IS 今こそ対話する! (駄竜)
しおりを挟む

第1話 天羽飛鳥、IS学園に介入する!

『どうも皆さん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

『今回からゲーム《インフィニット・ストラトス》を、マルチプレイで遊んで行こうと思います。相方は勿論いつもの。』

 

『どうもー、天っ才博士、葉加瀬なのはでーす!すき焼きで買収されて来ましたー。』

 

『はい。今回はなのはに協力して貰って、さいきょーの機体でブリュンヒルデになりに行きます!』

 

『任せて!さいきょーの機体作ってあげる!』

 

『そうとなれば、さいきょーのキャラを作り上げましょう!目指せステータスオールS!』

 

『と、意気込んで作ったのがこの子たちでーす。キャラ作成なんてカットだよカット。』

 

 

 名前:天羽 飛鳥

 性別:女

 年齢:15

IS適正:S

 操縦:S

 近接:S

 射撃:A

 特殊:S

 

 

 名前:葉加瀬 なのは

 性別:女

 年齢:15

IS適正:B

 整備:S

 解析:S

 開発:S

 製作:S

 

 

『IS適正をSに上げたから射撃がA止まりになりましたが、使う気ないので誤差誤差。』

 

『IS適正は上げるのに一番ポイント使うみたいだからねぇ。こっちは必要なの全部Sに出来たよ。』

『あとは設計図ガチャでいいのを引くだ――――あっ。』

 

『え、何?何引いたの?』

 

『クアンタの設計図出た。』

 

『ふぁっ!?』

 

 

 

 

 山田真耶は、目の前の受験生に戦慄を覚えた。

 天羽飛鳥。一般受験でIS学園の扉を叩いた受験生。世界で唯一ISの操縦や整備について学べる学校であるIS学園には、世界中から受験生が押し寄せる。その中の1人でしかない筈の彼女は、実技試験でその才能を試験官として対峙した山田真耶に叩き付けていた。

 堅牢さが売りの日本製第二世代量産機である打鉄に乗り、右手に近接用ブレード【葵】を持った天羽飛鳥が試験開始と同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)で突っ込んでくるのを、反射的に試験であらかじめ決められた範囲を超えた動きで回避する。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)の速度のまま後ろに抜けて行った天羽飛鳥は、何時の間にか左手に展開(コール)していたアサルトライフル【焔備】でこちらを狙い撃ってくる。その弾丸を瞬時にターンして展開(コール)した剣で全て切り払いながら、山田真耶は確信した。

 

「(国家代表クラスじゃないですか!)」

 

 元日本代表候補生である山田真耶は、天羽飛鳥をそう評価した。

 かつて何度も模擬戦を行った()()()()()()()と、天羽飛鳥は同等であると。

 

 だからだろうか。ちょっと魔がさした。

 

「(見せてください!貴女の可能性を!)」

 

 山田真耶は、本気で天羽飛鳥と戦うことにした。

 

 

 

 

 一方、天羽飛鳥(リアル側)も驚愕していた。

 

『ちょっと山田先生強すぎない?初撃躱されたんだけど。』

 

『最初っから瞬時加速(イグニッション・ブースト)で切り掛かったから本気になったんじゃない?手早く終わらせようとするから……。』

 

『え、どうしよ。マジの山田先生とかどうやって勝てばいいの?』

 

『諦めたら?』

 

『試合終わるじゃん!』

 

 

 

 

 天羽飛鳥(ゲーム内)は相対する試験官の強さに舌を巻いていた。

 

「(流石ブリュンヒルデと同世代の元日本代表候補生!テレビで見たモンド・グロッソの国家代表みたいに強い!)」

 

 彼女は山田真耶を知っていた。あの織斑千冬と同世代の元日本代表候補生。本来国家代表でもないと与えられない二つ名を持つIS乗り。織斑千冬が居なければ国家代表だった人であると。

 

「(でもこれ、どうしよ?打鉄じゃ瞬時加速(イグニッション・ブースト)使わないとラファールに追い付けないし、それしても攻撃全部捌かれる。)」

 

 考えながら瞬時加速(イグニッション・ブースト)で間合いを詰め切り掛かるが、最初の様に回避される。

 

「(あっちの攻撃は全部()()()から当たらないけど、こっちも機体の反応が鈍くて真面に動けないんだよなぁ。)」

 

 ()()()()()()()()()()マシンガンの弾を回避し、距離を取って焔備で銃撃する。当然の様に弾丸は剣で弾かれた。

 

「(ムリゲーじゃね?)」

 

 結局時間いっぱいまでやったが両者ダメージを与えられず、ドローとなった。

 

 

 

 

 葉加瀬なのは(ゲーム内)は呆れていた。幼馴染で親友で相棒でもある天羽飛鳥が試験官があの山田真耶であると知り、腕試しに全力で攻撃したら当たり前の様に対処され、結局1ダメージも与えることが出来ずにドローに終わったからだ。

 

(最初っから瞬時加速(イグニッション・ブースト)で切り掛かるとか、そりゃ本気出されるよ。)

 

(あの銃央矛塵(キリング・シールド)が目の前に居たら、挨拶代わりに1発当てるしかないじゃない。)

 

(その1発さえ当ててないじゃん。)

 

(ぐっ。)

 

(打鉄の反応が鈍くて全力出せないのは仕方ないけどさ、それにしても0ダメはどうなのさ。サブマシンガンとかばら撒けば1発は当たったでしょ。)

 

(打鉄にそんな装備ないから!)

 

(と言うか、何で打鉄乗ったのさ。ラファールの方が速いって試験前に言ったじゃん。)

 

(葵使いたかったの!)

 

「はぁ……。(はぁ………。)

 

(あ!今リアルにため息吐いたでしょ!)

 

(それじゃ、実技試験やるから黙るね。)

 

(あ、ちょっと!)

 

「……さて、ラファール。ボクはあんまり上手く君を扱えないけど、あの脳筋より良い結果を出したい。協力してね?」

 

 試験官が山田真耶では無かったのを良いことにサブマシンガンの弾をばら撒いて適当にダメージを与え、()()()()()()()()()()アサルトライフルの攻撃を回避し、葉加瀬なのはは無事に試験を終えた。

 

 

 

 

『よしボクの勝ち!今日のすき焼きは良いお肉ね♪』

 

『ちくしょう……。』

 

『ともあれ、これでIS学園に無事入学できたね。マルチプレイだと寮は同室だし、クラスも同じになるんだっけ。あとは何処のクラスに入るかだけど、どこなら良いんだっけ?』

 

『……3組。』

 

『あぁ、誰も居ないところね。なんで?』

 

『1組はイベント多すぎて困る、2組は1組と合同多すぎて実質1組、4組は目標的にかんちゃんと関わるのが凄く気まずい。』

 

『目標って、あぁブリュンヒルデ。そうだね、まず国家代表にならないといけないから、簪ちゃん蹴落とす必要があるのか。』

『……あ、3組だって。良かったね。』

 

『ソウダネー。』

 

『そう言えば、ボクは開発進めるけど、飛鳥は何するの?』

 

『訓練機乗り回して教員に目を付けられる。』

 

『へー……え?』

 

 

 

 

 天羽飛鳥(ゲーム内)は素早く書類を提出して即効で借りたフランス製第二世代量産機ラファール・リヴァイブに乗り、アリーナを目にも止まらぬ速さで飛び回っていた。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)中に軌道を変えるのは難しいなぁ。加減間違えると機体が壊れちゃうから、訓練機だとあんまり使えなさそう。」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)はISに置ける加速機動技術の1つだ。スラスターが放出したエネルギーを再び取り込み、都合2回分のエネルギーで直線加速を行う所謂『溜めダッシュ』である。

 本来空気抵抗などにより軌道を曲げられず、無理に曲げようとすれば操縦者も機体もただでは済まないのだが、仮にランク付けするならば操縦Sランクである天羽飛鳥はそれをやって見せた。

 

「いやそもそもラファールでも反応遅いから、試合で咄嗟に使えないか。」

 

 「打鉄よりは速いけど」とぼやく天羽飛鳥。きっとその悩みを理解できる人間は余り居ないだろう。

 天羽飛鳥はIS適正検査で、ISの世界大会であるモンド・グロッソに置ける各部門の優勝者、ヴァルキリーたちと同じSランクを叩き出している。IS適正は高いほどISに自分の意思を伝えることができ、機体を思い通りに動かせるようになるのだが、機体もそれに応じて高性能な物でなければ、操縦者の意思に着いてこれずに逆に枷となってしまうのだ。

 天羽飛鳥が乗った打鉄とラファール・リヴァイブは、操縦者の適正ランクを付けるとするならどちらもB。世界に広く配備されているが所詮は第二世代の量産機では、枷にならずに済むのはIS適正Aランク、その中でもまだ操縦技術が未熟な者までである。代表候補生クラスの操縦技術を持つと、第二世代量産機の反応の遅さを認識出来るようになってくる。そうなった操縦者は基本自分だけの専用機(適正Aランク)を国から貰えるのだが……。

 

 それは今は関係ないので置いといて。

 

 つまり専用機ですらない第二世代量産機では、IS適正Sで操縦もSランクである天羽飛鳥には性能が低すぎて枷になっているのだ。

 

「あーあ、早くISコア欲しいなぁ。」

 

 

 

 

 その光景をたまたまアリーナにやって来ていた織斑千冬は見上げていた。

 

「見事なものだ。あれでまだ全力でないとはな。」

 

 織斑千冬の目から見ても、天羽飛鳥はIS学園に入学してまだ1週間も経っていないにも関わらず、ことISの操縦という点で専用機を持った者や上級生を含めたIS学園全生徒の中でもトップ3に入るだろう見事なものであると理解していた。そしてそれが量産機によって全力を出せない状態でのものであるとも見抜いていた。

 

「山田先生が言うには、技術は高いが立ち回りはまだ未熟、だったか。あと()()()()()()()()()()()回避が上手い。」

 

 入試の実技試験で大人気なく全力で戦った山田真耶は、天羽飛鳥を以前何度も模擬戦を行った()()()()()()と同等であると評した

 

()()()()()()()。なるほど納得だ。立ち回りさえ覚えれば私に並ぶな、あれは。」

 

 ステータスはまんまブリュンヒルデ(IS適正S 操縦S 近接S 射撃A 特殊S)である天羽飛鳥。山田真耶が課題としてあげた戦闘での立ち回りを覚えれば、それこそ彼女は自分の後を継いで世界最強(ブリュンヒルデ)になるだろうと織斑千冬は考える。

 

「全く、一夏のことがなければ私のクラスでじっくり教えてやれたものを……。」

 

 実のところ、最初天羽飛鳥は織斑千冬が担任である1組に入る予定だった。山田真耶の「彼女は織斑先生に師事するべき子です!」という熱い推薦によるものだ。

 

 しかし織斑一夏(男性操縦者)が現れたことで、安全性の観点から彼の1組入りが確定。彼によって取られた席に座っていたのが天羽飛鳥である。

 理由としては、強制入学者の面倒を見るのに集中してほしいといったものだ。彼女を鍛えながら織斑一夏という厄ネタの面倒まで見る、というのは織斑千冬がオーバーワークになってしまう、という判断である。後々織斑千冬が受け持つ1組には更なる厄ネタ(協調性皆無のロリ軍人と男装操縦者)が追加されるが、その2人は特に鍛える必要がなく見張るだけで十分だったため、問題なく1組に転入してきた。

 

 因みに1組とたまに合同で授業を行う2組に入らなかったのは、その時には既に織斑一夏のIS学園入学の情報を手にした中国から転入生が来ることが分かっていたためだ。男性操縦者のデータ取りに来ました(意訳)と言っているのに、それが出来ないクラスに入れると国から難癖を付けられる。なので合同授業こそあるが近い訳ではない2組に中国からの転入生は入れられたのだ。そして2組にも監視対象が入ってしまったため、天羽飛鳥は別のクラス、つまり3組へ入ることとなったのである。

 

 なお、イギリス代表候補生セシリア・オルコットはデータ取りしやすい同じ1組在籍だが、これには色々な事情がある。織斑一夏の安全を考えるなら、セシリアの代わりに4組の日本代表候補生であり日本を守る更識の家系である更識簪が入るべきなのだが、そうするとセシリアは空いている4組に入る。そうすると1組との合同授業もないので当然データ取りに苦労し、国から難癖がくる。3組も同様だ。2組は代表候補生の転入生が早い段階で既に決まっている。十中八九クラス代表のことで揉めるだろうという、その転入生の人となりを少し知っていた織斑千冬の言葉で、様々なパターンを試した結果、最終的にセシリアは1組入りとなった。パズルゲームかのような難解なクラス訳を行った教員たちはさぞ疲れたことだろう。

 

 連日行われた地獄のクラス分け調整を振り払い、織斑千冬はもう一度天羽飛鳥の動きを見る。

 

「しかし、あれで代表候補生ではなかったのは勿体ないな。専用機があればそれ用の立ち回り指導も行えただろうに。」

 

 専用機はイギリス製第三世代機ブルー・ティアーズの様な新技術のデータ取り用の試作機も多いが、操縦者の適正に合わせて造られた物も存在する。広義の意味ではかつて織斑千冬が纏った第一世代機暮桜もその分類だ。そういった物を作って貰えば、それを扱うための立ち回り指導を行うことで、天羽飛鳥はすぐに実力を付け国家代表まで登り詰めるだろう。

 

 しかし天羽飛鳥は代表候補生ではないため、専用機もない。なぜ代表候補生ではないのか?

 

「まさか北海道の田舎出身故に、代表候補生になれなかったとはな……。」

 

 今明かされる衝撃の真実。天羽飛鳥(ついでに葉加瀬なのは)は北海道出身である。しかも田舎。間違っても都会札幌ではない。圧倒的なIS適正と技術を持ちながら彼女が代表候補生ではないのはそこに理由がある。

 

 代表候補生が訓練を行うのはその国の首都、日本で言えば東京である。それは施設的な事情もあるが、何より地方にISを置くのはテロリストに奪取される危険性を考慮して出来ないためだ。北海道在住の彼女はおいそれと東京になど行けない。引っ越すにしても親には今まで続けてきた仕事があるため頼めない。自分1人だけで行く?世界的に見て安全な法治国家の日本でも高校生でさえないのに1人暮らしとか親が許す訳がない。引率もいないのに泊まるのも無理だ。

 もし都会札幌在住であればまだどうにかなったのだろうが、雪が身長より高く積み上がる北海道の田舎住みでは、色々な事情から代表候補生になったとしてもまともに訓練できないと考えた彼女は、それならいっそIS学園に入ってから代表候補生になろうと開き直った。

 

「なるべく早く代表候補生になれる様に、私と山田先生で推薦でもするか……?いや、要らん誤解が生まれかねんな。」

 

 「場は設けてやる。自分の手で掴み取ってみろ、後輩。」と告げて、織斑千冬はアリーナを後にした。




文章で『』で話しているのがゲーム外のリアルで遊んでいる2人で、
「」で話しているのがゲーム内、インフィニット・ストラトスの世界に生きる人間の言葉です。和気あいあいと遊んでいるリアル視点を時たま書き、基本はゲーム内(インフィニット・ストラトス世界)視点を書いていきます。あと頻繁に視点変更があります。混乱するとは思いますが、どうかお許しください。

 え、遅い?そんなまさか。

1月21日修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 葉加瀬なのは、それは天才の名

『はい皆さんおはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『録画の切れ目に飲まれましたが、引き続きゲームIS、やって行きましょう。』

 

『行きましょー。』

 

 

 

 

「あ、居た居た、おーい!」

 

「はい?どうかしましたか?」

 

 用務員の姿をした壮年の男性、轡木十蔵は自分を呼んだらしい声に振り返った。

 

「えぇと、新入生の方ですね。どうかしましたか?道に迷いましたか?」

 

「いや、轡木さんを探してたんだ。」

 

「探していた、ですか。」

 

 轡木十蔵は目の前にいる新入生、葉加瀬なのはの情報を思い出す。

 

 IS適正は驚異のS()()()()。筆記試験は全て満点であり、実技試験も試験官の撃破こそしていないが、1度も被弾せずに時間いっぱいまで生き残った逸材。

 その彼女が何故自分を探すのか。いくつか理由は思い浮かんだが、轡木十蔵は表向き用務員。彼女はそれしか知らない筈なので、単純に大きなゴミの扱いにでも困ったのだろうと考え、

 

「(――何故私の名前を知って)」

 

「ねぇ、轡木さん、I()S()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()?」

 

「!」

 

 轡木十蔵はこの少女は自分の事を知っていると直感した。

 

「何故私にそれを?」

 

「IS学園の事なら轡木さんが一番詳しいでしょ?」

 

「えぇ、そうですね。隅から隅まで知っていますよ。用務員ですから。」

 

()()()()()()()()()()。」

 

 直感が確信に変わる。葉加瀬なのはは政府でもないと知らない轡木十蔵の真実を知っていると。

 

「立ち話もなんですし、移動しましょうか。」

 

「ここでいいよ。カメラないし。」

 

「(読まれている、と。)」

 

 IS学園には各所に監視カメラが存在する。教室内や廊下はもちろん、屋外にもだ。しかし人工島に存在するIS学園全域に監視カメラを設置するのは現実的ではないため、ところどころ抜けている場所がある。今自分たちが居る場所もその1つだ。

 

「そうですか。それで、ISを作りたい、と。」

 

「うん、飛鳥の専用機をね。」

 

 飛鳥。恐らく同じ中学出身の天羽飛鳥の事だろう。彼女もIS適正Sランク、本気を出した山田先生の攻撃を避けきり無傷で実技を終えた逸材だったと記憶している。

 

「自分のではなく、天羽さんの専用機を作るのですか?」

 

「うん。だってボク、代表にも候補生にもならないから、専用機持てないもん。」

 

「ならないんですか?IS適正がSランクなら、それだけで代表候補生にはなれますよ?」

 

()()()()()()()だ。それ以外の候補生はボク含め要らないよ。」

 

 なんと。

 

「言い切りますか。天羽さんはまだ代表候補生ですらなかった筈ですが。」

 

「言い切るよ。だって飛鳥はブリュンヒルデになるんだもん。」

 

「確かに彼女の才能は素晴らしい。本気を出した山田先生を相手に渡り合ったのですから。ですがまだ立ち回りが拙い。それでもブリュンヒルデになれると何故思えるのですか?」

 

「飛鳥がなるって言ったから。」

 

「――――。」

 

 妄信ではない、狂信でもない。その瞳は純粋だった。意志の光が宿っていた。友の言葉を、それが出来る人だと信じたからこその――

 

「――わかりました。」

 

 轡木十蔵は、その輝きを信じることにした。

 

 

 

 

『よぉし工房ゲット!』

 

『うわぁ……。』

 

『何さ。』

 

『行き成りトップに会いに行くとか……。』

 

『これやっとかないと、邪魔な企業が茶々入れてくると思うよ。轡木さんにはその辺りの説得に協力して貰うの。』

 

『序盤にやるムーブかなぁ……?』

 

 

 

 

「さぁて、ようやく開発に乗り出せる。」

 

 与えられた工房を見渡して、葉加瀬なのははニィッと笑った。

 

「まずはカメラを潰さないとねー。あと盗聴器。」

 

 ポケットから取り出した手袋をはき、真っ直ぐ壁に進む。

 

――ブォン!

 

 手袋から光が溢れ、それがハンマーの形に変わる。それを目の前の壁に向かって振り下ろし、壁を崩して中を探る。

 

「まず1個。」

 

 ブチっ、と指先で小さな盗聴器を潰し、光で出来たハンマーを今度はバーナーの様な形に変え、崩した壁を溶接し復元していく。

 それを繰り返し、目に見える物を含め合計27個の盗聴器とカメラを全て潰し、更には備え付けのコンピュータに仕込まれていたデータ送信プログラムを削除。外部とのシステム的な繋がりをコードごと断ち、葉加瀬なのはは陸の孤島を作り出した。

 

「これで漏れることは無いかな。」

 

 全ての『目』を潰したことを確認し、手袋から()()()()()()()

 

「作ってよかった【マスターハンド】。最初はエネルギーの実体化と形成をするだけのただ持ち替え不要のスパナとかドライバーとかになるマルチツールだったけど、拡張領域(バススロット)取り付けて機材を量子変換(インストール)出来るようにしたら超便利。」

 

「便利だけど、あんまり公に使えないのが欠点だよね、それ。」

 

 その言葉と共に部屋のドアを開けて天羽飛鳥が入ってきた。

 

「飛鳥、来たんだ。」

 

「寮の方、調べて来たよ。男性操縦者の部屋にはいっぱいあるみたいだけど、他の部屋には全然なし。私たちの部屋は0だったね。」

 

「ごめんね、頼んじゃって。」

 

「いいよ別に。私の部屋でもあるんだからこれぐらいやるよ。」

 

「……ありがと。それじゃボクは開発と製作にかかるけど、飛鳥も見てく?」

 

「うん。前みたいに膝座る?」

 

「座るー!」

 

 

 

 

『なんか、ゲーム内の私たち距離近くない?』

 

『同じ純粋種だし、通じ合うものがあるんじゃない?』

 

『私、なのはを膝に乗せたことないんだけど。』

 

『え、膝枕はよくして』

 

『はい次!』

 

 

 

 

「そう言えば、イギリスの候補生と男性操縦者が専用機でバトルするらしいよ。」

 

 ポチポチと空中に投影したキーボードを叩いている葉加瀬なのはを膝の上に乗せた天羽飛鳥が、今日聞いた話を話題に取り上げた。

 

「へー、あのビットの国とねぇ。男の方の機体は?データ取り用に換装装備(パッケージ)多い打鉄でも改造したの?」

 

「それならもう届いて動かしてると思うんだけど、剣道場に籠って竹刀振ってるだけらしいから、時間かかる奴を新しく作ってるみたい。」

 

「それ間に合わなくない?」

 

「無理そう。」

 

 専用機は既存のモノをカスタムする形式であれば早く作れるが、新造するとなると時間がかかる。それは機体コンセプトを決める会議が白熱するのもあるが、その後の機体デザインの決定が地獄と化すのもそうだし、何より武装や装甲の製作に時間がかかるからだ。

 

 流石の天才も、天災も、装甲や武装を作る時は時間をかけざるを得ない。短縮して不良品など混じればブチ切れ、ストレス発散に友達を弄り倒すだろう。天災は無人機とか使って襲撃する可能性もあり。

 

「……興味出てきた。本場のビット見るついでにそのバトル見に行こうよ。」

 

「専用機間に合わずに打鉄で出てきたらステーキ定食奢って?」

 

「なら間に合ったらデラックスパフェ盛り奢ってよ。」

 

「800円と2000円を同列に語るの!?」

 

 

 

 

 試合当日、観客席の後ろの方に並んで座った天羽飛鳥と葉加瀬なのはは、織斑一夏の登場を待っていた。

 

「お願い、打鉄で出てきて……!2000円は辛い……!」

 

「どんな機体に乗るのかなぁ。ボクが作るなら打鉄ベースで、データ取り用の専用換装装備(オートクチュール)を数用意するけど。」

 

 待つこと少し、カタパルトからISが飛び出してきた。

 

「──第三世代機、白式。」

 

 空中に投影した画面に表示されたデータを読み上げ、なのはは隣の飛鳥にニィッと笑った。

 

「今回もボクの勝ちだね。」

 

「ちくしょう……デラックスパフェ盛りかぁ……。」

 

「ボク1人じゃ食べきれないから半分こね。」

 

「……全くもう、こいつめ!」

 

 じゃれあっていた2人だが、試合開始のブザーが鳴ったのを聞きアリーナに目を向ける。

 

 1発、2発とライフルから撃たれるレーザーを避ける白式を見て、

 

「──あぁ、あれ一次移行(ファーストシフト)してないんだ。初期設定にしてはよく動くなぁ。」

 

「動きながら初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)してるみたいだね。良くやるなぁ。」

 

 第三世代機が最低限持っている筈のスペックさえ出せていない動きの違和感から、2人はその事にすぐ気が付いた。

 

「……あれ、何で銃出さないの?踏み込めないなら取り敢えずパンパン撃てば良いのに。」

 

「……飛鳥、ネットワーク繋げて拡張領域(バススロット)覗いたら、あの機体あのブレードしか武器ない風にしか見えないんだけど。」

 

 新たに空中に投影されたキーボードを操作し、なのはは隣の飛鳥にも見えるように画面を動かして白式の拡張領域(バススロット)の惨状を見せた。

 

「何この縛りプレイ、これじゃ後付装備(イコライザ)も積めないから第一世代同然じゃない。あれのどこが第三世代なのか、分かる?」

 

「全然。多分あのブレードが第三世代技術(そう)なんだとは思うけどね。一次移行(ファーストシフト)終わらないと詳しくは分からないけど、あれとその関連システムが拡張領域(バススロット)埋めてるみたい。」

 

「ただの実体剣にしては枠を食う高性能なブレードと、それ関連のシステムねぇ……。」

 

 第三世代技術とは、イメージ・インターフェースを搭載した思考だけで動かせる特殊兵装のことだ。色々な種類があるが、共通点は大前提である思考によって動くということ。間違っても腕で振る実体剣に搭載されるものではない。せめて変形でもするなら──

 

「──そうか、展開装甲!」

 

「!なるほど、それなら確かにブレード1本で拡張領域(バススロット)を圧迫する!」

 

「これで間に合った理由が判明した!束さんが手を出してたんだ!」

 

 本来夏まで明かされなかった真実に辿り着いた2人。考察している間に時間は過ぎ、遂に白式が初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)を終え、一次移行(ファーストシフト)した。

 

「武装名【雪片弐型】……これって!?」

 

 飛鳥が表示されたその名前を呟くと共に、白式の手の中にあった雪片弐型の刀身が割れ、実体剣がエネルギーブレードへと変貌した。

 

「零落白夜!そうか、これを使うために展開装甲を!」

 

 なのはの頭脳は真の力を発揮した白式を見て、そのコンセプトを見抜いた。

 

()()()()()()()()!それが白式の第三世代技術!やたら大きい関連システムは全部その為のものだったんだ!本当の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)じゃないから、暮桜とは違ってエネルギーブレードの機構を持った武器が必要だった!でも武装をわざわざ持ち替えてたら使うことが丸わかり、だから展開装甲でそれを無くした!」

 

 零落白夜とは、あらゆるエネルギーを打ち消すエネルギーを生み出す単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)

 その本来の使い手である第一世代機暮桜は、自前の能力であるが故に唯一の武装であった近接用実体剣【雪片】にそのエネルギーを纏わせることができた。零落白夜を纏った雪片の一閃はISのシールドエネルギーを打ち消し、絶対防御を意図的に発動させ、それにより相手のシールドエネルギーをただの一撃で0にすることができた。

 しかしその再現を目指した白式は本来の使い手ではないため、零落白夜のエネルギーを生み出せはしても実体剣に纏わせることが出来なかった。それで造られたのが雪片弐型。実体剣にエネルギーブレードとしての機能を持たせることで、刃を形成するエネルギーに零落白夜の物を使うことで、その課題をクリアしたのだ。

 

白式(あれ)はデータ取り用の機体じゃない!ボクなら零落白夜なんて専用換装装備(オートクチュール)に纏めるよ!束さん初期装備(プリセット)の代わりにぶち込んだね!?」

 

一次移行(ファーストシフト)しちゃったから、もう戻せないよねあれ。零落白夜使いこなせないのに剣1本とか控えめに言って欠陥機じゃない?」

 

 今まさに零落白夜使用の対価である自分のシールドエネルギー変換をやり過ぎた白式が負けた。能力に振り回されるのに武装は剣1本とか、織斑一夏は泣いていい。

 

「マジクソ。二次移行(セカンドシフト)でコアが武装を作ることに期待するしかないよこれ。追加するにしても専用換装装備(オートクチュール)を時間かけて馴染ませる必要がある。」

 

専用換装装備(オートクチュール)かぁ……束さん作らないだろうなぁ……。」

 

 かつて出会った()()のことを考えながら、2人は観客席を後にした。

 

 

 

 

「さっすがあーちゃんとなーちゃん。束さんの秘密兵器である展開装甲を使ってもないのに見破っちゃった。あーあ、サプライズに丁度良いと思ったんだけどなぁ。」

「でもそっか、専用換装装備(オートクチュール)に纏めれば良かったのか。換装が必要ない第四世代のことしか頭に無かったから盲点だったよ。まだいっくんには零落白夜の標準装備は荷が重かったね、失敗失敗。」

「でも展開装甲の実験は成功したし、いっか!」

「マスターハンドのログを見るに、なーちゃんも開発始めたみたいだし、束さんも本格的に始めようかな──」

 

 

「──どっちが先に完成させるか、競争しよ?なーちゃん。」




マスターハンド
エネルギーを物理的干渉ができる様に実体化し、その形状を装着者の意思だけで好きなように形成することのできる手袋。スパナやハンマーはもちろんのこと、バーナーの様な物まで形成出来るが、実体化させる物の大きさに比例するように内蔵エネルギーを消費するため、包丁程度の大きさが形成できる限度である。
整備、製作ステータスSによるボーナスアイテム。

空中に表示していた画面やキーボードは全てこのマスターハンドが表示していた物であるが、通常のマスターハンドにはそういった機能はなく、また拡張領域(バススロット)も無いため量子変換(インストール)して機材を収納するなどは出来ない。今回はガチャでクアンタを引き当てた影響でそれらが可能となる過去編が追加される。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 葉加瀬なのは、根回しをする

『はいおはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

part1(前々回)part2(前回)とは容量の関係で分けたけど続けて収録してます。』

 

『平日昼間から何やってるんだろうね、ボクたち。』

 

『言わないで。』

 

 

 

 

「クラス対抗戦、どうしようか。」

 

「どうしたのさ藪から棒に。」

 

 クラス代表として書類を運んでいた飛鳥は、隣を歩くなのはに話しかけた。

 

「いや、圧勝しても良いのかなって。」

 

「いいんじゃない?学食デザートの半年フリーパス取って来てよ。」

 

「なのははデザート食べたいだけでしょ。」

 

「それを抜きにしても、4組代表の代表候補生と入れ替わった2組代表の中国製第三世代を量産機で倒せば、代表候補生に大分近付くと思うよ。」

 

 項目にさえ入れられない白式。

 

「中国製第三世代ねぇ、どんな感じなの?」

 

 飛鳥の問いになのはは空中に画面を投影し、そこに中国が発表しているデータを表示させた。

 

「分類としては近・中距離両用型、搭載されてる第三世代技術は衝撃砲。良い感じに纏まってるね。」

 

「高出力の単発と低出力の連射を使い分けられる射撃武器の衝撃砲と、近接武器として大型の青龍刀2本を装備。青龍刀はこの大きさなら盾にも出来そうかな。」

 

「やっぱり適正距離の違う武器は必須だよね。ブレードオンリーとか弾幕張られたらどうしようもないし、銃だけだと余程巧くないと詰められて終わるし。」

 

 近接用ブレード1本しかない白式。

 

「スピードも第三世代らしい速度が出るし、最悪瞬時加速(イグニッション・ブースト)がある。衝撃砲は燃費も良いみたいだし、実験段階の第三世代にしては結構な時間動いてられるね、これ。」

 

「武装的にそこそこ拡張領域(バススロット)に空きあるよね?後付装備(イコライザ)はどんなのが有りそう?」

 

「んー、多分積まないんじゃないかな?近・中距離両用型としてなら結構完成度高いし、ここに新しく積める武装ってそうそうないよ。」

 

 射撃武器として衝撃砲ほど優秀なものはそうそうない。砲身も砲弾も見えず、その威力も連射速度も可変。牽制にも決め手にも使える武装は、コレだけで他の射撃武器全ての役割をこなせる。

 

 近接武器も機体特性を考えれば大型青龍刀がベストだ。衝撃砲では高威力の時に連射が効かないため、その穴を埋める形として重い攻撃を連続で繰り出せる大型青龍刀が一番いいのである。

 

「積むとしたらワイヤーとか鎖とかの拘束武器かな。相手の動きを鈍らせればそれだけ青龍刀も衝撃砲も当てられるし。」

 

「なら一番厄介なのは青龍刀かな。完全に大型盾として使われたらめんどくさい。」

 

 「攻撃は全部避けるからいいや」と言う飛鳥に、「じゃちょっとシミュレーションしてみようか」と言うなのは。

 

「飛鳥の近接ブレードを青龍刀で防御、手が塞がっててもイメージ・インターフェースで動く衝撃砲で攻撃、それを避けるのにスラスター吹かせば取り敢えずジャブの衝撃砲連打、近接しようが射撃しようが間に入り込んで盾になる青龍刀。」

 

 「「あれ、中国強くね?」」と2人の考えが一致した。

 

「……まぁ、精々代表候補生だし、山田先生みたいに何でもかんでも避けて防がれることはないでしょ。」

 

「あの人も代表候補生だよ飛鳥。別格だけど。」

 

 

 

 

『システムがステータスでクラス代表選ぶから飛鳥がクラス代表だったね。』

 

『代表候補生居ればそっちが優先されるけど、3組にはいないからね。成績的にも本気の山田先生から逃げ延びてるし当然。』

 

『これ1組だとクラス代表決定戦に巻き込まれて、2組だと鈴ちゃんが候補生だから持ってかれて、4組だと簪ちゃんがなるんだっけ。』

 

『うん。2組で候補生だとアリーナで鈴と試合して負けると持ってかれる。』

 

『勝ったらクラス対抗戦の原作をぶっ壊せるの?』

 

問答無用(ムービー)でゴーレムに吹っ飛ばされて終わるけどね。』

 

『束さんは鬼畜だなぁ……。』

 

 

 

 

 クラス対抗戦当日、第一試合が1組対2組であったため、出場するが時間がある飛鳥はなのはと並んで観客席に座っていた。

 

「初戦はやっぱ2組が勝つかな。」

 

「負ける要素が零落白夜に当たることだけだしね。衝撃砲撃ってるだけで終わるかもよ?」

 

「青龍刀とは。」

 

 そんなことを話していると、カタパルトからISが飛び出してきた。

 

「来たね。さぁて、解析解析。」

 

 空中に画面を投影し、ネットワークに接続して中国製第三世代機の稼働状況を見ながら、他にもハイパーセンサーなどを起動してなのはは解析を始めた。

 

「あ、早速撃ったみたいだよ。……分かりやすいなぁ。」

 

「挙動で撃つぞってタイミングが隠せてないね。あと撃つために空間にかけてる圧力がハイパーセンサーで丸分かり。発射のタイミングは見てれば分かるかな。」

 

「狙いも正直だなぁ。誘い込みとか一切やって無い。いや出来ないのかな?」

 

「これなら飛鳥が勝つね。考えてた防御力高いムーブも出来ないみたいだし、能力使わなくても行けると思うよ。」

 

 「4組は専用機出来てないらしいし、見所無いからもう工房に戻ろうかなぁ」となのはが呟いたその時、

 

「「っ!」」

 

 2人は空から飛来してくる『それ』を見上げ、

 

――――ドッオォォオンッ!!!

 

 『それ』が放った砲撃が、アリーナのバリアーを破壊した。

 

 

 

 

『今更だけどさ、ゲーム内の私たち何で最初から変革してるの?システム的にはクアンタがガチャで出たからだけど、設定的にどうなってるの?』

 

『ツインドライヴシステムの恩恵でしょ。』

 

『なのは、GNドライヴ作ったっけ?』

 

『ガチャでクアンタ引いた時にその材料としてアイテム欄に追加されてるよ。何処から湧いて出たんだろうね。』

 

『……まだ機体完成して』

 

『飛鳥、コラボ先の設定との整合性を考えると死ぬよ。』

 

 

 

 

 ハイパーセンサーが映した『それ』は、全身を装甲で覆った異形の機体だった。細すぎる腰、長すぎる腕。意思を感じさせない、生物らしい揺らぎのない動き。

 

 その形状、その挙動から、なのはは即座に見抜いた。

 

「無人機……。」

 

「脳量子波がない。と言うか人が乗れるスペースがない。間違いなく機械だ。」

 

 目を金に輝かせながら、アリーナを覆うバリアーを突破し中に入り込んだ異形の機体を見詰める飛鳥は、なのはに間違いないと告げる。

 

「作ったのは束さんだね。アリーナのバリアーを壊せる攻撃はそう多くない。火力でぶち破ったならそれを作れるのはボクか束さんだけだ。」

 

「一体何のつもりで……イレギュラー(織斑一夏)でも殺しに来た?それとも自分が手を加えた白式の様子でも見に来た?」

 

「多分後者だね。白式を受け取って大体1ヶ月経ってる。どの程度使える様になったか、オモチャを差し向けて計りに来たんだ。」

 

 ネットワークを接続し、異形の機体のデータを閲覧したなのははそれを見た上でオモチャと断じた。

 

「ゴーレムⅠ……武器は両腕の高出力ビーム兵器4門のみ。スラスター出力が異様に高くて、零距離からの離脱には1秒もかからない。」

 

「流石束さん、ハイスペックだこと。でもそれだけだね。」

 

「うん、行動はパターンで決められてるし、何より倒す気がないね。束さんがやる気ならもっと鬼畜な行動させられるもん。白式の様子を見に来ただけだよ、あれ。」

 

 なのははアリーナで無人機を相手に戦っている白式に視線を向け、そちらにもネットワークを繋げて稼働状況を見た。

 

「うわ酷。」

 

「エネルギーロス多くない?スロットルワーク出来てないよねこれ。」

 

「アクセルベタ踏みもいいところだよ。」

 

 専用機が出す結果とは思えないあまりの惨状に言葉を失う飛鳥たち。必要ないところでもスラスターを余分に吹かせエネルギーを無駄遣いしているし、零落白夜の連続使用時間が明らかに長い上、出力最低でも凄まじい威力を発揮するのにそれも中途半端。初心者なのを加味しても、せめて虎の子の零落白夜は2秒ぐらいまで使用時間を短くして出力ももっと落とさないと自滅してしまうのでは?

 

「戦闘技術とか操縦技術以前に、最低限零落白夜の扱いを覚えないとこの先やっていけないんじゃ……。」

 

「攻撃は零落白夜頼りなのに、これじゃ余程フォローの上手い人とでも組まないとやっていけないでしょ。」

 

 2人が心配している間に無人機は倒され、この襲撃によってクラス対抗戦は中止となった。

 

 

 

 

『介入も何も出来ない序盤って映す意味ある?』

 

『カットすると音ズレするじゃん。まぁ見てても退屈だろうけど……。』

 

『そもそも候補生にはいつなるのさ。』

 

『上手く行けば学年別トーナメント明けにはなれるんだけど、ランダム性が強いんだよね。』

 

『あぁ、普通だと12パターンある組み合わせから選ばれるんだっけ。』

 

『通常プレイだと中止させないで優勝とかもできるけど、マルチプレイはプレイヤー同士が勝手に組むから大前提のラウラとタッグを組むのが出来なくて、そうなると一回戦でかんちゃんとかの強いキャラと当たって圧倒するなりしないといけなくて……。』

 

『ならボクに任せて。良い案がある。』

 

『え、何するの?』

 

 

 

 

「織斑先生ー。」

 

 授業が終わり、職員室に昼食を取りに行こうと廊下を歩いていた千冬は、後ろからの声に振り返った。

 

「お前は確か、3組の葉加瀬だな。何か用か?」

 

 声の主であった葉加瀬なのはについて、千冬はそれほど詳しくない。自分の受け持つクラスの生徒なら色々と覚えたが、他のクラスや学年の生徒となると顔と名前が一致する程度だ。なのはに関してはIS適正がSであることと飛鳥と同じで北海道の田舎出身であることなどで印象に残っている方であるが、それでもあまり詳しくはない。

 

「そうです。」

 

 ただ、この会話で思い知らされることとなった。

 

「学年別トーナメント、ボクと飛鳥の対戦相手には強い人としか当たらない様にして欲しいんです。」

 

「なに?」

 

 千冬としても、自分に匹敵するだろう飛鳥の対戦相手はなるべく強い者が当たる様、この後行われる学年別トーナメントに関する会議で提案するつもりであった。一般生徒では山田先生と渡り合った飛鳥の相手を出来ないからだ。出身を同じくするなのはがそれを考慮して提案してくるのも分かる。

 

 だが、何故自分も強い相手をぶつけようとするのかが分からない。飛鳥にだけ押し付けるという提案だと断られると思ってのことなのか?それとも別の意図が?

 

()()()()()()()()()()()()()。」

 

 疑問に思った千冬の思考を読んだかのような言葉。疑問に思うことは容易に想像できるが、こちらが口に出す前に言われたことが気にかかる。

 

「あ、()()()に『よくも飛鳥の活躍を潰してくれたなこのヤロー』って言っといてください。」

 

「っ!?」

 

「それじゃご飯行ってきまーす!」

 

 言うだけ言って、なのはは走って行った。

 

「葉加瀬なのは……お前は一体……。」

 

 1人残された千冬は、なのはが何者なのかについて空腹を感じて「そう言えば昼だ」と思い出すまで考え込むこととなった。

 

 

「次の学年別トーナメントですが、クラスリーグマッチでの無人機襲撃を考慮して、2人1組のツーマンセルで行うことにしませんか?」

 

「(まさか、こうなることを読んでいたというのか?)」

 

 予定通り行われた学年別トーナメントの会議で最初に言われた言葉に、千冬は戦慄した。

 

「(ボクと飛鳥の対戦相手とは、ボクと飛鳥のチームの対戦相手、と言う意味だったのか。)」

 

 確かにすぐ分かった。何せそう言われた日の会議なのだから。

 

「(確かに予想できる範疇だ。だが、あの提案は別にトーナメントの仕様変更が告知されてからでも良いはず。何故今日なんだ?)」

 

「織斑先生はどうですか?ツーマンセル。」

 

「あ、そうですね。私も賛成です。」

 

 思考の海から抜け出し千冬も賛成する。

 

「そうですか、全員賛成ですね。」

 

「あ、あのー……。」

 

 そこで山田先生が手を挙げた。

 

「山田先生、どうしました?」

 

「3組の天羽飛鳥さんなんですけど、彼女の相手は一般生徒には出来ません。瞬時加速(イグニッション・ブースト)で動くより先に落とされると思います。」

 

 現状、瞬時加速(イグニッション・ブースト)に対応できる一般生徒は1年生には居ない。まだ入学して半年も経っていない一般生徒には流石に無理がある。

 

「少なくとも瞬時加速(イグニッション・ブースト)に対応できるだろう代表候補生が相手でないと、トーナメントの意味がありません。」

 

「しかし、仮に天羽さんの相手を代表候補生に限定するとして、タッグを組む生徒が可哀想じゃないですか?」

 

「それはそうですけど……。」

 

「(なるほど、ここまで読んだ上で今日だったんだな)それについてですが──」

 

 千冬の説明により、本人たちが了承済みとのことでツーマンセルトーナメントで飛鳥たちは実技入試での成績上位者や代表候補生が当たるように調整されることとなった。

 

 

 

「根回しはこれでオッケー。後は強い人が出られない状況にならない様に気を配れば……。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 天羽飛鳥、武力介入する

『はいどうも、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『投稿したの見返したら何かなのはの主張が激しいけど、これの主人公一応天羽飛鳥()だよね?』

 

『そろそろ代表候補生にならないと種死みたいに主人公交代だよ?』

 

『ストフリとかインジャは大好きだけど種死は終盤のシンが見てられなくて好きになれない……機体とキャラは好きなんだけどなぁ。』

 

『シンはスパロボでの主役だからね。』

 

 

 

 

「1組に2人転入生が入ったんだってさ。織斑先生も大変だね。」

 

「織斑先生の仕事って教師って言うより警備だよね。束さんの妹とイレギュラーな弟を守ってるみたいだし。」

 

 飛鳥となのはは自分達の教室で、女子特有の噂の異常な伝達速度によって共有された1組への転入生について話していた。

 

「ドイツ軍のIS部隊の隊長と、フランス企業の秘蔵っ子。転入してくるぐらいだからどっちもキャラ濃いね。」

 

「ドイツの方は銀髪眼帯ロリで、フランスの方はなのはと同じ僕っ娘。こうも個性的だとギャルゲ染みてるよね。」

 

「しかもどっちも専用機持ち。これゲームなら近々事件が起こるよ。」

 

「学年別トーナメントは中止にならないで欲しいなぁ。活躍の場がないと色々遅れるんだけど。」

 

 飛鳥の目先の目標は代表候補生になり専用機のためのコアを貰うこと。IS適正Sなので言えばすぐにでも代表候補生にはなれるが、専用機のための自由にできるコアを貰うのに苦労するだろうという予想からそれはしていない。あくまで国の方から声をかけてほしいので、見つけてもらうための活躍の場がほしい。

 

「なのは、織斑先生はちゃんと会議で言ってくれたかな?」

 

「織斑先生も飛鳥のことは気にかけてるみたいだし、言ってくれてると思うよ。」

 

「だと良いなぁ。当日まで相手が分からないのってもどかしいね。」

 

「そういうものじゃん、トーナメント表って。」

 

 当日までの怪我や当日の体調不良などで、トーナメントのギリギリまで微調整が行われている。しかも今年は初めてのツーマンセルトーナメントをやるため、コンビを組まなかった者のパートナー決めも行わなければならず、どうしても時間がかかるのだ。

 

 なお、この会話はまだツーマンセルトーナメントであることが発表される前の会話である。

 

 

 

 

『さぁて、そろそろ武力介入しようかな。』

 

『お、前回教えたあれだね?』

 

『そう、天羽飛鳥、ラファール・リヴァイヴ、武力介入を開始する!』

 

『手助けは……要らないか。頑張ってねー。』

 

 

 

 

 イギリスと中国の代表候補生2人との戦いの最中、何者かがその2人の後ろのピットから出てきたと思ったら、瞬時加速(イグニッション・ブースト)でこちらに突っ込んできた。

 

「ちっ!」

 

 どういう意図かは分からないが、邪魔をしたいのは分かった(ラウラ)は、AICでそいつとの間に停止結界を張り、その動きを止めようとして、

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)中に()()()()停止結界を躱し、もう1度()()()()こちらに向かって来たそいつに、いつの間にか右手に展開(コール)されていたブレードで斬られた。

 

「な、に!?」

 

 驚く私を余所に、そいつはボロボロの代表候補生たちをチラリと見ると、また私に瞬時加速(イグニッション・ブースト)で突っ込んできた。

 

「ちぃっ!!」

 

 空間に張る停止結界は躱された。ならばと今度は機体そのものを止めようと意識を集中した瞬間、またしても瞬時加速(イグニッション・ブースト)中に()()()()そいつが、集中していた箇所から離れ拘束に失敗する。

 

「ならば!!」

 

 AICでの拘束は難しい。ならばとワイヤーブレードを射出して動きを止めようとして、その全てが空振った。僅かな姿勢調整で全てのワイヤーブレードが躱された。

 

 そのまま、またしてもブレードで斬られ、視界の端に表示されているシールドエネルギーのゲージがごっそりと減少する。

 

「ぐぅ!」

 

 攻撃の衝撃に声をあげてしまう。なんだこいつは、第三世代のシュバルツェア・レーゲン(専用機)を使っている私が、第二世代のラファール・リヴァイヴ(量産機)を使う誰とも知れない奴に反撃も出来ないなど。そんなこと、あり得るはずが

 

「ない、って言いたい?」

 

「!?(考えが読まれて)」

 

「動きを止めちゃ駄目だよ、軍人ちゃん。」

 

 驚愕の隙をつかれ、また瞬時加速(イグニッション・ブースト)で接近される。咄嗟にプラズマ手刀で受け止めようと右手を構えたが、ぶつかる瞬間に相手のブレードが消えた。

 

「え──がっ!?」

 

 突然の攻撃の消失に一瞬の思考を行った瞬間、()()のブレードで斬られた。

 

「(一瞬で、武装の収納と展開を!?)」

 

 右手に持っていたブレードを、プラズマ手刀とぶつかる瞬間に収納し、瞬時に左手に再展開。そのまま左手で攻撃。高速切替(ラピッド・スイッチ)という技術の応用であった。

 

「くっ、この!!」

 

 レールガンの発射準備をしながら、ワーヤーブレードを射出する。先程の様に姿勢調整だけで躱されるが、

 

「(逃げ道は塞いだ!)」

 

 元々当てるために射出した訳ではない。どうやっているかは分からないが、瞬時加速(イグニッション・ブースト)中に曲がるあの機動をされてはとても当てられないレールガンを当てるための布石だ。

 

「これで!」

 

 既に準備の整っているレールガンを発射する。あの奇っ怪な動きさえされなければどうと言うことはない。

 

 だが、レールガンの弾丸は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なぁっ!?」

 

 逃げ道を塞いでいたワイヤーブレードの1本を掴み、それを振り回してレールガンにぶつけた。ふざけるな、なんだそれは。そう思った時には、目の前にブレードがあった。

 

「あ──」

 

 負け──

 

「はい、私の勝ち。」

 

──ポフッ

 

「ふぎゅっ。」

 

 あれ?

 

「駄目だよ、ヤンチャしちゃ。戦うのは良いけど、ダメージレベルC目前はやり過ぎ。」

 

 いつの間にかブレードは消えていた。今まで散々私を虚仮にしていたそいつは、なぜか私を撫でていた。

 

「あの2人に今怪我されると、私の活躍が減っちゃうからね。それだと困るから介入したんだけど、お陰で参考になったよ。」

 

「な、にを。」

 

「流石軍人だよね、立ち回りがきれい。山田先生のもスゴかったけど、君のもスゴかったよ。」

 

 なんだ、それは。お前の方がずっと──

 

「私はもう帰るけど、あんまりやり過ぎないでね。それじゃーねー。」

 

 呆ける私をひとしきり撫で回して、そいつは帰っていった。

 

 その後、さっきの私の様に呆けていた代表候補生2人に八つ当たりの攻撃をしようとしたところで織斑一夏がアリーナのバリアーを切り裂いて間に割って入り、丁度良いと思って戦おうとして教官に止められ、私は煮え切らない思いでその場を後にした。

 

 

 

 

『AICさえどうにかなればただの可愛いロリっ子でしかないラウラに負ける訳ないんだよなぁ!』

 

『うーわ、イキってる。最後の逃げ場ないレールガンに焦ってボタン押しミスしてた癖に。』

 

『ち、違うし!あれはワイヤーブレード掴んでレールガン防ぐための操作だし!』

 

『あのワイヤーブレードが射出中は自分にも当たり判定ある仕様で助かったね。他のゲームなら弾丸がすり抜けて当たってたよ。』

 

『……何で当たり判定あるんだろ?』

 

『別オブジェクト扱いだからだよ。だからフレンドリーファイア無しのゲームなのに当たるしダメージが入る。ついでに射出中だろうと掴みアクションが出来るから、やろうと思えば逆にラウラちゃんを振り回したり出来る。』

 

『はぇ~……。』

 

 

 

 

「いやー、スゴいね軍人ちゃん。立ち回りがスッゴい参考になったよ。」

 

「機体も良い出来だよね。良い感じに武装が揃ってるし、AICも強力だし。個人的には空いてる左側に気軽に撃てるガトリングとか着けてみた方が良いと思うけど、拡張領域(バススロット)の空きがあんまり無いっぽいから無理そうかな?換装装備(パッケージ)としてならやれるかな。」

 

「あー、ガトリング有ったら危なかったかも。最後のワイヤーブレードで逃げ道塞がれてる時にバババババッ、てされたら流石に避けれないや。全部切り払わなきゃいけない。」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒへの武力介入後、廊下を歩きながら飛鳥となのは(ピットで見てた)は思った以上の充実感に満足していた。

 

 ドイツの軍人と言うだけあって、高い操縦技術もそうだが立ち回りや戦い方も巧いラウラとの戦闘は、機体のせいで未だに全力を発揮できない飛鳥に取っては丁度良い練習になった。

 

 以前、反応の遅い訓練機では試合中に求められる咄嗟の回避には使えないと考えていた瞬時加速(イグニッション・ブースト)中の軌道変更だが、来るのが分かっている攻撃をあらかじめ避けるのには使えることが分かったし、何より最後にやられたワイヤーブレードによる逃げ道の封鎖とレールガン発射は、これから戦うだろう強者たちが、方法こそ違うが確実にやって来るだろう戦法の1つとして体験出来たことに満足している。

 

 なのははラウラの機体、シュヴァルツェア・レーゲンに搭載された武装のそれぞれの役割が、戦闘における何を目的としているのかの考察が楽しくて仕方ない。高威力だが連射の効かないレールガンを搭載している理由がAICで動きを止めた対象に大ダメージを与えるためと言う、装備ごとのシナジーを考え出すと脳汁が止まらない。それはそれとして連射性の高い装備も着けた方が良いんじゃないかとか改造案も考え出して、結構興奮していたりする。

 

「よぉし、ちゃっちゃとペアの申し込みして、この熱が冷めない内に武装仕上げちゃおうかな!」

 

「お、私にも見せて!武装見てイメトレしたい!」

 

「はいはい、それじゃまずは剣から仕上げようか。」

 

 

 

 

「…………。」

 

 夜。ラウラ・ボーデヴィッヒは自室で、今日戦った相手について考えていた。

 

 完敗だった。シュヴァルツェア・レーゲンに搭載された全ての武装が通じなかった。それも、第二世代の量産機に乗った奴に。

 

 左目を覆い隠す眼帯に触れる。

 

「(もしあの時この眼帯を外していたとして、私は勝てたか?)」

 

 あの時、AICは全て回避された。だが、それは左目を使っていない状態のAICだ。

 

 ラウラの左目には越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)という、模擬ハイパーセンサーとも呼ぶべき処置が施されている。視覚信号の伝達速度向上や動体反射の強化など、使用すれば視覚能力を数倍に引き上げることができるそれは、対象に意識を集中させなければならないAICと組み合わせれば、大抵の物は止められる様になる代物だ。

 

「(この眼を使えば、あの曲がる瞬時加速(イグニッション・ブースト)もAICで捕らえられる様になるはず。そうなれば、あとはいつも通り戦って──。)」

 

 ──戦って、どうしたのだろう?

 

 ふと、頭を撫でられた感触が蘇る。

 

「……えぇい!何を考えているんだ私は!」

 

 考えが纏まらないラウラは早々に思考を止め、制服を脱いで眠りについた。

 

 

 

 

 同じく夜。織斑一夏は自室のベッドに横になり考え事をしていた。

 

 今日起こった、ラウラ・ボーデヴィッヒとセシリア・オルコット、凰鈴音による戦闘。それを聞いて現場に着いた時、ボロボロのセシリアと鈴に攻撃をしようとしているラウラを見て瞬時に白式を纏って間に割って入ったは良いものの、最短ルートを通ろうとアリーナを覆うシールドバリアーを零落白夜で破壊したことで見ていた織斑千冬によって学年別トーナメントまで一切の私闘が禁止され、互いに身を引いたのだが。

 

「(誰なんだ、鈴とセシリアを助けたって人は?)」

 

 ボロボロの2人を医務室へと運び、治療を行っている間に聞いた話によれば、自分が到着するより前に2人は助けられたらしいのだ。

 

 学園が貸し出している訓練機のラファール・リヴァイヴを身に纏い、信じられないことにそれで専用機を使うラウラ・ボーデヴィッヒを圧倒した人物。気にならない訳がない。

 

 しかし、名前が分からない。少なくとも1組と2組の人ではないらしいが、それを抜いてもIS学園には大勢の人がいる。学年も分からない人間を探すのはとてもではないが現実的ではない。

 

「(2人を助けてくれたお礼を言いたいけど、誰か分からないんじゃなぁ。)」

 

 八方塞がりか、と思ったところで、「あっ」と一夏は閃いた。

 

 

「昨日オルコットと凰を助けた奴が誰か知りたい?」

 

「あぁ、教えてくれ千冬姉。」

 

 次の日、一夏は職員室にいる姉の千冬に聞きに来ていた。昨日現場にいた千冬なら知っていると考えたのだ。

 

「織斑先生、だ。教えるのは構わんが、どうするつもりだ?」

 

「いや、鈴とセシリアを助けてくれたお礼を言おうと思って。でも誰だか分からなかったから、ちふ──織斑先生に聞きに来たんだ。」

 

「そういうことか。礼を言いに行くのいいが、当事者ではないお前が1人行ったところで困惑させるだけだろう。会いに行くならオルコットたちも連れていけ。」

 

「それもそうだな。で、誰なんだ?」

 

「全くお前は……そいつの名前は天羽飛鳥。」

 

 

「お前がISを動かさなければ私直々に教えていた、私に並ぶ逸材だ。」




 ワンサマーがヒロインを補足したようです(なおフラグは立たない)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 天羽飛鳥、その存在を知らしめる

『はいどうもおはこんばんちは、いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士の葉加瀬なのはだよー。』

 

『前回ようやく主人公らしい戦闘シーンが出来たけど、これから先はもっと激しい戦闘していくよ。』

 

『それじゃぁゲームスタート、といきたいところだけどお便りを先に消化しちゃうね。』

 

『えっ、お便り?』

 

『【飛鳥さん、なのはさん、こんにちは。】こんにちは!【part4(第4話)で飛鳥さんはラウラを相手にAICを避け、攻撃も避け、まさに圧倒していましたが、越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を使った状態のラウラにも同じように圧倒出来るのでしょうか?教えてください。】とのことです。』

『説明すると、このゲームの越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)使用中のラウラちゃんは作中でも屈指の強さを持つキャラで、原作的にもAIC初見なら山田先生に勝つぐらい強いよ。通常時と違うのはAICの発動が段違いに速いことと狙いが正確なところかな。とにかくAICで動きを止めた所にレールガンをズドンでこっちのシールドエネルギーをガリガリ削るんだ。』

『一般的な攻略法は操縦Aランク以上で解放される二重瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)とか個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)で動き回って発動の速いAICを避けることだけど、そこのところどう?』

 

『結構余裕。ぶっちゃけ本気の山田先生の方が万倍辛い。というか辛かった。』

 

『だよね。』

 

越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)使用中のラウラが強いのは、問答無用で操作不能にさせてくるAICの発動が段違いに速いから。でもこれ、予備動作っていうのかな、そこのスピードは対して変わってないの。パソコンで例えるなら、電源スイッチを押すまでの時間は変わらないけど、OSが起動するまでの時間が短い感じ。』

『発動させようとしてるのが分かれば兎に角上下左右に揺さぶることで避けられる。AIC以外は通常時と大差ないから、前回最後にやられたワイヤーブレードで逃げ道塞ぐやつとかに気を付けてればどうにでもなるよ。あの時は面倒だったから回避しかしなかったけど、ワイヤーブレードが射出されたら破壊して回れば逃げ道塞ぐのもやれなくできるしね。』

『結論、私はラウラをただのロリっ子にできる。』

 

『このロリコンめ。』

 

『良いじゃん可愛いんだから!』

 

 

 

 

「すみませーん、天羽飛鳥さん居ますかー?」

 

「ん?」

 

 軍人ちゃんと戦った翌日、教室に織斑一夏とイギリスと中国の代表候補生がやって来た。しかも私を呼んでいる。何で?

 

「飛鳥、骨は拾ってあげるからね。」

 

「何されるの私!?」

 

 なのはが怖いことを言ってくる。特に考えずにネタとして言っているのは分かるけど、それでも言葉が持つ怖さは変わらない。ともかく教室の入り口に居る3人の所に私は向かった。

 

「あ!」

 

「間違いありませんわ、この方です。」

 

「えっと、君が天羽飛鳥さん、でいいんだよな?」

 

「あぁはい、3組クラス代表の天羽飛鳥です。何か用事ですか?」

 

 特に親しくない相手にはとりあえず敬語、これに限る。フレンドリーに話すのは親しくなってからでも遅くない、

 

「昨日さ、鈴とセシリアを助けてくれただろ?そのお礼を言いに来たんだ。」

 

「ありがとうね。アンタが居なかったらトーナメントに出られなくなってた。」

 

「わたくしからも。ありがとうございますわ天羽さん。」

 

「あぁそのことですか。気にしないでください。計画が遅れるから介入しただけのことなので。」

 

 助けたかったから助けた訳じゃない。この2人を助けたのは専用機を持った代表候補生だからだ。

 

「計画?」

 

「代表候補生になる計画です。」

 

「えっ、天羽さん代表候補生じゃなかったのか!?」

 

 えっ、そこ驚くの?

 

「えぇまぁ。1年で代表候補生が居ないのは3組だけなのは有名ですよ?」

 

 もう1ヶ月前のクラス対抗戦で密かに行われていた賭けも、そのせいで3組へのオッズが最低だったぐらいには有名だ。

 

「いや、千冬姉が自分に並ぶ逸材だって言ってたから、てっきり代表候補生だと。」

 

「え、千冬さんが!?」「織斑先生が!?」

 

「お、おう。俺が見付かってなければ1組で直々に教えてたって。」

 

 初耳なんだけどそれ。織斑先生、いつ私を見て……いや、そう言えばラファール乗り回してる時に結構見かけた気がする。

 

「天羽さんは何故代表候補生ではありませんの?」

 

「北海道の田舎住みだったので、東京まで何度も訓練にこれなかったからです。」

 

 金曜日の授業が終わったら家に帰り着替えなどの旅道具を持って空港までバスで移動し、そこから飛行機に乗ってテイクオフ。東京に着いたらタクシーでホテルに向かいチェックイン。次の日に電車に乗って候補生選出訓練を行っている施設に移動。そこからISを時間いっぱいまで乗り回し、次の日の訓練にも出るためホテルに戻り就寝。起きたら荷物を纏めてチェックアウトして施設まで電車で移動してまた時間いっぱい乗り回し、それが終われば空港にタクシーで向かって飛行機に乗って北海道へ。着いたらバスで家に帰り、翌日の学校の準備(宿題とか)をしてご飯食べてお風呂入って就寝。

 

「出来ると思います?代表候補生になるまで移動費は全部自腹ですよ?」

 

「無理ね。」

 

「しかも代表候補生になってもお金が浮くだけで、距離は微塵も変わりません。」

 

「俺、東京に住んでて良かったって今心から思った。」

 

「あと中学生だと1人で泊まれないので、今の説明のホテルの部分は全部野宿に変わります。」

 

「ご両親はどうなさいましたの?」

 

「共働きで、帰ってくるのを待っていたら空港着く頃には便が無くなります。」

 

「北海道って、やっぱり凄いのね……。」

 

「あぁ、俺ご飯が美味いってぐらいしか知らなかったけど、そんな大変な所だったんだな……。」

 

 そんなことを話している内に休み時間は終わり、3人は帰っていった。

 

 

 

 

『よし、鈴とセシリアはトーナメントに出られるな。良かった、これで叩き潰せる。』

 

『発言だけ聞くとヤバイ奴だよね。』

 

『許せ、代表候補生になるには君たち2人のタッグを叩き潰すのが1番速いのだ……!』

 

『紛うことなきヤベー奴だったか。あ、このゲームの学年別トーナメントは原作と違って、最初にボクたちプレイヤーの試合をやって、NPCの試合を数個挟んで最後にラウラちゃんと一夏たちの試合をやるよ。通常プレイでラウラちゃんと組んだら決勝まで一夏たちとは戦わなくて、そこまでの試合でラウラちゃんと交友を深めることでVTシステムを作動させないで戦い抜くルートに行くことが出来るんだけど。今回は微塵も関係ないから見たい人は他の人たちのプレイを見るかゲームを買って遊んでね。』

『因みに今回はpart3(前々回)の根回しとpart4(前回)の武力介入の結果、1回戦の相手はセシリア&鈴コンビに確定するよ。通常プレイでも出来る手だけど、普通に強いタッグだからやる時は気を付けてね。』

 

 

 

 

 学年別トーナメント当日、アリーナで4人は対峙していた。

 

「まさか、一回戦の相手が天羽さんになるとは思いませんでしたわ。」

 

「ホントよね。恩人と初っ端ぶつかるとか、運がないわ、」

 

 イギリス代表候補生セシリア・オルコットと中国代表候補生凰鈴音。共に第三世代の専用機を持つエリートであり、トーナメントの組み合わせが発表された当初から1年生の優勝候補筆頭と目されているコンビだ。

 

 イギリス製第三世代機、遠距離射撃型ブルー・ティアーズ。特殊兵装【BT兵器】を搭載し、独立可動ユニット【ビット】を操り、たった1機で多方向からの射撃を可能とする射撃戦特化の機体。

 

 中国製第三世代機、近・中距離両用型甲龍(シェンロン)。特殊兵装【衝撃砲】を搭載し、その砲身も砲弾も視認出来ない秘匿性の高い射撃を、威力の高い単発、威力は低いがマシンガンの様な連射と切り替えられる利便性と、それ以外はとてもシンプルな武装のみを搭載することで第三世代機随一の燃費の良さを手にした、完成度の高い機体。

 

 それに対峙するのは代表候補生でもない一般生徒、天羽飛鳥と葉加瀬なのは。乗っている機体はどちらもフランス製第二世代量産型のラファール・リヴァイヴ。第二世代最後発故に既に培われていたノウハウによって、機体性能は初期の第三世代機と同等。最たる特徴である膨大な拡張領域(バススロット)によって、他の機体とは段違いの数の装備を搭載できることから世界第三位のシェアを誇る機体であり、乗り手によっては専用機さえ倒す事が出来る機体だが、乗っているのがまだ1年生のひよっこでは専用機に勝てる筈はないと、試合を見に来ていた世界各国の重要人物や企業の重鎮たちは考えていた。

 

 だが当の本人たち、セシリアと鈴は違う。

 

「(織斑先生が自身に並ぶ逸材と評するお方。)」

 

「(私たちが敵わなかったドイツの第三世代を1人で圧倒する実力。)」

 

「「((間違いなく、この大会で一番の強敵!))」」

 

 2人の心に慢心はない。最近授業で戦った山田先生に2対1で負けている2人は、ラファール・リヴァイヴという自分達より世代で劣る機体に乗っているからと言って、天羽飛鳥と言う人間を侮ることが出来ない。性能の違いが、戦力の決定的差ではないのだ。

 

【セシリア、まずは数の有利を取るわよ。】

 

【異存ありませんわ。天羽さん相手にもう1人を気にしながらは戦えませんものね。】

 

 プライベート・チャンネルで話し合った作戦は、相手のパートナーをまず最初に落とし、数の有利を取ること。

 

【わたくしがビットで天羽さんを抑えます。その間に──】

 

【──私が速攻で相方を落とす。任せて、中国じゃ模擬戦では負けなしだったんだから。】あっ

 

【それは頼もしいですわね。】

 

 カウントダウンが始まる。セシリアはBTエネルギーライフル【スターライトmk-Ⅲ】を、鈴は大型青龍刀【双天牙月】を1本ずつ展開(コール)し、それぞれ構えた。

 

 対する天羽飛鳥とそのパートナー葉加瀬なのはは──

 

 ──どちらも、()()()()()()()()()()()

 

 観客席がどよめく。セシリアたちも驚いた。それに表情を崩さず、天羽飛鳥と葉加瀬なのはは構え、

 

──ブー!

 

 試合開始のブザーが鳴った。

 

「お行きなさい、ブルー・ティアーズ!」「とりゃぁぁぁぁ!!」

 

 試合開始と同時に、セシリアがレーザービット4機を展開して天羽飛鳥を狙い撃ち、鈴は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使って葉加瀬なのはに肉薄した。観客がその動きに「早々に2人を倒して試合を終わらせようとしている」と考えた瞬間──

 

「「うん、そう来るって思ってた。」」

 

 ──天羽飛鳥を狙うレーザーが葉加瀬なのはの投げた2本の大剣に阻まれ

 ──鈴と葉加瀬なのはの間に、レーザーに撃たれる筈だった天羽飛鳥が現れた

 

「なっ──」

 

「ほら、邪魔だよ。」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)で葉加瀬なのはに突っ込んだ鈴は、突然間に現れた天羽飛鳥に両手の大剣で迎撃された。

 

「くっ、この!」

 

 鈴はどうにか双天牙月でそれを受け止め、お返しに天羽飛鳥に大型衝撃砲【龍砲】の砲撃を浴びせようとして、その後ろで両手に展開(コール)されたショットガン2丁を構えた葉加瀬なのはがこちらを見ているのに気が付いた。

 

「これツーマンセルだよ?ちゃんと協力しなきゃ。」

 

 バンッ!と2丁のショットガンから散弾が撃ち出され、衝撃砲を撃とうとしていた2門の龍砲に直撃し、破壊した。

 

「きゃぁっ!?」

 

「鈴さん!?」

 

 破壊された龍砲が爆発し、それを至近距離で受けた鈴の悲鳴にセシリアが声を上げた。

 

 その瞬間、4機のレーザービットの内2機に天羽飛鳥の投げた大剣が突き刺さり破壊された。

 

「そんなっ!?」

 

「撃つ時以外動きを止めちゃダメだよ。そのビットは脆いんだから。」

 

 投げた大剣を瞬時に量子化して手元に再び展開(コール)し直しながら天羽飛鳥が言う。そこに龍砲の爆発によって生じた煙の中から鈴が飛び出し、双天牙月で斬りかかった。

 

「こんのぉ!!」

 

「飛鳥!」「オッケー!」

 

 葉加瀬なのはは天羽飛鳥に呼び掛けると同時に手に持っていたショットガンを落としてその肩を後ろから掴み、天羽飛鳥は瞬時に大剣を量子化して収納し、その状態で後ろに瞬時加速(イグニッション・ブースト)で下がることで2人同時に鈴の攻撃から離脱してみせた。

 

「(離れた!)そこですわ!」

 

 鈴から2人が離れたのを見たセシリアは、残ったレーザービット2機でそれを狙い撃った。

 

「これはあの時見せたよ!」

 

 だが、瞬時加速(イグニッション・ブースト)中に天羽飛鳥が突然曲がったことでそのレーザーは外れ、アリーナのシールドバリアーに当たって霧散した。

 

「くっ!」

 

「セシリア!援護お願い!」

 

「分かりましたわ!」

 

 躱されたことに歯噛みするセシリアだったが、すぐに天羽飛鳥たちに下から向かって行った鈴の要請に答え、左右の逃げ道を塞ぐ様にレーザービットを撃つ。

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 それに合わせて鈴も下から山なりに突っ込み、逃げ道を限定しながら双天牙月を振るおうと構えた。

 

「なのは!」「オーライ!」

 

 その瞬間、今まで天羽飛鳥に捕まっていた葉加瀬なのはがその手を離し、PICやスラスターで飛行せずそのまま地面に落ちていった。

 

「えっ── 「鈴さん前!」 ──しまっ!?」

 

 落ちていく葉加瀬なのはを視線で追った鈴は、すぐに聞こえたセシリアの声で前を向いたが、既に遅かった。

 

「それじゃ、下に行ってらっしゃい!」

 

 再び展開(コール)された大剣を上段に構えた天羽飛鳥が、それを鈴に向かって振り下ろした。

 

「うあっ。」

 

 シールドエネルギーを減らしながら、鈴は地面に向かって叩き落とされた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

──ガチャッ

 

 地上には後付装備(イコライザ)として選んだ武器の1つ、ガトリング砲を構えた葉加瀬なのはが、落ちてくる鈴に向かって銃口を向けていた。

 

「下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる!」

 

──バババババッ!!

 

 双天牙月での防御もできず、ガトリング砲によって甲龍のシールドエネルギーは0となった。

 

「鈴さん!!」

 

「さっきも言ったよ、動かすのを止めちゃいけない。」

 

 鈴の脱落に気を取られ、またも動きの止まったレーザービット2機に投げられた大剣が叩き付けられ、その機能を停止させた。

 

「このっ!!」

 

 スターライトmk‐Ⅲでの射撃をしようとセシリアが構えた時、1発の弾丸がスターライトmk‐Ⅲの銃身を破壊した。

 

「なっ。」

 

「今まで剣しか使わなかったけど、別に射撃が苦手な訳じゃ無いんだよ?」

 

 何時の間にかその左手に展開(コール)されていたスナイパーライフルから硝煙を上げながら、天羽飛鳥はそうセシリアに言った。

 

「っ、インターセプター!」

 

 メインの武装を全て失ったセシリアは近接ショートブレード【インターセプター】を展開(コール)し構えるが、その意識は残された腰のミサイルビット2機に向けられていた。

 

「(ブルー・ティアーズの速度なら、ライフルの弾丸は回避出来る!そうなれば天羽さんは間違いなく接近戦を仕掛けてくるはず。そこを叩く!)」

 

 接近戦を誘い、そこをミサイルで仕留める。主要な武器を全て破壊されたセシリアには、それしか勝つ可能性が残っていないと覚悟を決めた。

 

「近付くの待ってる?」

 

「!」

 

「良いよ、今そっちに行くから――」

 

 スナイパーライフルを量子化し、天羽飛鳥は先ほどまで使っていた大剣ではなく通常の近接ブレードを1本展開(コール)し、

 

「――目を離さないでね?」

 

 ()()()

 

「え――――きゃあああああ!!!?」

 

 その直後、セシリアは吹き飛び、シールドエネルギーを全損させた。

 

 セシリアが先ほどまで居た場所には、近接ブレードを振り抜いたままの天羽飛鳥が浮かんでいた。

 

二重瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)……目を離さないでって言ったでしょ?」

 

勝者 天羽飛鳥 葉加瀬なのは

 

 アリーナの大画面に表示されたその文字は、間違えようのない事実だった。




天羽飛鳥の今回の武装
大型近接ブレード×2(ビット絶対壊すケン)
近接ブレード×1(必殺の一閃)
IS用スナイパーライフル×1(射撃も得意アピール用)
他アサルトライフル等多数

葉加瀬なのはの今回の武装
大型近接ブレード×2(盾だ!)
ショットガン×2(真面に運用出来る唯一の武装)
IS用ガトリング砲×1(下手な鉄砲数撃ちゃ当たる)
他マシンガン等多数


次回、未定!代表候補生になるのってどういう描写すればいいの?
こういうことを予想しての不定期更新のタグですが、成るべく早く書き上げます。

日に日に増えていくお気に入り数に心踊らせています。恐らくガンダムOOのタグが招いたお気に入りで、内容が面白いからお気に入りした物ではないでしょうが、それでも私には嬉しい応援です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 天羽飛鳥、偉い人と会う

お待たせいたしました。


『はいおはこんばんちは、いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『前回のあらすじ。』

『天才博士、葉加瀬なのはの策略により恩人である天羽飛鳥と戦う事となったセシリアと鈴。2人の代表候補生は健闘虚しく、相手のシールドエネルギーを少しも削ることが出来ず一般生徒に敗北するのだった……。』

 

『いやー、結構危なかったよね。ボクいつ落とされるかヒヤヒヤしたもん。』

『気付いてた人も居るだろうけど、ボクって実はステータスがあんまり関係しない行動しかしてないんだよ。』

『IS適正はクアンタ引いたから高いけど、操縦も近接も射撃もぜーんぶ初期値だからね。ゲーム内のボクは下手くそなんだ、戦闘。』

 

『本当ならなのはには落ちてもらっても良かったんだけど、評価上がるらしいから2人とも1ダメージも食らわずに倒しました。スッゴい楽しかった。これで代表候補生にはなれるだろうし、コアも貰えるよね!』

 

『それではpart6(第6話)、スタート!』

 

 

 

 

 観客席はざわめいていた。

 

「バカな、第三世代の専用機を使う代表候補生を、第二世代の量産型を使うただの1年生が一度も被弾せず倒すなど、有り得る筈が……。」

 

 代表候補生とはエリートだ。高いIS適正を持つから、秘めた才能を見出だされたからなど、選ばれた理由は個人によって違うが、専用機を持つ者ともなれば、その技量もそれ相応に高い者だけである。

 セシリア・オルコットと凰鈴音。前者は高い適正と努力の末にブルー・ティアーズを手にし、後者はその才覚で1年という短い期間で甲龍を受領した、正になるべくして代表候補生になった2人。その技量は代表候補生として恥ずかしくないものであり、これからの修練にもよるが国家代表になる可能性もある2人。

 

 それが無銘の一般生徒に、ただの1度も手傷を負わせられずに敗北した。

 

「スッゲェ、鈴とセシリアを相手に1発も食らわないで勝った……!」

 

 観客席で見ていた織斑一夏は、単純にその事実に興奮した。

 

「うっわぁ、勝ち進んだらあのペアと戦うのかぁ。」

 

 その隣でシャルル・デュノアは、強敵の登場に冷や汗を流した。

 

「天羽さん、立ち回り巧くなってる……。」

 

 管制室でその様子を見ていた山田真耶は、想像以上の成長をしている生徒に驚いた。

 

二重瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)を使うことで、立ち回りだけでなく技量も持っていることを示したか。本気で代表候補生になりに来たな。」

 

 同じく管制室で見ていた織斑千冬は、その動きから意図を読み取り不敵に笑った。

 

 

 

 

 試合を終えた飛鳥となのはは機体をハンガーに戻し、更衣室で休んでいた。

 

「ふ、ふふふ、1人で両方とも倒せるのにボクを落としたくないとか言っちゃって……ふふふ。」

 

 持ち込んだ白衣をISスーツの上に羽織り、魔法瓶に入れたボタージュを飲みながら、なのはは笑っていた。

 

 IS適正は諸事情でSランクだが、なのはは操縦も戦闘も得意ではない。剣を振ればへにょるし、銃を撃てば余程近くない限り外す。なので最初、なのはは早々に脱落し、飛鳥に伸び伸び戦って貰おうと思っていたのだが、飛鳥がそれを良しとしなかった。

 

「【私はなのはと一緒にブリュンヒルデになるんだから、勝手に落ちるのはダメ!】なぁんて……ふふふ。」

 

 「私、なのはを犠牲にする気ないから!」と猛反発し、その結果として行われたのが試合での完全試合。相手の機体特性、性格、持ってる情報などから、セシリアが飛鳥をレーザービットの包囲網で抑えている間に、鈴がなのはを速攻で落とし、2対1で飛鳥の相手をしようとすると予測したなのはによって、完全にそれを見越した作戦を立案していたのだ。

 

「落ちるのは何が有ってもダメだからね。」

 

「ボクだけの個人戦の時はどうする気?」

 

「乱入して相手を倒す。」

 

「この過保護め。やんないでね?」

 

 笑いながらポタージュを飲み、今行われている試合を見て「次は4組の代表候補生がいるペアと当たるね」と戦況から当たりを着けたなのはは、その後の結果も予想していき、一回戦最後の試合である織斑一夏&シャルル・デュノアvs篠ノ之箒&ラウラ・ボーデヴィッヒで止まった。

 

「んー……。」

 

「どうしたの?」

 

「いや、フランスの秘蔵っ子ってラファールのカスタム機だよね?デュノア社が第三世代作ったって話聞かないし。」

 

「らしいよ。ハッキリ見た事はないけど、聞いた話だとラファールをより武器庫にしてるって。」

 

「――ってことは、それだけ武器の扱いが巧いってことか。」

 

 剣にしろ銃にしろ、武器にはそれが最も効果を発揮する距離や扱い方がある。ショットガンであれば至近距離で発射される散弾全てを当てるのが最もダメージを出せるし、スナイパーライフルであればその射程を活かせる長距離狙撃での使用が一番効果を発揮する。

 

 ラファール・リヴァイヴは元々【飛翔する武器庫】と言われる程、量子変換(インストール)できる武装が多い。それを更に武器庫にするなど、武器の扱いが余程巧くないとやろうと思わないだろう。なら、つまりそう言う事なのだ。

 

()()()()()()()()()()。山田先生みたいなタイプだろうね。」

 

「つまりアサルトライフルの弾を全部ブレードで叩き落として瞬時加速(イグニッション・ブースト)で接近してのブレードでの斬撃は全部回避するかブレードで受け止めて連射してるのに全部直撃コースのマシンガンでの銃撃をしてくるってことだね。」

 

「飛鳥、入試で山田先生に何されたの?」

 

 息継ぎもせず一息で語られた惨状になのはは引いた。そして山田先生の強さにも引いた。多少調整はされているが専用機でもない機体でその動きはおかしいだろと思った。

 

 「瞬時加速(イグニッション・ブースト)した先に当たり前の様にマシンガンの弾があるとかお前絶対忍者だろ……。」と軽いトラウマを負っていた飛鳥と、「そのマシンガンも回避してるでしょ。」と改めて親友の凄さを認識したなのはは、今始まった話題の中心であるフランスの秘蔵っ子の試合に意識を向けた。そこでは――――

 

 ――――ドロッとした黒い泥の様なものが、目指した頂き(ブリュンヒルデ)の姿になっていた。

 

「「――――は?」」

 

 

 

 

『キャー!ラウラが飲み込まれたー!』

 

『笑顔な辺りが飛鳥っぽいよね。助けに行かなくて良いの?』

 

『更衣室からだと着く頃には全部終わってる。』

 

『あー、確かに今からラファール取りに行くと間に合わないか。』

 

 

 

 

【学年別トーナメント中止のお知らせ】

 

「ふざけんなバカ、ビールとソーセージ以外取り柄の無い国がこのヤロー。」

 

 飛鳥はキレた。折角トーナメントをノーダメージ優勝して国の方から代表候補生への誘いをかけて貰おうと頑張ったのに、ドイツの機体が起こした事件が原因で中止になってしまったのだ。

 

「はぁ……学年別トーナメントで活躍できないとなると、授業で頑張るしかないのかなぁ……。」

 

 各国の政府や企業から重役が訪れる学年別トーナメントは、アピールに持って来いの行事だった。3年生はスカウト、2年生は一年間の成果を、1年生はその才能を見られると、IS学園に入学した生徒なら皆知っている。だからこそ飛鳥は強敵として代表候補生や専用機持ちを対戦相手に求めたし、未調整のラファールでもギリギリ出来るテクニックとして二重瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)を使用した。全ては代表候補生へといち早くなるために。

 

 だが中止である。心待ちにしていた行事は中止である。

 

「おのれドイツ……。」

 

 中止の原因であるドイツに呪いの言葉を呟きながら、飛鳥は担任に呼ばれて応接室へと足を運んだ。

 

 コンコンコンッ、とノックし中からの返事を待ってから「失礼します」とドアを開ける。受験シーズンに身に付けた作法はたった数ヶ月で消えていなかった。

 

 応接室。高そうな品が置かれたその部屋の、これまた高そうなソファに腰掛けていた男性が立ち上がり会釈してきた。

 

「こんにちは。天羽飛鳥さんですね?」

 

「こんにちは。はい、私が天羽飛鳥です。」

 

 この人どこかで見覚えがある、と飛鳥は既視感を覚え、直ぐに思い至った。

 

「(防衛大臣だこの人!?)」

 

 防衛大臣は自衛隊を統督する国務大臣であり、日本でのIS関連のことでは一番偉い人である。

 

「(閣僚との話し方とか知らないんだけど!?)」

 

 所詮田舎娘である飛鳥。高校受験に際して中学で面接での受け答えは学んだが、閣僚に失礼が無い態度とは何が適切なのか知る由もなかった。

 

「そう固くならずに。ささ、お座り下さい。」

 

 促されるまま対面のソファに座り、思った以上に沈み込む座面に驚きながらも姿勢を正す。

 

「今日の試合、見させて頂きました。パートナーを守りながらの完全試合。代表候補生2人のチームを相手にその結果を出せたのは間違いなく貴女の力あってこそでしょう。」

「操縦技術、戦闘技術、立ち回り。どれを取っても国家代表に劣らない素晴らしい動きでした。最後の二重瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)は特に。」

 

「は、はぁ……。」

 

 褒められているのは理解できた飛鳥だったが、目の前の人が防衛大臣(偉い人)だと思うと内容は頭に入ってこない。相槌を打つのが精一杯であった。

 

「――――代表候補生、なってみません?」

 

「はい…………はい?」

 

「ありがとうございます。」

 

 …………あれ?

 

「代表候補生ですか!?」

 

「はい。轡木さんから話は聞いておりますので、多少時間はかかりますが自由に扱えるコアもお渡しします。」

 

「~~~!ありがとうございます!」

 

 

 

 

『ゲームであんまり堅苦しいこと描写したくないからだろうけど、割とあっさり候補生になれるよね。』どう描写すれば良いか分からず逃げた結果である

 

『そもそも原作だと普通に代表候補生になる描写がないからね。ヒロインはほとんどもう代表候補生だったし、新しくなったのも事情が特殊で参考にならないし。』

 

『スピンオフで普通に国家代表目指してIS学園に通う一般女子の話とか書いてくれないかなぁ。代表候補生になって専用機貰って国家代表になってモンド・グロッソに出る感じの。まともな描写のない3組の子ならどうとでも盛れるから良いと思うんだけど。』それこの小説では?

 

『結局一夏に惚れるんだろうね、その子。』飛鳥&なのはは惚れません

 

 

 

 

「なぁっ!のぉっ!!はぁっ!!!」

 

「うわ何!?」

 

 工房の扉を蹴破る勢いで入って来た飛鳥に驚き立ち上がったなのはは、そのまま飛びかかってきた飛鳥に押し倒された。

 

「いったぁ!?」

 

「なのは!なのは!!なのはぁ!!!」

 

「ちょっ、飛鳥!待って、重い!」

 

 花も恥じらう女子高生にとても失礼なことを言いながらも、飛鳥に抱きしめられたなのはは口を出すだけで抵抗らしい抵抗をしない。長い付き合いのなのはには、飛鳥がこうなった時は抵抗するとそれをはね除けようと更に酷くなると分かっている。

 

「なのはなのはなのはなのはなのは~!!」

 

「えぇい何時にも増して喧しいな!熊に襲われたボクを助けた時以来か!?」

 

「代表候補生になれたの!!!」

 

 数秒、なのはは呆けた。

 

「代表、候補生?」

 

「うん!!コアもくれるって!!」

 

「たった1試合しただけで……。誰が言ったの?」

 

「防衛大臣!テレビに出てたから間違いない!名刺もくれた!」

 

「行動早いな!?トーナメント中止になって直ぐ候補生にするとか、どんな手を使ったんだ!」

 

「なのは!これでやっと自由に飛べるよ!」

 

「まずはボクの上から退いて、飛鳥!話はそれから!こら揺れるな!胃の中身が出る!ポタージュ出る!」

 

 

 

 

『お、ゲロイン?ゲロインしちゃう?虹吐いちゃう?』

 

『飛鳥、ちょっと収録止めて話し合おうか。』

 

『え、なのは?』

 

『お話し、しよ?』

 

『アッハイ』




結局、代表候補生ってどうなればいいの?という疑問は疑問のまま、《ゲームで堅苦しいこと描写する訳無いだろ!》と逃げました。防衛大臣が飛鳥の試合を見て他国からの誘いが来る前に先んじて権力を駆使してその日の内に代表候補生に捩じ込んだ、と言うのが今回の話です。

何でスカウト対象である3年の試合ではなく未熟()な1年の試合を見てたか、とかの問題点は有りますが、セシリアと鈴の乗る他国の第三世代機を見に来たと言うことでどうかお願いします。

これからは週1を目指して更新をしていきますが、年始もそうですが年度変わりも人間忙しいものなので、されてない場合は「駄竜?あぁ、いいやつだったよ……」と気にしないでください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 葉加瀬なのは、失言をする

タグが『ガンダム00』じゃなくて『ガンダムOO』になってた……ファンとして恥ずかしい。(数字のゼロ2つが正しい)(アルファベットのOは間違い)


『はい皆さんおはこんばんちは。天っ才博士、葉加瀬なのはだよ~。』

『今回はゲーム【インフィニット・ストラトス】を1人で遊んでいくね。』

『え、飛鳥?』

『皆知ってる?ギリシャ神話に出るイカロスって奴。蝋で出来た翼で空を飛んでたら、太陽に近付きすぎて全身焼けて翼も溶けて落ちて死んだんだよ……。』

 

『なんでその話を今するの!?』

 

『あ、飛鳥。もう、時間になっても起きないからボクだけでやろうと思ったのに。』

 

『やだ!私も遊ぶの!』

 

 

 

 

 防衛大臣直々の勧誘で代表候補生になった天羽飛鳥。その情報は女子特有の高い情報共有能力によって瞬く間にIS学園全体に広まっていた。

 

「おめでとう、天羽さん。代表候補生になったんだってな。」

 

「ありがとうございます。セシリアと鈴ちゃんを倒したのが評価されたみたいで、晴れて代表候補生になれました。」

 

 別に女子ではない、と言うか君が女子なら諸々の問題が全部解決する人物である唯一の男性IS操縦者の織斑一夏も、周囲が話していたのを聞いてやって来た。彼の祝福を素直に受け取る飛鳥だが、その表情は少し暗かった。

 

「どうしたんだ、暗い顔して。」

 

 普段鈍感な癖に今回は目敏く気付いた一夏は直ぐに指摘した。露骨にフラグを立てようとしている。いやらしい……。

 

「いえ、私の専用機用のコアが臨海学校に間に合わないらしくて。」

 

 7月の頭にある3日間の臨海学校。1日目は海で遊べる楽しい行事だが、その目的は2日目に行う装備試験である。一般生徒はIS学園から持ち出した各種装備の試験運用とデータ取り、専用機持ちは専用換装装備(オートクチュール)の試験を行う。

 

「臨海学校は普段と違う感じの機体と戦える可能性が高いので、楽しみにしていたんですけど……専用機間に合わないんです。」

 

「へ、へぇ……。(海じゃなくてそっち?)」

 

「あと早く全力出せるようになりたい。ラファールは好きですけど遅いし。」

 

「全力?遅い?」

 

 一夏は知らないことだが、飛鳥はセシリア&鈴コンビを撃破した時ですら全力ではない。飛鳥の全力には並の機体では着いて来れず、壊れてしまうからだ。普段使っている曲がる瞬時加速(イグニッション・ブースト)など正にその代表例で、結構な頻度で使っているが機体が壊れないギリギリを見極めて、割と気を使って使用している。

 

 他にも剣を振る速度に気を使って腕部装甲が壊れない様にしていたりするし、機体の反応速度が自分の入力速度より遅いのを考慮して飛鳥的には慎重に動いていたりと、まるで子どものオモチャを大人が扱うかのような心持ちで機体を使っている。

 

「そう言う訳で、私は真面目に戦ってこそいますが、全力は出していません。」

 

「そうなのか……。」

 

 取り合えず頷いておいた一夏は、この事は戦った本人たち(セシリアと鈴)には言わないでおこうと心に誓った。

 

 

 

 

「うーん、コアが無いんじゃぁねぇ……。」

 

 轡木さんから貰った工房に設置した椅子に腰かけ、葉加瀬なのはは画面に表示された作業の進捗状況を眺めていた。

 

「装甲も武装もシステムもぜーんぶ作り終わって、あとはコアさえ積めばISって名乗れるんだけど……肝心のコアがねぇ。」

 

 画面には武装や装甲などの色々な項目が白い文字で表示されているが、その中のハイパーセンサーやPIC、シールドエネルギー等といった、ISコアに由来する機能だけ文字が灰色となっていた。コアが無いので当然である。

 

「あーあ、夏休みまで完成は持ち越しかぁ。それまで暇だなぁ。」

 

 もう1ヶ月もかからずにコアが手に入るが、それまで作業は行えない。せいぜい飛鳥のデータを収集し、直ぐにでも入力できるように整えておく程度だ。

 

「時間もそこそこあるし、テキトーに設計図書いてみようかな。ブルー・ティアーズみたいな射撃系の。」

 

 そうと決まれば、と遊び半分で設計図を書き始めたなのはは、思いの外楽しくなって徹夜した。

 

 

 

 

『なのは、何やってるの?』

 

『んー?コア以外完成したから開発で遊んでる。どうせコアは予定日まで手に入らないしね。』

 

『うわ、なのはの遊びでビットが開発されていく……イギリスとは。』

 

『メシマズの国でしょ。』

 

『おいしいのはおいしいから!偏見いくない!』

 

 

 

 

「なのは~、水着買いに行こ~。」

 

「今アドレナリンがバーストして胸の鼓動が沸き上がってるからビット開発に忙しい。」

 

「思考回路焼き切れてない?大丈夫?」

 

 工房に訪れた飛鳥の誘いを訳の分からない言葉と共に断ったなのはは、その目の下に隈を浮かべながら一切の乱れなくキーボードを叩き続けていた。飛鳥はなのはが根を詰めすぎておかしくなってないか心配した。

 

 臨海学校を目前に控えた休日。普段人工島であるIS学園に暮らす生徒たちも、海に行くとなれば必要な物を買いに町へ出るのが普通なのだが。

 

「海に行って泳がないとか絶対損するよ。日焼け止めとかも買いに行こうよ。あとついでに服も見てさぁ。」

 

「勝ち取りたい物も無いし飛鳥がテキトーに買ってきて。」

 

 葉加瀬なのは、開発が楽しすぎて親友の誘いさえはね除けていた。

 

「私が決めて良いの?」

 

「サイズは知ってるでしょ。何でも良いから買ってきて。」

 

「ほー、へー、ふーん……分かった。じゃぁ行ってきまーす。」

 

 イタズラが思い付いたかのような、けれど悲しそうな、無理矢理作った様な笑みを浮かべ、飛鳥は工房を後にした。

 

 数分して、

 

「……あれ、やらかした?」

 

 冷静に考えたなのはは、数時間後に後悔することとなる。

 

 

 

 

『飛鳥、紐みたいなのは無しね。』

 

『分かった、貝殻ね。』

 

『貝殻も葉っぱもなし!普通の買ってよ!』

 

『着いてこないなのはに選択権はない。』

 

『操作ミスは仕方ないじゃん!』

 

 

 

 

 ショッピングモール、レゾナンス。都会らしく色々な品揃えをしているそこで、天羽飛鳥は服屋の一角を支配する水着の中から、葉加瀬なのは用の水着を選んでいた。

 

「オフショルかなぁ、それともホルターネック?バンドゥ……は止めよ。なのはの胸に合わせたらスゴいことになる。やっぱりビキニ系で谷間が見えるのにしたいよねぇ。」

 

 男には分からない呪文を唱えながら色やデザインを見ていく飛鳥。解説すると、オフショルというのはトップ側を肩紐で止めず肩を出した状態のデザインをしたビキニで、ホルターネックは首の後ろで結ぶタイプのビキニである。バンドゥはチューブトップのことだ。

 

「あっ、クロス・ホルターもある、流石都会。」

 

 紐を前で交差させ首の後ろで結んだりするビキニ。ラッキースケベで前の穴から手が入る。

 

「が、眼帯ビキニ……!」

 

 トップが四角形の布でできた眼帯に見えるビキニ。ドスケベ。ずれて直ぐポロリしそう。

 

「迷うなぁ、迷っちゃうなぁ!」

 

 近年充実している女性用水着に目移りが止まらない飛鳥。北海道では基本的に海で泳ぐことはないが、夏には普通にプールに行く。飛鳥も水着は色々と買ってきたが、田舎の品揃えで東京に勝てる筈もなく、知識でしか知らない水着に興奮しっぱなしだ。自分の水着もちゃんと選べるのだろうか?

 

「なのはには何色が似合うかなぁ。長いゆるふわ茶髪にちっちゃくて可愛らしい真っ白のダイナマイトボディには何が良いかなぁ。」

 

 今まで微塵も描写がなかったが、葉加瀬なのはは女性の低身長の基準数値よりほんの少し低い144cmほどの、腰まで伸びたゆるふわ茶髪を携えた少女である。実はラウラ(148cm)より小さい。

 太陽の下に好んで出ないために日焼けしていない白い肌と、たわわに実ったマウンテンを持った、分類としてロリ巨乳の少女である。具体的に言うとEカップ。

 

 そんななのはに似合う水着を探す飛鳥は、時の流れを忘却して隅々まで探し回った。子供用の場所を見てもEカップを納められる水着はないと言うのに、そこで合計探索時間の3分の1を過ごしていたりしたが、本人はいたって真面目である。このロリコンめ。

 

「うーん、見てみたいのはピンクの眼帯ビキニ、でも一緒に遊ぶことを考えるとこっちのクロス・ホルターが一番かなぁ。」

 

 Eカップのロリ巨乳の眼帯ビキニ姿を見てみたいという、男が言ったら一発でブタ箱に放り込まれる言葉を言っても許される女子。これが世界の歪み……。(違う)

 

「まぁどっちも買えば良いか。眼帯ビキニは私の前だけで着て貰おうっと。」

 

 飛鳥は手に持っていた2種類の水着をそのまま買い物カゴに入れた。ストッパーとしてなのはが着いて来なかった結果がこれである。このロリコンめ。

 

「あとは私の水着か。さっき見つけたワンショルダーの奴買おうっと。」

 

 自分の水着選びが女子とは思えないほど早いが、なのはの水着を選びながら自分の分も探していたので、これはむしろ当然である。ちなみにワンショルダーとはオフショルと似たタイプの水着で、こちらは片側だけ肩が出ているのが特徴である。肌を見せつつ肌を隠すという矛盾した水着だが、普通にかわいい。

 

「他には何が要るかなぁ。ビーチボールは誰かが持ってくるだろうから遊ぶときに混ぜてもらうとして……浮き輪とか持ってこうかな?プカプカ浮かんでるだけで楽しいし。」

 

 浮き輪、日焼け止めなどを買い物カゴに入れ、最後にぐるりと他に良いものがないか店内を1周してから飛鳥はレジへ向かった。

 

 

 

 

『眼帯ビキニとか何に使うのさ!』

 

『ファッションショー。』

 

『このロリコンめ!』

 

『原因が何を言うか!』

 

 

 

 

「飛鳥ァ!」

 

 葉加瀬なのはは憤慨した。必ずあのロリコン、天羽飛鳥を懲らしめると誓った。なのはにはロリコンの気持ちが分からない。何故チンマイのが好きなんだ。自分は背の高いスレンダー(なのは比)な人が好きだというのに。

 

 「サイズ確認よろしく」と渡された袋の中身を着たなのはは、そのまま寮の脱衣所から出て部屋に居る飛鳥へと飛び掛かった。

 

 黒いセミロングの髪をバレッタで纏めた、160cmには微妙に届いていない159.8cmの(なのは比で)高身長。なのはほどではないが十分に白く、しかし健康的な色が着いた肌。別に小さい訳ではないしむしろ平均的とも言えるギリギリCに届かないBカップ。普段ISで行っている無茶苦茶を一切感じさせないながらも、運動していることは一目で分かる引き締まったボディ。

 

 ワンショルダービキニを着てその体を晒す飛鳥は、飛び掛かったなのはをそのまま抱き上げ、自分の膝に座らせた。

 

「コラ飛鳥!何さこの水着は!」

 

「眼帯ビキニ。見たかったから買ってきた。」

 

「このロリコン!布地大きいの買ってきたこと以外許さないからね!」

 

 じたばたと暴れるなのはを抱き締めて押さえ付ける飛鳥。2人は水着である。2人は水着である。

 

「私はロリコンじゃないよ。ちっちゃい女の子が好きなだけ。」

 

「それを世間ではロリコンって言うんだよ!」

 

「全然違う。欲情しないからロリコンじゃないもん。」

 

 散々ロリコンと言ってきたが、本人が言うように飛鳥はロリコンとは少し違う。飛鳥はちっちゃい女の子かわいいなぁと暖かい目で見る人間なのであって、ロリコンの様にちっちゃい女の子に欲情したりしない。せいぜい母親面をする程度で、そこにある感情は保護欲である。

 

 飛鳥はちっちゃい女の子が好き(Like)なだけなのだ。なおリアルの飛鳥はロリコンである。

 

 以前にラウラの頭を撫で回したのも、このちっちゃい女の子かわいいなぁと思ったからである。ちっちゃい女の子なら見境なく可愛がるのだ。基準としては自分より10cm以上背が低いことなので、(150cm)は微妙に対象外だったりする。飛鳥の背が伸びるのに期待。

 

「欲情しないなら眼帯ビキニが許されると思ったの!?」

 

「私の前以外では着なくていいから、私の前では着て?恥ずかしい格好して?」

 

「飛鳥実はボクが着いてかなかったの根に持ってるね!?」

 

「一緒にウィンドウショッピングしたかったんだもん。」

 

「うっ。」

 

 そもそもの話だが、なのはが飛鳥に誘われた時に一緒に出掛けていれば何も起こらなかった。しかし「何でも良いから買ってきて」と言って顔も合わせず画面しか見ていないなのはに、飛鳥はイタズラとして恥ずかしい格好をさせようと考えた。ん?今何でも良いって言ったよね?と。

 

「ファミレスで別のを頼んで食べさせあったり、小物店でお揃いのアクセとか買ったりしたかったなぁ。」

 

 北海道の田舎住みだったからか、都会で友達とお買い物というのに密かに憧れていた飛鳥。しかし他ならぬ親友が乗ってくれなかったのでとても悲しい思いをしていた。

 

「なのはは、私なんかと居るより開発してる方が楽しいもんね。」

 

「そんなことない!!!(そんなことない!!!)

 

「!」

 

 目を金に輝かせたなのはの声が、飛鳥の耳だけでなく頭の中に届く。

 

(ボクが一番楽しいのは飛鳥といる時だ!)

(飛鳥と過ごす時間が一番好きだ!)

(ボクは飛鳥が世界で一番大事だ!!!)

 

 

 

 

『大胆な告白だぁ。』

 

『美少女の特権。』

 

『でもこの2人、別に互いにLOVEって訳じゃないんだよなぁ。』

 

『相関図見てもどっちもハート着いてないからね。線もピンクじゃないし、両方親友ってなってるし。』

 

『うーん、変革の影響かな?』

 

『とりあえず進めよう。』

 

 

 

 

「なのは……。」

 

「飛鳥……。」

 

 密着しながら互いに見つめ合う2人。そんな中飛鳥が口を開いた。

 

「大胆な告白が許されるのは美少女だけだよ?」

 

 空気が死んだ。

 

 

 

 

『ブフォッ!www』

 

『笑う!www これは笑う!www』

 

『その返しは天才だ!www 良いぞ私!www もっとやれ!www』

 

 

 

 

「な、な、な……。」

 

 わなわなと震えるなのはを抱え、目を金に輝かせて飛鳥は

 

「ありがとうなのは。(私も世界で一番なのはが大事。)

 

 ぎゅぅっと抱き締めた。

 

「────っ、この、ロリコンめ!」

 

──ゴツンッ!

 

「いったぁ!?」

 

 なのはの頭突きが飛鳥の顎にヒットし、なのはは脱衣所に駆けていった。




 なおこの間2人はずっと水着である。

 VTuberのてぇてぇ切り抜き見ながら書いてたら引きずられましたが、せっかくなのでそのまま採用した話。2人はレズじゃないですよ?これはてぇてぇ(百合)です。(確固たる意志)
違い?ラブかライクかじゃないですかね。(適当)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 天羽飛鳥、海に行く

『は~い、皆さんおはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥で~す。』

『今横でなのはが眠ってるので、声を抑えながら始めていきま~す。』

 

 

 

 

 臨海学校当日、行きのバスの車内。

 

 隣の席で眠る葉加瀬なのはを起こさない様に、天羽飛鳥は周囲の席に座ったクラスメイトとトランプに興じていた。

 

「葉加瀬さんよく寝てるねぇ、4。」

 

「徹夜で開発してたから、朝起こしても寝ぼけたまま。バス乗ったらまた寝ちゃった、5。」

 

「あー、あるよねぇ熱中して徹夜。私もギャルゲーやってるとつい時間忘れちゃう、6。」

 

「私も耐久配信見てたら朝の4時とか良くあるなぁ、7。」「「「ダウト。」」」「んなぁ!?」

 

 憐れ、名も無きクラスメイトは参加者全員から告発され、20枚のトランプを手札に加えた。

 

「って誰1人として正直者が居ねぇ!?」

 

 手札に加わったトランプの山を見たクラスメイトが叫ぶ。数字が1周して2周目に入ったところの7でダウトを食らったその山には、順番的に誰1人として正直者が居なかったのだ。

 

「そういうゲームでしょ?」

 

「嘘言いながらカードを出すのが楽しいんじゃん。」

 

「正直者しかいないダウトとかダウトじゃない別の何かだよ。」

 

「そうだけど!そうだけどさぁ!」

 

 自分だけ28枚も抱え、他が8枚という現状に泣きかけているクラスメイト。大丈夫、手札が多いと相手の手札もある程度絞れるから、告発しまくれるぞ!

 

「くっ、8!」

 

「9。」

 

「10。」

 

「11。」

 

「12!」「ダウト。」「んにゃ!?」

 

 飛鳥の告発。捲られたのはA(1)のカード。クラスメイトの手札は31枚になった。

 

「なんで!?なんで分かったの!?」

 

「いや、多分手札が多くなったから分かりやすい様に整理したんだと思うんだけど、その状態で一番端っこからカード取ったらそれAかKの2択だからさ。」

 

「その手札で持ってないのある方が確率低いしねー。」

 

「間違えても5枚増えるだけならまだ挽回効くし、そりゃ挑戦するよ。」

 

「うぐぐ……ってまた正直者が居ない!」

 

 クラスメイトよ、手札が多くなって何が何枚あるか分からなくなるのは理解できるが、馬鹿正直に並べ替えると上級者に食い物にされてしまうぞ。

 

「うぅぅ、13……。」

 

「あぁ、泣かないで、1。」

 

「ダイジョブダイジョブ、まだ行けるまだ行ける、2。」

 

「ダウトは手札が多くなってからが本番だから、3。」

 

「4……。」

 

「5。」「ダウト。」「おっとぉ?」

 

 飛鳥の告発。捲られたのは7のカード。クラスメイト(2人目)の手札が11枚になった。

 

「えー?今の何で分かったの?」

 

「視線が泳いだから。多分最初に本当の5を見てから別の出したでしょ?」

 

「うひゃぁ、よく見てるなぁ。」

 

 29対11対6対6。告発者は未だに飛鳥だけ。君たちもっと告発していいんだよ?

 

「うーん、6。」

 

「告発はしないでおくね、7。」「ちょっ。」

 

「今の6じゃなかったんだ。まぁ最初から正直に出すわけないか。8。」

 

「えっと、9。」

 

1(じゅ)0()。」

 

「11。」「あ、ダウト!11は全部私の手札にある!」「しょうがないかぁ。」

 

 飛鳥の手札が増え、10枚に。手札が多いと、こういった占領によるダウトがやり放題なのだ。

 

「あ、そうだ。ねぇみんな。」

 

「ん、どうしたの天羽さん?」

 

「夏休み中に専用機が出来るんだけど、今待機形態のデザインでなのはと揉めててさ。」

 

「どんなアクセにするかで?」

 

「うん。お風呂の時も寝る時もずっと身に着けられるのが良いんだけど、そうなると邪魔にならない形にしないとでしょ?」

 

「そっか、髪飾りとかにしちゃうと髪を洗う時に外さなきゃだもんね。」

 

 専用機となったISは、待機形態という状態で持ち歩くことが出来る。その形状はそれぞれで異なるが、ブルー・ティアーズはセシリアの左耳にイヤーカフスとして、甲龍は鈴の右手にブレスレットとしてなど、出来る限り常時身に着けていられる物が好ましい。中にはマイクや熊のぬいぐるみといった物もあるが、それはまぁ置いといて。

 

「それで、みんなにどんなのが良いかの案を貰おうと思って。」

 

「うーん、邪魔にならないアクセかぁ。」

 

「やっぱり指輪とかブレスレットが良いんじゃないの?ずっと着けてるってなったらさ。」

 

「ネックレスは?そうそう邪魔にならないけど。」

 

 どれもメジャーなアクセサリー。今IS学園にいる専用機持ちたちもそういった形状の待機形態としてISを身に付けている。それを元にすれば、ということなのだが。

 

「学園に居る他の専用機持ちのとは別のにしたいって、なのはが。」

 

「あー、オリジナリティ欲しいんだ。」

 

「そうらしいの。」

 

 オンリーワンを渡したいなのはは、少なくとも1年生の専用機持ちたちと同じ形の待機形態を嫌がった。しかし他に四六時中身に付けられる形が思い浮かばなかった。そして揉めた。

 

「こだわり抜いたのを渡したいんだね、葉加瀬さんは。」

 

「嬉しいけど、元々田舎住みだったから私たちそこまでアクセサリー詳しくないし、お手上げ状態なんだよ。」

 

「あー、確かにブレスレットとかペンダント以外って言われるとパッと出てこないかも。」

 

 「他に何あったっけ……ティアラ?」「お風呂どうするのさ。」とあーでもないこーでもないとクラスメイトと話す中、

 

「アンクレットとか、どう?」

 

 手札最多のダウトよわよわクラスメイトが口を開いた。

 

「アンクレット?なにそれ。」

 

 飛鳥のアクセサリー知識の中にないアクセサリー。北海道の田舎ではお目にかかれない代物なので仕方ない、

 

「何て言うのかな、足に着けるブレスレット、みたいな?」

 

「あー!あれ!」

 

「アンクレットなら確かに邪魔にもならないね!」

 

「ちょっと待って、今画像見るから。」

 

 飛鳥は端末で《アンクレット 画像》と検索し、どんな感じのアクセサリーなのかを確認する。

 

「へぇ、かわいいねこれ。チェーンのも紐のもあるんだ。」

 

「色にもよるけど自己主張も全然しないし、でもワンポイントには十分だから、私は結構使ってるんだ。」

 

「うん、なのはに言ってみる。確かこれは他に居なかったはずだし。」

 

 

 

 

『アンクレットかぁ、着けたことないなぁ。』

 

『いいんじゃない?右足に着けてあげる。』

 

『恋人は募集してないよ。というか起きたんだ。』

 

『うん、今起きた。』

 

 

 

 

「「あっつぅい……。」」

 

 バスが目的地に着いて降りた瞬間、飛鳥となのはは夏の暑さにダウンした。

 

「梅雨のジメジメも嫌だけど、この突き刺す暑さはもっと嫌ぁ……。」

 

「飛鳥ぁ……飛鳥ぁ……!」

 

「なのは……いま、そっちに……。」

 

 北海道は周知の事実だが日本で一番の北に位置する都道府県である。同じ国だと言うのに本州とは気候が違い、北海道には雨こそ多く降る時期はあるが梅雨は無いし、夏も本州に比べれば涼しい気温までしか上がらない。そのせいで北海道の人間が梅雨や夏の時期に本州に行くと、北海道との気候の違いに体調を崩す人が後を絶たない。

 

 今、程度の差こそあれ飛鳥となのははそれを味わっていた。

 

「なのは……海水って冷たいかな……?」

 

「気温よりは冷たいはず……。」

 

「海に浮かんでた方が涼しいかな……?」

 

「そーだね……海に入った方が休めるかも……。」

 

「行こっか……。」

 

「うん……。」

 

 

 

 

『本州は暑いからね、ダウンするのが普通。』

 

『中学の修学旅行で東京に行った時は、あまりの暑さにみんなダウンしたよね。』

 

『懐かしいなぁ、班行動してたら外国人が話し掛けてきて、班員が無駄に英語で返したらそのまま路地の店に連れ込まれたっけ。』

 

『修羅の町だったよね。』

 

 

 

 

「あぁ~、海水が気持ちいぃ~……。」

 

「波で思ったより酔いそうだけど、これいいかも……。」

 

 水着に着替えた飛鳥となのはは、揃って砂浜から数歩進んで、寝っ転がってようやく全身が海水に浸かる程度の浅い場所で体を冷やしていた。

 

「そういえばさ~。」

 

「ん~?」

 

「明日の装備試験ってさ、この暑い中やるんだよね?」

 

「そだね、旅館でするわけにもいかないし、やるなら30度超えの外だと思う。」

 

 臨海学校の本来の目的であるISの各種装備の試験運用。第二世代量産機である打鉄の超長距離射撃装備【撃鉄】などの、IS学園ではスペースの関係で正確な運用データが取れない装備のデータ取りのための臨海学校なのだ。

 

「やだなぁ……ISスーツとか絶対汗吸ってスゴいことになるし……。」

 

「その前にボクたちが立ってられてたら、だけどね。絶対熱中症で倒れるよ。」

 

「なのは、あれ作ろうよ。ギリシャの第三世代の。」

 

「コールド・ブラッド?」

 

「そうそれ。あれって確か冷気を操るんでしょ?暑さ対策に作ろうよ。」

 

「作るのには賛成だけど、流石に明日までに完成は無理だよ?」

 

 機材も資材も時間もないのでどうしようもない。

 

「そっかぁ……。」

 

「コールド・ブラッドと言えば、アメリカのヘル・ハウンドとのコンビネーションを元にギリシャで新機体が作られてるんだって。」

 

「あー、なんだっけ、【イージス】だっけ。相転移がどうの~、って聞いたことある。単機で出来るようにしたんだ?」

 

「乗り手にも結構な技量がないと、根本が同じでも方向性の違う2つのイメージ・インターフェースを巧く扱えないのに、よくやるよ。炎を出しながら冷気を出すのはイメージ・インターフェースでやるには難しいのに。」

 

 ギリシャの第三世代機【ヘル・アンド・ヘヴン】。IS学園の名コンビ【イージス】が行う互いのイメージ・インターフェースを組み合わせた、分子の相転移が起こる領域を作り出しあらゆる攻撃を受け止める防御結界を単騎で使用することを目的とする機体。根本が同じである2つのイメージ・インターフェース故に可能な、イメージ・インターフェースを2つ搭載した機体。それ故に扱いは難しく、高い情報処理能力がないと防御結界の展開などできない。

 

「ま、2つのイメージ・インターフェースがあるだけで試合には有利だし、いいんじゃない?炎の非実体攻撃と冷気で作った氷柱の実体攻撃を使い分けられるんだし。」

 

「主武装ミサイルなんだよねぇ、なぜか。」

 

「……まぁ、無いよりはいいから。」

 

 属性攻撃が2つもあるのにミサイル(無属性)攻撃も採用しているヘル・アンド・ヘヴン。他にも榴弾とか積んでるのだが、拡張領域(バススロット)が広いのだろうか。イメージ・インターフェースを2つ積んでるのに全部で装備が5つもある。

 

「白式に見習って欲しいね、この装備量。」

 

「なんでマイクロミサイルと普通のミサイルを同時採用してるのこれ?どうせなら規格合わせた方が総合的にプラスだと思うんだけど。弾薬の種類絞れるし。」

 

「使い分けるにしては射程距離ダブってるし、何したいんだギリシャは。」

 

 空中に表示されたヘル・アンド・ヘヴンの開発データを見ながら、2人は海に浸かり続けた。




 現状アーキタイプ・ブレイカー√に行くかは未定だったりします。何故なら10巻後の展開がとても面倒になるから。でも扱ってる題材的にはやらなきゃ嘘だろと言うね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 葉加瀬なのは、弄繰り回す

『はいどうも皆さんおはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士の葉加瀬なのはだよー。』

 

『始める前にまずは謝罪を。外にご飯を食べに行くのに一回録画を止めたら、再開するのを忘れて進めちゃって、気付いた時には臨海学校の1日目が終わってました。』

 

『日を跨いだ時にオートセーブがあって巻き戻しもできないから、今回は臨海学校の2日目からになるよ。本当にごめんね。』

 

 

 

 

 臨海学校2日目。臨海学校の本来の目的である装備の試験とデータ取りを行う日であり、一部(なのは)にはこちらの方が楽しみだったとまで言われるほどのイベントである。

 

 四方を切り立った崖に囲まれているIS試験用のビーチに一年生全員が集まり、それが今始まろうとしていた。

 

「それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え。」

 

「「「はーい。」」」

 

 織斑千冬の号令に生徒全員が返事をし、それぞれ準備に取り掛かる。

 

「織斑先生~。」

 

 そんな中、葉加瀬なのはが千冬に駆け寄った。

 

「どうかしたか、葉加瀬。」

 

「飛鳥の専用機で使える装備持って来てるんですけど、試して良いですか?」

 

 なのはの言った言葉に周囲が聞き耳を立てた。

 

 天羽飛鳥が日本代表候補生となってすぐ、その専用機をなのはが作っているという噂がIS学園に流れた。情報の出どころは勿論3組、飛鳥となのはのクラスメイトである。

 

 そもそも飛鳥にしてもなのはにしても、個人で専用機を作っていることは別に秘密でも何でもなかった。何せ現生徒会長がその口なのだ、個人での専用機製作(それ)が何ら問題ないことなのは周知の事実である。なら何故公言していなかったのかと言えば、単に自分から振る話題でもなかったからだ。なので「飛鳥さんの専用機ってどんなの?」と言った風に聞かれた時のみ「なのは(ボク)が作ってる」と答えていた。それが代表候補生になった後に多くなった結果、噂が流れたのである。

 

 千冬は噂は勿論の事、轡木十蔵から専用機製作の話を聞いていたため、そこに疑問を持つことはなかったが、気になる事は有った。

 

「それは訓練機でも使える物か?」

 

 専用機の一部装備は、その機体だからこそ扱えるという物がある。ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンの右肩に取り付けられた大口径レールカノンのように他の機体では持てず使えない物や、セシリアのスターライトmkⅢのように他の機体では撃ち出す為のBTエネルギーを用意できないため使えない物など、様々な武器が他の機体では使用できない。

 

 実弾兵器や近接用ブレードなどであれば他の機体でも使用許諾(アンロック)すれば使用できるが、そうでないなら訓練機での試験運用はできない。

 

「専用の動力持ってきてるので使えます。」

 

「なら葉加瀬の班はその装備の試験も行うようにしろ。数少ないISを丸々1つ使わせられる余裕はないからな。」

 

「はーい。」

 

 千冬から回答を貰ったなのはは駆け足で戻っていった。

 

「ああ篠ノ之。お前はちょっとこっちに来い。」

 

 打鉄用の装備を運んでいた篠ノ之箒は千冬に呼び止められた。

 

「お前は今日から――――」

 

「ちーちゃ~~~~~~~~~~ん!!!」

 

 ずどどどど……!と砂煙を上げながら人影が走ってくる。その声に飛鳥となのはは「あれ?」と首を傾げ、千冬は頭を抱えた。

 

「……束。」

 

「やぁやぁ!会いたかったよ、ちーちゃん!さぁ、ハグハグしよう!愛を確かめ――ぶへっ。」

 

 速度を緩めることなく千冬に飛び掛かったその人影、篠ノ之束はそのまま千冬に片手で顔面を抑えられた。

 

「うるさいぞ束。」

 

「ぐぬぬぬ……相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ。」

 

 世界最強のアイアンクローからするりと抜けた束は今度は箒の方へと向かった。

 

「やあ!」

 

「……どうも。」

 

「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。大きくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが。」

 

――がんっ!

 

「殴りますよ?」

 

「な、殴ってから言ったぁ……。しかも、日本刀の鞘で叩いた!ひどい!箒ちゃんひどい!」

 

 妹とじゃれ合う束を見た飛鳥となのはは、見つからないようにそろーっと人ごみに紛れた。

 

「相変わらずあの人の思考ぐちゃぐちゃしてて頭痛くなる。」

 

「単純に思考速度が速いからね。突拍子もないように見えて熟考してたりするし、それが圧縮されて流れ込んでくるから情報量が多いんだよ。あと我が強いから声も大きい。」

 

 目を金に輝かせた2人は、山田先生の大きなおっぱいを揉みしだく束を数秒見て、

 

「「あれが師匠とか恥ずかしい。」」

 

 顔を覆った。

 

 

 

 

『師匠?』

 

『ウィキ見てない?コラボ設計図の中に、引き当てると束さんと仲良くなる奴があるらしいよ。ボクが引いたクアンタがその1つみたい。関係はキャラのステータスの高さで決まるとかで、ボクたち周回プレイで手に入れたポイントで4つSランクにしたから……。』

 

『師弟関係、ね。5個Sランクにするとどうなるんだろ……。』

 

『初回購入特典のステータスオールSチケットを使った上でダウンロードコンテンツの中から特定の設計図引き当てた人は未だに居ないから、ウィキにも情報なかったよ。チケット使うと後戻りできないし、設計図引き当てられないとただのハイスペック一般人で終わるからね。』

 

『明日香*1は一般人だった……?』

 

『変革もしてないし一般人でしょ。』

 

 

 

 

「つーまーんーなーいー。」

 

 旅館の一室でなのははゴロゴロと転がって駄々をこねていた。

 

 妹に最新鋭の専用機を渡しにわざわざ臨海学校にやってきた篠ノ之束によって、各国が未だに机上の空論としている第四世代IS【紅椿】の性能が1年生全員に披露された直後、慌てた様子でやって来た山田先生と話した織斑千冬は、テスト稼働を中止して専用機持ち以外を旅館の部屋に押し込めた。

 

 何が起こったのかを読み取った飛鳥となのはは事が事だけに仕方ないと理解しているが、それでも楽しみにしていたデータ取りが出来ないことになのははとても不満気である。

 

「全く、先んじて手を打つためとは言え、束さんにはもうちょっとTPOをわきまえて欲しいね。」

 

「妹大好きだよね、本当に。」

 

 本人の思考を読み取ったことで、飛鳥となのはは事の真相を把握していた。

 

 デビュー戦なのだ、今回の事件は。とある天才が愛して止まない妹に贈り物を渡し、それを取り上げられないように持ち主として相応しいと世界に知らしめるためのデビュー戦。

 各国では未だに机上の空論とされている第四世代ISをただ渡しただけでは、国からの圧力で取り上げられる。それでは渡した意味が無い。だからこそ理由が必要だった。取り上げられないだけの理由が。

 

「(エネルギーを倍化させる単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)【絢爛舞踏】。それを見せれば確かに国としては取り上げ辛いよねぇ。機体に合わせたのもあるんだろうけど、そこも考えての設定かな、束さんのことなら。)」

 

 そもそも発現した例の少ない単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)。紅椿にはそれが発現している上、その能力は考え得る限り最上位であるエネルギー倍化。無限のエネルギーを生み出すそれはとても希少なものだ。もし紅椿を取り上げたなら、その単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)は消えることとなる。

 何故なら一度最適化(フィッティング)してしまえば、初期化(フォーマット)しなければ専用機は他人に動かせない。そして初期化(フォーマット)してしまうと単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)は消えてしまう。

 絢爛舞踏という破格の能力を考慮すれば、取り上げるより適当な地位を与えて懐柔するのが良いと国は判断するだろう。そうなれば他国も迂闊に手を出せない。手を出せば国を敵に回すのだから。

 

 最大の火種である第四世代が、最愛の妹を守る盾となる。武力だけでなく、権力の面でも。

 

「(他にも理由はいろいろあるみたいだけど、束さんが妹のために紅椿を作ったのは本当かな。ぐちゃぐちゃしてて大したこと分からなかったけど。)」

 

――――ラ、ラ~♪ラララ♪

 

「ん?」「あれ?」

 

 思考に耽っていた所に、何か聞こえた。

 

「なのは、今のって。」

 

「――早いね。3ヶ月でそこまで行くんだ。」

 

「やっぱりあれなんだ。凄いね、織斑さん。」

 

 ゴロゴロと転がっていたなのはが起き上がり、自動販売機で昨日の内に買っていたペットボトルの残りを飲んでいた飛鳥は一気にそれを飲み干して立ち上がった。

 

「ちょっと手伝いに行こうか。」

 

「そうだね。白式は自動調整しかされてないみたいだし、今のままじゃ流石に可哀そうだ。」

 

 おもむろに窓際へと近付き、取り出した手袋・マスターハンドを身に着けたなのはが手早く窓から人が出られるようにする。そして飛鳥がなのはを抱きかかえると、その窓から外へと飛び出した。

 

 

 

 

『へぇ、純粋種だとこんなイベントあるんだ。』

 

『当たり前のように部屋から抜け出したね。』

 

『これが今後にどう影響するかは知らないけど、まぁイベントは適度にやる分には楽しいからやろうか。』

 

『って言っても忙しいのボクだけなんだけどね。』

 

『移動手段は私だからセーフ。』

 

 

 

 

 旅館のとある一室。そこには戦闘で負傷した織斑一夏が眠っていた。

 

 そこにやって来た飛鳥となのはは、眠っている一夏の右手にある待機形態の白式になのはが持ってきた機材を繋いでいく。

 

 様々な機材を繋ぎ終えたなのはは空中に白式のデータを投影し、以前から少ししか改善されていないそれにため息を吐いた。

 

「相変わらず酷いなぁ。ハードは機体を展開させれないから弄れないけど、ソフトの改良でどのぐらい良く出来るか……ま、ボクの腕の見せ所だね。」

 

 白式の状態を確認したなのはは新たにキーボードを投影し、ぐるりと肩を回してからそれを叩き始めた。

 

「ハイパーセンサーの基準値を再設定、シールドエネルギーの各部出力を微調整、シールドバリアー形状変更、スラスターのエネルギー配分再分配――エネルギー効率10%向上。」

 

 ものの数十秒でハイパーセンサーを白式のログにあった一夏のデータに合うように再設定し、手付かずであったシールドエネルギーの出力を胴体や腕などの各部で多くしたり少なくしたりと微調整し、その形状を動きを阻害しないように変更し、多用するスラスターのエネルギー配分を再分配させ、燃費が悪いと言われ続けた白式のエネルギー効率を10%向上させた。

 恐ろしいのはこれを全てデータを弄るだけで成し遂げたこと。本来なら機体のアーマーを開いて直接パーツを弄って行うような調整さえも、データを弄ることでやっている。

 

「ん~、パーツ弄れないから大して良くならないなぁ。この分ならパーツ弄れば40%は向上させられそうなのに。」

 

 恐ろしいことを言いながら、なのはは空中に投影していた画面を消し、繋いでいた機材を仕舞った。

 

「あれ、終わった?」

 

 窓際で海を見ていた飛鳥は機材を仕舞ったことに気付いて、キョトンとした顔で問いかけた。

 

「これ以上は本格的に弄らないと無理かな。零落白夜はログだけじゃ弄れないから手を出せないし放置したけど、データ弄りでどうにかできる分はどうにかしたよ。」

 

「そっか。じゃぁ戻ろ。」

 

「そうだね、そろそろ起きそうだし。」

 

 そうして2人は再び窓から部屋を出て、窓から自分たちの部屋に戻って行った。

 

 

 

 

『いやぁ、白式は強敵だったねぇ。ミニゲームの難易度高かったよ。』

 

『整備とかする時のミニゲームであの難易度とか、ホントにどうなってるんだろうね、白式って。』

 

『前に他のデータで紅椿弄ったことあるけど、あれとほとんど同じだったから多分束さん作なのが関係してるんだろうね。』

 

『黒騎士もそうなのかなぁ?』

 

『あれ弄るには色々と面倒な手段を取らないといけないから、確認のしようがないよ。』

 

 

 

 

 目覚めてすぐに飛び出し、無事に事態を解決した織斑一夏は夜、旅館の布団の中で考え事をしていた。

 

「(雪羅になって白式の性能は大分上がった。でも何か、根本的に俺に合わせたみたいになってたのは気のせいなのか?)」

 

 雪羅となった白式を纏って飛んだ時、二次移行(セカンドシフト)したからだけでは考えられないほどスムーズに飛ぶことが出来た。今まであった無駄が無くなったかのように。

 

「(ISの自己進化であぁなるものなのか?白式が俺に合わせてスラスターを調整したのか?分からん。)」

 

 二次移行(セカンドシフト)してから目を覚ました一夏には、その前から弄られていたということを知る術はない。やった張本人は名乗り出る気もさらさらないため、一夏の疑問は迷宮入りである。

 

 結局、考え事をしている一夏は同じ部屋で眠る千冬に「早く寝ろ」と怒られ眠りについた。

*1
飛鳥の個人用データ。チケットでステータスオールS、ガチャでダブルオースカイを引き当て、日本代表になってモンド・グロッソであらゆる部門で優勝しブリュンヒルデになっている。




 最初は飛鳥に30キロ先の福音を狙撃させるとかしようかなと考えましたが、専用機ないのにそんな行動を果たしてゲームのイベントとして起こせるのかと思い至り、没になりました。その名残が前半の専用機で使える装備。

 ちょっとだけ出てきた明日香は没プロットの飛鳥です。最初はダブルオースカイでやるつもりだったのですが、機体の知名度を鑑みて没にしました。本当ならトランザムインフィニティで紅椿が本気で速度を出した時より速いとかやりたかった……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 天羽飛鳥、操縦する

『いよいよこの時がやって来ました。』

 

『長く苦しい戦いだった。』

 

『さぁ、ようやく!ようやくコアが貰えるよ!』

 

 

 

 

 臨海学校から時は過ぎ、8月。IS学園は遅めの夏休みへと突入した。

 

 全寮制であるIS学園ではこの長期休みを利用して地元に返る生徒が半分はいる。代表候補生なんかは特に自分の国に戻っている人ばかりだ。

 

 そんな中、日本代表候補生になった天羽飛鳥は葉加瀬なのはを伴って、地元北海道ではなく東京都防衛省にやって来ていた。

 

 理由は言わずもがな、飛鳥の専用機に積むISコアを受け取るためである。

 

「あっつ~い……。」

 

 待ちに待った専用機のコア。はしゃぎたい所であったが、夏の東京を歩くのは北海道民にそれをするだけの熱耐性がなかった。東京都民には「今日ちょっと熱いねー」でも北海道民には「しぬぅ……」なのである。逆に寒さには耐性があるのだが、それが活かされることは東京にいる限りないだろう。

 

「なのはぁ、コールド・ブラッドは~……?」

 

「それよりも気象を丸ごと操れる方が便利かなって思って別の作ってたら忘れた~……。」

 

「この暑い中、雪でも降らしてくれるの……?」

 

「できるよー、完成したら……。」

 

「すご~い……。」

 

 脳みそが溶けているのではないかと言うほど中身のない会話をしながら、ゲートであらかじめ発行されていた通行証を見せ、2人は防衛省へと入って行った。

 

 

 

 

『ほら!コア出せコア!』

 

『このゲームの面白味はバトルだけなんだ!そのためのコアを出せ!』

 

『CGが1枚も無い、名前だけのギャルゲーが!*1バトルさせろぉ!』

 

 

 

 

 防衛省から黒塗りの高級車に乗って出て来た飛鳥となのは。防衛省内で何が有ったかは分からないが、来た時と違い車に乗っているため、問題もなくコアが貰えたのだろう。

 

「技術者がうるさかったけど、無事になのはに一任されてよかった~。」

 

「ボクより腕が上なら任せても良いけど、ボクに速さでも質でも負ける様な奴等に飛鳥は任せられないからね。」

 

「なのはの10倍ぐらい遅かったし、7倍ぐらい雑だったよね。」

 

「あれが日本でトップクラスの技術者って言うんだから笑っちゃうよね。」

 

 いったい何をやったのか。まさか「小娘1人にIS作りを任せられるか!」と言った日本の技術者たちを相手に「戦おっか」の宣言をして、整備その他のスピードと質を競った訳ではないだろう。相手はチーム丸々1つでやったのに対して、こちらはなのはただ1人で1から10までやったのだから、10倍以上のスピードで7倍以上の質で仕上げたなど出来るはずがないだろう。もしそれが起こったなら、日本の技術者は成人もしていない少女にぼろ負けするという汚名が()()ついてしまう。

 

「さ、帰ったらすぐコア積んじゃお?装甲にコアを馴染ませるのは時間かかるんだから。」

 

()()()ともじっくり話したいしね。」

 

 笑い合う2人。だから気付くのが遅れた――とかはなく、2人は自分たちに向けられた悪意に反応した。

 

「ドライバーさん、ちょっとごめんね?」

 

「はい?」

 

 飛鳥は運転手に一言断ってからそのシートベルトを外し、素早く背もたれを倒した。

 

「うわっ!?」

 

 直後、

 

――――ッダァァァァン!!!

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!?」

 

「へぇ、街中で消音器も使わずにヘッドショット狙うんだ。」

 

「防弾ガラスをものともしないか。音からして大体800メートル先のビルからかな?」

 

 運転手が座席の背もたれと共に後ろに倒れたことで一瞬コントロールを失った車を、素早く運転手を退かして運転席に潜り込んだ飛鳥はすぐさま立て直し、背もたれを戻して座席を前に出し、片手でシートベルトを伸ばして装着し、アクセルを吹かしながら飛鳥は下手人のやり口に息を吐く。

 

 転がって来た運転手を後ろの座席で受け止めたなのははすぐさま下手人の位置を割り出した。

 

「なのは、ドライバーさんお願いね。」

 

「はいさー。」

 

「え?え?」

 

 困惑する運転手には目もくれず、飛鳥はハンドルを切った。

 

――――ッダァァァァン!!!

 

 直後に音が木霊し、右のサイドミラーが根本から弾け飛ぶ。

 

「どこの人かは知らないけど、大した腕じゃないなぁ。これセシリアの方が射撃巧いよ。」

 

「比べちゃダメだよ、雲泥の差なんだから。」

 

「まぁね~。セシリアは()()()()()()()()()()()()()()()んだし。」

 

 ブレーキペダルを踏みながらクラッチを切り、ギアチェンジを駆使して即座に減速。マニュアル車特有のテクニックを無免許で行い、

 

――――ッダァァァァン!!!

 

 そのままの速度であればエンジンに直撃していた場所を弾丸が抉る。

 

「しつこいなぁ。」

 

「コア狙ってるみたいだからね、引くに引けないんだよ。」

 

 諦めない相手に飛鳥が毒を吐く。

 

「なのは~。」

 

「えー?ここでー?」

 

 

 

 

『おっとこれは。』

 

『なのは頑張れー。』

 

『頑張る~。』

 

 

 

 

「(このっ!ちょこまかと!)」

 

 亡国機業(ファントム・タスク)の実働部隊に所属する単なる単語で呼ばれる女は、自分の狙撃を躱し続けるその車両に苛立ちを募らせていた。

 

 亡国機業(ファントム・タスク)の情報網によって判明した代表候補生へのISコアの受け渡し。その強奪を目的としたこの襲撃は重要度こそ高いが、難易度は低いとされたために投入人数は僅か3人。移動中の車を止める役1人、止まった車の生き残りを始末してコアを奪う役2人だ。

 

 最初の1発で、間違いなく運転手の頭を撃ち抜けるはずだった。タイヤを狙うこともできたが、十中八九パンク対策が為されていると考えてのヘッドショット。フロントガラスが防弾性であろうと、IS用の装備ならば容易く貫ける。だからこそ狙ったそれは、突如として運転手が後ろに倒れたことによって外れた。

 

 すぐさま次弾を装填し再度撃ったが、クイッと蛇行した車のサイドミラーを破壊するだけに留まった。

 

 3発目は流れるような急減速で完全に躱された。

 

 通信から車で尾行している仲間の罵声が聞こえる。蔑まれる。()()()()()

 

「(いや!そんなのいや!)」

 

 4発目を弾倉に送り、未だに走り続ける車に狙いをつける。

 

「(もう外さない!外せない!絶対当てる!殺す!)」

 

――――もう1人になるのはいや!

 

「なら私の所においで。」

 

 緑の粒子が、視界を埋め尽くした――――

 

 

 

 

「悪人にもいろんな種類が居るなぁ。」

 

 助手席で眠る下手人の女性を横目に見ながら、飛鳥は後ろから追ってくる1台の車両をバックミラーで確認する。

 

「なのは、どう?無理に動かしてゴメンね。」

 

「んー、コアの初期化(フォーマット)しないでそのまま突っ込んだからかな?前の情報と合わさってちょっと攻撃的になってる。行き成り能力が上がったから増長してる感じかな?」

 

「そっか、初期化(フォーマット)しないとそんなことになるんだ。」

 

「今から再設定するけど、運転しながら話せる?」

 

「マリカーしながら喋れるんだし、行けると思う。」

 

 「なら、始めようか。」と、コンソールを空中に出したなのははそれを叩き出す。

 

「全情報初期化(フォーマット)完了。」

 

 コアの成長を消し、

 

「――コア人格との対話終了、コア適正値の上昇確認。」

 

 新たに生まれた人格との対話を終え、相互理解しコアの機体への適正を上昇させ、

 

「各稼働データ入力、ハイパーセンサー基準値再設定。」

 

 今までの飛鳥のデータを入力し、それに合うように設定し、

 

「エネルギー充填、シールドバリアー形状変更。」

 

 機体各部とのエネルギーパスを構築し、機体形状に合わせてシールドバリアーの形を整え、

 

「PIC制御をオートマチックからマニュアルへ移行、拡張領域(バススロット)要求値確保、初期装備(プリセット)登録。」

 

 慣性中和装置の操作を完全に飛鳥の手に委ね、量子変換(インストール)のための空間を確保し、装備を覚えさせ、

 

「──最適化(フィッティング)開始。」

 

 その機体は完成した。

 

 

 

 

『それは対話の為の力。それは戦争を終わらせる力。』

 

『世界でたった1つの()()()()。』

 

『さぁ、初陣にしては面白味がないけど――――』

 

 

 

 

 高速で走っていた車が突如として止まる。P()I()C()()()()急停止を行った車は通常では見られない動きで止まり、黒髪を揺らしながら飛鳥は降りた。

 

 そこに1台の車が近付き停車。運転席と助手席から2人の女性が降り、その手に凶器を持ちながらにじり寄って来る。

 

「貴方たちに恨みとかないけど、悪意を持ってこの子を狙うなら容赦しないよ。」

 

 飛鳥は左足首に着けられた緑のアンクレットの名を呼ぶ。

 

「ダブルオークアンタ。」

 

 ――それを一言で説明するなら、片翼の天使だろうか。

 

 青と白を基調とした装甲。左肩に大きな盾を装備し、しかし右側には何もない左右非対称。左腰にクリアグリーンの刀身をした剣を携え、武装全てが左に集中したアンバランスさ。しかし、そこに不自然であるという想いは抱かない。

 

「日本代表候補生、天羽飛鳥。」

 

 左腰の剣を抜き放ち、

 

「目標を、」

 

 飛鳥は一瞬で間合いを詰め、

 

「鎮圧する。」

 

 左手で2人の腹を連続で殴った。

 

 

 

 

『いやそこは剣使おうよ!?抜いた意味!』

 

『よく考えたらIS装備してない相手に剣とか使えないじゃん?』

*1
全年齢版なのでHなCGがないのは勿論、良く有る様なCGさえも存在しない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 天羽飛鳥、森の賢者(ゴリラ)疑惑

遅れて申し訳ありません!(1時間の遅延)


「防衛省でISコアを受け取った帰りで襲撃に遭いカーチェイス。送迎を担当した運転手の代わりに天羽が無免許運転。その車内で葉加瀬が初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)を行い、完成した専用機で刺客を無力化。巻き込まれて気絶した運転手と()()()()()()を保護し応急手当……。」

 

 事件の翌日、報告書を読んだ織斑千冬はため息を吐いた。貴重なISコアの運搬に護衛が着かないという杜撰(ずさん)な管理と、ISの完成までの時間稼ぎのためとは言え無免許運転をやったことに対してのため息だ。

 

「仕方ないとは言え、これで謹慎か……。」

 

 色々と目を疑うようなことが書かれているが、千冬が心配したのはそこだった。

 

 幸いというべきか、赤信号を突っ切ることなくカーチェイスは行われ、それによっての事故も起こっていない。しかし方向指示器(ウィンカー)を出していないのに曲がっていたり、追い抜き追い越しを平然としていたり、何より法定速度をぶっちぎって無免許の飛鳥が走っていたのである。

 

 街中で発砲するような輩が相手だったこと、その発砲で運転手が呆けてしまいそのままでは撃ち殺されていただろうという状況だったため仕方ないのだが、違反は違反。IS学園、ひいては国で手を回したため厳重注意に留まったが、安全のためという名目で飛鳥は学生寮の自室で謹慎となっている。少なくとも夏休みの間はIS学園を離れることは叶わない。

 

「あとで様子を見に行くか。」

 

 

 

 

「……。」

 

 ISコア強奪犯の1人、狙撃を担当していた女は事態を飲み込めずにいた。

 

 4発目の弾丸を撃とうとした瞬間、緑の粒子を見たところで記憶が途絶え、気付けば病院のベッドの上。訳も分からないままやって来た医師に診察され、問題無しと言われてそのまま退院。

 

 余りのことに病院を出たところで呆けていた。

 

「どうして捕まって無いのか。」

 

「!」

 

 後ろからの声に急いで振り返った先、そこには1人の少女――葉加瀬なのはがいた。

 

「お前は……!?」

 

「説明してあげる。着いてきて。」

 

 そう言ってなのはは背を向けて歩き出した。

 

 何もわからないまま戻ったところで粛清は免れない。女性はその後に着いて行くしかなかった。

 

 

「結論から言えば、君には一般人になって貰った。」

 

 病院の近くにあったファミレスに入り、なのはは持っていたカバンから何枚もの書類を取り出し、テーブルに広げた。

 

「これ……戸籍?」

 

「アメリカ人みたいだからそのままアメリカの戸籍を偽造して、出生とか学歴とか渡航記録をでっち上げた。」

 

「は?」

 

「あぁ、体の中のナノマシンは飛鳥が停止させたから、完全に一般人だよ」

 

「は!?どうやって!?」

 

「GN粒子は覚えてる?緑の粒子。あれでナノマシンに停止命令を出したって言ってたよ。ボクが調べた限りは完璧に停止してた。もう歯向っても死なないよ。」

 

「――――なによ、それ……。」

 

 奮い立つ感情のままに立ち上がった身体を脱力させ、女性はクッションの効いたソファにダラリと背を預けた。

 

「どうして、こんなことした訳?私はお前たちを殺してコアを奪おうとしたってのに……。」

 

 自分の様な人間を苦労して一般人にして、いったい何の得があるのか。明らかに敵対者を警察に引き渡さず隠した意味は。

 

 分からない。何一つとして理由が分からない。仲間に引き入れるにしても、こうも手際よく事を運べるなら自分は不要だろう。逆に邪魔になる。戦力としても論外だ。それこそ要らない。

 

 何が目的か?

 

「君、1()()()()()()()()()()

 

「っ!」

 

「君は承認欲求を抱えた元IS乗り……ってボクは見てる。興味ないから調べてはないけどね。誰かに認められたいから何でもやる。認められている限り自分は1人じゃないから――。」

 

「……そうよ。認めて欲しかった……褒めて欲しかったの。」

 

()()()()()()()()。」

 

「えっ?」

 

「ボクも飛鳥も、昔からあんまり理解されなくてさ。ボクは半永久機関とか作ってたし、飛鳥は熊とか普通に殺してたし。」

 

「(……熊?え、熊?)」

 

「ボクには飛鳥が居て、飛鳥にはボクが居た。親も居たけど、理解はされなかった。愛されてはいたけどね。まぁ社交性はあったから排除はされなかったし、上手く情報操作して周りの印象をいい感じに出来たからどうでもいいんだけど。」

 

「(熊?ベアー?)」

 

「君を助けたのは同情心からだ。ボクたちに居た理解者が君には居なかったことへのね。」

 

「ちょっと意味分かんない。熊?熊って言った?」

 

「幼稚園の時に絞め殺してたよ。素手で。」

 

「まさかのロリータ時代!?」

 

 

 

 

『こらコメント!私はゴリラじゃないぞ!というかゴリラでもクマと戦うなんてしないからな!』

 

『飛鳥が熊を相手にしたのって中学の時だよね。町に出たのを見つけて倉庫に置いてあった斧で……。』

 

『戦ってない!私は呼吸も神楽も使えないから!痣もないから!』

 

『星の痣は?』

 

『ない!10分間息を吸い続けて10分間吹き続けても波紋出来なかったし!』

 

『それは十分ヤバイんじゃ……。』

 

 

 

 

【天羽、私だ。】

 

 部屋の外からノックと共に織斑千冬の声がして、天羽飛鳥は書いていたレポートから顔を上げた。

 

「織斑先生?今開けます。」

 

 机から立ち上がり鍵を開け、飛鳥は千冬を迎え入れた。

 

「ん?レポートを書いていたか。謹慎を有効活用しているな。」

 

「機体も動かせないとコレしかやることがなかったので。それで織斑先生、何かありましたか?」

 

「様子を見に来ただけだ。菓子折りもあるぞ?」

 

 そう言って左手に持ったレジ袋からポ〇チを取り出して見せた。

 

「ありがとうございます。入ってください、お茶出しますよ。」

 

 よく掃除されている部屋、というのが千冬の印象だった。物はあるがきちんと整理されている。見える範囲では教本やノートが置いて有る程度で、特に目立った者はない。

 

「綺麗にしているな。」

 

「手持ち無沙汰でさっきちょっと。普段はもう少し散らかってますよ。」

 

 「テレビゲームで遊んだら大抵繋ぎっぱなしですし。」という飛鳥は、戸棚からコップを2つ持ち、冷蔵庫から自家製の麦茶を出して注いで千冬へと手渡し、イスへと座る様に促した。

 

「それで織斑先生。私はあとどれぐらいで学園内を出歩けるようになりますか?部屋だとやることがゲームぐらいしか無くて暇で暇で……。」

 

「安心しろ。1、2日で部屋からは出られるようになる。アリーナも使えるだろう。」

 

「良かった。試したい機能が多いので気になってたんです。」

 

「そう言えば、お前の機体はどう言った物だ?ブレードを主武装にした近接型か?射撃も出来る万能型か?」

 

 麦茶を一口飲み、千冬は世間話として専用機についてを飛鳥に聞いた。単純な興味だ。

 

 飛鳥は近接が得意だが、射撃も十分な腕を持っている。本人の気質も有って剣をよく使っているが、セシリアのスターライトmk-Ⅲをスナイパーライフルで破壊することも可能な腕だ。それを考えれば、剣と銃どちらも持つ機体に仕上がっているだろう。が、それは素人考えと言えるものだ。もしかしたら剣を7本くらい装備した完全な近接戦仕様を作っている可能性もある。

 

 こと飛鳥に限って、機体の可能性は無限なのだ。

 

「開発コード『セブンソード』。主武装はGNソードⅤ1振り、特殊兵装はGNソードビット6機の、一応近接型ですかね。GNビームガンとかもありますけど、牽制用です。」

 

「GN?」

 

「セシリアのブルー・ティアーズみたいに独自の粒子を利用してるので、それ専用って意味です。」

 

「ほう。しかしセブンソードか……葉加瀬なら射撃武器を採用すると思っていたが、牽制用しかないとはな。」

 

「あぁいえ、GNソードⅤは多機能武装で、ソードモードとライフルモードが切り替えられるんです。」

 

 切り替え可能な武器、と聞いて千冬は展開装甲を思い浮かべた。展開装甲の技術が取り入れられた雪片弐型が実体剣とエネルギーブレイドを切り替えられるように、その技術によってソードモードとライフルモードを切り替える。

 

「(やはり葉加瀬は……。)」

 

「天才です。」

 

「天羽、心を読むのは止めろ。分かっていても驚く。」

 

「いえ、私もなのはも勝手に読めちゃうので……昔は何でもかんでも読んでたので、制御できるようになってる方なんですよ?」

 

「ならもっと精進しろ。」

 

 ごくり、とコップに残った麦茶を飲み干し、千冬は立ち上がった。

 

「お前たちがどう言った存在かは私には関係ない。等しく私の生徒だ。困ったことが有れば相談しろ、いいな?」

 

「分かってます。」

 

 机にレジ袋を置き、千冬は部屋を出て行った。

 

 1人残った飛鳥は

 

「うーん、2回目でもう驚かなくなってる人は初めて。いや、束さんもか。」

 

 そう呟いてレポートの執筆に戻って行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 天羽飛鳥、学園最強と戦う

 申し訳ございません!遅れました!(また1時間)


『はい皆さんおはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはでーす。』

『見てる人はあの助けた襲撃犯がどうなるのか気になってると思うけど、言っちゃうとあの人は装備開発とかで使う資材とか資金を調達してくれる様になるよ。ウィキにそう書いてある。』

 

『誰が検証したのか……私調べるまで知らなかったのになぁ。』

 

『条件がコアを貰ったその場か護送中に専用機完成させた上で襲撃犯の誰か1人を警察に届けずに捕縛だからね。やろうとする方がどうかしてるよ。』

 

 

 

 

 襲撃から2日経ち、天羽飛鳥は早くも自室謹慎が解除された。とは言ってもIS学園から出ることはまだ叶わないのだが、アリーナでISを動かす事は許可された。

 

 早速お馴染みの第三アリーナにやって来た飛鳥は、そこで『私、見参!』と書かれた扇子を広げる二年生の女生徒と鉢合わせた。

 

「初めまして、天羽飛鳥ちゃん。」

 

「初めまして、生徒会長。」

 

 IS学園生徒会長、更識楯無。ロシア代表操縦者という、IS学園で唯一無二の称号を持つ才女。()()()()I()S()()()()()()

 

「あら、知っていてくれたのね。お姉さん感激♪」

 

 一度閉じられまたパッと広げられた扇子に『感激』の文字を描き、楯無はニコリと笑った。

 

「情報収集ですか?」

 

 飛鳥の言葉にほんの一瞬楯無は硬直した。

 

「調べても何の情報も出て来ない専用機。それを調べるためにわざわざ来たんですよね?」

 

「何の事かしらね?」

 

 『分からないわ!』と書かれた扇子を広げ、楯無はとぼけた。実際のところ図星である。

 

 飛鳥の専用機はその装甲も武装も何もかも葉加瀬なのはたった1人で作り上げた物だ。その工房もIS学園のトップである轡木十蔵に用意して貰った個人用であり、そこに仕込まれていた盗聴器やカメラなどは最初に全て破壊された。つまるところ製作過程から外部に情報が何1つとして出ていないのだ。

 

 本来ISに使われる技術は例外なく公開されなければならないのだが、IS学園は『新技術に必要とされる試行活動を許可し、またそれらのデータ提出は自主性に委ねるものとして義務は発生しない』という世界でただ1つの場所である。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()飛鳥の専用機は、その全データの提出が自主性に委ねられているのだ。そんなの気になって仕方ない。

 

「良いですよ隠さなくても。仕事投げ出して遊び呆ける言い訳のための情報収集ぐらい付き合います。」

 

「(バレてる……。)」

 

 まぁ全部仕事が嫌で投げ出した言い訳に使うのだが

 

 彼女の名誉のために言うが、締め切りが近い仕事は既に終わらせてある。それでもまだまだ量はあるが、十分にそれぞれの締め切りに間に合う量だ。少し息抜きをしたって問題ないのである。

 

「アリーナの使用申請は……してるみたいですね。ならAピットから出てください。私はBピットから出ますから。」

 

「えーっと、ナチュラルに話が進んでるけれど、いいのかしら?飛鳥ちゃんの言う通り、私は遊ぶついでに情報収集をしに来たんだけど。」

 

「良いですよ。ただ()()()()()()()()()()()。見たいなら引き出させてみてください。」

 

 飛鳥のその言葉に『自信満々!』と扇子を広げた楯無は、「ならお姉さん頑張っちゃおうかな♪」と不適に笑った。

 

 

 

 

『おぉう……楯無かぁ、面倒だなぁ。』

 

『搦め手が多いからね。あと立ち回りも巧いし、単純に強いし。』

 

『セシリアに次いで戦いたくないんだよなぁ……。』

 

『飛鳥、セシリアと戦いたがらないよね。まぁ()()知ったら皆そうなるけど。』

 

()()は戦うの疲れるから……。』

 

 

 

 

「更識楯無、ミステリアス・レイディ、行くわよ!」

 

 自身の専用機、ミステリアス・レイディを身に纏った楯無はAピットから飛び出した。

 

 右手に四連装ガトリング・ガン内蔵ランス【蒼流旋】を持ち、装甲の少ない身体をアクア・ナノマシンによる水のヴェールで守った姿は気品があり、まさに淑女(レディ)の名に相応しい。

 

 アリーナに出た先では天羽飛鳥が既に浮かんで待っていた。ハイパーセンサーがその機体情報を検索するが、ヒットする項目は所属国家が日本であると言う情報だけ。他に分かるのは左腰にクリアグリーンの刀身をした片手剣と、左肩に片翼の様に存在するシールドが存在することだけ。他は見た目では分からなかった。

 

「へぇ、やっぱり近接型なのね。」

 

 ただ、これ見よがしに腰に片手剣があるのを見て楯無は『少なくとも近接戦がメイン』と結論付けた。映像データで見た代表候補生2人を相手にした学年別トーナメントでも、基本的にはブレードを持っていたことも判断材料だ。

 

「まぁ、こっちの方が性に合ってますから。」

 

 そう言うと飛鳥はその左腰の片手剣を右手に持った。特に構えている訳ではないが、その立ち姿には楯無をしてつけ入る隙が無かった。

 

「ねぇ、その機体は何ていう名前なの?それぐらいは教えてくれてもいいでしょ?」

 

「――ダブルオークアンタ。」

 

 ハイパーセンサーに表示されていた情報が更新され、名称の欄にダブルオークアンタと記された。だが型式番号も世代も分類さえも未だに空欄のまま。

 

「(戦って調べるしかないわね。)」

 

「それじゃ、始めましょう。」

 

「そうね。」

 

 コンソールを開いて、アリーナのシステムにアクセス。試合の為のプログラムを起動。

 

 カウントダウンが始まる。

 

「(まずは射撃で様子見かしらね。)」

 

 相手は近接を得意としている。だからこそ蒼流旋に内蔵された四連装ガトリング・ガンで動きを見る。盾で防ぐのか回避するのか、はたまた剣で切り払うのか。行動の選択を見てそれを考慮して戦略を立てるための選択だった。

 

 カウントが0になると同時に楯無はシューター・フローの機動を取りつつ射撃を始めた。

 

 四連装ガトリング・ガンから放たれた数多の弾丸が飛鳥を狙い、()()()()()()()()()()()()

 

「っ!?」

 

 今まで飛鳥の右手に握られていた片手剣が突然その刀身をクルリと回転させ、柄が曲がり、丸でライフルの様な形状へと変形。ピンクのビームを発射して全ての弾丸を正確に撃ち落としたのである。

 

「剣じゃなくてビームライフル!?」

 

 その機能が使用されたからか視界の端でハイパーセンサーの情報が更新され、それを見た楯無は驚愕した。

 

 可変複合兵装【GNソードⅤ】。ソードモードとライフルモードを変形によって切り替えられ、更にビームサーベルモード*1も合わせ持っている。

 

「(可変複合兵装!?まだ実験室レベルの筈よ!?)」

 

 楯無の持つ蒼流旋のように様々な機能を併せ持った複合兵装は既に存在する。だが可変複合兵装は未だに実用化されていない。単純に開発が難しいのだ。現在でも世界各国が実験室で開発を続けている物の1つである。

 

 それを当たり前のように備えた機体。それは()()()()()()()()()()でダブルオークアンタが作られていることの証明であった。

 

「くっ!」

 

 シューター・フローを維持したまま射撃を続けていた楯無だが、蒼流旋から放たれる四連装ガトリング・ガンの弾丸は全てGNソードⅤ・ライフルモードから放たれるビームに撃ち落とされることに歯噛みする。

 

「(ガトリングを全部撃ち落とすなんて、幾らなんでもおかしい。何か仕掛けがある。)」

 

 何か絡繰りがあると考えた楯無だったが、何故ガトリングの弾丸全てを撃ち落とせるかは幾ら考えても分からない。量子コンピューターでも使えば発射間隔や機動などから弾道を高精度で予測することはできるだろうが、ISに積む様な代物ではないしそもそも積めないだろう。なら全て技術でやっているのかと言えば、明らかに違う。先ほどから数こそ少ないが、数発()()()()()()()()()()()()()()()。技術だけでそんな芸当されたら堪ったものではない。

 

「(このまま撃ち続けても埒が明かないわね。)」

 

 射撃は効果がない。むしろこちらのペースを崩される。何処かで接近戦に切り替えなければ――。

 

 そう思った瞬間、ガトリング・ガンの弾丸を撃ち落としていたビームとは別のビームが楯無に迫った。

 

「!」

 

 バレルロールの機動でそれを寸での所で躱した楯無は、左肩のシールドの上部をこちらに向けている飛鳥の姿を見た。ハイパーセンサーの情報が更新される。

 

 多機能複合兵装【GNシールド】。ダブルオークアンタの左肩にマウントされた実体盾。フレキシブルに可動し、左腕に干渉せず広範囲の防御が可能。

 

 迎撃用射撃兵装【GNビームガン】。GNシールド上部に内蔵されたビーム砲。主にミサイル等の迎撃に使用される。

 

「(今のが迎撃用ですって……!?)」

 

 GNソードⅤ・ライフルモードから放たれるビームよりGNビームガンから放たれるビームの方が太い。それだけ使用しているエネルギーが多いと言うことで、それは威力が高い事を意味している。()()()()()()

 

「(アレは防げない。やっぱり接近戦を仕掛けないと。)」

 

 ミステリアス・レイディは装甲が少ない。それを補うのがアクア・ナノマシンを使った水のヴェールだが、GNビームガンの太いビームは水のヴェールで防げそうも無かった。幸いGNビームガンはGNシールドに内蔵されている関係で、接近戦に持ち込めば使用されることはないだろう。やはり楯無は接近戦を仕掛けるしかなかった。

 

「(普通に飛ぶだけじゃビームで迎撃される。瞬時加速(イグニッション・ブースト)で近付かないと。)」

 

 楯無は機を伺う。近付くための一瞬の隙。それさえあれば瞬時加速(イグニッション・ブースト)で近付ける。

 

 GNソードⅤ・ライフルモードとGNビームガンのビームの嵐。それが途切れることはないが、GNビームガンは長時間の放射が出来る代わりに再発射に少し時間が掛かるらしい。そこを狙って――

 

「(――今!)」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)で近付く!

 

「はぁっ!」

 

 蒼流旋に水を纏わせ刺突を繰り出す。

 

 それに飛鳥はGNソードⅤの刀身をまた回転させ、柄を真っ直ぐにすることでソードモードに変形させて下から跳ね上げるように振り上げ、

 

 ()()()()()()()

 

「――!?」

 

 すぐさま瞬時加速(イグニッション・ブースト)で楯無は離脱した。

 

 右手に持つ蒼流旋を見れば、その穂先は溶断されていた。

 

「(あの剣、ヒートソードだったのね!)」

 

 ただ切れ味が良いだけでは、蒼流旋が纏う水と打ち合って蒼流旋は破壊されることは無い。だが高熱で溶断するヒートソードであれば、蒼流旋が纏う水を蒸発させて蒼流旋の本体を攻撃することが出来る。

 

「(不味いわね、下手に打ち合えない。)」

 

 水を纏った蒼流旋でさえ溶断された。なら手持ちの武器では打ち合うことは出来ない。GNソードⅤの攻撃は全て回避するしかない。

 

「(攻撃を全部掻い潜って攻撃……ちょーっと、難しいわね。)」

 

 相手は近接戦闘を得意としている。全ての斬撃を躱すことは難しい。

 

「なら……!」

 

 アクア・ナノマシンを全力で稼働させる。行うのは水の分身。数で撹乱して隙を作る。

 

 その目論見は飛来した6つの刃に斬り裂かれた。ハイパーセンサーの情報が更新される。

 

 【GNソードビット】。GNシールドにマウントされている3種各2機、計6つ存在する誘導兵器。GNソードⅤの刀身にも使用されている新素材によって溶断する。

 

「――ビット兵器!?」

 

 ビットは第三世代技術に相当する最新鋭技術の1つだ。ブルー・ティアーズの様に搭載している機体は既に存在しているが、まだその技術は公開されていない。IS学園で試行活動中となっているからだ。

 

 つまり手探りの状態で個人が、国が威信をかけて作り上げた第三世代技術を開発したのだ。

 

 ミステリアス・レイディも楯無個人で作り上げた第三世代機だが、ダブルオークアンタに使われている技術も武器もミステリアス・レイディの比ではない。

 

 ここに至って、楯無は戦慄した。第三世代機であるミステリアス・レイディ以上ということは――

 

「第四、世代……!」

 

 もはや呆然とするしかない。篠ノ之束博士がその存在を証明したが、未だに机上の空論である第四世代相当の機体が、今目の前に存在する。それも、篠ノ之束博士とは別の個人によって作られた物が。

 

「すみません、会長。」

 

 突如、飛鳥が口を開いた。

 

「正直、会長を舐めてました。操縦技術も対応能力も全部思っていた以上です。使わないと決めてたソードビットを使わなければ、今の分身は対応出来ませんでした。」

 

 周囲を飛んでいたGNソードビットをGNシールドに戻しながら、飛鳥はGNソードⅤを構えた。

 

「慢心ですね。思い通りに動くクアンタに乗って増長してました。」

 

 再びGNシールドからGNソードビットが飛翔し、飛鳥の周囲を円環状に囲む。

 

「でも目が覚めました。」

 

 ()()()()()()()()()()

 

「ありがとうございます、会長。お礼に――本気で行きます。」

 

「クアンタ、セブンソード・コンビネーション。」

 

この日、学園最強は変わった。

*1
GNソードⅤにはビームサーベルモードの記載はないが、機構の大元であるGNソードⅡにはビームサーベルモードが搭載されている為、GNソードⅤでも可能であると解釈。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 天羽飛鳥、生徒会に入る

『はいおはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

part12(前回)は楯無に勝ったところで終わったんだっけ。いやぁ、純粋種ってやっぱりズルいなぁ。』

 

『相手の行動が分かるからね。攻撃とか移動とか全部。』

 

『機体の相性があったにせよ純粋種相手に被ダメ0で尚且つ避けた先にマシンガンの弾を置いてる山田先生とかいうヤバイ奴。』

 

『あの人は別格だから……。現役じゃないのに現役軍人と痛み分けする人だから……。』

 

 

 

 

 第三アリーナでの生徒会長・更識楯無との戦いの後、ご馳走してくれると言うので有難く学食で仲良く昼食を取ることにした。久々に満足するまで食べよう。

 

「よ、よく食べるのね?」

 

 4杯目で会長はそう言ってきた。

 

「まだ食べ始めたばかりですよ?」

 

「そ、そうね。お金足りるかしら……。

 

 財布を取り出して中身を確認している会長を横目に、4杯目を完食する。

 

 やっぱりIS学園の料理は美味しいなぁ。世界各国からやってくる生徒のためを思ってかメニューも豊富で、その中には豚や牛等の一部宗教で食べられない物を使っていない料理や、アレルギーに配慮した料理も存在する。実質女子校だからヘルシーな料理が多いけど、ちゃんとガッツリいける物もある辺り、力を入れていることが窺える。

 

 いつもは所持金や食べる時間の関係で取りあえず動ける程度しか食べてないけど、これならいくらでも食べられるなぁ。

 

 お金は会長が出してくれるから、遠慮せずに食べよう。幸い夏休み中で寮で暮す生徒の皆も半分は居ない。つまり私1人で寮生の半分が食べる量を食べても問題はない。

 

「ね、ねぇ。そろそろ本題に入りたいんだけど。」

 

「あ、食べながらですけど聞きますね。」

 

「あ、うん……。(手は止めてくれないのね……。)」

 

 

 

 

『飛鳥……流石に寮に住む生徒の半分が食べる量は……ボクでも引くよ?』

 

『違うもん。私そんなに食べないもん。』

 

『ほら、画面の前の人たちに弁明して。』

 

『あんなに食べないもん。丼ぶり3杯で満足するもん。』

 

『はい、舌が肥えてるのも有って収入の8割が日々の食費に消えてる飛鳥でした。言って置くけど飛鳥はスレンダーだからね?』

 

 

 

 

「生徒会長が学園最強の称号って言うのは知っているかしら?」

 

「はい。今は会長が会長ですね。」

 

「もう、楯無で良いわよ。そんな頭痛が痛い、みたいなこと言わないで。」

 

「会長は会長ですから。……私は生徒会長にはなりませんよ?」

 

「何故かしら?」

 

 すっ、と楯無は目を細めた。

 

 IS学園の生徒会長は、即ち学園最強の称号だ。何人もいる代表候補生と違って、IS学園の生徒会長になれるのはたった1人。それだけ価値がある称号。それを要らないとは……。

 

「こんな中途半端な時期に引き継ぎとか嫌です。」

 

 ずっこけた。

 

「学園祭とか控えてるのにその引き継ぎは嫌です。というか年度末の決算とか1学期の予算組みよく知らないのに出来ません。2年生に上がった時なら良いですよ。」

 

「あぁ……。」

 

 確かに、中途半端に仕事がされている状態のモノを渡されるのが一番困る。どうせなら全部終わってからにして欲しい。

 

「なら副会長にならない?今の生徒会には居ないから引き継ぎもないし、2年生になって生徒会長になった時のために、生徒会の仕事を学ぶのには持って来いよ?」

 

「横暴を働いたら止めますけど、問題ないですよね?」

 

「やぁねぇ、私が酷い事すると思う?」

 

「溜め込んでるストレスを発散するためにはっちゃけると思いますけど?織斑さんを使って。」

 

 『バレた?』と書かれた扇子を広げ、楯無は笑った。

 

「それじゃ会長、ゴチになります。」

 

「……あっ。」

 

 手持ちの現金で足りなかったので、専属メイドの布仏虚に電話してお金を持って来て欲しいと頼み、「いくらですか?」という虚に「桁を2つ間違えてませんか?」と3回ほど聞かれ、言われた通りお金を持ってやって来た彼女に余計な出費を咎められながら助けられた楯無であった。

 

 

 

 

『生徒会長とか死んでもなるか。書類仕事がどれだけ大変か……。』

 

『一番楽なのって庶務だよね。基本現場だから。』

 

『あぁ、私が副会長になったけど、一夏もちゃんと生徒会に入るよ。庶務になるけど。』

 

『ついでに簪ちゃんもちゃんとなるよ、織斑一課に。』

 

『スケジュール管理ぐらい自分で出来ないのかな。』

 

『申請多すぎて捌けないんでしょ。まぁ出来ないと社会でやってけないから、出来るようにならないといけないけど。』

 

 

 

 

 天羽飛鳥が生徒会副会長になってから時は過ぎ、IS学園は2学期へと突入した。

 

「飛鳥、生徒会はどう?」

 

「んー、会長ほど大変ではないかなぁ。会計の虚先輩は予算組みに苦労してるみたいだけど、副会長ってそんなに仕事ないみたい。」

 

 パクリ、と学食カフェでケーキを食べながら、飛鳥は対面に座る葉加瀬なのはにそういう。

 

 実際、副会長は会長の代理であり、その仕事は生徒会を支えること。会長とは別の視点でのアドバイスを行うのが仕事であり、表に出る生徒会長とは違い縁の下の力持ちといった役割だ。会長の代わりに仕事をするのがほとんどで、会長が仕事をしている限りは暇だったりする。仕事が来た時は地獄だが。

 

「暇なら遊びに付き合ってよ。」

 

「どの遊び?」

 

「ビット。作ったはいいけど動かせてないから遊びたい。」

 

「夏のじゃん。もう秋だよ?」

 

「ホルスタービットでちょっと作るの手間取ってさぁ。」

 

 そんな他愛無い事を話していると、

 

「ちょっとよろしくて?」

 

 聞き覚えのある声がした。

 

「今ビットを作ったと聞こえたのですが……。」

 

「あ、セシリア。」

 

「こんにちは、天羽さん。そちらの方は初めまして。わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットですわ。」

 

「知ってるよ。というか戦ったじゃん。」

 

「あら?」

 

 飛鳥より影が薄かったとは言え戦ったなのはを忘れているセシリア。申し訳なさそうに頭を下げ、

 

「それでその、ビットのことなのですが……。」

 

「あぁ、夏頃に設計図引いたのがやっと出来たんだよ。何か成形する時に歪んで巧くいかなかったんだよね。調べたら機材が熱でやられてた。」

 

「そ、その完成したビットは!?」

 

「工房に置いてあるよ。そうだ、動かしたいから手伝ってよ。」

 

 セシリアは頷き、なのはの後に着いて行って学食カフェを去って行った。

 

「何を焦ってるかと思えば、白式に勝てないのが辛かったのか。」

 

 パクリ、とケーキを口に含む。

 

「零落白夜のシールドなぁ。確かにエネルギー兵器しかないと突破は出来ないね。でも――」

 

――燃費最悪なんだから打ち続けて使わせ続ければ自滅するんじゃない?

 

 とは思ったが、近付いてくる相手を近付けないための射撃が全部無効化されてしまっては、機動力で逃げるしかない。しかし相手は性能だけはトップクラスの白式。逃げられずに雪片弐型での零落白夜の刃にやられてしまうのだろう。

 

「でもセシリアなら偏光制御射撃(フレキシブル)使える筈だから、シールドの無い背後から撃てばいいだけなんだけど……。」

 

 

 

 

『セシリア強化はっじまっるよー。』

 

『やりたくはないけど見たくはあるセシリア完全体の戦い。そのために頑張って行こう。』

 

『下手すると勝てなくなるけどね!』

 

 

 

 

「先にブルー・ティアーズ見せて。前から気になってたことがあるんだ。」

 

「気になっていたこと?」

 

 工房に着いてすぐなのははセシリアにブルー・ティアーズを展開するよう頼んだ。セシリアは了承してブルー・ティアーズを身に纏うと、なのははマスターハンドを手にはめ、空中に画面を投影してブルー・ティアーズの情報を調べ上げ、

 

「あぁ、やっぱり。」

 

 ()()がないことに納得した。

 

「あの、何か?」

 

「いや、余りに窮屈そうに動かしてたからもしかしたらって思ったんだけど、()()()()使ってないんだね、やっぱり。」

 

「脳量子波?何ですのそれは。」

 

 知らない単語の登場にオウム返しでセシリアはなのはに質問した。

 

「簡単に言っちゃえば一部の人間にだけある特殊な脳波のこと。色々使い方はあるけど――。」

「(――こうやって思考を伝えることができる。)」

 

「!?い、今のは……。」

 

 突然頭の中に響いたなのはの声にセシリアが目を見開いた。

 

「これが脳量子波。使える人と使えない人が居るけど、ビットに適正がある人は大体適正がある。勿論君にも。」

 

「今のを、わたくしが?」

 

「練習すれば出来るようになるよ。本題はここから。ブルー・ティアーズが拾ってるのは全部君が普通に発してる脳波だ。だから動きがぎこちない。」

「右に行け、という思考が身体の方にも少なからず行っちゃうから、ビットはその分動かない。」

「だから思考を伝えることに特化している脳量子波を使ってビットを動かして、普通の脳波で身体を動かす。それが本来のビットの操作だ。」

 

「なるほど……?」

 

 所々理解できていないが、セシリアはなのはの話を大まかに理解した。

 

「実感した方が速いか。ちょっと失礼。」

 

 そんなセシリアを見て、なのははブルー・ティアーズにそっとマスターハンドを着けた手で触れた。

 

「ビット飛ばしてみて。」

 

「?ブルー・ティアーズ――!?」

 

 言われるがままいつもの様にレーザービットを動かそうとして、セシリアは驚いた。

 

「こんな……こんなに動かしやすいと感じたのは初めてですわ。」

 

「ボクがマスターハンドで中継して、君の脳量子波を使ってビットを動かしてるんだ。これが君本来のビット操作の技量だよ。」

 

 右へ左へ、くるりと回転させ、ビットは踊る様に宙を舞う。

 

「すごい……。」

 

「で、だ。」

 

 なのはが離れると同時に、ビットの動きがいつもの物に変わる。残念に思いながら、セシリアはなのはの言葉に耳を傾けた。

 

「君のブルー・ティアーズを脳量子波に対応させられる、と言ったら――君はその機体をボクに弄らせてくれる?」

 

 セシリアは迷った。専用機は無暗に他人に弄らせて良いモノではない。スラスターなどなら未だしも、イギリスが国を挙げて作り上げたビットの部分は以ての外。でも――

 

「お願いします。」

 

 セシリアはその提案を受け入れた。

 

「(本国にレポートを書きませんと。)」

 

 脳量子波という通常のモノとは別の脳波によるビット操作。それを知って、使える様になる機会を逃す事は出来なかった。

 

「脳量子波でのビット操作のコツは飛鳥に聞いて。飛鳥は最大で154機動かせるから。」

 

「桁間違えてません?」

 

「まぁただ動くってだけの代物だから、活用ってなるともっと数は減るんだけどね。」




 セシリア贔屓が始まる――!

 これからセシリアは脳量子波でビット操作をします。どのように変わるかと言えば、ビットと機体の同時操作、偏光制御射撃(フレキシブル)などをするようになります。弱点が無くなるよ!やったねオルコッ党!

 因みに駄竜は簪ちゃんが一番好きです。(セシリアじゃないんかい!)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 セシリア・オルコット、変わっていく

 タグにダブルオークアンタを追加したらお気に入りが50ほど増え、今まで更新直後しか見られていなかったのが1日に数件のアクセスがある様になりました。タグって大事ですね。


『はいおはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『前回やっと5巻に触れた、ってところで終わったんだっけ。あとセシリアの強化。』

 

『普通はセシリアのビットを使う訓練に付き合うだけで完全体になってくれるよ。前回はビット開発の実績でブルー・ティアーズを改造したから一気に強化されたけどね。』

 

 

 

 

「模擬戦に付き合ってほしい?」

 

「えぇ。」

 

 フランス代表候補生、シャルロット・デュノアは友人であるセシリア・オルコットのお願いに首を傾げた。

 

 昨日、2組と合同で行った実戦訓練。専用機持ち達による模擬戦の結果、セシリアは燃費最悪の機体、白式・雪羅に唯一負けてしまい落ち込んでいた。それを心配して学食カフェで励ましたのだが、お開きとなった後気付けばセシリアは居なくなっていた。

 

 最初は部屋に戻ったのかと思ったが、どうやらそうではなかったらしく、一人訓練でもしてるのかと心配した。

 

 だが今日、教室にやって来たセシリアは以前にも増してその存在感とも言うべきものが大きくなっており、あの織斑先生にすら二度見をされていた。

 

 一体何が有ったのか気になっていた矢先にセシリアからの模擬戦の誘い。

 

「どうしたの?昨日学食カフェから居なくなった後、何かあったの?」

 

 焦っているようには見えない。どちらかと言えば自信に満ちている。その方が『らしく』はあるが、一体何があればここまで変わるのか。

 

「実は昨日、3組のなのはさんにブルー・ティアーズを見て貰えたのですわ。」

 

「3組のなのはさんって、確か3組の日本代表候補生の天羽さんの専用機作ってるっていう、あの?」

 

「そのなのはさんですわ。ビットを作ったと昨日耳にしまして、事の真偽を聞きに行ったのです。」

 

「ビットを?第三世代技術を個人で作ったの!?」

 

「実物を見せてもらいましたが、アレは確かにビットでしたわ。その技術を見込んでブルー・ティアーズのビットを見て貰ったのですが、見違えるように動きが良くなりまして。それで、どれだけ実戦で戦えるのかを知るためにシャルロットさんに是非模擬戦をお願いしたいのですわ。」

 

「うん、いいよ。僕もその新しいビット気になるし。」

 

「では放課後、第三アリーナで。」

 

 

 

 

『勝てると思う?』

 

『善戦はするかな。せめてリンカネなら勝ち目もあったけど。』

 

『強化セシリアはねぇ。機体の性能が低いとステータス高くても負けるし、性能高くても普通に負けることあるし、正直ゲーム内最強だよね。』

 

『あの弾幕は頭おかしい。』

 

 

 

 

「セシリア・オルコット、ブルー・ティアーズ、行きますわ!」

 

 ピットのカタパルトから飛び出したセシリアは、その速度のまま機体の動きを確かめた。

 

 実際の所、葉加瀬なのはに弄って貰ったのはビットだけではない。データ面の数値や、装甲を開いてスラスターや駆動部のパーツを直に調整して貰っていた。

 

「エネルギー効率37%向上……!素晴らしい腕ですわね、なのはさん!」

 

 エネルギー兵器ばかりを装備しているブルー・ティアーズは、白式ほどではないが燃費が悪い機体に分類される。普段からあれこれと調整して最適化を図っているブルー・ティアーズのエネルギー効率を37%も向上させてみせたなのはの技術力にセシリアは感嘆した。

 

「おーい!」

 

 飛び回っていたセシリアにオープン・チャンネルでシャルロットから声が掛けられる。

 

「セシリア、昨日とは動きが全然違うね。」

 

「えぇ!なのはさんにスラスターや駆動部の調整もして貰ったのですが、今までとは動き易さが全然違いますわ!」

 

「いいなぁ、僕も頼みたいよ。」

 

 そんなことを話し合ってから、2人は距離を離してそれぞれ武器を取り出して構えた。

 

 システムからカウントダウン機能を連動させて起動する。

 

 10から始まるそのカウントを待ちながら、セシリアは己の愛機へと意識を向けた。

 

「(ブルー・ティアーズ。わたくしはまだまだ未熟な身ですわ。)」

 

 機体の相性が最悪だったとはいえISに乗って数ヶ月の織斑一夏を相手に負け、最新鋭の第四世代に乗っているとはいえ代表候補生と言う訳でもない篠ノ之箒に負け、代表候補生の友人たちにも負けた。

 1対1で無類の強さを発揮するAICを搭載したシュヴァルツェア・レーゲンを操るラウラ・ボーデヴィッヒ。

 第二世代のカスタム機に乗っているとは思えない程武器の扱いや操縦と立ち回りが巧い、数多の武器を持つラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡに乗るシャルロット・デュノア。

 威力と連射性が任意で変えられる衝撃砲を携えた甲龍を僅か1年で受領した凰鈴音。

 

 誰もが代表候補生と言われて納得の技量と才覚を持っていた。

 

「(わたくしはたまたまIS適正がAだったから、代表候補生になれました。たまたまBT適正がAだったから、ブルー・ティアーズを受領することが出来ました。)」

 

 才能はあった。努力もしてきた。それでも、他の代表候補生たちに負けた。なら、未熟という他ないのだろう。

 

「(ブルー・ティアーズ。)」

 

 BT兵器試作一号機。ただのデータ取りの為だけに作られた機体故に、二号機とは違い固有の名前は与えられず武器の名前がそのまま付けられた機体。それがブルー・ティアーズ。

 

 第三世代機の専用機持ち達は、第三世代技術の試行活動のためにIS学園にやってくる。セシリアもその口だった。BT兵器を操る試作一号機によるBT兵器の試行活動をするためにイギリスから送り出された。

 

 故に期待されたのはBT兵器を扱うことだけ。それ以外は何も求められなかった。最初から微塵も変わることの無い言葉を言われ続け、成長を求められなかった。

 

 だからといって、そのままで良いのか?

 

「(いいえ……。)」

 

 セシリアは昨日なのはに言われた言葉を思い出す。

 

『ブルー・ティアーズは変わったよ。セシリア、君はどうなの?』

 

 脳量子波でのビット操作が出来るようになり、ブルー・ティアーズはビットを今まで以上に扱えるようになった。

 

 なら、わたくしは?

 

 滑らかに動くビットは単に専用の脳波に対応したからで、自分が何か成長した訳ではない。ただ上手く動くようになっただけで、上手く動かせるようになった訳じゃない。

 

 そんなことでいいのか?

 

(いいえ!)

 

「っ?(今の、セシリアの声?でも、オープン・チャンネルもプライベート・チャンネルも開いてないし……空耳?)」

 

 突然頭の中に響いたセシリアの声にシャルロットは困惑した。そうしている間にカウントダウンは進み、

 

「(わたくしは、わたくしたちは!)」

 

――変わるのですわ!

 

 ゼロになる。

 

「ブルー・ティアーズ!」

 

 4つのレーザービットを展開する。シャルロットを取り囲もうと飛翔するその蒼い雫に合わせ、()()()()()()()()()

 

「機体とビットの同時操作!?」

 

 取り囲まれないように動いたシャルロットがそれを見て驚く。

 

 少なくとも昨日は出来なかった高等技術。

 

「(機体を見て貰って出来るようになった?いや、そんな筈ない!)」

 

 操縦者のテクニックに依存した技術だ。機体を弄っただけで出来る筈が無い。

 

「(でも今機体とビットは同時に動いてる!どうして出来るようになったかは分からないけど、それならそれで!)」

 

 シャルロットは操縦テクニックや武器の扱いが代表候補生の中でも上から数えた方が早い強者である。機体こそ第三世代機が開発出来ていないため第二世代機をカスタムした物だが、その世代差を技量で覆せる人間だ。

 

 セシリアが行った機体とビットの同時操作に驚きこそしたが、それだけでシャルロットは落とされない。自分を狙うビットの砲門から放たれるレーザーをその操縦技術を駆使して回避し、両手に銃器を持ってビットを破壊しようと狙いを定めた。

 

「(ここっ!)」

 

 レーザーを発射する瞬間、セシリアはビットの動きを止める。ビットが具体的にどういう操作で動いているのかシャルロットは知らないが、セシリアは動きを止めると同時に照準を瞬時に合わせてレーザーを発射しているのだろうという漠然とした考えがあった。

 動きが止まっている時は照準を合わせること、その後のレーザーの発射に意識が向いているため、咄嗟のビット操作に遅れが出る。それを今までの模擬戦や訓練でセシリアの動きを見て気付いていたシャルロットは、その明確な隙を狙って引き金を引いた。

 

 だが、放たれたその銃弾は丸で転がるように射線からビットが外れたことで当たらなかった。

 

「(外れた!?動き出しが速い!)」

 

 今までのビットであれば確実に破壊できていたタイミングで撃ったのに、綺麗に銃弾を避けたビットにシャルロットは警戒度を上げる。

 

「(ビットを見て貰ったって言ってたけど、ここまで変わるものなの!?)」

 

 ビットの動き出しの早さ、何よりも動きの滑らかさが昨日とは雲泥の差だ。ウサギとカメほど違う。

 

「(ビットの大きさで動き回るのを撃つのはちょっと厳しいかな。ショットガンに換えよう。)」

 

 そう思考すると共に高速切替(ラピッド・スイッチ)でショットガンに武器を持ち替え、先程と同じように動きを止めたビットに素早く銃口を向けてトリガーを引く。ショットガンはある程度の向きさえ合っていれば、飛び出した散弾が勝手に的に当たってくれる。動き回る上に的の小さいビットを破壊するのに適した武器を選んだのだ。

 

 実際、セシリアがただ強くなっただけならばそうやってビットを破壊することが出来ただろう。だが、ブルー・ティアーズが変わって、自分もまた変わろうとしているセシリアに、そんなことは通用しなかった。

 

 ショットガンの発砲とほぼ同時に放たれたビットからのレーザー。それが丸で盾に変わったかのように発射されると同時に()()()()()()、ビットに当たるショットガンの弾を全て撃ち落としたのだ。

 

「うそっ!?」

 

 流石のシャルロットもこれには驚きの声が出る。BT兵器の最終奥義、BT偏光制御射撃(フレキシブル)。発射されたレーザーさえも操るその技が、考え付いても出来ない方法でビットを守ったのだ。

 

 シャルロットの驚きによって生じた一瞬の意識の空白。そこでビットがシャルロットを取り囲んだ。

 

「やばっ。」

 

 シャルロットを中心に衛星の様に移動をしながらレーザーを発射する4つのビット。それに混じってシャルロットにスターライトmk-Ⅲから銃撃をするセシリア。放たれるレーザー全てがBT偏光制御射撃(フレキシブル)によって複雑な軌道を描いてシャルロットに殺到する。

 

「くっ!」

 

 拡張領域(バススロット)から取り出したシールドでレーザーを辛うじて防ぐシャルロットだったが、ジリジリとシールドエネルギーが削られていく。

 

「これが、わたくしたちの!」

 

「(──えっ?)」

 

 ハイパーセンサーに映し出されたセシリアを見て、シャルロットは違和感を覚えた。

 

「ブルー・ティアーズですわ!」

 

 そんなことはお構いなしに、スターライトmk-Ⅲから放たれたレーザーがラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡのシールドエネルギーを削りきった。

 

 

「セシリア。」

 

「シャルロットさん、付き合っていただいてありがとうございましたわ。」

 

 機体のシールドエネルギーが無くなり地面に降り立ったシャルロットにセシリアは頭を下げた。

 

「ううん。僕の方こそ、実りのある模擬戦だったよ。見違えたね、セシリア。」

 

「そう言っていただけると嬉しいですわ」

 

 微笑むセシリアの目を見て、シャルロットは先程感じた違和感が勘違いであると決めつけた。

 

「(()()()()()()()()()()気がしたけど……気のせいだよね。)」

 

 その後、更識楯無に連れられてやって来た織斑一夏とラウラたちの前で2人はシューター・フローで円状制御飛翔(サークル・ロンド)をすることとなり、いつものドタバタした日常へと戻っていった。

 

 

 

 

『『……は?』』




 セシリアがやったこと
・ビットと機体を同時に動かすことでシャルロットに本体への攻撃をさせにくくした
・単発の射撃は脳量子波を用いたビットの即時操作で回避した
・散弾による攻撃は偏光制御射撃(フレキシブル)で発射したレーザーを屈折させまくって当たりそうなのを全て撃ち落とした
・4つのビットを衛星の様に動かしながら自分と一緒にレーザーを撃ち、その全てを偏光制御射撃(フレキシブル)で操った

 分かりやすく言うと?
・変態軌道で自在に折れ曲がるレーザー×5がずっと自分を狙ってくる。しかも発射口は攻撃を躱すし攻撃を迎撃するので壊せない


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 天羽飛鳥、学園祭をする

『えぇ?何それ知らない……。』

 

『やっぱどこのサイトのどの項目にも革新するとか書いて無いよね。何が原因なのこれ……。』

 

『ツインドライヴのせい?いやでもそれならどこかに書いてある筈だし、セシリア強化フラグのビット開発とかの項目にも何も……。』

 

『……検証班の人たちに任せよっか。』

 

『そうしよう。』

 

 

 

 

「取り合えず飲食店は無しかな。」

 

「「「えー!」」」

 

 クラスの皆が不満そうな声を上げる中、天羽飛鳥は黒板に列挙された内の半分を占めている飲食店の案を消していく。

 

「文句言わない。1組も2組も飲食店だから、客の取り合いになってどこも得しないよ?」

 

 わざわざ日付を1日ずらして行っている学園祭の出し物を決めるホームルーム。それは出し物の被りを避けるために飛鳥から提案されたものだった。

 

 IS学園では各クラスだけでなく部活でも出し物をする。それ事態はやる学校はやることなのだが、今年は生徒会長によって『出し物で一番人気だった部活に織斑一夏が入部する』ということが決まったため、剣道部でさえ票を集めるために出し物を例年の剣道体験から変えてくることが予想された。

 

 つまるところ、多分ダブる。そう考えた飛鳥は出し物の決定を1日ズラすことをクラスメイトたちに話し、生徒会副会長としての権限を使って各クラスと部活の出し物を粗方調べてからこのホームルームに挑んだのだ。

 

「客寄せパンダの織斑さんが居るのに、客入りで勝てるとも思えないし。」

 

「それはそうだけど……。」

 

「皆も織斑さんが接客してたら行くでしょ、1組。」

 

「そりゃもちろん!」

「行かないわけないでしょ!」

 

「だから無し。自分の所の食材捌けないのはダメだからね。」

 

「「「はーい……。」」」

 

 一先ず納得させた飛鳥は、更に黒板に向き直っていくつかの項目を消しにかかる。

 

「あと今分かってるどこかの部活がやるのも消すね。」

 

 気合いの入っている部活たちによってメジャーどころは結構取られてしまっている。案を出してくれた子には悪いが、流石に同じ出し物で票を割れさせるのはダメだろう。それは皆も分かっているのか、ここで不満の声は上がらなかった。

 

「えーと、残るのは雀荘と縁日とカードゲーム対戦……。」

 

 クラスの皆が思った。録なのないな、と。

 

「まずカードはダメだろうね。学園祭でやるより普通の時にやるから。」

 

「だよねぇ。」

 

 無慈悲に消す。提案者がため息混じりに仕方ないと肩を落とした。

 

「雀荘は……そう言えばこの学園って麻雀部あるの?」

 

「あるけど、今年は1位狙うからって……。」

 

 麻雀部だと言う子が「麻雀部は今年雀荘やらないって」という。

 

「被りはしないんだ。でも学園祭来てまでやらないよね、麻雀。」

 

「客入りは良いって部長は言ってたけど……。」

 

「何しに来てるの来場者。案としてはいいんだけど……麻雀できる人、手ぇ上げて。」

 

 上がったのは3人だけだった。

 

「人材的に無理そう。」

 

「あ~~~。」

 

 麻雀部の子の嘆きを聞きながら、飛鳥は雀荘の文字を消した。

 

「で、縁日か……。」

 

 どこのクラス、部活にも取られていなかった出し物ではある。目につけばとりあえず1回、と金を落とさせるのにも適してはいる。だが、

 

「景品がなぁ……。」

 

 射的にしろ輪投げにしろ何にしろ、景品がなければ流石に誰もやってくれない。それもただお菓子というだけでは心引かれないだろう。何か良いものでないと。

 

「なのはー、何か良いものないー?」

 

「ボクに振らないでよ。手持ちで景品に出来そうなの時結晶(タイム・クリスタル)しかないからね。」

 

「縁日で出せない額になっちゃう。」

 

 希少鉱石を縁日で出すんじゃない。

 

「経費で頑張ってみるしかないかなぁ。ダメだった時は皆のもう要らない物とか景品にするってことでいい?」

 

「被らないようにするにはそれしかないかなぁ。」

「あ、バランスボールあるよ!」

「ハンドスピナーあるよ!」

「熊の木彫りあるよ!」

「「「なんで!?」」」

「北海道に夏休みで旅行に行って衝動買いを……。」

 

「あれ邪魔だよね。」

 

「縦も横もあるからね、熊。」

 

 わいのわいのと、時間は過ぎていく。

 

 

 

 

『まぁ生徒会だから私は学園祭当日に関わらないんだけどね!』

 

『ボクはがっつり関わるんだよね。何出そうかな。』

 

『ガレキでも出す?』

 

『それでいいや。確か製作B以上で作れるし。どうせなら塗装した完成品も作ろうか。』

 

 

 

 

 学園祭当日、クラスの出し物である縁日の受付をしながら、葉加瀬なのはは来店人数やらの記録を付けていた。

 

「1組に取られてるにしては上出来かな。」

 

 予想通りと言うべきか、1組の出し物であるご奉仕喫茶は大行列を作っていた。隣の2組の営業を妨害するほどの大行列。恐るべし客寄せパンダ(織斑一夏)

 

 その影響は3組にも出ていたが、それを考えても来客数は及第点だった。

 

「やっぱりあれだよね、みんな目に見えて景品があるとやりたがるからかな。」

 

 ちらりと屋台を見れば、射的や輪投げに興じている生徒や外からの来客がちゃんと居る。景品に皆で持ち寄った物やなのはが作った物、経費で買った物を置き、それ目当ての客が金を落としていく。

 

 目玉商品はやはりなのは作『織斑一夏ver.制服』と『織斑一夏ver.白式』のガレキだ。なのはが製作したそれらの完成品をサンプルとして展示すると、それを見た客が勝手に金を落としていく。難易度は高めだが、ちゃんと上手い人だけでなくお金をかけた人も取れる設定なのがミソだ。

 

 他にも用意したIS学園の専用機持ちたちのガレキの捌けもいい。特に捌けが良いのがIS学園の名物コンビ『イージス』の2人が一緒になっているセット物だ。外部でも知名度があるからか来賓の人がよく狙っている。

 

 逆に一番人気が無いのが『更識簪ver.打鉄弐式』だ。やはり専用機が完成していないのが売れ行きに影響しているらしい。

 

「にしても意外だよ。」

 

「ん、何が?」

 

 帳簿を付けていると、横に座っているクラスメイトがなのはに話しかけて来た。

 

「飛鳥さんのガレキ作らなかったことだよ。なのはさんなら他のより楽に作れたでしょ?何で作らなかったの?」

 

「あぁ、それか。」

 

 今回景品として用意されたのは飛鳥以外のIS学園専用機持ちのガレキだけで、飛鳥のガレキは無かった。クラスの皆は一緒に作られるだろうと思っていたため驚かれた。

 

 その質問に対し、なのはは少し詰まらなそうな顔で、

 

「だってバレるじゃん。」

 

 そう言った。

 

「バレる?何が?」

 

()()()()()()()だよ。見る人が見れば分かっちゃうんだ。だから外部に情報が流出しかねないガレキにはしなかったの。」

 

 更識楯無との戦いで、ダブルオークアンタは少なからずその性能を晒した。情報網は妨害されていたため外部には漏れていないが、直接対峙した更識楯無は情報を持っている。飛鳥の慢心を覚まさせてくれた報酬としてそのまま放置しているが、本来はあの情報すらなのはは消しておきたい。

 

 学校行事でこれから機体を晒す事は有る。だがなのはが万全の体制でその情報を抹消する。人の口は止められないが、画像も映像も文章さえも、全て媒体から削除する腹積もりだ。万一にもダブルオークアンタの()()()()()がバレることはあってはならないのだから。

 

「そういうものなの?専用機って。」

 

「クアンタが特別なんだよ。まぁ、戦闘能力だけならまだいいんだけど。

 

 なのはの呟きは隣のクラスメイトには聞こえず、そのまま時は過ぎていった。

 

 

 

 

『流石攻略サイトでおすすめされる製作物。食いつきがいい。』

 

『まぁ1組の売り上げは越えられないけど、これだけあれば十分でしょ。』

 

『2組とか悲惨だからなぁ。』

 

 

 

 

「プライベートとは。」

 

 目の前にあるドレスを見て、天羽飛鳥はため息を吐いた。

 

 このドレス、生徒会の出し物である劇の衣装なのだが、そのサイズは学校でやった身体測定のデータを用いて作られている。無許可で。

 

 生徒会長の権限で判は押されているが、サイズを使われた本人たちの了承はない。個人情報とは。

 

「飛鳥ちゃんも着てみる?」

 

 ドレスを見ていた飛鳥の背後から更識楯無が声をかけてくる。

 

「織斑さんと相部屋は嫌なのでいいです。」

 

「そう?もしかして男嫌いとか?」

 

 にべもなく拒否した飛鳥に楯無は気になったのか質問した。

 

「いえ、なのはと離れるとクアンタの事で話すのにいちいち移動しないといけないのがちょっと。」

 

「なるほど。」

 

 『納得』と扇子に出して、「それじゃ、私は一夏くんを連れてくるわね。」と楯無は去って行った。

 

 その背中が見えなくなってから、飛鳥は

 

亡国機業(ファントム・タスク)をおびき寄せるためにわざと織斑さんを孤立させる『灰被り姫』……は本当だけど実際は会長が楽しみたいだけのイベント。どっちも本命な作戦考えるその思考力を、何で妹との関係改善に使えないのかなぁ。」

 

 毒を吐いていた。

 

 飛鳥が生徒会に入ってから少なからず生徒会室で仕事をすることがあったのだが、その最中楯無は仕事のことを考えながら、マルチタスクでずっと関係のよろしくない妹のことも考えていた。

 

 うじうじうじうじと悩み、どうにかしようと考えながらも行動に移せない。そんなことを表情には出さずに仕事は完璧に熟している。ぶっちゃけ気持ち悪い。

 

 ずーっと暗い考えばかりしているせいでこっちの気分まで暗くなってくる。早く仲直りしろよと飛鳥はジトーっと見つめたこともある。いつもの人たらしっぷりはどうしたお前、と言わずにはいられない。言っていないけど。

 

「妹を思うなら、ちゃんと大好きくらい言わなきゃならないのに。」

 

――言わなきゃ何もわからないんだから。

 

「……言えなかった私が言える事じゃないか。」

 

 悲しげに目を伏せながら、飛鳥はその場を後にした。

 

 

 

 

『何か私が影ありヒロインムーブしているんだが?』

 

『何があれば飛鳥がこんなヒロインムーブが出来るようになるの……?』

 

『というか言えなかったって何?誰に?』

 

『んー、ボクになら仲の良さとか純粋種なことも考えると何でも言うから……束さん?いやないか。』

 

『モブか?そんな気がする。何言ったかは流石に分かんないけど。』

『多分想いを寄せる先輩への告白を自分が純粋種で寿命が違うからって理由で言えなかったとかそんなん。』

 

『飛鳥って偶にスゴイこと言うよね。』

 

 

 

 

 学園祭当日の夜。IS学園から遠く離れた地のとある豪華な一室。そこに亡国機業(ファントム・タスク)の実働部隊『モノクローム・アバター』を率いる女幹部、スコール・ミューゼルはいた。

 

 初めから失敗すると分かっていた織斑一夏の専用機強奪作戦。そのことを作戦を担当した自身の恋人、オータムに言わなかったのには少なからず理由があったが、そのことで拗ねてしまった彼女を口に出せない恥ずかしい方法で慰め、疲労からか先に眠ってしまった彼女を置いて、スコールは1人バルコニーに出て酒を飲んでいた。

 

 眼下に広がる建物の灯りが織り成す美しい夜景。夜空も良く見えるここでの晩酌は、最近のスコールが密かに楽しみにしていることだ。

 

「ん……ふぅ。」

 

 一口、また一口とゆっくりグラスを傾け、時間をかけて一杯の酒を味わう。あまり多く飲むつもりはない。ほろ酔い程度に止めるつもりだ。特別いいお酒ではないが、安酒という訳でもない。それなりに美味しいし、長く味わいたい代物だ。だから二杯目を飲み終わり、程よくアルコールが回ってきた所でスコールは飲むのを止め、眠りにつこうと室内へと歩き出そうとして、

 

 そうして初めて、自分の背後に人が立っていたことに気が付いた。

 

「────!?」

 

 まず最初に驚愕した。まさか()()自分に気付かれずに背後を取る人間が居るとは思いもしなかった。

 

「はじめまして、スコール・ミューゼル。」

 

 その次に困惑した。礼儀正しくお辞儀をして来たのもそうだが、その人間が────

 

「ちょっと取引、しませんか?」

 

 ────日本代表候補生、天羽飛鳥だったからだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 天羽飛鳥、取引をする

今日はエイプリルフールですね。皆さん誰かに嘘を吐きましたか?


「ちょっと取引、しませんか?」

 

 そう言い放った天羽飛鳥に、スコール・ミューゼルは目を細めた。

 

 スコールは飛鳥の事を知っていた。それにはもちろん理由が有る。

 

 今年の夏に急きょ決まった、新たな日本代表候補生へのISコアの引き渡し作業。その情報を掴んだ亡国機業(ファントム・タスク)は、そのISコアを奪取する作戦を計画した。

 

 自由にできるコアはいくらあっても良い。その為重要度の高い作戦であった。しかし計画を練るに当たって、難易度はそれほど高くないことが判明。同時期にイギリスの第三世代機奪取の計画も迫っていた為、投入人数は最小限のたった3人ではあったが、成功するだろうと思っていた。

 

 だが結果は失敗。送り込んだ3人の内2人が捕まり、もう1人は行方不明。作戦失敗の原因こそ――

 

「天羽飛鳥、といったかしら。」

 

「あ、知ってたんだ。」

 

「えぇ、貴女の専用機に使うコアを奪うのに失敗したって報告が上がってからね。」

 

 一言で言えば優秀な子であった。家庭の事情でIS学園に入学するまで代表候補生になっていなかったが、そのIS適正はS。ドイツ軍人の第三世代専用機に乗った代表候補生を訓練機で圧倒し、2対2で行われた学園別トーナメントにおいても中国とイギリスの第三世代専用機に乗った代表候補生のペアを自身のペア共々訓練機で1度も被弾せずに撃破。事故によってトーナメントは中止になったが、その試合を見ていた防衛大臣によってスカウトされ日本代表候補生に抜擢。そしてすぐに専用機を貰うことが決定。

 

 報告書には他にもいろいろと書いてあったが、スコールが注目したのはその中に有った『IS学園生徒会長に勝利』という情報だった。

 

 IS学園生徒会長――即ちロシア国家代表、更識楯無。駆る専用機はロシアの第三世代IS【モスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)】を元に組み上げた【ミステリアス・レイディ(霧纏の淑女)】。アクア・ナノマシンを用いるトリッキーな戦法を得意とする。

 

 スコールは機体の相性も有って楯無に負けることはない。だが楯無のIS乗りとしての技量を侮りはしない。確かに国家代表としての実力を持っているからだ。

 

 その彼女に勝ったと言うなら、それは天羽飛鳥の実力をそのまま証明することに繋がる。

 

「本当のIS学園最強、だったわね。」

 

「どうかなぁ?IS学園には私が負けそうな子もいるから、まだ最強は名乗れないよ。」

 

「へぇ、それは誰?」

 

「教えない。言ったらちょっかいかけるでしょ?でもまぁ、このままだと私もフルセイバーを使わないといけなくなる、とは言って置こうかな。」

 

「教えてくれないのね、残念。」

 

 会話の中で出た『フルセイバー』という単語。それを専用換装装備(オートクチュール)の類だと考えながら、スコールは室内に持って帰ろうとしていた酒をテーブルに置いた。

 

「どうしてここが分かったの?」

 

「衛星とか色々使ってずっと見てただけだよ。あの子の帰還ルートは問題なかったから、安心してまた使うといい。」

 

「そう言われてまた使える訳ないじゃない。」

 

 衛星を使ったというが、恐らく非正規。ハッキングによって情報を得たのだろう。正規の使用なら亡国機業(ファントム・タスク)はその情報を入手して既にここを引き上げているからだ。

 

「それで、取引だったかしら。一体何がお望み?」

 

 言いながらスコールは自身の専用機【ゴールデン・ドーン】をいつでも展開出来るように意識を向ける。意識を向けるだけで機体を展開しないのは位置が悪いからだ。飛鳥の真後ろ、大きなガラスによって区切られた先には今日の作戦中にISを失ったオータムが眠っている。今行動を起こせば、彼女を巻き込んでしまうのだ。

 

 援軍を呼ぶことは叶わない。妨害電波でも出しているのか通信が出来ず、それをモノともしないIS同士のコア・ネットワークを用いた通信は実働部隊の一員であるエムの持つイギリス製第三世代【サイレント・ゼフィルス】にのみこの場合は有効だ。だがそのエムのISは調整のため技術部に預けられている。そんな状態では通信を入れても応答出来ないだろう。

 

 行動は起こせず、援軍も呼べない。ならば相手の提案に興味を示しながら時間を稼ぐのが一番だ。だからスコールは飛鳥の誘いにわざわざ乗った。

 

 それを知ってか知らずか、飛鳥は話をしようとするスコールに口を開いた。

 

「今月末にあるキャノンボール・ファスト、あれに手を出すのは止めて。」

 

「……。」

 

 9月27日、IS学園は市の特別イベントとして開催されるキャノンボール・ファストというISの高速バトルレースに参加することになっている。

 

 スコールはそこにちょっかいをかける気だった。理由はいろいろあるが、最大の理由は唯一の第四世代機である【紅椿】の性能を探ることだ。

 

 問題は()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。計画書も書いていないし、メモに書いたこともない。スコール以外誰も知らない筈のことを飛鳥は言ったのだ。

 

「……なぜ、キャノンボール・ファストを襲うと思ったの?」

 

「紅椿の習熟。」

 

「!」

 

「終わるの待ってるんでしょ?7月の初めに貰って、キャノンボール・ファストは大体3ヶ月経った頃になる。それだけあればある程度の性能は引き出せるようになってると考えて、丁度良く予定されてるキャノンボール・ファストでIS学園の敷地から出てくるのに被せて襲撃を計画してる。」

 

 飛鳥の言うキャノンボール・ファストを狙っての襲撃理由は、まさにその通りであった。

 

 第四世代機の習熟を待っての襲撃。丁度よく市で開催されるイベントに参加するIS学園。そんなの襲撃するしかないだろう。リスクとリターンを考えても、それが一番良いとスコールは考えていた。

 

亡国機業(ファントム・タスク)としては、第四世代の性能は知っておきたい。でも習熟してない状態だと大したことが分からない。()()()()()()()()()()。視点を変えればすぐに分かることだよ。」

 

「そうね、その通りだわ。」

 

 飛鳥の言葉にスコールは納得した。確かにその通りなのだ。視点を変えれば分かること。

 

「(ダメね、思ったより酔ってるのかしら。こんなことにも気付かないなんて……。)」

 

「もう一度言うけど、キャノンボール・ファストに手を出すのは止めて。客として観戦しにくるのはいいから。」

 

「あら、優しいのね?」

 

「問題を起こさない客なら歓迎するよ。チケットは要る?」

 

 飛鳥はケータイを取り出して揺らして見せる。IS学園の生徒に配布されるキャノンボール・ファストの特別指定席のチケットはデータであり、1人1つまでしか渡せない。飛鳥は家族を誘うにしても両親のどちらか片方になるために使用していない。

 

「自前の物があるから遠慮するわ。……ねぇ、貴女はどうしてここまでするの?」

 

 チケットを断ったスコールは、「そっか」と口にしてケータイを仕舞う飛鳥に問いかけた。

 

「テロリストのアジトにわざわざ乗り込んでまで、何故?」

 

「来年からは私が生徒会長になるからね。生徒会長なら生徒を守らないとでしょ?」

 

「あら、ならここで私を捕まえる気がないのは何でかしら?」

 

 スコールの言葉に飛鳥は笑って答えた。

 

「私、試合は好きだけど争いは嫌いなの。対話で済むならそうするよ。」

 

「甘いわねぇ、火種を放置するなんて。消さなきゃ大火事になるかもしれないのに。」

 

「今キャノンボール・ファストの火種は吹き消したでしょ。それより先の火種は私にはまだ分からない。その都度消していくつもりだから──」

 

 言いながらスコールへと近付き、横を通り過ぎてバルコニーの手すりに夜景を背にして腰かけた飛鳥は

 

「──これからもよろしく。敵にならないでね、亡国機業(ファントム・タスク)。」

 

 そう言ってそのまま後ろに体を傾け、落ちていった。

 

 スコールが手すりの下を見た時には、そこには緑色の粒子が漂っているだけだった。

 

「……はぁ、直接乗り込んで計画を言い当てられたんじゃ、キャノンボール・ファストに乱入するのは無理ね。また計画を練らないと……。」

 

 その粒子が消えていくのを眺め、スコールはため息を吐きながらキャノンボール・ファスト襲撃を諦めた。あそこまで言い当てられておいて襲撃をしたら、返り討ちに合うとしか思えない。

 

「これはもう自棄酒ね。あーあ、このお酒もっとゆっくり飲みたかったのに……。」

 

 テーブルに置いたお酒をグラスに注ぎ、スコールはグイッとそれを飲み干した。

 

 

 

 

『場所さえ分かればクアンタの量子ジャンプで移動できるの便利。』

 

『このゲーム何で衛星のハッキングがミニゲームで出来るの……?』

 

『一枚絵とか無いのに変な所にだけ力入れてるから他のISのゲームと違って売れ行き良くないんだよこのゲーム。プレイヤーはミニゲームしに来てるんじゃないっての。』

 

『でもよくやってるよね。』

 

『バトルだけは面白いからねぇ。二次移行(セカンド・シフト)とかないけど。』

 

 

 

 

「お帰りー。」

 

「ただいま。」

 

 IS学園の寮の自室。葉加瀬なのはは突如出現した緑色の粒子のゲートから現れた天羽飛鳥を、普段の様に迎え入れた。

 

「どうだった?」

 

「『お前の計画はお見通しだぞ』って言ったら流石に実行は出来ないって考えたよ。見には来るだろうけど。」

 

「そっか、ならキャノンボール・ファストでフルセイバーは使えないね。」

 

「そもそも使わせてくれないでしょ、クアンタの能力がバレかねないからって。私も出来るなら使いたくないけどさ……。」

 

 『フルセイバー』。それはダブルオークアンタをたった1機で世界すべてと相手取れるモノへと変貌させる専用換装装備(オートクチュール)。新たに搭載される【GNソードⅣフルセイバー】、背部に装着されるコーン型スラスターによって、通常のダブルオークアンタを優に凌駕する性能を発揮するその装備を使わないのにはいくつか訳がある。

 

 まず第一にその圧倒的性能故に争いの火種を生みかねないこと。今世界中で開発が進んでいる第三世代や、展開装甲による全状況に対応できる万能さを手に入れた第四世代などとは比較にならない性能を発揮するフルセイバーは、露呈するだけで争いを生んでしまう。

 

 第二に、フルセイバーの使用を飛鳥が嫌うこと。無双ゲーでもないのに強さのインフレし過ぎだとか、やれること多すぎて疲れるだとか色々な理由があるが、兎も角フルセイバーを使う時は余程の時だと自分で決めている。

 

 そして第三に、フルセイバーを使用した場合に起こる『何故常用しないのか』という疑問から、ダブルオークアンタの能力が露呈しかねないこと。飛鳥が嫌がるというだけで理由としては足りるし、火種となりかねないために封印しているというのも十分な理由ではある。

 だが、一部の人間――それこそ篠ノ之束や織斑千冬なんかには、それだけではないと思われる。ダブルオークアンタがフルセイバーを使用しない本当の理由を考える。そして十中八九思い至るのだ、『ダブルオークアンタは素の状態でなければ能力が使えない』と。だから常用しないのだと。

 

「でもセシリアがこのままいったら多分フルセイバー使わないと勝てなくなってくるよ。」

 

「何かバグってない?大丈夫?」

 

 

 

 

『ゲームの中でさえバグ扱いなのか。』(困惑)

 

『実際バグってるよね。何か明らかに強さおかしいもん。』

 

『ステータスオールSの明日香が乗ったダブルオースカイと引き分ける強化セシリアが更に強化されてる状態だからなぁ……。』

 

 

 

 

「ブルー・ティアーズ!」

 

 踊るレーザービット4つが火を噴く。曲がりくねるレーザーが目標を穿とうと飛翔する。

 

「ソードビット!」

 

 そのレーザーを6つの刃が斬り裂き、レーザービットへと肉薄して刃ではない方が叩き付けられる。

 

「脳量子波を途切れさせない!撃つ瞬間だけ動きを止めて、それ以外はずっと移動!じゃないと落ちるよ!」

 

「っ、はい!」

 

 第三アリーナの一角でセシリア・オルコットと天羽飛鳥のビットがぶつかり合う。

 

 セシリアのビット習熟のための特訓。それはセシリアがなのはにブルー・ティアーズの調整をして貰った頃から行われていたが、最近は特に熱が入っている。学園祭の日の夜に遭遇した、祖国イギリスから奪われたBT2号機【サイレント・ゼフィルス】を取り逃がしたのを気にしてのことだ。

 

「セシリア、終わるよ。」

 

「いえ、まだ!」

 

「脳量子波が乱れてる。水分取りながら休憩、返事は?」

 

「……分かりましたわ。」

 

 地上へと降り、ISを解除してPICでふわりと地面に着地する。

 

偏光制御射撃(フレキシブル)は安定して来たけど、ビット操作との両立はまだまだだね。単純に練度が足りない感じかな。」

 

「はい……。」

 

 脳量子波を扱える様になったブルー・ティアーズによって、セシリアは本来の技量を発揮できるようになった。だが単純に脳量子波を扱う練度が足りず、どうしても付け焼刃の様な動きが多くなってしまう。

 

「脳量子波は扱えてるし、このまま練習しかないね。IS適正も上がるし、頑張ろうか。」

 

「IS適正が上がるんですの!?」

 

「上がるよ、このまま行けばだけど。」

 

「脳量子波はそんなことも出来るんですのね……!」

 

 沈んでいた表情が輝き、目に見えてやる気が上がった。

 

「脳量子波だけじゃダメだよ。ちゃんとコアと話さなきゃ。」

 

「コアと?」

 

 飛鳥の言葉にセシリアは首を傾げた。

 

「そう。脳量子波を使ってISコアと対話することで、コアに私たちをもっと知って貰う。そうすることでIS適正は上がる。私は元々Sだったけど、なのははそれでBからSにIS適正が上がってるよ。」

 

「……。」

 

 飛鳥の説明を聞いたセシリアは驚いた顔で黙った。

 

「どうしたの?」

 

「なのはさんのIS適正ってSだったんですのね……。」

 

「本人にセンスが無いから近接も射撃もダメダメだけど、普通なら代表候補生なんだよ、なのはは。」




 感想にて『キャラメイクと本編でなのはのIS適正違うけどどういうこと?』というお問い合わせを頂いたため、この場で説明させていただきます。

 今回説明したように、なのは本来のIS適正はキャラメイク時のBです。しかしガチャでクアンタを引いたことでゲーム内の処理でプレイヤーキャラが純粋種になった結果脳量子波が扱えるようになり、その脳量子波でISコアと対話することでコアに自分を知って貰い、それによってIS適正を上昇させる、ということをしています。大雑把に『純粋種になるとIS適正Sがおまけで着いてくる』と考えて貰って構いません。

 本来はもっと早く説明すべきことでした。この場を借りて謝罪いたします。








エイプリルフール恒例嘘予告

「ここは……?」

 ダブルオークアンタの量子ジャンプを使った天羽飛鳥。しかし、そこは自分の知っている場所とは違っていた。

「あれが侵入者か?」

「待って、あの緑色の光って……!」

「GN粒子……!」

「それにあの顔……。」

「……私?」

 やって来たのは見慣れたものと良く似た、けれど少し成長した姿をした友人たちと、自分とは違う機体に乗った自分。

「名前、教えてくれる?」

「天羽飛鳥。この機体はGNT-0000、ダブルオークアンタ。」

「私は天羽明日香。この機体はGN-0000DVR/S、ガンダムダブルオースカイ」

「ダブルオークアンタ……ダブルオースカイと同系列の機体なのか?」

「おかしいでしょ!ダブルオースカイは明日香が1から全部自分で作ったのよ!情報は何1つ公開されてないのに、同系列の機体何て作れる筈ないわ!」

「鈴さんの仰る通りですわ、一夏さん。明日香さんが他人に機体を作るとは思えませんし、恐らくコピーした機体。そう見るべきですわ。」

 天羽飛鳥を前に話す一夏、鈴、セシリアを余所に、2人のアスカは話し出す。

「ダブルオークアンタ……量子の名を持つツインドライヴの機体。どうして存在するの……?GNドライヴはダブルオースカイの2つしかないのに……。」

「ダブルオースカイ……空の名を持つツインドライヴの機体。それが貴女の選んだ道?」

 2人の視線が交差する。互いに武器を持ち、構えた。

「どうしてここに来たのかは分からない。でも大体の事情は分かった。戦おうか、天羽明日香。その機体の力、空を飛びたいっていう夢を、私に見せて。」

「どうしてそのことを……!?」

「貴女は何にでも才能があった。でも1人だった。私は戦いにしか才能がなかった。でも親友がいた。その違いが、この差なんだろうね。」

「もっと分かりやすく喋ってよ!」

「──私は天羽飛鳥、平行世界の貴女だよ、天羽明日香。」

 言うなり、飛鳥は明日香に一直線に飛翔した。







はい、嘘予告です。今日そう言えばエイプリルフールだなと11時頃に気付き30分で書いたためクオリティーはお察し。本当ならクアンタムバーストしたりトランザムインフィニティを登場させたかったのですが、30分では書けなかった……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 織斑一夏、天羽飛鳥についてを聞く

タイトル間違えてました……


「あれ、そう言えば天羽さんって高機動パッケージあるのか?そもそも機体って完成したのか?」

 

 始まりは織斑一夏のふと零した疑問だった。

 

 いつもの専用機持ちたちでテーブルを囲み、夕食を食べている時に口から出たそれは、高速バトルレース『キャノンボール・ファスト』を控えた代表候補生たちの興味を引くには十分だった。

 

「機体は出来たって聞いたわよ。」

 

 まず口を開いたのは凰鈴音だった。ここに集まっている専用機持ちの中で唯一2組である鈴は、教室が隣であることもあって3組の話が耳に入りやすい。ましてダメージレベルC目前であった自分を助けてくれた恩人にして、その後の学年別トーナメントでセシリア・オルコット共々負けた相手のことだったため、聞き流さずに記憶していた。

 

「トーナメントでタッグを組んでた葉加瀬さんが作ってたんだよね?」

 

 そう言ったのはシャルロット・デュノア。第三世代開発が遅れているとはいえ大手のIS企業であるデュノア社の娘として、そう言った開発の情報には敏感だった。

 

「あの人の専用機か。どういった物なんだ?」

 

 そう聞いたのはラウラ・ボーデヴィッヒ。かつて自分を訓練機で完封した人物の専用機、となれば気になるだろう。当時は戦いの邪魔をされた苛立ちと訓練機が相手と言う慢心から越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を使わないまま負けたが、次はそんなことはせず本気で戦いたいらしい。……のだが、なぜか出会うことが出来ないまま二学期を迎えてしまい、ラウラ自身も一夏と一緒に居ようと行動しているためその機会は未だに作られていない。

 

「わたくしのブルー・ティアーズと同じ、ビットを操る機体ですわ。」

 

 それに答えたのはセシリア・オルコット。葉加瀬なのはの紹介でビット操作を教えて貰っているセシリアは、ここにいる専用機持ちたちの中で一番天羽飛鳥と親しかったりする。

 

「ビットを?それはイギリスの技術ではなかったのか?」

 

 そう疑問符を浮かべたのは篠ノ之箒。代表候補生ではない箒は他人の専用機にもさして興味がないため、飛鳥にもそれほど関心を示していないのだが、それでもビットを操るというのが気になった。

 

 箒の言う通り、ビットはイギリスの第三世代技術である。正確に言えばイギリスが主導で開発している技術だ。箒の専用機【紅椿】も全身に備えている第四世代技術【展開装甲】、その背部を切り離してビットとしての運用ができるが、紅椿の展開装甲は大体何でも出来るため例外である。

 

「確かにビットは我がイギリスの技術ですが、飛鳥さんの機体はなのはさんが一から作った物。ビットを持っていても何ら不思議はありませんわ。」

 

「そういやセシリア、アイツにビットを弄って貰ったとか言ってたわね。」

 

 学年別トーナメントでなのはにガトリング砲でハチの巣にされたことを思い出し鈴が顔をしかめる。動きからして飛鳥と違いそれほど強くない素人であることが分かっていた相手に落とされただけに悔しい思いをしたものだ。

 

「えぇ!ビットの動かしやすさが段違いですし、何よりエネルギー効率が37%も向上致しましたわ!」

 

「ほう?光学兵器ばかりで燃費が悪い機体でそれだけエネルギー効率を向上させるとは、良い腕をしているな。」

 

「37%ってスゲーな、俺の【白式】も弄ってくれないかな。」

 

 セシリアの話を聞いたラウラは賞賛し、一夏は羨ましがった。ブルー・ティアーズは光学兵器を搭載している上に常用しているレーザービットが4機もあるため、この場にある専用機の中で紅椿と白式に次ぐ燃費の悪さなのだが、それでもエネルギー効率を37%も向上させればその効果は目に見えて現れる。単純に戦闘可能時間が延びるだけでも十分だが、ブルー・ティアーズの場合は攻撃時のエネルギー効率も良くなっているため、攻撃性能も向上していると言っても過言ではない。

 

「どうでしょう?わたくしの場合はブルー・ティアーズがなのはさんの興味を引いたので見て貰えましたが……。」

 

 白式は性能こそ第三世代の中でもトップクラスだが、武装は雪片弐型1振りと多機能武装腕【雪羅】のみ。後付装備(イコライザ)はないため拡張性もなく、背部の大型スラスターは性能こそ良いがエネルギーをバカ食いする何とも判断に困る代物であるし、誇れる点はせいぜい単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の零落白夜ぐらいだ。唯一の男性操縦者の専用機という唯一無二のトレンドがあるが、それが興味を引くだろうか。

 

 考える一同だったが、シャルロットの言葉でそれは終わった。

 

「そもそも、今の時期は見て貰えないんじゃないかな?天羽さんの機体をキャノンボール・ファスト仕様に調整するので忙しいだろうから。」

 

「そうだよなぁ。そう何個も弄ってられないよな。」

 

 そもそも3組の人間なので、一夏たちは完全な敵である。わざわざ敵を強くすることをするわけないと、せめてキャノンボール・ファストが終わってから頼みにいこうと一夏は決めた。

 

 

 

 

『白式弄る?』

 

『無駄に難易度高いミニゲームを好き好んでやる訳ないじゃん。』

 

『だよねー。何か臨海学校じゃ難易度低かったけど、普通の白式じゃミニゲームの難易度無駄に高いしクリアしても効果薄いしで利点が何もないし。』

 

『何より1回やると一夏がウザくなる。』

 

『何回もキャラの所に来るからね。』

 

 

 

 

「結局、天羽さんって高機動パッケージってあるのか?」

 

「どうなんだ、セシリア?お前が一番天羽とは親しいだろう、何かしらないのか?」

 

「高機動用かは分かりませんが、オートクチュールはあると言っていましたわ。」

 

 詳しく聞いた訳ではないが、セシリアは飛鳥の専用機に専用換装装備(オートクチュール)があるというのは聞いていた。勿論フルセイバーの事であるが、それをセシリアは知らない。

 

「へぇ、どんな名前かは分かる?オートクチュールなら名前からある程度どういう装備か分かると思うんだけど。」

 

「それが、わたくしにはまだ早いと言って教えてくれませんの。」

 

「『まだ早い』?」

 

「含みのある言い方だな。」

 

「このまま行けば使うことになるとも言っていましたから、単にわたくしの実力不足が原因ですわ。」

 

 セシリアのブルー・ティアーズは脳量子波に対応したためその本領を発揮することが出来るようになったが、今まで抑圧されていた実力を発揮できるようになっただけで実力が上がった訳ではないし、機体スペックが特別良くなった訳でもない。

 

 脳量子波によってグネグネ動くビット操作と偏光制御射撃(フレキシブル)による曲がるレーザー攻撃が出来るようになって間違いなく戦闘力は上がったが、飛鳥にしてみればまだまだ実力不足。日頃の練習で腕は着実に上がっているためそう遠くない内にその日は来るだろうが、今はまだ飛鳥がそれを持ち出すことはない。

 

「え、あの動きで実力不足なの?」

 

 今のセシリアの実力を知っているのはなのはによる改造の直後に模擬戦を行ったシャルロットだけだ。最近の放課後に行われる一夏の特訓ではスターライトmk-Ⅲによる円状制御飛翔(サークル・ロンド)瞬時加速(イグニッション・ブースト)の切り替え実演のみを行っているため、ビットを見せる場面がめっきりなかったためだ。

 

 一夏の特訓であるため偏光制御射撃(フレキシブル)で当てられる場面でも当てずにいるため、実際に体験したシャルロット以外ここに居る人間はセシリアの実力を誤解していることになる。

 

「えぇ、いつもブルー・ティアーズの攻撃はすべて切り払われ、そのままレーザービットが叩き落されますわ。」

 

「アレを切るの!?」

 

「まぁ、飛鳥さんのビットすべてがソードビット――切断能力を持った武器だからこそ可能なことなのですが。」

 

 シャルロットは思った。『あの偏向射撃(フレキシブル)を正確に切るソードビットって何それ?』と。

 

「そのソードビットという物はそれほど良い武器なのか?」

 

 ソードと聞いて箒がセシリアに質問した。

 

「有効射程こそソードの名の通り短いですが、速度も機動性もブルー・ティアーズ以上。尚且つビットすべてがヒートソードなのか溶断するので、材質に関係なく攻撃が可能。飛鳥さんの技術も相まって、とても強力な武装ですわね。」

 

「セシリアがそんなに言うってことは、それだけ凄いってことだよな。」

 

 実際、GNソードビットの弱点はソード故の有効射程の短さだけで、それ以外は既存のビットすべてを凌駕する性能を持っている。しかもセシリアはまだ知らないが、GNソードビットには単純なビットとしての使い方以外にも色々な役目があり、手持ち武器のGNソードⅤよりも重要な武器のため、飛鳥も落とされない様にビットを操る時は本気で気を配っているのも厄介さを増している要因だったりする。

 

「厄介なのは、飛鳥さんが高速戦闘中だとしてもそのソードビットを操ることが出来ることですわ。」

 

「何?ビットがそれだけの速度を持っているのか?」

 

「らしいですわ。」

 

 

「キャノンボール・ファスト、優勝最有力は飛鳥さんでしょう。」

 

 

 

 

『さぁやって参りました9月27日、キャノンボール・ファスト。』

 

『今大会は専用機の数が多いため訓練機部門と専用機部門に分かれています。勿論私は専用機部門、なのはは訓練機部門となっています。』

 

『結局フルセイバーなしだけど、負けそうになったからってトランザムは使わないでね。圧勝しちゃうんだから。』

 

『了解!』

 

 

 

 

 二年生のレースが行われる中、次にレースを行う専用機部門に参加する一夏、箒、セシリア、鈴、ラウラ、シャルロット、飛鳥の7人はピットに集まっていた。

 

「天羽さん、今日は負けないからな。」

 

「私も負ける気はありません。ここらで1回は公式の結果を出さないと、私が色仕掛けで防衛大臣を篭絡して代表候補生になったとかいう根も葉もない噂がまた流れてしまいますから。」

 

「え、そんな噂があったのか?」

 

「はい。まぁすぐに鎮圧しましたけど。」

 

「(何したんだろう……。)」

 

 一夏は聞かないことにした。

 

「そういえば、天羽さんの専用機ってキャノンボール・ファスト用に何かしたのか?スラスターを増設したとか、パッケージをインストールしたとか。」

 

「いえ、特には。」

 

「え?」

 

 スラスターも増設しない、パッケージも使わないノーマルの機体で高速バトルレースに参加って。

 

「心配はいりません。圧勝しないためですから。」

 

「圧勝って。」

 

「フルセイバーを使えば()()()()()()()()()()ですし、何より素の状態が一番ですから。」

 

 その言葉の意味を、一夏はすぐに思い知ることになる。




 次回、キャノンボール・ファスト

「トランザムは使うなって言ったでしょ!?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 天羽飛鳥、飛翔する

「みなさーん、準備はいいですかー?スタートポイントまで移動しますよー。」

 

 若干のんびりとした山田先生の声に従って、マーカー誘導に沿ってスタートラインへと移動し横1列に並ぶ1年生の専用機を横目に、天羽飛鳥は観客席へと視線を向けていた。

 

 それに気付いたのはセシリア・オルコットただ1人。どこを見ているのかとセシリアも飛鳥の視線の先を追ってみるが、赤毛の少女が目立つ程度でこれと言ったモノはなく、レース開始直前のため聞こうと声をかけることも出来なかった。

 

「(何を見ているのでしょう?)」

 

 飛鳥が見ている先、そこに居たスコール・ミューゼルは飛鳥が自分を見つめていることに気付いて小さくため息を吐いた。

 

「この人ごみの中から私1人を見つけ出すなんて、どうなってるのかしら。」

 

 「今日の襲撃、止めて正解だったわね」と小さく言うスコールに、それが聞ければ問題ないとでも言うかのように飛鳥は視線を外した。

 

「(亡国機業(ファントム・タスク)が見てるからトランザムは晒せない。そもそも機体の性能差で圧勝するのはクアンタを作ったなのはに変な輩が近付いてくるから出来ない……まぁ量子ジャンプの時点で大概だけど。)」

 

 狙うは1位だ。しかし圧勝は出来ない。するにしても飛鳥自身の技量による勝利でないといけない。

 

「(難しいな。クアンタは特別速い訳じゃないし、単純なレースだったら負けてたかも。妨害ありだし、ソードビットで他を抑えつけて飛ぼう。)」

 

 そもそもスラスターを持たず、PICとGN粒子の能力とツインドライブによる圧倒的な粒子放出量によって飛行しているクアンタは決して速くない。それでも第三世代機よりは速いが、展開装甲によって全身をスラスターにできる第四世代の紅椿よりは遅いのだ。*1

 

 だからこそ勝ち筋は1つ。他を妨害してのゴール。

 

「(Aビットは白式と紅椿、Bビットは甲龍とラファールのカスタム機にそれぞれ1つずつ。Cビットはシュヴァルツェア・レーゲンに2つとも着けて――)」

 

 シグナルランプが点灯する。

 

「(――セシリアは私自身が抑える!)」

 

 今、レースがスタートした。

 

「ソードビット!」

 

 スタートダッシュを決めトップに躍り出た飛鳥は目を金色に輝かせ、左肩のGNシールドに連結されていたGNソードビット6機を解き放った。

 

 長剣タイプのAビットは織斑一夏と篠ノ之箒に。短剣タイプのBビットはシャルロット・デュノアと凰鈴音に。そして唯一ビームサーベルの機能を備えた最も小型のCビットは2つともラウラ・ボーデヴィッヒに向かって飛翔する。

 

「セシリアの言っていたソードビットか!」

 

「高速飛行中でも使えるって言うのは本当だった訳ね!」

 

 このビットは倒す目的で放った物ではない。あくまで前に出て来ない様にするための物――牽制のための攻撃。

 

 ラウラにだけ2機送ったのはその腕を見込んでだ。以前戦った飛鳥はラウラの実力を高く評価している。機体が高い完成度を誇るのもそうだが、何より第三世代技術のAICが脅威だ。その性質上高速バトルレースであるキャノンボール・ファストでは多様出来ないが、使用されればそれだけで負けかねない。2機のソードビットでAICの妨害をしつつ、前に出れない様にする。

 

 他のソードビットも同じ役割だ。機体性能は高いが乗り手が未熟な白式と紅椿――一夏と箒には、視覚的に対処をしなければと思わせるために大きなAビットをあてがい。

 代表候補生として確かな実力を持つ鈴とシャルロットには、決して無視できない妨害をするために相手が当てにくい大きさのBビットをあてた。

 

「おわっ、この!」

 

 前から来るソードビットをセシリアのビットにもやっているように斬り落とそうと雪片弐型を振るった一夏は、突如としてソードビットが雪片弐型を()()()()()ことでまともに攻撃を受け、大幅に減速した。

 

「今のは【影抜き】!?ISで、それもビットでやったのか!?」

 

 その動きを見た箒が驚愕する。

 

 古武術の技が1つ【影抜き】。武器を打ち合うと思わせ、直前で軌道を変えてそれを躱し、瞬時に打ち込むことであたかもすり抜けたかの様に見える太刀筋。

 

 古武術である篠ノ之流剣術を修めている箒も出来るが、出来るからこそ分かる。影抜きは重心の移動によって行う技術であり、ISで行うには重心の移動が機体に振り回されるせいで安定しない。更に言えば、PICで浮かぶビットにはそもそも移動させる重心がない。機体で行えはするのかもしれないが、しかし間違ってもビットで行えるものではない。

 

 飛鳥がソードビットで影抜きを行えるのにはタネがある。ソードビット、ひいてはダブルオークアンタに使われている動力源・GN粒子の特性である慣性制御や質量軽減などを駆使し、それらを切ったりなんだりして重心の移動を行っているのだ。

 

 勿論手持ち武器であるGNソードⅤでもGN粒子による重心移動の補助をすることで影抜きが行える。ただ、ある程度の大きさが無いと影抜きほどの劇的な重心の移動は出来ない為、ソードビットで行う場合は一番大きなAビットでのみ可能な芸当だ。

 

「くっ、ちょこまかと!」

 

「墜ちなさいっての!」

 

「弾切りながら突っ込んでくるー!?」

 

 ラウラ、鈴、シャルロットもそれぞれがソードビットによってうまく加速出来ずに居た。最も苦戦しているのは2機のソードビットを相手にしているラウラだが、一番可哀想なのは搭載している武装の全てが実弾兵器のシャルロットだ。弾丸は切られ、ブレードで打ち合おうとすると溶断されるため、速度で振り切るしかないのにその速度も追い付かれる。これがレースでさえなければシャルロットも幾らか対処法を思い付いたが、下手な機動の取れないレースではシャルロットとソードビットの相性は最悪だった。

 

 そんな友人たちをハイパーセンサーで見ながら、セシリアは自身の少し前を行く飛鳥に話しかけた。

 

「わたくしにはありませんの?」

 

 何故自分にはソードビットをあてなかったのか。飛鳥を除いてこの専用機部門に参加しているのは6人で、ソードビットも6機ある。1人に1機でいい筈だとセシリアは言った。

 

「保険かな。シュヴァルツェア・レーゲンは操縦者の軍人ちゃんの腕前も含めて脅威だから、2機あてた。」

 

「──わたくしの分のビットをあてがった理由は?わたくしにはビットが必要ないと?」

 

「逆──私自身がやらなきゃ、セシリアが優勝しちゃうからだよ!」

 

「!」

 

 前を向いたまま左肩のGNシールドが稼動し、その上部に備えたGNビームガンからビームをセシリアに向けて放ち、セシリアはそれを最近成長を続ける操縦技術で回避した。

 

「このレースで私が警戒してるのは第四世代機でもレース仕様の機体でもない!セシリア、貴女だよ!」

 

 実験段階の第三世代は言うに及ばず、最新鋭の第四世代ですら乗り手が未だに使いこなせないこのレース、飛鳥が警戒するのは()()のセシリアただ1人。例えその機体がデータ収集のための物であろうと、変革を始めているという事実が飛鳥にセシリアをマークさせた。

 

「それは嬉しい限りですわね!わたくしも飛鳥さんを警戒していましたわ!」

 

 そう言いながらセシリアが展開(コール)した武装を見た飛鳥が目を見開いた。

 

 それは大型のビームライフルだった。ただ普通のビームライフルと違うのはその銃身の下部に刃を持ち、剣としての機能を備えていること。そして真に使いこなせば()()()()()()()()()()だということ。

 

 飛鳥はそれを知っている。

 

「【GNソードⅡブラスター】……!?」

 

 臨海学校でテストしようと持っていった武器の内の1つ。純粋種の能力によって真価を発揮する武装。それを作り、保有するのはたった1人。

 

「ダメ元でなのはさんの工房で見かけたこの武器、パフェの1つでお借り出来たのは嬉しい誤算でしたわ!」

 

「何してんのなのはぁーーーー!!?」

 

 観客がいることも忘れ飛鳥は叫んだ。まさかパフェ1つで親友が敵に塩どころか武器を贈っているとは思いもしなかった。

 

「(まずい!ブラスターはまずい!セシリアはまだ変革し切ってないからいいけど、普通に性能が高い!)」

 

 もしセシリアが完全に変革していたら、射程無限で威力一撃死の攻撃が偏光制御射撃(フレキシブル)でずっと自分に向かってくるという笑えない事態になっていた。今のセシリアであれば精々偏光制御射撃(フレキシブル)でずっと狙ってくる無視できない程度の威力の攻撃で済むが、レースでそんな攻撃を受ければ体勢を崩してトップを譲ることになってしまう。

 

「まずは1発!」

 

「っ!」

 

 挨拶代わりにとセシリアが()()()()()()()ビームが自身に向かってきたのを、飛鳥はGNビームガンで撃ち落とした。

 

 偏光制御射撃(フレキシブル)をモノにしたセシリアは最初から狙いを定める必要がない。撃ってから曲げて敵に当てられる以上、ある程度相手に銃口が向いているだけで十分なのだ。だからこそ、ただトリガーを引き続けるだけで脅威となる。

 

 ことここに至って、ソードビットを他にあてたことが裏目に出た。位置や向きの関係上GNソードⅤでいつものように切り払えないし、撃ち落とせないのだ。ただトリガーを引き続けるだけでいいセシリアに対して、飛鳥の手数が圧倒的に足りない。

 

「今のわたくしが曲げられるのは9つの射撃!ソードビットなしで受けきれはしませんわ!」

 

 いつもレーザービット4機、それらが撃ったレーザー4つ、自身が放つスターライトmk-Ⅲのレーザーを動かしているセシリアは、単純な数なら9つの同時偏向射撃(フレキシブル)を可能としていた。今はビットはないが、素でも長射程であるGNソードⅡブラスターで連射すれば9つの同時偏向射撃(フレキシブル)を行うことができる。

 

「くっ!」

 

 GNビームガンで隙を見て撃ち落とし、操縦技術で躱し続ける飛鳥だったが、遂にその動きを偏向射撃(フレキシブル)が捉えた。

 

「そこですわ!」

 

「!」

 

 GNビームガンで1つを撃ち落とし、右から狙った2つをGNソードⅤで切り払い、残った6つの偏向射撃(フレキシブル)が飛鳥に向かって飛来する。

 

「(シールド──ダメ、4つは防げるけど2つ当たる。ソードビット──今からじゃ間に合わない。ライフルモードで撃ち落とす──1つ間に合わない。)」

 

 加速する思考の中で飛鳥は考える。GNソードⅡブラスターの攻撃は1発でも受ければトップを譲ることになる。

 スラスターがないダブルオークアンタはスラスターが放出したエネルギーを再度取り込んで都合2回分のエネルギーで加速する瞬時加速(イグニッション・ブースト)が物理的に出来ないため、追い付くには量子ジャンプでも使わないと速度的に無理だ。

 だが量子ジャンプはレースで使っていいのか微妙な所だ。許されるならゴール前にジャンプしているが、自分でもどうかと思うので自粛している。

 

 様々な手を考え、飛鳥は決断した。

 

 

 一方、セシリアはチェックメイトを決められたと安堵していた。

 

 ソードビットが1機でも自分に着いていたらこんなことは出来なかった。それこそ銃口の前にピッタリ張り付いて片っ端から切り払っていただろう。そうなれば拡張領域(バススロット)をGNソードⅡブラスターでいっぱいにしているセシリアにはどうしようもなかった。

 

「(飛鳥さん。如何に貴女が強くても、対処しきれない数の攻撃には当たらざるを得ませんわ。せめてソードビットが1つでもあれば違ったのでしょうけれど、抜かれそうになる時だけ使えば良かったのを貴女自身が手放した。撃墜する気で攻撃していればこうはならなかったでしょうけれど……。)」

 

 セシリアはいつも練習で見ているからこそ気付いた。ソードビットが一夏たちを撃墜させることを避けていることに。本来なら全身を切り裂かれ、スラスターを壊されてレースから脱落していなければおかしいのだ。それだけの性能をGNソードビットは持っている。

 

「(何故撃墜を避けているのかは分かりませんが、そんなことでは勝てませんわよ。)」

「(本気を見せてくださいな!)」

 

 そうセシリアが()()()()()瞬間、

 

「トランザム!」

 

 6つの偏向射撃(フレキシブル)の射線から飛鳥が消え、セシリアの目の前に現れた。

 

「っ!?」

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 機体を赤く輝かせ、右手に持ったGNソードⅤに()()()()()()()()()飛来した6機のソードビットが合体し、バスターソードへと変貌したそれをセシリアに向かって振りかぶる。

 

 それをGNソードⅡブラスターを盾に防ごうとしたセシリアは、そのままブラスターを溶断された。

 

「よし!」

 

 ブラスターを破壊した飛鳥は赤く輝いたまま凄まじい速度でコースを進んでいく。セシリアも追いかけたが、今までとは桁外れの速度に差は縮まるどころか離される。

 

 結局、セシリアが飛鳥に追い付いたのは、飛鳥がゴールすると同時に機体を元の色へと戻し、クールダウンにゆっくりと飛行している所に20秒以上も経ってからのことだった。

*1
スラスターがないので第三世代最速の白式程度の速度しかないという設定。




実体剣複合大型ビームライフル【GNソードⅡブラスター】
セシリアがなのはの工房に置いてあったのを、パフェ1つと引き換えに借りることに成功した大型武装。
銃身下部に刃を備え剣としての機能を持つが、銃としての機能に重きを置いている。
純粋種が使用することで使用者のコンディションによってその射程の拡張と威力の調整が行え、1000Km先への狙撃だろうとビームを届かせることも可能。
本来はGN粒子を圧縮してビームとして発射するが、構造上ブルー・ティアーズが用いるBTエネルギーで代用可能であったためにそのまま貸し出された。
セシリアがまだ変革し切っていないため射程の拡張も威力の調整も行えないが、BTエネルギーを用いているため偏光制御射撃(フレキシブル)が可能。しかも射程の拡張も威力の調整も出来ないとはいえその性能は十分に高いため、飛鳥にトランザムを使わせる程に追い詰めた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 天羽飛鳥、ドジる

『はい、皆さんおはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『フガッ!フンガー!』

 

『こっちでフガフガ言ってるのが相方の葉加瀬なのはです。』

『被告、葉加瀬なのはは卑劣にも友をゲーム内で実際には食べられもしないパフェ1つで売り払った罪で拘束されました。』

『トランザム使うなと言っておきながらGNソードⅡブラスターをセシリアに横流ししてトランザム使わざるを得ない状況を作るとか明らかにスパイ行為。よって片手間にくすぐりの刑に処します。』

 

『ンガー!!?』

 

 

 

 

「飛鳥さん!()()は何ですの!?」

 

 1位でゴールした天羽飛鳥から遅れること数十秒。セシリア・オルコットはゴールするとともに先に地面に降り立っていた飛鳥に詰め寄った。

 

「ナンノコトカナー。」

 

 既にISを解除しISスーツ姿の飛鳥は、同じくISスーツ姿となったセシリアから棒読みの言葉と共に顔を背けた。

 

「とぼけるのは無しですわ!【トランザム】とは一体何ですの!?」

 

「私の口じゃ言えないナー。」

 

「(なら脳量子波で言って下さいな!)」

 

「(コイツ直接脳内に……!)」

 

 未だに頭上のコースでレースが行われている中、飛鳥から渡された3倍に薄められたスポーツドリンクを受け取ったセシリアは脳量子波による会話を続けた。

 

「(トランザム、見たところによると機体性能を大幅に上昇させる特殊システムの様ですが、身体に負担などはありませんの?)」

 

「(ないよ。ISの操縦者保護とか色々使ってるからね。VTシステムはその辺使ってないし使う気も無かったから操縦者を使い潰すけど、トランザムでそんなことにはならない。)」

 

 機体の各部に取り付けられたGN粒子を貯蔵するGNコンデンサーから高濃度圧縮粒子を解放し、機体性能を引き上げる【トランザムシステム】。GN粒子の特性の1つである慣性制御能力を用いて操縦者の保護をしており、VTシステムの様に操縦者を傷付ける事が無いのが特徴だ。それこそ操縦者保護に使っているGN粒子さえも速度に当てるとかしない限りパイロットは傷付かない。

 

「(ならなぜ出し惜しみを?リスクがあったから使わなかったのではないのですか?)」

 

「(亡国機業(ファントム・タスク)の実働部隊のトップが見てたから。出来る限り性能を晒さないでやりたかったんだけど、セシリアがブラスターなんて持ってくるから無理だったよ。)」

 

「(亡国機業(ファントム・タスク)!?何処ですの!)」

 

 バッ!と観客席に視線を向けるセシリアに、飛鳥は脳量子波で言った。

 

「(今は居ないよ、会長に見つかって帰ったから。だからトランザムを使う踏ん切りが着いた。映像とか写真で後から見られるのと直で見られるのとじゃ与える情報量は違うからね。)」

 

「(なるほど、それで……。)」

 

 直に見られなければ良い。記録は全て葉加瀬なのはが消す。記憶にさえ残らなければ良かった。

 

 だから更識楯無がスコール・ミューゼルを見つけ、スコールもそれを察知して帰ったのを見て飛鳥はトランザムを使う決心をした。

 

 というのは他人に言うそれっぽいウソで、実のところスコールに見られてもいいやの精神でトランザムを使った。スコールが居ないのを確認したのはゴールしてからである。

 

 ソードビットを全て他にあてていたせいでセシリアのブラスターによる9つの偏向射撃(フレキシブル)に対応し切れず、1発でも攻撃を受ければレースに負ける状況。いっそソードビットで皆バラバラに切り裂いてセシリアとの一騎打ちに持ち込んでしまえば楽勝だったのだが、それは果たしてレースなのかという考えが過ぎ去ったために出来ず、結局悩んだ末にトランザムの使用に踏み切ったのだ。

 

「(思ってたよりセシリアの変革早いし、正月より先にフルセイバーのお披露目があるかも。)」

 

「(飛鳥さんを本気にさせられたと喜ぶべきか、全力を出されていないことを嘆くべきか……わたくしにもっと力があれば、飛鳥さんも全力で答えてくれる筈ですのに……。)」

 

「どりゃぁっ!!」

 

「くっ、足りんか!!」

 

 言葉なく行われていた2人の会話は、デッドヒートの末ゴールに突っ込んだ凰鈴音とラウラ・ボーデヴィッヒによって打ち切られた。

 

「流石レース仕様、3位に滑り込んだ。」

 

「キャノンボール・ファストのために作られただけのことはありますわね。」

 

 鈴とラウラから少し遅れてシャルロット・デュノア、篠ノ之箒、最後に織斑一夏がゴールする。

 

「紅椿は高性能だけど、やっぱり【絢爛舞踏】が使えないと厳しかったかな。最後にものをいうのは結局技量だし、その点でいえば妥当な結果だね。」

 

「箒さんの単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)をご存じでしたの?」

 

「なのはがね。束さんが作った半永久機関だからって気にしてた。すぐに興味無くしてたけど。」

 

「なぜですの?」

 

「ずっとスイッチを押し続けてないと停止するから、だって。」

 

 【絢爛舞踏】。数少ない単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の中でも最上級と言っていい性能を持つ、エネルギーの倍化能力。ISはどれだけ高性能でもエネルギーが尽きてしまえばただの木偶の坊だが、絢爛舞踏さえあればエネルギーが尽きる心配をする必要がなくなる。機体出力の最高値を常に出すことができる夢の能力。

 

 理論上半永久機関足り得るそれに同じく半永久機関を制作したなのはは興味を持ったが、あくまでも単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)である絢爛舞踏はそのスイッチを操縦者――篠ノ之箒に委ねている。そのため使えないならとことん使えない。そんな気分屋な半永久機関に構う気はさらさら起きず、なのはは興味を無くした。

 

「性能はいいけど半永久機関としては欠陥品。その癖機体として纏まってるからシュヴァルツェア・レーゲンみたいな改善案を考える気にもならない。面白くないって言ってたよ。」

 

「最新鋭の第四世代機に凄いことを言いますわね、なのはさん……。」

 

 

 

 

『あひぃ……。』

 

『ふぅ……さて、キャノンボール・ファストは1位私、2位セシリア、3位鈴、4位ラウラ、5位シャル、6位箒、7位一夏となりました。セシリアが2位なこと以外並びは順当です。』

『はい、このキャノンボール・ファストは大体の順位が決まってます。大体鈴、ラウラ、セシリア、シャル、箒、一夏の並びですね。装備や本人の力量とかが関係するので、プレイヤーが何かしらの行動を起こした場合はこの限りではありません。今回のセシリアがその例ですね。』

『……ソードビット無しとは言えトランザム使わないとやられてたって強くない?いや撃墜させるだけならトランザム抜きで出来るんですけど、それにしてもバグってない?純粋種ってバケモノなの?』おまいう

 

 

 

 

 注目の演目であった1年生専用機部門も無事に終わり、その後も何事もなくレースが行われた。

 

 最終演目の3年生によるエキシビション・レースも大盛況。キャノンボール・ファストは今年のIS学園のイベントで初めて事件が起こらずにその全演目を終えた。

 

「くそー、勝てなかったなー。」

 

 キャノンボール・ファスト終了後の織斑家。予定通りに行われた織斑一夏誕生日会の場で一夏は悔しがっていた。

 

「天羽さんのソードビットで全然前に出れなかったし、無くなったと思ったら今度は箒が狙ってくるし。」

 

 GNソードビットAによる影抜きを受け一度スピードを落としてしまった隙に箒に抜かれ、そのまま抜けずに7位。スペックだけなら第三世代でも指折りの白式で最下位という結果は、勝負となれば勝ちたいという欲求のある一夏には普通に悔しかった。

 

「そもそもいくら速度特化の大型スラスターがあるとはいえ、素人のセッティングで勝てる方がおかしいのよ。ふつーよふつー。」

 

 悔しがる一夏に鈴はそういう。代表候補生として国で勉強をしてきた鈴たちと違って、一夏のISに対しての知識は増えこそしたが未だに素人レベル。そんな人間が行ったセッティングでレースに勝つ方が、代表候補生たちの実力を疑問視されてしまう。

 

「そうですわよ一夏さん。最後に物をいうのは技量だと飛鳥さんも言っておりましたし、むしろ引き離されずゴールしたことを誇るべきですわ。」

 

「そういうセシリアも大分僕たちを引き離してゴールしてたよね。1人だけソードビットがついてなかったけど、天羽さんとの一騎打ちはどうだったの?」

 

 すかさず一夏を励ましにかかったセシリアだが、シャルロットの乱入によって近付くことが妨害される。それに気を悪くすることなくセシリアはシャルロットの言葉に返答した。

 

「完敗ですわね。本気は引き出せましたが全力には程遠いですし、その本気もレースで勝つために仕方なく出したもの。試合であれば片手間に切り刻まれて終わりですわ。ソードビットが1つでもあれば偏向射撃(フレキシブル)も全て切り払われていたでしょうし。」

 

「そうだセシリア!アンタいつの間に偏向射撃(フレキシブル)なんて出来るようになったのよ!」

 

「えっ、2学期が始まってすぐですけれど。」

 

「大分前じゃない!何で見せてくれなかったのよ!」

 

「機会がありませんでしたから……。」

 

「結構あったでしょうが!」

 

 「うがー!」と吠える鈴に「えぇ?」と困惑気味のセシリア。放課後に結構一緒にいたのに一度も偏向射撃(フレキシブル)を見せて貰えなかったのが寂しい鈴の気持ちを、未だに変革し切っていないセシリアに察することはできず、騒がしく一夏の誕生日は過ぎていった。

 

 

 

 

『そういえば飛鳥。』

 

『ん、なに?』

 

『これ7巻のタッグマッチってやるの?あれキャノンボール・ファストが襲撃されたからやることになったって読み返したらあったんだけど。』

 

『………………。』

 

『あれないと簪ちゃんとかすごい面倒なことになると思うんだけど。』

 

『………………。』

 

『戦闘以外ならボクで代用できるけど……どうするの?』

 

『副会長権限で開催する!!』

 

『今回のドジである。』




タッグマッチ開催の理由とか忘れてる訳ないじゃない(震え声)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 天羽飛鳥、計画する

『はい皆さんおはこんばんちは、いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『はい、7巻のタッグマッチがないとかんちゃんがとても面倒な状態になるのでそれを解決するためにタッグマッチ・トーナメントを開催します。』

『というかしないと楯無が9巻で死にかねない。このゲーム、キャラの死亡は敵味方問わずないのでIS乗りとしての再起不能――非戦力化で済むんですけど、後々を考えると再起不能になられても困るので助けます。』

 

『ウィキにも載ってるけど、タッグマッチが開催さえされればプレイヤーが何もしなくても一夏がいい感じにやってくれるよ。というか下手に手を出す方がダメらしい。』

 

『下手に手出しすると意固地になって失敗するとか他と比べて難易度高い……。』

 

 

 

 

「大会を開催したい?」

 

「はい。」

 

 キャノンボール・ファストの翌日、生徒会室。副会長である天羽飛鳥は生徒会長である更識楯無にそう持ち掛けた。

 

「キャノンボール・ファストが今年のイベントで初めて何事もなく終わったイベントですよね。クラスリーグマッチは無人機のせいで中止、学年別トーナメントはVTシステムのせいで結局データ取りのための1回戦のみ、臨海学校はみんな自室待機でしたし、学園祭は亡国機業(ファントム・タスク)に侵入されてますから。」

 

「そうね。4回ともトラブルがあったわね。」

 

 学園祭は表面上は穏やかだったが、裏では亡国機業(ファントム・タスク)との争いがあった。そのため何事もなく、とは言えない。他のイベントは言わずもがなだ。

 

「この何事もなく終わったと言う波に乗って、専用機持ち同士でバトル大会をしたいんです。キャノンボール・ファストはレースだったので撃墜するのもなぁって加減してたんですけど、セシリアが思ってた以上に本気にさせてくれたので今燻ってるんです。試合したい欲が。」

 

 ふむ、と楯無は考える。確かに今年のイベントで初めて何事もなく終わったのがキャノンボール・ファストだ。観客席に亡国機業(ファントム・タスク)のスコール・ミューゼルがいたが、襲撃もなく終わっている。話によるとその後に織斑一夏が襲撃されたそうだが、それはこの際考えないものとして、だ。

 

 確かにイベントの中止や内容変更で生徒たちはそのほとんどが残念がっている。学食の食券やデザートなどで賭け事があるぐらいには、IS学園でイベントは楽しみにされている。人工島であるIS学園に3年間寮生活するに当たって、イベントは気付かぬ内に溜まったフラストレーションを発散する息抜きの役目もあるのに、それが尽く中止になっている現状の流れは断ち切っておきたい。

 

 それに亡国機業(ファントム・タスク)の動きが活発になってきている今、専用機持ちたちのスキルアップにも大会を開催するのはちょうどいい。代表候補生としては大会で勝ち進むのは将来的にモンド・グロッソを見据えると熟しておきたい項目だ。3年のダリル・ケイシーは面白がって出てくれるだろうし、2年のフォルテ・サファイアも面倒とは言いながら参加するだろう。1年は焚き付ければやる気になる。

 

 ──専用機が未だに完成していない、簪ちゃん()を除いて。

 

「これを逃すと今年の内に専用機のイベントに妹が参加する機会無くなりますよ。」

 

「!ど、どうして簪ちゃんのことを?」

 

 話したことのない妹のことを、どうして知ってるの?

 

「何で知らないと思ったんです?日本の第三世代を日本の代表候補生が知らない訳ないじゃないですか。その操縦者も調べるでしょう。ポンコツになるのやめてください。」

 

「そ、そうね。ごめんなさい。」

 

 他国のことならいざ知らず、まさか自国のことを代表候補生が知らない訳がない。

 

「妹のことをダシにするようで悪いですけど、この機会を逃すと本当に何もしないまま1年終わりますよ。タッグトーナメントにでもして織斑さんをくっつけてでも周りに協力して貰って専用機完成させないと。」

 

「そうね……え、タッグ?」

 

 

 

 

『ところでこれを見てほしい。』

 

 天羽飛鳥【ダブルオークアンタ】

 織斑一夏【白式・雪羅】

 篠ノ之箒【紅椿】

 セシリア・オルコット【ブルー・ティアーズ】

 凰鈴音【甲龍】

 シャルロット・デュノア【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】

 ラウラ・ボーデヴィッヒ【シュヴァルツェア・レーゲン】

 更識楯無【ミステリアス・レイディ】

 更識簪【打鉄弐式】

 フォルテ・サファイア【コールド・ブラッド】

 ダリル・ケイシー【ヘル・ハウンド】

 

『現在の専用機持ちたちである。』

 

素数(11人)とかどうやっても面倒なことになるんだが?』

 

『なので飛鳥をはぶります。やーいボッチー。』

 

『なのはが居るしボッチじゃないし。』(早口)

 

 

 

 

「あれ、タッグ?」

 

 織斑一夏は扉をぶった切ってやってきた楯無から、突如として「今度やるタッグトーナメントで妹と組んでほしい」と頼まれた。

 

「そう、タッグ。」

 

「でも専用機持ちって……。」

 

「今学園にいるのは11人ね。」

 

 数が合わない。11人でタッグは無理がある。

 

「誰かが1人になるんですか?それとも3人に?」

 

「飛鳥ちゃんが1人で出るわ。本人の希望でね。」

 

「天羽さんが?」

 

 昨日のキャノンボール・ファストで圧倒的な1位通過をした天羽飛鳥。6つのソードビットだけで5人抑えつけ、セシリアを相手に武器を破壊した生徒会副会長。

 

「元々飛鳥ちゃんの提案なのよ、このトーナメント。今年初めて何事もなく終わったキャノンボール・ファストの波に乗ってトーナメントしようって。自分1人VS他全員でもいいって言ってたけど、それはやめさせたわ。」

 

「凄い自信ですね。」

 

「――一夏くん、いいこと教えてあげる。」

 

「え、なんです?」

 

 今までの表情とは打って変わって、眼光の鋭いものへと変わった顔。学園祭の時に見たオータムを相手にした時の表情で楯無は、未だ一部の人間しか知らない()()を告げた。

 

「飛鳥ちゃんは私より強いわ。」

 

「っ!?」

 

 天羽飛鳥、駆る専用機は天才・葉加瀬なのはが作りしダブルオークアンタ。所持する武器はGNソードⅤ1振りとGNソードビット6機、さらにGNシールドとその上部に取り付けられたGNビームガン。

 

「武器も機体も、第三世代の枠に収まらない。つまりその上――」

 

「まさか……!?」

 

「ダブルオークアンタは、第四世代よ。」

 

 

 

 

『このゲーム、コラボ機体にも独自に世代当てはめるよね。』

 

『エクシアがこのゲームだと第二世代なのおかしいと思う。そりゃイメージ・インターフェースは無いけど、00じゃ第三世代ガンダムで──』

 

『それを言ったらダブルオーガンダム セブンソードが第二世代で、/G(スラッシュジー)がそうじゃないことの方がボクは混乱するんだけど。』

 

『フリーダムは第二世代でストフリが第三世代なのはドラグーンがあるか無いかだから分かるけど、ジャスティスが隠者含めどっちも第三世代なの納得いかない。』

 

『ファトゥムってイメージ・インターフェースで動いてたんだね……。』

 

 

 

 

「ブラスターをセシリアにあげる?」

 

「いいでしょ?」

 

 IS学園の1年生寮、天羽飛鳥と葉加瀬なのはの部屋。戯れに新型スラスターの設計図を書いていたなのはに向かって、飛鳥はそう言った。

 

「まだ在庫はあるし、新造するのも生産ラインがあるから楽だけど、いいの?」

 

「私はもう使わないから、使ってくれるセシリアが持ってた方がいいよ。普段使ってる武器より高性能だし、大事に使ってくれる筈。」

 

「キャノンボール・ファストでブラスターをぶった切った張本人がそれ言う?」

 

 じ~、っと飛鳥を見つめてなのはが言った。

 

「撃墜させない様にするにはあれしかなかったんだって。」

 

「ソードビットの1つでも手元にあれば文字通り切り開けただろうに。」

 

「それは私のミスだけどさぁ。」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒの腕と第三世代技術のAICを警戒して、ソードビットを2機あてたのが原因のミス。結果論だが1機だけで十分だったし、そもそも最初のスタートダッシュで1位になった後、抜かれそうな時だけソードビットを使えばもっと楽に事は運んだのだが、才能はあってもレースの心得と経験がなかった飛鳥にはその最善手を取ることができなかった。

 

 因みに、撃墜させない様にしていたのはレースという意識が強かったからだ。本来キャノンボール・ファストはバトルレース、つまり相手を撃墜させたとしても良い競技なのだが、レースと言えば配管工や亀やゴリラたちがやる()()を思い浮かべる飛鳥は、蹴落としこそしても相手をリタイアさせるという手段を取りたくなかった。スポーツマンシップと言えば良いのか、素直と言えば良いのか。

 

「まぁ飛鳥のレースへの意識改善はこれからの課題として、だ。本当に良いの?」

 

「いいの。セシリアと訓練してて思ったんだけど、近接戦が苦手な訳じゃないのにBT兵器の習熟を優先してるせいで変な(むら)がある。」

 

 9月上旬から訓練をつけてきて、飛鳥はセシリアの(むら)を感じ取っていた。射撃は文句なしだ。偏向射撃(フレキシブル)にも慣れてきたのか腕をあげている。しかし近接は心得が無い訳ではないのに対応が遅れる。他が上手いだけにそこが際立って見える。

 

「ライフルからショートソードの持ち替え(チェンジ)どころか、展開(コール)にさえ手間取る何て普通じゃない。多分イギリスでテスト稼動中ずっとライフル持ってビット動かしてたからかな。」

 

 BT-01、つまりBT兵器を搭載した初めての機体であるブルー・ティアーズを受領してから、セシリアは使いこなそうと自国イギリスで訓練をしていた。しかしそのメニューは専らBT兵器の習熟。ビットを動かす練習、機体の飛行テストばかりで、近接戦闘の訓練は数えるほどしかやっていないというのが飛鳥の見解である。

 

「セシリアに取ってブルー・ティアーズはビット、っていうより銃か。それがもう染み付いてるから剣の展開が出来なくなってる。イメージできないから。」

 

 普通そんなことにはならない。どんな訓練をすればそうなるのか。セシリアがイギリスで何をしていたのかは聞いていないが、日がな1日ビットを動かし続けていたとしか思えない。BT兵器のデータ取りのために周りも止めずにずっとそうし続けた結果なのだろう。

 

「だからブラスターを使う。剣だけど銃だから、そこから段々剣に寄せていく訓練をするの。」

 

「刀身があるし名前にソードって入ってるけどアレ銃としてばっかり使うし、慣らしにはいいか。」

 

 

 

 

『良いの?』

 

『いいの。1発当たったら脱落だったキャノンボール・ファストと違って、普通にバトルする分にはあんまり関係ないし。』

 

『でも完全に覚醒したら威力と射程が際限なく拡張された曲がるレーザーが出てくるよ?』

 

『何があればそんな武器作れる様になるの?というかスーパーロボットのやることじゃないそれ?』




 ところで打鉄弐式がいまいち強いと思えない駄竜なのですが、打鉄弐式の強みって何ですか?

 山嵐による48発独立稼動型誘導ミサイルの発射?
 近中遠の全ての距離で攻撃ができること?
 ラファールを元にした機動性の高さ?
 打鉄由来のパッケージの豊富さ?

 打鉄弐式の何が強みなのか、誰か教えてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 葉加瀬なのは、打鉄弐式を作る

 この時期のストーリー、やることなさ過ぎて難産気味でした……いや8巻9巻の方がヤバイんですけどね。


『はい皆さんおはこんばんちは、いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよー。』

 

『ぶっちゃけ7巻って半分ぐらいかんちゃん攻略するだけのストーリーだから、そこに絡まない限り暇で仕方ない。』

 

『大会当日はゴタゴタするけどねー、無人機で。』

 

 

 

 

「で?わざわざ生徒会から飛鳥経由でボクに何のよう?織斑一夏。」

 

 タッグマッチトーナメントまであと1週間弱のある日、葉加瀬なのはは天羽飛鳥経由で織斑一夏に話がしたいと言われ、放課後の学食カフェにて対談していた。

 

「実は葉加瀬さんに頼みがあるんだ。」

 

「打鉄弐式なら作らないよ。」

 

「っ!?」

 

 一夏が何か言うよりも先になのはがそう言うと、一夏は驚きで言葉を詰まらせた。

 

「仮にもボクは日本人だ。自分の国の第三世代ぐらい調べる。白式が優先されて開発が延期されたのを作ってくれって言うんでしょ?」

 

「あ、あぁ。そうだけど……。」

 

「やらないよ。」

 

 にべもなくなのはは拒否した。

 

「どうしてなんだ?」

 

「色々理由はあるけど、一番は『面白味がない』からだね。」

 

「『面白味がない』?」

 

 首を傾げる一夏になのははあらかじめ用意していたパフェにスプーンを刺した。

 

「ブルー・ティアーズのBT兵器、甲龍の衝撃砲、シュヴァルツェア・レーゲンのAIC、ミステリアス・レイディのアクアナノマシン。どれも面白い装備だ。これでどう戦っていくのか、それを考えると色々とネタが浮かんでくる。」

 

 1対1でありながら多方向からの攻撃を可能とするブルー・ティアーズ。

 衝撃砲から放たれる見えない砲弾による射撃と大型青龍刀による斬撃を組み合わせた連撃を行える甲龍。

 相手の動きを強制的に止め、強力な攻撃を叩き込めるシュヴァルツェア・レーゲン。

 攻防一体、幻惑にさえ使用できる水を操るミステリアス・レイディ。

 

 どれもいい機体だとなのはは思う。ブルー・ティアーズは若干ピーキーだが、乗り手の腕もあって強力な物となった。

 

「でも打鉄弐式は?マルチロックオンで出来ること何てマルチロックオン以外にないでしょ?」

 

 マルチロックオンによる最大48発ミサイル同時発射は確かに凄い。だが結局のところそれしか出来ない。

 

 ブルー・ティアーズであれば、レーザーを曲げる偏向射撃(フレキシブル)という芸当が出来る。甲龍であれば、衝撃砲の威力を調節しての高威力の単射と低威力の連射を切り替えられる。AICも対象を止めることしか出来ないが、空間にその網を張ることも止めたい物そのものの停止も自由。

 

 どれもただ積んだだけで終わらない。使い方というものがある。

 

 しかしマルチロックオンは結局マルチロックオンでしかない。他の使い方など出来はしない。

 

「こんな使い方ができるんだって未知がない、だから面白味がない。作る気が起きない。」

 

「そんな……。」

 

 

 

 

『使われてるの見たことないよね、打鉄弐式。』

 

『正直他の機体の方が使いやすいし強いからなぁ。甲龍とか武装のバランスが良いから使いやすい上に連続ダウン出来てハメれるし、レーゲンもAICが雑に強いし、リンカネはコンボ数カンストできるしで。コラボ機体は言わずもがな。』

 

『ミサイル誘爆するしそもそも振り切れるし、打鉄弐式はもうちょっとどうにかならなかったのか。』

 

『原作からして未完成だからなぁ。』

 

 

 

 

「そこを何とか!頼む!」

 

 頭を下げる一夏を尻目になのははパフェを食べ進める。

 

「俺にできることなら何でもするから!」

 

「何でそこまでするのさ。知ろうともしなかった相手のために。」

 

 パクリ、とパフェの上に乗ったイチゴを食べながらなのはが言った。

 

 一夏は更識楯無から頼まれるまで、更識簪という人間を知りもしなかった。4組に代表候補生がいるということは以前聞いたことがあったが、それが誰かなど興味もなく。クラスリーグマッチでともすれば戦ったかもしれない4組代表がどんな人物か、探りもせず。自分(男性操縦者)のせいで誰かが割を食ったのではないかと考えもせず。

 

「知る機会はいくらでもあった。でも知ったのは今頃だ。所詮その程度の相手に何でそこまでするのさ。」

 

「知ったからだ!」

 

 ポキッ、とパフェに刺さったポッキーを抜いて食べる。

 

「考えもしなかった。俺のせいで誰かが悲しんでるなんて。俺が白式を動かしてる間、ずっと、たった1人で打鉄弐式を作っている簪さんのことなんて知ろうともしなかった!」

「確かに最初は楯無さんに頼まれたからだけど、今はそれだけじゃない!俺自身が簪さんを助けたい!」

「だから頼む!打鉄弐式を作るのを手伝ってくれ!」

 

 カチャリ、とスプーンを食べ終わったパフェの器の中に置くと、なのはは立ち上がった。

 

「っ葉加瀬さん!」

 

「何ぼさっとしてるの織斑一夏、さっさと行くよ。」

 

「え──。」

 

「ボクは嘘が嫌いだ。吐いたところで誰も得しないから。それ以上に優しい嘘が嫌いだ。巡り巡って誰かを傷付けるから。だからこそ本心を言う人間は好ましく思うし、出来る限り助けようと決めてる。──確かに君は、本心から更識簪を助けたいらしい。」

 

 ()()()()()()()()葉加瀬なのはは、振り向きながら言った。

 

「喜べ少年、君はこの天才に認められた。」

 

 

 

 

『たまぁにカッコいいこと言うんだよなぁコイツ……答えなきゃ嘘でしょ。』

 

『……。』

 

『ん?どったの飛鳥。』

 

『……なのはが。』

 

『?』

 

『私のなのはが、盗られた……。』

 

『いやずっと飛鳥のだから。』

 

 

 

 

「──まぁ、及第点かな。」

 

 誰かに居場所を聞くでもなく一直線に更識簪の元を訪れたなのはは、その前に鎮座する打鉄弐式を一瞥(いちべつ)するとそう呟いた。

 

「1人でやったにしては進んでる。これならイメージ・インターフェース以外は2年生になる頃には1人でも組み終わってただろうね。」

 

「っ……。」

 

 その評価を聞いた簪は歯を食いしばる。1人では1年以上かかると言われた作業を、姉はそう時間をかけずに成し遂げた。こういった所でも差を感じてしまう。

 

「まぁモスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)のデータを流用してるミステリアス・レイディに比べて時間がかかるのは普通だ。一番面倒なイメージ・インターフェース作りをやらない分早く終わったからね、アレは。」

 

「そんなに難しいのか、イメージ・インターフェース作りって。」

 

「1回雛型が出来ればそれを基に色々作れるけど、その構築が面倒なんだよ。単純にコマンドの打ち込みが多いから時間がかかるし、無駄があるとその分重くなる。」

 

 「もっと面倒なのが武装造りだけど」と言いながら、なのはは空中にディスプレイを投影し、キーボードを出現させ叩き始めた。

 

「取りあえず2時間で終わらせるから、第3アリーナの使用許可取って来て。動かすから。」

 

「2時間……!?それだけで終わるの!?」

 

 2時間という言葉に簪が驚きなのはに聞いた。

 

「クアンタが4ヶ月かかったのはパーツも武器もシステムも何もかも1から見直してたからだ。組み上げて調整して精査する()()()()()、2時間で終わる。分かったらさっさと行く。あぁ、2時間は帰って来なくて良いよ。2人でデートでもして時間潰して。」

 

「デー……!?」

 

「いや、葉加瀬さん1人に任せる訳にはいかないって。何か手伝えることはないか?」

 

「ない。出てけ。やることなすことほとんど機密事項なんだ。」

 

 

 

 

『ここにこの前ビット製作のついでに作ったマルチロックオンシステムがあります。』

 

『ホルスタービットのついでに作った奴ね。』

 

『既に開発が終わってるからこれを流用して、面倒な開発ミニゲームはカット。あとは整備のミニゲームだけ。』

 

『このゲームが人気ないのは何をするにもミニゲームばっかりなせいだよね、やっぱり。』

 

『そのミニゲームもクソゲーだしね。これのせいでプレイ人口100人も居ないんじゃない?』

 

『どうやったのかコラボ機体は豊富だけど、それでもやってる人見かけないんだよなぁ……。』

 

 

 

 

 2時間。学食カフェで親交を深めた(イチャイチャした)一夏と簪は整備室へと戻ってきた。

 

「本当に2時間で出来るの……?」

 

 簪は懐疑的だ。3組の代表である天羽飛鳥の専用機を作ったのは話には聞いているが、交流がないためにその能力を知らないので無理もない。

 

「出来てないなら手伝えばいいさ。」

 

 対して、一夏はなのはとの交流こそないが、飛鳥との交流はそこそこある。ほとんどが生徒会でのことだが、そこで偶になのはのことを聞いている一夏は、その能力を又聞きながらも知っている。だからこそ飛鳥経由で頼みに行ったのだ。

 

 2時間前に出た整備室の扉を開ける。

 

「――!」

 

「これ――!」

 

 そこにあったのは、2時間前よりも輝いて見える打鉄弐式。

 

「来た?ならさっさと待機形態にして。第3アリーナ行くから。」

 

 椅子に座ってどこからか持ってきたらしいポタージュを飲んでいたなのはは、そう言ってグイッとポタージュを飲み干すと立ち上がった。

 

「2時間で……出来た……。」

 

「設計しろとか、改修しろってのは無理だけど、ただ作るだけなら2時間もあれば出来るよ。ほら、さっさとする。織斑一夏も。」

 

「え、俺?」

 

「実戦形式で動かす。だから第3なの。」

 

 ズンズンと歩いて出て行ってしまったなのは。残された2人は、その後を追って駆けだした。

 

 

 

 

 第3アリーナ――そこは地獄と化していた。

 

「やり過ぎたかなぁ。」

 

 ピットからそれを見ていたなのはがそう言った。

 

「……。」

 

 アリーナの中心、黒煙に包まれたそこに倒れた(ヤムチャした)一夏は起きる様子はなく。

 

「え……え……?」

 

 空中に浮かんだままの簪は、まさかの結果に固まった。

 

「弾がなかったからGNミサイルを代わりに積んだけど、48発も当てればこうもなるか。」

 

 GNミサイル。それは大きさの割に対象を内部から破壊するという殺す気しかない武装。ダブルオークアンタですらまともに受ければダメージを免れないそれを対処し切れずに受けた一夏は、哀れにも爆発四散してしまった。

 

「でもこれはこれで見てて面白い。」

 

 葉加瀬なのはは、打鉄弐式の評価を改めた。




 【GNミサイル】
 小型のGNコンデンサーを搭載した、GN粒子を動力として飛び、着弾した場合にコンデンサー内部のGN粒子を注ぎ込んで対象を内部から破壊するミサイル。大きさが丁度よかったので今回【山嵐】に弾薬として積まれた。
 シールドバリアーに当たるとそこにGN粒子を注ぎ込んで破壊しにかかるため、現在流通している通常のミサイルよりもシールドエネルギーの減少量が大きい。
 更に装甲や機体に当たるとGN粒子を注ぎ込まれ破壊されてしまい、その部分のコードや部品を喪失することで機能不全を起こさせる恐るべき効果がある。
 当たり所が悪い、もしくは大量に当たってしまった場合、絶対防御まで発動してしまうため、【山嵐】と合わせると酷いことになる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 天羽飛鳥、ゴーレムⅢを駆逐する

『はい皆さんおはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『ついにやってきましたタッグマッチ当日。1人で参加する私を含め6組が出ます。』

 

『え、タッグマッチまでの1週間何してたかって?GNミサイルの雨を食らった白式の修理。無駄に難しいミニゲームの連続で見てて面白くなかったから全カットしたけどね。』

 

『危うく一夏が棄権してかんちゃんとペアで出るところだった……。GNミサイルの火力高すぎない?』

 

 

 

 

「それでは、開会の挨拶を更識楯無生徒会長からしていただきます。」

 

 生徒会会計・布仏虚の言葉を受けて、生徒会長・更識楯無が壇上に立った。

 

 開会式に当たって、生徒会メンバーは全員整列している。副会長の私・天羽飛鳥、書記・布仏本音、庶務・織斑一夏。これが今の生徒会5人だ。

 

「ふあー……。ねむねむ……。」

 

「しっ。のほほんさん、教頭先生が睨んでる。」

 

「ういー……。」

 

 生徒会室では寝てばかりの本音ちゃんは相変わらず眠たいらしい。ただせめて欠伸をかみ殺す努力をして欲しい。教頭先生が良い人なのは知っているけど、顔は怖い。それはもう、絵に描いたかのような顔だ。口紅もうちょっと薄いの使いましょう?真っ赤ですよ?あとその逆三角眼鏡どこで買ったんです?似合ってますけど。

 

「どうも、皆さん。今日は専用機持ちのタッグトーナメントですが、試合内容は生徒の皆さんにとってとても勉強になると思います。しっかりと見ていてください。」

 

 流石に慣れているからか、淀みなくすらすらと、良く通る声で壇上の会長がそう言った。来年は私がやると考えると、今の内に発声練習とかしておいた方がいいんだろうか。

 

「まあ、それはそれとして!今日は生徒全員に楽しんでもらうために、生徒会である企画を考えました。名付けて『優勝ペア予想応援・食券争奪戦』!」

 

「「「わあああああっ!」」」

 

 ――いやこの企画能力をものにする方が先かもしれない。

 

「ってそれ賭けじゃないですか!」

 

 織斑さんのツッコミが入る。が、既に根回しは終わっている。専用機持ち以外が楽しめる様にと色々と模索した結果、教師陣も納得の上での賭けだ。

 

 因みになのはは私に限度額いっぱい賭けている。クアンタに乗る以上負けることは万に一つもあり得ない――いや負けかねない状況は3つぐらい思いつくけど、どれも対処できる範囲だ。稼がせてもらおう。

 

「……。」

 

 ――そのためにも、招かれざる客にはお帰り願おう。

 

 

 

 

『イベント恒例のオッズは飛鳥が最下位で、他の順位はそのまま。まぁ1人で参加するから普通だよね。』

 

『そしてトーナメント表がこちらとなります。』

 

【挿絵表示】

 

『まぁ1人増えたらトーナメント表も変わるよね。』

 

『シード枠は私と一夏&かんちゃんペアの2つ。試合の順番的に4回戦目から私の試合。それまで時間があるから――。』

『――ちょっとゴーレムⅢ駆逐してくる。』

 

『行ってらっしゃい。』

 

 

 

 

 人工島であるIS学園の四方を囲う海洋。そこを飛行し、IS学園が見える地点まで()()は接近していた。

 

『……。』

 

 ゴーレムⅢ。かつてクラスリーグマッチを襲ったゴーレムⅠ――無人機ISの改良型。無骨な、鉄の巨人という印象だったゴーレムⅠとは逆に、女性的な印象を受ける造形。右腕は肘から先が巨大ブレードになっており、左腕は超高密度圧縮熱線を放つ砲門が4つある、遠近において高い性能を発揮する武装。更にエネルギーシールドの発生器を持ち、ISが持つ絶対防御をジャミングする能力も持った、対IS用IS。

 

 ()()()1()0()()()()()()()()I()S()()()()()()()()()()

 

 誰がやったのか、何故やったのか。その全貌は理解できないが、それでも分かることはある。

 

 ゴーレムⅢは、敵だ。対話もできない相手だ。誰かを傷付ける()だ。

 

 だから躊躇(ためら)わない。それがどんな結果を生もうと、許すことはできない。

 

「だから――。」

 

 量子ジャンプで接敵すると同時に、最後尾を飛んでいた1機をGNソードⅤで切り裂き破壊する。

 

『……!』

 

 瞬時にそれを察知して振り返った残りの9機にGNソードⅤの切っ先を向け、GNソードビットを展開し、GN粒子を散布しながら。

 

「来いよ無人機。誰の夢も乗せないIS。その虚無、この私が駆逐する。」

 

 誰にも気付かれない様に、その戦いは始まった。

 

 

 

 

『多くね?』

 

『あー、あれだよ。師弟関係だから数増やしたんだ。普通なら5機相手にするだけだったんだよ。』

 

『まぁこんなのライザーソードで薙ぎ払えば……。』

 

『あんなの使ったら学園から丸見えだよ。というかビーム使うとGN粒子あってもバレるよ多分。』

 

『まさかの縛りプレイ!?』

 

 

 

 

「トランザム。」

 

 最初に動いたのは飛鳥だった。機体各部に内蔵されたGNコンデンサーに貯蔵された圧縮粒子を解放し、機体性能を何倍にも引き上げるトランザムシステムを起動させ、凄まじい量の粒子を吹き出しながら最も近くに居たゴーレムⅢへと肉薄し、右手に持ったGNソードⅤで防御のために間に入り込んだゴーレムⅢの巨大ブレードごとその機体を切り裂き破壊する。

 

 それと同時に周囲に展開していた6機のGNソードビットも飛翔させ、ゴーレムⅢたちが(飛鳥)を認識し構えた左腕のビーム砲を、トランザムによって切れ味の上がったGNソードビットの刃で切り裂き使用不能に追い込んだ。

 

「ビームは使わせない。代わりに私も使わないから、お相子ね。」

 

 そう言いながら、遠距離武器を破壊され近接戦闘を仕掛けざるを得ない、そうプログラムされているが故に近付いて来たゴーレムⅢの1機をGNソードⅤで切り裂いた。

 

「(ビームは撃てなくしたし、GN粒子が散布されてる以上、学園に気付かれることは目視される以外ない。今は大会中だから視線はそっちに向くだろうけど、出来るだけ早く終わらせないと。)」

 

 考えながら飛翔しゴーレムⅢを切り裂いていく。対人戦であれば絶対防御によって途中で刃が止まり両断することは叶わないが、無人機であるゴーレムⅢは機体を覆うシールドバリアーこそあるが操縦者を守る絶対防御がないために可能なことだ。

 

「あと6機、取り逃しはしない。」

 

 トランザムによって出力の上がったGNソードビットによる移動妨害。駆け足気味に4機破壊したのは、ビットの数が足りずにもしかすれば逃げられたかもしれない可能性を潰すため。ここまで事が運べば、あとは流れ作業のようなものだ。

 

 GNソードビットとの連携でゴーレムⅢを破壊していき、飛鳥は5分もかけずに全ての無人機を駆逐し終えた。

 

 

 

 

『はぁ、疲れた……。』

 

『お疲れ様。』

 

『ゴーレムⅢは行動パターン少ないから慣れれば楽だけど、それでも速いし避けるし硬いしで面倒なんだよなぁ……。』

 

『防御力無視のGNソードⅤ*1だから楽に破壊できたけど、普通は出来ないからね。』

 

『それが10機とかよくビーム抜きで勝てたな私。普通ライザーソードで薙ぎ払うのに。』

 

『使い道ないよねライザーソード。アリーナじゃ狭すぎるし市街地じゃGN粒子の通信障害で酷いことになるしで。』

 

『やるなら11巻かなぁ、宇宙に上がるし。』

 

 

 

 

「どうしたのよセシリア、壁なんか見つめて。シミでもあった?」

 

「いえ、向こうの方で何か……気のせいでしょうか?」

 

 飛鳥がゴーレムⅢと戦闘をしている頃、タッグマッチトーナメントを行うアリーナのピットで待機していた凰鈴音とセシリア・オルコットのペアはいつもの様に話していた。

 

「最近妙に勘が良いアンタがそう言うと気になるじゃない。何かあったの?」

 

「外……いえ、空?向こうの空から何か、こちらに飛んで来ているような気がしましたわ。」

 

 セシリアのその言葉に鈴は眉をひそめた。

 

「空?IS学園の近くはヘリも飛行機も飛べない筈じゃない。」

 

 IS学園とその周辺は基本的にヘリや飛行機が飛ぶことが出来ない場所となっている。色々と理由はあるが、ISを多数保有しているIS学園にそう言った物で上陸されると配備されているISを多数強奪される危険性がある、というのが最たる理由だ。これはアラスカ条約加盟国によって決められたことであり、もちろん日本も合意済みのことである。そのため、IS学園の近くは空港を目指して飛ぶ飛行機でもわざわざ避けて通らねばならない。*2

 

 なのでIS学園近くの空を飛ぶのはそのほとんどがISとなっている。もちろん相応の理由があればIS学園の近くを飛ぶことは出来るし、場合によっては着陸することも出来るが、IS学園設立から現在までそんな事態は起こっていない。

 

 もちろん、今回セシリアが感じ取った物はヘリでも飛行機でもない。飛鳥が今現在破壊している10機のゴーレムⅢの接近である。まだ変革し切っていないセシリアでは接近されるだけでは気付けず、攻撃が行われて初めて存在に気が付くのだが、飛鳥との戦闘が始まったためにその存在にどうにか気付くことが出来た。

 

 余談だが、かつてゴーレムⅠの接近にアリーナのバリアーが破壊される直前まで飛鳥たちが気付かなかったのは単に気を抜いていたからである。学校生活が脅かされるなど誰も考えないだろう。しかし実際にはゴーレムⅠによる襲撃があり、以来飛鳥は常に周囲に気を付けている。今回ゴーレムⅢの接近にいち早く気付いたのもそれが理由だ。

 

「いえ、ヘリよりもっと小さな……あら?」

 

「今度は何?」

 

「無くなりましたわ。何だったんでしょう?」

 

 丁度飛鳥によるゴーレムⅢ破壊が終わり、戦闘が終わったことでセシリアの知覚から外れた。

 

 そんなこととは知らない2人は首を傾げるが、第一試合の更識楯無&篠ノ之箒ペアVSシャルロット・デュノア&ラウラ・ボーデヴィッヒペアの試合が始まったために、それを映しているモニターへと視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこかに存在するラボ。そこで空中に投影していたディスプレイからゴーレムⅢがIS学園に到着する前に破壊されたのを見て、ウサギの耳に似た機械を頭につけたドレス姿の女性・篠ノ之束は声を上げた。

 

「あ~ん、あーちゃんひどーい。」

 

 今回のゴーレムⅢ、そしてかつてクラスリーグマッチを襲ったゴーレムⅠは、他ならない束が作った物だ。ゴーレムⅠは白式が一次移行(ファースト・シフト)から大体1ヶ月経った頃に様子を見るために放ち、ゴーレムⅢは可愛い妹のデータを手に入れ、渡した紅椿を更なる高みへと至らせるために放った。

 

「これじゃ箒ちゃんのデータ取れないし、紅椿の成長率も低いままだよ。うーん……。」

 

 だが、その目論見は飛鳥によって破壊された。人が乗って初めて真価を発揮するISにとって、無人化は戦力低下を免れない。そんな物の相手、()()()()()()()()()()飛鳥が勝って当然なのだ。もちろん束もそれを考慮して飛鳥に他よりも多い5機を割り当てるつもりで10機向かわせたのだが、結果は5分かからずの全滅。

 

「また無人機向かわせてもあーちゃんが全部壊してコアだけ持って行っちゃうだろうから……そうだ!」

 

 「良いこと思いついた♪」と笑顔になった束は、キーボードを叩き出した。

*1
溶断するという性質故に防御力や耐久力を無視するゲーム的な効果がある

*2
独自設定。ISが日常的に飛んでるし飛行機とか近寄ったら危ないよね




 原作とか更識姉妹の関係改善を考えるならゴーレムⅢ投入した方が良いんですが、そんな何番煎じかも分からないあり触れた話、誰も興味ないだろうとタッグマッチ決行しました。ちゃんと更識姉妹の仲は最終的に良くなるので安心してください。大体一夏が何とかしてくれます。

 問題はゴーレムⅢを誰にも気付かれず破壊したことで今後の原作(8巻とか9巻とか10巻とか11巻とか)の内容が一部出来なくなることですが……まぁどうにかなるでしょう。細かいところはともかく、大筋で酷い乖離はない筈ですし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 篠ノ之箒、輝く

「飛鳥ちゃんやイージスコンビとは決勝まで戦わないけど、それでも他が弱いかと言われたらそうじゃないわ。」

 

 生徒会長・更識楯無は試合を行うアリーナのピットで、パートナーとなった篠ノ之箒と作戦会議をしていた。

 

「クラスメイトだから知ってるでしょうけど、第一試合で戦うシャルロットちゃんは第二世代機とは思えないぐらい巧いし、ラウラちゃんにはAICがある。向こうに主導権を握らせると簡単に負けるわ。」

 

 シャルロット・デュノア。IS学園に居る専用機持ちで唯一第二世代に乗っているが、そのテクニックは第二世代に不相応の凄まじい物を持っている。特に高速切替(ラピッド・スイッチ)が得意であり、苦手な武器もなくあらゆる状況、あらゆる距離で高いパフォーマンスを発揮できる。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツの特殊部隊『シュヴァルツェア・ハーゼ』、通称黒ウサギ隊の隊長を務める軍人。軍人として実戦的な訓練を多く積んできたからか立ち回りが巧く、また武装も全距離で攻撃が出来るバランスのいい物を取り揃えており、何より第三世代技術のAICによる停止結界が強力。

 

 共通するのは、相手を選ばない単純な技量の高さ。それがシャルロット&ラウラペアの強味である。

 

「瞬間的にでも2対1の状況になったら厳しい戦いよ。だから、出来る限り2対2を維持。それか1対1の状況に持ち込むのが理想ね。」

 

「1対1、ですか。」

 

「そうなった時は箒ちゃんはシャルロットちゃんの相手をお願い。私がラウラちゃんの相手をするわ。」

 

 重要なのはラウラのAICを如何に攻略するかだ。発動してしまえば仲間のフォローは出来ないし、何より無防備になる。動けない的などシャルロットとラウラには簡単に撃破できるし、それをさせまいと動く仲間も危険に晒してしまう。

 

 第四世代の紅椿と言えど、真正面からAICを突破することは難しい。AICが強力と言うのもあるが、何より操縦者の箒が未だに紅椿を扱い切れていないからだ。だからこそ楯無はラウラの相手をすると自分で言ったのである。

 

「出来れば()()()を温存したまま勝ちたいけど、危なくなったら無理せずに使って。」

 

「分かりました。」

 

 

 

 

「取りあえず箒を先に落とすぞ。」

 

「そうだね。」

 

 一方その頃、時を同じくして行われていた箒たちの対戦相手であるシャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒの作戦会議はとても簡素な物だった。

 

「悔しいけど、楯無さんを相手するなら2人がかりじゃないと厳しい。」

 

「紅椿の火力も侮れん。だが燃費が悪い。放っておいても自滅するだろうが、わざわざ逆転の目を残す訳には行かないからな。」

 

 更識楯無。専用機ミステリアス・レイディが操る水は変幻自在、攻防一体。機体の能力と国家代表である楯無の腕が合わさり、1対1で敵を翻弄し自分のペースに持ち込むことを得意とする。

 

 篠ノ之箒。第四世代機である紅椿は世代の差を感じさせる圧倒的な性能を持っているが、燃費が悪い。全身の展開装甲によってあらゆる状況において最適な形態を取ることができる。だが燃費が悪い。(大事なこと)

 

 警戒すべきはもちろん国家代表の楯無だ。だが燃費が悪いとは言え、第四世代を操る箒の火力は出来るだけ早く潰しておきたい。要所要所で展開装甲由来の高火力を受ければ、そのまま押し切られてしまうからだ。

 

「だがあの女のことだ。速攻で落とさなければすぐにフォローに来る。」

 

「それに箒もただ飛んでるだけじゃないし、作戦は必要だよね。」

 

 

 

 

「悪いが勝たせてもらうぞ。」

 

「あら。おねーさんに勝てるかしら?」

 

「もちろんです。目指すは優勝ですから。」

 

「私も、負ける訳にはいかない。」

 

 ピットから飛び出した4人は空中に浮かんだまま言葉を交わし、カウントダウンが始まるのを待った。

 

【箒ちゃん。まずは射撃で分断、その後近付いて1対1に持ち込むわよ。】

 

【分かりました。】

 

【シャルロット、作戦通りにやるぞ。】

 

【オッケー、任せて。】

 

 互いにパートナーとプライベート・チャンネルによる最後の密談をし、カウントダウンが始まると同時に構えた。

 

 箒は雨月と空裂を両手に持ち、楯無は蒼流旋を展開(コール)

 

 シャルロットは高速切替(ラピッド・スイッチ)による即時対応が出来るため手に何も持たず、ラウラも手に持つ武装はないため何も持たず。

 

 対照的な2つのペアは、試合開始と同時に動き出した。

 

「ふっ!」

 

 楯無の蒼流旋に内蔵されたガトリングによる射撃と、箒が手に持った空裂を振ることで放ったエネルギー刃によって、シャルロットとラウラの距離を引き離し、1対1に持ち込もうとする。

 

 狙い通り2人は分かれ、そこにそれぞれが1対1で当たろうと飛行した瞬間、

 

「そぉれっ!」

 

 シャルロットが手の中に展開(コール)した何かを放り投げた。

 

「何を――!?」

 

 その何か――スモークグレネードは、その用途通りに煙を吹き出し、即座に周囲から視界を奪い去った。

 

「煙幕?でも……。」

 

 IS用のスモークグレネードという物はある。が、ハイパーセンサーを持つISにはそんな物は関係ない。そもそもコア・ネットワークで繋がっている以上、大まかにだが位置と方向も分かる。潜伏(ステルス)モードにすればその情報も隠せるが、やっぱりハイパーセンサーで場所は分かる。というか煙幕の範囲から抜け出せばいい。煙幕を張ったところでIS戦に慣れていれば――。

 

「――しまった!?」

 

 そう、I()S()()()()()()()()()、容易く対処できる。代表候補生ならもちろん、国家代表である楯無なら。

 

 たった1人、篠ノ之箒という()()()()()()()()人間を除いて。

 

「煙幕!?どこに――。」

 

「ここだよ!」

 

「行くぞ、シャルロット!」

 

「ッ!?」

 

 煙幕で視界を奪われ、それに対処する前に飛んできたシャルロットとラウラの2人によって箒は包囲された。

 

「逃がさん!」

 

 AICによる拘束、それと同時にレールガンのチャージを始めるラウラ。

 

「すぐに終わらせる!」

 

 両手に銃器を持ち、それを連射しながら高速切替(ラピッド・スイッチ)によってありとあらゆる武器へと弾切れが起こった端から持ち変えるシャルロット。

 

 ガリガリと削られていくシールドエネルギー。AICによって動けずに、むざむざとその減少を眺めるしかない箒。

 

「これで!」

 

 チャージの終わったレールガンを突きつけ、ラウラが最後の一手を放とうとした時、

 

「紅椿!」

 

 ()椿()()()()()

 

「!?」

 

 驚きこそしたがレールガンは発射され、スモークグレネードの物とは違う黒い煙が箒の姿を覆い隠す。

 

「離れなさい!」

 

 そこにガトリングを斉射しながら楯無が飛んでくる。シャルロットとラウラは飛び退いてその弾丸を躱した。

 

 その飛行で風が起こったからか、それとも時間が来たのか、スモークグレネードの煙幕が晴れていく。

 

 視界が通る様になったアリーナの空でただ一点を隠す黒煙が、徐々にその姿を薄れさせていく。

 

 ――そこにあったのは、豪華絢爛なISだった。

 

「【絢爛舞踏】!」

 

 単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)【絢爛舞踏】を発動させ、溢れるエネルギーによって輝く紅椿を纏った箒が、ダメージを感じさせずにそこに居た。

 

「絢爛舞踏!?」

 

「いつの間に使えるように……!?」

 

「隠し玉だ!」

 

 元々スイッチの入れ方が分からないだけで、スイッチ自体は存在していた。IS乗りとして、何より単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の使い手として先輩である楯無からそのスイッチの入れ方を教えてもらった箒は、少し時間こそかかるが絢爛舞踏を自由に発動できるようになっていた。

 

 シャルロットの銃弾の雨を受け、ただシールドエネルギーの減少を眺めていたのではない。絢爛舞踏を発動するために意識を集中させていたのだ。

 

「(まずい!絢爛舞踏を突破できる装備がない!)」

 

 エネルギー倍化能力である絢爛舞踏は、燃費が悪い紅椿の性能を最大限に発揮させるために設定された専用能力。常にエネルギーが増幅され、保持できる最大量を維持し続けることができ、そのエネルギーを触れるだけで他のISにも譲渡できるため、一撃で戦闘不能に追い込まねばほんの少し時間を置くだけで回復されてしまう。

 

 シャルロットとラウラの機体には威力が高い装備もある。レールガンや盾殺し(シールド・ピアース)がそうだ。だが、それも一撃で戦闘不能に追いやるほどの威力を持っているかといえば違う。

 

 絢爛舞踏。たったそれだけでこの試合は勝敗が確定した。

 

 

 

 

「絢爛舞踏、か。」

 

 天羽飛鳥が待機しているピット。そこで飛鳥と共に試合を見ていた葉加瀬なのはは、ポタージュを入れた魔法瓶を片手に目を細めた。

 

「どうしたのなのは。」

 

「何を対価にしてるんだろうね、あれ。」

 

「あぁ、それ?」

 

 絢爛舞踏。エネルギー倍化という唯一無二の能力。科学の範疇であるISが行うそれは、何かしらの法則がある。

 

「E=mc²、エネルギーと物は等価交換。無からエネルギーは生まれないし、エネルギーは無くなって見えても無くなる訳じゃない。」

 

「アインシュタインの特殊相対性理論だっけ。その最終系がマスターハンドにも使ってるエネルギーの実体化、対生成理論。」

 

 つまり、どこかからエネルギーを拝借しているのでないなら、絢爛舞踏にも何か対価にしている物がある。零落白夜がシールドエネルギーを対価にするように。

 

「GNドライヴもその法則に則ってる。重粒子を崩壊させてGN粒子――エネルギーにしてるからね。」

 

「難しい話しないで?GNドライヴは私よく分かってないんだから。」

 

「昔説明したじゃん。」

 

「位相欠陥とか他で聞かない話されても分かんないよ。」

 

 資料を読んでも全然分からないGNドライヴ。この世界で理解できるのはなのはと篠ノ之束ぐらいだろう。

 

「で、絢爛舞踏はどうなの?」

 

「物質をエネルギーにしてる様には見えない。使ったエネルギーを回収してる訳でもない。何か別のエネルギーを変換してる。」

 

「別のエネルギー?でも見た感じ何か変わった感覚はしないけど。」

 

 変換できそうなエネルギー源は周囲の空間だけだが、純粋種としての感覚がその空間から何かが失われていく喪失感を捉えない。何を変換しているのか。

 

「周りからは取ってない、内から溢れ出たエネルギーを変換してる。」

 

「――感情エネルギー?」

 

「仮説だけどね。」

 

 唯一、等価交換の法則を外れるエネルギーである【感情】。生体エネルギーとは違い溢れ出すそれは、利用できれば無限動力として使用できる。

 

「でも束さんが感情エネルギーなんて使う?」

 

「………………使わなそう。」

 

「(あっ自分で言ってて明らかに違うって思ったから萎えた。)」

 

 飛鳥となのはからすれば、篠ノ之束という人間は夢を追い求めるロマンチストではあるが、論理的な判断をする人間だ。感情エネルギーという揺れ幅のあるエネルギーを使うぐらいなら、異世界からエネルギーを持ってくるだろう。

 

「束さんのことだから何か仕掛けがあるんだろうけどさ、その仕掛けを解き明かしても使わないでしょ。」

 

「使わないけど解きたい……。」

 

「なら先に積んであるクロスワードパズルの本消化して?」

 

「めんどい……。」

 

「おい。」




 ISの戦闘シーンって難しい。特に楯無。無駄に学園最強っていう公式の肩書があるせいで書きにくい。下手な行動させられない。

 あと箒が未熟なので原作であまり活躍しないし何ならアリオス(電池)としての活躍の方が目立つけど、良く考えなくても紅椿って最強なんですよね。絢爛舞踏でずっと動いてられるし、展開装甲で各分野に特化できるし。バトルパートで扱いにくい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 凰鈴音、考えるのを止める

「生徒会長が勝ったか。」

 

 3年生唯一の専用機持ち、アメリカ代表候補生のダリル・ケイシーは待機していたアリーナのピットから第一試合の結末を見てそう呟いた。

 

「絢爛舞踏、だるいっスねあれ。」

 

 隣に座るパートナー、ギリシャ代表候補生のフォルテ・サファイアがそう言った。

 

「せっかく削ったシールドエネルギーがすぐ満タンとか、すごいっスね第四世代。」

 

「そうだな。でもオレたちイージスなら負けねぇよ。」

 

 フォルテの肩を抱き寄せ、ダリルはそうフォルテに囁いた。

 

「ちょっと、くすぐったいっスよ。」

 

 頬を赤らめそういうフォルテに微笑んで、ダリルはその唇を奪った。

 

 

 

「絢爛舞踏、使えるようになってたのね。」

 

「まずいですわね。わたくしたちの攻撃を集中させてようやく絢爛舞踏の回復量を超えるダメージを与えられるかどうか。抵抗や妨害を考えると削り切れるか……。」

 

 イージスコンビと同じようにアリーナのピットで待機していた凰鈴音とセシリア・オルコットのペアは、ディスプレイに映る第一試合の様子に苦い顔をしていた。

 

 立ち回りも技術もまだまだで、第四世代の機体性能に頼りがちではあるが、篠ノ之箒はシャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒという代表候補生でも指折りの実力者たちの猛攻から生き残ってみせた。

 

 もちろん絢爛舞踏によるシールドエネルギーの回復があってこそだが、だからこそ恐ろしい。AICで防御も回避もできない状態で、ただ回復していただけで生き残ったのだ。本来はもっと与えられるダメージは少なかったのに、全弾命中しての生存。脅威としか言いようがない。

 

「戦うのは決勝だし、今は次の試合に勝つこと考えましょ。」

 

「そうですわね。」

 

 そうして2人は作戦会議を始めた。

 

 

 

 

「はじめまして。イギリス代表候補生、セシリア・オルコットですわ。」

 

「中国代表候補生の凰鈴音よ。」

 

「おう。オレはアメリカ代表候補生のダリル・ケイシー。こっちはギリシャ代表候補生のフォルテ・サファイアだ。」

 

「どうもっス。」

 

 アリーナの空中で会合した4人がまず交わしたのは、初対面なので普通のことだが自己紹介だった。

 

「お噂は聞いていますわ。イージスと謳われるそのコンビネーション、ぜひ見せてくださいな。」

 

「あぁ、そのつもりだ。」

 

 威嚇なのか、ダリルの専用機ヘル・ハウンドの両肩にある特徴的な犬頭から炎が漏れる。

 

「絶っ対に勝つわよ、セシリア。優勝して一夏にギャフンって言わせてやるんだから。」

 

「えぇ、元より負けるつもりはありませんわ。」

 

 カウントダウンが始まる。

 

 セシリアは天羽飛鳥から貰ったGNソードⅡブラスターを、鈴はこの日のために刀刃仕様にしてもらった双天牙月を、ダリルは双刃剣の【黒への導き(エスコート・ブラック)】を持ち、唯一フォルテだけがイメージ・インターフェースで武器を用意できるために何も手に持たないまま、カウントは0になった。

 

「ブルー・ティアーズ!」

 

 まず行動したのはセシリアだった。いつものように4機のレーザービットを飛ばす――のではなく、自分の周囲に浮かばせた。

 

 今までセシリアが相手を囲むようにビットを飛ばしていたのは、ビットの利点である多角的攻撃をするにはそうするしかなかったからだ。しかし今のセシリアは偏向射撃(フレキシブル)でレーザーを曲げられるし、ビットと自分を同時に移動させることも出来る。

 

 ならわざわざ相手を囲むより、自分の側に従えた方が操縦難易度的にやりやすい。そもそもタッグである以上、ちょこまかとビットがあっては鈴の邪魔になる。だからセシリアはビットを周囲に浮かばせ、そこから偏向射撃(フレキシブル)を使って後衛に徹することにした。

 

「まずはご挨拶よ!」

 

 続いて鈴が肩部大型衝撃砲を連射しながら前に出る。

 

「ま、定石通りだな。だが――」

 

「――それじゃムリっス。」

 

 衝撃砲は当たることなく、その前で『何か』に阻まれた。

 

「それが【イージス】ね!」

 

 それを見た鈴が叫ぶ。

 

 【イージス】。それはダリルとフォルテのコンビネーションの名前であり、熱気と冷気を操る2人のイメージ・インターフェースを組み合わせて行う、分子の相転移によりエネルギーの変換・分散させる防御結界の名前である。

 

 IS学園名物・イージスコンビ。国家代表とさえ渡り合えると言われるのはその連携の技術が高度であるだけでなく、その防御結界があるからだ。

 

「イージス、破ってみせますわ!」

 

「ヒヨッコには出来ねぇな!」

 

 セシリアが周囲に浮かばせたレーザービットから偏向射撃(フレキシブル)させながら放ったレーザーを全て技術で捌き、ダリルは火球をセシリアへと放った。

 

 それを撃ち落としながら、セシリアは苦い顔で戦況を見た。

 

「(機体性能に大きな差はない。単純に練度の差……いえ、経験の差。)」

 

 単純な話だ。ISの専門学校であるIS学園で2、3年学んだイージスコンビと、まだ半年ほどしか学んでいない鈴とセシリアでは、埋めがたい『差』がある。

 

 パートナーとのコンビネーション、操縦技術の練度、そして何より経験。単純に1、2年早くIS学園に入学したダリルとフォルテは、その分だけ授業を受け、専門的な訓練をしている。それが差となって現れる。

 

「(偏向射撃(フレキシブル)にも初見で対応してみせた以上、わたくしでは勝てませんわね。ブラスターの攻撃ならイージスを突破することは出来る()()()()()が……。)」

 

 未だに真価を発揮できない武装ではあるが、それでもビットで撃った時よりも威力は高いGNソードⅡブラスターによる攻撃なら防御結界に阻まれようと届く()()()()

 

 ()()()()()()()()セシリアはそう考えたが、やめた。

 

「(イージスを突破する()()ですわね。結局当たる前に対処される。)」

 

 たった1発突破したところで、イージスコンビなら容易く対処する。実際に4つのレーザーは捌かれた。なら――

 

「(――カギは、鈴さんですわね。)」

 


 

「実の所さ、私の才能って大したことないの。」

 

「そうなんですの?」

 

 いつもの様に飛鳥さんと訓練している時、休憩中にふとしたことで『才能』の話になりました。

 

「私もまぁ、才能はある方だよ?伊達に『こう』なる前からIS適正Sじゃないからさ。ブリュンヒルデになれる程度には戦う才能もばっちり持ってる。」

「でも、鈴ちゃんの方が才能はある。」

 

「鈴さんが?」

 

 「そっ、鈴ちゃん。」と、手持ち無沙汰にスポーツドリンクの容器を両手でキャッチボールしだした飛鳥さんは言いましたわ。

 

「今世界中に居る専用機持ちで、これから成長していくことも考えた『本気(マジ)で全力の私に勝てる可能性がある人間』。」

「鈴ちゃんはその1人。もちろんセシリアもね。」

 


 

「だりゃぁ!!」

 

「……。」

 

 鈴が振るう双天牙月を弾き、逸らし、躱し、ねじ伏せながら、ダリルは違和感に眉をひそめた。

 

「なぁ、凰っつったか。」

 

「そうだけど、なに!?」

 

「お前、ISの勉強始めたのいつからだ?」

 

「中2の時よ!文句ある?!」

 

「あー、だからか。」

 

 納得行ったような顔をするダリルに、その顔がムカついた鈴が突進する。それを往なしながら、ダリルは言った。

 

「肩の力抜け。気張りすぎだ。」

 

「ハァ!?」

 

「もっとテキトーでいいんだよ、お前。変に知恵使おうとするな。感性で乗り回せ。」

 

 右手に持った双刃剣で肩を叩きながらそう言うダリル。

 

「そんなの出来る訳……!」

 

「やってみろ。今のお前はその方がいい。」

 

【鈴さん、わたくしもダリルさんを支持しますわ。】

 

「セシリア!?」

 

 味方からの思わぬ声に、プライベート・チャンネルではなくオープン・チャンネルで答えてしまう。

 

【大丈夫、わたくしが支えます。だから鈴さんは、鈴さんの思うままに動いてくださいまし。】

 

「……わぁったわよ、もう!やればいいんでしょ!?」

 

 自棄糞気味に叫んだ鈴はそのまま瞬時加速(イグニッション・ブースト)の構えを取った。

 

「どうなっても知らないからね!」

 

【大丈夫ですわ。鈴さんの動きは()()()()()から、こちらで支えてみせます。】

 

 その言葉と同時に、瞬時加速(イグニッション・ブースト)でダリルたちに突っ込む。

 

「さぁ、これでどう変わるか──!」

 

 そう言いながらイージスを構築するダリルとフォルテ。

 

「──ここ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()、衝撃砲が放たれた。

 

「──!」

 

「やっぱそうするわよね!」

 

 フォルテの氷の盾で即座にガードされたそれに、鈴はさらに衝撃砲を放った。()()()()()()()()()()を。

 

 それはフォルテが作った氷の盾を貫通し、第二試合初めてのダメージをイージスコンビの与えることに成功した。

 

「作戦とかもうどうでもいいわ!セシリア!援護して!」

 

【えぇ!】

 

 ダリルの感じていた違和感、それは不馴れな動きだ。どうにも窮屈そうにしていたのだ。何故かと言えばとても簡単な話、鈴が作戦というものに慣れていなかったからだ。中学2年から勉強を始め、僅か1年での専用機受領は確かに快挙だが、十分な教導が終わっていなかった。他に適任が居なかったためまだまだ『これから』の鈴が選ばれたが、知識面はともかく実習が終わっていない。

 

 作戦遂行のための心得がないのだ。投げ出すことはしないが、予定通りに動くというのがぎこちない。だからこそ動きがおかしくなる。それがダリルには気になった。だからISを学び始めた年を聞いて、つい1年前というので納得した。

 

 1年ちょっとで作戦通りに行動するのは、訓練時間的に教導が終わっていない。それを見抜いたダリルは、先輩のアドバイスとして『そんな作戦捨てちまえ(要約)』と言った。何故言ったか?先輩が後輩を気にかけるのは当然だろbyダリル

 

「へっ、そうこなくっちゃな!」

 

「せんぱ~い、焚き付けたんですから頑張って倒してくださいよ~。」

 

「わぁってるって。」

 

 そうして両者は、第2ラウンドを始めた。

 

 

 

 

 結論から言えば、イージスコンビの勝ちに終わった。いくら鈴が天才で、いくらセシリアが変革を始めているとはいっても、相手はコンビという戦い方に慣れている。その上経験も豊富で、防御に秀でている。ダメージが思ったように与えられなかったのだ。

 

 だが、その相手をして撃墜されずに判定勝負へと持ち込ませた鈴とセシリアは、間違いなく強かった。




 イージスは強さがいまいち分からないし、キャラも分かりにくい。ゴーレムⅢに機体が帰国して修理必要なぐらい壊されるってのが判断に困る。倒してはいるんですが……。あとなぜ離脱させたし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 更識簪、姉を撃つ

「勝てる可能性は十分にあったんだけど、負けちゃったか。」

 

「才能は1級品なのに気性が激しいからそれを発揮しきれない。未だに目覚め切らない能力。どっちかがあれば勝てたのにね。」

 

 アリーナのピット。そこで第二試合を見ていた天羽飛鳥と葉加瀬なのはは、その試合結果を見てため息混じりにそう言った。

 

 飛鳥に勝てる可能性がある人間、その中に含まれる凰鈴音とセシリア・オルコットは、その潜在能力を発揮させればイージスにも勝てる筈だった。

 

 セシリアはGNソードⅡブラスターの能力である射程と威力の拡張を使えれば、防御結界を易々と突破した上で、フォルテ・サファイアが張る氷の盾さえも突き破って一方的な攻撃を行えただろう。

 

 鈴であれば、感情に振り回されずにその身に宿る才能に身を委ねられれば、最適解の行動を行い続け、連撃を途切れることなく叩き込み続けただろう。

 

 どちらかがあれば勝てた。イージスは強いがそれは経験に依る物であり、才能もあるにはあるがそれは鈴の物よりも小さく、セシリアの能力より取るに足らない物だ。2人のどちらかが真価を発揮できれば、本当に勝てた。

 

「鈴ちゃんは簡単にいかないだろうとは思ってたけど、セシリアの覚醒もなかったなぁ。これ切っ掛け作りしないとダメかな。」

 

「ビット操作の練習に付き合うついでにツインドライヴで後押ししてきたけど、あとは覚悟かごり押しじゃないと無理だろうね。」

 

 あと2、3年もすれば冷静さを自然に手に入れる鈴と違って、セシリアは放課後に下地を作ってきたが切っ掛けがなければ変わらない。

 

「……成り行きに任せよう。その時が来たなら、それが運命だ。」

 

「運命ねぇ……そう見えるだけの必然ばっかりだけど。まぁ、因果の話はするだけ無駄だし、そうしとこうか。」

 

 

 

 

『凄い久しぶりに喋った気がする。』

 

『これだから大会は嫌なんだ。』

 

『次は第三試合、なのはが弄った白式と打鉄弐式VSミステリアス・レイディと紅椿。なぜだろう、私には結果が見える。』

 

『地獄が生まれるだろうね。』

 

 

 

 

 第三試合――――それは一方的とは言えないが、反撃をさせない試合だった。

 

「【山嵐】!」

 

 試合開始と同時にイメージ・インターフェースによる()()()()()()()()()()()()を行い、4()8()()()G()N()()()()()を発射した更識簪の手によって。

 

「マルチロックオン!箒ちゃん、迎撃よ!」

 

「【空裂】!」

 

 マルチロックオンを知っていた更識楯無の指示で、篠ノ之箒がエネルギー刃を飛ばす空裂でGNミサイルの迎撃を始める。楯無も蒼流旋に内蔵されたガトリング・ガンで撃ち落としにかかる。

 

 だが、GN粒子の特性で慣性や重力を軽減しているGNミサイルは速い上に、その軌道は通常のミサイルよりも鋭い。48発という数も相まって、全てを落とすことはできない。

 

「箒ちゃん、展開装甲で防御して!」

 

「は、はい!」

 

 再び楯無の指示で防御を行う箒。楯無もいつもやっている様に水のヴェールによる防御を行った。

 

 それが命取り。

 

 展開装甲のエネルギーシールドとアクアナノマシンの水のヴェールにGNミサイルが接触すると同時に、GNミサイルは内蔵された小型GNコンデンサーからGN粒子を流し込んでそれを破壊しにかかった。

 

「っ!?」

 

 箒は紅椿の性能もあって防ぎ切った。だが楯無は水のヴェールを吹き飛ばされた。

 

 そこにまたGNミサイルが殺到する。今度は防御のない楯無を。

 

 GNミサイルは接触個所からGN粒子を注ぎ込み、内側から破壊する。ISのシールドバリアーにそれが行われるとシールドエネルギーを大幅に消費するだけで済むが、装甲に当たればその箇所を完全に破壊され機能不全に。運が悪いと絶対防御が発動し、数が多ければISの操縦者保護機能が働いて昏睡状態にまで追い込む。下手な武器よりも殺意の塊のような代物だ。

 

 それがフルスクラッチ故に装甲の薄い楯無を襲う。

 

「あ――」

 

 1発なら絶対防御だけで済んだだろう。だが2発、3発と食らえば?

 

 1対1ならそもそも当たらなかっただろう。引き撃ちで全て対処したはずだ。だが今回は箒のお()りを優先し、回避ではなく防御を選んだ。だからこそこの結果は必然だった。

 

 試合開始から20秒、更識楯無はシールドエネルギーを0にした。

 

 

 

 

『いや早いよ!何やってんの!?』

 

『GNミサイルつよっ。』

 

『クアンタでもまともに受けたら落ちるけど、いくらなんでも脆いよ楯無!』

 

『水のヴェールが優秀だから堅いけど、装甲少ないしそりゃ素の防御力は低いよね。』

 

 

 

 

「楯無さん!?」

 

 すぐ横で落ちていく楯無に驚く箒。

 

「まだ終わってないぜ、箒!」

 

 そこに瞬時加速(イグニッション・ブースト)で突撃し、【零落白夜】を発動させ雪片弐型で斬りかかる織斑一夏。

 

「リロード開始……!」

 

 拡張領域(バススロット)から次のGNミサイルを山嵐に装填し出す簪。更に手に対複合装甲用薙刀【夢現】を持ち、瞬時加速(イグニッション・ブースト)のためのチャージを始める。

 

「くっ、負けるものか!」

 

 そう言って防御に使っていた展開装甲を閉じて両手の空裂と雨月で雪片弐型と打ち合う箒。そこに一夏は左腕の多機能武装腕【雪羅】の荷電粒子砲による攻撃を至近距離で行った。避けれる筈もなく直撃しよろめいたところに、簪が瞬時加速(イグニッション・ブースト)で飛び込んでくる。

 

「絢爛舞踏は使わせない……!」

 

 少しでも時間を与えればダメージを回復する絢爛舞踏の発動の隙を与えない連撃。夢現と連射型荷電粒子砲【春雷】で絶え間なく放たれる攻撃は、確実に紅椿のエネルギーを減らしていく。

 

【スイッチ!】

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 プライベート・チャンネルによる合図と同時に、簪が離れ一夏が入れ替わって攻撃を始める。

 

 1週間前、なのはによって打鉄弐式が完成してから、2人は何もして来なかった訳ではない。少ないながらも連携パターンを構築してきた。これもその1つ。特定の単語による行動の示し合わせである。

 

 コンビネーションとしては初歩中の初歩だ。これからやることを言っているに過ぎない。だがそのシンプルさが一夏には合っていた。覚えることが少ない分、シミュレーションも容易で、何より()()()()()()()()()()()。以前シャルロット・デュノアとペアを組んだ時のような、ただフォローされているのではなく、フォローしていると感じられる。それが一夏には嬉しい。

 

 浮かれてはいないが、テンションは高い。空回りもせず、思うように体が動く。俗にいう絶好調。零落白夜も、まだまだ無駄はあるが今までより格段に節約出来ている。

 

「悪いな箒!今日は負ける気がしない!」

 

「なにをっ……!」

 

【ブラスト!】

 

「!」

 

 簪からの合図と同時に一夏が箒から離れる。その瞬間、紅椿のハイパーセンサーがロックオンアラートを発した。

 

「しまっ──」

 

「山嵐!」

 

 48発のGNミサイルが、今度は1人に向けて放たれる。

 

「(絢爛舞踏──ダメだ、間に合わない!)空裂──ッ!?」

 

 先ほどと同じようにエネルギー刃で迎撃しようとする箒に、一夏が雪羅の荷電粒子砲を当てて妨害する。その隙はあまりに大きく、迎撃する時間がなくなった箒は展開装甲による防御で乗り切ろうとそのシールドを広げ──

 

────ドオォォォォンッッ!!!

 

 巨大な爆発の中に消えた。

 

 爆発から数秒経ってから、爆煙の中から箒が地面に向かって落ちていく。

 

 アリーナの大画面が、試合結果を表示した。

 

勝者 織斑一夏&更識簪ペア

 

 ロシア国家代表と第四世代のペア、何よりもオッズ1位を相手に、シールドエネルギーを全損させての勝利。

 

 オッズワースト2位が起こした大判狂わせに、アリーナは弾けた。

 

「「「わあああああああ!!!」」」

 

「すごい!すごいよかんちゃんとおりむー!」

 

「会長に勝っちゃった!」

 

「賭けてよかったぁぁぁ!」

 

 その声を受けながら、一夏は簪の元に飛んで行った。

 

「やったな、簪!」

 

「うん……!」

 

 笑みを浮かべる簪に一夏は右手を掲げる。

 

「……?」

 

「ほら、ハイタッチ。やろうぜ。」

 

 ぎこちなく右手を上げた簪とハイタッチを交わした一夏は、そのまま地面に倒れたままの楯無と箒の元へと降りて行った。

 

「織斑君……。」

 

 触れた手を胸元に抱いた簪もゆっくりと降り、やっと勝てた姉との仲直りの第一歩を踏み出そうと、その肩を担いだ。

 

 

 

 

 アリーナのピット、そこで第三試合を見ていた飛鳥が呟いた。

 

「GNミサイルってさ。」

 

「ん?」

 

「クアンタでもまともに受けたら落ちるよね。」

 

「まぁね。」

 

 開発者であるなのはのお墨付きが出た。

 

 ダブルオークアンタは高性能だが、それでも限度はある。もちろん防御力も高いし装甲も堅いが、GNミサイルはそれさえも突破することが可能だ。

 

「私聞いてない。」

 

「言ってないからね。」

 

「大事なことじゃん。GNミサイル渡したなら言ってよ。」

 

「GNミサイルでもそうじゃなくても対処法は同じでしょ。」

 

 GNビームガンやGNソードⅤライフルモードでの迎撃、それがダブルオークアンタでの主なミサイル対処法だ。それはGNミサイルだろうと変わらない。というか銃弾にもやるので、今更言ったところで大した意味がない。結局撃ち落とすのだから。

 

「いや万一の時GNシールドで防げないでしょ。危ないよ。」

 

「来ない未来を想定することほど無意味なことないよ飛鳥。」

 

「可能性だけなら0%はないって昔言ったのなのはでしょ。」

 

「飛鳥だけは別。零落白夜で事故らない限り負けないじゃん。」

 

「セシリアとか鈴ちゃんで負け筋は3つあったんだよなぁ……。」

 

 飛鳥がこのトーナメントで警戒していた負け筋は3つ。1つは零落白夜のクリーンヒットを受けてのシールドエネルギー全損。2つ目がセシリアの覚醒によるGNソードⅡブラスターの本領発揮。最後に鈴が才能に身を委ね感情を律して最適解を選ぶこと。

 

 どれも対処可能ではあるが、想定しているのとそうでないのとでは動きが変わる。GNミサイルだったら1発でも受ければダメージは必至。GNシールドでの防御が出来なくなるのは単純に行動パターンが削られるに等しい。

 

「知ってるのと知ってないのとじゃ大違いだよなのは。」

 

「トランザムしないGNミサイルなんて飛鳥の敵じゃないから。セシリアが持ってたら流石に言ったけど。」

 

「GNミサイルビットはまずい。」

 

 脳波コントロールできるGNミサイルは流石に殺意がありすぎる。セシリアの技術なら迎撃を全て回避させて命中させることも夢ではない。そんなものを受ければ大ダメージは免れず、そのままレーザーで焼き払われるだろう。

 

「というか、GNミサイルに使ったGN粒子はどうしたの?」

 

「粒子貯蔵タンクに貯めてたのから使った。あとで補充手伝って。」

 

「いや本当になんで言わなかったの?」




 打鉄弐式の原作との相違点
・整備科の手を借りずに完成
・楯無の機体データ未使用
・大会1週間前に完成
・その1週間で試験運転がされている
・マルチロックオンシステム搭載
・最高品質のチューンがされている
・GNミサイル装備

 作中でも書いたように、1人なら楯無は引き撃ちで山嵐を全て迎撃します。
 今回は箒が居たので引き撃ちせずに一緒にガードしてそのまま落ちましたが、別の人とペアなら楯無はちゃんと生き残ります。楯無はペアが悪かった。

 だから別に楯無が弱いとか簪贔屓という訳ではありません。動かし難いから速攻で沈めようとした訳じゃない。ホントホント、駄竜ウソ吐かない。

 ちなみに簪と一夏の合図は
【スイッチ】 変わって
【ブラスト】 山嵐撃つよ  です。他にもありますが、それは出てきたときにでも。

 そして正直面倒な更識姉妹の関係改善は、打鉄弐式完成後の1週間でアレコレした一夏に丸投げしました。描写したくない。何が悲しくて推しの泣き顔を書かなきゃいけないのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 天羽飛鳥、装甲を展開する

『みなさん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

長いよ大会。試合ごとに区切ったせいだけど3part()もまともな出番なしとかどうなってるの。』

 

『こっちは飛鳥みたいに試合をする訳でもないから暇で仕方ないよ。暇潰しにクアンタをフルセイバーに換装しようか迷ったぐらい暇。』

 

『フルセイバーは過剰戦力だからNG。あんなの勝つに決まってる。』

 

 

 

 

「ダブルオークアンタ、天羽飛鳥、出る!」

 

 カタパルトでピットから飛び出し、GN粒子を背中から吹き出しながら宙を舞う。

 

 視界に捉えた2つの影、イージスコンビと向き合うように静止し、声をかけた。

 

「初めまして、先輩方。日本代表候補生の天羽飛鳥です。」

 

 私は基本、誰かを呼ぶときは苗字にさん付けで呼んでいる。親しくなればちゃん付けになったり呼び捨てにしたりするけど、今の所IS学園で呼び捨てやちゃん付けにするのはセシリアと鈴ちゃんぐらいだ。鈴ちゃんは私に勝てるかもっていう期待からちゃん付けだけど。

 

 そんなことを考えていると、向き合う相手が応えてくる。

 

「3年のダリル・ケイシーだ。」

 

「2年のフォルテ・サファイアっス。」

 

「――。2対1ですけど、負けません。ダブルオークアンタと一緒に、未来を切り開きます。」

 

 今、嘘があった。()()()()()()()()()()()()。でも、サファイア先輩はそのことを知らない。

 

 イージスと謳われる抜群のコンビネーションを発揮するパートナーにさえ、偽名を明かしていない。それを少し申し訳なく思いながらも、ケイシー先輩は達観の元にそれを受け入れている。

 

 感情はもちろん、思考も偽れはしない。なら、彼女が抱いた()()の意味は──

 

「頼もしいな。ならその機体とお前の力、見せてみな。」

 

「――えぇ、見せましょう。ダブルオークアンタの力を。」

 

 GNソードⅤを握る右手に力が入る。周囲の目があったからテストもしていないシステムを、よりにもよってこんな大勢の前で晒すことへの抵抗感。もし失敗したらという重圧。それらをはね除け、私は覚悟を決める。

 

 思っていた以上に早く使うことになったけど、ここで使わないと手遅れになる。事を起こして、もう戻れなくなってからじゃ遅い。まだ実害のない()だからこそ、彼女に声が届く。

 

 カウントダウンが始まる。互いに構え、互いに意識を向ける。静かに戦意の灯る目で見つめられながら、私は最低限試合の体を保つための戦いを始めた。

 

「ソードビット!」

 

 試合開始と同時にGNシールドにマウントしているGNソードビット6機を解き放つ。

 

 今回は本気だ。そもそもイージスの防御結界を真正面から突破するには、GNソードⅤをバスターソードかバスターライフルにしないと時間がかかる。()()()()()

 

 GN粒子を吹き荒らし、飛翔すると同時にGNソードビットを環状に配置し、その中心に飛び込み――

 

 ――私は、姿を消す。

 

「っどこに――。」

 

「後ろです!」

 

 周囲を見渡すサファイア先輩の後ろから姿を現し、右手のGNソードⅤで斬りかかる。

 

「いつの間に――!」

 

 瞬時にターンして手にイメージ・インターフェースで作った氷の武器を持ちそれで打ち合おうとするサファイア先輩。流石の対応力だと感心する。でもそれじゃ足りない。

 

 GNソードⅤはGN粒子を貯め込むGNコンデンサーの素材を転用したクリアグリーンの刀身を持つ。この刀身は粒子を熱に変換し、さらにその熱を触れたものに瞬時に伝達させることで、耐熱限界以上の熱量で切断する。分かりやすく言えば触れた瞬間溶ける。

 

 そんなGNソードⅤと所詮氷で作った武器が打ち合えば、結果は目に見えている。

 

 ジュッ!と音を立てて氷の武器は溶け、GNソードⅤの刃はサファイア先輩に届いた。

 

「ぐっ!」

 

「フォルテ!」

 

 すぐにサファイア先輩のフォローに回り、追撃をさせないためにイメージ・インターフェースで作った火球を放ち、更に自分自身も飛んでこちらに向かってくる。

 

 それを後ろで環状に配置したGNソードビットの中に飛び込み回避し、背後から飛び出し斬りかかる。

 

「っ今度はこっちか!」

 

 イメージ・インターフェースで作られた火球が飛んでくるが、前面に移動させたGNシールドで全て受け止めながら飛翔し斬りつける。

 

「ッチィ!」

 

 双刃剣【黒への導き(エスコート・ブラック)】で反撃してくるのを、GNソードⅤで受け止めるついでに溶断して使えなくし、また後ろに配置したGNソードビットの中心に飛び込――

 

「そこっス!」

 

「――!」

 

 サファイア先輩のイメージ・インターフェースによる氷塊での攻撃がGNソードビットを狙う。配置を解除しGNソードビットで全ての氷塊を斬り裂き、離脱を中断した私を狙う火球ごとGNソードⅤを変形させたライフルモードとGNシールド上部のGNビームガンで狙い撃つ。

 

 だが、防御結界イージスで攻撃が届く頃には威力を削がれ、楽々回避されてしまう。

 

「もう気付きますか。」

 

 一度仕切り直しだ。互いに攻撃の手を止め、オープン・チャンネルで呼びかけ合う。

 

「あぁ。お前が消えるタネはそのビットだ。」

 

「2回もそれで消えて、3回目でビットを狙ったら消えずに迎撃したっス。」

 

「環状に配置したビットの中心を潜ると消える。何で消えるのか分からねぇが、それさえ分かれば対処できる。」

 

「いやそれはおかしい。」

 

 確かにビットを配置して潜るまでは隙みたいなものだ。人数差の関係で、ビット無しの瞬間は1対1しかできないから1人フリーになる。

 

 その1人に妨害されれば確かに私も迎撃するしかないけど、密着状態にあるパートナーごとやるような攻撃は普通出来ない。

 

「並大抵の信頼関係じゃできない。」

 

「たりめーだ。オレとフォルテだからできる。」

 

「その訳分からない手品はもう効かないっスよ。」

 

「……ま、それもそうかな。」

 

 どうも過小評価だったらしい。この2人のコンビネーションは凄い。

 

「だからこそ惜しい。」

 

「何?」

 

「本当のことを話さないのは優しさじゃない。」

 

「――お前……。」

 

 私の言葉に表情が変わる。

 

「何も話さず、もう全てが手遅れになってから打ち明ける気みたいですね。」

 

「どこで知った!」

 

「ダリル先輩……?」

 

 サファイア先輩の困惑の声。確かに知らないと訳が分からない。

 

「呪いだと諦めて、何も変えられない自分が情けなくて。ここでの日常で知った光が心地よくて、だからこそ壊れるのを恐れてる。」

 

「やめろ……!」

 

「拒絶されるのが怖いですか?」

 

「やめろよ……!」

 

「信じられないですか?」

 

「やめてくれ……!」

 

「本名を明かすのは、そんなに難しいですか?」

 

「――――っ!!」

 

 ビュンっ!とスラスターエネルギーの消費を考えていないスロットルワークで飛び出したヘル・ハウンドが刃を振るう。

 

 それを左手で掴み取り、

 

「言わなきゃ何も伝わらない。」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「ッ!?」

 

 全身の装甲が開いていく。GNシールドが花開く。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「クアンタムシステム起動!タイプレギュラー!」

 

 私の言葉と共に、高純度GN粒子の奔流が巻き起こる。

 

「今こそ対話する!」

 

 目を金色に輝かせ、私は対話を始めた。




 次回【イージスコンビ、互いを知る】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 イージスコンビ、互いを知る

 注意!独自設定・独自解釈を大量に含みます!


 IS学園3年、アメリカ代表候補生ダリル・ケイシー――コードネーム『レイン・ミューゼル』。亡国機業(ファントム・タスク)の実働部隊モノクローム・アバターを率いるスコール・ミューゼルの姪であり、自身も亡国機業(ファントム・タスク)に所属する()()()()()

 

 彼女が亡国機業(ファントム・タスク)に所属するのは、彼女の家系に起因する。

 

 炎の家系と言われるその家は、争いによって成立した。ワールドウォー2――第二次世界大戦において打ち立てた武勇。1()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()のがミューゼル家の始まりだ。

 

 100という数は比喩で、実際にどれだけの人間を殺したかは分からない。だが決して1人2人ではない。血に染まった己の手を見詰め、ミューゼルは誓った。

 

 【争いのない世界を作る】と。

 

 

 

 

「何スか、これ……。」

 

 脳裏を過ぎる記憶に、フォルテ・サファイアは困惑した。

 

「レイン・ミューゼル……?亡国機業(ファントム・タスク)って、テロリストって、どういうことっスか……?」

 

 ダリル・ケイシーの事は良く知っている筈だった。だってパートナーだから。学年が違うから授業中は離れているけど、それ以外はいつも一緒と言っていいほど近くにいた。

 

 食事は一緒に食べていたし、放課後は一緒に過ごした。寝る時だって……。

 

 いつも彼女は楽しそうに笑っていた。その彼女がテロリスト?

 

「何か言うっスよ、ダリル……!」

 

 隣にいるパートナーは、顔を伏せたまま喋らない。

 

「うちらの一緒に過ごして来た時間は、嘘だったんスか……?!」

 

 視界が歪む。胸を締め付ける苦しさに息が乱れる。嗚咽(おえつ)の声が漏れる。

 

「フォルテ……。」

 

「なんで……なんでっ……。」

 

 何で自分は泣いているのだろう。パートナーがテロリストだったから?知らないことがあったこと?いや、違う。

 

 ()()()()()()()()()()()()に泣いている。

 

 相手の全てを知らないのなんて当たり前。どれだけ親しくても、知らないことはある。でも、そんな当たり前のことだからこそ、目を逸らしていた。

 

 だって、恋はそういう物だから。花火の様に輝いて、いつか消えていく物だから。そこ以外目に入らなくなる物だから。

 

「――フォルテ。」

 

 ぎゅっ、と。いつもの様に抱きしめられて、いつもの様に名前を呼ばれた。

 

「ダリルぅ……。」

 

 テロリストだと分かっている。でも、こうして抱きしめられると縋りたい。離したくない。離れたくない。

 

 だって、フォルテ・サファイアはダリル・ケイシーが大好きだから。

 

 

 

 

 亡国機業(ファントム・タスク)が生まれたのは第二次世界大戦中のことだ。

 

 創設者が何を望んで作り上げたのか、それは今となっては分からない。創設者本人はもう既に居ないし、初期の頃から居るメンバーなどもはや存在しないし、その記録も残されていないから。

 

 今の亡国機業(ファントム・タスク)が何を望んでいるのか、それを正確に知っている者も居ない。組織運営を司る幹部会も、その椅子に座る人間それぞれに願望があるから。

 

 ある者は金稼ぎのため。ある者は争いを起こすため。ある者は世界を牛耳るため。

 

 そしてある者――ミューゼルは、争いを無くすため。

 

 矛盾だとミューゼルも分かっている。争いを無くすために争いの種となるテロリストに所属するなど、笑い話としか言いようがない。

 

 だが、その笑い話がISの登場で一変した。

 

 ISはISにしか倒せない。もちろん、シールドエネルギーを削るだけなら拳銃でも可能だ。しかし削りきる前にISはその発射元を潰せる。それは相手が戦闘機や戦車であろうと同じであり、だからこそISは既存の兵器を圧倒する兵器であると言われるようになった。

 

 ISを使えば、IS以外の脅威はなくなる。強いて言うなら核兵器を使われればシールドエネルギーが周囲の地形ごと吹き飛ぶが、核兵器などそう簡単に使えはしないし、使ったが最後一般人から批難の声が上がる。結局ISはISでしか倒せない状況となる。

 

 そんな状況でもしISを独占できたなら、亡国機業(ファントム・タスク)は絶対強者として君臨できる。何せ他がどれだけ反抗しようと、ISを持つ亡国機業(ファントム・タスク)には絶対に勝てないのだから。

 

 世界を牛耳るのも、金を稼ぐのも、争いを起こすのも、無くすのも、ISを手に入れれば夢ではなくなる。

 

 だからこそ【呪い】。いやに現実的な『争いを無くす手段』と、魅力的な『争いのない世界』が見えるからこそ、ミューゼルは亡国機業(ファントム・タスク)に所属する。

 

 だって、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 争いの炎を消すスコール(豪雨)レイン()。2人のミューゼルは、愛のために世界を敵に回すのだ。

 

 

 

 

「そんな……。」

 

 自分を抱き締める腕の中で、フォルテは驚きで目を見開いた。

 

 嘘は何処にもなかった。いつも笑っていたのは本当に楽しかったからであり、自分に囁いた愛は心の底から溢れ出た言葉だった。

 

 彼女は本当の名前を明かせないことに苦しんでいた。亡国機業(ファントム・タスク)のスコール・ミューゼルは国の上層部なら知っている名前であるため、同じミューゼルの名前を口にすることが出来なかった。テロリストと親戚だと知られれば、専用機を取り上げられてしまうから。

 

 ――そうなったら、自分(フォルテ)と一緒に居られないから。

 

「そんなに、自分のこと……。」

 

「大好きに決まってるだろ。」

 

 フォルテを抱きしめる腕に力が入る。

 

「初恋なんだ、フォルテ。初めて誰かを好きになったんだ。一緒に居たいって思ったんだ。ずっと、ずっと一緒に……。」

 

「ダリル……。」

 

 いつも何だかんだフォルテを引っ張ってくれる先輩が心の内に秘めた、少女の姿がそこにあった。

 

「フォルテ、オレと一緒に来ないか?一緒にこの世界を変えないか?」

 

 ――離れたくない。離したくない。

 

 愛が伝わってくる。強く鮮烈な愛。形のしっかりした愛。

 

 こんなにも自分を愛してくれているパートナーが、こんなにも自分を求めている人が、離れてしまうことに怯えている。今年度卒業してしまうから、そうなってしまえばもう会えないから、巻き込んでしまったとしても一緒に居たいと思っている。

 

 それは――

 

「――違うっス。」

 

「え――。」

 

 それは、違う。

 

「ダリルが自分と一緒に来るっス。」

 

 もっと大きく、もっと鮮やかな愛が溢れ出す。

 

「っ。」

 

「離したくない?逆っス、離さない。」

 

 もし、誰かを殺そうとした直後で、その姿を間近で見た時に勧誘を受けたなら、フォルテは葛藤の末に拒絶しただろう。

 もし、それでたった1人戦うパートナーを見たら、愛のために世界を裏切っただろう。

 

 だが、そんなことにはならなかった。互いに思いを打ち明けて、そこに偽りがないことを知った。今までの時間がまやかしではないと知った。何より、()()()()()()()()()()()()()()

 

 なら、それを助けないなんてあり得ない。どうやって?それはもちろん――

 

「世界よりも自分を選ぶっス、ダリル・ケイシー。」

 

 ――愛の力で。

 

 

 

 

「話しは終わりました?」

 

「――はいっス。」

 

 クアンタムシステムを終了させ、全身の装甲を閉じた天羽飛鳥の言葉に、フォルテ・サファイアははっきりと答えた。

 

「今のは、その機体の力っスよね?」

 

「はい。詳しくは秘密ですけど。」

 

「聞き出す気はないっス。ただ、お礼を言いたいっス。」

 

 隣に浮かぶヘル・ハウンドの手を握り、フォルテは笑った。

 

「ダリルは自分を選んだっス。」

 

「お、おう。」

 

 恥ずかしそうに頬を赤く染めた【ダリル・ケイシー】が、フォルテの手を握り返した。

 

「ひとまずはおめでとうございます。結婚式には呼んでくださいね。」

 

「結婚!?」

 

「ギリシャでやるかアメリカでやるかは後で話し合うっス。」

 

「フォルテ!?」

 

 慌てるダリルにフォルテと飛鳥が2人でクスッと笑い、どちらともなく手に武器を持った。

 

「試合、終わらせましょうか。」

 

「そうっスね。さっさと終わらせて部屋に帰って……ふふ。」

 

 妖しく微笑むフォルテ。一体何をする気なのだろうか。その思考を読まないよう全力で別の所に意識を向けた飛鳥には分からない。

 

「あとで泣いたって止めてやらねぇからなフォルテ!」

 

「ダリルは今日ずっとネコっスから。」

 

「えっ。」

 

 何をするのか分からない。

 

「早く終わらせたいなら、私の本気の攻めを耐えてください。耐えれたら私の負けで良いです。」

 

「良いっスよ。イージスの防壁、超えられるなら超えてみるっス。」

 

「お前ら何か仲良くねぇか?なぁ、なぁ!」

 

 『嫉妬してるダリルかわいい』と思いながら、フォルテはダリルに身を寄せた。

 

「ど、どうした。」

 

「ダリル、『アレ』やるっス。」

 

「『アレ』?ここでか?」

 

「見せつけるっス。自分たちの新しい始まりを、皆に。」

 

 フォルテがダリルを抱き寄せ、あごをクイッと持ち上げ真正面から見つめた。

 

「『ダリルは自分のものだ』って。」

 

「……何か、変わったな。」

 

「嫌っスか?」

 

「いんや、大好きだ。」

 

 そう笑うダリルにフォルテは微笑み、口づけを交わした。

 

「行くっスよ、《凍てつく炎(アイス・イン・ザ・ファイア)》!」

 

 2人の体が炎を内蔵した氷のアーマーに包まれる。外面の氷が衝撃を緩和し、内に秘めた炎が破損部から噴き出すことで攻撃を跳ね除けるある種の反発装甲(リアクティブ・アーマー)

 

「GN粒子、リチャージ完了。」

 

 《凍てつく炎(アイス・イン・ザ・ファイア)》の形成と、タイプレギュラーの使用で消費したダブルオークアンタのGN粒子再充填が終わったのは同時だった。

 

「あとでなのはに怒られるだろうけど……私いま、すごく楽しいの。」

 

 初めての対話が上手くいった安堵。自分と対抗する人間が居ることへの高揚。すべてを纏めて『楽しい』と一言で形容し、飛鳥は秘密をまた1つ明かす覚悟を決めた。

 

「行こう、クアンタ――トランザム!

 

 充填したばかりの圧縮粒子を解放し、機体性能を引き上げたクアンタが飛翔する。更にGNシールドに戻してGN粒子の急速チャージを終えたGNソードビットを飛ばし、それを環状に配置して形成したゲートに飛び込んで姿を消した。

 

「また消えたか!」

 

 ダリルが叫んだ瞬間、2人の後ろから飛鳥が姿を現し、それに続くように現れたGNソードビットをGNソードⅤに合体させ巨大なバスターソードに変えると、それでイージスに斬りかかった。

 

「白兵戦で来るっスか!」

 

 2人はそれを《凍てつく炎(アイス・イン・ザ・ファイア)》の装甲で受け止めた。外面の氷をなんの抵抗も感じさせずに斬り裂いたその傷跡から、内に秘めた炎が噴き出してイージスコンビはその反動を使った移動をすると同時に、その炎で飛鳥への反撃を行った。

 

「っし!」

 

「これならいけるっス!」

 

 離脱と反撃を同時に行える《凍てつく炎(アイス・イン・ザ・ファイア)》。近接攻撃を得意とする飛鳥相手なら、クリーンヒットをしないように気を付ければ反撃の炎がシールドエネルギーを削り切れる。

 

 そう確信した2人は、炎を食らった位置にいるだろう飛鳥に視線を向け、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ!?」「後ろ!?」

 

 《凍てつく炎(アイス・イン・ザ・ファイア)》が噴き出した炎でまた移動した2人が後ろを見た時には、そこには何もない。

 

「どこに――!?」

 

 ハイパーセンサーの全方位視界を使って周囲を見渡し、フォルテは見た。

 

 まるで武器を展開(コール)する時のように現れる飛鳥の、バスターソードを構えた姿を。

 

「っ――!」

 

 反射でイメージ・インターフェースを使用した氷塊を撃ち出そうとして、それより早くバスターソードによって斬られ、《凍てつく炎(アイス・イン・ザ・ファイア)》から炎が噴き出して飛鳥を吹き飛ばそうとし――

 

「跳べ!」

 

 ――まるで量子変換(インストール)した時の様に、飛鳥が量子になって消えた。

 

「はぁっ!?」

 

 現れてはバスターソードで斬りつけて2人のシールドエネルギーを削り、噴き出す炎を消えて避け、それを繰り返し、

 

「これで、最後──!!!」

 

 最後には、真正面に出現しての一閃で決着がついた。

 

ダリル・ケイシー&フォルテ・サファイア シールドエネルギー0

勝者 天羽飛鳥

 

 優勝予想2位が、優勝予想最下位に敗れた瞬間だった。

 

 

 

 

「何で量子化見せたの?」ゴゴゴゴゴゴゴ

 

「あの、怒らないで……。」

 

「怒ってないよ、ただ聞いてるだけ。」ゴゴゴゴゴゴゴ

 

「(こわい。)」







祝! イージスコンビ残留決定!

 まず始めに断っておきますが、亡国機業、ひいてはミューゼルについては完全な捏造です。ダリルなのかレインなのか未だに呼び方に困る人についても捏造です。

 イージスコンビはクアンタで対話すればIS学園に残ってくれるだろうと考えたのはいいんですが、色々情報が少なすぎて捏造しないと書けなかったんです。何だよ争いの家系って、愛のためにとかあのIS原作者がそんな設定作る訳ないだろ(自問自答)。

 もっと良い設定はあるんでしょうが、駄竜にはこれしか思い付きませんでした。ユルシテ……

 あと量子化出すの早まった感。恐らく素のバスターライフルモードでイージスの防御を抜くのは十分だったんですが、ライザーソード使う時のものしかバスターライフルモードの資料を見つけられずに断念。GNソードⅡブラスターみたいに射程と威力の拡張とかできたりしません?誰か教えて


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 クアンタムシステム、その影響

 すみません!短いです!


「セシリア、大丈夫?」

 

「え、えぇ……。」

 

 大会が終わるまでアリーナのピットで試合を見ていようと2人揃って残っていたセシリア・オルコットと凰鈴音のペアは、自分たちに勝ったイージスコンビと天羽飛鳥の試合中に起こった怪現象に驚いていた。

 

「考えてることが伝わるなんて……この光のせい?」

 

 鈴は漂う光の粒子を見ながらそう推察した。

 

「ダブルオークアンタ……前から違和感を感じてはいましたが、まさか本当に……。」

 

「セシリア、どうし──あんたその眼……!?」

 

「はい?」

 

 鈴を見つめるセシリアは、きょとんとした顔で()()()()()()()()()

 

 

 

 

「この光は……。」

 

 時を同じくして、シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒのペアもその怪現象を体験していた。

 

「考えていることが口に出さずとも分かる。これは……ん……?」

 

 ふと、ラウラは左目を覆う眼帯越しに左目に触れた。

 

「ラウラ?」

 

「まさか、そんなはずは……。」

 

 慣れた手つきで眼帯を外したその下にあった左目は、()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「タイプレギュラー、まさかこんな大勢の前で見せることになるなんて……。」

 

 アリーナのピットで周囲に漂う光──GN粒子を見た葉加瀬なのはは、そうなった事実にため息を吐いた。

 

 タイプレギュラー。それはダブルオークアンタに搭載されたクアンタムシステムを起動して行ういくつかの形態の内の1つだ。

 

 機体各部の装甲を展開し、GNシールドさえも開くことでそこに隠されたダブルオークアンタの心臓部と言っても過言ではない()()()()()【GNドライヴ】を露出させ、そうして出来た出口から高純度のGN粒子を放出する。それがタイプレギュラーだ。

 

「まさかテストなしのぶっつけ本番になるなんて思いもしなかったよ。」

 

 クアンタムシステムはダブルオークアンタの真価を発揮するのに必要不可欠なものだ。それ故になのはは細心の注意を払ってシステムの構築を行ったが、そのテストは出来ず仕舞いだった。何せ完成から今までずっと人目のあるIS学園に飛鳥が残らねばならなかったからだ。たまに抜け出していたが、テストを出来るほどの時間は確保できなかった。

 

 いつかいつかと先伸ばしにし続けた結果、ついにはぶっつけ本番となってしまったのである。

 

「……まぁ、飛鳥なら仕方ないか。」

 

 本来なら怒るべきだろうが、伊達に何年も親友をやって来たなのはではない。飛鳥の性格からして、こうなる可能性は考えていた。少しの躊躇(ためら)いの末に使用に踏み切るだろうと。だからそれについてはとやかく言うつもりはなかった。

 

 が、

 

「何で量子化使った???」

 

 まさかそれまで見せるとは思っていなかった。

 

 

 

 

 試合が終わりピットに戻ってきた飛鳥は、ISスーツ姿のままなのはにピットの硬い床に正座させられていた。

 

「それで?楽しくなってつい量子化しちゃったんだ?」

 

「うん……。」

 

「はぁ~~~…………。」

 

 大きいため息を吐いて、なのはは正座する飛鳥の足の上に座った。

 

「なのは?」

 

「これからいろんな所への説明で苦労するボクを労え。」

 

 そう言ってぐりぐりと頭を擦りつけてくるなのはを、飛鳥はぎゅっと抱きしめた。

 

「ごめんね、いっつも任せっきりで……。」

 

「いいよ別に。それより、クアンタムシステムはどうだった?」

 

「――人間同士ならタイプレギュラーで十分対話できる。少なくともIS関係者は束さんのお陰で日本語を覚えてるから問題なし。それ以外の人たちはやってみないと分からないけど、種の規格は同じだから多分いける、と思う。」

 

 「そう。」と短く答え、飛鳥の言葉を頭の中で反復させたなのはは苦い顔をした。

 

「やっぱり、飛鳥とクアンタだけじゃ――」

 

「――『()()()()()()』は無理、でしょ?」

 

 飛鳥は少しだけ沈んだ表情でそう言った。

 

「日本とアメリカでコンセントの規格が違うのと同じで、人間と『()()()()』じゃ生体が違う。今のままだとそれが原因の不測の事態に飛鳥は対応できない……。」

 

「それを解決するのに必要な『()()()()()()()()()()()』はまだ未完成、か……。」

 

「機体だけでお金が底をついちゃったからねぇ……。」

 

 はぁ、と2人してため息を吐いた。

 

 実の所、飛鳥の専用機であるダブルオークアンタは真の意味での完成とは言えない状態にある。試合で戦う分には何ら問題ないが、ダブルオークアンタの()()を発揮することが出来ない。人間同士であればどうにかなるが、『()()()()』となると相手と()()するだけの処理能力が、飛鳥とクアンタにはない。

 

 だからこそリアルタイムでその処理を代行する外付けの量子コンピュータが必要なのだが、それを作るのに必要な資金が圧倒的に足りないのが現状だ。亡国機業(ファントム・タスク)から連れ出した女性に集めて貰っているが、彼女の生活費を圧迫しない範囲ではどうしても時間がかかる。

 

「やっぱりブリュンヒルデになるしかないかなぁ!」

 

 ばっ!と沈んだ表情を吹き飛ばして笑顔になった飛鳥が言った。

 

「大体の問題が片付くブリュンヒルデって本当に便利だね。最初の計画通り、ブリュンヒルデになるのが一番手っ取り早いか。」

 

 仕方ない、と言いたげになのはも賛同した。

 

 ブリュンヒルデ――世界最強の称号。元々目指していたが、それにはいくつか理由があった。

 

 飛鳥は単純に憧れた。特殊なのはその称号を手にした織斑千冬にその感情が向かなかったことだが、別に尊敬していない訳ではないので置いておく。

 

 なのははその立場に惹かれた。ISを中心としつつある世界での頂点なら、多少の無茶は押し通せるだろうという所に魅力を感じた。主に開発費や制作費の無茶を押し通せる所が魅力的だった。

 

 飛鳥が目指し、なのはが支えるブリュンヒルデへの道。それは今は閉ざされている。織斑千冬の引退後、日本は国家代表を選出出来ていないからだ。なまじ織斑千冬という存在を知っているだけに、その後釜を選べずいるのだ。

 

 だが、飛鳥とクアンタなら必ずなれる。本人のやる気と、それを支える親友のサポートがあるのだから。

 

「それじゃ飛鳥、まずは軽く日本代表候補生を蹴散らしてきてね。」

 

「オッケー、GNミサイルと零落白夜になんて当たらないで、今まで通りノーダメージで勝ってくる。」

 

 PICを使ってふわりと浮き上がってなのはを降ろし、飛鳥はそのままプカプカと移動してカタパルトへと移動していった。




 TRPGのオンセを夜な夜なやっていたら執筆が出来ませんでした……低評価不可避……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 天羽飛鳥、それは世界最強(ブリュンヒルデ)を目指す者

『皆さんおはこんばんちは、いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよー。』

 

『まさか7巻の内容を投稿するのに1ヶ月以上かかるとは思わなかった……いや試合を1part()ごとに区切ったからなんだけどさ……あれ、この話するの2度目?』

 

『バトルしか見どころないのにそのバトルのせいでストレス溜まってるね。』

 

『まさか日常パートがこんなに求められるなんて……。』

 

 

 

 

 織斑一夏にとって、天羽飛鳥という人間は同じIS学園生徒会にする同級生であり、以前セシリア・オルコットと凰鈴音を助けてくれた恩人であり、少しばかりの負い目を感じる相手だった。

 

 一夏が飛鳥のことを知ったのはセシリアと鈴がラウラ・ボーデヴィッヒと戦って負けた乱闘事件が切っ掛けだ。セシリアと鈴の機体をダメージレベルCまであと少しという所まで追い詰め、しばらく機体を使えなくなるかもという時に現れてラウラを止めた人。その時は名前も知らなかったが、セシリア達から聞いたそれがそのまま一夏の飛鳥に対する最初の印象だった。

 

 名前を知ったのは翌日のことだ。お礼を言いたいからと現場にいた姉・織斑千冬に聞きに行き、そこで知った。『()()()()()()()()()()()()』だという真実と共に。

 

 『男性操縦者(織斑一夏)が現れなかったら、世界最強(織斑千冬)が直々に教えていた逸材』。そう確かに、織斑千冬は言った。

 

 ISのことに対してはド素人もいいところの一夏だが、()()()()()()()()()()()()()()。かつての日本代表IS操縦者にして、第一回モンド・グロッソを愛機【暮桜】と近接ブレード【雪片】1本で勝ち抜いた世界最強(ブリュンヒルデ)。その姉から『自分に並ぶ逸材』だと評された飛鳥に、それを聞いて一夏が感じたのは負い目だった。

 

 何でもないように千冬は言ったが、『一夏がISを動かさなければ飛鳥は千冬にIS操縦を教えてもらうことになっていた』と確かに言った。一夏は世界最強候補の邪魔を()()したのだ。

 

 1度目は、第二回モンド・グロッソの決勝。ドイツで行われたそれを観戦しに行き、誘拐された一夏を助けるために千冬は決勝戦を棄権した。

 そして2度目。世界最強(ブリュンヒルデ)が自分に並ぶと評し、自分が直々に教える筈だった飛鳥を自分が他クラスへと追いやった。

 

 一夏にはどうしようもないことではあった。だが、一夏のせいで2人は邪魔をされた。もちろん、千冬も飛鳥もそんなことを気にしてはいない。千冬は家族を助けることの方が重要だとはっきり言うし、飛鳥もその程度で自分が世界最強(ブリュンヒルデ)になれなくなった等と微塵も思っていない。

 

 だが、負い目を感じるなという方が無理というもの。何より、一夏はこの時『自分のせいで誰かが割を食う』ということを知った。強制入学と騒がしい学園生活でそういう考えさえ浮かばなかった一夏だが、ここにいるほとんどの人が『IS学園を選んで入学している』という当たり前のことを理解した。そして、自分はその枠を奪ってここにいるのだと知った。

 

 改めて、自分がこのIS学園で異物だと一夏は感じた。

 

 

 

 

「ダブルオークアンタ、天羽飛鳥、出る!」

 

 カタパルトから出ると同時に、背部から粒子を出して飛鳥が飛翔する。

 

 軽くアリーナを回ってから、飛鳥は中央のスタート位置へと着いた

 

「天羽さん、今日は負けないぜ。」

 

 飛鳥より早く位置に着いていた一夏がそう言った。その顔はキリッとした男の顔で、元の顔の良さも合わさってカッコいい。観客席が黄色い歓声を上げた。

 

「会長に勝って自信が付きましたか?でも、今の私に勝てると思っているなら大間違いです。」

 

 いつものように丁寧に、いつも以上に熱を持った言葉。隠せない闘志が飛鳥から溢れているのを、対峙する一夏と更識簪のペアは感じ取った。

 

「夢と目標を再認識した今の私は、阿修羅すら凌駕します。」

 

「あ、阿修羅?」

 

「具体的には織斑千冬という名前の。」

 

 微笑んでそう言った飛鳥に一夏と簪が固まった。いろんな意味でその発言は大丈夫かと心配した。

 

『ほう?天羽、大きく出たな。』

 

「いぃ!?千冬姉!?」

 

 アリーナのスピーカーから聞こえた良く知る声に一夏が身震いした。簪も体を縮こまらせた。

 

『私を超えるという意味、分かっているな?』

 

「はい。――私は、世界最強(ブリュンヒルデ)になります。」

 

 真っ直ぐと告げられた言葉は、このIS学園で何よりも大きなものだった。

 

 

 

 

 一夏には、飛鳥の宣言は何より眩しく感じた。

 

 一夏は将来を考えたことはあるが、将来何をしているかを考えたことはない。ただ漠然と老人染みたゆったりとした時間を過ごしたいと考えていた。藍越学園への入学を考えていたのは将来を考えたからではなく、ただ学費が安く就職率が高いという理由だった。

 

 当たり前だが、IS学園はISに関しての専門学校だ。世界中からやってくる受験生の中から合格を勝ち取り、IS学園に通う生徒たちはみんなISに関わる仕事をするためにやって来た。唯一の例外は強制入学者である織斑一夏と篠ノ之箒の2人だけ。

 

 一夏には他の生徒たちのような将来のヴィジョンがない。IS学園に来て専用機を貰ってからも、『ならIS操縦者になる』といった考えはなかった。ただ流れるままに日々を過ごして来た。

 

 だから、世界最強(織斑千冬)に向かって真っ直ぐと世界最強(ブリュンヒルデ)になると言った飛鳥が眩しかった。

 

 

 

 

 一夏のその考えは、ダブルオークアンタが放出するGN粒子の補助もあって飛鳥に筒抜けだった。

 

「――織斑さん。」

 

「な、なんだ?」

 

 突然声をかけられた一夏がどもりながらも返事をした。

 

「貴方バカですか?」

 

「はぁ!?」

 

 シンプルな罵倒が一夏を襲った。

 

「将来なんて難しく考えなくていいんです。何をしているかじゃなくて、()()()()()()()()。」

 

 心を読んだかのような言葉を投げかけられ、一夏は硬直した。

 

「まだ高校生ですよ?夢見たっていいじゃないですか。漠然としてていいんです。」

 

「……そう、か?」

 

「はい。」

 

「……そうか……そうだよな。」

 

 一夏は一度瞼を閉じ、開いて真っ直ぐと飛鳥を見詰め、

 

「ありがとう、天羽さん。」

 

 とびっきりの笑顔を浮かべた。

 

「どういたしまして。――そろそろ始めましょうか。」

 

「そうだな。簪。……簪?」

 

「ぽけー…………。」

 

「おーい?」

 

 一夏の笑顔に当てられ、簪他数名の女子がフリーズしていた。そんな中、カウントダウンが始まる。

 

「か、簪!起きてくれ!」

 

「…………はっ!お、織斑君?」

 

「もう試合が始まるから!構えて!」

 

「う、うん!」

 

 互いに武器を構える。GNソードⅤ、雪片弐型、夢現。3つの武器がそれぞれの手の中で、振るわれる瞬間を待っていた。

 

 3――2――1――0。

 

「ソードビット!」

 

 試合開始と同時にGNシールドから解き放たれたGNソードビットが宙を舞う。

 

「出たなビット!」

 

 それを斬り落とそうと夢現と雪片弐型を振るった一夏と簪。だが、それは余りにも無謀だった。

 

 一夏と簪がビットを破壊しようと武器を振るった瞬間、ビットはそのクリアグリーンの刃でその武器を斬り裂いた。

 

「そんなっ。」

 

「切り刻め、ソードビット!」

 

 そのまま飛来するソードビットに全身を斬られていく。スラスターはもちろん、白式は左腕、打鉄弐式はミサイルポッド【山嵐】の発射部が溶断され、その機能をなくしていく。

 

 決勝戦。それはあっけなく終了した。

 

 

 

 

『終わったー!』

 

『長かった……本当に長かった。』

 

『メリハリがないせいでマンネリと化していた戦闘パートがやっと終わった!』

 

 

 

 

 タッグマッチトーナメントが終了し、優勝者予想によって賭けられた食券をたんまりと手に入れた葉加瀬なのはは、それで豪遊するでもなく以前貰った工房で飛鳥が倒したゴーレムⅢから回収した10個のコアを調べていた。

 

「よくもまぁこんな物を作ろうとしたね、束さんは。」

 

 無人機ISの技術は世界でただ1人、篠ノ之束だけが持つ技術だ。より正確に言うなら、束だけが使う技術だ。

 

「ハードの良さで誤魔化しても、人が使わないISなんてたかが知れてるのに。」

 

 操縦者の夢を具現化するISにとって、無人機化というのは存在の否定のようなものだ。誰の夢も乗せない以上、そこにあるのはただの機械。人と合わさり夢を持ったISには負けるのが定めなのだ。

 

「さぁて、このコアどうするかねぇ……。」

 

 そう呟いて、なのははコアの内の1つをつん、と指で転がした。




やっとタッグマッチトーナメント終わった……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 セシリア・オルコット、秘密を暴く

『はい皆さんおはこんばんちは、いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『ダレたせいで編集(執筆)のモチベーションも消えてた7巻が終わって、ようやく8巻に入れました。でもぶっちゃけやることないです。』

 

『8巻は後に響くイベントが多いけど、ゴーレムⅢを誰にも気付かれずに飛鳥だけで対処したから、どれもフラグを折った状態なんだよね。白式のメンテとかワールド・パージとか名も無き兵たち(アンネイムド)とか全部。』

 

『巡り巡って暮桜未解凍とか山田先生の機体がないとか影響は大きいんだけど、大体どうにか出来るからスルー。さぁ、学園生活を楽しみましょう。』

 

 

 

 

 織斑一夏を除く1年生の専用機持ちたち。即ち篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更識簪、そして天羽飛鳥の7人が学食のカフェテラスエリアの一角を占領していた。

 

「で?」

 

「っ……。」

 

 ギロリとした眼光を向ける鈴に簪は身を竦めた。

 

 傍から見たらパワハラやいじめにしか見えないが、鈴にはそんなつもりはない。ただ最近一夏が構いっきりだった簪を問い質したいだけで、それは飛鳥以外の全員が同じ気持ちである。

 

「(何で私呼ばれたんだろう。)」

 

 簪への尋問が行われる中、飛鳥は1人場違いな自分が呼ばれた理由を考えていた。

 

 一夏とは生徒会で仕事を共にすることはあるが、正直副会長という役職は暇だ。会長の補佐や代理が仕事であるため、会長である更識楯無が仕事をしている内は特にやることがない。だから飛鳥は生徒会室に顔を出して自分の分の仕事を終わらせたら、少しお喋りをしてセシリアとの特訓に行っている。一夏の仕事が部活への助っ人が主なのもあって、実はそこまで関わりがない。

 

 もちろん、簪のように一夏に惚れたとかそういうこともない。好感は持っているが、嫌いじゃないというだけだ。

 

 なぜ呼ばれたのか。みんなの思考を読めばすぐに分かることだが、日常生活ではあまりしないようにしている飛鳥はそれをしないで自分だけで考える。

 

 が、面倒になったので聞くことにした。堪え性がない訳ではないが、サプライズする訳でもないのに何も言わないのは飛鳥の数少ないイラッと来ることの内の1つだ。対話を重視している飛鳥にとって、話し合いで済むならそれが1番である。丁度簪への尋問が落ち着いたのもあって、セシリアに聞くことにした。

 

「それで、何で私も呼ばれたの?」

 

「そうでしたわ。飛鳥さん、タッグマッチトーナメント優勝おめでとうございます。」

 

「ありがとうセシリア。……え、それだけ?」

 

「んな訳ないでしょ、優勝記念にパーティーするのよ。」

 

 「女子だけでね。」と言って、鈴がメニューを開いた。

 

「元々、1年生の誰かが優勝したらやろうって決めてたんだ。」

 

「負ける気はなかったが、上級生は強敵揃いだからな。それを退けて優勝した同級生を称えるのは普通のことだろう?」

 

 シャルロットとラウラもそう言ってメニューを覗き込んだ。

 

「まして、ダブルオークアンタは()()()()()()()()()()し、それで勝ち上がった飛鳥さんはもっと誇るべきですわ。」

 

 セシリアはそう飛鳥に微笑んだ。

 

「……ちょっと待て。セシリア、戦闘用じゃないとはどういうことだ?」

 

 箒がセシリアの言ったことに聞き返した。

 

 ダブルオークアンタははっきり言ってハイスペックだ。速度は白式と同等、運動性はそれ以上。武器だって並の技術力で作られたものではない。ワープさえする訳の分からない機体だ。

 

 それが戦闘用ではないというセシリアの言葉は、にわかには信じられないものだった。

 

「言葉通りですわ。ダブルオークアンタは戦闘を目的とした機体ではありません。以前から違和感はありましたが、ようやく確信が持てました。」

 

「違和感?」

 

「最低限の武器しか持っていないかのような違和感ですわ。」

 

 右手にGNソードⅤ。左肩にGNシールドとそれに内蔵されたGNビームガン、さらに6機のGNソードビット。普通の専用機であれば十分な数の装備だが、ダブルオークアンタの製作者である葉加瀬なのはとの親交もあるセシリアには、その装備が最低限必要な物を持っているだけのようにしか思えなかった。

 

「タッグマッチトーナメントで使ったあの粒子放出を見て確信しましたわ。()()こそがダブルオークアンタの用途。ですわよね、飛鳥さん?」

 

 ()()()()()()()()()()()、セシリアは飛鳥にそう問いかけた。

 

 

 

 

『こわ。え、こっわ。』

 

『バレる時はバレることだけど、1回見ただけで言い当てた……。』

 

『タイプレギュラー見る前から違和感あるとかどうなってるの……?え、セシリアってこんなに頭いいこと言うキャラだっけ?』

 

『優秀だけどポンコツ気味だった筈じゃ……。』

 

 

 

 

「――お前を殺す。」

 

「ヒエッ。」

 

 突然の殺害予告に簪が悲鳴を上げる。ラウラやシャルロットが身構える中、セシリアは呆れたように言った。

 

「ジョークにしては殺伐とし過ぎていますわよ、飛鳥さん。」

 

「え、センスない?」

 

「はっきり言って。」

 

「そっかー……。」

 

 テーブルの下に展開(コール)していたGNソードビットCを浮かばせテーブルの上に置き、それを弄り出した飛鳥に他が戦慄する中、()()()()()()()()()セシリアだけはため息を吐いた。

 

「だから殺伐とし過ぎですわ。わたくしが秘密を暴いた腹いせに皆さんで遊ぶのは止めてくださいな。」

 

「言いふらされたら困るから口封じしたいのは本当だよ。やり方次第では人類滅ぶし。」

 

「とんでもないこと言いましたわね?」

 

 人類滅亡と聞いて簪の目がきらりと輝いた。アニメのような代物に気分が高まっているのを察知した飛鳥とセシリアだったが、反応はせずに会話を続けた。

 

「人類滅亡とは、それほど危険な代物なんですの?」

 

「私が使う分には問題ないかな。私以外が使うと周りを巻き込んでみんな発狂死するけど。」

 

「なのはさんは何を作ってるんですの?」

 

 「あの人ぶっ飛んでますわね?」と言うセシリアに「そりゃなのはだし。」と答えた飛鳥は、流石親友と言うべき理解度があった。

 

 

 

 

『なのはがヤベー奴なのって今に始まったことじゃないからなぁ。』

 

『ボクのどこがヤベー奴なのさ?』

 

『親父さんに強請(ねだ)って買ってもらった宝くじで当てたお金で自作PCを作る小学5年生はヤベー奴だと私は思う。』

 

 

 

 

「とりあえず、クアンタの用途は国に話さないでくれると助かるんだけど。」

 

 そう言いながらGNソードビットCを手に持った飛鳥が笑った。

 

「威嚇はいりませんわ。飛鳥さんがそれほどまでに念押しする以上、本当に危険なのでしょうし、本国に話す気はありませんわ。ただ、あのワープについては報告しますけれど、いいですわよね?」

 

「ありがとう、量子ジャンプなら別にいいよ。」

 

「みなさんも、それでいいですわよね?」

 

 セシリアの問いかけにみんなが賛同したのを聞いて、飛鳥はビットを収納した。

 

「ところで飛鳥さん、わたくし聞きたいことがあるのですが……。」

 

「あ、それは後でなのはに聞いて。私もよく分かってないから。」

 

「そうですの……。」

 

 互いに()()()()()()()()()飛鳥とセシリアの会話に一区切りがついたところで、ラウラが飛鳥に話しかけた。

 

「少しいいか?」

 

()()()()()?」

 

「っ、そうだ。」

 

 いつものように身に着けていた眼帯を外し、その下の紅目を見せながらラウラは飛鳥に聞いた。

 

「私の左目の越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)はオフに出来ない失敗作だった。だがあの粒子を浴びてから、こうしてオフにすることができるようになった。これはあなたの仕業か?」

 

「そうだよ。もっと言うならクアンタの仕業だけど。あの粒子には細胞異常とかを治す作用があるからね。ナノマシンの不調が原因である以上、それを治すこともできる。」

 

「そう、か……。」

 

「複雑?大丈夫、それで何かが変わる訳じゃない。ラウラ・ボーデヴィッヒの今までの人生が無駄になる訳じゃない。ただ風邪が治ったとか、そういった感じに思えばいいから。」

 

「……そうだな、ありがとう。部隊のみんなにも後で伝えなければな。」

 

 もはや着けていないと落ち着かないのか、必要ないはずの眼帯をラウラが付け直したところで、飛鳥の優勝記念パーティーは予定通り開始された。

 

 

 

 

 カフェでのパーティーが終わった後、セシリアはなのはから話を聞くためになのはの工房に足を運んでいた。

 

「(飛鳥さんの反応から察するに、悪いことではないのでしょうけど……やっぱり、不安ですわね。)」

 

 タッグマッチトーナメントで浴びた光の粒子。意識を共有するその輝きを受けた時から、セシリアは自分が今までとは決定的に違う存在になったという自覚があった。

 

 飛鳥と訓練を重ねる内にも経験してはいたが、その比ではない。今まで以上に空間を広く知覚することが出来るし、勘も鋭くなっている。何より()()()()()()()()()

 

 セシリアにはこの謎に対しての答えを聞く権利がある。そして答えて貰わなければならない。自分は一体どうなってしまったのかを。その行き着く先を。

 

「……なのはさん、セシリアですわ。」

 

 たどり着いた扉を開けて、セシリアは工房に足を踏み入れた。




 キャラ多いと均等に喋らせることができない……。というかモチベが戻っていない……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 セシリア・オルコット、革新する

「――来たね、セシリア。」

 

 工房に入ったわたくしを出迎えたのは、この工房の主である葉加瀬なのはさん。

 

 いつものようにポタージュの入った魔法瓶を持ちながらイスに腰掛け、こちらを()()()()()()で見つめる彼女。

 

「えぇ、来ましたわ、なのはさん。」

 

 それにわたくしも()()()()()()()()()答える。まだ慣れませんけれど、スイッチを入れるかのような感覚でこの目になることができる。

 

「もう出来るんだ、それ。」

 

「まだ慣れませんけれど、どうにか。それでなのはさん、飛鳥さんから説明ならなのはさんに、と言われたのですけれど……。」

 

「知ってる。さっき脳量子波で連絡が来たからね。そこ座って。長くなるから。」

 

「では失礼して。」

 

 あらかじめ用意されていた丸椅子にわたくしが腰かけたのを確認して、なのはさんは話し始めた。

 

「10年前――ボクと飛鳥がまだ幼稚園に通ってた頃、近所の山の洞窟で飛鳥がGN粒子を見つけた。」

 

「……はい!?」

 

 GN粒子。今まで何度か飛鳥さんとなのはさんが仰っていたダブルオークアンタの扱う独自エネルギーで、ブルー・ティアーズでいうBTエネルギーに当たる物。それが自然界の、それも山の洞窟で見つけた物だなんて。

 

「調べてみたら、たまたま条件が整っていたからその洞窟が文字通り『目に見えるほど』多かっただけで、GN粒子は元来地球上に微量だけど存在する物質だってことと、人の意識を伝達する性質があることが分かった。」

 

「意識を伝達……ダブルオークアンタはその性質を使っているのですわね。」

 

 タッグマッチトーナメントでイージスコンビを相手に使った粒子の大量放出と、それと同時に起こった不思議な現象。あれを見てわたくしはダブルオークアンタが戦闘用ではなく、それを目的として作られたと確信しました。だってそうでないと、ただエネルギー源を大量に放出するだけですもの。

 

「他にも電波妨害とか慣性の軽減とか、調べる内に色々な性質があるって分かっていってね。これは何かに使えるんじゃないかって考えてたら、飛鳥に怒られた。」

 

「え?」

 

「調べるのに夢中だったボクの邪魔しないように我慢してたけど、遊べなくて寂しかったんだってさ。限界が来てボクの纏めた資料を全部破いて八つ当たり。それを見つけたボクも怒って、絶交しちゃった。」

 

「えぇ!?」

 

 飛鳥さんとなのはさんの仲の好さをわたくしは知っています。その2人が絶交だなんて……いえ、仲直りしたのは今の2人を見れば分かるのですけれど。というか、これ身の上話では?興味はあるのでいいですけど。

 

「でも1日で後悔した。何とか仲直りしたいって思ったけど、ごめんなさいだけで済ませたくはなかったし、かといって他に何て言えばいいか分からなかった。下手に言葉を並べても薄っぺらく感じるし、ごめんなさいじゃ軽すぎる。どうすればいいのか分からないまま時間だけが過ぎて、1週間経った頃。飛鳥が(たる)を持って現れた。」

 

「た、樽?」

 

「中身は洞窟で集めたGN粒子。洞窟の壁を砕いた石を内側に敷き詰めて、GN粒子が崩壊しないように貯める粒子貯蔵タンクの雛型を作って。それをボクの目の前で壊して、GN粒子でボクと対話したんだ。」

「それが始まり。すれ違いも誤解もなく、想いを届ける。それを目指して今まで色々してきた。GN粒子を生産する機関の開発と、更なるGN粒子の性質解明と運用法の確立。飛鳥にも付き合って貰って実験して、そうする内に見つけた最後の性質――。」

 

「最後の性質……?」

 

「――人類をイノベイターに変える。それが、GN粒子最後の性質。」

 

「イノベイター……革新者?」

 

 革新者。それが含む意味は……わたくしに今起こっている変化。

 

「驚異的な反射神経、脳量子波による表層意識の共有、空間把握能力の向上、さらに人間の約2倍の寿命、あと勘が良くなるとか色々。GN粒子を浴び続けることで、人間は新人類のイノベイターに革新する。」

 

 「見た目で分かる変化は、虹彩が金色になること。」といいながら、なのはさんは()()()()()()()()()

 

「わたくしは、イノベイターに……?」

 

「史上3人目のイノベイター、それが君だ。」

 

 正直、とてもではありませんが信じられません。でもなのはさんが語るイノベイターの特徴はわたくしの今の状態と合致します。

 

「元々イノベイターになる資質は高かった。IS学園で3年間を過ごす内に、ダブルオークアンタが放出するGN粒子の影響で自然にイノベイターになるだろうと思っていた。でも飛鳥との訓練で変革は早まって、タイプレギュラーの粒子放出で完全に君はイノベイターになった。」

 

「……。」

 

 思えば、飛鳥さんと訓練を重ねる毎にわたくしは強くなっていきました。あれがイノベイター化の前兆だった?

 

「戸惑って当然だよ、ボクと飛鳥も初めは苦労したから。特に他人の考えてることが分かるのがコントロールできない内は地獄だった。ゲーセンにずっといるみたいな感じで吐き気がしてくるし、ふと感じる悪意に頭痛がする。」

 

 思い出したのか顔を顰めたなのはさんはポタージュを口に含みました。わたくしも少し口寂しいのですけど、1杯いただけませんでしょうか?

 

「ともあれ、だ。君がイノベイターになったから、注意点をいくつか説明しなきゃね。」

 

「注意点……?」

 

「まず今言ったように他人の考えていることが分かること。悪意とか特に辛いから気を付けて。」

「細胞が普通のとは違うから健康診断に引っ掛かりかねないこと。うまく誤魔化して。」

「遠くの事件が分かったりするけど気にしないで。1つずつ気にかけてたら体が持たないから。」

 

 5分近くに渡る注意点の説明を口頭でしたなのはさんは、「最後に」と前置きをしてポタージュに口を着けて、

 

「ブルー・ティアーズの機体スペックをセシリアの能力が超えるから、体感的に動きにくくなる。」

 

 そう言いました。以前訓練機に乗っていた飛鳥さんはとても窮屈な思いをしていたそうですし、わたくしもそうなるのでしょうか。

 

「セッティングでどうにかなったりはしませんの?」

 

「飛鳥は元々の馬鹿力も合わさってダブルオークアンタ以外まともに扱えない状態だけど、セシリアなら専用換装装備(オートクチュール)でどうにかなる筈だよ。それか乗り換えるか二次移行(セカンド・シフト)。どれもボクか束さんが手を出さなきゃ無理だけどね。」

 

「……なのはさん、頼みがあるのですけれど。」

 

「いいよ。ただ、ちょっとお金がかかるけど、いい?」

 

「予算にもよりますわね。」

 

 

 

 

専用換装装備(オートクチュール)開発とか知らないんだけど。』

 

『プレイ人口が少ないとはいえ、結構ウィキは充実してるこのゲームで新情報とかあったんだ……。』

 

『ウィキ更新しないと……条件はなに?』

 

『……ツインドライヴ機でセシリアと仲良くなった上で一緒に訓練してイノベイター化?』

 

『検証無理じゃない?』

 

 

 

 

 なのはさんから話を聞いて数日、1学年合同授業。

 

「織斑、篠ノ之、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰、更識!前に出ろ!」

 

 授業開始早々、飛鳥さん以外の専用機持ちが織斑先生に呼ばれました。

 

「お前たちにはデータ取りをしてもらう。山田先生、アレを。」

 

「はい!みなさん、こちらに注目してくださーい!」

 

 「オープン・セサミ!」と言って背後に並ぶコンテナを開けた山田先生。セサミってなんですの?

 

 コンテナの中から現れたのは金属製のアーマーのようなものでした。

 

「これは国連が開発中の外骨格攻性機動装甲『EOS(イオス)』。災害時の救助活動や平和維持活動など、様々な運用を想定している。」

 

「あの、織斑先生。これをどうしろと?」

 

 箒さんの恐る恐るの質問に、織斑先生の回答は至ってシンプルなもの。

 

「乗れ。」

 

「「「え!?」」」

 

「2度は言わんぞ。これらの実稼働データを提出しろと学園上層部に通達があった。教員のデータだけでは足りないため、お前たちにも手伝ってもらう。」

 

 そういう織斑先生に、鈴さんが声を上げた。

 

「織斑先生、何で飛鳥は呼ばれなかったんですか?」

 

「EOSが7機だからだ。天羽を外したのは壊されかねんからだがな。」

 

「え?」

 

「天羽の筋力だと少し力を入れるだけでEOSは壊れる。そんな状態でデータなど取れん。」

 

「人をゴリラみたいに言わないでください!」

 

 飛鳥さんからの抗議の声をスルーした織斑先生の号令で、EOSとやらを着てみたのですけれど……。

 

「重い……!」

 

 とにかく重い。重量自体はISの方が重いのですけれど、PICも補助駆動装置もないEOSはとにかく重く感じる。しかもこの操縦性の悪さで10分程度の稼働時間しかない。ISが優れているのは分かっていますけれど、いくら何でもこれは酷い。

 

「それではEOSによる模擬戦を開始する。ISと違って防御能力は装甲のみのため、生身には当てるなよ。ペイント弾を使用するが、当たるとそれなりに痛いぞ。」

 

 「始め!」という織斑先生の合図と共に、ラウラさんが脚部ランドローラーを回して一夏さんに肉薄。あっという間に転倒させてセミオートのサブマシンガンで倒し、わたくしの方へとやって来ました。

 

「もらったぞ!」

 

「わたくしはそう簡単にはやられませんわよ!」

 

 フルオートでサブマシンガンを撃ったわたくしは、思った以上の反動に全く当てられずにいました。

 

「何という反動……!ですが!」

 

 反動があるなら修正するだけのこと。ラウラさんの動きが鋭いならその先を読む。

 

「そこ!」

 

「なっ!?」

 

 ラウラさんの移動先を予測した偏差射撃。惜しくも左腕のシールドで防がれたが、意表を突くには十分。

 

「これで!」

 

 すぐさまフルオートでの連射。しっかりと反動を抑え、狙う。

 

 撃ち出されたペイント弾はラウラさんのシールドで守り切れていない脚部に当たりましたが、ラウラさんは速度を緩めずにこちらに向かってきて、そのままわたくしの肩を突き飛ばして転ばせ、起き上がるより先にペイント弾でそのまま倒すと、鈴さんたちの方へと駆け出して行きました。

 

「慣れない装備とはいえ、こうまで差があるなんて……。」

 

 改めて、ラウラさんの技量の高さを感じましたわ。




 セシリアの口調が迷子。

 ブルー・ティアーズは強化のし甲斐がある機体なので大好きです。というかビットとかファンネルが大好き。

 身体測定はスルー。描写する意味を感じられなかった……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 IS学園、いつもの日常

 8巻本当にやることない……。


「そう!そうだよセシリア!そうでなくっちゃ面白くない!」

 

「行きますわよブルー・ティアーズ!もっと速く、激しく!」

 

 互いに右手で握った剣にして銃の武装から放たれた攻撃が上空でぶつかり合う。それを為す青の機体を見上げ、織斑一夏は目を丸くした。

 

「セシリアってあんなに強かったか……?」

 

 IS学園のカリキュラムの中でも数少ない1学年合同IS実習。そのデモンストレーションとして織斑千冬が『いろいろな技術を見せろ』と言って後は好きなようにやらせた天羽飛鳥とセシリア・オルコットの模擬戦。

 

 シューター・フローでの円状制御飛翔(サークル・ロンド)といった基本的な技術に始まり、セシリアの行った瞬時加速(イグニッション・ブースト)による急速接近からの近接攻撃に対して、飛鳥が行った直線的にしか動けない瞬時加速(イグニッション・ブースト)へのPICを切ることで重力を受け高度を急激に下げることでの対処、そこからの反撃とそれに対するセシリアの迎撃。

 

 今まで見たこともないハイレベルな攻防をする2人に、一夏は驚いていた。

 

 飛鳥が強いのは知っている。この前のタッグマッチトーナメントで上級生のタッグを下し、決勝で自分と更識簪に何の反撃もさせずに勝利した実力は本物だ。世界最強(ブリュンヒルデ)の千冬をして自分に並ぶと言った人であるし、機体だって高性能。弱いはずがない。

 

 ただセシリアは意外だった。最近のセシリアは飛鳥との訓練を主に行っているためにあまり出来ていないが、放課後の模擬戦では二次移行(セカンド・シフト)して以来勝ち越していた。

 

 もちろんセシリアもイギリス代表候補生の名に恥じない力量を持っているが、やはり機体の相性が悪かった。セシリアのブルー・ティアーズはエネルギー武器を主に使う遠距離射撃型で、その攻撃はエネルギーを無効化する零落白夜のシールドを突破できない。だからこそ一夏はシールドを展開し突っ込むことで間合いを詰め、零落白夜の刃を当てることでセシリアに勝って来た。

 

 だが、今のセシリアはどうだ?

 

「そこですわ!」

 

「甘い!そこ!」

 

「踏み込みが足りませんわ!」

 

 互いに機体が備えたビットを使わず、右手に持っている武器のみで、あとは純然たる技術による模擬戦。ビームとレーザーが、剣と剣が交差し、互いに踏み込んでは切り結び、避け、ただの1度も攻撃に掠ることなく攻防を繰り広げる。

 

 偏向射撃(フレキシブル)による曲射も使わず、ビットによる多角攻撃もせずに、たった1つの武器とテクニックだけで、今のセシリアは前のセシリアを軽々しく凌駕している。

 

「(勝てる想像ができない……。)」

 

 飛鳥から譲り受けたという武装【GNソードⅡブラスター】。あれを手にしてから、セシリアの弱点であった接近戦がだんだんと克服されているのは知っていた。しかしそれでも剣の扱いで負けることはないと思っていたのに、今のセシリアに自分が一太刀当てるところを想像できない。

 

 まるでそう、昔通った道場の師範代を見ているかのような──

 

「そこまで!2人とも降りて来い!」

 

「!」

 

 一夏の思考は千冬の声によって中断された。

 

 千冬の声によって模擬戦を終わらせた飛鳥とセシリアがふわりと降りてくる。

 

「腕を上げたな。いいデモンストレーションだった。」

 

「当然ですわ!」

 

「イメージ・インターフェースなしの試合も、たまには良いですね。」

 

 ISを解除した2人に千冬は珍しく誉め言葉を贈った。

 

「今天羽とオルコットが行った模擬戦は誰にでも出来るものだ。瞬時加速(イグニッション・ブースト)高速切替(ラピッド・スイッチ)も使っていたが、3年もあれば全員覚えられる。今のを目指して精進するように。」

 

「「「はい!」」」

 

「それでは授業を始める!」

 

 いつものように授業が始まる。

 

「(俺もうかうかしてられないな。)」

 

 

 

 

『何かパターン変わってない?近接戦仕掛けてくるとかあったっけ。』

 

『これクアンタの戦い方だな?学習したのか……。』

 

『ここに専用換装装備(オートクチュール)が入るんでしょ?勝てる?』

 

『フルセイバーを使わざるを得ない。』

 

『あ、コンボハメする気だ。』

 

 

 

 

「えっ!?専用換装装備(オートクチュール)を葉加瀬さんに頼んだ!?」

 

「えぇ。少々値は張りましたが、作ってくれることになりましたわ。」

 

 合同実習後の混み合うシャワー室。そこでセシリアが語ったことに専用機持ちたちが食いついた。

 

「どんな物を依頼したんだ?」

 

「ストライク・ガンナーを参考に、ビットをスラスターとしながらも攻撃能力を封じない物を、と。」

 

「高速戦闘するの?」

 

「飛鳥さんのトランザムに追いつく必要がありますもの。生半可なスピードでは翻弄された末に斬り刻まれて終わる以上、スピードを求めるのは当然のことですわ。」

 

 通常の状態でも白式と同等の速度を誇る飛鳥のダブルオークアンタは、トランザムを使用することで機体出力を何倍にも引き上げることができる。その速度はレース用にチューンされた機体以上であり、それを飛鳥は切り札としている。

 

 セシリアは今まで飛鳥と模擬戦や訓練を重ねてきたが、トランザムはキャノンボール・ファストの時以外で使われたことがない。切り札を模擬戦で使う気がないだけだが、それでも使わせてみたい。だからセシリアが求めたのは火力と速度、つまるところ単純な強化。

 

「でも、国からの承認とかはいいの?」

 

偏向射撃(フレキシブル)が使えるようになった以上、データ収集は終わったようなものですわ。これ以上となれば二次移行(セカンド・シフト)は必須。本国もそれは承知しておりますから、多少遊んだとしても問題はありません。」

 

 「ストライク・ガンナ―の改良型と言ったのも許可された理由でしょうけど。」とセシリアは言う。

 

 ブルー・ティアーズを制作したイギリスとしても、自国の第三世代技術であるBT兵器のビットをスラスターにするストライク・ガンナーは発想こそ良いという自負はあるが、ブルー・ティアーズの長所を消している自覚はあった。改良案はいくつか考案されたが、技術的な問題でどれもデザインを描いただけに留まった。

 

 そこに舞い込んだパイロットからのオートクチュール作成の許可申請。聞けば新しい日本代表候補生の専用機を作った人物にオートクチュールを作製して貰えることになったとのことで、イギリスはそれに乗っかることにした。

 

 BT兵器の情報が漏れる可能性よりも、専用機開発を一任される人物の技術力で作られた装備を手に入れる機会を選んだのだ。

 

 その辺りの裏事情を大体察しているセシリアだが、それは口にはしなかった。

 

「(社会とは得てしてそういったものですわ。未だオルコット家の当主を正式に継いでいないわたくしでは、何か言うことも出来ません。)」

 

 国の支援を受け保護されているオルコット家の資産。それをセシリアが正式に手にするのは今年の誕生日――12月24日。その時までセシリアは国に文句を言うことが出来ない。そもそも代表候補生程度では言えないのだろうが、セシリアの場合は資産保護を受けているのもあって更に発言することが出来ない。

 

 例え、友人の手がけた物が国に奪われることになっても――。

 

 

 

 

「――とか思ってるんだろうなぁ。」

 

 ダブルオークアンタの量子ジャンプを使用して、混み合うシャワー室ではなく他に誰も居ない寮の自室にバレないようにやって来た飛鳥は、浴室で汗を流しながらセシリアの考えをおおよそ察していた。

 

「別に、奪われたならまた作り直すだけなのに。なのはならそうする。金銭感覚ガバガバだし。」

 

 葉加瀬なのはは結構ずぼらだ。料理はできないし整理整頓もしない。デスクトップにあるファイルはそこそこ纏まってはいるが、ぐちゃぐちゃして全部場所を覚えているなのはでないとどこに何があるか分からない。おまけに金遣いも荒い。欲しいと感じたら取りあえず買うという、本当にダメな人の典型のような癖がある。

 

 そんなずぼらな親友と一緒に過ごして来た飛鳥は家事はもちろん節約も出来るように育ってしまった。部屋の掃除は飛鳥がやっているし、なのはの工房を片付けているのも飛鳥である。なのはがいつも飲んでいるポタージュを作っているのも飛鳥だ。用意しないと飲み物で無駄な出費をするなのはに、買うことをさせないためのポタージュである。

 

 それはさておき、セシリアの事だ。

 

「フォローしないとなぁ。愛が深いセシリアには、それを取られるのが一番辛いはずだし。」

 

 セシリアは愛が深い。それは両親との関係がそうしたのだろうが、誰かを思う時は真っ直ぐなのだ。

 

 好きな人、友人、従者。そのどれもがセシリアにとって大事な人で、妥協できない。だからセシリアはなのはから貰うオートクチュールが国に取られるかもしれないことに悩んでいる。

 

「取られたところでセシリア以外使えないしなぁ。」

 

 BT1号機はセシリアに。BT2号機はコードネームMに。B()T()3()()()は――

 

「BT搭載機がセシリアの以外ないし、装備自体もセシリアじゃないと扱えない。取るだけ損だからすぐ返ってくるって言っとかないと。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 運動会、それは乙女の戦い 前編

『どうも皆さん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい。天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『まず皆さんに説明しなければなりません。前回で8巻終わりです。』

 

『何でそうなったかって言うと、8巻の内容が大体7巻の結果によるストーリーだからだよ。』

 

『倉持技研での白式メンテはゴーレムⅢに機体を壊されたからやったことで、そもそも壊れてもいないので消えました。その結果次世代型量産機計画とかO.V.E.R.S(オーヴァース)とかも消えます。ついでに王理も消えます。』

 

名も無き兵たち(アンネイムド)も、ダリルがアメリカに帰ったことから無人機を知った。帰った原因はゴーレムⅢに機体を壊されたから。当然壊れてないから帰ってないし、無人機のことも知らないから来ない。つまりその手引きで手に入れた山田先生の幕は上げられた(ショウ・マスト・ゴー・オン)もなし。』

 

『ワールド・パージもゴーレムⅢ相手に千冬が出てこなかったから暮桜があることがバレて起こったことで、そもそも私しか戦ってないから暮桜のことがバレてない。つまりクロエが来る理由がない。』

 

『驚くほどフラグを叩き折った結果、8巻がすぐ終わって繰り上がって9巻が始まるよ。束さんが亡国機業(ファントム・タスク)に協力するシーンはマドカが居ると確定だからカット。』

 

あ、それと楯無は8巻無くても一夏に惚れます。原作だと助けられた時にコロッといったけど、それが無くても惚れる辺り一夏は本当に女タラシだと思う。』

 

 

 

 

「却下。」

 

 生徒会室に更識楯無の声が響く。その声に市販の料理本を見ていた天羽飛鳥は顔を上げた。

 

「なんでよ!?」

 

「どうしてですの!?」

 

 生徒会室の生徒会長が座る机の前で、セシリア・オルコットと凰鈴音が楯無に食らいついていた。

 

「あたしが手伝ってあげるっていってんのよ!?ありがたがりなさいよ!」

 

「わたくしたちの申し出を無下(むげ)にするとは、どういうつもりでして!?」

 

 「あぁ、生徒会に入りに来たのか」とやっと納得した飛鳥は、机に置いてあった付箋を取って料理本に張り付けて閉じた。

 

「「理由はっ!?」」

 

「だってもう、人数埋まってるもの。」

 

 生徒会の5つの枠はもう埋まっている。会長は更識楯無、副会長は私、書記は布仏本音、会計は布仏虚、庶務は織斑一夏。3年生の布仏先輩が今年度で卒業だから、その穴埋めとなる人員も必要ではあるんだけど、それも既に埋まっている。

 

「……どうも、このたび生徒会執行部織斑一課配属になった更識簪です。」

 

 IS学園の生徒会は生徒会長が任命する権限を持っている。だから基本仲のいい友人で固めることが多いそうだが、多分ここまで身内で固めているのはこの人だけだろうなぁ、と飛鳥は思った。

 

「簪ちゃんには今年度で卒業しちゃう虚ちゃんに代わって、来年度の生徒会会計としての勉強をしつつ一夏君のスケジュール管理をして貰う予定よ。」

 

「だから織斑一課?ダジャレじゃない!」

 

 ちっとも上手くないのは認める、と扇子は持ってるのにセンスのない会長のネーミングセンスを思いながら、布仏さんが持って来たお菓子を摘まむ。おいしい。

 

「いいでしょう!」

 

 うん?

 

「1週間後、1年生対抗一夏争奪代表候補生ヴァーサス・マッチ大運動会の開催を宣言するわ!」

 

 ……なんて?

 

 

 

 

「つまり、こういうことか。」

 

 夜のIS学園1年生寮食堂で、テーブルを囲む代表候補生たち。

 

「優勝者が一夏と同じクラスになり、それ以外の代表候補生は別クラスに移動……そして、」

 

「一夏と、同じ部屋で暮らす――」

 

 一夏を求める恋する乙女たちによる一夏争奪戦。優勝賞品は一夏と2人っきりの生活。楯無の発案によって1週間後に突如行われることになったそれに闘志を燃やす乙女たちだったが、同じテーブルでマグカップに入ったココアを飲む飛鳥に視線が向いた。

 

「で……飛鳥は?」

 

「んー?参加はするけど、織斑さんは別に要らないかなぁ。」

 

 まず鈴が問いかけた。それにココアを飲みながら飛鳥が答える。

 

「では、飛鳥さんが優勝したらどうなるんですの?」

 

「今のまま変わらずだよ。」

 

 続くセシリアの問いに答えた飛鳥はマグカップをテーブルに置き、ふぅと温まった身体の熱を吐き出した。

 

「別に八百長とかする気はないから、全力でやってよ皆。」

 

「もちろんだ。負けるつもりなどない。」

 

「勝って一夏と……。」

 

 全員勝つ気しかない。それを感じ取った飛鳥は、微笑みを浮かべながらココアを飲み干した。

 

 

 

 

 1週間後、上級生から漏れ出た不安を捌きつつ訪れた一夏争奪代表候補生ヴァーサス・マッチ大運動会。

 

「それではこれより、1年生による代表候補生ヴァーサス・マッチ大運動会を開催します!」

 

 楯無の声に、ワアアアア!と歓声が上がる。突発的に開催が決まったこの運動会だが、IS学園の生徒たちには普通に楽しいイベントだ。お菓子の食べ過ぎでちょっとプニっとしたのが気になってきたお腹回りを燃やすのには持って来いである。

 

「選手宣誓、織斑一夏!」

 

「俺ぇ!?」

 

 楯無のいつものお茶目で何も知らされずに選手宣誓を任された一夏が壇上に引っ張られる。

 

「え、えーと……選手宣誓!俺たちはっ、正々堂々、力の限り、競い会うと……誓います!」

 

 途中途中で「あれ?選手宣誓って何言うもんだっけ?」と考えながらの宣誓に、全学年の女子が歓声を上げた。

 

「会長は相変わらずだなぁ。」

 

 それを見た飛鳥は、少しばかり一夏に同情した。選手宣誓は基本、競い会う者たちが打ち立てるものだ。今回は賞品である一夏は、性差もあって参加することがない。それを不憫に思った飛鳥だったが、すぐに切り替えて自分が率いる白組の優勝を目指して覚悟を決めた。

 

「絶対勝つ……!」

 

 実のところ、飛鳥が優勝した場合は確かに現状維持なのだが、別に賞品がない訳ではない。もし飛鳥が優勝したら、楯無にご飯を奢らせるように既に一夏・本音・虚の3人を味方にして決めているのだ。

 

 まずお菓子で本音を買収し、彼女の巧みな話術で一夏を味方に引き入れ、最後に虚を「優勝したらクラス変えとかしないで、ただ会長にご飯を奢って貰いたい」と真っ正面から話して、クラス変えによる面倒事が起こるより楯無の懐が痛むだけなのを選ばせた。全て計画通り。

 

 因みに虚は楯無が以前手持ちが足りずに自分にお金を届けさせた時の原因が飛鳥であることを知らない。知っていたら食べ放題に行きましょうと言ったのだろうが、知らないので普通にご飯を食べる気でいる。

 

「!?何かしら、悪寒が……。」

 

 楯無が悪寒を感じる中、大運動会は始まった。

 

 

 

 

 第1種目は50メートル走。

 

「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」

 

 鈴がツインテールを靡かせながら1位でポイントを手に入れたのを皮切りに実況がやんややんやと盛り上げる。一夏がコメントに困って脳死で「かわいくていいと思います」と言った瞬間、女子が沸き立った。

 

 勝つと誉められる、それは単純だが嬉しいことだ。しかも相手は一夏である。女子たちは色めき立った。

 

 続いての走者は闘志を燃やす箒と入念にストレッチをするセシリア、そして気合いを入れた拍子にバルンバルンと揺れた胸を放送席から弄られるシャルロット。

 

 恥ずかしがっている間にスタートが切られ、慌てて追おうとして足をもつれさせたシャルロットは当然ビリ。しかも膝を擦りむくなど散々だったが、一夏に抱えられて救護テントに送ってもらったので実質1位。箒とセシリアは不貞腐れた。

 

 次の走者である簪とラウラは一夏に運ばれるシャルロットを見て何か考え付いた様子だった。

 

 スタート直後にわざと転び、「衛生兵、衛生兵はどこだ?」「あいたたたぁ」とわざとらしい演技。もちろん一夏に怒られた上、ビリ確定である。それでも優しくしてくれる一夏に送り出され、2人は走った。

 

 最後に飛鳥。足首のアンクレットからGN粒子を少し放出し、軽くピョンピョンと跳ねて準備運動をしていた。もちろん、スタート位置に着いた時にはGN粒子の放出は止めている。不正切符を切られては敵わないからだ。

 

──パァンッ!

 

 スタートの合図と同時に凄まじい反射神経でスタートダッシュを決め、更にしなやかでパワフルな筋肉でリズミカルに大地を蹴る飛鳥。50メートルを5秒台で走りきり、見事1位を獲得した。

 

 

 

 

『A連打ーーー!!!』

 

『フレッフレッ飛鳥、ガンバレガンバレ飛鳥っ。』

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラ、オラァ!!!』

 

──バキッ

 

『『あっ。』』

 

 




 所々(ラブコメ描写&台詞)省いたりして書いた運動会。流石に1話では書ききれなかったので分割。

 最近3000字ちょっとで疲れている自分がいる……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 運動会、それは乙女の戦い 中編

『予備のコントローラーがあって良かった。』

 

『連射コン使わなかったのは失敗だったね。』

 

『まさか割れるとは思わなかった。』

 

『アクリルで作った特製コントローラーが割れるとは思わなかった。』

 

『また作って?』

 

『アクリル代は出してね。』

 

『地味に痛い出費……。』

 

 

 

 

「さーて次なる種目はIS学園特別競技『玉打ち落とし』だ~!」

 

 2年生の放送部副部長・黛薫子がマイクで高らかに実況解説を始める。

 

 『玉打ち落とし』とは専用の機械で空高く打ち上げた大小様々なボールを、ISを使って撃墜していくIS学園ならではの伝統競技。

 

 今回は代表候補生対抗なのもあって、専用機持ちたちによるそれが行われようとしていた。

 

「一意専心。常在戦場。心静かに参るのみ!」

 

「魅了されなさい。わたくし、セシリア・オルコットと『ブルー・ティアーズ』の奏でるロンドで!」

 

「射撃限定ってわけじゃないんだから、あたしの実力見せつけるわよ!」

 

「機動力なら負けないよ。行くよ、『リヴァイヴ』!」

 

「己の無力、思い知るがいい!」

 

「……やるだけ、やってみる。いいよね、『打鉄弐式』。」

 

 他の面々が燃える中、天羽飛鳥は悩んでいた。

 

「(どう動こう……。)」

 

 飛鳥は複数を意識した動きというのが苦手だった。単純に練習できる回数が少なく、立ち回りをまだ把握していないからである。

 

 まだ専用機を手にしていなかった学年別トーナメントでは、パートナーだった葉加瀬なのはの読みによって対戦相手だったセシリア・オルコットと凰鈴音の行動がおおよそ分かっており、それに対しての作戦をなのはが立てたことで訓練機でもダメージを受けずに専用機に勝つことが出来た。

 

 専用機を手に入れた後のキャノンボール・ファストでは、レースという形式から徹底的に『他を前に出させない』ことを意識したのもあって、ほぼセシリアとの一騎打ち。GNソードビットを他の妨害に当てていたため苦戦したが、最後はトランザムで突き放した。

 

 実質的に初の1対多であったタッグマッチトーナメントでは、初戦が世界でも通用するコンビネーションを誇るイージスコンビだったのもあって量子ジャンプを使った。しかしすぐに対応され、トランザムだけでは不足すると思った飛鳥は量子化を晒し、どうにか勝利を収めた。織斑一夏と簪のペアはGNソードビットによる数の暴力ですぐ終わった。

 

 ――お分かりいただけただろうか?専用機がなかった上なのはが作戦を立てた学年別トーナメントはともかく、それ以外の対複数は大体トランザムでのごり押しで勝っている事実。タッグマッチ・トーナメントに至っては任意ワープしたりビットで数の暴力したり、そりゃ立ち回りの把握もできないというものだ。

 

 まぁ今はそれは関係ない。重要なのは飛鳥が複数相手の立ち回り方がまだ把握できていないことだ。

 

「(この後もISを使う競技はあるだろうし、墜とすのはダメ。となるとキャノンボール・ファストの時みたいに妨害?いや、点を横取りする方がいいのかなぁ?)」

 

 あれこれ考えるが、そもそも飛鳥はのんびり屋気質。溜め込みこそしないが夏休みの宿題は最終日まで少ないながらも残すタイプであり、何より考えるより行動派。作戦を考えるよりその場で対応する方が性に合っているのもあって、今回も「まぁ邪魔ならどかそう」と思考をぽいっと放り投げた。

 

「それでは、ISによる玉打ち落とし、スタート!」

 

「ソードビット!」「ブルー・ティアーズ!」

 

 スタートの合図と同時に専用の機械がはき出した大小様々なボールをまず捉えたのは飛鳥とセシリアのビットだった。緑の粒子の尾を引きながら飛ぶ6機のGNソードビットがボールを斬り裂き、対照的にセシリアは自身の周囲にレーザービットを浮かべ、偏向射撃(フレキシブル)による曲射でボールを狙い撃っていく。

 

「くっ、やるな。だが私も!」

 

 篠ノ之箒も空裂と雨月を駆使してボールを破壊していく。が、GNソードビットと偏向射撃(フレキシブル)によってボールが乱獲され、思うようにポイントが稼げない。それは他の代表候補生たちも同じで、それぞれが狙っていたボールを横から掠め取る形で飛鳥たちのビットによる攻撃が行われていた。

 

「あぁもう!邪魔よアンタら!」

 

 ごっそりと横取りされる訳ではないが、ちょこちょこと掠め取っていく飛鳥たちにキレた鈴が双天牙月を構えて突っ込んできたのを飛鳥はGNシールド上部のGNビームガンで迎撃する。

 

 GNシールドにはダブルオークアンタの心臓部とも言える2つのGNドライヴの片方が内蔵されており、そのGNドライヴが生産するGN粒子の恩恵を直に受けている。それはGNシールド上部のGNビームガンも受けており、それ故に本来迎撃用の代物であるGNビームガンは連射性も威力も高い。

 

 GNビームガンの弾幕に飛鳥に近付くことを諦めた鈴がセシリアに向かって行き、手に持っていたGNソードⅡブラスターから放たれた極太ビームを気合で避けたのを横目に見ながら、飛鳥は

 

「(これ【ライザーソード】で一掃できるんじゃ……。)」

 

 そんなことを考えていた。

 

「(飛鳥、ライザーソードは無しだからね。)」

 

「(分かってるよ。地上じゃやり過ぎる、でしょ?)」

 

「(分かってるならいいよ。)」

 

 【ライザーソード】。ダブルオークアンタの最強の武装たるそれは、あまりの強大さに地上での使用が(はばか)られる代物である。

 

 果たして使う時は来るのか。頭の片隅で考えながら、飛鳥はボールを破壊していった。

 

 

 

 

「さあさあ、続いての競技は軍事障害物競争です!」

 

 まず分解されたアサルトライフルを組み立て、それを持ってはしごを登っては降り、網を匍匐前進(ほふくぜんしん)で潜り抜け、最後に実弾射撃。

 

「これ捨てよう。」

 

「そうだね。」

 

 マイクから聞こえる説明を聞いた飛鳥となのははこの競技で点を取るのを諦めた。

 

 飛鳥はアサルトライフルの組み立てをできない訳ではないが、時間がかかる。逆になのはは組み立てを一瞬で終わらせられるが、障害物競争の部分で他に抜かれ、最後の射撃で数発外すのが分かっている。

 

 飛鳥となのは、2人は互いにやれることが正反対なのだ。そのどちらもが求められるこの競技では点を取りに行くことができない。白組のチームメイトたちの中にはどちらも得意だという人もいるが、ドイツ軍人ラウラ・ボーデヴィッヒを冠する黒組はチームワークを高めるために何故かこの競技と似たことをやっていたらしいので流石に勝てない。

 

 2人の考えは正しく、軍事障害物競争はラウラのいる黒組が勝利した。

 

 

 

 

『整備も製作もステ振ってないのに早く組み立てられる訳ないじゃん。』

 

『射撃にステータス振ってないのに的に当てられる訳ないじゃん。』

 

『というかこの競技、黒組に勝てなくない?』

 

『キャラメイクだとやらないことは他人任せだから整備切りとか普通だからね。それこそステータスオールSチケットとか使わないと無理じゃない?』

 

 

 

 

「午前の部、最後は騎馬戦よ!」

 

「これもなぁ……。」

 

 騎馬戦、と聞いて飛鳥はため息を吐いた。

 

 飛鳥は凄まじい身体能力を持っているが、騎馬戦は如何に仲間と息を合わせられるかの競技。飛鳥の身体能力は逆に足を引っ張る結果となるのを、中学の頃に経験済みだった。

 

 というか、飛鳥の力だと下手すると周りを怪我をさせてしまう。だから長年の付き合いで力加減を覚えたなのは以外との接触は握手さえ控えているのに、騎馬戦なんて怪我をどれだけさせてしまうか。

 

 相手は専用機持ちなので、いざとなればISが自動展開して守ってくれるのだが、それでも気にしてしまう。

 

「玉打ち落としでのリード分があるし、逃げ回ってもいいけど。」

 

「多分途中で会長が何かするだろうから、それまでは様子見してようかなぁ。」

 

 飛鳥のその読みは当たり、途中で500点を持った一夏の騎馬が参戦した。それは流石に見逃せないと、自分を狙う騎馬に他の組の騎馬を当てる位置取りをし続け様子見をしていた飛鳥率いる白組も一夏を狙う。

 

「一夏ぁ!!!」

 

 突如鈴が甲龍を纏って衝撃砲を放った。

 

「どわぁ!?」

 

 それを白式を展開しシールドで防いだ一夏が、騎馬の女子たちを逃がして空に飛び上がった。

 

 そこにセシリアがブルー・ティアーズの集中砲火を浴びせた。左腕の多機能武装腕【雪羅】のシールドでその攻撃を消した一夏だったが、そこをラウラのAICによる停止結界が捕らえた。

 

「ここで!」

 

「……王手。」

 

 上空に箒、地上に簪。動きも止められ逃げ場はない。

 

「たっ、助けてくれシャル!」

「トランザム。」

「知らないっ!」

 

 頼みの綱だったシャルロット・デュノアにも見放された一夏は、一斉攻撃による爆発に飲み込まれた。

 

 

「――トランザム終了。」

 

 その頃地上では、()()()()()()()()()()()()()を持った飛鳥が素知らぬ顔で自分の騎馬に戻っていた。

 

 一斉攻撃による爆発に一夏が飲み込まれる寸前に、ダブルオークアンタがトランザム中にのみ行える【量子化】を使用して一瞬で一夏に接近し、白式を展開しているからと怪我させると遠慮していたハチマキを奪う行為をしてからまた量子化で戻ってきた飛鳥は、「これ得点になるかなぁ」と騎馬戦では無くなってしまった競技に疑問符を浮かべた。




限定公開された劇場版機動戦士ガンダム00、四回しか見れなかった……駄竜、一生の不覚……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 運動会、それは乙女の戦い 後編

『そろそろ運動会を終わらせたい。』

 

『長いとダレるからね、タッグマッチの時みたいに。』

 

『だから昼食は一夏たちと離れて取る。そうすると昼食イベントがスキップ出来るから、飛ばしたい人はそうしよう。』

 

 

 

 

 結局、騎馬戦での500点は無効となった。ISを使って騎馬戦では無くなったかららしい。まぁ仕方ないかと切り替えて、ご飯を食べて午後の部。

 

「それでは行きましょう、『コスプレ生着替え走』!」

 

 代表が用意した衣装をくじで引いて、それに着替えての競争。衣装の用意のために事前に告知されていた競技で、私もこの競技のために北海道の実家にダブルオークアンタの量子ジャンプで衣装を取りに行った。

 

「それでは着替えを手伝ってもらうパートナーを紹介していただきましょう!」

 

 くじで衣装を選ぶ以上、1人で着れないものを引いた時のためにパートナーを選ぶことになっている。私のパートナーは当然、

 

「葉加瀬なのは。背中のチャックを閉めるためだけに来た。」

 

 そう、なのはだ。サイズが合わなかったりした時のために、私だと服を破いてしまうから非力ななのはを呼んだ。私となのはは互いに互いの不足を補う関係性。今までも力を入れすぎそうな時はなのはに頼んできた。

 

 まぁそれは今はいい。各パートナーの紹介が終わったから、そろそろスタートだ。

 

「それでは、レーススタート!」

 

 実況席からの声とピストルの音を聞いて走り出す。なのはを遥か後方に置き去りにして真っ先に紙を手に入れた私は、その内容を読み上げた。

 

「アットゥシ!」

 

「「「……何それ?」」」

 

 実況席で織斑さんが漏らした声をマイクが拾った。それだけではなく、観客たちも首を傾げている。

 

 無理もないとは思うけど、ここまで知名度がないのは少し寂しい。

 

「アットゥシは北海道アイヌ民族の民族衣装よ。樹皮から取った繊維を織って作られる織物ね。」

 

 実況席から更識楯無生徒会長の説明がマイクで行われ、それを聞いた一部の人が「あぁ、あれそんな名前なんだ」と頷いた。

 

 大多数には独特な紋様がある服、という印象しかないアットゥシ。なんで私がそれを持っているのかと言えば、探せばあるような先祖代々の着物みたいなもので、ただ受け継いだだけのこと。

 

 まぁ、このアットゥシは昔作られた物じゃなくて、それを調べに調べて現代技術でなのはと一緒に作った再現品なんだけど。結構肌触りがいいから実家にいる時は普段着にしていたけど、IS学園に来る時に嵩張(かさば)るから実家に置いていったのが今ではもう懐かしい。

 

「さぁトップは自分で用意した衣装を引き当てた飛鳥ちゃん!流石に着なれているのかものの数十秒で着替え終わり、第一関門の跳び箱をなんなく突破!続いて平均台!これもぐらつくことなく突破!後続はやっと跳び箱に到着したところ!これは勝負あったか!?」

 

 なのはの補助もあって大分手早く着替えた私は、サイズが合わなかったり着方が難しかったりする他の衣装に苦戦している他を突き放して走った。

 

 そして第三関門の紐で吊るしたあんパンを手を使わずに取る……パン食い競走としか言い方を知らないけど、これコスプレ生着替え走だからパン食い競走ではないんじゃないかなぁ、とか考えながら風で揺れるパンにかじりついていると、後ろの平均台の方から突風が吹いた。

 

「ハハハハハ!ISを使えばこの程度の障害など!」

 

「はい、ラウラちゃん失格~。」

 

 ISを使えば確かに障害を無視できるだろうけど、乗り越えるとは言えない。ルールブレイカーを行ったラウラ・ボーデヴィッヒは笛を吹かれて失格となった。

 

 だが、それで生着替えコスプレ姿を見せたラウラが納得できるはずもない。

 

「こんな格好までして失格だと!?貴様ら全員、吹き飛ばしてくれる!」

 

 右肩の大口径リボルバーキャノンの狙いを定めるラウラ。しかしそれは1発の弾丸によって阻止された。

 

「ルールは守りましょうねー。」

 

 山田真耶が教員用のラファール・リヴァイヴに乗って放った弾丸が、的確にリボルバーキャノンの心臓部を破壊した。

 

「馬鹿なあぁぁぁぁぁ!!!」

 

 そう叫んでラウラは爆発した。

 

「……え、これどうなるの?」

 

 平均台の上で突風の煽りを受けた他の人たちは全員倒れている。というか立っているのは飛鳥だけだった。これでは競争でもなんでもない。

 

 審議の結果、十中八九飛鳥が1位だったし、ということで500点を手にすることが出来た。

 

「何か釈然(しゃくぜん)としないなぁ……。」

 

 そう煮え切らない感情を抱えながら、運動会は進んでいった。

 

 

 

 

『本当に今更だけど、この運動会はミニゲームの集合体だよ。A連打だったりコマンド打ったり、まぁ楽しい方ではあるけど、ストーリー中だと録にクリア出来ないから人気はないね。』

 

『まぁ一夏とイチャついた奴が勝ちみたいなものだし。』

 

『何故普通に運動会出来ないのか。』

 

 

 

 

 上空50m、そこで大量の風船を身につけた織斑一夏が浮かんでいた。

 

「さて、最終競技『バルーンファイト』では、一夏くんの風船をISで割りながら、最後にキャッチして地上におろした人の勝ちです!得点はなんと1億点!」

 

「今までの競技の意味……。」

 

 500点で一喜一憂していたのにこれである。いや、トップと最下位の点差を考えれば最終競技の点数が高くなるのは分かるんだけど、1億ってちょっと……。

 

 あと織斑さんの安全が一切考慮されていないのはツッコミどころだろうか。せめてネットとか設置出来なかったのか。これはやっぱりみんなの食事を奢って貰わないと。特に織斑さんには特別手当てが必要だろうし。

 

 そのためにも勝たないと。

 

「それでは~~~~~開始っ!」

 

 開始の合図と同時に他が宙へと浮かび上がる中、私はGNソードビットをGNソードⅤに合体させた。

 

「GNソードⅤ・バスターライフルモード。」

 

 GNソードビットでの多角攻撃が便利だから使い時がなかったけど、これなら風船を一気に割れる。

 

「狙い打つ!」

 

「!危ないですわ!」

 

 ロックオンと同時にトリガーを引く。通常のライフルモードやGNビームガンなんて目じゃない極太ビームが射線上にいたISたちを押し退けて風船を破壊した。

 

「ソードビット!」

 

 GNソードⅤに合体させていたGNソードビットを解き放ち、それぞれを他の妨害に当てる。セシリアには足りないだろうけど、それでも少しなら時間稼ぎになる。素早く移動した私は落下する織斑さんに手を伸ばした。

 

「織斑さん、手を!」

 

「あ、あぁ!」

 

 左手で織斑さんの手を掴み、右手のGNソードⅤをライフルモードにしてGNビームガンと一緒にセシリアにビームを撃つ。

 

「手数が足りていませんわよ飛鳥さん!」

 

 そういいながらセシリアはブルー・ティアーズのビットを自身の周囲に浮かべ、GNソードビットをGNソードⅡブラスターで捌きビームを回避しながら、偏向射撃(フレキシブル)でこちらを狙ってきた。

 

「くっ!」

 

 セシリアは偏向射撃(フレキシブル)を瞬時に行える。それこそ単純な迎撃や防御なら掻い潜って本体を狙うなど朝飯前だ。私はいつもGNソードビットで斬り裂いているけど、今はそのビットがない。

 

「ごめんなさい、織斑さん!」

 

「え、おわぁぁぁっ!!?」

 

 左手で掴んでいた織斑さんを離して、GNビームガンとGNソードⅤ・ライフルモードをそれぞれGNシールドとGNソードⅤ・ソードモードに切り替えて防衛に移る。偏向射撃(フレキシブル)でGNシールドを避けられる前に踏み込んで防御し、GNソードⅤで切り払う。そうして散るレーザーが少しシールドエネルギーを削るのを横目に、今も落下する織斑さんの元に機体を移動させるセシリアにレーザーを防ぎながら後を追う。

 

「捕まえましたわ、一夏さん!」

 

「せ、セシリアか。助かった……。」

 

 ビームはダメだ、織斑さんを怪我させかねない。となれば必然的に接近戦。

 

 私はGNソードⅤを手にセシリアに斬りかかった。

 

「飛鳥さん!ビットの欠けた貴女なら、このブルー・ティアーズでも対応出来ますわよ!」

 

「何なら私の方が不利だしね!」

 

 周囲に浮かぶレーザービットからの攻撃をGNシールドで防ぎ、切り払い、更にセシリアに斬りかかる。それをセシリアはGNソードⅡブラスターで受け止め、レーザービットからの攻撃で私を引き離す。

 

 私とセシリアの戦いはビットの戦い。そのビットが欠けている私は圧倒的に不利。あと織斑さんをセシリアが抱えているのも厄介だ。ISを使えない今の織斑さんは下手に火力で押しきろうとすると怪我をしてしまう。

 

 私がビームを使えばセシリアも織斑さんを庇って放り投げるだろうけど、『もしも』を考えるとあまりできない。セシリアは偏向射撃(フレキシブル)で後から当てないようにもできるけど、ダブルオークアンタは曲射できない。さっきセシリアがやったことができないのだ。

 

 どうしよう、このままじゃセシリアが勝ってしまう。かと言って妨害に使っているGNソードビットは戻せない。混戦になると織斑さんが危ないからだ。

 

 ……あれ、もしかして詰んでる?

 

 そう思考している私の耳に声が聞こえた。

 

「セシリア……すまん!」

 

「え?ちょっ、一夏さん!?」

 

 セシリアから織斑さんが離れた。慌てて後を追うセシリアを更に追う。

 

 でもスピードは出せない。あまり速すぎると織斑さんが怪我をする。トランザムも瞬時加速(イグニッション・ブースト)も使えない。

 

「(量子化で先回り……ダメだ、停止状態だと受け止めた衝撃がそのまま織斑さんに行っちゃう。速度を合わせて怪我させない速度でブレーキ……慣性軽減も使えば……あれ、人が怪我しない速度ってどれぐらい?)」

 

 妙案を思い付いたと思った飛鳥だったが、そもそも生身の人間を相手した経験が少ないため、他人が怪我をしないようにするにはどうすればいいのか分からない。前に亡国機業(ファントム・タスク)の下っ端を殴ったことがあるが、あれは相手がテロリストだから出来たことだ。加減はしたが本当に最低限であったため、参考にできない。

 

「(どうしよう、このままだと織斑さんが地面の染みになっちゃう。)」

 

 本当にどうしようか悩んでいる飛鳥だったが、

 

「一夏くん!」

 

 実況席から飛び出した楯無が無事に受け止めたために、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「優勝、更識楯無!」

 

「……えっ。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 葉加瀬なのは、契約する

『はい皆さんおはこんばんちは、いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

運動会はクソゲーです。他に誰か1人でも動ける機体があればそれとぶつかって最後に楯無が優勝を掻っ攫うクソゲーです。』

 

『ミニゲームの連続なのも低評価。前から言ってるけどミニゲームやりに来たんじゃないんだから。』

 

『これが大会ならステータス上げにも使えるのにミニゲームしかないし、そのミニゲームもキャラクターのステータスを考えると碌にクリアできないとかほんと……。』

 

 

 

 

「もぐもぐもぐもぐ……。」

 

「なのはさん、このお皿の山は……?」

 

「もぐもぐもぐもぐ……。」

 

「条件付けされた程度で乱入者に優勝掻っ攫われたのが悔しいってやけ食いしてるんだよ。こうなったら気が済むまで反応しないから、セシリアも気にしないで。」

 

「は、はぁ……。」

 

 運動会が1億点を獲得した更識楯無の優勝に終わり、テントや機材の片付けも終わった夜のIS学園食堂。まさか生徒会長が乱入して優勝を掻っ攫うとは思ってもみなかった天羽飛鳥は、やけ食いで着実に皿を積み上げていた。

 

「あの、飛鳥さんはこんなに食べて大丈夫なんですの?」

 

「飛鳥は食べようと思えばいくらでも食べられるから、問題ないよ。体形も変わらないしね。」

 

「それもイノベイター化の恩恵ですの?」

 

 キラリ、と目を輝かせてセシリア・オルコットは葉加瀬なのはに聞いた。

 

「いや、飛鳥がおかしいだけ。」

 

 「ボクはあんまり食べれないし、普通に太るし」と言うなのはだが、その時豊満な胸が視界に入ったセシリアは「胸に行っているだけでは……?」と訝しんだ。

 

「そうだセシリア。専用換装装備(オートクチュール)だけど、今年中には完成するよ。」

 

「あら、本当ですの?」

 

「ネックだったお金事情が予期せず解決したからね。12月には出来てる筈だよ。」

 

 そう言ってポタージュに口をつけるなのはにセシリアは首を傾げた。

 

「?振り込み額が足りなかったんですの?」

 

 セシリアは専用換装装備(オートクチュール)製作を依頼した際、なのはから提示された金額を確かに振り込んでいた。それも貴族として一般人とは違うセシリアの金銭感覚をして『少々値が張った』と言わせるほどの金額である。

 

 専用換装装備(オートクチュール)製作に具体的にいくらの金額がかかるのかは分からないが、あれで足りなかったのかとセシリアには疑問だった。

 

「セシリアに請求したのは材料費だけだよ。開発費とか作る時の電気代とかは別。」

 

「あれで材料費だけだったんですの!?」

 

「片手間で払えるような金額でイノベイター専用の物が作れる訳ないじゃん。クアンタだって貯金してたお金のほとんどを使ってやっと出来たんだからね?」

 

 ダブルオークアンタの製作にはとてつもない費用が掛かっている。装甲や武器を作るための材料費は言うに及ばず、それを加工する機材の製作からしてなのはが1からやったのも理由ではあるが、何よりもイノベイター専用の高性能な機体に仕上げるための部品の製造に金がかかるのだ。

 

「パッケージだから多少安いけど、全額だと大体ISが2機は作れるぐらいだよ。」

 

「だ、大分かかるんですのね?」

 

「それでもクアンタよりはかなり安いんだけどね。まぁフレームから作ったから、その分高いだけなんだけど。」

 

 ダブルオークアンタのフレームにはクアンタムシステムの粒子放出を最大限行うための仕掛けが組み込まれている。そのため製作難度が高く、失敗した物も含め材料費等で結構な費用が掛かった。

 

 セシリアに依頼された専用換装装備(オートクチュール)はフレームには手を付けないため、ダブルオークアンタと比べれば大分安い。それでも結構な値段がするのは、それだけイノベイター専用の高性能な物を作るのにお金が掛かるからだ。

 

「ところでなのはさん。お金事情が解決したとおっしゃいましたけど、何があったんですの?」

 

「いや、ちょっと悪魔と契約をね。死にはしないから気にしないで。」

 

「悪魔……?」

 

 

 

 

『……なのは?何でこんなにお金あるの?高ステータス由来の大金所持スタート*1した最初より大分多いんだけど。』

 

『大丈夫、死にはしないから。』

 

『何をした!言え!』

 

『大丈夫、困るのは一夏だけだから。』

 

『は!?』

 

『それではボクの録画画面を見てみよう。』

 

 

 

 

 時間は少し巻き戻る。

 

――♪♪~♪~

 

「ん?」

 

 運動会の片付けが終わり、混み合うシャワー室から出たなのはは、自身のケータイが電話を着信していることに気が付いた。

 

「……。」

 

 じー、となのははその番号を見つめながら、どうするか考えた。

 

 なのはのケータイに電話がかかってくることはない。GN粒子が漂う場所にいつも居るため、電話が繋がらないからだ。番号を知っている人間はそのこともあってかけてくることがない。となれば、これは知らない人間からの電話。出ないのが吉。

 

 だがイノベイターとしての直感が告げている。『出ない方が面倒なことになる』と。

 

――♪♪~♪ ピッ

 

「もしもし。」

 

【あ、やぁーっと出た!ハロハロ―、なーちゃん!】

 

――ピッ

 

 何も聞かなかったことにしてなのはは通話を切った。

 

――♪♪~♪~

 

 再び流れる着信音。溜め息を吐いてなのははもう1度電話に出た。

 

「もしもし。」

 

【もー!酷いよなーちゃん!ガチャ切りは流石にないよ!ぷんぷん!】

 

「何の用なの。ボク今シャワー浴びるところだったんだけど。」

 

【嘘は良くないなー。今あがった所なのは分かってるんだからね?】

 

「ホントホント。ナノハウソツカナイ。」

 

【ホントかな~?まあ今はいいけど。】

 

 電話をしながらなのはは人の居ない場所に移動を始めた。何のつもりかは分からないが、厄介事が服を着ているかのような人がわざわざ自分から電話をかけてきた以上、面倒なことになるのは明らか。それに誰かを巻き込んではいけないと、学園中に仕掛けられているいくつもの国の盗聴器を避け、安全な場所にやっと辿り着いたなのはは切り出した。

 

「それで、わざわざボクの電話番号調べて掛けて来た訳は?地球外生命体でも見つけたの?」

 

【んにゃ、それはまだだねー。地球に居るんだし他の星に居ない何てことはない筈なんだけどなあ。】

 

 【太陽系外ならいるかなあ】と言う声に少なからず楽しそうな感情が含まれているのを気に留めながら、なのはは黙って用件を言うのを待った。

 

【今回はなーちゃんにお願いがあって電話したんだ。】

 

「お願い?……え、変な物食べた?」

 

【相変わらず辛辣だなぁなーちゃんは。】

 

 なまじ自分が何でも出来るが故に人を頼ることがない天才がお願いなど、正気を疑って当然だとなのはは思う。

 

【何て言ったっけ、3()()()()()()の名前。】

 

「――――。」

 

 3人目の金髪――それが誰を意味するのか、分からない訳がない。しかしその情報は飛鳥となのは以外誰も知らない筈の物だ。わざわざそれを引き合いに出すということの意味は何か。ここでようやく、なのはは理解した。『この人は今回本気でやりに来ている』と。

 

【今作ってるんでしょ?その子のためのイノベイター専用のやつ。】

 

「まぁね。今年度中には完成すると思うよ。」

 

 ならば、となのはも気を引き締めた。いつも飛鳥がしているように目を金に輝かせて、覚悟を決める。

 

【それのお金、出してあげようか。】

 

 本来このお金は、なのはが(かね)てより作ろうとしている『量子型演算処理システムのために』と言って今回のお願いをするつもりで用意したもので、それを3人目の出現によって名目を変えた物。なのはの心情を読んで早めに製作してしまいたい方に変えたのだ。

 

「それの対価に何が望み?やっぱりGNドライヴの設計図が欲しいとか?」

 

【いやいや、約束忘れるほど歳食っちゃいないよ。なーちゃんはISコアを作らないし、私だってGNドライヴを作りはしない。そういう約束でしょ?】

 

「他にも色々『作らない物』は決めたけどね。」

 

 かつて交わした約束。互いのためにも互いの物を作らない。それは未だに破られていない。破ってしまえば、それは完全に敵対する道となる。そうなれば互いに取って不利益だからこそ、互いにそれを守っている。

 

【で、私のお願いなんだけど。】

 

「うん。」

 

いっくん(織斑一夏)を殺す邪魔をしないでほしいんだ。】

 

「――はぁ?」

 

 まさかの殺害予告に、さしものなのはも困惑した。

 

 てっきり第四世代機【紅椿】の成長を手伝わされると思っていたのだが、それとは全く関係のないことをお願いされた。

 

「織斑一夏を殺す?」

 

【そう。】

 

「玩具にするのに飽きた?それとも殺す理由が出来た訳?」

 

【どっちもかな。】

 

 そういう電話越しの声には感情がなかった。いつもの飄々(ひょうひょう)とした端から見て何を考えているのか読めない姿とは異なるその様子に違和感を覚えたが、その理由をすぐには思いつかなかったなのははそれを記憶の片隅にメモしながらも今は気にしないことにした。

 

「飛鳥はいいの?単純な障害なら飛鳥の方が大きいけど。」

 

【あーちゃんは私が相手すれば時間は稼げるからね。その間にマドちゃんがいっくんを殺してくれるよ。】

 

「織斑千冬はどうするのさ。まず間違いなく敵対するよ。」

 

【この際最終決戦でもいいかなーって。】

 

「――――そっか。」

 

 1秒、2秒と無言の間が続く。

 

「分かった。ボクは織斑一夏の殺害を邪魔しない。」

 

【ありがとう、なーちゃん!】

 

「ちゃんとお金は振り込んでね。」

 

【おっけおっけー!】

 

 明るく、いつもの調子に戻った声にどことなく安心しながら、なのはが通話終了のボタンを押そうとしたその時、

 

【あ、そうだなーちゃん。】

 

「ん?」

 

【こんな世界で満足?】

 

 さっきまでとはまた違う、本気の声音でそう問いかけられた。

 

 それになのはは、

 

「全然。」

 

 笑ってそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「世界を変えるのを諦めちゃったの?師匠……。」

 

 通話を切ったなのはは1人、壁に背を預け座り込んだ。

*1
キャラメイクで高ステータスのキャラを作ると、それに比例して所持金が多い状態でスタートする。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 天羽飛鳥は知っている

 すみません!今回短いです!


『どうも皆さんおはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『まさかの束さんルート突入に驚きを隠せない。師弟関係だから?』

 

『そうなんじゃない?普通なら電話もかかって来ないし。』

 

『束さんルートかぁ……()()使うしかないかなぁ。』

 

『え゛っ、()()使うの?』

 

『大丈夫かな、チートとかバグとか言われないかな。』

 

『一応仕様だし大丈夫だとは思うけど……。』

 

 

 

 

「束さんが織斑一夏を殺す?」

 

「そう言ってたよ。ボクに『邪魔しないで』ってさ。」

 

 更識楯無に運動会の優勝を掻っ攫われIS学園の食堂でやけ食いをしていた天羽飛鳥は、夜のIS学園1年生寮に戻る頃には落ち着きを取り戻し、ベッドに腰かけて葉加瀬なのはの言葉に耳を傾けていた。

 

「私は自分で抑えれば良いって、本当にそう言ってたの?」

 

「そうしてる間にマドちゃんって人が殺してくれるとか言ってたよ。」

 

「マドちゃん?名前を覚えるなんて珍しい。自然発生なのか人為的なのかはともかく、その子も普通の人間じゃないのかな。」

 

 「織斑先生たちみたいに」と何でもない様に言う飛鳥に、なのはは面食らった。

 

「……え?」

 

「あれ、知らなかった?織斑先生も織斑さんも受精卵から遺伝子操作された人間だよ。」

 

「何でそんなこと知って……いや、そうか。束さんか。」

 

 「うん」となのはの思い至った答えを肯定した飛鳥は、まだ北海道の田舎に居た頃に篠ノ之束から聞いたことを話し始めた。

 


 

 今から3年前。束が失踪したと世間で騒がれていた当時、当の本人である束は北海道の田舎――飛鳥となのはの地元で、2人を弟子に取っていた。

 

 なのはの考えたGN粒子製造機関【GNドライヴ】の製作に協力しながらISの作り方を教え、飛鳥に実家の古武術と剣の使い方を教えながら試合を繰り返していたある日のこと。

 

「あーちゃんってちーちゃんと全然違うのに、たまーにダブって見えるんだよね。寂しいのかな私。」

 

 互いに竹刀を横に置き、飛鳥が朝に作ったおにぎりを食べている最中、束がそんなことを呟いた。

 

「そんなに似てます?」

 

「黒い髪とかはそっくりだね、あと怪力なところも。相手した感じ身体スペックに差はあんまり無いかなー。でもそのぐらい。ちーちゃんはあーちゃんと違って家事できないし、性格だって全然違うよ。」

 

 「全部いっくん任せなんだよ、ちーちゃん。」そう言ってパクリとおにぎりに齧り付いた束は「おっ、筋子だ!」と喜んだ。

 

「あっ、それ当たりです!」

 

「ホント?やった!」

 

 飛鳥と過ごす時の束は普段と違ってあまり思考をしない。飛鳥の高いイノベイター能力が、束の超人的な思考を読んでしまうことへの配慮だ。だからこそ飛鳥と過ごしている時の束はボロッと口を滑らせることがある。

 

「一番の違いは養殖物か天然物かの違いだね。」

 

「養殖?」

 

「遺伝子操作で受精卵の段階から超人として設計されてるんだ。投薬とかもやってね。」

 

 「だから養殖。」パクリパクリと筋子のおにぎりを食べ終えた束は2つ目のおにぎりにも手を伸ばして食べ始めた。

 

「私やあーちゃんは天然物。何もしてないのに超人として生まれた。まぁ、あーちゃんはなーちゃんに頭の良さを渡してるから、私ほどオーバースペックじゃないけど。」

 

「束さんはステータスオールSですからね。私は精々肉体関係のステータスにSが多いってだけですし、なのはも物作り関係のステータスだけSですし。」

 

「2人合わせればどうにか私に匹敵するね。」

 

「いつか超えて見せますよ。」

 

「おっ、言うねー。」

 

 ――じゃ、その日を楽しみにしてるよ。

 


 

「詳しくは聞いてないけど、嘘じゃない筈だよ。」 

 

「人工の超人ねぇ……作って何をしたいんだか。」

 

「兵士にするんじゃないの。織斑先生が何人も居たら地獄絵図だし。」

 

 瞬時加速に生身で割り込めてISの攻撃を受け止められる人が何人も居てたまるか。

 

 

 

 

『ステータスSの評価バグってる……。』

 

『まぁほとんどのキャラが高くてもA止まりだからね。そもそもこのゲーム、基本的にステータスCがスタートで、ゲーム中に授業とかイベントでの育成が主だし。周回プレイのポイントで高ステータスになってる方がおかしいんだよ。』

 

『ステータスオールSチケットの存在は何なんだ一体……。』

 

 

 

 

 運動会翌日の振り替え休日も明けた月曜日。飛鳥となのはの姿は3組ではなく1組にあった。

 

「山田先生、説明を。」

 

「はい。このたび、1年生の専用機持ちはすべて1組に集めることになりました。それもこれも先日の大運動会での結果を、生徒会長なりに判断した結果となります。」

 

「これで事実上、クラス対抗戦はできなくなってしまったわけだが、専用機持ちの訓練は特別メニューを組んでやるから安心しろ。」

 

 織斑千冬の言葉にゲンナリする専用機持ちたち。

 

「なのはさんはどうして1組に?」

 

 そんな中、セシリア・オルコットが友人の来訪に首を傾げた。

 

「飛鳥が副会長権限でねじ込んだんだよ。」

 

「私となのははセットだから。クアンタのこともあるからあんまり離れるのも嫌だし。」

 

「相変わらず仲がいいですわね。」

 

 そんなことを話しているセシリアの後ろで、凰鈴音が織斑一夏の隣の席に座ろうとしていた。

 

「鈴さん、なにを勝手に席を決めていますの?」

 

「うぇっ!?」

 

 それを見ないまま、イノベイターの空間把握能力で察知したセシリアに驚いた声を上げた鈴に、専用機持ちたちが席替えを希望し出す。

 

「やれやれ、歴代最強にして最大の問題クラスになったな。」

 

 その騒がしさに、千冬は頭を抱えた。




恋する楯無パートなんてなかった。というか関わりようがなかった。某A国の秘匿潜水艦とかわざわざ行く理由もないし……。そもそもこれ、前回の話に纏めれば良かったのでは……?短くなった理由も話を盛れなかったのもそうだけど、10巻に内容が入っちゃうからだし……。

完全な余談

感想でELSに「呼んだー?」と言われましたが、この世界にELSが来たらバッドエンド不可避です。
触れたらアウト、侵食により実弾無効のELSをどうにかできるISの数が少なすぎるので、対話前に地球が侵食されて終わります。
束や飛鳥やセシリアが居てもカバーできる範囲に限りがあるので、どうしようもありません。









これ11巻以降のストーリーまともにやれないかもしれん……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 天羽飛鳥、【鍵】を貰う

『はいみなさん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

今回から割と最終決戦な10巻突入です。大体束さんのせい。』

 

『11巻も12巻も、後から見ると割と蛇足だよね。』

 

『束さんが一夏を殺そうとしてるだけだからなぁ、黒騎士もエクスカリバーも赤月も。』

 

『13巻終了後――2年生以降はそんなことしないんだけどね。』

 

『まぁ未来のことはさて置いて、対束さんの準備始めよう。』

 

 

 

 

 修学旅行で行く京都への下見――本来なら教員が行うその作業に、IS学園の専用機持ち全員が同行することとなった。

 

 事の始まりは、修学旅行に行けない2年生の更識楯無が生徒会長権限で織斑一夏と一緒に教員の京都下見に同行しようとしたことだった。

 

 もちろん同じ生徒会である妹の更識簪と思考が読める天羽飛鳥と長年一緒に育った布仏虚と勘の鋭い布仏本音――つまり一夏以外の生徒会メンバー全員に即効でその目論見(もくろみ)は看破され、簪経由で他の専用機持ちにもそのことが伝わり、恋する少女の乙女心からあわや第三アリーナで『巨悪・楯無を討つ!』というところまで行ったのを、打鉄の近接ブレード【葵】を持った織斑千冬によって鎮圧された末に「専用機持ちは全員着いて来い!」と言われ、青い顔で着いていった先で待っていた上級生の専用機持ち、フォルテ・サファイアとダリル・ケイシーのイージスコンビも交えて『専用機持ち全員』での下見をする、と言われたのが先日。

 

 後日、それが京都に潜伏している国際テロ組織『亡国機業(ファントム・タスク)』掃討作戦のためだと明かされ、浮かれていた少女たちは気を引き締めて京都へと(おもむ)こうとしていた。

 

「飛鳥。」

 

「ん?」

 

 寮の部屋から旅行用の大きなカバンを持って出ようとする飛鳥を、葉加瀬なのはは引き留めた。

 

「本当に、フルセイバーは使わないんだね?」

 

 『フルセイバー』。飛鳥の専用機であるダブルオークアンタを戦闘用へと変える専用換装装備(オートクチュール)。使えば今回の戦いでまず間違いなく勝利を掴み取れる力。飛鳥はその装備を持たずに京都へと向かおうとしていた。

 

「うん。フルセイバーは使わない。」

 

「束さんは本気だよ。」

 

 なのはは亡国機業(ファントム・タスク)に篠ノ之束が協力していると睨んでいた。束が名前を呼んだ『マドちゃん』なる人物が果たして世界のどこに居るのかを考えた結果だ。だからこそ、今回の亡国機業(ファントム・タスク)掃討作戦にてIS学園から出る一夏を狙って、束が出てくるだろうと予想した。

 

 そうなれば完全な敵対ではないとは言え、束とは戦うこととなる。束は世界各国の国家代表より強い上、機体だって世界で最上級の物に乗っている。いや、第四世代【紅椿】を完成させた今、改修され更に性能が上がっているだろう。それはかつて束に師事した2人が知っている確定事項だ。

 

 なのはがフルセイバーを勧めるのは、それだけ束と飛鳥の2人を信じているからだ。フルセイバーを使えば、如何に束であろうと飛鳥には勝てないと。フルセイバーが無ければ、勝てるか分からないと。

 

 だが、飛鳥はそれに首を振った。

 

「なのは、私は束さんと戦いに行くんじゃない。話しに行くんだ。」

 

「言っても聞かないのが束さんだよ。」

 

「知ってる。我が儘で頑固でロマンチストでリアリストな人だってことは十分に。」

 

 他にも束を現す言葉はあるが、あえて飛鳥は束をそう評した。

 

 誰の声にも耳を傾けないで、こうと決めたら曲げない。空に夢を見て、でも未だに羽ばたけずにいる。飛鳥にとって束はそういう人。とても()()()()()()

 

 そういう人だから――

 

「――想いだけでも、力だけでも、束さんは止まってくれない。フルセイバーは使った瞬間にバッドエンド。ダブルオークアンタだからこそ、ハッピーエンドに辿り着ける。」

 

「……それは、勘?」

 

()()()。」

 

「そっか。」

 

 はっきりと言う飛鳥に、なのははいつでもフルセイバーを量子変換(インストール)できるように嵌めていた手袋・マスターハンドで空中に画面を投影し、ダブルオークアンタのシステムにアクセスして【鍵】を渡した。

 

「敵わないなぁ、飛鳥には。」

 

 少し困ったように笑うなのはに、飛鳥も笑う。

 

「分かってるとは思うけど、くれぐれも【()()】の制御を怠らないでね。」

 

「分かってる。私も死ぬ気はないよ。」

 

「なら、ちゃんと帰って来てね。束さんも連れて。」

 

「あの人捕まえられるかなぁ……?」

 

 

 

 

『叩かれても知らないからね?』

 

『大丈夫、仕様だから。』

 

『これを仕様にしてる開発陣おかしくない?』

 

『スパロボのファンなんだよきっと。』

 

『ファンならもっとやらないんじゃ……。』

 

『なのは。』

 

『なに?』

 

『クアンタにこれ組み込んだのなのはだってこと忘れないでね。』

 

『ボタンぽちぽちやってただけなんだけど!?』

 

 

 

 

「気合が入ってますわね、飛鳥さん。」

 

「まぁ、相手が相手だからさ。」

 

 京都へ向かう新幹線の座席に座った飛鳥は、隣に座ったセシリア・オルコットと話していた。

 

「セシリア、今回私は()()()を手伝えないから、任せたよ。」

 

「?別行動するんですの?」

 

「ちょっとね。あ、早く終わったからって加勢は要らないよ。1対1じゃないと意味ないから。」

 

 1対1と言う飛鳥にセシリアが首を傾げた。亡国機業(ファントム・タスク)に飛鳥がそこまで因縁を感じる相手がいるだろうか、と。

 

 セシリアで言えば自国イギリスの第三世代IS、BT二号機【サイレント・ゼフィルス】に乗っているあの黒髪の少女が因縁の相手だ。以前相対した時には不意を突かれたのもあってレーザービット4機を破壊されまんまと逃がしてしまったが、今度はそんなことが無いように飛鳥との模擬戦で培った技術で捕まえる気でいる。

 

 だが、飛鳥に亡国機業(ファントム・タスク)との因縁があっただろうか?セシリアが知る限りではない。そもそも関わりさえ無かった筈。

 

 その飛鳥が1対1を望む相手とは誰か。気になって問いかけようとしたセシリアの脳に声が響いた。

 

「(しー……。)」

 

「(!脳量子波……どうやら訳ありの様ですわね。)」

 

 すっかり慣れてしまった脳量子波による表層意識の共有による念話で話しかけて来たことに、飛鳥が他人に聞かれたくない事情を抱えていると察したセシリアは、そのまま脳量子波で問いかけた。

 

「(誰ですの?飛鳥さんのハートを射止めたお方は。)」

 

「(言い方ぁ!まぁその通りだけど。)」

 

「えっ(えっ)。」

 

 思わず口と脳量子波の両方で驚いて隣の飛鳥を見てしまったセシリアは、飛鳥が口元に手を当て「しー……」としているのを見て慌てて口を手で塞いだ。

 

「(色々教えてくれた人なんだ。剣の振り方、身体の動かし方、ISの動かし方、全部。)」

 

「(なんと……。)」

 

 代表候補生でこそなかったが、飛鳥がISの訓練を行っていたのにはセシリアも気付いていた。動き方が明らかにIS戦を想定された物だったからだ。まさかその相手が亡国機業(ファントム・タスク)にいるとは思いもしなかったが。

 

「(なんでも出来る人で、何が出来ないのかさえ探せないぐらい天才な人。だからこそ『世界に飽きていた』。)」

 

「(飽きていた?)」

 

「(代り映えしない世界が退屈で仕方なかったんだって。それこそ灰色に見えるぐらい。だから変えようとした。でも相手にされなかった。まだ20歳にもなってない子供の言葉は気にも留められなかった。)」

 

 言葉を尽くして、資料を揃えて、慣れない他人に合わせるなんてことをして臨んだ学会で、待っていたのは嘲笑だった。『夢物語を語る小娘』だとバカにする人間だけだった。

 

「(それさえ無ければ真っ当な天才で居たんだろうけど。でも現実は非情で、だからあの人は前より増して人嫌いになった。どれだけ言葉を尽くしても聞いてくれないから。)」

 

「(……それは、寂しいですわね。)」

 

 無視されるならまだ耐えられた。自分がいつも他人にやって来たことだからと納得できた。だが、嘲笑われたことには我慢ならなかった。

 

「(()()()()()()()()()()()。2341発のミサイルと戦闘機207機、巡洋艦7隻、空母5隻、衛星8基を、たった1機の自分の発明で、ただの1人も殺めずに破壊することで。)」

 

「(それは……!?)」

 

 覚えのある数字だった。今や誰もが知っている数字だった。

 

「(飛鳥さん、貴女の師事した方とは……!)」

 

「(あの人の作った物は認知された。今じゃ知らない人なんて居ないってぐらい。でも、世界は変わってない。)」

 

「(変わってない……?そんな筈ありませんわ。ISの登場前と後では、世界は大きく変わっています!)」

 

「(本当に?)」

 

 飛鳥の今までとは違う雰囲気にセシリアは押し黙った。

 

「(何も変わってないんだよ、セシリア。既存兵器を超える機動兵器。そうとしか認識されなかったから、そうとしか扱われなかった。結局戦闘機とかがISに取り替わっただけで終わった。)」

 

 世界情勢は確かに変わった。だがそれは技術の進歩で起こりうる程度のことで、かつての蒸気機関や電球のように世界が変わったとはとても言えない。

 

「(ISの兵器化がされ始めてからは男に動かせ無いようにしたり、500程度しかコアを用意しなかったり、失踪したり。あの手この手で兵器にならないようにしたけど止まらなくて、一石投じるために男性操縦者とか第四世代を用意したらもっと激しくなった。)」

 

 誰も知らなかった真実を語る飛鳥に、セシリアは驚きっぱなしだった。

 

「(だから、もう終わらせる気でいるんだよ、あの人は。)」

 

「(終わらせる……?)」

 

 

「(ISごと、全部無かったことにするんだよ。)」




 独自解釈&原作改変の暴力ッ!

 断わっておくと、原作13巻がまだ未発売なので束の真意は分かりません。そもそも書かれるのかも不明です。でもIS二次創作を書く上で必須だったので、捏造させてもらいました。13巻が発売されて原作と乖離したら笑ってください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 天羽飛鳥、未来を見る

「で、飛鳥。オレたちに着いて来てどういうつもりだ?」

 

「てっきりあのイギリス(むすめ)と一緒に京都を回ると思ってたっスけど。」

 

 ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイア。IS学園が誇る名物コンビ『イージス』と共に新幹線で到着した京都を作戦開始時刻まで回ると言って他の面々と別れた天羽飛鳥は、そう聞いて来た2人に向き直って答えた。

 

「先輩たちなら事情を説明する手間が省けるので。」

 

「事情?おまえ何する気だ。」

 

「まさか1人で亡国機業(ファントム・タスク)の本拠地に乗り込むとか言わないっスよね?」

 

「大体合ってます。」

 

 さらりと答えた飛鳥にダリルとフォルテが絶句すること数秒。頬を引きつらせてダリルが聞いた。

 

「何が目的だよ。お前の機体でまた話し合う気か?」

 

()()()()()()()()()、今からじゃないと間に合わないんです。」

 

「間に合わない?」

 

 何が間に合わないのか。それを数瞬考えたが、すぐに思い浮かぶものは少なかった。まさか亡国機業(ファントム・タスク)を逃がそうとしている何てことは無いだろうし、1人で亡国機業(ファントム・タスク)と戦うにしても飛鳥なら作戦開始までに終わらせるにはまだ余裕がある。

 

 飛鳥と実際に戦い、亡国機業(ファントム・タスク)側のことも知っているダリルには分かるのだ。亡国機業(ファントム・タスク)と飛鳥が出会えば飛鳥に軍配が上がることを。そしてそれには多少の時間こそかかるが、まだ日の高い内から始めるほどではないと。

 

 そう考えるダリルの思考を読んだかのように、飛鳥が口を開いた。

 

亡国機業(ファントム・タスク)だけならすぐ終わるんですけど、()()()だけはどうしても時間が掛かるんです。」

 

「あの人って、誰っスかそれ。」

 

「――篠ノ之束。」

 

 まさかの名前に2人は目を見開いた。

 

 篠ノ之束。その名前を知らないIS関係者は居ないだろう。ISの製作者である今世紀最大の天才にして、現在行方不明になっている人物がまさか亡国機業(ファントム・タスク)に居るとは思いもしなかった。

 

「戦闘終了まで4時間49分。作戦開始と同時に始めたら明るくなるまで掛かります。眠くなるのでそんなのやってられませんから、今から行きます。」

 

「なんだその偉く具体的な数字は……つか、篠ノ之束が相手なら全員でやりに行った方がよくねーか?」

 

「私が殺しかねないのでダメです。」

 

「……それはどういう意味っスか。」

 

 ISには絶対防御があり、それによって操縦者に危険が及ぶ事態から守られている。完璧ではないので場合によっては操縦者が怪我をすることもあるが、それでも死ぬような事態にはならない。だが飛鳥ははっきりと『死』を口にした。しかも、自分が巻き込むという形で。

 

「束さんとの戦いではクアンタの【枷】を1つ外すんです。その状態で周りに味方がいると集中して束さんと戦えないので、その隙に同士討ちさせられます。なので私1人の方が勝率高いんですよ。」

 

「【枷】だぁ?まさか、競技用リミッター以外にも制限掛けてんのか?」

 

「3つほど。今回はその内の1つを外します。」

 

 ISはその高過ぎる性能を抑えるリミッターがいくつもかけられている。総じて競技用リミッターと呼ばれるそれはISの出力を抑え、シールドエネルギーの総量を減らしている。

 

 これはISの軍事転用をさせないためのアラスカ条約によって決められている制限であり、これによってISはかろうじて『スポーツ』として扱われている。

 

「それで勝てんのかよ、あの篠ノ之束に。」

 

 相手はISの開発者。それを相手にするのに、通常よりも枷を掛けている状態で勝てるのかとダリルは聞いた。

 

「勝てますよ、だってそう()()()()んですから。」

 

「誰が?」

 

「未来、ですかね。」

 

 ()()()()()()()()()、飛鳥は笑った。

 

 

 

 

『一気にヤベー奴感が増してるよ私……どうしよ。』

 

『作ったボクが言うのもあれだけど、何でこんなの作ったんだボク。』

 

『このシステムアシストの悪魔、本当に度し難いなぁ。』

 

『そもそも何でこんなのがコラボ機体の副産物とはいえそのまま採用されたのか、コレガワカラナイ。』

 

『これならフルセイバー持ってきた方が良かったかも……。』

 

 

 

 

 亡国機業(ファントム・タスク)が拠点としている高級ホテルのエグゼクティブフロアにあるプールに、突如として緑の輝きが現れた。

 

「よっ、と。」

 

 その輝きの中から専用機ダブルオークアンタを纏った飛鳥がプールサイドに降り立った。それに続いてGNソードビット6機が現れ、GNシールドに戻っていく。

 

「束さんは……この先のラボか。」

 

 ()()()()()ままホテルの内部へと入り、GN粒子を散布しながら廊下を歩く。歩くごとに聞こえてくる思考の奔流を感じながら、辿り着いたホテルの1室の扉をコンコンコンとノックした。

 

「入っておいで、鍵はしてないから。」

 

 中から聞こえた懐かしい声に安堵しながら、飛鳥はダブルオークアンタを纏った手で扉を開いた。

 

「いらっしゃーい、あーちゃん。どうしたのこんなところに来て。」

 

 お気に入りらしいファンシーなドレス姿で出迎えた束が、笑顔でそう聞いてくる。

 

「もちろん、知人を殺されるのは嫌なので、邪魔をしに来ました。」

 

「ほほう、邪魔しに参ったか。でも私とあーちゃんが戦ったら、何時間もの激闘が雑にカットされた末に私が勝つよ?」

 

「だから途中で切り上げて、よくおにぎりを一緒に食べましたね。」

 

「美味しかったねー、あーちゃんのおにぎり。筋子とか特に。」

 

 中身のない他愛ない会話が続く。飛鳥と束の会話は大体こう言った物だった。なのはと過ごす束はその頭脳を遺憾なく発揮したが、飛鳥に対してはその頭脳を使ったことがほぼない。日常会話ですら常人以上の思考速度で処理している束は、高いイノベイター能力を持つ飛鳥を気遣って飛鳥の前では思考を止めて条件反射のような形で会話をしていた。

 

 しかし、今はそれがされていない。考えた上でこういう会話がされている。それも脳量子波の伝達をGN粒子をダブルオークアンタが生産・放出しているすぐ近くで。

 

 だが、飛鳥に影響はない。それに束が首を傾げた。

 

「あーちゃん、頭痛くないの?」

 

「束さんの思考は相変わらずぐちゃぐちゃしてますから痛いですよ。ただ、それが気にならないぐらい()()()()を絶賛体験中です。」

 

「なにそれ。」

 

 束は自分が普通とは違うと自覚している。それは密かな自慢であるし、それ故に自分の方がおかしいという客観的な視点も持ち合わせている。俯瞰(ふかん)的に自分を見れないで天才を名乗れる訳がないからだ。

 

 その天才・束の思考よりも酷いものとは、いったい何か。

 

「『Zoning and Emotional Range Omitted System』。」

 

「――!?」

 

 飛鳥が口にしたその名称を、束は知っている。他でもない束が、かつてなのはと共に作り上げた()()()だから。

 

「単語の頭文字を取ってつけられた通称は【ゼロシステム】。」

 

「バカ!そんなことしてでも私を止めたいの!?下手をしなくても死ぬんだよ!?」

 

「こうでもしないと、束さんは止まってくれないでしょ。」

 

「……っ。」

 

 愚直に力で抑えつけようとするならそれを超える力で捻じ伏せた。真っ直ぐに思いを伝えてくるだけなら無視をした。

 

 だが、こんなことをしてくるとは思ってもいなかった。

 

「思いだけでも、力だけでも、束さんは止まらない。だから私となのははこの【枷】を外した。」

 

「バカだよ……大馬鹿者だよ、あーちゃんも、なーちゃんも。」

 

「そりゃ、束さんの弟子ですから。」

 

 真っ直ぐと金色に輝く目で自分を見つめてくる飛鳥に、束は歯を食いしばった。

 

「……それでも、私は止まらない!」

 

 叫びと共に、束の体を装甲が覆った。

 

「【群咲】、起動!」

 

 束の専用機【群咲】。その能力は全ISを掌握する【コード・ヴァイオレット】。

 

 だが、それはイノベイターには通用しない。脳量子波でコア人格と直に対話できるイノベイターには、上位権限が通用しない。

 

「まずは力比べ、行きますよ束さん!」

 

「すぐに片付けて、ゼロシステムを止めてやる!」

 

 互いに互いを思い合う戦いが、始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話 ゼロシステム、それは未来を見る力

 ――Zoning and Emotional Range Omitted System(領域化及び情動域欠落化装置)

 

 英単語の頭文字から【ゼロシステム】と呼ばれるそれは、かつて篠ノ之束と葉加瀬なのはによって作られた欠陥品のインターフェースだった。

 

 超高度な情報分析と状況予測を行い、毎秒毎瞬無数に計測されるあらゆる【未来】を操縦者に見せ、勝利のために最適な行動を操縦者に提示・実行させる。それが【ゼロシステム】の大まかな仕様だ。

 

 作った理由は色々あったが、結果から言えば使用のリスクと得られるリターンが釣り合わないからと欠陥品とされた。

 

 あらゆる【未来】を見せる【ゼロシステム】は、勝利だけではなく敗北も、死さえも見せる。そしてそこに人道や良心という物はなく、目的に必要であるなら大量虐殺さえも選択肢として提示する。その【未来】に常人は耐え切れず、暴走するか廃人となるかの2択の末路が待っている。

 

 テストがてら自らそれを使用した束も【ゼロシステム】が見せた【未来】に動揺し、咄嗟になのはが外部から【ゼロシステム】を停止させたために大事には至らなかったが、暫くの間食事が喉を通らないほどの精神的負荷が掛かった。

 

 そのため、本来【ゼロシステム】を使用する筈だった天羽飛鳥が触れるよりも先に、束となのはによって欠陥品とされた【ゼロシステム】は設計図という形でだけ残されるのみで、現物は束が責任を持って破棄した──筈だった

 

 

 

 

「ソードビット!」「マルチビット!」

 

 戦いの始まりは互いに解き放ったビットだった。飛鳥がGNシールドからGNソードビット6機を解き放つと同時に、束がIS【群咲】の背部ウィングスラスターの一部を切り離し、4機のビットとして自身の周囲に浮かばせた。

 

 束の専用機【群咲】は分類で言えば全身に展開装甲を搭載した第四世代機に該当し、その中でも際立って高い性能を持つハイエンドモデルである。

 

 全身に携えた展開装甲によるあらゆる状況への高い対応力。本体の束をサポートする多目的兵装【マルチビット】4機との連携。それらを扱う束自身の技量も合わさり、正に【人類最高(レニユリオン)】と呼ぶに相応しい力を発揮する。

 

 現に飛鳥が飛来させた6機のGNソードビットを、エネルギーシールドを展開させたマルチビットで4機抑え、両手の展開装甲から出したエネルギーブレイドで残りの2機を受け止めていた。

 

「剣が足りないよ!」

 

 引いてはまた斬りかかるGNソードビットを両手であしらいながら飛鳥にそういう束が、引いたタイミングで飛鳥の方へと踏み込むと同時に両足からもエネルギーブレイドを展開して蹴り(斬り)かかる。

 

「そりゃ7本しかありませんから!」

 

 飛鳥はそれを右手のGNソードⅤと左肩のGNシールドで受け止め、束の背後からGNソードビットを斬りかからせた。

 

 束は背部ウィングスラスタ―の展開装甲からエネルギーブレイドを展開しそれを受け止め、両手のエネルギーブレイドで飛鳥に斬りかかる。

 

「貰った!」

 

「全然!」

 

 束が飛鳥を斬る寸前、束の後方でマルチビットのエネルギーシールドとぶつかっていたGNソードビットの内の2機が量子となって消え、GNシールドにマウントされた状態で現れた。それが瞬時にGNシールドを離れ、束の両手のエネルギーブレイドと切り結ぶ。

 

高速切替(ラピッド・スイッチ)……!そういえば得意だったね!」

 

 武器を瞬時に収納し、さらに別の武器を展開する高速切替(ラピッド・スイッチ)。IS学園ではシャルロット・デュノアが得意とする技能として専用機持ちたちに知られているが、飛鳥が使うのはその大前提である瞬時に『収納』と『展開』を行う技術だ。

 

 かつてラウラ・ボーデヴィッヒを相手に使った、武器を左右の手で持ち替える技術と同じもの。それを離れた場所にあるGNソードビットに対して行ったのだ。

 

 キャノンボール・ファストや運動会で多人数を抑える時には漁夫の利を取られるために使えなかったが、相手が束1人なら話は変わる。

 

「切り刻めソードビット!」

 

 他のGNソードビットも一度量子にすることで手元へと戻し、それを束へと向かわせながら飛鳥も束のエネルギーブレイドを跳ね除け斬りかかる。

 

「でもそれは私も出来るんだよ!」

 

 束の背後に浮かんでいたマルチビットが量子となり、背部ウィングスラスターに戻った状態で再顕現する。それがすぐに分離し、再びエネルギーシールドを展開しGNソードビットを受け止めた。

 

「どう、あーちゃん!室内での戦いはやり辛いでしょ!」

 

「束さんこそ、外の方がやり易くないですか、そのビット!」

 

 群咲もダブルオークアンタも、性能をフルで発揮するならある程度の広さを要する。ダブルオークアンタは切り札であるトランザムや量子ジャンプによる速攻が出来ず、群咲も展開装甲の万能性とマルチビットの多機能性を使えていない。

 

 それでも互いに外に出ないのは、それぞれに理由があるからだ。

 

 GNドライヴの製作に協力した束は、当然そこに組み込まれたトランザムシステムについても知っている。それを起動したダブルオークアンタがどれだけの性能を発揮するかもゴーレムⅢを通して知っている。

 

 群咲の性能ならば対応出来るが、それでも使われれば厄介なのは変わらない。何より、束は室内という限定した状況で飛鳥が使っている【ゼロシステム】を抑制していた。

 

 広い空間であればそれだけ取れる選択肢は多くなる。その先の【未来】を【ゼロシステム】が提示する。見る【未来】が多いほど飛鳥の身が危ないと、束は可能性を限定できる室内戦を仕掛けているのだ。

 

 飛鳥の方も有利になる屋外に出ないのには訳がある。今屋外に出れば目視で戦闘中であることがIS学園にバレるからだ。

 

 ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアに協力してもらい、作戦開始まで姿が見えなくとも怪しまれないように手は打ったが、それでも外で戦っていれば嫌でも目に付く。そうなれば救援として他の専用機持ちも来て、増えた人数分だけ【ゼロシステム】が見せる【未来】がネズミ算的に増えていく。

 

 ただでさえ切れる手札の多い群咲の【未来】を見るのに苦労しているのに、他の専用機持ちたちの【未来】まで見ていたら、肝心の群咲への対応が遅れてしまう。

 

 飛鳥が【ゼロシステム】を使った戦闘に慣れていればどうにか出来たのだが、『ライザーソードで絶対防御の上から相手を殺す』のを最有力候補に挙げるダブルオークアンタの【ゼロシステム】では、どう足掻いても精神的負荷が掛かり過ぎる。

 

 そう、【ゼロシステム】は気軽に殺そうとするのだ。それもあらゆる手を使って、その結末を使用者に見せてくるし、実行させようとする。故に束もなのはも【ゼロシステム】を欠陥品とした。

 

「それで、何で【ゼロシステム】を使ってるのかな!なーちゃんなら何があってもあーちゃんには使わせない筈だよ!」

 

 だからこそ束には()せない。確かに束となのはが2人揃って【ゼロシステム】を欠陥品だと言ったのだ。それを改善しようにも、出来たのは性能を低くすることでの弱体化。元々求めていた役割さえ出来なくなる結果に2人揃って匙を投げ、設計図だけ残して実物は破棄された。

 

 ダブルオークアンタに組み込まれているのは残った設計図からなのはが作ったからだろう。だが飛鳥の言葉から最大の欠陥である精神的負荷は解決されていないのは目に見えている。そんな欠陥品が何故使われているのか、束には分からなかった。

 

「こうなるのが見えたからです!言ったら【鍵】をくれました!」

 

「はぁ!?いつから【ゼロシステム】使ってるのあーちゃん!?」

 

「クアンタが出来てからは慣らしがてら予定がない時に使ってましたよ!使えないのはクアンタの展開中だけだったので!」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことかと束は茫然とした。

 

「何やってるの!?」

 

「今の束さんには言われたくないな!」

 

 叫ぶと共に飛鳥は斬り結んでいた束を弾き飛ばした。

 

「【コード・ヴァイオレット】で世界中のISを全部停止させる気ですよね!」

 

「っ、【ゼロシステム】で見たんだね!そうだよ!」

 

「何も変わらない世界を、せめて元に戻そうとしてる!」

 

「よく分かってるね!流石私の弟子!」

 

 会話を続けながらも衝突は止まらない。束は四肢の先からエネルギーブレイドを展開して斬り掛かり、飛鳥がそれをGNソードビットとGNシールド、GNソードⅤで受け止めていく。

 

「束さんはやっぱり時々バカですね!」

 

「いきなり罵倒!?」

 

 突然のバカ呼ばわりに束が困惑の声を上げる。

 

「進んだ時は戻せないし、事実はどうあっても覆せない!当たり前のことですよそんなの!」

 

「どうかな!そんな道理、私の無理でこじ開けてみせる!」

 

「世界を変え切れなかった束さんにそれが出来ますかね!」

 

「あっはっは、挑発なら乗るよ?」

 

 四肢だけでなく全身の展開装甲を開き、そこからエネルギーブレイドを出した群咲が突っ込んで来るのを高速切替(ラピッド・スイッチ)の応用で手元に戻したGNソードビット6機で展開したGNフィールドで受け止めた飛鳥は、

 

「やばっ、煽り過ぎた。」

 

 一気に【ゼロシステム】の見せる【未来】に敗北が増えたことに頬を引きつらせた。




名称:群咲
型式:XX-00
世代:第四世代
国家:無所属
分類:全状況対応万能型
装備:多機能誘導兵装【マルチビット】×4
装甲:流動量子組成装甲
仕様:展開装甲、ビット、コード・ヴァイオレット
待機形態:機械的なウサ耳
説明:篠ノ之束が自身の専用機として製作したIS。
 元々は第一世代の機体だったが、時代の流れと共に改修・改良が施され、現在は白式でテストされた展開装甲を全身に組み込んだ第四世代の機体となっている。
 搭載している装備は背部ウィングスラスターの一部を切り離して使用する多機能誘導兵装【マルチビット】4機のみだが、その実全身に組み込まれた展開装甲によってあらゆる状況に対応できる万能機である。
 全ISを掌握する能力【コード・ヴァイオレット】を持っており、ISの稼働状態さえも自由に決められるため対ISでは絶対的優位性を誇る。
 展開装甲による万能性と束自らが自身の専用機として製作したが故の圧倒的性能を持つ、他のISは戦うことさえ許されない正に『無敵』のISである。




 2020年9月現在、IS【群咲】について判明している情報はありません。本項は全て独自設定・独自解釈であり、これを原作における【群咲】と同一視しないで下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話 ダブルオークアンタ、それは――

 京都観光を終え、亡国機業(ファントム・タスク)掃討作戦のためのミーティングを始めようという時に、集まった面々を見渡した織斑千冬は目付きを鋭くして専用機持ちたちに問いかけた。

 

「おい、天羽はどうした。」

 

「先輩たちと京都を回るからって別れてからは会ってませんけど……。」

 

 シャルロット・デュノアがダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアの方を見ながらそう言う。

 

「天羽さんに限って遅刻はないよな?」

 

「うん。真面目な人だから……。」

 

 生徒会で関わりのある織斑一夏と更識簪が揃って首を傾げた。

 

「飛鳥ちゃんはいつも集合時間のちょっと前から待ってるのに、どうしたのかしら。」

 

 同じく更識楯無が首を傾げる。

 

「セシリア、お前は何か知らないのか?」

 

「何をしているかは知ってますけれど、どこにいるかまでは……。」

 

「?あの人は京都に用事があったのか?」

 

 篠ノ之箒とラウラ・ボーデヴィッヒがセシリア・オルコットに質問する最中、凰鈴音がダリルとフォルテに聞いた。

 

「ねぇ、アンタらは知らないの?」

 

「知ってるっスよ。」

 

「邪魔したら死ぬから黙ってたけどな。」

 

 何でもない様にそう言うダリルとフォルテに、千冬が険しい顔で問い詰めた。

 

「天羽はどこにいる。」

 

「篠ノ之束の所だ。」

 

「なに?」

 

 千冬をして予想していなかったダリルの返答に、全員に驚きが広がる。

 

「姉さん?」

 

「何で束さんの所に?」

 

 箒と一夏が困惑する中、セシリアは話し始めたダリルたちを不安の眼差しで見つめた。

 

「(大丈夫っスよ、元々口止めされてたのは作戦開始までっスから。)」

 

「(脳量子波でいきなり話し掛けるののやめてくれません?)」

 

「(同類の好っスし、仲良くしましょ?)」

 

 ()()()()()()()()()フォルテがセシリアの方を見ながら脳量子波で声を掛けた。

 

 タッグマッチトーナメントでダブルオークアンタのクアンタムバーストによる高純度GN粒子を浴びたフォルテは、それから少しして純粋種のイノベイターへと変革を遂げていた。

 

 この事実は天羽飛鳥も葉加瀬なのはも、篠ノ之束さえも知らない。ビット使いであったためにイノベイターの素質を持っているだろうと当たりをつけられていたセシリアと違い、フォルテのことを誰も気にかけていなかったのと、フォルテが変革してすぐにイノベイターとしての能力を制御してみせたからだ。

 

 飛鳥の知覚すらかいくぐり、誰にも気付かれないで調査を進め、セシリアが同類であると見抜いたフォルテの方から接触されたことで、セシリアだけはその事実を知っている。

 

 飛鳥となのはに言うべきではとセシリアは言ったがに、フォルテがあまり言いふらすことでもないし、言ったところで専用換装装備(オートクチュール)を作ってもらえるほどの金額を用意できないからと引き留めたのもあって、セシリアも言わずにいた。

 

 そしてこれにより、IS学園の強さランキングで楯無がトップ3にすら入れないという事実は、結構先まで判明することはなかった。

 

 閑話休題

 

 篠ノ之束の名前が出たことで驚く面々に、ダリルが飛鳥から聞いていたことをそのまま話した。

 

「作戦の邪魔をしてくるから、それを抑えに行くんだとよ。」

 

「はぁ!?」

 

 束が敵側という事実と、それを何も言わずに1人で抑えに行った飛鳥に対して驚きの声が上がる。

 

「それって、篠ノ之博士が敵ってこと!?」

 

「らしいぜ。」

 

 シャルロットの疑問を肯定し、ダリルは近くに居たフォルテの頭を手持ち無沙汰に撫で始めた。

 

「助けに行かないと!」

 

「やめとけやめとけ、飛鳥の邪魔するだけだ。」

 

「でも!」

 

「止めろ織斑。」

 

「千冬姉!」

 

 飛鳥を助けようと言う一夏を千冬が止めた。

 

「ケイシー、天羽は他に何か言っていたか?」

 

「機体の3つある枷の内1つを外すってよ。あれで競技用リミッター以外にも制限掛けてるんだってさ。」

 

「あれで……!?」

 

 タッグマッチトーナメントで戦った簪が驚く。抵抗さえ出来ずに負けたというのに、あれで制限を設けていたなど信じられなかった。

 

「4時間49分、それが戦闘時間らしい。今4時間経ってっから、もうそろそろ終わるだろ。」

 

「……なら、天羽抜きで作戦を開始する。」

 

「千冬姉!?」

 

 千冬の言葉に一夏が目を見開いた。

 

「天羽なら大丈夫だ。世界最強(ブリュンヒルデ)になると言ったんだ、束ぐらい越えてくる。」

 

 続くその信頼の言葉に、一夏も口を閉じた。

 

 

 

 

 一方、飛鳥は

 

「吹き飛べぇ!」

 

「GNフィールド!」

 

 だんだん加減を止め始めた束の攻撃を受けるのに苦労していた。

 

「出力オバケ!エネルギーどうしてるんですかそれ!」

 

「他のISと同じく、別宇宙のエネルギーを貰ってるのさ!ただちょっとそのラインが太くてね!群咲にエネルギー切れはないよ!そらっ!」

 

「インチキも大概にしてください!」

 

「半永久機関使ってるあーちゃんに言われたくないな!」

 

 戦闘開始から4時間。互いにシールドエネルギーを多少削りこそしているが、ほぼ無傷と言っていい状態で拮抗していた。

 

 束も飛鳥も、本人と機体のスペックが高く、更にエネルギー切れがないという点は共通している。それでも素の2人が戦えば束が勝利するのは、束の方が戦略を練るのが上手いからだ。しかしその有利な点は飛鳥の使う【ゼロシステム】によって無くなっている。

 

 今の2人には武装以外に差はないと言っていい。飛鳥が攻撃を受け止めるのに苦労するのはその差だ。

 

 群咲の武装【マルチビット】は、それ1つでエネルギーブレードを発生させた溶断・エネルギービームを撃ち出す射撃・エネルギーシールドを発生させる防御、その他にも色々なことができる万能武装。

 

 対してダブルオークアンタのGNソードビットはあくまでソードであり、6機で発生させるGNフィールドはビット全てを使う必要があるなど、マルチビットの方が扱いやすさに分がある。

 

 現に今、マルチビットによる射撃で飛鳥は苦労している。

 

 セシリアを相手している時の様にGNソードビットで迎撃したいが、無限のエネルギーで高威力のビームを放つマルチビットの攻撃は流石に斬り裂けない。

 

 後のことも考えるとGNソードビットを破壊される訳にはいかないため、飛鳥の動きは慎重だった。

 

 だが、それもここまで。()()()()()()()()ため、飛鳥も本腰を入れる。

 

「トランザム!」

 

「!」

 

 圧縮粒子を全面開放し、数倍以上の出力でもって強引に束ごと窓を突き破って飛鳥は外に躍り出た。

 

「あーちゃん!!」

 

 瞬間、【ゼロシステム】が見せる【未来】の数が跳ね上がる。

 

「――っ。」

 

 GNソードビットの動きが乱れるのを見て、束は恐れていたことが起こってしまったと歯噛みした。

 

 

 

 

 地獄を見た。

 

 人の死を見た。街の死を見た。国の死を見た。世界の死を見た。星の死を見た。

 

 誰もが泣いていた。誰もが嘆いていた。誰もが怒っていた。誰もが諦めていた。

 

 前に進む勇気も、共に生きる友情も、誰かを思う愛情を、非道を嫌う純真も、状況を変える知識も、行動を起こす誠実も、明日への希望もない。

 

 地獄を見た。

 

 

地獄を見た。

 

 

地獄を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――飛鳥!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――飛鳥!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――飛鳥!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛鳥!」

 

「!」

 

 気付けば、色とりどりの花が咲き誇る花畑に立っていた。

 

「ここ……。」

 

 知っている。私はここを知っている。何度も訪れた場所だ。

 

「飛鳥、ゼロシステムに負けないで。」

 

 声が聞こえる。()()の声だ。

 

「私はいつもあなたと一緒に居る。忘れないで、あなたは1人じゃない。」

 

 優しい声が聞こえる。私のことをいつも気にかけている()()の声。争いを望まない優しい子。

 

「あなたと私、2人揃って対話がなる。」

 

「……そうだね。そうだった。」

 

 力を持って生まれて、言葉の重みを知って、そして求めた【対話のための機体】。

 

「私はただ伝えるだけ。あなたに想いを、あなたの想いを。」

 

「うん、ごめんね。思ってた以上に精神やられてたみたい。」

 

 ゼロシステムの見せる未来。それに当てられて、一時(いっとき)とはいえ願いを忘れていた。

 

「飛鳥、あなたの願いは?」

 

「私の願いは――戦争根絶。」

 

 最初はただなのはとの喧嘩で、もうすれ違いたくないと望んだ。

 

 ISの登場で、宇宙人が居るのかをバカみたいになのはと議論した。

 

 束さんと出会って世界のことを知って、どうにかしたいと思った。

 

 力で捻じ伏せることは簡単だろうと思った。けどそれじゃダメだって束さんに教えてもらった。

 

 言葉を尽くせば分かってくれるだろうと思った。けどそれじゃ足りないと束さんに教えてもらった。

 

 だからその2つを、もっと強く。

 

「力を貸して――――!!!」

 

 

 

「ダブルオークアンタ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑の閃光が6つ(またた)いた。

 

「ッ!?」

 

 群咲のシールドエネルギーが減ってようやく攻撃を受けたことに気付いた束が、助けようと近付いた飛鳥から離れる。

 

「うそ……。」

 

 思わずと漏れたのは、唖然とした声だった。

 

 今まで上位権限を持つ束にさえ開示されていなかったダブルオークアンタの情報。それをハイパーセンサーが映し出した。

 

「想いだけでも、力だけでも、世界は変えられない。」

 

 GNソードⅤを右手に持ち、左肩にGNシールドとその上部に取り付けられたGNビームガンを向け、周囲にGNソードビットを6機浮かばせて。

 

「だから、2つ共を求めた。」

 

 GNT-0000、ダブルオークアンタ。

 

「対話のための機体、世界を相手取る機体。」

 

 世代、()()()()

 

「ダブルオークアンタ、天羽飛鳥!未来を切り拓く!」

 

 操縦者の願いを叶えるために、そのISは飛翔した。




名称:00 QAN[T]
和名:ダブルオークアンタ
型式:GNT-0000
世代:第五世代
国家:日本
分類:全距離対応対話型
装備:可変複合兵装【GNソードⅤ】
  :無線誘導切断兵器【GNソードビット】(A2/B2/C2)
  :多機能複合兵装【GNシールド】
  :迎撃用射撃兵装【GNビームガン】
装甲:Eカーボン
仕様:GNドライヴ搭載機、ツインドライブシステム、トランザムシステム、クアンタムシステム、ゼロシステム、ビット、量子ジャンプ、イノベイター専用
待機形態:緑色の石が付いたアンクレット
説明:
 多様変異性フォトン【GN粒子】を生産する半永久機関【GNドライヴ】。それを2基搭載し同調稼働させることで粒子生産量を2乗化する【ツインドライヴシステム】を採用した、純粋種のイノベイターとして高い能力を持つ天羽飛鳥に対応できるように葉加瀬なのはが数ヶ月の時間をかけてあらゆる見直しを行った上で開発・製作・整備した天羽飛鳥専用機。
 世界でただ1つの第五世代機であるが、普段は3つの枷をつけることで第三・五世代程度に性能を落としている。
 1つ目の枷は【フルセイバー】を使用しないことによる戦闘力低下。
 2つ目の枷は【ゼロシステム】を使用しないことによる戦闘力低下。
 3つ目の枷は通信妨害等の影響があるGN粒子の量を減らしていることによる性能低下である。
 これらの枷はそれぞれさまざまな理由で付けられているが、場合によっては外されダブルオークアンタの能力を解放していくことがある。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 ライザーソード、それは未来を切り拓く剣

 その出会いは偶然だった。

 

 遊び半分でやろうとした日本中のパソコンハッキングRTA。北海道から沖縄までの47都道府県で1つずつパソコンをハッキングしていき、何か1つデータを持ち出せれば終了。レギュレーションは複数同時ハッキングはしないことぐらい。

 

 その栄えある最初のハッキングで、私は手こずった。

 

 前に探った国家機密が生温いほどの防壁。突破したかと思えば追い出され、途中からハッキングし返されたりもした。

 

 20分の攻防の末、どうにか相手のパソコンからデータを抜き出して攻撃を振り切った私は、そんなに厳重に守られているデータに興味を持った。

 

 そしてデータを見た私は一瞬、()()()()()()()()()()()()

 

 一緒に抜き出せていたファイルに書いてある文章を読んで、私は震えた。

 

 これは間違いなく世界を変えることができる。ISが出来なかったことができる。そう思って、私は北海道に向かった。

 

 向かった先はハッキングしたパソコンの持ち主の所。住所なんてすぐに分かる。インターフォンを押して、出て来た少女に私は言った。

 

「面白いことしてるね!」

 

「人違いです。」

 

 ハッキング対策で忙しい本人ではなく、その友人が出て来るのは流石に予想できなかった。

 

 それが私たちの出会い。偶然出会った私みたいな超人・天羽飛鳥と、偶然見つけた私みたいな天才・葉加瀬なのはとの出会い。

 

 思えば、あの頃が一番楽しい人生を送っていた気がする――――

 

 

 

 

 圧縮されたGN粒子によって赤く輝くトランザム中のダブルオークアンタに、全身の展開装甲を使用することで篠ノ之束は対抗する。

 

 別宇宙からエネルギーを拝借しているISコア。そのラインを更に太くしている【群咲】は無尽蔵のエネルギーを有している。その為エネルギー切れという概念はなく、それ故に【紅椿】の絢爛舞踏の様な()()()をしなくとも展開装甲を十全に使うことが出来る。

 

 スペックは第四世代最高峰、展開装甲由来の万能性、それを支えるエネルギーも無尽蔵。それとは別に【コード・ヴァイオレット】によって文字通りの無敵となる群咲は、束だからこそ扱えている所がある問題児だ。

 

 今やっているトランザムの速度に追いつくための、全身の展開装甲で行う移動の瞬時加速(イグニッション・ブースト)化――無制限瞬時加速(アンリミデッド・イグニッション・ブースト)などその代表だ。束のような超人でなければ身体がバラバラに吹き飛んでいるだろう。

 

 それをしてもなお、束が押されていた。

 

「刻めソードビット!」

 

「阻めマルチビット!」

 

 互いにビット同士を戦わせるのは室内で戦っていた時と変わらない。しかし本人同士の戦いは違った。

 

 ダブルオークアンタのトランザムに対応するため、群咲の展開装甲が移動だけで手一杯なのだ。両手両足の先からエネルギーブレイドを発生させることは出来るが、それ以外の展開装甲はスラスターとして使用されている。

 

 となれば、束のマルチビット4機をGNソードビット4機で抑え、残ったGNソードビット2機を攻撃に参加させられる飛鳥の方が有利なのだ。両手両足の4つのエネルギーブレイドで武具の数こそ同じだが、束とて人間である以上その武具を攻撃に使えない体制がある。

 

 両腕を振るえば前傾姿勢となって蹴りが出せず、蹴りを出せば後継姿勢になって手が出せない。四肢の全てを同時に攻撃には使えないのだ。

 

 対して飛鳥はGNシールドこそ攻撃に使えないが、GNソードⅤとGNソードビット2機がある。攻撃の手は束より多く、それが【ゼロシステム】によって的確に使用される。

 

 むしろこれで押される程度で済んでいる束を賞賛すべきだろう。通信妨害などで周囲に影響のあるGN粒子の量を制限している関係で性能が【白式】程度に下がっているダブルオークアンタより、群咲の方が性能が高いのも理由の1つだが。

 

 それでも束が未だに負けないのは、彼女が仮にも篠ノ之流剣術という古武術を現代まで継承している家系の長女だからだ。

 

 本人にその気は毛ほどもないが、何度か見ている以上束は篠ノ之流剣術を扱えるし、教えることも出来る立派な『師範代』だ。実際に北海道で飛鳥に剣の振り方を教えていたし、篠ノ之流剣術の奥義も一部だが伝授している。

 

 血に流れる剣士の才能。それが束を敗北から遠ざけていた。

 

「そういえば、聞いてませんでした!」

 

「何をかな!」

 

 斬り結び、切り払い、ぶつけ合う。その最中、飛鳥がトランザムによってダブルオークアンタから放出された高純度GN粒子に乗せて束に話し掛けた。

 

「何で終わらせる気になったんですか!」

 

「他ならぬあーちゃんがそれを聞くんだ!」

 

 周囲でGNソードビットとぶつかり合うマルチビットが瞬時にエネルギービームを飛鳥に向けて撃ち、すぐにGNソードビットとエネルギーシールドを発生させて再びぶつかり合う。

 

 撃たれたエネルギービームを僅かな回避動作から量子化することで回避した飛鳥が出現するのを、ハイパーセンサーの全方位視界で確認すると同時に無制限瞬時加速(アンリミデッド・イグニッション・ブースト)で移動し応戦する。

 

「そりゃ聞きますよ!だって言わなきゃ伝わらない!」

 

「全くその通りだね!でも女の子はいつだって分かってほしい物なんだよ!」

 

 GNソードビットを囮としてGNソードⅤで飛鳥が斬り掛かり、それを無制限瞬時加速(アンリミデッド・イグニッション・ブースト)の移動と、それによって放出されるエネルギーが副次的に形成するハイパーセンサーさえコンマ数秒欺く残像で束が回避する。

 

「イノベイターだからって言葉が要らないと思わないでください!」

 

「天才だからって何でも教えると思わないでよね!」

 

「なら群咲に聞きます!」

 

「えっ。」

 

 ツインドライヴの高純度GN粒子の補助があれば、他人の乗っているISのコア人格とも会話できる。理論的に可能であることは束にはすぐに分かった。

 

「あっ待ってお願いねぇちょっとあーちゃん!?」

 

「教えて群咲!」

 

「ねぇってばー!!!」

 

「拗ねてる。」

 

 GN粒子に乗って群咲から告げられたたった1単語に、飛鳥の動きが止まった。同時に束が顔を赤くして(うつむ)く。

 

「GN粒子が新たなイノベイターを誕生させた。つまり世界を変えられることが証明された。だから変えれなかった私たち(IS)を消そうとしてる。」

 

「……。」

 

「無言やめてよ!何か喋ってよ!」

 

「いや……えぇ……?」

 

 ISコアは嘘を吐かない。つまり今の言葉は紛れもない真実。

 

「つまり、なんですか?なのはのGNドライヴさえあればイノベイターが生まれて世界は変わっていくから、変えれなかったISは要らないっていう……。」

 

「そうだよ悪い!?」

 

「バカですか!?いやバカだった!束さんはバカだ!」

 

「バカバカ言うなー!!!」

 

 顔を羞恥で赤く染めた束が動きを止めていたマルチビット4機で飛鳥にエネルギービームを撃った。それをGNシールドで受けた飛鳥は1度トランザムを停止させた。

 

「女の子が羽ばたく翼!それがISだったのに、今はただの兵器だ!戦闘機に取って代わっただけ、銃がISになっただけ!そんな危ない物、ない方が良いでしょ!?」

 

「だからバカなんです!なんでそう極端なんですか束さんは!なんで0or1なんですか!パソコンじゃないんですから二進数みたいなそんな考え止めてください!」

 

 言い合いながら、先ほどまでと比較すればじゃれ合いの様な戦いが始まった。互いにビットを戻し、普通のISがやるような速度で、右手の剣だけでぶつかり合う。さながら剣道の試合の様な形相で、もはや隠す必要もないと声を張り上げた。

 

「大体、ISが無くなったら人類の宇宙進出がまた延びるじゃないですか!許しませんよそんなこと!」

 

「あーちゃんなら1人でも外宇宙探索できるでしょ!他が遅れようが別にいいじゃん!」

 

「良いわけないでしょ!!!」

 

「っ!」

 

 飛鳥の咆哮と共にGNソードⅤが束の右手から出るエネルギーブレイドを跳ね除けた。

 

「他でもない束さんが!自分の夢を遅らせるな!」

 

「夢――?」

 

 体制を崩した束に追撃をせず、飛鳥は言葉を続けた。

 

「宇宙人探し!まだ見つけてない!」

 

「!」

 

 かつて世界に飽き飽きしていた束は、未知の多い宇宙に興味を持った。地球にもまだ未知はあるが、それよりも広大な宇宙に視点を向けた。

 

 自分自身(女の子)を羽ばたかせたくて作った、広大な宇宙へ飛び出しても問題ないマルチフォーム・スーツ。それがISだ。多大な拡張性によってあらゆる方面でも使用できるようにと、束の叡智の髄を詰め込んで作り上げた発明がISだ。

 

 それで束個人が夢見たのが宇宙人探し。地球に生命体が居る以上、他の星にも居る。そして()()()()()()()()()()()()()()()()以上、それは探求するに値することだと束は思った。

 

 しかし流石の束も、広大な宇宙を1人で探し回るのは不可能。だからこそ人類を宇宙へと進出させようと、世界を変えようとISを発表し――夢破れた。

 

 宇宙になんて飛び出さないで、地球の上で未だに戦争をしようとしている。抑止だなんだと理由を付けて争うことしか考えていない。そんな世界に、束はもうコリゴリしていた。

 

 自分自身の夢を叶えることを止めて、世界を変えることを止めて、自分が変える前の世界に戻す。それが今の束の目的。

 

「そんなの私が許さない!」

 

 だが、それを飛鳥は認めない。

 

 夢に破れて、色々と参っていて、束なりに考えた結果だとは理解している。だが、それでも認めない。

 

「だって、私は束さんの笑顔が好きだから!」

 

 己の師匠の笑顔のためにも、認めない。

 

「……今の、告白?」

 

「私より身長低くなってからその戯言(ざれごと)は言ってください。」

 

「このロリコンッ!」

 

 束が羞恥とは別の感情でポッと頬を赤らめて言った言葉を飛鳥は冷めた目で切り捨てた。

 

「ともかく、私は束さんを止めます。」

 

「……はぁ、分かった。今回は私が折れる。」

 

 GN粒子に乗って伝わる固い意志に、遂に束が折れた。

 

「でもいっくんは殺すよ。」

 

 折れてなかった。

 

「私疲れてるんです!ゼロシステムで頭フル回転してるからすっごく眠いんです!もう終わりましょう!?」

 

「えー?」

 

「『えー?』じゃない!早く終わるために明るい内から始めたのに第2ラウンドとか嫌です!断固拒否!」

 

 不満気な束に両手で×印を作って飛鳥が抗議する。

 

 ゼロシステムで思考を止めずに4時間動きっぱなしの飛鳥は疲れていた。今寝れば朝までぐっすり眠れるだろうという疲労感が全身を包んでいる。お腹だって空いている。お風呂入ってご飯食べて眠りたい。というかゼロシステムを停止させたい。

 

 これ以上戦うのはいくら超人とはいえ、16歳の少女には苦だった。

 

「んー、じゃぁ最大火力の撃ち合いで勝った方の勝ちね。」

 

「わぁい、束さん大好きー。」

 

 未だにダブルオークアンタのトランザムで放出されたGN粒子による意識共有が残る中、束と飛鳥は互いに構えた。

 

「マルチビット腕部接続!展開装甲フルオープン!抜刀!」

 

 マルチビット4機を右腕に接続し、全身の展開装甲を全て活用しての特大エネルギーブレイド。

 

「GN粒子リチャージ完了!GNソードⅤ・バスターライフルスタンバイ!トランザム!

 

 トランザムによって消費していたGN粒子の充填を終わらせ、GNソードビット6機をGNソードⅤに合体させバスターライフルにし、トランザムによって解放された圧縮粒子を解き放つ。

 

「「ライザーソード!!!」」

 

 京都の夜空に、2つの柱が立った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話 IS、それは女の子を羽ばたかせる翼

 亡国機業(ファントム・タスク)が拠点としている京都のホテル。そこへの強襲部隊に編制されたダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアの2人は、他のメンバーにホテル制圧を任せて突入と同時にワラワラと出て来た戦闘員たちを相手取っていた。

 

「ぐあっ!」

 

 どさりと音を立てて、第二世代量産機IS【ラファール・リヴァイヴ】を纏った亡国機業(ファントム・タスク)の戦闘員の最後の1人が倒れる。

 

「今ので最後か?」

 

「みたいっス。あー疲れた。」

 

 10分も掛からずに複数のISを行動不能に追い込み、自分たちの消耗はシールドエネルギーが1割程度減っただけ。端から見ても明らかな実力差でもって、イージスコンビは戦闘員たちを一掃した。

 

 如何にテロリストとして実戦を経験している亡国機業(ファントム・タスク)の戦闘員といえど、2人合わされば国家代表──それも第2回モンド・グロッソ優勝者であるイタリア国家代表操縦者アリーシャ・ジョセスターフを相手に()()()()()()()イージスコンビの相手は、些か以上に無謀な戦いだった。

 

「このラファール・リヴァイヴ、どこのっスかね?」

 

「いろんなとこから奪ってっからなー。コアナンバー見ねーと分かんね。」

 

 世界中でISコアを強奪し、場合によっては専用機さえも奪い取る亡国機業(ファントム・タスク)。そのため特徴的なカスタムがされた量産機か1点物である専用機でもない限り、どこから奪われた物なのかを外見から判別することはできない。

 

 唯一見分けることができるのがコアナンバー、ISコアに刻まれた製造番号である。その番号と各国が持っているコア分配時に作られた資料を照らし合わせ、ようやくそれが『どの国が持っていたコア』かが分かる。

 

 だからと言ってすぐ返還されることはない。ISコアをみすみす奪われるような国に、またコアを渡すのかと言えばまず間違いなくほとんどが『NO』と言うだろう。再び奪われれば堪ったもんじゃないし、何より喉から手が出るほど欲しいISは相手との交渉の上で最大の切り札(カード)となる。そう易々と手放す訳がない。

 

 まぁ、今回捕獲出来たISはIS学園が一時的に保管し、その後それぞれ元あった国に戻されるだろうが。

 

 そんなことを考えていたダリルの横顔を、外を一望できる窓からの光が照らした。

 

「ん?──は?」

 

「どうしたっスかダリル──え?」

 

 窓から外を見上げ固まったダリルに近付き、自身も外を見上げたフォルテも凍りつく。

 

 そこには、遥かな天に届かんばかりの光の柱が2本立っていた。

 

 

 

 

 時を同じく篠ノ之箒、凰鈴音、セシリア・オルコット、そしてアリーシャ、それと対峙するオータムとスコールも、その光の柱を見上げていた。

 

「なんだありゃぁ……!?」

 

 オータムの驚愕の声は全員の内心の代弁だった。

 

「あれ、飛鳥のビームよね?ってことは……。」

 

「もう片方は……姉さんなのか……!?」

 

 2つある柱の内、片方の色を見て鈴が言った言葉に続いて箒が驚きの声を上げた。

 

 果てが見えない光の柱。その元をハイパーセンサーの視力を頼りに見れば、そこには2機のISがあった。

 

 1つは圧縮粒子の影響で赤く輝くIS【ダブルオークアンタ】を纏った天羽飛鳥。もう1つは全身の展開装甲から溢れるエネルギーで薄紫色に輝くIS【群咲】を纏った篠ノ之束。

 

「あれがライザーソード……!」

 

「知っているのか、セシリア!」

 

「えぇ、以前飛鳥さんから聞いた事がありますわ。トランザム中にのみ使えるダブルオークアンタの必殺技……ですが、篠ノ之博士がそれと同規模の攻撃を行えるなんて……。」

 

 セシリアが飛鳥との模擬戦の合間に聞いた、ダブルオークアンタが行える一番強力な攻撃【ライザーソード】。極太ビームを出すという簡単というか簡素な説明だったが、実物を見たセシリアはまさにその通りだと飛鳥のかつての説明に納得した。

 

 そして、それと同規模のことをやっている束に尊敬の念を抱いた。科学者としてISを生み出すだけでなく、飛鳥の師匠としてIS操縦者としても凄いのだと魅せられた。

 

「オータム、撤退よ。」

 

「アァ!?何でだよスコール!」

 

「天羽飛鳥と敵対する訳にはいかないの。」

 

 同じように柱を見たスコールがどこか焦ったようにそう言った。

 

「逃がす訳ないのサ!」

 

 それに瞬時にアリーシャが肉薄する。単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)疾駆する嵐(アーリィ・テンペスタ)】によって形成された、ISさえも傷付ける風の分身が退路を断ち、数的有利でもって制圧に掛かる。

 

「悪いけど、巻き添えは嫌なの。あなたたちも離れた方が良いわよ?」

 

 スコールはそう言って機体の周囲に展開された熱線のバリア【プロミネンス・コート】による防御で無理矢理風の分身を崩し、未だに使用できない【アラクネ】の代わりにラファール・リヴァイヴに乗るオータムを掴み、近付くアリーシャを超高熱火球【ソリッド・フレア】で後退させ、その隙に瞬時加速(イグニッション・ブースト)で遠方へと逃げて行った。

 

「あー!逃げるな!」

 

「あのバリアさえなければ、わたくしのブルー・ティアーズで押し切れたものを……!」

 

 プロミネンス・コートによって一定以下のダメージは全て軽減されてしまう。セシリアのビット攻撃はその『一定以下』だった。GNソードⅡブラスターでの攻撃は通ったためサポートは行えたが、まさか威力不足になるとは思っていなかったセシリアが歯噛みする。

 

「お、おい!あれ!」

 

「え?」

 

 箒の声に空を見上げた一同は、天へと伸びる柱が()()()()()のを見た。

 

「あれは……まさか、砲撃ではなく!?」

 

「ビームサーベルですってぇ!?」

 

 2つの極太ビームサーベルが、交差した。

 

 

 

 

「ねぇ、あーちゃん。」

 

「何です、束さん。」

 

 戦っていたホテル近くの空とは打って変わって、そこから離れた道路に仰向けに倒れて空に浮かぶ月を見る飛鳥に、同じように倒れている束が聞いた。

 

()()()()()()()()()?」

 

「こうなるところまで、です。」

 

「そっか……。」

 

 ライザーソード同士のぶつかり合い。その勝者は飛鳥だった。

 

 束のIS【群咲】は別宇宙から補給される無尽蔵のエネルギーでライザーソード(という愛称のただの極太エネルギーブレイド)を使用できるが、その出力は飛鳥のライザーソードより劣る。束もそれは理解していたが、だからこそ『飛鳥はぶつけ合わない』と思っていた。

 

 出力で勝る飛鳥のライザーソードとそれより劣るが高出力の束のライザーソードがぶつかり合えば、弾き飛ばされたエネルギーによって周囲に被害が出る。ゼロシステムでそれを間違いなく予測できる飛鳥ならそれをせず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう思ったからこそ束は撃ち合いを望んだ。飛鳥が束自身を狙うならそれを口実に逃れることができるし、もし周囲に被害の出るぶつけ合いをしたなら、その処理のゴタゴタの隙に逃げる気でいた。

 

 だが実際はぶつかり合った。そして抵抗などなく飲み込まれた。

 

 集束を甘くして弾け易くした束のエネルギーブレイドを余すことなく飲み込み、飛鳥のライザーソードが束を切り裂いたのだ。

 

「あーあ、結局あーちゃんの掌の上で踊らされてたか。」

 

「ほぼ私が負ける未来でしたよ。その中で勝てる可能性が一番高い未来が4時間49分も掛かるこの戦いだったんです。途中ゼロシステムに呑まれかけましたけど……。」

 

 ゼロシステムが見せた勝利の未来は他にもあるが、やはりライザーソードでの長距離狙撃やら絶対防御を意図的に抜いての攻撃で絶命させるやらのやれない物を却下し、そうして残った中で勝率の高い物が今回の戦いだった。

 

 戦う内に敗北の未来がどんどん増えていくのに肝を冷やした飛鳥だが、数十秒の誤差こそあるが概ね予測通りに勝利できたことに安堵した。

 

「そうだ、大丈夫なのあーちゃん?」

 

「クアンタが助けてくれましたから。私の願いを思い出させてくれました。」

 

「……願い、かぁ。」

 

 願い。その単語を聞いた束はぼんやりと繰り返して口にする。

 

「ねぇ、あーちゃん。こんな世界で満足?」

 

「……。」

 

「私は嫌だよ。だから変えたかった。」

 

 月と、そこに見える『()』を見つめながら、束はそこに手を伸ばした。

 

「ISは女の子(私自身)を羽ばたかせるマルチフォーム・スーツ。何処にだって行けるようになる無限の成層圏。宇宙だけじゃない。深海だって、地下深くだっていい。人類の進歩、未知の究明に使われるなら、私はそれでよかった。」

 

「でも、最初で躓いた。」

 

「うん。学会じゃボロクソに言われて、ムカついたから白騎士事件を起こしたらこうなっちゃった。」

 

 束の人生初の挫折は間違いなくそこだった。ボロクソに言われたのにムカつき、分かりやすく注目を集めるために全世界からミサイルを発射させ、それをISで迎撃するというデビューはあまりに鮮烈過ぎた。

 

「最初の使い方がミサイル迎撃、その次が戦闘機、巡洋艦、空母、衛星の破壊。そりゃぁ軍事利用されるよって話だよ。でもその時はただ認めさせたかったから、何か言うこともなかった。ただ軍事利用されるのは嫌だから、男が乗れないようにした。」

 

 軍人と言うのはほとんどが男性だ。女性が居ない訳ではないが、数は少ない。だからこそ軍人の大多数が使えないようにした。

 

「ま、一時しのぎにしかならなかったけどね。だから467個でコアの製造を止めて雲隠れした。現代じゃ表立って軍拡は出来ないからね。モンド・グロッソっていう形で代理戦争をやってるから、それを主流にさせた。」

 

 ISを用いた国際競技。世界にISのすばらしさが伝わればそれでいい。軍事利用さえされなければ、競技に使われるのも派手で良いだろうと思ったからこそ、それを主流にした。

 

「で、そのままダラダラと何も変わらず。愚かなまま、戦うことしか考えないで、世界を破滅に導いていく。それにISが使われる。」

 

「変えようと投じた男性操縦者も、第四世代も関係なく。それで全部消す、と。」

 

「GNドライヴがあれば人類は是が非でも変わっていく。それにISは要らないんだよ。」

 

「だからその二進数みたいな考え止めてください。」

 

「何か辛辣だねあーちゃん?」

 

 月から飛鳥の方に向き直った束がジトーっと飛鳥を見つめる。

 

「束さんは1回決めたら頑固です。コンロ周りの油みたいに。

 

「例え汚くない?」

 

「ISは宇宙進出に必要です。あると無いとじゃかなり必要年数変わりますよ。ゼロシステムもそう言ってます。」

 

「……何年ぐらい?」

 

「300年ぐらい。」

 

「うわぁ……。」

 

 イノベイターとして200年ほどの寿命を有する飛鳥やセシリアたちでさえ死んでいる年月に束は引いた。準備込みとはいえそれだけ掛かる人類に引いた。

 

「ISがあれば大分縮むんです。宇宙開発に必須の軌道エレベーターの建造とか楽になりますし、ISがあれば事故死もないので安全。それによる遅れも発生しないので良いこと尽くめなんです。」

 

「それはそうだけど……。」

 

「荷物も量子変換でコンパクト。宇宙を旅するのにISによる肉体保護は必須。もう1度言いますよ、ISないと宇宙進出遅れるんです。消すとか無しです。」

 

「わ、分かったから……近いよ。」

 

 這いずって束に近付き、くっ付きそうなほど顔を近付ける飛鳥に束が頬を赤らめる。

 

「分かってくれたなら良いです。あと織斑さんは旗頭として丁度いいので殺さないでください。居ると世界の統一に役立ちます。」

 

「いっくんが?」

 

「ほら、たらしだから……。」

 

「あぁ……。」

 

 飛鳥の呆れの様な声色で言ったそれに、束も微妙な気持ちで納得してしまった。




 束戦、決着!
 群咲とか束の真意とか色々捏造ですが、原作が何もフォローしてくれないので仕方ない……よね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話 篠ノ之束は師匠である

「さて、と。」

 

 どさくさ紛れにボディタッチをして荒んでいた心を癒した天羽飛鳥が立ち上がり、再び専用機【ダブルオークアンタ】に身を包んだ。

 

「いっくんの所に行くの?あーちゃん。」

 

 どさくさ紛れにボディタッチされた篠ノ之束が顔を赤くしてはだけたドレスの襟元を正しながら、GNソードビットで量子ジャンプの準備を始めた飛鳥に聞いた。

 

「早く終わらせてお風呂に入りたいので、即行で終わらせてきます。その後一緒にお風呂入りましょうね、師匠。」

 

「いいけど、あんまり遅いと帰っちゃうよ?」

 

「3分で済ませます。」

 

 GN粒子の残照を残して量子ジャンプしていった飛鳥の影を見つめること数秒、束は近くの路地裏に顔を向け口を開いた。

 

「居るんでしょ、ちーちゃん。」

 

「――バレていたか。」

 

 その束の声に路地裏からいつもの黒いスーツに日本刀を片手に持った、束の親友・織斑千冬が姿を現した。

 

「負けたか、束。」

 

「違うよちーちゃん、勝ちを譲ったんだ。私とあーちゃんが全力を出すには()()()()()()()からね。どっちかが譲歩しないといけないんだよ。」

 

 そもそも撃ち合いの話を持ち掛けたのは束だ。逃げるための算段でこそあったが、あれは事実上の敗北宣言だった。あまりにも飛鳥の意志が固いから、束が折れた。いつも我を押し通す束にしては珍しいことだが、相手が弟子たる飛鳥だからこその譲歩だった。

 

「難儀なものだな、天才は。生き辛いだろう。」

 

「ちーちゃん達もでしょ、普通に生きられないのは。」

 

 仰向けに倒れている束に歩み寄り、抱き起して横抱きにして持ち上げた千冬が全く抵抗しない束の目を見て呟いた。

 

「お前は加減という物を知らんな。何をするにもやり過ぎるか全くやらないかだ。」

 

「それが天才だよ、ちーちゃん。まして束さんは超人だからね。凡人に合わせることこそナンセンスだよ。」

 

「かもな。だが、お前の居るその世界は退屈だろう?」

 

「まあね。だから変えたかったんだけどなあ。」

 

 思っていたよりも軽い体重に少しばかり敗北感を感じながらも、千冬は僅かに震える束の身体を抱きしめながら歩を進めた。

 

 

 

 

 量子ジャンプで未だ戦いの終わらない場所に赴いた飛鳥は、近くに居たセシリア・オルコットに声を掛けた。

 

「苦戦してる?」

 

「飛鳥さん!篠ノ之博士は?」

 

「織斑先生に任せて来た。こっちは?」

 

「一夏さんが白騎士になってしまいました。しかも現役時代の織斑先生を彷彿とさせる太刀筋と零落白夜で手が付けられませんの。」

 

 見れば篠ノ之箒と凰鈴音を前衛として壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 

 右手に持った零落白夜の刃を展開した【雪片壱型】と左手の荷電粒子砲により、下手な行動は全て致命傷に繋がりかねない。織斑一夏が扱うのであれば未熟を突破口にすぐ片付いただろうそれが、世界最強(ブリュンヒルデ)の様な太刀筋でそれを振るうことで脅威となっている。

 

 だが、束による篠ノ之流剣術の手ほどきを受けた飛鳥にはその剣が酷く鈍く感じられる。本物の10分の1も()()()()()()

 

「イージスコンビは?あの2人が居ればすぐ片付く筈だけど。」

 

 せいぜいが国家代表程度の実力しかないと当たりを付けた飛鳥は、楽に勝てるだろう人材の行方をセシリアに聞いた。

 

 2人揃えば国家代表と渡り合えるイージスコンビが居れば、少なくとも零落白夜の刃で落とされることは無くなる。【コールド・ブラッド】による氷の実体防御が可能だからだ。それを抜きにしても単純に強い2人が居ればすぐに片が付くだろうという実感がある。

 

 セシリアも本来なら戦える筈だが、乗機たるブルー・ティアーズがまだイノベイターとなったセシリアに対応出来ていないこと、更に雪片壱型から発せられる零落白夜によってレーザーが無効化されることもあって余り役に立てていない。

 

 普段の一夏なら零落白夜などものともせず撃ち抜けるが、紛い物とはいえ世界最強(ブリュンヒルデ)の10分の1。国家代表クラスの実力を有する白騎士を相手するにはブルー・ティアーズの手数が足りなかった。

 

「ホテルで拘束している亡国機業(ファントム・タスク)の見張りを。」

 

「それはしょうがない。じゃ、やるかなぁ。」

 

 セシリアの回答に短いため息を吐いて、飛鳥は準備を始める。大分疲れてはいるが、いつまでもあの残留思念に動かれても困る。

 

 全身の装甲を開き、貯蔵したGN粒子を解放する。

 

「クアンタムシステム起動、タイプレギュラー!さっさと起きろ、織斑一夏!私はもうお風呂入って寝たい!

 

 私欲全開の叫びを直接届ける。

 

 高純度GN粒子の散布による意識共有。全距離対応対話型であるダブルオークアンタの本来の用途。

 

 こういった使い方は想定こそしていないが、使用自体に問題はない。それが害を及ぼすこともない。

 

「おわっ!?なんだ!?」

 

 ただちょっと、うるさいのだけが欠点だ。

 

 

 

 

『燃え尽きたぜ……真っ白にな……。』

 

『飛鳥が死んだ!』

 

『この人でなし!』

 

『よし生き返った。』

 

『あっ。』

 

『とりあえずこれで10巻は終わり?』

 

『マッサージとお風呂と修学旅行の本番があるよ、一応。大筋と関係ないけど。』

 

『お風呂だけ見せて修学旅行は省こうか。』

 

『だね。』

 

 

 

 

「染みるねー。」

 

「ですねー。」

 

 だら~、っと揃って肩まで露天風呂に浸かる飛鳥と束を見て、千冬の視線が温かいものになる。

 

「お前たち、そういう所はそっくりだな。」

 

「そりゃ束さんは師匠ですからー、似ますよー。」

 

「束さんの真似して右手で剣振るうようになっちゃったのは困りものだけどねー。」

 

「「あははははー。」」

 

 脳みそまで蕩けているのではないかと言うほどリラックスしている2人に少し心配になる山田真耶の視線を気にもせず千冬は酒を飲んだ。

 

――ガラガラッ!

 

「あれ、誰か入って、ええぇ!?」

 

「あー、織斑さんー、いらっしゃいー。」

 

「いっくんいらっしゃーいー。」

 

 露天風呂の扉を開けて入ってきた一夏に蕩けたまま飛鳥と束が出迎える。

 

 水着着用が前提の混浴露天風呂。しかし貸し切りにしたという通知があったため水着を着ずに入ってしまった一夏は、同じく貸し切り故に水着を着ていない4人の先客と全裸で対面することとなった。

 

「くぁwせdrftgyふじこlp!?」

 

 そのまま引き返せばいい物を、動揺した一夏は湯舟に飛び込むことで体を隠した。

 

「ち、千冬姉!?なんで!?」

 

「露天風呂だぞ、入らない方が損だ。」

 

「ちーちゃんは露天風呂でお酒飲むのがやってみたかっただけだよー。」

 

「織斑先生ー、私にもお酒くださーい。」

 

「あぁ、今注いで……真耶、酒が切れたぞ。」

 

「直で飲むからでしょう!?天羽さんも!お酒は20歳になってからです!」

 

 正常な思考をしているのは真耶ただ1人。気が動転して酒を御猪口ではなく直で一気飲みした千冬、脳まで蕩けている飛鳥と束、タオルで隠さず色々さらけ出していたのを見られた恥ずかしさでおかしくなっている一夏を纏めることは出来なかった。

 

「貸し切りなのよね?」

 

「山田先生がそう言ってたわよ。」

 

「今日は疲れたからな、ゆっくり浸かるとしよう。」

 

「!?」

 

「おっと、逃がさないぞう?」

 

 女子側の脱衣所から聞こえて来た声に一夏が逃げ出そうとするが、酔った千冬に掴まり湯舟に沈められた。

 

――ガラガラッ!

 

「あれ?織斑先生に山田先生。」

 

「姉さん!?」

 

「飛鳥さんまで。」

 

「あー箒ちゃんだー。」

 

「セシリア―、こっちー。」

 

 入ってきた専用機持ちたちが次々と湯舟に入ってくる。

 

「何だお前ら、そんなに蕩けて。」

 

「お酒でも飲んだっスか?」

 

「疲れたから癒してるんだよー。」

 

「あと40秒で筋肉の損傷は治るねー。」

 

「何言ってんだお前ら。」

 

 ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアの問いかけに蕩けながらも答える飛鳥と束。その束を信じられない物を見る目で箒が見つめた。

 

「姉さんが、他人の話を聞いた……?」

 

「あーちゃーん。上がったら久しぶりに一緒に寝よー。」

 

「そうですねー。」

 

「なっ!?添い寝!?」

 

 姉とクラスメイトの関係が気になる会話をして、揃って数字を数え出した飛鳥と束。恐らく上がるまでのカウントだと頭の片隅で思いながらも、それが僅か10で終わって立ち上がった2人のあまりの行動の速さに誰も止めることが出来ず、飛鳥と束は露天風呂から出て行った。

 

 

 

 

 畳の敷き詰められた和室。布団を1つ敷きそこに2人揃って入った飛鳥と束は、互いに目を閉じて相手の体温を肌で感じながら眠りに着こうとしていた。

 

「ねぇ、あーちゃん。」

 

「何です、束さん。」

 

 そんな時、束が口を開いた。

 

「どうすればいいんだろうね、私。」

 

 世界を変えることに失敗し、ならばとISを消そうとすれば飛鳥に止められ、束は自分のやることを無くしてしまった。

 

 ISコアの原材料が採れるとある国の第七王女とその側近の専用機が未完成ということぐらいで、他は何もない。そんな空っぽな自分が何をすればいいのかを、親友である千冬ではなく弟子である飛鳥に聞いた。

 

「好きにすればいいんじゃないですか。」

 

「好きに?」

 

 すぐ返ってきたその回答に束の思考は一瞬空白となった。

 

「変なことじゃなければ私もなのはも応援しますよ。弟子ですから。」

 

 そう言って飛鳥は束の胸元に顔を埋め、トクントクンと鼓動する心臓の音に耳を傾けた。

 

「ちょっと?」

 

「私もなのはも、束さんが大好きです。世界で2番目に。だから助けるし、止めもします。ダメならダメって言いますし、力を貸してほしいなら力を貸します。」

 

「……。」

 

「だから、振り回してください。てんやわんやするぐらい。それぐらいがちょうどいいでしょ?師弟関係って。」

 

「……かもね。」

 

 ぎゅっ、と飛鳥を抱きしめて、束は瞼を閉じた。

 

「おやすみ、あーちゃん。」

 

「おやすみなさい、師匠。」

 

 

 

 

『何か好感度高くない、私?』

 

『ボクの次に好感度あるよこれ。セシリアより上だ。』

 

『師弟関係ってこんなことになるのか……。』

 

『下手したらボクへの好感度より高くなるとかないよね?』

 

『私がなのは以外を選ぶ訳ないじゃん。』

 

『よかった。』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話 天羽飛鳥、隕石を見る

『はいどうもおはこんばんちは、いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士の葉加瀬なのはだよー。』

 

『全ての現況である束さんに勝利して終わった10巻。それによって11巻も12巻も13巻も内容がほぼ無くなりました。』

 

『セシリアの誕生日とか大晦日とかの日常パートはあるけど、エクスカリバーとか赤月なんかの事件はもう起こらない──』

 

『──な訳ないよなあ!』

 

 

 

 

 亡国機業(ファントム・タスク)掃討作戦は失敗に終わった。亡国機業(ファントム・タスク)の戦闘部隊モノクローム・アバターの戦闘員の多くを捕らえることは出来たが、オータムやスコール・ミューゼルと言った主要な人物を取り逃がしたからだ。

 

 戦闘員が使っていたラファール・リヴァイヴとそのコアは無事に確保出来たが、それだけ。相手に未だ第三世代の専用機がある以上、各国から再びコアが奪われない保証はない。

 

 結果として、一時的に亡国機業(ファントム・タスク)の動きを鈍らせた以上の効果はない。それが今回の亡国機業(ファントム・タスク)掃討作戦の結論だった。

 

「ま、そもそも潰すのが間違いなんだけどさ。」

 

 亡国機業(ファントム・タスク)掃討作戦が終わり、京都への修学旅行も終わった後の休日。IS学園1年生寮の寮長を勤める織斑千冬の部屋にお泊りにやって来た篠ノ之束が、テキパキと部屋の掃除をしながらそう言った。

 

 その様子を信じられない物を見るような目で見ていた千冬が思わずと言ったように声を掛けた。

 

「それはどういうことだ、束。」

 

「そのまんまだよ。亡国機業(ファントム・タスク)はアレで平和維持に貢献してる。あいつ等が居なかったら今頃世界大戦してるんじゃない?」

 

 国際テロ組織亡国機業(ファントム・タスク)。第二次世界大戦時には既に存在していた組織だが、あらゆる国の敵()()()()()()()()()()()からこそ、それを壊滅させるという名目でIS登場後の不安定な世界は未だに戦争しないで済んでいる。

 

 そう言いながら干されたままになっていた千冬の服を畳み始めた束に、先ほどよりも信じられない物を見るような目を向ける千冬。

 

「さっきからどうしたの、ちーちゃん?」

 

 流石にその視線が鬱陶(うっとう)しくなったのか、束が一時手を止めて千冬を見た。

 

「束お前、家事出来たのか?」

 

「女の子なら当然でしょ?」

 

 何でもない様に言う束に千冬が崩れ落ちた。

 

「どうしたのちーちゃん?」

 

 10年以上束と関わってきた千冬だったが、束がこんなにも家事が出来るとは露程も思わなかった。てっきりお掃除ロボットとかに丸投げして、自分では服を畳むことさえ碌に出来ないと思っていた。

 

 だが実際には千冬が畳むよりも綺麗に千冬の服は畳まれていくし、千冬がやるよりも綺麗に千冬の部屋が掃除がされていく。

 

 千冬とて家事が出来ない訳ではない。今でこそ弟の織斑一夏に任せているが、それまで家の家事は千冬がやっていたのだ。IS学園に就職し住み込みで働くようになってからは食事こそ食堂を利用しているが、掃除も洗濯も自分でやっている。

 

 だと言うのに、そんな自分が日頃からやっていることをより高度にてきぱきとやっていく自分の親友に、女性としてとても負けた気がした。

 

「……なんでも、ない。」

 

「そう?あ、ちーちゃん。今度私の娘も連れてくるから、一緒に住める部屋用意してくれる?」

 

「あ、あぁ……娘?」

 

 おおよそこの人間からは聞くはずのない単語に、千冬の思考が停止した。

 

「うん、くーちゃん。」

 

「くーちゃん……。」

 

 束の言葉を反復して口にした千冬が一瞬にして束に詰め寄り肩を掴んだ。

 

「だ、誰の子だ!?」

 

「私の子。」

 

「父親は!?」

 

「居ないよそんなの。」

 

「バツイチ……!?」

 

「結婚してないよ私。」

 

「シングルマザー……!?」

 

「合ってるけど違うよちーちゃん。落ち着いてよ、もう。」

 

 そんなどこにでもあるような普通の生活を、束は笑って過ごした。

 

 

 

 

「やることないなぁ。」

 

 葉加瀬なのはの工房でなのはを膝に抱えながら、天羽飛鳥がそんなことを口にした。

 

「ボクはセシリアの専用換装装備(オートクチュール)作りとかあるよ。」

 

「それもすぐ終わるでしょ?」

 

「試験運用とかもあるから飛鳥が思ってる以上には掛かるよ。」

 

 飛鳥の膝に抱えられたなのははそのまま空中に浮かぶ画面を見ながらキーボードを叩く。

 

「……今は何やってるの、これ?」

 

 後ろからそれを見た飛鳥がなのはに問う。

 

「ブルー・ティアーズをただ今のセシリアの能力に合うように性能を上げるだけじゃ、燃費が悪くなるだけだからね。紅椿とか群咲みたいにエネルギーを工面しないといけないでしょ。その為の専用システムの最終チェック。」

 

「へぇ、名前は?」

 

「【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】、セシリアにはピッタリでしょ?」

 

 画面をスクロールし一番上に書かれた文字を見せながらなのはが笑う。

 

 【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】とはそのシステムの英単語の頭文字から取った名前だった。その英単語を見た飛鳥はなのはが名前を先に考えて後から英単語を決めたことを看破した。

 

 イノベイターとなったセシリア・オルコット専用のシステムとして製作され、セシリア以外には使えないよう設計されたシステム。故にこそ名前からしてセシリアをイメージして決定されたのだろう。十分他のことにも応用できそうなシステムなのに。

 

「なのはって突飛なこと考えるよね。」

 

「そりゃ天才だからね。普通のこと考えても仕方ないでしょ。」

 

 システムの概要を大まかにだが把握した飛鳥が呆れ込みでなのはにそう言った。それになのはは何も思わない。突飛なことを考えられない天才はただ物覚えが良いだけの凡人でしかないとは束から受け継いだなのはの持論だった。

 

「半永久機関じゃんこれ。」

 

「そうしないと白式みたいになるからね。シールドエネルギーは無理だけど、これさえあればセシリアが持つ限り動いていられる。まぁ、ほぼ最適解の行動しないと回復が追い付かないんだけど。」

 

 扱いにくさはセシリアのイノベイターとしての能力に丸投げし、なのはは【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】をマイルドではなくピーキーに仕上げていく。

 

 元々BT兵器にはIS適性とは別にBT適性も必要である以上、使える人材は決して多くない。それならば使える1人にとことん合わせていった方が良いとなのはは考える。

 

 イギリスはまだその段階ではないが、いずれ似た結論に至るだろう。なにせ、()()()()()()()()()()()1()()なのだから。

 

「セシリアが使いこなすには時間かかるだろうなぁこれ……。」

 

 セシリアの苦労を想像して、飛鳥は小さくため息を吐いた。

 

 

 

 

 ──その日の夜。

 

「──!」

 

 バッ!と飛び起きた飛鳥はベッドから抜け出し、閉じていたカーテンを開けて窓から空を見上げた。

 

「……隕石?」

 

 空に赤い線が見える。隕石が大気圏に突入し燃えている。それは普通のことだが、飛鳥が気になったのはそこではない。

 

「あの隕石、()()()()()()()

 

 飛鳥が気になったのは、その隕石が()()()()()()()()()()。イノベイターとしての感覚が突如宇宙空間に出現した隕石の存在を知覚し、飛鳥を飛び起こさせた。

 

 なのはは、いや飛鳥以外のイノベイターは気付いていない。起きている時ならともかく、害意を持たないただの隕石が突然現れたところで、違和感こそ感じれどそんなもので起こされはしない。

 

 飛鳥が起きたのは何故か寝付けず、ダラダラと寝っ転がっていたからだ。だからこそ突然の出現を感じ取れたし、その異常性を認識できた。

 

「空間転移……クアンタ以外にはまだ実用化されてないのに。」

 

 量子ジャンプが可能であり、太陽系を飛び出しての活動もできるダブルオークアンタ。それ以外は束ですら完成させていない空間転移を行った隕石。

 

 イコール、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「外宇宙か、はたまた別世界か……何を目的に地球に来た?」

 

 遥か上空で燃え尽きた隕石のあとを見ながら、飛鳥は考える。

 

 空間転移の実験でたまたま地球に隕石が来たとかならいい。でも、それ以外なら──

 

「──まだ、準備できてないのに。」

 

 早すぎる来るべき対話が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

『というわけで、次回からアーキタイプ・ブレイカー編突入!』

 

『11巻以降なんてなかった。』

 

『でもこれクアンタあればすぐ終わらない?』

 

『と思うじゃん?』

 

『ちょっとやめてよ怖いよ。』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アーキタイプ・ブレイカー
第46話 天羽飛鳥、確認する


「あ、輝いた。」

 

「は?なによ急に?」

 

「空に……。」

 

 天羽飛鳥を除いた1年1組の専用機持ちたちが集まり、昼のIS学園屋上で昼食を取っている時、更識簪が空を見て呟いた。それに凰鈴音が反応し、簪が指さした方の空に全員が視線を向ける。

 

 その空に赤い光が尾を引いていた。真昼だと言うのにその輝きがはっきり見えるほどの大きな隕石が落ちている。

 

「また隕石?」

 

「また?最近、多いのか?」

 

 それを見たシャルロット・デュノアの言葉に織斑一夏が皆に聞いた。

 

「ええ、そうですわね。こういった大きな隕石が世界中で目撃されているようですの。」

 

「……。」

 

 セシリア・オルコットの持っていた情報に一夏は言い知れぬ不安を感じた。

 

「問題ない。ほとんどが大気圏突入時に燃え尽きるからな。」

 

「そうだぞ一夏。この前姉さんから聞いたが、隕石で人が死ぬ確率は70万分の1らしい。滅多にあることじゃないんだ、気にする必要はないだろう。」

 

 そんな一夏にラウラ・ボーデヴィッヒと篠ノ之箒がその不安を取り除く言葉を投げかける。

 

 京都での亡国機業(ファントム・タスク)掃討作戦の後、箒はどこか柔らかい雰囲気を纏うようになった姉・篠ノ之束との関係が改善され、以前では考えられない程距離が近付いた。

 

 今では端末でのやり取りをするほどで、先日IS学園に束がやって来た時も面と向かって話したりもした。その時の雑談で知ったことを一夏にも伝え、だから大丈夫だと箒が言う。

 

「束さんがそう言うなら大丈夫だな。あ、もうこんな時間か。みんな、教室に戻ろうぜ。」

 

 束との交友がある一夏はその言葉に安堵し、昼休みが終わるまでもうすぐなのに気付いて弁当の白米をかき込んだ。

 

 ──だから見落とした。

 

「……。」

 

 隕石を見上げるセシリアの目に、普段はない鋭さがあることに。

 

 

 

 

 放課後、一夏は何かと使っているIS実技場・第3アリーナに1組の代表候補生たちと一緒に向かっていた。

 

 専用機【白式】を手にして半年ほど経ち、ロシア国家代表であるIS学園生徒会長・更識楯無をして異常だと言う速度で実力をつけている一夏だが、その実力は仲間内で現在一番下。

 

 相性的に勝てる筈のエネルギー武器しか持たないセシリアにも負けているため、専用機持ちの皆に訓練をつけて貰っている。今日は全員別の訓練ではあるが、目的地は全員第3アリーナであるため一緒に移動していた。

 

「どうも、織斑さん。」

 

「あれ、天羽さん?」

 

 第3アリーナの入口。そこに立っていた飛鳥が一夏たちに声を掛けて来た。

 

 一夏と飛鳥の接点は多いようで少ない。同じ生徒会所属で、運動会の結果1年生の専用機持ちが全員1組に移籍した今はクラスメイトということにもなるが、それでも未だに互いに苗字呼び。

 

 事務的な話が基本で、その後に世間話をすることもあるが他の専用機持ちたちと比べれば圧倒的に関わりの薄い人物からの声に一夏は足を止めた。

 

「セシリア借りていいですか?」

 

「セシリアを?」

 

 何で俺に聞くんだろうと思いながら、一夏は後ろに居るセシリアに振り返った。

 

「わたくしがどうかしたんですの?」

 

 キョトンとした顔でセシリアが前に出てくる。同じクラスなのにわざわざ第3アリーナ(ここ)で待っていた理由が分からないと言った顔だ。

 

 それを読み取った飛鳥が「忘れてただけだよ」と苦笑いしてから、真面目な顔をしてセシリアに近付いた。

 

「セシリア、今から1戦できる?」

 

「え?えぇ、わたくしは構いませんけれど、なぜですの?」

 

「昨日なのはが作ってるセシリアの専用換装装備(オートクチュール)を見たんだけど、それをセシリアが使えるかの確認をね。」

 

「確認が必要な物を作ってるんですの……?」

 

 速さと火力を求めたセシリアだが、葉加瀬なのはが何を作っているかは知らない。ダブルオークアンタを作り上げたなのはの腕を見込んで、予算の範囲内で出来る限りの物を作って貰うことが目的である以上、あーだこーだと注文を付ける理由がないからだ。

 

 とはいえ、イノベイターとなって成長を続けるセシリアと日頃から訓練をしている飛鳥をして『確認が必要』と言われば流石に不安になる。

 

 後で様子を見に行こうと心のメモ帳に書きとめ、セシリアは飛鳥と共に第3アリーナに入っていった。

 

「俺たちも行こうぜ。」

 

「待ちなさい、一夏君。」

 

 後に続こうとした一夏の肩を楯無が掴んで引き留める。

 

「楯無さん?」

 

 振り返った一夏が見た楯無はいつもの扇子に『千載一遇』の文字を浮かべ不敵に笑っていた。

 

「見学していきましょう。」

 

「え?」

 

「篠ノ之博士に勝った飛鳥ちゃんと、その飛鳥ちゃんが指導しているセシリアちゃんの戦い。面白いものが見れそうじゃない?」

 

 面白いものと言われても、と一夏は考える。

 

 思えば、飛鳥が戦っている姿をほとんど見たことがない。

 

 キャノンボール・ファストはレースだったし、タッグマッチトーナメントではイージスコンビはともかく決勝で戦った一夏と簪は瞬殺。

 運動会もどっちかと言うとイベント色が強かったし、授業では一般生徒が真似できるような技術や立ち回りを中心に動いている飛鳥はビットを使わない。

 京都での亡国機業(ファントム・タスク)掃討作戦の時は束さんと戦っていたらしいが、戦闘場所が離れていた一夏は見ていない。

 

 そこまで思い出して、一夏は肩に置かれた楯無の手を取った。

 

「行きましょう。」

 

「ちょっ、一夏君!?」

 

 いきなり手を取られた楯無が驚きの声を上げると共に頬を赤く染めたが、それに気付かず一夏はその手を引いた。

 

「一夏ァ……!」

 

「り、鈴!落ち着いて……!」

 

 それを見た鈴が鬼の形相で一夏たちの後を追おうとするのを、姉の命を守るために簪が必死に宥め、代表候補生たちも少しして一夏の後を追った。

 

 

 

 

 レーザービット4機を周囲に展開したセシリアが、量子ジャンプによる不意打ちをする飛鳥に対して瞬時にその砲門を向け、距離を取りながら偏向射撃(フレキシブル)で攻撃をする。

 

 それを飛鳥は偏向射撃(フレキシブル)でレーザーが曲がる前に左肩のGNシールドで受けて散らし、右手のGNソードⅤで切り払いながらセシリアに肉薄する。

 

 近付いてくる飛鳥を腰部のミサイルビットで迎撃しながら、セシリアは右手に持ったGNソードⅡブラスターを構え、飛鳥は自分を狙うミサイルをGNシールド上部のGNビームガンで撃ち落としてGNソードⅤでセシリアのGNソードⅡブラスターと切り結ぶ。

 

 周囲に配置したレーザービットで飛鳥を狙ったセシリアを至近距離からの飛鳥のGNビームガンが狙い、それをPICを切って重力に身を任せ降下したセシリアが躱すと共にレーザービットが火を噴く。

 

 そのレーザーを回避すると同時にGNシールドとGNソードⅤで全て散らし、下に居るセシリアに追撃はせずに量子ジャンプで飛鳥は再び姿を消した。

 

 その隙にセシリアはPICを再度起動して体勢を整え、さらに高度を上げて再び現れた飛鳥に向かってレーザービットから攻撃を放つ。

 

 それを5秒に1回のペースで20回程繰り返し、飛鳥とセシリアは()()()()()()()()()()()()()

 

「準備運動はこの辺にしよっか。」

 

「そうですわね。」

 

 1度ビットを戻してエネルギーを補充し、再度展開した2人は互いに距離を取る。

 

「セシリア・オルコット、ブルー・ティアーズ。行きますわ!」

 

「ダブルオークアンタ、天羽飛鳥。出る!」

 

 そうしてやっと、2人の戦いは始まった。

 

 

 

 

「あれ何てモンド・グロッソ?」

 

 第3アリーナのピットでそれを見ていた鈴が呟いた言葉はその場の全員が思っていることの代弁だった。

 

 明らかに代表候補生のレベルに納まらないハイレベルな攻防。ここ最近セシリアとの試合をやっていなかったが、いくら何でもちょっと強くなり過ぎだと全員が思った。

 

「天羽さんと訓練してたから、だよね。」

 

「あぁ。少なくとも私が前に戦った時はあんな動きではなかった。」

 

「所々の動きが飛鳥ちゃんに似ているわ。教わったのか真似なのかは分からないけど、それが原因かしら。」

 

 シャルロットとラウラの分析を楯無が補強する。PICを解除しての急速降下による回避は見覚えがある。前に1年生合同実習で飛鳥がした動きだ。飛鳥と訓練する内に経緯はどうあれセシリアも習得したのだろう。

 

「ビットの数で勝る天羽が有利のようだが、セシリアも負けていないな。」

 

「ビットを落とされない様に動かしてる……ワープを避けながら。」

 

 箒と簪がセシリアの動きを称賛する。飛鳥が行うワープ――量子ジャンプに対処しながらも自分のレーザービットを破壊されない様に動かし、十八番であるビットによる数の有利が取れていないのに決して負けていないセシリア。

 

「──。」

 

 一夏は、ただ茫然とその戦いを見ていた。

 

 飛鳥とセシリアがやっているのは、それぞれの機体を最大限に活かした戦い方。IS乗りが目指す完成系だ。

 

 一夏がまだ出来ないことで、セシリアが1学期の時には出来なかったこと。そして気付かない内にセシリアが出来るようになっていたこと。

 

 もちろん、セシリアと一夏では専用機に乗っている期間が違うし、そもそもISと関わっていた期間が違う。だから一夏がまだ出来ないのは仕方ない――

 

「(──そんな訳ないだろ!)」

 

 『仕方ない』なんて言葉はただの言い訳だ。だって、一夏と似た立場である箒はもうある程度紅椿を使えるようになっている。展開装甲の万能さ故にまだまだ拙いながらも、【絢爛舞踏】を発動できるようになった箒は十分に紅椿を乗りこなしていると言える。

 

 だが一夏(自分)はどうだ。当たれば必殺の【零落白夜】、自慢の姉と同じ能力に未だに振り回されてエネルギー切れする毎日。みんなの指導で強くなっている自覚はあるが、白式を乗りこなしているとは到底言えない。

 

「(頑張る──じゃ、足りないな。もっと精進しないと。)」

 

 『頑張る』なんて簡単な言葉じゃ、決意も軽くなる。だから箒の様に堅苦しい言葉で決意する。

 

「(白式を乗りこなす。1年生の間にだ。)」

 

 残り約4ヶ月。その間にみんなに追いつくと一夏は心に決めた。

 

 

 

 

「うん、これなら専用換装装備(オートクチュール)を使っても大丈夫かな。」

 

「一安心ですわ。」

 

 ふわりと第3アリーナに降り立った飛鳥とセシリアがISを解除して、端に寄ってクールダウンを始める。

 

「セシリアはイノベイターとして順調に成長してる。戦闘特化なのが気がかりだけど。」

 

「気がかり、ですの?」

 

「イノベイターは別に戦闘種族じゃないからね。戦っても強いってだけで、それは本質じゃないんだよ。」

 

 首を傾げるセシリアに「勘違いしても仕方ないけどさ」と飛鳥が笑う。

 

「イノベイターの本質は相互理解、つまり対話能力にある。」

 

「それはダブルオークアンタの能力ではありませんの?」

 

「クアンタがしてるのは補助で、話せてるのはあくまで人だからだよ。それで今までは問題なかったんだけど、もし異星人とかが相手ってなると私だけじゃ話せない。私に受け止めるキャパがないから。」

 

 「電気みたいなものだよ」と飛鳥が言うが、セシリアにはピンと来ない。

 

「ほら、国によってコンセントの形って違うじゃん?クアンタがやってるのはそれの形を揃えること。電圧の違いは相手が人ならどうにか受け止められる程度の差なんだけど、異星人のは雷みたいなものなの。同じ電気だけど形を合わせても私じゃ受け止めきれないから、専用の装置で受け止めないといけない。その装置が未完成なんだけどさ。」

 

 その説明でようやく納得の行ったセシリアが口を開いた。

 

「なら、あの隕石は―― 「セシリア。」 ――……なんですの?」

 

「多分、私は失敗する。」

 

「っ。」

 

 真っ直ぐと告げられた言葉にセシリアの言葉が詰まる。

 

「量子型演算処理システム無しに異星人と対話したら、私自身どうなるか分からない。頑丈な自信はあるから良くて気絶、悪くて昏睡――」

 

「そんな!?」

 

「――そうなったら束さんの所で療養かなぁ。1、2ヶ月寝てるかも。」

 

「……っ!」

 

 死にはしない、というか死ぬ気はないと飛鳥は言うが、そんな話をされたセシリアは飛鳥の手を力いっぱい握りしめた。

 

「痛いよ、セシリア。」

 

「痛くしてるんです。」

 

「……なら、握手にしよう。ほら握って、セシリア。」

 

 飛鳥が上げた左手を両手でギュッと握りしめて、セシリアは飛鳥の無事を祈った。

 

 

 

 

『セシリアのヒロイン力が高い……?』

 

『飛鳥、何をしたか言ってみ?ん?』

 

『ただ訓練してただけなんだけど!?』




 本作のダブルオークアンタは、ツインドライヴシステムによって生み出した高純度GN粒子を、クアンタムシステムで完全解放し意識共有空間を形成、ゼロシステムで機械と人の間で入出力が出来るようにし、それを量子型演算処理システムと人をリンクさせることで対話時の負荷を量子型演算処理システムで受け止める、というスパロボでの設定を反映しているため、異星人と対話するには量子型演算処理システムが必須です。
 そのため資金難でそれが作れない現状、対話は失敗します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話 天羽飛鳥、対話に失敗する

 ――セシリア・オルコットの能力を改めて確認してから数日。天羽飛鳥は昼食を食べるべき昼休みの時間に、第3アリーナへと葉加瀬なのはを伴ってやって来ていた。

 

「轡木さんには感謝だね。」

 

「昼休みなのに第3アリーナに入りたいって言っても理由を聞かないで鍵を開けてくれたからね。何かやる気なのを察してくれたってのが大きいんだろうけど。」

 

 IS学園の事実上の運営者である轡木十蔵。用務員に扮している彼に第3アリーナを開けてもらった飛鳥となのはは、これから降ってくる隕石とそこから現れる()()()()()とのコンタクトを取ろうとしていた。

 

「ゼロシステムが見せた未来。全部を見れた訳じゃないけど、直近の出来事は分かった。」

 

「第3アリーナに落ちて来た隕石から現れた機械生命体が、織斑一夏たちと戦う。まぁIS学園(ここ)ならそうなるよね。」

 

「その前に一言でも伝えないと。『話し合おう』って。」

 

 IS起動中はロックが掛けられているゼロシステムだが、待機形態でなら使用することが出来る。IS起動中は出来ることが多すぎるが故に未来が多岐に渡り、その全ての未来を飛鳥が気まぐれに見ないようにするためのなのはの処置だ。

 

 待機形態でなら見れるのは飛鳥をゼロシステムに慣れさせるためだ。待機形態であれば予知する未来もある程度纏まっていて数が減っている。その少ない未来を余裕のある時に見ることでゼロシステムに慣れさせているのだ。

 

 今日第3アリーナに来たのは、そのゼロシステムが第3アリーナ(ここ)が最初の会合であると飛鳥に見せたからだ。

 

「ゼロシステムで見ただけだから事情とかは全然分からないけど、出会ってすぐ戦闘は私としてはスッゴい嫌なんだよね。」

 

「それで数ヶ月寝てる覚悟決めるってのがボクには理解し難いんだけどね。」

 

 セシリアにも言ったことだが、量子型演算処理システムによる補助がない状態では、如何にダブルオークアンタの力を使った飛鳥といえど対話は失敗する。

 

 それでも飛鳥が対話しようとするのは、飛鳥の中で失敗することが(イコール)対話しないことに繋がらないからだ。

 

 飛鳥にしてみれば、機械生命体と出会って対話をしようとしない方がおかしい。それが失敗に終わるとしても、まさか話そうとさえしないで戦うなど有り得ない。それで数ヶ月眠ることになったとしてもだ。

 

 手を握ってくれたセシリアには悪いが、飛鳥としてはどうしても譲れない。

 

「なのは、後のことはお願いね。」

 

「資金難で量子型演算処理システムもGNドライヴ[T]も作れないのに任されても困るんだけど?」

 

「……ちょろまかした無人機のコアでどうにかならない?」

 

亡国機業(ファントム・タスク)にでも売りつける?あそこならお金はきちんとくれるよ。」

 

 コアの相場っていくらなんだろう、とそんなことを考えながら、ワープして真っ直ぐこちらに落ちてくる隕石に備えて飛鳥はGNフィールドを張った。

 

──ドオォォォンッ!!!

 

 瞬間、アリーナに張られたシールドバリアを隕石が破壊した。

 

 ブレーキでも掛けたかのように減速したが、それでも十分な速度でアリーナへと落ちた隕石はクレーターを作り、土埃を巻き上げる。

 

 落下の衝撃をGNフィールドで防ぎきった飛鳥はGNフィールドを形成していたGNソードビットをGNシールドへと戻し、なのはを置いて隕石の落下地点に歩き出した。

 

 クレーターの端から見下ろすと、隕石から正に機械生命体たちが出てくる姿が見えた。どことなく虫を思わせるフォルムで動くその姿にやはり常識は通じない相手だと感じながらも、飛鳥は決意を曲げずにシステムの起動に取りかかった。

 

「クアンタムシステム起動、フルパワー。」

 

 これまでも何度か行った高純度GN粒子の大量放出による対話領域の形成。人同士であれば装甲を展開し、隙間から放出する分だけで十分だったが、失敗するにしても少しでも言葉を伝えたい飛鳥はそのフルパワーを使うことに決めた。

 

「クアンタムバースト!」

 

 左肩のGNシールドが背部へと移動し、GNソードビットが外れると共に花開く用に内蔵されたGNドライヴを露出させ、背部のGNドライヴと直列配置にする。

 

 GNソードビットは周囲を囲み、クラビカルアンテナとして大量のGN粒子の制御を行う準備を終え、左腰のGNソードⅤを右手に持ってから全身の装甲をパージし、各部GNコンデンサーをポップアップして貯蔵していたGN粒子を最大限に放出するための体勢を整える。

 

 GNコンデンサーに圧縮貯蔵されたGN粒子を全面解放するという点でトランザムシステムの発展系であるこのシステムは、そのプロセスにトランザムを含むため粒子解放直後は一瞬圧縮粒子の影響で機体が赤く輝くが、すぐに高純度GN粒子の色である緑色の輝きへと変化する。

 

 その緑色の輝きが周囲を覆う中、飛鳥は目を金色に輝かせて対話を始めた。

 

我々の世界からエネルギーを奪うのを止めろ!!

 

「「――!?」」

 

 ――怒りが、飛鳥となのはへと叩きつけられた。

 

 

 

 

『事情知ってる側からすると完全にこっちが悪者なんだよなぁ、これ。』

 

『というか大体束さんが悪い。』

 

『言っちゃえばデモだからね。破壊活動が多いけど。』

 

『こいつらには通訳登場か量子型演算処理システム作るか超大型が来るまで対話出来ない仕様なのって、怒りによる怒声を受け止められないからだしね。』

 

『ところでなのは。』

 

『何、飛鳥。』

 

『束さんの群咲って別宇宙からエネルギーを際限なく吸収することで燃費解決してるじゃん?で、それが最近撃ち合いでライザーソード使ったんですよ。』

 

『あっ(察し)。』

 

『世界で2番目ぐらいに私が悪いんだぁ……(絶望)。』

 

 

 

 

「おい、天羽はどうした?」

 

「どこにも居ないんです。」

 

「またか……京都といい今回といい、単独行動が過ぎるな。」

 

 第3アリーナに隕石が落ちてすぐ、IS学園に鳴り響いた緊急事態宣言。全専用機持ちの招集もされたため作戦本部へと走った織斑一夏は、既視感のあるやり取りを姉の織斑千冬と行っていた。

 

「まあいい。それでは状況を説明する。」

 

 千冬のその言葉に全員が姿勢を整えた。

 

「先ほど、第3アリーナに謎の隕石とおぼしきものが墜落した。しかし、これはどうやら隕石ではない。隕石とおぼしきものは第3アリーナのシールドバリアに衝突する寸前、重力ブレーキをかけたことが確認された。さらにはエネルギー状の杭でアリーナのシールドバリアを破壊した。」

 

「それって……。」

 

「これは明らかに自然災害ではない。人為的なものだと推測される。」

 

 人為的。その言葉に全員の顔が強張る。

 

「この物体が観測されたのは宇宙だ。外宇宙からの飛来物という可能性もゼロではない。」

 

「はぁっ!?それってつまり宇宙人とかエイリアンとかって意味かよ、千冬姉!」

 

「織斑先生だ。あと説明の途中だ。」

 

「あっ、す、すみません。」

 

 外宇宙からの飛来物という単語に一夏が驚きの声を上げる。即座に千冬に睨まれて慌てて謝った。

 

「既に戦闘教員が迎撃に向かっている。これより各員もパックアップ態勢に入ってもらう。戦闘準備が整い次第――。」

 

『お、織斑先生織斑先生!』

 

 突如、作戦本部に山田真耶の焦った声で通信が入った。

 

「どうした山田先生!」

 

『第3アリーナに天羽さんと葉加瀬さんが倒れて!』

 

「なにっ!?」

 

 作戦本部にいた全員に衝撃が走った。

 

 国家代表とも渡り合えるイージスコンビと最強の称号を持つ更識楯無を倒した真のIS学園最強、それが専用機持ちたちの間での飛鳥の認識だ。IS戦では未だに負けたところを見たことがない彼女が、幼馴染のなのはと一緒に倒れているなど、とてもではないが信じられない。

 

「――飛鳥さん……ッ!」

 

「あっ、ちょっとセシリア!?」

 

 凰鈴音の静止を振り切りセシリアが作戦本部を飛び出した。

 

「ダリル、自分たちも行くっスよ。飛鳥が退場するのはヤバいっス。」

 

「だな。じゃ、先行ってるぜ。」

 

 それに続いてフォルテ・サファイアとダリル・ケイシーが作戦本部から駆け出して行く。

 

「ちぃ、お前たち!ISスーツの展開を許可する!今すぐ第3アリーナに急行しろ!」

 

「りょ、了解!」

 

 千冬の凄まじい剣幕での命令に、全員が作戦本部を飛び出した。

 

 

 

 

 エネルギーを消費するISスーツの展開を行い、瞬時にISを身に纏った専用機持ちたちが第3アリーナで見たのは、散らばったダブルオークアンタの装甲と、虫の様な機械の怪物だった。

 

「なんなんだこいつら!?」

 

「この関節の作り、虫なのか?」

 

「んなわけないでしょ。虫に似てるけど、どう見ても機械じゃない。」

 

 虫嫌いの更識簪が後ろの方でドン引きしているが、ラウラ・ボーデヴィッヒと鈴が相手の考察をする。

 

「皆、飛鳥ちゃんとなのはちゃんは山田先生が保護してくれたそうよ。安心して目の前の敵に集中しなさい!」

 

「りょうか――。」

 

 雪片弐型を構えた一夏の横を5つのレーザーが通り抜けた。

 

「蹴散らして差し上げますわ!」

 

「殲滅するっスよ、ダリル。」

 

「さっさと終わらせて飛鳥の見舞い行くぞ。」

 

 後に一夏は語る。

 

「セシリアどころかサファイア先輩も動き凄かったし、それに合わせるケイシー先輩も凄かった。正直勝てる気がしない。あと絶対天敵(イマージュ・オリジス)がかわいそうだった」と……。




 近くに居て巻き添えを食らったボクっ娘がいるらしい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話 葉加瀬なのは、製作を引き受ける

 10分とかけずに隕石から現れた虫の姿をした機械の異邦人を殲滅したセシリア・オルコットは、後処理を教員たちに任せて天羽飛鳥と葉加瀬なのはが運び込まれた医務室へと向かった。

 

「飛鳥さん!なのはさん!」

 

 バンッ!と医務室の扉を勢いよく開け放ったセシリアが飛鳥となのはの名前を呼んだ。

 

「「ん?」」

 

 シャクリ、とウサギの形に切り分けられたリンゴを頬張る2人が、扉を勢いよく開けたセシリアをキョトンとした顔で見つめて来た。

 

「……あら?」

 

「どうしたのセシリア、そんな顔して。」

 

「いえ、お2人が倒れたと聞いて急いで来たのですけれど……。」

 

 「あれ?」と首を傾げるセシリアの元に、遅れてやって来た凰鈴音が合流してくる。

 

「セシリア急ぎ過ぎ。飛鳥がくたばる訳ないでしょうが。」

 

「鈴さん。ですが、なのはさんは飛鳥さんとは違ってデタラメ、ではありますけど荒事には向いていませんし……。」

 

「そっちもあたしは死ぬ気がしないんだけど?」

 

 ベッド脇に置いてあった丸椅子に座った鈴が、飛鳥が差し出した皿に並べられたウサギ型リンゴの1つをシャクリと食べながらそう言った。

 

「確かに、どっちかと言えば私の方が早死にするよね。」

 

「飛鳥も何だかんだ生きるでしょ?」

 

 鈴の言葉を聞いた飛鳥となのはがシャクリとリンゴを食べながらそんな事を言い合う。その様子に何ともないようだとセシリアは安堵した。

 

「後輩ども、具合はどうだー?」

 

「お菓子の差し入れっスよー。」

 

 そこへダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアがIS学園内の購買で購入したお菓子を手にやって来た。

 

「いらっしゃい先輩たち。リンゴ食べます?」

 

「用意が良いっスね。いつ切ったんっス?」

 

「今日気絶するのは分かってたので、昼食代わりに食べようとフルーツナイフと一緒にあらかじめ置いといたんです。目が覚めて最初に切り分けました。」

 

「はーん?さてはお前ら、アレが来ること知ってたな?」

 

 ダリルがシャクリとリンゴを食べて飛鳥となのはにそう問い質す。

 

「あ、それは自分も知ってたっス。」

 

「は?」

 

 が、横に居たフォルテから出た言葉にダリルが固まった。

 

「流石にあんなのが出てくるとは思ってなかったっスけど、あの隕石が普通じゃないことは分かってたっス。」

 

「わたくしも。アレと飛鳥さんが対話しようとしていたのも聞いていましたわ。」

 

「案の定失敗したんだけどねー。怒りの感情が分かっただけマシなんだけどさ。」

 

「飛鳥には受け止めるだけのキャパがないからねぇ。ボクは飛鳥ほど他人に関心がないから対話に向かないし。」

 

 シャクリとリンゴを食べながら、()()()()()()()()()4人が口々に喋り出す。

 

 普通の人類であるダリルと鈴を置いてけぼりに話が進む。

 

「で、結局アレは何なんスか?()()()()っぽいっスけど、機械だったっスよね?」

 

「俗に言う機械生命体、というものですの?」

 

「生命の定義は未だにあやふやだけど、(いち)イノベイターの所感としてはあれは確かに生きた機械だったし、機械生命体でいいんじゃない?近いのはISコアだけど、コア人格だけでISを動かすようになったらあぁなるのかな。」

 

「コア人格とはまた別じゃないかなぁ。あくまで操縦者の夢を具現化するために働くISと違って、アレからは押し通したい()があったように感じたし。」

 

 隕石から現れた機械生命体と高純度GN粒子を介して不完全ながらも対話を行った飛鳥は、彼らが抱く怒りという感情だけは鮮明に受け取っていた。残念ながらそれしか分からなかったが、飛鳥はそこから機械生命体にも理由があってこうなったのだと確信を持った。

 

「理由があっての来訪と怒り。その理由さえどうにかできれば戦う必要はないんだろうけど、それがさっぱり分からないんだよなぁ。」

 

「量子型演算処理システムが出来るまでは結局戦うしかないよ、飛鳥。」

 

 飛鳥は機械生命体の来訪理由を考えるが、それを聞き出す準備が出来ていない現状戦うしかないと言うなのはの言葉にため息を吐いてリンゴを頬張った。

 

「何スか、その量子型演算処理システムって?」

 

「クアンタでの対話を補助する外付けハード。飛鳥だけじゃ処理できる情報の量に限りがあるから、それを受け止めるための物なんだけど、お金無くて作れてないんだよねぇ。」

 

 「亡国機業(ファントム・タスク)辺りにお金出して貰おうかなぁ。」とぼやくなのははリンゴを小さく頬張った。

 

「それでしたら、わたくしが出しましょうか?」

 

「え、いいの?」

 

「12月24日のわたくしの誕生日を期に、オルコット家の資産は全てわたくしが受け継ぎますから、その後であれば。」

 

「クリスマス以降ってことは、年内の完成は流石に無理か。まぁ仕方ない、それでいこう。それまでは亡国機業(ファントム・タスク)にコアを渡してお金出してもらおう。」

 

 亡国機業(ファントム・タスク)という単語に今まで黙って聞いていた鈴が吠えた。

 

「ちょっと!亡国機業(ファントム・タスク)ってどういうことよ!」

 

「お金が足りないからねぇ。ボクとしてもあんまりやりたくはないけど、国に渡すよりは穏便に済むから仕方なくだよ。」

 

「そりゃどっかの国がコア手に入れたら戦争だけど……!」

 

 ISコアの保有数という非常に危うい物でバランスを取っている現在の世界情勢では、どこかの国が新たにコアを手に入れれば戦争が起きる。亡国機業(ファントム・タスク)が弱体化している今、テロリストが国を疲弊させるということもない。

 

 鈴も代表候補生としてその辺りの裏事情は理解しているが、それでもテロリストに塩を送るようなことは腹が立つ。

 

「大体、どうやって連絡するのよ!」

 

「そこの元構成員からアポ取って貰えばすぐに出来るよ。」

 

「ハァ!?オレェ!?」

 

 いきなり話を振られたダリルが声を上げる。グリンっ!と勢いよくダリルに顔を向けた鈴が鋭い眼光でダリルを見つめ、少しして目を見開いた。

 

「あんた、なんか似てるけどスコール・ミューゼルの親戚か何かなの?」

 

「なんで分かったおまえ!?」

 

「いや、どことなく顔のパーツが似てるって言うか……。」

 

「(これだから鈴ちゃん(天才)は怖いんだよなぁ。)」

 

 天才である鈴は少しの手がかりから隠されていた真実を当てて見せた。京都でスコール・ミューゼルと対面したのも見抜けた理由だが、それだけで見破られたダリルの戸惑いは凄まじかった。

 

「言っとくが、オレはもう足洗ったからな!スコール叔母さんとの連絡も今はしてない!」

 

「ふーん……ま、いいわ。分かった、あたしからはもう何も言わない。」

 

「鈴さん、いいんですの?」

 

「良いも悪いもないわよ。あたしだって戦争したい訳じゃないし、仕方ないってのは分かってる。だから何も言わない。」

 

 シャクリと皿に盛られた最後のリンゴを頬張って鈴は立ち上がった。

 

「代わりに、いつかで良いわ。あたしの甲龍にも専用換装装備(オートクチュール)を作ってよ。資金は本国から出させるから。」

 

「口止め料って訳?」

 

「そんなケチなもんじゃないわよ。ただ()()()()()()()()気がしただけ。」

 

「……オーケー、作るよ。」

 

「あんがと。」

 

 「じゃ、大丈夫みたいだしあたしは帰るわ。」そう言って鈴は医務室から出て行った。

 

「飛鳥さん、なのはさん。今のは……。」

 

「本格的にIS学園最強名乗れなくなりそうだなぁ……。」

 

「まさか最善手を打ってくるとは思わなかったねぇ……。」

 

「あの……?」

 

 遠くを見つめる飛鳥となのはにセシリアが『?』を浮かべながら声を掛ける。

 

「セシリア、鈴ちゃんが私に勝てるって話、前にしたよね。」

 

「え?えぇ、それがどうかしましたの?」

 

「あれね、実は冷静さを手に入れるのとは別に二次移行(セカンド・シフト)するのが必須だったの。」

 

「そうなんですの?」

 

 「うん。」と頷いた飛鳥はリンゴが乗っていた皿をベッド脇のテーブルに置き、ダリルとフォルテが持って来たお菓子の袋を開けた。

 

「そもそもクアンタと甲龍じゃ機体性能の差があるから、二次移行(セカンド・シフト)での性能向上と、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)の獲得が必要だった。」

 

単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)が発現するんですの?」

 

「するよ。中国の他の機体はともかく、凰鈴音が乗る甲龍だけはする。」

 

 飛鳥となのはがポリポリとお菓子を頬張りながら説明していく。

 

「中国の第三世代技術【衝撃砲】。空間に圧力を掛けて空気の砲撃をする兵装だけど、それと単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)が融合すると()()()()()()()()()って部分が拡張される。」

 

「空間に圧を掛ける、ね。それがどうなるって言うんだ?」

 

 なのはの説明にダリルが聞き返す。単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)は未だに解明しきれていない部分だ。どうなるかの予想などそう簡単に出来はしない。だが、飛鳥となのは(こいつら)なら出来るという信頼がある。だからこその(とい)

 

 それを受けたなのはが、ポリッとお菓子をかじって答えた。

 

「分かりやすく言えば、万能の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)。正直使い勝手が良すぎる代物だよ。知れば束さんでも興味を持つぐらいね。」

 

 篠ノ之束の名前にセシリアたちが驚く。

 

「でも、ゼロシステムの予測だと二次移行(セカンド・シフト)はモンド・グロッソまでしない筈だった。」

 

「それを彼女、ボクに頼むことで解決したんだよ。全く、イノベイターでもないのに勘がいい。」

 

 ポリ、とお菓子を頬張り、飛鳥はセシリアに向き直った。

 

「セシリア。」

 

「はい。」

 

「私が見た未来の鈴ちゃんはね――」

 

 

「――暮桜を纏った織斑先生を相手に勝った、正真正銘世界最強(ブリュンヒルデ)を超えた人間だよ。」

 

 

 

 

『……。』

 

『……。』

 

『こわい。』

 

『え……え?』

 

『鈴ちゃんこわい。』

 

『ちょっと強すぎない……?てかまたも専用換装装備(オートクチュール)の製作……?条件は何……?』

 

『連続ダウンさせてくる覚醒鈴ちゃんの更に上とか、なにそれこわい。』




 ※あくまで未来の話です。現在の凰鈴音はそこまで強くありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話 葉加瀬なのは、取引をする

 まさかビルドダイバーズのバトローグにクアンタが出るとは……!


『どうも皆さん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『謎の隕石から現れた機械生命体との対話失敗により医務室送りとなった私たち。そこへ現れた凰鈴音が専用換装装備(オートクチュール)の製作をなのはに頼んでくる。それを引き受けるなのはだったが、また1人最強への頂きに足を掛ける者の出現に項垂れるのであった……。』

 

『なんで依頼来たんだろ。鈴ちゃんって大器晩成型だから着きっきりで訓練しないと覚醒もしない筈だよね?』

 

『ランダム。』

 

『え?』

 

『他の誰かが専用換装装備(オートクチュール)製作を依頼した後に低確率でランダムに頼んでくる、だって。』

 

『ソースどこ?』

 

『コメントにそう書いてあった。とりあえず書いた人、ウィキを更新してください。』

面倒

『いや面倒じゃなくてさ。』

 

『飛鳥、コメントを予想して話すのやめない?あとコメントした人、ウィキ更新はして?』

 

 

 

 

「さて、と。」

 

 問診を終え、無事寮の自室へと帰された天羽飛鳥と葉加瀬なのは。自身のベッドに腰掛けたなのはは(おもむろ)に携帯を取り出し、手際よくとある番号を押した。

 

――トゥルルルル……トゥルルルル……プツッ

 

【――話はレインから聞いてるわよ、共犯者(アコンプリス)ちゃん?】

 

「話が早いね、犯罪者(テロリスト)。それじゃ、商談と行こうか。」

 

 亡国機業(ファントム・タスク)の実働部隊【モノクローム・アバター】を率いる女性幹部、スコール・ミューゼルとの商談。部屋に戻る前に工房に寄って持って来た1つのISコアを手の中で弄びながら、なのはは電話口に話し掛けた。

 

「ボクが今欲しいのは金だ。クアンタを作るのに貯金が全部吹っ飛んで、肝心の物が作れてない。それを作るための金が要るんだよねぇ。」

 

【こちらが欲しいのはコア。京都でかなりの数のISを失った今、1つでも多くコアが欲しいの。】

 

「今ボクが持ってる使い道のないコア1個。それを買うのに提示できる金額はお幾ら?」

 

【相場で悪いけれど、日本円で300億が限度よ。コアの数に限りがある以上、そもそもの取引価格に変動はないし、それを超過した金額は出せないの。】

 

 500個とないISコア。開発者である篠ノ之束の国籍がある日本と高い軍事力を持つアメリカを中心に各国へと分配されたそれだが、そのすべてが管理されている訳ではない。もちろん『厳重な管理』はされている。だがそれは『管理状態にある』ことを意味しない。

 分かりやすい所では亡国機業(ファントム・タスク)によってイギリスから強奪されたBT2号機【サイレント・ゼフィルス】が奪われた事実を、自国の代表候補生でありBT兵器の稼働データ収集者でもあるセシリア・オルコットにさえ、その情報をイギリスが共有していなかったことだろう。

 

 つまるところ、例え機体ごとISコアが無くなろうとそれが共有されることはないのだ。亡国機業(ファントム・タスク)の実働部隊【モノクローム・アバター】の戦闘員たちが使っていた【ラファール・リヴァイヴ】の分、どこかの国のコアが無くなっている筈なのにそんな情報が何処にも無いのがその証明である。

 

 今や軍事力と(イコール)であるISの保有数が減っている情報を出す訳にはいかないという事情はあるが、だからこそ『コアはすべて厳重に管理されている』ことになる。コアの取引価格が300億から変動しないのは数に限りがあるのもそうだが、()()()()()()()()()なのも300億という()()でISコアが取引される理由だ。

 

「300億か……分かってはいたけど、足りないね。」

 

【技術提供をしてくれるならもっと出せるわよ。あの緑色の粒子の技術とかどう?】

 

時期尚早(じきしょうそう)だね。今の亡国機業(ファントム・タスク)がGNドライヴを手に入れても持て余すだけだ。」

 

 スコールと軽いジャブを交わしたなのはは、片手で弄んでいたISコアをベッド脇のサイドテーブルに置いて思案する。

 

 量子型演算処理システムといつも言っているが、要は高性能の量子コンピューターだ。それを作る資金として300億は当然だが足りていない。ソフトウェアはともかく、ハードウェアを形作る材料費は当然として、それを組み立てる機械の製造にも金が掛かるからだ。

 組み立てる機械を少なくすればその分だけ金は浮くし、機械生命体の来訪が無ければなのはもそうしていただろうが、機械生命体との対話を一刻でも早く成功させたい現状でそこを削ることは出来ない。何なら増やす必要があるほどだ。

 

 量子型演算処理システムとそれを組み立てる機械を作る費用。製作に掛かる時間も考慮し必要な資金を算出したなのはは、サイドテーブルの上で鈍い輝きを放つコアを一瞥(いちべつ)して電話口に話し掛けた。

 

「9個のISコアを売る。2700億を一括で用意しておいて。」

 

【……なかなかぶっ飛んだことを言うのね、共犯者(アコンプリス)。額が額だから用意するのに1週間は掛かるけれど、文句ないわね?】

 

「1ヶ月だったら急かしてたね。それじゃ1週間後の正午に飛鳥を向かわせるから、コア9個を受け取ったら振り込みよろしく。2時間以内に振り込みがされなかったら倍の金額を奪いに行くから、踏み倒さないでね。」

 

【あなたたちを相手にそんな命知らずな真似出来ないわよ。ついでで壊滅させられそうだもの。】

 

「壊滅はさせないよ。亡国機業(ファントム・タスク)には利用価値があるから丸ごと貰う。」

 

【最近の日本人(ジャパニーズ)は怖いわねぇ……。】

 

──プツッ、プー、プー、プー……

 

 通話が切れた後、ログを素早く消したなのははベッドに背中を投げ出して部屋の天井を見上げた。

 

「なぁんでこんなにスケジュールカツカツなんだろ……。」

 

 そんなことを口にして、なのはは目を閉じた。

 

 

 

 

『2700億で足りるの?』

 

『完成は出来るけど時間が掛かるね。セシリアちゃんからの援助も必要だよ。』

 

『まぁ数ヶ月掛かるストーリー中に完成するならいいけど。』

 

 

 

 

「危ない危ない、パージしたクアンタの装甲忘れてた。会長が回収してくれてて良かった良かった。作るのに何だかんだお金と時間が掛かるからなぁ、これ。」

 

 なのはがスコールと交渉している頃。飛鳥はそう呟きながら廊下を歩いていた。

 

 ダブルオークアンタの各部GNコンデンサーが蓄えた高純度GN粒子を散布するクアンタムシステム。それをフルパワーで使用する際、効率よくGNコンデンサーから高純度GN粒子を散布するため、機体フレームを覆う装甲はパージされ、フレームに埋め込まれたGNコンデンサーがポップアップする。

 

 とても理にかなっている形態だが、パージされた装甲は量子変換され拡張領域(パススロット)に格納されることなく、そのまま周囲にばら蒔かれる。これは対話を行う上で拡張領域(パススロット)に装甲を量子変換して収納する間も惜しんだ結果であるのだが、それはそれとしてばら蒔いた装甲を対話後に回収する手間が生まれることとなってしまった。

 

非公開技術(Eカーボン)で作られた装甲に興味があったみたいだけど、追求が怖くて手を出せなかったとか、妹のことでも思ったけど何でヘタれるのかなぁ。Eカーボンはすぐ公開予定だったから別に怒りはしないのに。」

 

 ダブルオークアンタの装甲やGNシールドを構成する新素材【Eカーボン】。カーボンナノチューブの約20倍もの引っ張り強度を誇る堅牢な素材であるEカーボンは、なのはが持つ技術の中で最も価値の低いものと言って良い代物だ。

 

 しかしEカーボンは並の武器では突破できず、ISのパワーを(もち)いでもしない限り破壊されない上、製造と量産も楽という夢の素材である。元々はこれの特許を申請しその使用料でガッポガッポと稼ぎ、それを使って量子型演算処理システムを作ろうとしていたため、なのはが2年生に進級し整備科になれば公開予定の技術であった。

 

 なので別に調べられてもいい技術なのだ。流石に特許を勝手に申請されたりなどされれば怒るが、それにしても全身の装甲をEカーボンで作っているダブルオークアンタや詳しい製法を知っているなのはがいる以上、裁判を起こせば特許を取り返せるので問題ではない。

 

 ちなみに何故資金が必要な今公表しないかと言えば、機械生命体によって混乱している状態で申請しても認可まで時間が掛かること、特許使用料での資金調達が出来る情勢ではないことが理由だ。

 

「明日は外した装甲の取り付けと直列配置したツインドライヴの分離作業で1日潰れるなぁ。初の直列配置で何か異常がないかの検査もしなきゃいけないし、もしもツインドライヴの同調が不安定になってたら……フルセイバーで安定、か。」

 

 立ち止まって左手で右肩を掴んだ飛鳥は、顔を伏せながら、

 

「出来れば使いたくないんだけどなぁ、フルセイバーは……。」

 

 そう溢した。




 国連、早く機械生命体に名前付けてくれ。書くときに困るんだ。あとストーリーの最初にある1ヶ月の時間経過をどうにかしてくれ。ついでにその後のストーリーにもある数ヶ月単位の時間経過もどうにかしてくれ。

 ISコアの取引価格は捏造です。割と良い性能の戦闘機程度の値段で買える訳ないですが、桁がデカすぎるのもどうかと思ってこうなりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話 天羽飛鳥、剣を取る

「うん、ツインドライヴ同調安定。どこも問題はないね。」

 

「よかったぁ。」

 

 朝早くから籠っていた工房にて、クアンタムバーストを使用したダブルオークアンタに再び装甲を取りつけ、直列配置した2基のGNドライヴを並列配置へと戻した後、葉加瀬なのはの最終点検を終えての言葉に天羽飛鳥が安堵の息を吐いた。

 

「GN粒子の貯蔵量はいつもの90パーセントオフに戻すからね。」

 

「しばらくは対話できないし、それでいいよ。クアンタムバーストするか性能引き上げる時にしか使わないし。」

 

 ダブルオークアンタの3つの枷の1つ、GN粒子量の制限。それは機体各部に内蔵されたGNコンデンサーが貯蔵するGN粒子の量を制限し、さらに武装等に使用するGN粒子の量も減らすことで行っている。

 元々は通信妨害の性質も持っているGN粒子を街中など人がいる場所で大量に使用することが憚られるという理由で付けられた枷だが、その副作用としてダブルオークアンタは第四世代に少し及ばない程度まで性能を低下させることとなった。

 

 隕石から現れた機械生命体に対して行ったクアンタムシステムのフルパワー【クアンタムバースト】では、飛鳥自身受け止め切れないと知りながらもそのGN粒子量の制限を取り払い、本当の意味でフルパワーで挑んだ。だからこそ彼らが抱く『怒り』を感じ取れたし、だからこそ通常であれば範囲外であった場所に立っていたなのはさえ範囲内に巻き込んで一緒に気絶することになった訳だが、その外した枷は再び戻された。

 

「で……使う?フルセイバー。」

 

「──。」

 

 コンソールを弄りGN粒子の量に制限をかけたなのはが飛鳥に向き直って聞いた。

 

「量子型演算処理システムが出来るまではどうやっても機械生命体との対話はできない。世界中の戦闘記録から機械生命体はISを狙ってるのは間違いないし、訓練機も専用機もたくさんあるこのIS学園にもまた来るだろう。そうなったら防衛のために専用機持ちは戦うことになる。」

 

「……ISコアを破壊される訳にはいかないし、そうなったら私も戦う。それは迷わない。でも──。」

 

「フルセイバーは使いたくない?」

 

 テーブルに置いていた魔法瓶に入ったポタージュを飲みながら、なのはが飛鳥に聞いた。それに飛鳥は頷いた。

 

「うん。なのはだって、私には使って欲しくないでしょ?」

 

「そうだねぇ。束さんとかセシリアとかが相手でもない限り、戦力不足だから使うってことにはならないし、あの力を使わないに越したことはないけど。」

 

 フルセイバー。それはダブルオークアンタ唯一の専用換装装備(オートクチュール)であり、追加装備される武装の名称でもある。

 

 基本的にダブルオークアンタは対話のための機体であるため、搭載している武装はほとんどが自衛用の物だ。GNソードビットはGNフィールドの形成や量子ジャンプのためのゲート形成、クアンタムシステム起動時の膨大な量の粒子コントロールを行うクラビカルアンテナも兼ねている代物であるし、GNビームガンはミサイル迎撃が本来の用途。完全な戦闘用武装は手持ち武器のGNソードⅤだけ。

 

 それでも天才と同胞以外に負けることはない。反射神経に優れ、空間把握能力も高い純粋種のイノベイターである飛鳥と、イノベイター専用機であるダブルオークアンタはそれだけの能力がある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まさに暴力の権化となり、こと戦闘という面に置いては篠ノ之束の操る【群咲】さえも圧倒する凶器。火力厨であるなのはが作り出した『対話を捨てた機体』。

 

 飛鳥はフルセイバーを使いたくない。元々身体だけ超人であり、その意識は常人と大差無かった飛鳥はその身が持つ『力』で苦労した過去がある。だからこそGN粒子による力の必要ない対話というものを重視している。それを捨てるフルセイバーを、その性能を理解していても使いたくない。

 

「飛鳥。」

 

「なに?」

 

 コン!と硬い音を響かせてなのはのデコピンが飛鳥の額に当たった。何のダメージもない飛鳥に向かって、鉄を殴ったような反射ダメージを受けたなのはが指を擦りながら飛鳥の目を見ながら、

 

()()()()。」

 

「っ。」

 

 ()()()()()()()()()そう言った。

 

「飛鳥の気持ちも分かるよ。ボクや束さんと違って、飛鳥の意識は常人と大差ないからね。だからこそ対話を重視するのも分かる。ボクも飛鳥と居てその重要性を知ったから。」

 

 なのはは飛鳥とは違い、頭脳は常人とは比べるべくもない代わりに、身体的には普通だった。それ故に圧倒的な力を持つ飛鳥以外に興味を持てなかった。実の両親にさえもそうだった。

 

 飛鳥と関わり、喧嘩して、仲直りして、束と出会って、やっとなのはは他人に興味を持つようになった。それまで取り繕っていた他人との関わりにも、取り繕わずに励むようになった。

 

 そうしてやっとなのははイノベイターとなった。飛鳥よりも長くGN粒子を浴びながらもそれまで革新出来なかったなのはが、変わったことでやっと変われた。

 

「でもそれは、力を捨てる理由にも、使わない理由にもならない。」

 

 だが、どれだけ変わっても変わらないことはある。なのはがバカになった訳ではないし、飛鳥がゴリラなのも変わらない。セシリア・オルコットが貴族の誇りを失うことはないし、フォルテ・サファイアがダリル・ケイシーを愛しているのも変わらない。

 

「飛鳥、フルセイバーはただの力じゃない。そりゃ人類滅ぼせる()()の性能はあるけど、それだけだ。圧倒的性能で戦争の火種になりかねない代物だけど、だからってずっと隠しておく物でもない。」

 

 「モンド・グロッソで使うだろうし」と言ってポタージュで水分を取ってから、なのはは改めて飛鳥に向き直った。

 

「飛鳥。フルセイバーがただ『対話を捨てる』ものだっていうのは違う。フルセイバーは『対話できない時』のための、『対話が要らない時』のための装備だ。」

 

 ダブルオークアンタに装甲を取り付けるために着けていた手袋・マスターハンドの拡張領域(バススロット)に収納していた『緑の刃を持つ大剣』を展開し、マスターハンドから発生させたPICでその重さを軽減して床に刃先を突き立てたなのはは、飛鳥にその柄を差し出した。

 

「結局対話は失敗したけど、あの機械生命体が怒りを抱いているのは分かった。なら、真に対話できるまで、その怒りを受け止めなきゃいけない。そのための力を、誰も傷つけないで守る刃を、使いたくないなんて言うのは飛鳥らしくない。」

 

 

「守るための剣が必要ならこれを取れ、天羽飛鳥。やりたいことをやるために必要だと言うのなら、ボクはそれに寄り添おう。」

 

 


 

 

――6日後

 

 スコール・ミューゼルは自身の専用機【ゴールデン・ドーン】を纏い、両脇に同じく専用機【黒騎士】を纏った織斑マドカとようやくコアが機体に馴染んだことで復活した専用機【アラクネ】を纏ったオータムを伴い、かつて拠点としていた京都の市内ホテルの屋上に立っていた。

 

「なぁスコール、やっぱり金なんざ払わねぇで奪っちまおうぜ。」

 

 オータムが暇そうにしながらスコールにそう言った。

 

「ダメよオータム。そんなことしたら信用に関わるわ。何より、たった3人であの子には勝てないもの。」

 

「なんだ?臆病風にでも吹かれたか?」

 

 偉く弱気なスコールの言い分にマドカが喰いついた。

 

「この黒騎士をもってすれば、たかが代表候補生1人恐れることないだろう。」

 

 束による改修を受け、マドカ専用のチューンがされた黒騎士はほぼ第三世代としては破格の性能を持つ。それを持ってすれば代表候補生1人余裕を持って倒せる。何よりここには他の専用機もあるのだ。負ける方がおかしい。

 

 その言葉は正しい。実際相手がただの代表候補生であったならスコールもそうしてコアを奪い、さらに専用機も奪っただろう。

 

 だが相手はあの篠ノ之束を倒した怪物。そんなことが出来る訳ない。

 

「ならば私だけでやる。お前たちは後ろで見ていろ。」

 

「あ゛?何勝手に決めてんだエム。」

 

 ふんぞり返るマドカにオータムがガンを飛ばす。スコールの命令ならともかく、マドカに引っ込んでいろと言われるのは我慢ならない。

 

 一触即発の空気の中、

 

「今亡国機業(ファントム・タスク)の実働部隊隊長になる気はないからなぁ。ぜひ止めて欲しい。」

 

 突如後ろから聞こえた4人目の声にマドカとオータムが振り向いた。

 

「ガッ!?」「ぐぁ!?」

 

 ――瞬間、絶対防御が発動しシールドエネルギーが0になる。

 

「なに、が……!?」

 

「おはよう、いやこんにちは。」

 

 叩き伏せられ、地面に倒れ込んだマドカとオータムが顔を上げた先には、両翼を携えた天使が居た。

 

 左肩に盾を、右肩に剣を携えたIS。

 

「ダブルオークアンタフルセイバー、天羽飛鳥。日本代表候補生だよ。今回は商談ありがとう。」

 

 そう言って、守るための剣を手に取った天羽飛鳥は微笑んだ。

 

 

 

 

『もう吹っ切れました。』

 

『対話できないから使わない理由ないしね。』

 

『コンボハメするまでもなくクリティカルで即死もできるチート装備とか普段使い出来ないんだよなぁ!クソゲー待ったなし!』




 記念すべき第50話。過剰戦力ことフルセイバーは使うか迷いましたが、対話できない現状使わない理由がなかったので使用に踏み切りました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話 天羽飛鳥、各地で戦う

「大人しくしてて。」

 

【グルァ!?】

 

 昆虫のような姿の機械生命体の関節を断ち切って地面に転がす。

 

【グルルルル……!!】

 

「ごめんね、まだどの程度壊せば無力化出来るか分かってないんだ。」

 

【グルルァ!!】

 

 威嚇するように唸り立ち上がろうとする姿に悲しげな顔をして、天羽飛鳥は右手に握った大剣【GNソードⅣフルセイバー】を右肩の接続ユニットに戻し、左腰からGNソードⅤを抜いてGNシールドから分離させたGNソードビットと合わせバスターソードモードにしたそれを振り抜いた。

 

 ISのシールドバリアーに似たエネルギーシールドに阻まれるが、それを無理矢理突破して飛鳥は機械の身体を両断した。

 

【ギ、ガガ、ガ……。】

 

 ――実の所、ダブルオークアンタはエネルギーシールドを突破することができる。というか、攻撃力の高いISであれば大体がエネルギーシールドの類を突破できる。防げない火力で攻撃するだけでいい。

 

 相手の防御力にもよるが、その防御力を超えれば相手にダメージを与えられる。ゲーム的に言えば『クリティカル』という奴だ。

 

 ISであれば多大なエネルギーを消費して絶対防御による守りを展開するため、実質的な大ダメージこそ受けたとしても余程でなければ怪我しないのだが、ISと似ていても機械生命体に絶対防御はない。エネルギーシールドを越えればそのまま機械の身体に攻撃が通り、飛鳥であればそれを両断できる。

 

 普段の対IS戦では『クリティカル連打とかクソゲーじゃん』と言って決してやらないが、葉加瀬なのはに諭された飛鳥はその甘えを捨てた。

 

「……はぁ。」

 

 沈黙した機械生命体を前に一息吐いた飛鳥は武器を納めて周囲を見渡した。

 

【【【…………。】】】

 

 周囲に散らばる機械生命体の残骸の数々。これは全て飛鳥が破壊したものだ。

 

 最初の飛来から半月経った今も、機械生命体は世界各国のIS関連施設を中心に出現している。飛鳥はその中から立地や人員の関係で初期対応が遅れ、民間人への被害が出るとゼロシステムによって予測された場所に出向き、1人で機械生命体と戦っていた。

 

 その戦いの結果である残骸を見て飛鳥は溜め息を吐いた。

 

「やっぱりフルセイバーじゃ加減出来ないなぁ。粉々だよ、もう。」

 

 近くに転がっていた破片の1つを拾い上げ、最後にGNソードⅤバスターソードモードで斬った相手と見比べてみてもその違いは一目瞭然だった。片や手のひらに収まる大きさ、片や小型冷蔵庫程度には大きな残骸。

 

 既に各地で対峙した機械生命体相手に何度も試したが、これが限界だった。

 

「無力化にはバスターソードモードで斬るのが1番加減が()く。でもソードビットが使えなくなるし、バスターソードモードでもそうほいほいエネルギーシールドを突破できる訳じゃないからなぁ。フルセイバーじゃ突破は簡単だけど壊し過ぎるし……難しい。」

 

 右肩に装備されたGNソードⅣフルセイバーに1度視線を向けた飛鳥はまた溜め息を吐いて、持っていた破片を地面に落としてからGNソードビットを使ってIS学園に向けての量子ジャンプを行った。

 

 その数分後。

 

「こちらグリフィン・レッドラム。隕石飛来地点に到着……したんだけど……?」

 

 政府からの要請で出動したIS乗りは、ただ残骸が広がるだけのその場所に困惑した。

 

 

 

 

 量子ジャンプで長距離の移動時間を短縮した飛鳥は、時差によってもう既に日が落ちている夜のIS学園1年生寮の自室へと帰ってきた。

 

「おかえり、どうだった?ブラジル。」

 

「ただいま。12時間も時差があるだけあって明るかったよ。」

 

 出迎えたなのはとそんな話をしながら、飛鳥はベッドに腰かけてなのはに聞いた。

 

「そっちはどう?量子型演算処理システムの建造は順調?」

 

「まだ何とも。今は人手不足解消のためにサポートメカ組み上げてる段階だからね。建材だってまだ用意しきれてないし。」

 

「量が量だからなぁ。搬入する時は手伝うよ。」

 

「ありがと。」

 

 量子型演算処理システムを作るための一応の資金は亡国機業(ファントム・タスク)との商談で既に手に入れたなのはだが、すぐに製作に取り掛かった訳ではない。早期完成のため人手の確保が必要であるし、組み上げるための材料だって買わなければならない。

 

 人手不足はサポートメカを作ることでクリアするつもりだが、材料の購入は量が量だけに相手側が材料を用意する時間が必要な関係でどうやっても時間が掛かる。

 

 そう、最初の機械生命体の飛来から半月経った現在でさえ、量子型演算処理システムの製作は始まっていないのである。

 

「機械生命体がISを狙う関係で授業から実習が減って自由時間は増えたけど、やってること前と対して変わってない気がする……。」

 

「私はアリーナの使用に制限掛かってセシリアとの訓練が出来なくなったし、量子ジャンプで世界中飛び回ってるから大分変わったかなぁ。生徒会もイベントの企画が増えて忙しくなってるし。」

 

 飛来してくる機械生命体がISを狙っていることは既に周知の事実だ。それを受けてIS学園では現在、授業でのIS実習や部活でのIS使用、ならびに放課後に解放されていたアリーナでの操縦訓練が出来なくなっている。

 

 授業は代わりに座学の比率が増えているが、それでもこの時期にISに乗ることが出来ないのはカリキュラム的にも辛い。3年生などは就職活動に影響が出ている上、生徒のほとんどが突如現れた未知の存在に不安になっている。

 

 それを受けてIS学園生徒会では生徒たちの不安を和らげるためいつにも増してイベントを開催する動きがあり、飛鳥も量子ジャンプを駆使して機械生命体への対応が遅れる場所に向かい戦う傍ら、生徒会副会長として会議に出席してイベントの企画を行っている。

 

 なのはの方も実習が無いことで以前よりは増えた自由時間を使って色々と作っているが、やっていることは以前と対して変わっていないため結構退屈していた。

 

「なのははこれから忙しくなるし、何なら今もセシリアの専用換装装備(オートクチュール)作りで忙しいでしょ。」

 

「9割方終わってるから余程サボらない限りあと2週間程度で終わるよ。」

 

「その頃にはもう量子型演算処理システム作り始めてない……?」

 

 そんな会話をしながら夜は更けていった。

 

 飛鳥が人知れず動いていたのもあって民間人からの被害者は1人も出ないまま、機械生命体──【絶対天敵(イマージュ・オリジス)】の最初の飛来から1ヶ月経った頃。

 

 各国緊急対策会議の結果、IS学園が迎撃拠点として正式に決定。自国防衛のために動けない各国の国家代表たちに代わって派遣されてくる専用機持ちの代表候補生たちも交え、IS学園の専用機持ちでの対絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦が決まった。

 

 

 

 

「みんな、集まったわね。」

 

 生徒会長・更識楯無の言葉に集められたIS学園の専用機持ちたちが僅かに姿勢を正した。

 

「知っての通り、イマージュ・オリジスの対抗手段としてISが最も有効とされたわ。その結果を受け、情報の集約と戦力の集結のため、各国緊急対策会議でここIS学園が迎撃拠点となることが正式決定しました。」

 

 珍しく真面目な顔をした楯無の言葉に織斑一夏が気を引き締めているのを感じながら、飛鳥はその決定に1ヶ月も時間が掛かるのかと疑問に思っていた。

 

「(まぁた政治とかで遅れたのかなぁ?)」

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)という目に見える相手にさえまともに足並みを揃えるのに1ヶ月も時間が掛かる世界に呆れる飛鳥。相手がどういう存在か分からないことを加味しても遅いんじゃないかと考えていた。

 

「──あと。」

 

 思考に(ふけ)る飛鳥の耳に話を続けていた楯無の声が聞こえた

 

「現状でのみんなの実力を改めて確認させてほしいの。今後、どういった戦略・戦術を取っていくかの参考にしたいから。」

 

「えっ。」

 

 楯無の言葉に飛鳥の口から声が漏れる。

 

「(まずい、今のクアンタにはフルセイバーが付いてる。確実に変なことになる。)」

 

 【フルセイバー】が装備されたクアンタの力を見せれば、各々に反応の差こそあるが大体良くない事になる。そこに政治的な物が含まれない分ここの面々は遥かにマシだが、それでもまだセシリアの専用換装装備(オートクチュール)が未完成である今、特出した戦力を見せるのはこれからの戦術を練る上でも悪影響を出しかねない。

 

「どうしたの飛鳥ちゃん?そんな声出して。」

 

 内心焦る飛鳥に楯無が声をかける。

 

「あの、なのはのところに寄ってからでいいですか?」

 

「なのはちゃん?機体に何かあったの?」

 

「ちょっと色々ありまして……。」

 

 言っていて自分でも明らかに『隠し事があります』と宣言している苦し紛れの言葉に、飛鳥自身内心で頭を抱えた。

 

「いいけど、なるべく早く帰ってきて頂戴ね。」

 

 (いぶか)しげではあったが許可を貰えた事に飛鳥が安堵したその時、

 

「お待ちください。」

 

 ──セシリア・オルコットが声をあげた。

 

「セシリアちゃん?」

 

 楯無がキョトンとした顔でセシリアを見つめる中、セシリアは飛鳥に向かって()()()()()()()()()

 

「飛鳥さん。今()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「!」

 

「なのはさんの所で外そうとしている様ですけれど、そうは行きませんわ。」

 

 セシリアは飛鳥の右手をギュッと握り、そのまま引っ張って歩き始めた。

 

「ちょっ、セシリア?」

 

「どうせもうすぐわたくしの専用換装装備(オートクチュール)が完成するんですし、そちらのお披露目が多少早まった所で問題はないでしょう?」

 

「いや、絶対変なことになるから。過剰戦力だから。」

 

 セシリアに怪我をさせまいとそのゴリラパワーでの抵抗ができない飛鳥の優しさを利用し、セシリアはグイグイと飛鳥を引っ張っていく。

 

「あら、戦力はあるに越したことはありませんわ。そのままの実力を見せてくださいな。」

 

「待って、あっ、あぁ~。」

 

 セシリアに連れ出されていった飛鳥に、残された専用機持ちたちは困惑しながらもその後を追った。

 

 

 

 

『セシリアー!?』

 

『これは本格的にクソゲー待ったなしだねぇ。』

 

『えぇい、即堕ち2コマしたいならそうしてやる!』

 

ガタッ

 

『?なのは、今の音なに?』

 

『誰か立ったんじゃない?』

 

『……今私たちしか家に居ないんだけど。』

 

『幽霊かなんかでしょ。』

 

『ヒエッ。』

 

『相変わらず幽霊ダメだね飛鳥は……。』




 IS実習とかがないのは独自解釈です。そうしないと授業中に頻繁に隕石墜ちてくるので。

 次回『抜剣、フルセイバー』、お楽しみに


セシリアがフルセイバーを知っていた不具合を修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話 抜剣、フルセイバー

前話でセシリアがフルセイバーを知っていた不具合を修正しました



「強引になったね、セシリア……。」

 

 セシリア・オルコットに手を引かれて第3アリーナまでやって来た天羽飛鳥は、未だに手を放してくれないセシリアに向かって恨めしいといった表情でそう言った。

 

「なのはさんから『飛鳥はあれで押されると弱い』と教えて頂いたので、実践してみましたの。」

 

「抵抗したら怪我させちゃうからだよ?加減する私の気も考えて?」

 

 幼少の頃から熊を絞め殺せる程の怪力を持っていた飛鳥は、いつも周りに対して気を使ってきた。今でこそ加減出来るようになっているが、昔はよく両親に怪我をさせていたし、家の物を壊していたのもあって、ふとした拍子に怪我をさせないか、大事なものを壊さないかという不安をいつも心の奥底に抱えている。

 

 そのため、飛鳥がIS戦以外で誰かに『触れる』というのは信頼の証なのだ。葉加瀬なのは然り、篠ノ之束然り、飛鳥と触れ合える人物は相手に合わせた力加減を無意識にでも行えるほど親しくなれた証拠であり、セシリアもその枠組みに入っている。

 

 しかし今回のように相手側から押されると、抵抗しようにもその弾みに加減を間違えないかと行動を起こすことが出来ない。気を許している相手でなければそんなことになる前に間合いを取るのだが、気を許しているからこそ飛鳥は不覚を取る。

 

「飛鳥さんの優しさを利用する様で心は痛みましたが、飛鳥さんには多少強引でも問題ないと思いましたから。」

 

「……そんなに私受け寄り?」

 

「いえ、元々は攻めなんでしょうけど、気を許すと受けでも満足する感じですわね。」

 

「度し難くない、私?」

 

 

 

 

『私が変態みたいな話はやめろぉ!』

 

『ロリコンが何か言ってる。』

 

『ちっちゃい子が好きで何が悪い!』

 

『全部悪い!』

 

 

 

 

「飛鳥さん、1つ勝負をしませんこと?」

 

「勝負?良いけど……。」

 

 他の面々が未だにISスーツへの着替えを行っている間、制服のままアリーナに居るセシリアが同じく制服のままである飛鳥に勝負を持ち掛けた。

 

「でも、単純な勝敗っていうなら勝負にならないよ。私がフルセイバーを使う以上、専用換装装備(オートクチュール)のないセシリアに負けることはないから。」

 

「……それほどの性能ですの?」

 

 それを了承した飛鳥だが、すぐに条件を付け加えた。聞き返してくるセシリアに、既にフルセイバーを衆目にさらす覚悟を決めた飛鳥はその性能を黙することなく口にした。

 

「地球に気を使って加減した状態の束さんと群咲相手にならまず勝てる程度には、ね。セシリアと鈴ちゃんの専用換装装備(オートクチュール)相手となると五分ぐらいかなぁ。」

 

「わたくしたちのオートクチュールは一体どうなってますの?」

 

 京都で見た飛鳥と篠ノ之束の戦いを思い出してセシリアが『あれでまだ加減している篠ノ之博士すごい』と思いながら、それを相手にほぼ勝てるという飛鳥の専用換装装備(オートクチュール)の性能と、それと五分で渡り合えるらしい自分と凰鈴音の専用換装装備(オートクチュール)の性能に真顔になった。

 

「作るのが火力厨のなのはだからなぁ……束さんなら機能性とか操縦性とか色々考慮してくれるけど、なのはは取りあえず載せるし。」

 

「火力厨……。」

 

 京都で見たライザーソードを思い浮かべたセシリアは火力厨という飛鳥の言葉に納得すると同時に、もしかして似たような物がブルー・ティアーズの専用換装装備(オートクチュール)に組み込まれるんじゃないかと冷や汗を流す。

 攻撃力はあるに越したことはないが、あのレベルとなるとアリーナのシールドバリアーすら破壊してしまうため使い時がないのではないか。そもそもあれの使い時とはどういう時なのかという考えが脳裏を巡る。

 

「(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あっても邪魔なだけでは……?)」

 

「まぁツインドライヴのクアンタと違ってエネルギー総量がバカ多い訳でもないから抑え気味だろうけど。あぁそれで、何で勝負する?」

 

「そうですわね……では、生徒会長をどちらが先に落とすか。それを競いましょう。」

 

「オーケー。」

 

 

 

 

『イノベイター2人に狙われる楯無可哀そう。』

 

『フォルテも誘おう。』

 

『おまけでダリルパイセンも来るから死んじゃう。』

 

 

 

 

「あら?2人とも、ISスーツは?」

 

 ISスーツに着替えISを纏い第3アリーナに入ってきた更識楯無が怪訝な顔で見つめてくる。

 

「あ、会長。」

 

「そういえば着替えていませんでしたわね。」

 

 楯無の言葉にISスーツを着ていないことを思い出したセシリアが呟いた。

 

「はぁ、すぐに着替えてらっしゃい。」

 

「いえ、このままでいいです。」

 

「え?」

 

 着替えを促した楯無に飛鳥が拒否の言葉を口にする。

 

「時間を取るのも嫌なのでこのまま行きます。セシリア。」

 

「そうですわね、着替えていなかった罰としましょう。」

 

 普段はISスーツに着替えてからISを纏うが、別にそれは必須ではない。専用機であれば個人用のISスーツがISに収納されており、IS展開時に一緒に着ることが出来るためだ。エネルギーを消耗するため余裕がある時は着替えるが、今回は罰としてそれを行うことにした。

 

「行きますわよ、ブルー・ティアーズ。」

 

 制服と下着が量子変換され収納されると同時に、ブルー・ティアーズに収納されていたセシリアのISスーツが瞬時にその身体を覆い、ブルー・ティアーズが装着される。

 

 それを見てから、飛鳥がその名を口にした。

 

「目覚めろ、フルセイバー。」

 

 飛鳥の身体をISスーツが覆い、さらにISが装着されていく。

 

 左側に変化はない。だが、右側はシルエットが変わるほどに変化があった。

 

「それが……。」

 

「ダブルオークアンタの唯一の専用換装装備(オートクチュール)。武力介入用パッケージ【フルセイバー】。」

 

 目を引くのは右肩に装備された大きな実体剣。ISを纏うことで全高が高くなっている飛鳥と同程度の大きさを持つその剣は、刃の部分がダブルオークアンタの武装特有のクリアグリーンの素材で出来ている。

 

 更に正面に居る人には見えていないが、背部にはコーン型スラスターが装着され、ダブルオークアンタと比べて速度が上昇しているだけでなく、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行うことも出来る。

 

「加減はしますけど、手加減はしません。」

 

「あぁ、望むところだ!」

 

 織斑一夏の返事に薄く笑い、飛鳥はシステムリンクを用いて模擬戦のためのカウントダウンを始めた。

 

――3

 

「あぁ、セシリア。」

 

「はい?」

 

――2

 

()()()()()()()()。」

 

「――!」

 

――1

 

「ダブルオークアンタフルセイバー、目標を駆逐する。」

 

――0

 

「楯無さん避けて!」

 

「えっ――」

 

 セシリアの声に楯無が僅かに身を引いた瞬間。

 

「遅い。」

 

 右肩から外された大型実体剣を右手に、左腰にあったGNソードⅤにGNソードビットを合体させバスターソードモードとした剣を逆手で左手に持った飛鳥が、楯無を切り裂いた。

 

「きゃああ!」

 

「お姉ちゃん!?」

 

 2つの大剣で一瞬にしてシールドエネルギーを0にした楯無に妹の更識簪が声を上げる。

 

「バカ、後ろ!」

 

「ッ!?」

 

 鈴の声に振り返った簪が襲来したGNソードビットに切り裂かれすべての武装を破壊される。

 

「このっ!止まれ!」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒがAICによる停止結界で飛鳥を止めようとするが、停止結界の網に掛かろうかという瞬間に飛鳥の姿が()()()()()()()()()

 

「なっ――!?」

 

「良い狙いだ、でも足りない。」

 

「ぐぅ!!」

 

 後ろに出現した飛鳥が右肩に装備していた大型実体剣を変形させ巨大なビームを放ち、それに飲み込まれたラウラはシールドエネルギーを無くして墜ちていった。

 

「好きにはさせない!」

 

 シャルロット・デュノアが両手にマシンガンを持って飛鳥に向かって連射する。

 

「フルセイバーじゃなかったらそれで正解だったけど、それはもう効かない。」

 

 その弾を全て、高速切替(ラピッド・スイッチ)によって瞬時に右肩に大型実体剣を戻し、その一部を銃として両手に顕現させた飛鳥によって撃ち落とされた。

 

「ハァッ!?」

 

 あまりのとんでもにシャルロットが目を見開いて驚く。

 

「GNガンブレイド。クアンタにはなかった気軽に使える遠距離武器。距離を取れば良いってもんじゃなくなったんだなぁ、これが。」

 

 弾を撃ち落としながら接近し、高速切替(ラピッド・スイッチ)で再び右肩の大型実体剣を持った飛鳥にシャルロットも高速切替(ラピッド・スイッチ)で剣を持って防ごうとしたが、それごと溶断されてシールドエネルギーを0にした。

 

「うおぉぉぉ!」

 

 そこに零落白夜を使い一撃必殺の構えを取った一夏が瞬時加速(イグニッション・ブースト)で接近する。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)で腕がブレてる。きちんと脇を締めて。」

 

 その姿に助言をしながらGNガンブレイドをブレイドモードで投げつけ自分で攻撃に突っ込ませ自爆させる。

 

「一夏!」

 

「狼狽えない。それが隙。」

 

 落ちていく一夏に気を取られた篠ノ之箒を一息で切り捨て、残った4人に飛鳥は視線を向ける。

 

「これで残りはセシリアと鈴ちゃんとイージスコンビ。さぁ、頑張って抵抗してくださいね?」

 

 大型実体剣を構え、飛鳥は笑った。




 武力介入用パッケージ【フルセイバー】
 ダブルオークアンタ唯一の専用換装装備(オートクチュール)。右肩に大型変形合体武装【GNソードⅣフルセイバー】を装備し、背部にコーン型スラスターを装着することで戦闘力が格段に上昇した形態。
 【GNソードⅣフルセイバー】を構成するメインブレイドユニット、メイングリップユニット、マルチカウンターからなるメインソードと、そこに付属する3つの【GNガンブレイド】を変形合体させることで全状況・全距離に置いて高い適応力を発揮する。
 また、通常時のダブルオークアンタとは違い、トランザムを使用していない状態でも量子化による短距離ワープを行うことが出来る。


 通常時から量子化とかいうチート。マキオンで近接攻撃時に量子化してるのが元ネタですが、これダメでは……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話 凰鈴音の目覚め

 第3アリーナで行われる模擬戦の様子をピットから覗き見ながら、葉加瀬なのはは空中に投影したキーボードを叩いていた。

 

「案の定邪魔なのを潰してから本命とやってるねぇ、飛鳥は。」

 

 ダブルオークアンタフルセイバーで凰鈴音達を追い詰めていく天羽飛鳥の楽しそうな笑顔に、なのはは「仕方ないね」と息を吐いた。

 

 織斑一夏、篠ノ之箒、更識楯無、更識簪、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒの6人が早々に落とされたのには訳がある。

 

 ()()()()()()()()

 

 純粋種のイノベイターへの変革を遂げたセシリア・オルコットとフォルテ・サファイア、そして相棒であるフォルテに合わせることで限定的にイノベイターと同等の動きが出来るダリル・ケイシー。

 

 セシリアとの1対1、あるいはイージスコンビの2人との2対1ならどうと言うことはないが、この3人がチームを組むといくら機体の差があろうと苦労する。

 そこに力量のある楯無やシャルロット、ラウラが加わると対応に追われることになるし、攻撃力の高い一夏や箒、簪が残っていると万が一にも落とされかねない。

 

 だからまず国家代表である楯無を、その次にGNミサイルを持っている簪を落とし、AICによる拘束があるラウラ、高速切替(ラピッド・スイッチ)使いでフォローの鬼であるシャルロットを下し、突っ込んで来た一夏と動きが止まった箒を倒した。

 

 ――なら

 

「――()()()()()()()()()()()?」

 

 背後から聞こえた声にキーボードを叩く手を止めず、なのははその声の主の名を呼んだ。

 

「織斑先生。」

 

 モニターに映る模擬戦の様子を見て、世界最強(ブリュンヒルデ)であった元日本国家代表が視線をいつも以上に鋭くして口を開いた。

 

「オルコットとサファイアが上手くカバーしているが、それでも12回は凰が落ちていなければおかしい場面があった。葉加瀬、天羽は何故凰を落とさない?」

 

 ――そう、中国代表候補生の生存。これは明らかにおかしい。

 

 かつてスペックを聞いてその行動パターンを考えた結果、飛鳥にしてもなのはにしても鈴の乗るIS【甲龍(シェンロン)】のことを『強い』と評した。

 

 身を守る盾としても使用出来る大型青龍刀【双天牙月】を2つ持ち、威力と連射のバランスを変えられる不可視の射撃兵装【衝撃砲】を備えた甲龍は、攻防を両立するだけでなく近・中距離での連撃で『自分の得意を押し付ける機体』だと2人に結論付けられた。

 

 だが生憎(あいにく)、飛鳥の持つ武器は溶断する性質を持つため斬り結ぶことが出来ず、イノベイターとしての空間把握能力もあって衝撃砲の砲弾もどこにあるか分かる以上、通常であれば鈴は飛鳥の敵としては不足する。

 

 だからこそおかしいのだ。確かに既に落とした面々と違い、一撃必殺の高い攻撃力を持っている訳でも、飛鳥を脅かすほどの力量がある訳でもない鈴は優先して落とす対象からは外れる。しかし『落とさない対象』から外れることはない。

 

 12回の危機は全て飛鳥が意図的にスルーした。その理由は?

 

「いくつか理由はあるけど――。」

 

 そう前置きして、なのははモニターの先で2つのGNガンブレイドを手に持った飛鳥に肉薄される鈴を見ながらニヤリと笑った。

 

「――一番の理由は、荒治療だね。」

 

 

 

 

「(――相性が悪い!)」

 

 心の中で愚痴りながら、鈴は飛鳥の振るうGNガンブレイドの刃を回避する。

 

「(飛鳥の武器は全部溶断するから双天牙月で下手に切り込めないし、衝撃砲は何でか完全に見切られてる!ビットはセシリアたちの相手をしてるから今は良いけど、隙が出来ればすぐにあたしが斬り刻まれる!)」

 

 高速切替(ラピッド・スイッチ)でガンモードに替えられたGNガンブレイドのビームを衝撃砲をばら撒いて迎撃し、それでもなお飛んでくるものを回避した先に、大剣を構えた飛鳥が斬り掛かってくる。

 

「っ!」

 

「ダリル!」「おう!」

 

 咄嗟に双天牙月を溶断される原因であるクリアグリーンの刃がない大剣の腹にぶつけようとする直前、鈴と飛鳥の振るう大剣の間に防御結界【イージス】が構築されたことによって飛鳥の攻撃が受け止められた。

 

「ありがとっ!」

 

 少し離れた位置で普段以上に軌道の鋭いソードビット2基を相手にしているダリルとフォルテに感謝しながら、鈴は飛鳥から間合いを取り衝撃砲の連射を打ち込む。

 

「それじゃ足りないな!」

 

 連射された不可視の砲弾が左肩のGNシールド上部のGNビームガンで凪ぎ払われ、撃ち漏らしがGNガンブレイドによって相殺されていく。

 

「ちぃっ!」

 

 苦もなく対処されたことに舌打ちをした鈴は、この詰みに近い状況をどう打開するかを必死に考えていた。

 

「(一番確実なのは、セシリアたちと役割を入れ替わること。)」

 

 双天牙月による攻撃と防御は刀身を溶断されて終わる。衝撃砲は不可視というアドバンテージが意味を成していない上、連射性を犠牲に威力を高くすれば量子化して回避されるという憂き目に合っている。全ての武装が役に立たない状態では鈴に出来ることはない。

 

 だがセシリアたちなら?ビットによる多角的な射撃が出来るセシリアはもちろん、上級生のイージスコンビの連携はタッグマッチトーナメントで鈴も味わった。あれから更に上達しているのか、それとも飛鳥の操るビット2基を相手に余裕があるのか、危ない場面で何度も援護をしてくれる彼女たちなら鈴と違って飛鳥を倒せるかもしれない。

 

「(でもそんな隙がない。)」

 

 しかしそれはできない。飛鳥の操るGNソードビットによってセシリアとイージスコンビたちとは離され、とても役割を入れ換えれる状況ではない。

 

「(そもそもあたし、あのビットの相手出来ないし。)」

 

 GNソードビットもクリアグリーンの刃で溶断する武装であるため、鈴にはとても相手できるものではない。何なら飛鳥本体よりも苦手だ。

 

「(セシリアたちがビットを落とすまで粘る?無理、死ぬ。)」

 

 甘えた瞬間大剣となったGNソードⅣフルセイバーでパッカーンと割られてしまう。そもそも時間稼ぎ出来る相性ではない。

 

「(なら――)」

 

 考え付いた結論に、鈴は覚悟を決めた。

 

 

 

 

「(飛鳥さん、これは何の茶番ですの?)」

 

 鈴が覚悟を決めている時、脳量子波によってイノベイター達は秘密の会話をしていた。

 

「(そうっスよ。このソードビット、動きは凄いっスけど()()()()()()()。自分たちを抑えるのが目的っスね?)」

 

「(あ、分かります?)」

 

「(ダリルにもバレてるっスよ。ちょくちょくフォローが間に合わなくて中国娘を落とすチャンスもあったのに、(ことごと)く見逃してるっスし。)」

 

 フォルテの指摘通り、飛鳥には12回程鈴を落とせるチャンスがあった。それだけではなく、GNソードビットを高速切替(ラピッド・スイッチ)で収納・再展開することで手元に戻して鈴を斬り刻むことだって出来たし、GNビームガンを衝撃砲の迎撃だけでなく攻撃にも使えば対応し切れずに10秒とせずに鈴は落とせる。

 

「(どうやらピットでなのはさんが見ているようですし、それ関連ですの?)」

 

「(それもあるかなぁ。でも1番の目的は荒治療だよ。)」

 

「(荒治療?)」

 

「(あー、あれっスか。)」

 

 荒治療と聞いてセシリアが首を傾げたのに対して、フォルテは反対に納得した。

 

「(どういうことですの?)」

 

「(鈴ちゃんが1年で専用機を手に入れたのは知ってるよね?)」

 

「(えぇ。わたくしでさえ3年掛かったものを1年で手に入れたと知った時は驚きましたが、それがどうかしたんですの?)」

 

「(()()()()()()()。いくら中国が世界最多の人口にかまけて人材の育成が遅れてるとはいえ、たった1年で専用機を貰えるほど層が薄い何て有り得ないんス。)」

 

 6桁にも上る人口と、その絶対値から来るIS適正の高い女性の大量確保。それが昨今のIS界隈での中国の強味だ。

 もっと言えば第三世代ISを既に量産体制にあるのもそうだ。鈴の乗る甲龍は型式*1から分かる通り3番機であるし、香港では量産された甲龍の系列機が代表候補生に与えられたという話もある。

 

 そんなIS大国の1つである中国が、たった1年間ISについて学んだ小娘に専用機を与えた理由。

 

「(――()()。何年も訓練して鍛え上げた他の代表候補生たちを蹴散らして専用機を手に入れられる才能。)」

 

「(以前言っていましたわね。鈴さんには飛鳥さん以上の才能があると。)」

 

 よくシャルロットやラウラを『代表候補生の中でも高い実力だ』と言う声がある。実際にそうだろう。高速切替(ラピッド・スイッチ)を駆使して第二世代の機体で第三世代と渡り合うシャルロットと、ドイツ軍で実戦的な訓練をしてきたラウラ。IS学園の上級生たちにも十分通じる実力があるのは間違いない。

 

 だが人材を大量に抱える中国に、いくら育成が遅れているとはいえ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 逆説、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「(それがまぁ見る影も、いや影はあるっスね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あの中国娘。)」

 

 それがどうだ。AICの停止結界が脅威とはいえラウラに負け、シャルロットにも負け越している。仲間内で勝ち越しているのは一夏を相手にする時ぐらい。

 

 何故そんなことになっているのか、その理由は明らかだった。

 

「(織斑さんと一緒に居るとただの女の子になるんだよ、鈴ちゃんは。)」

 

「(愛されてるっスねー、男子。)」

 

 織斑一夏と中学を過ごした凰鈴音はただの少女だった。だからだろう、IS学園にやって来て一夏と再会を果たした鈴は、元の普通の女の子に戻ってしまった。残ったのは普通の代表候補生程度の実力だけ。

 

「(私は矯正しようとか思ってなかったんだけど、なのはに専用換装装備(オートクチュール)の製作を頼んだでしょ?だからこうして適度に追い詰めて才能を使わせようとしてるの。)」

 

「(タッグマッチトーナメントでダリルもやったっスけど、それでも底を見せなかったんスよねぇ。)」

 

「(場合によっては今後も放課後にボコボコにするから、よろしく。)」

 

「(お手柔らかにお願いしますわ。)」

 

 

 

 

「(あー、どうやるんだったっけ。)」

 

 衝撃砲を連射しながら、鈴は中国での訓練時代を思い出していた。

 

「(一夏と一緒にいる時はやりたくなかったし、ここじゃやる必要があるような相手とも戦わなかったから、半年以上使わなかったけど――。)」

 

 その感覚を言葉で表現することは難しい。スイッチを入れるのとは訳が違う。湧き上がってくる訳でもない。そう、それを表すなら――――

 

 ――何かの因子が割れて、広がる感覚

 

 すぅ、と鈴の瞳から光が消える。

 

「うん、出来た。」

 

 視野が広がり、認識していた範囲が拡張される。ビットと戦っているセシリアとイージスコンビの様子が分かる。どうも結構な余裕があるらしい。それでもビットが落ちていないのは、ビットの方にも落とす気が無いから。

 

「あぁ、そういうこと。」

 

 ここで鈴はハメられたと理解した。この状況を作り出した本人に、衝撃砲の連射を止めて語り掛けた。

 

「何?そんなにあたしに本気を出して欲しかった訳?」

 

「なのはに専用換装装備(オートクチュール)作りを頼んだからね。どのぐらいのスペックなら使えるのかを見極めるのにはどうしても必要だったんだよ。」

 

「あたしのせいか。ま、しょーがない。」

 

 手に持つ双天牙月の感触を確かめ、光の無い瞳の視線と共にその切っ先を飛鳥に向けて――

 

()()()()()()()()()()()()、精々抵抗させてもらうわよ?」

 

 ――笑った。

*1
甲装・牙【参】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話 凰鈴音、未だ小さな龍の力

 ――最初に凰鈴音という代表候補生を見た第一印象は、『普通の代表候補生』だった。

 

 専用機の甲龍はフルスペックが発揮されれば間違いなく強いけど、クラス対抗戦で見た織斑さんとの戦いからそれを出来る力量がないと分かって、当時まだラファール・リヴァイヴに乗っていた私は少なからず安心した。

 

 でもすぐに疑問が出来た。人口由来の層の厚さがある中国のIS操縦者たちの中で、どうして彼女が専用機を与えられるまでに至ったのか、という疑問。

 

 中国という国はIS大国の1つに数えられている。第三世代機を既に量産体制にある技術力と、世界最多の人口由来のIS適性A以上の女性を大量に抱え込んだ人材確保能力がそうさせた。

 

 国家代表レベルの実力者こそ居ないが、代表候補生レベルならゴロゴロ居るのが中国という国だ。その中には他国なら専用機を与えられるような将来有望な候補生も大勢居るのに、それを押しのけて鈴ちゃんが専用機を手にした理由は一体何なのか。

 

 セシリア・オルコットの様に作られた機体への適性が高かった訳でも、シャルロット・デュノアの様に大手IS企業の社長令嬢だった訳でも、ラウラ・ボーデヴィッヒの様に軍人な訳でも、更識簪の様に有事の際に高い能力を発揮する訳でもない、普通の代表候補生でしかない彼女が、専用機を手に入れた訳は。

 

 簡単だ。()()()()()()()()()()()()

 

 そう、丸で存在が特異だからこそ専用機を与えられた、織斑一夏の様に――――。

 

 

 

 

「(――ミスったなぁ、読み間違えた。)」

 

 双天牙月と衝撃砲の連撃をガンモードにしたGNガンブレイドのビームと刃で捌きながら、天羽飛鳥は考える。

 

「(鈴ちゃん、会長よりぜんぜん強いんだけど。そこらの国家代表より強いんだけど。)」

 

 GNガンブレイドのクリアグリーンの刀身に何度も触れているのに、ただ溶けて歪になるだけで済んでいる鈴の双天牙月を見ながら、考える。

 

「(刃に真っ向から触れてないってことは、見抜かれてるよなぁ。どうしよ。)」

 

 ダブルオークアンタの装備する武器に使われているクリアグリーンの素材はGN粒子を熱変換し、その熱を伝達させることで相手を溶かす。その溶けた部分を刀身にGN粒子の高速対流・GNフィールドが展開されたことで切れ味の増した刃で切断している。

 

 つまるところビームサーベル等と違って切るには刃の向きが関係してくるのだが、逆に言えば触れるだけなら()()()()()()()()

 

 刃に触れなければ切れないという常識を溶断武器という性質で認識させず、何より飛鳥の技量によって悟らせていなかったその事実を冷静に見抜いた鈴は、双天牙月の大きさを利用して一度溶けた箇所に触れさせないことで双天牙月の破壊を防いでいた。

 

「(脳量子波からして別人格になったとかじゃない。火事場の馬鹿力とかゾーンとかが一番近いのかな。眠っていた才能を引き出せる状態になってる。)」

 

 元々激しやすい性格であり天才肌である鈴は自分の感性に従って動くタイプの人間だ。有象無象はそれだけで相手にならないが、ある一定のラインを越えると()()()()()()からこぼれ落ちた力を振り回しているだけのその状態では途端に勝てなくなる。タッグマッチ・トーナメントにおいて戦ったイージスコンビがまさにそうだった。

 

 かといって下手に知識を着ければこぼれ落ちた才能さえも押し殺してしまい、世界中にありふれている代表候補生程度の実力しか発揮できなくなってしまう。そうなれば代表候補生の中で優秀な部類に入る存在、ラウラなどには決して勝てない。

 

 これは厄介な問題ではあるが、時間が解決してくれる問題だった。人は成長するにつれ様々な経験をして精神的余裕を持つようになり、知識も洗練されていく。そうして時が来ればIS操縦者として何の不足もない人材となるだろうと予想されたがために、鈴は将来有望という評価を当初中国で受けていた。

 

 だが中国にとって予想外だったのは、鈴という少女がとても不安定な状態だったこと。

 

 もはや第2の故郷とさえ言えるほど愛着を持った日本から、何より初恋の相手から引き離れたことで少なからずストレスを感じていた心が、両親の離婚という予想さえしていなかった事態によって更に疲弊し、気晴らしに訓練を行ってもちっとも晴れないそれが遂に臨界を越えた時、()()()()()

 

 そうして発現したのが今鈴がなっている状態。未だ小さな龍が開けてしまった才能の扉。

 

 思考は不純物のないクリアな物となり、集中力と認識力が飛躍的に向上し、何よりこの状態では余計な意思が介在しないため機体との意志疎通に制限がなくなり、I()S()()()()()()()()。難度の高い技を使用することも可能になるこの状態こそ、鈴が専用機を与えられた最たる理由。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()この状態こそ、中国が期待を寄せる『未だ小さな龍の力』。

 

「(まずいなぁ――――)」

 

 現状の強さで言えばそこまででもない。国家代表よりは強いが、第2回モンド・グロッソ優勝者であるイタリア国家代表アリーシャ・ジョセスターフにはまだ及ばない程度だ。何より機体性能の差が如実に表れている。

 

 あくまで第三世代である甲龍と、性能を制限しているとはいえ第五世代であるダブルオークアンタ、それも戦闘力を飛躍させるフルセイバーを装備している今は万に一つも負けることはないが……。

 

「(――()()()()()()()()()()()……!)」

 

 光の消えた鈴の瞳と視線が交差する度に背筋を走るゾクリとした殺気。武器をぶつけ合う度に洗練されていく技術に心が躍る。『抵抗させてもらう』と言いながら、勝ちをちっとも諦めていないその意志の固さに笑みがこぼれる。

 

「(そろそろ終わらせないと、やり過ぎちゃうかも。でも、もっと続けたいなぁ。)」

 

 セシリアとの訓練はあくまで訓練だ。成長を喜びはするが心躍ることはない。

 

 だが、これは模擬戦で。その中で解き放たれた才能で成長を続ける鈴に心を躍らせるなと言う方が無理というもので。自分という超人を相手に諦めない人間が居ることに嬉しくなるなと言う方が無茶という物で。

 

「(あぁ、本当に――――)」

 

 端的に言えば、

 

「(――久しぶりに、心奪われた。)」

 

 その気持ちは、まさしく愛だった。

 

 

 

 

『バカな、鈴は私の守備範囲外の筈!?』

 

『このロリコン!見境なしか!ボクとは遊びだったんだね!』

 

『ガチ恋はなのはだけ!』

 

『嘘つけ!ロシアのロリとかカナダの双子にも手を出す気でしょ!?』

 

『推しなだけだから!ノータッチ!イエスロリータ、ノータッチ!』

 

 

 

 

「(飛鳥?)」

 

「ッ!?なななななのは!?」

 

「そこっ!!」

 

「あぶなっ!?」

 

 突如脳量子波を用いて頭に響いた驚き動きの鈍った飛鳥に鈴がGNシールドの無い右側に向けて双天牙月を振るう。それを刀身に展開されているGNフィールドを頼りに右肩の大型実体剣で間一髪で受け止めた飛鳥が葉加瀬なのはに脳量子波で話し掛けた。

 

「(なのは、どうしたの?)」

 

「(何楽しくなってる訳?)」

 

「(うっ。)」

 

 親友からの容赦ない指摘に飛鳥の言葉が詰まる。

 

「(凰鈴音の力は大体分かったから、やり過ぎる前に倒してね。)」

 

「(で、でも。)」

 

「(やり過ぎて泣くのは飛鳥なんだから我慢。)」

 

「(……うん、分かった。)」

 

 なのはの言葉に頷いた飛鳥は肉薄して来る鈴から量子化を使って距離を取り、衝撃砲の連射で使えなかった右肩の大型実体剣――【GNソードⅣフルセイバー】を手に取った。

 

「終わらせる……!」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)で間合いを詰め、飛鳥は絶対防御を発動させる攻撃力を秘めた大剣を振るった。

 

 

「やっと隙見せたわね?」

 

 

「な、ん――!?」

 

 その致命の筈の攻撃が止まった。

 

「ずっと待ってたのよ、アンタがトドメの一撃をしに来るのを。」

 

 有り得る筈がない。双天牙月によって刀身の腹を叩かれ攻撃の軌道をずらすことは可能だろう。だが瞬時加速(イグニッション・ブースト)の速度を乗せた攻撃を逸らすなど、いくら第三世代機の中でもパワーに優れる甲龍と言えど行うことは出来ない。まして防御など不可能だ。

 

「アンタに隙なんて無いし、隙を作ることも出来そうに無かった。でもトドメって後が楽になるから、誰でも隙が出来るのよ。」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「逸らせないし防げない。回避なんて出来もしない。必殺の一撃としてなんの不足もないけど――――。」

 

 

「それでも、空間を斬ることは出来ないでしょ?」

 

 

 ハイパーセンサーがフルセイバーを受け止めた腕の、丁度刃が触れている部分の異常を映し出す。それは中国が誇る第三世代技術。普段は不可視の射撃兵装としてのみ使用される装備。

 

「衝撃砲――!?」

 

()()()()()。これだけは攻撃で壊れない。あらゆる攻撃を受け止める『空間の壁』になる。」

 

 衝撃砲という武装は空間に圧力を掛け、その余剰で生じた衝撃を撃ち出す代物だ。砲弾その物の威力はあくまで余剰分を撃ち出しているだけであり、その本質はむしろ砲身の方にある。

 

 高い威力を誇る単発式の衝撃砲さえ、余剰で生まれた物を撃っているだけ。ならその砲弾を形作る『余剰』を生み出す砲身は、いったいどれほどの空間に圧を掛けているのか?

 

「間違っても普段使いなんて出来ない。あくまで砲身だから範囲は小さいし、少しずれるだけで衝撃砲が壊れるから。」

 

 それは今実践によって明かされた。

 

「でも、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で真っ直ぐ突っ込んで来てて、そんなデカイ大剣を変な軌道で振れる訳ないでしょ?それなら来る場所なんて丸分かり、あとはそこに砲身を置くだけでいい。」

 

 甲龍の腕部に搭載された小型衝撃砲【崩拳】でさえ、フルセイバーの必殺を防ぐ『壁』を作れる。

 

「で――この最大威力の衝撃砲、どうすると思う?」

 

「ッ!?」

 

「遅い!崩拳ッ!!!」

 

 無防備な飛鳥に、鈴の渾身の一撃が炸裂した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話 天羽飛鳥、奥の手を切る

「ちっ。」

 

 腕部小型衝撃砲【崩拳】を受けてアリーナの地面へと落ち、舞い上がった土埃で姿の隠れた天羽飛鳥を見下ろして凰鈴音は舌打ちをした。

 

「やるじゃねぇか、ヒヨッコ。」

 

「飛鳥の攻撃を防ぐとかやるっスね~。」

 

 飛鳥が落ちるのと同時に量子となって消えたGNソードビットの相手をしていたダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアのイージスコンビが大型実体剣【GNソードⅣフルセイバー】の攻撃を防いで見せた鈴を称賛しながら近付いてくる。少し遅れてセシリア・オルコットが4基のレーザービットを周囲に浮かべながら合流した。

 

「飛鳥さんがクリーンヒットを受けるところ、初めて見ましたわ。」

 

 IS学園で最も飛鳥と手合わせしているセシリアだが、そのセシリアでも飛鳥に攻撃をクリーンヒットさせたことはなかった。ビットと偏向射撃(フレキシブル)による多角的な曲射によってダメージこそ与えられるが、どうしてもシールドエネルギーを削るだけに留まっていた。

 

 イノベイターの能力が回避や防御に役立つということはセシリア自身も体験しているが、ダブルオークアンタの機体性能と飛鳥自身の素の技量も合わさって、避けるし防ぐし固い飛鳥に対し、見事クリーンヒットを叩き込んだ鈴は偉業を成し遂げたヒーローと言っても過言ではなかった。

 

()()。」

 

 だがその偉業は、他ならぬ鈴によって否定された。

 

「防がれた。」

 

「……はい?」

 

「オイオイ、あのタイミング、あの状況でどうやって防いだんだよ。左肩の盾も右手の大剣も動かせなかっただろ。」

 

「ダリルの言う通りっス。大剣は衝撃砲を叩き込む寸前に引き戻せないよう右腕ごと跳ね除けてたっスし、盾の方は自分が動かないように固めてた。それでどうやって……。」

 

 

 

 

「――高速切替(ラピッド・スイッチ)の応用だな。」

 

 ピットから一連の攻防を見ていた織斑千冬がそう口にした。

 

「跳ね除けられた右手の大剣を引き戻さずに量子変換し、瞬時に左手に展開(コール)して盾にしたか。」

 

 飛鳥が行った防御は言ってしまえば『ただ()を展開して防いだ』だけだ。単なるIS操縦におけるテクニックの1つであり、シャルロット・デュノアを始めとしてIS学園でもそれを行える者は多い。

 

「凰の攻めも()()()()()()()()()()彷彿(ほうふつ)とさせる良い物だったが、小手先の技術では天羽の方が上だったな。」

 

 「その辺りは今後の課題だな」と千冬は口元を緩める。

 

 山田真耶。千冬の後輩にしてかつての日本代表候補生。千冬が最も模擬戦を交わした相手であり、あがり症でさえなければもっと高い評価を受けていた筈の人間。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()女性を引き合いに出しての鈴へ評価は、間違いなく高かった。

 

 一方、同じようにその攻防を見ていた葉加瀬なのはは、土煙で姿を隠している親友ではなく鈴の方に視線を向けていた。

 

「まさか【天之四霊(てんのしれい)】に自分で至りかけてるなんてねぇ……。」

 

「【天之四霊】?」

 

 思わずと言った風になのはの口から零れた聞きなれない単語を千冬が拾った。

 

「攻撃も防御も加減速も、相手の拘束さえも可能とする万能の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)。甲龍が二次移行(セカンド・シフト)したら使えるようになる筈だったんだけど、まさか自力でやるとは思わなかったよ。」

 

「ほう。」

 

 なのはの話を聞いた千冬が僅かに目を剥いた。

 

「随分とまぁ便利な物を手に入れるんだな。【零落白夜】とは大違いだ。」

 

「良くも悪くもエネルギー無効化しか出来ないからねぇ、零落白夜は。それで十分強力なんだけど。」

 

「アレに試合時間が短くなる以上の利点はない。」

 

 今ではその名を出せば白式の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)と言われる零落白夜だが、元々の担い手は千冬の専用機【暮桜】だ。当然暮桜でその能力を発現させた千冬が1番その扱い方を知っている。

 

「零落白夜は『落とせない相手を落とす』能力だ。」

 

 零落とは落ちぶれること、白夜とは決して沈まぬことの比喩。故に『沈まぬものを落とす力』、それが【零落白夜】。

 

「現役時代、私が苦戦する相手というのは少なからず存在した。そう言った手合いに時間を掛ければ掛けるほど、私の負ける確率は高くなる。」

 

 世界最強(ブリュンヒルデ)となり公式戦で無敗を誇る千冬だが、別に苦戦しなかった訳ではない。シールドエネルギーは普通に削られたし、第一世代故にただ一つのみ備えていた武装である【雪片壱型】を受け止める相手も多く居た。

 

「そういう奴を相手に僅かな隙を見つけては叩き込んでいたのが零落白夜だ。」

 

 曰く、ただダメージレースを有利に運んで短期決戦に持ち込むだけの能力。苦戦しなければあんな使いにくい能力など使わないと千冬はため息混じりにそう言った。

 

「それがイマージュ・オリジス相手にも有効だからってこれから使われていく訳だ。」

 

「頭の痛い話だ。」

 

 

 

 

 一方その頃、土煙で姿を隠している飛鳥は、

 

「(白虎使えるとか聞いてないんだけど。ねぇ何か言ってよゼロシステム。)」

 

 ゼロシステムに当たっていた。なお現在ゼロシステムはなのはによってロックされているので何も答えてくれない。

 

「(どうしよこれ、1対1ならどうとでもなるけど……。)」

 

 甲龍が二次移行(セカンド・シフト)で手にする筈の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)、正式名称【天之四霊(ティェンヂィースーリン)】は甲龍に搭載された第三世代兵器【衝撃砲】に使われる空間に圧を掛ける技術を、中国神話に語られる四神の名を冠する4つの用途に発展をさせた能力だ。

 

 その内の1つ、空間に圧を掛け盾とする白虎の守りを限定的とはいえ二次移行(セカンド・シフト)前に使って見せた鈴に飛鳥は対処に困っていた。

 

「(ソードビットを使えば鈴ちゃんは落とせる。でもセシリアがいるからなぁ。)」

 

 GNソードⅣフルセイバーの一撃を受け止められた以上、鈴を落とすには必殺の一撃ではなく確殺の手数が要る。幸いダブルオークアンタはお(あつら)え向きの武装であるGNソードビットを備えているが、それを鈴に当てた瞬間待っているのはセシリアのビットによる多角曲射だ。

 

「(イージスコンビの2人も油断できないし。)」

 

 限定的にイノベイター2人の連携と同等のことをするダリルとフォルテのイージスコンビも油断できない。攻撃は全て防御結界【イージス】に止められ、軽減され、有効打を的確に対策して来るからだ。大技なら突破できるが、他の面子(めんつ)がその隙を許してくれるかと言えば首を傾げざるを得ない。

 

「(鈴ちゃんのお陰で楽しくなって(ゆだ)ってた頭は冷えたけど、どうしようかなぁ。)」

 

 つい楽しくなってやり過ぎてしまう、ということはもうない。白虎からの崩拳を受けて飛鳥の思考は冷えた。というか肝が冷えた。()()()()()()()()()()()()()()

 

「(うーん……。)」

 

 実の所、勝とうと思えば勝てる。それこそ4対1でも、その相手がイノベイターとそれに準ずる実力者4人だとしてもだ。だが、

 

「(なんか負けた気がするんだよなぁ。)」

 

 勝ちは勝ちだが、納得いくかと言えば別だ。そもそもイノベイター級の実力者が相手とはいえ、制限を設けて白式程度の性能しかないが第五世代機であるダブルオークアンタを、更に戦闘特化にしているフルセイバー装備でそれを行えば「それ実質私の負けじゃね?」と飛鳥は思う。

 

 とはいえ、それ以外で勝つにはそれこそ枷を外して第五世代の性能を発揮するぐらいしかない。

 

「(他の方法は時間が掛かり過ぎてピットにいる織斑先生が途中で切り上げるだろうし……仕方ないか。)」

 

 GNシールドに戻したGNソードビットのGN粒子充填量が上限になったのを確認し、一度GNソードⅣフルセイバーを右肩に戻してから、息を整えてそのキーワードを口にする。

 

「トランザム!」

 

 

 

 

 最初に気付いたのは脳量子波が使えず、()()による対話を行ったダリルだった。

 

「あん?この感じ……。」

 

「ダリル?どうし――これって。」

 

 ダリルに続いてフォルテが、セシリアが、鈴が気付く。周囲を漂うGN粒子に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まさか――!」

 

 中空からアリーナの地面を、土埃で姿を隠していたそれに視線を向けた。

 

 白と青を基本に、ところどころを赤と武装のクリアグリーンで彩られていた機体が、赤く染まっていた。

 

「トランザム……!?」

 

「クアンタフルセイバー、目標を殲滅する!」

 

 セシリアの呟きと同時に物騒なことを言って、飛鳥が量子化する。

 

「またそれか!」

 

「こう言う機体なので!」

 

「ダリル後ろっス!」「ッ!?」

 

 GNソードⅤにGNソードビットを合体させバスターソードモードにしたそれを左手に、右手にGNソードⅣフルセイバーを持って絶対防御を抜いてダリルのシールドエネルギーを削り切る。

 

「1人目!」

 

「このっ!」「墜ちなさい!」

 

 ダリルを落とした飛鳥に向かって衝撃砲とレーザービットの攻撃が放たれるが、当たったと思った瞬間再び飛鳥の身体が量子となって(ほど)けた。

 

「また――でも!」

 

 だが同じ手は何度も通じない。イノベイターの知覚能力で瞬時に出現場所を察知したフォルテが瞬時に迎撃に氷の弾丸を放った。

 

「遅い!」

 

「はやっ――!?」

 

 それを出現と同時にスラスターを噴かせ、まるで大きな一歩で移動したかのような動きをした飛鳥に躱され、左手に持ったGNソードⅤバスターソードモードから分離したGNソードビットがトランザムの速度でコールド・ブラッドの装甲を咄嗟に作られた氷の盾とシールドエネルギー共々斬り刻まれた。

 

「2人目!」

 

「イージスをこんなに早く……!」

 

 守りに定評のあるイージスコンビの2人をいとも簡単に落として見せた飛鳥に、セシリアのGNソードⅡブラスターを握る手に力が入る。

 

「セシリア、後ろ任せた!」「分かりましたわ!」

 

 射撃ではまた量子化で回避されると理解した鈴が双天牙月を手に飛鳥に飛翔する。

 

「はっ!」

 

「焦ったね鈴ちゃん!」

 

 振るわれた双天牙月を高速切替(ラピッド・スイッチ)によって持ち替えたGNガンブレイドで()()()()()ぶつけ合う。

 

「やばっ──!」

 

 イージスコンビを早期敗北に追いやったトランザムの性能に知らず知らずの内に焦った鈴がそれに気付いて光のない瞳を見開いた時には、もう既に双天牙月の刀身は溶断されていた。

 

「鈴さんから離れて下さいな!」

 

「!ソードビット!」

 

 追撃にと高速切替(ラピット・スイッチ)で持ち替えたGNソードⅤを振るうより先にセシリアによって放たれたレーザーを、トランザムによって刀身に展開されているGNフィールドも強固になっているのに任せてGNソードビットで切り裂きながら進ませ、そのままレーザービットを切り落とす。

 

「いつも以上のデタラメを……っ!」

 

「切り刻め、ソードビット!」

 

 そのまま6基のGNソードビットで逃げ場を無くしてからシールドエネルギーが0になるまで攻撃し、セシリアを倒す。

 

「これで3人目!」

 

「好き放題してくれるじゃないの!」

 

 溶断され刀身の短くなった双天牙月を構えた鈴が肩部大型衝撃砲【龍咆】を高威力で放つための溜めをしながら切り込んでくるのを、瞬時に高速切替(ラピット・スイッチ)でGNガンブレイドを持った飛鳥が迎え撃つ。

 

「ちぃっ!」

 

 段々と溶断され短くなる双天牙月に小さく舌打ちをした鈴は、龍咆のチャージが終わるや否や双天牙月を更に短くしようと腕を振るう飛鳥に向かってそれを放った。

 

「見えてるよ!」

 

 だが、チャージを見逃していなかった飛鳥によって瞬間的なスラスター噴射による短距離移動でそれを躱され、高速切替(ラピット・スイッチ)でその手に持たれたGNソードⅣフルセイバーが鈴の甲龍を絶対防御ごと切り裂いた。

 

勝者 天羽飛鳥 ダブルオークアンタフルセイバー

 

 

 

 

『飛鳥、トランザムは使わないでね。』

 

『了解、トランザム!』

 

『実は劇中でこんなセリフないんだけどね。』

 

『まだ使うとヤバイ時に使わないと負ける相手に仕方なく使ったせいだからね。』




イノベイター2人&それと同じ動きが出来る人&今はまだ国家代表級の人
VS
ツインドライヴ搭載の戦闘特化イノベイター専用機に乗るイノベイター(粒子量制限中)

(ガンダム00曰く)トランザムすれば勝てる

この面子相手に4対1は流石に飛鳥が負けますが、ゼロシステム使ったり粒子量の制限取り払ったりトランザムしたりGNガンブレイドの攻撃を双天牙月が受けきれなくなる限界までし続けたりすればその限りではありません。


あ、トランザム中の飛鳥の発言を赤くしてみましたが、これ見やすいですかね……?場合によっては改訂します


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話 転入生、それは新キャラとの出会い

「………………。」

 

――ズ~~~ン……

 

 専用機持ちたちによる乱戦形式の模擬戦後、参加した中で唯一の国家代表操縦者にしてIS学園最強の称号である生徒会長の更識楯無の表情はかつてないほどに暗かった。

 

「初っ端瞬殺……ふふ、私も落ちたものね……ははっ……。」

 

 いや、暗いどころか薄ら笑いを浮かべていた。目は死んでいるが。

 

「お姉ちゃん、気をしっかり。私だってビットで瞬殺されたから。」

 

「そうですよ。俺なんて投げられた武器に突っ込んで自爆しましたし。」

 

「私も、絢爛舞踏も使えませんでしたし。」

 

 更識簪、織斑一夏、篠ノ之箒の瞬殺仲間がアリーナの地面に(うずくま)る楯無を慰めている中、僅かながらも対抗したシャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒの2人がセシリア・オルコットたち最後まで戦った組に話を聞いていた。

 

「衝撃砲の砲身を盾にしただと?」

 

「そんなことが出来るの?」

 

「普通じゃ無理。そもそも攻撃を衝撃砲のある部位で受けるとか正気じゃないし、やろうとして出来るもんじゃないわ。」

 

「それ、自分で言うんですの?」

 

 こちらは楯無とは違って負けたことをなんとも思っていない。むしろ向上心からどう立ち回れば良かったのかを話し合っていた。

 

「氷漬けが良いんじゃないっスか?」

 

「やっぱ動けなくするのが1番だよなー。」

 

「私ルイベ*1にされるんです……?」

 

 その中で出たダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアの物騒な会話に、イノベイターとしての感覚で2人が本気でそう思っているのを感じた飛鳥は身を震わせた。

 

「でも今のコールド・ブラッドじゃそんなこと出来ないんスよね~。」

 

「ISを止めるにゃ出力が足りないんだったか。二次移行(セカンド・シフト)すりゃぁ変わるんだろうが期待できねーし。」

 

「あとやっぱり機体性能が心許(こころもと)ないっス。」

 

 フォルテ曰く、ギリシャ製第三世代IS【コールド・ブラッド】はイメージ・インターフェースに性能を振り切ったような機体で、パワーもスピードも第三世代の中では下から数えた方が早く、ともすれば第二世代をチューンしたシャルロットの専用機【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】よりも機体性能が低いかもしれないらしい。

 

 分子活動を鈍らせ、果てには停止させることで凍結を行うイメージ・インターフェースにしても、冷たいジュースが飲めるぐらいで大して使い勝手が良い訳でもないとか。

 

 それでも現状セシリアを抜き、飛鳥に次いでIS学園の強さランキング2位に居るフォルテはイノベイターであることを加味しても強い。機体性能で勝りビットを有するセシリアを相手に自身のシールドエネルギーを守り抜き、逆にセシリアのシールドエネルギーを全損させられる腕前は流石の一言に尽きる。

 

 とはいえイノベイターの能力と培ってきた技量だけでは、コールド・ブラッドの機体性能の低さを誤魔化すのにも限界がある。というか機体に足を引っ張られてフォルテの真価を発揮できないでいる。

 

ギリシャ(うち)に余裕があれば自分もなのはにオートクチュールを頼んだっスけど、生憎神話ぐらいしか取り柄がないもんで。潔く諦めるっス。」

 

 そう自虐的に言うフォルテだが、それは専用換装装備(オートクチュール)の製作を依頼しない理由の半分に過ぎない。真に頼まない理由は『イージスの連携が崩れるから』だ。

 

 コールド・ブラッドとは逆に炎を操るアメリカ製第三世代IS【ヘル・ハウンド】に乗るダリルとの連携。互いに互いの機体性能や癖を完全に理解した事で実現した異体同心(いたいどうしん)のコンビネーション【イージス】。

 

 フォルテがイノベイターに変革してからはそのコンビネーションを利用してダリルもイノベイターと同等の動きをしているが、実はフォルテの先導にダリルが合わせているだけでただのコンビネーションの範疇で、それは2人が積み重ねてきた互いへの理解を軸としているからこその連携。

 

 しかし日頃の鍛練で徐々に強くなっていくならともかく、天才たる葉加瀬なのはによって作られた専用換装装備(オートクチュール)によって飛躍的に強くなっては、その積み重ねが一時的にとはいえ崩れてしまう。再び積み上げるまでの間、『イノベイター2人』の戦力が『イノベイター1人』になってしまう。

 

 取捨選択した結果、フォルテはイノベイター2人を取った。窮屈な思いこそしているが勝てない相手はそれこそ飛鳥ぐらいなのもそうさせた理由で、何より一時的にとは言えパートナーと積み上げてきたものが崩れるのが嫌だったから。

 

「ボクとしても今は手いっぱいで、調整なら兎も角他の依頼は受けられないから助かったけどね。」

 

 理由はどうあれ、専用換装装備(オートクチュール)の製作が新しく依頼されなかったことに一安心といった風にピットから出て来た葉加瀬なのはが言う。

 

「あ、なのは。あたしの実力確認ってどうなったのよ。」

 

 なのはが来たことで思い出したように凰鈴音がそう聞いた。

 

「なんだ、気付いてたんだ。」

 

「あの状態になんなきゃ分かんなかったわよ。よくも使わせたわね。で、結果は?」

 

 ジト目になった鈴の言葉になのはが空中に画面を投影し、数値化された鈴のデータを眺め僅かに考えた後、

 

「んー、飛鳥相手にこのタイミングで虚を突けるなら十分合格ラインだけど、今は第四世代までが限度だね。それ以上は【紅椿】みたいに性能を引き出せないで宝の持ち腐れになる。」

 

「……!」

 

 すぐ側にいる【紅椿】の操縦者を引き合いに出してそう言った。

 

「そう、ならそれでいいからお願い。」

 

「口座に振り込みよろしくね。」

 

「はいはい。」

 

 鈴となのはのそのやり取りを見た箒は人知れず歯を食いしばった。

 

「(鈴は第四世代の性能を引き出せるのに、私は……。)」

 

 姉であるISの製作者、篠ノ之束に頼んで作って貰った第四世代IS【紅椿】。箒はその性能を引き出し切れていない。

 

 元々ハイスペックな代物故に使いこなすには相応の実力が必要ではあるが、そもそも性能を引き出す大前提の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)【絢爛舞踏】の発動にさえ時間を要する現状では()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 搭載された操縦支援システムによってある程度勝手に動いてくれる上、第四世代故の高い機体性能、何より2振りの刀という箒向きの武装を備え、無限にエネルギーを増幅させる【絢爛舞踏】を有する紅椿は本来最強のISだ。

 

 それが瞬殺されるなど、操縦者である箒が未熟である以外に説明がつかない。

 

「(これでは、姉さんに顔向けできないではないか。)」

 

 京都での亡国機業(ファントム・タスク)との戦い以降、雰囲気が柔らかくなり、隙とも言えるような気の緩みを見て取れるようになって、ようやく姉妹仲が改善してきた大好きな姉。

 

「(紅椿を作ってくれた姉さんのためにも、無様は晒せない。もっと精進せねば。)」

 

 

 

 

『絢爛舞踏が本気を出すな。』

 

『絶対防御を発動させる以外に突破方がないとかいうチート機体。()()()()()()()なの本当におかしい。』

 

『束さんはさぁ……。』

 

『なお群咲には負ける模様。』

 

『束さんはさぁ……!』

 

 

 

 

「お前たち。」

 

「織斑先生?」

 

 ピットから織斑千冬が顔を出して声を掛けてくる。

 

「どうかしたんですの?」

 

「今さっき対イマージュ・オリジスの戦力として転入して来た代表候補生が到着した。顔合わせと互いの実力確認をこれから行う。」

 

「え、今から……ですか?」

 

「そうだ。とはいえ、補給が済んでいるのは天羽だけか。」

 

 少し眉間に皺が寄ったが、「まぁいい」と息を吐いて、

 

「天羽、軽く揉んでやれ。」

 

「(この人やっぱり大雑把だなぁ)分かりました。」

 

 心の中で『天羽と戦わせても心が折れたりしないだろ、多分』と思いながらそう言った千冬に、『流石束さんの親友』というとてつもなく嫌な顔をされそうなことを考えながら、飛鳥は千冬の頼みを快諾した。

 

「よし――お前たち、出てこい!」

 

「しっつれーしまーす。」「失礼します。」

 

 千冬の呼びかけにピットからISを纏った少女が2人、アリーナの地面にPICでふわりと降り立った。

 

「は?」

 

 そのうちの片方、どこか鈴の専用機【甲龍】と似た雰囲気(デザイン)のISを纏った少女を見て鈴が目を丸くし、すぅ、とその目から光が無くなった。

 

「ちょっとアンタ、まだ中等部の癖に何でここに居んのよ?」

 

「どーも、鈴()()()()()()。アタシ、優秀だから?飛び級だってさ、いいでしょ?フフン!」

 

「…………。」

 

「……な、なに?」

 

 鈴を『おねえちゃん』と呼んだ少女は無言の鈴に不安そうな顔で鈴の様子を(うかが)った。

 

「──ッチ、代表候補生程度の力量はあるみたいね。ま、そうでなきゃ甲龍の量産型とはいえ専用機が渡される訳ないか。」

 

「え──。」

 

「歓迎はしないけど迎え入れてあげる。台湾代表候補生、凰乱音(ファンランイン)。」

 

「────。」

 

 何故か固まった凰乱音と鈴に呼ばれた少女から視線を外し、箒が隣にいた一夏に小声で話し掛けた。

 

「一夏、鈴には妹が居たのか?」

「いや、俺も初めて知った。何なんだ、あの鈴2号は?」

 

「従妹よ。」

 

「「!」」ビクッ

 

 小声で話していた所に突然鈴から答えが来た2人の肩がビクッと震えた。

 

「乱は私の従妹。なんやかんやで台湾暮らしなの。」

 

「そ、そうなのか。」

 

「あと一夏、間違っても2号は言っちゃダメだからね。昔から私と比べられまくった乱にそれは地雷よ。」

 

「お、おう、分かった。」

 

 普段と違いとても分かりやすく教えてくれた鈴に驚きながら、一夏はその忠告をしっかりと心のメモ帳に書き留めた。

 

「あの……。」

 

 そんなやり取りをしていると、もう1人の転入生が困ったように声を上げた。

 

「あぁすまん。はじめまして、俺は織斑一夏、よろしくな。」

 

「はじめまして、タイ代表候補生、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーです。」

 

 一夏の自己紹介に返すようにその転入生、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーが礼儀正しく頭を下げた。

 

「「「あっ。」」」

 

 次の瞬間、飛鳥、セシリア、フォルテの3人から声が漏れた。

 

「ん?どうかしたか?」

 

「「「いえなにも。」」」

 

「そうか?」

 

 3人の異口同音(いくどうおん)の返答を気にも止めず、一夏はヴィシュヌとの会話を続けた。

 

「(一目惚れしたね、今。)」

 

「(しましたわね、一目惚れ。)」

 

「(これ以上モテてどうする気なんスかね。)」

 

 脳量子波による内緒話をし始めた3人のイノベイターは、ヴィシュヌが一夏に一目惚れしたことを見抜いていた。

 

「(どうも自覚はないみたいだけど、これで何人目?)」

 

「(専用機持ちだけで8人目ですわ。)」

 

「(いつか刺されるんじゃないっスかね、あれ。)」

 

 もはや呆れながらの内緒話はシャルロットによって自己紹介の流れが出来たことで中断された。なおこの場にいるもう1人のイノベイター、なのはは他人の色恋に無頓着であるため内緒話には参加しなかった。

 

「あいさつは済んだな?では天羽、あくまでこれは実力を確認するための模擬戦だ、蹂躙と瞬殺はやめろよ。」

 

「はい。」

 

 『フルセイバーでそれは無理です』と口を出かけたが、言っても聞いてもらえないだろうなぁと思い留まった飛鳥は千冬の注文に頷き、ダブルオークアンタフルセイバーを装着した。

 

「ねぇ、どっちが先にやる?」

 

「私はどちらでも。」

 

「ならアタシが先♪」

 

 そんなやり取りの後、乱がPICでふわりと浮かび上がった。

 

「えーと、飛鳥だっけ?アタシの実力、見せてあげる!」

 

「それでは、始め!」

 

 千冬に合図と共に、乱はスラスターを噴かせた。

*1
北海道の郷土料理。サケ類などを冷凍保存したもの、または凍ったまま薄切りにした刺身のこと




 実力確認の模擬戦に乱とヴィシュヌが来ないのはおかしいと思ったので来て貰いました。戦闘は次回。

 何気にファーストコンタクトが変わったことで乱は一夏を(少なくとも今は)嫌っておらず、ヴィシュヌも初対面で一夏に胸を揉まれてないので塩対応しません。ヴィシュヌ周りのバタフライエフェクト凄そう(小並感)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話 凰鈴音、それはおねえちゃんの気持ち

 台湾代表候補生、凰乱音(ファンランイン)の纏う専用機は中国によって開発された第三世代IS【甲龍(シェンロン)】を量産したモデルである【甲龍(シェンロン)紫煙(スィーエ)】だ。

 

 量産するに当たって第三世代兵器【衝撃砲】は大型衝撃砲【龍咆・単式】という1門だけに減らされ、更に初期装備(プリセット)も大型青龍刀【双天牙月】2振りから片刃の大型実体剣【角武】1振りと、それでカバーしきれない至近距離用の【龍牙】という2つのカタール*1に変更されている。

 そんな甲龍・紫煙の甲龍との最大の違いは、先端に銃火器を内蔵した尻尾のような形状の武装【甲尾】を持っていること。減らされた衝撃砲の代わりの遠距離武器という側面が強い甲尾だが、先端が3つに別れその1つ1つが銃口を備えているために遠距離武器としては申し分なく、また尻尾のような形状を活かして鞭のように使うことも出来る遠近両用の武装で、角武や龍咆・単式などの装備の隙を埋める便利な武器だ。

 

 総合的に見て、流石甲龍の量産型だと言える良い機体。それが甲龍・紫煙である。

 

「ま、大体こんな感じね。」

 

 乱の使う機体について解説した凰鈴音は、そう締めくくって息を吐いた。

 

「「「…………。」」」

 

「何よ、変な顔して?」

 

 唖然というか、ポカーンというか、呆けた顔で自身を見つめてくる友人たちに鈴が怪訝そうな顔をする。

 

「いや……鈴が頭良さそうなこと言ってるから、驚いた。」

 

「喧嘩なら買うわよ?」

 

「すまん!」

 

 凄まじく失礼なことを言った織斑一夏を威圧してから、鈴は上空で天羽飛鳥を相手にしている乱に視線を向けた。

 

「しっかし、乱が来るなんてねぇ……台湾の人材不足はよっぽど深刻みたい。」

 

「そうなのか?実力は申し分ないように見えるが……。」

 

 鈴の言葉に篠ノ之箒が首を傾げる。

 

「そりゃ半端なのを送ったら国の威信に関わるからよ。少なくとも審査は通らないと乱はここに居ないわ。」

 

 対絶対天敵(イマージュ・オリジス)の迎撃拠点に選ばれたIS学園には、各国から戦力が派遣されることになっている。国内最強の国家代表は流石に国土防衛で忙しいため動かせないので、そのワンランク下になる代表候補生が派遣される。

 

 ではIS学園に派遣する代表候補生の選定はどんな基準で行われるかと言えば、まず第1に『専用機を持っていること』が絶対条件だ。これだけでほとんどの代表候補生が条件から外れる。まぁ今回を機に専用機を与えてもいいため、選考の優先度が高い程度に留まるが。

 

 第2の『送り出せる人材であること』が重要だ。素行に問題があったり、他の代表候補生たちと歩調を合わせられないような者を送り出したとあっては国の信用に関わる。そのため送り出す人材は国の方で厳重な審査がされる。

 

 さて、では凰乱音はこれをクリアしているかと言えば、そこはもちろんしている。

 

 言動が少し鼻につくが、それも個性の範囲内で済む程度で致命的ではない。量産型とはいえ第三世代の専用機を持っていて、命令は守るし協力だって出来るし、実力だって申し分ない。選ばれて然るべきだろう。

 

 それでも鈴が乱の派遣から人材不足を感じたのにはちゃんとした訳がある。

 

「乱はね、()()()なの。」

 

「新参者?どういう意味だ?」

 

「乱はあたしが訓練し始めてから訓練を始めたのよ。」

 

「……ねぇ、鈴が訓練を始めたのって。」

 

 鈴の言葉でその事実を理解したシャルロット・デュノアが、驚きで目を見開きながら鈴に確認する様に聞いた。

 

「中3の頃からね。大体1年で甲龍を貰ったわ。」

 

「!つまり乱も……!」

 

「そっ、2()()()()()()()()()()()よ。」

 

 代表候補生たちが絶句した。

 

 専用機という物は特別だ。国ごとに配布された貴重なISコアの1つを個人に持たせる以上、国としてはどうしても慎重になる。それこそ年単位でその人となりを、実力を把握してからでないと渡せない。

 

 大体3年、早くて2年。それが専用機を与えられる月日だ。よほどのことがない限り、それは覆せない。つまり2年経たずに専用機を手にした乱は――

 

「あんなだけどまぁ、一般的には天才なのよ、乱は。」

 

 必然、よほどの存在――

 

「でもその程度で専用機は貰えない。」

 

「え?」

 

 ――それは一瞬の間もなく、即座に否定された。

 

「代表候補生なんて掃いて捨てるほどいる。それこそ何年も訓練した秀才って奴がね。」

 

 見上げた先、アリーナの内部を飛び回る乱を()()()()()()で見つめながら、鈴は手首で待機形態となっている専用機、甲龍を撫でた。

 

「あたしみたいに専用機に乗った国家代表を訓練機で倒すとかしたならともかく――」

 

「待って鈴、今凄いこと言わなかった?」

 

「――ともかく。

 

「ゴリ押した……!?」

 

 ふと零してしまった黒歴史に目敏(めざと)く反応したシャルロットを無視して、鈴は未だに飛鳥に剣を振るわせるどころか、スタート位置から押し出すことも出来ない乱を見て、

 

「何の実績もないポッと出の、ただの早熟する天才に専用機を与えることになる程度にしか、台湾の代表候補生は育ってないのよ。」

 

 いつもなら言わないそんな言葉を口にした。

 

「珍しいですわね、鈴さんがそんな話をするなんて。」

 

 セシリア・オルコットが鈴の言葉に少し驚いたように言う。イギリス貴族の1人として様々な人間を見て来たセシリアからすれば、鈴は良くも悪くも関心のないことにはとことん関心が湧かないタイプの人間だと見ていた。

 

 世界情勢や政治に興味などなく、専用機持ちの代表候補生としてテストで点数を取れるように、ということでただ知識を付けただけ。それがこうも他国について語るというのは、正直意外と言う他なかった。

 

「愚痴よ愚痴。他が育ってないからって乱を送ってきた台湾へのね。」

 

 そう言いながら、剣を振らない飛鳥に業を煮やした乱が角武を持って瞬時加速(イグニッション・ブースト)で突っ込んだのを見てため息を吐いた。

 

「愚痴、ねぇ。」

 

 フォルテ・サファイアの頭を撫でていたダリル・ケイシーがニヤニヤと笑いながら鈴を見る。

 

「……何よ。」

 

()()()()()()()()()()()。」

 

「――――。」

 

 ピタリ、と待機形態の甲龍を撫でていた鈴の手が止まった。

 

「愛されてんなー、あいつ。」

 

「ふんっ。」

 

 プイッ、とそっぽを向く鈴にダリルが笑う。

 

「あ、落ちた。」

 

「え?」

 

 試合開始から5分。鈴が目を離した瞬間に飛鳥が右肩のGNソードⅣフルセイバーを振り下ろし、乱は絶対防御を発動させシールドエネルギーが0になった。

 

 

 

 

『よし、何か条件付けられたせいで耐久戦になったけど勝てた。』

 

『時間まで落とされない、落とさないって面倒だね。』

 

『ヴィシュヌともこれやるの……?』

 

『やるんじゃない?』

 

『あの蹴りを相手にするのか……。』

 

 

 

 

「1撃ってどういうことよ!」

 

 模擬戦後、アリーナの地面に降り立った乱は開口一番にそう叫んだ。

 

「飛鳥相手に近付くからそうなるのよ。」

 

「というか角武ごと斬られたんだけど!何あれ!?」

 

 ズビシッ!と乱に続いて降りてきた飛鳥の右肩に取り付けられたGNソードⅣフルセイバーを指差して、乱は近付いてきた鈴に問い質した。

 

「ヒートソード、つまり溶断武器よ。飛鳥の近接武器は全部そうだから、今後気を付けなさい。」

 

「ハァ!?ハイパーセンサーに熱源とか無かったんだけど!」

 

「触れなきゃ熱くなんないのよ、アレ。圧力センサーか何か仕込んでるんでしょ。」

 

 GNソードⅣフルセイバーに限らずダブルオークアンタの持つ全ての装備が実際に受けるまで溶断武器であることを悟らせない理由は、乱の言うようにヒートソード特有の刀身の熱源がないからだ。そのため、相手からすればただクリアグリーンで出来た刃や刀身の剣で斬りかかってくる様にしか見えない。

 

 端から見れば普通に斬りかかってくるだけなので、当然その対応も普通に防ぐか躱すか。しかし実際は鈴の予想通り、触れた瞬間に刀身の素材がGN粒子を熱変換し、その熱を対象に移動させる圧力センサーに似た機能が備わっているため、防げばそのまま溶断されることになる。

 

「初見殺しじゃない!」

 

「それに対応するのも実力よ。」

 

「ぐぬぬ……!」

 

 いや対応する方がおかしい。そう言いたかった飛鳥だが、ここで口を挟むと面倒なことになるとイノベイターの勘が言ったため黙ることにした。

 

「天羽、次も頼めるか?」

 

 そこに千冬が声を掛けてくる。

 

「シールドエネルギーも十分ありますから、問題ありません。」

 

「よし。ギャラクシー、今見た通りだ。全力で戦え。」

 

「はい。ドゥルガー・シン、出撃します!」

 

 千冬に発破をかけられ、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーは秘かに闘志を燃やしながら専用機を展開した。

 

 タイ製第三世代IS【ドゥルガー・シン】。搭載された第三世代技術は非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)として機体との相対位置が決まっているスラスターを任意で移動させられるというビットにも似た技術。

 

「天羽さん。」

 

「飛鳥で良いですよ。」

 

「では飛鳥さん、お手合わせお願いします!」

 

 右手に展開(コール)した弓型の武器【拡散弓クラスター・ボウ】を持ち、ヴィシュヌは飛び上がった。

*1
実はジャマダハルというのが正式名称でカタールは全くの別物




 鈴が喋りまくったので乱の戦闘は描写せず仕舞い。あと気付いたんですけど甲尾以外公式でもほぼ鈴みたいな扱いだったから書き分けがとても難しい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58話 葉加瀬なのは、機体を語る

「ふっ!」

 

 先手はヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーだった。凰乱音との戦闘を見て近接戦は危険だと判断し、右手に展開(コール)した弓型の武器【クラスター・ボウ】による射撃を始めた。

 

 放射状に複数のエネルギー矢を放つクラスター・ボウの攻撃を左肩のGNシールドで防いだ天羽飛鳥は、その場から動かずに右肩のGNソードⅣフルセイバーからGNガンブレイドを2つ取り外し、ガンモードにして仕返しの射撃を始めた。

 

 その攻撃をヴィシュヌは円軌道で回避しながら、クラスター・ボウでの攻撃を続けた。

 

 

 

 

「葉加瀬、ギャラクシーの機体の解説は出来るか?」

 

「公表されてるデータと見た所感で良いなら。」

 

「十分だ。」

 

 射撃戦を繰り広げる2人を見て、織斑千冬が葉加瀬なのはにヴィシュヌの専用機の解説を頼んだ。それを受けたなのはは右手に手袋【マスターハンド】を着け、コアネットワークに接続して【ドゥルガー・シン】の機体データを空中に投影した。

 

「タイ製第三世代IS【ドゥルガー・シン】。近・中距離両用型の機体で、搭載している第三世代技術は機体との相対位置が決まってる非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)を任意で動かせる技術。あの機体だとスラスターにこれが使われてる。」

 

 すらすらと語るなのはに合わせたかのように、ヴィシュヌがスラスターの位置を動かして変則的な動きで飛鳥の射撃を躱した。

 

「ビット兵器と似た技術だけど、あくまで相対位置を動かしてるだけで非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)であることに変わりはないから別の代物だね。」

 

 それがどう違うのか。織斑一夏と篠ノ之箒以外が解説を聞いてなるほどと頷く中、2人だけは疑問符を浮かべ首を(かし)げた。

 

「あれはどっちかって言うと()()()()()()()。4つ手前ぐらいの技術だね。」

 

「なに!?」

 

 展開装甲という言葉に箒が驚いたように上空を飛ぶヴィシュヌを見上げた。

 

 装甲を展開することで換装せずにあらゆる状況に対応する。それが第四世代技術【展開装甲】だ。それは第三世代技術を発展させていくことで辿り着く先。ドゥルガー・シンはその4つ手前であると言われ、代表候補生たちも箒に続いてヴィシュヌを見上げた。

 

「あの機体最大の武器は蹴りだ。」

 

「蹴り?」

 

「ビームソードが内蔵された脚での蹴り。防御は考えない方が良いよ、飛鳥でも基本避けるから。」

 

 未だにクラスター・ボウでの射撃を続けるヴィシュヌの脚に視線が集まる。確かに通常のISの脚より大きいそこには普通は無いビーム展開用の機構が存在した。

 

「スラスター位置を変えての高い機動力を活かした飛び蹴り、それが本来のスタイルだね。何かしらの理由で近付かない時は脚のビームを飛ばしたりあの弓で射撃したり、ちゃんとサブプランも用意されてる。悪くない機体だ。」

 

 投影していた画面を消し、手袋を外してなのはは解説を終わらせた。そのなのはの言葉が気になったのか、セシリア・オルコットがなのはに顔を向けて聞いた。

 

「『良い機体』、とは言わないんですの?」

 

()()()()()()()。」

 

 何でもない様にセシリアの質問に答えたなのはは魔法瓶を取り出して中に入ったポタージュを飲んで一息吐いてから、その言葉に驚いたように自分を見つめる代表候補生たちに言った。

 

「あの弓が高性能過ぎるせいで拡張領域(パススロット)が埋まってる。本来なら手持ちの近接武装があって然るべきなのにそれがない。脚の武器が近・中と戦える物だからって気にしてないんだろうけど、いざと言う時の対応力が低い。」

 

 放射状に複数のエネルギー矢を放つ弓【クラスター・ボウ】は威力も悪くなく、一夏のように射撃が下手でも命中させられるだろう良い武器だ。だからこそ拡張領域(パススロット)を埋め尽くしている。いわば白式の雪片弐型の様な武器なのだ。

 

 それが問題視されていないのはドゥルガー・シンの機体脚部に内蔵されたビームソード発生装置があるから。元々格闘戦を考慮して設計されていたため『近接武器はそれでいいだろう』と言う開発者たちの思考は、手持ちの近接武装がないことを重く受け止めなかった。

 

()()()()()。ボクに言わせれば妥協しまくりだよ、あれは。」

 

 仮にも第三世代機であるため、弱くはない。展開装甲の4つ手前の技術を使っているため、悪くはない。ただ妥協が見て取れるため、良くない。

 

「あぁ言う妥協をする限り、タイに第四世代は無理。展開装甲はそんな考えで作れない。」

 

 国の威信を賭けた最新鋭の機体で妥協をするような国に第四世代は無理だと技術者の目線で語るなのはに、凰乱音が目をパチクリさせた。

 

「……そういや、コイツ誰?さっきの自己紹介で何も言わなかったけど、どこの代表候補生?日本?」

 

「「「あっ。」」」

 

 乱の言葉に代表候補生たちが声を漏らす。乱たちがアリーナに来た時の自己紹介で、唯一代表候補生でないなのはは自己紹介をしていなかった。模擬戦後で疲れていたのもあり全員の意識からそれが抜け落ちていた(飛鳥は知っていて黙っていたが)。

 

「ダブルオークアンタの製作者、葉加瀬なのは。所属も役職もないよ。」

 

「え、あたしはてっきりどっかの会社か研究所にあんたの名前があると思ってたんだけど。」

 

「そういう所に名前貸すと利用されるからやってないんだよねぇ。株と宝くじでクアンタを作る分には足りたから結局起業もしなかったし。」

 

 凰鈴音が所属がないと言ったなのはに驚くと、なのははそう答えた。

 

 ダブルオークアンタはなのはの個人資産で作られたが、それは親の名前を借りて株と宝くじをすることで手に入れた金だ。

 

 足りない分は起業でもして稼ぐつもりだったが、フルセイバー込みでクアンタの製作費には足りたのでそうなることもなかった。

 

 それを話すと、シャルロット・デュノアがキラリと目を輝かせて近付いて来た。

 

「えーっと、葉加瀬さん。」

 

「デュノア社に技術提供はしないよ。」

 

「え──。」

 

 ギクリ、と心の内を言い当てられて固まるシャルロットになのはがため息を吐いた。

 

「どうして……。」

 

「色んな意味でもう必要ないからね。()()()()()()()()()()()()。」

 

「ッ!?ほ、本当に!?」

 

 なのはの言葉にシャルロットが目を見開いて詰め寄った。

 

 デュノア社は自国の第三世代開発計画で遅れたがために経営危機に陥ろうとしており、それを解決するためにシャルロットはスパイのような者としてIS学園に送り込まれた。しかし結局これと言った有益な情報を届けないまま12月に入っている。

 

 本社が具体的にどういう状況なのかをシャルロットは知らないが、他国の第三世代や男性操縦者の情報も無しに第三世代を完成させたという話は信じられなかった。いやそもそも、そんな話を聞いたことがなかった。

 

「気になるなら自分で確認するといい、あの無愛想なアルベール・デュノアにね。」

 

「父さんに……?」

 

「嫌ならそれでもいい。どうあれ()()()()()()()()。」

 

「っ……。」

 

 ()()()()()()()()()なのはの言葉にシャルロットの息が詰まる。

 

「……無愛想にも程があるぞアルベール。」

 

「……?」

 

「はぁ……君の知らない真実は色々あるけど、ボクから教えることはない。知りたいなら腹を割って父親と話すんだね。最も、あの男がよりにもよって君に話すとは思えないけど。」

 

 「それじゃ、ボクは工房に戻るから。」そう言って去っていくなのはの背中に、シャルロットはただ視線を向けていた。

 

 

 

 

 IS学園にある自分の工房のデスクに腰掛けたなのはは、自身の目の前に投影された画面を見て今日3番目のため息を吐いた。

 

「……無愛想なのに洒落(しゃれ)は利くとか、どうなってるんだあの男は。」

 

 そうボヤいたなのはの見つめる画面には、とあるISのデータが映されていた。

 

 デュノア社製第三世代IS、【コスモス】。搭載された第三世代兵器【花びらの装い(ル・ブクリエ・デ・ペタラ)】は実弾兵器を受け流すという()()()()()()()()()()G()N()()()()()()()()()()()のエネルギーシールド。

 

 初期装備(プリセット)の48口径ハイブリッドロングライフル【ヴァーチェ】は実弾とエネルギー弾両方の性質を持ち、物理防御とエネルギー防御のどちらかに偏っていては防げない武器となっている。同じく初期装備(プリセット)の32口径10連装ショットガン【タラスク】により、決定打となり得る近接武器での攻撃を許さない。

 

 ラファール・リヴァイヴの設計思想を引き継ぎ、すべてに置いて上回る新たな傑作機。アルベール・デュノアが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その白を基調にオレンジを散りばめた機体が表す想いを、そこに託された願いを、それを渡されようと言う娘は知らない。

 

 ――白のコスモスの花言葉は、【優美】。それは愛する女性に贈った言葉。

 

「ほんと、無愛想な男だねぇ。」

 

 それを渡される娘が、果たして『愛されていない』などと言えるのだろうか――




 アーキタイプ・ブレイカーと原作11巻の一部を同時進行させるプロット、読み返してもどうかと思う。

 あとコスモスの機体色は捏造です。描写なかった……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第59話 天羽飛鳥、絶対天敵(イマージュ・オリジス)を溶断する

「――――。」

 

 第3アリーナでヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーとの射撃戦を繰り広げていた天羽飛鳥は、ふとアリーナのシールドバリアーで遮られた空を見上げた。

 

「そこっ!」

 

 それを隙と受け取ったヴィシュヌは今まで【クラスター・ボウ】で輻射していたエネルギー矢を1本に束ね、先ほどまでと威力が格段に違う攻撃を放った。

 

「ちょっと失礼します。」

 

「っ!?きゃぁっ!」

 

 その攻撃を左肩のGNシールド上部のGNビームガンで相殺し、量子化によってヴィシュヌの背後にワープした飛鳥がその背中を蹴飛ばして地面に転がした。

 

「くっ、ワープするとは思いませんでした……!けど、まだ!」

 

「動かないで下さい。」

 

 地面に蹴落とされ倒れた状態から起き上がろうとするヴィシュヌの背中を飛鳥が起き上がれない様に抑える。その状態のまま飛鳥はGNシールドからGNソードビット6基を解き放ち、それを前方で円状に配置してGN粒子の高速対流【GNフィールド】を展開した。

 

「何を――。」

 

()()()。」

 

 次の瞬間、

 

――ドォォォン!!!

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

『何とか蹴らせずに終われた……間合い調整とか久しぶりにやったなぁ。』

 

『ヴィシュヌは蹴りだけは脅威だからねぇ。弓は回避こそ難しいけど防御は楽だし。』

 

『まぁ蹴りだけならカモだけどね。攻撃態勢が限られるから動きが読めるし。』

 

『手持ち武装があれば違うんだろうけど、弓だけだからねぇヴィシュヌ。』

 

『弱くはないけど強くもないのがヴィシュヌだからなぁ。ほんと蹴り以外強いところがない。』

 

 

 

 

 落ちて来た隕石の衝撃をGNフィールドで防ぎ、揺れる地面にただ1人立つ飛鳥は、揺れが治まってからGNフィールドを解いてGNソードビットを戻し、倒れていたヴィシュヌを抑えつけていた足を退けた。

 

「今のは……!?」

 

『天羽、ギャラクシー、無事だな?』

 

 突然のことに驚くヴィシュヌを余所に、アリーナのスピーカーから千冬が呼びかけた。

 

『模擬戦は中止だ。これより対イマージュ・オリジス戦を行う。』

 

「了解。」

 

「りょ、了解っ!」

 

 いまいち事態を飲み込み切れていないヴィシュヌだが、イマージュ・オリジスと聞いて急いで起き上がった。

 

『残念だが他の専用機持ちたちの補給がまだ済んでいない。補給が終わるまでお前たち2人だけでの戦闘になるが、いけるな?』

 

「はい。」

 

「はい!」

 

『2分で済ませる。それまで落ちるなよ。』

 

 GNソードⅣフルセイバーを手に取った飛鳥とクラスター・ボウを握るヴィシュヌの返答に千冬はそう言ってスピーカーを切った。

 

「ギャラクシーさん。」

 

「ヴィシュヌで良いですよ、飛鳥。なんですか?」

 

「ならヴィシュヌちゃん。ちょっと相談なんですけど――」

 

 

「――小さいの6体、任せていいですか?」

 

 

 

 

「お前たち、2分でシールドエネルギーを補給できるだけ補給しろ。」

 

 アリーナにいる飛鳥とヴィシュヌにスピーカー越しに最低限のことを言い終えた千冬は、振り返って後ろにいる代表候補生たちにそう言った。

 

「え?弾薬とか推進剤とかは?」

 

「必要ない。どうせ使わん。」

 

「?」

 

 千冬の言い様に質問した凰乱音が疑問符を浮かべる。

 

「2分後に残っているのはせいぜい小型6体程度だ。」

 

「ハァッ!?たった2分で18体もいる小型が6体まで減って、大型もやられるって言うの!?」

 

「そうだ。」

 

 驚きの声を上げる乱の言葉を千冬は肯定し、

 

「そもそも、お前たちが行くのはギャラクシーをフォローするためだ。」

 

 続けざまにそう言った。

 

「ヴィシュヌのフォロー?天羽さんは?」

 

「ほう?織斑、お前は天羽をフォローできるのか?」

 

「それは……。」

 

 逆に聞かれた織斑一夏が言いよどむ。

 

 今日の模擬戦の内容を思い出しても、片手間に墜とされた自分ではどうやってもフォロー出来ない。それどころか逆にフォローして貰う立場だ。いやそもそも、フォローどころか1人だけで全て解決してしまうだろう。それだけの差がある。

 

「はっきり言ってやろう、この中で天羽のフォローができるのはオルコットとサファイア、ケイシー。あとは白虎を使える状態の凰の4人だけだ。」

 

「教官、それは我々が力不足、ということですか?」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒが眉間に皺を寄せて千冬に質問した。

 

「逆だ、天羽が悪い。」

 

「「「えっ?」」」

 

 予想だにしていなかった返答にシャルロット・デュノアを始めとした面々が()頓狂(とんきょう)な声を出した。

 

「葉加瀬もそうだが、あいつらは束と同じで他人任せに出来ない性質(たち)だ。『他人に任せるより自分でやった方が確実』だとか考えているんだろうが、要するに()()()()()()()()()()。」

 

 ため息混じりにそう言った千冬は、セシリア・オルコット、フォルテ・サファイア、ダリル・ケイシー、凰鈴音の4人に視線を向けた。

 

「戦闘で天羽のフォローができるのは信頼されているお前たちだけだ。他は逆に気を遣わせるだけでフォローにならん。」

 

 千冬の言い分が理解できるのか、信頼されていると言われた4人はそれぞれ(うなづ)いた。

 

「飛鳥は信頼されてないのに信頼するタイプじゃないっスからねー。」

 

「アイツ、自分を怖がってる奴に背中を預けねーからなー。」

 

「確かに、天羽さんは自分から関わりに行かないと心を開いてくれませんわね。」

 

「根は臆病だから距離を詰めたら慎重に関わらないと逆に閉ざすのよね。」

 

 口々に飛鳥について話す4人に、他の面々はただ呆然とした。

 

 

 

 

「ソードビット!」

 

 GNシールドから外れ飛翔するGNソードビット6基が6体の小型絶対天敵(イマージュ・オリジス)を抑え、それをさらにヴィシュヌが相手にする。

 

「跳べ、クアンタ!」

 

 ヴィシュヌが戦えているのを見てから量子化によるワープを行った飛鳥は、周囲に居る小型を無視して大型の絶対天敵(イマージュ・オリジス)の背後に出現し両手で握ったGNソードⅣフルセイバーを()()()()()()()()()

 

【ガァァァア!!?】

 

 一瞬触れたISのそれに似たシールドバリアーを強引にぶち破り、GNコンデンサーの素材を転用して製作されたGN粒子を熱変換するクリアグリーンの刃で、刀身が展開するGNフィールドによる切断力向上を最大限乗せて胴体を真っ二つに溶断した。

 

【グルルァ!】【グラァ!】

 

 爆散する大型絶対天敵(イマージュ・オリジス)に、同胞の敗北に憤怒の叫びを上げる小型絶対天敵(イマージュ・オリジス)たちが飛鳥に向かって飛び掛かってくる。

 

 高速切替(ラピッド・スイッチ)で即座にGNソードⅣフルセイバーを右肩に戻し、GNガンブレイドを2つ手に取った飛鳥はそれをガンモードにして飛び掛かってくる絶対天敵(イマージュ・オリジス)たちを撃ち落とした。

 

【グラァ!?】【ガァ!?】

 

 ISと同じようにシールドバリアーに守られている絶対天敵(イマージュ・オリジス)だが、ISと同じように攻撃の衝撃などは受ける。俗に言うノックバックという物だ。それを利用して飛び掛かってくる絶対天敵(イマージュ・オリジス)を撃ち落とした飛鳥は、即座に高速切替(ラピッド・スイッチ)でGNソードⅣフルセイバーを手に持つと撃ち落とし体勢の崩れている小型の1体に向かって斬り掛かった。

 

【グルッ!?】

 

 大型と同じように一瞬でシールドバリアーを突破し、その機械の身体を溶断する。

 

「跳べ!」

 

 瞬時に量子化によるワープ。もう1体の撃ち落とした小型にもGNソードⅣフルセイバーを振り下ろした。

 

【グルァッ!?】

 

 2体目の小型絶対天敵(イマージュ・オリジス)を溶断し、高速切替(ラピッド・スイッチ)でGNソードⅣを大出力で連射の利くライフルモードに組み替え、絶対天敵(イマージュ・オリジス)を攻撃し動きを鈍らせ、すかさず量子化で肉薄し高速切替(ラピッド・スイッチ)でGNソードⅣフルセイバーに組み替えた武器で溶断していく。

 

 2分後。補給を終わらせセシリアたちがやって来た頃には、ヴィシュヌがGNソードビットと共に戦っていた小型6体を残して、他の絶対天敵(イマージュ・オリジス)は全て飛鳥に溶断されていた。

 

 

 

 

『実はフルセイバーでクソゲーしなくても普通に戦えばISと同じ感覚で倒せるのは内緒。』

 

『10体20体と纏めて出てくるから時間かかり過ぎるんだよなぁ。』

 

『零落白夜が重宝される理由、大体物量を1度に捌けるからだよね。』

 

『それ以外にあんなロマン技が重宝される理由なくない?』

 

 

 

 

「……適性反応なし。敵の全滅、確認。」

 

 周囲を見渡し、センサー類での探知も行い安全を確認した更識簪の言葉に武器を構えていた全員の身体から力が抜け、構えも解かれた。

 

「ふぅ……みんな無事みたいだな、よかった。」

 

「これだけ専用機持ちが居て怪我する方がヤバいっての。ま、連携はまだまだだけど。」

 

 一夏の言葉に鈴がそう言う。2桁を超える専用機持ちでたった6体の敵に怪我をさせられるようでは、専用機持ちとしての沽券(こけん)に関わる。無事で当たり前だ。

 

 だがそれはそれとして、連携は上手く行っているとはとても言えないものだった。

 

「そうですね。私も飛鳥には助けられるばかりで、フォローできませんでしたし。」

 

「というか、一夏くんが零落白夜を当てて倒した1体以外、ぜーんぶ飛鳥ちゃんが倒しちゃったのよね。」

 

 助けられてばかりだったヴィシュヌが申し訳なさそうに言い、更識楯無がもはや呆れながらにそう言った。

 

 1度に現れる数が多く、ISと似たシールドバリアーを持つ絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦うには、一撃必殺の零落白夜を使える一夏の存在が重要視されている。それ抜きで戦うと長期戦になり、その分危険度が増すからだ。

 

 しかしその一夏を差し置いて絶対天敵(イマージュ・オリジス)をバッタバッタと倒しているのが飛鳥である。楯無が模擬戦でやられたようにシールドバリアーごと切っているのだろうが、楯無としては頭が痛い。

 

 だってそれはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これは、早急に対策を考えないとね。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60話 凰鈴音、1人で戦う

「【絢爛舞踏】を発動させるコツ?」

 

「ああ。」

 

 専用機持ちによる模擬戦と新たな仲間の転入から1日経った次の日。学食での昼食中に篠ノ之箒からの突然の質問に、天羽飛鳥は困惑していた。

 

「知っての通り、私は紅椿を扱い切れていない。技量云々ではなく、私が絢爛舞踏の発動に時間が掛かるからだ。」

 

 第四世代IS【紅椿】。それが燃費など考えていない高性能な機体なのは、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)【絢爛舞踏】によるエネルギー倍化能力の使用が前提にあるからだ。

 

 どれだけ操縦が上手くなっても、戦いに勝てるようになっても、絢爛舞踏を扱い切れていない限りは未熟な証。昨日の模擬戦後決意を新たにした箒は、まずはスタートラインに立とうと絢爛舞踏の習熟に乗り出した。

 

「訓練で発動出来るようにはなったが、その時間を短く出来ない。最初は姉さんにコツを聞こうと思っていたんだが、連絡が着かなくてな。」

 

「それで、何で私に?」

 

「実力が高いのもそうだが、姉さんと京都で戦っていただろう?それで何か聞けないかと思ってな。」

 

 裏がないことを思考を読み取って知った飛鳥は、容姿以外似通った所のないと思っていた自身の師匠の妹の顔をマジマジと見つめた。

 

「な、なんだ?」

 

「いや、束さんの妹だなぁって。」

 

「どうしてそうなった!?」

 

 『真っ直ぐな所とかそっくり』とはあえて口に出さないで、飛鳥は絢爛舞踏について考える。

 

 実の所、飛鳥に単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)の事は良く分からない。発現させたことも使ったこともないからだ。

 

 一部の人間にはGNソードビットを用いた量子ジャンプが単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)と融合して、量子化という単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)になったと勘違いされているが、量子化は別に単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)ではない。ダブルオークアンタが搭載している2基のGNドライヴを同調稼働させるツインドライヴシステムが、特定状況下で起こす現象こそが量子化だ。

 

 葉加瀬なのはと篠ノ之束という2人の天才によって発見からそう時を置かずに解明され、ダブルオークアンタで量子ジャンプとして正式実装された量子化は、思考による入出力――つまりイメージ・インターフェースを用いた第三世代技術に分類される。

 

 確かに第三世代技術は単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)と類似した部分も多いが、ISコアの能力を引き出している単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)とは根本的な部分で異なる。そのため助言できることはそう多くはない。

 

「とりあえず、精神修行かなぁ。」

 

「精神修行?確かに足りないとは思っているが……。」

 

 飛鳥の言葉に箒が疑問符を浮かべた。

 

 箒は自分が決して褒められた人間でないことを自覚している。羞恥や嫉妬で織斑一夏(想い人)に手を挙げてしまう暴力的な部分もそうだが、力を求めるあまりいくつもの過ちを重ねた自分には、常々精神修行が必要だと思っている。

 

 しかしそれが一体、絢爛舞踏のコツと何の関係があるのかが分からない。

 

「絢爛舞踏を発動させる反復練習は当然として、発動させるための心構えにすぐなれるようにとか、そういう精神的な面での鍛錬が必要なんじゃない?」

 

「なるほど、確かにそれは精神修行だな。」

 

 技術的に絢爛舞踏をモノにしようと考えていた箒は、飛鳥の考えを聞いてなるほどと納得した。

 

「正直コツでも何でもないけど、こればっかりは私にはどうにも出来ないから、ごめんね。」

 

「いや、私だけでは考え付かなかった。今日から早速やってみよう。」

 

 昼食を食べ終えた箒がトレイを持って立ち上がり、「先に戻っているぞ」と言って去っていった。

 

 その背を見送り、飛鳥はきつねうどんの麺を1回啜り、飲み込んでから1人呟いた。

 

「……一番良いのは、コアと話させることなんだけど。」

 

 ISのことはISコアと話せば大抵の場合上手くいく。通常であれば難しいことだが、飛鳥のダブルオークアンタのクアンタムシステムを用いれば誰であろうとISコアとの対話は可能となる。

 

 だがそれを言わなかったのにはちゃんとした訳がある。

 

「会わせると碌なことにならないっぽいからなぁ。」

 

 何故かは分からないが、イノベイターの直感が箒と紅椿を対話させてはいけないと言っている。させたが最後、厄介事が起こる気配だけをビンビンと感じさせる。だからクアンタムシステムによる対話は案として出すことはなかった。

 

「束さんが何か仕込んだんだろうなぁ……。」

 

 ある種の信頼からそんなことを考えながら、飛鳥はきつねうどんを食べた。

 

 

 

 

『絢爛舞踏が本気を出すな。』

 

『たったそれだけで最強ランキングのトップ5に入るからねぇ。』

 

『トップから不動の束さんはなんなの?』

 

『ほら、コード・ヴァイオレット強いし……。』

 

 

 

 

 凰鈴音にとって、凰乱音は妹のような親戚だ。昔は会う度に『おねえちゃん』と呼んで後を着いてくる乱のことを鈴は可愛がったし、乱も乱で1つ年上の鈴のことを慕っていた。容姿が良く似ていたのもあって、本当の姉妹みたいだと互いの両親に言われたほどだ。

 

 しかし成長と共に乱の性格がひねくれ始めてから、その関係は変わった。

 

 反抗期、あるいは思春期。そういった時期になってからは、元々親戚という近いようで遠い関係性なのもあって徐々に疎遠になっていった。鈴が日本に移住したのも、疎遠になった理由の1つだ。

 

 最後に会ったのは鈴が日本から中国に戻り、両親が離婚し、気晴らしにISの訓練を始めた頃。久しぶりに会ったのもあって比較的良好に乱と世間話をした鈴は、そこで自分がISの訓練をしていると言ってしまった。

 

 これが勉強や何かしらのスポーツなら違ったのだろうが、ISという自分にも才能があることを始めた鈴に、乱はチャンスだと思った。

 

 『ISならおねえちゃんに勝てるかも』と。

 

 

「アンタさえいなけりゃ……!」

 

 第3アリーナで一夏と乱が戦っていた。

 

 乱は憤っていた。一夏のせいで鈴が変わってしまったから。

 

 強くてかっこよかった目標。料理が上手くて勉強も出来て運動も出来る自慢の『おねえちゃん』。それが乱にとっての鈴。

 

 それが、一夏という男の前では見る影もないことに憤っていた。

 

 だから叩きのめす。コイツが居なければ鈴はかっこいいままでいてくれると考えて。

 

 片刃の大型実体剣【角武】を振り上げ、乱は一夏に振り下ろした。

 

「あんたねぇ……文句があるならあたしに言いなさいよ。」

 

 音もなく角武の刃が止まった。

 

 腕部小型衝撃砲で、そこに出来た衝撃砲の砲身で乱の攻撃を受け止めた鈴が、背に一夏を庇いながら乱の前に立ち塞がった。

 

「鈴っ!?」

 

「お、おねえちゃん……。」

 

 突然の鈴の登場に2人が驚く中、鈴は角武を跳ね除けて一夏を掴むとスラスターを噴かせて乱から間合いを取った。

 

「おねえちゃん……邪魔しないで!」

 

 角武を構え直した乱が突っ込んで来たのを、再び鈴は腕部小型衝撃砲【崩拳】で形成した、衝撃砲の砲身に空間の壁――白虎によって鈴が防ぐ。

 

「邪魔はあんたよ。ったく、あたしが来なかったらどうなってたか分かってるわけ?」

 

「何が……っ!」

 

「ほら一夏、さっさと立つ。()()()()。」

 

「来る……?」

 

 鈴の言葉に疑問を感じながら立ち上がった一夏。その瞬間、警報が鳴り響いた。

 

「な、なにっ!?」

 

「警報!?」

 

「昨日の今日だけどイマージュ・オリジスよ。あたしが来なかったらあんたたち2人で相手することになってたんだから、感謝しなさいよね。」

 

 両手に双天牙月を展開(コール)してそう言う鈴に2人が目を見開いた。

 

「鈴、どうして――。」

 

「なのはから来るって言われただけよ。あたしに分かるわけないでしょ。」

 

「――逆に何で葉加瀬さんは分かるんだ……?」

 

 一夏と鈴のやり取りを見た乱が歯噛みする。

 

「(何よ、アタシを除け者にして……。)」

 

「乱。」

 

「なによ!」

 

()()()()()()()。」

 

「はっ?」

 

 隕石が、降ってきた。

 

 

 

 

「い、ったぁ~……。」

 

「鈴!お前、どうして!?」

 

 乱には何が何だか分からなかった。

 

「シールドエネルギーが尽きかけてるあんたにも、乱にも、こんなことさせられる訳ないでしょ。」

 

「だからって!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 2人の声が遠く聞こえる。

 

「こんなのかすり傷よ。ほら乱、しっかりしなさい。」

 

「……あ。」

 

 名前を呼ばれて、目の前のそれを見て、乱の意識がはっきりとした。

 

「お、おねえちゃん!血が……っ!」

 

「派手に出てるだけですぐ止まるわよ。傷だって浅いし。」

 

 鈴の身体のあちこちから血が流れていた。

 

 乱と一夏を庇い、双天牙月で降ってくる隕石からの余波を防いだ鈴は怪我をしていた。

 

 その事実が乱の精神をかき乱す。

 

「アタシの、アタシのせいで……!」

 

「あたしが勝手にやったことよ。あんたが気にする必要はないわ。」

 

「でも、でもぉ……!」

 

 綺麗な薄緑色の瞳に涙を蓄えた乱に、鈴は「仕方ない」と呟いて一夏に乱をそっと押し付けた。

 

「一夏、乱をお願い。」

 

「お願いって、鈴お前、どうするつもりだ!」

 

「誰かがイマージュ・オリジスを抑えなきゃいけないでしょ。」

 

「そんなの俺が!」

 

 右手に雪片弐型を展開(コール)し直した一夏に鈴は首を横に振る。

 

「シールドエネルギーが尽きかけてるあんたに任せられる訳ないでしょうが。零落白夜も満足に使えないんじゃ足手纏いよ。」

 

「っ、お前だってそんな身体で!」

 

「言ったでしょ、かすり傷だって。少なくともあんたたちよりは遥かに動ける。そんで、こんな状態の乱は放っておけない。今ここに居るのは一夏だけ。ねぇお願い、一夏。」

 

「っ……!」

 

 鈴の緑の瞳と、一夏の赤にも似た茶色の瞳が交わる。

 

 一夏とて理解している。シールドエネルギーの無い白式では足手纏いになるだけで、こんな状態の乱を放っておくことも出来なくて、怪我をしているとはいえ鈴が一番戦えることを。

 

 理解していることを理解した鈴が、乱を離してPICで浮かび上がる。

 

「おねえちゃん!」

 

「鈴!」

 

()()()()()ね、一夏。乱、いい子にしてるのよ。」

 

 優しく微笑んで、鈴は絶対天敵(イマージュ・オリジス)の集団に向かって飛んで行った。

 

 

 

 

「言ってて思ったけど、これ死亡フラグよね……?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第61話 黄帝(ファンディー)、それは世を統べる龍の力

「ほらほら!こっち来なさい!」

 

 何十体といる絶対天敵(イマージュ・オリジス)に、凰鈴音はPICで飛行しながら衝撃砲を当てていく。ヘイトを稼いで織斑一夏と凰乱音に1体も行かないようにするためだ。

 

「あんたたちに加減なんて要らないわよね!」

 

 流石の数に、鈴も最初から才能の因子を弾けさせてハイライトを消し、全力で戦闘を始めた。

 

 

 

 

 同時刻。絶対天敵(イマージュ・オリジス)出現によって鳴った警報で作戦本部に集められた専用機持ちたちは、更識楯無によってそれぞれ絶対天敵(イマージュ・オリジス)の出現場所に向かうことになった。

 

「(飛鳥さん、良いんですの?)」

 

「(あの2人が行っても道中のイマージュ・オリジスに手間取って辿り着けないっスよ?)」

 

 その振り分けについて、セシリア・オルコットとフォルテ・サファイアが脳量子波で天羽飛鳥に質問した。

 

 イノベイターであるセシリアたち2人は鈴が怪我をしていることも、その状態で1人戦っていることも知っている。同じ地点から伝わってくる乱の動揺や一夏の悔しいという気持ちも鑑みて、どうも絶対天敵(イマージュ・オリジス)が出現する際の隕石から鈴が2人を守ったことによる負傷だろうとセシリアたちは当たりをつけた。

 

 そうとは知らないながらも「隕石が落下した地点に居るから」と楯無が助けに行くという決定をしたことにももちろん賛成している。しかしヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーと楯無の2人だけでという部分に『他にも連れていけ』と異議を申し立てようとして、それを引き留める飛鳥に何故かを問わずにはいられなかった。

 

「(なのはが行ってるから大丈夫。)」

 

「「(ダメでは??)」」

 

 もう1人のイノベイター、葉加瀬なのはが向かっているという飛鳥の言葉にセシリアとフォルテが同時にツッコんだ。

 

「(IS適性はともかく操縦下手とか言ってなかったっスか?」

 

「(そもそもISはどうするんですの?危険ではないんですの?)」

 

 2人が知る限り、なのはは専用機も無ければそもそも操縦が下手という、技術者・科学者に特化した才能の人間だ。造った機体や武器の性能は良くても、それを自分では扱い切れない。そのなのはが助けに行けるのか、行っても助けになるのか、2人には疑問が尽きない。

 

「(もしもの時は量子ジャンプで助けるから大丈夫。)」

 

「「(ダメでは??)」」

 

 再び重なった脳量子波の声は、なのはが通路の絶対天敵(イマージュ・オリジス)を押し退けて着々と鈴たちの元に近付いていることに気付いたことでなくなった。

 

 

 

 

【グルルァ!?】

 

「4体目ぇ!」

 

 双天牙月と衝撃砲による連撃で4体目の絶対天敵(イマージュ・オリジス)を撃破した鈴は、その勢いのまま5体目の絶対天敵(イマージュ・オリジス)に肉薄する。

 

【グルァ!】

 

「くっ!邪魔よ!」

 

【グルッ!?】

 

 他の個体に邪魔をされるが、双天牙月で受け止めてからダメージを与えるのではなく距離を作るために弾き飛ばし、返す刃で5体目にダメージを蓄積していく。

 

「これで――っちぃ!」

 

 トドメに最大威力でチャージしていた衝撃砲を叩き込もうとしたところに再び別個体が邪魔をして来る。仕方なくそちらに衝撃砲を叩き込んだ鈴は、素早く2つの双天牙月の柄を連結させるとそれを5体目の絶対天敵(イマージュ・オリジス)に投擲し、その身体を地面に縫い留めた。

 

「【崩拳】!」

 

 双天牙月で拘束した絶対天敵(イマージュ・オリジス)瞬時加速(イグニッション・ブースト)で接近し、ゼロ距離で腕部小型衝撃砲【崩拳】と共に拳を叩き込む。

 

「次っ!」

 

 動かなくなった5体目から双天牙月を回収し、連結を解除して二刀流にした鈴は先ほど最大威力の衝撃砲を食らわせた個体に近付いて再びダメージの蓄積を始めた。

 

「(これで、やっと5体。)」

 

 この戦闘で鈴に絶対天敵(イマージュ・オリジス)を全滅させる気はない。警報が鳴った以上、そう時間を置かずに誰かしらが増援に来てくれるからだ。それまでの時間稼ぎさえ出来ればいい。

 

 しかし全滅とはいかないまでも、ある程度の数を減らさなければ鈴も抑え切れない。だからこそ無茶をしてまでハイペースで倒しているが、パワーアシストによってただ動いてるだけではあまり疲れないISを纏っているにも関わらず、疲労感が凄まじい。

 

「(【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】の方がまだ楽だったわよコレ。)」

 

 軍用ISとしてかなりのスペックを持っていた【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】との戦闘の方がまだマシだったと言えるほどの疲れ。それが背後から飛び掛かってきた絶対天敵(イマージュ・オリジス)への反応を僅かに鈍らせた。

 

【グラァ!!】

 

「やばっ――!?」

 

 

「鈴ぃぃぃぃぃん!!!」

 

 

【グル!?】

 

 咄嗟に振り返り双天牙月で防ごうとした絶対天敵(イマージュ・オリジス)を光を纏った刃が斬り裂いた。

 

「鈴、無事か!?」

 

 シールドバリアーごと絶対天敵(イマージュ・オリジス)を断ち切った零落白夜を解除した一夏が、鈴の安否を確かめる。

 

「一夏!?あんたどうして――いやそれより、乱はどうしたのよ?!」

 

 一夏の参戦に鈴が驚くが、それよりも一夏に任せた乱をどうしたのかを問い詰める。

 

「乱なら――」

 

 一夏が答えようとした瞬間、絶対天敵(イマージュ・オリジス)の1体に鈴の物ではない衝撃砲が当たった。

 

「――アタシはもう、大丈夫。」

 

「乱!」

 

 角武を右手に持った乱が、先程までの取り乱していた雰囲気を振り払って近付いてくる。

 

「ごめんなさい、おねえちゃん。アタシ……。」

 

「いいのよ。あんたはまだ中等部なんだから。」

 

 謝ろうとする乱を鈴が止める。いくら訓練をしていても、飛び級していても、乱はまだ子供だからと許す。

 

「っ、子供扱いしないで!アタシだって代表候補生よ!ちゃんと戦えるんだから!」

 

「……ふふっ。」

 

 鈴の言い草に反発して乱が怒ると、鈴は笑った。

 

「何笑ってんのよ!」

 

「別に。嬉しいだけよ。」

 

「……嬉しい?」

 

「乱と一緒のことするの、久しぶりでしょ?だから嬉しいのよ。」

 

「――。」

 

 鈴の言葉に乱が固まっている間に、鈴は一夏に向き直った。

 

「で、一夏。乱は時間が経てば元に戻ると思ってたけど、あんたはどうやって零落白夜使えるだけのシールドエネルギーを補充したのよ?」

 

「あぁ、それはな――」

 

「――ボクが補給した。」

 

 一夏が答えようとした瞬間、ここには居ない筈の声に急いで振り返った鈴は見知った人物が立っているのを目にした。

 

「なのは!?」

 

 身近にいる非戦闘要員筆頭、葉加瀬なのは。学年別トーナメントで戦った鈴はなのはの実力を知っている。とてもではないがこんな危険地帯に居て良い人間ではない。

 

「何で来たのよ!?危ないじゃない!」

 

「その時は飛鳥が量子ジャンプで跳んでくるから大丈夫。」

 

「(飛鳥が跳んで来ればそれで全部解決したんじゃ……。)」

 

 身も蓋もないことを考えてしまった鈴だが、続いてなのはの口から出た言葉にその考えは吹き飛んだ。

 

専用換装装備(オートクチュール)のお届けだ。」

 

「……!」

 

 【甲龍(シェンロン)】の専用換装装備(オートクチュール)絶対天敵(イマージュ・オリジス)が最初に出現した日に鈴がなのはに製作を依頼した代物。

 

「他にも色々やってたのに1ヶ月で仕上げるなんて、何があった訳?」

 

「セシリアと違ってイノベイター用の調整がないから楽だったってのもあるけど、1番の理由は他の作業の進行が止まってるから片手間に進めてたことだね。」

 

専用換装装備(オートクチュール)って片手間で出来る物じゃないでしょうに……。」

 

 鈴がもはや呆れている間に、右手に手袋を嵌めたなのはが空中にコンソールを出現させた。

 

「さっ、量子変換(インストール)するからこっち来て。すぐ終わるから。」

 

「お願い。」

 

 スラスターを使わずPICでふわりとなのはの側に寄った鈴に、空中のコンソールを叩き始めたなのはの小声が聞こえてくる。

 

「駆動系交換完了、スラスター調整終了、システムダウンロードオッケー、パッケージインストール。」

黄帝(ファンディー)、セットアップ。」

 

 エンターキーが押されるのと同時に、鈴の纏う甲龍が光に包まれた。

 

 

 

 

『何故パッケージのインストールにもミニゲームがあるのか、コレガワカラナイ。』

 

『開発に絶対ミニゲームマニアがいる、私は詳しいんだ。』

 

『ともあれ、これで鈴も戦力にはなったね。』

 

『モンド・グロッソが不安だけどね。』

 

 

 

 

 ――見た目の変化はあまりない。機体に黄色のパーツが増えた程度だ。肩部衝撃砲が4つに増えるとか、横を向くとか、胸部装甲が追加されるとかの変化はない。

 

 だが、明らかに存在感が変わっていた。

 

「説明は後だ。それじゃよろしく。」

 

「投げやりねあんた。ま、いいわよ。あいつらで試させてもらうから――!」

 

 スラスターを噴かせた鈴が飛翔する。その速度は今までの甲龍よりも速い。

 

「――へぇ、新しい双天牙月も作ってくれたんだ。気が利くわね。」

 

 外見は同じだが、耐久性・耐熱性が向上していると甲龍のハイパーセンサーによって教えられた鈴が新たな双天牙月を絶対天敵(イマージュ・オリジス)に振り下ろす。

 

【グルッ!?】

 

「パワーも上がってるのね。良いじゃない!」

 

 駆動系ごと交換され今まで以上のパワーで双天牙月を振るえば、シールドバリアーによる軽減さえも気にならない損傷を絶対天敵(イマージュ・オリジス)に与えられる。

 

「衝撃砲は――最高ね!【龍咆】!」

 

【グルァッ!?】

 

 ()()()()を組み込んだことで今まで戦闘前に調整しなければいけなかった肩部衝撃砲の仕様変更――貫通や拡散への切り替えを戦闘中にも出来ると知った鈴がご機嫌にそれを放つ。

 

【グルル!!】

 

 そんな鈴に向かって絶対天敵(イマージュ・オリジス)が飛び掛かる。

 

「邪魔よ!」

 

【グルッ?!】

 

 鈴に飛び掛かった絶対天敵(イマージュ・オリジス)の身体が見えない壁にぶつかったかのように止まる。

 

「――なるほど、この黄色のパーツはそういうことね。良い仕事するじゃない!」

 

 鈴のハイパーセンサーに1つのウィンドウが表示される。

 

 単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)天之四霊(ティェンヂィースーリン)】。その能力の内の1つ、空間に圧力を掛け壁を形成する【白虎】の力が発動していた。

 

 以前の甲龍であれば衝撃砲のある部分でなければいけなかったが、なのはの作った専用換装装備(オートクチュール)には全身に衝撃砲の『空間に圧力を掛ける』機構を内蔵した黄色のパーツを盛り込み、更に白式や紅椿の様に単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)として設定されたことで自由度が飛躍的に向上している。

 

「甲龍、教えなさい!あんたの力を!」

 

『――――。』

 

 ノイズを排除し、クリアな思考となって限定的にIS適性をSに引き上げている今の鈴は、ISコアとの意思疎通を少しだが行える。その鈴の呼び声に甲龍は答えた。

 

「オーケー!【玄武】!」

 

【グルッ……!?】

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の1体の動きが突然止まる。

 

 これこそ【玄武】の力。指定した空間に圧力を掛けることで、対象を拘束する能力。

 

 動きが止まった相手に肩部衝撃砲を叩き込み、続いて鈴は離れた位置に居る個体に近付いた。

 

「【青龍】!」

 

 鈴の速度が加速する。空間への圧力を一方向にのみ掛けることでベクトルを操り、加速と減速を操る。それが【青龍】の力。

 

 すれ違いざまに双天牙月の連撃を叩き込み、吹き飛ばし、複数の絶対天敵(イマージュ・オリジス)を一ヶ所に集めた鈴は最後の力を使った。

 

「【朱雀】!」

 

 肩部大型衝撃砲【龍咆】に炎が灯る。それは中国も開発した衝撃砲の威力を引き上げる力。即ち、炎の付与。

 

「吹き飛べッ!」

 

 今までの最大威力より遥かに高威力な衝撃砲が、絶対天敵(イマージュ・オリジス)を薙ぎ払った。




 機能強化パッケージ【黄帝(ファンディー)
 甲龍(シェンロン)二次移行(セカンド・シフト)した場合と同様の強化を施す専用換装装備(オートクチュール)
 最大の特徴は機体各部に【衝撃砲】の『空間に圧力を掛ける』機構を盛り込み、本来二次移行(セカンド・シフト)で発現する筈だった万能の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)天之四霊(ティェンヂィースーリン)】を使用できるようにしたこと。
 攻撃(朱雀)防御(白虎)加速(青龍)拘束(玄武)といった風に四神の名を冠する能力はIS戦において無数の選択肢を甲龍にもたらし、その戦闘力を大幅に上昇させた。
 他にも非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)の大型衝撃砲に展開装甲を組み込み、今まで技術者による調整(チューン)によって切り替えていた拡散・貫通等の仕様変更が戦闘中に即時で切り替えられるようになり、駆動系やスラスターが今までの物とは一新されたことで機体性能が向上し、白式と同じ第三・五世代に分類されるようになった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第62話 織斑一夏、剣道をする

『正直さぁ。』

 

『何?』

 

絶対天敵(イマージュ・オリジス)って数が多いから戦うの面倒臭い。微妙に硬いせいで大剣クリティカルゲーしないと1撃で落とせないからストレス溜まるし。』

 

『だから一撃必殺の零落白夜が重宝されてるんでしょ。仲良くしたら?』

 

『覚醒一夏なら兎も角、普通の一夏はそこまで頼りにならないからなぁ。』

 

『なら覚醒*1させる?』

 

『【愛】*2ですら恋人が出来るか家族仲が良くないと発現しないし、その次に簡単って言われてる【明鏡止水】*3だって精神修行に比重を置かないと出来ないから、今の一夏には無理じゃん?』

 

『なら順当に育てたら?』

 

『アーキタイプ・ブレイカー編が終わるまでに育ち切るかなぁ……?まぁとりあえずその方針で行こうかな。』

 


 

『というのがちょっと前の会話である。』

 

『カメラ止まってた筈なんだけどなぁ!?どこから撮ったのそれ!?』

 

 

 

 

【織斑一夏、聞こえてるね。】

 

「この声、葉加瀬さん!?」

 

 第3アリーナで凰鈴音、凰乱音の2人と共に絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦っていた織斑一夏の耳に、白式のプライベート・チャンネルを通して今やクラスメイトとなった知人・葉加瀬なのはの声が届いた。

 

【今からするのは説教だ。】

 

「へっ?」

 

 完成した専用換装装備(オートクチュール)を鈴に届けるため、危険を鑑みず第3アリーナまでやって来たなのはが残りのシールドエネルギーが少なく戦力外と言われた一夏に補給を行ったのは、なのは自身の安全を確保するだけではなく()()をするためだった。

 

【前からそうだけど、君は白式の扱いが下手だ。】

 

「うぐっ。」

 

 なのはの歯に衣を着せない物言いに一夏が(うめ)く。

 

 4月に白式を手にしてから8ヶ月経った12月現在、一夏はIS学園での授業や放課後の訓練、何より実戦によって確実に強くなっている。その成長速度はロシア国家代表の更識楯無をして驚かされる程だ。少なくとも一般人上がりの同級生たちとは比較にならない実力を今の一夏は持っている。

 

 だがどうしても共に戦う他の専用機持ちと比べればその実力は劣ってしまう。取り柄と言えば姉から受け継いだ零落白夜による一撃必殺だけ。単純な剣の腕は同じ近接戦闘を得意とする面々を切り崩せない程度であり、二次移行(セカンド・シフト)で手に入れた待望の射撃兵装の扱いはド下手くそ。エネルギーの無駄とさえ言われている。

 

 最近は以前にも増して訓練に力を入れているが、それでも未だに第三世代機としては破格の機体性能を持つ白式を扱い切れていなかった。

 

【と言うよりは、そこまで器用じゃないって言い方の方が合ってるね。君は一つのことを極めるのに向いてる。】

 

「それ、前に千冬姉にも言われたぜ。」

 

 思い出すのはセシリア・オルコットとのクラス代表の座を賭けた決闘の後、白式の説明を受けている時に織斑千冬から言われた言葉。色々とあったせいですっかり忘れていたが、確かに一夏はその言葉を聞いていた。

 

【牽制、陽動、迎撃。何をするにも色んな事を覚えたり考えなきゃいけない射撃戦は、素人である君には荷が重い。それなら前にやってた剣道の延長線上にある雪片弐型でのチャンバラを極めた方がいい。】

 

 偏差射撃だとか置きエイムだとか、射撃戦で覚えなければいけないことは多い。ただでさえISについて何も知らない一夏に、そんな新しい概念を教えて覚えさせる余裕はない。精々シャルロット・デュノアがしたように『対処するために射撃武器の性質を教える』程度で十分だった。

 

 一夏をISから遠ざけていた実の姉である千冬はその事をよく理解していた。だからこそ白式が唯一携えた武器、たった一つの雪片弐型を用いた近接戦闘が一夏に合っていると言った。

 

 8ヶ月越しに千冬の言葉の本当の意味を理解した一夏は納得しながらも、「でも」と疑問を口にした。

 

「剣道と違って、一撃当てたら勝ちって訳じゃないだろ?」

 

【えっ。】

 

「えっ?」

 

 一瞬、一夏となのはの間に沈黙が流れた。

 

【何のための零落白夜な訳?】

 

「…………あぁっ!?」

 

 言われて気付いた、と一夏が声をあげた。

 

 確かに一夏の言う通り、IS戦と剣道は本来全く違うものだ。何せ剣道にシールドエネルギーなんて物はない。有効打が1撃でも決まればそれで勝ち、それが剣道だ。しかもIS戦と違って1対2になったり2対2になったりすることもないし、銃なんていう射撃武器も存在しない。

 

 そういう違いがいくつもあったからこそ、一夏は剣の振り方ぐらいしか剣道の経験をISに活かせなかった。授業で習ったこと、他の専用機持ちたちに教えてもらったことを武器に戦ってきた。

 

 だが違うのだ。一夏と同じようにISの素人である篠ノ之箒、射撃のエキスパートであるセシリア・オルコット、出会った時には既に剣道を止めていたために意識できない鈴、ISのことを中心に訓練しているシャルロットやラウラ・ボーデヴィッヒや更識姉妹たちから、他ならぬ()()が出てくることがなかっただけのこと。

 

 『()()()()()使()()()()()()()』なんていう野蛮な考えが、うら若き乙女である皆から出る訳ないということを──!

 

「そうか!そうかぁ!」

 

 嬉しそうに一夏が笑う。篠ノ之家の引っ越しで通っていた道場がなくなり、中学時代では生活費の足しになればとバイト三昧で、5年のブランクがあった剣道。IS学園に入学して箒と再会し、勝負勘を取り戻すためにと再び始めたそれが、役に立つのだと思うと嬉しくて堪らなかった。

 

【グルルッ!】

 

 笑う一夏に絶対天敵(イマージュ・オリジス)飛び掛かる

 

「面!」

 

 否、()()()()()()()()()()()()一夏によって、零落白夜を刹那の内に発動させた雪片弐型がその防御ごと縦に切り裂いた。

 

 篠ノ之流古武術裏奥義【零拍子】。相手が動き出す一拍子目を見極め、それより早く動き出す『先の先』を取る技によって、絶対天敵(イマージュ・オリジス)は両断された。

 

「ありがとう、葉加瀬さん!俺戦えそうだ!」

 

【あぁうん、頑張ってね。】

 

 若干の呆れを含んだ声援を背に、一夏は雪片弐型を手に絶対天敵(イマージュ・オリジス)に向かって飛翔した。

 

 

 

 

『……なにこれ。』

 

『前にソロプレイで遊んでる時に見付けた一夏の強化方法。覚醒程じゃないけど強くなるんだよねぇ、これ。』

 

『……ウィキに載ってないんだけど。』

 

『そりゃ編集してないからね。』

 

『してよ!』

 

『やだよ面倒臭い。』

 

『前コメントにウィキ更新をさせようとしていたなのははどこに行っちゃったのかなぁ!?』

 

 

 

 

「胴!」

 

 発声と共に零落白夜を纏った雪片弐型が絶対天敵(イマージュ・オリジス)を切り裂く。

 

 剣道をISに活かせると知った一夏は先程までとは見違えていた。まず目を引くのは零落白夜の使用時間。攻撃の刹那に発動し、切った後はすぐに終了され無駄なシールドエネルギーを消費していない。

 

 これは剣道での1本取れると思った瞬間に打ち込む技術がISと融合した結果だ。発声という分かりやすいスイッチもあって発動までのタイムラグを無くし、残心によって終了する。IS戦では発声は明確な隙だが、絶対天敵(イマージュ・オリジス)が相手ならその心配もない(後で矯正されるだろうが)。

 

 次に飛行。今まで無駄が多かったスラスターのエネルギー消費がぐんと少なくなっている。剣道で培った技術が反映され、決めに行く時と回避する時以外は最小限にしか動かなくなったからだ。他にも無駄にスラスターを噴かすことがなくなったのもエネルギー消費が少なくなった理由である。

 

 左腕の多機能武装腕【雪羅】の使い方は残念だがこれと言った成長がない。荷電粒子砲も爪も盾も剣道では使わない以上、剣道の経験が活かされないからだ。

 

 一夏が考えていた通り、本来ISと剣道は結び付かない。剣の振り方、握り方、勝負勘を培い、身体を動かせるようにする物としてしか機能しない。何せ一撃必殺である剣道とは違い、シールドエネルギーのあるISではそんなもの例外を除いて存在しないから。

 

 だが――

 

「面!」

 

 零落白夜を――()()()()()()を振るうなら、話は変わってくる。

 

「面っ!」

 

 『防具(IS)を着てて一撃必殺(零落白夜)の刃を振るうなら剣道(IS戦)じゃね?』という、火力厨の天才・なのはによってIS学園の剣道部に喧嘩を売るようなそんな考えを知ってしまった一夏。一夏自身『いやおかしいだろ』と思ってはいるが、理論的に反論する言葉が出なかったのと、少しだけ『確かに』と思ってしまったこと、何より自分が頑張ったことが報われる嬉しさにそれに乗っかることにした。

 

「めぇんっ!」

 

 ……後に一夏の剣道を指南している箒他、姉であり担任である千冬やISの訓練を着けている楯無からなのはに苦情が行った話は割愛する。

 

 ともあれ、零落白夜による一撃必殺と黄帝(ファンディー)という新しい力を手に入れた鈴の奮闘も相まって、第3アリーナの絶対天敵(イマージュ・オリジス)は退けられ、他の場所に出現した個体も専用機持ちたちによって倒されたことで、昨日の今日で起こった戦闘は終わりを告げた。

*1
条件を満たすことで1つだけ発現する強化状態の総称。イノベイターもこれに該当する

*2
強化状態の1つ。比較的簡単な条件で発現するため1番お手軽な覚醒と言われている

*3
強化状態の1つ。何故か金色になる




 正直奥義に表も裏もないと思うし、あるにしても何で当時小学4年生だった一夏が裏奥義なんて大層な物を習得しているのか疑問は尽きませんが、零拍子は便利なので使います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第63話 葉加瀬なのは、説明する

――スパァァンッ!!!

 

 有事の際に使われるIS学園の作戦本部に、空気を裂いて出席簿が振るわれた音が木霊する。

 

「ぐふぅ……。」

 

「な、なのはぁ!」

 

 崩れ落ちた葉加瀬なのはを抱きかかえ、天羽飛鳥が下手人である織斑千冬に叫んだ。

 

「どうして!」

 

「警報が鳴ったのにも関わらず出歩いたからだ。」

 

 鋭い視線で見下ろす千冬が淡々と答えた。

 

 対絶対天敵(イマージュ・オリジス)の前線基地となったIS学園では有事の際に警報が鳴り、一般生徒の出歩きが制限される。警報が鳴るということはそれだけの事態が起こっているということであり、それに巻き込まれて怪我、最悪死んでしまえば取り返しがつかないからだ。

 

「今回は凰の救援ということで大目に見るが、基本は許されない行為だ。出歩くならせめて専用機持ちを連れて行け。怪我をされては堪らん。」

 

 溜め息混じりにそう言った千冬は、飛鳥に抱きかかえられたままのなのはに気になっていた事を(たず)ねた。

 

「葉加瀬、第3アリーナまでの通路にも絶対天敵(イマージュ・オリジス)は居ただろう。どうやって突破した?」

 

 隕石が落下した第3アリーナには更識楯無とヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーの2人が救援に向かったが、道中の通路に絶対天敵(イマージュ・オリジス)が居たために足止めを食らい、到着した時には既に凰鈴音達によって全滅させられた後だった。

 

 それ自体はおかしくない。何せ第3アリーナには一撃必殺を行える零落白夜を持った織斑一夏が居た。なのは製の専用換装装備(オートクチュール)を手にした鈴も居た以上、楯無とヴィシュヌの到着より早く片付いたとしても不思議はない。

 

 だが鈴の専用換装装備(オートクチュール)を届けたなのはは、どうやって絶対天敵(イマージュ・オリジン)蔓延(はびこ)る通路を楯無たちより早く突破したのか。対絶対天敵(イマージュ・オリジス)における指揮官として聞かなければならない。

 

「飛鳥……ボクはもうダメみたいだ……。」

 

「諦めちゃ駄目!しっかりしてなのは!」

 

「やり残したことは多いけど……飛鳥なら大丈夫さ……。」

 

「何言ってるの!?こんな傷、束さんの所に行けば!」

 

「――どうやら2発目が欲しいようだな?」

 

「「あ、結構です。」」

 

 ドスの利いた千冬の言葉に茶番を繰り広げていた飛鳥となのはは声を揃えて拒否し立ち上がった。先ほどまで『もう死にかけです』と言わんばかりだったのにも関わらず、ダメージを全く感じさせないなのはの動きと出席簿を見舞った時の感触を思い出し、千冬は凡その当たりを付けると頭を抱えた。

 

「さっきの手応えからするに、どうやら()()()()()()()()()()()ようだが――()()()()()()()?」

 

()()()()()()()()。」

 

 言葉少なく肯定したなのはに千冬は深い溜め息を吐いた。

 

「お前たち師弟は、私を困らせる天才だな?クラスリーグマッチに現れた無人機だけでも面倒だったのに、()()()()()()()()まで隠していたとは。」

 

「なのはが戦わなければ面倒なことにはなりませんよ。現に今まで問題は起こらなかったですし。」

 

「今回は専用換装装備(オートクチュール)を届けるついでだったからやったけど、ボクが出ることは早々ないしね。早々バレないよ。」

 

 頭が痛い、と千冬の口からこぼれた言葉に飛鳥となのははそう返す。

 

 なのはがどうやって第3アリーナに向かったのかを見た者は居ない。セシリア・オルコットたちイノベイターは何が起こったかをある程度知っているが、査問でもされない限り2人がそれを話すことはない。だから問題が提議されることもない。

 

 そう言う飛鳥たちに千冬は少し瞳を閉じて思案した後に、目を開けてなのはに顔を向けた。

 

「戦力は1人でも多く欲しい所だが……葉加瀬、お前の力は緊急時か人命がかかっている場合のみ運用する。いいな?」

 

「その時が来れば。」

 

「来ないことを願うがな。話しは以上だ、凰の見舞いに行ってこい。」

 

 失礼しました、と言って作戦本部から出ていく飛鳥たちの姿を隠した出入口の自動ドアを少しの間見つめ、千冬は1人ごちる。

 

「いくつあったのかは知らんが、今持っているのは1つだけか。それならまだ誤魔化せる。」

 

 世界最強(ブリュンヒルデ)の知覚能力と勘によって導き出した『数』に安堵しながら、千冬は絶対天敵(イマージュ・オリジス)襲来の後片付けに移った。

 

 

 

 

「鈴さんも無茶をしますわね。甲龍単機で絶対天敵(イマージュ・オリジス)を足止めしようだなんて、出来ると思っていたんですの?」

 

 IS学園の医務室。そこでは隕石から一夏たちを庇った時に負った傷の手当てを受けている鈴とそのお見舞いにやって来た専用機持ちたちが居た。

 

 セシリアが鈴の行動に呆れながらそう聞くと、鈴は傷口の消毒が沁みるのか顔を(しか)めながら答えた。

 

「やんなきゃいけなかったからやったのよ。セシリアだって同じ立場だったらそうするでしょうが。」

 

「否定はしませんけれど、ビットで複数を相手取れるブルー・ティアーズと1on1(ワンオンワン)を前提としている甲龍では勝手が違うでしょう?」

 

 ISというのは基本的に1対1を想定している。軍事力としての側面こそあるが、あくまでも対戦形式の競技だからだ。そのためほとんどのISは複数の相手と戦うことを考慮していない。

 

 甲龍はそういった典型的な『軍事力としての側面もある競技用IS』だ。近接武装の双天牙月はもちろんのこと、射撃武器である衝撃砲も複数と戦うには今一足りない。一応衝撃砲には拡散型という範囲攻撃出来るタイプもあるが、今の情勢下であってもそれが標準装備されていないのはコンセプトからして甲龍が1対1を主眼に置いた機体だからだ。

 

「なのはさんの専用換装装備(オートクチュール)が無ければ危なかったんですわよ?」

 

 甲龍専用機能強化パッケージ【黄帝(ファンディー)】。機体性能の強化に留まらず、衝撃砲に展開装甲を組み込んだことで対応力も向上し、何より単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)【天之四霊】によって万能性を手にした甲龍はもはや第三世代の枠組みを越えた機体だ。

 

 全身に展開装甲を持たないため第四世代にこそ分類されないが、武装に展開装甲を持つため白式と同じ『第三・五世代』として扱われる。その性能と天之四霊によって、甲龍は複数が相手でも十分に戦えるようになった。

 

「そうね、後で御礼しなきゃ。」

 

 セシリアに言われて改めて鈴は感謝を伝えようと決め、巻き終わった包帯に少し窮屈そうに触れた。

 

「……お、おねえちゃん。」

 

 そんな鈴におずおずといった様子で凰乱音が声を掛けた。

 

「乱?どうしたのよ。」

 

「えっと……。」

 

 口篭(くちごも)る乱を見て気付いたのか、鈴は座っていた丸椅子から立ち上がると乱の頭を撫でた。

 

「ちょ、ちょっと、なに撫でてるのよ!?」

 

 バッ!と鈴の手から逃れた乱に鈴は構わず笑う。

 

「気にする必要なんかないのよ。あの時にも言ったけど、あたしが勝手にやったことなんだから。」

 

「っ、でも……。」

 

 下を向いた乱がぎゅっ、と身体を縮こまらせる。

 

 今回鈴が怪我をしたのは第3アリーナで戦っていた乱たちを隕石から庇ったからだ。何故戦っていたかと言えば一夏を目障りに思った乱の短慮が原因だ。つまり乱のせいだ。

 

 鈴の怪我で頭が冷えた乱には、どうしても自分のせいで鈴が怪我をした風に感じられて仕方がない。

 

「いい?あたしが勝手に守って、勝手に怪我しただけ。あんたは悪くないの。これ以上うだうだ悩むようならあたしだって怒るわよ。」

 

「……うん。ごめんなさい、おねえちゃん。」

 

「ん、よろしい。」

 

 乱の頭を一撫でしてから、鈴はその足で医務室の扉に歩いて行った。

 

「おい鈴、どこ行くんだ?」

 

「なのはの所。専用換装装備(オートクチュール)の詳しい説明を聞かなきゃだし、お礼も言っときたいのよ。怪我は動いていい程度の軽いものだし、時間がある内にやっとかないとあっちの都合が悪くなるから今から行ってくるわ。」

 

「そう?なら今日はもう解散かしら。」

 

 呼び止める一夏に振り返った鈴がそう答えると、楯無がそう言ったことで専用機持ちたちの集まりは解散となった。

 

 

 

 

 IS学園にあるなのはの工房に足を運んだ鈴はノックをしてからその扉を開けて中に入った。

 

「いらっしゃい、よく来たね。」

 

「ポタージュしかないけど飲む?」

 

「貰うわ。」

 

 デスク前の椅子に座ったなのは、端に寄せられたコンテナの1つに腰かけた飛鳥に出迎えられた鈴は、既に用意されていた椅子に座って飛鳥からポタージュを貰って一口飲むと、「ほぅ」と息を吐いた。

 

「改めて、専用換装装備(オートクチュール)ありがとう、なのは。お陰で助かったわ。」

 

「そのために作ったからね。役立たなかったらリコールものだから良かったよ。」

 

 鈴の感謝を受けて笑うなのはがそう言うと、右手に手袋のマスターハンドを嵌めて空中に画面を投影し、【黄帝(ファンディー)】の説明を始めた。

 

「甲龍からの変更点は身をもって知っただろうけど、大きい変化は機体性能を引き上げたことと肩の大型衝撃砲に展開装甲を組み込んだこと。あと単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を設定したことだ。」

 

「天之四霊だっけ。凄いわねあれ、大抵のことに応用できるんじゃない?」

 

「そういう能力だからね。それを十全に発揮するために全身に衝撃砲の『空間に圧力を掛ける』機構を備えた黄色のパーツを配置してある。使い方は任せるけど、よく訓練することを勧めるよ。」

 

 ゆっくりと画面の中で回転する甲龍の立体モデルを見ながらなのはがそう言う。

 

「そうする。【白虎】だけでも使い道は多そうだし、使いこなすのは大分先でしょうね。」

 

「機体の扱い事態は今までとそう変わらない。性能の差に慣れれば今まで通りの事が今まで以上に出来るだろうね。そこから先は展開装甲と単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を如何に使いこなすかだから頑張ることだ。」

 

「あー……飛鳥、訓練手伝ってくんない?」

 

 数瞬考えてから鈴は飛鳥に顔を向けて尋ねた。

 

「いいけど、セシリアも呼ぶよ?」

 

「それでもいいわ。明日から忙しくなるわね。」

 

 ポタージュを飲み干して立ち上がった鈴は、工房を後にしようと扉に向かって歩き出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第64話 天羽飛鳥、崩れ落ちる

『どうも皆さん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい。天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『この挨拶が10part()以上振りという現実にちょっとした恐怖を感じる……。』

 

『アーキタイプ・ブレイカーは切りどころ難しいよねぇ。戦闘ごとだとテンポ悪いし、話の切れ目だと長いしで。』

 

『大体絶対天敵(イマージュ・オリジス)のせい。』

 

 

 

 

 第3アリーナに飛来した絶対天敵(イマージュ・オリジス)専用換装装備(オートクチュール)黄帝(ファンディー)】を手にした凰鈴音が織斑一夏、凰乱音ら2人と共に蹴散らしてから一夜明けた次の日、専用機持ちたちは織斑千冬によって作戦本部へと呼び出された。

 

「揃ったな。昨日のイマージュ・オリジスの迎撃、ご苦労だった。お前たちの尽力のお陰で、被害は最小限に留められた言っていいだろう。」

 

 作戦本部に集まった専用機持ちたちを出迎えた千冬が(ねぎら)いの言葉をかける。

 

 今までIS学園ではどこか1つのアリーナにのみ出現していた絶対天敵(イマージュ・オリジス)。それが複数個所に同時に現れたにも関わらず、通路や校舎の外壁に少しばかり傷が出来はしたものの幸い鈴以外に怪我人は居らず、その鈴の怪我も軽傷で済んだことに対する称賛だ。

 

 普段は厳しい教師である千冬だが、こうして褒めることもあると最近転入して来た乱とヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー以外の面々は知っている。意外そうにしている2人とは違い他の面々はその言葉を素直に受け取ったが、そんな中ラウラ・ボーデヴィッヒが手を挙げた。

 

「教官。お話しの途中ではありますが、質問よろしいでしょうか?」

 

「いいだろう、言ってみろ。」

 

「イマージュ・オリジスとは一体なんなのですか?我々は、何と戦っているのですか?」

 

「ラウラ……。」

 

 普段千冬の話には口を挟まないラウラがそうまでして質問したことに、シャルロット・デュノアが心配そうな顔でラウラを見つめる。

 

「確かに、それはもっともな質問だな。しかし答えることは非常に難しい。今分かっていることはほぼないと言っていいだろう。」

 

 ラウラの質問を受けて集まっている専用機持ちたちの顔をザッと見渡してから、千冬はそれに答えた。

 

「まず奴等は攻撃能力、防御能力共にISに非常に近い構造をしている。地上への飛来方法は隕石を模しているとあるが、実はここにも謎がある。」

 

「謎、ですか?それは?」

 

「その隕石がどこから来るのか、そもそもどこにあったのかが一切不明ということだ。」

 

 千冬が言ったその不可解な言葉に乱が首を傾げながら聞き返した。

 

「どこにあったのかって……宇宙じゃないんですか?」

 

「隕石に含まれていた鉱物は、太陽系では観測されていないものらしい。」

 

 千冬の言葉に専用機持ちたちに衝撃が走る。絶対天敵(イマージュ・オリジス)が乗ってくる隕石が太陽系にない鉱物を含んでいるということは、『それがある所から来た』という証明だ。

 

 少なくとも外宇宙、ともすれば別世界だろうか。そこから宇宙(そら)を常に見ている天文台の目を潜り抜け、この地球に絶対天敵(イマージュ・オリジス)が乗った隕石を送り込んでいると言われれば、誰であれ驚くだろう。

 

 だからこそ、既知であるが故に他よりも驚きの少ない者たちが居たことを千冬は見逃さなかった。その上で反応せずに話を続けた。

 

「他に判明しているのは、相手の狙いがISのコアということくらいだな。まあこれも奴等の行動からの推測に過ぎないが。」

 

「ISのコアを?」

 

「世界各国の襲撃された場所では、必ずと言っていいほどISのコアが保管、もしくは運用されていた。もはや偶然という言葉では片付けられない。IS学園(ここ)に奴等は現れるのも、お前たちの専用機や訓練機のコアに反応しているからかもしれんな。」

 

 事実から推察された推論を口にした千冬は、そこで1度言葉を区切ってから専用機持ちたちに向き直った。

 

「ISのコア、そしてそれを狙うイマージュ・オリジス。ここには何かしらの関係がある。だがコアを作った張本人は相変わらず行方不明で確認のしようもない。」

 

 ちらり、と篠ノ之箒に一瞬だけ視線を向けてすぐに外した千冬が続けて言った。

 

「教師としても正体不明の相手と戦い続けろなどと言う気はない。今、全世界の叡智を結集し解析作業を進めている。いずれその正体と目的は判明するだろう。その辺りのことは専門家に任せて置け。」

 

 ラウラの質問にそう答えた千冬は「さて」と区切って話題を変えた。

 

「昨日の戦闘から、今後は複数個所により多くのイマージュ・オリジスが同時に出現する事態が考えられる。それを迎え撃つ我々は万全の態勢を整えていかねばならない。そこで、戦闘技術向上と連携上達を目的とした『強化訓練』を行うことになった。」

 

「「「強化訓練?」」」

 

 千冬の言葉を繰り返すように口にした専用機持ちたちが首を傾げる。

 

「もし今が夏だったならお前たちの息抜きがてら海にでも合宿に行ったんだが、生憎と12月だからな。海がダメなら山という訳にもいかない以上、単純に訓練を行うことになった。」

 

「あ、乱ちゃんとヴィシュヌちゃんとの親睦を深めるイベントは別で用意してあるから安心してね♪」

 

 千冬の説明に更識楯無がそう付け加える。いつもの様にニコリと笑っているが、今まで散々振り回されて来た専用機持ちたちはその笑顔に暖房が効いている筈の作戦本部でうすら寒いものを感じた。

 

「肝心の内容だが――。」

 

「「「……ごくり。」」」

 

 一体どんな訓練なのだろうか。固唾をのんでその発表を待っている生徒たちに数秒溜めてから、千冬はニヤリと口角を上げて言った。

 

「――本気の山田先生とのバトルだ。」

 

 その言葉を聞いた瞬間、今まで黙っていた天羽飛鳥が崩れ落ちた。

 

「飛鳥さん!?」

 

「ちょっ、どうしたのよ!?」

 

 セシリア・オルコットと鈴が飛鳥に駆け寄り身を案じるが、当の飛鳥は顔を(うつむ)かせたまま小さく呟いた。

 

「もうダメだ。」

 

「え、なんて?」

 

 自身も膝をついて飛鳥の肩を抱いていた鈴はかろうじて聞こえた飛鳥の声に聞き返した。

 

「また移動先に置き射撃されるんだ今度はワープ先にも置き射撃とか置き斬撃されて当たり前の様にソードビットをあしらわれてGNソードⅤとフルセイバーの攻撃も対処されるんだ。」

 

 息継ぎせずに一息で飛鳥の口から零れたあんまりな惨状にセシリアたちは引いた。

 

「ち、千冬姉。天羽さんって山田先生と何かあったのか?」

 

「織斑先生、だ。そう言えばお前たちは知らなかったか。」

 

 今まで一度も見たことのない飛鳥の様子に一夏が千冬に質問する。その一夏の言葉遣いを注意してから、千冬は何でもない様に言った。

 

「IS学園の入試に、教員と戦う実技試験があっただろう?天羽はそれで山田先生と当たってな。1ポイントもダメージを与えられないまま終わったんだ。」

 

「「「ええ!!?」」」

 

 飛鳥の実力をよく知る専用機持ちたちから驚きの声が上がった。

 

「それって、天羽さんが負けたってことか!?」

 

 一夏たちが知る限り、飛鳥が戦いで負けた所は見たことがない。訓練機のラファール・リヴァイブに乗っていた時でさえブルー・ティアーズに乗るセシリアに勝っているし、専用機のダブルオークアンタを使うようになってからは全員で挑んでも勝てなかった。一部は瞬殺されたほどだ。

 

 それが1ポイントのダメージも与えられなかったというのは衝撃と言う他ない。それを成したのがあの山田真耶というのがまた衝撃だった。

 

 確かにIS学園の教員として、代表候補生を2人同時に相手して勝てる実力者というのは知っている。授業でも度々その技量を見せてくれるし、その実力は疑いようがない。ないが、あのアリーナの壁に激突してエネルギーを全損させたり、空からの降下で止まれずに地面と激突した人物とはどうしても結び付かない。

 

 人は見た目によらないと言うし、その体現者が山田真耶と言われれば納得できるが、それでも武器の全てが溶断を行え、6つのビット兵器を操り、ワープも出来る飛鳥がここまで恐れる理由が分からない。

 

 一夏たちのその思考を読んだのか、千冬は少しだけ困ったような顔で話した。

 

「あの時の山田先生は天羽の初撃──瞬時加速(イグニッション・ブースト)での急襲を回避し、追撃のアサルトライフルの弾丸をブレードで切り払い、天羽の回避先に攻撃を置き、最後の方には誘い込みや追い込みもやってな。どうにもそれがトラウマらしい。」

 

 「全く……」と自身の同僚がやってしまったことにやれやれと言った感じを出している千冬。語られた真実に再び全員が引いた。

 

「確かに、飛鳥さんなら撃破出来る筈ですのにそんな話を聞きませんでしたけれど……。」

 

「いくら何でも山田先生強すぎでしょ!」

 

「まぁ、安心しろ天羽。本気の山田先生と言えど、使う機体はラファール・リヴァイブだ。多少の調整(チューン)はされるが、それでも性能差で勝てる。」

 

 ポン、と飛鳥の肩に手を置いた千冬は、どこか優しい声音でそう言った。

 

 

 

 

『飛鳥、これ大丈夫?』

 

『大丈夫大丈夫いけるいける。フラグ折れてるからラファール・リヴァイブ・スペシャルじゃないし、トランザムとゼロシステム使えば勝てるから。

 

『別の意味で大丈夫じゃないよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「葉加瀬さん、ちょっと頼みがあるんですけど、いいですか?」

 

「山田先生?」




 作中は12月なのでストーリー通り海に行って水着で過ごす訳にはいかないので改変。じゃぁ山だろ!と最初は考えたものの、ダリルのヘル・ハウンドが火を噴くので断念。山火事は怖い。
 つくづく進級した方が話を作りやすかったと実感しております。でもそうすると3年生のダリルが卒業しちゃってイージスコンビが崩れる不具合。いや、アメリカからの派遣として残せば……?







 次回、『銃央矛塵(キリング・シールド)、それは山田真耶の名』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第65話 銃央矛塵(キリング・シールド)、それは山田真耶の名

 あの人と初めて出会ったのは、入試の実技試験だった。

 

 ラファール・リヴァイブを纏って現れたあの人は、打鉄を使う私を終始上回った。

 

 思考を読んで完全に不意を突いたはずの初撃は躱され、背後からの射撃は振り返ると同時に切り払われ、その後はずっと機動力で勝るラファール・リヴァイブの機体特性を活かして、打鉄の私を抑え込んだ。

 

 打鉄の利点は色々と挙げられるが、最たるものはその使いやすさだ。人間の体格からあまり逸脱しないサイズである打鉄は性能も安定していて、普段動くような感覚で操縦することが出来る。

 

 当然私も普段動くように打鉄を動かしていた。流石に壊れたら困るから加減はしていたけれど、師匠――篠ノ之束から教えられた技術は余さず使った。その上で、ただの1度も攻撃を当てることが出来なかった。

 

 私も被弾はなかったけど、それはイノベイターとしての読心能力と空間把握能力によって攻撃がどこに来るか分かったからだ。それでも途中、気付いた時には移動先に弾丸が放たれていて、それに当たりかけたりもした。ISの自己修復機能を組み合わせた『破壊されるより早く直る盾』を持つ打鉄でなかったら、あの攻撃で私はダメージを負っていただろう。

 

 何が言いたいかを端的に言えば────私は、実力で山田真耶に勝てなかったのだ。

 

 

 

 

 強化訓練だと言われてから一夜明けた12月8日。言われたその日にすぐ始まるものだとばかり思ったが、「色々と準備がある」と今日に回されたそのちっとも待っていない日の到来に、天羽飛鳥は葉加瀬なのは用に作ったポタージュの一部を拝借して気を落ち着かせていた。

 

「ふぅ……。」

 

 本来なら気を落ち着かせるまでもない。確かに入試の実技試験で真耶に勝てなかった飛鳥だが、専用機ならいざ知らず多少チューンされただけの第二世代機ラファール・リヴァイブに、制限しても第三世代機相当の性能を発揮するダブルオークアンタを使う飛鳥が勝てないなどまず有り得ない。武装を追加し対応力が上がっているフルセイバーなら尚更不可能だ。

 

 【GNソードⅣフルセイバー】――ダブルオークアンタが初期装備(プリセット)としている【GNソードⅤ】より数字が若いそれは、GNソードⅤよりも前に作られた武器だ。

 

 GNソードⅤはGNソードビットとの合体で拡張性を持たせたが、GNソードⅣフルセイバーは6つのパーツを組み換えることで多種多様な機能を実現した武装だ。バスターライフルやバスターソードとして重い一撃を繰り出せるだけでなく、付属する【GNガンブレイド】で小回りも利く上、連射可能な高出力ライフルにもなる。

 

 高速切替(ラピッド・スイッチ)が使える飛鳥は、本来少なからず手間がかかるその組み換えを即座に行える。それこそシャルロット・デュノアが操るラファール・リヴァイブ・カスタムⅡも目ではないほどの対応力がある。何よりGNソードビットが自由に使えるというのは、基本的に1対1となるIS戦で数の優位を取れる大きな利点がある。

 

 そう、どう考えても勝てないなんて有り得ない。いくら真耶の実力が高くとも、機体の世代差と武装の性能差が勝敗を覆せる範疇(はんちゅう)を越えている。

 

 ――なのに、イノベイターとしての感覚が騒がしい。師匠と京都で戦った時にはなかった、圧迫感とでも言うべきものが拭えない。

 

「(あの時の束さんは手加減してくれてた。だから感じなかったんだろうけど――。)」

 

 飛鳥と接する時の束は優しい。普段なのはとしているような頭が痛くなる高速思考を交えた会話は一切せずに、逆に自分の思考を制限して会話してくれるだけでもそれは十分に伝わってくる。

 

 だからこそ分かる。臨海学校で束が来た時と違って、()()()()()()()()()()()()()1()()()()()。戦う直前に少し思考能力を高めていたが、それも痛くなるほどの負荷ではなかった。つまりあの時、ゼロシステムを起動しトランザムを使った飛鳥を相手に、束は最大の武器であるその頭脳を制限していた。だからイノベイターの感覚が脅威として捉えなかった。

 

「(――なら、それを感じる山田先生は……?)」

 

 ぶるり、と身体が震えた。まさかそんな、と思考が止まる。でも、それが事実だとしたら。

 

「……流石、でいいのかなぁ……。」

 

 戦う前から敗北感を感じながら、飛鳥はアリーナに通じるカタパルトへ歩を進めた。

 

 

 

 

「織斑先生、どうして飛鳥さん1人で山田先生と戦うことになったんですの?」

 

 これから始まる強化訓練を見るため、ピットではなく観客席に集合した専用機持ちたち。この人数がピットに居ても邪魔だろうと、ピットに向かう時の多少の不便さは覚悟してこちらに来たが、そんな中セシリア・オルコットが同じように観客席に座っている織斑千冬へと質問を投げかけた。

 

「戦闘技術向上と連携上達。前者はともかく、後者は飛鳥さん1人では無理がありますわ。」

 

 1人で連携も何もない。確かに飛鳥の枷にならずに連携出来る人間は少ないが、セシリアや凰鈴音なら問題なく可能だ。だと言うのに飛鳥1人で最初の戦いが始まろうとしている。明らかに不自然だ。

 

 セシリアの質問に、千冬は肩をすくめて答えた。

 

「山田先生たっての希望だ。」

 

「山田先生の?」

 

「入試の再戦だそうだ。山田先生は天羽からダメージを貰わなかったが、天羽にダメージを与えることも出来なかったからな。数字だけ見れば引き分けだったあの戦いの決着をつけると言っていた。」

 

 再戦と言われて納得したのか、セシリアはそれだけでないことを直感しながらもそれ以上の質問をしなかった。

 

 これはあくまで『強化訓練』。これから今まで以上に苛烈なものとなることが予想される対絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦を想定し、専用機持ちたちの戦闘技術向上と連携上達を目的とした模擬戦だ。断じて『再戦』をするためのものではない。

 

 確かに教員と生徒が戦える機会は少ない。しかし決して皆無ではない以上、わざわざ強化訓練という貴重な時間を割いてまでやることではない。真耶に再戦の意志があっても、千冬たち他の教員にその点を突かれて叶わないはずだ。

 

 ならそれが叶っている現状は、千冬たち他の教員を納得させるだけの理由がある。それが何であるかはセシリアにも分からなかったが、これから始まる戦いを見逃すまいとセシリアはアリーナへと視線を向けた。

 

 

 

 

「ありがとうございます、葉加瀬さん。これならちゃんと戦えます。」

 

 飛鳥が居たピットとは反対側のピットで、真耶はなのはに用意して貰った機体を撫でていた。

 

 僅か1日の作業時間だったために『有り合わせの物』で仕上げられたその機体は、飛鳥と戦うためだけに真耶がなのはに頼んだものだ。

 

「溶断武器を使う天羽さんと戦うにはこれぐらいしないと、ですからね。」

 

 通常、ヒートソード等の溶断武器はそもそもISの装甲や武器に使われる素材が耐熱にも優れる物が多いために敬遠される。武器自体が熱を持つため消耗が激しく、長期戦となりやすいIS戦で使い難いこと、何よりエネルギー系の武器を持てば似たような効果が得られることや、機構が複雑となりただ拡張領域(バススロット)の容量を食うだけなのも誰も使っていない理由だ。

 

 しかし飛鳥のGNソードⅤを始めとした武器はGN粒子を熱変換し、その熱を対象物に移動させることで高温にし溶かしているために消耗がそう激しくない。しかも耐熱に優れる素材であろうと後から後から熱が移動させられるために耐熱限界を超え溶断される。

 

 今までの溶断武器の常識を真っ向から焼き切る飛鳥の剣は、対物理で比類なき力を発揮する。それは燃費を考えた結果、エネルギー系武器をあまり搭載しない機体に対しての特効とも言える。それがビット兵器となって6つも襲い掛かってくるんだから堪ったもんじゃない。

 

 だから真耶は飛鳥の機体を作ったなのはに頼んだのだ。『最低限戦えるようになる装備』を。

 

「――さぁ、行きましょう。」

 

 伸ばした手を通して、触れた機体に意志を向け身に纏い、真耶はカタパルトに乗ってアリーナへと飛び出した。

 

 

 

 

「それは……!?」

 

 先にアリーナ内で待機していた飛鳥は、カタパルトから飛び出して来た真耶が纏う機体を見て目を見開いた。

 

「だからなのは、あんなに眠そうに……。」

 

 今朝の親友の様子に合点がいった飛鳥は、感じていた圧迫感の正体に苦虫を嚙み潰したような顔で真耶を見つめた。

 

「天羽さん。」

 

「……はい。」

 

「今日の私は教師として、天羽さんの壁になります。」

 

 ISと同期したアリーナのシステムがカウントダウンを始める。

 

「あんまり好きじゃないんですけど、あえてこう名乗りましょう。」

 

 拡張領域(バススロット)から2丁のライフルを手に取り、太陽に照らされる()()()()()()()()()を輝かせ、

 

 

「元日本代表候補生、【銃央矛塵(キリング・シールド)】の山田真耶!ラファール・リヴァイブ・Sカスタム、行きます!」

 

 日本が誇る世界最強(ブリュンヒルデ)に次ぐ存在が、その銃口を飛鳥に向けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第66話 天羽飛鳥の敗北

 先に動いたのは天羽飛鳥だった。

 

「クアンタ、セブンソード・コンビネーション!」

 

 油断も慢心もせずに、初手から右手に持ったGNソードⅤと左肩のGNシールドから解き放ったGNソードビット6基を合わせた7本の剣(セブンソード)による、今まで更識楯無以外誰にも使わなかった同時攻撃を仕掛けた。

 

 周囲に浮かべたGNソードビットから蓄えたGN粒子を吹き荒れさせ、弾けるように飛び出した飛鳥がGNソードビットで形成した量子ゲートを潜り姿を消す。

 

 そして山田真耶の背後に量子ジャンプした飛鳥は、

 

「そこですよね?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「天羽さんに当てた!?」

 

 開始早々起こった出来事に観客席で見ていた専用機持ちたちの表情が驚愕に変わる。

 

「今の、攻撃を置いてた……?」

 

「ああ、ワープ先を読んでいたとしか思えない攻撃だ。」

 

 更識簪とラウラ・ボーデヴィッヒが一連の流れを考察する。

 

 真耶は眼前で飛鳥がGNソードビットの量子ゲートを潜り姿を消すと同時に振り返り、まだ飛鳥が姿を現す前に引き金を引いていた。そうして放たれたビームが、丁度ワープした飛鳥の顔に直撃した。明らかにどこにワープするかを読んだ動きだ。

 

「一体どうやって……。」

 

「――あんな物、ただ後ろを撃っただけだ。」

 

 思考を巡らせる生徒たちに、織斑千冬は淡々とそう言い放った。

 

「織斑先生、それはどういう……?」

 

 シャルロット・デュノアが疑問符を浮かべながら聞いたため、千冬は「よく思い出せ」と言って()()()()を躊躇せずに言い放った。

 

「天羽は基本的に、相手の後ろにしかワープしない。」

 

 はっ、と息をのんだような声が専用機持ちたちから零れる。それを気に留めずに千冬は続けて言った。

 

「人体の構造上、ハイパーセンサーで見えてはいても背後に居る相手に攻撃することは難しい。それを考えての位置取りだろうが、天羽の場合はただワープ先を教えているだけだ。」

 

 どこから来るか分からない、距離も速度も意味をなさないというのが飛鳥の量子ジャンプの強味だ。しかし飛鳥は基本的に量子ジャンプを使用すると相手の背後を取るため、その強味を自分から潰している。

 

「あんな物は射的と変わらん。お前たちでもやろうと思えば出来ることだ。」

 

 無理です、とブンブンと首を横に振る専用機持ちたち。そんな中、

 

「なるほど……!」

 

「衝撃砲でやれるかしら?」

 

「当てた所でって感じんスよねー。」

 

「普っ通に接近戦されて負けんだよなー。」

 

 そんな事を言う、最近目覚ましい飛躍を遂げている人たちが居た。

 

 

 

 

「っ、ソードビット!」

 

 顔にビームを食らい僅かに仰け反り思考に空白が出来ていた飛鳥は、すぐに立ち直るとGNソードビットを操り真耶へと肉薄させた。

 

「(分かってた筈なのに……!)」

 

 飛鳥自身、自分が相手の背後にワープする癖があるのは理解していた。しかしそれでもその癖を改めないのは、一定以下の実力しかない相手ならそれで勝てるからだ。

 

 千冬が言ったように、人体の構造的にISと言えど背後の敵に攻撃するのは難しい。基本武器を手に持って戦い、機体に固定装備するにしても正面に即座に向けられるようでなければならない以上、どうしたって反転して応戦するのが自然だ。

 

 だが飛行技術や速度で背後を取るのと違って、飛鳥は量子ジャンプによって背後を取る。ワープから出現まで1秒とかからないそれが戦闘中に突然起こったとして、即座に反転して迎撃できる実力者は国家代表操縦者の中でも本の一握りの者だけだ。

 何よりその(背後を取る)癖を見抜かれない限りは迎撃だって滅多にされないため、飛鳥はこの戦い方に信頼を置いている。だからこそそれを用いるセブンソード・コンビネーションは、ライザーソード以外で唯一飛鳥が名を呼ぶ『技』となったのだ。

 

 しかし、今相手にしているのはあの【銃央矛塵(キリング・シールド)】だ。【世界最強(ブリュンヒルデ)】という日本どころか世界でもトップの実力者と現役時代を同じくしながら、貴重なISコアの1つを

 ブルー・ティアーズのような新技術の実験のためでも、

 甲龍のような次世代量産型の試作機のためでも、

 シュヴァルツェア・レーゲンのような軍人のための機体としてでも、

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡのような個人を守るための機体としてでもなく、

 本当の意味で『専用の機体を作るために』与えられた人間だ。ワープをする相手だとしても移動先が分かっているなら、対応できない筈がない。

 

 まして、今は()()()()()()()()()()()()()()()──!

 

 迫るGNソードビットを見て、真耶は自身の機体を覆う盾を()()()()()

 

「シールドビット!」

 

 機体から離れたそれは音を立てずに更に分離し、10個の盾としてその姿を現した。

 

 

 

 

「ビットですの!?」

 

 思わずといった風にセシリア・オルコットが立ち上がり声を上げた。

 

 もはや見知った武装ととても似た装備。機体を覆う大型の盾だと思っていた緑色のそれは、蓋を開けてみればビット兵器だったのだ。

 

「しかも10個って、セシリアたちより多いじゃない。」

 

「山田先生、あんなことも出来たんだ……。」

 

 凰鈴音と凰乱音もセシリアと同じようにビットを使う真耶に驚いていた。強いことは知っていたが、扱いが難しいビット兵器を10個も操れるとは流石に考えもしなかった。というか、最新技術の1つであるビット兵器は既に現役を退いている真耶の使ったことのない武装だろうに、何時習熟を行ったのだろうか。

 

 そんなビットを扱う真耶を見て、シャルロットが視線を鋭くした。

 

「……あのリヴァイヴ、一体……?」

 

「シャルロット?どうしたんですか?」

 

 様子がおかしいシャルロットに気付いたヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーが声を掛けた。それで気を取り戻したシャルロットは「ちょっとね」と言って、気になる点を共有した。

 

「僕が知る限り、ラファール・リヴァイヴにビットを取り付けるパッケージはない筈なんだ。そもそもビットは第三世代技術に分類されるから、第二世代のリヴァイヴじゃOSも対応してない。」

 

「使えない筈の装備ということか?」

 

「うん。」

 

 篠ノ之箒が簡潔に纏めた言葉にシャルロットは頷いた。

 

 ラファール・リヴァイヴは第二世代の最後発で、今まで世界各国で解明されたISの基礎技術を使い、更に独自の技術で拡張領域(バススロット)を広げることに成功した傑作機だ。扱いやすくパッケージも豊富で使い勝手もいい機体だが、第二世代故にイメージ・インターフェースを搭載しておらず、ビットのような装備は例え量子変換(インストール)しても使えない。

 

 しかし今アリーナで戦っている真耶は、そのラファール・リヴァイヴでビットを使っている。そんな改造を施せるのは――

 

「――ま、ボクなんだけどね。」

 

「うわっ!?葉加瀬さん!?何時からそこに!?」

 

 専用機持ちたちが揃って座っていた観客席の1つ後ろの列に何時の間にか座っていた葉加瀬なのはにシャルロットが驚く。

 

「なのはさん、あのビットは……。」

 

「前にボクが作った物だね。昨日頼まれて取り付けたんだ。」

 

 セシリアの問いに何でもない様に答えたなのはに専用機持ちたちの視線が向く。

 

「有り合わせの物で組み上げたから、欠陥多いんだけどね。」

 

「欠陥?」

 

「機体に粒子供給コードとかGNコンデンサーがないから、粒子貯蔵タンクのGN粒子を武器以外に使えないんだ。姿勢制御とか質量軽減とかの恩恵がないし、PICと接続アームだけであのビットを保持してるから動きが遅いし、ビットの操縦補佐も乗せれてないから全部自分で動かさなきゃいけない。常人に使えるはずないんだけどねぇ……。何で使えるんだ。

 

 ボソッと呟いた声が聞こえ、何でそんな物を渡したんだと全員の思いが1つになった。

 

 

 

 

「シールドビット――()()()()()()()!」

 

 真耶が出したビットを見た飛鳥は、それが何であるかを知っているが故にまずはそれを破壊しようとGNソードビットを動かした。

 

 迫る6つの刃に、真耶は10の盾で応戦する。触れれば如何に盾のビット言えど溶断されるそれに真耶が取った行動は――刃を受け止めることだった

 

「ハァ――?!」

 

 2つの盾が、挟み込むようにして飛鳥のGNソードビットを白羽取りしている。あんまりな光景に再び飛鳥の思考に空白が出来た。

 

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 そう言いながら、真耶は10個の盾で2枚掛かりで5つのGNソードビットの動きを止め、残った1つは真耶自身がその手で溶断能力を持たない青い接続部分を掴むことで動きを封じた。

 

「ライフルビット!」

 

 ガシャン!と音を立てて、()()()()()()()()()

 

 姿を現した【GNライフルビットⅡ】は、盾――【GNホルスタービット】と真耶の手に捕らえられたGNソードビット、そして動きの止まった飛鳥に向かってピンク色の粒子ビームを放った。

 

 

 

 

「GNホルスタービット。その名の通り、内側に銃を収納した盾型ビット。その性能を真に発揮させるには、攻撃する10のビットと防御する10のビット、合わせて20個のビットをそれぞれの用途で動かす必要がある。」

 

「――――。」

 

 言葉も出ない。アリーナで起こったそれは、あまりに常識外れだった。

 

 どうやったらGNソードビットを白羽取りなど出来るのか。どうやったら20ものビットを操り、用途の違う2種類を適切に動かせるのか。

 

「普通、あのビットは操縦補佐を乗せないと動かせない。二重人格とか2人乗りとか、そういうのじゃないと無理だ。1人でやるには面倒臭すぎるからね。単純なビットの数なら100は動かせる飛鳥でもやらない。」

 

「……わたくしも、あれを使い熟せる気はしませんわね。」

 

 なのはの説明にセシリアも匙を投げる。1種類のビットであればセシリアも20個は既に動かせるだろうが、用途が違うとなれば話は別だ。

 

「何であの人、日本代表になってないんだろうねぇ……。」

 

 なのはの口から零れたその言葉は、紛れもなく高評価のものだった。




 ラファール・リヴァイヴ・Sカスタム
 山田真耶の教員用ラファール・リヴァイヴに【GNホルスタービット】とそこに収納する【GNピストルビット】/【GNライフルビットⅡ】を取り付け、飛鳥が暇な時に貯めさせた高純度GN粒子がたっぷり入った【粒子貯蔵タンク】を動力源として葉加瀬なのはが改造を施した『スペシャル』で『サバーニャ』な機体。
 ラファール・リヴァイヴの大きな拡張領域(バススロット)をして容量がギリギリの高性能な武装を取り付けたため、本来の持ち味である武装の豊富さから来る高い対応能力を犠牲にしている。
 しかしながら攻撃力・防御力は飛躍的に向上しており、殲滅力もアップしている。だが攻撃用と防御用のビットがそれぞれ10個もあり、とてもではないが常人が使いこなせる代物ではない。

 山田真耶
 覚醒【銃央矛塵(キリング・シールド)】を持つ、ゲーム中で3番目に強いネームドキャラ(1位束、2位千冬)。
 銃器及び盾に関してのみあらゆる操縦難易度を無視して使い熟せる【銃央矛塵(キリング・シールド)】の覚醒により、本来操縦補佐が必要なGNホルスタービット×10とGNライフルビットⅡ×10を完全に使い熟している。
 実は飛鳥が極普通に白兵戦したら勝てたりする。理由は次回


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第67話 天羽飛鳥、覚悟を決める

「それでは、天羽の反省会を始める。」

 

 淡々とした口調で織斑千冬がそう言った。

 

 場所はアリーナの観客席。模擬戦が終わり戻ってきた天羽飛鳥は、膝に葉加瀬なのはを乗せてその髪に顔を埋めながら(なげ)いていた。

 

「シールドビットは無理だって……。」

 

 結論から言えば、飛鳥が勝った。GNソードビットを全て失い、GNホルスタービットで射撃は通らず、ワープ先も予測されるために普通に近接戦闘を仕掛けた飛鳥は、溶断する刃を受け止める術を持たないラファール・リヴァイヴ・Sカスタムのシールドエネルギーを0にした。

 

 拡張領域(バススロット)をビットに占領されているラファール・リヴァイヴ・Sカスタムは、それ以外の武装を量子変換(インストール)していない。手に持っていた2丁のライフルもグリップを展開しただけのGNライフルビットⅡで、近接武装と言える武装はない。

 

 GNライフルビットⅡのバレルを取り外すことで姿を現す連射性に優れるGNピストルビットなら、その銃身下部に対ビームコーティングを施した刃を有するため近接戦闘もある程度は行えるのだが、生憎GNソードⅤと切り結ぶにはエネルギー系の武器でなければ溶断されてしまう。

 

 結果として、GNソードビットや量子ジャンプどころか射撃武器すら使わない、GNソードⅤでの極普通の白兵戦によって飛鳥は山田真耶に勝利した。なお、GNソードⅣフルセイバーは溶断しない部分を利用され攻撃が逸らされ続け一撃も掠らず、GNガンブレイドに至ってはその短い刀身を腕ごと抑えられたことで振るうことも出来ずに片手間で破壊されたことをここに明記する。

 

「まずは……そうだな。ボーデヴィッヒ、お前の目から見て、今の戦いはどう映った?」

 

「はっ。恐れながら、モンド・グロッソにも劣らない素晴らしい戦いでした。」

 

 千冬に指名され敬礼と共にそう答えたラウラ・ボーデヴィッヒに、千冬は「そうだろう」と肯定し、

 

「せいぜいモンド・グロッソ()()でしかない。」

 

 そう鋭い目つきで言い放った。

 

「ち、千冬姉?」

 

 織斑一夏が姉の雰囲気が変わったのを敏感に感じ取る。IS学園では常に教師として己を律している千冬に、どこか現役時代を思わせる刃の様な鋭さが現れる。

 

「天羽、()()()()()()?」

 

 千冬の言葉に、え?と困惑が口から零れる。

 

 ラウラが言ったように、先ほどの戦いは間違いなくモンド・グロッソを彷彿とさせる戦いだった。極まった操縦技術と戦闘技術はかつて見たそれとなんら遜色(そんしょく)のないものだった。それを実際にモンド・グロッソを戦い抜いた千冬も肯定した。

 

 だと言うのに、『手を抜いた』とはどういうことだ。試合を最初から最後まで見ていたが、飛鳥に余裕があるようには見えなかった。むしろ押されていたとすら言える。でなければGNソードビットとGNガンブレイドが破壊されるなど有り得ない。

 

「………………。」

 

 なのはの髪に顔を埋めていた飛鳥は黙ったまま、ぴくりとも体を動かさない。

 

「いや違うな、本気じゃないと言った方が正しいか。」

 

「…………。」

 

「元々お前は精神状態の影響が戦いに出るタイプだ。完全に臆していた今回の模擬戦で実力を出し切ったとは私も思っていない。トランザムとやらも使っていないからな。」

 

 言葉を選ばずに言えば、飛鳥は『興が乗った時が一番実力を発揮するタイプ』だと千冬たち教員は見ている。嬉しい時や楽しい時、何より覚悟を決めた時が一番強い人間だと。

 

 人の精神に呼応するISを操るIS乗りには良くいるタイプだ。スポーツでも精神状態が試合のプレイに影響の出る人間は多いことから、それが有り触れた人種であることは伺える。

 

 飛鳥が特異な点をあげれば、不調の時であろうと世界各国の国家代表たちの中でも上位と言われる者たちと同程度の実力があることだろう。機体も最上級である以上、負けることはまずない。相手が国家代表クラスの実力者であれば、それこそモンド・グロッソの様な名勝負をする。

 

 つまりラウラにモンド・グロッソの様だと評された先ほどの戦いは、()()()()調()()()()()()()()()()()()()。そうなった理由はもちろん、飛鳥が真耶を恐れたからだ。

 

 そもそも初対面が入試の実技試験という飛鳥も今まで経験したことのない初めてのことをする場で、少なからず不安を抱えていたがそれでも篠ノ之束の指導を受けた自分なら絶対突破できると言う確信があったのに、蓋を開けてみればイノベイターの自分に普通に技量で迫ってくるヤベー奴の相手をする羽目になったのだ。イノベイターとはいえ思春期の少女は普通にトラウマになった。

 

 そんなトラウマの相手と戦うのは精神的にとても辛かったし、覚悟を決めるにしてもそれが告げられたのは昨日の今日。どうやってもテンションは上げられず、しかもピットから出てきたら見覚えのある装備(GNホルスタービット)を着けていると来た。

 

 その動揺が治まらない内に試合が始まり、とりあえず最も信頼する技であるセブンソード・コンビネーションを行おうとすれば初手の量子ジャンプを完全に予測され、群咲を相手にした時でさえ破壊されなかったGNソードビットが全て破壊され、GNソードⅣフルセイバーは掠りもせず、GNガンブレイドに至っては振るうより先に腕を抑えられGNライフルビットⅡに破壊される始末。

 

 はっきり言おう。『そんなの本調子で戦える訳ないじゃん!』と声高に叫びたい。

 

「だが、そんなことでは世界最強(ブリュンヒルデ)にはなれんぞ。」

 

「――――。」

 

「モンド・グロッソはオリンピックと同じだとよく言われるが、実際は違う。政治を持ち込むことが許されないオリンピックとは対照的に、モンド・グロッソは()()()()()()。スポーツと銘打ってはいるが、アレはISを用いた代理戦争だ。」

 

 ISの登場により一時期とても不安定になった世界情勢は、いつ第三次世界大戦を引き起こしても不思議ではなかった。それだけ白騎士事件を発端とするISの表舞台への登場は衝撃的だった。

 

 当時は日本人が開発したと言うことで暫定的に日本が独占している状態にあったISの技術がそのまま日本に軍事転用されれば、他国としては堪ったものではない。だが白騎士事件でミサイルを撃った手前、日本に対して強く出ることも出来なかった。

 

 最終的に少々強引にIS運用協定――通称【アラスカ条約】を締結し、憂さ晴らしに『ISを生み出した日本にIS学園を建てるのが当然』だとして色々と自分たちに都合のいい状況を作ることで一先ずの難は逃れたが、次に起こったのがISの開発競争だ。如何に強力で、いざという時に軍事転用できるISを作るかという競争。

 

 一先ずISの完成を目指した第一世代で培ったノウハウから、操縦者個々人に合わせた専用機の開発。当時はまだ後付装備(イコライザ)が無かったため武装は初期装備(プリセット)1つだった上、製作途中だったので配布されているISコアも少なかったために量産機を制作するよりも、そうしたワンオフ機を作ることが多かった。

 

 そんな中、ふとどの機体が一番強いのかということになった。言い換えれば『どの国の技術が一番優れているのか』、と。

 

 『もちろん我が国が一番だ』と世辞抜きにそういう各国。しかしカタログスペックで比べたところで、操縦者個々人に合わせた機体では比べようもない。操縦者が揃って初めて意味があるからだ。

 

 どうしようかとなった時、『いっそ戦わせよう』とどこかの国が言ったのがISの世界大会【モンド・グロッソ】の始まりだ。

 

 そんな始まりだからこそ、モンド・グロッソは国の威信を賭けた代理戦争としての側面を持つ。明確に決まる勝敗から『どこの国の技術と選手が優れているか』が決まるからこそ、その後のISの開発競争に置いて有利に運ぶことが出来る。

 

 第一回モンド・グロッソでは第一世代【暮桜】に乗った千冬が【雪片】1本で優勝したことで、機体に汎用性を持たせる後付装備(イコライザ)を取り付けた第二世代機への移行が進み、ISコアの配布も順調に行われたことで量産機の開発も盛んとなった。

 

 続く第二回モンド・グロッソはイタリアが優勝し、その優勝機体である【テンペスタ】を中心として次世代となる第三世代機の開発が進められた。

 

 優勝すれば多大な利益がある。それがモンド・グロッソであり、だからこそ千冬は第二回モンド・グロッソの決勝を棄権させられた。

 

「力だけで勝てるほどモンド・グロッソは甘くない。お前の調子を崩し、心を乱し、あの手この手で勝利させまいとする国が出てくる。国家代表程度の実力しか出せないなら凰やオルコットにお前は負けるだろう。」

 

 世界最強(ブリュンヒルデ)の言葉が圧し掛かる。飛鳥も理解している。せめてニュートラルな状態なら兎も角、不調時では凰鈴音にもセシリア・オルコットにも負けるだろうと。もはや2人はその域に達しつつあるのだ。

 

「心を強く持て、天羽。トラウマ程度で心を乱すな。」

 

 

「お前は、世界最強(ブリュンヒルデ)になるんだろう?」

 

 

 ふっ、と。今までの刃の様な雰囲気が途絶えた。代わりに、飛鳥に期待が伝わってきた。

 

 なのはの髪から顔を上げれば、そこには優しい表情で自分を見下ろす千冬の姿があった。

 

「……なのは。」

 

「なに?」

 

 千冬と飛鳥の間に挟まれて若干居心地が悪そうにしていたなのはに、飛鳥は()()()()()()()()

 

「【鍵】、ちょうだい。」

 

 覚悟を決めて、そう言った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第68話 天羽飛鳥、トラウマを越える

 天羽飛鳥の専用機【ダブルオークアンタ】には、アラスカ条約によって設定が義務付けられているシールドエネルギーの総量などを制限する競技用リミッターの他に、葉加瀬なのはによってその性能を制限する3つの【枷】が設けられている。

 

 1つ目は【GN粒子総量の制限】。重力軽減、慣性制御など様々な恩恵のあるGN粒子だが、その中には通信妨害等の周囲に影響を及ぼす物もあるため、普段は武装に使うGN粒子の量どころか機体各部のGNコンデンサーに貯蔵するGN粒子の量さえも制限しており、これによりダブルオークアンタは第四世代機に及ばない程度までスペックが低下している。

 

 2つ目は【専用換装装備(オートクチュール)フルセイバーの未装備】。戦うための装備である【GNソードⅣフルセイバー】とコーン型スラスターを装備しないことで、戦闘時における対応力や攻撃力、速度を意図的に低下させている。更にツインドライヴシステムの安定装置を兼ねるGNソードⅣフルセイバーがないため、非トランザム状態での量子化が行えない。

 

 そして3つ目、【ゼロシステムの機能封印】。各種センサー類を用いて情報を収集・分析し数多の未来の可能性を使用者に見せ、勝利のためにその肉体を動かすインターフェース(入出力装置)。だがその機能は機体を展開している間は起動出来ず、待機形態の状態でも戦闘に関する未来予測は行えない様になっている。

 

 これら3つの【枷】の内、1つ目のGN粒子総量の制限は飛鳥にも解除できる物だ。音声認識で簡単に、それこそ戦闘中にだって解除できる。それをしないのはそれだけ周囲への影響力が大きいからだ。本州からモノレールで移動できる程度の距離にあるIS学園でこの制限を取り払ってしまえば、広範囲で重度の通信障害を起こしかねない。そのためクアンタムバーストをフルパワーで行う場合でもなければ解除しない。

 

 2つ目のフルセイバーの装備は単純に飛鳥の好みだ。GN粒子による表層意識の共有と、そこから発展した【対話】を主目的として製作されたダブルオークアンタの能力を戦うことにのみ使うフルセイバーを飛鳥は出来るなら使いたくない。なのはとしてもフルセイバーの戦闘力が争いの火種となるのを嫌い、普段使いはさせていない。しかし有事の際、最も解除されやすい【枷】である。

 

 だが3つ目のゼロシステムの機能封印、これが解除されることは()()。人の生活圏での使用が(はばか)られるGN粒子量の制限解除や普段使いしないフルセイバーとは違い、これだけは飛鳥もなのはも解こうとはしない。

 

 常人とは隔絶した大天才・篠ノ之束をして耐えられなかった精神負荷から、本来は設計図のみを残して破棄されたのがゼロシステムだ。『来るべき対話』で人と機械を繋ぐインターフェースとして必要になるとダブルオークアンタに搭載こそしたが、その機能を制限しているのはやはり悪影響を懸念してのことだ。

 

 ライザーソードという国を亡ぼせそうな攻撃を有するダブルオークアンタがゼロシステムを使えば、まず間違いなくそれの使用が勝利の道筋として提示される。それによる被害の一切を無視して、ただ勝利のためにその剣を抜けと(ささや)きかける。

 

 ゼロシステムはその勝利がどういう勝利かを、そこで起こる惨劇と悲劇さえも予測して鮮明に描写し、その地獄を真正面から使用者に見せつける。実際に京都で封印から解放されたゼロシステムはライザーソードによって京都とその周辺地域ごと束を殺す未来を見せた。最終的に支え続けてくれた声が届いたために正気を取り戻したが、飛鳥もその未来に心を折られかけた。

 

 そんな物の封印を解くなど正気ではない。勝つだけなら覚悟を決めるだけで事足りる。蹂躙するならフルセイバーで十分だ。だと言うのに、それを求め、あまつさえ()()()()訳は何なのか――

 

 

 

 

「――天羽に足りないものが何か、お前たちは分かるか?」

 

 なのはから【鍵】を貰い、一言断ってから第3アリーナを出ていく飛鳥の姿が見えなくなってから、織斑千冬は専用機持ちたちにそう投げかけた。

 

「足りないもの?」

 

「IS操縦者として大成するのに必要なものだ。」

 

 千冬の問いかけに専用機持ちたちは頭を捻る。

 

 大成するのに必要なものと問われて、まず思い浮かぶのは実力だ。実力もなく大成などあり得ない。が、飛鳥の実力は既に国家代表というトップクラスの先にあるため違う。

 

 ならば容姿だろうか。見た目が良ければそれだけで人生は得だと言うし、大成したならメディア露出も多くなる。モデル業をしている代表候補生もいるし、国家代表などブロマイドが広く販売されている。そういう時に不細工では格好がつかないため、見た目が良いに越したことはないだろう。が、飛鳥は十分に美少女だ。『絶世の』とかそういう形容詞こそ付かないが整った容姿をしているため、これも違う。

 

 ならお偉いさんとのコネだろうか。世間的にはあまり良い印象はないが、『覚えがいい』というのは確かなアドバンテージだ。手助けをして貰えれば大成への道は圧倒的に楽になる。だがたったの1試合だけで防衛大臣から直接代表候補生の勧誘をされたことで有名な飛鳥は、その日本のIS業界では最上級のコネを持っている。当てはまらない。

 

 うーん、と唸る1年生の専用機持ちたち。だが、2年生以上の年長者たちはその答えを知っている。

 

「そりゃあれだ、度胸だろ。」

 

「覚悟っス。」

 

「飛鳥ちゃんに足りないのは真剣みよ。」

 

 口々に答えたダリル・ケイシー、フォルテ・サファイア、更識楯無に目を丸くして1年生たちが視線を向ける。

 

「強いから度胸を試されることがねーんだよ、飛鳥は。」

 

「大体の相手が格下っスから、覚悟を決めて戦うことがないんス。」

 

「流し作業でも結果を出せるから、真剣に取り組むってことをしないのよね。手を抜いてる訳じゃないんだけど、加減してるっていうか。」

 

 上級生から見た飛鳥の評価はそんなものだ。その言葉を補足する様に千冬は言った。

 

「天羽は確かに強いが、心構えがなっていない。そんな奴は国家代表に選ばれない。山田先生の様にな。」

 

 山田真耶が日本国家代表になれなかったのは生来のあがり症もあるが、本人にその心構えが無かったからだ。

 

 今や世界を左右するIS。それを操り1つの国の代表として選ばれるには、実力もさることながらその精神も重要になってくる。

 

 飛鳥もその心構えは出来るが、それは選ばれた後から責任感によって生じるものだ。それでは遅い。最初から持っていなければ国家代表には選ばれず、必然世界最強(ブリュンヒルデ)にはなれない。

 

「だから少々手荒い真似をした。天羽が国家代表の選抜から漏れるのは惜しいからな。」

 

 本来、教員用の機体というのは改造が許されない。実質的な専用機ではあるが、ややこしい制約があるためだ。それを破ってまでラファール・リヴァイヴ・Sカスタムへの改造をなのはに頼んだのは、飛鳥のトラウマを刺激して発破をかけるためでもあった。

 

 目論見は成功し、飛鳥は世界最強(ブリュンヒルデ)となるために再び覚悟を決めた。今まで以上にその力を発揮するだろう。何せ、【枷】を外したのだから。

 

 千冬は以前その存在を知ってから気になっていたことをなのはに聞いた。

 

「葉加瀬、お前が【枷】をかける程の代物をわざわざ搭載したのは、将来的に天羽に使わせるためだな?」

 

 千冬の質問に、なのははただニコリと笑みを返した。

 

 

 

 

 IS学園の屋上。誰も居ないそこに、飛鳥はやって来た。

 

「すぅー……ふぅー……。」

 

 一呼吸してから、飛鳥は己の専用機に意識を向ける。

 

――ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……

 

 【鍵】によってその機能を完全なものとしたそれが、使われる時を今か今かと待ち望んでいる。

 

 出来るなら使わない方が良い代物だ。その思いは今も昔も変わらない。束と京都で戦うために1度【枷】を外した時だって、あまり乗り気という訳でもなかった。あの時は対話を拒むフルセイバーを使うことが嫌だったから使った面もあるし、何より使うならここだと言う確信があった。

 

 だが、今回は違う。使うべきという確信も無ければ、イノベイターの勘がその方が良いと言っている訳でもない。単なるエゴ、我が儘だ。

 

 本来ならなのはが止めて使わせないだろう。だが、【鍵】を渡してくれたなら、そういうことだ。

 

「……クアンタ、付き合わせてごめんね。」

 

「いいえ、あなたが望むなら、それが私の望み。」

 

「……ありがとう。」

 

 礼を言ってから、飛鳥は左手をぎゅっと握りしめて、目を金色に輝かせ、

 

「ゼロシステム、リポーズ解除。バトルシミュレーション、エネミー【山田真耶】、マシンは【ラファール・リヴァイヴ・Sカスタム】、武装に【GNビームサーベル】を2つ追加――スタート。」

 

 地獄に飛び込んだ。

 

 

 

 

 始まってすぐ、落とされた。宇宙空間を模した空間で、12の粒子ビームの雨による包囲網を抜け出せずにシールドエネルギーが底をついた。

 

 続く2戦目、距離を詰めるより先に墜とされた。瞬時加速(イグニッション・ブースト)で動いたのが災いし、真正面から極太ビームに飲み込まれた。

 

 3戦目、GNシールドと機体との接続アームを破壊されたことでツインドライヴが解け、堕とされた。

 

 4戦目、武装を全て破壊され、降参した。GNホルスタービットでGNソードⅤを挟み込んでバキッと刀身を折られた時は思考が止まった。

 

 5戦目、トランザム終了直後の隙を突かれ、シールドエネルギーが0になった。当たり前の様にトランザム終了まで粘られたことに、改めて実力の高さを思い知らされた。

 

 6戦目……7戦目……8……9――100。

 

 飛鳥は、ようやく1勝した。




 なお近接戦闘に持ち込むまで100回かかった模様。ワープを読まれて瞬時加速も出来なきゃそんなもん。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第69話 天羽飛鳥、勝ちを目指す

『どうも皆さん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい。天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『山田先生(つよ)ない……?』

 

『まさかフルセイバーの武装破壊を見ることになるとは思わなかったねぇ。』

 

『ビットをビットで白羽取りとか、束さんでもやらないんだよなぁ……。』

 

『というか、適性無視して盾と銃なら使えるのやっぱりおかしくない?』

 

『裏で100回戦ったけど、100回目でようやく1回勝てる様になるレベルなのホントおかしい。』

 

 

 

 

 強化訓練2日目。通常の授業の代わりにみっちりと山田真耶にしごかれる予定の専用機持ちたちは、昨日と同じように第3アリーナにやって来た。

 

「あら、なのはさん?」

 

 そこでは愛用している魔法瓶を隣の席に置いた葉加瀬なのはが、空中に投影した画面に向かってキーボードを叩いていた。

 

「どうしてこちらに?授業がある筈では。」

 

「今の山田先生の機体を整備できるのはボクだけだからね。実技ならともかく座学で習うことはないから、ここでこうして整備する時まで山田先生が提出するレポート用の資料作りをして暇を潰してる。」

 

 そう答えるなのははキーボードを叩く手を止めない。

 

 強化訓練と銘打っている1週間の対絶対天敵(イマージュ・オリジス)を意識した模擬戦は、その成果をIS学園や各国に示すためのレポート提出が必要不可欠だ。これを欠かすと小言では済まされないヤジが飛んでくる。

 

 しかし通常の授業を行わなければならない1年1組担任の織斑千冬はこちらの様子を見れないためレポートを書けない。かと言っていつ絶対天敵(イマージュ・オリジス)が来るとも分からない状況で専用機持ちたちに時間のかかるレポート作りなどさせていられない。必然、レポートを書くなら真耶しかいない。

 

 幸い強化訓練が終わってから数日提出の猶予があるため、なのははこうしてレポートを書く際に役立つように諸々の資料を用意しているのだ。

 

「ま、ボクのことなんてどうでもいいさ。それよりも今日は珍しいものが見れるよ。」

 

「珍しいもの?」

 

 繰り返すようにして聞き返された言葉になのはは笑う。

 

「――度胸は十分。覚悟も決まって、京都の時ぐらい真剣。そうそうないよ、あの飛鳥は。」

 

 

 

 

 ピットから同時に飛び出して、昨日の様に対峙する。機体を守る盾であるGNホルスタービットを、機体の後ろに置いたGN粒子貯蔵タンクから伸びる接続アームで保持している相手の姿は、その身長に見合わない威圧感を放っている。

 

 いや、普段の穏やかな顔とは違うキリッとした顔も、威圧感を与えてくる要因だろう。その威圧感に見合うだけの実力があり、現にイノベイターである私がゼロシステムを使って行った本物のそれと何らそん色のないバトルシミュレーションで、99回負かされた。

 

「山田先生。」

 

「どうかしました?天羽さん。」

 

「こんな狭いアリーナじゃなくて、周りに何もない――それこそ宇宙とかなら、100回やって99回私が負けます。」

 

「……そうですね。確かに、その条件なら私に分があります。」

 

 いつもの様に謙遜(けんそん)せずに肯定される。生徒想いの優しい、少し天然の入ってるこの先生にしては珍しいけど、今は私たちのスキルアップのために心を鬼にしているから、逆にここで肯定してくれなかったら困っていた。

 

 シミュレーションで私が負けた主な理由は距離を詰め切れなかったこと。私がしたシミュレーションではデフォルト設定にしてあった、遠距離型が本領を発揮できる宇宙ステージで戦った。でも障害物もなければ広さの制限もない宇宙と違って、このアリーナはISバトルが出来る程度に広いだけ。1回の瞬時加速(イグニッション・ブースト)ですぐに端から端まで移動できる程度には狭い。

 

 アリーナなら負けることはない。武装を全て破壊されるよりも、シールドエネルギーが尽きるよりも先に距離を詰めて斬り裂ける。でもアリーナより広くて、なおかつ障害物のない場所だと負けが込む。私が詰める距離よりも、離される距離の方が長いから。

 

 本当ならそういう時にこそ量子ジャンプで距離を詰めるんだけど、私がワープした瞬間に目の前をピンクの粒子ビームが埋め尽くすから出来なかった。咄嗟に出ちゃった量子化で移動した時にもビームが飛んで来たのは、設定ミスでゼロシステムでの未来予測のデータが戦闘に反映されてるんじゃないかって思ったぐらい驚いた。見てみたらそんなことはなかったけど。

 

「でも、それは勝ちを譲って良い理由にはならないですよ?」

 

「はい。」

 

 投げかけられた問に肯定する。

 

 イノベイターに変革して、それよりも前から超人的な身体を持って生まれた私には、それこそ束さんや織斑先生でもないと比較にならない身体能力と知覚能力がある。だから基本的に勝負という事態にならない。()()()()()()()()()()()

 

 普通はテクニックの差とか根気とかも勝負には関わってくるけど、例えそれらが相手の方が上でも私は負けない。それで覆せる範疇に無い。だから私は勝ち負けにあんまり執着しない。

 

 ISバトルでもそれは変わらない。違う点があるとすれば、私と戦って『勝負になる人』が多いぐらい。その人たちと競い合うのは好きだけど、その勝ち負けを意識はしていない。代表候補生になるまでは実績が必要だったから勝ちに拘っていたけど、今はそれもしていない。

 

 でも昨日、織斑先生に言われた。

 

――世界最強(ブリュンヒルデ)になるんだろう?

 

 思い出したんだ。()()()()()()()。織斑千冬個人にそれは向かなかったけど、その称号には憧れたんだって。だったら、

 

世界最強(ブリュンヒルデ)になるなら、負けていられませんよね?」

 

 左腰にあるGNソードⅤを、左手に展開(コール)する。右手には右肩のGNソードⅣフルセイバーを持って、その切っ先を向ける。

 

「だから――――!」

 

 

「――銃央矛塵(キリング・シールド)になんか、負けてられない!」

 

 

「たかが代表候補生レベルの壁、超えてみてください!」

 

 ()()の開始を告げるブザーが鳴った。

 

 

 

 

『お前の様な代表候補生がいるか。』

 

『第2回モンド・グロッソ優勝者より強い日本代表候補生。』

 

『何で日本代表になってないの?』

 

『現役を退いてるのに第二世代機で現役バリバリのドイツ軍人の最新鋭第三世代機と引き分ける奴。』

 

『もう1回言うけど、お前の様な代表候補生がいるか。』

 

 

 

 

「トランザム!」

 

 ブザーと同時に機体各部のGNコンデンサーから貯蔵していた圧縮粒子を全面開放し、機体を赤く染め上げ、溢れるGN粒子によって表層意識の共有が起こる。

 

「行きます!」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)はその直線的になるがちな機動を見切られてビームを置かれる。だからトランザムによる出力上昇だけが速度を出す方法で、切り札であるそれを最初から切る。

 

「シールドビット!ライフルビット!」

 

 対する相手は銃を抜き、盾が自在に宙を舞う。20ものビットを操りながら、本体も距離を取る。

 

「ソードビット!」

 

 対抗してこちらもトランザム状態のGNソードビットを放つ。赤い光を纏い、緑のGN粒子の残光を残して空を駆ける。その全てが相手を斬り刻まんと殺到し、()()()()()()()()()()()()

 

 それを成したのは、銃でも盾でもなく――

 

「――ビームサーベル……!」

 

「ライフルを外せば使えるんですよ!」

 

 ピンク色の圧縮粒子を刃としたGNビームサーベルの2振りが、肉薄するGNソードビットの全てを逸らす。更にお返しとばかりに10のGNライフルビットⅡからビームの雨が降り注ぐ。

 

「それは100回見ました!」

 

 右手のGNソードⅣフルセイバーの刀身が纏うGNフィールドを頼りにビームを全て切り払う。続けて高速切替(ラピッド・スイッチ)で両手にGNガンブレイドを持ってそれをGNライフルビットに向かって放り投げ、破壊する。

 

 再び高速切替(ラピッド・スイッチ)で3つ目のGNガンブレイドとフルセイバーのメインブレイドユニットに専用の持ち手を接続した形態であるカタールモードを投げ、GNライフルビットを破壊する。

 

「昨日とは大違いですね!」

 

「そっちだって!」

 

 落ちていくフルセイバーのパーツを量子変換で右肩に戻しながら私自身も近付く。そうしている間も猛攻を続ける6つのGNソードビットを2つのGNビームサーベルで捌き、残る10のGNホルスタービットと6つのGNライフルビットⅡを動かしこちらの動きを制限してくる。

 

「私用の立ち回りですね!」

 

「当然です!」

 

 的確に私が行きたいルートを潰しながら、虎視眈々とGNソードビットを破壊する瞬間を狙っている。つまりトランザムが切れる瞬間。

 

「それより早く!切り開く!」

 

 スラスターを噴かせ加速する。隙間を縫うようにして、邪魔なGNホルスタービットを切り裂いて、

 

「ここは、私の距離だ!」

 

 右手に展開(コール)したGNソードⅣフルセイバーを振り下ろす。

 

「だから対策はバッチリです!」

 

 ()()()()()()()

 

「デタラメも大概にしてください!」

 

「天羽さんも大概ですよ!」

 

 GNビームサーベルを投げ捨て、両手で溶断が起こらないクリアグリーンの部分以外を挟み込み、白羽取りで止められた。そのまま周囲から6つのビームが狙い撃ってくる。離れればまた最初から、GNライフルビットⅡの包囲網を抜けるところからだ。

 

「そんなのやれるかぁ!」

 

 フルセイバーのメインブレイドユニットとマルチカウンターの接続を解除し、ビームの射線上にフルセイバーのパーツ4つを投げ捨てるようにして放り盾にする。残る2つのビームは左肩のGNシールド上部のGNビームガンと左手に展開(コール)したGNソードⅤ・ライフルモードのビームで相殺し、そのままGNソードⅤをソードモードに変形させて斬りかかる。

 

「!」

 

 メインブレイドユニットから手を離して再び手の中にGNビームサーベルを展開(コール)して、そのビームの刃と切り結ぶ。

 

「ソードビットォ!」

 

「っ!」

 

 GNソードビットを、G()N()()()()()()()()()()()()()()()()()。トランザムのスピードで動くそれに残っていた6つのGNライフルビットⅡは全て溶断され、小さな爆発を起こして破片が地面へと落ちていく。

 

「やります、ねっ!」

 

「くぅっ!」

 

 左手で振るわれたGNビームサーベルがダブルオークアンタフルセイバーのシールドエネルギーを削る。さらに腹を蹴られ距離を開けられる。

 

「でも!」

 

 GNライフルビットがない今、ビームが飛んでくることはない。だったら――!

 

「跳べ!クアンタ!」

 

 量子化したって、問題ない――!

 

 離れた距離を一瞬で詰め、後ろで実体化する。そのまま、振り返られるより先にGN粒子貯蔵タンクを切り裂いた。

 

 手に持たれていたGNビームサーベルからビームが消え、浮いていたGNホルスタービットが地に落ちていく。

 

「私の、勝ちだ!」

 

勝者 天羽飛鳥




 ウマ娘のせいで執筆が遅れるぅ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第70話 天羽飛鳥、バレる

「あの人やっぱり人間じゃない……。」

 

 震えながらそう訴える天羽飛鳥は、膝の上に乗せたちょうどいいフィット感の温もりで心を落ち着けていた。

 

 模擬戦の1回目が終わり、今は飛鳥が破壊したGN粒子貯蔵タンクとGNライフルビットⅡを新しい物と交換する作業中の空き時間。次に戦うセシリア・オルコットと凰鈴音のペアはすぐに出れるように既にピットに移動しているが、他の面々は未だに観客席で自分の番が来るのを待っていた。

 

「オレに言わせりゃ、飛鳥も大概なんだが。」

 

 そんな飛鳥を見ながら、ダリル・ケイシーは膝の上に乗せたフォルテ・サファイアを抱き締める。

 

 パートナーであるフォルテがイノベイターとなり、自身にもその兆候は現れているものの未だに革新を遂げていないダリルからすれば、完全に変革を果たしている飛鳥の動きも十分に人間を止めている。その率直な感想を本人に伝えれば、

 

「トランザムに素で対応できる程人間止めてない!」

 

「怒んなよ。」

 

 キッ!と今まで見たことのない形相で怒られた。

 

「絶対おかしい。束さんでも全身の展開装甲全部使ってたのに、なんであの人ポン付けしたタンクとビットだけでトランザムと戦えるの……?」

 

「そりゃそういう戦い方だったからだ。位置取りとか攻撃の間隔とか、アレ全部飛鳥を意識してたぞ。」

 

 飛鳥の疑問にダリルはそう何でもない様に答える。

 

 【銃央矛塵(キリング・シールド)】山田真耶はその現役時代を【世界最強(ブリュンヒルデ)】織斑千冬という絶対的な実力者と同じくするにも関わらず、セシリアのブルー・ティアーズの様な技術実証機や鈴の甲龍の様な次世代を担う機体でもなく、完全個人用の専用機を与えられた傑物(けつぶつ)だ。

 

 現在IS学園には多くの専用機があるため忘れがちだが、本来専用機という代物は珍しい。そもそものISコアの絶対数が500個にも満たない貴重品だからだ。かつてセシリアが織斑一夏に向かって言ったように、その数少ないコアの1つを渡される専用機を持っている人間はエリートと言って差し支えない。

 

 しかし【世界最強(ブリュンヒルデ)】が未だ現役だった頃の日本は専用機が与えられることがなかった。千冬という存在を知るが故に、国が求めるハードルが高かったのがその原因だ。

 

 もちろんもしもの時のために後進の育成はされていたし、その中には優秀な成績を修める者も居たが、それでもテストパイロットが関の山。それも十分凄いのだが、そういった機体は最終的に返還するのが常だ。

 

 そんな時期に個人用に(こしら)えられた専用機を与えられた真耶はそれだけの実力を示したことになる。それこそ日本国家代表に選ばれたかもしれないほどで、そんな人間にたかが高校1年生が立ち回りで勝てる訳がない。

 

「単純な場数の差だ。これから訓練してけば差は詰まっていくさ。」

 

「そうなのかなぁ……。」

 

 ダリルの言葉に不安を抱きつつ、飛鳥はひとまず納得した。

 

「……なぜ私は抱えられているんだ?」

 

 そんな中、飛鳥の膝に抱えられたラウラ・ボーデヴィッヒは首を傾げていた。

 

 

 

 

 第3アリーナのピット。そこでは葉加瀬なのはによって飛鳥が破壊したラファール・リヴァイヴ・Sカスタムの修理を行っていた。

 

 とは言っても、拡張領域(バススロット)から破壊されたGNライフルビットⅡを交換し、GN粒子貯蔵タンクを取り換えるだけである。こういう時に予備があると簡単に修理できるのは昔から変わらない。

 

 そんな僅かな時間。機材を手にGN粒子貯蔵タンクの周りを弄っているなのはに、真耶が声を掛けた。

 

「葉加瀬さん。」

 

「何です?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その質問になのはの手が止まった。

 

「どうしてそう思ったんです?」

 

「違和感があったんです。どこか窮屈そうというか、やりたいことをやれてないというか……。」

 

「……よく分かりましたね。」

 

 はぁ、とため息を吐いて、手の動きを再開させながらなのはは話し始めた。

 

「クアンタは確かに飛鳥の専用機だ。でも飛鳥に合わせた機体って訳じゃない。」

 

「それってどういう。」

 

「クアンタはあくまで飛鳥が求めた『対話のための機体』。それを発揮するのに必要な代物を搭載した機体で、飛鳥の適性に合わせた訳じゃない。粒子制御のためのクラビカルアンテナを兼ねるソードビットとか、直列させるために背中と盾に変則配置されたツインドライヴとかは全部、飛鳥が求めた機能を発揮するための代物だ。」

 

「……やっぱり、あの機体は天羽さんが戦うための機体じゃないんですね。」

 

「戦えはするよ。第三世代以下ならまず負けないし、第四世代だとしてもトランザムを使えば【枷】が付いたままでも勝てる。使い手が未熟なら使わなくても勝てるかな。束さんとか織斑先生が相手だとちょっと分からないけどね。少なくとも飛鳥が全力で動かしても壊れないって点では、クアンタは間違いなく飛鳥の専用機だ。」

 

 よし、と新しいGN粒子貯蔵タンクに取り換え終わったラファール・リヴァイヴ・Sカスタムの装甲を叩いてから立ち上がった。

 

「最後に1つ良いですか?」

 

「答えられるものなら。」

 

 

「天羽さんの()()()って、どっちですか?」

 

 

 

 

『なぜバレたし。』

 

『目の前で設定弄ったからじゃない?』

 

『システム的に察知されるの!?』

 

『目の前で右手に持ってたものが左手に変わってたら気付くでしょ普通。』

 

 

 

 

 強化訓練の2日目が終わり、それぞれでクールダウンをして食事をとり寮に戻って休息を取っていた。

 

「えっ、山田先生にバレたの!?」

 

「ばっちりね。多分織斑先生にも話が行くよ。」

 

「うわー……。」

 

 寮の自室で飛鳥はなのはからピットであったことを話された。

 

「まぁでも仕方ないかなぁ。比較できるようなことしちゃった訳だし。」

 

「量子ジャンプで後ろに回って斬り掛かったからねぇ。トランザムしてたとはいえ、山田先生が振り返るより先にタンクを壊したらそりゃバレるよ。」

 

 ()()()麦茶の入ったコップを持った飛鳥に、右手に持った魔法瓶の中に入ったポタージュを飲みながらなのはがそう言う。

 

「でもやっぱり、見れば分かるものなんだねぇ。」

 

「束さんにも最終的にはバレてたし、そういうものなのかなぁ。」

 

 まだ中学生だった頃、飛鳥は篠ノ之束から篠ノ之流古武術を習っていた。剣の振り方に始まり、歩法や影抜き、零拍子などいろいろな技を伝授された。その時にもふとしたきっかけでバレたことである。

 

「いやまぁ、別に隠してる訳でもないんだけどさぁ。私のこれって単に周りに合わせてるだけだし。」

 

「世の中右利き中心だからねぇ。電動ミシンとか右利き用しか知らないよボク。」

 

「右手で色々できた方が得なんだよなぁ。」

 

 はさみとか。そう言って飛鳥は遠い目をした。

 

 9割の人間が右利きであるこの世界は、右利きを中心に回っている。日用品はもとより、専門性の高い物はそのほとんどが右利き用だ。探せば左利き用の物もあるが、それらをいちいち探すのは面倒くさい。

 

 なので、世の左利きは右利きに矯正したり、()()()()()右手でもいろいろできるように両利きになる。

 

「スポーツでは左利き有利って言うけど、ISの場合大体両手に武器あることが多いからそうでもないよね。」

 

「紅椿とか刀2本だし、白式も左腕に武器あるし。プラズマ手刀とか高速切替(ラピッド・スイッチ)とか、挙句の果てにイメージ・インターフェースで炎やら氷やらが相手になるからなぁ。」

 

 ビットとか衝撃砲に利き腕関係ある?って感じである。癖こそあれ、イメージに右利きも何もないのだ。

 

「……ん?」

 

 その時、イノベイターの感覚がこの時間にはもう動かないはずのモノレールが動いていることを察知した。

 

「誰か来たみたいだね。」

 

「この感覚……専用機持ちっぽいけど、小学生?」

 

 

 

 

 夜のIS学園正門。そのに2人の人影があった。

 

「ん~っ!やっと着いたね、ファニール!」

 

「9時間のフライトは疲れるわね。オニール、早く受付に行きましょ。今日はもう寝たいわ。」

 

「うん!待っててね、お兄ちゃん!」

 

 オレンジ色の髪と青い髪のよく似た容姿の少女たちは、大きな荷物を持ってIS学園の正門を潜って中に入っていった。

 

 

 

 

『5日ぐらい早くない?』

 

『飛鳥がいろんな所の被害抑えたからじゃない?』

 

『え、まさか他のも早まってたりする?てかギリシャは来るの……?』

 

『さぁ……?』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第71話 流星、それは歌と共に

『どうも皆さん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい。天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『次々に新キャラが来るせいで時間を飛ばすことが出来ない件。』

 

『イベントが落ち着いてくれないと飛ばせないよね。』

 

『そろそろ11巻の季節なんだよなぁ。』

 

『強化訓練3日目現在、12月11日。まさかの11巻本場まで2週間切りである。』

 

『まぁ色々短縮してあるからスケジュールに余裕はあるんだけども。』

 

 

 

 

「今日はみんなにビッグニュースがあります!」

 

「ビッグニュース?」

 

 強化訓練3日目。通常の授業が免除されているために朝食を食べてから早々に第3アリーナに集まった専用機持ちたちは、扇子に『大発表!』の文字を掲げた更識楯無の言葉に身構えた。

 

「ちょっと~?その反応、お姉さん傷付くな~。」

 

「自業自得です。」

 

 IS学園にやって来て間もない凰乱音やヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーにさえ身構えられたことに流石の楯無もショックを受けているが、いつもの飄々(ひょうひょう)とした態度を崩さないために思考が読めるイノベイターたちと実の妹である更識簪以外にそれが分かるはずもなく、分かった上で天羽飛鳥によってさらっと流された。

 

「それで、ビッグニュースって何なんですか?」

 

「ふふ、なんとカナダから代表候補生の増援が到着したのよ。」

 

「カナダの代表候補生?」

 

 楯無の回答に織斑一夏は首を傾げた。

 

 1週間ある強化訓練の3日目というどうにも微妙な時期に到着したのもそうだが、彼は国家代表も代表候補生についてもまるで知識がない。カナダの代表候補生と言われてもイメージが湧かないのだ。

 

「カナダで売れっ子のアイドルでね、その仕事を消化してからこっちに来たからこんな時期になっちゃったのよ。」

 

「へぇ。」

 

 一夏にそう軽く説明してから、楯無は第3アリーナの入口に向かって「どうぞー」と呼びかけた。

 

「「失礼します。」」

 

 そう言って2()()の少女が第3アリーナの扉を開けて入ってくる。

 

「じゃ、2人とも。自己紹介してくれるかしら?」

 

「ファニール・コメットよ。」

 

 向かって右側にいる、シャルロット・デュノアやセシリア・オルコットの金髪よりも色の濃いオレンジ色に見える髪の少女が、どこかツンとした態度で。

 

「オニール・コメットです。よろしくね、お兄ちゃん!」

 

 向かって左側にいる、更識姉妹のそれより濃い青色に見える髪の少女が、笑顔で一夏にそう自己紹介した。

 

 よく似たその容姿と同じ苗字から、恐らく姉妹であろことが伺える。まるで小学生のようだが、葉加瀬なのはという低身長(144cm)のクラスメイトが身近にいることと代表候補生という事前情報から、一夏は小学生だとは思わなかった。というか、セカンド幼馴染である(150cm)よりも身長が高い(152cm)のでそうは思えなかった。

 

 実際には12歳のバリバリの小学生だが、それを一夏が知るのはもう少し時間が経ってからのことだった。

 

 

 閑話休題

 

 

「……お兄ちゃん?」

 

 オニールの一夏の呼び方に、ぴくっ、とセシリアの眉が動いた。

 

「俺は織斑一夏。よろしくな。」

 

「うんっ!握手、握手!お兄ちゃんの手、おっきいね!」

 

 位置的に一番近くに居た一夏が1歩前に出て自己紹介すると共に差し出した手を、オニールは両手で握る。そのままにぎにぎと感触を確かめるように触れ続けた。

 

「……お兄ちゃん?」

 

 再びオニールの口から出た一夏の呼び方に、ぴくっ、と篠ノ之箒の眉が動いた。

 

「えへへ、私、ずっと織斑一夏さんに会ってみたかったの。これから、お兄ちゃんって呼んでいい?いいでしょ?ね、決まり☆ね!」

 

「いや、もう読んでるじゃないか。別にいいけどさ。」

 

「……いいんだ。」

 

 何故か好感度がMAXなオニールの申し出を許した一夏に、シャルロットが顔を(しか)める。

 

「オニール……?ね、ねぇ、ちょっと……どうしたの?」

 

 そんな好感度MAXなオニールに、ファニールが困惑した様子で尋ねた。

 

「どうしたのって?私、なにか変?」

 

「変じゃないけど、なんだか……はしゃぎすぎてない?」

 

「そんなことないよっ!あ、でも、お兄ちゃんに会えてちょっとだけ浮かれちゃってるかも、えへへ。」

 

「……ちょっとどころじゃないわよ。」

 

 姉妹のそんなやり取りを見て、何となくだがそれぞれの性格を理解した全員が優しくしようと思った。

 

「さて、ファニールちゃんとオニールちゃんも無事に合流したし、私としてはこのまま親睦を深めるためにアイスブレイクとでも行きたいんだけど――。」

 

「会長、山田先生がピットでもうスタンバってますよ。」

 

「――という訳で、残念だけどアイスブレイクは後でね。」

 

 いつもの調子で遊ぼうとする楯無を飛鳥が牽制する。流石の楯無も教師を待たせる気はないため、素直に予定通りのスケジュールを行うことにした。

 

「早速で悪いけど、ファニールちゃんとオニールちゃんにはAピットから入って山田先生と戦ってもらうわ。実力確認のためにもね。」

 

「任せなさい!」

 

「見ててね、お兄ちゃん!」

 

 ピットに掛けていくコメット姉妹の姿が見えなくなってから、残った専用機持ち全員で手を合わせた。

 

「「「ご愁傷様。」」」

 

 

 

 

『IS学園に来て初戦が覚醒山田先生とかトラウマでしょ。』

 

『覚醒状態の山田先生ってドジもしないからねぇ。』

 

『というかグローバル・メテオダウンで勝てる訳ないだよなぁ。』

 

 

 

 

「それで、葉加瀬さん。あの2人の専用機ってどんな機体なんだ?」

 

 コメット姉妹がピットから出てくるまでの僅かな時間。そこで一夏がなのはにそう聞いた。そんな一夏になのははギロリとした視線を向ける。

 

「織斑一夏、一応日本代表候補生になったんなら第三世代ぐらい調べておこうか。」

 

「す、すまん。」

 

 世界初の男性IS操縦者としてその稀少価値から日本代表候補生として登録された一夏だが、それで結構な額のお金を貰っているにも関わらず、未だにその自覚は薄い。

 

 ため息を吐いて、なのはは空中にディスプレイを投影した。

 

「カナダ製第三世代【グローバル・メテオダウン】。それがあの2人の専用機だ。」

 

「てことは、乱のみたいに量産機なのか。」

 

「いいや。」

 

「えっ?」

 

 一夏が納得しかけたことを即座に否定し、なのははAピットのカタパルトに視線を向けた。

 

「「グローバル・メテオダウン、ミュージックスタート!」」

 

 そんな名乗りと共に、カタパルトから1()()のISが音楽を流しながら飛び出してくる。

 

「あなたの心に落ちる流星(コメット)、届けるよ!」

 

 歌と共に空を舞い、ファニールとオニールの操る機体が姿を現した。

 

「グローバル・メテオダウンは2人乗りのIS。それも歌で動かすなんて言う前代未聞の機体だ。」

 

「2人乗り!?」

 

 アリーナ上空で戦うその姿に一夏は度肝を抜いた。

 

「機体の右側をオニール・コメット、左側をファニール・コメットがそれぞれ担当してる。」

 

「2人乗りなんて、そんなことができるのか?」

 

「出来るか出来ないかで言えば出来る。やる意味はないけどね。」

 

 グローバル・メテオダウン。カナダ製第三世代であるその機体が第三世代である所以はその特異な操縦方法にある。

 

 通常、脳波による制御や筋肉が動こうとする際に放つ微弱な電気信号をキャッチして動くISだが、2人でそれを行おうとすると当然動かない。『歩く』という簡単なことでさえ微妙に異なる命令になり、ISがそれに対応できないからだ。

 

 しかしそれを2人が歌で思考を合わせることによって可能にしたのがグローバル・メテオダウンである。双子の姉妹というのも合わさり、世界で初めて2人乗りのISを実現したのだ。

 

「まぁそのためのシステムが重すぎて録な武装積めないんだけど。」

 

 なんと拳銃2丁と近接ブレード2本である。流石に白式よりは多いが、とんでも武装が基本の第三世代機としては明らかに力不足だ。

 

「実力はまぁ可もなく不可もなく、普通の代表候補生がちょっと手強くなった程度だね。弱くはないけど特別強くもない。スキルアップも兼ねて派遣されたみたいだ。」

 

 「育ててあげれば喜ぶんじゃないの」と、最後は少し投げやりに話を終わらせてなのはは空中に投影していた画面を消した。

 

絶対制空領域(シャッタード・スカイ)!」

 

「「きゃああああああ!!!」」

 

 ちょうどその時、GNホルスタービットに囲まれ動きを封じられたコメット姉妹が、その包囲の隙間から差し込まれたサブマシンガンの銃口から放たれた弾丸の雨によって落とされた。

 

「うわえぐ……。」

 

「今日の手持ち武器は普通のサブマシンガンかぁ……。」

 

 GNホルスタービットは数も多くGN粒子の作用で強度が高く銃弾の跳弾がしやすいのもあってか、絶対制空領域(シャッタード・スカイ)がとてもやりやすいと後に山田真耶は語った。専用機持ち全員が引いた。そしてコメット姉妹にすごく優しくしようと心に決めた。

 

 

 

 

絶対制空領域(シャッタード・スカイ)を小学生相手に使うのか……。』

 

『天然じゃなくて狙ってやったならちょっとヤバイ。』




 鈴     →150cm
 コメット姉妹→152cm
 シャルロット→154cm

 なぜこれで原作一夏はコメット姉妹を初見で子供と断定できたのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第72話 山田真耶、参戦出来ず

「何であの人日本代表になってないの?」

 

 今日1日の訓練で掻いた汗を貸し切り状態に近いシャワー室で流しながら、天羽飛鳥はどこか空虚な目でそう呟いた。

 

 1日目はグリップを展開して手持ち武器にしたGNライフルビットⅡを、2日目はGNビームサーベルを使った山田真耶は、3日目の今日は使い慣れたいつものサブマシンガンを持って強化訓練を行った。それは何ら不思議ではないのだが、問題は結果である。

 

 何と飛鳥を含めた専用機持ち全員が、真耶の絶対制空領域(シャッタード・スカイ)の餌食になったのだ。

 

 【凍てつく炎(アイス・イン・ザ・ファイア)】で反発装甲(リアクティブ・アーマー)の性質を持った『炎を閉じ込めた氷』を纏ったダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアのイージスコンビは、その装甲ごとシールドエネルギーを削り取られ。

 空間に圧力を掛け防壁とする【白虎】を使い自分とペアになったセシリア・オルコット共々防御を固めた凰鈴音は、跳弾の様子から防御の薄い位置を割り出されそこをGNライフルビットⅡの集中砲火で撃ち抜かれ。

 飛鳥に至ってはイノベイターの能力で思考を読んでいた筈なのに絶対制空領域(シャッタード・スカイ)の檻に捕らえられ、抜け出そうとGNソードビットを動かそうとした瞬間にGNライフルビットⅡに撃つ墜とされ、そのまま弾丸の雨に沈んだ。

 

 他の専用機持ちたちも最終的に絶対制空領域(シャッタード・スカイ)の盾の檻に捕らえられ、サブマシンガンの雨に沈むか追撃のGNライフルビットⅡにハチの巣にされた。

 更識楯無は自傷も(いと)わずに自身の第三世代技術であるアクア・ナノマシンを水蒸気爆発させる清き激情(クリア・パッション)で脱出を図ったが、それを察知した真耶がGNライフルビットⅡから放ったビームで先に周囲のアクア・ナノマシンを蒸発させられたことで失敗し、そのまま撃ち抜かれた。

 楯無のペアだった篠ノ之箒はサブマシンガンだけでなく10基のGNライフルビットⅡさえもGNホルスタービットによる檻の隙間から銃口を捻じ込まれビームと鉛玉の雨を浴びせられ、【絢爛舞踏】での回復が間に合わずに墜とされた。

 ラウラ・ボーデヴィッヒは両手のプラズマ手刀で抜け出そうとしたが、その際に右肩のレールカノンを破壊され誘爆を避けるためにパージした隙に風穴を開けられた。

 シャルロット・デュノアはペアであるラウラを助けようにもGNライフルビットⅡに包囲されそれが出来ず、ラウラを落とされた後に絶対制空領域(シャッタード・スカイ)の餌食となった。盾殺し(シールド・ピアース)でGNホルスタービットの檻を抜けようと試みたが、こちらもシールドをパージした隙にGNライフルビットⅡからのビームでそれを破壊され、そのままサブマシンガンの雨に討たれた。

 更識簪と織斑一夏のペアは初手から絶対制空領域(シャッタード・スカイ)を2回やられそれぞれ墜とされた。山嵐からGNミサイルを発射しようとした簪は念入りに発射口を狙われ誘爆し、一夏は抵抗も出来ずにスクラップとなった。

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦うための戦力として転入して来たヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーと凰乱音も連携の隙を咎めるように容赦なく絶対制空領域(シャッタード・スカイ)に沈んだ。

 今日転入して来たファニール・コメットとオニール・コメットは実力の確認が終わるや否や絶対制空領域(シャッタード・スカイ)の最初の餌食になった。いつもの優しさはどこに行ったと言わんばかりに、小学生相手にGNホルスタービットで檻を作りその隙間からサブマシンガンを捻じ込んで跳弾させまくってシールドエネルギーを瞬く間に0にした。

 

 国から専用機を与えられたエリートである代表候補生たちどころかロシア国家代表である楯無にさえも勝利し、その楯無よりも強い飛鳥にさえ勝利した元日本代表候補生・山田真耶。何でこの人代表候補生止まりだったんだとそのことを知っている全員が思った。大体同時期に現役だった国家代表(織斑千冬)のせいである。

 

「今の日本代表が空席なの、絶対あの人たちのせいでしょ……。」

 

 最初に選んだ国家代表があの織斑千冬で、その次にと見込んでいたのが【銃央矛塵(キリング・シールド)】なら、確かに大体のIS操縦者は見劣りする。先人がハードルを上げ過ぎた結果が今の日本代表の空席に繋がっていた。

 

 最近ではもうネームバリューだけで男性操縦者であり二次移行(セカンド・シフト)した専用機【白式】を持つ一夏や第四世代機【紅椿】を持つ箒を国家代表にしようとする動きがあるほど、日本の国家代表選定は迷走している。飛鳥を代表候補生に認定した防衛大臣が押し留めているが、それも1年後にはどうなっているか分からないほどだ。

 

 ちなみに、飛鳥は実力だけなら2代目世界最強(ブリュンヒルデ)のイタリア国家代表アリーシャ・ジョセスターフよりも上なのだが、如何せんそれを示す実績に欠けるために実は一夏たちよりも日本代表に選ばれるだけの票を集められていなかったりする。何せ飛鳥の戦歴はそのほとんどが非公式のもので、現状胸を張って誇れるものと言えばキャノンボール・ファストで1位になったことと、タッグマッチ・トーナメントでイージスコンビ相手に勝利し優勝したことぐらいだからだ。凄いと言えば凄いのだが、軍用IS【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】に勝利した実績のある一夏たちの方が評価が高い。

 

「……実績作り、頑張るかなぁ。」

 

 「取りあえず大会総なめにしよ」と今後の予定を立てて、飛鳥はコンディショナーへと手を伸ばした。

 

 

 

 

絶対制空領域(シャッタード・スカイ)強すぎ問題。』

 

『ビットのせいで妨害しづらい絶対制空領域(シャッタード・スカイ)とか最強では?』

 

『必殺技*1の欠点消えてるのは流石にダメでしょ。何かライフルビットも攻撃に参加して強化されてるし。』

 

『もう全部あいつ1人で良いんじゃないかな。』

 

『政府は早く山田先生の行動制限解除して、どうぞ。』

 

 

 

 

「山田先生って強くないか?」

 

 訓練の疲れを癒すためにすっかり入り浸っている学食のカフェエリアで、一夏が突然そんなことを口にした。

 

「そんなの今更でしょ。無改造のリヴァイヴであたしとセシリアを同時に相手して勝てるのよ?」

 

「えぇっ、そんなに強いの!?」

 

 一夏の言葉に若干の呆れが混じった声で鈴が以前の実習での出来事を言うと、隣に座っていた乱が驚きの声を上げた。

 

「あの時はわたくしもまだ未熟で、鈴さんに至っては本気ではなかったのも負けた理由ですけれど、終始手玉に取られたのは事実ですわね。」

 

「無改造のラファール・リヴァイヴで専用機を相手にして手玉に……凄い方なんですね。」

 

 セシリアの補足にヴィシュヌがその技量に感嘆する。

 

 当然のことだが、ここにいるほとんどの代表候補生が専用機を手にする前に量産機の第二世代ISに乗っていた経験がある。男性操縦者として早々に白式が与えられた一夏でさえ2回だが量産機に乗った。その時のことを考えれば、とてもではないが専用機に勝てるとは思えない。

 

 それを覆して2対1なのに勝利した元日本代表候補生の実力は、間違いなく国家代表に迫る――いや、ともすれば超えている。

 

「山田先生が一緒に戦ってくれればすっげー心強いんだけど。」

 

 一夏のその言葉はこの場に居るほとんどが思っていたことだ。

 

 何なら世界最強(ブリュンヒルデ)の千冬もIS学園には居るが、向こうは有事の際には指揮官という仕事があるために戦いの場に出ることは難しい。しかし山田真耶であればその心配もない。

 

 国家代表クラスの実力者が居てくれれば心強い。しかしそれは未だに叶っていない。

 

「残念だけど、それはまだ無理よ。」

 

 楯無が渋い顔で理由を話し始めた。

 

「知っての通り、山田先生は元日本代表候補生。専用機が与えられたこともあるほどの実力者よ。織斑先生の次に強かったって聞いてるわ。」

 

「教官の次に!?」

 

 強い強いとは思っていたが、現役時代の評価がそれほどまでに高かった事実にラウラが驚きの声を上げる。

 

「でも今はIS学園の教員として働いているでしょ?代表候補生としては引退、専用機も返還しちゃってるから、それがまたISに乗って戦うってなると色々と面倒な書類とか審査とかが必要なのよ。時間が掛かるやつ。」

 

 「少なくとも数ヶ月は戦えないわ」と言う楯無に、そんな理由があったのかと一夏は納得した。

 

「でも、数ヶ月経っても絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦ってるのは嫌だな……。」

 

 そんなことを呟いて、一夏はテーブル上のクッキーを1枚頬張った。

 

 

 

 

 その日の夜、シャルロットのプライベート・チャンネルに1つの連絡が入った。

 

【デュノア社に帰還せよ】

 

 先延ばしにしていた未来が、そこまで迫っていた。

*1
隙の多い大技。クアンタの場合はライザーソード。妨害されやすい代わりに相手のシールドエネルギーを大きく削れる




 キャラ多すぎ問題。ここから更に増えるってマ?オランダの奴とか書ける気しないし……。てかあのISの第三世代技術って何なの……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第73話 4日目、それは前代未聞の始まり

『どうも皆さん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい。天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『強化訓練4日目。いい加減絵面に変化がなくて苦痛になって来ました。』

 

『この現状を打破するためにコメット姉妹には頑張って欲しいね。』

 

『……無理そう。』

 

 

 

 

「……?」

 

 1週間の強化訓練も折り返しとなる4日目の朝。食堂で朝食の定番メニューである焼き魚定食を食べていた天羽飛鳥は、同じく食堂で食事を摂っていたシャルロット・デュノアを見て首を傾げた。

 

「(いつにも増して無理してる?)」

 

 飛鳥から見たシャルロットの印象は『優等生』だ。穏やかな性格で誰にでも優しく接し、自分から問題を起こすことも少ない。世界第3位のシェアを誇る第二世代量産機随一の傑作機【ラファール・リヴァイヴ】を作り上げたデュノア社社長の娘なのもあってかISの知識も豊富で、多少カスタマイズしているが第二世代の機体で第三世代と互角の戦いを繰り広げる実力者でもある。

 

 正直、飛鳥が今の1年生で1番警戒しているのは他ならないシャルロットだ。才能を解放し【黄帝】を手にした凰鈴音やイノベイターとなったセシリア・オルコット、GNミサイルや零落白夜によって当たればダブルオークアンタでさえ落とされかねない攻撃力がある更識簪や織斑一夏よりよほど恐ろしく思っている。

 

 その原因は山田真耶だ。傑作機とはいえ第二世代ISであるラファール・リヴァイヴで第三世代の専用機に勝利できる真耶と、そのカスタム機とはいえ同じラファール・リヴァイヴで最新鋭の第三世代ISを操る代表候補生と対等に渡り合えるシャルロットは重なる部分が多い。しかも未だに成長の余地がある分、シャルロットは真耶を越えるかもしれないと飛鳥は考えている。

 

 そのためかなり前から飛鳥は秘かにシャルロットのことを気にかけていたのだが、そうする内にシャルロットが普段無理をしていることを見抜いていた。

 

 正確には猫を被っているだとか本心を隠しているという表現の方が合っているが、ともかくシャルロットという『優等生』は外面を取り繕うのがとても上手いのだ。それこそイノベイターでもなければ分からない程上手く隠している。

 

「(うーん、助けになりたいけど……(こじ)れる気がするんだよなぁ。)」

 

 別に隠している訳ではないが、イノベイターの読心能力はあまり知られていいものでもない。あまりに上手く隠しているシャルロットの本心は傍から見て気付ける物でない以上、そこを指摘すれば頭のいいシャルロットなら読心能力に思い至るかもしれない。そうなれば迷惑を掛けまいとシャルロットはそれとなく距離を取るだろう。それはとても困る。

 

「(何で隠してるのかも知らないし……。)」

 

 そもそもの話、キャラを作るのはよくあることだ。地方から都心にやって来た子が今までとガラッとキャラを変えるのは男女共通で起こり得ることだし、シャルロットは最初IS学園に男装して入学した経歴がある。その頃のキャラが抜けきっていないだとか、理由は色々考えられた。

 

「(私じゃ力になれそうにないなぁ。)」

 

 焼き魚定食を食べながら、飛鳥はそう思い至った。

 

 

 

 

『部外者がとやかく言える問題じゃないんだよなぁ。』

 

『理由が理由だしねぇ。まぁ大体父親のせいなんだけどさ。』

 

『あの人はあの人で不器用すぎるんだよなぁ……。』

 

『拗れた理由の2割ぐらいは正妻のせいだよね。』

 

『不妊体質はしょうがないから……。』

 

『クアンタ使えば全部上手くいきそうだよね。』

 

『対人トラブルの8割はクアンタでどうにかなるけど、流石に身も蓋も無さすぎる。』

 

 

 

 

「はい、皆さん集まってますね。」

 

 朝食を食べ終えて続々と第3アリーナに集まって来た専用機持ちたちを出迎えた山田真耶は、全員が居るのを確認してから今日の予定を話し始めた。

 

「今日で強化訓練も4日目、折り返しとなりました。昨日までは皆さんのスキルアップのために私と戦ってもらいましたけど、今日からは本格的に連携上達のための訓練になります。なので今日は私との模擬戦はせずに、チーム同士で戦ってもらいます。」

 

「チーム?」

 

「はい。今14機の専用機がこの場に集まっていますから、7対7の模擬戦をします。」

 

「「「7対7!?」」」

 

 思っていた以上の規模に驚きの声が上がる。

 

 7対7。それほどまでに大規模なISバトルは今まで聞いたことがない。そもそも1ヶ所に稼働状態で集まるISの数が少ないため2対2のタッグ戦が限度で、あっても3対3だ。それを2倍以上の数でやるなど前代未聞のことである。どの国の軍隊でもまず出来ないことだ。

 

 改めて、現状が如何に異常事態かを代表候補生たちは痛感した。

 

「それではチーム決めのためにくじ引きをしましょう。葉加瀬さん、お願いします!」

 

「はいはーい。」

 

 真耶に呼ばれ、拡張領域(バススロット)からあらかじめ作っていたらしい傍目(はため)からは全く違いの分からない14本の棒が入って容器を取り出した葉加瀬なのはが真耶の隣に立った。

 

「不正防止のためにこっちで用意したくじを全員同時に引いてねー。グローバル・メテオダウンはどっちか1人が代表で。」

 

 なのはの持つ容器から飛び出る14本の棒をそれぞれが1本ずつ掴み、同時に引き抜いた。

 

「お、オレは赤か。」「こっちも赤っス。」

 

 流石と言うべきか、ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアのイージスコンビは同じチームになった。

 

「アタシは青よ!」「え、あたしも青なんだけど。」「えっ。」

 

 凰乱音と鈴は共に青を引いた。

 

「私は赤ですね。」「俺も赤だな。」

 

 ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーと織斑一夏は赤を。

 

「私は青だな。」「私も……。」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒと簪は青を。

 

「私たちは赤よ!」「頑張ろう、ファニール。」

 

 代表してくじを引いたファニール・コメットは赤を引き、オニール・コメットと共に赤チームへ。

 

「青よ。簪ちゃんと同じね♪」

 

 実力者の1人、更識楯無は妹と同じ青チームへ。

 

「(よし、一夏と同じ!)赤だ!」「あら、わたくしもですわね。」

 

 篠ノ之箒とセシリアの2名は赤チームへ。

 

「僕は青かぁ。」「私も青です。」

 

 シャルロットと飛鳥の2名は青チームへ。

 

「それでは10分後にチーム戦を始めます。それまではピットで作戦を練ってください。」

 

「盗聴は無しだからねー。こっちはその間に報告書纏めるから。」

 

 そう言って空中に投影した画面とにらめっこを始めた2人を置いて、それぞれのチームはピットへと移動を始めた。

 

 

 

 

『赤チームはダリル、フォルテ、ヴィシュヌ、コメット姉妹、一夏、箒、セシリア。』

『青チームは乱、鈴、簪、楯無、シャルロット、ラウラ、そして飛鳥。』

 

『姉妹の絆強くない?てか紅白コンビは不味いって。』

 

『箒を落とそうにもイージスコンビが守るよねこれ。セシリアもいるし。』

 

『あれ詰んだ?』

 

 

 

 

「まずは箒ちゃんを落としましょう。」

 

「「「賛成。」」」

 

 楯無の提案はすぐさま可決された。

 

「ちょ、ちょっと。どうしたよの?そんなヤバいの?」

 

 唯一箒の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)を知らない乱が困惑しながら隣の鈴に質問した。

 

「あぁ、そういやアンタは見たことなかったわね。箒の紅椿には【絢爛舞踏】っていうワンオフがあるのよ。発動されたが最後、エネルギーを無尽蔵に回復し始めるわ。」

 

「ハァ!?何そのインチキ!」

 

 発動までに時間が掛かる以外に隙が無い。しかも今回は同じチームに一夏がいる。

 

「あれを使われると一夏の【零落白夜】のデメリットもなくなるから、出来る限り引き離さないとだね。」

 

「嫁の相手は私がしよう。AICなら白式を抑えることは容易だ。」

 

 絶大な攻撃力を誇る零落白夜の欠点は自分自身のシールドエネルギーを削ることだが、絢爛舞踏と併用するとその欠点が無くなる。それだけは避けなければならない。

 

「じゃ、それまであたしはセシリア抑えてるわ。飛鳥はイージスの2人をお願い。」

 

「白式と紅椿を守られたら敵わないからね、任せて。」

 

 鈴の言葉に飛鳥が頷く。警戒しなければならない相手が多すぎる。

 

「私と簪ちゃんで箒ちゃんを攻めるわ。シャルロットちゃんと乱ちゃんはフォローをお願い。」

 

「分かりました。」

 

「任せなさい!」

 

 

 

 

「まず篠ノ之を死ぬ気で守るぞ。誰も前に出るな。」

 

 開口一番、ダリルがそんなことを言った。

 

「どうしてですか?」

 

「向こうが篠ノ之をまず落としに来るからだ。こっちのチームで向こう視点一番ヤベーのがそこだからな。」

 

 ヴィシュヌの質問にダリルはそう答える。

 

「何がヤバいの、お兄ちゃん?」

 

「ああ、箒の紅椿には絢爛舞踏っていうワンオフ・アビリティがあってな。シールドエネルギーを回復できるんだ。」

 

「おまけに自分だけじゃなくて他人のエネルギーも回復できるインチキ性能だ。それと零落白夜のコンボを向こうは警戒する。露骨な強コンボだからな。引き離すためにドイツのちっこいの辺りが白式を抑えに来るだろうよ。AICは近接機体と相性いいからな。」

 

 オニールの質問に一夏が答え、続けるようにダリルが予想を伝える。

 

「で、守られたら厄介だから飛鳥がオレたちイージスを抑えに来る。ビットの偏向射撃(フレキシブル)で手数と射角が多いセシリアは鈴だな。ワンオフで守りながら突っ込んで来るはずだ。残った生徒会長とその妹を中心に攻めてくる。」

 

「どうして分かるのよ?」

 

 流石に具体的過ぎる内容が気になったファニールが質問し、それにダリルは

 

「3年生なめんな。経験が違うんだよ。」

 

 そう言ってニヤリと笑った。




厳正なるくじの結果

・赤チーム
ダリル、フォルテ、ヴィシュヌ、コメット姉妹、一夏、箒、セシリア

・青チーム
乱、鈴、簪、楯無、シャルロット、ラウラ、飛鳥

となりました。イージスコンビと紅白コンビが揃ってるのヤバイよ。ていうか姉妹の絆強い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第74話 天羽飛鳥、読み間違える

 10分間の作戦会議を終え、カタパルトに乗って戦場へと飛び出した代表候補生たち。アリーナの空に浮かぶ14機もの専用機の並びは実に壮観で、世界中から人材が集うIS学園でもまず見れない光景だった。

 

「これだけの専用機が並ぶと流石に壮観ですわね。」

 

「IS学園でも前代未聞でしょうからね、7対7なんて。」

 

 そんなことを話しながら、拡張領域(バススロット)から展開(コール)した武装を手に持ち今か今かと開始の(とき)を待つ。そんな中、他のイノベイターたちに悟られない様に自分の脳量子波を制御して思考を読めないようにしながら天羽飛鳥は1人考えていた。

 

「(先輩たち、紅椿が【絢爛舞踏】を発動させるまで全力で守る気だ。)」

 

 ブザーが鳴っていないだけで既に戦いは始まっている。いつもなら思考を読んでいる飛鳥だが今回は盗聴禁止ということでそれを封じ、場の様子から情報を探った。

 

 14機ものISが戦うこのチーム戦では、それぞれの立ち位置からして重要な情報となる。タッグの時とは違ってチーム全員が横に並ぶと幅を取り過ぎるため、ある程度の近さで3次元的に全員がそれぞれ浮かんでいる。それを見れば大体どうしたいのか分かるのだ。

 

 赤チームは雪片弐型を右手に構えた織斑一夏と肉弾戦を得意とするヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーを最前列に置き、中段に防御結界【イージス】を構築できるダリル・ケイシーとフォルテ・サファイア、更にコメット姉妹の4人が並んでいる。そして紅椿に乗った篠ノ之箒が両手に日本刀型の近接ブレードを持って最後方、まさかのブルー・ティア―ズに乗ったセシリア・オルコットの横に陣取っていた。

 

 大体が想定通りの立ち位置だが、明らかに怪しいところが1つある。箒の立ち位置だ。

 

 展開装甲を持つ第四世代故にあらゆる状況に対応可能な万能機の紅椿だが、乗り手が箒である以上最も力を発揮するのは近接戦闘だ。必然前衛としてチームの前方に置くのが戦力としての通常の運用である。

 

 しかし実際にはセシリアと同じ最後方。それが意味することはただ1つ、『絢爛舞踏の発動までの時間稼ぎ』だ。

 

「(誰だってそうする。私だってそうする。)」

 

 現在確認されている単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)の数は少ないが、その中でも間違いなく最強の能力であると断言できるのが【絢爛舞踏】だ。高性能の対価として燃費最悪な機体である紅椿だが、絢爛舞踏を使うことでただの超高性能機へと変貌する。

 

 展開装甲に使用するエネルギーどころか、ISバトルに置いて勝敗を決める数値(HP)であるシールドエネルギーさえも回復する規格外の能力。発動したが最後、生半可な攻撃ではシールドエネルギーを削った側から回復され落とすことは叶わない。そうなればもう勝ち確だ。

 

「(ライザーソードはアリーナだと使えないから、フルセイバーをクリーンヒットさせないとなんだよなぁ。)」

 

 ダブルオークアンタを持ってすれば絢爛舞踏を発動させた紅椿と言えど落とすことは可能だ。アリーナ内なので今は出来ないが、ライザーソードを使えば簡単に落とせる。そうでなくても一応GNソードⅣフルセイバーをクリーンヒットさせて絶対防御を無理やり発動させてやれば落とせるだろう。

 

 しかし全身の展開装甲を防御モードにすれば相応に堅くなるので、GNソードⅣフルセイバーをクリーンヒットさせても1撃でシールドエネルギーを0に出来るかがちょっと分からない。行けそうな気もするしダメそうな気もする。要するに運だとイノベイターの直感が告げている。

 

「(何回も打ち込める状況にしないと……。)」

 

 飛鳥は既に絢爛舞踏の発動前に箒を落とすことを諦めていた。防御の要になるだろうイージスコンビやビットと偏向射撃(フレキシブル)で迎撃の鬼になるセシリアを抑えても、その他の全員がそれぞれの得意な位置に着いている様でその実、箒を守れるようにしているからだ。

 

 1分掛からずに発動できる絢爛舞踏が発動するよりも早くこの強固な守りを突破して箒を落とすのは、トランザムか量子ジャンプを使わない限り無理だ。その2つは連携上達のための今回のチーム戦の趣向的に使えない以上、必ず絢爛舞踏は発動する。

 

 そうなれば国家代表の更識楯無と言えど倒せない。必殺技の【ミストルテインの槍】なら倒せる可能性はあるが、あんな隙の大きい技をセシリアが見逃すはずがない。偏向射撃(フレキシブル)で起点となるアクア・クリスタルを撃ち抜かれて妨害されるのが関の山だ。

 山嵐でGNミサイルを48発同時に発射可能な更識簪も絢爛舞踏を突破できる可能性はあるが、こちらもセシリアが1発でも自由に偏向射撃(フレキシブル)を撃てれば迎撃される。ヴィシュヌの【クラスター・ボウ】でも撃ち落とされるだろう。

 

 つまり、絢爛舞踏を発動した第四世代機【紅椿】とのガチ戦闘がほぼほぼ確定している。流石の飛鳥も周りに邪魔が居る状態では戦いたくない。

 

「(ソードビットを他に当てると肝心のイージスを突破し切れないだろうから、サポートは出来そうに無いなぁ。)」

 

 厄介なイージスの2人をどうにか手短に倒せないか、飛鳥は思考を巡らせた。

 

 

 

 

 その対面で、

 

「(――とか考えてんだろうなー、飛鳥の奴。)」

 

 ()()()()()と、ダリルはほくそ笑んだ。

 

「(チーム分けにかなり助けられた。オレとフォルテが揃ってるのもそうだが、セシリアと篠ノ之が居るのがマジででけぇ。どこを疎かにしてもそっちには辛ぇだろ。)」

 

 偏向射撃(フレキシブル)の扱いが上達し続けているセシリアはもちろん、自分たちの防御結界も更に磨きがかかっている。そこにダメ押しの第四世代IS【紅椿】。誰もが戦線を崩壊させるだけの能力がある。

 

「(この中で一番落としやすいのが篠ノ之で、1番残しちゃいけねーのも篠ノ之だ。当然最初に狙う。)」

 

 絢爛舞踏はそれだけ破格の能力だ。それにエリート揃いの代表候補生が周りに多いから埋もれているだけで、一般生徒としては十分に優秀な腕をしている。残せばそれだけ厄介な存在だ。しかしそれが落とせない場合は?

 

「(これ見よがしな最後方。よく見りゃ分かる防衛布陣。絢爛舞踏の発動が確実なこの状況で、おまえには2つの道がある。自分1人で篠ノ之を落とすか、他に任せるかだ。)」

 

 飛鳥とダブルオークアンタを持ってすれば、イージスの防御結界も6人の防衛布陣も突き抜けて箒の元に辿り着き、GNソードⅣフルセイバーの1撃でシールドエネルギーを削り取れただろう。それを見越してダリルは箒に『開始と同時に展開装甲を全て防御に回せ』と言ってはあるが、多少残っても絢爛舞踏発動前に落とされそうだとは感じていた。

 

 だがこれは連携上達を目的としたチーム戦。そんなことを思いついても飛鳥ならやらないだろうと考えたダリルは、最初からもう1つの道の方を想定していた。

 

「(生徒会長辺りに全部任せて、自分はオレたちを抑えてチームに貢献する。同じ理由で鈴の奴もセシリアを抑えに行く。他じゃ相手できねーからな。)」

 

 そこまで読んでの作戦会議だった。そこまで()()()()()()()()の作戦会議だった。

 

「(ここまではオレにも読めた。なら当然、あんたにも読めてたはずだ──生徒会長。)」

 

 水のヴェールを纏い、蒼流旋を右手に持った楯無を見て、ダリルは目を細めた。

 

 

 

 

「(ここまでは想定通りね。)」

 

 件の生徒会長・楯無は、考えていた中で最もベターな展開に脳内で組み立てた作戦を少し修正し始めた。

 

「(一番イヤだったのは飛鳥ちゃんが1人で突っ込むこと。次点で箒ちゃんを囮にしてこっちの数を減らされること。)」

 

 チーム戦という趣向から飛鳥の性格ならしないとは思っていたが、それでもその方が勝率の面では上だ。だから下手すれば飛鳥1人で全て片付けてしまわないかと考え、それも考慮していくつか作戦を練っていた。

 

 その次点として、赤チームで最も意識しないといけない箒を囮にしてこちらの人数を削られるのが嫌だった。強力だからこその見え透いた罠にされると、どうしても対応が面倒臭くなるからだ。赤チームを引っ張るだろうダリルの性格ならやらないだろうとは思っていたが、やりかねないとも思っていた。

 

「(最初の賭けには勝てた。思ってた以上に真っ当なチーム戦が出来そうね。)」

 

 連携上達のためという目的からか、少なくとも変なことは起こらないと当たりを付けて楯無は試合開始の時を待った。

 

「(()()()も用意してるし、今回は勝たせてもらうわよ♪)」

 

 

 

 

 アリーナのシステムとリンクされたハイパーセンサーの画面にカウントダウンが映る。気を引き締めて得物を握り、構え――0になるのと同時に飛翔する!

 

「ソードビット!」「ブルー・ティアーズ!」

 

 最初に飛び出した飛鳥が左肩のGNシールドからGNソードビットを解き放つのと同時に、セシリアがレーザービット4基を自身の周囲に展開して攻撃を始める。

 

「【白虎】!」

 

 そのレーザーの雨を凰鈴音が単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)【天之四霊】の能力の1つ、空間を圧縮して見えない壁を作る白虎で防ぎながらセシリアを抑え込まんと飛翔する。

 

「嫁よ!お前の相手は私だ!」

 

「やっぱりラウラか!」

 

 AICの拘束を放ちながらラウラ・ボーデヴィッヒが最前列に居る一夏に肉薄する。それを左腕の荷電粒子砲で牽制しながら、一夏は迎え撃った。

 

「ここは通しません!」

 

「なら通らせてもらうよ!」

 

 箒を目指して飛ぶ楯無たちの前に立ち塞がったヴィシュヌをシャルロット・デュノアに任せ。

 

「行かせない!」「私たちが相手だよ!」

 

「邪魔すんじゃないわよ!」

 

 中段に構えていたファニール・コメットとオニール・コメットを凰乱音が相手にし。

 

「はぁい、箒ちゃん。来ちゃった♪」「覚悟して……!」

 

「来ないでください!」

 

 狙い通り、箒の元に楯無と簪は辿り着いた。

 

「(絢爛舞踏が発動するまでの時間さえ稼げればいい!)紅椿!」

 

 展開装甲を防御に全て回し、万全の状態で迎え撃とうとする箒を見て。

 

「読み通り♪」

 

 楯無はいたずらが成功した時の様に笑った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第75話 生徒会長、それは学園最強の称号

「生徒会長と妹が行ったか。」

 

 最後方に置いた篠ノ之箒の元に向かった2人を見て、ダリル・ケイシーはフォルテ・サファイアと共に防御結界を構築しながらそう呟いた。

 

「想定通りっスけど……妙っスね。」

 

「ああ。あの生徒会長があんな見え透いた餌に引っ掛かる訳ねえ。」

 

 舞い踊るGNソードビットの攻撃を防ぎ、自分たちに近付こうとする天羽飛鳥に牽制の火球と氷塊を放ちながらイージスの2人はハイパーセンサーの全方位視界を使って様子を(うかが)う。

 

 絢爛舞踏は1分と掛からずに発動できる。その1分にも満たない時間を稼ぐために箒を最後方に置き、敵が全員で当たれないように味方で壁を作り、更には展開装甲を防御に回せと言ってある。

 

 展開装甲の防御はとても通常のISが突破できるものではない。高出力の零落白夜による1撃か、飛鳥のGNソードⅣフルセイバーによる攻撃でも数回クリーンヒットさせなければ無理だ。

 

 その箒を落とさんと向かった更識楯無と更識簪の2人はどちらかと言えば技巧派。技量でもって相手を手玉に取るタイプで、確かに高火力の攻撃もあるがそれは必殺技。連発出来るならともかく、そう何度も気軽に使えない代物であるのは今までの訓練で既に皆が知っている。

 

 打鉄弐式の拡張領域(バススロット)の容量はそう大きくはない。より正確に言えば打鉄などよりはよっぽど多くの物を量子変換(インストール)できるが、その中身はギリギリ2回山嵐の全弾発射が出来る程度――つまり約100発ほどのGNミサイルでいっぱいだ。そのため攻撃の合間合間に6基ある8連装ミサイルポッド【山嵐】のいくつかからミサイルを撃ち追撃することを考えれば、1回しか出来ない48発同時発射という必殺技はそう簡単に使えない。セシリアの偏向射撃(フレキシブル)による迎撃を考慮すれば尚更だ。

 

 そしてミステリアス・レイディの必殺技、ミストルテインの槍は普段防御に使っている分のアクア・ナノマシンさえも一点に集中して攻撃に使うものだ。破壊エネルギーの総量は気化爆弾4個分に相当するが、自分自身さえもダメージを負いかねない諸刃の剣。1回しか使えないという訳ではないが、連発できる代物でもないし、使おうとアクア・ナノマシンの守りを解いた瞬間は絶好のチャンスだ。小突いてやれば装甲の少ないミステリアス・レイディは大ダメージを受けて勝手に自滅する。

 

 このとても箒を落とせるとは思えない姉妹たちが箒を落としに来るだろうと予想していたのは、他に落とせる可能性がある飛鳥と凰鈴音の2人が自分たちイージスとセシリアを抑えなければならなかったからだ。だからこその見え透いた餌だった。

 

 絢爛舞踏が発動した暁には箒は紅椿の高性能を武器に暴れて貰う予定だ。その最初の標的は間違いなく近くに居る相手で、つまり箒を落としに来た楯無と簪になる。それは楯無だって分かっていたはずだ。それを承知で来たとも考えたが、にしては()()()()()()()()

 

「……オイオイ、まさか――!」

 

 最初に切り捨てた考えがふと(よぎ)り、ダリルは目を剥いた。

 

 その時、試合開始からもうすぐ1分が経とうというところで絢爛舞踏が発動し機体を金色に輝かせた箒に、楯無はニヤリと笑った。

 

「――ここからが本番よ!簪ちゃんッ!!!」

 

「うん!受け取って、お姉ちゃん!」

 

 打鉄弐式によって空中に投影されたキーボードを叩き、簪は自身のGNミサイルの数を絞ってでも持って来た『それ』を楯無に渡した。

 

 ――それは、美しくもある赤い翼。ミステリアス・レイディの専用換装装備(オートクチュール)

 

「【麗しきクリースナヤ】!」

 

 楯無がその名を呼ぶと、それはミステリアス・レイディの背中へと接続され、機体が纏っていたアクア・ヴェールを赤色へと変えた。

 

「クソッ!そういうことかよ生徒会長ッ!」

 

「もう遅いわ!見せてあげる、私の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)を!」

 

 気付いた時にはもう遅い。専用換装装備(オートクチュール)を装備したことで高出力モードへと移行したアクア・ナノマシンは、普段なら使えないその能力を解き放った。

 

「――っ、これは……!?」

 

「な、なんだ!?」

 

「チクショウ……!」

 

「くぅっ……!」

 

 瞬間、セシリア、箒、ダリル、フォルテの動きが鈍る。

 

「【沈む床(セックヴァベック)】!」

 

 それは、超広範囲指定型の拘束結界。高出力モードとなったアクア・ナノマシンによって周りの空間すべてに飲み込まれるようにして抑え付けられる、回避不能の拘束領域。時間が経つごとにその拘束は増していき、最終的にはシュヴァルツェア・レーゲンのAICさえも凌駕する拘束力を発揮する【霧纏の淑女】の隠し札。

 

「普段はアクア・ナノマシンの出力が足りなくて使い物にならないけれど、オートクチュールがあれば別。」

 

 不敵な笑みと共に楯無は自身の身を守るアクア・ヴェールを蒼流旋へと集中させ、ミストルテインの槍を発動させた

 

「思い出させてあげる。IS学園の生徒会長は、学園最強の称号だってことを――!」

 

「チィッ、フォルテ!」

 

「遅い!ミストルテインの槍!」

 

 絢爛舞踏で輝く箒に向かって、光の神を貫いた神殺しの矢が放たれた。

 

 

 

 

「被告、更識楯無。何か釈明は?」

 

 アリーナの地面に立って、逆に地面に正座させられた楯無を飛鳥が堅い真面目モードの目で見下ろす。

 

「えーっと……えへっ♪」

 

「判決、被告更識楯無をケーキ1週間没収の刑に処す。」

 

「待って!?」

 

 とてもかわいい笑顔を浮かべた楯無に判決を言い渡してピットに戻ろうとする飛鳥の腰に(すが)りついて楯無が引き留めた。

 

「ちょっと巻き込んじゃっただけでしょ!?」

 

「私と鈴ちゃん以外全員ふっ飛ばしといてよくそんなこと言えますね?」

 

 うっ、と言葉に詰まった楯無を腰に抱き着かせたまま左足のアンクレットからGN粒子を出して重量を軽減した飛鳥は、ふわりと浮かび上がるように跳躍して離陸しカタパルトからピットへと戻った。

 

 そこには全員仲良く補給を受けている専用機持ちたちの姿があった。

 

「会長の罰は生徒会3時のおやつのケーキ1週間没収に決まりました。」

 

「私のショートケーキ……。」

 

 めそめそとすすり泣く楯無。だが妹の簪さえも助けない。だって簪も被害者だから。

 

「ミストルテインの槍をギリギリ耐えられたからって直後に清き激情(クリア・パッション)で自分ごと全部吹き飛ばすとか、何をどうしたらそうなるかなぁ……。」

 

 試合は一応青チームの勝ちということになったが、その原因が酷かった。

 

 単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)沈む床(セックヴァベック)】によってセシリアとイージスコンビ並びに箒を拘束し、楯無は必殺技であるミストルテインの槍を箒に当てることには成功した。

 

 だが寸でのところで耐えられ瞬く間にシールドエネルギーの回復を始めた紅椿に、楯無は事もあろうに至近距離でミストルテインの槍を形作っていたアクア・ナノマシンを箒に纏わり付かせ、清き激情(クリア・パッション)によって水蒸気爆発を起こしたのだ。麗しきクリースナヤによる高出力モードで

 

 カッ! と真っ白な光が辺りを満たしたかと思えば、次の瞬間にはドカーン!と全員がふっ飛ばされた。楯無本人もふっ飛ばされた。無事だったのは咄嗟に白虎による空間の壁で自分を守った鈴と、機体各部の装甲を展開しGN粒子を放出して即席のGNフィールドを展開した飛鳥だけ。他は全員、そう全員ふっ飛ばされた。

 

 敵味方関係ない自爆テロをかました楯無。連携上達のためのチーム戦とは何だったのか。というか沈む床(セックヴァベック)で相手の動きを止められるなら飛鳥に止めをさしてもらえばよかったんじゃないか。

 

 そんな感じの思いが全員の中に渦巻いたが、言わなかった。反省は大事だがタラレバは言っても仕方がないのを代表候補生たちは理解している。だから言わない。決してプライベート・チャンネルでバレない様に飛鳥からケーキで買収された訳ではない。イチゴたっぷりのケーキとかはない。

 

「ケーキ屋さんに行かなきゃ。」

 

 ないったらない。

 

 

 

 

「で、【沈む床(セックヴァベック)】はどうだった?」

 

 午前中にもう1度チーム戦をするのは無理だったため食堂に移動し昼食の日替わり定食を食べる飛鳥に、葉加瀬なのはがタマゴサンドを食べながら聞いた。

 

「捕まったら負けかな。」

 

 サバの味噌煮を解して白米でかき込みながら飛鳥がそう答える。

 

「対処法はいくらかあるけど、正直相手したくない。」

 

「効果範囲に入ったが最後、ソードビットもGNシールドも動かせなくなるからねぇ。下手したらGNソードⅤの変形も押さえられるかもだし。」

 

「無理矢理動けはするみたいだから脱出は出来るけど、いちいち拘束されてたんじゃストレス溜まるよ。」

 

 味噌汁を飲み、具材の豆腐と湯揚げを食べ、白米を噛みしめる。

 

「だからバスターライフルで吹き飛ばすことにした。」

 

「おいたわしや会長……。」




7対7とか書ける訳ないだろいい加減にしろ!

 正直強化週間早く終われって思ってる駄目な竜がいるらしい。時間をふっ飛ばしたい……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第76話 歓迎会、それは交流の場

すまない……すまない……


『どうも皆さん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい。天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『えー、はい。皆様にお知らせがあります。残りの強化訓練は飛ばします。』

『理由ですが、前回の楯無自爆テロを最後に見所さんが居なくなったからです。あと長い。あの後全部で7戦やったんですが、メンバーが変わってもこれといった変化が無かったためただただpart(話数)が伸びるだけになると判断し、丸々カットすることにしました』

 

『今回は強化訓練の合間にあった転入生たちの歓迎会の様子を見て、次回からは原作第11巻のストーリーになるよ。』

 

『という訳で、未来の時間軸の私たちがお知らせしました。』

 

 

 

 

「それでは!乱ちゃんとヴィシュヌちゃんとファニールちゃんとオニールちゃんの転入を祝って!」

 

「「「かんぱ~い!」」」

 

 ガチャガチャガチャ! とやかましいぐらい手に持ったジュースの入ったコップを打ち付け合い、一口着けて口の中を潤す。

 

 最初は生徒会室で専用機持ちたちだけで行おうとしていた転入生の歓迎会だが、15人も居る専用機持ちたちが全員生徒会室に入るとぎゅうぎゅう詰めになり歓迎会どころではなくなるため、食堂の一角を借りて行うことになった。そのため周囲には普通に食事をしに来ている生徒たちも居るし、何なら参加している人もいる。

 

 そのお目当てはもちろん新人の4人と仲良くなりたいというのもあるが、1番はテーブルの上に用意された料理だ。

 

「これ、織斑くんが作ったんだよね!」

 

「おいしそー!」

 

 生徒会主導で企画された今回の転入生歓迎会は、生徒会長である更識楯無のアイデアとは名ばかりの思い付きで内容の8割が構成されている。その中の1つがこの『料理担当・織斑一夏』である。

 

 テーブルに並ぶのは大人数でも食べやすいように大皿で用意された料理の数々。食堂で働いている人たちにも手伝ってもらいはしたが、ほとんどが一夏の手によって作られた物である。

 

「ありがとう、遠慮せずに食べてくれ。」

 

「「「いただきまーす!」」」

 

 瞬く間に無くなっていく料理を我先にと取っていく少女たちから離れ、一夏は専用機持ちたちが固まっている場所に向かった。

 

「みんな、食べてるか?」

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

 近付いてくる一夏に気付いたオニール・コメットが駆け寄り、その後を追って姉のファニール・コメットも一夏の元にやって来た。

 

「ちょっとオニール、料理が残ってるのに動いちゃダメじゃない。」

 

「そうだぞオニール。食堂はきれいに清掃されてるけど、動き回って料理に埃が入りでもしたら嫌だろ?」

 

「えへへ、ごめんなさい。」

 

 笑いながら一夏の手を引き自分の取った料理を置いたテーブルへと連れて行くオニールに、特に抵抗せず着いていく一夏、更に後を追うファニール。

 髪の色も顔立ちも全然違うが、その姿はどこか兄妹のようだった。

 

 

 

 

「ほんと、オニールは一夏によく懐いてるわねぇ。」

 

 業務用の冷凍品らしきフライドポテトを食べながら、凰鈴音がその様子を見て呟いた。

 

「ねえ、鈴おねえちゃん。」

 

「ん、なによ?」

 

 その対面で同じように一夏を見ていた凰乱音が、疑いの眼差しを一夏に向けながら鈴に聞いた。

 

「一夏ってもしかして、ロリ―― 「違う。」 ――そ、そうよね!」

 

 眼のハイライトどころか感情が抜け落ちた顔でギロリと睨まれながら食い気味に否定された乱は慌てて鈴の言葉に賛同し、動揺を隠すようにフライドポテトを頬張った。

 

「だいたい、一夏の好みは………………。」

 

「……ど、どうしたの?鈴おねえちゃん?」

 

「…………いや、ちょっと自己嫌悪になっただけよ。」

 

 はぁ、と深いため息を吐いて鈴はミートボールをパクリと食べた。

 

「(一夏って巨乳でスタイル良いのが好みっぽいのよね……。)」

 

 それは一夏のもう1人の幼馴染みである篠ノ之箒も知らない、『そういうこと』を気にし始める中学時代を共に過ごした鈴だけが知っている情報だった。

 

「(やっぱり胸か、胸なのか。あたしじゃダメだって言うの!?)」

 

 だが好みを知っていようとどうしようもない。鈴の胸部装甲は貧弱で、引き締まった身体は無駄な贅肉こそついていないが身長は低い方であり、一夏の好みから外れている。そこを突いた戦略は使えない。

 

 だから中学時代に日本から中国に帰国する際、羞恥心やら何やらを振り切って精いっぱいの告白──『毎日酢豚を作ってあげる』発言をしたのだが、結果はまさかの『毎日酢豚を奢ってあげる』という最低な覚え間違いをされ御破算──かと思えば、自分で勘違いに気付いて本当のことを聞きに来たもんだから恥ずかしくなって否定してしまったりと、鈴の恋愛事情は兎に角前途多難である。

 

 嫌なことを食べて忘れようと言わんばかりに食事のペースがわずかに上がった鈴を横目に、乱もミートボールを頬張った。

 

 

 

 

「へー、量産機の試乗がきっかけでISの訓練校に転入したんだ。」

 

「はい。休日のイベントだったので母が連れて行ってくれて。IS適性もAだったのですんなりと。」

 

 そう話すのはタイ代表候補生のヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー。どこで知ったのか『郷に入っては郷に従え』と言って慣れない箸で苦戦しながら食事をしている彼女を見守りながら、周囲の人が代わる代わる質問していく。

 

「趣味と特技は?」

 

「趣味はヨガです。特技は、ムエタイでしょうか。母から指導を受けていたので。」

 

「お母さんから?」

 

「はい。母がムエタイチャンプだったので、護身術も兼ねて教わりました。」

 

「「「へー!」」」

 

 寡黙な方ではあるが受け答えはしっかりしているヴィシュヌは聞けば答えてくれる。性格も悪くないため、すっかり周囲には人が集まっていた。

 

「あっちは問題なさそうだな。」

 

 その様子をダリル・ケイシーが足を組んで深すぎるスリットの入ったスカートから美しい脚を見せながら見守る。専用機持ちの中で唯一の3年生であるため、生徒会長故に全員を率いる立場に居る楯無とは少し違うが、専用機持ち全員を気にかけていた。

 

「双子の方も、まあ大丈夫だろ。姉は慣れない環境で警戒しまくってるが、妹が連れ回す内に慣れっだろうし。」

 

 一夏を連れ回すオニールに連れ回されるファニールを見てジュースで口を潤す。

 

「向こうも鈴が居りゃ問題ないな。」

 

 最後に乱の方を見て、いつの間にか競い合うように鈴と食べ比べしているのを見つけて苦笑いする。

 

「……にしても、変わったなあ、オレ。」

 

 自嘲するように笑いながら皿に取ったサンドイッチに手を伸ばす。

 

炎の家系(ミューゼル)に生まれたからには、呪いをずっと背負うもんだと思ってたけど……。」

 

 ハムとレタスが挟まれただけの軽食のようなサンドイッチを頬張って、

 

「ま、悪かねえな。」

 

 ()()()()()()()()()()()、優しく微笑んだ。

 

 

 

 

「……!」

 

 バッ!とフォルテ・サファイアがダリルの方に振り向いた。

 

「今のって……。」

 

 僅かだが感じたそれに、フォルテは笑った。

 

「変われたんっスね、ダリル。」

 

「タイプレギュラーの粒子を至近距離で受けたにしては遅かったけどね。」

 

 そんなフォルテにたまごサンドを食べながら葉加瀬なのはがそう言った。

 

「そうなんスか?」

 

「適性があればタイプレギュラーの粒子放出を1回浴びるだけで変革するからね。タッグトーナメントで浴びてから2ヶ月だと……いや、模擬戦でクアンタが出す分も浴びてるから、標準より適性はかなり低いのか。それを考えれば早い方?どっちでもいいけどね。」

 

 いつもの魔法瓶でポタージュを飲みながら、なのははそう言ってフォルテの元から離れた。

 

「時間が掛かっても、変われるのが大事なんスよ。」

 

 その背中にそう言って、フォルテもその場を離れた。

 

 

 

 

「――これで4人目。」

 

 雪の降らない冬の寒空を眺めながら、天羽飛鳥はIS学園の屋上で月を見ていた。

 

「別に意図的って訳じゃないけど、多いと嬉しいのも事実なんだよなぁ。」

 

 いつも髪を止めているバレッタを外して髪を下ろし、寒風に揺れる黒髪を(なび)かせながら飛鳥は食堂から貰ってきたサンドイッチを食べる。

 

「ん、おいし。たまごはやっぱりいいなぁ。」

 

 黄色く分厚いたまごが挟まったサンドイッチ。食べ応えがあるそれは飛鳥にとっても美味しい。

 

「……これから、どれぐらい増えるかなぁ。」

 

 食べながらたった一人ごちる。

 

「ねぇ、あなたはどう思う?」

 

 左手で掲げたバレッタは、月の光を受けて鈍く光るだけだった。

 

「……さむっ。」

 

 パクリと大口でたまごサンドを頬張ってバレッタを付け直した飛鳥は温かい屋内へと戻っていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第77話 攻撃、それは宇宙(そら)からの呼び声

『どうも皆さん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい。天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『今回から原作11巻のイベントがアーキタイプ・ブレイカーのシナリオと並行して始まります。』

 

『アーキタイプ・ブレイカーと時期が重なった影響でいくつかのイベントは起こらないんだけどね。ロシアの強襲とかドイツの演習とか。』

 

『でもエクスカリバーの暴走は束さん抑えても確定で起こるっていう。オルコット家当主になるのに必要なことだからなの……?』

 

 

 

 

「明日、フランスに帰ろうと思うんだ。」

 

「なっ、いきなりどうしたんだよシャル?!」

 

 1週間に渡る強化訓練を終え、シャワーで汗や土埃などの汚れを洗い流してから3時のおやつ(どき)を僅かに過ぎた学食・カフェテラスエリアにて打ち上げをしている時にシャルロット・デュノアの放ったその言葉に、一緒にスイーツを食べていた織斑一夏が驚きの声を上げた。

 

「あ、ごめん一夏。帰るって言っても最新装備を受領しに行くだけだから、2~3日で戻るよ。」

 

「そうなのか、よかった……。」

 

 明らかに普通じゃない反応をする一夏に、凰乱音たち最近転入してきた組が怪訝そうな顔をする。教師陣を除くIS学園のほとんどの人間がシャルロットの複雑な家庭事情を知らないため、乱たちが知らないのも当然だ。

 

 しかし気になりはしたが質問していい話題なのか分からず、一夏が安堵していることから問題ないだろうと判断して聞くことはしなかった。

 

「って、最新装備?」

 

「うん。詳しいことは分からないけど、対絶対天敵(イマージュ・オリジス)のための装備だって。」

 

「へえ。」

 

 いつもの空気が戻ってきたことに乱たちは僅かに強張っていた身体から力を抜き、スイーツに舌鼓を打った。ショートケーキ、チョコケーキ、チーズケーキ、アップルパイなどなど、乙女の思考を蕩けさせる甘さが訓練で疲れた体に染み渡り、頬が落ちそうになる。

 

 IS学園は世界中から多種多様な人が来るため、食事に関しては世界一気を遣っている。個々人のアレルギーはもちろん、宗教的な理由から特定の食材を口にできない人も来るからだ。そういった問題はメニューの豊富さでカバーしているが、それ以外にも食事に関する問題点がある。味だ。

 

 誰だって美味しい料理が食べたいし、それが全寮制で3年間過ごす学校での食事なら尚更だ。しかもIS学園にやって来る者の中にはセシリア・オルコットやシャルロットのような貴族や社長令嬢も居るため、下手なものを食べさせる訳にはいかない。しかし高級食材をそうポンポン使っていては財政難に陥ってしまうので、一部業務用食品で誤魔化してはいるが基本的には純粋な腕で美味しい料理を作る必要がある。

 

 更に言えばその数も問題だ。生徒と教職員合わせて大体400人分の食事を毎日朝昼晩と作るので、結構どころではないハードワークである。普通ならメニューを絞ったりビュッフェ形式にして効率化するのだが、IS学園の性質上それができないためただただ辛い。ドマイナー料理のオーダーが入った時は静かにブチギレているとは専らの噂である。

 

 これらの問題点を乗り越え提供されるIS学園の食事は美味しい。そして食堂に併設されているカフェテラスエリアで提供されるスイーツ類も美味しい。少女たちの別腹にいくらでも入ってしまいそうなぐらい美味しい。お腹や二の腕のプニプニが気になるからやらないが。

 

 因みにここ最近で一番忙しかったのは秋に生徒会長の提案で突発的に行った1年生対抗一夏争奪代表候補生ヴァーサス・マッチ大運動会当日の晩御飯だったらしい。一体誰の仕業なんだ……!

 

「♪~~♪~♪♪~。」

 

 葉加瀬なのはは周囲の状況を気にせずに鼻歌混じりにデラックスパフェ盛りを食べている。1人では食べ切れないため反対側から天羽飛鳥も食べている。以前は収入がなかったため2000円のこのパフェは手痛い出費だったが、代表候補生となり収入を得た今は2000円程度普通に出せるので、これは飛鳥の奢りだった。

 

 各々がそれぞれのスイーツに舌鼓を打っているその時、

 

「……。」

 

 ピタリ、と飛鳥がパフェに伸ばしていたスプーンを止めた。

 

「飛鳥?」

 

 空中でスプーンを止めた飛鳥になのはが不思議そうな顔をする。しかし飛鳥はなのはの声に応えずに、天井を――否、()()()に視線を向けた。

 

「――っ、なのは!後任せたッ!」

 

 テーブル席の端に座っていた飛鳥はそう言うと瞬時に通路に抜け出し、そのままダブルオークアンタフルセイバーを身に纏ってテーブルを跳び越えてカフェテラスエリアの大きな窓ガラスを蹴破り外に出て行った。

 

「「「きゃあっ!?」」」

 

「飛鳥!?」

 

 窓の割れる音に驚いて周囲で悲鳴が上がり、飛鳥の突然の行動になのはさえ声を上げる。

 

「一体何を――っ!?」

 

 バッ! と弾かれるようになのはも空に目を向けた。

 

()()()()()()()()!!」

 

 瞬間、空から光が降ってきた。

 

「「「きゃああああっ!!!??」」」

 

 飛鳥が窓を蹴破った時とは桁違いの悲鳴が上がる。誰もが身を屈め、身を守っている。

 

「全員、IS展開!」

 

「「「はいッ!!」」」

 

 更識楯無の言葉で代表候補生たちがそれぞれの専用機を纏う。

 

「なのはちゃん!ここは任せたわ!」

 

 そうなのはに言って楯無が先行して飛鳥が割った窓から外に飛び出し、続いて代表候補生たちが飛び出していく。ただ1人残されたなのはは、混乱する周囲の人間をシェルターへと誘導するために声を上げた。

 

 

 

 

『これで怪我人0なの凄いよね。』

 

『混乱で転んだりした人は居たらしいけど、衛星砲で誰も死んでないって普通有り得ないからなぁ。』

 

『コア人格に感謝しよう。』

 

 

 

 

「……。」

 

 IS学園のグラウンドの中心で、飛鳥は空の先を見ていた。

 

 周囲は空から降ってきた極太のレーザー攻撃のせいでところどころにクレーターが出来ており、一部はその熱で発火したのか燃えている。だが、周囲を照らした光の割には、その被害は小さかった。

 

「攻撃を弾くGNフィールドだから仕方ないけど……被害、出ちゃったなぁ……。」

 

 イノベイターの知覚で遥か空の彼方からIS学園に砲門を向けられたのを察知した飛鳥は、それが誰も居ないグラウンドを狙っていることに気付きながらも、被害を抑えようと動いた。

 

 普段掛けているダブルオークアンタの【枷】を全て外し、ゼロシステムで最適な防御方法を割り出し、普段10%に抑えているGN粒子の貯蔵制限を取り払ったことで飛躍的に性能の上がった機体とGNフィールドの出力でもって、通常のISであれば1撃で墜とせるだろう攻撃を防ぎ切った。

 

「飛鳥ちゃん!」

 

 そこにISを纏った楯無が降りてくる。

 

「会長。」

 

「大丈夫!?怪我はない!?」

 

「大丈夫です。」

 

「そう……。」

 

 安心したように一息吐いた楯無に続くように、続々とやって来た代表候補生たちがグラウンドの惨状に息を吞む。

 

「ひでぇ……。」

 

「どうしてこんな……。」

 

 未だに火が消えないグラウンドを見て、慣れ親しんだ場所の変わり果てた姿に心が揺さぶられる。

 

 そんな時、声が聞こえた。

 

「お迎えにあがりました、お嬢様。」

 

 ISのハイパーセンサーに突如として現れた存在。それはISを身に纏い、セシリアに向かて頭を下げた。

 

「え……チェルシー?どうして貴女がここに……いえそれ以前に、どうしてISに……!?」

 

 セシリアにチェルシーと呼ばれたその女性が身に纏う機体の情報をハイパーセンサーが映し出す。

 

 イギリス製第三世代IS【ダイブ・トゥ・ブルー】。セシリアのブルー・ティア―ズの流れを汲むB()T()3()()()

 

「イギリスでお待ちしております。それでは……。」

 

「お、お待ちなさい!」

 

 セシリアの静止を聞かず、チェルシーと呼ばれた女性は空間に沈むように消えた。

 

「チェルシー……どうして……。」

 

 セシリアの呟きに答えられる者は居なかった。

 

 

 

 

 その後、IS学園作戦本部から織斑千冬の指揮の下、第2射の警戒をしながらグラウンドの復旧作業が始まった。日の入りが早い12月。既に辺りが暗くなっている中の作業をISの性能で手早く終え、ついでに飛鳥が蹴破ったカフェテラスエリアの窓もブルーシートで塞がれた。

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)とは明確に違う脅威に全員が不安を感じる中、セシリアはなのはと飛鳥の部屋を訪ねた。

 

「なのはさん。」

 

「……来ちゃったか。」

 

「ええ、来てしまいましたわ。」

 

 手慣れた様子でいつものポタージュを用意してセシリアに渡した飛鳥を横目に、セシリアはなのはに真剣な眼差しを向けた。

 

「レーザー攻撃の直前、言ってましたわね。『エクスカリバーか』、と。」

 

「言ったね。」

 

「……それは、なんですの?」

 

 真っ直ぐ、目を金色に輝かせて、セシリアが問い詰める。

 

「……エクスカリバーは――。」

 

 

「生体融合型ISだ。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第78話 フランス、に行かない人たち

 空からのレーザー攻撃を受けた日から一夜明けた翌日。予定通り、シャルロット・デュノアはフランスに一時帰国することとなった。

 

 シャルロット自身はレーザー攻撃があったばかりなのに帰っていられないと予定をキャンセルしようとしたのだが、これからの絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦いにデュノア社の最新装備は必要だろう、と対絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦の指揮を執る織斑千冬に言われ、渋々と言った様子で受け入れた。

 

 しかし事件があったばかりなのも事実。それに絶対天敵(イマージュ・オリジス)がいつ現れるとも知れないため、シャルロットの帰国には同行者が着くことが決まった。

 

「それじゃ千冬姉、行ってくる。」

 

「くれぐれも羽目を外し過ぎるなよ。あと目上の人間に食って掛かるんじゃないぞ。」

 

「分かってるって。」

 

 1人目は織斑一夏。絶対天敵(イマージュ・オリジス)と仮に接敵した場合に、零落白夜での攻撃役として選抜された。

 

「教官、行って参ります。」

 

「織斑先生と呼べ。……もし絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦闘になった場合、現地のIS乗りと協力して事に当たれ。お前がリーダーだ。」

 

「はっ!」

 

 2人目はラウラ・ボーデヴィッヒ。シャルロットの友達として付き添いたいと自ら立候補し、絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦闘になった場合のチームリーダーとして指示を出す役目を負って同行することになった。

 

「更識妹、お前はサポートだ。デュノアは帰国でいっぱいいっぱいだろうからな、お前が他をフォローしてやれ。」

 

「はい!」

 

 3人目は更識簪。IS学園の専用機持ちの中でも抜きん出て情報戦に強い彼女は、その全距離で攻撃が可能な打鉄弐式の機体性質もあってサポート役として選ばれた。

 

 以上3人の同行が昨日の夜の内に決まり、大慌てで色々と詰め込んだ旅行用の大きなカバンを持って空港にやって来た。

 

 レーザー攻撃があった直後なので他の代表候補生たちは防衛のためIS学園に残され、見送りは千冬1人。最終確認として注意事項を伝え、念のためパスポートは持っているかと再三確認し、搭乗手続きをしにカウンターに向かうシャルロットたち4人を見送り、千冬はIS学園へと戻った。

 

 

 

 

『はいどうも皆さんおはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい。天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『フランス編なんてなかった、イイネ?』

 

『ボクたちが行かないから勝手にストーリーが進むって言うね。』

 

『一夏が居れば大体どうにかしてくれるから、私たちって実はそこまで必要じゃないんだよなぁ。まぁそもそも今回、私たちは動けないんだけど。』

 

『ボクは代表候補生じゃないからそもそも行けないし、飛鳥は絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦で必要だからって今IS学園を離れられないからねぇ。』

 

『エクスカリバーみたいなのなら動けるんだけど、フランスは便宜上ただ装備受け取りに行くだけだから行けないんだよなぁ。』

 

『という訳で、フランス編は全カットです。』

 

 

 

 

「あーあ、アタシも行きたかったなー、フランス。」

 

 自分の机に腰かけながら、凰乱音がそうぼやいた。

 

「旅行に行くんじゃないのよ。どこも観光出来ないし、どうせ暇だとか言って不貞腐(ふてくさ)れるでしょ、あんたは。」

 

「う、確かにそうかも……。」

 

 近くに居た凰鈴音にそう言われ、乱はぐぬぬと唸る。

 

「フランスか。確かエッフェル塔と凱旋門が観光名所だったか。」

 

「あら箒さん、ルーブル美術館もありましてよ?」

 

 乱のぼやきを発端に、クラスはフランスの話で持ち切りになった。

 

「フランスといえばスイーツだね。クレープもパフェも元はフランス発だ。」

 

「私は料理の方かなぁ、ポトフとか美味しいし、ガレットとか好きだし。」

 

 わいわいがやがやとうるさくなり始めた頃、教室のドアを開けて山田真耶が入ってきた。

 

「みなさーん、ホームルームを始めますよー。」

 

「あ、山田先生。山田先生はフランスって聞いて何を思い浮かべます?」

 

「え、フランスですか?そうですね、やっぱりラファール・リヴァイヴを生み出したデュノア社ですかね。そうだ!皆さん知ってますか?つい先日、デュノア社が第三世代ISを完成させたんですよ!」

 

「あ、知ってます!【コスモス】ですよね!」

 

「はい!実弾武器を弾く第三世代兵器【花びらの装い(ル・ブクリエ・デ・ペタラ)】を備えた、新たな傑作機!なんでも、あらゆる面でラファール・リヴァイヴを越えたんだとか!」

 

 そのままホームルームそっちのけでフランス製ISのことについて話し始めた真耶に、話を振った1年1組出席番号1番の相川清香は「あ、話題間違えた」と反省した。

 

 

 

 

「フランスまでは12時間でしたか。まだ一夏たちは空の上ですね。」

 

 午前中の授業を終え、昼ご飯に学食のメニューで見つけたタイ料理の1つであるグリーンカレーを食べていたヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーがふとそう言った。

 

「欧州との行き来はまだマシじゃないっスか?ギリシャは15時間以上かかるっスよ。」

 

「その話し出すとブラジル一強だろ。何せ日本の真裏だからな。」

 

 フォルテ・サファイアとダリル・ケイシーがその話を拾う。

 

「正確にはウルグアイが1番時間がかかるね。約30時間の空の旅だ。」

 

「量子ジャンプならどこだろうと一瞬で行き来できるけど、飛行機だと時間かかるからなぁ。海外旅行ってあんまり好きじゃないんだよね。」

 

 葉加瀬なのはと天羽飛鳥も昼食を食べながらそう言った。

 

「ま、みんな故郷が1番っスからね。」

 

「違いねぇ。ま、オレに愛国心は無えけどな。」

 

「自分は逆に愛国心バリバリっスねー。」

 

 元テロリストのダリルは笑う。アメリカ人ではあるが、アメリカは数あるホームの1つという認識しかない。愛着があるかないかでいえばあるが、何に変えても守りたいと言うほどではない。

 

 逆にフォルテの愛国心は強い。神話ぐらいしか誇れるものはないと言うが、それでも守りたいと思っている。コールド・ブラッドのパイロットを決める選抜試験でしのぎを削った親友とも、一緒に祖国を守ろうと誓ったほどだ。

 

「愛国心ねぇ。あたしそこまで無いのよね。日本と中国のどっちが好きかで言えば日本の方が好きだし。」

 

「その発言は大丈夫ですの……?」

 

 鈴がラーメンをすすりながらちょっと危ない発言をする。中国でそれは不味いのではないか?とセシリア・オルコットが疑問に思ったが、流すことにした。

 

「わたくしは―― 「あ、セシリアは分かり切ってるからなしで。」 ――ちょっと!?」

 

「イギリス貴族なんだから愛国心あるに決まってるんだよなぁ。」

 

「無かったら逆にびっくりするよ。」

 

 イギリス貴族が愛国心ないのはちょっとどころではなく不味いので、セシリアの答えは分かり切っている。セシリアはイギリスの事を話し始めると長いので話し出す前に止めるのが吉だと鈴はそこそこの期間を過ごして知っているためぶった切った。

 

「祖国と言えば、実は祖国に置いて来た親友が専用機を手に入れたらしいっス。」

 

「へぇ、凄いじゃねえか。そいつはIS学園(ここ)に来るのか?」

 

「どうっスかね。ギリシャ大好きっスから自分から来る気はないと思うっスけど、機体の運用テストのために国の頼みで転入してくる可能性はあるっス。」

 

 赤い髪の親友を思い出しながらフォルテが唸る。

 

「来てくれたら嬉しいっスけど、こっち来て馴染めるか不安っス。」

 

 

「くしゅんっ!」

 

 

「そういえばダリル、結局するんスか?」

 

 食事を進めそろそろ食べ終わると言う頃、フォルテがダリルに思い出したように急にそう聞いた

 

「するにはするらしいぞ。」

 

 それにダリルがコーラを飲みながら答える。

 

「何の話よ?」

 

「オレは3年生だからな。普通今年度で卒業するんだよ。」

 

「そういえばそうね。」

 

 進級。ダリルにとっては卒業だが、あと3ヶ月ほどでそんな時期だ。

 

「寂しくなるわね。」

 

「いや居なくならねえから。卒業とはいえ貴重な戦力を手放す訳ないだろ。留年って訳じゃねぇが、あと1年は残ることになった。」

 

 結構もめたそうだが、もし今年度中に絶対天敵(イマージュ・オリジス)をどうにかすることが出来ても残ることが決まったらしい。アメリカとしてもヘル・ハウンドがIS学園にある期間はそのデータを公表せずに済むのが決め手だったそうだ。

 

「それ就職大丈夫?」

 

「オレの永久就職先はフォルテだからな。」

 

 隣のフォルテの肩を抱き寄せてダリルがニヤリと笑う。

 

「お熱いことで。」

 

 魔法瓶からポタージュを飲んで、なのはは一息ついた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第79話 セシリア・オルコット、動き始める

【グルッ!?】

 

 全方位から殺到したレーザーに、虫型の絶対天敵(イマージュ・オリジス)が撃ち抜かれる。

 

 大気による威力の減衰を抑えるため、偏向射撃(フレキシブル)による曲射ではなくレーザービット自体を操っての包囲射撃を行ったセシリア・オルコットは、展開したビットを肩部のビットターミナルに回収すると僅かに乱れた自身の長髪を払い地面に降り立って。

 

「さぁ、ティータイムにしましょう。」

 

 笑顔で振り返りながら、いつもの調子でそう言った。

 

 

 

 

 未だに割れたままの窓を覆い隠すブルーシートが外れないカフェテラスエリアの一角。冬の寒さが外から漏れてくるそこは普段と違い賑わいがない。スイーツは別腹と言うIS学園の乙女たちも、実質寒空の下と同じ気温の中では食べる気が起きないのがその理由だ。

 

 しかし賑わいがないからと言って、スイーツの注文がないかと言えば違う。

 

 そもそもIS学園のカフェテラスエリアとは、食堂に隣接するスイーツやドリンクを中心に提供する場所に過ぎない。食事を作るメインの厨房ではIS学園の豊富なメニューを作る際に、数多くの生徒たちが求める大量のスイーツの冷蔵保管に支障が出るために保管場所が分けられ、それによって注文系統も別にした方が効率的だったので生まれたのがカフェテラスエリアなのだ。

 

 普段カフェテラスエリアが賑わうのは食堂との間に目隠し用の仕切りが有り、それによって心理的な境界が敷かれているからで、注文こそカフェテラスエリアの方でなければ出来ないが、それを食べるのは食堂の方でも良い。そのため、カフェテラスエリアの賑わいこそないが、注文自体は普通にあった。

 

 が、そんなことは全く関係ないとカフェテラスエリアでスイーツを食べるバカたちが居た。

 

「寒くない?」

 

 ビュゥーー! と、ブルーシートの向こう側から聞こえてくる風の音と共に冷気が足元から這い上がってくる。

 

「寒くない?」

 

 念を押すように、天羽飛鳥がそう言った。

 

「あら飛鳥さん。日本には『心頭滅却すれば火もまた涼し』ということわざがあるのでしょう?つまり心の持ちようで寒さも乗り越えられ くしゅんっ!」

 

「それ無念無想が前提の何の役にも立たないことわざだから忘れた方が良いよ。」

 

 どこで覚えたのか日本のことわざを例に寒さを乗り越えようとしたセシリアを、そのことわざの欠点を口にしながら飛鳥がジト目で見つめた。

 

「あんまり無理しない方がいいよ。」

 

「無理だなんてしていませんわ。」

 

「じゃあ気負い過ぎない方がいいよ。」

 

「気負ってもいません!」

 

 ぷくー、と頬を膨らませて抗議するセシリアを落ち着かせ、飛鳥はショートケーキの苺を頬張ると話を切り出した。

 

「エクスカリバーのことが気になる?」

 

「……えぇ、気になります。」

 

 薄っすらと顔に影を落としたセシリアが自身のティーカップの縁を撫でる。それでわずかに奏でられた音色は耳に届くより先にセシリアによって遮られた。

 

「──知りませんでしたわ、何も。」

 

 その言葉は、重かった。いろいろな感情を内包し、短いながらも何もかもを端的に表した言葉は、重かった。

 

エクスカリバー(あんなもの)があることも、それを作ったのがお母様たちだということも──そこに、チェルシーの妹が乗っていることも。何も、知らなかった。」

 

 セシリアが葉加瀬なのはから聞いた真実。それはセシリアにとって衝撃という他ないものだった。

 

 対IS用攻撃衛星【エクスカリバー】。アメリカとイギリスによって極秘裏に建造された、太陽光を用いたレーザー攻撃兵器。そこまではよかった。()()()()()()()()()()

 

『エクスカリバーは生体融合型ISだ。』

 

 昨夜、なのはから聞いた真実。

 

 人権を侵害しているという理由で禁止されている筈の生体融合型ISという事実は、まだ飲み込めた。イギリス貴族として、何より親を亡くした子どもとして、少なからず人間の汚い部分を見て来たセシリアは、そういうこともあるだろうと納得できた。

 

 けれど、

 

『搭乗者は、エクシア・()()()()()()。チェルシー・ブランケットの実妹になる。』

 

 その真実は、すぐには飲み込めなかった。

 

 セシリアにとって、チェルシー・ブランケットは幼馴染であり、自身の専属メイドであり、2歳年上のお姉さんである。

 

 何年も一緒の屋敷で過ごし、身の回りの世話をしてくれて、18歳とは思えない落ち着きをした、セシリアにとっての目標。それがチェルシーだ。

 

 知らないことはもちろんあるだろうけれど、それでも知っていることの方が多い関係。そう思っていたのに、現実はそうではなかった。

 

 セシリアはチェルシーに妹が居るとは知らなかった。お姉さんっぽいとは常々思っていたが、戸籍からさえも抹消された妹が居るなど思いもしなかった。

 

 しかし、生体融合型ISとして極秘裏に作られたエクスカリバーの()()とするなら、確かに戸籍からは消した方が都合がいい。時間は掛かったが、それはどうにか飲み込めた。そしてそこまで分かれば、チェルシーの行動にもある程度察しがついた。

 

 チェルシーは妹を助けたいのだ。どうやって調べたのかは皆目見当もつかないが、妹がエクスカリバーに乗っていると突き止め、助け出そうとしている。彼女の事だ、ISを奪ってでもそういうことをするだろう。割と頑固だし。

 

 イノベイターの感覚込みでそう当たりを付けたセシリアは「まぁ?従者をその家族ごと面倒みるのは主の務めですし?」と、言葉はなくとも自身の元に現れ頼ってくれたチェルシーに機嫌をよくした。

 

 だがそれは、すぐに地に落ちた。

 

『製作者はアメリカとイギリス、亡国機業(ファントム・タスク)。そしてオルコット前当主――つまり、既に死んだ君の両親。』

 

『え?』

 

 まさかの名前に凍り付く。思考が数秒止まる。ようやく動き始めた時、セシリアは酷く戸惑った。

 

 エクスカリバーもISである以上、コア・ネットワークに接続されている。なのははそこから情報を抜き出したと言いながら、いつもしているように空中に画面を投影し、その製作者の部分を指差した。

 

 そこにはアメリカやイギリス、そして亡国機業(ファントム・タスク)という見知った名前があり、そして――もう墓参りの時ぐらいしか見ない、セシリアの両親の名前があった。

 

 何故、というセシリアの問いになのはは答えなかった。珍しく口を(つぐ)んで、ボクから言うことじゃないと話を切り上げた。自身の脳量子波を操ってセシリアに思考を読ませないようにしながら、ブランケット姉妹に聞けと言って。

 

「やるべきことは単純なんです。チェルシーを見つけて聞き出せば良いだけのこと。ですけど……。」

 

「不安?妹を奪った人の娘として関わるのが。」

 

「……はい。」

 

 手持ち無沙汰に紅茶に手を伸ばしたセシリアは、不安を飲み込むようにティーカップに口を付けた。

 

「セシリア。もう1回言うけど、あんまり無理しない方がいいよ。」

 

「してるんでしょうか、無理。」

 

「してるんじゃないかなぁ。いつも通りのセシリアなら、当たって砕ける鉄砲玉みたいに一直線だと思うけど。」

 

 大きく開いた口にショートケーキを放り込んだ飛鳥を見ながら、セシリアは自身のチーズケーキを食べた。

 

「悩むぐらいなら行動する。セシリアはそういう思い切りがあるタイプでしょ?」

 

「そうなんでしょうか?」

 

「え、自覚ないの?」

 

 悩まない訳ではない。けれどそれで足踏みはしないのがセシリアだと飛鳥は言う。

 

「いっそ今からイギリスに飛んでった方がすっきりするんじゃないかなぁ?」

 

「なるほど……。」

 

「あ、ちゃんと許可は取ってね?」

 

「分かりましたわ!」

 

 急いでチーズケーキを食べきり立ち上がったセシリアを見送り、飛鳥は窓から空を見上げた。

 

「エクシア、かぁ。」

 

 髪を止めるバレッタに触れながら、その名を呟いた。

 

「助けなきゃね。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第80話 葉加瀬なのは、機体を見る

ダブルオークアンタ+コマンドガンダムのオリジナルガンプラ【ガンダムダブルオーコマンドクアンタ】が発売するらしいですね。実弾系クアンタ……そう言うのもあるのか


 最新装備受領のためフランスに帰国したシャルロット・デュノアと、その付き添いで共にフランスに飛んだ織斑一夏と更識簪の3人が居ない間、IS学園ではこれといって何か特別なことは無かった。

 

 最近はもはや日課に変わりつつある絶対天敵(イマージュ・オリジス)の襲来を捌き、毎年やっているらしい生徒会主催のクリスマスパーティーの打ち合わせをして、師走(しわす)だからか何やら慌ただしい職員室の喧騒(けんそう)からそっと目を逸らす。

 

 そんな日々を送ることほんの2、3日。無事にフランスから帰ってきたらしい3人が朝一で本島とIS学園を繋ぐモノレールに乗って戻って来るのを感知した()()()()()()は、自分の荷物を天羽飛鳥に持たせて先に教室に行かせ、モノレールが到着するのを駅で待っていた。

 

「デュアルコアねぇ。」

 

 なのはの目的はただ1つ。世界初のデュアルコア搭載機、【リィン=カーネイション】をその目で確認することだ。

 

 本来、シャルロットが今回の帰国で受領する最新装備というのは、デュノア社が作り上げた第三世代機IS【コスモス】の筈だった。

 

 【花びらの装い(ル・ブクリエ・デ・ペタラ)】というイメージ・インターフェースによる操作で実弾兵器を受け流すエネルギーシールドを展開できる第三世代技術を搭載し、さらにその性能は全ての面においてラファール・リヴァイヴを越えた新たな傑作機。

 

 第三世代機の開発に遅れに遅れていたデュノア社が作ったその機体は、より大容量となった拡張領域(バススロット)からくる汎用性や、ラファール・リヴァイヴの正統な後継機としてのパッケージの互換性を兼ね備えた、間違いなくシャルロットが今まで以上の力を発揮できる機体だった。

 

 しかし蓋を開けてみれば、テレビやネットのニュースで流れてきたのは【世界初のデュアルコア!】というタイトルとなのはも見たことがない未知の機体。興味が湧くのは当然と言えた。

 

「アルベールが何かしたとは思えない。順当に進むことは出来ても、段階を踏み越えることが出来るタイプじゃない。となれば、人の意識に呼応したコアたちの共鳴現象(レゾナンス・エフェクト)が誕生の切っ掛けか。」

 

 デュアルコアという前代未聞の機体の情報を手にするや否や、なのははどうしてそれが生まれたのかを考えていた。

 

 作ったというのは有り得ない。デュノア社の社長であるアルベール・デュノアは確かに優秀な男だが、それでも段階を飛ばして飛躍するタイプの人間ではない。デュアルコアという代物への足掛かりがあれば別だが、今までISにコアを複数個乗せるというのは467個しかないコアの数の問題やコア同士の相性問題など、クリアする必要がある問題が多くて実用化するまでの採算が取れず割に合わないと既に切り捨てられた考えだ。経営者でもある彼がすることではない。

 

 となれば、偶然相性の良いコア同士が、人の意識に呼応して共鳴現象(レゾナンス・エフェクト)を起こした末に誕生したと考えた方が辻褄(つじつま)が合う。

 

「でもそれで生まれたならかなり不安定な筈だ。早めに確認しないと。」

 

 共鳴現象(レゾナンス・エフェクト)は確かにISの段階を飛躍させるが、その直後は不安定な状態が続く。悪影響が出る前に確認しないと、となのはは目の前に停車したモノレールを見て右手にマスターハンドを嵌めた。

 

 

 

 

「だそうです。」

 

「事情は分かった。公欠扱いにしておくから早めに終わらせろと伝えて置け。」

 

「分かりました。」

 

 朝。ホームルームにやって来た担任の織斑千冬にそのことを伝えた飛鳥は、脳量子波でなのはに連絡を取って席に着いた。

 

「さてお前たち。あと1週間ほどで冬休みだが、その前にいい報告がある。」

 

「え、なになに?」「また転入生が来るとか?」

 

「延期になっていた期末テストの日程が決まった。」

 

――シーーーン…………

 

 1年1組の空気が死んだ。

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の出現を受けドタバタしていたIS学園は、教員側がテスト問題を用意する時間さえも削っていたために今の今まで2学期の期末テストが延期されていた。その日程が決まったのは良い報告であるのは間違いないが、学生には死刑宣告である

 

「「「やだー!!!」」」

 

(わめ)いても今度ばかりは延期も中止もない。絶対天敵(イマージュ・オリジス)が来ようと撃退次第すぐに再開する。」

 

「あの、織斑先生?それって私たちは……。」

 

 おずおずと篠ノ之箒が手を挙げながら質問した。絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦うのは専用機持ちである彼女たちである。試験勉強中に襲撃でもあったら戦わなければならない。とても不利だ。

 

 そんな専用機持ちたちに千冬は笑って答えた。

 

「安心しろ、赤点を取らないようにみっちり教えてやる。」

 

「ヒェッ。」

 

 いっそ獰猛と言えるその笑みにクラスの誰かが悲鳴を上げた。そんな中、ファニール・コメットとオニール・コメットが不思議そうに首を傾げた。

 

「みんな、どうしてそんなに怯えてるの?」

 

「テストなんて勉強してたら余裕でしょ?」

 

 小学生であるコメット姉妹には、未だにその辛さが分からないらしい。

 

「テストで点が取れても、テストが嫌なことは変わらないんだよ……。」

 

「これで大丈夫だって思えない不安……あれ嫌い……。」

 

 テストへの不安と呪詛がクラスを埋め尽くす。空気が淀んで見える中、それを断ち切って千冬が口を開いた。

 

「期末テストが終われば生徒会主催のクリスマスパーティー、そして冬休みだ。今年のクリスマスパーティーは絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦いでストレスを感じているお前たちのために、生徒会長が一際豪華にするらしいぞ。」

 

「本当ですか?」

 

 いくつかの視線が生徒会のメンバーに向けられた。しかし直近の打ち合わせに参加していない一夏と簪は参加しているメンバーに視線を向け、生徒会書記である布仏本音には何故か、そう何故か誰も視線を向けず、視線が集中した飛鳥はその視線に答えるように言った。

 

「前回がどうかは知らないけど、会長主導だから楽しくなるとは思うよ。いくつか検閲したけど。

 

「「「おー!」」」

 

 飛鳥の言葉にクラスの雰囲気が一気に良くなる。

 

「クリスマスを憂いなく過ごすために、勉強を頑張らないとな。」

 

「「「おー……。」」」

 

 千冬によって再び地に落ちた。

 

 

 

 

「葉加瀬さん、リィン=カーネイションはどう?」

 

 なのはの工房に招かれたシャルロットは、新たに生まれた自身の専用機【リィン=カーネイション】にコードを繋いでコンソールを開き数値やプログラムを見ているなのはにそう聞いた。

 

「愛による共鳴現象(レゾナンス・エフェクト)を起こした結果の融合なら大丈夫だとは思ってたけど、コア同士の相性は良好。問題は機体とまだ馴染んでないことだね。」

 

 それになのははキーボードを叩く手を止めずに答える。

 

「元々君のデータを大量に溜め込んだラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡのコアと他人が乗ってたコスモスのコアが機体ごと合わさってる機体だ。その語弊がまだ修正し切れてない上、新しくなった機体にも適応し切れてない。バグってはいないのが奇跡だね。」

 

「そんなに……。」

 

「ボクとしては機体の合体を解いてコスモスに1週間ぐらい乗ることを勧めるよ。それだけでかなり違う筈だ。まぁ2機のISに乗ると片方が拗ねるんだけど。」

 

「拗ねる?」

 

 なのはの言葉にシャルロットが首を傾げる。そんな話を聞いたことがなかったからだ。

 

「最初に乗ってた方のコア人格がね。自分の操縦者(パイロット)を盗られたってもう片方に嫉妬するんだよ。飛鳥もそれで苦労して――」

 

「天羽さん?」

 

「――ともかく、君もちゃんと機体と話を付けた方が良い。拗ねると本当に面倒臭いから。」

 

「う、うん。」

 

 それだけ言って、なのははキーボードを叩く手を加速させた。

 

 

 

 

『リンカネのスペックやっぱおかしいって。』

 

『最新鋭第三世代がコア2つで性能が2倍以上とかいうね。』

 

『その癖して武装が豊富でスピードも速いからなぁ。』

 

『第三世代の中でトップ3なのは間違いないよね。』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第81話 転入生、それは色を知らない百合の花

 ついにこの時が来てしまった……


 IS学園の学生寮と校舎は別の建物として建っている。これには様々な理由があるが、屋内通路ではなく屋外を経由して少し歩いて校舎に向かう『登校』という形式を取ることで、人工島という閉鎖空間の中でもプライベートを確保して生徒たちの精神的安定を図るため、というのが主な理由だ。

 

 そのため、12月という冷える時期でもIS学園の生徒は普通の高校生と同じように登校するのだが、今日はどういう訳か昨日までとは違った景色があった。

 

「なにこれ。」

 

 IS学園の校門が、生徒でない人間によって溢れていた。

 

「今日何かあったかなぁ。」

 

 イノベイターの知覚に色々引っ掛かり、気になって早めに登校してそんな校門前の状況を見た天羽飛鳥は、ポケットの中に常備しているメモ帳を取り出してパラパラと捲って確認するが、こんなに外部の人間が来る予定は書かれていなかった。

 

 仕方なく思考を読んで、飛鳥はすごくゲッソリした。

 

「そこまでするか……。」

 

 思考を読んだ結果分かったのは、ここに居る全員がたった1人の転入生を追いかけて来たということ。そしてその手段は非常に巧妙ながらも合法であるということだ。

 

 通常、IS学園のある人工島には生徒や職員以外出入りできない。量産機のISを多く抱える関係上、防衛の観点からそうなっている。船ではなくモノレールで本島と行き来するのもそれが理由だ。

 

 そのため、部外者がIS学園に入る際には専用の許可証を発行して貰う必要がある。もちろん正当な理由がなければその許可証は発行されないのだが……。

 

「転職とアルバイトで、IS学園に出入りしてる職種になるとか……。」

 

 頻繁にIS学園に出入りしている業種、というものがある。食堂で料理を提供するために必要な食材を搬入する食品会社の人だとか、ISの実技で使用する弾薬などの物資を納品する業者の人がそれに当たる。

 

 なんとここに居る部外者全員がその『出入りする業種』である。恐ろしいのはここに居る部外者全員が、たった1人の転入生を追いかけてその業種にここ最近転職、或いはアルバイトで仕事をしに来たということ。

 

「愛って怖いなぁ。」

 

 そんな狂気的としか言えない行動の根幹にあるのが『愛』だというのだから恐ろしい。「ストーカーってこうやって出来るのかな」と思いながら、飛鳥は一応問題はないと判断して校舎へと向かった。

 

 数分後。この状況の原因である転入生がその場に居合わせた1人の少女を賭けてIS学園唯一の男子生徒と戦うことになるのだが、飛鳥には微塵も関係ないので割愛する。

 

 

 

 

 ホームルームまでまだ余裕がある時間帯。生徒会長である更識楯無によって専用機持ちたちが集められた。

 

「みんな揃ったわね。それじゃさっそくだけど、今日新たに学園にやって来た代表候補生を紹介させてもらうわ。」

 

 3度目ともなるとさしもの楯無もサプライズはしないらしい。

 

「入ってちょうだい。」

 

 そう簡潔にドアの方に声を掛けて程なく、僅かに癖のあるショートヘアーの銀髪をぴょこっと揺らした少女が入ってきた。

 

「やあ、箒!ほんの少しでも私と離れて寂しかったかい?」

 

「ううっ!?」

 

 開口一番に笑顔でそう語り掛けてくる転入生に、篠ノ之箒がビクンと身体を強張(こわば)らせる。

 

「箒さん、お知合いですの?」

 

「断じて違う!」

 

「ふふ、本当につれない百合の蕾だな!そんなところも愛おしいよ!」

 

 転入生の箒に対する反応にセシリア・オルコットが首を傾げながら箒に聞く。それに箒は普段するよりも必死の否定の言葉を叫ぶが、その様子に転入生は更に笑みを深めた。

 

「おい、あんた。もう約束を忘れたのか?箒を困らせるな。」

 

 その時、織斑一夏が箒を守るように前に出た。普段の能天気な顔とは違い、ISバトルをしている時のような真剣な眼差しにキュンとしている面々を尻目に、転入生は笑みを緩めた。

 

「おっと、そうだったね。すまない、こんなにも美しい人を目の前にすると、つい我を忘れてしまうのさ!」

 

 そんなこと言う転入生に『あ、この人は歌劇をやってる人だな』と一部の人間が気付く。歌劇のような独特の言い回しは普段からやっている人間でないと出来ないもので、彼女のそれは付け焼刃のような印象がなく、自然と出て来た流麗な口説き文句だったからだ。

 

「あらら?一夏くん、もうロランくんと面識があるの?」

 

「ええ。実は箒を賭けて決闘を。」

 

 ざわっ、と専用機持ちたちに電流が走った。

 

 騒がしくなる乙女から離れ、まだ小学生のコメット姉妹がその話題に触れないようにお菓子で気を引く飛鳥は、その視線を転入生に向けた。

 

 なるほど確かに見た目はいいし、性格も多少ブレーキが故障気味ではあるようだが約束を守ろうとするなど誠実な部類だ。歌劇的な言い回しに少し戸惑いはすれど、慣れてくればどうと言うことは無いだろう。校門前に居たような追っかけが大勢居るのも頷ける。

 

 しかし、

 

「(恋と愛の違いが分かってない。)」

 

 イノベイターになって約10年。既に普通の人よりも心というものに触れる機会の多かった飛鳥は、漠然とではあるがそれを知っている。だからこそ分かるのだ。()()()()()()()()()()()()()と。

 

「(周りがあんなの(校門前の人達)ばっかりじゃぁ、区別が付かなくもなるんだろうけど。)」

 

 愛されて来たのだろう。それを大切にしてきたのだろう。だから、自分が今抱いているその感情もそうだと勘違いしている。

 

「(貴女が今まで振り撒いて来たのは『愛』。でも、一目惚れを愛とは言わない――。)」

 

「ロランツィーネ・ローランディフィルネィ。オランダ代表候補生にして、99人の恋人を持つ罪深き百合だ!」

 

「(――それは『恋』って言うんだよ。)」

 

 『恋』を知らない少女は、そう高らかに自己紹介した。

 

 

 

 

 ロランツィーネ・ローランディフィルネィ――本人をして『長いからロランと呼んでくれ』と言った少女の自己紹介の直後にやって来た絶対天敵(イマージュ・オリジス)の迎撃に出た専用機持ちたちは、GNソードⅣフルセイバーと量子化で速攻を仕掛けた飛鳥と甲龍・黄帝(ファンディー)の【天之四霊】の朱雀による炎を纏った凰鈴音の2人が大半を蹴散らし、残りもセシリアが集中砲火によって倒されたことで若干の肩透かしを受けながら、ホームルームのために教室への帰路についていた。

 

「いやはや、IS学園の代表候補生というのはみんな強いな。私もオランダの代表候補生の中では上位だったと自負して居たんだが、正直レベルが違うと認めざるを得ないよ。」

 

「いや、おねえちゃんたちが強すぎるだけよ。」

 

 ロランの称賛にそう言ったのは凰乱音だった。なまじ自分の専用機が鈴の使う甲龍の正式量産型である甲龍・紫煙(スィーエ)であるため、鈴との実力差をひしひしと感じている乱は一緒くたに褒められるのを嫌ったのだ。

 

「そんなことはない!彼女たちと日々手合わせをしているのだろう?それなら下手な訓練よりも余程実力が磨かれる筈さ。これほど頼もしいことはない!」

 

 今朝会ったばかりだが、ロランについて分かったことがある。大変な褒め上手だということだ。それも本心から言っているという真正の褒め上手である。下心は一切なく、相手を担ぎ上げようとする訳でも無いその褒めはとても心地良い。

 

 なるほど恋人が99人も出来る訳だと納得しながら、乱は僅かに顔を綻ばせた。

 

「そう言えば、ロランの専用機ってどんな機体?さっきはよく見れなかったから気になってるんだよね。」

 

「これから見る機会も多いだろうけど、早く知っていて悪いこともない。ではお答えしよう。」

 

 そう言って教室に向かう集団から僅かに抜け出し、後ろ歩きをしながらロランは自身の首にあるチョーカーを指差した。

 

「これが私の専用機、その名も【オーランディ・ブルーム】!機体はまたの機会になってしまうのが残念だが、その時は存分にお見せしよう!」

 

 ニコニコと笑いながら自分の愛機を紹介するロランを微笑ましく見ながら、全員がその話を聞いていた。

 

「オーランディ・ブルームは生物的特徴を備えた特殊第三世代。唯一無二の機体なのさ!」

 

「生物的特徴?」

 

「なにそれ?」

 

 ロランが語る文言の意味が解らなかったコメット姉妹が首を傾げた。少し専門的な話題であることを理解しているロランはそれを待っていたと言わんばかりに、流れるような口調で答えた。

 

「生物とそれ以外を分別する指標を、オーランディ・ブルームは備えているということだよ。定義は色々とあるけど、オーランディ・ブルームは自己増殖能力とエネルギー変換能力を備えている。」

 

 分かりやすいもので言えば植物だろう。光合成したり呼吸したりするのはまさしくエネルギー変換能力で、成長する様は自己増殖能力だ。オーランディ・ブルームはそれと同じことが出来るのである。

 

 それによって何が変わるかと言えば、エネルギー変換能力によってエネルギーが確保できるためエネルギー系武器の搭載がしやすくなったり、自己増殖能力によって専用の素材で作られた刀身を伸ばすなどのことが出来るので仕込み武器の搭載がしやすくなったりする。

 

 つまるところ拡張領域(バススロット)の節約や強力な武装の搭載に繋がるのだ。ISの戦闘力と拡張領域(バススロット)量子変換(インストール)できる武装の数が一部を除いて比例傾向にある現状、オーランディ・ブルームの技術は今後活躍するとオランダでは期待されている。

 

「他にも実験段階のシステムも搭載されているが、それは未完成という意味ではなくこれから更なる飛躍を遂げるという意味なのさ!」

 

 そう締め括り、ちょうど1年1組の教室に辿り着いたロランはガラッとドアを開け、流れるようにクラス中の視線を独り占めにし、

 

「今日から君たちと共に過ごすオランダ代表候補生、ロランツィーネ・ローランディフィルネィ!今後ともよろしく!」

 

 そう高らかに自己紹介した。




 ぶっちゃけロランのキャラは全くトレースできません!

 こいつを書きたくないから今までダレてたみたいな所ある。歌劇系のキャラほんと書けない。助けて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第82話 期末テスト、それは描写されないもの

 すみません、短いです。


 IS学園のカリキュラムは基本的にIS関連のものばかりだが、一般的な高校で受けるような授業ももちろんある。しかしその種類は普通の高校よりも少ない。

 

 数学、理科、英語、世界史、地理、保健体育、情報処理。以上である。

 

 IS学園では国語も美術も教えない。正確には2年生から選択できる整備科で美術の授業を受けることになるが、それも機体デザインに関するものであるため、言っては何だが美術ではない。

 

 国語は外国人も多く入学する関係でやっていない。ISが日本発祥であるためIS関係者は基本的に日本語の勉強もするのが習わしになっているが、日本語(イコール)国語ではないので外国人たちのためにやっていない。世界有数の難解言語の異名は伊達ではない。

 

 古文?奴は死んだ、もういない。日本史?外国人を殺す気か、日本でさえ何の役にも立たないぞ。そうやってIS学園を設立するに当たって関係各所が話し合って残ったのが、今IS学園で教えている一般科目たちである。

 

 そんなIS学園の期末テストだが、そこまで難しいものでもない。赤点は40点以下と良心的な範囲だし、出題される問題も授業を真面目に受けていれば解けるものばかりだ。ノートを取っていればより確実だろう。書くことによる学習は論文もあるぐらい有効だ。

 

 しかし復習は必須である。何故って、期末テストが5日後だからだ

 

「という訳で!」

 

 パン! と手を叩いて、更識楯無はにこやかな笑顔で集まった面々を見渡した。

 

「期末テスト対策勉強会~♪」

 

「わー!」

 

「(また楯無さんか。)」

 

 オニール・コメットがパチパチパチと拍手する中、織斑一夏は頭を抱えた。

 

 食堂の一角に集まった専用機持ちたち。それぞれがテキストとノートを持ち寄り、5日後に急遽決まった期末テストに向けての勉強会をしようとしていた。

 

「しっかしロラン、あんた嫌な時期に転入したわね。テスト目前だなんて。」

 

「ふふ、箒に1秒でも早く出会うためなら安いものさ。」

 

「ならロランの手助けは要らないな。」

 

「待ってくれ箒、それとこれとは話が別だよ。」

 

 凰鈴音の言葉に笑ってそんな歯の浮くようなセリフで答えたロランことロランツィーネ・ローランディフィルネィに、篠ノ之箒がムッとした顔で隣を離れようとするのを必死にロランが引き留める。

 

「フフン、高校レベルって言っても大したことないわね!」

 

「乱、ここのマイナスを書き忘れてますよ。」

 

「えっうそ!?」

 

「ほらここ。コサインが120度の時は-√1/2です。」

 

「あ、ホントだ。ありがとヴィシュヌ。」

 

 早速数学のテキストを1ページ分解いた凰乱音のノートを正面に座っていたヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーが覗き込み、その三角比の計算式のミスを指摘する。

 

「前々から思っていたのだが、世界史で日本の名前があまり出てこないのはなぜだ?結構な歴史のある国だろう。もっと名前が上がるのが普通じゃないか?」

 

「昔はほとんど空気なのよねー、日本。現代に近付くにつれて存在感が増していくんだけど。」

 

「日本はヨーロッパから東に遠く離れた島国で、自国内で自己完結してたのが大きな理由……。」

 

「ふむ……。」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒの疑問に楯無と更識簪が答え、世界史の年表を眺めながら合間合間にラウラは2人に質問していった。

 

「(あれ……?)」

 

 普段は率先して場をかき乱しにかかる楯無が、率先して教えている状況に一夏の脳がバグる。それに気付いた楯無がムスッとした顔になった。

 

「い~ち~か~く~ん?おねえさんだって、流石に通知表に影響が出るようなおふざけはしないわよ。生徒会長よ、私。」

 

「すみません!」

 

 生徒会長として、生徒の成績が悪くなるようなことはしないのが楯無である。ちょっと遅刻させたり騒ぎすぎて怒られたりはするが、成績に影響がない範囲でみんなを楽しませるのが楯無である。面倒見が良いのも楯無が人たらしと言われる所為であった。

 

「さっ!どんどん解いていきましょ!」

 

 こうして勉強会は順調に始まった。

 

 

 

 

『まぁボクたちは思考読めば正解分かるんだけどね。』

 

世界最強(ブリュンヒルデ)の知覚を搔い潜る必要がある無理ゲーなんだよなぁ。』

 

『普通に授業受けてれば分かるし、やるだけ無駄だよね。』

 

『リスニングは無理だよ?』

 

『聞けば分かるじゃん。』

 

『無理だよ?』

 

 

 

 

「「「終わったあああああ!!!」」」

 

 イヤッフー! と湧き上がる教室。期末テスト最後の科目であった数学が終わった途端に普段の2割増で騒がしくなった。

 

「どう一夏、手応えはあった?」

 

「おう鈴。なぁ、最終問題難しくなかったか?」

 

「立方体の中の領域の奴?あれ余計な計算要らないわよ。というか書いてたら終わらないし。」

 

「……マジ?」

 

「長文に引っ掛かったわね。」

 

 早速自己採点を始めている人も居れば、問題の難易度をネタにお喋りする人も居る。

 

「一番難しかった科目どれよ。」

 

「地理。」

 

「あんた、外国に興味持たないもんねぇ。」

 

「鈴だって興味ないだろ、地理。」

 

「そりゃね。でも代表候補生には必要だから覚えたわ。」

 

 そんな話をしながら、『打ち上げするぞー!』と盛り上がるクラスメイトたちに混じって一夏たちもカフェテラスエリアへと消費した糖分を確保しに向かった。

 

 

 

 

『まぁカットするよね。』

 

『誰が好き好んでテスト風景を映すのか。』

 

『やるならバカ決定戦だよね。』

 

『IS学園に居るのって大体頭良いんだよなぁ。』

 

 

 

 

「わたくし、明日イギリスに戻りますわ。」

 

「どうした急に。」

 

 カフェテラスエリアでケーキと紅茶を嗜んでいたセシリア・オルコットの突然の言葉にダリル・ケイシーが思わず突っ込んだ。

 

「実はわたくし、明日16歳の誕生日でして。」

 

「そりゃめでたいっスね。」

 

「明日はわたくしがオルコット家当主へと正式に就任する日でもありますわ。ですので、他の貴族の方々への挨拶も合わせて城でパーティーをすることになっていますの。」

 

「城か。」

 

「城っスか。」

 

「城ですわ。」

 

 『屋敷とかホテルとかじゃなくて城か』と平民たちが慄いていると、セシリアは紅茶を美しい所作で1口飲んでから言った。

 

「皆さんもご招待しますわ!」

 

「「「(このご時世に俺/私たち動けなくない?)」」」

 

 セシリア以外の全員の心が重なった。

 

 

絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦うために転入して来た面子は今IS学園を離れられないが、それ以前から居た面子なら問題ない。まぁ引率に私も行くが。」

 

「「「(あなたもパーティーに行きたいだけですよね?)」」」

 

 職員室で採点作業をしていた織斑千冬は、晴れやかな笑顔で仕事を副担任に押し付けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第83話 セシリア・オルコット、決闘する

『はい皆さんおはこんばんちは、いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『11巻が本格的に始まりました。この後イギリスまでセシリアのプライベートジェットで移動してその日の内にエクスカリバーを破壊しに行きます。なのはだけ。』

 

『まさか生徒会主催のクリスマスパーティーのせいで行けないなんてねぇ。』

 

『おのれ楯無……。』

 

 

 

 

「はぁ……。」

 

 朝6時に空港から飛び立ったオルコット家所有のプライベートジェットの中で、その持ち主であるセシリア・オルコットは溜め息を吐いていた。そんなセシリアに凰鈴音が隣の座席から声を掛けた。

 

「元気出しなさいよセシリア。飛鳥たちだって嫌で来なかった訳じゃないんだから。」

 

「それは分かっていますけど……。」

 

 今日で16歳となるセシリアの誕生日パーティー。イギリスのオルコット家所有の城で行われるそれに友人たちを招待したセシリアだったが、その表情は暗い。

 

 それもそのはず。今日12月24日は生徒会主催のクリスマスパーティーがあるために生徒会ツートップである更識楯無と天羽飛鳥の2人はブー垂れながらもそちらを優先し、最近仲良くしているイージスコンビの2人は片割れであるダリル・ケイシーが学生最後のクリスマスだからとIS学園でのパーティーを選択し、もう片方のフォルテ・サファイアもダリルが居るからとIS学園に残り、絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦いのために前線基地であるIS学園に転入してきたヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーたちはIS学園を遠く離れることが出来ないために不参加。

 

 結局招待出来たのは織斑一夏、篠ノ之箒、鈴、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更識簪、葉加瀬なのは、そして織斑千冬の8人だけ。他にも誘えば来そうな人は居たが、期末テスト直後で疲弊している人が多かったこと、生徒会主催のクリスマスパーティーを楽しみにしている人が多かったこともあって出来なかった。

 

 そんな訳でイギリスから持って来た40人は乗れるプライベートジェットの座席は半分以上が空席で、それがセシリアには悲しかった。

 

 そうしていつまでも暗い顔から変わらないセシリアの頭に、鈴がチョップを入れた。

 

「今日の主役が湿っぽくなってるんじゃないわよ、ったく。」

 

「鈴さん……。」

 

「来年も再来年もあるでしょうが。今年呼べなかったからって落ち込んでるんじゃないっての。」

 

「……そうですわね。ありがとうございますわ、鈴さん。」

 

 「それはそれとしてお返しですわ!」と鈴にもチョップを入れたセシリアと鈴のじゃれ合いを耳にしながら、なのははセシリアに渡す誕生日プレゼントの最終確認をしにマスターハンドを嵌め空中に画面を投影した。

 

 

 

 

『まぁ量子ジャンプで宇宙に飛んでエクスカリバー戦には参加するんだけどさ。』

 

『何でこのゲーム量子ジャンプで外国とか宇宙まで行けるんだろうね。』

 

『ゴッドガンダムも単機で宇宙に行けるし国家間移動できるし今更じゃないかなぁ。』

 

『Gガンに基準を求めるのはダメじゃない……?』

 

 

 

 

「寒っ!?」

 

 12時間のフライトと9時間の時差により、午前9時にイギリスの空港に到着したオルコット家所有のプライベートジェットから降りた一夏が、すかさず自分の身体を抱きしめた。

 

「もう、一夏?フランスでも寒かったのに、もっと北にあるイギリスがフランス程度の寒さで済む訳ないでしょ?」

 

 見かねたシャルロットが自分の被っていたニット帽を一夏に被せてほくそ笑む。

 

「シャルロット……?」

 

 それを鋭い目で見つめる箒とラウラ。羨ましそうに見つめる簪。やれやれと言った風に見つめる千冬。そこにパイロットにお礼を言いに離れていたセシリアが不思議そうな顔で戻ってきた。

 

「どうしましたの?」

 

「後でシャルロットへの査問会が必要ねって。」

 

「へぇ……。」

 

「み、みんな?」

 

 じろり、となのは以外から視線を向けられたシャルロットが助けを求めるようになのはに視線を向けると、飛行機の中と変わらず空中に投影した画面を見ていたなのはが自然な形でスッ、とシャルロットから距離を取った。明らかに見捨てていた。

 

 ガーン!とショックを受けるシャルロットを見かけて千冬が助け舟を出した。

 

「いつまでじゃれ合っている。さっさと入国審査を済ませるぞ。」

 

「織斑先生……!」

 

 ぱぁ……!と笑顔で千冬を見たシャルロット。

 

「そういう話は夜にするぞ。」

 

「織斑先生……!?」

 

 否。時間を決めることで逆に逃げられなくしていた。しかも『するぞ』と言ってる辺り自分も参加する気満々である。

 

「おーい、早く行こうぜー。」

 

 そんな中、空気を読まずに僅かに先に進んで自分たちを呼ぶ一夏の鈍感さが、今回ばかりは羨ましいとシャルロットは感じた。

 

 

 

 

『一方その頃IS学園では、司会進行役として楯無が大活躍していた!』

 

『ビンゴの景品豪華だよねぇ。ほぼ食券だけど。』

 

『学校からの活動費でゲーム機とか買われて景品にされても困るから多少はね?』

 

『コードレス掃除機はセーフなの……?』

 

 

 

 

「それでは、わたくしはチェルシーを連れ戻しに行って参りますわ。」

 

 オルコット家のリムジンで空港から今夜セシリアの誕生日パーティーが開かれる城へとやって来た一同は、それぞれパーティー用の衣装を仕立てるためにメイドたちに採寸され、また希望のデザインを聞かれている最中、セシリアはそう言って席を外した。

 

「チェルシーは……町の方ですわね。」

 

 イノベイターの直感を頼りに、セシリアは町へと繰り出した。

 

 

「おい、セシリアは大丈夫なのか?」

 

 城のドレスルームで参考になるようにと多数のドレスを見せて貰いながら、ラウラが先ほどセシリアが出て行ったドアの方を見つめながらそう言った。

 

「大丈夫でしょ。自分とこのメイド1人連れ戻すだけなんだし。」

 

「だが相手はイギリスが極秘で製作していたBT3号機を強奪し、なおかつ世界でも数少ない単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)を発現させているんだぞ?そんな奴を相手に1人では……。」

 

「セシリアを信じなさい。何せ普段飛鳥にしごかれてるのよ?今更ちょっと強い程度の相手じゃ問題にならないわよ。」

 

「……そうだな。ところで鈴。」

 

「何?」

 

「なぜドレスをそんなに憎そうな顔で見ているんだ……?」

 

 鈴の視線は、ドレスの中心のある1点から動かなかったことを明記しておく。

 

 

 

 

「追い詰めましたわよ、チェルシー。」

 

「流石です、お嬢様。ハイヒールでこれ程までの身のこなし。感服いたします。」

 

 街中のとある袋小路。そこにはオルコット家専属メイド筆頭のチェルシー・ブランケットと、それをここまで追ってきたセシリアの姿があった。

 

「チェルシー、追いかけっこはもう終わりにしましょう。」

 

「私もそのつもりです。しかし、何もせずにお嬢様の元に戻る訳には参りません。」

 

 そう言うと、チェルシーは自身の専用機となっているBT3号機【ダイブ・トゥ・ブルー】の拡張領域(バススロット)から、IS用ではなく人間用の剣を2振り展開(コール)し、片方をセシリアへと投げ渡した。

 

「決闘です、お嬢様。」

 

「望むところですわ。わたくしが勝てば、あなたの口から全てを話してもらいます。」

 

「もちろん。では私が勝った時は、そうですね……一夏様をいただきましょう。」

 

「あら。」

 

――ぴとっ……

 

 くすくすと笑ってそう言ったチェルシーの首筋に、セシリアの握る剣の腹が当てられた。

 

「……っ!?」

 

「チェルシー。あなたが一夏さんにほのかな恋心を抱いているのは知っていますけど、わたくしを差し置いて一夏さんが欲しいだなんて……ちょっと『躾』が必要なようですわね?」

 

 すっ、と首筋から剣を離し、距離を取ったセシリアが剣を構えた。

 

「4ポイント先取としましょう。あと3ポイント。お相手、お願いいたしますわよ、チェルシー。」

 

「……はい、お嬢様。」

 

 セシリアに促されるまま剣を構えたチェルシーは、「参ります」と声を上げてから1歩踏み込み、

 

 亡国機業(ファントム・タスク)のトレードマークである黒のマントコートが()()()()()、下に着ていたメイド服があらわになった。

 

「っ!?」

 

「2ポイント。チェルシー、わたくしを見くびらないで。IS学園にはただ通っていただけではありませんわよ?」

 

「……申し訳ございません。」

 

「さぁ、踊りましょうチェルシー。大丈夫、あなたの肌には絶対に傷付けたりはしませんわ。」

 

 目を金色に輝かさせたセシリアの言葉に、チェルシーは身体を震わせた。




 原作だと当たり前の様に流されてますけど、ダイブ・トゥ・ブルーがワンオフ持ちってことは二次移行してるんですよね。もっと長い期間専用機を乗り回してるセシリアがしてない二次移行してるんですよね。チェルシーやばいのでは……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第84話 オーバーライト、それは今を越える光の翼

 チェルシー・ブランケットは困惑していた。

 

「3ポイント目。後がありませんわよ?」

 

 剣を握る右手の手首に着けていたカフス*1が、肌を傷付けないままに斬り飛ばされる。

 

 そんな絶技を事もなげにやってみせたセシリア・オルコットが、幼い頃から共に過ごし、仕えてきた主と同一人物なのかと疑わずにはいられなかった。

 

 セシリアの基本武器はライフルだが、剣の扱いも上手いことをチェルシーは知っている。ブルー・ティアーズという射撃に特化した機体を与えられてからはめっきり剣を使う機会が減っていたが、それでも腕を錆び付かせはしないという信頼があった。IS学園に通う今は、ひょっとしたら錆びないどころかより磨きをかけているのではとさえも思っていた。

 

 しかし、ここまで一方的な戦いになるとは露程も思っていなかった。

 

 こうして事前に決闘用の剣まで用意して、日々のメイド業務で多少なりとも鈍っていた自身の腕を鍛え直してまでISではなく剣での勝負を持ち掛けたのは、これがチェルシーが最も得意とすることだからだ。

 

 まだチェルシーがメイド見習いとして先代のメイド長から指導を受けていた頃、紅茶の淹れ方や掃除の仕方などの通常のメイドが行う業務に次いで習ったのが剣だ。他にもありとあらゆる技術を『メイドの嗜みですよ』と皺が目立って来たメイド長に教わり、その中で最も上手く出来たのが剣だった。

 

 『上手ですよチェルシー』と優しく撫でてくれたあの手を、チェルシーは今でも覚えている。それが嬉しくて、チェルシーは暇を見つけては剣を振っていた。そうして培った腕前は一流にも引けを取らない流麗なものだとチェルシーは自負していた。

 

 だが、それを容易く超えてセシリアの剣が瞬く。

 

「くっ……!」

 

 今チェルシーが相対するセシリアの剣は、チェルシーの知るセシリアの剣とは違っていた。ステップによる回避も剣で剣を()なす防御も、そのどちらもが遥かに巧みになっている。更に踏み込みと共に振るわれる剣筋は澱みなく、服を切り裂いても肌には決して傷付けないほどに繊細。

 

 美しい碧眼を金色に輝かせながらそんな紙一重の絶技を披露し続ける彼女は、チェルシーの知るどのセシリアとも合致しない。

 

「(お嬢様……。)」

 

 IS学園での生活が、彼女を成長させたのだろう。初めての恋をして、同い年の友人が出来て、偉大な師にも恵まれて、そうして彼女は変わったのだろう。その成長を喜ぶべきなのに、チェルシーはどこか寂しさを感じていた。

 

 しかし剣には決してその寂しさは乗せなかった。むしろより苛烈になっていく。

 

 元々この決闘はセシリアがオルコット家の当主としてやっていけるだけの気概があるかを確かめるためのもので、勝ち負けはあまり関係ない。しかし自分程度に負けるようでは、結局この先オルコット家当主の重責は背負えない。

 

 だから、全身全霊でもって見極める。

 

 ぐっ、と一際深く踏み込んで、チェルシーは剣を突き出した。いくらステップで回避をするにしてももう間に合わない、体重移動のタイミングでの突き。往なしたとしてもこちらが2撃目を振るう方が早い体勢。

 

 下手をすれば服だけでなく肉を切ってしまうが、攻撃を認識しているならISの操縦者保護機能がその脳波を読み取って傷を受ける前に自動で守ってくれる。だから本気で攻めても問題ないと突き出した剣。

 

「――――!」

 

 それを往なそうとセシリアの剣が動くのが見える。だが踏み込みと共に繰り出した突きを防ぐには相応の力が要る。体勢的にもこの突きを防がれたとしても続く2撃目がヒットする。その未来へと向かって剣を突き出し、

 

 ギィンッ! という音と共に、チェルシーの握る剣の刀身が根元から折れた。

 

「あ……。」

 

 カランカラン! と転がっていくチェルシーの剣の刀身と、そちらに向かって往なすのではなく振り抜かれていたセシリアの剣。

 

「4ポイント目、で良いですわよね?」

 

 ふぅ、と一息吐きながら剣を下ろしてそう言うセシリアが、いつもの碧眼でチェルシーを見つめた。

 

「……はい。お見事です、お嬢様。」

 

 折れた剣もセシリアが持つ剣も纏めてダイブ・トゥ・ブルーの拡張領域(バススロット)に収納したチェルシーは、セシリアに向かって頭を下げた。

 

「数々のご無礼をお許しください、お嬢様。」

 

「許しますわ。それよりも怪我はありませんわよね?特に右手首。」

 

 言いながら、セシリアはチェルシーの右手首に視線を向けた。

 

「はい。薄皮1枚たりとも切れてはおりません。」

 

「それはよかったですわ。チェルシーの綺麗な肌に傷は似合いませんもの。」

 

 微笑んだセシリアがチェルシーに向かって右手を差し出した。

 

「さ、帰りますわよチェルシー。イギリスに居るのに貴女の紅茶が飲めないのは、とても落ち着かないんですの。」

 

「――分かりました、お嬢様。とびっきりの紅茶を淹れましょう。」

 

 チェルシーは、笑顔でセシリアの手を取った。

 

「それでは城に戻りますわよチェルシー。今なのはさんが準備を進めてくれていますわ。」

 

「準備、ですか?」

 

 言葉の雰囲気から夜に行うパーティーの準備という訳ではないのは分かったが、では何の準備をしているのか。首を傾げるチェルシーに、セシリアはクスリと笑って、

 

「チェルシー、貴女の妹を迎えに行きますわよ!」

 

 気品溢れる顔でそう言った。

 

 

 

 

「戻りましたわ。首尾はどうですの?」

 

 城に戻ったセシリアとチェルシーが中庭に居る葉加瀬なのはの元を訪ねると、なのははいつもの様にポタージュ――ではなく、ティーカップに入った紅茶を飲みながら2人を出迎えた。

 

「お帰りセシリア。今は飛鳥待ちだね。大盛り上がりで4時間もパーティーしてるらしいよ。」

 

「4時間も何をやるんですの……?」

 

 IS学園で一体何が起こっているのか気になったセシリアだが、今気にすることじゃないとその思考を振り払い「先にこちらの準備をしてしまいましょう」と言って左耳に着けていた待機形態のブルー・ティアーズを外してなのはに手渡した。

 

「それじゃ実装(セットアップ)する専用換装装備(オートクチュール)の説明を始めようか。」

 

 受け取ったブルー・ティアーズをマスターハンドを嵌めた右手で受け取り、拡張領域(バススロット)から取り出した機材の1つに置いて空中にコンソールを投影してそれを指で叩きながら、なのはが説明を始めた。

 

「大まかな変更点はスラスターとビット、あとビットターミナルの3つ。」

 

「スラスターもですの?」

 

「トランザムに迫るならビット周りを弄ってサブスラスターにするだけじゃ足りないからね。ちょうどキャノンボール・ファストが終わった頃*2に新型スラスターの設計してたから、それを流用した。」

 

 セシリアの前にスペックを表示した画面を投影しながら、なのはは話を続けた。

 

「レーザー推進式光圧スラスターウイングユニット【ミルキーウェイ】。ブルー・ティアーズに合わせてBTエネルギーを消費して飛行と加速が出来るようにセッティングしてある。下手するとぶっ飛んで壁にぶつかるから扱いには気を付けるように。」

 

「あの、最高速度のところが今まで見たことのない数値なのですけど……。」

 

「それは理論値。IS1機が保有できるエネルギー量じゃどうやっても到達できないけどね。」

 

「では実数値は?」

 

「このぐらい。」

 

「ヒェッ……。」

 

 第四世代機に匹敵する速度を提示され驚くセシリアを横目に、なのはの説明は続く。

 

「ビット6基は威力と射程、あと移動速度の上がった【BTブラスタービット】8基に換装。今までのビットターミナルには取り付けられなくなったからビットターミナルも新造。マウント方式はビットの底面とくっ付ける形にして、ビットを展開しなくても砲撃が出来るようにして、ストライク・ガンナーみたいなサブスラスターとしても扱えるようにしてある。」

 

「ビットを増やすんですの?拡張領域(バススロット)の空きは……。」

 

「コアに話を着ければその辺融通してくれるよ。『クアンタより主力のビットが少なくていいの?』って言ったら『8基までなら頑張ります』って言われたから8基装備してる。」

 

「負けず嫌いですのね、ブルー・ティアーズ……。」

 

 愛機の知らなかった一面にどう反応すればいいのか分からないセシリアには目を向けず、なのははコンソールを叩く手を加速させた。

 

「あとビットターミナルは大型化してBTエネルギーの貯蔵量を増やして、ついでに展開装甲を組み込んでエネルギーシールドを展開できるようにしたから。」

 

「今さらっと凄いこと言いましたわね?」

 

「機体丸ごと作るならともかく、機構を組み込んだ装備を作るだけなら簡単だよ。【雪片弐型】とか量産できるしね。まぁ零落白夜がないから意味ないんだけど。」

 

 意味があるのは使い手の織斑一夏だけであるそんなことはさておいて、なのはは最後の説明を始めた。

 

「分かってるとは思うけど、ビットターミナルを大型化してエネルギー貯蔵量を増やしてはいても燃費は最悪だ。セッティングでどうにかできる限度を超えてる。全力稼働させられる時間は5分がいいところだ。」

 

「つまり5分で片を付ければ良いのでしょう?」

 

「普通ならね。でもそこをどうにかしてこそボクだ。」

 

「……どういうことですの?」

 

 首を傾げるセシリアに、なのははニヤリと笑った。

 

「そういえば言ったことなかったね。」

 

 

「ボクの専門分野はエネルギー工学だ。」

 

 

 なのはの宣言とともに、セシリアが見ていたスペック表が別の物を映し出す。

 

「【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】……?なんですの、これは?」

 

「BTエネルギーを(Energy)吸収する(Absorb)唯一の(Unique)技術による(Technical)無限(Infinite)エネルギー(Energy)システム(System.)。」

 

「……???」

 

「平たく言って半永久機関。」

 

「何やってるんですの!?」

 

 セシリアの叫びが城に響き渡る。それを見ていたチェルシーは思った。

 

「あぁ、お嬢様のご友人は凄い方なのですね。」

 

 若干ぼーっとしながら口から零れたは、葉加瀬なのはという人物を端的に表していた。

 

「さぁセシリア。飛鳥が来るまで約1時間。その間にこの専用換装装備(オートクチュール)を――【オーバーライト】の【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】を使えるように今から特訓だ。大丈夫、鈴もぶっつけ本番で【天之四霊】を使いこなしたんだからセシリアだっていける。」

 

「鈴さんみたいな天才肌と一緒にしないでくださいません!?」

 

 午前11時。セシリアの本日2度目の叫びが城に響き渡った

*1
メイド服やバニー服で手首に着けるアレ

*2
第20話




 機能強化パッケージ【オーバーライト】
 ブルー・ティアーズを純粋種のイノベイターが不足なく使えるように強化する専用換装装備(オートクチュール)
 背部メインスラスターを従来の物から新型のレーザー推進式光圧スラスターウイングユニット【ミルキーウェイ】に変更したことで、推進剤等を使わずにBTエネルギーのみを消費しての飛行と加速を可能にしている。使用時には【ミルキーウェイ】から溢れた過剰エネルギーがまるで光で出来た翼のようなものを形成するが、これには攻撃性も防御性もなく本来なら燃費が悪くなるだけなので調整され無くなるのだが、見栄えが良いという理由と後述する【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】の搭載によりそのまま残されている。
 装備するビットもより威力と射程、そして移動速度に秀でた【BTブラスタービット】8基へと換装され、肩部ビットターミナルも【BTブラスタービット】の底部と接続する専用の大型ビットターミナルに取り換えられたことで、ストライク・ガンナーのように砲門を封じることなくサブスラスターとしての使用を可能にし、またビットターミナルに展開装甲の技術を組み込んだことで両肩部のビットターミナルからBTエネルギーによるエネルギーシールドの展開が可能となっており、ブルー・ティアーズに不足していた攻撃力・防御力・機動力の向上に成功。
 代わりに燃費はかなり悪化しているが、イメージ・インターフェースによる操作が可能なBT兵器の特性と瞬時加速(イグニッション・ブースト)のエネルギーを取り込む技術を組み合わせた『BTエネルギーを(Energy)吸収する(Absorb)唯一の(Unique)技術による(Technical)無限(Infinite)エネルギー(Energy)システム(System.)』、略して【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】の搭載により、消費したBTエネルギーを吸収し再び使用することでこれを解決している。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第85話 B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)、それはセシリアのための力

『はい皆さんおはこんばんちは、いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『クリスマスパーティー長くない?』

 

『いつもはこの時期イギリスで戦ってるから知らなかったよねぇ。』

 

『楯無が居るのも長引いてる原因だよなぁ……。』

 

『今ので何曲目?』

 

『13曲目。このカラオケ大会何人参加してるんだろ。』

 

『12時には終わるだろうし、それまで待とう。』

 

『あと40分もあるんですがそれは……。』

 

 

 

 

「ぐぬぬぬぬ……!」

 

 オルコット家の所有する城の中庭で、セシリア・オルコットは葉加瀬なのはが作った専用換装装備(オートクチュール)【オーバーライト】に搭載された特殊システム【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】を使おうとして唸っていた。

 

 今、セシリアの周囲には肩部大型ビットターミナルに組み込まれた展開装甲から発生したエネルギーシールドによって消費されたBTエネルギーが漂っている。ISのハイパーセンサーにさえも表示されないような状態のそれに意識を集中するセシリア。

 

「戻りなさい!」

 

 偏向射撃(フレキシブル)をする時と同じようにイメージ・インターフェースを介して脳量子波で周囲のBTエネルギーに呼びかけたセシリアだが、しかしBTエネルギーがセシリアの元に戻ることはなかった。

 

「むむむ……。」

 

 さっきから何度も試しては失敗することに唸るセシリアに、専用換装装備(オートクチュール)の稼働データを取る片手間でなのはが口を開いた。

 

「もっとBTエネルギーを意識して。脳量子波を乗せたイメージ・インターフェースで指令を出すだけじゃダメだよ。」

 

「ですがなのはさん。意識しようにもハイパーセンサーにさえ映らないものをどう意識すれば……。」

 

 偏向射撃(フレキシブル)は分かりやすい。かつては出来ないことに焦りを感じていたが、今にして思えば見えてる物を操るのはビットの操作と変わらない。違うのは動かしやすさというか、コツの掴み方だけ。それが分かった今では偏向射撃(フレキシブル)はセシリアの愛用する攻撃手段である。

 

 しかし【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】によるBTエネルギーの吸収は偏向射撃(フレキシブル)とは訳が違う。《吸収する対象であるBTエネルギーが見えない》――これがセシリアの足を引っ張った。

 

 イノベイターに変革してからセシリアの操縦には感覚や勘に頼る部分も多くなったが、動きの基部はやはり理論派だった頃からの延長線上にある。そのため前例がないことにはとにかく弱いし、数字も色もなく目に見えないものを意識するのは難しいのだ。

 

 セシリアにどうすれば良いのかを聞かれたなのはは稼働データを取る手を止めないまま答えた。

 

「【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】は使用者がイノベイターであることを前提に組んだシステムだ。イメージ・インターフェースによる思考入力を強化する脳量子波と、空間中のBTエネルギーを認識できる知覚能力があって初めて機能する。」

 

 事実上、【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】はセシリアにしか使えない代物である。セシリアと同じように高いBT適性を持つ者が使おうとしても、その人物が脳量子波を使えて、尚且つ空間中のBTエネルギーを知覚出来なければ機能しない。例えBT二号機【サイレント・ゼフィルス】を乗りこなす織斑マドカでも【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】によるBTエネルギー吸収は、逆立ちしたって出来ない。

 

 今セシリアが使えないのはイノベイターの感覚がまだ定着しきれていないことによる知覚不全が原因だ。脳量子波はビットと共に今まで何度も使ってきたため問題ないが、知覚能力はどうしても時間が必要だったためアドバイスも出来なかった。

 

 そこそこ前から既に形になっていたオーバーライトの受け渡しがこの時期まで遅れたのも、セシリアの誕生日に合わせようというのもあったが、早く渡したところで逆に枷になりそうだったからというのが主な理由だ。

 

「イノベイターになって2ヶ月。そろそろ感覚が定着してくる頃の筈だ。普通じゃ出来ないことも出来るようになってきたでしょ?」

 

「それは……そう、ですわね。」

 

 なのはの質問をセシリアは肯定した。

 

 思い出すのは今日の決闘の様子。チェルシー・ブランケットが幼少期から剣を嗜むことを知っていたセシリアは最初から全力で戦ったが、あの時は自分でも内心引くぐらい圧倒していた。脳量子波を使った読心や驚異的な反射神経でことごとくチェルシーの攻めを潰し、いつも以上に間合いが分かったが故にカフスのみを切り飛ばすなんて芸当もやった。

 

 あの時は何とも思わなかったが、本来セシリアにカフスのみを切り飛ばすなんて芸当は出来ない。そもそもの剣の技量が足りず、どうしたって肌に傷を作ってしまう。しかしあの時、セシリアは微塵もそうはならないと確信しながら剣を振るい、事実カフスのみを切り飛ばした。

 

「あれがイノベイターの感覚ですの?」

 

「ボクも飛鳥も、イノベイターの知覚能力とか感覚が具体的にどういうものなのかは分かってない。計器を繋ぎ続けてたなら別だけど、学校とかあってやれなかったからね。だけどセシリアのそれは十中八九イノベイターの感覚だと思うよ。」

 

 「それが自然と感じられるなら、もう【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】は使える筈だ」と言って、なのはは再びデータ取りのために画面に意識を向けた。

 

 それを聞いたセシリアは、今一度周囲のBTエネルギーに意識を向けた。

 

「(集中しなさい、セシリア・オルコット。)」

 

 目を瞑り、イノベイターの感覚を呼び覚ます。再び開いた時には目を金色に輝かせ――セシリアは周囲のBTエネルギーを幻視した。

 

「戻りなさい!」

 

 そのBTエネルギーに向かって脳量子波を乗せたイメージ・インターフェースで呼びかける。

 

 ――視界の端で、ハイパーセンサーの映すエネルギー残量のグラフの1つが、肩部大型ビットターミナルからのエネルギーシールドの展開と共に減り続けていたそれが()()()

 

「――――!なのはさん!!!」

 

「おめでとうセシリア。それが出来ればとりあえず動いても大丈夫だよ。」

 

「分かりましたわ!」

 

 なのはから許しを貰ったセシリアは肩部大型ビットターミナルから展開していたエネルギーシールドを閉じ、背部ウイングスラスターユニット【ミルキーウェイ】を点火して、BTエネルギーを注ぎ込んで急加速しながら空に飛び立った。

 

 飛翔と共に巻き起こった風が城の窓ガラスを揺らし、ミルキーウェイから溢れる過剰エネルギーの輝きが翼のような形となって羽ばたく。溢れた分のBTエネルギーが即座に【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】によって吸収され、再び燃料として羽を羽ばたかせる。

 

「(セシリア。今はまだ火器を使ってないから釣り合いが取れてるけど、攻撃も交えると最適解の行動を続けないと【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】での吸収も間に合わずにガス欠になるから気を付けてね。)」

 

「一夏さんよりマシなら十分ですわ!」

 

 とても失礼なことを言いながらセシリアは空を飛び、ミルキーウェイの速度に順応していく。

 

 それを見上げながら、なのはは右手に嵌めたマスターハンドからプライベート・チャンネルで通話をかけた。

 

「もしもし飛鳥?今どんな感じ?」

 

『もうそろそろ終わりかな。終わったら量子ジャンプで宇宙に上がるから、そっちも準備お願い。』

 

「オッケー、こっちもセシリアが【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】でのエネルギー吸収が出来るようになったから、時間通り始めよう。」

 

『了解。』

 

 手短に終わった通信を閉じて、なのはは宇宙(そら)を見上げた。

 

「エクシア、ね。飛鳥の入れ込みようも凄いけど、ボクも気になってるのは愛着あるからかな。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第86話 成層圏の向こう側まで狙い撃つ(ロックオン・ストラトス)

 生徒会主催のIS学園クリスマスパーティーが終わった午前0時。なぜかノンアルコールワインで酔っ払った更識楯無主導でそのまま二次会が始まった頃。

 

 天羽飛鳥はパパパッと残っていた料理を平らげて皿を片付けてからこっそりと抜け出し、量子ジャンプで宇宙へとワープした。

 

 通常のISでは重力カタパルトなどの専用の設備が無ければとても重力圏脱出など出来ないが、飛鳥のダブルオークアンタは量子ジャンプによって国境どころか太陽の重力さえも無視したワープが出来る。同じように量子ジャンプで地表への帰還も可能だ。

 

 この量子ジャンプによるワープの利点は、ISのセンサーでさえも感知が出来ないことだ。実際にその目で見る以外にワープしたことを知ることは出来ず、どこに出現するかも分からない。国境にどれだけ警備を置こうと内側に突然現れるという、密入国し放題の危険技術である。

 

 今は操縦者の飛鳥と開発者の葉加瀬なのはの両名が絶海の孤島であるIS学園に在籍していることと、外に漏れる情報をなのはが改ざんしているためどうにかなっているが、将来的にはアラスカ条約のIS運用協定に則って開示請求がされるその技術は劇物だ。

 

 もっとも、量子ジャンプやそれと原理を同じくするダブルオークアンタの量子化は、木星で作られた半永久機関【GNドライヴ】の持つTDブランケットによって保護されたトポロジカル・ディフェクトの位相欠陥が、ツインドライヴシステムによって2つ組み合わさることで起こるものなので、開示されたところで木星でツインドライヴシステムの同調が可能なGNドライヴを2基作れなければ出来ないのだが。

 

 閑話休題

 

 宇宙デブリの密集地帯の外側へと量子ジャンプした飛鳥はハイパーセンサーの設定を宇宙用の物に切り替え、GN粒子の貯蔵量制限を取り払ってからデブリ地帯へと身を隠し、なのはからの連絡を待っていた。

 

 今回の主役はあくまで衛星兵器型生体融合IS【エクスカリバー】に妹を囚われたチェルシー・ブランケットと、その主人であるセシリア・オルコット。件の妹の名前に思うところはあるが、関わりの無い自分たちが主導で助けるのは違うだろうと、今回は飛鳥もなのはもセシリアのサポートに徹するつもりだった。そのためにわざわざダブルオークアンタからフルセイバーを外して来た程である。そうする程度には今回の飛鳥たちも入れ込んでいた。

 

 主役であるセシリアの準備が終わるのを知らせるなのはからの連絡が来るまでの間、飛鳥は宇宙を漂うデブリの1つに掴まりながら、普段聞こえる雑音(脳量子波)が遠い宇宙空間で1人の時間を過ごしていた。

 

 ――実のところ、飛鳥は人混みが苦手だったりする。イノベイター故に聞こえてくる人々の内心が複雑に混じり合ってゲームセンター染みた音が聞こえるのも理由だが、何よりふとした拍子に身体に触れて怪我をさせないか気が気でない。

 

 しかもIS学園近くの街は地元の田舎と比べ圧倒的に人が多く、それに比例するかのように悪意を含んだ心を持つ人が多いこともそれに拍車をかけていた。あまりに気持ち悪いものだから、脳量子波を操って意識を読まないようにする技術がこちらに来てからかなり上達したほどだ。

 

 しかしそれも四六時中は出来ない。なのはは元々の精神性からかさらりと受け流して苦にしないが、飛鳥は受け流し切れずにストレスとして溜め込んでしまい、偶になのはさえ居ない場所で1人きりになりたくなる時がある。

 

 地元では近所の山に2、3日籠ることで解消していたが、IS学園に来てからは出来ていなかった。IS学園の職員や生徒は面接段階である程度アレな人はふるい落とされてほとんどの人が善人だったのもあって今まで自覚できなかったが、飛鳥は自分自身が思っていた以上に知らず知らずの内にストレスを抱えていた。

 

 それが今、宇宙空間で1人過ごすことで解けていく。

 

「……すぅ……はー……。]

 

 飛鳥は精神状態の影響が戦いに出るタイプだ。知らず知らずの内に抱えていたストレスも、微々たるものではあるが今までずっと影響に出ていた。

 

「……リフレッシュって、大事だなぁ。」

 

 今までにないほどクリアな視界で、飛鳥はリフレッシュの大切さを実感した。

 

『飛鳥。セシリアの準備が出来たから、予定通りエクスカリバーの陽動お願い。』

 

「了解。行こうクアンタ、()()()()を助けに。」

 

 宇宙デブリが散乱する中を、薄緑色の光が駆け抜けた。

 

 

 

 

「セシリア、撃てると思ったら撃って良いからね。」

 

 イギリスにあるオルコット家所有の城の中庭で、なのはは隣に居るセシリアにそう言いながら気象情報を収集し、それを基に弾道予測を立てていく。

 

 なのはの作るその情報をハイパーセンサーで見ながら()()()()()()()()()を進めるセシリアは、慎重にGNソードⅡブラスターの狙いをつけながらも口元を引きつらせていた。

 

「これ、届くんですの?」

 

 ブルー・ティアーズにはBT粒子加速器という超長距離を狙撃するための施設があるが、それもなしに宇宙空間まで届く狙撃が出来るのか気になって仕方ない。意識も視線も空の更に先にある宇宙に向けるセシリアだが、その声はなのはに向かっていた。

 

「オーバーライトを装備したブルー・ティアーズはBT兵器搭載IS3機分のBTエネルギーを肩部ビットターミナルに貯蔵してる。それだけのエネルギーがあればGNソードⅡブラスターのポテンシャルなら届くはず。」

 

「今小さく『はず』って言いましたわよね?」

 

「ぶっちゃけ1000㎞から先はテスト出来てないから分からない。」

 

「本当に大丈夫なんですの?」

 

 「大丈夫大丈夫、いけるいける」と投げやりな対応に変化したなのはを尻目に、セシリアはハイパーセンサーの超視力で宇宙の飛鳥を見た。

 

 今日は最近見慣れてしまった右肩の大剣を装備していない、プレーンの機体。背中の特徴的なコーン型スラスターもない。

 

 だが、動きは今まで見た中で一番良い。宇宙に薄緑色の残光を残しながら駆ける姿は、何度か見た精神が安定している時のそれに似ていた。1人でも問題なくエクスカリバーから囚われのお姫様を助け出せるだろう。しかしどうにも攻めっ気が感じられない。

 

「(わたくしに任せる、ということですわね。)」

 

 本来なら、飛鳥もなのはもエクスカリバーとは何の接点もない。唯一あるとすれば搭乗者の()()に馴染みがあることだけだ。親が作った物であり、従者の妹が乗っているセシリアとは比べるまでもなく部外者と言える。

 

 だからか、参謀や陽動としては動いても主導はせず、セシリアに任せている。でもこういう時、2人は出来ないなら任せないことをセシリアは知っている。

 

「(つまり、わたくしなら出来るということ。)」

 

 専用換装装備(オートクチュール)の性能を信じているのか、それともセシリアの技量を信じているのかは分からないが、出来ると思っているからこそ任せられている。()()()()()()()()

 

「なのはさん。」

 

「なに?」

 

「これには作戦名などはあるんですの?」

 

 聞いた理由は特になかった。狙いをつけるまでの僅かな間、口寂しく感じたから程度の理由だ。

 

「ん、考えてなかった。そうだなー……聖剣奪壊(ソードブレイカー)……いや。」

 

 セシリアの質問になのはは数秒考えて、

 

 

成層圏の向こう側まで狙い撃つ(ロックオン・ストラトス)なんてどう?」

 

 

 ()()()()()()()()()を指してそう言った。

 

「良いですわね。」

 

 ブルー・ティアーズの火器管制システムが、なのはからの弾道予測を基にロックオンを告げる。

 

「それでは、ブルー・ティアーズ・オーバーライト、セシリア・オルコット。その名の通り、狙い撃ちますわ!」

 

 カチリとトリガーを引き絞った瞬間、宇宙(そら)に光の柱が伸びた。

 

 

 

 

「……!来た!」

 

 エクスカリバーに搭載された4基の多機能大型ビットを引き付けていた飛鳥は、地表からの()()を察知すると同時にトランザムを起動して距離を取った。

 

 瞬間、地球から宇宙デブリを破壊しながら伸びる砲撃がエクスカリバーの砲門を破壊した。

 

「やるなぁセシリア!」

 

 トランザムを解除し、引き付けていた多機能大型ビットをGNソードビットで破壊した飛鳥は、砲撃によって開いた穴から内部に飛び込み、申し訳程度の狭いコントロールルームで待つ少女の元へと向かった。

 

「お待ちしておりました!」

 

 出迎えたのは特徴的なISスーツに身を包んだ少女。

 

「私はエクスカリバー専属パイロット、エクシア・カリバーンです!」

 

「初めまして。私はダブルオークアンタのパイロット、天羽飛鳥。貴女を地上に連れ戻しに来たんだ。」

 

「はい!エクスカリバーからお話は聞いてます!ありがとうございます、飛鳥様!セシリア様も!」

 

 笑顔でそういう少女、エクシア・カリバーンの側に寄り、飛鳥はISスーツとコントロールルームを繋ぐコードを外して抱きかかえる。

 

「それじゃ、お嬢様のところに帰ろうか。」

 

「はい!」

 

 こうして、オルコット家の最後の剣は主人の手に戻ったのだった。




 原作11巻からの改変点
・束とは京都で和解済みなので、エクスカリバーには病巣システムがない
・それなのに暴走した理由はセシリアがオルコット家当主となる資質があるかを調べるエクスカリバーのブラックボックス内のシステムのせい

・つまるところ別に暴走はしてない


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第87話 誕生日、それは嬉しい日

 ダブルオークアンタの機体各部の装甲を展開し、機体を覆うように球状のGNフィールドを展開しながら地球へと降りていく*1。ゼロシステムも併用したアプローチを行い、天羽飛鳥はイギリスにいるセシリア・オルコットの元へと向かった。

 

 普段なら量子ジャンプで1秒とかけずに地上と宇宙を行き来するが、今は衛星兵器型IS【エクスカリバー】から助け出したエクシア・カリバーンを抱えている。ダブルオークアンタの量子ジャンプは他者と共にはワープ出来ないため、こうして人目に付きかねない行動をしていた。

 

 もっとも、ダブルオークアンタは通常のレーダーやセンサーにはGN粒子の影響で映らないので、本当に怖いのは比喩なく人目ぐらいだ。イギリスの領空を飛んでいる自国のものではないISがあると知られれば普通に国際問題なので、飛鳥も球状GNフィールドによる防御が必要なくなったところでそれを解除し、代わりに見られないように別の物を展開した。

 

「外壁部迷彩皮膜展開。」

 

 音声入力と同時に、抱えられたエクシアを残して飛鳥の姿が消えた。

 

「え、えぇっ!?」

 

「あ、ごめん。光学迷彩しないとISが飛んでるところが見えちゃうからさ。」

 

 大気圏突入からPICもGN粒子も使わずにほぼそのままの速度で落ちながら、飛鳥は顔の部分の光学迷彩を解いて苦笑いをエクシアに向けた。

 

 通常の大気圏突入ならどこかしらで速度を落とすが、ISのシールドバリアーに守られているため多少の無茶は出来ると飛鳥は速度を落とさない。速度を落とせばそれだけ長い時間を空で過ごすことになり、それは発見のリスクを上昇させるからだ。光学迷彩を使ってもバレる時はバレるので、飛鳥としてはさっさとセシリアの所にエクシアを送り届けたいのである。

 

「そういえば、エクスカリバーってどれぐらいで直るの?」

 

「あ、えっと、大体2ヶ月程でまたレーザー攻撃が出来るようになります。」

 

「2ヶ月か、大きいだけはあるなぁ。」

 

 セシリアによってレーザー照射部分を破壊されたエクスカリバーだが、見た目も機能も衛星兵器でも分類上ISであるため、時間が経てばISの自己修復機能で直る。大きさも相まって2ヶ月という長時間を要するが、逆に言えば2ヶ月経てばまた宇宙からの地上への砲撃が可能だ。

 

 まぁ、直ったところで使い道はないのだが。というかあったら困る。亡国機業(ファントム・タスク)が持つならともかく、セシリアが持つ分にはそもそも使うことがない。だって明らかに厄ネタだから。どうしてアメリカとイギリスはあんなものを作ったんだと飛鳥は今更ながらに思った。

 

「あの、飛鳥様。」

 

「ん、なに?」

 

 どうして国がエクスカリバーを作ったなど考えても仕方のないことだ。企画者であろうオルコット前当主たちがどう焚き付けたにせよ、エクスカリバーはもうセシリアの手を離れない。それでいいのだ。

 

 思考を打ち切った飛鳥はエクシアの呼び掛けに答えた。

 

「どうして飛鳥様は、私を助けてくれたんですか?」

 

「どうしてって。」

 

「飛鳥様がセシリア様とご友人だということは分かっています。それだけで十分私を助けるためにセシリア様にご協力する理由にはなるんでしょうけど……他にも理由、ありますよね?」

 

「…………。」

 

 それが勘にしろ推理にしろ、鋭いなと飛鳥は思った。

 

 確かに、飛鳥がセシリアと協力してエクシアを助けたのは友達を手伝うという理由もあるが、それは4割程度。残りの6割は別の理由がある。

 

 エクシアはそれを聞きたいのだろうが、飛鳥としてはちょっと恥ずかしい。

 

「だめ、ですか……?」

 

「あー……んー……。」

 

 何か不都合がある訳ではないので、話すこと事態は構わない。飛鳥がちょっと恥ずかしいだけだ。いや()()があることを恥じることではないのだけど、なんとなく恥ずかしい。

 

 唸る飛鳥をエクシアは子犬のような目で見つめる。その目に耐えられなくなった飛鳥は地上に降りるまでの間、昔話をすることにした。

 

「私が貴女を助けたのは、貴女の名前がエクシアだったから。」

 

「名前?」

 

「ガンダムエクシア――私の最初の専用機と同じ名前なんだよ、貴女は。」

 

 自身の髪を纏めるバレッタに触れながら、飛鳥は懐かしそうにはにかんだような笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 30分ほどかけてゼロシステムのアプローチ通りセシリアの居る城を目視した飛鳥は途中で光学迷彩を解除し、PICとGN粒子の慣性制御を最大にして抱えているエクシアに負担が行かないように減速しながら城の中庭にゆっくりと降り立った。

 

「はい到着。」

 

「ありがとうございます、飛鳥様。」

 

 左手に抱えていたエクシアを地面に立たせ、飛鳥は紅茶を飲んで待っていたセシリアの方に向かった。

 

「誕生日おめでとう、セシリア。」

 

「ありがとうございますわ、飛鳥さん。」

 

 既にISスーツから着替えているセシリアの対面のイスにISを解除して座る。すかさず側に控えたチェルシー・ブランケットが淹れた紅茶を受け取り、「おいしい」と言って用意されたスイーツに手を伸ばした。

 

「チェルシー、ここはいいから妹の所にお行きなさい。」

 

「私はお嬢様のメイドです。お世話を投げ出すことは出来ません。」

 

「ならメイド長として、メイド見習いの教育にお行きなさい。()()()()()()()()()()。」

 

「!……承りました。」

 

 そこまで言われてチェルシーはずっと視線を向けて来ていた妹の元に駆け出した。

 

「私からの誕生日プレゼントは新しいメイドってことでいい?」

 

「それはとても素敵ですわね。」

 

 12月の寒空の元で行われるお茶会を気合と温かい紅茶で耐えながら、マカロンを1つ頬張る。

 

「なのはは中?」

 

「えぇ。この気温で客人を外で待たせるなど、友人としても貴族としても出来ませんわ。」

 

 因みに他の皆は時差ボケで今とても眠たくなっていた。イギリス行きの飛行機の中では全員で遊んでいたので、時差ボケ対策を怠った結果である。セシリアは気合で耐えている。誕生日パーティーの最終打ち合わせがあるから眠る訳にはいかないのだ。

 

「どう?オーバーライトの使い心地は。」

 

「【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】が曲者ですけれど、それ以外は概ね良好。何よりビットが良いですわね!」

 

 興奮気味に語るセシリアを飛鳥は微笑ましそうに見つめる。出来なかったことが出来るようになる楽しさは飛鳥も覚えがある。篠ノ之束に剣の手ほどきを受けていた時は毎日がそうだった。

 

「この新生したブルー・ティアーズ・オーバーライトで、必ず飛鳥さんのフルセイバーを倒して見せますわ!」

 

 そう意気込むセシリアは闘志に燃えていた。

 

「そう簡単に負ける気はないかなぁ。」

 

 飛鳥もそれに応えるように笑った。

 

「それじゃ、私は戻るから。」

 

「あら、パーティーには参加していただけませんの?」

 

「私、入国審査とかしてない密入国状態だから……。」

 

 なお、飛鳥の公的でない犯罪歴は結構凄いことになっている。大体絶対天敵(イマージュ・オリジス)襲来の初期の頃に世界各地に赴いて戦っていたのが原因の密入国とISの無断展開が主だが。

 

「改めて、16歳おめでとう。」

 

「ありがとうございますわ。」

*1
ダブルオークアンタが球状のGNフィールドを展開できるかは不明だが、わざわざオミットするような機能ではないので本作では出来る物とする。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第88話 ショッピングモール、それは買い物の予感

『はい皆さんおはこんばんちは、いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『無事にエクスカリバーの制御権をセシリアが手に入れ、11巻は終わりました。』

 

『次は12巻、ではなくずっとアーキタイプ・ブレイカーだよ。』

 

『12巻のフラグは大体折ったからなぁ。日常パートはともかく事件はほぼ起こらないし、何より第七王女の来日がないし。』

 

絶対天敵(イマージュ・オリジス)との前線基地に自国の王女を送る国はないからねぇ。』

 

 

 

 

 織斑一夏らがイギリスから帰国して数日。クリスマス色に染まっていたIS学園は正月へと衣替えし、冬休みに突入したのもあって帰郷している生徒も大勢いるため寮は普段の姦しさが鳴りを潜め、すっかり様変わりしていた。

 

 そんな中、時差ボケも抜けて『大晦日だし明日あたり家に帰って大掃除するかー』と考えながら、食堂で昼食を食べていた一夏の対面の席に凰鈴音が座った。

 

「ここ座るわよー。」

 

「おー。」

 

 ラーメンを置いてから一夏の返事も待たずに座った鈴に短く答えながら、一夏はサラダをむしゃむしゃと頬張った。

 

「そうだ一夏。あんた、明日暇?」

 

「明日?大掃除しに家に帰るつもりだけど、どうかしたのか?」

 

 麺を啜り、チロリと唇を舐める鈴からの突然の質問に、一夏は今さっき立てたばかりの予定を口にしながら用件を聞いた。

 

「乱が欲しい物あるらしいんだけど、どこに何の店があるか知らないって言うのよ。それで思い出したのよ、街の案内したことないなーって。」

 

「そう言えばそうだな。」

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦いのために各国から派遣されて来た代表候補生たち。IS学園に早く馴染むため、何より他の専用機持ちとの連携をより上達させるために放課後や休日を外に出ずにIS学園で過ごしていた彼女たちは、当然のことながらIS学園以外のことを知らない。

 

「それで明日、ヴィシュヌたちも一緒に街を案内することにしたのよ。」

 

「もしかして、俺を誘ったのって荷物持ちのためか?」

 

「そうよ?」

 

 当たり前でしょ、と言った風に答える鈴に一夏は水を飲んでふぅと息を吐く。

 

「まあ、ヴィシュヌたちの案内ってことなら俺も別にいいけど……奢らないからな?」

 

「えー。」

 

 専用機持ちの代表候補生として毎月給料を貰っており、しかも今や絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦闘による危険手当さえも貰っている鈴は結構なお金を持っているが、自分で金を払うことはほとんどない。

 

 それはケチ臭いとか金に汚いとかではなく、鈴の財布を持ち歩かない主義故にそうなっている。中学時代からそれは変わらず、よく遊びに出た先で鈴の分も色々と奢ったのを一夏は覚えている。

 

「何でよ、良いでしょ別に。あんたお金いっぱい持ってるんだし。」

 

「金があるからって浪費していい訳じゃないだろ?節約するに越したことはないんだしさ。」

 

「あんたのその主夫力、ホントにどこから湧いてるんだか……。」

 

「ほっとけ。」

 

 ぶっきらぼうにそう言って一夏は白米をかき込み、続くように鈴はチャーシューに齧りついた。

 

 

 

 

 翌日。

 

「一夏、これは一体どういうこと?」

 

 人工島であるIS学園と本島を繋ぐ唯一のモノレールの駅で、鈴は頭を押さえながら一夏を問い質した。

 

「いや、女子のことなら女子に任せるのが一番だろ?だからみんなも呼んだんだよ。」

 

 そう答えた一夏の後ろには、見慣れたというかいつものというか、専用機持ちたちがほとんど揃っていた。

 

「抜け駆けは許さんぞ。」

 

「大勢でゾロゾロ動く訳にも行かないでしょうが。何人居ると思ってるのよ。」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒの言葉に即座にそう返した鈴はため息を吐いた。

 

 現在この場にいるのは13人。本格的に量子型演算処理システムの製作に取りかかった葉加瀬なのはのお世話のために残った天羽飛鳥、そして『寝正月する』とパスしたイージスコンビの2人を除いた専用機持ちが揃っている。

 

 戦力的には国の1つや2つ落とせるこの人数で動くとなると、どうしても移動がもたつく。小学生であるコメット姉妹のことも考慮してあまり広範囲を案内するつもりはなかった鈴ではあるが、この人数での移動に漠然とだが立てていた予定は早速修正となった。

 

「とりあえずショッピングモールに行くわよ。最悪そこだけ覚えればどうにかなるし。ほら、モノレールに乗った乗った。」

 

「お、おい、押すなって。」

 

 鈴は一夏を背中から押してモノレールに押し込み、それに続くように他の専用機持ちたちもモノレールに乗り込む。やがてドアが閉じ動き出したモノレールの中で駄弁り始めた。

 

「そういえば乱。欲しいものがあるらしいけど、何が欲しいんだ?」

 

 そんな中で、一夏が凰乱音にそんな話題を振った。

 

「ボディークリームが切れかけてるから、新しいのが欲しかったのよ。」

 

 香港で使っていた物をそのまま持って来たのだが、残量が心もとないらしい。

 

「ヴィシュヌたちも、何か欲しいものとかあるか?案内するぞ。」

 

「私はヨガのグッズを少し。」

 

「ヨガのグッズ?ヨガって道具使うのか?」

 

 ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーの言ったヨガのグッズについて、知らない分野にはとことん無知な一夏が疑問符を浮かべる。一夏は脳内でヨガをするヴィシュヌを思い浮かべたが、何か道具が必要なのかと首を傾げた。

 

「そう多くはありませんが、マットやウェアがやはり必要なので。今日は、ウェアを買い換えたいのです。」

 

 ヴィシュヌの住んでいたタイは平均気温が約29度で高温多湿。つまり日本の夏のような蒸し暑い気候なので、日本の冬のような肌寒い季節というのがない。日本にも愛用のヨガウェアを持って来たヴィシュヌだが、日本の寒さに対応するためのウェアが欲しいのだという。

 

「うーん、ヨガ用のウェアか。どういう店に行けばいいんだ?」

 

 服屋か、それとも専門店があるのか。見当もつかない一夏にヴィシュヌは僅かに頬を赤らめながらクイッ、と袖を引っ張った。

 

「……あの、2人で探しませんか?」

 

「ああ、そうするか。ヴィシュヌもどこにどんな店があるのか知っておきたいだろ?」

 

「ええ!」

 

 鮮やかに2人で回る約束を取り付けたヴィシュヌの機嫌が目に見えて良くなるのを横目に、ロランツィーネ・ローランディフィルネィが声を上げた。

 

「私は何かと入り用でね。色々と見て回るつもりなんだ。」

 

「色々って、どんなのが欲しいんだよ。」

 

「それは乙女の秘密というものだよ、織斑一夏。というわけで荷物持ち、よろしく頼むよ。」

 

「(それだと俺に何買ったかバレるんじゃないか?)」

 

 多分気付いてないだろうロランに気を使って何も言わない一夏。思ったことがすぐ口に出る方である一夏にしては珍しいことだが、そういう気遣いは他の所で活かしてほしいとこの場に唯一いるイノベイターのセシリア・オルコットは心の中で思った。

 

「ファニールとオニールはどうだ?」

 

「服!日本の服が見てみたい!」

 

「そうね。カナダとは流行が違うみたいだし、見ておきたいかも。」

 

 他と比べてとても分かりやすい要望にほっと胸を撫でおろす一夏。そんな話をしている内に本島に到着したモノレールから降り、そこから出ている公共のバスに乗り込んで街の中心部へと向かった。

 

 そうしてやって来たのが、IS学園の生徒と職員のほとんどが利用している大型ショッピングモール。近くにIS学園があるためか年々品揃えが多岐に渡っている、世界各国の代表候補生たちも一押しの買い物スポットである。

 

「ここは……とても大きなショッピングモールですね。」

 

 圧倒されたようにヴィシュヌがキョロキョロとショッピングモールの中を見渡す。

 

「ここなら欲しい物は大体揃えられると思うぜ。」

 

「へー、いいじゃない!アタシ好みのお店もあるみたいだし。」

 

 乱も辺りを見渡しながら、探索するだけでも楽しそうだと笑う。

 

「それじゃあ、予定通り行こうぜ。」

 

 流石に13人で動くのは邪魔になるので、何人かに別れてショッピングモールを案内することがモノレールの中での話し合いで決まっている。

 

 個人的に買い物をしたい人も合わせて、転入して来たばかりの少女たちはショッピングモールのあちこちに散らばっていった。




 女子の買い物分からぬ……ということで次回に引き延ばす。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第89話 大樹、それは戦いの予兆

「ここよここ!このブランドのボディークリームがお気に入りなのよね。」

 

 お気に入りのボディークリームを買うため、同じく愛用しているらしい凰鈴音に案内されて目当てのブランドを見つけた凰乱音が笑顔でその看板を指差した。

 

「つくづく思うけど、あたしたちの好みってほんと良く似てるわよね。」

 

「ホントよ。は似なかったのにね。」

 

 冬服を押し上げる『鈴にはないもの』を張りながら、乱は勝ち誇った笑みを鈴に向ける。

 

「削ぎ落していい?」

 

「ちょっ、待ちなさイタイイタイイタイ!?」

 

 目からハイライトを消し、クリアになるはずの思考を憤怒と憎悪で染め上げた鈴がドス黒いオーラを纏いながら乱の肩を砕かんとばかりに力を籠める。

 

 数秒の間ギリギリと乱を締め上げたところで手を離した鈴はふんっ、と鼻を鳴らして店の中へと入っていった。

 

「ま、待ってよおねえちゃん!」

 

 鈴の後を追って乱も握られていた肩を押さえながら店の中に入っていく。親戚ではあるがほぼほぼ家族と言って差し支えない関係である2人にとって、この程度はじゃれ合いだ。

 

 痕が残れば流石に怒るが、乱は鈴に目に見える傷をつけられたことは1度もない。それは鈴が加減をしている何よりの証拠であり、乱が愛されている何よりの事実に他ならない。

 

 そのことに未だに気付かない乱は、今日も鈴の気を引こうとマウントを取りに胸のことで煽るのだった。

 

 

 

 

「探せばあるもんだなあ、ヨガ用品の専門店。」

 

「はい。好みのデザインのもありましたし、日本に居る間はお世話になりそうです。」

 

 約束通り織斑一夏とショッピングモールを回り、無事にヨガ用品専門店を発見したヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーは、笑顔で買ったばかりの冬用ウェアが入った袋を抱き締めた。

 

「あ、お香も見ていっていいですか?」

 

「お香?お香って、この蚊取り線香みたいなのか?」

 

 ヨガ用品専門店の近くにあるお香専門店の前を通りかかったヴィシュヌは、一夏に断ってから店先に並んだお香を見ていく。釣られるように一夏も見たが、一夏にはCMでたまに見る蚊取り線香にしか見えなかった。

 

「ええ、火を灯して香りを楽しむんです。蚊取り線香は香りの代わりに殺虫成分が部屋に広がって、蚊をやっつける仕組みなんですよ。」

 

「へえー、そうなのか。」

 

 よく知らないまま蚊取り線香のCMを見ていた一夏が感心したような顔で、試供品として火が灯されている渦巻き状のお香に近付いて鼻を動かした。

 

「確かにいい香りがするな。これ、渦巻き状とか棒状なのには理由があるのか?」

 

「使える時間が違うんです。大体1時間で10センチ燃えますから、短い時間香りを楽しむならスティックタイプ、長い時間香りを楽しむなら1回の着火で済む渦巻型と使い分けるんですよ。」

 

 ヴィシュヌの説明で蚊取り線香が渦を巻いている理由に納得がいった一夏は、その後も物知りなヴィシュヌと話しながらショッピングモールを回るのだった。

 

 

 

 

「(厄日だ……。)」

 

 心の中でそう呟いて、篠ノ之箒は一緒に回ることになった人物を横目で見た。

 

「なるほど、流石日本は品揃えが良い。目移りしてしまうよ。」

 

 上機嫌に笑いながら商品を吟味していく銀髪の少女、ロランツィーネ・ローランディフィルネィ。容姿や纏う雰囲気とは裏腹に楽しそうな今の姿は可愛らしいと感じさせる、魔性の女たらし。

 

「やあ箒!どっちのネイルが良いだろうか!私では迷ってしまうんだ!君の意見を聞かせてくれないか?」

 

 2つの小瓶を掲げながら聞いてくるロランに、同じ小瓶を手に取って箒も考える。

 

 別に箒はロランの事が嫌いな訳ではない。話す分には良い人間だと思っているし、こういう人が恋人なら人生楽しそうだなと傍から見ている分には思わせられることも多い。

 

「……こっちのピンク色のが良いんじゃないか?」

 

「なるほど!確かに赤ほど主張しないピンクなら清純な君によく似合う!」

 

「待て、私は自分が欲しいとは一言も言っていないぞ。」

 

「もちろん私も使うさ。気に入ったのは間違いないからね。ただ箒にも似合うと思ったのもこの2つだっただけだよ。」

 

 ――ただ、こうしてさらりと口説いてくるのに困っている。

 

「お前は本当に、どうしてそうなったんだ……。」

 

「うん?」

 

「その、せ、性癖のことだ。」

 

 多分、というか十中八九元々だと答えられるだろうが、箒としては聞かずにはいられなかった。転がり出るように口からその言葉が出た。

 

 箒の言葉に一瞬キョトンとした顔をしたロランが「ふふふ」と笑った。

 

「私も最初は自分がこうだとは思わなかったさ。昔は普通に男性を好きになると思っていたよ。」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。ただ私はこんな性格だろう?昔から蕾たちに大人気でね。悪い気はしなかったから磨きをかけるために歌劇の勉強をしてみたり、実際に出演したこともある。」

 

「ほう。」

 

 歌劇、というとオペラだろうか。他にも種類はあるらしいが詳しく知らない箒は漠然と思い浮かべながらロランの話を聞く。

 

「そうしていく内にある女の子、1人目の恋人に告白されて付き合うことになったんだ。」

 

「話飛んだか?」

 

 いきなりクライマックスになって困惑した。

 

「飛んでないさ。ただ急展開なのは自分でも感じているよ。でも初めて告白された時、戸惑いもなく受け入れられてね。それで気付いたんだ、『女子でもイイ』ってね。」

 

「ええ……。」

 

 元々だとは思っていたが、実際に言われるとドン引きである。

 

「別に男が嫌いという訳ではないんだけどね……。」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「なんでもないさ。さあ箒、次の店に行こう!」

 

「まだ回るのか!?」

 

 まだまだ元気いっぱいのロランに振り回され、昼の集合まで箒は連れ回された。

 

 

 

 

「どうだ?みんな欲しい物は買えたか?」

 

「うん!」

 

「良いところですね、気に入りました。」

 

「品揃え豊富でどれも欲しくなってしまったよ。」

 

 昼時。お昼ご飯を食べようとあらかじめ決めていた集合時間に再び集まった専用機持ちたちは、何を食べるかで話し合っていた。

 

「はーい!私、日本っぽい料理が食べたい!」

 

「日本っぽい料理?和食のことか?」

 

「それでもいいし、日本人向けにアレンジされた洋食でもいいわよ。」

 

「難しい注文だな……。」

 

 ファニール・コメットとオニール・コメット、コメット姉妹2人の注文にどうしようかと頭を捻る。

 

「それならファミレスはどうだ?大人数で行っても迷惑にならず、和食も洋食も扱っているぞ。」

 

「お、いいな!近くのファミレスは確か……。」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒの提案を受けて近場のファミレスを探そうとスマホの地図アプリを起動したその時。

 

「きゃあああああ!?」

 

――ドシィィィン!!

 

 悲鳴と共に地面が揺れた。

 

「な、なんだ!?地震か!?」

 

「みんな、伏せろ!」

 

――ドシィィィン!!

 

 一夏の呼びかけに全員がしゃがみ込む。その瞬間、再び大きな音と共に地面が揺れた。

 

「ちょ、ちょっと!?なんなのよ、この音っ!」

 

「これは……地震の揺れではないわね。」

 

 地震にしては不規則すぎる揺れに更識楯無が『まさか』と顔を顰める。その時、窓の側に居た男性が声を上げた。

 

「い、隕石だっ!隕石が落ちて来た!」

 

「えっ!?」

 

「早く逃げろぉっ!」

 

 男性は一目散に駆け出し、ショッピングモールの入口へと向かっていく。

 

「隕石って……まさか!?」

 

「この衝撃、いつも以上の大きさです!」

 

「ともかく、俺たちも外に出すぞ!」

 

 駆け出した専用機持ちたちが外で目にしたのは――

 

「なんだ……あれ。」

 

 ――20mはあろうかという、巨大な樹だった。




 服は流行が分からないのでスルー。すまないコメット姉妹……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第90話 人影、それは進展の兆し

 ショッピングモールから外に出た織斑一夏たち専用機持ちは、そこで20mはあろうかという巨大な樹のような絶対天敵(イマージュ・オリジス)の姿を見て唖然とした。

 

 今まで出現していたカマキリやタガメらしき虫に似た小型の個体とも、ゴリラに似た大型の個体とも違う植物的な姿もそうだが、何より20mという大きさに言葉を失った。

 

「ね、ねえ!イマージュ・オリジスって……一体、なんなの?」

 

「私達は……なにを相手にしてるの?」

 

 不安からか一夏の服の袖を掴んだファニール・コメットとオニール・コメットが、この場で最も立場が上である更識楯無にそう質問した。

 

「考えるのは後よ!全員、IS展開!これよりロシア国家代表更識楯無の指揮の下、絶対天敵(イマージュ・オリジス)との市街地戦を行います!」

 

「「「っはい!!」」」

 

 楯無の指示を受けて即座に12機もの専用機が展開される。

 

「民間人の避難を最優先!ラウラちゃん、シャルロットちゃん、セシリアちゃん、ヴィシュヌちゃんの4人は避難誘導をしつつ、絶対天敵(イマージュ・オリジス)が近付かない用に迎撃!簪ちゃんは4人のバックアップをお願い!パニックが大きくなるから火器の使用は最小限、流れ弾にも十二分に気を配ること!」

 

「「「はい!」」」

 

「オーバーライトの初陣ですのに!仕方ありませんけれど!」

 

 1人ボヤキながらも指令を受け即座に飛び上がり、各地の避難誘導を始める。

 

「他のみんなは私と一緒に絶対天敵(イマージュ・オリジス)の殲滅!何度も言うけど火器の使用は出来る限り抑えること!近接武装を中心に戦いなさい!」

 

「「「了解っ!」」」

 

「いくぞみんな!」

 

 一夏の掛け声と共に、7機のISが空を駆けた。

 

 

 

 

「私の勘が言ってるんだけど、もうそろそろ絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦いに進展ありそうなんだよなぁ。」

 

「なんだそれ、イノベイターとしての勘か?」

 

「うん。」

 

 IS学園の食堂でオムライスを食べる天羽飛鳥のふとした言葉にダリル・ケイシーが焼き肉定食を食べながら聞くと、肯定が返ってきた。

 

「オレには分からないんだが……。」

 

「ゼロシステム込みの勘ですし、10年以上イノベイターやってる慣れも加味すればダリル先輩たちが分からないのも無理ないですよ。」

 

「そんなもんかねぇ。」

 

「そんなもんです。」

 

 ふわとろの半熟たまごに心をときめかせながらスプーンを進める飛鳥は、最後の一口を食べ終えると唇に着いたソースをチロリと舐めて手を合わせた。

 

「ごちそうさまでした。」

 

「で、具体的にどんな進展があると思ってんだ。」

 

「大型以上に大きい奴が来るんじゃないかなぁ、って。」

 

 小型は歯牙にもかけられず、大型は通用しないことを絶対天敵(イマージュ・オリジス)はこの2ヶ月で知ったことだろう。となれば、そろそろもっと大きな──20mほどの絶対天敵(イマージュ・オリジス)が来るのではないかとゼロシステムは予測している。

 

「ほら、大きいって単純に強いから。」

 

「ま、そうだな。質量があればトロい体当たりでも威力はかなりデカくなる。バリアーの強度も大きさに比例して増すだろうし、そういうのが来ればいよいよ零落白夜が必須だ。お前の防御破りは作戦に組み込むには具体性が欠けるからな。」

 

 単なる馬鹿力とその他もろもろで無理矢理絶対天敵(イマージュ・オリジス)のバリアーを突破して両断している飛鳥の扱いは悩ましい。如何せん理論立てされていない突破方法なので、作戦立案の時に無駄に時間がかかるのだ。それなら最初から『そういう能力』である零落白夜を主軸に作戦を考える方がスムーズにことが運ぶ。

 

「1撃で突破できないからって戦って倒せない訳じゃないんだけどなぁ。」

 

「確実性の話しだ。何もかもが分からん絶対天敵(イマージュ・オリジス)を相手にするならそれが欲しいんだよ、上の人間ってのは。」

 

 そんな話をしていると、2人のISに通信が入った。

 

【天羽、ケイシー、サファイア、聞こえるな!市街地に絶対天敵(イマージュ・オリジス)が出現した!現地に居合わせた織斑たちが既に戦闘に入っている!至急現場に向かえ!】

 

「「了解!」」

 

 通信を受けた2人は外に出るために駆け出した。

 

 

 

 

「一夏、エネルギーは大丈夫か!」

 

「まだ大丈夫だ!」

 

 篠ノ之箒の問いに小型の絶対天敵(イマージュ・オリジス)を零落白夜で切り裂きながら一夏が答える。

 

「簪、避難状況は!」

 

【順調に進んでる、現在51%。】

 

「まだ半分か……!」

 

 更識簪からの報告に箒が小型絶対天敵(イマージュ・オリジス)を押し出しながら顔を顰める。

 

「ちょこまか動くな!【玄武】!」

 

 単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)【天之四霊】の能力【玄武】で拘束した絶対天敵(イマージュ・オリジス)をパワーアシストに物を言わせて双天牙月で叩き潰した凰鈴音が次の絶対天敵(イマージュ・オリジス)に近付いていく。

 

「ああもう!衝撃砲なしだとやりにくい!」

 

 ボヤキながらも絶対天敵(イマージュ・オリジス)に大型実体剣【角武】でダメージを与えていく凰乱音。【甲尾】で弾き飛ばして、一夏の零落白夜で切り裂いた。

 

「大型が来たよ、お兄ちゃん!」

 

「ちょっと!本当に大丈夫なんでしょうね!?」

 

 大型絶対天敵(イマージュ・オリジス)を引き付けて来たコメット姉妹が音響兵器【サウンド・ビット】を傍らに浮かべながら一夏の側に近付いてくる。

 

「大丈夫だ!箒!」

 

「ああ!【絢爛舞踏】、発動!」

 

 その大型を絢爛舞踏による無限のエネルギーに物を言わせて全身の展開装甲からビームサーベルを発生させた箒が突っ込みダメージを蓄積し、一夏の零落白夜で両断する。

 

「くっ、流石にエネルギーがキツイな。箒が居なかったらヤバかった。」

 

「安心しろ一夏。私が居る限りエネルギー切れになどさせない。」

 

「ああ、頼りにしてる。」

 

 絢爛舞踏でエネルギーを補給してもらった一夏が再び雪片弐型を構える。

 

「いくぞ!」

 

 一息入れて飛び出した、その時。

 

「ソードビット!」

 

 6つの剣閃が瞬いて、絶対天敵(イマージュ・オリジス)を斬り刻んでいった。

 

「これって!」

 

「遅くなりました。」

 

「天羽さん!」

 

 空から薄緑色の粒子を僅かに背中のスラスターから放出しながら降りて来た飛鳥に一夏が声を上げた。

 

「1分で雑魚を片付けるので、あのデカイのを相手する準備しておいてください。」

 

「あ、ちょっと!?行っちまった……。」

 

 近くに居た絶対天敵(イマージュ・オリジス)をフルセイバーで両断してから量子化してどこかに行ってしまった飛鳥に一夏が呆然とする。

 

「ねぇ、今ハイパーセンサーに飛鳥ちゃんが映ったんだけど、来たの?」

 

「は、はい。1分で片付けるって。」

 

 先行していた楯無が戻り、一夏は飛鳥の言葉をそのまま続けた。

 

「飛鳥ちゃんがそう言うなら本当にそうするでしょうね。それじゃみんな、あの樹木を倒す作戦を考えましょ。」

 

「オレたちも混ぜろよ、生徒会長。」

 

「遅れた分は取り返すっスよ。」

 

 空から降りて来たダリルとフォルテ・サファイアがそう言った。

 

「頼りにしてるわよ、イージス。それじゃ――――。」

 

 飛鳥が絶対天敵(イマージュ・オリジス)を倒している裏で、20mの巨大絶対天敵(イマージュ・オリジス)を倒す作戦が練られていく。

 

 それを聞きながら、フォルテは件の大樹に目を向けた。

 

「……あれ?」

 

「あら、どうかした?」

 

「え、いや、何でもないっス。」

 

「そう?」

 

 すぐに作戦会議に戻った楯無だったが、フォルテはちらりと再び大樹に視線を向けた。

 

「(今、人影が見えたような……それにあの樹、今までの絶対天敵(イマージュ・オリジス)より、脳量子波が大きい……?)」

 

 大樹にある巨大な球体の中から、何かを感じていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第91話 伐採、それは激化の始まり

「鍵は一夏くんの零落白夜よ。」

 

 宣言通り1分で小型と大型の絶対天敵(イマージュ・オリジス)を倒し終えた天羽飛鳥が織斑一夏たちの元に戻ると、ちょうどそんな声が聞こえてきた。

 

「戻りました、会長。」

 

「お帰りなさい、飛鳥ちゃん。」

 

 PICでふわりと地面に降り立った飛鳥を出迎えた更識楯無は、そのまま作戦の概要を話し始めた。

 

「一般市民の避難が完了次第、避難誘導をしていた簪ちゃんたちと合流。全員の連携で注意を引き付けながら一夏くんの零落白夜によるエネルギー無効化攻撃で、あの植物型絶対天敵(イマージュ・オリジス)のバリアーを突破して破壊。何か質問は?」

 

「あの樹がクッソ強くて、オレたち全員を纏めて倒せるぐらい強かったらどうする?」

 

 質問は、という問い掛けにダリル・ケイシーが『もしも』を問い掛ける。それに対して楯無は肩を竦めて言った。

 

「織斑先生でも喚びましょ。」

 

「そりゃいい、本家零落白夜で一発だ。」

 

 後ろに控えている偉大な人間の存在にケラケラと笑うダリル。その笑い声によって緊張が解れたのか強張っていた身体から力が抜けたファニール・コメットとオニール・コメットにチラリと視線を向け、ターゲットである植物型絶対天敵(イマージュ・オリジス)に顔を向けた。

 

「(なあ飛鳥、アイツ中に何か居ねえか?)」

 

「(居るみたいですけど、私まだ対話出来ないですよ。)」

 

 脳量子波でそう話し掛けられた飛鳥も植物型絶対天敵(イマージュ・オリジス)を見て、その中に居る存在を感じ取っていた。

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)がどういう存在なのかは未だによく分からない。葉加瀬なのはでは発せられる脳量子波から『生命体ではないか?』という予想は出来ても確かめることが出来ないし、そこいらの研究者に解き明かせるような既知の延長線上にある存在でもないからだ。

 

 どこかで絶対天敵(イマージュ・オリジス)に興味を示している筈の篠ノ之束であれば鹵獲して調べ上げ解き明かすことも出来るだろうが、連絡が着かない以上気にしても仕方ない。

 

 量子型演算処理システムがない今、飛鳥に出来るのは街をこれ以上傷付けられないように絶対天敵(イマージュ・オリジス)を倒すことだけである。

 

【お姉ちゃん、避難が完了したよ。すぐにそっちに戻るね。】

 

「ありがとう、簪ちゃん。それじゃあ合流次第、植物型絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦闘を始めましょ。」

 

 そう言って楯無はいつもの様に笑った。

 

 

 

 

絶対天敵(イマージュ・オリジス)は零落白夜通せば勝てるから楽でいいよね。』

 

『VS束さんの方が絶望感あるからなぁ。』

 

『というか国家代表がいれば自国を守る分には十分みたいだし、天敵っていうほど困ってもいないよね。』

 

『人類絶滅とかまでは行かないからSFの敵ほど困らないだけで、街に被害が出るのは普通に困らない?』

 

 

 

 

「行って、【山嵐】!」

 

 初撃は打鉄弐式の48発のGNミサイルだった。大多数が植物型絶対天敵(イマージュ・オリジス)のシールドバリアーに阻まれはしたがいくつかのGNミサイルは本体に触れ、そこからGN粒子が流し込まれ内側から弾けるように破壊していく。

 

「行きますわよ、ブルー・ティアーズ・オーバーライト!」

 

 そこに畳みかけるように8基のBTブラスタービットを展開したセシリア・オルコットが木の根のような触手を攻撃し動きを止める。

 

「【朱雀】!」

 

「凍るっス!」

 

「燃えてろ!」

 

 凰鈴音の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)【天之四霊】の【朱雀】で炎を纏った大型衝撃砲とイメージ・インターフェースで操られた冷気と炎が枝のような触手を落としていく。

 

「織斑さん、私が切り込むので続いて下さい。」

 

「ああ!」

 

 右手にGNソードⅣフルセイバー、左手にGNソードⅤ・バスターソードモードを持って絶対天敵(イマージュ・オリジス)の懐に飛び込んだ飛鳥がシールドバリアーを強引に突破しながら幹のような場所を斬り刻んでいく。

 

「【零落白夜】!」

 

 身動きさえ出来なくなった絶対天敵(イマージュ・オリジス)を、雪片弐型から伸びた零落白夜の刃が断ち切った。

 

 

 

 

『15機のISに勝てる訳ないだろ!』

 

『酷いいじめを見た。』

 

『コア型になってから出直すんだなぁ!』

 

『落ち着け。』

 

 

 

 

「どうだ!これで終わりだろ!」

 

 零落白夜の攻撃を受け倒れていく植物型絶対天敵(イマージュ・オリジス)に一夏が声を上げる。

 

「……敵の反応、消滅。終わった、みたい。」

 

 ハイパーセンサーと同期した火器管制システムによる索敵から敵の反応が無くなったのを報告して、更識簪は身体から力を抜いた。

 

「はー、やっぱり堅かったわね、あのデカブツ。」

 

「えぇ。ダメージが全く通らないという訳ではありませんでしたけれど、ほとんど軽減されていましたわ。」

 

 伸びをして体を解した鈴が言った今回の絶対天敵(イマージュ・オリジス)の感想にセシリアがBTブラスタービットを戻しながら同意する。

 

 大型よりも更に大きい今回の植物型は、その大きさに違わずシールドバリアーの強度も桁違いだった。もし零落白夜が無ければ少し時間が掛かっていたかもしれないと飛鳥をして思わせられたほどだ。

 

 そんな話をハイパーセンサーの聴覚で拾いながら、飛鳥は倒れた植物型絶対天敵(イマージュ・オリジス)に近付いた。

 

「ごめんね、今はまだ話せない。」

 

 樹木のような外見の絶対天敵(イマージュ・オリジス)の幹の部分にある、2mほどの大きさの球体に向かって話し掛ける。

 

「私は貴方たちの言葉を受け止め切れない。だから、あと少し。少しだけ、待ってて。そうすれば話せるようになるから。」

 

……話す、か。

 

「?今なんて……。」

 

 飛鳥の言葉に反応したかのように僅かに放たれた脳量子波。そこに込められた憤怒と敵意以外の想いをかろうじて感じ取れた飛鳥が聞き出そうとしたその時、球体が眩く光り中に居た存在は忽然と姿を消した。

 

「……。」

 

 ISを解除し緊急展開したISスーツの姿で地面に降り立った飛鳥は、無言のまま絶対天敵(イマージュ・オリジス)から離れた。

 

「飛鳥ちゃん、今の光は!?」

 

 そこに光を見た楯無たちが駆け寄ってくる。

 

「中身が何処かに転移しました。」

 

「中身?」

 

 首を傾げる楯無たち。今すぐにでも聞きたそうにしているのを躱して、飛鳥は避難所の方に歩き出した。

 

「話はあとで。今は事後処理を優先しましょう。」

 

「もう、後でちゃんと話してちょうだいね!」

 

 国家代表の楯無の指揮の下、事後処理が始まった。

 

 程なくしてやって来た自衛隊のIS部隊やIS学園の職員たちによって事後処理は順調に進み、2時間経つ頃には戦闘のあった区画以外は表面上日常へと戻っていった。

 

 

 

 

「敵のコアの中に何かが居た、か。」

 

「はい。」

 

 IS学園に戻った飛鳥は、対絶対天敵(イマージュ・オリジス)の指揮を執る織斑千冬に今日のことを報告していた。

 

「飛鳥、お前から見て今回の絶対天敵(イマージュ・オリジス)は今までのものとどう違った?」

 

「怒りと敵意以外の感情を持ってました。ただ、それが何か言葉に出来なくて……。」

 

「そうか……今日はもういい。部屋に戻って休んでくれ。」

 

「はい。」

 

 飛鳥が出て行った作戦本部でコーヒーの入ったカップに手を伸ばしながら、千冬は思案する。

 

「怒りと敵意以外の感情、か。絶対天敵(イマージュ・オリジス)という名付けは早まっただろうな。」

 

 国連の決定にため息を吐いて、コーヒーを飲み干した。




 書いてて何が困るって、アーキタイプ・ブレイカーでの戦闘は資料映像が角ついてる上にほとんどがヴィシュヌの蹴りか矢で敵が倒れていくから、敵も味方も攻撃方法が分からないこと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第92話 年末年始、それは食っちゃ寝の日

 過去一短いです、ごめんなさい……。


『皆さんおはこんばんちは、いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよー。』

 

『前回は植物型絶対天敵(イマージュ・オリジス)を倒したところで終わりました。この後は本来亡国機業(ファントム・タスク)との小競合いがありますが、なのはがISコアを売ったことで無くなりました。』

 

『まぁイージスコンビの居ない亡国機業(ファントム・タスク)ってマドカとスコールに気を付ければいいだけだから、気にするほどの相手じゃないんだけどね。』

 

『なのでギリシャの軋轢(あつれき)もない今、絶対天敵(イマージュ・オリジス)にだけ集中することができます。』

 

『軋轢ないと即行で一夏にコロっといくギリシャほんとギリシャ。それなのに本人無自覚なの本当にかわいい。』

 

『ギリシャは実質萌えキャラみたいなところあるからなぁ……。』

 

 

 

 

 市街地に現れた樹木のような絶対天敵(イマージュ・オリジス)を倒してから数日経ち、12月31日。IS学園は冬休みというのもあって何かイベントがある訳ではないが、生徒と職員たちは大晦日を満喫していた。

 

「ま、ボクには関係ないんだけどね。」

 

 そんなことは関係ないと、葉加瀬なのはは自分にあてがわれた工房で量子型演算処理システムの製作に追われていた。

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)との対話に必要な量子型演算処理システムを作る上で最大の障害となるのが作業スピードである。いくらなのはが天才であろうと、大掛かりな物を一瞬で作り上げるような物理的にあり得ないことは出来ない。最大効率で作ったとしても時間が掛かる。

 

 『束さんがいればもっと早く終わるのに』と思いながら、なのはは自身の手と脳量子波によって可能な限り操ったロボットたちで本体を組み上げるのに必要なパーツの加工を、なのはの工房だけでなく今は誰も使っていない作業室全てを間借りして遠隔操作しながら作業を進めていく。

 

「蕎麦できたよー。」

 

 そんなところに年越し蕎麦を2つ持って天羽飛鳥が入ってきた。

 

「手が離せないから食べさせてー。」

 

「はいはい。ソードビット。」

 

 視線さえ向けずに介護を求めたなのはの側に近寄り、GNソードビットを展開(コール)して年越し蕎麦を乗せると、なのはをスッと抱き上げて自分の膝に乗せなのはの座っていた椅子に座ると、二人羽織(ににんばおり)の用量でなのはに年越し蕎麦を食べさせ始めた。

 

「そう言えば、ギリシャの代表候補生が来るらしいよ。」

 

「ああ、【ヘル・アンド・ヘブン】の?」

 

「みたい。人手が増えるのはいいけど、実際は機体の稼働データ収集のためってのが透けて見えてるのだけはアレかなぁ。」

 

 食べさせながら生徒会副会長として知ったことを世間話として喋り、なのはがそれに相槌を打つ。なのはが手を離せない時はこうやって過ごすのが2人のお決まりだ。

 

 これまでにも回数こそ少なかったがこう言うことはあった。かつてGN粒子について調べたいあまり飛鳥を放置したなのはにキレた飛鳥が暴れてから決まったことである。

 

「はいお汁。」

 

「ん。」

 

 ゴクリゴクリと汁を飲ませ、かまぼこを1つ放り込み、蕎麦を啜らせる。程なくして中身の無くなった器をGNソードビットに預け、飛鳥は自分の年越し蕎麦を食べ始めた。

 

 

 

 

『ギリシャ来てもイージスコンビが居るからなぁ……。』

 

『人手が増える以上の利点がないよねぇ。』

 

『弱くはないけど、防御結界が使えない限りイージスコンビの廉価版だからなぁ。』

 

 

 

 

「あけおめー。はいあーん。」

 

「あけおめ。あー……ん。」

 

 1月1日の元旦、飛鳥はおせち料理をなのはの口に運んでいく。因みに2人の好きなおせちはなのはが伊達巻き、飛鳥がかまぼこである。

 

 

「おもち焼けたよー。はいあーん。」

 

「あー……ん。ん、んん~……んー!」

 

「ちゃんと嚙み切らないから……ソードビット~。」

 

 1月1日の昼、飛鳥はしょうゆで焼いた餅を海苔(のり)で巻いてなのはの口に運んでいく。びよーんと伸びた餅をGNソードビットで切る。

 

 

「はいあーん。」

 

「あー……ん。」

 

 

「はいあーん。」

 

「あー……ん。」

 

 

 

 

「なあ、誰か最近天羽さんと葉加瀬さん見たか?」

 

 織斑一夏の問いかけに、その場に居合わせた友人たちは揃って首を横に振った。

 

「食堂で見ないし、帰省してるのか?」

 

 IS学園の生徒は基本食堂で食事を摂る。たまに弁当を作って屋上で食べていたが、真冬である今そんなことは出来ないので全員食堂を利用している。その食堂に現れないなら、実家に帰っているのかと一夏は首を傾げた。

 

 その疑問に答えたのは飛鳥の上司である更識楯無だった。

 

「飛鳥ちゃんならなのはちゃんの世話をするって言ってたわよ。」

 

「そうなんですか?」

 

 「ええ」と肯定して、楯無はペペロンチーノを一口食べた。

 

「何でも大きな物を作るから、手が離せないんですって。」

 

「大きな物?新しいISとか?」

 

「なのはちゃんならやれそうだけれど、そうポンポン新型ISを開発されたら堪らないわ。何を作ってるかは聞いてないけど、飛鳥ちゃんが居るなら大丈夫じゃない?」

 

 普段楯無のぶっ飛びをある程度抑制してくれる飛鳥のことを考えて、一夏は「そうですね」と答えてからナポリタンを一口食べた。

 

 

 

 

「パーツ加工おわりぃ……。」

 

「お疲れ様。」

 

 加工を始めてから実に半月。寮の門限を守りながら脳量子波による加工ロボットの遠隔操作を普段はやらない短時間睡眠による最高効率で行ったなのはは、遂に量子型演算処理システムの本体を組み上げるパーツの全てを加工し終えた。

 

 出来た物から随時本体を組み立てる場所へ飛鳥の手によって量子ジャンプで運ばれたパーツの山は、今やちょっとしたゴミ山と評することが出来るほどの量である。

 

「それじゃ教室行こうか。」

 

「ボクの冬休みどこ……?」

 

「ゴミ山になったよ。」

 

「うぼぁ……。」

 

 その代償として、2週間あった冬休みの全てが消えた。

 

 もう動けないと身体から力が抜けているなのはを制服に着替えさせ、横抱きにしながら飛鳥は1年1組へと登校した。

 

 なお、既に組み立て作業は脳量子波によって操られたロボットによって行われている。ブラック企業の社畜より酷い労働をなのはは行っていた。

 

「おのれ絶対天敵(イマージュ・オリジス)……。」

 

 恨み節を呟きながら、なのはの苦行は続く……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第93話 増援、それはギリシャからの使者

「私と戦え、ダイル・ケイシー……!」

 

 溢れる闘志に赤い長髪が揺れ、翠眼が真っ直ぐと相手を射抜く。傍目からは炎のような、はたまた氷のような印象を受けるその少女は、友人のために剣を取った。

 

 そんな少女を前にして、ダリル・ケイシーはニヤリと笑って答えた。

 

「いいぜ。本家本元のイージスの力、見せてやるよ。」

 

 冬休みが明けた、3学期初日の朝の出来事だった。

 

 

 

 

「みんな、おはよう。さて、こうして朝から集まってもらった理由はもう察してるんじゃないかしら?」

 

 ホームルーム前の空き時間にそれぞれのISへと送られたメッセージによって集められた専用機持ちたち。それを見渡して更識楯無は上機嫌に笑った。

 

「まあ、大体は。また新たな代表候補生が来たんですか?」

 

「正解!よくできました、箒ちゃん。」

 

「あれだけの敵が現れたんだし、戦力の増強は歓迎よね。」

 

 年末に市街地に現れた20mもの大きさを誇る植物型と、それに率いられた大型小型問わない絶対天敵(イマージュ・オリジス)の大群。

 

 幸い現場に居合わせた楯無たちによる迅速な対応で、道路や建造物に多少の破損こそあったが負傷者は0に終わったが、お偉い人間たちはこれを重く受け止めた。

 

 ただ大量の絶対天敵(イマージュ・オリジス)が現れただけなら今まで通りだった。IS学園という特大のIS関連施設に絶対天敵(イマージュ・オリジス)が集まっていたため日本ではあまりなかったが、世界的には市街地にも絶対天敵(イマージュ・オリジス)は現れる。日本でもそうなっただけのことだと気にされなかっただろう。

 

 しかし今回現れた植物型は訳が違う。強力なエネルギーバリアーがある植物型は1体だけでも倒すのに時間が掛かり過ぎる。エネルギー無効化能力【零落白夜】を有する織斑一夏なら早期撃破ができるが、それ以外では戦う内に被害が必ず出てしまう。

 

 今まで絶対天敵(イマージュ・オリジス)のことを何だかんだISで対処できる存在だと甘く見ていた各国は、今までの絶対天敵(イマージュ・オリジス)のように植物型が大量に現れるようなことになれば人類は負けかねないと考えを改めた。そうして益々零落白夜を有する一夏の重要度が上がり、ついでにIS学園の重要度も上がった。

 

 そのため家庭の事情で遅れている予定通りの増援とは別に、新たな増援が行われることとなったのである。

 

 ――と、ここまでが表向きの理由。

 

 実際は今年度の夏頃から開発が始まり、12月に完成したギリシャ製のとある新機体の運用試験が目的だ。

 

 早い段階から公的にではないものの専属パイロットが決まっていたその機体は、完成時期が12月であることやそのパイロットが今年度で高校を卒業することも重なって、IS学園での運用試験はしない予定だった。

 

 しかし絶対天敵(イマージュ・オリジス)が現れ世界各国からIS学園に代表候補生を派遣することが決まり、更に卒業による戦力低下を避けるために専用機持ちは卒業後もIS学園に留まることが決定した今、ギリシャとしてはこれに乗っからない理由がなかった。

 

 とはいえIS学園には既にギリシャ代表候補生にして専用機【コールド・ブラッド】を持つフォルテ・サファイアが居たため、対外的にどう説明してIS学園に転入させようかという悩みがあった。そこに来ての今回の植物型襲来である。

 

 『乗るしかない、このビッグウェーブに』。ギリシャはIS学園への増援を真っ先に提案し、他の国もギリシャの目的が自国の最新鋭機の運用試験だと見抜きながらも、それを受け入れた。それだけ植物型を重く見たのである。

 

 そのことに気付いている者と気付いていない者に分かれる中、楯無は扉の方に向かって声を掛けた。

 

「それじゃ、ベルベットちゃん。入ってくれる?」

 

――シーン……

 

「……あら?」

 

「廊下に誰も居ませんよ、会長。」

 

 誰も入ってこないことの首を傾げる楯無に天羽飛鳥が誰も居ないことを教える。

 

「おかしいわね。この時間に廊下に待機してもらうように言っておいたんだけど。」

 

「迷ってるんじゃない?ここって広いし。」

 

「それはないわ。ダリルちゃんに案内を頼んだもの。」

 

「そのダリルも居ないっスよ?」

 

 フォルテに言われて改めて集まった面々を見渡した楯無は、その中に特徴的な金髪巨乳長身の姉御が居ないのを確認して再び首を傾げた。

 

「……なんでー?」

 

「いや知らないっス。私だって四六時中一緒に居る訳じゃないっスから。」

 

 「学年違うし、友達付き合いとかあるし」と言いながらフォルテはISのコア・ネットワークでダリルの専用機【ヘル・ハウンド】の位置を探す。イノベイターになった今人1人探す程度造作もないが、手癖のようなものだ。

 

「第3アリーナに居るみたいっスね。あと何かIS展開してるみたいっス。」

 

「え、まさか戦ってるの?」

 

「じゃないっスか?」

 

 改めて言うが、現在はホームルーム前の空き時間である。

 

「決着つかなくないかしら?」

 

「IS学園で勉強してた分ダリルの方が有利っスけど、火力はそこまでっスから時間は掛かるっスね。」

 

 アップグレードはしているが、数年前の機体であるヘル・ハウンドでは最新鋭の機体を操る転入生、それも同じ3年生が相手では倒すのに時間が掛かる。

 

 ホームルームまでに決着がつかないと考えた楯無は、フォルテに2人を呼び戻すように伝えてから改めて放課後に集まるように全員に言って解散した。

 

 

 

 

 3学期最初の授業が終わった放課後。改めて集まった専用機持ちたちの前で赤い長髪の少女が顔を強張らせながら現れた。

 

「という訳で、ベルベットちゃんよ。さあ、挨拶をどうぞ。」

 

「……朝はごめんなさい。ベルベット・ヘル、ギリシャ代表候補生。18歳、3年生。」

 

 言葉少ないながらも自己紹介した少女はペコリと頭を下げた。

 

「ギリシャ代表候補生ってことは、フォルテが前に言ってた人?」

 

「そうっスよ。表情がちょっと硬いのと口下手なせいでボッチ気質っスけど、みんなも仲良くしてあげて欲しいっス。」

 

「フォルテ……。」

 

 フォルテの言い草に何か言いたげなベルベット・ヘルだったが、「私がIS学園(こっち)に来てから何人本国で友達出来たっスか?」という質問に口を噤んだ。

 

「あと見た目に反して子どもとかかわいい動物が好きっス。」

 

「フォ、フォルテ……!」

 

「私仲良くなれそう。」

 

「飛鳥、自重。」

 

 その後も親友のかわいいポイントを次から次へと語るフォルテにベルベットが赤面しながら止めにかかり、その様子を見た専用機持ちたちに外見からの第一印象を完全に忘れさせた。

 

「他にもコーヒーはミルクと砂糖を入れないと飲めなかったり、私が誕生日にプレゼントしたぬいぐるみを抱き枕にしてたり――。」

 

「フォルテ……!」

 

「(可愛いなこの人。)」

 

 いかにも『氷の魔女です』という感じのクールな外見とは裏腹に、フォルテによって暴露されていくエピソードがいちいちかわいい。

 

 これがギャップ萌えか、と年頃の少女たちが理解する頃には、髪色と同じように耳まで赤くした氷の魔女はただの少女になっていた。

 

 

 

 

『何度聞いてもギャップ萌えの徒にしか聞こえないよなぁ。』

 

『イージス残留ルートじゃないと聞けないからねぇ、これ。』

 

『これで加入がもうちょっと早ければ覇権もあっただろうに……。』

 

『新ヒロインを随時投入する戦法なのが悪い。』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第94話 ギリシャ対決、それは防御結界への道

「それでベルベットちゃん。どうして朝ダリルちゃんと戦ってたのかしら?」

 

「それは……。」

 

 フォルテ・サファイアによる親友のかわいいポイント暴露が本人によって強制終了され、専用機持ちたちの自己紹介が終わった後。更識楯無からの質問にベルベット・ヘルは口を噤んだ。どうやらあまり言いたくないことらしいと織斑一夏以外は察した。

 

「オレがフォルテのパートナーだって知って、親友を任せられるかを確認しに来たんだよ。フォルテお前、いい友達持ったなあ。」

 

 だがダイル・ケイシーによって即行でバラされた。時と場合によっては秘密をサラッと話す彼女にその胸の内を打ち明けてしまった、今朝のベルベットの過失である。

 

「へえー……。」

 

「……な、なに?」

 

 さっきまでの暴露話とはまた別の羞恥で頬を赤くするベルベットをニヤニヤと見つめるフォルテ。その視線に更に頬を赤くしたベルベットが口を開くと、フォルテは更にニヤニヤした。

 

「いや別に、すっごく大事にされてるな~、って改めて実感しただけっス。」

 

「……だって、親友だもの。」

 

 恥ずかしそうに、けれどはっきりとそう言ったベルベットが耳まで赤くする。フォルテは少しの間キョトンとしてから、それまでのニヤニヤ顔ではなく本当の笑顔で笑った。

 

「持つべきものは親友っスね!」

 

「……そうね。」

 

 笑うフォルテにつられるようにベルベットも小さく笑った。

 

 

 

 

『なお原作では殺し合う模様。』

 

『大体亡国機業(ファントム・タスク)のせい。』

 

『原作でもちゃんと話し合ってれば解決したんだけどなぁ。』

 

『離反してもろくに情報共有されてないの可哀想だよね。』

 

『まぁオータムも詳しく知らないらしいから仕方ないんだけど。』

 

『オータムすぐ捕まるから情報抜き放題になっちゃうからねぇ。』

 

『オータムだけ弱すぎる……。』

 

 

 

 

 場所は変わって第3アリーナ。観客席に座った専用機持ちたちはその時を今か今かと待ちわびていた。

 

「それじゃ、ベルベットちゃんとフォルテちゃんのギリシャ対決よ!」

 

 事の発端はやはり楯無だった。転入生との交流もそこそこに、開いた扇子に『勝負!』の文字を浮かばせた楯無が笑顔でそんなことを言った。

 

「ほら、2人とも互いにどれぐらい強くなったか知りたいでしょ?私たちもベルベットちゃんのISのこと知りたいし、戦ってほしいの。」

 

「私はいいっスよ。ベルベットはどうっスか?」

 

「私も構わない。」

 

 とんとん拍子でことは運び、ベルベットとフォルテが戦うことになった。

 

 どこで知ったのかギリシャ対決を聞きつけた一般生徒たちも観客席に集まる中、2人のギリシャ代表候補生はそれぞれのピットから飛び出した。

 

「「「おおっ!!」」」

 

 やはり視線が向かうのはベルベットの方だった。珍しさもあるが、何よりそのデザインが目を引いた。

 

 全体的には黒で(ふち)取られた白のフレームだが、右半身には青、左半身には赤のパーツがついている。形状こそ左右対称だが、色彩的には右と左で正反対。その珍しいとしか言えないデザインに驚き混じりの歓声が上がる。

 

 早速拡張領域(バススロット)からハルバ―ドを取り出し手に持ったベルベットに対し、フォルテはいつもの様にイメージ・インターフェースで氷の武器を作りそれを手に取った。

 

「そう言えばいっつも氷で武器作ってるけど、アイツ何か装備積んでないの?」

 

 カウントダウンを待つ間、凰乱音がふとそんなことをダリルに聞いた。

 

 確かに、フォルテが武器を展開(コール)したところを見たことがない。乱以外からも視線が集まる中、ダリルはすぐに口を開いた。

 

「あるぜ。」

 

「何で出さないの?」

 

 至極当然の質問が続いて飛び出す。確かにフォルテのIS【コールド・ブラッド】の分子運動を停止させ冷気を操る第三世代技術は便利だが、遠距離にしろ近距離にしろ、何かしら武器を出した方が良いはずだ。

 

 その疑問にダリルはすらすらと答えていく。

 

「銃は単純に弾薬補給が面倒だからってのもあるが、何より邪魔になるから出してない。」

 

「邪魔になる?」

 

 スリットの深いスカートから覗く足を組み変え、ダリルはフォルテを見た。

 

「すぐ壊れるんだよ。コールド・ブラッドの冷気に材質が耐えられねえんだ。使えない訳じゃねえが、氷で武器用意した方が後々の補給が楽だから使ってねえ。おら、分かったら前向け前。始まるぞ。」

 

 ダリルがそう言った時、カウントダウンが0になった。

 

 

 

 

 ギリシャ製第三世代IS【ヘル・アンド・ヘブン】は、IS学園で結成されたイージスコンビが起こした防御結界を単機で形成することを目的に作られた機体である。

 

 プラスとマイナス両方向の熱を操るイメージ・インターフェースを搭載し、炎と氷を操るこの機体はスペック上、防御結界による鉄壁の防御力を備え、更に氷塊や火球による攻撃さえも可能という代物だ。

 

 ベルベットはまだ防御結界を構築することはできないが、氷塊や火球での攻撃はできるし、何なら脚部にあるコンテナにはミサイルなどがたんまりと入っている。その火力は簪の打鉄弐式に次ぐ。

 

 だが、その火力を使ってもベルベットはフォルテを攻め切ることが出来なかった。

 

「くっ……!」

 

 放ったミサイルが、マイクロミサイルが、榴弾が、火球が、氷塊が、それら全てがより練度の高い氷によって阻まれる。

 

 機体スペックは間違いなくヘル・アンド・ヘブンの方が上だ。コールド・ブラッドは第三世代が開発されるようになった初期の頃の機体であり、機体スペック自体は第二世代最後発のラファール・リヴァイヴ以下である。イメージ・インターフェースの出力も最新鋭であるヘル・アンド・ヘブンの方が上だ。

 

 しかし、その差を埋めて余りあるほど、()()()()()()()()()

 

「ちょっとずるいっスけど、私も負ける気はないっスから、やらせてもらうっスよ。」

 

 目を金色に輝かせたフォルテが笑う。特大の氷塊を瞬時に作り出し、それをベルベットに向けて射出した。

 

 結局、ギリシャ代表候補生対決は時間こそかかりはしたが終始圧倒したフォルテが勝利したのだった。

 

 

 

 

「ま、今朝初めて戦ったにしちゃあ、頑張った方じゃねえの?」

 

 フォルテとベルベットのギリシャ対決を見届けたダリルは、パートナーであるフォルテの勝利に喜ぶでもなく、知ってたと言わんばかりの声音でそう言った。

 

「今朝初めて戦ったとはどういうことだ?」

 

 ダリルの言葉にギョッとした顔でラウラ・ボーデヴィッヒが尋ねる。ラウラにはベルベットの動きが今朝初めて戦った──つまり今回で2回目の実戦の動きだとは思えなかった。

 

 機体の完成時期から考えて、専用機の受領からそう日は経っていない。専用機の起動時間は長くても100時間程度だろう。それを加味すれば今朝初めて戦ったというのも確かに頷ける話ではある。

 

 だが最新鋭の機体スペックに振り回されずに、何より氷と炎を操るイメージ・インターフェースを実戦に使えるレベルで専用機を習熟している。それは訓練だけで出来ることではない。幾度かの実戦を経験して初めて出来るようになることだ。

 

「あれは何度もあの機体で戦ったことがある者の動きだ。今朝初めて戦った機体の動きではない。ギリシャで戦っていたのではないのか?」

 

 ラウラの語るその理屈は正しい。だが、何事にも例外というものがある。

 

「イメトレ。」

 

「なに?」

 

「イメージトレーニングだ。ベルベットがあの機体でやった実戦はそれだけらしい。今朝本人に聞いた。」

 

 ベルベット曰く、フォルテがIS学園に入学してからは対戦相手が居なかったらしい。コミュ障なので自分から誰かを誘うことが出来ず、ボッチ気質なので誰かに誘われることもなく――

 

「――で、仕方なくずっとイメトレしてたんだとよ。」

 

「バカなのか?」

 

 ボッチ気質のコミュ障とフォルテが言っていたが、想像の10倍ぐらい酷い気がする。眩暈(めまい)がした頭を押さえてラウラは思わず心の底からの言葉を口にした。

 

「まあ基礎の訓練は1人でも出来るもんだし、イメトレもそう悪いことじゃない。現実との誤差は今朝オレとやり合った時にあらかた修正して、それで()()だ。」

 

 終始フォルテが圧倒してこそ居たが、その動きは軍人のラウラをして何度も実戦をしていたと勘違いさせるほどのもの。

 

「強くなるぜ、あいつは。」

 

 珍しく上級生らしい視点で語るダリルの視線を追うように、アリーナの地面に立ってフォルテと話すベルベットに全員の視線が突き刺さった。

 

 

 

 

『戦力としてならイージスコンビが居れば十分なんだよなぁ。』

 

『防御結界覚えるまで結構掛かるしねぇ。』

 

『あとモンド・グロッソに出てこられると面倒臭い。』

 

『機体スペックは第三世代の中でも上から数えた方が早いからね、ヘル・アンド・ヘブン。』

 

『育てなくても普通の代表候補生程度には強いし、放置でいいかなぁ。』

 

 

 

 

「ヘル・アンド・ヘブン、派手だったなぁ。」

 

「炎とか氷をバンバン出すからね、そりゃ派手になるよ。」

 

 葉加瀬なのはの工房に戻った天羽飛鳥は、キーボードを叩くなのはを膝に抱えながら今日見たベルベットの専用機について話していた。

 

「それもだけど、色がさ。」

 

「色?」

 

「右と左で色が違った。青と赤で。」

 

「……視覚的に色付けすることでイメージ・インターフェースを使いやすくしてる?変な癖付きそうだけど。」

 

 寒色の青を配置した右側で氷を、暖色の赤を配置した左側で炎を使うとすれば、確かに2種のイメージ・インターフェースは比較的簡単に使えるようになる。

 

 だがいざという時に逆側での炎や氷の使用に支障が出るんじゃないかとなのはは思った。

 

「まぁイメージ・インターフェースが使えるなら良いんじゃない?防御結界は苦労しそうだけどね。」

 

「普通のマルチタスクじゃ難しいからなぁ。」

 

 炎と氷のイメージ・インターフェース。それを1人で操り防御結界を作るのは、複数のビットを操るのとは訳が違う。

 

 方向性が全く逆なのだ。炎と氷の同時使用はともかく、防御結界は右を見ながら左を見るようなもの。普通1人でやることではない。それこそイージスコンビのようにそれぞれのイメージ・インターフェースを持った2人でやる。

 

 なのはが単機での防御結界使用を目的とした機体を作るとしたら、防御結界は単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)として設定し、IS側にある程度自動化してもらう。

 

二次移行(セカンド・シフト)に期待かな。」

 

「だねぇ。」

 

 飛鳥もなのはも、ベルベットの成長に手を貸す気はない。自分たちが手を貸さずとも成長することが目に見えている。

 

「防御結界の使い方は防御結界を使える人に聞くべきだよね。」

 

 

 

 

「よぉし、ベルベット。これからオレたちがお前の面倒を見てやる。」

 

「頑張るっスよー。」

 

 ISスーツ姿でアリーナに立つダリルとフォルテが不敵に笑い、その正面に立ったベルベットが傍からは分からないが困惑した顔でそれを見つめる。

 

「とりあえずの目標は防御結界の形成だが、二次移行(セカンド・シフト)でもしねえ限り1年以内に覚えるのは無理だ。」

 

「というか、そう簡単に覚えられたらイージスの立つ瀬がないっス。」

 

「だからまずお前にはイメージ・インターフェースの使い方を叩き込む。機体制御は特に問題ねえからな。」

 

 言いながら、ダリルは専用機ヘル・ハウンドを身に纏った。

 

「炎でも氷でもいいから撃ってこい。ただしそれ以外は使うな。」

 

「……分かったわ。」

 

 ダリルに言われてベルベットも専用機ヘル・アンド・ヘブンを展開する。無手の状態でいつでもイメージ・インターフェースを使えるようにしながらPICで浮かび上がった。

 

「こっちからも炎を撃つ。避けてもいいしイメージ・インターフェースで防いでもいい。実戦形式でその機体の使い方を覚えろ。」

 

「……貫け。」

 

 氷塊を形成したベルベットがそれをダリルに向かって射出する。

 

「ぬるい。」

 

 その氷の弾丸にダリルが金色に輝く眼を向けると、それはダリルに届く前に融けて無くなった。

 

「……!」

 

「今朝はやらなかったが、オレとフォルテのイメージ・インターフェースは互いに練度が高い方が相手の攻撃を無効化できる。」

 

 肩部に浮かぶ獣の頭から漏れる炎を手元に移しながらダリルはオープン・チャンネルでベルベットに話し掛けた。

 

「これは防御結界の基礎だ。これが出来るぐらい練度を高くしねえと防御結界は出来ねえし、これが出来ねえ内はお前はその機体を使いこなせたとは言えねえ。」

 

「これが、防御結界の……。」

 

「もっと冷やせ。もっと燃やせ。まずはそれからだ。おら、いくぞ!」

 

 ダリルは手元の炎をベルベットに向かって放つ。

 

 それに対してベルベットは右手を向け、イメージ・インターフェースでの無効化をしようとして顔を顰め、氷壁を張って防いだ。

 

「出来ない時は防げ、避けろ。スパルタでいくぞ!」

 

「……来なさい!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第95話 成長、それは鍛錬

『どうも皆さん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい。天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『前回ギリシャ(ベルベット・ヘル)が来ましたが、亡国機業(ファントム・タスク)はISコアを横流ししたことで動かない上にイージスコンビが離反してないので、彼女のストーリーは一夏に堕とされて終わりです。』

 

『覚醒【復讐者】になってない*1ギリシャはすぐ一夏に堕ちるからねぇ。』

 

『覚醒ないのと防御結界使えないの合わせて戦力として期待できないんだよなぁ。という訳で放置します。』

 

『正直早く九尾ノ魂が参戦して欲しい。零落白夜なしで絶対天敵(イマージュ・オリジス)の群れを1人で倒せるアレが欲しい。』

 

『九尾ノ魂は謎に強すぎるんだよなぁ……。』

 

 

 

 

 ベルベット・ヘルが転入してから数日。

 

「ほらほら、頑張るっスよー。」

 

「……っ!」

 

 第3アリーナ上空。フォルテ・サファイアが連射する氷弾をイメージ・インターフェースで溶かすベルベットを横目に見ながら、ダリル・ケイシーはシャルロット・デュノアの操るリィン=カーネイションと戦っていた。

 

「はぁ、はぁ……っ。」

 

「武器の扱いは相変わらず巧いな。でもイメージ・インターフェースの扱いがなっちゃいねえ。」

 

 リィン=カーネイションが持つイメージ・インターフェース、【花びらの装い(ル・ブクリエ・デ・ペタラ)】。思考によって操作するエネルギーシールドは実弾兵器を受け流し、実弾兵器でなくとも一定の防御力を発揮する。

 

 シャルロットのかつての専用機であるラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡから機体スペックがかなり上がったリィン=カーネイションは、実戦と訓練で普通の機体としての習熟は既に終わっている。

 

 しかしイメージ・インターフェースだけは未だに十分に扱えないでいた。

 

「使えてるだけじゃ意味ないぞ。」

 

 【花びらの装い(ル・ブクリエ・デ・ペタラ)】習熟のためにわざわざ量子変換(インストール)したマシンガンをリロードしながら、ダリルは息を切らすシャルロットに語り掛ける。

 

「本当なら飛鳥かフォルテか、それこそリヴァイヴ名人の山田先生に聞くのが1番良いんだが、まあ手が空いてるのが今はオレだけだからな。面倒だが教えとく。」

 

「教えるって、一体何を……?」

 

「んなもんアレだよアレ。」

 

 ダリルはシャルロットに向かってニヤリと笑い、

 

「必殺技だよ。」

 

 そう言って、ヘル・ハウンドの肩部にある獣頭から炎を噴出させた。

 

 

 

 

 第6アリーナ。高速飛行実習という、普段はそうやらないことのために存在するそこは基本誰も使用しないのだが、今日はそこを翔る青い影があった。

 

 それは葉加瀬なのはから貰った専用換装装備(オートクチュール)【オーバーライト】の特殊システム【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】の使用にある程度慣れて来たセシリア・オルコットが、限界を実感するために始めた飛行だった。

 

 第四世代――それも紅椿のそれに匹敵する速度でコースを回ったセシリアは1度地上へと降り、ブルー・ティアーズのBTエネルギー残量を見て「はぁ」と息を吐いた。

 

「やはり、まだまだ【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】を扱い切れていませんわね。」

 

 専用換装装備(オートクチュール)【オーバーライト】をインストールしたブルー・ティアーズは飛躍した性能とは引き換えに燃費が悪化する。5分動けばいい方で、その燃費の悪さを【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】のBTエネルギー吸収で賄っている。

 

 逆に言えば、【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】を十全に使えなければやはり燃費が悪いのだ。

 

 現に今セシリアがちょっと高速飛行しただけで、BTエネルギーの吸収にロスが出てしまった。

 

「練習あるのみとはいえ、上達が実感しにくいのは何とも……。」

 

「あれ、セシリア?」

 

 僅かに暗い表情になったセシリアに、セシリアもよく知る声が掛かった。

 

「鈴さん?こんな場所に来てどうしましたの?」

 

 中国代表候補生、凰鈴音がISを展開してそこにいた。

 

「【青龍】の習熟。【白虎】と【朱雀】、あと【玄武】は絶対天敵(イマージュ・オリジス)相手によく使うけど、【青龍】だけはあんまり使わないから練習しに来たのよ。」

 

 セシリアの問いかけに鈴はそう言った。

 

 鈴がなのはから貰った専用換装装備(オートクチュール)黄帝(ファンディー)】の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)天之四霊(ティェンヂィースーリン)】。攻撃・防御・拘束・加速の4つの使い道があるおよそ万能の能力。

 

 その中で攻撃力を上げる【朱雀】、壁を形成する【白虎】、相手を拘束する【玄武】は絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦闘でよく使うことになるのだが、加速させる【青龍】だけはあまり使い時がない。

 

 自分自身どこまで加速できるのか未だに分かっていない鈴はその限界を知るために第6アリーナまでやって来たのだという。

 

「せっかくだしレースしてみる?」

 

「いいですわね。わたくしも変化が欲しかったところですわ。」

 

 鈴の提案に乗ったセシリアはアリーナのシステムにアクセスし、レース用の複数人タイム測定モードを起動する。

 

「準備は?」

 

「いつでも。」

 

「それでは。」

 

 アリーナのシステムとリンクした2人のISにカウントダウンが表示される。

 

 それが0となった瞬間、2つの機体は空を翔けた。

 

 

 

 

「むむむ~。」

 

 IS学園にいくつもあるIS用整備室。その中の1つで1人の少女が唸っていた。

 

「うーん、イメージ・インターフェースってこれでいいのかな~?」

 

 少女が頭を捻る。

 

「なんかもうちょっと綺麗に出来そうなんだけどな~。」

 

 無駄がある気がする、と言いながらシステムを見る少女だが、初めて触る部分故に勝手が分からない。

 

 どうしたものかと考えていると、ふと思いついたのか少女は顔を上げた。

 

「そうだ~!博士に聞きにいこ~!」

 

 そうと決まればしゅっぱーつ!と言って、少女はそのまま整備室を出ていった。

 

 整備室には、1機のISが残されていた。

*1
フォルテ・サファイアが離反していない場合、ベルベット・ヘルは覚醒を覚えない




九尾ノ魂とかいう、打鉄弐式と白式雪羅が援護する所を単機で絶対天敵(イマージュ・オリジス)の群れを倒す奴。雷で特効でもあるんですかね……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第96話 呼び声、それは地下から

「博士~!」

 

 工房の扉が開くのと同時に聞こえて来た明るい間延びした声に、葉加瀬なのははキーボードを叩く手を止めないまま振り返らずに答えた。

 

「製作依頼なら今は無理だからね。」

 

「そんなんじゃないよ~。ただちょっと聞きに来ただけ~。」

 

 そう言って手が完全に隠れる萌え袖を振りながら、生徒会書記にしてIS学園整備科期待の新人、布仏本音はニコニコと笑った。

 

「イメージ・インターフェースがね~、もう少~し綺麗に出来るんじゃないかな~って思うんだけど、どうしたらいいのか分からないんだ~。」

 

 一応動かせそうな段階にはなったが、もう少しスマートにシステムを組めるのではないか。もしそうならどう弄ればいいのかのアドバイスが欲しいと本音は言う。

 

 そんな本音になのははキーボードを叩く手を止めないまま尋ねた。

 

「答えが欲しい訳じゃないんだ。」

 

「その方が楽チンだろうけど~、()()()()だしね~。自分で作りたいんだ~。アイデアだけで十分十分~。」

 

 如何にも自堕落で面倒臭がりですというのほほんとした雰囲気とは裏腹に、本音は回り道も寄り道もする。真っ直ぐ最短で答えに向かう道があろうと、時には非効率と言われるような道に進む。

 

 理由はただ1つ。そうしたいと思ったから。本音にとってはそれだけの理由があれば非効率な道にも進めるのだ。

 

 打算も野心もない、本音(ホンネ)しかない純真な心。イノベイターに変革するまでもなく他者と分かり合える人間。

 

 そういう本心を言う人間をなのはは好ましく思うし、手助けすることにしている。

 

「およそ30000。」

 

「?」

 

 なのはの口から出た数字に本音は首を傾げた。

 

「ボクが前に作った()()()()()()()()()()()()()()()()()()はアルファベット換算でおよそ30000字になった。そっちは?」

 

「ん~っとね、確か80000字だったかな~。」

 

「なら余分な文字が20000字はある。それを消してシステムを整えれば50000字程度には抑えられる。出力部分をよく見るといい。」

 

 すらすらとキーボードを叩く手を止めずに語られるアドバイスを覚えながら、本音はキョロキョロと工房を見渡した。

 

「ありがと~博士~。戻って見てみるね~。ところで~、ふくかいちょーはどうしたの~?」

 

 最近ずっとなのはの世話をしている天羽飛鳥の姿がないことが気になったらしい。本音の疑問になのははキーボードを叩きながら答え――

 

「飛鳥なら今地下に――。」

 

「地下?」

 

「――今のなし。」

 

 ――答えようとして途中で止めた。

 

 IS学園の地下。大きな人工島であるIS学園全体の電力を賄う発電施設などがある一般生徒立ち入り禁止区画。

 

 来年度には生徒会長となることが確定している飛鳥は、引き継ぎの関係で3学期となった今は生徒会長と同等の権限を持っているため、地下に立ち入ることが出来る。しかし地下に何か用事があるのだろうか。

 

「うん、わかった~。」

 

 疑問に思った本音だったが、なのはが『今のなし』と言ったのでそうした。

 

「じゃぁね~。」

 

 アドバイスが貰えた本音はそのまま帰っていく。

 

 工房のドアが閉まってしばらくしてから、なのはは息を吐いた。

 

「作業してると条件反射で口から出る癖、どうにかならないかねぇ……。」

 

 

 

 

 IS学園地下、地熱発電所。そこに向かって歩きながら、飛鳥は聞こえてくる声に耳を傾けた。

 

【来て。誰か、来て。】

 

「うーん、呼ばれてるのは確かだけど、相変わらずよく分からないんだよなぁ。」

 

 何度か聞いた絶対天敵(イマージュ・オリジス)の声。イノベイター歴の長い飛鳥だから気付けたか細い――()()()()()()()()()()()その脳量子波に導かれるままにここまで来た飛鳥は、遂に地熱発電所の前に辿り着いた。

 

「地下じゃ邪魔になるからフルセイバーは外して来たけど……まぁ、何とかなるかなぁ。」

 

 扉を開ける。

 

「――樹?」

 

 ――そこにあったのは、球根のような形状になった樹。ついこの間街中に現れた植物型に似た絶対天敵(イマージュ・オリジス)

 

 亜種か上位種か、最低でも植物型と同程度には強いのだろうと当たりを付け、飛鳥はその絶対天敵(イマージュ・オリジス)に近付いた。

 

「来たよ。どうしたの?」

 

【いや、嫌なの。こわいの。】

 

「……怖い?」

 

 どうにか読み取れた感情に目を見開く。

 

「まさか――。」

 

【誰か、誰か――!!】

 

 瞬間、雷鳴が轟いた。

 

「危なっ!」

 

 緊急展開したダブルオークアンタのGNシールドで雷を受け止め、飛鳥は絶対天敵(イマージュ・オリジス)から距離を取った。

 

「っ、やるしかないか。GNシステム、粒子貯蔵量を10%から20%へ。」

 

 音声入力でGN粒子の貯蔵上限を引き上げながら、飛鳥はGNソードⅤを右手に持った。

 

「シールド抜けるかなぁ。まぁ頑張ればどうにかなるか。」

 

【いや――!!】

 

「ダブルオークアンタ、天羽飛鳥!未来を切り拓く!」

 

 誰にも気付かれないようにGN粒子を散布してセンサーを妨害しながら、PICとGN粒子の力で床を滑るように移動して植物型絶対天敵(イマージュ・オリジス)に肉薄する。

 

 今のダブルオークアンタは専用換装装備(オートクチュール)であるフルセイバーを装備していない。IS学園の地下に入るには大剣であるGNソードⅣフルセイバーは邪魔になると思って事前に外して来た。

 

 フルセイバーがない以上、最近ではもはやお馴染みとなっていた絶対天敵(イマージュ・オリジス)のシールドバリアーを強引に突破しての早期撃破は出来ない。となれば、時間は掛かるが攻撃し続けて倒すしかない。

 

【こないで!】

 

「ソードビット!」

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)が放った火球をGNソードビットによるGNフィールドで防ぎ、防いだ際に生じた煙を突き破って一気に距離を詰めるとGNソードⅤで斬りかかった。

 

「かたっ!?」

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)に当たったGNソードⅤの手応えに驚きのあまり声が出る。

 

「(これ、フルセイバーあっても防御抜けなかったかもなぁ。)」

 

 街中に出た樹木のような絶対天敵(イマージュ・オリジス)よりも堅い防御。飛鳥をして無条件で突破できる零落白夜が欲しくなる程のそれに冷や汗を流す。

 

「でも……。」

 

 その守りに向かってGNソードビットとGNソードⅤによる連撃を叩き込んでいく。

 

「ダメージは通る!」

 

 徐々に傷付いていく絶対天敵(イマージュ・オリジス)()()。堅さはそれこそ篠ノ之束の操る最強のIS【群咲】の展開装甲以上だが、別世界からエネルギーを拝借しているパイプを更に太くして常時エネルギーを補給している群咲と違って、消耗したエネルギーが回復することはない。

 

 つまり束とは違って、僅かな勝ち筋を狙う必要のない相手。

 

【はなれて!】

 

「っと!」

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)が出した水流を躱し、1度距離を取る。

 

「とはいえ、堅いものは堅いし、どうしようかなぁ。」

 

 ダメージが通らないこともないが、HP10000の相手にダメージ1を与えられたとして意味はあるのか……今はほぼそういう状況である。倒せるまで攻撃すればいいというのは真理ではあるが、もっとスマートな戦い方がないかと思考を巡らせる。

 

「ゼロシステム使おうかなぁ……。」

 

 現在は起動していないゼロシステムを起動してしまおうかと考えて、頭を振って取り止める。未来予測を始めとするゼロシステムの機能は便利ではあるが、あまり依存していいものではない。というかゼロシステムを戦闘中に使うと、第一候補にライザーソードを提案してくるので使いたくない。地下だろうとお構いなしに提案してくるのは普通に欠陥だと飛鳥は改めて思った。

 

「トランザムは対話領域が出来ちゃうから出来ないしなぁ。」

 

 こういう時こそトランザムでの出力強化だが、絶対天敵(イマージュ・オリジス)相手にトランザムを使うと放出量が増えたGN粒子による対話領域が形成されてしまうせいで飛鳥は倒れてしまう。そのせいで絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦うのにフルセイバーを使う必要があったほどだ。

 

 どうしたものかと考えながら絶対天敵(イマージュ・オリジス)の放つ弾速の早い雷撃をGNシールドで防ぎ、攻撃力の高い火球をGNフィールドで防ぎ、押し流そうとしてくる水流を躱し、押し潰そうとしてくる氷塊をGNソードビットで斬り裂き、攻撃を掻い潜って近付いてダメージを蓄積していく。

 

【いや!いやあぁぁぁ!!】

 

「うーんほのかに湧いてくるこの罪悪感……なんか子供を虐めてるみたいな……。」

 

 戦闘を続ける内にこの戦闘がIS学園側にバレないようにセンサー妨害目的で散布しているGN粒子によって強化されたイノベイター能力が、どことなく罪悪感を感じさせてくる。相変わらず絶対天敵(イマージュ・オリジス)の想いはよく分からない飛鳥だが、それでも少しなら分かるようにはイノベイター能力が成長している。

 

 そのイノベイターとしての飛鳥が感じている罪悪感。大人げなく子供をボコボコにしているようなそれは、今までの絶対天敵(イマージュ・オリジス)からは感じられなかったものだ。

 

「もしかして子供?うーん、分からん。」

 

【こないで!こないでよぉ!】

 

「もしそうなら早めに終わらせたいんだけどなぁ……強引に行くか?」

 

 GNソードⅤに散らばらせていたGNソードビットを合体させ、そうして出来上がったGNソードⅤ・バスターライフルモードで今まで攻撃を集中させてきた位置にビームを撃つ。シールドバリアーに当たって(はじ)けるビームが床を溶かすが、それ以上に絶対天敵(イマージュ・オリジス)にダメージを与える。

 

「よし!」

 

 ビームのダメージで僅かに動きの鈍る絶対天敵(イマージュ・オリジス)に突っ込み、そのままバスターライフルモードからバスターソードモードに変形させて()()を割り砕く。

 

「さぁ、出てきて。すぐに終わらせるから!」

 

 球根のようになった植物型絶対天敵(イマージュ・オリジス)の外殻。その中にいる()()()に向かって声を掛ける。

 

【いやあああああ!!】

 

「っ、『声』が大きいな……。」

 

 空気を振るわせることのない、心の中での産声。それに頭を痛めながら、GNソードⅤに合体しているGNソードビットを解き放つ。

 

「クアンタ、セブンソード・コンビネーション!」

 

 7本の剣による連携攻撃が、植物型絶対天敵(イマージュ・オリジス)の中から現れた人型にも見える異形の絶対天敵(イマージュ・オリジス)に殺到する。

 

【こないでぇ!】

 

「これで、終わらせる!」

 

 人の形に近付いたことで動きが分かりやすくなった絶対天敵(イマージュ・オリジス)の動きを封殺し、飛鳥は渾身の力でGNソードⅤを振るった。

 

【あ、ああああああ!!!】

 

 思念に叫びが乗って聞こえてくる。断末魔のようなそれを上げながら、絶対天敵(イマージュ・オリジス)のコアから現れた絶対天敵(イマージュ・オリジス)はクリスタルとなって砕け散った。

 

「ふぅ~……ん?」

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の放っていた水流で僅かに濡れている床に降り立ちISを解除した飛鳥は、一息つくと微かに聞こえた声に近付き、クリスタルの中から緑色の物体を拾い上げた。

 

「……ごめんね。私のこと、嫌ってもいいよ。」

 

 そうその緑色の物体――絶対天敵(イマージュ・オリジス)のコアに向かって話し掛ける飛鳥は美しいクリスタルには目もくれず、コアだけを持って地熱発電所を後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第97話 天羽飛鳥、ママになる

「お帰り。何かあった?」

 

「ただいま。うん、この前街に出た植物型の亜種みたいなのが居た。」

 

 葉加瀬なのはの工房に戻ってきた天羽飛鳥は、出迎えたなのはの問いに答えながら部屋の片隅に置いてあるコンテナを開け、その中から地下に潜るために外していたダブルオークアンタの専用換装装備(オートクチュール)であるフルセイバーを取り出すと、ダブルオークアンタに量子変換(インストール)する作業を始めた。

 

「大丈夫?1人で出来る?」

 

「へーきへーき。束さんに一通りは教わってるから。」

 

 普段なのはに任せっきりではあるが、飛鳥も代表候補生として相応の知識は持っている。ダブルオークアンタが空中に投影した仮想コンソールを弄り、フルセイバーの量子変換(インストール)を進めていく。

 

「で、何で呼ばれてた訳?」

 

 なのはも自身の作業の手を止めないまま飛鳥と話し始めた。

 

「それがさぁ、分からなかったんだよ。呼んでたのは間違いないんだけど、着いたら拒絶されちゃって。」

 

「クアンタを持って行ったからじゃないの?」

 

「それが原因かなぁ。怖がらせてたみたいだし、嫌われたかも。」

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)はISを狙っている。その原因は未だに分かっていないが、それは怒りに、そして恐怖に繋がることが原因だと分かった。

 

「そうだ、なのはこれ。」

 

「……コア?」

 

 飛鳥は仮想コンソールを叩く手を止め、なのはのデスクの上に地下から持ち帰ったコアを置いた。

 

「外殻壊したら中から出て来た人型っぽいのを倒したらそれ落としたんだ。」

 

「調べろって?今手が空いてないんだけど。」

 

「下手に弄ると後が怖いし、持ってるだけで良いと思うなぁ。私が持ってると戦う時に変なことになりそうだから、なのはが持ってて。」

 

「いいけど、これ狙いでここに何か来たら助けてね。」

 

「もちろん。量子ジャンプですぐ駆け付けるから。」

 

 フルセイバーの量子変換(インストール)準備を終え、自動処理に後を任せた飛鳥は立ち上がってなのはをイスから抱え上げ代わりに自分がイスに座り、膝の上になのはを乗せた。

 

「進捗はどのぐらい?」

 

「2割ってところ。単純に時間が掛かる作業はこれだから……。」

 

「束さんが手伝ってくれればもっと早いんだけどなぁ。」

 

「ほんとだよ!どこで何やってるんだあの人は!」

 

 憤慨するなのはの頭を撫でながら、飛鳥は欠伸をかみ殺した。

 

「ん、何?眠いの?」

 

「何か呼ばれた……行ってくる。」

 

「はぁ?」

 

 自分の髪に顔を埋め寝息を立て始めた飛鳥に困惑しながらも、なのはは仮想コンソールを叩き続けた。

 

 その側では、絶対天敵(イマージュ・オリジス)のコアが時折光を放っていた……。

 

 

 

 

「ここは……クアンタの花畑?」

 

 眠った飛鳥が降り立ったのは、ダブルオークアンタのコア人格が居る色とりどりの花が咲き誇る花畑だった。

 

「クアンタ、貴女が呼んだの?」

 

「私は場所を提供しただけ。呼んだのはあの子。」

 

「あの子?」

 

 指し示された方に目を向ければ、1人の幼い少女が花畑の花を摘んでいた。

 

 草木を思わせる色の髪と瞳。何だかんだ成長はしているなのはとは違って本当に幼いと分かる身体。そして今日聞いたばかりの脳量子波。

 

 地下で戦った絶対天敵(イマージュ・オリジス)、その意識がそこに居た。

 

「こんにちは。」

 

 近付いて膝を折り、目線を合わせながら声を掛ける。

 

「?こんにちは!」

 

 にぱー! と笑いながら挨拶してくる少女。戦闘中にあったこちらに対する恐怖はなかった。

 

「私は天羽飛鳥。あなたのお名前は?」

 

「レクイ・コンベ!」

 

「レクイちゃんか。レクイちゃん、どうして私を呼んだの?」

 

「聞いてくれるから!」

 

 笑顔で答える少女、レクイ・コンベは集めていた花を束ねて飛鳥に差し出した。

 

「遊ぼう!()()!」

 

「遊ぼっか。」

 

「ロリコンほいほい……。」

 

 一瞬で篭絡された主人に頭を抱えながら、コア人格は虚空からテーブルとイスを取り出し1人紅茶を飲んだ。

 

 

 

 

「……んぅ?」

 

「おはよう飛鳥。結局誰に呼ばれたの?」

 

「私の子ども。」

 

は?

 

 

 

 

『はい、これでゲーム内の私が絶対天敵(イマージュ・オリジス)の目的を知りました。』

 

『こうでもしないと人類側が絶対天敵(イマージュ・オリジス)の目的を知るのラスボス戦後になるからねぇ。』

 

『これを早く知りたいがために1人でコア型討伐してました。フルセイバー使うとフラグが消えるから外してな*1!外殻堅ぇよ!』

 

『生まれると記憶無くすけど、生まれる前のコア状態なら覚えてるので、ニュータイプとかガンダムファイターとかイノベイターとかXラウンダーでコアと対話可能な人はやってみようね。』

 

『因みに零落白夜で倒されるとコア状態でも記憶を無くします。ワンサマー君さぁ……。』

 

『余談だけどラストヒットが零落白夜じゃなければいいだけだから1人で倒す意味は全くないよ。飛鳥はせっかちだから1人でやったけど。』

 

『レクイちゃんは私の娘。異論は認めない。』

 

『このロリコンめ。』

 

 

 

 

「──間違いないんだな?」

 

 IS学園作戦本部。そこで織斑千冬と飛鳥の2人が話をしていた。

 

「少なくとも嘘はありませんでした。」

 

 飛鳥が地下発電所で戦った植物型絶対天敵(イマージュ・オリジス)から手に入れた、ISコアによく似たエネミーコア。その意識である少女レクイ・コンべ曰く、『絶対天敵(イマージュ・オリジス)がこの世界に現れるのは、ISコアが別宇宙にある絶対天敵(イマージュ・オリジス)たちの故郷からエネルギーを勝手に持って行くことに抗議するため』らしい。

 

「束さんも前に京都で『ISは別宇宙からエネルギーを貰ってる』って言ってましたから、間違いありません。」

 

「加害者は我々か……。ISの関連施設への襲撃も、デモの一環だというなら納得だ。」

 

 要するに、絶対天敵(イマージュ・オリジス)たちは盗電被害者で、人類は組織的どころか世界的に彼らの電気を無断で使っている状態なのだ。怒られて当然であるし、殴り込まれるのも仕方のないことだと飛鳥は思う。

 

「しかし、だからと言って奴らの破壊活動を見過ごすことは出来ない。」

 

 事情を知れば悪いのは明らかに勝手に絶対天敵(イマージュ・オリジス)たちのエネルギーを使っている人類側なのだが、だからと言って絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦わないという訳にはいかない。世界各国による会議の結果、『人類の総意』として絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦うことが決まっているからだ。

 

 もしこれを反故(ほご)にしようものなら、専用機が取り上げられるどころか代表候補生の資格さえ剥奪されかねない。飛鳥も流石にそんな事態は避けたいので気乗りはしないが戦わざるを得ない。

 

「それに絶対天敵(イマージュ・オリジス)が自分たちのエネルギーを奪うISを狙うなら、専用機持ちは否が応でも戦闘することになる。」

 

 そもそもからして絶対天敵(イマージュ・オリジス)が攻撃してくる以上、千冬が言うように身を守るために戦闘は必ず起こる。外装のないエネミーコアむき出しの状態ならともかく、普段目にするような機械の身体を持つ絶対天敵(イマージュ・オリジス)たちとの対話が未だに出来ない以上、飛鳥も人を守るために戦うことを選ぶ。

 

「根本的な問題解決には束にISコアを弄らせるしかない。」

 

 しかし、それではいつまで経っても終わらない戦いが始まるだけだ。

 

 ISコアを破壊、ないし封印を施すことでエネルギーの横取りを強引に解決することは出来るが、既に人類はISを手放せない以上、現実的とは言えない。

 

 となれば、ISコアを弄り別宇宙からエネルギーを貰っている部分を改変するしか残された解決手段はない。それが出来るのはISコアのブラックボックスを熟知し、全ISへの命令権を持つ篠ノ之束を置いて他に居ない。

 

「それなんですけど織斑先生。束さんと連絡取れたりしません?私もなのはもほとんどGN粒子がある場所に居る関係でスマホに連絡先入れてないんです。」

 

「あのバカとは音信不通だ。肝心な時に連絡が着かん。」

 

「京都で群咲のプライベートチャンネル教えて貰うんだったなぁ……。」

 

 2人揃って脳裏に浮かんだ『てへっ ミ☆』とウィンクしながら笑う親友/師匠にため息を吐く。

 

「それで天羽。お前が手に入れたエネミーコアについてだが。」

 

「分かってます。秘密、ですよね?」

 

「ああ。エネミーコアなんて代物を記録が残る状態で管理したくはない。研究材料として狙われでもすれば対応が面倒だからな。」

 

 「アメリカとかドイツとかロシアとか中国とか……」と対応が面倒な相手を列挙していく千冬の顔が苦虫を嚙み潰したように歪んでいく。脳量子波で千冬の感情が伝わってきた飛鳥の顔も歪む。それを見た千冬は思考を切り替え話を続けた。

 

「幸い、お前が地下で戦ったことは記録に残っていないし、エネミーコアのことも知られていない。そのままそっちで預かっていてくれ。」

 

「分かりました。」

 

 

 

 

『ちなみに早めに絶対天敵(イマージュ・オリジス)たちの目的を知ってると、アーキタイプ・ブレイカー中のランダムイベントでたまに出会える束さんに事情を話して、ストーリーを最終決戦に強制進行できます。』

 

『追加ヒロインたちは事後処理とかの関係でちゃんと転入してくるからやり得だよねぇ、これ。』

 

『まぁ肝心の温泉イベントの発生確率が低いからやっとくのが吉程度の域を出ないんだけど、知ってるとその後の会話がちょっと変わるからなぁ。』

 

『結局やり込み要素以上の意味はないから、やる時は考えてやろうね。』

 

 

 

 

「さて……それじゃなのは、私レクイちゃんと遊んでくるから。」

 

「行くな行くな。」

 

 なのはの工房。そこに置かれることになったエネミーコアの前でタオルケットと枕を持って横になろうとする飛鳥をなのはが引き留める。

 

「何でついさっき会ったばっかりの相手がそんなに好感度高いの?」

 

「どけ!私はレクイちゃんのママだ!それだけで十分!」

 

「飛鳥に子供はいない!目を覚ませ!そこに居るのは飛鳥を篭絡する悪魔だけだから!」

 

「悪魔でいい!1度でもママって言われたらママなんだ!」

 

「それだと寝惚けて先生をママって言っちゃった不良が先生の子どもになるだろいい加減にしろ!」

 

 その日はそのまま2人の攻防が続き、寮の門限が過ぎて呼びに来た千冬によって2人は怒られるのだった……。

*1
フルセイバー使用時は対話フラグが無くなる仕様がある



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第98話 特待生、それは見知ったあの子

『どうも皆さん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい。天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。前回はストーリーを短縮できるかもしれないフラグ立てのために飛鳥が1人でコア型と戦って、絶対天敵(イマージュ・オリジス)の襲撃理由を知ったところで終わったね。』

 

『今後は娘を守っていくつもりだけど、この後って何かあったっけ……。』

 

『2年生になってからアーキタイプ・ブレイカー編に入ればフードギャラクシィとか芸術祭があるけど、1年生の時にアーキタイプ・ブレイカー編に入ると代表候補生たちが来るぐらいで何にもないよ。ランダムで温泉とかのイベントは入るけど。』

 

『運動会とか焼き回されても困るからいいけど、やっぱりこれ2年生からアーキタイプ・ブレイカー編に入るのが本筋だよなぁ。原作だとIF展開とか言って1年生でやってたのに、どうやっても時系列合わないし。』

 

『因みに芸術祭での暴走が起こらない限りレズはバイにならないよ。』

 

『ロランは元々バイじゃない?性癖の矯正って普通出来ないし。』

 

『飛鳥のロリコンも治らないしねぇ。』

 

『元凶が治そうとしても逆効果だからなぁ。』

 

 

 

 

 3学期の開始と共にIS学園に編入してきたギリシャ代表候補生ベルベット・ヘルの加入から数日経ち、土日の休日を挟んだ月曜日。

 

 更識楯無によって朝から呼び出された専用機持ちたちは、新人であるベルベット以外がその理由におおよその当たりを付けながら言われた通り教室へと集まった。

 

「はい、またもやこうして集まってもらった訳だけど……。」

 

 ベルベットを紹介しようとした時のように『実は全員集まっていなかった』なんてことがないように全員を見渡してから話し始めた楯無はそこで1度言葉を区切り、

 

「じゃじゃーん!今日から、新しい専用機持ちがもう1人増えます!」

 

 にこやかな笑顔でそう言った。

 

「いや、もう完全に分かってたし。そんな盛り上げようとされても困るんだけど。」

 

 そんな楯無に向かってジト目の凰鈴音が『知ってた』とばかりに呆れ混じりに言う。

 

 凰乱音とヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーの2人から始まり、コメット姉妹、ロランツィーネ・ローランディフィルネィ、そしてベルベットと続いた戦力増員。それによって人が増える度にこうして楯無に集められて来たのだから、いい加減予想出来るし新鮮味もない。何ならベルベットの時の肝心要である本人不在が1番新鮮だったまである。

 

 2番煎じどころか出涸らし。天丼どころかいつまでも擦られ続けるネタ。もはやその域までこの戦力増員時の顔合わせは来ている。

 

「えー、お姉さん、同じ展開に飽きられないように頑張ったのにな。」

 

 鈴の言葉に楯無がぼやくが、特にショックを受けた様子はない。どうも自分ですらちょっとワンパターンだと感じていたらしい。

 

「またどこかの国からの転入生ですか?」

 

 サプライズ好きの楯無は同じ生徒会の面々にすら大事なことを秘密にしながら推し進めることが多いため、引き継ぎの関係で既に生徒会長と同程度の権限がある天羽飛鳥以外何も知らない何てことがざらにある。現に織斑一夏は生徒会庶務であるにも関わらず何も知らされておらず、楯無に質問した。

 

「うふふ♪今回の子は特別で、IS学園代表候補生ってことになってるわ。」

 

「IS学園代表候補生?」

 

 唐突に出て来た知っている単語が繋がった知らない単語に一夏が疑問符を浮かべる。

 

「簡単に言っちゃえば特待生ね。ほら、IS学園に入学してくる中で優秀な生徒って大体がどこかで訓練を積んだ代表候補生でしょ?でも飛鳥ちゃんみたいに在学中にその能力が判明したり、授業で実力を高める生徒が少なからず居るのよ。」

 

「ああ……。」

 

 昔を懐かしむような目になった一夏が楯無の話に相槌を打つ。全くの無名だった飛鳥のことを姉である織斑千冬から聞いた時の一夏の驚きは人生で1、2を争う。実際に学年別トーナメントで鈴とセシリア・オルコットの2人を撃破したのを見て納得したが、最初の頃は半信半疑と言わざるを得なかったほどだ。

 

「そういう子たちって、学年別トーナメントとかキャノンボール・ファストみたいな外からの来賓がある場でないとほとんど評価されないのよ。でも何ヶ月も燻ぶらせるには惜しいじゃない?そこで立案されたのがIS学園代表候補生。本来は優先的に訓練機を使用できるって制度なんだけど、今回はそこに別で企画されてた『IS学園整備科専用機開発計画』を組み合わせて、専用機持ちにしたって訳なのよ。」

 

「あの、それ初耳なんですけど。」

 

「だって教えてないも~ん♪」

 

 ここ数週間で決まったことでないのは一夏でも分かった。一体いつから秘密裏に計画が進められていたのか。そもそもそんなことを進めていれば飛鳥か妹である更識簪が気付いて――

 

「――はっ!?」

 

 バッ! と振り返った一夏は苦笑いしている飛鳥と簪を見つけた。

 

「まさか、知らなかったのって俺だけか……?」

 

「う、うん……。」

 

「マジか……。」

 

 1人だけ知らなかったことに落ち込む一夏を簪がオロオロとしながら「驚かせたくて……」と意図的に隠していたから仕方ないとフォローする。その言葉に一夏は「そう言えば簪って楯無さんの妹だった」と普段あまり意識しないことをしみじみと感じた。この姉妹、サプライズ好きである。なお簪にその自覚はない。

 

「さて!説明はこのぐらいにして、顔合わせと行きましょうか。入って。」

 

 手をパンッ、と叩いて場の空気を切り替えた楯無が教室のドアに向かって声を掛ける。一瞬の間を置いて開かれた扉から現れたのは――

 

「やっほ~~~~~、おりむー!」

 

 ――のほほんとした1年1組の珍獣、のほほんさんこと布仏本音だった。

 

「えっ、のほほんさん!?」

 

「ま、まさか、本音さんが専用機持ちに?」

 

「ええ、そうよ。」

 

 驚く一夏とセシリアに向かって楯無が愛用の扇子に『驚愕!』の文字を浮かばせながら笑う。

 

「どうして?確か、整備科志望だって聞いてたけど。」

 

「えへへ、大出世~!なんとなんと、私の専用機が作られちゃったんだよ!その名も【九尾ノ魂(きゅうびのたましい)】!私専用機なんだよ~、専用なんだよ~!えっへ~ん!」

 

 本当に嬉しそうな笑顔ではしゃぐ本音にだんだん全員の驚きが静まり、微笑ましいものを見る目に変わっていく。

 

「て、テンション高いなぁ。」

 

「それはまあ、専用機が貰えたとなればこうもなるでしょ。」

 

「ええ、専用機持ちになれるのは世界でもごく限られた人だけですから。」

 

 1人本音のテンションの高さに苦笑いになった一夏の言葉に乱とヴィシュヌが微笑ましそうな顔で本音を見ながら言う。周りが専用機持ちだらけで感覚がマヒしているが、本来専用機は2桁も集まらない代物だ。今年度のIS学園がおかしいだけで、むしろ本音の反応が正常である。

 

「……誰?」

 

 そんな中、唯一3年生に転入したベルベットが首を傾げた。

 

「ああ、そうだ。ベルベットさんは3年生だし、のほほんさんのこと知りませんよね。」

 

「僕たちのクラスメイトで、布仏本音さん。みんなは、のほほんさんって呼んでるんです。」

 

 そんなベルベットに一夏とシャルロット・デュノアが本音を紹介する。

 

「どーもー、よろしくお願いしま~す。」

 

「……よろしく。」

 

 差し出された袖に隠れた手に僅かに手を彷徨わせながらも握手をしたベルベットはそのまま上下にぶんぶんと腕を振られた。

 

「(そのまま握手するのか……。)」

 

 袖をまくったりせずそのまま握手するのに一夏が驚いていると、本音が一夏に近付いて来た。

 

「あのね、おりむー。かんちゃんにも、整備をい~っぱい、手伝ってもらったんだよ~。」

 

「かんちゃんって、簪が?」

 

 本音の言葉に一夏が簪の方を見る。

 

「う、うん。前に、私の専用機のために力を貸してくれたから。よかったね、本音。ずっと、頑張ってたもんね。」

 

「えへへへ~!ありがと~、かんちゃん!あとねあとね!博士にもアドバイスをもらったんだ~!」

 

「博士?……葉加瀬さん?」

 

 一夏の視線が今度は飛鳥に向かう。

 

「イメージ・インターフェースのことで、文字の無駄が多いって教えてもらったんだ~!」

 

「へー、そうだったのか。」

 

 葉加瀬なのはにアドバイスを貰えたということに驚きながらも、かつてなのは自身が言っていた『助けることにしている人物像』に合致する本音なら、確かに協力してくれるだろうという納得もあった。

 

「でも、のほほんさんって戦えるのか?攻撃的なイメージが全くないんだが。運動会の時の射撃も全弾外してたし。」

 

 銃の組み立てが早いのは知っているが、戦えるかは知らない一夏には疑問でならない。一番本音のことを知っているだろう簪に一夏はそう聞いた。

 

「実戦では、未知数……。」

 

「ええ?未知数って、そんなことで大丈夫なの?」

 

「一応、私との模擬戦では、ちゃんと戦えてた。」

 

 一夏の問いに本音はそう答えた。それにラウラ・ボーデヴィッヒが渋い顔をする。

 

「模擬戦など、絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦いに比べれば遊びも同然だ。このまま戦場に出せば足を引っ張りかねんぞ。」

 

「でも、最初はみんな初めてだったんだから。仲間が増えるのはうれしいし、心強いよね。ねっ、お兄ちゃん。」

 

「ああ。オニールの言う通りだ。よろしく、のほほんさん。」

 

 ラウラの苦言にオニール・コメットが単純に仲間が増える喜びを伝えれ、一夏もそれに乗っかって本音を迎え入れる。ラウラも仲間が増えることには賛成なのか、特にそれ以上言うことはなかった。

 

「は~~い!私もみんなと一緒に戦うよ~!よろしく~、よろしく~!」

 

「微妙に不安も残るが……」

 

「まあまあ、そこは俺たちでフォローしていこうぜ。」

 

「そうだな。」

 

 篠ノ之箒の言葉にそう言いながら、新しい月曜日が始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第99話 布仏本音、初陣に出る

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の出現によって多少カリキュラムに変更を余儀なくされはしたものの、通常通り行われている授業の午前分が終わった昼休み。食事をするために食堂を目指す生徒たちの人混みの中で、布仏本音の専用機ゲットについて専用機持ちたちが話していた。

 

「それにしても、まさかあんたが専用機持ちになるなんてねぇ。」

 

「そんな話、今まで全くしてなかったよな?」

 

「びっくりさせようと思って~、こそこそ~、こそこそ~って準備してたからね~。」

 

 忍び歩きをするように手を胸の前まで上げてゆらゆらと歩く本音に、織斑一夏が笑いながらびっくりしたと言う。

 

 その側で更識簪が同じくこのことを秘密にしていた天羽飛鳥に胸の内を打ち明けた。

 

「わ、私、うっかりみんなの前で話しそうでドキドキしてた……。」

 

「(特に問題なさそうだったからすっぱり忘れてたなんて言えない。)」

 

 なおその胸の内を打ち明けられた当の飛鳥は『会長も流石に職員主導の計画で変なことしないよなぁ』と思いながら渡された資料に1度だけ目を通し、その後は記憶からすっぱりと忘却していた。そのため全く秘密になどしていない。

 

 因みに朝の顔合わせで飛鳥が一夏のように驚かなかったのは、昨日の夜に葉加瀬なのはから「そろそろ本音が戦線に加わるからよろしくね」と言われたことで思い出していたからである。苦笑いしていたのはそうするしかなかったからだということは誰も知らない。

 

「いつ頃から専用機を開発していたんですの?」

 

「えっとね~、12月の頭ぐらいかな~。」

 

 そんな中、セシリア・オルコットがした質問に本音はそう答えた。

 

「1ヶ月もの間、秘密裏に専用機の開発を進めていたという訳か。」

 

「みんな忙しそうにしてたから~、気付かなかったでしょ~?」

 

 本音の回答にラウラ・ボーデヴィッヒがその情報秘匿能力に驚くが、それに対して本音はそう言った。

 

 実のところ、専用機開発については知ろうと思えば誰でも簡単に知ることが出来たのである。何せ装甲や武装を制作するために工房を1つ、組み立てと調整のために整備室1つをそれぞれ1ヶ月もの間占領し、そこに何人もの整備科生徒たちが通い詰めていたため、とても目立っていたからだ。

 

 しかも本来専用機を開発している現場にあるような『関係者以外立ち入り禁止』なんてこともなく、入ろうとすれば誰でも入れた。気になって中に入るだけでバレていたのだ。

 

「仕方ないことだけど~、みんな絶対天敵(イマージュ・オリジス)のことば~っかり気にして~、私たちのこと見てなかったからね~」

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)が現れる前だったら確実にバレていた。バレなかったのは専用機持ちたちが絶対天敵(イマージュ・オリジス)に掛かり切りで、IS学園が作る専用機の噂をする一般生徒たちに目を向けていなかったから。

 

 そして一般生徒たちも、戦ってくれている専用機持ちたちとの間に今まではなかった壁のような物を感じてしまったが故に、普段付き合いこそしても世間話をすることが減ってしまった。

 

「お嬢様もその辺~、いまいち分かってなかったみたいだし~。」

 

「うっ……。」

 

 本音の本音(ホンネ)が突如更識楯無を襲い、それに楯無が身じろぎした。

 

 IS学園の生徒会長は、IS学園のその特殊な環境故に生徒の中で最強であることが就任の条件となっているが、そうだとしても『生徒会長』である。IS学園の特権階級とも言える専用機持ちと一般生徒たちの間の溝については対処しなければならない事案だ。

 

 これに関して、例年通りだったなら楯無は十分に上手く対処していたと言えた。しかし絶対天敵(イマージュ・オリジス)の襲来を発端とする専用機持ちたちの目に見える形での戦力化によって一般生徒との間に溝が生まれてしまい、それに絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦闘や専用機持ちたちとの連携上達のための訓練で一般生徒たちに目を向ける時間が減ってしまった楯無は違和感を覚えながらも気付かないまま今まで時間が経ってしまったのである。

 

「私の落ち度だわ……。」

 

「私もお姉ちゃんも黙ってたから~、分からなくても仕方ないよ~。」

 

「そんなことになってたのか……。」

 

「初耳……。」

 

 本音の話を聞いた楯無と一夏と簪が落ち込む中、生徒会副会長である飛鳥が何も言わないことに気付いたシャルロット・デュノアが飛鳥の方を見た。

 

「(会長何も対策してなかったの……!?)」

 

「(あっ、天羽さんも驚いてる。)」

 

 てっきり何かやっている物だと思っていた飛鳥の驚く顔に僅かにすれ違いながら、シャルロットが話題を変えようと本音の専用機について切り出した。

 

「ところで、のほほんさんの専用機ってどんな機体なの?やっぱり日本の技術がベースなんだよね?」

 

「ふっふっふ、それはね~。」

 

 シャルロットの話題に食い付き、本音が離そうとしたその時、最近聞きなれてしまった音が鳴り響いた。

 

「これって!?」

 

絶対天敵(イマージュ・オリジス)か!」

 

 一夏が声を上げるのとほぼ同時に大きな衝突音と共に地面が揺れた。それは絶対天敵(イマージュ・オリジス)を乗せた隕石が落ちて来た合図であり、戦いのゴング。

 

「ってことは、私たちの出番だね~。」

 

「えっ!?い、いきなり大丈夫なの?」

 

「迷ってる暇はないぜ!早く迎撃しに行かないと!」

 

「お~!しゅっつげ~き!」

 

 やる気満々だと声を上げる本音に促されるまま、一夏たちは隕石の落下したいつもの第3アリーナに向かった。

 

 

 

 

『生徒会に所属してても実際プレイヤーは仕事の操作とかしなくていいから、この辺の感傷薄いよねぇ。』

 

『何か特典ある訳でも無いからなぁ、生徒会って。生徒会長になっても経歴に箔が付くだけで何も変わらないし。』

 

『一応生徒会長だと生徒会メンバーを好きな子で固めてハーレム状態に出来るけど、ねぇ……。』

 

『交渉面倒臭いんだよなぁあれ……。』

 

 

 

 

「おせーぞお前等。」

 

「すみません!」

 

 一夏たちが第3アリーナに到着した時には、先に到着していたダリル・ケイシーとフォルテ・サファイア、そしてベルベット・ヘルの3人が既に絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦闘を開始していた。

 

「へー、それが整備科の皆が作った専用機っスか。」

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)を氷塊で押し潰しながら、後からやって来た面々の最後方にいた本音の専用機を見たフォルテが感慨深げにそう呟き、その声に応えるように本音が手を振る。

 

「は~い!これが【九尾ノ魂(きゅうびのたましい)】で~す!」

 

 九尾の尻尾を模した狐色の9つの突起を背中のバックパックに備えた、白地の装甲に赤の差し色が目を引く機体。尻尾が揺れるかのようにバックパックの突起部分が動く様は本当に尻尾のようで、胸を張る本音の姿は誇らしげだった。

 

「さっそく、のほほんさんの雄姿が見られるな!」

 

「本音、初陣がんばって……!」

 

「まっかせてー!むむむ……。」

 

 一夏と簪の応援を背に両手を前に突き出した本音が何かを念じる。それを見た代表候補生たちはイメージ・インターフェースを使おうとしていることに気付いたが、一向に何かが起こる様子がないことに首を傾げた。

 

「のほほんさん?どうしたんだ?」

 

 一夏が一向に攻撃しない本音に困惑しながら訪ねると、本音は一夏の方に振り向きながら困った顔をした。

 

「おりむー……。どうしよう~、ISの出力が上がらない~……。」

 

「ええっ!?」

 

「そんな、調整不足……!?」

 

「わかんない~……でも、うまく動かせない~……。」

 

 そう言いながら今も手を伸ばしてイメージ・インターフェースを使おうとしている本音に一夏と簪が駆け寄る。

 

 その前に躍り出た楯無が本音を庇いながら声を上げた。

 

「本音ちゃん、すぐに下がりなさい!そのままじゃ敵の良い的になってしまうわ!」

 

「は、はい~……。」

 

 言われた通り後ろに下がっていく本音。その姿に目線を奪われる面々を楯無が一括した。

 

「みんな、集中!本音ちゃんのことは敵を倒してからよ!」

 

「は、はいっ!」

 

 慌てて武器を構える一夏たち。そこにPICでふわりと近付いてきたフォルテが言った。

 

「もう終わったっスよ。」

 

「……えっ?」

 

 フォルテの言葉に改めて絶対天敵(イマージュ・オリジス)たちの居たところを見てみると、そこにはいくつもの氷塊に埋もれた絶対天敵(イマージュ・オリジス)の残骸と、その撤去作業を始めている飛鳥とダリルとベルベットたちの姿しかなかった。

 

「新人の動きに一喜一憂し過ぎっス。気になるのは仕方ないにしても、働いて貰わないと困るっスよ。」

 

「すみませんでした!」

 

 フォルテの正論に、一夏たちは頭を下げるしかなかった。

 

 

 

 

『のほほんさん加入イベントは短縮箇所がここぐらいしかないのがなぁ。』

 

『初戦を早く終わらせるぐらいしかないよねぇ。秒単位ならもうちょっとあるけど、RTAじゃないから意味ないし。』

 

『ここも数分しか短縮されないからそういう意味じゃほとんど意味ないんだけど、会話がいくつか無くなって編集的に楽になるから短縮しない理由もないって言う。』

 

『わざわざ長引かせるのもテンポ悪くなるからねぇ。』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第100話 九尾ノ魂、それは天を統べる力

 食べ損ねていた昼食を急いで食べ、午後の授業も予定通りに行った後の放課後。IS学園にある整備室の1つに駆け込んだ布仏本音は展開した【九尾ノ魂】の装甲を専用の工具で開き、そこにいくつものコードを繋いで整備室に備え付けられているコンソールと向き合った。

 

「…………。」

 

「本音……。」

 

 無言のまま普段見せない真剣な眼差しで画面を流れる機体のデータを見つめる本音を見て、整備室の入り口からこっそり様子を伺っていた更識簪が小さく呟いた。

 

 昼の戦闘で本音のISの出力が上がらなかったことについて、簪は機体の調整不足が原因だと考えている。何せ九尾ノ魂は出来上がったばかりの機体で、イメージ・インターフェースの試験運転も満足に出来ていない状態だった。実際に動かそうとしたことで初めて文字と数値を見るだけでは分からなかった不具合が露呈した──そういう『よくあること』だと。

 

 本音が気にする気持ちも分かるが、だからといって思い詰めることではない。専用機開発では多かれ少なかれ必ず起こることだ。こういう経験をフィードバックして完成に近付けていくのだから、1度の不具合程度でへこたれてはいられない。

 

 ここは親友として手伝おう。そう思いながらも、普段見られない貴重なキリッとした本音の表情に簪の女の子な部分が刺激され、もうちょっと見ていたいと整備室に踏み入るのを躊躇させていた。

 

「本音……がんばれ。」

 

 そう小さく応援しながら、簪は1人整備室の外から本音のことを見守り続けたのだった。

 

 

 

 

「本音ちゃん、今頃思い詰めてるだろうなぁ。」

 

 同時刻。IS学園にある葉加瀬なのはの工房にやって来た天羽飛鳥が膝になのはを抱えながら別の女の事を考えていた。

 

 そのことに僅かに眉間に皺を寄せながら、なのはは飛鳥の膝の上で量子型演算処理システムの構築をしながら問いかけた。

 

「何かあったの?」

 

「ああ。本音ちゃん、昼の戦いでISの出力を上げられなかったんだよね。」

 

「大方、自分のせいで誰かが怪我したらどうしようとか考えてて駄目だったんでしょ。」

 

「よく分かったねなのは。」

 

 飛鳥から話を聞いたなのはは瞬時に本音のISの出力が上がらなかった原因を口にし、それを飛鳥は肯定した。

 

「確かに調整不足っぽい感じもしたけど、それよりも本音ちゃん自身邪魔にならないかとか、庇われて代わりに怪我しないかとか、そういうことばっかり考えてたせいで動いてなかったなぁ。」

 

 心配という雑念。それが本音がISの出力を上げられなかった原因である。

 

 ISは単に動き回るだけなら勝手に肉体が発する微弱な電気信号を読み取って動いてくれるため、割とどうとでもなる。だがイメージ・インターフェースや飛行、武器の展開と収納などに関しては操縦者の思考、もっと言えば意思が密接に関わってくる。

 

 特にイメージ・インターフェースはそれが顕著で、使う人間の意識の差というものが如実に表れる。機能上限に近い出力を出すには練度はもちろんのこと、操縦者の意思に迷いなどの雑念がないことが望ましい。

 

 本音が出来なかったのはここだ。本音は自分のせいで誰かが傷付くのではないかと心配するあまり、それが雑念としてイメージ・インターフェースの使用の妨げとなったのである。

 

「言うの?」

 

「言わない。」

 

 そのことを本音に言うのかとなのはが飛鳥に聞くと、飛鳥はそう答えた。

 

「本音ちゃん自身自覚はしてるみたいだったし、私から言うまでもないよ。」

 

「まぁ今更戦闘の素人が1人増えた程度で怪我するような専用機持ちじゃないしねぇ。杞憂でしかないってすぐ分かるでしょ。」

 

 現在絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦闘に参加する専用機持ちは本音を除いて17人。その誰もが確かな実力を持っている以上、本音の心配は単なる杞憂である。

 

 とはいえ、本音は自分の未熟で誰かが傷付く可能性を許せるような娘ではない。九尾ノ魂を調整次第、模擬戦でデータを集積し、それをフィードバックして機体を育てるだろう。

 

「そのぐらいは手伝ってあげようかなぁ。」

 

 

 

 

 案の定、絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦った次の日から本音は九尾ノ魂に乗って模擬戦に明け暮れていた。

 

「かんちゃん、いっくよ~!」

 

「うん。来て、本音……!」

 

 よく模擬戦の相手になっているのはやはり幼馴染の簪。それに次いで多いのが力になりたいと協力を申し出た織斑一夏だ。もちろん一夏は零落白夜を、簪はなのはから貰っている殺意マシマシのGNミサイルの使用を禁止しての模擬戦である。

 

「貫けビット~!」

 

 本音の掛け声と共に背部バックパックの狐の尾を模した突起が射出され、有線式のランスビット9基となって簪に向かう。

 

 この武装は銃を撃てばほぼほぼ外す本音のために整備科によって作られた物で、ラウラ・ボーデヴィッヒのシュヴァルツェア・レーゲンが装備するワイヤーブレードを参考に製作されている。そこそこの速度とビット特有の操作性でもって対象に肉薄し、狐色の刃での攻撃や有線なのを活かした拘束など熟練度が上がるごとに厄介さが増していく武装となっている。

 

 9つの伸びた尻尾の如きビットを躱すなり【夢現】で切り払うなりして対処した簪は、荷電粒子砲【春雷】で本音を狙って撃った。

 

「お返し……!」

 

「うわっととと~。えへへ~、危なかった~。」

 

 それを危なげながらも躱して見せた本音は、再びビットを簪に向かって射出した。

 

 

「お疲れさま、本音……。」

 

「うんうん~。お疲れさま~、かんちゃん~。」

 

 ふへ~、と息を吐きながらアリーナの地面に降り立った本音がへたり込む。

 

「最後のビットの使い方、すごくよかったよ……。まさか自分でビットどうしをぶつけて軌道を変えるなんて思いもしなかった……。」

 

「えへへ~、頑張って考えたんだ~。褒めて褒めて~。」

 

「うん。本音すごい……。」

 

 今回の模擬戦の結果は引き分け。シールドエネルギー残量では簪の方が上だが、正式な代表候補生である簪に、最大火力を禁止されているからとはいえ工夫でもってダメージを与えて見せたのは目を見張る活躍だった。

 

「機体も順調だね……。」

 

「でしょでしょ~?これならみんなの足を引っ張らなくて済むかな~。」

 

「大丈夫、私が保証する……。」

 

 流石に代表候補生クラスとまでは行かないが、本音の実力はかなり上がった。機体の習熟や調整、本音自身の訓練などが実を結んだ結果である。

 

「ねえねえ~、かんちゃん~。」

 

「どうしたの、本音?」

 

「これなら~、私のせいでみんなが怪我をしたりしないで済むかな~?」

 

「――――。」

 

 地面にへたり込み、いつもの笑顔を僅かに陰らせながら本音が簪に聞いた。

 

「私ね~、心配なんだ~。私のせいでおりむーとかかんちゃんが怪我しないか~って。」

 

「本音……。」

 

「ねえ、かんちゃん~。こんな私でも~、かんちゃんの側に居ても良い~?」

 

 不安そうにそう尋ねてくる本音に、簪は自分も膝を折って背の高さを合わせると真正面から抱き締めた。

 

「わっ、かんちゃん?」

 

「大丈夫。」

 

「……かんちゃん?」

 

 ぎゅっ、と力を込めながら、簪は本音に告げた。

 

「大丈夫。だって、私たちは1人じゃないから。お姉ちゃんも、一夏も、それに本音も居る。だから、大丈夫。」

 

「かんちゃん……。えへへ~。」

 

 本音も簪に抱き着きしばらくそのまま抱き合っていたが、やがてここがアリーナであることを思い出し互いに顔を赤くして離れたのだった。

 

 

 

 

 それから日を跨いだある日、再び絶対天敵(イマージュ・オリジス)がやってきた。

 

「みんな~、見てて~。私頑張るから~。」

 

 戦うために隕石の落下地点に集まった専用機持ちたちの中からいつになく闘志を燃やす本音が1人前に踏み出し、手を前にかざして集中し始める。

 

「むむむむむ……!」

 

 本音が集中し始めるのと同時に、晴れ渡っていた筈の空に突如雲が発生し、それは急速に広がると辺り一面を分厚い雷雲で覆い尽くした。

 

 ――九尾ノ魂のイメージ・インターフェース。それは空気中の水分を自在に操り、それによって天候さえも支配し雷や竜巻さえ発生させる驚異の第三世代兵装。

 

「雷電招来!いっけ~~~!!」

 

 本音の掛け声とともに、アリーナに存在するすべての絶対天敵(イマージュ・オリジス)に向かって雷が落ちた。

 

 一瞬の閃光の後、遅れることなくやって来たゴロゴロピシャーンという音が止んだ頃には、そこにあったのは雷の直撃を受け焼け焦げ、ショートしている絶対天敵(イマージュ・オリジス)だけだった。

 

「わ~いわ~い!みんな見ててくれた~?」

 

 満面の笑みで手を振りながら、本音は呆然とする専用機持ちたちに向かって駆け寄った。

 

 

 

 

『何故か絶対天敵(イマージュ・オリジス)を範囲殲滅出来るヤベー奴。』

 

『何気に天候操作とかいう世が世なら戦争になる能力持ってるんだよなぁこの子。』

 

『武装が貧弱なのを差し引いても余りあるほどイメージ・インターフェースがおかしい。これが学生製作とかどうなってるんだ……。』




 九尾ノ魂の戦闘描写はこれであってるのか、コレガワカラナイ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第101話 天羽飛鳥、子どもと戯れる

 ストーリー的に書くところが少なくて短くなってしまった……。


『はいどうも皆さんおはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよー。』

 

『前回はのほほんさんが戦えるようになったところで終わりました。これでようやく戦闘で楽が出来ます。』

 

『なぜか絶対天敵(イマージュ・オリジス)への特効持ちなんだよねぇ、九尾ノ魂って。多分電気でショートしてるとかなんだろうけど。』

 

絶対天敵(イマージュ・オリジス)の防御を突破できるってつまりISの防御も突破できるってことなんだけど、大丈夫なのかなぁ。』

 

『絶対防御あるし大丈夫でしょ。』

 

『ダメージ量的に大丈夫じゃなくない……?』

 

『飛鳥、こんな言葉がある。』

 

『なに?』

 

脚本の人そこまで考えてないと思うよ。

 

『こいつ、ISの禁句を……!?』

 

 

 

 

「ロシアに行ってくる、ですか?」

 

 布仏本音が戦えるようになった1月17日、土曜日の午後。絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦闘の事後処理も終わり、普段通りの休日となったところに突然やって来た更識楯無の言い放った言葉に、天羽飛鳥は思わず聞き返した。

 

「ええ。2、3日で戻る予定だから、その間IS学園を頼むわよ、飛鳥ちゃん。」

 

「別にいいですけど、何しに行くんですか?」

 

「ロシアで面倒を見てる子の特例入学が決まったから迎えに行くのよ。」

 

 そう言いながら楯無は近くに置いていたカバンからスマホを取り出し、1枚の写真を飛鳥に見せた。

 

 そこには楯無と一緒にクマのぬいぐるみを抱えた少女が写っていた。当たり前だがロシア人のようで、白に近い金髪が特徴的な可愛らしい女の子だった。

 

「かわいい子ですね。」

 

「でしょでしょ~?」

 

 飛鳥に見せた写真を自分も見つめながら楯無は話し始めた。

 

「クーちゃんって言ってね。IS適性がSだからって将来を期待されて国から専用機を与えられたんだけど、起動出来なくて落ちこぼれ扱いされてた子なの。でも絶対天敵(イマージュ・オリジス)の襲撃に巻き込まれて、その時初めて起動した専用機で撃退しちゃったら一斉に手のひら返し。才能がどうのって言いながら訓練を厳しくしたり専用機で過酷な実験をしようとする動きが掴めたから、ロシア国家代表である私が直々に鍛えるって建前で保護したの。」

 

 いきなりの重い話に飛鳥が面食らっていると、そのまま楯無は話を続けた。

 

「建前とはいえ鍛えるって言ったからちょくちょく向こうに行って訓練をつけてたんだけど、その時の成績向上を理由に特例入学が決まったの。うちのクーちゃん凄いでしょ?」

 

 我が子自慢のように語る楯無に相槌を打ちながら、飛鳥は気になったことを聞いた。

 

「見るからに子どもですけど、学力的には大丈夫なんですか?高校レベルの勉強についてこれます?」

 

「大丈夫よ。クーちゃんは頭もいいんだから。」

 

 飛鳥の心配に笑顔で答える楯無は、ふと時計を見て「やばっ」と漏らし慌ててカバンを手に持った。

 

「それじゃ飛鳥ちゃん。私はもう行くけど、頑張ってね!」

 

 「頼んだわよ~!」と言いながら走り去っていく楯無の背に申し訳程度に手を振った飛鳥は、ある程度楯無が離れたところで手を降ろし1人呟いた。

 

「困ってたら助けてあげよう。」

 

 まだ会ったこともない小さな少女を助けることに決めた飛鳥は、葉加瀬なのはという小さな少女の居る工房へと歩を進めたのだった。

 

 

 

 

『このロリコンめ!』

 

『子どもを助けて何が悪い!』

 

『悪くないけど悪い!』

 

『なら悪くない!』

 

『『ぐぬぬぬぬぬ…………!』』

 

 

 

 

 時は流れ月曜日。結局土日の内に楯無は帰ってこなかったが、IS学園は平和そのものだった。

 

「このまま平和ならなぁ。」

 

 そうぼやきながら、飛鳥は周囲にイノベイターとしての知覚能力を広げた。個々の人は無視し、IS学園に近付いてくる者のみを対象とするそれによってモノレールに乗ってやってきた人間に気付いた飛鳥は立ち上がり、校舎の入口まで出迎えに向かった。

 

「あら?飛鳥ちゃん、どうしてこんなところにいるの?」

 

「帰ってきたみたいだったので出迎えに来ました。そっちの子がクーちゃんですか?」

 

 IS学園の正面玄関から入ってきた楯無と件の少女を出迎えた飛鳥は、楯無の背後に隠れる少女と()()()に視線を向け、僅かに驚いたように目を見開いた。

 

「…………。」

 

「おはよう。私は天羽飛鳥。()()()()()の名前は?」

 

 しかしそれもほんの数秒のこと。楯無の背後から出て来ない少女に膝を折ってすぐに視線を合わせた飛鳥は、その場にいる初対面の3()()に目を向けながら問いかけた。

 

「あ、あの、あの、あの……えっと……クーリェ・ルククシェフカ……。こっちは熊のプーちゃん……。なかよく、してね。あ、あと、こっちは、友達の……ルーちゃん……。」

 

 言葉に詰まりながらも自分の名前と腕に抱えた熊の名前、そして()()の紹介をしてみせたクーリェ・ルククシェフカに笑顔を向けながら、飛鳥は左手をそっと差し出した。

 

「うん、みんなよろしく。」

 

「あ、あくしゅ……。」

 

 おずおずと差し出された飛鳥の左手を握り返したクーリェに微笑みながら、驚く楯無の視線をスルーして飛鳥はクーリェとISの連絡先を交換した。

 

「何か困ったことがあったら呼んで。すぐに向かうから。」

 

「う、うん……よろしく、ね……。」

 

 まだ硬いながらも笑顔を浮かべてくれたクーリェに再び微笑みかけてから、飛鳥は授業に出るためにクーリェと別れた。

 

 

 

 

『というわけで、ロシアのロリことクーリェちゃん加入の話でした。』

 

『例によって亡国機業(ファントム・タスク)が攻めてこないからストーリーは大幅短縮だけどね。』

 

『あとはタイムテーブル進めるだけでいいから私は楽なんだけど、なのはの方はどう?出来そう?』

 

『最低でも3月までは欲しい。毎日コツコツステータスSで補正マシマシにして進めてるのにろくに進みやしないからそれぐらいじゃないと出来ない。』

 

『束さんどっかで捕まらないかなぁ本当……。』

 

『ねー。居たらスピード2倍なのに。』

 

 

 

 

 その日の放課後。

 

 普段なら専用機持ちたちを集めて顔合わせをするのだが、人見知りをするクーリェのことを考慮して顔合わせは小分けにして行われることとなり、また既に出会っている飛鳥はその枠に入れられず個人的な用事を優先してもいいと言われたので、遠慮せずにそうさせてもらった。

 

 すなわち、との触れ合いである。

 

「あっ、ママ!今日も来てくれたんだ!」

 

 ダブルオークアンタのコア人格が暮らしている花畑。そこでコア人格に教えられた通りに花冠を作っていたレクイ・コンべは、飛鳥がやって来たのを見つけると作りかけの花冠を置いて走り出しその腰に抱き着いた。

 

「ちょっと時間ができたから来ちゃった。クアンタに遊んでもらってたの?」

 

「うん!」

 

 抱き着いてくるレクイを受け止めた飛鳥はそのままレクイを抱き上げ、レクイが駆け出すと共にテーブルとイスを出してティータイムを始めたコア人格の元へと歩いた。

 

「レクイの遊び相手になってくれてありがとう、クアンタ。」

 

『私も暇だったからちょうどいい。』

 

「遊び道具とかないもんね、ここ。」

 

 見渡す限り花畑なのがダブルオークアンタのコア人格が居るこの空間の特徴だ。あるものと言えばせいぜいテーブルとイスと飲み物とお菓子だけで、遊び道具の類は見当たらない。一休みならともかく、ここで過ごすとなると暇をもて余しそうだと考えてしまうほど何もない。多分2時間で飽きが来るというのが飛鳥の正直な感想である。

 

 しかしそんな飛鳥の言葉にコア人格は首を横に振った。

 

『ゼロシステムを使えば大丈夫。』

 

 そう言いながらコア人格はテーブルやイスと同じようにフリスビーをどこかから取り出してみせた。

 

『シミュレーションのちょっとした応用。』

 

「そのテーブルとイス、ゼロシステムで作ってたんだぁ……。」

 

 ここが物質世界ではなく電脳空間であることを活かして、ゼロシステムの機能にちょっとだけ接続して待機形態でも問題ない程度の規模で行ったシミュレーション情報の一部を拝借しここで展開する。それが以前から出していたテーブルとイス、そして今回出したフリスビーの正体である。

 

『遊園地も作れる。問題ない。』

 

「遊園地は私も行きたいなぁ。行ったことないし。」

 

 シミュレーションさえできればこの空間に遊園地も出せるらしい。それを飛鳥は羨ましく思いながらも、コア人格に『やって』とは言わなかった。

 

 きっとここで遊園地を出してもらえば、ゼロシステムによって都合よく稼働する理想の遊園地が出てくる。1度その味を知ってしまえば、本当の遊園地に行くときの楽しさが損なわれてしまうだろう。何より──

 

「遊園地に行くなら、なのはも一緒じゃないとなぁ。」

 

 ──親友の居ない世界は寂しい。

 

「今日はフリスビーにしよっか。」

 

『手加減してね。』

 

「フリスビー?ってなに?」

 

「フリスビーっていうのは────」

 

 フリスビーを知らないレクイに簡単に説明しながら、飛鳥はフリスビーを投げ放った。

 

 

 

 

『正直やることがない。』

 

『ぶっちゃけたね飛鳥。』

 

『だってあとはなのはのそれ待ちだよ?私の方でやることってもうないんだよ?』

 

『まぁ温泉の話が来たら束さん探しに行くぐらいだしねぇ。時期的な問題でこのあとって山田先生とブラジルの加入イベントとかバレンタイン、あと人が揃えば条件達成のライブか。それぐらいしかないね確かに。』

 

『バレンタインもライブも参加する理由がないし、加入イベントは時間短縮するならともかく基本何かする必要ないし……。』

 

『温泉がくれば好きなときに最終決戦起こせるし、何なら今作ってる奴が2月中に完成するけど、完全ランダムだしねぇ。』

 

『流石に30日以上虚無るのはやだなぁ。温泉来い温泉来い温泉来い……。』

 

『物欲センサー的にダメでしょ。』

 

 

 

 

 IS学園作戦本部。そこに呼ばれた織斑千冬は、呼び出した張本人である山田真耶を見つけると気を引き締めた顔で近付いた。

 

「山田先生、緊急の話とは?」

 

「はい。つい先程入った情報なんですが、ISの保管記録がない場所に隕石が落下したようなんです。これを見てください。世界各国で共有している、隕石の落下分布図です。」

 

 作戦本部にある大きなディスプレイが切り替わり、世界地図に小さな赤い点がいくつも散らばった物が映し出された。

 

「どこもISが保管されている公式な記録のある場所に絶対天敵(イマージュ・オリジス)が現れています。ですが……。」

 

 さらに画面が切り替わり、日本が拡大して表示された。ある程度のバラけこそあるが、どこも千冬も覚えのあるIS関連施設周辺に落ちている。()()1()()()()()()

 

「今回隕石が落下した周辺地点で、過去にISが保管された記録はありませんでした。また、現場に向かった戦闘教員の話によると、出動時には確かにレーダーに絶対天敵(イマージュ・オリジス)の反応があったのに、到着した時には消失していた、と……。」

 

「消えた……?戦闘の形跡は?」

 

「ありません。隕石の落下跡以外には、なにも。ただ調査漏れの可能性は否定できません。現場は山の中で視界も悪かったようなので……。」

 

「ふむ……調べる必要があるな。山田先生、ここには何が?」

 

「集落などはありませんが、1つだけ建物が。今、女性に大人気の温泉施設です。」




 クーリェ加入後のアーキタイプ・ブレイカーのメインストーリー

 月見(時期過ぎてるのでちょっと書けない)
 食文化交流会(多分秋行事、ちょっと書けない)
 運動会(2回目だし今冬である、ちょっと書けない)
 レクイちゃん登場から一気に最終決戦(束来ない限り3月まで無理)

 ……書くものなくねー?ということで短縮イベント、温泉編です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第102話 温泉、波乱の始まり

『はいみなさん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい、天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『温泉が来ました。勝ちです。』

 

『これで3月と言わず2月に最終決戦が出来るようになったからかなり楽になったよねぇ。』

 

『尺稼ぎに必死にならなくて済むから本当に良かった……。』

 

『空白期間を丸々カットは流石に憚られるからねぇ。』

 

 

 

 

 1月20日火曜日。過去にISコアの保管記録がないにも関わらず絶対天敵(イマージュ・オリジス)が現れた大型温泉施設の調査のため、織斑一夏たち専用機持ちは平日の授業を免除される代わりに山中の温泉施設までやって来ていた。

 

「温泉なんて、久しぶりね~♪」

 

 和モダンな内装のロビーを見渡して、凰鈴音は嬉し気に声を弾ませた。

 

「山に囲まれて、景色の良いところですわね。」

 

「今、女性に大人気の、癒しスポット……。」

 

 ロビーの窓から望める大自然の景色を見たセシリア・オルコットが感嘆の声を上げ、それに更識簪が補足を付ける。

 

「僕、1度ここに来てみたかったんだあ。」

 

「このような場所での任務なら、悪くないな。」

 

「温泉まんじゅうというのはどこで買えるのだ?」

 

 シャルロット・デュノアと篠ノ之箒が笑顔で歓談し、ラウラ・ボーデヴィッヒがどこで知ったのか温泉まんじゅうを探す。

 

 そんな女性たちを見かねて、一夏は2つのカバンを両手にそれぞれ持ちながら注意した。

 

「おいおい。みんな、遊びに来たんじゃないんだぞ?先生や他の専用機持ちは学園の警備で動けないから、今回の調査は俺たちだけに任されてるんだ。気を引き締めていかないと。」

 

「そういうあんたこそ、荷物の中にタオルやら石鹸やらが入ってんじゃないのよ。」

 

「うっ!なぜそれを!?」

 

「あんたも昔からお風呂大好きだもんね~。楽しみにしてるのバレバレよ?」

 

 笑顔で一夏にそう指摘する鈴。温泉ということではしゃいでいるのは何も女性陣だけではない。一夏も風呂好きの1人として大はしゃぎしていた。何なら山の景色も取ろうと愛用のカメラも持ってきている程だ。

 

 家計を気にして一夏はしなかったが、昔から旅行好きなのだろうというのは修学旅行を何度も共にした鈴の印象である。キラキラとした目で周囲に視線を向ける彼の輝く顔が鈴の好きなポイントの1つだ。

 

 そんなことを考えながらも喋っていると、ロビーに引率者としてついて来た更識楯無が戻ってきた。

 

「はいは~い!みんな、お待たせ―♪おねーさんが迅速に簡潔に、ここのオーナーに話を聞いてきたわ!」

 

「さすがお姉ちゃん、仕事が早い……。」

 

「それで、オーナーは何と?」

 

 話を聞きに行って僅か数分で戻ってきた楯無にもはや驚かないどころか呆れる簪。その横でセシリアが楯無に何か情報はあったのかを聞いた。

 

「ISに関しては何も知らないし、隕石落下の理由も見当がつかないそうよ。過去に専用機持ちが来たこともないみたいね。ちなみに隕石の落下地点はここからすぐの山の中よ。そっちは今飛鳥ちゃんが調べに行ってるわ。」

 

「ああ、それで天羽さん、俺にカバンを預けていったんですね。」

 

 2つ持っているカバンの片方、天羽飛鳥から預かったそれを持ち直しながら一夏が納得いったという風に頷いた。

 

 ここに到着するや否や自分のカバンを一夏に預けどこかに行ってしまった飛鳥は、事前に聞いていたらしい隕石落下地点に向かっていたようだ。

 

 それを知った一夏も気を引き締めて調査に乗り出そうと、楯無に予定を聞いた。

 

「それで、俺たちはどこを調べるんですか?」

 

「あら一夏くん、やる気満々ね♪それならもうひとつ、仕事が増えちゃってもいいかしら?」

 

「え?」

 

「最近、ここの露天風呂にのぞき魔の目撃情報が出ていて、オーナーが困っているらしいの。そんな女の敵、放っておくわけにはいかないわよね!調査のついでに、私たちで捕まえちゃいましょう!」

 

 いつもの扇子に達筆な『成敗!』の文字を描き、楯無は鋭い目でそう声を上げた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。確かにのぞき魔は許せませんが、私たちは学園の任務に集中すべきでは?」

 

 そんな楯無に向かって箒が抗議する。箒の言葉にシャルロットも乗っかり、楯無に抗議しようと声を上げた。

 

「僕もそう思います。今回の件は謎が多いですし――。」

 

「この依頼を引き受ければ、調査期間中は温泉貸し切り、入浴し放題よ?」

 

「「やりましょう!」」

 

 お風呂好き2人はすぐ陥落した。

 

「おいおい……。」

 

 一夏もこれには苦笑いをするしかない。しかし一夏ものぞき魔は許せないし、何より温泉貸し切り入り放題は魅力的だったため、何も言わなかった。

 

「話は纏まったわね。それじゃあ早速、温泉をじっくり堪能――とと、調査開始しましょう!」

 

「お姉ちゃん、心の声が漏れてる……。」

 

「(あれ?今天羽さんが居ないのって、まさか止められるのを見越した楯無さんの策略なんじゃ……いや、楯無さんもここに来て初めて知ったことだろうし、そんなわけないか。)」

 

 楯無の本音を聞いてふと考えた疑念を振り払い、一夏は荷物を預けようとロッカーの方へと歩を進めるのだった。

 

 

 

 

「へえー、本当に広いところだな、ここ。」

 

 ロビーに置いてあったパンフレットを見た一夏は、そこに載っている浴槽の種類のあまりの多さに驚いていた。

 

「露天風呂だけでも、10種類くらいの浴槽に別れてるみたいだよ。」

 

 同じくパンフレットを見ていたシャルロットが笑顔でそう言った。色々なものがあって楽しみらしい。しかしその多さに箒は顔をしかめた。

 

「こう数が多くては、すべて調べて回るのは大変だな。」

 

「全部の温泉に浸かってたら、体がふやけちゃうわ。」

 

 箒の言葉に鈴も賛同する。全部回りたいところではあるが、長風呂は身体の水分が抜けて肌の乾燥に繋がってしまうため避けたいという乙女心が邪魔をする。

 

「そうね、大勢で行動するとのぞき魔も警戒するかもしれないし、少人数で順番に入浴していきましょう。まずは箒ちゃんとセシリアちゃん、お願いできる?」

 

「はい。」

 

「承知しましたわ。」

 

 楯無の言葉に箒とセシリアが頷く。

 

「ラウラは僕と一緒でいいかな?」

 

「ああ、そうだな。」

 

「あ、あたしは出来れば1人で入りたいんだけど……。」

 

 シャルロットはラウラを誘い、楯無と簪は姉妹仲良く入浴するだろう。この場で1人残されると読んだ鈴は単独での入浴を希望したが、それは楯無によって止められた。

 

「ダメよ。絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦闘の可能性がある以上、単独行動は認められないわ。」

 

「飛鳥は今思いっきり1人じゃない!ってそうだった、それならあたし、飛鳥と一緒でいいわ。」

 

 言ってから気付いた鈴はこの場に居ない飛鳥とのペアを提案した。それならいいわ、と引き下がった楯無は、鈴の言葉で思い出したように、あっ、と声を出した。

 

「そうだ、飛鳥ちゃんにも温泉貸し切りと入り放題のこと教えないと。……あら?」

 

「どうしたの、お姉ちゃん?」

 

「変ね、オープン・チャンネルで呼びかけてるのに反応がないわ。……もしかして私、着拒されてる?」

 

「さ、さすがにそれはないでしょう。俺もかけてみます。」

 

 しかし、一夏が呼びかけても反応はなかった。

 

「ダメだ、繋がらない。」

 

「何かあったとみるべきね。みんな、行きましょう!」

 

「「「はい!」」」

 

 ――しかし専用機たちの捜索も(むな)しく、飛鳥を見つけることは出来なかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第103話 天羽飛鳥、温泉に入ってる

 人里離れた大型温泉施設で起こった不可解な絶対天敵(イマージュ・オリジス)の出現と消失の調査に訪れた織斑一夏ら専用機持ちたち。

 

 しかし1人隕石の落下地点を調査しに向かった天羽飛鳥が忽然と姿を消してしまった。

 

「くそっ、天羽さんは一体どこに行っちまったんだ……。」

 

 2時間の捜索も空しく飛鳥を見つけることが出来なかった一夏たちは、1度温泉施設のロビーに戻って状況を整理していた。

 

「飛鳥ちゃんが私たちと別れたのはこの温泉施設の入り口。そして連絡が着かなくなったのはそれから20分も経たない間だったわね。」

 

「うん。正確な時間は分からないけど、それくらいだった……。」

 

 20分。1秒あれば宇宙に行ける飛鳥が居なくなるには十分過ぎる時間ではあるが、普通に考えれば専用機持ちが居なくなるには短すぎる時間だ。

 

「みんな、20分で飛鳥ちゃんを落とせる?」

 

「零落白夜のクリーンヒット以外無理でしょそんなの。それにしたって千冬さんにしか出来ないし、まずもって不可能ね。」

 

「飛鳥さんは回避がとてもお上手ですし、防御もフィールドとシールドの2重。何よりワープで逃げることも出来ますから、生き残ることを優先されれば間違いなく無理ですわね。多少なりとも攻撃することを考えてくれるなら話は変わりますけれど、その場合は単純に国家代表クラスの防御力がなければ逆に落とされますわ。」

 

「そうよねー。となると戦って落とされた可能性は考えなくていいわね。」

 

 それぞれの答えに、聞いた更識楯無が溜め息を吐いた。

 

「コア・ネットワークで場所が分からないのは絶対天敵(イマージュ・オリジス)対策で行った情報機能の一部遮断処理のせいにしても、それにしたってISを展開してれば位置は分かるし、ハイパーセンサーでも見つけられないなんて、間違いなくISが潜伏(ステルス)モードになってるからなのよねえ。」

 

 本来、ISはコア・ネットワークによって繋がっており、大まかな位置が互いに分かるようになっている。現在はISを狙っているらしい絶対天敵(イマージュ・オリジス)対策で待機形態時の位置情報は隠されているが、それもIS展開中は普段通り分かるようになっているし、何よりハイパーセンサーを使えば生体反応や動体反応を頼りに探すことも出来る。

 

 しかしハイパーセンサーを使っても分からないとなれば、それはISを潜伏(ステルス)モードにしているとしか考えられない。位置情報は元よりレーダー類での探査からすら逃れる潜伏(ステルス)モードなら、2時間ISで探して見つからないのも納得がいく。

 

「でもそれって、天羽さん自身が隠れようとしてるってことになりますよね?」

 

「そうなのよねえ。何で潜伏(ステルス)モードにしてるのかしら……。」

 

 潜伏(ステルス)モードにするには設定を弄る必要がある。それはつまり飛鳥が隠れようとしていることを意味する。

 

「ほんと、何処に行っちゃったのよ、飛鳥ちゃん……。」

 

「あのー。」

 

 不安そうに呟いた楯無の元に、この温泉施設のオーナーがやって来た。

 

「オーナーさん。すみません、仲間が居なくなってしまったのでのぞき魔探しは――。」

 

「その方でしたら、皆さんが出て行ったすぐ後に来て、今温泉に入ってますよ?」

 

「――断らせて……えっ?」

 

 楯無が固まった。ポカンと口を開けて他の面々も固まった。

 

「すみません、話しかけ辛い雰囲気だったもので……。」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるオーナーに数秒視線が突き刺さり、弾かれるように全員が走り出した。

 

 

 

 

『温泉来たらまず束さんを捕まえる所からだよね。』

 

『居る場所が固定なの本当に助かるなぁ。』

 

『話し終わったら温泉で帰るまで休んでよっか。』

 

『特に意味ないけど全部回ろっと。』

 

 

 

 

「で?」

 

 2分後。露天風呂でたった1人くつろいでいた飛鳥を確保した専用機持ちたちは、よく掃除の行き届いた石の床の上に正座させた飛鳥を囲んで問い詰めていた。

 

「あたしたちがこんな寒空の下、あんたを探し回った2時間の間にたった1人満喫した露天風呂はどうだった?」

 

「最高でした。」

 

「でしょうねえ!」

 

 凰鈴音が咆えた。額に青筋を浮かべる乙女にあるまじき表情でキレた。

 

「何故潜伏(ステルス)モードになどしていた?」

 

「お風呂に入る時は織斑さんに『今お風呂入ってるな』って思われないよう、潜伏(ステルス)モードになるように設定してるので、それが原因だと思います。」

 

「むっ、それは……まあ許そう。」

 

 睨みつけるような表情だったラウラ・ボーデヴィッヒは、飛鳥の答えに僅かに考えてから引き下がった。ラウラにも羞恥心はあったようで飛鳥は安心した。

 

「どうして通話に出なかったの……?」

 

「束さんの所に行ってたので出ることが出来ませんでした。」

 

「篠ノ之博士……!?」

 

 更識簪がほんの少し怒ったようなムッとした顔で聞き、その答えとして飛鳥の口から飛び出た名前に全員が驚かされることになった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。姉さんに会ったのか?」

 

「会ったというか……。」

 

 困ったような顔をしながら、飛鳥はいくつもある露天風呂の内の1つに視線を向けた。

 

「そこでくつろいでます。」

 

「ふひー……。」

 

 ぷかぷかとその大きなバストを湯舟に浮かべた女性がそこにいた。メカメカしいウサ耳はなく、露天風呂なのでもちろん不思議の国のアリスをモチーフとしたドレスも着ていないが、それは間違いなくISの開発者・篠ノ之束その人だった。

 

「篠ノ之博士!?」

 

「まったく気付きませんでしたわ……。」

 

「ね、姉さん……。」

 

 若干1名くつろいでいる姉の姿に放心しているが、専用機持ちたちは突然現れた束の存在に驚いていた。

 

「今回の件を聞いてどうせ居るだろうと思って探したら案の定居たので、協力して貰えるように説得してました。」

 

「飛鳥ちゃんそんなことしてたの!?」

 

「というか束さん居ないとなのはの負担がマッハなのでずっと探してました。見つかって良かったです本当に。」

 

 湯船から上がって大分経ったことでいい加減寒くなって来たのか、声が震え始めた飛鳥を慌てて露天風呂の中にリリースし、肩まで露天風呂に浸かった飛鳥がとろけ始めた頃に話しを再開した。

 

「それで、飛鳥ちゃんはいつ頃篠ノ之博士がここに居るって気付いたの?」

 

「隕石以外の痕跡が消えたって話を聞いた時に居るんじゃないかなって思いました。確信したのは露天風呂にナノマシンが混じってるのに気付いたからです。多分研究用に生体情報の収集とかしてたんでしょうね。今はもう停止させました。」

 

「へ、へえ……。」

 

 そんなの入ってたの、ここ。そう思いながら今飛鳥が入っている湯舟を見つめる乙女たちを無視しながら飛鳥は続けた。

 

「で、ここらに居るだろうなって確信が持てたので近場で違和感のあった場所を探して、それで束さんを見つけました。」

 

 ちなみに、楯無と一夏がオープン・チャンネルで飛鳥に連絡を取ろうとして出来なかったのは、飛鳥がその時には既に束によって情報がシャットアウトされているラボの中に入っていて、そもそもコールが掛からなかったからである。面倒なので飛鳥はそのまま流したが、呼び出しの話は寝耳に水だったりした。

 

「その後はもうやることないので温泉満喫してました。今回の件全部束さんのせいでしたし。」

 

「いやそれをあたしたちに連絡しなさいよ!京都の時もそうだったけど、あんた篠ノ之博士のことになると途端に何も言わなくなるわね!?」

 

「正直露天風呂に早く入りたかった。」

 

「そこに直れえ!」

 

 鈴の怒号が、寒空の下の山々に木霊して消えていった……。

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「中、どうなってんのかなあ……。」

 

 女湯に入る訳にはいかない調査メンバー唯一の男性である一夏は、脱衣所前の休憩スペースでたった1人、突入していったみんなを待っているのだった。

 

「男湯、入っちゃダメかな……。」

 

 持って来た温泉案内のパンフレットを見ながら、一夏は1人孤独と戦っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第104話 篠ノ之束、弟子を手伝う

『どうも皆さん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい。天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『前回は温泉に行って束さんの協力を取り付けたところで終わりました。もうここに用はないので帰ります。』

 

『あの温泉、バフとか付かないからねぇ。みんなが戻ってくればそのままお開きだよ。』

 

『温泉仕様の立ち絵も所詮バスタオル巻いてるだけだしなぁ。学園の浴場でも同じだから見どころないんだよなぁ。』

 

 

 

 

「会いたかったよ~~!ちーちゃ~ん!」

 

「やかましい。」

 

 飛び掛かって来た篠ノ之束の頭を鷲掴みにしながら、織斑千冬は頭が痛そうに顔を歪めて束を連れて来た天羽飛鳥に視線を向けた。

 

「天羽、どこでこのバカを見つけて来た。」

 

「温泉施設の近くにいたので連れて来ました。今回の件の犯人です。」

 

「ほう?」

 

「ちーちゃん?束さんの頭はリンゴじゃないからそんなに力を籠めちゃいけないんだよ?」

 

 飛鳥の言葉に千冬は束の頭を鷲掴みにする手に力を入れ、ギチギチと締め上げながら片手で持ち上げる。その腕をタップしながら束がブラブラと宙に浮いた足を動かして遊んでいた。

 

「ふんっ!」

 

「ぐへぇ!」

 

「それで、天羽。束にはもうISコアを弄らせたのか?」

 

 束を部屋の隅に投げ捨て、千冬は飛鳥に向き直って本題を聞いた。

 

「それなんですけど……。」

 

「まだやってないよー。」

 

「なに?」

 

 言い淀んだ飛鳥の代わりに軽い調子で答えた束に千冬は顔をしかめる。

 

「イマージュ・オリジスがやってくる理由は、ISコアが奴等の世界のエネルギーを勝手に使っているからだろう。何故その対処をしない?」

 

「いやあ、別にやっても良いんだけどさ。盗電されてた電気が突然盗まれなくなったら、ちーちゃんはどうする?」

 

 ムクリと起き上がりながらされた束からの質問に千冬はしばし考え、口を開いた。

 

「………………確認しに行く、か?」

 

「少なくとも『あー良かったー』って放置はしないよね。だって気になるもん。」

 

 10年にもおよぶ盗電が突然なくなったからといって、そのまま水に流れるなんてことはない。絶対天敵(イマージュ・オリジス)は別世界までデモ活動をしに来るようなバリバリの行動派である。まず間違いなく状況把握のためにこちらの世界に来るだろう。

 

「で、その被害者は世界人口とほぼ同規模な訳だけど――どれだけの数が来ると思う?」

 

「…………全面戦争か。」

 

「ちーちゃんの予想も同じかあ。ちなみに私の予想も、ついでにあーちゃんのゼロシステムの予測も同じだよ。なーちゃんのはまだ聞いてないけど、多分同じ。ワラワラ湧いてくるよー、サバクトビバッタみたいに。」

 

 『大攻勢』。向こうにその気はないだろうが、そう判断されるだろう事が起こる。そしてそれが起これば、人類は戦わない訳にはいかない。国連による人類の総意が、絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦うことを決めてしまっている。

 

「でもそれ自体は問題じゃないんだよ。いくら来ようが殲滅できるから。問題はイマージュ・オリジスちゃんたちがこっちに来るのを止める切っ掛けがないこと。」

 

「切っ掛けがないだと?エネルギー問題が解決すれば――いや、そうか。()()()()()()()。」

 

「そっ。根本的な問題――イマージュ・オリジスちゃんたちの怒りをどうにかしない限り、戦いは続く。」

 

 ことの発端は束の作ったISコアが絶対天敵(イマージュ・オリジス)たちの世界からエネルギーを奪っていたことが原因だ。それに抗議するために隕石という宇宙船に乗って絶対天敵(イマージュ・オリジス)はこの世界に飛来し、ISがある場所でデモ活動をしているというのが【イノベイター】である飛鳥の絶対天敵(イマージュ・オリジス)評だ。

 

 その飛鳥の言葉に全幅の信頼を置き、束はそれが事実であることを前提として考えた。仮に全てのISコアに束のコード・ヴァイオレットで命令し、絶対天敵(イマージュ・オリジス)たちの世界からエネルギーを奪わないようにしたとして、果たして絶対天敵(イマージュ・オリジス)は現れないようになるのか。

 

 答えは否。正確にはその未来に至るためのピースが足りていないと言った方が良い。

 

「言葉も交わさないまま、互いに見つければ即戦闘。そんなのを相手にしてて怒りが収まる訳ないじゃん?」

 

 結局のところ、意思疎通が出来ないのが問題なのだ。どれだけ声を上げても聞いてもらえない相手と仲良くなど出来ない。

 

「互いの主義主張を知るべきなんだよ。良かれ悪しかれ、長い付き合いをしたいならね。」

 

「お前がそれを言うのか?」

 

「束さんは長い付き合いしないからいいんだよ。でも、あーちゃんはそうじゃないからさ。」

 

 千冬と軽口を叩き合っていた束は、会話に混ざれずにいた飛鳥を引き寄せ後ろから抱き締めた。

 

「レクイ・コンべちゃんだっけ?もー、娘が出来たなら束さんにも教えてよね!」

 

「なら群咲の連絡先下さいよ。あれが無かったせいでなのはが缶詰する羽目になったんですから。」

 

「うんうん!いくらでもあげる!これからはママ友だね、あーちゃん!」

 

「はい!」

 

 束のママ友発言を清く受け入れた飛鳥に頭を痛めながら、千冬は部屋を出ていく2人を見送るのだった。

 

 

 

 

「んー、完成率は4割行かないぐらいかな?」

 

 葉加瀬なのはの工房にやって来た束は空中に投影された画面の様子を見てそう言った。

 

「あとは組み上げてシステムの構築をすれば終わるんだけど、手が足りないんだよねぇ。」

 

「おーけーおーけー、2月中には終わらせよっか。3月まで伸びると進級に響くし。」

 

 言いながら、束は持ち込んだ機材を拡張領域(バススロット)から取り出し、それを駆使してなのはの作業を手伝い始めた。

 

「完成図は?」

 

「あーちゃんから作りたい物は聞いてるから大丈夫。量子型演算処理システムでしょ?」

 

「束さんには隠したかったんだけどねぇ。クアンタの能力も、これも。」

 

 互いに手を止めないまま2人は世間話を続けていく。脳内では互いの進捗状況を考慮した最短での製作スケジュールが更新され続け、その情報に酔った飛鳥は早々に退散した。

 

「京都で白騎士に飲まれたいっくんを助けた時にはもう分かってたけどねー。ツインドライヴシステムも意識共有の媒介になるGN粒子の生産量を増やすためでしょ?ゼロシステムだってこれとリンクさせてあーちゃんの処理能力を底上げするのを見越して積んでた。いやー、騙されたよ。最初からそっちが主目的だったんだもん。」

 

 3年前――時期的にはそろそろ4年前のこと。束と出会ったことで資金や設備の制限を一時的に脱したなのはは、ダブルオークアンタに至るための技術ツリーを一気に解放するかのように研究を加速させた。

 

 そう、なのはは束と共に研究していた時からダブルオークアンタという形を見据えていた。

 

 早々にGN粒子が持つ意識共有の媒介になる性質を解明していたなのはは、それを生産するGNドライヴとその生産量を2乗化するツインドライヴシステム、それによって大量に飛鳥に流れ込む情報を処理するための量子型演算処理システムの草案とそれを行うための入出力装置となるゼロシステムを、束にそうと気付かれることなく作り上げた。

 

 束をして飛鳥が京都でクアンタムシステムのタイプレギュラーを作動させなければ気付けなかった程、巧妙にそれぞれの繋がりを断っての開発だった。途中でガンダムエクシアやらGNソード系列の武器やらを作っていたのもあって、稀代の大天才である束を欺いて見せた。

 

「最初の方の束さん、信用は出来ても信頼は出来なかったからねぇ。3年目辺りはそうでもなかったけど、クアンタのことを知って何するかちょっと想像できなかったから隠してたんだよね。」

 

「うーん確かにあの頃は心(すさ)んでたから変なこと考えたかもだけど、あーちゃんのお弁当食べて2ヶ月ぐらいでかなり真っ当になってたと思うんだけど。」

 

「筋子おにぎりに絆されたね?」

 

「だって美味しかったんだもん。」

 

 シリアスなのか緩いのか判断に困る会話を続けながら、2人の作業は寮の門限が来るまで止まることはなかった。

 

 

 

 

『はい、これ以降は束さんが協力して量子型演算処理システムを作ってくれます。何なら寮の門限とか授業のない束さんが主導してくれます。』

 

『この分ならバレンタインが過ぎた頃には出来上がるね。やる気出てきたよ。』

 

『ミニゲームの連続で完全に燃え尽きてたもんね、なのは。』

 

『ちょっと大掛かりなのを作ろうとするとすぐこれだから誰も整備科ルート進まないんだ……!』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第105話 天羽飛鳥、暇を潰す

『どうも皆さん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい。天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『束さんも見つかり、協力も取り付けたのでいよいよ時間が過ぎるのを待つだけになりました。』

 

『まぁボクは超絶忙しいんだけどね!』

 

『ちょっと大掛かりなの作ろうとするとすーぐミニゲーム漬けだからね、このゲーム。ゲーム内時間で数ヶ月とか普通にかかるし。』

 

『しかもその間、まったく自由がないって言うね。ただでさえ時間かかるのにご飯食べないとペナ付いて効率下がるから、食堂への移動で時間取られたりするし。』

 

『2人プレイだから私が食事の用意して持ってって時間の有効活用してるけど、それにしたって授業とかあるからこのゲーム、自作機体とかほぼほぼ無理なんだよなぁ。外部委託すると関連機体が敵になったりするし。』

 

『そもそもソロだと整備科のステータスに寄せると、ポイント足りなくて操縦者として弱くなるからねぇ。原作キャラは両立してるのに。』

 

『一応ステータスが上がらない訳じゃないけど、CからBはともかくBからAが長いし、Sとか年単位で注ぎ込まないと無理だからなぁ。』

 

『そのせいでガンダムとかあるのにあんまり売れてないんだよねこのゲーム。操縦者でも整備科でもどっちも面倒だから。』

 

『まぁそれはさておいて、これからは面白そうなことがあるまで飛ばします。』

 

『やることなさ過ぎて代り映えしないからね仕方ないね。』

 

 

 

 

 篠ノ之束がIS学園にやって来て早数日。葉加瀬なのはの作っていた量子型演算処理システムの製作に加わり、その製作スピードが2倍になって2月中の完成が見えてきたことで、天羽飛鳥は安心して完成を待つだけの日々を送っていた。

 

 更識楯無から生徒会長の仕事を本格的に引き継ぎ始めているが、それはそれとして暇な飛鳥はなのはたちに食事を届ける時以外はレクイ・コンべの元に遊びに行っている。もちろん専用機持ちたちとの訓練や突発的に発生する楯無のイベントには参加しているが、それはそれとして暇をしていた。

 

「私も趣味作るべきかなぁ。」

 

『料理は趣味では?』

 

 ダブルオークアンタのコア人格の元を訪れ、ゼロシステムによって作り出されたボール型のロボットと遊ぶ娘を見ながらそんなことを言う飛鳥に、クアンタはそう返した。

 

「確かに料理はよくしてるけど、私のって家庭料理が中心だし、ただご飯作ってるだけだしさ。趣味って言えるか分からん。」

 

『レシピ本買ってるなら趣味では?』

 

 ご飯を作るだけで趣味なのかと悩む飛鳥に向かって、クアンタはレシピ本を買っていることを根拠に趣味だと言う。

 

「その基準だと確かに……でも日に5回も6回も料理しないからなぁ。食べ切れるけど暇つぶしには向かないし。」

 

『お菓子は作らないの?』

 

「お菓子はなのはがぶくぶく太るから……。」

 

 お菓子作りを勧めたクアンタにそう言いながら、クアンタが出してくれたクッキーを食べ紅茶を飲む。

 

『いつもパフェとか食べてない?』

 

「ある程度の糖分はないと頭が回らないからいいんだけど、私が趣味で作り始めると多分、つまみ食いしてぶくぶく太るんだよなぁ。」

 

 食べ切れもしないのに無駄にデラックスパフェ盛りを頼みたがるなのはは相応にスイーツ好きだ。横にお菓子があれば少しの空腹でパクパクと食べるだろう。ある程度は胸に行くが、お腹周りもぷにぷにし始めると困る。

 

「太くなると抱き心地が悪くなる。」

 

 ぷにぷにして楽しいのは最初だけである。過剰なぷにぷには触り心地と抱き心地を損ねるのだと飛鳥は言う。

 

「趣味にするならなのはが太らないのがいいな。」

 

『食べ歩きでいいのでは?』

 

「なるほど私だけ食べるのか……。」

 

 結局、シャボン玉を出して遊び始めたクアンタの出した食べ歩きが採用された。

 

 

 

 

「という訳で、食べ歩きを趣味にしようと思うんだ。」

 

「どういう訳よ。」

 

 ダブルオークアンタと趣味について話し合った翌日。食堂で一緒にご飯を食べていた凰鈴音にそのことを言うと怪訝な顔をされた。

 

「私って暇を潰せる趣味がないんだけど、何か良いのがないか昨日クアンタと話し合って決まったのが食べ歩き。」

 

「まずあんたがISのコア人格と当たり前の様に会話してるのはこの際どうでもいいんだけど、暇つぶしに食べ歩きはちょっと難しいんじゃない?遠出しないとどっかの店に入り浸ることになるわよ。」

 

「量子ジャンプでどこにでも行けるからそこは大丈夫。」

 

「そんなことにIS使うんじゃないわよ。ていうかそれもう旅行じゃない。」

 

「入国審査さえなければ海外も行くんだけどなぁ……。」

 

 そんなことを話している2人を遠巻きから見ながら、ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアの2人はベルベット・ヘルとクーリェ・ルククシェフカを連れて食事をしていた。

 

「何やってんだ、あいつら。」

 

「楽しそうっスねー。」

 

「クーリェ、口の周りが汚れてるわ。」

 

「んぅ……どこ……?」

 

 ほのぼのとした空間を形成する同じテーブルを囲む2人に笑いながら、イージスコンビは自分たちの食事を続けた。

 

 そんな平和な時間を過ごしながら、専用機持ちたちは今日も絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦っている。

 

 

 

 

 一方その頃、量子型演算処理システムを制作中の束となのはは。

 

「お腹空いたねー。」

 

「だねー。」

 

 飛鳥が食事を持ってくるのが遅れているため、絶賛空腹と戦っていた。

 

「今日のお昼は何だろうねー。」

 

「ボク、なんかナポリタン食べたい気分ですわー。」

 

「おーいいねナポリタン。ケチャップ美味しいよね。」

 

 昼食の献立について話ながらも、2人の手は全く休まずに量子型演算処理システムの製作に取り組んでいる。

 

「束さんは今無性にペペロンチーノが食べたいな。」

 

「たまにあるよねぇそういう日。」

 

「お腹さえ膨れるなら結局なんでもいいと言えばそうだけどさー、あれ食べたいなーってなって街に出ることあるよねー。ジャンクフードとか。」

 

「束さん月見バーガー好きだよねぇ。季節になったら毎年買ってたし。」

 

「なんで常設してくれないのか。」

 

 そんな話を死ながら、2人は1時間もの間飛鳥が昼食を届けに来るのを待っているのだった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第106話 転入生、それは姉なるもの

『どうも皆さん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい。天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『今回はアーキタイプ・ブレイカー編最後の転入生加入イベント、【その絆、きらめいて】になります。』

 

『ソシャゲのメインストーリーだけ追ってるといきなり湧いてくるよね、この姉モドキ。しかも自称娘の初登場する話で出てくるから完全に意識そっちに持ってかれて記憶に残らないし。』

 

『しかも軽く調べただけじゃいつ一夏に惚れたのかも分からないって言う。看病ってどの話でしたんだ本当……。』

 

 

 

 

「ブラジル代表候補生?」

 

「ええ。」

 

 今日の分の業務をするために生徒会室にやってきた天羽飛鳥は、更識楯無から新しい転入生についての話をされていた。

 

「本当はもっと早くから転入が決まってたんだけど、家の事情で遅れてたのよ。それが片付いたから、今度の日曜に来日するらしいわ。」

 

「へぇ、どんな人なんですか?」

 

「それは実際に会っての、お・た・の・し・み♪」

 

「資料見ますね。」

 

「ちょっとー!?」

 

 ウィンクしながら秘密にしようとしてきた楯無の机から資料を取り上げ、素早く目を通す。

 

「グリフィン・レッドラム、18歳。へぇ、3年生なんですか。」

 

「ぶーぶー、飛鳥ちゃんのいけずー。」

 

「教えてくれない会長が悪いんです。はい、返しますね。」

 

「あら、もういいの?」

 

「名前と年齢だけ分かれば十分ですから。」

 

 楯無の言葉に乗る訳ではないが、どんな人間かを知るなら実際に会ってみるのが1番だ。IS学園に送られる資料はほぼほぼ情報を網羅しているが、それで相手の全てを知れる訳ではない。何より飛鳥はイノベイターだ。こんな紙片よりも面と向かっての方が多くの事を知れる。

 

「会うのが楽しみですね。」

 

「そうね。今より賑やかになりそうだわ。」

 

 そんな話をしながら、飛鳥と楯無の2人は生徒会の業務に取り掛かる。

 

 そうして日は過ぎ、ブラジル代表候補生が来日するという日曜日。飛鳥は朝から工房に籠っている篠ノ之束と葉加瀬なのはの世話に奔走し、市街地に絶対天敵(イマージュ・オリジス)が出たことなど全く知らずに1日を終えたのだった。

 

 

 

 

「みんな、おはよう!全員集まっているわね。」

 

 月曜日の朝。楯無からの招集によって専用機持ちたちは集められていた。

 

「今日はみんなに、とってもビッグでサプライズなニュースがありま~す♪」

 

「ふん、このパターンは飽きたぞ。どうせまた新たな転入生の件だろう。くだらん前置きなどいらん。」

 

 いつものように飛鳥以外には言っていない転入生のことを話そうとする楯無に、ラウラ・ボーデヴィッヒがそう言い放った。

 

「もう、ラウラちゃんったら、話の腰を折らないでちょうだい。後でくすぐり地獄の刑よ?」

 

「なっ!?そ、それだけはやめろ!」

 

「うふふ、どうしようかしら~?」

 

 手をワキワキとさせながらにじり寄ってくる楯無から逃げるラウラを庇いながら、シャルロット・デュノアが口を開いた。

 

「でも、もう僕たちも転入生の情報は知っています。」

 

「昨日の市街地での戦闘であれだけ派手に活躍されちゃあね。」

 

「(そんなのあったんだ。)」

 

 市街地で戦闘があったことを今知った飛鳥がそんなことを考えていると、楯無はシャルロットたちの言い分にサプライズを諦めて扉の方に呼びかけた。

 

「それもそうね。じゃあ早速紹介しちゃうわ。どうぞ、入ってきて!」

 

 ガララッと引き戸を開け、その向こうから日に焼けた褐色肌の女性が笑顔で入ってきた。

 

「やっほー、一夏、セシリア!また会えてうれしーよ。」

 

「ごきげんよう、グリフィンさん。昨日のご協力には感謝いたしますわ。」

 

「今日からよろしくお願いします、先輩。」

 

「あはは、先輩はやめてよ。くすぐったいよ。」

 

 早速織斑一夏とセシリア・オルコットの2人と話を弾ませる女性に1歩近付いて、楯無が話を遮らないようにしながら話題を振った。

 

「3人はもう顔見知りだったわね。グリフィンちゃん、他の人にも簡単に自己紹介をしてもらえるかしら?」

 

「グリフィン・レッドラム。ブラジル代表候補生だよ!お姉ちゃんって呼んでね♪」

 

 ニコニコと笑いながらの自己紹介に相当コミュ力が高いことを感じさせる。お姉ちゃん呼びの注文で茶目っ気アピールも万全。更に身に纏う雰囲気が明らかに面倒見の良さを物語っている。

 

 今までの専用機持ちには居ないタイプの、年上らしい年上の女性がそこに居た。

 

「趣味はサッカーと運動。我流だけど格闘技も得意だよ。」

 

「それはいいですね!格闘技がお好きなんて、趣味が合いそうです!」

 

「ほほう、これはこれは!麗しい女性は大歓迎さ!私の花園、IS学園へようこそ!」

 

「お前は相手が年上でも慎む気はないのか……。」

 

「ねえねえ、グリフィンさんて強いんだね!昨日の戦闘データを見せて貰ったんだ~。」

 

「私たちも強い仲間は大歓迎よ。あとで機体も見せてくれない?」

 

「もちろんオッケーだよ。賑やかに歓迎してもらえてうれしーな。」

 

 すぐさまヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーの興味を引き、ロランツィーネ・ローランディフィルネィに歓迎され、コメット姉妹に尊敬の眼差しを向けられるグリフィン・レッドラムに、楯無はうんうんと頷いた。

 

「うんうん、仲良きことは美しきかな。3年生だから、クラスはダリルちゃんたちと同じよ。わからないことは彼女たちに聞いてね。」

 

「これで3年の専用機持ちも3人か。賑やかになったもんだな。」

 

「……よろしく。」

 

 楯無の紹介に合わせて半歩だけ前に出たダリル・ケイシーとベルベット・ヘルに向かって、グリフィンも手を出し握手をしながら挨拶を交わした。

 

「こちらこそよろしく。えっと、早速だけど質問いい?」

 

「何?」

 

「その後ろにくっついて隠れている子は?」

 

「……!」

 

 グリフィンの質問に、ベルベットの背に隠れていたクーリェ・ルククシェフカはビクリと肩を震わせた。そのクーリェの背中にそっと手を添えながら、ベルベットはクーリェに声を掛けた。

 

「……クーリェ、挨拶は?」

 

「あ、あの、あの、えっと……。クーリェ・ルククシェフカ……ろ、ロシアの、予備代表候補生、です……。こ、こっちはクマのプーちゃん……なかよく、してね。」

 

「……よく出来ました。」

 

 促されながらも初対面の相手に挨拶をしたクーリェの頭を撫でながらベルベットが優しく微笑む。

 

「ふふ、偉いね、クーリェ。こんな小さな子までIS学園に来て頑張ってるんだね。それだけ世界の事態は切迫してるってことか……。来るのが遅くなって、ゴメンね。」

 

 そんなクーリェの様子にグリフィンも笑いながら、しかしクーリェの年齢に顔をしかめ謝った。

 

「そういえば、各国の代表候補生への転入要請は絶対天敵(イマージュ・オリジス)の出現と同時期だったわよね。ずいぶん転入まで時間がかかってるけど、今まで何してたの?」

 

「ちょっと家の事情でゴタゴタしてね。でも、遅れた分はこれからの働きで返していくよ。もちろん、それだけの実力も持ち合わせているつもりだし!」

 

「それは~、とっても心強いね~。」

 

「うん、ブラジルの機体は今までデータが少なかったから……興味ある……。」

 

「さてさてみんな、興味津々のところ悪いけど、そろそろ授業の時間よ。焦らなくても、グリフィンちゃんの実力はこれからたっぷり見られるわ♪」

 

 そう言う楯無の手元には、『合同』と書かれた扇子が握られていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第107話 転入生、戦う理由

「それでは、専用機持ち合同の実戦訓練を始めます。」

 

 グリフィン・レッドラムを迎えた月曜日。第3アリーナに集まった生徒たちを見渡して欠員が居ないことを確認した山田真耶の号令によって、今ではすっかり珍しい授業となってしまったISを使う実習が始まった。

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の出現当初はカリキュラムを調整してISを使う実習をやらないようにしていたが、世界各国から戦力として専用機持ちたちが転入して来た今では、もしもの時の対処を迅速に出来るよう専用機持ちをつけての実習が行われるようになっていた。

 

 もちろん、いつ隕石が降って来て絶対天敵(イマージュ・オリジス)が現れるか分かったものではない。しかしそれでもIS学園は実習をすることを決めた。それだけISに置ける実技の占める割合というものは大きいのだ。

 

「レッドラムさんは今日が転入初日でしたね。早く授業に慣れて頂くためにも、実演をお願いしたいと思います。どなたか、対戦を希望する人はいますか?」

 

「はい!ぜひお願いしたいです!」

 

「私も、私も!おもしろそー!」

 

「私も……興味、津々……。」

 

 真耶の呼びかけにヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーと凰乱音、更識簪が手を挙げた。

 

「え?そんなに大勢とは、さすがにちょっと……。」

 

 授業的にあんまり良くない。そんなことを考えながら困った顔をした真耶に、グリフィンがストレッチをしながら了承の声を出した。

 

「私はオッケーですよ。スタミナには自信ありますから。」

 

「そ、そうですか?」

 

 本人が良いならと真耶の了承も得られたところで、グリフィンは3人に楽しそうに笑顔を向けた。

 

「さー、みんな、かかっておいで!いっちょ、お姉さんの良いところを見せてあげよう!」

 

 そう言いながらISを展開しPICで浮かび上がったグリフィンを追って、まず最初に手を挙げたヴィシュヌが飛び上がった。

 

 

 

 

『ここで立候補するとブラジルと戦えますが、この加入イベントでは最後にある絶対天敵(イマージュ・オリジス)の襲撃以外で戦う必要はありません。疲れるので休んで見てましょう。』

 

『ちなみにボクたちがブラジルをブラジルって呼んでるのは名前も苗字も呼称として微妙だからだよ。』

 

『そもそも加入時期的にろくに話に登場しないからなぁ。嫌いじゃないけど好きになるほど愛着がなぁ。』

 

『機体もビット積んでるぐらいしか情報ないからねぇ。その癖、謎のエネルギー弾蹴って来るし。』

 

『ダイヤモンド・シュートってなんなんだ一体。』情報少なすぎて戦闘書けない

 

 

 

 

「ふう、いい汗かいたー。さすが代表候補生、みんな強いね!」

 

 合同訓練後のシャワールーム。シャワーで汗を流しながら、グリフィンはにこやかに笑いながらそう言った。

 

 ヴィシュヌ、乱、簪の3人とグリフィンの連戦は、シールドエネルギーが尽きられても困るということでそれぞれが少し短めの試合時間ではあったが、どれもが一進一退の見映えのいい戦いだった。

 

「楽しい試合でした。またぜひお手合わせ願いたいです。」

 

「私も、貴重なデータが取れて、嬉しい……。」

 

 ヴィシュヌも簪も大満足の結果に笑顔でシャワーを浴びている。

 

「でも、あれだけ連戦してまだこんなに元気なんてすごい体力よね。自慢するだけの事あるわ。」

 

 同じくシャワーを浴びながら、3連戦をやってのけたグリフィンのスタミナを乱が褒めた。

 

 当たり前ではあるが、ISバトルとは運動である。PICとスラスターで飛び回ってはいるが、剣を振るなり銃を撃つなりでも体力と集中力は消耗する。というかハイパーセンサーの全方位視界を見ているだけで割と疲れる。

 

 特に第三世代ISはイメージ・インターフェースの操作に思考が割かれるのも相まって、第二世代IS以上に操縦時の疲労があることで有名だ。もちろん、専用機として第三世代ISを操縦している専用機持ちたちは慣れているが、それでも連戦するとなると話は変わって来る。

 

 それなのに3連戦を苦も無くこなして見せたグリフィンのスタミナは、乱たち専用機持ちをしても驚くべきものだ。

 

「ふふ、スタミナ作りのコツはたくさん食べてたくさん運動することだよ。特にオススメはお肉かな~♪チカラがつくしお腹もふくれるし!お肉サイコー!」

 

 シャワーで泡を洗い流しながらグリフィンはみんなにそう言った。

 

「ふむ、一理あるな。私も身体の稼働効率を考え、朝食にステーキを摂るようにしている。」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒもグリフィンの言葉に賛同し、自身の食生活を明らかにした。もちろん普段から食事を共にしている面々は知っている情報ではあるが、その理由を知ったのは今回が初めてである。

 

 その情報に流石軍人と口々にみんなが言う中、セシリア・オルコットが昨日のことを思い出した。

 

「そういえばグリフィンさんは昨日、『キング・メガ・ビッグバーガー』を完食してらっしゃいましたわね。」

 

 セシリアの証言に一同に衝撃が走った。

 

「ええっ!?あの巨大バーガーを全部食べたの!?」

 

「あれはものすごいカロリーのはずだ。なぜこんなスタイルを維持できるのだ……!?」

 

 シャルロット・デュノアが驚き、篠ノ之箒が思わず身を乗り出して隣の個室に入っていたグリフィンの身体を見た。

 

 箒の視線に僅かに身体をよじって恥ずかしそうにしながら、グリフィンはその疑問に答えた。

 

「あはは、小さい頃はお腹空かせてばっかりだったから、食べ物はすぐ栄養にしちゃう体になってるのかもね。」

 

「え~?それって~、どういうこと~?」

 

 グリフィンの話に布仏本音が泡で身体を羊のように覆い隠しながら聞いた。

 

「実はさ、私の家ってすごく貧乏だったんだよね。その上、子どもが多い大家族だから、昔から『食べ物にお金を出すならお肉!』って感じでさ。」

 

 この場には金銭的事情で食料に苦労した人間が居ないため共感こそ得られなかったが、グリフィンの話を聞いて全員が事情を察した。

 

「今は代表候補生として国から支給金が出てるから、大分生活は楽になったけどね。でも下の子たちはまだ小さいし、お姉ちゃんとしてはもっと成績上げて、ガンガン稼ぐつもりだよ!」

 

「へえー、苦労してるのねえ。」

 

「苦労と思ったことはないよ。大好きな家族のためだからね。」

 

 安物のシャンプーを泡立てながら、グリフィンは笑ってそう言った。

 

「あ、そういえば飛鳥がどこかに行っちゃったけど、どこに行ったの?」

 

 そんな中、グリフィンがこの場に居ない唯一の専用機持ちの所在についてを聞いた。それについて1番詳しい人物に凰鈴音が声をかけた。

 

「なのは、飛鳥がどこに居るか知ってる?」

 

「寮に戻って部屋のお風呂使ってる。飛鳥は人混み苦手だからね。」

 

「いつも居ないと思ったら、そんなことをしてましたのね飛鳥さん……。」

 

 実技の後の恒例である混み合うシャワーでいつも見かけないと思えば、寮まで戻って部屋の浴室で汗を流していることが露見した。

 

「そう言えば、街で天羽さんを見かけることってないよね。それも人混みが苦手だから?」

 

「遊びに行かないだけで買い物しには行ってるよ。まぁ服選びでもない限り即行で帰って来るけどね。」

 

 シャルロットの問いに、ふわふわの茶髪を時間を掛けて洗いながら葉加瀬なのはがそう答えた。

 

「理由に検討は付くけど、あんたらも難儀なもんね。」

 

「ボクと違って、飛鳥は受け流すのが苦手だからねぇ。」

 

「そういえば、わたくしそれで困ったことはありませんわね。」

 

「イージスの2人も大丈夫そうだし、比率的に飛鳥がおかしい、いや飛鳥はおかしいんだけど。」

 

 なのは、鈴、セシリアの3人が何やら話し始めた横で、事情を知らない面々がそれに聞き耳を立てているとシャワーの個室の外から声が掛けられた。

 

「お前ら、あんま時間かけてっと髪乾かす時間無くなるぞ~。」

 

「ダリル~、髪乾かしてほしいっス~。」

 

「おーう。」

 

 ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアの2人によって急かされた専用機持ちたちは、急いでコンディショナーに手を伸ばした。グリフィンはコンディショナーを持っていないのでそのまま髪にタオルを巻きつけ水気を取りにかかった。

 

 

 

 

 一方その頃、寮の自室に量子ジャンプで帰っていた天羽飛鳥は。

 

「しまった、シャンプー詰め替えてない。」

 

 いそいそとシャンプーの詰め替え作業をしていた。




 テンカラット・ダイヤモンドとかいう、ビット以外の機能が全く分からない機体。

 それはそれとしてグリフィン呼びがすごくしっくり来ない件。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第108話 転入生、一緒に寝る

 日も落ちてすっかり暗くなってしまったIS学園。寮の門限もあり本来なら生徒は誰も校舎に残っていない時間帯だが、今日に限って織斑一夏は副担任である山田真耶の手伝いをしていたためこんな時間に帰路に着いていた。

 

「すっかり暗くなっちまったな……。」

 

 はぁ~、と吐き出した息が白く染まり、校舎から寮までの道の間に設置されている街灯の明かりに照らされてモヤのように一瞬視界を隠しては消えていく。

 

「そういえば、もう2月か。」

 

 今日は1月26日。1週間後にはもう2月という事実に早いなぁと思いながら寮に向かって歩いていると、ふと何か話し声が聞こえて来た。

 

「あーもー、そんなに泣かないでよ。もう6歳なんだから、あんたも立派なお姉ちゃんだろ?……うん、それじゃあ、おやすみ。お姉ちゃんもこっちで頑張るからさ、チビたちの事はエミリーが守ってね。」

 

 気になって声の聞こえた所を覗いた一夏は、そこで年季を感じるスマホを耳元から離したグリフィン・レッドラムがブルリと寒さに身体を震わせているのを見つけた。

 

「あれ、一夏?いつからそこに居たの?」

 

「す、すみません。聞くつもりはなかったんですが……。」

 

「いーのいーの、気にしないで。ブラジルの家族に電話してただけだから。」

 

 頭を下げようとする一夏を止めながら、グリフィンは電話の相手について話し始めた。

 

「今の相手、エミリーって女の子なんだけど、ものすごく甘えっ子で、私がここに来る時大泣きして大変だったんだよ。絵本のお姫様に憧れててさ、言葉遣いが丁寧で、髪型は縦ロールで、しかも炭酸がニガテなの。」

 

「あれ?それって……。」

 

「そー、そー!セシリアにそっくりなんだよね。だからセシリア見てると、可愛くって。」

 

 笑いながらそう言うグリフィンに一夏も笑顔になりながら会話をする。

 

「はは、小さいセシリアですか。会ってみたいですね。先輩の妹さんなんですか?」

 

「うん、かわいい妹だよ。家にはエミリーの他にも女の子が12人、男の子が15いるんだ。」

 

「そ、そんなに大家族なんですか!?」

 

 グリフィン自身とエミリーを合わせて29人。日本ではまず考えられない数に一夏が驚いていると、グリフィンは笑みを引っ込めて口を開いた。

 

「みんな、血のつながりはないけどね。」

 

「え?」

 

 グリフィンの口から出て来た予想だにしない言葉に、一夏は思わず間の抜けた声を出してしまった。

 

「私の家は孤児院なんだよ。赤ん坊の時に運営者のシスターに拾われて、ずっとそこで暮らしてきたんだ。」

 

 空に浮かぶ月を見上げながら、真面目な顔をしたグリフィンが語る。

 

「今いる孤児の中では私が最年長でさ、子どもたちの面倒をみたり用心棒したり、シスターに孤児院の仕事も教わってたんだ。……だから、簡単には離れがたくて。」

 

「もしかして、転入時期が遅れた『家の事情』って……。」

 

「そう、孤児院のことが心配だったんだ。私がいなくなっても大丈夫なようにいろいろと段取り付けてからにしたくって。シスターももう歳だし、まだ赤ん坊の子もいるからね。時間はかかっちゃったけど、どうしても妥協するわけにはいかなかったから。」

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の出現とほぼ同時期に各国の代表候補生にIS学園への転入要請がなされ、12月中までに選抜された者全員が転入した。例外はそもそも別枠だったベルベット・ヘルと更識楯無が連れてきたクーリェ・ルククシェフカを除けばグリフィンだけ。

 

 その理由は家の事情とだけ朝に聞いたが、グリフィンの口から語られた詳細は確かにそう纏められはするがとてもそう簡単に纏めていいものではなかった。

 

「偉い人には、世界のピンチに何を甘ったれたこと言ってんだって怒鳴られたりもしたけどさ。私にとっては、何よりも家族が最優先。誰に何と言われようと、ね。」

 

「何も間違ってなんかないですよ。」

 

 少しだけ表情を曇らせたグリフィンに、一夏ははっきりとした口調でそう言い放った。

 

「先輩は自分にとって大切なものを守ろうとしただけなんですから、間違ってなんかないです。俺は、姉や仲間や、俺の力を必要とする誰かのために強くなりたいと思っています。それが自分にとって大切だと思うからです。だから、気持ちは先輩と同じですよ。」

 

「一夏……。」

 

 僅かに目を見開いて一夏を見つめたグリフィンは、少しして笑った。

 

「ありがと。ふふ、君っていい奴だね。ねえ、1つ頼み事を聞いてくれないかな?」

 

「何ですか?」

 

「私の事、お姉ちゃんって呼んでくれない?」

 

「はい?」

 

 今までの雰囲気が全て霧散し、何処からともなく気の抜けたBGMが流れて来そうな雰囲気に変わる。

 

「今までチビたちにお姉ちゃんって呼ばれてたから、先輩って呼ばれるのくすぐったいんだよ。あと、敬語も無しで!」

 

「そ、それはちょっと……。」

 

 苦笑しながらグリフィンの頼みを断ろうとした一夏だったが、グリフィンの寂しそうな顔に言葉が止まってしまう。

 

「こー見えてけっこうホームシックなんだ。エミリーにはああ言ったけど、一番寂しがってるのは私かも、なんて……。」

 

「先輩……。」

 

「だから!お・姉・ちゃ・ん!」

 

 凄まじい勢いでそう頼んでくるグリフィンに、一夏は圧されながらも声を上げた。

 

「じゃ、じゃあグリ姉で!」

 

「え?」

 

「グリ姉なら、短いし呼びやすいし、いいかなって……。」

 

「ふーん、グリ姉かー……。グリ姉ねー……。」

 

 一夏の提案を口の中で数回繰り返した後、難しい顔をしていたグリフィンはバッと表情を明るくした。

 

「うん、いいじゃん!親しみがあって、家族みたいな呼び名だね。気に入ったよ。今度はそれでよろしく頼むよ!」

 

「わ、わかったよ、グリ姉。」

 

 2人の間でそんなことが決められたその時、空から隕石が降ってきた。

 

「何だっ!?」

 

「これは――敵襲だね!行くよ一夏!お姉ちゃんにまっかせなさい♪」

 

 

 

 

『という訳で、ブラジル加入イベント【その絆、きらめいて】の必須戦闘、夜の絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦です。』

 

『でもノクターン級*1までしか出て来ないからカットカット。見せ場なんかないよ。』

 

『フルセイバーやはりダメでは?』

 

『本来コンボハメするタイプの装備なのにクリティカル即死もやって来るクソ装備だよ。その上量子化もする。』

 

『ダメでは?』

 

 

 

 

 大型絶対天敵(イマージュ・オリジス)も数体現れた、グリフィンのIS学園で初陣。

 

 だがしかしいつものように天羽飛鳥が大型絶対天敵(イマージュ・オリジス)をフルセイバーで叩き切り、残りの小型絶対天敵(イマージュ・オリジス)を一夏たちが倒すことで戦闘は終わった。

 

「やったね!私たちの勝ちだよ!」

 

「ああ、グリ姉、大活躍だったな!さすがだぜ!」

 

 射撃ビットと打撃ビットを使って絶対天敵(イマージュ・オリジス)を一ヶ所に集めたり分断したりなどして翻弄し、常に味方が攻めやすい場作りをしてくれていたグリフィンに一夏がつい先ほど決まったばかりの呼び名で呼びながら駆け寄った。

 

「……待て一夏。今何と言った?」

 

「グリ姉って……聞こえたような……?」

 

「しかも、ずいぶんと親しげに……。」

 

 その呼び名に目敏く反応し、篠ノ之箒たちは怪訝そうな表情で一夏ににじり寄った。

 

「な、なんだよみんな。この呼び方そんなに変か?」

 

「そういう問題じゃないわよ!いつの間にそんな仲になったのかって聞いてんのよ!」

 

「どうして一夏は目を離すとすぐに女子と仲良くなるのよ!」

 

「何で怒るんだよ?仲良くなるのは良いことだろ?」

 

 数時間目を離しただけで仲良くなることに憤慨する2人にそう言った一夏に、後ろからグリフィンも賛同する。

 

「そーそー。一夏とはもう家族みたいな仲だからね。特別な呼び名も考えてくれたし、ね♪」

 

「なんだと!?夫である私に相談もなく家族を増やすとは何事だ!」

 

「と、特別な呼び名って……僕だけじゃなかったの?」

 

 上機嫌なグリフィンの言葉にアリーナが不穏な空気に包まれる。

 

「あれれ~?なんだか~嵐の予感~?」

 

「それもとびきり大きい嵐の、ね。はあ~、まったく一夏くんてば……。」

 

「……私は部屋に戻るわ。クーリェも寝てしまったし……」

 

「くーくーくー……。」

 

 嵐の予感を察知したベルベット・ヘルが眠ってしまったクーリェ・ルククシェフカを落ちないように抱えながら、この場の引率である真耶に視線を向けた。

 

「そ、そうですね。もう遅いですし、みなさん今日はこの辺で解散しましょう。ね?」

 

 それを受けた真耶が慌てて解散を宣言し、大きく欠伸をしたダリル・ケイシーがヒョイッとフォルテ・サファイアを抱えると一足先にアリーナを出て帰っていった。

 

 それに続こうと他の面々も出入り口に向かおうとした、その時。

 

「それじゃ一夏、今日は一緒に寝よっか?」

 

 グリフィンが一夏の横に並び立ってそう言った。

 

「な、なんでそうなるんだっ!?」

 

 バッ!とグリフィンから距離を取る一夏だが、そこで見たのはグリフィンの寂しそうな顔だった。

 

「私の部屋、ルームメイトがまだいなくて、1人じゃ寂しいんだ。家ではいっつもチビたちがベッドに潜りこんできてたから、1人じゃ落ち着いて寝られないんだよね。」

 

「あー、ずるーい!それなら私もお兄ちゃんと一緒に寝たーい!」

 

「こ、こら、オニール!なんて事をいうのよ!あいつに変なことをされたらどうするの!?」

 

「そうだとも!男など、所詮は獣!ベッドを共にするなど危険極まりない行為だ!というわけで1人寝が寂しいのなら今夜は私の身体が空いているが、どうだろうか?」

 

「ええい、一番危険なのはお前だ、ロラン!少しは慎め!」

 

 グリフィンの吐露に続くように各々が一緒に寝る権利を欲し始める。それに慌てて真耶が止めに入った。

 

「み、みなさん、落ち着いてください!あの、レッドラムさん、いくら親しくても男子生徒と一緒に寝ると言うのは、ちょっと問題あると言いますか、その……。」

 

「そうですわ!そんなの認める訳には参りませんわ!」

 

「それじゃ、セシリアが一緒に寝てくれる?」

 

「はい?」

 

 二へへ、とにやけた顔をセシリア・オルコットに向けたグリフィンが高揚からか褐色の肌を少し赤く染めてセシリアの手を取った。

 

「ふふ、セシリアってホントにかわいーよね。エミリーも大きくなったらこんな風になるのかなー?」

 

「え、エミリーさんとは、どなたですの?」

 

「部屋に来れば写真を見せてあげるよ。動画もいっぱいあるからさ。もー、めちゃくちゃかわいーから!」

 

「あ、あの、ちょっと……。」

 

「さー、それじゃ、部屋に行こ―!」

 

 グイグイと手を引っ張って連れ帰ろうとするグリフィンから逃れようと、セシリアは助けを求めた。

 

「い、一夏さん、助けてください!」

 

「すまん、セシリア!ここは人助けと思って辛抱してくれ!」

 

「そんな!では鈴さん、なんとかしてください!」

 

「なんだ、セシリアでもいいなら最初からそう言ってよね。それじゃ、オヤスミ~♪」

 

「ひ、ひどいですわ!ならば飛鳥さん、っていない!?いつの間に!?」

 

 実は真耶による解散宣言がされた時には既に量子化で帰っていたのだが、一夏のグリ姉呼びで動揺していたセシリアはそれに気付けていなかった。

 

 頼りにしていた3人に頼れなかったセシリアは手当たり次第に助けを求め始める。

 

「箒さん!」

 

「セシリア……一夏のために身体を張ったその雄姿、私は忘れないぞ!」

 

「シャルロットさん!」

 

「僕は女の子同士なら、何の問題も無いと思うよ?」

 

「ラウラさん!」

 

「平和のために、時には犠牲も付き物だ。」

 

「ルームメイトが出来るまでの間、これから毎晩よろしくね、セシリア♪」

 

「そんなあ~~~~~!!!」

 

 友に見捨てられたセシリアの叫びが、夜のIS学園に響き渡るのだった――――。

*1
大型絶対天敵の中で一番弱い奴等。




 短縮箇所がないと主人公空気になる……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第109話 天羽飛鳥、取り調べを受ける

『どうも皆さん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい。天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。前回はブラジル加入イベントの【その絆、きらめいて】が終わって、ブラジルが正式に加入したね。』

 

『他と違ってストーリー進行度で加入じゃなくて、他全員が転入して来た後にセシリアと一夏がショッピングモールに行かないと転入フラグが立たないから、自力でフラグ立てるのはちょっと面倒なんだよなぁ。』

 

『しかも最終決戦終わればイベント関係なく来るからね、こいつ。イベント熟して加入させても利点がそこまでないし。』

 

『弱くはないけど、何と言うか無難なんだよなぁブラジルって。いや手持ち武器0は全く無難じゃないんだけどさ。』

 

『射撃と打撃、2種類のビットを2基ずつ。あとは謎エネルギー弾と突進その他肉弾戦だけとか漢らし過ぎる……。』

 

『一応武器が付いてるヴィシュヌの蹴りと違って、ただ硬いってだけの機体で向かって来るからなぁ。』

 

『国は何を思ってあんな機体を作ったのか。』

 

 

 

 

 始まりはグリフィン・レッドラムの一言だった。

 

「そういえば、飛鳥ってブラジルに来たことあるよね?」

 

 グリフィンの転入翌日にも現れた絶対天敵(イマージュ・オリジス)を倒し終わり、戦闘後の軽食にと食堂のカフェテラスエリアでスイーツ談義をしている最中に言われたその言葉に、天羽飛鳥はショートケーキのイチゴを頬張ったまま固まった。

 

「グリフィンさん、それってどういうこと?」

 

 シャルロット・デュノアが皆に代わりグリフィンにそう質問を投げかけた。全員に対してブラジル旅行の経験があるのかという質問ではなかったのもあるが、その相手が飛鳥だったからだ。

 

「昨日の夜も気にはなってたんだけど、今日の飛鳥の戦いを見てて、前にブラジルで絶対天敵(イマージュ・オリジス)を倒した未確認機なんじゃないかなって。」

 

「未確認機?」

 

絶対天敵(イマージュ・オリジス)が出現するようになって、確か半月だったかな?ブラジルのIS研究所に出た絶対天敵(イマージュ・オリジス)を誰かが倒したことがあったんだ。」

 

 実際にその現場に駆け付けたというグリフィンによれば、到着した時には既に倒された絶対天敵(イマージュ・オリジス)の残骸が散乱しており、何者かが戦闘していたのは間違いない。

 

 しかしブラジルの軍部はグリフィン以外は到着していないと言い、実際スクランブルを受けた専用機持ちや軍人たちは到着していないと話した。だが残骸の状況から、グリフィンのものを始めとするブラジルのISによる破壊ではないと判断され、レーダーにさえ映らずに戦闘を行った未確認機の存在が浮上した。

 

「で、その残骸がこれ。」

 

 グリフィンが自身の専用機に保存していた現場の資料から写真を取り出し、投影ディスプレイに表示して全員に見せた。

 

 そこには威力が高すぎて手のひらに収まる程度の大きさに砕けてしまっている残骸と、逆に切れ味が良すぎて真っ二つに溶断されている残骸が写っていた。

 

 それと似た物を、全員がつい先ほど目撃していた。

 

「飛鳥が倒した絶対天敵(イマージュ・オリジス)そっくりだな。」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒがはっきりとそう言った。

 

「飛鳥さん……。」

 

 セシリア・オルコットが呆れたような声音で飛鳥の名を呼んだ。

 

「そういえば、飛鳥はその頃休み時間にフラッと居なくなっていたな……。」

 

 篠ノ之箒が思い出したように呟いた。

 

「あんた、そんなことしてた訳?」

 

 凰鈴音が半目で飛鳥を見た。

 

「……。」

 

 じーっとみんなから疑惑の眼差しを向けられた飛鳥は、自身の脳量子波を丁寧に操りセシリアたちイノベイターに思考を読まれないようにしてからショートケーキをパクリと一口で食べると、そのまま離脱を図った。

 

「逃がさない……。」

 

 しかし更識簪に回り込まれ、制服の裾を握られてしまった。こうなってしまえばふとした拍子に怪我をさせかねないため、飛鳥は動けなくなる。

 

「さぁ、キリキリ吐いてもらうわよ?」

 

 『取り調べ』と扇子に文字を書いた更識楯無が、何時の間にか食堂の方から持って来たカツ丼をテーブルの上に置いて笑った。

 

 

 

 

「それじゃあ、絶対天敵(イマージュ・オリジス)が出現してからIS学園が迎撃拠点に選ばれるまでの1ヶ月の間、飛鳥ちゃんは被害が出そうな隕石落下地点に赴いては絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦ってたのね?」

 

「まぁ、はい。」

 

 カツ丼を出されては仕方ないと素直に話した飛鳥は、楯無によって纏められた話を肯定しながら最後の米粒をかき込んだ。

 

「移動時間はワープだとして……どうやって被害が出る時とそうでない時の選別をしていたのかしら?隕石全部に対応してた訳じゃないでしょう?」

 

「それはまた別の話なので―― 「おかわりもいいわよ。」 ――ちょっと未来見ました。」

 

 楯無の指示で簪が持って来た2杯目のカツ丼を前に、早速手を付けながら即行で飛鳥は暴露した。

 

「飛鳥ちゃんそんなことも出来たの……?」

 

 流石に予想外の返答に楯無が面食らっていると、横でスイーツに舌鼓を打ちながら話を聞いていたコメット姉妹が入り込んで来た。

 

「ね、ねえ。飛鳥はどれぐらいの未来を見れるの?」

 

「私たちがどう成長してるかも分かる?」

 

「分かるけど、教えない。」

 

「えー!?」

 

「ちょっと!なんで教えてくれないの?!」

 

 ねーねー!と飛鳥を揺さぶるコメット姉妹を(たしな)めながら、楯無に代わって簪が話を聞き出そうとする。

 

「未来を話さない理由は何……?」

 

「未来なんて知らない方が良いよ。奴隷になりたくないならね。」

 

「奴隷……!?」

 

 穏やかでないワードに驚く簪だが、すぐに飛鳥の言わんとすることに思い至り口を噤んだ。

 

「なるほど、未来の奴隷か。面白い例えだね、飛鳥。」

 

「未来の奴隷?どういうことだ、ロラン。」

 

 話を聞いていたロランツィーネ・ローランディフィルネィの呟きを聞いた箒が聞き返すと、ロランは真剣な顔で答えた。

 

「テストみたいなものさ。それが来ると分かっていれば勉強の1つや2つするだろう?その行為は未来の出来事に隷属している、つまり未来の奴隷になっているとも言い換えられる。」

 

「だが、テストに向けて勉強をするのは普通の事だろう。」

 

「そう、普通の事だ。でももし仮に、テストの出題範囲ではなく()()()()()が分かっていたとしたら、箒はどう勉強する?」

 

「む、それは……なるほど、そういうことか。不確かな筈の事象が明確な事象として起こることを知ると、それに合わせて行動が変わる。飛鳥、お前の言う奴隷とはそういう意味か。」

 

「大体はね。他に教えない理由も色々あるけど、1番はそこかなぁ。」

 

 なお、2番目の理由は話しを広げると話すのが面倒臭いことになっていくからである。全員の将来とかに派生されても困るというのが本音だ。

 

「私も基本的に使ってないし、使うにしても毎回気を引き締めて使ってる危険物だよ。だから教えない。いじわるとかじゃなく、精神衛生的に教えられない。」

 

「むー、そこまで言うなら……。」

 

「仕方ないよねー……。」

 

 ようやく納得してくれたコメット姉妹に安堵しながら、飛鳥は最後のカツを頬張った。

 

 

 

 

 その頃の工房。

 

「ねぇ、なーちゃん。」

 

「なーに束さん。」

 

「さっきから明滅してるあのコアっぽい奴、もしかしてあーちゃんが言ってたレクイ・コンべちゃん?」

 

「そうだねー。飛鳥を誑かす悪い女だよ。」

 

 工房に備え付けられた机の端っこでさっきから光ったり光らなかったりしているコアについて篠ノ之束が聞くと、葉加瀬なのはは作業の手を止めないまま肯定した。

 

「へぇ~、これがそうなんだ。うーん先っちょだけ持って帰らせてくれないかな?あーちゃん。」

 

「交渉は量子型演算処理システムが組み上がってからにしてね。今抜けられても困るんだから。」

 

「うーむ片手間さえも許されない作業場。ブラック労働ってこういうのを言うんだろうね。」

 

「ボクは定時で上がってるからブラックなのは束さんだけだよ。」

 

「束さん、1日を36時間生きてるからどこも雇用条件がかみ合わないんだよねー。働いたら残業代マッハだよ、多分。」

 

「面接で落とされるんじゃない?」

 

「顔とおっぱいで受かるでしょ。それに有象無象が定めた資格制度に合格してないだけで、束さん色々できる訳だし、引く手数多じゃない?」

 

「どっかに行くぐらいならフリーでいるでしょ。」

 

「まぁねー。自由はいいよー、気楽で。」

 

 そんなくだらないような会話をしながら、2人の天才は物作りに励むのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第110話 明滅、それは生誕までのカウントダウン

「え、光ってる?」

 

 カフェテラスエリアからいつものように工房にやって来た天羽飛鳥は、作業する葉加瀬なのはと篠ノ之束の横で光っているエネミーコアを見てそんな間の抜けた声を上げた。

 

「束さん、私のレクイちゃんに何したんですか……?」

 

「何で束さんはいつも真っ先に疑われるんだろうね?」

 

 真っ先に疑いを向けられた束が心外だと頬を膨らませる。

 

「全く。ちーちゃんもそうだけど、あーちゃんも何かあるとすーぐ束さんを犯人にするよね。失礼しちゃうよ。」

 

「でも大体束さんだったよね。」

 

「中学時代の事件は大体束さんが原因だったからなぁ。」

 

「少なくとも山を駆け巡る謎のUMAと学校七不思議になった夜な夜な動き回るロボットは束さんじゃなかったよ。」

 

「「ぐっ……。」」

 

 中学時代の黒歴史を掘り起こされた2人が言葉を詰まらせる。ストレス発散のために山籠もりをしていたどこぞのイノベイターの影が捉えられて発生したUMA事件と、興が乗って学校でも製作に勤しんでいたら夜になったと気付かず試運転を始めそれを残っていた教師に見つかり学校中で噂になった事件を出されてしまえば、軽率な犯人扱いは出来ない。

 

 例えそれ以外の全てが束の仕業だったとしても。

 

「でも今回は本当に束さんじゃないよ。というか、なーちゃんは知ってるよね?勝手に光り出したこと。」

 

「訂正する間もなく束さんが膨れたんだよ。」

 

「で、結局原因は?」

 

生まれそうなんじゃない?それかイマージュ・オリジスちゃんを呼んでるか。

 

「ちょっとレクイちゃんの所に行ってきます。」

 

「いってらっしゃーい。」

 

「親バカめ……。」

 

 レクイ・コンべと会うためだけにこの工房に置くようになったタオルケットと枕を取り出しさっそく横になった飛鳥を、2人は口々に見送った。

 

 

 

 

「あっ、ママ!」

 

「レクイちゃん、こんにちは。」

 

 ダブルオークアンタのコア人格が過ごす花畑。そこに置かれたテーブル上でコア人格とトランプをしていたレクイがイスから飛び降りると飛鳥に向かって駆け出し、ギュッと抱き着いた。飛鳥もそれを抱き止め抱え上げると、先程までレクイが座っていたイスに腰かけて自分の膝の上にレクイを乗せた。

 

「こんにちは、クアンタ。」

 

「こんにちは。今日も遊びに来たの?」

 

「いや、今日はレクイちゃんに聞きたいことがあったから来た。」

 

「わたし?」

 

 膝の上から見上げてくるレクイの頭を撫でながら、飛鳥はレクイにエネミーコアの明滅についてを聞いた。

 

「うん、もうすぐ外に出られるの。」

 

「そっか。外に出たらなのはたちと一緒に遊園地とか回ろうね。」

 

「…………。」

 

「レクイちゃん。」

 

 ニコニコと楽しそうだったレクイが、外での予定についての話になると途端に押し黙ったのを見て、飛鳥はレクイの名を呼んだ。

 

「──ママ、ごめんなさい。わたし、一緒にいけない。」

 

「なんで?」

 

 レクイの頭を撫でながら、飛鳥はできるだけ優しい声音で問いかける。

 

「……わたし、わたしね?ここから出たら、全部忘れちゃうの。ママのことも、クアンタのことも、ここで2人と遊んだことも……全部、忘れちゃうの。」

 

「──そっか。」

 

 レクイの言葉にそれだけ呟いて、飛鳥はレクイの頭を撫でることにだけ集中し始めた。

 

「約束も、思い出も、全部忘れちゃう。ごめんなさい。ごめんなさい、ママ。」

 

 レクイの新緑色の瞳に涙が浮かぶ。飛鳥の胸元に顔をグリグリと擦り付けてその涙を隠しながら、レクイはひたすら謝罪の言葉を言っていた。

 

「いっぱい遊んでくれて、いっぱい話してくれて、いっぱい構ってくれたのに、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……!」

 

 ──別に、記憶を失うのが怖い訳じゃない。

 

 コア状態からの復旧時に、自分の名前以外の記憶を失うのはイマージュ・オリジスの生態の1つだ。それを怖いと思うことはない。

 

 けれど、この花畑で過ごした日々が消えるのは、イヤだった。

 

「レクイちゃん。」

 

「……なに……?」

 

 もはや隠せなくなって泣きじゃくるレクイの頭を左手で優しく撫でながら名前を呼ぶと、レクイは顔をあげずに飛鳥の胸に顔を埋めたまま反応を返した。

 

 そんなレクイを抱きしめながら飛鳥は言う。

 

「例えレクイちゃんが忘れても、私とクアンタが覚えてる。」

 

「っ……!」

 

「甘えん坊で、遊びたい盛りで、すっごく可愛い娘がいることを。私達は覚えてるよ。」

 

「ママぁ……!ママぁ!!」

 

「よしよし……。」

 

 ダブルオークアンタのコア人格が見守る中、飛鳥はただレクイを宥め続ける。

 

「(──外で戦闘が始まった。でも、今はダメ。飛鳥抜きで頑張って。)」

 

 機体に届いた敵襲のアラートを操縦者に知らせないまま、ダブルオークアンタのコア人格はレクイが泣き止む時を待ち、1人紅茶を飲みケーキ食べていた。

 

 

 

 

「くそっ、キリがない!」

 

 雪片弐型から伸びる零落白夜の刃で近くの絶対天敵(イマージュ・オリジス)を攻撃し、倒したのを確認してから織斑一夏は額を流れる汗を拭うと、次の絶対天敵(イマージュ・オリジス)に向かって剣を構えた。

 

 つい1、2時間前にも飛来した隕石から出て来た絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦ったばかりだというのに、ただでさえ珍しい同日2度目の隕石。しかも、そこから出てくる絶対天敵(イマージュ・オリジス)の数が尋常ではない。かつてないほどの量が攻めて来ていた。

 

「どぉりゃぁっ!!」

 

 掛け声とともに炎を纏った双天牙月を絶対天敵(イマージュ・オリジス)に叩きつけ、アリーナの地面ごと陥没させた凰鈴音は素早く双天牙月を引き抜くと周囲を見渡した。

 

「ああもう、まだ半分も倒せてないじゃない!どんだけ居るのよ!?」

 

「この数、わたくしのオーバーライトでも倒し切るには時間が掛かりますわね。」

 

「私のGNミサイルは、もう撃ち切っちゃった……。」

 

「かんちゃんは~、最初に、どっかーん!って、やっちゃったからね~。私の雷も~、多すぎて手が回らないし~。」

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)を一掃できるだけの高威力攻撃を持つ面々も、流石の多さに食傷気味になりながら戦闘をしている。特に更識簪は最大火力である山嵐のGNミサイル48発同時発射を2回使用して既に弾切れを起こしてしまったため、尚更辟易(へきえき)した状態だ。

 

「こらそこー。おしゃべりしてないで戦うっスよー。」

 

「キリキリ働けよー、1年共ー。じゃないと日が暮れるぞー。」

 

 そんな状態の1年生たちを注意しながら、フォルテ・サファイアとダリル・ケイシーが美しい連携攻撃で絶対天敵(イマージュ・オリジス)を倒していく。しかし結構な早さで1体ずつ確実に倒しているのに、一向に減っている実感が出ないほどの多さに流石のイージスコンビも舌打ちをしていた。

 

 時間のかかる戦闘が続く最中、全体を俯瞰(ふかん)していた簪が眉をしかめた。

 

「……変な感じが、する。」

 

「私も同意見だ。敵の数もだが、なにより動きに違和感があるね。」

 

「私たちではなく、どこかを目指して進撃している……?」

 

 簪の呟きにロランツィーネ・ローランディフィルネィが同意し、ベルベット・ヘルも絶対天敵(イマージュ・オリジス)の動きを見て標的が自分たちではないと看破する。

 

「もっとおかしいことがあるよ。戦闘が始まって結構時間が経ってるのに、飛鳥さんが来ない。」

 

「いつもなら、もうとっくに来て敵を切り倒している筈ですね。」

 

 シャルロット・デュノアとヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーの言う通り、この第3アリーナにはあのとても目立つ光る粒子を放つ機体が見当たらない。居たなら今頃半分は片付いていそうなのだが、どういう訳か天羽飛鳥はこの場に来ていなかった

 

「一体、何が起こっていると言うんだ。」

 

 篠ノ之箒がみんなの内心を代弁したその時、第3アリーナで戦っていた専用機持ちたちに通信が入った。

 

『お前たち、聞こえているな。』

 

『緊急事態です!』

 

 落ち着いたいつもの様子の織斑千冬と、対照的にやや興奮気味に語りかけて来る山田真耶の声に、戦闘の手を少し緩め全員が聞く態勢を取った。

 

『新型の絶対天敵(イマージュ・オリジス)を確認、葉加瀬さんの整備室がある方面に侵入されました!』

 

「なんだって!?」

 

 真耶の報告に一夏が驚きの声を上げる。

 

「なるほど、絶対天敵(イマージュ・オリジス)はそこを目指していた訳か。あの人が来ないのはその防衛に当たっていたから、ということだな。」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒはその話を聞いて1人納得し、うんうんと頷いていた。

 

「でも、なんで絶対天敵(イマージュ・オリジス)がそんな場所目指すのよ!?」

 

「あそこにはなのはちゃんだけじゃなくて、篠ノ之博士も居るわ。博士自身か、あるいは博士が持ち込んだ何かしらを狙ってるんじゃない?」

 

『残念だが違う。恐らく敵の狙いはエネミーコアだ。』

 

 凰乱音の疑問に更識楯無が推論を語るが、千冬はそれを否定し秘密にしていたことを明かした。

 

「エネミーコア?千冬姉、それってなんだ?」

 

『以前天羽が見つけてきたイマージュ・オリジスのコアだ。葉加瀬の使っている整備室に保管させていたんだが、どうも今回はそれを狙って攻めて来ているらしい。』

 

「飛鳥ちゃんいつの間にそんな物を!?」

 

 千冬の説明に楯無が代表して驚きの声を上げる。もちろん他の専用機持ちたちも驚きで目を丸くしていた。今日カフェテラスエリアで秘密の行動をしていたことについて問い詰めたというのに、半日も経たない内に別の秘密が判明したからだ。

 

『侵入した新型はいずれも大型だ。そのおかげか葉加瀬たちのいる整備室までの通路で詰まっていて進行は遅い。しかしアリーナを片付けてから向かうという訳にもいかん。そこでお前たちを2班に分ける。』

 

 楯無の驚きの声を無視して千冬の采配が通達される。

 

『織斑、凰鈴音、凰乱音、更識姉、更識妹。以上5名は直ちに整備室に向かう新型の迎撃に当たれ。残りの者はその場にて、引き続き隕石から現れるイマージュ・オリジスの対処だ。』

 

『みなさん、頑張ってくださいね!』

 

「「「了解!」」」

 

 真っ先に飛び出した一夏を先頭に、6人の専用機持ちが葉加瀬なのはの工房に向かって飛翔した。

 

 

 

 

「!見つけた!」

 

 先行していた一夏が、通路を窮屈そうに進む2体の赤い大型絶対天敵(イマージュ・オリジス)らしき存在を見つけて声を上げた。

 

「これが、新型の絶対天敵(イマージュ・オリジス)……。」

 

「今までのとは威圧感が違うわね。みんな、気を引き締めて。」

 

 今まで現れた大型の絶対天敵(イマージュ・オリジス)は、その大きさからか少なからず威圧感を放ってはいたが、今回の新型絶対天敵(イマージュ・オリジス)はその比ではない。

 

 猛禽類、あるいは竜。それを模した、本来であれば空を自由に飛び回っているだろう新型絶対天敵(イマージュ・オリジス)は、その翼のような部位を折り畳み、体格と全く合っていない狭い通路を通ろうとしているだけで一夏たちを圧倒してくる。

 

 桁外れの防御力を持っていた、かつて街中に現れた樹木のような絶対天敵(イマージュ・オリジス)とはまた別の強敵の出現に、武器を握る手に知らず知らず力が入る。

 

 だがその時、一夏はあることに気付いた。

 

「傷を負ってない……?天羽さんと戦ってるんじゃなかったのか?いや、そもそも──天羽さんはどこだ?」

 

 てっきり、幼馴染みであるなのはがいるここを守るために第3アリーナに来なかったとばかり思っていた。しかし件の新型は傷1つ付いておらず、また飛鳥の姿もどこにも見当たらない。

 

 ISを展開していればハイパーセンサーでどこにいるか分かるのだが、それもない。

 

 どこかつい先日の温泉施設であった出来事を思い起こさせる事態に一夏は焦ったが、それを振り払い目の前の絶対天敵(イマージュ・オリジス)に剣を向けた。

 

「ここから先へは行かせないぜ!」

 

 

 

 

「泣き止んだ?」

 

「……うん。」

 

 花畑の中心で、抱き締めたレクイ・コンべが泣き止んだのに気付いた飛鳥は少しだけレクイを身体から離すと、その頭を撫でて笑った。

 

「ねぇ、レクイちゃん。歌おうか。」

 

「歌う……?なんで?」

 

「あなたが、生まれるから。新しい始まりを祝して。」

 

「……わかった。」

 

 頷いたレクイを見てまた笑うと、飛鳥は歌を口ずさんだ。

 

 新しい始まりを祝福する、歌を。

 

「Happy Birthday To You────」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第111話 生誕、それは一瞬の別れ

「ああもうっ!なんでこんなに硬いのよコイツ!?」

 

 葉加瀬なのはと篠ノ之束の居る整備室まで続く通路。人間であれば十分に道幅のあるそこをその巨体で進もうとする新型絶対天敵(イマージュ・オリジス)に、大型実体剣【角武】を叩きつけた凰乱音が苛立ったようにそう愚痴る。

 

 かつて街中に現れた植物型よりは攻撃が通るが、普段相手にしている他の大型絶対天敵(イマージュ・オリジス)よりは遥かに硬い。これで本来なら見た目通り空中を飛行するであろう相手なのだから嫌になる。

 

「無駄口叩かない!一夏、今よ!」

 

「おう!【零落白夜】!」

 

 愚痴る乱を怒鳴りつけた凰鈴音が作った隙を逃さず、織斑一夏が零落白夜の刃で斬り掛かる。

 

【グルルァ!!!】

 

 だが、一夏が剣を振りぬくより早く新型絶対天敵(イマージュ・オリジス)が狭い通路の壁を削りながら無理矢理身体を捻り致命傷を回避した。

 

「くっ、すまん浅かった!」

 

「十分よ!食らいなさい!!」

 

 PICも合わせた身軽なバックステップで間合いを取り直した一夏と入れ替わるように、鈴が新型絶対天敵(イマージュ・オリジス)に向かって肉薄する。単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)天之四霊(ティェンヂィースーリン)】の【玄武】で相手の一部を拘束し、そこに双天牙月の一撃を叩き込む。

 

「重っ……!でも、一夏ぁ!」

 

「任せろ!!」

 

 再び鈴が新型の体勢を崩させ生み出した隙に、一夏が瞬時加速(イグニッション・ブースト)で切り込む。

 

「今度は逃がさねえ――!!」

 

 鋭い踏み込みと共に、零落白夜の刃が新型絶対天敵(イマージュ・オリジス)を切り裂いた。

 

【グ、ル…………!?】

 

 呻き声のようなものを最後に、新型絶対天敵(イマージュ・オリジス)は床に倒れ伏した。

 

「やった!倒した!」

 

「こっちに有利な狭い場所でこれだけ時間かかるとか、もし広い外でやり合ってたらもっと苦戦してたわね……。」

 

 乱と鈴が武器を拡張領域(パススロット)に仕舞いながら一息吐く。同じく一夏も雪片弐型を仕舞うと、戦闘が始まった時に別れた更識楯無と更識簪の向かった方を見てPICで浮かび上がった。

 

「もう1体を相手してる簪たちが心配だ。急ごう!」

 

 

 

 

清き激情(クリア・パッション)!!」

 

 空気中に散布されたアクア・ナノマシンが一斉に熱を持ち、辺り一帯を覆っていた霧が水蒸気爆発を起こす。

 

 その中心部に居た新型絶対天敵(イマージュ・オリジス)はその爆発をまともに受けたが、その堅牢なエネルギーシールドによってダメージはあまり与えられずに終わった。

 

【グルァ!!】

 

「うーん、攻撃力不足ね。」

 

「【春雷】!」

 

 突っ込んで来た新型を回避しながら楯無は攻撃力不足を嘆き、荷電粒子砲【春雷】を撃ちながら前に出た簪と立ち位置を入れ替える。

 

「っ、硬い……!」

 

 超振動薙刀【夢現】で斬り掛かった簪が、相手に当たる寸前で触れたエネルギーフィールドの硬さに顔を顰める。

 

「ちょーっと、相性が悪いわねぇ。ミストルテインなら通るかしら?」

 

「【山嵐】が使えれば……。」

 

 威力のある攻撃がない訳ではないが、使用に何かしら制限のある2人はこの新型絶対天敵(イマージュ・オリジス)との相性が悪かった。それもあってじりじりと戦場が移動しており、もう整備室まであと少しというところまで後退させられている。

 

「不味いわね、これ以上は下がれないわ。」

 

「一夏たちは、もう終わったかな……。」

 

「零落白夜ならもう終わっててもいい頃ね。」

 

 話しながらも位置を入れ替えながら新型絶対天敵(イマージュ・オリジス)に連撃を叩き込み続ける更識姉妹。それを鬱陶しそうにしながらも新型絶対天敵(イマージュ・オリジス)は追い払うように身をよじるだけで、前進するのを優先し始めた。

 

「くっ、目的地が近付いて私たちを無視し始めたわね!」

 

「止められない……!」

 

 本来空を飛ぶだろう巨体が床を這うように通路を進み、引き留めようと攻撃する楯無と簪を踏み越えて遂に整備室の前に辿り着いた。

 

【グルル!】

 

 扉を突き破ろうと、新型絶対天敵(イマージュ・オリジス)が翼の付いた腕を伸ばす――。

 

 

 

 

「――ママ。」

 

 ダブルオークアンタのコア人格が居る花畑。そこで祝福の歌を口ずさんでいた天羽飛鳥を、レクイ・コンべが呼んだ。

 

「うん、分かってるよ。」

 

 そのレクイの頭を撫でて、飛鳥はコア人格に顔を向けた。

 

「クアンタ、外に出して。」

 

「もういいの?」

 

「うん。またすぐに会えるから。」

 

「……分かった。」

 

 外に出る了承を得た飛鳥の視界がぼやけていく。

 

「ママ……。」

 

「レクイちゃん、行ってくるね。」

 

「うん……行ってらっしゃい。」

 

 娘との一時の別れをして、飛鳥は現実へと帰還した――。

 

 

 

 

 ――扉を突き破ろうと伸びた腕が、扉を突き破って飛来した6つの刃に斬り刻まれる。

 

【グルッ!?】

 

 それに驚き腕を引っ込めようとする新型絶対天敵(イマージュ・オリジス)に、そのまま6つのGNソードビットが襲い掛かり全身を細かく裁断されていく。

 

【グ、ル、ル……。】

 

 ものの数秒で達磨となった新型絶対天敵(イマージュ・オリジス)が沈黙し、床に転がる。

 

「やっぱりここに居たのね、飛鳥ちゃ……ん……?」

 

 新型絶対天敵(イマージュ・オリジス)が倒れたことで緊張を解いた楯無が斬り刻まれた扉から整備室を覗くと、

 

「ママ!」

 

「うん、ママだよ。ハッピーバースデイ、レクイちゃん。」

 

 新緑色の髪と眼を持つ、幼い少女を抱えた飛鳥がそこに居た。

 

 

 

 

 なのはと束の居る整備室に進撃する新型絶対天敵(イマージュ・オリジス)は見事撃退され、第3アリーナに大量に現れた絶対天敵(イマージュ・オリジス)の群れも飛鳥によって殲滅された。

 

 そうして倒された絶対天敵(イマージュ・オリジス)の残骸と壊された通路の後片付けを職員に引き継いだ飛鳥は、レクイを伴ってIS学園作戦本部にやってきた。

 

「天羽、その子どもがレクイ・コンべか?」

 

「はい。」

 

 入って開口一番に織斑千冬が聞いてきた言葉を飛鳥は肯定した。

 

「ただ、この身体を持つに当たって記憶を無くしてるみたいで、事情を聞くのは無理そうです。」

 

「そうか。……これは独り言だが、その子の事情を考えれば拘束後速やかに研究所送りが妥当だ。」

 

 飛鳥から視線を逸らしながら千冬がそんなことを言い始め、レクイは不安そうに飛鳥と繋いでいた手をぎゅっと握る。

 

 そんなレクイを安心させるように頭を撫でながら、飛鳥は千冬の言葉を待った。

 

「だが、IS学園にはエネミーコアなんて物を保管していた記録はないし、そこからレクイ・コンベなんて子どもが出てきた証拠もない。今ここに居るのはいつの間にかIS学園に迷い込んでいた子どもだけだ。」

 

「IS学園では、そう言う子への対応はどうなっているんですか?」

 

 生徒側に提示されている校則には『不審者発見時は近くの職員に速やかに報告』としか書かれていない。職員側の対応はどうなのかという飛鳥の問いに千冬はすぐに答えた。

 

「保護者の捜索が済み次第保護者の元に帰すが、それまでは学園内で面倒を見ることになっている。IS学園(ここ)には機密が多いからな、契約書で情報漏洩しないことを確約させないと外には出せん。3ヶ月探して見つからなければ施設行きだが、そこは心配いらないだろう。」

 

「はい。」

 

「なら今日の所はもう戻って良い。食堂で美味しい物でも食べさせてやれ。」

 

「ありがとうございました、織斑先生。ほら、レクイちゃんも。」

 

「ありがとう!」

 

「ああ、いっぱい食べてこい。」

 

 大きく手を振りながら飛鳥と一緒に作戦本部を出て行ったレクイを見送って、千冬は一息ついた。

 

「まったく、入って早々に剣気を飛ばして威嚇してくるとはな……()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 口角が上がろうとするのを必死に取り繕って、千冬は淹れたコーヒーに口を付けた。

 

 

「ママ、どうしたの?」

 

「いや、ちょっとね……。ゼロが死の未来で埋まった……こわっ。

 

「???」

 

 

 

 

「さて……。」

 

 IS学園食堂。教室、アリーナ、整備室に続く生徒たちの第4の溜まり場と名高いそこで、専用機持ちたちが本日2度目の尋問を始まっていた。

 

「とりあえずこれだけは言っとこうかしら。」

 

 飛鳥の目の前にカツ丼を出した鈴がズビシッとレクイを指差した。

 

「誰よその女ぁ!!!」

 

「うちの子。可愛いでしょ?」

 

「後で撫でさせなさい!」

 

「お姉ちゃん!?」

 

 鈴とのコントのようなやり取りの後、改めて楯無による尋問が始まった。

 

「まずはその子について話してもらいましょうか。」

 

「レクイ・コンベちゃんです。可愛いでしょ?」

 

「ええ可愛いわ。で、どこから連れて来たの?」

 

「地下、になるのかなぁ。発電所の所に居たのを見つけてなのはの所に置いてたので。ほら、可愛いでしょ?」

 

「ええそうね可愛いわね。それで、いつから匿ってたのかしら?」

 

「今月の11日だから、大体半月前からですね。頬っぺたとかもちもちで可愛いでしょ?」

 

「飛鳥ちゃん、その子が可愛いのは十分わかったから、まずはカツ丼でも食べて真面目に答えてくれない?」

 

 膝の上に抱えたレクイを今までに見たことのない満面のニコニコ笑顔で構い倒す飛鳥にさしもの楯無も困っていた。

 

「飛鳥さんが触れているということは、それだけ親しいということですけれど。」

 

「何か、なのはが相手の時以上にべったりしてない?」

 

「あれはもう親子っスね、親子。」

 

 そんな飛鳥を見てセシリア・オルコットたちも困惑している。表現としてはフォルテ・サファイアの親子がしっくり来る距離感だ。妹を可愛がるような感じですらなくそう感じるのだから、構い方というのは奥が深い。

 

「それじゃあ、正直に言って。その子は一体何者?」

 

「イマージュ・オリジスですね。」

 

「「「!?」」」

 

「ぶっちゃけたなあオイ。」

 

 本題と言わんばかりにされた楯無の質問に飛鳥はさらりと爆弾発言をして、専用機持ちたちに衝撃が走った。1人コーラフロートを飲んでいたダリル・ケイシーはそんな飛鳥にむしろ呆れたように言った。

 

「それ、危険じゃないの?!」

 

「外装がない以上、今のレクイちゃんに出来るのはせいぜい空間転移ぐらいだから大丈夫。」

 

 凰乱音が叫ぶように聞いた事に対して、飛鳥はレクイを撫でながら何でもないようにそう答えた。

 

「それに記憶――ログデータもないから、戦う理由がない。」

 

「ログ?」

 

「コアからの復旧時に個体識別のための名前以外、全部忘れちゃうんだって。だから今、この子には戦う理由になるような遺恨もない。」

 

 遺恨。その言葉に疑問符を浮かべる専用機持ちたちの中で、楯無は生徒会長として前に出た。

 

「安心していいのね?」

 

「何かあれば私が止めます。私の子ですから。」

 

「そう……であればいいわ。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第112話 日常、それはイベントの予感

『どうも皆さん、おはこんばんちは。いつもパタパタ空を飛ぶ、天羽飛鳥です。』

 

『はいはーい。天っ才博士、葉加瀬なのはだよ。』

 

『無事レクイちゃんが生まれました。あとは連れてかれないように守りながらなのはの方の完成を待つだけです。』

 

『このペースだとバレンタイン翌日になるけどね、完成。』

 

『まぁ絵面は変わらず絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦闘だけなんだけど……。』

 

『ブラジルが来たから歓迎会のスポーツイベントあるんじゃないの?』

 

『今1月末なんですがあの。』

 

 

 

 

 レクイ・コンペが姿を現してから早数日。IS学園では特に事件もなく平和な日々が続いていた――

 

「刻め、ソードビット!」

 

【グッ!?グ、グ……。】

 

 ――が、絶対天敵(イマージュ・オリジス)の現れる頻度は増えていた。

 

「はい終わり!それじゃレクイちゃんのとこ行ってきます!」

 

「あ、うん。お疲れさま飛鳥ちゃん。」

 

 GNソードビットによる速攻の連続斬撃で絶対天敵(イマージュ・オリジス)を倒すと、そう言って足早にアリーナを去っていった天羽飛鳥を見送った更識楯無は怪訝な顔をして呟いた。

 

「飛鳥ちゃん、あのおっきな剣を外してどうしたのかしら?」

 

 

 

 

「レクイちゃーん!」

 

「ママ!」

 

 ヒシッ!と互いに抱き締め、ついでにぐるぐると回った飛鳥とレクイはそのまま手を繋いで歩きながらお喋りを始めた。

 

「今日は何食べよっか?」

 

「ハンバーグ!ハンバーグ食べたい!」

 

「昨日も食べたけど今日も食べる?」

 

「うん!」

 

「じゃあ私、今日はエビフライにしようかなぁ。」

 

「えびふらい?」

 

「おいしいんだよ、エビフライ。タルタルソースが特に。」

 

「食べてみたい!」

 

「なら今日はエビフライにしようか。」

 

「うん!」

 

 レクイの食事をハンバーグからエビフライに変更させた飛鳥。その様を背後から見ていた他の専用機持ちたちは戦慄していた。

 

「すごい、強制じゃなくて自分から食べたい物を変えさせた……。」

 

「あれが育児テクニックか……。」

 

「なんか飛鳥、手慣れてない?確か1人っ子よね?」

 

「ええ、その筈ですわ。なのはさんの世話を焼いていたとは聞いてますけれど……。」

 

 視線の先では楽しそうにエビフライについて聞いているレクイと、それに子どもが興味を引くような謳い文句で説明する飛鳥の姿。

 

「あれをなのはさんにも……?」

 

「さすがにしないでしょ。たぶん素よ、素。」

 

「単純に子ども好きなのではないでしょうか?」

 

「それもあるだろうが、何より彼女が母たらんとしているのが原因だろうね。娘に色々なものを食べて欲しいという親心さ。」

 

「10代にして親心って。青春しなさいよそこは。」

 

 後を付けながら食堂までやってきた面々は自分たちも昼食を食べようといい加減隠れるのを止め、それぞれ今日の注文を決めていった。

 

「それにしても、IS学園の食堂ってメニュー豊富よね。」

 

「そうだな。メジャーどころは揃っているし、アレルギーや宗教に配慮したものもある。」

 

「それだけじゃなくて、郷土料理もある程度取り揃えてるんだからすごいよね。」

 

「世界各国から生徒がやって来る関係上、仕方なくこうしているという面もあるんでしょうけれど。それにしたって豊富ですわよね。」

 

「何よりおいしい。」

 

「それ。」

 

 受け取った料理を持ってテーブルに移った専用機持ちたちはそのまま会話を続けた。

 

「料理人ってすごいよね。包丁とか、あんな早いのにミスしてないんだもん。」

 

「そりゃそうならないと回らないからよ。包丁いれるのに手間取ってたらお客さん待たせちゃうでしょ。」

 

「繁盛してる時なんて地獄よ、地獄。皿洗いなんて特に面倒なんだから。」

 

「そういえば、鈴と乱は飲食店の娘だったな。」

 

「調理を手伝ったことはないけどね。でも仕込みは手伝わされたわ。あと接客と皿洗い。」

 

「100皿とか洗ってみなさい。腕が攣るわよ。」

 

「……思えば、あたしの握力って皿洗いでついたのかも……?」

 

「アタシも……。」

 

 自分の二の腕の筋肉をぷにぷにと触りながら思案顔になった2人を放置して話題は続く。

 

 そんな平和な、IS学園の1日。

 

 

 

 

 そうして平和に過ごしレクイもすっかりIS学園の風景に馴染んできた2月中旬頃、その戦争は始まろうとしていた。

 

「ばれんたいん?」

 

「そう、バレンタイン。」

 

 バレンタインデー。それは和気藹々とした外聞とは裏腹に、個数と質を争う学生たちの戦争。

 

「日本だと女の子から男に渡すのが一般的だけど、それはそれとして仲の良い友達にも渡すからなぁ。チョコレートを渡す日って覚えれば大丈夫だよ。」

 

 横から覗き込むレクイに説明しながら、飛鳥は金属製のボウルの中でチョコレートを湯煎し溶かしていく。

 

「何で溶かしちゃうの?そのまま渡すんじゃダメなの?」

 

「ダメじゃないけど……うーん、何て言えばいいのかなぁ。」

 

 購買で買った赤いパッケージの板チョコの箱を持ちながら聞いて来たレクイに、飛鳥はチョコを溶かすためにゴムベラを動かしながら少し考えてから答えた。

 

「手間暇かけることで、分かりやすくしたい、のかなぁ?」

 

「わかりやすく?」

 

「普通の人間は、些細なことで誤解する生き物だから。」

 

 普通の人間は表層意識を読み取ることも出来なければ、高い感受性で感じ取ることもなく、また本能的に察することもない。拳を交わしても、本心を話しても伝わるとは限らない。

 

「時間をかけて形を作ることで、言葉だけじゃ伝わらないことを分かりやすく伝えたいんじゃないかなぁ。」

 

「ママも?」

 

「私のはただの様式美だよ。バレンタインってこういうものだから。」

 

「知ってる!『こてーかんねん』だよね!」

 

「待ってどこでそれ知ったの。」

 

「束が教えてくれた!」

 

「どういう状況で教えたんだ束さん……。」

 

 溶けて液状になったチョコに生クリームを加えて再び混ぜながら、飛鳥はレクイと一緒にチョコ作りを進めていく。

 

「今回は手軽に型に流し込むだけでいいかなぁ、人数も多いし。」

 

「ママは誰に渡すの?」

 

「んー、なのはと束さんと千冬先生と山田先生と、あとは専用機持ちで……24人?うわ多っ、型足りるかな。」

 

 綺麗に生クリームが混ざったチョコを型に流し込んでいく。

 

「よかった、足りた。」

 

「これで完成?」

 

「あとは冷蔵庫で冷やして固めたら完成かな。それじゃ、後片付けしようか。」

 

 チョコの入った型を冷蔵庫に移し、使ったボウルやゴムベラを洗った飛鳥はレクイを連れて食堂に遊びに行くのだった。

 

 

 

 

 翌日、2月14日。土曜日の今日は本来校舎に来る必要はないのだが、カフェテラスエリアのスイーツ目当ての生徒や、今は頻度こそ少ないが訓練機ISを使うために登校する生徒も居るために一般開放されている。

 

 そして専用機持ちたちにとっては作戦本部がある建物なのもあって、休日ではあっても校舎で過ごすようになっていた。

 

 そんな訳で織斑一夏も登校していた訳なのだが、休日なのを差し引いても静かなことに首を傾げていた。いつもなら専用機持ちの誰かと会うのだが、今日は誰とも会わない。

 

 まさか自分が知らないだけで招集でもかかったのかと考え始めた時、背後から一夏に声が掛かった。

 

「やあ、おはよう一夏。良い朝だね。」

 

 オランダ代表候補生、ロランツィーネ・ローランディフィルネィが軽く手を挙げながら一夏の隣に並ぶ。

 

「おお、ロランじゃないか!良かった、ロランがここに居るってことは招集が掛かった訳じゃないんだな。」

 

「ん?なんのことだい?」

 

「いや、今日はまだ専用機持ちの誰とも会ってなかったからさ。何かあったのかと思って。」

 

 並んで歩きながら一夏がそう言うと、ロランは納得したように軽く笑った。

 

「ははは、そういう事か。察するに、みんなは君に接するタイミングを伺っているんだよ。今日は特別な日だからね。」

 

「え?今日って何かあるのか?」

 

「何だい、呆れたな。知らなかったのかい?カレンダーはよく見るべきだよ。」

 

 そうして話しながら進んでいる内に校門前までやってきた一夏たちを、ずらりと並ぶ女子たちが出迎えた。

 

「キャー!ロラン様がいらっしゃったわ!」

 

「おはようございます、ロラン様!」

 

「みなさん、静粛に!はしたないところをお見せしてはいけないわ!美しく1列に並び、順番にお渡しするのです!」

 

「「「はいっ!」」」

 

「嗚呼!来てくれたんだね、私の可愛い百合の蕾たち!」

 

 大勢の少女たちに向かってロランは小走りで近付いていく。

 

「ロラン様、これ、チョコレートです!今日のバレンタインデーのために、愛情をこめて手作りしました!」

 

「ロラン様、私は手紙を書きました!チョコレートを召し上がる時にお読みになってください!」

 

「ロラン様、私のチョコも受け取ってください!」

 

「嗚呼、ありがとう、ありがとう!君たちの愛、しかと受け取らせてもらう!」

 

 その光景を見た一夏は、ああ今日ってバレンタインデーだったのか、と1人納得していた。

 

 ――2月14日。それは質と量、どちらも手にしてこそ勝者となる仁義なき戦争の始まる日。

 

 一夏はこの時、まだ自分がどんな目に合うのかを知る由もなかった。

 

 女子校にいる唯一の男子生徒が、バレンタインデーでどんなことになるのかを……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第113話 バレンタイン、それは少女の戦い

「あー、おりむー、おはよ~!」

 

 今日がバレンタインデーだということをロランツィーネ・ローランディフィルネィがチョコレートを貰う光景で思い出していた織斑一夏は、背後から聞こえて来た間延びした声に振り返った。

 

「ん、おお、のほほんさん。それにファニールとオニールも。おはよう、みんな。」

 

「あ……お兄ちゃん。」

 

「おはよう……。」

 

 いつもの様にニコニコ笑う布仏本音が制服の余った袖を大きく振りながらこちらに向かってくるのを見つけ、さらにその少し後ろからファニール・コメットとオニール・コメットの双子姉妹が来るのを見つけた一夏は挨拶をしたが、コメット姉妹の声に普段の元気さがないことに気付いて首を傾げた。

 

「どうしたんだ、お前たち?珍しく元気がないな。」

 

「大丈夫、ちょっと寝不足でねむいだけだよ。実は、昨日一晩かかってもチョコレートが上手く作れなくて……。」

 

「私たち、カナダでは料理もお菓子つくりもしたことなかったから、慣れてないのよね。」

 

「そこで~!お菓子と言えばこの私~、布仏本音が相談にのってたわけなんだよ~。」

 

 ぶんぶんと袖を振り回す本音がえっへんと胸を張り、それを見たコメット姉妹は頼もしそうな視線と笑顔を向ける。

 

「うん、よろしく頼むわね。」

 

「今日中に完成すれば、まだ間に合うもんね!」

 

「はいは~い!お菓子のことなら私にお任せ~!」

 

 そんな3人の様子を見た一夏は、指導役が本音ということに少しだけ不安を感じはしたが、かといってそれを指摘する訳にもいかないのでその場は送り出すことにしたのだった。

 

 

 

 

「い、一夏!おはよう!」

 

「よう、おはよう、シャル。」

 

 空いた時間にやろうと持って来た勉強道具などが入った荷物を置いておこうと生徒会室に向かっていた一夏に、まるで待ち伏せていたかのように前から歩いて来たシャルロット・デュノアが緊張した面持ちで挨拶をして来た。

 

「あ、あの、今日の午後って、少し時間ある?」

 

「ん?何か用事があるのか?」

 

「う、うん、ちょっとだけ、2人きりになりたいんだけど、ど、どうかな……?」

 

 もじもじとしながら少しだけ上目遣い気味に一夏を見上げ、本人にその気はないだろうが腕で胸も寄せて上げながらのシャルロットの問いに、一夏は特に何も考えずに答えた。

 

「別にいいぞ。」

 

「ほ、本当!?やった!」

 

 ぱぁ、っと笑顔になったシャルロットが飛び上がって喜ぶ。

 

「ふふ、先手必勝作戦、大成功!」

 

「先手必勝?何のことだ?」

 

「あっ、こ、こっちの話!あははは……。そ、それじゃあ午後に、約束ね!楽しみにしてるね!」

 

 それだけ言って、シャルロットは小走りで一夏の元から去っていった。

 

 

 

 

 一方その頃。1年1組の教室では、

 

「何!?早くもシャルロットが動いただと!?」

 

「一夏を尾行していたラウラからの情報よ、間違いないわ!」

 

「慎重なシャルロットさんの事ですから、まだ行動には出ないと思っていましたのに……!」

 

「完全に、裏をかかれた……!」

 

 恋する乙女(バカ)たちによる密会が行われていた。

 

「くうっ、『抜け駆け禁止同盟』にシャルロットを抱き込むのが遅れたのが痛かったわね。」

 

「ああ、我々の目的はただひとつ、『一夏と2人きりの状況でチョコを渡す』こと!」

 

「そのためにはお互い協力を惜しまず、各人のベストなタイミングを計るためにこうして集まった訳だけど……。」

 

「早くも状況が変わってしまいましたわね。」

 

「でも、バレンタインは始まったばかり……まだ焦る段階じゃ、ない……!」

 

「そうだな、急いては事を仕損じるやもしれん。」

 

「とにかく今は状況把握が重要ね!ラウラ!引き続きそちらの状況報告を!」

 

 ISのプライベートチャンネルにそう呼びかける。しかし、返事はなかった。

 

「……あれ、ラウラ?ちょっと、応答しなさいよ!?ラウラ!?ラウラ!?」

 

「これは、まさか――!?」

 

 

 

 

「フッ、私が目指すのは確固たる己の完全勝利のみ……。故に、戦略的抜け駆けをさせてもらうぞ!悪く思うな!」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは廊下で不敵に笑う。ラウラが抜け駆け禁止同盟に参加したのは他でもない、斥候として一夏の監視に着くと言って1人だけ近付きながら、他の面々を遠ざけるためだ。

 

 あとは会う約束を取り付けロマンチックにチョコレートを渡してあわよくばそのまま――。

 

「よう、ラウラ。おはよう。」

 

 思考に耽るラウラに、生徒会室に荷物を置いて出てきた一夏が声を掛ける。

 

「う、うむ、おはよう。ええと、その……なんだ……。」

 

 突然声を掛けられたラウラがどうにか外面を取り繕い挨拶を交わすが、一晩考え抜いた誘い文句の言葉が出て来ずに言葉を詰まらせる。

 

「ん?どうしたんだ?」

 

「よ、嫁よ!今日が何の日か知っているか!」

 

「バレンタインデーだろ?」

 

「うむ、その通りだ!だから、その……私は……。」

 

 もじもじと俯いていたラウラだが、意を決して一夏の方へ1歩踏み出し、ビシッとその顔を指差した。

 

「こ、今夜、お前の部屋に行く!良いな!心して待っていろ!」

 

 それだけ言ってラウラは顔を赤らめながら走り去っていった。

 

 その後ろ姿を見つめながら、一夏は1人首を傾げていた。

 

「いつも勝手に俺の部屋に入って来てるのに、なんで今日は言ってきたんだ?」

 

 一般的に夜這いの宣言なのだが、日常的に部屋に来ては全裸で寝ていく困った少女の乙女心は、鈍感な少年には理解できなかった。

 

 

 

 

 一方その頃。1年1組の教室では、

 

「超小型偵察機からのデータによると、既にラウラも動いた模様……。」

 

「そんなもの、いつの間に用意していたのだ?」

 

「今日は決戦日だから……念には念を入れた。」

 

 恋する乙女(バカ)たちによる調査が行われていた。

 

「ちぃっ、斥候するだなんて言い出したのは1人だけ抜け駆けするためだったのね!もう悠長にしてらんないわ!あたしも勝手にやらせてもらうわよ!」

 

「そうですわね。所詮、恋とは孤独な戦いですもの!」

 

「ここからは、自分との戦い……!」

 

 凰鈴音が立ち上がり、セシリア・オルコットが続き、更識簪が燃える。

 

「う、うむ……そうだな……。」

 

 1人、篠ノ之箒だけが沈んだ顔をしていた。

 

「…………。」

 

 そんな箒を、目を金色に輝かせたセシリアが見つめていた。

 

 

 

 

「(困ったな……私だけではどうにも照れくさいから、誰かと一緒ならば自然に一夏を誘えると思ったのだが……。)」

 

 この頃、より活発になってきた絶対天敵(イマージュ・オリジス)への対策として、休日の午前にも関わらず計画された専用機持ちたちの訓練に出るために更衣室でISスーツに着替えている箒は、沈んだ表情のままどうしようかと考え続けていた。

 

「(同盟は決裂……一体どうすれば……ん?)」

 

 少しだけ歪んでいるらしいロッカーを閉めたその時、箒はふと横で一緒に着替えていたヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーが手に持っている包みが目に入った。

 

「やっぱり、恥ずかしい……一体どうやって渡したらいいのか……で、でも、せっかくの手作りチョコ、一夏に食べて欲しい……ああっ、でもっ、でもっ!」

 

「ヴィシュヌ、それはもしや一夏へのチョコレートか?」

 

「ええっ!?な、なぜそれを!?」

 

「いや、思いっきり口に出ていたが……。」

 

 箒がそう指摘するとヴィシュヌは顔を赤く染め、うぅ、と恥ずかしそうに呻いた。

 

 その自分にはない可愛らしい姿に僅かにダメージを受けながら、箒はヴィシュヌの手を取った。

 

「それよりヴィシュヌ、相談がある!ここに、新たな同盟を結びたい!」

 

「え?」

 

 目を丸くするヴィシュヌを、箒は真剣な眼差しで見つめていた。

 

 

「(さっさとチョコ渡せばいいんじゃないかなぁ。)」

 

 その様子を、同じくISスーツに着替えていた天羽飛鳥がとても漢らしい考えで見ていた。

 

「レクイちゃんはああなっちゃダメだからね。」

 

「?うん、わかった!」

 

 そんな2人を差して、飛鳥は横でおいしそうに飛鳥の作ったチョコレートを食べるレクイ・コンベにそう言ったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第114話 バレンタイン、それは地鳴りと共に

 2対2のタッグ戦の訓練は無事に終わった。途中、山田真耶&ベルベット・ヘルVS天羽飛鳥&ファニール・コメット&オニール・コメット戦で、真耶がベルベットの出した氷を使って跳弾を行い、飛鳥の援護を掻い潜ってコメット姉妹を落とすという神業を披露したりしたが、やった人がやった人なのでもはや誰も驚きはしなかった。

 

 それはそれとして、「生徒たちの訓練にならないのでそういうのやめてください」と更識楯無に怒られた真耶は何度も何度もコメット姉妹たちに向かって頭を下げ、しょんぼりとした様子で飛鳥のGNソードⅤに切られて脱落した。

 

 そんなこんなで訓練は終わり、専用機持ちたちが訓練後の汗をシャワーで洗い流して更衣室で制服に着替え終わったところで、飛鳥はロッカーに入れていた紙袋から包みを取り出した。

 

「はいこれ。」

 

「……チョコ?え、なんで?」

 

「友チョコ。みんなの分もあるよ。」

 

 何故か固まった凰鈴音にそう言いながら、飛鳥はテキパキと紙袋から包みを取り出して専用機持ちたちに配っていく。

 

「ほ、箒さん!?友チョコとは一体何なんですの!?」

「と、友達に送るチョコだ。バレンタインではよくあることらしい。」

「そんなものが……!?」

「あたしたち友チョコなんて用意してないわよ!?」

「ど、どうしましょう。これではまるで私たちが飛鳥のことを友達と思っていないかのようです。」

「それは……困る……。」

「どうする?購買で何か買ってくる?」

「それは最終手段にしましょう。いくら本命じゃないとは言え、市販品を渡すなんてダメよ。」

「な、ならどうするんです!?」

「簡単な物でも何でもいいから今から作るのよ!」

「今から作るだと!?正気か!?」

「1時間もあれば出来るわ!」

 

 何やらひそひそと話しているが丸聞こえな会話を尻目に、飛鳥はダリルとフォルテからお返しとばかりに友チョコを貰っていた。

 

「何やってんだあいつら。」

 

「友チョコの用意を忘れるなんて、恋は盲目っスね~。」

 

「おいしいですねこのビターチョコ。」

 

「だっろ~?」

 

 同じく飛鳥からチョコを貰ったファニールとオニールはお返しの友チョコを後で渡すと約束を取り付けていた。

 

「私たちの分は今冷蔵庫で冷やしてるから、後で渡すね!」

 

「楽しみにしてなさい!」

 

「楽しみにしてる。」

 

 フォルテの作ったミルクチョコで先程のビターチョコの苦みを中和しながらコメット姉妹にそう言った飛鳥は、次なるチョコを渡しに織斑千冬が居る職員室へと向かった。

 

 


 

 

 一方その頃、葉加瀬なのはの工房では。

 

「あーちゃんのチョコ、相変わらず美味しいねー。糖分が脳に行き渡るよ。」

 

「今年のはお手軽なのみたいだけどね。数多いから用意するの面倒になったんだよ。」

 

「そういえば、なーちゃんはあーちゃんにチョコ渡したの?」

 

「いつも通り市販のチョコポテチ。」

 

「あれかー、美味しいよねあれ。束さんは普通にうすしお味の方が好きだけど。」

 

「うすしおは自作しやすいって前に飛鳥が言ってたし、作ってもらう?」

 

「いいねー。」

 

 脳に糖分が行き渡ったにしてはゆるふわな会話が繰り広げられていた。

 

 


 

 

 織斑一夏は走っていた。生徒会役員として恥ずべきことだが、必死に廊下を走っていた。それは何故か。

 

「「「お~り~む~ら~く~ん!!」」」

 

 廊下を埋め尽くし、地鳴りを響かせながら追いかけて来る少女(弾頭)たちから逃げるためである。

 

「だあああああ!!!??何なんだこの女子の大群はあああああ!!!??」

 

 何やら綺麗な包みと共に追いかけて来る少女たちから逃げながら、一夏は叫んだ。

 

「(また楯無さんが何かしたのか!?それとも束さんの策略か!?とりあえず逃げないと、後で何言われるか分かったもんじゃない!)」

 

 今までの主犯を思い浮かべながら一夏は逃げる。捕まったが最後、また何かの権利を売りに出されるかもしれない。そんなのはごめんだと一夏は廊下をひた走る。

 

「「「お~り~む~ら~く~ん!!」」」

 

「いぃっ!?」

 

 前から押し寄せて来た少女たちの群れに一夏が慌てて角を曲がろうとして、その先からも押し寄せて来た少女たちを見て足を止める。

 

「囲まれた……!?」

 

「ふっふっふ、さあもう逃げ場はないわ!」

 

「大人しくしててねえ織斑くーん。」

 

 にじり寄る少女たち。もはやここまでかと一夏が諦めかけたその時、甲高いホイッスルの音が廊下に響き渡った。

 

――ピイィィィッ!!

 

「!」

 

「せいれーつ!」

 

 ホイッスルが鳴りやむと同時に掛った号令に、よく訓練されたIS学園の生徒たちは急いで列を形成する。

 

「チョコ渡すなら1列で、1人辺り5秒で渡してください。時間かかるので。」

 

 列が作られ空いた脇を通ってホイッスル片手に現れた人物に、一夏は驚きの声を上げた。

 

「天羽さん!?」

 

「織斑さん、さっさとチョコ受け取っといてください。」

 

 ムスッとした顔でそう言う飛鳥に、一夏はただただ困惑するのだった。

 

 

 

 

『バレンタインイベントの小技。友チョコを渡すとみんなも友チョコを用意しようと動くので、専用機持ち同士のいざこざが起こらない。』

 

『結果的に早く終わるよ。』

 

『でも、会長の代わりに一夏を助ける必要があるのが難点かなぁ。』

 

 

 

 

「はい、これをどうぞ。」

 

「なんだ、この段ボール箱?凄く大きいな。」

 

 飛鳥によって寄せ来る女子生徒たちから助け出された一夏は、飛鳥がISの拡張領域(バススロット)から取り出して手渡してきた段ボール箱の意図が分からずに聞いていた。

 

「時に織斑さん。IS学園の生徒が何人いるか、知ってますか?」

 

「え?えーっと、400人ぐらいか?」

 

「IS学園の入試の定員は一般と推薦合わせて120名。それが3学年あるので、基本的には360人です。転入生とか中退だとかもあるので少しは変わりますけど。」

 

「へー。」

 

 そんなに居たのかこの学園、と特に気にしたことのなかった情報を知った一夏は、しかしそれが段ボール箱に何の関係があるのかと首を傾げた。

 

「その360人が今から来ます。」

 

「え?」

 

「今からIS学園の全生徒が貴方にチョコを持ってきます。」

 

「はぁ!?」

 

 飛鳥の言葉に一夏が驚きの声をあげる。

 

「なんでだよ!?」

 

「貴方、IS学園(ここ)ではほぼ唯一の男性でしょう。日本のバレンタインは基本的に女性から男性にチョコを渡すんですから、相手は当然貴方です。」

 

「いや、だとしてもなんで全員が渡しに来るんだ!?ほとんど会ったこともない人たちだぞ!?」

 

「貴方会長命令で部活動に駆り出されてるでしょうが。少なくとも全体の9割の生徒には会ってますよ。」

 

 単純に部活でお世話になった人たちの厚意。唯一の男性操縦者とお近づきになりたいという下心。その他諸々。

 

 理由は様々で複合的だが、至る結論は1つ。【チョコを受け取って欲しい】だ。

 

「まさか、この期に及んで受け取り拒否なんて真似しませんよね?」

 

 ギロリと、いつになく不機嫌そうに、鋭い視線の飛鳥が一夏を見る。

 

「も、もちろん。」

 

 飛鳥の雰囲気に気圧されながらも頷いた一夏は、飛鳥から1歩後退って手渡された段ボール箱を抱え直すと、綺麗に1列に並ぶ女子生徒たちに向き直った。

 

「えっと……チョコください?」

 

「「「喜んで!!!」」」

 

 ドッ!と凄まじい大音量での大合唱に吹き飛ばされそうになりながら、一夏は30分かけて列に並んだ女子生徒たちから段ボール箱いっぱいのチョコを受け取るのだった。

 

 

 

 

「ママ、機嫌悪い?」

 

「んー?」

 

 IS学園の食堂。そこで昼食を取っていた飛鳥は、レクイ・コンベの問いかけに醤油ラーメンを啜ってから口を開いた。

 

「まぁ、怒るほどじゃないけど、不機嫌ではあるかなぁ。」

 

「なんで?」

 

 再度首を傾げながらの質問に、レンゲを置いた飛鳥はカレールーで茶色く汚れたレクイの口元を拭ってから答えた。

 

「バレンタインから逃げる男子って、嫌でしょ?」

 

「そうなの?」

 

「そうなの。」

 

 遠い目で何かを思い出しているかのような顔をする飛鳥を見てまた首を傾げたレクイは、しかしその理由を聞かずにカレーライスへとスプーンを伸ばした。自分にはまだ理解できない話題だと感じたとかではなく、カレーライスが美味しくて興味が移ったからだ。

 

 そんなレクイを微笑ましそうに見つめて、飛鳥もまた追憶を止め醤油ラーメンを啜った。

 

 

 

 

『ぶっちゃけさぁ。』

 

『ん?』

 

『360個もチョコ食ったら死ぬよね。』

 

『そうだね。』

 

『なんで一夏生きてるの?』

 

『人間じゃないんでしょ。』

 

『それもそうか。』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第115話 バレンタイン、それはチョコレートの日

 更新遅れた上に短いとか存在価値ないのでは?


「お、重い……チョコってこんなに重かったのか……。」

 

 IS学園に在籍する約360人の女子生徒。そのほぼ全員から30分ほどかけて渡されたチョコレートの山が入った大きな段ボール箱を抱えた織斑一夏は、昼食を食べるためにふらつきそうになりながらも食堂へと向かっていた。

 

 バレンタインにチョコを貰うこと事態は今までもあったが、明らかに桁が違う今年のバレンタインチョコの量に食べる前から口の中が甘いやら苦いやらの錯覚を感じている一夏は、一刻も早くそれを拭いとるために頭の中で食べたい料理を思い浮かべながら廊下を歩く。

 

「今日はあんまりガッツリしたもの、食べたくないな……蕎麦にするか。」

 

 何とか食堂まで辿り着いた一夏はまず段ボール箱を人が疎らに散らばっている食堂の席の1つに置き、軽く肩を回してから蕎麦を注文しに行った。

 

 それを横目に確認した天羽飛鳥は、横に置いていた紙袋から包みを1つ取り出すと置かれた段ボール箱のチョコの山の上にそっと乗せ、カレーライスを食べ終わったレクイ・コンベの手を引きながら食堂を後にした。

 

「ママ、チョコ、直接渡さないの?」

 

 飛鳥の手を握るレクイが飛鳥を見上げながらそう聞いた。

 

「チョコを貰うのに疲れてるみたいだったからなぁ。面と向かって渡すなら夜まで待たないと、多分嫌な思いさせるだけだよ。それはそれとして渡してくれたことに感謝はするだろうけど。」

 

 30分もの間チョコを渡され続けるという状況に訓練とは別の疲れを感じている今の一夏は、チョコを渡されてもただ食傷するだけだ。渡してくれたことに感謝はするし嬉しいとも思うが、そんな人に面と向かってチョコを渡そうなんて飛鳥は思わない。

 

 何せ、飛鳥が渡すのは先ほどまで一夏が貰っていた本命チョコとは違う、義理チョコ――男の友達に向けてのチョコなのだから。

 

「友達に嫌なことはするもんじゃないよ。」

 

 『せっかく作ったから渡したけど、来年からは作らないでおこう』と考えながら、飛鳥は葉加瀬なのはと篠ノ之束のいる整備室に赴くのだった。

 

 

 

 

『ちなみにこの後、本来なら束さんが無人機を差し向けて来るんだけど、今はボクと一緒に缶詰状態だからそんな事件起こらないよ。』

 

『だからバレンタインイベントは夜のチョコパーティーで終わります。』

 

『それまで特に何もないからカットするよー。』

 

『というわけで、ロラン主催のチョコパーティーです。どうぞ!』

 

 

 

 

「チョコレート・スイーツ・パーティーへようこそ!さあみんな、思う存分堪能してくれたまえ!」

 

 IS学園の制服ではなく、カジュアルな私服姿で出迎えたロランツィーネ・ローランディフィルネィの宣言と共に、チョコレート・スイーツ・パーティーが始まった。

 

「わあ~!お菓子がたくさんあるよ!」

 

「どれも綺麗で、美味しそうね!」

 

「凄いな、これ全部ロランが作ったのか?」

 

 学園側に許可を貰い、食堂を借りて開催されたこのパーティーで用意されたチョコレートスイーツは全てロランによって作られたものだ。テーブルを埋め尽くす数々の輝いて見えるスイーツたちは、まるで本職の職人が手掛けたかのような物ばかり。

 

「ほんと、ロランのスイーツ作りの腕前ってパティシエ並よね!」

 

「んふふ、チョコレート、いっぱい……♪」

 

「わーい、どれから~、食べようかな~?」

 

 今までも時々ロランからスイーツを振る舞われている代表候補生たちはどれだけ美味しいのか心を躍らせながらスイーツの写真を取りながら見て回り、好みの物を見つけては皿に取っていく。

 

「ふふふ、箒!君には特別に私の愛情をたっぷりと込めた、このロランツィーネ・チョコレートを贈ろう!」

 

「そ、そうか……。あ、ありがとう……。」

 

 そんな中で特別なチョコを振る舞うロランとその愛情たっぷりという謳い文句に困っている篠ノ之箒を横目に、一夏は見たこともないスイーツが多いこの場で目移りしていた。

 

「うーん、こんなに種類があっちゃ、どれから食べようか迷っちまうな……。」

 

「あっ、ちょっと待って!一夏、先に食べて欲しいものがあるんだけどっ……!」

 

「え?」

 

 僅かに頬を赤くしながら、凰鈴音が目移りしている一夏を呼び止めてポケットから綺麗な包みを手渡した。

 

「午後は結局飛鳥への友チョコ作りに忙しくて渡しそびれちゃったから、今渡すわ。はい一夏、あげる。」

 

「ああ!鈴さん、ズルイですわ!それでしたらわたくしも!一夏さん!こちら、差し上げますわ!」

 

「あれ?ここでチョコ渡しちゃう流れ?それならアタシも乗っかるわ!ふふん、チョコレート欲しい?そ~んなにアタシのが欲しいんなら、恵んであげるわ!」

 

「…………。……今日は、チョコレートを贈る日だそうね。あ、あなたには、世話になっているし……渡しておくわ。」

 

「あ、あの、クーも……クーもね……。あ、あの、あの……これ、チョコレート……。く、クーのじゃないよ、あの、えっと……ルーちゃんから!」

 

「うふふ、この流れじゃあ、おねーさんも渡さないわけにはいかないわね。はい、チョコレートよ。もちろんバレンタインの。本命かどうかは秘密ね?」

 

「わ、私だって……!こ、これっ!受け取って……ください!チョコマフィン、作ったの……!」

 

「おにーちゃん!わたしたちのチョコレート、受け取ってね!」

 

「アイドルの手作りチョコよ!せいぜい堪能しなさい!」

 

 一瞬にして積み上がる専用機持ちたちからのチョコに困ったように笑いながら、一夏は感謝の気持ちを口にする。

 

「ありがとう、みんな。これで当分、糖分には困らないな!」

 

「「「………………。」」」

 

「ふふっ、一夏、それ面白い……!」

 

 若干1名にのみ刺さるおやじギャグは、周りの生徒たちの喧騒によって流され、何もなかったものとして扱われるのだった。

 

 

 

 

「で、き、たあああああっっっ!!!」

 

 IS学園の校舎内に数ある整備室の内の1室に女性の声が響き渡る。

 

いっえーーーい!終わったー!なーちゃんおやすみ。」

 

 両手を掲げ喜びの声を上げた束はそう言い残してばたりと倒れ、寝息を立て始めた。

 

「うん、おやすみ。」

 

 そんな師匠に挨拶をしてから、なのはは組み上がった『それ』を撫でた。

 

 バレンタイン翌日の午前4時頃。土日の休日を使っての泊まり込みの追い込み作業は終わり、製作に2ヶ月ほどかかった量子型演算処理システムはついに完成した。

 

「あとは、これをクアンタに載せるだけ……ふあぁ~……ねむい。」

 

 最後の仕上げを考えようとしたなのはは欠伸を1つすると、靄の掛かり出した思考を振り払わず、寝息を立てる束の元に行ってその隣で横になった。

 

「起きたら、やらなきゃ……。」

 

 束の胸元に顔を埋めたなのはは、そのまま寝息を立て始めた。

 

 

 

 

『よーし完成!あとは載せるだけー。』

 

『長く苦しい戦いだったね。』

 

『このゲームが人気ない理由、9割これだからねぇ。バトル以外大体ミニゲームさせられるっていう。しかも数ヶ月。』

 

『もちろん企業の支援があれば短くなるけど、亡国機業(ファントム・タスク)に技術が漏れたり、勝手に開発された関連機体を強奪されたりして面倒になるから出来ないんだよなぁ。』

 

『前にGガン系列の機体作ってデビルガンダムが敵になった時は笑ったよね……。』

 

『技術力おかしいんだよなぁ……。』

 

 

 

 

 土曜日と違い、今のIS学園でも日曜日は訓練のない完全な休日になっている。もちろん絶対天敵(イマージュ・オリジス)が出現すればその限りではないが、しかし専用機持ちたちにとっては貴重な休日だ。

 

 街に遊びに出る者もいるし、寮の自室でだらける者もいる。中には休日だというのに訓練をする者もいるが、飛鳥はそのどれでもない。

 

 人が多くて頭が痛くなるから街には用がない限りあまり出ないし、寮の自室で遊ぶには相手が居ないと燃えないし、訓練もほぼ必要ないので約束でもないとやらない。

 

 自然豊かな場所にならぜひとも行きたいが、人工島にあるIS学園近郊にそんな場所はない。見える範囲では海しかない。モノレールで本島に移動しても街中なので気乗りしない。

 

 別に量子ジャンプで旅に出てもいいのだが、わざわざそれをしてどこかに行きたいかと言われれば違うのでやらない。

 

 なので飛鳥の休日の過ごし方は、基本なのはか束の世話である。今ではここにレクイも加わり、3人の世話をするのが日課だ。

 

「あーあ、工房で寝ちゃってるよ。」

 

 レクイを連れてなのはの工房までやってきた飛鳥は、そこで眠っている束となのはを見て苦笑する。

 

「胸に顔埋めちゃってまぁ。」

 

 束の大きな胸に顔を埋め、珍しく爆睡しているなのはを見て苦笑からその顔を暖かい眼差しに変えた飛鳥は、まだレクイがエネミーコアだった頃に自分が工房に持ち込んだタオルケットを2人にかけると、そのままレクイを連れて工房を後にした。

 

 

 

 

『いや起こしてよ。』

 

『百合の間に挟まるのはNG。』

 

『師弟愛じゃい!』

 

『後で私のキャラにもやって。』

 

『ふかふかが足りないからヤダ。』

 

『は?』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第116話 出現、それは最終決戦の始まり

 それは突然の出来事だった。

 

「「「――――!」」」

 

 IS学園の食堂で談笑しながら昼食を楽しんでいた天羽飛鳥、セシリア・オルコット、フォルテ・サファイア、ダリル・ケイシーたちイノベイターと、飛鳥の隣でミートソーススパゲティを美味しそうに食べていたレクイ・コンベの5人が、突如その動きを止めた。

 

「エッ、なに?どうしたのみんな?」

 

 様子のおかしい5人を一緒にテーブルを囲んでいた凰乱音が心配そうに見つめる横で、同じくテーブルを囲んでいた凰鈴音は視線を鋭くしていた。

 

「あんたたちがそうなるってことは、それだけヤバいってことよね。」

 

「ええ。今までの比ではありませんわ。」

 

「まだまだ感覚が馴染んでないオレにも分かるってことは相当なことだからな。」

 

「しかもこれ、近場じゃないっスね。かなり遠い……海?」

 

 鈴の言葉に頷くセシリア達イノベイター。ダリルはまだ感覚の定着がし切っていない状態ながらも分かったという事実にそれだけの規模であると警戒し、一足先にイノベイターの感覚を掴んでいるフォルテは漠然としながらも場所を口にした。

 

「ママ、ママ……っ!!」

 

「大丈夫だよ、レクイちゃん。」

 

 縋りついてくるレクイを宥めながら、飛鳥はIS学園の作戦本部に通信を入れた。

 

『どうした、天羽。』

 

「今すぐ赤道周辺の広域探索をしてください。」

 

『なに?……わかった。山田先生!』

 

 通信に出た織斑千冬に手短に用件を伝えて、飛鳥は残っていた自分とレクイの分の食事全てを凄まじい速さで食べ終えてから席を立った。

 

「なのはたちを起こしてクアンタの最終調整してくるから、それまでよろしく。」

 

「どれくらい掛かりますの?」

 

「分かんない。なのはも束さんも、作業明けで長時間寝た直後は低血圧で作業効率が下がるから。1、2時間は覚悟してて。」

 

「それは別に構いませんけれど……早くしないと、わたくしたちが全部倒してしまいますわよ?」

 

「飛び切り目立つ大型は残しといて―。」

 

 制服を掴んで離さないレクイを抱き上げた飛鳥が食堂から駆け出して行ったところで、専用機持ちたちに作戦本部から通信が入った。

 

『みなさん、こちら作戦本部です。至急集まってください。イマージュ・オリジスが現れました。』

 

『街に出ている者はISを展開を許可する。すぐに戻ってこい。』

 

「飛んで戻ってこいって、本当にヤバイじゃない!」

 

 食堂に残されたセシリア達は、申し訳なく思いながらも自分たちが食べていた食事をそのままに作戦本部へと駆け出した。

 

 

 

 

『どういう……ことだ……?』

 

『最終決戦だとぉ!?』

 

『なんで……どうして……。』

 

『束さんでの強制最終決戦始動はやってないから、通常条件でのイベント進行?確かレクイ・コンベの出現から一定日数経過後だった筈だけど、今何日目だっけ。』

 

『19日目……だから1日早い。おかしい。』

 

『……飛鳥、Wiki見たら最終決戦は【レクイ・コンベ出現から約20日】ってある。これ19日目も入ってるぽい。』

 

『Wikiが横着するなあ!通常発生だとレクイちゃんがあああ!!!』

 

 

 

 

「全員……ではないな。オルコット、天羽はどうした。」

 

 5分と掛からずに集合した専用機持ちたちを見て1人居ないことに眉をひそめた千冬がセシリアに飛鳥の行方を聞いた。

 

「なのはさんの所で最終調整をしてくる、と。場合によっては1、2時間かかると言っていましたわ。」

 

「あいつはまた……。まあいい、お前たち、よく聞け。」

 

 セシリアの答えにため息を吐きそうになりながらもグッと堪えた千冬が口を開いた。

 

「5分前、赤道上にイマージュ・オリジスが出現した。」

 

「そんなに遠くに!?」

 

 東京から計って約3900Km。それが赤道までの距離だ。日本の全長が3500Km以上とされているため、日本を縦断するほどの距離を隔てた先に現れたことになる。

 

「正確には、すでに赤道上を離れている。軌道から見て、恐らくIS学園を目指して高速移動中だ。」

 

「衛星からの映像では、かなりの数の大型に引き連れられて多数の小型イマージュ・オリジスがいます。これがその映像です。」

 

 山田真耶が作戦本部のディスプレイに衛星からの映像を表示すると、専用機持ちたちは息を呑んだ。

 

「なにこれ……。」

 

「まるで、雲……。」

 

 それは小型絶対天敵(イマージュ・オリジス)の群れ。衛星から見ても明らかなほどの密集率と数が、それをまるで雲かのように映していた。

 

 その小型絶対天敵(イマージュ・オリジス)の雲の中に大型絶対天敵(イマージュ・オリジス)がいるが、何体居るのかがその雲によって正確に分からない。それほどまでの数。

 

 映像を見て声も出ない専用機持ちたちに、千冬は渋々といった様子で、それでありながら確かな口調で言った。

 

「学園にて迎撃すれば甚大な被害が予想される。よって今回は専用機持ちを海上に配置する。全員、出撃準備だ。」

 

「「「はいっ!」」」

 

 慌ただしく作戦本部から出て行って更衣室に向かった専用機持ちたちを見送った千冬は、隣にいる真耶に声を掛けた。

 

「山田先生。戦闘教員に同行して、現場で小型イマージュ・オリジスの撃破に協力してくれ。」

 

「えっ!?あの、許可は大丈夫なんですか?私はIS学園の外じゃ……。」

 

「学園長に何とかして貰う。政府もこの状況で許可を出さない筈がない。すぐに準備を。」

 

「は、はいっ!」

 

 生徒たちと同じように駆け出して行った真耶を見送った千冬は、周囲の職員が情報収集や各所への情報共有に動く中、人知れず作戦本部を後にするのだった……。

 

 

 


「――あら、あなたから連絡してくるだなんて珍しい。何の用かしら、共犯者(アコンプリス)ちゃん?」

 

「……今から送るポイントに全員で行って欲しい?ちょっと、まさか赤道上に出たっていうイマージュ・オリジスの大群と戦えって?冗談じゃないわ。」

 

「隊長命令?あなたまだ隊長じゃないでしょう。……明日からなる?せめて今からって言いなさいよそこは。」

 

「はぁ……分かったわ。ただし、協力は出来ない。私たちは私たちで勝手にイマージュ・オリジスと戦う。それでいいわね?」

 

「それじゃ、明日からよろしく頼むわよ?新隊長さん。」


 

 

 

「起きてください、束さん!ほら、なのはも起きて!」

 

 雲と見紛う量の絶対天敵(イマージュ・オリジス)が赤道上に現れ、専用機持ちたちが作戦本部に集まって説明を受けている頃。IS学園のとある整備室で、タオルケットに包まって眠る葉加瀬なのはと篠ノ之束の2人を起こそうとする天羽飛鳥の姿があった。

 

「ふぁぁ~~~…………なぁにぃ、あすか……ボクねむいんだけど…………。」

 

「最終決戦が始まっちゃったの!すぐにクアンタの最終調整して!」

 

「……にゃんてぇ~…………?」

 

「ダメだ、完全に思考が死んでる……。」

 

 なんとか起こせたなのはに事情を説明し作業を頼むが、普段では考えられないほどの中身がない以前に器さえないかのような声で聞き返される。そして束は依然眠ったままで起きる気配がない。

 

「え、詰んだ?」

 

 飛鳥が軽く絶望していたその時、整備室の扉が開けられ呆れたような声が響いた。

 

「何をしているんだ、まったく。」

 

「織斑先生!」

 

 飛鳥が振り返った視線の先にはやれやれと言った風体の織斑千冬が立っていた。千冬は声をあげる飛鳥の横を通り過ぎて気持ち良さそうに眠る束の元に辿り着くと、その寝顔にかかった髪を丁寧に払いながら、見つめてくる飛鳥に対して口を開いた。

 

「良いか天羽。いくら呼び掛けても起きてこないバカにはな──。」

 

 すっ、とどこからともなく取り出した愛用の出席簿を手に取った千冬は、それを頭上に構えてから円を描くように思いっきり振りかぶった。

 

────バッシィィィン!!!

 

「ごふぅっ!!!??」

 

「この手に限る。」

 

「たっ、束さーん!?」

 

 

 

 

「映像でも凄い量だったけど、実際に見るともっと凄いな……。」

 

 圧倒されたような織斑一夏の声が、オープンチャンネルを伝って専用機持ちたち全員の耳に届く。

 

 ISスーツへと着替え、かつてないほどの早さで装備の確認を済ませた一夏たちはIS学園を目指す絶対天敵(イマージュ・オリジス)を迎え撃つために編隊を組んでIS学園を飛び立った。

 

 速度に秀でる白式や紅椿は他を引き離さないように多少抑えつつ、遅い者には凰鈴音の甲龍・黄帝の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)【天之四霊】の【青龍】による空間圧での後押しで全員がほぼ同時に現場に着いたところで目にしたのは、圧巻の『雲』だった。

 

「うへぇ、こりゃ相手するのかったるいぞ。」

 

「百でも千でもなく万とか。セシリア、これ全部倒せそうっスか?」

 

「倒すだけなら、なんとか……。ですが、IS学園に到達させないとなると少し厳しいですわね。」

 

 ISのハイパーセンサーが表示する絶対天敵(イマージュ・オリジス)の反応は、()()()()()1()()。もちろん、下四桁には0以外の数字もある。

 

「箒の絢爛舞踏のおかげで、エネルギーの心配をしなくてもいいのが唯一の救いね。」

 

「ああ。だがシールドエネルギーが満タンでも、機体ダメージが蓄積されれば動けなくなる。なるべく攻撃を受けないようにするのがいいだろう。」

 

「1万を相手に被弾なしは流石に骨が折れるね。だが!私たちならば大丈夫さ!」

 

「例えどれだけの数が居ようと、私たちなら勝てます!」

 

 しかし、その数を前にしても誰も臆することはなかった。最年少であるクーリェ・ルククシェフカも、小学生のコメット姉妹も、震えこそしてはいるが後退しない。

 

 今までの経験が、結んできた絆が、自分たちなら勝てると鼓舞してくれる。

 

「みんな、今回の戦いは山田先生たち戦闘教員の方々も戦ってくれるけど、撃ち漏らしの掃討に専念してもらうからあんまり頼り切らないようにね。」

 

「フフン、十分よ!よーするにいっぱい倒せばいいんでしょ?」

 

「大型との戦闘を考えると、山嵐は使えない……でも、みんなと一緒なら。」

 

「かんちゃんは~、私が守るよ~。」

 

 剣を、銃を持った専用機持ちたちが眼前の『雲』に切っ先を向ける。

 

「みんな、行くぞ!」

 

 一夏の掛け声と共に、全員が『雲』に飛び込んだ。

 

 

 

 

『うっわ空腹ペナ付いてる。飛鳥、朝食。』

 

『えぇい!食堂まで遠いんじゃぁ!』

 

『寝起きつらー……。これ間に合う?』

 

『正直好感度稼ぎ過ぎたの後悔してる。』

 

 

 


「あー、やっぱりここにあったんだ。」

 

「頼んだぞ、束。」

 

「うんうん、直ぐにやっちゃうよ。()()()()()()()は事前に作ってあったしね。ちょっと待ってねー。」

 

「……さて、鈍ってないといいが。」




最後の部分抜けてたので加筆


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第117話 参戦、それは夢の人

「零落白夜!」

 

 右手に握った雪片弐型からあらゆるエネルギーを打ち消すエネルギーの刃を展開した織斑一夏が、絶対天敵(イマージュ・オリジス)の『雲』に向かって剣を振るう。

 

 手近な小型絶対天敵(イマージュ・オリジス)を切り裂いて、流れるように次の絶対天敵(イマージュ・オリジス)にも剣を振るうが、2体目を切り裂いたところでハイパーセンサーが映した自分に向かってくる絶対天敵(イマージュ・オリジス)の『壁』に思わず後退りそうになる。

 

「くそっ!」

 

 後退りそうになった自分自身に悪態をついた一夏は、白式・雪羅のスラスターを吹かして絶対天敵(イマージュ・オリジス)の『壁』と正面から当たらないように移動しながら、零落白夜の刃を絶対天敵(イマージュ・オリジス)に向かって振るう。

 

「一夏、熱くなるな!最初からその調子だと体力が持たないぞ!」

 

「分かってる!」

 

 篠ノ之箒の忠告を受けて、一夏は1度大きく息を吸って肺の中の空気を吐ききって呼吸を整えてから、再び絶対天敵(イマージュ・オリジス)に向き直った。

 

 やはり圧倒的な数だ。少し離れた場所で他の専用機持ちたちも戦っているというのに、ハイパーセンサーに映し出されるエネミー反応の数を示す数字がまったく減っている気がしない。

 

 その圧倒的な数を前に、セシリア・オルコットのブルー・ティアーズ・オーバーライトが放つビームの弾幕でさえ押し切られかけている。セシリアの立ち回りとグリフィン・レッドラムのフォローによって近接で応戦する事態にはまだなっていないが、戦線をあまり下げられない以上いつかはセシリアも手に持っている武器が剣として振るわれる時が来る。

 

 凰鈴音の方も絶対天敵(イマージュ・オリジス)の数が数だけに1体でも多くを倒すため、万能さが強味である単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)天之四霊(ティェンヂィースーリン)】が火力増強の【朱雀】しか使えない状況に陥っている。1対1が1番機体性能を発揮できるのもあって、顔を険しくしながら戦っていた。

 

 ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアの2人はそもそも1体に集中して確実に数を減らしていくことで第三世代初期故の低めの機体性能を誤魔化す戦闘スタイルだ。数が多すぎて手が回っていない。

 

 更識簪は最大火力である山嵐を大型絶対天敵(イマージュ・オリジス)に残しておかなければならないために火力不足で、更識楯無も散布したアクア・ナノマシンが風に流されてしまうために本来使い勝手のいい攻撃手段である清き激情(クリア・パッション)による爆破の威力が下がっていることで決め手に欠ける状態で倒すのに時間が掛かっている。

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)に対して相性の良い雷撃攻撃ができる布仏本音でさえ、天候操作のイメージ・インターフェースを使用する練度がまだまだ低いのもあって余り倒せていない。

 

 そんな中、以外にも活躍しているのが現在戦闘教員と共に戦っているヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーだった。クラスター・ボウによる複数への射撃攻撃が戦闘教員たちを戦いやすくしている。セシリアと違って側で戦っている人数が多いのも活躍の要因ではあるが、ヴィシュヌは率先して前に出るのも合わさって現在1番多くの絶対天敵(イマージュ・オリジス)を倒していた。

 

 しかし、それでもやはり減っている気がしない。

 

「こんな時、天羽さんが居れば……。」

 

 何か準備をしているらしい天羽飛鳥。彼女が居れば目に見えて数が減っていき士気も上がるんじゃないかと考え、一夏は慌てて頭を振ってその考えを捨てた。

 

「いや!天羽さんにだけ頼ってちゃダメだ!」

 

 雪片弐型を構え直し、近付いて来た絶対天敵(イマージュ・オリジス)を切り裂いて次の相手に向き合う。

 

「俺たちが相手だ!イマージュ・オリジス!」

 

 

「意気込むのは勝手だが、その前に右に避けろ。」

 

 

「は――?」

 

 突然オープン・チャンネルから聞こえて来たその声に咄嗟に一夏の体が動き、右に飛び退くように移動する。

 

 次の瞬間、一夏が一瞬前まで居た場所を通って2()()()()()()()()()()()絶対天敵(イマージュ・オリジス)を刺し穿つ。

 

「この武器は……!!」

 

 その見覚えのある武装がやって来た方角に振り向いた一夏が見たのは、大型バスター・ソード【フェンリル・ブロウ】を右手に持ったIS、【黒騎士】を纏った亡国機業(ファントム・タスク)の謎の少女――織斑マドカだった。

 

「織斑マドカ……!?亡国機業(ファントム・タスク)が一体何の用だ!」

 

 近付いて来た絶対天敵(イマージュ・オリジス)を切り裂きながら、一夏がマドカに向かって問い質す。

 

「ふん。新隊長の命令で、この戦いに『モノクローム・アバター』も参戦することになっただけだ。」

 

「何だって!?」

 

 ランサー・ビットで絶対天敵(イマージュ・オリジス)を刺し貫き、フェンリル・ブロウで攻撃しながらそう不本意そうに答えたマドカに、一夏が驚きの声を上げる。

 

「じゃぁ、オータムやスコールも……?」

 

「お前たちと鉢合わせないようにこことは離れた場所で戦っている。」

 

 背中合わせになって絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦いながら問答を続ける一夏とマドカ。初めてとは思えないほど息の合った連携をしながら、着々と絶対天敵(イマージュ・オリジス)を倒していく。

 

「なら、何でお前はここに居るんだ?」

 

「そんなもの決まっている。()()()が来るからだ。」

 

「あの人?誰の事だ?」

 

 どこか嬉しそうな弾んだ声音に、一夏の疑問符は止まらない。そんな一夏に向かって、マドカはニヤリと笑って言った。

 

「お前もよく知る――()()()()()()()()()()。」

 

 マドカがそう言った瞬間、

 

 

――キュピィィィィィン!!!

 

 

 青白い()()()絶対天敵(イマージュ・オリジス)の『雲』を穿った。

 

「なっ!?」

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の『雲』に僅かながら穴を開け、ハイパーセンサーに映し出されるエネミー数の数字をごっそりと減らしたそれの放たれた方に専用機持ちたちが目を向ける。

 

「あ――――。」

 

 そして、見た。

 

「――やはり、これはあまり使い勝手が良くないな。エネルギーを消費し過ぎる。」

 

 ()()は、日本製第二世代量産機IS【打鉄】に似たシルエットをしていた。

 

「だが、久々の空だ。これぐらい派手じゃないとな。」

 

 ()()は、たった1振りのブレードを持っているだけだった。

 

「さあ、喜べ小娘ども。」

 

 ()()は、かつて世界の頂点に立った存在。

 

 

世界最強(ブリュンヒルデ)が来てやったぞ。」

 

 

 元日本代表・織斑千冬が、伝説の機体【暮桜】を纏い、不敵に笑いながらそこに居た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第118話 最強、それは理不尽の名

「千冬姉!」

 

 突如増援として現れた姉・織斑千冬の姿に、織斑一夏は驚きの声をあげて駆け寄った。

 

 かつて第2回モンド・グロッソの決勝を投げ出してまで誘拐された自分を助けに来てくれた時以来、見ることのなかった専用機IS【暮桜】を纏った千冬の姿。それを目を見開いて見ていると、一夏は千冬に頭を手で叩かれた。

 

「いてっ。」

 

「呆けるな、一夏。まだ戦いは終わっていないぞ。」

 

「お、おう!でも千冬姉、そのISどうしたんだ?」

 

 千冬は既に現役引退を表明し、IS学園で教職に就いている身だ。同じ立場の山田真耶が専用機を持っていないのに、千冬の暮桜はどこから持って来たのだろうか。そもそも貴重なISコアを乗せているのに解体されていなかったのか。

 

 それが気になった一夏が聞くと、千冬はほんの少し眉をひそめてはぐらかす様に近くの絶対天敵(イマージュ・オリジス)を一撃で斬り伏せた。

 

「そんなことより一夏。そっちの女は誰だ。」

 

 明らかに話題を逸らしたが、一夏は特に気にせずにランサー・ビットで戦いながら少し離れた位置からこちらを見ていたまるで千冬を幼くしたような少女・織斑マドカの方を振り返りながら、どう言ったものか考えていた。

 

 なにせ国際テロリストの亡国機業(ファントム・タスク)だ。今は味方してくれているとはいえ、千冬に言ったらどうなるか分からない。

 

「えー、っと……。」

 

「姉さん。」

 

 一夏が悩んでいる間に近付いて来たマドカが千冬に話しかけた。

 

「――私に一夏以外の姉弟は居ない。」

 

「だが、私は間違いなく姉さんの妹だ。」

 

()()()()()()()()()()。」

 

「っ……。」

 

 千冬の言葉にマドカは言葉を詰まらせた。畳み掛けるように千冬が口を開く。

 

「仮にお前の生まれが本当に私の姉妹に当たるものだとして、私と一夏が居なくなった後の()()()で蝶よ花よと育てられる訳がない。」

 

「…………。」

 

「束のおかげで死ぬより先に放り出されたにしても、その様を見るに亡国機業(ファントム・タスク)に二束三文で売り払われたのだろうが、生憎、初対面のテロリストを妹と認めることは出来ない。」

 

「――――。」

 

 視界の端で絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦っていたランサー・ビットが動きを止め、マドカの目から生気が無くなっていく。明らかに意気消沈している姿に一夏が狼狽えていると、溜め息を吐いた千冬は近くの絶対天敵(イマージュ・オリジス)瞬時加速(イグニッション・ブースト)で近付き瞬殺して戻って来てからまた口を開いた。

 

「妹になりたいならまず亡国機業(ファントム・タスク)を抜けてこい。」

 

「え――。」

 

「2度は言わん。」

 

 それだけ言って、千冬は飛び去って行った。

 

「あっ、待ってくれよ千冬姉!」

 

 その後を追って一夏も飛び立ち、残されたマドカは自分の首にかけたペンダントを握りしめ、薄く笑ってからフェンリル・ブロウを構え絶対天敵(イマージュ・オリジス)に突撃した。

 

 

 

 

「ついでだ。一夏、お前に零落白夜の使い方を教えてやる。」

 

「え?」

 

 マドカから離れた千冬と一夏が新しい戦場へやって来て開口一番に千冬がそう言った。

 

「とはいえ、私の零落白夜と違ってお前の零落白夜は武装ありきだ。やれることの幅はそう多くない。」

 

 言いながら、雪片を構えた千冬はそれを勢いよく振り抜き、当たり前の様に零落白夜のエネルギーを飛ばして絶対天敵(イマージュ・オリジス)を纏めて斬り飛ばした

 

「は?」

 

 それに一夏が間の抜けた声を出していると、千冬は不満気にごっそり減った自身のシールドエネルギーを見ながら一夏に話した。

 

「零落白夜はシールドエネルギーを『エネルギーを無効化するエネルギー』に変換する単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ―)だ。私はそれを雪片に纏わせて使っているが、お前の零落白夜はエネルギーブレイドの刀身として使われている。だから今みたいに、零落白夜を飛ばすということは出来ない。」

 

「お、おう。」

 

 何とか相槌を打った一夏だが、その視線は千冬によって今しがた遠距離で斬られ海へと落ちていった絶対天敵(イマージュ・オリジス)に向いていた。

 

「ああ、そう言えば爪や盾の零落白夜もあったか。まあそれは今はいい。肝心なのはどうせ剣の方だからな。」

 

「俺としては、雪羅をもっと有効に使えるようになりたいんだけど……。」

 

「多機能武装なんぞ百年早い。まずは剣を極めろ剣を。」

 

 一夏の申し出をにべもなく却下した千冬は再び雪片を構えると、今度は普通に飛行して絶対天敵(イマージュ・オリジス)に近付いて一刀両断して戻ってきた。

 

「今のが基本だ。」

 

「えっ。」

 

「葉加瀬の助言が変な方向に作用してある程度様にはなったが、お前の零落白夜はまだ無駄が多い。零落白夜を飛ばさないなら使う時間は相手に触れている間だけで十分だ。それで倒せる。そうだな、まずは0.5秒だ。その時間だけ零落白夜を起動して斬れ。何、篠ノ之の絢爛舞踏もあるし的も多い。練習には持ってこいだ。」

 

「ええ!?」

 

 獰猛な笑みを浮かべながら近づいてくる絶対天敵(イマージュ・オリジス)をいつ起動しているのかも分からない零落白夜で真っ二つにしながら、千冬は一夏に試練を課すのだった。

 

 

 

 

 世界最強(ブリュンヒルデ)亡国機業(ファントム・タスク)の参戦によって、戦況は一気に好転した。

 

 多数の下っ端と代表候補生以上の強さを持つ数人の実力者を抱える戦闘部隊『モノクローム・アバター』。そして掠っただけで面白いように絶対天敵(イマージュ・オリジス)が墜ちていく千冬。

 

 未だに小型の相手ばかりだが、確実に絶対天敵(イマージュ・オリジス)の数を減らしていた。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 一方、一夏は必死だった。

 

 姉から言い渡された0.5秒の零落白夜。起動が早すぎても遅すぎても長すぎても失敗と言われるし、何ならこれは零落白夜の扱いに置いて初級のことだ。そもそも白式に乗って1年経とうとしているこの時期に覚えるようなことではないというのも合わさって、一夏は必死に物にしようとしていた。

 

「零落白夜……!」

 

 すれ違いざまに絶対天敵(イマージュ・オリジス)を切り裂く。即座にログに目を向けると、表示された零落白夜の使用時間は0.7秒。

 

「くそっ、まだ遠いのか……!」

 

 零落白夜の即時終了は身に着け、即時起動も覚えた。しかし、それを敵に向かって雪片を振るう最中にやろうとすると途端に間合いの管理がシビアになる。

 

 特にすれ違いざまなどの移動しながら斬る場合、相手との位置が少し変わるだけで突っ込んでから零落白夜を起動するまで時間は大きく変わる。相手の回避行動なども加味されるからだ。

 

 0.7秒は一応自己ベストに相当するが、ここから更に0.2秒縮めるのが難しいことは重々承知している。しかし一夏は挑戦を止めない。止めたら自分で自分が許せなくなる。

 

「あと、1万……それまでに、ものにして見せる!」

 

「先に補給だ、馬鹿者。」

 

「うおっ!?ち、千冬姉!?」

 

 息巻く一夏を引っ捕らえた千冬は機体出力で勝る筈の白式を引っ張って篠ノ之箒の元まで向かうと、絢爛舞踏を発動し金色に輝いている箒に向かって放り投げた。

 

「うおおおお!!?」

 

「ん?い、一夏!?」

 

 ぶつかりそうなところを何とか受け止めた箒は、突然の急接近と眼前の一夏に顔を赤くしながら取りあえず叱った。

 

「こら一夏!危ないだろう!」

 

「ご、ごめん箒。でも千冬姉が……。」

 

 そう言って千冬の方に顔を向けた一夏は、そこで移動した後に1体も絶対天敵(イマージュ・オリジス)が残っていない姉の雄姿にしばし見とれ、それにむくれた箒によって突き飛ばされた。

 

「うわっ!ほ、箒?」

 

「千冬さんに見とれる暇があるなら戦え!」

 

「お、おう!」

 

 

 

 

「なのはー、まだー?」

 

「まだまだー。あー、やっと頭起きて来た。」

 

「ご飯食べてもう1時間は経とうとしてるのに……。」

 

「味噌汁飲んだ記憶しかない。」

 

「卵焼きも食べたよ?白米もあったよ?」

 

「分からん……覚えてない……。」

 

「あーちゃーん、お腹すいたー。」

 

「束さん、さっきポテトサラダ食べたでしょ!」

 

「それしか食べてないんだよ?」




名称:暮桜
型式:強化外装・試作一式
世代:第一世代
国家:日本
分類:近接型
装備:近接ブレード【雪片】
装甲:耐貫通性スライド・レイヤー装甲
仕様:単一仕様能力【零落白夜】
説明:日本代表操縦者・織斑千冬が使用していた専用機であり、第一回モンド・グロッソ総合優勝機体。
 現在のISとは武装と機体スペックの両面で劣る骨董品ながら、千冬の卓越した操縦技術と【零落白夜】の一撃必殺によって現役から退いた今なお、あらゆるISに対して勝利を収めることができる。
 あらゆる攻撃が掠っただけでシールドエネルギーを全損させてくるクソゲーの権化であり、攻略するにはすべての攻撃を物理的に武器か盾で防ぐしかなく、山田真耶が銃火器や盾の扱いが上手い理由の9割が本機と千冬を攻略するためなのは語るまでもない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第119話 天柱、それは文字通り

もはや12時に更新できてないことが当たり前になって来ましたね……


「これは流石に、やってられませんわね。」

 

 赤道付近での絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦闘開始から約1時間。一撃必殺の零落白夜を持った織斑一夏と織斑千冬が居てもなお、その時間で倒せた相手の数が10分の1にさえ届かないという事実にセシリア・オルコットは思わず愚痴を零した。

 

 使用して空間中に散ったBTエネルギーを回収できる【B.E.A.U.T.I.E.S.(ビューティーズ)】を持つため、武装が破壊されない限りは残弾を気にせず戦えるセシリアではあるが、それでも体力の限界はある。

 

 あまり移動せず固定砲台気味に弾幕を張るのを優先しているセシリアでも多少なりとも疲れを感じている今の状況は、つまり前衛はそれ以上に疲れているということの証明だ。それで10分の1も倒せていないとなれば、本当にやってられない。

 

「グリフィンさん、わたくしのフォローに動き回っておりますけど、疲れてはいませんの?」

 

「全然!って言いたいけど、ちょっと疲れて来ちゃったかな。セシリアは大丈夫?」

 

「わたくしはビットとビームを動かしているだけですから、それほど疲れてはいませんが……一夏さんが心配ですわ。」

 

「あ、確かに。一夏って、頑張り過ぎちゃうところあるからね。それが一夏の良いところでもあるんだけど。」

 

 こうして会話をするのは気分転換だ。息の詰まるこの戦場で、せめて精神的疲労だけでも何とかしようという苦肉の策。グリフィン・レッドラムも、体力自慢ではあるものの疲労を感じないわけではないのでそれに乗ってくれた。

 

「あとはファニールさん、オニールさん、クーリェさんたちも。戦闘教員と同じ場所で戦っているとはいえ、あそこが楽という訳ではありませんし。」

 

「あそこはヴィシュヌが大活躍してるみたいだけど、そのヴィシュヌも疲れ始めてる頃だろうね。」

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の数が多すぎて他の場所で戦っている専用機持ちたちの様子はあまり見えないが、ハイパーセンサーに映されるエネミー数の減少とそこそこの頻度で送られてくる報告を合わせると、撃破数・アシスト数を合わせたMVPは間違いなくヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーだ。

 

 拡散弓【クラスター・ボウ】とキック・スラスター・コンボでの突貫が絶対天敵(イマージュ・オリジス)の『雲』に対して相性が良く、撃破に至らずとも弱らせた相手を戦闘教員や近くの専用機持ちが堕とす。今では撃破数こそ千冬が上回ったが、アシスト数込みの数字はまだヴィシュヌがトップ。それで疲れていないはずがない。

 

「鈴さんの所も、乱さんが心配ですし。」

 

「調子に乗って動き回ってバテてないといいけど。」

 

 最前線の1つを任せられている凰鈴音と凰乱音の2人もセシリアは心配していた。というより、鈴と一緒に居る乱を心配していた。

 

 今回、鈴は最初から本気を出している。絶対天敵(イマージュ・オリジス)の数を減らすのを重視して万能さが強味である単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ―)【天之四霊】は攻撃力増強の【朱雀】のみしか使っていないし、1対1が最も機体性能を発揮できるのもあって険しい顔をしながら戦ってはいるものの、それでも活躍している方に分類される。

 

 それを間近で見ている乱が変に対抗心を燃やして動き回って、挙句の果てに疲れるというのが何だか容易に想像できる。対抗心でなくとも姉に良いところを見せようとして無駄な動きを多くすれば同じことだ。

 

「飛鳥さんが来るまで、あと1時間ほどですけれど……。」

 

 どこかの戦線が崩れそうな気がしてならない。イノベイターの勘ではなく、人としてのセシリアの心がそう不安にさせる。仲間たちを信頼していない訳ではないが、それでも心配せずにはいられない。

 

「流れを変える一手が欲しいですわね――――。」

 

 

「あるじゃないですか、お嬢様。とっておきが。」

 

 

 突然聞こえた声に慌てて振り返る。そこには今まで居なかった筈のセシリアの従者、チェルシー・ブランケットがIS【ダイブ・トゥ・ブルー】を纏ってそこに浮かんでいた。

 

「チェ、チェルシー!?なぜここに!?」

 

「もちろん、お嬢様をお助けするためです。微力ながら、私たち姉妹も戦わせてください。」

 

 驚きの声を上げるセシリアとは裏腹に、チェルシーは薄く笑いながらそう言った。

 

「う、嬉しいですけれど……って、()()?」

 

「はい。それではお嬢様、『オペレーション・エクスカリバー』と言ってください。」

 

「え、えっ?」

 

「さぁ!さぁ!!」

 

 どこかテンションの高いチェルシーに推され、セシリアは困惑しながらもその言葉を口にした。

 

「オ、オペレーション・エクスカリバー?」

 

 その瞬間。

 

 

【Operation"Exia Caliburn"】

 

 

 セシリアの見ているIS【ブルー・ティアーズ・オーバーライト】のハイパーセンサーの視界に、そんなウィンドウが表示された。

 

「ふぇっ!?」

 

「エクシア!お嬢様の許しが出ました!放ちなさい!」

 

「ちょ、ちょっと、チェルシー?チェルシー!?」

 

 訳が分からないセシリアを余所に、あとついでに「この人誰だろう?」と思いながら前衛を務めるグリフィンも余所に、チェルシーは通信の向こうに居る妹へと叫んだ。

 

「これが、オルコット家最後の剣です!」

 

 瞬間――

 

 

――空から、光の柱が降ってきた。

 

 

――――バッッッシャアアアアアンッッッ!!!

 

 

「キャーーー!!!??」

 

「な、なにこれーーー!!!??」

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の『雲』を突き破り、空から海までを縫い留めて見せたその光はもはや爆発音に等しい音と共に盛大な水しぶきを上げた後、次第に細くなり姿を消した。

 

 体勢を立て直し、すぐさまハイパーセンサーで状況を確認したセシリアが見たのは……。

 

「……うそ。」

 

 ごっそりとその数を減らした、絶対天敵(イマージュ・オリジス)の姿だった。

 

「約2ヶ月の自己修復期間を経て、生体融合型IS【エクスカリバー】は砲撃能力を取り戻しました。しかし使い道がありません。何せ衛星兵器ですから。ですが、丁度良くこんなことが起こりましたので。」

 

 聞いてもいないのに饒舌に語り始めたチェルシーの声が右から左へ通り抜けながら、セシリアは思った。

 

「(これ、怒られるやつでは……?!)」

 

 セシリアがブルリと身を震わせたその時。

 

「この、バカセシリアァ!!!」

 

「ひぇっ!?」

 

 エクスカリバーからの砲撃によって絶対天敵(イマージュ・オリジス)の『雲』に開いた巨大な穴を通って瞬時加速(イグニッション・ブースト)で真っ直ぐすっ飛んできた凰鈴音がセシリアを怒鳴りつけた。

 

「あんたねぇ、あんなもの撃つなら撃つって先に言いなさいよ!」

 

「わ、わたくしもあんなことになるだなんて知りませんでしたの!」

 

「いつもの勘の鋭さ発揮しなさいよそこは!脳死で撃ってんじゃないわよ!」

 

「チェ、チェルシー!チェルシーのせいですわ!ほらチェルシー、貴女も何か――いない!?」

 

 怒り心頭といった風に怒る鈴にセシリアは原因であるチェルシー・ブランケットを売ろうとして、そのチェルシーが既にそこにいないことに気が付いた。

 

【それではお嬢様、わたしはあちらの亡国機業(ファントム・タスク)の戦線に加わってきますので。】

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 びゅーんと飛び去って行った従者を引き留めることは出来ず、セシリアは普段より精彩の欠いたビット操作で絶対天敵(イマージュ・オリジス)を撃ち落としながら、同じくいつも以上に苛烈な攻撃で絶対天敵(イマージュ・オリジス)を倒している鈴の文句の言葉を聞き続けた。

 

 

 

 

 一方その頃、IS学園の整備室。

 

「なのはー、私これ間に合わない気がする―。」

 

「奇遇だね飛鳥、ボクもそう思う。」

 

 イノベイター2人は遠方で発射された衛星砲【エクスカリバー】によるレーザー攻撃を感じ取りそうぼやいていた。

 

「なになにー、どうしたのー?」

 

「エクスカリバーで3分の1が消し飛びました。」

 

「わーお。3分の1かー……ギリギリ間に合うんじゃない?エクスカリバーは1発撃ったらしばらく撃てないし。」

 

「そうなんですか?」

 

「太陽光を収束してのレーザー攻撃だから、1発撃つごとにレンズ部分の整備が必要なんだよ。ISの自己修復で時間が経てばまた撃てるけど、連射はしないよ。」

 

 話しながらも作業の手を止めない束の言葉を受けて一先ず出番はあることに安堵する飛鳥だったが、しかしこのまま行くと本当に最後の最後にちょっと出て終わるのではないかと不安になっていた。

 

「真打登場にも限度はあるんだよなぁ……。」

 

「美味しいところを掻っ攫うだけだしねぇ。」

 

「世界ってそんなもんだよ。」

 

「やだなぁ大人のそう言う言葉……。」

 

 ほんの少し人間嫌いが加速した飛鳥を尻目に、2人の天才はダブルオークアンタへの量子型演算処理システムの搭載を進めるのだった。

 

 

 

 

「あっ……んのっ、英国面!!!危ねぇじゃねぇか!!!」

 

 場所は戻って赤道付近の海上。

 

 衛星砲【エクスカリバー】の砲撃によって開いた戦場の空白地帯ギリギリの場所で、盛大に水しぶきを被ったダリル・ケイシーがブルブルと頭を振って水気をまき散らしながら怒りを(あらわ)にしていた。

 

「あとフォルテ!オレのことも守ってくれよ!ずりーぞお前1人だけ氷で守りやがって!」

 

 そんなずぶ濡れのダリルの横で、ダリルとは反対に水しぶきをイメージ・インターフェースで生み出した氷で完全ガードし全く水に濡れなかったフォルテ・サファイアが白々しい笑顔で水に濡れたダリルを見つめていた。

 

「いやー、咄嗟に出せた氷が自分の分だけだったんス。別にダリルが水被って風邪ひいたら看病プレイできるとか考えてた訳じゃないっスよ?」

 

「自白してるじゃねぇかそこに直れ!あと看病は普通にしろ!風邪が移るだろ!ああクソっ、髪がギシギシする……!」

 

 ダリル自身、咄嗟にイメージ・インターフェースの炎で水しぶきを防ごうとしたのだが、砲撃によって上がった水しぶきの水量が水量だけに炎を消してもお釣りが来る量の水でずぶ濡れになった。なのに相棒であるフォルテはちゃっかり自分だけを守れる大きさの氷の殻に閉じ籠り、水を一滴も被っていない。

 

 その事について小言を言うと返ってきた戯れ言にIS【ヘル・ハウンド】の両肩にある猛犬の頭のような部分から出したイメージ・インターフェースの炎で濡れた髪と身体を乾かしながら応答するダリルは、海水に含まれる塩やら何やらで大変なことになっている自分の髪にここ数年でトップクラスに不機嫌になった。

 

「フォルテ!帰ったら風呂だ風呂!」

 

「はいはい。」

 

 その感情を叩きつけるように生み出した火球を絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦い始めたダリルを横目に、フォルテは状況確認のために情報収集が得意な更識簪に通信回線を開いた。

 

【こちらフォルテ、こちらフォルテ。聞こえてるっスかー。】

 

【こちら簪。フォルテさん、今の砲撃、大丈夫でした……?】

 

【砲撃は当たらなかったっスけど、ダリルが盛大に水しぶき浴びてすっごい不機嫌っス。】

 

【うわぁ……。】

 

 通信越しに聞こえた渾身の『うわぁ……』にフォルテが笑い転げていると、簪が通信をした意図を汲み取ったのかエクスカリバーの砲撃前後で起こった変化のデータをフォルテに送った。

 

【あの砲撃で絶対天敵(イマージュ・オリジス)の後方から中心にかけて、およそ3分の1が撃破されています。ちょうどこちらの戦力が配置されていない位置への砲撃で、味方への損害は0。少し陣形が乱れてるけど、再編する必要はありません。多少防衛線を厚くするのはありだけど……。】

 

【おーけー、それじゃその情報をオープン・チャンネルで戦場全域にばら撒くっス。防衛線には無敵のイージスコンビが加わるっスから、他は臨機応変にってことで。】

 

【分かりました。】

「おーい、ダリル―!」

 

 通信を終えたフォルテは必殺技たる最大火力の火球で絶対天敵(イマージュ・オリジス)を吹き飛ばしているダリルを呼び、IS学園へ近付かせないための防衛線の方に移ることを話して空白地帯を利用して一気に移動するのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第120話 大型、それはシンボルエネミー

 良くも悪くも、衛星砲【エクスカリバー】の一撃によって戦況は変わった。

 

 良いことはもちろん絶対天敵(イマージュ・オリジス)の数が減ったこと。

 

 悪いことは、小型絶対天敵(イマージュ・オリジス)の数が減ったことで今まで群れの中心付近ですし詰め状態になっていた大型絶対天敵(イマージュ・オリジス)たちが前線に現れるようになったことだ。

 

「零落白夜――!!」

 

 青白い光を纏う剣が、大型絶対天敵(イマージュ・オリジス)の中でも特に硬い牛に似た姿の絶対天敵(イマージュ・オリジス)を切り裂いていく。

 

【グルルルルォオオオオ!!】

 

「クッ!?」

 

 だが、途中で相手が身を捩りその巨体をぶつけて来たことで倒すには至らなかった。

 

 そもそもとして、絶対天敵(イマージュ・オリジス)が持つISのシールドエネルギーと同種の力場を突破できるだけで、そこから先はエネルギーブレードとしてのダメージ量しか与えられないのが零落白夜だ。

 

 ISであれば絶対防御という操縦者保護のための最終防壁を無理やり発動させることで大ダメージになるが、絶対天敵(イマージュ・オリジス)にはそれがない。

 

 そのため、相手が動けなくなるのに必要な要求ダメージ量そのものは、実は他の専用機持ちたちと大差ない。エネルギーシールドの守りを突破できない他の専用機持ちより要求されるダメージの総量が少ないだけだ。

 

 むしろ、と。そこで織斑一夏の視線は少し離れた場所で戦う姉の方を見た。

 

「ぬるい。」

 

【グ、ル………………。】

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の出現初期から現れている見知った大型。ゴリラっぽいそれの左腕を切り飛ばし、右腕を切り落とし、トドメとばかりに頭から胴体にかけてを縦に真っ二つにした織斑千冬はその残骸に目もくれず、次の大型絶対天敵(イマージュ・オリジス)を倒しに飛んで行った。

 

「天羽さんもそうだけど、なんでそんなに真っ二つに出来るんだ……?」

 

 刃渡り足りなくないか?そんなことを考えながら一夏も頑張って雪片弐型を振ってみるが、真っ二つにはならなかった。

 

「謎だ……。」

 

 ようやく倒せた牛型が海へと落ちていくのを少し目で追ってから、一夏も次の大型絶対天敵(イマージュ・オリジス)を倒しに向かった。

 

 

 

 

「踊りなさい、ブラスタービット!」

 

 8基のBTブラスタービットが空を飛び、盾と槍を持ったパラサウロロフスのような大型絶対天敵(イマージュ・オリジス)を取り囲み、それに混ざる様にセシリア・オルコットも空を踊る様に飛行する。

 

 まるで太陽の周りを廻る惑星の様に動きながらそれぞれの砲門からビームが殺到する。それを盾で防ごうとする大型絶対天敵(イマージュ・オリジス)だったが、その盾の表面を滑るように避けたビームはそのまま盾を持つ腕を破壊した。

 

【グルッ!!?】

 

 身を守る盾を無くしたことに驚愕の声らしき音を発する絶対天敵(イマージュ・オリジス)は、破れかぶれか残った槍をセシリアに向かって振るった。

 

「どこを狙っていまして?」

 

 しかし、槍が振るわれた時には既に狙った場所からセシリアは居なくなっていた。

 

 緩急をつけての円状制御飛翔(サークル・ロンド)。セシリアが少しだけ速度を上げたことで狙いが外れたのだ。

 

 槍を空振り腕が伸びきったところで、その腕さえもビームが狙い撃ち破壊する。武器を無くした絶対天敵(イマージュ・オリジス)にビームを集中させる。

 

「これで終わりですわ!」

 

 トドメの1発は豪勢にセシリア自身が持つGNソードⅡブラスターで撃ち抜いて、パラサウロロフスにも似た大型絶対天敵(イマージュ・オリジス)は沈黙した。

 

「ふぅ……。」

 

「おつかれ、セシリア。」

 

「グリフィンさん。そちらも終わりましたの?」

 

「うん。ちょっと手こずっちゃったけどね。」

 

 少しだけ恥ずかしそうに笑いながらそう言うグリフィン・レッドラムに、むしろセシリアが驚いた。

 

「小型だけとはいえ、結構な数が居た筈ですけれど……。」

 

 セシリアが辺りを見渡すと、先程までちらほら見かけた筈の小型絶対天敵(イマージュ・オリジス)が周囲から居なくなっていた。

 

「タックルしたらみんな倒せたよ。」

 

「(殺人タックル?)」

 

 今更ながら、3年生って強い人多くありません?と思ったセシリアだった。

 

 

 

 

【グルルルルォオオオオ!!!】

 

 空を縦横無尽に飛び回る飛竜が咆哮を上げ、尾のように携えていたミサイルを放ってくる。

 

 それを連射重視の衝撃砲で迎撃しながら突っ込み、凰鈴音は炎を纏わせた双天牙月で絶対天敵(イマージュ・オリジス)に連撃を叩き込んだ。

 

【グルオオオッ!!?】

 

「うるっ、さいっ!」

 

 動く暇さえ与えない。仰け反ることさえ許さない、絶え間ない連撃。格ゲーでいう所のコンボ嵌め。それを高火力で行う。それが甲龍(シェンロン)黄帝(ファンディー)の必勝法。

 

 どこかでは『甲龍の必殺技は魅せプ』とまで言わしめた怒濤の通常攻撃の嵐。

 

「墜ちろぉ!!」

 

 トドメの一撃に朱雀で炎を纏わせ破壊力を上げた衝撃砲で大型絶対天敵(イマージュ・オリジス)の頭部を吹き飛ばし、飛竜型の絶対天敵(イマージュ・オリジス)は海へと落ちていった。

 

「ふ~~~……あれの相手、他じゃちょっと難しいわね。速いし硬いし火力高いとかやめなさいよほんと。」

 

 IS学園の廊下で同種と戦った時は通路につっかえて飛ぶことはなかったが、飛ばれただけで脅威度が3段階ぐらい跳ね上がった飛竜型をさして鈴はそう感想を述べた。

 

 1人で相手をできるのは今この戦場では鈴とセシリアと千冬、そして山嵐を解禁した更識簪ぐらいだろう。専用換装装備(オートクチュール)ありなら更識楯無もやれるだろうが、他はだめだ。一夏の零落白夜も1人では当てられない。

 

「優先して狩らないと駄目ね。」

 

 そう決めた鈴は、最終防衛ラインを目指して飛んでいる飛竜型に向かって瞬時加速(イグニッション・ブースト)で襲い掛かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第121話 完成、それは幕引きの剣

 ――長く苦しい戦いだった。

 

 小型絶対天敵(イマージュ・オリジス)の数は多い上に、大型絶対天敵(イマージュ・オリジス)も決して侮れない力を持っている。それらすべてを防衛ラインの後ろに通してはならないという制限は、本当に苦しい戦いだった。

 

 何せずっと動きっぱなしだ。呼吸を整えられはするがそれだけで、水分補給やタオルで汗を拭うことさえ難しい。昼食の途中だったのもここで災いし、空腹も感じ始めていた。

 

 ISのハイパーセンサーが映し出す絶対天敵(イマージュ・オリジス)の残数を示す数字の減りが徐々に落ち始める。変わらず戦えているのは織斑千冬と山田真耶を始めとする熟練のIS乗りぐらいだ。ロシア国家代表である更識楯無でさえ動きが悪くなっている。

 

 その点で言えば、亡国機業(ファントム・タスク)は見事としか言いようがない。国際テロリスト集団の戦闘部隊【モノクローム・アバター】というだけあって体力も実力も一定水準を越えており、2時間ほど戦った現在でも疲労こそ見せてはいるが動きが悪くなっていないし、脱落者もいない。

 

 高火力で薙ぎ払いながら小型絶対天敵(イマージュ・オリジス)の攻撃を歯牙にもかけないスコールはもちろん、獲物に飛び掛かる蜘蛛のような動きで粘着性エネルギーネットを使い小型絶対天敵(イマージュ・オリジス)を駆逐しまくっているオータムや、ビットで一息に串刺しにして順当に撃破数を稼いでいる織斑マドカなどもそうだ。

 

 しかし、主力となるIS学園の専用機持ちたちの動きが悪くなってきた以上、遠からず戦線は崩壊するだろう。体力自慢のグリフィン・レッドラムはまだまだ動けるにしても、凰乱音やコメット姉妹、クーリェ・ルククシェフカなどの体力は既に尽き欠けている。

 

 今は「いい加減面倒になって来たな」と言って篠ノ之箒の側で【絢爛舞踏】の補助を受けながら【零落白夜】の斬撃を飛ばしてバッタバッタと絶対天敵(イマージュ・オリジス)を切り飛ばしている千冬のおかげで戦線は保てているが、それも局所的な空域でのことだ。撃ち漏らしはいずれ出るだろう。

 

 ――しかし。

 

「ふ、ふふ……。」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あー、つっかれたぁ。」

 

 凰鈴音は双天牙月を拡張領域(バススロット)にしまい、うんっと伸びをしていた。

 

「お前等ぁ!撤収だ撤収!」

 

「帰ってお風呂入るっスよ~!」

 

 ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアはオープン・チャンネルでこの空域にいるすべてのIS乗りにそう呼びかけた。

 

「ちょ、ダリル先輩!?何言ってるんですか!?」

 

「何言ってるんだはお前だエロガキ。」

 

「エ……!?」

 

 ここを突破されたらIS学園、ひいては街にも被害が出る可能性が高い。それなのに帰ろうとするダリルを織斑一夏が引き留めようとするが、エロガキ呼ばわりされ言葉を詰まらせた。

 

 そんな一夏に向かって、ダリルは晴れやかな笑顔で言い放った。

 

「――もうオレたちの勝ちだよ、ばーか。」

 

 ダリルが見ているハイパーセンサーには、今までなかったIS反応がIS学園に現れ、唐突に消える様が映っていた。

 

 

 

 

『終ぅわったぁぁぁ!!』

 

『勝った!アーキタイプ・ブレイカー完!』

 

『とはいえこれ今回要らないっていうね。』

 

『言わないで……ああ、レクイちゃん……。』

 

『自力で最終決戦のフラグ立てないと帰っちゃうからねあの子。しかもそうなると対話系装備も要らないっていう。』

 

『盛り上がりもないからなぁ、最終決戦……。』

 

『殴ってりゃ終わるからねぇ。絆で突破とかそんなギミックもないし。』

 

『雑魚の数が多くて大型のシンボルエネミーがいてやたらHPバーの長いラスボスがいるだけのほぼソロである。なめとんのか。』

 

『しかも耐久すれば時間でシナリオ進むからね。防衛ラインだけ意識してればなんとかなるし。』

 

『だから対話で一発終了させたかったのに、自然発生の最終決戦だと結局戦闘必須って言う。』

 

『ま、頑張れ。』

 

 

 

 

「コア・ネットワークとの接続……コンプリート。」

 

「コード・ヴァイオレット発令。量子型演算処理システム承認。」

 

「GNT-0000、ダブルオークアンタ、起動。」

 

 

 

 

 戦場に新たなIS反応が現れた。それと同時に、オープン・チャンネルで全てのISに注意が飛んだ。

 

「軸線上のイマージュ・オリジスを一掃します!退避してください!」

 

 その言葉と共にハイパーセンサーに映し出されたこれから行う攻撃の範囲に戦場の全員が目を剥いた。

 

「これは……!」

 

「ははは!面白いじゃないか、飛鳥!」

 

「わ~い!にっげろ~!」

 

 蜘蛛の子を散らすように、防衛ラインすら投げ捨てて戦闘空域からの離脱を始めたIS学園の専用機持ちたち。

 

「新隊長からの退避命令よ!現時点をもって戦闘を終了!帰投するわ!」

 

「ッチ、まだ暴れ足りなかったんだがなあ!」

 

「……わかった。」

 

 亡国機業(ファントム・タスク)もそれに続くように離脱していく。

 

 それを追おうとする絶対天敵(イマージュ・オリジス)に向かって、声が掛けられた。

 

「(さぁ、最初で最後の対話をしよっか!)」

 

 戦闘空域の端も端。そこにいつの間にか現れた青と白を基調とした機体からの声に、絶対天敵(イマージュ・オリジス)は他のISを無視してそこに引き寄せられるように向かい――――

 

「GNソードⅤ・バスターライフルモードスタンバイ。トランザム!

 

 

「ライザーソード!!」

 

 

 ――この決戦を幕引く剣が、すべてを切り払った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第122話 終結、それは最後の対話

 衛星砲【エクスカリバー】の砲撃など比較にもならない規模の斬撃が、絶対天敵(イマージュ・オリジス)の『雲』をすべて薙ぎ払った。

 

「すっ、すっげぇ……。」

 

 思わず口から出た言葉は、その場の誰もが思っていた言葉。

 

 いつぞや京都で見たような気がしないでもない。あの時は何かに意識を乗っ取られていたためよく覚えていないが、そんな織斑一夏をはじめとする以前からIS学園に在籍し専用機持ちだった面々はそれについて知っている。

 

「ライザーソード……いつ見ても壮観ですわね。」

 

「ア、アレってやっぱり飛鳥の仕業なの?」

 

 セシリア・オルコットの呟きを聞いた凰乱音が隣に居た凰鈴音に聞くと、鈴はどこか呆れが混じった声で答えた。

 

「あれを見るのは京都以来ね。相変わらずバカげた攻撃だわ。」

 

「とはいえ、これで終わりだ。」

 

 ダリル・ケイシーが肩こりを気にするように腕を回し、それを見たフォルテ・サファイアが背後に回って肩を揉み解すと「あーそこそこ」と気持ちよさそうな声を上げるのを横目に、全員がライザーソード途切れ消えていく様子を見ていた。

 

 小型絶対天敵(イマージュ・オリジス)は言うに及ばず、大型絶対天敵(イマージュ・オリジス)は特に硬い牛型や素早い飛竜型でさえ逃れられずに塵となって消えた。

 

 そして――

 

「親玉とのご対面っスね。」

 

 ――そんな攻撃を受けてもなお、ライザーソードの範囲内で形を保っている絶対天敵(イマージュ・オリジス)がいた。

 

 それは今まで一夏たちが見たことのない、人型に似た異形の絶対天敵(イマージュ・オリジス)。ツインテールのような頭部の触覚らしき部位の先には巨大な口があり、ところどころに緑色の輝きがあるその姿は女性の様にも見えた。

 

「あいつを倒せば、この戦いも終わりだな!」

 

 今まで見たことのない絶対天敵(イマージュ・オリジス)。ライザーソードという特大の攻撃を受けて生き残っている事実。そんなことは些細なことで、一夏からすれば最後の敵に過ぎない。

 

 だからそう意気込んで右手に握る雪片弐型を構えた一夏だったが、動くより先にその肩に手が乗せられ止められた。

 

「ん?どうしたんだよ、鈴。」

 

「どうかしてるのはあんたよバカ一夏。今あれに手を出したら飛鳥にぶっ飛ばされるわよ。」

 

「はぁ?」

 

 鈴が一夏を引き留めている間に量子ジャンプで一瞬で人型絶対天敵(イマージュ・オリジス)の目の前に現れた天羽飛鳥は、いつものように速攻で攻めずにその場で浮かんだまま人型絶対天敵(イマージュ・オリジス)を見つめていた。

 

「クアンタムシステム起動、タイプレギュラー。」

 

 そんな飛鳥のIS、ダブルオークアンタがその装甲を展開していく。

 

「展開装甲!?」

 

 その存在を知らない絶対天敵(イマージュ・オリジス)出現以降に転入して来た面々が驚いている中、かつてタッグマッチトーナメントで、そして京都でそれを見ている元々IS学園に在籍していた面々は事情を知っていた鈴やセシリアたち以外も、飛鳥がやろうとしていることを理解した。

 

「もしかして、飛鳥さんは対話するつもりなの?」

 

「飛鳥さんは最初からずっとそのつもりでしたわ。」

 

 シャルロット・デュノアの言葉にセシリアはそう答えた。

 

「隕石が降るようになってからずっと、飛鳥さんはイマージュ・オリジスとの対話を考えていました。ですが相手のあまりに強い怒りの感情で失敗し、今までそれをどうにかする物をなのはさんと篠ノ之博士がお作りになられていましたわ。」

 

「そんなことを……。」

 

 セシリアの語る真実に一同が驚いていると、いざ対話を始めようと動いていたはずの飛鳥の動きが止まった。

 

 その視線の先には――

 

「――レクイちゃん。」

 

 ――IS学園に居る筈のレクイ・コンベが、どうやっているのか人型絶対天敵(イマージュ・オリジス)と飛鳥の間で空中をふわふわと浮かんでいた。

 

「なんで、来ちゃうかなぁ。」

 

 最後のイマージュ・オリジスとの間に浮かぶ愛娘の姿に、飛鳥はそう零した。

 

「ごめんなさい、ママ。でも、聞こえた声を無視するなんて、わたしにはできない。」

 

 ペコリと頭を下げてそう真っ直ぐ飛鳥に言ったレクイからは、今までの幼げな雰囲気が消えていた。

 

 それはかつての花畑で共に過ごした《彼女》ととても似ていて――

 

「――ああ。」

 

 飛鳥もクアンタも覚えているけれど、逆に言えばその2人しか覚えていない《彼女》。記憶は消えてしまったけれど、その存在は消えてはいなかった。

 

 それが直接感じ取れる飛鳥は、穏やかな顔でレクイを抱き締めた。

 

「ママ、今までありがとう。」

 

「私も、楽しかったよ。」

 

 クアンタムシステムを使うまでもなく、飛鳥はレクイを通してイマージュ・オリジスと対話していた。

 

 戦う気はもうないこと。ISのコアが使っているエネルギーのこと。そういった飛鳥がもう知っている情報を説明された上で、イマージュ・オリジスはエネルギーを使わないでほしいと頼んで来た。

 

 それに了承の返事をして、飛鳥は抱き締めていたレクイを解放した。

 

「任せて、ママ。ちゃんと向こうで、もう大丈夫だよって伝えて来るから。」

 

 笑顔を()()()そう言うレクイの頭を撫でて、飛鳥は別れの言葉をかけていく。

 

 本来の計画であれば、飛鳥はレクイが来るよりも先にイマージュ・オリジスと対話し、飛鳥自身が使者としてイマージュ・オリジスの世界に向かってエネルギー問題の解決を伝えるつもりだった。そうすればレクイは帰る必要が無くなり、ずっとこちらに居られるから。

 

 しかし、レクイが来てしまった時点でその目論見は破綻した。イマージュ・オリジスの前に姿を出してしまった以上、レクイは理由はどうあれ帰らなければならない。飛鳥が対話している・していないに関わらず、そうなるのだ。

 

 そうなってしまうと飛鳥が使者として向かうということができなくなる。連れて行ってもらえないからだ。だって使者は1人いればいいし、2人連れてくの疲れるし。

 

 だから別れの言葉が必要なのだが……。

 

「(あれ、自力で行けばよくない?連れて行ってもらうとか、そんな女々しい考え私らしくなくない?)」

 

 後ろで見ていたイノベイターたちは「あ、また変なことする気だ」と遠い目をしていた。なお、着いて行ったところでレクイと一緒に居られる時間が数日増えるだけなのであまり意味が無かったりするのは公然の秘密である。

 

 

 この後、2泊3日の異世界旅行を愛娘と楽しんだ飛鳥はお土産としてISのシールドエネルギーに似たイマージュ・オリジスのエネルギーシールド【虚空結界(タイムゼロ・エンド)】の技術を持って帰ってきたが、待っていたのは無断欠席だとか無断外泊など色々な校則違反に対する反省文の山だったのはご愛敬である。




 はい、というわけでアーキタイプ・ブレイカー編は終幕となります。モチベの低下による駄文をお見せしてしまい申し訳ありませんでした。時間を見つけて文字数の少ない話を前後と統合したり加筆したりなど修正を加える予定です。把握できておりませんがここすき、しおりを始め、話のタイトル等が変わるでしょうがご容赦ください。

 さて、アーキタイプ・ブレイカー編が終わり一区切りついたわけですが、今後の更新はモチベが回復するまでどうか待っていただけないでしょうか。構想としては亡国機業を抜けたマドカが新入生としてIS学園に来たり、あらすじにある通りモンド・グロッソのバトル風景を書くことを予定していましたが、とてもそれを書けるモチベーションを保てておりません。というか話を練り切れていないので書けません。

 つきましては、扱いとしては区切りが良いのもあり一応完結とさせていただきたく思います。モチベーションが回復し次第、短編とでも言うべきアーキタイプ・ブレイカー編後の様子を投稿しようと考えています。

 2年半にも渡る連載にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。次回の更新でお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。