしそれよりも俺はまたしても感じられた右側後背からの冷気とも付かない気配が気になっているんだが、何なんでしょうかねさっきから雪ノ下さん……。
「八幡師匠は格好いい………。」
俺の後ろの席に座るルミルミが俺の服の背中を軽く摘んでポソリと呟く様にそう言ってくれた、これは何とも今の俺にはとてもありがたい。
うん、だってねぇ怖い気配を感じた直後だし留美のぽそりとした一言が癒やし効果がグンバツだわ。
「ありがとうなルミルミ、そう言ってもらえて俺感激だわ。」
後ろに身を捩り俺はゆっくりとルミルミの頭を撫で癒やし成分をいただく、撫でられながらルミルミは『ルミルミじゃ無い留美。』と頬を膨らませ少し赤く染めて留美は言う、どうやら俺は留美を怒らせてしまった様だ。
「まあまあ留美ったら、ふふふ。」
鶴見先生は微笑みながら留美を暖かく見守っているけど何か娘さんを怒らせてまってすいません。
そしてそれから数分後いよいよ花火の打ち上げが始まる。
すいません次こそは………。
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彼女の美人のお姉さんの真意は何処にあるのだろうか。
おめでたい事で。
空間を震わせて大音声と共に打ち上がり大きく、そして夜空に華々しく咲いては儚く消えゆく色とりどりの華々の競演がついに始まった。
『たーまやぁーっ!』
『かぁぎやぁーっ!』
夏の風物詩たる花火、それが夜空に光り輝く大輪の花が開く度に会場のあちこちから木霊するのはこれまた夏の風物詩であり毎度お馴染みの『玉屋鍵屋』の掛け声だ。
「そう言えばさアンディお兄ちゃん舞お姉ちゃん、何で花火の時って玉屋とか鍵屋って言うんだろうね、よく考えたら小町って今迄そんな事何にも考えずに言ってたよ。」
俺達の前方、一列手前の椅子に俺から見て左側に北斗丸、正面にはアンディ兄ちゃんその隣が舞姉ちゃん、そして小町で序にその隣は十平衛先生が腰掛けて居るん。
まぁ十平衛先生は小町に対してはセクハラ行為を働かないからな、だから舞姉ちゃんとの間に小町を挟む事で未然にそれを防いでいる訳だ、因みに十平衛先生の右隣はJrでその隣が材木座、そして春日野先生って順番で更に十平衛先生の真後ろは坂崎のご隠居だ。
これだけバッチリ固めりゃあ対爺様セクハラ防御網は完璧で確実に効力を発揮するだろうな、まぁあまりにも確実は確実すぎて、ゲームとしての面白みは欠けるがな。」
「はちくん何下顎に手を当てて変な事言ってるんですか、どうせまた何かのネタを言ってるんですよね。
そんな暇があるんならお米ちゃんの質問に答えてあげるか、私達の事ちやほやしてくれてもいいんですよ、てかどうかお願いしますちやほやして下さい。」
「おうすまんな、まぁ小町への説明なら舞姉ちゃんがやってくれるから問題無い、あれで舞姉ちゃんは博学でかなりハイレベルの才媛だからな、てかちやほやって具体的にどんな事するんだよ。」
「ソ・コ・は、私達に聞くんじゃ無くて自分で考えてくださいよ♡」
「ハイハイ、さよでっか。」
俺がそう言う側から案の定舞姉ちゃんが小町に説明を始めていた、まぁ元から小町は舞姉ちゃんに質問していたんだしこの件はこれでいいのだ、と四十一歳の春を迎えた元祖で天才なパパの如く俺は頷いておく。
後、これはうろ覚えだが確か鍵屋ってのが江戸の花火屋の元祖的な感じで玉屋はその鍵屋から暖簾分けしてもらったとかじゃなかったかな、舞姉ちゃんの話を聞くか雪乃に聞けば答えは直ぐに分かるんだろうが(何せ雪乃は別名ユキペディアの異名もあるし)俺も後で自分でウィキで調べてみるとしよう。
こう言うのは自分で調べるのも面白いからね、それに今は取り敢えず花火に集中していたいしな。
色とりどりに輝く光と音の祭典、打ち上げられた花火の数も数えていたわけじゃ無いから確実な数は知らんけど、既に相当数が空へと打ち上がり弾け輝いて消えていった。
何を言いたいかと言うとだな、要するにもう間もなくこの宴も終焉を迎えるだろうって事だよ、OK!?
とまぁそれは良いとしてここで一つ説明をしなければなるまい、今更かよって突っ込みは無しの方向で頼む。
実は現在打ち上げられている花火なんだが、コレは何とビックリな事に海上から打ち上げていたりするんだよな。
バージ船と言う物をご存知だろうか、海辺の工業地帯や造船所がある地域にお住まいの方ならもしかしたら見たことがあるかもだが、形としては平べったい筏の様な長方形をした海上輸送等に使われる運搬船なんだが。
今回の話を教えてくれた武蔵中原議員によると、このバージ船一艘辺り30M×20Mほどの大きさでそれを長辺方向15艘短辺方向4艘の計60艘を連結しその上に足場材でステージを組み、そのステージ上から花火を打ち上げているって言う。
全く何ともどえらく予算を使った物だと
何てな事をつらつらと考えていた俺だったが、その時ふと己の太ももの上に置いた右手の甲に何やら柔らかくそしてしっとり温かい感触を感じた。
その感触の主は誰であるか見ずとも理解出来ているんだが、それでも俺は振り向いてその主を目に見留める。
「………まさか私がこんな風に沢山の人達と共にこんな素敵な時間を過ごす事が出来る様になるだなんて、貴方達と出逢う前までは思っても見なかったわ。」
潤んだ瞳と少しはにかんだ様な優しい笑顔を俺に向けて雪乃がそう言う……俺はその雪乃の表情にまるで時間でも止められたかの様に身動きさえ取れず暫し見とれてしまった。
そして我に返りこう思ったのだ『あらやだ何この娘ったら超ヤバいって位にものすっごい可愛いんですけど、べ〜っマジ激ヤバじゃね』と。
イヤ、何と言うか戸部を兵井させて巫山戯るのもアレなんたが雪乃ってすげえ綺麗だし、其処にアレコレと形容詞を付けたところでその綺麗さを表現するには些かどころか、かなり不足気味だと俺は思っている訳なんだが。
しかしその綺麗な顔と此処まで超絶至近距離で見つめ合うなんてそうそう簡単には慣れる事もできない訳で、多分今の俺の顔は紅く染まっていると思う。
「貴方が居て、結衣さんといろはさんが居る、四人でならどんな事だって乗り越えられると、私はそう思えるの。」
打ち上がり華々しく咲いた花火の光に照らされながら雪乃が紬いだ言葉はこの日俺が聞いたどんな言葉よりも最も貴重で大切な響きを以て俺の心に刻まれた、言うなれば今の言葉こそが言霊と言うやつなのかも知れないな、と思わずにはいられなかった。
「う〜っ!ゆきのんっ、あたしもゆきのんと一緒ならいろはちゃんとハッチンと一緒ならどんな事でもきっと頑張れるよぉ!ゆきのん、あたしゆきのん大好きだよっ。」
俺の左隣のいろはの更に隣の席から結衣がダイブでもするかの様な勢いで、俺の右隣の雪乃に向かって思いっきり抱き着いた。
「ちょっと…結衣さん止めて暑苦しいのだけど。」
雪乃の頬に自分の頬をスリスリとにんまり笑顔の結衣は『ええいいじゃん』と雪乃の苦言をスルーし、スリスリを止めず雪乃は助けを求める様に俺を見つめるのだが、女の子同士のスキンシップなんて素晴らしい光景を目の当たりにしてそんな野暮は出来ないよな。
「痛ッ!?」
だが、そんな俺の態度にお冠状態となったのか雪乃が軽く睨んで俺の右手の甲をキュッと抓る、その表情から雪乃が声に出してはいないが『意地悪』と言って俺を責めている。
まぁ、良き物を見せて頂いている代償としてこの位の痛みは甘んじて受けて然るべきだろう、がそれにより一時沈静化していたプレッシャーが再び感じられたんだけどな、だが怖いから俺はその背後を振り向いて確認とか今はしない。
それから暫しの後に花火大会は恙無く終了と相なり観客達は次々に会場を後にし始める、きっとこれから暫くは駅へと向かう道も帰路に着く人でごった返しているだろうし、電車も数本は満員すし詰め状態になってるだろう。
『ご来場の皆様、只今駅までの道は大変混雑して危険ですのでどうぞ、周りに注意を配りゆっくりと他者との間隔を開けてお進み下さい。
尚本日のイベントの為に各線ともに増便しておりますので余裕を持ってお帰り頂けるよう手配をしておりますので、御安心下さい……。』
と、主催者側からの有り難いお達しもあるのでならば此処は慌てず騒がす、人が少なくなってから帰路へ着くのが正解だろうと、俺達は人々が疎らになる迄の間暫しこの場に留まり時間をずらしてから帰ろうと話がまとまった。
「けどアレだべ、此処でただ待ってるのも何だし俺皆の分も何か飲むもの買ってくるけど比企谷君と材木座君、悪ぃけど付き合ってくんないかなぁ、頼むっしょ。」
戸部は揉み手で拝む様に俺達に要請するが、まぁそんな事位なら別に構いやしないし俺と材木座は了承し皆の希望を一人一人聞いて買い出しに出掛けることにしたんだが。
「あっ、じゃあ私も付き合うよ、良いよね比企谷君と戸部くんとえ〜とっ材木座君だったかな。」
そう言って来たのは雪乃の姉である雪ノ下さんだった、雪ノ下さんはとても人好きのする一見すると男子の理想を具現化したかの様な蠱惑的でいて優しそうな笑み湛えていて、戸部と材木座はその笑みにアッサリと撃ち抜かれてしまい。
「マジっすかぁ、べ〜っ雪ノ下さんのお姉さんみたいなキレイな人と一緒とか超感激っしょ!」
「そ、そ、そ、そうであるな…どどどどうしてもと言うのならご一緒する事も我としては……その吝かでは無いのでありまする……。」
民主主義の原則に則り賛成多数で俺達の買い出しに雪ノ下さんも一緒に赴く事となったのだが、先程から度々感じるプレッシャーとか諸々あって俺は雪ノ下さんが同行する事に一抹の不安があったりで、どうか何も起こりません様にと“多分”居もしないだろう神様とやらに願う事しか出来無いんだよなぁ。
雪ノ下を含めて四人で買い出しに出発した俺達なんだが、会場の直ぐ側に在るコンビニは流石に今は人も多いだろうし俺達は近場に点在する自販機で飲み物を購入する事としソチラに向っている。
まぁぶっちゃけコンビニよりか自販機の方が近いからってのも有るけどな。
「いやぁ〜っ、さっきの試合Jr君も材木座君マジすごかったわぁ、ホントにリスペクトっしょ。」
「ぬおっ、そっ、そうであるか。」
「やっぱアレだべ、あんだけ強くなるにはすっげぇ修行とかしてんしょ!?」
先頭ってか前列に材木座と戸部が二人並び話しながら歩き、その後ろを少しだけ距離を置き俺と雪ノ下さんが何故だか並んで歩いている。
俺はさっきから雪ノ下さんから発せられている、明らかに俺に対してとしか思えない嫌がらせの様なプレッシャーに居心地の悪いものを感じていてそれがどうにもむず痒いってか不気味ってか、何だか溜息を吐きたい気分だ。
「いやあまさかねえ、伝説の餓狼達の弟子がこの千葉に居てしかもその子が雪乃ちゃんの想い人になるなんて夢にも思っていなかったよ。」
雪ノ下さんはあまり大きな声では無いが隣の俺にはハッキリと聞き取れるくらいの声量で以て、そして幾分挑発的な笑みを見せながらそんな事を宣うのだが。
いやマジそう言うの要らないんでどうか普通に接しては頂けないものでしょうかね、まぁこの人の普通ってのがどう言う感じかは知らんけどね。
「はぁ、まぁそうッスね。」
一言そう言って俺は一旦言葉をそこで切る、雪ノ下さんが俺に対してどんな返答を期待しているのかなんて想像も出来ないし、なので正直な俺の本心を言っておく方が無難だろう。
「俺みたいなのに雪乃は、いや雪乃だけじゃ無いんですけど結衣やいろはだって勿体無い位の女性なんですよね。」
「……ふうん、そうなんだ。」
何とも素っ気無く雪ノ下さんがそう答える、そんな風に言われてしまうと俺としてもなんと言って良いか解らず続く言葉を発する事を躊躇ってしまうんだが。
正直、舞姉ちゃんや平塚先生とか気心が知れた歳上のお姉さんとなら気兼ね無く話せるんだが、訳も解らずプレッシャーとか掛けてくる怖いお姉さんとかどう対処すりゃ良いのか経験値の少ない俺にはマジ……解んねえ〜っ、て感じなんだよなぁ。
「……あの」しかし流石にこの重い空気をどうにかしたいと思った俺は意を決して口を開いたその時。
「ねえ、比企谷君、私と闘ってくれないかな。」
突然何の前振りもなく、いやさっきから彼女が発していたプレッシャーとか殺気とかが前振りだったのかもだが、雪ノ下さんはごくさり気なくそれこそ『そこの喫茶店でお茶でも飲もうぜ』と誘うかの様な気軽さでそう言った。
「ホワイ!?」
あまりの唐突さに俺は思わずカタカナ発音になってしまったが、そう問わずにはいられなかった。
俺の右隣を歩く雪ノ下さんに顔と視線をロックしてその彼女の口から言葉が発せられるのを待ち、と同時にその表情から彼女の真意の程が幾らかでも解らないだろうかと思ったんだが、相変わらずの挑戦的な美人のお姉さん的スマイルを湛えているだけで、その感情を読む事は出来なかったがその眼光は笑っている人のそれじゃあ無い。
「……何で、いきなりそう言う事になるんですかね雪ノ下さん?」
今の俺の言葉には抑揚と言う物が欠如している事だろう、だがそれでもそこの所は聞いておかなけりゃならないだろうからな。
「ふふん♪聞・き・た・い・のかな比企谷君は
片目を瞑りウインクをかまして右手の人差し指をチッチッチと小刻みに振りつつ、楽しげにってか愉しげに雪ノ下さんが俺に問い掛けるが、俺はちっとも楽しくないっすからね雪ノ下さんそこんトコロよろしーく………っすよ。
けど一応俺的にはその真意を知りたくもあるし思うところもある、なので俺の思おを雪ノ下さんに伝える必要もある訳でもある。
「まぁ、そうっすね、雪ノ下さんも雪乃も藤堂さんの元で古武術を学んでいたと聞いてますし、その雪乃が言うには雪ノ下さんは自分よりも遥かに古武術の才があったとも聞いていますから、俺も格闘技を学ぶ者として強い人と手合わせをする機会は得難い物っすけど、雪ノ下さんのお誘いはどうもそう言った思いから来ているモノとは違うんじゃと……。」
なのでその思いと俺なりの考察を彼女に伝えてみたのだが、ソレを聞いた雪ノ下さんは一瞬両眼を閉じ直ぐにその目を見開くと、嗤いながら言った。
「感の良い子は嫌いだな。」
ゆきさんのその一言と表情に俺は思わず怖気だってしまった、そして彼女は更に続けて。
「そうだね~、一言言うなら理由は無い、ただ君の事が気に入らないってところだねっ♪」
だそうだ、まぁ薄々そうではないかとは思っていたんだがな、なのでその辺は聞かされたからと言って更なるショックに襲われるとかって事は無いんだが。
「……何すか、その剣崎似の白鳳○園の生徒を理由も無く気に入らないってだけで暴行する誠○館の不良学生の様な言い分は、その内壬生○介が樹齢三千年の一位樫で作られた木刀持って殴り込みにでも来るんですかね。」
「何それ、言ってる意味が解んないんだけど。」
俺の突っ込みネタを雪ノ下さんはけんもほろろに解らないと一言を以て切って捨ててしまう、べっ、別に悔しくなんか無いんだからねっ!
「まぁ、でしょうね……それでどうしますかこの場で一勝負と行くつもりなんですかね。」
嘘です、解ってもらえず俺内心はちょっとだけ切ない気分です、がそれはおくびにも出さずに(多分出て無いよな)雪ノ下さんへ問う。
「あははははっ、いやソレも面白いかもねぇ〜っ、でも私にも一応立場があるんだよね。
今日は両親の名代として此処に来ているからさ、あんまり悪い意味で目立つ様な事は出来ないかなってね……だから比企谷君、ここ数日以内で君の都合の良い日を教えてくれないかな。」
現状を鑑みても彼女のその返答は思っていた以上にまともなものであり(但し一時的な物ではあり根本的な物は何も解決はしていないのだが)俺は心底内心安堵した。
あの花火大会から二日後、俺は愛車ZX−25rを駆り雪ノ下さんから連絡を受け指定された場所へと向かう。
昨日、まぁ花火大会の翌日だがアンディ兄ちゃんと舞姉ちゃんは十平衛先生と北斗丸を伴い不知火道場へと帰って行った、偉大な兄貴分と姉貴分との暫しの別れは少しだけだが柄にも無く俺をセンチな気分にさせてくれた。
だが、帰り際にアンディ兄ちゃんはジョーあんちゃんと同じ様に、俺に対して真正面から実演して見せてくれた。
超裂破弾を、俺にそれを見せてくれたって事はアンディ兄ちゃんもジョーあんちゃんも何連俺がその技を会得出来ると判断してくれたからだろう。
兄貴達のその期待を俺は裏切る訳にはいかない、今後も鍛錬を続け近日中にはモノに出来る様奮闘せねばだな。
それから今日の午前の便で坂崎ご隠居が、そしてマイヤさんも日本を離れアメリカへと帰還してしまった。
マイヤさんは各国のパオパオカフェを統括しなきゃならない立場にある人だし何時までも日本にばかり居られないだろうからな。
坂崎のご隠居の場合はアメリカへ帰国してサカザキ総帥と新たに開設される極限流空手道場千葉支部の事について話し合うのだろう、まぁ多分千葉支部は坂崎のご隠居が責任者として着任するんだろうけどな。
ご隠居ってアレだ、川崎姉弟の事を実の孫同然に思っているからな、特にサキサキの将来の婿さん探しとか張り切るだろう、それが極限流門下から現れてくれりゃあ俺としても言うことないんだが。
そんな回想を入れている内に俺は目的地へと到着した、そこは不知火道場とよく似た純和風の外観を持つ平屋建ての大きな建物。
その建物の前で、俺はマシンのエンジンを切り降車しスタンドを立て一旦その場にバイクを置き正門と呼ぶに相応しい4トントラックが余裕で入って行けそうな程の立派な正面玄関から、家人の方に来訪を伝える為呼び鈴を鳴らした。
程なくして、インターフォンから優しげな声音の女性の声で『いらっしゃい比企谷君、どうぞお入りなさいな』との応答が帰ってくる。
「はい、今日はお世話になります藤堂さん。」
と、言う事で本日俺が訪れたのは雪ノ下姉妹のお母さんこと、ゆきのんのママの古い友人である藤堂香澄さんが師範を務める藤堂流古武術道場だ。
藤堂さんの許可を得て藤堂家の敷地内駐車スペースに単車を置かせてもらい、それから直ぐ様藤堂さんに案内され道場へ伺うと、其処には既に到着てしいた雪ノ下さんが袴姿で板張りの上に正座し何やら精神集中でも行っている様だ。
「陽乃ちゃん比企谷君が見えられましたよ。」
その藤堂さんの声に反応して雪ノ下さんは正座を崩しながら身を翻してこちらを向き直り、すくっと立ち上がるとあの花火大会の日に見せたプレッシャーなど微塵も感じさせない、ごく自然な表情を見せ藤堂さんと俺に話し掛けて来る。
「よく来てくれたわね比企谷君、私の挑戦を受けてくれてありがとう。
そして香澄おば様、私の我儘を聞き届けて頂いてありがとうございます。」
「………うす。」
彼女の先日とのその違いのせいか、どうにも俺はちょっとペースを乱された様な気が、もしこれが雪ノ下さんの計略だとすれば俺はまんまと其れに乗せられてしまってるって事だろうか。
「ふふふ、年長者としては本来止めるべきなのかも知れないのだけれど、私も比企谷君には興味がありましたからね。
それに陽乃ちゃんも雪乃ちゃんも私にとっては姪っ子の様な存在ですからね、比企谷君にとっては迷惑かも知れませんけどおばさんとしては応援したくなるのよ。」
まさか極限流のサカザキ総帥やご隠居が認める藤堂さんからそんな事を言われてしまうとはな、こりゃあもうマジに冗談では済まされないってかよ。
それに雪乃や雪ノ下さんの事を姪っ子の様に思ってるからって言うのは解らんでも無いが、応援ってのは一体どう言う事でしょうかね。
「早速で悪いんだけど比企谷君、君の準備が出来次第直ぐに始めようか私の方はもう何時でも良いよ。」
雪ノ下さんが表情を引き締めてそう俺を促す、ならばもう此処までお膳立ても出来たんだし此方も準備を始めましょうかね。
そんで、雪ノ下さんにはこの手合わせの真意が何処にあるのか後で問いたださなきゃならないよな、その為にはやっぱりこの闘いに俺は勝たなきゃいかんって事だ。
次回予告
いよいよ始まる八幡と陽乃の対戦、その闘いの前に陽乃は八幡にある条件を突きつける。
しかし八幡にとってそれは、決して受け容れられる事柄では無かったのだ。
次回、闘いの序章。
Not even justice, I want to get truth.
真実は見えるか。
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対戦開始!八幡対陽乃。
「えっ!?」
俺は今雪乃の姉である雪ノ下陽乃さんと相対すべく訪れた雪ノ下姉妹の古武術の師であり姉妹の母である、ままのんさんの古い友人である藤堂さんが師範を勤める藤堂流古武術道場の板張りの上に背中をつけている。
まぁ所謂ダウンを喰らったって訳なんだが、それは仕合い開始早々のほんの一瞬の出来事だった為俺はこの身に何が起こってこうなってしまったのかまるで理解が追いつかなかった。
何だったんだ何が起こったんだっ、正に今の俺の心境は『あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!』な、館の階段でD○Oのスタンド、ザ・ワールドの能力の片鱗を体験したポ○ナレフな気分だ。
では何故俺がこの様な状況に陥るハメになってしまったのか発端から再現VTRスタート……いやちょっと回想するだけなんだがな。
雪ノ下さんに謂わば挑戦状を叩き付けられた俺は時間の都合が付いた今日、藤堂流古武術道場を訪れた事は先に述べたがその藤堂流に付いてとここに至る迄の経緯とを説明しよう。
藤堂流古武術道場を含む藤堂家の邸宅はそれなりの、ってかかなり大きな建物であったのだが道場自体は然程大きくは無く数日前に訪れた極限流空手道場日本支部のの精々半分程のスペースと言ったところか、しかし天井はかなり高く二階分の高さは優に超えている。
「びっくりしたでしょう比企谷君、極限流の道場と違い狭い道場で。」
道場内を見渡していた俺に藤堂流古武術の正装であると思われる白い羽織と紺色の袴姿の藤堂さんが苦笑交じりにそう仰られたものだから、俺としては「いえ別にその様事は思っていませんよ」と社交辞令的に返事をすたのだが、その言葉は俺の本心からの言葉であって実際には社交辞令として言ったのでは無いし、以前テリー兄ちゃんとロックと一緒に訪ねた事のある道場は此処よりも手狭なところもあったしな。
「ふふふっ、我が藤堂流は門下生も十数名程の小さな流派ですしね、逆に母と姉が切り盛りしている日本舞踊と生け花教室の方が生徒さんの数も多いくらいですからね、なのでどうしてもそちらの方にスペースを取らなければならないのですよ。」
上品さの滲み出る優しげな微笑を湛えて藤堂さんはご自身の口からそう内情を語ってくれたのだがそれに対し俺は何と答えるべきか咄嗟に言葉が出て来ず、またどの様な顔をすべきか戸惑うこと半端無しだ。
『笑えばいいよ』と俺の中のシ○ジ君が微笑みながらそう言うのだが、それを実行出来る程の胆力の持ち合わせが俺には無いので期待している人は、まぁあしからずって事で。
「そっ、そんなんですね………。」
藤堂さんに案内されて男子門下生用の更衣室へと向かいながら俺は当たり障りの無い無難だと思われる返答を返すと、藤堂さんは「ええ」と先と変わらぬこれまた優しい微笑で答えてくれた。
身長はそれ程高くは無いがしゃんと背筋が真っ直ぐに伸びていて長く艷やかな黒髪の大和撫子然としたその佇まいは、雪乃と雪ノ下さんの母であるままのんさんと同年代の筈だが、その見た目は今述べたような佇まいが故か三十代前半と言っても差し支えが無さそうな若々しさがある、本当に綺麗な人だ。」
「あらまあ、比企谷君ったら可愛いガールフレンドが沢山いるのにこんなオバサンを口説くなんてしょうが無い子ですねぇ。」
オットマタシテモオレハオヤクソクヲヤラカシテシマッタノデスネエ……。
「あっ、すいません俺、べっ、別に下心とかやましい気持ちとかがある訳じゃ無いんです、頭で考えていた事がつい口に出てしまっただけでして……。」
何て感じで話している内に男子更衣室へと到着し俺は着替えをさせていただく事に、俺は藤堂さんに謝辞を述べ更衣室の扉を開けようとしたのだが。
「あの藤堂さん、一つお願いがあるんですけど、道場内でこれを使用しても構わないでしょうか。」
背負っていたリックから取り出したソレを藤堂さんに見せ俺は確認を取ると、実にアッサリと藤堂さんは「ええ構いませんよ。」と了承してくれたのだった。
「ありがとうございます。」
藤堂さんに頭を下げて礼を述べ、その後俺は更衣室をお借りして手早く着替えをせ済ませる、っても上着として着ているライダースジャケットとパンツを脱いで結衣と雪乃といろはがプレゼントしてくれたジャンパーとジーンズに履き替え帽子を着装するだけなんだが。
おっと、更に加えて今日はいつもとは違い先程藤堂さんから使用許可を得たアレを履かなきゃいけなかったんだわ。
「うわっ、何かなぁジーンズには物凄い合わないよなコレ……。」
ソレを手に取りしげしげと見つめる、俺が言うソレとは何かいい加減勿体付けるのも読者さん的にはウザったいだろうからな此処でネタバラシをするが俺が今回使用するつもりでいるのは鳶職の皆さんにはお馴染みだろうアレだ、そう紺色のゴム底の『地下足袋』ソレが今回俺が選んだモノだ。
「まぁアンディ兄ちゃんからのオススメだし、屋内での使用に限定してるから已む無しだな。」
先だって伺った極限流空手道場で、俺は学校指定の体育シューズを使わせてもらったんだが、どうにも畳っぽいマットの上で履くには違和感を感じたものだからその辺りの事をアンディ兄ちゃんに相談した所、地下足袋を使ってみてはどうかとのお答えで昨日俺は近所のワークショップでコイツを入手購入してきたって訳だ、因みに言っておくけどコイツの先端部分は安全靴仕様のプレート入りでは無い、足先が親指とその他の四本の指とに別れた二股だ。
流石にプレート入の安全靴仕様だとアレだ『どーよ鉄板入りの
「まぁ昨日ためし履きした時は案外履き心地が良い気がしたんだが、本番ではどうなることやら。」
独り言の様にってかまぁ独り言だな、そうぼやきながら俺は靴下を脱いで地下足袋を足に通してサイドのホックを留めると、さあ装着完了ってな。
そして丁度お誂え向きにと言えばいいのかこの更衣室には縦長二メートル程の大きな姿見が設えられていた、多分だが藤堂流は古流の武術だし衣服の乱れは心の乱れとかそういった教えがあるのかも知れない、まぁ知らんけど多分そんな理由があるんじゃなかろうか。
「うっは〜っ、やっぱり合わねぇ。」
昔のテリー兄ちゃんを意識した洋風のコスチュームに日本の伝統的鳶職人御用達の足先が二股に別れた地下足袋の合わない事ったらもう。
これで着ている服が鳶職人風のニッカズボンとか八分とかのダボッとした服装なら様になってるのかも知れんのだが。
「まぁファッションセンスE(超ニガテ)の俺がどうこうと言えたことじゃないわなぁ。」
帽子の上から頭を掻きつつ俺は厳然たる事実を再確認しつつぼやき節を垂れ流すのだった、そして着替えも終えたことだしと更衣室を後に雪ノ下さんと藤堂さんの待つ道場へと向かうのだった……はぁ、何かもう帰りたいです。
「お待たせしました。」
一礼を以て俺は藤堂さんと雪ノ下さんが待つ藤堂流道場へと再入室すると、藤堂さんは優しく微笑みながら俺に一つ会釈をすると「はい」と一言、そして雪ノ下さんはどことなく不敵で挑発的なニヤリって感じの笑みを浮かべている。
「比企谷君、陽乃ちゃんとの手合わせを前に先ずはこの道場内の確認と貴方の身体を軽く解してみてはどうかしら。」
流石に一門の格闘流派の棟梁だけの事はある、藤堂さんは俺に対してその様な気遣いをしてくれた。
なので俺としては此処はありがたくそのお言葉に甘えさせて頂く事とした。
さて、昨日の試着は別として初めて履いてみた地下足袋だが、これがマジで軽くて足にもピッタリフィットしてるし良い感じだって事は更衣室からこの道場までの間の僅かな距離を歩いてみて理解出来た。
取り敢えず朝の鍛錬で身体は解れるしコンディションも悪く無い、なので今やるべきはこの初めて使う地下足袋の使い心地の確認をしなきゃだな。
そう結論をつけた俺は少しづつその感触を掴む為に動いてみる事にした、先ずはゆっくりと両足に力を込めて踏ん張りがどれ程効くかを確かめる。
「おっ、これは中々良い感じで踏ん張りが効くなぁ!」
グッと力を込めた足裏のゴム底がシッカリと力を受け止めてくれている事がバッチリ伝わってくる、それに気を良くした俺は続いてステップを刻んでみることにする。
始めはゆっくりとそして少しずつ徐々にスピードアップを図りながら。
「……シュッ!シュッ!フッ!!」
キュッキュッキュッと手入れの行き届いた板張りの上、俺がステップを刻む度に地下足袋のゴム底とその板張りから音が響く。
程良い柔軟性と硬さとを併せ持っているゴム底のおかけで踏ん張った状態からでも直ぐにダッシュへと移れるしブレーキがバッチリと効いたかの様に急停止も出来そうだ、所謂ストップ&ゴーが瞬時に行えるって訳だ。
と言う訳でアンディ兄ちゃんのアドバイスはどうやら物の見事に的を射たものだって事が立証された。
「やっぱ流石だわアンディ兄ちゃん、マジリスペクトっしょ〜。」
ウォーミングアップをしながら気持ちの方もリラックスさせる意味合いを兼ねて戸部のモノマネで此処にはいないアンディ兄ちゃんを称える、藤堂さんは俺に対して優しく接してくれているが雪ノ下さんの方は、やはり俺に対して何かしら隔意があるのは花火大会の日から変わらずで、今も少しだけプレッシャーを掛けてきている。
これはちょっと雪ノ下さんの事を待たせ過ぎて苛つかせてしまったって部分もあるのかなとも推察し、そろそろウォーミングアップも切り上げようかと思っていた俺のところに雪ノ下さんが近づいてきて。
「……ねえ比企谷君。」
横合いから雪ノ下さんは俺に話し掛けてきた、この手合わせを目前に控えた僅かな時間に彼女が声を掛けて来たことに対して若干の訝しさを感じはするが、彼女に対して返事をする。
「……何すか。」
努めて素っ気無い風を装って雪ノ下さんに返事をするのだが、そう言や俺って普段から割と口調が素っ気無いって皆に言われてたわ。
『ヒッキーってさ、あたし達が何か言っても適当にあしらってるってかすっごい面倒くさそうに返事するよね。』
『ですです、私達が愛情と真心を込めて先輩のことお相手してるんですよ分かってるんですか先輩、みんなのアイドルいろはちゃんの真心を受け取れる男子なんて世界広しと言えど先輩以外には居ないんですからね。』
とこんな感じなんだが、上記二つの発言が誰のものだかは察しの良い読者諸氏にはお解りいただけていよう、って誰だよ読者諸氏って。
「一応さ言っておこうと思ってね、比企谷君今日は私の挑戦を受けてくれてありがとう。」
雪ノ下さんは軽く会釈をしながらそう言って顔をあげると、これまで俺に向けていた隔意やプレッシャーなんぞ有りはしなかったかの様な極自然な表情が見て取れた。
しかしそれがどうにも、俺には何と言うまるでか嵐の前の静けさの様に感じられてならなかったんだが、まぁ一応礼儀として雪ノ下さんに対し「いえ、どういたしまして」と返答を返しておいた。
そしてその俺の感は間違ってはいなかった、俺の返答を待って雪ノ下さんは再びそのプレッシャー的な物を顕にして来た物だから俺は直に心中身構える。
「あははっ、直にそうやって事に当たれる様に身構えれるのか、流石は伝説の餓狼達の直弟子な“だけ”はあるんだ。」
どことなく皮肉めいた響きの雪ノ下さんの言葉に俺は心構えだけは変えず、様子見と牽制のつもりで皮肉を混ぜての返事を返す。
「……まぁ、兄貴達に出会うまでは俺の周りは敵だらけだったっすから、悪意に対してはわりかし敏感なんですよ、特に自分の事を気に入らない何て事を言われた日にはそりゃあ身構えずにはいられないってなもんですよ。」
俺の皮肉交じりの其れに雪ノ下さんは何が可笑しかったのかクスリと嗤う、その顔は流石雪乃の姉だけあって美しいのだが、美しさ以上に仄暗い恐ろしさを感じ俺は背筋に寒気を感じずにはいられなかった、そして其れを裏付ける様な言葉が彼女の口から発せられた。
「ねえ、比企谷一つ提案があるんだけどさ、この闘いに負けた方は勝った方の言う事を何でも一つ絶対に聞くって事にしない。」
不敵な笑みで嗤う雪ノ下さんは、おそらく自分が勝つと絶対的に確信を持っているのだろう、だからこその提案だったんだろう今の発言は。
「はぁ〜っ、因みにっすけどもし雪ノ下さんが勝ったら俺にどんな要求を突き付けるつもりなんすかね。」
まぁ、それだけ自分の実力に対する自信が在っての発言だろうがはっきり言って俺には勝ったとしても然程旨味のある話には思えないしな、受けるかどうかは置いといて取り敢えず彼女の真意の一端でも知れればと思い聞いてみたんだが。
「そうだねぇ、もし私が勝ったら比企谷君、君さぁ雪乃ちゃんと別れてくれるかなぁ〜っ!?」
其れまで放っていた殺気だのプレッシャーだの屈託だのを感じさせない、さもごく普通に友達に飯でも食いに行こうと誘うかの様な、そんな口調で雪ノ下さんが言ってくるもんだから俺は思わず呆気に取られてしまい多分この時俺は口ポカンしていたと思う。
「………はあ!?何言ってるんですか雪ノ下さん、それって本気で言ってるんですか。」
「うん♪本気も本気、もうこれ以上無いって位にね。」
俺の問い掛けに雪ノ下さんはもうノリノリって感じで返答を返して来たんだがそれって俺には何のメリットも無いですよね、其れに此処には居ない雪乃の意思とか気持ちとかそう云った諸々無視して俺達だけで決めるとか間違っているんではないっすかね雪ノ下さん……はぁもうホント帰りたい。
否、帰りたいってより実は今ちょっとムカついたわ、雪ノ下さんの本意がどうなのかは解らんがこんな事を利用して俺たちの中を引き裂こうとしてるのなら、こんなに身勝手過ぎる要求『ハイそうですか』と飲める訳が無いだろ。
「言ったよね私、君が気に入らないってさ、だからね……。」
俺が気に入らないってならそれはしょうが無い、好悪の念は人それぞれだから何も無理して俺の事を気に入ってくれなんて言わん、だからこそだ。
「イヤッ、だからって………そんなのおかしいですよカ○ジナさん!」
「誰よ、そのカテ○ナって……意味分らないんだけど。」
実に爽やかな笑顔で雪ノ下さんはそう仰られた、ホントマジでイラッと来るんだがこの場のお膳立てをして下さった藤堂さんの手前もあるしその感情は抑えて闘いに集中しよう。
そして俺的には何のメリットも無い雪ノ下さんの提案に付いては、取り敢えずはぐらかして明確な返答はしなかったし出来ればこのまま有耶無耶に終わらせたいんですが駄目っすかね、そうすりゃ此方もムカついたりせずに純粋に藤堂流古武術との手合わせを楽しめるんだが。
「まっ、まぁそれは追々考えるとしてですが、もうそろそろ良い時間ですよね雪ノ下さん。」
「……ふふ、それもそうだね。」
さて、雪ノ下さんと手合わせを始める前に藤堂流に付いて述べるとしたい所だが、ハッキリ言ってその流派の事を俺は何も知り得なかった。
アンディ兄ちゃんや舞姉ちゃんにも尋ねてみたし、自分でもネットなどで検索してみたが古流武術の一派としか情報が無かったんだよな、出来れば動画とか出てくればと期待していたんだが宛が外れてしまった訳だ。
坂崎のご隠居にでも尋ねてみれば何かしら知れたかもだが、藤堂さんと坂崎のご隠居とは古い知り合いの様だしな、その辺りの事情を考慮するとご隠居に其れを聞くのは何だかフェアじゃ無いって気がしてな。
て事でこの手合わせに俺は何の予備知識無しに挑む事となった訳だが、ロックのヤツが何故だか去年辺りから遣えるようになった技の幾つかが、血縁上のロックの親父ギース・ハワードが遣った古武術の技だって話だったっけ、後の先的に相手の動きを先読みしてのカウンターで掴みからの投技とか使うんだよな。
だとすれば藤堂流にもそう云った技があるのかもな、ならば先ずは遠間から気弾を撃って牽制とかかな。
「あっ、先に言っておくね比企谷君、ウチの流派藤堂流だけどさ、遠当ての技もあるから遠距離からの攻撃一辺倒じゃ勝てないからね。
ふふふっ、優しいお姉さんからの忠告だぞ。」
最後にバッチコ〜ンっとウインクをかまして優しさアピールをされても、俺としては全く以て優しさを感じないんですが雪ノ下さん、其処のところどうなんでしょうかね。
しかし藤堂流にも気弾の様な技があるなんてネタバラシを自らしてしまうとはな、それだけ己の力量に自信か有るって事だろうな。
「はぁ、ご忠告どうも……なら此方としても出方を再考させてもらいます。」
そして時は来た、道場の中央に藤堂さんが陣取り上手側に雪ノ下さんが下手側に俺が陣取ると藤堂さんが俺達を交互に見やり宣言を下す。
「では、陽乃ちゃんと比企谷君との手合わせを開始します、二人共白線の位置まで離れて。」
道場中央から上手と下手の両側それぞれ二メートル程の位置に白線で開始線が引かれてあるんだが、藤堂さんの宣言によって俺と雪ノ下さんは二人共その定位置へと離れ立つ。
「宜しい、では構えて。」
藤堂さんが右手を挙げて宣告する、其れを受けて俺と雪ノ下さんは構えを取り互いの顔に視線を向ける。
緊張感を保ちつつもどの様な状況にも対応できるよう心身をリラックス、事前情報の何も無い相手を前にさてどう動くかと思考を高速回転させる。
「では……始めッ!」
掲げていた右手を勢いよく振り抜き藤堂さんが開始を告げ、俺はリズムを刻みながら雪ノ下さんへと向けて前進を開始する。
対して雪ノ下さんはゆったりとした構えで以て迎え撃つかの様に静かに動き始める、その所作には有り余るほどの余裕を感じさせる。
「スッ、スッ、ハアーッ……。」
軽く吸って吐く、その呼吸を数度繰り返しながら前進すると直ぐに近距離戦を行える距離へと到達し、俺は牽制と雪ノ下さんの出方を窺うべくフェイントを混じえてのジャブ、ジャブからのローキックと見せ掛けてそのモーションを止めて再度のジャブ。
その時だった、俺のジャブに合わせて雪ノ下さんが素早く動いたかと思うと何時の間にか俺の身体からまるで瞬間的に重力が失われたかの様な感覚を覚えたかと思ったその一瞬の後、俺の身体は道場の板張りに背を付けていた。
まぁ、咄嗟に何とか片手で受け身が取れたしダメージは殆ど無いんだが、こうして俺の状況は冒頭の状態へと相成った訳だったりするんだなこれが。
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やはり雪ノ下さんが強過ぎるのは間違っている。
はるのんが使う藤堂流の技の組み立てや性質や軌道等をゲームとは変更しております事をご了承下さい。
ほんの暫しの間だったのだろうが、俺は己が身に起きた事態を飲み込めず道場の板張りに倒れたまま呆けていた。
しかしその呆けていた俺の意識は外部からの強制により破られる、殺気と共に視界の隅に高速で迫るソレを俺は後に思い出して自分自身に感心してしまう程の反応速度で以て己が身を右方向に回転して回避し、膝立ちの状態で何があったのかを確認すると。
「ちえっ、あ〜あ躱されちゃったかぁ
僅か一、二秒程前まで俺の顔があった位置に雪ノ下さんがその身を前傾させ自身の拳を振り下ろした姿勢で、あっけらかんとした声音でそんな事を宣った。
「まっ、あっぶねぇ〜ってか怖っ!」
慄然と俺はそんなドSチックな事を平然と口にする雪ノ下さんの人格に恐怖心を抱きながら立ち上がり、その思いが口を吐いて出る。
「いやぁ、ボーッとしてたみたいだからさ、ちょっと気合いでも入れてあげようかと思ったんだけどね、あ〜あ惜しかったなぁ。」
そんな雪ノ下さんのサイコパスチックな言動に物凄い冷や汗タラタラな気持ちを味わう、何なのこの人マジ怖すぎなんですけど。
「……いや、そう言うの間に合ってますのでお気遣いなく………ふう。」
雪ノ下さんのおっかないお言葉に対し丁寧にお断りを入れて一呼吸、俺は改めて構えを取りながら先の技について雪ノ下さんに問い掛けた。
「何をされたのか解らない内に倒されたんですけど、あれって藤堂流の技なんですか。」
雪ノ下さんもまた構えを取り直しながら俺を一睨みしたかと思うと不意にその表情を崩し、さも楽しげにクスリと笑いだした。
「あははっ、イヤイヤ技なんてそんな大した物じゃ無いんだねどね。」
そして何の気紛れなのかは知らんけど雪ノ下さんはご丁寧に先の技に付いて解説をしてくれたのだった、曰くそれは。
「さっ……捌きっすか。」
「そっ、君がパンチを繰り出しながら前進して来るのをタイミングを合わせてほんのちょっと躱して、その躱しざまにチョチョチョイって軽く捻ってあげたって訳だよ。」
さも何でも無い事ってな感じで平然と雪ノ下さんは答えるが最後はフフンと得意気に道着の上からも判るその豊満な胸を張る、舞姉ちゃんよりは多少劣るものの結衣にも匹敵するそのたわわに思わず視線を奪われそうになったってか若干奪われてしまったのは内緒な…っと!?今一瞬背筋に悪寒が。
否、そう言うのは(何かもの凄く怖いから)置いといてだな、雪ノ下さんはいとも容易くやりましたみたいに言ってるけど、俺はあの時フェイントも多用しながら攻撃を仕掛けたんだけど雪ノ下さんは其れをあっさりといなして俺の体勢を崩したんだよな。
「あの一つ質問なんですけど、雪ノ下さんはこれまでに公式な大会とか他流試合とかって経験ありますか。」
だとすれば彼女の力量は俺が思っていた以上のものだろうし、実戦経験も日々の鍛錬もかなり積んでいるのかも知れないと思い問うてみたのだが。
「えっ、ううん残念だけど大会とかには出場した事も無いし他流試合とかも経験無いよ、殆どこの道場で香澄おば様や門下の人達と組み手や乱取り稽古をやってる位かな。
後はまぁ自慢するわけじゃ無いけど私ってそれなりに見栄えするからねぇ、偶に変な輩に絡まれたりするんだけどまあそういった連中に軽〜くお仕置きしてるって程度だね。」
下唇の辺りに右手人差し指を添えてちょっと考えてそう語る雪ノ下さんの所作には一見すると隙だらけにも見えるんだが、己の力量に対する自信から来るのか随分な余裕が感じられたってか何だか今の仕草が姉妹故か雪乃と似ていてちょっと可愛いと思ってしまった。
ってまた俺は対戦中に要らん事を考えてしまってるし、しかしどうにも俺は雪ノ下さんの実力やその他諸々に対して衝撃を受けたんだろうか、何か集中力が乱れているみたいだわ。
だが雪ノ下さんの実力は本物だ間違いなくな、それは言うならば天性の才覚ってヤツだろうな。
実戦経験も殆ど無いのにあんな事が出来るんだからその力量は川崎やロックに勝るとも劣らないものだろう、どうするかなこれは生半可な事では勝て無いかも知れん。
俺はそう雪ノ下さんの評価を二段も三段も上方修正を余儀なくされたって訳だな、てな事で其れを踏まえて此処からは改めて事に当たろうか。
「そっすか、まぁ聞くべき事は聞けましたし仕切り直しとしましょうかね。」
言いながら俺はバックステップで雪ノ下さんから少し距離をとり次はどう攻めるかと思案する、まぁ逆立ちしたり胡座を組んで『ポクポクポクポクチ〜ン』ってやって閃いたりはしないけどな。
そして思案する事数瞬、俺は次に何をするべきかの答えを導き出し動きを始める。グッと両の拳に力をため下から上へと大きな動作で拳を振り上げる。
「ハリケェンアッパーァッ!オラオラオラーッ!」
それにより発生する小さな複数の竜巻きはその発進源たる俺の身体を中心軸として、僅かに放射線状となって拡がるように放ち、これは雪ノ下さんの出方を窺い選択肢を絞るためにそうした訳だったりする。
先ずは一つは雪ノ下さんがガードを固めた場合だが、その時は此方から距離を詰めて近接戦に持ち込むか、まぁそうすると雪ノ下さんは当て身系の技を狙ってくる可能性が高いだろうから掴まれない様にフェイントを多用し狙いを絞らせない様にしなきゃだな。
それから次は雪ノ下さんが回避を選択した場合だな、だが爆裂ハリケーンを俺は放射線状に放ったから左右何方へ回避するにも彼女からの接近には遠回りを強いられるだろうからな、果たして雪ノ下さんはこれを選択する可能性は低い様な気がする。
そしてもう一つ雪ノ下さんがジャンプした場合だが、これは雪ノ下さんが飛び蹴りなどの空対地攻撃行動を取った場合だが、その場合俺は対空攻撃を掛けられるだろうからそれで撃墜出来るかも、それに或いはバックステップでそれを回避して雪ノ下さんの着地のタイミングに合わせて連撃を加える事も出来きそうた。
後はタイミングをバッチリ合わせてのブロッキングか
「さぁて、どう出て来ますか雪ノ下さん!?」
爆裂ハリケーンを出し終えそのモーションを解き構えを戻しながら俺は独りごちる様に呟き、自身に迫る竜巻に今にも対処をしようと構える雪ノ下さんに目を向ける。
己に向かい地を疾走し迫る竜巻を雪ノ下さんはその眼に確りと捉えている、さてブロッキングかジャストディフェンスか雪ノ下さんがこの攻撃にどう対応するのかを俺は瞬きもせずに見据える。
そんな中遂に雪ノ下さんに動きが見られた、それは長年修行を続けてきたこの道場の事を知り尽くしているが故か、蹴った!床をッ!!蹴った先には……ってもまぁ雪ノ下さんがただジャンプによる回避を選択しって事なんだけど。
「たぁーッ!」
掛け声と共に雪ノ下さんが前方ジャンプにより俺の方へ目掛けて空中から迫りくる、果たしてそれはただのジャンプによる回避行動なのか或いは空中からの攻撃を仕掛けてくるのか、どっちだ。
「ッ!?」
右脚を蹴り足として左脚は膝を上げて上へ、そして軽く前傾の体勢で飛び上がった雪ノ下さんの身体はやがて上止点へ到達する。
其処で雪ノ下さんが大きく両手を頭上へと振り上げる様を見て取った俺は判断した、雪ノ下さんは空中から何某かの攻撃を繰り出すつもりなんだとな。
それは、断定は出来ないのだろうが多分両の手を組み大きく振り下ろすつもりなのだろうとな、そう考えた俺はどう対応するかを高速で思考する。
対空攻撃で迎撃するべきか、それともワンステップ下がって雪ノ下さんの着地の瞬間を狙っての連撃を繰り出すか、無難な対応をと考えるならば前者で与えるダメージ量で考えるならば後者だろう。
『よし決めた。』
別に帽子を被った永遠の少年に『君に決めた、行けハチマン!』とか言ってポッケにナイナイ出来るあのボールの中に閉じ込めたモンスターをバトルステージに投げ入れられる様に俺が放たれる訳ではないんだが、要は雪ノ下さんのこの攻撃に対する対処をどうするかを決定しただけなので悪しからず。
「シッ!」
俺の選んだ、選択したってのはこの雪ノ下さんの攻撃をスルーし彼女の着地の瞬間を狙っての連撃を叩き込む事だ、雪ノ下さんのジャンプの角度と飛距離とを目測を以て推測し着地地点を大まかに予測し、依って俺は彼女の攻撃範囲から僅かに外れたであろう位置に陣取る。
「なっ、何ぃ!?」
陣取り空にて攻撃行動を行っている雪ノ下さんの様子を確認し、そして其処で俺は己のこの選択が最良では無かった事を思い知る。
それは何故か、俺が予想した雪ノ下さんの攻撃手段としての選択が両手を組んでの振り下ろしによる打撃(嘗てテリー兄ちゃんと対戦した草薙さんが使った)では無かったからだってのも在るんだがそれ以上に、雪ノ下さんの繰り出そうとしている技が俺の予測の上を行く思い掛け無いモノだったからだ。
「やあーーーーッ!!」
降下しながら雪ノ下さんは振り上げた両手を組む事無くそのまま自らの両腕大きくを振り下ろした。
それに依って生じたモノ、それは幾重にも折り重なる波の様に見える気の衝撃波だろうか、それが俺の立つ場所へと押し寄せてくる。
此れこそが先に雪ノ下さんが言っていた藤堂流の遠当ての技だろう、しかもそれを空中から放つ人が居るだなんて予想だにしていなかった。
まさか嘗て動画で視たサカザキ総帥や話に聞いていたあのギース・ハワード以外にも居たとは……。
「くッ……ぬぉーッ!?」
あまりの事態に俺は咄嗟に反応が遅れてしまった為その波状の気を回避する時間はもう無いだろう、事此処に至って俺に辛うじて出来る事は防御を固める事だけだ。
怒涛の如く押し寄せて来る波濤を俺は全力で防御する、時間にするとほんの僅か秒単位の衝撃をガードによって必死こいて防ぐとやがてその衝撃波は何も無かったかの様に消滅し、俺の肉体は(気分的にだが)漸くソレから開放されたのだったが。
「まだまだッ行くよ比企谷君!」
俺の居る位置から少し離れた場所に着地した雪ノ下さんがそう言いながら突進して来る、離れた位置とは言えども道場の中だし然程の距離では無いうえに雪ノ下さん自身の身体能力故だろうが。
『速い!』正にそう表現するしか無いって程のスピードで俺の元へと瞬く間に迫り、先の空中で放った雪ノ下さんの攻撃を防ぐ為に構えた上段ガードの体勢を解けていない今のままじゃ逆に俺が雪ノ下さんからの連撃を喰らってしまうかも知れんぞ、どうする『動けよ!俺の身体ぁッ』と俺の意志は高速思考で肉体に命令を出しているが、当の肉体の動きがまどろっこし過ぎる位に鈍くそして遅く感じる。
その間にも雪ノ下さんは近接戦闘を仕掛けるつもりだろうが俺との距離を着実に縮める、対して俺は事此処に至っては回避するも反撃に出るも時間的に敵わないだろう。
ブロッキングもジャストディフェンスも間に合わん、だからせめてダメージを最小限に留める為に防御だけでも間に合ってくれ。
焦りの色も濃く必死こいて俺は上方から両腕を下げて雪ノ下さんが此れから放つであろう攻撃に備えるべく急いでいるんだが、その時間が物凄く引き伸ばされている感が半端ない。
まさに今の俺の心境たるや止まった時の中で僅かな時間だけしか動くことが出来ない承○郎の気持ちが、何だか痛い程に解る気がするわ。
承○郎の気持ちは兎も角、遂に雪ノ下さん俺との距離は指呼の間と言える程の距離へと相成り当然そのまま彼女は攻撃の体勢に移行する。
「はぁーっ!」
「ッぅ!」
僅かに低くしたその体勢から雪ノ下さんが始めに振るうのは素早く俺の内懐へと突入してからの左の肘打ちだった、それを何とか間に合う事の出来たガードで防ぐが打撃を受けた部位がジンジンと痺れる、全くなんて威力だよと愚痴りたくなる。
しかしそれで終わる事無く更に続けて右の手刀の水平切りが繰り出される、やはりそれもガードで防ぐが雪ノ下さんの高速ラッシュはまだ続く。
「やッ!それッ!」
巧みに放たれる雪ノ下さんの上下の打ち分け、掌底が膝が肘が素早い速度で繰り出され俺は何とかそれをガードに依って防いではいるものの、ジリ貧状態を未だ脱せないでいる。
それだけ雪ノ下さんの技巧が高いレベルにあるって事の証明だな、対して俺はその予想外の其れに翻弄されて反撃の糸口どころか、このままでは辛うじて保っているガードだってブレイクされてしまうかも知れないって状況だ、そしてそれは程なくして現実のモノとなって俺の身に降り懸かってしまった。
『バシッ』と鈍い音が響き雪ノ下さんのラッシュを受け続けた俺のガードが遂に決壊してしまった、俺の両手は衝撃に弾け雪ノ下さんの前に俺は無防備をさらけ出してしまう。
「ぬぉッ!?」
焦りに妙な声を漏らし心に己の失策を悔いるが、それは後の祭りってやつで当然その状況を作り上げた雪ノ下さんがそんな俺を黙って見ているだけな訳がある筈も無く。
「破ァーッ!」
膝を少し折る事で体勢を低くし雪ノ下さんは曝け出された俺の腹部に左右両手の掌底をブチ込む、ってか俺的にはブチ込まれてしまった訳だが。
「ぐはぁッ……っ」
腹部から伝わる衝撃がやがて痛みへと取って代わるのに、いやその二つが合流し二つの感覚を俺が味わう迄にと言うべきだろうか、その時が訪れる迄にか果たしてどれ程の時間を要しただろう。
漏れて出る呻きの声と共に折れ崩れそうになる上体と打撃を受けた腹部に手を押し当てようとする俺だが、しかし雪ノ下さんはそれを許さずさらなる追撃を仕掛けてくる。
「やァーッ!」
咆哮一喝右手掌底をアッパーカットの様なモーションにより俺の顎は打ち抜かれて後方へ仰け反る、其処に押し寄せる流るような雪ノ下さんの連撃。
手刀、肘打ち、下段蹴りの三連撃から止めとばかりに繰り出される上段回し蹴りによって俺の身体は道場の壁に叩き付けられる。
「……ぐはっ!?」
叩き付けられた道場の壁から響く衝突音と漏れ出る呻き、そして壁から跳ね返された俺を雪ノ下さんの次の技が襲う。
「はっ!」
掛け声と共に雪ノ下さんは自身の腕を伸ばして俺の脚を取る、そして俺は何の抵抗感も感じ事無くフワリと空へと舞い上げられた。
空を舞いながら俺は意識せずまたまた偶然ながら道場に立つ俺を投げ飛ばした雪ノ下さんの様子を目撃する、雪ノ下さんは俺を投げ飛ばした後その両の腕を静かにくるりと回転させた後、構えをもとに戻した。
俺は雪ノ下さんが見せたそのポーズに見覚えがあった、そして今雪ノ下さんに喰らった技をこの身を以て知っていた。
忘れもしないそれは俺の兄弟分であるロック・ハワードに去年の夏に喰らった技だ。
『……まさか…真空投、げ……だと雪ノ下さんが……』
心に呟きながら空を舞う俺の身体はやがて、ビシリと衝撃音を轟かせ道場の板張りへと叩き付けられた。
喰らった技による衝撃と兄弟分の技を雪ノ下さんが使ったという精神的な衝撃という、その二つの驚愕的な事実に意想外のダメージを被って。
「がっ…ガハァ……ッ」
この勝負、俺は事の始めから今の所完全に雪ノ下さんにペースを握られっぱなしの状態だ、このジリ貧の状況を俺は果たして打破する事が出来るのだろうか。
雪ノ下さんはダウンした俺を不敵な笑みを湛えて見下ろす、その表情は部様を晒す俺を嘲笑っている様だってか嗤っているわ完全に。
はるのんが真空投げを使えるのは、以前のエピソードで語ったように香澄さんがギースの古武術の師である周防辰巳師の元で中学時代に教えを請うたとデッチ上げ設定を作ったからです。
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やはり俺が苦労の末に訪れたチャンスは有効に活用できただろうか。
『雪ノ下さんが、真空投げを…』
背中を道場の板張りに強かに打ち付けられつつ俺は背に走る痛みに耐えなから心中を呟く、信じられなかった……。
雪ノ下さんの俺の予想をブッチギリで遥かに越える実力と、之また予想も出来なかった『真空投げ」を繰り出してきてソレをモロに喰らったと云う現実。
二重(ダブル)ショック!幽霊なんかに出会うよりももっと怪奇な遭遇って程大袈裟なモノじゃあ無いが、かなりのショックを精神的にも肉体的にも俺は今受けている。
まぁつい先日藤堂さんから昔話として聞いた、あのギース・ハワードに古武術を伝授した周防辰巳師に藤堂さんも教えを受けたと言う話だったし、その関係で藤堂さんを介して雪ノ下さんが真空投げを使えるって可能性が無くは無い話なんだろうけどな。
「っ……つぅ、ぷはぁ~っ。」
結構なダメージを食らったからって何時までも寝ている訳にもいかないし、痛みもあるけど此処で止めるて選択を選ぶ訳にもいかん。
しかしどうにも俺は今置かれた自分の状況に動揺を禁じ得ないし、焦りの気持ちが精神状態の大部分を占めているって事が理解出来る、やべぇな。
「おっ、立ってきたね。」
油断無く構えは崩しちゃいないしスキも晒しちゃ無いが雪ノ下さんは戯けた口調でそんな事を言う、その態度が何だか妙に癪に障る。
立ち上がりながら俺は身体の状況を確認する、痛みはあるが体力気力共にまだ十分に闘える位の力は残っている。
雪ノ下さんから被ったダメージ値は凡そ20パーセン強ってところか、仮に俺の
「そりゃあこんな所で終われ無いですしね、まぁ後付け加えるなら悔しいけど僕は男なんだなってヤツっすか。」
先日からの雪ノ下さんの俺に対してビシビシと飛ばしてくるプレッシャーとか圧とかもそうだったが、俺の事が気に入らないとか雪乃と別れろとか諸々澱のように心に沈殿していて割と怒りの感情が沸々と湧いてくるってかプレッシャーと圧って同じ意味合いの言葉だったわな、俺うっかり。
しかし自分の預かり知らない所でこんな風に女性から反感を持たれてるとか思ってもいなかったわ、中学時代は小学校からの延長で大半の人間に疎まれ敵視されていたから周りは常に敵だらけの気分はもう戦争、じゃ無いけど何時厄介事が身に降り掛かっても対処出来る様に『常在戦場』を気取っていたが、高校の入学式の日に結衣といろはと雪乃と出会ってからは、まるで潮目が変わったみたいに俺の周りには俺の事を認めてくれる人達が増えてそれも薄れて行って。
まぁ彼女達が飛び切り高レベルの美少女なものだから男連中の嫉妬とか、そういった感情を受ける事はままあるが……はぁ〜っ、まいったなこりぁ今年の八幡は厄年か。
「……ふーん、優柔不断なくせに一端の男を気取るんだね、ぷふふ。」
知ってか知らずか俺のネタは完璧にスルーして雪ノ下さんはそう言って俺を嗤うが、しかしその顔に浮かぶ表情は鋭く突き刺す眼光で俺を見据え、更に侮蔑の色をも顕わにしている。
「………随分俺に突っ掛かって来ますけど、俺雪ノ下さんに何か疎まれる様な事しましたかね。」
くっ、精神的に余裕があれは今のセリフは、なろう系異世界チート主人公宜しく『あれ、もしかして俺何かやっちゃいましたか』とかって言えてたんだろうがな。
ちょっと今は心に余裕が無いからごく普通にネタ無しで問うに済ましてしまった、其れは雪ノ下さんが投げ掛けた言葉が思いの外俺の芯深くに食らい込んだ様な気がしたからだろう。
「気付かないし自覚も無いんだね、そうなんだ。」
雪ノ下さんは呆れたとばかりに軽く嘆息しながらそれだけ言うと一度其処で言葉を区切る、そしてキッとこの日一番鋭い眼光を俺に向けると
「だったら君にはもう何も言う必要は無いね、私が此処で斃してあける!」
その怒気を孕む声音で雪ノ下さんは宣言すると俺へと向かい走り寄る、必討の意志をその身から溢れさせる龍が如く。
対する俺はと言うと、未だに雪ノ下さんに対しての有効な反撃手段が思い浮かばないでいる始末だ、迂闊に打撃を繰り出そう物なら空かさず技をキャッチされて当て身を取られるだろうし、中途半端でヤケっぱちな青春の如き状況で気弾を放とう物ならそれも押して然りだろう。
ならばどうするか、実戦の中で華麗に対処法を見付け出すか雪ノ下さんのスキきを見付け出すしか無いのか……ってイカンイカン、こんな思考の迷路に迷い込んでても碌な答えは導き出せないわな。
それに雪ノ下さんはもう直ぐ其処まで迫ってんだからよ、今は目の前の現実に集中しろって俺。
とは思っているものの、雪ノ下さんの高い技量による猛攻と俺の精神的な不安定さもあってか、突破口を開く事が出来ず攻めあぐねってよりも防戦一方な展開に陥ったままだ、未だにな。
「破ッ!やッ!たぁーッ!」
「ッ!」
しかもこの闘いの開幕時に俺がやった様に雪ノ下さんが今はフェイントを織り交ぜつつの攻撃を仕掛けているものだから、読みを外されたりなどしているものだからブロッキングやジャストディフェンスが間に合わずただのガードによる防御で手一杯だ、あーもうッやり難いったらありゃあしない。
其処に更に加えてな、考えるまいとしてもやっぱりどうしても考えてしまうんだよな、さっき迄の一連の雪ノ下さんの言葉の意味を。
彼女が俺を嫌う理由や雪ノ下との別れを促す理由、そして俺を評しての優柔不断と切って捨てる理由。
それを考えてしまう、こんな場面だってのにどうしようも無く。
『何だろう、何が望みなんだ……。』
解らない時は相手の立場になって考えてみろ、なんて良く聞く言葉だし一流の戦略家や戦術家は策を練る際にそれを実践しているのだろうが、しかし俺が実際にそうしてみようなどと思っても残念な事に俺は雪ノ下さんと云う人物の事を何ら知りはしないんだよな、これまでに会った回数だって片手で数えられる程度の回数だし、あっこれってもう詰んでね。
「くぅっ、フッ!?」
「ほらッ!これでどう!!?」
俺のそんな葛藤なんぞ知らぬし存ぜぬであろう雪ノ下さんの猛攻は留まるところを知らずで、攻められる側の俺は必死こいてガードを固めさせられ、口からは苦い吐息が漏れる。
「ぶはぁーっ……。」
しかし、何だろう今の雪ノ下さんの眼にはさっきまでの嘲笑や蔑みの色が見えないし感じられない、今雪ノ下さんの瞳から俺が見て取ったのは……懸命さとか必死さとかそんな感情の様に思える。
俺はもしかして、いやもしかせずとも俺は雪ノ下さんと云う一人の人間を見ていなかったのだろうか、先日から放たれていたプレッシャーとか挑発的な発言とかその他諸々の影響で、目を曇らされて俺は彼女の為人とか人格とかを見ようとしていなかったんじゃなかろうか。
我ながら全く度し難いわ、敵だらけの環境に置かれたボッチであるが故に鍛えられた観察眼とか得意気に嘯いていたくせに、少しばかり周りに理解者が増えたからって………。
考えろ俺、あの雪ノ下さんのひたむきで必死な瞳の意味を、何がどんな思いが彼女を突き動かしているのかを。
雪乃と別れろ、優柔不断、俺の事が気に入らない、何故。
なるだけ気を抜かず闘いに神経を集中しながらも、もう一度俺は雪ノ下さんの眼を確りと見据える。
『はっ!?もしかして……』
そして一つの答えに行き着いた、その答えが正鵠を射ている物なのかどうか、それはハッキリ言って解らん。
だが、そう考えれば合点がいく様な気がする。
それは雪ノ下さんの思いが俺と同じだという事だ、雪ノ下さんの思いそれは妹の雪乃の事を何よりも誰よりも大切に想っているって事だ。
俺が妹の小町の事を大切に想っている様にだ、だとすると俺と雪ノ下さんとはある意味同士だと言っても過言じゃないんじゃね。
はたと!俺はその様な思いにとらわれてしまう、そしてそれがこの場合は頗る位に拙かった、そこに行き着いたが故に俺は僅かばかりの時間心身共にスキを作ってしまった。
「やッ!それッ!そこッ!」
そしてそのスキを見逃す程に雪ノ下さんは甘い相手では無く、刹那の時間作ってしまったスキに俺の防御の隙間を縫って雪ノ下さんの振り抜く手刀が掠める様に俺の顎先を打つ。
ハッと正気に戻り咄嗟にスウェーで避けようとしたが、時既に遅しでそれは間に合わずって訳でそうなってしまったんたが、それ以上の追撃を貰うまいと体勢を立て直そうとしたが、それは相悪としくじってしまった。
顎先を打たれた為か脳を揺らされ三半規管が機能不全に陥ったみたいだ、ヤバイと思った時にはもう。
「破ッ!せいッ!やっ!たあーっ!」
「うぅっ、ぐふっ、ぐわーっ……。」
蹈鞴を踏む俺を目掛けて雪ノ下さんは小さくジャンプして飛び蹴りを放ち、それを俺はもろに食らう、続け様に拳打から肘打ちの連撃。
そして仕上げとばかりに放たれたのは幾重にも重なった気の衝撃波、それに俺は飲まれ弾かれた挙げ句に再度のダウンを喫してしまった。
「はぁ……はぁ……ふぅ……」
雪ノ下さんの連撃によってダウンさせられ道場の板張りの上で少しでも痛みとダメージの回復の為に、俺は荒い呼吸を数度繰り返す。
受けたダメージによる体力の低下は残念だがこの僅かな時間での回復は無理の様だが、幸い痛みの方はかなり治まっておりこの先闘う事に支障は無さそうだ。
「くぅーっ……」
つか多少在ったとしてもそん事には構ってられんわな、何なら俺は雪ノ下さんに見せなきゃならないんだよ、俺の本気をなって我ながら柄にも無くちょっと格好付け過ぎか。
そして認めてもらわないといけないんだよ雪ノ下さんに雪乃との事を、いや雪乃だけじゃ無く結衣といろはの事も俺が守れるってところを、雪ノ下さんに示さなきゃな。
「よっと、ふはぁーっ。」
スッと勢いを付けて立ち上がりつつの一呼吸、からの構えを取り直し雪ノ下さんを一瞥してからの。
「どうもお待たせしましたかね。」
一言のご挨拶をば、対峙する雪ノ下さんも同じ様に俺の眼をロックオンしてからの。
「おや、何だか目の色が変わったみたいだねぇ〜っ、何て言うか所謂決意を固めたってところかな。」
などと不敵な笑みを浮かべつつの一言を俺に贈呈して下さった、やっぱり俺って分かり易いんでしょうかね。
「ええ、まぁお陰様で。」
「アハハ、そのまま倒れておけば良かったのに態々まだ痛い思いをするつもりなんだね比企谷君。
でもまあ良いか、此れからもう二度と立ち上がれない位に思いっ切り可愛がってから、その上でその素っ首欠き斬ってあげるよ。」
えっ!?やだ何それ超絶的に怖いんですけど、俺首を斬られるのかよ
雪ノ下さんは知らないのか嘗てダバ・マイロ○ドは言ったよね『人をやるのは嫌だよ。気持ちが悪い……不気味だ』って、雪ノ下さんにはそう云う気持ちは無いんですかね、無いんでしょうね。
「いえ、そう云うの間に合ってますんで謹んで辞退させていただきますから悪しからずって事で出直して下さいごめんなさい。」
雪ノ下さんの恐ろしい宣言にいろはの
「ノンノン!遠慮なんて不要だぞ!比企谷君、たっぷり味あわせてあげるよ、本当の恐怖ってのをねぇ。」
ひどく嗜虐的でいて且つ又蠱惑的にも見えて彼女の実年齢以上に妖艶さまでをも感じさせる表情で、まぁそれと真正面から対峙している俺としては複雑にして怪奇的で恐怖心を強かに引き起こされているんだけど。
言葉の駆け引きをも駆使しつつ俺と雪ノ下さんの闘いは再開された、決意も改に雪ノ下さんへと立ち向かう俺だが不本意ながら未だにこの闘いの攻略法を思い付かないでいたりする。
下手に此方から攻撃を放とう物なら感の良い雪ノ下さんにソレを取られてしまい投げられてしまいそうで、コレでは行けないと流れを変えなければと思ってはいれども反撃の糸口を見出だせず後手に回ってしまっているのが現状だ。
たださっき迄とは違い、この闘いに勝利し雪ノ下さんに俺達の事を認めてもらうと言う確固たる目標を持てたおかげか彼女の動きが見える様になっていた。
だから防御を固めるだけじゃ無く捌き弾く事も何とか可能となってるんだが、しかし雪ノ下さんもまた流石なもので其処から先、此方が手を出そうとしても巧みにそれを往なして俺の反撃を許してはくれない。
「ほらッ!どうッ!?」
「ッ!シュッ!」
雪ノ下さんの繰り出す右掌底を弾き落とし俺も反撃のパンチを繰り出そうとするが、待っていましたとばかりにそれを掴もうと空かさず雪ノ下さんの左手がスタンバっている事を確認し迂闊に出す事も出来ない。
更にフェイントを交えてローキックを放とうとするもそちらも雪ノ下さんは下段を取ろうと直ぐに対応出来る体勢を作っている、全く何てセンスをしてるんだよこの人は。
まぁそんな訳で今の俺達の状況は創作物などでもお馴染みの千日手って状態に陥っているっぽい感じか、それは恰も互角の実力を持つ二人の黄金○闘士が相撃つ時に陥る
「破ッ!セイッ!……」
「フッ!シッ!……」
どれ位の時間が経ったのか神経を集中しての攻防、攻撃と防御に虚と実とを織り交ぜての駆け引きにこのままでは心身共に損耗していくだろう、呼吸さえもが不規則になり或いは暫しそれを止めてしまう程に掛かる重圧。
「………ぷァ……ッ。」
脳に酸素が行き渡らない為に次第に途切れ始める集中力と思考能力、コイツはちょっとヤバいかな。
「………」
今俺はどんな顔をしているんだ、雪ノ下さんはどんな顔をしている、何時まで続くんだこの時間は。
「………」
苦しい、たっぷりと思いっ切り吸って吐く一呼吸が欲しい、いや出来れば二呼吸、三呼吸ってかもう帰って寝たい。
「……っぅ…。」
何で俺はこんな事をしてんだろう、何で雪ノ下さんはこんなに闘えるんだ。
「……!?」
不味い、弱気になるなって俺、さっきの決意をもう忘れたのかよ。
示さなきゃいけないんだろう、今眼の前のこの人に俺がやれるって事を。
幸いにして、十分とは行かないけど小さく小刻みにだけど何とか呼吸は出来ているんだ、何を対ヴ○ルグ戦の時の幕之○一歩よろしく『永遠の無酸素運動』を気取ってるんだよ。
よく見ろ、見据えろ、闘っている相手を眼の前の強者を、強敵を。
「なっ!」
挫けかけた気力を何とか繋ぎ止めて俺は雪ノ下さんを見る、見て取って驚きを禁じ得ない俺ガイル。
今の雪ノ下さんの、彼女のその顔色は(直に観ることが叶わないが)俺の顔色と何ら変わりが無いと思う程に苦しそうな顔色だ。
やっぱり貴女も苦しいんですよね雪ノ下さん、貴女もまた負けられないって絶対に勝つって決意の元に此処に立っているんですよね、しかも今日がある意味貴女にとってのデビュー戦みたいなものなんですよね。
この数日の貴女との関わりに色々と思う処は在ったけど、そうっすね今は純粋に尊敬しますよ。
一人の格闘家として、強者として、また同じく妹を持つ者としても。
「しゃッ!」
「おっと!」
若干の距離を開け退治する俺達、その位置から振るわれた雪ノ下さんの左の手刀を軽く半歩分程後方へと下がり回避する俺だったが、完全回避とは行かずガードの為に挙げていた俺の左腕をその手刀が打つ。
それによりパシンと甲高い音を立て弾かれてしまう俺の左ガード、不意に訪れる不十分な防備状態を逃す程に雪ノ下さんは甘い相手では無く当然ながらフロントステップを刻み距離を詰める。
「もらったァッ!!」
掛け声と共に雪ノ下さんは右腕を伸ばし俺に掴み掛かろうとする、シクッたと俺は慌てて左手のガードを戻そうとするとも、間に合うか。
サッと外側から内へと左腕を動かす俺に一つの転機が訪れた、それは偶然が産んだ産物なのかはたまた必然の結果なのかは解らんが。
「ちぃーッ!?」
俺へと伸ばす雪ノ下さんの右腕肘辺りの道着の袖を偶々掴む形となった。
「なっ!?」
雪ノ下さんの驚きの声が聴こえた様な気がするが実際の処はよく解らない、何ならこの時の俺は半ば無意識に身体が動いていたからな、だからこれは後で藤堂さんから聞いた事だと断わっておく。
「しまっ……」
雪ノ下さんの道着の袖を取った俺は素早く彼女の内懐へと侵入すると、次はもう片方の右手をスルリと道着の前襟へと伸ばし掴み取る。
グッと彼女の身体を引き寄せた俺は速攻で我が身を反転させるとほんの僅かに両膝を曲げ、掴んだ雪ノ下さんの右腕を引き込んで背中に彼女の身体を抱え込んだ、この時俺の背中には雪ノ下さんの柔らかな山脈が接触篇してしまったのだろうが、残念ながら無意識だった俺が発動篇を公開する事は叶わなかった、あっべっ、別に残念だなんて思っていないんだからね。
ゲフンゲフン、続けよう。
雪ノ下さんの身体を背中でキャッチした俺はそのまま彼女を前方回転させ背負い投げの要領で勢いを付け投げ飛ばす。
この時、同時に右脚で彼女の右脚を掬うように蹴り上げるオマケを付けて。
空を舞う雪ノ下さんの姿を見留めた瞬間俺は意識を取り戻し、その時になって初めて気が付いた俺が彼女を放り投げたのだと。
「うぐぁ………っ……ぅ」
道場の板張りに叩き付けられた雪ノ下さんの苦悶の声を聞きながら俺は漸く手にする事が出来た。
「プハーッ、ふうーっはぁーっ…」
たっぷりの余裕ある呼吸と脳に行き渡る酸素とを。
「………山嵐……。」
藤堂さんの僅かながら驚愕の色が混じる声が俺の耳に聴こえた様な気がしたが酸素を取り込む事を優先する俺にはその声が己の意識下に意味のある言葉としては届いてはいなかったが。
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遂に迎えようとする終局に向けて、俺とあの人は。
「ふーっ……はぁーっ……」
幾度繰り返したかは一々数えてはいないが繰り返し行った深い呼吸によって不足していた酸素を漸く、俺は身体中に行き渡らせる事が出来てちょっとひと息と行きたい所だが、相悪と此処は戦場で今は闘いの真っ最中とくれば迂闊に気を抜く事はある意味命取りだ。
何と言っても今はダウンしている雪ノ下さんだが、絶対にこのままでは終わらないだろうからな。
ゆっくりと息を調え緩やかに再動を始める雪ノ下さんを見やりながら俺が思うのは、先の雪ノ下さんに対して投げを決められたのは偶然の産物だったのかも知れないが、おかけでこの闘いに於ける一つの攻略法が掴めたと言うことだ。
「うっ……く、ふぅ。」
痛いっすよね雪ノ下さん、投げられて受けたダメージってのは強烈に痛いですからね、例えるなら打撃技で喰らったダメージを点のダメージとするならば投技のダメージってのは面のダメージと言えるだろう。
まぁだから普段から鍛えていない相手に対して受け身を取れないような投げ方をしたら、それこそ相手を半身不随とか下手を打つと生命さえ奪いかねないし、いやまぁ武道や格闘の経験者が一般人に対して手出しをするなんて事は本来あっちならないんだけどな。
しかし、世の中にはDQNってのは幾らでも居るわけで向こう見ずにも己と相手との力量差を測れない○○○○なヤツが武道の有段者に喧嘩を売るなんて話はよく聞くよな、それで有段者の人はなるだけ手出しをせずに上手くあしらおうとするんだが、そんな対応にDQNが更に逆上してってヤッパを持ち出したりっておっと話が反れたわ。
「……っっ、ふーっ。」
深く息を吐きながら雪ノ下さんは痛みに耐え、少々蹌踉めいちゃいるがもう立ち上がろうとしているし痛みのダメージの方も残っているだろうなのにもう立ち上がるんだからな、凄えわこの人。
まぁちょっと偉そうに言わせてもらうと『流石は雪ノ下さんだ』ってところだろうかな。
「ぁ、痛ったたたっ……。」
口に出してそう言っちゃいるが(いや実際に痛いんだろうが)雪ノ下さんの表情と声音にはその痛みを感じさせるものじゃない、今の雪ノ下さんの表情を例えるならば『てへぺろ、失敗失敗』と今にも言い出しそうな表情だし、声音の方はと言えば少し楽しさを感じさせる様な響きがある。
「ふう〜っ、今のはかなり痛かったよ比企谷君、やってくれるね〜。」
しかも何気に何処ぞの戦闘民族よろしく『オラ何だかワクワクしてきたぞ』とでも言い出しそうな雰囲気を醸し出してるし、雪ノ下さん的にはいよいよ此処からがクライマックスってやつだな。
「まぁ、何もせずに雪ノ下さんに一方的に良いようにされるってのも面白く無いっすからね。」
「へえ、まあ私もさ一方的に相手を蹂躪するってのもこう背筋がゾクゾクして愉しいんたけど、こんな感じの攻防戦ってのも悪くないって思えちゃったよ。
何せこれまで私、今みたいに投げられるなんて香澄おば様以外の人に経験無かったからねぇ、あぁ愉しい。」
さも愉しげに言いながら雪ノ下さんは構えを取り直す、SなのかMなのかそれとも両方の性質を持つハイブリッドなのかは知らんけど何れにしも俺はこの人怖いと思えてならん。
まぁどっちにしてもこの人と将来お付き合いする人は何かもう色々と、苦労とか心労とかでストレスマックスのブラック企業に就職しる位の覚悟が必要そうだわな、なので俺には無理だな。
「……あの、多分今の“たのしい”は世間一般的な“楽しい”って字を宛てて無いんですよね、発音のニュアンス的に。」
雪ノ下さんに返答を返しながら俺も改めて構えを取り直すがこれに対する返答を俺は期待してはいない、それよりも多分雪ノ下さんは別の所に突っ込みを入れてくるだろうと推察したからなんだが。
「おやっ!?アハハッ
と、やっぱり俺の予想通りに構えに雪ノ下さんは突っ込んできた、そう今の俺の構えは柔道の基本的な右脚を前へ出した右構え、学校の授業などでも基本的に使われる右構えの自然体だ。
雪ノ下さん程の高レベルな当て身系の技を繰り出せる腕前を持つ人を相手に打撃系の技のみで攻めるのは悪手と言えるだろう、まぁ兄貴達を始めとする世界トップレベルの格闘家ならば其れでも十分対応出来るんだろうが、まだまだ発展途上な俺ではそれだけでは無理だって事がこれまでの流れではっきりとしているんだから、だったら其処に別の対処法をプラスしなければならないって事だ。
「まぁ、そう思われるのも仕方が無いっすけどね、精々そう簡単に剥がされない様に気を付けておきますよ。」
右構え自然体からゆっくりと小刻みに雪ノ下さんへと接近しながら俺はそう答える、まぁ付け焼き刃だと雪ノ下さんから断じられるのも已む無しか。
しかし其処に一石を投じる様に見届人の藤堂さんが雪ノ下さんを窘めの言葉をかけた。
「陽乃ちゃん比企谷君の技を侮ってはいけませんよ、忘れたのですか比企谷君
の周りに居る方達の事を。」
俺の出方を警戒しつつも雪ノ下さんは藤堂さんの言を受けて数瞬の間黙考、やがてはたと思い出した様に呟いた。
「山田……十平衛老。」
雪ノ下さんは十平衛先生の存在に思い当たりその名を口にする、てか何気に十平衛老とか呼ばれると格好良さ気に感じるな、普段はとんでもないセクハラ爺さんなんだけとな。
「そうです、かつて鬼の山田と呼ばれた程の凄腕の柔道家である山田殿から教えを受けたのでしょう、でなければ山嵐などと云う高度な技を繰り出す事など出来よう筈がありませんからね。」
藤堂さんが雪ノ下さんに対して自らが推察して行き着いたであろ結論を語る、藤堂さんが言うように確かに俺は小学生の頃から十平衛先生から柔道の手ほどきを受けていた。
まぁ、教えてもらった事は時間的にそれ程長くないから柔道の基礎が主な内容だったがな、だから構えについては左右の自然体や自護体とかの基本動作とか受け身や幾つかの投技と寝技とかを教わったんだがったんだがって、えっちょっと待って!?。
「山嵐ですって、香澄おば様比企谷君は山嵐で私を投げたのですか。」
「へっ、嘘っ俺マジで山嵐を使ったんですか!?」
雪ノ下さんと俺は藤堂さんから告げられた言葉に同時に驚嘆の声を上げてしまった、いやだってねえ。
それに対して藤堂さんは静かにその首を縦に頷いて肯定する、まさか本当に俺は山嵐を決めたのかよ。
「と言うかどうして比企谷君が驚いているのよ。」
若干呆れた様な表情をしつつ雪ノ下さんが俺に突っ込むが、だって咄嗟に使ったのが山嵐だって言うんですからねぇ、まぁ小学生の頃に親父のコレクションから見つけて「帯をギュ○とね!」を読んで山嵐に興味を持って十平衛先生に色々教えてもらって、その後も個人的に練習はしてきたけどマジ使えたのかよ俺。
「いや、自分でも驚きますってそりゃあ、何せあの姿三四郎で有名な山嵐ですからね。」
因みに帯ギュを読んだ後に親父に教えてもらって知った勝○洋さん主演のドラマ版「姿三四郎」は中々に面白かったと付け加えておこう、機会があれば視聴する事をオススメする。
「ふ〜ん、まあ良いわ香澄おば様の言う通り君に対して迂闊にスキを晒す訳にはいかないって事は十分理解出来たわ、ふふふっそれじゃあ勝負の再開と行こうか比企谷君!」
「うす、そっすねそれじゃあ行きましょうか雪ノ下さん。」
ここからが俺にとってはこの闘いのある意味での真のスタートであり、且つ同時にクライマックスへの入口だな。
「………スッ、ハーッ……」
奇しくも示し合わせた訳でも無く俺と雪ノ下さんは互いに小さく呼吸をしながら小刻みに接近を試みる、きっと雪ノ下さんも遠間からの牽制とか考えずに近接戦でこの闘いの活路を得ようと決意しての事だろう。
「……ッ。」
ジリジリと二人して共に相手へとにじり寄るり遂には共に掴み合える程の距離へと到達すると、火のついた導火線が進み行き爆弾本体に吸込まれ弾ける様に。
「破ッ!破ッ!破ッ!」
「シャッ!ハッ!」
俺達の攻防戦が再開された、高速で繰り出される俺達の両手は互いを掴まんと或いは、打撃を加えようとビシバシと鈍い音と甲高い音を不規則に発しながらも決定打を叩き込む事の成功には至らず終いだ。
「じゃあコレでッ!」
しかしここで俺は十平衛先生に教わった左右両方の自然体の構えを適宜入れ替えつつ雪ノ下さんを翻弄すべく行動、また時にはその構えを解き少し離れた位置から打撃戦を仕掛ける素振りを見せたりと、相手側からすると
「なッ、しゃらくさいっ、ちょこまかちょこまかと!」
だがどうやらそれは案外と功を奏している様で雪ノ下さんは少し忌々しげな呟きを漏らす、俺に投技と言う攻めの選択肢が増えた事によって俺の出方を読むのが精神的にも困難になってるのかも知れない。
「そこだッ!」
「させない!」
右腕を大きく伸ばして雪ノ下さんの奥襟を掴もうとする俺に対し、逆にその腕を掴み反撃に出ようとする雪ノ下さんだがこれは実は目眩ましのフェイントで、俺は素早くその手を引き戻すと同時に体勢を変える。
「なっ!?」
体勢を低くして内懐へと飛び込み身体毎回転を加えながらの左拳を雪ノ下さんの横腹へと突き立てる。
肉を打つ感触が拳から伝わるのと、その打撃音が道場に響き渡るのに混じって雪ノ下さんの小さな呻き声がほぼ同時に伝わる、だがしかし俺は其処に微妙な違和感を感じていたがそれに構わずに次のステップに移るべく動く。
「ハァーッ!」
俺のリバーブローによって体勢を崩した様に見える雪ノ下さんを追って、撃壁背水掌を追撃として加えようと動いたのだが。
「甘いよッ!」
「なっ!?」
さっき感じた違和感の正体を俺は此処で知る事になった、それは雪ノ下さんは俺のリバーブローを受けながらも素早くそれを察知して、自らその身を逸らすことで威力を減衰させていた様だ。
全くこの人はどんだけの才能を持っているんだよ、これはもしかすると俺やロックや川崎、材木座やJrよりもワンランク上の実力を身に着けているんじゃ無いのか。
「破ぁーッ!」
撃壁背水掌を打つべく繰り出した俺の手を雪ノ下さんはブロッキングによって弾き飛ばし、俺に対して拳打による逆撃を放とうとする。
「クッ、させんッ!」
咄嗟に俺は声に出し防御をとろうするが、雪ノ下さんのブロッキングによって少し体勢を崩していた為反応が若干遅れてしまったのだが、しかし此処で今日の為に用意したゴム底の地下足袋がその力を発揮してくれた。
思いっきり振るわれる打ち下ろし気味の雪ノ下さんの左の拳打が俺の右のガードを強かに打ち据える、それはガード越しでも強烈な威力あ込められている事を嫌になるほどに俺に伝えて来た。
何なら今日俺と雪ノ下さん両者が放った中でも一番の威力があったんじゃないかって思える程だ、もし此れをまともに食らっていたら俺は今頃ダウンを奪われていただろうな確実に。
「ぐぅぇッ……」
咄嗟にガードと共にグッと脚の裏に力を込めるとギュッと道場の板張りにゴムが吸い付くような音が響き、衝撃を吸収してくれて何とか俺は雪ノ下さんの拳打を防御する事に成功出来て心の中でホッとひと息気分だ。
ひと息序に言っておくと、さっき口から“ぐぅぇッ”なんて情け無い声が漏れたのはどうかスルーしていただきたい。
おっと、それよりも。
俺に拳打を繰り出してきた雪ノ下さんだ、がガードに依ってそれを俺に防がれてしまった訳だが。
当然俺としては雪ノ下さんが次の攻撃を繰り出して来るんじゃないかとかなり削り取られたガード耐久値だが、それを承知で防御を固めていた。
しかし俺にとっては幸運な事だろうが何故か雪ノ下さんは直様に次の攻撃を俺に振るわなかった、時間にするとそれは一秒とか二秒とかその程度のごく短時間の事だったが、雪ノ下さんの攻撃が来ない事に違和感を覚えながらも俺は咄嗟にバックステップで雪ノ下さんから距離を取った、その間にも俺は脳内では高速で思考していた何故雪ノ下さんは俺に追撃を仕掛けなかったのかと。
「!?」
何故雪ノ下さんは来なかったのか、それは敢えてスキを見せて俺の打ち気を誘って迎撃するつもりだったのか、それとも溜めの必要な技を繰り出そうとしていたのか、或いは……。
そして彼我の距離は大凡1メートル強程、それはもう一歩踏み込めば互いの打撃が届くだろうって距離、その距離を保ちつつ俺は状況を確認すべく雪ノ下さんの様子を見やる。
「……っ。」
俺の眼前に立つ雪ノ下さんは、その雪ノ下さんの表情は一見すると平静を装っているが、微かだが何か痛みを抑え耐えている様に感じられる。
様な気がする、何せこれまでの雪ノ下さんの闘いっぷりからそれさえもが誘いの為の演技にも思える訳で、さて俺としては此れをどう捉え判断をするべきか。
「シゃーッ!」
まぁしゃあない、黙って考えていたって拉致が開かないし此処は積極的に動いて、動きながら雪ノ下さんの状態を確認しながら都度状況に対応しようと俺は雪ノ下さんに向かい前進する。
左構え自然体の体勢からこれまでの近接戦と同様にフェイントを交えながら攻撃を仕掛る、攻勢に出ながら同時に俺は雪ノ下さんの状態を確認する。
「ふッ!くぅッ……」
俺の攻勢に対して雪ノ下さんはガードやブロッキングを駆使して的確に対処をして来るし、そしてスキあらば当て身を取ろうともしている。
此れは流石は雪ノ下さんだなと言いたい所だがしかし、次第に雪ノ下さんの置かれた状況に対する俺の疑問は確信に限りなく近いモノにあると思われる。
「どうしたんすか雪ノ下ッ?さっき迄と比べてちょっとばかりスピードが落ちているんじゃないですかねッと!」
俺の動きに対する反応が一見すると気付かないかも知れないが、ごく僅かに遅れている事が解る。
なので俺は精神的に揺さぶりと挑発とを兼ねて先の言葉を投げかけたって訳なんだが。
「そんなのはッ、君の気のせいだよって言いたい処だけど仕合の開始から、ハッ……もうかなりの時間が過ぎてるからね、それなりに体力は消耗していても可怪しくはないってのッ、それは君だって同じでしょ!」
俺の攻勢を捌きながらそう言う雪ノ下さんたが、まぁ言っている事は確かに同意せざるを得ない部分もある、消耗しているのは俺だって同じだし何なら受けたダメージの総合値は俺の方が上だし。
「そりゃあそうっすねっ!」
けど、肉体的な耐久値なら多分俺の方が高い筈だしな、まだまだ十分に耐えられる筈だ多分……きっと、そうであって欲しいなぁ。
「けど、実戦経験なら雪ノ下さんよりも俺の方が上ですからね、まだまだ活けますよっ!」
そう言って俺はふと思い出していた。
去年の秋だったよな、あの場所であの人に出会ったのは。
ひと目見てヒシヒシと伝わって来たっけな、テリー兄ちゃんに勝るとも劣らない程の実力を秘めているって事が。
あの時のあの人とのリュウさんとの手合わせがある意味の俺の初めての実戦だったっけな。
あの時はリュウさんにほとんど完封負けって言っていい程俺は何もさせてもらえなくて、悔しさよりも世界の大きさってのを痛感させられたんだよな。
そして兄貴達以外にも目標とする人が出来て、更に自分を磨かなきゃなんて思ったんだよな柄にもなくな。
それから次はパオパオカフェでの川崎との対戦だったっけ、まさか自分の身近にあの極限流空手の使い手が居たってのも驚きだったけどそれが自分の同級生でしかも流派の中でも将来を嘱望されているってんだから驚きも一入だったよな。
ロックや材木座と同様に共に切磋琢磨できる相手が現れたんだ、その存在が俺を心身共に一段上に上げてくれたって確信を持って言える。
だからこそ俺は千葉村でジョーあんちゃんを相手に何とか食らいつく事が出来たんだ、そう言やあの時だったな。
“お前のその眼の良さは天性のものだな、比企谷の兄貴と姉貴に感謝しろよ”だったかな、あの時ジョーあんちゃんがそう言っれたのは。
そしてロバート師範との一戦だ、何故だかロバート師範は俺の事を気に入ってくれて、俺の力を見定めたいって言って手合わせをしてもらって。
試合の結果としては勝者扱いをしてもらったけど、あの仕合は実質的には明らかに俺の負けだった。
『でも、あの一戦で俺はッ!』
あの一戦で俺は更に経験を積んでもう一段階上に行けた筈だ、そうだそして。
この雪ノ下さんとの、この数分間の手合わせで確実に……。
「こちらの練度も上がっている!」
自らを鼓舞するように俺は雪ノ下さんに断言し、そう叫ぶ。
「私だってぇッ!」
雪ノ下さんもまた己に喝を入れる意味も込めてだろう、俺に負けじと叫ぶ。
この時俺は確信していた、それは雪ノ下さんもそれは同じだったと思うが、この一戦の終わりの時はもう間もなく訪れるだろうってな。
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決着の刻来りなば。
キュッキュッと地下足袋を履いた俺が道場の板張りを踏みしめステップを刻む音と、ススっと殆ど聞き取れないくらいの小さな音だ、が雪ノ下さんの素足が俺と同じく道場の板張りを移動するたびに聞こえる。
其処に加えて俺と雪ノ下さんが行動を起こす度に幽かに聞こえる二人の衣服からの衣擦れの音と呼吸音、そして。
「破ッ、やぁーッ!」
「南無三ッ、クッ!、そこッ!」
雪ノ下さんが俺に攻撃を繰り出してはそれを俺が防御、若しくはそれ。回避してからの反撃を試みては雪ノ下さんがそれを防御。
「させない……ッゥ!…」
「ちッ!やるッ、でもっ!」
だがやはり雪ノ下さんは俺が撃ち込んだリバーブローが効いているのか右の反応が若干鈍っている、だから俺は積極的にフェイントも含めて左から雪ノ下さんを攻める、その彼女の道着の右袖を掴もうと。
「はぁーッ!」
リバーブローもそうだが先の山嵐も左袖を取ってからの攻撃だったからか雪ノ下さんも殊更に、彼女自身にとっての右側の防御はより強く警戒しているからか中々スキを晒さないんだからな凄いもんだよ。
しかしまぁ、それでもあれから俺も雪ノ下さんも互いに単発ではあるが有効打を二発ずつ程食らってはいる。
がそこ迄で終わってしまい真に遺憾ながらこれまたお互いに、連撃を加えるには至らないでいる。
「くッ、同じ手をそうそう何度も食わないよ!」
そして言葉通りに雪ノ下さんは袖を掴もうとする俺の手をピシッと上手い具合に払い除ける、そこから更に今度は払い除けた俺の左手を逆に掴もうとするしマジ気を抜けねえ。
「っ、やべッ!」
俺が柔道のスタイルを採り入れたが為に戦いの様相が打撃よりも掴む事の方をより注力している感じになっている、故に激しい打撃戦を好む観戦者の目から見ると、もしかしたら今の状況はすごく地味に見えるかも知れない。
それこそプロのリングでは例えば“KOこそがボクシングの華”とかって言われてる程だし、一見地味で消極的にもみえるテクニカルな駆け引きとか攻防とかだと退屈だと見做され野次を飛ばしたりする人居るけどさ、言っとくけどあれだってやってる方はかなりの神経とか精神力とか体力とかごっそりと削られるんだからね。
そこに来て試合に集中しているはずなのに不思議とヤジとかってすっげえ耳に付くしなんか気持ちが萎えるんだよ。
と言う訳だからしてどうか観戦者の皆さんにはそういった駆け引きとかも生暖かい目で見ていただきたいんだよ此方としてはな、まぁ目の肥えたファンの人とかはそういった駆け引きとか緊迫感とかもボクシングの醍醐味として楽しんで見てくれるんだが。
とまあ、ちょっとばかり愚痴っぽい事を考えていた俺だが、確かにド派手に打ち合う打撃戦ってのが観ていて血湧き肉躍る感バリバリで興奮してしまう事は否定しようがない事実な訳でまぁ何が言いたいかと言われると、俺としても此処らで一つ流れを変えるべきだろうと愚考した次第でありますん。
「シィィッ!」
雪ノ下さんと近接戦で掴み合い取り合いの駆け引きを暫しの間展開していた俺だったが、此処で出方を変えてみた。
軽く状態を振りながらバックステップで雪ノ下から距離を取るべく動く、それを見て雪ノ下さんは対応すべく俺を追って前進する、其処へ俺は狙いすまして。
「フッ!」
「っ!」
闇 浴びせ蹴りを放つ、しかしこれは牽制のた為に出したものでありヒットを狙ったモノでは無い、いやちょっと偶然でも当たれば良いな位は思っていたけど。
何せ相手は雪ノ下さんだし、防御か若しくは回避される可能性大だと思ってたし実際に雪ノ下さんには上体をスウェーする事で回避されたし。
だが、それは俺の想定通りの流れで其処ですから更にトントンと二度後方転回で以て雪ノ下さんとの距離を空ける事に成功した。
「ハァーッ!」
数メートルの距離が取れた、俺は間髪入れずに直ぐに前方へジャンプする。
ジャンプし空中で右肘を突き出しての攻撃体勢を整えると傾斜角を付けての高速急降下。
当然雪ノ下さんは直様迎撃の体勢を取り始める、さてこれに雪ノ下さんはどう出るかな先のあの多重に気の連なった様な技か、それとも当て身を狙ってくるのか一体どう出てくる?
「やらせないよッ!」
雪ノ下さんは軽く左半身を若干前に両腕を大きく上方へと振り上げた、成程あの多重の気弾を放つつもりなんですね。
しかも、この状況でそれをやろうって事はあの技対空としても使えるって事だな、まぁさっきは空中からも繰り出していたし今更驚きはしないけどね。
「しゃーッ!」
高速降下を始めた俺に合わせて雪ノ下さんは上体を大きく反らし、その振り上げた腕を掛声と共に思いっ切り振り降ろした。
「やーーッ!!」
雪ノ下さんの振り下ろした腕を起点に斜角を付けて空へと登る雪ノ下さんの気弾、この気弾ならば空へ浮かぶ俺を飲み込めるって、そう思っているんですよね雪ノ下さん!
「けど、甘いっすよッ!」
迫りくる多重気弾を俺もまた多重の残像を残しながらそれをすり抜ける、そして雪ノ下さんの右斜め後方へスタッと着地する。
「なっ!?」
驚きましたか雪ノ下さん、これぞアンディ兄ちゃん直伝の不知火流『幻影不知火』だ。
「ハぁーッ!!」
意外な、おそらく雪ノ下さんが思い描いていた状況とはまるで違う結果、俺が気弾をすり抜けてしまった事に咄嗟に対応が間に合わず俺の踵落としを食らう事になってしまった。
「うぐぁっっ……」
やっぱり雪ノ下さんは俺のリバーブローのダメージが残っていて、その影響で右側の反応が若干鈍い。
それにより雪ノ下さんは
「そりゃーッ!」
踵落としから続けて上段回し蹴りを雪ノ下さんの側頭部へと叩き込み、更に蹌踉めく雪ノ下さんを追って次に繰り出すのは。
「ラァーゥドウェーブッ!」
掛け声と共に一発、気を込めた右の拳を床へと叩き付け気の衝撃波が広がり、雪ノ下さんはその衝撃波にその身を翻弄されまるで軽く酔っ払ったかの様に千鳥足でふらつく。
ヒット確認と同時に俺は次の技を繰り出す為の準備をさっと整え、大きく飛び上がる。
「オッラァーッッ!!」
空中でコンパクトに己の身を回転させつつ踵を雪ノ下さんの右肩にガッツンと叩きつける、これぞジョーあんちゃん直伝の『黄金のカカト』だ。
技の性質はテリー兄ちゃんのクラックシュートと近しいが、飛び上がる軌道は黄金のカカトの方が高いがコンパクトに回転する分、近距離攻撃に適しているっぽい感じかな。
因みにジョーあんちゃんの場合はその掛け声が俺と違い『オラオラーッ』って叫ぶんだが、何か少し恥ずかしいから俺はオラーにしている。
「そりゃーッ!」
そしてこの一連のコンボの締めとして着地と同時に水面蹴りを放ち雪ノ下さんの脚を払い。
「きゃぁ〜っ!?」
雪ノ下さんは右半身を下に強かに板張りにその半身を打ち付けて、此処にこの闘いに於いて初めて打撃戦でのダウンを奪う事に成功した。
「はぁ、はぁ、ハァーっ、よぉっシャーッ!!」
まだこの勝負終わった訳では無いんだが俺の技がこの強い
「ふーっ、雪ノ下さん、まだまだイケるっすよね!?」
俺は一つ呼吸を整え雪ノ下さんに呼び掛けてみる、横倒し状態の雪ノ下さんが俺の声に幽かにピクリと反応し手と肘を使いながら徐々に立ち上がろうとする。
そうしながら雪ノ下さんはキッと射貫く様な眼光で以て俺を睨め付ける、そちら方面の趣味のある者にはこの眼光はある種のご褒美になるのかもだが、俺にはそちらの趣味は無いので恐怖心しか沸かない、なまじ雪ノ下さんが美人なだけにその恐ろしさが倍加してんだよ、正に更に倍率ドン!
「……くっ、やってくれちゃって…」
悔しさとか疎ましさとかそんな気持ちが込められている様な、そんな声音で雪ノ下さんはそう吐き捨てて立ち上がり。
「ホント君ってあったま来る程ムカつく子だよねぇ……でも何だろうちょっと悔しいのに何だか楽しくなって来ちゃったよ。」
憎まれ口を吐きながらも最後にはこの日初めて、いやこの人と出会ってから初めて本当に楽しそうな顔を見せた。
これは思い掛けない変化と言って構わないだろう、愉しいでは無く楽しいと言葉の意味合いも変わっているし。
「言ってる事はアレですけど、それってもしかして雪ノ下さんによ格闘家としての本能っぽいモノが目覚め始めてるのかも知れないっすよ。」
俺は構えを取りながら、柔道のスタイルでは無くテリー兄ちゃんに最初に教わったスタイルの構えで以て雪ノ下さんを迎え撃つべく身構えつつそう言葉を投げ掛ける。
「さぁねぇ、どうなんだろう……何しろこんな気持ち初めての経験だしよく解んないんだよね。」
「でもやっばりヤラれっぱなしは癪だからね、きっちりお返しはしなきゃだよねぇ!」
そう返答を返しながら雪ノ下さんは構えを取り直す。
「えっ!?」
しかしそこに俺はちょっと否かなりの疑問を感じた。それは何故か、それは雪ノ下さんが取った構えがすごく意外だったからだ。
雪ノ下さんは今俺に相対するに当たってその身を極端に半身に、しかもリバーブローを食らった事によりダメージを受け反応が若干鈍くなった右半身を敢えて前へと晒しているからだ。
「何を考えてるのかは解らんけど、だからって迷ってる暇は無いッ!」
雪ノ下さんがどう出てくるかは知らんけど、考えられるのは弱点的な右側を前にして防御に割り振り、左を攻撃に割り振るってところだろうか。
しかしどうもなぁ、防御を考えるなら行動に制限がかかるダメージ受けた部位を普通は晒さないと思うんだが、敢えてそうするって事はやっぱり何かあるんだろうな。
「シュ、ハッ!」
俺は雪ノ下さんに対して牽制を兼ねて攻撃を繰り出してみる、拳打を蹴りをまたは体勢を変えての投げを狙っての掴みかかりを、フェイントを織り交ぜながら繰り出す。
対して雪ノ下さんはそれを上手く躱し避け防御しながら、スキを突いては逆撃を放とうとするのだが。
「どうしたんすか雪ノ下さん反応が遅れていますよ、それじゃあ俺は捕まえられないっすよッ。」
雪ノ下さんの動きはやはり鈍く、俺が今言った様にこれじゃあ捕える事は出来ないだろうにな、因みに今の問い掛けは少しばっかし挑発を加えてみたんだが。
「別に私はこの勝負を投げた訳じゃ無いよ、まあそれは君自身がこれから体験する事になるだろうしねっと!」
額に汗を流しながら雪ノ下さんの目と声音は勝ち気な色が未だ衰えずにいる、体力はかなり消耗しているだろうしダメージも蓄積されている筈にも係わらず。
「シッ、シュッ、ハッ!」
「何のッ!それっ、やぁーッ!」
俺が仕掛ければ雪ノ下さんは防御を固めながらもスキを見ては攻撃に転じようとする、反応が鈍っているとは云えども未だそれだけ動けるんだなこの人。
しかしそれでもやはり雪ノ下さんのその動作は次第に遅くなり俺もそのスピードに慣れ始めた、これならもう直ぐ捉えられる。
「ハァーッ、フゥー……」
そして息も次第に切れ始め呼吸も荒くなっていっている、もう間もなくだ。
動きの鈍った雪ノ下さんのスピードにはもう慣れた、なので次に雪ノ下さんが右を繰り出して来たらそれに合わせて反撃を与える。
「シ、シッ!……シッ!」
牽制の途中で腕を引き戻すジャブを二度放ち、更に肩でフェイントを入れてからのもう一発ジャブを放った。
「シュッ、破ァーッ!」
来た、ごく僅かな溜を作ってからの俺の左を捌いてからの雪ノ下さんの左の拳打だ。
これあるを想定して俺は予め左は端から弾かる事を前提にして繰り出した、そして雪ノ下さんの左に合わせて右のカウンター狙いのストレートを撃つ。
「ハァーッ!」
いわゆるダブルクロスカウンターだ、まぁちょっと違うけど、そう云う事で納得して欲しいと八幡はおもうんだ。
ゲフンゲフン、とっ兎も角、行ける勝った第三部完!と逸りそうになる心を戒めて俺が放った右ストレートは狙い過たず雪ノ下さんの頬を捉えると、そう思っていた時期が俺にもありました。
「取ったぁッ!」
だが雪ノ下さんはそんな俺の計算し尽くしたと思っていた、その思惑の更にもうひとつ上を行っていた。
俺はまんまと雪ノ下さんの策略に嵌ってしまった、それはプロの試合でもよく見かける策で俺も使ったことがあるし、何だったらテリー兄ちゃんだってあの時の草薙さんとの一戦でそれを使っていたしな。
雪ノ下さんは要するに敢えて己の弱点となっていた、俺から受けたダメージ部位である右を敢えて晒すし鈍っているその動作を見せ付け、更に実情以上に弱ったかの様に演じ俺の目をその速度に慣れさせ打ち気を誘ったって訳だ。
それまで遅く見せていたスピードを急激に上げて、狙い澄ましてバシッと俺の右肘を掴み取った。
「なっ!?」
『相手に対して勝ち誇った時、そいつは既に敗北している』その言葉の意味を今俺は嫌ってほど味わっている、雪ノ下さんは掴み取った俺の肘をグッと自身の方へと引き寄せる。
それは俺の感覚的に力を込めている様には感じられず、寧ろ軽く引き寄せられるって感じだった。
にも係わらず、俺の身体はごく自然にバランスを崩しながら、彼女に引っ張られるとその軌道上に用意されていた雪ノ下さんの掌へと吸い込まれるように打ち付けられた。
「グェっ……」
呻き声をあげる俺に構う事無く雪ノ下さんはその掌打を俺の顔ごと前方へと突き抜く様に打ち放す。
「うっ…」
その威力に俺の身体は蹌踉めきながら半回転、それを追って雪ノ下さんの追撃が俺を襲う。
「やァーッ!、ッ、砕ィ!」
その身を捻り回転を加えた雪ノ下さんの水平手刀が俺の左頬を、そしてフロントステップを刻みながら手刀の直撃によってふらつく俺にアッパーカットの様なモーションで繰り出される打ち上げの掌底打とそれに連なる肘打ちが俺の下顎を強かに捉え、その衝撃の前に俺の身体は僅かに宙へと浮き上がる。
『拙い、コイツは孥エラいモノが来るわ』と頭を貫かれた影響で脳が揺すられ薄れかける意識の中、どうにか必死に意識を繋ぎ止めようと気を張っているんだが、そのせいで俺はそんな嫌な一瞬先の未来が見えているのに身体の方は反応出来ずに、その時を待つしかない状態だ。
俺の目に微かに見えた雪ノ下さんは、サッと両手を大きく空へと掲げて技の発動の体勢をもう既に終えていて『ああ、こりぁ食らっちまうわ』と俺は何故か不思議とその覚悟が決まっていた。
「秘伝、超ッ重ね当てっ!!」
大きく振り下ろされた雪ノ下さんの両腕からはさっきとは比べ物にならない程の巨大な連なった気の衝撃波が俺へ向けて穿たれた。
「ぐぁあ~ぁーっ……うぐぅ…。」
巨大な気の衝撃波が俺の身体を複数回直撃し、体力を削り大きなダメージをこれでもかと与える、その威力の前に俺は吹き飛ばされて堪らず思いっ切りダウンしてしまった。
「ふぅ~っ、まあざっとこんなところかな、どうだった今のが『藤堂流秘伝超重ね当て』だよ結構なものだったでしょう、まあ連撃を優先して気の充填が十分じゃなかったけど。」
痛みとダメージにより薄れている俺の意識下にそんな雪ノ下さんの声が届く、此奴はヤバいわ、もう今すぐにも意識を手放して眠りたい欲求が身体を支配して来ている、もう十分にやっただろうとまるで身体が俺の精神にそう語り掛けて来ている様だ。
そうだよな、そう出来れば楽になれるし、このままそうしようかな……何て事を倒れたまま板張りの感触を味わいながらそんな事を思っていると、意外な声が言葉が意外な人から不意に俺に投げ掛けられた。
「またでも今のでもう十分に君にダメージを与えたとは思うけど、まだ立てるよねえ比企谷君。」
その言葉は俺の鈍くも繋がっている意識の中でもその耳朶を打ってくる、全くもう簡単に言ってくれるっすねぇ雪ノ下さん、確かにもうちょっとだけ体力は残ってますけどね。
「くっ、痛ったぁ……っ、ぷはぁ、ハアーッ、否そうは言いますけどね雪ノ下さん今のはものっそい痛かったんすからね、そう簡単には立てませんって。」
ゆっくりと頭を振り、呼吸を整えつつ雪ノ下さんに返答すし重く感じる身体を手肘を使って、少しでもダメージの削減と体力の回復の為に時間を掛けて起き上がる。
その時間を使い冷静に自分の現状を俺は確認する、身体の彼方此方に痛みがあるが致命的なモノは今の所無しだな、気力の方も徐々に回復している。
問題はこれまでに被ったダメージと体力の方だな、そのダメージ値大凡八割から八割五分と云ったところだろうか。
「ふぅ〜っ、まいったなこりゃある意味虫の息ってところですわ、いや本当にマジでもう止めたいっす。」
頭のふらつきも収まり始めてるし、視界もバッチリ十分見えているしもうひと踏ん張りは出来るだろうけど、もう限界は目前だな冷静に見て。
「あはは正直だね、でも『悔しいけど僕は男なんだな』とか言ってたよね、だったら最後までその言葉を自分で確り証明しなさい!」
そう言って俺に試合の続行を促す雪ノ下さんの、その表情と声音には嘲り愚弄する様な負の感情は一切感じられない。
其処に見て取れるのは純粋にこの闘いの決着を着けようと対戦相手である俺に奮起を促している、一格闘家としての彼女の心からの欲求だろう。
「はぁーっ、全く貴女はマジに容赦無く厳しい
「……何よそれ、全く君って本当に訳が解んない子だよねぇ、そうやって変なネタを振る余裕があるなんてね。」
「……おっ、これがネタだって解るんですね雪ノ下さん、て事はその出処も知ってるんですかね雪ノ下さん!?」
「いや、知らないけど……ただこの数分間で君がどんな子が大体分かったからね、何ていうかアレだよアレ。」
勿体つけて雪ノ下さんは其処で一旦言葉を止めてニヤッと笑うと右手を前に差し出して人差し指で俺を指してこう仰られた。
「そうスバリ“残念な子”だね!」
「……あっ、はい誠に遺憾ながらの否定のしようがございません。」
雪ノ下さんに突き付けられたそれは、内心俺自身そうじゃないかなとは思っていましたともですよですよマジ、だからまぁこう返答するしかないんだよな、
「……ぷっ、くふふふっ、あ〜もう可笑しいたりゃありゃしないよ、本当に変な子だよ君は。
でもまあ一格闘家としてならそれなりに敬意を評しても良いかもね。
さて、もう十分に君の事は知れたしね此処から最後の攻防ってやつをさ、始めようか比企谷君!」
「うっす。」
雪ノ下さんの呼び掛けに答えて、それを合図として俺と雪ノ下さんは互いに構えを取る、雪ノ下さんが言う様にこれが最後の攻防になるだろうと覚悟を決めて互い向き合って。
この最後のアタックに際して俺は雪ノ下さんに対してかなり有効だった柔道の構えでは無く、オーソドックスにテリースタイルで先ずは臨む事にした。
やっぱり何と言っても此れこそが俺の原点だからな、此れこそが雪ノ下さんに最後に相対するに相応しいと判断したからだ。
まぁ途中の流れに依っては臨機応変にスタイルを代えるけどな。
「シャーァーッ!」
「ハァーッ!」
同時に、俺と雪ノ下さんは大きく声を張り上げて突進する、互いにその眼を見据えてどんな些細なスキさえもを見逃さないと、または絶対に相手を上回ってやるぞとの気迫を込めて。
「「スッ、スッ、ハァーッ」」
互いが接近した事によりほんの僅かな間隔を開けて対峙する俺達、これまでの展開で互いに相手の力量や置かれた状況状態もある程度把握している。
なのでこの最終局面で俺達はまたしても互いに見合ってしまうって状況となった、まぁ正確には俺はやはり雪ノ下さんのウィークポイントとなっている右側を狙ってゆっくりと時計方向へと動いているし、雪ノ下さんの方はそうはさせじと右を庇いつつかなり半身の左構えを取っていて俺の動きに対応して動いているって形だ。
だがまぁしかし、そんな静かな立ち上がりに傍目には感じられるだろうが、俺にしても雪ノ下さんにしても既にエンジンは6速全開レッドゾーンに突入しているし。
「ッ!」
「フッ!」
今現在行っている行動、フェイントもガードも回避も攻撃も虚実硬軟駆け引きに至るまで全てにありったけの神経精神力を注ぎ込んでいる、二人が共に逸早くその相手の僅かなスキを見逃さず、其処に最後の一撃を喰らわす為にだ。
『来る、絶対に、その時は、絶対に来るからな、だからそれまで持ってくれよ俺の集中力!』
声に出さずに心の中で俺はそう言って自分に発破をかける、雪ノ下さんからしこたまにダメージを被ってしまってるからな、エンジンブルブル絶好調とは行かんけど大丈夫俺は集中している、雪ノ下さんの動きも見えてるし何なら息遣いまでも聞こえてるしな。
「はぁ、はぁ、ふっ、ハッ!」
しかし闘いの最中でありながら何で女性の息遣いと吐息とかって、こう何て言うかすごくリビドーを引き起こすんだろう……はっ、とイカン集中集中!
「おっとッ、っべぇッ!」
目まぐるしく変わる攻と防、俺もそうだが雪ノ下さんもまたやはり体力気力共に衰えている事は明らかで、ちょっとした凡ミスがチラホラと表れ始めている。
互いに辛うじて決定的なミスには至っては無いが、どうやらその時はもう直ぐ近くまで迫っているのかも知れん。
「スッ、ハッ、フぅ……」
「フッ、スゥ、ふぅ……」
こんな状況に在ってもどうにかやり繰り対応出来て居るのは、やっぱり兄貴達や十平衛先生の教えやこれまでに拳を交えた強い人達との濃密な時間があったからだろうなと、そうつくづくと思う俺ガイル。
テリー兄ちゃんに一年間みっちりと基礎を教わり、それからは自分で独自に鍛錬しつつも偶に俺の元へ訪れてくれる三人の兄貴分達に、その都度色んな事を教わったよな。
殊にアンディ兄ちゃんは日本に拠点を置いてる事も在って、何かと俺の事を気に掛けてくれて度々此方まで顔を出してくれてたっけな、それで鍛錬の様子を見てくれ的確なアドバイスをしてくれて。
この間もそうだだたよな、あの言葉は俺の現況を見極めた上で言ってくれたんだよな確かにさアンディ兄ちゃん、兄ち
ゃんが指摘してくれた事はさ俺も理解はしているんだけどさ、それでもやっぱり俺は皆が教えてくれる事を全部覚えたいって、まぁ贅沢で貪欲だと思われるだろうけど俺はそうしたいんだ。
闘いの最中俺はふとそんな事を何時の間にか考えていた、それは俺の集中力が切れ掛けている事の証左なのだろうか。
オーソドックススタイルから柔道の左構え自然体へと移行しようとした時だった、その時何故かちょっとだけ俺の右膝がカンクと折れた。
「ぅおっ!?」
そしてやっぱり当然だが、そのスキを見逃す様な事を雪ノ下さんがする筈も無い訳で、空かさず彼女は俺に対して攻撃を繰り出す段取りを始める。
「もらったぁーッ!」
雪ノ下さんが発したその声もそのために行っている攻撃の段取りも、そして俺の動きもすべての時間が引き伸ばされたかの様に遅く感じられる。
左腕を前方へ突き出し肘を直角に曲げて上段ガードの構えを取り、グッと後方へ弓弦を思いっ切り引くかのように右手を構え掌底を突き出そうと溜めを作る。
左脚を前に右脚を後方へ、膝を僅かに曲げてしなりを作りその威力を高めるんだろう。
それはもう既に発射の態勢が整っていると判断して構わないだろう、であれば俺はそれを貰わない様に対処を早急に完了せねばなら無い訳で、なので俺の脳は高速で肉体に動く事を命じている。
『急げ、動けぇーッ俺の身体っ!』
絶体絶命のピンチに陥っているこのじょうだが同時に此れは遂に訪れた最後のチャンスなんだよ、だからッ間に合うように動けッ俺!
そして瞬時に確りと溜めを作られた剛弓から遂に、獲物を仕留めるべく必殺の破壊力を秘めた矢を放たれた。
「矢ァァァッ!!」
『来たぁァッ!』
幸運は二つあった、俺が陥ったピンチである膝カックン状態だがそれはほんの僅かにバランスを崩した程度の事で思いの外体勢を立て直すのに時間が掛から無かった事、そして雪ノ下さんが放った掌底突きがその肉体的ダメージの影響で思いの外に繰り出す速度が然程速くは無かった事。
だから直ぐに体勢を立て直しそれに対応する準備を整える事が出来た。
ジョーあんちゃんが言ってくれた俺の武器、眼の良さと反射神経を最大限に活かして雪ノ下さんが放ったストレートの軌道の掌底打を確りと見据え。
『来るッ!』
過たず俺の頬を目指して一直線にたに突き進む雪ノ下さんの掌底打、それを俺は限界一杯にまで引き付ける(怖い)一歩間違えればその瞬間この闘いは俺の敗北に終わってしまう。直ぐに体勢を立て直しそれに対応する準備を整える
『そして、来たぁッ!』
ギリギリもギリギリ、雪ノ下さんの掌底打が俺の頬に触れてるか触れてないかの刹那の間隔、ミリを下回りミクロンの単位。
俺はその瞬間に合わせて首を振って雪ノ下さんの掌底打を往なす、良し巧く決まったわ、俺の十八番“スリッピングアウェー”が。
「えっ!?」
そんな意外そうな声を漏らして何が起こったのか解らないって感じっすかね雪ノ下さん、必勝を期して体ごと前進しながら掌底打を撃ち込んで来た雪ノ下さんは当然それがカスあたりした為、その威力の発動する場を失い無防備に前方へとつんのめってしまう。
「“待”ってたぜェ!、この
相悪と日章旗カラーのロケットカウルのを纏ったインパルスに乗ってツルハシを持っちゃいないし、これから出すのは左のボディーブローだけど、マシで待ってたこの瞬間。
「フンッ!」
つんのめり体勢を崩しながらも何とか立て直そうと図る雪ノ下さんを追って回り込みながら放ったのはこれまた得意のリバーブローだ。
今度こそ俺のリバーブローは狙い過たず雪ノ下さんの右腹部肝臓付近へと鈍く大きく音を立ててブチ当たる。
「……ごぶぁッ、ブふッ…」
その痛みと衝撃に雪ノ下さんの口から呻き声が漏れ出し(しかもあまり女性の口から漏れ出させるには余りにも…な呻きだが、どうもスミマセン闘いの中での事なので勘弁願います。)更にその脚が板張りから十数センチ程離れ雪ノ下さんの身体は浮き上がっている。
当然の事であるがこの好機を逃す手など長征一万光年の旅路の終わりの先にさえ存在していない、俺はその身を浮かせてしまった雪ノ下さんを追い今度は反時計回り方向へとステップを刻み。
「ふっ!ハッ!!」
その浮いた脚が板張へと降着するかどうかと云うスレスレのタイミングでグッと右肩を下方へと下げ左腕はガードの体勢をとり雪ノ下さんのボディ目掛けて、渾身の超低空からのボディアッパーを振り抜く様に突き刺す。
「うぁ……っ……ぐふっ…」
腹部を強かに叩かれた雪ノ下さんはその体内、肺の中に残っていた呼気を全て強制的に吐かされ再動呻き声をあげた。
地に着きかけていたその脚は再度板張りから離れ後方へと吹き飛ぶ、辛うじてダウンは免れはしたが雪ノ下さんはよろよろと揺らめき、体勢を立て直せないでいる。
やっとだ、随分と長かったけど漸っとこの瞬間が到来した。
『アンディ兄ちゃん、兄ちゃんが言う様にさいつか俺は皆からの教わった事を取捨選択しなきゃならない時が来るだろうと思うよ、でさその上でそっから更に独自にそれを発展させなきゃならないんだよな、それは解ってるんだよ俺もさ。
でもやっぱり皆が教えてくれた事はさ空っぽだった俺を目一杯に満たしてくれた大切なモノなんだよ、だからさ俺は此れからもそれを大切にして行きたいんだよッ、そしてさ今から俺がやるのはその決意を新たにした俺のッ、これはその第一歩だッ!』
此れから俺が放つ技はある意味此れまで兄貴達に学んだことの現時点での集大成ってところだろうか、テリー兄ちゃんのあの技を俺なりに構成した技だ。
それを俺はブチ込む為に、徐々にふらつきが治まり始めた雪ノ下さんに目掛けて突進する。
「フッ!!」
先ずは斬影拳のモーションで雪ノ下さんへと超高速で突進する俺は驚くべきモノを目撃した、それは俺の攻撃によりかなりのダメージを受け意識を繋いで居らてれる事も驚異的な事なのに、そんな状況にあって尚雪ノ下さんは己に向かい来る俺の肘鉄を取ろうとしその手を伸ばしてくる。
『全く、何て
急速接する俺を待ち構え当て身を取ろうとする雪ノ下さん、テリー兄ちゃんのバーンナックル、ジョーあんちゃんのハリケーンアッパーと並びアンディ兄ちゃんの代名詞的な技と云えば斬影拳だ。
だから雪ノ下さんも斬影拳がどう言った技か知っていたんだろう。
『でも、そうは行かないっすよッ!」
朦朧としながらも俺を待ち構える雪ノ下さんのその内懐直前、彼女のその手が俺の肘に手が届く直前に俺は斬影拳による突進に
この日の為に用意したゴム底の地下足袋が完璧に仕事を熟してくれた、このブレーキングの直前から俺はある行動を起こしていた、それは前方へ突き出した左の肘を上半身ごと円を描く様に後方下方へと引き下げる。
わかり易く説明するなら幕之内○歩のデンプシーロールの軌道っぽい動きと言えばいいかな。
だから俺の肘と上体はグルリと無限軌道の回転故に当然今度は再度前方へ下から上へと向かい突き出され、雪ノ下さんの鳩尾へとブチ当たる。
しかも、俺は残念ながら慣性制御戦闘ドリファンドでは無いから慣性力を消し去る事は出来ない、なのでブレーキングにより停止したとは言っても上半身には前方へと向かい進む力は残っており(単車のジャックナイフ現象の様な物)そのエネルギーと回転運動の力が加わり。
「が……ガハァ……っ……」
激烈な痛みが雪ノ下さんを苛んでいる事だろう、だがまだだ。
ヒット確認の後俺は次の体勢へと移行する、身を屈める雪ノ下さんに対して正面からググッと力を込めながら膝を屈めて飛び上がり。
「ハアーッ!」
掛け声一発、強烈な膝蹴りをタイガーキックをお見舞いする。
空高く吹き飛ばされる雪ノ下さんと共に俺もジャンプし飛び上がる、但し通常のタイガーキックとは違いその上昇高度は役三分の二程で済まし、着地の体勢を取る。
その時両の拳にありったけの気を瞬時に込め、最後の締の技を撃ち出す準備を整え降下すると共に俺は叫ぶ。
「ハァイアグゥルッ、ゲイッザーーーーッ!!」
着地と同時に俺は拳を道場の床の板張へと三度叩き付ける。
一度、二度、三度と叩き付けた拳と板張りから発生しあ巨大な気の牙は雪ノ下さんの肢体に三度食らいつき弾き飛ばして、道場の板張りへと沈めた。
「うぁぁぁ…………っ………」
雪ノ下さんの断末魔の様な悲鳴がやがて静かに途切れその気力と体力を奪い尽くして。
此処に一つの闘いの幕は下ろされた、互いにその力の全てを出し尽くし残酷に勝敗を決定づけて。
止めはハイアングルゲイザーでした。
八幡版のハイアングルゲイザーは斬影拳〜タイガーキックと繋ぎ、超必殺技バージョンはゲイザー一発で潜在能力バージョンはトリプルで締めです。
粗方の話の流れは出来ていたんですけど中々言葉が浮かばず、浮かんできたかと思えば更にもう一波乱欲しくなり、その結果が………。
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やはり闘いが終わり彼女と語り合う時にお約束が起こることは間違っている。
ハイアングルゲイザーに依って吹き飛ばされた雪ノ下さんの悲鳴も止み、深と静まり返った道場にて俺はこのギリギリの闘いにより心身共に疲れ果て片膝を着いて俯きながら周りには聴こえない位の音声で小さく一息を吐いた。
『おっ、終わったんだよな……』
その実感がどうにも沸かない俺は何とは無しにそんな事を心中に呟いてみるんだが、その思いに応える様に女性のよく澄んだ明瞭な声音で告げられる。
「この勝負比企谷君の勝利とします、双方共に良く闘いました、勝敗関係無く二人の格闘家としての技量の高さは称賛に値する処でしょう、二人共本当にお疲れ様でした。」
この闘いの審判として立ち会ってくださった藤堂さんからの一言で、漸く俺はこの闘いが終わったと云う実感が少しずつ沸いて来た様な気がして「はあーっ、疲れたぁ………。」とデカい溜め息を吐きつつ目を閉じ現在の心境をその一言に込めて呟いた。
いや本当に今の心境たるや正にそれってヤツ、この闘い常に雪ノ下さんは俺の上を行っていたし何度もヤバい場面があってし、雪ノ下さんに最後に喰らった連撃、締めの超重ね当てって技がもし雪ノ下さんが言ってた気の充填が十分だったなら俺は。
『負けてても可怪しくは無かったんだよな、てか闘いの流れ全体を通してみるとその大半は雪ノ下さんにペースを握られていたし。』
つくづくとそう思い知らされた、一格闘家として彼女は敬意を抱かずにはいられない相手だった。
「うっ、くぅ〜っ、痛った〜っ…。」
どうやら雪ノ下さんも動けるだけの気力と体力が幾分かは戻った様だな、彼女がムクリと起き上がる気配が感じられたしな、まぁ闘いの終わりの礼儀として挨拶くらいはしておかないとだな。
と思い俺は疲れて項垂れていた頭を上げて雪ノ下さんを見留めると、そこにはとんでも無い光景が展開されていた。
その半身を起こした雪ノ下さんは右手を額辺りに当ててゆっくりと首を横に振り、左手はその半身を支える為に板張りに手を付いて、右脚は板張りの上真っ直ぐに伸ばして左脚は軽く膝を曲げている状態だ、とこれだけならば別段問題は無いと言える普通の事だろうがだ。
問題は、その雪ノ下さんの御召し物の状態にある訳で………。
俺が最後の攻撃に繰り出したハイアングルゲイザーの威力によってだろうが彼女の道着がとんでも無い事になっていてってかまぁ結局の所俺のせいなんだろうけど、そうだな先ずは袴から語るとしようかな。
紺色のその袴はざっくりと断ち割られた様に斬り裂かれた状態で雪ノ下さんが片膝を曲げて立てているものだから、片側の右太腿辺りがペロンと捲れて……。
あ〜もう、何かヤヴァいわ……何がヤヴァいかと言うとだな、そのアレだよアレだ。
相悪と女性の御召し物についての知識が無いからよく知らんけどスポーティなグレー色をしたアレ……まぁ要はおパ○ツ様がたよコンニャロー。
そのおパン○様の多分三割以上の面積が俺の視界にモロ“やっはろー”しているんだよォ!
何処ぞの幼女な見た目のドラゴンさんも思わず言っちゃうよな『マジヤバくない!?』ってさ、うんヤヴァいからあんまり見とかんとこう、そうだ別の所に視線を移そうこれ以上は犯罪だしな多分通報されるしそうしよう。
そして雪ノ下さんの上半身へと視線を移した俺は…………結論、そちらもかなりヤバかった。
雪ノ下の姓に似合い綺麗な白い上衣もまた、ほぼ原型を留めておらず、肩など両方がモロに露出してしまっていて申し訳程度にお腹付近に道着が存在していたと云うか、それらしき痕跡ってか残骸が残っておりその身を引きしめる為に締めたであろう胸の辺りから臍上十センチほどの辺りを覆うこれまたスポーティな感じの、グレーの肩紐の無いスポーツブラってヤツ?がその豊かな膨らみを包んでいる様を思わずガン見してしまいそうになるのを、英国紳士の嗜みとして必死に逸らすってか誰が英国紳士だよ。
つか、こう言う事は敢えて口に出して御本人に注意を促す方が良いだろう、でないと事が公になった時に在らぬ疑いを掛けられるかも知れんしな、本当は君子いわく危うきには近寄らずと行きたい所だが既にもう距離的に近くに居るし、こうなればやっぱり正直になってご注進申し上げるのが最適解だろう。
「あの雪ノ下さん、お疲れの所申し訳無いんすgあって………って、うォぉォッ!?」
額に手を当てていた雪ノ下さんだったが俺が声を掛けると、直ぐにその声に応えてくれて俺の方を振り向いてくれたんだが、その時不思議な事が起こった!
雪ノ下さんが此方へと振り向いたと時を同じくして、辛うじて雪ノ下さんの胸元を覆っていた件のスポーツブラが中央部からピリッと破れてハラリと、重力に逆らう事無く落ち始めた。
「きゃっ!?」
雪ノ下さんは俺が思っていたよりもずっと可愛らしい声を上げて素早くその巨峰を両手で覆い隠したが、俺のジョーあんちゃんにも指摘された精度の高い動体視力は見逃さなかった、その巨峰の頂上付近をな………正直こんな状況でなければ眼福この上ない所だろうが、現状それは何度も言うがヤバい事この上なしだ。
雪ノ下さんは両手で胸元を押さえなかまらその顔を赤らめて上目遣いなポジションから羞恥と怒りの入り交じった様な表情でキッと俺を睨みながら「見たわね比企谷君。」とドスの利いた声で一言。
しかし俺の耳には雪ノ下さんのその声は届いてはいなかった、雪ノ下さんとの激闘をくぐり抜けた安堵感と充実した闘いを演じられた高揚感、そしてとんでも無く美しい映像や画像でしか見た事の無いソレを目の当たりにした刺激により。
「……あっ、アーユーOK!…ぐっブふぉ〜っッ………。」
俺はその興奮がMAXを天元突破してしまい、ブハッと二つの鼻の穴から盛大に
「すびません藤堂さん、ご迷惑をおかけしばす。」
藤堂さんが用意してくださったティッシュペーパーを、俺は両方の鼻の穴に突っ込んで鼻血を止血してもらいながら詫びを入れる、しかしその影響で鼻詰まりっぽい喋り口調になってしまっているのはスルーしていただきたい、何せこれは不測の事態に依って引き起こされた悲劇なのである。
なので決して喜劇では無いからな絶対にな、てあるからしてそこの所は間違えない様に願います。
「ふふふ構いませんよ、比企谷君はまだ十代の若者ですからねそれ位の元気が在っても可怪しくはないでしょう、それにしても意外と比企谷君は純情な少年だったのですね、雪乃ちゃんだけではなく結衣さんといろはさんでしたか、あんなに可愛らしい女の子達から思われている上に極限流のお嬢さんや鶴見さんのお嬢さんにも思われている様ですからそちらの方はかなり進んでいるのかと思っていましたよ。」
鷹揚に微笑みつつ藤堂さんは俺の謝罪を受け入れてくれつつも、何だかとんでも無い事をサラッと言われてしまった。
何気に俺に対する風評被害がとんでも無いレベルだよ、それこそ風が嵐に変わってその嵐だって絶望の
これはアレかアレなのか、かの有名な嵐を呼ぶ男が俺の兄貴分だからって所に掛けてるのか、違うよな違うよねきっと否多気の所為だよね?
「
若干冷や汗をかきつつ懇願する俺をふふふっと優しげに笑って受け流す藤堂さんの態度は、まさに大人の女性の貫禄って所なんだろうが結局俺の懇願に対する返答は頂けなかった所から判ずるに藤堂さんによる俺の人物評が訂正されてはいないのだろう、ああいかん何故だろう何か眼から心の汗が流れる。
さて、鼻血も止まった事だし本題に入らなければだよないい加減にな、雪ノ下さんもクラッシュしてしまった御召し物から覗く肌色の露出部分は隠されてるから、今なら雪ノ下さんに視線を送っても
藤堂さんが用意した羽織物を羽織ってガードを固めた雪ノ下さんだが、心なし俺にはその顔に紅がさして見えるのはやっぱり俺との闘いに敗北してしまったのが原因だろうか。
まぁあれだけ自信ありげにしていたし実力的にも彼女が勝っていても可怪しく無かった訳だし、負けてしまった事に対しす精神的衝撃は如何ほどのものだろうか、この闘いに勝利した俺がそれに対してどうこうと言うのはある意味烏滸がましいか。
「よっ、と。」
しかし、それでも一応は闘いを前に雪ノ下さんと交わした約束(ほぼ一方的に雪ノ下さんから強制された感もあるが)もあるし、このままそれを反故にするって訳にも行かんだろう。
そんな決意とも着かない思いを胸に俺はジジ臭い掛け声を出して立ち上がったんだが、あの激闘を終えたばかりで体力的消耗が激しいからだと思って頂きく存じます、つか誰に断ってんだよ。
「あ〜、雪ノ下さんあのっすね、こんな時に恐縮なんですけどちょっといいですかね。」
ペタンと板張りに力無く座り込んでいる雪ノ下さんの元へ歩み寄り俺がそう呼び掛けると、その顔を上げてキッときつい眼差しで俺を睨み付けたかと思えばサッと羽織物の胸部を素早く両手で隠されてしまっまた。
うわー俺ってばどんだけ信用されて無いんでしょうかね、何かもう哀しくなってしまうんですがこんな事で哀愁とか漂わせたくないんですけどその辺りご配慮願いたい。
「なっ……何よ。」
へっ!?
何だったの今のは、俺の呼び掛けに雪ノ下さんはその強めていた眼力を不意に弱めたかと思うと、そっと視線を俺から逸したうえに在ろう事かその頬の朱色を更に深め、そして止めとばかりにちょっとしおらしくめの弱い声音で返事を返してきた。
言ってしまおうか、今の雪ノ下さんの表情と声音を俺は甚だ不本意で不覚だったんだろうが“メッチャカワイイ”とか思ってしまった、思ってしまったんだが。
「ぬっ!?」
その時俺は急に何処かしらから殺気と言うか寒気と言うか怒気と言うか怖気を感じされる気の様なモノを感じてしまって俺は、キョロキョロと辺りを見渡して見るが今此処には俺と雪ノ下さんの他には藤堂さんの姿しか見留められない、変だな気の所為だったのか。
「だから何なのよ君は、何か話があるんでしょう早く言いなさいよ。」
此方から話し掛けたにも拘わらず、その話の続きを話さずキョロキョロとしだした俺に焦れたのか、雪ノ下さんに話を促してくる。
まぁそうですよね此方から振ったんだから当然っちゃ当然の事ですしね、しかし何だったんどろうな今さっきの異様な感覚は。
「はぁ、すいません。」
気になるのは気になるんだが、その思いってか感覚は取り敢えず一旦放り投げて今は本題の方を優先しないといかんだろう。
「あのっすね雪ノ下さん、闘う前に雪ノ下さんが言ってた事なんですけど。」
そう、俺は彼女ことの最初に提案してきたあの事を告げようとしたんだが、流石は雪ノ下さんと言うべきかなその一言のみで俺の言いたい事をあっさりと察した様だ。
ほんの一瞬だけその眼光を鋭くし直ぐにその力を抜くと彼女はちょっとイジケた感を声音に現して返答を返す。
「で、君は私に何を望むのかな、まさか公衆の門前で口にするのは憚れる様なアダルティな要望とかして来ちゃうのかな〜ぁ、どうしよっかなお姉さんはそう簡単には落とせ無いゾ!」
しかも何か俺の事を誂う様な言い回しまでして来るし、でも其処に何となくだが少しだけ虚勢を張っている様にも感じられるのは俺の気の所為って訳でも無いと思うんだが。
「はぁ、いやはぐらかさないで下さいよ雪ノ下さんだって本当は解っているんですよね。」
確かにさっきの雪ノ下さんのちょっとしおらしい態度にはドキムネしそうになった事は否定のしようの無い事実ではあるんだが、同時に感じた複数の脅威感のお陰でそれもすっかり醒めて今の俺は非常にクリアだ、いやマジあの驚怖を前にすりゃ一色○珠だって一発で醒めちゃうまである。
「…………だから何よ。」
プイッと俺から態とらしく視線を逸す雪ノ下さん、やっぱり解ってらっしゃいましたね。
俺は道場の板張りの上に座り込む雪ノ下さんと目線の高さを合わせるべく、道場に正座を以て座り込んで続ける。
「ふぅ、やっぱりでしたね、あぁええっとだからですね、雪ノ下さんに俺の望みを伝えたいと思います。」
雪ノ下さんが俺達と、いやより正確には俺と雪乃とを離したいと思っている事はさっきの要望から判っているが、それでも俺はその彼女の欲求を認める事は出来ない、だから俺は……。
「先ずはっすね雪ノ下さん、どうか俺達と雪乃との関係を認めてもらいたいんです、何よりも雪乃にとって大切な家族である貴女にですね。」
背筋を伸ばし居住まいを正して冗談やネタは封印し俺は、心からの己の思いを言の葉に乗せて雪ノ下さんに伝える。
雪乃の御両親も結衣の御両親もいろはの御両親も俺達の事を認めてくれているしウチの両親と小町もそうだ(ただ一色パパと由比ヶパパはやはり娘の事が心配ではあるだろうし可愛いし愛おしい思いが強くまぁ多少俺に隔意があるがな)だから雪乃の姉の雪ノ下さんにもと思うのはやはり俺の傲慢かも知れんがな。
「……んで……み…のよ……」
俺の要望を聞き終え雪ノ下さんは暫し俺の顔をロック・オンしていたが、ふとその視線を外し軽く横を向いて俯向くと小さな声でボソリボソリと雪ノ下さんは何かを言っている、だがその声は小さく囁やきレベルの音声で俺の耳にはその全てを聞き取れ無かった。
だから俺は思わず「何を言っているんですか」と彼女に問い返し答えを促したんだが。
「あーっもうッ、だからッ何で君なのよッ!」
まるで瞬間湯沸器の如くに突然沸点を突破したかの様に雪ノ下さんは、そりゃもう頭の上から何処ぞのボイラーの昔のテレビコマーシャルよろしく蒸気でも吹き出しそうな勢いでそう宣う。
「はい!?あの、この場合の何で俺なのかってどう言う意味でしょうか。」
雪ノ下さんが苛立ちを込めて叫ぶ様に紡ぎ出した言葉は何か幾つかの解釈が出来そうな問だったから、俺はそう問い返してみたんだが実はちょっと虚を突かれた様な反応になってしまったのはご愛嬌って事で。
てか俺に愛嬌なんてモノがあるのか、いや無いよな百バー無いわ、だがまぁ比企谷家としては俺には無いその分が小町に確りと行き渡ってるからな、まぁ良しとするかってそれよりも今は雪ノ下さんだよ。
「……何でよ、ねえ比企谷君、君には雪乃ちゃんだけじゃ無くてガハマちゃんや一色ちゃんだって居るでしょう。」
「なのに何でその中に雪乃ちゃんまで加えないといけないのよ!?」
「っ………。」
強く、そして必死さを滲ませた雪ノ下さんの言葉を受けて俺は思わず言葉に詰まってしまった。
何故かってそれは何れ誰かに指摘、否指弾されても可怪しくはないんじゃなかろうかと俺自身でも思っていた事柄でもあるからだったから。
「そりゃあ人の恋愛事情なんて他人がとやかく言う事じゃ無いんだろうけど、けど雪乃ちゃんは他人じゃ無いどころか私にとっては何者にも代えられない大切な妹なんだから!」
「はいご尤もで御座います……。」
雪ノ下さんが今言った事に対しての反論する言葉の持ち合わせは相悪持っちゃいない、なので俺はそれに尤もだと素直に頷かざるを得ない。
まぁ、俺がそれに同意したからと言って其れが雪ノ下さんの感情に然程の影響があるとは思わんけど。
「ッ!、そんな口先だけで簡単に同意とかしないでよッ、本当に完全に解ってるって訳でも無いでしょう君はッ!」
怒りの籠もった、いや怒りの化身と化したかの様な雪ノ下さんの激しい言葉が俺を直撃して来る、確かに雪ノ下さんの言う通り俺は彼女の思いの丈の全部を理解出来ちゃいない。
「雪乃ちゃんの事を誰よりも一番に出来て無い、他の二人の同列扱いにしかしてないクセにぃッ、そんな君に雪乃ちゃんは相応しく無いんだよ、雪乃ちゃんに相応しいのは雪乃ちゃんの事を一番に思える者だけなんだよ、そう雪乃ちゃんに相応しいのは誰よりも雪乃ちゃんを愛している私なんだよッ!私がこの世で一番雪乃ちゃんを幸せにしてあげられるんだからぁッ!」
道場に響き渡る雪ノ下さんの心の奥深くに秘められていたであろう本心からの叫びに、俺はひどく圧されると同時に呆気に取られてしまい呆然となり放心しそうになってしまった。
えっ何!?どう言う事なのん?
えっと、つまりは雪ノ下さんは妹が大好きな千葉のシスコンお姉ちゃんであるわけだ、うんそれは闘いの最中に薄々感じていたよ八幡ってばさ。
だから雪ノ下さんが雪乃の事を大事に思っているって事は俺にも小町って愛妹が存在してるから解るし、その幸せを願っているよ。
だからそんじょそこらの有象無象には絶対にやらんぞとかつまて俺も親父も思ってるし、何なら親父なんかは一生嫁にはやらんとかガチで言ってるまである。
まぁ俺としてはロックの奴になら安心して任せられるかとは思ってるけど、こればっかりは本人達次第だし俺がとやかくは言えないけど……其れは関係無いから取り敢えず置いといてだ。
「あの雪ノ下さん、点かぬ事をお聞きしますけどもしかして雪ノ下さんは雪乃に対してある種の恋愛感情的な気持ちが有ったりとかしてますかね。」
まさかとは思うが、思うんだがそれを俺は聞かずには居れない、願わくば違っていて欲しいと思いながら俺は切り出した。
「勿論そんなの当然でしょう、何たって雪乃ちゃんは世界一、ううん宇宙一可愛いんだから。」
グッと拳を胸元に添え声高らかに宣言する雪ノ下さんに更に呆けさせられてしまい、俺は数秒間沈黙し。
『『『「えっええぇェッ!?」』』』
と驚愕の声を上げてしまった、そして何故か不思議な事にその俺の声に複数の声がスピーカーの如く重なって反響して聞こえてきたんだが、一体何がどうなっているんだよ。
まさか知らぬ間にエコーズa○t2に文字を貼り付けられたのか、スタンド攻撃受けちゃってたの俺ってば!?
何てボケて見たけど実際はどう言う事か解りましたよ俺、道場と屋敷の廊下とをを仕切る扉(襖)の向こうから聞こえて来るのはた三人の少女達の声だ。
その向こうで何やらボソボソと『あっちゃー』だの『バレちゃったかな』だのと言う声が漏れ伝わる、うんそうですねバレてしまいましたよ君達。
てか何時から此処に居たんですかね君達は、もしかして俺の鼻血ブーも観ていらしたんでしょうかね。
「アハハハ……いやぁバレちゃいましたね、雪乃先輩、結衣先輩。」
「ええ………はぁ。」
「いゃさあアレはしょうが無いよ、まさかあんな事聴いちゃうなんて思ってなかったし、てかハッチンやっはろー!後でちゃんとお話しようね。」
オーマイガッ!どうやら思いっ切り観られていた様ですネ。
一見結衣もいろはもにっこり笑顔に満面の笑みを湛えている様に見えるが、その目はどうやらハイライトさんが天の岩戸に御隠れあそばされているようでいらしゃり、俺の背筋に悪寒と戦慄とが疾走っているしこれはどうやら不味い事になりそうだな。
しかしこれは参ったな俺は今の所残念ながら遺言状と辞世の句の用意はしていないんだよな。
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やはり最後に現れた大物が全部を持っていくのは間違っている。
チョロチョロチョロ……カツン、カココン……と静まり返った道場内に(此処からだと少し離れてるんだろうが)この藤堂家の庭内に設えられていると思われる池の鹿威しが石を叩く音が木霊する。
そう言や藤堂さんが言ってたっけな、お母さんとお姉さんが舞踊とかお茶とかの教室やってるって、その関係でもしかしたら庭園的なものを設えてるのだろうか、あらやだ風流。
暦の上ではもう秋とはいえどもまだまだ暑い日は当分続くであろう八月の下旬のお昼前、古くから日本の夏を彩る風物詩たる風鈴の涼やかな音やこの鹿威しが奏でる質素でありながら侘び寂びと言うものを感じさせる渋い音がこれもまた実に風流で、思わず一句詠んでみたくなるのはやはり俺の中の日本人としてのアイデンティティが為せる技か。
と、冒頭からこの様に現実逃避をしてみた訳だがそれは何故かと言うと、其処の所は前話をご確認頂きたい。
さて本日俺は雪ノ下さんからの挑戦を受ける形でこの藤堂流道場へと馳せ参じた訳だが、格好つけで馳せ参じたとかって言ったが本当はただ来訪しただけなんだけどっとまた脱線してしまったわ、八幡ったらうっかり。
まぁその雪ノ下さんとの闘いも終わり何だかんだと話をしていたところへ、何時の間にやら知らんけどこの場に駆け付けて居た雪乃と結衣といろはが合流し、俺と雪ノ下さんと藤堂さんの三人だけしか居なかったこの場の人数は一挙に二倍の六人となり、人口密集率も跳ね上がってしまった。
まるで国土の狭い我が日本国の住宅事情をそれは恰も体現しているかの様だ、ってそれ程大袈裟なモンじゃあねぇだろうがッ!
今現在この道場にて雪ノ下姉妹が正座にて着座し1メートル程の距離を置き互い正面から向き合っているのだが。
「…………。」
「…………。」
二人共何を言うべきか、どう向き合うべきかを思案しているのか先程から数分間ばかり沈黙してしまっている、雪ノ下さんは己の妹に対する愛の告白をまさかその意中の愛妹に聞かれていたなどとは梅雨ほども思っては居なかったからだろうか、何だかバツが悪そうに曖昧な笑みを浮かべしきりに頭をポリポリと掻いているし。
対して雪乃の方はと言えば………いやもうね本当にねその心中たるや戸惑いとか困惑とかそんな思いが綯い交ぜで一言では言い表せないだろう、だってそりゃりあんたしょうが無いでしょう(こう言うと自分で言うのはちょっと面映いが)自分と懇意にしている男子と自分の姉が闘った上にその後の会話の流れで、その姉がまさかの己に対しる愛の告白を臆面もなくブチかましたんだからね。
家族としての友愛とか慈愛とかでは無く恋愛的なLOVEな想いを、だからなぁコレは何と言うかアレか例のポリ○レってヤツなのかなマイノリティにも配慮します的なエピソードを差し挟む的なモノなのか、違うよな!?
おっと、思考が暴走してしまったみたいだな大変失礼。
話を戻そう、今の雪乃は正気を保つのにも一苦労だろうかもな、まさか身内が『世界の中心でアイをさけぶケモノならぬ、道場の中心で愛を叫ぶ姉』だからな、そりゃあ雪乃にしてみりゃスタンドも月までぶっ飛ぶこの衝撃状態で精神的インパクトもデカイよな、その威力たるやサードやフォースなんてものは可愛いモンで因果地平の彼方で消滅するレベルまである。」
そんな他愛も無い事を連連と考えていたらいきなり俺の両脚の太腿に鋭い痛みがズキンッと疾走ったッ、それは俺の両隣に並び正座を崩した所謂女の子座りの体勢でこの道場の板張りに座り雪ノ下姉妹の様子を見守っている二人の少女が思いっ切り俺の太腿を抓りあげたからだ。
「もうはちくんはッ!こんな時にアホなネタとかいい加減にして下さいっ、馬鹿じゃないですか死ぬんですか、恥ずかしいからそう云うのは時と場合を選んでからにして下さい。」
「本当だよハッチンは、あたし達の大切なゆきのんがお姉さんと大事な話をしようとしてんだからちゃんと見守ってあげなきゃだよ!」
毎度の事ながら俺はまた心の声をダダ漏らせていたらしい全く成長しないよな我ながらさ、あんまりパターンばっかりやってちゃ
ロボットアニメだって四十年以上前にパターン破りをやってんだからね、いい加減成長しようぜ俺っ、て何をだよあとメタ過ぎ。
「うっ、なんかすんませんでした。」
見目麗しき二人の姫君よりのお怒りの苦言と忠告に俺は逆らうことなぞ出来よう筈も無く素直に謝罪する。
謝る事に関しては俺は最強の男だからな故に『東西南北中央謝罪・ゴメンネチバ』の称号を得られるまである。
悪いことをしたらちゃんと素直に謝るこれ大事、そしてその失敗を活かし同じ過ちを繰り返さない事これも大事、ああ何か出来るかな俺。
「全く他人事じゃ無いんですよ、この件に関しては私達も間違い無く当事者なんですから、今はちゃんとお二人の事見守らなきゃですよ分かってますか……まあでもこんな場面で無ければはちくんのそんなお馬鹿さんな所も好きなんですけどねぇ。」
いろはの発したグウの根も出ない程のド正論に俺が返せる言葉はどこにも存在してい、と同時に最後にちゃっかり俺を擁護する発言をも付け加えてくれるいろは姫は何ともいたずらっ子な笑みを湛えている、何なのこのあざと可愛すぎる生命体は天使かな。
まぁいろはが言う様に時と場合を考慮して、そこいらの事は後でって事で今は雪乃達の方を気に掛けないとだよな。
故に俺は無言で頷きひとつ入れると雪ノ下姉妹の動向に目を向けてみる。
雪ノ下さんの先の愛の告白は置いて、何があったかは知らないが雪乃の方は些かばかり雪ノ下さんに対して隔意と言うか何某か思うところがある様だからな、この機会にそう言った蟠りを解き解してもらいたいものだ。
「……あっ、その………。」
躊躇いに躊躇いを重ねて漸く雪乃がその重い口を開いたかと思えば、その後に続く言葉が見つからないのか再び彼女は口を噤みまたしても長考に入った様だ、持ち時間は余り残ってないんだが雪乃は大丈夫だろうか。
そんな雪乃の様子に雪ノ下さんはワクワクとドキドキ、そして若干の不安とが入り交じった様な何とも複雑な表情で雪乃が紡ぐ言葉を待っている、ような気がするってか多分それで有っていると思うんだが。
「……姉さん、私は幼い頃は常に姉さんに憧れ目標にして来たわ。」
そして雪乃はやがて意を決したか静かにその胸の内を語り始めた、その言葉に雪ノ下さんは嬉しさからピクンッと身体が反応し、喜色を顕した面貌に口元がちょっとだらしなく緩んでし今にも鼻歌でも歌いそうな雰囲気を醸してる、大好きな妹にそんな事を言ってもらえて嬉しさが大暴騰してるのかな。
「常にどんな事でも姉さんは私の二歩も三歩も先を歩いていて、勿論姉妹なのだし年齢差が在るのだからそれは当然なのだろうけれど。」
うんうんと頷きながらニッコリと微笑む雪ノ下さん、其処にはまるで見えない尻尾を振り見えない狐耳をピコピコさせる雪ノ下さんの姿が幻視出来る、余程雪乃の言葉が嬉しいのだろう。
紛うことなき『千葉の姉、妹大好き此処に極まれり』を地で行ってる雪ノ下さんに俺はちょっとしたシンパシーを感じているが、流石に恋愛的な感情まで抱いては居ないからある意味雪ノ下さんは俺よりも二歩も三歩も先を歩いている。
否その道を追う気は俺の中には1ミリグラムたりとも存在しないがな、本当だよマジでこの件に関しては嘘や誤魔化しなどしないから。
「けれど、私も年齢を重ねる毎にその年齢だった頃の姉さんと自分とをどうしても比較してしまって、その域に達する事の出来ていない自分が不甲斐なくもあるのだけども、其れ以上に姉さんに対するコンプレックス、劣等感を掻き立てられてしまって私は何時しか姉さんに対して自ら壁を作ってしまっていたわ。」
ああ、その辺りの事は以前に雪乃から聞いた事があったっけな、その気持ちは少しばかり俺にも理解できる。
兄貴達と出合い、テリー兄ちゃんから闘う術を教わっていく中で俺よりも二年早くから鍛錬を始めたロックに対してそんな感情を抱いた事があったよな。
それは同い年で同じ師の元で学ぶ間柄だし、尚且幼い子供だからってのもあったんだろうけど俺の思いは何時しかそう言った
テリー兄ちゃんもロックも二人共互いに壮絶な過去を背負っている(それはアンディ兄ちゃんもだが)にも拘わらず二人ともその過去の怨讐を超えて血の繋がりなど無くとも家族として確かな絆を育んでいるんだ、そんな姿を目の当たりにしてしまっては嫉妬なんてちっぽけな感情に何時までも囚われてる何て馬鹿馬鹿しい事だ。
何よりも大きかったのはみんなの為人にあったんだけどな、兄貴達は強くてそして優しく暖かな人達だし嘗ては復讐に身を焦がし修羅の道を歩んでいたとは思えないほどだし、ロックもまたその辛い生い立ちを乗り越えテリー兄ちゃんの薫陶を受けたのか或いは生来のものか、不器用ながらも優しさを備えている。
『八幡は俺のファミリーだ』まだ辿々しい日本語で俺を毛嫌いするクラスの連中に力強くそう断言してくれた、あの時から俺はアイツと本当の兄弟になれたんだと思う。
とまぁ、俺のことを連連と語ってしまったが雪乃は果たしてどうなんだろうかな、叶うことなら姉妹の蟠りが解ければと俺は思うけど、雪ノ下さんの雪乃に対する想いはちょっとアレだから難しいってか厳しいかも知れんな。
「うん、それはお姉ちゃんも薄々感じてはいたんだよ、だからねだったら私はそんな雪乃ちゃんのその気持ちを利用して雪乃ちゃんを奮起させる事が出来たらなって、お姉ちゃんに追い付き追い越そうってそう雪乃ちゃんが思ってくれたらなって思ってたんだけどね。」
「ええ、けれど私はあの件以来他者に対して心を閉ざしてしてしまったわ。」
あの件か、それは例の葉山が絡んでいたってヤツなんだろうな、雪乃が人気者の葉山と幼馴染の関係だって事と雪乃自身の可愛さに嫉妬した女子連中からのやっかみによる排斥行動、しかしその事を知った葉山が中途半端に介入した為に更に雪乃はそれ以降頑なに心を閉ざし、敵対者に対し己の持てる智と武とを駆使し殲滅していったと言う。
「ごめんね雪乃ちゃん、お姉ちゃんその事に直ぐに気付く事が出来なくて、あとから知って私は隼人やその連中をきっちり締め上げてやったけど、雪乃ちゃんからしてみれば今更遅いってものだったよね。」
雪ノ下さんが葉山や雪乃を敵視していた女子達を制裁したってのも聞いた事がある、けどそれは雪乃からして見れば自分が出来無い事を雪ノ下さんが颯爽と登場しては華麗に解決してしまったって訳で、更にコンプレックスを重症化させる結果になったって話だったな。
「それに雪乃ちゃんが私に対して劣等感と隔意をを抱いているのも何となく解ったからさ、だから敢えてお姉ちゃんは雪乃ちゃんを焚き付け挑発する様な態度を取ったんだけどさ、それも巧く行かず雪乃ちゃんとの溝も却って深くなって結果は逆効果になっちゃったんだよね。」
「其れは私が姉さんの真意に気が付かなかったから、私の成長を促そうとしてくれていた事に自分の事で精一杯だったあの頃の、いいえ八幡君や結衣さんやいろはさんと出合って共に行動をする様になる迄私はちっともそれに気付け無かったわ、ごめんなさい姉さん。」
頑なに他者を受け容れず敵対者は力で排除する、そんな態度の雪乃に周りは腫れ物を触る様に或いは居ないものとして扱われる様になり居場所を失った雪乃はアメリカへと渡る事となってしまった。
「そんな謝らなくても良いんだよ雪乃ちゃん、あの頃は私もまだ小中学生で小癪なだけの小娘だったから上手いやり方が出来なくて雪乃ちゃんを追い詰めちゃったんだから。
でもそうなんだね、私が長年出来なかった事を比企谷君達がやってのけたんだね。」
僅かに口惜しさを声音に滲ませ雪ノ下さんはそう締め括る、それは彼女の俺達への嫉妬心を多分に含むが故に漏れ出た思いだろう。
「ええ、みんなとの出会いがあって共に過ごした日々の積み重ねがあって今の私が居るの、ほんの一年半程の時間だけれど、その僅かな時間が私に大きな実りを与えてくれたのよ。」
そっと目を閉じ静かに微笑み、さも大事な物を仕舞い込んだ心の宝石箱を愛でるかの様に雪乃は己の胸元に両の掌を添える、俺と結衣といろははその雪乃の横顔に暫し見惚れてしまっていた。
それだけ俺達には雪乃が気高く美しく輝いて見えたからなんだが、それは雪ノ下さんも同様であった様で彼女の表情はある意味残念な感じと言える程にだらし無く蕩けきっている、まぁ解りますよ今の雪乃の美しさは破壊力抜群でしたからね、まさに100メガショーック!!
「……あの陽乃さん……。」
俺達と共に雪乃に見惚れていた結衣だったが、彼女は俺達の中で逸早く我に返ると静かに口を開き雪ノ下さんへ話し掛けるが、直ぐにまた口を閉じた。
それはおそらく雪ノ下さんに対して何をどう伝えるべきかと心の内から彼女なりに適切な言葉を探しているからなのだろう、雪乃に勉強を教わりせいせきこそ向上してはいるものの結衣の語彙は然程多くはないからな。
「ん、何かなえっとガハマちゃんだったっけ?」
顔はニコニコと笑顔を拵えちゃいるけど雪ノ下さんの結衣へと返答する声には何処かしら薄ら寒い物を感じる、しかも何故だかこの道場内の気温さえもが数度程下がった様にも感じるんだが其処は気の所為だよな、きっと多分。
でもまぁ、雪ノ下さんからするとある意味結衣といろはも恋敵みたいなものだろうし、そんな感情を抱いていてもおかしくは無いだろう。
「あの、あたしってもしハッチンやゆきのんと出会えなかったら多分、ううんきっと今頃はすっごい駄目な子だったと思うんです。
何てかあたしって昔っから優柔不断って言うか自分を持たないってか、周りに流されてえっと…ああそうだ『長いものに巻かれる』みたいな、そんな感じだったと思うんです。
でも今は違います、ハッチンとゆきのんといろはちゃんと出会って自分のそう言う弱い部分を三人が指摘して注意してくれて、そうしてちょっとずつ変わって行けたんです。
特にハッチンとゆきのんはあたしには無い自分ってのを確りと持っててちゃんとしてて、でも何処か抜けてるってか独特すぎてちょっとアレなところもあったりして、そう言う所は案外あたしやいろはちゃんの方が上手く対処出来たりとかしてあたしはそんな三人が大好きで。
えっとそれで、あのだからあたし達ってそうやってこれからも自分に足り無い所を四人で補い合ってきっと上手くやっていけるってそう思うんです。」
若干だが雪ノ下さんの
いや、改めてこんな素敵な少女達が俺なんかで良いのだろうかと思わずにはいられない。
「結衣さん、ありがとう。」
雪乃は顔を横に向け結衣に優しく微笑んで感謝の言葉を贈るり、結衣もそれに応える様に満面の笑みを湛えて『うん』と一言応える、そして太陽君と由美ちゃんが見つめ合い心で会話する様に二人もまた、うんこれぞ正しきゆるゆりの在るべき姿。
『嗚呼、尊い!』と俺は二人の姿に心洗われる思いを懐いたんだが、しかし肝心なのは結衣からその想いを語られた雪ノ下さんだ。
その雪ノ下さんが果たして結衣の言葉に何を思いどの様に解釈し、どの様に返してくるのか此処がある意味正念場ってヤツだろう、雪ノ下さん貴女はどうそれに応えますかね。
「……ふぅ〜ん、あっそう。」
暫しの黙考の後の雪ノ下さんの第一声がそれだった。
彼女のその声音に含まれているモノは侮蔑、いや侮蔑未満の限りなく無関心に近しいモノの様に思える。
どうやら結衣の想いは雪ノ下さんには届く事無かった様だな、彼女のその心を解かし動かすには至らなかった様だ。
「ねぇ、由比ヶ浜ちゃんだったかな、面倒くさいからガハマちゃんって呼ばせてもらうね。」
「あっ、はい。」
雪ノ下さんから呼び掛けられ結衣はその身をピクッと反応させ返事を返す、これから何を言われるのか不安感と緊張感とが彼女にそんな反応をさせてしまったんだろうな。
「何てかさ、物は言いようだよね。」
「えっ!?」
「おやぁ、解らないかな。」
これはやはりと言うべきか、雪ノ下さんはフッと仄暗く嗤いながら結衣へと否これは俺達も含まれるんだろう、反撃を開始した。
「っ……。」 「ふぁっ!?」
俺の両隣、結衣といろはが突如雰囲気を変えた雪ノ下さんに気圧されたじろいでいる、武道の心得の無い者に圧を掛けるとか本当にいい趣味しているわ、もう止めてあげてマジ。
「じゃあ言ってあげるけどさ、互いに補い合ってる何て言えば綺麗に聞こえるけど、要はそれって互いに依存しあっているだけだよね。」
にこやかにそして得意気に雪ノ下さんは俺達三人へと視線を向けながら言う、それは『どうだ反論が出来るのならばやってみろ』と、挑発でもしているのか若しくは『どうだ何も言えまい』と勝ち誇りマウントを取っているのだろうか、だとするとどちらでもちょっと趣味が悪いのと違いますかね。
「ねぇ雪乃ちゃん、雪乃ちゃんもそう思わない?」
雪ノ下さんは己が発したプレッシャーに萎縮してしまった結衣といろはの事を放って、雪乃へと向き直り二人とは違い優しい笑みを向けて同意を求める。
ホントあんさんええ根性してはりまんなぁ、おっとイカン思わずエセな西の方の人に為りかけてしまったわ、テヘペロっ八幡自重……ってキモいな。
「……はぁ、姉さん一つ聞きたいのだけれど。」
「うん!何かな雪乃ちゃん。」
ピンッと見えない幻の狐耳をおっ立てて喜び顕な雪ノ下さんすっげえ嬉しそうに返事してるし、マジどんだけ好きなんですかね妹ちゃんの事。
そんな姉の様子に雪乃は深い溜め息を一つ吐いて額に手を当てた、ハイ出ました雪乃の十八番頭痛いポーズです、まぁ何だ、雪乃さんガンバです!強く生きるんだぞ俺達が影になり日向になり応援するぞ。
「では言わせてもらうわね、それの何処がいけないのかしら。」
声音はさして大きくも無く淡々としたものだが、その眼差しには彼女の意思の力が込められている事が確りと俺達にも伝わる。
「ほへっ!?」
問われた雪ノ下さんは雪乃のその問が意外過ぎたのか、何か気の抜けた声がその朱色の唇から漏れた。
「何処がいけないのかと聞いたのよ、だってそうでしょう現代社会に生きているのなら人は何かしら他者に依存していても何も可怪しくは無いでしょう。」
あくまでも自然体に平常運転で雪乃は姉を見据えそう告げる、別段論破しようだとかやり込めようだとか言う考えは其処には無さそうだ、ただ純然たる現実を語るだけ。
だから俺も。
「まぁ確かにそうだよな、食い物を手に入れるにも米や野菜穀物なら農家の方に生産を依存している訳だし、肉なら畜産農家ってな具合だしな。」
ならばと俺もと、雪乃の言に続けると結衣といろはもまた得心とばかりに相槌を打ち。
「あっ、そっか!」
「ですね、私達が普段身に着けている服だってメーカーが製造して流通に乗って私達に行き渡るんですからね、まあ当然ながら金銭という対価を支払わなきゃですけどね。」
口を開いた俺達を見ている雪乃は一つ頷くと雪ノ下さんへ再度向き直る。
「そうねもう一つ加えるなら、当然聡明な姉さんなら知っているでしょうけれども、この国の食料自給率は四割を下回っているわよね、そしてその不足分を補う為には輸入に頼らざるを得ないし現にそうしているわ、これ即ち食料を他国への依存していると言う事よね。」
「それだけじゃ無いよな、何だったら石油や安価な海外の石炭なんかのエネルギー資源も輸入しているしそれだって海外依存だよな、と言う事はすべからくこの世は依存に依って成り立っていると言っても過言では無いまであるな。」
まぁ、それは多分に国の政策だとか企業の都合だとかが係わっているから実際はそうだとばかりは言いきれ無いんだろうがな。
しかしその俺達の反論に雪ノ下さんはまるで『鳩が豆鉄砲を食った様な』との形容がピッタリ当てはまりそうな表情を顕し絶句してしまった、たが直ぐに気を取り直しちょっとムキになって反論して来る、曰く。
「ちょっと何よそれッ、屁理屈もいい所じゃない社会と個人とを同レベルで語るなんて話の挿げ替えじゃない、それってさ言ってみりゃゴールポストをずらす行為と何ら変わらないじゃないよ。」
だそうだ、まぁそう言えなくも無いだろうけど今の雪ノ下さんのお言葉は悪く言えば負け犬の遠吠えに近いモノだ、だがまぁ案外雪ノ下さん自身も己の不利を理解していて、それでも尚言わずにはいられなかったのかも知れんな。
「姉さん。」
雪乃は微かに微笑みながら気負いも無さげに雪ノ下さんに呼び掛ける、この後に続く雪乃の言葉を聞いて雪ノ下さんはどんなリアクションを取るだろうか。
適うならばこれでこの問答の終止符となってもらいたい所なんだが、どうなるかな終わってくれないかな。
「けれど社会と云うものは大多数の個が集まり集団を形成した上で成り立っているのものよ、私達はその個人の集まりである社会の中の依存と言える事柄を事例として幾つか上げただけよ、なので私達が言った事は何ら間違ってもいないし姉さんが言う様な話の挿げ替えを行った訳ではないのよ。」
「うぐっ………。」
雪ノ下さんは大好きな妹ちゃんにとどめをさされ力無く項垂れた、別に俺としては雪ノ下さんに口論で勝ってマウントを取ろうだとか思っていないから、流石に落ち込んだ女性を見るのはあまり精神的によろしく無い。
何と言っても、俺の本意としてはただ俺達の事を雪ノ下さんにも認めてもらいたいと思っているだけなのだから。
雪乃の反論によって雪ノ下さんは心を挫かれたのだろうか、項垂れたてしまい言葉も発しなくなってしまった。
それは大好きな妹ちゃんを翻意させる事が出来なかった事による失意から来ているんだろうか、まぁ神ならぬ身の俺には人の想いを完全に読み取る事は出来ないんだが多少は推察する事は出来る、ジャンルは違うけど同じく妹を愛おしく思う者として。
なので俺的には彼女に対して『心中お察しします』などと言う思いを抱いている訳なんだが、大丈夫ですか雪ノ下さんなどと声を掛ける事も何だか憚られてしまう小心者な俺。
しかし俺達四人と、その俺達から少し距離を置いてこの一連の成り行きを見守ってくれている藤堂さんを前に沈黙していた雪ノ下さんだったが、何やら次第にその雰囲気が変わり始めた。
小さく、とても小さな耳にはっきりとは捉えられ無い程のボソボソとした呟きが漏れ出し、ソレが少しずつ大きくなり始めそしてガバっと顔を上げると。
「だって雪乃ちゃんお姉ちゃんの事大好きって言ってくれたじゃん!おっきくなったらお姉ちゃんのお嫁さんになってくれるって言ってくれたじゃん!
だからお姉ちゃんは雪乃ちゃんをちゃんと守れるように強くなろうって、そう思って頑張って来たんだよッ!」
『頑張って来たんだよッ、来たんだよッ、来たんだよッ………』と俺達(多分雪乃達もそうだと思う)の脳内にエコーを無駄に響かせる雪ノ下さんの叫び、思わずこの場のみんなが呆気に取られ思考がフリーズしてしまう、それは恰もスタープラチナ・ザ・ワールドが発動し時間停止してしまったが如く。
一秒経過。
二秒経過。
三秒経過。
四秒経過。
たっぷりと言えるかどうかは置いて、四秒程の間固まって居た俺達は時間停止から解かれると速攻で雪乃へと顔を向ける、どうやら今はまだ四秒しか時を止める事は出来……じゃあねぇよ、ある意味暴走した雪ノ下さんの暴露により判明した幼い頃の雪乃の発言が今日の雪ノ下さんの有り様を決定付けてしまった実が判明した訳で、なので徐ろに俺達三人はその当事者たる雪乃へと目を向けた訳だ。
「ゆきのん………。」
「雪乃先輩………。」
「ちっ、違うのよ結衣さん、いろはさんッ、姉さんが言ったのはまだ私が幼稚園児だった頃の話であって、解るでしょうその年頃の子供って頼り甲斐のある人に全幅の信頼を寄せる、貴女達にもそんな経験があるでしょう!?」
あちゃ〜っ、ヤラかしてたんだネと言いた気な表情と声音で二人に呼び掛けられた雪乃は、何とも普段の彼女からは想像も出来無い様な焦りの表情を浮かべると、あたふたと若干パニクりながらそんな言い訳を開陳する。
そんな姿も可愛い、しかし雪乃の言うことも分かる俺ガイル。
何なら我が比企谷家にも大天使コマチエルが降臨しているし、俺や親父はご幼少の砌の小町の『お兄ちゃん大好き、小町大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる』とか『お父さん大好き、小町大きくなったらお父さんのお嫁さんになるよ』の言葉に気を良くしていたものだ。
まぁ最終的には『ロックお兄ちゃん大好き、以下略』となったんだが……。
てか何だよ冷静に思い返して見るに小町ってもしかすると幼い頃から俺達を言葉一つで思うが様に転がしていたんじゃね、大好きの言葉を此処ぞと言う場面で的確に使う言葉の魔術師ナチュラルボーン大好き詐欺師だったのか!?
「アハハハ、まあ落ち着いてよゆきのん……」
否それは違うんだけどな、まぁ話を戻すとしよう、あたふたと言い訳をするする雪乃に結衣といろははそれを宥める様に声を掛け、続けて自身の経験を語りはじめた。
「あ〜、うん小さい子ってさそう言う事確かに言っちゃうよね、あたしもちっちゃい頃パパにそんな事言った事があるみたいでさ、あたしがちょっとパパウザいとか言うと何か涙目で『結衣は小さい頃はパパのお嫁さんになってくれるって言ってたのに』とか言って悄気るんだよね、そんな小さい時の事とか覚えてる訳無いじゃんね。」
「確かにですよねぇ、まあ私は多分うちの父にそんな事言った記憶はありませんけど、身近に居る異性に頼り甲斐や親愛を感じて好意を抱くってよくある話ですよね、所謂小さい女のコあるあるですよねそれって。」
二人の言葉に意を得たのか雪乃の表情には安堵の色が現れた、雪乃としては心底ほっとしたってところだろう。
「でもさ、まあゆきのんには悪いかもだけどさ、お姉さんにそれはあんま聞かないよね。」
「ですね、私もそれは聞いたことがないですし、それを真に受けるお姉さんってのもちょっとアレですよね。」
「ええっ!?そんな……結衣さん…いろはさん……」
だがしかしその後に続く言葉は雪乃に取っては甚だ不本意で尚且信じられないお言葉だった様で、うるっと絶望感を漂わせた目尻に微かに光るものを滲ませている、どうにも二人の同志のフレンドリーファイアに雪乃は絶望した様だ。
「ちょっと君達さあ、そんな自分達の狭い価値観で私達の事を論じ無いでくれないかな、それだけ私達姉妹の絆と想いは固く結ばれていたって事の確かな証なんだから他人にとやかく言われる筋合いは無いんだけど!」
しかしそんな妹の窮地にこのシスコン姉ちゃんが黙っている筈も無く、絶望に打ち拉がれる妹を援護すべく雪ノ下さんは立ち上がり喧々囂々たるガールズバトルが勃発し、道場内は姦しさを増す。
まさに字の如く女三人寄ればで、俺はそれ様子を産まれたての子鹿のように震えて見ている事しか出来ないでいる。
『あぁ、もう誰か止めてくれ』と願う事しか出来ない俺は、この成り行きを静かに見守る藤堂さんに救いを求め視線を送るが、俺の視線に気が付いた藤堂さんはニコっと穏やかな笑みを浮かべるだけだった。
使えねぇ〜、何て失礼な事を内心に思った俺たがコレは悪く無いだろう、いや悪いのだろうがそう思ったとしてもこの場は已む無しだろう、と思う。
「ですけど女性同士じゃ子供だって授かれないんですよ、なのではるさん先輩の雪乃先輩への想いは不毛だと私は思いますけどね。」
「そうですよ、それに陽乃さんとゆきのんは家族なんですから結婚なんて出来っこ無いし!」
「なによ、そんな逆境なんてあたしの想いの力でどうとでも捻じ曲げてでもふきとばしてでもやって見せるわよ!」
尚も続く女の闘いに辟易としながらも打開策が浮かばない俺はただただ黙って事の成り行きを見ているしか無いのかとあきらめムードを漂わせていた、だって仕方が無いよな女性陣怖いし、超怖い。
しかしそんな俺の願いが天に届いたのか遂に俺の前に救いの神が降臨された。
それは襖の戸板が滑り開かれる音を響かせて顕現された、鋭い眼光を輝かせ結い上げた和装の髪型と和服姿の淑女の姿を以て我等が前に現れし神。
「貴女達、もう其処までにしておきなさい。」
凛と響く声音を以て一言の元、姦しく言い合う少女達を窘めるその挙措はまるで大地割りそそり立つ姿の如く大いなる威厳を感じさせる。
「なっ……母さん……何でッ、どうして此処に母さんが居るの?」
そう誰あろう、それは紛れもなくこの場に居る二人の姉妹の母である『ままのん』事、雪ノ下母乃さんであった。
雪ノ下さんはその姿に恐れ慄きながらも何故にままのんがこの場に現れたのかと言葉に詰まりながらも問う。
「何でと言われても、陽乃貴女が八幡君を相手に何やら善からぬ事を企んでいるとの情報を得たので雪乃達と此処へ訪れたのですよ。」
シャンと姿勢正しく佇みつつも右手を突き付けてままのんは雪ノ下さんの質問に答える。
「えっ何、どう言う事……まさか比企谷君が母さん達にッ!?」
キッと俺を睨む雪ノ下さん、だが俺には何の見に覚えも御座いませんでして、それは濡れ衣と言う物なのですが。
俺は首を横にフルフルと振り否定するのだが「じゃあ誰が言ったのよ」とキチンと見の証を立てなければ信じないぞと俺を睨めつける。
そんな雪ノ下さんのお怒りの状況にビビリつつもおずおずと手を上げて結衣が名乗り出て話始めた。
「あの、実はあたしがハッチンに朝から電話掛けてたんですけど、ハッチンが電話に出ないから小町ちゃんに連絡取ってみたんです、そしたら藤堂さんの道場に行くって言って出ていったって聞いたからゆきのんに連絡して……。」
「それで、私も朝から姉さんが都筑さんに車を出してもらって出掛けて行ったのをたまたま見掛けたからもしかしてと思って帰ってきた都筑さんに問い質したのよ。」
結果俺と雪ノ下さんが手合わせをするこ事を知り、そして結衣といろはとも合流して此処へとやって来たと言う訳だったのですね、八幡解りました。
「ですがまさかこんな事になっていようとは思っても見ませんでした、ごめんなさい八幡君、うちの娘がご迷惑をお掛けしました。」
事の顛末を明かし俺に謝罪までしてくれたままのんはに俺は極ありきたりに、気にしていませんからと差し障りの無い返事を返すのが精一杯だった。
何と言っても今回の雪ノ下さんの行動とか今までの言動とかには母親として思うところが多々あるのだろうと、人の親ならぬ身の若造の俺にはそんな想像を働かせる位が精々だからだ。
深く頭を下げた後、その頭を上げままのんは次いで未だにままのんの予想だにしなかった登場に慄く雪ノ下さんへと向き直り関係の無い俺でさえもが凍て付くほどに底冷えする様な冷徹なる声音を以て告げるのだった。
「さて陽乃、貴女は普段から私や父さんの手伝いを良く果たしてくれて居ますし、雪ノ下家の家名に泥を塗る様な真似をしないのであればある程度の自由は許すつもりでいましたけれど。」
雪ノ下さんを睨みつつお小言を言い聞かせ、俺を始め高校生組が予想だに出来なかった否、雪乃は知っていたかも知れないが、強烈なプレッシャー。雪ノ下さんへと浴びせ掛けると堪らず雪ノ下さんは。
「ひッ……。」と小さな呻きを漏らし後ずさる、まさか俺を相手にあんな死闘を繰り広げた雪ノ下さんがこんなに怯えるとはな。
「貴女にも抱えている思いも在るでしょうが、しかし流石に血を分けた実の妹に懸想するなど以ての外です!」
ズビシッと人差し指を雪ノ下さんに突き付けて恰も弾劾するかの様に、いや紛れもなく弾劾してるんだけど、ままのんは母親として雪ノ下さんを正道へと戻そうとしているのだろう。
「……でも、だって私は……。」
「デモもだってもありませんッ、それに何ですか先程貴女は雪乃達の事を共依存だの何だのと蔑む様な事を言っていましたけれど。
気が付いていますか陽乃、何よりも誰よりも貴女自身が雪乃に対して心底から依存しているではないですか。」
「……わ、私が、依存して、る……」
そうですよね雪ノ下さん、貴女ままのんが仰る通り雪乃に依存してますよ、自覚が無かったんですかね。
さっき自身で言っていましたよね雪乃が自分を慕ってくれている事が嬉しくて強くなろうと頑張ってきたって、それって明らかに雪乃の存在を依存の或いは極端に言い換えると信仰の対象としているとも言えるんじゃないですかね、まぁその辺は何とも言えんが。
「そうです、はぁ何と言事でしょう本人に自覚がまるで無かっただなんて。」
ままのんの嘆く姿を雪ノ下さんは戦々恐々として眺めやる、まるでそれはこれから何やら我が身に恐ろしい事が起こる事を危惧しているかの様に。
「貴女をそんな歪んだ娘に育ててしまったのは私自身の不徳とする所なればこそ、その間違えは己自身で拭い糺さなければなりませんね。」
篤々と己の非を口にし反省の弁を述べるままのんと、そのままのんを驚怖に慄きながらその一挙手一投足を見つめる俺達と雪ノ下さん。
「……あっ、あの、母さん!?」
ジッと口を噤み座った眼光を雪ノ下さんへと注ぎ、それは決意を固めた母親の強い意志の力を映し出しているのか、そんな母親の姿を固唾を飲んで見やる雪ノ下さん、その心境は十三階段を登り行く死刑囚の如しだろうか。
「ここは一つ私自身が貴女を再教育を施さなければ成らぬ様ですね。」
「へっ、いや、あの母さん……私もほら、もう二十歳になった事だしさその辺りはもうじゅうぶんかなって……。」
「あら、何を言うの陽乃、大丈夫です安心なさいふふふ……私とて嘗ては香澄ちゃんと共に藤堂のおじさまから藤堂流古武術を学んだ身、貴女の躾程度何程の事もありませんよ。」
「嫌ぁァァーっ、それってちっとも安心出来ないんですけどぉ〜っ!?」
和服の袖を捲り右腕を晒して五指をメキョメキョボキボキとさせながら凄みを発する母親の姿に心底恐怖を掻き立てられ後ずさる雪ノ下さんを追いその襟首を引っ掴みままのんはホホホと咲いながら道場を後にする。
道場を出る前に一度此方を振り向くとままのんは、フッとその固かった表情を解くと。
「それじゃあ私達はこれでお暇しますね、香澄ちゃん今日はうちの娘の我儘を聞いてくれてありがとう。」
「ふふふ、構いませんよ二人共またいらしてね。」
気さくな態度で互いに別れを告げるままのんと藤堂さん、長い時を友とし友誼を結んできた二人にはそんな態度でも解り合える絆の深さが窺える。
そしてままのんは次に俺へ向かい一つ頭を下げて、言葉をかけてくれた。
「それと八幡君、貴方には多大な迷惑をお掛けしました、そしてこの馬鹿娘の相手をしてくれて本当にありがとうございます。」
「あっ、はい……いいえそんな俺は別に改めて御礼を言われる様な事はしてませんから、どうかお気になさらずに。」
「フフっ、そうなのですか、私達は此れで失礼しますけど後は貴方達四人で確りと話し合う事ですね。」
「……うっす。」
ままのんは俺の余り行儀の良くない返事に頷くと『では』と一言告げて道場を後にして行った、長かった様で過ぎ去ったら、やっぱり短くは無い雪ノ下さんとのイベントはこれにて終了と相成ったのだが。
しかしままのんは最後に俺に置土産を残してくれた訳で、どうやら俺にはこの後もう一波乱が待ち構えているのは確実で、嗚呼なろう事ならば透明人間にでもなってこの場をエスケプりたい。
しかしそんな願いが叶う訳は無く、俺にはママより怖いお仕置きタイムが待っている事なのだろうな。
この後、三人からたっぷりとお説教を喰らいました、モチのロンで当然正座で。
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番外編その6 狼達は少年の成長に何を想うのか。
八月某日、千葉村PM10∶00〜ジョー・ヒガシ
夏真っ盛りのこの季節、地球温暖化の影響だのと言われ街場にあってはエアコンが無ければ安眠も出来ぬ程の熱帯夜が続くこの時期でも、青々とした木々も生い茂る高現地である此処は千葉村はそんな街場よりも気温も低く過ごしやすい気候でありこの時間帯ならば寧ろ肌寒くさえある。
そんな中『嵐を呼ぶ男』と呼ばれるムエタイチャンプは前日の夜、弟分とその同級生達と共にとある少女が直面していた思わしく無い状況をどうすべきかを話し合った休憩スペースの木製の長椅子に腰掛けテーブルに両腕を掛け、周囲には遮る人工の輝きがほぼ皆無な為に街場とは違い満天に輝いて見える無数の美しい星空を眺めながら感慨に浸っていた。
それはこの日の夕刻を前に、彼にとっては弟分たる少年比企谷八幡との初めての真剣勝負の様子を思い起こしていての事であった。
「フッ、たくよぉ八幡のヤツやりやがるじゃねぇかよ。」
輝く銀河の星々に向かい、表情にはサッパリとした漢好きのする良い笑顔を湛え爽やかささえ感じられる声音で呟く。
その後暫くの時間彼は無言で輝く星を眺めやっていたが、ふと思い立ち着用している膝下辺りまでしか無いベージュ色の半ズボンのポケットから愛用のスマートフォンを取り出すと、慣れた手付きでそれを操作し彼にとって馴染みの相手である男のアドレスを表示させると、その相手に電話を掛けた。
ごく僅かだが、相手の電話に繋がるまでに時間が掛かってしまったが直ぐに呼び出しのコール音がスピーカーから聞こえて来る。
その回数が五度程響くと相手がその着信を受けた様でコール音が止む、すると幾ばくかのラグをおいて聞き慣れた男の声が受話スピーカーから響く。
『ハロー、よう久し振りだなジョー元気だったか?』
ジョーのスマートフォンから伝わるその声はまるでその人物の為人を現しているかの様な、陽気で朗らかで明瞭な声音で以て響いてくる。
「おう勿論だぜ、へっだがお前ぇも元気そうじゃねぇかよテリー、今は大会の真っ最中なんだろう。」
電話の相手は彼にとってはもう随分と長い付き合いになる、親友でありライバルでもある男。
そして同じ少年を弟分として同様にその少年に対して自らの技を伝える師匠的立場にある男、世界トップクラスの実力を持つ格闘家『伝説の狼、テリー・ボガード』
『ああ昨日予選大会が終わってな今日と明日はインターバル期間で明後日から本大会開始だから、取り敢えず今は部屋でノンビリしていた所さ。』
「何だそうだったのかよ、で、当然お前の本戦出場は確定として他の連中はどうどったんだ?」
セカンドサウスに於いて約十年ぶりに開催されたシングルマッチによる『キング・オブ・ファイターズ』ディフェンディングチャンピオンであるテリーには当然出場のオファーがあり、主催者サイドからは本来シード選手として予選大会の出場は免除されていたのだが本人たっての希望で、より多くのファイターと手合わせをしたいと望み予選大会にも出場したのであった。
『ああ俺は勿論だがロックと北斗丸のヤツも本戦に勝ち進んだぜ、しかもこの大会にはあの極限流の遣い手までもが出てきたんだ、まあ無敵の龍や最強の虎じゃ無いのは残念だけどな、けどそいつと
テリーが心の底から今大会を楽しんでいると云う事がその弾んだ声音からアリアリと伝り、ジョーはそんなテリーの出合った当時から変わらぬ格闘バカっぷりが嬉しく、そして可笑しくてたまらなかった。
「ほうそいつはまた奇妙な偶然ってヤツだな、一昨日八幡のヤツに聞いたんだがアイツの学校の同級生にも極限流の遣い手がいるんだとよ。」
数ヶ月ぶりに電話機を通して互いの近況を語り合う二人、三分程そうやって語り合っていたがやがて其処に何かを察したテリーはジョーに対して本題を切り出す様に促すのだった。
「へっ、やっぱ付き合いも長くなりゃあそれなりにお互い色々と解っちまうモンなんだな、まさかテリーお前ぇ俺の事を愛してるんじゃねぇだろうな!?」
ジョーはそのツンツンと尖って上を向く黒髪をボリボリと掻きながら、自分の思いを察してくれた親友に対してそんな減らず口を叩きながらも、その顔は気持ちの良い微笑みを湛えていた。
『ハハッ、ソイツはゾッとしねえジョークだなジョー、あんまり笑え無い冗談を言うのは止めとけよ受けなかったら自分が惨めになるだけだゼ。』
「チッ、うっせぇなァこの格闘馬鹿アニキはよ。」
『オイオイ、ジョーそりゃあお互い様ってヤツだろう。』
「へっ
その様に気心の知れた二人の関係故の減らず口の叩き合いもこれまでと、ジョーは気持ちを切り替え改めて本題を語るべくその口調と態度を改めるのだった。
それは先程までこの場でジョー自身がこの場を訪れ感慨に浸る原因となった昼間の出来事、それを彼はテリーへと語るのだった。
「……まあ、てな訳であのヤロー最後の最後にパワーゲイザーを俺に
所々オーバーアクションを交えながらもサッパリと清々しさ溢れた声音でジョーが結果を伝えれば、テリーもまたワクワクとした好奇心に満ちた声音で合いの手を入れる。
『へえ、じゃあ結果はドローって事だったんだな、フッしかしやりやがるじゃねえかハチマンのヤツ、ジョーを相手に引き分けに持ち込むなんてよ。』
「ああ、あのヤロー生意気にも成長の足跡ってヤツを確りと俺に見せつけやがったぜ。」
二人共通の弟子であり弟分でもある少年の成長が何よりも嬉しい様で、語る方も聞く方も互いの姿は見えずともその互いがどの様な表情をしているのかがアリアリと脳裡に浮かぶ。
それもまた彼等の長い付き合いの時間で築き上げてきた絆、そして気性、為人を熟知しているが故であろう。
『そうかあれから八年ハチマンも着実に成長してるんだな、ハハッそいつは今から秋が楽しみだな。』
「そうかテリーお前、秋には此方に来る予定なのかよ。」
テリーの語り口から彼が秋に来日予定だと知ったジョーだったが、残念な事にその時期彼は格闘大会出場と教え子達の試合とが重なってる為自身はその時期来日が出来ない為に、久し振りに友と会う機会を失してしまった事を残念に思うのだった。
『ああチョイと日本で、いや千葉でやる事が有ってな。』
「ほう、ソイツはもしかして何かのイベント事に参加するとかって事だったりするのか、今んところ格闘関係の大会があるなんて話は八幡からは聞いてないからな。」
『ハハハッよく解ったなジョー、だけど主催者サイドからは正式発表があるまでは内密にって事だから詳しい事は言えないんだけどな。
まあそこんトコロは置いといてもだがな、俺もロックもハチマンやコマチやヒキガヤの兄貴と姉貴に会えるってのも、やっぱり嬉しいしな。』
来日する度に自分達を家族として迎えてくれる比企谷家の皆の顔を思い浮かべながらテリーが自らの思いを口にすればジョーの方も「確かにな」と返す。
「けどなテリー今回はそれだけじゃあ無ぇんだぜ、聴いて驚けよ!
八幡のヤロー三人の女の子に同時に惚れられて挙げ句に一遍に告られやがってよ、アレには流石の俺様もビックリこいちまったぜ!」
『What!?マジかよジョー、それでハチマンのヤツはどうしたんだよ!』
想像だにしていなかった弟分の色恋沙汰と云う意外な情報にテリーは出歯亀根性を丸出しにして、その情報の詳細をジョーに求めるのだった。
「まあ待てよ、そう慌てんなって今聞かせてやるからよ。」
ジョーの方もまたテリーがその様な反応を示すだろうと予想が付いていた事もあり、そしてジョー自身が騒動事を好む性格でもある為八幡と奉仕部の少女達の事を、そして八幡にとっては初めて得たであろう親友と呼べる存在戸塚彩加の事を嬉々として語るのだった。
『なるほどな、フッ……ハチマンのヤツとうとう逢えたんだなハートで繋る事の出来る仲間ってヤツとよ、しかもあの日俺に花束をくれた女の子達だったなんてな、コイツはまた日本へ行く楽しみが増えたぜ。』
「おう、楽しみにしとけよテリー、みんないい娘達ばっかりだからよ。」
『ああOKジョー、Thanks!、しかしまあアレだなハチマンのヤツがそんな状況になってんなら、そのネタを利用してロックのヤツにもガールフレンドの一人や二人作る様にけしかけられるってもんだな。』
「おいおい、ちょっとからかう位なら構やしねぇんだろうがよ、あんまりやり過ぎると子供に嫌われっちまうから気を付けろよ“オヤジ”さんよぉ!」
八幡に託けて悪乗り次いでにロックをもけしかけようと企むテリーにからかい当て付ける様に、オヤジと言う単語を強調するジョー。
『ハッ!言ってくれるじゃねぇかよジョー、まあ確かに俺はロックの親権を得ちゃいるが気持ち的には親父ってより兄貴って心積りで……ってまあ良いか。
それよりもジョー、結構な時間話してるが大丈夫なのか。』
反論を試みようとするも、サウスタウンと日本との時差などを考慮してテリーはジョーへと問い掛ける。
言われたジョーの方も確かに結果な時間を話していたなと思い至り、スマートフォンのバッテリー残量も気になる頃合いだと判じ話を切り上げる事にした。
「そんな訳でよまた近い内に連絡するからよ、大会精々ガンバっとけよ。」
『ああ、お前もなジョー、それじゃあまたな。』
再会を約して二人は通話を切り、ジョーはポケットにスマートフォンを仕舞うとボリボリと頭を搔く、そしてその表情は何やら気恥ずかしさと言うかバツの悪そうな表情を浮かべていた。
「ふ〜っ、イヤすいません待っていてくれたんすよね電話が終わんのを、静さん。」
そして振り向きもせずにジョーはその
「はい、いえ大切なお話をされている様でしたので、テリー・ボガードさんと話されていたのですね。
すみません私は邪魔をしてしまったのでしょうか。」
ジョーの方からみて彼の背後に当る方向、宿泊施設の方からこの場へと訪れた平塚静は何とは無しにジョーがテリーとの会話を打ち切ったのは自分のせいなのではと推察してそう問いかけ謝罪の言葉を述べる。
「いやっ、そんな
「そうでしたか、なら良かった。」
ジョーは平塚の方へと振り返りながら申し訳無さげな彼女へと答え、平塚もまたその言葉にほっと胸をなでおろすとジョーの元へと近づき彼が座るイスノ対面の椅子に腰掛ける。
二人の間には差し挟まれたテーブルが存在し、それは恰もこの出逢って間もない二人の男女の微妙な距離感を顕していると云う訳では無く、単に二人がこの新たに始まった恋愛に関して案外不器用なだけなのかも知れない。
その証拠に二人は向き合って椅子に腰掛けていながらも、頬を紅に染めて照れ臭そうに視線を逸したり向けてみたりと忙しなく動かし、まともに合わせることを出来ずにいる。
それは恰も付き合いたての中学生カップルの如くある種初々しくもありもどかしくもある、暫しの間続く気不味い沈黙の時。
しかしこれではいかんと意を決しその気不味さを打ち破ったのは、此処は己がリードすべきと決意した(大した決意では無いが)男性たるジョー・ヒガシの方からだった。
とは言えど、やはり照れ臭さが先立ってか意中の彼女のご尊顔を直視出来ず頭を搔きつつのチラ見しながらになってしまっているのは致し方なしか。
「なん
ジョーよりその様に言われた平塚は一瞬はて何の事だと思考を巡らせる、常の彼女であればジョーの言葉の意味に直ぐに気が付くであろうが、十代の頃から憧れていたヒーローの一人でありこの数日間の交流を重ね憧れ以上に恋慕の想いを寄せる様になった男との逢瀬に、何処か浮かれている部分があったからだろう。
「なっ、ジョーさん何を仰られるのですか貴方が格好悪くなどある筈が無いでしょう、寧ろ私は比企谷と相対しながらも彼を教え導く貴方の姿に眞の大人のあるべき姿をまざまざと見せつけられた思いですよ。」
しかし彼女も流石は大人の女性、ジョーの言葉の意味を直ぐに理解し自らの思いを真摯に情熱的に彼へと伝える。
「えっ、いやでもほら俺八幡の奴相手にほぼ負けって言ってもいい位の醜態晒したんすよ、これまで彼奴に技を教える立場にあったってのに。」
「それはジョーさん、貴方やボガードさん達の指導が適切で確かな物であったと云う事を如実に現している事を物語っているのではないですか、御三方の教えを元に比企谷は常に研鑽努力を怠らず遂にはジョーさん……貴方と云う、彼にとってはきっと大きな目標の一つだろうと思いますが、その目標に着実に近付いていると云う事を貴方を相手に示したのですよ、ですから貴方はその事を自らの誇りとして構わない筈なんです。」
「そっ、そうっすか。」
己の事、弟分の事、そして仲間達の事を真剣な眼差しと声音で以て語る美貌の女教師の勢いに百戦錬磨の格闘家たる男が思わずたじろぐ。
「はい、それはもう間違い無く!」
平塚はテーブルにバンッと音を点てて両手を着きその身を乗り出し、その顔をジョーの顔の眼前まで近づけ力強く肯定の意を示す。
己の目の前に迫る美貌にジョーは思わず生唾を飲み込み、一連の会話の流れも頭から離れただ彼女を『眼の前で間近で見ると本当に綺麗な
「…………ゴクッ………。」
「……はッ!?」
ジョーの生唾を飲み込む音が小さく響き二人は互いその距離が近過ぎる事に今更ながらそれを意識してしまい、平塚は慌ててその乗り出していた身を引き離して慌てふためく。
「その、しっ失礼しました……。」
「いやッ、全然平気っすよ、寧ろスゲェ良い物を見せて貰ったっすよ。」
「いえ、お見苦しい物をお見せしてしまいまして………。」
三十路男とアラサー女の年齢にそぐわぬ不器用に展開される恋愛模様、やがて二人は言葉を無くしその場に沈黙の時間が訪れる。
『拙いなこんなもんはどう考えても俺のキャラじゃ無ぇぞ、いい加減この場の雰囲気を変えなきゃいけねぇよな、はぁどうするよ八幡のヤツみたいに何かアホなネタでもかますか……イヤイヤそれじゃあ静かさんをドン引きさせる事になるのは火を見るよりも明らかだぜ。』
『はぁ、これは私とした事が失敗したのだろうか、まいったなもしかするとジョーさんにはしたない女だと思われなかっただろうか……けれど、間近で見てもジョーさんは本当に凛々しく漢らしい御顔をしていらっしゃる、素敵だ。
私のこれ迄の不幸な恋愛遍歴はもしかしたらジョーさんと、この
訪れてはいるが内心は二人共にこの状況をどう打破すべきかなど、その他の事を脳内で忙しなく思考を巡らせているのだがそれは互いに知る由も無い事なのだが。
『あーっクッソ、もうあれこれ考えんのは止めだッぜ俺は俺らしく何時もの俺を貫くノミだ!』
頭をガリガリと乱暴に掻きむしりながらジョーは自身の有り様を取り戻し、そして目の前の女性に向き合うと決意表明を行うのだった。
「そうっすね、やっぱ天才は天才らしく堂々としてんのが一番っすよね。」
白い歯を少し剥き出しニカッと笑いながら、顎に手を当てて調子の良く自己肯定発言を彼女に聞かせる。
「えっ……ええそうですともッ、豪快にして痛快なる日本男児、嵐を呼ぶ男それが伝説の餓狼の一人ハリケーンアッパーのジョー・ヒガシですよ。」
平塚はジョーの急な態度の変化に一瞬言葉に詰まるり戸惑いそうになっが、その彼の変化が良い方向に向いている事を見て取り同意し、それを更に煽るように囃し立てる。
「な〜っハハハハハッ!そうでしょうそうでしょう、やっぱ俺様はこうでなくっちゃな!」
両手を腰に添えて豪快にそして高らかに笑う、それは見る者によっては下品な笑いだと唾棄する者もいるだろうが、少なくとも平塚にはとても頼り甲斐のある男らしい物と映るのだった。
その証拠に平塚の表情は恍惚としてそんなジョーの様子に見惚れている、それはある意味彼女の男の趣味の悪さを発露しているのかも知れない。
そんな彼の高笑いは数秒間続けたが、ジョーはそれをピタリと収めると再び真面目な表情を平塚へ向けると改める様に彼女へと問い掛ける。
「そのっすね静さん、ありがとうございます、貴女の様な先生に出会えて八幡のヤローは幸運っすよ、これからあと一年半位でしょうけど彼奴の事をよろしくお願いします。」
ジョーが生真面目な態度でスクッと頭を下げ平塚に弟分の学校生活のサポートを願い出ると、平塚もまたそれに合わせる様に真摯な態度で了承の意を示す。
「はい承りましたジョーさん、私では些か力不足ではありましょうが微力を尽くす所存です。」
平塚の返事を期に二人は視線を交わし合う真剣な眼差しを以て、そしてジョーはその眼差しの熱さと変わらぬ熱の籠もった真剣な声音で、彼女へと一世一代の告白の言葉を告げた。
「静さん、俺って男はこの通りの男っすけど、もし貴女がこんな俺でも構わ無ぇってのなら正式にお付き合いをしてくれないっすか。」
その告白の言葉に平塚は感極まり一滴の水滴が目尻から零れ落ちる、そんな自分の状況に慌てた様に彼女は指先でしの雫を拭い返事の言葉を、彼と出会った二日前からそうなれたらなと彼女が願っていた彼の言葉に否との言葉があろう筈も無く。
「……はい!私の様ながさつな女で良ければ是非とも、よろしくお願いしまジョーさん。」
僅かに頬を朱に染めた穏やかな表情を意中の男性に向け彼女はそう答えたのだった。
「ヨッシャーッ、静さんありがとうございますッ!まあ暫くの間は遠距離恋愛ってヤツになるんだろうけど、よろしくお願いします。」
林の中にも大きく木霊しそうな程の大音声でガッツポーズを決め、ジョーはテーブルから離れて彼女の側に寄りその両手を取りながら言う。
「はい」と小さく呟く様な返事をジョーに返すと二人は見つめ合い、やがて少しずつその二人の顔が距離を縮める。
「…………。」
無言で見つめ合い静はゆっくりと瞼を閉じて口唇を彼に差し出す様に首を上向きに曲げ、その時を待つ。
その彼女の思いに応える様にジョーもまた、彼女とは逆に首を下方に曲げてゆっくりと彼女の右頬に自身の左手を添えながら顔を近付けてゆく。
「………はぁ〜っ、静さん本っ当にすんません。」
もう後数センチで互いの口唇が触れ合う距離まで近付けておきながらジョーは溜め息と共にその行為を停め彼女に詫びるとその距離を離してしまった。
「えっ、あ…あのジョーさん…」
そのジョーのあまりな行動に静は戸惑い何故に彼がその様な行為に出てしまったのかが解らずに困惑し、不吉な考えがその頭を過る。
自分の何かが彼の気を損ねてしまったのか、顔を近づけて近距離からアップで見たら小皺が目立ってでもいたのか、それで彼が自分に幻滅したのかなどとマイナス思考が彼女の脳内が駆け巡る。
「いや、こんな素敵な場面だってのに俺の身内がどうもすいません。」
だが彼女のそのマイナス思考は杞憂に過ぎずその問題とは他の処に在った、ジョーはキッと眼光鋭く直ぐ側の林の中に目を向けると、大きな声を出して呼ばわる。
「オイ隠れてんのは判ってるんだ、痛い目ェ見たく無ぇならとっとと出て来やがれってんだ!」
そのジョーの声に林の中からやがて何やらボソボソと女性の声でアレコレと話をする声が微かに聞こえて来る、それにより静もまた己がどの様な状況にあるのかを理解した。
「……にゃ、ニャ〜ン。」
「…ほっ、ホーホケキョ。」
しかしジョーの誰何の声に応えたのは明らかな人間の声真似による猫の鳴き声と、何故かは理解出来ないが鶯の鳴き声の真似だった。
「ほう、お前ェらいい根性してんじゃねぇかよ覚悟は出来てるみたいだな、アーーーんッ!!」
両手の指ゴキゴキと鳴らし序に首の骨もコキッと鳴らしながらその林の方にゆっくり歩みながらジョーが呼ばわる。
「きゃ〜〜っ、ジョーお兄ちゃんごめんなさいぃ〜っ!」
「あっ、待ってこまちゃん自分だけ逃げるなんてズルいわよ!」
「テメーらッタダじゃ済ませ無ぇぞ、待ちやがれ小町ッ、舞ッ!」
ジョーと静の逢瀬を出歯亀していた犯人はその声から小町と舞だと二人は理解し、ジョーは蟀谷をヒク点かせながら逃げを決め込んだ二人を追い掛け林の中へと駆け去っていった。
そのジョーの走り去る姿を呆然と見つめる静は恋の前途はもしかして多難なのだろうかと、思ってしまったのは致し方無い事だろうか。
「静ちゃん邪魔しちゃってゴメンナサイねぇ〜ッ!」
「うわ〜ん、平塚先生ごめんなさぁ〜いジョーお兄ちゃんとおじあわぜにでずぅ。」
彼女の幸せな逢瀬を妨害してしまった二人の声が林の中から木霊し、何故かそれがとても可笑しく静はフッと苦笑するのだった。
「これでも喰らえやぁーッ、ハリケーンアッパーァッ、オラオラッオラオラオラァーッ!」
それに続くのはたった今迄己と愛を語り合った愛する男の必殺技を放つ声、こうして平塚静とジョー・ヒガシの林間学校最後の夜はどうにも締まらない形で幕を閉じた。
本当は千葉村編の後直ぐに入れたかったエピソードを此処で入れてみました、ジョーとテリーの会話から最後は良い感じに大人二人の恋愛模様で終わろうかと思いましたが、ジョーならこんな感じのオチが着く方が良いかと思い出歯亀女子二人をブッ込みました。
次は近い内にテリーとアンディの会話劇とか行ってみたいと思っております。
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番外編その7 狼のエンブレム。
八月八日 アメリカサウスタウン、パオパオカフェ ボガード兄弟Withロック・ハワード AM8∶30〜
早朝のまだ開店前の静かな店内のカウンター席に美しい金色の長い髪を持つ二人の男が並び座る。
一人はその髪を肩より少し胸元あたりで切り揃えたガッチリとした筋肉質の力強さと頼もしさを感じさせるその恵体をボア付きフライトジャケットに身を包んだ男と、その右隣には隣の男よりも二十センチ以上は長い髪を邪魔にならない程度に軽く束ねて纏めていて、やはり筋肉質ではあるが隣の男よりも比較的小柄で均整の取れたスプリンターの如き肉体を華美では無い無いが仕立ての良いジャケットに身を包んでいる。
そしてカウンター内にはごく平均的な長さの柔らかでサラサラの美しい金髪を持つ細身であるが確りと筋肉の付いた、所謂細マッチョな体格の(普段は赤と白と黒の三色のカラーで彩られたライダースジャケットを纏っているが、今はそのジャケットを脱ぎ)黒いTシャツにジーンズ姿がサマになっている年若いハンサムな少年がテキパキとキッチン仕事をこなしていて、僅かな時間でその仕事を終えるとカウンター席に座る二人に慣れた手付きでグラスを差し出す。
「テリー、アンディさんお待たせご注文の品だよ、つか未成年者に酒を注がせるなんて年長者としてどうかと思うんだがな。」
ほんの微かにグラスとカウンターテーブルとが触れた接触音が聴こえたがその音は本当に小さく、若者が如何に繊細に丁寧に仕事を熟しているをそれが物語っている。
「オゥサンクス!ロック、まあ何事も経験ってヤツさ、色んな事を経験する事で男ってヤツは人生の幅ってのが拡がるもんだぜ、それにかく言う俺だって此処ではしょっちゅうやってた事だしな。」
一塊の氷が浮かぶ琥珀色のウイスキーオンザロック、そのロックグラスを受け取り礼を述べながらも若者の主張を経験の一言でやり過ごすのは、その若者の養父であり師である男。
この街の者なら知らぬ者は居らぬであろう有名人であり謂わばこの街の顔と言っても過言では無い男。
サウスタウンヒーロー、ワイルドウルフ伝説の狼と呼ばれる世界トップレベルの格闘家テリー・ボガード。
「はぁ全く説得力があるんだか無いんだか解らねえよ、それにテリーの場合はツケを溜め過ぎるからやらざるを得ない状況になってたんだろう、だからソイツはテリーの自業自得ってものだぜ。」
やれやれと額に手を当てその自身の生活能力の乏しい養父の、その適当にも過ぎる発言に溜め息を吐く若者はテリー・ボガードにより格闘技の手解きを受け、昨今はメキメキとその実力を確かなものとしつつある若き次代の狼。
この物語の主人公たる比企谷八幡とは同門の兄弟子であり血の繋がりは無くとも心で繋がった兄弟分、そしてかつてこのサウスタウンに君臨した裏社会の覇者にして彼の養父と因縁の関係で繋がれていた相手ギース・ハワードの血を引く実の息子、ロック・ハワード。
因みに今彼が取っているポーズは、奇しくもその兄弟分の想い人の一人雪ノ下雪乃が八幡がアホな言動を取るたびに恒例の如く取っているポーズだったりするのだが、今はそれを彼等が知る由も無い事である。
「ははっ一本取られたね兄さんこの勝負兄さんの負けだよ、だけどすまないねロック、今の僕が言えた事じゃ無いけど相変わらず君には兄さんが苦労を掛けてる様だね。」
そんな血の繋がらない二人の親子の舌戦とも言えない舌好調を傍で聞き思わず苦笑してしまい、血の繋がらぬ甥っ子にやはり血の繋がらぬ兄の自身の不徳を棚上げした発言を代わりに詫びる。
不知火流骨法の遣い手であり同じく忍術を体得する美形格闘家として女性ファンの心をガッチリと捉え一時代を築いた好男子、アンディ・ボガード。
「いや、別にアンディさんが謝る事は無いよ、それにテリーの世話はもう慣れてるからね今更だよ。」
自分が飲む分のソフトドリンクを作りながらロックがその様に言うと、アンディは声に出さず微笑みながら内心に思うのだった。
『これじゃあ何方が保護者だか分からないな』と、兄のテリーがロックグラスを掲げ琥珀色の液体の上に僅かに顔を出した氷がグラスに触れて小気味の良い音を立ててる、その澄んだ音を聞きながらテリーは何やら感慨深げに呟いた。
「まあだけど俺はあと四年待たなきゃいけないんだぜ、だったらせめて気分だけでも味わいたいと思ったんだよ。」
悪びれた様子もなく、ごく当たり前の事だろうとでも言う様にテリーがロックにそう答えると、訝しげな表情をさっと作ったロックは「何をだよ」と溜め息でも吐きたそうな声音でテリーにそう問い返すと、掲げ持ったロックグラスを小さく揺らしながらテリーほその問いに答えるのだった。
「フッ、そりゃあ決まってるだろうロック、お前とハチマンと一緒に酒を飲める様になるまでの月日がさ、今日で丁度あと四年だろ。」
そう答えながらテリーはロックが作り終えたソフトドリンクのグラスに己のグラスを軽く打ち付けた。
アメリカの法律では飲酒が可能になる年齢は二十一歳からであり、この日迎えた誕生日により八幡が十七歳と相成り従ってロックと八幡の二人と共にテリーが酒を酌み交わすことが可能になるのが丁度四年後となる。
カツンと響く二つのグラスの接触音に耳を傾けるとテリーは気分良さげに微笑み目線の高さまでそのグラスを再度掲げて見せると、ロックの目を見つめ「
「テリー…ちっ、まだ敵わねえな。」
グラスを呷る養父の姿を見つめながらロックはそう思うのだった。
この前日まで開催されていたキング・オブ・ファイターズ、その晴れの舞台の準決勝にてロックはテリーと相対し彼に肉薄するには至ったが、残念ながらまだまだその高みを超える事敵わず敗北を喫してしまった。
格闘者としての実力もだが、一人の人間として男としても自分はまだ兄弟分と自分とを導いてくれたこの師父を超える事は出来ていない、それがもどかしくもあり同時に己の超えるべき目標が未だ健在であるという事実が嬉しくもあり、そして彼が自分と八幡との成長を何よりも願いが望んでいてくれていると云う事が妙に照れ臭かった。
「そうか、だったらお前も先ずはハチマンの様にガールフレンドを作ることから始めなきゃだな。
それでロックどっちの娘がお前の好みなんだよ、あの拳法使いの儚げな感じの日本人のカワイイ娘かそれとも彼処で寝こけてるジェニーちゃんか、何だったらハチマンみたいに二人共ってのもアリじゃあないのか。」
テリーはイタズラにウインクしながら被保護者の少年を、さも愉快そうに誂い唆す様にそんな事を宣う。
その言葉にロックは彼らの陣取るカウンターから少し離れたテーブルに突っ伏して眠る長い豪奢な金髪の少女の方へと視線を向ける、起きている時はウザったい位に威勢が良く元気な少女が今は心地良さそうに静かに寝息を立てている、そのギャップに思わずどきまぎとしてしまうロック少年だったが。
数秒程でその視線を外すと羞恥心から少し赤らめてしまった顔の事を誤魔化すかの様に少しムキになった風を装い彼は保護者へと抗議の声をあげた。
「なっ……それとこれとは関係無いだろう、テリーッ!」
否、実際シャイで女性にあまり免疫の無い彼は恥ずかしさから少しばかり本気でムキになっているのたが。
「どうだかな、誰かを思う気持ちってヤツが自分に力を与えてくれたりする事だってあるんだぜ、ソイツをロックお前は知っているんじゃないか。」
テリーにそう言われロックは直ぐにその人物に思い至った、幼き日初めて訪れた日本でその少年は複数人によって痛め付けられていた。
抵抗もままならず、ただ理不尽に振るわれる暴力に耐えようと身を竦めていただけだったが、その暴力を振るう側の一人が発した言葉により少年は恐れを振り切り数という圧倒的不利を顧みず、守る為の闘いを挑んだのだった。
「そうか八幡か……。」
兄弟分との初めての出会いの日の事を思い出してロックは感慨深げにその名を呟く。
アメリカと日本、互い遠く離れて暮らしているが会う度毎に組み手を行い互いの力量を試し合い、互いのその成長の度合いに更なる奮起を誓う。
「ああ、ハチマンもな。」
ロックの言葉にテリーは首を縦に力強く頷く、ハチマン“もな”とテリーは言ったのだがそれはその後におそらく『お前にだってきっとそう云った部分があるはずだぜ』と、口に出しては言わなかったがロックにそう伝えたかったのかも知れない。
兄弟分の事を思いロックは何だか妙にしんみりとした気分になってしまい、それを払拭しようと手にしたソフトドリンクをグッと一気に呷る。
そんな少年の思いを察したのだろう、場の空気を変えるべく二人のやり取りを見守っていたアンディが珍しく戯けた調子で兄を誂う。
「フッ、まあそれは兎も角として、兄さんは後四年も待つつもりなんだろうけど、僕は一足先に三年後にロックと八幡と一緒に飲みに行く事にするよ。」
「何ぃ?おいアンディそれは一体どういう事なんだ。」
アンディの言葉にテリーの頭には疑問符が浮かび、即座にその言葉の意味する処を知るべくテリーは問い掛ける。
「ああ、兄さんは知らないかも知れないけど日本では二十歳から飲酒が許されるんだよ、だから兄さんより一足早く日本で八幡とロックを連れて飲みに行ってくるよ、と言うかあれだけ日本に行っていながら兄さんがそれを知らなかったと言う事に驚いたよ。」
アンディはフッと笑い、そして直ぐにその笑いを修めるとテリーの疑問に対する答えを、何の事は無い日本の飲酒に付いての法律を説明し得意気に兄を煽る。
「おいおいマジかよ、そう言う情報はもっと早く教えてくれよアンディ。
そうか日本でなら一年早く飲めるのかよソイツは良い事聞いたぜ、サンクスアンディ。」
そしてテリーはこの場で三年後の日本行を即決で決定したのだった、何時までも変わらないんだなとアンディは即断即決思い立ったら即行動と、子供の頃から変わらぬ兄の気性を好ましく思い微笑を浮かべ頷くと、それから彼はスツールから身を軽く捻り自身の愛弟子へと目を向ける。
「むにゃむにゃ……小町っちゃんオイラもう食べれないよ……。」
つい今し方三十分程前、日本に居る比企谷家の面々とのリモートによる対面を行って直ぐ迄は夜通しで起きていた北斗丸だったが、今はもう眠りの精にその身を委ね何やら楽しげな夢でも見ている様で、お約束的な寝言を呟いている。
「フッ、今の北斗丸の寝言を八幡が聞いたらまた何か妙なネタをかますんだろうな。」
アンディは苦笑を漏らしつつ数刻前迄話をしていた弟分たる八幡を引き合いに出し独り言を呟く。
「うん!?ハハハッ何だやけに静かだと思ったらホクトマルのヤツも寝ちまってたのか、まあしょうが無いさ子供に徹夜はちと厳しかったんだろうしな。」
テリーの呼び掛けによりここパオパトカフェへと集ったファイター達、夜を徹しての飲めや歌えやの大騒ぎにその参加者達の殆が限界を向かてえ眠りの園へと誘われ、残るはこのカウンターに陣取る三人のみとなってしまっていた。
テリーとアンディは共に一杯ずつのウイスキーオンザロックを飲み干し、既に二杯目を口にしていた。
ロックグラスをゆるゆると揺らしながら波打つ氷の音を楽しみつつアンディは優しい声音で先程モニター越しに対面した比企谷家の面々や弟分の友人恋人達に対し、その弟分の恋人達に対する印象を言葉として紡ぐ。
「安心したよ、どうやら三人共とても良い娘達の様だし、他の子達も八幡の事をちゃんと認めて付き合ってくれているみたいだしね。」
「ああ、そうだな……しかしどうしてハチマンのヤツには驚ろかされたぜ、三人が三人共とびっきりの可愛子ちゃん揃いだったじゃないか、やっぱりお前も負けていられないぜロック。」
アンディの言葉に頷くテリーだが、彼は数日前にジョー・ヒガシからの連絡によって八幡にガールフレンドと親友が出来ていた事を知っていたのだが、そのテリーをしても三人の少女達の想像以上の可愛らしさには冗談抜きで驚き、そしてそんな少女達のハートを射抜いた弟分に称賛を禁じ得ず、且つまた女性に対して奥手でシャイな被保護者の少年にも奮起を促さずには居れなかった。
「ああ、まあそうだなって混ぜっ返すなよなテリー、それに人の事ばっかり言ってるけどそう言うテリーの方はどうなんだよ。」
しかしそんなロックもいい加減言われっ放しでいる事が癪に障ってか、反撃に撃って出る事とした。
「うん……おいおいロック、一体何の事を言ってるんだ?」
だが、何を言っているのかサッパリだぜと態々ゼスチャーを加えながらテリーはロックへと問い返す、その仕草を八幡辺りに見られれば『テレビや映画に出てくる典型的なステレオタイプのアメリカンだな』とでも評すだろう。
「ハァ、全く、何ってマリーの事に決まってるだろうテリー。」
そんな保護者のリアクションに、さも呆れたぜと言わんばかりに溜め息を吐くとロックはテリーと関係の深い一人の女性の名を上げて指摘する。
「えっ、マリーだって!?まあ確かにマリーは俺にとって最も気の合う友人だし大切な仲間さ、でも俺と彼女とはそんな関係じゃ無いぜ。」
マリーと言うその女性の名がロックの口から出されてもテリーはまるで何事も無いとばかりに平然と、寧ろ何故その名が出て来るんだとクエスチョンマーク付きで答えるのだがロックとしてはどうにもそれが納得行かず更に言い募る。
それは傍目から見ていても二人が互いに好意以上の思いを抱いている事は明らかだとロックにも理解出来る位に見て取れるから。
「なあテリーももう三十五だしマリーだって三十路を超えてんだぜ、なのに二人共独身だし定期的に二人で会ってんだろう、ならもうそろそろその辺りハッキリさせてもいいんじゃないのか。」
そして更にロックは師父を相手に、若干先程まで誂われていた事への意趣返しの気持ちもあっての事だろうが、此処ぞとばかりに攻め続けるのだったが。
「止すんだロック、もうその辺で止めておきなさい。」
苦笑するばかりで何も言い返さないテリーに代わりアンディが、少しムキになってしまっているロックを諌める。
テリーへと向けていた顔をロックはアンディへと向き直り、何で止めるんだよと声無き声で何故止めるんだとでも言いたげな視線を向けて。
「大人には色々とままならない事情と云う物があるんだ、それは自らが置かれた状況だったり精神的なものだったりとそれこそ人其々様々なね。」
優しい眼差しをロックに向けてアンディは少年を諌めの言葉を掛け、ロックもまだ言いたい事はあったのだろうがかれの意を汲み矛を収める。
だがこれがもしも八幡でたったら『いや、それを言うんだったら子供にだってそれなりに事情を抱えている奴は居るんじゃね』などと屁理屈を並べていたところだろうが。
「アンディさん……」
生真面目で常識人な、少なくともロックの目にはそう見えるアンディの言葉故にロックはその言葉を受け止めるとフッと表情を崩してアンディが付け加える。
「まあ僕としても、ロックの気持ちも解らないでは無いんだけどね、だけどこればかりは兄さんの気持ちの整理が付くのを待つしかないんだよ。」
素直に己の言葉に従ってくれた甥っ子に慮る様に。
流石に一晩中寝ずに過ごして来た事が堪えたか、年長者二人の給仕役を努めていたロックの瞼がしょぼしょぼと上下し今にも完全にくっつき固定され様とし始めていた。
「サンキューロック、俺達の事はもういいからお前も座ってろよ。」
テリーがそう声を掛けると少年は素直にそれに従い年長者二人から少し離れたスツールに腰掛けると『ああ、そうさせてもらうよ』と答えると、直ぐにテーブルに突っ伏して自分の腕に顔を預けるとあっと言う間に寝息を点て始めた。
「いやこりれは年長者としては反省しなければかな、どうもロックには悪い事をしてしまった様だね兄さん。
大会を終えたばかりの昨日の今日なのに徹夜で付き合わせてしまって。」
その様子を微笑ましく見守りつつ兄弟二人残り少ないグラスの中身を味わいながらアンディがそう言うと、テリーは少しだけバツが悪そうなまるでイタズラがバレて怒られた子供の様に頭を掻きながら弟に礼の言葉を述べる。
そんな兄をしょうが無いなと思いながらもアンディは、改めて気持ちを糺すと以前から兄に対して気に掛けていた事を問うのだが。
「話は変わるけど兄さんは、やっぱりまだ彼女達の事を、いやすまないこの話は止めておくよ。」
しかしその件にアンディ自身も関与していた為に、それを問う事を思い止まるのだった。
深く愛した女性を喪ったと云うその辛く哀しい出来事により、兄が女性と深い仲に為る事に躊躇している事を。
「悪いなアンディ、お前にも気を使わせちまってな。」
その弟の気遣いを受けテリーがそれを素直に詫びるとアンディは目を閉じると首を左右にゆっくりと振り、気にすることなど不要と言葉無く告げる。
「けど、ロックの言った事も間違っちゃいないんだよな、まあそうだなロックとハチマンのヤツが独り立ち出来る様になったらその時は俺も改めて考える事にするさ。」
そう言ってテリーは弟の気遣いに対しての一つの答えを示し彼を安心させる為の意思表明を告げる。
悲しみを癒やすには人其々違うアプローチが過程があるのだろうが、その一つに時間の経過と云うものがある。
良くも悪くも時間が記憶を風化させてしまうと云う事もあるし、またその過程に於いて新たな別の出会いが辛い過去を払拭してくれると云う事も有るだろう。
テリーにとっては二人の少年とマリーと云う女性との交流の日々がそれなのだろうと、アンディはそう結論付ける。
そしてまた別の話へと話題を変えて二人は語り合う、それは先にモニター越しに語り合った日本に居る弟分八幡についての話題をである。
「しかしな、ハチマン奴ジョーと遣り合って引き分けに持ち込むなんてな、今回の大会のロックもそうだが小僧っ子達も着実に成長して行ってるんだな。
しかもハチマンの奴、聴く所によるとあの放浪の格闘家リュウとも手合わせしたって言うしな、今度会う時を思うと今からワクワクしてくるぜ。」
そう言うと僅かに残ったグラスの中のウイスキーをグッと呷り爽やかとも取れそうなな笑みを浮かべ、テリーは来る日に思いを馳せる。
「そうだね、しかもあの極限流のタクマ・サカザキ氏と最強の虎ロバート・ガルシア氏とも知己を得ていたとはね。
僕が日本へ戻る頃には案外その御二方のうちの何方かと手合わせしているかも知れないね。」
アンディものテリーの思いに同意し頷きそこへ一言付け加えるのだが、そのアンディの口にした言葉はその後直ぐに現実のものとなったのだが、この時の二人にはそれは知る由もない事である。
「ところでなアンディ、俺は今回の大会少しだけ不満があるんだよ、ソイツはな御前とジョーのヤツが今回の大会に参加していなかったって事さ!」
グラスのウイスキーも無くなり、この二人の兄弟のささやかな酒宴も終わりに差し掛かった頃、テリーがアンディに対して今大会の不満を口にする。
「……兄さん……」
「まあお前にも色々と事情ってのがあるって事は承知しているんだけどな、まあて事でアンディどうだ此処で一丁手合わせしてみないか、お誂え向きにこの店にはリングも有ることだしな。」
口ではアンディの事情を鑑みる発言をもしながらもテリーは己の欲求に素直に従い、弟をリングへと誘う。
「全く兄さんは、昨日大会が終わったばかりじゃないか、しかも酒だって飲んでいるんだよ。」
この元気過ぎる兄にアンディは呆れ気味に返すと、テリーもそう言われるだろうと予測が着いていた様で妥協案を提示する。
「解ってるさ、だからまあ少しインターバルを置いてから軽くスパーリング程度に留めるってのでどうだ?」
この根っからの格闘家である兄は、こと格闘に対しては言い出したら聞かないと熟知しているアンディはその提案を受ける事とした。
何だかんだと言ってアンディもまた格闘家としての血が騒ぐのか、そして今だ己のが目標たる兄テリーとの手合わせとなればそれも一入であろう。
殆ど気休め程度の効果しか無いだろうがそれから三十分程の仮眠を取りアルコールを抜き、水を一杯飲み干しウォーミングアップをすませた後リングへと登るのだった。
そしてその頃には眠りこけていた祝勝会参加者達も目を冷ましこの一戦に注目する事となり、店内は大いに盛り上がりをみせる。
伝説と呼ばれる二人の餓狼がスパーリングとは云えども相対する、格闘の世界に身を置く者に取ってこの一戦注目をせずにはおれぬと云うものだ。
「全力で行くよ兄さん!」
「OKアンディ!」
真正面から相対し、ファイティングポーズを取り互いにひと声かけると、その一戦は開始された。
〜伝説の餓狼いまだ健在、狼は眠らない〜
次回からは本編再開の予定です。
近いうちにまた新たに格ゲーキャラを登場させたい処であります。
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狼との絆、そして新たな来訪者。
長いようで短かった夏休みも間もなく終焉の時を迎えようとしている八月最終週、その夕刻の早くなったとは言えどまだ日没迄はそれなりに時間もある。
『そんな時刻に俺は今、何時もの鍛錬場へと無人の野を征くが如く一人歩みを進める』などと御大層な事も無く、その道中の商店街をてくてくと歩いている。
時刻が時刻だけに今現在この場にはご家庭の台所を預かっていると思われる妙齢からお年を召したご婦人方が大半を占め商店主さんや従業員の方達とあれやこれやとやり取りをしていらっしゃる。
店員の接待的な褒め殺しの言葉に財布の紐を緩める人も居れば、逆に店員を上手い事言い包めてディスカウントに成功している遣手の御婦人も見受けらる、あの御婦人ならきっと関西近畿圏へ行っても逞しく生きていけるだろう。
「終わりの見えない不景気の真っ只中に在る現代日本に於いて、果してこの中の奥様方の何人位が専業主婦なんだろうかな。
全くけしから羨ましい限りだ、働かずに食う飯はきっと途轍もなく旨いに違い無いまである。」
何て事をボソリと、ついうっかり俺は声に出してしまっていた。
だって八幡羨ましいんだもん。
「ハァ、あんたはこんな往来で何を馬鹿な事言ってるのさ、まあそれは良いとしても、あんたあんまり専業主婦をナメてんじゃないわよ。
主婦の仕事ってのはね、あんたが思っているよりもずっと大変な労働なんだからね。」
突如俺の背後から、そうお怒り混じりのクレームを入れてきたのは最近はすっかり聞き慣れた女子の声だっあ。
なので俺は彼女と挨拶を交わすために後ろを振り返り、きっと少しだけ不機嫌そうな表情をしているだろうと思われる彼女に何時もの様にその彼女名を弄って誂おうと思い反転すると。
「よう、川サ…キぃ……!?」
反転し左手を手刀の形にしてサッと手を上げ挨拶の言葉を発しようと口を動かして直ぐに、俺は思わずその口をポカンと阿呆の様に開きっ放しにしてしまう結果となってしまった。
何故なら、其処に居たのは俺がその名を弄ろうとした彼女一人では無く、二人の連れが居たのだった。
「あっ、わ〜いやっはろー、はーちゃん!えへへ~っ」
自身の姉が声を掛けた相手である俺が振り向いた事により、それが誰かを認識し結衣から伝播したとしか思われない、ってかそれしかあり得ない非常に残念な例の挨拶の言葉を口にしながら、にば〜っと小さな花を咲かせたかの様な笑顔の天使が俺の右半身にギュと抱き着いて来た、嗚呼なんて
「おお、けーちゃんしばらく振りだな元気だったか、元気だよな今日も可愛いぞマイ・エンジェル!」
俺の半身にその身を預けるけーちゃんのサラサラヘアーをグリグリとかき混ぜながら、そう問えば『うん!』元気に答えを返す。
おおっ、これはあれだな、今は此処にいない俺の元祖マイ・エンジェルシスター小町と併せて『俺と友人の妹達が天使すぎる件』ってタイトルでラノベ書けば売れるな確実に。
っと、思考がまた変な方へと向かったが其処はご愛嬌と思って頂こうか。
「なぁ川崎ッ、俺今日はけーちゃんをお持ち帰りしても良いよな、今日からけーちゃんは比企谷京華だ!」
俺は何処ぞの村の鉈使いの女子中学生宜しくお持ち帰りを告げると、ライトブルーを基調としたトレーニングウェアと同色のサンバイザーを装着した姿の川崎がその顔を顰め宣う。
「ハァッ!?アンタ何巫山戯た事言ってんのよ、たとえ冗談でもそんな巫山戯た事言ってるとぶっ飛ばすからね!」
ケンシ○ウ宜しく、両手を合わせボキボキと指の骨を鳴らしながら凄む川崎の姿は、その身に修羅を宿し何時でもどんな状況下からでも直ぐにでも即行動に移り、たちまちのう内に俺を殲滅してしまいそうだ。怖っ!
「おっ、おう……解ったから冗談だから落ち着いてくれ怖いってお前、全く世紀末救世主伝説じゃ無いんだから。」
瞬時にその表情を変え怒りを顕にし俺を威嚇する川崎に慄きつつも、その怒りを宥める為に発した俺の言に彼女は物凄い深い溜め息を吐き、そして『本当にしょうが無い奴だよねアンタは』と少しだけ語感を和らげてそう言った。
その彼女の言葉に俺は安堵し、川崎と共に現れたもう一人の少女に視線を向けると、彼女は俺の目を真正面から(身長差があるから俺を見上げる形になる)見つめ静かに口を開く。
「八幡師匠…………。」
それは数週間前にとある切っ掛けで知り合い、その縁から俺と川崎と共に格闘技を学び始めたその少女はまだ半人前で卵の殻も全部は取れてはいない、謂わばカリ○ロな俺や川崎の事を師匠と呼び慕ってくれる。
まだまだ俺には師匠などと呼ばれるには色々なモノが足りてはいないし、何ともそう呼ばれるのはむず痒いのだが彼女が俺をそう呼びたいのならばと受け入れている、柄じゃ無いとは思うが。
「おう留美も今朝方ぶりだな、どうだ暑さがまだまだ酷しいがコンディションは調っているか、ってかトレーニングウェア新調したんだな、何かゼ○タガンダムのテールスタビライザーとかウイング部の色っぽい色調が渋くて良いな。」
年齢の割にとても物静かで大人びている留美は、どうも服装などの色合いの趣味もその様な落ち着いた色合いが好みなのだろうか、彼女が購入して着用しているトレーニングウェアもミッドナイトブルーに細い赤のラインが入ったシックな感じで、大人しめな彼女によく似合う。
きっと将来は雪乃にも匹敵するクールビューティーになる事だろう。
「うん、でも八幡師匠……闘ってる時とかトレーニングの時とか、私に色々教えてくれる時の師匠は凄くカッコいいし優しい人だけど、今とかさっきみたいな時の師匠はあんまり格好良く無い。」
最初はじっと俺を見据えながら話し始めた留美だったが、最後はプイっと外方を向いて苦言を呈する。
「おっ、おぅ何かすまん。」
俺にとっては妹分と言っても差し支えの無い留美からの苦言に対して咄嗟に詫びて彼女の柔らかな絹の様な髪を撫でながら、彼女のその苦言を受け己を改められるかどうかは何とも言えんが心に留め置く事としよう。
「………むぅ、子供扱いしないで。」
「あっ、すんません……」
うむ、どうやら留美は頭を撫でられるのがあまりお気に召さない要だな、プクッと頬を膨らませ顔を紅く染めて留美はそう言った。
小学生とは言えども留美も年頃の少女って事か、軽々しく頭に手をやるのは控えなければならないな、ちと寂しい気がするが。
思いがけず川崎とけーちゃんと留美の三人と合流し、俺は否俺達は商店街を何時もの鍛錬場へと向かい歩く。
けーちゃんと手を繋ぎ歩く川崎は、周りの色々な物に興味を示し質問をぶつけてくるけーちゃんの、その疑問に優しく答え教える。
普段彼女が俺達他者に見せるキリッとした表情では無く慈愛に満ちた優しい微笑みさえ浮かべて。
「悪い、少し待ってもらえるか。」
そんな彼女達の様子をまったりとした気持ちで愛でていた俺だったがこの商店街に俺はちょっとばかり用があり、今まさにその用がある店の前に着いたので彼女達にそう呼び掛けた。
顔に疑問符を浮かべた川崎と留美に俺は目的の場所を指差し伝える。
「ちょっと其処の肉屋に用があるんだが、みんなも付き合ってくれるか。」
商店街の肉屋のその肉屋の一角に俺は用がある、其処では一人の壮年の男性いて真剣な顔でフライヤーを見つめ片手に菜箸を持っている。
その男の人に俺が視線をロックした事に気が付いて川崎が「ふぅん肉屋の惣菜コーナーね、何か買う気なの比企谷」とそう聞いてきた。
「ああ、まぁそんな訳だし序だからお前達もすまんが付き合ってくれ。」
三人が俺の頼みを快く了承してくれたので、俺が先頭に立ち肉屋の店先へと向かい歩く。
店先へ着くと俺はフライヤーの中の品物を上げ油切りをしている、その男性に挨拶の声を掛け次いで商品を注文した。
「どうもお久し振りっす、おじさんメンチカツ四個ください。」
真剣な顔でフライヤーを見ていた店主のおじさんは、ピクリと反応し俺の注文の声に元気に答える。
「はいよまいどありぃ!メンチカツ四個ね…っておぉ八幡君か、何だぁ本当に随分と久し振りだなぁ。いやぁ八幡君も小町ちゃんも最近ちっともに買いに来てくれないからウチの味に飽きたのかってオジサン思ってたよ。
おっとそう言や今日は小町ちゃんは一緒じゃ無いんだね。」
「そんな事ははいっすよ、今でもたまには来てますからねってか俺が買いに来る時って、最近はおばさんか他の店員さんが此方を担当していておじさんとはあんまり会えなかっただけっすからね。
後、小町は夕飯の仕込みをやっていて後で合流する予定っすよ。」
肉屋のおじさんに俺がそう答えると、当のおじさんは『ハハハ』と上機嫌に笑いながら、実はおばさんや店員さんに聞いていてたまに俺と小町が来ているのを知ってたと答えつつ、手先はテキパキと注文のメンチカツを個別包装し俺に手渡してくれた。
流石に長年の経験により培われたワークスキル、それはまさに流れる様な洗練された動作だと言っても過言では無い。
「どうもっす。」
代金を支払い商品を受け取る、クレジット決済でも電子マネー決済 でも無くニコニコ現金払いだ。まぁ電子マネー決済は兎も角として未成年者がそうそうクレジットカードとか持てないしな。
「ほれ、みんなも食べてみてくれ。」
受け取ったメンチカツを俺は三人へと手渡すと律儀な事に川崎も留美も俺に代金を支払おうとする、しかし俺がそれを拒むと渋々ながら二人は財布を引っ込めてくれた。
「まぁ、代わりと言っちゃ何だが食べてみて気に入ってくれたらこの店ご贔屓にしてくれよ、留美はこの辺りは近所だけど川崎はちょっと遠いからあんまり来れ無いだろうけど。」
「ああ、ありがとうそれじゃあ頂きます、ほらけーちゃんも。」
「うん、はーちゃんありがとう、いただきま〜す。」
「頂きます八幡師匠。」
川崎と留美そして小さなけーちゃんまでもが確りと、御礼の言葉を口にしソースを少し垂らしてメンチカツを一口齧りつく、モグモグと口の中でその一欠片を噛むと三人の表情が劇的に変わった。
「美味しい」と異口同音に三人がそのメンチカツの味を称賛する言葉が紡ぎ出されると、ソレを作った店主のおじさんも満足気に頷く。
いやお世辞とか抜きにしてマジで美味いっすからね。
「おぅ気に入ってくれたか、実はな此処のメンチはテリー兄ちゃんのお気に入りでな、此方に来る度に絶対に寄ってく店なんだよ。」
「そうなんだ……」
俺がそう言うと川崎と留美が自らの掌の中のメンチカツを見つめる、彼女達なりに何かしらの思うところがあるのだろうか。まぁ女性の気持とか疎い俺にはその辺りよく解らんが。
「ハッハッハッハ、いやぁ〜っ実はそうなんだよ、何だかテリーさんウチの味を気に入ってくれてねぇ。此処へ来てくれる度に毎回十個はペロリとたいらげてくれるんだよ。」
「今年の夏は来てくれなかったけど秋には此方に来てくれるんだってね」と受け付けから身を乗り出しおじさんは朗らかに笑って、追加補足の解説を加えつつ右手の人差し指を店の軒先の上方を指ししめす。
その指の示す先を三人が目で追う。
「あっ、大っきいしゃしんだよ、さーちゃん!」
けーちゃんが見上げた先にあるソレに気が付き真っ先に声を上げ、それに川崎が「ああ本当だね、大きいね」と相槌ちを打つ。
けーちゃんが言う様に其処にはケースに収められたA4サイズの一枚の写真が飾られている。
「ねえ八幡師匠、テリー老師とこの小さな男の子達は八幡師匠とロックさんだよね、それと小さい女の子は小町お姉さんと、それから後はお肉屋の人達?」
「ああそうだよ、テリー兄ちゃんを中心にこの肉屋のみんなと一緒に撮った写真なんだよ、アレ。」
写真を見ながらの留美の質問に、俺はそうだと答えると留美はもう一度顔を上げ写真に見入る。あれッ?てか何気に留美はテリー兄ちゃんの事を老師って言ったけど、この場合は大師匠と呼ぶべきではなかろうかと思うんだが、俺自身が本来なら師匠なんて呼ばれる程の人間でも無いしな、その辺の事ちょっと考えてみるか。
「だけどまぁ、ウチの店もだけじゃ無くこの商店街自体の顔みたいなモノだからねテリーさんはさ、なっ八幡君。」
そんな事を考え答えを出しあぐねていたからか、俺は肉屋のおじさんから振られた言葉に(留美の事に思考の大半を使っていた為か、ちょっと虚をつかれた感じになってしまったが)頷く。
「あぁ、例えばあっちのジーンズショップも行き着けの店だし、其処の居酒屋のメニューは大抵制覇してるって言ってたし、向こうの酒屋の立ち飲みコーナーでは鳶とか左官屋のおっちゃん達と一緒にワンカップ片手に詰まみにスルメ食ってるしな。」
商店街の他の店舗を指差しながら俺はおじさんの言に追加補足を加える。
「ハッハッハッハ、そう言や何時だったかテリーさん言ってたな『なぁオヤッサン日本酒のツマミには
それな、テリー兄ちゃんって俺と違って大概は誰とでも直ぐに打ち解けられるから、あっと言う間に交友関係が広がって色んな人から妙な知識とか仕入れてソレをトークに組み込むんだよな。
まぁ、中には間違ったネタとか拾ってきてソレを話すもんだから笑いのタネになったりするんだけど。
それからほんの数分間程度の時間だが俺達は肉屋の軒先で残りのメンチカツを食べ終えるまで其処で過ごし、そうこうしている内に小町が合流し俺は小町の分のメンチカツを購入、それに拠り財布の中身がまた少し寂しくなる。
「それじゃご馳走様でしたおじさん、今日もすっけぇ美味かったっす。」
「はいよ、毎度ありぃまた来てね、留美ちゃんとけーちゃんもね。」
後から合流した小町がメンチカツを食べ終えるのを待ち、肉屋のおじさんに別れの挨拶をすませ俺達は鍛錬場へと向かう。留美は俺と同じ学区だからこの商店街は家から近いが学区の違う川崎は若干遠いから頻繁には来れ無いかもだが、川崎もけーちゃんもおじさんのメンチカツの味が気に入った様だし今後も脚を運ぶかもな。
「さーちゃん、おいしかったね。」
「うん、そうだね美味しかったね。」
「まあたべたいな。」
「うん、今度買いに来ようね。」
姉妹仲良く手を繋ぎ歩く二人の様子をまったりとした気持ちでニヨニヨと見守る俺と小町と留美、しかしそんな俺達の視線に気が付いた川崎は照れを誤魔化す為か、キッと眼光鋭く睨みつけてくる。何故か俺に対してだけ。
「………納得いかねぇ〜。」
その思いが口を吐いて出てしまった俺を小町が苦笑しながら『まぁまぁ今日の夕飯はお兄ちゃんが大好きなチーズinの煮込みハンバーグを作ってあげるから腐らないの』と俺の背中をポンポンと軽く叩きながら慰めてくれた、俺の妹マジ天使。
「うん、ありがとうな小町……っと何だ!?」
小町の思いやりに思わず感激の涙を流しそうになった俺を、右肩に掛けたスポーバッグのサイドポケットに差し込んでいた俺のスマートフォンがその時振動し着信を告げてきた。
「おっと電話みたいだな、ちょっとすまん。」
其処で立ち止まりみんなに断りを入れ俺はスマートフォンを取り出しモニターを確認する、其処に表示されていた意外な相手の名に俺は僅かに戸惑う。
「ん……春日野先生からだ。」
訝しく思いながらも俺は春日野先生からの電話に応答すべくスマートフォンを操作し耳に当てると、間髪入れずに春日野先生の元気な声が流れてくる。
「もしも~し比企谷君。」
「はい、比企谷っす。」
「あっ、ゴメンね急に、比企谷君今日は夕方の鍛錬はやらないのかな。」
「いえ、今鍛錬場へ向かっている途中です、もう五分もあれば着きますよ。」
そう言って俺の現状を伝えると春日野先生が要件を話してくれた、それはざっくりと言えば俺に会いたいと訪ねて来た人が居て、その人と一緒に春日野先生は俺がこの時間なら鍛錬場に居るだろうと推察した直接そっちへと向かったそうなのだが、肝心の俺が其処には居らず春日野先生は電話を掛けてきたと云う事だそうだ。
「はぁ、俺にっすか……まぁ別に会うのは構わないっすけどってかもう間もなくそっちにつきますから。」
「いや〜っありがとう比企谷君、いきなりでゴメンねぇ、じゃあ此処で待ってるから。」
俺は通話を切り、スマートフォンをバッグに片付けるとみんなに事のあらましを説明し鍛錬場へと急ぎ向う。
やがて鍛錬場として借りている雑木林へと向かう三十段程の階段の前に到着すると、その頂上から大きな声で俺を呼ぶ声が聴こえてきた。
「お〜い比企谷君!」
大きく手を振りながら俺を呼ぶ春日野先生の姿を見留め、軽く手を上げて春日野先生に挨拶を返し階段を登る。
鍛錬場へ向かい一段一段石段を登毎に次第に見えてくる情景。春日野先生の少し後方に一人の人影、シルエットが徐々に見え始める。
どうやらそれは浅黒い肌の色に頭頂部をドレッドヘアにしている様で、その特徴から中南米方面の人だと云う事が見て取れ、更に登る事でよりはっきりとその人物の全体像が見える。
黄色い道着をその身に纏い左手にカラフルな柄の(多分バスケットボールだと思われる)ボールを持つ、俺と変わらない年齢と身長の若い男がクチャクチャと口を動かしている。ガムでも噛んでいるんだろう多分。
「…………。」
どうでも良いが、いや良くは無いんだろうが、ああ言うのって何だか随分と挑発的ってか不遜な態度に見えるんだが。
変な風に揉め事になったりするのは出来ればご遠慮願いたい、内心俺はそう思いながら石段を登りきった。
鍛錬場へと到着した俺をその男は、僅かな時間だが値踏みする様に俺を観察したかと思うと、プクッとガム口元で膨らませるがほんのちょっとだけ膨らむと直ぐにプチッと音をたててガム風船は潰れてしまい、そのガムを男はサッと口内へと戻すとその口を開いた。
「……ふぅん、お前が八幡だよな。」
「ああ。」
その不遜な態度な問い掛けに、俺は一言返事を返すと俺とその男は互いに眼を合わせメンチを切り合う。
しかしこうやって睨み合う事をメンチと言うのの語源って何処から来てるんだろうな、さっきメンチカツ食べたばかりだから妙に気になる。こんな場面なのにな。
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そして事態は意外な方向へと向かう。
挑戦的で不敵で、それでいて好奇心が溢れているんだろうか、その中南米方面の国の民族だと思われるその男の眼にはキラッとした輝きが見て取れる。
しかしどう言う事だろうか、中南米方面と言えば俺が知っている人と言えばパオパオカフェのオーナーであるマイヤさんと、直接的な面識は無いがその弟子であるボブ・ウィルソンさんくらいだ。
そのマイヤさんとウィルソンさんが遣う技はカポエラだし……ん、ちょっと待てよそう言えば極限流空手って確かブラジル支部があったよな、そしてそのブラジル支部にはマルコ・ロドリゲス師範代が在籍していたよな。
この俺の眼の前に立つ男は道着を纏っている、と言う事はこの男は極限流の関係者なのか?
「なぁ川崎、それから春日野先生、もしかしてコイツは極限流の関係者だったりとかし……」
俺が正面の春日野先生と隣りにいる川崎の二人にそう問い掛けていると、その言葉を遮るようにその男が途中で言葉を被せてきた。
「はぁッ!?オマエ何言ってんだよ、俺はそんな極限流何てのは知らねえんだよッ!」
かなりの怒気を含んだ口調で其れを否定する、何だこの男は極限流空手の関係者じゃ無かったのか、だったらと脳内で推察を進めている俺の傍らから不穏な気配が微かに膨れた。
「ちっ……。」
極限流空手が侮辱されたと受け取ったのだろうか、努めて怒気を抑える努力をしながら川崎が眼光鋭く男を睨めつけている。
「アハハっ、まぁまぁショーン君そんなにムキになって変な風に否定しないのッ、いやぁゴメンね二人共。」
川崎のただならぬ様子に直ぐに気が付いた春日野先生が、素早く割って入ってくれた。ナイスです春日野先生、そのタイミングまさに電光石火の如し。
「比企谷君、それに川崎さん、彼はショーン君っ言ってね。何とあのケンさんの弟子なんだよ!」
えぇッ!?……ショーンと云う男の紹介、俺はその春日野先生から告げられ事実に一瞬思考停止しかけてしまった。
何故か、それは春日野先生の口から告げられた人物の名があまりにも意外だったからに他ならない、云うなれば攻撃手段が髪の毛だった程にな。
「かっ、春日野先生……あのもしかすると今先生が言ったケンさんって、もしかしてもしかしたりすると、あのケン・マスダーズさんの事だったり……とかするんでしょうかね?」
「えっ、ああうん、そうだよ!」
「ああサクラさんの言う通りだ、俺の名はショーン。ショーン・マツダ、アメリカ最強の格闘家ケン師匠の一番弟子だぜ。」
ちょっと話し言葉としては変になりながら俺が春日野先生へ質問をすると、先生は朗らかにあっけらかんとした声音でそれを肯定し、そしてショーンって奴が其れに続いての自己紹介でソレが事実だと肯定した。
いやちょっと待ってよマジで『マジかよ、マジかよ、マ…』と春日野先生の返答に俺の脳内ではその言葉が、スペクトルなエコーを響かせ木霊する『ZZRAK』と言う擬音を伴ってはいないがな。
後、どうでも良いけどこのショーンって奴は姓がマツダって云うんだな、という事は日系人なんだろう、道理で日本語が上手いはずだ。
「いやぁ実はね、ほら先月君と材木座君と初めて学校の屋上で会った日にさ、ケンさんとか春麗さんとか昔の知り合いの人達にメールを送ったんだよね、もしリュウさんと会う事があったら比企谷君と出会えたって事を伝えて欲しいって、お願いのメールをね。」
「何せリュウさんってば、携帯とかスマホとか持ってないからね」と付け加え春日野先生はタハハッと笑いながら頭を掻きつつその経緯を話してくれた。
そこから推察すると要するに春日野先生がメールを送った後にリュウさんはケン・マスターズさんと会ったって事なんだろう。
「十日程前の話だ、俺がケン師匠に稽古を着けてもらってた時にリュウさんが師匠の所へ訪ねて来たんだ。」
春日野先生の言葉を継いで、そのショーンって奴が答え合わせの解答を語りだした、それは何となくだが俺が推察した答えと近いものだろう。
「なるほどな、その時にマスターズさんがリュウさんにその事を話した、そう云う事なのか。」
「ああ、その通りだ。」
顎に指を掛けて俺が一人言の推察を口にすると、其れを受けてマツダが頷きつつ肯定する。どうでも良いがこのマツダって姓のスペルはMatsudaなのだろうか、それともロータリーエンジンでお馴染みのMAZDAなのだろうか。
まぁ普通に考えて前者だろうな、確かMAZDAはゾロアスター教の最高神である『アラフ・マズダー』から頂戴したとか、ってそんな事はどうでもいいですねマジで。
「半年前俺は正式にケン師匠の弟子として認めてもらい、その日も俺は早朝から稽古を着けてもらっていたんだ。」
「ほう。」
其の様子を語り始めたマツダの言に、きっと俺は傍目に興味の成分を多分に含んでいると思われるだろう、自分としてもハイなテンションで思わず『ほう』と相槌を打ってしまった。
まぁそれだけマジに興味を惹かれているのは紛れもない事実だし、しょうが無いよな。
「その早朝のトレーニングを開始して間もなく、その場にひょっこりとリュウさんがケン師匠を訪ねて来たんだ、其れから四日ばかりリュウさんを加えて俺達は合同トレーニングを行ったんだが、まあソコはお前には関係無い事だな。」
右手の親指で鼻っ面をコシコシと掻きながらマツダが得意気に語りやがる、それだけマツダにとってマスターズさんやリュウさんと過ごした修行の日々は誇らしい気持ちを抱かせるんだろう。
その気持には俺も強く共感を抱ける、きっと俺が兄貴達から格闘技を学ぶ日々の思い出とマツダのそれとは近しいものなんだろう。
「そんで其処でケン師匠がリュウさんに伝えたって訳さ、サクラさんからのメッセージをな。」
「そしてそれを聞いた時のリュウさんの表情がな、何て云うかすげぇ穏やかに静かに微笑んでいたんだけど、それは今迄に見た事も無い程にすげぇ嬉しそうな笑顔だったぜ。」
その世様な経緯があり、リュウさんな俺の事をマツダとマスターズさんに説明をし、それにより俺の存在に興味をもったこのマツダって奴はその好奇心を満たす為にわざわざ此処まで足を運んだ、と云う事らしい。ご苦労な事だ………。
「ああ、リュウさんそれだけ将来の成長を期待されているお前と云う男を俺自身の眼で確かめたかったんだよ。」
俺を睨めつけながらニヤッと嗤ってマツダはそう言い、続けて今度は自分語りを始めた、まぁわざわざ遠方からやって来たんだし此処は一つその語りを拝聴するとしよう。
「俺がケン師匠に弟子入りする為の条件として出された課題がリュウさんから一本取ってくる事だったからな、だからリュウさんがどれだけ凄え人かって事は俺自身が良く解ってるしな。」
思うにこのマツダって男は、ただ俺に対して興味を持ったって理由だけで、海を越えてこの日本までやって来た程の行動派だ、なのできっとマスターズさんに弟子入りを果たす為に何度も何度もリュウさんに挑んで行ったんだろう。
僅か数分前に会ったばかりのヤツだけど、俺には何となくだその姿が幻視出来る様な気がする。
「そうか、そいつは何てか態々遠くからご苦労さんだな、所でちょっと気になったんだがマツダ、お前結局リュウさんから一本取る事は出来たのか?」
が、それは置いといて俺はマツダに質問をしてみた、まぁぶっちゃけると単純な好奇心からなんだが、もしコイツがリュウさんから一本取れたのだとするとマツダの実力は相当なものだと判じても構わないって事だし。
「……………。」
しかしマツダは俺の問に無言を以て答える、そしてスーっと目線を俺から反らし上手く吹けない調子っ外れの口笛を吹く、はい
「あぁ、その、何だ、まぁ残念だったな。」
序に慰めの言葉を添え、俺は徐ろに肩に掛けたスポーツバッグのジッパーを開けると、その中を軽く漁り目的の物を取り出すとマツダの前に差し出した。
「コレでも食って元気だぜよ、まぁちょっとしたお近づきの印ってヤツだ。あと春日野先生もどうぞ。」
俺が差し出した小さな包を訝し気に眺めやるマツダと、微かに漂う匂いから其れが何なのか気が付きニコりと微笑む春日野先生、その二人の表情の違いに俺は何とも妙な面白さを感じる。
「あっ!これって下の商店街のお肉屋さんのメンチカツだよねっ、ありがとう比企谷君!これすっごく美味しいんだよねぇ。」
春日野先生がそう言って、にこやかにメンチカツを受け取ってくれたおかげでマツダも警戒心を解き、ソレに手を伸ばし受け取るが、春日野先生が言う様にソレが本当に美味いのかどうかとの警戒心はまだ解いてはいない様ではあるが。
「いや、まぁ春日野先生には材木座との鍛錬の時にドリンクの差し入れとか頂いてますから、そのお礼って事で。」
購入時よりは多少温度が低下してはいるが、それでもまだ温かさが残るメンチカツを春日野先生がホクホク笑顔で頬張ると、その様子を見ながらマツダも慎重に一口啄み咀嚼すると、忽ちのうちにマツダの表情が劇的に変化しガブリッとメンチカツに齧り付いた。
やはりマツダもこのメンチカツの味の虜になった様だ、そうであろう。
俺はその有り様にニヤリと北叟笑みたいところだが、どうにも俺のニヤリとした顔はちょっとしたヤッチャン顔だとの評価があるので控えておく。って放っといてくれてください!
「まあアレだな、日本の食い物も案外悪く無いよな、流石は爺ちゃんの故郷だけあるぜ。」
メンチカツを平らげ指先を舐め取りながらマツダがそう言う、其れにより俺はやはりこのマツダが日系移民の家系の人間だと確信出来た、まぁただ其れだけで別に何かを誇るとかそう云った事は考えちゃいないけどな。
「それだけじゃ無いよショーン君、この日本はさ、何と言っても君の師匠のケンさんの故郷でもあるし、リュウさんの故郷でもあるんだからね。」
マツダのちょっと捻ねた日本評に春日野先生が追加情報を加える、其処には意外な事実が含まれていた。
ってかマジかよリュウさんは兎も角まさかマスターズさんまでもが日本で育ったなんて知らなかったわ。
あっ、でも考えてみたらマスターズさんもリュウさんと共に剛拳師の元で修行したんだから日本で育ったてのも肯けるよな、リュウさん達の流派って確か流派名とか無くて秘して伝わってきた名も無き暗殺拳が源流だって話だったし、そんな流派の事が海を渡った国とかに伝わるなんて、かなり難しい話だよな。
「うっ、まあそうだけど……今はケン師匠はアメリカで活動してるし、リュウさんだって世界中を渡り歩いてるし。」
春日野先生の言葉に詰まりながら反論を試みるマツダだが、その反論はかなり分が悪いって事は本人も重々自覚がある様だ。
だいたい現在何処に居てどんな活動をして居ようとも、それまで辿ってきた経歴が変化するわけでもないしな。
経歴詐称はバレたらヤヴァいからね、後のリスクを考えればやらないに越した事は無い、君子曰く危うきには近寄らずだな。
まぁ故宍○錠氏曰く危うきは金になるとの事らいけどな、知らんけど。
「まぁ、それを言うんなら俺や川崎の師匠筋に当たる人達も大概アメリカ中心に活動してるんだけどな。」
それは奇しくもと言えるのだろうか、マツダの師匠のマスターズさんも極限流空手の創始者であるサカザキのご隠居とサカザキ総帥、そしてテリー兄ちゃんと俺達三人の師匠はアメリカを中心に活動している。
まぁ川崎はロバート師範の技をメインに継承しているし厳密にはそちらが師匠筋なんだろうけど、それと俺にはアンディ兄ちゃんとジョーあんちゃんと云う師匠も居るわけだが、あと序に十平衞先生も加えていいだろう。
「そう言われると、確かにそうだね。」
俺の言葉に川崎は頷き呟く、サカザキのご隠居が海を渡りそこに根付き広めて行ったのが極限流空手の始まりだからな、そしてやがて極限流空手は世界へと。
と、それはちょっと置いておくとして、結局俺は肝心の事を聞いて無かった事を今更ながらに思い出し、マジて今更ながらに其れを聞く事にする。そこいい加減茶番は漸く終わるのかとか思わないでね。
「まぁそれはそうとだ、で結局の処マツダお前一体何しにわざわざ此処まで来たんだよ、いやマジ『Youは何しに日本へ?』って思わず成田空港でおまえにマイク向けて問いたくなっちゃうだろう。」
何と無く察しは着いている、俺もマツダも名のある格闘家の弟子である訳だし、しかもマツダがマスターズさんに弟子入りするに際して出された課題がリュウさんから一本取ること、そしてリュウさんがかつて拳を交えた俺の事を覚えていてくれて、その話を聴いたとなると。
「まぁ、一勝負
コレはまた面倒な事になりそうだなと、俺はガシガシと無造作に頭部の髪の毛を掻きながらぼやくとマツダはニヤッと咲いながら『解ってんしゃねぇかよ』と応えた。
「まぁ俺だってガキの頃から兄貴達に鍛えてもらってるし、強者と拳を交えるのは吝かでは無いんだが。」
俺がそう言うとマツダはニヤリと不敵に笑い、その掌のバスケットボールを地面へと軽く打ち付け三回程バウンドさせると右手人差し指を掲げてその上で暫くボールを回転させる。
「へっ!ヤル気になったか、だったらサッサとやろうぜ。」
その行動を終え再び腰元へバスケットボールを戻すと、マツダは鋭い視線を俺へと向けながら闘いを促す。
「ああ、それは構わないんだが、その前にマツダ一つ訂正しておく事がある。」
そう、俺に対してマツダが最初に言った事に対し俺は大いに異議を唱えなければならない。
「ああ?なんだよそりゃあ。」
訝しげに問い掛けてくるマツダに俺も、ニヤッと笑みを浮かべて応えを返す。
「マツダ、俺は一人の格闘家としてお前の師匠であるケン・マスターズさんを高く評価しリスペクトしている、まぁ直にお会いした事は無いがな。
お前はそのマスターズさんをアメリカ最強の格闘家だと言ったが、それは違うぞ。
何故ならアメリカ最強の格闘家は当然俺の兄貴分、テリー・ボガードに決まっているからなッ!」
ズバッと右手人差し指をマツダに突き付けて俺は断言する、此れだけは絶対に譲れないアメリカ最強の格闘家は絶対にテリー兄ちゃんに決まっている、そしていつかそのテリー兄ちゃんを越えるのが俺とロックとの揺るがぬ将来の絶対目標だ。
「ぁあん!?何を言い出すかと思えば、お前なぁッ、誰が何と言おうとなぁアメリカ最強はケン師匠に決まってっんだろうがッ!」
「いいや違うな、アメリカ最強はテリー兄ちゃんで間違い無い!」
俺とマツダは互いの顔を近づけてメンチを切り合い、互いの師匠こそがアメリカ最強だと一歩も譲る事無く主張し合う。何処かで腐った趣味をお持の女子が鼻血でも吹き出しそうな気がしないでもないが、そんなモノでは断じて無い。
コレは所謂昭和のヤンキー宜しくな『駅へ着いたらとっぽい兄ちゃんとガンのくれあいとばしあい』な横浜○蝿の“ツッパリHighSchoolRock’n’Rooll”な世界訳だ。そこんトコロ夜露死ー苦。
「違うだろうが、ケン師匠だって言ってんだろうがッ!」
「テリー兄ちゃんに決まってんだろうが、現実を見ろよマジで。」
「ちょっと、お兄ちゃんもマツダさんも止めなよ、テリーお兄ちゃんとマスターズさん実際に闘った事無いんだから、まだ結果は解ってないんだからさ。」
一触即発状態で言い合う俺とマツダを小町が諌めに入るが、ヒートアップゲイザーした状態の俺達は中々止まらない。
「もうッお兄ちゃん、いい加減にしないとチーズinハンバーグ作ってあげないからね!」
しかし次に小町が発した強硬手段的な脅しの言葉に俺は、そのヒートアップして上がったボルテージを下げざるを得なくなってしまった。
小町が作ってくれるチーズin煮込みハンバーグを食えないなど、俺にとっては極刑に処されるに等しい事態に他なら無い。
「全くちょっとは頭を冷やしなよ比企谷も、そっちのマツダってたっけ、アンタもさ。」
小町の肩に優しく手を賭けながら川崎が俺とマツダを共に嗜める、流石はサキサキだ、俺と同じ下の弟妹を持つ千葉の姉だけはある。
故にこそ小町の事を安じ助け舟を出してくれたのだろう、3年B組金八○生出演当時の三原じ○ん子さんな雰囲気を醸しているのに、根はお人好しな姉ちゃんだ。
「っ……まあしょうが無いな、俺だってこんな言い合いの為にワザワザ日本まで来た訳じゃ無いしな。」
諌めに入った川崎に暫し見惚れ、マツダは頬を少し赤くして照れ隠しにかぶっきらぼうな調子でそう言って俺から少し距離を取った。
川崎はちょっとキツめに見えるけど美人だからな、その気持ちは解らんでも無い。
「まあ解ってくれれば良いんだけどね、それにだいだいねアンタ達勘違いしてるんだよ。
良い!?よく聴きなよ、アメリカ最強の格闘家は他の誰でもない、ウチのリョウ総帥に決まってるんだからね。」
前言一部撤回、サキサキも基本的には俺やマツダと同じ種類の人種だった。己の師匠筋が最強だと信じて疑わないんだな。 そして川崎も自分の師匠最強論争に参戦し論争は白熱する。
「ちょっとちょっと、君達すこし落ち着きなよ。」
春日野先生が俺達を窘めようと割って入ろうとするが、スミマセンが先生此処で引くわけには行かないんで、今少し勘弁して下さい。
「君達ねえ、本当に……。」
白熱する己の師匠筋最強論争、それを止めようとする春日野先生の気が、次第に大きく膨れていっているのを俺達は気配で気が付いてはいたんだが止める事が出来なかった。
それは恰もカ○ビーのか○ぱえびせんを食べてしまったかの如く、いや違うな……多分。
そして………。
急に周囲が真っ暗になったと思ったら何時の間にか………。
「三人共、少しは頭も冷えた様だね、フフッまさか川崎さんまでヒートするなんて思わなかったよ。」
その後ちょっとカオスな状況を春日野先生による手痛い介入をしてくれたお陰で、俺達は暫しのクールダウンタイムを経て精神的に冷静さを取り戻せた。
「すみません春日野先生、うちの愚兄がお手数をお掛けしました、ほらゴミいちゃんもちゃんと先生に謝りなよ。」
「せんせい、ごめんなさい、さーちゃんも“めっ”だからね。」
春日野先生から手痛いお説教を食らった俺達に代わって、小町が謝罪から間髪入れずに俺にも謝罪を促すと、それを見たけーちゃんが真似をして川崎を注意する。
俺は小町にゴミな兄ちゃん扱いを受けているが、その小町を真似て川崎を『めっ』するけーちゃんと来たらもう、何これかわいい。
「う……っぅ〜っ……」
春日野先生から食らったとんでも無い威力の技に俺達三人は小さく呻きながら立ち上がり、春日野先生へ頭を下げた。
「
「えっそうだった!?タハハハっなら私もまだまだ十分現役で行けそうだネ。
今の技はね『春獄殺』って言ってね、ある人の技を元に私なりにアレンジしたものなんだ。」
『にへっ』って感じににこやかに笑いながら、春日野先生はさっき俺達三人を鎮圧する為に使った技の名を教えてくれたけど、いやマジ何だったのんあの技は。
「アタシ達三人が僅か数瞬のうちに纏めて伸されるなんてね、もしかすると今の技は我が極限流空手の究極奥義、龍虎乱舞にも引けを取らないかもだよ。」
春日野先生から食らったとんでも無い超必殺技に対する評価を龍虎乱舞と比して遜色無しと判じる川崎。
マジかよ龍虎乱舞ってあんなにど偉い威力なのかよ、今の春日野先生の技は俺達三人に分散されてた分だけ最終的なダメージは一人一人には然程入っちゃいないが、もしまともに一人で食らったら……春日野先生怖い、龍虎乱舞怖い!
さて何だかんだとグダってしまったが、もうそろそろ本題へと回帰しなければなるまい、春日野先生の技を受けたダメージからは回復したが強張った身体を解すために三人揃って軽く柔軟。
「……よし、まあこんなもんだよな。」
流石に南米系の血を引くからだろうか、マツダがいち早く解し終えそう口にすると、ニッと笑い俺へと顔を向けてくる。
「ああ、それじゃいい加減本題に入るか。」
俺とマツダが互いに向き合い闘いに臨むべく肯き合い、そして審判を願おうと俺が春日野先生へと声を掛けようと先生へと向き直ろうとしたその時。
眼力を強めにして川崎が俺達の元へと近付き、そして思いもよらなかった一言を俺達に告げた。
「ねえ比企谷それとマツダも、悪いんだけどさ、仕合いだけど此処は私に譲ってもらえないかな。」
そう告げる彼女の背後には、メラメラと燃える様な闘気が俺には幻視された。
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闘う決意を固めた彼女の意志を尊重するのは間違ってない。
前回までの「やはり伝説の餓狼達が俺の師匠なのは間違っているだろうか。」は!
春日野先生から紹介された海外からの来訪者、リュウさんの兄弟弟子であり元全米格闘王ケン・マスターズさんの弟子だと云う。
その男の名は日系三世「ショーン・マツダ」
その男ショーン・マツダはケン・マスターズさんの元を訪れたリュウさんから俺の話を聞きつけて、態々海を渡り来て俺と一戦交えるつもりだったのだと言うんだから御苦労な事だ。日本までの渡航費だって馬鹿にならんだろうにな。
そしてマツダに対戦を挑まれた俺だったが、それに待ったを掛けたのが……意外!それは髪の毛ッ!
では無く俺の格闘仲間であり共に切磋琢磨し、また共に留美に格闘技を教えるクラスメイトの川崎沙希だったッ!。
「一体どう言うつもりなんだ、お前が自分から闘いを望むなんて正に黒騎士ブラフォ○ドが
その意外過ぎる川崎の申し出に俺は思わず『酒!飲まずにはいられないっ!』と言う事は無く(てか年齢的に駄目だし)只単に、話!聞き返さずにはいられないっ!ってだけなんたが。
川崎の格闘家としての力量はジョーあんちゃんや実際に手合わせをした舞姉ちゃんも認める処だし、それは数日間此処で共に汗を流したアンディ兄ちゃんも同様だ。
それに何よりも極限流空手創始者のサカザキのご隠居やロバート師範が、その将来を嘱望している程の逸材だし。
「………はぁ…アンタまた訳の解らない事を。」
キッとキツめの眼光を一度俺に向けて、直ぐに溜め息混じりに『アンタのソレには付き合ってられない』とでも言いたげに川崎はぼやく。
それから数秒の間を置くと、俺や留美から視線を外しながらポツリとその真意に至るであろう彼女なりの理由を語り始めた。
「そんなの別に意外でも何でもないじゃん、私だって極限流の門下の格闘家の端くれだし、それに。」
俺と留美を前に川崎は決意を以てそう告げる、ああ確かにな川崎も格闘家だけど、しかし川崎って妙な所で恥ずかしがり屋だったりする時があるんだよな、まぁその羞恥心を越えた時とかプッツンして開き直った時は肝が座ってメッチャ大胆になるけど。
「アンタも覚えてんでしょうあの日ご隠居が話してくれた事。アンタの師匠のテリーさんの師匠のタン老師や、アンタが出会ったリュウって人やあのマツダって奴の師匠のケン・マスターズの師匠との出会いがあってご隠居は極限流空手を編み出すに至ったってさ。」
川崎が言う俺も覚えているだろうと言っているのは、それはあの花火大会の日の事だ。アメリカからの来訪者『フランコ・ジュニア・バッシュ』と出会い、そのジュニアがひょんな事から材木座とパオパオカフェにて一戦交えた時にサカザキのご隠居が話してくれた、極限流とタン先生の八極正拳とリュウさん達の流派との意外な繋がりについて。
「ああ、その話なら確かに覚えてるわ。」
「沙希師匠、私も覚えてる。」
川崎の述懐に俺が肯定の返事をすると留美も心配そうな表情を見せながら共に頷き肯定する、まぁ留美もサキサキを師匠と呼び慕っているしな。
俺達の返答にうんと頷きサキサキは少し表情を和らげたかと思えば、直ぐにそれを改めて決意を込めた眼差しを見せて続ける。
「まあだからさ、そのリュウさんって人とマスターズさんの流派の流れを受け継いでいる、あのマツダって奴と手合わせしてみたいんだよねアタシもさ。」
成る程な、極限流とある意味密接な関係があるリュウさん達の流派の力をその身で直に確かめたいって事なのな、まぁ何だかんだ言ってもサキサキも十分に格闘家脳の持ち主なんだって事な。
「前にパオパオカフェで不知火さんと手合わせしてアタシ負けちゃっただろう。あの時は留美に何か格好悪いところ見せちゃったしね、だからアタシも少しはマシなところも見せたいし、それに最近はけーちゃんも空手に興味持ち始めたみたいだからね。」
サキサキは傍らにいる留美とけーちゃんの頭を優しく撫でながら、自愛に満ちた暖かな笑みを湛えた千葉の姉の顔で言う、俺もラブリーシスター小町や妹分の留美を見る時はこんな眼でみてるんだろうな。
そこ、お前の眼つきじゃあそんな優しさなんか現れる訳無いだろうとか言わないでね。
「そうかけーちゃんもなのか、まぁお前んところは大志も極限流門下生だしな、その影響を受けてたとしても何ら不思議は無いよな。」
まぁ小さい子どもってのはやっぱり身近な肉親の影響を受けやすいんだろうな、けーちゃんもまたそう言った肉親の影響を受けた子供の内の一人だったって事だ。
小町だって俺がテリー兄ちゃんに鍛えてもらい始めてから格闘技に興味を持ち始めて何時の間にか舞姉ちゃんに不知火流の技を少しずつ教わりはじめたし。
「うん、でも京華が知ってるのはさ此処でみんなとの鍛錬の様子だけじゃん、だけど結局のところ格闘家ってのはさ普段鍛錬を続けるのは実戦で勝つため、そんで大抵の奴は誰よりも強く在りたいって思いを持ってだろう、ご多分に漏れずアタシもそうだしね。
けど『勝敗は兵家の常』勝つ事もあれば負ける事もある。その結果大怪我したり下手を打てば命を失う事だってあるんだ、今はまだ京華も小さいから分からないだろうけどさ小さいなりに何か感じ取れるモノがあるかもだからさ。」
ああ、何ともまぁコイツはマジ俺とタメ歳なのに立派な格闘家兼千葉の姉としての立派な心構えと矜持とを持ち合わせてんだな、やっぱり子だくさん家族の
「なあ、けーちゃん。」
川崎の意志と真意を聞き終え、俺は膝を折り視線の高さをけーちゃんに合わせて呼び掛ける。
うん、こんなに近い位置から俺と眼を合わせても怖がったり泣いたり逃げたりしないで笑顔で接してくれるけーちゃん、マジ天使。
なぁ〜んて、感慨に浸ってる場合かーッ、と一旦置いて。
「けーちゃんは、さーちゃんや大志みたいに空手やりたいか?」
この小さな女の子にその気持ちを問う、子供らしいニコッとした笑顔で俺の問を聞くけーちゃんだが、俺には彼女の返事がどう答えるかは大体想像ができる。
「うん、けーかねおっきくなったら、さーちゃんやたーちゃんみたいに、えいやーってするんだよはーちゃん!」
小さな両手を大きく広げたり、見様見真似の正拳を繰り出したりしながら、けーちゃんは心の底から楽しそうに教えてくれた。
川崎と大志がけーちゃんの事を大事に思っているのと同様に、けーちゃんだって兄ちゃん姉ちゃんが大好きで、同じ事をやって一緒に同じ時を過ごしたいんだよな。
「そうか。」
「うん!」
俺はけーちゃんの頭に掌を置くとゆっくりと撫でつつ言えば、けーちゃんは元気に答えてくれた。何この天使このままずっと愛でていたい程めっちゃ可愛いんですけど。
まぁ流石に度が過ぎると比企谷八幡ロリコン伝説とか流布されそうだし、後ろの姉が修羅に変じそうだから自粛します。
「だとさサキサキ、まぁお前の思いも理解出来るし俺はそれでも構わんけど、一応マツダにも了解を得ないとだな。」
立ち上がり俺は川崎の要望に対し了承を伝えると、サキサキはフッと微笑み頷く。
「ああそれは勿論だけど、アンタいい加減サキサキって呼ぶんじゃないわよ。」
しかし俺は川崎により、終いには思っきり殺気の籠もった眼光も鋭くメンチを切られてしまった。
此れはアレだな、特殊な性癖をお持ちの方には途轍も無いご褒美に違いなかろうが、如何せん俺は至ってノーマルな性癖しか持ち合わせが無いからな、其処に恐ろしさしか感じんのだ。
「ハア〜っ!?俺にその姉ちゃんと闘えって言うのかよっ、八幡お前とじゃ無くて!?」
川崎と共に少し距離を置いていたマツダと春日野先生の元へと向い、二人に対し俺と川崎とで先の話を伝えるとマツダが素っ頓狂な声で聞き返してきた。
「おう、まぁ川崎のたっての希望でな。」
まぁそれも当然だろう、何せマツダの本来の目的は俺との対戦だったんだからな、この反応は致し方無かろうなと俺がマツダの立場だったとしてもそう思うわ多分。
マツダは訝し気に顎に手を添えて川崎を値踏みする様に彼方此方と見回す、てかこんな態度を取ってると相手を怒らせかねないぞマツダ。
「あァァんッ!?何さアンタ、まさか女相手じゃヤレ無いとか温い事を言うんじゃないだろうね、てかさそんなにマジマジと人の事を品定めしてんじゃ無いよ。」
そら見た事かよマツダ、お前ってば女子に対する対応がなってないんじゃねえのか、デリカシーってモノが無さ過ぎだろう多分。
「わっ、悪ぃワリぃ、別にそんな事は言わねえよ、俺の姉貴もかなり強いしさっきのサクラさんの技だって物凄えモンだったしな。ただ俺はリュウさんが評価していた八幡ってヤツとやってみて、リュウさんが評価するほどの奴かどうか確かめたいだけなんだって。」
両掌をピタッと併せて拝む様な格好でマツダはタジタジっと川崎に詫びを入れながら、自分に他意はないと否定しつつ自らの目的を再度川崎にと言うか俺達に伝えるが、川崎の方も一歩たりとも引かじとばかりに腕組みをしてマツダを睨む。
マジその佇まいたるや俺の親父達世代より多分以前のツッパリ全盛期のスケバンの如しだ。セーラー服にロングスカートプラス鉄板入りの鞄とか持ってたらバッチリだ。
「ねえショーン君、私はさ川崎さんとやってみても良いんじゃないかって思うよ。」
おっと、此処で進展しない事態に春日野先生がこの状況を打破するべくマツダに川崎との対戦を促してくれた。春日野先生メッチャ良い笑顔をしてますね、さしずめその心境たるや『オラわくわくすっぞ』ってところっすかね。
「えっ、どう言う事っすかサクラさん?」
その事態はマツダにとっては正に寝耳に水か青天の霹靂かってな具合だったんだろう、呆気に取られたかの様にマツダは手に持っていたバスケットボールを地面へと落としてしまってるし。
小さくバウンドするバスケットボールの弾む音がエコーの様に響く、それは今のマツダの心境を如実に現している、かどうかは知らんけど。
因みにその転がるボールをけーちゃんが楽しそうに追い掛けて行き、今はその小さな両手に収まっていたりする。
「それはねショーン君、君は知らないだろうけどさ、君の師匠のケンさんやリュウさんの流派と川崎さんの流派極限流空手とは過去に繋がりがあったんだよね。」
春日野先生はあの日、サカザキのご隠居が語った極限流空手とリュウさん達の流派との繋がりとをマツダへと語り聞かせる。
かの流派を学ぶ者のその先にある危険性、殺意の波動やそれに取り憑かれた豪鬼って人の事、エトセトラエトセトラってな具合にだな。
「まあ、そう言う訳でさ比企谷君との対戦も良いんだろうけど、川崎さんと対戦するのは君にとってもきっと多くの物を得られる結果になると思うんだ、それに何よりも川崎さんは君が思っているよりもずっと強い筈だよ。」
それに何より自分が川崎の闘いを見てみたいと、春日野先生は最後に偽らざる自身の本音をぶっちゃけワクワクとした表情でそう締める。
いやマジ、ぶっちゃけ過ぎじゃないっすか春日野先生、教師としてそこの処はどうなんでしょうかね。
「ねえマツダ、ハッキリ言って比企谷はアタシよりも強いよ、だからさアタシに勝てない様じゃアンタ比企谷には勝てないよ。」
それを受けて川崎もまた不敵な顔してマツダを挑発してるし、しかもさり気に俺との事まで言及してくれちゃってるし。
マツダの奴はそれを聞いて、俺と川崎の顔を交互に見比べたかと思うと、何やら腕組みして唸り始めたかと思えばイライラっと髪をガシャガシャと掻きまわすと。
「はぁ〜っ……あぁッもう分かったよ!やりゃあ良いんだろうやりゃあヨォーっ!」
と、ヤケクソ気味に声を荒げて遂に川崎の挑戦を受ける事を承諾してしまった。やっぱり女を相手にするのは怖いってマツダも内心思ってるだろうな。
まぁ、ある意味何て言うかご愁傷様ですマツダ君。
「じゃあ決まりだね。」
春日野先生が朗らかな声音によりその決定を告げ、川崎とマツダとの手合わせが此処には決定した。
今日、時に西暦202X年8月2X日。奇しくもそれはかつて共に修行の日々を過ごした二人の格闘家、サカザキのご隠居と剛拳師、その孫弟子にあたる二人が時を超えてその拳を振るい合う。
っても川崎の場合はロバート師範の弟子でもあるが、サカザキ!ご隠居の弟子でもあるんだからちょっと違うか。
対戦を前にして川崎とマツダは互いに距離を取り、闘いに於いて万全を期す為に柔軟、ウォーミング・アップを入念に行っている。
物事の如何に関わらず事前準備ってのは大事な事だ、たとえそれが仕事であろうと遊びであろうとバトルであろうともな。
「どうだ川崎コンディションの方は問題は………まぁい無いよ。」
軽やかにしなる彼女の肢体を確認しつつ俺は、彼女の現況に問題が無いと判じる。
柔軟を継続しつつチラリと近付いて来た俺へと目だけを向けて彼女は一言「ああ、アタシから言い出した事だしね問題があるなら最初っから言ったりしないよ。」普段通りのちょっと素っ気無い感じでそう川崎は答える。
「そうか、まぁお前に限ってありはしないんだろうが油断は禁物だ、さっきマツダ自身が言っていたがアイツがマスターズさんの弟子と認められたのが半年ばかり前だって。」
トレーニングウェアに包まれた均整の取れた靭やかで美しい肢体が軽やかに揺れ動く様を、俺の眼がそれを追う様に動こうとするが理性を総動員してグッと我慢。バレたら後が怖いからな。
「うんアンタの言いた事は解るよ比企谷、アイツのキャリアが浅いからって甘く見るなって事だよね。」
以心伝心って程のものじゃ無いんだろうが、川崎の方も俺が言わんとしている事をキチンと読み取ってくれている。
「おっ、おうまぁ此れはあくまでも俺の推測ではあるんだが、マツダは多分マスターズさんへの弟子入り以前に何某かの武術を学んでいたんじゃないかってな。」
でなければ、マスターズさんから出された弟子入り条件である『リュウさんから一本取ってくる事』をマスターズさんも課題として上げないだろう。
あのリュウさんを相手に格闘技の経験が無い者を送り込むなんて、ソイツに死にに行けと言っているに等しいし、また受ける方もそれなりに腕っ節に自信が無きゃ行かんだろうから………あぁいや世の中には自分の力量も把握出来ず自ら死地に飛び込むアレなヤツもいるわな。まぁマツダがそんな奴とは言わんけど。
「だろうね、アタシも何かそんな気がしてんだよね。アンタに勧められてマスターズさんの試合の動画とか見てみたけど、確かに極限流の技と近いモノも見て取れたよ、それにこの間の材木座とバッシュとの対戦の時も何と無く材木座の流派も近いものがあるかもって。」
柔軟を一旦止めて川崎は俺の推察を肯定し、そう付け加える。
材木座の流派、サイキョー流の技も基本構成は極限流空手やリュウさん達の流派と近しいし、更に最近は春日野先生から教えを受けてるし尚更だな。
「まぁ極限流やマスターズさんや材木座の流派の事は置いといて、多分だがマツダが習っていたと思われる武術はそれとは違うモンだと思うんだよな。ブラジルだったらカポエラとかパッと思い浮かぶけど、アイツ日系人だって言うから柔道とか古武術や空手は……まぁ考えても解らんな実際に手合わせしてみない事にはな。」
「そうだね、そこのところは実際に対してみて対応して行くしか無いだろうし、まあやって見せるよ留美や京華にカッコ悪い所は見せたくないし。」
気負いをまるで感じさせない優しい口調と優しい眼差しを少し離れている二人に向けながら川崎はそう答えた。
「左様で………。」
ああ此れは大丈夫なヤツだなと俺はソレに少しだけ安堵すると川崎から離れ小町達が居る位置へと向かおうと一言、激励とも言えなくもない言葉を掛けて彼女へ背を向け去る。
「そうだ、ねえ比企谷アタシこの一戦機会があれば当然狙って行くよ龍虎乱舞をさ、それと………アレもさ、アンタが名付けてくれたあの技もね。」
彼女のその宣言に俺は立ち止まり首を回して振り向くと、さっきとは打って変わって決意の籠もった眼差しを向ける雌豹がそこに居た。いや今正に急激に成長を遂げている美しくそして若き猛虎、ヤングタイガーの姿を俺の目は其処に見出し言葉に詰まる。
「おう、まぁ期待しとくわ。」
若干吃りつつ俺は一言その気持ちを誤魔化しつつ答えて「そんじゃ」と片手を上げて再び歩み出す。
おぉ、これって我ながら結構クールじゃね。さながら深夜の病院からエリ○さんの献身を見て安心し去り行くスピ○ドワゴンの姿とタメ張るくらい。
「ソレとさ、アンタがアタシの身体をジロジロ見回してたって雪ノ下達にも後で報告しておく。」
なんて思っていた時期はほんの数秒で終わりを告げてしまい、俺は川崎から十三段の階段を登る宣告書を突きつけられてしまった。
このタイミングでソレを言いますかね川崎さん、しかも見てみると何かすっげえ悪戯っ子みたいな顔しているし。
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サキサキとマツダとの闘いの幕が切って落とされるのは間違っていない。
当作品内に於けるショーン君はケンさんに正式に弟子入りし半年程が経過している設定の為、名もなき暗殺拳の技である波動拳、昇龍拳、竜巻旋風脚の三つの技ケンによる指導が行われゲーム、ストⅢ時よりも強化されていると思っていただけると幸いです。
さて、川崎との話を終えた俺はマツダと川崎との中間、二等辺三角形的な形成されその頂点っぽい位置にスタンバってる春日野先生の元へ向う。年齢や立場的に春日野先生が二人の手合わせのジャッジを務めるのが妥当だと満場一致って程大袈裟なものでも無いが兎に角それで可決されたからなんだが、まぁ当然の帰結ってヤツだよなコレは。
「あの春日野先生ちょっと聞きたいんですけど、あのマツダって奴はどんなヤツなんですか。」
春日野先生の側へと寄り俺はマツダについて尋ねるのだが、それは別にアイツの格闘スタイルとかを知りたいって理由ではなく、マツダの為人とか気性とかいったものを知りたかったからだ。
「えっ!?あははっ、いやぁ実は私もよく知らないんだよねショーン君の事さ、何せね私も今日初めて会った子だからねぇ。」
春日野先生は俺の問に苦笑成分をタップリと混じえアッサリとそう答える、まぁ確かにさっきの話だとマツダがマスターズさんの弟子と認められたのが半年程前の事だっていうし、現在春日野先生は総武高校で教鞭を執っているので学生時代の様に頻繁にストリートファイトに明け暮れていられる時間などありはしないだろうから、先生とマツダに面識が無いってのは尤もな話ではある。
「まあでもさ、ケンさんが今回の件を許可してるって事は、あのショーン君の実力か若しくは将来性を見込んでるからじゃないかなと思うんだよね。」
川崎から数メートル程離れた対面側にてウォーミングアップの柔軟を行っているマツダを優しく見つめつつ、春日野先生がまるでそのマツダの姿に何と形容すべきか、そうだなその姿にかつての自分を重ねているとでも言っておこう。
リュウさんと出会い憧れ、そのリュウさんを追い掛ける様に格闘の世界に飛び込み、材木座の師匠で叔父である火引さんはじめ多くの格闘家と出会い拳を交えてきた自身の青春時代を懐かしんでいるのかも知れないな、と憶測してみる。
「ケンさんもさ『俺の不肖の弟子がそっちに行くけどよろしく頼む』なぁんて言ってたしね。」
「へぇ、それってもしかして所謂『可愛い子には旅をさせよ』ってヤツなんすかね。」
さも楽しげに語る春日野先生に俺は思わず少し無粋かと、言った後に思ってしまう一言を付け加えてしまったが、当の先生はプッと吹き出して笑い。
「アハハ、そうかもね。うんケンさんもきっとショーンくんに色んな体験をしてもらいたいって思ってるのかもだね。」
と、やはり楽しげに眩しい笑顔で答える。ああきっと春日野先生のこの前向きで元気な為人が材木座の叔父さんやマスターズさんをはじめとする多くの格闘家の人達に愛される源なのかもな。
格闘技を学ぶ事が無ければまちがいオタクな陰キャにしかなっていなかっただろう俺とは大違いだな。
おっと閑話休題、春日野先生のその言葉に俺はすぐ隣りにいる留美に目を向ける。千葉村での一件で知り合い、何だかんだと格闘技を教える事になった少女。
「ん……何、八幡師匠?」
俺や川崎の事を師匠と呼び慕ってくれているが、俺は果たしてマスターズさんの様に安心して留美を旅立たせられる程に技や精神を鍛え上げてやれるだろうか。
「……いや、何でも無いよ。」
留美の頭に右手を乗せて、そのサラサラの黒髪を軽くクシャっとかき回しながら俺はそう一言。てかその前に先ず、俺自身が兄貴達からそう思ってもらえる程に成長する方が先だわな、と己を戒めとこう。
「うぅ〜っ、もうっ子供扱いしないで!」
プイッと外方を向き俺からの扱いに不満をもらす留美だが、何もそんなに急いで大人になる必要は無いと思うんだがな俺は。
どうせ放っといても時間が人を成長させてくれるし、まぁ放っといて何もしなけりゃ身体だけ成長して精神面のそれが伴わない何て事に為りかねないけど。
身体を解し終え心身共に戦闘準備を完了させた二人が間に春日野先生を挟み、数メートルの距離を間に対峙する。川崎は力強い眼差しとキリリと引き締まった表情で、マツダは川崎よそれとは違い少しヘラヘラとした緊張感の欠片もない、悪く言うと相手を舐めている様な態度も顕にし、手にしたバスケットボールをバウンドさせたり人差し指の先端でクルクルと器用に廻したりしている。
闘いを前に相手を挑発してるつもりなんだろうが、川崎の実力を知る俺からするとその態度は頂けないと思うんだがマツダにはマツダのやり方があるんだろうか、例えば挑発行為を行う事で相手の冷静さを奪おうとか。
まぁ経験を積んだ川崎にそれは通用しないだろうが、マツダの奴もリュウさんやマスターズさんに認められ弟子となってんだし、何某かの持ち合わせがあるのかも知れない。
「うん、二人共準備はいいみたいだね!」
俺がその様にマツダの挙動にアレやコレやと推察している内に春日野先生は此れから拳交える二人のコンディションを確認し、行けると判断し声に出し呼び掛ける。
「はい、大丈夫です。」
「OK!何時でもイイぜっ!」
姿勢を正し一礼を以て春日野先生に答える川崎と、ボールをイジりながら太々しく応えるマツダ。
そして春日野先生の後方、少し離れた位置からその様子を見守る俺と小町と留美とけーちゃん。
「うん、それじゃあその前にショーン君そのバスケットボールは私が一旦預かろうか。」
春日野先生がマツダに向けてその手を差し出しボールを受け取ろうとするが、マツダは首を横に振り。
「イヤさくらさんそれには及ばないぜ、さくらさんには此れから俺達の闘いのジャッジをしてもらわなきゃならないからな、ヘイ八幡!」
マツダは春日野先生へ断りを入れるや俺の名を呼ぶと、その場で軽やかにジャンプすると綺麗なフォームで空中からボールを俺に向けて放り投げる。
そのボールは静かな音を立て放物線を描きながら向かい迫り、俺はそれを両手でキャッチした。
「悪いが預かっていてくれよ。」
悪びれる様子もなく俺へバスケットボールを投げ預けたマツダはサムズアップまでして見せて、ついでの様にそう一言を放った。
「おう、まぁしょうが無いわな、取り敢えず預かっとくわ。」
マツダをひと睨みし、次いで俺の掌の中に納まったバスケットボールに眼を移して俺は了承した。
何気に先の綺麗なフォームでボールを放ったマツダに、俺は同じバスケ好きなテリー兄ちゃんとマツダが出会ったら、案外同好の士として気が合うかも知れない何てどうでも良い事をふと考えてしまった。
「ああっとな留美、それにけーちゃんも、ちゃんと見ておくんだぞこの手合い。」
俺は預かったバスケットボールを左腕の脇に挟み、俺の左右両隣にてマツダと対峙する川崎を見守る二人の少女の頭頂部に手を添えてそう呼び掛ける。
まぁ俺がそう言うまでも無く、留美もけーちゃんも当然この二人、川崎とマツダの手合いを見届けるんだろうがな。
「……八幡師匠?」
躊躇いがちに留美は顔を見上げ俺に呼び掛ける、おお今回は子供扱いするなって言わないんだな、八幡ちょっと一安心などと巫山戯た発言は今はすまい。
「留美……お前が師匠って呼んでる
舞姉ちゃんとの闘い敗北したとは云え実戦の経験を積み、ジャストなタイミングで来日して来られたサカザキのご隠居とロバート師範に短期間ではあったが鍛え直してもらえ、その実力は更に向上した事だろう。
「うん、沙希師匠は強い。」
留美は俺に向けていた瞳を川崎に戻すとそう断定する。俺と同じくそれをよく知る留美の静かな声音ではあるが、その声音には其処は断固として譲らないとの思いが込められている様で、そしてその声音にも負けぬ程の強さを秘めた様な輝く少女の黒瞳からもそれは見て取れる。
「うん、さーちゃんはつよい!」
けーちゃんもまた無邪気に朗らかに、そして幼女らしく元気良く姉の強さを心から信じている。
なぁ川崎、闘いに集中している今お前に二人の声は聞こえていないかも知れんけど、お前の二人の妹達はお前が勝つ事を疑いもしちゃ居ない様だぞ。千葉の姉としてもコイツは何があっても負けられないな。
構えを取り正面から相対する川崎とマツダの二人は春日野先生から告げられる対戦開始のコールを今か今かと待ちわびている事だろう、全ての確認を終えた春日野先生が二人から離れた俺達の方へと数歩後退してその歩みを停めて右手を挙げる。
「それじゃあ行くよ二人共、レディーッ……」
春日野先生のその掛け声に川崎とマツダは構えたその身にグッと力を込める、正に二人共にその身から溢れ出ようとする闘志を迸るエネルギーを解放する瞬間を………。
「ファイトッ!!」
今、迎えた。
初手、案外川崎もそうなのだが、本日初対面で受けた印象からマツダも性格的に負けず嫌いなヤツだろうと思い、互いに初っ端からガチの打ち合いが始まると俺は予想していたんだが、現状はそんな展開にはなってはいない。
川崎は構えを取りながらゆっくりとしたリズムを刻みつつ相手の動きに即時対応、迎撃戦を想定している様だ。対してマツダはこれまた同様に構えその顔には不敵な笑みを顕しつつ、リズミカルに大きく身体を揺すり時折体勢を低くしダッシュする素振りを見せるが直ぐに体勢を戻したりとフェイントを見せて川崎を揺さぶっているって感じだな。
それは恰も開戦直後相手こそが奇策を用いて来るであろうと予測し、自身はその動きに対応し応戦しようと身構えていたが為にありきたりな艦砲射撃戦にて互い消耗戦を演じてしまったバーミリ○ン会戦を想起させられるかの如し、な訳無いな相手の手の内が解らないんだから普通の対応だろう。
「ヘイヘイ!どうしたんだ?俺の実力をヒシヒシと感じて動けないってのか、だったら俺から行っても良いんだぜ!?」
「……………。」
己の鼻頭を右手の親指で一擦りしてマツダは川崎を挑発するが、それには乗るかとばかりに沈着冷静に無言で対応する川崎。
マツダ自身彼女と対峙して解ったんだろう、己が向き合う相手が生半可な格闘家じゃあ無いって事が。それが解ったからこそマツダは現状に焦れて勝ち気を誘われたか、吐いたセリフからもそれが窺えるな。
「シャッ!行くぜぇ!!」
威勢の良い宣言を高らかに告げるとマツダは川崎へと向いステップを刻み歩を進める、軽やかなその足取りはスピード感十分で瞬く間に互いの打撃が届く距離へと至る。
「わっ、疾い!」
とマツダの今の一連の動作を見取った小町がそう評し俺も「だな」と同意する、ちょっと見での推察たがマツダは南米系特有の柔軟な身体能力を有しているんだろう。
以前に動画で見た事があるマイヤさんの弟子であるウィルソンさんの動きに近しいモノを感じる。
「加えて身体の柔軟性が凄そうだな。」
縦横無尽に身体を揺らし中間距離から揺さぶりを掛けるマツダの動作を俺がそう評すと小町と留美もそれに頷く。
川崎とマツダのとの手合わせを見ながらも俺は心中にてマツダに対する考察を進めてみる、マスターズさんの元に弟子入りしたのが半年前だと云う話だがそれ以前にも何らかの武術を学んでいた事は理解できる。
ではそれは何なのか、何となくだがそれはカポエイラでは無い様な気がする。例えばこの数十秒間に見せたマツダのフェイント動作、時折その身を低く屈めてタックルを仕掛け様とする仕草から組み付きを狙ってる様に思えるのが先ずは挙げられるかな。
そこから想像するにレスリング、或いは柔道か、いや南米ならばグレイシー柔術の可能性も微レ存。
いや十平衛先生から多少柔道を学んだ身としては、今の処マツダの所作からは柔道っぽさは感じられんしならば。
「もしくは古流、古武術なのか、やっぱり?」
正解かどうかは解らないが俺は一つの解答を見つけ出し呟く、個人的にはそれを大きな声で闘う川崎に伝えたいって思いが
「シッ!シュゥッ!」
「フッ!」
連々と俺がそんな思考を進めている間にも互いの距離が近づいた事によりマツダの動作に変化が現れ始めていた、それまでは身体を揺すったりなどの動きによるフェイント主体だったが其処に拳や脚を使った動作が加わりだした。
しかしそれは牽制や相手の出方を窺うレベルの軽いジャブやローキックを放つ程度のモノで、川崎もソレを的確にアッサリと躱したりガードによるブロッキングやパリングで切って落とし有効打を全く貰っちゃいない。ヤルなサキサキ、速さならマツダに負けちゃいないし、身体的にも女性特有の柔らかさ、柔軟性があるし。
「シュッ!シュシュッ!セイヤァッッ……チィッ。」
それにも負けじと攻撃を仕掛けていたマツダだが、その
勢を立て直そうと思ってか一旦その手を止めて後方へと下がり川崎との距離を取り、忌々しげに舌打ちを打ちやがった。
「ヘヘッ、思ってたよりもずっとヤルみたいだなアンタ。」
「そりゃどうも。」
称賛と忌々しい苛立ちとが綯い交ぜになった様な複雑そうな感情が顕になった、そんな複雑な心境を言語化してマツダは川崎を称するが、ソレを受けた川崎はと言えば何時もの素っ気ない一言を返事として返す。
「うわっ、サキサキの通常営業パネぇな。」
俺の口から漏れ出たその一言に川崎が瞬間俺をキッと眼光鋭く睨み付けるが、今の俺は果たして悪かったのだろうか。いやまぁ真剣勝負の最中に要らん声を出してしまった事に付いては俺に非が在れども、ある意味俺は闘いのさなかに冷静さを失わないサキサキの肝の座り様をを称賛している訳でして……と通じませんよねこんな半端な
「わあ…さすがはゴミぃちゃん小町達には言えない事を平然と言ってのけるッそこにシビれもしないし!あこがれもしなィ!だよ。」
其処に挿入されるのは共にこの勝負を見守る小町からの何の感情も篭っていない平坦な声音での突っ込みでした、小町ちゃんってば何気にジョジョネタを使ってくれているんだが感情の籠らぬその声に俺は喜びの一欠片も見い出せないです。
「おう、突っ込みありがとうな小町ちゃん。」
例え其処に感情が篭って無くともネタ突っ込みをしてくれた小町に礼を述べて俺は闘う二人に改めてその眼を向けると。
「何か外野がウルサイけど気にする必要も無ぇよな、それよりもアンタとのこの勝負すげぇ楽しいぜ、へっこりゃあエンジン全開で行けそうだぜェ。」
「ああ、もう何かウチの身内がゴメン、気にしなくて良いからねアレの事はさ
。」
闘う二人には“外野とかアレ”呼ばわりをされると云う不本意極まり無い扱いを受けてしまうと哀しき現実が待っていた。嗚呼……眼から青春の心の汗が滴り落ちるぜ。
「じゃあ此処から仕切り直しと行こうぜ!」
「そうだね。」
そして良い感じにお二人さんは解り合って通じ合って盛り上がっているんですね。
いや別にそれは良いんですよ俺としても、格闘家として本気で拳を交えられるってのは最上の喜びでもあるんですし、ってまぁ格闘に興味が無い人からすると『態々自分から怪我や痛い思いをしに行くとか超あり得ないんですけど』って感じなんだろうがな。
「オラオラ行くぜぇッ!」
「掛かって来なッ!」
遠間からマツダが再度リズムを刻みつつ不敵に笑いながらそう宣言すると、川崎もまたニヒルに笑みを浮かべて男前に相対する。いやサキサキが美人で実は家庭的だって事は知ってるけどね。
「うぉーッ!」
気合を込めて大きく吼えながら数メートルの距離をマツダはその体勢を低く構えて突進する、その体勢は明らかにタックルからの組み付きを狙ってのものだろう。
そして案の定マツダは両の
「甘いッ!」
言うが速いか川崎は間近まで迫ったマツダのタックルをあっさり躱して後方へと大きくジャンプする、目標を見失ったマツダはこれにより大きく体勢を崩す事だろう。
「へっ、ソイツはどうかなっ!?セイリャァーッ!!」
しかしどうやら意外にもマツダにとってこの結果は想定済みだった様で、タックル中断し直ぐにキャンセルを掛けると一歩後方へとバックステップし、空中に逃れた川崎目掛けて大きく山なりの弧を描きながらの飛び蹴りを繰り出す。
しかし。
「決まったなこりゃあ。」
空中に逃れてしまえば迎撃の仕様が無いと普通常識的に考えるだろうな、マツダよお前の狙いは良かったと俺も思うが、残念ながら在るんだよな極限流空手にはな。
「飛燕龍神脚ッ!」
空中からあり得ない角度で降下しながらの強烈な蹴り技、ロバート師範直伝の必殺技『飛燕龍神脚』がマツダの放った浴びせ蹴りを打ち殺しつつカウンター気味にマツダへと強烈で鈍い打撃音を響かせて突き刺さった。
「グハッ……ッ。」
その威力にマツダら口からくぐもった喘ぎ声を小さく漏らしながら、吹き飛ばされ、川崎はそのマツダへと突き刺した脚をそのままヤツの身体をまるで跳び箱の踏切板の代わりの様に扱い空中で宙返りを決めて華麗に着地する。
時を同じくしマツダの身体は肉を打つ嫌な音を立てて強かに地へと叩き付けられる、サカザキのご隠居とロバート師範により鍛え直された新生サキサキが実戦にて対し与えたダメージワンって所だろうなコレは。
「………ふっ。」
着地決め直ぐに構えを取り直すと川崎は一つだけ深く息を吸い、そして吐き出すと油断なく倒れ伏すマツダへとその視線を向けると、その倒れ伏すマツダへと向い前進する。
ヤツが立ち上がると同時に駄目押しのラッシュを仕掛けようと思っての事だろう。しかし結果は残念ながら川崎の思惑通りとは行かなかった何故ならそれは。
「フッ、あらよっとっ!」
ダウンしていたマツダが地に背を預けた体勢から下半身を大きく振り上げ、その勢いと上半身の撥条とを利用してスッと立ち上がり素早く迎撃の体勢を取ったからだ。
「……フッ、そう来なきゃね。」
川崎は突進を止めてクールに微笑み立ち上がって来たマツダを称賛する、さしずめ格闘者としての血が滾ってきたってところだろうな。
「おー痛っててぇ、へっやっぱヤルなぁ
首をコリキっと鳴らしながらマツダはそう嘯き口から出た言葉と同様にさも面白げに笑い構える、此処にこの仕合いの第一幕が終わり続けて第二幕が始まろうとしている。
果たして勝利の女神の微笑みが何方に与えられるのかそれは未だ解らずってな。
実は拙者、ストⅢはリュウ、ケン、豪鬼の3キャラ以外使用した事が無い為、ショーンの動作等は対CPU戦でしか知らないと云う事を断っておきます。
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川崎対マツダ、闘いは新たな局面へ。
川崎とマツダとの闘いの火蓋が切っておとされ、その初手川崎が繰り出した飛燕龍神脚がマツダに叩き込まれ豪快に見事なダウンを奪う形となった。
だがしかし、強かにダウンさせれられた側のマツダはと言えばさも何事も無かったかの様にひょいと立ち上がり川崎へと立ち向かって行くのだが、此処で少しこのエピソードを巻きで行ってみよう。
まぁ所謂中略とでも言えば良いだろうか、決して手抜きをする為では無いと思って頂きたい。何故かと言えばだな要は同じ事が数度繰り返されたからだったりする、起き上がりしなマツダは再度川崎へと果敢に攻め入るのだが、その攻め方が一度目のダウンを喫した時と同じ様に先ずはフェイントを多用し川崎を幻惑しようとし、そこで川崎が反応を示すと待ってましたとばかりにマツダが技を繰り出すんだが、結果川崎に反撃を喰らいダウンする。
そして起き上がっては果敢に立ち向かう、その繰り返しに正面から相対する川崎は若干嫌そうな表情をその整った美貌に現す。
「痛っー…まいったぜこりゃあ、認めるのはちょっとばかり癪だが今の時点ではアンタの方が実力は俺より上だぜ、へへっ。」
立ち上がり鼻頭の汗をその黄色い道着の右腕で拭いマツダはニヤリと嗤いながらそう宣うのだが、この晩夏の夕刻まだまだ夏の残滓は一月近くは続きそうな気温の中だし、その身に汗を滴らせる事は何ら可怪しくは無いのだが、しかしあれだけ川崎に返り討ちに遭ったにも係わらず少しもダメージを受けた様には思えない事を俺も、そして直にヤツと闘っている川崎など俺以上にヒシと感じ義門にている事だろう。
「……そりゃ当然だろうね、アタシはこれでも九年間極限流門下生として鍛錬を行ってきたんだから年季が違うよ。何だったらアンタ此処でギブアップでもするの?ちょっと消化不良な感じもするけど負けを認めるんならそれでもいいんだよ。」
油断なく、その構えを解く事無く内心の違和感を抑えて川崎がそう問うと、それを受けてマツダも『馬鹿言っちゃいけないぜ』とでも言いたげな面構えで言い返す。
「バカな事言っちゃ行けねえぜってんだ、まさかリュウさんから聞いてた八幡以外にもこんなに強ぇ奴が居るなんて思っても無かったからなぁ、こんな面白い事なんて滅多に無いだろうし折角だからもっと付き合ってくれよ。」
と思えばマツダが本当にそう言いやがった、しかもほんの一瞬チラリとだけマツダはその視線を俺へと移して。
「……まあ良いんだけどさ、だったらアンタもっと本気でぶつかって来なよ、さっきっから下手なフェイントや騙し技使うばっかじゃん?」
マツダからの返答に川崎は“つまらん”もしくは“がっかりした”かとの思いを滲ませた感を丸出しにマツダを煽るが。
「へへっ、何言ってんだよコレだって立派な戦術ってヤツだぜ、悔しかったらアンタこそ力で俺を捩じ込んで見ろよってんだ!」
人差し指をクイクイっと挑発的に動かしマツダが川崎を煽り返す、確かにマツダが言う様にフェイントやフェイクってのも戦術として組み入れる事は大いに有りだろうが、川崎としてはかつてサカザキのご隠居が出会ったリュウさん達の流派の技と真正面からガップリとぶつかりたいんだろう。何だかんだで川崎も極限流の門下生、その志向は格闘家脳である事間違い無し。
「ッ……ああだったらアンタの言う通りにしようかねッ!」
それを証明するかの様に川崎が若干イラッとしたのか、ムキになってその挑発にのっかってしまう。言うが早いか川崎はその身に素早く気合いを込めるとマツダに対して攻勢に出ようとするのだが、何故か後方に三歩程軽やかにバックステップし距離を取り、そして。
「龍撃拳ッ!」
攻撃の体勢を空かさず速攻で整えて気弾をマツダ目掛けて繰り出す。
「来た来たぁッ!こんなもん打ち落としてやるぜぇーっ!」
だがそれをマツダは恰も読んでいたとばかりにそう叫ぶと左半身を前方へと向け半身に構え、左腕を前方へと突き出し肘を直角に曲げて迫りくる川崎の龍撃拳の気弾の到来に併せ、そして。
「ハッ!」
数舜の遅延もなく的確に己目掛け飛来してきた闘気の弾丸をその手で
それは川崎サイドに立つ俺から見ても見事なと形容しても良いタイミングだった、マツダ自身は自らを称して川崎よりも実力は劣ると言ったが、それでも今後マスターズさんの元で鍛錬を積めばかなりの手練となるだろう、多分だが。
おっとそれよりも今は川崎とマツダとの闘いに意識を向けよう。
川崎の龍撃拳を打ち消したマツダは、まるで残像を引き連れる様に高速で攻撃の体勢をとる、両腕を側部後方へと向け両の掌の間に迸る気力のエネルギーを溜めると、それを前方へと突き出そうとする。
「ヨシッ今度は此方の番だぜ、行くぜぇーッハドゥーケェ「飛燕疾風脚ッ!」なっ!?」
マツダが学ぶリュウさんとマスターズさんの流派の気弾『波動拳』をおそらくマツダは繰り出そうとしていたのだろうが、そのマツダの反撃を潰す為に繰り出された川崎の前方へと突進して放たれる突進蹴りから回し蹴りを二連撃で繰り出される蹴り技『飛燕疾風脚』がマツダへと迫る。
事此処に来て俺にも解った、おそらくだが川崎はこうなる事を読んでいたのだろう。マツダの挑発的な発言にさっきはプッチン切れた様に見えていたが、どうやら川崎は冷静さを失ってはおらず(俺もそうだが、川崎も先の様な状況で気弾を放つに際して相手がとう対応するかを幾つか想定していただろう。例えばガードによる防御、左右何方かへの回避行動、そして空中へと飛び上がっての回避や同様に気弾を放っての相殺を狙うとか)敢えて威力をセーブした龍撃拳を放ち技後の硬直を短時に済むように調整していた様だ。
「何ッ!?ヤベッ!」
その事態にマツダは慌てて波動拳のモーションを解き防御態勢へと体勢を変えようとするが、このタイミングでは先の様にブロッキングは間に合わないだろう、精々がガードが間に合うかどうかといったところか。
そして川崎の飛燕疾風脚の初段がマツダの腕へと着弾する。
「ぅグぅッ……」
やはり俺の予想通りマツダは辛うじて防御する事が出来はしたが、飛燕疾風脚の威力の前に軽く後方へ押し込まれてしまい、呻き声を小さく漏らしてしまう。
「まだまだッ、そりゃアーッ!」
しかしそれにも構わずに川崎はガードしたマツダの腕に飛燕疾風脚の二段目の高速の回し蹴りを強引に叩き付ける、ビシッと肉を打つ音を響かせて。
「ぐぅっ………うわッ。」
そして川崎の回し蹴りの強烈な威力の前にマツダのガードは耐久値を上回るダメージを与えられ、脆くも崩されてしまった(それはまるで金目当てでそのおこぼれに与ろうと近寄って来た太鼓持ち達が、その金が無くなった途端に離れていくかの様に。金の切れ目が縁の切れ目、やはり世の中はマジに世知辛い)それにより川崎の前に無防備を晒してしまうマツダ。
当然その無防備な状態のマツダを放おっておく川崎では無く、後方へと弾かれたマツダに追撃を掛ける。
「ハァッ!幻影脚ッ!」
大上段から下段までの超高角度に蹴りを乱発し、相手に無数の蹴りを見舞う超高速の連続蹴りが川崎のトレーニングウェアに包まれたスラリと長く美しい脚より放たれる。
ガードを崩され蹈鞴を踏んでいたマツダだったが、幻影脚を放つ川崎とマツダとの間には僅かながら距離がありその幻影脚はマツダには僅かに届いては無い、筈なのだが。
「なっ、何いッ!?うわっ!」
その幻影の如き無数の高速で繰り出される蹴りの範囲にまるでメ○粒子、いやその蹴りにより其処に真空でも発生しているかの様にマツダが吸い寄せられる。その様子たるや吸引力の高い某掃除機の如しだな、あな恐ろしや。
「うげっろばぼゥ!!??」
閑話休題、ダイソ○の掃除機もとい幻影脚に吸い込まれたマツダの肉体は、無数の蹴りにより発生した不思議空間を空へと持ち上げられその場に固定されビ“シビシビシビシ”と十数発の超高速蹴りを強かに叩き付けられる。しかも何か変な呻き声を発して。
「うわぁーッ……」
断末魔って程では無いが、幻影脚の止めの一撃を喰らい叫声を上げながら吹き飛ばされるマツダ。今度こそはタフなアイツも相当なダメージを被った事だろうな、それだけ今の幻影脚は俺達から見てもバッチリと決まっていた。
「……お兄ちゃん、やっぱ凄いね沙希さん。」
サカザキのご隠居やロバート師範をはじめとする極限流一門のトップに立つ御歴々が認める川崎の才能、だが九年の鍛錬により磨かれたそれに足りぬモノがあった、それは実戦経験だ。
しかし今年になり、春に俺とそして今夏には舞姉ちゃんと実戦を経験し更にサカザキのご隠居やロバート師範に鍛え直され、加えて俺や留美と共に鍛錬に励みその実力は確かなモノとなっている。
「あぁ、川崎の実力は手合わせをした俺もよく知っている筈なんだがな、改めて解ったわアイツあの時以上に強くなってるな。」
だからその感慨を俺は小町の問い掛けに素直に返す。その一言だけを返して俺は幻影脚によりダウンしたマツダに目を向ける。
「………けど………」
もうそろそろ川崎の攻撃のダメージがマツダに重く伸し掛かってきても可怪しくは無い筈だ、幾ら奴が異様なタフネスを持ち合わせているとしてもな。
だが、それでも俺にはマツダに対しての懸念が晴れない、それは先にマツダが語った事に由来する。
マツダのマスターズさんへの弟子入りに際しての課題として、リュウさんから一本取ってくる事を課題とされマツダはそれを実行する為にリュウさんに対して立ち向かって行ったと言う。何度も何度も倒されては立ち上がり立ち向かったと。
昨秋俺はこの場所でリュウさんと相対した、その場に静かに佇んでいるだけでも醸し出される強者としての貫禄或いはオーラとでも評すれば良いだろうか。それは俺の師であり長兄ともいえるテリー兄ちゃんに勝るとも劣らぬ程の。
そのリュウさんとの闘い、初陣とは云え俺はほとんど何もさせて貰えずほぼ完封負けを喫し、挙げ句最後に食らった昇龍拳により二十分以上もの時間意識を刈り取られてしまった。
それだけの技量を備えるリュウさん相手に何度もって、一体マツダには何が在るんだ。まさかあの『お師さん……むかしのように……もう一度ぬくもりを…』で有名な某南斗の聖帝様と同様、肉体の何かが常人とは逆に付いてたりするとか……まぁそりゃ違うよな。
「痛っう〜っ。」
そしてマツダはそう言いながらムクリと半身を起こして自分の腹部を摩る、これ迄と違い直ぐに起き上がらないところを見るに川崎の幻影脚は其れなりのダメージを与えたのだろうが、それでも決定打とはならなかった様だ。
「……驚いたよ全くさ、アタシの技をあれだけ受けといてまだ起き上がれるなんて、一体どうなってるのさアンタの身体は?」
痛いと言いながらその顔には苦痛の色がほんの少ししあ見て取れないマツダに、さしもの川崎も僅かだが驚嘆を禁じ得ないと言ったところだろうか、そうマツダに問うってか問わずにはいられないよなマジで。俺だってそうしてるわ。
「へ!?イヤそんな事聞かれてもなぁガキの頃からじいちゃんに古武術習うのにすげえ扱かれてたし、今でもケン師匠に色んなトレーニングメニューを科されてるしな。」
だから“そんなもん当然だろう”と言わんばかりにマツダは語るが、確かに鍛錬に拠って心身が強化されるってのは尤もな御意見ではあるが、モノには限度ってのがあるだろう。
例えば俺達も気を巡らせ肉体の防御力を強化したり出来るが、だからといって機関砲やロケットランチャーの砲弾に耐えられる程の強化なんぞ出来はしないし、あぁいや何もマツダが軍事兵器とかに耐えられると言っている訳じゃ無いんだが。
「いやだからってアンタね。」
「いや、格闘技を学んでる奴ならそれは誰だって一緒だろう。」
川崎と俺は思わずマツダに突っ込みを入れる。ついでに多少は不知火流をかじっている小町と最近格闘技を学び始めた留美も俺達の突っ込みに頷く。
「そう言われてもなぁ、まあアレだ強いて上げるなら俺って昔っから身体が柔らかいってじいちゃんにも言われてたっけな。」
「いや、タコとかの軟体動物じゃ無いんだからいくら何でも……」
顎に指を当てマツダは俺達の突っ込みに対して答え川崎が突っ込みを入れるが、しかしマツダのその答えは俺の推測の内の一つに合致していたりする。
肉体の柔軟性に依って多少はダメージを吸収出来るって事はあり得るのかも知れないと俺は思う。例としてあげると俺がいなし技として使用する『スリッピングアウェー』だっ首周りの筋肉をしっかりと鍛えあげて強化し且つ肉体の柔軟性有ってこそ繰り出せる訳だしな。まぁその上で実戦で繰り出すには反射神経とか先読みとか必要なんだが。
「おっとそんな事よりも良いのかこんなにぺちゃくちゃと話なんかしててよ?まあ俺としては少しでも体力の回復が望めっからありがたいんだけどよ!」
マツダが発したからかい混じりのの問い、ほんの短い時間ではあるがこの問答の間に確かに幾許かの体力やダメージの回復は生されている事はマツダの様子から窺える。
起き上がりしな擦っていた腹部に手も当ててはいないし、ふてぶてしい笑みを浮かべて両手を腰に添えて身体を左右に振っている。
如何にもそれは自身の肉体はもう回復したぜってアピールとプラス相手を挑発する為の行これ見よがしの動だろう。ホントいい性格してんなマツダ。
「ああ、そうだね。まだ闘いは終わっちゃ無い、此処からがクライマックスだよ!」
だが川崎は今回はその挑発には乗らずただ現実を見据えどっしりと構えてマツダに相対している、少なくとも彼女のその外見上はそう見て取れる、俺には。
「おう!それじゃ勝負の再開と行こうぜッ!」
マツダもそれに応え身構える。二人共気合は充分、川崎が言った様にいよいよ此処からがクライマックスになるのかもな。
「ヨッシャァッ!行くぜぇ!」
掛け声一声、二人揃って同時に駆け出す、そして再開される二人のバトルは二人共に接近戦を選択し打ち合いが始まる。
「シッ!ハァッ!」
「セイッ!フッ!」
さっきまでこれ見よがしでオーバーアクションなフェイントを多用していたマツダだったが此処に至りそれが鳴りを潜め、繰り出すフェイントは攻撃の合間に加えるテクニカルなモノに取って代わっている。
「はぁ、マツダのヤツ普通に闘えるじゃあないかよ。」
何方もクリーンヒットは未だ当ててはいないが、実の中に虚を巧みに混ぜ必殺の一撃を加える為の空きを作り出すべく使い分ける。
「うん、やっぱさ沙希さんの方が巧いけどさ、マツダさんも頑張って沙希さんに喰らいついて行ってるよね。」
小町俺の呟きを拾い頷くとマツダの奮闘を評価する、この辺りの基礎技術はマスターズさんに仕込まれたモノか或いはマツダの言うじいちゃんに仕込まれたモノなのか。
「シュ!シュッ!セイッ!」
「ハッ!ヤッ!チェストォッ!」
数十秒に渡り繰り広げられる二人の接近戦は徐々に単発だはあるが有効打が当たり始める。マツダの打ち下ろしの右手刀が川崎の左肩部を打ち据え、川崎の右正拳がマツダの左頬を深々と抉り込む。
「さーちゃんがんばれぇ〜!」
「頑張って沙希師匠!」
「沙希さ〜んファイトですよ!あっでもマツダさんも負けないで頑張って下さい!」
千葉の可愛い妹達のこれまた可愛い声援が闘う二人に送られる。俺も個人的には川崎に声援を送りたいところではあるが、此処はちょっと自粛する、何故なら敵地と言っても差し支え無い日本に単身乗り込んで来て闘うマツダに何時しか俺は敬意を払いたくなっていたからってか何気にウチのマイエンジェルコマチエルがマツダにも声援を送っている。
どうやら小町も俺と同じ様に思っているんだろう流石は血を分けたマイシスターだ以心伝心気持ちが通じ合っている。そして流石は千葉の兄妹、この通じっぷりは承太郎とホリーさん以上だな。
続いて川崎のミドルキックとマツダの足刀蹴りがぶつかり合い二人はその反動が双方にとってのカウンターとなって弾け飛ぶ。
だが此処で川崎とマツダとのウェイトの差が出たのだろう、逸早く体勢の立て直しがなったのはマツダの方だった。
序盤から技巧により優勢に闘いを進めていた川崎、マツダのフェイントを多用する戦法に遅れを取る事も無く完封と言える状況だったが、打たれてもへこたれない異様なタフネスを発揮するマツダを相手に思いの外スタミナの消耗があったのかも知れない、肉体的にも精神的にも。
「おぉッと!もらったぜェ!」
ほんの僅かな、数秒にも満たない時間体勢の立て直しが遅れた川崎に向いダッシュを掛ける。この対決に於いて初めてマツダに絶好のチャンスが訪れた。
「なっ!?しまっ……」
ダッシュで川崎との距離を詰め射程距離へと入ったマツダは技を繰り出す体制へと入る。
グッと腰を捻り込み大きく踏み込んで空へと飛び立つ様に高速の回し蹴りを放つ。
「トルネェーィドッ!」
川崎を襲うマツダの高速の横回転連続回し蹴り、リュウさん達の流派の技で式名称は『竜巻旋風脚』だったか。それが鈍く大きな打撃音を響かせ川崎の身を打つ。
「グハッ……ッぁぁ……」
マツダの放った連続回転蹴り、竜巻旋風脚は計四発が川崎にヒットする、その最後の一撃を喰らった川崎は大きく吹き飛ばされ遂にこの闘いに於いて初のダウンを奪われた。
「はっ……ははっ……よぉっしゃあぁッ!やったぜぇッ!」
マツダはガッツポーズを決め、大きく口を開け喜びの声を高らかに上げる、実力差のある相手に一本決められた事が嬉しくてたまらん。その気持ちが分からんでは無いがマツダよ川崎は未だ終わらんぞ。
「ふぅッ、はぁ……参ったねこりゃ……アタシもまだまだ修行が足んないね。」
うつ伏せで寝そべった状態から両手で半身を起こし、片膝を立ててからゆっくりと起き上がりながら川崎は自嘲気味に言う。
「おっ、何だよもう起き上がるのか、何だったらもう少し休んでても構わないんだぜ。」
戯けた調子でマツダは茶々を入れるが、その顔は何処か嬉しそな表情をしてるし、マツダも川崎が立ち上がってきた事を喜んでいるんだろうな。口では休んでろ何て言ったが本当はまだやりたいってか。けっ、これだからバトルジャンキーはって誰だよ鏡見ろとか言った奴は。
「……バカ言わないでよ、たった一度や二度のダウンでくたばる程アタシは
大まかに自身の外観上の肉体的ダメージを確認しつつ返す川崎、その様子から冷静さも失ってはいないしダメージも然程では無い事が俺達観戦者からも窺い知れる。
「けどまあ、キャリアは短いとは言え流石はケン・マスターズの弟子だね、アンア結構やるじゃん。」
ニヤリと構えを取りつつ敵手とその偉大な師をを評する川崎、一杯食わされたとは言え彼女が知りたかったマツダの流派の技をその身とその目で確かめられた事を喜びを感じている様だな。痛い思いをしてそれに喜びを感じるなんてマゾとか思わんといてほしい、格闘家たる者多かれ少なかれそう言った気持ちは大概持ち合わせているもんだ。
「へへっ、ソイツはどうもお誉め頂き光栄だぜ!」
軽くジャブ、ストレートとワン・ツーのシャドーを披露しつつマツダは川崎に返す。此方もクリーンヒットを奪えた事で手応えを感じ、この手合いに充実感を味わっているのだろうか。
「待たせたね。」
戦闘態勢を整えた川崎が構えを取り直しマツダに声を掛ける。
二人の講義に分類すると源を同じとする二つの流派の遣い手の闘いはいよいよ最終局面へと向かうのか。
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そして迎えし決着の刻。
川崎とマツダの二人がほぼ同時に放った蹴りがカウンターとなり、その反動による体勢をいち早く立て直し竜巻旋風脚を川崎へとヒットさせたマツダ。序盤から川崎が優勢に進めていたこの勝負、初めてマツダが川崎に対してまとまったダメージを与える事に成功した。
とは言え現時点ではまだ川崎の優勢である事には変わりが無い様に思われる、故に此れからどの様に動けばマツダが挽回を図れるかは未だ未知数ってところだろうな。
「しょッ!ソラァーッ!」
「ハッ!ヤァッ!セイッ!」
中近距離での互い主導権を奪い取るべく瞬く間に攻防が入れ替る、片方が拳を繰り出すともう一方は受け流しかと思えば流れる様に体勢を変えては水面蹴りを繰り出すし、バックステップで回避しては相手が体勢を立て直す前に逆撃を加えよう気弾を放ち……。
そんな攻防の間にも着実に二人の体力、精神力共に削られて行っているだろう。何せこの蒸し暑い残暑の中での闘いだしな、それにより此処ら辺りから何時行動選択判断のミスが起こっても不思議はなかろう。
「行くぜ!ドラゴンッスマッァシュッ!」
「ハァッ、セイリャァッ!」
そして近接戦の最中に偶然なのか必然か二人はほぼ同時にその身を僅かに屈めた体勢から放ったのは、アッパーカットのモーションから全身のバネを極限まで使い豪快に身体ごと翔び上がり相手の顎をうち貫くマツダの『昇龍拳』と川﨑の『龍牙』だ。奇しくも二人共に龍の名を冠する技がぶつかり合う。
「ぶっ、ぐわぁ〜……っ……」
「グッ…あぁーっ……」
互いの顎を強かに打ち付け合い弾き飛ばされた二人は背中から地へと墜落し数秒間のダウンの後立ち上がり向き合うと、二人共瞬時に自身の身体の状態を確認し問題無しと観て取り相手へと向き直ると再度突進、再びの接近戦へとなだれ込む。
今の、再度のある種のクロスカウンターにより二人の顎付近には打撃により内出血でもしたのか少し赤く腫れて見える、美人が台無しになってしまうからできれば川﨑にはあまり頭部や顔面には傷を負ってほしくは無いと思うのは俺のエゴなのだろうな。だが格闘者としては相手と己の力量を比べ合って殴り合いをやってる訳だし、そうもいかんだろうってのは解ってるんだがな。てかそこの君お前だってサキサキの事ぶん殴っただろうが!とか言わないの。
「……………ん!?」
更に続く攻防、しかし此処で俺は闘う二人に否正確に言うならばより川﨑の方にだが違和を感じた。
「すぅ、すぅ、ハァー……」
この闘い、比較的優勢に進めていた筈の川﨑の方がより頻繁に呼吸を整える為に小さく吸って吐いてを繰り返している。
単純に数値化してダメージ値を算出とか出来ないが、それでも与えたダメージは川﨑の方が高い筈だ。幾らマツダの耐久力が高く柔軟性に富んだ肉体をしているとしてもだ。
なら、だとすれば考えられるのは精神的な疲労だろうか。そうだな例えばこの仕合いの序盤から川﨑は優勢に事を勧めてはいたが思わぬマツダのタフネスぶりや鬱陶しいフェイント動作に苛つかされ不必要に神経を使う羽目になって、そのせいで気力を消耗してしまったとか。
「ねえ八幡師匠……勝つよね、沙希師匠!?」
共にこの一戦を見守る留美も川﨑の様子を訝しく思ったんだろう、不安気な眼差しを俺に向けて小さな声でそう問うてくる。
「……あぁ、大丈夫だ留美。けーちゃんと留美が応援してりゃあ川﨑は負けないさ、知ってるか留美、千葉の兄ちゃん姉ちゃんはな妹達の応援がありゃあ絶対無敵なんだ。どのくらい無敵かって云うとだな元気が爆発して熱血が最強ってくらいだ、だから信じて見守っていてくれ川﨑の事を。」
「………うん。」
俺の返答に留美は眼差しに、力を取り戻したかの様に強く俺を見つめると静かに頷き、闘う川崎へと視線を戻すと小さな声で『がんばって沙希師匠』と声援を送る。その隣ではけーちゃんもまた留美と同様に、川﨑に対し一生懸命に可愛く声援を送っている。
しかもそして何時の間にか二人は互いの手を繋いでいるし、今が闘いの場面で無ければ俺はこの妹達の貴すぎる光景を前に確実に尊死していた事だろう。
「お兄ちゃんさ、今留美ちゃんに何気にいい事言ってあげた感出してるけど、これでもかって位ネタをぶち込んでたよね。沙希さんとマツダさんが闘ってる大事な場面なのにさぁ、もう小町的にこれ以上無いくらいにポイント低すぎだよホント、だからゴミぃちゃんなんだよ。」
ジトッとした眼差を俺に向け小町の遠慮会釈無い辛辣な一言が俺に突き刺さる。しかし俺のぶっ込んだネタを理解出来ているって段階で、それなりに俺と親父によるオタク洗脳の効果が自分に現れてる事に気が付いているのやら。
「あいよ、何時もの情け容赦の無い突っ込みありがとよ小町。」
まあ言うだけ言ったからいいやとばかりにもう俺の事はアウトオブ眼中ってな感じに、小町は闘う二人に目を向けこの闘いの展開を見守る。
だが、俺は見落としてはいなかったぞ小町さん。俺にそう言い終え川﨑達の方へと顔を向けるその時、少しだけ頬を赤らめて更にぽしょりと小さな声で『まあ、留美ちゃんを安心させる為に言ったって所は高ポイントだけどね』とな。
残念だったなぁ小町ッ、我が八幡イヤーは(都合のいい時だけ)地獄耳ィィィイイイ!
何だかんだと言ってしっかり俺の事を見てくれているんだからな、全くもう本当に可愛いったらありゃしないぜ、日本語でデレる妹の小町さんったら。こうなりゃもう小町√に突入するしか……(ソグリッ)ハァッ!?何だ今の寒気は。
気の所為だよな……うん気の所為気の所為、止めよ今は俺も川﨑とマツダに集中だ。
「ほれっ!シュ!あらよッ!」
「………ッ!」
龍牙と昇龍拳との相打ちから立ち上がり川崎とマツダの二人は、今はさっきよりも少し距離を開き対峙しているんだが、さっき迄とは打って変わってまたもやマツダが序盤の時の様に巫山戯たフェイントや挑発を繰り出し始めた。
川崎へ向けて“べろべろばー”や“ハナホジ”をやってみたり、届きもしないパンチや蹴りの動作を見せたりと遣りたい放題だ。対して川崎はやはりと言うべきか努めてクールを装おうとしているが、溢れる苛つきを隠しきれてはいない。
「オラオラ、どぉしたどぉしたぁぁぁっ!?」
マツダの川崎に対する挑発の言動はまるで、以前春日野先生から聞かせてもらった材木座の師匠で親戚筋の叔父さんである“火引弾”さんの戦法を思い起こさせるモノがある。
ぶっちゃけ、もしこれに相対しているのが川崎では無く俺だったとしたら、うん。マジもう思いっきし『プッツンオラ!』しているわ、それだけマジ見てるだけでも苛つくモノがあるわ。
「はっ!呆れたねアンタ、さっき迄の技巧を尽くしたファイトは一体何だったのさ。」
「へっ、何言ってんだって、そんなに苛つくなって姉ちゃん。俺もさっき言ったよなコレも立派な戦術だってよ。」
そして案の定闘う当事者たる川崎も同様に、否当事者なればこそ俺以上に苛ついているのだろう、マツダにその意を問わずにはいられ無かった様だ。対してマツダの返答もまた先程と変わらずである、しかしコイツ案外強心臓してんのな。ちょいとキツめの美人の川崎にあんなおっかない鋭い眼光で射竦められてんのに呑気に言い返しやがるし。
まぁ、しかしケン・マスターズさんの弟子をやってんのならそれくらい強気でないと務まらんって事だろうとでも思っておくか。
「そうかい、だったらッ!」
苛つき、怒りのボルテージがマックスを迎えた川崎がその一言と同時にマツダへと向い突進してゆく。
きっと川崎はこう考え決意したのだろう『そんな小細工なんぞ力で強引に捻じ伏せてやる』と、その判断を実行に移すべく川崎はマツダの元へと向ったのだろう。
「ハッ!ハッ!フンッ!セいりゃァーッ!!」
ショートレンジから川崎がマツダの要らんフェイントやガードを崩すべくスピード重視のパンチと蹴りの連打を、ガードなんぞ構うものかとマツダに叩き付ける。
ビシビシとマツダのガードの上を打つ打撃音が鈍く響く、結果防戦一方に陥っているマツダも流石にこれには“手も足も出ない”状況に陥っている、様に……一見するとそう見えるだろうが、ガードに隠れたマツダの目と口はニヤついている。
「うん、ショーン君ってば案外役者だねぇ。」
流石は春日野先生だな、いち早くそれに気が付くとはな。ガードでその表情を川崎に見せない様にしているが、バトルステージから距離を取り全容がほぼ見て取れる観戦者からは丸分かりだ。まぁ偶々マツダが此方側に正面を向けているからなんだがな。
「すね、一見川崎に攻められて防御一辺倒な状況に追い込まれた風を装っちゃいるけど。」
「おっ、流石だね比企谷君も気付いてるね。」
俺が先生に言に同意するとチラッと此方を振り返り春日野先生が俺を評してくれた。まぁこの仕合いのジャッジを勤めている関係上直ぐに闘う二人に注視するが。
「まぁ、元がボッチ気質だっただけに他者の挙動とか言葉の裏側とかを粗を探すのは得意分野でして。けど何処までお人好しで人の出来た兄貴達や大切な人達と出会ったお陰でそう言う面が多少はマシになっちゃいるとは思いますけど。」
「あはは、そか……まあそれは置いといて川崎さんは性格が真っ直ぐなんだろうね。」
ですね、俺の事は置いときますよねぇそりゃあそうだ。うん知ってたよ八幡。
「川崎は四人姉弟の長女ですし、下の子たちの面倒も確りと見てますしね、責任感も半端ないですし。まぁそれが行き過ぎる事もあるんでしょうけど、それに何よりもアイツは格闘家として極限流空手に誇りを持ってますしね。」
だからこそ正面から正々堂々と闘うことを是と捉え真っ向からの勝負に拘るのだろう、だから外連味だらけの今のマツダの様なファイトスタイルは苦手なのかもな多分。まぁ後は実戦経験の不足も多少はあるだろうがな。
「そうだね、けどショーン君みたいなタイプの相手を攻略出来れば、川崎さんはまた一歩格闘家としての高みに行けるんだろうけど。」
春日野先生が彼女をそう評し、俺もそれに同意する。俺達が会話を交わしている間にも川崎の攻撃は続きビシビシと打ち付ける、そして川崎はいよいよ痺れを切らしたかマツダに対し強引な一撃を叩き込もうと大きなモーションを、大きく右腕を引いて右正拳を放とうと構える。
「いい加減アンタも手を出して来なぁッ!」
そして、掛け声一閃それを打ち込むべく繰り出すが、しかしそれこそがマツダの待ち構えていた瞬間だったのだろう。それに気が付き俺は。
「ハッ!不味い川崎ッ!!」
思わず声を上げ川崎に注意を促すが時既に遅く、川崎は正拳突きをマツダに向けて繰り出してしまった。
「シュウッ!」
「なっ!?」
川崎の右正拳にタイミングを併せて「シュウッ!」なんて声を出して動くマツダ(ファースト○ンダムのアイキャッチも斯くやだ)は突如ハイスピードでしゃがみ込む。
あまりのジャストなタイミングとスピードに川崎はどうやらその瞬間マツダを視界から見失ったんだろうか、驚愕の声を上げる。
「もらったぜ!」
川崎は此処に取り返しの付かない失態をおかしてしまった、超近接距離から無防備を晒す川崎に対してマツダは必殺の昇龍拳を放つ絶好のチャンスだ、しかし……何を考えたかマツダの奴が放ったのは昇龍拳では無く、事此処に及んでも奴がやらかしたのは。
しゃがんだ状態から大きく腕を伸ばし川崎の完全まで上げ繰り出したのは、パーンッ!と乾いた音を点てる両の掌。所謂それは猫騙しってヤツだ。しかしその手を叩き合わせる音と共に風圧が川崎の目に影響したのか。
「しまっ、うぁ!?」
思わず反射的に目を閉じてしまった、敵を目の前にこれは拙すぎる。
そして彼女に訪れる最悪の瞬間。連打に繋げる気なんだろうマツダがショートアッパーの構えを取り、それを打ち放つのだが。
「サ スーンクオリティ!!!」
「はあぁぁあ!?」
マツダがショートアッパーを放つに当たり叫んだ技名に俺は思いっきし呆れの声を上げてしまった。コイツ今何て言った!?嘘だろオイ、そう思わずにはいられんだろうコレ。
まさかJr以外の外人キャラがこんな場面でネタをカマスか!?
「よっしゃあ往くぜッ!!」
だが、ネタは兎も角そのショートアッパーの威力は洒落では済まず川崎はその身を僅かに空へと持ち上げられ大きな隙を晒している、当然これはマツダにとっては連撃を入れる絶好のチャンスだ。
「ハドゥーケェーン!」
無防備な川崎に向け波動拳を放つマツダ、しかしその波動拳を放った直後普通ならその反動で若干動作が硬直してしまう筈だなのだが、マツダはそれを恰も掻き消すかのようにハイスピードの残像を引きつつキャンセルし次の動作に入りそして。
「次行くぜ、喰らえッ!」
掛け声と共に波動拳を喰らった川崎を追い掛けショルダータックルを決め、更に数発のパンチを浴びせ川崎を空に浮かしたまま、次の動作に移る。
「ハイパーットルネェードッ!」
川崎を襲うマツダの残像付きの超竜巻旋風脚、鈍く大きな連打音が連続して重なり聴こえ遂に川崎を大きく吹き飛ばす。
おそらくコレはマツダの超必殺技クラスの技なのだろう、きっとこの技により川崎は甚大なダメージを被ってしまった事だろう。
「あ……あぁぁぁぁっ……」
痛撃を受け途切れ途切れの悲鳴を上げて川崎が此処に再びダウンを喫してしまう。
「さーちゃーん!」
「沙希師匠ーッ!」
堪らず悲鳴の様に川崎の名を呼ぶ二人の妹達、これは痛烈なダウンだったし少女達が声を上げるのも当然だ。
「ツー、スリー……」
しかし春日野先生はそんな少女達の思いも置いて冷静に春日野先生らカウントを進める。勝敗は兵家の常とは言えど俺も格闘技を通して親しくなり、共に留美に技を教える同氏たる川崎が痛烈に打ちのめされる姿を見るのは途轍も無く辛いが、妹達の手前今はそれを見せる訳にはいかんだろう。
そんな事を俺がやろうものならけーちゃんも留美も今以上に悲痛に胸を痛める、なのでそれはジッと我慢する。それに俺は彼女を、川崎を知っているからな。川崎は此処で終わるようなタマじゃ無いって事を。
「ファイブ、シック……」
「……っ、くぅッ…」
春日野先生によるカウントの進む最中、川崎が小さく痛みの声を漏らしつつもゆっくりと膝を立てはじめる、少し距離が離れてしまっているが俺には見えた。
「どうかな川崎さん、まだやれそうかな?」
川崎の側に駆け寄り、その状態を確認する春日野先生が川崎に問う、直ぐ至近にいる春日野先生にも当然見えているだろう、だからこそ春日野先生のその声には川崎を心配する気配があまり感じられない。
「……はい、ちょっとばかい痛かったけどアタシに問題はありませんよ先生、まだ行けますッ!」
彼女の、川崎の眼光にはまだ闘う者のスピリッツが、闘志が、未だ衰える事無く輝き続けている。それが理解るからだ。
「うん宜しい、では再開するよ川崎さん、ショーン君!」
川崎の返事に春日野先生は微笑みで返し闘いの再開を告げ、闘う二人から離れる。
「ふぅ、やられたよ……まんまとアンタの術中に嵌められた様だね。まだまだアタシも甘かったよ、けどアンタの今の強烈な一撃で目が覚めたよ。」
痛みを堪え呼吸を一つ、自身の失態を顧みて川崎はマツダの戦術を評して言うと、構えを取り直す。
「へえ〜、ソイツは何よりな事だな。って言いたいトコだがよ今のは結構俺的にはキョーレツにバッチリ決めたつもりなんだけど、アンタ無理してんじゃねえの。」
会心の一撃を決めたマツダも口ではなんだか川崎をおちょくる様にそう返すが、その表情には彼女を侮っている様な様子は無い。
「さあ、どうだかね。何なさだったら試して見ればいいじゃん、けど目が覚めたアタシは今迄の様には行かないよ!」
今の一撃でも川崎が沈まなかった事に驚愕と称賛の念が、マツダの心中を大きく占めているからだろう。
余分な力が抜けごく自然体に身構える川崎の言にニヤリと嗤う、そして。
「へっそうかよッ、じゃあ行くぜーッ……っ、お前何のつもりだよそりゃ、ああっんッ!?」
川崎を目掛けてダッシュするが、しかしその途中川崎の異変に気が付き戸惑い、そして彼女のその行為にマツダは侮辱でもされた様に怒りを顕にする。
それは何故か、身体から余分な力を抜いて構える川崎だが其れだけでは無く、何と彼女は闘いの中その両眼を閉じたからだ。正直これには俺も驚きを禁じ得ない。
「フッ、この闘いアタシはまんまとアンタの術中に嵌って醜態を晒してしまったからね、アンタの戦法はアタシみたいな不器用な人間には効果覿面だったんだろうね、ちょっと拙い部分もあるんだろうけど見事だったよ。だからさその術中に嵌まらない様にするにはどうすれば良いかってアタシなりに考えてみたのがこれだよ、此処からは目で見るんじゃ無く全身でアンタを見る!」
心眼とでも云うのだろうか、川崎は今それをやろうとしているんだろう。そしてマツダに対する返事にも構え同様に自然な力みの無い声音で彼女が冗談や相手を侮ってそんな行為に及んだのでは無いって事が理解出来る。
「そうかよ、じゃあ俺がその目を開かさせてやるぜ!」
言うが早いかマツダは身構え両手の掌に気を巡らせ集中し迸るエネルギーの塊を作り上げる。
「喰らえっ!ハドゥーッ…バァーストッ!」
思いっきり強く速く両腕を前方へと突き出し気弾を射出する、それは遠目にも通常の、リュウさんのそれや動画で見たマスターズさんの波動拳よりも威力スピード共に超えている様に見える。おそらくこの波動拳はマツダの超必殺技なんだろう。
しかしその超高速で飛来する波動拳を前にしても川崎はその目を開く事無く。
「ハッ!ハッ!」
己目掛けて飛来して来た波動拳を絶妙なタイミングで以て見事にその手で叩き落してしまった。
「なッ!?」
これには波動拳を放ったマツダも驚きを禁じ得ず、思わずって感じに気の抜けた声を漏らしてしまった。
うん、その気持ちには俺も同意するわマツダ。
「そっ、そんなモン偶然に決まってるぜッお次はこれだぜ!」
体勢を低く構えてマツダは高速で川崎へと突進していく、タックルによる組み付きを狙っての行動だろうが川崎はそれを、闘牛士よろしくサッと華麗にサイドへと躱し不発に終わらせ、それに留まらずタックルの不発にバランスを崩したマツダのダム(
思いっ切り前へとつんのめりベタンとうつ伏せに顔面から地へとぶっ倒れたマツダが『うげぇ』と声を漏らしてしまう。
「わーい、さーちゃんつよい!」
「沙希師匠、カッコいい。」
川崎の雄姿に二人の妹達の歓声が俺の耳朶に響くが、今俺はそれを気にする事も無く只々驚愕を以て川崎を見つめる他無かった。
間違い無く川崎はこの闘いで開眼したと言っても過言では無かろう。
ひたむきで真面目で、ある意味清廉な闘いしか出来なかったが故にマツダの小細工の前に後手に回ってしまっていたが、元から技量ではマツダの上を行っていた川崎が心眼とでも呼ぶべきモノを身に着けてしまったのだから。
「勝負……あったな。しかしこりぁ俺もいよいよヤバいかもな。」
俺はそう口に出さずにはいられなかった。この夏ジョーあんちゃんやロバート師範、そして雪ノ下さんと強者との手合わせにより俺も一皮剥けたと自負していたが、もしかすると川崎は………。
「へっ、まだまだだぜ!」
ダウンから立ち上がり顔に付いた土を払いマツダは強がって見せる、事がここに至ってもさっきの川崎と同様に闘志を失わないマツダに半ば俺は感心するが、今のマツダに川崎に勝つ為の道筋は見えない。
「もう一丁行くぜ、コイツはどうだぁッ!」
川崎へと向かいダッシュで中間距離まで接近したマツダは技のモーションに入り、必殺技を放つ。
そしてこの技が、この闘いに於けるマツダが繰り出す最後の技となってしまう。
「トルネェード!!」
「はぁっ!ハッ!ハッ!ハッ!ヤァーッ!」
マツダの竜巻旋風脚が川崎を襲うがしかし、川崎はその蹴りの四連打をブロッキングにより全てを捌きると、空かさず瞬時に反撃に移る。
「やぁ~ッ!」
ぐるりと大きく上半身を回してマツダへと放たれるのは、俺がロバート師範に喰らったバックハンドブローだ。
「なっ!?しまっ……うわぁーーッ……」
己の失敗を自覚するも時既に遅しで悲鳴を上げ高々と空へと打ち上げられるマツダの身体はその自由を奪われてしまう。
「はあーっ!極限流奥義!!」
バックハンドブローにより打ち上げられたマツダの身体が落下して来るのに合わせて突進し、川崎は遂に繰り出す。
「極限流奥義、龍虎乱舞……。」
「龍虎乱舞、これが。」
俺の口がその技名を紡ぐと留美がそれを反芻する様に呟く。
その間にもマツダの身を撃つ川崎の打撃、ジャブが正拳が、ローがミドルがハイキックが回し蹴りが次々とマツダを叩く。その打撃数が十数発に及び此処で龍牙によるフィニッシュが加わり、龍虎乱舞はかんせいするのだが。
「何っ!?アレは!」
川崎はフィニッシュの龍牙を放たずに、そこで撃ち出したのは。
「ワッ、ワイルドアッパー!?」
数日前に俺は川崎に請われ、テリー兄ちゃん直伝の地面スレスレの低空から大きく放つそのアッパーカットの打ち方を教えたんだが、まさかそれを此処で繰り出すとは思いもよらず。
「ぐはぁ……ッ…」っと呻いて小さく空へと浮かぶマツダに今俺は同情の念を禁じ得ない。
「エゲツねぇ川崎、此処から更に繋ぐのかよ……。」
龍虎乱舞をキャンセルしてまでワイルドアッパーで更にダメ押し弾をすべく川崎は次のモーションへと移行する。
おそらくこれから彼女が放つのは数日前に彼女から相談を受けたあの技に他ならないだろう、それは。
「行くよッ、ハァーッ、セイ!セイ!セイ!セイ!」
先ず始めに繰り出すのは近接状態からの極限流の蹴り技四連撃の「極限流連舞脚」だ。既にしてこの技自体が連続技に使える優れもので、最後の四撃目で相手は割りと空高くにその身を浮かせられてしまう。
「フッ!ソッリャーあッ!」
その威力打撃により浮いたマツダの身が重力により引かれ落下して来るのに合わせて次に放つは、極限流のサマーソルトキック「龍斬翔」
一度落下して来ていたマツダの肉体は再度川崎のその蹴りに依って空高く舞い上げられる、同時に彼女自身もバック宙の要領で空へと舞うのだが。
そして、この一連のコンボの最後の一撃は……。
「ハアーッ、ヤヤヤヤヤヤァッ!セイリャーぁッ!」
空へと舞いつつ放たれる無数の蹴り、それは空中版の幻影脚とでも形容すれば良いのだろうか。
ビシビシと高速で放たれる空中版幻影脚、その十数発の蹴りがマツダの身を叩きフィニッシュの一撃が遠く高くマツダを吹き飛ばし、技を終えた川崎はシュタッとばかりに着地を決め、その技名を呟く。
ロバート師範直伝、極限流空手の三種の脚技その、俺が命名した技名は。
「……飛龍三段蹴り……」
吹き飛ばされたマツダもまた地へと叩き付けられるが、しかし春日野先生のテンカウントに応えられず。
「この勝者川崎さんの勝ち!」
春日野先生より勝者の名が告げられる、この勝負の軍配は此処に川崎へと上がったのだった。
飛竜三段蹴り、技名の出処は解りますよね。
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闘いが終わって、思わぬ事態に遭遇するのは間違っているだろうか?
「いやぁ〜っ参ったぜ、完敗だ完敗。ケン師匠の言う通り世の中にゃ強い奴ってのは幾らでも居るもんなんだな!」
地べたに胡座を組んで座り込み後頭部をボリボリと掻きつつ能天気に笑うマツダ。つい十数分前に川崎と対戦して敗北したコイツは、その川崎の開眼した潜在能力の前にのされ意識を刈り取られていたんだが、ついさっき目を覚ますと自身の置かれた状況を把握してそれをアッサリと受け入れ悪びれることもなく、勝者たる川崎を評価する。この辺りの率直さはマツダ自身の為人なのか、マスターズさん達の薫陶を受けてなのかは解らんけど、まぁこう言うヤツも案外悪くは無いな。
「いやぁ、アンタ本当にすっげーな!何だよあの最後の技はよぉ。まだ身体のアチコチがすっげー
その周囲にはジャッジを勤めた春日野先生をはじめ対戦相手の川崎に俺と小町と留美とけーちゃんが集っている。
『よっ!よっ!』ってな感じで座ったままその身を左右に捻りつつ自身の身体の状態を確認しつつ笑うマツダに俺達は呆れてしまう。
「……あれだけ連打を叩き込んでやったのに、痛いで済ましてるアンタの方がよっぽど凄いって思うんだけどね。アタシは……」
「だよなぁ、もし俺があんだけ食らったら多分もう暫くは目も覚めてないかもだわ。マジお前の身体はどうなってんだよ、ホント材木座並の回復力まで備えてやがるのかよ。」
その感情をまるで隠す事無く表情にも声音にも露にして川崎が漏らすと、俺もそれに同意する。まぁ実際リュウさんの昇龍拳の前に完全にのされた経験があるし、そう思うのも致し方無しだろう。
二人の対戦中にも俺はあれやこれやとヤツのタフネスっぷりについて推察を行っていて、その身体能力の高さや柔軟性があっての故だって事がマツダの口からも語られた訳なんだが、あの材木座の異様な回復っぷりに引けを取らないマツダの回復力には、それだけじゃ納得いかないモノがあるんだよな。
しかしまぁ、とは言えどもタフネスマツダも川崎の潜在能力の前に沈んた訳だしな、不沈空母って訳でも無いし攻略が出来ない事も無い。それよりも俺としてはもう一つ気になる事がある、てな訳で先ずはその(謎?て程でも無いだろうか)事を問い質そうか。
「なぁマツダ、ちょっと話は変わるがお前に聞きたい事があるんだがな、お前が川崎をフェイントで嵌めたときサ スーンクオリティーって言ったよな。お前一体何処でそのネタ仕入れたんだよ?」
そう、それは知る人ぞ知るあのネタだった。やはり日系人であるからマツダはアレを知っていたのだろうか、と俺は疑問に思っていたって訳なのだが。
「はぁ!?何だよそのネタってのはよぉッ、失礼な奴だなお前はよぉッ、ありゃケン師匠から教わった由緒正しい戦法と技だぜ!」
俺の言い方(ネタと言った事)に腹を立ててかマツダは、ちょっとムキになって俺に対して言い返してきたんだが、その返答が意外過ぎた。
「えッ…………マジで!?」
マツダの返答に俺は思わず絶句してししまう、それはあまりにも意外過ぎる答えすぎた、大事な事だかから二回言う。
「おう!俺が八幡ッ、お前に挑戦する為に日本へ行くって言ったらケン師匠がよ、不敵な顔をして俺にこう言ったんだよ……」
マツダが語るマスターズさんとの会話とはこう言うやり取りだったそうなんだが、それをマツダは身振り手振りを加えて語り始めた。
但し、地べたに胡座をかいたままの姿勢で……多分だが座っまままのこの姿勢でいくらマツダがタフガイだと言っても今はまだジャンプはしないだろうと思われる。サンドウィッチも無いし塩コショウも無い様だし。いやサンドウィッチや塩コショウは関係無いな、あれは波紋の修行があってこその能力だろうし。
『まあお前が行きたいって言うんなら俺としては止めはしないぜショーン。だがな相手はあの伝説の狼テリー・ボガードやアンディ・ボガード、そしてムエタイチャンプのジョー・ヒガシの教えを何年も受けているって事だったよな。』
『ウッス。そうらしいっすね、それにリュウさんがあれだけ褒めてたんだから八幡って奴の実力も今はそれ相応に結構なモンになってんじゃないっすかね多分。』
『ああ、まあだからなショーン、お前もこの半年みっちりと俺が鍛えてもやったし、お前の爺さんが教えたっていう古武術って土台があるとは言ってもな、それだけじゃあ流石にきついモノがあるだろうよ。其処でだショーン。』
『おおっ、其処で何すか!?』
『へへッ、俺が一つお前に策を授けてやるぜ。』
右手の親指で鼻面を掻く仕草を見せニヤリと嗤うマツダ、それがマスターズさんが見せた仕草なんだろうが面識の無い俺にはそれが似ているのかどうかは解らないが、春日野先生がそれをニコニコと笑って見ている所を観るに、中々再現率が高いのかも知れん。
内心俺は、コイツ格闘家になるよりも形態模写とかやる芸人か新機軸的な落語家にでもなった方が良いんじゃねと俺が思うのも“仕方が無かろうなのだァァァァッ!!”と思うんだ八幡。例えばそうだな芸名は、マツダとリュウさんやマスターズさんの名を繋ぎ合わせてると……なんと昇龍拳(ショーン)(リュウ)(ケン)になるじゃあねぇかよッ!コイツは果たして偶然なのか?……そうだなじゃあ芸名は“笑竜軒松蔵”とかどうだろうか?てか拳を軒に変えると何だか中華料理店の店名みたいだよな、落語家的には“亭”とかと名乗った方が良い様な気もするが、それだとマスターズさんが省かれるし………などと俺がアホな思い付きをツラツラと脳内で思考している間にもマツダの芸は続く。
『いいかショーン、これはな俺やお前の爺様の祖国日本に古より伝わる由緒ある技だ。相手の精神を揺さぶり強制的に隙を作り出し其処に攻撃を当てる、相手としたら意図せぬ攻撃を受けるわけだからそれにより此方の攻撃の威力が数倍にも跳ね上がるって寸法だ。しかもこれは所謂心理に訴える技だからな一度此方の術中に掛かっちまえば中々抜け出せ無い恐ろしい技だ!』
「えっ!?何だってぇッ」………今のマツダのマスターズさんを真似たセリフに、俺は思わずそう口に出してしまったのには理由がある。其れは俺が予想していた“ソレ”意外のネタが含まれていたからだ、あのサ スーンクオリティーの出処には直ぐに予測が付いたが、まさかそれ以外のネタが含まれているとは予想の範囲外過ぎにも程があろうと言うもんだ。
「何だよ八幡よぉッ、せっかく人が気持よくノッて話してるってぇのに、素っ頓狂な声上げてんじゃねぇよ全くよッ!」
しかしそれをお気に召さなかったマツダは俺に苦情をぶつけてくる、ってか何気にコイツは気持よくノッてたとか言ってるし、やっぱり芸人気質が其れなりにありそうだな。
「おっ、おう、何かスマンな松蔵師匠……今の話でちと気になった事があったもんだからな。」
「はぁん!?気になった事ねぇってかオイ、その松蔵師匠ってのは一体何なんだよ、ソッチのほうがよっぽど気になるじゃねえかよ!」
「あぁ、その辺はスルーしてくれて構わん、別に大した事を言った訳じゃ無いからな。」
マツダとそんな取り留めもない会話の後、マツダが改めて「気になる事ってのは何だよ」と尋ねて来たものだから俺は改めてそれをマツダに問おうと口を開き掛けたその時。
少し前に流行ってたっぽい(あまり関心の無いジャンルだからよくは知らん)音楽が流れてくる、まぁそれが何かって言うと明らかに電話の着信を告げる所謂着信メロディなんだろうけど。
「あっ、ゴメン私のみたい。」
多分内心此処に集うみんなもそう思っていただろう、その着信は春日野先生に掛かってきたものだった。
一言の謝罪の言葉を告げて春日野先生は懐からスマートフォンを取り出すとモニターを確認して告げる。
「おっと、コレはナイスなタイミングだね、ショーン君ケンさんからだよ。」
「えっ!マジっすかサクラさん、ヤベェこのタイミングでかよぉ。」
電話を掛けてきた人物が誰かを伝えられたマツダはコレはヤバいとその表情を陰らせた、まぁついさっき一勝負終えたばかりの上にそれが敗戦だって事を師匠に伝えるのは些かキツかろう。その気持ちは解らんでも無い。
「はいもしもしケンさん。」
尊敬する師匠に敗戦の事実を知られたくないのだろうかバツの悪そうなマツダと、そのマツダに対して俺がちょっとばかり同情の念を抱いている間にも時は動き続け、春日野先生はマスターズさんからの電話に弾んだ声で返答を返している。
春日野先生が電話で会話による二三のやり取りの後通話をスピーカーモードに切り替える、そしてスピーカーから響き渡る声は。
『よおショーンお疲れさん、さっき一勝負終わったところなんだってな。』
『はい、ケン師匠ッ!』
春日野先生がかざすスマートフォンを前にビシッと正座し神妙に居住まいを糺しマツダは、マスターズさんのねぎらいの言葉に返事をする。
『フッ……それでショーンどうだったよ伝説の餓狼の弟子はよ、やっぱりリュウの奴が気に掛ける程の男だったか?』
『あっ……いや、ソレがっすねケン師匠……実は……』
さも楽しげに俺の事を尋ねるマスターズさんに、マツダは今回の事をどう伝えるべきかと迷いつつ言葉を区切りながら(いや吃りながらと言っても差し支え無いだろうか)ポツポツと説明する。
「まさかね、電話越しにだけどあのケン・マスターズさんの声を聴くことになるなんて思いもしなかったよ。」
マツダとの対戦を終えたばかりの川崎が感慨の籠もった声音でポツリと漏らす。
「だよなぁ俺もそう思うわ。」
もうかなり過去の話ではあるが、若くして全米格闘王となった偉大な格闘家、リュウさんと同門の盟友にして実業家としても名を知られているし、あと序にマツダの師匠でもあるんだが。
その人の声を今リアルタイムで聴いているんだからな、世の中何があるか解ったもんじゃねぇ。
『それじゃあ何かお前、調子こいて女の子に挑発されて闘ったはいいけど、アッサリ返り討ちに遭ったってのかよ。』
「オッス、まあそうっすね……はい。」
マツダからの話を聴いたマスターズさんの声音と言葉にはには一見、己の弟子の不甲斐なさを責めるような感じに聞こえるがそれ以上に、己の弟子を打ち負かした女の子に対する興味を唆られているように俺には感じられる。
「ケンさん、それなんだけどさ川崎さんはね、あっ川崎さんってショーン君と対戦した娘なんだけど、何とびっくりアノ極限流空手の創始者タクマ・サカザキ氏に認められ、最強の虎ロバート・ガルシア氏の技を受け継ぐ娘なんだよ!」
マツダから返答を引き継いだ春日野先生がマスターズさんに対して川崎の格闘家としてのプロフィールをサクッと紹介する。
すると暫し電話の向こうのマスターズさんがその意外さに沈黙しているのが、此方に居る俺達にも伝わってくるのだが。
『何ぃ!オイオイッ、ソイツは本当かよサクラちゃん!?』
「うん、本当だよケンさん。実はねちょっと前にサカザキ氏とガルシア氏がお二人揃って来日して来られたんだよね。それで私もサカザキ氏とお話しさせてもらったんだけど、サカザキ氏って剛拳さんとも知り合いだったらしいんだよね。」
『まじかよオイ!?しっかしあの極限流空手の創始者と師匠が知り合いだったとはなぁ、まあ格闘家としても二人の年齢的にも確かに昔出会っていても不思議は無いのかも知れないがなぁ。世の中案外広い様で狭いモン何だな。』
「あっ、それとね。今此処には居ないんだけどさ、何とあの火引さんの親戚の子もウチの学校に居るんだよ。」
春日野先生は材木座の存在まで序に説明すると。
『はあぁッ!?ダンの奴の親戚だってぇ!』
これ又ビックリってな感じに驚きを表現するマスターズさん、てか何気に材木座の叔父さんとも知己だったのかよ、そっちの事実にオラビックリだ。
「うん!まあ外見的にはあんまり似てないんだけど、でも所々に火引さんの血だなぁって感じる所もある子なんだよね。しかも小さい頃から火引さんにサイキョー流の手解きを受けてたんだってさ。」
何だか若干唐突に始まってしまった春日野先生による此方の状況解説に、俺は地べたにポツリと正座して取り残された感を漂わすマツダに僅かながら不憫さを感じつつも、より以上に春日野先生とマスターズさんとの会話の方に興味が移っており、マツダの存在が少しばかりどうでもよくなっているのは仕方の無い事であろう。
「強く生きろよマツダ。」
「オメーなぁ、そんな感情の籠もってない声で言われても嬉しかねえんだっての!」
なので俺は座っているマツダに合わせて腰を落とし(所謂ヤンキー座りの体勢)てマツダの肩に手を掛けてそう声を掛けたのだが、マツダには何の感銘も与え無かったご様子である。
『なるほどなぁ。しかし、サクラちゃんの事だからそのダンの親戚ってボーズに技の手解きくらいはやってんだろう?』
「うん、まあね。波動拳くらいは教えたかな、尤もね身近に比企谷君の存在があるから、定期的に二人で一緒にトレーニングやってるし互いに相手の事を批評し合いながら切磋琢磨しているからね。もしかしたら材木座君はもう火引さんより強くなってるかも知れないんだよね。」
そんな風に春日野先生が材木座の事をマスターズさんに報告する、ある意味春日野先生にとっては材木座の奴は弟子に近い存在だし、材木座の叔父さんの事をマスターズさんも存じている様だしな。思い出話しに花を咲かせるのも悪く無かろう。
『は〜っ、マジかよ失敗したぜこりゃあ……テリー・ボガードの弟子に極限流空手の門下生にダンの奴の親戚か。俺もそっちに行きゃあよかったぜ……良いよなサクラちゃんはよぉそんな連中が近場に居りゃ退屈はしないだろう?』
一頻り思い出話しに花を咲かせた後マスターズさんは最後にそう言って話を締め括る、少し長く話し込んでいる事だし国を跨いでの通話だから通話料金もかなりの物になっているんじゃ無かろうかと俺も心配だ。
まぁ実業家でもあるマスターズさんにとってはその程度は端金に過ぎんかも知れんが、まぁ人間ってのは何事も程々が一番って言いますし。
『ああそうだ、すまないがサクラちゃん、テリー・ボガードの弟子と極限流の娘と少し話したいんだが構わないかい?』
俺が通話料金について要らぬ心配をしている事を他所にマスターズさんが突然そんな事を言い出すモノだからもう“パニックパニックパニックみんながあわててる”ってな感じだ。まぁ実際に慌ててるのは多分俺だけだろうけど。
それはさておき、春日野先生はマスターズさんの要請を了承すると右手の掌中のスマートフォンを俺たちの方へと向けると笑顔で手招きをして呼俺達にび掛ける。
「比企谷君、川崎さんほらこっち来て!」
いやしかしそうは言われてもですねイキナリ世界的な有名人と喩え電話越しとは言えども言葉を交わすなんて心の準備が出来ておりませんのであしからず………何とかして此の場からトンズラコキタイと思うのは間違っているだろうか?
「はい!」
しかし、俺がその様にアレコレ、モタモタと愚図っている内に川崎の方は颯爽と返事をすると春日野先生の前に歩を進める。あらやだサキサキさんってばマジ
まぁ現実逃避はコレくらいで、実際女性ってのは場合に依っては男よりも遥かに決断力が速いって言うしな、特に恋愛関係とか。思わず天に指さしてこう言いたい。
『
「って、何処の総てを司り天の道を往く男だよっての。」
「あアぁンッ!」
俺のアホな呟きを耳聡くキャッチしたサキサキが一旦俺の横で歩みを止め、ドスの効いた声音で凄む。イヤマジ怖いんで止めてもらっていいですかねソレ。貴女自覚は無いでしょうけど、かなりの美形な上に目付きが割りとキツめだから迫力満点なんですから、俺にはその方面の趣味は無いけど(多分)きっとドM方面の奴にそれやったらご褒美になると思うから、その後が煩わしくなるだろうから気を付けるべきですよ。
数舜の見つめ合い、其処にはキックオフな感じの爽やかで甘ったるい背景効果など無く、俺にガンをくれる川崎とその彼女の視線から逃れようと視線を逸らす俺との攻防が在るのみだった。しかし………。
「ほらッ、何してんのさアンタもサッサと来な!」
「うわっ!?ちょッお前な……グエッ……」
マツダの隣ではヤンキー座りの体勢でいる俺を更にキッと一睨みすると川崎は、座り込んでいる俺のトレーニングウェアの襟首を強引に引っ張り立ち上がらせる。そして春日野先生の前まで俺は引き吊られ連行される、なその際俺は『グエッ』とダッサイ呻き声をのあげてしまったのは皆さんスルーでお願いします。
二三歩程の距離を引き吊られ春日野先生の前まで連行され俺は川崎に不満をぶつける。
「ったく何時から俺は鰐淵○樹に折檻されて引きづられる内海雄○にジョブチェンジしたんだよ……てかお前最近マジ俺への対応がぞんざいに過ぎんじゃね、待遇の改善を要求しちゃうよマジ!」
「アンタねぇッ馬鹿な事言って無いで早く挨拶しなよッ、だいたいさぁ何時かケン・マスターズさんに会いたいって言ってたのはアンタでしょうがッ!」
だが、俺のソレはそれはサキサキによるケチを付けれる一寸の隙間もない、ド正論によって封殺されてしまった。
春日野先生の正面に立ち、その先生が掲げるスマートフォンの向こうって表現が適切であるかどうかは知らんけど、その姿を見る事は叶わないが俺はこれから遂に言葉を交わすこととなる。
リュウさんの同門の盟友にして元全米格闘王『ケン・マスターズ』さんと。
ある日の会話。
沙希「ねえ比企谷、ちょっと相談なんだけどさ……(中略)……って技を考案したんだけど、アンタ何か良い名前考えてくんないかな?」
八幡「おっ、おうそうだな……取り敢えず2つ程思いついたんだが。」
沙希「へえ、どんなの?」
八幡「先ず1つ目は、最強の虎ロバート師範直伝の三種の脚技の組み合わせって事で『ローリング・タイガー』ってのはどうだ!?将来的にもし更に五種の脚技を組み合わせた暁には『スペシャル・ローリング・タイガー』になる!」
沙希「………何かさ、それどっかで聞いた事がある気がする上に、極限流の技名っぽく無いじゃん。」
八幡「………気っ、気の所為でしゅじょ……」
沙希「……………(怒気)」
八幡「じゃ……じゃあアレだ飛竜三段蹴りで、どげんですか?」
沙希「………飛竜三段蹴りねぇ…まあ、さっきのよりはマシそうだね。じゃあそれで良いかな。」
決定。
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元全米格闘王との語らいは何をもたらすのか?
最近俺に対して情け容赦って言葉を因果地平の彼方へと追いやってしまったかの様な態度をちょくちょく見せる川崎に、首根っこを引っ張られ春日野先生の前に敢え無くドナドナされてしまった俺は。
「全くお前はマジで最近俺の基本的人権の侵害が甚だしすぎんだってぇの……おのれぇッサキサキ見ていろよ、次の春闘ではベア交渉満額回答を勝ち取ってみせるからな、いやむしろそれ以外には首を縦には振らんまである。」
川崎に対して毅然とした態度?で抗議し、決意を述べる。それは“人として男として”絶対に必要である筈の、俺の基本的(ベース)待遇の質的向上(アップ)の要求。
それは職業人として主張し勝ちとるべき当然の権利です。いや俺は働いて無いけど。
「アンタはぁ……この場に及んで何時までも馬鹿な事言ってんじゃ無いよ全く、それに第一誰を相手に闘おうって言うのさ。」
「そりぁお前、この俺の有り様を認めてくれない“この世の中”と云う名の、言わば“僕を苦悩させるさまざまな怪物たち”と言う強敵と闘うに決まってるだろう。出来れば面倒臭い事は避ける主義の俺だが、多分この人生の内に数度はそんな事から避けられない事態が俺の身に降りかかるだろうからな、その時は真正面んからかどうかは知らんけど、全力で立ち向かわざるをえないだろう。そうかつてお前のところのサカザキ総帥がユリさんを救うために覇王翔吼拳を使わざるを得ないと決意を固めた時の様にな!」
「ハンッ!!そんなアホな事の喩え話にウチの総帥のエピソードを使うんじゃ無いよ、もうッ!てか第一アンタが何時までもグジグジと覚悟を決めきらないから悪いんじゃん、てかついでに聞くけどアンタ何気にコレクタ○ズ好きだよね。」
どうやらサキサキってば俺がサカザキ総帥のエピソードを持ち出した事が起きに召さない様だ、俺としては極限流空手門下の彼女に忖度したつもりなのだが、どうやらそれが裏目に出てしまった様だ。コイツは俺もまだまだ精進が足りないって事かもな、フヒ。
あと更に加えて答えると、毎週『池袋交差○24時』を毎週視聴するくらいにはザ・コレ○ターズは好きだけどな。
「いやだってお前なぁ、相手はあのケン・マスターズさんなんだよ緊張して当たり前田のクラ○カーだろう。何なら俺はお前のところのサカザキ総帥相手でも多分こうなると胸を張って言い張れるまである!」
世界的に名を知られた偉大で有名な格闘家達、ケン・マスターズさんやサカザキ総帥をはじめとする極限流空手の師範、師範代クラスの人達など。俺が目指す遥か先にいる強者達、そんな人達を前にしちゃな。
まぁ、サカザキのご隠居やロバート師範と出会った時は一緒にジョーあんちゃんと舞姉ちゃんが居てくれたお陰で然程緊張せずに済んだが、それは別の話だ。
てかこれは仮定の話だが、もし俺がテリー兄ちゃんと出会わずに別のルートで格闘家を目指したとする、もしそうなっていたら俺はテリー兄ちゃんやアンディ兄ちゃん、ジョーあんちゃんに対してもこんな感じになっていたのではなかろうかと思わんでもないしな。
「はぁアンタそんなくだんない事に胸を張ってどうすんのさ、大体そう言う事はもっと万人に認められる様な事をやる時にするもんだろ。」
『プハハハッ…おいおいお二人さん仲が良いのを見せつけてくれるのは構わないが、いい加減俺も話に加えちゃくれないか。』
俺とサキサキの不毛な討論に痺れを切らしたのか、春日野先生のスマートフォンスピーカーから朗らかな笑声を響かせてマスターズさんが話に加わって来る。
「はっ!?すいませんでしたマスターズさん。」
異口同音。はっ!と思わず焦り俺と川崎は、ほぼ同時にマスターズさんへ謝罪の言葉を口にする。普通に考えりゃ俺達を呼んでいる人を前にグダグダと茶番を演じてしまっていた訳だからな、謝罪するのは当然であるわな。
『ハハハッ、まあそんな風に敬意を払ってくれるのは嬉しくもあるがよ、二人共そう肩肘張らず普通に話そうぜ。』
気さくにマスターズさんが、その様に言ってくださった事に俺とサキサキはめっさ恐縮する事しきりってヤツで、思わず俺はマスターズさんに見られてもいないのに後頭部を掻いてしまう。
『取り敢えず自己紹介でもしておくか、まあ何だ知っているとは思うが俺が其処に居る君達の邪魔をしに来たショーンの師匠のケン・マスターズだよろしくな。それで八幡の事はリュウのヤツやさくらちゃんか聞いてるから少しは知っちゃいるんだが、すまないが極限流のお嬢さん君の事を教えてくれないか?』
「極限流門下、川崎沙希と言いますマスターズさん、字は
『はい』とマスターズさんへ返事をし川崎は自らの名を名乗る、俺もそれに続きお約束の『同じく伊坂十蔵』の名乗りを上げようとしていたんだが、背後から乾いた厚手の紙をパンパンと叩く音が響いていたので自重する。
そして恐る恐る振り向くとその顔にメッチャ不自然な笑顔を湛えている小町が居た。その手には小町自身の腕の半分以上の長さの白い厚紙で作られたハリセンが握られている。うんどうやら俺は寸での処で命を拾った様だが、お約束をやれなかった事に若干の残念さを感じる。
「へぇ〜っ、サキって言うのか。やっぱりいい女にはいい名前が付いてるモンなんだな。」
命拾いをした俺を他所にマツダはマスターズさんに対し名乗りを上げた川崎のフルネームを知り、一人ほやっとした声音とでれっとした表情でそれを褒めそやす。
コノヤローもしかすると闘いを通して川崎に惚れてしまったのかも知れんな。心なしマツダの表情がデレっとしているし。
『ほう、沙希か。確かにショーンじゃ無いが綺麗な良い名前だな。しかもまだヒヨッコとは言え、この俺の弟子をぶっ倒す位に強いってんだからな、大したもんだぜ!』
「恐縮です、マスターズさん。」
『ハハハ……さっきも言ったがそう
マスターズさんが川崎の名とマツダとの手合の結果とを称賛し、それに応える川崎に砕けた態度で緊張を解く様に促すと、川崎は僅かな間だがどうした物かと思考を巡らせた様だったが、直ぐに答を決めたか真っ直ぐに春日野先生の持つスマートフォンへと視線を向け答える。
「はい、分かりました。」
『おう、そうしてくれ。それから八幡、お前もな。』
颯爽と川崎がマスターズさんへ返事を返すとそれを受けたマスターズさんはついでとばかりに俺にもそう促されるが、しかしそうは言われても相手は憧れの格闘家の一人であるマスターズさんだから失礼な態度にならないかと不安なんだが、しかし御本人からのお言葉もあるしな。
ここは一つどうにか失礼にならない様に気を付けながら、マスターズさんの要請に応えられる様にしないとな。
「うす、マスターズさん。」
そう思い直ぐに返事を返してみたものの、どうにも言った後にこのいつもの調子の返事がちょっと失礼っぽいのではなかろうかと、後悔している俺ガイル。
『おう!それとな、其処に居るみんなもだけど、マスターズさんって呼び方は止めてくれよな。さくらちゃんみたいに気軽に俺の事は名前で呼んでくれて構わないぜ。』
しかし其処はやはり人間が出来ているのだろう、マスターズさんは何も気にせず鷹揚に頷くと気さくな声音で自身を性では無く名前で呼んで構わないと言ってくださった。
このスマートフォンのスピーカーから聴こえてくる声音もそうだが、時々視聴しているネット上の過去の動画でのマスターズさんへのインタビューや自身の語りから、陽気で人当たりの良いおおらかな人物だって事は伺い知れていた。
「ねえねえお兄ちゃん、ケンさんってさ何かテリーお兄ちゃんと感じが似てるよね。」
その人柄を敏感に察知した小町が俺の背後から呼び掛けてきてそんな事を言う、確かに俺もそう思っていたので小町に同意しそれに頷く。
そして小町はヒョコッと俺の両肩に手を添えて身を乗り出すように春日野先生のスマートフォンに近づくとそれに語り掛ける。
「分かりました。それじゃケンさんって呼ばせてもらいますね。あっ自己紹介させてもらいますけど小町はお兄ちゃんの妹で比企谷小町と言います、よろしくお願いしますケンさん。」
マジで我が妹ながら何なんだ、この積極性は。相手が偉大な格闘家であるケン・マスターズさんだってのに物怖じ一つしちゃいないじゃあないか、そのコミュ力(53万)パないわ小町さん。
しかしまぁ確かに小町が言った様に、俺もマスターズさんの人柄にはテリー兄ちゃんと近しいものを感じてはいたけど。
『おうよろしくな小町ちゃん。しかし何だ八幡には妹が居たのかよ。しかも兄貴と違って積極的で元気な娘みたいだな、結構な事だぜ。』
小町の挨拶に気さくに応えるマスターズさん、確かに言う通り小町は俺と違って社交性A(超スゴイ)で御座いますですし。
「まぁそりゃそうっすよ、何たってウチの妹は世界の妹ですからね。何なら世界の妹の覇権を掛けた四年に一度のシスターファイトが開催されたら絶対優勝間違い無しでシスター・ザ・シスターの栄冠に輝く事が約束されているって言っても過言じゃ無い逸材ですからね。」
グッと右の握り拳を胸元付近に置いて俺がマスターズさんに小町の素晴らしさを語ると、周囲は瞬間沈黙に支配される。その沈黙に気恥ずかしさと不安とをヒシっと感じて俺はキョロキョロと周囲を見回すと。
「………うわっちゃ〜っ、これだからゴミぃちゃんは。」
「はあ……始まったよ。」
「八幡師匠……ホント、残念。」
「八幡、お前って結構ヤバいヤツだったんだな。」
みんながさも残念なものを見る様な目で俺を見、さらに口々に駄目出しをする。いやもう半ばそれも馴れたモノなんだが、こう揃って言われると悲しくなってしまうが涙は流さない。別にロボットでもマシーンでも無いし。しかしこうなっては俺には燃える友情ってものが分からなくなりそうだわ。
『………ぷっ、ハハハハハッ。いやコイツは兄妹仲良くて結構な事じゃねえか。野生の狼ってのは身内や群れを大切にするって言うし、噂に聞くテリー・ボガードってヤツなんざ身内だけじゃ無く、一度拳を合わせた連中とも忽ちのうちにダチになっちまうって話だしな、俺もヤツには何れ会ってみたいと以前から思っていたんだぜ。』
身内達プラスお邪魔虫からの冷めた俺評を他所に、マスターズさんはそれをさも愉快と高らかに笑い飛ばしてくれた。やっぱり世界トップクラスの格闘家の人ってのは人間ができている人が多いな、しかもテリー兄ちゃんの事を高く評価さてくれている様だしな。まぁ弟分としちゃこいつは嬉しい事だ。
「うす、ありがとうございますマスタ……ケンさん。何てかそう言ってもらえるとテリー・ボガードの弟子としてはそう言ってもらえて、すっげえ光栄です。」
俺は素直にマスターズさん、もといケンさん(と呼ばせて頂こう)に伝えると『おう!』とケンさんは鷹揚に応えてくれた。
続けて留美とけーちゃんもまたマスターズさんへ自己紹介と挨拶を済ませ改めてマスターズさんは俺達に声を掛けてくれる。
『八幡、沙希ちゃん、それからみんなも今回は俺のバカ弟子が世話をかけちまったな。それにさくらちゃんもありがとうな。』
弟子であるマツダの来訪に対してマスターズさんが俺達に詫びるが、俺も川崎もそれを迷惑だとか世話を焼いたとか思っちゃいない、なのでそう言われると此方の方が申し訳無く思ってしまうな。第一俺は結局マツダと一戦交えた訳でもなし。
「いえ、お気になさらないでくださいケンさん。私としてはマツダとの対戦を通して手応えを掴む事が出来ましたし。」
川崎も多分同じ様に感じたのだろうな、チラリとマツダに一瞥するとマスターズさんに対してその様に伝えた。
『フッ、そうかい。まあショーンのヤツが君の成長の糧の一部にでもなったんなら俺としても何よりってもんだぜ。』
優しい声音でマスターズさんが川崎に答える。いや、先の手合いに於ける川崎の成長は一部何てものではすまない程凄まじいモノだったと、その一部始終を目撃した俺達は思っておりますよ。そしてマジ次に川崎と仕合う時、はたして俺は彼女に勝てるだろうかと。
『しかしなぁ、リュウのヤツが再会の日を待ち侘びている狼を継ぐボウズに極限流空手の未来を担うお嬢さんにウチの不肖の弟子か……なあさくらちゃん、こうして次の世代の若い連中が着実に台頭しつつあるんだな。こりぁ俺達もうかうかしちゃいられないな。』
少しだけ低音のシリアスさが含まれた声音に僅かな感慨を込めた、そんな声音でケンさんは春日野先生へ呼び掛けると、春日野先生もケンさんには見えないだろうが一つ頷きそれに答える。
「うんそうだね、私も最近は実戦こそやってないけど比企谷君達にはすっごく刺激を受けてるよ。それにこの間お会いした同世代の不知火舞さんだって現役を続けてるって話も聞いたしね。まあそれで、仕事に支障が出ない程度にはだけど私も負けていられないかなって思ってさ。」
ちょっと可愛いけど、ボーイッシュ(年上の人を評するのにどうかとも思うが)な感じの溌剌とした楽しげな声音で春日野先生がケンさんに答える。
春日野先生って俺達の事そんな風に思っていてくれてたのか、一格闘家として先達にそんな風に思われてるとはマジ感謝だな。
そして十平衛先生が言ってた通り春日野先生は指導者として大成しそうだ。
『ハハッそうか、ソイツは楽しそうで結構だな。ヨシ決めたぜ!俺も今詰ってるスケジュールを片付けたら、近いうちそっちに顔を出す事にするぜ。』
えっ!?なんですとぉぉッ!……春日野先生に刺激されたかケンさんの口から驚くべき、そして余りにも意想外過ぎる発言がなされる。それはまさにスタンドも月までぶっ飛ぶ程の衝撃。
『そん時ゃ八幡、一丁派手にやろうぜ。リュウのヤツが認めたお前の拳、俺も見せてもらうぜ!』
そして更に畳み掛ける様に告げられるケンさんからの宣戦布告、イヤイヤ漸く何とか取り敢えず挨拶だけは出来たばっかりだってのにいきなりや“ろうぜ”って、マジっすか、マジなんだろうなぁ。
「比企谷、どうしたのさアンタ何固まってんのよ!ほらしっかりしなって。」
「…………ほへっ!?」
パシッと川崎が俺の右肩を叩く音と衝撃に間抜けな声を出し、お陰でどうやら俺は小っ恥ずかしい事だが意識が飛んでいたらしい。
ある意味俺だけが、スタープラチナ・○・ワールドに掛けられた様なモンか、いや違うけど。
しかも「ほへっ!?」とか口から漏れ出てるし、こりゃあまりにもあまりな、小っ恥ずかし過ぎの超究極形態完成形じゃねえかよ。
「はっ!?スマン。あまりの言葉にちょっとばかり意識が持って行かれてた様だ。」
「しっかりしなよ、ケンさんはアンタの目標とする格闘家の一人なんだろう。だったらさ、そんな人にあんまりダサい所を見せない様にしなよ。」
「ああ、サンキューサキサキ。」
川崎に対し発破を掛けてくれた事に謝す。口調は若干ぶっきらぼうな感じだが、俺は其処に彼女の細やかな心遣いを感じる、マツダじゃあ無いが川崎って案外家庭的だしブラシスコンだし、一見孤高を装っちゃいるが情に厚い一面もあるし、マジでイイ女なんだよな。
「あの、ありがとうございますケンさん。ベテラン格闘家のケンさんから見りゃ俺はまだまだヒヨッコだとは思いますけど、その時は胸を借りるつもりで思いっ切りブツからせていただきます!」
川崎に向けていた顔を俺は春日野先生の持つスマートフォンへと戻してから、俺はケンさんへ自身の決意の程を伝える。
『フッ、若いヤツってのそうでなくっちゃな。おうッ!その時は全力で来いよルーキィ!』
全力で来いよルーキィか、ケンさんのこの言い方、本当にケンさんってテリー兄ちゃんと為人が近しいよな特に陽気でフレンドリーなアメリカンって感じが共通してる気がするんだわ。いやまぁ聞くところに依るとケンさんはクォーターらしいし生まれ育ちは日本だって事だけど。
「はいッ、よろしくお願いしますその時にケンさんに失望されない様に鍛錬を積み続けます、いやまぁ勿論それ以降も当然っすけど。」
『フッ良いぜ、良い返事だ。ソイツは楽しみだな。その言葉忘れるなよ八幡ッ、それから沙希ちゃんと小町ちゃん留美ちゃんだったな、君達と会えるのも楽しみにしてるぜ。』
こうして俺達は近い将来ケンさんと会い拳を交える事を約束した、ケンさんに告げた様にケンさんを失望させない為に鍛錬により一層力を入れないとな。
『まあまだ色々と話し足りない気もするがみんなにも都合ってモンがあるだろうしな、もうそろそろ切り上げるとするか。』
そして、その約束を交わした事を契機としケンさんはこの通話を切り上げに入る、携帯電話による国際電話だし通話料もそれなりに高額になるだろう、まぁビジネス方面でも成功を収めている人には微々たるモノかも知れないけど。
だが、近い将来こんな電話を通してでは無く、直に面と向かって会える可能性が高いって事は重々承知してはいるんだが。それでももう少しケンさんと話をしたい、格闘技やその他色々な事をお聞きしたい。
そう思ってしまうのは俺の我儘、あるいは贅沢な欲求だろうか。
スマートフォンから聞こえるケンさんの締めの挨拶の言葉、それに応えるこの場に居合わせた俺達。
何かもう一言、この通話が打ち切られる前にもう一言語りたい。
「あの、ケンさんッ……」
そしてその思いに突き動かされ俺の口から発せられたソレは意図していた格闘に関する事柄では無く、ある意味非常に俺らしいアホな台詞であった。
ケンさんに対し何を、どの様な事を質問したのか……それは次回の講釈で。
遅ればせながら、本城淳さん著『やはり俺の奇妙な転生はまちがっている。』にて、当作の八幡、いろは、沙希、アンディをゲスト出演させて頂いております。
格ゲー風キャラ同士の掛け合い台詞を書かせて頂きましたので、そちらも読んでいただけますと幸いです。
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会談を終え、そして。
元全米格闘王、ケン・マスターズさんとの電話での会談?も終わりに近づく。この機会に色々とお聞きしたいッ、やはり留美が言う様に俺は残念な男なのだろうか、その欲求が暴発し俺がケンさんへ尋ねた質問、それは。
「あの、ケンさんッ。質問っすけど青○勝と花中島マ○ルと言う名をご存知ですよね!?」
その俺の放った質問によりこの場が『し〜ん』と漫画ならば背景に書き文字が描かれるかの様な沈黙がこの場に訪れる、てか俺がそうしてしまったんだがな。
そして『誰、それ?』と、きっと小町以外のみんなの脳裏にはその疑問符が浮かび上がっている事だろうな。言っちゃ何だが当初俺も敢えてそれを尋ねようとは考えて無かったし。
だが、今回ケンさんと最後に一言と思い咄嗟に出て来たのがコレだよコレ……ホント、救いようが無いレベルでマジ馬鹿じゃねぇの俺。
『………プッ、フハハハ……』
しかしそんな俺の自虐思考を他所にスマートフォンのスピーカーから響き渡るのはケンさんの高らかな笑い声だ。俺の一言により発せられたケンさんの笑声にみんなは先とは別の意味でキョトンとした表情になってしまう。
そのままケンさんは暫し大きく声を出して笑い続け、そんなケンさんの様子に弟子であるマツダは次第に何やら不安気な顔を見せ始める。
まぁ自分の尊敬するであろう御人が、理由も解らずに突然こんな風に笑い転げりゃな不安に思うのも已む無しだわな。
「なっ!?どっ、どうしたって言うんスかッ!?一体何が可笑しいんすかケン、師匠ッ!」
殊に弟子であり普段身近に接しているマツダなどにはケンさんの笑い転げる様が異様に感じられているのかも知れんな、だからか今ケンさんに問い掛けるマツダの声には戸惑成分で溢れているんだろう。
だが、そんなマツダや川崎やその他を他所にケンさんは電話の向うで笑い転げ、やがて一頻り笑って気が済んだかケンさんはそれを治めると一言謝罪を口にして続ける。
『しかしマジかよ八幡、青○の方はまだ『はじめ○一歩』の連載も続いてるみたいだから知っててもおかしくは無いが、マ○ルさんは随分昔に終わったマンガだぜ。それこそお前が生まれる前のな、なのによく解ったな!』
「はぁ、まぁ、そっち方面には多少偏った要らん知識がありましてねぇ。それでマツダの話を聞きゃあ、どう考えても青○対今江の日本ライト級タイトルマッチの精神に訴える技のよそ見ネタと、マサ○さんのセクシーコマンドーのフェイントにより相手に隙を作り攻撃を当てるってネタの複合ネタみたいでしたからね。」
ケンさんが俺の回答を肯定してくれたので、思わず俺は若干ドヤり気味に追加説明を加える。つかまさか本当にケンさんもそっち方面に明るいとは思っても見なかったわ。ちょっと親近感!
「しかも青○勝と花中島○サルって、二キャラの名前が何方もまさるって被ってるし、マジ捻りが効いてますよね。」
『へへッこりゃあ良いや。八幡、どうやらお前とは此方方面の話も出来そうだな。』
さも愉快、ってな感じの弾んだ声でケンさんがそう言ってくたが、全く持って同意だわ。まさか天下の全米格闘王ケン・マスターズがこんなに話せる人だとは想像も出来なかったわな、マシで。
「えっ!?ちょッ……待ってくださいッスよケン師匠ォォッ!」
春日野先生の前で正座で座っていたマツダが、声を荒らげ片膝を着いた状態でその身を浮かす。てか声デカいなオイ。
『何だよショーンいきなりデカい声出すんじゃねえよ、うるせえじゃねえか。』
「いやだってッスよ、ケン師匠俺に言ったじゃないっスか。セクシーコマンドーは日本に古より伝わる伝統的な技だって!?」
電話の向こうのケンさんがマツダの五月蝿さに苦言を呈すと、マツダは反論と確認とを取る様に問い質すのだが。俺は一つ溜め息を吐くとマツダの肩に右手を置き。
「なぁマツダ。古より伝わる伝統的な日本の技名がセクシーコマンドーなんて横文字の時点で可怪しいって思えよ。」
そう突っ込んでやったのだが、日系人だとは言えど日本で暮らしている訳じゃ無いマツダにはそこら辺りの判断は難しいのかもだな。聞く処に依ると日本語って言語は世界でもトップクラスに習得が難しい言語だって話だし。
閑話休題、俺が言うとマツダは如何にも『ガーン』とか『ズーン』とかの効果音を背景に背負っていそうな位に衝撃を受けたかの様なメッチャ面白……ゲフン、何だか此方が気の毒な気持ちになる表情で途方に暮れている。
『ハハハッ、いやスマンなショーン。だがな確かに俺が話した事の元ネタは日本のマンガからだが、しかしなフェイントや挑発ってのは上手く使えば実戦でかなり有効な手段である事にゃ間違い無いんだぜ。』
「ああそうだな、ケンさんの言う通りだろうマツダ。現に今日のお前と川崎の対戦、お前が採ったフェイントと挑発を使った戦法が有効に働いただろう。」
マツダと川崎との対戦の終盤、マツダが川崎に超必殺技を極めるまで持っていけたのは、マツダが序盤から積極的にフェイントや挑発を繰り返す事で川崎を苛つかせた事が出来たからだ。
それにより冷静さを失った川崎はマツダに対して大きな隙を作ってしまい、アノえげつない連撃を叩き込まれたんだから。
「……まあそう言われると確かに俺もケン師匠に古の技だって聞いたから、間違い無く使えるだろうって思ったし、実際に一時はサキも冷静さを失ってたから効果はあった訳だよなぁ。」
「ああ、アタシからするとちょっとばかり癪だけどね。」
胸元で腕を組んだ体勢から右手を下顎に添えてマツダは川崎との対戦を思い返す。フェイントや挑発の有用性をマツダ自身が実戦で用いて体感しているし解っちゃいるんだろうが、それでもマツダは今一納得出来ない気持ちなのだろうか。
『なあショーン。お前は俺の闘いを見て俺に憧れて弟子入を希望したんだよな、まあ俺は自分で言うのも何だが天才だからな。そんな俺の派手なパフォーマンスや技にお前の目が行くのも真似をしたがるのも良く解るがな。しかし実力が伴わなくちゃソイツは大怪我の元だ。斯く言う俺やリュウだつて剛拳師匠の元でガキの頃からミッチリ基礎を固めて今に至ってるんだぜ。』
なるほどな、確かにケンさんの技は派手で見栄えが良い。それこそテリー兄ちゃんの技の数々と相通じるモノがあるし、だからマツダがケンさんに憧れるのも
『それに一応俺はお前のご家族からお前の事を預かってる様なモンだしな。完璧完全は無理にしても、五体満足でよりマシな男にしてお返ししなきゃならないのが俺の義務ってヤツだ。」
「ケン師匠……。」
今の一言、ケンさんのマツダに対する思いを告げた言葉にこの場の雰囲気が柔らかく、そしてとても暖かなものへと自然と変わりゆく。
話を戻して……しかしそんな派手なパフォーマンスや豪快な技は、確りとした基礎って土台が固まってこそ実戦で使えるんであって、それが無けりゃ相手に対して大きな隙を作り返り討ちに遭う結果となるのがオチだ。
まぁ基礎ってのは格闘技に限らず多岐に渡る汎ゆるモノ、学業から職業その他広範な分野で必須事項なんだがな、だがマツダだって本当はそんな事は重々承知しちゃいるんだろうがな。
そして駄目押しって訳では無いんだが、俺は少しばかりネットなどで仕入れた知識をマツダに対して披露する事にした。
「それになマツダ、ケンさんがお前に語ったネタの元になった『はじめの一歩』の○木勝の技のネタだがな、実際に実在するモデルが居るんだよ。それはな、かつて日本に輪島功一さんって世界ジュニアミドル級(スーパーウェルター級)チャンピオンがいたんだが、その人が6度目の防衛戦で件のよそ見のフェイントを使い対戦相手のミゲール・デ・オリベイラ選手に強烈な一撃を叩き込み、そのまま最後までペースを握りKOこそ逃したものの2−0の判定で勝利したって実話もあるんだ。」
俺がそう語ると、何故だかまたしてもこの場に集う皆が沈黙してしまう、マジ何で?
「………」
この奇妙な沈黙に俺のハートが居た堪れなさがマックスハートに加速する、それこそ俺だけ世界を一巡しそうな位にな。
「イヤ、何でみんな急に黙り込むんだよッ。何か言ってくれないとものごっつ居た堪れん!」
それに耐えかねた俺は堪らずその雰囲気を変えるべく、皆に言葉とリアクションを求め軽めに叫ぶ。
「お兄ちゃん、多分だけど皆さん今のでお兄ちゃんの事を結構感心してるんだと思うよ。大体普段のお兄ちゃんってアホなネタばかり言ってるからさ、それがマンガのネタが絡んでるって言っても格闘技の歴史とか話すから。」
俺の嘆きに小町が解答してくれたのだが、俺としてはどうにもその解答には懐疑的にならざるをえんのだが。
「ああ、アタシもマンガとかアニメや特撮とか時代劇のネタばっか言ってるアンタが、割りとマトモな事言ったからビックリしたよやるじゃん比企谷。」
「うん、そう言う事識ってる八幡師匠はカッコいい。」
「はーちゃんかっこいい!」
それを川崎が肯定して、留美が何だか久しぶりに俺の雑知識を聞きカッコいいとか言ってくれたし、けーちゃんは多分留美を真似て言ってくれたんだろうが、嗚呼その天使の一言に俺の荒みそうな心が浄解されそうなんだが、マジヤバい心がぴょんぴょんしそう。
「けっ!何か知らねえけど、コレが日本のリア充とか言うヤツかよ。やってらんねえぜ、まあけどお前の話でフェイント殺法の有用性ってのは理解出来だけどな。」
俺がちょっとだけハッピータイムを味わっているとマツダのマツが悪態を吐きつつも、何だかんだと俺の言を受けいれてくれた。
男のツンデレ的セリフなんざ要らんのだけど、ケンさんの弟子でもあるしあんまり邪険にも扱えんか。まぁだが案外俺はこのマツダってヤツが嫌いじゃない。だってなリュウさんから話を聞いたからって単身日本まで殴り込んで来る程の肝っ玉の持ち主だし、結果俺とは
「おう、まぁ俺から言えるのはこのくらいなモンだな、何せお前にはケンさんってドえらい師匠が着いてんだしな、だからケンさんにミッチリ鍛えてもらえよ心身共にな。」
「よっとぉ!へっそんな事お前に言われるまでも無いぜ八幡、俺の師匠は世界一だからな。」
膝立ちの状態から立ち上がるとマツダはそう言いながら俺の前に右拳を突きだし、左手親指で鼻頭を掻きながらそう減らず口を叩く。
「何なら今からでもそれを証明してやっても良いんだぜ!」
その突き出されたマツダの拳に俺も自らの拳を併せる、川崎から受けたダメージは一見すると結構回復している様に見えるが、あれだけの激戦を繰り広げた後のヤツと遣り合うってのも俺の主義に反するし。
「まぁアレだお前も今日は川崎と闘ったしダメージもあるだろうからな。今度、何時かまた会ったときは五分の条件で手合わせしようや。」
だから何時か、それが近い未来か遠い未来かは知らんけど俺達は約束を交わした。
それから電話の向こうのケンさんも交え最後の挨拶へ。
『よし、じゃあ今度こそ一旦お別れだなみんな。』
「はい、ありがとうございます。今日は色々話ができて嬉しく思いますケンさん。」
「ケンさん、ありがとうございました。何時かアタシともお手合わせお願いします。」
みんなを代表するって訳でも無いんだろうが、俺と川崎がケンさんに礼と最後の挨拶の言葉を送る。春日野先生を除けば“一応”俺と川崎がこの場での年長者でもあるしな。
『おう、俺もなるだけ速くそっちに行ける様にするからそれまでに更に腕を磨いておけよ、二人共な。それとさくらちゃん、悪いんだが序に後でみんなの写真を送ってくれないか。みんながどんな顔してるのか知っておきたいからな。』
「うん。了解!」
ケンさんは俺達の挨拶に気さくに答礼してくれた、そして春日野先生に対し俺達の写真を求める。まぁ確かに俺達はケンさんの顔を知っちゃいるが(世界的に有名な人だし)ケンさんの方は俺達の顔なんぞ知っちゃいないんだし、これは妥当な要望ってものだな。
てか春日野先生、俺達に了解も取らずに請け合いましたけどプライベートではサインや写真撮影はお断りしておりまして、などとは言いませんよどんどん撮って下さい。常識的な範疇で。
『よしじゃあ頼んだぜ、さくらちゃん。みんなも長々時間取らせて悪かったな、楽しかったぜありがとう。それじゃあ元気でな!』
ケンさんの最後の言葉、その挨拶の言葉が終わると春日野先生も通話を切りスマートフォンをしまう。
それを黙って見届ける俺達、その胸中にはケンさんと思い掛けず言葉を交わせた事による何とも爽やかな充足感を感じている。のは俺だけだろうか。
「ケン・マスターズさんか、全米格闘王になったほどの人だから強いって事は知ってたけど、やっぱりそれだけじゃあ無いね。気さくでサッパリとしていて人格的にも尊敬できる人だよね、アンタもそう思わない比企谷?」
川崎もまた俺と同じ思いを抱いたのだろう、静かに微笑を浮かべつつ俺にそう問い掛ける彼女の表情に思わず俺は見惚れてしまった。生憎と鏡でも無きゃ己の目で己の表情を見る事は出来ないが、この僅かに強く高鳴る心臓のビートからきっと俺の顔には紅が差しているだろうと容易に想像がつく。
「はっ!?そっ、そうだな……俺も、アレだ……同感だ。」
此処で黙って一言川崎の言葉に『ああ』とでも頷いて肯定すれば少しは渋い男を演出出来たのかも知れないが、どうにも俺はそう言ったニノ線を張れずバリバリに彼女を意識し吃りながら言葉を発してしまっうのは俺の根が三ノ線だからか、まぁそこはご容赦願いたい。
ケンさんとのスマートフォンを通しての会話も終わり俺達はすっかり忘れていた本日のトレーニングメニューを熟すべく、改めてウォーミングアップを始める。
マツダとの対戦を終えた川崎も完全快復とはいかないだろうが、かなり復調した様なので軽くトレーニングメニューを熟して行くと言う。
「へぇ、お前達こんなトレーニングやってたんだな、よっ、よっ、よっと。」
そして何故か川崎と対戦した、マツダまでもが俺達と交じりトレーニングに参加している。いやまぁそれは別に構わんのだが、地に座り開脚を行うマツダの姿に俺はちょっとばかり感心していたりする。
「……マツダお前、何気にすげぇなその脚、何気にほぼ水平に開脚してんじゃねぇの。」
俺が今口にした様にマツダはピタリと地に伏し開脚を所謂股割りを行っているんだが、更にその状態から上半身を前方へと伏して腰を左右にユラユラと軽やかに振っている。
「へへっ、そうか?このくらい余裕だぜ、余裕ッ!」
本当にコイツの柔軟性は大したもんだな、やはり川崎の攻撃をアレだけ受けたってのにダメージをあまり感じさせなかったのは、この肉体の柔らかさが有効に働いていたって事だろうな、やっぱり。
「実際大したもんだとおもうんだがな。俺もトレーニングを始めてから随分と身体が柔らかくなったと自分では思うけど、其処までは出来ないからな。」
やっぱり民族的な特性とかもあるんだろうか、マツダに限らず向こうの人って肉体のフレキシビリティがハンパないってイメージがあるんだよな。例えば武術で言うとカポエラの遣い手とか、マイヤさんの試合とか残念ながら観たことは無いけど、その弟子であるボブ・ウィルソンさんとかスゴイ自在に身体が動いてるよな。羨ましいくらいに、まぁ無い物ねだりはしないけど日々の鍛錬で身に付けられるってのならその辺は貪欲に手に入れるけど。
そんな雑談を交えながら暫しトレーニングを続けていると少し離れた場所から次第に此方にガヤガヤと複数人の話し声が近付いて来る気配がする。
具体的に言うと、この地主さんにお借りしている雑木林公園に登ってくる階段の方から、その聞こえて来る声音の総てを聞き取ることが出来るほどの地獄耳は持ち合わせていないが、それでも幾人かの声が誰のモノかは特定出来た。
俺はその声が聞こえる方へと顔を向けると、やはりと言うべきか。
「おおっ、やはりまだ此処に居った様だな我が盟友達よ、そして我が尊敬する恩師!」
「ヘイッ来タぜハチマン!オォっサキにルミとコマチも一緒カっ!」
つい数日前にパオパオカフェのリングにて対戦して後妙に馬があったのかすっかり意気投合し、今では日米重量級オタクコンビと化し
「あっ八幡お疲れ様、川崎さんと。小町ちゃんと留美ちゃんと春日野先生とけーちゃんと、誰?」
そして俺のササクレだった心と身体に癒やしを与えてくださる。存在自体が奇跡であるこの世に降臨されし四大天使のうちの一柱だった。
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新たな来訪者の登場によりカオスな状況になるのはお約束。
「ぬぉぉぉッ何と!?この者があのケン・マスターズ殿の弟子であるとなっ!」
お得意のオーバー過ぎるリアクションで以て、材木座は俺達が紹介した来訪者マツダの素性を聞くと大声でそう吠えた。知人として関係を持たず遠目で見ている分には若しくはフィクションの中の登場人物ならいざ知らず、現実世界でしかも関わりがある者として材木座のコレはマジウゼぇ。
そしてどうやらそう思ったのは俺だけでは無い様で、近くに居る川崎や留美やマツダも耳の穴に指を突っ込み音量調節を行っている。
「っ、材木座お前五月蝿いぞ、音量調整の狂ったスピーカーじゃあるまいし、ちっとは声量落とせってんだよ。」
「ぬぬっ!?ケプコンケプコンいやはやなんとも我とした事が失礼仕った、皆の衆どうか平にご寛恕願いたい。」
斯く言う俺も、その材木座のあまりのウザ五月蝿さに顔を顰めつつ文句を付けると材木座は相変わらずの持って回した言い回しで謝罪を言葉を述べる。
こういった素直な所は材木座の為人の良い部分ではあるんだろうが、しかし如何せんウザさの方が先に来るからな材木座の場合はなぁ。
「けんごう、あんまりうるさくしちゃだめだからね。」
「うぐっ合点承知である、けーちゃん殿すまぬ。」
俺を真似てか、けーちゃんが重ねて材木座に苦言を呈すと忽ち材木座はそのデカい肉体を縮こまらせ、後頭部に手をやりペコペコと謝罪する。
まぁ我が千葉県に冠たるラブリーエンゼルけーちゃんに言われては素直に頷くほか無い。因みに言っておくがラブリーエンゼルって言っても宇宙に悪名を轟かす二人組のダーティーなペアな
「ところでよぉ八幡、どうでもいいけどコイツら何モンだ?」
材木座の茶番の終わりまでワザワザ付き合ってくれて、マツダは改めて材木座達の事を俺に尋ねる。件の材木座による茶番によりマツダと日米重量級オタクコンビ双方の紹介が中断された事にマツダも多少なりとも気を悪くしたのかも知れんな。
「おっと、悪いなマツダ。」
俺はマツダに先ずは取り敢えずの謝罪の言葉を掛けてから、材木座とJr及び戸塚の事を紹介する。するとやはりと言うか材木座のヤツは懲りるって言葉を知らないのか、或いはお袋さんの腹の中に忘れてきたのかは定かではないなが、事ここに至ってまたしてもお約束をぶちかましやがった。メンドイからマジ勘弁してくれよ………からの、そして。
「そうか、オメーかよ、へへっオメーがダンって奴の、関係者だったのかよッ!」
と突如としてマツダがヒートアップして材木座に躙り寄り遂には非難の絶叫をあげるが、当人たる材木座を含めた俺達全員がきっと何故にマツダが材木座の叔父さんに対して怒っているのか見当が付かない。
“ガルガルゥ”って感じで怒り顕に材木座に食って掛かる様に、この状況は不味いと川崎がサッと二人の間に割って入り。
「ちょっと待ちなよアンタ何そんなに興奮してんのさ、ちょっと落ち着きなって!」
マツダを宥めようと声を掛ける、若干人見知りの気があるのに割りと喧嘩っ早いところもある川崎だが、そこはやはり三人の弟妹を持つ千葉の姉だ。揉め事の仲裁には慣れているんだろうな。そして俺も女性の川崎にだけ任せる訳にはいかんと彼女の隣に進み出る。
「そうだぞマツダ、よく分からんがお前と材木座の叔父さんとの間に何かあったんだろうとは俺にも想像できるが、それと材木座とは無関係だろう。」
だから少し落ち着けとマツダを宥めつつ、言いたく無ければ構わんが何か事情があるならばよけりゃあ話してくれと促す。マツダは暫しの間不貞腐れていたが春日野先生が間に入ってくれた事によりマツダも怒りのテンション下げ、しゃあないなとばかりにその事情を話してくれた。
話はマツダがケンさんの弟子となる以前に迄遡る。ケンさんの元へ弟子入りすべく押し掛けたマツダだったがケンさんはそれに首を縦に振らず素気なく断ったそうだ、しかしマツダは諦める事無く幾度も幾度もケンさんの元を訪れ弟子入り志願を繰り返した。
流石のケンさんもマツダのしつこさに辟易としたのか、一つの課題をマツダに出した。その課題のクリアを条件にマツダの弟子入りを許可すると言うものだった、まぁそれが先に聞いたリュウさんから一本取ってくるって事なのだが。
「俺はケン師匠に教えられた昔なじみの人達の元を訪れてはリュウさんの居場所を知らないか訪ね歩く序にその人達と手合わせしてたんだがよぉ、どいつもこいつも俺の事を口を揃えたみたいにダンだダンだダンだって呼びやがってよぉッ!俺はダンじゃねぇッ、ショーンだってんだよッ!!」
要はそれって材木座はリュウさんやケンさんの知り合いの格闘家の皆さんが、マツダを材木座の叔父さんと混同してしまったが為のとばっちりをうけてるだけじゃね?
「……Hey Youちょっとマテよ、ナンか話聞いてリャよハチマンが言う通りケンゴーはナニもワルくねぇじゃねぇかョ!オメーが行った先のファイター達にケンゴーのオジキと間違ワレたってモ、そりゃケンゴーとは関ケェねぇダロョ!」
そんな俺の内心を代弁でもするかの様にJrがマツダに反論し、皆がその言葉にコクリと頷く。
その場の雰囲気にマツダは己の旗色が悪いと感じた様で少しばかりバツの悪そうな表情をみせ始めていたんだが。
「よくぞ言ってくれたJrよ流石は我が相棒よムッハハハハぁッ!」
それに気を良くした材木座はJrを焚き付ける様に称賛しバカ笑い。
「オウ当然ダゼっケンゴー!ガッハハハハハァッ!YEAAAH」
Jrもそれに応え、YEAAAHからのポル○レフと花○院のパンツーまる見えからのよろしく、パシ!ピシ ガシ グッグッを二人して決めやがった。べっ、別に俺も一緒にやりたいとか羨ましいとか思ってないんだからねっ! 嘘です本当は俺もちょっとやりたいです、嘘言ってゴメンナサイ。
「やっとる場合かーッ!」
しかし、転んでもタダでは起きないのがこの俺比企谷八幡。ピシガシは出来なくとも他のネタをブッ込んでやった。閑話休題………
「だがなぁ、マツダの気持ちも解らんでは無いとも思うがな『惑星ロボダ○ガードA』の主題歌でもあるまいしダンだ、ダン、ダダンだとか連呼されちゃ若干イラッと来るだろう。まぁ俺なら歌い手が、ささきい○おさんだったら歓喜するけど。」
「ふむ、そう言われると確かにであるな……我とてももし耳元で『亜空大作○スラングル』のオープニングのゴリラ、ゴリラを連呼された日にはウザイと思うであろうな。面白くはあるだろうがな。」
「だろ!?」
俺の例え話に材木座も下顎に指を当て、ふむと頷きつつ例え話で返してくる。理解してもらえた様で何よりだ。
「マテマテお前ら、歌詞の連呼ってっタラ『ぼく○の』のアンインストール連呼もアンだろうがヨ!」
「「いや、あれは名曲だろ!」」
興に乗った俺達ボンクラバカオタク三人はそんな話で盛り上がる。
「……ったくよぉ、何なんだよお前らは。何かお前ら見てたら一人でムカついてんのが馬鹿らしくなって来たぜ。」
そんな俺達のバカっぷりにすっかり毒気を抜かれたのかマツダが溜息一つ吐いてそう呟く。まぁその言い方に幾らか思う所も無くはないが、突っ掛かるのも面倒だし此処は良しとしておこう。
「うむ、ならばこの件はここまでとしようではないかケン・マスターズ殿の弟子よ。」
「そうダナっ、ケンゴーの言う通りダっゼ!ケン・マスターズの弟子ヨ。」
「ったくオメーらなぁ、確かに俺はケン師匠の弟子だけどよォ、俺にゃあ『ショーン』って立派な名前があるんだよ、だから俺の事は名前で呼べよ名前で!」
てな感じで事態は緩やかに雪解け模様になり始めた。それはそうとしてちょっとばかり気になる事柄を俺は、それを知っているであろう人物に尋ねようと、この場を少し離れて見守っていた人に声を掛けた。
「所で春日野先生、マツダが材木座の叔父さんと間違われたってコトっすけど、先生から見てどうなんですか?マツダってそんなに材木座の叔父さんと似てるんですかね。」
春日野先生は学生時代から材木座の叔父さんである火引弾さんと親交があったって話だし、年齢的に考えて材木座よりも長い付き合いだと思われるし何より身内である材木座よりかは客観的に見れるんではなかろうかとの判断なんだが。
「えっ、ああうんそうだねぇ。外見的には似ちゃいないね、う〜ん多分だけどケンさんの弟子になる前のショーン君のファイトスタイルが火引さんに似てたんじゃないかな?」
その判断は間違っていなかった様で春日野先生は俺の質問の意図を理解してくれ、適切な解答をくれた。
「なるほどね、そう言う事なんすね。材木座の叔父さんって人も材木座やマツダみたいにウザくて騒がしい人なんすね。」
「アハハハ……もう比企谷君、言い方!言い方!」
その解答に対しての俺のコメントに、春日野先生は何処ぞのメカ部チ○ンネルの帰国子女なパッキン部長のアレな発言に突っ込みを入れる、めがね部員の如く“言い方”を二度繰り返して窘めた。
「所で今日は三人集まってどうしたんだ?」
この夕刻に三人揃って、しかもその背には何やら物品を詰め込んでいると思しきリュックを背負っているところから、何処かに出掛けていたんだろう。
「うん、それなのだが八幡よ。Jrが明日の夕方の便でアメリカに帰ると言うのでな、今日は最後の思い出にと聖地巡礼とアニメショップ巡りを敢行して来たのだ。」
「オゥそうだゼハチマン。ケンゴーが是非にって誘ってクレてな、ソレならサイカも一緒がイイって誘ったら来てクレんだゼ!」
「うんそうなんだよ八幡。僕も折角Jr君と友達になれたんだから、日本での思い出を作る事に協力したくってさ。」
何……だと……
「おい材木座ッ!戸塚も行くんなら何で俺にも声を掛けてくれなかったんだッ!?ズルいぞ!」
戸塚も一緒に聖地巡礼とか史上最高のイベントへの参加を打診さえされなかったのだ、その現実に俺は怒りのゲージをマックスにし血の涙を流す。いやまぁ流石に血の涙は出ないけどな。
「なっ何を言うか八幡よッ、お主は今日は午前中バイトだと自分で言っておっただろう!」
ハンっ!高々バイトなんぞ戸塚とのお出掛けイベントの前では児戯にも等しいわッ!とは、言えないんだよなぁ。まだ社会には出ていない学生にすぎない俺だが、病気でも無いのにサボるなんて出来無いしな。バイト先の皆さんともそれなりにしがらみが出来上がってるし。
「ちいっ!」
そんな訳で俺は、連邦の白い奴に負け続ける仮面の赤い敗北者の様に忌々しげに舌を打つ。
「オォーッそうダ忘れるトコロだったゼハチマン、そんな訳だからよコノ前借りたマンガを返そうト思って持って来たゼ。」
そう周りに響き渡る大きな声でJrはそう言うと、背負っていたリュックを降ろすとファスナーを開けて中身をガサゴソとイジり、十五冊程のコミック本を取り出し俺へ差し出して来た。
「Thanksハチマン!ドレもスゲぇ面白かったゼ!」
「おう、楽しんでもらえたんなら何よりだわ。ってかコレ全部、本当はウチの親父のなんだけどな。」
Jrからブツを受け取りつつ俺はそう言う。Jrに貸したこの十五冊程のマンガ本は昭和の終盤から平成初期の作品で、主にガキの頃の親父が買った品物だ。
「ハッハーァッ!ドレも全部面白かったゼ。所でハチマン、この『雷鳴○ザジ』に出てくる
それを読んだ感想と考察をJrが俺に披露する。
確かに状況設定的に似た部分があるにはあるが。
「まぁ、よう実の作者の衣○彰梧先生が俺の親父世代かそれ以上の年齢ならその可能性もあるかもだが、多分違うんじゃねぇか?」
俺はそのJrの考察に対して一応否を唱える。衣○彰梧先生の年齢とか知らんが、少なくとも九十年代前半から活動していたとは思えんからな、多分。
「ソウかぁ、イイ線行っテルと思ったンダがなぁ。」
俺の否定的見解を聞いてJrが若干萎み気落ちしている、なんか身長百八十五センチ、体重九十キロの巨大をシュンとさせるその様子に何だか俺は酷く悪い事をしてしまったみたいに感じて妙に居た堪れんから止めてくれと言いたいんだが。
「否しかし八幡よ、よう実の作者がお主の様に上の世代の影響を受けていると言う線も捨てきれんのでは無いか?」
気落ちする相棒を慮ってか、材木座が俺の見解に対し別方向からの見解を口にする。
「その可能性もゼロとは言えんけど、まぁそんな事を言い出したらキリが無いだろう、推察や考察なんてのはそれこそ近しい設定が使われてれば幾らでも唱え様があるんだからな。」
「ぅむ、確かにお主の言う事も尤もではあるのだろうが、作品についての考察を行うのもオタク道の楽しみで醍醐味の一つでもあろうと言うものよ。」
「ナルホドなぁ、イイ事の言うぜケンゴー。」
だがこうやって三人でオタク談義をするのも今日で最後かと思うと何だか柄にもなくセンチな気分になってしまうのは、やはり俺が柱の男では無く人間である証なのだろうか。知らんけど………
「なあサキ、さっきからコイツら一体何を言ってるんだ?俺にはサッパリ解んねぇぜ。」
「ゴメン、アタシにもアイツらが言ってる事ってほとんど解らないんだよね。まあ小町なら解ってるかもだけどさ。」
「へっ、あ〜っいやぁ小町にもお兄ちゃん達が言ってる事全部は解んないですけど、多少は解りますね。まあ簡単に言ってしまうと痛いオタクの会話なんですけどね。」
「へぇ、アレが日本のオタクってヤツの会話か。」
何か外野からこちらに向けて若干不本意な言葉が交わされている様だが聞こえない事にしておく。マイノリティーってのはいつの世にも大衆に理解を得られない悲しい生き物なのだからな。
それにJrのヤツがもう帰国するとなるとこんなアホな事も出来無くなる訳だからな、まだまだやらせてもらうわ。
「コノ夏、オレはコノ国に来テ良かったゼ。ケンゴー、ハチマン、サイカ、サキ、コマチにルミにケーチャンとサクラティチャー、皆と出会えタからコノ夏は楽しかッタよ。」
少し芝居がかったしんみりとした声音でJrがそう言う、もう既にJrがネタ振りに突入している事に俺と材木座は気が付いているが、他の皆は(川崎と小町は何となく気がついていそうではあるが)Jrにつられる様にしんみりモードだ。
「……………………」
それに対し俺は出典通りに無言で佇み。
「そうであるな……楽しかった…心からそう思うのであるぞ……」
コレまた出典を元にしたセリフを材木座が口にする。
そして、それを合図に俺と材木座とJrは出典通りにガシッと円陣を組む、まぁゲッタ○ロボのオープニングのゲ○ターチーム程深くは組んでないがな。
「それじゃあな!!しみったタレのサイキョー流使いの相棒!精進シロよ!ソシてヤクザ眼の餓狼の弟子よ!オレの事忘レるなヨ!」
作中のポルナ○フのセリフを独自にアレンジしてJrが俺と材木座に言葉を贈る。一見只のネタセリフではあるが、その言葉にはJrの俺達に対する思いが込められている事がヒシと伝わってくる。
「うむまた会おうぞッ、我の事が嫌いじゃなければなッ!……マヌケ面ッ!」
材木座がジ○セフのセリフをアレンジ引用してそれに応え。
「忘れたくてもそんなキャラクターしてねえぜ……テメーはよ。元気でな……」
俺もまた承○郎のセリフをほぼそのまま使い応える。
そして俺と材木座はクルリとJrに背を向けて、また同じ様にJrも同様に俺達に背を向け互い逆方向へと歩みだす。
歩数にして四歩程前進して俺達は其処で一旦歩みを止め、またしてもクルリと百八十度反転し。
「ヨッシャーッ!決まったな!」
三人で高々と両手を上へ挙げてバシッとハイタッチを決めて歓びを分かち合い、三人揃って決めたネタの気持ち良さに酔いしれる。
「てかJrお前ヤクザ眼って一体何なんだよ!?そこはせめて新手のスタンド使いの様な眼位にしといてくれって。」
「ハッハ〜っ、ハチマンは眼つきガ悪いカラなっ!ぴったりダロうヤクザ眼ってのガヨ!」
「うむ、確かに八幡の眼は素人衆には刺激が強過ぎるからな。しかし先のセリフ、八幡は原作の承太○のセリフをほぼそのまま使っておったしな、あそこは少し捻りを入れるべきであろう!」
「何だよ素人衆に刺激が強い眼ってのは!?まぁ良いけどよ、だがあそこは原作リスペクトに徹するべきだと判断したんだよ。原作でも数少ない仲間の前で見せるデレ太郎なシーンだし、変にイジるよりもその方が絶対に良いだろう!」
この頃にはもう他のみんなも俺達が何を演っていたのかある程度理解出来た様で、それを観る皆の目や態度には呆れの色が色濃く漂っている事がハッキリと見て取れた。
「あははは……もう三人共しょうが無いなぁ……でもコレが三人の友情の証でもあるんだよね。」
しかし戸塚は苦笑しつつも生暖かい目で優しく見守ってくれている。大天使トツカエルの包容力の大きさを俺達は改めて識り、その信仰心をより強固なものとした。
「……なあサキ、コイツらって何時もこんな感じなのか。だとしたらアンタも…苦労してそうだな……」
「ハァ……うん、まあもう慣れたけどね。」
マツダと川崎は、しかしそんな俺達の有り様に着いて来れず、心底憑かれゲンナリとした様な顔でそんな事を宣っていた。
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やはり此処まで来たらやらなきゃだろう。
夕刻の雑木林で俺達三人で、周りの目も気にせずに一頻りネタを楽しみ終えると、Jrが手荷物として持参していたスポーツバッグやリュックを片膝を着き雑木林の中の一本の太い木の根元に置いた。
荷物を置きJrはサッと立ち上がると軽く身体を捻る。
「……フゥーっ、ハァーっ……」
そして吸って吐く、呼吸を一つ。深くゆっくりとその全身に酸素を行き渡らせるかの様に。
「フッ、フッ、フッ、フッ!」
続いて短く呼気を吐きながら、全身運動を開始する、そんなJrの所作を俺達は静かに見守る。その動きと呼気はやがて次第次第に激しくなって行き、ジャブ、ストレート、ロー、ミドル、ハイとパンチとキックを次々と繰り出す。
「うん判っていたけどやっぱ基礎は確り固まってるね、しかも重量級にしてはステップワークもハンドスピードも悪く無い、ってよりかなりのレベルだよ。」
パオパオカフェで材木座との仕合いを観てはいたが、普段俺や材木座とアホなオタク談義ばかりやっているからか、川崎はJrの技量の高さに感心する。
「まぁな、何てったって親父さんはキックボクシング元世界スーパーベビー級のチャンプだしな、その辺りはバッチリ仕込まれてるだろうからな。」
「ああ、材木座との試合以外にもパオパオカフェでリングで闘うJrを何度か観たけど、アタシもソレはすごく感じたよ。」
俺は川崎にJrの親父さんの事をを引き合いとして出しつつ彼女は同意する、しかし無論それだけじゃあ無く日頃のJr自身の鍛錬の成果でもあろうがな。
「うん、そうだね。材木座君との対戦の時も思ったけど技のキレも、威力も申し分無しだね。」
「はい、流石は我が相棒でありますな。」
春日野先生が俺達同様Jrを称賛すれば材木座がそれを我が事の様に喜び、そして。
「まあアレだけデカきりゃあパワーと破壊力はかなりありそうだけどな。」
マツダは皮肉った物言いではあるがJrを認める発言をする。Jrは親父さんより身長は十センチ程小さいが、それでも現状既に百八十五センチとテリー兄ちゃんよりも大柄で鍛えられた筋肉がその身を鎧の様に包んでいる。
それでいて、決して素早いって程では無いにしろ動きは鈍重では無くキレも良くパワーとテクニッの均整が取れていると来てるから、全く大したもんだ。
時間にして七〜八分、ウォーミング・アップを終えたJrは晩夏の暑さも相まって全身を汗で湿らせつつもサッパリした表情で『フゥ~ッ』と一呼吸。
先に樹の根本に置いたスポーツバッグからタオルを取り出し、その身から滴る汗を拭うと再度スポーツバッグをあさり中からバンテージを取り出し、陽気に口笛を吹きつつ左拳に巻きはじめた。
はじめに四本の指、人差し指から小指を自然に伸ばしてナックルパートにグルグルと五〜六周程バンテージを巻き付けるとそれを引き抜き中手骨の上へと添える。その上から残りをグルグルと手首を十センチ程越えた辺りまで丹念に巻く、それを左右両拳に行う。
「へぇ、Jrはバンテージをそう巻くんだな。」
バンテージを巻いているJrを見つつ俺はそう呟く。以前、俺がジョーあんちゃんから教わったバンテージの巻き方は、先端の輪っかを親指に通してから手首周りを三周きほど巻き着けて固定し、それからある程度拳全体に巻き付けた後中手骨の上に小指から人差し指間をグルグルとウィービングする様に十回程往復させてからナックルパートを固め、更に拳全体へと巻いていたんだがな。
まぁ基本俺はテリー兄ちゃん同様に指貫のグローブを使ってるからそれは本当に滅多にやる事は無いんだけどな。なので俺もバンテージを巻く際はその教わったやり方を踏襲している。
「あァこのヤリ方はDaddyから教わっタ巻き方ナンだ……オゥ!そう言エばハチマンはジョーさんにムエタイを学ンデたんだったナ、ハハーン!サテはジョーさんの巻き方はオレタチとは違うノカ、ナルホドなバンテージの巻き方モ人ソレゾレって事なんダナ。」
そう一人納得してJrは口笛を吹きながらバンテージの装着を再開した。
バンテージを巻き終えた両拳をコツンコツンと軽く当てながらJrが俺の呟きに応えてくれた。
それから一分にも満たない短い時間シャドーを軽く行いJrは再びスポーツバッグをあさり、その中からグローブを取り出しキリッとした挑戦的な目を俺に向けてきた。
Jrは立ち上がるとそのグローブを高々と掲げると。
「ナぁハチマン……最後にイッチョ手合ワせと行かないカ!?」
と、俺にそう呼び掛けた。
そのJrから俺への呼び掛けの声に俺を含めた周りの皆も、その瞬間しんと静まり返る。
その呼び掛けにどう応えるか、其処で俺はこの場に居る二人の男に目を向ける、無論一人は手合わせを申し出て来たJrである。そしてもう一人の男とは、今日この日アメリカから俺に会う為にこの千葉まで足を運んでくれた、結果としては川崎と対戦した事により今回俺との対戦は流れてしまったが、互いに格闘の世界に身を置いていれば何時か拳を交えるって時が訪れるだろう男、ショーン・マツダ。
「あん!?何だよ八幡、何いきなり俺にガンくれてんだよ?」
俺が目を向けた事でマツダは先刻初対面の時の様に挑発的な物言いをしてきたんだが、俺としてはそんなつもりは無いんだがな。やっぱりこの眼がいかんのか!?
先の川崎との対戦で俺はマツダの闘いを観て、コイツの技を技量を識った。それを元に俺はその対策を練る時間があるって事だ、対して俺はマツダにソレを見せてはいないなと思っただけなんだが。
「いや……何てかな、俺はさっきお前と川崎の対戦を観戦させて貰った訳だが、それってある意味お前の手の内を観せて貰ったって事なんだよな。それでだがもし俺が今のJrの申し出を断ったりしちゃ何ってなぁ、こっちだけ手の内を隠してるみたいでお前に対してちょっとばかりフェアじゃ無いんじゃあねぇかって思ってな。」
「ハッ!なんだそりゃまた律儀な事だなっ。そんなモン黙ってりゃ次に俺とやり合う時有利に立てただろうによ、おめでたいヤツだな。」
「……解って無いなマツダ。俺はまだまだ発展途上の人間だぜ、言うなれば『県立海○高校野球部員山下たろーくん』に等しいって訳だ。あくまでも見せるのは現時点での俺の力ってヤツだよ。まぁそんな訳だからこれからも鍛錬を積んで強くなるんだぜ。今日よりも明日、明日よりも明後日はもっとって感じにな。お前だってそうなんじゃねぇのか違うってんなら俺の見誤りなんだろうけど。」
まぁ『闘う前に相手に自らの手の内を晒すなど愚の骨頂!だからお前はアホなのだ!』と以前Gガンにハマりツイートしていた森川ジョ○ジ先生には怒られそうだが、俺の気持ちとしてはそんなところだ。
「けっ!言うじゃねえか八幡ッ、そうだな俺だってそうだぜ!これからも俺はケン師匠に鍛えて貰ってもっと強くなって、何れはケン師匠だって越えてスゲぇデッカイ男になってやるぜ。つうか誰だよ山下たろーくんってのはよ?」
「フッ、デッカイ男か……なぁマツダ知ってるか、昔日本にはこんな歌があったんだ『みんなみんな、大きくなるよ、まいにちちょっぴり、せがのびて、きのうのズボンはもうはけない』ってな。いやまぁ流石にそんな不経済な成長の仕方をされたんじゃ家計を預かる世の主婦(夫)達からするとたまったモンじゃあ無いだろうが、一人の格闘家としてはそんな風に在りたいよな。」
「いや、だから何なんだよその例え話はよ!?でもまあお前がそうしたいってんなら、そうすりゃ良いんじゃないのか。」
俺のネタに突っ込みを入れつつもマツダも俺の考えに納得してくれた様だ、だったら答えは一つだよな。
俺はマツダからJrへと向き直りその意志を伝える、何だか我ながら少しカッコ付け過ぎたかなと内心思いつつ俺はソレを誤魔化す様にボリボリと髪を掻きながら。
いやだってな、どうにも自分のキャラじゃあ無い様な気がするし、もしかしたら若干顔が紅潮してんじゃね?と思う程度には顔が火照っている気もするし。
「そう言う訳だからJr、一丁やってみるか………」
「ハッハーァッ!そう来なくチャなッ!!しかしナンかハチマン微妙にデレてないカ?」
げっ……Jrにそんな突っ込みを入れられたよ、マジかよ別にデレてるって訳じゃ無いんだが、傍から見りゃそう思われてしまうのか。
ヤッベぇ、もう何か時間を巻き戻してさっきのマツダとのやり取りを取り消したいッ。
Jrからの手合わせの申し出を受け俺もその準備の為に自分の持参したスポーツバッグからグローブと、そして誕生日のプレゼントとして雪乃、結衣、いろはの三人から贈られた黒い『KING OF THE FIGTERS』と記されたキャプとを取り出すして立ち上がる。
そしてソレを身に着けようとしたその時『ヘイハチマン!』とJrが俺に呼び掛けると、“見てろよ”と言うと。
「行くゾっ!
と叫び先ずは右拳を空へと掲げてグローブを次に同じ様に左拳に装着した、装着する際に自らの口でガキンッ!ガキンッ!とドッキング音を発してな。
グローブを装着するとJrはその感触を確かめる様に指を開いて閉じると数度繰り返して、ニカッと笑い右腕を前方に突き付けながらながらこう言った。
「ハッハーっ、ドウよハチマンこのネタはよ?気合がガンガン高マリそうダロう!?」
いや、うん。理解るよその気持ちメッチャ良く理解るよ、何なら俺もやりたいまである。
「ガオガ○ガーかよ……てかそのネタ、中の人的に材木座が言いそうなセリフっぽいんだがな。」
と八幡思うんだ、なので使うなら材木座の居ないところでだな。
「うむ、そうだな我も何処かで使いたいところだ!」
「いやお前はマイ○ガインのネタで行くんじゃなかったのかよ。」
はて、以前屋上で材木座は俺にマ○トガインネタを披露した事があった筈だが、もしかするとそのうちガオガ○ガーに鞍替えする日も近いのかも知れんな。
「うむ、当然マ○トガインも良いものではあるがな、ガ○ガイガーもまた素晴らしいではないか!」
俺の突っ込みを受け偉そうに材木座はそう嘯くのだが、だがしかし材木座にガ○ガイガーのネタをカッコよく決めるにはやるには致命的に不足しているモノがある。
「いや、だがガオガイ○ーをやるんならGGGメンバーをやってくれる人が必要になるだろう、お前その宛あるのか?」
ガオ○イガーをやるのに必須とも言えるGGGメンバーによるオペレーティング。ソレをやってこそ輝くってモノだろう、特に卯都○命やス○ン・ホワイト役をやってくれる女子がな。
「ぬぐぅ〜っ、ソレを言われるとだなぁ………」
俺の言う事が材木座本人にも痛い程に理解出来たからか、材木座は口惜しげに拳をグググっと握り締め涙を流す。そんな材木座の様子を豪快に笑って見てるJr、その笑いを納めJrは俺に目を向けると。
「Heyハチマン!お前も何かやって見せろヨ!」
Jrは期待に満ちた目をして俺にネタを促す、其処まで期待をされているのなら此方としてもソレを受けざるを得ない!ってな。
「そうだな……じゃあ。」
さて何にするかと、数秒間脳内で俺の中の記憶の図書館から探し出したソレを俺はプロセスを開始する、先ずは両の拳にグローブを装着しながら最初の向上を述べる。
「
次いで、左脇に挟んでいた
「
名乗りを上げる。
「Oh!何ダソレ?元ネタは何ナンダ!?教エテくれハチマン!」
「おぅ、これはなJr……」
俺のネタにスゴイ食いつきを見せるJrに、良くぞ聞いてくれたと俺は説明をはじめる。しかし周りからは何故だがシラっとした空気が漂いはじめている事を、俺の元ボッチだったが故に磨きに磨かれた感知能力がソレを察知し、俺は経年劣化により建付けが悪くなった扉の様にギギギと擬音が発しそうな動作でその方向に顔を向けると。
「……いや、もう最初っからほとんど訳分んないよアンタらのやってる事ってさ。」
「何かすみません、ウチのゴミぃちゃんが……………よよよ。」
「八幡師匠……ホント残念。」
「るーちゃん、はーちゃんたちざんねんなの?」
「うん、すっごく。」
そして予想を違わぬJK、JC、JS、保育園児からの辛辣なお言葉が深く突き刺さる。フッいつの時代もマイノリティーってのは理解されんのです。偉い人にはそれがわらんのです。
「アハハ……私はノーコメントって事にしておこうかな。」
「あー、そうだな俺もそれでいいや。」
おそらくは、もう面倒くさ過ぎてどう対応すれば良いのかと適切な解答が出せないのであろう二人は、若干投げやりな感じでそうコメントを残した。
「ゴメンね八幡、僕もあんまり擁護してあげられないや…………」
「あっ い!? うれえろお!!」
「うわらば」
「あべし!!」
そして我が天使にまで見放されてしまうと言う現実に打ちひしがれ、俺達はガクッと地に膝と肘を着け絶望の断末魔をあげてしまった。
しかし何時まで打ちひしがれ地に臥せっていても仕方無いと気を取り直して、俺達は再び立ち上がる。そう、俯いたままじゃ何も得られないからな、勝利の歓びよも敗北の悔しさも……何てそんな御大層なモンでもないか。
まぁ、あまり茶番ばっかりやってるワケにもいかんしな。そろそろテンションを戦闘モードに持っていかねばならんだろう。
「フッ、フッ、シュッ!」
Jrに倣ってる訳じゃ無いが俺も軽く身体を動かして己のコンディションを確認する。ステップワークから始めて徐々にパンチや蹴りに加えて回避運動や相手の出方を想定してのガードやパリング。
ほんの少し動いただけなのにもう汗が滴る、コイツは流石に鬱陶しいと思うが致し方あるまい。暦の上では初秋とは言えと体感的にはまだ夏だしな、仕方無いね。
「ふぅ、ヨシOK!まぁこんなモンだな。」
一通りコンディションも確認出来たし身体的には問題なしだ、先のJrじゃ無いが俺も左右の掌を開いて閉じてを数度繰り返し、最後に軽くステッピングの様なジャンプを繰り返す、うん何時でも行けるな。
「ん!?」
己が身の手応えを確かめるのに集中し過ぎていた為か、其れまで気が付かなかった鈍くそしてわりと大きな物音がしている事に俺は今更気がつきそちらに目を向けると。
「シィィッ!Oneッ!TWoゥゥッ!」
「ヨシッ、身体の芯まで衝撃が響く良い音であるぞJrよ!」
何時の間にか材木座が両手にミットを着けJrがそのミットをめがけて拳を繰り出していた。
ビシッ、ズシッと鈍く重い音を響かせるパンチを受け材木座のミットから今にも煙が立ち昇りそうな程のインパクト、それだけでもうJrのパンチの破壊力が嫌ってほど理解できる。コイツはあまりクリーヒットを食らっちゃ不味いな。
Jrの様子を確認しつつ、さてどんな風に出るべきかと脳内シミュレーションを行っていたんだが、そんな俺の側に近付いて来る人の気配を感じ俺はソチラに目を向けた。
「アイツ凄えな、破壊力が半端無さそうだな。どうだ八幡アイツ相手に勝てそうか?」
そう言いながら、バスケットボールを地にバウンドさせながらマツダがゆったりと歩いてくる。
「……さてどうだろうな、勿論
それに対して俺が極有りきたりな答を返すとマツダは微かにシニカルな笑いをその顔に表しながら。
「へへっ違いねぇな、まあ良いさ精々無様なところを俺達に見せない様に踏ん張るんだな。」
微妙ツンデレっぽい言い回しのセリフを曰わった、男のツンデレに需要なんざありゃしないって事をコイツは知らないのだろうか。知らないんだろうな多分。
「おっ何だもしかして俺の心配してくれてんのかマツダ、げっ!?辞めてくれよな俺にそっちの趣味は無いからな!」
ソレに対し俺は自身のおケツを両手で庇う素振りでマツダを誂う、まぁコイツがわりと俺の事を気遣ってくれているってのは理解してるんだが、何となく妙に照れ臭いって言うか素直になれないっえか……っべぇ何時の間にか俺にツンデレ属性が追加されてしまったのか、つい今男のツンデレに需要無しって断じたってのに朝令暮改もイイトコロじゃね。
否、極一部、出来れば関わり合いを持ちたく無い腐った志向の女性達には需要があるかも知れんが。話を変えて。
「はぁっ!?何フザけた言ってんだお前はっ!俺だってそんな趣味何か持ってねぇよッ!!」
案の定、マツダは俺の巫山戯た態度に憤慨し俺に背を向けてこの場からノシノシと歩き去って行く、その姿にちょっとだけやり過ぎたかと俺は内省し
「マツダ、ありがとうな。まぁどうなるか何てなやってみなきゃ解らんけど、取り敢えず今やれる事をやってみるわ。」
俺の謝辞にマツダは歩みを一旦止め首を右方向へ微かに横へと動かして俺を一瞥すると、後ろ向きで右手をヒラヒラと振りながら再動しバトルフィールドから離れる。
「さてどう闘い抜くかな。」
俺はマツダからJrに向き変え帽子の鍔を右の親指と人差指の二本の指で摘み、頭を掻いた影響で崩れたソレを整えた。
次回Jrとの対戦は巻で行ってみようかと思っています。
今回作中で書いたJrのバンテージの巻き方は、ミニマム級及びライトフライ級二階級王者京口紘人さんの巻き方を参考とさせていただきました。
また八幡がジョーに教わった巻き方に関しては、当作の創作に加え元WBAミドル級チャンピオン竹原慎二氏の巻き方を一部参考とさせていただきました。
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男の闘い、その全てを見届けて。
ほんのりと空の青に傾き始めた陽光に夕方の朱の色が指し始めた、ついさっきアタシはアメリカから訪れた元全米格闘王ケン・マスターズさんの弟子であるショーン・マツダって奴と対戦し何とか勝利を収める事が出来た。
色々と反省すべき処はあったけどそれは今後の課題って事として、取り敢えずはこれからこの場で行われる二人の男の闘いを注視する事にしようか。
さて、ウォーミングアップも済んで比企谷とJrが指呼の間をおいて向かい合い、春日野先生が二人の間に立って注意事項を伝えている。流石に二人共表情が材木座と三人でバカやってたさっきよりも引き締まっている。アイツのこう言うところって結構グッと来るんだよね……って何考えてんのさアタシもってば、今更雪ノ下や由比ヶ浜や一色と張り合う……ああッもうヤメヤメ、こんな事考えているどうするのさ、もう!
「沙希師匠、八幡師匠顔が変わったみたい。」
アタシの左隣に居る留美が、何時もの歳のわりには落ち着いてる感じの静かな口調で、比企谷の今の雰囲気に気が付いたみたいだね。
本当によく見てるよ留美も比企谷の事をさ、それだけ信頼してるって事なんだねアイツを。
解っているよね比企谷、留美の信頼に応えるんだよ、いいね。
「うん、さしずめテンションがバトルモードに移行したってところかな、比企谷のヤツ。」
「うん。」
「へぇ~、そんじゃさっき迄の意味の分かんねぇネタはもう言い出さねぇのか?」
マツダが何処か気の無い風にバスケットボールをバウンドさせながらそんな事を聞いてくる。
「うん、其処はどうか解らないけど、八幡は巫山戯ながらでもやる時はやる人だからね。」
アタシ達は口々に比企谷の現状に付いて語り合う、やっぱりこう言う姿を見るとこれから始まる二人の闘いがどう展開されるか否が応でも気持ちが高まる。けれど。
「いゃぁ……何と言いますか、ウチの兄は何処迄行ってもウチの兄ですからねぇ……」
小町がそんなアタシ達の熱を他所に否定的な見解を口にして来た、やっぱ何だかんだ言っても血縁者の小町がそう言うと、ちょっとばかり不安がよぎるんだよね。
「確かに、Jrさん相手にどう闘うかって事は考えてはいるんでしょうけど、ソコはまあウチの兄ですし多分、そうですね……きっとこんな事考えてますよ『この八幡が判断するかぎりJrの動きの
気持ちドヤっとした感じで小町は比企谷の口真似を披露した。
ああ…うん、何か小町がそう言うとそんな感じがそこはかと……
「オイオイちょっと待ちなさいな小町さんッ!!あのですね、何と言うかあのですね!人の考えを読んだりするの止めてもらえる!?しかもほとんどそのものズバリを言い当てるとか何なの二部のジ○セフなのそれとも音○明のラジコン飛行機をパクって飛ばす策を的確に読む四部の承○郎さんなの君、マジ勘弁して下さい。そんな事された日にゃお兄ちゃんネタ師として
そして比企谷は比企谷でコレなんだよね。
「ほら、どうですかコレですよ皆さん!コレがウチの兄の兄たる所以ですよ。」
『むっふん!』って、ちょっと得意気に胸を張ってるけどさ。小町だって比企谷程ではなくってもそれなりにオタクな知識を持ってるって事じゃん。本当にこの兄妹は、何処まで仲がいいんだろうかねぇ全くさ。それに第一、比企谷はウェイト的にはウェルター級くらいなんだからスピードでJrに劣るって事は無いだろうに。
「いや、何て言うかやっぱり小町は比企谷の妹だよ、紛れもなくね。それと比企谷アンタそんな事で
「そりゃお前やっぱサ○シがアニ○ケをリストラされた今、目指すからにはポケモン○スターいや……まぁ、うん。何かスマンっす。」
いけしゃあしゃあとアホな事を言い出した比企谷をアタシは、めいいっぱいに眼力マシマシで睨みつけてやったら、比企谷のヤツ怖れをなしたのかシュンとして“すまんっす”だってさ、フフっ何か可笑しいの。
さて広場の中央付近、相変わらずのグダグダを終え気を取り直して比企谷とJrが真正面から相対し、春日野先生から改めて二人へと問い掛ける。
「さぁーて、二人共準備は良いかな!?」
先生の言葉に二人が頷く。
「それじゃ行くよ!」
三歩程後ろ歩きで二人から離れた春日野先生が右手を大きく揚げる。
闘う二人も自分のコーナーポストへと向うボクサーの様に離れ距離を取る、そして…………
「ファァイナルッ、フュージョォンッ!」
「出番だぜクエーサー!!」
「オオッ!事、此処に至ってでも決して初心を忘れぬか、我が盟友達のなんと天晴事かッ!」
バカ三人がこの期に及んで、また何か叫ぶし。何かアタシゃ思わず蟀谷を押さえたくなるよ。
「レディ……」
その言葉に二人は今度こそ気を引き締めてファイティングポーズを取り構える。比企谷の方は若干アップライト気味に、対してJrは少し前傾姿勢の正面をガードで固めたボクシングのインファイターの様に。
「ファイト!!」
号令一閃、同時に春日野先生の右手がサッと振り降ろされ、闘いの開幕をつげた。
「行くゼッ、ハチマンッ!!」
大声での宣言から先ずはJrがいち早く比企谷へと突進を敢行、彼我の距離を縮めての近接戦闘を企図してるんだろね、対して比企谷は全身でリズムを刻みながらも、その場からほぼ動かずにJrを迎え撃つつもりかな。
「応!とっとと終わらせてウチ帰って、ラ○ザの
間近へと迫って来たJrを迎え撃つ比企谷だけど……アンタ何を言ってるのよ、てか何さ太ももって?誰の太ももよ、馬鹿じゃないの!全くっ。
「フンッ!ソイツぁVery goodな提案ダッ……ナァッ!!ダアァッ、ダッ、ダァーッ!」
しかもJrもJrで思いっ切りノッて来るし、本当にこの厄介オタクはマジメにヤレっての……ってかコイツら口では巫山戯た事を言い合ってるけど、言い合いながらも攻撃も防御もちゃんと熟してる。
「ホント、やれる事はやれるんだよね………」
超近接距離での攻防はやっぱリーチとパワーはJrに分があるね、でも手数とスピードには比企谷の方に分がある。
自分よりも小柄な比企谷に対してJrはきっと、大振りにならない様に気を付けながら通常攻撃はコンパクトにって意識し心掛けている様に感じる。
多分パオパオカフェで幾度もリングに立って色々な相手と仕合った事がJrの経験値を大きく加算させたんだろうね、ヤルじゃんJrも。
「うん……八幡師匠もだけどJrさんもスゴイ。」
へえ、留美も二人の技量が判る様になって来たんだね。まあ元から留美は真面目な娘みたいだしね。しかもこの数週間の間にアタシや比企谷の闘いを直に観てきた事もあるんだろうけど、案外見る目が肥えたのかも知んないね。
「留美、まだ基礎を学び始めたばかりだから実際に試合や実戦をやるのはまだまだ先になるけどさ留美、アタシや比企谷だけじゃ無く、なるだけ多くの人の闘いを観るようにしておきなよテレビでもネットでも会場に足を運ぶでも良い。そうやって見る眼を養うって事、それもまた今後の大きな経験になるからね。」
なら、技術や身体や精神以外にもその見る眼をもっと鍛えてあげられれば、留美はきっと強くなれる。
「はい!沙希師匠。」
アタシの目をしっかり見つめて力強く留美は返事をしてくれた。フフフ、良い返事だね留美。アタシ達と一緒に強くなろうね。
「シッ、シッ、フンッ!」
「ッ!フッ、おっと!」
そして教科書に載せても良いくらいの技術の披露の様な近接戦闘、その技量故だろう互いにクリーンヒットは未だ無し。でも其の均衡はちょっとした切っ掛けで崩れるし、それが何時訪れても可怪しくない。
「フッ、ハッ、シッ、シッ!」
今のところ敢えて脚技を使わず、ボクシングスタイルから丁寧に放たれるコンパクトなジャブにストレート、パンチとパンチの間の腕の返しも重量級にしてはかなりの速度だ。
でも、それじゃあJrの本来の持ち味を活かしきれないんじゃないのかね。それに未だ攻撃に転じない比企谷の動向も気になる。
Jrが放つパンチを比企谷は的確に尽く躱す、それは恰もJrの動きをその眼と身に刻みつける様に。
「……だとすると、もうそろそろだろうね。」
もう十分に比企谷は、今のJrのスピードにもパンチにも慣れてるだろうからね、後はその隙を見つける事が出来ればこの展開を大きく変える一撃を放てるだろう。
「はい、小町もそう思います。」
「うむ、であろうな。」
アタシの言葉に小町と材木座が同意する、二人共比企谷の実力をよく知っているからね。小町は比企谷の実の妹だし、その師であるテリーさん達の事も比企谷同様小さな頃から交流もある。それに材木座は一年の頃から比企谷と共に昼の鍛錬を続けてきてるから、アタシや留美以上に比企谷の力量は把握してるだろう。
それに、Jrとの対戦を観戦したアンディさんや舞さんにも防御技術を高く評価されてたしね。
「へぇ、八幡のヤツそれほどなのかよ、まあサキがそう言うんだから間違い無いんだろうな。」
「そうなんだ、やっぱり八幡はすごいんだね!」
「ナッ!?」
「シャァ!」
比企谷はJrが繰り出した渾身の右ストレートに見切りを付け最低限の動作でJrのパンチの内側へと回避しつつ、素早く繰り出す高速のジャブを二連打。
「ウッぐ!?」
ハンドスピードを重視している為に強く力は込めて無いだろうけど、カウンター気味に極まったからそれなりに威力は合っただろうね。
現に比企谷のパンチに依って顔面から上半身を後方へ仰け反らせる格好になってしまったし。
「Shitッ!!」
しかしJrは悪態をつきながらもダメージを無視した様に後方へ右足を下げて踏ん張り、体勢を立て直そうと強引にその脚に力を込めて地面を蹴り立てて前へと上半身を無理に突き出す。何てデタラメやんのさ、下手を打つと足の脛に無理な負担が掛かって大怪我するかも知れないのに。
「ダァあァーッ!!」
しかも驚く事にその反動を利用して更に右の打ち下ろしまで放とうとしている。今度は自身の前面、顔から胸部をきちんとガードして。
とは言っても片腕では防御出来る範囲はそんなに広く無いし、それに相手は比企谷だよJr。ただ単に大振りをすれば良いってものでも無いだろう、否相手に依っちゃそれもアリなんだろうけど比企谷相手にはちょいと雑に過ぎる攻めになっちまうよ。
ほら、そのJrの打ち下ろしにタイミングを合わせて二歩バックステップで後方へと回避する。すると結果Jrは比企谷に対して無防備を晒す事になるんだよね。
「オゥ、マィガッ!?」
それにJrも気が付き焦りのあまり驚愕の声をもらし、次の行動へと移ろうと意識はしてるんだろうけども、あんな大振りをかましたんだから簡単には行かない。
「クラッッ、シューゥ!!」
そして、勿論そんな隙を比企谷が見逃す筈も無く容赦無く攻撃を叩き込む。大きく身体を空中で高速回転させながら放たれる浴びせ蹴り。
「ウ、グァーァッ……」
肉を打つ音が強かに響き、同時に技を受けたJrの呻き声がそれに重なり、たまらずJrが地に伏した。
「………フゥ……」
Jrのダウンをその眼で見留めて比企谷は一呼吸、乱れた頭部の帽子を整え直して再度Jrへと静かに目を向ける。
「………う……っう、流石に効ィタぜハチマン……」
Jrはムクリと身を起こすと、グローブを着けた掌で比企谷のクラックシュートを受けた肩周辺を擦りながら膝を立てるけど、ダメージの為にまだ立ち上がれないでいる。
「だろうな、けど、どうしたJr!?もう立てない何て
自分の放った技の威力を寸分たりとも疑わず、謙遜もせずにアッサリと肯定して見せたうえで、比企谷はJrに発破をかける。
「ソンな訳無いダロうが、マダ俺は行ケルぜ!」
比企谷に力強く応えてJrがユックリと立ち上がると不敵な面構えで互いに顔を合わせる、良いねアンタ達二人共格好良いじゃん!アタシも何時の間にか手に汗握ってるよ。
「そう来なくっちゃな、と言いたいところだけどなJr。もうお前自身も理解してんだろうが、今迄のやり方じゃあ駄目だって事はよ。いやまぁ狙い自体は悪くは無いんだろうが、丁寧とコンパクトを心掛けるあまり肝心のお前の持ち味のダイナミックさが発揮出来て無いって。」
衰えないJrの闘志に比企谷も嬉しそうだ、だからって訳じゃ無いんだろうけど比企谷はJrに対して、この闘いにおけるJrの問題点を指摘し改善を促してる。
「オゥ!ソウだな。お前のスピードに対抗スルにはコレかッテ考えタンだが、ヤッパりオレらしく無かッタな。」
「まぁ狙いは悪くは無いんだよマジでな、けど攻撃が単調になり過ぎて俺としては見切りが付け易かったんだよ。だから其処に緩急やフェイント、それにお前の持ち味のパワーアタックが加わってたら俺もヤバいかも知れないな。」
「ハッハーッ!随分とサービス精神が豊富ジャねぇかヨ、ソイツは余裕の表レってヤツか!?」
比企谷の見解を聴きJrは、改めて自らの考えて咀嚼してみたんだろうね、その上でどうすべきか答えが見つかり精神的に余裕が生まれたみたいだ。顔付きが何だか良い方向に変わった。
「そんなんじゃ
「ハッハーッ!OK! MyBestfrieod!!ハチマン!遠慮なく行くゼ!」
フフ、良いね。良い感じに盛り上がって仕切り直しが出来たみたいだね、なら二人の真なる闘いが此処から始まるんだね比企谷、Jr。二人共後悔の無いようにね。
さて此処からは巻で行くよ、比企谷の助言から本来の調子を取り戻したJrと、本調子のJrとの闘いを望んだ比企谷との闘いはもう間もなくクライマックスを迎えるだろう。
その後の事をざっくり語ると、やっぱりスピードと手数で勝る比企谷が連撃を数度叩き込みダメージを奪うも、調子を取り戻したJrも要所で重い一撃をクリーンヒットさせ幾許かのダメージを与える事に成功、そして今。
「DoubleKoon……」
「ぐぅっ……」
「Braking!!」
Jrの豪快な必殺技が比企谷を捉えしかもその技に更に
Jrの必殺技を食らい、体勢を崩し無防備な状態に置かれている所にブレーキング、その後に待ち受けるものは当然。
「ダーーッ!ガーーッガーーッガーーッガーーッ!!」
Jrによる怒涛の如き強烈な連撃が始まり、比企谷を蹂躙する。おそらくコレはJrの超必殺技かPotentialPowerだろう。
「ぐはぁっ………」
こんなモノを食らっちゃ流石の比企谷も立ち上がれたとしても、受けてしまったダメージ量は………
「ハァ……ハァ……ハァ……ハ〜ッ、ハッハッハーッ!ドうだハチマンッ!?オレのFullPowelはよ、ドエらく痛ェダロ、ケドまだ終リジャあねえだろうナァッ!」
「うぅッ゙……ぃっ……てぇ……ハハ、流石に効いたぜ、マジ痛えっての。」
Jrの呼び掛けに本当に痛そうに呻きながら鈍く動き始め比企谷は苦笑いしながら半身を起こす。今ので起きれただけでも大したものだよ比企谷。
辛いねコレは、二人共もう満身創痍だよ、きっともうあとワンアクションかツーアクションで決着だろうかね。
「八幡師匠頑張って!」
「はーちゃん………」
そして留美と、何となくだろうけど京華もそれを感じているみたいだね、ゆるりと立ち上がってゆく比企谷を小さな声で応援する。
ほら比企谷、小さな二人がアンタを応援してるんだよ。普段アンタが言っている千葉の兄貴ならしっかり立ち上がんなよ、もうひと息じゃん。
「へぇ、ヤルじゃねぇか、あのデカイ奴の方もよ。コレで八幡もかなりダメージ食らっちまったし、こりゃもうそろそろ決着だな。」
「うむ、であろう!我が盟友は何方も大した者達よ。そしてお主の言う通りであろう、二人の体力も精神力も限界に近かろうしな……」
マツダと材木座もきっと解ってるんだろうね、だからこそ今二人を称賛する様な事を言ってるんだね。そしてその決着を見届け様と………
けれど、皆で闘う二人を見守る
「お兄ちゃん、もうあんまり余裕無いはずなのに何だか嬉しそうに笑ってますよ沙希さん。」
立ち上がり、疲れとダメージからか、まだファイティングポーズをきちんと取れてはいないけど比企谷は小町が言う様に、口元に微かな笑みを浮かべていた。
「あっ……本当だ小町はちゃんの言う通り八幡、ちょっと笑ってるみたいだよ、それにJr君も。」
戸塚が小町の言を受けてソレを口にする、そしてJrの方もまた比企谷と同様に笑みを浮かべていると告げる。ああ確かにね、二人共本当に楽しそうだ。
「ハァ……フゥ、なぁJr。どうやら俺に残された力はあんまり無いみたいなんだ、なもんで次のアタックに俺の残りの全部を費やす事にするわ……」
「フッ、フッ、ハァ……そりャ奇遇ダな、実はオレもパワーは残り少いンダゼ……だからオレも次ガFinalattackだゼ!」
バカ正直に自分の置かれた状況を告白し合う比企谷とJrは、お互いの顔を真っ直ぐにその目に捉えて不敵に笑いあう、本当に格好いいよアンタ達。
だからさ、アタシ達がアンタ達の全部を見届けるからさ、その宣言通り思い切っりぶつかり合いな!
「
「
アタシ達の思いが比企谷とJrに届いているかは解らない。向かい合う二人は最後の気力を振り絞る為だろうか、大きな声でまるで己に活を入れる様に吼えるとゆっくりと間合を詰め始めた。
オーソドックススタイルで構えるJrと、そして………
「えっ!?沙希師匠、八幡師匠が構えを取ってない、もしかして八幡師匠は……もう構えも取れないくらい苦しいのかな?」
比企谷が普段見せる構えを取っていない事に気が付いた留美がアタシに尋ねる、今の比企谷の体勢は左半身を前方に半身に向けてJrと対峙している。しかし両の腕は軽く肘を曲げダラリと下げていて所謂ファイティングポーズを取っていない。
「イヤ、そうじゃ無いよ留美。比企谷のアレは敢えてそうしているんだよ、Jrの攻撃に対してどんな場所からでも反応し対応出来る様にって自然体で臨んでるんだよ。」
アタシはそう留美に説明をしたけれど、それは留美を心配させたくないって気持ちが合っての事。確かにアタシが留美に説明した事は事実の内の一つではあるけど、実際は留美が言う様に比企谷の体力の消耗が激しくて構えを取ってJrに対するよりもより楽に動ける様にって事と“且つ”ラストアタックに総てを掛ける為にあの体勢を選択したんだとアタシはそう思っている。
「最後の一撃に掛ける為にね。だから留美、最後まで比企谷達の事見届けてやりなよ。」
一応はアタシの言葉に納得してくれたみたいで、留美は直ぐにアタシから比企谷へと目を向けて小さく頷いて返事をくれた。
「……うん……」
残り少い気力と体力のありったけをその身のうちからかき集め、二人の漢がゆっくりと歩を進め互いの距離を縮める。
緩やかに、静かに必要最小限のリズムを刻みカウンターを狙っている様な素振りを見せる比企谷と、ソレを理解したうえで正面のガードを固めてフェイント交じりに肩や腕をひく着かせて攻め入るタイミングを伺うJr。
「………ハァ……フゥ。」
「……フッ………ハァ。」
微かに響く二人の呼気と衣服から発する擦過音とステップを踏む事に聞こえる靴音、そして音無く滴る二人の汗と間もなく訪れるだろう二人の臨界点も限界。
「………そろそろ、だね。」
「そうみたいだな。」
「うむ、行くであろうな。」
アタシ達は誰に確認するでも無く向かい合う二人を見ながら、そう呟く。今の現状を見るにJrの方が先に動きそうな気がするんだよね、Jrも多分比企谷がカウンターを狙ってるって読んでると思うし、だけどJrと比企谷の身長差が十センチくらいあるしJrの身体的特徴、欧米人的に手足がアタシ達黄色人種よりも長いから必然的にJrの方が射程距離が長い。だから比企谷があくまでも近接戦闘で勝負を付けるつもりならJrのその長いリーチを殺さなければならない。
まあでも比企谷にはアレがあるんだけどね、アイツの眼と反射神経があって成立する妙技『スリッピングアウェー』がね。アレが極まればいまの二人の状態なら比企谷の勝ちは決定付けられたも同然だろうけど。
さてどう出る比企谷、そしてJrもさ。
「おっ、どうやらデカいのが先に動きそうだぜ!」
意を決して先に打って出たのはJrだった、逸早くマツダがソレを口に出すと二人の闘いの行方を見守る皆が固唾をのんで見守る。
「ハァーッ、シッ!シッ!」
掛け声と共にフロントステップで比企谷へと接近し左のパンチを繰り出す素振りを、ほんの少しだけ比企谷へ向けて繰り出す素振りを見せては引っ込める。或いは肩と腕をひく着かせても見せてのフェイント。
からの本番前の倒す気のないリードブローとしての左ジャブをJrが繰り出した。
「………ッ。」
ピシッと軽く比企谷の腕のガードを叩いたJrのジャブ、比企谷はソレを辛うじてガードは出来たけど珍しく否、肉体の限界が近いからだろうか比企谷がソレに反応してしまって、悔しげに舌打ちをする音が比企谷の口から漏れ出た。
「シャーッ!」
幻惑され迷いが生じたのかな、比企谷の動きが少し鈍い。だからか比企谷がJrが放った本命のコンボに繋げる為の左ブローに反応が遅れてしまいう。
不味いねこのタイミングじゃ十八番のスリッピングアウェーは使い辛いだろう。
自分の読みを外し舌打ちをした比企谷だけど、強敵の攻撃を前にして何時までもソレを引きずる様なヤツじゃ無い。瞬時に気持ちを切り替えたって事が、その変化した表情から見ているアタシ達にも見て取れる。
「フッ!」
ギリギリの見切りでJrのジャブをバックスゥェーで躱す比企谷と、そのジャブこそ不発に終わったものの次に繋げる為に高速で左を引き戻すJr。
「Go!Finis!!」
ラストアタックを意図して放つJrの渾身の若干打ち下ろし気味の右ストレートに対して比企谷は先の左ジャブを躱した時のスゥェーによって上体を後ろに反らした体勢のままで無防備だ。
比企谷を捉える為に前に出て身体ごと叩きつける様にJrは右を打ち下ろす。
「危ない八幡師匠ッ!?」
スゥェーにより反らした体勢も戻さずにいる比企谷に迫るJrのブローに、危機感を募らせた留美が必死な形相で叫ぶ。
慕っている比企谷のピンチに叫ばずにはいられないんだろうけど、だけとさきっと大丈夫だよ留美。比企谷の眼はまだ死んじゃいない。
「大丈夫だよ留美、比企谷はヤルつもりだよ。全く食えないったらありゃしないんだから。」
アタシは比企谷のその眼を見て確信した、先のJrの左ジャブを躱す為に行ったと思っていたスゥェーだけど、比企谷はただ単にパンチを躱す為だけに“ソレ”を使ったんじゃ無いって事をね。
そして、その時は今訪れた。
「シッ、セイリャァッ!」
Jrの打ち下ろし気味の強烈な右のパンチをギリギリまで引き付けた比企谷は、その場から更にその身を大きく後ろへと反らして両の掌を地につけ、同時に両足を大きく振り上げる。
それは後転しながら放たれるアンディさん直伝の技、蹴り上げる脚に炎の気を纏わせた必殺技を比企谷流にアレンジしたモノ。
「ぅ、がぁッ………」
それが今Jrの顎を強かに捉え、同時に比企谷が創り出した炎の気がJrの顔を中心に纏わり付き、堪らず呻き声を発しつつ顔を覆うその炎をどうにかしようとJrは藻掻き蹌踉めく。
「確か、『闇 浴びせ蹴り』って技だったかね。」
技を出し終えた比企谷は膝立ちの状態となり、其処で瞬間的に空気を吸って吐く一呼吸を入れるとJrの状況を見て取り、最後の力を振り絞り立ち上がりJrへむけてダッシュした。
「八幡師匠ッ!!」
留美が比企谷の名を呼ぶ、その声には比企谷の勝利を願う祈りが込められている様にアタシには、いやこの声を聞いた皆にもそう感じられただろう。
比企谷がJrへと向かい駆け出したと時をほぼ同じくしてJrの身に纏わりついていた『闇 浴びせ蹴り』の気の炎も鎮静化し始め、Jrも体勢の立て直しを図ろうとしているけれど。
「遅いね、もう………」
比企谷はもう既にJrの内懐へと到達し、まさに今にも次のアクションへ移ろうとしていた。
「ィ、ガッ!?」
もう、其処まで接近されてしまっては大柄なJrでは対処が難しいだろう、ソレを本人も理解しているが為驚愕の声を漏らしたんだろう。
「OKィ!フッ!!」
Jrの内懐、超接近距離で比企谷は掛け声一発技の体勢へと突入。
上方から大きく振り回した右腕からJrの腹部へと深々と突き刺さる悶絶モンの右ボディブロー。
「ぐハぁッ……」
その威力の前にJrの身体が腹から折れてしまいJrの呻き声が小さく伝わる、しかし間髪置かずに比企谷はその身を折ったJrに追い打ちの左アッパーカットを見舞い、続いてJrの巨体が持ち上がり遂にはその脚が地を離れてしまう。
「ぅグォ……」
この時点でもう既にJrの意識は途切れ始めているのかも知れない、しかし比企谷の攻撃はコレで終わりじゃ無いみたいだ。
再度、比企谷は右腕を高々と掲げるとその拳にありったけの気をグッ込める。そしておおきく振りかぶって、振り下ろした拳を力強く大地へと叩き付ける。
「マキシマムッ!アタァーックッッ!!」
比企谷の拳を突き立てた大地から空高く伸び上がる炎の牙の様な巨大な気のエネルギーがJrの巨体を飲み込み、そして空高く跳ね上げ。
「グゥぅガァぁァァァ……」
断末魔の様な悲鳴をと共にJrの巨体は、やがて重力に引かれて地面へと堕ち。そして空は更に朱の色を濃くし、蒼と混じった紫色と、東の空は更に深い藍と漆黒とが顕れ始めてた。
そんな初秋の夕暮れに二人の男の闘いは、その幕を閉じた。
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闘い終えて、夏休みも終わるのは間違っている。
「フッ……ハァーッハハハハッ!負けタゼっ、オレの負けダ!見事ダゼ、ハチマン!」
「おう、まぁ今回のところは俺の勝ちだJr。はぁ……しかし、やっぱり巨漢ファイターとの闘いってのは疲れるわマジで。しかもJrの場合、重量級の割にはかなりスピードもある方だしな、更にはあの出鱈目な超必殺技だな。アレ喰らった時はマジでどうなるんだって思ったからなぁ。」
闘いも終わり俺とJrは、互いに全力を出し合いダメージと体力の消耗から草臥れてしまい、だらしなくその場に尻をベッタリと着いて座り込みながら互いの健闘に敬意を表しあう。いやマジであの技は掛け値無しに危なかった。
「ソゥか!!アノ技はナDadの隠し技デナ、ダカらDadも現役のトキは実戦でモほとんド使って無かっタ技ナんダゼ。」
直にあの技を喰らった俺からの評価が余程嬉しかったのか、Jrは何時にも増してハイテンションで伝えてくる。あまりの声のデカさに留美とけーちゃんはピクッとその身を震わせて耳を塞ぐ。
しかし、親父さんの事を語るJrは本当に嬉しそうに話すんだよな。それ程に親父さんを尊敬してるんだろう、父親としても一人の格闘家としても。俺?俺もまぁ親父の事は嫌いじゃ無いな。親父とはまぁ話もそれなりに合うし、趣味も合うから一緒に居るのも悪くはない。
それに大体が俺の持つオタ知識は親父からの直伝だしな、言うなればその道の先達って奴だ。っと俺と親父の事はどうでもいいか。
「ぬははははっ!いやはやなんとも、実に豪快で痛快な技であったぞ我が友よ。」
Jrのデカい声にも負けずにデカい声で笑ってそう評するのは材木座の奴だ。まぁ皆さんこの喋り方でお解りだろうがな。だが、Jrと違ってその口調に若干イラッと来るのは何故だろう。うん、きっと材木座の奴が暑っ苦しいからだろうな、間違い無い。
「ああ、だね。だけどアノ物凄い五月蠅さはどうにかならないもんなのかね。」
「だよなあ、あんまりうるせえから見てて俺も思わず耳を塞ぎたくなったぜ、ありゃあよ。」
「うん。耳が痛かった。」
「あははは、うるさいうるさいだったね。」
「あはは……でも八幡が言う通りホント凄かったよJr君。」
みんなが口々にJrが使ったあの技の事を五月蝿いと酷評する。しかし何気に酷い事言うよな皆の衆。戸塚と材木座だけじゃねえか五月蝿いとか言わないのは。
まぁ材木座の場合はJrを相棒認定してるし何ら可怪しな点は無いんだが、問題は戸塚がJrを誉めているって事だ!何故なの我が聖天使トツカエル様!?その栄誉をこの不肖比企谷八幡にもお与え下さい。
そんな願いを込めて俺は、真摯な眼差しをトツカエル様に向けた。
「はっ……八幡も凄かったよ。」
俺の熱い願いが届いたか、聖天使トツカエルからの賞賛の言葉を賜わった。我が生涯に一片の悔いも無いし、何なら今の一言でハチマンは後十年は闘えるって、顔色と目つきの悪い壺の人も言ってた。
「おっ、ありがとうな戸塚……ふひっ……」
やべちょっと嬉しさが脳天直撃セガサタ○ン過ぎて天元突破して、思わずふひっとか言っちゃった。八幡うっかり。
「うっわっ!お兄ちゃん今のは流石に引いちゃうよマジでキモいよ、ふひっとか。」
オーバーなリアクションで後退る俺の人生に於ける原初の大天使コマチエル。そのの言い様が何気に酷い件について………って、コレが小町と俺の平常運転でしたね、そう言やなね。
俺とJrとの闘いを見届けたマツダが帰り支度をはじめる、リュウさんやテリー兄ちゃんが持っているズタ袋と同じ様な袋にタオルや外したオープンフィンガーグローブとを突っ込みつつ、ヘッと笑うと。
「まあ今回日本に来て、どんなモンになるかと思ったけどよ。俺なりにゃそれなりの成果ってのもあったしな、来て良かっのかもな多分。」
俺があまり人の事は言えんが、何ともこの男は素直な物言いが出来無い奴だな。大体が撚たセリフはこの俺、比企谷八幡の専売特許なんだから無断使用は止めていただきたい物である。
ヨシここは一つ俺がガツンと一言言ってやろう。因みに俺はアイスキャンディーの『ガツン◯みかん』が好きなのだが、最近は物価の高騰で学生には中々買い辛い価格になってしまったのが哀しいところである。
まぁだけど、ディスカウント系のドラッグストアでなら比較的安価に購入出来るぞ、コレ豆な。
「ハッハッ、お前もソウなノカよケン・マスターズのパダワンよ。」
イカン!ちょっと脳内で『ガツンと◯かん』と昨今の世情についての不満をつらつらと垂れ流している内に、Jrがマツダに話し掛けてしまった。てかパダワンって、ジェ◯イ騎士の弟子かよ。
「何だよ、そのパダワンってぇのはよぉ?どっかで聞いた事がある気はするけど解んねぇよ。全くお前といい八幡といい、例えの意味が解らなさ過ぎなんだっての!」
「ハッハッハァーっ!その辺ハお前モオイオイ勉強して行けバ、理解出キル様にナルゼ!」
「イヤ、そんな勉強する気は無ぇって!」
「否であるぞ!ケン・マスターズ殿の弟子よ。人間生きておれば何かしらの事態にぶち当たる事も有ろうと言う物、その様な場合に思わぬ知識がその場を切り抜ける切り札となる事も有り得るぞ。なればこそJrの言う様に勉強していく事はお主にとっても損は無かろう!」
「イヤそんなアニメだか映画だか知らねえが、そんなモンがどう闘いの役に立つってんだよ!」
アメリカからの来訪者組の絡みが始まったかと思えば材木座も参戦しやがって、五月蝿い事この上なし。ある意味五月蠅さの極みと言えるだろう、コレ。
「ムホン!その様な事は決まって居るだろう。闘いを前にしての前口上として大いに役に立とうぞ!」
そう、五月蠅さの極みとは。説明しよう五月蠅さの極みとは、幕末の世を恐れさせた左頬に十字傷のある人斬りが、明治の世に出会い友誼を結んだガサツな友がとある坊主に学んだ………と言うのは嘘だ、もう面倒だからこれ以上のでっち上げは止めておく。
「ああそうだな、その通りだ。確かに俺も材木座もJrもキッチリやってるしな。何てかなアレやると闘いの前に、ヨシ来いってな気分でテンションが妙に上がるんだよ。」
「ダヨなッ、解ルゼハチマン、俺もそうダカらな!」
「うむ、我もアレを行うことで怖れそうになる己が心と悲しむ我の闘志とを鼓舞しておるからな。」
それより今はマツダに対して俺達のネタに掛ける情熱と、それによってもたらされる効能とをわからせる方にこそソースを割くべきだ。
Jrと材木座もそれを解ってくれて俺に援護射撃を行ってくれた。こう言うのも阿吽の呼吸と言って差し支え無かろう。
「おお……何気に材木座、お前今の『ダンバ◯ンとぶ』の歌詞を頂戴したなッ!と言う訳で、どうだマツダこの俺達の阿吽の呼吸はよ。」
「イヤイヤ!ソレやってんのってお前達三人だけだろうがよ!そんな狭い範囲で、妙な精神論語るんじゃ無ぇってんだよぉッ!」
しかし敵もさる者、マツダは俺達の俺達によるオタクネタのプレゼンテーションに興味を示すこと無く、あまつさえ文句まで言ってきやがった。おのれディケイド!コイツと俺達とははどうやら不倶戴天の敵同士となるかも知れん。言うならば爆◯小僧と◯魎の様に。
ガヤガヤと俺達の五月蝿い茶番も終わり、帰り支度を終えたマツダに俺は改めて今後の予定を聞くことにした。
「ところでマツダ、お前今日はどうするつもりなんだ?」
「はあ?どうするつもりってのはどう言う意味だ。」
主語をちゃんと言わなかったが為か、マツダは俺の質問の意図に察しがつかなかった様だ。まぁ日本人同士でも伝わらない事ってわりかしあるしな、致し方無いだろう。
「いやな、これから成田に向かってアメリカに帰るのか、それとも何処か泊まる当てでもあるのかって思ってな。流石に春日野先生のところって訳にはいかんだろう、女性の一人暮らしだし。」
多分これから行っても今日はもうアメリカ行きの便も終わってるだろうし、それに普通に考えてまさか日帰りで日本に来たってのは考えづらいしな。ならば宿泊施設が必要になるだろうと思った訳なんだが。
「えっ、別に私は構わないよ。部屋も別にあるし、それに私もケンさんには昔沢山お世話になったし。」
「あっ、サクラさん、いやぁ…そう言ってくれるのは有り難いっすけど流石にちょっと。」
春日野先生は極自然にアッサリとマツダを泊めても構わないと言うけれど、言われたマツダの方がそれに対して遠慮をしている。意外にもマツダも男女の性差に対する気遣いが出来たんだなと感心しなくも無い。
「オゥ!だったラ、オレが世話になっテる、パオパオカフェに来リャあイイんじャネぇか!?」
其処でJrが、今回の来日に際して寝泊まりさせてもらっているパオパオカフェにと誘った。半ば住み込みバイトの様な形でJrはパオパオカフェのスタッフルームの宿泊施設を利用させてもらっていたりする。
「……パオパオカフェねぇ……」
しかし、マツダの奴はどうにも煮え切れ無いってか迷っているのかは知らんが、あまり選り好みが出来る場合じゃ無いと思うんだがな。
「ああ、確かに彼処ならベッドもあるしね。店長かオーナーに話を通せば泊まらせてくれると思うよ。何なら今から連絡取ってみようか?」
迷いを見せるマツダに、パオパオカフェでバイトに励む川崎もそれが良いとJrの提案を推し勧めたその上に、連絡までしてやろうと言うんだからな。マジ人がいいんだよなサキサキって、まぁ一見ぶっきらぼうで排他的にも見えるけど本当は情に厚いんだよ。
「マジか!?サンキューやっぱ暖けぇ女なんだなサキは。益々惚れっちまうぜ!」
そして出ました見事な迄の手の平クルリン!Jrが提案した時ゃ、乗り気を見せやしなかったクセにコレである。疾風ウ◯ルフもビックリな高速機動ってかよ。
「なっ、惚れっ……バッ、馬鹿な事言ってんじゃ無いよアンタは!」
マツダからの『惚れちまうぜ』の一言に、思いっ切り顔を真っ赤に染めるサキサキさんってば、どんだけ乙女なんだよ。いや、乙女なんだろうけどね。
「なんだよサキ、そんなに顔を真っ赤にしちまってよ。すっげーウブな反応じゃないかよ……って、もしかしてサキってあんまり男から口説かれた事無いのか?だとしたらどれだけ見る目が無ぇんだ日本の男は!こんな好い女放っとくなんざ、馬鹿だろう勿体ねぇ!俺なら玉砕覚悟で何度だってサキの事口説きに行くんだがな。」
お国柄なのかマツダの性格故なのかは知らんが、恥ずかしげも無くマツダの奴は川崎を褒め称えつつ口説きに掛かってやがる。人の色恋沙汰に首を突っ込むのは俺の主義には反するが、どうにもマツダの言い方に俺は反感を覚えてしまう。何か挑発的に俺をチラ見しているのが、尚更その思いを強くする。
流石にそんな事を其処までされちゃあ黙ってられんと心を決める。そして一歩前へ進み出てマツダと正面から向かい合い、そして。
「そうだな、お前の言う通りだよマツダ。お前の言う通り川崎は好い女なのは間違い無いって俺も、そう思うわ。料理も美味いし、裁縫だって得意だし、小さい子供の面倒も良く見るし、ロングポニーテールが風にたなびく姿がまた格別だ!」
「うむ、おまけに普段は強気で姉御肌で気っ風が良いにもが関わらずちょっとばかり恥ずかしがり屋で、周りの耳目を集めてしまい恥じらう姿もまた初々しくて、堪らぬモノがあるのだ。昨日今日出会ったばかりの貴様では知りはすまいよ、ムハハハハッ!」
今日、ついさっき出合ったばかりのマツダが知らぬ川崎の為人について、俺は若干ドヤりながら得意気に聴かせてやる。そんな俺の行動の意味を察してか、または単に自分も俺と同様にマツダの言動に苛つきを覚えたのかは知らんが、材木座の奴もがソレに乗っかり追加補足を入れて来る。
「うぅ……へっ!そんな事ぁ俺だってサキとの付き合いが長くなりゃ知れる事だぜ!」
悔し紛れにかマツダはそう言って反論を試みるが、何ともそれが負け犬の遠吠えの様で心地良く感じる俺ガイル。
「フッフフッ……笑止な事よ。のう八幡よ。」
ドヤッと胸元で腕を組んだ材木座が態とらしく笑い、そして僅かな間を置いてからその笑いをその言葉通りに止めると、チラリと俺に目を向けて同意を求める。どうでもいいがこの男、俺以上に悪乗りをしはじめやがった。まぁ良いけどな、元は俺がやり始めた事だし。
「フッ、そうだな。俺と材木座はな、お前の知らないとても素晴らしい川崎の秘密を知っている。」
俺も材木座を真似て胸元で腕を組んでうっすらと両眼を閉じ、そうやってニヒルを装ってみせると、途端に表情に好奇を顕してコレにマツダが食い付いた。其れは恰も撒き餌にたかる池の鯉の様に。
「なっ、何だってんだよ……サキの秘密ってのは……っ!?」
「フッ……知りたいか、いやさ知りたかろう。」
マツダの好奇を感知した材木座がウデ組をしたままに、ぬっと半身を捻って顔をマツダに近付けて煽りを掛ける。此奴ノリノリである。
しかし、これだけ煽ったからか、マツダは言葉はハッしないがコクリと頷く。
「フッフッフ、ならば知らざあ言って聞かせやしょう。良いかよく聴けマツダ!なんと川崎はなッ!
グッと握り拳を右手に作り腰元に添えて、左手人差し指をマツダに突き付けて俺は高らかに宣言するように告げる。そしてその場に訪れるのは一瞬の静寂。
その静寂が支配するその場にはやがて、まるで車◯漫画的な雷鳴が背景に現れて響き渡り(俺達の中で)静寂の時間の終わりを告げ、そしてマツダが驚愕の表情を顕し。
「なっ、なにいッ!?何だよよその
そして叫ぶ。てか何だかんだとマツダの奴も意外に知ってるんじゃないか。
「ヘイ、マツダッ!ゾディアックファイターっテぇノは、宗教観にカチコチに凝リ固まッたアメリカが勝手に改変士たタイトルで、本当ハ聖◯士星矢ッてのガ正式なタイトルなンだゼ!トコロでハチマンにケンゴー、オレにモソコんトコロ教えテくれヨ!」
マツダの間違いじゃ無いが、日本とアメリカとの番組タイトルの違いをJrが突っ込みを入れつつ、俺と材木座に川崎のアレに対する回答を尋ねてくる。
「おう、実はな………」
俺達男四人はその場で円陣を組むように、ヤンキー座りでしゃがみ込んで話し始める。このあと直ぐに訪れる悲劇をこの時の俺達は知る由もなく、ってか同年代の男同士でこんなふうにバカ話し何かする事って殆ど無かったからな、それが案外楽しくて俺達は身に迫る根源的危機感に感付く事が遅れたのだろう。
「いい加減にしないか、このバカ共ォッ、連続うッ!覇王ォッ翔吼拳ッ!!!」
超至近距離、背後から迫る複数の巨大な気の放出と接近に遅れて気が付くがもう遅く、迫りくる轟音と熱量と衝撃の波に俺達男四人は包まれて、身体ごと数メートル吹き飛ばされ意識を手放した。
「ありかどうなサキ、とついでにデカいの。今日はそのパオパオカフェってところで厄介になるぜ。」
川崎から喰らった覇王翔吼拳のダメージから回復した俺達は、川崎経由でパオパオカフェの店長に連絡を入れてもらい、マツダの今夜の寝床としてパオパオカフェのスタッフルームを貸して貰える事となり、Jrがマツダを連れ案内してくれる算段と相成ったんだが。
「…………フン!」
自分が
いやまぁ、マツダの挑発に乗って要らん事を口走ったってのは解るんだが、だからと言ってほぼ零距離からの覇王翔吼拳ってのはやり過ぎじゃ無いでしょうかね。
「すみません沙希さん、このリサイクルにも廻せない産廃以下の兄は私が責任を以て、思いっ切り折檻しておきます。」
「うん。流石に僕も、女性のシークレットな部分の話をするなんて擁護は出来無いかな。」
と、思うのは俺だけの様で、我が天使達はそう思ってはいない様ですね。八幡哀しい。
「ああ。よろしく頼むよ小町。」
「はい!任せて下さい。覚悟しておいてね幾ら家族でもセクハラ発言は見逃せないからね、産廃にも劣るごみいちゃん。」
川崎から俺への処置を託された小町が、そら恐ろしい表情を見せる。光を消した瞳にはまるで屠殺場送りにされる豚を見る様な冷たさを湛えて。
川崎の怒りの鉄拳ならぬ、羞恥の覇王翔吼拳連弾のダメージから回復した俺達は、改めて川崎から連絡を付けてもらったパオパオカフェへと向かう事となったJrとマツダの準備が整うのを待って、この場から解散する運びとなった。
「そんじゃ、デカいの。フランコJrって言ったっけ、悪いが案内よろしく頼むぜ。」
「オゥ、まカシトきぃ!だっゼ、マツダ。」
まぁ当然の帰結として、パオパオカフェにて世話になっているJrがマツダを連れて行くんだが、一応マツダなりにJrに対しての感謝の意を伝えれば、Jrが1980年にテレ東系にて放送された「サス◯リア版ゾンビ」のネタをぶっ込んで了承する。このネタを教えたのは間違い無く材木座の奴なんだろうが、俺は敢えて突っ込まない。別に悔しいって訳じゃないんだからな!
グッと右手の親指でサムズアップに厳ついが人懐っこさのあるスマイルをマツダに向けるJrだが。
「……あのヨォお前ら、いい加減その呼び方どうにかなら無いのか。そりゃあ俺のファミリーネームはマツダだけどよ、俺にはれっきとしたショーンって名前が在んだからよ、そっちで呼んでくれよな。」
ボリボリと髪の毛を掻きむしりながらマツダは、俺達から名前では無く姓で呼ばれる事が不満な様で、名前で呼んでくれとの要求を出してきた。
「はて、これは異な事を言う男であるな、マツダよ。」
腕組のまま左手の指で下顎を擦りながら材木座がそう言うと。
「おう、材木座の言う通りだぞ、お前な『マツダ』なんて素晴らしい姓を持ちながら名前呼びを要求するなんて贅沢にも程があるぞ。」
俺もマツダに否を突きつける、いやマジで贅沢だろうが!なんて思ってな。
「はぁっ!?何だよそりゃ、『マツダ』なんて姓はこの国じゃ別に珍しくも無ぇんだろうが!何だったら自動車メーカーにもあるくらいなんだしよ。」
ちょいとムキになって捲し立てるマツダだが、珍しく無くも無いと思うぞマツダ。しょうが無いな、いやしょうが無く無いな。ここは一つビシッと説明をしてやらなければならないな。
俺はサッと、顔を動かさずに材木座に目線を送ると、それを受けて材木座が重々しく頷く。
「ムッハッハッハッハァッ、笑止なりマツダ。良いか、お主のその耳の穴を確っとかっ
そして、何時もの如く無駄にテンションを高くして、鬱陶しい笑いをカマしてマツダに告げると解説は俺に任せるときた。良かろう!いやさ良くぞ俺に振ってくれたな材木座、俺が山◯君なら今のお前になら座布団五枚くらい進呈するぞ。
更にそして、待たせたなマツダ。今こそ伝えてやろう、如何にマツダと云う姓が素晴らしいモノであるかをな!
「良いかマツダ、お前の姓はな俺達にとって特別な意味を持つ名前なんだよ。それは「ブラック・エンジェ◯ズ」いや、それだけじゃあ無いな、そう平◯伸二先生が描かれた全ての作品に於いて、ブッチギリの人気を誇る。どんなに意外で重大事であろうとも「いいんだよ細けぇことは」で済まされる、人外にして偉大なキャラクターであるところの「松田鏡◯」こと松田さんと同じ姓なんだよぉッ!!」
ズビシッと右手の人差し指をマツダに突き付ける。今でも、スピンオフ作品やクロスオーバー作品にも出演を続け、我らオタクにネタを提供してくれているグレートにビッグなキャラの姓。
お前はソレを持っているんだぜ。
しかし。
「って、知るかぁーッ!そんな事ぁッ!!」
どうやらマツダには俺達のプレゼンテーションがそのハートに響か無かった様だ。
こうして、俺達のこの年の夏休みは終わろうとしている。
この後俺に待ち受けるのは小町による折檻と、おそらく雪乃と結衣といろはに小町からの連絡がなされ、更なる恐怖が俺の身に降り掛かるまでが残された俺の夏休みの時間となるだろう。
ぶっちゃけショーンを登場させたのは、今回のネタをやりたかったが為でした。
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休暇は終わりぬ。そしてまた始まる日常は波乱に満ちるのだろうか?
げぇぇっ!?あっ、あれはまさかあれは伝説の………ロックがパワーゲイザーだとぉッ!!!!?
そして遂に今年もまたこの日が等しく日本国民の元に訪れた。好むと好まざるとに拘わらず、ってかまぁ大抵の学生にとっては忌むべきこの日が好まれるとは言えんだろう、俺調べ比九割オーバーは確実にな。いや調べてはいないが。
四十日に及ぶ休日、夏休みと言う名の美姫との蜜月の時も終わりの時を迎える新学期。それは学校生活と言う日常の始まりを高らかに告げる告げる日であり、いや告げんでよろしいんだが、その日こそが今日九月一日と言う名の忌み子と言う訳だ。
全国津々浦々小学生から高校生に至るまで(大学になると夏休みの期間も終了も高校までとは違うだろうが)みな等しくそう思っていよう。その様な事を思う俺は今、全国の若者達の代弁者であるまである。
「………はぁ〜っ……」
一年半もの間通い続けた何時もの通学路を『ジョー・ヒガシ謹製魔改造チャリンコ』のペダルをえっちらおっちらと、グルグルの回転運動をもってチェーンとスプロケットを作動させて発生した、その動力をタイヤへと伝わらせて数十分の道程を越えて辿り着いた駐輪場へそのチャリンコを停めると、俺は深く深く溜息をついた。もう二度と戻る事の無い高校二年生の夏休みとの、永遠の別離を惜しんでな。
まぁしかし、どんなに惜しんでも過ぎ去ってしまった時間が巻き戻る事も無く、総てを諦めて教室へと向かい歩を進める。そして下駄箱の前でもう一度、深く深くそりゃあもうマリアナ海溝も斯くやって程に深く溜息を吐いた。そりゃあもう
「……はぁ〜っ………」
どうにも俺の夏休みロスの影響は案外深い様だな。まぁあれだけ名のある人達と思いがけない邂逅を果たし充実した日々を送れたし、それに自分自身の成長の手応えってヤツも実感出来たしな。
溜息を吐きつつも、俺はそんな濃ゆ過ぎた夏の日々事を回想する。ジョーあんちゃんの帰国からそのまま共に千葉村へと向かい、其処で舞姉ちゃんと合流し小学生達の夏休みキャンプのお手伝いスタッフとしての奉仕活動。そして留美と出会って何だかんだと俺とサキサキと留美に格闘技を教える立場となったり、おっとその留美への指導依頼をサキサキに乞うに当たってパオパオカフェへと赴いた時に、あの極限流空手創始者のサカザキのご隠居やその娘さんのユリさんと、そしてあの『最強の虎』ことロバート・ガルシア師範の御三方との邂逅。
『改めて考えるに、マジでどえらい人達と出会ったんだよなぁ俺。』
しかも、ちょっとした経緯から、まさかその人達に俺の誕生日を祝って頂いたり、その後最強の虎ロバート師範と手合わせする事にたったりとかイベントてんこ盛り過ぎだってんだよ。
更にサカザキのご隠居とテリー兄ちゃんやアンディ兄ちゃんの養父の亡き、ジェフ・ボガードさんや十平衛先生と旧い知り合い同士だったりとか知ってビックリ、世間は広い様で意外と狭いんだなと思わんでもないな。
それから、元キックボクシング世界スーパーヘビー級チャンピオンだった、フランコ・バッシュ氏の御子息のJrと出会い、何故だかそのJrと材木座が対戦したり、その後日には雪乃の姉の姉ノ下さんと俺が対戦したり、更にはあの、格闘界に於いて実力知名度共にテリー兄ちゃんと比肩し得る、伝説の元全米格闘王であるケン・マスターズさんの弟子であるショーン・マツダとの出会いとか……まぁ色々あったわな。
てな感じで過ぎ去りし日々を、出来ることなら自宅のテーブルに突っ伏してお茶でも啜りながら回想していたいところなんだが、今俺が居るのは生憎と此処は校舎の下駄箱前であるからして。
「あっ、やっはろーハッチン!」
いつの間にやら俺の背後を取っていたと思われる女子がペチッと両手で俺の背中にそっと触れながら、微妙にセンスを感じられないニックネームで俺を呼ぶんだが、まぁそれが誰かは皆様方にはお解りだろう。ってか俺は誰に問い掛けてんだ?
そんな事はどうでも良いかと、俺はその声の主へと振り返り見ればやはりそれは、其処に居るのは間違え様も無く。
「お、おうおはようさん。つか夏休みも終わったってのにすっげぇ元気ですな結衣さんや。」
両手をぴとっと俺の背に当てて、ニパッと屈託無く微笑む結衣に俺は少しばかり皮肉っぽく挨拶を返す。にも関わらず彼女はその微笑みに何の陰りも見せず、何なら不可視の犬耳と犬尻尾がブンブンと揺れている樣さえもを幻視させる程に。
そして、彼女は俺のその問に対して思考する素振りさえ見せずに、間髪入れずに即答する。
「えっ!だって学校始まれば何時でもハッチンに会えるし、後もちろんゆきのんといろはちゃんにもだけどね!」
寸毫の陰りも無い目映い笑顔でそう答える結衣。もうこの笑顔があれば無駄に山や森を破壊して、利権に塗れたソーラーパネルなんぞを設置せずとも十分な電力量を賄えるのではないかと、俺は思ったりする。
そうすりゃもう、あの政党の増税ク◯◯◯ネさん達が推進する森林環境税何ぞという、マッチポンプな要らん税金なぞ取る必要も無かろう。まぁこれは俺がそう思っているだけなんだが、世の中の労働者の皆様もきっと同意見だろう。まぁ敢えて我が言を言うなればそうだな『俺が思っているのならそうなんだろうな。但し俺の中ではな』的な。
「そっ……そうでっか。」
閑話休題。その屈託無い返答に俺は何とは無しに感じる気恥ずかしさを誤魔化して、そう一言応える。
「何で其処で似非大阪弁!?」
「まぁ、何となくだがな。ってか結衣としては、佐世保弁の方がよかったのか?」
「やっ!?佐世保弁とかますます解んないし、てか何でいきなりそんなピンポイントな地方っ!?」
「そりゃあ、アレだ。佐世保と言えばだな、ありふれた職業◯世界最強のメインヒロインであるところのユ◯役や小林さんち◯メイドラゴンのト◯ル役で名を馳せる、桑原◯気さんの故郷だからだよォッ!!」
「そんなの、あたし知らないし!更にますます解んないよ!?」
俺の似非な西の方言の呟きに、結衣は空かさず速攻で突っ込んだうえに疑問を提起して俺がボケる機会を作ってくれる。結衣にしろ雪乃にしろいろはにしろ、三者三様に俺のネタにそれぞれに反応してくれる事を俺は誰に感謝すれば良いのだ!?
いや、結衣は兎も角として雪乃といろはなどは突っ込みを越えてトドメを刺しに来るまであるのだが。
暫しの間、にへらっと頬を染め微笑みながらも俺の背中に当てた手を離さない結衣。そんな彼女を俺も見つめ返そうかとも思わんでも無いんだが、流石にこんな人が行き交う場所でキックオフごっこに興じる事が出来る程の強メンタルの持ち合わせは無く、彼女には若干悪い気もするが早くその手を退けてくれないかと内心に願う。
「ちょっとそこのお二方、特に結衣先輩!私達が居ないからってこんな場所で二人だけでイチャコラするなんて感心できませんよ。あっ、一応おはようございます。はちくんに結衣先輩。」
「ふぅ……全く、いろはさんの言う通りよ二人共。特に結衣さん、貴女は私達と違いクラスも彼と同じなのだから、此処は私達に対して少しは譲ろうと思わないのかしら?」
『その願いが天に通じた!』などと云う訳でも無かろうし『その時、不思議なことが起こった!』て訳でも無い。まぁそれは、ものすごく二よく知っている二人の女子の声であり。その声音は静かながらも俺と結衣との現状を咎め立てる様な、そして何処か冷め醒めとしているうえ更には、触れればスパッと斬れそうな鋭さを備える声音で、そうだな言うなれば恰もそれは『触るもの皆傷付けた』と言っても過言では無かろうだ。まぁ二人がちっちゃな頃からワルガキだった等と云う事は無いし、何ならその刃は大抵俺に向けられるのがテンプレだ。
「あはは……やっ、やっはろー。ゆきのん、いろはちゃん。」
「おっ、おうおはよう。雪乃、いろはも、頼むからその絶対零度的なプレッシャーを抑えてもらえませんでせうか、どうでせうか。」
その二人の女子である、ところの雪ノ下雪乃と一色いろはに、多分結衣と俺は薄ら恐ろしさを感じ背筋に冷たい汗が滴るのを自覚しつつも、二人に朝の挨拶を返すのだが。
「結衣さん、貴女もう十分に二人の時間を堪能したでしょう。ならばもうそろそろ私に譲っても良いではないかしら?何よりも貴女は私達と違い彼と同じクラスなのだし。」
「そうですよ結衣先輩。雪乃先輩の言う通りです!しかも私なんてクラスはおろか、学年も違うんですから。」
「えぇ~!?そんな事言われたって、あたしだって此処でハッチンに会ってまだ一分くらいだしさ!」
この異常に顔面偏差値が高い総武高校でも確実にトップクラスにランクするであろう、美少女三人が舌戦を始めてしまう。しかし此処は人通りの多い校舎入口前の下駄箱であるからして、君達少しは場をわきまえとの苦言を呈したいところではあるのだが、この国には『女三人よれば姦しい』と云う言葉もある。
ともすれば、いとも容易くその舌鋒が俺の身へと降り注ぐ事となるだろうな。例えるならば、辺境の反乱軍を討伐すべく編成された帝国軍の二万隻の艦艇を率いたを迎え撃つべく編成された同盟軍第二、第四、第六の計三個艦隊がヤ◯准将の提案した策を受け、
「さてはちくん。厳選なる抽選の結果私が教室までエスコートしてもらう事にまりましたので宜しくお願いしますね♥」
そう言っていろはが、そのまっさらで美しい右手を俺に差し出した。俺が現実逃避に脳内でシミュレーションゲームで同盟軍サイドを選択した場合に於いて、誰しも?が妄想するアスタ◯テ会戦時にヤ◯准将の提言を是とした場合をシミュレートしている間に、三人は妥協案を採択した結果いろはが言う様に、俺がいろはを彼女の教室までエスコートする事となった様だ。
しかし厳正なる抽選の結果とか尤もらしい事を言ってはいるが、結局のところジャンケン勝負でそうなっただけだったりす。だからして一体どの辺りが抽選なのだろうかと問い質したいものだが、そうも行かないってのが俺が置かれている現状だ。此処で迂闊に要らん事でも突っ込もうモノならば、精神を穿つ刃で攻撃されて俺が逝ってしまう未来が見えるまであるからして、誠に遺憾ではあるのだが此処はひとつ大人の余裕を持って自重しよう。
「どうしたんですか?此処は、私が差し出したこの手を舞踏会でダンスを嗜む
思考に嵌り、動かぬ俺に少しばかり痺れを切らしたのだろうか、いろはが紳士だの淑女だのを引き合いに出してその手を取る様に促してくんだが、残念ながらこちとら幼い頃から格闘技とオタクの道を邁進して来た身故に、そんなハイソな嗜みなぞある訳が無いんだが………。
「……こんなオタクなひよっ子格闘家に、そんな御大層なモノを期待されても困るんだがな。まぁ解ったけど、あまり期待はしないでくれるとありがたいんだが。」
差し出されたいろはの手を、馴れぬ手つきで受け取る様に手に取りると、吐き出しそうになる溜息を抑えて彼女の教室までの二分程度の道程を仰せの侭にエスコート役を全うした。そのほっそりとしていて柔らかくも、男と比べて基礎体温が低い為だろうが、あまり温かいとか感じる余裕は俺には無い。
その僅かな道中、俺といろはとその背後に数歩の距離を離れて歩く雪乃と結衣とに、様々な感情が込められた視線や囁かれる言葉とが投げ掛けられのだが、微かに聴こえるソレは男子生徒からの疑問符と怨嗟の声が多数を占めている様だ。だが、それに対して俺にどうこうとアクションを起こす気力が湧こう筈も有りはせず、どうかこのまま無風状態でこの時間が過ぎ去る事を望む。
漫画やアニメなどのお約束的展開として、こう云ったに場合俺達の前に複数名のヒロインに気がある男子生徒が立ちはだかって、こう言うんだよな。
『一色さん!その男は君の何なんだい?君との関係はッ!?』
一人の男子生徒がそう先陣を切る様に問うと、それに続く様に他の男子達も口々に………っとイカン、また思考が面倒くさい方へと堕ちそうになってたわ。しかもそんな思考に陥っているうちに、俺達はいろはのクラスの教室はもう目前にせまり俺といろはは呼吸が合った訳では無いだろうが互いに視線を向け合う。
「ちょっと名残惜しいですけど、はちくんによるエスコートは此処までですね。私の我儘に付き合ってもらってありがとうございます。」
互いに繋いでいた手を離しちょっと小悪魔的で蠱惑的な微笑みを浮かべて宣う。そんないろはの内心は解らんけど俺の方は内心その表情にドキリとさせられてしまう。
「ああ。何だその、まぁどういたしまして?」
しかしその想いを感じさせたくない俺は、努めて平静を装って応えたんだが果たしてそれを隠し通せたのかは解らん。まぁ一応吃ったりなどせずに言えたのだから上手く行ったと思っておこう。行ったよな?
「減点ポイントも多々ありましたけど、愛情加点を加えて得点を付けまして、四十点と云った処でしょうかね。」
先の結衣と比しても何ら遜色の無い微笑みで楽しげに俺への評価を下すいろはすさん。何だろうか、普段の彼女ならこんな場合俺に向ける表情には、茶目っ気タップリな若干の邪気を含んだモノが多いんだが。
「まぁ何となくだが、その得点に納得が行く俺も居はするんだが、因みに減点のポイントはどの辺りだったんだ?」
そんな彼女が下した俺への評価の基準を、後学の為にもお伺いをたてるのは決していろはの微笑みの破壊力に俺の
「そうですね。先ずは、闘っている時と違って若干猫背気味になっているところが大きな減点ポイントですね。それから、二人で並んで歩いてる最中も何だか挙動不審者っぽく私の方を覗う様にチラ見して、ちゃんと目を合わせようとしてくれませんでしたよね。其処で慣れて無くとも何らか話題でも振ってくれれば良かったんですけど、頭を掻いて誤魔化してましたし。」
ぐっ……いろはからの指摘が的確すぎてぐうの音も出ない俺ガイル。だがしかし、女性とのお付き合いが豊富なナンパヤローならばいざ知らず、生憎と俺はそちら方面は経験が無かったんだから生温い目線で持って今後の成長を見守って頂きたい。
「千葉村の件を堺に私達の関係は少しだけ変わりましたけど、でももう一年以上も付き合いがある訳ですし、いい加減に慣れて欲しいんですけど。」
連連と並べてその口から紡がれ出る、いろはの指摘するところの数々は確かに俺自身心当たりがあり過ぎるのだが。
「其処はまぁ、追々にと言いたいところだが、なんせなぁ……俺はみんなも知ってるだろうが、この通りの人間な訳で、それにこの国には古くから『三つ子の魂百まで』って言葉もあるくらいだし……」
「だ・め・で・す!」
ズズズイっとその身をより出すようにして右手の人差し指を『チッチッチッ』とフリフリと振って俺の言い訳を止めるいろは、その仕草をされると何やら俺は日本では二番目になった様な気がするのだが、気の所為だろうか。
「はちくん、良いですか。はちくんは子供の頃からずっと、テリーさんやアンディさん、そしてヒガシさんと云う偉大な師匠達の教えを受けて、何時かその偉大な人達と肩を並べて、そして何れはその人達を越える事を目標にして毎日の鍛錬を続けているんですよね。そしてこの夏貴方はヒガシさんやアンディさんにその成長の足跡を示して見せる事が出来たんですよ!」
勢い付いたいろはの発言を聴きながら俺は両掌を胸元に、身を乗り出すいろはを宥めすかし抑える様に構える。構えつつ。
「わっ、解ったよ、解ったから少し落ち着いてくれ。此処は学校の廊下で人通りも多いんだから、この辺にしておいてくれ。」
ほんの少しエキサイトしている彼女に俺はそう促す。これだけ騒いでいては、周囲の耳目を集めずには置かないだろうしな。実際そんな俺達をチラ見する生徒も増えているし、自重して欲しいものだ。
「はっ!?」
俺の言葉の意味する処に思い至ってか、いろはは「はっ!?」と口元に手を当てて呟くと、キョロキョロと周囲を見渡すと片目をパチッと閉じて、小首を傾げてチョロっと舌を出すと『コチン!』と自分の頭に音もしない軽い拳骨をくれた。
「あざとい!あざと過ぎるぞ、あざといろはすさん!」
いろはのその仕草にすかさず、毎度の様にあざといと突っ込みを俺だが、以前は本当にあざといと感じていたその仕草だが………彼女との関係性の変化からか、内心はその仕草を可愛いと思ってしまった事は墓場まで持っていこう。
「とっ、兎に角ですね。そう言う
何だかんだと直ぐに気を取り直したいろはは、これまたあざとく再度小首を傾げて海軍式っぽい敬礼のポーズを取って言うと『ではでは、皆さんまたお昼に逢いましょうね』と自分の教室へと、手を振りつつそう言って行った。
『しょうがねぇな、まぁ確約は出来んけど、精々期待に応える努力はしとくべきかな』と去り行く彼女の後ろ姿を見送りながら、俺は内心に呟く。まぁマジで確約は出来んのだがな。
「さて、いろはさんのエスコートも終わった事だから、次は私の番よ八幡君。」
『一難去ってまた一難』とは言うまいが、フフフと静かに笑いながら俺の背後から掛けられた声に、俺はギギギッとグリスが消耗し動きの悪くなった金属製品の可動部の如く振り向けば、其処に
誰が言い出したかは知らんが、この総武高校一の美少女として且つまた、学業成績に於いてもNo.1として名高い女子が、先のいろはと同様に俺に右手を差し出して待ち構えていた。
「おっ……お手柔らかにお願いします…………」
その差し出された左手をいろはの時と同じく右手で受け取りながら、俺は彼女にそう乞い願う。
高校生活二年目の二学期の始まり日は、登校より数分しか経過していないのだが、俺の精神は既にして一日分を使い果たした様に多大な疲労を感じていた。
新学期一日目の一コマですが、書きたい話の内容とネタとが増え過ぎて当初予定の半分程しか書けませんでした。しかもこれだけで一ヶ月以上も書き直したりしたがために掛かってしまいました。
自分の文章構成力の無さに打ちひしがれてしまう思いです。
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