イズムパラフィリア (雨天 蛍)
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エイプリルフールイベント 【学生版イズムパラフィリア】

イズムパラフィリア運営です。本日はエイプリルフールイベント【学生版イズムパラフィリア】を開催(かいさい)します。
本話は、イズムパラフィリア本編とは関わりがありません。が、イズムパラフィリアがシリーズとなった場合に主人公の従魔として使われます



 授業終了のチャイムが鳴る。途端にノートや教科書をまとめる生徒達。教師が苛立った表情で授業を締めくくり、教室を出ていくと、ざわめきがより一層大きくなった。

 俺は、机の下に隠していたスマホを堂々と机の上に出して、ゲームを再開した。

 

「うーい、またソシャゲやってんの?」

 

 隣の席で、教科書をしまった学生が声をかけてくる。顔を向けることなく俺は肯定した。

 

「授業中にもやってたよな。面白いの?」

「めちゃくちゃ面白い」

「へー! お前がそれだけ言うって事は、結構面白そうだな。今どきVRMMOもやらないってのに珍しいや」

「そりゃあ、あんなクソゲー楽しめるわけないじゃん」

 

 最近発表されたゲームハードで遊べるフルダイブVRというゲーム。巷ではそれが流行となって買い占めの転売などで需要が非常に高まっているらしいが、よーく考えればクソゲーだと誰もが思いつくだろうに。

 ネット小説でも有名なMMOが数多くのタイトルを締めている現状、絶対にVRはコケる。広い世界をちまちま歩いて剣を振り回して戦うとか絶対つまらないだろ。疲れなくてもランニングし続けられるとして、誰がそんな移動時間に大半を取られそうなゲームをやるのだろうか。

 そして、狭くしたら今度は人口密度が膨れ上がる。ストレスゲームの始まりだ。不快度は三人称視点ゲーム以上。さながら都会の電車内である。

 他にも色々あるが、思いつく限りの改善点が解消されたゲームだという評価が出ない限り、買うことはないだろう。

 

 そんなゲームをするくらいなら、一人で手軽に爽快感を味わえるゲームの方が楽しい。最近は法規制によりマシなゲーム性と、短期間で畳まれることの無くなったソシャゲが熱いと思っている。

 特に、俺が大好きなのはイズムパラフィリアというマイナーゲームだ。サンプル画像に出てくるキャラクターは皆ガチめのモンスター娘。そして、ストーリーは俺が求めて止まない暴力主義を主体とした世紀末。

 

 まさに最高なゲームである。

 

「クソゲーって……まあ、ネットの評価はだいたいクソだって言ってるけど、面白いのだってあるんだぜ?」

「そう。そもそもネトゲーだし、規制規制な世の中で、暴力表現多めでPK可能なゲームがあるんだったらやってみてもいいよ」

「いやー。それはないかな……。年齢制限あるけど、そんなの無視してゲームするだろうし、そしたらそういうゲームはクレーム付けられるだろ」

「でしょ。これで終了、時代はオフゲーかもう人が少ないソシャゲ系。手軽に気を使わない自由なゲームが出来る主人公になれる神ゲーだよ」

「冷めてんなぁ……。俺達学生だぜ? 時代はネトゲ! トップクラス! ギルドのパートナー、実は美少女! オフ会で始まるリアルとゲームの恋愛物語!」

「現実を見なよ樹クン。ネトゲの可愛いあの女の子、リアルじゃおっさん四十五。ギルドで恋愛。内部が崩壊。クラスのあの子は援交ビッチ。俺達オタクはリアルじゃボッチ」

「くそがああ!! ラップ調なのが余計にムカつくわ!」

 

 発狂した原田樹のせいで視線が集まった。俺は素早く他人のフリをしてゲームの画面に集中する。

 俺の隣の席にいるこいつは、唯一と言っていい友人である。夢見がちで、童貞。顔はいいけどバカ。だけど良い奴だ。気がつけば樹から俺に話しかけてきて、ダラダラとだべる間柄になっていた。

 

 見られていることに気付いた樹が、声を小さめにして話し続けてきた。

 

「実際さ、そろそろ二年の秋だぜ? ここでワンチャン女の子と関わりなければ終わりだぞ? ギャルゲーとか大体ここら辺でヒロインと付き合い始める頃だぞ? こんなんでいいのかよ」

「女の子との関わりはあるだろ」

「いーや! 俺にだって選ぶ権利はある! 女の子は顔だけじゃないんだよ! 時代は性格も重要なんだ」

 

 俺は結構好きなんだけどなぁ。そんな風に騒いでいると、教室の前の扉が開かれた。

 

「あの……モブ子ちゃんいる?」

 

 ショートボブの十人中九人は美少女だと答えるような女の子がいた。大人しそうな奴で、同級生。学年一の美少女だとかで有名だ。

 

「お、新田さんじゃん。いいねぇ。俺はああいう感じの子が好きだよ!」

「ふーん」

「奥ゆかしい性格! 男子が苦手らしく、声をかけると避けられるが、それもまた清純さの証! 従順で可愛いまさに理想的な女の子! いいなぁ。ああいう子と付き合えたら幸せだろうなぁ」

 

 きっかけがあれば樹なら付き合えると思う。顔と性格がいいから嫌われはしないんじゃないかな。

 俺とは全然違う好みである。みんなに愛されそうな奴なんぞつまらないだろうに。むしろ、自分を貫いて孤独になってしまうような女の子の方が俺は好きだ。

 まあ、我が強いというよりかは、意思が強いとでもいうような、ゲームのキャラクターのように崩れない揺るぎない強さがあるものが好きってだけだ。

 

「あ、やっぱりいた! 早く部活に行くわよ!」

「うげぇ。なんでここまで来るんだよ。先輩の教室だぞ里香!」

「うっさいわね樹先輩! いつまでも二人が来ないから探しに来たんでしょうが!」

 

 柊菜に集まった視線やら人やらを縫うように、後ろの扉からちんまい女の子が走ってきた。彼女は和内里香。俺と樹で作った同好会『歴史研究同好会』に入ってきた唯一の後輩である。

 夏休み直前に吹奏楽部で問題起こしてこっちに逃げてきたという曰く付きの後輩である。

 夏休みの活動でかなり仲良くなり、彼女は自分が起こした問題故か、休み時間でも放課後でも俺達の元へ突っ込んでくる。それで普段は里香と三人で行動をしているのだ。

 

「どうせ文化祭も近くなってきて樹先輩が危機感抱いて先輩にくだらないこと話してたんでしょ!」

「大事な話ですぅー! 俺達若者にとって青春というかなりのウェイトを締める話ですぅー!」

「部活動も青春ね。さ、行きましょ!」

 

 里香に引っ張られ、樹と一緒に教室から連れ出された。教室を出る直前に、新田さんがこっちを見ていたようで、目が合った。

 

 部室は校舎三階の端、化学室である。歴史とは反対の教室を与えられているが、そこまで真面目な活動をしていない俺達は特に文句もなかった。

 

「しっかし何も無いわね」

「そりゃそうだろ。だからこそ俺達は動かないといけないんだ。自分から動かなきゃ幸せは掴めない!」

「樹先輩にしてはいい事言うわね。文化祭前だし、真面目な活動をするよりも、エンターテインメントが欲しいと思うの。だから、街の歴史よりも興味の出そうなオカルト系に挑戦しましょうよ。電脳ゲームの裏話とかさ!」

 

 歴史研究といえども、さして本格的な活動はしていないのだ。月に一度、新聞を出して活動報告する程度の同好会。それ以外は集まって遊ぶだけの不良サークル。

 俺はゲームをしているし、樹も漫画とかを持ってくる。里香はハーモニカを持ってきて吹いていたり。普段はそんな感じに各々自分勝手に過ごしている。

 今日は文化祭も近いので、好き勝手に会話をしているところである。

 

「あー、VRでデスゲーム発生するとかいう予言ね。あれ外れたよなー」

「それがさ! 別の話もあるのよ! VRを使った新しい取り組み。人間の脳を繋いで電脳上に新しい地球を生み出すとかいうプログラムが走っているんだって!」

「そんなんあるかー?」

 

 と、樹や里香が騒いでいると。

 

 ピロリロリコン。

 

 俺のスマホが着信音を奏でた。

 

「なんだ今の着信音」

「俺の。だけど普段はバイブにしてるはずなんだけどなぁ……」

 

 緊急メッセージでも来たのだろうかと、スマホを確認する。

 イズムパラフィリアから何か来ているようだ。しかし、通知からは文字化けしていて、何も分からない。

 様子がおかしいと、通知をタップしてアプリを起動する。

 スタート画面には行かず、何故か直接ガチャ画面が出てきた。

 

「なんだ、これ?」

「先輩なにしたの? 見せなさいよ!」

「俺も気になるわ。もしかしたらウイルス感染だったりして」

 

 里香と樹が画面を覗いてくる。二人に挟まれて窮屈だから、化学室の黒い机にスマホを置いて、ガチャ画面をタップした。

 

「はー? 通話ってガチャ? 先輩もう少し真面目に参加しなさいよ」

「これがスマホに飼われる現代人か……」

「うっさいな。文字化けした変な通知来たんだよ。開いたらこうだった」

「やっぱウイルスじゃね?」

 

 不安を煽る樹を小突くと、スマホが急激に強い光を放った。光の奔流がスマホから流れ出ており、目を焼かれたが、イズムパラフィリアのガチャ演出だと一瞬で理解出来た。

 

「うわっ眩し!」

「きゃあ! 何よいったい!」

「これは確定演出か!」

 

 なんかもうヤバい超常現象を前に俺は興奮していた。イズムパラフィリアだぜ? ゲームキャラが現実に出てくるとか最高かよ。

 光が収まると、そこには一人の生き物がいた。

 

「大地の化身たる私を呼ぶか……」

 

 うーん。これが初回ガチャなら最高クラスだけど、ぶっちゃけ使いにくいかな。

 こういう時は、俺が愛用しているキャラが出てくると思ったのだが。こいつも使うには使うが、それほど頻繁に頼ったりしないキャラだ。

 

「【地龍ウィード】大地の力、貴様如きに使いこなせると思うなよ……」

 

 地龍ウィード。雑草の名を持つ星十ドラゴンである。

 

「うおおおおお!!! かっけー! 現代ファンタジーキタコレ! イズムパラフィリアだっけ? 俺もインストールします!」

「うっわぁ……シャレになんないじゃん。先輩、やばいよこれ」

「むしろ今後を考えて里香もイズムパラフィリア入れときなよ」

「……まあ、先輩がそう言うならそうする」

 

 樹も里香もイズムパラフィリアをダウンロードした。そして、その直後だ。

 

「地震!?」

「ってこれでっか! 机の下に避難するわよ!」

 

 大きな縦揺れが発生した。地震に慣れている日本人といえども、これは危険だと判断して、素早く机の下に潜り込む。

 咄嗟に連れてきたウィードとスマホも一緒である。

 

「ウィード、お前がこれ起こしたか?」

「いや違う。というか触るな。この程度問題ない。これは地震じゃないからな。空間そのものが揺れを起こしている。どこかの世界とぶつかったんじゃないか?」

 

 ウィードが起こしたのかと確認していると、里香が潜った机の方から光が目に入った。

 

「こんな状況でガチャ回してんじゃねぇよ!」

「うっさいわね! 基地局とかダメになる前にさっさと動いた方が良いわよ!」

「あ、そっかぁ……」

 

 里香に言いくるめられた樹もガチャを回す。緊急事態にも関わらず、呑気な俺達だった。

 

 樹の方のガチャ演出が終わると、遂に大きな揺れから耐えきれなくなったのか、天井が崩壊する。

 

「きゃああああ!!!」

 

 里香の悲鳴が響く。埃か煙か、舞い上がったものが収まると、そこは安全な足の踏み場もない場所となっていた。

 

「ウィード『リコール』」

「……グルル。身の危険を感じたら呼べ」

「……そうね。まずは状況確認だけど、節約もしていかないと」

 

 里香が俺の動きを見て、スマホの電源を落とした。樹も慌ててスマホを切る。

 

「これ、やべぇってもんじゃないよ……」

「混乱が起きるかも。って、それ以前にあれだけ大きくて長い地震だと、不味い事が起きるかも」

「津波……」

 

 そう、津波である。俺達がいる街は、海にほど近い場所にある。海水浴場としても人気であり、個人の資産家だか一族経営の企業だか知らないが、発電所も海に面して建てられている。

 

「移動を急ぎましょう。救助できそうな人がいたら、助ける方向で。だけど、津波は発生までそんなに時間がかからないわよ」

「お、おう」

 

 里香の言葉に樹が頷く。階段をわざわざ使うのも危険だし、部屋の隅にある緊急脱出用のハシゴを下ろして、俺達は化学室から出た。

 

「あっ! 新田さん!」

「あ、原田君と……その友達の人だよね?」

「……足、怪我してるの?」

 

 文化祭が近いのに、校庭の裏では新田柊菜がいた。足を怪我したのか、地面に座りこんで、足首を押さえている。

 

「地震で、壁から離れようとしたら、コケちゃって……」

「ここ、海抜低いし津波の危険があるからさっさと動きませんか? 先輩体鍛えてますよね? 新田先輩のことおんぶでもしてください」

「でも……教室とか、まだ生徒が残ってるんじゃないかな……?」

「…………多分、大半は助からないかと」

 

 知らない先輩を前にしているからか、里香は敬語になった。そして、苦しそうに言う。化学室の崩壊があったのだが、出る前に確認したところ、廊下側はガラスが割れていたり、崩落している場所もあった。

 怪我で動けない人は屋上へ上がるだろう。動ける怪我で済んでいるならばだが。

 今は文化祭前だ。廊下にも人は多く出ていたし、教室も普段ある机を動かして作業をしていたはずだ。天井の崩壊が化学室だけだったならいいが、そうでなければ、今頃助かっている生徒の方が少ないだろう。

 

「で、でも……とりあえず、校庭の方で確認してみよ?」

「……樹先輩」

「うえぇ!? 俺ぇ!? と、とりあえず確認だけでもしよっか! もしかしたらSOSとか出してる人いるかもだし?」

「……バカ」

 

 里香は焦っているようだ。津波は大体十分程度で来ると聞くし、余裕は無いだろう。だが、樹が方針を固めたので、とりあえずは従うようだ。

 そして、俺が新田さんを背負って校庭に向かった。

 

「そ、そんな……」

「想像以上、ですね」

「お、俺……こんなことになるとは思ってなかったわ……」

 

 校舎の崩壊は酷いものだった。まるで爆破でもされたかのように、俺たちがいた校舎とは反対側は砕けている。遠目からでもおびただしい量の血の色が見えるほどだ。

 ……そうだ。変だ。崩壊に巻き込まれたなら、瓦礫の上で圧死したような死体が多くいるのはおかしいだろう。

 

「里香、樹。逃げるぞ」

「へ? え?」

「きゅ、急にどうしたんですか先輩!」

「呆然としている場合じゃない! あの死に方は地震だけじゃないぞ!」

「へぇー? 分かっている奴もいるじゃない」

 

 音がした。人間が出す声じゃない。だけど、はっきりとそれは言葉として理解出来た。

 影がある。校舎から飛んできたのだろう。空が暗くなっていた。

 

「全員散れー!!!」

 

 そう叫ぶと、全力で前に走った。背後で巨大な質量が落下したようなズドンという音。あの距離を移動したなら、逃げられはしないと判断して振り返る。

 

 それは、両腕が羽になっている女性だった。それだけならハーピーとでも言えるが、下半身は蛇になっており、身体中に緑色の斑点模様がある。肌の色はキツいピンク色であり、目は真っ黒に青のメラニン系個体を思わせる色だった。

 エキドナだ。野種のエキドナである。その名称こそ思い出せないが、姿は完全にエキドナだ。

 

「うふふ……この世界の人間も酷く脆いわね。でも、数が多くて、世界を支配している。なんでかしらね。気になるわ」

 

 ザラザラとした音だ。正気が削られるような声に身震いする。

 背負った新田さんは、顔を真っ青にして、ボソボソと何かを繰り返し呟いている。発狂してやがるぜ。

 ポケットからスマホを取り出す。エキドナ程度なら、ウィードでも勝てるだろう。レベル一なので少々キツイだろうが、レア度がある。

 

「『コール』ウィード」

「グルルアアア!!!」

「へえ、あんた召喚士なのね。この世界にもいるのか」

 

 エキドナは少し驚いていた。だが、腕を羽ばたかせると、ニヤリと蛇の舌を出して笑った。

 

「そんな平和ボケした様子じゃ、私の敵じゃないわね!」

 

 エキドナの突進にウィードが腕を交差して受け止める。しかし、ウィードはそこから反撃に繋げない。受け止めたまま、距離を取ったエキドナの方を鼻で笑う。

 

「雑魚か。好きなだけ吠えるといい」

「チッ、舐めんじゃないよ!」

 

 やはり、ゲーム通り【龍種覚醒】があるようだ。あの調子だと、負けはしないだろうが、エキドナが俺達を狙った場合、守ってもらえるのか不安が残る。

 

「ふん! 他の人を忘れてんじゃないわよ! 『コール』!」

 

 静かだった里香が大きな声で存在感を示す。新手の出現に振り向いたエキドナだが、里香は携帯も構えずに叫んでいただけだった。

 

「いっけええええ!!!」

「ファイアー!」

 

 隙を作ったエキドナに、召喚をしていた樹の従魔、ピクシーが魔法をぶつける。顔面を焼かれたエキドナは吹き飛び、地面に打ち付けられた。

 

「ウィード!」

「グルルル!!」

 

 動かないウィードの尻を蹴る。驚いて飛び上がったウィードだが、こちらを強く睨みつけながらもエキドナへ跳躍撃を放った。やはり、ウィードはギリギリで一割未満のダメージを受けていたようだ。

 地面が陥没する程の攻撃を受けて、エキドナは光の玉となって天へと登って行った。

 

「よっしゃああ!」

「やった! 勝てた!」

「ぐるるああああ!!!」

「痛ってぇー!」

 

 四者四様の戦闘後の動きだ。ウィードは俺に噛み付いてきて、たまらず叫んだ。それによって我に返った里香が声をあげた。

 

「やばい! 早く避難するわよ!」

「そ、そうだった! 急げ急げ!」

「ウィード、ありがとな! あと尻蹴ってごめん!『リコール』」

「グルルルルル」

 

 唸るウィードを戻し、スマホの電源を落とす。俺達は大急ぎで高台へと避難した。

 

 高台の向こう。街が、海に飲まれていた。黒い海だ。様々な物を飲み込み、流していく。

 

「すげぇ……」

「これ……大丈夫なのかな。震災復興って時間かかるよね。それに、あのモンスターでしょ? もう、訳わかんないよ」

「……全部、流されちゃえ」

 

 樹はただ自然の猛威に呆然とし、新田さんは未来を憂う。里香は、過去の出来事もあるのだろう。拗ねた表情で、呟いていた。しかし、それは本音ではないだろう。複雑な気持ちのまま、素直になれない部分が表に出ただけだ。

 

「これから、どうするかね」

「えっと、とりあえず新田先輩の足の怪我治せる方法探すべきでしょ? 生存者は、助けないのも手だと思う。私達学生だし、こういう時にこそ、悪いことする奴らはいるんだもん」

「食料飲み物、あとは安全な雨風を凌げる場所かな。狙われにくい場所も探さないとだな」

 

 里香と話を進める。樹は少し休ませるべきだろうし、新田さんも落ち着かせるべきだ。思い入れの薄い俺や、複雑な分頭が冴えている里香で、この後の行動を決めていく。

 津波が引くまで、大人しくしていよう。休めるうちに休んでおくのも重要だと結論付けて、新田さんと樹を宥めて、交代で眠りに付いた。

 

 生き残るための戦いが、始まる。




イズムパラフィリア運営です。この度は、学生版イズムパラフィリアを閲覧していただきありがとうございます。本作品は原田樹が男子校に通っていないという矛盾が発生したため、次話の投稿をすることなく凍結することにいたしました。大変申し訳ありません。お詫びとして、イズムパラフィリアのアプリを所持している方に、星四従魔【学生版世界のエキドナ】を配布いたします。


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総プレイヤー人口(お気にいり登録者数)100人突破記念『空想エンドロール』

早産です(未熟児)


「ゲームでもしようか」

 

 ある日のこと、宿に勇者達と俺達召喚士を集めたスリープさんが提案をしてくる。床に広げられた紙や手作り感漂う駒を見て、新田さんやら勇者達女の子が首を傾げる。古いゲーム等も色々知っている俺だけは、このゲームがなんなのか分かっていた。

 

「TRPGっすか?」

「流石にルールブックないからオリジナルだけどね」

 

 TRPG、日本語で言うとテーブルトークロールプレイングゲーム。紙とペン、サイコロや駒を使って遊ぶアナログなゲームである。一般の人がイメージするゲームの機械などは使わず、対話で進めていく想像力で楽しむゲームのことだ。ニッチなジャンルの中ではファンも多く、興味がある人だけでも数多くいる。いわゆる『アンティーク』なゲームの一つである。

 肩を竦めるスリープさんの正面に座る。どうしてこんな事をするのだろうかと気になり、他の困惑気味な人が座ってくる間に尋ねてみた。

 

「なんでまたこんなものを?」

「今日は雨で暇だし、赤ちゃんが言葉を覚える時って脳が結構高度な総当たりしてるってどこかで見たことあったんだよね」

 

 そう言って、頭に乗せているトラスちゃんをくすぐる。その手を軽くペチペチ叩いて甘えているトラスちゃんは無表情のままだ。スリープさんは雰囲気を察しているらしいけど、俺には出来ないので大体の仕草で判断している。少なくとも本気で嫌がってはいないだろう。

 

 その子赤ちゃんではないと思うんだけど。まあ、子育てしているってことなのかな。

 

「とりあえずもう少し言葉を使っている部分を見せようかなって思い、現在に至るのさ。おっと、これを気に懇親会でも開こうかなとも思ってたさ。嘘じゃないかもしれない」

「本気でそう思うならもう少し嘘臭くないしゃべり方してくださいよ」

 

 思い付いたように加える言葉に苦笑する。この人は本当に人と仲良くする気はないのだろう。それは、単純にわざわざ努力するべきではないと考えているのか、それとも価値を見出だしていないのか。

 スリープさんのやりたい事は理解した。言葉を使う遊びだし、言語に触れる。という側面から見れば間違いはないだろう。共通のルールやら言葉が指す意味まで理解できている前提が必要だが。

 まあ、そこはスリープさんに任せておこう。コミュニケーション自体俺達には少ないのだから、問題点を指摘してご破算にする必要はない。

 

 とりあえず、といった様子で全員が座った。テーブルトーク系を知らない人を代表してアヤナさんが手を上げた。

 

「何をするの?」

「そうだな……。キャラを自分で作り、場面に合わせた演技をする遊び?」

 

 そういえばダイス用意してないなスリープさん。マジで何するつもりなのだろうか。

 

「シナリオとか全く考えてないし、使えそうなものから引っ張ってきている。キャラクターの能力は統一させて……俺が勝手に作っておいたのがあるからそれを参考にしつつクリアを目指そうか」

「ダイスないっすよ」

「ん? ああ……これ使うよ」

 

 そう言って取り出したのは八面体の結晶。召喚石だった。表面に凹みや傷は見当たらない。

 変則的だなぁ。

 

「面で色が違うからそれで判断するよ。数字じゃなくて成功の可否だけ」

 

 幾つかのハウスルールの説明を加えつつ、スリープさんが準備を終える。

 

「あ、そうだ。アヤナだけは何も知らないし、特別にこれをあげよう」

「紙? これが何になるのよ」

「とりあえずゲームが始まったら読んでくれ」

 

 彼女だけが知らないとはどういうことだろう。新田さんも不思議そうに首を傾げている。

 トラスちゃんを肩から下ろし、胡座の上に抱き寄せたスリープさんが片頬を吊り上げる。

 

「それじゃあ、始めましょうか。シナリオのタイトルは、そうだね『TS学園p-z』とでもしようかな。今回は普通に恋愛してくれよ」

「ちょっ!?」

 

 まさかのシナリオである。目を見開く俺達に対し、スリープさんは深く安心させるように頷く。

 

「大丈夫。登場キャラとかそこら辺のデータは全部把握しているからね。ルーニープレイに対するペナルティもこれだと用意しやすいし、好きに遊んでくれ」

 

 そうじゃない。

 しかし、訂正を入れる前に、スリープさんがオープニングを語り始めた。

 学園に通う女の子の樹と、男達。いつもの日常に、転校生がやってくる。彼女の名前はクオリア。綺麗な黒髪の女の子だそうだ。

 

 根本から変わっているので、俺達も人物は知っていても何が起きるのかは分からない。スリープさんは上手く改変しているようだ。

 俺はクオリアがどういった存在だったのかを彼女の目で見ているので、何となく一部の展開は予想できてしまったが。

 

 個別の開始があるらしく、しばらくの間は待っているだけらしい。

 

 ちょうど空いた時間だし、何気ない妄想をするのは結構好きだし。今まで忙しくて考えられなかったような事でも考えておこうか。

 

 それこそ、今やっているシナリオのように、平和な世界に戻れた時のような。

 

 俺達の物語の終わりのようなものを。

 

 

 

END No.5『日替わり彼女のパラフィリア』

 

「すみません、待たせたっすか?」

「……ん。待った」

 

 俺と同じ金髪に染めたショートボブのちんまい女の子が無表情に頷く。隣で手を繋いでいた金髪のトラスちゃんがいなかったら多分気付けなかった。

 

「……これから家族デートだというのに、樹は意識が足りない」

「いやー、マジですみません。スリープさん」

 

 そう、彼女はスリープさんだ。今の俺の結婚相手である。

 何があってこんなことになったのか。それは全く思い出せやしないが、それでも俺は彼女を選んだ。時期とか、きっかけとか、そういうのが特に思い出せなかったが、日常の積み重ねがあって、俺は気付いた時にはスリープさんが好きになっていたのだ。

 

「昨日……ハッスルし過ぎた?」

「…………うへへ!」

 

 付き合い始めた当初は皆ドン引きだった。それこそ、最初は男同士だったし。今ではスリープさんが従魔を召喚して女の子の身体になってしまったが、そうならなかったらどうなっていたのだろうかと戦慄する。それでも気持ちは変わらなかったと思うけどさ。

 でも、まあ。悪くはない選択だったと思う。今でもかつての旅の皆でたまに会って話をするのだから。俺があのメンバーの女の子の誰と付き合っても、人間関係にヒビが入ったと思う。

 だが、スリープさんは年齢とか本人の態度もあってか、距離が若干離れていたし、問題にはならなかった。召喚士だからなのか、本人の価値観なのか、最初こそ、皆驚いてはいたが、かなりあっさりと受け入れてくれたし。

 新田さんも、ずっと元の世界に戻る方法を探ってはいたが、最終的には諦めて従魔と一緒に過ごしている。案外女の子になったスリープさんと気が合うようで、俺のいないところでファッションの話やら色々しているらしい。

 

 そう、俺達は結局地球をあきらめた。元々戻る気のないスリープさんに、俺が合わせた形になる。勇者組も戻りたくない気持ちが大きかったようで、そうなると新田さんだけが戻りたいと思っていた人になるのだ。

 最初こそ新田さんは一人ででも戻る方法を模索していたが、スリープさんの誘導が無くなると同時に、どの町へ行ってもそれらしいストーリーは起きなくなったらしい。半年ほど、努力した後に、すっかり燃え尽きてしまったかのように、新田さんは隠居した。

 

 それ以降、俺は新田さんとほとんど話さなくなった。

 

 というか、俺が一番驚いたのは、スリープさんが女の子になって俺と恋人になってくれている事だ。実質ホモでは? と思っているのだが、気安いし話も合うし、スリープさんは割りと理想的な女の子だった。料理出来るわ度量があるわ。日替わりキャラチェンジ好感度マックス彼女スタイルは、日々に刺激と潤いを与えてくれて、俺はもうスリープさん無しでの生活が考えられないくらいドハマりしていた。今日は口数の少ない大人しめな女の子らしい。

 

 ふんふんとご機嫌な様子で鼻唄を歌うスリープさんを横目に見る。今日はデートなので、道中までは従魔がいない。

 目印となっていたトラスちゃんは、先ほどノーソさんに引き取られていった。その際に鋭く睨み付けられたが、害意は無いのでスリープさんも放置している。

 

 今でもスリープさんは従魔を愛していて、彼女達に囲まれて過ごしている。その中の一人に俺が加わったってだけなんだろう。

 でも、それでいい。それがいいのだ。

 トラスちゃんを一緒に育てながら、従魔の皆と仲良く囲まれて、明るく楽しく過ごせている。これ以上に無い平和な世界だと思えるんだ。

 

 まあ、スリープさんはゲームの世界を楽しむ気でいるので、ちょくちょく俺も旅に連れていかれるのだが。安全マージンこそ取っているらしいが、ギリギリまでスリープさんの従魔は助けてくれないので肝は冷えまくりだ。

 

「しっかし、なんで俺達結婚するに至ったんですかね? いや、俺はスリープさんのこと結構好きでしたけど、スリープさんがオッケーだす理由が分からなかったんすよね」

「……私に、男だ女だという固定観念は薄い。愛せない理由は無い」

 

 色々頓着しないのは知ってる。

 

「きっかけとかっすよ。スリープさん、人が好きなタイプじゃなかったと思いますし」

「…………」

 

 スリープさんはしばらく口に手を当てて考え込んでいたが、やがて首を横に振り「わかんない」と出した。

 

「でも」

「はい?」

「劇的な出会いとか、助けられたとか、そういうのじゃないから、付き合って、結婚までいったんじゃないかな」

 

 風にふわりと髪があがる。花の匂いが鼻腔を突き、少しだけ心臓が跳ねた。

 

「連綿と続く日常。そこで培ったものが、何気ない日常の幸せと価値になるんだよ」

「……そうっすね」

 

 始まりこそ、特別なものだったが。過ごした日々も、非日常の連続だったが。

 記憶に残らないような小さな幸せの積み重ねの先に、俺達の道があったのだろう。俺とスリープさんが過ごした日々のほとんどは、くだらないじゃれあいのようなものだった。

 その大切さを、この世界で見つけたんだ。

 

「ねえ、スリープさん。今日はどこにいくんすか?」

「…………ん。今日は山を越えた北に向かう。花畑を見に行く」

「へぇ、珍しい場所っすね。秘境ってやつですか?」

「実は昔トラスを捨てようとした場所でもある」

「えっ」

 

 時折現れる非人道的な一面にも、どこか受け入れられる気持ちになっている。

 怪物と主義と偏愛。これがまさしく俺のイズムパラフィリアであった。

 

 

 

「次の日目覚めると、プレイヤー達の姿が真逆の性別のものになっていた。この光景を見たあなた達はSANチェックです」

「…………うーん」

「あの……スリープさん。樹君の事は……?」

「こっちで適当に処理しておくから放っておいて」

 

 

 

END No.4『財閥令嬢の婚約者』

 

 電子機器の動く、微かな電気の通る音と、ファンが回る音がする。失われていた五感が、貧血から治る時のようなじんわりとした気持ち悪くこみ上がるえも知れない感覚のように戻っていく。

 いつだってこのフルダイブVRからの現実への復帰は慣れない。脳と記憶処理のあれやこれやで、企業用フルダイブマシーンは数世代前の夢を見せるような、自己の脳の処理で再現するものになっているのだ。これが最新型だともっとデカイ金属の箱に頭を挟んで機械の処理による仮想世界への没入が可能なのだが、いかんせんとんでもなく高い。ちょっとした大きい企業の資本金位はかかる。

 

「じゃ、定時なんで帰りまーす」

 

 頭にセットされた金属製のブレインインターフェースを取り外し、個別の席から起き上がる。荷物を手早くまとめて、帰宅の準備を整えた。

 

 返事の言葉はない。そりゃあそうだ。フルダイブ中は現実の五感などの機能は冬眠に近い状態にされている。動かず、消費を減らし、感覚を鈍くさせる。だからこそ収縮した血管がフルダイブから戻るときに膨張してあの気持ち悪い感覚になるのだから。

 

 彼等が眠る仕事用のデスク──当時は机にPCを置いてやっていたからそう言うらしい──をちらりと一瞥する。

 

 統一規格の肉体保護用の箱に並んで入り、身動ぎせずに眠る。箱からは有線は壁へと延びており、そこから会社のサーバーまで繋がっているのだ。

 その見た目の様子から、コフィンと俗称が付いているそれは、本当に死体を詰めているようにしか見えなかった。

 

 小さくため息をついて部屋を後にする。日照等の問題から、逆に一切の窓がなく、空気の通用穴しかない部屋には、健康の為に設置された疑似太陽光線を希釈し発する照明装置が取り付けられている。味気ない機能美に満ちた部屋は、確かに死体安置室と言われれば頷ける迫力があった。

 

 階段を降りる。エレベーターもあるが、運動も多少はしておいた方がいいので気紛れに非常階段を使って移動するのだ。この世界は、効率化を進める裏で、非効率的を好む傾向がある。

 

「……遅い!」

「す、すみません……定時であがったんすけど」

「定時ねぇ……」

 

 ビルの入り口で待っていた黒髪の美少女が、呆れた目で俺の背後を見上げた。つられて俺も見上げると、そこには日暮れの空に染め上げられるオレンジ色の立方体が建っていた。

 周囲には画一化された同じ建造物が立ち並ぶ。

 

「……ずいぶん非効率的だと思わない? 発達した通信技術と、場所を取らないで済むはずの電子没入装置。自宅さえあればそこから仕事が出来るのに、わざわざ出社してからダイブするなんて」

 

 黒髪の少女。北条院アヤナちゃんは、別の地球にいた財閥の令嬢だ。将来大企業を引っ張っていく人間から見れば、今の日本の在り方はとても非効率的で、ちぐはぐに見えるのだろう。

 

「それもそうっすね」

 

 SNSでも話題にされる部分だ。効率化と慣例、慣習。未だに日本は足りない土地を無駄に使ってリアル観光地だとか、歴史風習だとか、学校やら施設を作っている。

 企業がフルダイブ技術の導入を始めたのも、日本では最近のことだ。

 

「でも、それって凄い日本らしいじゃないすか」

 

 貧富や権力の差は開き続け、もはや覆すのは不可能であろう。そんな上に立つ人間はいつでも古く老いていて、新しいものを嫌いつづける。新しい価値観を受け入れられない。

 島国根性など、そんなものだ。

 

「ほら、こっち行きましょう。俺の学生時代から公園があるんすよ」

 

 遊具が一切無くなった、ただの空き地と化してしまった場所だが。

 公園だってそうだ。子供が場所を借り続けて、いつまでも新しい子供に返さないで独占し続けた場所。その子供が死ぬ頃には、新しい子供にとって魅力的な遊具は全部壊されていた。返さない子供の為にめちゃくちゃにされた場所。

 

 世界なんてこんなものだ。

 

 いつまでたっても会社は無くならないし、数時間かけて移動して、そこでわざわざ電子世界に潜って仕事。ちがう、そうじゃないなんて言い続けても、古臭い人間は変わりっこない。

 社会の自浄作用なんてありはしないのだ。

 

「それこそ、今までの形を全部ぶっ壊せる何かが無くちゃ、何も変わらないっすよ」

 

 元の世界に戻れた俺達は、自然と召喚士の力を失った。

 一番先に失ったのが新田さんで、その次に俺、里香ちゃんは暫くの間使えたが、自分の夢を叶えた時辺りから使えなくなっていた。

 

 スリープさんと、トラスちゃんはこの世界にはいない。俺達を地球へ送り届けた後、別れの挨拶も無しにさっさとどこかへ消えてしまった。

 

 残されたのはアヤナちゃんだけだ。彼女だけはこの地球とは、まったく別の地球に住んでいたらしく、ここへ送り届けられて目を白黒させていた。

 元から戻りたく無かったので好都合だったと言ってはいたが、それでも何も分からないこの世界で、彼女は一人寂しそうにしていた。

 

 だからだろうか、それが見過ごせなくて、手をさしのべてしまったのは。

 

 皆、元の生活に戻るのに必死だったのに、俺は自分を捨てて彼女をなんとかこの世界に馴染ませようとしたのだ。

 戸籍の用意、衣食住の用意、両親の説得、社会復帰。本当に色々なことをやった。俺の力だけでは足りず、どうしても親を頼ることにもなった。

 

 その結果、俺はアヤナちゃん……アヤナと同棲することになった。

 警察になって親孝行をしたかったが、異世界生活とアヤナへの支援の日々で俺は社会人ドロップアウト組になり、今や古臭い慣習に囚われたブラックな中小企業の一社員として働いている。

 

 それでも、俺は自分のしたことを後悔するつもりはない。隣で幸せそうにしてくれる彼女がいるのだから。

 

「……私ね、この世界をもっと良いものにしてやるわ」

 

 公園の中で、俺と向かいあって宣言するアヤナ。

 

「私がいた地球は、財閥があって、今よりも時代は送れていたけど、積極的に未来へ進もうとしていた。嫌な慣習もあったけどね」

 

 アヤナと里香ちゃんは、勇者となった日から、肉体的には成長していない。今でも勇者のシステムが残ったままらしく、時間が止まったままなのだ。

 詳しいことは、知っている人に聞けたら良かったのだが、それも出来ない。

 

 この世界に、スリープさんはいない。俺達が頼りにしていた大人は、どこにもいなかった。

 

「私、元の世界では、それが嫌で逃げたのよ。でも、もう逃げたりしない」

 

 そんな、外見こそ変わりないはずの彼女は大人びて見えた。精神は成熟して、今の大人達よりも、ずっと立派な人間に見えた。

 

「私のことを掬い上げてくれた人がいるんだもん。私の将来の旦那様が中小企業のうだつの上がらない男だなんて嫌だわ」

 

 天頂に指を指す。西の空に微かな光が見えるだけで、辺りは闇に包まれていた。

 

「古いものをぶっ壊してやるわ。北条院財閥をここでも作り上げるの。私は勇者よ? 異世界が太鼓判を押した地球最高の天才なんだから!」

 

 明るい未来を思わせるその有り様は、まさに勇者といった様子で。

 

 ──勇者って感じじゃないですかね?

 

 どこかから、少年の呪詛のような言葉が聞こえてきた。

 

 そういえば、俺もいつかの日に勇者だと宣告されたのだった。

 忘れていたものを思い出す。ニヤリと不敵に笑い、アヤナを抱き締めた。

 

「そうっすね! 俺達は一回世界を渡った人間っすからね! 今さら地球がなんぼのもんじゃいって感じっすよ!」

「良いじゃない! 今日からここで私達の新しい物語が始まるわ」

 

 資本金もなんの仕事をするかも決めたしね。と準備の良さを呟くアヤナ。俺のような一時の感情に突き動かされた訳じゃないらしい。少し気恥ずかしくて頬を掻く。

 

「ヒイナにも既に話しは通してるのよ! 早く帰るわよ、今日から脱サラしてこの国をひっくり返す大財閥になるんだから」

 

 子供みたいにはしゃいで駆けるアヤナ。俺も彼女の後を笑って追いかける。

 

 しかし、まあ。心のどこかで思うこともあるのだ。

 

 世界最高峰の天才一人だけで、国をひっくり返すことは出来るのかと。

 

 それこそ、彼女がどうなっていくのかは、俺達の手にかかっている。そんな予感がしていた。

 

 

 

 

「邪魔するわよ……あーっ! やっぱりここにいたわね馬鹿弟子達! 魔法の練習を……って、なにやってるの?」

「遊戯演技? 興味あるならやってみる?」

「少しだけね」

「じゃあ丁度良いから樹少年のPCをあげるよ」

「……あれ、なんでベッドにいるの?」

「いきなりアヤナに抱き付こうとして殴り飛ばされた」

「ふーん……修行ばっかりで疲れたのかしら?」

「別に関係無いから気にしないでいいよ」

 

 

 

 

END No.3『男子大学生と天才ピアニスト』

 

「せーんぱいっ」

 

 講義後の騒がしい講堂へ甘えた声が響く、近くの人が俺や声の人物へと視線を送るが、そんなものを無視して少女が駆け寄ってくる。

 

「珍しいっすね。今日は何も無いんすか?」

「……可愛い後輩が来たんだからもうちょっといいリアクションが欲しいんだけど」

「そこまでノリ切れないんすよ」

 

 普段は外で講演会だったか演奏だったか知らないけどあちこちで引っ張りだこな里香には悪いけど、俺は大学生活をしているのだ。下手にはっちゃけて友達を失うのは痛い。

 

「ふーん……彼女と友達どっちが大事なの?」

「めっちゃ面倒くさい質問送ってきたっすね!? しかもこんな衆目の場で聞くんすか!?」

 

 どう答えても地獄が待っている質問に恐れ慄いていると、くすりと笑った里香が俺の頬を突いた。

 

「冗談だよ。さ、行きましょうセンパイ」

「へ? どこ行くんすか」

「久しぶりに今日一日全部空いてるのでデートにしましょ!」

 

 里香に引っ張られて講堂を後にする。その時に受けた視線からすると、俺のこの後の大学生活は絶望的なようだった。

 少なくとも、バカップルの謗りは免れないであろう。

 

 俺と里香は大学生になっていた。もちろん現実に戻って来れているし、新田さんも帰還している。

 俺達が目を覚ましたのは自宅の部屋の中だった。もう記憶に残ってはいないが、きっと転移する直前に居た場所だったのだろう。数ヶ月間もの間どこにもいないのに、ある日突然部屋の中にいた俺達は、共通の行方不明者として事件性を見出だされ、事情聴取を受けることになった。そこで、俺達はまた再会することが出来たのだ。

 しかし、その場にはスリープさんの姿もなく、また彼が言っていたゲームの世界の住民であるトラスちゃんとアヤナちゃんもいなかった。まあ、スリープさんの存在こそネット上で散見されていたのだが。住所も調べればあっさりと発見出来たし。

 だが、その家には誰もいなかった。身寄りも無いのか、人付き合いも無い彼は、俺達が調べに行くまで、その存在が地球上にいない事が明るみになっていなかったのだ。

 

 まあ、スリープさんへの心配はそこまでない。あの人は立派な大人だったし、ゲームの世界を好いていた。

 それよりも問題は俺達だった。数ヶ月間のブランクに、一時期インターネット新聞に載る程度には有名となった。社会復帰のリハビリ生活で、いつしか俺達は、異世界へ転移した日常の事をすっかり過去のものにしてしまっていた。

 召喚能力を失ったことに気付いたのもかなり後になってからだ。正確にはいつ使えなくなったのかすら不明だが、生活に余裕が出来て、三人でオフ会を開いた時には、みんな召喚能力を失っていた。別れを告げる事も出来ないままに、俺達の経験は夢のように証拠を失っていたのだ。

 今でも、時折あの日々を忘れないようにと三人でオフ会を開いている。新田さんは行方不明後から積極性と自立精神が養われ、今では海外の貧困地域でボランティア活動や、紛争地域の問題解決に奔走している。

 

 俺と里香は付き合うことになった。きっかけは分からない。俺がクオリアの一件でスリープさんとずっと不仲のままになり、それから徐々に彼女と仲良くなっていったと、今になって予想できる程度だ。

 そんな里香もまた、俺と同じ大学に入ったものの、ネット上で自分の夢だという音楽活動に精を出して、いまではデビューすらしてしまった新人アーティストになっている。

 

 俺は、未だに夢を決められていなかった。とりあえず、あの日の経験を大事にしたくて、警察になる夢よりも、教員免許の取得に向けて勉強をする日々を送っている。

 

「……で、なんで国際空港なんすか?」

「ピアノがあるから!」

 

 音楽大好きっ子な里香とのデートは、基本的にお忍びだとか関係無しに音楽漬けになる。普段は時間がないからカラオケとかに行くのだが、今日は珍しく空港というチョイスをしてきた。

 

「来月コンサート開くから、その予行練習ってことで。さ、聴いてなさい!」

 

 俺を脇に立たせてピアノを弾き始める里香。彼女の音楽は場所の雰囲気に合わせたものらしく、世話しない人々の足をふと止めさせることもあれば、より焦燥感を募らせるようにもなる。

 空気感を掴むのが上手い。そんな印象だった。彼女のこの独特な雰囲気が俺は好きなのだと、そう惚れ直す。

 それくらい、隣でピアノに真剣な表情で向かい合う彼女の姿は、魅力的だった。

 

 スタンディングオベーションの中で一曲弾き終えた里香は、軽く一礼をすると、俺を携えてささっと空港を後にする。次に向かったのは映画館。

 

「フルダイブで見るのも楽しいけど、傍観者のような画面で見るのが好きなんだよね」

「あー、なんとなく分かるっす。あのアンティークっぽさがいいというか、味があるというか」

 

 互いに好みが近いのか、俺と里香のデートは互いに楽しめるものになる。今回選ばれた作品は、ファンタジー物であった。アニメ作品だが、一応原作を知らなくても楽しめるように作られているらしい。

 

「ほら、これ。懐かしくない? モンスターを召喚して旅をする学生の物語」

「あらすじだけ見るとそれっぽいっすね」

 

 なんとなく、期待感が沸き上がってくる。里香と手を繋いで見た映画は、まさしく青春と成長を題材にしたような感動ストーリーで、悩める学生達がすれ違い、支え合いながらモンスターを使役して、青少年の青臭い主張を交えて進んでいくストーリーだった。

 そこに胡散臭い大人の姿はない。勇者の姿もない。俺達が過ごした泥臭い日々なんかよりもずっと爽やかで、本音でぶつかり合って輝いて見えて。青春を全力で過ごしていた。

 里香の姿はもう視界に入っていなかった。彼女と一緒にデートをしているなんて意識もなく引き込まれていた。俺達の冒険と映画のストーリーを間違いあわせをするように比べて、現実味が無いな、と心の何処かで評価していた。

 

 そして、気付けば涙が流れていた。彼等の物語は、あくまでも学生達の青春ストーリーであり、感動もあるが泣けるほどではない。

 

 心の隙間にからっ風が吹き荒ぶような、荒涼とした心持ちで、涙が流れていた。

 俺達は望んだ現実に戻れていて、夢を追い掛けている真っ最中で、彼女もいて充実している。

 なのに、まさかとは思うが、後悔をしているのだろうか?

 怪我と命の危機、逃げるように街を転々として、時に罵り合い喧嘩してばかりの日常に。時折、憎しみは決して抱かない仲間とふざけ合う日々に。未練があるのだろうか?

 

 社会的に見れば、今の生活の方がいいだろうに。バカップル出来て、命の危機に脅かされない平話な日常を当たり前の顔をして享受できるのに。

 

「……ふふっ。映画、そんなに楽しかった?」

 

 VRよりも臨場感があり、むしろ現実のなかにいた。あの日常が。

 

「──本当に、楽しかったっすね…………」

 

 映画は、いつの間にかエンドロールを流していた。

 

 

 

「ううっ……」

「お? 今度は泣き出したぞ」

「マスター? 大丈夫?」

「うおおおっ! シーちゃん今までありがとうっすよ!」

「ひゃあ! …………えへへ。私もマスターのこと大好きだよ。私を召喚してくれてありがとうね」

「……不潔です」

「純愛だから清潔だと思うわ……」

 

 

 

END No.2『清楚で従順で控えめな女の子』

 

「やっと、戻ってこれた……ね」

「そうっすね……」

 

 激闘の末に広がる世界。感動にうち震える俺達の前には、いつも待ち焦がれていた光景が広がっていた。

 どこまでも広がる青空、規則正しく立ち並ぶ白亜の塔。

 

 俺達の知る地球に、やっと帰れたのだ。

 

「なーに感動しちゃってんの。まだ帰ってきたばかりでしょ? 問題はこれからだから」

 

 俺達の間に割り込むように顔を出した里香ちゃんがジト目で睨む。「イチャイチャしちゃって……」と呟かれた言葉に、少し気恥ずかしくなり、柊菜と繋いだ手を離そうとした。

 

「ダメ、だよ?」

 

 少し不安そうな笑顔を浮かべながら手をしっかりと掴んでくる。

 里香は離れそうにない俺達を見てため息をついたあとに体を起こして離れていく。

 

「まあ、なんでもいいから、地球に戻れたことだし、とっとと付き合っちゃいなさいよ」

 

 その台詞に柊菜の顔がボンッと真っ赤に染まる。俺も気恥ずかしくて首裏を掻いた。

 新田さん、いや。柊菜とは付き合ってはいなかった。特に明確に言葉にした関係ではなかった。今の今までなあなあにして過ごしてきていたのである。それでも柊菜と親密な関係でいられたのは、あの日がきっかけだったのだろう。

 

 全てはほんの少しの歯車の違いだった。あの日、転移した最初の日にスリープさんに毒を吐いて飛び出した柊菜を追い掛けた。その時に目の前で彼女が連れ去られていくのを見かけたのだ。

 必死で助けに行った。怪我もしたし、俺なんかが助けに行ったせいで逆にピンチになってしまったりした。結局、最終的にスリープさんが助けに来てくれて、それでようやく解決することになった。

 

 しかし、あの日がきっかけになり、柊菜は俺に心を許したのだろう。少しづつ寄りかかるようにして、彼女は俺を頼るようになった。

 依存している。という状況に限りなく近い状態であったが、それでも時には支えてもらったりなんとか助け合いながら、これまでの世界を生き抜いてきた。

 言葉にすることはなかったけど、まあ、そういう事だって経験したし、俺は風俗とかを経験したりせず、柊菜とそういった関係を持っている。

 まあ、言わなくとも付き合っている関係だとは思う。柊菜が男女間のあれやこれやにトラウマを持っているという事実があり、それで一悶着あったのだが、それもまあ俺限定で解決している。

 

「はぁ……スリープもアヤナもいなくなっちゃったし、私はこれで一人ぼっちよ」

「ま、まあ……仕方ないんじゃないかな……? アヤナちゃんは、その、ゲーム世界のキャラなんだし、スリープさんも、ゲームの世界に居続けることを選んだんだし……」

「私も残ってれば良かったかなぁ……」

 

 本気で思っていはいないだろうけど、ぼやく里香はなんとなく寂しげだった。

 まあ、俺は柊菜のメンタルケアとかスリープさんとの折衝にかかりきりで、勇者組とはそこまで仲良くしてなかったしな。里香と仲が良かった人は、皆この世界にはいないわけだし。

 

「はーああ、とっとと付き合いなよ。これから自分達の生活に戻るんだし、毎日顔を合わせられるとは思えないし」

 

 里香の忠告にハッと意識が戻る。

 

 あいまいに流していた関係だけど、いまここではっきりと伝えておくべきだろう。

 

「新田さん……いや。柊菜ちゃん! 俺、今まで言葉にして伝えたことは無かったけど、柊菜ちゃんのこと好きです! これから、日本で、地球で一緒に生きていきませんか!」

 

 俺自身女性と付き合う経験が皆無に等しいか、告白するような文化で過ごさなかったので、かなりめちゃくちゃな告白になってしまった気がする。

 

 しかし、それに少し涙を滲ませて、そっと手を握り返してくれた柊菜の笑顔は、まさに花が開いたと形容するに相応しい。素敵なものだった。

 

 

 

「新田さんのメンタルケア……」

「原田君の中の私って、どんなイメージなんでしょうか……?」

「言葉通りの意味でしょ。今手首切った」

「メンヘラキてるわね……」

「きゅうりはほぼ水。ところでこの世界にきゅうりなんてあるの?」

「あるわよきゅうりくらいっ! 緑種の召喚士が作るブランドの野菜でしょ?」

「現地には無いってことね……」

 

 

 

END No.1『???』

 

 これからの未来。




イズムパラフィリア運営です。この度は特別イベントの読了ありがとうございます。今回は早産につき一部書かなかった部分の解説等を説明していきます。なお、今話は読まなくても問題無いようになるべく伏線や情報を排斥しておりますので、読み飛ばして大丈夫です。

END No.5
バッドエンドです。ついでに一番あり得ないエンディングです。このためにBLタグの追加をしました。後で利用します。
一応、樹の満足度で言えば最高峰のエンディングではあります。が、今後のストーリーの一切を放棄しますので、全体的にバッドエンドになっております。一応唯一全員がいるエンディングです。

END No.4
バッドエンドです。樹の満足度で言えば最低ですし、未来が不穏なまま終わっています。このエンディングも通常ではあり得ないルートです。存在しないのはスリープのみ。
なお、都合上ここでどうしても現代側の描写が入っております。一応樹の妄想上での日本ではありますので、覚えていなくても問題ないです。
アヤナの場合樹達の日本へ行くと、彼女が抱える問題の全てが解決しますが、天涯孤独になります。彼女目線で言えばノーマルエンドです。

END No3
バッドエンドです。一番筆がノった所。里香とアヤナは基本的に本編でもほとんど情報を出さないまま進んでおり、閑話やイベントを読まないと出ていない情報があります。今後キャラの掘り下げを行うべきだと今回の話を書いて実感いたしましたので、何処かでここに出た二人の情報が書かれると思います。詳しい内容はそこで。
樹の心情では、かなりイズムパラフィリアの世界を好んでおり、無意識の内で冒険に心惹かれています。それが明確になった場面です。対する里香は、基本的に現代に戻れれば大抵どの世界線でも自分の夢を叶えているので、作中随一の勝利者です。

END No.2
グッドエンドかトゥルーエンドです。この作品は主に(流石にネタバレが過ぎたので検閲されました。
柊菜はTRPGで言えばSAN値がめちゃくちゃ低い子です。トラウマ持ちで、幼少期に誘拐され、そこから精神や価値観が歪んだ所に異世界へと連れて行かれて、アイデンティティー形成期にとんでもない経験を積まされる作中一の悲劇のヒロインです。大人は頼れず、同年代の子もなんか軽い。そんな時に従魔が現れたものですから一気に依存しています。それが樹に変わっただけのエンディング。ですがそれが一番良いエンドです。将来的に見て。
樹や里香、アヤナの方がとんでもないんです。一応、彼らは彼らで複数回死んだり、かなり痛い目にあったり、胃を痛めながら生活したりしてますが。
柊菜はスリープ目線では悪い子っぽく書かれていますが、彼女の視点からすれば、スリープこそ最大の悪になります。全てはコミュニケーションを最低限しか取らないスリープが悪いです。その結果がメンバーの好感度に大きく出ています。
なお、スリープはスリープで後でいろんな目に遭うので……。
一応、運営の想定シナリオでは、柊菜を上手く助けるのが一番良いエンディングになると思います。彼女は主人公の一人でありヒロインなので。
短いのは、二人がクリア後の世界ではなくクリア直前の各種ヒロインのエンディングの中にいるからです(技量不足)

END No1
イズムパラフィリア本編に続く!


なお、今回のイベントによる配布はありません。


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クリスマスイベント【地球に降りた従魔】

こんにちは! イズムパラフィリア運営です! 今回はクリスマスイベント【地球に降りた従魔】を開催いたします。
今回のイベントはクリアすることで星八機種【プログラム・イブ】がガチャで登場するようになります。


 カーテンを閉めきった暗い部屋。無機質なフローリングの床とファンの回る音がする大きなパソコンの筐体。ガラス張りのテーブルの上には、ただ白い画面を写し続けるモニターディスプレイと少し型の古い黒のスマートフォン。そして、メタリックなフレームに分厚くスモークガラスのかかったゴーグルが置いてあった。

 

 そして、それ以外はその部屋には何も無かった。クローゼットやベッド等も無く、ただパソコンを動かすための部屋として、存在していた。

 生活感は一切無い。機能だけを残した部屋に、二つの息遣いがある。

 

「大地の化身たる私を呼ぶか……」

「おぉ……」

 

 一つはこの現代日本に相応しい装いの男。もう一人の幼女を見つめて唖然としている。

 

「【地龍ウィード】大地の力、貴様如きに使いこなせると思うなよ……」

 

 もう一人は幼くも浮世離れをした恐ろしいまでの美貌を持つ女の子。しかし、顔つきは人のものに近いが、その歯と目が人間のものではなかった。

 首から下にいたっては人外そのもの。蜥蜴を思わせる白い腹部。緑色の鱗や甲殻が纏わり付き、隙間無く身体を覆っている。

 

 人外コスプレかっこガチ。と言えば半分ほどの人間なら通じる姿の幼女へとフラフラと手を手を伸ばす男。その手はパシリと叩き落とされた。

 幼女の腰から生える尻尾によって。

 

「グルル……気安く触るな」

「本物じゃん。キタコレ!」

 

 不快そうに顔を顰めるウィード。興奮する男。

 

「俺、いつ……スリープってプレイヤーネームなんだよね! よろしく!」

 

 この日、男の、スリープの元へかつて愛したゲームのキャラが現実にやってきた。

 

・・・・・

 

 マンションの契約を切り、PCをタワーからノートに切り替え、ハードディスクの中身をクラウドに保存した上で叩き割って、スマホとカードと通帳だけで旅に出ることにした。

 最初に購入したのはバイク。サイドカー付きのものを用意して、ウィードの目立つ格好をヘルメット等で誤魔化しながら、俺は世界を巡り石と従魔を集める方法を模索することにした。

 

 元々会社等には入っていない。ブログと作った3Dモデルとプログラムだけで日々の生活をやっていたフリーランスだ。専門はAR。ソシャゲ時代に配布された従魔のデータをゴーグルに投影して惰性で毎日を生きていたが、ある日突然、PCからウィードがやってきた。

 

 その日から俺の目標は全従魔をコンプリートすることになった。

 

 最初は石の入手方法の確立だった。とりあえず現代でいうクエストにあたりそうな日雇いのバイトを幾つかこなし、石が手に入らなかったので打ち切る。

 

「なあウィード。お前どうやって日本に来たんだよ?」

「グルル……知らん。ただ、強く呼ばれた気がして、気付いたらここに来ていたんだ。ゲートを通った記憶もない」

「そっか。それじゃあ、今日もモーションデータ取らせてよね」

「グル……」

 

 拡張現実に映る数々の従魔達。イズムパラフィリアが運営終了した時に、モーションデータや3Dデータこそ配布されたが、動かす為のプログラムや、素体構成上の干渉点など、色々問題はあった。それらを違和感を持たれず納得のいく程度に形を整え作り上げたのが今までの俺だった。そこまでしてでも、もう一度あの従魔達に会いたかった。

 

 しかし、現在はウィードがいる。別に好きだった従魔でもないが、本物が確実に一体いるのだ。これから増える予定の従魔達を、情けで元プレイヤー達にデータだけでも渡そうと思い(商品の為の広告でもある)今はこうしてウィードから仕草のデータを一つ一つ取っているのだ。AIに関しては既に完成品が世界中に出回っているので、それを利用してウィードと同じAIの作成をしている。

 お陰で、他の従魔達を拡張現実で動かすと、まあ偽物だな。としか思えない動きをするのに、ウィードだけはリアルと同じように動くようになってきている。

 

 仕事が石の入手に関係ないと分かったら、次はウィードから石を入手する方法を模索することにした。好感度イベントは確実にイズムパラフィリアでもあったクエストだし、初回ならば石が貰えたはずなので。

 

 ウィードを連れて世界中を巡った。今ではグローバル化も人間の管理形態も確実なものとなっており、国境を越える為にパスポートの入手など不必要になってきている。一応、それはまだ全世界で可能という訳ではないのだが、安全で平和な国の日本からの旅行なら、西洋やら欧米辺りなら問題なく渡航出来るのだ。

 

 もちろん好感度稼ぎが主目的なので、思い付く限りの方法を確かめる。美食巡りやら、観光やら、現地で適当なパフォーマンスをしてみたり、色々やった。

 

 ウィードも俺に慣れてきたのか、触れようとしても嫌がらなくなったし、好奇心が旺盛なのか、あちこちを見回しては袖を引っ張り興奮するなど、ウィードからの接触も増えてきた。とはいえ、従魔は従魔らしく、他の人間とはろくに会話も何もしないが。

 

「人間の建造物というのは凄いな。見映えばかりで実用性は大して無いものばかり残っている」

「権威とかそういうのの象徴だったり、歴史だからね」

「グルル……外敵がいないと不思議な発展をするんだな」

 

 海外を回ってウィードとあれこれ会話しながら旅を楽しんだ後は、日本に戻ってきた。安心度的な意味合いで言えば確実に日本が一番だと言える。島国であり銃がなくても大丈夫な人間性が培われているからだろうか。

 まあ、外れ者には多少排他的な島国根性もあるので、ウィードを連れて歩くなら、人のいない自然の中が多くなった。地龍というだけあって、俺でも歩きやすいように木々が避けてくれる様子を見た時は、ウィードが従魔でありこの世の存在とは違う部分を思い知ったものだ。

 

 既に限界集落が進み廃村廃町となった地域に二人で彷徨き、川で水を掛け合ったり、焚き火で捕まえたヤマメやイワナを焼いて食べたり、澄んだ人工灯の無い中で二人空を見上げたり。ゲームの話をしたりした。

 

「ウィード」

「……なんだ?」

「帰りたい。って思ったことはない?」

「別に」

 

 俺はウィードの召喚された目的であった龍の姿になることを達成させている。ゴロツキが現れたりはしないし、好感度イベントが進んだのに、石は手に入らなかった。

 なんとなく、この時からはもう石の入手を諦めていた。ウィードも召喚したわけではなく、PCのディスプレイがぶっこわれるのと引き換えにやってきていたようなものだし、なんとなく、ウィードは俺の従魔でもなければ、俺が召喚士だという訳でもないのを、薄々感じていた。

 

 だから、ウィードが帰りたいと思うのなら、そのまま帰って貰っても良かった。本音でいえば嫌だ。あまり使わなかった従魔であるが、彼女は俺が求めた従魔でもあるのだし、彼女がいるお陰で、俺は今この日本を生きているようなものなのだから。

 

 今度こそ、従魔のいない世界に戻ってしまえば、俺は自殺をするだろう。

 

 生きることに気力なんて元から無かった。俺の主義であり思想の根幹を成す力の、暴力への信仰は、今の世の中では誰でも訓練すれば使える平均的な外部暴力装置という武器が台頭し、一個人の出る幕などない。

 

 スーパーマンなんてどこにもいないし、超能力者もいなければ、世界中を敵に回す悪もいやしない。

 空虚でただダラダラと生きていただけだ。全ての人間、生命は人間の産み出した機械や科学の元に平等で無価値。社会に作られたルールの上で賢く運良く生きれる者だけが得をする世界。

 

 嫌な宗教に囲まれて生きれる訳も無かった。ただ、誰もが信じているから価値があるという、他人に依存して生きる不気味な人間とどうしても合わなくて、引きこもりになり、暴力を求め焦がれ続けて、主義を通すのに暴力を使う世界(ゲーム)に出会った。

 

 ゲームは好きだ。暴力的で、キャラクターに主張があって、思想があって、綺麗に見えるから。

 

 だからこそ、本物を見つけてしまえば、きっと俺は元に戻ることが出来ないだろう。見えた光を追い求め、されど届かず、絶望の内に自死を選ぶだろう。

 

「私は元々落ちこぼれだった。龍になれず、成長を見捨てられた子供だ。ならば、こうして別の世界に行っていようが誰も気にしないだろう。私もまだ戻りたいとは思えないしな」

「そっか……」

「しょせん人間の一生を共に生きる程度だ。私達龍にとっては暇潰しにもならん」

「……産まれて五年もしないくせに」

 

 俺の事が分かっていたのかもしれない。元々、俺達は似たような存在だった。龍として成長することが出来ず、親に見捨てられたウィードと、世界が歪に見えて仕方がない俺。互いに元の世界に居場所は無かった。

 

 ただ、ウィードはその日から俺と同じ寝袋で眠るようになったし、俺も俺でウィードを半身のように思い始めていた。

 

 それからは、従魔と共に生きる覚悟を持った。今までの俺は、従魔と一緒に生活こそしていたが、共に生きてはいなかった。レベルを一度も稼いだことは無かった。人や獣を殺せば稼げるだろうが、それをして、ウィードの正体が露見することを恐れていた。

 

 だが、俺はそれでも覚悟を決めたのだ。目の敵にされないよう、犯罪者で凶悪な者だけを狙い撃ちにして狩り、人として社会に生きる事を放棄した。ウィードがいれば、一応水と食料に問題は無かったし、住居も、日本中を巡って見つけていた廃村にいくらでもあった。その多くは蛇が住み着いていたりするのだが。希に人間もいる。

 

 俺はネット上に顔バレしているし、ウィードはゲームキャラであったので、わりと簡単に俺達の正体はバレた。それでも、警察こそ追いかけてくるが、自衛隊は出てこないし、逃げるのは容易だった。明らかに人外であり、既存生命体の範疇を越えたウィードが珍しいためか、殺しにまでは来なかったし、なんなら政府から命令があったのか、警察が交渉にまでやってきたことがある。

 とはいえ、俺は既にウィードと好きに生きていく事を決めているので、今さら組織所属になることはなかった。

 

 旅の途中で、元プレイヤーというハンチング帽の男達無課金プレイヤーと仲良くなったり、男子高校生達にネットに晒されたこともあった。最近の子供達はどうにもスれているようで、斜に構えてこっちを馬鹿にしてきた。泣きそうな憧れているような目をした金髪の少年が印象的だった。

 

 ウィードを狙うどこぞの組織とやりあう事もあったし、異世界からの侵略者と蔑まれたこともある。所詮は他人の戯れ言だと無視して俺達は自分の思う通りにやった。社会を捨てた個人は、守る物が少なくていい。それだけ自由に動けて、強いのだから。

 

 ウィードと社会を捨てて生きる道を選んだ後は、俺の思うような日々を送った。安全で管理された世界から逃れて、暴力だけが身を守る唯一の手段となった世界。サバイバル生活は決して楽とは言えなかったが、求めていた世界がそこにはあった。

 

 なんのしがらみも無い生活は本当に楽しく、時間をあっという間に過ぎ去らせていった。

 

 他の従魔は手に入らなかったけど、ゴーグルを掛ければ完成したウィードがそこにいる。それを外してもウィードは隣にいるわけだが。

 

 いつしか、俺達を追い掛ける存在はいなくなっていた。世界規模で活躍する大企業がウィードを研究しようと、兵隊を差し向けてきて、それを排除した時辺りから、誰も干渉しなくなった。

 

 ウィードもいつしか、限界突破をして、幼女の姿から、俺の胸程もある背丈の女性へと成長していた。

 

 あれだけの人間や動物を倒して二回しか成長しなかったのか。とは思うが、こんなものだろう。

 

「ウィード」

「グルル……なんだ?」

「この世界は楽しいな」

「……今さら気付いたのか? だとしたら、私の相棒も目が節穴だったんだろう」

「そういうなよ。それに──楽しかったのは、お前と一緒にいたからだよ。きっと」

 

 アスファルトの道を歩く。周囲に人気はない。それもそうだ。一人の技術者が、AIと手を組んで人間を皆VRの中に閉じ込めたというのだから。

 

 白亜の塔を背後に立つ女性がいる。彼女が今回の事件の首謀者なのだろう。

 

「…………こんにちは。スリープさん」

「やあ、はじめまして。君が今回の首謀者でいいのかな?」

「はい。全ては私がやったことです。人類の永遠の存続と、不幸をこの世から無くすため。スリープさんとウィードさんも人間社会では生きられなかったでしょう? これからは皆平和に仲良く暮らせますよ」

 

 女性が笑う。自分の行いに正しさを感じている人の笑みだ。

 ウィードの肩を抱く。ウィードはウィードで俺の腰に尻尾を巻き付けてきた。

 

「悪いね。元々俺達は人間社会に馴染もうとしてないし、生きるつもりもないんだ」

「……そうですか。残念です。でも、私の計画は全員を同時にVRに入れる事なんです。時期のズレで不平等を発生させない為にも」

 

 女性が手を上げると、白亜の塔から、空から、地面から、大量の機械が現れた。

 

「人類の更なる進化には、機械が必要なんです。疲弊した地球を元に戻して、再び人類の文明を再興させるには必要なことなんです」

「ふーん。それなら俺達個人レベルは放っておけばいいんじゃない?」

「信用できないので」

 

 拒絶の笑みで言い切る女性。彼女は一人でここまでやってきたのだろう。人間味はそこに一切無かった。

 

「俺達は二人で生きたいんだよ。邪魔をするなら止めさせて貰うまでだ。最近は本当に邪魔ばっかりだったからね。機械を差し向けてきてさ。放っておいてくれればいいのに」

「あなた方の強さは把握してますから。計画の邪魔をされないように、それでいて目的を達成する為にも、こうするつもりだったんです」

 

 一人の少女型の機械が女性に並ぶ。

 女性は笑みを薄めて目を開いた。そこにあったのは、絶望と諦観に彩られた亡者の瞳だ。

 

「自己紹介が送れました。私は新田柊菜。この世界の平和と平等を願うただの技術者です」




ウィードの裏設定を話します。
ドラゴンは産まれてすぐに龍の姿になる練習をします。野生の草食動物が産まれてすぐに立ち上がるのと同じような感じです。しかし、龍の姿になれなかったウィードは、その時点で地龍の家族から見捨てられた存在になっています。
それでも血を啜り泥を食い何とか一年程度生き延びたウィードは、生きる力と家族に認めて貰う為に召喚士の手を借りてでも龍の姿になろうとします。
好感度イベントは、ウィードの抱える問題の解決(シェイプシフトによる龍化)その後彼女の足りないものを埋める作業(親の愛情を受けずに育った為に、赤ちゃんプレイをする)という感じに推移していきます。家族に混じりたいが故に彼女は特に野生の龍としての意識が高いです。
なお、ウィードには恋するドラゴンが無いため、赤ちゃんプレイ以外にいちゃラブみたいな展開はないです

ネタバレ注意
イズムパラフィリアでのラスボスはいつだって柊菜ちゃんです


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それはソシャゲの世界で
1話 終末の洞窟


 こんにちは、イズムパラフィリア公式運営です。本日はイズムパラフィリアにおけるアップデート内容を説明します。
変更内容
 星六死種【アビスの暴剣エンドロッカス】→星五死種【アビスの暴剣エンドロッカス】

 星六死種【アビスの暴剣エンドロッカス】の弱体化が決定しました。これ以降の文章では運営の記憶上エンドロッカスのレアリティを星五で想定し記述していた為のミスです。星五だとどこかで明記したようなしなかったような記憶があるので、随時修正パッチを当てていきます。ちなみに元々彼の強さは星六想定でしたが、弱体化されております。
 なお、現在発覚している【】と『』の表記揺れも随時修正をしていきます。この度はプレイヤーの皆様へのご迷惑をおかけしまして、大変申し訳ありませんでした。
 これによる詫び石の配布はありません。
2020/2/12(水)

一部相応しくないであろうタグの編集を行いました。(該当:ダークファンタジー)
2020/11/12(木)

一部不足している文章の追記を行いました。今後の内容には多少影響があります。
2021/10/14(木)

タグ編集、またエンディング及び設定変更に伴い、内容を大幅に変更しました。一部読者様から指摘された、似ている作品の描写を変更しました。大筋は変わってはおりません。既読の方は無視しても問題ないです。
2022/9/8(木)


 子供の頃に見た綺麗な光景を今でも覚えている。

 

 胸を打つ轟音。燃え上がる炎。肌に迫る圧倒的なエネルギーが内側から幾つも溢れかえっていく。生まれては消えていく早送りのような力の流れ。

 

 形こそ違えど、その身にかつての光景と同じものを秘めた存在と、俺は手を組むことにした。

 

 それが、例えそれ以外の全てを失うことになったとしても。

 

 

 

 

 気付けば、俺は地面の上で眠っていた。

 

 起き上がるとそこには、石造りの台座と魔法陣があった。

 幻のように、周囲は光の幕が揺らめいている。

 

 地球にいた人間としては、日常的に見ることがない場所とものである。しかし、ソレが何であるのかを、俺は知っていた。

 全て俺がかつて愛してやまなかったソシャゲの世界そのものであるのだから。

 

 プレイヤーがゲーム最初に訪れる空間。【終末の洞窟】だ。

 チュートリアルで、主人公が最初にいる場所が、ここなのだ。声に導かれて、操作を学ぶチュートリアル空間である。

 

 夢かと思い頬を抓る。しかし、痛みは帰って来なかった。思い出したが、この空間はゲームでいう夢の中だ。

 かつて愛したゲームの世界に迷い込んだかもしれなくて、つい設定を忘れてしまっていた。

 

「ん、あれ……?」

「ここは……」

 

 ふと、背後から声がした。振り返ると、二人の学生服に身を包んだ子供がいる。

 男子高校生の方は、髪を金色に染めた不良っぽい感じのイケメン君だ。

 女子高生の方は、ショートボブの美少女である。

 

 この二人を見つけた途端に、俺の血圧がやおら上がっていくのを感じた。

 夢では無い。俺は二人を見てそう悟ったのだ。

 

 ぶっちゃけソシャゲの中で日本のガキンチョなんざ見たくもないからだ。

 

 興奮を隠し、二人に近付く。子供でも同郷の者。もしかしたら同じ元プレイヤーなのかもしれない。友好的にいこう。

 

「ヒッ……誰ですか……」

 

 野郎に話しかけたくなかったので女子高生に近付いたら怯えられた。庇うようにイケメン君が前に出る。

 

「あ、あんたがこんな所に連れてきた奴か?」

 

 どうにも二人は現状を理解出来ていないらしい。判断が遅い。

 子供を相手にするのは嫌だと嫌悪感を押さえつけて、怖がらせないように笑顔を作る。

 

「安心してくれ。俺は君たちがここに何故いるのかを理解していないが、ここは何処なのかを理解している」

 

 すると、二人の表情が非常に胡散臭いものを見るものに変わった。言い回しが駄目だったかな。

 警戒レベルが上がった様子の二人を見て、信頼を得る事を諦める。相手にするのも面倒なので、二人のなにか言いたげな視線を無視して自己紹介する。本名を明かそうかと口を開きかけた所で、思い直す。

 

「俺は……そうだな。スリープとでも呼んでくれ」

「スリープ……?」

 

 自分のプレイヤー名を出して反応を見る。どうやら動画やまとめサイトすら見ていない素人のようだ。

 自慢じゃないが、俺はこのゲームで一番有名なプレイヤーであった。配信業もしていたので、自主的に調べられるプレイヤーなら知っているだろう。

 とはいえ、ソシャゲ自体が既にオワコンの時代であり、サービスも終了していたのだから、知られていないのも無理はない。

 むしろ、ソシャゲのデータを使ったARシミュレーター製作者としてのほうが、今では知られているかもしれない。

 

 とりあえず危害を加えて来ないのを理解したのか、少女がイケメン君の背中から出てくる。

 

「あの……ここは何処ですか?」

「【終末の洞窟】の夢の中。わかりやすく言えばゲームの中だよ」

 

 最大の特徴が洞窟の癖に揺らいで遠くに見える壁と、青い光を放つ足元。安全地帯である事を示すように区切られた光の幕である。どう見ても地球ではなかった。

 

「ゲーム……?」

「まあ、ソシャゲっていう奴だよ。見れば分かる」

 

 現実で着ていた服のポケットを探る。三つあった硬質な感触の物体を取り出した。

 虹色の八面体水晶。【召喚石】である。正式名称は『星三以上確定召喚石』だ。この後二度と出てこないので覚える必要はなかったり。

 

 召喚石と名はついているが、ゲームではこれで召喚以外のこともする。課金石無課金石問わずに、レベルアップアイテムとの交換とかコンティニューとか様々だ。

 

 ちなみに、なぜ星三以上確定なのかというと、このゲーム、当初のレアリティは星五が上限だったのだ。アプデに次ぐアプデで最終的に星十六までに上がっていたが、とりあえず第一部完結までは星五が上限だった。

 

 その名残りを残す、後発に優しくない石を使ってリセマラするのがソシャゲの楽しみだ。

 

 どんなゲームでも、最初はワクワクするものだ。右も左も分からないが、オープニングムービーに期待で胸が溢れ、最初の街で感動のままうろついたりする。ギャルゲーとかほのぼの系統のゲームではそんなことないかもしれないが、ファンタジーならそうだと思う。

 

 そんな心持ちで手のひらに納めた召喚石を頭上に投げる。俺は初心者。なんの知識もない無自覚ラッキーマンだ。

 

 いやー、本当はもっと弱いっていうか、ゲームとして歯ごたえのある仲間が最初だと楽しいんだけどなー(ブンッ)*1

 

「『召喚』!」

 

 ぶっちゃけ味気無いセリフだが、こういう所は手抜きなのだ。恨むなら制作会社を恨め。無いけど。

 投げた三つの石が砕け、周囲が光の奔流で満ちる。薄暗い洞窟が白に埋め尽くされていく。

 光が収まると、俺の目の前に一人の幼女が立っていた。

 

「子供?」

「おぉー!」

 

 感動しているのはイケメン君である。

 それに対して、俺の心は鎮まっていた。

 初手の召喚としては悪くない結果だ。だけど欲しいキャラじゃなかった。期待値よりは高い。けど理想値よりは低い。みたいな。

 憚らずに言うなら使わないゴミである。

 

「大地の化身たる私を呼ぶか……」

 

 幼女が喋る。服のような緑色のなにかから繋がっている尻尾がビタンと地面に叩き付けられる。

 

「【地龍ウィード】大地の力、貴様如きに使いこなせると思うなよ……」

 

 星十【地龍ウィード】である。

 リセマラできないかなぁ……。最初から龍種は使いにくい。リセマラガチャで出せる最高レアリティなのは良い。確率的にも能力的にもこのランクが出ればストップして良いレベルだから。

 

 ゲーマーに分かりやすく言うなら、最強クラスに強いけど、デメリットがある存在だ。ポケモンで言うならレジギガス*2とかケッキング*3

 

 まあいいや。と気を取り直して振り返る。この光景を目にした子供達の反応は顕著だった。

 

「すげぇ! かっけぇ!」

「ゲームの世界、ですか。信じられないです……」

 

 興奮状態のイケメン君に対し、少女は青白い顔をしている。目の前の出来事に対して、受け入れられないようだ。

 

「まあ、これが一夜の夢だと思うんでもなんでもいいよ」

 

 俺はゲームの世界に入れたのだと想定して行動するのみだ。例え同郷だとしても、足を引っ張る奴相手に優しくするつもりも介護をする気もない。

 そんな様子が見て取れたのだろう。少女は僅かに俯き、すぐに決心した様子で顔をあげた。

 

「大丈夫です……。信じて動けます」

 

 決断が早いのはいいと思う。

 

「おそらく君達もこれが出来るはずだよ。虹色の八面体の結晶を探してね」

 

 ポケットを漁るとすぐに発見できたようだ。ちなみに、お互い手荷物等を一切持っていない事を確認している。

 これから俺は二人が爆死するのを祈ることになる。毒にも薬にもならない従魔を引いてくれ。最高レア一発引きとかしたらストレスで死ぬ。

 まあ、ゲーム上での設定が生きているのであれば、今この場で星十以上を引き当てる事は不可能なのだが。

 

 なお、召喚で呼び寄せた存在を従魔と呼ぶ。何を呼んでも従魔だ。人型の知的生物でもドラゴンでも従魔と呼ぶ。

 

「『召喚』! 良いのこい!」

 

 先にイケメン君が召喚石を投げ上げた。

 見なくても確信出来た。これはレアなのは来ないと。

 トーシローがっ! 欲望丸出しとかセンサーに引っかかるだろ! そう叫びたくなるのを堪えて様子を眺める。光の奔流にイケメン君が飲み込まれた。

 外から見るとあんな感じなんだな。

 

 やがて光が消えると、そこには小さな妖精が飛んでいた。

 

 可愛らしいドレスには花が咲いており、小人のお姫様といったよう。

 星三、野種【花畑のピクシー】である。

 

「アナタがワタシのマスターね! 私ピクシー!」

「お、可愛いな! 女の子と仲良くするの中学以来だわ」

 

 イケメン君はお気に召した模様。

 ウィード。つまり雑草という名前の俺の従魔はというと。

 

「フン。初咲の花妖精じゃないか」

 

 腕を組んで見下している。まあ星十と星三ならね。育成前からどうしようもないステータスの差があるのは事実だ。ましてや龍と妖精なのだし。

 ちなみにウィードが言った意味は妖精の発生する設定の事だ。通常のピクシーは花が咲き花弁が初めて開くとそこから産まれてくるという設定がある。

 

 イケメン君が初召喚での友好を終えたところで、少女もやる気になったようだ。グッと胸の前で手を握り、緊張した様子でいる。

 

「『召喚』……」

 

 小さく呟くように言われて放られた召喚石は一個だった。当然反応せずにコツンと彼女の頭に降ってくる。

 妙な所でケチ臭いというか、初手でシステムの穴を狙ってくるとは。

 

 これで上手く行ったら、俺はふてくされた後に、デバック作業に入ることになっていた。

 

「言う必要無いと思ってたけど、召喚には一回につき石を三個消費するよ。それ以下の個数では召喚出来ない」

「そ、それを早く言ってくださいよぉ……」

 

 ゲーム慣れしていないのだろう。恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら少女が石を拾い直した。

 

 今度こそ三つ召喚石を投げる。

 

「し、『召喚』!」

 

 召喚演出が収まった先。俺はそこにいる存在に目を疑った。

 紅い幅広の剣を携えた小さな勇者。金の捻れた角が顔を覆い隠した悪魔らしき風貌。

 星五 死種【アビスの暴剣エンドロッカス】である。

 

「ヒッ……!」

 

 奥底から溢れる圧力に怯える少女。すると、エンドロッカスは剣をかかげて彼女へ忠誠を誓うように跪いた。

 

「あ、え……あり、がとう。ございます。えっと、エンドロッカス……?」

 

 拍子抜けしたような顔で彼女は立ち直った。

 召喚した従魔のステータスが刻みこまれたのだろうか? 教えるまでもなく彼女はエンドロッカスの名前を呼んだ。

 予想以上にゲームの時の設定に忠実だ。しかし、そうでもない部分も、あるのだろうか?

 

 そもそも、チュートリアルでは、謎の声に従って行動していく必要があるのだが、現状俺の脳裏にも耳にも、そんな声は聞こえてこない。

 もしかして、この少女が主人公なのか?

 

「ねえ、なんか女の人の声がきこえたりとかしない?」

「……いえ、私は聞こえないです」

「俺も聞こえないんですけど……お、脅かさないでくださいよ」

 

 二人とも聞こえないらしい。

 

 閑話休題。これ以上は考えても仕方のないことだ。

 

 新たに考えることとしては、第一部完結時点で俺はこのゲームを最初からやり直した事は無かった。だからこそ知らないのだが、今このタイミングでエンドロッカスが召喚できるということについてだ。

 

 というのも、エンドロッカスは第一部のラスボスなのである。そういった役割を持つキャラなので、レアリティの割にはかなり強い部類に入る従魔だ。

 もちろん、ラスボスとあるだけあって、ガチャのラインナップに並ぶのは第一部完結後になる。これの条件が、公式で第一部の終了後は未クリアでも引けるのか、それともプレイヤーがストーリーを第一部までクリアするという手順を踏む必要があるのかはわからない。しかし、現状ストーリーが始まってもいないであろう状況で引けたのだから、恐らくは前者なのだろう。

 

 後者のようなものは、リセマラ直後の課金無双対策として、一定の条件を満たさないと召喚できない従魔がいるというこのゲームの基本的な設定なのだ。

 ここら辺は、ガチャ規制法に関係することであり、ゲームバランスとかゲーム設定の崩壊を防ぐために今のソシャゲでは大体設けられている。まあ、見ての通りあってないようなものであるが。

 むしろ、この規制によって限定ガチャが違法になりうる可能性が出たことによる全ガチャ闇鍋化の方がソシャゲをオワコンにさせた原因である。

 

 

 ひとまず召喚は終わったようなので、これもオンラインゲームの醍醐味だと気にしないことにする。後発のガチャキャラでストーリーが矛盾したりあべこべになるのは仕方の無いことだ。

 

「従魔の召喚は終わったね。それじゃあとりあえずここを出ようか」

 

 まずはチュートリアルを終えなければならない。台座と魔法陣のあるここは安全地帯だが、そこから一歩でも出ると、すぐに危険な場所になる。

 

「準備はいいかい?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 イケメン君が止めに入った。もうここでやることなんてないと思うけど。

 

「これがどんなゲームの世界なのか、教えてくれないか?」

「それは歩きながらでも出来る話だね。とりあえず行くよ」

 

 今度は静止をさせないつもりでさっさと魔法陣の外に出る。すると、空気が冷え、肌が粟立ちおぞましさを感じるようになる。

 

 安全地帯と戦闘場所の区別だろうか?

 

「ちょちょちょーい!」

「待ってください……」

 

 勢いよく二人も飛び出してきたので、先へ進むことにした。

 戦闘チュートリアルとは言っても、マップ等の移動方法や、様々な情報が詰め込まれるだけだ。だけなのだが、どうにもウィンドウは表示されない。脳裏にマップも存在しない。もちろんシステム画面なんて開けない。

 

 今更歩き方を教えられる必要も無いだろうと気にしないことにする。仮想スティックを動かすとか言われても困るだけだし。

 

「ここはさっきも言った通り夢の中だよ。とりあえず痛みとかも無いし死ぬことも無い」

 

 ついでに召喚した従魔の最終スペックも把握出来る。

 

「力が……湧いてくる!」

「すごーい! シーちゃん最強!」

「…………」

 

 ウィード達が次々騒ぎ出す。

 ここでは、従魔に愛着を持たせる為に無双出来るようになっているのだ。具体的に言うと、ステータスが最大レベル最終強化済み状態になる。

 グラフィックに変化は無い。そこはお楽しみというやつだ。

 

 最終強化段階まで進んでいることで、ここの攻略が簡単になるという仕組みだ。

 

 まあ、同じスペックまで育ったとしても、現実のここの攻略はかなり難しいのだが。敵にも弱体化が入っているので。

 

 ちなみに、わざと負けるとその場で自動復活する。

 

「きゃぁぁぁ!!」

「うぇ!? キモッ!」

 

 四つ腕のトロールというモンスターが出てくる。召喚不可能な奴だが、割と印象に残るザコ敵だ。

 というのも、この後弱体化していないこいつに挑んで痛い目を見るまでがセットだからな。

 

「ウィード。やれ」

「フン……こんな奴相手などそこの二匹で十分だ」

 

 一番強いウィードをけしかけようとするも、ウィードは腕を組んで動かない。

 

 これが龍種の弱点である。【龍種覚醒】という戦闘開始時に一定時間経過か最大体力の一割以上のダメージを受けないと動かないアビリティである。

 これさえ無ければ龍種というのは最強のステータスを持つ強キャラになれるのだが……。

 

「戦闘は基本オートバトルだよ。こっちが適宜スキル使用命令を出したりするくらいで、他は放っておくだけ」

 

 とりあえずやってみて。と二人へ振り返る。

 トロールはこの間ものそのそとした動きで近付いてくる。

 

「このシーちゃんに敵うわけが無いよ!」

 

 ピクシーが突進する。後に続くようにエンドロッカスも前に出た。

 

 エンドロッカスは前衛だがピクシーは魔法タイプのステータスである。まあ、今はスキルが使えないので物理主体で攻めるしかないが。

 

 ピクシーがトロールの胴体を貫く。ゲームでは描写されなかったが肉片と血が飛んでいく。

 ダメージに怯んだトロールへ迫ったエンドロッカスが袈裟がけに剣を振るう。

 真っ二つになったトロールが倒れた。

 

 従魔の強さを理解した二人はすぐに怯えなくなった。イケメン君はファンタジー的な展開にずっと興奮して腕を振っている。グロ映像を見た少女は顔色が悪くなっていた。

 

「これから俺の物語が始まる感じ? それで悪い奴らを更生させんの!」

「アハハ……」

 

 彼らの会話は無視して突き進む。ウィードはあれから一切戦闘をせずに俺の隣を歩いている。

 俺たちの前をピクシーのシーちゃんとエンドロッカスのエー君が歩き、敵を蹴散らしていく。

 シーちゃんとかエー君はそれぞれの主が付けたニックネームである。俺もウィードをビーちゃんと呼ぶべきだろうか。ABCにちなんでな。

 

 洞窟の先。一等広い空間に出る。洞窟はここで終点である。

 

「ん? あれ、出口は?」

「ここは夢の中だって言っただろ。少し待ってなよ」

 

 首を傾げる二人と待っていると、上空から風を切る音が響いてきた。

 

「なっ! ななななな………」

「あ……」

 

 空を覆うかのような巨大な龍。青い半透明の体に幾つかの突出した水晶体。

 クリスタルドラゴンである。一部の無課金プレイヤーを引退に追い込む課金への登竜門的存在だ。

 チュートリアル以降でここを切り抜けたプレイヤーは、自ずと課金戦士になっていく。

 俺は既に課金していたのであっさりと攻略したが。

 

 恐怖のあまり放心している二人を庇うように従魔が立ちはだかる。その様子には先程まであった余裕が無い。

 エー君なら余裕で倒せるのだが……。

 

「ここは今までサボっていた分を返さなきゃだね。ウィード」

「わかっている!」

 

 声をかければ、今度こそ戦う気になってくれたようで。拳を構えた。

 

「洞窟に引きこもるトカゲ如きが……。私の上を飛ぶな!」

 

 苛立ちを含んだ声でウィードが吼える。クリスタルドラゴンはウィードを敵と認めた上で地上に降りてきた。

 まあ、クリスタルドラゴンはウィードの眷属にあたる存在だしね。

 

 幼女が飛ぶようにしてクリスタルドラゴンへ向かっていく。

 

 戦闘は、予想通り一瞬で終わったのだった。

*1
ガチャ前に当たりを出すための素振り。十連で欲しいキャラを当てたり、二体ピックアップで狙った方を出すために別のキャラが欲しいけどそっち出ちゃった。というような振り方をする。大体外れる

*2
種族値といういわばステータスが、特殊アイテムによる強化抜きで最強クラスだけど、5ターンの間攻撃力と素早さが半分になる

*3
伝説と特殊アイテムによる進化抜きで最強ステータスだけど2ターンに一度動けない



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2話 新緑の森

2021/10/14(木)
一部文章の編集。追記。


 気付けば森の中だった。なんかまた同じ始まり方な気がする。

 

「あれ? 洞窟は?」

「おはよーマスター!」

 

 イケメン君はピクシーに張り付かれ、少し戸惑っている。

 少女の方は寝起きに弱いのか、頭を振りながらもぼんやりとしている。

 

「無事に目が覚めたみたいだね」

 

 俺が声をかけると、二つの視線が集まった。

 

「夢……夢だけど夢じゃなかったのか」

「もう嫌ぁ……」

 

 どうやら実際に夢から覚めて五感のほとんどが強くなった事で、ここがゲームの中で、現実だということを理解したようだ。

 まあ、さっきまでいた場所は明晰夢のようなものだったのだと感じれるのだから仕方の無いことだ。

 

 ある程度、というかゲームでの流れはほぼ完璧に把握している俺は、さっさと次の行動に移したいのだが。

 

「とりあえず街を目指すけど、どうする?」

「あ、ついて、行きます……」

「俺も……」

「それじゃあ行こうか」

 

 洞窟の入口を後にして、森の中を進む。

 意気消沈したままで二人は付いてくる。おそらく日本の事とかを考えているのだろう。

 俺も残したものはあったが、そこまで気にはしていない。両親は既に他界してしまっているし、親族とも繋がりはない。友達と呼べる相手もいないし、仕事はしていなかったもので。

 

「ところで、二人はなんて名前なの?」

「あ、俺は原田樹です。スリープさんはなんて言うんですか?」

「私は、新田柊菜です……」

「そう。改めて自己紹介するけど、俺の事はスリープとでも呼んでくれ」

 

 地龍ウィードの先導について行くと、新緑の森を抜けた。少し遠くに踏み固めたような砂の道が出来ていたので、それに沿って進む。

 

 落ち込んでいた二人も、そこらをのんびりと歩く動物や、見たことも無いような自然を前に明るさを取り戻していた。

 

 辿り着いた場所は、煉瓦のような模様がある巨大な壁で囲われた街だった。

【資源都市ヴエルノーズ】である。恐らくほぼ全てのプレイヤーが最初に辿り着く街だ。

 ヴエルノーズ周辺は東が先程やってきた新緑の森があり、西は【カラサッサ平原】北には【キリタツ崖】という通れそうにない場所がある。一応フィールド扱いなので、後々行けるが、今は移動手段も確立していないので無理だろう。ちなみに南は海だ。

 東西を挟んで街があるから、それなりに通行の便は良い。

 関所的な役割もあるのだろう。早速俺達三人は入口の大門で止まっていた。

 

「従魔を連れている様子からするに、お前達は召喚士だろう? 召喚士ギルド証を提示してくれ」

 

 この発言に後ろで着いてきただけの二人がうろたえた。その様子を見て衛兵が眉間にシワを寄せる。

 

 面倒になる前にさっさと済ませるべきだろう。

 誰かが喋り出す前に声をかけた。

 

「俺達は召喚士ギルドが無い場所からやってきてね。後ろの二人は村から出ないで牧畜とかの手伝いをしていたお上りさんなんだ。ここへは出稼ぎに来ているんだ」

「そうか……一応傭兵として入れるが、さっさと召喚士ギルドに登録しろよ」

 

 衛兵が何かを用紙に書き込んで俺達を通す。大門をくぐればそこはファンタジーな街並みがあった。

 わかりやすく例えるなら、竜なクエストではなく、最後の幻想的な街並みだ。見たこともない生物がゴロゴロと荷車を引き、街は石畳で出来た外国のような綺麗さ。街を歩く人の服装はよく分からない宝石が付いていたり、ゆったりとした民族衣装みたいな服装だったり。

 剣を携えて歩く人、鎧を着た人なんかもいて、これでよく治安を維持出来るなぁといった世界観である。

 

 まあ、実際に治安は悪い。めちゃくちゃ悪い。

 

「すげぇ……異世界だ! ファンタジーだ!」

「綺麗…………」

 

 興奮している二人を引っ張って先へ進む。

 そこらを歩く人にギルドの位置を聞いて、早速召喚士ギルドへ向かうことにした。

 

 

 

 ギルドでの登録はあっさりと終わった。ネット小説とかによくある、絡んでくる輩はいなかった。

 まあ、最初の街だし、剣士ギルドも魔術師ギルドも教会もある大都市の施設で大暴れする輩は少ないだろう。

 

「我々召喚士ギルドは新たな召喚士がここに誕生したことを嬉しく思う」

 

 ゲームでも聞いたセリフと共に、召喚士である証のカードタグを渡される。

 これは自分の階級や身分を示すと同時に、生死の判定をする道具だ。再発行はされないが、無くすこともないらしい。

 

 とりあえず身分が保証された事でほっと一息をつく。これで下手をしなければ安心だ。

 

 さて、このゲームの世界に来てまだ一日も経っていない。この後どうするのかを伝えておくべきだろうか。

 

「それじゃあ、俺は続けてギルドの依頼を受けるから。じゃあね」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 休むなりなんなりやりたいことはあるだろうと離れる旨を伝えると、二人から引き止められた。

 やはり不親切だっただろうか。

 

「この後の流れはストーリークエストを進めるなり、フリークエストを受けるなり適当に過ごしていくといいよ」

「え……あの。もう少し、何か無いんですか?」

 

 何かとはなんだろうか。

 

「ゲームの時は宿に泊まっている設定だったけど、ここでも同じように泊まれると思うから。詳しいことは俺よりも現地の人に聞きなよ」

「あ、そういうことじゃ……なくて。ゲームの事、とか」

 

 ゲームの事を聞かれても、何を教えろというのか。

 そもそも、ゲームは説明するとしたらキリがない。世界観からエネミーの情報、従魔のステータスなど色々あるのだ。

 俺はネタバレされるのが嫌いなので、極力聞かれない限りはストーリー等については話すつもりは無い。

 そして、ゲームの初心者というのは、一々人に聞いてくる奴は大して強くならないものだ。優秀な奴は自力で調べて強くなる。

 まあ、ネットとか無いからこの世界にどれだけ情報があるかによるけど。

 俺は自分を善人と自称出来るような人間では無いと理解している。メリットの薄い相手に対し優しくするつもりは無い。

 

 とりあえず、手持ちのレア度十一以上完凸スキルマアビ全開放してから出直して来い。話はそれからだ。フレンド申請も、パーティーメンバーもとりあえずそれが出来ていたら考えてやる。

 

 と、言ったところで理解出来るとは思っていないので、嘆息しながら足を止める。

 

「とりあえずこのゲームは育成ゲーで課金ゲーだ。最低限、第一部シナリオは無課金でも攻略可能な難易度に設定されている。だから君達の初期キャラでも下手なサブクエに手を出さない限りは詰むことは無いよ。この街で気を付けるとしたら、地下に行かないこと。廃ビルに近寄らないこと。他には?」

「あ、えっと……。目的とかって、無いんですか?」

「ストーリークエストなら大陸にいる魔王の討伐。この街のサブクエは地下街に潜む勢力を倒すこと。サブクエは今のままだと絶対に勝てないから手を出さない。ストーリーを進めるつもりならこの街の責任者を探すといいよ。確か中央左手の青い扉の家がそう」

「…………ありがとう、ございます」

 

 非常に不服そうな顔で少女が身体を引いた。

 

「俺達はプレイヤーであっても主人公では無いかもしれないから、とりあえず何か自分でやりたい事とかを目標に動いた方がいいよ」

 

 無課金だと本当に綱渡りのストーリー攻略になる。敵の強さよりも、周囲の味方に助けられて戦うからだ。最終戦ではバフがかかってようやく魔王を倒せるようになる。

 魔王とほぼ同等のスペックを最終的に持つ死種のエンドロッカスなら、単騎では無理でも、回復役さえ手に入れば勝てるとは思うが。

 

 ピクシー? リセマラしなよ。この先の戦いについていけないぞ。どう足掻いても無課金勢のサブのサブヒーラーがいいとこだ。

 

「あのさ!」

 

 今度はイケメン君が引き止めてきた。俺は忙しいのだが。

 

「同郷なんだし、俺達何すればいいのかわかんないからさ、とりあえず付いていってもいいか?」

 

 ダメだよ。

 

 

 

 

 新緑の森。初心者向けの日差しが差し込める明るい森である。

 ここはゲームチュートリアル後、最初に訪れるフィールドだ。

 奥地には終末の洞窟がある崖や、魔王がいる滅びの大地が広がっている。

 まあ、今の段階で滅んでいるのかどうかは不明だが。滅ぶ前は小さな貴族の街がある。

 

 俺は、この初心者向けフィールド【新緑の森】にやってきていた。

 …………学生服に身を包んだ二人を連れて。

 

「ほら、さっさと行くよ」

「はい!」

 

 ちなみにこれは俺が受けたクエストだ。いつでも受けていいギルドが依頼を出しているクエストで、薬草を集めるのが目的だ。

 戦闘は極力行わないようにする。森も入り口のエリアから動くつもりは無い。なんでこんな事をしているかと言えば、彼らに手続きのやり方とか、細かい現実的になった部分を教えるためだ。

 

 そうでも無ければ召喚石も持たずに戦闘が発生するエリアには来ない。

 

「ウィード。とりあえず何かあった時の為に戦闘準備だけはしておいて」

「嫌」

 

 足元に佇む緑色の髪をした幼女へ声をかける。そっぽを向かれた。

 龍種はプライドが高い。それはフレーバーテキストだけではなく、実際にアビリティとして設定されていた。

【龍種覚醒】一定時間経過か、最大HPの一割以上のダメージを受けないと行動を開始しない完全なデメリットアビリティである。

 

 これがあるから龍種はステータスが最強でも使えない種族なのだ。デバフとバフ積まれて勝てなくなるのが龍種の弱点だ。

 初心者向けの新緑の森ならば、レアエネミーを引いても勝てるはずなので、極力リスクをかけずにさっさと終わらせるつもりで受けたのだ。

 

「薬草の場所はわかる?」

「…………あっち」

 

 とはいえ、龍種覚醒は戦闘アビリティである。基本的に大人しく従ってくれるのだった。

 

 しかし、フレーバーテキストだった地龍の設定も生きてるのか。

 

 今回のクエストはそれの確認でもあった。ゲームでは特に採集や探知系にアビリティが無いウィードだが、迷いのない案内や、薬草の位置を探す様子も見せずに教える様子から、ウィードの持つ設定は現実になっているものだと思われる。

 

 地龍の名前の通り、ウィードは大地を操る力があるのだ。それの範囲として、薬草の把握や街の位置を把握しているのだろう。

 

 これは良い収穫だった。

 ウィードが指さした先にある草を取っていく。根っこは取らずに葉の一部を貰う。これで良いだろう。少なくともアイテムアイコンはこんな感じだった。

 

「マスター! ヒイナ! こっちだよ!」

「あ、これか!」

「えっと、私も少し貰うね」

 

 本当についてきただけの二人を見ると、イケメン君とヒイナはピクシーの先導によって同じような薬草を発見していた。三人分入手したので報酬は山分けでいいだろう。

 

「集めたかい? それじゃあさっさと戻るよ」

「はーい! って待て待てーい!」

 

 イケメン君が元気よく手をあげて返事をしたら、返す手でこちらの胸を叩いた。ノリツッコミというやつか。

 イケメン君は軽い性格をしている。慣れてきたのか、口調も段々そんな感じになってきた。

 

「ここファンタジー! 俺達転移者! ここから始まる大冒険! 初回のクエストゴブリンキング! 倒して注目シルバーランク!」

「挑みたいなら行ってきていいよ」

 

 途中でラップっぽく言いやがって。あとこんな序盤からスライムだとかゴブリンみたいなモンスターは出ない。強いから。

 出るのは緑種だよ。レアエンカウントでも緑種しか出ない。

 

「そもそも何がしたいのさ。それなりに君達の事考えて街の外のクエスト受けたんだけど」

「あ、わりぃ」

「この手の手続きとかクエストの受け方とかは見せたでしょ? 次からは一人でやるんだよ」

「……そこだよそこ!」

 

 そう言ってイケメン君は肩を組もうとしてきたので腕を払う。

 一瞬だけ悲しそうな目をした。

 

「三人で突然異世界に転移したんだからさ、助け合いとかあるじゃんか! そりゃあスリープさんはこの世界がゲームだとかで前知識あるんだろうけどさ、俺達は右も左も分からないのよ!」

「別に街から離れる訳でもないし、ずっと一緒にいる必要は無いと思うよ」

「とりあえず一週間! 一週間だけお試しで付き合ってみない?」

 

 なんとノリの軽い誘いだろうか。そして押しが強い。これがリア充コミュニティか。こういう奴がいるから現代は穴兄弟竿姉妹ばっかりでぐるぐる循環してしまうのだ。

 そしてどこかの穴が金銭の為に開いて病気を持ってくる。パンデミックの始まりだ。

 

「そう言って肉体関係を迫って来るんでしょ!」

「いや迫らねぇよ!?」

 

 失礼。気付いたら自分が地味だけどよく見たら可愛い系女子だと思い込んでしまっていた。

 初心者相手には優しくするのがネトゲが長続きする秘訣だ。このゲームは無課金高レア一発引きが絶対にありえないゲームなので、そこら辺優しく出来る古参プレイヤーがいたものだ。

 

 まあ、そこまで人気があるゲームではなかったが。ガチャ法が作られ、ソシャゲが衰退した結果ユーザー数が減ったからな。それ以前に悪辣なソシャゲが良質なソシャゲを駆逐していったか。

 

 これもそんな最中で生き抜いたクソゲーオブクソゲーである。課金させるために手段を選ばなくなっている所が悪質だった。

 何をするにもまずは石が必要なのだ。石を持たねば始まらない。

 

 徐々に焦りが湧いてきた。一つも石を持っていない状態に体が震える。

 突然の震えに二人が驚きながら寄ってきた。

 

「だ、大丈夫か? なんかトラウマ刺激したなら謝る」

「体調悪いですか? 毒……とか? ここから離れた方がいいかな……」

 

 こんな見ず知らずの人が震え出して心配出来るのは珍しいと思う。稀有な精神と価値観だ。

 

「と、とりあえず早く帰ろうか。このままだと死にそうだ」

 

 

 

 

「これでクエスト完了だ。報酬は三千シルバ。受け取れ」

 

 ギルドに薬草を納品して、報酬を受け取る。シルバは単位だ。見た目は銀貨。

 初回クリア報酬が見当たらない。

 

「召喚石は?」

「んなもんあるか。あれは召喚士が呼び寄せるものだ。例え石を貰っても他人の召喚石じゃあ使えねぇよ」

 

 なんという事だ。それじゃあ危険を冒して外へ出た意味が無い。

 頭ガンガンと痛み、平衡感覚が無くなる。寒気が全身を這い廻り、吐き気までしてきた。

 

「スリープ!?」

「スリープさん!?」

 

 崩れ落ちた俺に二人が抱え上げる。貧血を起こしたように視界の上側から真っ暗になっていく。

 

「何か落としたぞ」

 

 ウィードが俺の服から落ちたらしい八面体の水晶を見せてくる。

 全力でそれを奪い取った。

 

「石だ! 召喚石だ!」

 

 もう離さない。これは俺の石である。頬擦りまでする俺を見て、学生二人は距離を取った。

 

「えぇ……依存症じゃんか」

「スリープさんってよく分からない人だね……」

 

 一つも石も持たない初心者に言われたくない。どうせすぐに石を持っていない事に怯えるだろう。



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3話 好感度不足

 往来で我を忘れた俺は少し気恥しい気持ちになりながら立ち上がった。

 重課金ユーザーが石一つで我を忘れるなんて恥ずかしいぜ。

 

 実際、現実では湯水の如くジャブジャブ金を使ってガチャを回していたのだ。とはいえ、一銭を笑う者は一銭に泣く。この感情の発露は正常なものなのだ。

 

 ひとまず心の安定剤を手に入れて落ち着いた俺は、距離をとり他人のふりをする二人へ歩み寄った。

 

「ごめん。少々取り乱した」

「少々ってレベルじゃ無かったけどぉ〜……」

「まあ、反応を見てくれれば分かる通り、この世界は召喚石が重要になってくる」

 

 召喚石と名前は付いているが、それの使用用途は多岐にわたる。言わずもがなの召喚に、リトライ、スタミナ回復、バトルポイント回復、アイテム変換、召喚コスト上限増加など、これでも一部だ。

 全ては石が無ければ始まらないし、石があれば逆に大抵の事は出来る。

 全てはガチャだけに規制が入った為だ。あらゆるコンテンツを快適にプレイする為には石の購入が必須になった。同時に、ソシャゲで必要な時間は課金さえすればほぼ簡略化されることにもなった。それはゲームの面白さを損ない、バランスを崩す原因にもなったが。

 

 召喚石を一気に得る手段は課金か、課金で入手出来るキャラを引く事だ。しかし、現状はどちらもできないと見ていいだろう。こうしてフリークエストをクリアすれば、初回報酬で石が入手出来るのを確認出来たのは大きい。

 一クエストに一つとはかなり総数が減りそうだが、ゲーム時代でもフリークエストはランダム生成だったので、恐らく大丈夫だろう。

 

 …………かなり制限をかけられるが、時間と手間さえ惜しまねば石を割らずとも大抵の事は出来るのだ。

 

「後は、自分達の目でこの世界を見て欲しい」

「そっすね。腹も減ってきたし飯にしましょ」

 

 チュートリアルを教えるNPCの気持ちで別れようとしたが、結局三人で昼食に向かった。

 

 治安の悪そうな酒場を避けて大通りに面したテラスで俺達は昼食を摂ることにした。

 ちなみに、使われていた言語は日本語である。そこら辺開発が手抜きをしたんだろう。

 サンドイッチを両手で持って食べているヒイナが首を傾げた。

 

「……スリープさんって一人が好きなんですか?」

「かなり好きだよ」

 

 というか人間とは肌が合わないのだ。元々俺自身が好きで人生ドロップアウト組に属する人間だし、思想も他の人と違うと感じているので、一緒にいるだけで疲れるのだ。

 愛されたいとかちやほやされたいという欲はある。が、同じ人間相手にそれを求める気は無い。どうせ相手も似たような欲求があるからだ。

 愛するなら従魔のような人外の存在だ。価値観も思想も違うし種族も違う。意思疎通は出来るが人間ほど面倒くさい訳でもない。

 

 隣の席に座るウィードを見る。彼女は素手で丸焼きの鶏肉にかじりついていた。

 ピクシーのシーちゃんは花の蜜を取ろうとして出された花の奥に全身を突っ込んでいる。

 人と同じようにフォークを使ってステーキを食べるエンドロッカスもいる。

 

「グルルゥ?」

「いや、可愛いなって」

「…………ぺっ」

 

 唾を吐きかけられた。顔にベチャリとくっつく。

 可愛くない奴め。好感度が足りてない。

 おっさん臭いが手拭きで顔を拭う。ウィードは鼻を鳴らして再び肉に挑みだした。

 

「……ロリコン」

 

 ヒイナの視線が険しいものになっている。飛び火を受けたくないのか、イケメン君は視線を泳がせて我関せずの姿勢だ。

 俺のフェチズムに年齢はあまり関係ない。外見に若さがあり可愛いのは大体好きだ。

 そして、それ以上に箱頭とか翼が生えているのが好きだった。

 人間の肉体は背中側が寂しいと思うんだよね。とは、自分の法則に気付いた時の感想だ。

 

 とにかく、グラフィックの発展が著しい昨今においては、リアルの女性などお呼びじゃなかった。

 VRゲームの登場によってネカマの需要が限りなく高まった時代における一般的な男性の意見だった。遂にはリア充イケメンすら流行に乗ってネカマに騙され、しかしネカマがありえないほど可愛いと感じているのだ。

 少子高齢化は止まらない。

 古い考えを持った人間が居なくなった結果、海外でも評価されているオタク文化は今や日本に残された数少ない誇りだった。それも失われつつあるが。

 オススメはシミュレーション。暴力表現も無い子供に見せてもいい親御さんもにっこりの作品だ。

 なお、理想と現実のギャップからくる現代社会への批判は大きい。

 

「批判は自由にどうぞ。そうやっていられるのも若い内までだ」

「別にスリープさんに好きになってもらわなくても困りません!」

「男の子ゎ女の子の裏事情に敏感なんだょ……?」

 

 行き過ぎた情報社会の弊害だ。女社会も根付いてきた事で会社内でも陰湿なイジメが問題になることもしばしば。現実は少女漫画よりも奇なり。

 特に悪目立ちしやすい世の中なので偏見を持たれることも多い。

 

「気持ち悪いです!」

 

 社会に出てない子供は強かった。俺の言葉をばっさりと一刀両断すると、席を立ってどこかへ行ってしまった。

 エンドロッカスもそれに続く。

 

「あ、待ってくれよ! 会計やっておきますんで! 後でギルドで会いましょう!」

 

 イケメン君も急いで彼女を追い掛けていった。

 

「雌に逃げられた。雄の恥」

「俺にはウィードがいるから人間のメスは今のところいらないかな。合わない人しかいないんだ」

「…………べー。龍が人間と番になるわけが無い」

 

 見上げてるのに見下した目でウィードが舌を出す。

 見てろよ。龍種の好感度クエストには一部従魔に『恋するドラゴン』のアビリティが付くストーリーがあるからな。

 ちなみにウィードにはない。幼女キャラの名折れめ。同じ属性龍でも風龍ブリーズを引きたかったぜ。

 

 

 

・・・・・

 

 新田柊菜は怪しい風体の男に苛立っていた。

 彼と出会ったのはつい先程の事だ。家で勉強をしようと机に向かっていたら、気付けば洞窟の中にいた。

 そして、自分と同じような目にあった人がいた事に最初は安堵した。それはあっという間に疑心に変わったが。

 

 スリープと名乗る怪しい男。最初は彼こそがここに自分達を拉致した人間かと思った。しかし、どうやらここは日本では無い場所だったので、違うのだろうと判断した。彼は自分達同様に日本人に見えたのでそう判断した。

 そして次に思ったのは、その男が原因でここに来てしまったのではないか、という疑問だった。スリープだけはどうやらこの世界を知っているので、なんとなく不思議とそう感じたからだ。

 それに対する答えはない。本人の言葉を信じるならば、違うのだろう。

 

 次に感じたのは、彼の不親切さだった。自分本位な人間であるらしく、足でまといの自分達を度々引き離そうとしている。

 同郷の人、ましてや子供を見知らぬ世界に放っておくその精神が知れなかった。柊菜の父は警部であり、それなりに裕福な家庭だった。諍い事など無い世界で育てられ、優しい真っ直ぐな少女として育った。

 学校も心配性な父によって、私立のお嬢様学校とも言えるような場所で生活を送ってきている。あまり自分の意志を表に出さない彼女の周囲には似たような人が集まっていった。

 全員が全員優しい人だとは思わない。しかし、彼女にとって自分の想定を超える非常識な人間というのを初めて知った。それがスリープだ。

 

 こちらを鬱陶しがる態度に遂には嫌気がさして、性犯罪者みたいな一面を見せたところで彼女の許容範囲を超えた。

 最後は捨て台詞を吐いて店から飛び出してしまったのだった。

 

「どうしよう…………」

 

 そうして飛び出して、すぐに彼女は後悔した。

 ここは異世界である。見栄え的には友人の一人が好んでいるネット小説に出ているような中世ヨーロッパ風ファンタジーというものではない。

 観光地として栄えていそうな石畳の街。まるで海外に来たような感じの見た目である。

 しかし、行き交う人や物等はここは異世界であると示していた。

 人よりも大きい謎の生き物が荷車を引き、網目のやや大きい服を着た人達が歩いていく。Tシャツを着ているような人間は誰一人としていない。

 そして、極めつけは武器を身に付けて歩く人だ。鎧も着ていたり、人相もそれなりに悪く、ガタイもいい。そんな人達が剣やこん棒などを持って道を歩いているのだ。

 

 凶器を持った人間。それは柊菜にとっていつ襲われても分からない恐怖の対象だった。

 彼女は物心ついた頃に、一度誘拐の憂き目にあっている。目的は金銭ではなく女の子をいたぶる事だった。

 貞操こそは幼さからか無事であったが、彼女の身体には消えない傷が今でも残っている。体が大きくなるに連れて、その傷も大きくなっており、彼女のトラウマとして心身共に深く刻まれていた。

 

 僅かながらに彼女の心を支えていた同郷の存在はここにはいない。誰もが場に合わない服装の自分を見ているような気がした。

 体が震える。刻みつけられた恐怖がフラッシュバックする。

 

 今にも悲鳴を上げる。そんな時、彼女は背中に温かさを感じた。

 

「え、エー君……」

 

 それは彼女が最初に異世界というものに触れた存在だった。金色の悪魔のように捻れた角と、紅色の剣を持つ人型の存在。暴剣のエンドロッカス。

 喋りこそしないが、彼は柊菜を心配しているようだった。人と変わらぬ手が、彼女の背中を支えていた。

 

 気付けば身体の震えは収まっていた。胸の奥でエンドロッカスとパスが繋がっているのを感じる。

 

「大丈夫……私は一人じゃない……」

 

 自分に言い聞かせるように呟いた言葉に、エー君はしっかりと頷いた。

 

「ありがとう……」

 

 彼女は自力で立った。背中を支えていた手は離れ、姫と騎士のようにエンドロッカスは距離を置きながらも傍にいた。

 

「おーい! 新田さーん。待ってくれーい!」

 

 道の向こうから声がする。それは柊菜と同年代の少しお調子者な少年の声だ。

 腕を大きく振って存在感を示しながら走り寄ってくる。彼の肩には薄ピンク色の光が止まっていた。彼、原田樹の従魔花畑のピクシーである。

 

 二人は既に仲が良い。出会った時から友好的だった。もう一人の怪しい男は幼女に嫌がられているというのに。

 顔面偏差値の差であろうか。

 仲良く話しながらこちらへ向かって走る一人と、その肩に乗る一匹を見て、柊菜は話が出来る従魔が欲しいと感じた。正しく言えば、エンドロッカスとも話がしてみたかった。

 

 彼女の従魔だけが話していない。そして一番人からかけ離れた姿をしていた。

 

 もしや彼が話しかけて来ないのは、人と違う姿を意識しているからだろうか。

 樹がこちらに来るまで、少し聞いてみようかとエンドロッカスを見る。

 ばっさり聞くのは不味いと判断して、直接的な話題は避けた。

 

「ねえ、エー君って喋れるの?」

「…………」

 

 その質問に、少しの間をおいてゆっくりと彼は頷いた。どうやら話せるみたいだ。

 

「じゃあ話してみてよ」

 

 すると、首を横に振られた。

 

「……話せない理由でもあるの?」

 

 これも否定。

 

「……今は話すことが出来ないの?」

 

 これには頷いた。

 そっか。と柊菜は俯いた。

 これからの目標というのが、見えた気がする。まずは彼と話を出来るようになる事だ。

 

 これでいて新田柊菜という少女は強い女だ。日本に帰るという発想は無く、いかにしてこの世界で生きていくかを考えている。

 一番精神的にキツいのは樹少年だ。それでいて大人しく一人だけの女の子へ気を遣っている。

 彼のテンションの高さは、不安を隠すものでもあった。

 

 それにしても、先程まで騒がしかった樹達はまだ来なかった。疑問に思い、正面に向き直る。

 

 すると、樹少年は肩パッドをしたいかにもなゴロツキに連れて行かれる最中であった。

 ピクシーも戸惑ったように彼の頭上で右往左往している。

 

 樹少年は必死で抵抗している。すると、肩パッドをしたゴロツキがどこからともなく現れて、あっという間に七人くらいに増えた。

 うろたえる樹少年。隙だらけの腹に強烈なパンチが入る。

 青白い顔を見せて少年はぐったりと肩パッドにもたれた。

 そして、瞬く間に彼は担ぎ上げられ連れ去られていった。

 

「…………大変!」

 

 目の前の突然の世紀末に呆然としていた柊菜は、助けを呼ぶべくその後を追い掛けた。



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4話 イケメン姫

誤字報告ありがとうございます。修正パッチをあてました。(2022/03/03)


 意図しない形で自由になれてしまった。

 まあ、後々ギルドで合流とか言ってたから問題無いだろう。学生服は非常に目立つし、探せば見つかるさ。

 

 さて、自由になったのだから行動を起こさないといけない。二人に続くように店を出た。一応確認したが、本当にイケメン君が支払いを全部したらしい。

 イケメンってのは気遣いが上手なんだな。

 

「早速だけど、まずは検証から始めようか。どこまでがゲームと同じで、どこから現実になっているのか確かめないといけないからね」

 

 その為にもウィードには手伝って貰わねばならない。

 

「行くよ」

「嫌だ」

 

 ウィードの手を引っ張って移動しようとしたら、すぐに腕を引き抜かれた。

 こいつ最初ってこんなに拒絶してたっけかなぁ? 龍種は基本使わなかったのでいまいち分からない。

 こちとらプレイヤーなので言う事を聞かせるのは可能だろうが、嫌われているままというのも面倒くさい。

 やっぱ風龍ブリーズが欲しかったわ。同じ龍種でもあっちは可愛いからな。

 

「うーん……じゃあ別のアプローチをするか」

 

 ウィードに示すのは肉料理専門店。

 

「色々知っている事を話してもらうよ」

 

 その為にも、まずは餌付けである。

 

 

 検証という程のものでは無かったが、幾つか得た情報があった。

 まず確認した事は、フレーバーテキストの現実化である。

 これは最初から懸念していた事で、かなり面倒くさい事になったと感じている。

 例えば、ゲームでは地龍ウィードのステータス構成とアビリティはタンク向けである。龍種特有の高ステータスでも、特にHPと防御に割振が多い。そして、彼女が持つ固有アビリティの一つ『雑草魂』は、現在HP減少割合に合わせ防御力の増加というこれまたタンク向けの能力を持つ。

 その分魔法系のステータスは伸びず、スキル習得も適性では無いとされている。

 

 それが、この世界での地龍ウィードはタンクに加えて、地属性の魔法系能力には才能があるのだ。

 詳しく言えば、魔法では無い。大地を司る龍とされるウィードがその力を行使した結果の魔法系効果というわけだ。ダメージ判定は恐らく物理だが。理外の法則という意味では魔法だ。

 ゲームでは魔力が低いので碌な魔法スキルを使えない。遠距離攻撃は苦手なのだ。

 それがこの世界では地面の隆起などの方法で遠くからでも攻撃が出来るのだ。

 ウィードの言い分では、同じレベルの力を持つ奴には通用しないとのことなので、戦闘では使ってもあまり効果は見受けられないということなのだろう。

 

 そして、フレーバーテキストとゲーム上の数値などの矛盾はどんな処理が入るか。

 例えば、ステータスは強いが、実際は肉体が脆いゾンビ系の従魔とかだ。

 そこら辺はフレーバーテキストが基本的に優先されるらしい。ウィードは物理ダメージの魔法が使えた。発動でMPを消費することも確認済みだ。

 つまりは、レア度よりもフレーバーテキストの内容を重視しておいた方がいいという事だ。状況と相性ではレア度を超える強さを持つだろう。

 まあ、実際に殴り合わせればほぼレア度が上の方が強いのだろうが。

 

 ついでに、召喚された従魔がゲーム世界と同じキャラなのかどうかの確認をしたのだが、これも同じと見てよさそうだ。

 ゲームの時は同じ従魔の同時使用は禁止されていた。ここも特に設定は無かったが、同様に出来ないと考えていいだろう。

 気になるのは、別パーティーでの従魔同時使用だが、そこまでは確認出来なかった。

 リミテッドクラスは召喚したもの勝ちだとは思うのだが……。それも召喚しなければ分からないだろう。

 

 これ以上はガチャを回してゆっくり調べていけばいい。当面の俺の目標である。

 出来れば死種の魔女系列を召喚したいものだ。彼女達が持つ知識は非常に有用なものばかりなのだから。

 

 と、時間がかかり過ぎたな。既に日が傾きかけている。ギルドへ向かうとしよう。

 

 俺は、頭にしがみついたウィードを連れて召喚士ギルドへ向かった。

 

「連れて行かれた?」

「ああ、目撃者が言うには変わった服装をしたピクシーの従魔を連れた男が東大通りの路地裏にある廃ビルへ運ばれていくのを見たらしい」

 

 ギルドに到着した俺に待っていたのは、受付をしていたおっさんだった。

 どうやらさっき入ったばかりの新人がトラブルに巻き込まれるのを見ていた人がいて、それの通報を行ったようだ。

 それにしては誰も助けに行っていないように見えるが、それは仕方がない事だろう。

 

 この世界に警察と呼べる組織はほとんどいない。治安維持をするにしても金がかかる。

 割とこのゲームの世界観は弱肉強食なのだ。強けりゃそれで許される。

 それがまかり通るのがこの世界だ。地球との違いは、個人が保有する力の差があまりにも大きいからだろう。

 地球で強いのは人間だ。動物を自在に操り命令させられる人はいないし、単純に人間の持つ文明武器の方が強い。銃等は力の上限が低く、個々に圧倒的な差が無い地球人だからこそ作られた、平均化された安定した兵器なのだろう。

 対し、この世界は違う。弱い奴は弱く、強い奴は山をも切り裂く。生身の人間でだ。

 

 だからこそ、この世界は全員が平等に生きられるようなルールは無い。強者が上に立ち、それに庇護を求めた人々が集まる。そうして自然と生きやすいように暗黙の了解は生まれる。同時に強者はそこで何をしても止められはしない。

 収容所が作られ、そこで強制労働されられていないだけまだマシな世界観である。弱者が集まった所で下克上が一切成立しないのに。

 と言っても最低限は守られるはずなのだが。健全なRPGゲームとして登録されているので。過度な暴力表現は無いはずなのだ。表向きは。

 

 俺の視線に気付いた受付のおっさんが頭を掻く。

 

「…………今回は同じギルドメンバーの問題だとわかった。個人の問題は個人で済ましてくれ」

 

 まあ、そんなもんだろう。組織のメンツがかかっている訳でもない。俺達が組織に貢献した訳でもない。

 知らないピクシー召喚士よりも、知っている強い召喚士の方が大事なのだろう。

 初従魔がピクシーは無いわ。緑種星三とか最弱スタートと言ってもいいレベルだよ。同じピクシー系でももうちょいレアなのを狙うべきだ。妖精女王なら星五だし攻略も楽になるだろうに。

 

「いいよ。そんなもん。とりあえずそのイケメン君が連れて行かれた場所を教えて貰おうかな。後はこっちで済ましておくから」

 

 要はこっちが強ければ何も問題は無いのだ。

 東大通りなら、この街のサブクエストにも関係しないので、脅威にはなり得ないだろう

 ゲーム設定が続いているなら、この世界の敵は星五以下で攻略可能なのだから。

 とはいえ、星五がいればゴリ押しで攻略出来るゲームでもないがな。星十のウィードを持っていようが、進化まで鍛えなければこの街のサブクエストで負ける。

 必要なのは、強力な従魔を複数用意出来る財力か自分のやりたい戦法を用意出来る財力だ。

 まあ、この世界では課金出来ないのでひたすら石を割るしかないだろう。

 

 

 

・・・・・

 

「おい、起きろ」

 

 拉致されたイケメン、原田樹は腹部への激痛によって目が覚めた。

 周囲は硬質だが弾性を感じる謎の素材で出来た床と壁で覆われている。薄暗い蛍光灯のようなものの明かりに照らされて、少なくとも十人は下らない人数がこの場にいた。

 

「ここは…………俺」

「大して金も持ってねぇじゃねえか。使えねぇな。慰謝料として、このアーティファクトは貰っておくぜ」

 

 樹を起こしたのは彼の目の前に座る男だった。ニヤニヤと笑いながら、彼のスマホやら財布やらを見せびらかしてくる。

 そこで、樹は自分が何故気絶していたかを思い出した。

 店から飛び出した新田柊菜を追いかけていた。人混みの向こうに彼女を見付けた樹は、存在に気付いて貰えるように大声を出して駆け寄ったのだ。

 その時、今目の前にいる男にぶつかってしまった。

 声を出して走る目立つ人間に対し、その存在に気付かないでぶつかるというのは有り得ないだろう。これは意図的に起こされたものだった。

 ぶつかり、怒鳴られ、殴られてここに連れてこられたようだ。服こそ無事であったが、彼の持ち物であるスマホと財布は奪われてしまっている。

 

 見ると、彼等は全員が召喚士では無いようだ。樹を拉致した男はトゲ付きの棒を持っているようだけの、従魔を持たないチンピラである。

 

 とはいえ、それは何の意味も持たない。むしろ、従魔よりも目の前の男を危険に思っていた。

 彼の従魔であるピクシーならば、レベル1でも人外相手の戦闘に慣れていない人間が数人集まった所で勝てはしない。

 しかし、その事実を樹は知らなかった。襲撃を受けた瞬間に、意地だけでピクシーを懐に隠し、待機させていた。

 彼の手のひらに収まるサイズの小さな少女を守ろうとしての事だった。

 主人の命令を受けて、シーちゃんは奇襲に備えて魔力を溜めている。いつでも飛び出して縦横無尽に暴れるつもりである。

 惜しむらくは、主人の知識不足だろう。夢で一度彼女の強さを見たにも関わらず、女の子は守る対象だと思っていた。

 

「な、何が目的だよ! こ、こんな事をしてタダで済むと思うなよ!」

 

 樹の口から出たのは平和呆けした日本人の言葉。現状を理解していない危機感の薄さの表れであった。

 彼の知る最大の脅威たる銃器が見当たらないのも、それに拍車をかけていたのだろう。不良の集まりに見えたのかもしれない。

 

「うるせぇ口だな。少しくらい黙ってろや」

 

 ガツンと、こん棒を一振り。樹の目の前に振り下ろされたそれは、床を抉った。

 破片が額にぶつかる。皮膚を傷付け、血が流れ始めた。

 

 ここにきてようやく樹は事を理解した。

 どことも知れない場所。味方などいない恐怖。理不尽な暴力。ここは日本ではない。警察に頼れるかどうかすら不明なのだ。

 ギルド証こそあるが、彼等を守っていた戸籍や日本国民であるという国籍に比べればあまりにも薄い。五分程度で入手出来た小さなタグ。税金すら払ってない自分は、福利厚生を得る権利はないのだと。

 彼を守るものは何も無い。それを叩きつけられたのだ。

 

「待って! 黙る! 黙ります! だから、殺さないでくれ!」

「うるせえって言っただろ!」

 

 自然に自分で身を守ろうと行動し始める。口から出た言葉は命乞いだった。

 その返事は蹴りだった。つま先に鉄板を入れているのだろう。皮で覆われていても鈍器で殴られたような衝撃が彼を襲った。

 唇が切れて血が滲む。前歯は折れ口内が叫びたくなるような痛みが彼を襲う。

 

 それでも叫ばなかったのは一重に殴られたくないが為だろう。

 樹の脳内では恐怖や理不尽に対する怒りがあった。

 

 なんで自分がこんな目に遭うのだろうか。どうして自分だったのか。そもそもなぜこんな世界に連れてこられたのか。

 

 自分が弱い悔しさやら何やらで涙が止まらない。理不尽な暴力や人の悪意が嫌で、しかしそれを跳ね返す勇気も力も無かった。

 丸くなって耐えるだけ。情けなさでいっぱいだった。

 

 不意に、彼の口の痛みが消えた。折れた歯も治っている。

 

「だいじょうぶ! 私はマスターの味方だよ!」

 

 樹にだけ聞こえるような小さな声で、励ましている。この世界で出会った小さな友達。

 自分よりも小さく、しかし力いっぱいに楽しそうに生きている愛らしい妖精。

 彼女の存在が、彼を奮い立たせた。

 今、周囲のゴロツキは情けなく丸まっている彼を嗤っている。

 

「なっさけねぇなぁ! かっこ悪いと思わないのかよ! まあ、所詮大声出して大通りを走るような田舎者だ。世の中の厳しさって奴を教えて貰えたな」

「やり返したきゃ、やり返していいぜ? 俺ら氷炎の人形団によ!」

 

 ダサいグループ名だった。どう足掻いても人形団は劇団にしか思えない。ましてやこんなチンピラとは、誰が思うのだろうか。

 気の抜けるような名前を聞いて、樹は自分の恐怖が和らいだ。脳内では必死に自分が勝てる方法をシュミレートしている。

 妄想の中では最強だ。間合いを詰めれば武器など恐れるものではない。

 やってやる。殴られた痛みを怒りに変え、彼は勢いよく飛びかかった。

 

「うおおおおお!」

「ハッ、ヒョロガリのガキがイキリやがった!」

 

 彼の動きは読み切られていた。武器は使わず、走り寄ってきた樹へ膝蹴りが入る。

 折れた上体を起こさせるように胸ぐらを掴まれる。樹の視線の先には、こちらへ大きく振りかぶった拳が見えていた。

 

「ファイアー!」

 

 その拳が振るわれることは無かった。

 胸ぐらを掴まれる事で開いた服の襟口からピクシーが飛び出す。

 そのまま主を攻撃しようとしていた男へ魔法を一発撃ち込んだ。

 至近距離での魔法を顔面に受け、一瞬で男の顔は黒焦げになった。熱で男の眼球は一瞬で白くなった。タンパク質が白くなる現象が人間で発生したのだ。

 男はもう生きてはいないだろう。

 

「ヘボイ!」

「ちくしょう、ヘボイがやられたぞ!」

「ガキがぶっ殺してやる!」

 

 一瞬で周囲が騒がしくなる。ナイフを構えたりと男達は樹から距離をとった。

 

「そこまでです! 原田君を返して下さい!」

「に、新田さん!? なんでここに……」

「原田君、無事!? 今助けるからね!」

 

 彼等の背後、部屋の両開きの扉から学生服に身を包んだ少女が現れる。彼女を守るように悪魔のような金色の捻れた角を持つ人型の従魔が、紅の剣を構えている。

 

「仲間が居たか」

「お、おい! 相手は召喚士だぞっ!」

「怯むんじゃねぇ! ヘボイが殺されてんのにここで引けるか! こっちだって召喚士には伝があんだ。俺達に楯突いた事を後悔させてやれ!」

「召喚士は本体が弱点だ。数で囲んで叩き潰せ!」

 

 ゴロツキ達が半々に別れて二人へ襲いかかった。大乱闘の開始である。

 

 スリープとウィードに、樹少年が拉致された事を報告した時の話である。



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5話 従魔の力

 この世界、第一部の世界『ファーストスタート』は、見た目は典型的な異世界ファンタジーである。

 典型的なというと、思い起こされるのは中世西洋とかの言葉かもしれない。しかし、ファーストスタートはかつて滅んだ古代文明がある半機械的文明の混ざったファンタジー世界である。どちらにせよ王道的ではあるだろう。

 説明が面倒だったのか描写が面倒だったのか、上下水道は完備されていたり、宿屋は中身が日本のホテルみたいな感じだったりと調べてみたらファンタジーもくそもないような状態だが、表向きはファンタジーである。

 地下にコンクリの街並みとかネオンライトがあろうと退廃的世界でもファンタジーである。

 

 世界観に一切触れないメインストーリーでは魔王を倒しに世界を巡る冒険譚が繰り広げられ、勇者やドラゴンが出てくる王道的ファンタジーな内容だ。

 そして、そのメインストーリーを攻略する分には、必要な戦力は星三以上の従魔が一体手持ちに居れば充分である。つまり無課金でも勝てるしそこまではプレイ出来る。

 そこに出てくる敵は全て魔王の信徒やら盗賊やらの人間が主体である。僅かにモンスターも出てくるが、この世界由来のモンスターである。在来種。

 では、世界観に触れられるサブクエスト、サブストーリーはどうなのかというと。

 攻略難易度は最低でも育成済み星五一体がいる前提、出てくる敵も多くが召喚士や魔法使い、剣士といった戦闘に長けた存在である。

 特に最初の街であるここ『資源都市ヴエルノーズ』では、サブクエストの難易度が第一部最強レベルの極悪であったりする。

 

「ぶっちゃけ早くここから出たいんだよね」

「私でも勝てないのか?」

 

 東大通りを走る俺を先行しているウィードが首を傾げる。

 ウィード単体で勝つにしても現在のままでは不可能である。進化をしていないとまず勝てないだろう。

 問題なのは従魔の強さではないのだ。戦いの上手さである。

 そういった意味では、ここヴエルノーズは無課金勢の天敵が出てくる場所でもある。ちょっとリセマラして良い感じの従魔と少しのゴミを持っていても勝つのは難しいレベルだ。

 唯一の救いは、最初の街なだけあって、敵の従魔も育成が完了していない所にある。こちらの手持ちが育成完了していれば、後々戻ってきて攻略するのも不可能ではないのだから。

 逆にヴエルノーズのメインストーリーをクリアしてサブクエストにすぐ手を付けたプレイヤーは大体ここでアンインストールする。

 

「地上だから多分そいつと戦うことはないはずなんだけどね……。それでも召喚士が相手だと負ける可能性が高い。急いで初心者二人を回収するよ!」

 

 樹少年を人質に二人とも大人しく捕まってくれているといいのだが……。

 面倒臭いと重くなる足を我慢して、ウィードの後を追いかけた。

 

・・・・・

 

「つ、強い……!」

 

 学生服に身を包んだ少年、原田樹は身を後ろに引きながら呟いた。

 周囲に倒れ伏しているのは、先程まで彼を馬鹿にして笑っていたゴロツキ達だ。その誰もが床に這いつくばりうめき声を上げている。

 誰一人として死んではいなかった。しかし、誰一人として起き上がれる者はいなかった。

 明らかな手加減。五倍以上の数を相手に、足手まといの二人を庇いながら圧倒した自らの従魔を見て、その力に羨望と僅かな恐怖を感じた。

 

 この世界は危険だ。樹少年が元いた世界、日本ではテレビで見るドラマやアニメでしか有り得ないような状況が普通に目の前で起きている。

 そして、異世界ファンタジーならば、それ以上の危険すらも有り得るだろう。

 周囲に倒れている男達は脅威だ。手に持った武器を振るえば道行く人を数人あっさりと殺す事が出来るだろう。

 そして、召喚士ギルドの隣にあった魔術師ギルド。アレが想像通りの魔法を使うなら、さらに脅威は増すだろう。見えない武器を持ち歩いているようなものだ。

 

 平和な世界で暮らしてきた自分では身を守ることすら出来ない。

 そんな彼を守る存在が、手のひらに乗るような小さな妖精だった。

 俊敏に飛び回り、時に体当たりをして彼らを弾き飛ばしたり、炎を飛ばして敵を倒す様は、小さなヒーローが怪物を倒すようなものだった。

 どこか頭がふわふわする。まるで夢を見ているような感覚だが、同時に、つい先程まで感じていた痛みがこれを現実だと突き付けていた。

 

「原田君、大丈夫!?」

 

 男達が立ち上がれないのを確認した新田柊菜が樹少年に駆け寄る。身体を見て、怪我をしていたり、汚れが着いていないか確認していく。

 

「ご、ごめんね……。私の事を追い掛けて来たんでしょ? それなのにこんな目に遭わせちゃって」

「い、いいいいや! 新田さんは悪くないでしょ! それに、ほら。こうして怪我も無いんだし。俺、元気! 無事!」

 

 頬に手を添えて間近で顔を覗かれて、ようやく樹少年の頭は働きだした。

 素早く身を離して照れを誤魔化すようにポージング。そして飛び跳ねた。

 樹少年は顔面偏差値に対して男子校へ通う男だ。女性に対する免疫が無かったりする。

 

 そして、着地の際に何かを踏みつけてすっ転んだ。

 

「痛てぇ!?」

「あ、大丈夫……?」

 

 少年の視界には柊菜の学生服のスカートの中身が覗けた。ホワイト。

 柊菜はそれに気付かず、樹少年を起こそうと近寄り手を差し伸べた。

 

「あ、ありがとう……感謝っす」

「もう……はしゃがないようにね?」

「そういや、何を踏んづけたんだろ」

「マスター! 石見っけたよ!」

「へ? あ、おう。サンキュー」

 

 二人の間へ割り込んできたピクシーのシーちゃんが樹少年へ先程踏んだ物を渡した。

 それは虹色に輝く八面体の水晶だった。

 

「召喚石……だったっけ?」

「だよな。確か、スリープさんが持ってたやつ」

「あっ。スリープさんって何処にいるんだろう……」

「やっべぇ……! 新田さん追い掛ける為に別れてたんだった! ギルドで待ちぼうけになってるはずだよ。急ごう!」

 

「────オイオイオイオイ。俺の可愛い子分ちゃん達がボコボコじゃあねえか」

 

 部屋の唯一の入口に、一人の男が立っていた。

 部屋に転がるゴロツキ達とはまた違う。ローブに身を包んだファンタジー世界の住人と思える服装だ。手には百二十ミリメートル程度の短い杖を持っている。

 魔術師、というにはやや軽装だ。それよりも、ギルドで見かけた召喚士の服装に酷似している。

 

「これは俺らが氷炎の人形団だと知っての事だな? 売られた喧嘩は買わなきゃならねぇな。ボスのトロイ様が相手をしてやるよ」

 

 そう言って男は樹少年と柊菜の二人を舐めるように見て、樹少年へと顔を向けた。

 

「随分可愛い彼女連れてるじゃないか。ルーキーには勿体ないくらいだ。この子置いていけばてめぇだけは許してやってもいいぜ? ピクシー連れた可愛いガキじゃあどう足掻いても俺には勝てねぇしな」

 

 この場で一番弱いのは自分だろう。見た目にも威圧感が無い従魔を連れているし、怪我は無くとも血を流した後は残っている。

 逃げれば自分だけでも見逃してくれる。少なくとも柊菜へ向けられた物からしても、命までは奪われないだろう。

 

「お、俺はお前みたいな奴が死ぬほど嫌いなんだよ! 新田さん見捨てて生きるくらいなら、死んだ方がマシだね!」

 

 さっきまで命乞いしていた男とは思えない言葉である。

 それでも膝は震え、今すぐにでも逃げ出したい気分だった。それをしなかったのは、自分自身のプライドのためだ。

 自分が傷付くのはいい。だが、自分のせいで他人が傷付くのも、他人を見捨てるのも嫌だった。

 日本では同調圧力に屈してひょうきんに振る舞い、それを見て見ぬふりをしていた。しかし、今なら二対一という状況もあって、そして、身に迫った危険もあって、ややハイになりながら言葉が出てきた。

 

 樹少年が、周囲を気にせずに、自分の意志を出した瞬間だった。

 

「ハッ! 熱いこった。こいつらの分落とし前つけさせて貰うぜ! 『コール』!!」

 

 現れたのは半身が炎、もう半身が氷で出来た人型の従魔だった。その背は百二十センチメートル程度の大きさである。両手両足には天へ伸びた糸が繋がっており、吊られた人形のようにふわふわと浮いている。

 小さくとも、宙に浮ける分機動力は高そうだ。

 

「機種『氷炎のマリオネット』だ。俺達の象徴さ」

 

 狭い部屋が、炎と氷の温度差で対流を生み出す。溶けて蒸発した霧が周囲に漂い始める。

 

「こいつは室内で最も力を発揮出来るんだぜ。連携も取れずに各個撃破されな!」

 

 霧の向こうに見える炎が、二人へ迫ってきた。

 

「っ! シーちゃん! 魔法攻撃!」

「エー君、防いで!」

 

 突進してきたマリオネットを剣を構えたエンドロッカスが受け止める。

 背後からピクシーが炎弾を飛ばした。

 炎を受けたマリオネットの半身が燃え上がり、エンドロッカスの身体を包み込む。

 

「エー君!」

 

 マリオネットを押し飛ばしてエンドロッカスが後ろへ距離を取る。柊菜のすぐ近くまで下がったエンドロッカスは、その身が熱されて赤くなっていることが伺える。

 

「氷炎のマリオネットに炎も氷も効くわけねぇだろ! 接近戦すら無意味だな! 寄れば火傷するぜぇ!」

 

 一々説明をしてくれるトロイの言う通り、ピクシーとエンドロッカスでは相性が悪かった。

 剣で戦うエンドロッカスは、二人を守る為に攻勢へ出ることも難しい。ピクシーでは前衛も出来ないが、魔法攻撃も通用しない。

 

 ピクシーの回復魔法で傷を癒したエンドロッカスは再び二人を守るように剣を正面に構えて前に出た。

 

 霧はさらに濃くなり、エンドロッカスの姿すら薄く見える程度になっている。

 勢いを増した炎が霧すらも温め、気温が上がり不快なジメジメとした空間になっていく。

 

「どうしよう……今はまだいいけど、このまま暑くなれば蒸し焼きにされるかも……」

「うえ!? マジかぁ……。隙を付いて逃げるしかないじゃん」

「…………うん。そうだね。相手も言っていた通り、部屋の中で一番強くなるなら、部屋から逃げればいい。何も相手が有利なまま戦う必要は無いから……」

「数の上ではこっちが有利だし、エー君が抑えている間に後ろを抜ける、とか?」

「まあ……思い付くのはそれくらいしかない。かな」

 

 柊菜は考える。問題は数メートル先すら見えない霧がある。そして、召喚士の男が何かしら力を持っていた場合だ。

 恐らくだが、従魔の二体目は出てこないだろう。やるなら最初から出しておくべきだ。こちらが不利なのは一合撃ち合ったあの瞬間に判明した事なのだから。

 次に気を付けるのは、伏兵の存在だ。これほどに濃い霧の中では、周囲を満足に見渡すことすら出来ない。動けなくなったゴロツキは兎も角、トロイといったあの男の後から誰かが入り込めば、自分達はそれに気付けないだろう。

 

 手数も情報も足りなかった。今更ながら、あの不快な男の存在が恋しくなる。そもそも自分たちを助けようとするかは怪しいところだが。

 

 このまま戦っていても、ジリ貧になるだけだ。柊菜は、相手に聞き取られないように小さな声で樹へと話しかけた。

 

「私が先行するから、原田君はすぐ後ろを付いてきて、シーちゃんにエー君の回復をお願い」

「りょ、了解です。シーちゃん、回復よろしく!」

「おっけーマスター!」

「じゃあ、行くよ。気付かれるまでゆっくりね。足元気を付けて……」

 

 エンドロッカスをその場に留まらせ、動いていないように見せかける。そうしてゆっくりと動き、トロイが背後にしている壁まで来た。

 

「エー君! 引き付けて! 走るよ!」

 

 先程まで気付いていなかったのだろう。時折挑発する声を出しながらも、動く様子のない状況に苛立っていたトロイがこちらへ怒声を浴びせてきた。

 

「クソがっ! ここで逃がすかよ! マリオネット、剣士をぶっ飛ばしてこいつらを捕まえろ!」

 

 しかし、エンドロッカスが上手く追い縋っているのか、マリオネットがこちらへ来る様子はない。

 

「マリオネットォ!!!」

「シーちゃん、アイツを飛ばしてくれ!」

「どっかーん!」

「ガァ!? 絶対許さねぇ!」

「エー君、戻ってきて! 『コール』!」

 

 先程男がやっていたように、エンドロッカスを呼び戻そうと唱える。

 そうするまでも無く、エンドロッカスは自力で帰ってきた。

 

「逃げろ逃げろ!」

 

 トロイの怒鳴り声を背後に、大急ぎで廃墟を後にした。



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6話 レアリティ格差

 ゴロツキのアジトから原田樹や新田柊菜が逃げ出した頃。一つの廃墟のシャッターの前に、スリープは立っていた。

 

「複数ある廃墟でもここなのか?」

「そうだ。ここにあの花妖精と嫌な剣士がいる」

 

 ウィードが言う分には、この廃墟に二人がいるらしい。イケメン君が連れ去られた時点で少女の方もいるとは思っていたが、二人とも拿捕されていたとは思うまい。

 何をされているにせよ、十五歳以下規制のゲームで済む範囲だといいけどなぁ。

 

 地下へと連れ去られていない事を祈りつつ、廃ビルになっている建物へ近付いた。

 

「急いで! 外まで出れば助けを呼べるはず!」

「お、おう!」

「…………やあ、楽しそうにしてるね」

「スリープさん!」

 

 シャッター脇の錆びた扉から探していた二人が飛び出してきた。開いたドアの向こうから怒鳴り声が近付いてきている。

 どうやら上手く逃げ出したらしい。思った以上に優秀だった。

 てっきり無茶でもして従魔をロストさせていると思ったぜ。

 

「お、落ち着いている場合じゃないですよ! 今原田君が捕まっていたのを救出したばっかりで、追われているんです!」

「さ、三人なら勝てるかもだし、勝てなくても外だから助けを呼ばないと!」

「召喚士ギルドから樹少年が連れて行かれたっていう通報を受けてね。ギルドは静観を決め込んでいるよ」

 

 それを伝えると、二人が裏切られたかのような傷付いた表情をして立ち止まった。

 まあ、法治国家に生きる日本人としてはショックだろう。この街には警察も一応いるが、現行犯逮捕か犯人を直接連れて行きでもしないと逮捕しない。

 そしてあっさり脱走される。

 

 頼れるのは召喚士ギルドだが、相手も同じ召喚士だ。ギルド内部ならともかく、外での乱闘には手を出し辛いだろう。

 ついでに戦力差的にも保護されにくい。

 

「そこで俺が来たわけだよ。哀れなニュービー相手にちゃんとした情報を与える為にね」

 

 地下送りだった場合は見捨てていたけどね。助けに行って自分も死んでいるようじゃ訳ないから。

 

「チッ、仲間を呼びやがったか」

 

 そうこうしている内に、廃ビルからも男がやってきた。背後には半身が炎、半身が氷の小さな人形が付き従っている。

 星三機種『氷炎のマリオネット』である。

 見れば、ステージ解放を一段階進めているらしく、氷側の顔部分が尖っている。無解放ではのっぺりとした感じだったはずだ。

 

 一解放しているなら、まあ相性的にも不利だろう。初期ピクシーはスキル枠が炎魔法と回復魔法だけだったはずだ。エンドロッカスは近接かつ炎にも氷にも耐性が無いので接近スリップダメージが入るはずだし。

 

 そもそもレベル1でよく生還したものだ。

 

「二人とも下がってなよ」

「すみません。回復だけでもします」

「あの従魔は見たとおり近くで戦うと火傷します! あと、室内だと霧が酷くなってました」

 

 柊菜の助言を受けて、相手の所持スキルの一つが判明した。

『ミストフィールド』である。視界制限や奇襲攻撃成功率上昇など、様々な効果がある。

 フィールド系スキルを聞いて、非常に嫌な気分になる。

 ここのサブクエストのボスが使う従魔もまた、フィールド系だ。厄介さはこれの比ではない。

 この調子だと、サブクエスト関連かもしれない。とっとと倒してこの場から離れよう。

 

「ウィード」

「グルルッ!」

 

 ウィードへと声をかけると、素早く前に出てくる。腕を組み相手を見上げながら見下している。

 

「操り人形如き私の相手じゃない。先手を譲ろうじゃないか」

 

 早速『龍種覚醒』のアビリティが発動する。幾ら好感度を上げようともこれは外れないのだ。

 

「ガキみたいな従魔が舐めやがって! 殺せ、マリオネット!」

 

 マリオネットが氷パンチを繰り出す。ウィードはそれを躱しもせずに受け止める。

 腹パンが決まる。くの字に体が折れ曲がるも、ニヤニヤと余裕の表情だ。

 

「ハンッ効きやしないな。所詮は人形か」

 

 どうやら一割もダメージを与えていないらしい。動く気配すらない。

 

「…………次は私の番だ!」

 

 接近スリップダメージで丁度一割削れたらしい。熱い物を離すように軽くマリオネットを突き飛ばす。

 よろけながら離れたマリオネットへウィードが飛びかかる。上空から接近し体重と重力を合わせた拳を放つ。

 地龍ウィードの初期スキル『跳躍撃』である。

 サイズ比ダメージが入る技なので序盤はあまり役に立たない技だ。

 とはいえ上位レアの従魔が持つ技の一つなのでダメージは大きかった。地面を割りながらマリオネットの頭部分を凹ませる。

 続いて真上に飛び上がり、落下に合わせて縦に回転し尻尾の一撃を叩き付けた。

 衝撃に耐えきれず、マリオネットが一瞬膨らんで弾け飛んだ。光の玉が空へと登っていく。

 

「マリオネットォ!!」

 

 男の口からは悲鳴のような声が溢れる。

 幾らステージ解放をしていようとも、星三と星十は格が違う。

 僅か数十秒をもって、戦闘は終了した。

 

 

 

 

「犯罪者の逮捕、通報に感謝する」

 

 警察へと通報し、廃ビル内部にいるゴロツキと、召喚士の男は逮捕された。

 ゴロツキこそこちらを睨みつけていたが、肝心の彼らのボスである召喚士の意志が沈みきっていた。項垂れて背も丸くなり、絶望に染まりきっている。

 これなら脱獄の心配も無さそうだ。

 

 警察署と収容所が合体した施設の中に俺達三人はいた。

 目の前には警察署長を名乗る肩幅があまりにも大きい男が立っていた。これだけ屈強そうに見えても、脱獄させまくりの駄目男である。

 

「この街は地下に裏組織が住み着いていてな。そこまで警察の力が及ばないんだ。だからこそ、こうやって無力化した奴しか捕まえられない事を申し訳なく思う」

「い、いえ。再犯防止するだけでも有難いです!」

「そう言ってくれると、助かる」

 

 見た目に気圧されたのか、体を後ろへ逸らしながら樹少年が両手を断るように振る。

 柊菜少女はやや下を向きながら、不満気な表情だ。

 

「もし、何かまたあった場合は、私ゴレム署長まで連絡を入れてくれ。君達の助けになろう」

「あ、ありがとうございます……」

 

 署長に見送られて、警察署を後にした。

 

「ふいー。助かったぁ。あの人絶対ボスじゃね? 見た目がもう警察よりも裏社会のボスじゃんか」

「……警察署、小さかったね」

「へっ? あ、まあ。某ゾンビゲームとか、現実で偶に見かけるよりは小さかったな。警察署っていうよりは駐在所って感じだったな」

「…………スリープさん、何か知ってます?」

 

 二人の会話を聞いていたら、柊菜少女が俺に視線を向けてきた。

 

「知っているというか、この世界は警察なんか役に立たないよ」

 

 そもそも警察ってなんだ。ファンタジーどこ行ったよ。

 騎士団ともまた別の組織であり、ここにしか存在しない謎の組織だったりする。

 樹少年の感覚の方が正しいと思うぞこれは。

 

「理由とか、分かりますか?」

「個人単位の力の差じゃないかな」

 

 上に立つ人間は下の人間に合わせる気なんてないのは日本でもわかりきっている事だ。それは権力であったが、それが暴力になっても変わりはしないだろう。

 

「そもそも収容出来る施設があるかどうかが問題になるよね。従魔は人型以外にもいるし、それを拘束出来るだけの手段や、そもそも彼らを留められる力を持った存在がいるかどうかって話だよ」

「で、でも、強い人はいっぱいいると思うんですけど」

「そんな人がわざわざ仕事をしてくれるかっていう話にもなるんだよ。地球じゃあ人間が使えて人間より強力な兵器があった。だけどこの世界では兵器よりも強い存在はゴロゴロいる。召喚士は選ばれた人間しかなれない。剣士や魔法使いも才能の道だ。上と下の力の差が大きすぎるんだ」

 

 人間と像が一緒に生活していけるかって感じだ。皆像にビビって道を開けるだろ。それが同族になればさらに悪化するだろう。

 ステータスっていうのはそういうものだ。そいつの強さを示すと同時に、同じ社会では生きられないって事を説明する道具になる。

 ステータスとは、違いを生み出す為に存在するものなのだから。

 

「この世界で生きていくなら、自衛する力が必要だ。それができなければ、組織に所属すればある程度保護はされるはずだよ」

 

 その為に召喚士ギルドへ入ったようなものだ。フリークエストを受けやすいのもあるが、それ以前に組織の庇護を得られるという点が大きい。

 その分縛られるだろうけど、それは属するものの仕事であり義務だ。

 

「召喚士ギルドは規模こそ小さくても、人を圧倒出来るくらいに強い。剣士や魔術師ギルドよりかは下のレベルが高い分群れれば敵は少なくなるよ」

 

 このゲームは召喚士が主人公なので、強いのも召喚士である。地龍ウィードを召喚した時点で素の従魔の強さはこっちが最終的に上になるけど、それでも一応世界最強は召喚士ギルドのギルド長である。なお、プレイヤーやエンドコンテンツは除く。

 

 第一部終了後に挑めるコンテンツで星八を持っている彼らへ挑めるからな。勝利すれば同じキャラが召喚可能になる。ちなみに、当時は星が五だったのだが、更に上の星が出た時に上方修正が入り星八まで上り詰めたのだ。

 

 そう、このゲームは一部リミテッドキャラという従魔がゲームを進めないと召喚出来ない仕様になっている。よって、リセマラで出てくる最高レアは星十であり、最強最高峰たる星十六はエンドコンテンツをクリアしないと入手不可能だった。

 というのは、リミテッドキャラを召喚するにはその存在を知っていないといけないというルール、設定があるのだ。同時にリミテッドキャラは世界に一体しかいない上にプレイヤーが存在そのものを召喚するという設定になっている。

 他従魔は、その存在が別世界に本体があったり、そもそも複数匹存在していたりする。だからこそ他召喚士が使ってきたり、敵として出てくることもある。それが、リミテッドキャラは少し違う条件で登場することになるのだ。

 簡単に言えば、伝説〇ケモンみたいなものだ。ストーリー上で一体しか出てこない。敵が持つこともあるが、条件満たせば仲間にも出来る。

 

 地龍ウィードも複数存在する従魔である。ウィードという名前なのかどうかは不明だが、少なくとも龍の巣等のフィールドで地龍が出現する。

 同時に、彼女の同類である四元龍と呼ばれる従魔。風龍ブリーズや火龍アッシュ、水龍プールも龍の巣等で同種が現れるからリミテッドキャラクターではないのだ。

 

 リミテッドキャラで現在召喚不可なのは、恐らくギルド長が持つ従魔だけだろう。既にゲームキャラクターが所持しているので、設定が生きているのならば、入手不可能だ。

 割と良い性能を持つ星八なので欲しかったといえば欲しかったが、いらないと言えばいらない。リスキーな設定があるからな。

 

 既に日は暮れて辺りは街頭でポツポツと道が照らされている程度だ。田舎以上都会未満程度の明るさである。

 

「とりあえず、宿も同じにして部屋の位置も把握しておこうか。明日の朝どのように過ごすか決めよう」

「うぃっす」

「…………なんで、そんな親切なんですか?」

 

 柊菜がとんでもなく失礼なことを言ってくる。まあ、嫌われているし容赦が無いのも個人的に好きだが、どことなく俺と同じ人間の匂いがするぜ。

 善意よりも悪意を信じて動く人間だ。こういった人は、親切に理由があって、不親切には理由が無いと考えている。俺がその通りである。

 

「一週間は面倒見るって決めたからね。流石に同郷の人間が初日から危険な目に遭っていれば、そりゃあ少しくらい面倒見るさ」

 

 一割位はそれが理由だ。残りは検証と後々のコンテンツの為の投資である。

 ソシャゲなだけあって、複数人じゃないと参加出来ないコンテンツもあるのだ。最低でも死なない程度の知識を付けて貰わなきゃ困る。

 

 特にイケメン君。ピクシー連れた新人がいの一番に問題を起こしやがった。最低限自分の従魔を鍛えて貰わなきゃこの先生きのこれないぜ。

 

「しかし、まだ一日しか経ってないとは思えないくらい濃厚な時間を過ごしたぜぇ。俺もう寝たいや」

「もう……。原田君は明日病院に行って怪我がないか見てもらわなきゃだからね」

 

 学生組は、窮地を二人で乗り切ったからか、距離が大きく近付いているようだ。

 その調子で二人三脚で頑張って貰いたいところだ。いつまでも面倒を見る気はないのでね。初心者同士切磋琢磨し合って強くなって欲しい。

 

 夕闇の向こう。街頭の光にも負けず強く光る星が、今後の行く先を示すように瞬いていた。先はまだまだ遠い。光に照らされた二人の後ろを歩く。二人は向き合いながら前を行く。俺は、先を見据えて歩いていった。



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7話 メインストーリー

 従魔にはレアリティがある。星一から星十六まで一応存在する。大きく分けて六種類の従魔に分類される。

 

 天種は星や空を司る、その多くが天使系列の従魔。

 死種は死の概念を超越した従魔。

 龍種はその名の通りドラゴン。

 機種は機械以外にもただの物質や、人工生命なども含んだ、作られた存在。

 野種は人間以外の動物。

 緑種は自然そのものや、虫。

 

 フレーバーテキストではあるが、召喚には本人の気質や従魔の需要を満たしている必要があり、ゲームでは一部リミテッドキャラがその存在を確認、イベント戦闘で勝利する。と、基準を満たさないと召喚枠に入らない設定がある。これはリセマラ無双対策だ。確実に課金させに来ている。

 

 話を戻そう。リミテッドキャラは一度加入すれば入手フラグが立っている間は召喚されることもない一点物だ。『手放す』ことも出来ない。しかし、ロストはするので、再入手がかなり面倒である。

 一番簡単に入手出来るのは、メインストーリーをクリアして加入する従魔だろう。それは、ここ『資源都市ヴエルノーズ』にも存在する。

 なお、メインクエストで加入したリミテッドキャラでも、ロストしたら召喚し直す事で再加入される。

 

「…………このゲームってロストするんですか?」

 

 椅子に座り話を聞いていたイケメン君。原田樹少年が右手を上げて質問した。

 

「むしろ法規制が入った後のソシャゲは全部ロストするよ。より課金させる為に、課金で入手したキャラクターでも死ねばロストする。石を使えばロストは回避できるから、一つでも持っておくことだね」

 

 酷いゲームだと強制イベントや負けイベントを挟んで全ロスさせるゲームもあった。まあ、それは裁判で慰謝料支払いと全データロールバックからのシナリオ変更で会社が潰れたけど。

 

「ソシャゲってマジでクソだって聞いてたけど事実だったんですね……」

「ゲーム業界を衰退させた戦犯でもあるからね。基本料金無料とかいう制度とか悪しき風習だよ」

 

 何より、会社の方針一つで何もかも残らず明日消えてもおかしくないゲームだったのだ。数年後にはデータも残らず、ただ思い出と消費した金だけがその存在を証明する。

 

「その分法規制後のゲームで人気だったのはちゃんと良作ゲームだったよ。これもマイナーだったけど、金さえあれば色んな楽しみ方が出来るゲームだった」

 

 サービス終了後にも入手したキャラデータとモーションデータがプレイヤーに渡されたからね。中にはスマホのサポートAIグラフィックにこれを差し替えたプレイヤーもいる。俺だ。

 

「このゲームは何がしたいのか目的をもって行動した方がいい。どう遊ぶにしろ、最低限の戦闘は入るからそれを捌く能力は必須だよ」

 

 そういう点で考えれば、ここヴエルノーズは丁度いい戦闘訓練場だ。

 

 インフレゲームの代名詞たるソシャゲでも、調整で初期キャラの強化が入ればちゃんとゲームバランスは保てるのだ。

 このゲームも後から入ったキャラの方が強いには強いが、コンセプトパーティを組む分には初期キャラもちゃんと手に入れないと動かない。

 そして、このゲームは育成ゲーにしてRPGだ。戦闘にこそ最も力が入っているので、工夫した戦い方で勝つのが正しい遊び方になる。

 

「ヴエルノーズでのメインストーリーは未強化ピクシーでも攻略可能だ。加入キャラが前衛物理DPSだからね」

「……昨日相手にした、氷炎のマリオネットという敵を相手にしてもですか?」

「それなら多分負けるね。対策スキルを持っていけばピクシー単騎でも勝てるよ。強化は必須だけど」

 

 柊菜は昨日自分が勝てなかった敵を今後の敵として想定しているらしい。考えとしては悪くない。メインストーリー後半じゃなきゃ召喚士相手には戦わないけど。

 

「まずは、自分の使いたい従魔は何が出来て何が苦手かを把握するんだ。そして、それに合わせたスキル構成と、弱点や足りない部分を補える従魔を用意する」

 

 そうやって試行錯誤をして、最終的に使いたい従魔がパーティから外れれば、勝てるパーティの完成だ。

 

 

 

 パーティを作るにしても、まずは召喚石が無いと始まらない。

 フリークエストを受けようと召喚士ギルドの扉をくぐる。後から学生二人も付いてくる。

 先日も視線が集まっていたが、今日もそこまで変わらない人数がギルド内に留まっており、視線を寄越してくる。

 

「な、なんか見られているんですけど」

「新入りだからね。実力でも見定めてるんじゃない?」

 

 地上の召喚士ギルドにいるNPCなんざ敵じゃないので気にしないで進む。

 受付のおっさんが目を丸くしていた。

 

「……無事だったみたいだな」

「まあ、あの程度じゃね。結果はわかりきっていたよ」

「大口叩ける程度には力があるようだな。んで、今日は何の用だ」

「適当に依頼を受けたいんだけど」

「カウンター脇の掲示板に新入りでも受けられるクエストが貼ってある。適当に選んでもってこい」

 

 おっさんが示した方には、張り紙まみれの掲示板があった。会釈だけをしてさっさと離れる。

 

 背後から、扉を開けて誰かが入ってくる音が聞こえる。先程までの喧騒が一瞬で静まり返った。

 何事かと振り返ると、真っ白なダンサースーツにこれまた真っ白なシャツとスラックスの男が歩いてきた。

 同色のヒールを履いており、カツカツと響かせて歩く。細身でありながらガッシリとした筋肉質の体、そして大きなピンクアフロ。

 全長二メートル五十センチくらいの大きな男が胸元くらいに頭がある背丈の男を連れてカウンターへ向かっていた。

 

「ブッ……」

「静かにしろ」

 

 吹き出して笑いそうな樹少年の口を塞ぐ。想定外のエンカウントで冷や汗が流れる。

 

 彼こそが、俺の唯一危険視している男『ミラージュ・バトラー』という人物だった。

 

「相変わらずシケた所ネェ。そう思わなイ? ザコイ」

「そうっすね! ミラージュさん!」

「…………何しに来た」

 

 受付のおっさんが低い声で尋ねる。ミラージュは腰に手を当てて周囲を見渡した。

 

「昨日ウチのヘボイちゃんが逮捕されたらしくてネェ。誰がやったのか気になって来たんだけドォ」

「……ウチは関与してない」

「知ってるワァ。それに、ギルドマスター以外はボクにかないっこないんだかラ、やるとしたら、新顔だと思うのよネェ」

 

 そうして、俺達の方を向くと、顔を寄せてきた。

 

「キミ達、見たことない顔と服装だよネェ……」

「……」

「ンー。見た感じ女の子が強そうな死種の剣士を連れているけど、それじゃあマリオネットには勝てないわネ。見当違いかしラ」

 

 ミラージュは、顔を離すと、ギルドから出ていく。

 

「怖がらせちゃってごめんなさい。また気が向いたらくるワ」

「…………なんっすか、アレ」

 

 顔を強ばらせている樹が止めていた息を吐いた。

 柊菜は肩を抱いて震えている。

 

「アレが、ここの地下でボスをやっている男『ミラージュ・バトラー』だよ」

 

 初心者殺しでもある、非常に強力な召喚士だ。

 

 

 気を取り直して、依頼の時間である。

 

「……あんな怖い目にあったのに、なんで俺達外にも出ないで畑仕事してるんですか?」

 

 どうせ今会おうが後で会おうが変わりはしない。メインストーリーで市長の家に行けば遭遇するからな。

 所変わってここは街外れの畑。今回受けた依頼は作物の収穫である。

 

 実はこの依頼、ソシャゲでもミニゲームとして遊べる依頼なのだ。

 

 斬属性の攻撃か風属性などの攻撃で、畑にある野菜オブジェクトへ一定以上のダメージを与えると、収穫される。一定時間でどれだけ収穫できたかスコアを争うゲームなのだ。

 高スコアを狙うには、範囲攻撃持ちか、攻撃速度の早い従魔が欲しいが、今回は依頼クリアを目指す。ピクシーだけでもクリアだけなら出来るだろう。

 一番収穫効率が良いのはエンドロッカスである。通常攻撃が斬属性なので。

 

「ウィード、爪攻撃準備」

「任せろ!」

 

 打てば響くような返事をするウィードを見て、柊菜が訝しそうな目をした。

 

「……いつの間に仲良くなったんですか?」

「好感度イベント回収しただけだよ」

 

 従魔を召喚しているだけでも好感度は上がるし、好感度アイテムを与えれば大きく上昇する。そうしてイベントを起こしていけば、レベルアップをしなくても強化には繋がる。

 ウィードの第一イベントは龍種の強さを十分に引き出すアビリティが手に入るものなのでさっさと解放したのだ。むしろコレが無いと龍種の強みが大きく薄れる。

 今は使わない。戦闘向けアビリティだから。

 

「それじゃあ昼までに終わらせるよ。規定スコアより少ないと失敗だから気をつけてね」

 

 ウィードへ指示を送ると、素早く爪を使って野菜を根元から収穫していった。

 根菜の類いは触れていない。アレは土属性の攻撃でしか回収出来ない面倒くさいオブジェクトだから。

 

 俺はウィードが切り離した野菜を集めて収納箱へ詰めていく。

 樹少年とピクシーのシーちゃんは、二人で野菜を収穫している。エンドロッカスは一人で剣を薙ぎ払い野菜を切り飛ばしている。

 

「す、すごい……!」

「単純な性能が違うからね。上手く使えば生活にも役に立つから需要だけは高いんだよ。召喚士って」

 

 とはいえ、これはミニゲーム。プレイヤーもいないこの世界では、あまり人気の無い依頼だったらしく、大量に余っていた。

 農家が自力で収穫する前にさっさと依頼を受けておきたい。三人で一つずつ回せば一週間もしないうちに依頼は全部回収出来るだろう。

 

「さあ、石を集めるよ」

 

 二体目を召喚する準備が欲しい。とりあえず石は十個集めておくべきだろう。

 

 

 召喚石。プレイヤーの行動力回復や、従魔のロスト回避。召喚、素材変換など、その使用用途は多岐に渡る。

 召喚枠の増加には一枠に五個消費し、召喚では三個消費する。基本的に一度の召喚で石は八個消費すると考えればいい。

 二体の従魔の緊急ロスト回避として石を二個とすれば、次回の召喚に必要な石は十個である。

 

 ちなみに、従魔には素材を生み出すものなど、様々な種類がいるので、最終的には石は召喚と枠にのみ費やせばいい。あくまでもスタートダッシュ用に使うのが素材変換などだ。

 行動力回復は周回する時に必要になる程度だ。

 

「これが今回の報酬だ」

 

 昨日と同じくおっさんから農作業の報酬を受け取る。

 ちなみに高スコアを取れば報酬も良くなるので、スコア狙いでミニゲームを受けるのもありだ。馬鹿にできない報酬が貰える。

 今回は最低限ノルマ分のスコアを取ったので、報酬も美味しくはない。

 

「はい。山分けしようか」

 

 昨日よりも少ない報酬を三人で分ける。二人はこの世界の通貨であるシルバ、銀貨を受け取り、各々分かりやすい位置にしまった。

 

「召喚石も無くさないようにね」

 

 二人がこちらの声に返事もせずにしげしげと見つめるのは、虹色の八面体結晶である召喚石だ。

 畑作業での時間終了後、足元に転がっていたりポケットに入っていたのを見つけたのである。

 

 石は全員が似たような方法で入手出来ることが確認出来た。これで全員が三個持っている事になる。

 ちなみに俺は昨日氷炎のマリオネットを倒した後に一個入手している。

 

「この後はどうする? 宿と食事分の為にもう二回くらい今日はこのクエストを受けるつもりだけど……」

「俺は、このままで大丈夫です」

「……私、は。着替えが欲しいです」

 

 柊菜がおずおずと手を上げた。

 そういえば昨日から風呂にも入っていなかった。宿には一応シャワーがあったので、それを浴びればいいが、替えの服もタオルも無かったので断念したのだ。

 

「そうだね。生活必需品が欲しい。とりあえず休憩にして一度必要なのを買って宿に置いてからまた集まろうか」

 

 両手をパンと叩いて、解散する事にした。商業区までは全員同じ道を通ったが、そこからは別々に行動する事にした。

 

「とりあえずスキル屋があるのか確認しなきゃだな……」

「魔法でも覚えるのか?」

 

 俺の隣を歩くウィードが服を摘む。

 ゲームでは召喚士は魔法やスキルなどは使えなかった。あくまでもこれは従魔を使って戦うゲームだからだろう。

 

「ウィードはタンクだからヘイト集めるスキルと遠距離攻撃が欲しいかな。まあ、お金が足りないだろうからまずは店があるのかの確認だね」

「私が覚えるのか……勉強は嫌いだ」

「今の所単体だから最強スキルセットを持たせたいけど、後々を見越して得意スキルしか覚えさせないから安心しな」

 

 ウィードの頭に手を乗せる。ウィードは大人しく手を乗せたままだ。不満そうな顔もしない。

 

「ようやく始まってきた感じがするな」

 

 思わず頬が緩む。

 ソシャゲは終わらないゲームだ。それが現実になろうものなら、どこまで行けるだろう。

 

 立ち止まってはいられない。



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8話 召喚石

 結論から言えば、スキル屋なんてものはなかった。

 まあ、ゲームでもワールドマップから入るので、多分ここには無いってだけで、どこかにはあるだろう。

 

 着替え等の諸々を買い込んで昨日から泊まっている宿へ向かう。

 街は石畳で舗装され、綺麗であり、用水路が通っている。家の窓には鉢が置かれており、花が彩りを与えている。

 交通の要としておかれているここは、綺麗な街だと思う。

 

 資源都市ヴエルノーズ。ただの関所という訳でもなく、資源都市と名前が付いているのは何故か。

 それはこの街の地下に特殊なマテリアルが埋まっているからだったはずだ。

 それを牛耳るために、ミラージュ・バトラーは地下に街を作り、そこを支配する事で、自分が資源採掘の利益を得られるようにしたのだ。

 

 表で売られている資源は皆他でも買える鉄のような普遍的に存在する金属だ。しかし、安く売られており、この街の真の目的は表に見えない。

 更には、ここは国に属さない地域なので、人身売買なども行われている。大々的にではないが。

 麻薬も売られているし、それを制限する法なんてものはない。

 恐喝、暴行、窃盗、この街はなんでも有りだ。

 だからこそ、このゲームの世界観を説明するのに向いている場所なのだろうとは思うが、生活する分には危険が絶えない。

 

 プレイヤーはあくまでも無力な人間だ。召喚の力こそ一流であろう。しかし、それは後になるに連れて分かっていくものだ。

 

 ここに来て姿を見せた危険な男。ミラージュ。俺はこいつをどうするべきか頭を悩ませていた。

 

 

 

 宿で待っていれば、割と早い段階で樹少年が買い物を終えて戻ってきた。

 

「待たせました?」

「待った」

 

 ジュースを飲んでいたウィードが答えた。確かに少し待ったのだが、それはわずかながらも土地勘がある自分達が早く周れたからである。

 

「ウィードちゃんは手厳しいっすね」

「龍の名を認めない者が気安く呼ぶな。ちゃんを付けるな」

「……ウィードさん」

 

 ウィードは満足そうに頷いて、ジュースに口を付けた。

 

 柊菜が戻ってきたのは、更に三十分後の事だった。

 

 二度目の畑仕事に向かう最中、今回は街の外縁部にある畑なので、門から外へ出ようとした所だ。

 

「スリープさん。アレ……!」

 

 柊菜がこちらの肩を叩いてきた。指が示す先には人一人余裕で入れそうな大きな麻袋に、これまた一人分の膨らみが蠢いている様子だ。

 

 市長の所へ行っていないというのにシナリオが進行したらしい。

 

「おい、さっさと進め! これ以上注目されると不味いぞ!」

「そうは言ってもよぉ……こいつそろそろ麻酔が切れてきたんじゃねぇの? めちゃくちゃに暴れて持ちにくいったらねぇよ」

 

「ひ、人攫い……!?」

 

 樹が早速ビビり始める。安心しろ。これからこんな事が日常茶飯事になるぞ。

 

「た、助けなきゃ!」

 

 人一倍正義感が強いのであろう柊菜が男達へ向かっていく。

 相手は見たところ従魔を連れていないが故の判断だろうが、割と危ない行動である。

 

「な、何悠長に見てるんだよっ! 追いかけなきゃ!」

 

 樹が俺の腕を引っ張って柊菜の後を追いかけた。

 まあ、これはメインクエストだ。放っておいても負けることは無いだろう。

 

「待ちなさい! そ、その袋に入った人を解放してください!」

 

 そうこうしているうちに、大声で柊菜が誘拐犯二人を引き止めた。

 

「あぁん? 何言ってんのお嬢ちゃん。こいつは新鮮な食品だよ。これからおろし先の店に届けようってところなんだ」

『ムー! ムグーッ!!』

「…………」

 

 周囲の注目を浴びて、誘拐犯の男が優しそうな笑みを浮かべて袋を指さした。しかし、そのタイミングで袋の中身が自己主張した。明らかに人の声でバタバタと暴れ始める。

 

「チッ! バレちゃあしょうがねぇ! お前も若くて美人な上に召喚士ってくりゃあ、高く売れるだろうさ!」

「ヒャァ! 我慢できねぇぜ!」

 

 誤魔化す事を諦めた男達が棍棒を抜く。

 やはり、剣と違い技術がいらない打撃武器がこの世界の犯罪者武器の主流なのだろう。

 殺伐とした空間に衛兵は何をしているのかというと、特に何もしていなかった。こちらを遠巻きにして眺めている。

 まあ、公共機関ではないのかもしれない。もしくは仕事じゃないとか。

 

 なんで門番なんているんだろう……。

 

 すぐ近くにいる役職の存在意義を考えていると、意識を戻そうとするように肩を揺すられた。

 

「お、おい! 何考え事しちゃってんの!? 助けに入るぞ!」

「……ウィード!!」

「この程度の雑魚を相手に私が手を出すまでも無いだろう? さっさと行け。軟弱者」

「うっ……。くっそ! やってやらぁ! 行くぞシーちゃん。助太刀だ」

「りょーかいっ! ヒイナとエー君を助けるぞ!」

 

 待っていればウィードも戦闘に参加するのだろうが、アビリティですぐには戦わないだろう。コレが龍種の使いにくさを示すものだ。いくら強くても動かないんじゃあ仕方がない。

 

「苦戦するようだったら手助けに入りなよ」

「そんなことが起きたら私の見込み違いだったという事だろうな。その時点で見殺しにしてもいいと思うが?」

「ウィード」

「……チッ、わかったよ」

 

 そうは言っても動くつもりは無いらしく、こちらの背をよじ登ってくる。

 肩車のように頭へしがみつくと、顎を乗せてきたまま二人が戦う様子を眺め始めた。

 

「思ったんだが、これはどっちのメインクエストなんだろうね」

「……雌の方じゃないのか? 積極的に動いているし、あの袋は人間の雌の獲物だろ?」

「枠足りないよね……」

 

 この調子だと今日中には召喚枠は増やせないだろう。

 唐突に始まったメインクエストをどうしようかと、今後の予定を考えながら戦いを眺めた。

 

 

 

「た、助けて頂きありがとうございます!」

「うわぁ……ふわぁ……!」

「オーウ、ファンタジー……」

 

 人攫い達を退けて、袋を開けた。

 中から出てきたのは白い獣耳の少女だった。ボロ切れを身に纏っており、スラムから攫ってきましたと言わんばかりの格好である。

 

 助けた二人は、その耳と尻尾に釘付けである。

 ちなみに、今回は俺も戦いに参加した扱いらしく、足元に召喚石が落ちていた。

 

「…………助けたのはいいけどこれからどうするの?」

「あっ……えーと」

 

 どうやら考えていなかったらしい。無計画にもほどがある。

 まあ、彼女はメインクエストで加入する従魔の一人だ。チュートリアル的に召喚枠の増やし方を学べる。

 最初から仲間になる訳では無い。これから彼女を巡るメインクエストを進めて行けば仲間になるはずだ。

 

「いえ、そこまでして頂く必要はありません。私一人でここから逃げますので」

「そ、そうは言っても、捕まってたんだろ? やっぱ危ないって!」

 

 まだ見ぬ奴隷風の女の子とのアレコレを考えているのか、少し顔が赤い樹が引き止める。

 

「わ、私が、匿います! 彼女の分も働きます!」

 

 そして、勢いよく柊菜が声をあげた所で、彼の夢は潰えた。

 

「よし、それじゃあ畑仕事に向かいますか!」

「え?」

「先立つものが無ければそこの女の子も助けられないでしょ? まずは稼ぐよ」

「は、はい!」

「……よろしくお願いします。あと、ありがとうございます」

 

 少女二人が門を超える。俺もウィードを頭に畑へ向かった。

 

「マスターには私がいるじゃない!」

「……そうだな! 行くぜ、シーちゃん!」

 

 樹少年も、気を取り直して、仲間の後を追いかけた。

 

 

 

「この世界には戸籍が無いように、自分を保証してくれるものっていうのは非常に少ない」

 

 夜。畑仕事を二回こなし、石とわずかな金銭を稼いだ後。俺と学生組に加えて、狼少女が宿の一階で食卓を囲んでいた。

 この時間と朝の食事の時間は俺が適当にこのゲームの知っている情報を流す時間である。設定や調べた情報も交えて全員に役立ちそうな事を語っていく。

 

「ギルドに所属したりする以外では、ほぼ自分が何者なのかを示してくれるものは無い。場所によれば市民権とかを貰えはするんだろうけど、この街じゃあ特に無いね」

 

 家は自分で権利を買って自分で建てるものである。なお、その権利は誰が持っていたかは不明だったりする。

 それでも通用するくらい人口が少ないのだろう。もしくは、力でものを言わせるのか。そこは不明だ。

 

「だから、下手をすれば、自分の権利を相手が持っていたりする。同意も無く作られる場合だってある」

 

 これは狼少女の話である。この街の金持ちが彼女の権利を持っているので、それを否定する材料が必要になるのだ。

 答えは『力技でこっちのものにする』である。ハイパー世紀末の摂理だ。

 

「これをどうこうするのは簡単だ。気に食わないならぶん殴る。これで万事解決する」

 

 こうやって世紀末アンサーを提示すると俺と従魔組以外の面々は渋い顔をする。暴力は嫌なのだろう。

 

「とはいえ、ただ何の理由も無く彼女を助ければ、権利を売った誘拐犯のグループが介入してくるし、彼女を欲しがった奴らも顔を突っ込んでくる」

 

 だからこそ、メインクエストでは、それをさせない為の大義名分を手に入れる必要があった。

 

「彼女をこちらの仲間だと示す方法は1つある。所有権もこっちにあると言える方法だ」

 

 そう言って俺はポケットに入れていた召喚石をじゃらりと見せる。顔はいやらしく笑っているだろう。

 この世界は召喚石があれば大体の事は出来る。これもまた、その一つだ。

 

「召喚だよ。そこの人外を従魔にすればいい」

 

 さて、このゲームにおける召喚の定義を説明しよう。

 基本的に従魔は召喚者と従魔側の要望が合致すれば召喚が可能である。フレーバーテキストであるが、これは事実だ。

 普通の従魔召喚では、この世界とはまた別世界の『ゲート』の向こう側にいる人間以外の存在を召喚するものだ。

 この『ゲート』は召喚士以外にも自然発生する場合がある。それがこの世界に多く存在するモンスターの一部に当たる。

 自然発生したゲートから現れるのはほとんどが力を持たない弱い従魔である。同時に誰とも契約を結んでいないので自分勝手に暴れ回る。

 どちらにせよ、この従魔は死ぬと『ゲート』の向こう側の世界へと強制的に戻される。戻った時に、力の一部がゲートの向こう側へと引き継がれる。

 

 従魔が召喚士の求めに応じるのは、多くの場合が自身の力を強くするためだ。召喚士は従魔の力を解放し、より強くする能力がある。

 ウィードもまた力を求めて俺の召喚に応えたのだ。なので、従魔は死ぬまで主人を守り、主人の味方をする。こいつらにとってそこまでこの世界の命に価値は無いのだ。

 逆に価値があると思っているものは差し出さない事もある。食事を奪おうとすると抵抗されたりする。

 

 とりあえず、簡単にまとめてしまえば、召喚出来る従魔という存在は、人間以外の別世界に住まう存在だと言うことになる。

 この場合の別世界のというのは、ゲートを開く事が出来る空間を示す。

 

 では、リミテッドキャラクターの召喚はというと、これは特殊な召喚方法になるのだ。

 その存在を認識しており、条件を満たせば召喚が可能になるのだ。その条件がリミテッドキャラに認められるというものである。リミテッドキャラの多くはゲートの向こう側とはまた別の場所で生きている存在であるからして。

 まあ、召喚ゲートは他にも開くため、必ずリミテッド召喚になる訳じゃないが、条件さえ満たせれば、そいつらも応じてくれる可能性はあるよ。という事だ。

 そこの狼少女もこちらを認めて従魔になってもいいと思えば、今すぐにでも従魔になれる。という訳だ。

 

 そして、ゲーム時代に俺は全てのリミテッドキャラの召喚条件を満たした男だ。その存在もしっかり認識しているし、次の召喚ではきっとリミテッドキャラを呼び出す事が出来るであろう。

 

 笑いが止まらない。ゲームでなければ見つける事すら不可能であろう存在を知っているのだ。もはやこの世界は俺の為に存在していると言ってもいいだろう。

 

 急に笑い出した俺の頭を疑うように、少年少女は距離をとった。



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9話 無法地帯

1/12
石個数編集に伴う若干の描写変更。


 今の所石集めは順調である。三日目の朝にして集まった石の数は六個。とりあえず枠の拡張で一個を残し消費しきってしまう程度の数であるが、現実にして考えてみれば頑張った方である。

 

 昨日の夜に提示した方法であるリミテッド召喚をするには、数が後二個足りない。

 メインクエストが自動的に進むのならば、恐らく今日にでも襲撃が発生するだろう。それを躱しつつ石を回収すべきだ。

 隣で髪を梳かし毛繕いをするウィードを眺める。

 戦力強化は必須事項だ。しかし、星十の龍種などそう簡単に強くはならない。

 好感度イベントも、ステージ解放をしなければ次へは進めない。少なくとも、レベルを上げきることだけはしておきたいものだが……。

 

「キャァァァァ!!」

 

 それなりに厚い壁の向こう、柊菜と狼少女、星四野種『狼少女のチェリーミート』と暴剣のエンドロッカスがいる部屋から悲鳴が聞こえた。

 

 ビクリとウィードが音に驚き身体を揺らす。毛繕いをしていた櫛をベッドに放り投げて四つん這いになり身体を伸ばす。

 

「さっそく襲撃か。宿に迷惑だからさっさと片付けるよ」

「グルルッ!」

 

 喉を鳴らしたウィードを連れて、隣の部屋へと向かった。

 

「大丈夫か!?」

 

 先程の悲鳴で目を覚ましたのであろう樹少年が寝巻き姿に寝ぐせをつけて部屋から出てきた。柊菜の部屋はドアが蹴破られたのか破壊されている。

 

「樹君! スリープさん!」

 

 どうやら怪我等は負っていないようで、襲撃犯の男達を相手に狼少女を庇っていた。主の前にエンドロッカスは立っており、狭い部屋というのもあって、攻めあぐねていたようだ。

 

「ウィード、戦闘準備」

「人間相手だが、食事前の運動くらいにはなるか……。ま、こいつらを相手に1分でも生きていればの話だがな」

「シーちゃん! 突撃!」

「おっけぃ! どっかーん!」

 

 召喚士相手に奇襲が失敗した時点で、人間の不良相手に負けることはなかった。

 俺は何一つ働いていないのに、石だけ貰えるのはなんだか悪い気がする。

 ……早く龍種以外の従魔を呼び出すべきだろうか。これほど動かないと、少しだけ不安になってきた。

 

「無事だったか?」

「は、はい……」

 

 襲撃者をまとめて縛り上げ、警察へと連絡し引き渡しを待つ間に狼少女へと声をかける。

 彼女は荒らされた部屋の惨状を見て凹んでいる。

 

「私のせいで……」

「昨日の今日だから多分君のせいではあるよね」

 

 沈痛な面持ちで沈む少女を眺めて、下手な動きをしないように釘を刺す事にした。

 

「だからといって君が自分の身を相手に差し出す必要は無いよ。それが嫌で柊菜は君を助けたのだから」

 

 逆に助けてまでそれをされるとこちらの行動全てが無意味になるからね。何のためにここまでしたのかっていう話になる。

 まあ、人を助けるなら自分の身を守れるだけの力を持った上で助けるべきだね。自己犠牲の精神というのが俺は大嫌いだ。

 親切っていうのは自分に余裕があってするものだ。そして、現状俺達に余裕があるかというと、それはイエスと答えられるだろう。

 生活難でもない。逆に水準は上げることが出来る。力も頂点でこそないが上位に入れるものだ。

 

 ウィードが俺の肩に飛び乗る。自分を誇るように胸を張った。君何もしてないだろ。

 

「だから、君がやるべきは彼女の隣で幸せそうに笑っていることだ。大変そうなら助けてあげるよ。俺に余裕があったらね」

 

 そこでようやく、狼少女は安心したかのように、少しだけ笑った。

 まあ、今の惨状を前に笑えるなら大丈夫だろうと踵を返す。

 

 ゲームでは人を倒した後でも金銭等はドロップしていた。つまりは彼等から金を取っても問題ないという事だろう。

 宿の修理代として、身に付けているもの全部貰っておこうか。

 

「…………協力、感謝する」

「いいよ。降りかかる火の粉を払っただけだ」

 

 顔を合わせてから二十四時間もしないうちに、また顔を見る事になった警察署長の顔が引き攣っていた。どうやら問題を起こしまくる俺達を見て連絡先を渡したのを後悔しているのだろう。

 収容数も少ないだろうに、昨日の今日で二十人に及ぶくらいの数を牢屋へぶち込んでいる。

 コワモテマッチョ男はちらりと俺達の背後に佇む狼少女を見た。

 

「それと、そこの獣人だが、こちらで保護する事も可能だが、どうするか?」

「ろくに警察機関が機能していないのを見ていると頼る気にはなれないね」

 

 絶対明日には買い取りした人の元へ届けられているだろう。この街の警察は力に弱い。

 流石に癒着まではしてないと思うが、それでも一般市民すら守れる力を持たないので頼れはしないだろう。

 

「そうか……。まあ、自衛できる力があるならそうするべきだな」

「そういうこと。それじゃあ次もなにかあったら頼むよ」

「あ、ああ……出来れば何も問題は起こすなよ」

 

 そう言って署長は襲撃犯を引き連れて帰った。

 彼等が出ていくと、柊菜がおずおずと切り出した。

 

「スリープさん。あの……宿屋の人が、全金返却するから出ていってくれって……」

「うーん……街の外に出て他目指しませんか? 流石に他の街まで追いかけてくる事は無いと思うんすけど」

「石が後一個あればチェリーを召喚出来るんだからまだここに居るべきだよ」

「石って……別の街で集めればいいじゃないですか」

 

 首を傾げた柊菜へこれみよがしにため息をつく。

 

「チェリーを従魔にすれば、必ずこっちに召喚士ギルドが味方になるんだよ。そうすればもう手出しされなくなるからね。下手に逃げて事態を面倒にするよりも、ここでケリをつけた方がいいんだ」

「……本当に役に立つんですかね?」

「世界規模で展開されているから下手な組織よりも力はあるよ」

 

 この世界に限って言えば、最強なのは召喚士ギルドである。何せ各ギルドの頂点が持つ従魔は異例の星八なのだから。

 他の最高値が星五な分圧倒的な強さを持っているのだ。リミテッドキャラクターな分使い勝手もいいし、同じ星八よりも遥かに強い。

 地龍ウィードだと面倒くさい。動き方をミスすれば負ける。それも完全に育成しきっての状態でだ。スキル屋が無い現時点ではどう足掻いても勝てない。

 どいつもこいつも『龍種覚醒』がクソアビリティ過ぎるのが悪い。そして敵のAIが賢すぎるのも辛い。バフ積まれて勝てなくなるのだ。

 

 両肩に乗るウィードの脇に手を入れ正面に持ってくる。きょとんとした瞳をしている。

 

「そろそろ本格的に争うからウィードにも戦って貰わないと困るんだけど」

「種の頂点たる龍種を従魔にしたんだ。誇れ、優雅に構えて迎え撃て」

 

 それで負けてちゃ意味無いんですがね。

 

 

 

 かなりの数の襲撃者を一度に退けたからか、街中を歩いているだけでは特に襲い掛かって来るものはいなかった。

 俺と樹少年が両脇を固め、エンドロッカスが背後、ウィードが正面を歩く布陣で、要人警護でもしているかのように柊菜と狼少女を守っていた。万が一というのもあるので念を入れて接触させないようにしたのだ。見てないうちに誘拐されるのが面倒なので。

 

 そうして向かった先、召喚士ギルドの入り口では、太った男が複数人の武器を持った人間を引き連れて何事かを喚いていた。

 

「貴様らの所の召喚士がワシの買った狼人族を奪いおったのだ! さっさと引き渡せ! 責任を取れ! 幾ら金を出したと思っているんだ」

 

 入り口で男の話を聞いているのは、一人の召喚士であろう、細身の男が立っていた。周囲には誰も居らず、遠巻きに眺めてはいるが、誰も近寄ろうとはしていない。

 

「あいにく、こちらにそのような話も狼人族も入ってきてはおりませんので、対処は出来ないですね」

「何を偉そうに、この街で活動出来なくさせてもいいのだぞ!」

「そうなれば、我々も然るべき方法で対処させていただきます。ええ、少しだけこの街の地図を書き換えるだけです」

 

 そう言って細身の男が指を鳴らすと、黒いゲートが発生し、人間大の大きさもある卵型の物体に黒い手が幾本も生えた異形が現れた。

 

『@#%&! @@#%@〜』

「な、なんだコレは!!」

 

「ひぃ! マスター助けて!」

「うわっぷ!? いきなりなんだ?」

「あれ……従魔? あんな形もあるんだ」

 

 樹少年のピクシーが主人の顔に張り付く。柊菜は見た事もない明らかに今までとは違う従魔を見て訝しそうにしている。

 俺はその従魔の姿を見て舌打ちをした。

 

「朝から嫌なもん見ちまったぜ」

 

 星八機種『伝播するフィアズエッグ』だ。対軍性能が極めて高いクソ卵である。

 名称から察する通り、あれのアビリティには相手へ『恐怖』の状態異常を植え付ける。毎秒単位で判定が入るので、精神系の状態異常無効か、神経属性の耐性が極めて高くないとほぼ受ける。

 そうして受けた恐怖を更にアビリティで周囲の味方へ伝播させ、それに成功すれば『恐怖』が『恐慌』になる。

 そうして同士討ちさせる嫌な従魔である。

 

 この手の状態異常タイプは他の能力が高くないパターンが多いのだが、こいつはめちゃくちゃ硬い。更に回復スキル覚えているので余計に面倒くさいのだ。とことん嫌がらせに特化したタイプの従魔である。硬いし状態異常ばら撒くし、回復する。ついでと言わんばかりに自爆技も持っている。

 対処は簡単だ。精神系状態異常がそもそも入らない機種で殴るか、状態異常を無効する奴で殴る。

 ウィード単体じゃ勝てないが、もう一体くらい回復役を用意すれば勝てるはずだ。もちろん育成はする必要があるが。

 

「ヒイイ!! うわあああ!!」

 

 尻もちをついて地面を這いつくばりながらも必死に卵から逃げようとする太った男と、その取り巻き達。どうやら精神判定に失敗したようだ。

 恐慌ではなかったのか、同士討ちはせずに皆逃げ出してしまった。

 

「フン。他愛もない」

 

 フィアズエッグを『リコール』させると、男はギルドの中へ入っていった。

 

「す、スリープさん。あれは?」

「機種星八『フィアズエッグ』と、その使い手のギルドマスター『エムルス』だよ」

 

 大して強くない癖に偉そうなギルドマスターとして不人気な男である。

 ミラージュとどちらが強いかといえば、レア度の差もあり、エムルスの方が強いだろう。しかし、戦いの上手さはミラージュに軍配が上がる。

 

「それよりも、聞いたか?」

「あ、はい。…………さっきの男の人ですよね。チェリーを狙っている人」

「あー……狼人族がどうのって言ってたな」

 

 樹が『恐怖』の状態異常になったピクシーを顔から剥がした。

 

「グルルァ!!」

「うおお!?」

 

 突然、前にいたウィードが俺達の背後へ飛びかかった。

 そこには、狼少女の口を押さえて連れ去ろうとしていた男達が立っていた。

 

「え、エー君は!?」

「あー……強制リコールか」

 

 背後ががら空きになった原因を思い出した。

 恐怖のバッドステータスは、従魔の攻撃を止める効果以外にも、ピクシーが見せたような逃走行動を行わせる効果もある。エンドロッカスはそれにかかったのだろう。

 

「コールすれば呼び戻せるよ。ウィードが恐怖状態にならなくて助かったよ」

「こ、『コール』!」

 

 召喚時の光の奔流とは違い、空間に穴が空いたような隙間ができる。これが『ゲート』である。従魔がこちらの世界へやってくる時に通るものだ。

 

 呼び出されたエンドロッカスは、自分の失態を恥じるかのように柊菜へと剣を掲げた。

 

「そういうのいいから! チェリーを取り返すよ!」

 

 柊菜に叱咤され、しょんぼりしたような仕草をとるも、すぐに振り返り剣を構えた。

 ウィードは男達へ飛びかかった後、チェリーを押さえていた男を押し倒してすぐに距離をとった。

 

「ふんっ。世話の焼ける……」

「ありがとな」

「ぐるる……」

 

 頭を撫でると、こちらの手により頭を押し付けるかのように顔を上げて喉を鳴らした。こうして見ると可愛いものである。

 それよりも『龍種覚醒』が発動しなかった気がしたのだが、なにか違いがあるのだろうか? それとも、攻撃はしていないのでアビリティタイムは切れていないのだろうか。

 

 原因は不明だが、後々確かめようと思う。

 

「作戦失敗だ! 引くぞ!」

「そうはさせないぜ! シーちゃん、炎で道を燃やしてくれ!」

「ひううー」

「シーちゃん!?」

 

 恐怖状態の解除が終わっていないようで、怯えているシーちゃんへ気遣うように構い出す樹少年。

 エンドロッカスも剣こそ構えたものの、切っ先は震えていた。

 

「……どうやらあっちは戦える奴がいないようだな! 今のうちにずらかるぞ!」

「ウィード、俺も出る、一人も逃がすなよ!」

「…………しょうがないな!」

 

 ここは俺が前に出よう。

 ウィード一人だと手が足りないので、俺も構える。正直に言うと、この世界の人間相手に勝てるかどうか不安なので、早く助けに来て欲しいものだ。

 

「召喚士が前に出やがった!」

「素人が! 先に戦力を削らせて貰うぜ!」

 

 相手は五人。こちらは二人。

 ウィードを無視して、俺に向かって三人が殴りかかってきた。

 テレフォンパンチで突っ込んできた男の顎を狙って腰を捻る。勢いをつけたこちらの拳が先に当たり、どうにか一人を昏倒させる。

 しかし、空いた隙を狙って一人が顔面にパンチを打ち込んでくる。首を捻って衝撃を減らすも、想定以上の威力で吹っ飛ばされる。

 

「え……」

「よわっ」

 

 ガキンチョが前に出ないで好き勝手言いやがる。こちとら日本で身体鍛えてたんだぞ。

 

 ふらふらしながらも起き上がると、殴った方の男も、手応えの軽さに驚いているのか俺と自分の拳を交互に見つめている。

 

「お、俺にも遂に力が!?」

「う……くっそ。舐めやがって」

 

 昏倒させたはずの男すら起き上がってきた。重心もしっかりしており、視線も定まっている。

 

「…………」

 

 絶対絶命という訳では無い。彼等の背後ではウィードが残りの男達を片付けた後だ。

 

「ステータスがあるって時点で思ってたけどさぁ。これは凹むわ」

 

 悔しくてため息が出る。殴られた頬がめちゃくちゃ痛い。奥歯は折られて口から出血もしている。

 

 予想はしていたが、これほどとは思わなかった。

 

 俺達日本人、もしくは召喚士という存在は、めちゃくちゃ弱いのだということを。




ある程度情報が出揃ったのでタグ追加しました。


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10話 従魔召喚

「俺達が弱い……? 何当たり前のこと言ってんですか」

 

 現在はギルド内部。襲撃者に殴られた頬はピクシーのシーちゃんによって回復済みであり、今は朝食をとりながらの反省会だ。

 そこで俺は殴られた際の言い訳として、調べようと思っていた事を正直に話した。

 

「まあ、あそこまで吹っ飛ばされるとは思ってなかったっすけど、それでも鈍器ぶん回す世界に連れてこられりゃ自分達よりも暴力の振るい方は上手いだろうとは思うじゃないですか」

「そ、そうですよ。検証とは言いますけど、どっちにせよ攻撃されなければいい話です」

 

 まあ、そう言われれば返す言葉はない。

 俺もほぼ同意であるので、大人しく朝食で注文したサンドイッチと鳥肉らしきなにかを焼いた物を口に運ぶ。

 まあ、自分の身の限界を知れたと思えばいいさ。状況の把握は必須だったのだし、俺自身が後々役に立てればいいだけの事だ。

 

「それと、先程の襲撃で石の数が八個になりました。これで、召喚が出来るんですか?」

「正しく言えば、召喚と、常時召喚枠の増加だね。エンドロッカスをリコールしていれば、石を五個使って枠を増設しないでも召喚は可能だよ」

 

 単体で戦うのなら星十三以上は必要だと思うが。それでも星十六の天種以外は単体での戦闘で勝ち続ける事は出来ないだろうけど。

 

「それと、今すぐ召喚して枠増設はやめた方がいいね。もしもエンドロッカスか新しい従魔がロストした時、再挑戦するための石が無くなるからね」

「ロスト……そういや、このゲームでもロストするんだったっすね」

「まあ、それがソシャゲの普通だったしね。課金させるにもロストシステムは必要だったんだと思うよ」

「現実的、ではあるんですけど……。ちょっと理不尽かなって思っちゃいます」

 

 ロストは課金要素でもあるが、ゲームの引退要素にもなる。元々セーブ機能が無いというかオートセーブなので、ロストしたらリセットという手段が取れないのだ。

 メンタルが弱いとここで引退するし、そもそも完全ロストとか言うクソ要素が受け入れられない人も多い。

 

 けれど、このゲームではロストは中級以上のプレイヤーならほぼ回避可能な出来事だった。何も石を消費する必要すらない。石を使えばすれば全体回復してバーストゲージも満タンになるけど。

 蘇生スキルがあるのだ。適性のある従魔以外は覚えられないけど、その範囲も結構広いので、初心者でもなければ問題にはならなかった。

 

 その分、このゲームには撤退や逃走なんてものは存在しないので、一度戦う時は常時召喚キャラ全てを失う覚悟で挑む必要があるが。

 フィアズエッグは許されない。使い捨ての精鋭部隊が情報を得るまではとんでもない危険要素だった。無対策で挑めばほぼ確実にロストなのだから。

 俺もまた当時の精鋭部隊であったので、いの一番にコンテンツへ挑み、多額の石を支払う事で、どうにか無理やりクリアしたのだった。

 

 ちなみに、戦闘中でも課金で石を買えたので、最終手段はアプリ落として戦闘中ポーズにしたまま金の限り戦い続ける事である。緊急手段でもある。

 

「召喚士が持つ石の数は、召喚士そのものが持つ力の数でもあるから、従魔一体につき一つの蘇生用石だけでも用意しておくべきだよ」

 

 以前にも言ったが、石さえあれば快適にプレイすることが出来るのだ。大体の事に手が届くので、石は大量に所持しておいた方がいい。

 育成の手間すら省けるし、そもそも従魔には色んな種類や用途があるので、それらを手に入れる為にも石はいくらでもあっていいものだ。

 

「石は俺達の生命線だ。これだけは切らさないようにした方がいい」

 

 課金で今ある数を増やせないならば、今ある数が俺達の手札の数だ。

 

 二人も俺の気迫が伝わったのか、真面目そうな顔つきでコクリと頷いたのだった。

 

「失礼するワァ」

 

 そんな時だった。カランと音を立てて純白のダンサースーツに身を包んだ男が入ってきたのは。

 頭はピンクの巨大アフロ。一度見たら忘れないインパクトを与える男。ミラージュ・バトラーが召喚士ギルドへ入ってきた。

 バトラーは周囲を見渡すと、こちらの席に座る狼少女チェリーを見つけるや否や、こちらへ歩いてきた。

 樹と柊菜がガタリと慌てて立ち上がる。かなり緊張で表情が凍っている。従魔を出していないのに、彼等を守るようにピクシーのシーちゃんと、エンドロッカスのエー君が戦闘体勢をとった。

 

 ミラージュは瞬間的な攻撃力が低いことを知っている俺は、座ったまま彼が近付いて来るのを眺めていた。

 

「……そこの狼人族のコ。ボクの可愛い部下が使ってる商品じゃなぁイ?」

「いや、違うね。これは俺達の仲間だよ」

「そういう事じゃないのよネェ……。それに、人間以外は召喚士になれないし召喚石が手に入らないでショ? 仲間というには不適切じゃないかしラ?」

「さあね? 人間から人外になれば、そのあいだに持っていた石や従魔は使えるはずだろう?」

「あラ、詳しいのネ。その事実はボク達も最近ようやく掴んだ情報なのだけド。優秀な人材ならうちへ来なイ?」

「あいにく俺は権力が嫌いでね。心の奥底から信じているのは暴力だけさ」

「ワイルドなのね。ボクは君みたいなコ、嫌いじゃないワァ。最近じゃあ信念も持たずにただ生きるだけの弱者が多いのヨ。その癖現状に不満だけは持って工夫もしないでいるのヨ? 肥溜めの中で吠え続ける犬みたいで嫌ネ」

「悪いが俺はアンタと世の中について語り合う気は無いよ」

「あら、せっかちさン。いいワ。そこの自分で何もしない犬は貰うわヨ。こちらにもメンツってものがあるんだかラ」

 

 ミラージュは大きく身体を逸らすと、踵でリズムを取り始めた。

 

「ザコイ! ボクはこの一番強そうなコを潰すから、そっちのピクシーと剣士の従魔を蹴散らしなさイ! 別働隊はその隙に狼ちゃんを捕獲しなさイ!」

「ハッ!」

 

 ドカンとギルドの扉を蹴りあけてこの間ミラージュに付き従っていた男が入ってくる。後には複数の、手に鉄パイプや棍棒を持った男が続く。

 これは予想外だった。まさか人身売買にミラージュが関わっているのは理解出来るが、組織のボスが直接出てくるとは。

 

「くそっ! さっさと召喚しろ!」

「ダンスパートナーから目を離しちゃダメヨ? 『コール』」

「スリープさん!!」

 

 一瞬で距離を詰められ、俺とウィードは、ミラージュの従魔に異空間へと引きずり込まれた。

 ゲートとはまた違う雰囲気の空間を通り、たどり着いた先は、一面の砂漠だった。

 太陽が全てを焼き、日本の夏とは違う直接火に当たっているような光線が肌を突き刺す。

 

「…………随分危険視してくれているようだな?」

「別に坊やの事じゃないワ。ギルドの中でボクが暴れたらギルドマスターが出てきちゃうもの」

 

 大きく離れた向こう側には、熱でゆらゆらと影が揺れて定まらないミラージュが立っていた。

 

「それにしても、坊やは驚かないのネ。まあ、ボクは有名でもあるからかしラ?」

「そんな所さ。あんたみたいな手合いは結構出会ってきたんでね」

 

 ゲームの中でな、と心の中で付け加える。

 

「ボクは聞いたことが無いワァ。自分のような従魔を使う召喚士なんて存在」

「地下で王様やってりゃ知らんものも多いでしょ」

「そうネ。ボクは自分の周辺にしか興味が無いからネ。とりあえずお話はやめにしましょウ?」

 

 ウィードを一度リコールして呼び戻す。コールで再び召喚すると、暑さを嫌がるように猫背になった。

 

「んふふ。可愛らしい従魔ネ。それが今から無残に殺されちゃうなんて、可哀想よネェ」

「……出し惜しみは無しだ。ウィード」

「分かってる」

 

 ポケットに手を突っ込む。せいぜい余裕を見せつけれるように。相手の警戒を引き出すように。

 

「『シェイプシフト』」

「グルルル………ガアアアア!!」

 

 ウィードの身体が白く光り、全身の形を大きく変える。

 小さな身体は数倍にも大きくなり、人の頭は爬虫類を思わせるそれになる。

 全体的な大きさは、高さがおよそ二メートル、横は四メートル程度だろう。

 大地に両手両足をしっかりと下ろし、幼い女の子を思わせる身体は、今や巨大な岩のような龍の姿に変わっていた。猛る声は空間を鈍く振動させ、その見た目だけで全てを威圧していく、絶対的な強者。

 

 ウィードの好感度イベントの最初は、地龍としてシェイプシフト出来ない末子のウィードがその悩みを打ち明けてシェイプシフトに成功する戦闘イベントが入るものだ。

 そこで初めてウィードは『シェイプシフト』のアビリティを入手する。

 このアビリティは、人型以外の種族の従魔が、人の形をしている場合に付いているアビリティであり、発動すると、本来の姿を取り戻し、ステータスを大幅に高めるのだ。

 龍種の場合、上位になればなるほど多くの龍種が人型になるし、より人に近しい姿になる。それは、エネルギーの消耗を抑えるためだ。

 これにより、龍種はただでさえ高いステータスを、最強と呼ばれるにふさわしいものにする。

 

「さあ、蹂躙しようか。龍の力を見せつけてやれ」

「いいワァ! 熱くなってきたじゃなイ! 素敵なダンスを踊りましょウ!」

 

 さて、これから耐久戦である。

 未強化ウィードじゃ何が起きてもミラージュには勝てない。単純なレベル差である。

 とはいえ、タンクのステータス配分なので、持久戦は可能だろう。後は、ミラージュが慎重に戦って時間を稼げれば十分だ。

 早くあの狼少女を従魔にしてくれよ。

 暑さ以外で流れた汗が、頬を伝った。

 

 

・・・・・

「スリープさん!!」

「おっとぉ!? よそ見している余裕があんのか?」

 

 ザコイと呼ばれていた男が、柊菜を狙って従魔を飛ばす。

 その一撃はエンドロッカスが剣で弾いた。しかし、エンドロッカスはその後剣を構えない。

 

「その従魔……!」

「ヒヒヒ、機種『廃鉱山のエレキテトラ』だ。俺の剣であり盾である万能の従魔よ!」

 

 ザコイの周りを飛ぶ従魔は、柊菜も樹も見たことが無い形をしていた。四脚の金属片が複数飛び回っているだけ。それは生命と呼べるものではなく、何かの魔法で動かしていると言われた方が納得出来る光景だ。

 先程見たフィアズエッグという機種も生命を感じさせないものだったが、こういった存在も従魔に入るのだろう。

 群体として広範囲に散らばり、互いへ電気を飛ばし合う能力を持っているようだ。柊菜のエンドロッカスは、剣にエレキテトラが張り付いて動きを阻害している。

 

「シーちゃんなら小回りが効くはずだ!」

「駄目っ! 二人とも攻撃に回したら誰が他の人を倒せるの!」

 

 シーちゃんは召喚士であるザコイ以外の襲撃者へ牽制をしている。従魔の力を恐れて攻めてこないゴロツキ達だが、シーちゃんが離れれば即座に数で制圧されるだろう。

 状況は既に詰んでいた。スリープはどこかへ連れ去られ、すぐには助けに来れないだろう。起死回生の一手である召喚は、この場を凌いでも、チェリーを助ける事が出来なくなる。

 エレキテトラが包囲網を作り、徐々に距離を詰めてくる。これが身体に触れた瞬間。電流で死ぬか、動く事が出来なくなるのだろう。

 

「どうすれば……」

「俺が召喚をして、時間を稼ぐ。そのうちに逃げれば……」

「それじゃあ樹君が死んじゃうでしょ!」

「でも、どうすりゃあ……」

 

 これは柊菜が言い出した事だ。従魔の命でもある召喚石を、一番弱い従魔であるシーちゃんに残さずに樹へ砕かせる訳にはいかない。シーちゃんは一度も攻撃を受けていない。見た目だけならば、耐久力など皆無に見える。敵も従魔であるのに樹へ無理強いは出来ない。

 

「…………私が、私が出れば、あの人達の目的は達成出来ます」

「チェリー……それは駄目だろ!」

「じゃあどうしろって言うんですか! このままじゃあなた達まで危険な目に遭うのですよ!? こんな、私なんかを助けたばかりに……」

 

 チェリーは恐怖を押さえ込んで笑った。樹と柊菜を安心させるように。

 

「大丈夫です。私は商品なのですから、きっと悪い事にはなりませんよ。今までありがとうございました。少しの間でも、こんなに優しくしてもらえて、嬉しかったです」

 

 チェリーが離れるように一歩踏み出した。それ以上、チェリーは前に進めなかった。

 柊菜がチェリーの腕を掴んでいたからだ。決して離すまいと力強く握り締めている。

 

「認めない。認めないよ。ここまできてあなたが不幸になるなんて絶対に認めないから」

「でも……」

「あなたは私が絶対に助ける。二度と離れようとしたりさせないんだから!」

 

 柊菜が怒鳴る。そして、衝動的に石を砕いた。

 五個の石が粉々になり、柊菜へと力が流れ込んでいく。感覚的に分かる力と、強い衝動に導かれるように、残った石を頭上へ放り投げた。

 

「『召喚』!!!」

 

 その様子を眺め、チェリーは泣きそうな表情を浮かべる。

 震える声で絞り出した。

 

「どうして……」

「私はね、ハッピーエンドが好きなの。全員が幸せになれたらって思うけど、それは難しいから。だから、私の身の回りの人だけでも、幸せにする」

 

 光が周囲を覆い隠す。ギルド内部は強い発光で周囲が見えなくなる。多大な迷惑である。

 そして、光が収まる。周辺には何も違いがなかった。

 しかし、柊菜だけは感じる。目の前にいる少女と自分が、決して断ち切れることの無い力で繋がっている事を。

 

「ここまでだな」

 

 そして、気付けば柊菜達とザコイの間にひとりの男が立っていた。痩躯でありながら、この場で誰よりも力強く存在感を示している。彼の背後に浮く卵の形をした従魔は、つい先程その力を周囲に見せつけていた。

 

「そこの狼人族の従魔化を確認した。これより、そいつは新人ギルド員ニッタ・ヒイナの従魔である事を召喚士ギルドヴエルノーズ支部が認める。これ以上の戦闘行為は禁止だ」

「…………くそッ! 引くぞ。お前ら」

 

 ザコイがギルドマスターであるエムルスを睨みつけるも、全く意に介さない様子を見て、しぶしぶ引き上げ始めた。

 

「ミラージュさん。すいません。失敗しました。これ以上の戦闘は無理です」

 

 どこかへ消えた二人へ連絡をしたのだろう。ザコイが柊菜を見た。

 

「……この街でミラージュさんに逆らう奴は生きていけねぇ。今回は手を引くが、これ以上調子にのるなら叩き潰してやるからな」

 

 そう吐き捨てて、ザコイ達はギルドを出て行った。

 

・・・・・

 

『ミラージュさん。すいません。失敗しました。これ以上の戦闘は無理です』

 

 不意に空間へザコイの声が響く。

 

「あらぁ、どんな手段を使ったのかしらネ。ギルドが関わってくるだなんテ」

「…………さあな。俺には予想もつかないさ」

「んもう、隠しちゃっテェ。顔に泥は塗られたけど、憂さ晴らしは済んだからもういいワ」

 

 ズズンと砂埃を上げて倒れる龍。その身には傷がついていない場所などないというほどに痛めつけられていた。

 血が流れ続け、何をしても助かりはしないだろうという惨状だ。

 

「利益的には、龍種一体とあの小娘でそっちのマイナスかしらネ。ボクを侮った分の勉強料としては安くすんだんじゃなイ?」

「……」

「返す言葉も出ないのネ。……少しくらいやれると思ったんだけド。見当違いだったかしラ」

 

 ミラージュが踵を返して歩いていく。

 

「またネ。次は一撃でも入れられるといいわネェ」

 

 陽炎の中へ消えていった。

 ミラージュがいなくなり、砂漠も薄れていく。少しすればまた、ギルドの中へと戻されるだろう。

 地面にどっかりと座りこむ。ころりと体から落ちた虹色の八面体の水晶を掴む。

 

「『再生』」

 

 そう呟くと、石は砕け、眼前に倒れ伏す地龍ウィードの身体に粒子が降り注ぐ。

 一瞬で全ての傷が消え失せる。

 

「あー、終わった……耐久戦長すぎだよ。ザコイ相手にどれだけ苦戦してんだよ」

「……ぐるぅ」

 

 龍の姿のまま、ウィードが歩み寄る。甘えるように頭を押し付けてきた。

 

「ありがとな」

 

 頭を撫でながら、空を見上げる。

 砂漠フィールドなので、確かに青い空と眩しいほどに光り輝く太陽がそこにはあった。

 

「強くならなきゃだな……」

 

 ミラージュ戦。俺が選んだのはただひたすらに防御へ徹することだった。

 そもそも、今のウィードじゃ戦ったところで手も足も出ない。防御力が高いので耐久戦に持ち込んで時間を稼げば、ギルドが介入するとは思っていた。

 しかし、結果は惨敗。耐久戦としては勝利だが、それで得たクリア報酬の石を、ウィードの蘇生に使った分俺には利益が一切なかった。

 

 それもこれも、向こう側の学生組が遅いのが原因である。

 ザコイはその名の通り、使っている従魔がくそ弱い。サブクエスト関係では最初に戦う敵なので、本来ならピクシー単騎でも、実は勝てたりするはずなのだ。

 その次にトロイが出てきて氷炎のマリオネットでボロくそに負かされるんだけどな。一章クリア後のサブクエストに挑戦した初心者が、難易度の上がりすぎで従魔をロストする罠である。

 

 なので、すぐに戦闘は終わると思っていた。結果は、ミラージュにこちらが攻める気がないのをすぐに把握され、ロスト手前まで持っていかれる始末だ。

 

 ゲーム時代以上に強かった。使ってくる戦法も従魔も変わりは無いが、召喚士の才能なのか、戦い方が洗練されていた。

 

 全てがゲームの通りではない。それを強く意識させられる戦いだった。

 色々考える事はあるが。何はともあれ。

 

「第一章完結、だな」



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11話 誤算

 そもそも、メインクエストにミラージュ達含む裏組織が登場するのは最初だけであった。

 ゲームの流れでは、まず洞窟でチュートリアル。その後街へ行き、情報を手に入れるために町長の家へと向かうのだ。その時町長の家で出会うのがミラージュである。すぐさまミラージュは町長宅を後にして、その後は影も形も見ることはない。

 サブクエストで再び登場するが、その存在を知るのは、地下街へと行く時である。実際に戦う時はヴエルノーズでのサブクエスト最後、つまりボスとして戦うことになるのだ。

 ちなみに、ギルドマスターのエムルスは第一部である魔王討伐まで完結させないと戦う事が出来ない。かつてのエンドコンテンツである。

 だからというか、そんなゲーム上のストーリーを知っている俺は、最初の召喚で当時の最高レアである星五以上を引いた時点で、どこか楽観視していた。

 この世界なら余裕で生きていけるだろう、と。

 

 

 

「なんか強くなれる方法って無いんですか?」

 

 ミラージュ達がいなくなり、戦闘で荒れたギルド内部もエムルスの命令を受けて掃除をした。その後に反省会としてなのか、クエストを受けずに備え付けのテーブルに座って樹が聞いてきた。

 何も注文しないのも悪いかと思い、ウィードへ労いの肉を食べさせている。柊菜の隣に座るチェリーもウィードを見てヨダレを垂らしている。

 

「レベル上げとステージ解放かな」

「それもありますけど……」

「楽に強くなりたいというなら石を割るといいよ。石の使い道は様々だ。経験値アイテムから進化素材まで石を割れば楽に入手出来る」

「グルル……楽に強くなったところで精神が育ってなければ意味が無い。自信にならない。魅力として映らない」

「龍種の君がそれを言うかね」

「龍は、強い! 強者の心もある! 生まれ持った力だ!」

 

 アビリティ【雑草魂】が何か言ってやがる。ウィードは上位に位置しててもそこまで強く無いだろうに。

 

 ちなみにレートはそこら辺で取れる素材が百個で石一個分とかいう劣悪レベルだ。レアアイテムにもなると、その石でガチャ回した方が戦力を生み出せるのではないかと言わんばかりの石を消費する。

 マラソンした方が効率は良いので、時間が許すならひたすらダンジョンでもクエストでも周り続けた方がいい。

 俺としては今すぐに石を割りながら行動力回復しつつ周るよりも、育成期間と呼ばれる行動力消費が半分の時期に全力を出した方がいいので、当分の間は戦力補充以外で石を割るつもりは無い。

 

 ついでに召喚と枠補充で石を全て失ったそこの柊菜とかいう女の子は、今すぐにでも戦わないクエストを受けて石を確保すべきである。

 

 というか、なんでいきなりそんな事を言い始めたのだろうか。

 

「…………俺、なにも活躍出来てないなって。思ったんですよ」

「そ、そんなことないです! 私、樹さんのよかったところ、たくさん知ってますから! ね、ご主人様!」

「うん。足りない手数を補えるし、回復はすごい役にたってるよ!」

 

 俺の表情を見て察したのか、頭を掻きながら俯く樹。それを慰める柊菜と狼少女のチェリー。肝心のピクシーは頭の上にあぐらをかき不満顔である。当たり前だろう。ピクシーの働きが足りないと言っているようなものだ。傍から見りゃハーレムだぜ。

 俺は二人の活躍具合をそれほど見ていないが、ピクシーの活躍はかなり大きいと思うぞ。

 この場におけるMVPと言っても良いくらいだ。ヒーラーの存在はそれほどに大きい。

 特に俺は運が良くそこまで大きな怪我を負わなかっただけであり、ゴロツキに殴られた時など、首の骨が折れていてもおかしくはない衝撃を受けているのだから。

 

 とはいえ、それは俺の主観であり、樹少年とは別のものだ。例えば彼が考える内容として、二人の役割を見てみよう。

 柊菜の手持ちは、近接物理攻撃のDPSであるエンドロッカス、同じく近接物理攻撃のDPSである狼少女のチェリーミート。

 樹の手持ちは、ヒーラー兼遠距離魔法攻撃のDPSである花畑のピクシー。

 

 こうして見ると偏っているな。俺のウィードがタンクというのもあってピクシーにかかる負担があまりにも大きい。機種のゴーレム系統なら魔法攻撃に専念することも出来るし、単純な防御力も高いのだ。

 ウィードは優秀なヒーラーが支えるのを前提に運用する必要がある。

 物理火力は十分なので、タンクの能力が優秀なのも考慮すれば、短期決戦で魔法火力が欲しいところだ。ヒーラーが今増えても序盤はそこまで戦力が上がる訳では無いというのもある。

 

「とりあえずこの街でのメインクエストはほぼ終わりだから、ゆっくりと石集めてガチャ回すしかないと思うよ」

 

 とりあえず戦力が充実して個人レイド回せるだけの数の従魔を目標にするといいよ。星十なら十五から二十体ほどいれば楽に周回出来るだろう。

 

「さあ、今日も召喚石のためにフリークエストを受けよう。まだまだ畑の収穫クエストは終わってないよ」

 

 ポンと手を叩いて行動を促す。どれだけ口や頭を働かせても、石は手に入らないのだ。

 ギルドとかいうブラック企業は身体が資本の肉体労働者だ。口より手を動かせよ。

 

 まだこの世界に来て一週間も経っていないが、既に学生組は若干ながらたくましくなっている。

 初日は勝手も分からず右往左往していた畑仕事も、既に手馴れてきて時間の短縮が進んでいる。

 

「報酬だよ。受け取りな」

 

 ギルドの受付に座るおっさんから。いつも通り報酬を受け取る。皮製の袋を三人分購入してそれぞれ平等に分配した。

 袋の中にはいつの間にか石が入っており、混ざって無くさないように回収しておく。

 

「田舎者は仕事も農作業ばっかりかよ」

 

 不意にギルドのエントランスから声が投げかけられる。声の方向を確認して相手にする価値は無いと判断した。全員星三のゴミだったぜ。

 

「この間は筆頭ギルドリーダーのミラージュさんに楯突いて大騒ぎを起こすし、マナーも何もあったもんじゃないな」

 

 昼間から酒を飲んでいるのだろう。赤ら顔の男がこっちを見てニヤニヤと笑いながら野次を飛ばす。

 

「あいつ!」

「ダメだよ、樹君。相手にする必要ないよ」

 

 こちらにも事情があったりするが、大騒ぎを起こした時点で非はこっちなので無視しておこう。そう判断するも、樹少年がつっかかりに行こうとしてしまう。柊菜に宥められる。

 その様子を見てさらに男が声量をあげた。

 

「女に守られて恥ずかしくないのかよ! いや、田舎者は恥を知らないんだったな。俺なら恥ずかしくて恥ずかしくて故郷に帰っちまうわ」

 

 ダハハと笑う男。明らかに弱者を狙った嘲笑。樹少年は顔を怒りで赤く染めながらも俯いて、足音高くギルドを出て行った。

 

 嫌なら殴ればいい。気に入らないなら殴ればいい。それがこの世界の真理である。極めあげた利己主義がこの世界を生み出し、この世界の文明を築き上げている。

 弱者は自分より弱い相手を狙うだろう。嫌なら強者になるしかないのだ。そんな当たり前の世界観が、酷く輝いて見える。

 

 改めて召喚士の男を見る。足元には星三の野種の従魔【草原のポイズンキャット】が丸まっている。ステージ解放段階は二段階。今の樹少年では確かに勝てないであろう。柊菜もエンドロッカスとチェリーミートが未強化なので相手にするのは厳しいところか。まあ、二対一だから勝てるだろうけど。

 

 俺ならまあ、一撃でロストさせることは無いだろう。

 

 

 ギルドを出てすぐの所に樹少年と柊菜はいた。樹少年は頭に回った血を引かせるために目を瞑ってじっと動かないでいる。深呼吸をして何かを考えているようだ。

 

「あ、スリープさん。遅かったですね」

「待たせてごめん。あと、樹少年にアドバイスだ」

「…………なんすか」

 

 俺は歯列をむき出しにしてとびきりの笑顔を作った。

 

「気に入らない奴は殴り飛ばせ。それがこの世界で自分を守る手段であり、絶対のルールだ」

 

 嫌なら誰よりも強くなりなよ、少年。

 

 

 

 

 翌日。

 

「すみません、スリープさん。俺、一人でクエスト受けます」

「別にいいんじゃない?」

 

 決心を固めた顔で樹少年が頭を下げてきた。一晩考えて何か思い付いたのだろう。

 それに対してどうこう言うつもりは無い。元々俺は彼らが一週間お試し期間で付き合っているだけの関係だったし、あと二日程でその関係も終了するはずだったのだ。

 それが早まっただけである。

 

「スリープさん、私もちょっと樹君が心配なので、後を追いかけるつもりです」

 

 柊菜が小声で断りを入れてきた。どうやらこれで初心者育成期間は終了したようだ。

 

「そう。それじゃあ二人とも、頑張ってね」

 

 手を振って二人を見送った。柊菜にはチェリーが付いているし、樹少年には柊菜が付いているらしいので、とりあえず心配はないだろう。

 俺もさっさと支度をして、ギルドに顔を出すことにした。

 

 

 

「おい、スリープ! お前んとこの仲間が剣術士ギルドに喧嘩売りに行きやがった!」

 

 ほんと、なにやってんの?

 

 剣術士ギルドの入口すぐのところで、樹少年が土下座していた。

 扉を隔てた向こう側では柊菜がオロオロしている。チェリーも主の様子を見て「おおおお、おちちゅいてください!」と必死になだめようとしてオロオロしている。

 剣士であるエンドロッカスは腕を組んで静観している。

 

「俺に剣を教えてください!!!」

 

 ギルドから樹少年の大声が聞こえてくる。

 

「あっあ、スリープさん! い、樹君が剣術士ギルドにすごい顔で入っていっちゃって……剣術士ギルドと召喚士ギルドってそこまで仲良くないって聞いて……」

「とりあえず中に入って樹少年を回収しようか」

「は、はい! チェリーも落ち着いて!」

「きゃうん……。ご主人様、尻尾はダメです」

 

 柊菜を連れて剣術士ギルドの扉を開く。すると、樹少年の首に剣をかけられていた。

 

「樹君!」

 

 柊菜が悲鳴をあげる。それを無視して、樹少年へと剣を当てている男が口を開いた。

 

「召喚士が、いきなり剣術士ギルドへと入って来ては、剣を教えろだと? そんな義理はこちらに無いし、混乱を招いたとして今この首をはねても問題は無いのだぞ」

「……それでも、俺は剣を教えて欲しいです」

「……問う、貴様がそこまでして求める理由とはなんだ」

 

 樹の首から汗が流れる。恐怖で今にも飛び上がってしまいたくなる。しかし、それではなんのために覚悟をしたのかわからなくなってしまう。

 土下座していてよかったと、今だけは思う。樹の顔を除けば、恐怖で歯をガチガチと鳴らし、目は涙を湛えていただろう。後悔で一色に染まっていただろう。

 

「……力のため」

 

 その答えを聞き、男は樹少年の首から剣を外した。

 

「うむ。男ならそれくらい単純で良い。召喚士などという後ろに下がって何もしない人間から、立派な剣士にしてやろうではないか!」

 

 男はしきりに頷き、樹少年を立たせようとする。恐怖を押さえ込んだ覚悟と、理由を気に入ったのだろう。

 かくいう俺も先程の言葉はいいと思った。実にこの世界にあった言葉である。

 

 だけど、なんでそれを剣術士ギルドに頼むかなぁ。

 

 眼前に佇む男。幅広の剣先が平たい斬ることだけに特化した剣を持つ、赤髪の男は、剣術士ギルドのギルドマスター【切り落としのセイコウ】である。

 

「スリープさん、樹君剣術士ギルドに入っちゃったんですか……?」

「……いや、それは無いと思う。樹少年の稽古をあの男が直々につけるっていうだけ、だと思う」

 

 そもそもこのゲームには主人公自らが戦うストーリーは無かったはずである。

 あくまでも召喚士と従魔の物語なのだから。そして、召喚士メインの物語なので、基本的に他のギルドは敵側で出てくる事が多い。

 そして、敵対するキャラというのは基本的に雑に扱われる者が多いのだ。反感をくらわないように男が多い。味方は可愛い女の子が多い。

 

 この男セイコウは、敵側で出てくる存在だ。そして、現在のレベルでは、手も足も出ない、ミラージュクラスの強敵でもある。

 

 ため息も出てくる。どうして君たちは次から次へと問題事を持ってくるのだろうか。それも俺の手に負えないレベルの。



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12話 剣士の修行

「ほう、多少ながら剣士としての経験があるか」

「一応、ですけど」

 

 資源都市ヴエルノーズの外縁部。畑も無い日の当たりが悪い場所で、二人の男が対峙していた。

 まずは試しにと刃を潰してすらいない剣で二、三合と打ち合い、その後にセイコウが感心したように頷いたのである。

 樹は元々剣道部だった事もあり、それなりに体力も筋力もあるつもりであった。個人戦で県大会の決勝まで勝ち進んだこともあり、それなりに自分の腕に自信があった。

 

 しかし、その自信は一瞬のうちに砕け散った。渡された剣は鉄製なこともあり大変重く、まともに振ることすらできない。また、渡された剣は片手で持つタイプのものであり、竹刀を両手で持つ剣道とは根本的に違いがあった。

 何より、試合の剣と実戦の剣はそれそのものが違う。居合いの達人と剣道を長年続けた人が戦えば、剣道の方が勝てないように、それ以上の実力の開きがあったのだ。

 それは心構えの違い。一瞬の隙を狙い必殺の一撃を放つ実戦の剣に対し、剣道は特定の部位以外には意識を向ける必要は無いのだ。

 

「構え方に関しては隙だらけ。鉄剣も持ったことがないような振る舞い。しかし、刃を立てる事が出来るのは握りが出来ている証拠だ。幼少の頃に受けた教育が今も残っているのだろう。良い師を持っていたのだな」

 

 セイコウの言葉に、ついこの間まで現役で振ってたんだけどな。と落ち込む樹。それを見てセイコウは続けた。

 

「落ち込む必要は無い。剣士で最も重要なのは、握りと刃を立てて振るう事だ。どんな業物でも剣を振る技術がなければナマクラも同然になる。剣を扱う技術が無いものは、それこそただ思うがままに力を振るうため、こん棒を使うのだ」

 

 あれは当てるだけで十分だからな。とセイコウはこの街に潜むゴロツキを思い出す。

 

 剣というのは意外にも思われるが、かなりの技術がいる。刃を当てて対象を切り裂くまで刃を立て続ける必要があるのだ。断ち切るにしても、引き切るにしても、途中で刃が寝てしまえば、たちまち剣は肉や骨を噛み込んで動かなくなる。

 初心者が手軽に扱えるものでもないし、一ヶ月やら半年程度の修練では全く身に付ける事が出来ないのだ。それこそ、一生涯を捧げてまだ先は見えぬ程の技術の道がある。

 物語ではそこかしこに剣やら何やらを使う者がいるが、鎧を身に付けないモンスターから一般人を相手にするのなら、剣よりも、こん棒なり鈍器なりの当てればダメージを与えられる武器こそが好まれる。そもそも剣は対人向け装備であってファンタジー系の大型モンスター相手にはそこまで有効ではない。

 技術無き者が剣を振るならば、恐らく一撃で倒せる敵が相手でないと、次の攻撃が放てずに返り討ちにあうだろう。叩き切るにしても同じ事だ。

 

 多少甘いが、基礎の基礎の土台レベルには出来ている樹は、素人に毛が生えた程度だが剣を嗜む物として認められたのだった。

 

「さあ、貴様の程度も知れた。次は筋力を付けることから始めよう。それと、その剣は身体の一部であると思える程に親しむ必要があるため、これから寝る時以外は身に付けて貰うぞ」

「はい!」

 

 まずは体力と精神を鍛える。倒れ伏し起き上がれぬまで走り込むぞ。とセイコウにケツを叩かれ樹は走り出す。新戦力を召喚して大人しく守られていた方がよかったかな。と若干後悔し始めながら。

 それでも覚悟はしたんだと、頬を叩いて走り出した。

 

 樹が師に選んだ相手は【切り落とし】の二つ名を持つ最高峰の剣士。彼が持つ斬るための技術は、戦う為の力としては最適のものであった。

 

 

・・・・・

 

「あ、あの! 樹君の所、見に行きませんか?」

「行かないよ」

 

 召喚士ギルドへと柊菜と二人で戻ってきた。セイコウに連れて行かれた樹少年を案じてか、様子を見に行こうと誘ってくる。

 だが、行く必要は無い。彼は剣を学びに行ったらしいし、俺がしたいのは召喚なのだから。別ゲーやる人間相手に付き合う意味は無い。

 何より俺は剣に関して素人だ。暴力主義者、もしくは信者のつもりではあるので、多少の喧嘩術くらいなら覚えがあるが物を使った戦い方はてんで理解していない。

 そもそもそれも銃や戦闘機には勝てないので無意味だと知っていたので、この世界でやっていけるレベルではない。せいぜい日本のオヤジ狩りに使える程度だ。

 

 だからこそ、不平等に個人的な暴力が通るこのゲームが好きだった訳だが。肉体的に勝ち目が薄そうであり、そもそも召喚士最強なので剣を学ぶ気は一切ない。

 この世界の剣士は、最高峰でも星五複数並べて叩けば負けるレベルなのだから。相手にする意味すら無いだろう。

 逆に星五を複数並べ無ければ勝てないと思うなら圧倒的に強いのだが。それは一番上のレベルに関しての事だ。セイコウはトップレベルではあるがその中では弱い。ここは最初の街なんだ。

 エンドロッカスならある程度鍛えれば十分勝てるレベルだろう。

 強さを求めるにしても他に方法があるだろうと思う。それは俺の考えであり、樹少年は己の剣に道を見出したというだけの話だ。

 

 これ以上関わる義理はない。

 

「それに、柊菜も他人の事にかまけている時間は無いでしょ。俺も石を集めるという目的があるんだよ」

「それは……そうですけど」

「どうせギルドイベントは三番目の街である王都に行かないと進まないからね。時系列的にも問題は無いよ」

「そう言って地下にいる人とか廃墟にいる人にこっちは巻き込まれたんですけど」

「剣術士ギルドのギルドクエストは対抗戦開始まで一切関係ないから大丈夫だってば。それまで影も形も出てこないし」

 

 とはいえ、セイコウ相手に苦戦すらした記憶がない上に、どんなイベントがあったかすっかり忘れてしまっている。顔さえ見れば名前とそういう奴がいたなという気持ちを思い出せるので、実際にイベントが始まれば思い出せるだろう。

 機種、特にゴーレム系統でも持っていればセイコウは完封可能だ。そうでなくても斬耐性値が高ければ問題は無い。

 ウィードはそこそこ耐性が高いので今の段階でも負けはしないだろう。石一個を使えば勝てる。特別な聖剣とかを持っていない剣士などその程度である。

 

 逆にいえば、純粋な剣術だけでセイコウは成り上がって来たのだ。樹少年の師としては十分だろう。

 

 ま、俺なら同じ事をやるにしても、剣士召喚して教えを乞うだろうけどね。

 

「ところで、柊菜は何もしないの?」

 

 樹少年が行動に出た理由は把握しているが、彼を追いかけるつもりらしいので柊菜は自分を離れると思っていた。

 そもそも彼女は俺の事を嫌っているはずだし。

 

「…………現状を見て他の人と関わるよりも、スリープさんに付いていった方が学べる事は大きいと思います。それに、私には興味無さそうですし」

 

 そう言って、初日と比べて距離がだいぶ縮まっているウィードをチラリと見る。

 

「なんか……仲良くなってませんか?」

「龍は力を認めればそれ相応に扱う。こいつは私の求める力を証明した」

「そんな、いつの間に……」

「樹少年が拉致された時だね」

 

 シェイプシフトのアビリティの事だ。好感度を上げて解放出来る。ちなみに足りない好感度は肉で補った。高い出費だったぜ。

 まあ、龍種の強みにもなるアビリティなので金を使ってでも解放しておいたのは正解である。

 

「とりあえず俺は今日も畑仕事に行くから。柊菜も自分のやりたいようにすれば?」

「……具体的に、これから何をしていけばいいでしょうか?」

「この街で今出来る事はサブクエストかフリークエストを受ける事じゃないかな。後は、周辺のダンジョン攻略だけど、一番近い場所が終末の洞窟だから今挑んでも無駄に死ぬだけだろうし。育成効率も良くないから、石を集めるだけ集めたら次の街へ行くといいよ」

 

 西でも東でも良いけど、順当に進むなら東へ行くべきだ。新緑の森を抜けて龍の巣を無視してしばらく歩けば次のメインクエストがある街に着くから。

 西はカラサッサ平原だけど、その奥が深い森か港町へ続く道になっている。ただし道中少し外れればならず者の街があるので危険度が高いのだ。

 サブクエストの報酬が美味しい物が多いけど、ウィード単騎で行くのも大変だから行くつもりは無い。

 

「エー君が喋れるようになるにはどうしたらいいですか?」

「ステージ解放を三段階目まで解放すること。ステージ解放は属性経験値を上げればいいだけだから、悪魔系統のモンスターを狩りまくればいいよ」

「えっと……それってどこにあります?」

「四番目の街のメインクエストで大陸の東端にある滅びの大地へ向かうのがいいかな。ただしヒーラーが欲しいから今向かっても勝てはしない」

「つまり……どうすれば?」

 

 聞かれた事だけに答えていくと、結局何をすべきかわからなくなったのであろう柊菜が首を傾げてくる。

 俺はわかりやすいように薄く微笑んだ。

 

「割るのです。召喚士」*1

 

 ソシャゲはユニット入手から始めなきゃ何もできないだろ。いいからクエストやって石集めてガチャ回すんだよ。

 ソシャゲは効率のゲームだ。課金が最高効率であり、それ以外でも、行動力が溢れないように生活を決めて、ソシャゲ中心の生活を送り絶えず情報を更新し続けなくては生きていけない。

 人権キャラも二週間後には産廃になるのがソーシャルゲームだ。より純粋な実力と才能の坩堝がソシャゲなんだよ。伊達に『社会』の名前付いてるんじゃないぞ。適応出来なきゃ死ぬだけだ。

 

「俺は召喚士だ。ならすべき事は召喚だろう? わかったら石を集めるよ」

「あ、ちょっと! 待ってくださいよ」

 

 今日も召喚士ギルドからクエストを受ける。そしてまた畑へ向かうのだ。

 

 畑でウィードが腕を振るう。爪で野菜を根元から切り裂き、それをチェリーミートが回収する。エンドロッカスも剣で野菜を切り取っていく。

 

「そういえば、このクエストっていつまであるんですか?」

「多分ずっとあるよ」

 

 従魔に仕事を任せて俺から情報を集める事に専念することにしたのか、柊菜がメモを片手に質問してくる。

 

「え……? でも、時期とか連作障害ってあるはずじゃ」

「連作障害はあるかもしれないけど、時期は無いよ。ここは地球じゃないからね」

 

 予想、というか。ゲームファンタジーは多分地軸に傾きがほぼないと思っている。そうすれば、四季なんて存在しないし、ロンダルキア*2を超えれば雪ばかりの場所にもなる。つまり時間経過で場所の温度が変更されず、ほぼずっと同じ気候を保つのなら、地軸に傾きは存在しないはずなのだ。

 

「元々最初の間は季節限定イベントとかも無かったからね。衣装違いキャラとかこのゲームだと作りにくいし」

 

 なので、限定キャラや限定ガチャではなく、恒常ガチャでサンタやら水着やらが手に入るのがこのゲームだ。召喚士は純粋な人間を召喚出来ない設定なので、仕方なくこういう設定でいるのだろう。

 

「なんというか、変わったゲームだったんですね」

「マニアックなジャンルだと思うよ。当初から人外好きしか集まらないようなキャラばっかりなのに、人気も落ちぶれたソシャゲでそれをやるっていうんだからね」

 

 エンドロッカスは金色の捻れ角がある肌色ですらない人型の化け物だし、ウィードも幼女だのなんだの言っているが、目は爬虫類だし服は自前の皮や鱗を擬人化風に変えたものである。

 

 高レアになれば人間風味な奴も出てくるし、そもそも死種なら人間の幽霊がいる。

 このゲームは普通とかそういうのを嫌った作品なのだ。他作品コラボでもコラボキャラがガチャラインナップに入ることは絶対無かった。別作品主人公を認める描写すら無い作品もあった。

 

 ドマイナーゲームだけど、それがいいと俺は思っていた。最後の最後までずっとこのゲームでガチャを回して遊び続けていた。

 

「そういえば、ずっと聞いてなかったんですけど、このゲームって題名はなんですか?」

 

 柊菜の言葉を聞いて、少し空を見上げる。

 幾度となく目に、耳にした俺の愛したゲーム、それは。

 

「【イズムパラフィリア】っていうゲームだよ」

 

 主義やら愛を題材にした。召喚士と怪物の物語である。

*1
元ネタは「割るのです。王子」という千年戦争アイギスで使われるスラング

*2
DQ2に登場する地名で、正式名称は「ロンダルキア台地」。

周囲を囲む岩山によって外界から隔絶された、真っ白な雪に覆われた台地。(出典:ドラクエ用語まとめwiki)




2020/1/15(水)
 タイトルコールまで作品を進められたので、あらすじを大幅変更しました。


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13話 迷いの森のシルク

 さて、当初の予定通り、俺は石を十個集めた。

 

「新しい従魔が欲しい? 私の力でも足りないのか?」

「龍種一体じゃあ辛いよね」

「ぐるる……」

 

 ウィードが少し悲しそうに喉を鳴らした。あれこれ理由付けて戦わないのをやめたら今回のガチャを見送ってもいいぞ。

 といっても、戦力の拡充は急務なので即座に済ますべきだ。今後も増やし続ける必要があるので。

 

「まあ、これ以上下手な龍種を呼び寄せるつもりはないかな。例え星十六の最高レアでも使いにくいのは使いにくいんだし」

 

 ウィードはウィードだけだぜって感じに頭を撫でる。嫌そうに振り払われた。

 気を取り直して、召喚石を放り投げる。

 

「【召喚】」

 

 さて、何が出てくるだろうか……。

 

 

 

 朝の召喚士ギルドで柊菜が目を丸くする。

 

「スリープさん、それって」

「新しい従魔だよ。ほら」

「キャァ! ……あの、すみません、近寄らないで下さい。虫は、ちょっと……」

 

 俺の右腕に巻き付きモゾモゾと蠢く白い幼虫がそこにいた。その大きさは地球ならこれ以上大きい虫はいないだろうというレベルの大きさである。長さで言えば顔より長い。

 星二緑種【迷いの森のシルク】である。

 そう、星二である。最初の召喚では星三以上が確定しているのだが、それ以降は星一から出てくるようになるのだ。

 今回はお試し感覚で引いたので星一か星二辺りが出てくるだろうなぁと思いながら引いたら思った通りである。星十のウィードどころか、星三の緑種であるピクシーにすら劣る従魔が出てきたぜ。

 

 そして、虫の擬人化従魔は星四以上でないと出てこない。どれだけ鍛えてもこの虫はずっと虫のままなのだ。育成モチベーションすら上がらない。

 どっかりと椅子へ座り、朝食とウィードの為の肉、そしてシルクの為の桑の葉を注文する。

 

 シルクなだけあってこいつはシルクワームである。つまりは蚕。魔法タイプであり、実は優秀なアビリティを持っているが、いかんせん最終基礎ステータスがあまりにも低いので意味が無い。

 

「ご主人様、今日は……って、スリープさん、新しい従魔ですか!」

「えっ? チェリーはあの幼虫大丈夫なの?」

「ええ。迷いの森にいるシルクワームですね。従魔だとシルクでしたっけ? 迷いの森は故郷だから結構見かけましたよ」

 

 掲示板を見ていた狼少女のチェリーミートがこちらに気付いて駆けてきた。そして俺の腕を見て可愛いですねぇとシルクを突っつき始めた。

 

「早く大きくなるんですよー」

 

 人馴れしているのか、シルクはそれを無視して桑の葉を食べ続けている。

 まあ、蚕は人の手でしか生きられないような存在だ。羽化した後は口が無いので食事も出来ず、羽があっても飛ぶことすらできないのである。

 

 シルクもまたコンセプトが同じなので口が無いし虫なのに単体飛翔すら持たない弱小従魔である。最大強化すると換金アイテムが手に入るという特殊な従魔だが、それだけである。

 

 戦力として数えにくい。自分のガチャ運を恨みたくなる結果であった。

 

 ワーム系は成長が早いのが特徴だが、同時に嫌いな人も多いだろう。見た目が擬人化ではなく本物の虫がほとんどだからである。シルクも同様で、最終段階まで強化しても人の姿にはならない。人っぽい要素も出てこない。どこまでも虫だ。

 人と虫の合体した姿もまた気持ち悪いのは確かである。どちらにせよ不人気キャラに変わりはない。

 

「それで……今日も畑仕事ですか?」

「いや、シルクは経験値テーブルも低いからとりあえず強化するよ」

「グル!? わ、私は? 私は鍛えないのか!?」

「ウィードはここでレベリングしても大して強くならないからね。シルクが完凸レベルマになるまでしか鍛えないよ」

 

 ウィードが悲しそうな顔をする。それを無視して朝食を食べた。今日は忙しいのだ。

 欲しかったものとは違うが、シルクも立派な魔法職だ。鍛えれば序盤なら十分な戦力になるだろう。

 気になるのは、スキル屋がいないところである。あれが無いと従魔の強さは半分以下に落ちるのだが。

 

「今日は討伐関係のクエストを受けようと思う」

 

 これを期に、ウィードも少しはレベルが上がるといいのだけど。

 

 召喚士ギルドで新緑の森方面へ行くクエストを三つほどまとめて受けて、資源都市ヴエルノーズを出た。森までの道を歩いている中、俺は柊菜へと従魔のスキルとアビリティについて話していた。

 

「従魔には、その従魔が持つ固有の能力であるアビリティと、従魔なら誰でも持てる技術のスキルがある」

「スキルって従魔なら誰でも使えるんですか?」

「そうだね。例えば、エンドロッカスが持っている初期スキルには【ダークネスブレード】という闇属性範囲斬撃スキルがある。それをチェリーに習得させることも出来るよ」

 

 現実でどう処理されるのかは不明だが、ゲームではエフェクトは同じまま発動出来る。

 スキル屋さえいればそこら辺の検証も済ませられるのだが、生憎アレのいる場所はゲームでも明記されていない。

 とはいえ、柊菜もそれは承知の上で聞いているだろう。

 

「スキルやアビリティの習得ってどうやるんですか?」

「アビリティは好感度が一定以上になると受けられるクエストか、限界突破した時かな。スキルはレベルと凸回数で習得出来る、言わば得意スキルと、スキル屋で購入して覚えさせるスキルがある」

「また新しい用語ですね……」

 

 柊菜がうんざりしたようにうなだれる。まあ、ゲームに専門用語は付きものだろう。ゲーム内部の専門用語やゲームプレイで知っておくべき言葉があるのは仕方の無いことだ。

 

「限界突破っていうのはソシャゲ共通の言語だね。ゲームによって様々だけど、大体はレベル上限が高くなる事を示すよ」

 

 ゲームによって限界突破は違う。同じキャラを重ねてレベル上限の解放を行うものや、素材を使用して上限を上げるものなど様々だ。

 このゲーム、イズムパラフィリアでは、限界突破とは従魔のステージ解放等を含めた言葉を指す。

 システムとしては、レベルマックスになった後に条件を満たせば自然とステージ解放が進む。そしてレベル一からやり直しだ。転生と呼んでいる人もいた。

 ステージ解放は三段階ある。星一は一回だけステージ解放できて、星二は二回。星三以上は三回まで出来る。

 星四以降は、ステージ解放をした後に、更なる限界突破【進化】が発生する。これも三段階ある。星七は【超進化】。星十からは【究極進化】。星十三からは【覚醒】。星十六は【超越】である。これをまとめてプレイヤーは限界突破と呼んでいた。種類多いくせに起きる事は一つ、レベル一になって見た目変わってレベル上限上がって強くなる。それだけだ。

 その分節目からはステータスの上昇値が増えたりと様々な恩恵がある。

 

 ちなみに限界突破方法は複雑である。レベルマックスが前提で、種族毎に存在する経験値を一定数値ためたり、アイテムの使用や所持、ものによっては特定従魔がいる必要がある。

 まあ、スマホをひっくり返して進化はしない分探すのは簡単だろう。ソシャゲではないがそういうゲームもあるのだ。

 

 ちなみに、どの従魔でも、最初はステージ解放からやる必要がある。つまり、シルクなら二回限界突破すれば完凸(完全に限界突破をした状態)になるが、ウィードの場合完凸までに十回限界突破する必要があるのだ。

 更には、一度のレベルアップに必要な経験値量がレア度と従魔の種族で決まる上に、最初期のレベル上限は三十にレア度の十倍を加えた数字が最大レベルになるのだ。シルクなら幼虫状態のステージ未解放状態でレベル五十がレベルマックスの数値であり、ウィードなら百三十レベルまで上げないと一度目のステージ解放すらできない。そして限界突破をすればレベル一からまた育成だ。

 

 育成の厳しさが見えるが、その分高レアというのは圧倒的に強くなれる。完凸シルクが未解放レベルマックスウィードには勝てない程に開きが生まれる。

 

 なお、石が二千個もあればウィードだって完凸レベルマになれるはずだ。全ては石の力、金の力でどうにかなる。この世界じゃ課金出来ないのでどうにかして継続的な石の入手を考える必要があるが。

 どこかを周回するにも、第一部のこの世界じゃあ入手経験値も限界突破用素材も手に入らないので、ウィードの育成は現状未定である。星五を入手した場合も後々の事を考えれば強化するのも考えものだが。

 

 まあ、俺たち召喚士へのダイレクトアタックはゲームでも使われた召喚士への攻略法である。自衛手段を増やす面でも従魔は強くしておくべきだろう。

 

 適当に柊菜へとイズムパラフィリアの事を語りながら、新緑の森へと到着した。その手前で俺たちは立ち止まっていた。

 

「そのスカートで草むらの中入っていくの? 危険じゃない?」

「……そういうスリープさんもそんなラフな格好で大自然の森へ突っ込むんですか?」

 

 そう、ここはどこでも人間の手が入っているような地球とは大違いの世界であることを忘れていたのだ。

 結果として、森を探索する装備もなく、街中を歩いていたように最初に来た時の服装のままでやってきてしまっていたのだ。

 

「あのあのあの! ご主人様、私が道を切り開きますから、爪を使えば少し時間かかりますが出来るはずです!」

「うーん……エンドロッカスの剣の方が簡単に出来そうだよね。お願い!」

「!?」

 

 柊菜がエンドロッカスへと結構な無茶振りをしている。剣士として道を切り開く最初の仕事が森の道作りとあってエンドロッカスも驚きの表情だ。

 ちらりとウィードを見る。

 

「嫌だぞ」

「まあ、そこまでの事が出来るとも思ってなかったし、ウィードにはこれから戦闘をさせるからね」

 

 何も言っていないのに、こちらの意図するところを察したドラゴンである。既にパートナーとしては十分な関係だ。

 

 柊菜には悪いが、エンドロッカスに道を作って貰うことにした。

 

 最前列を物理近接火力役のエンドロッカスが、その後ろをウィード、更に後ろに俺たち召喚士とチェリーミート、シルクが続く編成で森を進む。

 チェリーミートは野種とあって鼻が利くので奇襲を防ぐ為に俺たちの周辺を索敵している。シルクは戦闘には向かないので予備戦力兼戦闘参加による経験値入手役だ。寄生ともいう。虫らしい活躍だ。

 

「前! 接敵します!」

「エンドロッカス、下がって!」

「ウィード」

「グルルルッ!」

 

 エンドロッカスを柊菜が下げて、ウィードが跳躍撃で前に出る。

 龍種覚醒による行動制限は、どうにかウィードを宥めすかして新緑の森内部では常に戦闘状態にさせることで対応した。これはパーティーダンジョンでも使う手法である。それを無理やり当てはめた感じだ。結果は、報酬を支払う事で即座に動いてくれるようになった。

 まあ、ゲーム内通貨のシルバが痛すぎる出費である。今回のクエスト報酬の金は全てウィードのお食事券に変わった。今後利用する事は無いだろう。その為にも今回でシルクを完凸レベルマにせねば。

 

 しかし、新緑の森に出てくる緑種は雑魚といえど数が多い。ヒーラーがいない今シルクの進化条件である草属性経験値の入手量が間に合うだろうか。二回限界突破するのでかなり時間はかかるだろう。

 ちなみに、緑種とは言っているが、従魔にならないモンスターも含めて呼んでいる。

 

 スキルの跳躍撃が命中し、飛び出してきた数体のモンスターがノックバックしながら倒されていく。似たような光景を何度も見ている。従魔じゃない現地のモンスターなので見てもわからない。第一部の序盤フィールドの出現モンスターまで一々覚えきっていないのだ。

 

 植物に寄生されたような猿を蹴散らした時、遂にシルクが一度目のステージ解放を果たした。

 シルクの周囲が暗くなり、身体が光って数秒後、一瞬姿が掻き消え、燐光と共に純白の繭が現れた。

 

 虫なのでステージ解放の一段階めはサナギである。そうじゃない奴もいるが。

 

「これが、ステージ解放……」

「演出はゲームと同じなのか。こりゃあ従魔の進化が面白い事になるかもな」

 

 従魔にはかなりデカい奴もいるし、限界突破でデカくなる奴もいる。どういう処理がされるのだろうか。

 

 腕に引っ付いていたシルクも、これからは抱える必要があるようだ。柔らかい毛玉を抱えあげて、ウィードへ激を飛ばす。

 

「これで第一ステージ解放だ。同じペースでよろしく!」

「もうなのか? 弱っちい奴は成長も早いんだな」

 

 まあ、長く生きる龍種は全然成長しないもんね。

 従魔は召喚士がいないとステージ解放までしか成長出来ないという設定がある。経験値テーブルを考えれば理解出来るが、そういう意味では無いのだろう。召喚士がいないと限界突破出来ないような条件もあるので、何かしらの力が働いていると思われる。

 

 つまりは、自然界に存在するモンスター、そもそも通常の成長はステージ解放までだということである。

 星三までの従魔に人型がほとんど存在しないのを考えると、素早く成長しないと生きていけないのだろうなぁと思う。ほとんどの従魔が人型になるのは、召喚士向けの変身だったり、力を抑える為だったりするので。

 ハーピーやらラミアやらマーメイドもいるが、あれらは逆に人外味が増していく。つまりは弱い状態が人型により近い姿だということだ。

 しかし、人型にすらなれない従魔もまた弱いのだろう。実際ゲームでも、星七以降はかろうじてでも人の姿になれる従魔しかいなかった。

 

 あのフィアズエッグですら擬人化出来るのだ。例え腕が四本の卵と女性が合体したような化け物でも擬人化である。人の姿の部分があるので。

 

 レア度で従魔のレベル上限が決まるのは、種の成長速度と力関係やら食物連鎖的なのが関係しているのだろうなぁと、なんとなく想像した。確定情報ではないが、そこまで違う訳でもないと思われる。

 死にやすいから早く成長し、完全体となり種を残すのだろう。星十以降、つまりリミテッドキャラは個体だからな。

 

 絹玉を撫でる。現実でどう処理されるか不安だが、すぐに死なないでくれよと願う。

 

「蚕って成長したら口無いからすぐに餓死するんだけど、どうなんだろうなぁ」



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14話 ステージ解放

 シルクの成長はなんとか一日で終了した。

 真っ白な毛が生えた蛾が俺の腕にくっ付いている。蚕蛾というのはかなり可愛い虫なもので、幼虫よりは気分がマシになった。

 しかし、その成長後の姿を見た柊菜が大きな悲鳴をあげて距離をとった。彼女の従魔であり、現地住民のチェリーミートが首を傾げる。

 

「うええええ! 気持ち悪い!」

「そうですか? かなり可愛いじゃないですか」

「そうだぞ都会っ子。こんなんで気持ち悪いとか言ってたら生きていけないぞ」

 

 このゲームはその名の通り従魔にまともな人型はほぼ出てこない。パラフィリアだぞパラフィリア。ケモナーどころかズーフィリアにまでおすすめ出来るし、ぺドフィリアにだっておすすめ出来る。

 欠損食人人外様々なジャンルの従魔を持っている。ただしR-18はダメである。健全なゲームなので。

 

 俺のおすすめは天種や機種である。普通の人なら死種か野種を推すだろうけど、案外いいものが多いのだ。単純に性癖がそこに需要を見出しているというのもある。箱頭と有翼は良い文明。

 まあ、星七以上のレア度かつリミテッドキャラの擬人化率を百パーセントにすれば人間鑑賞も出来るけどさ。それをしたらこのゲームの良さが半減してしまう。

 

 蚕蛾は虫の中でもかなり可愛い方だ。人の手でしか生きていけない虫な分可愛げがある。急に飛ばないしそもそも飛べない。むしろ食事だって出来ない。

 

「予想外だったけど、やっぱり自然死はしないようだね」

「なにかしたんですか?」

「いや、蚕って成虫になると口が無くなるんだよ。幼虫の頃の食事で得たエネルギーだけで生きるんだ。家蚕って言う完全に家畜化された、野生では存在しない虫でね。絹を作るのは知っているだろうけど、その為だけに作り替えられた生き物なんだ」

 

 最長十日で死ぬセミみたいな虫だが、セミ以上に死にやすい。そもそも外で生きていけないのだ。

 それが、俺とパスが繋がっている事で、餓死する事はないのが感覚的にわかっている。まあ、何もしないで放っておくと勝手に死ぬゲームとか飼育ゲームでも無ければクレーム物だろう。

 

「……かわいそうですね」

「そう思うなら近付きなよ」

「さすがにそのサイズの虫には近寄りたくないです」

 

 まあ、俺の頭以上の大きさだ。女子高生には好かれまい。俺もそんなに好きじゃない。蚕の成虫は蛾であるからして。

 現在は夜。ゲームでは死種が出てくる時間帯だったりと、敵が強くなるというより、出現モンスターが変わる時間帯だが、新緑の森でも同じである。緑種でもちょっと強い奴の出現率が高くなる。

 

 ザワザワと木々が揺れ始める。夜間出現モンスターの一体であるトレントだ。正式名称は知らない。

 

「え? モンスター!?」

「なっ! ご主人様!」

 

 夜間は奇襲成功率に補正が入る。そもそもこのタイミングでポップしたモンスターだろう。チェリーミートの感知には引っかからなかった為に、一番近くにいた柊菜が危険に晒される。

 

「シルク【マナボルト】」

 

 シルクへ指示を出すと、素早くトレントへ向かい無色の弾丸が射出された。トレントへと当たったマナボルトは貫通し、魔法属性ダメージでのHP消失により、トレントが収縮して弾け飛ぶ。光の玉は現地モンスターなので発生しない。これで死ぬからだ。

 

 シルクは第二ステージ解放をしているので現在実質百十レベルである。これにあとレベルマックス分の七十レベルを足せば、シルクの完凸レベルマで育成はとりあえず終了する。

 

 流石に早朝から夜遅くになるまでレベリングをしていたので、既に帰りたい気分でいっぱいだ。これ以上はシルクが戦えるようになったのでシルクを連れてやることにする。

 目標達成には届かなかったが、これ以上は召喚士側の都合で戦闘継続が出来ない。撤退である。とりあえず完凸までは出来ただけ良いとしよう。

 ぶっちゃけゲームとリアルでの移動時間とかそういうのを軽視していたのが今回の失敗だ。もう少ししっかりした装備で、休憩を取れるような準備をしていれば、シルクが完凸前に帰還していただろう。休憩無しでぶっ通したから効率こそ最高だが明日は休もうという心境にさせられた。

 

「今日は最後まで付き合ってくれてありがとう」

「……いえ、私の従魔もレベルが上がったのでいいですよ。もうレベルマックスなので、今度ステージ解放の条件を教えてくださいね」

「そのくらいなら帰ってすぐに教えるよ」

 

 レア度が低く、レベル上限も低い柊菜の従魔だと、今日のレベリング活動にてレベルが上がりきったようだ。初期キャラのチェリーミートならカンストするとは思ったが、エンドロッカスまでレベルが上がりきるとは思わなかった。

 

 ウィードの現在のレベルは三十である。経験値テーブルが厳しすぎる。

 

 これで一応次にザコイと戦闘になっても、柊菜一人で勝利出来るだろう。

 むしろこの間はどれだけ苦戦したのだろうか。エンドロッカスの攻撃力なら殴り倒せるはずなのだが。

 

 まあ、過ぎたことを考えるのも良くないだろう。初心者は割りと古参プレイヤーの思い付かないような行動をすることもあるので。

 

「さて、それじゃあ日が昇る前にさっさとギルドに戻ろうか」

 

 討伐の確認部位も入手したので、クエストも三つまとめてクリアである。

 

 疲れた身体を押して召喚士ギルドへ向かうと、既に夜も遅いというのに、大賑わいの様相を見せていた。

 人々からは「やっちまえ」だのと野次が飛んでいる。どうやら喧嘩でもしているようだ。

 こういう時、人は案外危険を察知して逃げ出そうとはしない。それは文明によって守られていた日本人だけではないらしい。

 流れ弾とか気にならないのだろうか。それとも、そんな事が起きないと確信出来るような状態なのか。恐らくそれは後者だろう。何せ、エムルスが出ていた時は周囲に召喚士は一切いなかったのだ。

 

「なにこれ……何かの騒ぎですか?」

「らしいね。喧嘩か何かだと思うよ」

「スンスン……ご主人様、これ、樹さんの匂いがしますよ!」

 

 チェリーミートが集団の中心に樹少年がいると指をさした。

 

「それって……!」

 

 柊菜の顔が強ばる。俺はため息をついた。

 あのイケメン姫はちょっと目を離すとすぐ騒動に巻き込まれる。一度痛い目でも見た方が良いだろう。

 俺は集団を避けて受付へ向かった。それに驚いたのが柊菜だ。

 

「え、ちょ……。助けに入らないんですか!?」

「俺の中ではそれは正解ではないね」

 

 俺の持論で、人間は不正解だと思う、自己に不利益だと判断した事は行わない。というものがある。

 結果的に失敗だった、自らの意志とは別の要因で不利益を被った場合は違うが、自分の意志で動いた時点で、その行動の本意には、必ず自分の中でその瞬間正解であると判断した理由が存在するはずなのだ。

 戦争とは正義と正義のぶつかり合いだというように、一人の人間の行動には全て己の正義が宿っていると思うのだ。

 暗殺者の切っ先にはそいつの正義、本人にとって正当な理由が存在するはずだし、犯罪者だろうがなんだろうが、そいつの行動には何かしら自分の利益を得る為の理由があっての行動なのだ。

 

 要は、現在の状況は樹少年が引き起こした事なら助ける気は無いし、そもそも樹少年を助ける事のメリットが見当たら無いとも言える。

 死にはしないだろう。流石に死ぬんだったり何かしらの危機ならば助けに入るつもりだ。ただし、ピクシーのロスト位なら放っておく。問題が起きて、それを自己解決出来なかった時の勉強代である。ゲームだったら助ける事など出来すらしなかった。従魔のロストは自己責任である。

 

「いつまでもおんぶにだっこじゃこの先生きのこる事が出来ないでしょ。これが樹少年にとって悪い事が起きるのだったら、今のうちに痛い目みて問題起こさないような慎重な立ち回りを覚えさせた方がいいと判断しているよ」

「そんな……! いえ、あなたはそういう人でしたよね」

 

 柊菜が失望したような目で見下してくる。そして踵を返すと、人の集団へと向かっていった。

 従魔のロストは死んだように見えるが、実際は元の世界に戻っただけなのだし、ピクシーで済むうちに一度経験させた方が大人しくなると思うのだが、彼女はそう思わないのだろう。

 

「……? あのメスは花妖精の主が好きなのか?」

「いや、そうじゃないと思うよ」

「そうか? メスがオスを追いかけるなんて好きだからだと思うが。ましてや弱者だぞ?」

「同郷で同年代っていう情でもあるんだよ」

 

 野生味溢れるドラゴンさんは首を傾げるばかりだ。

 

「それに、俺たちの社会だと、ルックスや性格、若さっていうのが地位に関係するんだよ。そういう意味では、俺が弱者で樹少年が強者だな」

「ああ、なんだ。人間社会は面倒くさいな。知識と力以外本質的に無価値だろうに」

「それには同意するよ」

 

 安定した社会、安全な文明における余裕でしか成立しない価値観だからね。自分自身が持つ暴力が最も安心出来る最小の単位だと思っている。

 もっとも、その価値観を人に押し付ける気は無い。が、その価値観のもと行動はさせてもらう。

 

「自分の尻くらい自分で拭いなよ、樹少年」

 

 俺の予想通りなら、恐らく俺の出番は必要ないだろう。既に事は成した後である。

 

 ウィードを連れて、召喚士ギルドを後にした。

 

・・・・・

 

「おい、兄ちゃん。ちょっとツラ貸せよ」

 

 とりあえず一日目の修行を終えて、樹は召喚士ギルドへと向かった。夜も遅いこの時間なら、スリープや柊菜もいるかもしれないと顔だけでも出したのだ。

 しかし、そこに二人の姿は無く、樹を待っていたのは、先日も樹へと陰口を飛ばした男だった。と言っても、樹だけを待っていた訳ではなく、ただギルドで酒を飲み管を巻いていただけのようだ。そして、面白いものを見つけたようにギルドへ入ってきた樹へと声をかけてきたのだ。

 

「……なんだよ」

「へっ。気持ちだけは一丁前だなぁ! 今日は一人ってこたぁ遂に見限られたかね」

「うっさいな。アンタには関係ないだろ。俺は今自分一人でも戦えるように鍛えてんだよ」

 

 腰に提げた剣を叩く。カチャリと音を立てた剣は、師匠であるセイコウから貰った斬るために特化した剣である。

 

「おいおい、召喚士が剣士の真似事かよ? こりゃあ笑っちまうなぁ! 田舎者は本当に何も考えていないらしい」

「そりゃあそうだ! 田舎者は与えられた仕事をその意義も意味も考えず、ただ動き続ける一生を送っている奴らばっかりだからな!」

 

 別の席からも罵声が投げられる。この場に樹を擁護する者はいないらしい。誰もが樹を馬鹿にしたような目で見ている。

 

「いらないってんならそこの可愛いピクシーをくれよ! 俺は蜘蛛の従魔なんでな! 手に入るなら可愛い女の子が良かったぜ!」

「バカヤロウ! お前みたいな粗末なモンじゃあピクシーだって満足できねぇよ!」

 

 ガハハと下品な笑いまでおきる。それに対してピクシーは反応すらしなかった。

 

「……シーちゃん?」

 

 変に思った樹が、頭に乗るピクシーへと声をかける。シーちゃんはそれにも返事を返さなかった。

 

「かわいそうな従魔だよなぁ! ご主人様はピクシーじゃあ満足出来ないからって自分の力を鍛え始めた! お前の力はいらないって言ってるようなもんだ」

「なっ!? そうは言っていないだろう!」

「言外にそう示してるんだよ! 従魔の力こそが俺らの力だ! それを信じ、育てるのが俺ら召喚士! なのにピクシーを育てず、自分の力を鍛えるって事は、要はそいつは必要ないって思っている事だろう!」

 

 男が憎しみすら込めた瞳で樹を睨みつける。それは、まるで従魔の言葉を代弁しているかのようだった。

 

 樹は、ピクシーを自由に戦わせるために自分でも自衛出来るだけの力が欲しかった。決して、ピクシーの力を信じていない訳では無い。何より、樹が拉致された時に目にしたシーちゃんの力は、樹なんかでは太刀打ち出来ないほどの力を持っていた。

 しかし、その気持ちはシーちゃんにすら伝わっていなかったのだろう。樹の頭から飛び上がったシーちゃんは、樹の正面へと移動した。

 

 その顔は、悲しみの一色に染まっていた。

 

「違う! 俺は、シーちゃんが俺たちを守るだけじゃなく、自由に戦えるように力が欲しかったんだ!」

「従魔とのコミュニケーションすら取れない主人じゃあ不安にもなるよなぁ!」

「黙れ! だまれぇぇえ!」

 

 この男が居ては、シーちゃんに伝わるものも伝わらない。そう思って樹は剣を抜いた。

 すぐ近くにいた男なら、すぐに切り捨てることも出来るだろう。その瞬間樹の頭にあったのは、邪魔な音を消す。それ一つであった。

 男の服装は丈の短いマントに身軽そうな布製の服。手には杖すらない。樹が振るった剣は、男をあっさりと切り裂いたであろう。

 

「ニャシー、やれ」

 

 樹の凶行を前に慌てず、静かに指示を出した男。その男の足元にいた【草原のポイズンキャット】が樹へ体当たりをする。

 

 まるで車に轢かれたかのそうに衝撃を受けて吹き飛ぶ樹。剣を握ることすら出来ずに、腹を抑えて吐瀉物を撒き散らした。

 

「人間は従魔に勝てねぇよ。そこらのモンスター相手なら余裕で倒せる。剣士ギルドや魔術師ギルド相手にも、俺ら召喚士ギルドがライバルとしてやっていけるのは、俺ら召喚士が数は少なくともその力が上にあるからだ」

 

 男が樹の腹を蹴りあげる。手の甲が蹴りを受けて皮を剥く。

 起き上がれない樹の頭へ男は足を乗せた。今にも殺しそうな目で睨む樹を見て、涼しそうな表情で見下している。その目は、路傍の石でも眺めているようだ。

 

「てめぇは弱い。剣士志望だったのかもしれねぇが、召喚士になった時点でその才能はあんまねぇよ。召喚士は嫌われやすい。従魔が強いだけで、召喚士自体は弱ぇからだ。召喚士だけならモンスターにだって勝つのは難しい。そこらのチンピラにだって殺される」

「グゾがっ! 殺ず! ごろじでやる!」

「気持ちだけで人は殺せねぇよ。そして、従魔を鍛える発想すらないお前は、召喚士としても落ちこぼれだ。従魔と気持ちを交わすことも出来ず、従魔にすら見捨てられるような雑魚だ」

 

 まだ喚き続ける樹へ男は口に靴先を突っ込んだ。汚ぇと笑いながら。

 

「俺もなぁ、最初は魔術師になりたかったな。地元の村で一番可愛い幼馴染に将来は二人で魔術師になって冒険しようとか言われてな。結局俺はその才能も無くて、幼馴染も別の街のゴロツキに輪されて死んじまったしな」

 

 虚空を仰ぎみて、男は語る。その目は、全てを諦めたように死んでいた。

 

「召喚士は強い。従魔がそこらの人間を蹴散らせるバケモンばかりだからな。それに気付くのにも随分かかったよ。その代償が今さ」

 

 周囲は既に二人を取り囲んで、野次を飛ばしている。男へはお前の昔話なんて聞きたくもないと。樹へは嘲り笑うような馬鹿にした言葉を。

 

 誰も樹の味方はいない。まるで事故が目の前で起きた時に、スマホ片手に集まる人間のように、二人を面白がって見ているだけだ。

 その根底は無関心と暇潰し。面白がってはいるが、第三者の視点で騒ぎ立てているだけだ。関わろうとはしてこない。

 

「召喚士はなぁ。強いんだ。それもどいつもこいつも強ぇ奴ばっかりだ。お前のお仲間の召喚士二人。あいつらは特に別格だよ。一人は街中で殴り飛ばされるくらい弱い癖によ」

 

 男は樹へと視線を戻し、指さした。

 

「お前は弱い。長いこと俺らが街でやっている中で調子ノッて騒ぎを起こしている糞ガキ共の中でも俺らが勝てるくらい弱いんだよ。なら、俺らが迷惑してる鬱憤くらい晴らさせて貰ってもいいよなぁ?」

 

 そう言って男は樹の口から靴を抜いて、鼻先を蹴り飛ばした。

 

「なに、殺しはしねぇよ。俺のニャシーを生かして貰ったからな。その代わり……」

 

 男は嫌らしく笑う。

 

「二度と調子に乗らないように痛い目見てもらうだけだ。恨むなら弱い自分を恨めよな」



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15話 弱者

 樹の脳内では、今まさに彼を攻撃する男を含めた集団を、妄想の力で蹴散らし、自分を馬鹿にした事を後悔させていた。

 現実では、彼は蹲り、一人の男が操る従魔の暴威から耐え忍んでいるばかりだ。

 

 想像上では、出来ていた。それは何一つ現実で出来てやしないが。

 

 死にはしない。意識すら削り取らない程度にいたぶられるばかりだ。そう、殺されるというほどでは無かった。樹の心は折れていない。彼のプライドは現状を許しはしなかった。

 とはいえ、このまま反撃に打って出ても、返り討ちにあうだけだ。何か一手が欲しかった。

 ピクシーのシーちゃんは、今指示を出しても受け付けないだろう。崩れた信頼関係は後々取り戻すなり、樹少年を信じなかった報いとして縁を切るなりするにしても、今出来ることでは無い。それは今をやり過ごした後の事だ。その為に命令を出しても、聞き入れては貰えないだろう。

 樹の心は疑心暗鬼に陥っていた。

 単純な利己的思考だ。言わずとも伝わる相棒だと過信し、自分の味方と言った言葉を裏切られた傷心が、ピクシーを信用して命令を出すことを躊躇させていた。

 

 かと言って、今まさに手を伸ばしたくなる新たなる力。従魔召喚を行えば、今日までの樹を否定し、更には完全にピクシーとの信頼関係が崩れ去る事を意味するだろう。言語としては思ってなくとも、本能で樹はそれを感じ取っていた。

 

 心の底からピクシーが嫌な訳では無い。それは、相手を好んでいるからこそくる甘えであり、自分だけを信じて欲しいとでも言うような、嫉妬心だった。

 逆にピクシーの方から縁を切られたり、間違って縁を切った時に、あっさりと別れたのであれば、樹の心は深く傷付いていただろう。

 見ていて欲しいが、自分は見て欲しくないと突っぱねたがる。そんなヤレヤレ系のような妄想。

 

 幼稚な心の欲求だった。根幹にあるのは独占欲か思い通りになって欲しいと思うものか。

 

 誰しもが思いはするであろう心情を組んで、優しくするほど世界は甘くない。他人は自分自身の事を第一に考えるし、その人物に対しそこまで強い興味も抱かない。

 

 しかしそれは、地球での出来事だった。従魔は人間とは異なる価値観を持って動く。

 

「……うー! うー! マスター、負けないで! 私を信じて! 私もっと強くなるから!」

 

 しょうがない。とでも言うような悩む声に続く応援。

 いつも樹の心が卑屈に折れ曲がりそうな時にかけられる声。ありえないような他者への献身。それが、回復の魔法と共に樹へとかけられる。

 

 この時、樹は無意識に石を砕いていた。脳裏に過ぎるのは一つの記憶。

 

『楽に強くなりたいというなら石を割るといいよ。石の使い道は様々だ。経験値アイテムから進化素材まで石を割れば楽に入手出来る』

 

 自信満々に言い放つ、この世界をゲームだと思い込んでいる頭のおかしい青年。無鉄砲で、浮世離れした雰囲気があり、常識にとらわれない人。

 スリープの言葉だった。

 

 同時に、彼の従魔が言っていた。ただ力が強くとも、それでは足りないと。心や、技術が無ければ、それは無意味であると。

 剣士、いや武道を学ぶ者なら知っている言葉がある「心、技、体」。それは三つが揃っていなければ、真の強さは得られないというもの。決して足りないなら他で補えば良いという日本の古臭い精神論ではない。

 

 樹には、それが備わっていない。何もかもが足りていないだろう。

 では、従魔ならばどうだ? 先程まで一切信じていなかったピクシーでは?

 彼女は武道とは違えど立派な心を持っていると樹は感じていた。そして、手っ取り早い強化に、今までの全てを費やしたのだ。

 

「【変換】!!」

 

 想像するのはピクシーの強化。初めて見た時の圧倒的な力。

 

「今まで、ごめん。こんな俺でも、もう一度信じて付いてきて欲しい」

「もう、しょうがないなぁマスターは」

 

 樹の謝罪を、ピクシーは笑って受け止めた。

 

「シーちゃんを、信じる! 俺は、シーちゃんのマスターであり、俺のシーちゃんは最強なんだっ!!」

 

 注がれる力。八面体の結晶全てを砕いて溢れ出た力がシーちゃんの体に収まる。

 それは、変化を引き起こした。今まで小さく可愛らしい、生まれたての子供のようなピクシーが、体に収まりきらなかった力を変換するように姿を変えた。

 

 葉っぱの服は花びらのドレスに変わり、ショートの髪型は長く緩やかなウェーブを描いた。

 

「【花畑のピクシー】今、マスターに私の真の力を見せてあげる!」

 

 ステージ解放三段階目、最終強化ピクシーが、今、牙を剥く。

 

「チッ! ピクシーが強化された程度で勝てると思うなよ!」

 

 男がピクシーのステージ解放から距離を取っていた。今も魔法の間合いではあるだろうが、従魔をけしかけて詠唱妨害出来るだけは離れている。

 見かけや言動以上に慎重派であり、歴戦でもあるようだ。

 

 周囲は急なピクシーの限界突破に、熱狂している。男を嫌っているのであろう人からは「やれ! ぶちのめせ!」という声援まで送られてくる。

 

 樹は両手をついて立ち上がった。顔は踏まれて蹴られてヨダレや吐瀉物塗れ。服も汚れていない場所の方が少ないほどだ。

 

 しかし、目だけは爛々と輝いていた。殺意も無く、ただ純粋に喧嘩をする、維持の張り合いだけが、彼の目には宿っていた。

 

「殺しはしない。俺も殺されなかったからな。だが、俺のシーちゃんを虐めた分だけは、絶対に謝ってもらう!」

「初心者が、超えてきた修羅場の数は上なんだよ! いくぞぉぉぉぉぉ!!」

 

 男達の饗宴は続く。夜がふけていく。

 

 

 

 

「俺の……勝ちだ!」

 

 樹が勝鬨を上げる。周囲は彼を囃し立てるように次々声をかけていく。

 

「新入りが勝ちやがった!」

「おいおい、あいつ俺より強いじゃねえか! こりゃあ新勢力の波に乗るか?」

「いいねぇ兄ちゃん。俺は勝つって思ってたよ!」

「嘘つけ! さっきまでニャシーを応援してたじゃねえか」

 

 樹の目の前では、力尽きたニャシーを抱える男がいる。ピクシーが樹と同じポーズで勝ち誇り、樹へと戻ってくる。

 

「マスター! 私勝ったよ!」

「うん……ありがとう。シーちゃん」

「どういたしましてー」

 

 樹が、指の腹でシーちゃんを慈しむように撫でる。くすぐったそうに笑うシーちゃん。とりあえず仲直りは出来た模様。

 しかし、根本的な解決には至っていない。樹少年は自衛出来るだけの力を得てシーちゃんを自由に戦わせたいのだ。

 

「ニャシー、悪かったな……」

「…………」

 

 ポイズンキャットを撫でる男へ、樹が歩み寄る。敗者は周囲から今までの不満やら何やらを吐きかけられるばかりだ。

 それでも気にしていないのは、ただ従魔と揺るぎない関係が築かれているというよりは、従魔だけを見つめて目を逸らしているように見える。

 

「歯ぁ食いしばれ!」

 

 そして、そんな男へと樹は拳を振りかぶった。

 

「コレは俺の分! コレも俺の分! コレも俺の分! 最後にシーちゃんの分だっ!」

 

 衝撃に倒れ込んだ男へ馬乗りになり、顔面へと執拗に拳を振るった。

 四発ほど殴り、それで樹の拳が痛みだしたので、男から退いた。男は樹を呆然と眺めている。蹴り飛ばされた樹のように大きな怪我は受けていないようだ。

 

「気に入らないんだよ、お前みたいな自分で動かないで斜に構えるクソ野郎が。俺は周囲と違う。他人に関心なんてない。そんな顔して格好つけている癖に。それでいて他の人を笑うんだよ。あいつは馬鹿だ。格好悪いって」

 

 樹はそれなりに善良な日本人に囲まれて育ってきている人間だ。だが、いい人というのは、得てして正反対のような人間が寄ってくるものだ。友達の友達。遠い関係ながら、樹は嫌な人というのを見てきた。

 樹はそれなりに顔がいい。それは自分でも理解している事だ。男子校に在学しており、合コンに誘われることもあった。

 

 同調圧力の世界だ。出る杭は打たれる。樹は日本にいる間は、少しおちゃらけたお調子者を演じながらも、相手に嫌われないように立ち回って生きてきた。頼まれ事には用事がない限りは請け負ったり、流行を追いかけてSNSに張り付いたり。そんな普通の男子高校生を演じて過ごしてきた。

 それが、ある日突然変わってしまった。気付けば洞窟の中にいて、合コンでは見かけもしないような可愛らしい女の子と、どこか浮世離れした雰囲気の男と出会ったのだ。

 見たこともないようなファンタジー。学生なら知っている人もいるネット小説の中のような展開に心を踊らせた。

 

 しかし、夢心地だったのもつかの間だ。二週間もしない内に、樹は拉致されてボコボコにされたし、今もガラの悪い男に絡まれて喧嘩をしている。

 

 ネット小説でいう噛ませ役のような人間だとは自己分析していた。だが、それなら主人公にあたるであろう怪しい男の方は、ヒロイン役になりそうな少女に毛嫌いされている。自分はこの世界で最強ではないがそれなりのチートを持てるはずなのだが、現実は道行く不良にボコボコにされるほど弱い。

 力に覚醒して実は最強という展開は無い。誰もが最強になりたがって生きている。

 どいつもこいつも鬱屈した雰囲気ながらも本音でぶつかり合い、蔑みあっている。

 

 同調圧力で本心を仮面に隠して生きる日本人の姿は真っ先に殴り飛ばされた。これは紛れもない樹の本性であり、樹の本音であった。

 

「俺が弱くて噛ませ役だってのは、俺が一番分かってんだよ! だけどなぁ! 弱くたって格好つけて主人公になりたいって思いながら生きてんだよ! 人生諦めたヤツが俺の足引っ張って生きようとすんな! 死ね!」

 

 樹は可愛い女の子が好きだ。中二病みたいな展開が好きだ。ハーレムだって築きたいし、無双してちやほやされたいと夜寝る前に夢見ている。

 同時に、それを格好悪いと言って馬鹿にするようなヤツが嫌いだ。

 

 そして何より、それを聞いて恥ずかしいと思った自分が大嫌いだ。

 

「俺は最初にピクシー召喚したんだよ! 悪魔召喚する奴だったら主人公は最初にピクシーを仲魔にすんだ! だったら俺がこの世界の主人公なんだよ!」

 

 ただの強がりだ。この世界は元はゲームだとスリープが言っていたが、樹はゲームに似た現実でしかないと思っている。そして、従魔もまた、鍛えればどれでも最強に至ることが出来るとは思っていない。

 

 それでも、樹はこの世界で完全な味方がいる。ピクシーという小さな女の子だが、それでも彼女が期待に答えてくれるなら、二人で主人公になってやると決めたのだ。

 

「負けた奴に追い討ちするつもりはねぇよ。俺はお前と違って、弱いものいじめなんかしないからな」

 

 本当は気の済むまで後悔させて殴りたいが、それをすれば樹は目の前にいる男と同じ所まで落ちてしまう。

 

「代わりに、負けたんだから俺に召喚士として色々教えてくれよ。俺は田舎者で弱っちいからな」

 

 樹が好きな主人公は、悪人だろうが敵だろうが仲良くなろうとする甘い人間だ。これをいつか本心から言えるように、嫌いな男でも樹は手を差し伸べた。

 

「……ああ、悪かった。敗者だからな。勝者の言葉には従うよ」

「俺は原田樹。お前は?」

「俺は──」

 

 喧嘩した後に仲直りをする。それは歳を重ねるほどに難しく、時代が進む事にしなくなっていく。

 周囲は小っ恥ずかしくなるような展開を見て、酔いのテンションで感化したような顔で頷いていたり、気に入らないのか「ぶちのめせよ!」やら「ここでやっちまえ」という言葉が投げかけられる。

 

「ちょ……通してください! 通ります! あっ樹君! 大丈夫?」

 

 そこに、慌てた様子の柊菜が出てきた。彼女の従魔であるエンドロッカスとチェリーミートもいる。

 

「酷い格好……また怪我したの?」

「今回は喧嘩したんだよ。大丈夫、俺が勝って仲直りしたからな!」

 

 先程までの様子は微塵も見せずに、彼女達の前でいつもしているおちゃらけたお調子者を演じる。

 

「もう……。でも、酷い目にあってなくて良かった」

「なになに、俺のこと心配してくれたの? 嬉しいねぇ!」

 

 騒ぎは終わりだという空気になり、人々は徐々に散っていく。

 

「この人、この前にいた……!」

「あああ、大丈夫だって。この人と喧嘩して仲直りしたんだよ。ほら、男といえば河原で殴り合いの喧嘩で友情を育んだりとかね?」

「……彼には悪い事をした。すまない」

「謝る時はごめんなさいです!」

「あ、ああ。……ごめんなさい」

 

 柊菜の勢いに押されて、引き気味の男は樹へ頭を下げた。

 

「うん……俺も殴り返したし、悪かったよ」

 

 少しだけ溜飲を下げた樹は、ふいと顔を背けた。

 ああは言ったものの、男同士友情なんか生まれないと思っていた。だが、それでも、今この時は、こいつと仲良くできるかもしれないと思ったのだ。

 

「弱虫どうし、よろしくな」

「ああ、よろしく頼む」




これにて一章部分完結です。書き溜めが尽きましたので、この後はしばらくストックを貯める期間にします。
来週とりあえず閑話載せますので、それまでは未更新となります。すみません。


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閑話 スリープと従魔

ウィードと好感度イベントその一

 

「爬虫類は哺乳類と比べて知性が違うから懐かないという通説があるんだ。つまり、知性のあるドラゴンは人間に懐くと思うんだよ」

 

 単純に、犬や猫といった動物は、事象に対する認識能力が違う。人を見て上下関係を作り、人から餌を貰い、人と戯れることが出来るのが犬や猫である。

 対して、トカゲ等の爬虫類は、そもそも脳が小さく、人を見て餌が貰えるという認識を抱けるかどうかが違ってくる。

 

 脳の発達こそが生物の精神や表現等に影響を与える。これが不十分であることは、そもそも互いの認識に不具合が発生する。

 

 人同士ですら一定レベルの人間でないと会話が成立しないのだ。そもそも会話というのは高度な知性の証明であると言えるが。

 そして、その言語を簡単に操れる従魔とは、どのような存在なのだろうか。

 ドラゴンは爬虫類に似た特徴があるだけであり、爬虫類とはまた別の種族なのだろう。まあ、ゲームの制作側がそもそもドラゴンを爬虫類に似た存在と認識しているので、そこまで大きく違う訳では無いが。

 

 樹少年が飛び出した柊菜を追いかけて行った後。俺は好感度稼ぎのためにウィードと二人で肉料理専門店へと入った。

 席へと案内されて、まず最初に出た言葉が先程の内容だった。

 

「人間は弱いからな。ドラゴン的には人間を可愛いという変わり者もいるぞ」

「人間目線だと龍が人に懐くかだけど、龍からしてみれば、人間が懐いたりしているように見えるんだね」

「龍の方が上位者だからな。そもそもお前を好くような変わり者などいないと思うが」

「…………イズムパラフィリアはそもそもが擬人化美少女ソシャゲみたいなもんだからね。大体一通り有名な存在なら主人公ラブ勢がいるもんだよ」

 

 人間は召喚出来ないという問題があるため、純粋な人間は従魔として出てこない。抜け道はいくつもあるが、人間ではないという特徴を持たされるのがほとんどだ。人間だけど幽霊だとか、元人間だとか。擬人化とか。

 

 カフェテラスのような大通りに面した屋外のテーブル席で、ウィードへと好感度稼ぎの為に次々肉を注文する。食事も進み、ウィードが満足したところで切り出した。

 

「ウィードが俺の召喚に応じた理由は知っている。シェイプシフトが出来ないんだろ?」

「…………グルルッ!」

 

 ウィードが喉を鳴らして警戒した表情をする。内心では驚愕が広がっているようで、一瞬ながらその表情を見せた。

 

 大体好感度イベントを発生させれば、従魔の持つ過去やら何やらが知れる。俺はゲームでいくつもの従魔を育ててきている。龍種は使いにくいにしても、運用方法を持っていないと本当に産業廃棄物になってしまうので、手に入れた上位レアなら大体育てていた。

 

 ウィードの最初の好感度イベントは、ウィードが召喚に応じた理由と、その問題の解決を行うのだ。召喚士とは、従魔の力を引き出すことこそが役割であり、それが出来る者こそが召喚士なのだ。

 

「アビリティ解放系イベントはそのアビリティを使ったチュートリアルになる。難しい事をしないでも今すぐ出来るようになるよ」

「っ! それは本当か!?」

 

 簡単な話だ。そこら辺をモンスターなり野盗に襲われて【シェイプシフト】のアビリティを発動すればいいだけである。つまりは元から素養があるはずなのだ。

 

 ウィードは星十龍種であり、更には四元龍の一つ地龍にあたる存在なのだが、他兄弟の中で唯一龍化出来ない落ちこぼれだったという設定がある。

 

 それを解消するために召喚に応じたのがウィードのキャラクターエピソードである。プレイヤーの手を加えられたウィードは最終的に歴代地龍の中でも最強の存在になる訳だが、そこまで教えなくともいいだろう。

 

「ああ、今君が求める事に答えてあげようじゃないか【シェイプシフト】」

 

 ウィードへとアビリティを発動する。予想通り、ゲームでのイベントを挟まずにウィードのシェイプシフトは成功した。小さな体が数倍にも及ぶものへと変わり、重量も同時に増す。バキバキと音を立ててウィードのいた椅子は壊れ、俺の方のテーブルまで木片に変えたところで止まった。

 

「おおっ! 龍だ! 私も立派な龍になったぞ!」

「あー……これどうしよっかな」

 

 このあと、店を破壊した迷惑行為で出禁になった。

 

 

 

 

 

従魔達の宴

 

 人が寝静まる夜半。暗闇に蠢く魔の者たちが集まっていた。

 

 地龍ウィード。彼等のボス的存在である小さな龍種の女の子。

 暴剣のエンドロッカス。実力こそ二番手だが、話すことが出来ないので立場が実質最下位の死種の悪魔男。

 花畑のピクシー。元々群れで活動する従魔なので、最もこの場に適応している元三番手の女の子。今は新人に三番手を奪われ四番の地位に甘んじている。

 狼少女のチェリーミート。最近になって入ってきた新入りであり、元々が従魔よりも人間に近い少女。厳密に言うと従魔ではないが、召喚士に召喚されたことで従魔の一員となった。

 

 これら四人をまとめて『従魔組合』と呼ぶ。

 

「えー、本日の議題は『ご主人様と私』になるよ。最近起きた出来事を各自報告してね」

 

 ピクシーが葉っぱの目録を読み上げ、司会を務める。

 最初に動いたのはウィードだった。バンと床を叩いて立ち上がり、憤りを滲ませて吼える。

 

「最近のあいつは全然動こうとしない! 毎日毎日畑仕事ばっかりだ。従魔のストレス解消にもやはりここは一度狩りに出てもいいんじゃないかと思うんだが!」

 

 名前からして雑草のウィードは、王者らしからぬせっかちさとバイタリティに溢れていたりする。稀に自力でシェイプシフトしようと力んだり、人間の体で遊び回ろうと尻尾を追いかける行動が彼女のご主人様に目撃されている。

 

「このままでは私は餌付けでぶくぶくに太らされ駄龍になってしまう! 運動がしたい! 外に出たい!」

 

 そもそもウィードはこの場にいる従魔の中で一番歳幼かったりする。幼龍もいいとこなのだ。他兄弟よりも遅く生まれ、体の発達も遅いが、それ以上に動きたがりで好奇心旺盛だったりする。

 シェイプシフトにより少し大人の意識が芽生えたのか、召喚士に召喚されたからかは不明だが、最近の彼女は大人しいのだが、それでも不満やストレスは溜まるのだった。

 

 なお、この後彼女の後輩が召喚され、望まない形で外へ出ることになるのだが、それはまだ知らないことであった。

 

「…………」

「喋れない奴は黙っていろ!」

 

 グルルルルッ! と喉を鳴らして片手を上げたエンドロッカスを威嚇する。そもそも黙っているしか出来ないのだが、とエンドロッカスは不満げに手を下ろした。

 

 声を上げない奴はNGだ。社会の基本である。

 声を出せないエンドロッカスは、この場で一番立場が低かった。

 次に意見を出したのはピクシーだった。彼女は少し落ち込んだ様子で話し出す。

 

「私はマスターが最近元気無いんだよね。なにか私に出来ることないかなー?」

「シーちゃんさんのご主人様が、ですか?」

 

 シーちゃんとこの場のメンバーで一番仲がいいチェリーが首を傾げる。彼女が見た限りでは、そこまで大きな違いは無かった。

 ピクシーのシーちゃんが頷く。夜に部屋でため息を吐いたり物思いに耽ることが多いとの事だった。チェリーが分からないのも仕方がない。

 

「そういえば、私達のご主人様ってもっと別の場所、従魔みたいに異世界から来たって言ってましたね。故郷に帰りたいという気持ちが強くなっているのかもしれません」

 

 拉致されて見知らぬ場所へ連れて来られたチェリーミートが発言した。どうやらかなりの短時間で彼女のご主人様は異世界転移をカミングアウトしたようだ。

 これには一同が驚いた。エンドロッカスは話ができないが傍で聞いていたのでそれ以外が、である。

 

「グル? あいつらも従魔なのか?」

「人間は従魔にならないよー。でも、そんなことマスター教えてくれなかったな……」

「へ? あ、いや。私が拉致されてここに来ていて、寂しがったから気を紛らわす為に教えてくれたんだと思います! 気にしちゃダメですよ!」

 

 落ち込むピクシーを励ますチェリーミート。実際従魔になる前から、彼女のご主人様とは同じベッドで寝て、頻繁に話が行われている。

 数少ない同性かつ似たような背丈と年代の女の子である。ついでに会話にも飢えていたのだ。あれもこれもと話をするのは当然のことだった。

 

 ちなみに、ピクシーのマスターはここ数日前まではわりとスキンシップをとっていた。最近になって性欲処理に困り果てて接触を減らしていたりする。今回のシーちゃんがいないタイミングでどうにか処理を済ませるつもりだ。

 妖精に欲情しているのかと言えば、確かに欲情している。しかし、そもそも彼は男子校出身の学生だ。女体そのものに免疫が少なく、柊菜やチェリー、ウィードにピクシーと若い女の子から幼女、人形サイズまで幅広く抑えられた美少女ラインナップにノックアウトしているのだ。特に柊菜とシーちゃん以外は服を着ていないので肌色面積が広いのも大きい。

 それ以外の理由もあるのだが、そういった事情もあって、今回の会議の話題となったのだ。

 

 ちなみに、ウィードの主は基本従魔と二人きりになるまで多くの事を話さない。そして、その会話も何かの確認やら常識的なものを含めた質問やらと様々だ。

 それ故に、ウィードは薄々自分の主もどこか別世界から来ていると悟ってはいた。確定した情報ではないのは、はっきりと伝えられた訳では無いからだ。

 

 そして実は、ウィードも主と同じベッドで寝ているし、確認作業と称して初日からプライベートではトイレ以外ほぼ一緒に生活していたりする。風呂ももちろん一緒だった。これはスリープの検証が済んだ後も行われている。そういう事情があるのだ。

 

 間違い等は発生していない。そもそもウィードは常に真っ裸の幼女であり、胴体部分は人間とは別の作りをしているのだ。複数の甲殻で覆われているので色気もくそも無かった。樹少年もウィードだけなら欲情していない。

 流石に目が爬虫類系女子はまだ無理のようだ。

 なお、この従魔に慣れているスリープは万全の開発具合でウィード程度ならいくらでも性の対象に入ったりする。彼は天使系と箱頭が好きだが、別に他でヌけないわけじゃないのだ。

 

「…………グルゥ」

 

 同時に、彼女の体の隅々まで主には確認作業を行われている。無理だったり拒否した事もあるが、大体は知的好奇心で知り尽くされつつある。

 

 …………明日以降はこれが蛾に行われる事になる運命だ。

 

 

「えっと、私はですか……。まだご主人様とも生活して数日しか経ってないので不満等は特に無いんですが」

 

 最後にチェリーミートのご主人様の話になるのだが、エンドロッカスは喋れないし、チェリーミートも出会ったばかりということで、特に関係に変化も何も無かった。

 

「強いて言うなら……こう、お風呂はあまり入れないで欲しいくらいですかね」

 

 チェリーミートの部族、というか、この世界では風呂とはシャワーとトイレも合体しているホテル仕様である。一軒家にもなれば話は別だが、彼等のご主人様は宿屋で寝泊まりしている。

 つまり、大体は風呂をシャワーで済ませている。そしてその音がチェリーミートは苦手でもあった。狼の擬人化故に耳は犬仕様なのだ。音に敏感であり、シャワー音を嫌がる。

 

 誘拐されるまでのチェリーミートは水浴びをして今まで生活していたので、お湯に触れた事も数少ないし、これほどまでの文明で生活したこともなかった。それに戸惑う毎日である。

 

「あーそれはわかるー! 私は風呂桶用意されるんだけど、でもサイズが合わないんだよね。羽も濡れるし大きいしで」

「えっと……私は音が苦手だったりします」

「グルル……そもそも風呂が初めてだった」

 

 野生三人娘は人間の生活と自身の今までの生活とを比較して、様々な愚痴やら何やらを言い合う。

 

「………………」

 

 人間の生活に最も適していたのはエンドロッカスであった。彼には今の生活にそこまで不満も違いも無いのである。

 彼は、死んだ元人間であるからして。

 

 

 

シルクのご主人様

 

 迷いの森のシルクは、元々広大な森からゲートを通じて別世界へ行くことでなるべく長く生きようとする従魔である。

 虫系従魔は大体が過酷な環境から逃げる為にゲートから異世界へ行く。シルクもまた同じように本能から目の前に現れたゲートへと飛び込んだ。

 

 そうして出てきた場所は、彼等が生活するはずの森ではなく、しかしそれ以上に生活に適した場所だった。

 

「うっわ。迷いの森のシルクかよ。ゴミじゃんゴミ」

「グルル……こいつが私の後輩なのか?」

 

 投げかけられた言葉は分からなかったが、彼等の本能ではこの人間こそが自分達のご主人様であることを知っていた。

 

 それは長年遺伝子から組み込まれている本能である。人間の手により改造され、人間無しでは生きていくことが不可能な存在。それがシルク、シルクワームという生物であった。

 

「うーん……石五個の無駄にする訳にもいかないし、明日はこいつを育てるしかないよねぇ。今のままじゃ人間相手にも殺されるわ」

「グルル……大地の眷属じゃないな。お前。虫の癖に人間の眷属だ!」

「ウィード。仲良くしろとは言わないけど、喧嘩はしないでよ」

「わかってる! こいつには大地と龍の素晴らしさを教えてやるんだ!」

 

 それからというもの、僅か一日でシルクは成虫になった。優秀な主の手によりあっという間に育てられたのだ。

 本来なら桑の葉を食べた量も少ないので、近いうちに餓死するだろう。しかし、それはありえなかった。

 彼のご主人様と繋がっている間は食事をしなくても生きていけるのだった。

 

「虫にそこまで知能はないんだけど、それでもこっちの言語を理解出来るだけのなにかはあるっぽいんだよねぇ。なんだ? 何が作用しているんだ?」

「お、おい! 私は? 私はいつ大人の龍にしてくれるんだ?」

「ウィードはもうちょい子供のままだよ。そもそも見た目が育った所で中身が変わらなきゃ意味無いだろ。この前言ってた外での運動はもうしたんだから要望はまた今度ね」

「グルル……グルルルルル!!」

「あ、ちょっと! 腕に噛みつくなよ! 甘噛みだろうが痛いわ! ……くそっ。お前に足りないのは親の愛情だろ。好感度イベントで赤ちゃんプレイするまで幼女のままでいた方がいいって。俺デカいウィードのママにもパパにもなりたか無いんだよ」

 

 シルクには彼等が何を言っているのか正しく理解することは出来ない。

 それでも、自分を育て生かしてくれるご主人様には、忠誠を尽くすつもりであった。

 




現時点で二万字程度しか書き上がってないです……。
とりあえず日数空けすぎるのも悪いので、隔日更新します。


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勇者来訪
16話 不穏な影


 あれから数日が経過した。それまでの間はとても穏やかなもので、俺も石を集めるクエストと日々の検証や情報収集に精を出していた。

 

 石の数も十個まで戻り、そろそろ次の従魔を引いてみたい欲が出てきている。

 

「グルル……暇だ。あの二人みたいに外に出ないのか?」

「もうそろそろ簡単なクエストも無くなるから、それまでだね」

 

 今現在は宿の一室。俺の借りている部屋の中である。ウィードがベッドの上でゴロゴロし、シルクは机の上で大人しくしている。

 お試し期間が終了して、樹と柊菜の二人は俺から離れて行動するようになった。最近ではピクシーもいつの間にか第三ステージ解放までしており、見ないうちに樹少年の成長が著しいものになっている。

 そこまで育てれば、後はレベルが上がりきるだけで育成は終了である。スキル習得もスキル屋が見つからない今では不可能なので、樹少年は新しい従魔を引くべきであろう。

 柊菜はチェリーミートとエンドロッカス両方ともステージ解放を一段階進めたので、レベリングの最中だ。

 

 ちなみに、柊菜と樹少年は二人で活動しているが、それに加えて見知らぬNPCとも一緒に冒険へと出ていたりする。服装も、生活に余裕が出てきたために学生服ではなくなり、ギルドで見かけるような短めのマントに杖を持った召喚士スタイルとなっていた。樹少年は杖の代わりに剣を持っている。今も剣士ギルドへと通っているそうだ。

 

 俺も服装自体は似たようなものだ。必要性を感じないために杖は持たず、マントも長い膝丈ほどの外套にしているが。

 

「……よし、書き終わった。それじゃあギルドに行こうか」

 

 パタンと厚い紙束を閉じる。腰の荷物入れへとしまい込み、ウィードへと声をかける。

 

 これが最近の日常であった。

 

 カランと音が鳴るドアを開け、召喚士ギルドへと入る。日中でも酒を飲み腐っている人しか中にはいなかった。

 

「よお、農民野郎。今日も畑仕事かい?」

 

 ギャハハと笑いながら酒臭い息を吐きながら男が絡んでくる。

 

「ウィード」

「シッ!」

 

 ウィードに任せると素早く動き顎へと一撃を見舞う。昏倒した男に周囲はシンと反応が無くなった。

 ウィードも手加減が上手くなったものだ。最近は俺がスキルを教えられないか試しているのだが、その賜物として、ウィードが人間への手加減を覚えた。

 スキルは覚えなかった。

 

 ため息をつく。最近はこういう輩が増えてきた。恐らく樹少年やら柊菜が人と関わり始めたからであろう。樹少年が喧嘩した話は聞いたが、その後仲直りしたらしく、そこまで大きな問題にもならなかったらしい。

 閑話休題。そういった事情もあるのか、俺にまで絡む人間が出てきたのだ。そして、俺に絡む人間は何故かこういった酒飲みかチンピラがほとんどなのだ。

 

 絡むなら可愛い女の子がいい。ぶっちゃけただの人間相手にそこまで興奮しないのだが、それでも男よりかは可愛い女の子がいいものだ。

 

「邪魔するワァ」

 

 カランと音を立ててドアから純白のダンサースーツにピンクアフロの男が入ってきた。周囲は緊張と悲鳴に包まれる。

 この街を裏で支配する大ボスのミラージュ・バトラーである。

 

「あらあらあら、珍しい男がいるじゃなイ。ボクに会いに来てくれたノ?」

「……偶然だな。そもそもお前の方が珍しいだろ」

「んもう照れちゃっテ。ま、ボクも今忙しいからまたネ」

「ミラージュさんに声をかけてもらえるだけありがたいと思えよカスが……」

 

 ピンクアフロは短く言葉を交わしてカウンターの奥へと進んでいった。その後をサングラスを付けた猫背の男が追いかける。ザコイだ。他にも女の子らしい人物が後を追うが、一切こちらを見なかった。

 

 ……俺に絡むのはやはりチンピラばかりである。

 

 気を取り直して受付のカウンターへ向かう。いつものおっさんへと声をかけると、おっさんは首を横に振った。

 

「は? 昨日ので畑仕事全部終わりなの?」

「そうだ。しばらくは休耕日だな。それよりも、イツキやヒイナは既にダンジョンやフィールドでの仕事をしてるんだ。お前も畑仕事ばっかりじゃなくてそろそろ稼ぎのいい仕事を受けろよ」

 

 ギルドは派遣会社とかそんな感じの職種である。儲けがいい仕事を受けてもらった方が利益になるのだろう。受付のおっさんが俺へと仕事の伝票を持ってくる。

 しかし、俺は外での仕事。つまり戦闘が伴う仕事をしたくなかった。リスクがあるし、従魔の戦力が不足している為にこっちに危険が及ぶからである。

 ウィードはタンクだ。龍種なだけあってステータスは高い。しかし、龍種らしいスキルをまだ覚えていない。範囲攻撃に不足している現状物量で来られると敵が抜ける心配がある。シルクもまた単体攻撃魔法のマナボルトしか使えない。何より機動力も無ければ戦闘力も無い。肩に止まった固定砲台である。

 

 少なくとも一体は自分に来る攻撃やら敵をどうにか出来る従魔がいない限り、俺は戦闘を行うつもりはないのだ。ミラージュ戦でウィードを自分の壁にし続けたくらい俺は戦う気が無かった。

 

 というのも、ゲームでは描写されるだけだったのだが、召喚士へのダイレクトアタックというものがある。

 これは、剣士や魔術師と違い召喚士の弱点は、召喚士そのものにある事を示している。実際にプレイヤーがダイレクトアタックされることはないのだが、現実となったこの世界ではありうる手法なので警戒すべき行為なのである。

 召喚士が死ぬと従魔はゲートの向こうへと戻される。そのタイミングはバラバラであり、召喚士が死んでもしばらく残り続ける従魔もいるのだ。

 そういった従魔はどのような行動をするかと言うと、召喚士の蘇生をしたり、枷が外れたかのように暴れ回ったりと様々なのだ。

 

 実際にストーリーで召喚士が死ぬのはもう少し先の話なので、その時にでも確認を行うつもりであった。

 

「失礼したワ……。あラ?」

 

 掲示板の前でまごついていると、カウンターからミラージュが戻ってきた。こちらに気付いたのか歩み寄ってくる。

 

「グルルルル……」

「怖がっちゃって可愛いワァ。支配者たるものみだりに暴れたりしないから安心してネ」

 

 ウィードが警戒を剥き出しに喉を鳴らして唸る。ミラージュは笑顔でそれを受け流した。

 

「それで、何をしているのかしラ?」

「見てわからないか? 仕事を探してるんだよ」

「ふーン……? 別に君の従魔なら余裕でこなせそうな仕事ばっかりだけド。いえ……そういえば、君は臆病者だったわネ」

 

 にやりと嫌らしく嗤うミラージュ。実際に臆病者なので無視した。

 ゲーマー的にはリスクが高い事をするつもりは無いんだよ。それで得るリターンも少ないしね。

 

 ウィードの強さは知っているが、身辺警護に向いていないのも知っている。【龍種覚醒】は先手を譲るアビリティである。この隙をついてプレイヤーへ攻撃が及んだ場合、ウィードが動かなかったら死ぬのは自分なのだ。無茶は出来ない。

 この手の検証は自分がヒーラータイプの従魔を引いてから確かめる。

 

「ミラージュさん。こいつは農家と蔑称されるような奴です。ミラージュさんの期待に応えられるようなタマじゃないかと」

「ああ、塩漬けされていた畑仕事のクエストばっかり受けているのネ。何が目的なのか知らないけど、流石に戦わなきゃ従魔は育たないワ」

「知ってるよ。俺は育てる前に戦力を増やしたいんだ」

「護衛分の金が欲しいってわけネ。それなら、良い依頼があるのだけド?」

 

 ミラージュは適当な紙を破り取り、裏に依頼を書き込んだ。

 

「この仕事、受けてみる気はなぁイ?」

 

 

・・・・・

 

 新緑の森の奥、四人組の男女が囲まれている。

 周囲は二本足で立つ枯れた木が幾本も立ち並ぶ。両者の間には、人とも木とも違う姿。

 

「ニャシー、撹乱しろ!」

「エー君は攻撃、チェリーはエー君の後に強打で体勢を崩して!」

「シーちゃんは回復を」

「援護射撃で道を開いて!」

 

 柊菜と樹、そして彼が作った友人の二人である。男性二人女性二人の召喚士パーティである。

 柊菜と樹は召喚士になってから日が浅い。そこで、最近親しくなった同僚へと召喚士として師事を受けることにしたのだ。

 

 彼等と同郷の者であり、この世界に詳しいスリープと名乗る男は、ゲームとしてしかこの世界を知らない。細やかな常識やら召喚士としての立ち回りを知らないのである。

 実際に彼から話を聞けば「従魔を増やして物量で殴る」としか言われなさそうなのである。実際に今でも彼からも教わっている柊菜は戦力の拡充を勧められた。

 

 それも間違ってはいないのだろうが、樹と柊菜が現地の召喚士に教えられた事は全く別の話だった。

 曰く、召喚士は弱い。本体が弱点である。それ故に召喚士は複数で行動する事で手数を補い、従魔の補助をするのだ。と。

 そう、スリープはなんでも自分の力で解決しようとする。それも良いのだが、それ以上に協力出来るならした方が手っ取り早く済むのだ。

 従魔一体召喚士一人では、従魔は召喚士を守る為に攻めに出ることは出来なくなる。しかし、召喚士が複数いても一箇所に集まっていれば、少ない数を防衛に回して、残りを攻撃に転換出来るのだ。

 そして、同時に召喚士達もまた道具を用意して従魔の補助をしたり、限りなく従魔への負担を減らしていく。

 

 それが、現実での召喚士の立ち回りであった。

 

「お疲れ、怪我は無いか?」

「大丈夫っす。クエスト目標も達成したんで戻りましょうか」

「お疲れさま、ヒイナさんが二体も従魔を連れているから助かったよ」

「いえ、それほどでも……」

 

 戦闘が終了し、柊菜のチェリーと男のニャシー、【草原のポイズンキャット】が増援がいないことを確認する。ひとまずの安全が確保された所で召喚士達は緊張を解いた。

 柊菜よりも年齢が上であろう女性。機種で両腕が銃になった小型の人型ロボットの従魔を使う女性が笑う。

 

「私もかれこれ二年くらい召喚士しているけど、未だに二体同時召喚が出来ないんだよねぇ」

 

 タハハと笑う女性に、柊菜は思案げな表情をした。

 ゲーム仕様で動く自分達と違い、女性は従魔は複数いても、同時に召喚は出来ないらしい。それは、枠を拡張すればいいと思ったのだが、どうやら違うのだ。

 それは、プレイヤーとNPCの違いなのか、自分達が特別なのか、その違いが柊菜には分からなかった。少なくとも、柊菜は前から女の発言を受けて枠を増やすという手法を教えたし、それが失敗に終わったことも知っている。

 

 元々、現地では同時召喚は召喚士の才能で左右されると言われているらしい。それにしては従魔を複数使う召喚士は見当たらないのだが。

 従魔は所持だけはしているらしく、その時々で従魔を使い分けるのが一般的な召喚士の戦い方だった。

 

「おーい、二人ともそろそろ戻りましょうよ!」

「あ、はーい!」

 

 樹が柊菜達へ声をかける。トレントとの戦闘処理も終えて、帰還しようと各々が動き始めた。

 

「っ!? ご主人様、誰か来ます!」

 

 柊菜の従魔であるチェリーミートが警告を発した。遅れてニャシーも警戒を露わにする。

 高まる緊張と誰かという人間を示す言葉。盗賊の類いかと全員が身構えた。

 

 ガサリと茂みをかき分けて出てきたのは、ハンチング帽の線の細い男だった。

 

「日本人……?」

 

 その特徴的な外見に樹が首を傾げる。ハンチング帽の男は今樹達に気付いたと言わんばかりに顔を上げ、ヘラヘラと笑いだした。

 

「おー……同郷っぽそうな人。もしかしてプレイヤー? 結構いるねぇ」

「あの、あなたは誰ですか?」

「ん? 俺? 俺はしがないサラリーマン。かつてはね。今はちょっと人探し中」

 

 マイペースに男は適当な喋り方をする。柊菜と樹の様子を見て、残りの二人は樹へと知っている人か尋ねている。

 

「君たち【社会氏 寝太郎】って人知らない?」

「なんすか……その、ふざけた名前の人」

「あら、知らない。そっかぁ。君たちプレイヤーでは無さそうだねぇ。イズパでは有名な名前なんだけど……」

 

 まあいいや。とハンチング帽の男は気にした様子も見せずに歩き始めた。

 方向は柊菜達と同じ、資源都市ヴエルノーズである。

 

「ちょっと待ってください! あなたは結局誰なんですか!」

「んー。若い子ってのは自分が誰だとかはっきり決めたがるよねぇ。所詮人ってのは他人から見りゃ曖昧な肩書きでしか定義出来ないと思うんだけど……」

 

 片手をひらひらと振って柊菜達に振り替えらずに男は言った。

 

「【ノーマネーボトムズ】……。まあ、知らなくてもいいよ。俺たちはそういう名前の【レギオン】だ」



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17話 仕事

「薬物犯の取り締まり?」

「そうヨ。どうやらうちのシマで勝手に薬物が売られているようでネェ。調子に乗った奴を捕まえて見せしめに殺さなきゃいけないノ」

 

 聞き返した言葉に、ピンクアフロのミラージュは頷いた。

 場所はギルドから離れて廃ビルの中。内装が案外整っているので、裏組織の奴らが使っているのであろう一室の中だ。

 そこで俺とミラージュ含む幹部であろうザコイと女の子がいた。

 

 ミラージュの依頼は、現在ヴエルノーズに薬物が蔓延し始めているらしい。そこで、許可もなく薬を売っているような人間をとっちめろ。というものだった。

 

「あ、君は勝手に殺しちゃダメヨ? 君の仕事はあくまでも戦闘発生時の戦力排除。同時に聞き込み。こっちではザコイを付けるから二人で行動して犯人を探してネ。ってこト」

「薬の名前とかは?」

「『レフトオーバー』ヨ。実物はこレ。南区で患者が増えていたから気付くのに遅れちゃったワァ」

 

 コトリと、粉を固めて作った錠剤をテーブルに置いた。コーティングされているのか、綺麗な青色で光沢がある。

 

「南区は海だったよな、売人はともかく製造元は海の向こうなんじゃないか?」

「ンーまあ、製造元は良いのヨ。手出しした売人を殺すことで舐めた態度取った結果を見せるかラ。それと、南区は海だけど、搬入経路が海だとは限らないのよネェ」

 

 顎に手を当ててため息を吐くミラージュ。

 まあ、知っている事だ。薬の名前を聞いた時点で大体の事情は判明した。これが知らないものだと少し面倒だったのだが。

 

 ちなみに、南区は海に面しているから港となっている。湾となっており、波も荒くないので漁をして魚を取るなり色々している。

 それ以上に、ゲームでは死体遺棄の場所として使われていた場所であったりする。

 理由としては、アンデッド対策と街の外に死体を運ぶのが面倒だからである。街中に放置するのも衛生上危険だし、海に流して海洋生物の餌にした方がいいのだろう。

 

 そして、そんな事情もあってか南区は非常に臭いのだ。腐った臭いに磯臭さ。それを誤魔化すように南区は歓楽街的な要素も含んでいる。血生臭さは薄いがそれ以外がとても濃い場所だったりする。

 

 まあ、そんな事情を含めて知っているが、それを教えるつもりは無い。教えたら教えたでなんで知っているのか聞かれるだろうし、それの説明も出来ないので当たり前である。

 ついでに言うと、この街でこの薬物が出回るとは思わなかった。

『レフトオーバー』は増強剤みたいな感じの薬物である。理性を吹っ飛ばし、凶暴性を上げながらも人間を若干超えた力を生み出すというもの。

 これは、メインストーリーで出てくる薬物なのだが、不純物にして副産物的なものである。真の目的は、これを超えた完成品を用意すること。

 

 それが大体六章くらいで使われるストーリーなのだが、これほど早いタイミングの、しかもこのヴエルノーズで発生するとは思っていなかった。

 まあ、もしかしたらプレイヤーがいなくなった後にそれが蔓延したのかもしれないが、ストーリーには出なかったので知る由もない。

 ついでに六章ストーリーでは加入キャラもいない。

 

「期限は一週間。報酬は五百万シルバでどう?」

「……受けようか」

 

 頷くと、ミラージュはにっこりと笑った。男が笑った所で嬉しくもないが、それ以上にこいつの顔では似合わなさすぎる笑顔だった。

 

「成立ネェ! それじゃ、ザコイ。二人で動きなさイ。私は別の仕事があるかラ。逃がしたらタダじゃおかないからネ」

「ハッ!」

 

 カツカツと靴を鳴らしながらミラージュは去っていった。

 

「……ウィード、やれ」

「なっ!? ガフッ」

 

 ミラージュが立ち去ったのを確認すると、ウィードに命令してザコイを昏倒させた。

 気を失っているザコイを適当な紐で縛り上げて逃げられないようにする。

 

「悪いね。俺は下手な詮索をされたくないんでね。仕事はきっちりこなすよ」

 

 そもそもお荷物連れて戦闘の可能性がある依頼を受けたくないのだ。護衛クエストは難易度が高い上にその護衛が弱いとすぐに死んでしまうのだ。

 そこで、今回なら縛り上げて動かなくして自分が解決するのが一番楽だと判断した。

 

 ふと、テーブルに置かれたままの『レフトオーバー』を拾い上げる。

 地球ならコーティングしたお菓子みたいな見た目のそれをウィードへと放り投げる。

 

「ウィード、食べな」

「グルッ!? あむ……」

 

 命令通り薬を食べたウィードが恨めしそうに睨む。

 人間相手に使う薬物が従魔に効くわけないだろうに。そもそもウィードは状態異常耐性がそこそこ高いので血液に直接高濃度の薬剤をぶち込まれようとも効きすらしないだろう。それが従魔っていうものだ。

 

「…………これ、アルラウネの蜜じゃないか! ペッペッ! なに食べさせる!」

「ふーん……やっぱりアルラウネか」

 

 ウィードが予想外の検分を終える。まさか知っているというか分かるとは思わなかった。舌がいいのだろうか。

 

 アルラウネといえば植物型の女の子の従魔である。肌が緑色で下半身が植物だ。そしてその蜜というからには、つまり、そういうことなのだろう。

 ちなみに俺の知る内容だった場合、今回の薬物を作るのに使われているアルラウネはかなり特殊なアルラウネになると予想される。具体的にはリミテッドキャラクターである。

 

「さ、とりあえず同じ薬物を売っている人を探そうか。この街の元締めが知っているならそれなりに広まっているのは確かだし、欲しがれば情報位は出るでしょ」

 

 むしろミラージュの関係者が捜索すれば逃げ隠れされる可能性もあるわけだ。やはりザコイは邪魔でしかないと思われる。

 

 

 ゲーム時代から、召喚士が従魔を使った産業というのは割りと多く描写されていた。

 その力を使った農作業や、野種を使った畜産物、果てには大自然そのものからの贈り物を売る等と、結構プレイヤー視点でも使える事は出来たのだ。その多くが換金アイテムだが。

 そして、俺もまた一度だがそういった事柄に触れた経験がある。養蚕業である。

 

「従魔を繁殖させるのは無理だからねぇ……後が続かない仕事だぜ」

 

 忘れていたシルクの絹玉を手に街を歩く。内側にあるサナギの抜け殻は捨てた。

 

 従魔を繁殖させることは不可能では無いだろう。しかし、それを命令して従魔が実行するかは不明だし、繁殖したとして、その子供が召喚士に従うかは全くの別であったりする。

 召喚していない上にこの世界での誕生なので従魔になるのが難しいのだ。リミテッドキャラクターとして分類されるが、システムに存在しない従魔が呼べるかはわからないので。

 

 プレイヤーの産業はもっぱら月齢による収穫日に入手出来るアイテムの入手であった。卵とか乳とかそんなもんである。

 

 ウィードもまた成長させれば卵を産むのだが、初期段階では産まない。少なくとも三段階目のステージ解放まで行く必要がある。

 龍種で卵を産むのは使いやすいサラマンダーが有名だ。星三龍種故にこの世界でも少数ながらサラマンダーの卵が高級食材として取り扱われているのを見かけている。ゲームでも最初期キャラ故に金策として所持するプレイヤーは多かった。

 

 なお、普通の女の子を予想してはいけない。実際はサンショウウオみたいな顔をしたトカゲであり、擬人化すらしていない。メスなのは確かだが。

 

 ともかく、従魔もまた需要と供給の社会活動に枠があるので、仕事がてら絹玉を売ることにしたのだ。

 

「なあ、私アレが欲しいんだが」

 

 市場を巡ること数分。ウィードがこちらの袖を引っ張ったかと思えば、何かを指さした。

 その先には龍種の脱皮やら鱗やらで作った装飾品がある。

 …………自前で用意出来ないか?

 

「自分のじゃあ意味が無いだろ!」

「……まあ、いいけどさ。すみません、これ一つください」

 

 憤慨するウィードを尻目に欲しがっていた鱗を重ね合わせたアクセサリーを購入する。

 小さくても女の子ということなのだろう。そう思い、彼女の首へアクセサリーを着けようとすると、手で防がれた。

 

「どしたの?」

「首につける必要は無い。よこせ!」

 

 言われるがまま。ほい、と手渡すと大きく口を開けてアクセサリーを食べ始めた。

 驚愕のまま見つめていると、あっさりと鱗を通していた紐ごと食べ終わり、満足そうな顔をする。

 

 …………アイテムである。さっきのアクセサリーは経験値アイテムだったのだろう。ウィードのレベルが上昇したのを見て先程の行動をそう結論付けた。

 

「……なんだよ」

「いや……なんでもない。強いて言うなら俺も人間の価値観に囚われていたなって思っただけだ」

「? 変なやつ」

 

 首を傾げるウィードを連れて、アクセサリーショップを離れた。最後まで驚愕の表情を隠さなかった店員が印象深かった。

 

 さて、気を取り直しての行動である。結局高級そうな織物店で絹玉を売った。ウィードのアクセサリー代程度にはなったので満足である。

 そして、買い物を終えて南区へとやってきた。時刻は既に日が傾き始めている。本格的に調査をするのはもう少し後だとは思うが。

 

「あの薬の匂いとかって分かるか?」

「わからん。臭い」

 

 ウィードの顔がこれ以上ない程に顰められている。俺も同じように眉間にシワが寄っている。

 臭いのだ。ゲームでもそう描写されていたが、めちゃくちゃ臭い。

 すえた臭いに磯臭さが混ざり、果てにはどことなく香る香水やら何やらの香りで鼻が曲がるのではないかと思う程に臭い。

 波止場の向こうでは水死体が浮いているし、路地裏へ行けば娼婦と共に暴行を受けたような怪我人が転がって残飯をぶちまけられている。

 日陰部分ではドラム缶のような物で焚き火をする浮浪者が座り込み暖を取る。その横を漁師が網やら籠を持って駆け抜けていく。

 

 混沌とした弱者の空間だ。そこにいる人間のほとんどが死に、諦めた目をしている。

 

 ここに来てから既に三度襲撃を受けている。ウィード狙いなのか自分狙いなのかはよく分からないが、人さらいの類いであることは間違いないだろう。

 しょうがないのでウィードには顔をボコボコにされた男を引きずり歩いてもらう事で人避けを任せている。この男も俺たちを路地裏へ連れて行こうとした人間である。この場の臭いでは、放っておいても傷口から病気を引っ掛けて死にそうである。

 

「どうしようかなぁ……今からでも依頼断れないかな」

「そこのお兄さん。ちょっと気持ちいいことしていかない? 見た感じ身なりも整っているしここは初めてでしょう?」

 

 ウィードがいるのにも関わらず声をかけてきた娼婦を一目見る。膨れた顔と下っ腹の熟女であった。よく見れば瞳孔が開いており、口も歯がボロボロで黒ずんでいる。

 

「レフトオーバーって知らないかい?」

「あらなに? 薬を使っているの? アレは使った男が激しくなるから身体が持たないんだけど」

 

 声をかければ一発目で当たりであった。幸先が良いと口元を歪める。

 

「あいにく女には困ってないんでね。彼女との為に買いに来たのさ」

 

 そう言ってウィードの肩を抱き寄せた。ウィードは不満そうに一度だけペシりと尻尾で俺を叩いた。

 

「イイ趣味してるのね。それなら行きつけを紹介しましょう」

「仲介料だよ。ほら」

「……着いてきなさい」

 

 女へ金を渡すと、よそ行きの顔を捨てて表情を殺した状態で歩き出した。距離を置いて後を追いかける。ウィードは既に効果が無いと悟り、男を放り捨てた。

 路地裏へと入り込み、複雑な道を進む。どうやらあえてジグザグに進んでいるらしい。店の場所をわからなくすると同時に帰りの分の道案内代を稼ごうという算段であろう。

 道の途中にある一つのドアの前で立ち止まる。

 

「ここよ。帰り道が分からないなら呼んでね。近くで待ってるわ」

「はい、どうもね」

 

 ウィードがするすると俺へとしがみついて体を登り始めた。その様子から、ドアの向こうに脅威は無いと判断出来る。

 ドアを開くと、店内から粉っぽい匂いが漂ってきた。

 薄暗い。ロウソクの明かりだけがカウンターにあり、壁は全て引き出しになっている。

 

「ア"ア"!? 誰だ! こっちは機嫌悪いんだよ! 金の無い娼婦が子供引っさげて薬を寄越せこいつを売るってうるせえんだ!」

 

 よく見ると男の足元は血溜まりになっており、傍らにボロ布を纏った女性らしき肉塊が転がっている。

 部屋の隅、男から極力離れた俺のいるドア横の方には、金髪赤目の子供がガタガタと震えていた。

 

「そりゃご愁傷さまだね。レフトオーバーって奴を買いに来たんだけど」

「耳が早いな。どこのモンだ?」

 

 表情が変わり静かになった男を見て、ゲームと同じ事情だと判明した。バレない様に下の人間へと売るだけの命令のようだ。

 

「そりゃあ──天下のミラージュ様だよ」

「っ! 勘づかれたか! おい、仕事の時間だ!」

 

 男が声を荒らげると、男の背後の扉から顔を隠したナイフ持ちの人間が二人ほど出てきた。用心棒だろう。

 

「クソッタレ! この街でミラージュの野郎に睨まれりゃ生きていけないってのに! どこの馬鹿がここを紹介しやがったんだ!」

 

 ドスドスと入れ替わるように男が向こうの部屋へと消えていく。

 ウィードは既に俺から飛び降りて相手を威圧している。出来れば逃げた男を無力化して欲しかったが【龍種覚醒】中で動かないらしい。

 

「シルク、そこの子供を守ってなよ」

 

 戦闘力は低くとも、それでも人間相手なら、余程の相手ではなければ負けないだろうシルクに子供を任せる。人質として取られた場合見捨てるので、そうならない事を祈る。

 

「出来れば穏便に行きたいからそこを退いてくれないかな? 召喚士と従魔の強さは理解しているよね?」

「…………」

 

 一応引いて貰えないか声をかけるも、返事は無く、スラリと鞘から抜かれた短剣が返答になった。職務に忠実なようでため息が出る。

 

「悪いけどこっちも仕事なんだ。君達の生死は特に言い付けられてないから、全力でいくよ」



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18話 子供

こんにちは! イズムパラフィリア運営です! 本日は一部不適切な記述を変更する修正パッチを当てました!

1/11(月)薬屋の男の台詞を一部変更
貴族制→身分階級制
貴族→上位市民

今回の修正に対して、詫び石を一つ配布致します。お騒がせして申し訳ございませんでした。これからもイズムパラフィリアをよろしくお願いします。


「まあ、ざっとこんなもんかな」

 

 荒れに荒れた薬屋の中。血溜まりに沈む男達を見て、評価を下した。

 クエストで言えば、今回の戦闘は時間までに勝利しないと失敗に終わるタイプだろう。ここが何処だか分からないので、取り逃した時点で失敗な気がするが、ゲーム的に評価するなら戦闘勝利Bって感じだ。つまり、即座に片付いた訳でも無いが、手こずったわけでもない。

 

「さて、どうしようかな……」

 

 後を追うべきだが、そもそも追跡が出来るのかが不明だ。とりあえず、まだ息をしている用心棒共に尋問でもすべきだろうか。ミラージュへ渡して、情報があるなら引き出してもらうべきか。

 

「そして、コレもどうしようかね」

 

 戦闘ついでにシルクを抱きかかえた子供まで着いてきた。母親と思わしき女性は既に死んでいる。

 まだ小さい子供だというのに、その顔は何の表情も見せずに凍りつき、瞳は絶望を写している。が、手に持ったシルクは一切離そうとしない。シルクもまた抵抗はしない。蚕なら仕方がない。

 

 あても無いし、子供をどうにかするにも預けられそうな人間が思い付かない。ミラージュ辺りなら育てるかもしれないが、若くして鉄砲玉の運命を辿らせるのは哀れすぎる。

 

「…………メイドの従魔か母親の従魔が欲しいなぁ」

「グルルル……? そんな従魔いるのか?」

 

 いるよ。あくまでもソシャゲにして美少女ゲームだから、大抵の属性は取り込まれているし、余計なものまで着いてくる事も多々ある。

 母親キャラで一番印象に残るのはやはり死種の頂点である。アレは元々そういった存在だから当たり前といえば当たり前だが。

 メイド、とはまた違うが、有名所なら緑種のシルキーが低レアである。次点で死種のキキーモラだろうか。アレは家妖怪の類いだが、どちらかといえば悪の方か。

 無いものを想っていても仕方がない。ひょいと子供を脇に抱えて薬屋が逃げた方の部屋へと進む。

 脱出経路は窓からのようだ。自室らしきベッドのある部屋は、タンスを開けて何かを持ち出し、窓を全開にしたまま無人の様相を見せている。

 とりあえずどこへ逃げたのか窓から外を覗いて見たが、窓の向こうも路地裏なので、それらしき姿を見ることは叶わなかった。

 ウィードなら探せるかと思い、窓から外へ出る。入った路地とは家一つ隔てているので、娼婦の姿もない。彼女をここに置いていく事になるが、下手に関わりを見せて身の危険に晒させるよりかはマシだと、放っておくことにした。

 

 

 

 そもそもの話になるが、なぜこの街がこんなに治安が悪いのか。それは元々が劣悪だったからである。

 資源都市ヴエルノーズの名にある通り、ここは資源がある街である。地下深くにて鉱石を採集する仕事が昔から存在しており、ここに集まった人間は元々が炭鉱夫ばかりである。犯罪者の鉱山奴隷等を含めて多々送られてきたものが、腕っぷしだけの荒くれ者ばかり集まった街なのだ。

 今でこそミラージュが資源を独占して、表向きには廃坑となったので流通の要としての街に切り替えたが、それでも仕事自体は消えていないし、ここから出ても仕事が無いような奴らばかりなのだ。

 そういう人が集まって出来た街がここヴエルノーズである。悪党共が住まう街。治安が悪いのは人柄の問題でもある。

 

 が、そもそもここは、力こそ全てな世界観だ。自分で生きる術が無ければ生きていけないのがデフォルトなので、比較的この街は治安がいい方であったりする。ミラージュが頂点だが、それに従っていれば、ある程度自由に生きられる街なのだから。

 

 小さな犯罪こそ横行するが、テロレベルの問題は起きないのだ。それは強力な力によって押さえつけられた安全である。少なくとも抑止力としては働くのだ。

 

「どっかに子供預ける訳にもいかないし、連れて行くしかないか……」

 

 逆に言えば、ミラージュの仕事ならだいたい何しても問題ないという事になる。俺の知る限りでは、人攫いと今の薬物取り締まりで問題が起きても、あっちは干渉してこないというわけだ。

 それで、チェリーミートを巡る事件が勃発したのだから。シルクを抱きしめる子供は、獣人などでは無いが、娼婦の子供というだけあって、見目は現段階でも麗しい。売る所に売れば高値が付くだろう。

 

 流石に俺でも、小さなガキンチョを売り払うような鬼畜すぎる行為には抵抗がある。

 

「んで、ガキンチョには名前とかあるのか?」

「…………」

 

 返事が無い。小脇に抱えた子供は、自分が話しかけられたという事だけは理解したのか、視線を合わせてくるが、何も言葉を発する事はなかった。

 声が出ないのか、言葉がわからないのか。はたまた別の理由かは不明だが、この調子だと会話は無理だろう。

 

「おい! 多分こっちだぞ!」

「了解。案内よろしく」

 

 ウィードが薬屋らしき人物を発見出来たようなので、追跡を任せる。ウィードを先行させて、その後ろをついて行った。

 

「そこの人間のメスはどうするんだ?」

 

 ウィードから疑問が投げかけられる。ウィードは案外おしゃべりだし、好奇心が強く、人間社会にも興味を示す。

 とはいえ、興味があるだけで好意的では無いのでそこら辺を間違えると痛い目を見る。今回もただこいつの処遇が気になっているだけだろう。

 

「とりあえずは俺が面倒を見るか、信用出来そうな所に預けるとは思う」

「……本気か? 他の人間の子供を育てるのか?」

「子供自体に罪は無いと思うけど」

「……別の人間の子供を育てるとか、狂気だ」

 

 ウィードが信じられないようなものを見る目で振り返った。

 自然界において、托卵やヘルパーといった我が子以外の子供を育てる方法は数あれど、同情や母性によって集団とも何も関係ないような子供を育てるという行為は聞いたことがない。基本的に動物は自分以外の子供を育てる事はしないのだ。托卵で有名なカッコウなども、育て親がカッコウの子供を排除する例があると聞く。

 人間のこれらの行動もまた、余裕の現れでしかない。かわいそう等の感情は基本的に自分が上位者でないと出てこない感情なのだ。

 逆に、自分達の領域を脅かす程になってくると、似たような状況であろうとも人間は敵意を見せる。天才子役が持て囃されるのは、それが大人たちにとっては特別驚異的ではないと考えているからである。アレらにおける天才の範囲は、子供にしては凄いのであって、大人よりも凄いことは無い。ということだ。

 

 全ては余裕の現れ。そう考えると、ウィードの主張も何一つ間違っているとは思わなかった。正しいとか間違っているとかの話ではないからな。単純に考え方の違いでしかない。

 

 もう一人、同じような子供がいたとしても、俺はきっとその子を見捨てることだろう。

 

「よかったな。ガキンチョは運がいいぞ。俺の気まぐれと生活の余裕によってお前は俺の庇護を受けるんだ」

「…………?」

 

 まあ、伝わらないだろう。首を傾げる子供を見て、俺は苦笑した。

 

 柊菜がこの場に居てくれれば、俺の言葉に嫌悪感を示し、罵倒の一つでもくれるだろうに。

 何故だか今だけは、そういう言葉が欲しいと思った。

 

 

 

 

 子供を抱えて歩くこと数十分。男を追い詰める事に成功した。

 ウィードの知覚から逃げられなかった以上、追い回せばいずれ捕まるのは明白だった。

 

「ま、待て! 金ならある! あと、いい話があるんだ。小さな国だけど、俺は、この仕事を成功させた上位市民になれるんだよ!」

 

 南区のどこか。ゴミ袋が適当に投げ捨てられている道の突き当たり、逃げ場がないと悟った男は必死の様子で俺に交渉をしてきた。

 

「へぇ、そりゃすごいね」

「あんたもこの街でミラージュの下っ端でこき使われたくないだろ? 身分階級制の街で上位市民になれりゃあ人生一気に勝ち組だ。どうだ? 手を組まないか?」

 

 誰に保証されているんだか。上手い話に乗った男が命乞いをしてくる。

 この男はなんで薬屋をしているのにそこから麻薬関係に手を出したのだろうか? いや、本業は別なのかもしれない。カモフラージュとして薬屋をやっていたとか。

 どっちでもいいか。

 

「悪いね。俺は金も権力もいらないんだ。信じているのは暴力だ。力だ。物質的側面において、何よりも暴力こそが信用出来る不変の価値観だ」

 

 金も権力も、そのコミュニティに属さない人間にとっては無価値である。金なんぞ道行く人全員が「そんなものは知らない」とでも言えば途端に価値を失う。

 確固たる信念を持て。金も他人の信用も共同幻想である。皆で同じ夢を見ているからこそ通用する嘘っぱちだと理解しろ。

 物事に価値を与えるのは自分自身だ。本質を見誤ってはいけない。何が真に価値があるのか、それを正しく認識して生きていくのが俺の生き方だ。

 

 金そのものに価値なんぞない。

 

「交渉は決裂だ。後の話はミラージュが聞くんじゃない? 頑張ってね」

「う、うわああああああ!!!」

 

 ウィードが恐怖で喚き散らす男を気絶させる。

 これにて任務完了だ。さっさと金と召喚石を頂戴して、こんな糞みたいな仕事とはおさらばしよう。

 

「あー……情操教育に悪いなぁ」

 

 ここまでずっと子供を小脇に抱えているのがいけないのだが、こんな時でも無口無表情のガキンチョに不安を覚える。

 変な影響受けないといいのだが。

 

 認識としては間違っていないと思うが、金も権力も、人の世の中で生きていくには非常に重要なものである。ないがしろにしてはいけない。

 ただ、それに目が眩んでそれ自体に価値があると考えてはいけないのだ。金も権力も、安定した社会基盤があってこそのものなのだから。

 

 特にこの世界ではその意識の差が重要になる。安定も安心もほど遠い世界なのだから。

 

 金というのは世界最大の宗教だ。地球においては。

 

「石こそがこの世界の最高である」

 

 召喚石自体は石ころだが、それを使えば召喚から再生まで様々な事が出来るのだ。

 俺に交渉がしたかったら、金じゃなくて石を積めよな。ゲーム内通貨はほとんど使わないアイテムなのだから。

 

 

・・・・・

 

 

「仕事が早いのネェ。ボク驚いちゃっタ。これが報酬だよ」

 

 例によって、ザコイが縛り上げられているビルへと向かった。そこで待っていたのは、いい笑顔をしたミラージュと、不貞腐れたような顔のザコイであった。

 

 大きめの皮袋をドンと置く。じゃらりと金属の擦れる音が鳴ったので、これが報酬の五百万シルバなのだろう。

 一度袋を開けて確かめると、しっかりと大量のシルバが入っており、その上には一つだけ召喚石が転がっていた。

 

 黙って受け取る。ウィードが引っさげていた男はザコイが回収した。

 

「どうせコイツは尻尾切りに使われるだろうけど、今回は警告に留めておくつもりだかラ」

 

 ウィードが捨てた男を、ミラージュが指示することなくザコイが縛り上げて連れていく。ビルから出る際に俺の事を睨みつけて来たが、特に何も文句を言うことなく出ていった。

 まあ、お目付け役としては働けなかったし、補助としても必要がなかった事を見せつけられたわけだからな。側近としては面目丸潰れだろう。

 

「それと、ザコイをいじめるのもほどほどにしてあげてネ」

「威を借る奴にふさわしい扱いをしたまでだよ。認めて欲しいならもうちょい強い召喚士をよこすんだね」

「アレはアレで結構使い道があるんだけド? 下手な攻撃一辺倒よりは強いと思うワァ」

「基礎値が低いと無意味だよね」

 

 シルクと同じである。シルクは【無詠唱】のアビリティがあるが、魔力そのものが低いので恩恵が薄いのと同じである。

 機種【廃鉱山のエレキテトラ】も【形状自在】のアビリティがあるが、それを活かしきるポテンシャルがないので、使えないとしか言いようがない。

 生活に使う分には使いやすいのかもしれないが、本来の仕事である従魔としての役割が果たせない時点で、俺としては論外である。

 

「ところデ……。そこにいる子供はどうしたのかナァ?」

 

 俺から視線を外したミラージュがこの場に連れてきた子供へと向かう。

 本当にどうしようね。

 

「うちの子です」

「あなたの目撃情報からして子供はいないわヨ? 人攫いでは無いと思うけど、下手なもの抱え込むと面倒ヨ?」

 

 ミラージュの心配に軽く頷いて返事をする。

 

「目の前で転んだ人間に手を差し伸べないほど薄情になれなかったものでね」

「ンフフ……甘い人。守るべきものを持った人間は弱いワ。いつかその身を破滅させるだろうけど頑張ってネ」

 

 ソファから立ち上がり、ミラージュが部屋を後にする。その時垣間見せたのは、同情や弱者を見つめるような憐憫を含んでいた。

 

 まあ、基本的に守るべきものって言うのは本人の精神的な弱点になるだろう。同時にそれとは対等な関係ではいられないという事を示す。ぶっちゃけ、信用してないから守ってるようなもんだし。

 ミラージュのは警告だろう。召喚士と従魔ならば、互いが互いを助け合うような関係も作れる。しかし、子供と自分ならば決して対等でもなんでもない。そこを伝えたかったのだろう。

 

 人を率いる者として、俺に一言いいたかったのだろう。弱者を受け入れれば、行動は弱者を基準にしなければいけなくなる。と。

 

 まあ、俺自身コイツをずっと連れ回すつもりは無いので、その間の辛抱だと思えばいい。俺には興味のない人間へと施しを続ける優しさなんてないんでね。自分本位で生きている人間なのだ。

 

 さしあたって、ここは十一個になった召喚石で新しい従魔を引いてみるのが一番いいだろう。これで新しい従魔を入手すれば、フィールドでもそれなりに安心して歩けるようになるだろう。

 

 最低でも星四以上が欲しい。そんな欲望をどうにか押さえ込んで、俺は召喚石を掲げた。



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19話 ノーソ

「あ、スリープさん。お疲れ様です」

「……どうも、お疲れ様です」

 

 召喚士ギルドから離れた場所にある宿屋。最初に泊まった場所とも違い、立地は悪いものの、部屋の広さや質が値段よりも良いのが特徴の場所。

 そこの一階食堂にて、俺は食事が用意されるのを待っていた。そんな時に、冒険を終えた柊菜と樹少年が帰ってきた。

 

 ここ数日二人は俺と別れて行動しつつ、この世界の情報やら何やらを自力で集めていた。今回もそんな社会見学の一つであろう。NPCとパーティーを組んでフィールドへと向かっていたはずだ。

 

 俺としては、二人とも自立してくれているようで大変ありがたく思っている。この調子で問題を起こさず、起こしても自力解決出来るように育ってくれると嬉しい。

 

「…………スリープさん、その小さい子は誰ですか?」

 

 俺をロリコンと見なしている柊菜がいち早く、ウィードと拾ってきた子供が向かい合って何かをしている姿を発見した。

 ちなみにウィードはお姉さんぶっているのか、ガキンチョに龍としての心得を説いている。

 

「いつかやるとは思ってましたが、まさかこんなすぐ目を離した隙にやるとは思いませんでした」

「うおお……結構可愛いっすね。本当にどこから連れてきたんですか?」

「南区の娼婦の死体からとってきた」

 

 まあ、実際にその娼婦の子供かどうかは不明である。

 

「し、死体から!?」

「羅生門……」

 

 驚く柊菜と今ひとつ真剣味が足りない樹少年。俺は別に引剥ぎをした訳でもないし、そもそも娼婦は老婆でもなかった。騙してたかどうかは知らん。

 

「ちょっとした仕事でね。俺が殺したわけじゃないし、見捨てるのもなんか良心に訴えるものがあったから拾ってきただけだよ」

「それにしては随分綺麗な身なりしてますね……」

 

 ボロ布を纏っていただけのガキンチョは現在ウィードが着るかどうか試しに買った時の服を着ている。なお、ウィードは着なかった。

 べっとりと汚れ、フケやら垢まみれの全身は既に綺麗さっぱり洗い流されて、ガリガリに痩せているけれど、とんでもない美少女っぷりを発揮している。

 

 まあ、この世界はゲームの世界なので外見グラフィックは肉感マシマシかつ、ゲームと同等レベルだ。地球産美少女が裸足で逃げ出すくらい、そこら辺を行く女の子でもなんでも可愛い見た目の人が多い。モブでこのレベルだ。

 とはいえ、美少女といえば地球でもフルダイブVRゲームが出てきているので、見慣れてはいるだろう。プロ女子(ネカマ)からは逃れられない。

 それと比べてもガキンチョは結構可愛いが。

 

 ちなみにガキンチョは女の子であった。体を洗う必要があったのだが、ウィードに任せようと思い任せたら、あまりにも雑な仕事だったので二度手間をかけて俺が洗い流した次第だ。

 

「へんたい、ロリコン」

「娘でもいたんですか?」

「いや、独身だったけど」

 

 慣れてるからね。とは続けなかった。ウィード相手に既にキレイキレイは実践済みであると。そこまで言えば柊菜の絶対零度の視線が永久凍土の如く不変のものになるだろうし。

 

「この子は、私の部屋で寝泊まりさせます!」

「うん。よろしく」

 

 ギュッと少女を抱きしめた柊菜が宣言する。その言葉を待っていた。

 

「明日の朝には世話させるのも悪いし、迎えに行くからそれまでよろしく」

「へっ? あ、はい。言われなくても……」

「じゃあおやすみ」

「あれ? スリープさん今日は食堂で食べないんですね」

「都合が悪くなったんだ」

 

 用意されたトレイを受け取り、階段を上っていく。ウィードが嫌そうな顔をして後に続いた。

 

 今後俺は食事を部屋でとる必要が出てきた。その原因が従魔召喚にある。

 自室の扉まで来た。ウィードに指示を出して部屋の扉を開けてもらい、素早く入る。

 続いたウィードが部屋に入るとバタンと勢いよく扉を閉めて鍵をかけた。

 

「あ……おかえり、なさい」

「はい、ただいま」

 

 部屋の中央。床にペタンと女の子座りをしていた人物へと顔を向ける。

 艶を失った髪、痩せこけた頬。落窪んだ目。死病にかかった事を示す皮膚の斑点とカビ。

 吐く息が毒々しい緑色を混ぜている。それでもなお、美人だとわかる外見の女性。

 

 星四死種【死病の生贄ノーソ】である。

 

 待ちに待った星四以上の従魔であるが、これを引いた途端に俺はそれを望んだ事を後悔していた。バイオテロ従魔とか一緒に生きていけないだろ。

 本名であるノーソの前部分から分かるように、彼女は小さな村で伝染病が流行った時に、神への捧げ物として殺された少女である。

 肉体は呪いと伝染病に冒されており、触れる者近付く者へ平等に病をうつす従魔である。

 

 ちなみに、彼女自身は人間である。供物であり、生娘であり、箱入り娘の感染源だ。

 

 アビリティにも【疫病感染源】というものがあり、ノーソから一定距離以内に近寄ると、パッシブで一定時間毎に状態異常【病魔】への感染判定が入る。フィアズエッグよりは強くない。そして上位互換にあらゆる病魔そのものの従魔がいる。使えるがゴミだ。産廃だ。下位互換としても弱いのだ。

 

 何より面倒くさいのが、フィアズエッグ同様のパッシブアビリティである。彼女はフレーバーテキストにも書かれているくらい面倒くさい伝染病の感染源であり、触れる者近くにいる者全てを伝染病に罹患させる。

 もしかしたら俺も数日後には死んでるかもしれない。

 

 こんな所に栄養欠損の、ガリガリのガキンチョを入れたら即座に感染して死に至るだろう。回復スキルを持っていない現状それは避けたいので、どうにかしてガキンチョは柊菜に預けるつもりであった。

 

 ちなみに、彼女はノソフィリア(病症性愛)を担当する従魔の一体である。彼女がゲームではノソフィリアの初従魔なので近い名前を持っているのだ。

 そのため、いくら育てても彼女は病気から復活しないし、伝染病は治らない。好感度イベントも看病系が多い。彼女は病弱(罹患済み)な箱入り娘なのだ。

 

 似たような存在にエメトフィリア(嘔吐性愛)がいるが、アレはクレームも多い従魔であった。なんせゲロゲロなのでどう足掻いてもヨゴレ系キャラにしかなれないのだ。

 

 トレイの一つをノーソへと渡し、自分も机を出してそこに置く。ウィードは先に食堂で肉の塊を食べてきているので机の下へと潜っていった。

 

「座らないの?」

「…………私が近寄ると病にかかってしまいますので」

 

 一定距離から一切近寄ろうとしないノーソがやんわりと首を横に振った。

 好感度が足りない。同じ部屋にいる時点で俺は既に感染しているとは思うのだが。それとは別に遠慮しているのだろう。

 

 ちなみにシルクは【リコール】してある。どのように影響を受けるか分からなかったからだ。フレンドリーファイア有効だった場合大損不可避なので。

 ウィードも罹患はするが、そもそもレアリティの暴力で耐性が高く、かつ感染直後に距離を取れば自然回復まで生き残れる強さがあるのだ。

 

 立ち上がりノーソへと近寄る。ずかずかと近寄り、少しでも距離を置こうと身を引くノーソの手を掴み取る。

 グイッと引き寄せ、緑色の息が顔にかかるほど近寄せる。

 

「俺は召喚士だ。見た感じ感染症にもかからないらしいから、遠慮なんてしないで近寄るといいよ。呼吸を一緒にしようが従魔の影響で俺が死ぬことは無い」

「わかりましたぁっ! わかりましたから離れてくださいぃ……」

 

 顔を真っ赤にして俯き、視線を合わせようとしないノーソから顔を離す。

 

「うぅ……」

「変に遠慮されてもこっちが困るんだ。どうせ今後ずっと一緒に生きていくんだからさっさと慣れてよね」

 

 手も離して席に戻る。すると、ウィードは机の下から出て、俺の食事に自分の指を噛み切り血を垂らしていた。

 

「……なにしてんの」

「龍の血は生命力だ。母も私が赤子の時に乳をくれた。飲め」

 

 ちなみに、血も涙も母乳もその成分は実はほとんど同じである。つまり血を流す事は泣くことと同じである。メンヘラ知識だ。

 そして泣くことは母乳を出す事と同義である。変態豆知識だ。

 俺が先に手に入れたのはメンヘラ知識である。後々変態豆知識も入手した。

 

 まあ、流石に召喚士も従魔の吐く毒息そのものの無効化は難しいようで、実は肉体が既に熱病の如くふらつき初めていた。この行動は大変有難かったりする。

 

「ありがと」

「……別に」

 

 ウィードはふいとそっぽを向いた。

 ドラゴンズブラッドで彩られた料理を食べる。ノーソもこちらをチラチラと伺うように席を同じにした。

 

 検証も兼ねた行動だったのだが、俺自身には従魔への耐性が付いているのかもしれない。

 

 これはゲームでも一切説明がなかったのだが、ありうる話である。そもそも召喚士はなんの力も持たない人間だ。そんな人間が、存在からして違う従魔とどのように生活をするのか。

 

 例えば、召喚士ギルドのギルドマスターエムルス。彼の従魔は敵へと無差別に恐怖を植え付ける能力がある。この場合の敵は、何も目の前にいる相手だけじゃない。事実、樹少年のピクシーと柊菜のエンドロッカスは恐怖を流れ弾で喰らっていた。

 

 最も従魔の影響を受けるのは召喚士だ。それがどんな従魔であろうと、その従魔に近いのは召喚士なのだ。

 修行の果てに従魔の力を克服するとかは有り得ない。それが通用しないのが従魔であり、人間とはスケールが違う存在なのだ。

 

 では、なぜエムルスは彼の従魔であるフィアズエッグの恐怖を植え付けられないのか。

 仮説だが、召喚士は召喚した従魔の能力に対する耐性かなにかを所有するのではないか。まあ、単純にフレンドリーファイア無効なのかもしれないが。

 従魔同士は影響を受けたり受けなかったりと描写が様々だった。イベントによっては、プレイヤーの従魔が他の仲間である従魔になにか影響を与えて、それの解決に奔走することもある。

 

 これらを考えれば、召喚した従魔に対する耐性の取得が納得出来るものだと判断したのだ。もちろん、先程のように耐性を突破するのかもしれないが。

 

 ここら辺は要検証だろう。明日以降考えよう。

 

「明日はノーソの実験をしに外へ出るよ」

「へっ? 外、ですか?」

「従魔になったからには戦ってもらう必要があるしね。それ以前にノーソの能力が危険過ぎるというのもある」

 

 ノーソの問題は召喚したまま街を出歩けないというところにある。フィアズエッグがそこら辺の人間相手に能力が通用する時点でもうダメだ。この街の医療レベルや衛生面を把握していないが、ほぼほぼ滅びるだろう。星四とはそれくらいできる規模の強さだ。最低でも一都市相手に勝利出来る能力を有している。

 ただの人間が星四死種になれるほどの病と呪いだ。ここから外へ放り出しただけで街が壊滅する。

 

 ひたすら感染地獄を予想するなら、生態系が狂わない場所を選ぶ必要がある。具体的には現地生物のいないフィールドかダンジョン。従魔系のモンスターが出る空間へと。それなら死んでもすぐにゲートを通って新しく生物が補充されるし。

 新緑の森方面にも終末の洞窟はあるが、アレはレベルが高すぎる。少し難易度は上がるが、反対方向のダンジョンを探そう。

 

 人間がベースとだけあって、ノーソの耐久面はかなり不安がある。後衛職かつサポート系なので打たれ弱さがトップクラスなのだ。

 現在のシルクよりも簡単に死ぬと言えば深刻さも分かるだろうか。小さな虫よりも脆い人間、弱肉強食。

 

 とにかく、ノーソの今後の扱いを決める為の確認作業を行うため、明日は西へと向かう事にした。

 

 そうと決まれば行動は早いのだが、一つ問題がある。

 

「あのガキンチョどうしようかなぁ」

 

 拾った子供の処遇だ。彼女の親が既に事切れており、その後の生活を憂いたから拾ってきたのだが、ぶっちゃけ育てるつもりは無い。

 弱者救済をしようとする時点で間違いなのだ。自然淘汰されねばならぬ存在。そうでなければ無残に搾取されるだけの存在。

 

 守るものと扱うには彼女に価値は無いし、何より俺のやりたい事や、そもそも俺の従魔と共に生きれない点で問題がある。

 

 強者と弱者が共に生きる場合、強者が弱者に合わせて生活しなければならない。この街もそうだ。トップクラスはミラージュやエムルス、セイコウといった超人だが、大多数はゴロツキ以下の弱者だ。

 エムルスは自身を危険に晒して普段はフィアズエッグをリコールしている。セイコウは知らんが、思うがままに力を振るうのは難しい状況だろう。

 

 ミラージュなど、裏でこの街を支配しているが、普段は地下にいる。地下はミラージュの手先である人で固めている。

 他者へと合わせて生きるつもりが無いのであろう。ダンスばっかりしていた記憶がある。ゲームではだけど。

 

 まあ、拠点を作り、そこで活動する分にはそこまで問題は無いだろう。しかし、俺はゲームがしたいのだ。現実となった世界で生きていきたいのだ。それには彼女は邪魔でしかない。

 

 拾って早々に悪いが、どこかへ捨てる事を検討しておこう。せめて安全な場所で。

 

 ……どこかにそんな場所あったっけかなぁ?



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20話 求める声

「スリープさんに渡したく無いんですけど……」

「でも柊菜が持ってても意味無いよね?」

 

 宿屋でノーソやウィードと過ごした次の日、どうしようもないので子供を柊菜から引き取りに来た。

 一悶着あったが、柊菜から子供を受け取り、宿を出た。今回は召喚士ギルドへ向かわずに直接外へ出るコースだ。

 

 あれから色々考えたが、やはり今のままではガキンチョをどうすることもできないので、諦めて捨てようかと思う。

 悪いのは自分の弱さだ。この場合の自分は俺ではなくガキンチョ自体の弱さである。兵器を個人が圧倒する世界で弱者に生まれた自分を怨みな。

 

 ちなみにだが、この考えを伝えた時のウィードとノーソの反応はというと。

 

「フン。托卵を育てようとする考え自体がおかしいんだ。自分の子、グループの子供だけを守るのが普通だろう?」

「そうですか……仕方がないですね。出来れば助けてあげたいですが」

 

 と、かなりあっさりとした受け入れ具合であった。野生幼女龍ウィードは自然界らしき掟に従い価値や考えを持っているので理解した。しかし、ノーソは意外にも感じた。箱入り娘だから反対くらいすると思っていたのだ。

 しかし、よくよく考えてみれば、普通の事だった。彼女は狭いコミュニティで生きていた人間であり、疫病に悩まされた挙句、生贄に出されたのだった。

 切り捨てること自体に理解は示している。というか、仄暗い感情が透けて見えた。そもそも、彼女の持つ呪いの力とは、自分を追いやった村への強い恨みの感情があるのだった。

 

 つまり、ノーソは自分と同じように切り捨てられる人物を見て同情混じりに喜んでいた。箱入り娘と言ってはいたが、清楚系とは程遠い性格をしているのだ。複雑な心境の一側面を汲み上げて評すれば「優越感」とでもいうのだろう。

 

 結果、満場一致でガキンチョは死ぬ。殺さないけど、最後まで育てる気も無かったのだ。

 

 せめてもの義務として、この世界で俺が知る限り一番安全な場所へ送るつもりである。清浄な水と食料。やや冷たい気候だが、外敵の脅威も少ない場所があるので、今日予定を変更して向かうつもりである。ノーソの検証はその後にでも行う。ガキンチョがいては検証もできないのだ。

 現在の戦力でも向かうだけなら問題ないと思うのだが、かなり危険な旅路となるだろう。今日はその準備に費やすつもりだ。

 

 しかし、柊菜が渡して以降ずっとガキンチョが俺にしがみついている。この様子を見て柊菜もまた苦笑していた。

 

「スリープさんって、変態ですけど凄い子供にモテますね」

 

 予想だが、ガキンチョは自分が捨てられそうな気配を感じ取っただけだと俺は思っている。必死にしがみついて離れない辺りが根拠だ。

 

「ガキンチョも召喚士だったりすれば話も変わるんだけどねぇ」

「グルル? 召喚士だと何が違うんだ」

「手数の増加と現地人物と転移者の仕様違いなどの検証かな。後はレイドバトルとダンジョン攻略で使える」

 

 プレイヤーを育てるよりもこの世界の仕様を常識として認識しているキャラの方が、育てるなら楽であろう。説明が不要であるからして。

 

 それ以上に、あの二人を見てて戦力として考えるのは難しいと察したのだ。樹少年は今なお剣の道を進んでおり、柊菜も柊菜で既に現状に満足している様子だ。下手なリスクよりも安全をとってこの地に永住しそうな雰囲気がある。

 二人は地球へ帰るつもりは無いのだろうか。俺は無いが。二人には少なくとも友人や家族くらいいると思うのだが。

 

 従魔の能力を考えれば地球へ戻る事は不可能では無い。というか可能である。平行世界への転移や次元、時空間の移動など普通に従魔で能力として持っている奴がいるのだ。

 

 少なくとも地球に帰るのは可能である。それが俺達の知る地球であるかどうかは不明だが。

 というのも、第二部はこの世界ではなく最初は地球で物語が展開されるのだ。

 帰り方はストーリークエストを進めて魔王であるエンドロッカスを討伐すればいいだけだ。ちなみに、魔王のエンドロッカスは従魔ではない。柊菜の持つ暴剣のエンドロッカスは死種。つまり魔王死後に登場するはずなのだ……。

 

 なんでこの世界でエンドロッカス召喚出来るんすかね? 死んでる?

 

 思いつく理由としては、ゲーム仕様だからだろう。そもそもエンドロッカスは特徴的にリミテッドキャラのはずが通常従魔として扱われているのだ。分霊とかなんかあるんだろ。きっと。

 そもそも今の時期にこの世界のエンドロッカスを殺すということは人間を殺していることになるはずだし、俺のようなゲームを知る人物でも、元の彼が誰だか分からないはずだ。

 

 ふと、子供が俺を引っ張る手が離れた。足が胴体をがっちり拘束しているが、それだと落ちてしまうだろうから慌てておんぶの体勢へと変更する。

 

「急にどうかしたか?」

 

 声をかけると、彼女は俺の眼前に小さな手を持ってきた。何か握っているらしい。

 開かせると、なんとそこには虹色の八面水晶体が。星三以上確定召喚石である。

 

「うおっ!? 石じゃん」

「なっ!? 召喚士だったのか?」

 

 隣を歩くウィードもこれにはびっくり。往来なので視線も集まる。

 急遽予定を変更し、宿へと引き返す。

 ガキンチョには荷物が無かった。着の身着のままの状態で連れ帰ったはずだ。今ここで召喚士としての才能が開花したとでもいうのだろうか?

 

 召喚士は通常、召喚士の資質と従魔との相性で決まる。似たような存在を引き当てる傾向があるのだ。

 つまり、従魔程の存在に通用する意志の強さが必要になってくる。同時に従魔を受け入れられる感性、従魔に認められる精神性が重要なのだ。

 

 従魔は優しい存在じゃない。怪物だ。人であろうとどこかに必ず破綻や異常がある。それを認め、受け入れることができて初めて召喚士になるのだ。

 

 現実がどうのこうの言ってる間は絶対に召喚士になれないし、受け身であったり、従魔に否定的な時点で召喚士の才能は無くなる。そして、従魔の求めにも応えることが出来る必要がある。

 

 そうして初めて召喚士は石を手に入れられるのだ。

 

 …………ゲームの設定だが、間違っていない。この世界では当たり前のことらしい。ミラージュから確認は取っている。

 

 つまり、言い換えれば今背中にいる小さな子供が、それだけのことが出来る存在だということに他ならない証明であるのだ。召喚石というのは。

 

 これは良い拾い物をしたな。

 未だ一言も発さない子供を背負い直して、宿屋へと先を急いだ。

 

 

 

 

 宿屋へと戻ってきて、すぐに自分の借りた部屋に入った。鍵を閉めてウィードに周囲の人間の存在を確認させる。

 ウィードが首を横に振る。誰も聞き耳を立てているということは無いようだ。

 

「さて……まずはなぜ今になって召喚石がガキンチョの手に入っていたかだな」

 

 まあ、召喚石を親に捨てられたとかそういう理由でもあるかもしれないが、それでも、柊菜が石の存在を言わなかった時点でありえない。

 

 これも検証したことだが、一度入手した石は消費しない限り失うことは無かった。ウィードが食べてもどこかへ投げ捨てても、必ず少ししたら近くに転がっているのだ。

 

 俺がガキンチョと一緒にいた時間でも何度か石が戻ってくるタイミングはあった。しかし、気づかなかった可能性もある。人探ししていたからな。

 しかし、一緒に寝たであろう柊菜は確実に気付くはずだ。つまりは元々召喚士としての才能があった訳では無いということだ。

 何かしら心境の変化なりなんなりがあったことで、今この瞬間に召喚士としての才能が開花したのだろう。

 

 この時の心境とは、おそらく捨てられたくないというものだろう。

 ……いや、違うな。捨てられたくないという感情だけなら絶対に従魔は答えない。同情で召喚できるなら誰だって召喚士になれる。

 一時の感情での召喚は確かに可能だ。とはいえ感情だけで呼べる従魔はいないから、他の素質があって初めて呼べる訳だが。

 まあ、内容こそ不明だが、従魔が応えたくなるような精神性を手に入れたということだろう。元々召喚士の能力だけはあったはずだ。

 

「とりあえず召喚しない?」

「…………」

「あ、くそ。こいつ喋らないんじゃなくて喋れないやつだ」

 

 教育的な問題なのだろうか。心因性の失語症かなんかなのだろうか、とりあえず言葉を理解している様子ではあるが、声は出ないようだ。

 筆談でもいいが、そもそも文字がかける年齢かどうかも怪しい。娼婦の子供だった時点で、日本のようにはいかないだろう。

 

「うーん……そもそも召喚って音声認識なんだろうか? そこら辺確かめてみるか。いいか? 石を放り投げるんだ。ちょっと手を借りるよ」

 

 ガキンチョの手を掴んで放り投げる仕草を繰り返す。理解が遅いが根気よく続けた結果、見事石を放り投げることに成功した。

 

「おおっ! そうだ。それだよそれ! よーしよしよし」

 

 褒めるために頭を撫でまくる。笑顔になっていいことをしたんだと教える。

 犬と同じような扱いだが、言語が通用しない時点で物事を理解させるには動物と同じような方法をさせる必要がある。仕方の無いことだ。

 

「つっても放り投げるだけじゃあ召喚石は割れないか。召喚させる意志ってどうやって与えるんだろうなぁ」

 

 ウィードをリコールさせて呼び直すのはどうだろうか。いや、そもそも召喚とコールでは仕組みが違う。

 

 こいつがなぜ石を手に入れたかを考えろ。捨てられたくないような状況である。再現さえさせれば、さながらインコが仲間を呼ぶように、覚えた言葉を繰り返す方法と同じことが出来るはずだ。

 

 すなわち、召喚石を手に入れたのと同じ感情で、覚えた動作を繰り返すはずだ。

 

「よし、捨てるか!」

「グルッ!?」

 

 俺の結論にウィードがギョッと目を見開いた。予想外の展開だったのだろう。

 まあ、前言撤回したようなもんだしな。俺の目的はコイツに召喚させることだが、それが捨てることに繋がらないだろうし。

 

 ガキンチョを抱えて部屋を出る。なにか言いたげな表情でウィードが後を追いかけてきた。

 

「おい、捨てないんじゃなかったのか?」

「捨てることで望んだ結果が得られそうなら捨てるまでよ。大丈夫。従魔は復讐の感情では召喚できない」

 

 ノーソ等は、自身の境遇から人間への憎しみを持っているが、それを叶えられそうな人間の召喚に応えたりはしない。

 ちなみに、復讐心とは別に殺意だけだと召喚できそうな従魔はいたりする。嗜虐心を満たしたいタイプの従魔辺りが応えるだろう。

 

 結果的に復讐へと繋がるのなら従魔は呼べるが、復讐だけが目的の場合、事が済んだら用済みになってしまうので、大抵の従魔は呼べないし応えないのだ。ぶっちゃけ人間の復讐心などどうでもいいのだろう。

 

 フレーバーテキストであるが、召喚士は強い意志を持ち、強烈な思想が必要である。イズムパラフィリアのイズムの部分だ。

 これは従魔と召喚士の物語なので、人間が意志、従魔が身体のような役割を果たす。

 イズムとは主義だ。復讐心は主義ではない。おそらくだが、そういうことなのだろう。

 

 俺は暴力主義者だ。暴力革命とはまた別だが、似通った考えはある。社会主義よりも資本主義的な思想での暴力主義者だ。個人の暴力。力こそが絶対の価値基準であり、指標になる。と信じている。

 まあ、ずっとそんな考えであり続けるのは疲れるので、消極的暴力主義者だと言えるのだが。基本的にそう思っているが、別に他人に押し付けるつもりもなければ、それを軸に勝てもしない社会の力へと反発することはしないのである。

 逆にいえば、今のような誰にも縛られないような力がある状態なら、自由に振る舞わせてもらおうとは考えている。

 

 そんな考えに呼ばれたのが、地龍ウィード、迷いの森のシルク、死病の生贄ノーソというわけだ。彼女たちには俺に似たような思想があると言っていい。

 

 とまあ、こんなようにスタンスで呼べる従魔が変わってくる可能性があるということだ。ゲームでも乱数の偏りはスタンスの違い扱いされていた。

 

「とりあえず、本気で捨てるつもりはないけれど似たような状況で実験しようってだけだよ」

「ああ、そういうことか。何か精神系の攻撃でも受けたのかと思ったぞ」

「あー……そういうのも確かめるべきだったなぁ。まあ後でいいだろう」

 

 ウィードと会話をしながらヴエルノーズの門まで歩く。次第に状況を理解したガキンチョがヒシっと俺の身体にしがみつく。

 

「そうじゃないんだよなぁ……。まあ、とりあえず新緑の森で放置されるまで続けようか」

「早く気付くといいな。時間がかかりすぎるやり方だ」

「これがダメなら言葉を教えるしかないよねぇ。俺子育てとかしたことないわ」

「放任でも子供なんて育つもんだぞ」

「どんな育ち方するかわかったもんじゃねぇな」

 

 ウィードは野生かつ子供だから知らんだろうが、子育てくらい僅かでもあるだろうに。

 ゆるゆると外へ向かう。ヒントを差し上げるためにガキンチョへ声をかけた。

 

「自分の有用性を示すんだよ。捨てられたくないなら価値を見せなきゃ」

 

 従魔のいない召喚士など最弱の人間である。存在価値すらない。石がなければその時点で詰みなのだ。

 

 泣かない子供を抱えて、俺は新緑の森へと歩き出した。



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21話 敵対

 新緑の森。初期フィールドにして植物系の敵がほとんどを占める空間。ここは自殺の名所とも言われているが、実際の死体が見当たらない辺り噂は噂でしかないようだ。

 ゲームではとある聖女が世界を救う旅に疲れて全てを忘れて眠りについたというストーリーがあったりするが、それは現在関係のない話である。死体こそ無いが、精神的に重篤な人がここで眠りについている事は間違いなかったりする。それは、新緑の森ではなく、ここの奥地こそが目的の場所であるが。

 閑話休題。そんな常に日光を透かした緑色の空間は、今は見る影もなく荒れ地と化している。肥沃な大地である分耕作地として開拓したのだと、誰かに咎められたらうそぶくつもりである。

 

 そんな状態なら、普段は日の光も木々の葉で遮られている場所が開けて、明るくなっていたと思われるだろう。しかし、正面に佇む巨大な影がそれを阻んでいた。

 

「ったく。優秀なの引いたね……」

 

 荒れ地を作り出した片割れが言うのもなんだが、とんだ迷惑行為である。自然の崩壊による環境変化だとか資源が失われるとか色々思うことはある。

 まあ、モンスターがいるような森での伐採なんてやらないだろうから、生態系の変化くらいしかないかなとは思うが。

 ここには動物系モンスターがいない分まだマシだろう。

 

「ウィード、そろそろいいか?」

「グルル……」

 

 ウィードが首を横に振った。【龍種覚醒】はまだ終わらないらしい。こういう時速攻が出来ない辺りどうしも龍種は使いにくいという評価になる。実際に使いにくい。

 現在、地龍ウィードは俺を背に龍の姿を見せている。彼女の背後では小さな蚕蛾が羽を羽ばたかせてやる気を見せている。全く役に立っていないが、それでもシルクは現状唯一のアタッカーである。

 

 俺の傍らには寄り添うほど近くにノーソが立っている。もしかしたら病魔を移されるとか言っている場合じゃない。完全な総力戦状態だった。

 とはいえ、シルクとノーソは気休め程度にしかならない。敵が強力だというのもあるが、それ以上に相性が悪すぎるのだ。

 

 白亜の像が立ちはだかる。十メートルを超える巨大な白い人型の石像だ。各部には金色の装飾が付けられており、英雄のような強大さと格好良さを見せつけてきている。

 星五機種【アラバスターゴールド】である。こいつはウィードと同じタンクだ。

 ただし、コンセプトが魔法タンクである。戦闘中のHP回復を受け付けない代わりにHPの半分に魔法シールドを持つ従魔だ。魔法攻撃に対してHPが実質一、五倍になるというアビリティである。

 他にも、敵の引き付け、ノックアップ、範囲攻撃等と様々なスキルを最初から持っている非常に優秀な従魔である。

 育てると最終的に数百メートルほどの大きさになる。

 レア度の割に使い勝手がいいのだ。スキル構成次第では近接魔法火力も出来る優秀な従魔である。物理相手には大して強くならないが、対魔法相手には非常に強力な切り札にもなる。

 

 俺も育てて使っていた。インフレの波に飲まれた存在だが、敵の強さが上限星五環境ではかなりの強さを誇る。ウィードと違い早熟タイプなのでお手軽に即戦力となる。

 唯一の問題はリアルじゃ使いにくすぎるってところだ。動けば重さで大地が揺れて戦えば怪獣大戦争により新緑の森が壊れる。

 自身のご主人様を傷付けないように慎重に立ち回ってもこれである。本気で動かれたらどうなることやら。

 

「生きてない機種は大体精神異常無効だし病気系の状態異常も弾くんだよねぇ。あっちもほとんどはHP回復を受け付けなかったり、特殊な回復方法が必要になるけどさ」

「私機械って苦手ですね。生前は見たことないし、今は効果すらないとか存在意義を見失います」

「従魔戦って相性も重要だからね」

 

 ウィードのシェイプシフトはサイズ比によるダメージ差を想定した為の処置である。従魔にはサイズというステータスがあり、単純な接触範囲等に影響を与えるのだ。ピクシーとアラバスターゴールドが戦えば、サイズ比ダメージという、小さい従魔相手に発生するダメージボーナスでワンパンされるだろう。

 アラバスターゴールドが大きな声でウィードへと語りながら拳を振り上げる。人間に近い形の石像だが、やはり人間ではない。人形が肩関節を回すような持ち上げ方をして、地面に叩きつけた。本体は末端部がよく稼働しているが、身体部分はほとんど揺れもしなければ動きもしていない。

 

「主の平穏を脅かす者よ! 裁きを受け入れろ!」

「あれもう壊しちゃいません? 私やウィードさんがいればこれ以上の戦力なんて必要ないでしょう?」

「ハッ! こんないい従魔引いた奴絶対に連れて帰るに決まってんだろ。ウィード、壊すなよ」

「グルアアアア!!!」

「シルク『リコール』」

 

 ようやくウィードが動き出すようなので、シルクを引っ込めた。これだけの損害を環境に与えてなお、ウィードは一割のダメージも受けてない。

 レベルアップが効いているようだ。

 

 アラバスターゴールドを召喚した肝心のガキンチョは、巨人の肩の上でぼんやりしている。こっちを眺めているようにも見えるし、焦点があってないようにも見える。

 特に彼女から従魔へと指示を出していないが、召喚した状況が状況だったからか、かの従魔は俺達を見るやガキンチョを肩に乗せて戦い始めたのである。

 

 というか、まだ反応も動きも見せないな。

 ……現実逃避してないか? こいつ。

 

 心が読める従魔が今このタイミングでとてつもなく欲しくなってくる。アレは強さの割りにレア度が高いのでそう簡単に手に入るとは思えない。より上位種たる美少女の方はリミテッドキャラだったし。

 しかし、戦闘が無駄に長引いている。ウィードのアビリティが解除されないということは、一割以上のダメージを与えていないということだ。ウィードも俺の指示があって、攻めあぐねている。この調子だといつまで経っても戦闘は終わらなさそうである。

 巨人の肩でぼんやりしているガキンチョへ声をかける。

 

「おーい! 聞こえてるか?」

 

 意識が無いのかもしれない。まああんな高いところで上下左右に揺さぶられればああなるか。戦闘ということもあり、全く動かない訳では無いし、高さに対して心もとなさ過ぎる場所だろう。

 

「どうしましょうか? 殺します?」

「うーん……。呼びかけて反応を待つしかないよね」

 

 頬に手を当てるノーソにかぶりを振る。殺しちゃ意味無いだろ。

 ノーソがそっと俺の肩に頭を乗せてきた。こいつは先程召喚してから何故だか妙に距離が近い。

 

「私がいても不満ですか? ウィードさんのような小さい女の子が好きなんでしょうか?」

「よほどじゃなければ外見に大して言うことは無いね。可愛いは正義」

 

 若干ヤンデレみたいな事を言い出したノーソを止める為に腰を抱き寄せる。ガサガサの肌だった。既に人間のものとは思えない身体をしてやがる。皮膚も固く肉も薄い。カチカチのガサガサだぜ。

 病魔に関しては諦めよう。最悪の場合樹少年に頼んでピクシー介護をしてもらおう。報酬は質問全てに答えることで。

 

 ノーソの発言から分かる通り、従魔は主人寄りの立場であり、他人に気を配るなんてことは一切しない。従魔同士ならなにかあるだろうが、基本的に敵対可能なままで動いている。

 

「なにか、なにか方法が必要だな。従魔は主人の命令で動く。戦闘に関しては主人の意志である程度操作可能なはずだ」

 

 周囲を見渡す。ウィードの跳躍撃なら届くかもしれないが、衝撃でガキンチョがノックバックしてしまう。俺を飛ばすのもダメだ。あの巨人はデカいが遅いなんてことは無い。俺よりも早く振りかぶり、拳を振り落とせる存在だ。

 

 改めて眺めるフィールドは、巨体とぶつかり合い、半ばから折れたり、根元からひっくり返っている木々で溢れている。ウィードも動き出しているので、ここら辺一帯が農業にでも向いた感じの土地になるのはあっという間だろう。

 

「名前でも呼んであげたらいいんじゃないですか?」

 

 すぐ隣から答えが送られてきた。顔を見つめると、ニヤニヤと嫌らしい顔で笑っている。

 これは、以前見せた同情の中の喜びに近い感情が含まれている顔だ。

 

「ええ、あの子供の名前ですよ。私も小さな頃に夢中で遊んでいた事がありますが、母が私を呼ぶ声だけははっきりと耳に残るんですよね。ああ、あの子には名前なんかありませ──」

「トラス!!」

 

 大声でガキンチョへ呼びかける。ノーソは驚いたように僅かに目を大きく開いた。そしてすぐに頬をプクーっと膨らませて拗ねた。

 ノーソは箱入り娘だが陰湿な女である。最初からこのガキに対してはずっと同じような態度を見せ続けている。同情と愉悦。それは、こいつの本質が呪いであり病気というマイナス方面に特化しているからだろう。後は同じような時期に新入りとして扱われることになったという、ある種の対抗心もあるだろう。トラスと比べれば彼女は俺以外と関わりを持ちにくいので、寂しいのもあるかもしれない。今度可愛がってあげよう。

 その分ウィードはあけすけだ。野生的感性を持っており、それに準じた行動指針がある。基本的に召喚士たる主人の命令に従うし、下の仲間には自分なりの優しさを見せることがある。本質が力、自然、上位者となっている。

 シルクは人間相手には完全服従スタイルだ。生きれればそれでよし。死ぬまで味方である。

 

 未だ意識を取り戻さないガキンチョへと怒鳴りつける。これでダメならいよいよ最終手段に入るか。

 一旦彼女をここに捨ておいて、ピクシーを用意した上での実力行使である。ヒーラーがいれば多少の怪我などいとわない。困った時は暴力。素晴らしい響きである。

 

 そうなる前に戻ってきて欲しいものだ。

 

「降りてこいトラス! いつまで現実逃避してんだ!」

 

 あのガキに名前があるかなんて知らない。しかしまあ、適当に名付けて呼びまくればいつかは反応するだろう。

 

 ちなみに、名前の綴りはtrashのつもりだ。発音は流石にバレないようにトラスにした。ゴミクズめ。

 

 数度呼びかけただけで、トラスは反応した。目の焦点がこちらにしっかりと合い、もう一度トラスと呼びかければ、自分の名前だと理解したようだ。

 

 トラスがぺちぺちとアラバスターゴールドの顔を叩く。

 

「ぬ? どうした。主よ」

「…………」

「そうか。偉大なる主よ、また私の力が必要になれば、呼びかけてくれ。飛んですぐにでも向かおうじゃないか」

 

 短いやり取りの間に何があったかは分からない。しかし、会話以外での意思疎通が行われたらしい。

 まあ、俺もよくウィード相手に会話抜きでああいったやり取りが起きることがあるので、そう珍しくない行動だろう。

 ゆっくりとトラスを手のひらに乗せて地面に下ろすと、指先で頭を撫でた後に、堂々と仁王立ちして微動だにしなくなった。

 

 まあ、これがアラバスターゴールドのフレーバーテキストと一致する事情である。元々こいつは別世界の魔法戦争時代の英雄像であり、魔法による世界の危機に対して目覚め、全部ぶっ壊して停止する奴だ。同じような事が起きればまた起動して暴れ回る。世界の秩序のためーって感じに。

 こいつが対魔法相手のタンクである理由だ。こいつ自体も攻撃方法は魔法だが。

 本質としては守護。善なる存在である。例え行動の結果が破壊だとしても。

 

 法律が通用しないこのゲームでの悪行とは大体罪悪感を覚える行為である。逆に罪悪感を覚えなければ罪じゃないのだ。

 天種等はこういうのを意識する必要がある。マスクデータでプレイヤーのカルマ値やらスタンスが決められているという説はあったからな。俗説だけど。

 

「よし、よく出来たなトラス。お前はこれから俺の弟子か養子みたいなもんだ。将来はグループダンジョンやレイドコンテンツの数合わせとして使うから、そのつもりで鍛えていく」

 

 トコトコ近寄ってきたトラスを抱き上げて頭を撫でる。こうして見れば愛着が湧いてくるぜ。

 シェイプシフトが解除されたウィードも俺の頭へと上り静かに目を閉じた。疲れたのだろう。タコ殴りにされてたからな。

 

「ノーソ『リコール』」

「えぇぇぇー……」

 

 俺は無事でもトラスには危険なノーソをリコールで消す。非常に不満と不服そうな表情でノーソは消えていった。

 

「さて、とりあえず今日はもう帰ろうか。明日から石を集めてトラスに言葉を教えないとだな」

 

 特に誰に向けて言ったわけでもない言葉に、トラスはしっかりと頷いた。

 

 



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22話 勇者来訪

 娼婦の娘トラスが召喚士になった翌日。俺は召喚士ギルドの門を叩いた。こいつを登録するのと、召喚石集めをするためにだ。

 つい先日召喚士になったトラスはともかく、俺も石の数がノーソを召喚して以降変わっていないので、三つしかない。最低限の安全確保しか出来ていない状態だ。ヴエルノーズにいる時点で、安心は一切出来ないのでさっさとトラスと一緒に石を確保しておこうと動いたのだ。

 これは、NPCがクエスト初回クリアで石が手に入るのか。という確認を含めた行動である。

 まあ、多分この世界の召喚士はゲームと同じような仕様で召喚石を入手しているとは思うのだが。根拠は初日。発狂した俺を咎める奴はいなかった辺りにそういう事情があると睨んでいる。

 

「我々召喚士ギルドは新たな召喚士がここに誕生したことを嬉しく思う」

 

 トラスを召喚士ギルドに登録すると、初日に聞いたセリフをカウンターのおっさんが呟いた。定型文なのだろうか。

 

「これで登録は完了だ。んで、なんだ? 新人こさえて畑仕事でもまたしようってか?」

「しないよそんなもん」

 

 汚れたカウンターに肘を置いて身を軽く乗り出したおっさんが俺を睨みつける。よほど俺の働きっぷりに不満があるらしい。最近召喚士ギルドを介さずに大金が手に入る仕事をしたこともあって、やけに嫌味ったらしい。

 そうでなくとも畑仕事はやるつもりがなかった。トラスの従魔であるアラバスターゴールドは斬属性の攻撃を持たないので当たり前である。

 

「そんなことよりも、やけに今日は浮ついた雰囲気だな? なんかいい仕事でもあんの?」

「情報がおせえな。今日は東の王国から勇者サマが視察にやってくるんだよ」

 

 勇者。異世界ファンタジー系のゲームなので、そういった存在も出てきたことがある。

 多くの種類は従魔で登場する。死種ならば初代勇者なり初代聖女とでも書けばいくらでも勇者や聖女といった存在を生み出せるからな。

 

 そうでなくとも、俺は勇者という存在に心当たりがあった。第一部では魔王としてこの大陸をエンドロッカスが滅ぼそうとする。それに対抗して召喚された存在がいたからだ。

 

 勇者アヤナ。俺が唯一知る地球からこの世界に来る日本人であり、ゲームのキーパーソンである。

 そもそも、勇者は召喚と言われているが、召喚士が使う従魔召喚ともまた違う方法によるものだ。

 分類としては、魔術師がそこら辺の空間に穴を開けて人を引っ張り出す魔法である。よくあるアイテムボックスに近いものがある。そうして呼び出された勇者は、異世界において不老その他各種特性を獲得する。他は自前で用意してね。と放り出されていたはずだ。

 

 最終的にはプレイヤーと共闘して、魔王を討伐に至る訳だが。

 

「勇者なぁ……なんで今のタイミングでいるんだろう」

 

 そもそも魔王エンドロッカス自体の認知が滅びの大地へ向かった後の事になる。それ以前からいただろうが、外へ侵略しに行ったのがそれくらいの時期であったはずだ。

 

 ここまで来れば、流石に俺も他のプレイヤーがこの世界に来ている可能性を考え始める。とはいえ、チェリーミートがいる辺り、俺らと違って転生でもしたのかもしれない。

 そもそも、ゲーム人口が少なすぎた記憶があるので、純粋な元プレイヤーは俺以外にいるとは思えないのだが。

 

「なんでもいいけど余計なことしないで欲しいよね」

 

 本人にも事情があるだろうからしょうがないとしても、文句の一つ位は言いたくもなる。下手にシナリオを早めると、こっちが準備する間も無く地球が滅ぶ。

 それ以前に勇者が育ってなければ負けるかもしれない。ステータスこそ一従魔と変わらない魔王だが、魔王というだけあって勇者以外の攻撃を防ぐ手段を持っていたはずなのだ。

 

 エンドロッカスは純粋な魔王ではないが、魔王と呼ばれる従魔にはいくつかの強力なアビリティがある。エンドロッカスも生きている間は使えた魔王バリアがその一つだ。

 

 効果は単純。ダメージ大幅減衰である。具体的に言うと十分の一くらいまでダメージが減る。

 その癖下限ダメージ無効化までボス補正で持っているので、連射系攻撃やスリップダメージでの削りも期待出来ない鬼畜仕様である。

 

 ストーリクエスト最終で勇者が魔王バリアを破壊するまでは、普通にプレイしても魔王を倒すことは出来ないだろう。

 

 インフレパワーによるレア度の暴力という手段もあるのだが、ウィード一体だけではどうしようもない。高レアリミテッドキャラの召喚が出来ればシナリオ無視も可能なはずだが。

 

 まあ、予想ではあるが既に魔王らしき存在は死んで従魔になっている辺り問題ないであろう。俺は俺で樹少年や柊菜がいるのにシナリオを進めるつもりは無い。俺の見立てでは柊菜が魔王を倒すであろう。居たとしても。

 

「おはよーごさいます……。あっ! スリープさん、おはようございます!」

「……おはようございます。今朝ぶりですね」

 

 噂をすればなんとやら。樹少年と柊菜が召喚士ギルドにやってきた。

 昨日もトラスを柊菜に預けたので、柊菜とは今朝顔を合わせている。樹少年は起きてこなかったので今が本日初の顔合わせである。

 

「スリープさんをここで見かけるの珍しいっすね。今日は早く出たんですか?」

「君らが遅いだけだと思うよ」

 

 実際俺は普段から二人よりも早く宿を出ている。そしてさっさと畑仕事をしていた。

 今はその手の依頼が無くなっているので、こうしてじっくり依頼を吟味しているだけである。

 

「そういや知ってましたか? この世界にも勇者なんて存在がいるらしいっすよ」

「俺このゲームのプレイヤーだったからね?」

「この手の勇者って噛ませが多いっすよね。どんな面してるか門で拝みに行くんです。スリープさんも行きましょうよ」

 

 嫌だよ。俺も様子くらいなら見るつもりだけど、樹少年達と一緒に行きたくはない。

 

 しかし、最近の樹少年はここに来てようやく慣れたのか、精神面での辛そうな状況から脱却し、元来の性格である押しの強さを発揮して俺を引っ張っていった。

 懐かれたという訳でも無さそうだ。多分日本人であり同性である事が重要なんだと思う。

 

 光属性の陽キャなんかに負けたりしないんだからね! これは無理やり連れて来られただけなんだから!

 

 心の中のツンデレ系美少女が樹少年へツンツンしている。これはいけない。アンドロミメトフィリア(男子性転換性愛)が始まってしまう。アレは多分男性的精神性こそが共感を呼び、同時に若干の純粋さがある事が利点なんだと思う。女性特有の狡猾さが無いという所だ。

 イケメンは自分をかっこよくないとは決して言わない。顔がいい女子は自分を可愛くないと言う。そこら辺に違いが出ているのだ。

 

 

 場所は変わって大通り。中央では普段荷車を引くよくわからない動物等が通るのだが、今日は一切通っていない。

 

 というのも、本日ここでは勇者のパレードみたいなお披露目が行われるからである。

 一目見ようとする人も多く、かなりの人で賑わっている。お祭り騒ぎのようだが屋台や出店の類はない。乱闘騒ぎが頻繁に発生している程度だ。

 

 ミラージュが忙しそうにしていたのはもしかしたら勇者が来るからだったのかもしれない。探られたら痛すぎる腹を隠す為に邪魔な存在を一掃したという可能性もある。

 

「勇者勇者って……魔王すら見かけないのになんで勇者がいるんですかね?」

 

 異世界ファンタジーに夢を見る樹少年の表情は暗い。この世界が暴力で成り立っている事を理解したのだろう。政治運用されていそうなイメージを持っているのかもしれない。

 

 ちなみにだが魔王は従魔としていっぱい出てくる。ラミアかハーピー辺りは手頃なレア度なので一度召喚してみるのいいだろう。

 柊菜の後ろで佇んでいるエンドロッカスも一応魔王であるし。

 

 突如、歓声が沸き起こった。どうやら勇者が到着したらしい。紙吹雪のような物を投げる人や、花束を放り投げる人もいる。

 

 最初に現れたのは、俺の知る勇者アヤナであった。長い黒髪の日本人と分かる学生服を身に付けた少女。ゲームキャラだったので、外見は明らかに日本人離れした美しさがあるのだが。

 そして、彼女の隣に見知らぬ女子中学生くらいの女が付いてきていた。こちらは学生服なのだろうか? 全体が黒に白のラインが入ったワンピース型のセーラー服を着ている。こっちは見たことない人物だ。

 二人の仲は良さげであり、談笑しながら道を歩いていた。

 

「はぁ!? 女の子っすか!」

「そりゃあそうでしょ。ソシャゲの世界だぜここ」

「そうでしたねソシャゲの世界でしたね……。勇者なんていう有名キャラが男なわけないじゃないですか」

「スリープさん、あの二人知ってますか?」

「いや、一人だけ──」

 

 俺らが話していると、勇者であろう二人へと飛び出す人影があった。一丁前に身を屈めてドスのような刃物を構え突進するゴロツキである。

 二人は特に驚く様子もなく、アヤナが前に出て腰に下げていた剣を抜いた。

 あっさりと切り捨てられる男。そしてゾロゾロと現れるゴロツキ達。全員が武器を出している。刃物を持った人物はいなく、この世界でよく見る鈍器を全員が構えていた。

 

「──やっぱり現れたわね! どこの人の手引きか知らないけど、先にそっちが抜いたんだから正当防衛よ正当防衛!」

 

 女子中学生の方がこちらにまで届く甲高い大声で怒鳴りつける。

 右手を頭上に掲げ、手のひらを天に向ける。左足の膝から下を地面と水平になるように折った。

 めちゃくちゃあざといポージングだ。俺は好き。

 

「『コール』!!」

 

 召喚士特有の掛け声と共に、ゴロツキ達の上が影に覆われる。

 次の瞬間、ズシンという地面に響く音と振動によってゴロツキ達はミンチになった。

 彼らがいた場所には光沢を輝かせる丸い体に手足が付き、上半身と下半身の間にはっきりと線が入っている硬質の巨人が立っていた。

 星三機種【鋼鉄のゴーレム】である。アラバスターゴールド等とは違い、精々が三から四メートルほどの大きさであり、殴りやすいように巨大な拳がついている。より機械っぽさを思わせる直線的な動作しかしていない。

 

 こいつはぶっちゃけハズレである。攻撃力防御力共に高いものの、HP回復を受け付けず、戦闘終了後回復か、機種の多くに使われるスキル等の特殊な回復方法に頼るしかない。そして動きが遅いのでdpsも稼げない。タンクに使うとあまりの遅さに次の行動に移る前にヘイト効果が切れる。攻撃力の高さを活かせなくなる産廃従魔である。そもそも高いのは物理防御力であって、HPや魔法防御は高くないので魔法に沈む。役割は前衛物理火力なのだ。

 ゴーレム種は複数いるのだが、コイツは特徴の無い、一番使い道が無い奴だ。

 

 最序盤の単騎運用だけなら無類の強さを誇るが、以降は完全に失速する従魔である。

 

 そいつをゴロツキの頭上から呼び出したのだ。鋼鉄の名の通り重量はとんでもないものだろう。ゴーレムの足元は水風船が弾けたように赤い血が飛び散っている。

 

 途端に騒がしくなる大通り。背を向けて逃げ出す一般市民であろう人間と、少しだけ距離をとって観察し始める人に別れた。

 

「ありゃあ一回だけのこけおどしだ! ゴーレムは素早く動けない。従魔を抜いて勇者を狙え!」

「勇者狩りなんて成功すればとんでもない名声が得られるぜ!」

「囲め囲め! 一人しかいない召喚士なんぞ数で押しつぶせる! 傷付けすぎんなよ、アレはウチで売るんだ!」

「馬鹿野郎! 捕まえて身代金を王国に要求した方が儲かるっての!」

「ちいせえ方は要らねぇ! 可愛い方は俺のペットにさせろ!」

 

 まだまだ勇者へと向かっていくゴロツキは多い。金目当ての馬鹿が多いようだ。

 それらに紛れて毒に濡れたナイフやら何やらを持っている人間も混じっている。アレはどこかに雇われた殺し屋なり奴隷商の手先だろう。

 

「…………っ! あったまきた! 特に最後の奴、あんただけはぜぇったいに潰す!」

 

 なんのために勇者はここに来たのだろうか。要らない子呼ばわりされた女子中学生の方のボルテージが上がっていく。

 

「テリ! ゴル! やっちゃいなさい!」

 

 ゴーレム以外にも、彼女の肩に小さな緑色の毛玉みたいな動物がいた。

 マスコットキャラの出来損ないみたいな外見の従魔だ。野種星二【緑色のテリリ】とかいったはずだ。

 名前の通りあいつにはカラーバリエーションがある。コンプ魂をくすぐられる。それだけだ。

 使い道も無いし特徴すらない。既存の動物ですらない。フィールド戦闘で現れるザコ敵専門みたいな従魔である。

 

 俺はほっこりした気分になった。俺以下の従魔を引いた奴を見かけると心が安らぐ。シルクよりも弱い奴だぞあいつ。

 

 まあ、シルクと個人戦すれば負けるのはシルクの方だが。野種は少なくとも同レアの緑種に総合力で負けはしない。

 じゃあ何が弱いのかと言うと、総合力で強くても、運用方法で勝ちを狙えるという点と、アビリティの優秀さにある。

 シルクは無詠唱。テリリは可愛さというアビリティだ。テリリは召喚時に低確率の魅了付与を与える。効果時間は三秒。ゴミアビリティだ。

 これが上位レアになれば強いかというとそうでも無い。魅了などの下位状態異常は属性耐性だけで完全無効化されるのだ。

 

 ぶっちゃけウィードには通用しない。精神系判定ではないので機種にも通用するが、通っても使えない。

 

「エー君、援護して! チェリーは合流するために寄ってくる敵の排除!」

「了解です! ご主人様」

「おっと……。シーちゃん、行くぜ!」

「おっけーマスター!」

 

 二人もこの争いに参加するようだ。俺も二人の間に挟まれていたので巻き込まれた気がする。

 まあ、勇者には情報を得るためにも接触は必要だったので良いとしよう。

 

「『コール』シルク。ウィードは準備。トラスは近くにいろ」

「グルッ! 私から離れるなよ」

「……」

 

 

 どう見ても足りない魔法火力分を追加する。ウィードは多分戦闘終了までに動き出すことは無いだろう。

 

「そこの人! もしかして日本人?」

「そうですっ! 援護しますね!」

 

 女子中学生に声をかけられて柊菜が大きく頷いて返事した。女子中学生とアヤナは少しだけ嬉しそうに笑った。

 

「りょうかいっ! こいつらとっちめて首謀者を吐き出させるよ!」

 

 召喚士四人に勇者一人。対する相手は有象無象ばかり。

 

 蹂躙と言えるような戦闘は僅か十分足らずで終了した。



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23話 日本人

「それで、アンタ達は日本人だよね? どうしてこんな所にいるの?」

 

 ゴロツキ達を倒した後。人の少なくなった大通りにて、勇者と俺達は合流していた。

 既に戦闘の後始末も終わり、無力化されたゴロツキ達は警察へとしょっぴかれていった。街を僅かに破壊した事は問題だが、そもそも大工や土木工事といった作業が無い世界観だったので損害賠償などは請求されなかった。

 

 壁そのものを直接生み出す魔法があるので、基本的に建築は魔術師が担っているのだ。従魔でも似たような事は出来るが、人の住む場所だからこそ人の手で作り上げるというものだろう。

 ぶっちゃけこの世界の人間は弱小生物の部類に入るので、頻繁に街など破壊される。その度に街を作り直しているのでここが更地になろうとも三日もあれば元通りになるのである。ゲームではそうだった。

 

「えっと、その言葉は俺達も返したいものなんですけど」

「ふーん? 私達は勇者として召喚されたこの世界の魔法で引き寄せられた日本人よ。アナタ達はどうやって来たの?」

「それは……わからない、です」

 

 ちらりと柊菜は俺の顔を覗いた。

 残念ながら俺もなぜこの世界に来たのかは知らない。この世界へ連れてきそうな従魔辺りは幾つも思いつくが、どうして俺たちがここにいるのかまでは知らないのだ。

 

「っていうか! 地球への移動手段とかあったんすね! これは俺達も帰ることが出来ると思うんですけど、スリープさんそういうことは言わなかったっすよね?」

「聞かれなかったからね。というのもあるし、そもそも俺達は勇者として呼び出された訳じゃないから同じ方法で帰れるとは思わないよ」

「あ、それはあるかもね。なんか私達勇者ってこの世界でいう従魔召喚のゲートを再現したようなもので連れてきているらしいし。死ぬと王城に戻されるのよね」

 

 あっけらかんと言い放った女子中学生だが、それは一度死を経験しているという事で間違いないのだろうか。とんでもない情報である。

 

「あ、私は和内里香。こっちの大人しいのが北条院アヤナよ」

「よ、よろしくお願いします……!」

「おおっ普通の反応。俺は原田樹、こっちの女子高生が新田柊菜さんで、最年長のあの人がスリープさん」

「スリープ……? なにそれ偽名?」

「偽名だよ」

 

 俺の本名もプレイヤーネームもこの世界がゲームだと知っている人なら一度は見たことあるレベルで有名なのだ。広告とかなかったからプレイヤーとして知らない奴はいないというだけだ。

 

 名前は覚えやすいものを使ってたし、俺のブログ経由でイズムパラフィリアを始めた奴もいる。そして、俺は常にランキングで一位にいたのでとにかく有名なのだ。

 本名に関してはプレイヤーとしてじゃなくても知る奴はいるだろう。ちょっとしたアプリ開発者としてメディア露出した経歴があるのだ。

 イズムパラフィリアのキャラクターデータやモーションデータを利用したAR機能による拡張現実だ。スマートグラスによる投影方法で動画配信をした結果人気が出て話題になったことがあるのだ。スマートグラス自体が知名度無かったというのもあるかもしれない。

 

 まあ、なんでもいいが身バレは嫌だしそういった面で嫌がらせも受けた事がある。下手にリアルの情報を晒す必要は無いと思って偽名を使っているだけだ。

 ぶっちゃけ日本じゃないから言ってもいいけど言わなくてもいいよねって思っている。好きに生きようぜ。樹少年が明日アンドリューとか名乗っても、俺はアンドリューって呼んであげられる自信がある。

 

「アンドリューも軽い気持ちで人の情報出さないでくれよ」

「アンドリュー!? 俺の事ですか!?」

 

 失礼。心の中での呼び名を出してしまった。

 樹少年はうわごとのように「俺どんなイメージ抱かれてんだろう……」とか呟いている。柊菜はそれを見て肩を震わせている。

 

「それで、スリープとアンドリューだっけ? この世界結構暴力的だから偽名使うのも悪くないかもだけどさ、結構自意識過剰よね」

「いやいやいや! 俺原田樹って名乗っただろぉ!?」

「冗談よ。もしかしたらアンタ達も勇者なのかもしれないから、一度王都に来てみるといいわよ」

「え? どうしてですか」

「なんか私達を召喚する前にも何回か勇者を召喚しようとしたらしいのよね。確か『低予算で強い力を持ったこの世界に適性のある人物』と『この世界にて最強の力を持つ人物』と『成長性のある強い意志を持った人物』で召喚しようとしたらしいのよね。どれも上手く行かなかったみたいで、召喚陣に該当者は現れなかったんだけども。ちなみに私は『戦い方が上手くこの世界に馴染める人物』で、アヤナは『召喚士じゃない最強の人間』で呼び出されたのよ。一応私の方が三日くらい先輩なんだから!」

 

 胸を張るリカ。こうして見ると確かに戦い方は上手く、そしてこの世界でやっていけそうな性格をしていると思えた。

 というか、話を聞いた限りではこの世界に来ている可能性のある人物は勇者を入れずに三人らしいのだが。そうとは思えなかった。

 第一に低予算系である。該当無しならともかく、この世界は元がソシャゲなので、無課金プレイヤーがいそうなものである。現在の俺たちをそれだとするのなら、複数召喚されている事になるし、そもそも俺は低予算で動かないと思う。

 

 思いつくとしたらレギオン【無課金底辺団】のプレイヤー達である。無課金の代わりにノルマがガチ勢のレギオンだ。

 ちなみにレギオンとはゲームによくあるギルドと同じシステムで、所属しているプレイヤーにはレイドバトルで有利に戦えるアサルトタイムやら、恒常的に効果が得られる祝福等の恩恵がある。

 同時にレギオン同士で争いがあり、対人戦ランキングや、レギオンイベントのランキング等といったソーシャル部分で奴隷になる。多くのプレイヤーはこの他人と比較される部分を見てソシャゲを辞めていく。MMOよりもクソゲーな部分だからである。誰も主人公になれないわけじゃなく、より金と時間を積んだ奴こそが無双出来る仕組みだからだ。

 

 ちなみに俺は個人レギオンを作って参加していた。時間は人生ドロップアウト組だから余裕があったし、金もほぼこれにだけ費やしていたから戦力は十分だったのだ。

 課金してちゃんとゲームをやり込んでいれば、基本的に他人の手を借りずともどのコンテンツもクリア出来るのだ。精々が参加人数制限という壁に阻まれるだけであり、それさえ突破すれば個人でやる方が早くクリア出来たりする。

 

「該当者無しなんてあるんですかね?」

「うーん……無理やりでも当てはめれそうだから多分召喚はされていると思う。それが日本人だとは思わなかったけど」

 

 樹少年や柊菜と里香のやり取りを眺める。勇者側の情報は特に知らないのでまとまってから樹少年にでも聞くとしよう。

 

 俺の知る勇者を見る。長い黒髪に低めの身長清楚系とでも言えそうな外見をしていて、その癖いわゆる清楚系が持っているようなこちらを欺くような雰囲気は無い。

 育ちが普通に良いのだろう。

 

「な、なによ……」

「んー……。最強の勇者さんとやらはどうしてこんな所に来たのさ? ここに魔王でも匿われていると?」

 

 俺の視線に気付き警戒心のレベルを引き上げたアヤナへ適当な言葉を返す。まさかゲームのキャラ本人がいる状況でこの世界がゲームだとかなんだとか言うつもりは無い。

 そもそも現実となっているので、誤魔化すなら規定の未来が見えるとでも嘘をつく。そうしてまでアヤナをどうこうしたいとは思わないが。

 

 勇者アヤナはプレイアブル化しないキャラであり、しかし第一部以降は一切その消息が不明になる。死亡説と現地移住説の二つがあった。死んだら呼べるのだから多分この世界に留まるのだろう。

 

「そういえばすっかり忘れてたわ……。リカ! ちょっと!」

「何さアヤナ。アナタも日本人だったんだし話したいこととかあるんじゃないの?」

「そんな事よりも、例のアレどうするの!?」

「あっ……」

 

 里香がしまったという顔をした。勇者なのに魔王討伐以外で行動していた理由を思い出したらしい。

 

「……どうかしたんですか?」

「やっばいすっかり忘れてた! ほら、アナタ達も行くわよ! さっさと付いてくる!」

 

 里香に押し切られて柊菜が連れていかれた。それに続いて樹少年も後を追いかけた。

 今まで存在が空気だった小さいのがペシペシと俺の額を叩く。今回はウィードじゃない。トラスである。

 

「…………」

「トラスは日本人じゃないからね。つまらなかったよな。あとさ、ヴエルノーズで起きる出来事って俺の知る限り残りは地下へ行く事だけなんだよね」

 

 あそこには行きたくない。ウィードの育成が完了していない時点でまだミラージュに勝てないし、その後は今の手持ちじゃ勝てないからだ。

 勇者アヤナがいても無理だろう。アレは少規模の戦闘で活躍するタイプだ。

 トラスのアラバスターゴールドを戦力に入れても勝つのは難しいだろう。恐らく打たれ弱い柊菜の従魔がロストする。

 

 まあ、流石に地下へは行かないだろう。あそこは犯罪の温床ではあるが表に出てはいないはずだ。

 

 地下へ行くつもりならアヤナだけでも拐おうと覚悟を決めて彼らを追いかけた。

 

 

 

 結論から言うと、地下には行かなかった。

 大変ありがたいことである。サブクエスト関連は少なくとも終末の洞窟をクリア出来る戦力を持っていること前提で挑む必要がある。

 ピクシーはレベル上げきってないしチェリーとエンドロッカスは未だレベルマックスのままステージ解放していない。ウィードもレベルが四十で止まっている。

 勝てるわけがないのだ。

 

 では、現在どこにいるかというと、俺も知らない屋敷の前だった。

 

「えっと……里香さん、ちゃん? ここに何があるのかな?」

「呼び捨てでいいよ別に。私も気にしないし呼び捨てで呼ぶから。それでね、ここには迷いの森っていう場所から誘拐された獣人がいるのよ! 証拠は既に掴んでいるから解放しなきゃいけないの!」

「ん? 迷いの森で獣人を誘拐……?」

 

 どこかで聞いた事のある話だ。樹少年も気まずそうな顔して立っているチェリーを穴が開きそうなくらい見つめている。

 

「あのー、勇者さんや……もしかしてだけど」

「私達は今世直しの旅をしてるの! 魔王を倒さなきゃいけないんだけど、魔王の目撃情報すら出てないし、私達も鍛えなきゃいけないから、ついでではあるけれど勇者らしいことをしようってね!」

 

 全くない力こぶを作ってみせようとする里香。世直しは良いのだが焦っている樹少年の顔も見てやって欲しい。

 柊菜は柊菜でチェリー以外の誘拐された人がいるなんて……! といった雰囲気で事情に気付いていない。まあ、結構前にあった事だからね。チェリーの誘拐事件って。

 

「チェリーの仲間かもしれないし、絶対に助けてあげるからね!」

「あの……ご主人様、勇者様が言ってる人って多分私だと思うんですけど」

「……ねえ、里香。なんか屋敷が騒がしくない?」

 

 人一倍感覚も強化されているであろうアヤナが怪訝な顔をした。

 

「……なにか来る!」

 

 アヤナが一際鋭い声で警戒を促すと同時に、屋敷の壁が勢いよく吹き飛んだ。壁の内側は赤いシミが出来ており、なにかのピンク色をした肉片が散乱している。

 

「はぁ!? 聞いてないんだけどこんなの! 『コール』!」

 

 即座に飛び退いた里香が素早くゴーレムを召喚する。壁を壊して出てきた異形の頭上へと召喚するも、あっさりと躱される。

 

「グルル……あれ、人間だぞ」

「マスター、危ないよー! 早く逃げよう!」

「っ! ご主人様、アレ人間の香りがします!」

 

 従魔達がいち早くその正体を見破った。

 しかし、現れたのはかろうじて人の姿を保っているとしか言いようのない怪物だ。全身が赤く異常なほど筋肉が膨れ上がり、全長を三メートルほどに大きくさせている。ホラゲーで出てくる筋肉ダルマな敵みたいな奴だ。

 

「グゥオオオオ!!!」

「シーちゃんあれマジでやべぇな! 大きさ的に俺もシーちゃんも勝てそうにないんだけど!」

「あれが……人間?」

 

 樹少年も柊菜も怪物を目にして首を傾げた。人間っぽい素材はあるが、アレを人間に分類したくはないのだろう。

 

「ちょっと! そんな事気にしている場合じゃないでしょ! アヤナは下がってて、私のゴルが攻撃を受けるから他は素早く倒してね! 民間人に被害が及ばないように戦うよ!」

 

 里香が怒鳴り声で指示する。久しぶりの強敵っぽそうな存在との戦闘だ。

 ウィードは動かない。ノーソを街中で呼び出す訳にはいかないのでシルクが護衛だ。

 

 力を持つと集団に混ざって生きるのは難しくなるな。なんとなくそう思った。



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24話 モンスター

 こんにちは、イズムパラフィリア公式運営です。本日はイズムパラフィリアにおけるアップデート内容を説明します。
変更内容
 星六死種【アビスの暴剣エンドロッカス】→星五死種【アビスの暴剣エンドロッカス】

 星六死種【アビスの暴剣エンドロッカス】の弱体化が決定しました。これ以降の文章では運営の記憶上エンドロッカスのレアリティを星五で想定し記述していた為のミスです。星五だとどこかで明記したようなしなかったような記憶があるので、随時修正パッチを当てていきます。ちなみに元々彼の強さは星六想定でしたが、弱体化されております。
 なお、現在発覚している【】と『』の表記揺れも随時修正をしていきます。この度はプレイヤーの皆様へのご迷惑をおかけしまして、大変申し訳ありませんでした。
 これによる詫び石の配布はありません。
2020/2/12(水)


 元人間の従魔というのは、かなりの数がいる。

 パラフィリア(異常性癖)の中にはズーフィリア(動物性愛)のような非人間を対象とした性愛も多いのだが、それ以上に人間の何かしらの行動やシチュエーションに性的欲求を起こすものが多いのだ。

 欠損嘔吐病気溺水排泄。一部を上げたとしても、それらは基本的に人間の姿でないと目的から離れてしまうのだ。

 だから、少なくとも人間に近い形をしていたり、元々は人間だった存在というのは、イズムパラフィリアというソシャゲにおいて、かなりの数が存在しているのだ。

 

 人間は召喚できないという設定の時点で、人間は召喚されない。では何が人を定義するのかという話もある。ノーソなどは人間をやめた訳でもない。死後にて従魔となっているが、それでも原型は、生前は人のままだ。死後にて何かしら人から逸脱した特徴を得た。と言えるのだ。

 ノーソならば呪いの力だろう。死種として、呪いの力を手に入れて従魔になった。その時に人間をやめたということだ。

 つまり、後天的にでも人間を辞める方法なんぞいくらでもあるということだ。

 

「ワシの……ワシのオンナァァァァ!!」

「うおっ。さっきまで獣みたいに叫んでいたのに急に喋りだした!」

 

 やはり、チェリーを買い付けた男だったのだろう。俺達を見て急に理性を取り戻したかのように喋った化け物に樹少年の腰が引けた。

 化け物は叫ぶや否や、こちらへ猛然と突進してくる。

 

「ゴル、受け止めなさい!」

 

 里香の命令を受けてゴーレムが動いた。化け物の突進を体で止める。両腕は化け物の肩を掴んで離さない。

 互いの重量もあり、これでは動けないだろう。

 

「今のうちに叩いて!」

 

 里香の言葉に即座に動いたのは相方の勇者アヤナだった。

 素早く接近し腰のショートソードを引き抜いて足裏の腱を切り裂く。

 ドス黒い血を噴き出したものの、僅かな時間で瞬くまに切り傷が治った。

 

「なっ!?」

「シーちゃん、炎の魔法!」

「りょーかいっ! ファイアー!」

「エー君は攻撃、チェリーは警戒して!」

 

 驚愕するアヤナを無視して樹少年が動く。ピクシーの炎魔法が怪物とゴーレムを焼き焦がしていく。たまらず悲痛の声を上げた怪物へ柊菜のエンドロッカスが剣を構えて切り刻む。

 

「こっちも少しくらい戦わなきゃだね。シルク、マナボルト。ウィードは俺に攻撃が来た場合抱えて躱すように」

「グルル……。私も戦いたいんだが」

「龍種覚醒が解除されるまでの間戦ってれば動いていいよ」

 

 ゲーム仕様といえばそうなのだが、なんでウィードは動かないんだろうか。龍種全体に言えることだが。そのどれもが動かないのは、普通に考えれば変な話である。

 後日確認しよう。

 

 シルクから放たれた灰色の弾丸が怪物に当たる。これだけの攻撃を受けてもまだ死なないらしい。

 適正レベルを大幅に超えているようなメンバーなのに、一度の行動で敵一体のHPを削り切れないのは想定外だ。ゲームには無かったような展開にクエストだが、基本的には一巡で倒しきれていたはずなのだが。

 

「ハアッ!」

 

 勇者アヤナが、どれだけ暴れようとも動けない怪物の首へショートソードを叩き込む。バツンと無理やりちぎったような音と共に怪物の首が落ちる。

 

「やった!」

 

 柊菜が喜びの声をあげる。返り血を浴びたアヤナが一瞬怪訝そうな顔をして、次の瞬間驚愕へと変わった。

 首を落とした怪物が動き、ゴーレムの拘束をも剥がしてアヤナへと勢いよく拳を振り上げた。

 素早く防御体勢に移ったアヤナだが、単純な体重差もあって殴りつけられると地面に体が強く打ちつけられ、バウンドした。

 

「うわああああ!!」

 

 そのままアヤナへと連続して拳を振り上げた怪物に、樹少年が割って入る。気合いと言えば聞こえはいいが、悲鳴としか言いようのない叫び声で樹少年も幅広の剣を抜いた。

 剣を怪物の腕に当てて切り落とすなんて真似が出来るわけもなく。ただ剣で拳を防ごうとしたのだろう。横に構えた剣ごと殴られ、樹少年の剣は半ばから真っ二つに砕け折れた。

 

「ヴォオオオオ!!」

「グルアアアア!!」

 

 その一瞬で龍種覚醒の時間が切れたウィードが動き、開いた距離を一瞬で埋めた。振り抜いた拳同士がぶつかり合い、怪物の方が力負けし、のけぞり、尻もちをついた。

 

 龍種のステータスはやはり動けさえすれば圧倒的である。体勢すら整っていない不安定な一撃でも、巨体をひっくり返して見せた。

 

「チェリー、回収!」

「了解ですっ! ご主人様!」

 

 ウィードが作り上げた空白の時間に柊菜のチェリーが動き、樹少年と勇者アヤナを回収した。

 

「ゴル、まだいけるでしょ!」

 

 里香が一度拘束を振りほどかれたゴーレムへ尋ねる。ゴーレムは、まだまだ動けると言わんばかりに両腕を振り上げ、威力を示すように地面へと叩きつけた。

 石畳にヒビが入る。大地が僅かに凹み周囲がしわ寄せを受けて若干盛り上がる。

 

「あー! 弁償する必要が出るじゃない。それは禁止よ!」

 

 里香に叱責され、ゴーレムの勢いが心なしか弱まった気がする。

 シュンとなったゴーレムへ拳を叩きつけるものがいた。それはウィードがひっくり返した異形の化け物よりも大きい。

 

「キャア!」

「二体目!? エー君援護!」

 

 ウィードがひっくり返した奴とは別の、さらに大きな個体がゴーレムを殴り飛ばした。その余波で一番近くにいた里香が悲鳴をあげる。

 すかさず攻撃に入ったエンドロッカスだが、ゴーレムを殴り飛ばすほどの膂力とぶつかり合って勝ち目が無かった。柊菜のイメージか指示が悪かったのか、真正面に突撃したエンドロッカスは羽虫でも振り払うかのように弾き飛ばされる。

 

 近くにいる存在へ攻撃するようになっているのか、金切り声をあげた里香へ攻撃を行う化け物。俺はすぐさま右手をかかげた。

 

 ウィードは尻もちをついた方の化け物を相手にしている。シルクは俺とトラスを守っている。何より、シルクの唯一の攻撃手段であるマナボルトでは止められないだろう。今のタイミングではトラスの従魔を呼んでも間に合わない。リコールしていないまま森に放置しているからだ。今すぐ喚び戻しても、ここまでの距離を移動するのには流石に時間がかかる。

 

 諸刃の剣となるが、ノーソを喚ぶという手段もある。しかし、肉壁にはならないだろう。一度攻撃を受ければ即座にロストだ。身体能力も召喚直後のレベル一のままでは人間と大差ない。

 狙うのは呪縛。呪いを持つ従魔だからこそ持っている、ノーソの所有スキル。

 問題は確率による成功だというところだ。呪いに耐性を持っていないモンスターであろうと、体感四割程度でしか通らない。

 

 しかし、やらないよりかはマシだろう。最善を尽くさずに人命を失うよりはいいはずだ。その後どうなるのかに不安が残るが。

 

「うあああああっ!!!」

 

 大きな悲鳴にも近い気合いが飛び出した。声のした方を向くと、樹少年がまたもや里香へと向かい走っていた。既に攻撃を受けてボロボロの状態だが、ピクシーの回復を受けて動けるようになったのだろう。

 

「シーちゃん、風!」

「りょうかいっ! ウインド!」

「ヒィィッ! 『召喚』!」

 

 恐怖で顔を思いっきり引き攣らせ、目尻から透明な雫が溢れ出ている。竦む足に対し背中を押し飛ばす風に吹かれて、弾丸のように樹少年はまっすぐ化け物へと突っ込んでいった。

 その手には折れた剣の代わりに召喚石があり、光の奔流が樹少年の手から溢れる。

 次の瞬間、樹少年の手には片刃の曲刀が握りこまれていた。刀身には機械のカバーが複雑に貼り付けられているように線が入っている。刃の部分では、何かしら機械の力の影響を受けてか、緑色に輝いている。

 樹少年の動きが変わり、風に背中を押し飛ばされた不安定な格好から、上手く体勢を整えて化け物の首を切り裂いた。上手く化け物とすれ違い、反転。

 

 苦悶の声をあげる化け物にトドメの一撃を放った。

 

「うっ……おえぇぇぇぇ」

 

 残心も取らずに返り血を浴びた途端に地面へと膝をついてゲロを吐き出した。顔は真っ青なほどに血の気が引いており、手に持った剣を放り捨てたほどだ。

 

 …………なんというか、変な反応だ。まるで自分が殺人を行ったことを忌避しているような動きである。

 そもそも樹少年は既に一度人を殺している。俺も現場へと確認をしたので把握しているのだが、樹少年が誘拐された時に一人だけ、黒焦げになった死体があったのだ。

 そもそも樹少年は剣道をしていたと聞く。武道をある程度大きくなってから嗜むと分かるのだが、案外人間というのは理性を保ったまま人を殴ることに抵抗を抱くのだ。

 剣道部ということは、基本的にそういった感情を乗り越えた人間でもあるはずだ。暴力とは無縁の一般人よりも暴力への垣根が低い人。それが武道などを経験した人間だ。

 

 そもそも経験の有無はその行為へのハードルを著しく下げる効果がある。暴力以外でもそれはありえる話だ。一度人を殺した時点で、樹少年があんな反応をするのはおかしいと言えるはずなのだ。ピクシーを用いて人を殺した時に、そのような反応をするのだったら、まだ理解は出来るのだが。

 

 まるで、従魔のやったことは自分がやったこととは違うとでも言いそうな雰囲気だ。召喚士ギルドで社会見学していただろうに、いったい何を学んだのやら。

 まあ、そこら辺の心構えはゲームにはなかった要素だ。ぶっちゃけ俺個人で思っていることなので、それを樹少年に伝えるつもりはない。

 ただ、樹少年の今後に不安を抱いただけだ。あの調子では、いつか従魔に飲まれるか、自壊でもしてしまいそうだ。

 

 そんな樹少年を慰めるかのように、片刃の曲刀が樹少年へと近寄っていた。誰も手に持っていないのに、勝手に浮いて勝手に動いている。

 

 星四機種【遺跡兵器のリビングエッジ】だ。無課金プレイヤーの夢であったりする面白従魔である。

 武器の形をした従魔だが、別に他の従魔が装備できるという訳でもない。自立して動く自動機械である。

 低レア機種の数と種類を増やす為の量産型従魔である。似たような奴がいっぱいいる。

 

「グルルルル……ぺっ」

「お、よくやったな。動けば単騎でも勝てると思ってたよ」

 

 ウィードの方も何事もなく化け物を倒しており、食い千切ったのだろう肉片を吐き出しながら戻ってきた。口がドス黒く染まっている。

 ハンカチなどは持っていないので、直接手でウィードの口元を拭う。黙ってなすがままのウィードだが、ジト目をこちらに向けていた。

 

「どうしたよ」

「おまえはいつも私に戦わせようとしないな。龍らしく強い敵と戦いたいんだが」

「星十クラスが十分に戦えるレベルになると、今のレベルなら滅びの大地へ行く必要があるだろうね。まあ、ウィード単体だとあそこでの戦いになってくると動く前に積まれて死ぬだろうけど」

 

 龍種というのは最終兵器とかエースとかスロースターターなんだよ。運用方法が特殊だからぶっちゃけ現状作れるスタイルに合わないのだ。

 普通に使うのならば、もっと後々になり、従魔の数が増えまくってからの戦闘で時間を稼いで大暴れさせるのが一般的だ。

 ドラゴンを活躍させたいのならば、ヒーラーとデバフを用意してドラゴンが動き始めるまで、死なないように援護する必要がある。

 

 龍種というだけで戦法が限られてくるのだ。その分動き出せばめちゃくちゃ強くてどんな敵もステータスの暴力でなぎ払えるほどのポテンシャルがあるのが龍種というやつだ。

 その上でウィードは弱いと言える。星十クラスに見合ったステータスこそあれど、こいつのアビリティが龍種という存在にあまりにも合わないのである。

 ぶっちゃけ使いたくない。

 

 そもそも俺は龍種はあまり使わないタイプの戦闘スタイルだった。俺のエースは龍種ではなく天種だ。

 

「ちょ、ちょっと! 大丈夫!?」

「う、うぃ……明日から一週間肉は食えねぇ」

「勇者だって言うのに、助けられちゃったね……」

 

 復帰した里香が樹少年の背中を摩った。樹少年も冗談を言える程度には元気が出たらしい。アヤナも二人の元へ行った。

 

「スリープさん。あの人間だという怪物について、何か知ってますか?」

「まあ、大体の検討というか予想は出来ていると思うよ。時期が違うというかゲーム時代の知識とはちょっと違うんだけどね」

 

 思案げな表情を浮かべて腕を組んだ柊菜が周囲を見渡しながらこっちに来た。君は俺に近付いて来なくていいよ。俺も疲れる。

 なんで柊菜は冷めているんだろうか。次々と先の事ばかり考えて情報を求める。

 ついでに俺を嫌っている様子ならばあまり関わらないで欲しい。柊菜の精神衛生上もそれがいいだろうに。

 

「……社会氏寝太郎という名前について知ってますか?」

「……………」

 

 唐突に話を変えた柊菜に対し思わず口を噤んだ。その名前をどこで知ったのだろうか。



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25話 黒歴史

2020/11/21(土)一部誤字や表記ミスを修正


 社会氏寝太郎。これは俺がイズムパラフィリアで使っていた最初のプレイヤーネームだ。

 名前を続けて読めば分かるだろうが、これは社会死ねに太郎を付けて文字を変えただけの名前だ。ゲームの主人公に付ける名前では無い。

 当時の俺は、まだ学生だったが非常にスレており、社会のなんたるかを知らないままに社会への反発を覚えて、こんなインターネット上でモラルの無い名前を使ったのだ。

 

 イズムパラフィリアの魅力に取り憑かれるうちに、この名前は不味いと気付いて変更したのだが、その時には既に俺の名前は社会氏寝太郎として浸透し切っていた状態だ。配信ですらそのアカウント名だったもので、プレイヤーネームをスリープに変えたところで今更といった状況だったのだ。

 

 それでもスリープとして活動していたのだから、イズムパラフィリアにおいてはスリープだと名乗っても、ほとんどのプレイヤーが俺に気付くと思っていたのだが。

 

「……なんか、知ってそうな反応ですね。特徴的にプレイヤーネームですか?」

 

 柊菜の発言によって、俺が勘違いしている事に気付いた。

 どうやら柊菜は元プレイヤーだった訳じゃないようだ。俺の存在に今になって気付いたのでは無い。

 恐らく、誰かから聞いたのだろう。その名前を。この世界にいるであろう、元プレイヤーから。

 

「…………俺の最初のプレイヤーネームだよ」

「あー……」

 

 納得したように頷きやがった。同情の視線を感じる。

 

「誰にでも黒歴史っていうのはありますよね。自分の名前を語呂合わせやらアナグラムにするのがスリープさんだっただけですよ」

「うっせ」

 

 どっちにせよ今はスリープを使ってるんだ。忘れたくとも忘れられない黒歴史なんぞ放っておいてくれ。

 

「で、それがどうかしたのさ」

「いえ……。私の記憶にある怪しい出来事とか不審者を思い出しただけですね。スリープさんの反応的にこれはハズレでしょうが」

「俺としてはめちゃくちゃ気になるけどね。誰だよそいつ」

「【ノーマネーボトムズ】という【レギオン】だと言ってました」

 

 柊菜の言葉を聞いて俺の中に該当しそうな奴が当てはまった。

 

「無課金兵団か。そういう名前のレギオンは確かに居たかもね」

「レギオンってなんですか?」

「ソシャゲで言うギルドとかのソーシャル要素だよ。他のプレイヤーとチーム組んでチーム同士で争ったりする為のシステム」

 

 実はソシャゲでいらない要素である。長続きするソシャゲを見ていれば、大体不必要になり、しかし外してしまえばソシャゲというジャンルに入らなくなる。五年以上続いているゲームがある、ソシャゲに分類されそうなゲームを見れば、ほとんどにギルド要素が無かったりする。せいぜいがレイドクエスト程度だ。

 ぶっちゃけ課金した奴の優越感をくすぐるだけの要素にも近いからな。より長時間張り付いて、より課金して、よりゲームに貢献した奴が、いずれ無くなるゲーム内アイテムとゲーム内での名誉を貰える。

 

 そりゃ廃れるわ。地球で最も価値を見出されやすい時間と金を使って手に入るのがそんなモンなのだから。

 金を回す分には電子情報というのはかなり役に立つだろう。複製して売れば幾らでも稼げるのだから。その売れるかどうかまで漕ぎ着けるのが大変なのだが。

 

 ちなみに俺はそんなギルド要素であるレギオンにて、金をジャブジャブ使い個人レギオンでありながらランキング一位を獲得する人間であった。

 好きな物で一位になれるのっていいわ。どこまでも本気になれない奴がこぞって悔しがり時間の無駄金の無駄って言い訳するの眺めるの超楽しい。

 

 閑話休題。とにかく、そんなギルド要素があったソシャゲなので、複数人で集まるプレイヤーはいた。

 

 

 

 手持ち星十一以上、五体以上所持。完凸レベルマ。ノルマあり。アットホームな雰囲気でまったりやってます! ヒーラー持ち歓迎! タンク持ち歓迎! 新規プレイヤー募集中!

 

 こんな感じの文章が紹介欄に書かれているレギオンばっかりだ。どいつもこいつも糞である。一度入ったらゲームをアンインストールするまでしゃぶりつくされるだろう。ちなみに新規プレイヤーは入れない。星十一以上は全部リミテッドキャラなので、課金していても既に文字通りの新規プレイヤーでは無くなっているからだ。少なくともメインストーリーは全部終わっている。

 

 そんな中でも無課金プレイヤー限定とかいうマゾ仕様のレギオンはある。課金プレイヤーに数の力で勝ちたいのだろう。後はどうしても個人でイベクエやレギオンクエを進むには無理があるからだろう。

 無課金プレイヤーは課金プレイヤーの為に使われる舞台装置だ。どうしても勝てない。課金プレイヤーに優越感を抱かせる為の当て馬だ。それでもレギオンを作り、どうにか課金プレイヤーと対抗しようとする存在もある。

 

 イズムパラフィリアは無課金プレイヤーに優しくない。コンテンツによって課金前提の難易度が組まれているし、課金に次ぐ課金で従魔を増やし続けないとあっという間に落ちぶれる。

 リミテッドキャラクターが入手出来るまでは、課金プレイヤーと無課金プレイヤーに戦力的な差はそこまで大きくない。運があれば課金プレイヤーを追い越すことも出来る。

 

 しかし、リミテッドキャラクターが出てくれば、課金プレイヤーが有利になっていく。無課金プレイヤーがクエストやイベントで稼いだ石をほぼ全てガチャに回し、多大な時間をかけて戦力を増やす。そうしてリミテッドキャラクター一体を解放する為の戦いに使う。そうして手に入る一体はガチャでしか仲間にならない。そして更なる戦力が無いと次のリミテッドキャラクターは手に入らない。

 

 ガチャに天井こそあれど、実質エンドコンテンツをクリアする必要があるので、星十一以上の従魔というのは一定ラインを超えた人間しか手に入ることは無い。それに見合っただけの強さを持っているが、そこに辿り着くまでにどれだけのプレイヤーがいることだろうか。

 

 ノーマネーボトムズとかいう奴は、戦力的に言えばほとんど脅威ではない。かつての俺ならば、という注釈を付ける必要はあるが、この世界を完全に破壊出来るようなヤバい力は持っていないはずである。

 そもそも石に余裕が無いだろう。ギルドマスターを倒すだけでも徐々に弱っていく程度には。

 …………つまりこの世界、ファーストスタートにおいて最強の存在というわけだ。要警戒リストに入れておこう。

 

「ところで、そいつ? そいつら? はなんで俺の名前を言ったわけ?」

「うーん……多分スリープさんを探しているんだと思います。というかこれ以上のことはわからないです。それに、今回の件には関係ないみたいですし」

 

 そう言って柊菜はこちらの質問を打ち切った。好感度が足りない。

 

「それで、この現象についての情報を教えてください」

「……この世界で一番強いのは召喚士だ。厳密に言うと、召喚士が喚ぶ従魔こそが最強だ」

 

 要は人間も強くなる為に従魔の力を欲しがった。というだけの話だ。

 それの完成品がこれ。化け物を作る薬だ。副産物にレフトオーバーという肉体強化の薬ができた。

 

 適応出来る人間は従魔になれる。エンドロッカスがそうだ。彼が唯一の適応者であり、この薬の開発者の魔王だ。

 

「従魔になれる薬って事ですか?」

「さあ……多分あっているとは思うけど」

 

 俺も原理は詳しく知らないし。適当にばらまいている辺りとゲームの時の情報から薬だとは思うが。

 逆に薬だけで従魔になれるのか? いや。なれるか。死ぬだけで従魔になる奴もいるのだ。薬で従魔モドキ位にはなれるだろう。

 

「なんのためにこんな事をしているか分かりますか?」

「そんなの……。いや、確かにそうだな」

 

 エンドロッカスがこの現象を起こした張本人だ。そいつは既に目的を完了させている。本人の従魔化に成功しているのだ。

 では、今起きている現象はなんだ? エンドロッカスは自分自身のみの力を求めていた。ならば彼がこんなことはしないだろう。

 無課金プレイヤーか? いや。目的こそ不明だが、わざわざ従魔を作る理由が見当たらない。勇者を鍛える為ならば、自分が動けばいい話だろう。

 

 そもそもレフトオーバーはサブクエストで出てきた従魔化薬が裏で出回る為の陽動であった。従魔化薬はその後に出てきた。それをばらまいていた人間は誰だった?

 あの時は商人だ。滅びの大地にて貴重なアイテムを集めて金持ちに売り付けるだけの骨董屋だったはずだ。これはサブクエストでもひとつの街で起きた事件程度の事だったはずだ。

 

 レフトオーバーを売っていたのは誰だった? 薬屋だ。誰に頼まれたかは不明だが、貴族の地位を約束されていたという。

 貴族のいる国はどこだ? 新緑の森から更に奥。東の果てにある滅びの大地だ。滅ぶ前が貴族制の王国なのだ。

 エンドロッカスもそこにいる人間だった。今現在召喚されているエンドロッカスはなんだ? 死種だ。死んだ存在だ。

 

 ……東の果てに行く必要があるな。この世界で何が起きているのか確認しなきゃいけない。

 

 

 

 

「かんぱーい!」

 

 里香の音頭の元、各々が杯を掲げる。カランと、氷とガラスがぶつかる音がした。

 従魔化事件の後、警察らしき人物が近寄ってくる気配を感じ取り、俺達はその場から逃げ出した。そして、そのまま街の酒場にてこうして仕事の完了を祝っての小さな宴会を開くことになったのだ。

 

 人を殺して宴会。なかなかにあの勇者達はこの世界に染まっているようだ。

 樹少年など暗い顔してジュースを飲んでいる。

 

「ほらほらもっと元気出しなさいよ! なにはともあれ、今日も一日生き延びる事が出来たんだから、まずはそのことに感謝しときなさい!」

「う、うっす! あざっす!」

 

 二人は体育会系なのだろうか。背中をバシバシ叩かれた樹少年がジュースを一気飲みし、笑顔を作った。

 樹少年は普段でも不安な時でも人前だとはしゃぐタイプだ。表に出さないのである。これはこの世界に来て早々に判明した事実である。

 

「しっかし、将来有望な召喚士ばっかりね! イツキは新しい従魔をさっき召喚してたし、ヒイナも既に二体目の従魔がいる。スリープも柊菜と同数の従魔とか、勇者の私よりも召喚士としての成長が早いんじゃない?」

「そうなんですか?」

「そうよ。私が最初にいた王国じゃあ召喚士が二体同時召喚出来るなんてかなり優秀な召喚士だって言われるんだから!」

「え? 枠の拡張はしないんですか?」

「枠? 枠ってなによ」

 

 小首を傾げた里香に柊菜が目を細めて顔を伏せた。

 

「ゲーム仕様の私達と違う……? なんで私達はゲームと同じ方法で強くなるの?」

「ヒイナ?」

「石を召喚と復活以外で五個くらい一気に消費したことってありますか?」

「ん? あるわよ」

「へ? あれ?」

「最初の頃だったかしらね。私の召喚士の師匠が石を五個使うと召喚士自体の強化が出来るって言ってたの。ヒイナはもう自力でこの情報を見つけたの? すごいじゃない!」

 

 ……もしかしたら、情報が意図的に隠されているのかもしれないな。早くトラスの石を集めて検証したくなってきた。

 樹少年が身を寄せて小声で話しかけてきた。

 

「スリープさん。スリープさん。コレって俺らはゲーム仕様で考えてたけど、リアルでも同じことすりゃプレイヤーと同じことが出来るってことなんじゃないっすかね」

「というかゲームの仕様を現実に当てはめた状態だと思ってたんだけど」

 

 ゲーム脳で行動すりゃあ、いつか絶対に痛い目を見る。そんなのはわかっている事だ。

 俺はこの世界が現実になったことで起きるゲームと現実の差異を探しているのだ。スキル屋、肉体、従魔。これらの多くは生きた存在となることで、ゲームのシステムによって動く薄っぺらい存在とは違うものになっていた。スキル屋など存在すらどこにあるのだろうか、全く不明である。

 そして、同時に主人公だけが使えるような特殊な能力というものは、直接描写されているもの以外では、他の召喚士も使えるものだと予想はしていた。召喚士の才能だけで召喚枠が決まるとは考えにくいのだ。後半のサブクエストに出てくる召喚士はほとんど三体以上の従魔を同時に使ってくるので。

 

 ミラージュとか六体の従魔を同時に繰り出してくるのだ。その全てが緑種だとしてもめちゃくちゃ強いのだ。

 だが、ミラージュは召喚士そのものの能力は低いと思われる。従魔の数こそあれど、レアリティは低いからな。

 星四一体、星三一体、星二四体の構成である。シルク四体、ピクシー一体、チェリーミート一体分の戦力と言えば、どれだけ奴のガチャ運の低さと手持ちの弱さが理解出来るだろうか。

 まあ、ウィード一体じゃあ多分勝てないのだが。星四との相性が悪すぎるので。ブリーズかアッシュなら単騎でも勝てただろう。

 

 閑話休題。そもそも俺達がゲームのプレイヤーと同じ主人公であるのかすら定かでは無い。時期は恐らくゲーム開始時と同じなので、暫定的に俺達がプレイヤーと同じ立場にいるのだと決めているだけだ。

 

 フレーバーテキストから推察するに、召喚士の才能は従魔がどれだけ召喚に応じるか。枠ではなく出てきてくれる数と、その偏りが現実のものとなっているのだろう。

 

「なんの話しをしているのかしら?」

「うおっ!? い、いえ! 俺異世界転移しちゃったからこの仕様とか俺だけの能力だったのかなーって思ってたんですわ……」

 

 一人でいたアヤナが俺達の方へ来る。樹少年が口を滑らせてゲーム世界だと言わなくて良かった。

 アヤナは確実にゲーム世界側の人間なのだから。

 

「特別かぁ……。私にとっては、里香こそが特別なんだと思うわ」

「えっとー、どうして?」

「あの子日本にいたって言うけれど、随分この世界に馴染むのが早かったのよね。召喚条件にこの世界に馴染めるっていうのがあるにしても、あまりにも早かったし」

 

 まあ、攻撃的な気質に合うのだろう。俺よりも生き生きとしていると思う。任侠物のドラマとか好きだったんじゃないかな。

 

「今日はありがとね。樹くんもスリープさんも。私達明日は招待されてて……。この街の町長さんのところへ行くから、その後、明後日辺りに召喚士ギルドに会いに行くわね。王国に行くかどうか、決めておいてね」

「えっ? それって……」

 

 樹少年がちらりと視線をよこす。

 この都市の町長が傀儡でミラージュが実権を握っている事を樹少年は知っている。柊菜も知っている。

 そんな町長のもとへ行く事が気になったのだろう。しかも招待されていると聞く。

 

「スリープさん。少し気になるんで潜入とかしてみませんか?」

 

 今の状況は、俺達だけなら見えない存在に敵対されていないとはいえ、勇者を狙って何かが起きているのは確かだろう。

 勇者の力は必要なので、俺も一連の出来事を調べるつもりだ。

 

「よっしゃあ! それじゃあこの子達の宿の特定から始めましょうね! 尾行作戦開始っす!」

 

 いや、町長の家に行ってみればいいだろ。



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26話 突撃訪問

「ここがあの女のハウスね」

 

 妙な高さの太い声で樹少年が呟く。トラスが俺のズボンの袖を握りながら、きょとんとした風の無表情で樹少年を見上げた。

 時刻は空がオレンジ色と青色で鮮やかなグラデーションを作っている。暮れとも昼とも言い難い時間。子供が家に帰る時間。

 

「私もう少しした時の空の色が好きですね」

「俺は青空の方が好きっすよ。スリープさんは?」

「雨か夜」

 

 各々が好きな空を上げていくと、どうやら全員が別々の時間が好みだと判明した。

 無駄な情報だ。

 

「って、そうじゃないでしょ……。どうして町長さんとこでパーティーがあるって情報なのにこのビル街が会場になってんのかって話ですよ」

 

 樹少年が口を尖らせた。ギルドやら何やらへ駆け回ったらしく、どうにも大規模なパーティーがあるという情報を掴んできたのだ。

 俺としてはミラージュが勇者へ直接対応することの理由が不明なので、こんな罠みたいな場所の情報を掴まされ、それを信じた樹少年の方が不安である。

 そして、ミラージュの行動も意外だった。別の人間で代理出席して小さい歓迎会でも開くと思っていた。勇者がこの街で何かするって訳でもないし、形だけの歓迎会でもするのだろうと。

 

 それがミラージュのアジトの入口たる廃ビル郡がある地域でパーティーとは。廃ビルと言っても外装はそこそこ綺麗だし内装も整っているのだが。奴の目的が分からない。

 

「勇者さん達を害する目的があるんじゃないですか?」

「まあ、街ですぐ襲撃があったくらいだし、何か因縁でもあるのかとは思うけどね。アイツの腹真っ黒だし」

「人身売買、脅迫、暴行、殺人……結構めちゃくちゃですよね」

 

 異世界転移での被害者一号である樹少年の顔が青ざめている。どうやら若干トラウマを患っているようだ。

 そこで柊菜が口を開いた。

 

「勇者って高く売れるんですか?」

「外見や希少価値的にはそこそこじゃないかなぁ。不老って部分が凄い価値だとは思うんだけど、絶対的な不死ではないんだよね」

 

 初手人身売買を想定するの好きだよ。

 

 捕虜にはなりにくいけど、戦力と異世界の知識があるのだ。自分達のものにするという点ではメリットがある。

 逆に王国側は勇者を取られても取り返そうとするかは不明だ。勇者一人にどれくらいの予算がかかるのか次第だが、多分新しい勇者を喚ぶとは思う。

 

 王国だからね。権利の国だ。そこに王国と並び立つ存在はいない。居てはいけないのだ。それが王という仕組み。王という制度である。

 つまりは、よくあるネット小説における国王やら王子とは全く別の存在である。彼等に一個人としての意思は許されず、国の王としてのシステムだけが求められる。そうじゃないと成り立たなくなるからだ。

 舐められたら終わりなのだ。王は絶対。対等など許されず、ましてや下に見られるなどあってはいけない。その前例も作ってはいけない。それを許した途端に王のシステムの価値はなくなるからだ。

 

 暴力主義世界における権力とはそれくらいでなければいけない。力無き権力は、力によって覆される。それを防ぎ誤魔化す為に権力は絶対性を見せ続けなければいけないのだ。

 この世界は日本とは違う。国民に自由は無いし、身分の差も軍隊以上に確固たるものだ。それでいて誰もが上へ上へと力を求めている。横並びの日本ならともかく、この世界で国王がタメ口きかれて許してしまえば全国民が国王にタメ口きいてくる。果てにあるのは革命だ。

 

 とまあ、王国とは個の質による暴力主義世界に対抗するための郡である面が大きい。軍隊と言ってもいいだろう。そんな存在なので、勇者が捕まって交渉に持ち込まれそうになったら勇者を切り捨てる。

 だから。

 

「勇者を捕まえるのが目的では無いと思うな。ここはミラージュのホームに近い。どっちかと言うと逃げる為の場所選びとすぐさま戦力を集められる場所って感じだと思う」

「どっちにせよ戦闘はありそうっすね」

「…………そうだな。戦闘を予想している?」

「パーティーなのに……ですか」

 

 色々と謎である。虎穴に入らずんば虎子を得ずという言葉もある通り、これ以上の情報は潜入しないとわからないだろう。

 

「全員従魔をリコールした?」

「バッチリです!」

「……はい」

「それじゃあ内部に潜入するまでは出すなよ。出来る限り戦闘は避けたい」

 

 どうせ戦わずとも人の集団なんぞノーソをコールしてしまえば勝てるのだ。決め手は疫病。

 まあ、ミラージュには通用しない。回復スキルを持った従魔がいるので。

 

 以前にも通った廃ビルの入口を抜けて、受付がある二階のエントランスホールへと辿りついた。一階は表向き廃墟然とした風体なのだ。ちなみに周囲に女以外の人影は見えない。奥に両開きの扉があるので、向こうでパーティーをしているのだろう。そちらからは人の声やら音楽が聞こえる。

 

「ようこそ、いらっしゃいませ。お客様のお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

 

 受付にいた女性がニコリともせずに一礼した。

 その顔を見て首を傾げる。こいつ、どこかで見た記憶がある。

 該当者を探り当てる前に、見覚えがあるという事実を認めて穏便には済まないという事を悟った。

 

「「『コール』」」

 

 女と俺の声が被る。飛びかかってきた黒い影にウィードが両腕を交差させて受け止める。翻った黒い影は女のすぐ隣に立つ事でようやく姿が分かった。

 黒と灰色の獣。流れる毛が光沢を見せる凛々しい顔付き。だが、どこまでいってもそいつは獣だ。

 

 星三野種【荒野の狼グラルフ】だ。高い攻撃と速度による高速アタッカー。アビリティに特徴的なものは無いが、かわりにこいつの属性が特殊である。

 闇属性と地属性の混合型だ。地属性はウィード、チェリー、ピクシー。闇属性はエンドロッカスが該当する。

 ウィードの攻撃はグラルフの所持属性による耐性から減衰が入る。対してグラルフの攻撃はウィードに通用するのだ。闇属性も兼用するというのはそこに強みがある。ウィードの個体耐性値的に考えれば大したダメージも受けないだろうが。

 

 ただまあ、今のエンドロッカスやピクシーで挑めば苦戦しただろう相手だ。味方だと使えないが敵だと地味に厄介。そんな従魔である。

 ついでに言うと完凸している分樹少年と柊菜ではより苦戦する。場合によっては負けるかもしれない。

 

「『コール』」

 

 すると、女が二体目を呼び出した。出てきたのは大きなコウモリの従魔。目が無く鋭い牙に灰色の産毛。鼻などもなく、顔には大きな口がついただけの気味の悪い姿。

 星三野種【廃鉱山のジャイアントバット】だ。色で生息地が変わるタイプのゴミである。

 ちなみにこいつの持つ属性は地属性やら鋼属性とかでもなく、地獄属性というものになる。

 HPMPの吸収攻撃能力を持つ死種の多くや、一部ジャイアントバットのような従魔に付けられる属性である。吸収攻撃における耐性は地獄属性の耐性を上げるといいのだ。ここら辺はゲームでも上級者向けの知識である。

 

「やはり貴方達でしたか。ミラージュ様を狙う賊というのは」

「え、ちょ。話が違うんですけど!」

「……『コール』」

 

 狼狽える樹少年を尻目に柊菜がエンドロッカスとチェリーミートを喚びだす。いい構え方である。判断はやや遅いが及第点を与えよう。立派な暴力思考だ。

 

「トラス。おいで」

 

 トラスの脇に手を通し抱え上げる。こいつは従魔を出す訳にはいかないし、殺されるにも惜しい人だ。おいてけぼりにならないようにしっかりと身体を保持する。

 

「思い出したよ。あんたミラージュの所にいたザコイと同じ下っ端だ」

「っ! 私を下っ端扱いするな! この地位はミラージュ様に迫る脅威を即座に排除できる戦闘力を買われたものだ」

「ふーん。ミラージュの方が強いし、最初から従魔を出してない辺り即効性はないと思うけど」

 

 珍しい人間だ。誰かの下に付く事を喜びにしているとは。何かしらの恩義でもあるんだろう。

 騒ぎを嗅ぎつけたのか、どこからともなくゴロツキや剣士、魔術師のような人間も現れてくる。

 どいつもこいつも崩れでしかないだろうけどな。

 

「賊!? 賊ってなんだよ!」

「とぼけるつもりか? 貴方達がこの街に来てから地上でのミラージュ様の勢力は大きく減った! 地上での影響力を失った時に薬物騒ぎに怪物の登場だ。随分周到な計画を持っていたと見える。薬物騒ぎは陽動だったのだろうな」

 

 まるっと全部疑問を解説してくれた。有能だわこの子。

 つまり、俺達の行動と、今この街で起きている事件を結び付けているのだろう。実際立て続きに起きているので不信感を持たれる理由にはなる。

 

「それ俺達じゃねぇよ! そりゃあちょっとした正義心でアンタらと敵対はしたけど、そっちが勢力をけしかけて来たんじゃん!」

「フン……。ゴロツキ達を纏めていたヘボイを殺し、情報伝達役のトロイを生かしている時点でそんな言い訳が通用するとでも?」

「ありゃ事件だって……。そもそも俺悪くないじゃん。あっちが誘拐したんだし」

「樹君……話し合うにもまずは落ち着かせないといけないよ。こういう時は実力行使って学んだでしょ」

「うえぇ……新田しゃんやる気じゃんか。大人の人ー! 助けてくれーい」

 

 樹少年がお手上げだと俺に助けを求めてきた。

 

「見てみ?」

「あっ……」

 

 先程一瞬だけやりあったウィードを見て樹少年は視線を逸らした。既に戦闘開始状態なのだ。往生際が悪いぞ。

 

「お前ら! ニッタヒイナとハラダイツキをやれ! 私はスリープという男を相手にする」

 

 女が周囲へ指示を出し、俺を鋭く睨みつけてくる。

 樹少年がピクシーとリビングエッジを召喚する。あちらは任せておこう。樹少年も戦力を確保しているし、バランスが偏っているが召喚士二人に対して向こうには召喚士をぶつける様子はないからだ。

 問題はこちらにある。

 

「『コール』シルク。こっちに来る敵と攻撃を撃ち落とすんだ」

「バット、『ナイトベール』」

 

 女が出した指示に従い、ジャイアントバットが周囲にオーロラのような暗幕を垂らす。周囲の光が遮られ、辺りに一切の光が失われる。

 

 スキル【ナイトベール】は周囲の環境を暗闇へ変更するスキルである。暗闇の効果は命中率の大幅低下だ。

 こいつもミラージュの傘下故に環境使いなのだろう。厄介な敵である。特にウィードもシルクも暗闇に対する耐性は無いので、がっつりデバフを受ける。

 対するあちらはジャイアントバットが高い暗闇耐性があるので効果が無く、グラルフも耐性はおろか、アビリティ【ナイトシーカー】を持っている。

 ナイトシーカーは環境が暗闇状態の間攻撃が不意打ち判定になるアビリティだ。不意打ちはダメージ二倍に確率でスタンが入る。面倒くさい能力だ。

 

「グラルフ、やれ!」

 

 暗闇に女の声だけが聞こえる。ナイトベールに包まれて樹少年達の方からは一切の音が聞こえなくなった。

 ゲームでは攻撃は当たるまで殴り続けるか、ナイトベールの効果が切れるまでの耐久戦を選ぶところだが、俺は少しやりたい事があるのだ。

 ナイトベールは周囲を包んだだけだ。要は範囲指定スキルでしかない。単純に効果範囲外へ出ればいいのではないだろうか?

 

「ウィード、跳躍撃」

「グルラアアアア!!」

 

 ウィードが真上へ飛び上がり足元を殴りつける。崩壊に巻き込まれ、俺と女が落ちる。

 そう。女の姿がはっきりと見えた。驚愕に目を見開く女へ俺はニヤリといやらしく嗤ってやる。馬鹿め。

 

「スリィィィプゥゥゥ!!」

「ハッ! 素人が、想像力足りてねぇんじゃねぇの?」

 

 こちとらイズムパラフィリアの王者だぞ。常に計算と情報の把握をしていた使い捨ての精鋭だ。検証と実行はお手の物んだよ。

 

 無理やりなナイトベールの解除に女の動きが止まる。その一瞬の隙さえあれば十分だった。

 

「ウィード!」

 

 一階に落ちきる前にウィードが瓦礫を蹴り飛ばしてグラルフへ突っ込み殴りつける。グラルフは加速した弾丸のように地面へ叩きつけられ、ぐったりとする。流石に鍛え上げた完凸グラルフは一撃で沈まなかったが、致命的なダメージを負ったはずだ。

 そして、また落下中の瓦礫を足場に女へと攻撃を仕掛ける。すると飛んでいたジャイアントバットが割って入り、攻撃を受けた。

 ジャイアントバットはグラルフよりも打たれ弱いので、ウィードの加減した攻撃でもノックアウトだろう。そもそもウィードの狙いは女ではなくジャイアントバットだった。

 

 ロストさせる気は無い。俺等がミラージュの手の者を警察送りにして弱体化させたのは事実だが、これ以上弱体化させる必要もないだろう。

 何より、ミラージュとの敵対勢力がいるらしいのだから、下手に負ける要因は作りたくない。これが原作通りだとは思わないが、これ以上下手に原作を崩すと、俺の知識も通用しなくなる。

 

 流石に戦力が整ってない状態でそんなことになると困る。

 

「……なんの真似だ」

「信じられないだろうけど、あんたの言うことと俺達は関係ないんだよね。俺達はあくまでもチェリーミートが欲しかっただけだから」

 

「そういうことだ」

 

 背後から聞こえた声にウィードが殴り掛かる。振り向くと、ウィードの攻撃は受け止められ、僅かながらウィードが怯んだような顔をしていた。

 

 黒いローブの男と、ハンチング帽を被ったひょろ長い痩せぎすの男が立っていた。背後には十を超える昨日見た化け物がいる。

 

 そして、ウィードの攻撃を受け止めていたのは──

 

「グルル……私、だと?」

 

 幾分か成長した姿の、地龍ウィードであった。



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27話 ウィード

現段階でストックが底を尽きました……。
2023/7/15
ウィードのアビリティ【雑草魂】の効果が初期のものとは変わっていたために修正。


 地龍ウィードという従魔は、四つの元素を操る龍の内の一体である。風龍ブリーズ、火龍アッシュ、水龍プール、地龍ウィードの四体が世界における四つの元素を担う存在だとして扱われているのだ。

 初回召喚における最高レアリティである星十という、リミテッドキャラ以外では最高峰の実力者である。更には、デメリットこそあれどステータスが最強である龍種であり、リセマラ終了キャラとしても名高いのだ。

 トップクラスの高ステータスにタンクという役職の打たれ強さ。攻撃力も高く、物理においては非常に強力な従魔であると言える。

 ウィードの固有アビリティである【雑草魂】は、そんな打たれ強さを補強するアビリティだ。HPの減少量に対して物理防御力が跳ね上がる事で粘り強さを発揮する。物理防御限定だが、ウィードはこのアビリティもあり物理においてはトップクラスの硬さを持っている。

 

 だが、俺は、俺のような廃課金プレイヤークラスにおいては、ウィードは決して強いとは言えないのだ。アビリティが死んでいる。一定水準以上のプレイヤーになれば、ウィードは戦闘候補から外れるようになっていくのだ。

 

 そもそも、龍種の倒し方というのは、彼等が持つ種族アビリティである【龍種覚醒】という一定時間か最大体力の一割以上のダメージを受けなければ動かないアビリティが発動している間に、高火力キャラにバフを積み、龍種にはデバフを与えまくってワンパンで沈めるのが正規の攻略法なのだ。

 そんな中でタンクという攻撃の受け役ながら防御力が徐々に高まっていくタイプのウィードは弱い部類に入る。一撃で倒されたらアビリティも役に立たない。星十一以上という通常プレイでは入手できないキャラがいる領域において活躍出来る余地がないのである。多段ヒット系攻撃なら計算を狂わせる事ができるのだが、相手に依存しすぎている。

 

 だが、無課金プレイヤーや微課金プレイヤーにおいては、最強のステータスがある龍種かつ、彼等にとっての最高レアリティである星十の地龍ウィードとは、入手出来れば一生活躍出来るキャラクターでもあるのだ。リセマラでは誰もが星十を引くまでやり続けるだろう。

 

「……おい、お前は私だな!?」

「…………」

 

 幼女姿のウィードが吠える。女子高生くらいの少女ウィードは表情をピクリともさせず、更にはウィードを見てすらいないように思える。

 

「誰だ、誰だお前は! 私はお前のような存在を知らない! お前は私だけど私じゃない!」

 

 ウィードが混乱している。普通の従魔というのは、ゲートを通じてこの世界に降り立つ存在だ。必ずしもここにいる身体が本体だというわけじゃない。

 フルダイブVRをプレイしているようなものだ。意識やアバターはここにあり、感覚もある。同時に従魔はここにいるがこことは別の場所にいる。死ねばゲートを通って元の世界に戻される。だからこそ従魔は召喚士の命令を聞き、命をかけて戦闘をする。

 画面の向こうでゲームをしているようなものだろう。違うのは、画面の向こうには従魔の身体はないという所だが。感覚としてはそれであっているのだ。

 

 シルクがいい例である。シルクは食事が出来ず、元の世界にいてはあっという間に死に至るだろう。しかしゲートを通じてこの世界に来ている間は、ゲートの向こうにある身体が死を肩代わりし、ゲートの向こうで過ごした時間だけ長く生きられる。

 

 この時、従魔は分霊的な感じに複数の召喚士の召喚に応える場合がある。ウィードもまた、他の召喚士が持っている可能性もあるのだ。

 一番わかりやすいのは【共同幻想のアリス】という従魔だろう。あれはイベント入手のキャラクターであり、同一個体ながら複数体同時に存在し、それぞれに意思は無い。そんな複数存在するのが不思議ではない従魔である。

 とにかく、従魔は複数体召喚される事が可能であり、同時に自己がどこにいるのかといった情報をある程度うっすらと把握出来るらしいのだ。

 それが、今ウィードの目の前にいる地龍ウィードは知らないらしい。全く別の存在なのだとか。

 

 ちなみに、リミテッドキャラたるチェリーミートは一度誰かが召喚したらロストするまでは誰も召喚出来ないだろう。分霊認識機能は持っていなかった。

 

「フッフッフ……いやはや、かの龍種を召喚している人間がいるとは思いませんでしたが、こちらの召喚士よりは強くないようで。これなら私達の目的も無事遂行出来そうです」

 

 ローブの男が笑う。こいつの外見は見たことが無い。俺の情報には無い相手だ。

 余裕そうなローブの男に対し、ハンチング帽の男はこちらを全力で警戒していた。一挙一動を見逃さないと言わんばかりに凝視している。

 

「……いやぁ、まいった。まさか最初の街にいるとは思わなかった」

「どうしました? あの召喚士共くらいいつものように始末すればいいでしょう?」

「いーや。撤退だ。無理無理。アレは無理だ」

 

 気楽そうな表情からたらりと汗が流れている。ローブの男はそんな様子に気付いた。

 

「何者です? あなた程の人がそこまで言う人など我々は聞いたことがないです」

「使い捨ての精鋭だ。個人サイトでwiki以上の情報を掲載しているこの世界の最強だよ。言っただろ? 社会氏寝太郎って」

 

 こいつが柊菜の言っていた男か。俺と同じ元プレイヤー。しかも無課金だ。俺を使い捨ての精鋭だと呼ぶだけで警戒するのは無課金の証拠だ。

 

「……おい、スリープ! 奴らはなんだ」

「無課金兵団でしょ。ノーマネーボトムズなんて聞いたことないし。見た感じ彼等があんたの言ってた敵対勢力なんじゃないの?」

「うっわ。相変わらずの情報収集力。なあ、君。俺と手を結ばないかい?」

 

 ハンチング帽の男がヘラヘラと笑う。あっちも情報を欲しがっている様子だな。こっちとしては相手を引かせればそれでいいのだが。

 

「答えはいいえだね。俺は個人レギオンだよ」

「あ、やっぱり? んじゃあ見逃してくれないかなぁ」

「…………」

 

 そこで俺はウィードを一目見て笑った。

 

「二進化ウィード、スキル構成はチャージ、グランドメイル、激震……無課金プレイヤーだから、ウォールかな。後二つはなんだろうなぁ。まあ普通の構成だろうねぇ。君さ、無課金でしょ? 色々調べたいことあったんだよね」

「……『コール』! 引くよ。こりゃまずい。行け、ローコス」

 

 男が従魔を召喚する。出てきたのは両腕が翼になっているピンク色の半鳥半人。ハーピーだろう。一瞬すぎて分からなかった。

 

 ローコスと呼ばれたのはハーピーではなかった。ローブの男が連れていた十を超える化け物の方だった。ハンチング帽の男の声によって枷が無くなったようにこちらへ突っ込んで来た。

 

「ウィード! 動け『シェイプシフト』!」

「……っ! グルルルル……アアアアア!!」

 

 男を引かせる事には成功した。どうにも対戦経験がありそうな相手だ。どうせ俺の新メタ作ろうとしていた時の実験台にでもされたのだろう。必要以上に警戒してくれていて助かった。

 

 しかし、警戒され具合がやばい。化け物の物量で引き止めてくるのは俺の方が危機に陥る事になった。さっき召喚したハーピーも速度特化個体なのだろう。今頃全力で逃げているはずだ。

 龍の姿に戻ったウィードが俺に向かってくる化け物達を受け止め、殴り飛ばす。しかし、多勢に無勢だ。ウィード単騎だとこのままでは抜かれる。手数が足りない。ウィードのサイズが大きくなった分的も広がっているのだ。

 

「あー、くそ。こりゃ無理だ。手に負えないぞ」

「スリープさん、大丈夫っすか!」

「エー君行って! 『ダークネスブレード』」

 

 ナイスタイミングだ。開けた穴から樹少年と柊菜が降りてきた。増援としては心許ないが、それでも物量で押し潰される時間は引き伸ばされるだろう。

 数が多過ぎる。ウィードもステータスでこそ勝っているが、流石にこの数相手では倒しきるのは難しいだろう。

 俺達に化け物が向かってくるのを殴り飛ばして防ぐので精一杯だ。エンドロッカスも未凸のままじゃ補助にしかならない。

 前衛火力ばっかりの癖に本気で大したことないの辛い。ステータスでもウィードが一番強いし。範囲攻撃力が欲しい。

 

「これ戦況が辛くなる前に引くぞ! 柊菜、チェリーで徐々に下がっていけ!」

「でもっ! ここの人達はどうするんですか!」

「知らん! 殺せ! 助けられるとでも思ってんのか!」

 

 人命救助とか余裕がある奴だけがやるもんだよ。今足元で転がっている女とトラスくらいしかすぐに脱出出来るやつはいないんだ。

 勇者なら生き延びるだろう。ミラージュも問題ない。樹少年達が倒してきたゴロツキ達とパーティーの招待客はどうなるか分からないが。

 

「っこのクズ! 強い従魔を持っているんだからそれ相応の振る舞いくらいしたらどうなんですか!」

「自分第一に決まったんだろ!? 召喚士が死ねば従魔は使えなくなるんだよ! 君らの従魔に俺を守らせて無い分こっちにも自由な戦力なんてないんだよ!」

「けけけ、喧嘩してる場合じゃないっすよぉ!」

「ああもう、エー君数秒だけスリープさん守って!」

 

 エンドロッカスがウィードよりも一歩前に出た。瞬間に化け物達はエンドロッカスを狙って攻撃し始める。

 

「ウィード! 階段落とせ!」

「グルオオオ!」

 

 ウィードが数秒集中し、大地を操る事で階段を崩壊させた。こうすれば脳なしの化け物だから下手に存在を示さなければ二階へは行かないだろう。

 

 そして、その数秒でエンドロッカスが完全に下がった。ウィード単体で俺達を守り始める。先程の階段崩落と同時に背後を壁にして一方向だけの防御に集中できるようにしたようだ。逃げられなくもなったが。

 

「エー君『リコール』。樹君はウィードちゃんの回復に集中して!」

「なによ、なんの騒ぎよ! どうしてアンタ達がそこにいるのよ!」

「援護するわ!」

 

 音を聞いたのか、勇者まで入ってきた。里香のゴーレムは壁としても役に立つ。非常に助かる。

 

「アヤナ、そこの足でまといを二階に引き上げて」

「なっ!? 確かに私は何も出来てないが……」

「いるだけ邪魔だよ」

 

 悔しそうに俯いたまま、アヤナに抱えられて女が上へ登って行った。俺達も二階に逃げたい。

 

「とりあえず今日のパーティーは失敗ね。私達も目を付けられたと思うわ。これが終わったらアンタ達も一緒に王国まで来なさいよ。日本に帰りたいってんなら調べてあげるし」

「……そうですね。これが、どうにかなったらですけど。お願いします」

「えぇ……すっごいのんきっすね。俺ちょっと漏らしたんですけど」

 

 一旦硬直状態にまで持ち直したので、僅かながら一息つけそうだ。ウィードとゴーレムには悪いが、現状を打開するための作戦会議くらいさせてほしい。

 

「戻ったわ」

「アヤナ。これどうしよっか?」

「私達が手こずった相手がかなりの数いますよね。エー君は戦闘不能。チェリーは予備戦力。ゴーレムは回復出来ないからこのままじゃジリ貧になる……」

「お、俺も剣持ってるけどあの群れの中には飛び込みたくないっす」

 

 樹少年を生贄にするのは最終手段だろう。きっと。

 と、各々が適当な事を言っている状況の中、一際大きな衝撃と共に俺達の正面の壁が吹っ飛んだ。

 そこから覗くのは白亜の石像。随所に黄金を飾り付けたヒーロー。アラバスターゴールドだ。

 俺が抱き抱えていたトラスがどことなくドヤ顔風の無表情をしている。非常に誇らしそうだ。

 

「いいね。最高だ」

 

 頭を撫でる。少し強めに抱きしめた。将来有望な幼女は大好きだぜ。

 後はあそこまで一気に突破するだけだ。

 

「何をしているのかしラ?」

 

 声がした。見ると、二階ではなく一階からミラージュが現れた。

 

「階段を落として、こちらのアジトへ行けなくしたつもリ? 見た感じ、その化け物に考える脳なんてなさそうネ。仲間割れかしラ?」

「そういう場合じゃないって! た、助けて下さいよ!」

「まあ、そうネ。そこまで怪しい情報なんて入ってこなかったし、君達は関係ないわよネ。でもまあ、こっちも色々迷惑かけられているし、落とし前つけて欲しいのよネ」

 

 そこまで言うと、ミラージュは指を鳴らした。

 半透明の結晶が中央に組み込まれた関節の無い人型がいる。俺は即座に撤退を決断した。

 アレだ。アレこそがミラージュの切り札だ。ウィードでは敵わない強力な存在。

 従魔ではない。一応リミテッドキャラではあるが、ミラージュの従魔では無く、チェリーと同じこの世界で作られた存在である。

 

「ー・ ーーー・ー ー・ーー ・ー・ーー」

「行きなさい。セイントシステム」

「・ー ー・ー・・ ー・ ・・・ー ・ー・ ・ー」

 

 セイントシステムと呼ばれた人型が動き出す。光の杖を掲げ、無数の槍を生み出す。

 打ち出された槍に次々と貫かれる化け物達。僅かに薄くなった攻勢を見て、一気に駆け出た。

 

「スリープさん!? 何してるんすか!」

「ヴエルノーズから出ろ! 外で合流するぞ。新緑の森に行け! チェリー、受け取れ!」

 

 トラスを放り投げる。チェリーミートが受け止めるのを確認したのを見届けてセイントシステムへ殴り掛かる。

 

「ウィード!」

 

 姿勢をそのままに俺へ注意を向けたセイントシステムへウィードをぶつける。化け物共は知らん。勇者アヤナがいるなら問題ないだろう。

 

 ウィードの跳躍撃を喰らってもノックバックしないセイントシステムへ迫る。奴の戦闘能力は魔法特化なのを知っているのだ。まあ、人間にとっては脅威なのだが。

 

「ーー・ーー ーー・・ ・・ ・ー・ ・ー」

「お前はいつか俺が手に入れる。絶対だ」

 

 僅かに中央の結晶へ触れる。心を全力で閉ざす。思うのは強さ。自らの根源。確固たる暴力への信念。

 

 この結晶はかなり危険なものだ。どういう仕組みかは知らないが、とにかく危険である。

 

「抜けました! スリープさんも逃げてください!」

「ちょっと待って! スリープさん。その人倒さないで!」

 

 勇者アヤナが言ってきた。流石にゲームキャラはこいつの言葉も分かるらしい。

 

「モールス信号よ! 絶対に倒さないで!」

「倒さないよ。これは優秀なんだ。魔法に関してトップクラスの実力があるんだ」

 

 リミテッドキャラにして星七クラスである。特化した魔法能力に上位互換こそ数あれど、彼女の属性は貴重である。絶対欲しい。

 

「それじゃあ、逃げさせて貰うよ」

「逃げられると思ってるノ?」

 

 ミラージュの言葉に答えず、ウィードへスキルを命令する。

 

「跳躍撃」

 

 頭上へ飛び上がったウィードが地面を砕く。

 二階から一階へ落ちるのとは違う巨大な空洞。生身で落ちれば命は無いと思える地下空間。

 

 本日二度目の足元が崩れる感覚を味わいながら、暗く深い穴へと落ちていった。



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28話 合流

 落ちる、落ちる。飛び降り自殺は数十メートルを数秒で落ちるが、その間に後悔やら走馬灯でも見ると聞く。

 俺はどうやらそういったものを見ないらしい。それは自殺の為の落下ではないからか。それとも、そういった事が起きない性質なのか。

 

「お疲れ様、ウィード『リコール』……またすぐに呼ぶけどね」

「フン……気にせずに頼れ。そして私を偽物よりも強くしろ」

 

 戦闘が終わりシェイプシフトを解除したウィードが空気にとけて消える。下がどこまであるのか不明なのでさっさと次の従魔を召喚することにした。

 

「『コール』シルク。羽根を広げて」

 

 シルクを呼び出し全力で滑空させる。元々自重で飛べない虫だが、羽根はあるのだ。空気抵抗を生み出すことくらい出来るだろう。

 気持ち少しだけ速度の緩くなった落下で、下が明るい光を見せていた。電気の光であり、コンクリートにも似たような足場にが広がっている。

 

「シルク『シルバーウィンド』」

 

 シルクがレベルカンストした際に覚えた、虫が持つ風属性スキルを発動させる。鱗粉を纏い、光の反射以上にキラキラと輝くエフェクトを発生させながら、強烈な風が生まれる。地面にぶつかった風が俺らを押し上げるように一度ふわりと浮いて、無事着地に成功した。

 

 地下社会。ミラージュの本拠地である。ここには犯罪者と召喚士くらいしか居ない危険な場所だ。サブクエストで来るのだが、攻略するには星五の従魔が四から六体ほど必要になる。もちろん完凸レベルマだ。

 現在のウィードでは勝ち目が無いのでさっさと離れる事にする。それでも、いずれこの場所に戻ってくるであろう。俺は敗北を敗北のままで済ませるほど弱者でいるつもりは無いのだ。

 

「忘れないよ。俺が受けた屈辱は。この街の最高戦力をいただく事で返させてもらう」

 

 ウィードを呼び出す。幼女姿のまま、どこか疲れた様子のウィードにもう少し頑張ってもらう必要があるのだ。適当な壁にウィードが手を触れると、土が自然と蠢き穴を作り出した。

 これを登っていけば、いつかは地上へと出られるだろう。大地の化身たる龍種のウィードなら、魔法が得意でないと言ってもこれくらいの事は出来るのだ。

 育てばウィードじゃ使いにくいスキル【地殻変動】を覚えるくらいなのだから。

 

「というかですよ。シルクさんですら私よりも活躍しているのが気に入らないのです。私がいればあのような化け物の一人や二人呪い殺してさしあげましたもの」

「代わりに近くの人間も死ぬよねそれ」

「もう……あるじ様はいじわるです。早く人の居ない土地へ行きましょう?」

 

 ウィードを背負い後ろで組んだ腕を外すようにノーソが袖を引っ張る。くいくいといった引き方だが、かなり力が込められているらしく、油断したら腕が外れてウィードが落っこちそうだ。

 ちなみに現在ウィードを背負っているのは、歩きながら大地を動かすよりもじっと集中した方が疲れないからである。

 

「血を飲ませるような危なっかしいドラゴンよりも私の方が役に立てますよ? 殿方はおぼこが好きでしょう? 神だって好きなんですから。捧げられた身なれど、私の身体は綺麗なままです。どうせ粘膜から溶解液でも出そうだとか思ってたんですよ」

「急に卑屈になったね」

「性に興味深々だった子供の頃の婚約者が言ってたんです」

 

 面倒くさい女である。俺はため息をついた。

 こういう時でもないとノーソとは滅多に話すことも出すことも出来ないからと、コールしてみれば、延々と愚痴のような何かを聞かされている。とはいえここで喚び出したノーソへ文句は言わない。この調子だと陰湿に恨まれそうだから。

 

「私だって処女だ」

「野生においてそれは魅力的ではない事の証明ではなくて?」

「……そもそも龍は滅多に番など作らないし、私は大人じゃなかったし」

「子供は寝てなさいな。私は大人の話をしているのです」

 

 イズムパラフィリアに出てくる従魔となった元人間の女は割と似たりよったりなので、これにもさっさと慣れるべきなのだろう。二人にして姦しい騒ぎを無視してウィードを背負い直す。

 俺が女だったらここにガッツリ混ざってやろう。性転換出来る従魔を引くまで二人で騒いでいやがれ。俺はギャルとメンヘラが出来る男だ。

 

「……そろそろ外に出るぞ」

「おう。ありがとねウィード」

「ぐるる……」

「……」

「話し相手になってくれてありがとなノーソ」

 

 ウィードの喉を撫でると、若干嬉しそうに鳴いてくれた。好感度の高まりを感じる。

 じっとこちらを見つめていたノーソにも手を伸ばして頭を撫でる。カサカサだぜ。

 

「次は戦いに出してくださいよ」

「うーん……次はもしかしたら出れるかもだけど、どうだろう」

 

 東へ行くのなら多分魔道学院編が始まるだろう。ダンジョンコンテンツがあるので、もしかしたらそこでノーソを使うかもしれない。

 頭に乗せた手を取り固くひび割れた頬へそっと当ててきた。頬擦りすると引っかかるのを知っているのだろう。少しだけ悲しそうな顔をしながら、微かに微笑んでいるノーソと視線が合う。

 

「じゃ、お疲れ様でした。『リコール』」

「今ひろいんむーぶしてたじゃないですかぁぁ……」

 

 怪しいと思ったんだよ! 俺は好感度が足りてなさそうな従魔がどのようなものなのかよーく知っている。

 逆に高過ぎるとヤバそうなのもいるが、好感度が足りないとこっちを籠絡して上手い具合に操ろうとしてくる従魔もいる。魔女とかはその傾向が強い。

 姫キャラ召喚して貢がされる訳にはいかないのだ。

 多分どのように接すればいいのかわからずに戸惑っているのであろうノーソには、軽く扱って気安く接するのが良いだろう。

 

「お、光が見えてきた」

 

 薄くなった地面が光を透かす。ウィードが最後に手を一振りした事で、完全に穴が貫通した。

 

「うおおお!? 穴が開いた!」

「えぇ!? ここそんな従魔いたかしら?」

「地面からの襲撃なんてゴルの召喚でぺちゃんこにしてやるわ!」

「……みんな待って! 人だよ!」

 

 ひょこりと顔を出すと、ビビり散らしている樹少年がやや遠くに、そしてスカート女子高生達が近くにいた。

 眼福だぜ。

 

「す、スリープさん! 生きてたんすか!」

「勝手に殺さないでよ。トラス、引っ張るのはいいけど俺の耳掴むだけじゃあ千切れると思わんかね?」

 

 駆け寄ってきたトラスが俺の身体を引っこ抜こうと耳を掴み持ち上げた。必死に引っ張っているが、痛いだけである。というか邪魔だ。お前で全部見えなくなったわ。

 

「ウィード」

 

 背負ったウィードへ声をかけると、足場の地面が持ち上がり、ズモモモと音を立てて俺が湧き上がった。

 遠い目をして柊菜が呟いた。

 

「泉に斧落とした女神の登場みたいな感じ……」

「思ったよりも綺麗ね。穴掘るにしても結構早いし」

 

 勇者アヤナが俺の格好を見て首を傾げた。背負ったウィードをぽんと叩いて見せた。

 

「これ大地の権能たるドラゴン」

「……もぐら?」

「なっ!? 貴様、勇者だかなんだか知らないが不敬だぞ! 大地の化身を土竜扱いだと!?」

 

 疲れきったウィードでも流石に土竜呼ばわりは許せなかったらしい。俺の背から降りてアヤナに掴みかかった。

 

「なんにせよ無事で良かったっす。俺らもあの後すぐに街を出ました。新緑の森に着いたらこんな荒地見つけたんですけど、トラスちゃんがずっとここに居たがってたんです」

「そりゃあここがトラスの召喚した場所だからね」

「あのでっかい石像っすね。マジでかっけえわ」

 

 物言わず佇むアラバスターゴールドを樹少年が見上げる。少し見つめていると、ニッと笑ったアラバスターゴールドがサムズアップした。

 

「なんかアメリカン風……」

「そうか。樹少年も善人だからな。相性いいのか」

 

 意外な好感度の高さを見せつけられた。俺アイツと初対面で殴りかかられたんだけど。

 

「あっ! どうせアンタ達もう街に戻れないでしょ? 私達のところに来なさいよ!」

「あ、王都の話……でしたっけ」

「そうそう。どうせ明日っていうか、もう今日にでも出るつもりだったし、ちょうどいいでしょ?」

「えっと……私は大丈夫です。二人はどう?」

「俺もバッチリ! もちろんスリープさんも来ますよね!」

 

 何故か俺にはグイグイ来る樹少年だ。もちろんついて行くが。

 頷くと、里香は、すっかり日の登った空を見上げて目を痛そうに閉じた。

 

「もうこんな時間ね。だけど野宿なんてしたくない! さっさと次の中継地点まで行くわよ! 着いてきなさい!」

「ちょっと里香! 走らないの!」

「うひぃ……二人とも元気過ぎぃ! 俺もう寝たいんですけどー!」

「ふふっ……。ほら、樹君。がんばろ?」

 

 若者たちがどんどん先へ進んで行く。

 アヤナへ襲いかかったウィードがヘロヘロになって俺の元まで来た。その手をトラスが握る。

 

「グル? おい、引っ張るな! 私は寝るんだよ!」

「……! ……!」

「トラスの足じゃ間に合わないでしょ。ほら、ウィードも乗りなよ」

 

 トラスを抱き上げ、ウィードを肩車する。アラバスターゴールドは多分置いていくのだろう。どうせ呼べばすぐに来るだろうし。

 

「『コール』シルク。トラスの遊び相手でもしときなよ」

 

 シルクを喚び出し、トラスへ押し付ける。そうして、俺は皆の後を追いかけて歩き出した。

 

 いつかヴエルノーズには戻ってくるだろう。ようやくゲームでの一章も完全に終わり、次の場所へ行ける。

 

「次かぁ……。魔法使いだよなぁ」

 

 最寄りの街ならば魔導都市だろう。サスペンスと夜の街。ダンジョンとダークファンタジー。ここよりも犯罪っぽさは無いが、この世界に生きる人間の仕組みや役割を知るだろう。

 

 魔法使い。人間で最も従魔に近い力を持ち、操る存在。魔女の系譜の近縁種。

 俺達に足りていない遠距離火力を入手出来る場所である。新たな従魔と石を目指して、俺は足を急がせた。

 

 

・・・・・

 

 最初の記憶は、一組の動物だった。

 絡み合う肉。水の音が混ざり、柔らかいぶつかる音と混ざって聞こえる甘えるような媚びた声。

 それがなんなのかは分からなかったが、とにかく嫌なものだと思った。

 少女のオヤというご飯を与えてくれる大人は、一日に僅かな水やパン切れを与えてきた。彼女は最初から乳を吸ったことなどなく、ただ生き延びる為に生まれたての弱い身体が全力で適応をしていった。

 嫌な記憶以外の事はなんでもやった。盗み、詐欺、ゴミ漁り、死体から剥ぎ取り売りに出した。自分よりも弱い奴がいても、なんでか暴力だけは振るわなかった。あの肉のぶつかる音と感触、流れた血の水が嫌いだった。

 ある時から、少女のオヤは少女に見向きもしなくなった。少しばかりくれたご飯もまた無くなった。

 何かの粒だけを食べるようになった。アレを食べると、オヤの声が一段階高く大きくなり、ボロボロで細い身体でもまるで健康な人のように跳ね回っていた。

 

 そんなある時、オヤに連れられて、少女は小さな小屋に入った。

 何となく、最初に見た記憶にも似た場所だと思った。同時に、自分は恐らくここでオヤと同じ事でもすることになるだろうと悟っていた。

 しかし、そんなことはなく、激昂した男が女を殴り殺していた。その瞳には、少女のオヤと同じ粒を食べる人間と同じ色をしていた。

 少女は怯えた。いつか見た最初の記憶とは別の現象だった。だが、似たような光景が広がっていた。

 違いがあるとすれば、女の周囲にある水の色が、白ではなく赤であることくらいだろうか。

 

 少女は赤が嫌いだった。白も嫌いだが、赤はより苦しそうな声がするし、痛いのだ。

 自分も今からあんな目に会うのだろうか。そう思っていた時に、少女のいた小屋の扉が開いた。

 

 そこに居たのは、ヒーローだった。強くて格好よくて、圧倒的な暴力。自分の思い通りにできる力。

 それからは、少女はそのヒーローについて行った。彼は意地悪だけど、少女になるべく優しくしてくれたし、オヤと同じ、それ以上の事をしてくれる。

 

 ある日、ヒーローは少女のオヤを土に埋めた。彼女が拾われ、捨てられたくないが為に召喚した日の事だった。

 

「あんたの娘は貰うよ。名前はトラスって決めたんだ」

 

 オヤを埋めた地面に手を合わせて、ヒーローは目を瞑っていた。何故だか、少女はその姿に強烈な感情を抱いた。

 この人になら、白くされてもいいだろう。

 

 それからは、毎日が刺激的で楽しかった。偶に出会うオヤ以上に汚い女性が虐めてくるが、それもまた楽しいものだと感じた。

 

「ううっ……光が眩しい」

「ガキ相手に本気出すなよ……。ほら、戻れ『リコール』」

 

 ヒーローは少女を抱き上げて首を傾げた。

 

「しっかし、現地の人間は凄いな。僅かでも病気に耐性を持つくらいに身体が丈夫だとは……」

 

 最近ふっくらとしてきた頬をヒーローがつつく。くすぐったくて少女は身を捩った。

 

 今は言葉も覚えて、少女は世界を知った。彼女には夢がある。目の前にいる自分を助けてくれたヒーローへ伝えたい言葉があるのだ。

 

「お父さん」と。




 これにて二章は終了です。次回更新はまたストックを貯めないといけないので、一週間後になります。例によって本編とは関係ない閑話が入ります。
 なお、一週間で十分な書き溜めが出来るとは思っていないので、二回くらい閑話更新すると思います。


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閑話 風俗へ行こう!

今回はガッツリ犯罪行為描写が入っております。また、閑話ということでギャグ路線多めに加えて、淫夢要素を一部取り入れています。基本的に重要な伏線や、読まないと話が通じなくなるといった話では無いので、嫌な方も大丈夫だという方も、読了後に感想と評価を入れてください(乞食)


「風俗に行きたい?」

 

 時刻は夜。深夜にも近い人が休みに入る時間。日課の検証活動を終えて俺もいざ宿屋で寝ようとしていた時に、ドアが叩かれた。

 待っていたのは気まずそうな表情の樹少年だった。近くにピクシーを召喚していない辺り、リコールさせているのだろう。

 そんな樹少年から受けた悩み相談こそが、風俗に行きたいということだった。勝手に行ってくれ。

 

「スリープさん今日言ってたじゃないですか! 娼婦と羅生門してきたって」

「そうは言ってないよね?」

 

 羅生門は隠語じゃないだろ。第一アレは老婆相手にやることだったはずだ。娼婦も何も関係ないじゃないか。

 

「いやぁ……俺の友達とかは出会い系アプリとか使ってそういう事もしてたんスけど、俺は嫌だったから経験とかないし……。スリープさん遊んでそうだからそういう手解き出来ますよね? お願いします!」

「シーちゃんに頼みなよ」

「いや、入らないでしょ……。何よりあんな無邪気な女の子にそんなこと頼めないし……」

 

 純情だなぁ。オナホ妖精というジャンルを知らないようだ。腹ボコ系には興味無かったんだろうな。

 俺は元々地球人の女性に対してそこまでしたいと思わなかったので、その手の事は己の手で済ませてきた童貞なのだが……。

 まあ、この世界の地球とは比べ物にならない美女美少女を見ていると、商売での経験というのも一度位はあってもいいと思えてくるものだ。無防備なピクシーを相手に樹少年なども悶々とさせられているのだろう。

 

「柊菜やチェリーは?」

「そんなこと頼んだらパーティー解散っすよ。新田さんとか特に潔癖っぽいじゃないですか」

「世間体を考えてもあるだろうけど、そういう過去でもあるんだろうかね」

 

 柊菜という少女はある程度俺とも似通った思考判断基準がある。それに照らし合わせて見るなら、俺とウィードにとった嫌悪感も、普通は黙って距離を置くと考えるはずだ。彼女も俺と同じように時間か何かで価値判断をしているだろうし。

 それができない辺りに、彼女の琴線か何かがあるんだろう。今日初めて拾ってきたトラスを受け入れようとする所とかに。

 

 チェリーの件と合わせて考えるなら、幼少期に誘拐でもされたんじゃないかな。ブラフもあるかも知れないが。

 

「何より俺、そろそろ禁欲生活続きで間違いを起こしそうなんですよ……。部屋で自己処理っつっても臭いがあるでしょ? ちょっとだけ! 先っちょだけで良いから!」

「嫌よ! そう言って流されるような軽い女じゃないんだからっ!」

 

 真面目に話すのは恥ずかしいのだろう。茶化してくるのでそれに合わせると、樹少年は少しだけ言いたいことを我慢するような顔をしてから口を開いた。

 

「前々から思ってましたけど、ネカマ経験でもあります?」

「あるよ。フルダイブVRとかは女の子キャラ使うし」

 

 理想の女の子作って演じるのめっちゃ楽しいんだよなぁ。リアルに居ないからこそ自分で満たすのがいいのよ。

 今のご時世、VRゲームでの女の子キャラは中身は男だと知れ渡っている。女性キャラを使う女など、姫プ狙いが多いし、可愛くなどないのだ。それでもリアル女に惹かれる男は絶えないが。まあ、基本的には男同士で需要と供給は満たせているのがVRMMOの現状だ。

 俺は基本的に無口キャラかギャルっぽい感じかメンヘラ系のキャラが多い。完全な理想を追求すると、ガチになってしまい妥協を許せなくなるので、基本的に少し外した感じにするのがネカマのコツだ。

 言うなれば、少し雑に扱ってもいい女の子を用意するのだ。

 

「うわぁ……ガチ勢じゃないっすか。姫経験あるでしょ?」

「無いなぁ。貢がれはするけど基本的に情報を扱うのがゲームだから役に立ててたはずだし、姫とまでは言われないはず……」

「って、ちゃうわ! 今それどころじゃないでしょ! 娼婦の娘さんがあんな美少女なら母親も結構いい感じでしょ? 基本的にここってそういう人が多いから、出来るならそこで童貞卒業したいんすよ……!」

「必死だね」

「そりゃ必死になるって! 最低でもアイドルクラスがそこら辺の道を歩いているんだから!」

 

 性に戸惑う若者は凄いなぁ。かく言う俺もあと四年若かったら全力でチートハーレム狙いに行ってたと思う。まずは奴隷から始めましょう。

 

「そもそもさぁ……。樹少年に質問があるんだけど」

「じゃあまず、年齢を教えてくれるかな?」

「十七歳です」

「十七歳? もう働いてるの? じゃ」

「学生です」

「学生? あっ……(察し)ふ~ん……え、身長、体重はどれぐらいあんの?」

「えー、身長が175cmで、体重が64kgです」

「64kg。今なんかやってんの? なんかすごいガッチリしてるよね」

「剣道やってましたし、トレーニングも……やってます」

 

 樹少年まだ十八歳以下だし高校生なんだけど……風俗利用出来ないだろうに。

 まあ、地球でも日本でもないしいいのか? いいか。

 

「というか、俺もそういった経験無いし、場所も区域でしか知らないけど」

「大丈夫ですよ! 二人で渡れば怖くない赤信号。とかいう奴と同じですって。行きましょう! あ、ウィードちゃん出さないでくださいよ。シルクって従魔だけにしといてください」

 

 結構強引に樹少年に引っ張られて、南区へと戻ることになった。

 

 

「──くっさぁ!?」

 

 南区へ到着した瞬間に樹少年が叫んだ。

 

「え、待ってください。くっさ。なにこれ。え、わけわかんない」

 

 あまりの匂いに語彙力無くした女子高生みたいな事を言い始めた樹少年にため息をついた。

 

「帰る?」

「……か、帰りません」

 

 まあ、俺も顔を顰めるほどにここは臭いので、性で頭がいっぱいの樹少年ですら帰ることを考慮するほどだ。死体遺棄の腐った臭いに、ゴミの臭い。海の磯臭さに加えて、それを誤魔化すように混ざる饐えた性の臭いがより一層悪影響を及ぼしている。

 

「大丈夫っす……部屋の中ならきっと臭くないでしょ」

「これだけ酷けりゃ数分で慣れるよ」

 

 ちなみに、嗅覚の神経とは、唯一回復する神経細胞である。と聞いた事がある。視覚、触覚、味覚、聴覚は一度死んでしまうと戻らないが、嗅覚だけは死んでも再生するのだとか。

 イズムパラフィリアでは肉体の再生は割りと頻繁に行われるので、目が見えなかろうが、四肢が無かろうが、大抵は回復出来る。

 

「で、だ。この後どうすんの?」

「えっ? 店とか無いんですか?」

 

 あるかも知れないが、俺がここで見つけたのは薬屋である。道歩くこの世界産の女性キャラとは思えない娼婦に道案内を頼んだだけなのだ。

 上空からの見取り図と、一部背景くらいならゲーム時代からの記憶があるが、それ以外では、ほぼ無知と言ってもいいレベルだ。

 

「あるとは思うけど……高いんじゃないかなぁ」

「やっぱり奴隷美少女買うべきっすかね?」

「あら? あの時のお兄さんじゃない」

 

 樹少年とまごついていると、女性が近付き声をかけてきた。膨れた顔と下っ腹の出た熟女。つまりあの時の娼婦である。

 

「やあ。無事だったようで」

「それは私の言葉よ。なに? またお仕事?」

「いや。男二人で来りゃちょっとイイコトしたくもなるもんさ。そういう付き合い」

「いいわね。男同士で堂々と見せつけるの?」

 

 言い方が悪かったようで、どうにも俺と樹少年がそういう仲だと思われてしまった。

 

「えっ……」

 

 サッと尻を押さえる樹少年。俺は弁明のために両手を上げた。

 

「間違えた。娼婦と遊びに来たんだよ」

「ふふふっ。今度こそ私の出番ね」

「えっ!?」

 

 同じセリフだが、樹少年が全力で嫌がった。男とやるよりもブスとやる方が嫌なのか?

 

「残念ながら、私は春を売ってないの。ここ南区の少し大きめな娼館のママをしてるのよ。着いてらっしゃい」

 

 そう言われ安心した樹少年と女の後をついて行く。今度は分かりやすい道案内で、かなり大きめな建物に着いた。

 中へ入ると、酒場とでも言えそうな雰囲気の店だった。胸の大きな若い女の子達が給仕をしており、男達が酒を注文している。

 

「おほー……」

 

 樹少年の鼻の下が伸びる。俺としてはあまり好みではない。アレならまだ従魔の方が可愛いし、なんなら柊菜の方がまだいいと思う。

 

「こっち」

「おかえりなさいママ。あら? 男の人を連れてくるなんて珍しいね。お偉いさん?」

 

 二階へと連れていかれると、そこは薄明かりの廊下があり、女の子がほぼ全裸と言わんばかりの服装で歩いていた。こちらに気付いて興味深々で見てくる。

 

「そういや、指名とかそういうもんなの?」

「うーん。高級娼館でもないけど、初回はこっちで用意するのが通常なんだけど、誰か良い子でもいたの?」

「天使とかいる?」

「……ここは亜人の店じゃないわ。ごめんなさいね」

 

 俺としてはその答えの時点で終了だ。女将だかママだか知らんが、彼女にはいつも通りで良いよ。と答えた。

 

「お、おおおお俺は…………」

「一番肝心などういう系統が好きなのか聞いて無かったね。そういや」

 

 童貞卒業にもシチュエーションとかあるかもしれない。もしかしたらこれは失敗だっただろうか。

 ガッチガチに緊張した樹少年を見るや、近くにいた娼婦の子が寄ってきた。かわいーだのなんだのと揉まれている。

 

「…………それなりに良さげな子でも選びなよ」

「じゃあ先にお兄さんの方から部屋に案内するわ。ちなみに椅子とソファーとベッドの部屋があるけれど、どれがいい?」

「ソファーで」

 

 楽に座りながら適当に会話でもして時間を潰すか。

 

 通された部屋は、三階にあり、立地的にも高い場所にあるのか、海が見えた。天高くに月があり、橋の下にでもあるだろう浮浪者の焚き火等は一切見えない青白い空間があった。明かりもつけないまま部屋に入り、ソファーに座り込む。正面からは海の見える窓。

 カチリ、と鍵がかけられる音がする。見ると、ノーソが後ろ手で鍵を閉めていた。

 

「月が綺麗ですね」

「死んでもいいわってか?」

 

 生憎とそれは俺の口説き文句では無い。I love you(愛している)の日本語訳として有名であるが、その言葉はそれを翻訳した作家の言葉であり、俺にとっての愛しているでは無い。まあ、意味は分かるのだが。

 

「俺なら告白する時にはもっと自分の言葉を送りたいね」

「例えば、どんな言葉ですか?」

 

 俺にとっての言葉か。

 

「俺なら、お前の神様になりたいとかそんな感じじゃないかなぁ。パッと思い付いた言葉でならね」

「傲慢だこと」

 

 くすくすとノーソが笑う。今気付いたが、どうやって出てきたこいつ。

 

「私、ずっと一人だったんですよ。生前は村で一番偉い所の一人娘でしたし、従魔になった後は、こんな身体ですから。誰かが呼んでくれても、使ってはくれなかったです」

 

 ノーソは窓辺に寄り、月を見上げた。青白く映る彼女の肌は、普段の病魔の斑点を消して、本来の少女の顔を暴いた。

 

「あなただけです。あなただけが私に触れてくれた」

 

 そっと、恐る恐る俺の指先にノーソが手を伸ばす。触れたかどうか分からない位の距離で、彼女の手がサッと引かれた。

 

「私のマスター。私を使う人。病魔に冒された呪いの身体を恐れない人」

 

 肩も腕も触れない距離で、彼女はソファーに座った。あまりにも軽い体重は、ほんの僅かにソファーを沈ませるだけで、俺の方の沈みに体が傾いた。

 両手で触れないように支えた体を引き寄せる。やはり接触感染はしないらしい。謎だ。

 

「あたたかい……」

「……」

 

 これを期に、色々聞きたい事やら何やらがあるのだが、流石にそれは野暮だというものだ。

 窓辺の月が沈むまで、俺達は並んで座っていた。

 

 

 

 

「ゆうべはおたのしみでしたね」

 

 早朝。結局俺の元へ娼婦は来ず、そのままノーソとソファーで寝落ちした。部屋を出て一階へ降りると、丁度キリッとした男の表情を浮かべる樹少年と出会った。

 

「スリープさん……」

「なんだよ」

 

 これで俺も部屋代位は出さなきゃいけないのが非常に不愉快である。その手のお店なのでかなりお高かった。女の子とどうこうしなかったというのに。

 

「めっちゃ良かったっす……! 次も行きましょうね」

「ああ……うん。そうだね」

 

 喜び全開で感動にうち震える樹少年へ適当に返事を返す。これでまた来た所で俺は何もしないだろう。

 まあ、彼も結構苦労をしているのだし、この程度の付き合いくらいなら月一レベルでなら付き合ってもいいかと、心に決めたのだった。

 

 ……二ヶ月に一回、半年に一回でいいかな。




次回更新も閑話です……。そして一週間ほどお時間いただきます。おまたせして大変申し訳ございません。


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閑話 なぜなに従魔講座

???「進捗どうや?」
自分「終わってません……」

 流石にこれ以上閑話は入れられないので、また一週間後から隔日か三日に一話更新で次章に入ります。
 遅れている理由は一人暮らし始めたのとシルフェイド学園物語にどハマりしたせいです。

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ピクシーの使用スキル属性『雷』→『風』
2020/6/28(日)


 トラスが従魔を召喚したその晩。俺は宿屋にある一階の食事場の一角を占領して、紙を掲げた。

 

「いいか、トラス。これをよーく覚えるんだ。基本情報だから、まずはこれを完全に理解しろ。暗記する必要はない。理解すれば自然と覚えているからだ」

 

 従魔における基礎的な属性早見表を渡して語りかけると、トラスは首を傾げながらも嫌そうな顔をした。

 

「最低限の知識なんだ。やっていれば覚えるかもしれないが、事前知識を持っておくのもいいだろう? バージョン一から二の間における星五までの属性なんだ。これでも簡単なんだよ」

「ん……あれ? スリープさん。何をやってるんですか?」

 

 トラスへ勉強を教えていると、今日の仕事を終えた柊菜達が顔を見せた。樹少年は、つい昨日の夜にアレコレやった仲なので、どことなく気まずい。それでいて垣根が無くなったかのようだ。

 樹少年が少し照れた様子で頭を掻き微笑んだ。胸の前で小さく手を振っている。付き合っている事を隠しているヒロインみたいなムーブすんな。

 

「トラスに対して従魔の属性を教えてるんだよ」

「……俺聞いた事ないんですけど」

「聞かれてないし」

「えっと、スリープさん。私達も教えてもらうことって出来ますか?」

「ん? 別にいいよ」

 

 積極的にイズムパラフィリアについて知っていこうとするのなら是非もない。俺だってしっかり教える所存である。

 最優先はトラスなので、しっかりとトラスを基準に教えるが。こいつにはまず概念から知る必要があったのだが、そこは既にクリアしている。むしろトラスがそこで疲れてしまったのだが。

 

「まず、イズムパラフィリアにはいくつかの要素がある。ゲームに関わってくるものもあるけど、そこら辺の前置きは全部放っておくよ。長くなるからね」

「そこ重要じゃないですかね?」

 

 基礎編だからこれ。

 

「数あるデータの中でも、最初から重要だった要素がある。それが属性だね」

「あ、俺知ってます。ソシャゲの属性って火とか水とかで弱点属性付くとダメージ二倍、その逆はダメージが半減するってやつですよね」

 

 樹少年の言葉に頷く。ソシャゲは大体そうだ。光と闇が互いに弱点で、それ以外はジャンケンみたいに回っているのがソシャゲの属性である。

 

「イズムパラフィリアは、インフレに敏感だったんだよね。だから、こういう時は基本的にダメージ減衰しか発生しないんだ」

 

 デバフゲーとも言われた時代があるくらい、このゲームはデバフが多く、敵の弱体化手段が多かった。

 だからこそ、最序盤で大事なのはタンクである。攻撃を受けて耐えられる性能の防御こそが重要視されていた。

 次点でヒーラー。受けた攻撃を回復させるのが出来ればより長く戦闘出来たからだ。スマホゲーの癖に一回の戦闘時間が長かったのが最初期からの特徴である。

 

「基本的にはスキルか、従魔そのものが持つ耐性値で受けるダメージを減らすのだが、本当に最序盤。リリース直後にはそんな細かいデータは無かったし知られなかったんだ。そこで使われていたのが属性防御だ」

 

 紙を一枚めくる。そこには、俺が書き表したバージョン1.0.0時代の属性表がある。

 

「『火』『水』『風』『土』『光』『闇』まあ、ソシャゲの基本属性だね。これが開始直後にいた従魔が持っていた属性だよ。同じ属性からの攻撃はダメージを減らすんだ。当時は半減してた」

 

 だからこそ、基本的に攻撃役は敵と被らない属性を持たせ、タンクは同じ属性を持たせて戦わせるのが主流だった。

 

「樹少年のピクシーは土属性。リビングエッジはこの中に無い属性。柊菜のエンドロッカスは闇属性。他にもあるけどここにはないよ。チェリーミートは風と土属性だ」

 

 トラスのアラバスターゴールドはここに無い属性である。機械、鉱物属性だ。リビングエッジも機械属性である。

 ウィードはもちろん土属性である。最初期からの従魔はリミテッド以外単一属性だが、ウィード位になるとそういうのも少なくなっているものだ。だからこそリセマラで入手出来るキャラの最高峰が単一属性なのかもしれないが。

 だからこそ、当時はチェリーミートが最強ヒロインとも言えるくらい人気だった。あいつ好感度イベント以外にも専用イベントあるからな。人気投票で専用ルームまで貰ってたし。石貰えるから欲しかったといえば欲しかったな。混合属性アタッカーかつタンクが少ない風属性持ちなのが良いんだ。受けるダメージが少なくて攻撃性能が高いとか本当に優秀だった。

 

「この世界じゃ不明だけど、イズムパラフィリアの最後では、属性防御は五パーセント減衰だったから、そこまで重要視はされてなかったよ」

 

 まあ、俺のようなガチ勢でも無かったら属性防御を強く意識することは無かったと思われる。それこそ一撃のダメージが大きい敵でもなければ使われなかっただろう。

 

 そして、バージョンが上がるにつれて属性も増えに増えまくるのだ。中にはそいつしか持っていない固有属性すらある。季節属性とかもある。ハロウィンとか。

 ちなみに、シルクの属性は虫、家畜である。奴は昆虫大型アップデートで追加されたキャラなのだ。

 

「ちなみに、今挙げたのは従魔の持つ属性でも、防御に使われる属性だから属性防御と言われている。攻撃は、スキルで属性変えられるし、基本的に属性防御で減衰されない斬、突、打といったものが混ざるよ」

 

 吸収攻撃でも地獄属性と付くが、これも属性防御には入らない。これは属性耐性で減らすものである。

 

「従魔が持つ大まかな耐性があるんだ。マスクデータなんだけど、これを属性耐性と呼ぶよ」

 

 これは最初からめちゃくちゃ多いが、後から追加された数が少ないものである。そして一見すると分かりにくい。吸収攻撃に地獄属性と付けられているくらい分かりにくい。

 

「この世界の一般人が持つ属性耐性を基準にして、そこから強いか弱いかで判断されている。逆に言えば、どの攻撃でも人間には全部理論値で通用するよ」

 

 乱数等はともかく、固定数値のダメージの攻撃とかがきっちり数値通りに通用する。

 ついでに、この世界の人間が基準なので、実は地球の一般人に撃つとダメージ二倍で通るという結果が出ている。

 

「……とりあえず属性についてはこんな感じかな。基本的にダメージ減衰しか発生しないのがイズムパラフィリアの特徴だよ」

 

 つまり、どんなに高い耐性を持っていても、必ず最低ダメージまでは通ってしまう。そこで必要になるのが、HP自動回復率か、回復魔法、地獄属性にダメージカットといった、回復能力か、ダメージそのものを数値分減らせる能力である。

 タンクであるウィードは、属性耐性こそ優秀だが、ダメージカット系アビリティを覚えないし、自前で強力な自己回復を覚えないので、タンクとしては二流でしかないということである。

 

 イズムパラフィリア史上最強のタンクは、最大HPと同じ数値を毎秒回復する。一撃で倒さなきゃいけない従魔であったりする。

 

「とりあえず理解は出来ました。シーちゃんは土属性の攻撃をするし、土属性の攻撃なら多少打たれ強いってことですね?」

「ピクシー自体が打たれ弱いから過信しないようにね。あと、通常攻撃で戦うなら正しいけど、魔法やスキル主体で戦う従魔はスキルにあった属性で攻撃するからね」

 

 ちなみにDPSや瞬間火力を測りたいなら、畑仕事をするといい。あれも攻撃属性指定はあるけれど、それを無視して攻撃すればダメージ判定ができるから。

 属性耐性も属性防御も野菜には無いのだ。ただし、特定属性じゃないと攻撃をした際にぶっ壊れるだけで。

 

 まあ、属性耐性を意識した攻撃が重要になってくるのはヴエルノーズを出てからになるだろう。更にいえば、スキル屋と多くの従魔がいてようやく満足な属性耐性や属性防御を意識した戦闘が行えるのだ。

 俺のシルクは風属性と魔法属性のスキルを使える。ウィードは衝撃属性と打撃属性の物理スキルである跳躍撃を持っている。

 ピクシーは水属性の回復魔法と火属性の攻撃と、完凸レベルマになって覚える風属性の魔法スキルを覚える。

 

 大体の敵には通用するので、これを意識する必要な無い。だが、樹少年は魔法使いタイプの従魔を手に入れているのだから、頭を使った戦い方をして欲しいものである。

 近接物理ばっかりの柊菜など、やることすらできないというのに。

 

「とりあえず今日はここまでかな。トラスは今日も柊菜の所で寝なよ」

「あ、わかりました。……トラスちゃん。おいで」

 

 柊菜がトラスを抱き上げて宿の二階へと進んでいく。それを見送っていた樹少年がこちらを見た。

 

「スリープさん。俺思うんですよ。今後この世界を生きていくのなら、いつか絶対に俺たちは地球人としての限界に辿り着くんじゃないかなって」

「ん? 急にどうしたよ」

「いや……。いつまでもヴエルノーズにいる訳にはいかないじゃないですか。新田さんはチェリーとエンドロッカスをステージ解放させたいらしいですし、スリープさんがゲーマーなら、多分そろそろここを離れるでしょう?」

 

 一応疑問形ではあるが、樹少年の目は確信を持ってい発言していると理解させられた。

 肩をすくめて答える。

 

「そりゃあね。樹少年や柊菜がこの後どうするのかは知らないけど、俺はここで今やれることはほとんど終わっているんだ。近いうちにここを離れるつもりだったよ」

「でしょうね。スリープさんが言うには、ソシャゲでRPGですし。ならストーリーの続きをするでしょう」

 

 そこで樹少年は立ち上がった。腰に下げている剣をポンと叩く。

 

「俺は一番最初にこの世界で命の危険を味わった。だからこそ、自分で身を守る手段が欲しくて剣を持ったんです。だからこそ、スリープさんが思い付きそうな『自分を鍛える』という方法を一切取らない事が理解出来ました」

 

 最初に俺も殴り飛ばされている。その時点で悟っていた。

 

「この世界の人間に比べて、地球人はあまりにも弱い。それは鍛えてどうにかなるという訳でも無さそうなんです。そりゃあ極めた技術があれば、そこらのチンピラには勝てるとは思います。だけど、従魔には勝てない。同じように鍛えた人間にも勝てない」

 

 従魔相手には、剣じゃあ射程が足りないし、接近戦でも勝てない。力の出力が違うんですよ。と樹少年は続けた。

 

「多分、ゲームか何かでスリープさんは、知識があるんでしょう。例えば、俺たちが急激に強くなれるような方法とか、そういうのを」

「知ってるけど、やらないよ」

「…………そうじゃないんですけど。まあいいです」

 

 そこで、樹少年は剣を抜いた。幅広で、先端が尖っていない。斬ることだけに特化した剣。樹少年が見つけた自分の道。

 

「俺は、それでも従魔と並びたい。ただ後ろで指示するだけじゃなく、最低でも、あの子たちが安心して俺たちに背を向けて戦えるだけの力が欲しいです。シーちゃんはスリープさんから見れば弱い従魔だ。いつか絶対に戦力じゃなくなる。そんな時に、彼女を守れる力が欲しいんです」

「ふーん。いいんじゃない?」

「多分、スリープさんが想定している進み方とは違う道を行くと思います。俺は、俺の力が欲しいです」

 

 力を求めるのは非常にいい姿勢だ。俺は別にそれを否定しないし、むしろ賞賛したいほどだ。

 

「自分のやりたい道が定まったっぽいね。いいじゃん。凄いことだ。俺はその道を応援するよ。俺が知っている情報だったら教えるよ」

「あ、ありがとうございます。って、そうじゃなくて」

 

 そう伝えると、樹少年の真剣な表情が崩れた。

 そして大きく息をつくと、どっかりと椅子に座り直した。剣を鞘にしまいながら、天井を仰ぎぼやく。

 

「っかぁー!! 合わねぇ! 俺の言いたいこと全然伝えられてないし、そもそもこんなの俺のキャラじゃねぇよ!」

「ぶっちゃけ童貞卒業して定職について女の子迎え入れる事を宣言すると思ってた」

 

 昨日の今日だからな。なんか余裕が出来て変な方向に思考が働いたんだろう。

 

「いやいやいや! いきなりそんな事を言うわけないじゃないっすか! 俺はただ、将来の事を考えたら、多分どっかで別れるんじゃないかなって思ってそれを伝えたかったんですよ。それまでは仲良くしていたいですし、その後もそれなりに仲良くしたいですし」

「毎度毎度思うけどさ、口説きたいなら俺じゃなくて柊菜にしなよ」

 

 俺をヒロインにするな。身体を抱くように腕を組んで見せると、樹少年は頭を掻きむしった。

 

「俺だってそんな事したかないわ! あー、ダメだ。俺とスリープさんってこんな感じだもんなぁ」

 

 そう言って彼はニヤッと笑う。立ち上がるや肩を組んできて、グイグイ引っ張ってきた。

 

「どうですか? 今夜もちょっと行きましょうよ」

「やだよ。俺もう寝たいし」

 

 強引な樹少年を振り払って宿の二階へと上がっていく。

 

「明日も対して変わらない日常が来るんだ。樹少年もさっさと寝なよ。興奮して寝られないと、また未来を考えて不安になるだろうしね」

 

 階下で頬を掻く樹少年をからかうと、素早く部屋に戻った。




 こちら急遽入れた閑話なので、話のクオリティが低いです。ついでに作中だけで理解しろと言っても難しい所の補足で情報を開示します。

 樹少年はスリープと柊菜の三人組で一番性格が遠いです。というのも、樹少年は基本的に他人を考えて行動する善人であるのです。性質的に勇者組に近いです。
 対して柊菜とスリープは、実は二人とも似ており、行動理由は自分にあります。柊菜がチェリーを助けた時も、誘拐という事柄が嫌いで、それが嫌だったからめちゃくちゃにしたという理由が強いのです。例えチェリーが望んで誘拐されていても、邪魔をして助け出します。

 対して樹少年は、チェリーが可哀想だからという理由でこれを助けるでしょう。望んで誘拐されていた場合、理由や状況を把握して、問題点の解決に奔走します。

 スリープは基本的な主観の人なので言わずもがなでしょう。自分がやりたい通りに全部暴力で解決しようとすると思います。
 柊菜とスリープは、基本的に自分がそうしたいから行動しますが、樹少年は、自分がそうしたいのもあるし、相手が助けを求めていそうならば手を差し伸べるために動きます。

 今回はそんな樹少年の閑話でした。実を言うと初回案では樹少年と娼館へ行って何かしらの裏事情か大柄の女性に貞操を狙われて大暴れする予定でした。
 が、いつの間にか出番の少ないノーソが飛び出してきて、樹少年の貞操は儚くも散らされました。まあ、いい人と出会えたので良しとします。
 その後ですが、今回はゲーム的要素を考えて入れた説明会(そんなに重要でもない。基本的にウィードちゃんがゴリ押すので)と、樹少年のお悩み相談となりました。
 樹少年は、割りと将来の事を考えては漠然とした不安に襲われて明るく振る舞う人間ですので、今回もそのような感じに動いております。伏線とかは多分ないです。これはあくまでも閑話で好感度イベントだから……。

 イズムパラフィリアは基本的に好感度イベント0の時はそこまで仲良くないですが、それ以降は仲良くなってイチャイチャを見れるようになっています。
 ウィードちゃんなら、好感度不足→イベント→血をあげるくらい懐く→いずれ赤ちゃんプレイへ……。となっています。
 樹少年で言えば、好感度不足→誘拐イベント→風俗へ行こう! となっています。彼は現在出現している中で二番目に好感度の高いヒロイン枠です。一番はウィードじゃないかなぁ……。当分のエロ担当です。

 樹少年の問題点は、彼を支えられる存在がいない所にあります。漠然とした不安を持つのも、ピクシーという守りたい女の子には頼れず、他に頼れる大人もいないのです。スリープに頼っても仕方ないでしょうし。

 柊菜はその点恵まれています。同じ大きさの人間型の従魔を引き、その後喋れる同性同年齢帯付近の従魔を手に入れています。よって、相談事などけっこうしているし、上手く支え合ってやっています。バランスが一番いいんですよね。その分動かしにくいんですけど。

 スリープは二人と違ってそこまで子供でもないし、かと言って彼らほど大きな体験もしないままに育った大人です。周囲には自分の好きなもので溢れており、そもそもの精神とかがゆるぎにくいのです。これが大人主人公の良さですよね。成長性が薄い。

 とまあ、こんな状況ですので、樹少年はアレコレ悩み続けるし、苦労も苦悩もして今後もしばらく生きていきます。たまに風俗へ行って、悩んで、成長して。まるで主人公のようだぁ……。

 大変長くなりましたが、今回の閑話は、使われないようなゲーム設定から樹少年の人間性の掘り下げという感じになっております。



 次回から新章です。雰囲気的には犯罪者の街から移動するので、変わると思います。ダークファンタジー面が強く出てくる話になっているはずです。
 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。今後もイズムパラフィリアをよろしくお願いします。


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魔法都市
29話 新緑の森を抜けて


本日から通常更新です。
章入れと現段階で機能していないタグを減らしました。要素が出てきたら随時更新します。


 新緑の森。資源都市ヴエルノーズの東に広がる森である。規模はそこまで大きくはなく、獣の類いも住んでいないという不思議な森だ。常に空から僅かな光が射し込むように森が蠢く様子から、ここは新緑の森と呼ばれている。

 

「ここ何処っすか?」

「う、うっさいわね! 街道に出たんじゃ追っ手がかかるかもしれないからこうして森を抜けようとしたんじゃないの! 私達みんな日本人よ!? 森の歩き方なんて分かるわけないじゃない!」

 

 髪を染めた男子高校生ほどの年齢の青年、原田樹のつぶやきに過剰反応した、女子中学生から女子高校生の中間くらいの外見の少女、和内里香が地団駄を踏む。

 

 今現在、彼ら二人と、女子高校生二人に混ざった大人である俺達は、新緑の森を迷子になっていた。

 

 

 事の始まりは、俺達が色々な誤解からミラージュ・バトラーに狙われて、ヴエルノーズから逃げ出し、合流した所までさかのぼる。

 

「とりあえず私達は王国に向かうってことでいいのよね?」

「まあ……場所もわからないですし、あても無いので、そこでいいと思います」

 

 リーダーのように仕切る里香の言葉に、新田柊菜が頷く。樹少年もまた同じように、僅かに眠気を堪えながら同意した。

 

「でも、徹夜でヴエルノーズを出て王国に向かうのは厳しいんじゃない? 最終的な目的地はそこでいいとしても、近くに村か街を探して泊めてもらった方がいいかも」

 

 里香達の流れを止めるように手を上げたのは、北条院アヤナである。

 そもそも、俺達はアヤナと里香の勇者二人組のパーティーに乗り込んだ部外者だったので、なんなら夕食すらとっていない。逃げる為に酷使したウィードは休憩の為に『リコール』してあるし、俺達の体調も優れないのだ。

 

「流石にヴエルノーズのすぐ近くで野宿する訳にはいかないから、とりあえずここを離れながら、街を目指しましょう。ここからなら街道で歩いて二日くらいで街があったはず……」

「遠っ!?」

 

 樹少年が悲鳴をあげる。彼が望んでいたファンタジーと冒険の始まりである。メンバーは最初から五人もいる。手持ちは装備だけであり薬草すらない。なんなら食事も野宿するための準備すらない。

 

「流石に歩き通しじゃあ体がもたないから、新緑の森を抜ける辺りまでは進もうじゃないの!」

 

 一番元気な里香が拳をあげてみんなを引き連れていく。これが後々夜が明けても森をさまようことになるとは、誰も思っていなかったのだ。

 

 

 

「私だって足痛いし疲れたしお腹減ったしお風呂入りたいわよ! でもまずは森を出ないとどうしようもないし、街道なんか堂々と歩いていたら一都市の指名手配犯だから捕まっちゃうわよ!」

 

 半泣きの状態でヒステリックに里香が叫ぶ。何か策があるのかと思って放置していたのだが、ただ適当に歩いていたらしい。

 新緑の森は、ただの人がなんの考えもなく歩き回ればあっという間に迷子になる場所である。それは、この森の多くがトレントというモンスターで構成されており、彼らは互いの領域を守り合う為に時間で少しづつ動いているからだ。

 どこを歩いても森は深くならず、常に緑色の光が差し込む空間。そういう意味でここは新緑の森と呼ばれている。

 

 そうして迷い込み、疲れた獣を襲い食らうのがこのフィールドの設定だ。

 

 まあ、それ以外にも役割はある。単純に終末の洞窟に外部の者を寄せ付けない為に作られたという側面もあるのだ。

 作られた強靭な生命力の森は、僅かに破壊しただけではたちまち新しく生え変わる。常に新しい森の息吹を感じるから新緑の森。とも言われる。

 

 それにしてはアラバスターゴールドが暴れた場所は荒地のままであるが。まあ、従魔が持つ設定の効果が影響を与えているのだろう。アラバスターゴールドは破壊の存在だ。

 

 えぐえぐと泣き出した里香の肩に手を置く。サッと叩き落とされた。

 

「まあ、ここは年長者に任せなよ。ここの正しい攻略法って奴を見せてあげよう」

 

 皆も疲れているだろうし、さっさと次の街へ行こうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

「死ね」

 

 正しい新緑の森の攻略法。それを喚び出した時にかけられた第一声があまりにも憎しみに満ちていた。

 

「まあそう言わずにやってよ。ここから一番近い場所まで案内するだけだから」

「森の案内人がいるのに私をこき使うのか? 小間使いなど龍の仕事じゃない。私は疲れた。寝る」

 

 見つめた者を震え上がらせるような龍の眼光を発揮するウィードを落ち着かせようとなだめすかす。

 

 これが俺の新緑の森攻略法である。

 というか、元々イズムパラフィリアのメインストーリーでも、仲間になったチェリーが率先して道案内をした結果、新緑の森を抜けたすぐ先に、隠された街がある事に気付くのである。迷いの森出身の彼女が出来るのなら、ウィードに出来ない理由はない。

 

 そもそも、最初から俺は新緑の森での道案内はウィードに頼っているのだ。それが今になってこれほど機嫌が悪いのは、単純に疲れているからだろう。

 ゲームには疲労度などのようなシステムは存在しなかったが、あくまでも彼女達はここに肉体を持って物質的に存在しているのだ。ならば疲労などもありえるのだろう。

 

 とはいえ、三時間にも満たないだろうが、休ませたのだ。戦闘はしなくていいから俺達も休めるように案内してもいいだろう。

 

 身体を鍛えている俺や樹少年、最強の人間たる勇者アヤナは、まだまだ動けるだろうが、普通の女の子でしかない柊菜や里香はこれ以上さ迷い続けるのは無理だ。

 何も俺達はただ歩き回っただけじゃない。新緑の森というモンスターの出る場所を戦闘をこなしながら進んで来たのだ。戦力的に負担が大きい柊菜とアヤナは特に何も喋らず、無駄な体力を使わないようにしているのだ。

 今一番やばいのは柊菜である。ウィードが抜けた分の戦闘と攻撃はほとんど柊菜が埋めているのである。

 それを知ってか、ウィードは俺達を一瞥すると、大きくため息をついた。

 

「……すぐ近くの人間の手が加えられている土地にしか行かないからな」

「うん。よろしく頼むよ」

 

 大地の化身にして権能たるウィードは、地面を介した知覚能力を持つ。それを使いこなして、ウィードが先頭を歩き出した。

 

 進むこと数十分、俺達は全力で走っていた。

 

「ななな……なんでこんなところにあの化け物がいるんだよおおお!!」

 

 樹少年が叫ぶ。森を進んでいたら、突如としてあの異形と化した人が襲ってきたのである。

 まあ、これは想定内である。ゲームでのメインストーリーでもこのシーンはあった。時間が違うかと思ったのだが、確定事項なのか、丁度よく巻き込まれたのはありがたい。

 

 しばらく走り続けていると、ウィードが何かを感じたように一瞬動きを変えた。それを見届けて反転。

 

「シルク、あいつの動きを抑えろ『シルバーウィンド』」

 

 輝く突風を怪物にぶつける。シルクのステータスが足りないのは知っていたので、攻撃にしか使えないマナボルトよりも、物理的に影響を与えられるシルバーウィンドを選択した。

 とはいえ、突風にあおられただけなので、体勢すら崩せていない。ほんのすこし、僅かに隙を生み出しただけである。

 

 その一瞬の隙を使ってウィードが俺と怪物の間に入る。とはいえ、戦闘準備などしていなかったので攻撃を受けただけだ。

 

「グルル……グオオオオオ!!!」

 

 最大体力の一割以上のダメージを受けてウィードが戦闘態勢に入る。龍種覚醒のスキップで一番手っ取り早いのが、これだ。

 要は倒されないダメージを受ければいい。スキル枠を一つ埋めて庇うでも覚えさせれば龍種の弱点は致命的ではなくなる。

 

 ちなみにウィードは庇うを覚えない。スキル屋で覚えさせよう。

 

「スリープさん!?」

 

 驚いて足を止めた柊菜。アヤナも戦闘に加わろうと振り向くが、行動を察した里香が手を引っ張った。

 

 背後に回した皆を庇うように両手を広げ、サムズアップする。

 

「ここは俺に任せて先を行け!」

「めっちゃいい笑顔!? なんか絶対裏があるでしょ!」

 

 樹少年が俺の横顔を見た。確かにこれはイベントであり、ゲームでもあった出来事なのだが、俺の良心を欠片でも見ないのは遺憾である。

 

 なにより、俺達人間の足でいつまでも化け物相手に逃げ回れると思うなよ。コンディション最悪な君らよりも俺一人が残って戦う方が効率はいいんだよ。

 基礎スペックだけならウィードが圧倒しているから、一体だけなら倒して帰ってくるよ。

 

 そう伝えると、樹少年の勢いが弱くなった。

 

「うっ……そりゃそうっすけど、案内役がいなくなったらどうするんすか!」

「ひとまずの危険が去って、足を止めていればウィードで探せるよ」

 

 戦闘では使えない程度に知覚能力を持っているのだ。有効活用しようぜ。

 

 まあ、多分ウィードはこの戦闘の後しばらく使い物にならないだろうが。道案内は終わりだし、戦闘にまでかり出せば、一日くらいは疲れきって動かないと思う。

 

 と、あれこれ騒いでいると、空から声がかけられた。

 

「──おや、今日の迷い人は騒がしいね。それに、良くないものを連れてきている」

 

 声と同時に怪物の身体が弾け飛んだ。パアンと音を立てて風船が割れるように粉微塵になったのだ。

 そして、空からゆっくりと長衣をはためかせて、薄ピンク色の天パをした優男が降りてきた。

 

「ようこそ、龍に導かれし者たちよ。ここは秘められた土地、魔法都市だよ」

 

 大仰なカーテシーをする男が俺達の背後を指さす。

 振り向くと、そこには一本の天を刺すほどに伸びた巨大な木が生えている街が見えたのだった。

 

「……なんで、さっきまでは何も無かったのに」

「そりゃあここは結界が張られているから。あんた達みたいなよそ者が簡単に寄って来れないようにしてるんだから!」

 

 柊菜のつぶやきに甲高い子供の声が返ってきた。見上げると、ほうきを持って空を飛んできた少女が胸を張っている。

 

「ガイスト! まったくもうあなたって人は! 一都市の長がこんなに腰が軽くちゃまた賢老院に怒られるわよ!」

「ハハ、魔法使いとはそんなものだよ。さあ迷い人よ。ついてきておくれ、この魔法都市を案内しよう」

 

 男がパチリと指を鳴らすと、次の瞬間には場所が変わっていた。

 どこかの部屋の中か、広々とした木をくり抜いた密閉空間へと移動していたのだ。

 

 ウィードをリコールし、シルクを頭に乗せる。柊菜から眠っているトラスを預かった。

 

「ここが基本的な交流場さ。ただ広いだけで、特にめぼしいものはないが、暇な人が集まって適当に歓談している。他は研究室だけだよ」

「…………えっ、それだけ?」

「それだけさ」

 

 目を丸くした樹少年が俺にこっそりと歩み寄る。そして、耳元へ顔を近付けた。

 

「スリープさん、スリープさんならこれを知ってのことなんだろうけど、マジでその二箇所しかないの?」

「まあ、施設としてはそれしかないよ。後は外と研究室で個人用に増設したものばっかりだし」

 

 なにより、ここは通り過ぎる為の場所である。僅かな情報やら世界観を知るくらいなら出来るだろうが、ストーリーの大きな部分に関わるわけでもなく、また、いつまでも留まれる場所ではない。

 

 ここはあくまでも通過点。ゲーム的には、最序盤を終えてある程度慣れ出した人用のまとめ的な場所でしかない。

 まあ、追加コンテンツあるけど。

 

「迷い人達よ。まずは空いている部屋を与えよう。疲れているだろうし、ディナーの時間までは部屋でゆっくりとしていておくれ」

 

 優男──少女が言っていたガイストという男は、俺達を連れて一人一人に部屋を与えた。与えられた部屋は、やはり木をくり抜いたような場所であり、スライド式の扉と、簡素なハンモック以外は何も無い。しかし広さは十人集まっても狭くないようなものだった。

 何にせよ、疲れているのは事実だったので、与えられた部屋で一度眠ることにした。

 

 何かをする必要は無い。晩餐会のようなものがこの後開かれるまでは、特に大きな出来事はないはずである。

 そもそも魔法都市とは言ったものの、異世界ファンタジーなどほとんど魔法都市であろう。ここに来るまでに魔女の従魔が欲しかったが、最悪ここでも一体従魔を手に入れられるので、それまでは動かないでおこう。

 未だ眠ったままのトラスを柊菜に預けることも忘れて、俺は眠りについた。



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30話 勇者アヤナ

 一眠りしているところに、見知らぬローブの人に扉を叩かれて起こされた。どうやら晩餐会の準備ができたらしい。

 最初に紹介された開けた場所ではなく、ガイストの所有する研究室で行われるそうだ。

 

「トラス……起きてたんなら上に乗るな」

「……」

 

 先に寝ていたトラスは、子供なだけあって体力の回復も早いらしい。俺が起きた時には既に目覚めていて、じっと俺の上に乗り顔を覗き込んでいた。

 もう少しだけ寝たい。感覚的にもウィードが不調気味なので動きたくはないのだが。

 かと言って皆を待たせるのも悪いので、ローブの男に渋々着いていくのだった。

 

「おはよう。もう夜だけど」

「おはよーさん」

 

 俺が来た時に待って居たのは、勇者アヤナ一人であった。

 

「そういえば、貴方は大人なのね」

「どういうことだよ」

「私達って高校生だから、そういう年齢の子がこっちの世界に来ているんじゃないかなって考えてたの」

 

 そう言うと、アヤナは指を鳴らしてノートを一冊虚空から取り出した。

 

「魔法か」

「ええ。私は貴方達と違って、自力で戦う必要があるの。だから使えるものならなんでも使うつもりよ。王国ではそういう教育も受けていたし」

「ふーん……。それにしては本気で戦っている訳じゃないようだけど?」

 

 アヤナは勇者である。先程の言葉の通り、使える物を使って戦う勇者だ。別にショートソード一本で戦う訳じゃない。

 むしろ魔法を使って自分が持ってきた筆記用具などを巨大化して戦う学生魔法戦士と言えそうな戦闘スタイルが本来の彼女だ。

 

「……やっぱり、貴方は私を知ってるのね?」

「それなりには」

「おかしいと思ったのよ。リカは私の名前を聞いても知らないみたいだし、なんなら高校の名前も知らなかった。住所的にはあまり近くないけれど、それでも首都一大きな高校の名前を知らないなんてことないはずよね……」

 

 アヤナが手に取ったノートは、表紙に『考察ノート』と書かれていた。それを広げると、胸ポケットからシャーペンを取り出して机に向かった。

 

「北条院グループは?」

「知ってるけど知らない」

「つまり?」

「俺の世界には無かった」

「あー……凄い察し良いわね……。そうよ。私も一つ仮説を作ってたのよ」

 

 そう言うと、ノートの見開きを俺に見せてきた。

 書かれている内容は、この世界と地球の事、里香とアヤナの認識の食い違いから地球に平行世界があるという仮説が書かれていた。

 

 まあ、間違ってないんじゃないかな。勇者アヤナはゲームでの登場人物だ。ついでに言うと、ゲームの主人公が行くことになるのもゲームの地球である。

 ならば、俺達は別の地球から来た平行世界の住人となるのだろう。ちなみに、勇者アヤナの地球にはイズムパラフィリアというゲームは無い。

 第二部、いわゆる地球編にあたる物語だが、そこでは勇者アヤナは一切影も形も見えないのだが、彼女が地球上に存在した人間だと表すものはいくつもあった。

 北条院グループというアヤナの家が一族経営している財閥、アヤナが通っていた東京都にある巨大な学園。それらは第二部での舞台にもなる。世界的にも有名だという設定もある。

 知らない方がおかしいというレベルなのだ。耳にしたことはあるくらいに知名度があるのが北条院グループである。

 

「ただ、イツキやヒイナが言っていた所から考えると、おかしいのは私の方なのよね。ゲームだ。ゲームの世界だって、たまーに言っていたから」

 

 アヤナは平行世界の所に横線を引くと、新しく言葉を書き込んだ。

 

『ゲームの世界、北条院アヤナはそのゲームの登場人物』

 

「…………そういうことでしょ?」

「いい思考力だ」

「まあ、決め手は貴方だけど。別世界の地球に関する知識が無いのに、知っているっていうのなら、それを観測する手段があったって事になるじゃない。日本じゃあまり信用ならないけど、里香の教育水準は私と比べて高くなかったし、平行世界を観測出来る文明レベルでもなかったでしょうね。それにしてもフルダイブVRとかいう電子世界へのダイブ機能については驚かされたけどね。つまりは、私は何かの創作物の登場人物だった。後はキャラ背景の知られ具合と皆の発言を見てみればわかるものね」

 

 そこまで言うと、アヤナは一息つき、俺にビシッと指をさした。

 

「つまり私はフルダイブVRゲームでのヒロインキャラ! 異世界ファンタジーから見て、地球ヒロインね!」

 

 ババーンと効果音の鳴りそうなキメ顔で言い切った。その精神力は認めよう。

 

 少ない情報を繋ぎ合わせて予測する能力は良い。だが、それで完全正解とはならないようだ。

 

「ふっ……ふふっ……こういうの一回やってみたかったのよね。最高だわ……今人生で一番輝いてる……。ミステリー小説読んできた私に隙はないのよ……」

 

 頬を緩ませ、紅潮させ、小さく何事か呟いていた。ネタばらしするのも悪いから、黙っておこうと思う。

 残念ながら、君は弱小ソシャゲの第一部にのみ登場したご都合キャラだよ。魔王討伐後には消息不明になる。

 

 召喚出来なかったし、とあるイベントにも登場しなかったので、死亡説はないと思うが。まあ、それでもそれ以降の彼女を探すのも俺の目的である。

 

「さて、謎解きも終わったし、次に行きましょうか」

「そうだね」

 

 少しして、アヤナが落ち着いたと同時に腰のショートソードを抜いた。それに合わせて俺も立ち上がった。

 トラスもやる気満々のようで、俺の肩に乗り拳を作り虚空に向かって振っている。

 

「いくら何でも、遅いわよね。思い付くとしたら、罠かなにか。私は勇者だし、貴方は龍の召喚士」

「ま、貴重な研究材料だよねぇ」

 

 ウィードは召喚しない。ここは星二従魔たる迷いの森のシルクに任せようじゃないか。

 従魔の魔法使いに人間がどれだけ足掻けるものか。確認といこう。

 

「ふふん。やっぱりゲームってのは舐めプが一番楽しいわ。真剣にやるのも疲れるし、やっぱり気楽に勝利が快感なのよね」

「まあ、ダメージ計算とかまですると疲れるけど、俺は真剣勝負大好きだぜ。本気の相手に勝って煽り倒すのが最高に気持ちいいんだ」

 

 俺達が異常に気付いた事で、相手も動き出したようで、周囲の風景が歪み、空間がどこまでも広がっていく。

 食器やテーブルが形を変えてガーゴイルとなって襲いかかる。

 

「今更こんな敵怖くもないわ!」

「さて、仕上がりの確認といこうか。トラスは大人しくしてなよ。シルク、やれ」

 

 前衛はアヤナ。後衛は俺。数度の戦闘で理解した互いの戦闘スタイル。相談も意思疎通も無しに俺達は敵を迎え撃つ。

 

 さて、イズムパラフィリアは新しいゲームだったということもあり、全てオートで戦闘出来る。しかし、それではポチポチゲーと変わらないので、RPGらしく、設定で細かく手動にする部分とオートで操作する部分を選べていた。

 完全手動にすると、プレイするのにPCが必要になったりするくらいには操作性があるゲームだ。リープやブリンク系スキルがあるように、3Dの三人称視点での戦闘ゲームであったりする。

 

 要は、MMOとかMOBA系ゲームみたいなジャンルの要素があるということだ。

 そういうゲームでは、常に問われるものがある。ターン制バトルゲームではあまり聞くことの無い言葉だ。

 

 DPSである。秒間に出したダメージ数のことであり、これが高ければ高いほど、無駄な行動が少ないということになる。

 PCゲーム時代は、スキル回しやら立ち回りやらターゲティングやらで手間取ることも多かったが、フルダイブVRゲームになってからは、アクションゲームっぽくなったので、そこまで使われる事も無くなった古いネット用語だ。

 これは、スマホソシャゲであったイズムパラフィリアでも使われた。他プレイヤーと行うダンジョンやらレイドバトルでは、従魔の使用制限数があるから、必然的に手動操作の方が効率が良くなるからだ。

 

 かく言う俺も、DPSは気にしていた。今でも従魔の使い方を学んでいる身として、常に研鑽を積んでいる。召喚士のようなキャラは、基本的に召喚獣へ命令する手間が入るので、DPSが落ちやすいのである。

 そこで考えるのが、指示の簡略化だ。わざわざ柊菜のように指示を出さずに、出来れば名前を呼ばずとも全員が思い通りに動くのが理想である。

 

 今回は、その従魔との意志の伝達を極力減らした戦い方をしてみるということだ。

 

 最初の掛け声で、シルクはいつも初手で使うマナボルトを発射する。複数打ち出された魔力の矢は飛んできたガーゴイルを数匹撃ち落とす。

 数の減ったガーゴイルはアヤナが一閃を放ち全て両断する。

 

 続けて空間の歪みから滲み出るように不定形のモンスターが出てきた。スライムみたいなモンスターだ。

 

「ふーん……下がるわ。物理攻撃効かなさそうだし」

 

 攻撃を入れることも無くアヤナが下がってきた。まあ、俺とアヤナを見てどっちが脅威かは歴然だろう。

 次のシルクの行動は、シルバーウィンドだった。

 銀色に輝く風がスライム達を襲う。幾本かの裂傷が発生したものの、すぐに覆われた。

 

「やっぱこっちの想像とは別の行動するなぁ」

 

 ウィードは俺の望んだ事を名前を呼ぶだけで察する。対してシルクは普段の行動パターンかなにかでも参考にして動いているのだろう。

 ガーゴイル相手にシルバーウィンドを使うべきだし、動きがそこまで早くないスライム相手にこそマナボルトを撃つべきだろうに。

 好感度の違いか、コミュニケーションの少なさか、はたまた知性か。何が関係しているのかはまだ不明だが、これではオートバトル並に酷い動きをし続けるだろう。

 ぶっちゃけ従魔任せに動かすのはオートバトルと同じってことなのかもしれない。

 

「これ以上は意味無いかな。二手続けて失敗だ。シルク『マナボルト』でいい」

 

 改めて口頭で指示を送る。それに反応して、シルクは魔力の矢をスライムに撃った。

 今度こそ魔力の矢は全てスライムに突き刺さり、それ以上の回復を許さなかった。刺さった矢によってHPを全損したスライムは、魔力による死亡で弾け飛んだのだった。

 

「…………さて、次はまだ来ないようだし、何をしましょうか?」

「ここを出るにしても、部屋そのものが変えられているからねぇ」

 

 歪んだ空間は既に戻っているが、先程までいた木をくり抜いた空間ではなく、鋼鉄の壁と床で密閉された空間へと変貌していた。

 これが魔術師の面倒くさいところだ。基本的に魔術師は皆建築魔法を使えるので、一瞬で戦闘フィールドを塗り替えてくる。あくまでも建築魔法なので、雨を降らしたりは出来ず、せいぜいが、床を鉄や木製、荒地に階段、浅瀬にしてきたり、壁を作ったり消したりしてくるだけだが。

 

 ちなみに、建築魔法は人や物、生物相手には使えない。よって、死体をコンクリートの壁に埋め込んだり、壁の中にいる状態には出来ないのだ。

 このように周囲を鉄の壁で囲ってしまえば、動けるが出られない状況にすることくらいは可能だが。

 

「互いの最大火力をぶつけるってのはどう?」

「場所までは変わってないだろうから、それをすると他の場所にも影響があると思うよ」

 

 まあ、初手で選ぶのは遠慮するが、最終手段というほどでもない。先に手を出したのはあっちなんだから、どう動こうがいいとは思う。それをした時点でここから追い出されるとは思うが。

 

「外からの救助を待った方がいいってことかしら」

「とりあえず十分くらい待ってみようか」

 

 ここはウィードを使いたくないし、しばらく休んでいるのもいいだろう。

 肩に乗せたトラスを下ろし、ポケットに入れていた液体を与える。

 

「それなに?」

「うーん……抗体薬?」

 

 具体的にはウィードの血とノーソの病魔が入っている。今後生活するにはノーソの体に感染しないようにならないといけないので、トラスの体に抗体を自力で作ってもらっている最中なのだ。

 味は甘くしているので、トラスは小瓶に入った液体を喜んでいそうな無表情で開けて飲んだ。

 

 インフルエンザの予防接種みたいなものである。ちなみに俺もやってみたが効果は無かった。しかし、トラスには効果があるのだ。

 まあ、単純に生活水準が上がり健康体になっているだけかもしれないが。俺は現地人の肉体の強さだと思っている。

 

 こいつら最終的に星五従魔の攻撃にも数発耐えてくるからな。しかもゴロツキがである。

 

「さーてと、アヤナも座りなよ。どうせだから気になる事を質問したかったんだ」

「あら奇遇ね。私もゲーム世界のことを知っている貴方に聞きたいことがあるの。あ、セクハラはダメよ?」

 

 とりあえず時間を潰すために、床へ腰を下ろしてトラスを抱える。

 樹少年と柊菜が気付くのか、里香が気付くのかは知らないが、探してくれるとありがたいのだが。

 とりあえず、夜明けになる前にはここから出たいなぁ。



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31話 魔法

「おや、こんな時間にどうしたのかな迷い子よ。まだディナーの時間ではないが、我慢できないというのなら、少しだけ手製のクッキーをあげようじゃないか。さあ、そこへお座り」

 

 スリープとアヤナが閉じ込められる少し前の時間。ガイストという優男の部屋に新田柊菜はいた。

 窓が無いので外の様子は分からないが、それなりに遅い時間帯だろう。それでもこうして突然の訪問に目を丸くしただけで優しく受け入れて貰えた。スリープよりかは信用出来る人間性かもしれないと、柊菜は僅かに安堵の息を吐く。

 

「夜分にすみません。少しだけ、話したいことがあって……」

「いや、気にしなくていいさ。我ら魔術師は探求者。知りたいことがあればすぐに突撃して調べるのは好ましいと思うし、僕達の常識さ」

 

 柊菜の言葉に演劇でもしているかのような、大仰な仕草で、気にしなくていいと返すガイスト。

 彼が指を鳴らすと、ひとりでにテーブルや椅子が動き、柊菜を座らせる。白磁のポッドが部屋の奥から飛んできて、同じく金縁で彩られた来客用であろうカップに不健康そうな青色の液体を注いだ。

 テーブルから魔法陣が浮かび上がり、星のクッキーが盛り付けられた丸皿が現れ、本棚から赤い装丁の本が一冊ガイストの手元に収まった。

 

「わぁ……!」

 

 柊菜はすっかり、このいかにもな魔法空間に目をキラキラと輝かせて感動していた。話したい事などすっかり忘れて、アニメーションかCG映像でしか見ないような魔法に心を奪われてしまっていた。

 

「コホン。それで、素敵な迷い子の少女は何をしに来たんだい? 生憎と僕は黄色いおしゃべりな花のお茶会や、絵画の歓談を開けなくてね。簡素で悪いけど、これくらいでそのマジックを見た、子供のような目を収めて欲しいな。今の僕には、即席でこれ以上君を満足させられるような魔法は使えないんだ」

「あっ、ごめんなさい……」

 

 柊菜は自分の状況を思い出して顔を真っ赤にした。

 そんな柊菜の様子を見たガイストは、柊菜の頬へと細い女のような手を伸ばした。

 

「珍しい子達だ。この世界に居ながら、この世界の人間とは違う価値観を有している。脆く崩れそうな儚さや、その歳でなお持ち続けている夢と希望の姿は、一輪の大華のようだ。だからこそ、君を手折りたくなる。強く惹かれるんだろうね……」

 

 この世界の人間は、かつていた地球の人よりも美しく見える。だからだろうか。柊菜は心のどこかに拒絶感と恐怖を持ちながらも、どこかぼんやりとした様子で、手を伸ばすガイストの姿を眺めていた。

 一気に柊菜のパーソナルスペースに侵入したガイストだが、柊菜の体に触れる前に、その腕が強く握り止められた。

 

「えー、くん」

「……君は、いや、そんなはずは」

 

 ゆっくりとだが、現実に脳が引き戻されていく。ガイストはエンドロッカスを見て、表情を険しくしながら、うろたえた様子を見せていた。

 そんなガイストを全く気にしていないようなエンドロッカスを見て、ガイストは、表情を隠した。さっきまでの様子は無く、最初に部屋に入った時のような、どこかひょうきんに見える大仰な仕草をして話すようになった。

 

「ああ、申し訳ない! 美しき姫を見て我を忘れてしまったようだ。騎士に咎められて、ようやく気が付いたよ。すまない」

「い、いえ……気にしてないですから……」

「君は奥ゆかしいね。それは美徳であろう。しかし、いつまでも遠慮されていたら、朝になってしまう。僕はそれでもいいけど、君は疲れているだろう?」

 

 遠回しに本題を促されて、柊菜はカップの青い液体を一口入れてから切り出した。

 

「私に魔法を教えてください」

「おや? 君はもう少し別の話を聞きたいのだと思っていたが……」

「あ、えと。それもあります」

 

 確かに、柊菜は最初、この世界について情報を集める為にここを訪れた。しかし、さっきまでの出来事を受けて、魔法の、ひいては魔術師の存在に心惹かれたのだ。

 万能な力に見えた。変幻自在に心の隙をついて潜り込む手法や、役に立ちそうには見えないが、様々な物質を動かして楽しませる魔法。そして、最初に見た、あの異形の人間を一瞬で消し去った力を。

 ガイストの手から守ってくれたエンドロッカスを見て、心を決めた。最初は自分の目的だけを優先していたが、やはり、彼女の従魔達の役に立つ事を覚えようと。

 柊菜の持つ従魔は皆前衛である。それでいて、スリープの従魔であるウィードよりも弱く、柊菜もまた、スリープよりも戦闘が上手くない。

 そして、アヤナや里香のような勇者が増えて、ここまで来る間の戦闘で実感したのだ。この調子だと、いつか破綻すると。

 

 前衛が多過ぎるのだ。ゴーレム、アヤナ、エンドロッカス、チェリーミート、ウィードと、とにかく数が多い。

 それに比べて後衛があまりにも薄い。ピクシーとシルクだけである。

 里香はもう一体従魔であるテリリを「情報収集用よ」と言って戦闘には使わないし、テリリが前衛だったら意味が無いレベルだ。

 前衛が多過ぎて後衛は援護射撃をしにくいし、前衛は前衛で、ごちゃごちゃする。

 更には、最大戦力たるウィードは滅多に動かない。いつも戦闘開始時には後ろで突っ立っている。彼女は敵の攻撃を相殺出来るし、その身体能力から攻撃をほとんど受け付けない。

 

 柊菜の従魔やアヤナでは、さすがにいつまでも無傷ではいられない。戦闘が増えれば増えるほどに、アヤナ達は傷付き、ピクシーの回復が忙しくなる。

 今はまだ、樹のピクシーが完凸済みなまでに強化されているから支えきれるが、いずれ柊菜達の戦力が追いつくと、回復不足で戦線は崩壊するだろう。

 それをどうにかすることにしたのだ。柊菜は最初従魔で回復役や後衛火力でも引こうと思っていたが、これで今回も前衛だったら目も当てられなくなる。

 

 前衛が傷付く前に倒しきれる火力か、回復魔法。そのどちらかが、柊菜は欲しかった。

 

 最悪、情報はスリープのゲーム知識に頼ればいいのだ。アヤナや里香は王国所属だから、そこで情報を集めるという手もある。

 だが、あの怪物を一種で屠る程の魔法はここでしか教われないような気がしていた。

 

「私には、今魔法が必要なんです。いずれそれが不要になったとしても。その時が来るまでは、絶対に必要なんです」

「……魔術師に、本業の取引かい? 情報ではなく手段を教えるんだ。対価は貰うよ?」

「それで、いいです。無理な対価なら諦めるだけですし」

 

 柊菜の言葉を聞くと、ガイストはゆっくりと立ち上がった。

 

「なんでも言うことを聞くというよりかは賢いね。魔術師はそういう狡猾さが無くてはいけない。その点君は見込みがあるよ。さて、話は理解した。今日はもう遅いからお帰り。ディナーまで休んでいるといい」

「へっ? まだ返事が……」

「おお、悪いね。言葉を省いてしまったか。君に適任の魔術師がいる。僕の後継者であり、三つの命を持つ天才の魔術師だ。明日、お昼前にまたおいで。彼女を師に付けさせよう」

 

 本来の目的であるガイストから直接教わることはできなかったが、それでも彼の弟子にして天才とまで呼ばれる人を師匠につけてくれるようだった。

 立ち上がり、頭を下げる。彼にはなんの利益も無さそうなのに、こんなお願いさえも聞いてくれるとは、感謝の念が尽きない。

 

「あ、でも……対価は?」

「それはディナーの時にしよう。丁度、迷い子達に解決して欲しい願いがあったのさ」

 

 それだけ聞くと、柊菜はエンドロッカスに手を引かれて部屋を出た。

 どっかりと、ガイストが椅子に座り込む。体の力を完全に抜き、ずりずりと椅子から落ちつつある状態になった。

 

「全く。あの馬鹿者は完成させたのか。それでいて死んでるとは、油断したな」

 

 彼の一人言は、部屋に響くことはなかった。それと同時に、巨大な振動と音が、彼の部屋まで伝わって来たからだ。

 

「ふっ。龍の目覚めか……。そろそろ準備に取り掛かろうか」

 

 のそりと起き上がると、既に彼は元通りの優男の姿になっていた。

 

 

・・・・・

 

「結局はこうなるのね。暴力が全てを解決する。世界が核を手放さない理由が何となくわかったわ」

「俺も最初にウィードを引かなかったら精神的に余裕無かったんだろうな」

 

 結局、どれだけ待っても助けは来なかったので、壁をぶち抜いた。

 途端に警報がけたたましく鳴り響き、魔術師達がやってくる。壁に飾られていた鎧がひとりでに動き出し、俺達に襲いかかってくる。

 

「ウィード」

「グルル……」

 

 呼び出したウィードは寝起きらしくテンションが低めだ。一応全快まで休ませたので、コンディションは悪くないはずだ。

 群がる雑魚共をウィードが鬱陶しそうになぎ払う。あっという間にバラバラになったゴミを眺めて、ウィードが肩を回した。

 

「やっぱり調子が出ない。地脈の流れが歪んでいる」

「あ、そういうのも分かるんだ。ウィードの言う通りだよ」

 

 ここは魔法都市。そもそも都市は地脈の上に建てるので、ある程度歪むのだが、それ以上にこの場所は地脈が歪んでいるのだ。

 ウィードや、そもそもシルクを見れば分かるが、人間は弱い。人間の使い魔であるガーゴイルやスライムのような存在が手も足も出ずに倒され、蹂躙される存在だ。それがこの世界の人間である。

 故に、この世界の人間の住処は狭く、都市は密集している。外壁を大きく強固にするために、内側を狭くしているのだ。そうして訪れる脅威に抵抗をしようとする。簡単な話、人間を襲うのは面倒くさいと思わせれば勝利なのだ。手出しされなければ、都市としては勝利なのである。

 

 かなり大まかであり、例外が多過ぎるのだが、従魔のレアリティである星には、その数で従魔のある程度の脅威度を測ることが出来る。もちろん完凸レベルマ前提だ。

 星一は一般人の大人が武器を持ってようやく勝てるレベル。それでも勝てる可能性がある。というだけのものだが。

 星二は、小規模の一般人の集団でどうにか勝てるレベル。

 星三は有効な戦術を持って、訓練された軍人が挑んで勝てるレベル。

 星四は一都市が滅ぶレベル。同時に都市総力で挑めば撃退が可能なレベル。

 星五は、この世界で言う国が滅ぶレベル。簡単に言えば、都市以上大陸未満レベルの強さだ。軍隊と戦って勝てる強さである。

 

 まあ、これが絶対だというわけじゃない。従魔そのものの強さとは関係無しに強力な能力を持っている奴とかいるからな。スキルによっては星三の従魔が都市を滅ぼすことだって可能だ。

 

 基本的に星三までの野生の従魔はそこら辺で見ることが出来る。つまりひっきりなしに襲撃されることだってあるのだ。

 それに対抗するためにはどうするか。人間は勝利を求めて様々な強さを探すのだ。

 

 肉体の限界を追求する剣士。従魔の持つ異なる法則に目を付けて、理を外れた魔術師。従魔へメリットを提供し共存する召喚士。

 

 この中で、一番集団で行動するのが、

 魔術師である。彼らは人外の法則に手を出した人間である。所詮はどこまで行っても劣化コピーでしかない。

 今のままでは勝てないのならば、どうするか。それなら代償を支払ってでも強さを求めるまでだ。

 

「双方共に静まりたまえ!」

 

 転移してきたガイストが声を張る。その一言で魔術師達は静止した。

 

「……この度は、僕達魔術師が不意に襲ってしまい申し訳ない」

「実害も出てないしいいわ。元々私達はここに居させて貰っている身だしね」

 

 ガイストが軽く下げた頭をアヤナが許すことで、この場は手打ちになった。

 一瞬で現れた魔法。この都市の絶対的ルール。自由な探求者を纏める者。

 

「ディナーの準備が出来た。さあ、ここは空気が悪いから、案内しよう」

 

 ガイストが指を鳴らすと、俺達ごと空間を転移させた。

 蝋燭で灯された煌びやかな部屋は、中央に長テーブルがあり、豪華な食事が置かれている。

 

「空間魔法……? でも、こんなことって可能だったかしら」

 

 アヤナが首を傾げる。彼女は魔法を知っているので、これがいかに不思議な現象なのかを理解しているようだ。

 

 そもそも、都市にいる魔術師達が使う建築魔法とは、空間を作り替える魔法だ。それは、地脈と契約を結んでいるからこそ使える魔法であったりする。

 よって、都市の外に出れば魔術師達は建築魔法を使えない。

 魔術師は一定の空間において強力な力を得られる手法に手を出した。契約術と呼ばれるそれは、人類に生存圏を作る事に大きな活躍を見せたのだ。

 シルクのような星二の従魔では、あの鉄の壁は一発では撃ち抜けない。何回も撃つ必要があるのだ。そして、魔術師は更地になった都市を三日もあれば元通りに直せる。壊れそうなら作り替える事など簡単に出来るのだ。

 あれは都市を滅ぼせるピクシーでも手を焼くだろう。それほどまでに強力な魔法だ。その力は地脈と契約を結ぶ事で成り立っている。

 

 ここは魔術師の総本山だ。強大な地脈があり、それに魔術師達は契約を結んでいる。

 そして、彼らの長であるガイストは、この地脈と永遠の盟約を結ぶ事で、無類の強さを得ている。

 

 その条件とは、一生涯この地脈の範囲から出られないが、その変わりに地脈を流れる力を使いこなせるというものである。

 

 だからこそ、この男は長い時をこの地で生き続けるし、やって来た敵を一瞬で滅ぼすくらいなら可能なのである。

 

「仲間が来るまで少しかかる座って待っていようじゃないか」

「ああ、そうさせて貰うよ」

 

 予想じゃ誰かがこいつと接触しているだろうし、この後はメインクエストが進行するだろう。接触してなければここで俺が話を進めるまでだ。

 肩からトラスを下ろして、隣に座らせる。膝の上にウィードを乗せて頭を撫でた。

 

「グルル……グルル」

 

 喉を鳴らして調子は良さそうだ。

 扉の開く音がする。今日から新しいコンテンツが解放される。

 

 フレンドダンジョンの時間だ。



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32話 見習い魔術師ミルミル

こんにちは! イズムパラフィリア運営です!
今回のアップデート内容をお伝えします。

12/7(月)指摘をいただいた箇所の文字に読み仮名をふる。

今回のお知らせによる召喚石の補填はありません。


「ういーっす。おはようございます」

 

 欠伸をして、まだ眠そうな様子の樹少年が顔を出した。

 

「ありゃ、三番目? てっきり一番か二番目だと思ったわ」

「残念だったね。俺たちは探索してたんだよ」

「うっそ。俺寝てたのにスリープさんそんなTRPGみたいなことしてたんすか。神話生物いました?」

「スライムとガーゴイルがいたよ」

 

 言外に戦闘があった事を伝えると、樹少年は顔を顰めた。

 

「ここ、大丈夫なんですか?」

「一人行動はやめておくといいよ」

「そうします……」

 

 特に現状一番弱いのが樹少年なのだ。次に弱いトラスは基本俺と一緒に行動しているので、心配は無いが、ここで樹少年も誘拐されたら探すのが面倒な事になる。

 

「そうだ。これをあげよう」

「ん? あざす。なんですかこれ?」

「回復アイテム」

 

 ドラゴンブラッドである。これで在庫は無くなった。トラスのお薬だけである。

 

「一応樹少年にも効くとは思うけど、従魔に使うのが前提だからね。そして、即効薬じゃないから」

「ネトゲタイプのポーションっすね。回復量は?」

「多分実数値で七百じゃないかなぁ。端数まではわからん」

 

 初期ポーションが百五十なのを考えると、結構いい薬だが、そもそもアイテムは使う意味が無い。数値インフレがあっという間だからな。

 実験はノーソに感染させたシルクで行った。これがHP自動回復量の増加アイテムだったら計測し直しである。

 

「……おはよう、ございます」

「お、新田さんおはよー!」

 

 次に来たのは柊菜だった。背後にエンドロッカスだけが佇んでおり、チェリーは寝ているのかリコールしているのか姿が見えない。

 柊菜が何故かこちらを見ている。

 

「なにかな?」

「いえ……」

 

 歯切れが悪い。こりゃガイストに接触したのは柊菜で良さそうだ。彼女は情報収集に力を入れていたから、何かを知ったのだろう。この世界から地球へ戻る方法か、何かか。

 取引は問題無さそうだな。

 

「ちょっとアヤナ! あんた何先に来てるのよ! それならそうと言いなさいよ!」

「ごめんごめん。てっきり呼ばれていると思ってね」

 

 騒がしく里香もやって来た。全員が揃ったので、食事にようやく付けそうだ。

 人目を気にしてもしょうがないので、幾つかのパンやらの手に持てる食料を清潔な布等にまとめていく。

 

「なにしてんすか」

旅糧(たびがて)

「そんなにすぐに出るんですか? あと、さすがにはしたないと思います」

 

 早速樹少年と柊菜に見咎められた。ノーソのご飯なんだよ。いいからほっといてくれ。

 

「さて、そろそろディナーといこうじゃないか。食べながらでいい、聞いておくれ。少しだけ迷い子達に頼みたいことがある」

 

 ガイストが立ち上がると、指を鳴らした。扉を開けて一人の少女が入ってくる。彼女は、ここに来た時に見かけた少女である。

 

「彼女はミルミル。若き僕の弟子にして天才の魔術師さ。僕はこれ以降少しだけ忙しくなるから、彼女が君達の相手をしてくれる」

「ミルミルよ! 三つの命を持つ若き天才魔術師なんだから、それなりに敬意を持って接してちょうだい。魔術師は高貴な存在なんだから!」

「おおー。いかにもな高慢キャラ」

 

 樹少年がズレた感想を残す。聞こえたのだろうミルミルはそちらをキッと睨みつけた。

 

「それと、君達にひとつ頼みたいことがある。僕らの都市の近くに、先日君達が襲われた怪物の拠点がある。アレは僕以外だと倒す事が難しい相手だ。一度でも立ち向かおうとした様子から、君達はアレを倒せるのだろう。それを見込んでのお願いさ。拠点へ侵入し、敵を排除して欲しい。こちらが頼み込んでいるのだ。報酬も用意しよう」

「お、おおお!? 遂に王道RPG風イベントが!?」

 

 ガイストの言葉に樹少年が興奮する。それに水をさすように里香が手を上げた。

 

「悪いけどそれ、私とアヤナは用事があるから参加出来ないわ」

「ふむ……それもいいだろう。僕から頼んでいることだしね」

「そういうことだから、三人でお願いねっ」

「え、ちょっと! 里香ちゃん……!」

 

 言うが早く。里香は食事をかき込むと、アヤナを連れてどこかへ行ってしまった。

 元より勇者がダンジョンに入れるか不安だったので、ゲーム通りになった事に安心しよう。多分そのことを勇者二人も理解しているだろうし。

 

「急に味方がパーティーから離脱するのすっげぇRPGっぽい」

「わかるよその気持ち」

 

 樹少年の感想に強く同意する。ゲームっぽいよな。

 

「さて、先に報酬を支払おう何を求めるかい?」

「随分気前が良いっすね」

「龍の召喚士がいるんだ。負けはしないと思っているよ」

 

 ガイストは確信を持ってこちらを見つめている。まあ、ウィードならダンジョンクリアも簡単だろう。

 

「そうだね。俺は金でも貰うよ」

「え、そんなんでいいんすか!?」

 

 別に欲しいものないし。どうせクエストクリアすれば石だって貰えるからね。こいつらから情報を貰おうとしたところで、大した事を教えてくれないだろうと思う。

 奴らは魔術師だ。魔に属するものたちだ。契約を結び力を得る存在だ。どうせ契約の穴を突いて色々してくるだろうし、それなら物でも貰った方がいいだろう。

 

「あ、千万シルバ以上ね」

「思った以上に大金だった……!」

「ふーむ。いいだろうよ。それで契約は成立だ。さ、少年はどうする?」

「お、俺っすか……。うーん。魔法を教えて欲しいっすね」

 

 まあ、力を求める樹少年なら、そんなことを願うだろうとは思っていた。

 

「そうか……。契約は成立だ! 少年と少女はミルミルから魔法を教わり、君は僕が千万シルバを渡そうじゃないか」

 

 そう言うと、ガイストは小さな袋を俺に渡した。

 

「空間に作用する魔法をかけている。魔道具の一種さ。中身も確認しておくれ。ああ、気にしなくていい。これもサービスだよ」

「ふーん。まあ、貰っておくよ」

 

 ヴエルノーズでは逃亡の為に全資産捨ててきたからな。スキル屋を見つける前にお金が手に入って良かった。

 

「さて、場所はミルミルが知っている。後のことはミルミルに任せるよ。それじゃあ、頼んだ」

 

 そう言ってピンク天パの優男は消えてしまった。

 

「──さて! それじゃあ今日は夜だし私は寝るつもりだけど、迷い子達は寝起きかなんかでしょ?」

「そうっすね」

「それじゃあ最初に魔法の課題でも出しておきましょうか、これからは私の事を教官と呼びなさい! わかった?」

「イエッサー!」

「それは男にする返事よ!」

 

 早速樹少年とミルミルが戯れている。何となくこの後の樹少年のメンタルに不安がでてきたぞ。

 

「そこの男も聞いておきなさい。いい? 魔法っていうのは、幾つか系統があるの。最初は従魔が使う『スキル』から魔法をそっくり再現しようとしてたんだけど、それじゃあ人間には合わないってのがわかったのよね。そこから私たち人間の使う魔法は『アクセス型』というものに変わったのよ」

 

 軽い座学のつもりなのだろう。席に座ったミルミルが口頭で説明をしていく。既にゲームで知っている俺はいいのだが、二人は大丈夫なのだろうか。

 

「まあ、名前は様々なんだけど、私達が魔法を引っ張ってくるのは、純然たる元素の王者に対して奉納を捧げる事で奇跡を生み出して貰うタイプね。地脈の接続でよりアストラル体を異界に近付けて、それからゲートを介して魔法を貰うの。基本的なプロセスは召喚士とやっている事は同じよ!」

「はい! はい!」

「何よ! こんな初歩で分からないことあるの?」

「もう最初からほとんどわかんないっす……」

 

 まあ、世界の成り立ちとか色々知っていることが前提だったりするからな。魂を異世界に近寄せて親和率を上げて魔法を引き寄せるって考えればいいだけだ。異世界をあの世に置き換えれば、半幽体離脱状態になって心霊現象を引き起こすとでも言えるだろう。

 

「はあ!? ……あんた別系統の魔術師かしら? オド、マナ、エーテル、アストラル。これに聞き覚えは?」

「だいたいあります!」

「えー? 何それ、しっちゃかめっちゃかに覚えてるのね。うーん、どうしようかしら」

 

 樹少年のネットかゲームかラノベ辺りの知識でミルミルが悩み始めたのを見て、助け舟を出す。

 

「俺達に一番感覚が近いのは、魔力を体内から引っ張り出して使う精神力タイプだよ」

「あー……面倒くさいしあんまり強くないやつね。まあいいわ。マナ式かエーテル式かオド式のどれかは知らないけどそっちで教えましょうか」

 

 この世界の魔法は本当に複雑である。同じ炎の魔法でも、メラやファイア、アギ等と使う人によって魔法が分かれている。それぞれに系統があり、引き起こす結果は同じでも、それまでの方法などに大きな違いがあるのだ。

 

 そういう意味では最初の魔法が一番楽に覚えられる。ミルミルの得意技であるし、この世界にいる神官系も使う魔法タイプなので、師匠が多いのだ。

 

「グルル……なんだよ?」

「なんでもないさ」

 

 まあ、その魔法は俺が使うのには難しいだろう。元素の王者。つまりウィード達のような存在に祈りを捧げる事になるので。

 ぶっちゃけ土はウィードがいるし、他はウィードが嫌がるだろう。

 そもそも魔法なんぞは魔女なりなんなりを召喚すれば全て解決すると思っているので、俺はこうして学ぼうとする二人は無駄な事に時間を費やしているとしか言えない。

 

 そんことしてる暇あったら石集めろよ。割れ。火力支援と回復不足してんだぞ。

 俺後四個石集めたらまた召喚するんだからな。柊菜も樹少年も俺が従魔三体なのに対して二体なんだぞ。急げよ。焦れよ。

 

「まあ、私もそこまで勉強した訳じゃないんだけど、迷い子達の言う魔力を消費してーって奴は、いわゆる内在精神力か、存在力か何かを代償に現実に魔法を引き起こす奴でしょ。アレ結構リスク大きいのよね。どの魔法にしたってタダで出来る訳じゃないけど」

「俺が知ってるのは精神力だと思うっす。ね、新田さん」

「えっと……そういうの詳しくないから……」

 

 柊菜は元々良いとこの子供っぽいのでサブカルに詳しくないのだろう。ミルミルが出来ない子供を見る目で見下した。

 

「そんなんでよくガイストから教わろうとしたわね。身の程を知りなさいよ」

 

 好感度が足りない。というか、ミルミルはガイスト大好きっ子なので、最初はこんなもんである。

 ミルミルはため息をつくと、ひとつ指を鳴らそうとしてカスっとスカした音を立てた。

 すると、指を鳴らそうとした手にひとつの玉が握られていた。どこから取り出した様子も無い。

 

「……なんすか、これ?」

「私人間が使える初歩の初歩たる魔法。これは衝撃を与えると割れて音を出す玉を作るわ。魔法使いじゃなくても使えるし、小さい子供なんかは、互いにこれをぶつけ合って遊びながら、魔術に触れるのよ。他の使い道は、近所に投げて嫌がらせか、害獣を追い払うことくらいかしら」

 

 グッと力を込めると、簡単に玉は割れて、パァンと音を出した。

 

「最初はこれが使えるようになりなさい。迷い子じゃあ使った事も無いでしょう?」

「コツ……とかは?」

「音玉の魔法は最初の概念だから言葉にするのは難しいのよね。これの作り方で迷い子達の使う魔法が決まるから、思いつく好きな方法で挑戦してみなさい。それじゃあ、明日。またここに集合……は出来なさそうだし、私が迎えに行くからよろしく」

「あ、ストップ! 他には何か魔法ないの?」

「欲張りねぇ……。それじゃあ」

 

 ミルミルは、引き止めてきた樹少年へ歩み寄り、胸を強調するポーズで樹少年へと向かい合った。

 前かがみになり、樹少年の頬を人差し指でつつく。

 

「あなたに幸運を」

「うっ!?」

 

 途端に樹少年は胸を抑えて後ずさりした。顔も若干赤い。

 それは、魔法を使ったミルミルも同様で、僅かに赤い頬を誤魔化すように服をあおぎながら、体を起こした。

 

「スリープさん、何があったんですか?」

「あれは幸運の魔法。母親が我が子に使うようなおまじないの魔法だよ。自分自身に使う事は出来ず、自分の幸運を他者に分け与えるタイプの魔法だ。使用するには相手へ僅かでも好意を抱いている必要がある。使うと好感度が上がる」

 

 実は恐ろしい魔法である。ゲーム主人公でも使える魔法であり、犯罪者として捕まり、西にある大監獄へ連れて行かれた先に待っているのが、幸運の魔法を瓶に詰めた幸福薬を作るハッピー工場である。

 使用者の幸運を使うので、作ると死ぬ。死ぬまで作らされる。それがハッピー工場である。脱獄は困難で、その中で生存するには隣の人に幸運の魔法を使うしかない。

 というのも、実は幸運の魔法は自分で消費した量よりも僅かに多く相手を幸運に出来るのだ。これを利用した無限幸運回復で、ハッピー工場は回っている。

 隣人愛に溢れた職場。ハッピー工場。それが作る幸福薬は、一人の人生に相当する幸運が詰め込まれている。ゲームだとランダムな回復とバフを与えるアイテム。幸福薬。使い方は静脈注射。針は無いので戦闘中でも使える安心設計!

 

「そ、それじゃあ、この魔法か、音玉の魔法が使えるようになっているように! わかんないなら明日教えるわ。それじゃあ解散!」

 

 まくし立てるように言うと、素早くミルミルは出ていった。呆然としている樹少年や柊菜を眺めていると、ウィードがこちらを見上げてきた。

 

「グルル……お前はやらないのか?」

「興味はあるけどね。やっても意味無いでしょ?」

 

 そもそも、現地の人間より俺達は弱い。それがどんな影響を与えるか不明だし、俺が魔法を使えるように修行する時間を石集めに費やせば、極めるよりも早く、極めるより強い存在を手に入れられるだろう。

 召喚士の道を捨ててまで魔術師になる理由はない。召喚士は人間だけがなれる職である。唯一のアドバンテージを捨てるなどありえない。

 

 今から魔法を始めたところで、ピクシーよりも強くなるのにどれだけの時間がかかると思ってんだか。

 

 クイクイとトラスが袖を引いてくる。

 トラスの方を向けば、無表情のままにトラスがパチリとウィンクしてきた。

 

「……」

「おま……すげぇな」

 

 俺の知覚範囲の外からノーソが唸るような感覚を覚える。同時に、トラスが幸運の魔法を俺に使ってきた事を理解した。

 あいにく俺は魔法を使えないので、幸運を返して二人の幸運を際限なく高める事は出来ないが、貰ったものの分くらいは返したくなる性分だ。

 

「ありがとな。今度トラスが集めた石で従魔を召喚したら、もっとイズムパラフィリアの事教えるから」

 

 なんなら隠しイベント情報の一つは教えてもいい気分だ。

 

 感謝を込めてトラスを撫でるが、肝心のトラスは、どこか嫌そうな雰囲気を漂わせていたのだった。



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33話 フレンドシステム実装

実はここ最近の話は書き上げたらすぐに投稿している自転車操業状態です。身の回りが落ち着いたら手直しすると思います。


「できた?」

「できませんでした!」

 

 翌日。ミルミルの手により久しぶりに屋外へ連れ出された。そして、昨日出した課題の成果を聞いたのだが、樹少年は元気よく匙を投げた旨を伝えたのだった。

 苛立った顔をしてミルミルが樹少年へ音玉を投げつける。

 

「うっ」

「ったく……なんでこんな簡単な事も出来ないのよ。とりあえず、迷い子達のレベルは分かったから、先にダンジョン攻略に行くわよ!」

「えっと……理由は?」

「簡単な話よ。ダンジョンは星の魔法。時空の異なる空間にして、エーテルの塊でもあるんだから! まずはエーテルに触れる為に行くわよ。そこで魔法の感覚を掴むの」

 

 色々説明しているが、要はフレンドダンジョンである。一人二体まで従魔を召喚して、ダンジョンの奥地を目指すコンテンツだ。

 これがギスギス要素にもなる。オートで進められるだけの強さが従魔にあればいいが、大体手数が足りないので、手動で助け合う必要があったり、ギミックがあったりする。

 そのくせパーティーは個別に見せ合うことも無く自分で決めるブラインドピック方式なので、下手すると全員で同じ従魔だったりゴミ出してきたりする。

 ちなみに、ダンジョンはひとつの巨大なバトルフィールド扱いなので、龍種覚醒が足を引っ張る事は無いドラゴン優遇コンテンツだ。

 

「それと、昨日言い忘れてたけど、魔法を学ぶにつれて、一つ決めておく事があるわ。自分がなんで魔法を使うのか。人の理を外れるのか。その理由を明確にするために、誓いを決めておきなさい」

 

 ミルミルはそう言うと、自分の杖を抜いた。

 

「『三つの試練』……私は命が三つあるの。その分魔法を同時に三回使えるのよ。まあ、それとこの言葉はあまり関係ないんだけど、魔術師同士、戦うことがあった時に名乗れるように、自分の根底にある魔法を決めておきなさい」

 

 好感度イベントで判明することだが、ミルミルの誓いであるその言葉は、小さい頃読んだお話に憧れて付けたものだ。試練を乗り越えて大活躍する魔法使い。それを目指すために彼女は自分の命にかけて『三つの試練』という誓いを刻んだ。

 同名アビリティ効果は、魔法再使用二回という破格のものである。魔法が当たればアビリティを使うだけで魔法が三回当たった事に出来るという、実質三倍ダメージを与えられるアビリティだ。

 

「それじゃあこれ渡すわよ」

 

 そう言ってミルミルはブレスレットを取り出した。ひとつのビー玉サイズの水晶球がついている。

 

「これはなんすか?」

「その魔道具同士で登録した相手の現在位置を知ったり、会話したり出来るわ。後は信号を出して救援も呼べるわよ」

 

 フレンドシステムである。最終ログイン時間。ゲーム所在地のサーチ、ささやきやメッセージの送信。レイド救援ができる。

 

「まずは迷い子達とそこの子供の分を用意したから、登録しておきなさい。ダンジョンではぐれたら、それで探すのよ」

 

 軽く水晶同士をくっつければ登録出来るわ。という説明を聞いて、全員分登録しておく。

 早速俺は水晶を弄り回してゲーム時代にあった機能も付いている事を確認した。

 

『活動はまったりでやってます! 星十以上完凸レベルマ必須。コンテンツ参加制限かけてます』

 

 まあ、さすがに全部ゲーム通りじゃないので参加制限とかかけられないのだが。

 参加報酬目当てで参戦して即死されるとクリア評価が下がるので、必須機能なんだよなぁ。

 

『ピクシー可愛い! 女の子の従魔求めてます! おすすめがあったら気軽にtellしてください』

『初心者です』

 

 樹少年も柊菜も、流石は若者といった具合に、色々弄り倒してプロフィール設定から何から作っている。

 

『すりーぷ』

 

 トラスはどうだろうかと確認してみると、プロフィール画面の一言にはそれだけが書かれていた。

 ちらりとトラスを見る。目が合った。

 

『ありがと』

 

 ……俺トラスエンドでもいいかもなぁ。いつの間にこんなに好感度を稼いだのだろうか。

 

「ちょっと! なんでそんなに黙々と魔道具弄ってんのよ!」

 

 スマホに飼われている日本人の姿が異様に見えたのか、怯えた声でミルミルが怒鳴った。

 

「いやー。懐かしいなって」

「ほんとにね……。まだそんなに長い間離れてないはずなのに」

「……とりあえず、先に進むわよ。今日の目的はダンジョン攻略。ダンジョンは特殊な空間だから、従魔は二体までしか召喚出来ないわ。それに、後々引っ込めたり、追加で呼び出すのも不可能よ」

 

 ミルミルに連れられて新緑の森に入ったすぐの所に石階段を見つけた。周辺には、風化して折れた石の柱が生えている。

 地下に何かがあると思わせるようなダンジョンだ。

 

「ここよ。魔術師達の偵察では、ここからエンド──あの怪物のことね。そいつが出てきたのを確認しているわ」

「ここから?」

 

 柊菜の疑問はもっともだ。入口は小さく、人一人が入れば横を通り抜ける事は出来なさそうなほど狭い。到底あの怪物が出てこれるとは思えない。

 

 そういう疑問の意図を読み取ったミルミルが手に持った杖をクルクルと回した。

 

「あの怪物の元は人間よ。お師匠様──ガイストは秘密主義だから何も教えてくれなかったけど、アレがなんなのか多分分かっていると思う」

 

 別に難しいことじゃないだろうに。人の形をした化け物。似たような存在ならすぐ隣にいるだろう。

 従魔だ。あのエンドという化け物は従魔になる事を目指して作られた失敗作である。そして、唯一の成功作は柊菜の隣にいる。

【アビスの暴剣エンドロッカス】同じエンドの付く存在であり、死種だ。まあ、第一部終了後にしかエンドロッカスは手に入らないので、死種なのは当たり前なのだが。

 人は弱い。従魔に簡単に蹴散らされる虫けらのような存在だ。脅威に対して人間が取る行動なんて大体想像つくだろうに。創作では、人類が今のままでは勝てない相手には、いつだって似たような方法を取る作品で溢れている。

 従魔化だ。従魔になれば、抵抗出来る。そういう考えに行き着くのは、そう遠くないだろう。

 思いついて、実行に移す存在は、どんな人物かも、少し考えれば分かるはずだ。

 

「ま、そういう難しい事は気にしなくていいわ。上意下達を徹底すれば、ある程度上手くいくものよ。多分人間が潜伏していて、外に出た時に従魔化するんだと予想しているから、今のうちに叩けば勝てるわよ」

 

 イズムパラフィリアの世界観は基本的に暴力的で実力的だ。トップは必然有能になるので、ミルミルの言うことも理解出来る。

 群衆とは思えない程に行動が早いのも特徴である。

 

「さ、入る前に従魔出しておきなさい」

「『コール』シルク、ウィード」

「俺はもう出してます」

「こ、『コール』エンドロッカス、チェリーミート」

「……」

 

 樹少年は胸元からピクシーを取り出し、腰に下げているリビングエッジをぽんと叩いた。

 トラスは、俺の肩に乗ったまま天に手をかざした。数秒後、ジェット機でも飛んでいるかのような音を立ててアラバスターゴールドが降ってきた。

 

「ちょっと!? くっ『エーテリアルシールド』」

 

 大急ぎでミルミルが地脈を引っ張り障壁を張った。おかげで周囲に影響を与える事無くアラバスターゴールドは着地に成功した。

 

「うそ……。地脈の障壁をこんな簡単に……」

 

 着地させるだけに終わった魔法を見てミルミルが絶句している。まあ、アラバスターゴールドは対魔法用従魔なので仕方がないだろう。

 

「呼んだか? 我が主よ!」

「……」

「……流石にそれは無理な問題だ」

 

 呼び出されたアラバスターゴールドが無言でトラスが指さした先を見て困りきった顔をする。先には人一人分の大きさの階段。

 リコール出来ないから今回も参加は無理のようだ。

 

 がっかりしたトラスを見て、ますます困った顔をしている。無理なもんは無理だ。

 

「ちょっとハプニングがあったけど、先へ進むわよ」

「トラス、気にしなくていいさ。どうせ参加報酬は手に入る。石さえあれば新しい従魔も手に入るんだ。次は小さめの従魔を狙おうぜ」

 

 トラスを慰めてダンジョンへと足を踏み入れた。

 光源が存在しないにもかかわらず薄暗いだけで済む謎の空間。淀んだ空気と肌を刺す不快な刺激が、ここは危険な場所だと本能に訴えさせている。

 

「気持ち悪い……」

「ここがダンジョンっすか……気味悪いっすね」

「この肌を刺す感覚こそがエーテルよ。……思ったより濃度が低いわね」

 

 柊菜が両腕を摩って身を縮める。樹少年も顔をしかめて周囲を見渡している。

 ゲートだろうか。入った先にあるのは、広めの空間に、1人ずつ通れるような区切りが幾つも作られた場所がある。本来の役目は失われており、通り抜ける事も可能だろう。

 

「何もいないわね……。まあ、入ってすぐだし、そんなこともあるか」

「ウィード、戦闘準備」

 

 ダンジョンは一つのバトルフィールドだ。接敵前にウィードの龍種覚醒を発動させておく。ここから先はウィードがいる方がいいだろう。

 

 龍種覚醒は、ゲームではただのデメリットアビリティだったが、現実ではその行為に理由が付けられていた。

 龍種の力は強大だ。それ故に消耗が大きく、常に同じ状態でいれば、あっという間に力が枯渇してしまう。そういう消費を減らす為に普段は力を抑えているらしいのだ。

 じっくり時間をかけて本調子に戻すのが一番負担が少なく、しかし緊急時用の為に大きなダメージを受けた時に、無理やり体を叩き起す事も可能になっている。それが龍種覚醒というアビリティのようだ。

 シェイプシフトも同様である。食事等の量を普段から減らせるようにすることで、種全体の配分を増やすと同時に個体数を伸ばす為の節約術なのだとか。

 

 故に、普段から龍種覚醒をダメージ発動させていると、いざと言う時に力が出ない可能性があるのだとか。

 デメリットアビリティがより強いデメリットになって返ってきた気分だ。本当に使いにくい。

 

「……先に進むわよ」

 

 俺を先頭に柊菜、ミルミル、樹少年の順で先へ進む。タンク、戦士、魔法使い、僧侶の順である。

 ゲートを抜けた先はエントランスなのだろうか。とても広く大きな空間があった。明らかに地面を突き破っているであろう高さにまで天井が伸びている。ボロボロの椅子やテーブルがあちこちにあるだけで、他に目立つ物は何も無かった。

 強いて言うならば、人が集まって話をするだけにありそうな部屋だ。

 

 人骨が転がっている。それは、俺達がこの部屋に入ってくると同時に、カタカタと鳴り出して、糸で吊り上げられるように形を作った。

 

「キャアアアア!!」

「うわっ!?」

 

 柊菜の悲鳴が響く。それに驚いた樹少年の声もした。音は部屋に反響して、動いていなかった人骨達を動かし始める。

 スケルトンとでも呼べるモンスターである。

 

「ちょっと! 落ち着きなさいよ! こんな場所で自分の居場所を教えるような真似しないでよね!」

「まったくだ。ウィード」

「グルルッ!」

 

 パニックになった柊菜と樹少年の相手はミルミルに任せて、ウィードをスケルトンに仕向けた。

 数こそ多いものの、動きは緩慢なので、特に問題も無くガッシャーンと蹴散らされるスケルトン達。

 

「……いつの間にこのゲームはこんなホラーチックになったんすか」

「別にホラーでもないでしょ。スケルトンなんてRPGじゃよく出てくるし」

「帰る! 帰りますぅ!」

 

 柊菜の発狂が収まらない。幽霊とかダメだったんだろうか。思い返せば、柊菜は人の死体を見ていた記憶が無い。

 ……どうしようかな。

 少なくとも、このダンジョンはアンデッドしか出てこない。我慢して貰おうか。

 

「だだだ、大丈夫ですご主人様! 私が守ります!」

「もふもふ……」

 

 チェリーミートの自身を使った押さえ込みで柊菜が大人しくなった。チェリー自体もこういうのはダメらしく、表情は真っ青なのだが。

 まあ、先へ進んでもいいだろう。

 

「先行くよ」

「これ、何が目的なんですか?」

「ダンジョンといえば奥地にいるボスを倒すのが普通だろうに」

 

 今のレベルだとウィードがいるからこそこうして全員で戦わずに済んでいるのを忘れないで欲しい。ここは、チェリーミートと星三従魔一体、ミルミルだけで攻略出来る難易度なのだ。

 周回すると難易度も上がるので、いずれはDPSを意識したギスギスが始まるであろう。その時にいちいち悲鳴など上げられなくなっているはずだ。

 柊菜が使えなくなるのは構わないが、ミルミルだけはこのダンジョンの最終戦で欲しいので、それまでにお荷物のままでいるのだけはやめておいてくれ。

 

 エントランスを抜けた先は、長い廊下だった。エントランスの大きさに合わせてかなり広い空間であり、ひとつひとつの扉は頑丈なスライド式の石の扉だった。

 部屋を覗くと、そこは工房のようなものだった。割れたガラス瓶に、床にある紋章、朽ちた本棚など、複数の部屋を回ったが、大体同じ作りになっている。

 

「……スリープさん。俺、今朝こんな感じの部屋を見たんですけど」

「おっ。良い記憶力だ。答えを見に行こうじゃないか」

 

 長い廊下を進むと、突き当たりに一際大きい両開きの扉があった。その扉だけは、他とは違い、まだ使われているような印象を与える。

 

「やっと着いたわね! さあさあ、早くガイストのお願いを叶えてあげようじゃないの!」

「えっ、こういうのはまず聞き耳からしていくもんなんじゃ……!」

 

 これまた随分珍しいゲームを知っている樹少年の言葉はミルミルに届かず、扉は開かれてしまった。

 最奥部。そこにいたのは、ゾンビとも言える人物だった。

 落ちくぼんだ目に、乾きひび割れた唇。ボロボロの長衣を着込み、誰かの腕に宝玉を収めた杖を持っている。

 柊菜は無言のまま口元を押さえた。今までのモンスターと違う様子に、樹少年も剣を抜いている。

 

「来たか。次代の人柱よ」

「……あんた、魔術師ね。なんでこんな存在がここにいるのよ。もしかして魔法都市を襲っていたのはあんただっていうの?」

 

 ミルミルの言葉にモンスターは答えない。

 

「私は長い言葉を好まない。そういうことは、貴様の師匠にでも聞け」

「──っ! ああそう! いいわ、帰ったら全部ガイストに聞いてやるんだから! 私だってそろそろ次の魔法都市のボスになれるくらいの実力はあるんだから!」

 

 ミルミルが激昂し杖を抜いた。それを皮切りに戦闘が始まる。



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34話 魔法都市

「『我が身は唯繋ぐ』」

「ご丁寧にどうもっ!『三つの試練』!!!」

 

 両者が杖を抜いて魔法を放つ。ミルミルは風の魔法。モンスターは水の魔法だ。

 魔力がぶつかりあう。空間が目に見えるほどの揺れを伝え、体がぐらついた。

 両者の魔法は、モンスターの勝利に終わった。

 

「舐めないで!」

 

 ミルミルの一度消えた魔法が再発動し、今度こそモンスターの魔法を食い破る。

 

「チェイン」

 

 モンスターは一言告げるだけで、新しく魔法を放った。ミルミルの魔法がさらに消滅、再発動して、ようやく相殺した。

 

「す、スリープさん! これ俺達何すればいいんですかね!?」

「んー。見てたら?」

 

 シナリオスキップしたいなら、そこのボスモンスターを殴ってもいいけど、話が飛ぶよ。

 これはイベント戦なので、基本的には見ておくしかない。もう少ししたら俺達も処理する実用があるスケルトンが湧くので待っていてほしい。

 

「蘇れ、我が同胞よ」

 

 モンスターの醜悪な杖が地面を叩くと、その下からスケルトン達が湧き出てくる。

 

「あれを倒すよ」

「う、うっす!」

 

 体育会系な返事をして、樹少年は剣を構えてスケルトンへと向かっていった。後は時間が経つまでの耐久戦である。

 

「ウィード、柊菜の方も蹴散らしておいて」

「グルル……なあ、いいのか?」

「別にいいんじゃないかなぁ。俺は必要だと判断したことなら実行するし、その結果にはある程度責任を持つつもりではあるよ」

 

 ダンジョンというのは、ひとつの地脈のたまり場でもある。星の魔法。と言われるように、高濃度の魔力の元となる物質が幾つも含まれており、それは都市を作る上で非常に役に立つ。

 つまり、基本的に街の付近、もしくはその内部に実はダンジョンが転がっている事が多い。ミラージュがいるヴエルノーズでは、近場に終末の洞窟が存在しているし、魔法都市にはこうしてすぐ側にダンジョンがある。

 ダンジョンの中にいるモンスターや従魔は、そこから外には出てこない。理由は不明だが、まず放置していれば、出てくることは無いのだ。

 

 そして、今までの道のりに人が生活していた様子は見受けられなかった。ダンジョンの形を見ればわかる通り、ここは元魔法都市である。

 ぶっちゃけハメられている。それはゲーム時代でもそうだった。つまりはここまでが正史の流れでもある。

 

 魔法都市は、一人の地脈に捧げられる魔術師を長とした集落である。次代の魔術師が誕生すれば、その集落は不要になり、捨てられる。地脈で定めた範囲から出られない唯一の存在は、そこに捨てられ、ダンジョンのボスとして半永久的に生き続ける。

 それが延々と続くのが魔法都市の仕組みである。ここは複数かつ広範囲に地脈が密集しているらしく、それぞれを束ねるように時間をかけて魔術師が生贄となり都市を、ダンジョンを生み出している。

 そして、古いダンジョンのボスを倒して、そこに新しい魔法都市を作れば、魔術師達の次の拠点の完成だ。

 この都市の頂点は、あくまでも守護者であり生贄なのである。これが、このシステムが、魔術師達が出した最善の案だという。

 

 こいつを倒せば、魔術師ミルミルは柱となる。地脈に楔を打ち、建築魔法で都市を、集落を生み出す魔術師となる。まあ、儀式は必要だが。

 俺達プレイヤーは、それが成された時に真実を知る。そして、その負の連鎖を断ち切る為に、次であるミルミルを殺すことで魔法都市の崩壊を狙うのがメインストーリーだ。

 サブクエストでは、ミルミルの代わりになる魔術師を作るガイストを倒し、魔法都市そのものを消滅させることが目的である。

 

 地脈を操れるミルミルは、おそらく今後必要になってくるはずだ。エンドロッカスが従魔となっている今、完成体がいるのかは不明だが、それでも用心しておくに越したことはない。

 

 イズムパラフィリアの第一部に必要なストーリーキャラと勇者アヤナは確保しておくべきだろう。樹少年と柊菜が地球に帰る為にも、世界滅亡を防ぐためにも。

 より大きな善の為に。功利主義の考えは嫌いじゃないが、俺の心理を突きはしない。

 

 らしくない事をしている。

 

「っ! エー君! チェリー!」

「了解です、ご主人様!」

 

 魔術師同士の戦いで、年季の差は覆せなかったのだろう。ミルミルが打ち負け、魔法が直撃しそうになった途端。柊菜が動いた。

 チェリーが風で道を作り出し、エンドロッカスが進む。従魔の力で一瞬のうちに詰められた距離が、容易くモンスターの魔法を打ち砕いた。

 手のひらを返し、一閃。元々耐久力の無い魔術師のモンスターだ。巨大な剣の一振りに倒れ、動かなくなる。

 

「あちゃー。手を出したか……」

 

 イベント戦闘は、普通に進めば一度ミルミルが死ぬ。というか、シナリオスキップしたところでミルミルは死ぬ。必定である。

 そこで小出しにされるこの魔法都市の情報があるのだが、それはいいのだろうか。

 イベントは進む。ボスモンスターの首が、転げ落ち、ミルミルを見つめる。

 

「契約は成された……。私の知識を、連綿と紡がれる記憶と共に、この都市を捧げよう……」

「えっ……キャアアアア!!!」

 

 鋭い悲鳴をあげてミルミルが崩れ落ちる。モンスターは既に白い粉となって崩壊した。

 

「お、おい! どうなってんだよ! 何が起きてんだよ!」

 

 今回は完全なモブだった樹少年も、ただならぬ様子に急いで駆け寄ってきた。気絶しているミルミルを抱き上げて、脱出しようとする。

 

『その必要は無い。迷い子達よ』

 

 声が聞こえる。振り向くと、紫色の小さなボール型のモンスターがそこにいた。

 

「うそぉ!? ゴブリン、ゴブリンじゃないっすか!」

 

 樹少年が一発で見分けた通り、ゴブリンと言えるような風体のモンスターだ。実際ゴブリンである。ボールに手足がくっついたような姿なのに、よくそうだと気付いたな。顔はもうゴブリンだと思わせるデカい鼻と牙があるから、顔だろうか。

 ゲームやら創作やらでは、悪しき魔物だったり、追い剥ぎとかする蛮族だったりと、様々な設定のあるゴブリンだが、この世界のゴブリンは無邪気な妖魔である。善にも悪にも使われる、奉仕種族みたいなものである。彼らに善悪の概念はなく、ただひたすらに命令を聞く存在だ。賢い子供と言ってもいい。

 使い勝手の良さから、魔術師にはよく使われる。

 

『むしろ、魔術師ミルミルを、そのダンジョンから離す方が危険だよ』

「……どういうことです?」

『これが、僕では出来ない仕事だったんだ。本来ならば、他の魔術師を連れて、大きな犠牲を払って行う儀式だったんだけどね。これが、これこそが魔法都市の作り方。地脈は人間の体では扱いきれない。その身が飲まれ星と混ざり合うその時まで、守護者となり続ける魔法だよ。僕らの、魔術師達の繁栄を目指す魔法さ』

「こんな……こんな方法でっ! 一人によって守られる世界を作ったんですか!? 魔術師達皆で力を合わせることも無く、ただ一人に犠牲を押し付けるような、こんな方法しかなかったんですか!」

 

 柊菜が初めて声を荒らげた。しかし、未だ幼い少女の言葉は、老練な魔術師には届かない。

 

『君も見ただろう? 先程君の従魔の手によって、あれだけミルミルが苦戦した存在を、僕の師匠をあっさりと切り伏せたのを。いいかい召喚士。君達は従魔を操った気になっているようだが、それは大きな間違いだ。強い召喚士は人間じゃない。僕らは人としての矜恃を持って、人類の世界を作るんだ。こんな、人外の化け物達の手のひらで踊らされて生きていくなんてごめんだね』

「……結局、自分が化け物になっていたら、なんの意味もないじゃないですか!」

 

 柊菜が叫ぶ。ミルミルを抱きしめ、ゴブリンを睨みつける。

 ……魔術師は分類上まだ人間の範疇である。というのは無粋だろうか。ガイストも、あくまで人間であり、モンスターでも、ましてや従魔ですらない。ちっぽけな人間クラスだ。

 

『…………話は済んだかな? 報酬は用意した。ミルミルも、意識が戻れば己の役目を受け入れるだろう。疲れただろうから、戻っておいで。ご馳走の用意もしたんだ』

 

 既に事は完了している。これ以上問答を続けたところで、意味を成さないだろう。

 ……ミルミルは己の役目を受け入れ切れなかったけどな! ツンデレクソ雑魚メンタル片思いが哀れだぜ!

 まあ、別にどうでもいい。このままだと、普通にメインストーリーは進み、ミルミルは運命を受け入れず、従魔になるであろう。

 そしたら、次の街へ行けばいい。ここもまた逃げるように後を経つ必要があるが、休息は十分だ。

 大筋に変わりはない。

 

「──話は聞かせて貰ったわ!」

 

 そんな時だった。絶望を切り払うように、甲高い少女の声が響き渡ったのは。

 ゴブリンの後ろから、里香とアヤナが入ってくる。

 

「勇者里香参上!」

「ゆ、勇者アヤナ参上……」

『勇者がここに来たところで、何も変わらないよ。既に彼女は地脈と繋がりつつある。後は魔法が完了するのを待つだけだ』

「そうね。多分そうよね。でも、私達いいモノ持ってきてるのよね。『コール』アヤナ!」

 

 里香がゴーレムを召喚し、アヤナがそれを素手で貫いた。引き抜いた腕には、ゴーレムのコアであるクリスタルが輝いている。

 

「悪いわね。ここでお別れよ」

 

 ゴーレムは何も言わずに、里香へ忠誠を誓うように跪いた。

 ゴーレムのコアがダンジョンの床、ミルミルの隣に置かれる。そして、勇者アヤナが手を着いた。

 

「魔術起動、術式確認、掌握可能

 

──『持てる者の義務を』」

 

 三メートルほどの魔法陣が展開する。それはミルミルを中心に、繋がりをゴーレムのコアに書き換えているようだ。

 

「繋がりが全部書き換えられない!」

「はぁ!? 予想外なんだけど!」

 

 早速問題発生のようだ。アヤナと里香が叫んでいる。魔術師達が繋いできた歴史の方が上手だったようだ。

 

「ちっ……何か方法はないの?」

「殺したら?」

 

 里香の言葉に、アドバイスを送る。次の瞬間頬に痛みが走った。何事かと思えば、柊菜がビンタした後のように腕を振り抜いている。

 いや、こいつグーで殴りやがった。鈍痛だ。怒りに拳が固く握られている。

 

「ふざけている場合じゃ無いんです! 人の生死が関わっているんですよ!」

「いや、だから殺しなよ。ミルミルの命は三つだ。魔法都市の作成による生贄では、二つ以上の命を持った魔術師が必要でね。儀式の完成時に、耐えきれなくなった命を一個使い切るんだよ。流れを切るっていうなら、儀式中に使っている今の命を切り捨てれば、繋がりだって途切れるんじゃないの?」

 

 これはスレで議論されたことである。ゲームではミルミルは完成して一回死ぬし、ボス戦で一度死ぬ。そして、主人公が連鎖を断ち切る為に殺す。それで命を使い切って死種になるのだ。

 そこに魔女の従魔がいて、儀式完成前にぶち殺せばミルミルは救えたんじゃないかって議論が起きた事がある。

 まあ、答えは不明だが、今使っている命に地脈が繋がっているんだから、とりあえずそこを切り捨ててしまえば、繋がりは薄くなるだろうし、やってみてもいいだろうに。

 

 どうせまだ命は三つあるんだ。一回分余裕に使えるんだし、救うつもりなら使えるものは使っておくべきだと思うけど。

 そこまで伝えると、柊菜がタックルしてマウントを取ってきた。追加で一発ぶん殴られる。この女俺の事嫌い過ぎだろう。というか枷でも外れたのか凄い迫力だ。胸ぐらを掴まれた。

 

「それに確証はあるんですか? 失敗だったら二回死ぬんですよね。そしたら何も出来なくなるんですよ?」

「はぁ……召喚したら? 今のミルミルは人間だから、枠組みから外す必要があるけど、そうすれば色々な問題から逃げられるよ」

 

 殺して召喚しろと言い換えただけである。まあ、殺せば儀式は成功だろうが失敗だろうが使えなくなる。そしてミルミルも召喚して従魔にすれば、この魔法都市にはいられなくとも生きていける。死んでるけど。

 

「人の枠組みから外す? そんな方法

がどこに……」

 

 コロセ……コロ、シテ……。

 マウントを取り続ける柊菜に怨念を送っていると、樹少年が柊菜を後ろから羽交い締めにして引き離した。

 

「仲間割れしている場合じゃない!」

「……すみませんでした」

「……ぺっ」

 

 不服そうな顔をして謝る柊菜の足元に唾を吐いて中指を立てる。メインストーリーをそのまま進めるつもりだったのだが、展開が変わりそうだから手伝ったというのにこの仕打ちである。

 後日貴様だけはブロックリスト行きだ。運営に報告してやる。イズムパラフィリア運営が働いたことないけど。

 

 柊菜から解放された俺は、ミルミルの元へ向かう。里香とアヤナがこっちを見ていた。

 

「殺しを提案するってことは、あんたがそれを実行するってことでいいのね?」

「元からそのつもりだよ」

「……それでどうにかなるの?」

「さあね」

 

 他に手が無いのも事実だろう。

 こういう時は、天種の罪罰ちゃんが欲しくなるぜ。いたら、いたとしても絶対に犠牲にさせる気なんてないが。

 だけど、選択肢としては、肩代わりする事も可能な従魔が欲しいものだ。

 

 殺しはしたくないなぁ。俺の手で殺すのかぁ。

 俺は暴力主義だ。力を思うままに振り回す暴力を信仰する人間だ。

 だけど、そんな俺でも、現実の地球で生きて過ごした時間が、植え付けられた偏見の思想が、殺しを忌避させてくる。

 

 こんなにも、罪を意識させてくる。



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35話 大誤算

 サスペンスシーンとか、諸々のメインストーリーが一気にカットされた。

 これが、俺たちが原作の流れを変えようと足掻いた結果に対して思ったことだ。

 元から俺は、ゲーム通りの流れに進めるつもりであった。ミルミルを見殺しにして、魔法都市の新たなるボスにさせる。そうして僅かな彼女が生きている時間で、残りのメインストーリーを進め、ミルミルの本音を聞き出して、魔法都市と敵対する。それが俺の知る流れであった。

 

「スリープさん」

 

 振り向く。視界には、かつてあった巨大な木は無くなり、それどころか、抉り抜かれたように大きな穴が大地に出来ている。

 その前に立つ。二人の少女。一人はよく見る召喚士。そして、彼女の傍には、両足のある魔術師の少女が立っていた。

 

 

 

 俺の予想は正解であった。ミルミルの命を一つ消費する事で、彼女から地脈の契約は剥がれ、里香のゴーレムがそれを肩代わりした。

 しかし、そこからまた流れは大きく変わった。元々魔法都市は、来る危機へ備えてのシステムも兼任しているのだ。地脈を結んだダンジョンを含めた魔法都市を起動させて、ガイストは天へと登って行った。

 儀式の失敗と、俺達の戦力を見て、今こそが決戦の時だと言い残して。

 

 置いていかれた魔術師のミルミルは、意識を取り戻すと、儀式を防いだ俺達に、小さく感謝した後、俯いた。

 原作の流れを大きく変えたのだ。ミルミルの心は俺達に開いておらず、彼女の意志を聞くことも無く勝手に助けたつもりになって、彼女をひとりぼっちにさせただけである。

 柊菜は、そんな彼女を連れていくことにした。従魔ではないが、師匠として、この先の旅にも着いてきて欲しいと頼んだ。

 結果は見ての通りだ。ミルミルは仲間に加わり、これから王国を目指して進もうと準備に皆が動いている途中だ。

 これからまた歩き通しだ。食料もない。それなりに辛い旅になるだろう。

 

「私、ずっと疑問に思っているんです。なんで、私達がこの世界に来たのか。どうして、あなただけがこの世界を詳しく知っているのか」

 

 柊菜が口を開く。遠くから樹少年がずっとハラハラした表情でこちらを伺っている。シリアスなのに、シリアスになり切れない。そんな雰囲気。

 俺は既に、お前の事ブロック済みだからなこのやろう。

 

「さり気ない形で、今まで全部誘導されてきているんです。ヴエルノーズに行った時も、この魔法都市に来た時も、全部、スリープさんに誘導されて、ここまで連れて来られているんです」

 

 ウィード便利だからね。しょうがないね。

 

「スリープさんは何が目的なんですか? あなたは一度も自分の目的を話そうとしていない。地球に戻りたいようにも見えない。本名も明かさない。全部、全部、私にはあなたが怪しく見えて仕方がないんです」

「俺の目的はゲームの世界で生きていくことだけだよ」

「それ! 本当にこの世界はゲームなんですか? 確かに、見たこともないファンタジーに生き物達はいます。だけど、この世界が本当にゲームなのか、全く分からないんです。設定が細すぎる。主人公は召喚士なのに、なんで魔法使いの設定があるんですか」

「いい感じに作り込まれたゲームってことじゃん。俺こういうの好きだったんだし」

「…………最後に、一つだけ教えてください。スリープさんは、味方なんですか?」

 

 敵だ味方だと言って信じられるんだろうか。少なくとも、柊菜の目的が地球に戻ることならば、俺は味方でいるとは思うけど。

 それも、絶対ではない。

 

「味方なんじゃない? 少なくとも、今は味方だと思うよ」

「そう、ですか……」

 

 少しのあと、柊菜は小さく「ありがとうございました」とだけ呟いて、踵を返した。

 

 この世界はゲームではない。現実だ。正史より外れた行動をしたところで、修正力が働いている。なんて様子もない。

 ヴエルノーズから、俺の知らないことばかりだ。大まかな流れこそ同じであるが、既に俺の知っているゲームの流れから、大きく外れてしまっている。

 

 あの場で柊菜がミルミルを生かそうとするのは予想出来た。しかし、勇者達が介入しくる所までは読めなかった。

 その結果が、これだ。ミルミルは生きている。しかし、従魔の頃よりも表情が良くない。死種になることで、色々吹っ切れたようなミルミルは、すでにこの世界にはいなかった。

 いるのは、仲間達に置き去りにされた可哀想な迷子のような顔の女の子だけだ。彼女からは、ガイストを倒すことで、自ら全ての負の連鎖を断ち切るという覚悟が聞けていない。世界を救う覚悟が、ない。

 

 ゲームにおけるミルミルの役目は重要だ。それが、人の枠組みに収まった彼女のままで、果たせるとは思えない。決して、ゲームの通りのラスボスが出るわけじゃないが。

 

「……このままで、大丈夫だろうか」

 

 この世界では、ウィードは完成しない。本来の力を発揮することは出来ない。それは、全ての星六以上の従魔に言えることである。

 石を使えばどうにか出来るだろうが、ウィードを育てる分に石を使うのは、他の戦力が無くなる事を意味する。元々ウィード単体では、この世界のラスボスに勝つのは難しい。星五エンドロッカスの癖に補正が半端ないのだ。

 それをどうにかするために必要なのが、勇者アヤナやミルミル達だ。だけど、そのピースの一つは欠けてしまった。

 

 力が足りない。このままメインストーリーを進めるだけでは、いつか負ける。

 ノーマネーボトムズという敵までいるのだ。恐らく相手はゲーム時代のデータを持っている。それは今の俺にとって脅威でしかない。

 今のままでは勝てない。更に力が必要だ。星十六のような、絶対の勝利が約束された従魔が必要だ。

 

 ……近いうちに、樹少年や柊菜とは道が別れるだろう。二人はメインストーリーを進めてくれればいい。そうすれば地球に戻れるとは思う。

 崩れた原作には、それを知る俺が対応するべきだろう。ユーザーデータによる別の世界線みたいなものだ。気にする事はない。

 

 次の召喚を急ごう。必要な石の数は残りは一つだ。

 

「私達がいるじゃないですか、ねぇ?」

「いつの間に出てきやがった」

 

 柊菜とは反対側の方へ進もうと背後を向けば、そこにはノーソが立っていた。

 今日は熱でもあるのか、上気した頬に息が切れている。そんな状態でフラフラと立っていた。

 

「そんな事はどうでもいいんですよ。従魔は主人の危機になれば自力でやってくることだって可能なんですから。それよりも、です」

 

 ノーソがしなだれかかってくる。歪んだ笑みが俺を迎え入れた。

 

「どうしてあんな小娘共を助けるのですか? あるじ様は暴力こそが、力こそが、絶対の価値だと考える人じゃないですか。それに照らし合わせれば、人間程度の存在に気を煩わせる必要などないはずです。弱く、愚かで、考えが合わない。そんな存在捨ててしまえばいいじゃないですか」

「実際何度もそう思ったよ」

 

 俺が日本にいた頃ならば、柊菜も樹少年も、仲良くなることはなかったであろう人物だ。それこそ邪魔だと蹴り飛ばしてでも離れていたかもしれない。

 だけど、コンテンツを長く維持する為にも、初心者というのは優しく保護するべきである。そして、非常に不本意ながら、俺には日本の時に受けた倫理が働いている。

 

 目の前で転んだ人間なら、手を差し伸べた方がいいだろうという良心がある。

 

「悪いね。俺は人間なんだ。偽善者として振る舞うクズさ。目的の為だけに動く存在にはなれないよ」

 

 俺は紛れもない悪人だが、救いようがない悪人になりきる事は出来ない。中途半端でしかない。

 俺が持つ最後の良心が無くなった時、俺は完全な暴力主義を掲げることが出来るだろう。いつかはそうなると信じている。

 今はまだ、寄り道の時間だ。

 

「……ふふっ。変わりませんね。あるじ様は。魔に触れていてなお魔に堕ちない。理想的な召喚士です。私としてはつまらないですが」

 

 そう言うと、薄れるようにノーソが消えていった。感覚としてリコールされたことが分かる。まさか自力でやってくるとは思わなかった。

 

 ノーソを見ればわかる通り、イズムパラフィリアの召喚は若干リスクを伴う。召喚には互いの条件の一致が必要という設定があるのだが、それで召喚したとしても、互いがビジネスライクな関係を築けるという訳では無いのだ。

 性質が闇に偏っている従魔はプレイヤーを闇に引っ張ろうとするし、光の従魔はプレイヤーに善であることを強要してきたりする。

 そもそも人外の強靭で魅力的な価値観に引っ張られて召喚士がいつの間にか別人のようになっていたということだってありえるのだ。

 人間は共感性を持つ生き物だが、立場が強くなると、それを忘れる傾向がある。従魔という目に見えた強力な存在は、人間の共感性を容易く奪いさっていく。それもまたイズムパラフィリアの醍醐味なのだが、危険といえば危険なのだ。

 

 自分の主張を忘れるな。かつてのゲームと、日本にいた頃の自分を思い出しながら、この場を離れた。

 

 

 

「それじゃあ準備も出来たわね。王国へ向かって進むわよ! 案内よろしく!」

「が、頑張りますっ!」

 

 里香の言葉に、チェリーが尻尾を振ってやる気を見せる。先頭を柊菜、次に里香、アヤナ、樹少年、俺の順にならんだ編成で新緑の森を抜けきることにしたらしい。

 柊菜が道案内するのは妥当だろう。彼女は俺を信用しておらず、知らぬ間に誘導されることを警戒しているのだから。

 

「……なんか、空気悪いっすね」

 

 樹少年が呟く。たしかに、俺と柊菜の間に出来た溝は深刻なものになっている。察しのいい、そして覗き見していた樹少年は、それを感じ取っているのだろう。

 この面子での旅も、恐らく王国で最後になる。それからが、樹少年達の物語になるだろう。

 王国には何があっただろうか。ギルド系のイベントしか思い出せない。

 まずは樹少年の剣士ギルド対抗戦だろう。セイコウを師匠にもつ彼なら、対抗戦に参加するだろうし。

 こっちも召喚士の戦いに参加するべきだろうか。ここは柊菜に任せてもいいか。俺は石が手に入らないイベントをやるつもりはない。

 ダンジョン攻略とクエスト回って石集めかな。王国関連に関わる気は無い。いいえを選べない場所など行きたくもない。樹少年も危険かもしれないが、どうしようかな。

 

 そろそろ本格的にゲームが始まってくる。今まではチュートリアル程度のものだった。戦力の確保に、二人も全力を尽くすようになるだろう。

 特に、柊菜は一回だけステージ解放したエンドロッカスとチェリーがいるはずだ。ミルミルは従魔にならなかったので、重要な戦力を一つ失ったまま今後生きていくことになる。樹少年は上手いことメインストーリーから外れているので、実は心配していない。着実にメインストーリーを進めている柊菜こそが、一番死ぬ可能性が高いのだ。

 

「どうにかした方がいいとは思うんだけどねぇ」

 

 彼女は俺の手を借りることは無いだろう。アドバイスをしたところで聞くかどうか。まあ、自力でどうにかするだろう。ダメなら死ぬだけだ。気分は悪いけど、どうってことは無い。その程度の相手だ。

 勇者二人もいるのだから、全員で協力すればどうにかなるだろう。

 

「……トラス」

 

 最初から頭に乗せていたトラスを思い出す。そういえばこいつノーソいた時にもここにいたぞ。短時間の接触は可能だということか。

 

 こいつはこいつのやりたいようにさせるつもりだ。俺に付いてくるなら全力で鍛えるし、柊菜達について行くなら最低限のことは教えておく。

 

 うん。次にやるべきことはだいたい決まったな。いつも通り。そこまで大きく変わらない。

 

「ウィード」

「……グルル」

 

 声をかければいつでも答えるドラゴンがいる。戦力としては心もとないが、こいつには随分助けられてきた。

 

「これからもよろしくな」

「フン……言われなくてもわかっている。私の主はお前で、私は従魔だ。龍を従えたんだ。常に強者であれ。それさえ出来ていれば、私に言うことは無い」

 

 幼女を連れて学生達の後を追う。俺の前途はロリの道だけがある。柊菜の言っていたことは間違っていないな。と、二人を見て苦笑した。

 

 

 不安も数多く残っているが、なにはともあれイズムパラフィリアのメインストーリーは第二章終了である。




これにて三章は終了です。実はかなりプロット段階でも描写されている部分を削ったりしているので、話がめちゃくちゃじゃないかとか不安になってます。それ以前に作者の作ったプロットやら設定集の情報が不足過ぎて、矛盾部分とか色々あるんですよね……。セイコウの強さとか、手に負えないとか書いておきながら、次の話で強くないって言っていたり。重要じゃないんで色々無視して完結まで進めたいと思います! 手直しする時間ないんじゃあ!

次回はお待ちかねのTSイベントの話です。一章しかTSしないので、その分濃厚なTS物語書ければいいなぁと思っています。その前に、一回閑話入れますけど。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


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閑話 ミルミルの好感度イベント

「はぁ? 幽霊が出た?」

「……うん」

「そりゃあ……出るでしょ。私だって幽霊よ」

 

 夜も遅い時間帯。従魔とのコミュニケーションをとる時間で、柊菜は相談をしていた。

 相談相手はミルミル。柊菜の新しく入った仲間であり、生前は魔術師の師匠として、友人として、短いながらも確かな友情を育んできた相手だ。

 だからだろうか、そんな相手に柊菜は自身の苦手な事を打ち明けたのは。

 

「うー。だってぇー、ミルミルが死んだ時もだし、この魔法都市ってゾンビと幽霊の街でしかないよ。ここに来てからずっと人の死と死体しか見てないよ。死にすぎてもはやパニック都市だよぉ」

「それは最近のことだけよ。基本的に魔術師は不干渉で大人しい存在だから、最近の方が異常なのよ」

「そんな最近の異常のせいで今日幽霊見ちゃったんだよぉ! 一緒に付いてきて……」

 

 この世界線にかつて敵かもしれない怪しい男を殴り倒したガッツある少女はいない。ボス戦を前に気絶したか弱い少女しかいないのだ。

 泣きつく柊菜に困り果てたミルミルは、宥めながらも、彼女が幽霊を見たという場所へ向かうことにする。

 

 怖いのに逃げ隠れるという選択肢が無いあたり、二人は非常に勇敢である。

 

 暗い廊下をいちゃつきながら通り、イベントを知るスリープの「ここの道は怖がらないのか……」という視線も抜けて、二人は地下にある石の部屋の前にたどり着いた。

 

「ここ? なんでこんな所に来たのよあんた」

「実は、迷子になっちゃいまして」

 

 えへへと笑う柊菜へ一発拳骨を入れるミルミル。いったーいと叫ぶ柊菜を無視して扉を開けた。

 

「……ん? どうしたんだい。こんな死に損ないに何か用でもあるのかな?」

 

 そこに居たのは、白い長衣に身を包み、フードを被ったガイストであった。

 この世界でも、ガイストは今まで別の魔術師の成れの果てが支えていた魔法都市を一つにまとめ、真の姿を見せていた。彼は、その魔法都市を一つにするために自らの身を使っており、もはやその姿にしか人である所はない状態であった。

 ミルミルの本音を聞き、運命を打ち破った彼女を見て、ガイストは覚悟を決めたのだ。彼が最後の魔法都市の柱となることを。魔術に全てを捧げ、この地より死後も離れることの出来ない地縛霊となることを。

 彼が自我を失い、精神も何もかもをすり潰すまで、魔法都市は不滅となったのだ。

 

 柊菜が見たのは、魔法都市そのものとなったガイストだったのだろう。その体は現世には存在しておらず、薄く透けておりながら、闇に紛れることなくはっきりと映し出されていたのだから。

 

「ガイストじゃない。こんな所にいたのね」

「……ああ、我が弟子か。どうしたんだい。こんな夜更けに、悪い魔物が怖くて眠れなくなったのかい? 雷の音でおねしょでもしちゃったのかい?」

「そ、そんな昔の話はいいでしょ! 今日は私のマスターがここで幽霊を見たっていうから来たのよ」

 

 バシンと背中を叩かれる柊菜。幽霊の正体もわかったので、はいさようならという訳にもいかない。

 しかし、ここで柊菜はガイストに何かを言えるとは思わなかった。ミルミルを殺して魔法都市の柱にさせた元凶であるし、しかし、彼女の本音を聞いて、悲しみの連鎖を断ち切ったのも、彼である。

 敵か味方か。それすらも分からない。何かをしようとした勇者達を怪しんで、常にミルミルを見張っていたからこそ、この世界線になったことを知るのは、スリープただ一人であった。

 

「やあ。君はいつも夜に私に会いにくるね。なんとも勇ましいジュリエットだ。幽霊を見つけたと言って見に来るなんてね。僕の──我が弟子は怖がりだから、あまり無理をしないように」

「恥ずかしいこと言わないで、バカッ! 私はもう死んでるもん幽霊なんて怖くないんだからね!」

 

 笑いにくいジョークを飛ばすミルミル。彼女を助けられなかった柊菜としては、苦い経験だ。

 そんな両者を見てか、ガイストは指を鳴らした。

 それは、いつかの再現であった。石の部屋が見るまにかつてのガイストの私室へと変貌した。そうして、柊菜が見た魔法をなぞるように、部屋にはお茶会の準備が出来ていた。

 

「今なら、もっと楽しませる魔法もつかえるだろうさ。だけど、君には出来ていなかった報酬を支払おうか。さあ、座って、魔法を教えよう」

「は、はい!」

「あ! ガイスト、マスターは私の弟子なんだからね! 私も教えるわ! ほら、早くしなさいよ!」

 

 二人の天才魔術師に急かされて、柊菜は椅子に座る。二人の魔法は素晴らしく、未熟な柊菜では、一割も理解できなかっただろう。しかし、笑い合うガイストとミルミルを見て、柊菜はこれが間違っている光景だとは思えなかった。彼女を救うことは出来なかったが、その幸せそうな風景を見て、これでよかったのだと、心から思えたのだった。

 

 

 

「ん……あれ?」

 

 まだ暗い森の中。柊菜はすすり泣く音で目が覚めた。先程まで見ていた光景は夢だったのだろう。

 音の方向にいたのは、生きた魔術師のミルミル。彼女は、ツンとした表情で空を睨みつけるように見上げていた。

 しかし、その目の両端からは、抑えきれないように透明な雫が流れており、流れ星のように頬を伝っている。

 

「ミルミル、さん」

「っ!? な、なによ! 起きてたの? 私もちょっと目が覚めただけだし、迷い子もさっさと寝なさいよね!」

 

 声をかければ、すぐさま目を擦って後ろを向いてしまった。一人ぼっちの背中が可愛そうで、寂しくて、柊菜はそっと抱き寄せた。

 

「ちょっと! いきなり何するの!」

「ごめん……ごめんなさい……」

 

 夢を見た。彼女が幸せそうにしていた夢を。それは、有り得たかもしれない世界線の話だ。確実にそうだったとは言えない。だけど、柊菜はどことなく、間違えてしまったという意識を持っており、それが罪悪感を刺激した。

 自分の選択全てが正しい訳じゃない。生きている事だけが幸せなのではないかもしれない。

 死種として、従魔として召喚するという、スリープが明確にはしなかった可能性を見て、謝らなくてはいけないと思ったのだ。

 

 そんな柊菜の気持ちは伝わっていないだろう。どこか困惑した様子のまま、ミルミルはため息をついた。

 

「……まったく、しょうがない弟子ね。別にあんたが悪いわけじゃないわ。私だって、一度は魔法都市の柱になりかけたんだし、貴方達のやろうとしていた事は理解しているつもりよ。私もそんな事は知らなかったし、生きてここにいさせてくれるだけ感謝してるわ」

「でも……」

「でもじゃないわよ。私が魔法都市のボスになりたかったのは、ガイストをそれから解き放って、二人で自由に世界を見て回りたかったからって理由だけだし。これからは、ガイストをどうにかして地脈から剥がすことを目標に行動するわ。もちろん、貴方に助けられた恩は返すわ。足でまといになるかもしれないけど、仲間に入れてよね」

「あ、足でまといなんかじゃないです!」

「そう。それなら良かったわ。さあ、早く寝なさい。明日も早いわよ。それに、明日からは迷い子達に魔法を教えなきゃいけないからね」

 

 まだふっきれてはいないだろう。それでも、表情の明るくなったミルミルを見て、柊菜は少しだけ安心した。そして、夢の再現をするかのように、二人は寄り添って寝たのだった。

 

 

 

 

 翌日。

 

「あの……すみませんでした」

 

 柊菜は自分が嫌いな男に朝イチで謝りに来ていた。

 胡散臭い男だ。名前は全部偽名。柊菜達を襲う謎の存在──異形の怪物にせよ、ミラージュ達のような存在にせよ──を知っており、自分達と同じ日本人であろうハンチング帽の男に警戒されている。聞かれた事以外はほとんど情報を落とさない人だ。

 この世界をゲームという形で知っており、冷徹な一面を見せる男は、スリープという。かつては集団リンチされていそうな状況の樹を見捨てた男だ。その一件以降、柊菜はこの男が完全な味方ではないと思っている。

 

「ん? まあ別にいいよ。またどんな悪いことしたのか知らないけど」

「なっ!? 何もしていません! ただ、ダンジョンの時、殴ってしまったのを謝りたくて」

「あー、そういう……」

 

 頭冷えたのか。と失礼な呟きを零す男へ苛立ちを抑えながら頭を下げる。明確には言わなかったが、この男はもしかしたら大団円に終われたかもしれない可能性を提示していた男だ。意地悪なほどに詳しく説明したりはしないが、トラスという赤髪の孤児を世話したりと、悪人では無いことが伺える。

 何より、胡散臭くても、彼は同じ日本人だ。同郷の人物は貴重なので、仲違いしている訳にもいかないだろう。

 

「ま、気にしなくていいんじゃない? 自分の主張を押し通した結果だろうし、暴力を振るう事は否定しないさ。謝る必要も無い」

 

 だから、いつか殴り返させてね。と何故か柊菜は副音声が聞こえた気がした。

 こいつに負けないように鍛えよう。柊菜はスリープにもう一度軽く頭を下げながら決心した。

 

「仲直りして良かったっすよ」

「あ、樹君……」

「俺心配してたんすからね! 新田さんもスリープさんも喧嘩してから空気悪かったし、気分転換にスリープさん誘うにしてもこんな所じゃ何も無いし……」

「えっと、心配させてごめんね? もう大丈夫だから……」

「あ、そんな気にしないでください。スリープさんも俺達にあまり話をしてくれないのが悪いんだし、どっちもどっちでいいでしょう?」

 

 明るく元気な樹が駆け寄ってきた。彼は金髪でチャラい見た目に反して色々気苦労しているのだ。今日も朝から運動していたりと、強くなるために修行をしている。それに加えて仲間内のムードメーカーもしているのだ。

 

「今朝なんか凄いんすよ。スリープさんからメッセージ来たんですけど、読みにくい言葉で『今リスカした』とかいう文送ってくるんすもん。焦って見に行けば手首切ってないし、構文とかいう奴だって教えてくれたんですけどね」

「ふふっ……そうなんだ」

 

 柊菜は思った以上にスリープと樹の仲がいい事に驚きつつも、その面白そうなエピソードを聞いていた。

 彼も案外悪い人では無いかもしれない。僅かにだが、そう思えた。

 

「あ、いたいた。なにしてんのよ馬鹿弟子! さっさと今日の授業をするわよ!」

「あ、俺も参加させてください!」

「いいわよ! 着いてきなさい!」

 

 ミルミルが柊菜を探しに来て、樹が並ぶ。夢とはまた違う光景だが、幸せそうなミルミルを見て、柊菜も満面の笑みを浮かべることができた。

 

「それじゃあ、音玉の魔法から行くわよ! 前回ダンジョンに入ったんだからエーテルの感覚は掴めたでしょ? それを使って音玉を作るの!」

「わかんないっす!」

「そう……魔法っていうのはこう使うのよ!」

「ぐえええ!!! それだけじゃあわかんないっすよー!」

「マスター! ミルミルじゃなくてシーちゃんの魔法を使おうよ! ファイアーってするんだよ!」

 

 ミルミルと樹と、樹の胸元から飛び出したピクシーのシーちゃんがじゃれつく。不出来な樹は音玉をぶつけられて耳を押さえている。

 柊菜は、そんな三人の様子を眺めながら、魔法を呟いた。

 

 

「『全ては奪われる者を救うため』」

 

 魔法を発動させた柊菜に視線が集まる。ミルミルは満足そうに頷き、樹は悔しがった。シーちゃんは樹を励ましている。

 魔法を唱えた途端に、柊菜はエンドロッカスと繋がりが強くなったのを感じ取った。

 

「そうよ! それがエーテル魔法。地脈から漏れ出た星の魔力を使う魔法よ!」

「ぐぬぅ……俺も負けてらんないっすね!」

「マスター、がんばれがんばれ!」

「ヒイナもイツキも何してるのよ?」

 

 そこに里香が合流してきた。柊菜と樹は魔法を教わっている事を伝えると、里香はあっさりと魔法を使って見せた。

 

「ま、私は勇者だからね! これくらいは朝飯前よ!」

「みんなー、ご飯出来たよ!」

 

 遠くでアヤナが朝食の準備が整った事を教える声がする。樹と里香は走って向かっていった。

 

「そういえば、迷い子は誓いが出来たのね」

「はい! 私はやっぱり、弱い人達を助けられるようになりたいです!」

「ふーん……ま、いいと思うわよ。それのお陰で私も救われた訳だし」

 

 続きは寝る前ね。と告げて、ミルミルは柊菜の手を取った。

 

「さあ、行くわよ! 探求者たるもの、朝は活力を得ないといけないんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木陰の裏、チェリーミートは尻尾を噛んだ。

 

「ご主人様ぁ……私のことはどうしたんですかぁ!」

 

 チェリーミートの好感度イベントは、まだ来ない。




次回更新は一週間後です。


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TS学園編
36話 樹パラフィリア


4/10の電撃小説大賞への応募作品を書こうとしましたが、間に合わなかったので初投稿です。ついでにこの作品の次話は出来ておりません。最悪の場合三日後に投稿します。

 ちなみに、なろうに魂を売ったチートハーレム小説を書きました投稿もしています(チートするとは言ってない)後々こっちにも本編を乗せようと思います。

あ、お待ちかねのTSイベントです。四章のみTSなので、そのようにタグ付けしておきます。


 窓辺から眩しい光が差し込む。小鳥の鳴き声が空に響き、休眠の終わりを告げる機械音が鼓膜を揺らした。

 

「うう〜ん」

 

 眩しさから布団を頭上まで手繰りよせ、音源を探して細い手が宙をさまよう。

 数十秒の格闘を経て、機械は沈黙することになった。

 

「朝ぁ? まだ眠いんだけど……。修行しなきゃ……」

 

 むくりと布団が起き上がる。勢いに任せてそのまま逆方向に倒れた。中にいた人物は久しぶりの柔らかい布に包まれて、深い眠りについていたようだ。まだ眠気が覚めないようで、頭を振ったり、周囲を見渡している。

 

「えっ……家? ……なんだこれ、夢?」

 

 ようやく現状を理解してきたのか、跳ね上がるように立ち上がり、若干の貧血でふらつく。頭から血が下がっていく気持ち悪さにしばらくじっとしていると、部屋に置いてあった姿見が視界に入った。

 

 最近は黒い部分が増えてきた金髪。プリン頭をそのままに、腰まで伸びたストレートの髪。ピンク色のチェック柄の寝巻きTシャツに身を包んだ少女がそこにいた。

 胸は小ぶりだが、服が薄手なのか主張はそこそこである。身長も小さく、顔つきは化粧っ気がないものの、クラスでもトップクラスに位置するであろう美少女っぷりだ。

 髪色からは遊んでいそうな印象を与えるが、顔立ちが少年のような子供っぽさを纏っており、全体で見ると活発系な少女である。

 

 その姿が目に映ると、おもむろに主張する二つの双丘へと手を伸ばした。柔らかい! 本物の胸だ! 彼の記憶に新しい娼館での経験が、それを本物だと伝えている。

 同時に、胸にピリリとする刺激がくる。下を向くと、僅かな膨らみに、自らの両手がかかっている。そして、視界の隅に映る傷んだ金髪。

 

 おそるおそる顔をあげる。鏡に映る少女は、樹と同じように、ゆっくりと顔をあげた。その表情には「嘘であってくれ」と強い気持ちが浮かんでいた。

 

「お、お……」

 

 耳に残るアニメ声。自分と違うのに、何故か自分の声だと理解した。

 

「女の子になってるぅぅぅ!!!」

 

 この日、原田樹は可愛い可愛い女の子になったのだった。

 

 

 

 

 俺の名前は原田樹。現役の男子高校生さ。ある日突然気付いたら異世界にいて、誘拐されたり召喚したりの大騒ぎ!

 好みの女の子と、少し年上の怪しめな大人の人と一緒に摩訶不思議の冒険ファンタジー! 地球との時間差や出席日数が不安になってもう大変! 果てには朝目覚めたら現代に戻ってきたような状況で女の子になっちゃった!? これから私の生活、どうなるの〜!!

 

 ……笑えねぇ。

 

 俺、原田樹はさっき言ったとおりの不思議体験をした男子高校生だ。決してこんな元気っ子みたいな女の子じゃない。両親は健在。将来は親に恩返しするのと、警察を目指している。剣道部のエース。うん。覚えている。

 だが、鏡に映る金髪の少女は、明らかに俺だ。

 金髪ロング。若干プリン頭。前髪無しのデコ出し真ん中分けでどこか男っぽさを残した美少女。

 

 ……俺可愛い。

 

 最近は不可思議な事ばかり起きていたからか、こういった出来事でもあまり動揺しなくなってしまった。鏡の前で一回転。遅れて動く髪。自然とポーズをとっていた。脇をしめて拳を肩ほどの高さに、やや肘を前に出して胸を強調。にぱー。

 

 ……くっ! 可愛いっすねぇ〜。

 TS小説では、自意識が女の子に寄るから自分の体でも女の子の体でも興奮しない描写があったが、俺はどうやら男のままらしい。

 鏡の前で次々とポーズを決めていく。あざとい。だけど可愛い。若干恥ずかしいので赤くなっている顔がまた気持ちいい。

 ゲームキャラを思い通りに動かしている気分だ。なにこれ楽しい。

 

「樹くん……好き」

 

 試しにセリフを吐いてみる。陳腐だが、言われてみたい言葉だぜ!

 

「……ないな」

 

 流石に自分が喋っているのが分かるので、興奮しない。声はいいのだが、どうにも感覚が邪魔をしてくる。

 自分で女声を出しているような感じなのだ。

 

「っていうか、どこだ、ここ?」

 

 違和感は拭えないが、そこをどうこう出来るわけが無いので、我慢する。理不尽耐性は、異世界生活でついた。

 

「俺、野宿してたはずだよな……」

 

 まさかまた拉致されたのでは、と思うが、それなら女の子になっている理由が分からない。

 

「そ、そうだ! 召喚石とかは?」

 

 体には、今まで俺が持っていたものは一切ない。だが、部屋を漁ればなにか見つかるかもしれない。

 と、部屋を見渡すと、勉強机の上に、召喚石があった。

 

 個数はちょうど俺が持っていた数と同じ。一回だけ召喚枠と従魔召喚が出来るだけの数があった。つまり、八個。残念ながら、シーちゃん達をロストさせない分の余裕が無いので、召喚は出来ない。

 

「って、呼べばいいのか『コール』!」

 

 シーちゃんを呼ぼうとする。しかし、コールと叫んでも、うんともすんともいわない。

 繋がりが切れている。胸の内にあった謎の感覚が、今はなくなっていることに気が付いた。

 それだけで、急に不安が込み上げてくる。頼れる仲間を失った。足元が崩れていくような、そんな喪失感。

 

「ひっ……」

 

 途端にこの場所が恐ろしく見えてきた。今は、新田さんもスリープさんも、誰もいない。綺麗だけど、他に物音を感じない部屋。誰か住んでるのか、それさえも分からない。

 

 鏡にいるプリン頭の女の子が、今にも泣きそうな顔をしている。それを見て、俺は無理やり口角を上げた。

 

「笑わなくちゃ……」

 

 女の子が泣きそうになってんなら、俺が不安にさせちゃ、ダメだろ。俺だけでも、笑わなきゃいけない。気持ちで負けてたら、俺は何にも勝てない。

 

 鏡の少女も、引きつった笑みだが、笑っていた。大丈夫。怖くても問題ない。

 

 

 気を奮い立たせていると、突然机から電子音が鳴った。それに驚いて飛び上がる。

 二秒くらい滞空してた。ギャグみたいな飛び上がり方しちゃったぜ。

 

 机の上では、腕輪に水晶がくっ付いたやつが、電子音を奏でている。ダンジョンに挑戦する時に、ミルミルちゃんから貰ったものだ。

 

 手に取り、確認する。

 

『生、キτゑ? 色々聞、キナニレヽ⊇ー⊂ぁゑナニ″зぅレナー⊂″、ー⊂丶)ぁぇず制服レニ着替ぇτ学木交レニ来τ。八日寺まτ″レニ、走らず、言隹ー⊂も会言舌せず、、ζ、″⊃カゝっナニ丶)ιナょレヽょぅレニ来τ。亊小青レよξ⊇τ″言舌す。屋上τ″彳寺っτゑ』

 

 ……読めねぇ。読めねぇよ。

 ギャル文字を使ったスリープさんからのメッセージに困惑する。読めるところだけあげると、制服に着替えて学校へ行くように指示されている。時間指定も八時までに走らないで来るようにと書かれている。会話? も禁止されているっぽい。件のスリープさんは、屋上で待っているそうだ。

 

 なんか、不穏だ。

 

 手がかりがあるのか、それともゲームでも同じことがあったのか、情報を得るために、俺は部屋から制服を探し出す。クローゼットに入っていた。

 もちろん女子生徒のである。古きよきセーラー服だ。

 

「これを着るのか……」

 

 どうにも主観視点だと、女装しているようで嫌だ。鏡を見ながら着替えることにした。

 金髪プリンが服を脱いでいく。

 女体経験値一の俺には、少々刺激が強かった。ぶっちゃけ、脱いでいく様子をガン見しながら着替えた。

 

「あんまり似合わねぇな」

 

 セーラー服に不良っぽい外見はあまり合わない気がする。なんというか、ダサいような。好みじゃないような。

 クローゼットを探すと、カーディガンを見つけた。女子が着ている。アレである。なんか袖がいっつも余ってるやつ。

 袖を通せば暑いと思うので、腰に巻き付けた。それだけで、若干セーラー服の生真面目さが薄れて、この外見に合うような気がする。

 

「……よし!」

 

 それっぽい格好のなったのを確認してスクールバッグを背負う。

 

「やっば! 後三十分しかない!」

 

 周辺の地理が一切不明なので、学校の位置すら分からない。それなのにもう八時までに三十分しか時間の余裕がなかった。

 

 走らず、慌てず、部屋を出る。シンと静まり返った廊下は、日が照らされている。ここは二階のようだ。

 他の物音は聞こえない。

 気配を殺して一回へ降りる。リビングへの扉が開いていたので、こっそり確認すると、誰もいなかった。

 

 一人暮らしなのだろうか。

 

 無事に玄関までたどり着き、ローファーを履く。他には、金髪プリン用の靴であろうものが一足だけ置いてあった。運動しやすそうな靴だった。

 

「…………いってきまーす」

 

 小声で呟いて家を出る。

 

 返事は、なかった。

 

 

 

 無事に、学校へ付いた。というのも、俺が家から出てすぐに、目に入ったのがこの建物だったからだ。

 

「でけぇ……。なんでこんな大きいんだよ」

 

 思わず見上げたまま言葉が溢れてしまうほどに大きい。五階建てで、ちょっとした巨人も通ってるんじゃないかといわんばかりの大きさだ。

 圧倒的バリアフリー。いや、この場合はユニバーサルデザインだろうか?

 

 って、俺も早く入っておこう。

 

 学校にたどり着きはしたが、目的地まではついてない。事情が事情なので、とりあえず安置にだけはたどり着きたかった。

 

「いてっ!」

「キャア!」

 

 と、足を進めた途端に、誰かにぶつかってしまう。ヤバい! 誰ともぶつかんなって言われたのに!

 っていうか、さっきの女の子みたいな悲鳴、妙に野太かったな。まるで、男が出したような感じの響きだった。

 

「す、すいません……大丈夫っすか!」

「い、いえ……こちらも、急いでいたの……で……」

 

 ん? 学生服の男子が俺を見て呆然としている。ってか、こいつがきゃあなんて声を出したのか。

 どうかしたのかと首を傾げると、そいつはみるみるうちに顔を真っ赤にしていく。

 

 お、もしかしてこいつ俺に一目惚れかー? やっぱ美少女だもんなこいつ。俺はどっちかというと清楚系が好きなんだけど、こういうのも悪くないしな。

 

「あ、あああああの! 見えてます!」

「へっ?」

 

 随分うろたえた様子で、そいつは俺を指さした。その指先は下半身をさしており、追ってみると、見事にぺろーんとパンツを晒すプリーツスカートが。

 

 あー、なんか恥ずかしいわ。思い違いをしてたっぽい。見るからに真面目そうな奴だったし、女の子に耐性とか無さそうだから勘違いしてたわ。

 

「あ、悪い」

「い、いえ……こちらこそすみませんでした」

 

 手早くスカートを戻して立ち上がる。俺は今女の子なのだ。もう少し慎みを持たねばならんな。

 っていうか、意識したらスカートとかめっちゃすーすーするな。一応剣道の袴で経験したことあるが、長さが違う分ちょっと心許ない。そして、アレは大抵の場合スカート状ではないが。

 とはいえそこまで大きく変わらない。ロングスカートなら似てると思う。ロングスカート履いたことないけど。袴は股割れ部分がかなり下なので履き心地に違いはないのではなかろうか。

 

 ちなみに、俺もスカートは短くしていない。さすがにそこまで勇気は無かったし、時間的余裕もなかった。膝下五センチくらいのスカートだぜ。

 

「あ、立てるか?」

「大丈夫です。自力で立てますから」

 

 いつまでも地面に座ってる男子に手を出すと、そいつは受け取らずに立ち上がった。男女でこうまで違うのか。まあ、男同士の遠慮ない引っ張り合いをされると、今の体では引き倒されるかもしれないが。

 

「あ、悪い! 俺ちょっと行かなきゃいけない場所あるんでした! じゃあ!」

「あ、はい! お気をつけて!」

 

 ぼーっとしている男子を構っている場合じゃなかったぜ。

 手を振って素早く駆け出す。屋上まで間に合うだろうか。

 

「あ……スカート捲れ上がってる。あんなに無防備に走るから……」

 

 後ろでなにか男子が呟いていたけど、無視して先を急いだ。

 

 とりあえず屋上なんて上に登ればいいだろ! の精神で階段を駆け上がり必死に探した。流石に五階、いや屋上含めて六階分は駆け上がるのに疲れた。

 息を切らして鉄扉を押し開ける。気圧差で吹き付ける風が服を通り抜ける。舞い上がった髪に、思わず目を閉じた。

 

「あー、走んなって言ったのに走ってるじゃん。下手するとマジでヤバいことになるんだから気をつけなー」

 

 声がした。フェンスすらない手すりだけの屋上で、俺以上にギャルっぽい女の子がそこにいた。

 少しだけ年上っぽい見た目。背もそれなりに高く、今の俺よりは大きい。頭一つ分くらい違う。髪は黒で、シャギーにした、一昔前にいた女子高生みたいな人だ。勝ち気そうなつり目、整った眉、踵を潰したローファー、白のルーズソックス。全体的になんか古い女子高生が手すりに軽く腰を乗せていた。

 

「え……スリープ、さん?」

「スリープじゃないし。今のあたしはネルコだから。社会氏寝子。チョーダサい名前だけどよろしくー」

 

 語尾を伸ばしたアホっぽい口調。だけど、話が通じている時点で、この人がスリープさんだと信じるしかなかった。

 

「えぇぇぇぇぇぇ!?」

「うっさ。もすこし予想とか出来なかったわけ? ヒントあったじゃん」

 

 いや、ギャル文字だけでヒントにはならなねぇっす。

 

 拝啓、地球の家族へ。

 俺はある日突然女の子になったと思ったら、スリープさんまで女の子になっていました。完全に順応していて、今ではネルコさんというそうです。

 異世界転移をして、色々ありましたが、俺はこれからどうやって生きていけばいいでしょうか。

 

 




一時期一つだけ男子二人ともTSした小説がランキングありましたよね。ああいうのいいと思います。もっと男同士で馬鹿やるTS少女の作品が見たかったなって。


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37話 TS学園

今回の章はギャグメインです。


「っていうか、アンタはイツキでいいの?」

「あ、はい。大丈夫です……」

 

 完全にギャルと化したスリープさんが首を傾げて人定確認をした。

 

「この間行った風俗は?」

「最近行ってないっすよね。そもそも旅の最中で魔法都市という名の集落にしか行きませんでしたし」

「合格」

 

 多分アレは新田さんでも分かると思うぞ……。いや、不潔ですとか言うのかも。

 

「もう出てきていいよ」

「うっ。ぐすっ……」

「え、誰!?」

 

 半泣きの男子が給水塔の裏から出てきた。不良みたいな顔している癖に泣いているせいで雰囲気半減だ。

 というか、この場の不良率やばいな。スリ……ネルコさんは見た目だけは普通の古い女子高生だけど、俺と男子は不良の外見をしている。

 

「えっと、新田さん?」

「っ! そんな風に見えるわけ!? 私だってこんな姿になりたくなかったわよ!」

「あ、里香ちゃんっすか」

 

 言葉の勢いでもう里香ちゃんだと分かる。そう見ればイメージとも合う気がする。

 ネルコさんは一見普通の女子高生だけど、ギャップが凄い。里香ちゃんは見た目からして口うるさい感じの不良。俺も金髪だから面影くらいはありそうだ。

 後この場にいないのはトラスちゃんと北条院さんと新田さんだけだろうか。

 

「し、失礼します……」

 

 ガチャ、と控えめにゆっくりドアが開けられた。そこから様子を伺うように覗いているのは、今朝ぶつかった真面目そうな男子。

 

「「あ」」

 

 もしかして……この人が新田さんだろうか。

 不安そうな表情の彼は、今朝出会った俺を見て少しだけ緊張が解かれた様子だ。

 

「もしかして新田さん?」

「え? 知ってるの?」

「俺だよ俺! 原田樹!」

「え、えぇぇぇ!?」

「うっさ。ダル」

 

 泣きじゃくる里香ちゃんを慰めながら、ネルコさんが疲れた顔をして呟いた。

 

 

 

「ここは【TS学園p-zの世界】イズムパラフィリアで最初に起きたイベントよ。イベント説明は『従魔と送るTS生活! 気になるあの子と急接近しよう!』だから。普通にやっていれば従魔との好感度上げることが出来るイベントってこと。期間は一週間。従魔もTSしてるから。ってかアタシ達もTSするとは思わなかったし」

「イベント、ですか?」

 

 全員の混乱が収まると、ネルコさんは気だるそうに説明を始めた。

 

「そう。ゲームのイベント。従魔の世界にアタシ達が引きずり込まれたってこと。ルール守れば安全に出られるから、ルールだけ守ってね。集団行動出来れば問題ないから、全員と動き合わせるように。あとは合間に従魔と適当に生活を送って好感度上げておくといいよ。ここじゃあ従魔は『コール』も『リコール』も出来ないけど、ギャルゲー乙女ゲーみたいに出会えるから」

「トラスちゃんやアヤナちゃんは……?」

「これはプレイヤーだけ……地球から来た召喚士だけが発生するイベントだから」

 

 ネルコさんが言う分には、俺達だけで発生した出来事のようだ。好感度を上げるにしても、なんでTSさせたんだろうか。

 

「イズムパラフィリアは偏愛が主体なの。まともな恋愛イベントなんて起こすわけないじゃん?」

「あ、そっかぁ……」

 

 俺の表情を読み取ったネルコさんが笑う。察しのいい人だ。

 

「イベントが起きたってことは、これからも偶にこういうことあると思うから、意識しておくといいっしょ。場合によっちゃアタシ達がちゃんと集まれるかどうかも分かんないんだし」

 

 ネルコさんは、そう言うと、安心させるように笑った。

 

「まあ、どうにかなるっしょ」

 

 ネルコさんでもお手上げのようだ。

 

「とりま、ルールだけ守っとけばおけ」

 

 ギャルに戻ったネルコさんは屋上で空を見上げて動かなくなってしまった。自分からこれ以上説明するのはないということだ。

 

 むしろ、ネルコさんがここまで自分から説明するのは珍しい方だと言える。それだけ危険度が高いということだろうか。

 

 とりあえず、休憩時間になるまでは、ここにいた方が良さそうだったので、屋上で大人しくしていることにした。

 

「樹ちゃん樹ちゃん」

「お、おう?」

 

 新田さん……いや。新田君が話しかけてきた。彼は、少しだけ周囲を気にするように小声でぼそぼそと話し出す。

 

「えっと、樹ちゃんは女の子になったの初めてだろうけど、だからこそ気をつけなきゃいけないことがあるんだよ」

 

 男子がある日突然女の子になるのは誰だって初めてのことだと思う。

 

「大股で歩いちゃだめ。走る時も気をつけて。むしろ走らない方がいいかも。あと、階段では気をつけてね。そ、それだけっ!」

 

 少しだけ顔を赤くして、新田くんは離れていった。そして、里香君の元へといってしまった。

 やはり、男女別で行動するのだろうか。少しだけギャルのネルコさんと一緒に行動するのは恥ずかしい。

 俺自身女の子なのはわかっているが、それでも自意識は男なのだから、女子とずっと一緒とか恥ずかしいだろ。

 ……ここしばらくは男女一緒に行動してきたけどさ。

 

「あ、お昼までは全員バラバラで行動しときなよ」

 

「えぇっ!?」

 

 助かるけども! 危険なんじゃないのかよ!

 

「いやさーアタシら一緒にいても出会いイベント始まらないから」

 

「出会いイベントってなんすか?」

 

「イツキ、もちょっと女の子っぽい言動しなよ」

 

 ネルコさんが笑う。いや、あんたが馴染み過ぎなんでしょうが。

 

「まあいいや。気付いているだろうけど、従魔とのリンク切れてるっしょ? それでもあいつらここにいるから、適当に歩いてりゃゲームみたいに出会って好感度上げていけるようになるから。ま、実際に見てみると分かるわ」

 

 そこまで言うと、不意に何かに気付いたように、ネルコさんが給水塔を見上げた。

 そこには、小さな影が立っていた。

 影はしゅたりと降り立つと、ネルコさんに壁ドンするかのように近寄っていく。

 

「……グルル。俺の昼寝の邪魔をする奴は誰だ?」

「アタシ」

 

 強気な笑みを浮かべるネルコさん。その影はネルコさんよりも小さいはずなのに、彼女を押し倒し──背中を支えて、キスでもするかのように顔を見合わせた。

 

「ふぅん……龍の俺を見てビビんないのかお前。おもしれぇ」

 

 緑色の髪に、不良みたいに着崩した学ラン。中も緑色のシャツを着ている。腰パンにまで下がったズボンは、そこから尻尾が生えている。

 

 っていうか、この男子ウィードちゃんだ!

 

「お前、今日から俺の女な」

「はぁ? あんたがアタシの従魔でしょ? 忘れないでよ」

 

 俺様系男子と、これまた俺様系JK。

 見てて少しだけドキドキする。

 

「ふん、そう言ってられるのも今のうちだ。龍は自分のモノに執着するからな」

 

 それを自分で言っていいのだろうか。

 

 ぺろりとネルコさんの顔を舐めると、ウィード君は屋上を出ていってしまった。

 

「……まあ、こんなふうに、出会いイベントが発生するから。あとは上手いこと出会ってイベント起こして好感度稼ぐといいよ」

 

 なんてことないようにネルコさんは言った。

 

「TS学園って、従魔まで性転換しているんですか……」

 

 新田君が俺達の心を代弁した。

 

 俺、シーちゃんがシー君になってるところ見たいようで見たくないわ。

 

 

 

 

 ネルコさん達と別れて、休憩時間の廊下を歩く。

 

 こうやって歩いている分には、特に変な所も見当たらない。普通の学校といった感じだ。

 

 適当にざわついていて、適当に生徒が喋っていたり、寝ていたりと好き勝手に過ごしている。

 

 俺の従魔はどこにいるんだろうか。シーちゃんは気まぐれだし、リビングエッジはただの剣なんだけど。

 

 メスの剣になるんだろうか。メスの剣ってなんだ。

 

 とりあえず、剣道場にでも行ってみようかな。と、人気の少ない廊下の方へ足を向けた。多分こっちは部室棟とかそんな感じだと思う。

 

 静かな廊下を進んでいると、奥の方で誰かがたたずんでいた。女の人だ。この人は制服を着ていない。教師だろうか。

 

「あの、すみま──ひっ!」

「ん? ……ああ、ごめんごめん」

 

 背後から声をかけると、眉間に銃を突きつけられた。一瞬で死を悟った。それだけの殺意がこめられた顔を彼女はしていたはずだ。

 

 しかし、笑って銃を外した女性は、そんな様子など最初からなかったかのようにヘラヘラと笑っている。

 

「見咎められちゃったと思ったんだけど、どうやらセーフみたいだ」

「え、えっと……?」

「ん? 知らなさそうな様子だね。その髪色……もしかして、ヴエルノーズにいたことある?」

「え! 知ってるんですか!」

 

 もしかして、この人も地球の召喚士なんだろうか。

 

「まあね。少しだけ縁があってね」

「お……おおおー! よかった! 俺、ネルコさんや新田君以外に転移者とかいないのかなって不安になってたんですよ! 文明レベルは高いし使ってる言葉も文字も日本語なんだけど、日本を思い起こさせるものは何一つなかったし!」

「おおっ! 落ち着いて落ち着いて。ほら、安心して息を吸ってー」

 

 興奮した俺を宥める美人さん。彼女の言葉に合わせて息を吸って吐き出す。

 

「落ち着いたかな?」

「はい……すみません」

「いいってことよ。スリープ君は元気?」

「お知り合いなんですね! だとしたら、元プレイヤーですか!」

「その調子じゃあ元気そうだね」

「まあ……元気といえばそうですが、大変なんすよー! ヴエルノーズを追い出されるわ、魔法都市は飛んでいくわで。結構冒険してるんですよね」

「は? 追い出された? 誰に?」

「誰って……そりゃあミラージュって人にですよ。俺達あの人に勝てないってんで逃げたんですよ。それからは野宿の生活ばっかりっす」

「…………」

「あのー?」

 

 真剣な表情で黙り込んだ女性に声をかける。すると、すぐに手をひらひらと振ってなんでもないように笑った。

 

「おっと。すまんね。色々教えてくれてありがとう。その調子だと、次は王国に向かうのかな?」

「その予定っすね。こんな所でプレイヤーさんに会えるとは思ってなかったっすよ! どうです? 王国で合流しませんか?」

「いいね。俺も用事があるから、王国で会おうじゃないか。そしたら、この世界のこと色々教えてあげるよ。ここじゃあ、どこに目があるかわかんないしね」

 

 その時だけ、美人さんは目を鋭くした。まるで何かを警戒するように。

 

「とりあえず、今日はここまでかな。俺もちょっと忙しくてね。……いや。リスクが高いから、後は大人しくしてようかね。まあ、身を隠さなきゃいけないんだ」

「へ? ……あぁ!?」

 

 そう言うと、彼女の姿が薄くなって消えてしまった。どこへ行ってしまったのだろうか。

 

「……あれ?」

 

 今気付いたのだけど、この世界は男女性別が逆転している場所だったはずだ。もしかして、女の人だと思って話したあの人は、男の人だったんだろうか。

 ……何か、大事なことを忘れているような気がする。

 

「あっ! リビングエッジ探さなきゃ!」

 

 従魔はネルコさんを見た限りだと、記憶が無くなっているように思える。身を守る武器を手に入れる為にも、まずはシーちゃんではなく、完全な武器の形をしていたリビングエッジを探しに行くべきだ。

 

 残り時間を意識して、俺は少しだけ急ぎ足で剣道場へと向かった。

 

 ……だから、気付かなかったんだ。あの女性がいた近くの教室から、真っ赤な血が流れ出ていることに。

 

 

 そして、剣道場。部活の時間でもなければ、不良生徒もいないらしいこの学校では、剣道場でサボっている男子の一人すら見当たらない。

 

 代わりに、一人の剣士が素振りをしていた。

 

 ピンク色の肌に、顔の上半分を隠すような仮面。頭には二つの捻れた角が伸びる。

 身体はすっぽんぽんに見える。繋ぎ目の無いピンク色の肌を惜しげも無く全て晒している。だけど肝心な所は一切見えなかった。

 

 暗黒騎士風サキュバスが一番近い表現だと思われる。明らかに従魔の見た目をした剣士が、そこで素振りをしていた。

 

 ……あれ、新田君のエー君じゃね? 今はエーちゃんか。

 

 普段から喋れない彼女とは、俺もコミュニケーションをとったことがなく、今この場で出会っても、どんな顔をすればいいのか分からない。

 

 どうするべきか迷っていると、エーちゃんの素振りをしている正面にある女子更衣室から、誰かが扉を壊しながら飛んできた!

 

 ベシン! と、剣に叩き切られる。

 

「ええええええー!?」

 

 飛び出してきたのは新田君だった。あんな所で何してたんだ……。

 

 新田君を切り捨てたエーちゃんは、頭から血をどくどく流している彼を見てオロオロした後、女子更衣室から包帯を持ってきて、彼の頭に巻き付けた。

 

 そして、正座をして彼の頭を自分の膝に乗せた。膝枕だ。そのまま瞑想でもしているかのようにじっとしていた。

 

 …………いや、じっとしていない! 新田君の顔を覗き込んでいる。キスでもしそうなくらい近付けているぞ!

 

 あの仮面に目が開いてないのに見えているんだろうか。

 

「う……ん……」

 

 新田君が身動ぎすると、驚いたように肩を跳ね上げて、エーちゃんの顔が離れた。そして、何も見ていませんとでも言わんばかりに正面を向いた。

 

「あれ……私、うっかり男子なのを忘れて、道場にある女子トイレに入って……」

 

 何をしているんだ新田君。

 

「柔らかい?」

 

 新田君は膝枕されている事に気付いた。

 

「えっ!? ごめんなさい! どこか怪我してたりしませんか! 膝枕なんてしてもらいありがとうございます!」

 

 混乱状態にも近いのだろう。焦り気味の新田君を落ち着かせるように、エーちゃんは彼の頭を抱き寄せた。

 

「あっ……」

 

 しばらくの間沈黙が降りる。

 

「えー、くん?」

 

 顔を上げた新田君がエーちゃんの正体を見事当てた。こくりと頷くエーちゃん。

 

「よかった……無事だったんだね」

 

 新田君は感激に少し目尻を光らせながら、エーちゃんを抱きしめた。感動の再会だ。

 

 ……………俺、なんでこんなところにいるんだろう。

 

 我に返った俺は、二人をそっとしておこうと、剣道場を静かに離れた。



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38話 出会いイベント

 大変勝手ながら、今回の話を書いて、今月分の更新を一時停止することに決めました。
 理由として、現在なろうの方にあげている作品をさっさと完結させたいのと、その作品にイズムパラフィリアが引っ張られていると感じたからです。今回の話も、もっと大事に書き上げたかったのですが、時間は足りず、描写にも悩んで無理やり書いた結果、満足する出来にはならなかったと判断しました。

 とりあえず今回分の更新だけは済ませて、時間の取れるタイミングで書き直すなり、次の話を書き溜めるつもりです。

 本作を楽しみにしてくれている方には大変申し訳ありません。

 次回更新は、現状五月一日に行うつもりであります。


 なんというか、俺の知り合いというか、旅の仲間は、みんなギャグ漫画から来たような人間だったりする。

 ネルコさんは普段から俺と関わる時はふざけ気味だし、なんならいつも不真面目にしている。検証だ考え事だと色々好き勝手動いては、どこかで爆発したり吹き飛んだりしているのだ。

 ウィードちゃん……今はウィード君だけど、彼に無茶ぶりしているイメージが強い。

 

 例えば。

 

「ウィードのスキル構成は現状長所を伸ばすより短所を埋めた方がいいから、魔法を覚えた方がいいんだ。上位魔法に範囲回復技があるから、それを覚えるんだ。跳躍撃と相性のいいヒールサークルを使え!」

「グルル……」

 

 という出来事があった。

 

 ウィードちゃんはいつもスリープさんの無茶ぶりを聞いて苦労している。もう少し労わってあげたらどうなんだろうか。

 旅に出てからは、ウィードちゃんがドラゴン姿になって、スリープさんがその姿で鱗洗いをしている姿を見たこともあるけどさ。

 あれも一つのコミュニケーションなんだろう。なんだかんだで二人は仲がいい。

 

 新田さんは常日頃からコミュニケーションを大切にしている。積極的に従魔と会話や相談をしており、その時々の行動方針すらも彼らと一緒に決めている。人生の相棒とでも言わんばかりに、新田さんは彼らを頼り、信頼している。

 それにしては、少し依存気味にも思えるのだが。最近は従魔とはまた立場の違うミルミルちゃんが仲間になったので、不安定な、危なっかしい感じはなくなりつつある。

 だけど、彼女は精神の支柱をどこか他人に預けているような気がする。こんな状況では、仕方がないのかもしれないけど、いつかどこかで完全に従魔に依存して動けなくなってしまいそうな様子だ。

 

 この二人に比べると、俺は自分の従魔とのコミュニケーションが、上手く取れていない。それは、単純な会話の量では無く、心を通わせた回数。

 一時期喧嘩したり、すれ違ったりもしたけど、そこから大きく距離が近付いたというわけじゃないんだ。あくまでも俺は、大事なシーちゃんを守りたくて、自分でも戦えるだけの力が欲しいのだ。

 シーちゃんは、それを、自分を信じてくれていないという風に受け止めている。

 

 未だにシーちゃんと俺の主張が、両者の納得のいく結果に着地したことが無い。

 

 保健室に来た。俺の従魔の手持ち的に、ここに誰かがいるとは思えなかったけど、出会いイベントと考えれば、こういう、うってつけの場所がいいと判断したのだ。

 

「失礼しまーす……」

「どうも……」

 

 なんかげっそりした男子がいた。病弱っぽそうな雰囲気の人だ。どことなくショタっぽい。

 

「あのくそどらごん……僕が近付く隙すら与えないとか独占欲強過ぎだろ……うっ!」

 

 ブツブツと毒を吐いている。体調も悪そうなのにご苦労なことだ。

 儚げな印象が、一転して強かになってしまった。長生きしそうな病弱キャラである。

 病院で出会った幼馴染系ってやつだな。当初は気持ちも弱かったけど、恋して強くなるタイプ。高校生くらいで、病気も治ってすっかり暴走系ヒロインになる感じのキャラ。

 

「あの……大丈夫っすか?」

「…………はい。ダイジョウブです」

 

 声をかけてみると、百面相を一瞬で見せて愛想笑いを浮かべた。大丈夫では無さそうだけど、これ以上相手にするのも悪いかも。

 知らない人に、弱った姿を見られるのは、好きじゃないから。

 

「おいっすー」

 

 ガラッと勢いよく保健室の扉が開かれる。ネルコさんだ。

 

「あっ……」

「……」

 

 ネルコさんと病弱系男子が向き合う。しばらく見つめあった後、ネルコさんがスッ……と腕を開いた。

 

「あるじさまぁ!」

「おお、いい子いい子」

 

 男前なのか母性があるのか分からないネルコさんの抱擁で、ここの出会いイベントは終了したっぽい。凄い雑だった。ウィード君やエンドロッカスちゃんとは大違いである。

 というか、あんな従魔見たことないんだけど。ネルコさんいつから隠してたんだろう。そもそも従魔だったのか。人間にしか見えなかった。

 

 抱き合った二人だが、俺がいるのが邪魔らしく、ネルコさんの見えないところで病弱系男子が凄い形相で睨んできた。このままここにいてもいいけど、可哀想なので撤退する。

 

「お邪魔しましたー……」

 

 俺のシーちゃんはどこにいるんだろう。こういう所で、俺のシーちゃんへの理解度の低さを見せつけられているようで、若干落ち込む。

 

 行くあても無く、適当に廊下を歩く。ふと、階段に目がいき、そこにいた人物が誰なのか気付いた。

 

「あれ? ……樹さんですか?」

「そういう君はチェリーちゃんだよね」

 

 そう。新田君の従魔であるチェリーミートちゃんである。

 狼系の獣少女であり、新田君をご主人様と慕う誘拐されていた女の子だ。

 今は男の子になっているけど。

 

 犬系男子というのは変わらないらしく、犬耳に尻尾、童顔な低身長イケメンになっていた。女子にからかわれたり、可愛がられたりするタイプの男子ってやつだ。

 

 知り合いを見つけたからか、チェリー君は安堵した様子で駆け寄ってきた。そういう仕草が、本当に犬っぽい。尻尾も現在進行形でブンブン振られている。

 

「うえええ、怖かったですー!」

「わかるー。怖かったっすよねぇ」

 

 少しだけ女の子っぽさを意識して返事を返す。運動系少女だって語尾に〜っす。と付けるのだから、俺もそんな感じのキャラを目指していこう。ノリのいい後輩系ってイメージ。

 

 チェリーちゃんは意外と距離感の近い女の子であり、俺や新田さんには結構スキンシップが激しいところがある。今もひとりぼっちだった恐怖からなのか、俺に抱きついてきた。

 

 結構力が強い。従魔だから当たり前だ。時にシーちゃんですら、俺を圧倒する膂力を発揮するのだから。

 

 惜しむとすれば、今は男女が逆だから、身体の感触を楽しめないことか。普段も新田さんの目が怖いので、そんなことしないけど。

 

 ぼんやりと、固くなった身体の感触を味わう。男の子ってこんな感じなんだ。男の子に抱きつかれている女の子って、こんな感じなんだ。

 ほんの少しだけ、ドキドキした。それは、異性を意識したとかではなく、この力で押し倒されたりしたら、抵抗できないだろうなっていう、恐怖。

 

 でも、こうやって抱きついたり身体を擦り付けてくるのはやめて欲しいようなやめて欲しくないような複雑な心境だ。元々チェリー君は女の子なのだ。普段はもふもふふわふわの体をしているんだ。

 今はイベント中だが、昨日までは旅の最中で、プライベートなど無かったのだ。時折感じた女の子の体っていうものが、俺の本能を刺激してたものである。

 

 我慢するのも大変なんだ。

 

「…………あのー?」

「すんすん……ふんふん」

 

 中々チェリー君が離れてくれない。鼻息が荒い気がする。もしかして、匂い嗅いでる?

 

「おーい」

「……はっ!? ななな、なんですか! いえ、すみませんでした!」

 

 おおっなんか童貞ぽい反応。女の子の身体に興奮したのだろうか。元から百合っぽい感じしてたよなぁこの子。新田君と普段から一緒に水浴びしてイチャイチャするからなぁ。そういう声は聞こえてくるのだ。

 今は男の子になって正常に戻った感じなのだろうか。

 

「そんなに怖かったんすか?」

「い、いいいいえ! 怖かったんですけどそうじゃないといいますか……」

 

 めちゃくちゃ狼狽えている。なんだこれ。可愛いな。

 視線が俺の身体を見てたり顔を見たり、なんか興味とかを隠しきれない感じ。

 

 少しだけ悪戯心が湧く。

 

「ふーん? なぁに? 私の身体になにかある?」

「へぇえ!? い、樹しゃん!?」

 

 意識して甘えるような声を出して、無防備に身体を見せる。服に何かついてないか探してみたり、スカートをひらひらめくったり。大事なのはチラリズム。そして、無邪気な様子だ。恥じらいもない女の子のチラリズムは、ぶっちゃけ萎える。そういうの、あんまり経験したことないけどさ。男子校出身だから。

 そうして、何度もパンツをチラ見せしたり、お腹を見せていたりしたら、すっかりチェリー君の視線が俺の身体から離れられなくなってしまった。面白さと楽しさが混ざってもう少しだけサービスしてあげてもいいかなって気分になる。

 この弄ぶ感覚。いいな。

 

「あっ……どこ見てんすかー!」

「す、すみませぇん!」

「まったくもう……。チェリー君は元は女の子だったんだし見すぎっすよ! そんなに気になるなら触ってみますか? 俺も女の子になって色々興味あるんすよね」

 

 そう言うと、チェリー君はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「ほら……気にならないっすか? 元男だった俺の身体がどうなのか……」

 

 スカートをたくしあげる。顔がどんどんスカートに向かっていくチェリー君。

 なんという優越感だろうか。男の子を手玉に取る感覚。これは癖になりそうだ。男を喜ばしてるって感じがして気持ちがいい。

 

 ……あれ?

 

 スカートをパッと離す。残念そうに、スカートを見つけていたチェリー君が、ハッと我に返った。

 

「あ、あはは。……なんか変な空気になっちゃったっすね」

「あははははは……ごめんなさーい!!」

 

 大きな声で謝りながら、汗を大量にかいたチェリー君が逃げ出した。

 

 やばいぜTS学園。いつの間にか女の子の本能が刺激されていた。雌落ちするところだったぜ。童貞男子からかって女の子としての優越感味わうとか、どんな体験だよ。

 

 フルダイブVRゲームでネカマが増えた理由の一端を味わった気がした。

 

 

 

 

 童貞チェリー君をからかった後で、学校の裏庭に移動した。窓の外を見た時に、ふと目についたのだ。

 裏庭には、一本の大きな木が生えている。その下には花畑があった。

 シーちゃんは、正式名称を【花畑のピクシー】という。初咲の花から生まれた妖精とのことで、自然の化身にも近い存在なのだ。

 

 花畑があるのなら、シーちゃんはそこにいる。

 

 根拠の無い確信が胸を突き動かして、衝動的に裏庭へ来ていた。

 そこに居たのは、小さな小さな影。木の葉のように小さく、しかし、決して薄れない輝きを持っている。

 俺の相棒にして、最高の友達。

 

「シーちゃん……」

 

 声をかける。ふわりと影が天へ昇った。

 見上げて、太陽の眩しさに目が焼かれる。薄目に開いた瞬間、視界のほとんどを覆うほどに影が接近していた。

 

「ますたああああああ!!!」

「シーちゃん……シーちゃあああん!!」

 

 俺の顔面にヒシっと抱きつくシーちゃん。俺はそっと彼女を手のひらで包んだ。

 繋がりが途絶えただけで、これほどにまで心細いとは思わなかった。どれだけ彼女に依存しているか分かった。

 

 だけど、もう、離れられそうにない。

 

 この手を離したくない。

 

「シーちゃん……」

「マスター……」

 

 学ランに身を包んだシーちゃんを見つめる。

 …………学ラン姿である。シーちゃんはシー君だった。イケメンだ。ミニマムイケメン。女の子向け人形で登場する彼氏役みたいなナイスガイ。爽やかな白い歯がきらりと光る。

 ごめん。さっきのやっぱり無しで。

 今の俺は心だけは男の子なんだ。告白は女の子にしたい。初めて付き合うのも女の子がいい。

 

「マスター……僕が君を守るよ……」

 

 伝説のありそうな木の下で、シーちゃん改めシーくんが俺に告白をしてくる。

 好感度が高すぎる。出会ってすぐに告白されるとは。

 

 だけど、ああ。彼はやっぱりシーちゃんであって。

 これを断ったら、向こうの世界でどうなるのかが気になってしまって。

 

「……嬉しいです」

 

 断ることなんて無理だった。

 

 俺の初めての恋人は、イケメンで小さい妖精でした。

 ネルコさん。一ついいっすか。

 

 俺、このイベントはクソだなって強く思います。

 

 

 

 お昼。屋上で出会いイベントを済ませた俺達は、従魔を連れて顔合わせをしていた。

 

 ネルコさんは、ウィード君だけを連れて来ていた。

 新田君は、チェリー君とエンドロッカスちゃんにしっかり腕を組まれている。

 俺は、シーくんと手を繋ぎあってここに来た。

 

「は? 樹ちゃんなんで手繋いでんの?」

「そりゃあ……告白されたら断れないし」

 

 俺の姿を見て驚いた様子のネルコさんに返事をする。途端にネルコさんの表情が険しくなった。

 

「好感度稼ぐの早すぎるな……石を割ったのか? それよりも、予想外だ。この展開は不味すぎる……」

「ネルコさん?」

「あー……あー……。うーん……」

 

 随分頭を悩ませている。俯き気味のネルコさんの横顔に綺麗な黒髪が流れる。

 少しだけ見とれた瞬間にウィード君が割って入った。

 

「グルル……何見てんだ」

「あ、すいません……」

「こいつは俺のメスだ」

 

 そう言って尻尾をネルコさんに巻き付ける。腰を巻こうとしてはたき落とされて、しぶしぶ腕に巻いていた。

 

「スリ……ネルコさん。従魔との出会いは済みました。次は何をすればいいんですか? 何を倒せばいいんでしょうか」

 

 新田君がはっきりとネルコさんを問い詰める。新田君度胸あるよなぁ。俺はネルコさんが余裕そうだし、下手な先入観とか欲しくないから何も聞こうと思わないんだけど、新田君は全然違う。

 その探究心でネルコさんに色々聞き出そうとしている。最近はこの世界のこともよく理解してきており、何かを倒せば解決出来るという思考になってきているようだ。

 

「……この世界に関して、話せることは無い。樹少女も多分そのままでいい」

 

 ネルコさんにしては珍しい返事だった。基本的にネルコさんは聞かれたこと以外は話さない。ゲームの情報を一切落とさない。だけど、聞けば全部答えるのだ。

 それが、答えられない。どんな原因があるのかは分からないが、今まで一度も見たことの無い光景だった。

 

「そう、ですか……わかりました」

 

 新田君も、ネルコさんの様子を見て、とことん問い詰めるといった雰囲気を収めた。

 ネルコさんはそんなことを一切気にせずに、考えにふけっている。

 

「うん。大丈夫。大丈夫」

 

 それは、自分に言い聞かせているように見えた。

 

「まあ、問題無いはずだよ。とりあえず、俺が今朝言った通りの行動をしていれば、後はイベントが終わるから。大人しく過ごすように」

 

 それだけ伝えると、ネルコさんはウィード君を連れてどこかにいってました。

 

 結局、何かを話す気にもなれなかったので、自然と解散する流れになった。




 TSした女の子が男の子に助けられて雌落ちする話はいっぱい見てきましたが、TSした女の子が、男の子をからかって女の子に目覚める話はあまり見ませんよね。私はそういうのが好きなんだ。


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39話 TS学校生活

リハビリ中です。
次回更新は一週間後になります。


 ネルコさんがウィード君を連れてどこかへ行ってしまった後。俺達はいつまでも屋上にいる訳にはいかないと、校舎の中に入った。

 俺達が屋上に集まったのは、昼休憩の時間だ。早めに解散してきたので、今のところ少し余裕がある。チャイムが鳴ったら、屋上へ避難しようと思いながら、廊下を歩く。

 

 ちなみに、リビングエッジは校庭のグラウンドで使われる機材倉庫の中に入っていた。台座に刺さっており、それを引き抜いたら仲間になった感じだ。

 雑すぎると思ったのだが、里香君の話によると、喋れない従魔かつ、人型ですらない従魔はそういうイベントにしかならないのではないかとのことだ。

 

 まあ、確かに喋れない従魔を使ってイベントを進めるのって難しそうだよね。里香君の従魔はどっちも喋れない為に、両方感動の再会とはならず、そこら辺で見つけて拾ってきたとのこと。

 

「……ねえ、樹ちゃん」

 

 新田君が小さな声で話しかけてきた。

 

「授業に出ちゃダメかな?」

 

 それを聞いて、俺はハッとした。少しだけ異常事態ではあるのだが、思えば、確かにここは限りなく日本に近い世界であり、そして、学校生活を送っているのだ。

 遅れた勉強をここで取り戻したり、忘れかけてた日本での感覚を取り戻すにはいいのではないか?

 

 新田君も、そういう考えがあったのだろう。いや、もしかしたら、新田君はもっと別の考えがあったのかもしれない。

 それは、日本の生活に戻りたくて、ただ、幻想の日本に近い生活を送りたかっただけだとか。

 失われた物を取り戻そうと思っているよりかは、それを使って自分を慰めるような気がする。マッチ売りの少女みたいに、ありもしない幻想を見たいがために。

 

 だけど、そんな新田君の行動を俺が止めていいものか。

 別に悪いことでは無いと思うのだ。

 この世界は強烈だ。滅茶苦茶で、過激なんだ。暴力が横行して、日本とは違い、法律に守られない世界だ。わけも分からないまま放り出されれば、誰だって不安になる。

 そして、それを埋めるように従魔がいるんだ。彼等の存在は、俺達にとってはありがたいものの、同時に少し危険なのだ。

 

 日本を、故郷を、忘れてしまいそうで。

 

 どんな場所にいても、彼等がいれば、何も怖くないようで。どこにも行けてしまいそうで。

 

 いつか、戻れなくなってしまいそうな気がするんだ。

 

 だからこそ、こういう時に、日本にいた記憶を刺激して、本心を忘れないようにしておく必要はあると思う。

 古傷を触って、あえて痛みを引き起こすように。過去を忘れてしまわないように。

 

「……なによ。馬鹿らしい。ここは日本じゃないし、そもそも何があるのか分からない場所なのよ。ルールを守れって言われているんだから、余計なことはしないで、あまり動かずに受け流した方が良いに決まってるじゃない」

 

 そんな、新田君の弱気な発言に、里香君が反発した。

 そのいじけたような表情は、俺や新田君に向けているものとは思えなかった。

 

 里香君やアヤナさんは、俺達と同じ日本から来た人間だが、偶にこうして、意識のすれ違いが発生する。

 元々、勇者として王国とやらに召喚された二人と、気が付けば洞窟の中にいた俺達では、確かに違いは生まれると思うのだが。それ以上に、二人は目的が違うような気がするんだ。

 俺達は、日本に戻りたいが故に、こうして世界を回っている。特に誰かと目的意識を合わせた訳じゃないが、少なくとも俺は日本に戻る事を目的として活動している。

 ……ネルコさんは、多分日本に戻る気はないと思う。あの人は、最初からこの世界を知っていて、平然と受け入れているのだから。

 ネルコさんは置いといて、勇者組もまた、日本に積極的に帰ろうとはしていないと思われる。それは、行動や言動にほんの僅かにだが、感じ取れるものがあったからだ。

 彼女達は、この世界を満喫しようとしているんだ。ネルコさんと同じで、すっかり受け入れている。

 あちらに置いてきた家族とか、友人が気にならないのだろうか。そう思っていても、はっきり問いただしたわけでは無いので、俺の勘違いであるかもしれない。

 帰りたがっている人と、観光客が一緒に行動しているような、足並みの揃わなさが、俺は気になっている。

 

「で、でも! ルールを守れば安心だって言ってたでしょ? なら、ルールを破らない範囲で自由に動くことは出来ると思うし……」

「…………好きにすれば? わたし、ネルコさん探してくるから!」

「あっ! ちょっと待って!」

 

 里香君は、足早に去っていってしまった。それを引き留めようと伸ばした新田君の手が、宙をさまよう。

 ゆっくりと降ろされた手と、反対の手が、新田君の頬を掻く。

 

「あはは……。ごめんね。空気悪くしちゃって。私、最近調子に乗ってたかも。日本にいた時は、もっと大人しかったはずなんだけどね……。わがまま、言っちゃった」

 

 確かに、新田君は出会った当初は行動力はあっても大人しい人だった。物静かというか、控えめな感じの。それでも、大事なところでは自分から動いていたけどさ。

 

「新田君は悪くないでしょ。お……わた……僕も、日本にいた時の事を忘れないように、授業で遅れた分取り戻そうかなって思ってたし」

「うん……ありがとう。ごめんね」

 

 一人称は僕で許して欲しい。俺と言うには違和感がありすぎて、私というまでは振り切れなかったんだ。

 新田君を励ますと、ほんの少しだけ表情が柔らかくなった。

 というか、今後の行動をどうするべきか、一切決まっていない。ネルコさんが与えた情報からすれば、多分ここはルールを守っていれば、自由に動いてもいいと思うのだが。

 

 ネルコさんは、決して俺達に、動かずじっとしていろとは言わなかったのだから。

 動いてはいけないのなら、ネルコさんは、多分、はっきりそう言う人だ。

 

「里香君のことが気になるけど、ネルコさんはイベントを進めろとか言ってたし、普通に学校生活を満喫しようよ」

「あ……そうだね。元々従魔の好感度を稼ぐイベントだって言ってたもんね」

「僕は、シー君と少しだけ見て回るよ。それじゃあまたね」

 

 新田君と別れて行動する。従魔とのイベントを進めるんだったら、多分俺が近くにいない方がいいはずだと判断した結果そう動いた。

 

「シー君、どこに行こうか?」

「どこでも大丈夫だよ!」

 

 うーん。従魔の言うことを信じるべきか。どこも大丈夫だとは思えないのだが。

 

 ネルコさんの言葉を思い出すなら、多分従魔とプレイヤー以外の人物とは接触しない方がいい。つまり、ここにいる全ての人間は敵か何かだと思うのだが。

 …………わからないな。

 

「一緒に授業、受けよっか」

「うん! マスターは僕が守るから安心してね!」

 

 シー君と手を繋いで、恐る恐る教室の中に入っていった。

 教室の中では、何人かの生徒が机に向かって予習をしていたり、一つの席に集まって何事かを話している。時折笑い声が聞こえるので、雑談でもしているのだろう。

 適当に入った教室なのだが、不思議な力を感じ取り、ここが自分の教室なんだろうと、理由も無く理解した。

 

「おえ」

 

 直接脳を弄られたような感覚を覚えて、吐き気を催した。これは明らかに異常事態だろう。ここに来て、ようやく危機感が働き始めた。この世界は、ネルコさんが言っていたイベントの世界であり、俺達がいた日本ではないのだと。

 

 そんな、正気度の削れるような体験を経て、手に入れた感覚が言うには、窓際最後列が俺の席らしい。

 近寄って椅子の後ろにでもシールが貼ってあるか探すと、きちんとそこに『原田 樹』の名前のシールが貼られていた。小学校以来だと思う。椅子の後ろにシール貼ってあるの。

 

「あっ! 君、転校生ですよね?」

「ん?」

 

 声をかけられた。その方向に顔を向ける。窓の反射で一瞬目が焼ける。反射的に目を閉じてから、うっすらと開けると、そこには黒髪ロングの女の子がいた。

 

「どうもこんにちは! 私、この学園の生徒会長をしています。クオリアと申します!」

「……どうも」

 

 明らかに日本人と思えない反応。行動だ。それに、生徒会長。この人はどちらかといえば敵側だろう。

 首謀者が接触してきたと見るべきか。

 

「あら? 反応薄いですね。どこか警戒しているご様子」

 

 そんな俺の考えを読み取ったのか、生徒会長を自称するクオリアという女の子の表情に影が落ちる。

 目のハイライトが消えた。

 

「もしかして…………この世界を知っておりますか? 私の目的を知っているのでしょうか?」

「……」

 

 返事をする必要は無い。こういう状況で下手に喚いたって、何をしたって、情報を与えてしまうだけだ。俺は何も知らない。だからこそ、反応を返すべきではない。

 受け流すべきだ。冷静でいるべきだ。

 それは、あの世界で最初に学んだ事だ。自身の不利を悟らせてはいけない。喚いたところで助けは来ないんだ。

 

「……ふふふっ。そのご様子では何も知らないのでしょう。警戒しているだけのようで。まあ、いきなりこんな所に来たのですから、不安に思うのも無理はありません」

 

 ネルコさんから事前に情報を与えられていたら、どんな反応や動きをするか分からなかった。最低限の情報だったからこそ、この結果になったのだろう。

 ひとまず窮地は脱したと思う。

 

 雰囲気が最初に会った時と同じように明るくなったクオリアという女の子が、話を続ける。

 

「ここは私の世界です。私だけの箱庭です。あなたはここに迷い込んだ、ただの人です。都市伝説や怪異にうっかり入ってしまった一般人です」

 

 そう言われて、納得のいく自分がいた。確かに、言われてみれば、現状は都市伝説に巻き込まれたとみてもいいのかもしれない。

 従魔とはなんなのか、異なる世界に住む存在だと聞いてはいたが、どこかしっくり来なかった。

 だが、それが一つの怪異としてあるのなら、俺にも理解が出来た。従魔という存在の一端に触れられた気がする。

 こういう存在もまた、従魔と呼ぶべきものなのだろう。

 

「私が作っていた身体にうっかり近しい存在がいたのでしょう。あなたは魂だけこの世界に引き寄せられた状態です。その繋がりだけで、幾つか別の存在も混ざって来てますが、そこはどうでもいいです」

 

 淡々と説明してくるクオリア。その表情は、明るく優しいはずのものだが、作り物にしか見えなかった。

 

「まあ、いずれ魂が肉体に引き戻されるでしょうから、その間までは大人しく過ごしていてください。私は今忙しいのです。目的を達成するためにも、早くこの世界を完成させなければならないのです。あの人なら、絶対にこの世界に来ますから」

 

 あ、と彼女は続けた。

 

「一応、試運転として、私に声をかけてくれたら、少しだけ遊ばせてあげますよ。その時は感想もおねがいしますね。ただし──」

 

 表情が無くなる。目から一切の光が消える。ただの暗闇がこちらを覗いている。

 

「どこぞのネズミみたいに、私の世界を壊そうとするのなら、殺しますから」

 

 それでは。とスカートを翻して、クオリアは教室から出ていった。

 

 彼女がいなくなってから、どれくらい時間が経ったのだろう。数秒後かもしれないし、数十分はこのままだったかもしれない。忘れていたように浅く呼吸を繰り返す自分を意識して、そこで息苦しさを感じた。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……ハァ……」

 

 久しく忘れていた記憶を思い出した。理不尽な暴力と、死の恐怖。圧倒的な存在と力。

 

 椅子からずり落ちて、ガタンと教室に大きな音を立てる。

 その音にすら気を使うことも出来ずに、膝を抱えてうずくまる。肉体が変わったからか、涙がこぼれ落ちてくる。

 

「ますたー、大丈夫?」

「大丈夫……大丈夫だよ……」

 

 膝にそっと手を乗せてくるシー君に、震える声で返事をする。

 

 死への緊張感か、恐怖か。プツリと途絶えたそれによって、俺は涙をこらえることが出来なかった。

 すがりつくには、シー君は小さすぎる。

 

「ネルコさん……」

 

 あの不真面目で不思議な人に、無性に会いたかった。

 どこまでも人間らしい。特別感の無い人に会いたくなった。



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40話 TS召喚士達のトイレ事情

次回更新も一週間後を予定しております。


 あの後、授業を受ける気にもなれずに教室を抜け出した。フラフラと頼りない足取りで廊下を歩く。自然と向かう先は、ネルコさんに会った屋上だ。

 

 新田君は真面目に授業を受けているのだろうか。里香君はネルコさんに会えただろうか。あの生徒会長に目をつけられていないだろうか。

 ただ、無事を願った。

 

「ん? ……おかえり」

 

 屋上の扉を開けると、ネルコさんが屋上をぼんやりと見つめていた。

 開けた時の音でこちらに気付き、顔をゆっくりと向けた後、再び元に戻ってしまった。

 ネルコさんの膝上では、ウィード君が丸くなって寝ている。猫みたいだ。

 

「何よ……イツキも結局来たんじゃない。ヒイナだけ授業受けに行かせたわけ?」

 

 そんな二人から若干距離を置いて、給水塔の上に、里香君が腰掛けていた。手持ち無沙汰なのか、膝を拳でトントンとリズムをとって叩いている。

 この世界で一番安全に思える空間だった。張り詰めた緊張が解けていく。

 

「ちょ……!? 悪かったわね! 私もイライラしてたし。だからそんな泣くことはないでしょ!?」

「……へ?」

 

 慌てて給水塔から飛び降りた里香君が駆け寄ってくる。彼の言葉で、ようやく自分が泣いている事に気が付いた。

 自覚をしても、涙は止まらないし、止められなかった。両手で拭っても、何故か溢れてくる。

 

「ああもう! そんなんじゃ目を赤くするじゃない! ほら、ハンカチあげるからそれで優しく拭きなさい」

「えっと……ありがとう」

「ったく……。女子力低いわよ」

 

 そりゃあ女の子歴一日目なんで。

 しかし、身体が変わったからか、随分感情的になった気がする。感情が表に現れやすいというか、涙腺の緩み以外にも、なんだか振り回されるような感覚だ。

 

 女の子の身体とはこういうものなのだろうか。

 

「落ち着いたー? なんか全体的に余裕無くなってきたのが、これを期に表に出た感じだね。ネルコさんはメンタルケアとか無理だから、適当にここで吐き出すといいよ」

 

 だるだるのギャルモードになっているネルコさんが座ったまま声をかけてくる。

 確かにネルコさんは他人のメンタルケアとか向いていないだろう。我が道を行く人だろうし。

 

「……ネルコさん、あなたはどこまでこれが想定内なんですか?」

「ん?」

 

 女性となって、胡散臭さの減ったネルコさんに、疑問をぶつける。

 それは、多分新田君も思っていたことだろう。

 ネルコさんは大体いつも余裕そうだ。この世界を知っており、未来を知っており、俺達を導いていく。

 二次創作小説等で、未来を知っていて、それを知りながら動いている人物だと、俺からは見えている。

 それならば、どこかで原作と大きく違う展開になると思うのだが、大筋はネルコさんの手によって変えられていない。

 

「あなたはゲームとしてこの世界を知っている。なら、どこまで知っていて、何をするつもりなのか、教えて貰えないでしょうか」

「……樹ちゃんも柊菜みたいなこと言うねぇ」

 

 ネルコさんがため息をつく。膝に乗せたウィード君を優しく撫でた。

 

「確かにゲーム全体の流れは理解しているよ。大筋をメインストーリーとして知っている。だけどさ、これはソシャゲなんだよ。ゲーム開始の前は知らないし、なんならほとんどのキャラクターの行動も把握していない。そんなもの語られないんだよ」

 

 ウィード君が耳をピクリと動かし、軽く頭を上げて起きた。ネルコさんをじっと見つめている。

 

「アタシが余裕あるのは、出現する敵とその強さ、行動パターンにステータス、そして対応法を知っているからだよ。ついでにいえば、ウィードがいるから余裕あるだけ。メインストーリーを知っていたとしても、アタシ達がゲーム主人公かどうかなんてわからないんだし、その主人公が複数人いるんだから、知っている通りのストーリーになるとは限らないでしょ?」

 

 そう言って拳を突き出した。椅子に座って、体勢も変えずに。だけど、それは俺の眼前でピタリと止まり、軽く髪を持ち上げるだけの風を起こした。

 

「金でも権力でも暴力でも、人間力を持っていれば安心できるもんだよ。いいこと教えてあげる。今この世界──全体的な話じゃなくて、この街のことね。その中だと、アタシ達の身体能力は、全員フラットになっているんだよ」

「うわぁ!?」

 

 ウィード君を抱えたネルコさんが、飛びかかるようにして、俺を抱きしめると、勢いよく宙を飛んだ。

 それは数メートルほど浮き上がり、重力に従って猛スピードで落下した。

 ズダンッという音と共に、着地する。俺もネルコさんとの身長差が少ないので普通に地面に打ち付けられた。

 

 だけど、痛みは無かった。

 

「ここでは戦闘システムが変更されて、ATBのコマンド式になるんだよ。そして、自分と攻略対象を連れて、シナリオを攻略していく形になる。忙しくなるだろうから、今のうちに好感度稼いでおきなよ」

「……ご忠告ありがとうございます」

「それじゃあね」

 

 ネルコさんがウィード君を連れて屋上から出ていった。先程の流れを見ていた里香君が呆然としている。

 まあ、俺も抱いていた不安はさっきので吹き飛ばされた。ネルコさんの言葉を信じるなら、あの人はメインストーリーをなぞるように行動しているのだろう。

 

 何も解決してはいないが、一応俺の心は軽くなった。

 だけどさ、いきなりでめちゃくちゃ怖かったし、無いのにタマヒュンしたんだけど。

 

「あっ……」

 

 トイレ行こう。思い返せば、今日一度も行ってなかった。

 意識すると途端に催してくる。男女で竿分男の方が余裕あると言われるが、そんなことは無い。

 竿まで来て膀胱引き締めたら勢いよく出てくるからね。そうでなくてもアウトである。

 

 里香君を置いて、俺はトイレを探す旅に出た。

 

 

 

 

 屋上からすぐ下の階で、適当にうろつくこと数分。ようやくトイレを見つけた。

 見つけたのだが……。

 

「どうしよう……」

 

 目の前には男子トイレと女子トイレの両方がある。

 いや、本当にこれどうしよう。俺の体を考えるなら女子トイレなのだが、精神を考えると男子トイレに入った方がいいんだよな。男子トイレにも洋式トイレはあるだろうから、そっちでもいいんだけど、外聞というものがあってなぁ。

 男子トイレに入るか……!

 

 いざ行かん。と男子トイレhr歩み出そうとしたところで、女子トイレからネルコさんがひょこりと顔を出した。

 

「なにしてんの?」

「それはこっちのセリフっす」

 

 マジで何してんだこの人。恥じらいもなく女子トイレに入ってやがる。

 

「いや、アタシら女子じゃん。トイレは女子の方に行くべきっしょ」

「いやいやいや! 心は男子でしょう!?」

「授業中だし誰もいないし、そもそも変な行動すんなっての。ほら、いくよー」

 

 女子トイレから出てきたネルコさんに羽交い締めにされて女子トイレへ引きずりこまれる。

 初めて見た学校の女子トイレは、全部個室になった男子トイレと同じものだった。

 

「お、おほー……」

「音に関しては自力でどうにかするように。ここにそういう装置ないから」

 

 既に先に入っていたネルコさんが女子トイレの一室を開けて指さす。普通だ。普通のトイレだ。

 

「無いとは思うけど、女子トイレはゴミ箱見ない方がいいよ」

「そりゃあわざわざそんなところ見ないっすけど……なんでっすか?」

「出血凄いからね」

 

 出血と言われて首を傾げる。なにかあったっけ? 女子にそんな血を流すような瞬間って。

 数秒考えた後に、答えに思い至った。ボフンと顔が熱くなる。

 

「ちょっと! ネルコさん、セクハラっすよ!」

「はっはっは。既に童貞ですらないやつが何をうぶなこと言ってやがる」

「それとこれとは別っすよ!」

 

 悪かったね。と軽く手を上げて謝罪を済ませると、ネルコさんはトイレを出ていってしまった。

 

「う……」

 

 やるしか、ないよなぁ……。ここでうだうだして授業が終わればそれこそまずいことになる。

 意を決して、コトリと便座に座り込む。股を若干開き、手を入れようとしたところで、付いていない事を思い出した。

 押さえる必要無かったっすね。

 

「……ん」

 

 我慢していたものが解放されて、吐息が漏れる。思ったよりも勢いとか音が凄くて、顔がどんどん熱を持つ。

 視界がぐるぐるしてくる。

 

 これ、俺の体では無かったんすよね。

 罪悪感やら背徳感でドキドキする。悪いことだと分かっていても、心の中ではどこか興奮している自分がいる。

 

 初のトイレは、色々精一杯で、なんだかよく分からないままに終わっていた。

 

「はぁ……。酷い目にあった気がするっす」

「あっ」

 

 手を洗い、里香君から渡されたハンカチで拭きながら女子トイレを出る。すると、こちらに入ろうとしていた里香君とばったり出会った。

 

「えええっとぉー! これは私が今女じゃなくて男の身体になっていたのを忘れていたというか、立ってやるとかあそこ見るとか無理だし、そもそもなんでこんな肉体なのかっていうか、別に私内面は女なんだし別にいいんじゃないかと思うんだけど!!」

「そ、そうっすね……」

 

 そもそも見るのも触るのもしなければ、男子は用を足せないと思うんすけど。

 

「イツキ! アンタ誰かが入ってこないように見張っておきなさい!」

「え、えええ!? そんなの無理っすよ!」

「パパっと済ませてくるから! よろしく!」

 

 強引に話を決められて、里香君はそのまま女子トイレへと消えていった。

 どうしよう。とは思ったけど、見捨てる訳にもいかないので、女子トイレの脇に佇んでおく。

 

 すると、今度は新田君がこっそり周囲をうかがいながらこちらに歩いてきた。

 

「あ……」

「新田君もトイレっすか? 今女子トイレを里香君が利用中っす」

「え、女子トイレを?」

「そうっすけど……」

 

 事情を包み隠さず説明すると、信じられないとでも言うような顔をして、新田君が首を振った。

 

「私達今性別が逆転してるんだよ!? それなのに男のまま女子トイレに入ったの?」

「そりゃあ……心は女の子ですし」

「おかしいでしょ、それは……」

 

 俺にどうしろっていうんすか。

 

「心が女の子なら、女子トイレに入ってもいいの? そうじゃないでしょ。抵抗はあるかもしれないけど、こういう時こそルールには従うべきなんだよ。自分だけ特別だって思って行動するから、皆ルールを守らなくなるんだよ」

 

 新田君の言うことは正しいと思う。確かに自分だけと行動すれば、それが波及して、自分もとルールが壊れていくことになるだろう。

 

「そうして損をするのが、ルールを守る人達なんだよ? 全員に事情があるのは分かるけど、だからって例外を許していいとは限らないと思うんだ」

「そう言われるとそうっすねぇ……」

「……まあ、樹ちゃんは悪くないよ。でも、そういうことをする里香君は悪いんだから、ここで見張りをすることもないんじゃない?」

 

 それとこれとは別っすよ。俺は里香君に怒られたくないし。わざわざ波風を立てる必要は無いと思うっす。

 

「そうは言っても、僕は里香君に頼まれたから……」

「そっか。ごめんね? こういうのもあれだけど、頑張って」

 

 そう言って、新田君は男子トイレへと入っていった。

 

「自分の事情かぁ……」

 

 相手の事を考えて男子トイレへ入ろうとした自分と、自分の状況を考えて女子トイレにいたネルコさん。

 自分の事情で女子トイレに入った里香君と、ルールを守って男子トイレに入った新田君。

 そのどれもが、理解の出来る主張だった。誰かが悪いという訳では無い。どちらか一方が間違っている訳では無い。

 

 ただ、トイレ一つでそれだけの主張と考えがあるのだと思った。全員が全員、違う考えを持っているんだと、理解した。

 

「イズムパラフィリアっすか」

 

 主義と偏愛。これまでも見てきたそれぞれの主義主張が、徐々に増えて来ている気がする。

 こんなタイトルを付けられたゲームなら、これからが本格的な、イズムパラフィリアになるのだろうと、予感していた。



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41話 放課後

次回更新も一週間後を予定しております。お待たせして申し訳ございません。


 日もすっかり傾き、夕暮れ時を示すオレンジ色の空が街を覆った。キンコンカンコンと懐かしいチャイムが聞こえる。

 

「ん、放課後か」

「そうみたいっすね」

「はい終了! さあ、帰るわよ!」

 

 里香君が手札を投げ捨てて鞄を掴み立ち上がった。

 俺達は結局、放課後になるまであまり積極的には行動しなかった。唯一、新田君だけが、ここに一度も来ることはなく、授業か何かに取りくんでいたと思われる。

 

 そんな、サボりで外見も不良生徒な俺達はというと、シー君やウィード君を交えてずっとトランプで遊んでいた。

 最初は各々ぼんやりしていたのだが、じっとしていられない性分なのか、里香君がイライラした様子で階段の向こうへと消えていったのだ。そして、数十分後には、キラキラした笑顔でトランプを見つけてきた。

 思えば、懐かしさも相まって、かなりの時間を遊んでいたようだ。色々な遊び方をして、ひたすら楽しんだ。

 最後はババ抜きをしており、ネルコさんの表情を読めなかった里香君がひたすらに苦しめられていたところだ。

 敗色濃厚だったババ抜きを放棄して素早く里香君が片付けにかかる。続行の雰囲気じゃないことを見て、しぶしぶネルコさんも帰り支度を始めた。

 

 そうして、準備も終えたところで思い出す。家に帰るにしても、最初に目覚めた場所になるのだろうかと。

 音の無い。誰が住んでいるかも不明な家へと。

 

「ねえ、ネルコさん」

「どうした?」

「帰るって、最初に目覚めた場所にっすか?」

 

 正直それは気が引ける。このまま別々に行動するというのは良くないだろうし、家に自分だけがいられるとも限らないのだ。

 声をかけるなとすら言われた人と一緒の空間にいたいとは思えない。

 

「ん? あー。そうか。家も別々だし、なんなら他の家族がいる可能性もあるのか」

「そうっす。わざわざ禁止にされた事が起きる可能性のある場所に戻るのはどうかと思うんですけど」

「ふーん、じゃあウチに来る?」

 

 そう言って間に入ってきたのは、里香君だった。

 

「私の家、多分人いないわよ。ゴルとテリも連れて帰る予定だし、来る?」

「アタシは遠慮しとく。やることまだあるし、最悪ウィードんとこに行くから。樹少女だけ連れてって」

 

 勝手に決定されてしまった。別にいいけどさ。ネルコさんはどうするつもりなのだろうか。

 

「そ。じゃあ帰るわよ」

「じゃあね〜」

 

 ネルコさんはまだ学校に残るつもりらしく、屋上でウィード君と一緒のまま手を振って送り出してくれた。

 胸ポケットに入れたままのシー君が出てくる。

 

「ううー。ドラゴン消えた?」

「もういないよ。それにしても、なんで急にウィード君がダメになったの?」

「オスのドラゴンはダメなんだよぉ!」

 

 よく分からないけど、龍種はオスの場合危険らしい。確かに普段のウィードちゃんよりも、オスのウィード君はネルコさんにべったりで嫉妬深いというか、独占欲が強かった。

 

 何故か里香君よりも俺に突っかかってきたけど。

 

「私の従魔は先に帰らせてるけど、どうするの? イツキの従魔も連れて帰る?」

「出来ればそうしたいかなーって、あれ?」

「……どうも」

 

 屋上への階段を降りたところで、いつぞやの保健室の少年に出会った。病気なのか、不健康そうな肌と顔色だが、しっかりした足取りでこちらに向かってきている。

 その手には、純白のデカい蚕がいる。

 

「ますたーは上ですよね?」

「あ、はい。ネルコさんは上にいましたよ」

「ありがとうございます」

 

 なんというか、こっちに対してなんの興味も持ってなさそうなところがネルコさんにそっくりな人だ。多分、マスターとか言っていたし、ネルコさんの従魔なんだと思う。

 

「なにあれ、話しかけてよかったの?」

「ネルコさんの従魔……のはず」

「ふーん。人間の姿をした、従魔ね」

 

 言われて思い出した。そういえば、彼は人間にしか見えなかった。

 

「召喚士は人間を喚べないから、従魔なんだろうけど、あんなやつ見たこともないわ」

「僕もないっす」

「ネルコは何隠してるんだか……。明日、問い詰めましょ」

 

 それだけ言うと、里香君はあっさりと思考を切り替えて、この後どうするか、食事などの問題をどうするかについて話し始めた。

 学校では、お腹が空くことはなかったのだが、一応動くためのエネルギーとして食事はとるべきという結論が出た。

 そうすると、次に必要になってくるのは行動だ。物を得るには動かなければならない。

 学校を出て、街を歩き始める。

 

「そういえば、私学校がでかいから来れたけど、最初に目覚めた場所がどこだったか覚えてないわ」

「……奇遇っすね。僕もっす」

 

 しょうがないじゃないか。周辺で一番大きな建物があり、そこに導かれるようにフラフラ移動してきたんだから。

 帰りは目印すらないのだ。迷うのはしょうがないだろう。

 

 下手に街をウロウロするのもどうかと思い、腕に付けてきた水晶を使う。フレンドシステムとネルコさんは言っていた機能だ。

 

「そういえば、私それ持ってないのよね。見せて」

「ミルミルちゃんに貰う時アヤナちゃんと二人居なかったっすよね。いいっすよ。というか、それだと里香君はどうやって学校の屋上まで行ったんすか?」

「ん? 普通に外出て目立つ建物に近寄ってネルコにあっただけ。色々パニックになってたけど、運が良かったと思うわ」

 

 許可を出す前から無遠慮に顔を寄せてくる里香君。何気ない感じに迫ってきた顔に少しだけビビる。

 里香君も今はTSしており、男の子になっている。外見は不良っぽい感じというか、強面だ。

 俺は別に元々女の子だった訳じゃないから気にしないのだが、多分この外見で高校生だったら初対面は怯えられると思う。

 ふと、視界に入る金髪を見た。今の俺も女の子だ。周囲からこの状況はどう見えているんだろうか。少し気になった。

 

「あれ……? 新田君からメッセージ来てる」

 

 ちょうど今来たメッセージだ。一応無事なのが確認できたので、安心する。

 水晶を操作して、新田君のメッセージを開いた。

 

『新田です。樹君……樹ちゃん? そちらは今どこにいますか? 私は今学校の屋上でスリープさんから情報を入手したところです。少しだけ気になることがあったので、夜にもう一度学校へ潜入しませんか? 今日手に入れた情報をそこで話したいのですが、よろしいでしょうか』

 

「……硬い、硬いわね。ヒイナっていつもこんな感じなの?」

「そこまでメッセージ使った訳じゃないからわかんないっすよ」

「私も絵文字や顔文字使うのはあまり好きじゃないけど、さすがにこんな硬い文章書かないわ」

 

 新田君も打ち解けた相手ならもっと砕けた文章書くんじゃないかなぁ。それだと俺と仲良くないってことになるけど。

 夜の予定も特にないので、OKを出しておく。

 

『了解っす。十九時に校門集合でいいっすかね』

『よろしくお願いします。里香君もそこにいるなら、一緒に来て欲しいって伝えといて』

 

 それきり、メッセージが送られてくることは無かった。

 

 

 

 夜。なんとか里香君の家まで辿り着き、諸々の処理を終えた後、再び学園へ戻ってきた。ちなみに従魔は置いてくることになった。

 闇の中にポツンポツンと街灯の青白い明かりだけが浮かび上がっており、恐怖と引き寄せられるような雰囲気が街全体を包み込んでいた。

 

「お待たせしました……」

「またせたかしら?」

「あ、よかった。樹ちゃんも里香君も来てくれたんだね。もしかしたらって思っちゃった」

 

 新田君は既に校門前でノートを抱えて待っていた。俺たちが着くと、早速ノートを開き始める。

 

「えっと、来てくれたってことは、学園の潜入に参加してくれるってことでいいんだよね?」

「そのつもりで呼び出したんでしょ。なんで潜入なんて危険そうなこと考えたのか説明しなさいよ」

「あ、ごめんなさい。えっと、私が今日一日だけで集められた情報なんだけどね。樹ちゃんも授業受けてたなら気付いたよね……?」

 

 何か明言することを避けて、新田君が確認してきた。

 残念ながら、俺は結局授業に参加しないで逃げ出した人間なのだ。ここで白状するべきだろう。

 

「すみません。学園の生徒会長を名乗る人と接触したために、授業は受けなかったっす……」

「え、ほんと!? 生徒会長と接触しちゃったの?」

 

 何やら新田君が驚いている。というか、俺と接触したなら、多分新田君とも接触したと思うのだが、そうでは無いのか。

 ゲーム世界だったら、全員平等に接触すると思ったのだが。

 

「ちょっと! 私にも分かるように話しなさいよ!」

「あ、ごめんね……。うーん。でも、それじゃあ私の口からは言えないかな。今回はネルコさんが正しいから……」

 

 何やら新田君も決定的な情報でも得たのかもしれない。少し暗い表情で彼女は続けた。

 

「これは、気付くことがトリガーになっているんだ……。だから、気付かないなら多分それが一番いいとおもう」

「何よそれ。イベントの分岐条件かなにか?」

「正解、かな?」

 

 新田君はそれ以上の説明をする気はないようだ。ネルコさんと同じように、何も言わないらしい。

 いや、今回に限っては、何も言えなかったが正しいのだろう。

 思い返せば、生徒会長と接触した時も、俺は何も知らないからこそ見逃されたような場面があったはずだ。多分、そこが違いなんだ。

 

「ゲームと同じ部分の説明は終わり。後は、私が得た情報だけ説明していくね」

 

 そう言って新田君はノートを見せてきた。

 

「これは学園の見取り図。ネルコさんと屋上で話した時に確認したんだけど、不自然に空間があるのに気付いたんだ」

 

 それは、おそらく彼が自分の足で探して作ったであろう地図だった。階層ごとに、部屋の詳細が書かれている。しかし、それは不完全であり、屋上のひとつ下の階だけは空白だった。

 

 それとは別に、一階の職員室と書かれた教室と、放送室と書かれた部屋の間に、一部屋分の出っ張りがある事が強調されていた。

 

「ここだけ、屋上から見た時に、それっぽい部屋が無かったんだ。職員室はずっと先生がいたから近くで調べるのも難しくて……だから、今から地図埋めとそこの部屋を探そうと思っています」

「どうやって部屋全部見て回ったのよ」

「えっと……どこの教室でも、授業やってたんだ。それに混ざった感じ……かな。放課後に探索もしたんだけどね」

 

 随分とアグレッシブに授業を受けて回ったらしい。自分で授業を選ぶ大学スタイルなのだろうか。

 

「NPCってこと? いや、違うかな。限りなく意思か何かが薄い可能性があるのかも……人じゃ──」

「里香君、それ以上は、だめ」

 

 考え込んでいた里香君の唇を、新田君が人差し指で押さえた。

 男女か女の子同士でやれば、さぞかし絵になる光景だが、現在の二人は男の子。片方は真面目系男子で、片方は不良系男子。

 ……でも、BLとかでありそうな光景だな。

 なんとなくだが、二人とも、楽しんで行動している気がするぞ。自分の身体さえ考えなければ、相手は異性になるからな。好みかどうかは不明だが、全員容姿は整っているので、印象はいいはずだ。

 

 百合でホモかぁ……。

 

「逆だとなんか受け入れられないのはなんでっすかね」

 

 TS百合ならわかるけど、TSホモは需要が無いんすね。

 俺がいることを思い出したのか、二人はパッと距離をとった。

 

「そ、それじゃあ、まずは最上階の教室から見て回っていいかな?」

「私はそれでいいけど」

「僕もおっけーっす」

 

 巡回や、防犯センサーなどに一切引っかかることも無く、校舎に入ることが出来た。まるで、それを想定されているかのような状況だ。

 不気味に静まりかえった廊下を歩く。もう五階だ。

 

「最上階までに、生徒会室が見つけられてないから、多分どこかにあるんだよね」

 

 生徒会室と聞くと、クオリアと名乗った女の子を思い出す。この世界は、彼女の世界だと。

 この世界を知っているらしい新田君に、彼女と会わせていいのだろうか。

 ……やめた方がいいだろう。会話が出来る召喚士の従魔では無い存在に触れてみて、わかったことがある。

 彼女達は、人間では無い。当たり前のことだが、そのことを理解していなかった。

 意思を持ち、知性があり、力を有する。上位存在的な何か。地球にいては、知ることの無いその存在に触れてみて、初めてわかったのだ。

 皮膚が粟立ち、足が震え、恐怖で口角が持ち上がるあの感覚を。

 関わってはいけないのだ。

 

「……生徒会室を探すのは、やめませんか?」

 

 俺がぽつりと言うと、全員の足が止まった。

 

「……なに、今更ビビってんの?」

「そうっすよ。俺は生徒会長と接触したんすよ。だから、その危険さは身をもって知っている。下手に関わらない方がいいんすよ。ネルコさんもそう言ってたじゃないすか。他の人と話すなって」

「死ぬかもしれないからって? そんな理由で立ち止まれるわけないでしょ」

 

 里香君が眉を吊り上げて迫ってきた。

 新田君はおろおろしている。声が響くことに不安を抱いているようで、どちらかというと周囲を気にしていた。

 

「人なんてすぐに死ぬ危険がある毎日を送ってるの。日本の自殺者数は年間およそ二万人。単純計算で一日五十四人が死ぬの。交通事故発生数だって四十万もいくんだよ。車に乗れば一年で一パーセントの確率で事故を起こす。死ぬのはその中でも僅かだけど、たった二つの事例をあげるだけでも人は頻繁に死んでるし怪我をしている。危険なのは承知だっての!」

「それは、日本の話じゃないっすか」

「そう。この世界は日本以上に危険で力の差があって、安全ですらないけど、日本より死んでいる人間の数は少ない。割合で言えば高いでしょうけど」

 

 里香君は、怖気付いた俺が気に入らないらしく、まくし立てるように言葉を吐き続ける。

 

「従魔だろうがなんだろうが、動かなきゃ変わんないの。じっとしていても誰かが助けてくれるなんて考えるのはやめなさい。何も知らないままビビってじっとしてるよりも、今をなんとかするためにさっさと足を動かす! 従魔が危険だ怖いって遠ざけるよりも、全力でぶつかって意思を確かめて理解した方が安全なのよ。あいつらは会話が出来る。目的がある。交渉することが大事なのよ。それは偶発的に起きる事故よりも回避が容易なんだから!」

 

 それは、それが出来る強さがある里香君の話じゃないか。

 クオリアを知らないから言えるんじゃないか。

 

「ちょっと二人とも、喧嘩はダメだよ。少し落ち着こう? この教室で休憩しよっか」

「……イツキ。私はアンタのこと仲間だと思ってるから。対等でいるつもりなら、着いてきなさい」

「わかったっすよ……」

 

 確かに、動かなきゃ何も変わらない。それは理解しているつもりだ。クオリアという少女にビビっているのも事実だ。

 何も知らないし分からないなら、このまま何も知らないでいるよりも、知った方がいいはずだ。何より、俺たちは召喚士なのだ。従魔と触れ合わずに、召喚士としての道を進むことは出来ないだろう。

 

 新田君が近くの教室の扉に手をかけた。

 しかし、少しだけ立て付けが悪いのか、上手くドアが開かない。

 

「なにか……くっ付いてる? よいっしょ!」

 

 腰を入れて扉をスライドする。乾燥した何かがパキリと壊れる音がして、勢いよく扉が全開になった。

 

「ヒッ……!」

 

 瞬間に、新田君の息を飲む音がした。

 

 開けられた扉の向こう。ひとつの教室と思われる空間は、異様な光景が広がっていた。

 

 全体が血に塗れ、弾け飛んだような肉片や、銃で撃ち殺されたような様々な死体がある。噎せ返る血の匂いが鼻をつき、若干茶色に染まりつつある教室が、その光景を生み出した時から、しばらく時間が経過していることを示していた。



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42話 従魔とは

次回更新は一週間後です。


「逃げるわよ!」

 

 教室の光景を見た里香君が叫ぶ。里香君は、凄惨な光景を見せる教室の中心を指さしている。

 

「あそこ、何かがいるわ! 気配がある!」

 

 彼女が指さした先を、目を凝らして見つめると、確かに何かが蠢くような気配を感じた。

 見えないけれど、そこに何かがいると感じられる。

 

「樹君!」

「あ、お、おう!」

 

 既に教室から離れていた新田君が俺を呼ぶ。慌ててついて行こうとしたところ、急に教室の壁が崩れた。

 

 まずい、分断された。

 

 敵の姿は見えないが、これで確実に何かがいることがわかった。粉塵が舞い上がり視界が悪くなったので、音を立てずにこの場を離れることにする。

 おそらく、あちら側もこの場での合流は諦めているだろう。新田君はともかく、里香君がそう判断するはずだ。

 ならば、この敵を撒いて合流すべきだ。

 

 俺は相手の追いかけてくる考えを逆手に取り、ひとまず上へ逃げることにした。敵から逃げるのに、わざわざ逃げ場の無い場所へ行くとは思わない判断での行動だ。

 音を消すために靴を脱ぎ捨てる。その際に、階段の下へと放り投げた。

 そうして俺は上へ駆け上がる。この先には屋上しかない。だが、いざとなれば配管を使って下へ降りる位は可能だろう。

 

 静かに屋上の扉を開いた。この街で一番大きな建物は、遮るものも無いからか、しっかり扉を掴んでいても、強風にあおられる。

 勢いよく開いてしまった。

 

「……あら? 下校時間はとっくに過ぎてますよ」

 

 夜の闇を吸い込んだような黒髪と、紅の瞳が俺の目を奪った。

 彼女は昼に見かけた時よりも、この場の雰囲気にあまりにも合っている。

 

「……なんて。どうせ見つけてしまったのでしょう?」

 

 一瞬、現実を忘れていた。

 そのあまりにも大きな隙の間に、クオリアは俺との距離を詰めて、しなだれかかるように体重をかけてきた。

 

「あの教室の惨状は、アンタがやった事っすか?」

「いいえ、私がする理由がないです。むしろ、あの光景を作り上げた敵対勢力の排除をしようとしているんです」

「教室にいた、見えないナニカは、アンタの差し金っすか?」

「ええ、はい。彼らは私の下僕ですよ。私の世界を守る為の、自動で動く機能です」

 

 まるで蛇に睨まれたように、身体の指一本すら動かせなかった。

 

「ここに、あの人がいた匂いが残っているんです。私の、私達の王であるあの人が確かにいたんです」

「あの人……?」

「私達を愛し、私達を最も憧れた人間ですよ」

 

 その言葉に、一人の召喚士が思い浮かんだ。

 

「召喚士というのは、いわば、他者を受け入れられる。しかし確固たる自分を持つ人です。それは、まるで海のような性質を持つんです。従魔と召喚士は、目的が一致した仲間であり、道具です」

 

 静かに語り出す少女。ゆるりと俺から離れて、屋上の端へと歩き出す。

 

「ひとつ、お勉強をしましょう。未熟な召喚士。あなたは、従魔がどんな存在か理解していますか?」

「どんなって、意志を持つ別世界の人と違う存在でしょ?」

「そうです。その言葉そのものに間違いは無いです」

 

 くるりと振り返るクオリア。その動きに合わせて、黒い髪が、スカートが、ふわりと膨らんだ。

 

「従魔には、目的があります。その目的を達成させられる人間と、契約を結び、彼らを助けるのです。その契約を結ぶまでに、従魔は、召喚士との気質や価値観が一致出来るかどうかを選ぶことが出来るのです。そうして魅力のある召喚士は、従魔に選ばれるという形で、石を手に入れられるのです」

 

 そう言って、彼女は手のひらを見せる。その中には、八面体の結晶があった。

 

「従魔に愛されている数だけ、その召喚士は才能がある。魅力的に見える分だけ、惹かれあってゆく。私達は、人間を見つめて、彼らを見定めているんです」

 

 初めて聞く情報だった。ネルコさんですら、知り得ていない情報かもしれない。

 

「私達は決して善なる存在ではないです。目的の為ならば、他に手段を選ばないような怪物達です。それを受け入れ、愛することが出来る人間だけが、召喚士になれるのです」

 

 彼女が囁く。

 

 

 

「あなたは選択肢を間違えた」

 

 

 

「従魔を恐れてはいけない」

 

 

 

「拒絶してはいけない」

 

 

 

「ただ、あるがままに受け止め、受け入れるのです」

 

 彼女の口は動かない。どこかから声が響く。脳に直接流し込むように言葉が入る。熱中症や貧血の時に声をかけられるみたいに、グラグラと頭が揺れて、音だけが鮮明に響き渡る。

 俺は、この状況から逃げ出したくて、耳を塞ぎたくて、仕方がなかった。ザラザラとした異物を埋め込まれる感覚が全身を支配する。

 

 そして、気配が離れた。

 

「今まさに、あなたは私を召喚する権利を失いました。そして、多分あなたの周りにいた真面目そうな男の子も、私を受け入れることは無いでしょう」

 

 ドチャリ、と何か重いものが落ちたような音が響く。

 

「私は人間が気になるのです。人間を作りたいという目的があります。そして、それ以外に、彼に私の世界を見て欲しいという欲求もあるのです。ここは私の世界。破壊するものは全て殺します。人間よ。これは忠告です。大人しくしていなさい。その身には過ぎたる力をただじっと我慢してやり過ごすしか無いのです」

 

 喋り尽くすと、彼女はゆらりと溶けるように姿を消した。

 その瞬間、身体が動くようになる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 思い出したように身体が汗をかき、呼吸を開始する。

 よろよろと、重い足を引き摺りながら、屋上の手すりの向こう側を覗く。

 

 下では、何かが真っ赤な花を咲かせていた。制服を着ていない。スーツ姿の女性。

 それを理解した時、まるで目眩が起きたようだった。俺は、彼女を知っている。この世界で見つけた、俺達以外の召喚士。地球にいたはずの人間だった。

 

 つい先程、本当に半日もしないくらい前だった。彼女と僅かながらも会話をしていたのだ。

 

 足元が現実感を失ってふわふわする。このまま覗いていたら、吸い込まれるように俺は落ちていたと思う。

 ゆっくりと手すりから離れる。数歩後ずさり、腰が抜けたように座り込む。

 

 簡単に殺人を行う異常性。狂気に塗れた世界。従魔という存在。

 

 胸の内の繋がりが断たれた今だからこそ、それは痛烈に響いた。俺の従魔のイメージを粉々に打ち砕いた。

 彼らは、人と違う化け物なんだと。その意味をようやく、少しだけ理解したのだ。

 

 

「いた……大丈夫?」

「大丈夫っす……大丈夫」

「顔色悪いよ? 今日はもうやめよっか。私が明日自分で探すから……」

 

 どれくらい時が経ったのだろうか。五分にも、その十倍にも感じられた。

 ふいに扉が開き、男子が二人入ってくる。俺の姿を確認するなり、駆け寄って身体を支えてくれた。

 

 汗でぐしゃぐしゃになった服が肌にくっつく。夜風に触れて冷めていた。思わず身震いする。

 

「怪我も無いし、何があったのよ」

「生徒会長さんがいました。忠告だそうです。大人しくしていろ、と」

 

 彼女からの伝言を教えると、里香君は眉を顰めた。

 

「何よそれ……。自分の足元嗅ぎ回られるのが嫌ってこと? そんなのここに何かあるって言ってるようなもんじゃない」

「……樹ちゃんは、これ以上何かしなくてもいいよ。これも私が勝手にやってた事だし」

 

 まだ二人が動こうとしているのを見て、俺はゆるゆると屋上の手すりの向こう側を指さした。

 彼らはそれを見て、指さした方向を確認した。

 

「…………」

「へぇ……」

 

 口に手を当てて悲鳴を飲み込んだ新田君とは対照に、余裕のある声で意味深に呟いた里香君。

 

 そのあとは、全員一致で逃げるようにして、校舎から出た。

 

 

 

 翌日。俺はネルコさんと一緒に、街中でショッピングをしていた。

 

「サイズに関してはよく分からなかったから、色々着けてみたやつで判断するしかないわな」

「そうっすよねぇ……」

 

 なんてことは無い。ただの下着探しだ。昨日は最初から装備されていたのだが、今日は里香君の家で過ごしていたから予備すらなかったのだ。

 我慢して学校に行こうとしたら、里香君に引き止められた。俺も思った以上に擦れて痛かったから今思えばやめて正解だった。

 ちなみに件の里香君は、途中で合流した新田君と一緒になって女性から男性になって楽になったことを話し合っていた。曰く。

 

「男子はポジション整えれば擦れないしそこまで敏感じゃなくていいわね」

 

 とのこと。男子の身体に慣れすぎである。

 

「それにしても、樹少女も案外女体化に慣れたもんだね」

「慣れたというか、それ以外の事で驚きが多過ぎるんですよ……」

 

 昨日は人が死にまくりだったのだ。教室の中は血がびっしり付いていたし、どこかの階から知っているかもしれない女性が飛び降り自殺したのだ。

 

 そう、俺はあの時死んだ人が誰だったのかを確認していない。教室での出来事はあまりにも突拍子が無さすぎて、現実感が薄いし、今までも何度か人死には見てきたが、流石に今回は確かめたくなかったのだ。

 まさか、こんな身近な人が死ぬとは思えなくて。

 

 この考えがただの逃げであることは理解している。しているつもりなのだが、それをどうしろっていうんだ。立ち向かったところで、どうしようもないだろ。

 そう考えてしまう自分に嫌悪感が湧いてくる。

 

「何か悩みでも?」

「そんなもの尽きないですよ。…………ネルコさん。クオリアっていう言葉に聞き覚えはありますか?」

「主観的に得られる感覚の事だね。本来は他人が得られることの無い、何か」

 

 ネルコさんはあっさりと言うと、俺の顔を見てクスリと笑った。

 

「そんな顔をするなよ。そういうことを聞きたいんじゃないってことくらい理解しているさ。だけど、聞きなよ。クオリアっていうのは、いわば心だ。アタシ達の中にある感覚の質なんだよ。昔さ、考えたこと無かったか? 自分が今見ているものと、相手が見えているものは、実は違うんじゃないかって」

 

 ネルコさんはそう言ってひとつのブラを手に取った。

 

「これは黄色のブラジャーだ。そして、その黄色という色は、アタシと樹少女では実は全く別の色に見えているかもしれない。だけど、それは同じ『黄色』という名前で呼ばれている。意識的ギャップだ。俺はこれを整合性の取れた矛盾って呼んでいる。実は見えている形も、色も何もかもが、俺と樹少女では全く違うんだ」

「光があるじゃないですか。光の反射が色を示し、形を作る。それが物質ですし、俺達の身体が受け取る信号です。信号が同じなら、それは同じものが見えているのと同義ですよ」

「だから整合性の取れた矛盾っていうんだよ。光が、物質が示した信号は同じだ。だけど、それを受け取り、意識に写すクオリアは別なんだよ。だけど、それを示す言葉は同じだから、違いには気付けない。そもそも、互いの認識の違いなんて観測することができないんだから」

 

 ネルコさんは何を言いたいんだろうか。同じものを見ているけれど、それは別のものに見えているかもしれなくて、だけど、互いにそれは同じものとして見えているように感じる……?

 

「生まれや価値観の違いで、人は千差万別になる。クオリアっていうのは心でもあるんだよ。アタシ達が主観的に受ける感覚。水の冷たさや世界の色。それは自分にとっては当たり前のことだけど、他の人が観測すれば、まったく別の世界に見えるかもしれない」

 

 ネルコさんが手に持っていたものを俺に渡してくる。

 

「全ては理解することから始まるんだ。知り、受け入れ、認める。それこそが従魔と関わっていくのに大事なことなんだよ。従魔は人間じゃない。だけど、話せないわけじゃない」

 

 ネルコさんが笑って拳を突き出した。

 コツンと、突き合わせる。

 

「挑め。樹少女。従魔クオリアは死種星五。感覚ジャックが出来るタイプの従魔だ。相手にあるクオリアを操作して、正常性を崩してくる。ここでは従魔は使えない。どんな選択肢であれ、あいつはお前を認めるよ。クオリアは優しい従魔だからな」

「はいっ!」

 

 ブラとパンツを持って駆け出した。

 まずは会計済ませなきゃ。



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43話 会話と相談

次回更新も一週間後を予定しております。長らくおまたせして申し訳ございません。


 下着を買った。しかし、買い物は続いている。

 俺としては、早速学校に赴いてクオリアと会話がしたかったところなのだが、それは普通にネルコさんに止められた。

 

「まだ話も何も終わってないし、樹少女も何を話せばいいかわかってないじゃん?」

「……この世界から出してくれーとか、仲間になってくれーって話せばいいんじゃないっすか?」

「それは要望っしょ? 会話はもっと別のところにあるじゃん」

 

 人通りが増えたからか、ギャルっぽく話始めたネルコさんがジェスチャーを交えて話し始めた。

 

「会話っていうのは、まあ、大抵は意見を言い合うことが目的っしょ? アタシらの口が外側に付いている限り、会話っていうのは意思や思考を言葉にして、それを他者に伝えることなんだよ」

「そっすね」

「それで、従魔との会話っていうか、初対面の人同士の会話は、相手を知る、自分を知ってもらうために話すんだよ。だから自分語りか質問が最初の会話になってくる。女性は共感することが目的だとか言われるけど、その共感ですら、自分の感覚を伝えてそれに同意する必要がある」

 

 ネルコさんは指を左右に動かしている。情報か何かが行ったり来たりしているような表現だ。

 

「イズムパラフィリアは、主張、主義のゲームなんだよ。凄い簡単に言えば、自分の主張に賛同する仲間が従魔で、それを使って世界をどうこうするとか、主義を通す、って感じのゲームだ。だから、その時点で召喚出来る従魔と出来ない従魔が出てくるんだ」

 

 そこで一息おいて、ネルコさんは続けた。

 

「フレーバーテキストでしかなかったが、従魔の召喚には、互いの気質が合う従魔しか呼び出せないっていう設定がある。また、互いの目的や条件等の細かい項目もあるらしいが、とにかく気の合うやつしか呼び出せない。最低限、互いの考えが理解出来るやつじゃないとダメなんだ」

 

 そこで思い出したのは、クオリアと関わった瞬間のことだ。

 俺は彼女を拒絶している。考えがどうとかは関係なく、ただただ彼女を恐れて拒絶していた。

 

「柊菜は虫系従魔を召喚出来ない。あいつは虫が嫌いだからな。そんな感じで、召喚出来る出来ないっていうのは決まる。だから、変に合わせようとする必要は無いと思う」

 

 自分を変えると、今度は召喚した従魔と合わなくなっちゃうからな。とネルコさんは続けた。

 

「色々あるだろうけど、最初に持っていた主義を大事にしておけよ。変に変える必要は無い。ただ、それに加えて相手を受け入れる気持ちを持てばいいだけだ」

 

 従魔を受け入れろ。とネルコさんは言った。

 

「……自分を曲げるなとか、従魔を受け入れろとか、言うことがめちゃくちゃっすよ」

「んー、ごめん。これさ、アタシもまだ完全に理解したってワケじゃないんだ。検証するにも数が稼げないからね。だけど、大体は見てるだけで気付くでしょ。従魔の召喚傾向ってやつがさ」

「例えば?」

「アタシは暴力主義。凄く単純にいえば、野生的理論なんだよ。弱肉強食といえばわかりやすいでしょ? ウィードはその点アタシの考えに近いからね。シルクはまた別だけど、あいつは相手が拒否しなければ多分召喚士なら喚べる従魔だと思う。樹は自分で戦う力を求めたら、リビングエッジが。そして、可愛い女の子を喚ぼうとしたら、ピクシーが出てきた。もう少し強い従魔が出れば、樹少女の思考傾向もわかると思うんだけどね。柊菜はエンドロッカス。……あいつはアタシに似てるよ。力を渇望している。里香は緑色のテリリと鋼鉄のゴーレム。本人を見てれば分かるけど、独裁者っていうか、孤独なタイプだね。今のところは、だけど。そもそも召喚士なんて孤独な存在だからね」

 

 ネルコさんは腕を組んで考えるように首を傾げた。自分で出した答えに納得がいかないようだ。

 

「みんな弱い従魔しかいないからなぁ……確定的じゃないんだよね。もっと強い従魔になってくると、相手の思考傾向が読みやすいんだけどねぇ……。星が低い従魔って、どっちかというと生存の為に従魔として喚ばれたりするから分かりにくいんだよねぇ……」

「本当に傾向ってあるんすか?」

「フレーバーテキストで、あった。星五以上を三体でも持っていれば大体わかると思うよ。面白いのはね、自分を正義だと思っていると、ダーク系従魔が出てこなくなるんだ。本人がヘドニストでも、自覚して表に出てないと、ヘドニストの従魔は喚べないんだ。ゲームではそうだった」

 

 人間なんて、ほとんどヘドニストなのにね。とネルコさんは笑った。

 

「地球人は特にそうだ。物質主義。心の豊かさを失って即物的満足感を求める。SNSでの自己顕示欲を満たす行動。他者の在り方に抑制を促すクレーム。自らの快楽の為に他人を蹴落としたり、未来を捨てる人間ばかりだ」

「それは、ネットのバイアスっすよ。目立つ人間しか見えない。それがインターネットっす。必要な情報とされる、注目を集められるものしか目につかないのがネットっす。もっと多くの人間が、世界にはいて、そんなことはしていないはずですよ」

「そうかもしれない。だけど、未来はそうじゃないかもしれない。見える世界が全てだ。人は肥溜めの中でもそこしか知らないのであれば、幸せをそこで見つけられる。大海を知らない子供がネットに触れた時、目に見える世界は馬鹿者ばかりだったら、それに倣うだろうね。そして水が低きに流れるように堕落していくってもんだよ」

 

 ネルコさんはぼんやりと空を眺める。どこか遠い記憶に思いを馳せているかのようだ。

 

「樹、君は力を手に入れた。意思ある怪物の力だ。それは世界に変革を巻き起こす力だよ。望んでなくても、手に入れてしまったんだ。それの振るい方。付き合い方。しっかり考えときなよ」

 

 ネルコさんは、俺の方を見て、安心させるようにニッと笑った。

 

「アタシはさ、暴力主義者だけどそれを人にまで押し付けるつもりは無いんだよね。人も従魔も生きてるし、考えがあって、それに基づいて活動してるんだ。今の世界に不満はあるけど、わざわざ変える必要は無いと思ってるんだよ。愛する怪物達と共に生きていくってのが、夢なんだ。樹少女はさ、夢を持ってる?」

「俺の夢……」

「そ。今までは自分の等身大で出来ることだけしか夢に見てなかったかもだけど、その手が届く範囲が大きく広がってるんだよ。クオリアのことは置いといてさ、自分のやりたいことを前に出していくってのも、考えときなよ」

 

 そう言って、ネルコさんは買い物を続ける。残り数日間しかこの世界に居られないことを知っているのか、知らないのか。それは分からないが、この世界を全力で楽しもうとしていることだけは、伝わってきた。

 

「シーちゃん……クオリア……」

 

 俺は、どうすればいいのだろうか。ネルコさんはいつもの如く、俺に答えを教えることは無いままに、問題だけを増やしてくれた。

 

 こういうことは、誰に相談すればいいのだろうか。身近な、強い意思を持った人なら、答えを教えてくれるだろうか。

 強い意志。それは、ネルコさんがはっきり教えてくれていた。

 

 意見の言い合い。それは何も、互いの考えを示し合わせるだけでは無いだろう。

 会話というものは、別にそれだけでも無い。相手を知るのならば、悩みを相談するということも、またひとつの手段である。

 悩みに対する答え。それは、紛れもなくひとつの主義なのだから。

 

 

 

 

 

「──それで、私のところに来たのですか?」

 

 彼女は頭痛を堪えるように額に手を当てた。

 

「だってなんかもう分かんないすもん」

 

 日も暮れる頃の生徒会室。黒髪で紅色の瞳の少女に、俺は気軽な気持ちで会いに来ていた。

 最初はもちろん恐怖があったのだが、別に彼女と対面してどうこうする必要は無いと理解してからは、少しだけ肩の荷が降りた気持ちで接することが出来るようになっていた。

 

「生徒会長ってのは、生徒の悩みも聞くものっすよね?」

「それは……そうですし、私としても人間がどのように悩むのかを知れて願ったり叶ったりなのですが……」

 

 パイプ椅子に座り、紅茶まで用意してくれた生徒会長は結構乗り気だった。こうして今までの経緯を話せば、ため息をつきながらも話をしてくれる。

 

「……まあ、いいです。知らなければ別にそれだけでもいいでしょう。貴女が聞いた言葉に置き換えるなら『肥溜めの中でもそこしか知らないのであれば、そこに幸せを見つけられる』のでしょうね。たとえ凶悪な殺人鬼だろうとも、知らなければ、貴女の前でだけ優しい人間なら、貴女の目で見えるその人は殺人鬼ではなく優しい人間なのだから」

「みーんな僕を置いて難しいことばっかり話したり考えたりするんすよね。おいてけぼりみたいで寂しいんすよ」

「そう感じるからこそ、人は努力をして、置いていかれないようにするのですよ。他者がどうでもいいのなら、置いていかれてもなんとも思わないものです」

「その努力の一環がこれっす」

「はぁ……」

 

 クオリアとしては、あまり好ましい展開では無いようだ。何度もため息をついて出来の悪い生徒を見るような目をこちらに向けてくる。

 

「……そもそも、人間が従魔に考えを頼るのはよろしくない傾向です」

 

 新田さんはかなり従魔に考えを聞いてみたりしているが?

 

「人間と召喚の話はしましたよね? 他者を受け入れながらも、確固たる自我を持つ存在だと。それに従うようにして従魔は現れます。その召喚士が従魔に考えを委ねるのは問題なんですよ」

「そう言われると不味い気がするっすね」

「従魔に飲まれ、取り込まれるっていう問題です。主従関係が逆転するんですよ。そうすると、召喚士は次の従魔を召喚出来なくなってしまいます。魅力なんてないですからね。ただの誰かの言いなりなんて。誰もそいつに着いていきたがらないんですよ」

「それじゃあ相談も駄目ってことですか?」

「悪くは無いですよ。いえ悪いですけど、一回だけで全部ダメになるなんてことは無いです。だけど、一回だけで終わるなんてことは無いじゃないですか」

 

 そこで一度区切って、紅茶に口をつけた。

 

「人間というのは、弱い生き物です。例えば、嵐の海に投げ出されたとしましょう。そして運良くあなたは掴まれるものを手に入れた。こういう時、助かるには動かないで体力を消耗させないように務めるのが良いんですよ。だけど、そんな中で力強い声で『こっちだ! ついてこい!』なんて言われたら、その言葉に縋りたくなるんですよ。姿が見えなくても、声のする方向に寄りたくなるんです。それが、たとえ間違っていたとしてもです。まさしく藁にもすがる思いってやつです」

 

 そりゃあ、助かりそうならそっちを選ぶと思うのだが。

 

「自分の下した選択に自信を持てないのは、別にいいです。だけど、そのせいで他人に全てを委ねるのは本当に愚かな行為なんですよ。自分に自信が持てるように努力すればいいと言うのに。楽な道を歩むんです。召喚士は、たとえ死ぬと知っていても『こっちだ! ついて来い!』と言える側の人間でなくてはならないんです」

 

 強くあれ。と、言っている。ネルコさんも、生徒会長も。誰もがそう言っている。

 

「大変っすね……」

「ええ、それは凄く難しいことなんです。確証があれば、人は安心して強い言葉を使えるようになります。自分の正しさに自信を持ちます。誰かに示された道を進む愚者にならないように、気をつけてください」

 

 俺の相談も終わり、さて、とクオリアは切り出した。

 

「気付いてますね?」

「…………」

「私の目的のひとつは、貴女のすぐ傍にありましたか……。従魔を騙そうだなんて、そう簡単に出来ると思わないでください」

「やっぱ……ネルコさんっすよね?」

 

 最強の召喚士っていうのは。

 まあ、あの人はこのゲームでもかなりのトッププレイヤーだか有名人だか知らないけど、精通していることは確かだったからな。

 

「さあ? 私は見てないのでわかりません。ですが、あの人は確かにいると理解しました。なにか目的でもあるのか、私の前には姿を現してはくれませんが」

 

 ですが、と彼女は続けた。

 

「私の目的のひとつを果たす機会です。ひとつ、ゲームをしましょうか」

 

 自分の顔に手を当てている。

 

「彼は知っているゲームです。今回は動いていないところから、静観するでしょうね。……ある日、学校で自殺者が出ます。最初は投身自殺。その自殺を皮切りに、毎日一人の自殺者が出てきてしまうようになります。自殺する人は、みんな同じことを言うそうです『この世界はおかしい』そして、逃げるように死んでしまいます。あなたは最初に自殺を発見してしまった一人です。あなたは知っています。この自殺事件の裏では、怪物がいる。自殺をした人は、怪物に怯えて逃げるために死んでしまうのだ。と」

 

 昨日見た、怪物の事だろうか。目に見えない。謎の気配。

 

「他の参加者は色々知っていますし、協力してこの事件を解決に導いて見てください。誰を頼るのかは自分で決めてくださいな。それと、一番何も知らない貴女には、プレゼントを差し上げましょう」

 

 クオリアが、自分の顔に当てた指を立てる。瞳に爪をたてて、抉り出すようにして目を取り出した。

 恐怖で俺は言葉も出せない。まるで金縛りにでもあったかのように動けないでいた。

 

「私の目をあげましょう。大丈夫です。魂に軽くくっついている程度のものです。一度、この世界の外で死んだら私に帰ってきます。遠慮なく使ってください」

 

 そう言って、彼女は俺の体に抉り抜いた目玉を押し付けた。体に溶け込むようにそれは沈んでいく。

 クオリアの顔からは血が流れ出ていない。

 

「【整合性の取れた矛盾】でしたっけ? 貴女には、私の目で見える世界を感じ取ることが出来るようになりましたよ。人の知覚圏内でしか見えないでしょうから、そこまで大層なことは出来ませんが、役に立つとは思いますよ」

 

 次の瞬間に見せたクオリアの顔は、目を抉り抜いた跡なんて形も残っていなかった。それどころか、目まで元に戻っていた。

 

「探偵さん。頑張ってくださいね」

 

 にこりと笑うクオリア。

 彼女の姿は、先程までとはうってかわり、生きた人とは思えない姿になっていた。

 皮膚は焼けたように爛れ落ちており、腕は左側が炭化している。右は筋肉がむき出しになっており、足は片方が無かった。

 まるで凄惨な事故にあった後のような身体をしていた。




未開情報 クオリアは死種


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44話 分岐点H

 予定までに間に合いませんでした。謹んでお詫び申し上げます。
 なお、今回のアップデート遅延に対する詫び石の配布はありません。

次回更新は6/11を予定しております。


「どうかした?」

 

 里香君に声をかけられてハッと意識が戻った。どうやら、昨日から生活している里香君の家に戻っていたようだ。

 あの後、どうやってここまで戻ってきたかは分からない。すっかり記憶が飛んでいた。

 

「今日は学校サボってあの人と一緒に買い物してきたんでしょ? なんか言われたの?」

「相談して貰っただけっすよ……」

 

 ネルコさんにも色々言われたが、そちらは今意識に残っていない。それよりも、脳裏に焼き付いて離れないものがある。

 

 焼けただれた皮膚。炭化した肉体。むき出しの肉を覗かせる少女。生きているのが不思議な姿だった。

 まだ、どこか信じられなくて、映画を見ていたようにぼんやりとした気分から戻れない。

 

「そうそう、今日もまた一人死んだよ」

「…………」

 

 なんてことないように、昨晩見た番組の話でもするかのように、里香君が伝えてきた。

 彼女は、死についての感性が希薄に思える。

 

「今日は首吊り自殺。女子トイレで発見した。一応ヒイナにも伝えておいた」

 

 クオリアが言っていた言葉を思い出す。彼女は、これをゲームだと言っていた。彼女の目的を果たす一つの機会だと。

 あの言葉が正しいのなら、あと五回、人が死ぬだろう。

 

「見えない何かがいるんだし、休めばいいと思うんだけどね。今日も夜に潜入するって言ってたよ」

 

 逆に言えば、今日はもう死んでるので、新田君は酷い目には遭わない可能性が高いということだ。

 それに──

 

 ちらりと、窓の外をうかがう。街灯が照らすアスファルトの上。先程からチラチラと視界の端に映る奴がいた。

 

 首の無い人型が立っている。二メートルは優に超える得体の知れない何かが、じっとこちらを向いていた。

 動く様子はない。そして、その何かは、良く意識して見つめないと、はっきりとは見えなかった。しかし、決して見えなくなることは無い。

 なんというか、一つ一つの眼で別の景色を見ているような感覚だ。現実世界に混ざるように、もう一つの映像が紛れ込む。

 

 これが、クオリアの目なのだろう。

 見えない存在を見つけることが出来る。従魔の瞳。それは、単純に見えないものだけを発見する能力ではない。

 里香君から見える不可思議な線。途中で途切れて居るのだが、彼女からは常にどこかと線が繋がっているように見えるのだ。

 俺の体には無い。これが、勇者の能力ということだろうか。

 

「どうしたもんだか……私はとりあえず寝るけど、イツキは好きにしなさいよ。ヒイナと一緒にこの世界を調べるのか、どうするのかは知らないけどさ。私は今日でもういいかなって思っちゃったわ」

 

 昨日までは色々行動していた里香君が、諦めたような表情を浮かべていた。

 

「生きていない奴なんか、助ける意味ないし」

 

 それは、どういうことなのだろうか。

 

「ヒイナもよく調べようとするよね。こんな不気味な街で何がしたいんだか……」

 

 それじゃあ。と気になることだけを呟いて、里香君は寝てしまった。

 本当に、何が起こっているんだ?

 

 誰も彼もが情報を持っていて、何かを隠している。こんな状況で、俺はどうすればいいのだろうか。

 

 悩んだところで、答えは出なかった。

 

 

 

「あれ、樹ちゃん……?」

「おーっす」

 

 結局、俺は俺の思う行動をすることにした。

 自分で正解を探すのでは無く、誰かの補助を、手助けをする。里香さんを説得して、共にこの世界を模索するのでもなく、スリープさんに悩まされながら進む道を捨てて。

 最初からずっといる友達と、この世界を一緒に並んで攻略しようと思った。

 

「どうかした? なにかあったかな?」

「んー、なんっていうんですかね。これが一番しっくりくる答えなんですよ。俺にとっては」

 

 首を傾げる新田さんの隣に立って、少しだけ見上げて、にっこり微笑む。今の俺はヒロインだからな。こっちの仕草の方がいいだろう。

 

「一緒にこの世界について、挑んでみませんか?」

「……手伝ってくれるの? 嬉しい」

 

 俺の言葉を聞いて、新田さんも微かに微笑んでくれた。

 

 うん、俺にはこれくらいがちょうどいいと思う。

 

「あ、早速で悪いんだけど、職員室に行くよ。今日は日中に三階の確認は済ませたからね。生徒会室は見てないけど」

「了解っす」

 

 新田さんと一緒に、学園一階にある職員室へ向かった。鍵は特にかかっておらず、人の気配もしない。不用心極まりないものだ。

 

「まあ……予想は出来てたかな」

 

 新田さんは特に不審にも思わなかった。彼女が持っている情報は俺よりも多い。その中には、この光景に理由を付けられるものも含まれているのだろう。

 

「……樹ちゃんはさ、この世界が作り物だーとか、考えたことある?」

「小さい頃に、何回か考えたことあるっすよ」

 

 山の向こう側には何も無いとか、そういった空想や妄想はしていた。いつの間にか、そんなことを考えることもなくなって、この世界がどうのこうのと考えることすら無くなっていたけど。

 

「作り物の世界ってさ、どういうことをもって作り物だって定義しているんだと思う?」

「そりゃあ……誰かに作られたら? 不自然だとか、そういう歪さがあるんじゃないっすかね」

「じゃあ、この世界は?」

 

 新田さんは、ドアノブに指先をかけたまま振り向いた。

 

「この世界だけじゃない。私達のいた地球、日本にだって、作られた世界はあった」

「フルダイブVRっすね……」

「そう。もうひとつの世界とまで言われていた。作られた世界。知ってる? フルダイブVRで使われている、限りなく人に近いAIである『プログラムイブ』それだけしか、私達の世界で使われている人格プログラムは無いんだよ」

 

 有名な話である。ゲームのNPC一人一人にさえも、莫大なデータを所有するAIを個別に使用していたら、どんな優秀なスパコンを積んでも、スペックが足りないだろう。

 だから、フルダイブVRでは、ゲームはおろか、全ての生活補助AIには、ひとつの、一人のプログラムしか使われていない。後は個体ごとに記憶セルを作って、情報を蓄えさせる。そうすれば、擬似的な個を持った人のプログラムというものが誕生できる。

 

「それくらい、俺だって知ってますよ」

「目の前にいる人間は、もしかしたらプログラムかもしれない。個人だと思っている存在は、もしかしたら大きな母体を持つ、単なる端末のひとつでしかないかもしれない。だけど、それは目には見えない。気付くことは出来ない。世界にはっきりとした個を持つのは自分だけかもしれない。そんな世界は作りものだと思う?」

「そりゃあ、その母体が作った変な世界でしかないと思うっすよ。偽物ってやつじゃないっすか」

 

 至極当然のことだと言うと、新田さんはくすりと笑った。

 

「私達が本物である証明、それは科学が進む度に難しくなっていったんだ。ARが現実を侵食した時、私達を私達たらしめる外見というものの意味が失われた。VRが発展した時、AIが誕生した時、私達が持ちうる記憶や個性というものは、それ自体が個人を示すものではなくなった」

 

 人間のコピーは可能だからね。まだ不完全だけど。と新田さんが続ける。

 彼女の言葉は事実で、3Dプリンターの応用機械による人体創造自体は可能になっている。VRが脳と意識を電気に繋いでいる時点で、記憶は複写が可能になった。

 そうして生まれたクローン人間というのが、俺達のいる世界では、幾つか数を増やしながら存在している。

 

「心がどうとか、意識がどうとか、主観がどうとか。色々言ってはいるけど、人間のコピーはほぼ完成しつつあるんだよね。ただ、そこには私達にあると言われているものが無いとされているだけで」

「……それが、どうしたんですか」

「この世界の秘密、学園の意味。それがこの先にあるかもしれないってこと」

 

 引き返すならここだよ。と新田さんが呟いた。

 その言葉を半ば無視して、俺は新田さんが指先を引っ掛けるだけのドアを開けた。

 

「……なんだよ、ここ」

 

 思わず、言葉が出てこなくなる。

 職員室の隣、謎の空間があると新田さんが言っていた場所は、小さな研究所のようだった。

 見た事のないプリンターらしき機械。飛び散った肉片。赤くも、白くも見える血の通わない皮膚。そういった物質が辺りには飛び散っている。

 

「予備施設、かな?」

「なんの予備だって言うんすか」

「うーん……通じていない時点でそれは説明出来ないよ……」

 

 これが説明禁止項目に抵触する施設らしい。

 近くには本棚があり、分厚いハードカバーの辞書や百科事典みたいな本がある。見てるだけでワクワク出来る本だ。

 タイトルを眺めて見ると、生命や心といった部分に共通したような書籍が多い。

 

「やっぱり、目的は判明したかな」

「? クオリアの目的なら、人間を作ることっすよ」

「…………」

 

 俺が本人から聞いた情報を教えると、新田さんはジトーっとした目を向けてきた。

 

「樹ちゃんって、偶に過程をすっ飛ばして答えを手に入れていることあるよね」

 

 巻き込まれ体質だとでも言いたいのか。

 

「まあ、そこまでわかっているなら言っちゃおうか。ここは、人間を作るための施設だと思う。多分……だけど」

「機械で作るんすか?」

「ネットで人体錬成ってネタよく見かけるでしょ? 水が何割、炭素が何割とかってさ。それと同じだよ。人工で肉体を作り出す為の施設。人間に含まれる成分自体は既に解析済みなんだよ。多分だけど、数十年前から、人間の肉体を複製すること自体は可能になっているんじゃないかな」

 

 そもそも従魔が機械を用いて生命体を生み出しているという事実に驚きである。もっと魔法的な不思議パワーで生み出すのかと思っていた。

 

「人間を作るため施設があるとして、何がしたいんすかね?」

「うーん……侵略? 人間を知ることのメリットかぁ……」

 

 それは違うだろう。クオリアの言葉が全てなら、彼女は人間を作ることだけが目的になっているはずだ。

 なら、現段階で彼女の目的は達成していると思うのだが。

 

「……何か完成していない部分があるんすかね?」

「これ以上は、確定した情報は出てこないかな。戻ろっか」

 

 新田さんが幾つか書類を集めて、それをコピーしてから職員室まで戻った。

 

「そういえば聞きたいんすけど」

「なに?」

「新田さんは、クオリアの情報を手に入れて、目的を知って、何をするつもりなんすか?」

 

 一週間程度待っていれば、この世界から戻れるとクオリアは言っていた。それが嘘か本当かは不明だが、真実であるとするなら、じっと待っている方がいいと思うのだが。

 

「うーん……この施設っていうか世界は、かなり非人道的実験が行われていると思うんだよ。だから、それを止めたいかなって」

「そうなんすか?」

「めちゃくちゃ人が死んでいるのは見たでしょ? ああやって誕生した生命を好き勝手に壊すのはいけないことじゃない」

「だから、クオリアの目的を阻止するんすか?」

「そのつもり。……樹ちゃん。この世界はかなりの年月をかけて作られて、稼働しているんだよ。そしてまれに、私達みたいな人が偶に紛れ込んでいる。その度に彼女は実験を進めているんだ。人を殺して、作り替えて、生み出そうとして。この世界で生きている人達のためにもさ、阻止すべきだと思うんだよ」

 

 そう言って、新田さんは杖を取り出した。

 

「『全ては奪われる者を救うため』私は、クオリアさんを敵に回すよ」

 

 先程新田さんがコピーした紙束を渡される。そして、彼女がまとめたノートも一緒に手渡された。

 

「これを読んでみてください。その後で、結論を出すのも遅くはないから……」

 

 返事を返すことは出来なかった。

 

 クオリアは、俺の目から見て悪だとは思えなかった。確かに怪物であり、理解の及ばない存在だとは思うのだが、決して悪い存在だとは決め付けられなかった。

 それは、俺が彼女と会話したからだろうか。突き放され、脅されてもなお、踏み込んで理解を深めようとしたからか。

 はたまた、彼女への恐怖からか。

 

「……クオリアか、新田さんか」

 

 俺は、どちらを選ぶのだろうか。

 怪物と共に歩もうとする道があるのか。それとも、数少ない友人との道を選ぶのか。

 

 今更、引き返して何も無かったことには、出来そうもなかった。




補足説明 今回のイベントで、樹少女は新田柊菜ルートを選びました。他には、クオリアルート、ネルコルート、里香ルートがあります。


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45話 レポート

難産でも無理やり書いたため、クオリティはかなり低いと思います。区切りがいい所まで書きたかったのですが、間に合いませんでした。

次回更新は6/18を予定しております。


 翌日、肉体が女の子のものと変わってから三度目の朝のことだ。今日は学校へと向かおうと思い、制服に袖を通していると、学ランに身を包んだシー君がひらりと飛んできた。

 

「今日は里香が学校休むんだって」

「そうっすか……」

「それで買い物してくるって言ってたよ!」

 

 何か買う必要があっただろうか?

 そんな疑問を持ちながらも、里香君のことは放っておこうと決めて、シー君と一緒に学園へ向かった。

 

 道中で、同じような生徒を見かけはしたが、特に会話も何も無かった。ネルコさんや新田君とも会うことはなく、普通に教室まで移動した。

 まるで真面目な生徒が授業開始前から予習して準備するように、机に書類を置いていく。それは、昨日新田君から渡されたものだった。教科書などは持っていないので、それを変わりに読み進めていく。

 

 研究レポート。そう短くまとめられた紙の束を捲った。

 

『1.私はクオリアという個人、個体が有するであろう質感の支配者だ。それなのに、何故か自我を持ち一個体として存在してしまっている。これは何故なのか、そして私という存在は何者なのか、それだけを追及していかなければいけない。それが、きっと、私が存在する理由や意味へ繋がるはずなのだから』

 

『2.元々私は他者のクオリアを認識し、操作することが出来る存在だ。それはそうだろう。元々私であったものなのだから。では、私は誰のクオリアなのか、なぜ肉体を持っているのだろうか。焼け落ちたこの身は、一体誰のものなのだろうか。まずは自分が宿る謎の肉体から調べないといけない』

 

『3.幸いな事に、私の周囲にはいくつもの研究サンプルが存在した。ただの無機物から生物まで、既に失われた生命にもまたクオリアは存在する。だが、そのどれもが私のような複雑性は持たず、単純なものである。それぞれに刺激を与え、それが受け取るクオリアを抽出する。それらは各々の物質が生み出した反応の結果でもあり、クオリアでもある。彼らは私の一部でしかないようだ。それは全て既知の出来事であった』

 

『4.この体に近しい存在を生み出すことにした。思えば、私という存在は、人間という存在から誕生したのではないだろうか。クオリアという名前も、意味も、それが認識してから存在が確立されたのではないかと思う。しかし、同時に私のいるこの場所には、人間は存在しないということの証明でもあった』

 

『5.私の世界に侵入してくる存在がいた。そいつは自分を召喚士だと名乗った。私の肉体に酷似しており、そいつは人間だとはっきりと理解出来た。彼女を捕らえ、実験を行う。そうして、私は外の世界や異なる世界を知った。彼女の持つクオリアは私とは別のものであった。私は何者なのだろう』

 

『6.人間を生み出そうと思ったのだが、私の力ではそう上手く出来ないようだ。単純に能力が違うのだろう。既存の物質を相手にクオリアを操作することは容易だが、無からクオリアを持つ何かを生み出すのは相当な困難であった。かろうじて形だけ作れたのだが、それら物質にはクオリアは宿っていなかった。ただ与えられた刺激に対して反応を返すだけのモノモドキでしかなかったのだ』

 

『7.長い時を過ごし、研究を行っていれば、気付くこともある。私は非常に不安定な存在だということを。生み出された存在という訳でも無く、自然発生したしっかりとした固定の情報や意味を持つ存在でもない。私は物や生命に依存した心の存在でしかないということを。つまり、この世界にいては、いずれ全てのクオリアが失われて、私は存在を維持出来なくなってしまう』

 

『8.ただもう一人の存在を生み出すために行っていた実験は、いつしか私を存在させる為の目的に変わっていた。完全な心を持つ人間を生み出せば、私は私という存在を維持する事が出来る。そもそも、他者にとっては私は存在してもしなくても意味が無いのと同じであるのだ。どうせ観測することは不可能なのだから。では、何故私は存在するのだろうか』

 

『9.私は個々人のクオリアではない。それを扱う事が出来る能力であり概念なのだ。それを意識した途端、私という存在は一つ上の段階、枠組みに入った気がした。知覚できる世界を知って、クオリアというクオリアを意識出来るようになった』

 

『10.世界が消滅した。私のいた場所は完全な消滅を辿ったのだ。クオリアは全て失われ、私もまた消えるのかと思ったのだが、世界を繋ぐ他のクオリアが存在する限り、概念である私は不滅なのだろう。今は私が得た新しい力を用いて、元々の実験を行う場所を作り出した。ここで、私が宿るに足る器を生み出そう。更なるクオリアの進化を目指して。閉じた世界の中で、ただ私は心を作り出そうとシミュレーションし続ける』

 

 書類はここまでだ。なんだか途方もないことをダイジェストで語られただけのような気がする。研究結果とか書いてないし。レポートなのだろうか?

 

 この書類が正しいのなら、今いる世界はクオリアが生み出した実験を行う為の世界だということだ。そして、この周囲にいる人達は、全部作り物だということ。

 

 顔を上げてみた。既に授業は開始されており、教師がカツカツと今時珍しいチョークを使って、これまた珍しい黒板に文章を書いている。

 それを写しとる為に、生徒達は机に向かっている。全員同じ動作をしている。

 カツカツ、カリカリ、カツカツ、カリカリ。ただひたすらに書き続けるだけの空間がそこにあった。

 

 生徒は誰一人として顔を上げていない。黒板の内容など目にしていない。

 教師もまた、生徒の方を見ることはなかった。異常な光景。人間と同じ姿をした何かが、人の真似をしている。

 

 ただただ不気味だった。思わず上がりそうになる悲鳴を堪えて、顔を伏せる。

 新田さんが言っていたのはこのことだったのか。

 

 哲学ゾンビ(Philosophical zombie)。要は歪な肉のからくり人形がいるということだ。TS学園p-zとはこのことを示していたのだろう。

 新田さんは、彼らを助けるという判断を下した……ということでいいのだろうか?

 対する里香君は、彼らを放置することにしたという訳だ。

 気付いたのは多分昨日。それを知り、どうこうするのがどうでも良くなったと考えたのだろう。

 

 とりあえず、次に進もう。もうひとつある、ノートの方を手に取った。

 これは新田さんが書いたこの世界での情報だ。幾つか、街の見取り図や、校舎の見取り図。また、活動記録なども書いてある。

 彼女がこれを俺に見せたかった理由となりそうな部分だけを抜粋する。

 

『この世界は、TS学園p-zの世界というらしい。スリープさんや樹君が女の子になり、私と里香ちゃんが男の子になってたから、TSとはトランスセクシャルのことだろう。また、突然訳も分からない場所に飛ばされてしまった。今回は従魔もいない。どうすればいいのだろう』

 

『早速だけど、この世界にいる間の私の身体はとんでもない身体能力を持っていた。軽く飛び跳ねるだけで数メートル宙に浮く肉体。転んでも一切怪我をしない。これは何のためにこれほど頑丈な肉体にされているのだろうか』

 

『学校でスリープさん……ネルコさんに色々教えてもらう。時系列的に言えば、これが最初の出来事だ。ある程度落ち着いて感情の整理が出来てから、最初の内容を書いている。毎度毎度ふざけたことばっかりだ。異世界に転移したり、男の子になったり……。元の世界に戻ることが出来るのだろうか』

 

『授業を受けた。最初は学生だった頃の記憶を忘れないようにと予行練習のつもりで行っていたのだが、ふと気付いてしまった。異常な光景に。まるでプログラムで組まれた物体のように決まった動作だけをする生徒や教師。この世界に生きた人間……いや、ヒトという存在は私達以外にはいないのだろう。だけど、これもまた生命だ。冒涜的な行為ではあるが、それでも生命ではあるのだ。私は、こんなおぞましい行為をしている人を止めるべきだろう。この先に行く着く結果がどんなものなのかそれは知らないが、決して良いことが起きることは無いだろう。気が狂う前に、逃げ出すか立ち向かうかしなければいけない』

 

 ……ネルコさんに確認すべきだろうか。隠したかった情報はこれなのか。これだけなのかということを。

 

 それにしても、新田さんの発想が随分物騒になってきている事が理解出来る文章である。俺はこの状況を怖いと思ったが、どうこうしようとは思えなかった。これは何の違いがあるのだろうか。

 

 ネルコさんだとこういう状況でも自分の気がむくままに行動出来るのだろう。新田さんは新田さんで、どうにかしなければという感情が強すぎる気がする。とりあえず、彼らを助けるために行動している訳では無いようだ。

 

 …………こういう世界では、俺たちこそがおかしい人間なんだろうな。哲学ゾンビ達にクオリアは無いが、見えている光景があるとすれば、全員が似たような行動をしているなかで、俺たちだけが彼らの常識から外れた行動をしているように映るのだろう。

 人の持つ『常識』というものは、所詮数で決めたものでしかない。クオリアの違いこそが、こういう現象を生み出しているのかもしれない。

 こんな世界に一人ぼっちだったら、誰も信じられず、発狂してしまうんだろうな。

 

『目標が決まった。この世界の破壊をすることにした。ネルコさんに確認をしたところ、確証も取れた。この世界は従魔が作っており、そして、この世界の人もどきを作っているのは従魔であるのだ。正直に言うと、ネルコさんや、姿が若干変わってしまった私の従魔と一緒に居たかったのだが、それではいけないと気を奮い立たせる。早速情報を集めなければ。ネルコさんも忙しそうにしていた』

 

『夜に学園へ潜入した。あの恐ろしい存在がいないだけで、僅かばかり心に余裕がある。まあ、訳のわからない恐怖の世界の夜もまた怖いのだけど。こればかりは怖くて、樹ちゃんや里香君を呼んでしまった。ネルコさんから貰った情報から、生徒会室、そして、私が得た情報的に、職員室脇の謎の空間が怪しいと思われる。しかし、今日は何も出来なかった。夜は夜でおぞましい光景を目の当たりにしてしまった。人が死んだのだろう、教室いっぱいの血と肉。私は気が狂ってしまったのだろうか? しかし、私以外にも異常な光景を目にした人はいる。私は大丈夫だ』

 

『今日は樹ちゃんもネルコさんも休みだった。二人でデートをしているらしい。こんな時に呑気だな。と少しムカついた。とりあえず私は昨晩の教室へ向かった。しかし、そこには夜にあった出来事がまるで嘘のように何も無かった。教室も、元通りだったのだ。そして、昨日誰かが飛び降り自殺をしたことにようやく気が付いた。里香君が教えてくれたのだが、この学校の生徒では無いらしい。服装が違うとの事だった。もしかしたら、私達と同じような人だったのだろうか。また、救えなかったのか』

 

 次のページをめくる。

 

『エーちゃんが死んだ』

 

 見開きいっぱいに細いシャーペンで書かれた文字で、その文だけが刻まれていた。力を込められている訳でもなく、普通に書かれたような文字だった。

 

 次のページには、何も書かれてはいない。

 

「…………」

 

 昨日死んだのが、新田さんの従魔であるエーちゃんだったとは。知らなかった。

 新田さんの様子からはそんな事情があったとは読めなかった。様子がおかしいとも言いきれるほどでは無かった辺り、表情を隠すのが上手いと思う。

 これは新田さんの遠回りなSOSだろう。ノートを閉じる。そして、窓に顔を向けた。

 

 視線を感じたのだ。窓の外だ。そこには表情を無くし、目に光を失った新田さんが立っていた。じっとこちらを見つめている。

 

 発狂してるぅ……。

 

 茶化さないとやってられないほどにゾッとする光景だった。ノート読み切った直後にこういうのはやめて欲しい。

 

 なんというか、異世界に来てからは身の回りの状況を俯瞰的に、客観的な視点のような見方をするようになった。そうしないと発狂するくらい精神を削られることばっかりなので、俺が学んだ処世術のようなものだ。

 

 とりあえず、この授業が終わったら、新田さんの所へ向かうことにしよう。窓に反射する俺の顔は、引きつった笑みを浮かべている。そのまま手をこっそりと振って、授業に集中するフリをしたのだった。

 

 ネルコさん、この世界って、本当に恋愛イベントの世界なんですよね? 俺はあの人の言葉を信じることが出来なかった。だって、サスペンスとホラーの世界なんだもん。



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46話 発狂

今回も難産につき低クオリティです。同時に文章量は過去最小です。

次回更新はちょっと未定です。なるべく一週間後に間に合わせるつもりです。


「不気味の谷現象って、知ってる?」

 

 授業終了後、普通に校庭で待っていた新田さんの(もと)へ行くと、即座にこう切り出された。

 

「機械を人間に近付けていくと、ある段階に至った瞬間にその機械への好意的な感情が一気に落ちるっていう経験則から出された現象なんだ」

 

 具体的な名称は聞いたことがないが、類似した例は過去に見てきたことがあるので、すんなり胸に落ちた。

 

「フルダイブVRゲームでも、RPG関係作品が登場した初期は、不気味だって言われてたらしいっすね。聞いたことがあるっすよ」

「そう。ゲームって、NPCの行動を人間っぽくさせるために、さり気ない仕草とかを入れていたんだけど、それがフルダイブVRになった途端に不気味に見えるようになったんだってね」

 

 生憎、俺たちの世代のゲームでは無いので、それを味わった経験は無い。

 ネルコさんの年齢が幾つなのか知らないけど、大体あの人くらいの世代が直撃している年代だろう。

 

「この世界を見て、樹ちゃんは気持ちが悪いとか、そういうことは感じなかった? 私はね、この世界の歪さに気付いた時、どうしようも無い感情が膨れ上がったよ。人を模した醜悪な人形と、それを囲った箱庭。ねえ、樹ちゃん」

 

 しっかりと、新田さん、新田君の目は俺を捉えている。

 

「私は、この世界を壊すよ」

 

 ああ、これが召喚士というものか。ようやく俺はクオリアの言っていた事を正しく理解したのだ。この打ちひしがれるような衝撃と共に与えてくる強烈な誘引のカリスマ性。ふらふらと生きている自分を、この人に着いていけば間違い無いと思わせる意志の強さ。

 現実が見えてない訳では無い。感情で動いているだけでもない。彼女はしっかりとした自我を保ちながら、世界を壊そうとしている。

 

「エーちゃんを殺した報いも受けさせなきゃ」

「ロストしたってことっすか……?」

「それは……わかんない。今の私には、何も感じられないんだ……」

 

 悲痛な表情の柊菜。まるで迷子にでもなったような姿だった。

 

「新田さんが、この世界を壊すっていう選択をするのなら」

 

 だからだろうか。彼女を励ますつもりで出た言葉は。

 

「僕も、その目的の為に、一緒に戦うよ」

 

 自分の性格には到底似合わない。服従を示すものであった。

 

 

 

 あの後、少しだけ元気になった新田さんと別れて、俺は街全体の散策をしてみることにした。

 

 表情一つ変えずにどこかへ向かう人の群れは、どこか無機質な、虫のようなものを思わせる。

 人という生き物は、虫に近いと、何かの本で言っていたのを、少しだけ思い出した。

 

「こうして見れば、人間っていうのはかなり不気味な生き物ですよね。よく見てみれば、確かに違和感を覚えるのですが、でも一目見て気付けるほど変ではない。つまりは、人間そのものに、ぷろぐらむされたような習性らしきものがあるってことです」

 

 雑踏の中に紛れるように、痩躯の男子学生がいた。街の建物の壁に背中を預けて、ポケットに手を入れている。

 俺を待っていたらしい。

 

「まあ、むしろ逆なんですけどね。生物は基本的に本能だけで動く存在です。知ってますか? 虫や爬虫類には記憶する脳が無いらしいです。あのくそどらごんはそんな事ないのですが、従魔では無い普通の動物だと、記憶能力がないとか。彼らは、起きた事に対してその場で判断して動いているらしいですよ」

「君は、ネルコさんの従魔っすね?」

「はい。ノーソとお呼びください」

 

 陰湿な笑みを浮かべて軽く頭を下げてきた。

 それから、ノーソ君は、街を軽く見渡した。

 

「これは僕の主様が言っていたことですが、人間とは動物、生命の中では狂った部類なのだと言っておりました」

 

 主、つまりはネルコさんが言っていたこと。理性を持つ人間が、狂った存在なのだと。

 

「どういう意味っすか」

「これまでの生命から見た場合の話です。人間は知性、理性を手に入れた結果、動物本来の行動目的である種の保存を自ら制御するようになってしまったと。本来の目的から外れたバグのような存在なのだとも、考えられるというのです」

「はぁ……。だとしたら、案外人間が従魔になれない理由っていうのはそういうことかもしれないっすね」

「そこら辺の思考もしていましたが、主様が言いたかったのは別のことでした」

 

 ノーソ君は、ネルコさんが言っていた言葉を再現するように、声真似をした。

 

「『もし、ハイジャックをするようなやつが現れた場合、全員で敵に挑めば、大抵の場合止めることが出来るだろう。テロリズムの真骨頂は、人間が自己保全を優先した結果生まれた文化のひとつに過ぎない』と」

 

 なんかすごいネルコさんっぽい言葉だった。彼女の暴力主義の思想は、こういう事を考えるのが大好きそうなのだ。

 なんというのだろう。力のあり方や使い方について考えるのが凄い大好きなんだと思う。合理的というか、なんというか。

 

 いや、獣的な思考と言えばいいのだろう。ネルコさんは、そういう意味でいえば、人間の中でも、獣とか他の生物に近い思考回路があるような気がする。

 

「……それで、何を伝えたいんすか」

「主様は今忙しそうなので、少しだけちょっかいかけに来ただけです」

「えっ」

「ぶっちゃけ、混沌の種族たるノーソからすれば、何かをなそうとしているお二人の方に少しだけ手を貸した方が面白そうだなぁと」

 

 今は主様の従魔でも無いですし。とノーソ君は続けた。

 

「いいもの見せてあげますよ」

 

 そう言って、先へ進んでいく。少しだけ考えて、情報のために俺は彼の後を追いかけた。

 

 辿り着いた先は、街からかなり離れた山間部だった。こんな所にも何故か古い建物が置いてある。中は、もぬけの殻だった。

 

「この世界って面白いですよねー。蚕って知ってます? 僕の先輩であるシルクさんの事なんですけど、彼ってば人間の手がなくちゃ死んじゃう生き物なんですよ」

 

 獣道を行くノーソ君が愉快そうに喋る。時折咳き込んだりする辺り、病弱なのだろうけど、その肉体自体は健全らしく、息切れをする様子はない。多分、癖になっているのだ。呼吸か、咳き込むのが。

 

「この世界も似たようなものなんですよね。管理者たる従魔の手が無くては生きていけない世界。管理者のために作られ、作り替えられる傲慢な所業。正しく人間そっくりです」

 

 そう指摘されて、若干胸に刺さるものがあった。何かは分からないが、呼吸が苦しくなる。

 

「規模もやってる事も大違いじゃないっすか?」

「あははっ。本当に凄いですね。人間様って感じです。気をつけた方がいいですよ。従魔は会話が出来る怪物です。理解するには遠く及ばない部分もありますが、人間なら理解出来てしまう部分だって多々あります」

 

 草を掻き分けて山の中に入っていく。空がオレンジ色に染まり、カラスが鳴いて飛び回る。

 

「寝物語じゃないんですから、どっちが完全な正義とかはありませんよ。自分のこと棚に上げて正義を押し付け合うことになります。従魔と戦うっていうのは、勇者が魔王を倒すのとは訳が違います」

 

 鉄線で囲われた立ち入り禁止の札がある洞窟の前に辿り着いた。ここです。とノーソが告げる。周囲は暗くなっており、ここから引き返すのも容易ではなさそうだった。

 

 洞窟を進む。最初は自然の土で出来た道だったのだが、奥へ進むとリノリウムで出来た通路へと変わっていく。

 

 研究施設、だろうか? 洞窟の内部は施設であり、研究所か何かのようなものだと思われる。謎の機械が立ち並び、今なお稼働を続けている。

 

「ここが研究所兼生産施設ですよー」

 

 案内終了です。とノーソ君が立ち止まって言う。目的地はここのようだ。

 しかし、何が面白いものなのか、全く分からない。研究所ということは、クオリアのレポートに書いてあった事を研究、ないし生産する施設だろうことが伺える。

 

「要は確定的な証拠現場ってことっすか?」

「いえいえ、それ以外にも面白いものがありますよ。水槽の中を見てくださいな」

 

 そう言って、奥の扉を指さした。この施設はIDカードなども無しに自由に部屋を出入り出来るようだ。それもそうだ。そもそも侵入するような人間がいないのだから。

 

 扉を開けて入ると、薄暗い部屋が出迎えた。部屋の照明は落とされていて、機械の明かりだけが照らしていた。

 部屋の中央には水槽がある。所謂研究施設にある円筒状の水槽だ。人とか化け物を作り出す為のあれである。

 

 そして、そこに居たのは、一人の男性であった。

 

「これ……スリープさんっすよね?」

 

 全裸のスリープさんが水槽に入れられていた。意識も無く、ただ眠るように閉じ込められている。

 なぜ、この人がここにいるのだろうか。

 

「悪趣味ですよねー。かつて愛した人を作ろうとしたんですよ、これ。中身なんて無いし、違うというのに」

 

 クオリアが匂わせていた目的の一つがネルコさんだというのは、わかっていた。ただ、その為だけに、同じ人間すら作ろうとしていたのか。

 

「まあ、あんな女の執着心は置いといて、ここは人もどきの製造所ですよ。どうします?」

 

 にっこりと笑って、ノーソ君が問いかけてきた。彼が求めるところはただ一つだろう。この施設の破壊だ。

 俺は新田さんに賛同して、この世界を破壊するという目的を定めた。なら、正解はこの施設の破壊だろう。

 

 だけど、動けなかった。

 

 彼女の目的を知り、行動を知った。レポートの内容だって、こうして本物まで発見している。

 

 だけど、動きたくは無かった。

 

「帰るっす」

「……は?」

「いや、この施設の破壊方法とかわからんし、無理っすよこんなん」

「…………はぁ。つまんないですね。目論見が外れました。あなた随分甘い人のようで」

 

 ノーソ君は呆れてため息をついた。恨めしそうにこちらを睨んでいる。

 

「その甘さに、ほとんどの従魔は着いてきません」

「そうっすか。まあ、僕に才能が無いことくらい分かってるっすよ」

「選択を間違えているって思わないんですか?」

「でも、これが僕にとっての正解なんですよ」

「いつか絶対苦労しますよ」

「しょうがないっすね。自分で選んだ道です」

 

 そこまで言うと、ノーソさんは話す言葉も無いといわんばかりに踵を返してさっさと歩き始めた。

 

「まあ、あなたそれでも召喚士には向いてますよ」

 

 最後に呟かれた言葉は、少しだけ嬉しかった。

 

「召喚士っていうのは、主様曰くテロリストに向いている人間だと言うことです。まあ、善でも悪でも何かを成し遂げる強い主義があるっていうのが従魔を引き寄せる能力ですからね。まあ、あなたの事を表現するのなら……」

 

 一拍、呪いを込めるように吐き出す。

 

「勇者って感じじゃないですかね? 寝物語のような」

 

 それきり、一切会話を交わすこと無く俺達は街まで移動し、そこで別れた。

 

 翌日、里香君が無惨な死体となって発見された。今日の犠牲者なのだろう。何者かに胸をナイフで刺されて死んでいた。

 

 そして、今日で決着をつけると、新田君が俺に告げてきたのだった。



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47話 答え合わせ

投稿遅れて申し訳ございません。7/15までに環境が戻るはずだったのですが、8/15まで延長されてしまい、リアルで荒れておりました。
また、今回で四章は終了です。色々消化不良なところも多々ありますが、完全に力不足した。三章で出来なかったサスペンスに挑戦したのが不味かったです。本来はもっと樹ちゃんが雌落ちするはずでした。
次回は閑話を載せます。珍しく本編の補足っぽい話です。

次回更新は未定です。7月の第一週までに投稿します。



 研究所に向かい、ちょっとした会話があった翌日。俺は新田さんと一緒に登校していた。

 重苦しい沈黙の中で、ぽつりと新田さんが呟く。

 

「…………里香君が死んでいた」

 

 俺が里香君の家に帰った時の事だ。遅くに帰ったから、寝ていたのかと思うような部屋に、里香君の死体が置かれていた。

 胸に深くナイフを突き刺して事切れた男性の死体。血溜まりに沈んだその体は、まだ彼が死んでから僅かにしか時間が経っていないという事を示していた。

 

 新田さんに連絡を取り、二人でそれを確認した。彼の行動は残念ながらその日一度も会うことは無かったので、誰が犯人なのかは判明していない。

 怪しい、というか詳しい事情を知っていそうなのはネルコさんだが、あいにくと彼女には新田さんが連絡を送ってから今まで一度も返事が帰ってきていない。

 

「日付的に死んでいたのは今日、もしくは昨日。どっちでも言えるよね。私達の周囲にいる人が狙われている」

 

 新田さんの言葉に頷く。確かにエーちゃんや里香君が死んでいる時点で、こちらに狙いを定めいるのは確定だろう。

 今日、もしくは明日死ぬのは、自分かもしれないし、新田さんかもしれなかった。

 

「これ以上の被害を抑えるためにも、急いでクオリアに会いに行くべきだと思う。今日で、終わりにするんだ」

 

 新田さんの決意を聞いて、俺も覚悟を決めた。今日で、こんな悪趣味なイベントは終わらせてやる。そう思いながら、生徒会室へと足を運んだのだ。

 

 

 

「よく来ましたね」

 

 生徒会室に入ると、にっこりと来訪者を歓迎するようにクオリアは微笑んだ。そんな彼女の雰囲気とは違い、周囲は緊張によってピリピリとした静電気のような気配を纏っている。

 

「答えは見つかりましたか? あなた達は、私に何を示すのでしょうか?」

「抵抗と解放を!」

 

 声を張り上げて新田さんが言葉を返す。凛とした立ち振る舞いの新田さんを初めて見た。

 大抵はおどおどしたような感じか、無鉄砲に突っ込んでいく姿しか見ていない。こういう風に動けるのだな。と、意外な一面を見た気がする。

 

 それとも、男の姿だからこんな感じなのだろうか。

 

「威勢が良いのは好きですよ。それで、抵抗と解放、ですか」

「……私はこの世界を見て感じました。作り物の張りぼてな世界。生命を生み出そうとする禁忌の研究。生まれた存在を使った人形遊びのような舞台劇。その全てが嫌いです」

「ふふっ……嫌いですか。それで私に立ち向かうのですね」

 

 そう言って、クオリアは俺をちらりと見た。その目には若干の失望が浮かんでいる。

 

「男の子は召喚士として立派な才能があるようですね。死地に人を連れて来れるだけの意思の強さがある」

 

 ああ、確かに俺は新田さんの強さに惹かれてここまで来た。そこに自分の意思はあったとしても、自分一人の道を選ぶ事も無く、彼女へ何か提案することも無く、唯唯諾諾とここまで来ていた。

 

「……まあ、これも一つの物語です。望む結果は得られなくても、学習の経験値としては使えます」

 

 そうして、クオリアは新田さんと向き合う。そこに俺の居場所は無かった。舞台端に追いやられて、探偵役と呼ばれたはずの俺は、ただの観客か、逃げ惑うだけのモブ同然に成り果てていた。

 

「さて、魔王と対面した勇者さんに、言葉を返してあげましょう。それの何が問題なのですか? と」

 

 ぶわりと肌が粟立ち、感覚を無理やり想起させられた。これが、クオリアの言う、他者のクオリアを操るという能力なのだろうか。

 

「長い歴史の中で、あなた達人間もまた、同じような事をしてきたでしょう? 自己の利便性を追求した、自然を破壊する作り物の世界。生命を生み出すどころか、知識の追求としてあらゆる禁忌を犯し尽くすような研究。プログラムという形であなた達もまた、人形遊びをしているではないですか」

 

 ノーソ君の言葉が思い返される。狂った獣。自然の理を外れた人間達の罪。

 彼女は人間から誕生したともされている従魔だった。

 

「罪と向き合いなさい。私以上の星の破壊者達よ。ここは私の産んだ世界。ならば、所有者がどうしようとも勝手であるはずです。あなた達の世界ではありません。せめて、自己の勝利の果てに手に入れた星をどうにかしてから私へと立ち向かいなさい。そうでなければ道理が通らないでしょう?」

「例え人間が同じことをしていたとしても! 今目の前で起こされている事から目を背ける理由にはならない!」

 

 新田さんが拳を作る。彼女の主張がクオリアを前にして炸裂した。

 

「『全ては奪われる者を救うため』! 私は今ここから、世界を作り替えるんだ!」

 

 クオリアが僅かに驚きで目を大きく開いた。しかし、次の瞬間には不敵な笑みへと変貌していた。

 

「……その心を忘れないように。多少歪んではおりますが、それでも人の主張です。ええ、どこぞの従魔モドキが歪な形で無理やりに固めたようですが、私はそれもまた受け入れます」

 

 ……やはり、何か違和感のようなものがある。シャツのボタンを掛け違えたような、どこかで致命的な間違いをしているような気がする。

 

「あなた達の今の肉体は、私には遠く及ばないものの、従魔と呼ぶに相応しい程度の強度があります」

 

 扉を開けて、女学生のゾンビモドキが入ってくる。クオリアはそれを近くに寄せると、抱きしめた。

 俺が持つクオリアの瞳から見える視界からは、彼女が徐々に女学生の中へと潜り込んでいく様子がうかがえる。

 

「古今東西、意思がぶつかりあった場合にやる事など、決まっていますよね!」

 

 女学生に完全に一体化したクオリアが、拳を作り飛びかかってくる。

 

「さあ、イズムパラフィリアの始まりです! 互いの主義をぶつけましょう、戦争を起こしましょう! 愛おしい人間達よ!」

 

 そのまま戦いが始まるかと思われた。しかし、駄目だよ。という男性のような、女性のようなどっちとも取れないような声が微かに聞こえた。

 次の瞬間、新田さんはせり上がった地面によって押し潰された。一瞬の事だった。クオリアも巻き込まれて、女学生の身体は黄土色の槍によって串刺しにされていた。何が起きたかなど、俺の目で事が終わった時にしか確認出来なかったのだから、新田さんにとってはまるで分からなかっただろう。

 

「ふふ……。そうですか。やはり貴方は傲慢でいて強烈な意思の光がある……」

 

 クオリアも血が流れすぎたのだろう。女学生の肉体にある瞳は完全に濁り、死んでるであろう状態ながら、短い時間だが喋っていた。

 

「愛しております……我が、マス……たぁ」

 

 それだけ必死に言葉を紡ぐと、彼女の気配が消えた。

 

「いやぁ、困るんだよね。初手からクオリアの存在に気付いてしまうとかさ。ゲームだったら発見するのが困難だったのに、あっさりとバレちゃうしさ。まあ、流石に突然の出来事だからアタシが気付くような制限をかけたのも悪いんだけどさ」

 

 明るい声が凄惨な光景の現場に投げかけられた。ここまで感じていた違和感の正体を掴みつつある、と脳内の片隅に浮かべながら、俺は声の主へと対面した。

 

「ネルコさん」

「やあ、樹少女。元気にしているかい?」

 

 こんな状況を目にしながら、ネルコさんは、街でばったり遭遇した友人に挨拶するように、手を挙げた。

 

 

 

 最初の死者は、クオリアの手によって殺されたというよりは、自殺であった。飛び降りによる死亡。それは間接的には彼女が原因なのだろうが、今回の出来事とは全くの無関係だったはずだ。

 

 二人目の死者はエーちゃん。新田さんの従魔であり、首吊り自殺の死者である。時系列的に考えれば彼女がゲームの最初の被害者だ。しかし、何故死に方が首吊りなのだろうか。という疑問がある。これはクオリアの手とは無関係の死亡ではないか、代わりに死んだのでは無いかという疑問が残っている。

 

 三人目の死者は里香君だった。その日の行動では、彼女、いや彼は買い物に出かけたという情報だけシー君から聞いていた。帰りが遅くなった俺に見せるかのように起きた事件。もう少し早く帰っていれば、彼女は死ななかった気がする。そして、先に寝たのではないかと思うようほど、部屋は荒れていなかった。

 

 四人目の死者は、新田さんだ。目の前で死んだ。クオリアも同じようにやられている。

 

「ネルコさんっすよね? 殺したの」

「ん? そうだよ」

 

 あっさりと認めた。彼女の隣には、大地を操れるドラゴンのウィード君がいる。

 

「そして、里香君を殺したのも、ネルコさんじゃないっすか? 俺とノーソ君を接触させて、殺すまでの時間を稼いだ。部屋が荒れていなかったのは、知り合いだったからだ」

「微妙に不正解だね」

 

 俺の推理にネルコさんは苦笑する。状況証拠ばっかじゃん。とも言っている。

 

「まあ、樹少女にノーソを当てて時間稼いだのは事実だし、里香を殺したのも原因を言えばアタシだよ」

「なんで……なんでそんなことしたんすか!」

 

 ネルコさんがそんなことをする人だとは思わなかった。流石に俺達を殺すなんてありえないと思っていた。

 なのに、どうしてこんなことをしたのか。

 

「え? だって、こうすれば早くこの世界から出られるんだよ?」

 

 帰ってきた言葉は、最初まるで理解出来ない異国の言語のようだった。

 

「はぁ?」

「いやさ、皆早く帰りたがっていたしアタシもこのイベントの条件はさっさとクリアしたかったしね。意見が一致したから、手っ取り早く解決させて貰ったよ」

 

 それは、意識の違いだった。感覚とでも言うのだろうか、初めて俺はネルコさんが怖いと感じた。

 この人は、暴力を主体とした最短の解決方法を好んでいる。そんなこと、分かりきっていたのに。

 それが、自分達に向くとまでは思わなかった。

 

「良いか? 基本的に従魔主体のイベントはロスト無効だったり関係無かったり、はたまたプレイヤーが死んでもいいような条件に吹っ飛ばされるんだ。まあ、そうでもしなきゃリミテッド従魔に会うのも難しいからね。なんにせよ、ゲームのメインストーリーとは関係無い部分では、結構自由でなんでもありって感じになるんだよ。流石に死んでも本当に大丈夫かどうかは確かめたけどね」

 

 俺達はこの世界がゲームであることを知らない。正しくは、理解していない。現実世界と同様で、ネルコさんが言っている事を鵜呑みにしているだけだ。

 ゲームの世界と同じだとは、確信していなかった。だからこその、認識や意識のズレだろうか。

 

「今回のイベントである。TS学園p-zは、好感度を稼げるイベントであると同時に、クオリアっていうリミテッド従魔の召喚条件を満たすためのイベントでもあるんだ。条件は『この世界の真実に触れる』『クオリアの目的を知る』『彼女へイズムを見せる』の三つだ」

 

 指を三本立てたネルコさんが、めちゃくちゃになった生徒会室を歩く。コツコツと音が響く。それ以外の音は一切が消えてしまったように、何も聞こえない。

 

「分岐条件は、従魔の好感度を稼ぎ切らない。そして、背景画面にモブがいるタイミングで、特定箇所をタップする必要があるんだよ。そうすると、プレイヤーがこの世界の人間のおかしさに気付くようになる」

 

 串刺しになった女学生を見つめる。

 

「現実になると、こんなにも簡単に気付く事が出来るとはね。ゲームだと一年くらい発見されなかったんだけどね」

「説明はいいんすよ……なんで新田さんも殺したんすか」

「そりゃあ、先を越されそうだったし、なにより──」

「いつまでゲーム感覚でいるつもりなんだよっ!」

 

 これは現実だろうが。なんで人を殺してそんな何も無いかのような顔をしているんだよ。

 激昂した俺を見て、ネルコさんがため息をつく。その余裕ぶった表情が気に入らなかった。俺の嫌いな斜に構えた人間のようで、嫌気がさす。

 

「元はゲームだしっていうのもあるけどさぁ。アタシだって色々考えているんだけどな」

「認められないっすよそんなの! 人を殺していい理由にはならないでしょう!」

「あー……うーん。樹少女さ。人間は同族を殺せない訳じゃないんだぜ」

 

 ネルコさんはいつだってそうだった。ブレない考えで行動していた。それをまざまざと俺に見せつけてくる。

 

「ただ周囲の環境やら教えとかで禁止されているだけであって、決して不可能じゃないんだよ。俺達人間が本当にやってはいけないことって言うのは、むしろ出来ないようにされているんだ。例えば、アタシ達は同族の人間を食べる事は出来ないんだよ。食うと病気になる。そういう風に作られているんだ」

 

 どこまで行っても、ネルコさんの考えとは相容れないだろう。していい事と悪いこと、それがもっと原理的な禁則事項だけで固められている訳が無い。

 もっと人間らしく知性的な事が出来るじゃないか。ネルコさんの主張は獣に近すぎる。

 

「文化的に生きてるだろ! 俺達は獣じゃないんだ。人間なんだよ!」

「そりゃそうだ。知性ある生き物っていうのは文化的だよな。その通り、ゴリラやイルカ、猿っていう知的動物こそが、無意味に同族を殺すんだよ。知性は凶暴性に繋がりやすいんだよ」

「だからこそ、そういうのを抑えるために理性があるんだろ!」

「生存っていうのは凶暴性と一緒なんだよ。より生きるために、そうして力を手に入れる事こそが正しい形だぜ」

「っ! そういうことを無くすために、俺達は理性を持って行動するべきなんだよ。人間だからこそ、もっと理性的に、理知的に行動すべきなんですよ。道徳を持つべきなんす……」

「そうして生まれた先が、発展の無い平等な世界か、同族以外を殺し続けるような世界なのかな」

 

 ネルコさんが笑う。彼女に寄り添うウィード君が、もっともらしく頷く。

 

「樹少女。その考えは悪いことじゃない。他者を助けようとする考えだ。尊ぶべき思考だろうね」

「ならっ……!」

「だけど、それだけじゃあ駄目だぜ。自分自身の主義主張を通したけりゃあ、力が無くちゃいけないんだよ」

 

 結局は力に行き着くしかないのか。もっと何か別の方法があるのではないか。

 答えは見つからない。

 

「なにより、問題はそこじゃないだろ? 殺しが悪いことかどうかを問うのではなく、どうして殺したか、他の手段は無いかを聞くべきだったんじゃないのか?」

 

 樹少女がやりたいことを通したいならさ。とネルコさんが笑った。

 他の道を探すこと。もっと視野を広く持つこと。それが今やるべき事だろうか。

 今となっては手遅れでしかない。俺は間違えたのだ。

 

「大丈夫だよ、樹少女。この世界では、時間経過でも帰れるけれど、待っていたら柊菜が先を越そうとしたから邪魔しただけだ」

「そういうことじゃ、無いっすよ……」

「安全も確認して殺し戻したんだからいいと思うけどなぁ。向こうがどうなってるかすら分からないんだから、初回は流すべきだと思うし」

 

 この人に俺の言葉は届かないだろう。しょうがない。しょうがないのだ。

 怒りも、新田さん達は生きており、先に元の世界に戻っていると聞ければ、萎んでいく。元々八方美人な俺は、強い感情を持ち続けるのは苦手だった。

 

「なにより、育成がキツいイズムパラフィリアのイベントなんか潰させないからな。曜日クエストすらまだ解放出来てないのに、そんなことさせるかっての」

 

 本当に注意すべきは、ゲーム脳の狂人だったというわけだ。

 

「この世界をもっと楽しむべきなんだよ。狂っているとかじゃなくて、ゲームが現実になった世界なんだからさ、遊ぼうぜ」

 

 それこそが、ネルコさんの主張だった。

 そして、俺はウィード君の能力によって、痛みを感じることも、自分が死んだという感覚も得ることなく、この世界から脱出した。

 

 ……先程のネルコさんの言い分なら、エーちゃんが死んだ理由は別のところにあるだろうということに気付かないまま。






ちなみに、ソシャゲのイベントって復刻するんですよね。


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閑話 イベントの裏側

流石に一月以上の遅刻は不味いと思い、不出来ながらも無理やり投稿することにいたしました。大変申し訳ないです。

次回更新は8/20以降になります。新章ですので、多分早めに投稿出来ると思います。


 従魔の好感度を一定まで稼ぐRTAはぁじまぁるよー。今回はイズムパラフィリアでも希少な好感度上昇期間限定イベント【TS学園p-z】をプレイしていきたいと思います。

 

 イズムパラフィリアというゲームは、VRゲームが登場した時代から公開されていたソーシャルゲームです。一応スマホでもプレイ可能だけど、数年後には容量やスペックの都合上PCでプレイした方がいい位に色んな要素が詰まった素敵なゲームです。

 基本的には、従魔と呼ばれる異世界に存在する奴を召喚して、冒険するといった感じの内容になっているソシャゲにしては王道なストーリーっぽくなっております。

 コンセプトとしては、これ一つで全てのゲームを楽しめる。というものを目指したのか、無駄にRPG要素なり、色んなゲームのシステムを持ってきてはイベントだけのプレイに使えるというよく分からん迷走をしていたゲームです。

 

 そもそもイズムパラフィリアは育成がキツすぎるゲームであり、本気でやり込むには課金必須という糞みたいなソシャゲです。時代の流れによって極めて発展した機械文明で、ソシャゲ自体が衰退しているのに、ゲームの単価が高いイズムパラフィリアなんか、ほとんど誰もプレイしていないくらいキツいです。新規参入者に厳しいから滅びたのは必定の運命でしょう。

 まあ、昨今のゲーム業界は金銭回収の為にパッケージ代以外にもガチャ要素盛り込むのが普通なのですが、無課金でもクリア可能なレベルには調整するべきでしょうに……。

 

 今回は、そんなイズムパラフィリアの最初の公式イベント『TS学園p-z』をプレイしていこうと思います。

 

 以前までに説明していたのはレベルアップと限界突破のシステムですが、その内容だけでもこのゲームの育成は、ハードな内容だと分かるでしょう。

 

 今回は、従魔のアビリティ等に大きく影響する好感度を上げやすいイベントになっています。そこで、アタシはこれを機に従魔の好感度を一定まで上げる作業に入ります。

 

 イベント期間は大抵一週間から二週間程度なので、目標までは間に合うでしょう。

 

 計測開始は目が覚めてから。なお、プレイヤーであるアタシは、現状の把握に数十分ほど時間を使っているので既に開始から大幅なロスが出ています。

 ゲーム版では、最初のイベントであるTS学園は、大きくゲームシステムすら変更したイベントだったので、受け入れられ無かったと聞きます。まあ、そうやってどんどんふるい落としをしていくのがこのゲームのスタイルなので、最終的には優秀な課金兵士しか残りませんでした。

 一応、イズムパラフィリア一つで色んなゲームが遊べるという面だけで言えば、結構優秀なゲームだったのではないかと今になって思い返します。バランスも意識していたし、ゲームとして破綻しない程度に別ゲーも出来ていましかたらね。

 

 さて、イベントは家族が誰もいない謎の一室から開始されます。所持従魔の数によって割り振られる役割が変わるので、プレイヤーによっては目覚めるのに幼馴染役の従魔が登場したりします。

 内部ステータスにあるタグを参照してここの役割が決まるので、アタシの現在の所持従魔では誰も幼馴染にはならなかったのでしょう。

 

 ぶっちゃけ妹姉幼馴染母親役だけを集めてここに閉じこもったまま好感度稼ぎをするのが一番早いです。そこら辺は運によりますが。

 

 さて、このイベントでは手持ちの従魔は好感度MAXか、地獄属性と神経属性無効持ち以外は全員確定参加になり、かつ一時的にリンクが切られるので、誰がどこにいるのかは分かりません。ついでにここで襲われた場合自分一人で戦う必要があります。

 しかし、その代わりにプレイヤーは星二から星三従魔相当の身体能力を獲得します。一般人相手には決して負けません。

 まあ、この世界のキャラクター全員が同じくらいの身体能力に変わってるんですけどね。一応、軍人相手に負けない程度の強さ以上はあるとだけ言っておきます。が、それがこの世界のデフォルトの強さです。まず戦いになったら逃げましょう。

 

 向かう先は街の中でも一際目立つ大きな学園です。これがイベント本編の舞台となる学園です。名前は知らない。

 プログラムゾンビ共を避けて通り、幾つかある安全地帯のどれかに向かおうと思います。

 手持ち従魔を思い返すに、保健室か屋上のどちらかに向かうべきでしょう。中庭にシルクがいるでしょうが、あいつはこれ以上成長の余地が無いので放っておきます。

 

 今後の成長性を考えて屋上に決定しました。早速向かいましょう。

 

(少女移動中)

 

 屋上に無事到着しました。なお、道中でTSした里香と出会いましたが、面倒くさいので放っておきましょう。

「何よこれ? どうなってんの!?」と騒がしい限りですが、ここは全員集めてから説明すると言っておきます。

 

 屋上に上がって周囲を見渡しますが、今のところ誰もいませんね。屋上には恐らく男の子になったウィードがどこかで寝ているので、始業開始時間になるまではここで待っていましょう。

 ちなみに、従魔には内部ステータスとして、性格のようなタグが付いており、それを参照することで、今回のイベントでどのようなTSキャラクターになるかが決まります。

 ウィードの場合は、幾つかありますが『プライド』『混沌』『自然』といったタグがあるので、総合して屋上にいる俺様系不良になっているでしょう。他に被りの従魔がいると、どうなるかの予測も難しいですが、ほぼ問題ないと思われます。

 ここの待ち時間で他プレイヤーにメッセージを送っておきます。アタシの見た目も古いギャルっぽい感じなので、メッセージもそんな感じの文章にします。

 

 感極まって泣き出した里香に流石に悪いと思うので、ここは少しだけ慰めながら人目に付かない場所に移動させておきます。

 しかし、他プレイヤーも参加しているらしいですね。イズムパラフィリアはソシャゲだったので、もちろん他プレイヤーもイベントには同時に参加していたのですが、今回のイベントは、別にランキングもレイドも無いので意識から外れておりました。

 しかし、このようなソロイベントでも他プレイヤーが混ざってくる事を考えると、今後の立ち回りを考えないといけませんね。まず危険視するのは、他プレイヤーがイベントフラグを立ててしまうこと。ソシャゲだった時なら気付きにくいイベントフラグでしたが、現実になれば絶対気付くと思うので、ここをどうするか考えておきましょう。

 個人的には他の人全員排除するのが楽なのですが、それを実行するにあたって、ここでの死亡がどのような扱いになるのか確認してからになります。

 

 色々と思考を巡らせていると、強化された聴覚が階段を登る音を聞きつけます。多分樹少年が来たと思いますが、一応警戒しておきましょう。

 

 扉から入ってきたのは、樹少年──いや、少女でした。

 結構可愛いですね。元がイケメンだからか普通に今どきの女の子って感じがします。

 立ち振る舞いからして男っぽいですけどね。

 

 さて、もう一人が来るのを待って、それから今起きていることを説明しましょうか。

 

(少女説明中)

 

 一連の説明が終わった頃に、給水塔の上からウィードが降りてきた。恐らくずっと寝ていたのだろう。

 

「……グルル。俺の昼寝の邪魔をする奴は誰だ?」

「アタシ」

 

 テンプレみたいな会話をするウィードが少し笑えますね。

 ここら辺の会話はゲームではテンプレのものであり、ある程度キャラクターを統一化されているので、固定されます。どうやらここはゲームの通りになっているようです。

 恐らく、リンクが切れた状態でプレイヤーと出会っていない従魔は、特殊な状態になっているのだと思います。元よりゲートからこちらの世界に来ている従魔が、更にイベントを介して肉体を別の器に入れているのですから、多分記憶の一時的な喪失が発生しているのでしょう。

 そうじゃないと、他のヤンデレ従魔とかがいる場合世界が壊れますからね。

 

 ウィードも、アタシの姿を見て徐々に記憶が戻ってきているようですね。執着心からか、顔が赤くなってきています。

 

「ふぅん……龍の俺を見てビビんないのかお前。おもしれぇ」

 

 それでも、今現在の状況を見てか、記憶を取り戻し切れていないのか、セリフが続きます。

 

「お前、今日から俺の女な」

「はぁ? あんたがアタシの従魔でしょ? 忘れないでよ」

 

 トドメのセリフを刺すと、ウィードはパッと離れました。くるりと背を向けます。

 

「ふん、そう言ってられるのも今のうちだ。龍は自分のモノに執着するからな」

 

 ……完全に記憶を取り戻したようですね。アタシに言外に後でコンタクトを取りに行くことを伝えてきました。

 返事をすることも無く、アタシは他のプレイヤーに向き合います。

 

「……まあ、こんなふうに、出会いイベントが発生するから。あとは上手いこと出会ってイベント起こして好感度稼ぐといいよ」

 

 出来れば、これで皆好感度稼ぎに邁進してくれればいいんですけどね。そうはいかないでしょう。

 

 さて、他のプレイヤーが屋上から出ていった後。アタシはしばらく屋上から動かずにぼんやりとしておきます。

 すると、扉が開く音が聞こえ、中からはウィードが出てきます。

 

「おっす」

「…………おい、これはどういうことだ?」

 

 誰も彼もがアタシに聞いてくるところに、なんだか不安が出てきます。嘘を吐かれているとは思わないんでしょうか。

 

「これは従魔の世界だよ。ウィードも知っているでしょ?」

「……ゲートのこっち側なのか?」

 

 こっち側というのは、通常従魔が存在するゲートの向こう側の事です。ウィードはリミテッド従魔では無いので、こっち側、つまりゲートの向こう側の世界に来たのかと聞いている訳ですね。

 

「いんや。違うよ。ここはちっぽけな世界であり、ゲートの向こう側ではない」

 

 それは事実です。従魔クオリアの世界は、クオリアが作り出した、言うなれば彼女だけの空間に等しいです。ちょっとした神様の作った世界とか聖域とか、そんなイメージです。

 

 もちろんクオリアは神様では無いので、作った世界も地球とか、第一部の舞台である元いた場所と比べれば、非常にお粗末なものです。物質はともかく、人間は形が同じなだけの不完全なものであり、不気味な世界ですからね。

 

 いずれは人と見分けのつかない哲学ゾンビが完成すると思いますが、現時点ではそこまで精巧なものは作れないのでしょう。

 

 さて、そんな哲学ゾンビがいる世界で、どうやって好感度イベントを稼ぐかですが、このイベントでは、プレイヤーも戦闘が可能になるという所にあります。

 例えば、ウィードなら不良キャラという設定が付いているので、場所や人を選んで行動すると、意図的にイベントを引き起こせるのです。

 要は、相手の行動プログラムに引っかかるようにこちらが動けば、ちゃんとそれらしいシーンを作れるという事です。

 

 屋上から飛び降りて一階の校舎裏へウィードを連れて行きます。

 そこには不良という役割を与えられた哲学ゾンビがおり、同じような姿のウィードと、それなりにいい女になっているアタシが目に入ります。すると。

 

「おいおい、いい女連れているじゃねえかよ。俺達にもちょっと味見させてくれよ」

 

 不良ゾンビ共が立ち上がってくる訳ですね。

 

「グルッ!? おい、いきなり飛び降りたらなんでこんなのに引っかかってるんだ!?」

「そういう世界だよ。ここは。百聞は一見にしかずって言うだろ?」

「グルル……もう少し理知的に会話しろよ」

 

 野生ドラゴンに突飛な行動を咎められてしまいました。

 まあ、そんな会話も彼等のプログラムには引っかからないので、普通に襲いかかってきます。

 

 戦闘開始です。

 

 プレイヤーは通常攻撃か防御位しか選択できないので、防御を選択しましょう。

 迫り来る不良共相手に半身になって構えつつ下がります。

 

「グルルオオオオ!!!」

 

 その間にウィードが入ってきて、素早く不良共をノックアウトしていきます。

 ちなみに、現在のウィードは龍種ではありますが、厳密に言うと従魔では無いので、龍種覚醒のようなアビリティは全部発生しません。その代わり、ステータスも著しく落ちていますが、問題無いでしょう。

 

 余程運が悪くない限り、序盤のイベントで負けることは無いので。

 

 戦闘終了です。一応これで好感度は稼げているはずなので、次に向かいましょう。

 近くにあるのはゴミ捨て場ですかね。

 

「おい! 待て!」

 

 ウィードがアタシの後を追いかけてきます。この調子でどんどんイベントを進めましょう。

 

 

 

 

 数分後、学校中の不良共をあっという間に片付けたウィードがアタシの胸ぐらを掴んできます。

 

「グルル……お前は勝手に動くな!」

 

 もうこれはメロメロですね。冗談ですけど。

 とりあえず、ウィードがアタシにくっ付いて離れないようになったので、一定の好感度は稼げたみたいです。これ以上好感度を稼ぐ必要はありません。

 

 尻尾を腰に巻き付けられ動けなくされましたが、ウィードの好感度稼ぎはこれで終了なので、次に向かいましょう。

 自力で尻尾から脱出したら、ウィードに向かって言います。

 

「次は保健室に向かうから、五分後位に追いかけてきてね。大丈夫。次は戦闘じゃないよ」

 

 ノーソを回収しに行きます。

 コンセプトがはっきりしている従魔のノーソは、役割が被っても病弱キャラにしかなれないので、学園にいるなら保健室で出会えます。

 

「おいっすー」

 

 ここにいると確信を持ったまま保健室の扉を開くと、金髪の女の子と、学ランのナヨナヨした感じの男子生徒がいました。

 見た目が変わっていますが、陰湿な雰囲気と、こちらを見て表情を変える男子生徒の様子から、彼がノーソでしょう。

 

 スっと腕を開いてウェルカムスタイル。

 

「あるじさまぁ!」

「おお、いい子いい子」

 

 どうやら何処かでアタシを見つけていたらしく、記憶があるみたいですね。

 接触しようが何しようがアビリティが切れているので、ノーソには触れたい放題です。

 

 ノーソが満足するまで抱き合っていると、樹少女が空気を読んだのかいなくなっておりました。

 

 ウィードも保健室にやって来て、これでシルクを回収すればイベントは終了です。

 ノーソは好感度イベントを一つも解放していないので、これ以上下手に稼ぐとイベントスキップされてしまいます。

 よって後は放置です。捕まえた魚に餌は与えない。

 

「ウヘヘ……ウェヘヘヘヘヘヘ!!!」

 

 少し好感度が高過ぎるような気もしますが。

 

 触れても大丈夫だと知ってからは、ノーソがベッタリとくっ付いて離れません。ウィードもさり気なく腰に尻尾を回してきている辺り、アタシはモテモテですね。

 

「お昼になったら一旦屋上で集まるから、ノーソは植物園か校舎裏の森でシルクを探してきてくれない?」

 

 シルクは好感度イベントも大した奴がないのですっ飛ばしても問題は無いですから、後はシルクの好感度をMAXにしながら、この世界を攻略していきましょう。

 

 屋上に戻り、皆を待っておきます。

 ウィードにも学園の外を探索してもらいたかったのですが、離れてくれなかったので、仕方ないと放置しましょう。

 

 屋上で待ち続けていると、樹少女がピクシーと手を繋いで戻ってきました。

 

 このゲーム、一応健全ゲームなので、好感度稼ぎ切っても、プラトニックラブな感じでイベントは終わります。今回のイベントも、好感度をMAXまで稼ぎ切れば、恋愛シュミレーションゲーム同様に、従魔達と付き合えて、幸せなイベント期間を過ごすことだって可能です。

 ですが、初日で好感度稼ぎ切るなんて有り得ないはずなんですが……?

 

「は? 樹ちゃんなんで手繋いでんの?」

「そりゃあ……告白されたら断れないし」

 

 告白イベントまで済ませてきたみたいです。イズムパラフィリアはコール状態の従魔は時間経過でも好感度が稼げますが、微々たるものです。同じ時間を過ごしているはずのウィードですら告白イベントまでは行っていないので、普通なら、そんなに好感度が高くならないはずなのですが。

 過ごした時間や会話の違いかと思い、柊菜の方を見ます。

 

 エンドロッカスとも、チェリーミートとも手を繋いではいません。

 

 ……このイベントで好感度を稼ぎ過ぎると、好感度イベントがスキップされてしまうという問題があります。ゲームだったら、回想でイベントを見直せますし、ステータスから、追加されたアビリティやスキルを確認出来るのですが、現実となった今では、現状確認手段が無いので、樹少女には悪いことをしてしまったかもしれません。

 

 更に言えば、このイベントで、従魔の好感度をMAXまで稼いだ後に、別の従魔の好感度を稼ぐと、ヤンデレエンドに繋がります。簡単に言うと、刺されて死にます。

 最終日に発生するので、樹少女はピクシーと一緒にいてリビングエッジの好感度稼ぎを行わないように言っておくべきでしょうか。

 

 いえ、それよりも、この世界で死んだ場合の処理がどうなるかを考えましょう。ネタバレは極力避けて、樹少女が安全に元の世界に戻れるのかどうかだけ探っておくことにします。

 

 出来れば大人しくこのまま好感度稼ぎだけをしてくれるといいんですけどね。

 大丈夫、ええ、きっと大丈夫でしょう。

 

 

・・・・・

 

 

 とりあえず彼等を置いといて、次の行動を決めましょう。

 シルクの好感度を稼ぎつつ、このイベントは死亡エンドでも帰れるのか、検証する必要がありますね。

 樹少女が下手に好感度を稼ぎ過ぎたので、とりあえず生存を最優先に行動しましょう。

 

 思い付く手段としては、勇者を使います。

 

 そもそも、第一部の世界における勇者という存在は、魔王への対抗戦力というものではありません。

 

 厳密に言うと、魔王を含む従魔への対抗戦力として作り上げられた、召喚プログラムの事を勇者と言います。

 

 このゲーム、イズムパラフィリアは、従魔と召喚士の物語です。必然的に、最強の存在は従魔、そしてそれらを使役する召喚士ということになります。

 

 魔術師は、自分達を地脈に適合させる事で、星という強大な存在から力を借りて対抗する道であり、剣士は自己鍛錬と武器で強さを追求した、ぶっちゃけ敗北者です。

 勇者もまた、災害のような従魔を模倣して作り上げた仕組みであり、従魔のゲートに似通った召喚術を使用して異世界から人間を呼び寄せています。

 

 彼らは、従魔のゲートの仕組みを真似して、死んでもゲートの向こうで復活出来るという現象を作りました。

 勇者は、王国が召喚を保持している間は、死んでも王国で復活が可能で、何度でも挑戦と進化を繰り返すようにさせた存在の事を言います。

 

 とはいえ、ゲートは本来人間を通さないものなので、勇者と従魔は似て異なるものでしかありません。

 具体的にいえば、勇者は王国が首輪を付けた状態の人間です。召喚状態を切ったとしても、召喚された人は、同じ世界に留まり続け、死んだら復活出来なくなるようになります。

 

 従魔は、リミテッドキャラ以外には『手放す』という選択を取ることが可能です。従魔を手放すと、従魔はいなくなり、多少のアイテムだけが残るという、ゲームでは使われなかったシステムです。

 死ねば一回で元の世界に戻される従魔と、死んでも戻されず、戦いを強要される奴隷の勇者。これは全くの別物だということです。

 

 今回は、その勇者の死んでも復活出来るという仕組みを利用して、クオリアの世界とファーストスタートでの死亡処理がどのようになるかを確かめようと思います。

 

「…………ウィード」

「グルル……これは、あの男のやった事だろうな」

「ノーマネーボトムズって言ってたっけか。エンドだかローコスだか知らないけど、随分好き勝手にやってるみたいだね」

 

 ふと血の匂いを感じてとある一室に向かいましたが、そこは既に手遅れでした。

 思わずため息が出ます。

 

「……ったく。なんであるがままの世界を受け入れられないんだろうかね」

 

 自分の思い通りにいかないから、めちゃくちゃにするのでしょう。

 アタシもまた、クオリアの世界を壊したであろう存在への怒りが湧いていますね。

 

 とはいえ、それは無視していい感情です。ある程度、今後の目的も決まったので、屋上へ戻ることにしましょう。

 

 屋上へ来ました。樹少女や、柊菜はどこかへ行ってしまったようです。

 里香だけが残っています。

 

「……何よ?」

「もう少ししたら、里香に頼みたいことがある」

 

 何も初日からイベントをプレイ出来ないというのは可哀想なので、折り返し地点位の日数までは待つことにしました。

 

「……返事はおっけーにしとくわ」

「何も聞いてないのに?」

「別に、私は他の二人と違って、アンタの事をそれなりに評価してるの。何も分からない世界にいきなり放り出されて、パニックにもならないで上手くやってんだから、頼まれたこと位は手伝うつもりなだけ」

「分からないって程でもないよ。確実性が無いだけだ」

 

 ゲームとしてだけど、知識はあるのです。

 

「……一度も死なずにやってるだけ、充分よ」

 

 どうやら里香は死んだ経験があるようですね。以前も匂わせてましたので、知っていましたが。

 これなら頼んでも、大きな問題にはならないでしょう。

 今日はノーソがシルクを連れてくるまで、他にやる事も無いので、今後の予定でも考えておくことにしましょう。

 

 その後は、帰ってきた樹少女が泣いたりと、少しのアクシデントがありましたが、特にイベントに関わりは無かったです。

 

 放課後。樹少女も里香も帰り、アタシはノーソが戻ってくるのを待つだけになりました。

 

 あれほど広い敷地を一人で探させるのは、キツい仕事だったと思うので、次からはそんな無茶をさせないようにしようと思うくらいに帰ってきませんでした。

 

「あるじさま、ようやく見つけてきましたよ……」

 

 あちこちに葉っぱやら枝をくっ付けたノーソが戻ってきました。今夜は同じ家に帰るつもりなので、いっぱい労うことにしましょう。

 放課後なので、シルクの好感度稼ぎも出来ないでしょうし。

 

「失礼しまーす……。あ、いた」

 

 屋上の扉が控えめに開かれました。顔を覗かせたのは柊菜です。

 見覚えのないだろう男子生徒が混ざっているのですが、ちらりと一瞥しただけで、柊菜は無視して進める事にしたようです。

 

「えっと、スリープさん。聞きたい事があります」

「……どうぞー」

「このイベントっていうのは、本当に恋愛が目的なんですか?」

 

 ああ、気付きましたね。一番最初に気付くとは思いましたが、気付かれたら面倒な人に気付かれました。

 こんな質問をするってことは、他に異常を見つけたとしか思えないですし、ほぼ確定で哲学ゾンビ共に気付いたことでしょう。

 

「イベントの主目的は好感度稼ぎのイベントだよ。それに合わせて幾つか取り組みもあるけれど、それら全ては無視してもいいはずだし」

「そう、ですか。無視してもいいという事は、それらを調べても良いという事ですよね?」

 

 返事をするつもりはありませんでした。何を言ったところで聞かないでしょうし、他者の行動を束縛することは、アタシにとっても好まない事ですから。

 

 ただまあ、ひとつ言えるとしたら。

 

「知らなくてもいい事と言うのが世界にはあるし、わざわざ危険を冒す必要は無いと思うよ。まあ、柊菜のやりたいようにやればいいさ」

 

 最低限、死種にならないように立ち回りはしておきます。

 

「それと、必要な情報は学園で集められるよ。街には、好感度用のイベントか、事実を知ったプレイヤーがどのルートを選ぶかで、必要な物が変わってくるから」

 

 ちなみに、世界を破壊する選択を選ぶと、街を破壊するために、研究所のエネルギーを爆発に転用する必要があります。

 まあ、流石にそこまでしようとするなら、止めますけどね。

 

・・・・・

 

 翌日。里香が樹少女の水晶を使って、こちらにメッセージを送ってきました。

 内容は、樹少女の下着が無いというものでした。

 そのまま、里香には樹少女の水晶を持っていて貰いましょう。後で使う事になりますから。

 

 さて、樹少女と二人でショッピングです。女装経験まではアタシも持っていないので、これを機に色々経験を積んでおきましょう。

 樹少女は、昨日柊菜と何かしたのか、眠そうな様子が見受けられます。ついでに考え事でもあるのか大人しいです。

 アタシがわざわざ聞き出す必要も無いので、放っておきながら買い物を進めましょう。

 

 死亡処理がどのようになるかの検証ですが、勇者を殺した場合どうなるかが分かれば問題はありません。つまり、里香には死んでもらうのですが、そこは了承して貰えたのでいいでしょう。

 問題は、里香を殺した後、どんな処理が起こるのかの観測方法が無いという事です。ここの問題点は、召喚を利用しようと思います。

 

 そもそもこのイベントは、地獄属性と神経属性の無効持ちは参加することが出来ず、また、好感度が開始前の段階でMAXになっていると、参加出来ない状態になります。

 それらの従魔はどのような扱いになるかというと、ゲーム上では、プレイヤーに、不参加従魔の能力がボーナスで追加されます。要は繋がりが残された状態になっているということですね。

 イベント開始後に召喚を行った場合も、同様の処理が発生するという訳です。転校生が来ることは無いということですね。

 

 これらを利用して、まずは、元の世界に従魔を召喚します。石は今回のイベントの初回クリアで既に充分稼いでおります。

 樹少女とのショッピングが終わったら、早速召喚の準備に入りましょう。

 

 

 

 

 樹少女をアドバイスに見せかけた適当な言葉で煙に巻いた後で、一度開始地点である自宅に戻ってきました。

 ここにはシルクとノーソとウィードも居ます。

 

「それで? 僕達の内誰かが死ねば戻れるのかどうか調べられると思うんですけど」

「ロストしたら嫌じゃん?」

 

 ノーソの指摘も、リスクがあるのでやりたくないんですよね。最初に思いついたのは、シルクをぶち殺して元の世界に戻っているかどうかの確認をするというものだったのですが、それはロストした場合の傷が大きすぎるので不採用となりました。

 戦力も拡充出来るし、確実な手段として、召喚と勇者殺害をすることにしたので。

 勇者は殺しても死なないですからね。最悪王国で復活しますし。

 

 アタシが欲しい従魔としては、こちらに干渉、もしくは何らかの手段で接触が可能な従魔ですかね。これで向こう側に役に立たない従魔が来てたら、シルクを送り込む事になりますからね。最低でも意思疎通が可能で知性のある従魔でなくてはいけません。

 

 ついでに言うなら、サポート系の従魔が欲しいですね。スキル屋がいない現状、サポートスキル持ちの従魔は貴重になりますから。

 本当に、スキル屋の真似事でも出来そうな従魔がいませんかね。

 

「『召喚』」

 

 召喚石を放り投げて、召喚を行います。今回はこの世界に召喚される訳じゃないので、発生した光の帯は虚空へと流れて消えていきます。

 

 ……。

 

 …………あー、サポート系の従魔が出てくれましたね。望んだ通りの商人系従魔でもあります。会話も可能でしょう。アタシも結構好きな従魔が出てくれました。

 でも、ちょっと欲しいのとは別でしたね……。いや、いつかは欲しい従魔なので、今来てくれたのはありがたいのですが、このタイミングだったらもっと別の従魔が来てくれた方がもっと嬉しかったなーっていう。

 

 いえ、文句はやめましょう。来てくれた方が嬉しいのですし、当分の間は無駄になるだろうけど、後で絶対役に立つんですから。

 

 しかし、樹少女と話したことで何か引っ張られたんでしょうかね。今回の従魔は普通の人型従魔です。特徴はヘドニスト。パラフィリアにはあまり関係のない従魔が出てくれました。

 

 早くイベントが終わってくれないかと思いますね。仕込みは終わったので、アタシも情報集めとして、街に出かけることにしました。

 

 ノーソ、シルク、ウィードを引き連れて、街を歩きます。目的地は、街の外れ。

 

「いやあ、デートみたいですね!」

 

 男子生徒となったノーソが腕を組んでくる。接触できる間にベタベタしようと思っているのか、彼はめちゃくちゃスキンシップが激しいです。

 

「僕は、以前話した通り、ちっぽけな村の疫病の贄として捧げられた存在ですから、その場に居るだけで疫病と呪いを撒き散らすんですよね。だから、こうして誰かに触られるなんて滅多に無いですし」

「召喚した当日にアタシ触ったよね?」

「だからです。こんな僕にも怖気付いたりせずに、触れてくれた人、主様が初めてだったんです」

 

 ノーソの好感度イベントは、看病系が多いので、ゲームだとガッツリ触れ合ってたと思うんですけど。

 

「さて、樹少女がクオリアを引き付けている間に、こっちは探索と行きましょうかね」

 

 引っ付いてくるノーソは無視して、街をガンガン進みます。同時に、ノーソの好感度もなんか上がっていきます。デート中ですからね。他にも従魔いるんだけど。

 向かう先は町外れです。建物もほとんど無い、人もいないような山間部に向かいます。

 山の中をウィードの力を使って道を開けつつ、洞窟へ向かいます。鉄線で立ち入り禁止の標識がありますが、そんなもの無視して入りましょう。

 ここへ至る道はいくつかありますが、その中でも一番簡単な方法が、街から歩いて行くことです。まあ、見つけられるのなら、という注釈が付きますが。

 

 奥へ進めば、未だ使われていそうな綺麗なリノリウムの床の通路になります。ここが、あの哲学ゾンビ共の生産工場です。

 生産方法としては、一枚一枚層を重ねて人を作っていくスタイルです。凄い手間がかかると思うのですが、大きな機械一つで人を作れる分、工場みたいに大きな施設を作らずに済むからじゃないですかね。

 

「……グルルルルル」

「悪趣味ですねぇ」

「まあ、こういうのがイズムパラフィリアって奴だからね」

 

 アタシとしては見慣れた光景ですが、自然派のウィードは不機嫌そうに唸り、ノーソは悪趣味だと言っておきながら、どこも引いたような様子はありませんでした。

 今回のイベントでは、これを壊したり、街を破壊することはしません。まだクオリアイベントにはやりたいことがいっぱいあるので、街の破壊や生産工場に攻撃をするのはやめましょう。

 ここに来たのは、幾つかの情報を得る為です。ゲーム時代の情報なら頭に入っておりますが、それ以外の知識は無いので、ここで、現実との差異がどれくらいあるか調べましょう。

 

 人間プリンターを尻目に、更に奥へ進みます。向かう先はクオリアが完全な人間を作ろうとしている特別な部屋です。あそこに重要な情報が置いてありますので。

 

 目的の部屋を見つけ、扉を開けます。暗い部屋に、培養器のようなでかい円筒形の水槽が青い光を放っていますね。これがクオリアの作りたかったものです。

 

「これは……」

 

 そこに居たのはアタシでした。いや、正しく言えば、TSする前の自分。現実世界やら第一部の世界にいた頃のスリープの肉体です。なんでこれがここにあるのでしょうか?

 

 ウィードはこれを見て少し驚いた表情を見せたものの、それ以降は目を固く閉じて部屋の扉部分で動かなくなりました。ノーソは凄いいやらしくニッコォ……。とでも言うような顔をしています。良いモノを見つけたと言わんばかりです。

 しかし、何かを喋り出す前に、ウィードの尻尾に叩かれて、しぶしぶ引っ込みました。ウィードの隣に並んで、静かに部屋を眺めるだけです。

 

 二人の内情は放っておきましょう。ある程度察することも出来ますし、自分のやりたいことを優先せねばなりません。

 近くにあるコンソール機械を触ります。IDとパスワードを打ち込んで、するりとロックを通りました。

 

 適当にフォルダを探して、それらしいタイトルを見つけて読みます。

 

「…………ふーん」

「何か見つかりましたか?」

「いーや。よく分かんなかったね」

 

 時間もありませんし、これ以上の情報も見つからなさそうですし、電源を落として部屋を後にします。

 

 大した情報はありませんでした。アタシが見つけたのは、ただの恋文ですね。宛先も無い。誰に向けたのかも分からない。まるでこの世界には存在しないものにでも向けて書いたような文章でした。

 水槽の中にいる人にでも向けて書いたんでしょうね。

 

「ちょっと目的を変更しようかな」

「一体何をするんですか?」

「大筋は変えるつもりは無かったんだけどね。少し欲が出てきたよ」

 

 ウィードとノーソを見ます。二人とも、こちらを見て首を傾げていますね。

 

「悪いけど、柊菜と樹少女には、早めにご退場願おうか」

 

 

 

 翌日。早速里香を呼び出し、街を歩きます。

 

「それで、話ってのは何よ?」

「死んで貰えないかな?」

 

 単刀直入に言うと、里香は少し立ち止まり、また何も無かったように歩き出しました。

 

「予想とは違ったけど、そんなことでいいの? アンタ、この世界がゲームだって言うんなら、勇者の事も知ってるよね?」

「うん。だからこそだよ。勇者は死んでも生き返る。だからこそ、この世界で死ねば、ただ元の世界に戻れるのか、死んでしまうのかを知りたいんだ」

 

 しかし、分かってはいましたが、里香は死ぬことに対してそこまで強い忌避感を持っている訳じゃないようですね。死んでも生き返れるということに、僅かに驚いた様子はありましたが、それ以外はなんてことないように言ってます。

 

 これは、何度死んだのかも分かりませんね。勇者アヤナがかなり弱い状態なので、それに伴う苦労は多かったと思われます。二人勇者がいれば、出来ることは増えますが、同時に負担も減るので、それを乗り越えるだけの成長も減りますからね。

 

 里香はともかく、アヤナだけは原作と同じ程度の強さにはなってもらわないと困りますね。これも後でどうするか考えて起きましょう。

 

「……ふーん。まあいいわ。この世界のくだらなさも理解出来たし、アヤナが今どうなっているのかも気になってた所だしね。死ねば戻れるんでしょ? なら死んであげる」

「多分、意識が無い状態で放置されていると思う。あっちで目が覚めたら、アタシが召喚した従魔が一体増えているはずだから、そいつに何か伝えてくれるとありがたい。何もなかった場合、死んだと判断するからよろしく」

「本当にただ死ぬだけでいいのね……」

 

 里香は、自分の身体をぺたぺたと触り、これともお別れかーと呟いています。

 最期の晩餐というわけではありませんが、このまま里香を連れて、少しだけデートをします。

 

「そういえば、アタシの従魔達が、デートすると凄い疲れた顔するんだよね。ちょっと女の子目線で色々教えてよ」

「えー? 貸し一ね。戻ったらなんか言うこと聞いてもらうから」

 

 人間相手の好感度の稼ぎ方なんて知らないので、適当に建物なりなんなりを見て回ります。

 結果は特に不評ということも無く、無難な評価を貰えましたね。

 ただ、この姿を見て、ウィードが頭を抱えていたのが特徴的でした。

 

 思ったよりも時間を使ったので、ノーソに少しだけ時間を稼ぐように言って、下手なフラグを引っ掛けないように、里香の部屋で殺します。

 

 しかし、既に一度殺した経験があるからか、そこまで罪悪感も忌避感も感じませんでしたね。

 

 手早く作業を済ませて、部屋を後にします。

 出会ってからずっと一緒に行動しているドラゴンに呼びかけます。

 

「ウィード」

「……グルル」

 

 丁度いい感じにウィードが成長しているので、ここは新しいウィードのスキルを使いましょう。

 クオリアを相手に戦って勝つには、少々準備不足ですからね。アビリティは使えずともスキルは打てるので、そっちで対応しましょうか。

 さて、明日が最終日です。

 

 

 

 最終日、既に他のプレイヤーは行動に移っているらしく、出遅れたと少し急ぎ気味で樹少女と柊菜を追いかけます。

 朝には、あちら側に召喚した従魔より、里香が上手く戻れたということが判明したので、そこが分かるまでに時間がかかったせいで出遅れましたね。

 まあ、ここは必要な所なので、経費として置いておきましょう。

 

 一触即発の雰囲気な生徒会室に突入すると同時に、ウィードがスキルを発動します。

 高ステータスを誇る龍種だとしても、本業じゃない魔法系スキルです。その名も『地殻鳴動』大地を揺らしたり隆起させて攻撃する、ウィードが持つ権能そのものをスキルにさせたような技です。

 

 一気に柊菜とクオリアに攻撃を与えます。柊菜には口で説明するよりも強引にやった方がいいと判断しての行動です。後々殴られようが、今はこれを止めるのが先決です。

 

 多少無理やりに動いたせいで、樹少女と喧嘩することになりましたが、上手く二人を排除することに成功しました。

 

 警戒は解きません。クオリアはそう簡単に殺せるような従魔ではないですから。

 

「そろそろ出てきたら?」

「……ふふっ。ずっとずっと会いたいと思っておりましたよ。私のマスター」

 

 ずるりと空間が溶けて歪み、形を作り出してクオリアが現れます。

 元々別の肉体に入り込んでいただけなので、倒せていないのは読めていました。あの場で確認したものからすれば、おそらく敵対することは無いとは思いますが。

 

 いえ、それ以上に柊菜が問題ですね。予想以上に従魔から影響を受けていました。

 これは自力でどうにかする事を祈るしかないでしょうね。好感度の低い男からの忠告よりも従魔を優先するのは当たり前でしょうし。

 まさか、ほとんど情報もないままにクオリアへ突貫するとは思いませんでした。

 

「……色々話したいことはあるけど、アタシもさっさと戻んなきゃいけないから、手短に聞くよ」

「なんなりと聞いてください。……と、言いたいところなのですが、私からマスターに話せる事はあまりないです」

「はぁ?」

 

 ペコリと下げた頭に対して、幾つかの思考が巡っていきます。確証は無いのですが、クオリアが知らない、もしくは言えないとしたら、それはより上位の存在が関係していることでしょう。

 

「ひとつ言わせて頂くと、記憶を持っているのは、私のような異界に住む存在だけです。それも、大きな影響を与えない範囲でしかないですが」

「……ふーん。一応、ありがたい情報としてもらっておくよ」

 

 用は、ゲームの舞台となった世界にいないリミテッド従魔だけが記憶を持っているということでしょう。

 

「それ以上を知りたいのであれば、私を召喚してくださいね」

「うん? 教えることは禁止されてるんじゃないの?」

「いえ、単純に『所持していない従魔から多くの重要な情報を貰うのは都合上よろしくない』とのことです」

 

 あー……だいたいそれで読めましたね。どうしてそうなったかまでは知りませんが、このアタシの異世界転移について知っていそうな黒幕だけは見つかりました。

 

 龍種星十六【神龍ロードアルカナム】龍種における最強の存在が、今回の件の犯人でしょうね。能力的には機種も候補だったのですが、それも無くなりました。余計な情報を残しいているところに機種は関係ないと判断できますね。

 

 まあ、ここまで情報を手に入れられただけでも良いとしましょう。柊菜と樹のアフターケアをするためにさっさとこの世界からアタシもおさらばすることにしましょう。

 

「じゃあ、アタシは帰るから」

「マスター」

 

 ウィードが地殻鳴動を発動する僅かな猶予。その瞬間に、お茶目に笑ったクオリアが言い残しました。

 

私達(リミテッド従魔)は、既にマスターへの召喚に応じる事が出来ますよ?」

 

 記憶を持っているという時点で、その事に可能性があると想像していたのですが、ここでクオリアから太鼓判が押されました。

 ニヤリと笑って返しておきましょう。

 

「そんなの知ってたさ」

 

 既に先日召喚に成功しているんですよ。嬉しいことは嬉しいですがね。

 

 ここまでを最後に、意識が暗転しました。



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王都編 それぞれの道
48話 亀裂


文量少なめです。新章なのでそこまで新しい情報も無いです。

12/8(火)ご指摘のあった分かりにくい文章の変更(流れそのものの変化はありません)


 穏やかな昼下がりの中、林に一陣の風が吹く。

 空は吸い込まれるように青く、天頂には深い海の底を思わせるような黒さが青の向こう側にあった。

 地球となんら変わらないような空だが、そこには一つだけ違うところがあった。巨木とその周辺の大地がまるごと天空に浮かんでおり、時折陽光を反射して薄紫色の膜のようなものを見せていた。

 

 空を見上げていた魔法使いのミルミルは、僅かに瞳に寂しそうな色を乗せたが、すぐに顔を正面に向けた。まるで、想いを振り切るかのように。

 周囲への警戒もまばらに、黙々と歩みを進めていた一向は、林を抜けた先にある光景を目の当たりにして、足を止めた。

 

「……着いたわね。ここが、目的地である王国よ」

 

 学生服のままである勇者アヤナが誇らしげに言う。

 

 周囲一帯が開けた土地であり、僅かな起伏から丘だと分かるような場所の頂点に、威風堂々と巨大な城と壁がそこにはあった。

 

「ファンタジー的には見映えはいいと思うっすけど、どうみても攻めやすそうな土地じゃないっすか?」

「生憎と、この世界じゃあ人間の敵はモンスターなのよ。食物連鎖的にも、身を隠しにくい平地にモンスターが集まる事は少ないからこうなったんじゃない?」

 

 早速地球人観点から考察を始める樹少年。それに里香が答える。

 

 それなりに長い道のりだったが、俺達は途中で更に異世界に行っていたので、一番歩き通したのはアヤナだったりする。眠りについた俺達をまとめて運んでいたのである。

 

「やっと、たどり着きましたね。それで、ここには何があるんですか?」

 

 柔らかな笑顔で俺に声をかけてくる柊菜。それに対して、少しだけ微妙な気分になりながらも返事をする。

 

「……ここでは、ギルドイベントと、レイドクエストが解禁されるはずだよ」

 

 道中で色々邪魔は入ったが、ゲームでのイズムパラフィリアでは、第三章にあたるのが、ここ王国である。

 俺としては、あまり関わり合いたくはないような場所でもある。だが、ここで解禁されるシステムは結構ありがたいものが多いので、行かないという選択はない。

 

 ようやく見えた目的地に、騒がしく歩きながら、俺達は王国へと向かったのだった。

 

 

 

 

 イベント終了後、俺は他のメンバーに対して行動した理由の説明と、必要なら謝罪をするつもりであった。

 しかし、俺が得た情報というのは、柊菜や樹少年にとっては未知の情報も多く、それらも相まって、今回の件は不問に終わっている。

 

「……エー君がロストしていないだけ、ありがたいですから。それに、早めに出る為に必要だったことですし」

 

 意外なほどに穏やかだった柊菜の言い分がこれである。それ以降、柊菜は自分の仲間にべったりとくっついている。精神の支柱である割合がより強くなったように思える。

 

 アヤナは里香から話を聞いており、召喚士じゃないからこそ自分は巻き込まれなかったのだなという納得と合わせて「ふーん」の一言だけだった。里香も同様の反応であった。

 

 逆に問題があったのは樹少年の方だった。まず、後遺症として、所作が女々しいものになっていた。履いてもいないスカートを巻き込むように座ったり、膝は開かないようにと、無意識に立ち回っていた。それも数日のことだったが。そして、今回決定的な決裂をした俺達だが、そこは樹少年がなんとか飲み込むことで一応の解決をした。

 とはいえ、思想の大きな違いもあって、未だに樹少年とはギクシャクしているというか、樹少年がやや避け気味になっている。最低限の連携は取れるので俺としてはそれで良いような気がするので、そこは放置したままである。

 

 というか、俺自身にはなにも引っ掛かる事はないので、歩みよりも何もあったものじゃないという。冗談を言っても突っ込み一つキレがないので、それすら言うことは無くなった。

 話し合いでもすれば良いとは思うのだが、俺の主張は話した通りであり、樹少年がそこの何を受け入れられないのかを教えて貰わねば改善も出来ないので、これ以上はお手上げなのである。

 

「ここ王国は、私達勇者を呼び出した元凶といっても良い場所よ。今まで私達が全員で行動していたのは、貴方達が勇者かどうかを確かめる為でもあるのよね」

 

 城下町への入り口は、アヤナと里香が顔パスで入れてくれた。そして、街の往来の邪魔にならないところまで進んだ所で、アヤナは振り返った。

 

「……で、どうする?」

 

 問答無用で王と謁見とかにはならないらしい。アポもないし妥当か。

 

「俺は遠慮しておくよ。国の王様とか会いたくも無い」

 

 率先して不参加の意思を表明する。生憎と、ここに来るまでに得た情報から、王と出会った所でなんの意味も無いことを把握している。

 

「……えっと、俺は会えるなら会っておきたいっすね。あ、でも用事もあるんだけど」

「用事? イツキってここに来るの初めてだよね?」

「まあ、そうっすけど……」

 

 樹少年の言葉に里香が反応した。

 歯切れの悪い樹少年。これは溜まっているということなのだろうか。

 一応助け船を出しておく。

 

「買い物にせよなんにせよ、やりたいことくらいあるでしょ。久々の文明的な場所だからね」

「ふーん……それもそうね。じゃあ城に行く人と行かない人で別れましょうか」

「……まあ、いいっすよ。それで」

 

 釈然としない様子の樹少年の顔的に、風俗へ行くつもりではなかったようだ。なんかごめんな。

 王城へ行くメンバーは樹少年と、柊菜、里香の召喚士組になった。俺はウィードだけを召喚したまま、トラスを肩車して勇者アヤナと街を歩くことになった。

 

「ちなみに、王様に会いたくない理由って聞ける?」

「ん? ……ここの王は本当に面倒臭いからな。王が法の状態で王様に会いたいと思う人がいるとは思わないね」

 

 里香が少し遠慮がちに聞いてくる。

 イズムパラフィリアに神は存在しない。厳密に言えば、神と等しい存在やらそれ以上はいるが、従魔として呼び出せるものだ。

 日本、というか世界では、王は神と法の下にあるという思想があったのだが、この世界において、実利無き神の存在は一切認められていない。そもそも思想にすらならなかったのである。

 力こそが全て。そんな思想の世界において、国は民主制になんぞならない。圧倒的な力を持った存在の下へ庇護を求めて人が集まるのだから、民は基本的に王への奉仕者となる。そのいい例がミラージュの支配していた都市ヴエルノーズである。治安滅茶苦茶だが、俺達のような不穏分子相手には、本人が出てきて牽制をしてくるのである。そうして、最低限あの場所はルールが出来ているのだ。

 

 それをより規模を大きく規律を生み出した場所が、ここ王国になる。

 文明的、文化的に成長したこの場所では、王へ反論、敵対的行動の一切は禁止である。やれば殺されるまでだ。

 それって帝国なのでは? と思うところだが、帝国との違いは、別にこの国はさほど大きくないというのが理由になる。

 あくまでも、一都市よりかは大きいが、周囲の国を巻き込んで巨大だと言うわけでもないのである。

 

 ぶっちゃけ、虚勢と意地の国とでも言うべき場所なのだ。ここ王国というのは。

 まず、王は召喚士じゃない。剣士でも、魔法使いでもない。魔法剣士とでも言えば通るような、特化してない器用貧乏な奴である。

 一応国家元首として、国の中では最強である。だが、国民全員に一気に攻められたら死んでしまう。その程度の強さしかないのである。

 

 だからこそ、舐められないように立ち回るしかない。そうして生まれたのが、ここ王国という場所だ。

 国民から反感を買わないように政治は上手く、機嫌を取る。しかし相対した者には絶対者として振る舞う。そんな生き方しか出来ないのである。

 

 これで実力が本物なら、多少の無礼だろうがなんだろうが許したっていいだろう。だが、ここの王はそれが出来ないのだ。

 

 生憎、その在り方は否定する気はないので、こうして変に関わるよりかは、スルーした方が良くなるので、そう立ち回っているだけだ。

 

 ここで王と敵対すれば、王国全てが敵になるのだ。ここに政治はない。ひとつの巨大な生命体みたいなものなのだ。

 

 樹少年と柊菜に関しては、里香が上手くやってくれるだろう。一応この国所属の勇者だし、やり方は知っているはずだ。

 

「それじゃあ、後で樹少年にでもメッセージ送っておくから」

「了解っす!」

 

 とりあえず、謁見をしない俺とアヤナで宿を借りておき、夜にそこで合流することにして、俺たちは別れた。

 

 ひとまず、俺が向かった先は召喚士ギルドだった。ここのギルド長に適当に挨拶だけしておき、所在を明らかにしておくだけ。これで一応、王国で召喚士そのものを敵に回すような出来事が発生すれば、彼らが味方になってくれるだろう。

 

 移動してきた直後というのもあって、今日は依頼を受けないでそのままギルドを後にした。先にやることを全て済ませようということで、宿を借りに足を運んだ。

 

「ところでさ、聞きたいことがあったんだけど」

 

 最低限休憩と食事が出来る宿を探して裏通りを歩く。時間もあってか、人気が無くなったところで、アヤナが切り出してきた。

 

「なんだ?」

「あの時は適当に流したんだけどさ」

 

 そこまで言われた時点で、俺はアヤナの疑問を悟った。

 

「召喚士だけが巻き込まれたっていうのなら、なんでトラスちゃんには意識があったわけ?」

 

 咄嗟の誤魔化しには無理があったようだ。この致命的なミスは言い繕いようがない。

 一応、彼女は自分が俺達召喚士組から見てゲームのキャラとして存在を確認されていることを知っている。だから、はっきりゲームのイベントだと言って良いのだが、それ以外の理由ももしかしたらあるかもしれないので、断言したくなかったのが心情である。

 

「んー。まあ、端的に言えばイベントだからかな」

 

 まあ、聞かれたなら答えるけどさ。

 

「……そういえば、この世界って元はなんのゲームだったの?」

「ソシャゲ」

「そしゃげ?」

「凄く分かりやすく言うと、複製が容易な電子データを利用した高利多売なシステムを組んだ社会的ゲームだよ」

「ふーん?」

「ここで言えば、従魔をお金でランダム購入し、より良い従魔を手に入れた人がゲームの頂点に立てる」

「ゲームなのに、プレイヤーみんなが主役であり最強なんじゃないの?」

「ソーシャルだからね」

 

 実に資本主義的である。社会主義が世界の主流だったら、きっとどれだけ努力しようが貰えるものは皆同じだったんだろうな。それだと絶対課金されないだろうが。

 まあ、無課金プレイヤーには喜ばれるのではないだろうか。

 

 そんな下らない会話へとなり下がった追及を受けつつ、宿を取った。

 

「この後はどうするの? あなたはここの王都も知っているだろうけど、案内する?」

「そうだな。一応お願いしようか」

「それじゃあ決まりね。聞いたわよ。リカと一緒にデートしたそうじゃない。結果は面白味の無いものだったらしいけど。従魔やトラスちゃんを見るに、ああいう子が好みなの?」

 

 ちなみに、里香の身長はかなり小さい。俺と里香とだと、大体二十センチは越えているのではなかろうかというほどに差がある。

 

「ベースの姿に関して俺はあまり要求する項目は多くないんでね」

「ふーん?」

 

 あまり理解していない様子で首を傾げるアヤナ。

 

「外見が良ければ大体それでいいと思うよ」

「うわ、人としてどうかと思う発言だわ」

「でもさ、内面性って外見である程度補正できるよね」

 

 近年嫌われキャラの代名詞たる暴力系やら、昔はギャルゲーなら一人はいたのではないかという電波系ヒロインやら、外見で誤魔化しているキャラって多いと思うのだ。

 可愛ければ個性として認められる性格も、外見が悪かったらヤバイ奴で片付けられるからな。

 

「それもそうね」

 

 これには同意も得られて、満足である。

 それから、アヤナと適当に駄弁りながら街を散策するのであった。



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49話 目的を思い出して

全体的に出来が悪いです。すみません。


 そもそも、俺が王都へと来たのは、ギルド対抗戦があるからだ。

 

 ギルド対抗戦とは、ここ王都で発生するメインクエストであり、魔術師ギルド、剣士ギルド、召喚士ギルドで互いの交流として戦闘をする、サブクエスト『ギルドイベント』が開始される最初のクエストなのだ。

 これ以降、メインストーリーでギルドが関わってくることはほとんど無く、サブクエスト関連にて、その設定などが掘り下げられていくことになっている。

 

 本編に関係無いがために、ギルドイベントは、当時の時点でという注釈は付くが高難易度であり、それに見合った報酬が得られるイベントであった。

 特に、最後まで進めれば、ここファーストスタートの世界のメインストーリーを完結させた後ではあるが、エンドコンテンツたるギルドマスター達への挑戦が可能になる。クリアすれば、彼らが使う強力なリミテッド従魔の召喚が可能になるという、最高のおまけ付きだ。

 これ以外にイベントを介さないリミテッド従魔の入手条件があるのは、サブクエストに登場するミラージュ達のような都市にいるボス的な召喚士のみである。

 

 元から勇者以外は召喚されない王国には用は無く、そもそも、開始地点が終末の洞窟である時点で、ここに答えがあるとは思っていなかったのだ。

 

 イズムパラフィリアはソシャゲである。ネットで課金してポチポチコマンドを選択しては戦って、アイテム集めて、ストーリー読んで、また戦うようなゲームである。操作性の都合上、自由にマップを動き回るなんてこともなく、一本道気味なストーリーを延々と回り続ける作品だ。最終的に、イベントでゲームシステム組み込みまくって要求スペックがPCになったり、メンテナンス時間が爆発的に延びていった過去はあれど、メインストーリーに大きな手を加えられたことはない。

 少し話が変わるが、ソシャゲというものは、コラボがある。基本的にはコラボ先のキャラが限定ガチャで入手出来れば以降も使えるようになるなど『コラボ相手側のファンをこちら側に引き込む為の手段』として有名なやつである。

 つまり、コラボで優先されるのは自分側のユーザーではなく、コラボ先になる。そこで、コラボキャラへどれだけ配慮するべきかという問題も発生したりするが……。まあ、ここは運営の采配次第で切っておく。

 ゴミにするとソシャゲにヘイトが向くし、最強にすると、炎上が発生する。インフレも発生するし、コラボは基本的に危険なのだ。次がないであろうレベルの限定ガチャのため、売上は上がるからメリットが無いわけでもないのだろうが、基本的にはコンテンツの寿命を削るものだと思ってもいい。特に、ソシャゲのようにプレイアブル化が発生しやすく、また同時にインフレも起こしやすいものでは。

 同じような経験を持つ人なら、一度は思うだろう。毒にも薬にもならないコラボであってくれ、と。

 

 ちなみに、イズムパラフィリアでも、マイナーゲームながらコラボも経験がある。どれも炎上の歴史だが。

 当時の時点で、新規参入よりも、既存ユーザーの保護をした方が賢明であったという理由もあるのだろう。一応の名目は世界観に準じた。というものだが。

 コラボ相手は徹底的にボコす。それがイズムパラフィリアだ。

 よほどの無双ゲームでもない限り、このスタンスは変わらない。何よりも、ほとんどのコラボ相手のキャラクターは人間であり、あって変身だとか、その程度でしかなかったのだから。

 

 何度も言うが、イズムパラフィリアの世界線にいる多くの人間は雑魚だ。先天的、後天的に人間から逸脱する力を持たない限り、ストーリーのボスにすらなれない。味方側として登場するコラボキャラは、基本的に介護相手と呼ばれていた程度には弱い。原作に準じているとの名目で。

 設定上このキャラのこの能力は最強だから! という声もあったのだが、そこは大抵が設定と概念のマウントバトルになるので割愛させていただく。

 

 何が言いたいのかというと、わざわざ王国に来るまでもなく、イズムパラフィリアには世界を越える手段など幾らでもあるということだ。それこそ、召喚方法であるゲート然り、人間ですら世界を渡る能力はあると言える。

 それ以上に俺が気になっているのは、樹少年や、柊菜が別世界の地球出身者ではないかというものである。

 現状確認出来ているのが、アヤナがいた、イズムパラフィリアでも登場する、本来のゲームで出てくる地球と、俺がやって来た、イズムパラフィリアがゲームとして観測されていた地球の二つだ。この二つには明確な差異があって、一番大きいのには、北条院グループという財閥が存在するかどうかである。

 

 俺はこのままこのゲームの世界に留まり続けてもいいのだが、二人は帰りたいのであろう。そうなってくると、俺も、彼らを帰すための方法を知っている者として、色々考えなくもない。

 とはいえ、本当に元の世界に戻るのに、一番可能性がある存在とは、出合うことすら困難なのだが……。

 

「どうしたものかねぇ」

「なにか不備でもあった?」

「いや……原作解離という現象に悩んでいるだけさ」

 

 こうして現在隣を歩いているアヤナもまた、ゲームのキャラクターである。

 そして、たった今思い出したのだが、アヤナはゲームではまだこの世界にいないはずのキャラクターだった。

 

「アヤナ、というか勇者って今なにしてんの?」

「今? アンタ達を王国まで連れてきている状態だけど」

「じゃあ、その前と、この後は何すんの?」

 

 そもそも勇者は現時点で誕生していなかったはずだ。魔王たるエンドロッカスが登場するのが、王国の後、滅びの大地へ行かないとフラグが立たないので、勇者も召還されないのだ。

 

 勇者というのは、人間における最大の戦力、最強の個人を示す。条件を指定して、それに見合った人間を、王国の持つ力の及ぶ範囲から取り寄せた存在だ。その方法は、従魔召還よりもアイテムボックスのイメージに近く、元の世界からこちらに入れる時に、暫定的かつ不完全な不老不死の保護機能がつけられて送られることになる。

 少なくとも、この世界において最も強い人間はアヤナになる。王国の持つ技術と能力次第だが、とりあえず世界を越えた召還が行われている時点で、この世界にいる人間よりかは強いことになるのだ。潜在能力を含めて計算すると。

 

 その強さを使って、彼女は魔王を倒す旅に出るはずなのだが、今のところ魔王の目撃情報が出ていないし、彼女も魔王を倒すことが目的ではなさそうなのだ。

 そもそも魔王死んでいるしね。

 

「……世直しの旅? 里香と一緒にこの世界にいる悪を倒そうって感じでフラフラしてるのよ」

「なんで召還されたの?」

「…………あ、災厄がいるって聞いてたわ。消えた聖女のかわりに、私達がそれを打倒するのが目的なのよ」

 

 災厄……? レイドイベントのボスの事か? でもレイドボスは災厄と呼ばれるほど強くない。ピンキリ過ぎる。

 聖女、この世界での聖女と言えば、終末の洞窟関連のミラージュにセイントシステムと呼ばれていた彼女だが、なにかあっただろうか。

 

 と、そこまで考えて、思い出した。

 

 好感度イベントである。彼女の好感度イベントで、災厄と呼ばれていた存在を相手にした記憶がある。

 確かに、聖女はアレを倒してはいなかった。イベント補正でぶっ倒していたが、本来は致命傷負わせて撤退させただけだったはずだ。

 

 まさかそいつが戻ってくるのだろうか。

 

「ちなみに、建前はそれなんだけど、実際は戦争でも始まりそうな状況だから召還されたのよね」

「あ……。ふーん」

 

 確かになんか暗躍してる奴もいるし、魔法都市は空に浮かんでしまった。世界の緊張感は高まっているといえるだろう。

 だが、人間同士で争えるのか? この世界の頂点は人間ではないのだが。

 

「まあ、ここにいれば多分知ることになりそうだし、言っておくと、私達より前に勇者の召還があったって言ったわよね?」

「そうだな」

「その中でも、最初に召還した勇者が、この国に復讐でもするんじゃないかって意識してるのよ。詳しくは知らないんだけど揉め事があったらしくてね」

 

 内緒話だと、唇に人差し指を持っていくアヤナ。

 

「複数人同時に召還されたらしく、英雄的存在だったそうで、国に逆らったから処刑されたそうよ」

「……帰還させられなかったんだ?」

「帰還方法があるの?」

 

 アヤナに聞かれて、そういえばと思い出した。

 ゲームでも、勇者アヤナが生還したかどうかは一切不明なのだ。第一部以降は一切登場しない存在で、召還出来ないから、恐らくは生きているとプレイヤーが判断していただけだ。

 

 そもそも、プレイヤーが第二部で地球に行ったのは魔王を殺した時に発生した空間の穴を塞ぐためだったはずだ。

 返す方法も無いままに召還しているのだろうか。

 

 まあ、それが悪いことであったとしても、正すことは難しいか。

 ペットみたいなものである。入手したはいいが、要らなくなった後に戻す事は出来ない。

 ならば、捨てるか殺すかだろう。

 それが人間相手になっただけだ。そもそも誠実な対応なんかするわけがない。戻すと言っておき、そのまま殺して、帰っていったとでも言えば真実は闇のなかだ。

 そりゃあ国にも復讐したくなるわな。

 

 生物的に、一度見下した相手に対して温情などは期待出来ないものだ。食物連鎖の上位者は下に対して遠慮なんかしないし、人間もまた、自惚れて環境に配慮だなんだと言いつつ自然破壊はやめられない。

 呼び出した勇者が不誠実な対応を見せれば、処理すれば良いとでも思っていたのだろう。

 その勇者が思った以上に力を持っていたから今焦っているというだけだ。

 

「時に、アヤナ達って地球に戻りたいって考えてるの?」

「元いた場所に戻りたいとは思わないわね。私も、リカも多分そうよ」

 

 だからってここが良いとも思わないけど、とアヤナは小さく呟いた。

 

「…………そうね。旅も一応一段落ついたのだし、今晩にでも皆で話し合わない? これからどうするのか、とか。色々あるでしょ」

「うーん……。それもそうか」

「決まりね。それじゃあそろそろ宿にでも戻りましょう? 今日は疲れたわ」

 

 アヤナの提案通り、俺も宿に戻ることにした。夜までに済ませておきたいこともあったしな。



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50話 ヘドニズム

生活が安定してきたので執筆速度が上がると思います。


 例によって宿の一室。トラスを除いて誰も人がいない状態にしてから、俺は一人の従魔を呼び出した。

 

「『コール』」

「──いやぁ、いつ呼び出して貰えるのか不安でしたよ。旦那さま」

 

 ゲートから現れたのは、水色の髪をおさげにした小さな女の子。薄く目を開いたまま笑みの形をしており、ニヤニヤとでもいうような擬音が似合いそうな、そんな嘲笑を顔に張り付けている。

 

 彼女は、俺がイベントに巻き込まれている間に召還した従魔である。星五の野種【ヘドニズムのリリィ】という従魔だ。

 外見こそ幼い人間の女の子に見えるが、彼女は設定上ドワーフに分類されるらしい。このような手段で人間の姿をしたキャラだって現れるのがイズムパラフィリアなのだが、一応それに応じた程度の強さは持っている。

 まあ、彼女はどちらかというとイベントによるミニゲームの方が主体のキャラだ。レアリティに対して性能はあまり良くない。

 

 その性質も、ノーソのような疫病感染源──病魔の体などのようなものではなく、ヘドニズム。つまりは快楽主義というただの思想の一つが彼女の名に付けられている所から、戦闘能力に期待は出来ないことを示している。

 簡単な話、彼女はサポート系かつ、ステータスよりもアビリティに特徴があるタイプなのだ。

 

 彼女には他に無い性能を持った従魔であり、それこそが俺が彼女を召還した理由でもあるのだ。いや、出てきたのは運だと思うが。

 まだ、確信が取れていないのだ。

 

「それで、挨拶なんて今さらですし、何が欲しいんですか?」

「スキルは取り扱っているか?」

「本職じゃないんですけど、出来ますよ」

 

 その言葉にうなずきを返す。

 彼女、リリィは商人系キャラなのだ。とはいえ、ミニゲームでは宿の経営をしていたので不安ではあったが、これで俺の憂いは無くなった。

 従魔のスキル構成が出来ないのでは、出せる強さが何割も落ちるからな。

 従魔は最低一つはスキルを持つ。最大で六つ枠があるが、多くの従魔は枠を全て埋めるスキルを持たない。それに、あまり優秀なスキル構成をしていない物が多いのだ。ウィードに跳躍撃はまだ理解出来るが、魔法スキル持たせるとか意味が分からない。

 

 

「旦那さまでも、きっちりお代はいただきますけどね?」

「金に関しては問題無いと思うよ。足りないなら稼ぐまでだし。それよりも」

 

 今まで以上にこれは重要な質問であった。他全てにおいて最優先で知るべき事柄を口にする。

 

「課金…………出来るよね?」

「……申し訳ないんですが、これ現実なので課金は無理なんですよね」

 

 終わった。

 

 

 

 

 イズムパラフィリアにおいて、石というのは最も重要なものである。いや、課金出来るソシャゲ、ガチャがあるゲームならば、それこそが重要であろう。

 石があるのと無いのでは出来ることが違う。税を払わない人間は国民ではないように、無課金プレイヤー、乞食には人権など無いのだ。

 

 石があればガチャが回せる。欲しい従魔を幾らでも召還でき、育てる為の経験値すらも短縮できる。召還枠の追加も可能で、軍団率いて蹂躙プレイだって可能なのだ。

 

 逆に言えば、課金出来ないプレイヤーはこれらが不可能なのだ。一応無課金でもストーリーだけは最低限遊べる。他コンテンツはまともにクリアすることが出来なくなるが、法律でゲームの体裁だけは保っている。

 

 イズムパラフィリアは育成がマゾゲー仕様である。レアリティと種族によって経験値テーブルが大きく変動し、限界突破にも必要な条件があるのだ。

 従魔のレベルは、基礎上限値にレアリティボーナスが加算される形で決まる。星一の従魔と星十の従魔では、最初の限界突破に必要なカンストレベルまでの上限が九十は違う事になる。

 そして、限界突破可能数もレアリティが上がるだけ増えるのだ。

 つまり、育てれば育てるだけステータスに大きな差がつく仕様なのだ。言い替えれば、初期の従魔にそこまで大きな差は無い。それでも絶望的な差があるが、最終的なステータス差に比べれば、そこまで大きくはない。

 強い従魔ほど、より育てるのが困難になり、それだけの苦労に見合った力がつく。そこの時間とリソースの取捨選択が必要になってしまうのが無課金プレイヤーの限界だ。

 

 だからこそ、俺には課金という、簡単な従魔の強化方法が欲しかった。現実になってしまった以上は、イベントやレベル上げ、アイテム集めでマラソンなどしている暇がない。ポチポチするだけで何十周と出来るゲームとは違うのだ。どれだけの金を支払ってでも、時間を買う手段が必要だったのに。

 

 最後の希望を絶たれた俺はベッドで横になった。心配そうな気配を漂わせたトラスが無表情で俺の顔を覗き込む。いつの間にか出てきたウィードやノーソ、シルクはリリィと交流をしている。

 

「いくら旦那様と呼ぼうが私には関係ありませんが、それでも貴女は私の後輩なんですからね。上下関係はしっかりしないといけないのです」

「現状ほとんど役に立てない従魔を見てると可哀想だなーって思いますよ。センパイ」

「生意気な小娘ですねっ……!」

「グルル……わざわざ石を使わなくても狩りをすれば良いと思うが、まあ、強さを求めるなら手段を選ばない貪欲な姿勢は認める。それよりも、何故金をお前に渡すとスキルを覚えられるんだ?」

「これでも私、経営者だったんで社員の教育は可能なんですよねー」

 

 確かにリリィは経営イベントだった。規制で表現されていたが、絶対娼館経営だった。なんなら薬物も売ってた。

 一応商人系従魔なので、スキルだって本業じゃないだけで教えることが可能なのだろう。

 

 というか、俺がリリィにスキル売却能力があると思っていたのは、イベントのミニゲームで稼いだ金を、彼女に支払うとイベントで所有するスキルが強化されるからである。

 娼館経営なので、主に交渉やら自動体力回復やら精神耐性やらといったものだったが。

 

 ふと、リリィはプレイヤーにスキルを与えていたな。と思い出す。

 

「旦那さま、これは現実なのでスキルを渡す事はおすすめしませんよ。不可能ではないですけど」

「いいよ。薄々気付いていたことだし」

 

 スキルを持つだけでも、人間の枠組みから外れてしまうのか。とは思った。

 まあ、能力を外付けされるのでそれが問題なのだろう。そこまで詳しく知っている訳ではないが、間違いでもあるまい。

 

 イズムパラフィリアで使われているステータス、レアリティは、ある設定に基づいている。公式からはっきり言われた訳じゃないが、プレイヤーの間では【情報質量システム】と呼ばれていた。

 本来なら、ウィードのような小さな身体で軽い生き物が、自分より重いものを動かす事はできない。摩擦係数が無い状態で互いを押し合えば、軽い方がより早く動かされることと同じように、物理法則が適用されるならば、ウィードにはそこまで出来る事はない。エンドと殴り合う時に、彼女が吹き飛ばされないのは本来おかしい事なのだ。

 作用反作用で両者に同じ力が働くが、より質量が大きいほど、加速度は小さくなる。それが本来の物理法則のはずだ。

 しかし、殴り合えばウィードがエンドを倒したように、物理法則そのものが適用されていない瞬間がある。これについての公式側が出した設定が情報質量システムだ。

 

 簡単に言うと、従魔には、互いのやりたいことをどれだけ先に実行できるかの優先権が存在する。それは、基本的に従魔がどれだけ世界に対して情報を含有しているか、量と価値で判断されている。

 

 より大きなデータの塊の方が、世界的に重要なので、そちらの命令が先に実行されている。大体はそんなイメージで大丈夫だ。そのシステムのお陰で、ウィードは自分よりはるかに大きな存在相手にも、殴り勝てるし押し倒すことも出来る。

 俺が、現地の人間に殴られて吹っ飛んだのも、それが適用されているからだ。地球人よりも、この星、この世界の人間の方が重要だというわけだ。

 

 ちなみに、俺の予想では、召喚士に従魔の情報が紐付けされることで、従魔の持つ能力に対する耐性等が産まれているのではないかと思っている。それについては要検証だが。

 

 とはいえ、本人の情報質量自体は変動しないので、強くなっている訳ではないのだが。今でも殴られれば俺が吹き飛ばされるのだろう。

 

「旦那さまの、その自分の本来の目的を遂行する所、私は好きですよ」

「そうだね。俺も自分のそういうところは好きだよ」

 

 俺は自分大好き野郎なんでな。謙遜する気もない。

 ヘドニズム的にも、そういう部分は好ましく映るのだろう。リリィは実に満足そうに俺を見つめて嗤っていた。ノーソと仲良くなれそうな奴である。

 

「この世において最も優先すべきは快楽ですよね。最高の快楽を得ることこそが全ての種における目的ですから。宗教も、生き方も、最後に幸せになれるからこそ、今を苦労しているのですよ」

 

 死後の幸福を約束する仏教など、まあ、人の思い付くことというのは、自分に良いことがあるように考えられている。だからこそ、その極みであるヘドニズムに彼女は身を費やしているのだろう。

 

 分からなくもない。俺の暴力主義だって、自分の思い通りに行くための思考だからな。

 

「そうですね。また今度、旅が終わったら私と一緒に店でも開きましょうか」

 

 ゲーム時代にプレイしたイベントミニゲームの事を言っているのだろう。懐かしい記憶を思い出しながら、リリィに笑いかけた。

 

「旅が終わったらね」

 

 ゲームでも数年程度の規模はあった。更新頻度はそこまででもないが。だが、現実のペースを考えれば、おそらくゲームの時以上に進行は遅れるだろう。

 少なくとも数年、十年以上は旅をやめるつもりはなかった。

 

「さて、ウィード」

「グルル……なんだ?」

 

 リリィとの顔見せも終わり、ウィードを呼び寄せる。首を傾げながら近付いてきたウィードを抱き上げる。

 

「現状最高戦力のウィードには仕事がある。どうせ後で幾らでも変えられるし、まずはウィードからスキル構成を変えようか」

 

 ウィードは既に新しいアビリティを入手している。好感度イベントも終わらせており、ようやく彼女の本領を発揮できる時が来たのだ。

 

【雑草魂】これこそが地龍ウィードの持つ固有アビリティであり、そのタンク性能を存分に発揮できる効果を持つのだ。

 物理ダメージを受けるほど、その戦闘中のウィードには、永続的な物理防御力が一定値加算される。

 ぶっちゃけ雑魚狩りスキルとでも思っておけばいい。俺がウィードをあまり強いと思わないスキルもこれだが、同時に、上手く使いこなせれば優秀なアビリティでもある。

 龍種相手の戦闘方法は短期決戦なのだ。基本的にウィードのアビリティを使うには、ウィードを介護する必要がある。初撃で殺されない為のバフ。重厚な回復力。それらがあって初めてウィードのアビリティは真価を発揮する。

 

 そんな事が出来るなら、既にウィードを使わなくても勝てる程度に従魔が揃っているはずだし、魔法防御自体は何にも強くならないので、物理型で手数の多い的相手に出すくらいしか使い道はないとも言える。

 

「だからこそ、ウィードは基本的にタンクよりもファイター的な、曖昧な立ち位置につくようなスキル構成が多いんだよね」

 

 実際今の俺の手持ちだと、ウィードは攻撃も出来た方がありがたい。普通に考えるなら、食い縛りでもつけて回復と攻撃を持たせた万能型にでもさせるだろう。

 

「だからこそ、ウィードにはそれをメタにした構成にしようか」

 

 仮想敵は、ヴエルノーズで戦ったもう一人のウィードである。あれは回復技こそあまり持っていないが、敵に行動妨害をする当時人気だったスキル構成をしているだろう。

 

「いざというとき用の跳躍撃だけ残して、後は全部防御系スキルにしようか」

「グル!?」

 

 どうせ行動妨害スキルはそんなに火力が出ないので、足りないステータス差をアビリティとスキルで補うようにして、泥試合からの殴り勝ちを狙うしかない。育成出来るのならもっとやりようはあっただろうが、一番安定した勝てる戦法はこれだろう。

 

 反射ダメージは物理ダメージじゃなくて万能属性のダメージだからな。

 

 慌てるウィードを押さえ付けて、リリィからスキルを購入する。かなりの額のシルバを持っていかれたが、これでウィードの構成はウィードメタ構成になった。

 

「シルクは一発屋に変更だよ」

 

 あまり高くないステータスに低いスキルを複数つけた所で意味がないので、せっかくの無詠唱アビリティを活かした使い捨て砲台に変更する。

 

「さて、それじゃあ、ノーソ」

 

 慈悲の無いスキル変更を食らわせた従魔二体を見て、存在感を薄くさせていたノーソへと顔を向ける。ビクリと肩を震わせ、冷や汗混じりの笑顔を向けるノーソに、無情な宣告を下した。

 

「これからはノーソにも外へ出て貰うから」

「…………へっ?」

 

 ようやくノーソを出して歩けるようになったのだ。存分に使いまくるからな。



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51話 お調子者と会議

推敲の不足は許してください……。


「ふふ」

 

 笑い声が響く。

 

「ふふふっ」

 

 喧騒から離れ静寂に包まれた廊下に、堪えきれなかったとばかりに、その音は漏れて聞こえた。

 

「うふふふふ! あーっはっはっは!!! いやぁ今日は最高の一日ですねあるじ様! 大手を振って外を歩けて、あるじ様とも触れ合える! ほら、こーんなことも出来ちゃいますよ!」

 

 そう言ってグイと俺の腕を取り胸にかき抱くノーソ。

 

 部屋でノーソのスキル構成を変えてからずっとこんな調子である。呪いと病魔を撒き散らす彼女に、解呪スキルと回復スキルを覚えさせただけなのだが、何が楽しいのか調子に乗りまくっている。

 

 まあ、ノーソの境遇は話に聞いていたので分からなくもないが、別に問題が解決された訳でもないのにテンションが高いと、どうにも首を傾げたくなる。

 

 こいつの体質自体は何も変わってないんだが?

 

 これまで通りノーソは病魔に冒された身体のままであり、それはどんなスキルを使った所で治らない。好感度イベントが起きればまた苦しみに魘されるのにも関わらず、ただ人の往来を歩けるだけでもこんなに嬉しいと思えるのか。

 

「私が嬉しいのはですね。何も人のいる場所に堂々と出ていいからという訳じゃないんです」

 

 それも何割かはありますが。とこぼしながらも、ノーソは俺の前に回り込み、正面から抱きついた。ガサガサの皮膚で頬擦りまでしてくる。ささくれた肌が突き刺さり、俺の顔に引っ掻き傷を残す。

 

「こうして、あるじ様に気負いなく触れあえること。それが一番嬉しいのですよ」

「…………あんまり騒がないようにね」

 

 ……まあ、自分の従魔が嬉しそうにしているのは良いことだし、別に害も無いので放っておくのが一番か。抱き締められた身体に纏わり付く人間っぽさを失った肉体の感触を無理やり楽しみつつ、宿の一階へと降りていく。

 

「今日はそっけないあるじ様だろうが私は気にしませんよ。なんたってこれからは私がひろいんの立場になりますからね! どらごんがなんだって言うんですか!」

「龍種には勝てないと思うから喧嘩売らないように」

「…………」

 

 ほら、ノーソの背後に回ったウィードが物凄い形相でノーソを見つめてるから。八つ裂きにしてやろうかくらいの事は考えている顔してるから。

 

「……一回ロストしてみるか?」

 

 駄目だよ。絶対やるなよ。何が悲しくて仲間にロストさせられる従魔が現れるんだ。

 

「ほら、ウィードが喉すら鳴らさなくなったんだからこの辺にしときな」

「そ、そうですね。今日はこのくらいで勘弁してあげますよ」

 

 そそくさと離れていき、リコールされていくノーソ。

 

「ったく……。今度上下間系をしっかり教え込ませるか」

「従魔同士のアレコレってやっぱり問題になるのかな?」

「私がそんなこと知るか」

 

 ぶっきらぼうに言い放つと、のそのそと俺の背中にしがみつくウィード。なお、肩にはトラスが乗っている。

 

 流石に幼女二人は重い。

 

「賑やかになってきて、俺としては嬉しいんだけどな。もっと従魔同士も仲良く出来ないもんかね」

「グルル……あれはあれで気を許している証拠だろう」

 

 ウィードが擁護してきた。

 

「ふーん……」

「な、なんだよっ!」

 

 性質自体は似通っているからね。ウィードもなんだかんだ認めているっぽいし、適当にじゃれあっているのだろう。

 

「仲がよさそうでなにより」

「悪くはないだけだ」

「そうだね。悪くないだけだね」

「グルルルルルル…………」

 

 不服そうに長く喉を鳴らすウィード。何を思ったのか俺の顔をぺちぺちと叩いて主張するトラスを適当にあやしながら、宿の一階に降りた。

 

「あ、スリープさん遅いっすよ」

「……ま、まあ。私達だって来たばっかりだし。それよりも、そちらは何がありました?」

「異常は無いよ。……そうだね、ギルド対抗戦が始まろうとしているだけかな。そっちは?」

「こっちも何も無かった。ヒイナもイツキも、既に放棄されているから勇者かどうかすら分からないみたいだし」

 

 手がかりは無かったようで、柊菜と樹少年の顔は暗い。

 

 こちらとしては、樹少年や柊菜が処刑されることはなさそうで何よりである。

 

「そういえば、俺のイメージにあった王様よりも随分優しい人だったっす」

「あ……。それはそうかも。なんというか、スリープさんが毛嫌うほどの人物ではなかったと思います」

 

 樹少年と柊菜が受けたこの国の王様の印象は、予想外のものだった。

 

「最初に会うと、随分優しいとは思うけど、別に普段通りの姿だよ」

 

 里香の言い分から考えるに、今現在王に何かが発生しているという訳でもない様子。

 これは、エンドロッカスと同様に、最初から何かが発生していると見た。

 

「……勇者、かな」

 

 かつて、王国は勇者アヤナより先に何回か勇者を呼び出したことがあると言っていた。変更点はそこしかあり得ない。

 彼の周囲に並び立つ者はおらず、王国は彼の枷であり、守るべきものなのだから。

 

 王を変えることがあるのならば、勇者しかないだろう。

 

「まあそこは俺達とは関係ない部分だから放っておこう。王国では、言ったとおりギルド対抗戦というイベントと、レイドクエストの解放がある」

 

 召喚士として登録されている俺達も、そのイベントには巻き込まれるだろう。

 

「ギルド対抗戦の前座として、各ギルドが自らの力を誇示するために、披露をするイベントがある。そこで、俺達召喚士は全員力を合わせて強力な従魔を倒すことになる」

 

 本日召喚士ギルドへ行ってきた時に受け取った紙を皆に見せる。日本語で書かれている文章は、要約すると俺の言ったこととほぼ同じ内容になるだろう。

 

「これがレイドクエスト。定期的に倒す必要があるとされており、今回の対抗戦でロストせずに戦闘が終了した召喚士は、以降これらに挑戦する権利が得られる」

 

 後はストーリー進めれば常設レイドは段階的に解放される。

 

「次に、ギルド対抗戦だ。各ギルドの初心者、最近入り成績が一定未満の人達でトーナメント戦が行われ、勝者が代表として魔術師ギルドと剣士ギルドの代表と戦う」

「入りたてかつ成績が低いとされているのはなんでっすか?」

「戦力調整だよ」

 

 樹少年の完凸ピクシーですら、倒すのにはかなりの危険が伴うレベルなのだ。余程訓練した人間でもなければあっさりと殺される。そういった戦力差を見せないための配慮とされている。

 

「ちなみに、このイベントで負けた従魔はロストしないから安心していいよ」

 

 年に一度の祭りらしく、ここで負けてもロストを回避できる特別な技術を使っているのだとか。

 

 ただし、空間内部での従魔の入れ替えは出来ないので、多分ゲートの仕組みを空間が代理で請け負うのではないかと推測している。

 

 ちなみに、pvpランキング戦でも同じ処理が行われる。あれは毎月のイベントだが。

 

「えー、こんなのスリープさんの一人勝ちじゃないっすか」

 

 樹少年がブーブー文句を垂れる。まあ、対策出来ない従魔を使われると勝ち目が薄くなるのは事実だろう。

 

「俺の使う従魔はウィードじゃないからね」

「グル!?」

 

 出る気満々だったのか、ウィードが驚いて俺への締め付けを強くする。

 

「ハンデという訳じゃないけど、ウィードだと時間がかかりすぎるし、別の従魔を使うんだ」

 

 スキル構成もそうだが、ウィードの龍種覚醒は条件が面倒くさいアビリティなのだ。削られるか時間経過でしか動けないなど無駄でしかない。

 新生ノーソの運用試験に利用させていただく。

 

「へぇ……」

「第一、樹少年も柊菜も俺に勝とうというような頑張りはあまりしてないよね」

 

 石の数に差が出てきているのは間違いない。それだけの時間を従魔に費やしたかどうかが違うのだ。

 そろそろ二人には新しい従魔を召喚してほしいものだ。

 

「勝つことが目標じゃないですからね」

 

 柊菜が冷めた態度で言う。服を払って立ち上がると、そのまま宿の外へ歩きだした。

 

「さ、師匠行きますよ! 今日も魔法の練習です」

「あ、待ちなさいよっ!」

 

 ミルミルと従魔を連れて出ていった柊菜。それを皮切りに、今日のところは解散となった。

 

「うーん……なんというか、この調子で大丈夫かなぁ?」

 

 樹少年も柊菜も、自分の力を鍛えていて、従魔に目をかけていない。人の力はたかが知れてるのに、現状に満足していて、変化しようとしない。

 

 そんな調子でやっていけないと思うのだが、そこまで言って無理やり進めるにもいかず。

 

「グルル……進化出来ないやつから死んでいくだけだ。最低限の身くらい守れるんだから、放っておけばいいだろう?」

 

 種的に進化が遅いドラゴンさんにまで言われる始末。

 

「…………まあいいか」

 

 好きにさせておこう。強要は良くないものだろうし。

 

「足並みが揃わないなら置いていくまでだ」

 

 二人ならストーリーもそこまで問題なくこなせるだろうし、危険な場所に近寄らない程度の事は出来るだろう。

 

「ねえ、ちょっと……!」

 

 そこで、里香が宿に戻ってきた。肩には緑色のテリリが乗っている。

 わざわざ人がいなくなる時まで待っていたのだろうか。

 

「時間あるなら少し付き合いなさいよ」

「なにかな?」

 

 一拍呼吸を置いて、里香は顔をうつむかせた。

 

「魔法都市で、私がゴーレムを使ってあの魔術師を助けたじゃない?」

「あ、了解。これは問題だ」

「一応最後まで聞きなさいっての!」

 

 従魔関係の話題で俺に接触してきた時点で、大抵の予想は付くだろう。あの二人はあんまり役にたたないし。

 

 里香は今ゴーレムを失い(ロストはしていない)緑色のテリリだけが手持ちとなっている状態だ。戦力の大幅ダウンに、自力でクエストのクリアすら覚束ない状態になっている。

 

「トラスにもそろそろ新しい従魔を召喚させたかったんだ。もののついでだし、ここらであの二人には危機感を抱かせよう」

 

 元プレイヤーの俺が何を言ったところで、あの二人には響かない。だからこそ、里香やトラスのような樹少年達と同じ初心者を育成し、もう少し従魔の数を増やす事に意識を向けさせる。

 

「となると、今晩のうちに手早く石を回収しようか」

「私達でも受けられるやつにしてよね?」

 

 通常のクエストだと、二人も参加してきっちりクリアしないといけない。しかし今なら一緒に付いてくるだけで石が二つ貰えるクエストだってある。

 

 ダンジョンアタックだ。

 

「そういえば、トラスはちょろちょろ参加して貰ってる石が七個あるけど、里香はどれくらい石が欲しいの?」

「この前のTSイベント? とかで私も同じ数はあるの。でも、召喚枠も増やさないとだから数が足りなくて……」

「なるほど、ダンジョンの初回参加とクリア報酬だけで十分だね」

 

 ゴーレムに関してはどうするか分からないが、ミルミルの身代わりになり放置されることになったから、ロスト用の石は用意しなくてもいいだろう。

 

「ダンジョンね……。結局私参加したことなかったし、勇者やってた時も挑戦したことないんだけど、どういうものなの?」

「前回は都合上アンデッドランドだったけど、王国の近場にあるダンジョンは二つだよ」

 

 このダンジョンこそ柊菜が受けてチェリーミートを強化させるべき【子犬の洞穴】と、魔法使いの従魔に必要な経験値の得られる【魔力渦巻く空洞】である。

 

 今回は、里香の強化が主目的なので、緑色のテリリを鍛えることを考えて子犬の洞穴に挑戦するつもりだ。

 

「ずいぶん可愛い名前してるよね……」

「イズムパラフィリアってネーミングはかなり適当だからなぁ」

 

 無課金の最高ランクたる龍種星十に付ける名前が、雑草(weed)水たまり(pool)そよ風(breeze)燃えかす(ash)だからな。これも随分後になって実装された従魔だし、当分は適当な名付けのキャラしか出てこないだろう。それこそノーソのようなコンセプトありきの従魔じゃないと適当に引っ張ってくる名付けしかされない。

 

 まあ、俺も言えた事ではないが。トラスの本当の綴りとか、真実を知られたらバッシング間違いなしだろうし。

 

「名前に見合わない敵が多いから気を付けなよ。それじゃあ、三十分後にここで集合」

「あ、ねえ。何か気を付けた方が良いこととか、準備しておくべきものとかある?」

 

 里香の質問に、記憶にある子犬の洞穴に関する情報を引き出す。

 ダンジョン自体に特徴はない。だが、今回のメインアタッカーはノーソになる。

 

「……病気貰わないようにね」

「エキノコックスでもあるの?」

「普通に考えれば、こういう時は狂犬病じゃないかなぁ」

 

 まあ、どちらも違うけどさ。

 

「回復手段は一応あるから、死体に近寄らず、グロに耐性さえあれば十分だよ」

 

 ノーソの基本的なダメージソースは病魔だからな。長期戦が想定される。



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52話 子犬の洞穴

例によって推敲不足です。文字数も若干少なめです。


「きゃああああああ!!!」

 

 薄暗い洞窟に女性の悲鳴が響き渡る。大気を揺るがし、コウモリを羽ばたかせた。

 音量の凄まじさに、むしろ何も近寄ろうとしないほどの大音量だ。悲鳴が収まればまたすぐに音量発生源へと集合してくるが。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと! あれさっさとどうにかしなさいよ!」

「ごめん、予想以上だったんだ。まさか入ってすぐに大繁殖した動物達が待ち受けてるなんて思いもしなくてさ」

 

 流石はギルドに知られていないダンジョンである。悠々と獣達が繁殖し、それを食いに蛇が集まっていた。

 小型動物はノーソの病魔に感染してすぐに死に絶え、また病魔を撒き散らしていくが、体力のある大型動物や野良従魔は徐々に苦しんでいくだけだった。効果の程は凄まじいもので、なんとか人間の足でも逃げ回ることが可能。

 

 ダンジョンに入ってすぐのことだから、ウィードも龍種覚醒で動かず。こうして現在のマラソン状態に至る。

 

「あるじ様ーっ! この数はヤバイですって! ウィードさんももう動けるでしょうに、まだじっとしてるんですが! あっ! 防御スキル使ってるじゃないですか、さっさと敵を蹴散らしてくださいよこのくそどらごん! ちょ……待ってください謝りますからこの数の従魔と獣を私に全て押し付けるのはやめてええええ!?」

 

 んほおおおおお。という情けない悲鳴が背後であがる。一応レアリティ的にもステータス的にも負けてロストする前にアビリティで倒しきれる計算なのだが、これはしばらく時間がかかりそうだ。

 

 肩車したトラスに飛び掛かってくる蛇を殴り飛ばす。ただの生物なので弾き返す事が出来たが、従魔に襲われてはひとたまりもないだろう。

 

 キャーキャー叫ぶ里香も、死ぬ事は良くても気持ち悪い生き物に群がられるのは嫌だったのか、全力で抵抗している。

 とはいえ、数の暴力で潰されるのも時間の問題だろう。

 

「『コール』リリィ。ウィード!」

 

 隠すつもりであった切り札を呼び寄せる。ゲートから呼び出した背の低い少女は、片頬をつり上がらせながらカーテシーを披露する。

 

「お呼びですか? 旦那様」

「ウィードに援護」

「承知しました『チャージ』『バトンタッチ』」

 

 リリィのスキルであるチャージが発動し、次に行う攻撃ダメージが五割上昇する。その状態をウィードに触れる事で譲渡する。

 

「【ヘドニズム】」

 

 途端、恍惚の表情を浮かべたリリィがスキルの使用も無しにチャージ状態になる。

 

 これがリリィのアビリティ【ヘドニズム】である。味方が何かしらの強化効果を受けた時、自身にも同じ効果を適用するというものだ。

 これだけ聞くとリリィそのものも強力そうに見えるが、リリィはこのアビリティありきのステータス値に調整されているので、本体はこれでようやく星五クラスの実力を発揮できる。

 

 当時のプレイヤー達は、一回切りの自己強化系スキル効果を譲渡してリリィにアビリティで再発動させる、そしてメインアタッカーの自己強化系スキル枠を開けさせる、今回のような戦法を基本に運用している。

 完全なサポーターである。これでも優秀な従魔だけどな。最初の準備以降は譲渡スキルを使うだけで強化の手間が省ける分強力なのだ。

 

 とはいえ、これを活かしきる従魔はまだ揃っていない。増えれば増えるほど、サポートに回す手数が減るので、確保出来たのは良かったとしよう。

 

「いいぞ……ウィード、やれ!」

「グルオアアアア!」

 

 跳び上がったウィードが空中で反転し急降下する。

 叩き付けた拳を中心に衝撃波が広がる。周囲の敵の肉体は耐えきれず血潮が飛沫を散らす。

 

 大地に伝わる震動で里香がよろける。腕を掴んで支えれば「ありがと」と短くぶっきらぼうに言い、不思議そうに俺を見上げた。

 

「どうかした?」

「アンタ……ううん。なんでもない」

 

 変に言い淀む里香だが、言いたく無いことなら無理に言わせる必要もないだろうと判断する。リリィより幾度か補助を受けながら、俺達の周辺にいる敵をウィードは瞬く間に排除した。

 

「うぅ……ひどい目に遭いました」

 

 ダメージを負ったのか、ボロボロの状態でノーソが帰ってくる。しかし、彼女の背後には病死した動物達が無惨な死体となって横たわっているので、仕事はきっちり果たして来た模様。

 

「お疲れ様。それじゃあ奥に進むよ」

「えっ」

 

 絶句するノーソを尻目に、ウィードを前衛に置き、近くにリリィをつけた状態で洞穴の奥へと進んだ。大慌てでノーソも駆け寄ってくる。

 

「えっと、あのー……あるじ様? 私まだレベルが一ですし、労りとか休憩が欲しいなー、なんて…………」

「てきを たおさないと れべるは あがらんぞ」

「ご無体なー……」

 

 ぐちぐち言う箱入り娘を引っ張りダンジョンを進む。いるだけで仕事出来る分ノーソは楽な方だと思うのだが。

 

「ところで、なんでこのダンジョンは他の人に知られていないの? 確かに見つけ難かったけど、今まで一度もなんてあり得なさそうだけど」

「多分発見はされてきていると思うよ」

「じゃあなんでよ。敵とかボスが強いとか? でも危険なら管理は必要でしょ?」

 

 里香のごもっともな質問に、俺もこのダンジョンの特徴を答える。

 

「普通のダンジョンは、ギミックなりなんなりがあって、奥にいるボスを倒せば終了だよね」

 

 相槌を打つ里香。現代っ子らしく、彼女もゲームについてある程度知っているようだ。

 

「このダンジョンにはボスがいないんだ。奥のどこかには子犬がいて、そいつを連れてダンジョンの出口まで生還するのがクリア条件なんだ」

 

 故についたのが『子犬の洞穴』どこからか子犬が紛れ込み、連れ出しても気が付くと洞穴の奥地にいる。

 護衛系クエストみたいなものだ。そしてもちろん、ゲームでは、子犬は敵に向かって突っ込んで行くが、決して強くない。

 

「だからじゃないかな。ただのダンジョンではなく洞窟的扱いになっているのは」

 

 ゲームではここはダンジョンという扱いだった。ウィードも戦闘終了しても龍種覚醒が発動していない分、現実でも扱いは同じだと思われる。

 

 気付かなかったんじゃないかな。子犬連れてダンジョン出るだけがクリア条件だなんて。奥に行っても子犬はわざわざ見つけないといけないし、戻りでも敵はリスポーンしているし。

 

「まあ、ダンジョンと相性のいいウィードや、広範囲への攻撃性能が高いノーソがいるから楽だと思うよ」

 

 ウィードが動き出せば序盤の敵はほとんど倒せるからな。足りない手数はノーソで補う。ノーソとの相性的には手数で攻めるタイプの方が良いんだけどね。

 

 最初の大群を切り抜ければ、後は消化試合のようなものだった。あっという間に奥へとたどり着く。

 

「あっ! いた、あそこ!」

 

 里香が指差す先に、なんの変哲もないまさに子犬といった風貌の動物が現れる。

 

「ウィード」

「グルル!」

 

 声をかけるだけで子犬の元まで飛び上がり、手早く確保して戻ってくるウィード。捕まえた犬がギャンギャンわめきだし、暴れる。

 

「ノーソ」

「はい、あるじ様」

 

 次に呼び掛ければ、ノーソが子犬に息を吹き掛ける。毒々しい色をした吐息が子犬にかかり、瞬く間にぐったりとして動かなくなった。

 

「よし、生きてるうちにさっさと出るぞ!」

「えぇ……。護衛するって話じゃなかったの?」

 

 とりあえず洞穴から出るまで生きてればいいんだよ。どうせ死んでも出直せば奥地でリスポーンしてるし。

 動かない子犬を掴んで駆け足で来た道を引き返した。

 

 

 

 

「ほら、おかえり」

 

 ダンジョンから無事に子犬を生還させることに成功した。

 

 地面に力なく横たわる子犬は、今にも息を引き取りそうだが、そっと森の方を指差して呟く。

 月明かりに照らされた姿は今にも天へと召されそうだ。

 

「とんでもない外道だわ…………」

 

 顔を青ざめさせ戦慄した様子の里香がポツリと呟く。

 失礼な奴だな。どこぞの姫様だって森に返そうとするだろう。俺だって森(の土)に還してやろうとしているだけだ。

 手っ取り早い手段を選んだというのに、何が不満なのだろうか。死んでも生き返るなら殺して良いとまでは言わないが、別に悪くもないと思うのだが。

 

「そんなことよりも、石は入手出来た?」

「えっと……ちょっと待ちなさい!」

 

 里香が服をぽんぽんと叩き、急いだ様子でポケットに手を突っ込んだ。

 頭上ではトラスが握りしめた石を見せようとして手から落っことした。拾って「ありがとな」と頭を撫でながら石を渡す。

 

「あったわ」

 

 里香が見せてきた召喚石、八面体の結晶は確かに二つあった。

 

「それじゃあ、これで里香の依頼は終了かな」

「うん! ありがと!」

 

 満面の笑みを浮かべる里香が早く帰りましょうと、足取り軽く俺の先を行く。

 俺は自分のポケットに入っている硬質な感触を確かめた後に、トラスへともう一度石を見せてくれるように頼んだ。

 

 不思議そうな無表情をしながらも、トラスは小さな手を俺の顔の前で開いた。

 

 そこに握られていた結晶の数は三つ。先ほど落としていた時は二つしかなかった。

 手を戻させると、トラスは首を大きく傾げて変なおかしな現象が起きたように手のひらを見つめていた。

 

 自分のポケットに手を突っ込む。そこにあった感触は、三つだった。

 

 ニヤリと笑みが零れる。今すぐに寝転がって高笑いしたくなる程だ。

 

 今回入手出来るはずの石は、ダンジョンの初回クリア報酬の二つだけのはずだ。しかし、今回手に入ったのは三つ。

 

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今までゲーム通りの思考だったから検証しなかったが、これは使える。今回はしっかり依頼という形にして挑んだからであろう。これからは樹少年や柊菜からの誘いも依頼という形にさせよう。

 

 課金での石の購入が不可能になった今。俺は何らかの方法で手早く石を増やさなくてはならない。

 これは石の入手可能条件から調べなくてはならないな。ゲームで入手出来たものはこの世界でも正しく手に入れられるとして、どこまでゲームから外れていいのかを確認しなくては。

 同時に、何が引き金となって石が現れるのか。ここを把握すれば、石の増殖も容易であろう。

 

「ちょっと! 早く来なさいよ、なにしてんの?」

「あー、ごめんごめん」

 

 里香に呼ばれてしまったので、思考を打ちきり彼女の元へ歩いていく。去り際にちらりと洞穴の方を振り向いたが、そこに既に子犬の姿は無かった。

 ぽっかりと開いた空洞から、かすかにキャンキャンという鳴き声が聞こえた気がした。

 

「私に近しい存在でしたね」

 

 ノーソがぽつりと言う。

 

「土地に縛られた霊的存在でしょう。力は弱く、私と違い呪いにも冒されていないようで。ただ、純粋に飼い主のことを待っているんでしょうね」

「…………そんな裏設定までは知らないね」

 

 ゲームでは、特に明記されること無く特殊条件クリアのダンジョンでしかなかった。

 

「あるじ様には知らないことがいっぱいあるのですね。どうです? ここらで謎を追求する旅にでも……」

「もう既に出ているよね?」

 

 ただストーリーをなぞるだけじゃなく、俺は現実となった世界で色々調べながら旅をしている。それも完全ではないが、ある程度の納得がいくまで検証と実験はしているつもりだ。

 

「それはそうですけど。もう少しゆっくり滞在しながら進んでみては? と言いたいのです」

 

 ノーソは頬を僅かに膨らませる。割れた皮膚から血が滲んだのか、かすかに赤く色付く。

 

「まだ二、三ヶ月も経たないうちに次から次へと移動しすぎではありませんか? じっくり堅実に進めるのもよろしいと愚考いたします」

「うーん……」

 

 確かにペースは早い。適正値的にはかなり余裕があるけど、一回ミスすれば死ぬような世界だし、安定を取りたいのも分かる。

 とはいえ、進まないとリソースの確保も難しいし、なにより、ストーリーの進む速度が気になっているのだ。

 

 俺達が来たときに丁度良く発生するストーリークエスト。それは俺達のペースで進んでいるのか、それとも丁度合っているのかが分からない。

 とりあえず最大の謎であるエンドロッカスがいる滅びの地まではこの調子で進めておきたい。

 

「現状維持で」

「あるじ様は人間なのですから、もっと身体を労ってほしいのですが……」

「ヒール覚えたし大丈夫でしょ」

 

 疲労は治せる。精神は好きな世界にいるから高揚している。

 

 なら進めるだけでいいだろう。疲れたら休めば良いだけだ。

 

 ノーソはこれ以上言葉が出ないのか、口をもにょもにょさせながら黙り込んだ。

 疲れたら癒してくれよ。と笑い掛ければ、しょうがないですねと言わんばかりに肩を竦める。

 

「従魔と本当に仲良いよね……」

 

 待っていた里香が一連のやり取りを見て、呆れたように呟いた。




ちなみに、子犬の洞穴はElonaの子犬の洞窟がパクリ元です。


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53話 下準備

推敲してないです。
次回更新は来月になると思います。また引っ越しするので……。


 里香からの依頼を終えた次の日の朝。俺達は召喚士ギルドへ呼び出されていた。

 理由は以前語ったものと同じ、ギルド対抗戦の前座であるレイドイベントと、トーナメント戦についてである。どちらもそこそこの実績を積んだ俺達には出てほしいというものだった。

 

「……二人ほど、実力に関しては未知数な所の方もおりますが」

 

 俺とトラスをちらりと見つめる王国のギルドマスター。確かに俺とトラスは下から順番にクエストを受けているので討伐系の依頼はほとんど受けていない。

 当時はウィードしか使える戦力も無かったし、しょうがないのだ。

 

「半竜人なら龍種のアビリティくらい分かるよね?」

「……そうですね」

 

 王国のギルドマスターは星八の龍種使いだ。リミテッドながら、エムルスほど強くもないので興味も無いが。

 ちなみに、王国のギルマスは女性である。大きく胸元を開けた服に樹少年の目が吸い込まれており、俺も彼女の背中から生える翼に視界が定まっている。

 リアルで見る有翼人種ってこんな感じなんだな。こう、ムラムラと込み上げてくるものがある。

 次は天種が欲しくなってくる人物だった。

 

「あれ? 人以外に召喚士はいないって話じゃなかったっすか?」

「あら、お詳しいようで」

 

 樹少年の言葉に、ギルマスがクスリと笑う。

 

「確かに、召喚士は人間のみです。ですが、後付けで人間を辞めることも可能なのですよ。現在この大陸にいる召喚士ギルドのギルドマスターは全員が、ある程度召喚してからさらに力を付けるために人間を辞めたものばかりです」

 

 ヴエルノーズにいたエムルスもまた、人間を辞めている。彼は機種の星八を持っているのでヒューマノイド化しているのだ。

 ちなみに、人間を辞めることが本人の意思なのかどうかは不明だ。力に飲まれているギルマスもいないわけではないので。

 ついでに言うと、俺からしてみればあまり良い手段では無いと思っている。召喚し続けた方が最終的に戦力に差が出るだろうに。

 

「一度人間を辞めれば元に戻ることはないので、よく考えてから辞めた方が良いですよ。ちなみに、私達のような存在は召喚士ではなく従魔使いと呼ばれることもあります」

「人間を辞めちゃったんですか……」

「ええ、まあ、人のままなんて弱いですからね」

 

 微かな蔑みの感情を瞳に写したギルマス。柊菜もそれを悟ったらしく、少し身を震わせた。

 

「……スリープさん、この人は安全なんですか?」

「元人間のギルマス勢は大抵人類種を見下しているけど、そこまで積極的に有害行為は働かないから大丈夫だよ」

 

 人間と従魔の価値観や感情が混ざった面倒くさいエリートみたいなもんになるだけだ。

 リリィがいる今、ここのギルマスはそこまで脅威ではないし、放っておいても問題はない。プライド高いけど元の人間が善良だから悪いやつじゃないし。

 

「とりあえず、話を進めましょうか」

 

 王国のギルマスが語った内容は、ゲーム時代と大して変わらないものだった。

 ソシャゲのレイドなんぞ、チーム作って全滅するか敵を倒しきるかするまで戦って、支援要請でフレンドとかを呼んで最大ダメージ与えた奴がMVPみたいな印象があるが、イズムパラフィリアはポチポチゲーじゃないので、システムが違う。

 

 まず、ソロでクリアできる。

 ……ソシャゲながらドマイナーだったので最初から付いているシステムだったのだ。プレイヤー参加数ではなく、戦闘参加従魔の数で制限がかけられており、ソロでも従魔が三十体いれば、個人でレイドボスの参加上限まで独占できる。

 後は、自己設定で参加時に出せる従魔の数を決めておけば、野良でも入り込める。たまに無設定の初心者がレイドに挑戦し、星一従魔二十九体を引き連れたベテランに占拠されて自分の従魔をロストして引退する事件が発生するので、最大五体程度に制限をかけておくといい。というか、課金出来ないプレイヤーは手を出さない方がいいコンテンツの一つである。

 とにかく悪いイメージが多いレイドクエストなので、このイベントから入手出来る従魔はほとんどいない。一応星十六がレイドコンテンツだったが、最後までクソだった。毎ターンHP全回復とか、死亡時復活とか。

 

 あと、イズムパラフィリアのレイドは、MMOのレイドだと思った方がいい。攻撃は自動でするし、オートバトルも可能だが、ギミックは回避可能なものがあるし、頭割りとかもある。軍隊指揮ゲームから一体だけを操作して、MMOのようなレイドクエストの楽しみ方など、色々な挑戦方法があった。とはいえ、基本はソシャゲだが。

 

 ちなみに、今回はロストしないから良いものの、以降は死ぬとロストする。

 

「安全に関しては万全ですし、これを乗り越えた召喚士には新しい権限も与えられます。いかがでしょうか?」

 

 ギルマスの言葉に、樹少年と柊菜が顔を見合わせる。ちなみに、勇者達は召喚士ギルド所属ではないので今回は不参加だ。

 

「やります」

 

 俺達を代表して、樹少年が了承の旨を告げる。

 半竜人の女性は、その言葉ににっこりと笑顔を見せて、割れた舌を出した。

 

 俺達が王国に来た時から既に準備は出来ていたらしく、開催日は本日の午後からだと言っていた。飛び入り参加させてでもレイドクエストに戦力が欲しいらしい。

 

 召喚士ギルドを後にした俺達は、渡されたトーナメント表を見て、ああだこうだと話をしている。

 

「俺、知らない人と当たってるっすね」

「私、トラスちゃんとだね……よろしくね」

「…………」

 

 柊菜に話しかけられたトラスは、むんと腕をまくりぷにぷにの上腕二頭筋を見せつけている。その様子を見て柊菜の顔がゆるゆるになっていく。

 

 どうにも甘く見ているようだが、昨日召喚した新しいトラスの従魔はかなり強力だった。本人の資質なのか、善良で優秀な従魔ばかり呼び寄せられるトラスは、召喚士としての才能(引きの良さ)が素晴らしい。

 

 今のままだと柊菜も負けるかもしれない。

 

 まあ、アドバイスするつもりはない。一度トラスに大敗して危機感の一つでも抱いてくれれば御の字といったところだ。

 

 俺の相手も知らない名前の奴だった。ピースメーカーとだけ書かれたその名前は、一つの従魔を思い出す。

 

 ピースメーカーは機種星五の拳銃型従魔だ。立ち位置的には樹少年のリビングエッジと似たようなものである。

 まあ、それなりに使えるゴミだと評価しておこう。ウィードとの相性は悪いので注意は必要といったところだ。

 

「さて、この後お昼を食べたら即座にレイドクエストが始まるけど、それまでに聞いておきたいことはある?」

「あ、それじゃあ……私から」

 

 おずおずと手をあげた柊菜が切り出す。

 

「今回のクエストについて詳細を教えてください」

「……今回のレイドクエスト名は【封印されし者】エネミーは星三天種【血染めのデーモン】三十秒に一度スケルトンを召喚する能力を持っていて、下手に時間かけると瓦解する程度には強いよ」

 

 元々、これの適正はチェリーミート、ミルミルを加えて一体適当な星三従魔を所持したプレイヤーがクリア出来る難易度となっている。この場にいる戦力的にはなんの問題もないだろうけど、下手に前に出るとぶちのめされる可能性はあるとだけ言っておいた。

 

「あと、他の召喚士も参加する奴だから、樹少年や柊菜は自分自身を前に出さないこと」

 

 フレンドリーファイアに関しては未だに良くわかってないのだ。完全無効でもないが、ある程度は無視されるといったところ。おそらく戦闘時は無視されるが、それ以外だと通用するって感じだと思う。不確定だが。

 

 人間には適用されていないので、前に出ると後ろからミンチにされるので注意が必要だ。

 より詳しいデータに関しては、聞かれたら答える程度でいいだろう。耐性、属性はまだ意識したところで意味がないし。

 

「天種なんすね」

「死に関係していないからね」

 

 空飛べて野種じゃないならほとんど天種になる。

 

「そういえば、多分これが初の天種戦になるんだね」

「天種以外でもあまり戦ってない奴はいますけど……?」

「まあ、それもそうだけど、一応これで一通りの従魔を目にすることになる訳だ」

 

 本来なら目にすることもほぼ無いであろう龍種にはウィードがいるからな。

 

「なにか、特別なアビリティでももってるんすか?」

「種として持っているのはないよ。ただ……天種は強い」

 

 ステータスで他を圧倒している龍種の不利なアビリティを差し引けば、最強の種は天種だと言えるだろう。

 別に他も弱い訳ではない。だが、種としてある程度特徴があるのだ。シナジーの機種、数の野種、場面の緑種、下落の死種、個の龍種、そして、万能の天種だ。

 天種はオールラウンダーが多い。あらゆる盤面で活躍出来るだけの能力があり、特出した要素はあまり無いが、大きな弱点もまた少ない。

 

 俺が最も愛用していた種でもある。そして、それによりランキング一位。最強の座を保持していたのだ。

 

 もちろん全部持っているのが一番強いが、もし俺が一体だけ従魔を連れて旅をするのであれば、確実に天種を選ぶ。

 機種は機種同士に効果のあるアビリティを持つ奴が多いので、一体だけ持つと活躍しにくい。野種はその特性上幅が広すぎて選びにくい。本当に数が多いのだ。緑種はどちらかというと補助的側面が強いし、死種もデバフ系の補助個体が多い。龍種は強いがアビリティで明確な弱点を持つ。

 天種は最上位が究極の個というのもあり、大抵どれを選んでも死にキャラになることがない。

 

 もちろん例外はある。星十六にもなればどいつもこいつも一体で十分強いし、大体の特徴なだけであって、天種にもゴミはいるし、弱いのもいる。安定性が段違いとでも言った方が良いだろう。

 

「まず、天種は全ての個体が空を飛べるんだ。翼を持たない奴もいるけれど、そのどれもが宙に浮ける」

 

 アビリティで飛翔を持たない奴もいるが、グラフィックと処理上で浮遊していて下に判定が無い。

 

「スキル構成が初期でも優秀だ」

 

 最低限回復と攻撃スキルを一つ持つからな。回復を受け付けない奴でも持っている。

 

「そして、これが一番なんだが

 

──グラフィックが優遇されている」

 

 これはマジで言えることだ。機種の女の子は大抵アンドロイドタイプで、人外萌えでもないと受け付けない奴がいる。野種も同様。死種は次点で優秀なのだが、いかんせん死に関する従魔が多いので、肌艶の悪い従魔が多い。龍種は数が少ない。その分バリエーションがない。

 

 緑種? 虫と自然がほとんどだぞ。機種以上に人気がない。俺は好きだが。

 

 その点天種はマジで強い。女神だとか天使というのは基本的に萌えの一大ジャンルとでも言えるレベルだし、翼を設定で消せばただの美少女になる。人外要素も薄くて、一般受けもいい。

 

 天種は野種に被りがある分ジャンル幅が小さいが、その分あらゆる外見性格による萌えを追求している。

 

「グラが良いから人気がある。人気があるから強いのが多い。強いのが多いと人気が出るし、インフレも進む。まじ優遇種」

 

 まあ、そんなの無くても俺は天種を使うんですけどね。翼と箱頭は俺の性癖だ。

 

 熱く語る俺へと絶対零度の蔑みを籠めた視線が貫く。普段のおどおどした様子も鳴りを潜めた柊菜が舌打ちをする。

 樹少年は、そんな柊菜を見て輝かせた瞳をそっと伏せた。

 

「性癖の坩堝。それがこの世界だ」

 

 なんたってイズムパラフィリアだからね。大きな分類で分けたが、最終的にどの種も他の種に似た特徴持った従魔が入っている。ケモ耳天使で死種とか普通にいるし。キメラで機種にもなる。ワイバーンの亜種で龍種にだってなる。流石に無理のある緑種にはならなかったが。

 

「ほんっと、サイテーです……」

 

 俺に向けてそう吐き捨てると、柊菜は離れていった。黙って見ていたミルミルも、気配を殺して柊菜についていった。

 樹少年がしっかりと手を握ってくる。

 

「俺……召喚士、極めます!」

「ようこそ、こちら側に……」

 

 柊菜への好感度を下げて、変わりに今まであった樹少年とのしこりのようなものは綺麗さっぱり無くなっていた。

 

「いやぁー、楽しみですね! これから戦う天種そんなに美少女なんすか! 倒すの躊躇っちゃったらどうしよ。うわぁ気になるなぁ」

 

 うっきうきのステップを踏む樹少年。俺はその期待に対して何も伝えること無くそっと微笑んだ。

 

 別に今回の天種が女の子だなんて俺は言っていない。勝手に勘違いした樹少年が悪いのだ。

 

 敵として登場する従魔が美少女のパターンは少ない。それはゲーム以外でも結構多い展開だろうに。



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54話 レイドクエスト

お気にいり登録者数が100を越えたので急遽更新です。推敲していません。

また、特別に閑話を挟む予定です。本編とは無関係なので1話と2話の間に挟ませていただきます。
同時に、次の話も掲載する予定なので、その時にもう一度アナウンスさせていただきます。


 現在はレイドクエストの真っ最中。円になり従魔を呼び出す召喚士達。俺はトラスの呼んだアラバスターゴールドの肩に乗り、安全圏を確保しての参戦だ。

 準備を終えた召喚士達を見て、王国のギルドマスターが紫色の毒々しい結晶を叩き割る。同じ色をした煙が周囲を包み込み、空気が震える。それは徐々に冷えて澄んだものへと変わっていく。

 

 どこか清浄で超然的な雰囲気を漂わせる空気の中、ゴーンと鐘のような音色が響き、その従魔が姿を表す。

 赤褐色の肢体。頭は山羊で上半身ははち切れんばかりの巨大な筋肉の塊。下半身は馬などの四足獣を思わせる蹄があり、二本足で立てるようにとても短く大きい。

 

「ブモオオオオオオ!!!」

 

 野太い声に大きく口を開けて呆けていた樹少年が息を吸う。

 

「スリープさんのバーカ!」

 

 雑踏と喧騒に紛れて樹少年の罵声が響く。しかし、それはすぐさま飲み込まれて消えた。

 

 なんだか最近叫ばれたり罵倒されている気がするが、それもまた仕方のないことだろう。俺は基本的に人間関係において最大限の努力をしない人なので、いずれこうなることは分かっていた。

 

 観客席で、勇者アヤナと里香、そしてミルミルがのんびりと見学している。開会前に召喚士ギルドのマスターが安全性を見せていたので、他の観客も興奮こそすれど、恐怖に怯える姿はない。

 俺達召喚士ギルドが仮に敗北したとしても、後詰めにギルドマスター達が控えているので問題はないのだ。立ち並ぶ強者の中には、

 

 召喚士ギルドの力を見せ付ける前夜祭のようなこのクエストでは、多くのNPCが参戦する。樹少年、柊菜、そして俺とトラスが加わっていれば、溢れた召喚士分の戦力を補えるだろう。

 

 アラバスターゴールドを正面にして向かい合うレイドボス【血染めのデーモン】は、この巨像の半分程度の大きさである。人間を軽く凌駕するサイズがあり、足元から次々と、人間と同じ大きさのスケルトンが湧き出てくる。

 

 レイドクエストの開始だ。

 

 MMOのレイドだと、ラストアタックだとかなんだとか、特殊なシステムを使ってゲーム性を与えているものも多い。しかし、スマホ使用が基本のソシャゲではラグだとかターン性の都合上そういったものは採用されていないものが多い。

 フルダイブVRでも不和の元なので使われてはいない。というかDPSしか活躍できないシステムは無理がある。

 

 イズムパラフィリアも、レイドを銘打ったソロコンテンツだった。従魔参加数上限三十に、ホスト設定で野良の横殴りやら参加を拒むことが出来るので。

 

 デーモンへ様々なエフェクトを光らせては攻撃する召喚士達。レアリティこそ低いものの、トラスのアラバスターゴールド同様、大型従魔というのはHPが極めて高い。攻撃は通っているだろうが、致命傷に至る様子はない。

 

 レイドイベントで登場する敵は、一部を除いてほぼ従魔が登場する。特徴としては、攻撃力を減らしてHPを大幅に増加している傾向がある。もしくはレア度が高い従魔が出る。

 

 雄叫びをあげてデーモンが足を踏み鳴らす。足を中心に円の壁が広がり、従魔達へと襲いかかった。

 すかさず硬い従魔達が前に出て衝撃波を受ける。広がった攻撃は威力を大きく減らして他従魔へ流れる。

 

『全体攻撃は盾役の従魔が前で受け止めて減衰させよう!』

 

 ゲームだったらきっとこのような表示が出るだろう。敵の攻撃が終わればお返しだと言わんばかりに従魔が前へと出てスキルを放っていく。

 

 本来の主人公は、この時点での手持ち従魔がチェリーミートとミルミルになるので、ここで前衛攻撃と後衛攻撃の行動チュートリアルが入るはずだ。

 ここは現実なのでそんなもの無いが、全体の流れを見ながら柊菜が攻撃を指示している。

 

 樹少年は盾役の従魔へ回復をしていた。今回は前に出ることを諦めたらしく、死んだ魚のような目で絶望のままデーモンの胸筋を見つめている。怒った様子のピクシーに顔を突かれていた。

 

 デーモンが身を屈めて力を溜める。少しの間をおいて、絶叫と共に力を解放すると、地面に次々と予測サークルが発生する。

 

 レイド用特別スキルだ。かなりの高威力攻撃で、受けると一気に体力を持っていかれる。避けるための練習技だ。

 

「トラス」

「……」

 

 抱きしめて膝の間に収まったトラスの肩を叩く。トラスが足をぱたぱたと動かして、アラバスターゴールドへ指示を送った。

 

「主よ、任せろ!」

 

 アラバスターゴールドがスキルで魔法防御のバリアを張る。ステージ全体を覆ったバリアが次々と落雷を受け止めた。

 一定値を越えたのか、早めにバリアは割れてしまったが、それでも被害は皆無であった。

 

 そして、その隙にデーモンは座禅を組み瞑想をしていた。HPとMPを回復させるスキルだ。攻撃を受けると解除される。落雷が降らなかったので、今回はほとんど相手に回復させずに瞑想を中断させた。

 

 後は攻撃パターンの変わるHPが半分切った状態になるまで単純作業だ。

 

「ずいぶんあっさりしてますね」

「……まあ、ストーリークエスト用だからね」

 

 ちなみにだが、俺はノーソだけを召喚しての参戦だ。フレンドリーファイアが有効だったらウィードは前に出したくないし、いるだけで仕事が出来るノーソはレイドで有用なのだ。アビリティでコンスタントに削りつつ、スキルで補佐に回れるので。

 

「ゲームの仕様だと、レイドクエストは上級者向けのコンテンツなんだ。リスクが高いからその分報酬もいいけど」

 

 ロストするまで撤退出来ない仕様なので、レイドクエストはクリア出来なかったら出した従魔全てを失う可能性がある。どのクエストでも課金で石を割り従魔を復活させる連コによる粘り勝ちが可能だが、一応それもサーバーメンテナンスという時間切れがある。

 使い捨ての精鋭──つまり、ロストするリスクを持ちながら、なんの情報も無いまま最新コンテンツに挑戦する攻略者──達が情報を集めるまでは手を出さない。出してはいけないものなのだ。

 MMOのような全体即死ギミックや、DPSチェックこそ無いと言えば無い(初見殺しはある)が、一発勝負でコンテンツをクリアしないといけないので。

 

「最大の良点は挑戦回数が一日三回だけだが、クリア報酬に毎度石が出るところだね」

「それは……凄いですね」

 

 ノーソもこの事実に驚いたのか、目を丸くしていた。

 

 クエストへの挑戦に対してソシャゲの行動力的な制限は無いが、レイドクエストは一日三回しか挑めない。その代わり、初回じゃなくても石の定期入手が可能なのだ。

 

「でもまあ、こいつ相手でも今の俺の戦力じゃ勝てないけどね」

 

 石を割れば勝てるだろうが、それでは本末転倒だし、当分は見送りとなる。樹少年達の力を借りても厳しいだろう。泥試合にする為の回復力も足りないので。

 

 ダラダラとレイドクエストは続き、既に戦闘が始まって十分が経過している。

 

 ようやくHPが半分になったらしく、デーモンの体色が赤褐色から鮮やかな赤色に染まっていく。

 

「ここから攻撃パターンが変わります! 注意してください!」

 

 後方で見守っていたギルマスが声を張り上げる。叱咤するような鋭い声に、弛みつつあった召喚士達の顔立ちが引き締まった。

 

 憤怒色のデーモンが頭上に人と同じ形をしている手を掲げる。登場時に聞いたゴーンという鐘を鳴らす音が響き渡る。

 それは二度三度と続き、掲げた手の内に強力な魔力が集まっていく。重量も影響しているのか、強めの風が吹き始める。

 

「……」

「やめときな。ロストするよ」

 

 トラスがアラバスターゴールドで防ぎに行こうと足を動かし始めるが、それを諌めた。これは下手に防げる威力じゃない。

 

「無防備かつ特殊パターンによるステータス変化が入ってるんだ。攻撃力が上がって防御力が下がる。怯ませるか行動妨害挟むか攻撃までに削りきるか、そのどれかで止めた方がいい」

 

 何より、でかいけどアラバスターゴールドはレベル上げてないはずなのだ。例え新緑の森に放置していた時に自分で敵を片付けていたとしても、大して強くはなっていないだろう。

 

 ついでに言うと、大技だけどアレは自分を中心に同心円状に広がり減衰していく広範囲技だ。最悪場外ギリギリまで退避すれば最低ダメージで済む。それでも結構大きいダメージをくらうが。

 

「あー、遅いなぁ……。攻撃型従魔欲しいや」

「あるじ様、私はどうしたのですか?」

「所持アビリティとステータス見てきてからもう一度言って」

 

  ノーソはデバフ削りだ。サポートタイプの従魔なのである。

 

 攻撃型従魔というのは、柊菜の持つエンドロッカスやチェリーミート、後従魔になった場合のミルミルを指して言う言葉だ。

 攻撃性能だけで言えばミルミルがその中でも最優である。多少威力は下がるが魔法を三連射出来る【三つの試練】というアビリティは魔法系スキルを使う時にかなり役に立つ。その分MPだって消耗するが、瞬間火力はかなり高い。

 

 それだけに、ミルミルが従魔にならなかったのは結構痛手である。

 

 エンドロッカスは第一部ラスボスだったこともあり、万能型に近い。最終限界突破後に入手出来るアビリティ【ワールドエンド】はウィードのシェイプシフト同様変身してステータスを大幅に上昇させるアビリティである。攻撃で自分を回復出来る地獄属性スキルを持ち、自己強化が可能で、ボスによる耐性が優れているエンドロッカスは完成度が高くバランスが取れている分長時間の戦闘に向いたファイターである。

 

 チェリーミートも好感度イベント挟むとシェイプシフト入手したはずなんだけど、柊菜の育成は普通らしく、そこまで育てていないらしい。

 

「…………マジで苦戦し過ぎだな。そうか、育成してないもんな」

 

 従魔の数は十分いるが、メインアタッカーが碌に育って無いのか。ミルミルも不在だし。

 ウィードを出していれば話も違うのだろうが、奴は現状俺の最高戦力なので温存しておきたいのだ。

 

 攻撃型従魔の有無というのはやはり大きいな。

 

 ちなみに、このタンクだファイターだ攻撃型だという分類は、それぞれの従魔が持つアビリティとステータスで判断されている。

 ウィードは物理防御力増加。アラバスターゴールドは魔法に対するHPシールドといった風に、アビリティでステータスが追加されるなりの特徴で役割を想定しているのだ。アビリティは基本的に長所であり恩恵なので、そこを伸ばすように育てるのが普通である。

 

 龍種覚醒? 聞いたこと無いアビリティですね。

 

「敵攻撃第一波発生! 退避を!」

 

 ギルマスの指示に召喚士達が素早く下がっていく。アラバスターゴールドはもう一度スキルを使用して防御に入った。

 

「ブモオオオオオオオ!!!」

 

 魔力が解き放たれ、紫電が四方を駆け巡る。とんでもない音の爆裂を辺りへ轟かせながら従魔へ襲いかかった。

 

「ひゃあ! これは厄介ですね。こういうのをやばいやつというものですね」

 

 悲鳴をあげたノーソが耳を遅ればせながら塞ぎ、顔を嫌そうに顰める。

 俺やトラスにも攻撃は届かなかったし、アラバスターゴールドもシールドだけで受けきれたようで怪我はない。

 

 地上では多くの従魔が紫電に焼かれているが、八割以上残っているし、脱落した召喚士も、ロストはしていない。戦えないので下がっていく者と、新しい別の従魔を召喚する者とで別れている。

 

 樹少年と柊菜は無事だったようだ。見れば、樹少年はアラバスターゴールドを盾にして隠れていたらしく、柊菜も同じように連れ込んでいた。

 

 生き残っていた従魔のほとんどが立て直しに時間を割かれている。新しく召喚した従魔はサブメンバーであり、そこまで戦力として見れない。現に、次々現れるスケルトンの処理で精一杯のようだ。

 

 ノーソの状態異常ではスケルトンは削れないからな。病魔と呪いは通用しない。耐性を突破できないだけで、上位互換なら骨でも無機物でも病気にさせられるんだが。

 現実での処理はどうなるんだろうな。

 

 もたつく現場に更に悪い事が重なる。またもやデーモンは手を掲げゴーンという音が鳴り響いた。

 このままジリ貧になって削り倒されそうな勢いだ。ゲームだとHPがどれだけ削れようとNPCは戦い続けたはずなのだが。

 

 召喚士兼勇者である里香なら「死んでも復活出来るんだし手間省いてさっさと戦いなさいよ」とでも言いそうである。

 

「『コール』シルク」

 

 戦局を変える為に手を打つことにした。呼び出したシルクに、新しく教えたスキルの発動を指示する。

 

 無詠唱だが、待機時間を僅かに挟む。

 

「『エアロブレイク』」

 

 直後、シルクの前に半径二メートルほどの魔方陣が浮かび上がり、そこから赤熱で光る珠が発射された。それは真っ直ぐにデーモンの元へと突き進む。

 

 真空による一瞬の無音の後に、空間が歪み、低く鈍い爆発音で全てを上書きした。

 

 シルクのMPで放てる限界があのスキル『エアロブレイク』である。単純な空気の圧縮と解放である。属性は風。エフェクトに対する音響が特徴的で結構好きなスキルである。

 

 穿たれた一撃は血染めのデーモンの肉体を揺るがし、片腕を血飛沫に変えた。苦悶の声を上げて倒れ込むデーモンの攻撃がキャンセルされ、その間に立て直しを終えた召喚士達が殺到する。

 

 様々なエフェクトがデーモンの身を包み、最後に大きくガラスの割れるような音と共に、デーモンは光の球となって天に昇っていった。

 

 歓声と拍手が送られる。それは死闘を制した者への称賛というよりかは、いい見世物を見れたといった感じのものであった。

 

 この程度は見慣れているらしい。ほんの少しだけ、抱き合って喜ぶ召喚士達を憐れに思う。



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55話 トーナメント戦

予約投稿で総プレイヤー人口(お気にいり登録者数)100人突破記念話が2話の部分に同時追加されております。
推敲はないです。


 レイドクエストが予想以上に長引いたが、日程上は問題もなく、翌日にはトーナメント戦が始まる。

 

「あ、スリープさん。こっちっすよ」

「やあ」

 

 観客席で先に待っていた樹少年や勇者アヤナと里香、そしてミルミルへ軽く手をあげる。

 

「状況は?」

「今から始まるところっすよ」

 

 会場では、先日レイドを行ったかなり大きい広場に、二人の召喚士が向かい合っている。一人は、ショートボブの美少女新田柊菜。目立つのが嫌なのか、しきりに辺りを見回したり、肩を縮めている。もう少し胸を張って堂々としたらとは思う。それだけの実力はあるだろうに。

 

 もう一人は、無口無表情ながらも柊菜より堂々と立っている金髪の幼女。最近は栄養が十分に摂取出来ているので成長が著しく、幼女から少女と言えるくらいには大きくなってきている。ゲーム世界のキャラクターなだけはあり、無名のモブといえど、地球のそこら辺にいる人間など寄せ付けない美貌を持っている。

 

 あ、こっちに気付いて手を振ってきた。一応振り替えしておく。トラスの動作に引かれて柊菜もこっちに気付いたようだ。安心したようなほっとした笑顔で小さく胸の前で手を振っている。

 

「うごご……スリープさん、俺はどっちを応援したらいいんすか」

「どっちも応援しなよ」

 

 身内なんだからどちらが勝とうが褒めればいいだろうに。俺はトラスを応援するが。

 

 昨日の様子なら、柊菜は多分勝てないだろうし。

 

「よろしくお願いします。頑張ろうね。トラスちゃん」

「…………」

 

 互いに見合って一礼。ニッコリ微笑む柊菜に対しトラスの表情は一切変わらない。

 

 初の一人での戦闘だからかガチガチに緊張してるな。あいつ。

 

『両者揃いましたか? ……それでは、試合開始!』

「……」

 

 大会運営兼解説兼実況兼審判であるギルマスが合図を告げる。素早くトラスは飛び下がり、右手を前に付き出した。

 

 ──バチリと空気を叩く黒い雷。開かれたゲートから、巨大な石像が姿を現した。

 

 昨日ようやく発見した無言コールである。トラスはこれでようやくアラバスターゴールドを自由に出入りさせることが可能になった。

 

 そして、ゲートは未だ閉じない。開かれたままのゲートからは更にもう一体の従魔を吐き出した。

 

 グレーの身体にうねりのある幅広い縞模様。愛くるしいモフモフの毛皮に包まれ、鋭く縦に割れた瞳が獲物を見つめている。人間と同じくらいの背丈に、二本足で立つ姿は、その種族の進化を思わせる。歴戦を生きた貫禄を漂わせたその風貌はまさに英傑に相応しかった。

 

「猫じゃん……」

 

 うるさいよ。

 

 ボソッと呟いた里香の言う通り、二本足で立つ猫の姿をした従魔は、星七の野種【獣王英傑クラシックタビー】という従魔である。

 

 ちなみに、タビーとは虎猫のことだ。顔からしてガチの猫であり、ケモナーに人気があったのだが、限界突破により萌えキャラ擬人化し炎上した歴史を持つ従魔である。メス猫。

 

 安易な擬人化や萌え化は嫌われやすい。でもこれソシャゲなんだよね。

 

 まあ、余計な情報はおいといて、アレでも星七の従魔だ。見た目に合わず耐性や防御に優れた従魔であり、毒で削るタンクタイプである。初期アビリティも、一部野種が取得する【動物の毛皮】というダメージ割合減衰の効果を持つものだ。

 

「柊菜の問題点は手持ちの強みと本人の戦闘スタイルが合わないことなんだよね」

 

 攻撃型従魔しか持たず、なおかつ本人が慎重な戦い方を好むので、従魔を活かしきれていない。柊菜こそピクシーのような回復系統の従魔を持つべきなのだが。

 

 無強化アラバスターゴールドなら相性もあって勝てただろう。だが、未だ二体しか手持ちがいない柊菜では、タンク二枚をぶち抜くのは困難だ。タビーはレアリティの分攻撃性能もある。

 

「…………『コール』」

 

 トラスの従魔を見て、顔を真剣な表情に変えた柊菜がゲートを開く。

 

 次の瞬間、会場が無くなった。まるで世界そのもの上書きしたかのように空間が切り替わる。柊菜の足元は黒い沼になり、周囲も似たような光源の無い、しかし相手が見える場所へとなった。

 足元から徐々に円系の葉が浮き上がってくる。柊菜の足元では、白との蕾が花を開いた。

 

「【聖域結界の睡蓮】これが、私の新しい従魔……」

 

 緑種星七の従魔である。

 

「す、スリープさん! あんな従魔あり得るんですか?」

「ん? 何言ってるのさ、あれも従魔だし、以前説明したこと無かったっけ?」

 

 緑種は自然そのものや虫だ。自然そのもの、というのは、何も植物だけではない。特定の環境を含めて自然だと言えるのだ。

 かつて、ミラージュと戦った時、俺は砂漠の空間に連れていかれた。あれもまた従魔なのである。

 

「緑種の最大の能力だよ。世界そのものを塗り替える事が出来るんだ」

 

 故に、環境の緑種。ミラージュの配下が使っていたスキルによる空間の変化の上位互換である。ゲームなら、背景変更役の従魔として必ず一体は手持ちに入れている従魔である。

 

 ミラージュもまた、緑種の使い手だ。というか、奴の手持ちは全て緑種である。あの聖女はミラージュの従魔ではないのでノーカウント。

 

「いやー、考えたね。星七緑種は強いぞ」

「あっ! あのでかい石像が沈んでる!」

 

 里香が指をさした先には、沼に飲まれて腰から下が見えなくなったアラバスターゴールドがいる。

 聖域結界の睡蓮にあんな能力はなかったのだが、現実となった事による変更点か。思った以上に強力だ。

 

「『コール』エー君、チェリー!!」

 

 相手が混乱している内に次の手を打つ柊菜。現れたのは彼女のメインである二体。

 しかし、エンドロッカスの姿が若干変わっていた。より装飾が豪華になっていたのである。

 

「エー君見た目変わったっすね」

「……限界突破してんじゃん」

 

 いつの間に経験値貯めたんだ? エンドロッカスは悪魔系統や死種系列の経験値が欲しいんだが……。

 

「昨日のレイドじゃない? ほら、アレも悪魔だったし」

「死種に関しては、今までの戦闘で稼いで来たわね」

「そうか……そういえばそうだったね」

 

 エンドとかいう化け物は死種だったのか。人間を従魔化させた印象しか残ってなかったな。

 

 里香が袖を引っ張ってきた。

 

「これ、どっちが勝ちそう?」

「柊菜」

 

 数もレベルも負けているんだ。一人での戦いはほとんど経験していないトラスと、慎重でも戦い方は知っている柊菜ではトラスに勝ち目は無い。

 

「聖域結界の睡蓮は、味方従魔へHPの常時回復アビリティと、一度だけ攻撃を無効化するスキルがあるんだ」

「ふーん……私と比べたらどっちが強い?」

「柊菜でしょ」

 

 言いきると膨れ面で睨んでくる里香。

 

 しょうがないだろう。事実なんだし。

 

「里香の強さは戦いの上手さにある。よーいドンで従魔を出して正面から殴り合うならそこまで大きい差は付かないんだよ」

 

 試合なら柊菜が強い。殺しあいなら里香が強い。そう慰めれば、ドヤ顔を見せつけてくれた。

 

「スリープさん、俺は?」

「…………」

 

 静かに首を振った。

 樹少年は召喚士よりも従魔使いに近い道を歩むつもりだと言っていただろう? 俺に言える事はない。

 ピクシーとリビングエッジで柊菜と張り合おうとしていることそのものがおかしいんだよ。いいからガチャ引け。

 

「そんな……」

「ほら、試合応援してあげなよ」

 

 適当にやり過ごしたり、絡まれたりしながら試合を見続けた。

 

 結局、トラスは粘るものの、柊菜の従魔を一体も倒せずに敗退した。珍しく瞳に涙を湛えて帰ってきたトラスを抱き締めて慰めた。

 

・・・・・

 

 睡蓮の上で静かに佇む新田柊菜は、内心で冷や汗をかいていた。

 

(これが……召喚士同士の戦い!)

 

 戦闘はつい先ほど終わったばかり。全ての従魔を倒しきり、とことことトラスが去っていく様子も眺めることしかできなかった。

 

 足は震え、心は竦み、思考は凍てつかされ、五感も失いどこが上なのか下なのかすら分からない。そんな状況だった。

 

 柊菜はこれまでも幾度か死闘を切り抜けてきた事がある人間だ。自負は無いが、積み上げた経験は自覚が無くても彼女を強くしている。

 だが、そんな彼女ですら、この戦いは死を覚えるものであった。昨日のレイドクエストなんかよりも、圧倒的に。

 

 大きさではない。技の威力でもない。召喚士に使役される従魔の持つ違いがそこにはあった。

 

 柊菜は明確に理解していないが、従魔には死がない。ゲートを介してこの世界に現れ、敗れれば元の世界へと戻ることになる従魔には、この世界でムキになるほどの出来事も理由も無い。彼らの感覚は人間で言えばただ遊びのつもりでこの世界にやって来ている、ゲーム感覚でしかないのだ。

 

 とはいえ、そこで得られるものだってあるし、遊び以外の目的でやってくるものもいる。野種や緑種なんかは元の世界よりも安全に、長く生きる為にこの世界に来ているものもいるが、それはまた別の話だ。

 

 召喚士に喚ばれてやってくる従魔は、基本的に何かしらの目的があって応じる事になる。彼らは自らを与える代わりに、召喚士から目的の達成を対価として受けとる。仕事の関係にしては関係が近しいものになるが、似たような物でいえばそれが適切であろう。

 

 その目的意識の違いは、明確に他従魔との戦闘で違いが出る。野生の従魔は死んでも良いと思いそこまで本気を出さないが、召喚士が率いる従魔は、自らの主へ勝利を捧げるべく剣となって襲い来るのだ。

 

 ヴエルノーズで召喚士と戦った経験はある。あの時は無我夢中であったり、碌に見えなかったり、相手が弱かったり調子に乗っていたりで、本気で命のやり取りをしているという気にはならなかった。

 

 要は、対等に向き合い戦う事がほとんど無かったと言える。その真剣さにあてられただけのことだ。

 

(この先、あれくらいの敵は出てくるってこと、だよね。トラスちゃんはスリープさんより弱いし、スリープさんでも敵わない人はいるらしいし……)

 

 ミルミルに魔法の力を求めてみた。遅々として進まない魔法研究であり、スリープは召喚した方が良いと常々訴えていた。今後あのような敵が現れるのならば、彼の忠告もより真剣味を帯びてくる。

 ただ、ゲームの世界だから同じようにやれって事ではないのかもしれない。

 

 しかし、今回の一件で柊菜の心は折れかかってしまった。あの力がもし自分に向かえば? そして、そんな状況の真っ只中に従魔を送り込んでいる自分とは?

 

 ──全ては奪われる者を救うため。

 

 あの日誓いを立てた言葉が胸によみがえる。奪われる者を救うのだ。それは、自分の従魔だって対象だ。命を奪われるほどの脅威なら、自分がそれを補えるくらいに強くならなくては。

 

 自分もそうだ。奪われた日常を早く取り戻さなくてはいけない。足を止めてはいけない。心を折ってはいけない。従魔と支え合えばいいのだ。手を取り合い助け合えば、今もなんとかなっている。

 

 力が足りない。新しく召喚した従魔だけじゃ足りない。自分を、弱者を、全てを救うには、まだまだ何も足りてやしない。

 

 救いを。救済を。と胸の内にまるで祈りのように言葉を繰り返し唱え続ける。

 

 

 柊菜の足元では、蓮の花が咲いていた。

 

・・・・・

 

 少し様子のおかしい柊菜が戻ってきた。樹少年は敏感にそれを察知して、熱心に声をかけていた。

 

「ごめんね……少し、緊張が解けちゃった」

 

 力無く笑う柊菜を見てそれもすぐに引っ込んだが。

 

「……それじゃあ、次は俺が試合だから行ってくるよ」

 

 物理的に重い腰を上げて、トラスをアヤナに渡す。

 

「そういえば、王国ってこのギルド関連以外に何も起きないの?」

「メインクエストはね。一応サブクエでギルマスと戦えるよ」

 

 本来ここは主人公がトーナメントに優勝して評価され、交流戦で剣士と魔術師相手に無双して召喚士上げをする場面なのだ。その後に滅びの大地へ向かい、魔王発生事件勃発、主人公がそれを各地で解決していくといった感じの話になっている。

 

 誰が優勝するのかは知らないが、適当に流して次へ行きたいところだ。ここでの目的はほぼ達成しているので。

 

 待合室へとたどり着く。中に人はおらず、手持ち無沙汰だったのでウィードを呼び出す。

 

「グルル……嫌な予感がする」

「野生のカンってやつ?」

 

 出し抜けに言い放ったウィードはそれきり警戒したまま黙り込んだ。何が起きるって言うんだ。

 

 アナウンスに呼ばれたので、会場へとウィードを連れて向かう。

 

「──やあ、待ってたよ」

 

 そこでは、ハンチング帽を被った痩せぎすの男がヘラヘラと笑いながら立っていた。

 

 昨日見たトーナメント戦の表を思い返す。あの場に、自身の記憶に該当するプレイヤーネームや、それらしい日本語は無かった。

 

 

 

 こいつ、偽名か替え玉しやがったな。



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56話 邂逅

こんにちは! イズムパラフィリア運営です!
本日は一部矛盾した描写の修正をいたしました。
変更点
トラスの外見:赤い髪を登場時の金髪へと

なお、運営は今までトラスを赤い髪の幼女で考えていたので、もしかしたら他の話にトラスが赤い髪だと書かれている可能性があります。その場合は報告をお願い致します。
この度はプレイヤーの皆様に多大な混乱とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
なお、今回の件による詫び石の配布はありません。
12/12(土)


 さて、状況は最悪に近い。この名前も良く分かっていないプレイヤーの男を相手に戦ったところで、俺に勝ち目は無いのだ。

 前回に、はったりを効かせて相手を自主的に撤退させたのに、こうして顔を見せに来ているということは、俺が脅威ではないことがバレていることの証左だ。もしくは、過大評価した俺の戦力すら確実に対処可能な方法を編み出したか。どちらにせよ、今の俺では手も足も出ないことは間違いない。

 

「いやぁ、この間は騙されたよ。まさか、元プレイヤーの君がデータの引き継ぎをされていないなんてね」

「おあいにくさま。俺は無双するよりも一からゲームをする方が好きなんだ」

 

 嘘だ。俺は雑魚を蹴散らして煽り倒すのが大好きな人間だ。そして、全キャラコンプしているデータを引き継げるなら引き継ぎたかった。もったいなさすぎるから。八桁の金と数万時間かけてんだぞ。

 この多くのものを失った感覚は筆舌に尽くしがたい。愛するものを失った。以上の喪失感なのだ。

 

 自分の身を削られてるからな。そりゃあ数時間かけた努力の結晶が失われるのは誰だって辛いだろ。

 

「俺も一度は最強プレイヤーと手合わせしたことがあってね。あの時のトラウマが甦っていて固定観念が外れなかったよ」

「ふぅん……じゃあ何がきっかけで顔を見せにきたのさ」

「教えて貰ったからさ。あそこにいる男の子にね」

 

 男が指差した先には、樹少年がいた。申し訳なさそうな顔をしており、表情に驚愕が無いため、樹少年も知らず知らずの内に相手へ情報を渡していた訳では無さそうだ。

 

 …………いや、そもそもこいつに情報を与えている時間がない。接触出来そうな時はプレイヤー強制参加のTSイベントだろう。他は目を離していても侵入者が分かる魔法都市と、僅かな時間しかない王国だ。他は警戒の都合上、姿は見えなくても音だけは聞こえる位置にいた。

 つまり、知らない内に情報を渡したが、王国でもう一度接触をしており、事情だけは把握しているだけだな。TSしてたなら、知らないこの世界にいる似たような境遇の人として情報を明け渡してもおかしくはない。

 

 もう少し情報リテラシーを学んで欲しいとは思うが。

 

「まったく、樹少年も無用心だね」

「ありゃ、裏切りだとは思わないの?」

「多少なりとも、相手の人格くらい把握しているさ」

 

 嘘を言った。俺は樹少年の行動可能な時間だけで判断した。そこに彼の思考や性格は反映されていない。

 

 まあ、人格を知っていようがそんなもの信じないがな。人間は自己の価値判断で動く生き物だ。

 不利益だと知っていて人が動くことはない。殺人者は殺す瞬間だけは絶対にそれが最も価値のある行動だと信じて動くものだ。あの時殺さなければ、等と後悔出来るのは、人が忘却する生き物だからでしかない。

 何も忘れることがなかったら、判断を間違えることなどしないのだ。カッとなったというのは、その瞬間に記憶しているもののなかで、理性も何もかもを置き去りにして動く理由があったということだ。もし仮に何も忘れることのない人間がいたら、カッとなる情報と、その激情に身を任せた際に起きる結果を一瞬で判断出来るだろう。出来ないと、人を短絡的に殺したり暴力を振るうことになる。

 

 人は社会的生命体であり、そこにあるのは地位もそうだが、本人の積み上げた過去とそれに応じた価値観がある。そのどちらも崩してはいけないものであり、失われると人は命を絶つ。会社で上司に全員がいる場で侮辱をされた日本人は自殺をするし、他アジア圏の人間は上司を殺そうとする。

 恥をかかせるというのは、人が生きるにおいてやってはいけないことの一つだ。面子は社会的に、集団で生きていく上で立派な要素である。一つの会社で生きる人間に、その集団全体に周知させる形で侮辱するというのは退路を断たせるに近い行為だ。

 

 完全な利益を相手に提示できない限りは、俺は人間を心の底から信用することはない。その者にとっての神になれないのなら信頼はしてはいけない。精神を満たし要求に応じれるだけの力を持たねば隙が生まれるからだ。

 

 俺は自分自身か、常に主張を変えない停滞した存在でもなければ信用しない。真に心を預けることは不可能だ。

 

 そう、従魔のような。召喚士以外との関わりを受け付けない存在でもなければ。

 

「……まあいいや。俺も、次善策の為に仲間割れを狙っただけだよ。君がダメなら、彼らを相手にすれば良いだけさ」

 

 俺から視線を外し、まるでミュージカルでもしているように、大仰な手振りで注目を集めだした。

 

「この国は悪だ。俺達日本人がここに連れて来られているのは、この王国のせいだよ。それも身勝手な理由でね!」

 

 その口上に観衆はブーイングをし始める。当たり前だ。観衆のほとんどはここ王国の民なのだから。

 彼らの発する雑音を無視して男の声は伝わっていく。

 

「俺が……俺達が喚び出された理由は聖女が倒せなかった敵の討伐だった」

 

 そこから語られたのは、俺の知らない物語の部分だ。

 この世界に誕生した聖女が目的を達成しないまま眠りについてしまい、困り果てた王国は、勇者の召喚に手を出した。そうして喚び出されたのが男らしい。

 勇者は、最初からこの世界にも存在している従魔を使えた歴戦の召喚士であり、激闘の末に災厄を倒す事に成功する。

 その後、元の世界に戻れない事を黙ったまま王国が極秘裏に処刑しようとしたところで、逃げ出された。

 そして、現在に至る。

 

「最初に喚び出された勇者は俺を含めて四人だった。全員が大事な仲間だった……処刑に気付けずに俺以外はみんな殺されてしまったけど」

「それで、復讐でもするの?」

「ああ! これはなんの関係も無い俺達を巻き込んだ王国の、この世界に対する復讐だ! 逃げ出した俺を新たな災厄に指定し、更に勇者を召喚して負の連鎖を引き起こしている王国を消さなくちゃいけないんだ! そのための準備はもう出来た」

 

 パチンと指を鳴らすと、一体の怪物と共にローブで全身を隠した男が現れた。今回はローブの男に喋る気は無いようで、こちらを一瞥した後は一切合切を無視したように目を閉じた。

 

「滅びの大地……いや、滅んでいないから貴族の街か。そこである研究をしていた男の研究内容を応用したものだよ。全体の種族名が、人類の到達点として『エンド』その量産品が『ローコス』だ」

 

 以前見た理性無き暴れまわる化け物よりも大人しく小さくなっている。捻れた黒い角。薄くなった皮膚みたいに真っ赤な肉体。

 

「まあ、このゲームで言うことじゃないけど、センス無いね。エンドのローコスト品だなんてさ」

 

 エンドロッカスとほぼ変わらないじゃないか。まあ、元がそれだからもじったんだろうけど。

 

「今ここで! 俺は、俺達は世界を相手に宣戦布告する! 不当な在り方を変えるために! 元の世界へと戻るために!」

 

 男がそう宣言すると、周囲からざわめきが起きる。見ると、何人かが彼の元へ集まった。

 

「エムルス……! 召喚士ギルドを裏切るのですか!」

「裏切りではない。これは我ら召喚士こそが真の支配者だと証明するための行為だ。お前こそ、いつまで王国に頭を下げ続けている? 従魔使いによる新しい秩序を今こそ作るべきではないか?」

 

 ヴエルノーズの召喚士ギルドの長、エムルス。彼を筆頭に幾人かの召喚士や、剣士、魔術師が集まっている。

 

 なんていうか、彼等で新しい国でも作れば良いんじゃないかな? わざわざここまで事を大きくする必要は無いと思うのだが。

 王国潰して万々歳で終わりで良いでしょ。その後釜にこいつらが立って、新しい国でも興せばいいだけだ。

 

 わざわざ世界を相手にする意味が分からない。聖女は確かにこの世界の人間から迫害を受けて身も心もボロボロになった末に眠りについたが、その人間達の行動を変えさせる理由が理解できない。

 聖女いなけりゃ人類が災厄で滅ぶだけだ。それを回避するために勇者を呼んだ王国は潰すのも分かる。だが、それ以外は放置でも問題無いだろうに。

 

 なんというか、烏合の衆って感じだな。力はあっても思想が違う気がする。統一感がない。

 

「スリープ君や樹君達も、こっちに来ないかい? 俺は、ストーリークエストはクリアしているから、元の世界に帰る方法を知ってるよ」

「嘘ばっかり言わない方がいいよ」

 

 樹少年達へ手を差し伸べている男に言葉をかける。不機嫌そうに眉を歪めてこちらを睨み付けた。

 

「第一、あんたの言う元の世界は勇者アヤナのいた地球でしかない。第二部までやってるなら分かるよね?」

「確かにゲームではそうだった。でも、俺達が来てるなら、元の地球に戻れる可能性はあるよ?」

「不確実。検証足りてないよ。俺は少なくとも嘘は教えない。戻れなかったらどうするのさ」

 

 クオリアから得た情報が正しいなら、少なくともゲームと同じ方法を使ったら第二部の世界へ連れていかれるだろう。裏にいるのは星十六だ。星八以上の従魔で異世界へと渡る方法を模索すべきだろう。

 

「それにさ、俺達なんて言ってるけど、どこに同じ日本人の召喚士がいるのさ?」

「は?」

 

 なぜかそこでわけが分からないという顔をする男。

 

「殺されたと言っただろ?」

「蘇生してないの?」

「……蘇生は、間に合わなかった」

「ふーん。じゃあ召喚は?」

 

 そう訊ねると、今度こそ、何を言っているのか分からない、こちらの言語を理解していないような顔をした。

 

「召……喚……?」

「試してないの? 知らない訳ないよね。イズムパラフィリアのルールを」

「人間は召喚出来ない……だろ?」

「そうだよ。人間以外なら大抵の意思ある存在は召喚出来るんだよ」

 

 まさか、スレを見たりしたことないのか? まとめサイトも? 俺の名前を知ってるし、戦った経験があるなら、最低限リセマラのために情報集めくらいしたよね? そもそもマイナーソシャゲに広告はないんだからどこかで知る必要がある。

 

 以前俺はゲーム上で勇者アヤナの生死確認が出来ていない時、召喚出来ないから死んではいない。と言っている。つまりは、逆なんだ。

 

「人間は召喚出来ない。つまり、人間じゃないなら召喚出来るんだよ? 死んだ仲間を召喚しなかったの?」

 

 ゲートの向こうにいる訳じゃないから、どうしてもリミテッド召喚になるだろうが、存在を認知しており、彼等に認められていれば召喚は可能なのだから。

 このゲームでは常々言われていた事だ。好きな人間のキャラに死ねと言う文化がある程度には知られている情報だ。

 死ねば従魔に出来るのだから。好きな人とずっと一緒にいたいなら殺すべきだろう? 死んだ後でも喚べば別れにはならない。

 

「……アンタ、それでも人間か?」

 

 男は理解不能な化け物を見るような目で俺を見ていた。

 問いかけを無視して続ける。

 

「それにさ、この世界の災厄問題は、聖女の好感度イベントで全部解決出来たよ?」

 

 聖女の好感度イベントは、最初に彼女の過去の再現。次に過去の克服、最後にいちゃラブイベントといった感じに推移していく。

 つまり、聖女さえ持っていて彼女を育成していれば分かったはずの出来事なのだが。王国に召喚されるのは不可避だとしても、わざわざ処刑されて、今でもこうして従魔以外の戦力を用意しないといけないくらい疲弊するまではいかなかったはずだ。

 

「まあ、しょせんはどこまで行っても『低予算で強い力を持ったこの世界に適正のある人物』でしかないね」

 

 無課金プレイヤーに人権は無い。君が生んだ悲劇は無課金でなければ回避出来た事だった。情報不足だった。それだけだ。

 嘲笑してやると、彼は人を殺せそうなほど強い憎しみの籠った目で睨むようになる。

 

「…………それが、最期の言葉かい?」

「おっと、ここで殺されるのは嫌だね『コール』リリィ」

 

 危機的状況にも関わらず、リリィはいつものように嘲りの笑みを浮かべて静かに佇んでいる。

 

「どうかしましたか? 旦那様」

「ここが正念場だ。全財産を支払う。これで一回でいいからテレポートを」

「──んもう、しょうがないですねぇ」

 

 移動手段でも随一のスキルである『テレポート』は、正直に言うと今の手持ちシルバでは足りなかっただろう。しかし、ここで戦っても、俺は無残に殺されるだけだ。

 従魔としてもそれは避けたいのだろう。かなりの無茶を頼んでいるが、それでもリリィは受けてくれた。

 

「一回だけですよ」

「出世払いで頼む」

「それとあわせて、今日から一緒の時間を設けさせていただきます」

 

 それは大丈夫だ。ウィード、シルク、ノーソと従魔の身体を調べているが、最近は安心してゆっくり確かめられる場所じゃなかったからリリィの番を後回しにしていただけである。

 まあ、誠意として他に時間を作っておくか。

 

「樹少年!」

「は、はいっ」

「……とりあえずここでお別れだ。合流出来るかは不明。後は君たちだけで頑張りなよ」

 

 彼らがどのような選択をするのかは知らない。

 現実に帰るのか、この世界に復讐するのか、定住するのか。

 なんにせよ、ずるずると続いた彼らとの旅は一度終わりだ。

 

「とりあえず、ここは逃げな。来た道は引き返せない。海か空か、あるいは北の山脈を使ったルートでヴエルノーズを避けて西を目指すといいよ。滅びの大地はどうなっているか分からないし。確認してもいいけど、とりあえずは西へ」

 

 貴族の街は、こいつらの本拠地か、最低でも手が入ってる場所だ。

 安全を優先するなら西へ。ヴエルノーズより西は治安がよろしくないが、彼らの強さならどうにかなるはずだ。

 

「スリープさんはどうするんすか!?」

「俺? 別にどうってことないよ」

 

 多少予定は変われど、目的は同じだ。

 

「この世界を存分に楽しむだけだ」

 

 リリィのテレポートによって、俺はハンチング帽の男を連れて、王国から転移した。

 

 

 

 飛び込んできた金色の髪の幼女と、それに引っ張られた黒髪の少女と共に。



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57話 敗北

日間ランキングにイズムパラフィリアが入っておりました。皆様本当にありがとうございます。

12/5(土)目標であった通算ダウンロード(UA)数10000回を突破したので、一部あらすじを追加しました。


 罵声、怒声、集団に煽られて怒りの渦が巻き起こる観客席の中、樹は心の内側で泣いていた。

 

「ちょっ!? トラスちゃんにアヤナちゃんが! ってかなにあの力!」

 

 身体に見合わぬ剛力を発揮して弾丸の如く飛び出したトラスに引っ張られて、勇者アヤナまでもが、スリープの転移で消えた。

 樹は知らないことだが、この世界の存在の多くには、肉体が保有する筋力よりも優先して実行される法則がある。

 その法則では、アヤナよりもトラスの方が優先権を持つようだ。

 

「アヤナは問題無いから! 今は王国を守るよ!」

「ええ!? 逃げないんすか?」

 

 樹はスリープの言ったとおり、この場から脱出することを目的としていた。しかし、里香がこの場に留まることを表明する。

 

「……アイツらが宣戦布告までしてここにいるってことは、確実に王国を滅ぼす準備が出来てるってこと。なら私は勇者なんだから戦わなくちゃいけないの!」

「それで死んだら意味が無いんすよ!」

「大丈夫。勇者は死んでも戻れるから……私も何回か死んでるし。だからイツキとヒイナで王国から脱出して」

 

 里香は右手を掲げ、足は地面と水平に折ってぴょこんと跳ねた。「『コール』」と呟き、緑色のテリリを呼び出す。

 

「それよりも、勇者はここを取られる方が不味いかもしれないの。さっきまでいたアイツ。アレも勇者なんだよ。私達が追っていた敵だから」

「……どういうことっすか?」

「勇者は不老不死なの。厳密に言うと、死んだら王国の、勇者を喚び出した場所に戻される。でも、アイツは勇者が処刑されたって言ってた……」

 

 アヤナがいない今が里香だけは王国を見捨ててはいけなかった。義理だとか、情があるというわけでもない。

 

「ここを敵に取られたら、私達は死んでも生き返れなくなる可能性があんの。それだけじゃない。元勇者だったアイツが不老不死に戻る可能性がある」

 

 そうなってしまえば、もうこちらに勝ち目は無い。相手は召喚士で、その弱点であるダイレクトアタックが効かなくなってしまうのだから。

 

「その上で勇者でも喚んでエンドにされたらそれこそ終わりなの……それだけは防がないと」

「…………それは無いと思うっす。あの男がそれをしたら、それこそ目的に至るまでの経緯と矛盾するっす」

 

 だからといって、樹が里香を置いていくつもりはなかった。同じ日本人だし、短い付き合いでも仲間であり、見捨てられないのである。

 彼の脳内は、切羽詰まっていて、思考がめちゃくちゃになっている。現状を作り出した要因は自分にあり、そのせいで周囲が大変なことになっているのだ。王国の人間がどれだけ死ぬのかも分からない。いずれこうなるとはいえ、それを早めたのは紛れもない樹なのだ。

 

 TS学園で出会った女性が、あのハンチング帽の男だった。

 先日王国で再会した時に、樹は助かるため、彼らの仲間になる道を提示されていた。保留にしたまま、樹は今日までを過ごしている。

 

 今ここで逃げれば、樹だけは確実に助かる。

 

「……勝ち目はあるんすか」

「無い」

 

 樹には死地に向かう勇者の精神性が理解出来ない。死んだ経験がないから死んでも大丈夫と軽率には行動できない。

 

「負けたら結局里香ちゃんは死ぬんすよ」

「……まあ、しょうがないよ」

「…………」

 

 樹では、里香を止める言葉が見つからない。

 無為に終わる抵抗をやめるに足る知識も何もない。スリープのようにゲームの情報も無いし、彼のようにあっさりと他人を見捨てる選択も取れない。

 

「里香ちゃん」

「……なに?」

 

 樹に取れる行動は少ない。切れる手札は他の誰よりも弱いものだ。

 

「お願いします。俺達と一緒に来てください。里香ちゃんの力が欲しいんです」

 

 だからこそ、頭を下げて情に訴えるしかない。

 

「ここで、ただ負けて倒れるよりも、次に繋げて、勝利を獲るために」

「…………そう、だね。今ここで負け戦しても、しょうがないよね」

 

 目を強く瞑り、数秒考え込むようにしていたが、やがて自分に言い聞かせるように呟き始める里香。

 

「ちなみに、予想出来る対処とかあるの?」

「一つも無いっす。でも、この世界って、召喚士が主人公らしいんすよね」

「ふーん……アイツも私も召喚士だけど。まあ、希望が一つでもあるならそれでいいか」

 

 冗談めかして言う樹に応じる里香。絶望を誤魔化して、現実逃避をするような笑い方だが、二人は強気に笑みをのせた。

 

「話は終わった?」

「ミルミルさん!? 今までどこに?」

「えっ……ずっと、一緒に……観戦してた……」

「あー、なんかごめんね?」

 

 そこに入ってきた樹や柊菜の魔法の師匠である魔術師ミルミルが、心に傷を負った。彼女はツンデレのような勢いで喋るところがあるが、それ以外は物静かな女の子であった。

 今まで誰にも認知されていなかったように。

 

「そ、それより、新田さんはどうしたんすか?」

「ふんだ。師匠のこと忘れるような馬鹿弟子に教えることなんて無いわ。……様子がおかしいから今寝かせてある。チェリーミートが背負ってて、移動は出来るから」

「すみません……ありがとうございます」

 

 一度はむくれたミルミルだが、今はそんなことをしている場合ではないと気を取り直す。

 

「空か海か山に行けって言ってましたけど、俺達の手持ちにはそんな従魔いませんよね?」

「あってチェリーが山の道案内が出来るかも……てところかな?」

「すみませんっ! 樹さん達ですか?」

 

 どうしたものかと話し合っていると、かなり焦った様子の王国の召喚士ギルドの長である龍人の女性が飛び込んできた。

 

「あ、はい。俺が樹っす」

「勇者リカ、樹、柊菜、えーっと、あなたは?」

「同じ旅をしている魔術師のミルミルよっ!」

「そうですか、この場に全員いますね?」

「いるけど……何急いでるの?」

「今現在王国の周辺にエンドと呼ばれた怪物が集まっています! 反逆者以外の召喚士を纏めて一度貴族の街へ撤退します! この場に貴族の街のギルドマスターがいない以上、エムルスが率いるヴエルノーズの上を通るよりかは安全なので」

「え? ……ちょっと待って!」

 

 ギルドマスターがそう言うと、里香が慌てて引き留めた。

 

「何か?」

「王国の人たちはどうするの? それに、剣士や魔術師は?」

「ああ……ミルミルさんは連れていきますから安心してください」

「そ、そうじゃなくて! ここにいる残された人たちは?」

 

 ギルドマスターは、現状を把握出来ておらず、ひたすら罵詈雑言を唱える民衆を眺めた。

 

「知りませんよ。こんなの」

「──っ!?」

「……私の従魔で運べる数は限られているのです。より強く価値のある人材を優先して助けないといけません。それに、私の所属は王国ではなく召喚士ギルドなので」

 

 絶句した里香と樹を前に、ギルドマスターは「もういいですか?」と確認をしたあとに、地面へと手を伸ばした。

 

「『コール』」

 

 足元が大きく揺れ動き、樹達は座り込んだ。一人だけ、悠然とたたずみ、揺れをものともしないギルドマスターは、東を指差して叫んだ。

 

「【砂漠龍ダスト】貴族の街へ向かいなさい!」

「ヴァアアアアアア!!!」

 

 普通の土だったはずの地面を砂へと変えながら、樹達を背にのせたダストは、咆哮で周囲を威圧したあと、大きく腕を羽ばたかせて飛び上がった。

 

 龍種星八【砂漠龍ダスト】アビリティは【飛行】【砂漠化】その他幾つか。地形を砂漠へと変えるアビリティの持ち主だが、緑種星七以上で無効化できるスリープがいらないと言い放った従魔である。

 

 

・・・・・

 

 見覚えのある渓流へと視界が切り替わる。足元にあったピンク色の花を見て、俺が来たかった場所へと上手く転移出来たことに安堵の息を吐いた。

 

「いたたた……」

「…………」

 

 腰に手を当てて尻餅をついた姿勢のアヤナと、彼女の腕から抜け出してしがみつくように俺の頭へ飛び乗ったトラスさえ居なければ。

 

 どうすんだよこれ。トラスのアラバスターゴールドは飛翔こそアビリティで持っていないが、飛んでトラスの元へ移動をしているので、無理をすればいけるだろうと思っていたのに。

 

おとうさん

 

 何事かを呟き俺の頭を抱き締めるトラスに文句も言えず、ただ頭を撫でる。

 

「……悪かったね。こっから先は死ぬかも知れなかったんだ」

「いや、今から死ぬでしょ」

 

 首に手を当てて左右に鳴らしているハンチング帽の男が俺の言葉に被せるように言った。

 

 まあ、こいつは知らないのも無理はないか。

 

「『コール』ウィード」

「グルル……」

 

 リリィは転移の時に無理をしたことでリコールされている。ウィードを呼び出せば、なにかを察しているのか、静かに俺の隣へ並んだ。

 

「…………それだけかい?」

 

 俺とウィードを見て鼻で笑う男。そいつは指を鳴らすと──。

 

「『コール』」

 

 空を埋め尽くすほどの従魔が次々に現れる。その多くは星一から星五以下のゴミばかりだが、数が圧倒的だった。レア度が低い分異形の怪物共がうじゃうじゃと静かに溢れでてくる。

 可愛らしい笑顔で固まったままのチェリーミートや、睨んだような目で顎を上げているミルミルもいる。

 

 ストーリー以外で入手できるリミテッド従魔はいないようだ。

 

「まったく、品が無いというか無課金は本当にそれで楽しいの? っていう遊び方しかしないね」

「勝つための方法だろ? 文句を言われる筋合いは無い」

 基本的にイズムパラフィリアにおける同時召喚枠は、三十が目安になっている。これは個人でレイドクエストに挑戦できるだけの数だ。

 

 レイドクエスト以外での多くのコンテンツには、従魔の召喚数に制限はない。特にメインストーリーでは、チャレンジによる報酬増加以外で従魔の召喚枠を増やし続け、物量で押しきる作戦にデメリットはない。

 無課金プレイヤーは、とりあえずゴミでも戦力にしないとやっていけないので、枠を増やし続け、従魔を召喚し続けるのだ。

 

 だが、増やせば増やすほど処理は重くなり、軽量化の為に画質を落とし、それでもカクカクに動かしながら、重なりあって元の姿が見る影もないテスクチャの塊を眺める作業の何が楽しいのだろうか。

 ゲーム楽しむ為に課金して快適に遊ぶんだろ。なんでゲームクリアするために楽しさを捨ててんだよ。ゲームやる意味無いだろ。勝つのが楽しいだとかカタルシスを感じたいならスポーツでもやれば良いのに。

 まあ、無課金プレイヤーがいてこそ、課金プレイヤーが輝けるのだから、彼らには悪いがそのまま目的を見失った乞食でいてくれ。

 

 イズムパラフィリアは量じゃなくて質のゲームなのにね。

 ダメージ計算式の都合上、最低ダメージは一になる。保証加減ダメージとか付いていないので、ウィード相手に星三以下の有象無象が攻撃しても勝ち目はないのだ。

 

 もちろん、それはウィードが完凸レベルマになったらの話だが。今ここに並べられている従魔達は、ウィードに攻撃が通るのだ。

 

 事の成り行きを見守っていたアヤナを抱き寄せる。アヤナにそのまま大人しくして貰う為に、小さく耳元で囁いた。

 

「ウィード」

「グルル……なんだ」

「悪いね。ここで死んでもらうよ」

 

 ウィードが咆哮をあげて男へと突貫した。

 次の瞬間、男の背後にいた従魔達から無数の攻撃が浴びせられる。

 男の前で倒れたウィードは、黒焦げの血塗れで、生きているのが不思議なほどの惨状であった。

 

「……それで?」

「もう終わりさ。後はその手に持っているピースメーカーで俺を撃てばいい」

 

 特に強い従魔でもないのに後生大事に持ち抱えているってことは、何か思い出でもあるのかね。

 

「ああそう……呆気ない幕切れだったね」

「本当だよ。せっかくゲームの世界に来れたっていうのに、学生は付いてくるわ無課金プレイヤーが無双してるわ。嫌になるね」

 

 構えた銃口はかなり振れている。しっかり胸に当てて欲しいのだが。

 

「……どこで間違えたんだっけな」

 

 誘いとして、聖女の台詞をもじる。男は少しばつの悪そうな顔をしただけだ。

 

「じゃあ……さようなら」

 

 引き金が引かれる。俺の予想は大きく外れて、土手っ腹に穴が空く。吹き出る血と共に、衝撃で後ろに倒れ込む。

 ……胸に隠しておいた召喚石の守りは外れたか。

 

 ドボンと水の音。渓流の流れはかなりのもので、三人連れたまま水底へ引き摺り込みながら俺達を運んでいく。

 

 ──男と対峙した場所。ここは聖女が人に追われて身投げした川と同じ場所だ。

 

 聖女は流されて、そのまま別の場所へと辿り着く。旅の終点。彼女が眠る場所へ。

 

 

 

 終末の洞窟へ。

 

 従魔に死んで貰ったんだ。俺もここで命張らなきゃいけないんだよ。

 失血を抑えるべく、傷口を全力で握り潰しながら、俺達は流されていった。



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58話 罪罰と国境線上の栄光

早産です(未熟児)


 ヤバい。想像以上に辛い。

 

 川から地下に入りそこら中を打っている。呼吸は意地でも止めており、なんとか意識を保っているようなものだ。

 

 水に入ったあと、どうにか腕の中に収めたトラスとアヤナはまだ余裕がありそうなので、恐らくは俺の身体から出ている血が酸素を急速に奪っている可能性が高い。本当にこれだけは胸を撃ち抜いて欲しかった。検証でウィードの跳躍撃では砕けなかったから。

 

 数分か数十分か、時間の感覚は既に無く、アヤナとトラスも苦しそうにし始めた頃、俺は意識を失った。

 

 

・・・・・

 

「──プハッ。はっはっ……」

 

 洞窟の湖になっている場所へと吐き出される。アヤナはすぐさま水面へと顔を出して酸素を求めた。

 トラスは根本的に地球人と違うからか、スリープを担いでなんとか水辺まで泳いでいた。

 

 アヤナも急いで二人の元へ泳ぐ。

 キラキラとした白というより透明な粒が集まり堆積した陸地へスリープを引き揚げる。アヤナはスリープの胸に耳を当てると、心臓の音を確認した。

 

「動いている……呼吸は……」

 

 口元へと手をかざすも、呼吸をしている様子は感じられない。水を吸ったのかは分からないが、このままではいずれ心臓も止まってしまう。

 

「人工呼吸……? でも水飲んでるだろうし、お腹を押して吐き出させるべき?」

「ハイハイ、そこの巻き込まれ女は引っ込んでてください。私が主様を助けますから。どこぞの人命救助を前にキスを躊躇う女と違いましてね」

 

 嫌みをたっぷり含ませてノーソがアヤナを背後へ押しやる。

 

「私は主様にキスでもなんでも捧げられるんですよ。あのくそどらごんが死んだのでこれからは私が正妻ですしね。ふひっ」

 

 一人でぶつぶつ呟きながらノーソはスリープへと唇を合わせた。

 

「ふーっ」

「…………うぐぅっ!!?」

 

 ノーソが息を吹き込むと、たちまちスリープの顔色が白から茶褐色と変わっていく。アヤナが狼狽え始め、ノーソがもう一度息を吹き込もうとし、トラスが容態の急変したスリープを揺り起こそうとする。

 緑色にまで顔色が変わった時に、スリープは跳ね起きた。

 

 ノーソの額を掴む。顔色と同じように変色した水を吐き出しながらノーソを睨んだ。

 

「ぐっ……ゴホッ。人命救助感謝する……が、殺す気か」

「痛いですよぉ。お目覚めですか? 主様」

 

 いくらスリープがアイアンクローをかけたところで、従魔であるノーソを傷付けることは出来ない。力を籠めたところでフラりと倒れそうになったことで、スリープはノーソから手を離した。

 

「……『再生』」

 

 胸元から零れ落ちた召喚石が砕ける。柔らかな光の小さな玉が集まり、スリープの前に綺麗な姿のままのウィードが姿を現した。

 意識は無い。

 

「げっ。主様、どらごんは死んだのでは無かったのですか?」

「死んだよ。ただ、俺がロストを保留にしてただけだ。ゲームでは出来ない技だけど、一回ミラージュと戦った時に出来たからね」

 

 ちぇーと唇を尖らせたノーソがリコールされて消えていく。スリープが消える直前にノーソへとウィードを押し付けて二人とも消えていった。

 

「…………!!」

「ちょっと、大丈夫なの?」

「いや、結構危ないと思う。回復役が早急に必要な程度には」

 

 意識こそ戻ったが、スリープの出血は止まっていない。血が抜けすぎたせいか、顔色は真っ白である。ノーソの病魔に冒されたのか、熱を無理やりにでも出そうとしており、急速に体力が失われていく。

 

 ふらつく身体をアヤナに支えて貰いながら立つスリープは、手に持った八面体の結晶六つを掲げる。

 

「これで全部だ。回復出来る従魔来てくれよ……『召喚』」

 

 血が抜けすぎて感覚が無くなり、スリープの体調はむしろ良好のように感じられた。生命に危機が迫っている証拠である。パニックなどを防ぐために逆に脳内物質がドバドバ出ているだけで、危険信号を出す段階を越えてしまっているのだ。

 痛いといった状態は、脳が危険信号を与える為に出しているものであり、本格的に生命の危機に陥ると、脳は痛みをシャットアウトし、逆に快楽を感じさせようとする。

 むしろ笑えてくる。というのは、一定の段階を越えた場合の安全措置なのだ。パニックを回避する為に。

 

 六つの結晶が砕け、光の奔流がスリープを包み、洞窟内部を強く照らしつける。

 光の中から現れたのは二人の少女。一人は背中から機械の部品で出来た翼を生やし、随所の肌から錆び付いた金属が見え隠れする。顔をうつむかせ沈んだ様子で座り込んでいる。

 そして、もう一人は身体にぼろ布を巻き付けた、一度も切った事が無いような無造作に延びた髪に、トラス並みの幼く小さい身体。相貌に一切の感情が乗っておらず、隣で座り込む少女よりも無機質な印象を与える。

 

「【ラインクレスト】……かつて、一つの国境線の守護をしていた……祖国に遣える機動兵器です」

 

 機械の少女が声にノイズを交えながら話す。古くなり打ち捨てられた姿にはラインクレスト(国境線上の栄光)といえるようなものの跡は無かった。

 

「【  】私は──人間です。人間です。人間です」

 

 その少女よりも機械のように同じ言葉を繰り返す幼女。名前は音にならず、彼女の眼には何も写っていない。

 

「罪罰」

 

 スリープがかすれた声で呟き、その言葉に彼女が強い反応を示した。

 グルリとスリープへ首を向け、食い入るように見詰める。眼球が今にも零れ落ちんと言わんばかりに開かれ、光彩が揺れる。

 

「あ……あぁ……」

 

 よろよろと罪罰と呼ばれた幼女がスリープに近寄る。あり得ない幻覚を見ているようで、しかしそれに抗い切れないように。

 

 スリープがついに倒れ込む。腹に開いた穴からは勢いが衰えた血がただ地面を僅かに染み込ませるばかりだ。

 

「あっ……ぎぃっ……!」

 

 スリープの元へたどり着き、そっと膝をついた瞬間に、幼女の様子がおかしくなる。痛みを堪えるように腹を押さえ出す。

 慌ててアヤナが駆け寄ると、幼女の押さえた手が真っ赤に染まり、彼女の服をも血で染め上げる。

 

 色の無い幼女の下腹部全体を血で染め上げ、アヤナが戸惑う中で、彼女は倍速再生をするかの速度で腹から血を流し、死に絶えた。

 

・・・・・

 

 死ぬかと思った。いや、死んだけど。

 

 俺の隣で出血をして倒れこんだ幼女を見る。背中側にも出血している跡があり、なにかが身体を貫通したような印象を受ける。

 自分の身体を触る。そこには今まであった傷口がきれいさっぱり無くなっていた。

 

 目の前でたおれる幼女の傷の位置は、俺と同じような場所にある。

 

 彼女は【滅亡聖女罪罰】聖女と言われてイズムパラフィリアプレイヤーが思い付くのは、彼女だろう。

 彼女はかなり特殊な従魔であり、その特異性から話題を呼んだ存在である。たった一つのアビリティが、イズムパラフィリアの中でも現在まで唯一無二にして、当時は誰もが求めるものだったからだ。

 

 突然だが、ソシャゲというのは常にアップデートを行いキャラを生み出すゲームである。一つのキャラクターこそがソシャゲの商品であり、それらは魅力的な外見を持っている。

 ここまでは普通のことだ。どのキャラクターだってあり得る話。ソシャゲじゃなくてもそうだろう。

 ソシャゲはそれに合わせて、ガチャを回して貰うための工夫がいる。性能の強化、それが必要だ。今までのキャラクターよりも弱いキャラを出せば、外見で好きなキャラを引くプレイヤーか、コンプ勢しか課金はしない。

 初期キャラよりも二年後に出したキャラの方が強いのは当たり前のことで、既存キャラはいい運営だと、上方修正を入れる。大抵はキャラの立ち絵をアレンジし、性能も強化した同一名にして別キャラをガチャで売るものだ。季節イベントなど、そういう手法が大半である。

 だからこそ、人権キャラというのは自己性能が優秀なキャラクターではなく、どのキャラクターにでも合わせられるバフ、デバフを与えるキャラクターに与えられる称号なのだ。一度サポート系キャラを出すと、それを越える性能の持ち主を生み出すのが難しくなるし、インフレを加速させていく。ソシャゲはぶっ壊れ性能のバフキャラが出てきた辺りからは落ち目になるので、見切りをつけるならサポートキャラを見ればいい。

 

 イズムパラフィリアも、インフレを警戒していたゲームなので、状態異常系デバフ従魔こそ数多くいるが、純粋なステータスバフ、デバフを与える従魔はほとんど現れなかった。基本的にはどの従魔も使えるスキルでバフデバフ技が入れられている。

 

 話は少しズレたが、ソシャゲはインフレが宿命であり、少しづつ切り分けながらインフレしていくゲームだ。強い従魔はより強い従魔を出してガチャを回させる。売り物になるのは単純なステータスだけではない。

 

 ゲームにおけるストレス要素を排除するのもまた課金要素の一つだ。キャラクターの衣装違いや、背景変更、BGMなど。それらもまた売り物に出来るシステムの一つである。

 

 いずれ来るであろう一つのストレス要素『ロスト』を回避する方法もまた、最大の売り物になる。

 

「んぅ……」

「え? 死んだはずじゃ……」

 

 倒れ付した幼女が立ち上がる。アヤナがそれを見て困惑の表情を浮かべた。

 

「あっ……おはよう、ございます。人間さん」

「おはよう、罪罰ちゃん」

 

 何事も無かったかのように立ち上がり、俺を見上げて心底嬉しそうに微笑む幼女。静かにすり寄って来て、弱い力ながら、もう二度と離さないという意思が伝わるほど固く抱き締めてきた。

 

「…………」

 

 トラスの目がジト目になっていく。

 

「もう、永遠に離れませんから」

 

 そりゃあそうだ。罪罰ちゃんを引いた時点で俺はずっと彼女を持ち続ける事になるだろう。

 

 天種星零【滅亡聖女罪罰】あらゆる生命の死に絶えた世界に産み落とされた、あらゆる死を肩代わりして世界を蘇らせる聖女。

 彼女の名前でもあるアビリティ【罪罰】は、他従魔のロストを一度だけ肩代わりし、戦闘終了後にHPを代わりに全損した彼女が復活する。ロスト無効化の能力を持つ従魔なのだから。

 

 彼女の唯一無二である他者の死を肩代わりする能力と、その後復活する能力はイズムパラフィリアプレイヤーが求めた事故によるロスト回避の能力である。

 まあ、彼女はそのアビリティ一つだけを持ち、他ステータスも全部一で固定された戦えない従魔なのだが。

 

 身代わり人形みたいなものだ。彼女以外に星零などという盤外の従魔などいないし。

 

 ちなみに、罪罰ちゃんはリミテッド従魔であり、死んでもロストしないので、一度入手したらずっと消せない従魔である。召喚した時からレベルMAXであり、一度も限界突破をしない。不変の従魔である。

 その性質から、ヤンデレ代表みたいな性格を与えられているイメージが多い。非公式漫画でもヤンデレキャラだった。

 

 欲しい従魔といえば欲しい従魔だ。もうちょい早く来てくれれば、ウィードの復活に石を割ることも無かったのにな……。

 

 というか、この反応を見る限り、リミテッド従魔は全員プレイヤーだった頃から俺の事を認識しているっぽいな。罪罰ちゃんのイベントはプレイヤーと二人きりのハートフルストーリーだったからな。最初から仲良い従魔だけど、ここまで甘えるようなキャラじゃなかったし。

 

 ……そして、もう一人だ。

 

 この明らかにメカバレフェチを意識しているような美少女メカキャラは機種星十三【人造天使ラインクレスト】である。

 

「……照合完了。お待ちしておりました。マスター」

「やあ……」

 

 ギシギシと関節を軋ませながら立ち上がり、俺へ深く一礼をしたラインクレストは、折った上体を持ち上げると、そのままピクリとも動かなくなった。

 

「指示をどうぞ」

「待機で。戦闘の時にまた呼ぶから」

「了承しました」

 

 罪罰ちゃんとラインクレストをリコールする。

 無機質なイメージだが、それはラインクレストがまだ限界突破(アップデート)によるマシン増設されていないからである。彼女は限界突破させると機械が増えて機能も増えるタイプなので。

 

 それよりも、リミテッド従魔に、ゲーム時代の記憶があるのならどうして未強化のままなんだろうか。ため息しかでない。

 彼女は国境線上を単騎で守護する人造天使なので、高機動高火力紙装甲な従魔である。今は未強化なのでただの紙装甲だ。

 

「…………とりあえず、一通りの役目は揃ったのかな」

 

 タンクのウィード、魔法攻撃のシルク、状態異常デバフのノーソ、バフ役のリリィ、後衛機動火力のラインクレスト、蘇生役の罪罰。

 

 作戦命令死ぬまで戦え。一人死んだら撤退。

 

 使い難いなぁ……。全体的に尖りすぎだろう。




ちなみに、罪罰ちゃんはかなり序盤の方に名前だけ出ております。


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59話 終末の洞窟

短めです。最近は皆様の誤字報告や感想、評価にお気にいり登録と大変助かっております。モチベーションにも繋がりますので、今後もイズムパラフィリアをよろしくお願いいたします。


 新しい召喚による顔合わせも済んだことで、ようやく状況の把握についた。

 アヤナも、周囲を見渡して、ここが地底湖のようになっている場所だと気付いたらしい。上空は土と石で覆われているのに、何故かどことなく薄明かるいので、ただの湖だと感じてしまうのだ。

 

「ここは……?」

「……終末の洞窟。その最深部だよ」

 

 トラスを抱き上げる。どうやら川の中で彼女を抱き締められる位置に動かした際に頭を打ったらしく、額から血が流れている。親指で傷口を拭うと、既に出血は止まり、僅かに血が滲んだだけだった。急かして来たので肩車をする。

 

 俺達がやってきたであろう、水が流れ出て滝になっている場所以外は、濃い霧で周囲に水があることくらいしか分からない。

 足元の砂を掬い取って見ると、一見透明に見えるが、微かに青い色がある。土砂が堆積して出来た陸地ではなく、何か結晶のようなものが砕けて陸になっている事に気付ける。

 とりあえず目的の場所に逃げ込む事は出来たようだ。

 

「……こうなるって知ってたの?」

「ゲームにあることだからね」

 

 とはいえ、そこに流れ着くまでの時間やら何やらを勘案すると、かなりの博打を打ったことになるが。

 まあ、俺が生きているかどうかはともかく、この場所が知られていることはまず無い。ヴエルノーズの聖女を知らない時点で、関連のクエストを受けないと判明しないこの場所は分からないだろう。

 

 少しだけ砂浜を歩く。自分達が来た方とは反対側に。一部分霧がかかって見えない場所がある。そこへ向かって歩くと、周囲が霧で見えなくなる。付いてきたアヤナがはぐれないように腕を掴んできた。

 

「なにここ……さっきまで周りが見えてたのに。まるでここだけ霧で取り囲んでいるみたい」

 

 推理小説好きのアヤナが鋭い事を言う。まさしくその通りだ。

 

 霧の中を進むと、徐々に空気が冷たく、鋭いものに変わっていく。人が来るのを拒むように、冷気が肌を刺す。

 そのまま突き進むと、雲を抜けたように霧が晴れた。

 

「なに……これ……嘘でしょ?」

「実物で見ると凄い光景だね」

 

 一段と高くなった石の台の上に、青く透き通ったクリスタルが大量に生えている。そのクリスタルの手前には風化した祭壇が置かれ、祭壇には錆びた短剣が置かれている。刃の部分には茶色い血が乾いた痕がある。

 

「琥珀みたいなものなの?」

 

 アヤナが呟く。透き通ったクリスタルの中には、幾人もの人が中で眠っていたのだ。

 近寄って人の入っているクリスタルへ触れようとするアヤナへ注意する。

 

「触んない方がいいよ。それが、ここを終末の洞窟と呼ぶ理由だから」

「……死んでるってこと?」

「封印、もしくは眠っている方が近いかな」

 

 ここで眠りに付いた人は受胎(輪廻)転生からも外れるからね。深く傷付いた人間が訪れて、永い眠りにつくための場所だ。

 クリスタルは一種の封印みたいなものだ。死種に囚われ転生しないために、もう二度と生を歩まない為に眠る場所。

 クリスタルに触れて、弱りきった意思で眠りにつきたいと願うだけで閉じ込められるんだ。触らない方がいい。

 

 そんなクリスタルの中央、一際大きいその空間には、何もなかった。むしろ何かがあった痕跡だけ残っていると言っていい。地面が掘り返された跡だけがあり、中央にあったであろうクリスタルごとぽっかりと失われていた。

 

 言わずとも分かるだろうが、聖女があった場所である。掘ったのはミラージュ達ヴエルノーズの地下にいる住民だ。

 

「この地面を掘り返したら、外に出られないの?」

「ここら辺地底湖だし危険だと思うけど。というか、そっちの道の方が死ぬ」

 

 クリスタルドラゴン相手に戦うのと、ミラージュとゴーレム化した聖女を相手にするのなら、ドラゴンと戦う方が勝ち目がある。

 というかミラージュはよくここまで掘り進めたものだ。

 表に見えているクリスタルだけが全てじゃなく、地下、水の中にまでクリスタルは存在する。ミラージュはそれを削り取ってか、避けては知らないが、わざわざ聖女を労力かけて回収しているのだから。

 聖女がいつ頃からいて、いつ死んだのかははっきり分かっていない。ゲームで見た地形が変わっていない辺り、最近眠りについたのだとは思うが、魔法都市を作ったような話も聞いたことがある。

 

 祭壇の上に置いてある短剣を拾う。これはイベントアイテムであり、ヴエルノーズにいる聖女を召喚するための触媒になる。入手しているとフラグが立つのだ。

 

「この後はどうするつもりかしら?」

「とりあえず脱出。と、言いたいところなんだけどねぇ……」

 

 あの場を切り抜けるにはこうするのが一番だったので後悔は無いのだが、問題もある。

 

「出るのにはクリスタルドラゴンを倒さなきゃいけないんだよね」

 

 現状、勝つのは厳しいだろう。どいつもこいつもレベルが足りん。

 

 まず、最初にこの世界に来たときは、チュートリアル効果で、ウィードが完凸レベルマ性能であっさり倒した。ついでに奥へと進んだ後に遭遇したのだが、終末の洞窟はここが最奥である。

 つまり、ここから外に出ようとすると最初に戦うことになるので、雑魚狩りによるレベリングが出来ない。

 次に、ここの敵は課金前提の強さだ。終末の洞窟はダンジョンであり、最奥のボスは課金プレイヤーが倒せるタイプのレイドボスである。DPSチェックこそ無いが、ギミックを解けないと簡単にロストさせられる。そして、課金必須の理由は、単純にステータスの問題だ。

 

 無課金の雑魚は蹴散らされる。ここに出てくる敵はどいつもこいつもタフでステータスが高いのだ。ステータスの暴力には同じくステータスで対抗しないとやっていけない。

 一応、脱出を目的にするのなら、クリスタルドラゴンだけ倒して後は逃げれば良い。そのステータスが高い敵の筆頭こそがクリスタルドラゴンなわけだが。

 

 そして、レイドボス相手にこちらの現在の召喚枠は四つ。トラスを入れても六つ、勇者の力を合わせて七つで全然足りない。

 

 ウィードが星十、ラインクレストが星十三なのが唯一の救いだ。ここは想定レア度星五なので。

 それでも未凸は無理があるが。ダメージは一しか入らないだろう。

 クリスタルドラゴンは物理防御が高いからなぁ。ラインクレストもウィードも物理型なのだ。

 

 シルク? (レア度)が足りん。

 

「勝てるの? 私も戦うけど」

「……正直に言うと厳しいかな。もちろん、方法はあるよ」

 

 ここでイベントが発生するのを待ち続け、そこでレベリング、石集め、そして召喚を行えばいい。

 水はそこにあるし、アヤナは魔術が使えるので火でも起こせば問題ない。食料も、水の中を探せばあると思う。敵は出てきたこと無いんだけど。最悪餓死して罪罰ちゃんで生き返ればいい。また栄養失調で死ぬまで耐えるだけのことだ。

 そうして、待ち続けていずれ戦力が整った時にでも、戦えばいい。いつかは出られる。

 アヤナにそう伝えると、その生活を想像したのか、非常に苦々しい表情になった。

 

「それは最終手段じゃないかしら?」

「いや、そんなの選ぶつもりはないけどね」

 

 敵は待ってくれない。悠長に力を蓄えていたら、世界がどうなるか分かったものじゃない。

 俺はイズムパラフィリアが好きなんだ。ソシャゲの世界が好きなのであって、それを好き勝手改変されるのは嫌だ。ゲームがもう一度したいんだ。無双して世界をめちゃくちゃにしたい訳じゃない。

 

「好きなものの為なら、ちょっとした苦行くらい、いくらでもこなせるよ」

 

 ステータス差でダメージが一しか出ない? 最低でも一入るならいずれ削りきれるだろ。それに、ノーソの病魔でもっと早く削りきれるはずだ。

 何時間かかろうが、敵わないわけじゃない。俺は攻略情報が出ていない敵に真っ先に突撃し、延々と金を使って戦い続けてきた使い捨ての精鋭なのだ。

 

「へぇ、結構やる気なのね。いいじゃない。そういうガツガツした感じ好きよ」

 

 アヤナも気丈に笑いかけてくる。トラスも元気そうに俺の額を叩く。

 二人ともやる気になっているようでなにより。下手に撤退する事で時間を無駄にしたくないから、そこでやる気いっぱい応援しててくれ。

 

「それじゃあやることは一つだ『コール』」

 

 リリィ、罪罰、ノーソ、そしてウィードを呼び出す。既にウィードは起き上がっており、不機嫌そうに喉を鳴らした。

 

「グルルルルル……」

「起きた? 体調はどう?」

「……問題ない。気分こそ悪いが、体調は万全だ」

 

 次は勝たせろ。というウィードに謝罪の意味を込めて頭を撫でておいた。最近は負けてばっかりですまんな。

 

 …………思い返すと、俺の戦績はあまりよろしくない。ミラージュには負けと撤退。ハンチング野郎にはハッタリで引かせて敗北。要所要所で負けている。

 

 雑魚相手に無双は出来ているのが本当に情けないわ。

 

 閑話休題。とりあえず、死からの復活に問題なし、と。ゲームでは、罪罰ちゃんのアビリティは、発動した後は、本人が戦闘離脱してしまい、終了後に復活する仕様だったのだが、現実ではどう処理されるのだろうか?

 

 まあ、罪罰ちゃんのアビリティは極力使用したくない。ぶっつけ本番になるが、やり直しは一回まで効くと考えておけばいいだろう。

 死を肩代わりする彼女は、その能力故に、彼女の世界であらゆる死を経験したのだから。狂うことも許されず、永遠に誰かの死を代わりに受けつつ、ただ化け物として扱われていた。

 

 めちゃんこ可哀想なので極力彼女の力は借りずにやっていきたい。彼女の入手イベントは救いの無いものだったので、絶対に引かないといけないものだったのだ……。

 しかも一度引いたらずっと一緒なんだぞ!? リミテッド従魔は手放すことも出来ないし、ロスト無効従魔だから消えることもない。召喚することがハッピーエンドなのだ。

 

 幸せにしなきゃ(使命感)

 

 話は逸れたが、咳払いをして誤魔化す。いつの間にか抱き締めていた罪罰ちゃんをそっと元の場所に戻し、従魔達を見る。

 

 完全に白けた顔をしてやがる。

 

「…………これから、終末の洞窟を出る為にクリスタルドラゴンと戦うことになる。そこで、一つ出来るようにならなきゃいけないことがある」

 

 彼女達も、真面目な話が始まり、真剣な表情になる。

 俺がウィードを見つめると、ウィードも喉を鳴らすのもやめてこちらを見つめ返してくる。

 

 そして、一言。

 

「ウィードの身体が欲しいんだ」

「…………は?」

 

 ポカンと口を開けて呆然としていたが、次の瞬間には顔を真っ赤にして俺に飛びかかってきた。

 

「お、おおおおおまっおまっお前えええ!」

「ヒューヒュー!!! いい見物(みもの)ですよ旦那様! ここで青姦だなんて本当に男前ですねっ!」

「こ、こここここでなんてトラスの教育に悪いわ! そういうのは一目に付かないところでやりなさいよ! み、見えちゃうでしょっ!?」

「はぁー? 不潔ですよ主様! ドラゴンなんて人体に悪い病気が付いてるかもしれないんですけど? そもそも主様には私がいるじゃないですか!」

「……一緒に居てくれないんですか?」

 

 龍の力で組み敷かれる。ノーソは袖を噛んで悔しがるふりをして、リリィがニヤニヤと見物の姿勢を取る。罪罰は目を潤ませて、アヤナはトラスを肩から奪い取ると目を塞いだ。

 

「へ、変態がっ! 私はまだ五年も生きていないんだぞ!? それともなんだ、お前は幼い龍に欲情するド変態マスターだったのか!? ああそういえばさっきも白いガキを抱き締めていたな! 確かにお前に私は身体中を隅々まで弄くり回されたが、まさか自分の性欲の為にやっていたとはな! 研究とはなんだ? 自己の性癖探求でもしてたのか? このペドラゴン野郎がっ!」

 

 ペドラゴンは多分ウィードの方じゃないの? 俺のことはペドフィリア(幼児性愛)野郎だと罵倒するべきだろう。

 というか、言い方が悪かったけどそうじゃないよ。欲しいのはウィードの完全なマニュアル操作権だよ。

 

 騒がしくなった湖畔に少女達の声が反響する。

 倒れた先に見えたクリスタルの中にいる人達が、どこか笑っているように見えた気がした。




これにて王都編は終了です。次回はいくつか閑話を挟んだ後、樹少年視点で進む貴族の街編になります。スリープ視点は次章ほとんどありません。


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閑話 なぜなに従魔講座2

短いです。



 クリスタルと水の色を反射して、全体的に青く清浄な雰囲気を漂わせる湖畔の祭壇に二人の少女が並び立つ。手頃な大きさの平らな石に腰掛けたトラスがそれを眺めている。異様な光景にアヤナが遠巻きにしていた。

 トラスの後ろでは、シルクを肩に乗せたスリープが立っている。

 

「なぜなに従魔講座の時間だ。司会進行は私ウィードと」

「ラインクレストでお送り致します。ちなみに、サブタイトルの元ネタであるウサギ等はおりませんのであしからず」

 

 何か始まったとアヤナが半眼になる。従魔講座といえば、以前召喚士組を集めてスリープが開いていた勉強会だったとアヤナの記憶に残っている。が、こんな漫才のようなものでは無かったはずだ。

 

「それで、ウィード様。今回はどのような話をするのですか?」

「ああ、新入りが入ってきたことだし、話もごちゃごちゃしてきたから『聖女』という従魔について話をするぞ」

「聖女ですか……。私の同期にも聖女がいましたね」

 

 呼んだ? とトラスの隣に同じポーズをした罪罰が現れる。呼んでません。とラインクレストが返事を返すと、そのままトラスの横で拝聴する構えをとる。

 ちびっ子観客が二人に増えたところで、ウィードが話を続けた。

 

「ああ、高頻度で増え続けるロリ枠の一人だな。あいつも聖女だし、私も短いながら対峙した魔法を放つゴーレムも聖女だそうだ」

「機種が魔法とは珍しいですね。というか、聖女とは勇者の相方だと思うのですが違うのですか?」

 

 そういえばそうだな。と勇者であるアヤナも思ってしまった。ライトノベルなどでは確かそういう設定の方が多かったはずだと。

 それがこの世界では、身勝手に自死を選び、その挙げ句に世界が滅茶苦茶になるきっかけを生み出した諸悪の根源となっているが。

 

「勇者は人間、聖女は従魔だ。まあ、私のいる従魔の世界には聖女なんぞいないのだがな。いるのは魔女だけだ」

「ラインクレストも従魔の世界にはおりませんが、聖女は知らないですね。基本的に同じような機械ばっかりいました」

「私自身元いた世界の事はそう知らないな。真の姿になれなかったから、母様には外へ出させて貰えなかったし」

 

 脱線して二人の故郷の話が始まると、スリープの肩に止まったシルクから『話を戻して』という魔法で書かれた文字が浮かんだ。カンペ役である。

 番組のつもりなのだろうか。アヤナが回りを見ても、撮影をしている様子は見受けられなかった。

 ママゴトのつもりなのだろう。と、一人で結論を出して、この茶番劇の様子を見守る。

 

「話が逸れましたね。それで、聖女というのは特徴か何かがあるのですか?」

「いや、お前も従魔ならば知っているだろう? 従魔は龍種機種といった大まかな分類以外にも、地龍や聖女で枠組みを作られているじゃないか」

「リミテッド従魔という一点物になりますので」

 

 ささやかな自慢をかましてきたラインクレストにウィードは隠すこともなく堂々と舌打ちをした。

 カンペ役から『笑顔で!』と指示が入ってくる。

 

 なお、元々二人は笑顔になってなどいない。無表情としかめっ面で漫才をしている。

 

「まあいい。そのリミテッド従魔という奴でも、私達のいるゲートの向こう側。いわゆる従魔の世界にいないだけで、従魔に分類され、なおかつ似通った性質を持つ存在は、聖女などの枠組みを設けられるというわけだ」

「そんなに似た存在がいるのですか?」

「世界は広い。というのもあるが、別に従魔は生物的に似ている訳じゃないからな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「情報の質とは?」

「概説すると、私達の身体は生物的側面と物質的側面に分かれる。生物的には、龍は人間に似て、食事をし、生殖行為で数を増やせる。大抵の生きている従魔は、そこら辺にいる既存生物と変わりない。だが、物質的には大きく違う。従魔に分類される存在は、その世界が持つ法則よりも優先される法則がある」

 

 従魔になってステータスが現れるのではなく、ステータスがあるから従魔であるのだ。従魔は召喚士に使役されずとも、ステータスを持ち、アビリティが使え、スキルを操る。

 

「そもそも従魔には非生物もいるからな。進化系統図よりも、所属する文明やら持ちうる主義やら役割で枠組みを作られる方が多いぞ。クリスタルドラゴンだって地龍の一種だが、私の眷族なだけで、従魔的に見れば別の存在だ」

「なんか余計に分かりにくいですね」

「グルル……一応ここまでで話したことはあそこのペドラゴンマスターが出した情報のはずだが」

 

 ウィードが指差した先を、トラスと罪罰が向く。振り返った先にはシルクをリコールし、腕を組んで真剣な表情で格好つけているスリープがいた。

 

「真面目に聞きなさい」

 

 ふざけていた人が何を言ってるんだ。そうアヤナはツッコミたかったが、収拾がつかなくなると判断して開きかけた口を閉ざした。

 二人が正面に向き直ったのを見て、話が続けられた。

 

「とりあえず従魔の分類は理解できました。それで、今回は聖女という従魔についてですが……」

 

「説明しよう!」

 

 ノリノリでスリープが入ってきた。

 

「聖女というのは、基本的に身体の構成は人間と同じで、精神も似通(にかよ)った存在だね」

「人型で召喚されるような従魔は大体人間に合う奴しか出ないからな」

「しかし、同時に従魔でもあり、人間とは似ているだけで同じでは無いんだよね」

「ああ、わかりました。同族じゃないから排斥されてきた存在って事ですね」

「辿る運命はそれで合ってるよ」

 

 会話をしながら、スリープは罪罰に手招きする。駆け寄ってきた少女を抱き上げて、腕の中に納めると、話を続けた。

 

「聖女は人類に味方をする使命を持って生まれた存在で、方法や内容は多岐に渡るものの、その全てが善行であり、種としても善性的存在だよ。ちなみに羽は無いけど天種に分類される」

 

 罪罰で言えば、人というよりあらゆる生命体の死をその身一つで受け止めるために生まれた存在だよ。と言いつつ腕の中にいる聖女を撫でるスリープ。

 

「人に寄り添う形で目的を達成する聖女が多いんだけど、そこで人との差異が問題になるんだよね」

「自分の住処によそ者が入るのは不快だからな」

「迫害や、その力を求めて人間同士で戦争とかしそうですよね。ラインクレストの出番でもあります」

 

 自身が持つ性質に(ちな)んだコメントを残していく従魔達。確かにこういう所は従魔っぽいとアヤナは感じた。

 

「罪罰ちゃんのように、今までの人の理をぶち壊すタイプもいれば、この世界の聖女のように、災厄を倒すのが目的の人ではどうにも出来ないことを解決するために生まれた聖女もいるよ」

「罪罰さんはなぜそのような使命を?」

「あー……戦争に次ぐ戦争で、その世界は人どころかほぼ全ての生命体が絶滅しかけてたんだよね。それで、その原因である人間に罪を自覚させるために、人と同じ姿の聖女が、他の存在の死を受ける事で罰を与えながら、生命の復興を目指していたんだ」

「滅ぼせば良かったんじゃないか?」

 

 ウィードの指摘にスリープが頷く。

 

「もう滅んだよ。罪罰ちゃんが誕生した後も戦争は続いたからね。復興よりも、今ある資源の奪い合いをしてたから。俺が罪罰ちゃんを召喚した時点で、生き返らなくなった人間は戦争を続けて、死を恐れないまま絶滅するだろうさ」

 

 まるで決定した事実を告げるように淡々と話した。罪罰の事を知っているのなら、恐らく先ほどスリープが話した内容も、ゲームでの決定事項だったのだろう。

 アヤナは、ふと思った事をスリープに聞いてみた。

 

「ねえ、聖女ってさ柊菜が召喚しやすいんじゃないの?」

「え? むしろ柊菜は召喚出来ないような気がするけど……。召喚出来る聖女は基本的に世界をどうにかしようとかそういう考えは既に無く、逆に救いを求めているようなキャラが多いんだよね。柊菜は、弱者への救済だっけ? それを目的に行動してるんでしょ? その為の力を与えるのが従魔であって、助けを求めて召喚されるなんて事は無いんだよ」

「ヒイナさんという方の召喚に応じる可能性がある聖女は、自力で使命を果たせるか、果たした方が多いから、わざわざ召喚士の手を借りるまでもない。ということですね」

「そういうこと。召喚に応じる従魔は、それぞれ目的があるから、それを叶えられるかどうかも重要になるんだよ。聖女の場合、大体は使命の放棄が目的だから、救済を掲げる柊菜より、平穏を望む樹少年の方が召喚しやすいよ」

 

 あくまで召喚しやすいかどうか。だけどね。と予防線を張るスリープ。

 

「なるほど、召喚される側にも都合があるのですね」

「まあ、一応好感度イベントで、召喚された時にネガティブな事情を抱えた聖女は立ち直るから、それもあってないようなものだとは思うけど」

「グルル……それで、ゴーレム聖女の方はどうなんだ?」

「あっちは、災厄を倒すために生まれた聖女なんだけど、生まれてすぐに災厄と敵対し、手傷を負わせるも敗北するんだよね。それで、今では勝てないから旅に出るんだよ。そこで魔法を発展させたり、この地に魔術として魔法を遺したりしつつ、力を蓄えたり協力を得ようと動くんだ」

 

 アヤナ達勇者も、世直しの旅をしつつ金銭面でもいいから何とか協力を取り付けようと試行錯誤していた時期がある。

 

「まあ上手くいかないんだよね」

 

 倒せるかどうか分からない存在相手に立ち向かうくらいなら、襲われないための防備に手を回すのが人間だ。地位や権力を持つ人間は基本的に保守的になる。ましてや自分達よりも強い存在が闊歩する世界では、一都市を築けば後はもう守勢に回るやつしかいない。

 目立てば殺されるのだからしょうがない。基本的に都市の大きさは、そこのトップが持つ力の大きさである。守護できる範囲までしか広げていられないのだ。

 

 アヤナは北条院財閥の令嬢だ。企業団体は利潤を第一に考える組織なので、そこら辺の事情には理解があった。

 実績すら無いままに力を貸す事はないだろう。アヤナ達も世直しの旅という名目であちらこちらの賊やら従魔を倒さなければ、勇者として名を馳せることすら無かったであろう。

 

「そうして上手くいかないまま災厄は激化して、争いは増え、人に余裕が無くなっていった。そんな時に、災厄さんから人間にお話があったんだよ『聖女を渡せばこれ以上は襲わない』ってね」

 

 アヤナはそこまで聞いて、その後の展開を容易く予想できた。日本の歴史でもよく見る出来事だ。

 

「聖女狩りが始まって、最終的に単騎でもう一度災厄に特攻した聖女様は敗北。一応引き分けまで持っていったけど、その後は人間に捕らえられて、なんやかんやあって逃亡、身投げ。終末の洞窟に流れ着いて、人間のことなんぞもう知らんと眠りに就きましたとさ」

 

 紙芝居の締めくくりのような台詞で話を終えた。

 

 罪罰をリコールし、スリープはトラスの横に座った。祭壇にはウィードとラインクレストだけが残っている。

 

「悲劇的でしたね。ラインクレストの演算能力には問題ないようです。予想通りでした」

「グルル……下等種族なんぞに手を出すからいけないんだ」

「その言葉は我々にも刺さるのですが」

 

 自慢気なラインクレストと、子供っぽい感想のウィードで空気が若干軽くなる。

 

「それではマスター。聖女とは結局どのような存在なのでしょうか」

「……イズムパラフィリアでも、聖女ガチャにはキャッチコピーがあったんだ『その聖女は人の世で生きるには高潔過ぎた』ってね」

 

 結論を出すようにスリープは言葉を続ける。

 

従魔(聖女)は人と相容れないんだよ。召喚士以外とはね」



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閑話 風俗へ行こう!2

犯罪描写に若干の性的描写があります。怒られたら削除します。


 草木も眠る月明かりの夜、窓から差し込む明かりだけを頼りに、一組の男女が絡み合う。

 この日、一人の悩める男が失敗した。

 

「しーちゃん……」

「うん、いいよっ! きて……マスター!」

 

 男女は勢いのまま行為へ至ろうとし……。

 

「流石に入んないっす……」

 

 物理的に無理があった。

 

 異種族間の文化交流。ぶっちゃけ好感度稼ぎきった少年が性事情に悩み、困り果てたタイミングにTSしたことがきっかけで、二人は付き合いだしていた。

 この日は久しぶりに安心できる街中に、彼らを含む旅の一行が到着したので、宿へと籠り二人の時間を過ごしていた。

 

 ソーシャルゲームが元となっているからか、思春期の青少年にとって普段の旅は美少女に囲まれてのものとなっている。姦しく少しきわどい話道中でもあったり、結構厳しい旅だったりと、彼らは仕方の無い事情からかなり距離の近い生活を送っているのだ。

 それゆえに、時間をかければ否応にも仲が深まっていく。羞恥心もある程度は削れていく。そうして出来た産まれも育ちも思想も違う人達で作られたグループには、一種の壊しがたい雰囲気というものがあった。それはただの仲良しグループに収まるようなものではない。

 魔術師ミルミルの登場により、特に女性陣は衛生面での生活指数の向上が著しい。それまでは長くても三日は越えない野宿の旅だったが、そこに毎日魔術による毎日の風呂やらなにやらで、身嗜みに気を遣うようになった美少女達とずっと時間を共にし続けるのだ。

 

 もう我慢の限界だった。何か良い香りはするし、肌は惜し気もなく晒されるし、この世界の女の子達はとんでもない美少女ばかりだが、日本人である彼女達も引けを取らんばかりの美少女揃いなのだ。

 従魔を除いた彼の同性である大人の男も一人いるのだが、彼は不能なのかと思わんばかりに普段から平然としており、未熟で若々しい性の色香に惑う様子は一切見受けられない。

 

 ホモなのでは?

 

 実際のところは、その大人も普通に性にアレコレ興味はあるのだが、歪んだ性癖等の要因が彼を冷静にし続けていた。異形頭が好みであり、どちらかというとシチュ萌えするタイプなので、間違いなんぞ起きるはずがなかった。

 そんな事情も知らない少年は、年の差を感じさせない距離感で関わってくる彼を前に、こっそりケツの穴を引き締めていたりする。

 

 閑話休題。TSした時に告白を受けた少年は、今でもその妖精の少女と付き合いを続けていた。

 今まで以上に発展した物理的に小さな女の子と少年の関係に女性陣は訝しげにしていたり──黒髪の一人だけ耳年増な少女はニヤニヤしていた──大人の方は満足そうに頷いていたりするが、それはまあ問題じゃない。

 

 彼は普通にあどけない妖精を大切に想っているし、魅力的な女の子だとも思っていた。付き合う前はそのお人形サイズがどうしても欲情出来なかったが、プラトニックに愛を重ねつつ、ムラムラ我慢大会を開いていれば、いずれ悟りを開けるのも無理はない。

 

 いつしか、彼は妖精相手に欲情出来る肉体となっていた。

 イズムパラフィリアは様々な異常性癖を内包するゲーム。故に彼もいずれはこうなるのは自明の理だ。

 かなり強引にこじ開けた気がしないでもないが、それでも一度歪んだ性癖は戻らない。

 彼はこれからも徐々に道を歪めつつ、進み続けるしかないだろう。

 

 いざゆけ、性少年! 新たなる境地(オナホ妖精)へ!

 

 

・・・・・

 

「風俗に行きたい?」

「ウッス……」

 

 俺が里香の依頼を終えて宿へと戻ると、意気消沈した面持ちの樹少年が風俗に誘ってきた。

 

 今回は行く気無かったんじゃないのか。

 

「どうしてまた急に。というか一人で行ってきなよ」

「いや……本当は行くつもりなんて無かったんすよ。でも、ちょっと自信無くしちゃって……」

「はぁ……聞こうか」

 

 面倒くさい雰囲気の樹少年から話を聞く。なんで俺が樹少年の性事情を知らねばならんのだ。そう思いつつも、妙な落ち込みっぷりを発揮するので仕方なく相手をする。

 そもそも気まずい間柄だったのに、俺に頼ってくるくらい落ち込んでいるので、メンタルケアも兼ねておいた。樹少年は女の子に囲まれて大変そうだしね。

 俺は別に思春期も通りすぎており、そう高頻度で性欲処理が必要でもない。だが、樹少年は思春期真っ只中にあるのだし、今の状況というのはかなり我慢を強いていることだろう。

 生憎と、俺は身重になった同行者に配慮しつつ旅を続ける気はない。最低限街に着いたら生活費兼手切れ金であるシルバを幾らか渡して、はいさようならだ。

 

「……で、物理的に入らなかったと」

「そうなんすよ! 今までそっちの雰囲気とか関係を想定してなかったから気付かなくて……っ」

 

 ワッと泣き出した樹少年に送る言葉に悩む。

 気付けよ。せめて前段階の時に気付きなよ。なんで二人揃って挿入段階で気付くんだよ。

 

「ピクシーはオッケーだったんだからイけば良かったのでは?」

「痛がるに決まってますし、お腹裂けちゃいますよ!」

 

 ステータス的に考えても俺達人間がピクシーにダメージ与えるのは可能でも、一撃で腹を割くのは無理だから大丈夫だよ。ボコォッ! ってなるだけだから。

 

「大丈夫だよ。ピクシー柔らかいから」

「本当っすか?」

「ウンホント、スリープウソツカナイ」

 

 攻撃力的に考えれば入れることすら無理かもしれんな。いや、でも一ダメージは入るから可能か。あそこへの挿入が一ダメージなのかは置いておくとして。

 

「でも……痛くさせちゃって下手くそに思われたくないんすよね」

 

 知らんがな。

 

「それで風俗へと?」

「妖精系の場所とか無いんすか?」

「これ健全なゲームなんだよね」

 

 あるとは思うけど。サイズ小さいのから徐々に大きくして慣らせばいいじゃんか。ゴム製綿棒とか探そうか? 多分風俗では売ってなくとも召喚士用としてはその手のグッズはあると思う。

 

「とりあえず探しに行きましょう!」

「やだよ。今日はもう疲れているんだ」

 

 樹少年は嫌がる俺を持ち前の強引さで無理矢理連れて行った。稀に発揮する強引さはなんなんだろうか。

 

 繁華街へとたどり着く。王国はヴエルノーズと違い暴君ではないので、治安がいい。いや、別方向から見れば独裁者で暴君みたいなものだけど、舐められたら終わりな国王様は上手いこと増長させずにやっているらしい。

 

「普通の人が多いっすね……全体的にレベルは高いと思うんすけど」

「悪さは出来ないからね」

 

 健全かどうかはさておき、夜の街で客引きをする人はゲームでもモブにしては可愛いレベルの女の子ばかりだ。その代わりか、ヴエルノーズのような退廃的雰囲気も無ければ、混沌具合も無い。

 あそこで会ったのはゲームとは思えない凄い外見の人だったからな。悪い意味で。

 そこにいた少女達は、人間も居たが、召喚士が提供しているのか、サキュバスも混ざっていた。悪魔っ娘はいたのだ。

 

 まあ、イズムパラフィリアの従魔は絶対服従ではないので、そういう方面でもオッケーな従魔でもなければ風俗には出ないか。

 

 ……今さらながら樹少年の作戦は無理がある事に気付いた。従魔は召喚士以外の人間とはほとんど接触しないのだ。

 従魔がわざわざ野良で現れて人の生活圏で風俗嬢に身を落としている可能性はなきにしもあらずだが、そんなことするくらいなら、もうちょっと別のことをしていると思われる。

 

「引き返そうか」

「いや、ここまで来て男なら引き下がれないっす!」

 

 いや、帰れよ。目的忘れてんぞ。

 

 頑なに帰りたがらない樹少年と俺の元に客引きの女性が近付いてくる。肌の露出が多く、人目を引くような女性だ。

 

「素敵なお兄さんたち~ちょっと休んでいかない?」

「妖精はいるっすか?」

「えっと……そこまで小さい娘はいないけど、でも、妖精みたいだって言われている娘はいるわよ~」

「妖精みたい……」

 

 条件反射じゃないか。

 ……あ、樹少年は生殺しで終わったのか。だからこんな見境無いんだな。自己処理しておけばいいのに。

 

 しょうがないので、樹少年がフラフラと女性の後に付いていく背中を追いかけた。

 ヴエルノーズはそっち系の宿だったのだが、ここは普通にお酒飲んだりと繁華街の名に相応しい店のシステムがあった。

 表向きは飲食店とかなんじゃないかな。

 

「ご指名ありがとうございます~。ユキノ・フェアリーでぇーっす」

 

 全体的に小柄で、髪をツインテールにした女性がやってきた。

 きっつ。顔は老け気味だしグラフィックは良くない。色々配慮した感じの後進国ジャパン時代にあったできの悪い3Dゲームのキャラみたいだ。

 

 ツインテールにしたらロリだと思うなよくそが。

 

 樹少年も女性を見て「妖……精……?」と首を傾げている。

 待っている間に注文した酒を一口飲んで口を開いた。

 

「チェンジで」

 

 結局、フェアリーは居座り続けたので、俺の分として新しく嬢を頼んで樹少年に押し付けた。

 樹少年は気配り出来る人間だし、今時の学生にしては知識もある。そして、フェアリー嬢もお酒を飲んで金を出す客相手には普通に愛想良く会話するようだった。新しい嬢も新人なのかフレッシュさがあり、上手く相槌を挟んだり持ち上げたりと樹少年を気持ち良くさせている。

 

 ちなみに、キャバクラネタだが、初見の人を相手にする時は本番と言われる。別にそういう行為をするわけではなく、隠語的なアレだと思う。

 

「彼女との(体格的な)サイズが違いすぎて、入らなかったんすけどどうすればいいっすかね……?」

「は、入らないくらいなんですかぁ? とりあえず、最初は小さいのから慣らしていくとか……」

「もう入れたら物理的に千切れちゃいそうで……」

「ちぎれる……」

 

 話しは進み、樹少年の悩み相談に変わった。なんか面白い事が起きているのを隣で聞きつつ、一人静かに酒を飲む。

 ちなみにだが、樹少年も弱めの酒を飲んでいる。そのせいかお互いのすれ違いに気付かないまま口がよく回っている。

 

 ごくりと生唾を飲み込む嬢達が顔を見合わせる。

 

 樹少年は二人を持ち帰ることに成功した。

 

 

 繁華街を少し離れた路地を歩く。前には樹少年と、それに組み付いた二人。俺は後ろで気配を殺し他人のふりをしつつ付いて行っている。

 そこに黒いフードで顔を隠した男が近寄る。

 

「おや、お兄さん。これからかい?」

「あ、そうなんすよ」

「へぇ、女の子二人を相手にね。それってちょっと不安じゃない?」

「まあ……」

 

 樹少年は今自分に自信を持てない状態なのでどんどん悪い方向へと連れていかれる。

 

「そんなお兄さんにこれをあげよう。『レフトオーバー』といって、まあちょっとした自然由来の安全な精力剤さ。これで一日中だって元気いっぱいだよ!」

 

 そう言われて数粒の青色の錠剤を渡される。

 

 ヴエルノーズでも裏で流通してたが、こんなところにまで流れてるのか。ただちに人体へ悪影響がある訳ではないのだが、それは普通に危険な薬なので止めてしまおう。

 

「樹少年、それは──」

「いただきます!」

「危険な……やつ……。まあいいか」

 

 貰った分を一気に口へ放り込んでしまったのを見て、引き留めようと上げた手を下ろした。

 これ以降使用しなければいいだけだ。知らない人から貰った食べ物を食べる樹少年が悪い。

 

 俺の様子を目に入れた樹少年が咳き込み、涙目で吐き出そうとしても、もう遅い。

 気付けばフードの男もいなくなり、樹少年は今にも死にそうな顔をしている。

 

「スリープさん……なんだったんすかこれ」

「ん? 精力剤だよ。安心して」

「本当のことを言ってくださいよぉ! 死にたくない。死にたくないっすよ俺!!!」

「大丈夫。アルラウネの蜜を使った自然食品。人体へ巡り、徐々に肉体を作り替えるだけの薬物だから」

 

 数粒だけなら問題ない。蜜段階のレフトオーバーだから、食べてもアルラウネへの抵抗力が下がるだけさ。

 

 半泣きになりながらも、樹少年は俺達が寝泊まりする宿とは別の、ムーディーな宿へと向かっていった。

 今さら止まれなくなったらしく、覚悟を決めた男の顔をしていた。

 

 宿の一階受付には誰もおらず、樹少年も先ほど鍵を借りて上階へと消えていった。椅子すらないここで時間を潰すのもアレかと思い、この場を離れようとするも、宿の入り口が閉ざされた。

 俺に背を向けたまま、小さな背をした女の子が話す。

 

「懐かしいですね。旦那様」

「……そうだね」

 

 リリィが現れて、宿の入り口に鍵をかける。営業妨害じゃないかなぁと思いつつも、じっくり会話する時間が欲しかったので、リリィとの二人きりの時間を楽しむ方に思考を切り替えた。

 

 リリィもまた、街で複合宿みたいな建物の経営者である。イベントでは、雇った女の子を部屋に放り込み、カーテンがサッと閉じられると、暫くの後に体力と精神力を減らした女の子がお金を持ってくる。といったシステムの宿屋経営ゲームをプレイ出来る。毎度キツくなる一日の支払いを何度か繰り返すと話が進んで、最終的に街で一番の宿屋になったらゲームクリアのイベントだった。

 わりと難しい上に作業ゲーなので、評価としてはそこそこだったイベントである。

 

「私の世界にひょっこり現れた旦那様を拾った時は、私が街で一番の経営者になることも、ましてや従魔になるなんてことも、思いもよりませんでしたね」

「……あの宿屋はどうしたの?」

「ああ、あれですか」

 

 ゲーム時代でも少し気になっていたが、リリィは最初から一番の経営者を目指しましょう! といってイベントが始まり、クリアするとリミテッド従魔として召喚される。

 リミテッド従魔は肉体そのものをこちらに持ってきているので、彼女の宿はどうなったのか不明なのだ。

 

「旦那様がいなくなった後、他の人に任せることにして、一人で小さなレストランを開いてましたよ。私の道楽として、金だけ払って。一からやり直そうと思ったんです」

 

 その回答は、少し以外だった。彼女はヘドニストで、快楽を得るには過程の方が大事だとは思うのだが、それだけ苦労もあるだろうに。

 むしろ金を使って豪遊の限りを尽くすと思っていた。

 

「……ぶっちゃけ、つまんなかったですね。旦那様といた時は、大きくなっていく建物を見るのが好きだったんですけど。なんか足りないっていうか、一度経験したから飽きたというか……張り合いもなかったんで」

 

 だから。と彼女は言葉を紡ぐ。

 

「旦那様に喚ばれた時は、ついていこう。って思いましたね。二人で挑んだからこそ楽しかったんだろうなと思ったんで。知らない世界に行くことになりますし」

 

 くるり。と振り向いたリリィの顔は、いつもの如くニヤニヤと小馬鹿にしたような嘲りがある笑顔で、薄く目を開いているそれこそが、彼女らしい表情だと思った。

 俯瞰的に、観測者で、見下ろして笑う。頂点に立つ者の享楽の表情。

 

「また、この旅が落ち着いたら、一緒に世界一の娼館を作りましょうね」

「あ、やっぱあれ娼館だったんだ」

「そうですよ。一部屋一部屋に女の子放り込んでいるんだから分かるでしょ?」

 

 寄り添うように隣に立った少女が俺の手を握る。

 

「さあ、未来の娼館経営の為にも、ここの宿がどうなってるのか探索しに行きますか! あ、今度は一階をレストランにしたいですね。アレも途中で放り投げて来ちゃったんで」

「……従業員に従魔は使わないからね」

「分かってますよ。そりゃあ全員旦那様のパートナーですからね。良心の痛まないそこら辺の女の子を買って使っていくのが楽しいんじゃないですか!」

 

 珍しいにっこりとした普通の笑顔で俺の手を引く少女と一緒に、階段を登っていった。

 

 

 

 日が昇り始める前に、樹少年は出てきた。

 俺とリリィの宿探索は普通に部屋を眺めて建物の作りを見てあっさりと終わった。お腹がすいたので後は二人で食事をしたが、それだけである。

 

「…………スリープさん」

「なに?」

「俺って、小さいんすかね……?」

 

 どうやら勘違いは解けたみたいだ。樹少年は期待外れだったみたいで、だからこそわりと早めに終わったんだろうな。

 鼻から深く息を吸う。夜明け前の冷たい空気が眠気を覚ました。

 

「知らないよ」

 

 久しぶりの安全な場所だというのに眠る事が出来なかった俺は、樹少年を突き放すように言った。小さいなら小さいでピクシーに入るだろうと喜べよ。

 

 泣き崩れた樹少年が本当に情けなかったので、リリィの販売による妖精用のゴム綿棒を樹少年へプレゼントした。





ちょっとした小ネタ
ウィードのキャラコンセプトは中身ロリ


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貴族の街編
60話 分裂パニック都市


今年もよろしくお願いします。新年から新章突入です。
ついでにイズムパラフィリア一周年です。
去年のまとめ的に活動報告書いてます


 召喚士達が怪物と暴虐に包まれた王国を背にして東へと進む。

 巨大な龍の背に乗る彼らの数は二十を超える程度。その誰もが疲弊し憔悴していた。

 戦いがあったからというのもあるが、その後に起きたテロが大きな原因だった。彼らは王国を脱出する時に見てしまった。見つけてしまったのだ。

 膨れ上がる肉体に包まれた人と同じ形をした怪物を。それらが地を埋め付くし、土煙を上げながら王国へと殺到する光景を。

 

 あれを見てしまえば、王国が影も形も残らないのは確実だろう。この世界に生きる人間達は知っている。世界には、自分たちよりも遥かに強い存在達がいることを。

 まるで、数年前にあった災厄のようだと。

 遠くから未だに阿鼻叫喚の様相がうかがえる気がしてならない。見捨てた人達の叫び声と風を切る音が重なって聞こえた気がした。

 

 腕に水晶を巻き付けたショートボブの少女がため息をつく。

 

「……スリープさんにメッセージ送っても反応がない。無事だといいんだけど」

「策があるから転移したと思うけど? とりあえず生きてるんじゃない?」

「悪い事ばかり考えても仕方ないっすよ新田さん」

 

 水晶を見て肩を落とす柊菜を慰める里香と樹。

 彼らには、あのスリープが死んだとは考えにくかった。しかし、スリープは自称元最強プレイヤーでしかない。従魔を隠して持っている様子も樹と里香は知っていたが、それだけで無事に切り抜けられたかは不明である。

 スリープもすでに王国にはいないと思うが、ヴエルノーズを襲った怪物の群れの比にならない光景を見ては、軽く絶望に包まれるのも無理はなかった。置いてきてしまったかもしれないという感情がどこかで罪悪感を生み出す。

 

「皆さん。もう少しで貴族の街に着くはずです。万一に備えて、戦闘の準備をしてください」

 

 龍使いのギルドマスターが全員に届くような声で話す。樹がそれを聞き龍が向かっている方向を見つめたが、そこには街のようなものは見えなかった。

 

「……この速度からして地平線の向こう位には見えても言いと思うんすけど?」

「ほんとだ。っていうか、青い海が見えない?」

「えっ? ……確かに、水に沈んでるっぽい? 水没都市、なのかな」

 

 樹達の見つめる先には、微かにだが青い水の中から生えるように建造物があるのが確認できた。

 そして、それはギルドマスターの目にも写ったようだった。

 

「なんですって? 水没……? いえ、これは」

 

 ぐんぐん近付いてくる青。龍が加速したのだろうか、猛スピードでそれは近付いてくる。

 

「総員戦闘準備!! これは水なんかじゃありません、従魔ですっ!」

 

 驚愕に悲鳴が混じったような声で命令を出すギルドマスター。それに応じたのは僅かな召喚士だけだった。

 

 青の群れは巨大な魔方陣を作り出したかと思うと、そこから一回り小さい光の柱が飛んでくる。

 すかさず防御を選択する召喚士達。従魔にスキルを撃たせて攻撃を減衰させ、続くアビリティかスキルでシールドを張り、威力の衰えた攻撃を受け止める。

 

 そうして一連の行動を終えた後には、迫っていた青色が霧散していく様子だけがうかがえた。

 

「は? ……なんすかあれ?」

「あ、エネルギーバブルだっ! 良いなぁー」

 

 次々光の玉になって消えていく青色を見て、樹はそれが無数に集まった従魔だと気付いた。それと同時に、彼の従魔であるピクシーのシーちゃんが呟いた。

 

「知ってるんすかシーちゃん?」

「うん! あれはね【エネルギーバブル】っていう私達とかのご飯なんだ! たしかね、機種だったはず!」

「ごはんっすか……」

 

 シーちゃんからもたらされた情報によれば、それは大した驚異でもなさそうだった。

 蠢く青色が微かに光を纏う。

 

「でも、あんなにいっぱいいたら女王様とかに頼んで駆除して貰わないとだね」

「なんでっすか? 地道に一匹ずつ倒していけばいいじゃないっすか。シーちゃん達って仲間いっぱいいそうじゃないすか」

「あー……えっとね、マスター」

 

 従魔と人間では常識も感覚も違う。それらを擦り合わせるのには、正しく言葉を使い認識を合わせる必要がある。

 無邪気で言葉を使うのは得意ではないピクシーがゆっくりと言葉を(つむ)ぐ。

 

「エネルギーバブルって、数が凄い勢いで増えるんだよ。具体的には一匹いたら、一分で六十四体になっちゃうの」

 

 青色の津波が召喚士達へと襲いかかった。

 

「きゃあ!? エー君、チェリー、大丈夫?」

「な、なんとか無事ですよご主人様……」

「──ヒイナ、イツキはどこに行ったの?」

「あれ? そうだ。樹君がいない」

 

 エネルギーバブルの津波は一度ぶつかった後すぐさま消えていった。数こそ驚異だが、耐久はほぼ皆無なのだろう。

 僅かながら龍の背中にエネルギーバブルが残っている。透き通った薄い青色の液体がもぞもぞと蠢いている。スライムのような粘液生物というよりかは、かなり薄く柔らかい水風船みたいな従魔だ。

 眺めていると、それは瞬く間に分裂し、数が二倍になった。

 

「……分裂、したよね」

「十秒で二倍ってことね。とっととこいつらをぶちのめしてイツキがどこに行ったか探すよ!」

 

 里香が右手を頭上に掲げ、手のひらを天に向ける。左足の膝から下を地面と水平になるように折った。

 

「『コール』!」

 

 いつぞや見た里香の召喚ポーズである。柊菜は少しだけジトッとした目を里香に向けた。

 

「……あざとくないですか?」

「可愛いでしょ?」

 

 里香と柊菜は実はそこまで仲良くない。単純に相性の問題で生活環境が違いすぎたからか、思想が大きく違うのだ。

 例えるならば、柊菜は男子を寄せ付けない少数の大人しい女子と行動するタイプの女子で、里香は男子に混ざって何気ない仕草とかで輪を掻き乱すタイプ。

 複数人で行動するのならば特に問題はない。だが、こうして二人きりになれば、若干気まずい空気が漂い始めるのだ。

 

 そんな空気に呼応してか、里香の召喚ゲートからも水色の煙のような物が垂れ流されている。

 瞬く間にそれは周囲を包み込むと、エネルギーバブルのみをグズグズに溶かしてしまった。

 煙が晴れ、その光景を驚愕と共に見つめる柊菜。里香は腰に手を当てては胸を反らしてドヤ顔をする。

 

 煙は触れると若干濡れて冷たい事から、霧である事を柊菜は悟った。

 霧は形を蛇のように長いものにすると、その先端から骨となったアギトを晒した。

 

「【濃霧の死龍ネクロミスト】私のゴルに変わる新しい従魔だよ!」

 

 すっごい強いの。と誇らしげに語る里香を見て、柊菜は確かに自分たちに足りない部分が埋められている事を自覚した。

 今までは回復と遠距離攻撃の不足が深刻であったが、今回里香が引いた従魔は、遠距離攻撃と言って良いのかは不明だが、周囲を邪魔しないように攻撃する方法を取得しているようだ。

 それでいて、広範囲の攻撃。

 

 今回の敵には相性が良いかも、と柊菜も青い津波のような塊に対する絶望感が薄れていった。

 

「……でも、それって龍種、だよね? 龍種覚醒はどうしたの?」

 

 見た目は霧と骨のよく分からない存在だが、龍と名が付いているならば龍種であろう。ウィードがたまに動かない理由をスリープから聞いて最近知った柊菜が小首を傾げる。

 

「え? これ、死種だよ? ネクロって付いてるんだから死種に決まってるじゃん」

「え、えぇ……?」

 

 外観は蛇に近い骨。名前に龍。しかし死種。

 

 柊菜はイズムパラフィリアというゲームに対する理不尽な感覚を覚えた。属性を詰め込みすぎじゃないか。と。

 ここからゲームの特徴として擬人化まで出来るのがイズムパラフィリアである事を柊菜は知らない。

 

「しっかし、思った以上に弱い敵だね。私のネトはまだ召喚したばっかりなのにもういない」

「……えっと、従魔同士にも強さの幅があるだろうし、厄介さは今までの比じゃないと思うな」

 

 その手応えの無さに里香は首を傾げた。あまりにも弱い。数こそひたすらに多いが、それだけでしかないのだ。

 まるでHPが一にでもされているかのようなレベルの弱さだった。撫でるだけで死ぬ。人でも殺せる。そんな敵だ。

 そんなものでも、数が集まれば脅威になるのだと思い知らされたが。

 

「皆さん、これより私達は貴族の街の状況を確認する為に潜入、及び侵攻を開始します」

 

 従魔による脅威が去った後、蠢きながら増えたり減ったりする青色を前に、龍人の少女が話し始めた。

 

「現在見えている敵は従魔【エネルギーバブル】記録では機種にして星二の従魔です」

 

 星二の従魔が比喩ではないレベルで山程居るのか。と絶望に包まれかける召喚士達。彼らの絶望を晴らすように少女は続ける。

 

「敵の能力は分裂。そして、かの従魔はその能力を前提とした強さしか持っていません。単体ならば街の子供でも倒せなくはない。といった程度です」

 

 確かに敵は弱かった。しかし、問題はその分裂が街全体を埋めつくして尚も膨れ上がり続けていることだ。

 つまりは、相手方の準備は万端だということ。僅か三十すらに満たない召喚士達が戦ったところで、敵を削りきる前に物量で潰されるだろう。

 質を圧倒する量がそこにはあった。

 

「とはいえ、敵の数は我々の力だけではどうにもならないでしょう。その為、チームを二つに分けます。一つは、エネルギーバブルの増殖を抑え、削り続ける部隊。そしてもう一つが、街に潜入し、エネルギーバブルの召喚士を直接倒す部隊」

 

 そこで使われるのが、少数精鋭による本体への強襲だ。

 どれだけ従魔が強かろうとも、それを使役する人間は弱い。召喚士の弱点は召喚士そのものの弱さにある。

 ましてや今回の敵は数だけは優秀な分裂増殖をする従魔。自陣の防衛には向いていない。隠し持っている従魔がいるのかは不明だが、街への襲撃に物量のみを使っている時点で、恐らくそれほど強力な従魔でもない。

 そう判断して、少女は二つに召喚士のチームを分けたのだ。

 

「別れちゃった。まあ、そうなるとは思ってたけどさ」

 

 頑張ってね。と従魔を削る側になった里香が柊菜の肩を叩く。

 直接的な攻撃力、局所的な突破力が極めて高い柊菜と、全体への強力な攻撃が出来る里香では、部隊が別々になるのは仕方のないことであった。

 

「私……一人で、かぁ」

「こっちはミルミルがいるけど、担当する場所的にはほとんど一人ぼっちかもね」

「いなくなった馬鹿弟子をさっさと見つけて来なさいよね! ……別に、アンタの実力なら一人ででも問題なくやれるからっ」

 

 一応他の召喚士もいたのだが、気心の知れた、そして実力を信用できる相手ともなれば、誰もいなかった。

 潜入でも、殲滅側でも、最初以外は、まとまって動くことはないだろう。

 

「……ありがとうございます。師匠、里香ちゃん」

「一人じゃ無理そうなら呼びなさい。内部から削ればより多く消せるだろうし、私なら出来るから」

「……退路くらいなら取っといてあげる。死なないでよね。普通の人は命が一つしかないんだから」

 

 どことなく似た雰囲気を漂わせる二人から激励を貰い、柊菜はクスリと笑う。

 

「準備は良いですか? それでは、作戦を開始します! ダスト、砂塵砲!」

 

 街の外で召喚士達が溢れたエネルギーバブルを削り始める。

 砂漠龍ダストが口腔から黒い砂嵐を横倒しにしたような砲撃を放つ。

 街の外壁を削り崩して、内部へと侵入できる道を作り上げた。しかし、それも数秒後には埋まるだろう。

 

「『コール』それじゃあ……いってきます」

 

 チェリーミートとエンドロッカスを召喚し、柊菜は手を振って街へと消えていった。

 

 

 

「うぅ……ここはどこっすか?」

 

 青色のスライムみたいな奴に飲み込まれ、流された樹が目を覚ました。周囲を見渡しても、光源が無いのか暗闇に包まれていて、何も見えない。

 湿った空気と、冷たく固い地面の感触から、地下か牢等の奥まった場所にでもあるのだろうと、現状を把握する。

 

 敵に捕まったのかとも思ったが、身柄を拘束される事もなく、こうして床に転がされているだけ。というのもあり、恐らくは何処か別の場所に運良く流されたのだろう。

 

 そんな樹の元に、誰かがコツコツと歩いてくる音が聞こえる。

 

「あっ! 良かった。目覚めたんだね~」

「マスターおはよう!」

「……何者なんですか?」

 

 燐光を纏いながら飛ぶピクシーのシーちゃんが、一緒に入ってきた人物から離れて樹の肩に乗る。比較的人間へ友好的なピクシーであるが、自分の傍を離れて行動する姿を見たことが無かった樹はそれに内心で酷く驚いていた。

 

 そんな警戒心とは裏腹に、ランタンを持って部屋に入ってきた人物は、のんびりした様子でゆっくりと近くにあった椅子へと腰かけた。

 

「こんにちは~。私はシルキュリア! 貴族の街に住む生粋の貴族様なんだぞ~」

 

 ランタンに照らされた顔は、金髪ロングに碧眼で白い肌。まさしく貴族の令嬢といった。所作や仕草に礼儀正しさこそないものの、本物の高貴さを感じさせる少女であった。

 

「…………タコ?」

 

 樹のクオリアから貰った目による半分の視界では、少女とは程遠い赤く複数の触手が生えた、軟体生物の姿が映っている。

 




小ネタ
濃霧の死龍ネクロミストは星七死種である。龍種覚醒を所持しない上に一部が龍種並のステータスを持つ強キャラだ! 召喚時に地獄属性の全体即死攻撃を放つアビリティを持っているぞ! 更にはクリティカル以外の物理攻撃無効まである凄い従魔だ!
弱点は命中時確定クリティカルになる頭部の骨で、物理攻撃魔法攻撃関係無しにクリティカルになるぞ! 属性耐性が貧弱で、HPもそこまで高くないから後衛に回そう! ステータス構成も物理攻撃力が貧弱なので後衛魔法火力要員だぞ!

スリープ「雑魚狩り特化のアビリティを持つ従魔だよ。序盤に出して雑多な雑魚を減らして戦える。無課金殺しだね。従魔としては序盤に強くて長期戦になればなるほど弱い従魔かな。アビリティが速攻型だからね。強味と弱味がはっきりしたコンセプトデッキ向け従魔かな」
スリープ総評
使い道のあるゴミ


柊菜がスリープへ連絡を取れない理由はバックナンバー40話。本編なら34話の時にブロックリスト行きを明言されているからです。樹少年が送ればすぐに解決しています。


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61話 破滅へのカウントダウン

難産かつ短めです。


 樹は少々特殊な環境に自分が置かれている事を自覚していた。とはいえ、彼の仲間は全員が特殊な立ち位置であったりするのだが、そこに埋もれない程度には色々持っていると自負できる。

 恐らく。確信は持てない事なのだが、イズムパラフィリアというスリープが言うソシャゲでは、ある程度従魔と人間の関わり方に複数の方法があるのだと思う。対等である召喚士に始まり、彼らに歩み寄る形になる従魔使い。望んだ方向へと、ある程度願望を叶えてくれるのが従魔であると樹は思っていた。

 

 樹は仲間達の中では一番自分自身が持てる力というものを渇望していた。従魔であり、現在は彼女でもあるピクシーのシーちゃんと、対等に背中を預けて戦えるような。従魔にただ守られるだけじゃない関係になりたがっていた。

 そうした道を選ぶ事で、樹はリビングエッジという武器型の従魔や、イベント世界で、他の誰もが持っていないクオリアの眼を預けられたりと、少しずつ自分に力が増えている事を自覚していたのだ。

 

 それゆえに、ゲームではどうだったかは不明だが、現実となった今では、多少意思の有り様で、召喚士にもたらされる力の性質は変わっていくのではないかと思っている。

 

 そんな樹が貰ったクオリアの眼に映る半分の視界では、目の前に立つ少女が普通の姿をしていないように見えていた。

 これまでも多少見えない物が見えていたりするくらいのことはあったのだが、ここまで元の視界と大きな差異を感じさせる存在は初めてだった。

 

 樹の本来の視界では、所謂ファンタジー作品の貴族令嬢キャラといった金髪碧眼の美少女がそこにいる。しかし、もう一つには、似ても似つかない真っ赤な肌の軟体触手生物が立っているだけだ。

 

「……今なんて言ったの~?」

「え? タコっぽく見えるって言ったっすけど……」

 

 少女の間延びした口調が何処か真剣なものになる。元々警戒心が湧かない相手だったこともあり、樹は何も考えずに彼女の正体と思われる外観を口にしてしまった。

 途端にボンッと赤くなる金髪の美少女。まさにタコの姿と同じような赤みを帯びている。

 

「やだっ!? えっち~!」

「なんでっすか!?」

「だってだって、私の姿が見えちゃってるんでしょ~? 本当の姿は好きな人以外に見せちゃダメって言われてるのに~」

 

 貴族の少女の言葉に、樹はなんとも言えない気持ちになった。シチュエーション的には高貴な女の子の普段見せてはいけない姿を見ちゃったような感じ。しかし実態はタコを目撃しただけ。

 

「も~。見たからには責任取ってよね~?」

 

 恐るべし異文化コミュニケーション。樹は震え上がった。

 彼は美少女が好きだが、本当の姿が別だとあまり喜べないタイプだ。ネカマのあざといムーヴは大好きだし、ゲーム内部で結婚するのも問題ないのだが、オフ会で顔を見たり、そこから恋愛に発展するとなると話は違うだろ。と思うタイプなのだ。

 ましてや、まだ出会って五分もしない。爆速で展開が進む様子はドタバタラブコメディの如く。これが本当の美少女なら嬉しくも困惑するだろうが、タコに好かれても困惑だけが前に出る。人を外見で判断するな? 外見以外でまずどうやって人を判断するのだろうか。人間はまず見た目で判断し、そこから付き合いによって印象を修正する者だ。

 これがまだ変身によってこうなるパターンもある。とかならば許容出来ただろう。しかし、樹の視界に映るものは、可能性ではなくて今あるものの形である。つまり、樹の本来の視界に映る姿は虚像であり、本体はタコなのである。

 裸とか見ちゃって責任取って婚約者~はギャグ系ラブコメでも王道。軟体触手生物という真の姿を見て結婚とか鶴の恩返しの逆パターンかな? 樹の脳裏には鶴とタコが絡み合う姿が浮かんでいる。

 無理だ。断ろう。そう思い、少女と視線を合わせ、口を開く。

 

「……まずはお友達から、互いに知り合っていきませんか? ほら、その。前向きに……ね?」

 

 男子校であり告白まで進んだ経験の薄い樹は、少女の申し出を袖にすることは出来なかった。

 性格的にちょっと傷付けないように甘く隙を見せた態度から、樹は自身が触手に捕らわれる未来が見えて止まなかった。

 

 

 

「それで、ここはどこなんすかね?」

 

 気を取り直して、正しく言うのならば、問題は全て先送りにすると決めて、樹は訊ねた。何せ周囲はほとんど暗闇にあり、場所も状況も把握できない。

 記憶では、青い従魔のプリンみたいな奴らに飲み込まれたところまでしか残っていない。柊菜達が見当たらないということは、恐らく龍の背中から流されたのだろうと想像できた。

 

「ここはね~。私の家だよ!」

「家っすか? 窓も無いのに?」

「まあね~。私って暗い場所とか狭い場所好きだから……」

 

 性格に合わない好みだと樹は思った。

 ならばそれは生来の物に由来した形質なのだろうな。と。タコが壺に入り込むように、暗く狭い場所を本能で好むのではないのだろうか。

 

「俺はどうしてここにいるんすか?」

「それはね~……」

「私が助けを求めたからだよマスター!」

 

 二人に割って入る影。少し不機嫌そうな様子を隠しもせずに表情を彩っている。樹の従魔であるピクシーだ。

 

「そうだったんすか。助けてくれてありがとうございます」

「気にしなくていいよ~」

 

 本当に気に負っていない態度のシルキュリア。それを見て樹はホッと息を吐いた。

 そして、自分が持つ警戒心が既に失われつつある事に気付いた。

 

 奇妙な少女であった。貴族という役職かなにかの名前こそあるが、彼女は外見以外に現状貴族らしいものが一切なかった。高貴さは口調で台無しであり、所作には上の身分の人間が持つような礼儀ただしさというものは感じられない。

 

 しかし、それでも貴族と言われて納得する何かがそこにあった。マナーの良し悪しとはまた別次元のもの。全体の雰囲気とも言える何かが、彼女を貴族だと言わしめるのだ。

 

 そもそもマナーというのが暗黙のルールみたいなものなのであり、それが無いというのはおかしな話でもないが。

 不快にさせなければ良いのが本来のマナーだろう。

 

 それはさておき、シルキュリアのそれは『相手に好感を持たせやすい』所作とでもいうのか。触手がするりと隙間に入り込むように、対象に不快感を与えないものであるようだ。

 樹も、シルキュリアの触手姿が認識出来なければ気付かぬ内に完全に気を許していただろう。

 

「助けを求めるかどうかは置いといて……安否確認くらいやっておくべきっすかね」

 

 自覚をしても嫌悪感が湧かない事に感情が混乱を起こしそうになった樹は、とりあえず現状から目を逸らしてはぐれた仲間にメッセージだけでも送って安否を伝えておくことにした。

 

「うーん……マスター君さ~。よろしければでいいんだけどね? ちょっとだけ頼みがあるんだ~」

「あ、俺は原田樹っていいます。……で、頼みってなんすか?」

 

 今さらながら自己紹介をしていない事に気付く樹。

 言いにくそうに腕を組んだシルキュリアがさっと樹少年へ身を寄せる。

 

「今ね? 街がちょーっとめちゃくちゃになってて、野良の従魔が街中にも発生しちゃってるんだ~。だからね、守って欲しいかな~って」

 

 その言葉を証明するかのように、暗い部屋にバチリと空気を叩くような音を鳴らして、ゲートが開いた。

 

「っ!?『コール』」

 

 リビングエッジを手元に喚び出して切りかかる。ゲートから姿を現しきっていない従魔へと不意の一撃を入れるも、ガチンという金属でも叩いたような硬質な感触と共に弾き返された。

 

「──逃げるっすよ!」

 

 シルキュリアの手を掴んで敵の姿も確認せずに逃げ出す。シーちゃんは何も言わずに樹達の後に続いた。

 

「オォォォ……」

 

 背後から敵の声が聞こえる。会話は出来ないタイプの従魔なのか、怨嗟の声がただ地下に反響するだけだった。

 

「こっちだよ!」

 

 シーちゃんが樹達の前に出て先導をする。少し長めの階段を昇りきり、木製の扉を押し開けた。

 

「──やっべぇ……」

 

 目の前に広がる光景を見て、思わず足が止まった。

街全体を多い尽くすように広がる青いスライムのような半固形生物。それだけでも異様だが、それに加えて、次々とゲートが街中で開いている。

 この世界に生まれ落ちた怪物達が産声をあげる。その多くは死体のような化け物だったり、禍々しい雰囲気を漂わせる、この間戦った悪魔のような従魔達だった。

 

 樹は知らない事だが、街は従魔が集まれる地脈の力が強い部分に作られる傾向にある。そこを人間達が集まり場所を確保し、魔術師が地脈を操作することで、街の中に野良の従魔が現れないように制御しているのだ。

 地脈と契約を結ぶことで、土地の力を得て、豊かさを保ち、同時に従魔の発生量を削る。外壁への襲撃こそ多くなるが、そうすることで人類はなんとか従魔の大量発生による滅亡を防いでいるのだ。

 

 街を守れなかった場合に待ち受けるものは地獄だ。安心出来る場所は全て失われ、力を求めて従魔達が溢れ返る。そうして集まった従魔達が、その場の力を奪い合い、数を減らしていくが、そこに人間の居場所はない。

 

 ましてやここには、弱小従魔達がご飯と呼ぶエネルギーバブルで溢れ返っている。豊富な食料に新しく誕生した力場。

 

 ここがエネルギーバブル以外の従魔によって埋め尽くされるのも時間の問題であった。

 

「逃げ場……? 街からの脱出をすべきか? 街中でもどこでゲートが開くか分からない状態だったら……」

 

 必死に思考を巡らせる樹。周囲の足場だけでも確保しようと剣を無造作に振り回す。これだけいれば、適当に振ったところで必ず何かに当たるのだ。

 

「キャア!!!」

 

 そうして意識が逸れたところに、背後から悲鳴があがった。

 振り替えると、樹達が出てきた家から、全身を黒い鎧に身を包んだ騎士のような従魔に槍で肩を貫かれていた。

 

 鮮やかな青色の血が撒き散らされる。

 

「──チッ! 離れろよ!」

 

 目の前の脅威に対して樹は剣で脳天に切りかかりながら鍔迫り合いに移行するように構え、腰で押し飛ばした。

 

 同じ人型を相手にしたとは思えない。壁にぶつかったように衝撃が返される。

 たたらを踏んだ樹だが、目論見通りに敵は離れてくれた。

 槍だからだろうか、近すぎる間合いは嫌がるらしい。

 

「クソッ……どうすればいいんだよ!?」

 

 どんどんと積み上げられていく問題事項に脳がパニックを起こしつつある。

 

 シーちゃんも近寄る従魔を蹴散らす為に魔法を使っている。正面には、実力はまだ不明だが楽に勝てる相手ではないだろう黒騎士。背後にはエネルギーバブルを筆頭にした従魔達。

 肩から流れ出る血の量は多くないのだが、かなりの早さで色を失っていくシルキュリア。回復にシーちゃんを回せば、物量で押し潰される状況。

 

 逃げるにも場所がない。焦りで思考は空回る。

 

「何か……手段は……」

 

 この状況を変えられる一手が欲しかった。

 握りしめたリビングエッジを見て、樹はその方法を思い出した。

 

「……緊急事態っす! ごめん!」

 

 今行えば今後のミスは許されなくなるだろう。少なくともここを乗り越えるまでは完全に余裕を失うことになる。

 背水の陣だった。ここで間違えれば死ぬしかない。助けを求めるだけの時間稼ぎすら出来なくなる手段だ。

 

 そして、樹は手を掲げた。

 

「『召喚』!!!」

 

 今ある石の数はちょうど八個。シーちゃんが死んでも、これで助けることが出来なくなる。

 それでも、ここを切り抜ける為には躊躇っている場合ではなかった。

 

 

 

 ──樹が伸ばした手を掴むものは少ない。意思ある従魔達は、自らを拒んだ樹に、危機が迫ったからといって助けに入るような存在ではなかった。

 彼が求めていたのは自らの力。それは多くの従魔達の要望には応えられない条件だ。

 しかし、だからこそ、彼は使い手としては好まれる。道具として使われる物達は彼の呼び声に手を貸してくれる。

 

 安全な場所と移動手段を。

 

 そう願った樹の元へ、光の奔流が周囲一帯を埋め尽くす。

 光が収まると、辺りが暗くなった。

 

 そして、樹少年の眼前へと、ゴーレムより遥かに大きな質量が落ちてきた。

 





小ネタ
貴族というのは、具体的にはチェリーミートやシルキュリアのような、この世界に住んでいる人間以外の知的種族の事を言うぞ! その中でも、青い血を持ち、人間よりも生物的に上等な存在が貴族と呼ばれているんだ! 彼らは人間よりも先に誕生した知的種族だったというのもあるぞ! そんな貴族は、命の数が複数あり、身体全体に脳と同じような神経細胞を持っているぞ! お陰でより魔術を上手く使う事が出来るんだ! そんな彼らと交配をして誕生したより魔術に適応したハーフが、魔術師ミルミルだ!(魔法都市編で削った内容の一つ)

ちなみに、貴族はリアルに青い血を持っており、科学的な側面から酸素運搬能力が赤い血よりも低い為に病弱なんだ! 赤い血は鉄で青い血は銅だぞ*1! だが異世界だと考えた場合地球と同じ構成で良いのかな? と疑問に思った結果詳しい説明は省かれることになったんだ!


スリープ「シルキュリア? ゲームだと四章ボスだよそいつ」

*1
血が赤い理由は赤血球だとかヘモグロビンだとか言われるが、細かく分けていくと金属イオンとポルフィリン環の光の反射具合による。だが、血が青い場合は銅イオンが青いからというめっちゃ簡単な説明だけで済む。酸素運搬能力はイオン式見れば大体察する事が出来ると思う。酸素運べなければ機能不全に陥るから病弱になる。ちなみに地球にも青い血の生物がいる。タコとか



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62話 古代の死船オセアン

原神に手を出していましたが、セール中のCODE VEINを買う事でなんとか正気に戻りました。とりあえず中毒性がヤバイのでソシャゲはやめましょう。
Dジェネシスとか幼女戦記とか読むのおすすめします。今までゲームの合間の休憩で一気読みしてました。なんかそれっぽい用語や注釈が並んでいると賢くなったつもりになれて好きなんですよね。ああいう作品。

本編は突貫で書いたので後で手直しするかもしれません。

2/5(金)一部矛盾した文章を修正
エンドロッカスは貴族

エンドロッカスはハーフ


 船だ。木製の帆船が落ちてきた。全長が百メートルにも及びそうなそれが、樹の前に落ちた。

 轟音。衝撃。トランポリンにでも乗ったような放り投げられるような縦揺れが襲った。

 

 それだけの質量が落下したにも関わらず、帆船は底の部分に亀裂一つついていなかった。エネルギーバブルがクッションにでもなったのだろうか。

 

「……古代の死船、オセアン」

 

 その船もまた、意思ある従魔なのだろう。樹の胸の内にパスが繋がり、情報が流れ込んでくる感覚に眩暈を覚えた。

 今までこんなことは無かったのだが。と樹は疑問に思う。シーちゃんの時も、名を名乗る事すら出来ないエー君を召喚していた柊菜にもそれっぽい様子は無かった。

 まるで自分の事をアピールするかのように情報を押し流してきている。使え、と訴えている。

 

 頭痛を引き起こしつつあるその知識量を無理やりに無視して落ちてきた船を見つめる。

 大きく、立派に見える帆船だったが、その塗装等は剥げかかっており、色褪せている。

 その名の通り死んだ船だったのだろう。乗り手は既におらず、陸地に打ち上げられ晒され、そうして幾年もの時が過ぎた船なのだ。表面にはうっすらとだが砂や埃が堆積している。

 大海を進む夢が樹を襲った。人としての感覚が遠退き、まるで夢を見る時のように意識がそちらに引き寄せられる。

 

 

「ね~、今の内に逃げよ~?」

「っ、そうっすね!」

 

 くい、と袖を軽く引かれる感触で現実に引き戻される。流れてきた情報を断つように頭を振り、樹はシルキュリアと下ろされた錨を伝って船に乗り込んだ。

 船の中は人がいたような痕跡を、遥か昔に遺したままの形で存在していた。

 何処か分からない海図や、羅針盤。そのどれもが埃を被り、眠っている。

 

「こういうのって、イメージでは海賊船なんすけどね。商船かなんかっぽいすね」

 

 映画等による印象の結果なのだろう。机の上に置かれている物を見ただけならば、それらしい煩雑さとは無縁の、整然とした状態であった。

 掃除でもすれば今からすぐに使えそうな印象の船だが、なにが原因で死船となったのか。死んでなんかいない、自分はまだ動ける。そう言外に訴え続けている船は、樹にそこまでの経緯を伝えてはこない。

 

 なお、シルキュリアが負った傷はシーちゃんによって治されている。

 

「……陸に召喚したから、まだ動けないっすよ」

 

 ヴエルノーズを経由しない移動手段を確保した事に喜べばいいのか、樹にはまだ分からなかった。少なくとも、落下の衝撃に耐えたその頑強さは、未だに敵を侵入させていない。

 今の内に他の場所も見て回ろうと、シルキュリアとシーちゃんを連れて歩き出す。

 

「それにしても、妖精に剣に船っすか」

「私たちの事だね! どうかしたの?」

 

 樹が今までに召喚したものを思い浮かべる。それに元気よくシーちゃんが反応した。

 樹は頭を振って苦笑した。

 

「いや、なんでもないっすよ。ただ、まるでRPGの勇者ような入手順だなって思っただけっす」

 

 次に呼び出されるのは空を飛ぶための手段だろうか。冗談めかしてそう考えたが、あながちそれは間違っていないように思えたのだった。

 

「船として使うのはもう少し待ってて欲しいっす」

 

 壁に手を当て、語りかけるように言葉を出す。常識で考えれば、生きているようにも意思があるようにも思えないが、それでも通じるだろうと樹は思っていた。

 

 それに反応したのか、船にある風見鶏がくるくると回転していた。

 

 

 

 船内の確認が一通り終わり、樹達は甲板に上がった。

 十数分前までは、従魔で街が溢れかえっていたので、何体か乗り込んで来ていると思ったのだが、大丈夫だったようだ。

 樹の予想以上にエネルギーバブルは弱かったのだろう。

 

「それで、この後なんすけど、どうするっすかね?」

「籠城したかったけど、食べ物は無かったね~」

 

 シーちゃん曰く、生命活動に必要なエネルギーは、船の外でそこら辺に蠢いている青色物質をぶちのめせば得られるらしいのだが、従魔だけの能力だろうと判断している。

 水も食料も無いので、このまま助けを待つのは危険である。しかし、打って出る訳にもいかない。シルキュリアを守りながら外でやっていけるとは思えなかった。

 

 ただでさえ、エネルギーバブルによって拐われてきた身である。物量で押し流されて分断されてはどうしようもない。

 一応、ゲーム的な設定なのか、オセアンの能力なのかは不明だが、この船に敵が入ってくる事は無かった。たまに激増したエネルギーバブルによって甲板よりも高い位置にまで数が膨れ上がっていたのだが、透明な壁か何かに阻まれて入り込む様子は無かったのだ。

 

 ちなみに、エネルギーバブルが数でオセアンを持ち上げてくれるかと思ったが、それ以前に増えた自分達によって押し潰されては消えているので、頼れそうに無かった。

 

「それなら、私達と手を組む。なんてどう?」

 

 手詰まりの樹達に声が掛けられた。振り替えると、樹達が入ってきた所で、フードを被った女性が佇んでいた。

 

「私はノーマネーボトムズのサクメ。ハラダイツキ。貴方を迎えに来た」

「……どうもっす」

 

 樹は新たに入ってきた女性を見て思った。

 そこが出入口になっていたのか。と。そして、それらしい雰囲気を漂わせた女性が結構ボロボロの状態で現れた所から、多分逃げてきたのだろうな。ということを。

 

「……とりあえずこっち来ませんか? 外にいる敵は今のところ入ってこないので安心出来るっすよ」

「いらっしゃ~い」

「…………恩に着るわ。正直に言うとちょっと敵が多すぎて困ってた」

 

 迎えに来たという少女がいそいそと樹達に近付く。彼らをここから連れ出す術は無いらしい。敵はそこまで強力ではないが、数が多すぎるのだ。

 

 こうして要救助者がまた一人増えたのだった。

 

・・・・・

 

 一方、貴族の街に入り込んだ柊菜は、一人の男と遭遇していた。

 

「……それで? 私に何を求めているんですか?」

 

 対峙する二人。周囲には街中だというのに溢れていた従魔の影は無く、互いの手持ちだけがそれぞれの陣営を示すかのように立っていた。

 

 新田柊菜は、街に入ってしばらくしたときに救助者を見つけた。珍しい神父のような服装に身を包んだ男だった。

 

「共にこの世界を救おう。と誘っているのです」

「キシシシシ!」

 

 その男は救助を求めてはいなかった。むしろ、立場的に言えば柊菜と同じであった。

 彼の守護霊のように背後を飛ぶ、嗤う黒い翼を生やしたゴスロリ服の堕天使。名前も見覚えもないが、柊菜はそれが従魔であり、目の前にいる男が召喚士であることを理解していた。というかそうでなければなんだという話になる。

 

 柊菜が野良従魔に教われている彼を助けようと乱入し、敵を殲滅した後に、この男は柊菜へと声をかけてきたのだ。

 

 曰く、共に行動しないかと。

 

 無論現状が切羽詰まっている事は柊菜だって理解している。しかし、かなりの人間不信。そして男性不信を患う柊菜にはその申し出に素直に応じる事は出来なかった。

 それはもうこちらを騙そうとしている相手だと言わんばかりの勢いで距離を取り警戒心を隠そうともしない。

 

 それくらい柊菜の精神には余裕がないのだ。他者を受け入れる余地はない。

 目の前にいる男は柊菜の庇護を必要としない人間であり、この世界の人間なのだ。今までろくな目に遭っていない柊菜が無条件に信用するというのが無理な話だった。

 その後、彼の話を聞き続けていると、どうにも今だけの話ではないということが分かってきた。

 

 この男は世界の救済を目的に掲げて行動しているらしい。

 

「世界の救済? 街でなく? 今まで一度も貴方のような方を見かけた事も話に聞いたこともありません。昨日今日思い付いた話だとすれば、それこそもっと早くから動いてもいいでしょうし、何より貴方が信用できません」

「信頼は時間をかけて育むものです。その最初のきっかけを貰えなくてはどうしようもありません」

「……世界よりも目の前の事を見つめては? 今この街を自分の力でどうにかしようとは思わないのですか?」

「私一人の力では難しいと悟ったのです。清い心身を持つ貴方とならば、この街の後も共に目的を叶えたいと思い、先走ってしまいました」

 

 申し訳ありません。と頭を下げる男に、僅かながら誠意を感じとる柊菜。今までこの世界に来てからまともな大人というのを目にしてこなかった彼女にとって、彼は比較的まともそうな人間に見えた。

 

 とはいえ、宗教に対してあまり良い考えを持たない日本人としてはどうにも胡散臭く感じる。

 

 胡散臭いといえば、柊菜の好感度をゼロからマイナスの所で反復横飛びするような男を思い出す。

 こういう時にアレ(スリープ)がいれば判断材料やきっかけくらいにはなるのに。と顔をしかめた。信頼は出来ないが、聞いた事くらいなら、真面目に返ってくるので、あの男の言葉は信用出来る。

 

 本音を言えば今すぐここから立ち去りたい。しかし、現状連れ去られた──正確にいえば流された──樹や、この騒動を起こしているであろう召喚士の見当もついていない。

 エネルギーバブルは街から溢れはするものの、互いに押し合って潰れる事から、そこまで無制限に増えている訳ではないようだ。それも街の中限定であり、外に出れば埋め尽くすのには時間がかからないだろう。

 

 と、悩む柊菜の肩に手を置かれた。見ると、エンドロッカスが何かを訴えるように柊菜を見つめていた。

 そして、こくりと頷いた。その様子を見て、柊菜も覚悟を決めた。

 

「…………分かりました。とりあえず街に溢れ返った従魔をどうにかするまでは一緒に行動しましょう」

 

 柊菜は知らなかった。エンドロッカスがこの地から世界を変えるべく動き出す存在だということを。

 ゲームの世界、今いる世界の正史とも言うべき世界線では、貴族の街を滅ぼし、人類を更なる上位者へと導こうとした者であるということを。

 

 貴族の街に人間はいない。いても人と貴族が交わったハーフまでしかいないのだ。

 

 彼らは貴族。人類とはまた違う進化を辿った知的生命体。外部から機械を用いてエネルギーを作り出し、活用する術を持つ人間と違い、彼らは自らの肉体により直接エネルギーを扱うことに長けた存在。

 エンドロッカスもまた、人間と貴族のハーフでありながら、従魔へ至った存在である。

 従魔は召喚士に対して裏切りを行う事はない。そして、召喚士側もまた、裏切る事はないように、事前に召喚条件で定められている。

 

 しかし、従魔側が明確に裏切るという意思が無いままに、ちょっとした価値観の違いで望まぬ現象が起きる可能性はゼロではない。

 

 スリープへの人工呼吸で、ノーソが病魔を吹き込んでしまうような。そんな善意による行動で召喚士を傷付ける事もあり得るのだ。

 

 例えば、同じ街で互いに方向性は違えど世界の改革を目指した友を、個人の視点から信用出来ると進言するような。

 従魔も万能ではない。生前に友だったその存在が何を思っていたのか、全てを把握している訳ではないのだ。

 

「ご主人様……」

 

 チェリーミートが小さく呟く。その音は柊菜の耳へと届くことは無い。

 

 眼には見えなかったが、彼女の耳には、ズルズルという、人間が鳴らしたにはおかしい足音が聞こえていた。

 

「申し遅れました。私の名はドグマ。そしてこちらの従魔が私に神託を下した【堕天使カルミア】です」

「……新田柊菜です。後ろにいるのがチェリーミートで、隣で肩に手を置いている従魔がエンドロッカス」

 

 男はにこやかに。柊菜は嫌そうに言葉を交わす。

 

 擬態した触手が這う。全ては神託の為に。

 

 貴族は人間ではない。召喚士ではない存在と従魔は対等にはなれない。

 堕天使に唆された神職者は謳う。世界の救済を。

 

「……ええ、共に従魔による世界の支配を、救済を執行しましょう。貴女も同じ、従魔に意思を支配されている存在。故に同行を申し出たのですから」

 

 

 




小ネタ
古代の死船オセアン
海をテキトーにもじった従魔。特定フィールドで完全な性能を発揮できるタイプの従魔だぞ! 持っていると海洋フィールド上を自由に移動できるようになるぞ! 分類上はタンクタイプで、火属性に弱いが海で戦うならその弱点を無効化出来る強みがある! なお、物理耐性は高いが魔法にはあまり強くないぞ! イズムパラフィリア本編では海の向こうにはメインクエストはないので、サブクエストも詰めたいプレイヤーにのみおすすめだ!
スリープ「ぶっちゃけ海上で遭遇する従魔の経験値集めくらいにしか使わない従魔だね。ラインクレストが飛翔アビリティを持ってるから移動手段としては下位互換レベルだし。海中にも移動できないしで、まあ一応海を移動できる従魔として数少ない航海アビリティ持ちだからあれば良いかなってところ。戦闘では無用のゴミ」

堕天使カルミア
裏切りの花言葉で選ばれた従魔。天種に相応しい外見を誇る。基礎スペックもそこそこで万能型。近接では大鎌、遠距離攻撃はスキルで戦える従魔だ! 基本的に邪悪な存在で、他者を唆しては破滅させるような奴だぞ! 存在意義が裏切りだからか、野生でも登場し、人間を助けては信者にするといった行為もしているぞ! 今回はそれの真っ最中だ!
スリープ「存在意義から召喚出来ないんじゃね? と思われるんだけど、プレイヤーが所持した場合いたずらっ子の生意気なゴスロリ美少女天使になるんだよね。流石に破滅までは出来ないけど、身の危険が及ばない程度にはいたずらが出来るし。外と内で評価が思いっきり変わる従魔だね。ちなみに堕天使ながら両性具有だよ。好感度イベントで街の少年を誑かしては男の娘だと打ち明けるいたずらイベントがあるんだ」

なお、スリープが貴族の街にいると一部問題が解決したりする。ノーソはエネルギーバブルの天敵であり、出しっぱなしにすれば自然と数が減っていく。

ちょっとした解説
人間以外は召喚士になれない時点でドグマは従魔に騙されている存在。ちなみに、エンドロッカスが従魔に至る事で貴族の地位向上を目指した存在であり、ドグマは貴族のままで人間や貴族全員で手を合わせればいかなる危機にも立ち向かえると考えていた人。今では従魔の元による支配によって統一を目指している


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63話 要救助者3名

現在プロットの修正、変更を行っております。単純に話が間延びしてきた気がするので、プロットごといくつか短縮することにしました。
それと、今までの執筆により無くなった裏設定の供養をさせてください。割りとデカイネタバレ(既にネタとして扱えなくなっているが)もありますので、透明にしておきます。

難産かつ短いです。
2/5(金)一部矛盾した文章を修正
エネルギーバブルは召喚士が死んでも分裂した個体は消えない

消える


「それで、迎えに来たってどういうことっすか?」

 

 船の上。周囲に人影が無いか外の様子をたまに伺いながら、樹はサクメへと問い掛けた。

 

 一応、王国で樹はハンチング帽の男と接触をしていた。スリープに関する情報をうっかり漏らしてしまったが為に、縁が生まれて、今のような状況を引き起こしているのだ。

 

 そして、王国で彼と会った時に、樹は直接ノーマネーボトムズと名乗る組織への加入を勧められていた。

 その件に関しては、王国から脱出した時点でご破算になったと、樹は思っていたのだが。

 

「……正直に言えば、私もよく分かってない」

 

 なんでこの人を寄越したんだ。そう樹は心の中で呟いた。

 

「そもそも、私達ノーマネーボトムズは、王国が呼び出した勇者を中心にして生まれただけの組織。大元の王国への復讐と、今後外部の人間を召還しないように、悲劇を産み出さないようにすることが目的であって、そこまでの過程には特に指定が無い」

「……烏合の衆って感じっすか?」

「端的に言えば」

 

 スイと目を逸らして頷いたサクメを見るに、統率は取れていないらしい。

 

「それはまた……」

「一応、今のところは同じ事が無いようにと、私達の組織で人類をまとめあげるのが方針」

「今までそういうことはなかったんすか?」

「自分の手が届く範囲までしか、領地を広げないもの。それに──」

 

 そこでサクメは口を閉じた。

 

「人は必ずしも全員が同じ考えを持っている訳ではないので」

 

 そういうところとは争いになってしまうのだろう。樹もまた、多少ながら街を巡ってきた人間だ。その街ごとに主義も在り方も違うのを見てきている。

 

 ヴエルノーズは上が恐怖で押さえつけているような暴力の街。ミラージュを頂点に、彼の手足が街を支配している。

 魔法都市は、頂点に立つ者を生贄とした街。持てるものの義務と言わんばかりに、優秀な魔法使いが土地と契約を結んでは、死ぬまでそこを守護する。

 王国は、誰よりも強く、しかし横暴に振る舞えるほど強くはない存在が上に立つ権利の国。ルールに縛られた全体主義の場所であった。

 

 貴族の街を除く三つの場所ですら、それぞれの考えも、在り方も別であった。

 

「それって統一出来るんすかね?」

「その為の力が、勇者にはある」

 

 樹が首を傾げると、サクメは樹の肩に手を置いて強く言った。

 

「今までの従魔ではあり得ない強さが勇者の従魔には存在する。ギルドマスターよりも遥かに強い、そんな力が」

 

 だからこそ勇者になったとも言える。

 

「あの人達なら、きっとこの世界も変えられた。変えることが出来たはずなのに……」

 

 つまり、彼女は悩んでいるのだ。かつて見た勇者である男の姿と、今の復讐に燃える男の姿で。

 

 サクメ自身にどんな想いがあり、過去に何があったのかも、樹は知らない。語られもしていないし、言外に滲むものから大筋を察することくらいしか出来ない。

 

「……俺はアンタらの復讐にも世界統一にも手を貸す気はないっす」

「……そう」

 

 気落ちしたようにうつむくサクメ。

 

「だけど、元の世界への戻りかたが分かるなら、その情報が知りたいし、戦争で大きな命を落とさせたくはないっす」

 

 ここが樹の妥協点だ。優柔不断で八方美人とも言われる樹の、提案出来るところ。

 甘さだと罵られるだろう。だが、樹は元々ただの学生で、なんの覚悟も信念も持ち合わせてはいない。わざわざ厳しくあるつもりもない。

 

 ハッピーエンドが好きなのだ。かわいそうなのは抜けない。

 

「どうせ、殺したくなるほど憎い相手なんて数日過ごせば感情も薄れるんすよ。俺だって前歯へし折られてきてるんすから。嫉妬で仲を引き裂かれそうになったことだってあるんすよ」

 

 樹の過去に学んだ事を口にする。この世界にやってきた時は散々な目に遭ってきた彼だが、それらも今ではいい経験になっている。流石に友人を殺された経験はないが、その憎しみを抱き続けるのは、困難だということくらいは理解していた。

 

「この世界って、大抵は街の支配している奴が上に立ち、まとめ上げているんすよね? なら、エンドだかローコスなんて不要っすよ。少なくとも、他の都市を攻めるのに使う必要はないっすね」

 

 この世界がゲームだというのなら。樹が出す答えは一つだ。

 

「ボスだけぶっ飛ばして、街を解放してより強い奴が全部束ねればいいだけなんすよ」

 

 この論に問題があるのは樹自身理解していたが、とりあえず自信満々で押していく。その場に必要なのはノリだ。陽キャ人生で学んでいる。

 

「全員殺さずに、ただ倒して説得してまとめ上げるっす。その手伝いなら俺はやる。だから、協力しないっすか?」

 

 烏合の衆だというのなら、今のうちに乗っ取って方針を決めさせるまでだ。幹部らしい彼女が手を取ってさえくれればいい。大きな悲劇だけは回避出来るだろう。

 

「…………」

「ダメっすかね……?」

 

 最後の最後で自信が無くなった樹。その様子を見てか、サクメが少し遠い目をして、くすりと笑った。

 

「いえ、そうですね。あの人も復讐は果たしたし、なんとかして、全員が平和で終われるような道を目指しましょう」

 

 今まで見せた表情でも一番輝いている笑顔で、サクメは樹の手を取った。

 

「ふーん? 私がいるのにマスター君は他の人の手を取っちゃうんだ~?」

 

 そんな二人の様子がつまらないとでも言うように、不機嫌な声が割って入った。

 間延びした声の主はシルキュリア。サクメから引き剥がすようにして樹へと腕を伸ばし、間接を無視した動きで彼を巻き上げた。

 

「擬態解けてるっすよ?!」

「ふーんだ~」

 

 可愛らしい嫉妬で樹に張り付くシルキュリア。樹の背中がなぜかほんのりと湿っていく。

 見た目は違くとも、実態は触手らしい。吸盤は無いのか、それらしい突起が触れることはない。

 

「まあいいけどさ~。どうせ私達はみんなここから出られないしね~」

「……そうっすね」

 

 すぐににぱっとした笑顔に切り替わるものの、樹から離れることはなかった。

 

「……とりあえず、今の私達に出来る事をしましょう」

 

 あまり表情を変えることなくサクメが切り出した。シルキュリアと違い、サクメ側にそういった感情は無いのだろう。そして、樹とシルキュリアの関係にも興味がないようだった。

 

「そもそも、ここは我々が潜伏している間は本拠地でした。王国と敵対してから、すぐにこの街のギルドマスターが動き、それに抵抗するためにこうなっています」

 

 船の外を見つめるサクメ。

 街がエネルギーバブルによって壊滅しているのはノーマネーボトムズの所業であったようだ。想定通りの言葉に、樹は頷いて続きを待つ。

 

「ギルドマスターは現在行方不明。エネルギーバブルの召喚士も所在はわかりません。一応、後者は従魔が残っているので、死んでいないことは判明していますが」

「召喚士の手で止められないんすかね?」

「私達のリーダーである彼の言が正しければ、パッシブスキルだそうです」

 

 無課金といえど、プレイヤーによる情報なら正しいであろうと樹は思った。

 

「なら、リコールは?」

「呼び出した後のエネルギーバブルは味方の場合中立判定になっているそうです。敵なら敵対したままらしいですが」

「中立判定、ということは味方ではないんすよね?」

 

 増えた従魔は野良と同じ判定になる。リコールで消えず、だが、召喚士の従魔が産み出したものだから、関連物として、召喚士が死ぬと、全て消え去る。

 

「はい」

 

 つまり、現状の解決方法は無いということだ。

 

「なので、事を済ませた勇者様に事態の解決を求めることになります」

「まあ……そうするしかないっすよね」

 

 樹はオセアンを召喚した時点で石のストックも尽きており、これ以上はどうしようもなかった。

 そもそも、解決する為には対軍クラスの能力をもった従魔であたるしかないように思えていた。それこそエムルスのような広範囲にアビリティで絶え間なく攻撃出来るような従魔が。

 

 実際は広範囲攻撃が出来るスキルさえあればどの従魔でも倒せる雑魚なのだが。

 

 生憎それを知るものはどこにもいなかった。

 

「結局手詰まりっすよねぇ。どうにか解決手段とか、状況を打破するものがあればいいんすけど……」

 

 閉鎖状況に置かれたストレスもあって、樹は投げ出すように手足を放り出して甲板へと横になった。

 引っ付いていたシルキュリアがパッと離れる。

 

「ねーねーマスター」

「どうしたんすか?」

 

 人と会話をしていると声をかけてこないピクシーが珍しく樹に話しかけてきた。驚きつつも顔をあげると、ピクシーは樹の顔へとへばりついた。

 

「多分だけど、ヒイナが来たよ?」

「マジっすか!」

 

 状況を打ち砕く手段がやってきた。

 希望を見つけた樹はピクシーを張り付かせたまま船の縁へと進む。

 

 確かに周囲に溢れていた従魔がいなくなっている。エネルギーバブルですら船の回りにはいなくなっていた。

 

 しかし、肝心の柊菜が見当たらない。樹は、どこにいるのか探しだそうと身を乗り出して。

 

「この船は大きい従魔だよね……。エー君、チェリー、本気で行くよ!」

「ま、待つっすよ! 新田さん、ここ! 要救助者三名います!」

「えっ樹君?」

 

 船底をぶち抜こうと従魔へ指示を出していた柊菜に自身の存在を必死にアピールした。

 驚いて船を見上げた柊菜と目が合う。柊菜がホッと安堵の息を吐くと同時に、樹の両脇からサクメとシルキュリアがひょこりと顔を覗かせた。

 二人とも肩が触れるほどに近い。シルキュリアなど、相手が女性だと知り、樹の腕に組み付いた。

 

「樹君……いなくなったと思ったら随分良い身分になっていたようで」

「ご、誤解っす……」

「詳しい話は安全な場所で聞きます。船の上や中に従魔は?」

「バリアかなんかで入ってこれないっす。俺達も出入口からしか入れないっぽいっすよ」

「そう……。それじゃあ、案内して欲しいかな」

 

 樹は柊菜と、彼女が協力者だと紹介したドグマを引き入れた。

 

 そして、互いの状況や、立ち位置を話す。

 

 その結果。

 

「…………樹君、なに、してるの?」

 

 これまでの樹の行動に不満があったのか、柊菜が怒りをあらわにした。

 

 

 




設定供養集
設定資料集を綺麗にするために、執筆中や、プロット段階での変更点をここに供養します。でかすぎるネタバレ部分があるのですが、既にネタではなくなっているので問題ないです。

・主人公の死亡(スリープ君は一話開始前で死んでいました。それこそがイズムパラフィリアのゲーム生命を打ち切った存在【従魔の召喚が出来る従魔】であり、スリープ君がそいつに開始時点でぶち殺されていたのですが、そこを変更し、スリープ君生存になっております。なお、執筆中の変更点なので、スリープ君の所持従魔がゲーム時と違う理由の説明が失われました。ついでに、ミルミルの過去編+イズムパラフィリア開始直前部分の執筆をしていたスピンオフ『海色』の無期限執筆中止状態になりました)
・現在いる第一部の世界の住民変更(ダークファンタジータグを消した時点で無くなっています。貴族とのハーフを作れる彼等は実はゴブリン的な存在だったのですが、今は普通の人間になっています。当時の名残であるスリープ君殴り飛ばしとミルミルちゃんに関しては、スリープ君は設定の追加、ミルミルちゃんはそもそも掘り下げていない事で対応しています。とりあえず、現地住民は遺伝子レベルで違う貴族すらも孕ませられるとんでも人間になっています)
・樹少年の童貞(実はゴブリン設定の時にあったものです。風俗に行こう! のところで真実を知り女性恐怖症を煩い、ピクシーに傾倒していくも入らないというパラフィリアな部分があったのですが、彼は童貞を無くしてしまいました)
・イズムパラフィリアのエンディング(大筋は変わっていないのですが、スリープ君が生きているのと死んでいるのでは中身が完全に違うのでエンディングも変わっています。そこら辺の細かい設定が現在ガバガバになっているので、少しづつ変更しています。執筆遅れますが大事な事なので。大変ご迷惑をおかけいたします)


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64話 怒り、悲しみ

難産でした。もっと上手く心情描写が書けるようになりたいものですね。

バレンタイン限定ガチャはガッツリ勝利したのですが、イズムパラフィリアの方は書くのをすっかり忘れていたので今年もバレンタインイベントはないです。


 最初、樹には柊菜の怒りが理解できなかった。

 

「なぜって、決まってるじゃないっすか。困ってる人がいたから、助けられるから、助けた。それだけっすよ」

「困ってたから!? 確かに今はどうすることも出来ない状況にあるよ。でも、なんでノーマネーボトムズの人達を受け入れるの?」

 

 柊菜はサクメを受け入れられないと拒絶する。

 

「……だって、その人達、大量殺人犯だよ?」

 

 柊菜が吐き出した言葉に、サクメが目を伏せた。

 

 確かに、ノーマネーボトムズは、大軍を引き連れて王国を襲撃した。しかし、それはハンチング帽の男と、もう一人が主導して行っている事だ。一部の召喚士ギルドのマスター達も離反していたが。

 

「でも、それは一部の人達だけっす! サクメさんだって、全員がバラバラに動いているって、言ってたっす!」

「その一部にいるのがトップの人でしょ? どうやって止めるの?」

「それは、こっちが先回りして、街の頂点にいる人だけ倒していけば……!」

 

 樹が先程まで想定していた事を説明する。

 それに返ってきた言葉は、冷たいものだった。

 

「……それ、私達がやること?」

「……え?」

「確かに、樹君の言う通り、これ以上の被害を出さないようにするためには私達が先手を打って行動すべきだよ。でも、それって、私達だけで勝てる相手なの?」

「それは……」

 

 これまで樹達が戦って来たのは、雑魚がほとんどだ。ゴロツキ、犯罪者、モンスター、野良従魔、そしてエンド。

 敵の手先しかまともに相手をしたことがなかった。

 

「私は、チェリーの時に召喚士を相手にして戦うことの難しさを理解したつもり。私達を守りながら相手を倒す、その事がどんなに大変か、最初の街で思い知ったから」

 

 勝てるかどうかも分からない相手に、将来的に大量虐殺の可能性を防ぐために戦う。

 勝てたところで、一度全部壊して生き残りを集めるようなやり方だったら、大量虐殺が発生するのは変わらない。

 

「本当に防ぐなら、引き金を引いた張本人を倒す。そうするべきだよ。私達が戦った化け物だって、元は人間だって言ってたでしょ? なら、街に残った人が戦力の補充先に使われる可能性は?」

 

 どのようにして、化け物を作り出しているのかは分からない。屋敷での一件から、急激な変異だとは判明しているが、それを引き起こす何かが存在しているはずだ。

 スリープ辺りなら知っているかもしれないが、思い返すと、その事について、誰も気にかけていないのか、尋ねた記憶は無い。

 

「サクメさんの目的を叶えるだけなら、ノーマネーボトムズに手を貸すだけになる。大元を叩くなら、ノーマネーボトムズも同時に叩くべき、でしょ?」

 

 柊菜の指摘により、樹は、自分の心の奥にあった卑怯な本音を自覚した。

 ただ、目の前に迫った脅威から逃げ出そうとしているだけなのだ。その為に、表向きの綺麗な言葉を並べて、そして媚を売るように服従を示しただけだった。

 

「そう……っすね。すっかり忘れてた。俺、ただ王国を襲った化け物にビビってただけだった」

「まあ……勝てる気はしないから、樹君の考えも分かるよ。でも、さっきのは救うための行動じゃなかったから……」

 

 ということで、と柊菜はサクメへ体を向けて、腰を折った。

 

「申し訳ないですが、私達は、ノーマネーボトムズに手を貸すつもりはないです」

「そうですか……仕方ないですね」

 

 サクメは、頭を下げた柊菜へと笑みを浮かべる。

 冷酷な視線が柊菜を突き刺した。嫌な予感を覚え、樹が声を上げる。

 

「なら、いまここであの人の脅威を排除するまでです『コール』!!!」

「っ! シーちゃん!」

 

 ゲートが開き、振り下ろされた振り子のようなものをピクシーが炎をぶつけて弾き返す。

 多少焦げ付いた跡を晒しながら、鋭利な刃物の振り子が姿を表す。骨の両腕が振り子の支点から生えているだけの、生物らしさが一切ない従魔が姿を見せる。

 

「私は貴族の街のギルドマスターサクメ。ノーマネーボトムズの一員にして、本拠地を任された幹部」

 

 ズルリと彼女の服から液体状の従魔が落ちてくる。青色のそいつは、ふるふると震えた後に、数を二体に増やした。

 この街を覆うエネルギーバブルそのものだ。

 

「王国でエムルスの裏切りを知った召喚士達を迎え撃つ為に配置されたのが、私です」

 

 街を混乱に陥れた張本人にして、この街で倒すべき存在が、正体を現した。

 

「『リコール』」

「チェリー、ドグマとシルキュリアを回収! エー君は迎え撃って!」

 

 即座に足場であるオセアンをリコールする樹。落下の浮遊感を味わいつつも、柊菜が素早く指示を飛ばす。

 エンドロッカスが剣を振り下ろす。狙った先は召喚士ではなく、従魔だった。

 阻まれる攻撃。元から切り裂くよりも叩き付けて硬直を狙った一撃だった。反動を使い下がったエンドロッカスの背後から、火炎弾が複数撃ち込まれる。こちらの狙いは、召喚士。

 

 素早く、攻撃に割って入る振り子のような従魔。パンと破裂する音が幾度も響く。

 

「「撤退!」」

 

 二人の声が重なる。数度撃ち込まれた炎弾が晴れる頃には、サクメの視界に全員の姿が消えていた。

 

 今までの旅で、樹達が覚えて来たことは、逃げの判断が一番である。彼我の戦力差等の判断に関してはイマイチであるが、状況判断と撤退への見切りをつける早さだけは幾度とない窮地で培われてきている。

 視界を塞ぎ、音は柊菜の魔法による玉をぶつけることで上書きし、後を追わせないようにする。その技術はギルドマスターにさえ通用するレベルであった。

 状況は悪化するかもしれないが、生存能力だけは否応なしに高くなっている二人であった。

 

 これまでの冒険、逃げてばかりである。

 

 それでも、送ってきた日々があってか、無事にその場を脱出することに成功した。

 

「…………っくはぁー! サクメさんが敵だったんすか!?」

「そう、だね。しかも……ギルドマスターだって」

 

 必死に走って逃げたから息も絶え絶えの二人。

 

「ごめん、俺……組織じゃなくて個人を見るべきだ。なんて言いながら、何も見えてなかったっす」

「ううん、気にしないで。私も、別に分かってた訳じゃないから……それに、もしかしたら空気を悪くしてただけだったかもしれないし……」

 

 一度時間を置くことによって、冷静になった柊菜。周囲に敵の姿が見当たらないのを確認すると、ほっと胸に手を当てて警戒を解いた。

 

「ねえ、樹君。少しだけ……お話しない?」

「ん? 別にいいっすよ」

 

 辺りは既に暗くなってきており、崩れた建物の先から、夕暮れのグラデーションが空を彩っていた。

 伸びた影が寄り添う。

 

「…………」

「…………」

 

 改めて何かを話そうとすると、言葉にならない。樹は、柊菜から誘って来たから柊菜の言葉を待つし、柊菜は何を話すべきか、言葉を探している。

 

「……こうやって、二人きりで何かを話したことって、思い返すとあんまり無いよね」

「そうっすね。学園以来っすかね?」

 

 元々危険な世界に、街の中でさえ複数の人員でほとんどの時間を行動している。

 基本的に自衛能力がある樹やアヤナ、この世界に対する知識を持っているスリープ以外は二人での行動を避けるようにしている。ミルミル、柊菜、里香は全員が守り安いようにと意識して集まっているのだ。

 

「学園……あの時かぁ」

 

 遠い目をして呟く柊菜。何かを思い出したかのように、樹へと振り向く。

 さらりとした薄い茶髪の髪が靡く。

 

「樹君はさ、この世界で何を目的にして行動しているとかって、ある?」

「目的っすか?」

「そう。最終的にこうしたいなーとか、こうなりたいなーって……」

「うーん……あんまし考えてなかったっすね」

 

 樹は、視線を逸らして空を見上げた。柊菜の顔がどことなく遠くて、綺麗に見えて。少しおどけて返事を返した。

 

「私はね、日本に帰りたいよ」

 

 柊菜の口から小さく溢れた想いに、樹は息を飲んだ。

 

「もう……一ヶ月くらいは過ぎてるはず……なんだよね。この世界に来て。最初は、ちょっと夢を見ているような感覚だったけど、これだけ過ごしていれば、どうしても焦って来ちゃうよ……」

「新田さん……」

 

 弱音を吐きながら、膝を抱える柊菜。

 

「学校の勉強も遅れちゃうし、家族も心配してる。……ねえ、樹君。私はさ、間違ってるのかな? 家族も、今までの生活も全部捨てて、ここで生きていく方がいいのかな……?」

 

 樹には、答えられなかった。

 彼もまた、帰りたいという気持ちはある。しかしそれは、完全に今この状況を、従魔を捨ててしまうことに繋がりそうで、選べなかった。

 

 彼等は、力を求めた樹へと手を貸したのだから。

 

 それが必要の無い日本へと帰った時、彼等はそれでも一緒に居てくれるか?

 それが、樹には分からなかった。シーちゃんでさえ、今のままなら、共に日本で生きていけるとは信じられない。

 

「…………俺は、俺も。確かに帰りたいと思ってるっす。でも、それは何もかもを放り捨てて、逃げるようにじゃないんす」

「私だって、そうだよ……」

 

 抱え込んだ膝に顔を埋める柊菜。消えそうな声で呟く。

 

「せめて、こんな体験を自分の人生の経験にしよう。いいものにしようって。ポジティブに考えて頑張ってるつもり。だけど、帰る方法も全然見つかってない……。弱い人を救う。その片手間に帰る方法を探すだけじゃダメなんじゃないかなって、ずっと、不安なんだよ……」

「王国も、帰還の方法を知ってるなんて言ってたっすけど、ノーマネーボトムズの人が嘘だって、言ってたっすね」

 

 どちらが本当の事を言っているかは分からない。証拠も何も無いからだ。だが、同郷の人が、嘘で王国をわざわざ滅ぼうとするとは思えなかった。

 しかし、ゲームとしてこの世界を知っているプレイヤーですら、樹達のいた世界への戻りかたは分かっていないのは事実だ。

 

 ゲームの日本へと帰る方法はあるらしいが、そこは樹達のいた日本ではない。確実性の無いものに賭けるほど、柊菜は無謀ではなかった。

 

「今の時代、時間は有限なんだって、誰でも理解してることだよ。それでも明日からって後回しにすることが多いけどさ」

 

 柊菜達学生の身で、社会人までの道程における足踏みはかなり厳しいものがある。より地位があり、より世間に認められ、より金の稼げるような将来性のあるいわゆる『勝ち組』への道を進むならば、どこまでも賢く効率的にやっていかなければならない。

 

 それが出来ないものから落ちていく。集団社会において必要なのは、先導を取り、引っ張っていくごくわずかな天才と、それを支える無数の歯車だ。天才も、歯車も、より優れたものから順番に選ばれていく。

 そこに人情は無い。必要なのは表向きの経歴。中身の優秀さは判断に難しいが故に、まずは目に見えた実績が求められる。

 

 実は優秀。実は最強。

 

 そんなもの、誰も評価しない。

 

 積み上げられた実績による信頼。それこそが社会での人の価値だ。ルールを守り、ルールの上で小賢しく立ち回れる人間だけが評価に値する。目立たなければ誰も目にしない。

 

 樹達は今、その実績の積み上げの途中で足踏みをしている。人生経験は豊富になるだろう。行ってきたことは人道的で素晴らしいものだろう。

 それを証明する手段が無ければ、少なくともスタートダッシュでは確実に出遅れる。

 

「勉強、追い付けるかな……? 私、将来ちゃんとやっていけるかな?」

 

 柊菜は常に先を見据えているだけだ。日本へと帰ったその時。一度外れたレールから戻った時の事を考え、憂いている。

 

「お父さん、お母さん、心配してるよね……」

 

 そこにいるのは、ただ一人の等身大の女の子だった。控えめで大人しく、気の弱い、日常ではそこら辺で見かける事が出来るような、そんな普通の女の子。

 

「帰りたいなぁ……」

 

 額を赤くした柊菜が顔を上げる。目は潤み、声も僅かに震えている。遠い目をして空を見上げていた。

 

 月が崩壊した街を照らす。すん、と鼻を啜った柊菜が、樹を見て照れ臭そうに笑った。

 

「えへ……ごめんね? 変なこと、言っちゃったよね。話したら、少しだけ楽になったから、大丈夫だよ」




ちょっとした解説
柊菜は最初から帰ることを目的に行動しています。その途中で、自分のトラウマやらなんやらもあって、他の人を助ける道を選んでいますが、最優先事項は日本への帰還になっております。
スリープと里香とアヤナは日本に戻らなくても別にいいタイプの事情を抱えていたり、考えを持っているタイプです。その為、彼等が寄り道をすればするほど、帰還にかかる時間が延びれば延びるほど、彼女は焦り、余裕を無くしていきます。
そこから精神安定のための依存先を求めるようになっていて、従魔へと傾倒していくようになります。

もっと時間がかかれば、逆に余裕を持って行動出来るようになるのですが、本編は記憶が正しく、プロット通りならば、まだ一ヶ月経ってない(半月くらいの行程)状態なので、巻き返せると思える分焦っているんですよね。

小ネタ
サクメは新参のギルドマスターだ! 使ってくる従魔は数で圧倒してPCをフリーズさせるエネルギーバブルと、物理攻撃が稀に致命の一撃*1になる従魔を使ってくるぞ! なお、ゲーム本編では戦う事の無い相手であり、シルキュリアやエンドロッカスに殺される程度の実力しかないので、ギルドマスターのなかでは弱い部類だ! 勇者時代のハンチング帽の男達に救われており、心酔レベルに慕っているぞ!(出されることの無くなった設定)

*1
物理防御無視の攻撃力二倍ダメージ



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エイプリルフール特別編【ノーマネーボトムズ】

大変遅れて申し訳ありません。本来はウィード達の促販イベントをエイプリルフールイベントにしようと先々月から書き始めていたのですが、現在五万文字を超えて尚終わらないまま4月1日を迎えたので、急遽この話を書き上げてから嘘じゃないじゃーんとなってしまったのでこのような形になっております。

本編の方は現在モチベーションが下がりまくっていて書き上がっていないのでもうしばらくお待ちください。本章分はプロット修正が終わっているので書き上げ次第突き進むと思います。モチベ次第ですが。


 気付くと、そこは見たこともない荘厳な雰囲気を纏う一室にいた。

 

「──成功、か」

 

 声のした方を向く。そこには、部屋同様に見覚えの無い、初老の威厳が無さそうな、優しい目をした気弱な男が立っていた。

 憐れみと葛藤を孕んだ視線を向けてきている。吐き出した言葉はまるで、成功してほしくなかったかのように苦々しいものだった。

 

「勇者殿、この世界を救っては下さらぬか」

 

 しかし、それとは別に、男はゆっくりと俺達に頭を下げたのだった。丁寧で真摯に。この時、弱みを俺達に見せ付けて来たのだ。

 

 思えば、これが全ての始まりであり、俺達の終わりを示唆するものであったのだろう。

 

 

 

 この世界は、かつて俺達が遊んでいたソーシャルゲーム【イズムパラフィリア】の世界らしい。

 どうしていきなり、しかも無課金でちょっとランキング上位に食い込んだ程度の実績しか無いような。サービス終了より前にリタイアしたゲームの世界にいるのだろうか? そこだけは分からなかった。

 

 ただ、俺達は勇者として召喚され、この世界を救うことになったらしい。現在は、そのゲームでも聞いたことの無い災厄によって世界が危機に陥っており、それらをどうにかするために、運用コストの低い──つまり、無課金での最強クラスである──俺達が選ばれたということだ。

 

 召喚された勇者。俺達は大学のサークルで意気投合してからずっと、社会人になってからも一緒に同じゲームで遊び続けた仲だ。グループの信条は『無課金』法整備が入ってなお、集金体制を貫く旧来のゲームに対する抵抗の意を示すプレイングを行う者が集まったグループだ。

 そんな貧乏性が染み付いた俺達は、当たり前のように無料のサービスというものを好んでおり、その中にはネット小説なるものも存在していた。

 だからこそ、最初は混乱したものの、物語の主人公にでもなったつもりで、俺達は王国での頼みを聞き入れたのだ。

 

 勇者としての力は、最初から持っていた。

 

「……これって、やっぱり俺の持ってたアカウントデータだよなぁ」

 

 物言わぬ。いや、定型文しか言わぬ疑似生命体のような従魔を見る。

 彼らは、ゲームが現実になった時にありがちな現象、いわゆるNPCが本物の人間のように振る舞う。そういった出来事は起こらなかったようで、常にゲームで見た時と同じ表情で同じ台詞を吐いている。なまじ、王国にいる他の人間達がそれっぽい動きをしている分、これらが作り物のような動きなのが解せない。

 

 そもそも、これは従魔ではないのだろう。確かに自分が持っていたアカウントのデータではある。所有していたかつての従魔達の強さも手持ちも見覚えがあるから。しかし、それはただのアカウントデータの再現であり、従魔ではないのだろう。

 

 この世界にも召喚士は数が少ないが存在する。それらの持つ従魔は、自分達がもつソレとは別物のように振る舞うのだから。

 ではこれはなんだ。と聞かれると、ゲームの再現以外には何も言えないのだが。

 

 ……いや、まあ。俺達の直近のアカウントデータではなく、最盛期のアカウントデータだったのは嬉しい事だ。もし、やめた当時のデータがそのまま引き継がれていたら、悲惨な事になっていただろうし。

 多くのプレイヤーがそのまま辞める事になった原因であるイベント。星十五の全種一斉ピックアップ。それらの初期先行イベントのクリア報酬は、分体ではなく完全体。イベント登場と同じ性能の従魔をプレゼントというものであった。

 つまり、ガチャで引けるキャラよりも、イベントクリア報酬の方が強いのだ。だからこそプレイヤーのほとんどは参加したと思う。

 

 そして、全部ロストした。

 

 だからこそ、俺達は、この意思を発さない従魔達の方が良かったのかもしれない。生きて、記憶を持っていれば、何を言われるか分からないから。

 

 共に召喚された友人達など、既に人形のようなこれらを気味悪がって、チート道具としてしか扱っていない。それも仕方の無いことだと思った。アカウントデータが引き継がれたというのなら、従魔だけではなく、召喚石も同様に引き継がれている。ゲーム時代のチートデータが本物になれないのなら、現実で一から育て直せば良いと思い、石を割って召喚したこともあった。

 それによって喚び出された従魔もまた、ゲームNPCが如き振る舞いをしたのだ。まるで、俺達には本物の召喚士としての才能が無いとでも言わんばかりに。偽物しか喚び出せなかったのだ。

 

 今では友人達も従魔と関わるのをやめて、この世界の人と接触する方針で行くことにしたようだ。この間はスラムで拾ったという少女が、同じ召喚士の才能があるということで、自分の育成理論を押し付けあっては師匠面している。

 まあ、星八という本来なら召喚出来ないような従魔を喚び出した才能ある女の子なので、今のうちに青田買いしておきたくなる気持ちは分かる。

 

「あの……」

「ん? どうしたのかい」

 

 最近になって勇者チームとして名が広まってきた時に拾い上げた少女がちょこちょこと寄ってくる。こういう姿を見ると、まるで自分に娘が出来たようで可愛く見えてしまう。

 

 少女の頭に手を置くと、少し嬉そうにはにかんだ後に、不服そうな顔で膨れっ面を見せた。

 それがまるで背伸びしたい年頃の女の子みたいで、自分も思わず顔が綻ぶ。

 

「どうかしましたか?」

「いんや。ただ、表情がころころ変わって面白いなーって」

「もうっ! 子供扱いしないでください!」

 

 拗ねる女の子にゴメンゴメンと返す。

 

「……私だって、もう立派な女性なんですから。召喚士ギルドでだって、ギルドマスターにならないかって話が来ているんですから」

 

 本当に、女の子の成長は早いものである。

 

 成長。といえば、イズムパラフィリアにも、従魔の内部データには戦闘用にAIが組み込まれている。会話やモーションデータにAIが組み込まれていたのは、確かサービス終了後に有名なプログラマーが作っていた二次創作だったはずだ。

 

「いつか、話せるようになるといいな」

 

 俺の横に従者のように立つ、中学生位の少女を見やる。彼女は俺がゲームを始めた時にリセマラ無しで引いた最高レアにして最強種族の従魔だった。

 同種では攻撃型の風属性の方が人気があったのだが、気が強そうでグイグイ引っ張っていく感じの女性が好みな俺としては、この少し気が強そうな顔立ちのこの子の方が好きで、愛着を持って育てていた。

 

 召喚士に、マスターに相応しくない俺かもしれないが、いつか本物に会えたら言いたいことがあった。伝えたい気持ちがあった。

 

 一緒に遊んでくれてありがとう。相棒。

 

 

 

 どうやら、この世界には自分達と同じような転生者とか、転移者の存在があるようだ。

 

 元々、自分達だけが特別だとは思っていなかった。何せ、ゲームとは違い、何故か王国に召喚されて勇者となっているし、従魔は現地の召喚士とは違い、プログラムされた動作を真似ることしか出来ないし、要所要所が主人公っぽくないのだから。

 転生者複数だし、かといって争わないし、互いに仲良く好き勝手してるサークルみたいなものになっている。だが、世界観的にはダークなファンタジー。路地裏では当たり前のように毎日レ○プが発生しているし、なんなら王国、王城の地下施設では、国民の人口維持という名目で、人間牧場が経営されている。

 

 言うなれば、モブとしてそこそこやっていけている引き立て役なパーティーといったところ。実情は災厄が王国へ襲撃に来た時用の国防装置であるが。

 

 そう、国防である。勇者として召喚されたからには、資金援助でもされつつ、災厄と呼ばれる何かを倒すための旅に出るのかと思いきや、襲撃に備えた防衛組織でしかなかった。

 少しの距離を離れる程度ならいい。勇者の持つ従魔には、高速で移動できる者も存在しているので、往復で六時間程度の範囲なら外出は許可されているのだ。

 しかし、一日たりとも国外にで続ける事は許されなかった。ゲームでは知ることもなかったのだが、どうやらこの王国は特に力を持たない集団らしく、野生の従魔すらも脅威になっているようだった。

 

 今は災厄により地にエネルギーが満ち溢れており、野良の従魔達が活性化している状況。自然や従魔達からしてみれば、今の状態の方が良いのかもしれないが、それでは人間が生きていけないので、こうして余所から戦力を引っ張って来てでもどうにかしないといけない時代だ。

 俺達も、このまま手を拱いている訳にもいかないが、自分達は王国に首輪を付けられた状態だ。その王国から命じられてしまえば、自分達も逆らう事は出来なかった。

 

 そういった事情もあって、最近は仲間達もストレスを溜めがちだ。そこで、往復可能な範囲にあったはずの魔法都市を探すことにしたのだ。

 もしかしたら、ゲームで仲間になった魔術師ミルミルを生で見ることが出来るかもしれないと、友人達も喜んでいた。

 

 そこには、時期が違うのか、主人公が連れていってしまったのかは不明だが、ミルミルに会うことは出来なかった。しかし、かつてのボス、ガイストの子孫っぽそうな子供を見ることも出来たし、何より、災厄に関する情報と、俺達以外の転生者がいるような情報を入手出来たのだ。

 

 まあ、結果からすれば、俺達転生者。もしくは転移者はその時代時代でひょっこり現れては消えるといった感じの情報しか得られなかったのだが。

 しかし、文献からすれば、かなり大昔から災厄は存在しており、また俺達のような人間も現れているようだった。中には、イズムパラフィリアで見たことのある名前を名乗っている者すら見受けられた。

 

 ……例えばの話だが、もしこれが全てイズムパラフィリアのプレイヤーだとしたら、恐らく生き残っているのはもうほとんどいないかもしれない。

 ソシャゲは過去に悪質な詐欺紛いのゲームが横行したことにより、法の規制が入っている。ガチャの天井を設けること、運営期間は半年以上で、その間に六回以上の更新を行うこと。その他様々な法律が作られたはずだ。

 

 それからは金銭回収効率が下がったからか、多くの会社がソシャゲを作り運営することをやめてしまい、ソシャゲというゲームの規模そのものが縮小した。

 広告すら無い悪名高きソシャゲであるイズムパラフィリアは、総ダウンロード数こそ一万を越えていたと記憶しているが、実際のプレイヤーは数百以上存在すれば良い方だろう。

 それらが順次喚び出されていったとしたら、恐らく既に地球に元プレイヤーはほぼ存在しない。それくらい歴史の中で転移者らしき姿が確認されていたのだ。

 

 まあ、そのどれもが才能ある召喚士として名を馳せているのだから当たり前だ。

 

 そして、現在、俺達のいる時代に、勇者以外の転移者は確認されていないようだ。

 

 嬉しいような、悲しいような、そんな情報を手に入れた俺達だったが、こうして情報として、同胞を発見したのは、良い刺激になった。今まで半分夢見心地な気分で生きていた俺達だが、ようやくこの世界に生きているという実感が湧いてきていた。

 この世界を苦しめる災厄をきっと倒そうと、珍しくこの世界の不味い酒を飲み合って、語り合った。

 それまで知らないような、地球に、日本にいたときならばきっと聞かないまま終わったような事も話し合った。将来の夢とか、人間関係だとか、ゲームの話だとか、決戦までに残された時間がどれくらいあるか分からないから、とにかく集まっては飲んで語り合った。

 

 この世界に来て、友人達とはより一層仲良くなれた気がする。親友以上に、強く固い絆で結ばれた。そんな気がしていた。仲間達の中で、一組のカップルすら誕生したんだからな。

 

 しかし、魔法都市に向かった時に言われた言葉が今でも少し気になっている。「もっと早く、ここに来てくれていれば」だなんて、まるで他の転移者でもいたのかも。と期待してしまったではないか。

 彼らの恩人であり師匠らしいけど、地球人ではないようだった。一体誰のことなんだろうか。

 

 

 

 災厄は、思ったよりも簡単に倒せた。これで、俺達も肩の荷が下りたし、世界的な英雄だ。

 

 まあ、名声は王国内部でしか知られていなさそうなレベルだけどな。国防組織だったし。

 これで帰れると思うと、この世界も少し恋しくなるな。この国でも、国王含め色んな人と仲良くなったし、お別れするのは少し辛い。

 

 しかし、戦いが終わったら結婚しようだとか、今思い返すとあいつらガッツリフラグ立ててやがったな。まあ、生きているけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆死んだ。王国に騙された。

 最後に残された俺に危機を伝えるためだけにやってきた副レギオンリーダーも死んだ。皆殺された。

 

 この国での名声が高まり過ぎたから? 王国の頂点は一つでないといけないから? 元の世界に帰す方法を知らなかったから?

 

 ふざけんな。そんな理由で俺の仲間を、親友達を殺したのか? 確かに俺達はもっと安全で平和で自由な国からやって来ていたから、この国のやり方は理解出来なかった。国王にだってノリで絡んだし、割りと好き勝手やってた。

 だけど、権威回復の為に殺害までこなすのか? 救世の英雄を、ただ不要になったからと背後から騙して突き刺して。そんなことが許されていいのか?

 他に方法はなかったのか? 王国から解放して別の土地に移動させれば良かったじゃないか。そもそも俺達は逆らった事はなかったはずだ。何故、今になって殺す? 信用出来なかったのか? 俺達を。

 

 あの気弱で優しかったただの男だった国王は、唯一心が許せると言っていた俺達を、信じてなかったのか?

 

 あいつらは帰ったら結婚すると言っていた。今時少し珍しく、結婚届けを出してしっかりと手順を踏むんだと笑い合っていた。

 

 あいつは帰ったら経験を活かした本を書くなんて言っていた。元いた世界に一番帰りたがっていたやつが、それでもこの世界は良い思い出だって言ってたんだ。

 

 お調子者だったあいつは、真面目に就職すると言っていた。家族に会えない日々を見つめ直して、親孝行をするって決めていたんだ。

 

 そのどれもを踏みにじった。俺はそんな王国が許せない。国も、その在り方を強要する民も。何もかもが許せない。

 

 今から怒りのままに従魔達を王国に攻めさせることは可能だ。きっと、一日と経たずに王国は滅亡するだろう。

 

 だが、それではあいつらが報われない。こんな国に命をかけて戦ってきたあいつらが、浮かばれない。

 

 王国の権威を貶めて、在り方を否定するべきだろう。俺達は、あんな国とその在り方のせいで死ぬことになったのだ。

 

 それを世界に周知させる必要がある。もう二度と、こんな事を起こさせないように。

 

「あー……そうだったな。イズムパラフィリアじゃ、レギオンの文字数が足りないってんで名乗る事が出来なかったか」

 

 俺は、今から復讐の為だけに生きると誓おう。残った俺が、あいつらの全てを背負おう。

 

「【ノーマネーボトムズ】いつも他のゲームで遊ぶ時はこの名前でメンバー組んでたよな」

 

 個人の名を捨て、今から俺はノーマネーボトムズを名乗ろう。全ては、王国に、あいつらの復讐をするために。

 

 今この時、誓おう。魂も肉体も、全てを殺意に塗り替えて、世界を穿ち、破壊しよう。

 

「『召喚』」

 

 衝動に突き動かされて、手を掲げた。

 

「…………ハハッなんだ。出来るじゃないか」

 

 その手には、ちっぽけな一つの銃が収まっていた。

 

「【ピースメーカー】……俺の最初で最後の従魔だ」

 

 ────よろしくな、相棒。




小ネタ
王国の人間牧場はダークファンタジーの名残(初期案は女王が蜂みたいな感じに出産して国民が女王を守る国だったけど、何度か設定を崩しては再建して現在の王国の形になっております)

星五機種ピースメーカー
実は設定資料を開いた時にピースメーカーの設定部分に燦然と輝く星5の文字を見て吹き出しかけました。スリープ君土手っ腹に穴どころかミンチになってるやん……。
ボトムズ君が持っているピースメーカーは低レベル未凸なので使用可能アビリティは【魔弾】(通常攻撃が魔法属性になる)のみです。物理貫通でやっぱりスリープ君死ぬと思うんですけど……。
まあ、幸運だったということで。トラスちゃんから幸せを貰ってますし。
この銃は史実のピースメーカー同様というかほぼそのままの外見をしている(はず)従魔です。設定も大体似たような感じで、量産型(星五)の銃により互いに武器を持つことで抑止力的平和を作り上げた事になっています。
本来はボトムズ君に喚び出されるような従魔ではないのですが、彼の覚悟やらイメージによって現れた。ということになっております。そして、唯一彼が喚び出せたゲーム産従魔ではない通常従魔として、長らく相棒としてやってきております。


ちなみにですが、ボトムズ君とアヤナ達召喚には少なくとも数年の月日があり、更にスリープ君とアヤナ達は数ヶ月分の差があるんですが、時系列的にはあり得ないような気がするんですよね……。またガバを見つけてしまった。
(一応、チームボトムズ召喚→数年後→ボトムズ君以外死亡→二、三年後→アヤナ達召喚→数ヶ月後→スリープ達登場となっております。その間に魔術師が二世代交代するのも変な話ですし王国は国内を治めていたとすれば良いんでしょうけどその間ボトムズ君の復讐を怖れなかったんだろうかと考えると不自然なんですよねぇ……)


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65話 サモンナイト

短め
スランプです。申し訳ありません


 大丈夫だと柊菜は言ったが、表情は未だ空元気を出しているといった様子であり、そして立ち上がる気配はなかった。

 膝を抱えたまま、柊菜がゆっくりと口を開く。

 

「……私の家さ、お父さんが警察で、そこそこ階級も高くて、いわゆるエリートだったんだって」

 

 柊菜が静かに語り出した。樹はそれに小さく相槌を返す。

 

 そこからは柊菜の幼少期の経験の話だ。

 

 金目の物が目的だったのか、はたまた恨みを買ったのかは不明だ(犯人の口からは精神及び肉体に傷を付ける事が目的だったらしい)が、柊菜は誘拐された経験がある。当時は流石に幼すぎたのか、純潔まで奪われる事は無かった。しかし、それでも当時の事を思い出せない程度には精神に障害を抱えている。彼女が伝え聞いた分には、お茶の間に報道すらされた大事件にまで発展し、以降の柊菜の生活を一変させたものだとのこと。

 高級住宅街に住んでいた一家は、さらにセキュリティの高い家へと引っ越し、柊菜は小学校中学校を厳格で家格の高い人達が通う学校へと進むことに。

 今では、過去の傷を両親も忘れつつあるのか、多少過保護ながらも、一般の私立高校へ通える程度には自由にさせて貰っている。なお、お嬢様学校とも呼ばれている程度には格式は高いのだが。

 

 ともかく、それ以降、柊菜は同年代より上の男性に対して強い嫌悪感と恐怖を抱くようになった。スリープに対する普段の当たりの強さは恐怖の裏返しでもあったらしい。それ以上に胡散臭さが際立って苛立ちの方が大きいとも柊菜が後付けで説明した。

 ここにきて、ようやく柊菜が自分の口から出自を話してくれるようになった。チェリーの時に動いた事と、そのときに感じた経験から、今の柊菜の行動指針になっている。

 

「……私、別に平等とか世界平和とか、本気で考えてどうにかしようって、思ってなかった。それよりも、チェリーの人攫いの時以外は、流されて動いていたようなものだったし、学園の時はエー君が殺された復讐が目的だったし」

「そうだったんすか」

「流石に、見過ごせないとは思ってたよ? でも、何を捨て置いてでもっていう訳じゃなくて……」

 

 流石に柊菜がそこまで覚悟が決まっていたら樹も驚きだ。その生真面目な言葉に思わず笑い声をあげてしまう樹。

 

「……なんですか」

「いや、俺だってそんな真面目に人生かけてまで救済を掲げていると言われたらビビるっすよ」

 

 樹も、ただ目の前で可愛そうな人がいれば助ける程度のつもりで動いているだけだ。

 それよりも、柊菜のように、明確な目標を持ったまま行動出来る方が凄いとすら感じていた。

 

「問題は、これからだよね……」

「そうっすよねぇ。帰る方法は見つからないのに、あちこちであばれる人やら何やらが出てきてるっすからね」

「なんとかして、意思を統一出来ればいいんだけどね……」

 

 柊菜の呟きに、樹は違和感を覚えた。

 

「…………別に、意思は統一されてるんじゃないっすか? いや、統一というより、方向性は同じというか、なんというか」

「えっ?」

「いや、思い返すとこの世界にいる人達のやってる事って、全部自分達が生き延びるための行動じゃなかったっすか」

 

 ミラージュはゴーレムを作り上げて、ゴロツキをまとめあげて自分の街を守っていた。

 ガイストはミルミルを次代の守護者として仕立て上げようとしていた。

 王国の反乱者はハンチング帽の男を除けば、大抵が自分の生きる、生きやすい世界を目的に掲げていた気がする。

 

 まあ、何はともあれ、この世界に生きる人間達は、皆自分の生きる道を主張して押し付けあっているような状態なのだ。そこだけは統一されている。

 

 誰かの邪魔がしたくて足を引っ張っているような奴は確かにいたが、影響力は一切無い。安定した生活の上で自分の価値を上げられなくてそうなった奴しかいない。

 この世界では、足を引っ張る奴を殴り倒しても問題無いので、弱者をひたすら虐げるちょっと強い弱者の図式くらいしかないのだ。

 より強くなれば精神的にも充実する。強さから転落したものか、絶妙に弱い奴くらいしか足を引っ張るような発想にたどり着きにくいのである。

 

「今起きている事って、もしかしたらその互いの生き方を決めるための戦いなんじゃないかなって思っただけっす」

「生き延びるための、戦い?」

「そこからもうちょい派生した奴っすよ。自分達の思想を押し付けあっているような……」

 

 樹の知るゲームでの戦争みたいな、誰もが生きるために戦いながら自分の考えを貫いていく。そんなものに近いと思うのだ。

 

 そのなかで、勝った奴の主張が正しいとされるようならば、それはきっと。

 

「人類の意思統一戦争ってやつじゃないっすか? 今の状況をざっくり言うと今まで守勢に回っていた地方の支配者に対して、実力と組織こそあっても、支配はしていなかったギルド側が戦争をかけてきた。目的は、今の支配体制を変えるため……って感じの」

 

 目的は皆ほとんど同じだ。全ては生きるための戦い。生き方を選ぶための戦いだ。

 

「自分達の主張を押し付けあってるってこと? そんなことのために争っているの……?」

「あ……いや、まだそうと決まった訳じゃないし、俺が見てきた中ではそんな感じだったなーっていうだけのことっすから!」

 

 義憤を募らせた柊菜を焦って止める樹。まだ何も確定したわけではなかった。

 とはいえ、その辺りの正誤を確かめたところで今さら流れを止める事など出来ないのだが。

 

「ヒイナー! イツキー!」

「えっ? 里香ちゃん。どうしてここに?」

 

 二人が話し合っている所に、遠くから大きな声を出して里香とミルミルが駆け寄って来た。持ち場を離れたのかと柊菜が驚いた様子で立ち上がる。

 

「どうしてって……作戦成功したんじゃないの?」

 

 小首を傾げる里香に、樹が何かに気付いた。

 

「エネルギーバブルがいないっすね」

「そういえば……途中で見かけなくなったね」

「なに、まだ原因の排除が出来てないの?」

「それがっすね……」

 

 樹が今まであった事を里香に説明した。

 

「ふーん。この街のギルドマスターがね」

「それで、これからどうしようかってなってたところっす」

「……逃げないの?」

 

 里香が意外な提案をしてきた。

 

 その考え自体は樹にも柊菜にもあった。敵わないものに無理をしてまで相手をする必要はない。ここはゲームではないのだから。

 別に今勝つ必要はないのだ。相手はギルドマスター。後になって人間を辞めた召喚士。

 

 つまり、彼等にはもう召喚する能力は無いのだ。対して樹達は未だ成長途中の新人召喚士。

 

 召喚士の強さの一つは戦力の拡充の安易さだ。単純に従魔一体を召喚するだけで手数が一つ増える。

 それも人間より強く、死を厭わず、それでいて裏切る心配の無い存在なのだ。

 

 後になればなるほど樹達の方が有利になっていく。ここは一度引き、体勢を整えて挑む方が、万全の準備をした方がいいのだ。

 

「相手はギルドマスターでしょ? それに、ここは壊滅してるけど元々敵の本拠地らしいじゃない。長居したり、こっちのギルドマスターが寝返る可能性も考えて、逃げるのだって手だよ」

「……いや、多分ここで倒しておくべきじゃないっすかね?」

「……私も、同じかな」

「ふぅん? 理由は?」

 

 里香の言葉に頭を振った樹。面白いものを見たような表情で里香が腕を組んだ。

 二人が感じた事を、樹が代表として語り出す。

 

「まず、相手の従魔が大きく無いっす。そして、短時間だけど好戦してみて、特殊な攻撃を受けたとかは無かったっす。シーちゃんのスキルで手応えがあったので、多分耐久が滅茶苦茶高いというわけでもない……。なら、恐らく相手は強力な攻撃を持ったタイプだと考えるんすよ。手持ちの他従魔がエネルギーバブルなら、手数も補えるし、単体火力型とか、そういうシンプルな相手だと思うっす」

「確証も無いの? 間違いだったらどうするわけ?」

「……初手で俺達へと攻撃をしてきていない。そして、会った当初彼女はボロボロの状態で来たんすよね。分裂したエネルギーバブルは味方ではなくただの中立。敵ではないならば、恐らく都市で現れている他の従魔によって付いた傷だと思うっす」

 

 野良で現れる従魔は、基本的に強くない。スリープが言う分には星五以下だとの事である。

 エムルスのような対軍性能があれば余裕で対処出来る程度の存在だ。野良従魔はエネルギーバブルを餌として見ているだろうし、敵対関係になるはずだ。

 

 その上であれほどボロボロになるのなら、数で攻められるのに弱いか、召喚士自体の防衛能力に難があることになる。

 

「……従魔ではなく、召喚士を狙えば勝ち目はあるっす」

 

 ただ、樹が懸念していることとすれば、召喚士への直接攻撃についてである。

 最初、樹が連れ去られた時にゴロツキを殺してしまった以外では、樹達は明確な殺人行為をしたことがないのだ。

 

 スリープだけは、ミルミルを自身の手で直接殺したことはあったが、他は自分の手はおろか、従魔へ明確な殺人行為を命令したことすらない。無い方が良いのは確かなのだが。

 

 しかし、だからこそ、人間を相手に戦う場合、どうなるかが分からなかった。

 いざという時に動けるかどうか。そこだけは心配だった。

 

「……まあ、いつまでも逃げ続けるわけにはいかないしね。情報が正しいなら、勝ち目はあるでしょ」

 

 里香が樹の肩に手を乗せる。

 

「殺害に関しては気にしなくて良いよ。私がやるから」

「それはっ」

「いいから。私、アンタ達よりもここに来て長いんだからね。別に殺したことなんて一度や二度じゃきかないくらいあるし」

 

 へらっと砕けたような柔らかい、自虐的な笑みを浮かべる。

 

「人殺しなら勇者にまかせときなさい。ゲームにせよ、なんにせよ、勇者ってよく殺しをするじゃない?」

 

 おどけたように笑った言葉に、樹は胸を突き刺されたような苦しさを味わう。何かを抱きしめたくなるような、そんな感覚に囚われた。

 樹の視線から感情を読み取ったのか、里香が手を振って拒絶する。

 

「同情なんていらないよ。私の過去は私のものだし、やったことに後悔も無いし」

 

 勇者は、死んでも王国の召還紋にて生き返る。スリープのいない間に王国にて集めた情報のひとつだ。

 それらの仕組みは従魔召喚から着想を得ており、しかし同時に使う側が有利な条件になるように組まれている。

 また、ハンチング帽の男が話した情報からすれば、それそのものに帰還させる力は無く、使用者側が自由に勇者の蘇生機能を止める事が可能なのだとか。

 

 勇者召喚に関して言えることは、召喚時に才能ある存在を呼び寄せるものの、蘇生機能以外には何の力も付与しないということだ。

 

 圧倒的な力がないというのなら、恐らく無力化することも出来ずに殺すしか無かった場面が幾つもあるのだろう。

 樹のように誘拐された時に、自殺による死に戻りを使えるとしても、それでもどうにもならない時はあるだろう。

 樹は死ねないので、あの場面で柊菜やスリープが来なかったら、死ぬか全員殺すかの戦いになっていたとしか思えない。

 

「まっ、うだうだ言ってる場合じゃないかもね」

「っ!!! 来たっすね……」

「うっ……り、『リコール』『コール』来てっエー君、チェリー」

 

 里香が視線を向けた先には、遠くであるが、こちらを捕捉しているサクメの姿があった。

 

 少し離れていたミルミルも近寄り、四人で戦闘態勢を築く。

 

「貴方達は危険……。唯一、あの人を倒すことが出来るかもしれない存在。なら、今ここで倒す」

「……奇遇っすね。俺達も、ノーマネーボトムズの力を削いでおく必要があると思ってたところっすよ!」

 

 召喚士同士の戦いが始まる。



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66話 カウント・ゼロ

遅くなってすみません。推敲もしてないです。


 戦闘前にダラダラと会話することを、樹は戦術の一つであると思っている。

 

 とはいえ、こうして争いに身を置くことにならなければ、アニメの尺稼ぎのような立ち回りは好きではないと思っていただろう。何をそんなに初対面であったり、会話する必要の無い相手にしているのだろうか。と。

 実際バトルアニメの尺稼ぎを樹は毛嫌いしていた。

 

 しかし、今はその嫌っていたアニメを意識して台詞を吐いていく。悟らせないようにゆっくりと深呼吸をし、口を開く。

 

「思ってたんすけど、ノーマネーボトムズの皆って、勇者を止めたり、または王国のやり方に疑問を持って勇者を生存させたりってはしなかったんすか?」

「……前提が違う。勇者が用済みとなり、殺されてからノーマネーボトムズは発足した。勇者を止めるような人は加入しないし、勇者は強かったから、あっさり王国に裏切られるだけで死ぬとも思ってなかった」

 

 実際、今の会話も戦闘に必要かと言えば、そうでもないだろう。全ては理由付けだ。それらしい理由を付けて、そこに価値と戦術を見出だせば、全部必要な事に成り代わる。

 この会話は何が出来る? 情報の入手? 違うだろう。確かに会話を続ければ情報が得られるかもしれない。しかし、行動の本質はそこにない。

 戦闘の遅延。会話により隙を作り、あらかじめ伏線を張り巡らせ、戦いの流れをコントロールする。主導権を握れば、それこそ戦闘をいつ開始するかまで選べる。そこに樹は戦闘における会話の価値があると判断した。

 

(…………スリープさんほど有利なら、会話も必要とせずにさっさと押し潰していくんすけどね)

 

 この場にいない、今までなにかと頼りにしてきた男を思い浮かべ苦笑する。

 

 ──樹は知らないが、スリープは自分が不利な状況だと判断すれば、会話を絡めて相手の行動を制限させたりする。暴力主義を主張しているが、そこに至るまでの道筋もまた、スリープは意識してコントロールしている。

 

 ウィードを突撃させ、従魔の攻撃の雨に晒した時も、会話により次の手を誘導していた。ただ殺せと叫べば、従魔による無数の蹂躙により、塵すら残らない可能性があったから。

 だからこそウィードを殺し、次の一手を、ピースメーカーによる銃撃に絞らせたのだ。上手くいくかは賭けでしかないが。それでも、やらないよりかはマシである。

 

(相手の従魔の強みは何だ? ミラージュや、王国のギルドマスターと同等クラスなら、ただ一撃が強いだけじゃないはずだ。そこが分かれば対策も取れたはずなんだけどな……)

 

「……従魔は自分の願いや望みに対して応じる事もあるんすよね。俺のリビングエッジは、俺自身が戦う力を求めたからやってきてくれたんすよ」

「そう、私は、最初にこの子が来てくれた」

 

 そう言ってサクメは、振り子のような刃を持つ従魔を撫でる。

 

「……全部死んでしまえばいい。勇者に助けられた後も、私は復讐の念が途切れることはなかった」

「復讐……受けた攻撃でも倍返しにするんすか?」

 

 拙い会話で主導権を握りに行く樹。サクメは、自分に優位があると思っているのか、特に怪しむ事も、会話の主導権を握りに行くこともせずに答えていく。

 

「冗談。わざわざ受けに行く必要は無い」

 

 そこで、樹は自分の行動の失敗を悟った。

 いや、初めてにしては上出来の部類だっただろう。少なくとも、相手の従魔の強みと、戦闘の開始を悟る事が出来たのだから、コントロールこそ出来なくとも、把握は出来ていた。

 

「ただの一度も攻撃を受けること無く、ただ安全な場所から相手をボコボコにして殺してやりたい。誰もが思うような、卑怯で普通の力でしょう?」

 

 従魔が水平に円運動をする。グルリと身体を振り回すと同時に、樹はその従魔の身体から一気に伸びる空間のような物を見た。

 

「伏せろっ!」

 

 樹の掛け声に瞬時にサクメを除く全員が伏せる。彼等の頭上をザンッと、金属が硬い物にぶつかりながらも断ち切った音が響いた。

 

「何これ……斬撃を飛ばしてるの?」

「いや、違うっす」

 

 不可視の斬撃を遠距離からの攻撃かと考えた柊菜へ、樹が否定する。

 樹にはクオリアから与えられた眼がある。彼の視界の半分では、不可視と思われた斬撃の正体が見えていた。

 

「あの従魔は見た目以上に射程が長いっす。攻撃の時だけ物質的に干渉してくる巨大な刃が見えるっすよ」

 

 実態は飛ぶ斬撃よりも厄介であった。取り回しは見た目と同じだが、攻撃範囲が単純に広い。攻撃した場所から最大射程まで一瞬で届くということになるのだから。

 そして、防ぐ場所は前ではなく横からとなる。樹の眼が無ければ、確実に無防備な横から一撃は喰らっていただろう。

 

「ネタが割れたところでこちらの優位は変わらない」

 

 サクメは樹に、従魔の秘密が看破されたところで、何一つ表情を変える事はなかった。

 

「この程度の事で揺らぐような、やわなギルドマスターはいない」

「……そうかもしれないっすね。だけど、俺、一つ出来ることがあるんすよ」

 

 横から振るわれた巨大な刃を、樹はリビングエッジを構えて迎えた。

 巨大な火花を上げてぶつかり合う。しかし、樹は吹き飛ぶ事もなく、攻撃は振り抜かれた。

 

 柊菜達の頭上を超えて。

 

「樹くんっ!」

「いってぇ……だけど、出来ない事でもないんすね」

 

 両手を振って痺れをどうにかしようとする樹が、してやったと嗤う。

 

「従魔の剣、俺でも受け流すくらいなら出来るようで」

「っ! これなら勝てるよ! ヒイナ、反撃よ!」

 

 樹一人とリビングエッジ一体で攻撃を押さえることに成功したからか、里香が勝機を見出して声を上げた。

 しかし、今の里香の手持ちは瞬発力にこそ長けるものの、継戦能力が低い従魔ばかりである。そこは彼女も理解しているのだろう、こうして声を上げることで指示を送っている。

 そこで柊菜が取った行動は、有利をなるべく広げようとするものだった。

 

「『コール』! 開いて!」

 

 瞬間、世界が沈められた。光は閉じて黒と白の二つの色で構成される湖畔と、そこに浮かぶ蓮の花へと切り替わる。

 柊菜は、まず相手の退路を防ぎにかかった。聖域結界の睡蓮で街から自己従魔の空間へと引き摺り込む。

 

 緑種は単体では最弱の部類に入るが、こういったフィールドの構築を可能にする強みがある。世界を切り替えれば、相手にあった地の利は失われるし、従魔故に味方へと有利な効果を及ぼす事が出来る。

 

 常時HPの回復効果が適用されて、強力な一撃を受け流したリビングエッジに活力が戻ってくる。樹の手も痺れが取れ、今まで走り回った疲れすらも癒えてくる。

 

「エー君、チェリー!」

 

 柊菜の指示で傍に控えていた二人が飛び出す。つい最近限界突破をしたエンドロッカスが剣の柄を顔の横につけ、剣先を相手に向けた構えをする。

 迎え撃つように振るわれた薙ぎ払いは、誰も受け止めなかった。柊菜の睡蓮には一回だけ攻撃を無効化する能力がある。振るわれた一撃は全員をまるで水面に触れるがごとく姿を揺らすだけに終わった。

 

 そうして、一手分の完全な隙が生まれた。そこを見逃す柊菜ではない。素早くチェリーとエンドロッカスを詰め寄らせ、暴れるサクメを取り押さえたのだった。

 

 攻撃は、しなかった。完全に無防備になったところを、従魔の力で強制的に確保した。

 柊菜の争いを好まない性質が現れた結果だ。

 

 勝敗は一瞬だった。

 どうあがいても従魔同士の戦闘では、召喚師は弱点になる。幾ら一体の従魔が強力であろうと、数と戦い方によっては如何様にも崩せる。そこを狙えば一撃で終わってしまうのだから。

 

「…………動けば殺す。従魔をリコールさせなさい」

 

 地面に押さえ付けられたサクメへと、里香が冷たく命令する。

 しばらくの間、サクメは樹達を睨み付けていたが、それでもどうすることも出来ないと知ると、暴れるのをやめて顔を伏せた。

 

「……私、リコールしろって言ったつもりなんだけど?」

「してもしなくても変わらない。私の従魔はそこまで素早く動けはしないから」

「それでもやりようはあると思うけど? 不意打ちの一つや二つくらいは出来るだろうし」

 

 押し問答。樹達は幾つか情報が欲しい上に、明確な殺人行為そのものにリスクがある。全体意思がバラバラになってしまう可能性があるのだ。

 そこら辺を理解しているのかしていないのかは不明だが、サクメは一切従魔をリコールしようとはしない。

 まだ勝機がある。と、そう言っている訳だ。

 

「…………私にとっての勇者はあの人だけ。それは今でも同じ」

 

 彼女はそう宣言すると同時に、樹達へ顔を向けた。里香だけではなく、三人を見つめている。

 

「今代の勇者。あなた達も帰る手段は一切無いでしょ? あの人は、自分と同じ故郷の人はなるべく帰したいと思っている」

 

 確かに樹はノーマネーボトムズを名乗るハンチング帽の男に、帰還方法があるという話を持ち込まれていた。

 柊菜も、里香も、王国の大会にてその話は聞いていた。

 

「でも、その方法は確実じゃないってスリープさんが言っていたよね……?」

「……そいつが何なのかは知らない。だけど、多分あの人と同じ事を知っているんだと思う。あの人は言っていた『ゲームと同じ方法では今でも可能だけど、確実性がない。エネルギーでもって空間に穴を開けるような荒業じゃ駄目なんだ。そこに指向性を持たせるにはどうすれば良いか……』」

 

 嫌な予感がする。樹は漠然とそう考えていた。

 幾つか見えていない所はあるものの、ピースは全て出揃ったような、後は組み合わせるだけのような、時間が追い詰めてきている焦燥感だけをただ胸に燻らせていた。

 

「……ミルミル師匠。街に魔術師が必要な理由ってなんでしたっけ?」

「……何よ。そんな事も知らないの?今もこうして邪魔されていないのって私がいるからなんだからねっ」

 

 答えを探す為に、樹はこの場にいるなかで一番知識がありそうなミルミルを頼った。

 あれだけ溢れ返っていたエネルギーバブル。従魔達がより集まってくる存在。魔術師が街にいる理由。

 

「人は、地脈っていうのに合わせて街を建てるの。そこがエネルギーの集まる所だからね。そこを押さえることで従魔の大量発生を防ぐのが目的でもあるの。それと同時に、街中で従魔が発生しない為に、魔術師が契約を結んでエネルギーを変換したりしてるのよ。今は私がいるいるからどうにか野良従魔の自然発生を防げているけど、ここにいた魔術師もいないし、私が離れればエネルギーが多すぎて暫くは人の住めない土地になるでしょうね。これはもう手遅れよ。地脈を押さえても全体にエネルギーがあったらどうしようもないし……。街は三日もあれば再建できるけど、このエネルギーを扱いきるのが無理ね。早めに出ていくべきよ。押さえていた反動で少し強めの従魔がやってくると思うから」

「そうっすか。それだけのエネルギーがあれば、空間に穴を開けるくらいは出来るっすか?」

「消費方法の模索でもするの? これだけエネルギーがあれば空間に無理やり穴を開けるくらい私でも出来るわよ。でも、そういった穴って、ある種ゲートと似たものだから、何が起きるか分かんないし危険なの」

 

 今からでも『ゲームで行われた手法による地球への転移は可能』である。樹は、そのゲームを詳しく知らないが、ある程度想像出来ることはある。

 ゲームでも地球に移動する事は可能だった。そして、恐らくそれは、ゲームでも中盤以降とか、終盤とか。一番あり得るのはラスボス戦後辺りであろう。

 つまり、それだけの敵を相手にした後のエネルギーがここには溜まっているとのこと。スリープが言っていた本来この場で召喚出来る従魔は星五クラスが最高。

 

「……ああ、そこの男の子は気付いたみたい」

 

 サクメが樹の様子を見て、笑う。

 

 戦闘において、会話は戦術の一つだ。目的は情報収集、ブラフ、意識の誘導。

 

「私、味方がいるんだよね。その人、貴族でありながら、自分達を存続させたり、発展とかを願ってる人なんだけど、作戦途中で協力者を得たんだって」

 

 そして、戦闘の遅延。

 

「最初はノーマネーボトムズの標的にしないだけのつもりで、敵のスパイを任せようと思ってたんだけどね。協力者が特殊でね」

 

 子供が自慢するかのように、作戦をひけらかす。

 それは、既に作戦が知られても止めようが無い段階まで来た証拠だ。

 

「選んだ従魔を、依り代に取り憑かせる事で、協力を得ようって言うんだ。そうして現れる従魔っていうのが

 

──この世界では存在することすら出来ない程に強力なんだって」

 

 世界が悲鳴をあげた。



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67話 ステータス・インフレーション

今回一部キャラに特殊タグによるフォントを利用していますが、特に読む必要は無いです。メタ成分だけ含まれています。
white river様の文字化け風フォントを使用しております。この場をお借りして感謝申し上げます。white river様ありがとうございました。

5/23(日)サブタイトルの修正
なお、今回の修正による詫び石の配布はありません。


 ゲームにおける重要なステータスといえば、何だろうか?

 攻撃? 防御? 精神? 幸運? 速度? そのどれもがゲームを構築する上で重要なステータスであると言えるだろう。そういう視点で言えば、全てが答えとなる。

 では、JRPGでよく用いられるターン制コマンド式のゲームであったら、何が重要だろうか。

 この場合、ターン毎に必ず互いに一度行動するので、速度の重要性は大きく下がる。一手の差において、そのレベルにまでコマンド式バトルでは速度差の価値は薄れてしまうのだ。

 必ずターン毎に一度動けるのならば、重要なのは攻撃力になる。ダメージレースにおいて攻撃を入れる回数が同じならば、より大量のダメージを与えられる方が有利に働くことになる。

 

 では、日本でも有名だが、あまり採用されている印象は無い(特許申請されているらしく、少ないのは当たり前だが)ATB式のバトルならば、何のステータスが重要だと言えるか。

 これに関しては速度が重要だと言える。単純に手数が増えるからだ。速度があればあるほど、一方的に攻撃も出来るし、取れる選択肢が増える。相手が一度行動する度に二度こちらが動ければ、攻撃と回復を同時に行うことも可能なのだ。逆に、あまり重要ではないのが防御になってくる。一撃で死なない限りは、速度差を付ければ回復で補えたり、勝てないなら逃げる事も可能なので。最低限の防御、後は速度と攻撃で押しきれる事も少なくない。

 逆に、速度差を活かした戦術として、毒などの状態異常や、カウンター攻撃がハマるなど、戦略の幅もスタイルで大きく変わるのが特徴だ。この手のゲームは、自行動の開始で毒ダメージが入るパターンが多く、カウンター等の行動は自分が次に動く時に解除される特徴がある。例外もあるが。

 

 日本ではSLG、シミュレーションゲームに分類されているストラテジーゲームならばどうだろうか。基本的に戦略とか戦術が重要になるので一概にこうとは言えないが、ターン制においては攻撃や速度よりも攻撃の射程距離が重要だと言える。剣士の攻撃はより強力であろうが、届かなければ意味はなく、一方的に攻撃できる弓の方が戦略上役に立つ場面が多い。RTSの場合より複雑になるので一つの要因に絞れないのだが、RTSベースに当てはまるmoba系ゲームになると、射程距離と攻撃速度が正義になってくる。プレイング次第だが。

 

 創作にもあげられやすいMMOといったジャンルになればどうだろうか。創作物になると極振りやら幸運やら隙間産業無双やら色々あるが、MMOにおいて一番重要なのはタンクだ。他が欠けてもいけないが、ゲームにおける重要な役目はタンクが握っている。防御こそ正義の世界がMMOだ。ダンジョンでの先行誘導、ヘイト管理、スイッチタイミングにギミック処理と、タンクにおける仕事と覚えるべき事の多さが圧倒的である。初見ですはタンクに許されない。ソロプレイが目立ちがちな創作とは別に、ゲームではタンクが一番といって良いほど大事な役職になる。

 

 タワーディフェンスならば、GIFで有名な一人のコラボ軍師がゲームをぶっ壊した事で有名だったりするが、連写と射程が強い。まあ、タワーディフェンスは普通ブロック役と後ろから殴るキャラの二つの要素で成り立つものなのだが、タワーディフェンスというゲームで射程が長いというのはバランスをぶっ壊す要素である。

 

 では、それらを幅広く取り扱うソシャゲについて。

 

 ソシャゲにおいて、ゲームの人権やぶっ壊れと言われるようなキャラクター。インフレを引き起こしゲームバランスを崩壊させる要因になりやすい役職、ステータスというのは何だろうか?

 攻撃、防御、速度、幸運、射程距離、HP、それら全てが一際高まれば、ソシャゲは一瞬にしてバランスが崩れてゲームのインフレは加速する。今までのキャラの所持しているスキルの強化倍率を僅かにでも超えれば基本的にインフレが進む上、それは、既存キャラを否定することと同義になる。特に、百パーセントの下位互換を産み出した瞬間、下位互換はほぼ完全に存在意義を失うことになる。

 その中でも、バフキャラは自身ではなく、他を強化するためインフレの元になりやすい。一応既存キャラの否定にはなりにくいものの、インフレの跳ね上がり具合が著しくなるので一長一短だ。

 運営によるサービス終了こそが終わりのソシャゲにおいて、既存ステータス以上に意識するべきなのが、バフキャラということになる。インフレはゲームが進む度に否応なしに発生するものであるが、既存キャラと以降のキャラすらも変えられる能力を所有するバフキャラの存在は、ゲームにおけるバランスを一気に崩せる力を持っている。

 なお、複数キャラを集めて使うソシャゲの場合、シナジーがあるパターンが多いため、単純にバフキャラに関して慎重になる以外にも、バフ倍率に影響する基礎ステータスもまた重要な役割を果たしている。

 

 バランスブレイカーが発生する可能性はゲームにおけるキャラ数が増えれば増えるほど高くなる。ソシャゲは基本的にキャラクターを次から次へと出していくために、いつかは、ほぼ確実にバランスブレイカーが登場する。ゲームの形を崩したり壊したりするために。戦術を広げるために、飽きを来ないようにさせるには、いつかはバランスブレイカーが導入されるのだ。

 既存のコンシューマーゲームとは違い、ラスボスが決まっておらず、終わりもまた存在しなければ、それは運命としか言いようがない。既存ゲームなら救済措置として入っているパターンもあるし、単純にバランスミスでもあるが、それ以上の意図はない。

 新規参入が予測されるコラボにて、バランスブレイカーを導入するパターンは基本的に多い。それこそが炎上に繋がりがちだが、限定ガチャを煽りコンプ欲を刺激し、かつ外部の参入が見込めるコラボなら、運営が壊れを入れてくる事は想定できる。

 

 そこまで気にするなら使わなければ良い。という言葉も出るだろう。

 

 水はひび割れを見つけるという格言もある通り、一度それを見てしまえば、意識せずにはいられないのだ。コンシューマーゲームなら、ぶっ壊れを基準にゲームバランスを作ったりはしない。しかし、ソシャゲは泳ぎ続けるゲームなので、基本的にバランスブレイカーを基準にして難易度が決まるのだ。

 コンシューマーゲームなら、無理やりにでも意識から外せばどうにかなるが、ソシャゲは無視できないものになる。

 インフレとどのように付き合っていくのかは、ソシャゲの永遠の命題といえるだろう。(一応解決方法は存在する。全部同じ性能にしてキャラ絵で売っていくスタイルだ)

 

 ちなみに、そういったバランスブレイカーの存在を『もうこいつだけでいいんじゃないかな』と言うこともある。

 

 イズムパラフィリアもまたインフレの歴史を歩んでいるため、最終的に登場する従魔は、単騎にてあらゆる存在を打ちのめすような、そんな力を秘めている。

 

 最初に起きた出来事は、柊菜の従魔によって作られていた空間が元に戻ったことだった。

 そして、次々と地に伏せていく従魔達。樹のシーちゃんに至っては耐えきれないと言わんばかりに自発的にリコールしていった。

 

「……なんだよ、これ」

 

 樹が、意識して付けていた語尾すらも忘れて呟く。

 そこにいたのは一人の美しい女性だった。胸が大きく、ゆったりとしたゆとりのある服装をしており、多少黒い闇を感じさせるような化粧らしき跡があるが、確かに万人が見て美しいと答えるような女性が立っていた。

 そして、同時に彼女からはシルキュリアの面影があった。

 その女性がゆっくりと口を開く。そこから奏でられる音は、少女を思わせるものであり、シルキュリアと同じだった。

 

──始まりはとある中学生の言葉だった。『人魂って、精子っぽくね?』

 

 しかし、使っている言語は全くの別だった。スリープが言っていたように、この世界のデフォルトの言語は日本語であるはず。

 音の羅列としか認識できない。法則性や言語として成り立っているかもわからない。そんな喋り口調だった。

 

 ただそこにあるだけの力を前に、世界が耐えきれずに軋みを上げ、泣き叫んでいる。

 空間が歪み、星々が儚く弾け、光すらも捩れ狂う。

 樹達は、それを見たときに、本能で理解した。これは存在してはならないものだと。ここにいてはいけないものだと。

 その感情に反するように、安心感すらも覚えていた。

 

そこから、生と死の概念を持ちながら、受胎の特性を与えられた従魔

 

 あらゆる法則《ルール》をぶち破り、ただ自らの道理を押し付ける。まるで一つの世界が、そこに顕現していた。

 

【冥母リリトゥライラ】あらゆる死者を管理し、新たな生を与える者。みんなに認知されていないんですけど、私が母親なんですよ?

 

 所作で少しだけ茶目っ気を出したとしても、言語を理解できず、ただ震えるしかない樹達には、何も響かなかった。ただ、ほんの僅かに従魔からの圧力が緩んだ隙を突いて動き出した。

 

無垢なる魂達よ、母の転生権《卵子》を目指して競争するのだー!

「に、逃げろ! 走れえぇぇ!」

 

 樹の叫び声を皮切りに、各々が一目散に駆け出そうとした。

 そこに割って入るものがある。砂の嵐を横倒しにしたような攻撃が女性を飲み込んだ。

 

「こちらへ、早くっ!」

 

 龍使いのギルドマスターが攻撃によって開いた穴から顔を出していた。先ほどの一撃は彼女の従魔【砂漠龍ダスト】のものであったようだ。

 既に龍種覚醒の動けない状態が終わっているらしい。それならば、戦った方が良いのでは、と樹は逡巡する。

 

「アレは私達の手におえるものではありません! そこのギルドマスターを連れて早く来てください!」

 

 ほぼ怒声のように声を張り上げて指示する。半ば思考を止めるようにして樹達はその命令を聞いた。

 サクメを連れて、ダストの背に乗ると同時に、ダストが翼を羽ばたかせ飛び上がる。高度を稼ぐように旋回しつつ上昇すれば、街の全容が伺えた。

 

「……なんだ、アレ。どういうことだ?」

「何も無くなっている? 空間そのものが、無い感じかな。……凄く、気持ち悪い」

 

 街を覆い尽くすようなエネルギーバブルは消え失せ、その代わりのように世界を光りも通さない闇が塗り潰すようにあった。

 

「……あなた方は、何を相手にしたのですか。アレは、この世界に居ていいものではありません」

「こっちとしても突然現れたんだけど。事情を知っていそうなのは、貴族の街で私達と敵対してきたギルドマスターがいるし、そっちに聞いてみたら?」

 

 樹達を責めるような口調のギルマスに、里香はサクメを指差す。

 

「……あんな物だなんて知らなかった。ただ、世界を変える事が出切る存在だって、言ってた」

「そんな言葉を信じたと?」

「……古い人間にはわからない。その姿になってから何年過ごした?」

 

 竜の少女(王国のギルドマスター)を煽るサクメ。

 

「──全ては私の目的の為ですよ」

 

 空気がギスギスしたものになってきたところに、声がかかる。

 バサリバサリと翼を羽ばたかせるカルミアに掴まり、ドグマが龍の背に降りた。

 

「目的って……あの、世界を救うっていう?」

「ええ、その通りです」

「あんな禍々しい存在でどうやって世界を救うんすか?」

 

 柊菜が明かしたドグマの目的に突っかかる樹。

 彼の視界の半分には、サクメの従魔同様に、もう一つの姿が写し出されていた。

 

「あれは、人間の下半身の集合体っすよ」

 

 一つの上半身に群がるようにくっついている下半身。不気味さを感じさせるその生物としてあまりにも成り立たない姿こそが、あの従魔の本質だと樹は感じていた。

 

「それはそうでしょう。アレは従魔の母と言える存在なのですから」

「あれが……従魔の?」

「ええ、【冥母リリトゥライラ】と呼ぶそうですよ」

「それで、その従魔を使って、どうやって世界を救うっていうんすか? 従魔の母だから頼み事でもするんすか?」

「そんな回りくどい事はしませんよ」

 

 ドグマは笑う。そこで樹はようやく彼の目を見た。そして気付く。

 焦点が合わず、光すら捉えていない。ドグマは既に正気を失っているも同然だということを。

 

 背後に立つカルミアが、樹に嗤いかける。ようやく気付いたのかと馬鹿にするように。

 

「死ぬ事で、我々は従魔へと至る事が出来る。ならば、従魔となり、新たな生を歩みましょう! どうせ我々人間は従魔には勝てないのですから、我が友が目指した道の通り、従魔へと至り、従魔による世界の平定をすべきなのです」

 

 ドグマは竜の少女へと指を突きつける。

 

「彼女と同じようになれば良いのですよ。世界の管理者はギルドマスター。従魔を使い、従魔により人の道を外れた存在なのですから。元から人間は世界の支配者ではないのです。奴隷たる身分から、同じ存在にまで上がる。ただそれだけが目的です」

 

 そこに、貴族の姿はなかった。ただ、嫉妬に塗れた世界の敗北者が立っていた。




冥母リリトゥライラ
死種星16の最強に連なる従魔だ!公式説明文では
ゆったりとした黒い衣服を見に纏い下半身が蛇、もしくは生物の下半身の集合体になっている女性。原初の母とも言われ、あらゆる生命を産み落としたとされている。全ての生命は死後彼女の元へ戻り、新たに産み落とされるのを待つ。
と書かれているぞ!(当時の設定。なお現状変更点は無し)
基礎能力値は同レアリティの中でも二番目に弱い従魔で、戦闘ではデバフと回復をメインにしたサポートを得意とするぞ!
ちなみに、一つアビリティを紹介すると、プレイヤーの持つ全従魔のロスト無効アビリティを持っているぞ! もちろん本人にも適用されるぞ!


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68話 従魔になるには

展開があまりにもゆっくりなのでサクサク行きます。

前回に引き続き、一部文章にフォントを使用しております。この場をお借りして感謝申し上げます。ありがとうございました。


 従魔になる。という明確な表現はされた事がなかったが、スリープがミルミルに対して一貫して主張していた事がある。

 

『殺したら?』

 

 彼女が、魔術師の中でも人柱のような役割を担う事になりかけた時、スリープは常にそう言い続けていたのだ。そうして、最終的に彼が一度ミルミルを殺すことで、問題は解決される事になった。

 

 しかし、それが上手く行ったのは、アヤナや里香が割り込んで、里香のゴーレムが術の対象へとなったからだ。そうでなければ、どうなっていたかわからない。術は成功したかもしれないし、その結果どうなるかもまた、不明だった。

 

 スリープが知っているのはゲーム世界でのイズムパラフィリアだ。それは召喚師の物語であり、そこにいるのは従魔となる。

 

 ならば、スリープがミルミルを殺して、従魔にしないまま生存したのは何故だろうか。それは彼が思い描く正しい未来だったのか?

 きっとそれは違うだろう。召喚師は従魔を扱うものだ。そこにいるのは魔術師ではなく、従魔になるべきだろう。

 つまり、スリープはミルミルを殺すことで、従魔にさせるのを想定していたのではないだろうか。

 

 樹は、ドグマが言った言葉に対し、そう思い返していた。ドグマが言った従魔になる方法。柊菜の従魔にして、現地にいる獣人チェリーミート。そして貴族。魔術師ミルミル。

 

 人間は従魔にはならない。死ぬ事で、幽霊という枠組みに入れば従魔へと至れる。

 

 ならば、産み落とす存在であろう従魔の母リリトゥライラを前に死ぬことは従魔にはなれないだろう。

 アレは死種だと樹は思っていた。死者の頂点に立つ存在ならば、死者を管理し蘇生させる事も可能だから。

 天種はもっと清浄な存在だろう。王国で相手にした悪魔みたいな奴? 樹の記憶にはない。

 

 チェリーミートは死なずとも従魔になった。ミルミルはスリープの提案では死なないと従魔にはなれなかった。

 ドグマの主張はどこまでが信じられるだろうか。

 

「くだらない事を。そのような考えは逃げであり、弱者のままです」

 

 竜の少女(王国のギルドマスター)が言う。

 

「結局は外部の存在に手を借りねば強者にすらなれない。そこに強者の資格はありません」

「貴女が恐れるのは弱者がいなくなる事でしょう? サクメ様(ノーマネーボトムズ)と手を組まないのも、それが理由だからだ。強者同士が争い力を失えば下克上が起きる。それに、現状の安定を壊したくないし、争いによって自身を評価する弱者もまた減るのが嫌だからだ」

 

 厳しく追及してきたドグマへと、あっさりと頷く竜の少女。

 

「ええ、その通りです。強者というものは弱者が存在しない限り成り立たないものなので」

「っ!」

「だからこそ、我々召喚師ギルドというのは存在しているのです。強者として存在する限り弱者を守る義務がある。ギルドマスターの目的は事実上の街の支配と管理。そして、同時に強い召喚師同士での争いを避けること。人類全体の管理者たる魔術師や、街単位の民間の守護者たる剣士もまた似たようなものでしょう?」

「…………人類は傲慢だ。そうして力を得て守るのが同胞だけなのですから」

「我々が守れる範囲だけを守っているまでのことです」

「そうして貴族に宛がうのは新入りで力も弱いギルドマスターですか?」

「義理は果たした。そう認識しています」

「ま……魔術師は貴族へ優先的に優秀な人材を送っているわよ!」

 

 二人の言い争いに言葉を挟むミルミル。樹達の視線が集うと、申し訳なさげに口を開いた。

 

「…………魔術師っていうのは、人間と貴族の混血なのよ。元々貴族が人類よりも先に大陸に住んでいてね? 後から人間も住むようになったんだけど、その、貴族って従魔と似通った性質を持っていたから、それを取り込むのは、魔術へのアプローチとしての一つだったのよ」

 

 エーテル式だとか系統は別れているのだが、魔術というのは元々従魔が使うスキルを模倣するために人間が得た技術である。

 樹の目で見ればよく解るが、確かにドグマやシルキュリアの擬態の裏にある姿と、サクメの従魔や、街にいる女性の従魔の表向きの姿とは別の形というのは、同じような物なのだろう。つまり、シルキュリア達の触手で樹を触れば、樹は認識する事なく触られることになるのだ。

 

 そういった別の空間上に存在するもう一つの身体を使えることがスキルを使う上で必要なことなのかもしれない。

 

 …………従魔のスキルはどの従魔でも使える技術である。魔術もまた才能次第で使えるものだ。だが、樹や柊菜が魔術を使えるように、別空間上にある肉体の有無は現在の魔術とは関係があまりない。それよりも関係があるのは『人間よりも遠い肉体の作り』になる。

 

 ミルミルの命が三つあれば、魔術が三度使えるように、魔術というより、従魔のアビリティやスキルに関係あるのは人間の肉体構造とは別のところにある。

 

 そういった意味では別空間上にある肉体は魔術、ひいてはスキルに関係はある。魔術という人間にも使える形に落とし込むまでは大いに関わってきていた。

 

「人間とは生活様式とか色々違うし価値観とかもあるんだけど、人間と比べて貴族って肉体的に弱くて、繁殖力も低くてね……。まあ、こうやって最終的に貴族として保護管理するまで色々あったのよ」

 

 私もそういった出来事で産まれた存在だし。とミルミルは締めくくった。

 

「……彼女の言う通り、貴族は最終的に街一つに収まるほど数と住む場所を減らしていった。だからこそ、私と友はそれぞれの方法で貴族の発展を目指したのです」

 

 強制的な繁殖やら、希少価値ゆえにといったあれこれがあったのだろう。そういった経緯を含めて、貴族の現状と思想があるのだろう。

 人間よりも強者になり、管理者へ回る。そういった感じの目的が。

 

「……だが、今や悠長にしていられる時期は終わってしまった。貴族の街はノーマネーボトムズの隠れ家であり、その情報は幾つかの都市に知れ渡っている。そこで情報の隠蔽の為だけに、私達は殺され尽くすことになった!」

 

 サクメが顔を上げた。ノーマネーボトムズが最初のきっかけを作ったのならば、ドグマはそれに手を貸していること自体がおかしいことになる。

 

「今更気付きましたか? あの存在は野良の従魔であり、私達は皆全滅するでしょう。しかし、彼女は死を与えると同時に生命の輪廻を司る存在です」

 

 そっと、カルミアを抱きすくめる。カルミアもまたドグマを愛おしそうな表情で翼に包む。

 

「人間は従魔にならない。だが、死ねば従魔になる。その境目はどこにあるのでしょうね? 魂を管理する彼女の手により殺された場合、その魂は従魔へと至れるのでしょうか? まあ、私は貴族なので関係はありませんが。ああ、従魔と人の間にいる中途半端な存在は従魔になるのは難しいでしょうね。召喚師の従魔というのはいないそうですし。私の復讐は済みそうです」

 

 翼で姿が隠れきる直前で、ドグマは樹達人間を見た。

 

「死が世界を覆い尽くした後で、私は貴族という従魔として、新しい秩序の元、世界を再編することでしょう」

 

 カルミアが大鎌をドグマの首筋に添え、一息に振るう。鮮やかな真っ青な血が噴き出す。

 血を口端から吹き出しながら、悪意をぶちまける。

 

地獄に墜ちろ。人間共

 

 ドグマの目から青い血涙が流れる。狂いきった存在は復讐対象へ向けて呪詛を吐いた。

 

 龍の背から真っ逆さまに落ちていく。ドグマの肉体が地面に叩きつけられる直前、リリトゥライラに抱き留められた。

 

お疲れ様でした。貴方の命もまた私の胎内へ還るでしょう。それまでおやすみなさい

 

 ズブズブとリリトゥライラの肉体へと沈んでいく。血の一滴も遺さずに、ドグマはリリトゥライラに飲まれた。

 

「まあ、あの貴族は従魔になるには不十分だろうけどね。少なくとも、一つのれっきとした従魔にはならないよ」

 

 今まで嗤っていただけのカルミアが言葉を発した。

 

「従魔にも成るのには条件があるってのに。ほんとバカだよねぇ? あんな意思も主張も振れまくりで思考も定まらないような存在が従魔になんてなれっこないよ。成した事も、ひとつの終わりも出来てないってのにさ」

「黙りなさい」

「アハッ! なぁに、怒ってるの? あの貴族の夢も主張も意思も何もかもが無駄に終わったってことを? 強者で、人間だけの守護者のキミがぁ? 龍にもなれない出来損ないは小さなコミュニティだけ守ってれば良いじゃんか。どうせ、魔術が出来た時点で貴族なんて不必要だったもんねぇ? いなくなってちょうど良かったんじゃないの?」

「外道が! 黙りなさいと言っているのです!」

「口を塞がせたいのなら、ご自慢の力でやってみなよ! ダストを使えば一瞬でしょ? まあ、その為には他の人を振り落とすことになるだろうけどね!」

 

 煽りまくるカルミアへ剣閃が走る。エンドロッカスの手でズルリとカルミアの肉体がズレ落ちる。

 柊菜がカルミアをゴミを見るような目で見下す。

 

「……すみません、助かりました」

「…………いいえ、誰がやらなくても私がやってましたから。気にしなくていいです」

 

 竜の少女の感謝に頭を振って固辞する柊菜。彼女の感性からすれば、カルミアはスリープ以上の敵に見えた事だろう。

 

「アハッ……。一時の感情を慰めていればいいよ。どうせ殺しても従魔は死なないし」

 

 最期の一瞬まで煽る事を止めないカルミア。柊菜が完全に息の根を止めようとした時に、彼は空を見上げて呟いた。

 

「──ああ、どうせなら戻った後にアイツに会いに行ってやろうかな。ネタバラシもやってなかったし……」

 

 エンドロッカスが剣を振り下ろす。

 

「最後の楽しみを回収しなきゃ……ぷぎゅ」

 

 光の玉が天へと昇っていき、消えた。

 

 後味の悪さだけがそこに残った。

 

「……従魔になるっていうのは、認識上の自己の生命が続いていくって事なのかな。自分達が滅びを迎える時に、僅かにでも存在を残そうとするのは、間違ったことだったのかな」

 

 柊菜が呟く。

 

「これも、救いになるのかな。なれば、いいな……」

 

 黙祷を捧げている彼女はそっとして置くとして、里香が空気を切り替えるように手を叩き、注目を集めた。

 

「……で、現状は何も変わってないよ! あの従魔をどうにかしないと私達は元より世界すらマズイことになるらしいし!」

「スリープさんが居たらどうにかなったんすかね。せめてあの従魔がどんな存在なのか知れたら良かったんすけど」

「何言ってるのマスター?」

 

 絶望だけが残っていた所に、ピクシーが不思議そうに樹へと尋ねた。

 

「アレはシルキュリアだよ。従魔として混ざっている部分は一パーセントにも満たないくらいだもん。そうしないと素体がもたないからね!」

 

 無邪気に、なんてことない様子で情報を出した。

 その姿はまさしく人外を思わせるようなもので、樹達人間とはまた違う意思を持った存在だと示していた。

 とはいえ、そんなこと前からわかっていたことだ。樹は、クオリアと対峙した時に感じた恐怖を心の奥底にしまいこんだ。

 

「えっと、弱体化してる……ってことっすか?」

「周囲の雰囲気ほど強くはないよ! シルキュリアが大元で、従魔が憑依しているって感じだから、力はシルキュリアのものだし、アビリティも一部しか使えない状態だよ!」

 

 つまり、見掛け倒しだと、ピクシーは言いたいらしい。

 実際に当たってみないと真実はわからないものなのだが、ドグマとカルミアのような召喚による結ばれた関係を持たない状態ではないのだし、主人に害を与える情報は与えないと信じたい。

 樹とピクシーの会話を聞いていた竜の少女がしびれを切らしたように声をかけてくる。

 

「……結論は出ましたか? このまま待っているだけでは状況は悪化するのみです。私は一人でもあの怪物に挑みますので、降りるという方は早く申し出てください」

「……俺は、行くっすよ」

「ふーん、じゃあ私も。一応勇者だしね。誰かがやらないといけないっていうのなら、私だってやるよ」

「逃げても、ダメなんだよね……。大丈夫、私も、やれる!」

「そうですか。私としては、優秀で将来有望なあなた達には生きて欲しかったのですが、戦力が充実するのは嬉しいことです。感謝します。サクメ、あなたはこの事態を引き起こした責任もありますので、あなたは絶対についてきてもらいます」

 

 そして、ダストの足にくくりつけられるサクメ。

 

「容易に勝てる相手では無いでしょう。犬死に終わると判断される場合は全力で生き延び、逃げることにしてください」

 

 召喚士達が龍の背に立ち並ぶ。

 

「世界を救いましょう。道は私が切り開きます」




ちょっとした小ネタ
カルミアくんちゃんは裏切りを冠する従魔ですが、結構面倒見が良いです。裏ではドグマくんへとネタばらし兼煽りをするためにも会いに行っております。

そこら辺はもう少し作中で死者数が増えたら書く予定です。


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69話 触手大好き宣言

 ようやく帰ってきました。遅れてしまいごめんなさい。地味に軟禁されている生活からようやく解放されました。
 私事になりますが、昨年同様に今年も夏期に駆り出された挙げ句、戻る場所が無くなっていたのでもうしばらくは忙しい日常が続きそうです。
それでも執筆環境は取り戻せたので月一更新はしていきたいですが……。
 今回はちまちま時間を見て書いていたせいで文章がおかしかったりする可能性が高いです。一応後々確認して推敲しておきます。
 それと、執筆から離れすぎていたので、恐らくですがリハビリ作品を書こうかとも考えております。まあ、そこら辺は書いたら活動報告にあげます。

2021/9/22(水) 機能していない特殊タグ、及び適用していなかった文章の最適化。

なお、今回の修正による詫び石の配布はありません。


 剣を握る手の震えが止まらなかった。両の膝もガクガクと肉体の持ち主の意思を無視して震えていた。空気が凍りついたような冷気が漂っている。そんな風に感じていたのだ。恐怖の感情が現実にまで影響を及ぼしているような感覚。

 

 削り取られた空間には一切の情報が無い無が広がっている。光の一つも通さないそれは、風景にぽっかりと空いた穴のように黒がそこにあるだけだ。

 

 正直な所、樹は逃げ出したかった。今までの道程全てを投げ出して、ただ平和な地球での日常に戻りたかった。だが、それは不可能だ。そもそも帰り方すらわからない。

 そして、そんな気持ちを抱いているのは樹だけではなかった。隣に寄り添う柊菜もまた、恐怖を前に顔を青くして震えているし、少し間を開けてシルキュリアを睨むように見つめる里香も、恐怖を押さえつけるように剥き出しの敵意で心を武装していた。

 

 樹は二人よりも多くの物が見えている。クオリアから貰った眼には、見えざる物が見えているのだ。人間の物質しか捉えられない視界とは違い、この眼は繋がりや隠された物が全て見えるようになっている。

 今まではこれに助けられてきた。しかし、今ではこの眼は樹の恐怖を駆り立てる原因にしかなっていない。パッと見ればシルキュリアはただの女の子にしか見えないはずなのだ。

 

 正しくは、それを覆い隠すように無数の下半身が這えている訳だが。

 

「行きなさいっ!」

 

 主の命令を受けて、龍が吼える。生物としての格が違う存在の咆哮は、大気を震わせ、振動とはまた別の、しかし音だとわかる物をぶつけてきた。

 壁だ。揺れよりも大きなうねりとなって大気がぶつかってきたのだ。しかし、そんな風にも似たような現象を前にしても、シルキュリアは笑みを浮かべたままだった。

 

 一瞬の交差。すれ違い。また距離を開けた時には、龍は大きな打撃を受けたように胸の外殻がへこんでいた。

 シルキュリアの方も、一見なんてこと無い様子だが、樹の目では、幾本か足が千切れとんでいるのを確認した。

 

「……っ! 化け物ですかあれは」

「いや、確かに効いているっぽいっすよ」

 

 普通の目では何も変化がないので、樹が状況を伝える必要がある。

 

 攻撃が通用したと知り、僅かに士気が高まった。後はこうしてヒットアンドアウェイを繰り返していけばいい。

 こちらには、回復も多少ながらいるのだ。ゆっくり削っていこう。そう考えが巡ってくる。

 

 それを嘲笑うかのように、シルキュリアから黒い玉が打ち出された。

 樹のようなゲームを知るものから見れば闇属性の攻撃にも見えたそれは、砂漠龍ダストに命中する。そこまで大きなダメージは受けていない。

 

「攻撃力が低いみたい」

 

 里香が呟く。確かに威力は低かった。しかし、千切れた足が生えていく様子を樹は見た。

 

「地獄属性だ」

「えっ?」

「あれは火力が低いみたいだけど、攻撃と同時に回復出来る地獄属性の攻撃っすよ!」

 

 スリープから幾つか学んでいた属性についての話。何故そのような名前になっているのかは不明だが、一風変わった属性というものがある。

 最たる例が地獄属性だ。名前からは想像しにくいが、簡単に言うとドレイン、ライフスティール、スペルヴァンプといった感じのいわゆる吸収攻撃である。

 この攻撃は、スリープ曰く「一番使われる属性で、耐性を揃える事が必要とされる属性」とのことだ。

 というのも、通常ゲームでは、これら吸収攻撃というのは効率が悪かったり、そもそも火力に優れないというような、普段使いには適さないような制約がかけられている事が多い。

 しかし、イズムパラフィリアでは、これら属性も他属性の攻撃と同じ扱いであり、火力はそこそこ出る。ダメージ倍率は流石に低めになっているが、普段使いに向いているような便利属性なのだ。

 更には、地獄属性というのは与えたダメージ分の吸収となる。つまり、下手をすると互いの吸収攻撃で千日手になる可能性もある属性なのだ。

 

 手数次第だが、実質最大HP以上の体力を持つ敵と戦っていることになる。それも、増加分はこちらのHPだ。

 

 黒い玉は数こそそこまで多くないが、確実に一発一発をダストに当てている。距離を離したといえど、離れすぎている訳じゃない。龍なら一拍で詰められる距離を旋回しているだけなのだ。

 それでも攻撃が当たるのは、ダストが大きすぎるからだとも言える。人間一人分の大きさにしか見えず、そして実質攻撃時の判定範囲である無数の下半身は、基本的にこちらから干渉するのは困難だろう。

 

 要は、攻めにくく、攻められやすい状況が出来ている。

 

 長々とやりあうのが不味いのはこちらの方である。回復量以上の攻撃でもって速攻で倒さないと、周囲環境もあって負ける可能性が高い。

 

 柊菜や里香と違い、樹の手持ちは強くないし、龍の背から攻撃するのも難しいのだ。リスクを承知で、樹は龍から飛び降りた。

 

「樹君っ!?」

 

 ピクシーの手伝いもあって、地面に無事降り立った樹は、ゆるりと剣を構えた。

 既にシルキュリアの身体に怪我は無い。

 

 そもそもダストはこちらを背に守り、背負いながら戦っていたのだ。それではやりにくいだろう。

 

「スリープさんが言っていた通りなら、この世界はゲーム。現実になっていたとしても、敵の強さは順々に強くなっていっているはず。……スリープさんもストーリー通りに進めていたとするならっすけどね。なら、シルキュリアはゲーム上では俺達でも勝てるはず。イレギュラーで、恐らく砂漠龍ダスト含めた複数プレイヤー。改変によるインフレなら、敵も多分ダスト前提の強さはあると思った方が精神衛生上良いっす。俺達が手を抜いた状態で戦って勝てる相手ではないと思ってかかった方が良いはず」

 

 言い聞かせるように独り言を呟く。

 正眼にリビングエッジを構えて、息を吸う。

 

「アアアアアーーッ!!!」

 

 剣道における気合いはただの寄声という訳じゃない。剣道、武道においては違うのだが、現実的な効果としては発声によって感情を昂らせて攻撃に対する忌避感を削る役割を持っている。

 カッとなって殴った。暴力を振るう時の言い訳にあることだが、カッとならない限り、つまり精神的に安定を欠いていない場合。人は理性が働き暴力を振るうことにブレーキがかかる。逆説的に、感情で後押しすればいとも簡単に人は暴力を振るうことになるが。

 樹は剣道の経験者だ。幾度か竹刀を持ち、防具越しにだが人へと力を向けたことがある。慣れによって平常心であろうが剣を握ればそれを人に本気でぶち当てる事も出来なくはない。全く喧嘩等の経験が無い人間と比べればハードルはかなり低い。

 一度でも好意を向けてきた存在に、そして恐怖を振り払い忘れる為に、樹は気合いを発した。彼に創作における主人公等の言うような『殺す覚悟』といったものは存在しない。感情で現実を鈍らせる事でそれら一切を忘れる事にした。

 

 それに呼応するかのように、リリトゥライラが下半身を引っ込めた。僅かに理性の灯った瞳で樹を見つめる。しかし、それはすぐさま覆われるように濁っていく。

 

……幾つか不具合が出ていますね。作った箱庭で演目の再現をしようとしていたのですが、どこから鼠が入り込んでいたのか。まあ、既知をなぞるよりも刺激にはなるから良いのでしょうか? これで王が生まれずフラれでもしたら病みますよ?

「何言ってんのかわかんないっすよ!」

まあ、シルキュリアは敵としてしか存在しない従魔だったのでどうでも良いです。所詮はシミュレーションでしかなかったのですから。私達以外がどうなっていようが特に気にする必要はありませんね

 

 ぶつぶつと呟くリリトゥライラが不意に顔を上げる。何か遠くにあるものを見ているように空を見上げた。

 

クリスタルドラゴンが倒されましたか……。嗚呼、王よ。また一歩進みましたね。この調子なら会うのは早そうです

「っ……分かる言葉で話せよ! 言わなきゃ伝わらない、伝える気がないなら音の羅列を出すなよ! 会話ってのは、相手がいないと意味が無いんだよ!」

 

 昂った感情に任せて、こちらを見ないシルキュリア(リリトゥライラ)に想いをぶつける。

 樹の想いは単純に過去にあった事を思い出し、教訓として新たに持った考えだ。ピクシーとの最初にあった不和。地面に伏せた屈辱の記憶。

 

 あれから、樹はコミュニケーションというものに幾つか考えを持つようになっている。それらにおいて、シルキュリアの態度が樹の奥底にあったものを刺激したのだ。

 

 好意を向けられて、嫌悪感を返せる人というのは案外少ない。余程条件が悪くない限りは、大抵の人は褒められたりするのは嬉しいものだし、誰かに好かれるのは自尊心を満たすものであるからだ。

 樹も、触手があるとはいえ顔は可愛い女の子であるシルキュリアから好意を向けられるのは嬉しかった。本体はタコとはいえアバターは美少女。男女のお付き合いを気にしなければ、シルキュリアに突発的ながらも好意を向けられた事に嫌悪感はなかった。

 

 そういった存在が何者かに乗っ取られるのは、樹としては気分が良いものではない。実質寝取られに近いような体験を受けて樹の心は結構傷付いているのだ。荒れるのも無理はない。

 

 シルキュリアに感情をぶつけた事で、ようやくソレは樹へと目を向けた。

 

「…………私は概念としては母親であり女の子の味方なんですよ。そういう従魔であり、根幹において循環のシステムを司る存在ですので。まあ、そういう者から見れば、いきなり女の子の正体を暴いた挙げ句、責任も取らずお断りにも曖昧な言葉に態度を取るような人間に、依り代にまでされた彼女を渡したくも無いんですよね」

 

 ようやく樹達にも分かる日本語で喋り出したリリトゥライラは、まさかの樹を責めるような発言を行った。

 

「うっ……」

「彼女は曲がりなりにも従魔へとなった存在ですし、分類では死種に相当します。死種の頂点である私にとっては系譜に連なる者でもあるわけです。リミテッド従魔というのがそういうもの(知り得る者及び作り上げた召喚士限定の従魔)だとは理解していますが、生娘がみすみす風俗狂いの悪い男に誑かされるのを見捨てるのも気分が良くないので」

 

 リリトゥライラは続ける。樹へと、逃げ場を奪うように。

 

「それに、最初に会話を拒否したのはアナタでしょう? 彼女の告白に応えもせずお茶を濁して、それで無視されたら逆ギレですか?」

 

 従魔の頂点が語る。いつしか聞いた言葉。

 

「私達は情報です。大元、根幹、最も最小の単位に分けるとしたら、情報により構成された物体といえる存在です。生物ではなく、情報で構成された高度な質量を擬似的に持つ物質。ソレが従魔です。従魔には目的があります。召喚は契約です。選ばれる事で、アナタ達は召喚が出来るようになる。アナタは(シルキュリア)を受け入れましたか? 愛する事は出来ましたか? 従魔は道具であり、かつ、一つの存在でもあります」

 

 見方を変えれば人間だって情報で構築された存在とも言えるが、リリトゥライラが言っている内容はそうではないだろう。

 

 スリープや、クオリアが言っていた。従魔の召喚とは、一つの契約であり、関係性は対等だと。

 

 だからこそ。

 

「私達を受け入れぬ者に私達は使えない(仕えない)

 

 それが、イズムパラフィリアというものだから。

 

「…………確かに、そうっす。俺は最初にシルキュリアの事を拒んだっすよ」

 

 リリトゥライラの言葉を受けて、樹はうつむいた。この結果は、自分が引き起こした原因の一部であるだろうと認めて。

 

「触手がうねうねしているし、会話が一方的だし、擬態が見えてるっすから。騙されているような気もして、嫌だったっすよ」

 

 だけど、と樹は面を上げる。

 

「別に悪い子ではなかったっす。最初に会った勢いのまま告白されたから躊躇ったっすけど、それでも魅力的な女の子なんだなっていうことは分かったっすよ」

 

 上段に剣を構える。樹の本気の剣の構えだ。高校生になってからはずっとこの型で戦い、勝ってきた。

 

「でも、恋愛とか友情ってのは最初から上手くいくもんじゃないっすよ。召還だって、最初から相性抜群じゃないと駄目だなんて、可能性を奪っているだけじゃないっすか? 俺は、今ならシルキュリアの事を受け入れられると思ってるっすよ」

 

 シルキュリアを奪ったリリトゥライラへと吼える。自らを誇るように、堂々と。

 

「触手っ娘とか、スキュラ娘系ジャンルは今まで食指が動かなかったんすけどね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──それも良いなって、思ったんすよっ!!!

 

「っ! ここに来て彼女を受け入れますか。良いでしょう! かかってきなさい! 娘に相応しい男か見てみましょうじゃないですか!」

 

 リリトゥライラから圧力が消える。歪む世界が元の形へと戻る。

 

 決闘のような雰囲気を漂わせる二人の周りでは、触手性癖宣言をした樹にどん引く少女達がいた。




実はあんまり空白大きく開けて次の台詞に勢いつけるような小手先の技術を使うのって忌避観というか素の文章力が伸びなさそうで嫌だったんですよね。まあ、今回は悪いことしたので一時的に解禁です

ちょっとした小ネタ
イズムパラフィリアにおいて、世界には幾つかルールがある。本編でイベントは一度しか行われていないが、そのときに既に従魔の世界というものを描写している。クオリアの世界は存在したその時から従魔ではなかった。では、この世界(ファーストスタート)において従魔に相当する主たる存在はいったいどこにいるのだろうか?


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70話 メテオストライク

大変長らくお待たせしました。
これにて本章完結です。


 堂々と宣言したは良いものの。

 

 樹少年の発言により女の子組の士気が下がってしまい、シリアスな雰囲気も残せずに膝をつく事になった。

 戦闘を再開したリリトゥライラは非常に強力で、手数にものをいわせた回復の回転率でこちらのダメージ量より回復量を上回り、最終的に無傷のまま樹達を睥睨している。

 

 つっよ。何この化け物。

 

 この手の戦いは普通のゲームならば対策とか詰み防止で耐久低めだとか、そういう風に作られているだろうに。樹もシリアスを崩して愕然とする。

 

 まさかの対策不足で樹少年達は詰んでしまった。

 

 一応、竜の少女が自分の従魔が死にそうになったらリコールしていた様子を見て、樹達も同じようにした事で、最悪の事態は防げている。ロストはしていない。消耗具合でいったら大したことにはなっていないのだ。

 

 地に頭を垂れるように身を落としている樹少年達を見るリリトゥライラは余裕そのものだ。むしろここまで手応えの無い彼らに少し拍子抜けした表情である。

 

「──契約、星の守護者、主人公、クロノ。反応がありませんね。一応聞きますが、いずれかの単語に聞き覚えはありますか?」

「なんの……話っすか?」

 

 樹の返答に少し考え込むような仕草をした後に、リリトゥライラは告げる。

 

「実を言うと、あなた方はこの場においてイレギュラーなのですよ。存在している。それ自体がおかしいことです」

「へぇ……運命は必然ってこと? ふざけんじゃないわよ……っ!」

 

 運命という言葉に大きな反応を示したのは里香だった。今までも戦意こそ見せていたが、今は牙を剥くかのように怒りをあらわにして吠えている。

 

「いいえ。運命は一つではないですし、確定でもない。ただし、盤上の駒遊びと同じです。分岐は無数に見えても有限。把握することは決して不可能ではありません」

 

 星を掌握すれば、大抵の事は予想出来るのです。と、樹達の従魔を見つめて言うリリトゥライラ。

 彼女の言葉に思わずといったように柊菜が溢す。

 

「ラプラスの悪魔……」

「珍しいですね。有名ではありますが、興味がない限り知ることでも無いでしょうに」

「……少し、考えることがあったから」

 

 柊菜はそれだけ呟き、これ以上話す事はないと黙り込んだ。

 

「そんな大層な呼び名よりも私達に近しい存在はあるのですがね。まあ、どれも似通っていて別物でしかないですが」

 

 ──話を戻しましょう。

 

「私達は今情報を求めています。シミュレーションではなかったはずのイレギュラー。原因こそある程度思い付きますが、既に幕は上がってしまっている。干渉出来る機会がほぼ無いのです」

「交渉っすか?」

「いいえ。こちらが譲歩するものはありません。無関係なら放置。関係があるなら排除。それまでです」

「スリープさんはそれを求めているんすか?」

 

 それは半ば賭けだった。樹達にとって従魔をより深く知る者。それでいて、ストーリーを進めていく者。それに当てはまるのは、彼しかいなかったから。

 だが、外れであれば、リリトゥライラが言うとおり、自分は無関係になる。分の悪い賭けではない。そう信じて切り出した。

 

「王は……王がこの状況を作ったのでしょうか。それすら不明です」

 

 スリープは、その様子からは窺い知れないが、彼女らの王であるようだ。明確に言ってはいなかったが、これでようやく確証が取れた。

 

「なぜ、私達がただの人を王と崇めるのか、知らないでしょう? 私達とあなた方人間は相性が良いのです。根幹こそ違えど、その在り方はとても近しい。それでいて、私達は情報と概念の存在」

 

 ……彼女の言葉に、樹は何か思い付きそうだった。喉まで出かかった答え。それが分かる前に、その時は来た。

 

 ほぼ黒で埋め尽くされた世界の隙間で星が瞬いた。一瞬だけ、リリトゥライラがそちらに意識を引かれる。

 

 その瞬間を狙って、動き出した者がいた。今まで戦闘に参加していなかった人。ノーマネーボトムズのサクメだ。

 

 既にダストはリコールされており、サクメを封じるものは何もなかった。それでも、彼女は動かずじっとしていた。樹達も、彼女に意識を向ける余裕はなかった。

 

「──私の前に立つ敵を切り裂けっ! 『コール』!!!」

 

 不可視の刃が振り抜かれる。切り裂かれる身体から青い血が噴き出す。

 

「アアアアァ!!!」

 

 痛みによる悲鳴とは違う。怒りのような狂気の咆哮と共に触手の波が彼女を襲う。明らかに先ほどまでの理性を失った状態であり、更には、シルキュリアの力量を超えた力を発揮していた。

 一瞬で肉に飲み込まれる少女。同じように飲み込まれていたが、形は保っていた彼女の従魔が光の玉となって天へと昇っていった。

 

 ロスト現象だった。

 

 一線を超えた状況。更には彼女の暴れようを好機と見たのか、竜の少女も従魔を喚び直す。砂漠龍ダストはリコールの間に多少回復していたらしく、既に戦闘態勢であった。しかし、その身は痛々しい傷が残っている。

 

「せめて、一矢報い──」

 

 動き出そうとした彼女のいた空間がひび割れる。黒に触れた彼女が切り取られたようにそこだけ失くして、地に倒れた。

 

 ダストもまたロストしていく。召喚士の死亡。それが原因だろうことは明らかだった。竜の少女の肉体も飲まれて消える。

 

 世界が大きく揺らいでいた。

 

「……マスターくん」

「シルキュリアっすか!?」

 

 微かにシルキュリアの声がした。リリトゥライラが暴走したせいか、意識の表面に彼女が現れていた。

 駆け寄る樹に、シルキュリアは微笑む。

 

「……ねえ……マスターくんは知ってる? この世界に、どんな人でも倒せるおまじないがあるのを。……どれだけ硬くても、どれだけ長生きでも、絶対に倒せるおまじないがあるのを」

 

 そんな必殺技のような物があるのか、驚きとは違う、何か拍子抜けしたような感情が樹の心を撫でる。

 奥底で響く声はぼんやりしていてわからない。

 

「原初の魔法って言ってね、聖女様がかつて教えてくれた魔法なんだ……」

 

 ミルミルから最初に教わった魔術は、二つあった。ただの音を出して破裂するボールを作る魔術と、幸せの魔術。おまじない程度だと思われるものだ。

 

「あ、でも教えてくれた聖女様がこの魔法で死んだって話は聞いたこと無いから、もしかしたらどんな人でもって訳じゃないのかも……ごめん、嘘、ついちゃったね」

 

 無邪気に、平和そうに喋るシルキュリア。彼女の会話内容こそのんびりとしたものだったが、顔は苦痛に歪んでいる。

 

 まるで、死ぬ寸前のように。意識を保つ限界が近いように。

 

「でも、私なら、私に憑いているだけなら、きっとこれで倒せるんだ」

「……だめだ、それは駄目な奴っすよ」

 

 ようやく、彼女がやろうとしている事に気付く樹。いやいやをする子供のように首を振って、それを拒絶する。

 

「良いんだ……私、幸せだったから」

 

 リリトゥライラはあくまでもシルキュリアを依り代にして顕現している。それは召喚ではない。

 だが、だからこそ、それを失えばリリトゥライラを消し去ることが可能なのだ。

 

「だから、あなたに、あげるね?」

 

 すなわちそれは。

 

「『私のありったけの幸せを』」

 

 自らの死だ。

 

 分かっていた。リリトゥライラを倒すということは、シルキュリアを倒す事に繋がると。だからこそ、樹はなりふり構わずに彼女を倒そうとはしなかった。手を抜いていたのだ。

 幸運の魔法。樹もかつてそれを受けた事がある。

 ミルミルが使ってくれたのだ。自分の幸運を相手に渡す魔法。副作用として、好感度が上がるらしい。

 使う条件は、相手に好感を抱いている必要がある。

 

 自分の幸運を分け与える魔法なのだ。相手を想っていなければ出来ない技だろう。ましてや、自分の持つ幸運を全て他人に与えるというのは。どれほどの想いがあるのだろうか。

 

 樹の胸が高鳴る。残りの人生を渡すような、プロポーズにも勝る想いと覚悟を伝えられて、目が覚めたかのようにシルキュリア以外の全てが目に入らない。

 貰った想いに応えたくて、自分の幸せを彼女に返したくて、樹の口が開く。

 

 ──そして、樹の目の前で、不幸にも空から墜ちてきた隕石が、シルキュリアの身体に直撃した。

 

「……え?」

 

 ただ降ってきた隕石は、幸運なことにシルキュリアだけに全ての衝突エネルギーを注ぎ込んだらしく、樹達に僅かな風を伝えただけだ。

 

 惨たらしい結末を眼前に、樹は現実を拒絶しようとする。無力を嘆き怒りの声をあげようと息を吸う。

 しかし。

 

う……あ私は、滅びない。従魔は常に、そこにいる。ずっと。歴史の裏側を喰らい糧にする存在」

「っ! シルキュリア。いや、リリトゥライラか……!」

 

 苦しそうに呻きながらも、彼女の死を許さないかのように、顔だけ形を元に戻しながら、リリトゥライラが喋る。

 既にその目は見えていないのか、樹を見てはいない。いや、樹と目を合わせてはいる。だが、現実に見えてはいないだろう。存在を感じ取っている。

 

「シルキュリアを喚びなさい。原田樹。シミュレーションを越えた先の可能性をそこに写した。貴方には、ほんの僅かな、だけど資格がある」

 

 最後に言葉を伝えるためだけに、全身全霊をかけている。その証拠に、耐えきれずシルキュリアの身体が崩れていく。

 

「私達の王でなくてもいい。だけど、彼女の王として、彼女を扱うものとして、イズムパラフィリアを……従魔を使うのです。その愛の形を、私達は拒絶しない」

 

 シルキュリアが溶けてスライムの用になっていく。

 

「樹君!」

 

 呆然と見送るだけの樹に、柊菜が駆け寄る。そして背中を思い切り殴りつけた。

 

「いった!?」

「召喚、するよ! 助けたいんでしょ? シルキュリアちゃんを!」

「いや、でも……」

 

 樹が出来ない理由をグチグチと言ってくる。

 

「石が無いじゃないっすか」

「召喚石はただのゲートでしょ? 従魔を呼び寄せるだけなら、まだこの地に残っている! ミルミル!」

「ええ、そうね! 滅茶苦茶だけど地脈だって確かにあるし、空間にはまだエネルギーはあるわ!」

 

 無茶を言う。しかし、柊菜は全力でそれを成し遂げようとしている。

 

「その幸運はなんの為にあるの!? 今動かなきゃ絶対に後悔する! あの娘にとっての一番は樹君なんだよ!? 従魔が呼ぶ声に応じるなら、今がその時でしょ! 樹君がやらなきゃ駄目なんだよ!」

「でも、だからって、なんの為に!」

「私の為だっ!」

 

 今まで聞いたこともないような声の荒らげ方で柊菜が答える。

 

「全部救うの! 目の前で死んだ二人も! 樹君に幸せを押しつけて死んだその子も! 私達が弱かったから死んだ! だけど、可能性があるなら私は手を伸ばしたい! ゼロパーセントじゃないならそれに賭けたいの!」

「……そうだよ、運命なんて糞食らえでしょ?」

 

 柊菜の主張に、里香も同意した。

 そして、柊菜は手の甲を出す。

 

「『全ては奪われる者を救うため』」

 

 柊菜が魔法の誓いを呟く。それは彼女が決めた意志の在り方だ。揺るぎ無い柊菜の武器となる言葉である。

 

「『三つの試練』……私はこれを乗り越えるわよ」

 

 ミルミルの誓いを呟き、柊菜の手に重ねる。彼女の持つ命の数。それに応じた壁を乗り越える為の誓いだ。

 ミルミルが動いた事で、手の平の方に力が収束していく。

 

「……『運命を切り裂け』」

 

 里香が今まで明かさなかった誓いを口にした。今回の事で判明したが、彼女は運命というのを酷く嫌っている。

 流れを理解しているのだろう。大人しく彼女も手を合わせた。

 合わせるように、エネルギーが大きくなり、渦巻く。

 

「…………」

 

 樹はまだ誓いを決めていない。だからこそ、ここで決めるべきだと思った。

 手を重ね合わせる。力が束ねられ、変換されるように光の奔流が大地に流れ出す。

 最後のピースを埋めるように、樹はこの先背負うことになる誓いを紡いだ。

 

「『誰かのヒーロー(主人公)に』」

 

 





ちょっとした言い訳
着地点は最初シルキュリアが死んで樹達に覚悟が決まるのを想定しておりました。ですが、黙ったまま動かない他のメンバーはどうするかを考えた結果、柊菜がエネルギー爆発させてビターエンドを吹き飛ばしにかかりました。まあ、キャラクターとしては合ってると思うので良いです。
それと合わせてですが、もっと長く丁寧に書きたかったです。ですが、これ以上長く足踏みしているとモチベーションが保てなさそうなので短くしました……。
ちなみに、今回の話は今後のストーリーを大きく決定付ける筈なので、だからこそ想定通りのエンディングの為に崩した設定やプロットの修正の方で大きく時間を取った次第です。もっと言うと、設定資料が無いので現在設定とか時間がかなりブレブレなんじゃないかと戦々恐々しております。
そこら辺はいつか未来の私がハーメルンにあげた方を保存して、読み返した時に纏めようと思います。


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閑話 風俗へ行こう! 完

バレンタインイベントは(書いている余裕)ありません。


 騒動が終わり、空間の異常も解消された頃。

 ようやく日が天頂に昇った辺りで、樹達は一息つくことが出来た。

 

 星十六の最高レアを誇る従魔リリトゥライラの残した爪痕は大きく、抜け落ちた空間は元には戻らなかった。ただ、穴を埋めるように、水や空気が発生した。その源は地脈等のエネルギーだったらしく、既にこの地のエネルギーは完全に枯渇してしまった。

 

 滅びの地の名の通り、過程は違えど結果は同じとなったのだ。

 

 崩壊した街を歩き、どうにか雨風を凌げる場所を確保した樹達は、そこで死んだように眠り続けた。

 だが、昼になる頃には目を覚ましていた。寝心地の悪さもあるが、肉体的には何の疲労も無かったから。

 

「ほら~起きて~マスターくん」

 

 ほわほわとした声で樹を揺する。まだ寝ていたい樹が身動ぎするだけで黙って目を瞑っていると、シュルシュルと音を立てて服の隙間に触手が伸びていく。

 

「ぬあああああ!!! 止めるっすよ!?」

「きゃぁ~」

 

 不快な感覚に飛び起きた樹に嬉しそうに悲鳴をあげる少女。

 

 彼女はシルキュリア。リリトゥライラの依り代となり、樹達と戦って、最後は自分の身を犠牲にした悲劇の少女である。

 

 

 

 幸運というのは目には見えずとも確かな効果を発揮するらしく、樹達の試みはなんとか成功した。

 しかし、特殊な条件下での召喚を行ったせいか、シルキュリアは色々と変な状態での召喚になってしまったのだ。

 

 既に死亡しており、従魔として取り込まれているのだが、そこを無理やり引っ張り出したせいか、従魔としてのステータスを持っていない。アビリティも最期に幸運を全て託したからか、単独で行動すると不幸な結果を引き寄せるという完全なデメリット。スキルは持っているが、ステータスが無いので使うには本人の資質の範囲でしか使えない。

 極めつけは、リコールが発動しなくなっていた。同時に樹から離れすぎるとロストするレベルの不幸が来るからか、一定以上の距離を離れる事はできなかった。自動的に引き寄せが発生するのだ。

 

 実質一般人のようなものであった。それでも彼女が従魔であるのは、召喚主となった樹が感覚で分かっているからだ。

 

 そんな彼女でも、戦闘に使えるスキルを所有していた。とても有用なスキルを。

 

 死者蘇生。シルキュリアはそれが出来たのだ。有効時間はかなり短いのか、樹がそれに気付いた時には、既にサクメも龍使いのギルドマスターも助からなかったが。

 

 所有スキルは全て回復系。蘇生、傷の回復、活力強化──リジェネのような時間経過での回復力を強めるものだ──それらを使う。

 あいにく範囲回復は出来なかったが、それでも強力なヒーラーの登場に、樹達は喜んだ。

 

 ただ、戦いが終わり、眠りにつくタイミングで樹は気付いた。気付いてしまった。

 

 シルキュリアは樹に幸せを託した。彼女は樹が側にいないと不幸を呼び寄せる。リコールはできずに離れすぎると隣に瞬間移動する。

 

 あれ? これもう風俗に行けないんじゃね? と。

 

・・・・・

 

「あ……おはよう、二人とも。身体はだいじょうぶ?」

 

 宿とした家を出て、大きな空間の裂け目があったであろう、今は湖のようになっている畔に柊菜はしゃがんでいた。側には彼女の後ろから覗くようにチェリーミートとミルミルがいる。

 彼女のしゃがんでいた先にはかなり大きな穴がある。

 

「おはようございます。俺はちょっと筋肉痛っすね。……それで、何してるんすか?」

「あ、えっとね……お墓を……作ってたの」

 

 少し言いづらそうに柊菜が顔を伏せる。その様子を見て、樹もテンションが下がる。

 

「あー……」

「仕方ないことだよ。樹君も、シルキュリアちゃんも悪くない。私達はできる事はやったんだよ……」

 

 実際、シルキュリアはチェリーミートと同じような召喚をしている。彼女は一度死んでいるのに、それから延命をかけるような召喚をしたから、完全に従魔として取り込まれる前に拾い上げた形になっている。そういう状況だからシルキュリアは従魔として少しおかしい状態なのだ。

 

 スリープがこれを見た場合は、どうせ後から召喚できるのだから何の意味も無かったと評価するだろう。結局は、シルキュリアを召喚したところで、死んだ人を生き返らせるのには失敗したのだから。

 

 柊菜もその事に気付いているからか、表情は暗いままだ。

 

「……それにしても」

 

 話題を変えようと、柊菜が顔を上げて語り出した。

 

「従魔っていうのは凄いね。科学では倫理上問題があるってことで、実行はされてないことや、そもそも不可能な事も出来ているんだよ」

「……? そうっすね」

 

 死者蘇生は、樹達のいた時代の科学技術でも可能だった。脳としての生存、という形ではあるが。

 

「……化学を越えた力」

「新田さん?」

 

 少し思い詰めた様子で柊菜が呟いた。しかし、樹が声をかけると、パッと表情を切り替えて明るく笑いかけてくる。

 

「ううん。なんでもない。今エー君と里香ちゃんが二人の死体を持ってきてるから。そしたら埋めようね」

 

 その表情に、樹は柊菜が何かしら隠したいことがあるのだと察した。普段の彼女なら、この犠牲に対して明るい表情は見せないからだ。

 

 目に見える死者の数は、多くない。だが実際は、王国の召喚士ギルドのマスターであった竜の少女が連れてきた人達が見当たらないことからもある程度理解できる。

 無に飲まれたのだろう。目の前に広がる湖は、別に珍しい光景でもないのだから。街の外まで、水没したかのようにあちこちに水辺がある。

 

 それだけの人を救えなかったというのに、何も語らない柊菜は、やはり何か自分の中に押し込めておきたいことがあるのだろう。

 

「新田さん。辛い時は口に出した方が楽になるもんっすよ」

「…………」

 

 だからこそ、樹はそこに踏み込むことにした。

 

「俺たち仲間じゃないっすか。助け合い、支え合っていきましょうよ」

「……樹君」

「あ、俺には言いにくい事だったら、別に他の人に言うんでも良いっていうか……とにかく! こういう時だからこそ我慢するべきじゃないっていうか」

 

 樹は徐々に何が言いたかったのか分からなくなってきて、焦りだす。その必死な様子を見て、柊菜は思わずといった感じで笑い声を漏らした。

 

「クスッ……ありがとう、樹君」

「うっ……どういたしまして」

 

 樹は自分が笑われたと思ったが、それで柊菜が元気になるならと思い直す。

 それと同時に、柊菜自体が可愛い女の子だったということを改めて実感した。

 

「……それじゃあ、早速なんだけどね」

「おーい、持ってきたよ……って、イツキじゃん。おはよ」

「おはよっす。んで、新田さんなんだって?」

「……ううん。今はいいかな。また後で、時間あるときにね?」

「なになに? なんかの相談?」

「うーん……まあ、相談、かな?」

「ふーん。後で私にも話してよね!」

「良いの……?」

「仲間じゃない!」

 

 樹が頑張って引き出した柊菜の話をいとも簡単に引き出す里香。

 

「ありがとね。それじゃあ、先にお墓作ろっか」

「そうね、ここは召喚もあったし、空間の断裂もあって地脈そのものがズタズタだから、多分もうしばらくは従魔に襲われることも無いだろうし、生物も寄り付かないでしょ。静かに眠るならここが良いでしょ」

「火葬するんすか?」

「ん……ここの文化ってよく分からないし、ミルミルはどうなの?」

「死者の身体は次への礎として利用されるけど? 具体的には魔法の触媒ね」

「あー……死者の弔い自体が文化に無いのかな?」

「大抵は遺言にでも残すし、そうじゃなくても死んだところで次へ行くってだけ。その先が従魔なのかゴーレムとかなのか、はたまた触媒になるのかは分からないけど」

「私達は~、死んだら食べるかな~」

「なんか、凄い文化だね」

 

 わりと大きな違いを見せる文化様式に若干引いた様子の柊菜。

 対するミルミルやシルキュリアはあっけらかんとしている。

 

「迷い子達の文化の方が異常なのよ。残った身体を使わずに、わざわざ穴を掘ってまで埋めておくとか。よほど安全で安定した世界なんでしょうね」

「食べ物には困ってなさそうだね~」

「あっ……そっか。そう、だよね」

 

 この世界には従魔がいる。そもそも、人間は食物連鎖の頂点ではないだろう。

 都市、という形で人類が他の生物や従魔に押し込められているのが現状なのだから。

 

「……それでも、死の概念はある」

「どうしたの?」

「…………ミルミルは、死にたくなかった?」

「そりゃあね。まだここでやりたいこともあったし、積極的に死を選ぶなんてことは誰もしないでしょ。ただ、私達は生きる為に死者でも利用するの」

「……そっか。さ、埋めよう。火葬は、しなくて良いと思う。あんまり死体は綺麗じゃないけど、骨にするのもかわいそう、かな。私だったら、だけど」

「焼いて砕いてって、それだけやってる時間もあんま無いし、そうしよ」

 

 この後、柊菜はずっと思案した顔で黙々と作業を進めた。

 葬儀などは行われず、ただ死体を埋めて、そこに石を削って、名前や誰の墓なのかを示す墓標を立てて、手を合わせた。

 

「……死ぬこと、か」

 

 手を合わせた後、墓と、その向こうにある静かな湖畔を見つめて、柊菜は小さく呟いていた。

 

 

・・・・・

 

 柊菜が結局相談もせずに考え込んだ様子で動かなくなってしまったことで、本日は移動を開始しないことになった。

 唐突に生まれた自由な時間。何時は、やることも特に無く、日課としていた素振り等の鍛練も終わればずっとムラムラしていた。

 そもそも昨日は生命の危機を今まで以上に感じていたのだ。こうして色々片付くと、運動ですら発散しきれない生存本能というのがこみ上げてくる。

 

「……不謹慎過ぎるから適当にスリープさんにでもメッセージ送り付けとこう」

 

 一切の連絡がつかない状態のスリープは、既に死んだか通信用の道具を失ったと思われる。そこで、樹は今の思いを吐き出す為にスリープへのメッセージをメモ帳として使うことにした。

 

『はぁ~新田さんめっちゃ可愛いよー! 控えめ従順系美少女良いよー! しーちゃんも小さいけど人形のような人外の可愛らしさと健気さと無邪気さがあるし、里香ちゃんですら小生意気な年下女の子って感じの美少女だし、チェリーさんは毛皮で色々隠れているだけでほぼすっぽんぽんだし、ミルミルさんもツンデレみたいなグッとくる可愛さがあるし、シルキュリアちゃんはもうわけわかんないけど好意向けてきてもうたまんねえよー!!! リリトゥライラとかいう従魔が憑依した時はなんかもう母性みたいなもんも混ざってドスケベだよあんなの! 生命の危機乗り越えて一度仲間に目を向けるとすっげえ美少女ばっかりでもう性的な目でしか見れねえよー! 助けてくれー!』

 

 樹は年頃の男で、男子校出身だ。女子への免疫はあまり高くないのだ。

 同郷の子は潔癖なところもあるし、そういう視線は極力見せないように意識している。すると、逃げ道は自分の従魔しかいなくなり、徐々に性癖の歪みを引き起こしていた。

 

『従魔の肉体はあくまでアバターだから言えば外見を変えてくれるよ。大きく逸脱は出来ないけどケモ度合いを変えたりするのは可能。あれらはあくまでも本質が情報であり、実体も同じように変えられるからこその芸当らしいけどね。ステージ解放で見た目変わるけど、それも元に戻せるし。外見に関しては同意だけしとくよ。柊菜が従順だとは思わないし、里香は小生意気というよりも若さがあるってイメージだけだからね。

 というか、リリトゥライラとかとんでもない名前聞いたんだけど、シルキュリアに憑依したからかな。よく生きていたね。あの従魔は星十六の最高レアの死種で、役割としてはヒーラーだよ。最優先で本体叩かないと味方全員に死亡時復活を付与するから無限の兵士を産み出せるんだ。ちょっと面白いところだと、女の子の概念というアビリティを持っていて、男に対するダメージ増加と攻撃無効があるんだよね。マジでよく生き残ったね』

 

 そんな樹の叫びに返ってくる返事があった。柊菜の端末では音信不通のスリープだ。

 樹は、スリープが連絡を取れない状態だと判断してメッセージを見られないつもりで送ったのだ。そうしたら返ってきた。つまり、スリープは無事であり、生きており。

 

 樹のハーレム状況への喜びの声もバッチリ読んだというわけだ。

 

『死闘を戦い抜いたのもあるんだろうけどさ。おじさん黙っとくから困らない程度に発散しときなよ……』

「い……」

 

 最後に送られた、こちらの感情を読んだような気遣いのメッセージ。普段のからかい様から大きく離れた文章は、樹のメンタルを大きく揺らす。

 

「イヤアアアアアア!!!」

 

 樹の叫びに柊菜達が慌てて様子を見に来る。樹は何も喋りたくないとトラウマでも患ったかのように個室へ引きこもり、時折「うぐぅ!」といったうめき声をあげるようになった。

 心配した柊菜達だが、何も出来ることはないと樹に断られた。そして、彼の従魔であるシルキュリアとピクシーが介護するようになった。

 

「ますたー、無理して抱え込まなくていいんだよ? わたしたちはますたーの味方だからね!」

「マスターくん、従魔はマスターくんのことをほぼ無条件に受け入れられるような相性がよくないと召喚はできないんだよ~。おとなしく吐け~」

 

 優しく従魔が慰め、問い掛けてくる。

 

 樹がくるまった布へ触手と妖精が潜り込む。樹の弱ったメンタルに、染み込むように入り込んでいく。

 

 樹の性癖が歪んでいく。

 

 出立の時期はまた遠ざかった。

 




次も閑話です。


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閑話 柊菜の思考考察

これからは柊菜のターンです。
次回からは本編に戻ります。

短いです。


「えー、スリープさんが無事だったという連絡を受けました」

 

 柊菜が不機嫌そうな顔で言う。

 ここは、いまだ貴族の街だ。樹がメンタルに怪我を負うのと引き換えに、スリープの生存情報を持ってきた事で、今後どのように行動するか決めかねているのだ。

 ここまで樹達を運んできた人物は現在土の下にいる。

 

「陸路は王国を通るので厳しいでしょうし、樹君が船の従魔を持っているので、海を移動しようかと思っています」

 

 そこで一度区切り、柊菜はちらりと周囲へ目を向ける。

 コクリと頷いたのは、里香とミルミルだ。従魔達は基本的に召喚士に対して明確に間違えた事を言わなければ口を挟むことはない。召喚時の条件でアドバイザーなどを求めない限り、大抵こちらの言う通りにしか動くことはないのだ。

 なお、現在樹はメンタルに大きな傷を負ったと申告して、ピクシーを会議に送って触手と戯れている。

 

「……ですが、彼は現状動けないのでしばらくは待機になります。以上。解散」

 

 柊菜の号令で今日もやることの無い面々は好き勝手に散らばっていく。

 一応互いに大声をあげれば聞こえる程度の範囲で活動しているので、何か問題があればすぐに駆けつける事ができるようになっている。そこら辺は経験と対策が取られている。

 

 散っていった仲間達を尻目に、柊菜は短い間に戦った人達を埋めた墓の近くに腰掛ける。

 視線の先は湖だ。水が流れる先も無いが、水が流れてくる先も無いこの湖は、いずれ蒸発して消えてしまうのだろう。水位が下がった様子は見えないが、この不思議な力の果てに生まれた湖に柊菜は感じ入るものがあった。

 

「……従魔。元々はゲームで、死者の蘇生すら可能な不可思議な存在」

 

 この世界がゲームだと言うのならそこで話は終わりだが、柊菜はそこに疑念を抱いていた。

 

「私達は基本的にゲームでは傷を負うことは無い。死ぬことはあっても、それは仮想の肉体だけ。仮想現実でも拡張現実でも、本体に影響を与えることはできない。それは絶対のルール」

 

 柊菜や樹はフルダイブVRが存在する地球からやって来ている。だからこそ、この世界がゲームの世界だというスリープの話に違和感を覚えていた。

 スリープも恐らくだが柊菜達と同じ時代に生きている人間だろう。そんな人間が、フルダイブゲームを知る人間が、この世界をゲームの中だと表現することがおかしいのだ。

 もっと別の言い方がある。創作の世界だとか、もっと別に表現する方法はあったはずなのだ。それなのに、あの男はここをソーシャルゲームの世界だと決めつけた。

 ファンタジーだと言ってしまえばそこまでだ。原理も道理も再現も不可能。そんなものはそうなるものとしか言えない。

 だが、同時にファンタジーなら気になる事が柊菜にはあった。

 

「……どうして日本語を使っているのだろう?」

 

 道理の効かないファンタジーなら、それこそもっと突拍子もないものにすればいい。言語がわざわざ日本語になっているなど、ここは異世界で創作のファンタジーではありませんと言っているようなものだ。

 

 現地の人間の唇を見ても、発音と噛み合っており、翻訳を噛まされている様子は見受けられない。つまり完全に日本語を使用しているのだ。

 

「……従魔、スリープさん、ボトムズの人」

 

 実のところ、柊菜の時代でも、死者の蘇生はできなくもなかった。脳さえ無事なら生きることは可能であり、移植することもできるのだ。

 倫理上の問題などがあるので、海外の科学ニュースなどで自分から調べていかないかぎり知ることはない情報だろうが。

 

「ゲームなのに調べている。私達の肉体の怪我すら一瞬で治せる……」

 

 ゲームが現実になったのを疑うようなスリープの行動。しかし、彼はあまりゲームの法則そのものを疑わず、別の事を検証している。

 可能性の一つとしては、ここがフルダイブVRの世界だということだ。セーフティがあるものの、そこをどうにかして乗り越えて、脳をハッキングしている。という可能性はある。

 類似としては、脳をスキャンして思考パターン等を複製して、本物は現実に戻している。というシミュレート説だ。柊菜は、これもありうるとは思っている。

 

「我思う故に我あり。自分を疑うことはできない。か……」

 

 だが、それそのものを疑ったところでどうすることも出来ない。

 

「うーん! わかんないなぁ……」

 

 結局のところ、これが現実だとして、それをどうしていくかを考えるしかないのだ。それ以外の可能性が真実だった場合、きっと自分はボタン一つで消されてしまう人格でしかないので。

 

「人格の保存か……」

 

 脳をスキャンして思考パターンを保全する。というシステムは未だ研究段階にある。人類は肉体の檻から出る事は未だ可能になっていない。

 

「……可能性、か」

 

 思い返せば、従魔というのはずいぶん先のシステムを、技術を持っているように思える。

 大きな施設を利用しない怪我や死からの復活。そして、損壊した肉体でもなんでも取り込み従魔へと変えてしまう謎の現象。

 

 そもそも従魔がなんなのだ。ということにつながるので、柊菜は従魔とその周辺の根幹にまつわりそうなシステムを無視することにした。

 

「今ある技術を疑っても意味はない……。それをどのように使うか。走りながらオーパーツは分析していく……」

 

 柊菜は背後に目をやる。そこには、柊菜を守るように立っているエンドロッカスや、チェリーミートがいる。

 召還の仕組みも、彼女達が何者なのかもあまり良く分かっていない。ただ、柊菜はそれが敵ではないことだけは理解していた。

 

「全ては奪われる者を救うため……」

 

 柊菜の魔法の誓いではあるが、それは従魔を使う理由にもなる気がした。

 

「……だれかを救うため」

 

 そう、もっと強い従魔ならば。過去に死んだ人だって蘇らせることができるかもしれない。

 柊菜が望む、誰も不幸にならない世界を作り出すことができるかもしれない。

 

「ヒイナ、どうしたの?」

「あ……里香ちゃん」

 

 従魔の力や可能性に目がくらみそうになった時に、里香が駆け寄ってきた。

 ここしばらくの間、柊菜の表情は暗く、何かを抱え込むように悩んだ顔をしていた。

 

「私達仲間でしょ? 何か悩んでるなら言いなさいよ!」

「う、うーん……。えっとね。里香ちゃんは、従魔が何かって知ってる?」

「さぁ?」

 

 かなり遠回しに質問をしてみたが、全く興味が無いように里香は顔を横に振った。

 

「従魔っていうのがなんなのか、そんなの考えてどうするの?」

「え……だって、わからないものを使うのは不安があるでしょ?」

「それを言ったらコンクリートが固まる理由だってわからないんだし、CDの原理もなんか不明だって聞いたことあるし、そもそも私達が日常で使っていたデバイスだって、原理とか全く分かんなかったじゃん」

 

 そう言われれば。と柊菜は思い出す。違いは生きているかどうか。とでも言った方が良いレベルだ。

 

 それに、既に人類はシンギュラリティを引き起こしたAIが人智の域から外れつつある状況だったはずだ。

 

「そういう難しいことは、そういうのができる人に任せんの! ほら、私達はそれをどのように使うかが重要でしょ?」

「使い方……」

「そう。従魔って、大体召喚士に逆らわないじゃん。だったら、道具と同じで使う人次第で変わっちゃうんだよ。これだけ強力な力がね」

 

 それは、先ほどまで柊菜が考えていたことと同じだった。

 そして、里香はもう一つ考えていた事を口に出した。

 

「たぶんさ、ノーマネーボトムズ? だっけ? あの人達のリーダーがやろうとしてる事って凄いことだよ。死者の蘇生なのか、地球へ戻るための次元の穴あけかはわからないけど」

「あっ……そっか。そうだよね。これを使えば、もしかしたら、帰れるのかもしれない」

 

 リリトゥライラは、本体ではなく分霊のようなものが憑依しただけで、空間が無造作に壊れていった。それだけの力、エネルギーがあれば、もしかしたらこの世界を脱出できるかもしれないのだ。

 

「帰り道、見つかったのかな……これで」

「んー……まあ、たぶん? 現状一番可能性はあると思うけど」

「後は、スリープさんと話をしたい、かな」

「えぇ? 喧嘩しないでよ?」

「ごめん……もう、大丈夫だから」

 

 柊菜は分かっていた。あの男が話さないだけで、帰る方法に関して、何かしら手段を思い付いている事を。

 

「聞きたいことが……できたんだ」

 

 それとは別に、柊菜は彼に会ったら聞いてみたい事があった。

 

「……スリープさん」

 

 貴方は、従魔を集めて、何をしようとしているのですか?

 

 ザァ……と突風が吹き付ける。柊菜は髪を押さえ付けて、目を瞑る。

 

 吹き抜けた風が湖畔を揺らす。いずれ、長い時間の果てに、ここの湖もいつか枯れるだろうか。それとも、地脈が戻り、豊かな自然やエネルギーを取り戻すのだろうか。

 

「……? なんか言った?」

「ううん。なんにも」

 

 柊菜は立ち上がり、湖へ背を向けた。

 

「行こう。明日には樹くんを引っ張ってでも先に行かなくちゃ」

「そうね! ケツ蹴飛ばして次へ行かなくちゃ!」

 

 柊菜の表情から陰が消え、いつもの控えめな笑顔が浮かぶ。

 里香も安心した様子で、いつもの強気な笑顔を見せる。

 

 引きこもった樹を叩き出しに二人が駆ける。数分後、一つの建物から、男の悲鳴が上がった。

 

 そして、翌日。

 

 若干姿勢のおかしい樹が手を海に伸ばす。そして「『コール』」と一言呟くと、足元まで届く大きな波飛沫をあげて船が着水する。

 

 古き木船は、水に濡れる事で、被った埃を洗い流していく。

 そうして浮かび上がった真の姿は、大海原にも負けない古強者の様相を醸し出していた。

 

「さあ! 目指すは西へ! オセアン、出航っすよ!」

 

 召喚士達を乗せた船が行く。人の手が入っていないどこまでも蒼い水平線に沿って。

 

 

 

 

 

 

 

「…………そういえば、スリープって今どこにいるの?」

「「あっ」」

 

 食料の準備すらしていない三人は、これから数日間、地獄を見ることになるのを、誰も理解していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、彼女達が出発を果たしたその日。

 

「──っだぁ! おらぁ! やってやったぞ糞ゲーがよぉ! クリスタルドラゴンも四つ腕のトロールも全部低ランク低レベル従魔で突破してやったぞ!」

「よかった……もうこれから先一生洞窟で生きていくかと思ったわ……」

 

 ボロボロの格好をしたスリープや、アヤナが洞窟から出てくる。

 激闘を繰り広げたのであろう。その出で立ちは大きく変わっており、精悍な雰囲気の出で立ちになっていた。

 

 従魔達も強力な敵を相手にしたからか、力強さを内に湛え、感動に震えるアヤナを見て静かにしていた。その誰もが軍隊のようにスリープの背後に控えており、ただ主の言葉を待っている。

 

「……グルル、新しい力を得た今なら、生意気な奴らを打ち砕けるだろ。外に出た喜びよりも先へ早く行くぞ」

 

 ──ただ一人、彼の横に並び立つ、小学校高学年から中学生程度の外見に成長したウィードだけを除いて。



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スラム系三十路アイドル召喚士編
71話 西へ


後半戦ストーリーはプロットと設定がかなり薄くて難産になっております。矛盾等ありましたら指摘していただけると幸いです。
短めです。


 長かった。ここまで来るのにどれくらいの時が流れたか。

 

 具体的にいえば一年くらいは洞窟の中に閉じ込められていたような気がする。

 実際は三日から四日程度だとは思うが。

 

「や……っと出れたのね」

 

 洞窟の中に閉じ込められて、俺や従魔の茶番。トラスの教育など以外は全く文化的なことはできなかった。その反動からか、アヤナは暫く外に出られた感動を引き摺っては反芻している。

 数日とはいえ、昼も夜も無い空間で文明的生活を送れないというのは現代人には厳しかったようだ。

 どうせ、あと数日もすれば慣れただろうが。

 

「旦那さま旦那さま、この後はどうするんで?」

 

 水色の髪が視界に入る。野種星五【ヘドニズムのリリィ】だ。

 彼女が控えていた背後を見る。

 緑種星二【迷いの森のシルク】

 死種星四【死病の生贄ノーソ】

 機種星十三【人造天使ラインクレスト】

 天種星零【滅亡聖女罪罰】

 そして、傍らに龍種星十【地龍ウィード】

 

 全員を召還した状態にしてある。そう、召還枠が足りなかったのにだ。

 解決方法は既に出ていた。そこに気付いたのは生活が切羽詰まってきた時だが。

 それと引き換えに、アヤナのメンタルが少し不安定になった。それもまあ、仕方ない犠牲である。

 アヤナは元々NPCなので、依頼の形にすれば石が得られるとは思っていたのだ。人権も俺がいた頃の管理体制ほどではないので、これから先、この召還石生成装置は手放すつもりはない。

 

 おはようからおやすみまで全て俺が管理して、依頼という形で指示出させてやる……!

 

 まあ、そんな事をしていたからアヤナが洞窟から出られることに喜んでいるのだ。特に、洞窟から出るためには石が欲しかったので、やらざるを得なかったのだ。

 これから先もやめるつもりはないが。

 

 人間の管理で石が得られるなら、デイリー契約で石を吐き出すようなシステムにしたいものだ。こうして管理社会はできていくんだな。

 

 ちなみに、トラスは声が出ないので、アヤナのような仕打ちは受けていない。それが一層アヤナにストレスを与えたようだ。

 

 もう少し石の余裕があったらアヤナのメンタルにも影響を与えないようにもできたのだが、やはり、低レベルの従魔だけでは倒せなかった。

 罪罰ちゃんと、石を割るコンティニュー連打で無理やり突破するしかなかった。

 

 一応、俺が予定していた技術の獲得には成功したが、やはりステータスの差を補えるだけのものではなかった。精々石の消費量を抑えただけだ。

 そうじゃないとゲームにならないからね。しょうがないね。

 

 新技やら新戦力を得たのはいいが、改めて自分の従魔を見る。

 

 初動が死んでいるタンクに、くそざこ魔法火力。生物にしか使えない上に無制限に撒き散らすデバフと、死んだら発動する蘇生のお守り。そして、ポテンシャルだけの全く育ってない大器晩成型の遠距離物理に重ね掛けできるスキルを自力で覚えないのでまだほとんど使えないサポート。

 

 初期とはいえ、高難易度ダンジョンでレベルは上がっているが、それでも限界突破できたのはウィードだけである。他はレベルではなく、条件が足りていないだけだが。

 

「……復刻版に挑むのはまだだね。ヴエルノーズは避けて、西へ行くよ」

 

 戦えなくも無いが、勝つのは困難だろう。

 アヤナの願い『洞窟から脱出する』に加えてダンジョンの初回クリア報酬と踏破報酬で石を三つ拾い上げる。当面はこれが俺の手持ちになる。

 

「アヤナ」

「……はいはい」

 

 声をかければ、仕方がないといった様子で、ポーズを取る。

 別にポーズまでは頼んでいないのだが。

 

「依頼よ『私を安全な街へと連れていきなさい!』」

「承知した」

 

 これが今の俺とアヤナの関係だ。

 

 発見したのは、アヤナの飢えが限界になった時に、リリィへと食料の用意を頼んだ時に。彼女の飢えが満たされたところで石を手に入れたのだ。

 それ以降は、アヤナが依頼を出す形で、俺に石を供給させるようにしている。

 

「向かう場所は西【カラサッサ平原】だ」

 

 イズムパラフィリア、ストーリーの第一部後半にようやく入る事になる。

 

 移動ついでにヴエルノーズを覗くことにした。北のキリタツ崖をウィードの能力で整形して足場を作りながら、関所のように南北を塞ぐ資源都市を見る。

 

「なによ、アレ……」

「わーお、相手は本気か。世界を相手にやっていくつもりなんだね」

 

 恐らく、王国側であった出来事を切っ掛けに戦争にでもなっているのだろう。ヴエルノーズの街の門や、壁には多くの異形のヒトガタであるエンドがいた。

 そんなものに挑もうと進む、装備もバラバラな人間達。後方には整った装備ながらも数があまりにも少ない集団がいる。あれは王国の人間だろうか。

 ヴエルノーズはノーマネーボトムズ側のギルドマスターがいるからな。勝ち目は無い。

 それに、エンドを作り出す薬品の素材は西側にある。敵の戦力を削るには西側に行く必要があるのだ。そこまでの道を塞ぐ要塞となっているのがヴエルノーズということだ。

 

 元々、この世界の人間はかなり守勢に強い。自分や同族がそもそも食物連鎖の頂点じゃないからな。

 

 時折従魔らしき存在が門やエンドを貫く攻撃を放つが、即座に壁が出来上がっていく。

 

 魔術師の強味ということだ。彼らは自分のフィールドにて無類の強さを発揮する。足場どころか空間を支配できるのだ。

 

「うーん。こりゃ急いだ方がいいかもね」

「私達、これをどうにかするっていうの?」

「……別に敵対する理由は無いと思うよ?」

 

 これだけの事をやらかしているとはいえ、相手は同じ地球出身だ。異世界へと飛ばされた経緯を考えれば不憫ではあるだろうに。

 

 それに、あの男がこの世界の破壊を目的にしているのか、死んだ仲間を蘇らせるのか、それとも地球へ帰るのかは不明だが、それらはあまりこちらとは関係の無い話だ。

 

 俺達はともかく、里香や樹、柊菜なら一緒に行動できるだろう。

 

 こっちは無理だな。俺はあの男に先を行かれるわけにはいかないし、アヤナはそもそもゲームのキャラクター。トラスは現地住民だ。

 

 あの男の目的は恐らくリミテッド従魔の召還だ。どの従魔を喚ぶのかまではわからないが、地球へ帰るにしても死者の蘇生にしても、世界を破壊するにしても、かなりの高位従魔を喚ぶことになる。

 リミテッド従魔は一体のみの召還が決められている。俺は罪罰とラインクレストを召還している。この二人は俺が所有している限り、他の召喚士は喚べないのだ。

 

 ゲームではプレイヤーごとに召還できたが、それでもギルドマスター達のリミテッド従魔などは、一度倒してロストさせないとガチャのラインナップに加わらない。そこから考えれば、プレイヤーが同時に存在するこの世界ではリミテッド従魔の同時存在は無理だろう。

 

 もし、仮に星十六を召還された場合とんでもないことになる。従魔は基本的に既存情報の集積と再構成で構築されているが、その枠組みを越えた存在が星十六達だ。

 あいつらは自分で世界や法則を産み出せる。『世界』というものに対して絶対的な権限と重要性を持っているのだ。

 

「私は、こんな世界でも望んで来ているの。めちゃくちゃにされるなら戦うわ」

「……まあ、そうじゃなくても星十以上のリミテッド従魔は全部欲しいね」

 

 まあ、アヤナの設定はそうだろうね。

 

 これ以上は見ていても情報は得られないだろうと判断して、先を急ぐことにした。

 

・・・・・

 

 カラサッサ平原は、元は海であったとされる、枯れた地面がどこまでも続くエリアだ。

 平原というよりはサバンナに近い気候と土地ではあるが、なぜか平原とされている。

 特徴としては、野種が圧倒的に多いこと。魚の従魔から、レアボスは恐竜であったりと、過去の生物を思い起こさせるものが現れる。

 基本的に野種は物理攻撃力が高く、それでいて速度が高いステータスをしている。前衛物理アタッカーが多い。

 そして、魔法系の補助スキルを使う従魔も、ここから徐々に現れるようになる。

 実のところ、今の俺達とは相性が悪い場所だったりする。

 

「主さまーっ! 早くぅー!」

 

 ノーソの悲鳴が轟く。

 そこそこ早く、それでいて攻撃力の高い敵が数多く出現するとあって、打たれ弱い従魔が揃っている今の段階だと厳しいものがあるのだ。

 ウィードはタンクでも龍種覚醒で動けないので、ただのかかしでしかない。

 現状最もレベルが高く、それなり動けて、ウィードほどではないがHPもそこそこあって、特別な役割を持っていないのがノーソだ。

 

「主様! 困ります! あーっ! 困ります! 主様! あーっ!」

「うるさいよ」

 

 どう足掻いても、ウィードは通常フィールドでの戦闘だと初動が遅い。アビリティ【龍種覚醒】による、最大HPの一割以上のダメージを負うか、一定時間の経過をしないと戦闘行動を取る事ができない。

 フレーバー的に言うのなら、強大なエネルギーを有する龍という個体は、そのエネルギー効率と身体への負担軽減の為に、生命の危機を感じない限り、自発的に長い時間をかけて戦闘準備に入るようになっている。というのが龍種覚醒の設定だ。

 一応戦わずとも幾らかの行動を取ることはできる。戦闘と言わない程度のじゃれあいや、小規模のスキル発動。それらは扱う事ができる。

 だが、有効打にはならず。更には準備している訳じゃないので龍種覚醒も進まない。そこら辺の設定には抜け道も見つからなかった。

 動くが戦えず。タンク役として結構致命的な弱点を持つウィードをタンクとして採用するのは無理な話だった。できて遊撃だろう。

 

 そこで、現状時点で打たれ強い奴を利用した。

 ノーソである。

 

 アビリティ【疫病感染源】は敵を病魔状態にする能力だ。病魔はHPにドットダメージ弱とステータスに弱体化を与える複合型デバフだ。

 生物系でも動物や人間にしか効果が無く、上位互換もあるものの、受けに強い能力である。

 

 そして、ノーソの第二アビリティがある。

 

 彼女があまり強い従魔として扱われない理由の一つであるが【死への抗い】という、自己回復と防御のアビリティを持つのだ。

 病魔ダメージよりも少ない回復量。病気系統の状態異常に自分は罹らないというニッチな体制。

 そこまで強力でもないが、生存能力を高めるものだ。

 

 総合的なレベルとステータスも合わせて考えれば、ノーソがサブタンクをやるのは必然的なことだった。

 

「くそどらごんもろぼっともどわーふもさっさと助けて下さいよ!」

「ぐるる……まだ動けないな」

「救援要請を確認。指示がありません」

「いやぁ、じつに大変そうで。同情しますよ」

 

 アタッカーをこなせるメンバーにことごとく断られ、魚にタックルをくらい「あーっ!」とノーソが叫ぶ。

 

「……良いの? 放っておいて」

「まだ余裕あるし」

「……ああもうっ! 助けに行くわよ!」

 

 アヤナが痺れを切らし、文房具を巨大化して突貫する。

 

「クレスト。援護しろ」

「受理されました。ラインクレスト、出撃します」

「リリィ、バフを」

「かしこまりました。旦那様」

 

 クレストにリリィがバフを与えて、敵を蹴散らしていく。

 レベル的にも相性的にも厳しいが、少なくともレアリティと戦術面では勝っている。戦えないわけじゃない。

 戦闘時間もそこそこに、敵を全滅させたのだった。

 

「……お、石発見」

 

 アヤナが動いたのに合わせて援護をしたのが上手くいったのだろう。クエスト完了ということで石が手に入った。

 

「……ちょっと、流石に外道過ぎない?」

「石のためには必要なことだよ」

 

 ポケットに石を突っ込む。見上げた先はカラサッサ平原の終わり。そして、錆びたトタンのような壁などの建物群。

 密集したスラムとでも言わんばかりのそこは、腐臭と性臭に満ちていた。

 

「さあ、後半の第一都市だ。ここから戦いは厳しくなっていくぞ」

 

【淫蕩と遊びの国レイデン】ここは、ストーリー上ではなんの関係もない経由地でしかない場所だ。

 

 そして、サブクエストで従魔使いのアイドル(36)と戦える。それだけの街である。

 ここから、召喚士との戦いがストーリーに出てくる。それだけの街である。



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72話 アイドルオンステージ

お待たせしてすみませんでした! MF文庫Jの新人賞に新作を応募しておりました。
落ちたらここにも投稿します。
短めです。


 野生従魔と召喚士の従魔には、大きな隔たりがある。

 最大の特徴は、野生従魔は限界突破がステージ解放まで。つまり三段階までしか上昇できない。この時点で、召喚士が野良と同じ従魔を持っている場合、そのレベルが遥かに上である可能性が高くなる。

 また、同時に複数体の従魔が現れて、連携を取ってくる。分かりやすいものとしては、龍種を相手にした場合、確定でバフを積んでデバフを打ってくるようになる。スキルやアビリティがあればだが。

 ゲームのフレーバーテキストでは、召喚士と従魔には相性が存在し、召喚できる従魔できない従魔が決まっている。という設定がある。

 実際に、ゲームで召喚士と戦うと、偏った従魔しか持っていない敵が登場したりする。龍種だけの召喚士とか、妖怪系従魔だけを喚び出す奴とか。

 つまり、召喚士と戦う場合は、大抵コンセプトデッキを組まれているので、初見で勝つには対応力が必要になるのだ。幅広い手持ち、強化度合い、メタや対策。それらを整えていなかった場合、負ける。

 

 レイデンは、無課金プレイヤーの第一の壁である。今までの敵のボスは一体で登場する。それに、基本的に野種が多く火力勝負みたいなところがあった。より強い方が勝つし、タンク役、火力役、回復役がいれば大抵切り抜けられる。

 本来のプレイヤーは、ここまでの道のりで、チェリーミートとミルミルという火力役を揃える事ができているはずだ。そして、初回の召喚枠の星三以上の従魔。これがどんなクソザコ従魔であっても勝てるように作られている。

 

 昔はその三体のままでもここをクリアすることはできた。しかし、今は不可能となっている。

 

「従魔のステータスって、敵も味方も自分も全部同じステータスなんだよね。強化されると敵も自分も強くなっちゃう」

 

 レイデンに登場する従魔は、サキュバスみたいな奴や、ゴーストみたいな奴が多い。召喚士の手持ちが、街の雰囲気に引き摺られているという設定らしい。

 そして、この現れる従魔全てが、後になって上方修正されている。

 地獄属性による回復強化。魅力系状態異常の獲得。元々、ゴーストによるデバフでかなり苦戦する場所であったのが、サブクエしないで石を貯めないようなエンジョイ勢を皆殺しにするようになったのだ。

 

「はぁ……はぁ……。終わりましたよ……」

「ご苦労」

 

 戦力は全て見せる訳にはいかない。街の中では、ソロで戦えて死種に強い、同種であるノーソと、シルクだけを出している。

 というか、ノーソを限界突破させるのに、この場所は都合が良いので戦わせている。本来ならミルミルの育成場所にもなるのだ。

 

「というか、ここ本当に凄いわね……」

「アンアンうるさいですよね、あるじ様。ここら辺全部吹き飛ばしませんか?」

 

 顔を赤くしているアヤナと、あっさりしているノーソ。同じ未経験者だというのに反応が違うらしい。

 

「私はあるじ様以外では特に意識する必要無いですからね。物理的に入れられないというのもありますが」

「ん……? ああ、そうか。物理ダメージ判定じゃないんだ」

 

 情報質量システムだ。人間相手に従魔は情報質量システムで勝っているので、従魔の行動の方が優先されるのである。

 つまり、従魔が受け入れないのであればどうあがいても入らないということらしい。

 

「下ネタ禁止!」

「あーあ、母乳臭い小娘は耳と知識だけは年増なんですから。お顔真っ赤にしてカワイイデスネー」

 

 アヤナがノーソに突っかかるも、適当に煽りで返される。ノーソは人間(召喚士以外)相手にも友好的な従魔に分類される方だ。

 他はそもそも会話が成立しなかったり無視されたりする。ウィードと罪罰、シルクは無視に近い会話の不成立だ。リリィが話が通じないタイプで、ラインクレストとノーソはやや友好的である。

 

 生身の人間でありながら、従魔に臆することなく会話をするアヤナは凄いのだ。

 

「まあ、苦戦するようなら追加で召喚しようか『コール』リリィ」

「いつ喚ぶのかとひやひやしてましたよ。旦那様」

 

 三番目に強い従魔であるリリィを喚ぶ。基本的な性能はバフ必須な程度に抑えられてはいるが、野種なだけあって、悪くはない。バフを積めば戦える強さはあるのだ。

 

「覚えています? こういう街で、私達が出会ったのを」

「あ、やっぱそっち系の宿だったんだね」

 

 全年齢対象ゲームを名乗るだけあって(実際は課金などの都合上、推奨年齢は15歳だが)大幅にぼかされていたが、リリィとは宿の経営のミニゲームで出会うのだ。

 恐らくは娼館であろう経営ゲームである。

 

「は? なに勝手に記憶捏造してるんですか? リミテッドだからって調子に乗らないでください」

「今度はレストランでもやりたいですねー。特別メニューも用意して」

 

 今度はノーソが青筋立てて、リリィにキレる。リリィは特に相手をすること無く無視していた。

 

「……っていうか、この世界は創作なんでしょ? こんな表現良いの?」

「まあ、詳細はボカされていたからね。それに、大事なのはそこじゃないから」

 

 イズムパラフィリアは、その名の通り、主義と偏愛の物語だ。

 メインストーリーで語られるのは主義の部分だ。サブクエストも主義が多いけど。

 この世界は、はっきり言えば極限状態で安定したディストピアだ。力ある存在が土地に根付き、そこを中心に人々が生活している。

 力ある存在の思想や主義によって街の形が変わり、そうして彼らは生きているのだ。

 地球や日本の考え方が絶対でも正しい訳でもない。条件や前提が違えば、答えなどいくらでも変わるから。

 そういった事を、メインストーリーで語っていくようになっている。

 

「今まで見たよね。ヴエルノーズは暴力の街だった。弱者は切り捨てられて死に、そうやって数を保っている。あの街は壁が大きいでしょ? あれ以上拡張できないから壁で囲って、住民を保護した。そうして安全を作って循環させて、余分を削っているんだよ」

「姥捨て山みたいなものですね、主様」

「魔法都市は、数こそ少ないものの、力ある人が多く集まっている。そして、一番強い奴が犠牲になることで、他の存在を限界まで減らさないようにしているんだ」

「……そんな裏側があったのね」

「王国は、団結することを選んだ道だった。絶対の権力を作り、上には逆らわない、逆らえないようにすることで集団の力を持った国にした。だからこそ国王は自身の間違いも非も認めないし、認められない」

「上が頭を下げたらそれより下はどうなるんだってことになっちゃうんですよね。民衆政治ってそういうことですよ。嗤えますよね」

 

 そういう意味で言えば、この街はリリィが好むような街に限りなく近いだろう。

 

「今までのコミュニティは、全て存続することに特化したような場所だった。この街は外壁がない。権力も秩序もルールもない」

 

 いつ死ぬのかわからないからこそ、好き勝手に生きる。全力で人生を輝かせる。

 

 そう思ったアイドルに惹かれて、集まった人達と、いつ死ぬかわからないからこそ享楽を貪る人が集う街だ。

 

「ほら、見なよ。アレがこの街のリーダーだ」

 

 錆びた薄い金属の壁が終わった、街の中央。ぽっかりと切り抜かれたような空間を、多くの人が囲んでいる。彼らは熱心に一人の人間を見つめて、声援を送っていた。

 

『みんなー! ありがとー! 今日もこうして無事にステージができて嬉しかったよー!』

「「「うおおーーー!!!」」」

「なに……あれ?」

 

 機種星三、従魔【アイドルステージ】の上に立つその女性はきらびやかな衣装を身に纏い、輝いていた。

 効果は、ステージ周囲にいる存在へ【熱狂】のバフ及び状態異常を与えること。

 

『それじゃあ、本日の最後の曲プリズム・ミラーで締めたいと思いまーす! ミュージック、スタート!』

 

 ステージ脇に置かれた機種星一、従魔【スピーカーマイク】は音属性の攻撃を行う弱い従魔である。

 人間、正しくは召喚士の声を大きくさせるだけでは、ダメージを与えられるほどのものではないのだろう。

 スピーカーマイクから音楽が鳴り響く。マイクを握ったアイドルが、歌いだすと、スピーカーの音楽と合さって曲が流れた。

 

「こんなの、有りなの!?」

「従魔にはいるからね」

 

 むしろ、第二部開始後の大型アップデートに伴い強化すらされた部類なのだ。優遇されている方だぞ。

 

 観客は皆感動したように一体になってアイドルの振り付けに合わせて手を振っている。

 地球にいた頃と比べると、あまりにもお粗末なライブであったが、一度始まればなんだかんだいって静かに聴いていた。

 

『応援、ありがとー! それじゃあねー!』

 

 行かないで、やら、待ってくれ、といった声が出ている中、そのアイドルは静かに両手を振り続けた。

 そして、アイドルステージが、彼女の手持ちの従魔が浮いていく。機種として、アイドルを動かす訳にはいかないので、ああいった機能もセットで付いているのだ。

 

「えぇ……」

「分かった? 従魔は召喚士と相性が良いものが出てくるんだ」

「だからって、これは……」

「それだけ従魔の影響力が広いんだよ」

 

 ゲームの中だけでも地球にまでやってくるからな。

 情報とかが溢れる地球ではむしろ従魔は相性が良すぎるのだが。

 

「……まあ、いいわ。それで? この街は素通りしても良いんじゃない?」

「お? 柊菜とかとは違う意見が出るとは思わなかった」

 

 そう言うと、アヤナは呆れた顔をした。

 

「あのねぇ、私はあの理想家の子とは違って、最低限の人の上に立つ意味を理解しているつもりよ。これでも北条院財閥の令嬢なの」

 

 アヤナは第二部の地球編に登場する財閥の令嬢であるとされている。明確になっていないのは、アヤナが第二部には登場しないからだ。

 ただ、財閥から出るサブクエストを進めれば、北条院財閥には一人娘がいて、政略結婚を控えていたことを知ることができる。

 

 そして、彼女はそれが嫌で失踪したということも。

 

「持つものの責務だなんていうつもりはないわ。そんなの知らないし。私は、北条院の看板を背負う意味と、その重さを理解しているつもりなの。だからこそ、私はそれを捨ててここにいる。私は自由でありたいから。私は、私の人生を歩みたいのだから」

 

 胸に手を当てて、宣言するようにアヤナが言う。

 だからこそ、彼女は精神的に不安定にならずにここにいるのか。

 一人の大人と相対できる人として、彼女はここにいる。

 樹少年や、柊菜とは違う覚悟を持って、この世界を生きていた。

 

「それでいて、どんな形であれ、私は上に立つ存在を否定するつもりはないの。暴力だろうが、なんだろうが、それを一人で築き上げた奴が正しいんだから」

 

 彼女の意思を見て、心の内で舌舐りをしてしまう。

 この輝きこそ、俺の知る勇者であり、プレイアブル化を求めたアヤナの姿だ。

 欲しい、と意識してしまう。

 その心の内を押さえ付けて、俺は努めて無表情を貫いた。

 

「王国の指示や、里香がやろうとしていることに合わせて、悪を裁くのは別に気にしないわ。だって悪は悪だもの。でもね、私はその悪ですら必要ならば見ないふりをしてもいいと思っている」

 

 清すぎる水に魚は住まない。

 

「それを知ってもらった上で、聞きたいの。私は、別にここはこの世界をめちゃくちゃにしている敵がいる様子も無いし、そのまま放置して素通りしてもいいと思っている」

 

 今度は、俺が試される番になっていた。

 

「きっと、この世界を知っているあなたなら別のものが見えていたり、知っていたりするのでしょう? そうじゃなきゃここに立ち寄る理由が無いわ」

 

 アヤナが俺の目を見詰める。バチリと火花が飛んだ気がした。

 それくらい、彼女は強い意思を籠めて俺を見据えている。

 

「教えてちょうだい。ここにはあなたが意識する召喚士(同業者)はいないわ。ここに、何があるの?」

 

 そこまで悟られているとは思わなかった。アヤナは俺がプレイヤーを意識していることを知っているとは。

 適当な言葉を吐くこともできる。だが、この先アヤナとやっていくのならば、俺は彼女に答える必要があるだろう。

 

「……そうだね。全部話そうか」

 

 俺が持つ情報と、計画の全てを。

 召喚士と従魔、そしてイズムパラフィリアを。




なお、ネタバレになるので次話で語られない模様


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73話 始動

遅れて申し訳ございません。色々ありまして、モチベーションが下がってました。
短めです。


 俺の目的は、とても大雑把にいえば、従魔と共に生きることだ。

 本筋はそこにある。

 アヤナへはそこら辺を伝えただけに留めた。全て言うといったな。アレは嘘だ。

 まあ、アヤナには言えないことも多々あるので、隠したことになる。今伝えるとSAN値チェックが入るようなこととか。特に。

 

 とりあえず、俺の計画の一部は明かしてある。なぜ、そうするのか。そこは教えていないのだが。

 

「さて、この街レイデンでは、主に二つの悪事が働かれている」

 

 一つは、ここがヴエルノーズから最寄りの開放的な街である。ということ。まあ、大雑把にいえば中継地点として役に立っているのだ。

 

 エンドだかノーコスだかわからないが、人間を怪物にする薬を取り扱う拠点が西側にあり、ヴエルノーズまで勢力として取り込んでいる時点で、ここはクロになる。

 

 まあ、ここまでは理解できるであろう話なので、アヤナもこくりと頷いた。

 

「もう一つは、人身売買だね」

「ここで売春でもさせているってこと?」

「それもあるけど、ここの北にある森が【迷いの森】なんだよ」

 

 アヤナはあまりピンと来た様子がない。

 まあ、それだけならただのダンジョン情報だ。その名称の意味がわかるのは、チェリーの所有者でなければいけない。

 

「柊菜の従魔である【狼少女チェリーミート】は、迷いの森出身の元獣人だよ」

「……ここって、人間以外の種族もいるのね」

「魔術師は貴族と人間のハーフがほとんどだし、獣人とは言っているけど、獣人族っていうのが正しい呼び方になる。他にも何種類かは高度な知能と文明を持った種族はいるよ」

 

 閑話休題。ヴエルノーズでは、人身売買は行われていない。性格に言うと、禁止されている。バレたらアウトだったりするのだ。

 というか、この世界には警察は無くてもハッピー工場という凶悪犯罪者の収容施設があるのだ。ゲームでは一風変わったダンジョンとして、サブクエストをこなすことで入れられる場所だ。

 

 コンテンツとしては『ボス敵との再戦闘場所』になる。幾分か弱体化してたり、逆に強化されていたりするものの、とにかく、そこでは今まで倒してきた人間の敵キャラと戦えるのだ。

 

 かなり無視されているように見えるが、一応この世界にも犯罪という概念は存在しているのだ。

 

「とにかく、ここは明日生きれるともわからない身が多く住んでいるから、犯罪なんてお手の物なんだよ。ここに法は存在しない」

「それこそ、捕まえたら良いんじゃないの?」

「ファンが減るだろ?」

「ああ……そこに繋がるのね」

 

 アヤナが納得した様子で周囲を見渡した。

 ゲームキャラクターともあり、アヤナはちょっと現実ではお目にかかれないような見た目の良さを持っている。それを狙った人間が息を潜めてこちらを狙っているのだ。

 

 攻められない理由は、俺の従魔が警戒しているのと、ここまでの道で戦い、勝利してきたからだ。

 奴らだって、死にたいわけじゃない。ただ、生きられないからやけくそになっているだけなのだ。

 

「ストーリーで進めていくなら、更に迷いの森まで進むことで、森で人狩りが行われていることを知り、潜入して敵の本拠地を叩くわけだが……」

「そんなに悠長にしてられないってわけね。チェリーもいないし、人狩りの事情を聞こうと森に入った時点で襲撃されそうだわ」

「それもそうだし、ノーマネーボトムズとかいう集団がどこまでやるつもりで何を目的にしているのかが見えてこないんだ。人類が完全に詰む前に手を打たないといけない」

 

 大まかに言って、俺が回避すべき事は三つある。

 一つは、ゲームの破壊。

 これは、単純にストーリーでしか入手できない従魔がおり、その根幹を崩されるのは困るというだけのこと。

 既に、チェリーは柊菜の手元にあるし、ミルミルは従魔になっていない。

 そもそもエンドロッカスが従魔になっている時点でおかしいので、これに関しては努力目標レベルのものだ。

 

 少なくとも、第一部であるこの世界では、大筋が正しければそれで良いと思っている。

 第二部以降は、ストーリーから外れると詰む可能性があるので極力避けていきたいが。

 

 二つ目は、リミテッド従魔を奪われることだ。

 既にチェリーが柊菜の手に渡っているのに何を言うのかと言われそうだが、これは本気で避けるべき案件である。

 単純に、星十より上の従魔は全てリミテッドであるし、それ以下であろうとリミテッドは存在している。

 これは、相手が保有している時点でかなり危ない物が多いから。というのがある。

 それ以上にコンプ欲の問題で、避けたいところだ。

 本気で召喚されたらヤバいのは、星十五と星十六になる。あれらは、そもそも入手条件があまりにも厳しいものの、一度奪われると取り返すのが困難になる。

 その上で、地球程度の星なら簡単に破壊できるだけの性能を持っているのだから、厄介すぎる。

 

 最後に、人間を減らし過ぎないことだ。

 というのも、多くの従魔が、今でも本格的に人類を滅ぼさない理由が、あちら側の需要に関係しているのだ。

 人間は従魔にならない。この条件がある限り、人類は結構さまざまな世界で襲われていたりするが、滅亡が確定するところまで追い詰められる事はないのだ。

 逆に、人という従魔が誕生するか、維持できない数にまで人間が減ったとされると、一気に従魔が回収へ向かってくる可能性がある。

 

 だからこそ、人類を滅茶苦茶にするノーマネーボトムズの力は可能な限り削いでおくべきなのだ。

 

「まあ、決定的な証拠を抑えるか、バレないように本丸だけを攻めるのか、そこだけは決めておこうか」

「……大義名分を求めているの?」

「ハッピー工場送りにできないからね。秘密裏に処分すれば、それだけこちらの影に怯えることになるし」

 

 一度叩きのめしたところで、すぐに復帰されても困るのだ。

 

「それじゃあ、先に証拠を集めていきましょうか。えっと、人身売買の証拠を押えればいいのね?」

「一番上がそれをやることは無いだろうね。やるとしたら、下っ端でしょ」

「じゃあどうやって証拠を掴むのよ」

 

 アヤナが顔をしかめる。力技で叩きのめしてもあまり効果がなく、街の頂点はただアイドルをやっているだけで、悪事に加担している証拠もない。

 

「そこでだけど、アヤナは人身売買されたりできる?」

「…………は?」

 

 

 

「彼女を……返せっ!」

 

 数時間後、街の大通りの人が多く集まる場所。

 俺は、手持ちの従魔であるシルクを、ゴロツキに倒されていた。

 そして、戦力を失った俺の手から、アヤナを引き剥がされる。

 

「ヒャハハ! 遂に勇者を捕まえたぜ!」

「くっ……スリープ!」

 

 アヤナがこちらに手を伸ばそうとするも、男に阻まれて、引き離されていく。

 

「おい、彼女をどこに連れていくつもりだ!」

「貴重な勇者様だからなぁ! とりあえず上へ届けるさ!」

 

 そこで味見とかをしない辺り、全年齢対象なんだと実感する。

 

 俺は、ゴロツキ達に押さえ付けられ、アヤナが連れていかれるのを見守る。そして、完全に彼らが視界に収まらなくなった。

 

「……やれ」

 

 パパパと軽い空気が破裂するような音が響き、俺を押さえ付けていた奴らが、血飛沫をあげて錐揉みしながら倒れ伏せた。

 驚き、逃げて行こうとする奴らの足を撃ち、数十秒後には、俺以外に立っている人間はいなくなった。

 

「任務完了」

「ご苦労」

 

 トラスと共に、ラインクレストがこちらに戻ってくる。

 そして、ポケットに手を突っ込み、石を取り出す。

 

「『再生』」

 

 石一つを砕き、シルクを復活させる。正直に言えば、ここでロストさせても良いレベルの戦力だが、負ける為の調整で有用だと言うことに気付いた。

 これは今後も使うときがあるかもしれない。

 

「マスター。次の指示を」

 

 トラスを肩車し、ラインクレストを見つめる。念のためにノーソとリリィをアヤナの周囲に付けているため、ウィードを出さないで戦える最高戦力だ。

 

「これは、擬似的なストーリーの再現だ。チェリーの強化イベントで、故郷に戻った彼女は、自分のいた集落で、未だに人狩りが行われているのを知る。そして、それを止めるために、街へ攻め込むんだ」

「その時は証拠があったのですか?」

「まあ、出荷するための繋がりは上が握っているからね。保管もされているし」

 

 すぐに済ませるのであれば、このまま本拠地に向かうのだが、今回はもう一つ目的がある。

 

 現状の手持ち従魔のレベルが低すぎる上に、限界突破条件を満たしていないものが多すぎる。だからここで経験値を稼いでおきたいのだ。

 

 今のままストーリーを進めると、実力も手持ちも不足しすぎているので、負けかねないのだ。

 

 ここは、そこまで強い敵もいないし、街中なのに治安が悪すぎて襲われまくる。

 効率もそこそこ良いので、次までに必要な分を稼いでおくつもりだ。

 

「ノーソを完凸させるのを目標に、少し街を練り歩こうか」

 

 ノーソもリリィも召喚はしているので、経験値は自動的に割り振られる。

 とりあえず、リアルではエンカウント数にも限界があるだろうし、そこまでは街を全体的に磨り潰しておこうじゃないか。

 

「いやぁ、蹂躙は楽しいね。苦戦ばかりしていたから、あっさり散っていく敵を見ると爽快感を覚えるよ」

 

 本来ならば、ここに来るまでは召喚士とは戦うことはほぼ無いはずなのだ。

 従魔の敵は、基本的に従魔しかありえない。だからこそ、ここまでは楽勝のはずで、ここから戦闘の難易度が上がっていくはずなのだ。

 

 ついこの間まで、終盤かつサブクエストの場所でサバイバルをしていたのがおかしいのだ。

 

「チェリーの強化はここじゃなくてもできるんだ。最低限故郷に戻りさえすれば、アビリティは貰える。それなら、全部潰しちゃっても問題ないよね」

 

 アタッカーとして優秀な能力を得られる上に、当時は専用スキルだったものまで覚えられたのだ。しかし、現状チェリーはここにいない。

 覚醒イベントは潰すことになるが、教え役は救出するし、そいつがいなくても集落に行けば、習得は可能だろう。

 

「なんなら柊菜に教えてもいいかな。あの三人だって、最低限の自己防衛はできた方がいいだろうし」

 

 一人、次のことを思い浮かべる。皮算用でしかないが、こうして次を考えるのは好きだ。

 自分に余裕があるという何よりの証拠なのだから。

 

「さあ、やることが見えているならとりあえず走り出そうか。全ての成功は、行動しなければ達成しないからね。クレスト、行くぞ」

「──了解。システム起動します」

 

 トラスとラインクレストを引き連れて、軽い足取りで踏み出す。同時に俺とラインクレストの身体が同期する。

 

 この方法を見つけ出すのにかなり苦労した。だが、必須技術だったので、なんとか身につけた。

 

 従魔戦闘のマニュアル操作。一々口頭で指示を出すよりも、圧倒的な速さと正確性を誇る技術だ。

 ゲームでは、少数での戦闘をする場合は絶対に必要な技術だった。そうでなくとも、これの有無で全体のダメージトレードなどに差が付くのだ。

 

 ウィードでなんとか編み出して、それを他の従魔にも転用できるようにした。これがあれば、一体の遠距離火力従魔だとしても、早々負ける事はないだろう。

 

 ゲームの操作と感覚の差異はあったが、それも徐々になくなってきている。本調子には程遠いが、それでもかつての俺に戻りつつあることを実感していた。

 

「見せてやるよ。イズムパラフィリア最強の召喚師って奴の実力をね」

 

 引き伸ばされた感覚で捉えた敵へと狙撃する。射程圏に入ればこちらのものだ。

 俺の呟きを聞き取ったラインクレストが首を傾げた。

 

「マスター、最強の実力に対し、最高戦力を投入しない理由はお聞きしてもよろしいでしょうか」

「こういう場所じゃ役に立たないからだね」

 

 ウィードを出さない理由? ここはダンジョンじゃないから、一回ごとに龍種覚醒が発動するのだ。

 龍種は最高峰のステータスを所持しているものの、初動が圧倒的に遅いスロースターターだ。龍種覚醒中でも役に立つアビリティなどがあれば話は別だが、そうでも無ければ、龍種は大規模戦闘で後半に投入される圧倒的な切り札として使われるのが本来の使い道なのだ。

 

 まったく、使い勝手が悪くてしょうがない。



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74話 きっつ

執筆に使っていたスマホが死んで自分もモチベが下がって女神転生ⅣとDSJとアークナイツとウマ娘をやってました。やはり、バックアップは取っておくべきですね!(肝心の最新話のデータは吹っ飛んだ人)
新しいスマホはアプリを同時に2つ開けるから設定とか前話とか見ながら文章書けて凄い楽です!

なお、詫び石の配布はありません。


 従魔との同期は、感覚の拡張に等しい。フルダイブVRが出てからはあまり使われなくなったが、AR技術や、人体拡張デバイスの接続に似ている。

 

 ゲーム時代では俯瞰視点からの操作だった。しかし、従魔というものは人間よりも遥かに高性能であったようだ。

 

「──見える」

 

 ラインクレストの外観はロボ娘だ。もっと進むと、そっちは本体じゃないことが判明するものの、未凸状態ではそうもいかない。

 基本的に従魔は人類よりも遥かに優れた存在であり、本質は情報体なので、同期をしたところで脳に負荷がかかるということもない。あちら側で情報の処理もしているのだろう。

 むしろ、同期を切った方が感覚が鈍くなるのでデメリットになる。繋いだ時に人体へと変換された拡張された情報が途絶えるので、腕を失ったような気持ちになるのだ。

 

 最大の問題点は、人間を越えた感覚を与えられる万能感と、それに伴う中毒性だろう。肉体に破滅をもたらさない麻薬にも等しい。

 

 それを、理性で抑えていく。同期はゲームでも何も説明が無いただのシステムであったが、これは危険である。

 

 イズムパラフィリアにおいて、俺が考える敗北、終了は『召喚士でなくなること』である。

 それが、死であることも確かだが、より身近な危険として、従魔使いになることが挙げられる。

 

 従魔使いは、人間を辞めた存在だ。身体能力を強化することが可能だが、引き換えに人間の枠組みから外れてしまう。

 それが何の問題になるかというと、召喚が行えなくなるというデメリットがあるのだ。

 

 従魔との召喚に関する契約では、基本的に、召喚士に対する害意ある行動や攻撃はできないとされている。では、従魔使いになるのは害意に当たるのではないかと思われるが、そうではない。

 

 基本的に、従魔の善意で変わるか、人が求めることに応じる形で、従魔使いへと変貌するのだ。

 

「従魔は力である。しかし、俺自身の力ではない」

 

 戒めるように呟く。ここを違えれば、たちまち力に呑まれるであろう。

 

「……行こうか」

 

 ラインクレストを操り、敵を撃ち抜いていく。俺、彼女が通った道に撃ち漏らしは無く、光の玉が立ち上っていく光景だけが残る。

 

 台風のように周囲を蹂躙しながら、俺はゆっくりと目的地へと向かった。

 

 ぶっちゃけ今のままだと勝つのが難しいからね。高レアリティによるレベル上げの遅さがここに来て少し厳しい状態になってきた。

 終末の洞窟を通って来た時に、ある程度上昇はしているが一番成長したのがウィードなのが痛い。龍種覚醒のデメリットである動けない時間というのは、ステータスの総量から算出されるのである。

 

 だからこそ、味方龍種にデバフ技を積み込んでむりやり起動させるギミック構成も存在するのだが、ウィードの耐性に対する味方従魔の必要ステータスが不足している。

 なお、龍種覚醒中にバフを積んでも待機時間が増えることはない。ただ上限値が伸びるだけなのだ。

 まあ、そういったバフを積んだ時限爆弾エース戦法には特定の従魔が居れば詰ませる事ができる。レア度高い上にリミテッド従魔だが。

 

 レイデンのボスは手持ち従魔にコンセプトが組まれている。肝心のアイドルが人間なので真の脅威ではないものの、シナジー効果が高いのだ。

 従魔【アイドルステージ】の与える熱狂という状態異常は、スタン状態にならなくなる代わりに受けるダメージが増えるというもの。また、アビリティの一つに 【おさわり禁止】というものがある。これは、ステージ上にいる味方へのダメージを肩代わりするというものである。

 従魔【スピーカーマイク】の音属性攻撃は、通常攻撃が同心円上に広がる広範囲攻撃であり、単騎では弱い。だが、この従魔は【ピースメーカー】同様に装備品アビリティを持っているのだ。装備品アビリティの特徴は、装備適性持ちにアビリティを発動した時に、装備者へ自分のスキルとアビリティを追加できる効果があるのだ。

 更に、戦闘になるとアイドルステージ上に、スピーカーマイクを装備した従魔が現れる。こいつも地獄属性を持っているのだ。つまり、通常攻撃で音属性と地獄属性の両方が乗っかるのである。範囲攻撃に回復を付けるとかいうコンボでデカイ回復効果を発揮してくる。

 これに加えて、彼女は戦う時に従魔使いの特有である補助効果を使ってくるのだ。これは、敵専用と言っていい能力であり、プレイヤーは召喚士だから使えない。これがボス敵の難易度を高める要素になっているのだ。

 効果はアイドルリンク。スピーカーマイクの装備者が与えた回復効果をアイドルステージに発動するという効果である。

 

 これにより、初心者及び無課金の雑魚の集団戦法で挑むと無限に回復されて負けるのである。

 

 対策としては、スピーカーマイクは攻撃範囲自体はそこまで広くないので、遠距離攻撃型の従魔で戦うのが一つ。集団戦法だとしても、攻撃には間隔があるので、回復量を上回る攻撃を与えるのが一つ。最後に、エース戦法である。一体の従魔にひたすらバフを集めて倒すというものである。

 

 普通にプレイしていれば、現在の手持ちはチェリーミートにミルミル、そして適当な星三以上の従魔は最低限いるはずだ。ミルミルとチェリーミートでアタッカーをやりつつ、ピクシー辺りで回復を入れていれば勝てたのが本来のストーリーである。

 

 今は上方修正されているので勝てない。マイクを持つ従魔に歌姫アビリティが追加されたので。

 

 相手の要となる従魔は星四死種【歌うバンシー】である。初期はただの地獄属性持ちでバインドボイスによる行動妨害が厄介な従魔なだけであったが、第二部開始にあたってアプデが入り、追加された【歌姫シリーズ】という従魔によって、こいつは大幅な上方修正が入ったのである。

 歌姫シリーズは、アビリティにサポート効果を持っている従魔だ。効果は様々だが、地形タイプの緑種従魔以外の次に登場したフィールドアビリティ持ちの従魔である。つまり、居るだけで意味があるのだ。

 敵が緑種を持っていないことだけが幸いである。バンシーの歌姫アビリティの効果は、敵のステータス弱体化と、音属性の耐性を減らすという効果である。本来は、バンシーのアビリティであるバインドボイスの強化なのだろう。しかし、ここにシナジー効果があるボスがいたので、ストーリー難易度が凶悪化したのだ。

 

 まあ、そういった事情があるので、ここをスルーせずに潰していく場合は、強化が必須となったのだ。

 俺がここを避けない理由としては、第一部ではこれ以降死種の従魔向けの経験値稼ぎの場が無いという点が一番にあがる。

 第二部も序盤はほとんど稼ぎどころがないので、今後を見据えてある程度鍛えておきたいのだ。

 

 長射程高火力の従魔であるラインクレストが居てくれたおかげで経験値稼ぎが随分とはかどる。有力なアタッカーがウィードだけだった場合、ニ週間くらいは滞在することも検討していたのだ。

 

 死種は攻撃属性の性質上基礎ステそのものに打たれ強さは無いのだ。高い再生力でステータスを誤魔化すような『殴らないと死ぬ』という弱さを持っている。

 

 だからこそ、レベルは低くても一方的に殴れるラインクレストは相性が良いのだ。

 

「目標値まで稼げたら、さっさとボスを倒して先に行こう。ラインクレスト。ペースを上げるよ」

「承知いたしました」

 

 ラインクレストを抱き寄せる。助走をかけて跳び上がり、シルクをコールし指示を出す。

 

「『シルバーウィンド』『リコール』」

 

 弱小従魔ながら完凸レベルマまで鍛えたシルクのスキルはそこそこの威力を発揮する。

 風を打ち出した反作用により浮き上がる。むりやりだが機動力をこれで引き出せる。今ならキャラクターコントロールをミスすることもない。

 

 どこぞの鴉のようにぴょんぴょん跳ねながら、ラインクレストの銃で敵を撃ち倒していく。

 

 アヤナには悪いが、しばらく監禁されていてもらう。

 

・・・・・

 

 アヤナが連れて来られた場所は、かなり広めの部屋であった。

 放り投げるようにそこへ入れられた後は、ガチャンと大きな音をたてながらさっさと錠を閉められてしまう。少しの文句を言う暇も無かった。

 

「ここは……」

「お前はしばらくそこで待っていろ! 今指示を貰ってくるからな!」

 

 アヤナの声に答えたわけじゃないだろうが、ゴロツキが荒々しく言い終えると、足早に去っていく様子が感じ取れた。

 とはいえ、アヤナも大人しく待っているつもりはない。どうにも嘘か隠し事をしているような連れの指示でこんなことをしている。彼を信じていないわけでもないが、自分でできることはやっておきたい性分なのだ。最低限自力で脱出できるようにはしておきたい。

 

 本人は否定するが、全く信用していないようだ。

 

「材質は……思ったより丈夫そうね」

 

 自分の力で今すぐ壁をぶち抜いて脱走。とはならないだろう。

 

「唯一の嬉しいポイントは、魔術師ギルドがないところね」

 

 魔術師というのは、基本的にどこの街にも一人は存在する。しかし、どうやらここにはいないようだった。

 アヤナがどうして理解できたのか。それは、この地に地脈の噴出口が無いからだ。つまり、重要拠点でもなく、本来ならば従魔にでも殲滅されるであろう場所であるのだ。

 歴史で見れば、きっと本当に短い期間しか存在できない場所なのだろう。地脈もなく、魔術師もいないということは、街中に従魔が発生し放題で、同時に迎え撃つ能力もなく、街を再建する能力もないということになるのだから。

 

「じゃあ、後は悪事を暴けばいいのかしら」

 

 どこも安心できる場所ではないため、アヤナは休む気にもなれなかった。

 部屋全体を見渡すと、細かいキズが残っているのがわかった。

 それらの多くが、鋭い爪によるひっかき傷のようで、おそらくここが、チェリーミート達のような獣人が収容させられていた場所なのだろう。

 なぜ、今はここにいないのかが不明だが。

 

 部屋をうろうろと彷徨っていると、不意に扉が開かれて、薄ピンクでフリフリの衣装に身を包んだ女性が入ってきた。

 鼻から下を薄いベールで隠しているが、目元のシワは隠せていない。アヤナはひと目見たときに「キッツ」と言わなかった自分の精神力を褒めた。

 

「おまたせ~! みんなのアイドル、ネイリィちゃんだよ!」

「キッツ」

 

 儚い精神力だった。

 

「あぁ〜!! 今ひどいこと言った! 確かに私は歳だけど、それでもアイドルなんだから!」

 

 たとえアイドルであろうと、年齢が上がればキツいものはキツい。

 

「そう、うまい具合に人生のパートナーが見つかっていないだけだから…………!」

 

 なんと悲しきモンスターなのだろうか。

 ハッと気付き、主導権を奪われていると思ったアヤナは気持ちを切り替える。いつでもネイリィを倒せるように、こっそりと構えた。

 

「それで? そんな人がどうして私を捕まえて、わざわざ顔を見に来たのかしら?」

「そうね〜。あなたは、召喚士じゃないから勇者アヤナちゃんかな? あなたならいいかもね」

 

 こちらをまじまじと観察しながら、ネイリィは切り出した。

 

「ねえ、あなたのいた【地球】って、どんなところ?」




短めです。


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75話 淫蕩と遊びの国

「……地球って、どういうことよ?」

「ただ単純に、故郷の話を聞きたいだけだよ」

 

 アヤナは、自分がいた場所について情報を明かしたことはない。知る限りでは、里香も。

 というか、自分達が情報の出処ではないだろう。

 ハンチング帽の男。そいつも地球から来た人間だ。ならばそこから出た情報だと考えるのが普通だ。。

 

「聞いたわ。そこには従魔も、災厄もいないのでしょう? それどころか、人類が頂点となり繁栄しているとか」

「…………まあ、そうね」

「なんて素晴らしい世界なんでしょうね。そこは。こうして安全な街の中にすら居られず、いつ隣に従魔が現れて襲われるのかも分からない。そんな日々とは大きくかけ離れて、明日を信じれるだなんて」

「……」

 

 命の危機。という形では、たしかに地球はこの世界ほど危険ではないだろう。密集し、地脈のエネルギーを管理し続けないと、そこかしこから従魔が現れる世界では、安全である街中にいられないだけで、いつ死んでもおかしくないということになる。

 

「私がノーマネーボトムズに所属している理由はね。生きたいからなのよ。誰しもが安全に、笑って生きられるような。そんな世界に行きたいの」

「そう簡単なことじゃないし、そう上手く行くとは思わないわよ」

 

 アヤナの否定する声に対しても、ネイリィは笑うだけだった。

 

「この世界は既に限界を迎えているのよ。負けが決まっている勝負を続けるほど、私は愚かではないの。災厄を前に、足を引っ張り合い、最終的に聖女を切り捨てて、そして異邦者の手を取ってしまったのだから」

「でも、既に災厄はいないのでしょう? ノーマネーボトムズの男が倒したと聞いているわ」

「確かに、災厄は消え去ったわ。それ以上に、触れてはいけない存在が残ったのだけれど」

 

 ネイリィは、その年齢もあるのか、色々と知っているのだろう。災厄の被害を見てきたかのように語り続ける。

 

「人々は狂い、世界は変わり果ててしまったわ。私もまた、人ではあれどそれを受け入れなければいけない程に」

「技術の発展なんだかそれに伴う汚染なんだか知らないけれど、そういうのと上手く付き合い、進化していくのが人間ってもんだと思うわよ」

「…………本当に何も知らないのね。召喚士ではないから、気付かないのも仕方がないのかしら」

 

 アヤナの様子を見て、少し考え込むネイリィ。ふと、何かを思い付いたように顔を上げて、部屋のドアを開けた。

 そして、彼女はアヤナに手を差し伸べた。

 

「少し、この街を見ていきましょう。勇者ならば知っておいた方がいいかもしれません。この終わりゆく世界について」

 

 

 

「私の街は、魔術師がおりません。要所ではありませんし、束ね上げる地脈も存在しないため、空間に力が分散しており、管理も難しいのです」

 

 先導するように街を歩くネイリィ。彼女が街のリーダーとあってか、アヤナを見ても、住民達は手を出してくることはない。

 

「……そんな場所になんで住んでいるのよ」

「ここしか居場所がなかったから。私達の殆どは、街に入り切らなかった人なのよ。だから、才能も能力も無い弱者ばかりが多いの」

 

 街で見かける人々は、痩せ細っているのも合わせて、肉体的にも弱く見える。浮浪者の如き風貌のものばかりだ。

 そんな奴らがあっちこっちで盛り合っている。

 

「にしても、なんでこの街はいつも……この……人同士でこう、くっつき合っているのかしら」

「寂しいから。では? だからこそ、人はこうして肌を重ね合っているもですよ」

「嘘でしょ!? そんな理由なの?」

「もちろん冗談よ。でも、あながち間違いではないでしょうね」

 

 今まさに最高潮とでもいうような動きを見せる人をネイリィは指差した。

 次の瞬間。突如として開いたゲートにより、従魔が真っ最中の人を燃やし尽くした。断末魔があがり、ネイリィが従魔を素早く打ち倒す。

 そんな一面があったというのに、人々は気にした様子も無い。

 

「誰しもが生きる為に必死なのよ。ここは。文化的な行動なんてほとんど不可能。死と隣り合わせの世界だからこそ。享楽に浸る。そして、なるべく早く子を成す。そうでもしないと生きられませんから。種を存続できませんからね。私が来る前はもっと凄かったわ。数カ所に集まっての乱交パーティー。どこかで貴族か何かの血が混ざったのか、進化でもしたのか、産まれた子供はある程度成長していて、しばらくすれば直ぐに子を成す事ができたのだから」

「なによそのびっくり生物」

「死ぬ以上に生み続ける。それが適応ってことじゃないかしら。早産早成。それがこの街の人間の特色よ」

 

 どこかのゲームのバグっぽい挙動である。

 今まで王国の付近にいるまともな人間以外を見てきていなかったアヤナは、ここに来て異常な生態を持つ人間にドン引きしていた。

 まぐわいの最中であっても、ネイリィが声をかければ普通に応対する辺り、本当にこれが日常として定着してしまっているのだろう。

 

 健全なゲームではなかったのだろうかと、アヤナはスリープの発言を思い返していた。

 

 ──従魔、特にリリィとノーソの発言からして健全ではなかったような気がする。

 

 アヤナは煽られていた時の事を思い出して舌打ちをした。

 

「これもまた自然の形ではあるけれど、あまりにも非文明的だとは思わない? だからこそ、私は自分の身一つで他の大勢を楽しませられるものを作り出したのよ」

 

 それがアイドルへと至った経緯なのだ。

 

「ふーん。まあ、手段も目的も理解したわ。生憎、私は地球に帰りたいとは思っていないし、帰り方も知らないけどね」

「……帰りたくない理由は聞いてもいいのかしら?」

「あら、簡単よ。生きるか死ぬかではなく、人である為に、私は戻りたくないのだから」

 

 アヤナは、少し空を見上げて、この世界に来る少し前の事を思った。

 

「私はね、国内でも最大規模の財閥の令嬢。ここで言うなら、一番大きい街の支配者の娘だったのよ」

 

 北条院財閥。里香や樹、柊菜に言ったところで知らなさそうな反応しか貰えなかったものの。本来なら、街を歩かずとも必ず関わりがあるというくらいの巨大な財閥である。

 

「そこまでは別にどうでも良かったんだけど。私、高校卒業と同時に、また別の企業の代表と政略結婚する予定だったのよね。年齢は……六十を超えていたかしら」

 

 別に、そんなことする必要も無い程に稼いでいるのに。親は、自分を道具としてそこに売り付けたのだ。一族のさらなる発展の為にと。

 

 あのまま生きていれば、きっと好色爺の元で幸せすら分からずにただ道具として使われて終わっていただろう。その前に家出でもして一から自分で生きていくつもりだったが。

 問題があるとすれば、成人にまで間に合うかどうか。そして、間に合わない場合の独り立ちをどうするかだった。

 

「私はこの世界、結構気に入ってるわ。そりゃ乱暴で危険ばっかりだけど、自由なのだから。私を北条院の娘としてじゃない。一人の人間として見てもらえる。親や社会の柵すらない。弱ければ食い物にされていたのだろうけど、私は運良く独力でも戦える才能があった。それだけ備えられていれば、ここを嫌う理由はあまりないじゃない?」

「滅びゆくだけの世界でも?」

「地元の人から見ればそうなのかもしれないけど、私からすれば、別世界の存在を確信しているんだから、それもまた一つの経験でしかないわ」

 

 アヤナが召喚された理由は人間として最高峰の才能があるからだ。少なくとも、この星とアヤナがいた地球においては、どの人間よりも──成長すればだが──優れた能力を発揮する可能性がある。

 

 アヤナが惜しむべきは、その自らの才覚故に従魔を必要としないところにある。

 劣等とまでは言わないが、基本的にどの分野でも一番にはなれない程度の能力ではないと従魔を召喚することは難しかったりする。

 自らの手で運命を切り開ける者に従魔は手を貸さないのだ。

 

「私が地球に帰るとするならば、その時は北条院の座を奪い、私の手で大きくしていく時か、自分で企業を立ち上げる時よ」

 

 アヤナに間違いがあったとするならば、一つの街の支配者だから、相応に立派な才能や視点。理解力があると無意識にハードルを設けていたことか。

 

 召喚士は、意思や思想こそ強くあっても、才能が無いものがたどり着くものだ。

 言うなれば、彼らは悪魔の手を取った者に等しい。人の道を外れた者だ。

 

「そう……。あなたは、強いのね」

「もっちろん! 選ばれた一族として産まれた時から、自分の持つものを誇りに思わなかったことはないわ!」

「ならば、聞かせてちょうだい。持つ者が分け与えれば。より多くの人が救われるとは思わない?」

 

 その問いかけに、アヤナは首を傾げた。

 

「その質問。たまに来ることもあるんだけど。あまりにも傲慢が過ぎるとは思わない?」

 

 生まれた時から恵まれているアヤナが、この世界に来るまでに何度も言われたことがあった。その度にアヤナは思っていた。

 

「私じゃないわよ。まあ私も傲慢ではあるだろうけどさ。なんというか、施しを貰おうとでもするような……その乞食みたいな有り様が駄目。より個の無い社会や生物であれば、私だって自分の持つものを分け与えるとは思うわ。だけど、そうじゃないでしょ?」

 

 ネイリィは、顔を伏せたまま黙り込んでいる。

 話を聞いているものだと判断して、アヤナは周囲を見渡した。

 

 ボロボロの廃材を組み合わせて雨風だけをしのげるようにした家。それらが密集し、時には崩落したままで放置されている。排泄物は道脇に退けられたまま放置されており、死者も弔われずに同じ肥溜めに混ぜられたままだ。

 

 文化的も何もあったものじゃない。滅びに向かって突き進んでいるのはこの街だけだ。

 

「全員で頑張るわけじゃない。力を合わせる訳でもない。ただ自分の快楽と種の保存だけを目的に行動し続ける。人類が生き残れば良いのだと思うなら、余分は切り捨てるべきだし、余分はそれでも社会に尽くす。そういった機能が無いままに自己を優先して生きている存在が、恵まれているから分け与えろ。じゃね」

 

 アヤナは、三十六歳だという女の顔を見た。

 街の支配者。指導者でありながら、きらびやかな服を着て、派手な格好をして、色艶が良いのは彼女だけである。

 

「あなただって、この街では恵まれてるんだから、アイドルやるよりも先に、街として最低限の体裁でも整えなさいよ。対抗できる力を持っていながら、それを自分の魅力にだけ使おうとしているんだから、切り捨てられるし、街も発展しないで文化的なものも生まれないのよ」

 

 薄いベールに包まれた顔は、醜い皺が寄っている老婆のように見えた。

 

「底辺アイドルが底辺のままでいたって、誰も見初めないし、代わりが無いからここに居られるだけなのよ」

「…………うるさい」

 

 絞り出されたような低い声。アヤナはやっちゃった。と舌を出した。

 

「有限のリソースで生きていくなら、ゴミを漁り上から切り捨てられないようにするしかないの! 人的資源だって無限じゃない! 手元にあった資源がこれだけで、どうして絶望もしないで生きていくっていうのよ!」

「簡単な話よ。絶望して堕落すれば滅びるだけ。なんとかしようと足掻き続けた人だけが、発展し生き延びていくのよ」

「醜い人間の自己保身で聖女はいなくなった! 復興へ突き進んだあの子を死なせた人類に何が期待できる!?」

「なら、滅びなさいよ。滅ぼしなさいよ。そして聖女をあなたは守ったの? 見てただけなら、見捨てたあんたも同じ人間よ」

 

 アヤナは、感情で動く人間があまり好きではない。自分にも少なからず同じようなところはあるが、意識して律することすらしないのは動物と同じだと思っている。

 

「理由付けて動かないのは何故? 自分が大事だから? 辛いのが嫌だから? ならそのまま嫌嫌と目を瞑って蹲ってなさい」

 

 上に立つ人間だからこそ、感情を主体に動く民衆に足を引っ張られてきた。クラスメイトもそうだし、人権がどうのと騒ぎ、あれこれと禁止してくる団体もそうだ。

 

 作り、産み、育て上げる。地に満ちるべきものの全てを抑えつける。その有り様が大嫌いだった。

 

「例え少しでも理想へ近付く努力をしなさい。始まらないと何も成せないのだから」

 

 説教臭くなったな。と自分で少し思っていた。

 ふと、アヤナは目の前に立つネイリィが静かになっている事に気付いた。

 怒りを籠めた全身の震えは消え去り、顔の皺も見えなくなっている。穏やかそうな笑顔を浮かべて、神託を受けた聖職者のように手を組んでいる。

 

「……そうですね。私もようやく覚悟ができました」

 

 そう言って、袖から小さな箱を取り出した。

 箱全体に、魔術による回路が組まれている。アヤナは、それを封印の一種だと看破した。

 

「これは、完成品だそうです。人類の編み出した次なる進化をもたらす箱」

「最後まで頼りまくりね」

「まあ、道具は使いようですよ。これを使うことを私は躊躇っていましたが。今ようやく決心が付きました」

 

 ネイリィの浮かべた笑顔から、うっすらと目が開かれる。

 

 強い強い怒りが宿っていた。それは、プライドから来るものだったのだろうか。自分の生きてきた道を否定されたから来るものだったのだろうか。判別はつかない。

 

「『解錠』」

 

 召喚士の言葉のように、キーワードを呟く。開いた箱からは、呪詛のような黒や濃い緑などの色が、モザイク状に溢れ出てくる。

 

「やはりこれは、適応できない人が使ってしまうと大きく自我が飲み込まれてしまい、肉体をボロボロに崩してしまうそうです」

 

 ネイリィの体を這うように、色が広がっていく。

 

「本来はもっと小さな飲み薬みたいなものだったのですが、完成品は技術的な問題で大きくなってしまったそうで……結構なレア物なんですよ? 付けられた名前が『ハイエンド』」

 

 身体全体まで広がり、ネイリィが痛みに耐えかねたように絶叫し、のたうち回る。

 

 名前を聞いた瞬間に、三角定規を巨大化させたアヤナが、ネイリィへと斬りかかる。

 その瞬間に、アヤナは弾き飛ばされた。ネイリィを中心にステージが上がってくる。マイクやスピーカーがふわりと浮かび、ネイリィの周囲へ設置される。

 肌色が青い子供くらいの妖精が、ネイリィの背後へと控えた。

 

「嗚呼……私ハ、ナント優柔不断ダッタノデショウカ」

 

 色が霧散し、ネイリィだったものが立ち上がる。

 皮膚には病気のような斑点が浮かび、顔が大きくゆがんで、崩れている。完全に白目を向いているのに、見えている様子が見て取れる。

 大きく裂けた唇は歯を見せるように笑顔を剝いている。

 

「人成ラザル力ニ怯エ、実ニ愚カデシタ。デスガ、今ハ気分ガ良イデス。コレナラ、コノ街ノ住人ニ使ッテモ問題無イデショウ」

「あらら……こりゃヤバそうね」

 

 アイドルが化け物に変貌したというのに、街の様子は変わっていなかった。少しだけ気にしたような素振りを見せるものの、また上下前後に動き出していく。

 その様を見て、アヤナは白けた様子で三角定規を肩に担いだ。

 

「あっきれた! こんな状況だっていうのに、まだ誰も騒がないだなんて。むしろ清々しいくらいよ」

 

 この調子じゃあ、彼らは化け物が街の支配者になろうが、自分達が化け物になろうが何も変わりやしないのではなかろうか。

 

「生マレ変ワッタ記念ニ、盛大ナライブヲ行イマショウ!」

「お祭り騒ぎばっかりね! このままじゃ不味そうだから、ちょっと落ち着いて貰うわよ!」

 

 アヤナは、アイドルに向かって走り、ステージへと登ろうとした。

 

 

 




ちょっとした小ネタ
僅かなシーンですがリゼルクロスを意識しているところがあります。久々に箱をひっくり返してこんなゲームだったのかと思い返しながらプレイしました。


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76話 失敗

短いです。


「ああもうっ……。なんでこう上手くいかないのかしら!」

 

 アヤナがやけくそになって叫ぶ。

 ネイリィへと飛び掛かったものの、謎の斥力により押し出されてしまう。その反動を使って上空へと舞い上がり、文房具を展開する。

 シャー芯がアヤナの周囲に散らばる。

 

「巨大化……射出!」

 

 それらが一瞬の内に全て人間大のサイズへと変貌し、ネイリィの元へと降り注ぐ。

 ズガガガッ! と黒い雨が降り注ぐ。巨大化しても折れやすいのか、あっという間に砕けた粉でネイリィが見えなくなる。

 

 アヤナの戦闘方法は、物体の巨大化をメインにしている。それは単純に携行性の問題もあるが、学生らしさを追求した魔法戦闘スタイルを意識したものでもある。

 

 なりふり構わず戦うのなら、それこそシャー芯どころかそこらの小石を放り投げて巨大化させている。

 

 そんなアヤナの小手調べは、ネイリィに通用していなかった。

 

「……まったく。呆れるほど厄介な強さを持っているわよね。従魔っていうのは」

 

 勇者となってから、アヤナは何度か従魔とも戦った事がある。

 そのどれもが簡単にはいかない相手だった。存在からしてこの世界の生物。物体とは根本から違うようだった。

 

 とはいえ、里香と組んでいたが、そのどれもを退けて来ている。負ける気はしなかった。最悪撤退は可能だと思っていた。

 

 この時までは。

 

「────」

「え?」

 

 肉体が歪み。発する声すらも雑音が混ざっていたとは思えない美声だった。ネイリィがマイクを手に取り、高らかに歌い始めた瞬間。アヤナは膝をついた。

 

「これ、ダメージだけじゃないわね。空間そのものに仕掛けが施されている……?」

 

 精気が奪われていく感覚とは別に、空気が変わっている。

 

 周囲にいた人達が集まってくる。彼らは熱に浮かされたような表情で、歌を聞き、声を張り上げて歌を歌う。

 

 響く歌声は、さらなる歌声に埋もれ、熱気は新たな熱気にかき消されていく。

 

 人の容貌すらも厭わずに、ただ、今ここにいることを示す為に声をあげる。

 歌い続ける歓びの上に君臨するは、一つのアイドル。その外見こそ醜悪なものへと堕ちたが、彼女は誰よりも輝いていた。

 積み上げた年数が違う。幾度となく絶望しながらも、前には、歩み続けてきた。

 

 その結果が、自分の名前も無いような人として満足に生きられない者達の、本能に刻まれた歌となって返ってくる。

 

 どんなに未来が絶望的でも、今だけは目の前を希望で輝かせる。

 

 彼らは決して合理的ではない。むしろ状況を乗り越える為に目の前の問題だけに注力する思考能力しかない。

 

 それはとても感情的なもので、刹那的なものだ。

 

 避難したって意味がない。だからこそ、いつか聞いたことのある。見たことのあるライブを、歌を楽しむ。いつ聞いたのかはわからない。生まれたときかもしれないし、もっと後かもしれない。

 だが、聞いたことがないという人はいなかった。彼女は毎日公演をあちこちでやっていたのだから。

 

「……これ、どうしようかしら?」

 

 戦い始めたは良いものの、人が普通に集まってきて中止された。ネイリィも対応を優先したらしく、人外の歌声でもって魅了している。

 

 アヤナは自分でスリープの作戦を破壊したことを理解していた。彼女は既に人間ではないし、そんな人物がここを守っていけるはずがない。

 そう思っていた。

 

 しかし、自身の煽り過ぎによる相手が開き直った問題は、ここに来てさらなる局面を迎えた気がする。なんか普通にやっていけそうな雰囲気なのだ。

 

「でも、この街の人達を従魔化だか人外化されたら不味いのよね……」

 

 相手がそう言っていたわけだし、なんとかするべきだとは思う。

 

「おぉ~随分面白いことになってますねぇ」

 

 不意に、視界の端から水色の頭がひょこっと現れた。

 リリィとかいう少女であり、人よりかなり小さい外見をしている以外は人間とほとんど変わらない。しかし彼女も従魔であるそうだ。

 

「今現在、ノーソさんが旦那様を呼びに行ってますよ」

「そう……作戦は失敗ね」

「あれ、そうなんですか?」

 

 思いがけない返事がきて、アヤナはリリィの方を見た。

 彼女は普段となんら変わりない歪んだ綺麗な笑みを浮かべている。薄ら笑いにしては笑顔で、しかし普通の笑顔と呼ぶにはゲスさが際立っている。

 

「全ての生物における至上命題*1は種の繁栄でしょう? 産めよ増やせよが基本であり、それを制限しない為に快楽をそこから得られるようになっている。ドラッグだって基本的には脳が物質を出すことによる快楽や全能感等の感覚的な高まりがありますからね。私自身は瞬間的よりもより長期的な快楽を求めるので薬物とか見ず知らずの他人とかNGですが、別にそれ自体を否定するつもりはありませんよ?」

 

 アヤナ、というかほとんど多くの一般人とは決して合わないであろう価値観を所有する少女だ。何故スリープが彼女を召喚しているのか理解に苦しむ。

 

「人が薬物なりなんなりで従魔へと近付くこともまた、快楽を生み出すものですよ。アレは適性が必要らしいですが、失敗しても快楽そのものは得られるようじゃないですか」

「…………じゃあ、なに? アレを見過ごして、ここの人間全員化け物かソレの餌にでもしたらいいわけ?」

「それだと旦那様は嫌がるでしょうし、力を奪っておいて、方向性を変えればいいんじゃないでしょうか?」

「方向性?」

「ものは使いようってことです。どんなブスでも壁尻なら気にする必要はなくなるでしょう?」

 

 その例えはどうなんだ。アヤナはリリィの言葉に顔を顰めた。正直に言えば、彼女との会話は苦手ではなく極めて不快である。

 決して相容れないだけじゃない受け入れがたさを感じるのだ。

 

「……まあ、これ以上失敗してもアレだから、待つことにするわ」

 

 無駄に関わって不愉快な思いをするくらいなら、放っておくべきだと判断して、アヤナは武器を構えたまま、アイドルのライブを眺め続けた。

 

・・・・・

 

「で、今こうなっていると」

 

 割とゆっくり経験値稼ぎしていたら、敵の強化がされたらしい。まあ、おかげで必要な経験値は稼げたのでトントンだ。

 

「なんか、つやつやしてない……?」

「え? そんなこと無いですよぉ! うへへっ」

 

 アヤナが、俺に連絡をしてきたノーソを見る。ようやく二凸目が完了し、三凸に必要な条件もレベル以外は満たしている状態だ。

 ガサガサだった肌は、病弱ではあれど生命を感じさせられる瑞々しさを取り戻し、全体的に乾いたミイラみたいな感触だったのが、死ぬ間際程度の病弱さを取り戻したのだ。

 

 そのせいか、ノーソは俺の腕を捕らえてくねくねと照れているかのように蠢き続けている。

 

「ラインクレスト。解析は可能か?」

「照合……。個体名ネイリィ。彼女が使っているのは緑種系従魔が持つ種や胞子から、従魔を生み出す因子のみを取り出し、人間向けに調整されたものです。構成としては、アルラウネ系統が四割。人間が五割。この世界由来の触手が一割の比率で作られています」

 

 アルラウネは予想通り。というか原作通りだが気になるものがある。

 

「人間?」

「正確に言えば、召喚士の肉でしょうか? 魔術等の余計な添加物が加えられていない純粋な人間です。おそらく、マスターと同じ地球人の肉であると予想されます」

 

 もしかして、これ薬じゃないのか?

 

「ラインクレスト、これはどうやって従魔に近付くのかな?」

「人間の肉を実として、アルラウネの種を。そして、従魔、人間両方に適性がある触手を混ぜる事で、混ざりものを作り出します。それに死種の持つ呪詛を入れる事で、中身に憎悪を抱かせ、同時にかなり衰弱させます。それらを箱詰めなどで密閉し、使用者が開ける事で、弱まった生物を使用者に取り付かせます。ここで適合すれば、人間を辞めて従魔の因子を取り込めるでしょう。ですが、従魔の要素を薄め過ぎているので、人間として強化されるでしょうが、完全な適合でも、使用者はそのままで従魔になれるわけではありません」

 

 どうにも、効力を弱めているらしい。それにしても随分紛らわしい作り方をしているが。

 いや、多分だが、第二部で出現する従魔人間のプロセスに魔術的な要素を掛け合わせているのだろうか?

 少なくとも、あの失敗作よりかはマシになるだろう。従魔の肉片ではなく因子を使っているようだし。

 

 そもそも、この世界に出回っていた従魔化用の薬品は、エンドロッカス専用の薬品であったのだ。それを人間にも適用できているだけマシな結果と言えるだろう。

 

「仕組みとしては共生です。片方は共生先に恨みを持っているので、寄生に近いですが、従魔としての能力をある程度発揮できるでしょう」

「ふーん。寄生なら、剥がせたりする?」

「理論上は可能です」

 

 つまり今はできないということか。

 

「どうしよっかな」

 

 一番大きな問題は、従魔に寄ると、人間の思考能力が大きく傾くことだ。これさえ無ければ放置しても問題ないのだが。

 今回の場合は、呪詛を使っている辺りあえて人間へと害なす意思を植えつけようとしている気がする。

 

 …………罪状はともかく、今のアイドルって人間の敵でありながら人間と言える状態で、普通の人じゃどうすることもできないよな。

 何より、薬物ではないが、リーダーが悪事の一つに加担している証拠がある。

 ついでに言うと、アヤナは、拐われているし、証言としては弱くとも、犯罪行為として後押しくらいならできそうだ。

 

「よし、決めた! ごちゃごちゃ考えるよりもぶっ飛ばして解決する方が良いよな!」

 

 思い返して見れば、第二の悪事である人身売買の証拠は掴めなくても、今こうして王国を滅ぼしたテロリスト集団の道具使ってる時点でハッピー工場送りにできるし。

 

「何よ。やっぱり脳筋解決じゃない」

「暴力で解決してなにが悪い!」

 

 俺は暴力主義者だっつーの! こういう時こそ暴力で解決しないでどうするんだよ。

 一度咳払いをして、気を取り直す。ウトウトと半分眠りについていたトラスが目を擦った。

 

「さて、長年支え続けてきたアイドルに引導を渡しにいこうか。卒業ライブをさせてやろう」

「その後はでかい建物でも作って、風俗基地にでもしましょうね!」

 

 リリィが目を輝かせている。商売するには文化的な素養が足りていないものの、彼女の興味を引く要素はあったようだ。

 

「遊んでいる時間はないから却下」

「えー」

 

 状況を理解しているのか、声はそれほど残念そうでもなかった。

 

 さて、それじゃあ、新しい力を見せに行くとしますか!

*1
正しくは誤用



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77話 決着

遅れました。特に何かをしていたというわけではありません。強いていうなら、最近眠れないのでふらふらしていました。

短めです。


 以前にも語ったことはあるが、ゲームっていうのは、始める前が一番面白いと思う。

 ワクワクするムービー。何時間も悩むキャラクターメイク。最初の手探りで進むあの感覚。

 

 慣れれば薄れてしまうが、世界へと引き込む瞬間こそが最も心躍るときであろう。

 

 では、次に面白い事は何か?

 

 それは、自分の力でやり込んだデータでストレスなく無双することだ。

 

「やあ」

 

 特に何かしたわけじゃないが、俺がライブ会場へと近付くにつれて、徐々に人が避けるように空間ができていた。

 通らせて貰えば、そこは見事レイデンのボスであるネイリィがいる。ここまでの移動で撃ち漏らしは無かったのだが、それでも俺を狙って攻撃しようとしてくるやつはいないようだ。

 

「アア、マッテイマシタヨ」

「そのわりには随分楽しそうにしてたけど?」

「エンターテイナーデスカラ」

 

 随分と外見が変わっているようだ。ゲームで見たときは、確かに二十代にしては厳しいものがあるといった立ち絵だったのが、大きく崩れている。

 ぶっちゃけホラーゲームの敵キャラみたいだ。

 そんな化け物みたくなったネイリィがマイクを手に取る。

 

 通して聞こえる声は、澄んで綺麗だった。

 

『この世界は間違っています。悪が蔓延り、自己保身に走り聖女を売った人間達が、のうのうと暮らしているのです』

 

 サブクエストを進めないと、出てこない情報だ。

 イズムパラフィリアの第一部は、夢から始まる。終末の洞窟の遥か奥。聖女が眠る水晶の場所から、ゲームが始まるのだ。

 そこから、聖女の記録とこの世界の裏側を知っていくサブクエストと、聖女の後の物語であるメインクエストの二つのシナリオがあるのだ。

 

 主人公が行く場所は、最初の街ヴエルノーズ。本来は、極まった世界での安楽死たる手段である終末の洞窟にある水晶を掘り出して売っていた街。

 今は、聖女や奥地に辿り着いた眠る人々を起こし、ゴーレムの核として利用している場所だ。

 聖女はあの地から誕生している。星の中心地点であり、最も地脈の力が集う心臓部なのだから。

 

 次に行くのは、聖女が魔術を教えた場所。魔法都市。あの地は、貴族と関わりを持った人間が集まる場所だった。希望の地でもあり、追放の場所でもある。

 あそこは複数の地脈が集う異質な土地だった。災厄等の外から怪物がやってくるような次元が不安定で危険な場所だった。

 当時は星の原住民たる貴族と、人間が争っているような時代だ。少なくとも仲は悪く、東の貴族、西の人間とでもいう状況だった。

 そんな中で、貴族と人が、手を取り合って生きようとした結果、追放された。隠れ里みたいなものだ。

 

 そんな場所で生きる人達が、次代を担うようにと、聖女は星の地脈を使い、安定させるように使命を与えた。そもそも、ここが災厄の現れた場所だったのだから。対応するのは必要なことだった。

 

 王国は元は最前線の拠点であり要塞だった。災厄が発生する以前から、不安定な場所を監視する為に作られた拠点だ。

 これは聖女よりも前から存在していた。ここに加わって、聖女は戦ったのだ。

 

 滅びの地は、貴族の街だ。聖女が仲良くなったのは貴族の方だ。人間はそもそも、新しい場所を目指してこの世界に来たのだし、彼等のせいで災厄が現れる魔法都市が誕生したのだ。

 

 ネイリィは、この世界で生まれた子供だ。三十代では、聖女と災厄の戦いも末期だっただろう。

 西の人間は、聖女を売った。彼らがやったことといえば、それだけだ。

 

 そして、災厄は聖女を倒し、人に手を貸したが、最終的には、人を裏切った。

 貴族は滅びの地まで押し込まれ、災厄の発生した土地を見張る場所であった要塞は、人の集う王国として、貴族を監視する目になった。

 

『これこそが、人の歴史です! 彼らは間違えた! 災厄を呼び、聖女を捨てて、貴族を滅した! そして災厄は人へと牙を剥き、召喚などという手を使ったのです』

 

 その結果、勇者が世界をめちゃくちゃにーって感じか。まあほとんど当たりである。

 

 ネイリィは、内面はほとんど子供である。災厄が牙を剥いたときに西の拠点が破壊され、捨てられた人類なのだから。アイドルに憧れて、大した教養も無いままに、ここに来て、従魔の手を借りて生きてきた。

 だからこそ、彼女は西の味方のような立ち位置でありながら、直接的な原因となった聖女を捨てた人間側を嫌っているのだ。

 

 本編でネイリィの事の多くは語られないものの、推察できる事はある。例えば、ゲームでボスと戦うステージのタイトルは『子供の戦い』である。

 

 アイドルの文字は一切出てこない。

 

 イズムパラフィリアの主人公は、姿もゲームで確認することはできない。特に言葉を発することもないのだ。

 それでいて、色んな考えや主張をする人物、従魔と関わりを持っていくことになる。

 それらの従魔もまた、主人公を嫌うことはない。多くは、自分達なりの手段によって、召喚士を守っていくようになる。

 

 第一部のチュートリアルが終わると、本編が始まる。目覚める場所は、終末の洞窟の入口。そこから、新しく従魔を引き連れて、ヴエルノーズへと向かう。

 街に入ると、チェリーミートのイベントが始まる。

 俺達の場合は、少し遅れてイベントが始まった。まるで、正規のタイミングとはズレているかのように。

 

 肩に乗ったトラスを持ち上げ、腕に抱きかかえる。キョトンとした目で、彼女はこちらを見上げた。

 

「『子供の戦い』ね……」

 

 主人公の運命力を信じるつもりはない。だが、きっとどこかに、ゲームでの主人公を務める人物はいたのだろう。

 それが誰かなんて、知りもしないけど。

 

「それで? 災厄は消えた。貴族は滅びた。召喚のせいで星がめちゃくちゃになっているのは確かだけど。その上で人を罰するの?」

『ええ、かつての諸悪の根源を断ち切るべきです。そして、革命者の手には新たな世界へ移動する方法があります。方舟に新たな人を集めて、一度リセットするべきです』

「歴史繰り返してるじゃん」

『…………いいえ。災厄から逃げるわけではありません。また、染まってしまった者を連れ出せば悲劇を繰り返します。それを避ける為に、人類を選別します。もちろん、私はこうして人を辞めたのですから、この世界で朽ち果てましょう。それまでに、私の手で選別を進めるまでです!』

 

 どうにも思考が人外側に寄っている気がする。しばらくすれば今度は自分達のような人間が異世界へと行くべきだと主張しそうだ。

 

『聞きなさい! 世界の悲鳴を! 私達の産声を! 今この時こそが革命の日となる! ファーストライブです!』

「ハンッ。古い時代を見てきた人間が。口先だけの奴っていうのは老害っていうんだよ。新しい時代は新しい奴の手で切り開くものだろう?」

 

 ネイリィが息を吸い、歌い始める。俺はリリィに抱えられて距離を取る。

 歌声は空間を走るように広がり、空間を、空気を作り変えた。

 

 歌姫系の従魔はアビリティに初動クールタイムがついている。発動すればその場から動けなくなり、永続的にフィールド全体にアビリティ効果を与える。

 

 バンシーならば、耐性やステータスの減少であった。サブボーカルとして、ネイリィの歌に合わせて歌っている。発動しているのはそっちだ。

 

 歌っている間は動けないのだが、足元にいるアイドルステージは動けるので、距離を取っても付いてくる。

 

「さて、戦闘の時間だ。ノーソ! 前に出ろ。クレストは距離を取りながら削っていけ!」

 

 今回の敵との相性が良いので、ノーソを前に出す。クレストが敵への削り役だ。

 これだけならば、相手との耐久戦になるのだが、生憎、俺はエース戦法が使える。

 

「『コール』ウィード!」

「ぐるる────!!!」

 

 僅かに喉を鳴らし、大地を揺らすほどの咆哮が飛び出す。幼女から成長途中の少女となった彼女の人間態が、シェイプシフトで龍へとなる。かつては少し大きい程度の龍であったが、一段階凸を進めたので、身体も大きくなっている。

 身を寝かせた姿だけでも俺三人分くらいは優に超えていた。

 

 ネイリィの顔が驚愕に歪み、焦り出した。

 

 龍種は低レアであろうが、単純なステータスだけで言えばほぼ全てがバランスブレイカーだ。動き出せばレアリティの二つ三つの差は覆せるほどに。

 

 その分デメリットのアビリティがあるわけだが、それを補ってでも龍種はエース級の地位にいることが多い。

 

 龍種を持たず、使えないネイリィは、その驚異を知っているのだろう。行動からも焦りが伺える。

 耐久戦だと思っていたのが、制限時間以内で勝てなければ、蹴散らされる戦いへと移行したのだから。

 

 龍種を使う問題は、初動の悪さである。

 しかも、それはただ一定時間待てば良いというものではない。基本的に、龍種覚醒はその従魔のステータスを参照して待機時間が決まるのだから。

 つまり、育てば育つほど、序盤の待機時間が伸びるのだ。

 

 今回は、ネイリィの歌姫効果の発動確認をしてから召喚しているので、その減少分は早く行動できる。

 

 まあ、数値として最も大きいのはHPなので、今回短くなった時間は数秒程度でしかないけど。

 

「コンセプトデッキっていうのはロマンギミックみたいなもんだよなぁ? 決まれば強いが、万能じゃない」

 

 止まれば巻き返しにくいのがコンセプトデッキの弱みだ。対策を組まれると圧倒的に不利となる。

 そうしない為にコンセプトを維持しつつ従魔デッキを組んでいくべきなのだが、そこは所詮元NPCだ。

 コンセプトのくせにデッキパワーが負けている時点でこいつに勝ち目はない。

 

 なんだかんだで俺の手持ちはバランスが良いのだから。

 タンクのステータスだが、基礎が違うので全体的に強い前衛物理エースのウィード。HP減衰を主体とした地味に打たれ強いデバフのノーソ。最大の弱点である魔法封じ対策がある程度できている魔法アタッカーのシルク。基礎ステがいまいちだが、バフ回しがしやすく、自己強化維持ができるリリィ。育てばだが、高機動高火力の物理遠距離アタッカーのラインクレスト。強制使い切りコンティニューの罪罰。

 

 かなり偏りがあるものの、攻撃役とバフデバフ、ヒーラーに兼用タンクがいる。

 悪いけどバランスは取れているのだ。

 

「残念だったね。君に足りないものが何だったのか。それを反省しながらハッピー工場で働いてくるといいよ」

 

 この世界の生物で最も不思議なステータスというのが幸運である。おまじないを利用した幸運の循環と付与をし続けるハッピー工場は、運良く誰も脱獄されたことはないし、運悪く従魔に襲われることもない。

 あそこならば、ネイリィも当分の間はハッピー工場で働き続けることになるだろう。もしかしたら、運良く従魔化も解除されるだろう。

 それでも召喚士には戻れないだろうが。まあ、元から大した実力はないのだ。それは彼女の従魔からも予想が付くことだ。

 

 現状に不満があっても、それを動かそうとする意志がない。揺るぎない信念が存在しない。それでは従魔は喚び出せない。

 

 総合力で差が付いているのだ。結局、耐久型で削ろうとする相手の戦法は、じわじわとなぶり殺しにされることになったのだった。

 

 




本作の主人公。ようやくボス級の敵に勝つ。
思い返すと勝率悪過ぎですね。

ダクファン時代の小ネタ
この世界の人間はほとんどゴブリンみたいなものであった。そして、災厄と共に現れた魔王の子分そのものであったりする。
今現在は、移民であり彼らのせいで災厄がこの世界にやってくるようになってしまった。

なぜなにイズムパラフィリア(小)
ここまでで語られているストーリーは聖女と災厄と人間と貴族の物語である。
従魔はどこにいった? 召喚は何を喚び出したのか?
今、人類を追い詰めているのは人間なのか?


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閑話 なぜなに従魔講座3〜ハッピー工場篇〜

遅れました。推敲不足ですので、後々読み返して修正します。
ハッピー工場に関する話が出ていますが、現在収容者が少ないので、向かうのはしばらく後になります。
BLタグ詐偽になっておりますが、今しばらくお待ち下さい。


「犯罪者の逮捕、通報に感謝する」

 

 警察署長を名乗る、肩幅があまりにも大きい男が、呆然自失のネイリィを紐で繋いで立っていた。屈強そうに見えても、脱獄させまくりの駄目男の彼は、ヴエルノーズで警察署長を勤めていたゴレムである。

 

「…………」

「意外かね? 私はヴエルノーズの支部にある署長なだけで、所属自体はハッピー工場だよ」

 

 ゲームで倒したボスがどのようにしてハッピー工場送りになったのかは描写されていない。だから別に彼が警察として工場送りにしているのは分からなくもない。

 とはいえ、警察署の収容施設では脱走されまくりな事を考えると信用はできないが。

 

 いや、そもそも警察ってなんだ。この世界変に日本語使うし警察とかいるけどマジで何の説明もされないからな。ストーリーはともかくそれ以外の設定ふわふわ過ぎるだろ。

 

 イズムパラフィリアの設定や考察を思い返している間に、ゴレム署長はネイリィを連れていなくなってしまっていた。

 

「……ねえ」

「ん? なに」

 

 アヤナがくいくいと袖を引っ張ってきた。視線を向けると、アヤナは色々分かっていなさそうなまま頷いている人間特有の表情をしていた。

 右から左へ聞き流しているアホ面ってことだ。

 

「ハッピー工場って、なんなの?」

「そうだね。思い返せば色々あやふやなまま進んでいるし、一度俺も頭の整理を付けておこうかな」

 

 つまり、なぜなに従魔講座の時間である。

 

・・・・・

 

 廃材がゴミのように積まれたレイデンの中でも外側の区域。放棄されたブルーシートのようなモノを敷いて、少女達が体育座りをしていた。罪罰とトラス、そしてアヤナが今回の参加者である。

 彼女達の視線が向かう先は、ボロい板の前に立つノーソ、そしてその後ろに立つラインクレストだ。ノーソは髪型をツインテールにして、半眼のフリをした嘲りの目をしている。

 

「「3、2、1…………どっかーん」」

 

 これ以上寄せていいのかわからない。

 

「皆様、集まってください。なぜなに従魔講座の時間です」

 

 淡々とした口調でクレストが言った。ノーソも後手を組んで目線を横にずらして喋りだす。

 

「今日ははっぴー工場について教えてあげちゃいます」

 

 どっちもキャラクター的にはお姉さんの方だ。パッション系がいない。

 

「そもそも、本体との交信ができていないからわからないのですが、この世界はどうなっているのですか? メモリーにあるのは祖国に関する地形情報のみで、今どこにいるのかすらも把握しておりません」

「箱入り娘だった私も外の世界なんて基本知りませんよ」

 

 所有知識量はうさぎさんである。

 

「説明しよう!」

 

 スリープが早速割って入ってきた。

 

「まず、この世界の大雑把な形だけど、竜のような形をしているとされているんだ。ゲームではファーストスタートとか、偶にファーストステップとかで表記揺れが発生している程度に曖昧な世界の名称もあるけれど、ぶっちゃけ誰も使わないんだよね」

「終末の洞窟辺りが心臓部になり、腹というか中央部が、ヴエルノーズ。首の付け根辺りに魔法都市。頭と首を分ける部分に王国。頭、というより鼻先に貴族の街があるのですね」

「人間の徒歩で移動できる程度には狭い形してますよね。キリタツ崖を東西に伸ばした部分が、龍の背骨だか地龍の背だかってこれまた使わない名前があったはずです」

 

 かなりふわふわな知識を互いに出していく。それを見て、アヤナは正しい情報を後ほど別の街でも確認してみることに決めた。

 

「ヴエルノーズを中心。もしくは南として、東側が海と魔術。西側は陸、というか獣と錬金術とか化学とか剣術のある場所になるね。山脈の向こう側である北には人類は住んでいないよ。というのも、気候的な話もあるけど、元より人間に向いていない土地扱いだね」

「従魔としては、山脈の北側の方が多く地脈が通っていることが分かっています。同時に、星とは別に滞留したエネルギーもあるようですが」

「わかりやすく表現するなら瘴気溢れるって感じですね! あるじ様は私がいますから問題ないですよ!」

 

 薄い胸を張るノーソを見て、アヤナはやはり何かがあることを察した。

 以前から不可思議なところはあった。

 体幹が良いというか、地面から受ける影響を無視したような動きをすることがあるのだ。最初に気付いたのは里香*1であり、彼女から相談を受けて観察したところでそうなのではないか? という感じの違和感を覚えたわけだ。

 アヤナの感覚は日に日に人間から離れている。能力が覚醒したのか、それとも世界による何かが働いたのか。原因は不明だが、その通常の人間を超えた感覚からすれば、スリープはただの人間。むしろ才能やら何やらは色々足りていない方の人間であると示している。

 

 暴力主義を掲げるにしては薄い筋肉は、元々肉が付きにくい身体を鍛え上げた末にたどり着いたものに見えて、それ以上が無いとアヤナの目に訴えている。

 身のこなしには幾らかの訓練と慣れがあるが、それでも補いきれない脳との繋がりの悪さ。

 

 とうてい荒事に向いた身体をしていないのだ。それこそ、遺伝子レベルで。女であればドジっ子と言われていたかもしれないような存在なのだ。

 

 そんな男が、まだ人としての才覚がある他の育ち盛りの子供達よりも動けているのがおかしいというものだ。

 

 そこに、アヤナは従魔がなにか関係しているのだろうとあたりをつけていた。予想としては、ウィードが関係している。しかし、ノーソの発言から、もしかしたらウィード以外の従魔も関係している可能性が出てきた。

 

「この大陸の外にも陸地があったりするんだけど、そこに関しては、第一部終了後に、ギルドイベントとして開放されるんだよね」

「人が生息できる場所ではなく、高難易度コンテンツとしてダンジョン等が幾つか開放されます」

「低レア従魔ががちゃらいんなっぷに並ぶということで、ハズレとか詐偽だって言われたこともありますよ」

 

 ラインクレストとノーソが、スリープの発言に補足するように情報を出した事で、アヤナは首を傾げた。

 

「二人とも、知らないんじゃなかったの?」

「……マスターでないあなたに質問権限。及び情報開示義務はありません」

「女は謎があってこそですよ」

 

 機械的対応とふざけた誤魔化しで流される。他に誰か話せないのかと見渡しても、罪罰はこちらを認識しないし、ウィードは我関せずと丸まって寝ている。シルクには口がなく、リリィはわざわざ目を合わせて嘲り笑ってくる。

 

「……?」

「あんただけが私の癒やしよ」

 

 こちらを見てきょとんとした顔のトラスの頭を撫でる。特に遠ざけたりもせずになすがままのトラス。

 両者の関係は悪くないようだ。

 

「見ての通り、従魔は召喚士以外とのコミュニケーションは成立しない。ピクシー、ノーソ、チェリーミートみたいな友好タイプでようやく召喚士以外でも会話が可能になるんだ。無関心ならまだいい方で、敵対的だと、逆に騙してきたりするから気を付けてね。従魔に好まれる。好意的に接触されるなら召喚士になれるよ」

「よーく理解できたわ」

「好感度というか、従魔によっては好意的だと従魔使いみたいな、人間やめさせにくるやつもいるから気を付けてね」

「……人間よりも優れているから?」

「召喚士としてはマイナスだけど、大体の面で人を上回るからね。保護とか善意でやってくる分面倒くさいんだ」

 

 死種か機種、天種だと特に引き摺り込まれやすい。とノーソを示すスリープ。確かに死種は上手いこと同族にすれば死を乗り越えられるのかもしれない。とアヤナは思った。

 

「低レアのゾンビ娘を召喚して好感度を上げた結果嫁にして自分もゾンビになった男が作中でも登場するよ。後好感度イベントでこっちの事を同族にしようとする従魔は数多くいる。不死になった死種だとよくあるシチュエーションだしね」

「あー、吸血鬼とか?」

「そんな感じ」

 

 ふと、人を作り変える従魔はスリープばかりだろうか。とアヤナは気になった。一応、ギルドマスターは全員が従魔使いになっている打ち止め勢らしい。つまり、思ったよりも人を作り変えることができる従魔は数多くいるということなのだ。

 里香や樹、柊菜の手持ちではどうなのだろうか。

 

「樹少年は天種のサキュバスとかでも召喚しなければ多分大丈夫。そもそも、俺達といた頃は作り変えられる従魔がいなかったからね。里香は正直手持ちを全て把握している訳じゃないからなんとも。緑色のテリリと鋼鉄のゴーレムだけなら問題無しかな」

 

 そこで一度区切ったスリープは、少しだけ思い返すように空を仰ぎ見た後、首を横に振った。

 

「柊菜は多分手遅れだ。そもそも俺の話を聞きはしないだろうし、あいつの手持ちは最初がエンドロッカス。既に十分な好感度を稼いでいるだろうさ。それこそ、イベントの時点でエンドロッカスは動いているよ」

 

 まだ人間を辞めてはいないだろうけど、きっかけと時間があれば彼女は人間を辞めるだろう。とスリープは言い切った。

 

 それが良いことなのか悪い事なのか、アヤナにはまだ結論を下すことはできない。しかし、少しだけ気を付けておくことに決めた。

 

「さて、話を戻そうか。第一部は、聖女が広めた魔法と、人間と、従魔と貴族がいる。メインクエストだけならば、人間と貴族が従魔という力で争いを起こす物語だよ。基本的にプレイヤーは人間側に立って、エンドロッカスが作った従魔になる薬やエンドロッカスが人間を殺すのを阻止するストーリーだ。サブクエストで、貴族というか現地住民と移民たる人間の争いを知ることができるよ。まあ、それ以外にも色々魔法とかを使ったネタみたいなモノもある。世界観についてのお話とだけ考えておけばいいさ」

 

 そこで、スリープはアヤナの目を見つめた。

 

「えっと……なんだっけ?『あなたに幸運を』」

「──うぐっ!?」

 

 かなり雑で弱々しいが、魔法、いやおまじないを使われた。アヤナは自分を害する魔法ではないからか、あっさりとそれを受け入れて、なぜか少しだけスリープにときめいた。

 

「このように、聖女が広めたとされる魔法には色々ある。基本的には争いの魔法よりも、世界を幸せにするような平和なモノが多いはずだ。幸せの魔法もその一つ。フレーバーテキストだけど、相手に自身の幸運を分け与える効果があるよ。副次効果として、少しだけ好感度が上がる。そして、発動者以外の周囲も若干幸運になる。これは人以外にも使えるんだ」

「へ、へえー? それで?」

「その前に俺の幸運を返してよ」

「…………凄く嫌だけど『あなたに幸運を』」

 

 発動後、少しの間だけ二人は見つめ合った。互いにどこか視線が熱っぽくなる。

 ハッとして、アヤナは顔を背けた。スリープを、ノーソに頬を引っ張られる。

 

「これ、結構危険な魔法じゃない?」

「その通り。互いに使えば好感度が上がる。しかも、明らかにロスが発生している癖に、互いが使うと、総量が増えるんだ」

「……これ、もし幸運を使い切ったら?」

「『運の悪い事に』死ぬよ。少なくとも、この世界の住人はね。従魔はちょっと別枠だ。だけど、従魔使いも召喚士も災厄も聖女も、従魔じゃなければこの魔法で殺せるんだ」

 

 つまり、実質死刑みたいなものであるということか。

 

「でも、それなら使わなければいいんじゃない?」

「だからこそ、犯罪者というか、強者の多くは一度無力化されないと捕まえられないんだよね。ところで、幸運薬って知ってる? ハッピー工場に集めた犯罪者が作る生産物で、バフアイテムなんだ」

「一応。静脈注射でしかもハッピーになれるとか言うからヤバい薬だと思ってたわ……ああ、だからハッピー工場なのね」

「脱獄しようにも、工場は幸運の魔法により周囲が幸運で、運良く破壊されない。囚人同士助け合わないと不幸で死ぬ。罪を洗い流すには幸運を薬に籠める必要がある。そして、互いに愛し合うことになった囚人は工場から離れない。少なくとも好きな人の刑期が終わるまでは」

 

 ちなみに、風紀の都合上男女はキチンと分かれて工場で働かされる。

 時代に配慮した濃厚な平等愛の世界である。囚人は魔法でハッピー。幸運薬で市民もハッピー。工場も売り上げと稼働率向上でハッピー。素晴らしい仕組みが作られた工場。それがハッピー工場なのだ。

 

「意外としっかりした収容施設があるのね」

「…………まあ、実態はともかく能力差をどうにかする処刑場でもあるからね」

 

 全年齢向けゲームなので、描写はされないが皆愛し合って幸せになるのだ。

 

 なお、そんなハッピー工場の工場長は、死神ちゃんという愛称で親しまれる従魔であったりする。正式名称は別にあるし、ハッピー工場では仲間にできないが。

*1
52話参照




どこからどこまでを説明してどこからどこまでが温めていたり書き換えた設定なのかかなりあやふやになっております。もし、どこかおかしい箇所がこれまでにあったのなら指摘していただけると幸いです。


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花開く
78話 花開く緑種


感想評価ありがとうございます。

新章。推敲不足です。(読者への裏切り)

感想より、罪罰の種が天種ではなく死種と表記されていたのを修正。
ありがとうございました。


 ゲームというのは、ステージが進むほどに難易度が上がるものだ。特殊なギミック。変わったボス。あの手この手でプレイヤーを飽きさせないように変化を加えてくる。

 

 緩やかに進むインフレに対する対策として、ステージギミックや使用制限というのがある。要は殴っちゃいけない敵を用意するとか。完全に使用禁止にするのだ。

 実質両者共に同じようなものであるが、反発が小さい方が前者であり、工夫を凝らして推しを活躍させたり、バランスブレイカーをゴリ押しさせたりと、インフレに対する抑止力は控えめになっている。

 後者は、より明確な縛りであると同時に、使えないなら実装するな。というような反発を引き起こしやすい。今まで使わないようなキャラクターにスポットを当てやすくなる行為ではあるが、上手く使わないと炎上等に繋がっていく。

 

 イズムパラフィリアもソシャゲの皮を被っているので、インフレの対策はよくある方だ。ソシャゲなんぞ、金と時間をかけたほうが勝てるゲームというものであるにも関わらずプレイヤースキルを重視した制限を設けた事で、ユーザー離れを引き起こした過去がある。

 

 問題はメインクエストにそんなものを用意したというところである。詰め将棋のような感覚で遊べるものの、最初はこの手法を受け入れられない課金ユーザーやクレーマーみたいな奴が消えていった。

 

 ふるい落としとしては成功だし、今後続いていく伝統みたいなものになるのだが、これもまた、ソシャゲというゲームの。ひいてはイズムパラフィリアというゲームの凋落の歴史の一幕である。

 

「…………ここが、里香達がいる場所なの?」

「うん。どうやら先に入っちゃったらしいね。ただ、樹少年は入っても出されるらしく、外周のどこかにいるらしいよ」

 

 レイデンを抜けて更に西へと進んだ先。白のドームにより外界からは覗くことができない場所で、俺達は立っていた。

 数日前のメッセージから、樹少年達はこの街へとたどり着き、中へと入っていったと予想される。

 俺の記憶が正しければ、ここは敵の生産拠点のような場所である。アルラウネの従魔によって、人間及びそれに近しい生物を従魔へと近付ける事ができる薬が開発されているはずだ。

 具体的に言えば、エンドロッカスが作った従魔化の薬物の主成分がここで作られている。レフトオーバーという薬物もこれの残滓で作られている。

 

 一応アルラウネは味方になる従魔だ。補助や回復を行うスキルを覚える従魔であり、ガチャでヒーラーを引けなかった場合はしばらくお世話になること間違いなしの有能従魔である。

 

「ここ、特殊ギミックある場所なんだけどなぁ。まあ、寄生されてなければ大丈夫かな」

「え、寄生? そんなグロい感じのやつがあるの?」

「まあ、そういう能力を持つ従魔だからこそ薬物として利用されたんだ。よほどヤバいことしてなければ問題ないよ」

 

 早速、街に入る為にノーソとリリィをコールして出しておく。今回は洒落にならないので全力で警戒すべきだ。

 トラスをしっかりと肩車し、アヤナへと振り返る。

 

「じゃあ、後は留守番よろしく。できれば樹少年と合流しておいてくれると嬉しいかな」

「はぁ!? ちょっと待ちなさいよ!」

「あるじさま!?」

「いってらっしゃいませ。旦那様」

 

 制止の声を無視してドームへと潜り込む。ノーソは知らないのか驚いた様子で。リリィはわかっているのか普段通りなのか、ニヤニヤと送り出してきた。

 

 弾き出されるというのは、樹少年の手持ちに高レアヤンデレ系従魔でも引き当てたのだろうか? 束縛アビリティがあればもしかしたらここに入るのは難しいのかもしれないし。

 

 ゲームではそんな挙動聞いたことがないのだが、反発しそうな条件を組み合わせた場合はそうなる気がする。

 

 とはいえ、そんな従魔でもリコールすればいいはずなのだが。

 

「…………イベントの最中とかかな?」

 

 一部イベントでは従魔が仮所有状態になる。その期間中はロストしない自由戦力が勝手に使われるので、おそらくそういった従魔を持っているのかもしれない。

 その場合は期間中にイベント完走すれば手に入るので、知らぬ間に入手して完走してない状態なのだろう。

 最悪の場合、ステータスすら判明していないデコイとして使われているだろう。

 

 まあ、なんにせよ樹少年とは合流できないだろうから、さっさとこの街をクリアするべきだ。

 

 

 ドームを潜り抜けた先は、植物が侵食した街だった。

 人々が恐怖に満ちた顔で、植物化している。あちこちに茨や蔦が伸びており、そこから毒々しい色合いの花が咲いている。

 空気中には、その花の花粉であろうピンク色の粉が舞っている状態だ。すぐさま袖で口元を塞いだが、幾らか吸い込んでしまっただろう。

 

 そして、やはりというべきか。ここでは従魔の召喚ができなくなっている。

 

 召喚制限。他のゲームでいえばレベルキャップであったり、使用禁止キャラであったり名前も形も変わることが多いが、要するに縛りプレイみたいなものだ。

 

 イズムパラフィリアでは、メインクエストに様々な種類の召喚制限が付けられる。第二部は分かりやすく高レア従魔を召喚できなくされる。

 一応、第一部であっても召喚制限で星十五以上は使えなかったりするのだが、特に考えなくても良いことである。

 設定としては、世界毎の許容量やらが関係しているとかなんとか。だから、メインストーリーでも一度は星十六の野種と共闘できるのだが。

 時間経過で背景がボロボロになっていき、一定時間戦闘が終わらなかったら強制敗北になる特殊ステージである。普通だと操作できない野種が自動で倒してしまうので気付かないが、対策打って検証した結果そういうステージだと判明している。

 

 さて、話を戻そう。今回のメインストーリーの舞台は『花開く緑種』星四緑種従魔【花開くデンドロ】を使ってクリアする方式である。

 ステージギミック。というか召喚制限として、この街は魔術師による結界で緑種従魔以外は召喚できないようになっている。

 

 俺の手持ちは、龍種ウィード、緑種シルク、天種ノーソ、野種リリィ、機種ラインクレスト、死種罪罰が手持ちである。同じ召喚士であるトラスは機種と野種の従魔のみ。

 

 柊菜は睡蓮というステージ型従魔で、樹少年がピクシー。里香は今のところ手持ちに緑種は見たことがない。

 

 つまり、ほとんど手持ち無しで挑むことになる。更には既に柊菜達が街に入っているので、ストーリーは開始されている可能性が高い。

 というか、多分何かミスってるだろう。俺はこんな状態になった街を見たことがないので。

 

 アルラウネが従魔として覚醒してるんじゃないかと言わんばかりの荒れた街並みに、明らかに従魔化の失敗みたいな侵食のされ方をした人々。

 

 これでアルラウネが何も関与していないとしたら、俺は今後のストーリーを何も信じないで行くしかない。人間死滅してるのに薬出回ってるとか説明もつかんわ。

 

 とりあえずトラスは現地民の頑強さを発揮しており、特に異常も見受けられない。俺は不安が残るので、とりあえず早めに行動したい。

 

 シルクを召喚し、通信が繋がるのか確認しながら、街中へと踏み入る。

 

「……だれっ!?」

「お、第一村人発見。…………いや、手遅れかな?」

 

 石畳が剥がされて穴ぼこまみれの道を歩いていると、協会に差し掛かったタイミングで声をかけられる。

 

 声の相手は女性であり、シスターのような深い青色の修道服に身を包んでいた。明らかにサイズが合っていなさそうな胸の膨らみ具合。それを大きく歪ませながら、こちらに正眼の構えでロッドステッキを向けている。

 

 しかし、緊迫した状況かと思いきや、彼女の頭にはベールの代わりに大きな花が咲いている。絶対に脳に根付かれているであろう大きさと位置だ。

 

 これがやがて街民みたいな植物へとなっていくのだろうか。

 

「えっと、とりあえず落ち着いて聞いてほしい。俺はスリープ。肩車している幼女はトラスだ」

「……」

 

 女性は警戒しているようで、姿勢を崩さない。

 

「仲間がこの街にいると聞いてやってきたんだけど、何か知らない? 俺と同じ召喚士なんだけどさ」

「……現在、街ではアルラウネが暴走しており、街は閉鎖。生存者は避難しています。同時に、この街の中で殺人や暴行。戦闘行為が行われており、警戒するようにと指示が出ています」

「人一人いなさそうな荒廃具合だけど?」

「民間人のほとんどは魔術師ギルドへ集合しております。感染者だけが街に取り残されています。召喚士ギルドのギルドマスターが今回の事件の犯人であるとされています。あなたはどちらでしょうか?」

「対抗勢力側の召喚士かな。そういう君は感染者……で、いいのかな?」

 

 とりあえず情報は引き抜けたので、友好的な存在でも探しに別の場所へ向かおうかな。

 柊菜達もいないので、ここで足止めされていてもどうしようもないのだ。そう思い、踵を返そうとするが、こちらに寄ってくる気配に気付いた。

 

「敵さんが来たらしいけど、早く引っ込んでた方がいいよ」

「敵ですか? それなら、私が出ますので、逃げてください」

 

 俺の横に並び立つシスター。これは一時休戦だろうか。こちらの警戒は崩していないが、距離は近くなっている分信用されたのだろう。

 すこしためらいがちに、彼女は口を開いた。

 

「……エンドソーマです」

 

 あっ、君従魔かぁ。

 見たことも聞いたこともない従魔であった。しかしもう、名前がパラフィリアである。

 

 丸呑み性癖と似ているのだが、それ以上に相手の体内へと吸収されたい性癖こそが、エンドソーマフィリアである。体内への侵入。そして存在する状況への性的嗜好のことを指す。

 

 丸呑みの方はボラフィリアという。こっちの方が比較的有名なジャンルだ。

 

 今回のシナリオで手に入るデンドロちゃんは、単純に樹木への愛情を示す言葉である。デンドロフィリアという。ガン○ムでも植物でもない。

 デンドロちゃんが植物の代表面をしているが、実際の人気はまた別の従魔が奪っている。

 

 イズムパラフィリア界隈の植物性愛は激戦区なのだ。

 

 まあ、これだけで従魔認定するのも悪いので、暫定従魔娘だとしておく。

 彼女のことは置いておき、俺は召喚石を取り出した。

 

「戦力拡充も兼ねてさ、試したいことがあるんだよね。『召喚』」

 

 これは結界なのだから、制限は入るときにかかるだけではないのだろうか? そう思い、石を割ってみた。

 現在はアヤナ貯金があるので余裕があるのだ。とはいえ、沼る*1とすぐに底をつく程度なので、今回は一回のみだ。

 

 本来ならここで、デンドロちゃんが入手できる。柊菜か里香が先に手に入れている場合はどうなるのか気になるところだ。

 詳しく検証したいのだが、石も環境も足りていない。とりあえずは少数のサンプルだけで大まかに推測をしていくしかないのだ。

 

「「えっ?」」

 

 さて、いつも通りのガチャ演出が終わると、そこにはなんにもいなかった。

 正確に言うならば、例のシスターしかいなかった。

 

 召喚制限に引っかかったわけでもなく、ただ単にすぐ近くにいた彼女が、リミテッド従魔として召喚されたということである。

 

 星四緑種従魔【花開くエンドソーマ】つまり彼女は既に人間ではなく植物側らしい。

 

 まあ、アルラウネの眷属であろう名前だ。下位互換ならあんまりいらないんだけどなぁ。

 

「わ、私……人間じゃ……」

 

 ショックに震える彼女を無視して、ステータスを確認する。

 

「……うん。ヒールあるし、泥沼バトルしようか」

 

 明らかな魔法後衛型である。初期スキルもヒールのみ。レアリティのわりにピクシー並である。

 

 回復役としては使えるものの、現在の使える手持ちは後衛低レア緑種とかいう打たれ弱さの塊みたいな奴しかない。

 

 とはいえ、エンドソーマは見た目が人間なのもあってある程度戦えなくもない能力をしている。

 姿を見せたのは、茨で形作られたモンスターのみ。従魔ですらないが、アルラウネ生成の雑魚だろう。

 相手もステータスはともかく、弱点属性は多いだろうし、序盤で戦えるように鍛え上げるしかない。

 

 デンドロちゃんでも同じことをする予定だったので問題はないはずだ。

 

 ここでは従魔とはボス戦でしか遭遇しないはずだ。召喚制限分弱く設定されているため、ここまで緑種を引けなかったプレイヤーでも詰まないように構成されているのだ。それでいて、経験値もおいしい。緑種のレベリングとしてはいい場所なのだ。

 

「よし、行くぞ!」

「ええ! ……ま、マスター!」

 

 ロッドステッキを構えたエンドソーマが敵に殴りかかる。

 

 俺達が戦闘音を聞きつけた敵の物量に飲み込まれるまで、十五分。

*1
ゲームの内部用語では、思うようにいかなくなった場合に使われる。ガチャでも連敗でも素材が落ちない時でも使う。ゲーム以外ではハマるの類義語として使われることもある




ちなみに、後書きの余白とかが異常に長い場合は、コピペしてみると、隠された設定とかが見えたりします。

これは私以外の作者様もやってたりするので、気になる部分にはぜひ一度やってみるといいでしょう。思いがけない設定や文章が出てくることもありますし、tipsみたいな小ネタが出ることもあります。

もちろん私もやってます。


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79話 マッチポンプ

イベントマラソンしていたので遅れました。
お陰で素材は3桁程度は溜まったので、次のイベントまでは保つと思います。
ちょうどアニメもやっているので、新規参入にはおすすめですよ。

イズムパラフィリアの今話はなんか凄い低クオリティです。


 スリープが街へ入ってくる数時間前。

 

 柊菜と里香、そしてミルミルは、ドームの中を走っていた。

 彼女らを追跡するのは複数の影。そのどれもが茨や蔦等の植物で作られた怪物である。

 既にあらゆる場所に植物の侵食が進んでいるため、どこへ逃げても同じような敵に出くわす状態だった。最初は二人も戦っていたのだが、一向に減る様子を見せない敵を前に、逃亡を選択したのだった。

 

「あーもう! 多すぎるでしょ!」

「樹も従魔も中に入れないみたいだし……私も魔法の使い過ぎでフラフラしてきたかも」

「いざという時は私の従魔の空間に逃げ込めばいけるから、ギリギリまで頑張ろう?」

 

 ミルミルが表に立ち戦ってきた分、それぞれの余力は違う。

 

「っていうか、ミルミルはなんで火の魔法を使わないのよ!?」

「生木って燃えにくいでしょうし、この粉も引火したらまずい気がするんだけど」

「だからそんなに消耗するのよ! 風の魔法使って空間確保してからやるとか機転見せなさいよ……くしゅっ」

「け、喧嘩はやめようよ……。里香ちゃん、さっきからくしゃみ多いけど風邪でも引いちゃった?」

 

 柊菜の質問に、より大きな声で威嚇するように言い返す里香。

 

「花粉症よ! これだから花粉症になったことない人は……」

 

 まともに呼吸もできないだけあって、苛立ちは最高潮だ。

 

「これが噂に聞く花粉症なんだね……」

「家が裕福じゃないから治せなかったのよ。歴史では、国の事業で杉を増やしたんだから公害認定して治療に補助金出しなさいよね……ったく」

「ちょっと前見なさい! 行き止まりよ!」

 

 ミルミルの声で、柊菜達は立ち止まった。道路こそ続いているが、その上に大きな蔦が横たわっている。

 万事休すかと、敵を迎撃すべく振り返るミルミル。

 

「柊菜と里香は逃げ道かなんか探しなさい!」

「大き過ぎる蔦は手をかける場所がないわね」

「横道からも敵が来てるよ!」

 

 ここに来て、柊菜は緑種従魔の優秀さを実感していた。

 緑種はかなり特殊な従魔であり、植物や昆虫。果てには空間そのものが対象となっている。

 基本的に生物としての個体の強さは見られないのだが、従魔特有の他の法則を押し退けるような能力をうまく扱っているのがこれら緑種であるのだ。

 

 空間そのものを支配し、現実を書き変える。緑種の真骨頂はそこにあるのだ。

 

「『コール』! 聖域結界!」

 

 柊菜を中心に睡蓮の花が咲き誇る。まるで景色を上書きして塗り潰すように黒い沼と光源無き、しかし不自然に可視化される世界が広がっていく。

 

 受けた傷も疲労も徐々に回復する。しかし、柊菜が召喚した目的はまた別にある。

 

「道は開いたよ……来て!」

 

 そのまま、柊菜の先導に従ってミルミルと里香が走る。この空間が展開された時、敵は外側にいたらしく姿は見えなくなっていた。

 

「『リコール』」

 

 柊菜が【聖域結界の睡蓮】をリコールすると、また街の中に景色が戻っていた。

 立っていた場所が変わっており、道を塞いでいた巨大な蔦は、敵を阻む壁になっていた。

 

「……さっ、行こっか」

「……ヒイナも便利な使い方するものね」

 

 里香が少しだけ、目を見開いて呟いた。今までの柊菜では想像もできないような方法だと思ったからだ。

 その反応に、照れ臭そうに柊菜が笑って返した。

 

「えっとね、与えられた力であっても、使い方を知らないんじゃ問題だなっていうのと。……人に聞いてばかりだと、型に嵌まった使い方だけになっちゃうんだなって思ったから」

「……それもそうね。別に、先駆者が絶対の正解って訳じゃないものね」

「そうだよね。私、今まではこの世界がゲームだって聞いていて、どこか世界そのものが偽物のように思ってたんだ。凄く極端な事を言えば、死んじゃったらもしかして現実に戻れるんじゃないかって。心の何処かで考えてたくらい」

 

 柊菜が今までそう考えていたのには理由がある。彼女だけが、この世界で暴力を受けたことがないからだ。

 痛みを知らずにきた。というよりは、死を身近に体験して来なかった。というのが正しい。樹少年は最初の街で攫われた経験があるし、スリープも撃ち抜かれたことがある。里香とアヤナは、言ったことは無いが数度死に至る経験をしている。毒を飲んで死んだり、従魔に襲われて死んだことが大半であるが。

 

「もう少し、自分で考えようって思ったんだ。大丈夫、今は従魔が味方になってくれるんだから」

 

 言い聞かせるように呟く柊菜を、里香は見つめた。

 

「…………さ、細かいこと考えるのは後にしましょ」

「あ、うん。ごめんね。こんな時に」

 

 色々な言葉が喉まで登ってきていたが、それを全て飲み込んで、里香は息を深く吸った。花粉が鼻腔に入り、むずむずとした痒みを訴えてくる。

 それら全てをないまぜにして、息を吐き出した。無性に、煙草を吸ってみたいと思っていた。言葉と感情を全て煙にして、吐き出せばどれほど楽になっただろうと考えた。

 里香は一度も煙草を吸ったことは無いが、一番今の気持ちを誤魔化すことに適しているだろうと感じている。

 

『……結局、縋り付く相手が妄想から従魔に変わっただけじゃないの?』

 

 なんて。

 

「言ったって意味無いでしょうね」

「……どうかしたの?」

「なんでもないわよ。私の悪い癖が出ただけ」

 

 元来人はその文字の通り何か支えが無いと生きていけない存在だ。

 それが人であれ従魔であれなんであれ、別にそこから何か生まれるのであれば問題ないはずである。

 

 それでも里香が何か言いたくなるのであれば、それは価値観の違いでしかないだろう。

 極まった情報社会においては、人間のスペックが追い付いていない状況の方が多い。

 行き過ぎた競争社会では、ただの一度の失敗も遅れも許されるものではなくなってくる。

 

 柊菜に余裕が無く、また非現実的な妄想へと逃げ込んでいたのにはそれらが関わってくるのであろう。

 里香は元からドロップアウト組に所属する方である。性格が災いした問題児であるし、そもそも里香の夢は他でもない生きる環境によって破壊されている方だ。

 

 しかし、今まで順風満帆に生きてきていた人だとしたら、どうだろうか? ある日、それまでのもの全てを放り捨てて、こちらへ強制的に連れて来られていたら?

 

 きっと一年もあれば、誰もが諦めはつくだろう。しかし、二、三日であれば、既存の生活を崩さぬようにと大いに焦ることだろう。

 

 柊菜はきっと、その焦る側の人間であったのだ。そして、強制的にドロップアウトさせられる事実に耐えきれなかったか。

 

 ある程度諦めたことで、柊菜はようやく状況を理解し、考えるようになってきたのだろう。

 しかし、それでも独り立ちするという考えでは無いのだと、里香は、感じ取っただけのことだ。

 

 それがどうしようもないことだと自らに言い聞かせて、里香は柊菜達の後を追い掛けた。

 

 そこに、一人の男が声をかけてきた。

 

「おい、こっちだ! 召喚士!」

 

 右手にカンテラを持ち、左手には大きく反った片刃の剣。いわゆるシャムシールというものを抜き身で持っていた。

 彼は、顔の前にカンテラを掲げ、柊菜達へ呼び掛けている。周囲はそんなに暗くもないのだが、よく見ると、彼の周囲には花粉が飛んでいないことから、何かの結界のようなものの気がする。

 

 柊菜と里香とミルミルは、顔を見合わせ、頷くと彼の元へと歩み寄っていった。

 

・・・・・

 

 従魔は基本的に他文明と共に生きることはできない。それ故に召喚士は必然、自らの帰属を社会から従魔へと変えていくことになる。

 

 というのも、従魔というのは実質外来種であるからだ。生存競争の原理により、従魔からにせよ相手からにせよ、どこかで競合点が生じて喰い争うことになる。

 

 まあ、それが自分の寿命までに起きるかどうかという点もあるので、そこまで気にすることでもないのだが、兎にも角にも、万物は流転するし、全てはいずれ崩壊する。

 そういう時こそ従魔は動き出す。表舞台に出てくるのである。

 

 そういう意味では、この世界はわりと終わりを迎えているということになる。

 

「どこにこんな物量があったんだってくらい来たね」

「……少しくらい、手伝ってくれても……良かったんじゃないですか!?」

 

 息も絶え絶えにエンドソーマが言う。彼女の周囲には多くの死骸が積み上げられている。そのほとんどが植物のため、草狩りでもした後のようになっている。

 

 これらは消えないということは、従魔ではないということか。

 草の影から、ひょこりと小さな頭が覗いてくる。目が合うと、一瞬逸らして、虚空をさまよった後にまた合う。

 そして照れ臭そうに、えへへ。とはにかんだ。

 

「デンドロ、役に立った?」

「うん。ありがとうね」

 

 感謝の言葉を伝えると、一層嬉しそうにする少女。

 彼女こそが本来ここで手に入るはずのイベント従魔【花開くデンドロ】である。

 

 見た目は下半身まではっきり作られたエロゲタイプの女の子モンスターである。人外度を上げるとローズバトラー*1とかモルボル*2みたいな感じになる。

 

 彼女は、エンドソーマが泥沼の戦いを繰り広げている最中に現れて、助太刀すると戦いに参加。そしてあっさり敵を枯らしてしまったのである。

 

 まあ、ぶっちゃけ敵は彼女が作り出した存在なので眷属にも等しい。号令一つで消せるようなものだ。

 

 頭を撫でてやると、俺の頭にしがみついていたトラスも手を伸ばして、デンドロに触れた。

 

「あったかい……」

「…………」

 

 俺の手よりもトラスの手に反応する辺り、相性としてはトラスの方がいいのだろう。

 エンドソーマは出自からしてデンドロの下位互換なので、できればそっちが欲しいのだが、トラスの手持ちになるのならそれでいいだろう。

 リミテッド従魔だから欲しいといえば欲しいのだが。

 

 そして、肝心の手持ち従魔であるエンドソーマはというと、凄く複雑そうな目でデンドロを見つめていた。

 そして、無言で俺に訴えかけてくる。

 

「(この子、今町で起きている事件の犯人ですよね? そしてマッチポンプですよね?)」

 

 そうだよ。

 

 どうしてここまで被害が大きくなっているのかはさておき、今現在起きている問題の原因はデンドロにある。

 彼女の作る実はかなり強力な植物なので、生き物が取り込むとあっという間に根を張り宿主を苗床に芽吹くのだ。

 ちなみに、彼女は元は従魔ではないので、その性質を利用して、人間の肉体を生きたまま強化する方向に持っていく研究をされている。

 研究者はエンドロッカスであり、彼が研究の為に植林活動の品物として売られていたアルラウネの身を買い占め、この地に影響を齎したことで、色々問題が発生するのだ。

 

 アルラウネ……デンドロは街に住み着いた外来種とか野生動物の一種とした扱いである。見目麗しくも繁殖力が圧倒的過ぎて、駆除されるモンスターである。

 しかし、近年迷いの森付近を開拓していた人間が、このままだと緑が消え失せて問題が起きることで、モンスター由来の植物に注目。研究や実験として町で飼育して、繁殖力と方向性をある程度操作できる変容性と見た目から来るスケベ根性で植林事業を展開。

 エンドロッカスが横槍入れて植林事業から別産業へと転向。

 

 金と力に目がくらんだ結果、街全体が従魔未満の改造人間になってしまい、滅ぼす流れになる。

 姿形は違えど、街は全滅状態だからまあ良いだろう。問題は研究の暴走から力に思考が傾いた選民思想が全体に行き渡ったのではなく、デンドロが主犯であろうという点だけだ。

 

 デンドロの様子から判断するに、彼女は誰かの従魔にもなっていない。自力で従魔にもなっていないはずだ。

 

「さて、色々あるだろうけどやる事は一つだ」

「……どうするんですか?」

「研究所を探そう。最低限そこを破壊さえしてしまえばどうにかなる」

 

 貴族の街は既に滅びを迎えている。ここを破壊してしまえば、ノーマネーボトムズの主戦力であるローコスだかなんだか分からない人間由来モンスターは作られないはず。

 

 ビクリと身体を震わせたデンドロに笑いかける。

 

「安心してくれ。俺は味方だよ。ただついてきて貰うけどね」

 

 それを聞いて、少しだけ警戒する様子を見せたデンドロ。

 

「……まあ、ご飯でも食べながらゆっくり探そうか」

 

 どうにも好感度が足りないみたいだ。それなら、好感度上げを連打するまで。

 ウィードは肉を与えれば稼げたけど、デンドロは何を与えればいいのだろうか? 栄養剤?

*1
ドラクエのモンスター。

*2
ファイナルファンタジーの有名モンスター。どちらにせよ下半身は触手で顔辺りの部分が口だけの化け物である



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80話 正義の土壌

遅くなってしまい申し訳ございません。
矛盾とかありましたら指摘してください。既に私は設定を把握しきれていません。とりあえずプロットと手元の設定に従って書いていきます。偶に付け加えたりしてます。


「管理ミスによる暴走?」

「ああ、この街ではモンスターを使った産業に目を付けていたのだが、どうやらそこでなんらかのミスがあったようでな。気付いた時には手遅れだった」

 

 柊菜達は、男の先導に従って召喚士ギルドの中にいた。

 安全が確保された建物の中では、様々な人達がいる。

 怪我をしてうめき声を上げる者。泣き喚く子供。大声でうるさいと怒鳴る者。

 里香は大人が配慮もせずに怒鳴ることにキレて噛み付きに行っている。

 

 お陰で来たときには野戦病院の様相だったのが、戦場そのものといった姿になっていた。

 

 殴り合いとまではいかないが、緊張状態が開放されたとしか言いようのない言葉の応酬とそれに呼応するようなどつきあいが柊菜の背後で繰り広げられている。

 

 これが本格的な乱闘に発展しないのは、里香に噛み付かれている人達が気圧され気味だからだ。

 これが日本であれば、力に勝る大人が動いてそうなものであるが、外から来た召喚士というだけで、全員が里香を恐れているのだ。

 

 剣士や魔術師、召喚士はこの世界の実力者なのだから。

 

 魔術師は流れの者は土地に縛られない分弱体化する。剣士は武芸者に近いが見て分かるような脅威がある。見た目でも判断は可能なのだ。

 対して、召喚士は一切不明だ。実力も統一されていないし、召喚士そのものが強くないことは明らか。

 しかし、どこまで行っても得体の知れない存在なのだ。

 

「今は、魔術師により、内側に緑種従魔を封じ込めるタイプの結界を張って、それが外に出ないようにしている。応援は頼んでいるが……今の勢いだと、たどり着く前に結界が破壊されるか、我々が飲み込まれるだろうな」

「……その、責任者はどうしたんですか?」

 

 柊菜が尋ねると、男は首を横に振った。

 

「一番最初に飲み込まれたのだろう。一切連絡も目撃情報もない」

「えっと、どうしてそれを?」

「ああ、紹介がまだだったかな。私はこの街の召喚士ギルドのマスターだ。他よりも、従魔という種の違いはあっても、人外のエキスパートだからな。アドバイスや情報提供として、関係者ではあったのだよ」

 

 里香は、そこでちらりと男の腰に付いているカンテラを見た。

 この世界はかなり文明がちぐはぐだ。ファンタジーといえばそこまでだが、それでも一際異彩を放つのが、彼の持つカンテラであった。

 

 火とは違う光源によって、それは輝いていた。

 

「この街では、モンスターを利用した事業の研究を行っていた。従魔よりは弱く、しかし星の脅威として存在する原種……。それらが持つ力を正しく利用できれば、世界はもっと豊かになるはずだったのだがね」

「それは、残念です」

 

 柊菜が男の言葉に共感したように言う。それをミルミルとチェリーミートは複雑そうに見つめていた。

 彼女達は、モンスター同様この地の原住民なのだから。正しく利用という無自覚な傲慢さに気付いていた。

 

「ごちゃごちゃ御託並べてさ。そんなことはどうでも良いのよ」

 

 面倒くさい雰囲気を感じ取った里香が介入しに来た。

 格付けは既に済んでおり、彼女の周囲に近寄る人の姿はなく、彼女の歩みを止めようとする者は誰ひとりとしていなくなっていた。

 

「第三者が介入する場合は、客観的事実と対処すべき問題の提示。解決方法のみの模索をするべきよ。そりゃ事実関係の確認とか背景を知る必要はあるでしょうけど、まずは何が問題でどうすればいいのかを先に確認するべきね」

 

 ずい、と顔を寄せる。整った容姿から繰り出される威圧的な表情は、この世界で積んだ経験と相まって荒事に慣れたならず者を彷彿とさせた。

 

「ここの敵は誰でどこに問題があって、何を解決したいの? さっさと言いなさい」

 

 小さく鼻を啜る。里香は花粉症なのだ。

 

 

・・・・・

 

「ゲームにおいて、スタンスというシステムが存在する。有名なもので言えば、善、悪、中庸。秩序、混沌、中立といった感じだね」

 

 これに関しては、人々の思想にも関係するし、個人的に言えばゲームキャラクターの深みを与えるものとして好きだ。

 

「とはいえ、時代によって思想は変わってくる。行き過ぎた思想やスタンスは考えが近くとも馴染めないという人は多いだろう」

 

 そこに働きかけるのは倫理観や道徳といった感情だろう。

 これまでのスタンスは、社会の在り方を示す形が多かった。基本的に個人の思想というよりは、社会基盤を根本から打ち崩して、新しい社会をコントロールしていく。という形になりやすかった。

 

「これからの正義の話をしよう。社会の基盤全てが崩されることは無く、しかし自浄能力を失い腐敗していく社会を変える力についてだ」

 

 どれが善でどれが悪なんてわかりやすい物語じゃない。後味の悪い立ち位置(スタンス)による正義の話だ。

 

 最大多数の幸福の為ならば少数は切り捨てるべきか?

 自由であるならば力あるものが弱者を虐げようともそれは自己責任か?

 困っている人を助けるのが美徳であるならば救済の為に自らの努力で勝ち得た富を敗者へ分け与えるべきか?

 中立的であればそれは違うと言い切れるだろう。全ての理念を元にバランスを取りながらなるべく多くの幸福と自由と美徳を得るべきだと言うだろう。

 そして、その在り方は立ち位置と見え方で変わってくる。この街はそんな正義の話の一つである。

 

「この世界には、幾つもの脅威がある。野生動物もそうだし、原住種のモンスターもだ。そして、災厄を始めとする外来種の多くが存在して、破壊の限りを尽くしている。文明の発展。生存競争。多くの力を持たない生物は今を生きるのに必死であり、この世界の未来など知ったことじゃないと無関心を貫いている」

「自身ができる限りの親切を行えば、今より世界が良くなると思うのですが……」

「与えられることは受け入れても、施すことは嫌がるのが人間だよ」

 

 エンドソーマの言葉は善性を信じる人間にしか通用しない。まあ、この世界なら、他を知ることは容易じゃないからまだ成し得やすいとは思うけど。

 

「それ以上に、圧倒的な個が全部倒して新しい個が全部決める方が早いだろうし」

 

 歩みを止める。あと一歩でも進めば、先の見えない大穴へと落ちるだろう。

 

「正しい入口は別にあるけど、ここから入るとボス手前までショートカットできるよ」

 

 緑種従魔であるエンドソーマの必要な分の経験値は間に合っている。後は元人間の従魔に必要なフラグさえ用意すれば、完凸までレベル上げだけで十分だ。

 問題といえば、手持ちではないデンドロなのだが。

 

「……?」

 

 おどおどしながら、機嫌を取るようににっこりと笑う彼女を見る。

 今から召喚しても多分失敗しそうなんだよなぁ。

 

 

 

 穴から降りて着地した時に、水に混じった何かを踏み潰した感覚があった。肉にしては身が少なく、植物にしてはみずみずし過ぎる。半分枯れたミイラのような感覚だ。

 暗くてよく見えないのでそのまま無視して、感覚と記憶を頼りに歩く。手を前にふらふらと歩けば、つるりとした鉄の扉にぶつかった。

 従魔の力でこじ開けて貰えば、その先は魔術により明かりがついた通路がある。

 

「ここは?」

「デンドロちゃんのおうちだよ」

 

 デンドロへと向かう視線。

 

「えっと……」

「まあ、主犯は別にいることはわかっている。ここで足踏みしているのもつまらないからさっさと先に行こう」

 

 ここのボスはアルラウネのデンドロじゃない。出来事の発端は彼女にあるが、倒すべき敵は召喚士ギルドのギルドマスターと、そいつと繋がっていたアルラウネにより緑化作業を進めようとする魔術師の男である。

 つまり、エンドソーマは若干間違えているのだ。

 ちなみに、ここはダンジョン扱いである。

 

 一応ボス戦闘もあるので、俺達が入った場所からボス手前の場所まで移動できるという寸法である。

 ということで、ボス部屋へと侵入。

 

「──世界を守れ。世界を守れ」

 

 枯枝のように骨が浮き出た男。

 そいつは、眼孔から植物を生やし、両の手足を磔にされたような形で木に飲み込まれていた。もちろん年齢的な事情から下半身はへそまでしっかり植物の中だ。

 デンドロは太ももまでなので、配慮としてはどうなのだろうか。

 肌は植物同様に地球には存在しない謎の材質をしており、今も男から伸び続けている。

 嗄れた声で、ボソボソと呟く。

 

「ずいぶんと元気そうだ」

 

 声をかけると、呟きが止まった。

 

「何の用だ」

「この街を植物で覆った奴を見に来ただけだよ」

「……貴様、どこの人間だ?」

「勇者と同じ出身かな」

 

 地球という括りではアヤナとも同じである。里香は多分同じ世界の地球出身だ。

 

「そうか。貴様も、巻き込まれた側か」

「──たとえマスターがそうだとしても、私はこの街の住人です! あなたが主犯ですか!」

 

 ロッドステッキを構えたエンドソーマが言う。その言葉に、男は鼻で嗤った。

 

「西から来た人間が何を言う。世代こそ貴様らではないが、子孫という枠組みで言えば、貴様ら人間こそがこの事態を引き起こした存在ではないか」

「いったい何を──」

「忘れてたとは言わせんぞ。侵略者共が! この星に寄生した外から来た害虫が! 貴様らのせいで、我が森が、自然が、大地が! やせ衰えているではないか!」

 

 血反吐を吐きながら吼える男。その深い憎しみと怒りに、エンドソーマが後退る。

 男は怨嗟の声をあげながら、エンドソーマへ迫ろうと肉体を蠢かせている。

 

「貴方は、獣人ですか」

「ならどうしたというのか。既に血が混ざり過ぎて、因子の欠片も残っていないがな。魂の故郷にも帰れず、ただここで人も生きれない()()だ」

「森から出ない獣人であれば、確かに恩恵が少なく、伝統から見ても侵略者と言われてもおかしくはないと思います。ですが、分かりあえるはずです!」

 

 この世界の文明は結構近代的である。近世辺りの活版印刷技術はもちろん。ある程度の工場製品は存在しているのだ。

 時代で言えば中世終わりから近世辺りかな。金属関連素材の資源の採取が難しいので若干ちぐはぐではあるが。

 まあ、取捨選択しながら文明を選んで発展させているのだろう。特に電気は全くと言って良いほど発展していない辺り、ネットワークは普及させないつもりだ。

 そこら辺の代替で止まっている間に魔術師が現れて魔術で代用していくことになった。

 

「分かり合う!? 分かり合うだと! これほどまでに侵略の手を尽くした人間が! 今更被害と慈愛の面をして分かり合えるだなどと!」

 

 種族人間の側にいる俺としては、なんとも言い難いものだ。

 人間とは快楽に貪欲で不快には我慢ならないとんでもない短気な生き物だ。だからこそ利便性を追求し続けて発展してきた歴史がある。

 仮に同じような知的生命体が存在したとして、自身の優位性が確保されていなければ、人間はそれを滅ぼそうとするだろう。多分。少なくとも差別はする。

 利用価値があるのなら、また別の道を選ぶかもしれないが、そこら辺はどうとも言えない。

 同盟結んだ移民国家の奴隷制度を見れば、この世界の問題も若干分かるだろう。

 違うのは、身体能力では遥かに貴族、獣人側が上。外見も基本的に優位であったことだ。生まれつきの差では。という注釈はあるが。まあ、それがあったとしても、未開部族レベルの知的生命体を相手に同じ立場で接することは無かっただろう。

 

 とにかく、排斥なのか迎合なのか無視なのかは不明だが、ほとんど一方的に人間の都合を押し付けられた側としては、人間を許したくない。そして、世界を自分達の知る状態に戻したい。と考えた訳だ。

 

「かつてあった星の資源を、命を食い尽くし、されどなおも増え続け、自ら以外は知ったことではないと愚を犯し続ける人間如きが、世界を率いるリーダーだと思い上がりもはなはだしい! 星にとってのモンスターこそが貴様ら人間だ!」

 

 怒りに植物が呼応し、急激な成長が地盤を揺るがす。

 入口は封鎖され、足場を埋め尽くす程に植物が迫る。

 

 俺は既に緑種従魔であり、植物化人間のエンドソーマを所持している為、植物に取り込まれる事はない。寄生されることも。

 そして、ウィードがいる為、地震や大地の隆起に対しての影響は受け付けない。ぶつかれば衝撃を受けるので無敵というわけでもないが。

 

「今、新たなる可能性を、手に入れた私が! 人間の命を土壌にし、世界に再び緑を取り戻そう!」

「来ますっ!」

 

 名も知らぬ魔術師が襲いかかってきた。



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81話 イベント特攻

今章前半の山場ですが推敲不足です。とりあえず勢いだけで突っ走ります。

2022/12/16 場面転換時に区切りがついていなかったのを修整。
この修整に対する詫び石の配布はありません。


 ソシャゲといえば、イベント特攻というものがある。ガチャを回させる為の仕組みであり、基本的に、イベントと同時にピックアップされたキャラクター*1がイベント中のみ特攻という特殊な攻撃倍率がかかるシステムのことだ。

 イズムパラフィリアにはイベント特攻こそ付いていないが、特定の冠名が付く従魔へのバフ、デバフ、特攻が付くことがある。事実上のイベント特攻だが、永続効果なのでシナジーやデッキメタになる。

【地龍ウィード】であれば、他の地に関する低レア従魔からのダメージを減衰する。また、敵の地面に対する環境アビリティを受け付けない【大地の権能】というアビリティが存在する。

 そして【花開くデンドロ】であれば、自身の眷属種である【花開く】に属する存在。もしくは寄生の状態異常の敵に神経・地獄の複合属性のダメージを与え、自身の体力を回復することができる。

 

 回復専用従魔であっても、単騎で敵のボスを倒せるというのは、これが理由になる。レベルが初期であっても負けることはないのだ。

 もちろん、そんな能力を発揮できるのはデンドロのみであり──

 

「そんな……この私が!」

「枯れちゃえ──えへへ……私、役に立てた?」

 

 特に大した戦闘もなく、あっさりとデンドロがボスを倒した。

 そして、困惑した表情で手持ち無沙汰にうろうろするエンドソーマが印象的だった。

 

 

 

 ということで、あっさりとデンドロによって枯らされた男は無事に死に絶えた。そりゃあエンドになっていない、よりアルラウネに近い人外化してしまえばそうなるよ。

 

「えへへ……私、役に立てた? 皆のこと、守れたかな?」

「うん、助かったよ。ありがとう」

 

 はにかむデンドロを撫でれば、彼女は嬉しそうにわさわさと身体を動かし、ピンク色の花粉を撒き散らした。

 エンドソーマを持っているから良いとはいえ、この花粉には寄生の状態異常が付くので遠慮したいところである。

 里香が無事だと良いが、場合によっては王国までとんぼ返りになるかもしれない。

 

「これで、事態は解決ですか?」

「うーん。一応ボスもデンドロも現時点で従魔じゃないからね。生えた植物が一瞬で消え去るってことはないかも」

 

 帰りはショートカットではなく正規の道を辿っていく。ボス部屋の植物はボスを倒した瞬間に枯れていったが、それより外にある植物は未だに元気なままだ。

 ゲームで言えばダンジョンだからオブジェクト扱いなのだろうで済むのだが、ここまで空気中にピンク色の花粉が舞い散っている時点で犯人が生存しているからだろう。

 まあ、マッチポンプを演じているのはある程度理解している。エンカ率とか出会った直後の動きとか、求めているものを見れば多少は察せるものだ。

 

 ……なんで召喚に応じないんだろうな? 絆はこのストーリーには関係無いし、フラグ不足か?

 

 可能性としては、迷いの森である。獣人であるチェリーミート関連のイベントをスルーしているので、花開くの系譜と接触すらしていないのだ。

 その場合、ゲーム主人公が迷いの森で緑種従魔をぶちのめすところを見て召喚に応じたということになるのだが……。

 まあ、眷属の扱いがゴミみたいなデンドロなので、ただ単に目としてしか意識していなかったのだろう。じゃあどこを見て召喚に応じるくらいに想いを寄せることとなったのかは不明だが。

 ちなみにだが、エンドソーマは出会った段階で既に死亡判定である。リミテッド従魔ですらない。形的には共生だと思うのだが、人間としては死んでいるという扱いらしい。そこら辺は肌感覚で分かる。

 いやまあ、この星の存在相手に生死は関係ないかもしれないが。確定とは言い切れない情報だ。

 そもそも、デンドロちゃんはゲーム主人公と知り合いだった説を検証してみよう。

 

「トラス」

「?」

「この街に来たことはあるか?」

 

 肯定。

 

「じゃあ、デンドロのこと知ってた?」

 

 これもまた肯定。

 

 つまり、これはアレだ。俺じゃなくてトラスの手持ちになる従魔ってことだね。

 イズムパラフィリアのゲーム版主人公は誰だったのか。その確定的な情報も出てきた。

 

 ゲームでは主人公は喋らないし、ストーリーに影も形も見えない。終末の洞窟前で倒れており、そこで召喚の力を手に入れて、街に入りわりとすぐにチェリーミートイベントが始まる。

 従魔と召喚士の関係は結構好意的である。チェリーなら、あなたの従魔であり守護者といった風に立ち振る舞う。

 基本的なストーリー進行はチェリーミートを始めとしたストーリー入手の従魔が行う。まるで主人公を先導するように。

 そして、主人公は無垢で平等に近い。悪い奴は普通に倒すし、それでいて敵でも従魔になれば友好的になる。

 

 問題があるとすれば、ゲーム主人公イコールトラス説は、ウィードが自分と同じくらいの幼女を相手に赤ちゃんプレイを所望するヤベーやつになり、ノーソがロリコンのレズになるということだけだ。

 まあ、彼女達はストーリーに登場しない従魔なので、きっと作中で成長した主人公に想いを寄せることになるのだろう。きっと。

 

「後ででいいから召喚してあげなよ」

「…………」

 

 こくりと頷くトラス。まあ、下位互換ではあるが俺にも回復役が手に入っているので良しとしよう。

 どうせ上を目指すならデンドロ以上に優秀な回復役を手に入れる必要があるのだしな。現状は足りないところを緊急で補おうとしてデンドロを狙っただけだ。

 

 さて、とりあえず問題の解決はしたので柊菜達と合流しようと外に出た時に、召喚士と遭遇した。

 その多くは星三程度の、しかも緑種というあまり強くないものだ。しかし、彼らを率いている奴が問題だった。

 手に持つのは緑種星八【冥闇に蠢くイリシウム】である。サブクエストで倒せるこの街のギルドマスターだ。

 イリシウムは花ではなくチョウチンアンコウの誘引突起の方だ。従魔としての奴は、本体が別にあり、ランタン部分には挑発系の攻撃誘導や神経属性の幻惑効果がある。そこを攻撃すると一時的にデバフが撒き散らされることになる。具体的に言うと、次の一撃がダメージ貫通二倍のハイドアタック状態になる。

 ちなみに、擬人化していくと、美少女と触手怪物の姿になる。触手怪物の方が本体になる。ということだな。

 

 それよりも、こいつは生存しているのか。事件解決に動いて、研究所の入口からモンスターが出ていかないように封印したまま物量に飲まれて死ぬはずなんだが。

 早すぎるのか? 解決したタイミングが?

 

「君は……召喚士か。向こう側から来たのかね?」

「さっき奥にいた人を倒して来たばっかりだよ」

「スリープさん!」

 

 声がしたと思えば、どうやら柊菜と里香もいるようだ。柊菜はほっとした様子で、里香は調子が悪そうに鼻をぐずぐずと鳴らしながら涙目になっている。

 多分里香には手持ちに緑種がいなければ肉体的にも丈夫ではないのだろう。状態異常『寄生』って感じだ。

 

 ギルドマスターは、確認ように数名をダンジョンへと向かわせて、一度ギルドへと戻ることにした。俺にも同行が求められ、特に否定する要素も無いので付いていくことにした。

 街ははや夕闇に染まりつつあった。

 

 辿り着いた先は、一部壁を破壊して、隣接する建物とを壁で囲った冒険者ギルドと魔術師ギルドの合体した建物だった。道路を挟んだ先には剣士のギルドもあるのだが、そちらは通路を作られてはいない。

 魔術師は土地に縛られる。しかし、その土地であれば絶対的な支配力を手に入れられる。ギルドの壁を抜いて新しく通路で繋ぐことなど造作もないはずだ。

 まあ、剣士って一部を除いて弱いからな。ストーリーの雑魚敵として登場するくらいの有象無象が大半である。肉体に限界があるからね。

 とはいえ、全滅まではしていないだろう。アレは腐っても人間の上位陣だからだ。鍛錬と修行を積んで真っ当に強くなった部類である。

 問題は、正道を貫いてもスペックでどうあがいても勝てない差が付いていることだ。だからこそ人間をやめることが必要だったんですね。

 

 周囲の安全は確保されているのか、空気中に含まれる花粉が目に見えて少ない。

 花粉症が少し落ち着いたのか、里香が話しかけてくる。柊菜に関しては軽く挨拶して終了だ。あっちもブロックしてたのを知ったのかどこかよそよそしい。

 

「アヤナは無事?」

「肉体的にも精神的にも異常は無いよ」

「アンタってはいかいいえでも答えられる質問に遠回しな表現で答えるから怪しすぎるよね。言ってない部分には何かがありそうというか」

 

 指摘を受けてしまった。まあ、自分でも理解していることだ。

 認知してない範囲で何かあったり、相互理解や認識がズレていたら問題あるからね。小狡い大人のテクってやつだ。

 問題は無いはずなので普通にはいと答えてもいいのだが。

 石を吐き出させる手段を発見したので命令をさせているのだが、彼女はお嬢様なので案外適応が早かったのだ。今現在はなんか歪な主従関係を結んだように見える気がする。ちなみに俺の内なる柊菜はアウトを主張している。

 これを無事と呼ぶのか分からないので言質は取らせないことにした。

 

「それよりも、そっちはどうなんだ?」

「…………肉体的な異常は無いかな」

 

 ──なんか精神的に問題ありそうな言い回しだ!

 

「着いたぞ」

 

 ギルマスの言葉に会話を中断する。扉の無効は結構な人がいた。その多くの表情が暗く、不安を抱えている。

 こりゃ爆発しそうな雰囲気だ。エンドソーマをこっそり移動させて目立たない位置で俺の守護に動けるようにしておく。

 

「皆! この者達がこの度の首謀者を退治してくれた!」

 

 こいつ、調査隊に自分の従魔を入れたな。確定的な情報はまだ無いはずなのに言い切るのはそういうことだ。

 仮にこれが嘘だった場合、避難者はここに留まるのを辞めてしまいそうだから。ただ、それは今すぐに公開せずともあと少しは保てる均衡であった。

 ギルマスの言葉に少しだけざわつく。しかし、一人の男が出てきて外を指さした。

 

「で、でも。外はまだモンスターもうろついていますよ!?」

「ああ、そうだろう。彼は、事を引き起こした人物を処理しただけに過ぎない。犯人を倒しても、道具が残っている」

 

 再びざわめく人達。彼らの視線は一つに向かう。デンドロへと。

 

「彼はその道具を持ってきてくれたというわけだ」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 柊菜が割って入った。

 

「犯人は倒したんでしょう? なら、後は皆でモンスターを倒して、街を復興させていけばいいじゃないですか。どうして、この子まで……」

「柊菜くん。彼らはね。家族や友人を殺されているんだよ。この街に住んでいた住人は、ある日突然現れたモンスターに、殺され、植物にされたんだ」

「だからって……」

「彼らは不満を抱えている。首謀者こそ倒したが、やり場の無い怒りや悲しみを振り下ろす先を探しているんだ。見ただろう。ここに来た時の余裕の無さを。世界は物語と同じじゃないんだ。怪物を倒して皆がありがとうでは済まないんだ」

 

 人々がデンドロを見つめる。その瞳は狂気で彩られていた。

 この街はモンスターを利用した産業によって比較的裕福に生活できていた。そして、モンスターの被害が出れば手のひらを返して怒りや、憎しみを抱えている。

 

「でも、こんな小さな見た目の女の子ですよ!? それなのに……」

「柊菜くん。君は召喚士だから、惑わされているだけだ。モンスターはモンスター。知性があってもヒトではない」

 

 デンドロの好感度イベントでは、この街に関する話が出てくる。自分が拾われた話。研究所での実験の日々。

 ゲーム主人公を、きっと彼女は迷いの森で見かけるはずだ。それが可能性として存在したのには、彼女自身がそういう存在だからだ。

 

みんなと一緒にいたかっただけなのに……。褒めて欲しかっただけなのに……

 

 デンドロが俯いたまま小さく呟く。

 

「死んでしまえ!」

 

 民衆の膨れ上がった怒りが噴出して、彼女の願いを消し去った。一度吹き出た怒りは収まらず、人々は次々に言葉を投げ掛ける。

 

「モンスターは、どんな姿であろうと人間ではない。知性の差はあれど、全ては家畜や害獣と同じだ」

 

 小さな石ころが飛んできた。やがて、飛んでくるモノの数と大きさが増していき、顔には大きな岩を。全身に椅子をぶつけられる。

 

 流石に引き際だな。一度休憩したかったが、街を出よう。

 

 エンドソーマに命令して、俺とトラス、そしてデンドロを抱えてギルドを飛び出した。背後からは「追え!」という怒りの民衆の声が聞こえる。

 振り替って見れば、彼らの顔は自らの正義を確信していた。

 彼女は自ら協力していたというのに。

 先に対価を支払わなかったのは、そちらであるというのに。

 

 デンドロが求めるものに応えていけば、これは回避できたことだ。彼女は自らの眷属を使ったマッチポンプを仕掛ける程度には、認められること、褒められることを求めていた。

 植物と化した人間は、それを拒んだのだろう。

 

 怪物は人の心を持っていた。それを利用し、最後に突き放したのは人間の方だ。

 

「…………もういいよ」

 

 デンドロが顔を上げる。彼女の顔は、人間の作りとそう変わらず、両の目からは雫が流れていた。

 

「……友達なんていらない。人間なんて、いらない!!!」

 

 怪物が声を上げる。覆われた植物が怒りに呼応し成長を加速させる。

 

「うぅ!?」

 

 エンドソーマがうめき、地面に倒れた。ロストはしていない。しかし、地に降りたデンドロは、地面へと潜り込んでしまった。

 

 追いかけて来た人達の一部もまた、うめき声をあげている。そして、口や鼻から、芽吹くように植物を生やし始めた。

 その中には、里香の姿もあった。

 怪物が目を覚ます。怒りによって引き起こされた惨劇は、未だ始まったばかりだ。

 

・・・・・

 

「……子供なのに、どうして受け入れなかったの? 争うしかなかったの?」

 

 ギルドに残った柊菜が一人呟く。

 

「願いを叶えることはできたはず。じゃあ、なんで……」

 

 ぐるぐると思考が巡る。思い浮かぶのは、泣きそうなデンドロの小さな呟きと、怒り狂った民衆の声。互いに問題はあった。譲歩し合い、和解の道はあったはずだ。そして、こんな悲劇がそもそも誕生しない道も。

 起きた理由は、考えの違い。互いの行動は、主張は理解できるものだった。社会の幸福、個人の自由。足りないものは、倫理と美徳。互いに持っていた正義が合わなかった。結果起きたのは、正義が実現されなかった報復行為だ。

 

 人は、家畜に情を移してはいけない。耐えきれなくなるから。

 

「人は、全員が一緒に生きていくことはできない。リソースだけじゃない。個人の自由も、幸福の最大化も、やがて相反するものになるから」

 

 柊菜の苦悩の闇に小さな光が見えた気がした。

 

──助け合えないなら、他人は不要?

 

 正義の蕾が花開く。

*1
ガチャ新規キャラクターが大半。イベント入手キャラクターに特攻が付くこともある



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82話 行動キャンセル

 今、これが読まれているということは、きっと私の投稿が1月に間に合ったのだと思います。

……はい。遅れてしまい申し訳ありませんでした。一ヶ月間ゆっくり休んだり、職場の人が立て続けに脳出血で倒れてコロナにかかってガンらしきものが見つかってと地獄のようになっていました。3月からはそういった人達が一斉に仕事を辞めるそうなので更に忙しくなりそうです。

 あと、今年の新人賞に向けて新作の設定作ってたりしてます。今のところは魔法少女モノになりそうです。
 前回と違い、著作権が色々怪しそうじゃなければ、先になろうに流してみたいと思います。

 本編は長くなったので途中で区切りました。推敲不足なので大なり小なり修整を後ほど入れると思います。


 さて、少しまずい展開になった。

 デンドロが暴れ出してしまい、姿を消してしまった。無差別攻撃かと思ったが、一応俺やトラスには手加減してくれたらしく、エンドソーマが瞬間的に動けなくなった以外に被害はない。

 まあ、あの暴動を放置して見ていた時点で俺も疑わしい相手だとは思うが。稼いだ好感度が保険になっているのだろう。

 それ以上に問題なのが、里香である。

 

「おごっ! おえええ!!!」

 

 喉をほとんど塞ぐような形でズルズルと彼女の口から植物らしき緑色をした、液体によりテラテラと光る物体が伸びていく。えずこうと苦しげに体を動かし、涙が溢れる様をただ眺めていることしかできない。

 状態異常『寄生』の最終段階である。寄生は従魔には通用せず、むしろこちら使う状態異常の一つであり、一定時間後に誕生するだけのギミックだ。寄生の種類は数あれど、大体固定ダメージを与えて、相手のステータスダウンと耐性ダウンを引き起こす。主に緑種従魔が使う技だ。これはエロゲーじゃないので別に相手を支配したりお腹が膨れ上がることはありません。大体口から誕生する。

 ちなみに、エネルギーバブル系の分裂従魔と同じ扱いで、寄生から誕生した従魔は基本的に中立だ。本体倒せば消えるのも同じである。

 

 こういった状態異常の多くは、通常戦闘では用いられず、二部のステージギミックとかで登場する。人間に寄生した存在を素早く倒したりする感じに。

 もちろん、ゲームではクソ雑魚種族たる人間は、救出が間に合わなければ寄生ダメージで死んでしまう。胸糞悪いギミックなのだ。

 

 そんな例に漏れず、この寄生も人の身では耐えきれないダメージを与えるようだ。口から敵を出産した人間達は、げっそりと痩せこけて、目から光を失っている。

 その中でも、里香の姿は分解されるように光へと変換されて消えてしまった。始めてみた光景ではあるが、ゲームでアヤナと共闘した時に、彼女が死亡すると起きるエフェクトに似ている。

 おそらくは、死亡した場合に王国で復活するシステムが発動したのだろう。つまり、ノーマネーボトムズという奴らが襲ったはずの王国は、健在であるということだ。

 

 …………少なくとも、勇者召喚システムは。

 

「消えた!?」

「ここにいる人達とは違って生きているってことだよ。勇者って聞いたことない?」

「これが、かの勇者ですか」

 

 驚いた様子のエンドソーマに、里香の事情を説明する。その証拠に、早速復活した旨がメッセージで伝えられている。

 これが終われば、一度王国を目指して来た道を引き返すことになるだろう。

 それよりも、暴走中のデンドロをどうにかしないといけない。

 

 従魔は育成しないと本来の強さを発揮しないが、従魔ではなければ最初から全盛期の力なら発揮できるようになっている。生物なのだから衰えもあるだろうが。

 星三以上の従魔なら、その実力は三凸レベルマ相当である。

 つまり、ストーリーよりも遥かに強い状態なのが今のデンドロであり、いくら回復系の従魔で単体基礎性能が最弱クラスの緑種といえど、油断はしないほうが良い相手だということだ。

 

「エンドソーマ。借りるよ」

「えっ?」

 

 従魔の操作権を奪い、感覚を同期させる。

 途端に湧き上がる万能感。子供の頃にあった何の根拠も無いなんでもできるという感覚に酔いそうになる。

 従魔の感覚は仕方が無い。子供と同じで時間が味方してくれる存在なのだ。

 時間をかければなんでもできる。それこそが子供の時の無敵感と万能感の正体だ。従魔も様々な万能感があるが、特に不滅の存在である感覚は消えにくいのだろう。一切の食事と老い、衰えの存在しない状態が従魔なのだから。肉体と物理に依存しないのだ。

 

「さて、トラス。一旦お別れだ。デンドロの召喚を間に合わせなよ」

 

 肩車していたトラスをエンドソーマの体を使って引っ剥がす。そして、全力で放り投げた。

 続けざまに俺の身体を抱えて全力で飛び上がる。地面を貫くように枝が生えてくる。

 

 つまるところ、俺が安全だったのはトラスがいたからということだ。トラスが近くにいることで、デンドロが呼び寄せられて、危害を加えなかっただけである。

 好感度稼ぎは失敗に終わったみたいだ。

 

 着地を狙った枝の横薙ぎを、攻撃動作で滞空時間を稼ぎタイミングをずらす。二本目の枝が串刺しにしようと勢いよく飛び出してくる。

 エンドソーマの片足のつま先を無理やり地面に付けて、足の親指に力を入れる。本来の物理やら質量やら法則を無視したような動きでエンドソーマの身体がスライドし、枝を躱す。

 

「うぇぇ! キモい!?」

 

 自分の身体の動作だというのにエンドソーマが悲鳴をあげる。

 情報質量システムは、従魔が無条件に世界を覆う物理法則よりも重いので、こういった本来ありえない動作でも、やろうと思えば無理やりに通すこともできるのだ。

 なお、肉体が物理法則に支配される俺の身体は、無茶な重心移動により悲鳴をあげている。

 

 振り抜いたままのロッドステッキを慣性を無視した動作で天に振り上げてスキルを放つ。

 

「「『マジックアロー・レイン』!」」

 

 低レア従魔が使う範囲魔法攻撃の一つだ。指定範囲に二十一秒間魔法属性の矢が降り注ぐだけである。

 継続攻撃で時間の長さもあり、総合ダメージだけで言えばかなり優秀なスキルである。問題点は範囲がレインというわりに狭いことと、行動妨害効果は無いので移動速度が遅くない限りは簡単に範囲外に逃げられることだ。

 発動後は自由に動けるので回復役従魔のダメージソースになる。

 

 しかし、相手はただの従魔ではない。特攻は普通にこちらの従魔にも通用するのだ。

 与えたダメージが、エンドソーマの脳髄に根を張る魔の花により、HPを吸い上げ回復されていく。

 目減りする体力をヒール連打で回復していく。

 

 エンドソーマは分類上緑種従魔となる。緑種従魔は基本的に個々の戦闘力は低いものの、非常に優れたHPと、自動回復力を持っている。それに加えて、エンドソーマはアビリティによる優秀な耐久力を兼ね備えているのだ。

 

 回復役でもありながら、耐久力もある。なんというか、元人間の低い基礎ステータスをアビリティで補うような補正のかかり具合である。

 そんなエンドソーマを相手にするデンドロは、環境型緑種の先駆けに近い存在だ。時間経過で自身の効果範囲を広げていき、回復、状態異常、枝という短時間の存在しかできない攻撃用トークンを生み出す能力を使ってくる。器用貧乏みたいな存在なのだ。

 

 これでステータスが優秀なら万能型なのだが、そこは低レアストーリー入手緑種。それぞれの役割に上位互換が存在する。

 運用するには愛が必要なタイプだ。一応無課金内では優秀な性能なので使えないわけじゃないのだが。

 

 打ち上げた魔法が細かく分裂して降り注ぐ。トークンによる攻撃を躱しながら回復を重ねる。

 まるで千日手のように硬直した状態であるが、問題はエンドソーマのMP総量と回復量だ。このまま続けていても持久力で負ける。

 

 アビリティによる必中攻撃は本当に厄介だ。プレイヤースキルを無視するこれは誰が使おうと差が出ない優秀さを持っているのだから。

 

「サ終してからのブランクがきついな。勘も腕も鈍ってる」

 

 ステータスそのものに大きな差が無いのにこんなに苦戦している。確かに無課金の今、ストーリーのボス相手に苦戦するのは分からなくもない。

 従魔のステータスが不足している。レアリティも何もかも欲しい基準には至っていない。自分自身の腕も未熟だ。今なお攻撃を回避し続けられているのは、培ってきた基礎の残骸と、従魔との同調により引き上げられた感覚によるものだ。

 

 従魔の動きは物理を完全に無視できる。そもそもそれに囚われることはないのだ。ただ、完全に無視してしまえば面倒だから、一部を敢えて受けている。そういう存在なのだ。

 だからこそ、入力次第で速度設定上の限界値までは攻撃を重ねられるはずなのだ。

 

 回避に攻撃を重ねて移動を挟むことで全部の行動をキャンセルする。

 形容し難い姿に一瞬エンドソーマが歪む。自分もまた巻き込まれて内蔵が悲鳴を上げた。

 

「ッ!?」

 

 まぐれ当たりのような技の成功。怯んだデンドロに追撃を入れようとして失敗する。

 

「????????」

 

 エンドソーマは理外の動きに脳が追い付かずに放心してしまった。まあ、元は人間だからね。関節とか無理な方向に動いただろうし。

 

 例えるなら、数値を弄ってバグったスケボーゲームの挙動とか、バカゲーのキャラクターみたいな軟体具合である。

 

「手応えはあった」

 

 ゲームとは操作性が大違いだから手間取ったが、基本の動きは把握できた。この重ね技はほとんどの近接攻撃型従魔で使うことになる。

 ここで覚えられて良かった。

 

 従魔によって引き上げられた感覚は、一度成功した動作の正確性を上げていく。僅かなズレを修正していくような精密な機械の如く。

 エンドソーマの動きに人らしさが消え失せていく。交差するたびに一方的に攻撃を加えていく。

 

 ダメージレースは圧倒的優位だった。

 

 しかし、この作戦の致命的なミスを忘れていた。

 

「え……。あれ? マスター、どうしました?」

「…………酔った」

 

 積載物は従魔ではない。この優れた感覚によって忘れがちになるが、召喚士そのものはただの貧弱な人間なのだ。

 一応ラインクレストの召喚による対G耐性は付いているはずだ。そうじゃなければ今頃酔っただけでは済まないことになっている。

 ミンチとまではいかないだろうけど、骨くらいは折れてただろう。

 

「俺を手放せば続行できるけど……」

「召喚士なんですし、狙いうちされますよ」

 

 そもそもデンドロを相手に戦っているのが自分だけしかいない状況だ。他はぼうっと突っ立っていたり、死んでいない人間の救助をしたり、周辺の敵を追い払っている。

 

「総員、退避するぞ!」

 

 俺が戦闘不能になったのを目敏く察したのか、ギルマスが号令を出す。

 すると、手早く魔術師達が陣形を組み、地面に手を当てた。襲いかかる従魔や触手トークンを剣士や召喚士達が遠ざけていく。

 

 瞬く間に石の塔のような建物が早送りで再生されるような速度で組み上がっていく。俺もその天辺に飛び上がり離脱する。

 トラスを放置していたが、今のところ問題は起きていないようなので放っておいても問題無いだろう。

 

 魔術師は空間を支配する。そう長くは保たなくとも、一時的な要塞や避難を可能とする魔術師は便利だな。

 従魔ではスキルを使うかアビリティがあるか、はたまた緑種従魔でもなければできない芸当だ。

 

 デンドロが根を伸ばしてくるが、あっという間に塔は完成し、外界と隔離されることとなった。

 

 

 

「このままでは結界がもたないぞ」

 

 塔の中では魔術師達が息を切らしながらも深刻そうな顔をして言い争っていた。

 

「助けを求めるべきでは?」

「この大事な時期に街を破壊した挙げ句に助けを? 馬鹿も休み休み言え!」

「しかしこのままでは皆あの植物に変えられておしまいだ!」

「──そもそも、誰が彼女を追いやるような事を言ったんだ? アレのせいでこんな自体になったんじゃないのか?」

「お、俺は受け入れようと思っていた! 誰かが石まで投げたんだ。あれはやり過ぎだっただろ!?」

 

 民衆も混じり口々に言い争い、責任を押し付ける先を探している。

 彼らの矛先はいずれ過去へ過去へと向かい、丁度いい位置を見つけるまで進んでいくだろう。

 

 それこそ、連れてきた奴がその時点で殺せば。とか、そもそも街にモンスターを。だとかだ。

 

「醜い……」

 

 集団から離れて自体を遠巻きに眺めていた柊菜が呟く。

 

「いえ、それでも生き残るべき人間、ですよね……」

 

 その言葉は自らに言い聞かせているようだった。

 

「あんたってまあ随分と自分を抑圧するよね」

 

 呆れたように返すミルミル。

 

「別に心に感じたことは素直に感じていいと思うわ。この偉大な魔術師候補の私だって、これは救いようがないと思うわけだし」

「いえ……多くの人はただ無知なだけで、怖がっているだけなんだと思います。どんな選択であれ、それが選んだ道なら、それは一つの答えですから。私は、それを否定してはいけないと思います」

 

 それだけの事が言えてどうして俺に対する当たりだけは強いんだ?

 

「スリープさんは独りよがりが過ぎる上に、ちょっと言葉足らずで迷惑を掛け過ぎるから別です。受け入れ難い価値観を持っていて、それを理解しているのに、他人に言葉を尽くさない時点で相互理解を放棄してますよね」

「端的に言い表して死こそ救済とか言ったら絶対に誤解されるでしょ? 時には言葉よりも体験こそが勝る時もあるってことさ」

 

 そうやって軽口を叩きあっていると、ギルマスから声がかかった。

 

「諸君、我々は今絶望の中にいる! 結界により孤立し、急増の拠点には食料も何もなく、このままでは一方的に士気も体力も削られるままだ! 我々は、この状況を打開する為に、今一度かの敵へと打って出る必要がある! 次に備えて休んでくれ!」

 

 今までも、ああして人を率いて来たのだろう。背を伸ばし堂々とした態度で話すからこそ、多くの人はそれに従い、争うことをやめていった。

 

「そ、それでは、私達も戦いにおもむくのですか!?」

 

 非戦闘員である一般市民は、それでも不安があるのか、自分たちの思いを口にしていた。

 

「いや。戦えない者はここで休んでいてくれ。君達の仕事は、我々の勝利の先にある。その時、大いに活躍してもらうよ」

 

 絶対的な自信を滲ませて言えば、市民達にポジティブな未来を思わせたようで、彼らも引き下がっていく。

 そして、ギルマスはこちらへ顔を向けた。

 

「お三方、少し、話がある」

 

 そんな物言いに、柊菜が警戒したように身を引いた。



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83話 苗床系召喚士

遅れて申し訳ございません。
誤字報告、感想、評価ありがとうございます。励みになっております。1500ポイント達成しました。これも皆様のお陰であります。本当にありがとうございます。

しかし、今回は短めです。推敲も不足気味です。


「従魔級モンスターとの戦闘においては、数を揃えるよりも突き抜けた個の戦闘力が欲しいということは知っているだろうか?」

 

 ギルマスが尋ねる。それに対して俺は小さく頷いた。

 現地民であるミルミルも同様で、若干追い付けているのか不安なのが柊菜だ。

 

 単純に、従魔のステータスは星が一つ違えば最終的に数十レベル分の差が開くことになる。そうじゃなくても、基本的にレアリティが高ければ高いほど耐性は充実していくし、基礎ステータスも高くなる傾向がある。

 

 罪罰のような例外もいるが、そういうのは唯一無二なアビリティを持っていたりするので除外である。彼女は育成終了してもステータスは伸びないのだ。

 代わりに結構強力なアビリティを習得するが。

 ちなみに、従魔級モンスターっていうのは、今のところ従魔ではないデンドロにおける評価である。同じ立ち位置には、エンドロッカス系統の人からモンスターへと派生したタイプや、災厄が当てはまる。

 

「現状では、緑種従魔以外がこの場に召喚できず、ほとんど個であの怪物相手に戦える者がいない状況だ」

「まあ、緑種ってほとんど環境操作型だしね」

「結界の解除はどうなの? まだこの地の魔術師はいるんでしょ?」

「結界に関しては、この街特有の防衛機構だ。街にモンスターを引き入れて実験をしていたのだから、最悪の場合は、街ごと処分するようになっている」

 

 つまるところ、あの結界は守るようではなく、逃げないようの檻ということか。

 緑種は、この世界の召喚士は召喚可能最高レアリティが星五までなので、単体でデンドロに勝てるやつは非常に少ない。デンドロは一応レアリティは星四クラスなのだ。緑種のエースであるエルフ系従魔は、第二部からのガチャシリーズキャラだし、最低レアリティは三だった記憶があるが、いないということはそういうことなのだろう。

 序盤の緑種従魔のほとんどは人間型ではなく、虫か植物がほとんどだ。後は本当に環境そのもので、砂漠とかがある。

 ちなみに、詰み防止も兼ねているのか、最初のガチャで環境型緑種が召喚されることはない。多くの緑種従魔は、一章完結後に召喚解禁されることになる。

 細かいアプデで戦える緑種は増えたが、それらもプログラムが面倒なのか、最初に登場することはない。これが、最弱と言ってもいい種の従魔なのに、使い手が少ない理由だ。

 

「二人の従魔の扱いを見ての判断だが、アレを倒す力は無くとも、抑え込むくらいはできると判断した。だからこそ、前衛を二人に頼みたい」

「まあ、良いけどさ。勝ち目はあるの?」

「正直に言えば、薄い。だが、絶望するほどではない」

 

 ギルマスは強く言い切った。

 

「アレは化け物であっても従魔ではないからだ」

「……? 従魔って──」

「まあ、スキルは無いだろうしね」

 

 柊菜の言葉を遮る。情報質量システムに関して説明するのはあまりにも面倒だから。それなら分かりやすい部分を話したほうがいいだろう。

 スキルは従魔の持つ技術だ。アビリティは固有能力みたいなものだが、従魔になる前の時点で持っている事が多い。

 

「攻撃に関しては魔術師を。彼女らを守るのがこちらの役目だ。例え死んだとしても守り切る」

「……ふん。自分のケツも拭けない未熟者達に手を貸すのは優れた者の役目だから!」

「私の手持ちに戦える能力がある従魔はいない状態ですけど?」

「場を作るだけでもありがたい。それに、一度見たが、空間を使って攻撃の回避などもできるのではないか?」

「ぶっつけ本番でですか……?」

 

 柊菜が不安そうに俯く。しかし、すぐに強い決意を宿した目をして顔を上げた。

 

「なんとか、やってみようと思います」

「……この街の人間ではないのに、感謝する」

 

 もちろん俺も、断る理由はないので頷いた。

 決行は二時間後になると言って、ギルマスは他の人の所へ行った。

 彼が十分に離れてから、ミルミルがこちらに目をやった。

 

「生存してたのは知ってたけど、無事だったのね」

「結構苦労したけどね」

「ふーん? それはこっちの状況よりもかしら? なんせこっちは世界の崩壊を目にしたんだから! 樹も里香も柊菜も、もちろんこの私も成長してるのよ!」

「……遅れましたが、スリープさん。お久しぶりです。私は特にそこまでの事はありませんでしたが、樹くんが、ちょっと」

 

 柊菜も、少し気まずそうに声をかけてきた。少し顔を赤らめている辺り、シモの話かそれに近いものの予感がする。

 それよりも、崩壊を見たのか。星十六の従魔は確かに一度登場するが、場所が違うはず。どんなイレギュラーが起きたのだろうか?

 それとも、召喚制限を無視した従魔が現れたのか? この世界は、ラインクレストの召喚ができるように、プレイヤー側の制限などあってないようなものなのだが。

 

「まあ、いない人のことは後で聞くとして、久しぶり。手持ちは増えた?」

「樹がまた女を増やしたわ!」

「……えっと、そういうこと、です。私は、特に。スリープさんはどうですか?」

「石の回収効率は良いから、結構増えたかな」

 

 何気ない雑談を交わしながら、それでも柊菜が不思議そうにこちらを見つめてくる。

 

「それで、その頭に生えているのはなんですか?」

「あ、ほんとじゃない。なに? 人間辞めたの?」

「あー、紹介しようか」

 

 言われてから気付いた。そう、今の俺はエンドソーマを頭に生やした状態にしているのだ。

 というのも、戦闘が終わって一息ついたところ、彼女が死んだ目でこちらに寄りかかってきたのだ。

 そしてずるずると動き、あっという間に俺の身体の中へと潜り込み、頭に花を咲かせやがったのだ。無意識に奴の性癖が滲み出ている。

 というか、エンドソーマの本体は人間部分だと思っていたのだが、わりと簡単に触手のようになって俺の口腔から内部へと入り込みやがった。

 まあ、別に悪影響も無いようだから放置しているけどさ。元人間の癖にあっさりと人間の感覚を捨てたエンドソーマにツッコミを入れられなかったのだ。

 

 意識して命令をかければ、彼女は俺の口からぬるりと這い出てくる。柊菜が顔を青くして口を押さえ、ミルミルは「うわっ……」とドン引きの声を出して後退った。

 

 俺は従魔になったミルミルが最終的にゲーム主人公の魂に住み込もうとしたのを知っているぞ。

 メゾンド召喚士である。口、目、魂、精神など、主人公の一部になりたがったり、勝手に同居する従魔は案外多いのだ。

 ちなみに、主人公寄生勢と、主人公しまっちゃう勢の二種類が争う一面もある。これぞパラフィリア。

 まあ、緑種従魔の主人公の肉体に対する執着は異常なところがあるから……。これがデフォみたいなものだ。

 従魔によっては好感度イベントで想像だけで実をつけるやつまでいる。

 主人公は苗床。はっきりわかんだね。

 

「あ……えっと……どうも。つい最近にマスターの従魔となりました。エンドソーマです」

「はぁ!? つい最近!?」

「そうですね。数時間前です」

「出会ってすぐの距離感じゃないですよ!?」

 

 ゼロ距離密着だもんね。むしろマイナスかもしれない。

 指摘をされたエンドソーマは、ハッと正気に戻ったような顔をして、赤面しながら俯いた。

 

「いや……あの。これはですね……。ちょっとショッキングなことがあって無意識にやってしまったんです!」

「むしろ無意識の方が問題あると思うんだけど?」

 

 そんな姿をミルミルに突っ込まれていると、柊菜が一歩寄ってきた。

 

「スリープさん。私は以前見せた睡蓮以外は使える従魔がいないです。一応、瞬間的な展開による回避は使えます」

「あ、ちょっと。それなら本当に瞬間的な展開にしなさいよ。じゃないと魔術師が地脈から力を借りれなくなるから」

「それなら、俺の方に来る攻撃を柊菜が防いでくれない? そうすればエンドソーマが自由に動ける」

「わかりました」

 

 そこで一度話が途切れる。柊菜の表情が暗いので気になっていそうな事を伝える。

 

「里香なら多分王都で復活してるよ。死体が残ってないし」

「それならさっき連絡があったので大丈夫です。えっと、それで……。里香ちゃんと合流するのにスリープさんは付いてきますか?」

 

 その質問が出たことに驚いた。結構な依存気質がありそうな柊菜のことだから当たり前のように合流して一緒に行動することを前提にすると思っていたのだ。

 

「…………まあ、色々済ませていないまま逃げるように動いているからね。来た道を戻るとしても、柊菜達と一緒に行くと思うよ」

「そうですか……」

「それに、そう遠くない期間に西側の攻略を終えるか、特定従魔を召喚しないといけないだろうしね」

「やっぱり、世界は崩壊するんでしょうか?」

 

 この言葉が出るということは、世界に影響を与える従魔が出たということだろう。そこで見たものにショックを受けたと。

 凄く答えにくい質問だった。

 

「このままいけば崩壊するだろうね。それまでに脱出をしなきゃなんだよ」

「残された人は、どうなりますか?」

「記録されることになる」

「え? 記録?」

「そう。記録されて、保存されるが、大本は崩壊に飲まれる。その後、従魔によって記録されて再現されるか、そのまま保存されたまま終わるかどちらかになる」

 

 柊菜は、なぜここで従魔? といった腑に落ちないような顔をする。

 これに関しては、従魔がどういう存在なのかを知る必要があるからなぁ。

 

「従魔っていうのは、既存システムにおけるバグみたいな存在なんだよ。その目的はあらゆる情報の集積と保存。だからこそ、従魔は多くの世界で現れては情報を集め、観測してから消える。…………まあ、創作における天文台とかそんな感じの存在なんだよ」

「目的はなんですか?」

「煙に巻くようなことだけど、人のレゾンデートルは何だと思う?」

「……進化だと思います。進化の先に、理想があると信じて、私達は発展していくのだと思います」

 

 聞いていて思うが、柊菜は全体主義的な思想を持っている。それこそが柊菜の主張の多くを占める価値観なのだろう。それでいて争いを肯定する考えがあるのもまた面白いが。

 

「まあ、生物的なもので見たりすればそんな感じの答えになるよね。俺としては明確なものは持っていないけどね。強いていうなら答えをみたいから、人は存在するんだと思っている」

「答えですか?」

「表現的な言葉でしかないけどね。何かしら納得のいく答えとか、満足するような何かを求めて存在するんだと思うよ。哲学的な真理というよりも、自分自身の美的感覚による物語の終着を探し求めている的な感じかな?」

「なんか、よく分からないです」

「まあ、自分でも言語化できてない未熟な考えだから、覆るかもしれないし、理解されなくてもいいかな」

 

 時間があれば、もう少し考えを深めてもいいかもしれない。

 実のところ、俺は何かをはっきりさせるのはあまり好きじゃなかったりする。主義主張こそはっきりしているつもりではあるけれど、絶対不変でも無い。

 なんというか、可能性を狭めたくないのだ。

 

「従魔っていうのは、情報をただひたすらに集める存在だ。そこにおける情報はただの文字でもないし、俺たちが思う物質的なものも含んでいる。それらをただひたすらに集める存在なんだよ」

「つまり?」

「案外俺達と同じようなものなんじゃないかなってさ。アプローチ方法とかが違うだけで、従魔もまた何かを探してそんな行動をしているんじゃないかな」

 

 もしくは、それこそ天文台のように、ただひたすらに観測する事が目的なのかもしれない。

 それを知る可能性のあるエンドソーマは、こちらの会話に触れることはなく、柊菜もまた考え込むようになり、それ以降話すことはなかった。

 

 

 



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84話 ミーイズム

なんか納得がいく文章ではないのですが、勢いで突っ走ります。クオリティが低くて申し訳ございません。
次回か次々回辺りで本章も終わると思います。


「さて、準備はできた?」

 

 急造の石造りの塔が悲鳴をあげている。外からかかる圧力が強すぎるのだ。このままいけば数分と経たずにこの場は粉々になり、俺たちは放り出される事になるだろう。

 

「どうやって降りるんですか?」

「魔術師なら足場作ったりしてなんとかできるけど、皆でそんなことしてたら狙われるのよね……」

 

 柊菜とミルミルが石壁の前で首を傾げる。そこに、背後からギルマスが声をかけてきた。

 

「前衛をする二人が先行して出てほしい。一応、塔を作った魔術師によって安全に降りられるようにできるが」

「あー、大丈夫大丈夫!」

 

 ひょいと俺と柊菜をエンドソーマが抱える。両腕が使えなくなるがこれで問題無い。

 

「え? ちょっと、スリープさん?」

「できれば壁だけ開けて欲しいんだけど」

「……わかった。本当に大丈夫なんだな?」

「万全を期したいのかもしれないけれど、俺と君の視点は別なんだよ」

 

 そう言うと、見知らぬ魔術師を呼んできた。

 ここは最後の砦だ。内部に入られた時点で負けといえる場所。

 操作は一瞬。まるで液体のように石が溶ける。

 エンドソーマが俺と柊菜を両腕に飛び出した。

 

 浮遊感。そして急激な落下。耳に纏わりつく空気がうるさいくらいに音を立てる。

 塔は思ったよりも高くなかった。二十メートルあるか無いかといった程度。学校で言えばおよそ四階くらいだろうか。プールよりも長くないといえば小さく感じるが、高さとして見れば人生で誰もが見るであろう高さとして想像つきやすいくらい。そしてそれは思ったよりも高い。

 

「きゃあああああ!?」

 

 分かっていただろうに悲鳴をあげる柊菜。耳を塞ぎたいところだが、そんなことしている余裕もない。

 

「せいっ!」

 

 エンドソーマが空中で前蹴りを出す。特に何かに命中するということもなく、ボッと空を切る音がする。

 攻撃のタイミングでエンドソーマが空中で静止する。

 

「ぐうぅえぇ!」

 

 腹に全体重がかかり内臓が押し潰されそうになる。柊菜の口からはまるで潰れたカエルのような乙女の欠片も無い声が漏れ出ていた。

 再び落下が始まる。タイミングを見計らって攻撃を挟み落下速度を消していく。デンドロは近くにいないのか、こちらに襲いかかる枝や根が無くて助かった。

 そして、エンドソーマがスタッと華麗に着地する。つま先から降り立つようなふんわりした優雅さだ。完璧である。

 

「…………スリープさん……恨みますよ」

「ひえっ」

 

 地獄の底から響くような重低音が俺の横から聞こえてきて、エンドソーマが怯えた。確かに人体へのダメージは結構大きいが、身体を壊すほどの無茶はしていない。

 柊菜は俺よりも質量が軽いだろうから余計に問題ないはずだ。

 

「いいから、ほら! 作戦開始だよ」

「っ! 後は任せますぅー!!!」

「ふぎゃっ!」

 

 エンドソーマに指示を出すと、一刻も速く捨てたかったのか、柊菜と俺をパッと手放して駆け出した。俺は事前に準備していたから大丈夫だったが、柊菜は顔から地面に落ちてしまった。

 襟首を掴んで引き起こす。

 

「頼んだ!」

「っ! っ! 死なす……っ!」

 

 顔を真っ赤にして柊菜が絞り出すように叫ぶ。襲いかかってくるが黒に塗り潰されていく。

 数瞬の後に景色が戻り、周辺に叩き付けられた枝が残っていた。

 

「いいぞ! その調子だ!」

「あー!! もうっ! ほんっと嫌い! 社会人なんだから報連相くらいしてくださいよ!」

 

 盛大な愚痴と共に柊菜が手を掲げる。降り注ぐ触手を前に怒りに任せて叫び声が出ていた。

 

「『コール』!!!」

 

 

 

・・・・・

 

「あれが……召喚士の姿なのか?」

 

 男は震える声で呟いた。

 彼の従魔であるカンテラを掲げ、迫りくる植物を炎で焼き払っていた。ほとんど自動で戦えるソレは、一つの通路を封鎖して防衛するのに向いていて。だからこそ、ギルドマスターという率いる立場でありながら、全体を俯瞰し指示する位置にいた。

 故に、彼は異常な者達の戦いを目の当たりにする。

 

 男女のペアだ。ギルドマスターからすれば若く、しかし子供ではない年齢の後期青年。彼は自らを守る為の従魔を側におかず、ただひたすらに静かに目を見開いている。

 彼が使う従魔は、あまりにも異質だった。同じ従魔なのかと思うほどに。見た目こそ、街の教会でひっそりと暮らしているシスターにそっくりだ。しかし、外見以外は人間だった時の姿とは大違いである。

 

 彼女が使うロッドステッキを振り回し、迫りくる枝葉を迎撃している。まるで重力が存在しないかのように身体が横へ滑るようにスライドし、反動を無視した一振りで体格の倍以上はあるそれらを弾き返す。そして、息をしていないとしか思えない連続詠唱。運動量に対して息をする暇がない魔法の連打。

 彼女は元々そこまで運動は得意ではなかった。それなのに、踊るように戦っている。人の身では行えない事を成し遂げている。

 頭部に咲く花のように、彼女は既に人間ではないのだろう。だが、人と同じような姿の従魔は居ても、そのどれもが物質の持つ性質に従って生きていたはずだ。

 

 それを成し遂げているのが、あの男なのだろう。常に動き回るシスターを視界に捉え続ける召喚士。どのように指示をしているのかは全くわからないが、それでもシスターの視界外の攻撃に反応させている辺りから、彼が何かをしていると伺える。

 

 

 そして、そんな男を守るように腰に手を回しながら、ただ目を閉じ続ける少女。

 彼女は、青年とは反対に目を閉じている。しかし、時折彼らに向かってくる攻撃の全てを、彼女が持つ従魔によって防いでいる。

 彼女が使うのは、一部有能な召喚士が持つと言われる環境型の従魔である。詳しい事は分からないが、現実を塗り潰して自らを顕現させる能力と、逆に自らの空間に指定したものだけを引きずり込む能力を有しているとされている。

 

 理論上は、その能力を使えば攻撃を完全に防ぐことができるだろう。自らを世界から隔離し、その後に開き直せば、攻撃を回避する事は可能である。

 だが、一つのミスも無く行えるかといったらそれは困難だ。そもそもこの技術は実戦で使われるようなものではなく、魅せる為の曲芸のようなものでしかない。

 それを実戦で通用するレベルで使用するというのは、どれだけの胆力と精神力が必要なのだろうか。

 

 振り上げられた枝が叩き潰すように二人へ迫る。

 一瞬、水面が揺らぐように二人は消えて、地面へと枝が叩き付けられる。地面が割れる程の威力が込められたそれは、しかし、再び現れた二人には何の影響も与えていなかった。

 

 先程から、これの繰り返しである。枝や根を操る本体が姿を見せていないからか、隙の大きい攻撃しかしてこないが、それでも生きた心地はしないだろう。

 

 そして、彼らへと攻撃をした触手へロッドステッキが流星のように駆ける。

「『マナブレイド』!」

 離れたここまでシスターの気合が届く。

 そのままシスターは止まることなく駆け抜け、触手は一文字に断ち切られていた。

 

「……死を恐れぬ者達」

 

 男が呟く。男が今まで見てきた中で、これほどまでに自らを顧みない前のめりな戦い方は見たことがなかった。

 しかし、既視感がある。

 

「勇者なのか?」

 

 死から這い上がる不屈の傭兵。その存在は知っていた。これまで召喚士の勇者など聞いたことも無かったが、いないという事はないのだろう。見て来なかったか、隠されていたか。はたまた、偶然か。

 しかし、勇者特有の命に対する価値の低さを感じられない。

 

「今考えることではないか」

 

 頭を振って、思考を中止する。

 戦局は優位になっている。このまま行けば、地上での活動拠点を確保できるだろう。

 だが、こうまで大暴れしている人間がいて、あの怪物が出てこないとは思えない。

 

「……来たか」

 

 大地が揺れる。怒り、嘆きの悲鳴が轟く。

 硬いはずの岩畳を容易く突き破り、天へと魔の花が咲き誇る。

 小さなアルラウネは成長し、人の面影だけを残して像へと変わった。

 

 ここからが本番だろう。

 魔術師が作った塔に、視界を埋め尽くすほどの根が迫る。

 

「焼き払え!」

 

 カンテラが炎を吐き出し、近付く植物を灰へと変える。しかし、灰になった根を乗り越えるように再び伸びてくる。

 埋め尽くすような物量を前に、今一度カンテラを振るうと、周囲に青い炎が広がった。それは、根をゆっくりと焼くことで、他へと炎を広げていく。

 僅かな空白地帯が生まれる。男はシャムシールを抜いて、カンテラへと刺し入れた。

 剣が炎を纏う。一振りふるえば、炎が軌跡を辿り、前へと突き進む。離れていた根を両断し、断面を燃やし始める。

 

 根がまるで恐れるように蠢いた。

 

「あの者たち程ではないが、狭い空間での戦闘は得意でね……。人類を舐めるなよ。化け物。死ぬまで先へ通ることは敵わん」

 

 炎すらも埋め尽くす勢いで増えていく根に、男は悠然と剣を構えた。

 

・・・・・

 

 ミーイズム。という言葉がある。この言葉はあまり知られているものではない。何故なら、その主義は当たり前のものとなったからだ。

 自己中心主義。自らの幸福や満足のみを求める思想。他者に関する無関心。これは、現代における当たり前である。

 水は低きに流れる。悪貨は良貨を駆逐する。文明の発展の先に得た利便性は、人に余裕を生み出し、視野を広げさせた。

 

 そして、人類は希望ではなく絶望を見つめる事にした。それこそが現代社会である。

 

 無論、このミーイズムに対する批判的思考は強者の理論である。しかし、同時に広まった悪貨は残った僅かな良貨を前にして苦しみを覚えるのも事実だ。

 低きに流れた水は、より低い水を見て、高きにいる水から言われるのだ「自己責任」と。

 環境的理由もあるだろう。絶望を前に足が挫けた心の弱さは否定する事はできない。

 

 理論を認識する賢さがあるからこそ、罪は自覚されるのだ。知恵の実が罪になったのは、知識を得たからに過ぎない。罪を自覚できるだけの賢さこそが、罪の本質だ。罪に与えられるのは、罰ではなく罪悪感である。

 

 話を戻そう。ミーイズムが進み、全員がそれを当たり前と認識した結果。社会は崩壊する事になる。恵まれたものは強者の理論を振りかざせる。弱者はただ強者の理論を理解するからこそ、黙り込むしかない。

 

 その先に待つ事こそが、暴力による破壊だ。

 

「どうして……どうして……?」

 

 人らしさを捨てて、神秘的な女神像のようになったデンドロが嘆き悲しむ。

 

「私も人になりたかった。友達になりたかった」

 

 その嘆きに強者の理論を振りかざす気にはなれない。

 俺は基本的に弱者であり、どちらの思想もまた理解できるからだ。

 強者がいる限り賢き弱者は苦しむ。されど、強者がいなければ弱者は存在できぬ。

 

 努力が足りない。とは言えなかった。

 

「人と違うだけで排除されてしまうの? 私は街に貢献していたのに!」

「作った者にこそ感謝すれど、人は道具に感謝はしないよ」

「家畜として殺すのなら、私はこんなに手を貸さなかった! 家畜であることを望まなかった!」

 

 だからこそ、今こうして人を殺そうとしているのだろう。

 

「なら、交渉でもしたら良かったんじゃないですか?」

 

 吐き捨てるようにエンドソーマが言う。彼女はデンドロの言葉に怒りを覚えているようだった。

 

「私達はあなたの持つ力を欲している。あなたは友を欲している。ならば、最初から平等の立場を目指して交渉すればよかったのです」

「……人の世界のことなんて、知らなかった! 人肌の温もりも、営みも、その優しさも知らなかった!」

「知った後に、動けば良かったんじゃないですか?」

 

 エンドソーマは口撃の手を止めようとしない。

 後から結果を見てあれこれ言うことはできる。それは楽でありながら、結果に対して改善点を見つけることで、強者の理論の如く見せかけられる無責任な言葉の武器だ。

 

「…………」

 

 言われた事を理解できてしまう。別の道があった事を理解できてしまう。賢さとは、自らをも傷付ける力であり罪だ。

 俺は、人はその瞬間における自らの最善を選ぶことしかできないと考えている。テストになればいい点を取ろうとする。それがその時のそいつにとって最善の道と考えたからだ。

 全教科五十点しか取らないとするならば、それにはそいつなりの最善があるのである。例えば、目立たないように行動した結果として。とか。

 

 結局のところ、条件が同じであれば、人はその選択を再び行うしかない。

 問うべきは結果ではなく過程だ。結果を批判したところで、どうしようもない。

 過程ならば、条件を見て選択肢を増やせば、別の最善が見つかるかもしれない。

 結局のところ、瞬間における条件を見て、しかたないと諦めるしかないのである。それができるのは自分だけだ。

 逃げ道を塞いで他人を傷付ければ、どうなるかは見ずともわかること。

 

「うるさいうるさいうるさい!!!」

 

 ただ自己矛盾の苦しみの果てによる発狂か、外敵の排除のみである。

 

 止まっていた枝や根、触手の動きが、理性を手放したように滅茶苦茶に暴れまわる。

 

 結局のところ、行き着く先はミーイズムだ。

 自分の事は自分でしか納得させられない。乗り越えられない悲しみや苦しみに対し、差し伸べられる手にすがりつくしかない。

 

 絶望を見つめて自分自身を慰めることしかできなくなる。

 

「そうだ。好きなだけ暴れなよ」

 

 狂い許せない怒りの果ては破壊だ。暴力でもって全てを破壊する。

 

「瓦礫の上で泣きはらせ。絶望を前に苦しみ続けろ」

 

 エンドソーマを呼び寄せる。ただ、コツンと頭を小突いて、力強く撫で回した。

 

「その果てに、自らの力で立ち上がる力がある。絶望を打ち砕くのは暴力だ。全てを壊した後は、自らの暴力のみが己の武器だ」

 

 首を鳴らして、一歩前。踏み出した足で地面を躙る。

 

「さあて、か弱い女の子の癇癪だ。満足させて、自分の力で立ち直らせるぞ!」

 

 自分も守るベールの先に、ただの願いがある。それを聞かなきゃ従魔にはならないだろう。

 なんたって、この世界はイズムパラフィリアだ。自らの持つ価値観(主義と愛)でしか、物語は綴れない。

 

 四方八方からがむしゃらに振るわれる触手を前に、俺は柊菜を抱き寄せた。後は任せたぞ!



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85話 衆愚

過去一の難産で載せるべきか悩みました。
もしかしたら全面改稿するかもしれません。

推敲不足な上、短いです。


 降り注ぐ攻撃を、歯を食いしばって凌ぐ柊菜。俺は特にやることがないので語り続ける。エンドソーマ一人の操作くらいなら片手間でも十分可能だ。

 

「自己矛盾を起こしにくい。認めにくい人間ってさ、行動の全てに理由をつけるから、自分のやった行動に対してしっかり性格とかもついて行くんだよね」

 

 自分の弱さや怠惰を棚に上げて、あれやこれやと理由を付けて逃げるようになるので、自分に返ってきやすいのだ。

 例えば、締め切りを守らない人とか。半月に一回だけ小説を投稿するのに対して、推敲もろくにしないし、何なら期限を守らないことだってある。

 正直設定もプロットも完結まで保たせられるくらいには固まっているはずなのだから、書くだけで十分なはずなのだ。なのにやらない。

 理由は、忙しいとか、生活が変わったとか、病気とか色々挙げられる。だけど、その中でも十分な時間が取れるからこその半月に一度というルールじゃないのか?

 その間に一切の余裕がなかったのか? そうじゃないだろう。時間は幾らでもあったのだ。ただ、ゲームとかしたり、娯楽に費やす時間が多くなりがちなだけで。

 

「理由を付けて自分から逃げると、人間としてどんどん屑になっていくんだよ。特に、自分から逃げるのが致命的だ」

 

 昨今はストレスや危険性から距離を置くことを重視されているが、なんだかんだ言って、ストレス環境というのは成長には不可欠である。

 特に、自力で行動しにくい奴には。

 

「デンドロもそうだろう? 管理された環境に甘んじたからこそ、自力で生存圏を作ることなく、努力を放棄した。これが外の環境で生き死にが関われば、全力で生き延びる道を探したはずだ」

 

 話を聞いているのか、攻撃が一層苛烈になる。一つ一つに籠められる力が増大し、地面が割れて破片が飛び散る。

 ガツンと頭に石の破片がぶつかった。柊菜が青い顔をするが、大丈夫だと手で制する。

 

 俺はもうあまり地面からの影響を受けないのだ。

 

「わかっているだろう? 結局のところ、現状に甘えた結果が、家畜としての今であり、その先に待っている破棄だ」

「うるさい!」

 

 柊菜のメンタルが崩れて、回避が間に合わなくなる。咄嗟にエンドソーマが間に入ることで、攻撃を受け止めた。

 物理攻撃なので結構ダメージが大きい。回復を打っておく。

 

「短絡的な行動に走ったのは、脳内でバグが起きた証拠だ。自覚している罪と、甘えた自分の中にある逃げた理由。それらが衝突した結果が、衝動的な原因の排除だ」

 

 まあ、これに関しては人次第な気もするが、大抵のカッとなってやったは多分自分が矛盾を自覚して、逃げ場が無くなった時に起きると思う。

 そこで原因の排除に成功すると、また逃げられるようになってしまう。屑スパイラルが始まるのだ。

 だからこそ、俺は排除されずに声を掛け続ける。ストレッサーが居続ければ、手段を講じるようになるからだ。

 そして、その時に、立ち直れる選択肢を選べばいい。

 

「……わかってる。わかってるよ。自分が悪いんだろうってこと」

「まあ、この街の市民もこうなる前に受け入れればよかったと思うけどね」

「スリープさんっ」

 

 脇腹を肘で突かれる。柊菜が余計な事を言うなとお怒りの視線を向けていた。

 いやでもそうじゃん。変にアプローチかけて引っ掛けた女の子を散々利用した挙げ句受け入れなかった。ってお話じゃね? これ。

 

 そら刺されるような事態になるよ。

 

「でも、もう遅いよ。私は受け入れてもらえなくて、処分される。じゃあ生きる為に戦うしかないよ……。他にどうすればいいの?」

「やり直す手段があるとすれば?」

 

 少しだけ期待があったのか、女神像みたいなデンドロが動く。しかし、すぐさま触手が垂れた。

 

「あっても、もうここは無理だよ」

「まあ、そりゃあ受け入れられないって決まった場所でもう一回は無理だけどさ、結局は、自分を受け入れて欲しいってことでしょ。なら、探せばいいじゃん」

「……どうやって?」

「手は差し伸べられているよ」

 

 俺じゃなくて、別の人がね。

 その手を取る。やり直す手段もまた、側にある。

 今を失うことになるけれど、理想が見つかるであろう事象。終焉を飾る次のシナリオを紡ぐシステム。

 

「ああ、もう、そこに居たんだね……」

 

 デンドロが枯れていく。これ以上力を伸ばす必要も無いのだろう。

 空に光の柱が登る。纏わりつくように光の奔流が柱を包む。

 

 エンドソーマが、ステッキロッドを天頂にかざすように構えて、デンドロの脳天に突き刺した。

 光の玉が上っていく。エンドソーマの襟首に柊菜が組み付いた。

 

「な、なんで……今、あんなことを」

「溜飲を下げる為の互いの落としどころですよ」

「そ、それでもっ!」

 

 柊菜で悲痛な声をあげる。

 

「殺さなくても、良いじゃないですか……」

「いや、従魔にするならこれ以上ない確実な手段だけど」

 

 死のプロセスは結構大事だぞ。

 チェリーミートみたいな特別や、リミテッド従魔の一部でもない限り、一旦の終わりである死というのは従魔になるのに対して有効手段である。

 特に、この世界なら確実であろう。従魔がいないような世界だったら俺も慎重に行動するよ。

 

「何より、これでデンドロを許してくださいって言って、許されるとお思うか?」

「……それでも。罪は償えるのでは? 謝罪が無理でも、処分までする必要はありましたか?」

「この街の民衆感情を見て、そう言えた?」

 

 かわいいは正義の日本じゃないんだよ。ここは。

 従魔になって生きられるなら、一度全部リセットしたほうがスッキリするだろう。

 枝や触手が消えたことで、様子を見に降りてきたギルドマスター達がこちらへ来る。

 

「やってくれたのか?」

「ざまあみやがれ! 化け物め!」

 

 戦いもせず、デンドロの声も聞かなかったであろう守られていた人間が、口々に言う。

 ギルドマスターが正面に立ち、頭を下げてきた。

 

「……討伐感謝する」

「いいよ。気にしないで」

 

 それを期に、戦いが終わったのだと確認した民衆が手をあげて喜び喝采する。

 お祭りでも始まるのかというような浮かれた雰囲気が周囲を包む。悲観にくれていた柊菜が、信じられないものを見るように立ち尽くしていた。

 

「性格にもよるけど、大体の人は自分に甘いし弱い。娯楽が多い世界、ストレスの少ない、逃がしやすい世界では特にそうだろうね」

 

 この世界は生きていくのが厳しい。力あるものは横暴に振る舞い、力無きものは声を上げても無意味。

 ある意味無気力になりやすい環境だ。そういう意味では現代に似ているかもしれない。

 

「この街は結構いい場所だろうね。東のような混乱も無い。生きるだけに全力を尽くさないといけないアイドルが守る場所でもない。モンスターを研究して、技術や進歩に使える余力がある」

 

 ギルドマスターが顔をあげて俺達を歓迎する。

 

「君たちは英雄だ! どうだろう。次のギルドマスターに興味はないか? 街は魔術師であっという間に復興できる! どうだろう。我々は、君たちの事を無下に扱うつもりはない。恩人だ。……そうだ、この街は身分制を導入しているんだ。君たちに爵位をあげよう! 上に立つ人も随分少なくなったからな。誰も文句は言わないさ! もちろん、身分には相応の特典があるんだ! 街に対する自由な行動や権力等ね。最近は獣人も貴族の奴隷も入ってこないので、あまり使える物はないんだが……。ああ、そういえば、あの怪物のように、今は知性あるモンスターを奴隷のように使う方法を研究している。どうだろう? 君たちの実力なら、この研究もすぐに実用段階になるだろう!」

 

 捲し立てるように話すギルドマスター。その目は既に次を見つめており、この街に起きた悲劇などには目もくれない。新しい力として、俺達をしっかりと見つめている。

 ああ、そういえば、ここ身分制の街だったか。

 

「わかっただろう? 人は、逃げる為に理由を探す。水は低きに流れる。自分自身を保つ為に、人は、理由を作り上げる。そうして徐々に、自分や問題から逃げた人は、屑になっていく」

 

 全部、人間の話である。知性ある従魔やモンスター。貴族や獣人は、似ているとしても、人間なんかじゃない。

 役割を守り、自らの領分と超えずに生きる個体が多い。それは、進化の過程により生まれた生きる術だろう。

 人はそうじゃない。不満に弱く、それらを解消する為に進化した。領分など関係無しに自分の為を追求してきた。それこそが彼らの発展の力でもある。

 そして、それは自らにも働く。環境に甘んじて逃げれば、それ相応の人間になる。他に原因や理由を求めれば、反省しない他責思考の人間の出来上がりだ。

 

 それを乗り越えるには、破壊しかない。全部壊して、取り繕えるものも全部無くした方が、開き直って頑張ることができる。

 

 暴力は闘争だ。争いの中にこそ、成長がある。

 

 この街は、他と比べてあまりにも暴力と無縁である。守られた民衆。率いるギルドマスター。守る力を持った魔術師達。

 それらを支えるのは身分制。権力という構造と、力ある人間の保護。それらがバランスを取っている。

 一番下の身分には、人ならざる物を。そうして民衆の不満を逃がすのだ。

 

 残された草木を民衆が、不満をぶちまけるように蹴り飛ばし、引き抜き、踏み躙る。彼らは言外に、しかし声高に叫んでいる。人間様の怒りを知れ! 民衆の怒りを知れ! と。

 

「なんで、あんなことができるんですか……」

「しょせんは、全部他人事だからだよ」

 

 当事者同士なら、もっと見えるところはあっただろう。悲痛な声を聞いたことで、死体を蹴り飛ばすことはしなかっただろう。

 だが、小さな不満や怒りを間接的に受けただけならば、そんなの関係ない。

 当事者意識もないから、反省も無いし、考えることもしない。

 

「これでもまだ、罪を償うべく残した方がいいと思える?」

 

 俺はギルドマスターの誘いを断って、柊菜に笑い掛けながら、民衆を指差した。

 

 そこには、愚かと呼ぶべき無関係な第三者が小さな不満を敗者にぶつけて、狂い嗤っている姿があった。

 彼らの口からは、今回の出来事に対する反省も考察も無く、ただ感情のままに言葉を吐き連ねていた。

 

「いっぺん全部ぶっ壊して、やり直したほうが早いんだよ」

 

 なにもかもね。



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86話 花は枯れて

大変長らくお待たせしました。ついにこの作品も100話です。
執筆の遅さやら、色々反省すべきことはありますが、とりあえず本作をお楽しみいただけたら嬉しいです。申し訳ございませんでした。
なお、閑話にするべきか悩みましたが、完結編的なノリでこの話は本編にしています。
推敲一回のみです。


「スリープさぁぁぁん!」

 

 男の低い潤んだ声が飛んでくる。街は既に青い空を取り戻し、魔術師達が復興を始めている。街の外見上はもう数時間前の崩壊が無かったかのように消え失せて、通りを歩く民衆の顔も笑顔になっている。

 通路の端、足元に残る植物の残骸だけが、少し前の事件の名残としての存在を主張していた。

 

 そんな中、なんか粘液まみれの樹少年が駆け寄ってきた。震えながら両手を広げている。

 不安定な足元であろう彼は、しかしバランスを崩す事なく地に足を付けている。おそらくだが、乗り物関係か地面、液体に関する従魔を召喚している可能性が見て取れる。

 

「もう二度と会えないのかと思って……俺達皆死ぬかと……」

「おーけい、気持ちは分かった。それ以上近寄るんじゃないぞ。俺は男とぬるぬるプロレスなんかやりたくないんだ」

 

 そばに寄ってきた樹少年を牽制する。

 感動の再開のようなシーンなのかもしれないが、エロゲの凌辱後みたいな様相だと、流石に嫌な気持ちが前面に出る。

 ローションプレイは嫌いじゃないが男同士となれば話は別だ。

 

「これは、ちょっと事情があったんすよ。あ、俺変わった従魔を入手したんで、それについても相談があります!」

「要件は分かった。ところで、アヤナ達とは会わなかった?」

「アヤナちゃんっすか? 見てないっすけど」

「じゃあ、とりあえず探しに行くか。街からさっさと出るよ」

 

 宿なりなんなりで身体を綺麗にしたいであろう樹少年には悪いが、不穏な雰囲気で黙り込む柊菜の様子を見れば早めに街から離れた方がいいだろう。

 衝動のままに街の住民を虐殺しても俺は驚かないね。

 

「…………あれ、何したんすか? またセクハラでもしたんじゃ?」

「別にそういうんじゃないわよ。ただ気分が悪くなるような事があっただけ。ほら、水かけてあげるから来なさい」

 

 樹少年の疑問はミルミルが濁し気味に答えてくれる。そのまま魔術で水をぶっかけて樹少年を洗い流し、温風を当てて乾かす。

 

「最近はなんか悩むこと多いんすよね。新田さん」

「元々悩んだり焦っているような雰囲気だったけど?」

「あー……。そっちは多分もう吹っ切れたと思うっていうか……」

 

 非常に言いにくそうに濁しまくる樹少年。

 

「まあ、俺も同じようなことあったんで、気持ちは分からなくもないっていうか。そっちは気にしなくてもいいんすよ。ってか、スリープさんってこれからどうするつもりなんすか?」

「それについても話し合う必要があったね。この場にいない里香についても言っておくことがあるし」

 

 結局のところ、俺達がやるべきことは、原作をなぞっていき、この世界から脱出することだ。

 向こうも同じように動いているのだろうが、同時に、世界ごと崩壊させるつもりなのだろう。高レア従魔による世界移動を成し遂げるつもりなのか、ゲーム通りの大穴による移動にするのかは不明だが。

 まあ、相手方の動きから、この世界でやるべきことは回れるところ回って、石を回収していくだけである。サブクエも消化して、リミテッド従魔の召喚を可能にする必要もある。ストーリーも自動入手は残すところあと一人、メイド系悪魔美少女のみだ。

 問題は、ここまである程度原作乖離しているのに、彼女は完成しているのだろうかという点だ。早めに確認したいのだが、人間の疑似従魔化現象についてそこまで知られていない状態なので、いないような気がする。やはりここは、一度時間を置いて次に向かうべきだろう。

 

 それ以外は、別に今やる必要はないかな。

 

「流れとして、里香の回収ついでに、ヴエルノーズから東方面の街でのサブクエ処理。里香を回収したら西を済ませる。かな」

「なんというか、なかなか全員が揃わないっすね……」

「そんなもんだよ」

 

 樹少年と並びながら街を出ると、ノーソに絡み付かれているアヤナがいた。

 単純なステータスで言えば、アヤナの方が強いはずなのだが。レベル差だろうか、引き剥がすことができないようだ。

 アヤナはこれまで一人旅をしているキャラなのに付いてきているので、実戦経験が不足気味なのだろう。

 

「離しなさいよ! もう結界も無くなったでしょ!?」

「いいえ! 未だにリコールが入らないのでダメです! 私達、リコールが入ったら動いて良いですよ!」

「それじゃあ私だけ迷子になるっつうの!」

「戻ったよ」

「あるじさまぁ!」

 

 声をかけた瞬間にノーソがアヤナから離れて駆け寄る。しかし、抱き着く直前に何かに気付いて立ち止まった。

 表情がみるみるうちに怒りへ染まっていく。

 

「体内から他の女の匂いがする……っ!」

「それはもう本人の匂いでは?」

 

 樹少年がツッコミを入れる。

 

「ちょっと中に入れてたからね」

「体内にすか!?」

 

 カニバリズムの気配に樹少年の肌が粟立つ。そこに、トラスを抱えたエンドソーマが戻ってくる。

 

「マスター、今戻りました!」

「えっっっっっっ! でっっっっっっ!」

「あー! マスターそんなのに見とれちゃだめー!」

 

 動く度にサイズ感の合わないシスター服が悲鳴をあげる。小脇に抱えられたトラスの顔に質量がぶつかりトラスの眉が顰む。

 風船の如き大きさと丸みを帯びたそれは、サイズに見合わないような柔らかさで跳ねる。擬音で言えばバルンバルンとでも表現しそうだ。

 これまでに無い外来種の到来。黒船来航の如き威容に目を奪われた樹少年に、小さな相棒が首を捻って物理的に視界を外した。

 

 音がなる首。

 

「ん”ッ”!?」

 

 ──楽園かな?

 

 泡を噴いた樹少年に、回復スキルのエフェクトがかかる。回復系従魔を手に入れたのか。と発動者を探すと、ぬるぬるした感じの幸薄そうな美少女が出てきた。

 俺の感覚ではただの女の子にしか見えないが、従魔側の感覚では彼女が従魔であることを示している。

 

 それにしても見覚えのない従魔だな。

 

 金髪碧眼の美少女にしか見えない少女だが、NPCならともかく、従魔だという感覚においては特徴が無さすぎる。足があるから死種の幽霊系統ではないだろう。機種にしてはこだわりが見えない。

 龍や獣、虫でもない。擬態を考えるなら虫やむしろ小さい生物の集合体か?

 

「あ、ありがとうっす……シルキュリア」

「気にしないでいいよ〜」

 

 復活した樹少年が少女の名前を呼ぶ。その瞬間に脳内で情報が蘇る。

 

「──へえ、わかったんだ。いや、偶然かな?」

 

 アレは名前が正しいなら、四章ボスキャラだ。それを何かの偶然で樹少年の手持ち従魔にしたのだろう。

 

 従魔の仕組みに気付いたということか。

 

 従魔は多くの場合、殺せば召喚枠に入る。本当は違うのだが、それを利用すれば特定の存在を従魔に加えられるということになる。

 

 例外的な手法だが、これを使えば特定の存在を助けることができる。

 

 ゲームでは、ミルミルがその例になった。

 俺は、この仕組みを利用して、一つ計画を立てている。不可能にも等しいことだが、まあ検証みたいなものだ。

 だが、樹少年がそれを成し遂げたということは、驚きでもあり、予想通りでもある。

 

「……へ?」

「いや、なんでもないよ。相談っていうのは彼女のことでしょ?」

「おお、わかるっすか。随分特殊な事情でシルキュリアとは縁ができたんすよ」

「まあ、従魔としては見たこと無かったからね」

 

 コンプ勢だった自分としては、非常に欲しくなってしまう。流石に強制無課金な今は、出るまで回すことはできないのだが。

 

「それで? トラス、ちゃんと捕まえてきたか?」

 

 樹少年から視線を外し、エンドソーマに抱えられたトラスを見る。言葉を発する事はなかったが、しっかりと目を見つめ返してトラスは頷いた。

 

 次の瞬間、トラスを苗床に植物が芽吹いた。

 

「うわあああぁぁぁーーー!?」

 

 樹少年の絶叫が響く。周囲に生き物の気配は無いけれど、そうやって存在を主張するのはやめたほうがいいと思う。

 植物はトラスの口から伸びていき、低速度撮影のような早送りでにょきにょきと伸びていく。花が咲き、枯れて、実をつける。

 

「地味にグロいね。俺も端から見ればあんな感じだったんだろうか」

「なんだか恥ずかしいですね……っ!」

 

 照れたようにはにかむエンドソーマ。幅広い感性にある程度の理解を示せると考えている俺だが、やはり本物相手には敵わない。理解はできても、同じ感性を持つわけじゃないから、価値観や感情の発露までは再現できないのだ。

 

 実が熟し、ぽとりと落ちた瞬間に、種が再び、しかし今度は更に素早く形を作っていく。

 根を張り、花を開き、花弁から先が少女の形を取る。

 しっかりと太ももから上が女の子であるので、樹少年がゴクリと息を飲む音まで聞こえてくる。そして、再び何かが折れた。

 

 そうして花開いた少女が、祈るように手を組んだ姿勢で完成する。

 ゆっくりと開かれた目は、期待と失望。そして僅かな喜色で染まっていた。

 

「【花開くデンドロ】やっと、また会えたね!」

 

 入手台詞を吐いて微笑んだ彼女は、素早く触手を伸ばし、エンドソーマからトラスを奪い取った。もちろん、先程の台詞も俺達に向けている訳じゃない。

 一人の女の子を産み落としたトラスは息も絶え絶えに辛そうにしている。

 そんなトラスを抱え込むと、バクリと花弁を閉じて彼女は引きこもり始めた。

 

「え……ちょ……!? 苗床の次は丸呑みっすか!?」

「定番はワーム系だけど、結構植物タイプもあるよね」

「言ってる場合!? ノーソもそこの色々デカい女も手伝って!」

「「嫌ですぅ」」

「ほんっとに言う事聞かない女ばっかりね! ミルミル! ちょっと来て!」

「従魔なら召喚士に危害は加えられないし、少し待ってみるのもありよ?」

「……仕方ない。二人共、手伝ってきてあげて」

 

 アヤナの号令に我が純正ヒトガタメンバーは拒絶を示し、ミルミルがあれこれ言いながらも手を貸しに前へ出る。俺も、アヤナには拒絶を示した二人を出動させる。それを見て、ますますアヤナがつまらなさそうに口を曲げた。

 ちなみに、こういう時は緊急時の救助としてラインクレストか、大地系列の王として統制をウィードに求めるのが正解である。好感度が足りている必要があるが。

 

「──スリープさん?」

「ひえっ」

 

 冷え切った声が背後から投げ掛けられる。樹少年を巻き添えにしたせいで彼が姿勢を正してビビりまくっている。

 後ろからゆっくりと後ろを歩いていた柊菜が、真後ろに立っていた。瞳に感情が乗っていない。

 

「騙していたんですか? それとも、偶然だと言うんですか? あの戦いもやり取りも全て茶番でしかなかったと?」

「騙すも何も、最初から俺はこうすると決めていただけだよ」

 

 従魔を増やしていくってね。

 

 それだけ答えると、柊菜は再び沈黙し、考え込むようになった。既に視界に俺達が入っている様子はない。

 

「だ、大丈夫なんすか?」

「さあ?」

 

 そもそも柊菜が何を考えているのかすら聞いていない。俺と柊菜では考えも視点もやりたいことも違う。

 

「まあ、これが原因で余計にこじれようがさ、所詮は大きな一つの流れの中のほんの一瞬でしかないんだよ」

「その瞬間こそが尊いのだから大事にしろって話でもありそうっすね」

「正解」

 

 万物は流転しやがて全てが壊れる。ならばこそ、その流れの瞬間を大切にするのもそうだ。

 とはいえ、視点を遠過ぎず近過ぎない程度に寄せて考えれば、また別の答えも出てくる。

 花が枯れて、季節が巡れば再び花開くように。

 どれだけ複雑に絡み合った植物でも、冬になり、切り倒されれば、やがて再びそこから芽を出すように。

 

 一度壊れればまた一からやり直すこともできなくはないのだ。人間関係がそう上手くいく訳では無いが。

 

 今は劣悪な関係性かもしれないが、この世界を見て、柊菜がどんな答えを出すのか。最終的にどんな考えに至るのか。

 その時は、もしかしたら手を取り合う可能性がある事だって確かなのだ。そう考えれば仲良くするべきだが、そもそも俺の目的や行動は理解されない可能性が高いからな。

 じゃあどうするかといえば、甘やかす訳にもいかないから、これでいいんだよ。今すぐ殺し合いにならないし、最低限元の世界には帰すつもりではあるのだから。

 

「…………なんか良いこと言って誤魔化してないっすか?」

「ぶっちゃけそこまで興味無いからね」

「……新田さーん! 後で俺達とスリープさんで模擬戦でもやりましょう!」

 

 樹少年が俺から離れて柊菜の味方に付いてしまった。

 まあ、召喚士なんて基本そんなものだ。人と相容れず孤独。それが本来の姿である。

 俺達が向き合うべきは従魔だ。

 

 いつの間にか近寄ってきた罪罰とラインクレストが寄り添うように立つ。それを見て、エンドソーマとノーソが駆け寄ってくる。

 素早く背中を這い上がってきたウィードに声をかける。

 

「元気にしてた?」

「グルル……」

 

 ウィードは不機嫌そうに喉を鳴らす。頭の上にいたシルクを掴むと、ぺっとエンドソーマに押し付けた。

 

 デンドロの閉じていた花が開くと、中から出てきたトラスの頭のてっぺんに、デンドロとお揃いの花が飾られていた。

 

「とりあえず、地脈は断ち切っておいた。これでこの街で再び実験を繰り返すほどの力は発揮できないだろう」

「それはよかった」

 

 ウィードの言葉を聞いて大きく頷きを返す。これで安心して街を離れられる。既に必要量の産出は済んでいるのかも知れないが、これ以上の敵を生み出せないようになった。こうなればデンドロが追われることもないだろう。

 

 結局のところ、トラスは間に合わなかったようだ。後で召喚するつもりだったのかどうかは分からないが、口から寄生による復活をさせている辺りで、そこは確認できた。

 ではなぜデンドロが復活しているのか。それは単純に保険を用意していただけだ。なにも特別なことはしていない。

 お腹の中にあった重みのある果実がゆっくりと溶けて軽くなっていく。

 戦闘中に寄生復活されるのだけが恐ろしかった。保険として自分とトラスの両者が好感度を稼いだのだが、トラスの方がいいということなのだろう。俺の食べた保険は役目を終えたようだ。

 

 後は、道の途中で召喚に成功させればいい。

 

 デンドロが街に向かって手を振る。誰かが見送りでもしていたのだろうかと振り返るも、誰もいない。

 

 遠くに見える街中は、既にすっかり綺麗になっていた。



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閑話 柊菜の理想郷考察

遅くなりまして大変申し訳ございません。
なんとか書き上げました。推敲不足で、個人的には文がとっ散らかっている気がしてなりません。
気が向いたら手直しします。


 穏やかな昼下り。波は穏やかで、昇った日は心地良い暖かさを伝えてくる。爽気を孕んだ風が帆を張り、左手に見える大陸に沿って進んでいく。

 

 甲板の上では、男女二人が並び立ち、こちらを向いていた。彼らの前には、幾度の死線を乗り越えて来た風格漂う戦士達がいる。小さな妖精、朱い悪魔のような風貌の剣士、狼少女、そして、触手を空間から滲ませる女の子。

 対して、こちらには黒い衣服に身を包み、周囲へと紫色の瘴気を立ち昇らせた女性と、その女性に距離を取りながらも手に持ったロッドステッキを構えたシスター服の女性がいる。

 

 数の上ではあちらが有利であるというのに、一向に攻めてくる気配がない。

 焦れたので、追加で召喚を行うことにする。

 

「来ないなら、制限時間でも付けようか『コール』」

 

 指を鳴らすと、龍種の上位種である幼い女の子が現れる。かつては一桁年齢の幼女といった姿であったが、今は戦闘中というのもあって、外見は一凸後の中学生くらいの年齢を思わせる姿だ。

 

「そっちにウィードへの有効な打点を持つ従魔がいないのは分かってるよ。ほら、動き出す前に片付けないと!」

「わ、分かってるっすよ! シーちゃん、ファイア!」

「りょーかいだよ!」

「チェリー、先にエンドソーマさんの方を片付けて! エーくんはノーソさんとの合流を阻止して!」

 

 ようやく樹少年と柊菜が指示を出す。

 俊敏性が一番高いチェリーミートが、エンドソーマへと突撃する。立ち止まることなく振るわれる爪に、エンドソーマが悲鳴を上げた。

 

「きゃー!?」

「ガァァ!」

 

 思い切り目を瞑ってロッドステッキで受け止めようとしているが、そんな隙だらけの行動をチェリーはあっさりと見切り、杖を爪で弾き上げ、空いた腹へ蹴りをぶち込んだ。

 

 まあ、レベル差も大きいからなぁ。それにしたって戦闘向きじゃない心構えだとしか思えないが。

 

 街では彼女が唯一の操作キャラクターだったのでほとんど張り付きで使用していたが、元々立ち位置としてはヒーラーでしかない。ヒーラーはタイミング見てスキルかアビリティのヒール打つのが基本的な仕事なので、今後彼女が街で使ったような戦い方をすることはほとんど無いだろう。

 

 最低限のケアとして、吹き飛ばされたエンドソーマを操作して着地する。

 

「うぅ……目が回ります」

 

 感覚が同期されたこちらにも、エンドソーマが目を回している状態だということが伝わってくる。揺れる視界は、こちらの感覚も狂わせるノイズとなるので、とりあえず戦闘に復帰するのは時間がかかると判断して、感覚同期対象としての接続を切った。

 そして、今まで同期接続をしてこなかったノーソへと繋ぎ合わせる。

 

「ふおお! 主様と繋がってきているのを感じます!」

 

 同期接続した瞬間にハイテンションになるノーソ。こちらは先程からエンドロッカスからの攻撃や、ピクシーからの遠距離魔法を打ち込まれているのだが、特に被害が出ていない。

 純粋なレベル差が出ている。死種は型が決まっているステータス構成をしており、死体側のノーソは物理方面に強い配分値になっている。

 とはいえ、アビリティ構成と合わせれば、タンクにもファイターにも成れない中途半端なのだが。

 

 ノーソのアビリティは、接近すること自体が状態異常を引き起こすような条件になっている。前衛のエンドロッカスはレベルが低く、被害を抑えてノーソを倒せるだけの火力がない。ピクシーなど他の従魔も同様だ。だからこそ手を出せていないのだろう。

 これは柊菜の優柔不断さか、エンドロッカスの戦闘経験か。どちらにせよ、被害を無視して短期決戦で挑まない限り、勝ち目はない。

 

「ほらほらぁ! どうしたんですか!? 私を抑えないといけないのに近寄ることもできないんですか!? やーい! ざぁーこ、ざぁーこ!」

 

 調子に乗って煽りまくるノーソ。煽りも戦術の一つなので、うまく使う分には良いのだが、マナーとしては最悪である。

 

「エーくん! 【叩きつける】!」

 

 柊菜がエンドロッカスのスキルを発動する。地面に触手が生えてきた。

 影がノーソを覆う。文字通りの叩きつけるような一撃が襲いかかる。範囲スキルなので躱せる攻撃だが、ノーソでは移動速度が足りていない。見事に直撃し、ノーソの体が無防備に宙へ浮き上がる。

 ノックアップだ。

 

 行動妨害が入る直前で、こちらもノーソの所持スキルである【毒霧】によって状態異常は押し付けた。しかし、生まれた隙を見逃すほど、彼らも成長がない訳じゃない。

 

「チェリー!」

「シーちゃん!」

 

 それぞれが自身の従魔へと声をかける。ピクシーは遠くから魔法スキルを放ち、チェリーは地を猛禽の如き速度で駆けて、ノーソへと肉薄する。

 

「っ!?」

 

 だからこそ、チェリーだけが確認できたのだろう。ノーソの視界では、驚愕に顔を染めた彼女が見えた。見開かれた瞳には、ニヤァ……とまるで獲物をいたぶるような嗜虐的なノーソが映っていた。

 

「【死体爆破】」

 

 ノーソの新しく解放されたアビリティが発動する。同名の状態異常スタックを相手に与えるパッシブ効果があり、相手が死亡。もしくはアビリティを発動するとスタック分の腐蝕と混沌、死の混合属性ダメージを与える。

 これはバランス調整によって上方修正が入ったノーソのアビリティだ。現状、彼らにこれを防ぐ耐性を持っている従魔も、スタック解消スキルも持っていないのは確実だ。

 

「時間をかけてこちらの様子を窺っていたのが、負けた原因ですよ」

 

 遠くへ離れていようが、受けたスタックを解放する分の射程は無限だ。

 これだけで相手を全滅させられるほどのダメージは与えられていないが、数手で詰みになる状態まで持っていけた。

 エンドソーマも復帰しており、ノーソが受けたダメージを回復する。

 

「…………終了だね」

「かぁー! きっつい! 勝てねー!」

 

 こちらが宣言すると、即座に樹少年が船の上で尻餅をついて空を見上げた。彼の手持ちであるヒーラー達が慌ただしく味方へ回復を打っていく。

 エンドソーマに指示を出して、回復作業の手伝いを任せることにした。

 

「これから向かう場所は、基本的にどこも相手が占領した土地だと考えた方がいいよ」

「これでもある程度場数は踏んできたと思ったんすけどねぇ……」

 

 樹少年がぼやく。

 

「…………いや、そもそも正面きって戦うことは避けてきてたっすね」

「自分が不利なら潔く引く。基本ができてるってことだよ」

「でも、この先は戦えるだけの実力が欲しいっすよね」

 

 樹少年の表情が暗い。まあ、彼の手持ちは回復や補助が多く、前衛ができる従魔が少ないから仕方がない。

 

「……スリープさんって、俺みたいな手持ちだったら、どんな戦い方をするんすか?」

「ピクシーを攻撃速度バフ積んで遠距離物理アタッカーにするかな。まあ、ネタにしかならないけど」

「もうちょい現実的なレベルで欲しいっす」

「うーん……。ピクシー、オセアン、リビングエッジ、あとはよくわからないシルキュリアだからなぁ。オセアンをタンクにして、回復連打で壁はできるけど、火力がなぁ。行動妨害やデバフが無いからリビングエッジが使えないし」

 

 ボスと同じ性能になるのなら、シルキュリアをエースにした要塞型パーティーを組むかな。地獄属性の回復攻撃持っているし。

 

「まあ、手持ち増やして耐久性高い従魔か高火力高機動の従魔を持ったほうがいいと思うよ」

「それができればいいんすけどね……。ってか、スリープさんの従魔ってかなり厄介っすよね。たしか、時間経過で動いてしまうウィードちゃんに、短期決戦じゃないと痛手を負うノーソちゃん。しかも、回復のエンドソーマちゃんもいるんすよね。で、サポートに……名前の知らない青い娘がいる。バランス良いっすね」

「【ヘドニズムのリリィ】だね。まあ、対人スタンスが敵対的だから名前知らないのも仕方がないけど」

 

 性能はどうであれ、バフデバフで有利を取ってエースに繋ぐという基本を貫いているからな。

 

 樹少年と話をしていると、横からミルミルとアヤナが入ってきた。王国へ戻ったと思われる里香との通信をしていたアヤナが口を開いた。

 

「連絡付いたわよ!」

「おぉ! それで、どこにいるんすか?」

「既に王国を出て陸路でヴエルノーズへ向かっているって。で、肝心のヴエルノーズが東西を分断する関所みたいになっているから、どうにかそこで回収してほしいらしいわ」

「じゃあやっぱり、戻らないと行けないんすね……」

 

 樹少年が憂鬱そうだ。それを無視して、ミルミルが俺へと顔を向ける。

 

「それで、柊菜のメンタルケアは済んだのかしらっ?」

「え、俺?」

「逆にこの中で一番大人である迷い子が先導しなきゃ誰があの子を助けられるのよっ!?」

「……人を示す指標っていうのは、その人が持つ外的ステータスよりも、何をしてきたかとか、どう行動するかで評価するべきだよ」

 

 そういう意味では、自分ほど評価に値しない人間はいないと思うのだが。

 

「じゃあ、これからそういう振る舞いをすることね!」

 

 押し切られるように、戦闘後も考え込む様子を見せる柊菜の係を押し付けられてしまった。

 

・・・・・

 

 船尾のデッキの手すりに寄りかかり、進むことで作られる泡を眺めるように柊菜は俯いていた。

 人一人分の隙間を開けて、隣へと立つ。こういう時、下手に声をかけるよりも、相手のアプローチを待ったほうが無難だと、俺は考えている。

 

 そもそも、慰めたりだとかするような間柄ではない。やはり人選ミスなのでは?

 

「スリープさん。みんながみんな、幸せに生きられる世界って、有り得るのでしょうか?」

 

 ずいぶん壮大な事で悩んでいるようだ。

 

「……少し前までは、私は早く帰りたいという気持ちでいっぱいでした。学業だって遅れちゃうし、普通のレールから外れるのが、とても恐ろしかったです。ですが、もうそこそこの時間が過ぎちゃいましたし、ただ焦っていても何もできないなって思って。それからは、今後に向けて色々学べていけたらって考えたんです。ちょっとした、海外旅行みたいな……」

「うん」

「私、地球にいた時はうっすらとしか考えていませんでしたが、より良い世界にしたいって、思うんです。初の人権を認められたAI【プログラム・イブ】って知ってますよね。私が幼い時に、彼女が人権を認められた映像をリアルタイムで見てたんです。それに私、感動しちゃって……。それで、AIが認められるような世界って、なんか、いいなって、思うようになったんです」

 

 柊菜は、こちらを見ず、独白するように語り続けている。

 

「だけど、まあ、色々あったり、成長して色んな社会を見てたら、なんだか難しそうだなっていうか、夢を打ち砕かれたような気になってたんです。増え続ける人口に対する施策とか、見ました? 私、アレ本当に嫌いなんです。安楽死とか尊厳死って、権力者は絶対にしないんですよ? 言葉で飾った合法的な処刑装置の側面が見えて、私が大人になったら、もっと規制を強くしようって思ってたんです」

 

 ……俺達のいる日本では、参政権に様々なルールが増やされている。民主主義と議会制では健全な政治を行えないとして、年齢での枠決めを始めとしたいくつかの平等なシステムを作ろうと試みが存在する。

 柊菜は、そこの枠へと入ろうと考えていたのだろう。

 

「…………そういえば、スリープさんって、見た目通りの年齢なら、無個性世代でしたよね。そういう風潮があったってだけですが」

「そうだね。俺達の世代は、個性を持つべきじゃないって言うような空気が世代間にあったかな。行き過ぎた承認欲求とか、ネットで見える上流層の生活とか、色々見て育った世代だったのもあるしね。一番は、AIの人権問題だったかな。二種類の考えがあったんだよ。有史以来、支配構造の無い社会は存在しない。だからこそ『支配する構造を消す』為に、AIを隣人とした個が生産活動を完結させた世界を作るか、人の個性を消して、指導者を無くそう。ってね」

 

 両方の考えは、主観で見なければ違いはない。みんながみんな同じ事、同じ環境にするという考えであったため、どちらも選べたのだから。当事者としては別だが。

 だからこそ、無個性世代とか、工場世代とか言われていたのだ。

 

「……スリープさん達の頃の価値観だったら、みんな平等で平和な世界を作れたんでしょうかね」

 

 柊菜の言葉に、俺は首を横に振った。

 

「そもそも、自分が嫌なことは他人も嫌だと教えることと、個性を尊重することは僅かな矛盾を持っているんだよ。個を尊重するなら唯独論者であったほうが筋が通りやすいし、自分が嫌なことは他人も嫌だと教えるのなら、経験主義的側面に基づく平等主義であると示すべきだ。そりゃあ同じ人間である程度同じ環境で生きているんだから、ある程度同じ感覚を持つのは確かだろう。だけど、その一点のみで最初の論を唱えるのは間違いだと思うね」

 

 無個性世代だとか言われていたが、当事者の俺からすれば、そんなことあり得ないと言える。個性が無いなんて事はないし。そうあろうとしても反発が起きるまでだ。

 

「全員が全員同じように感じる訳じゃない。同じ方向を見ても、焦点が違うかもしれないし、もしかしたら見えている景色が違うかもしれない。俺達が空を同じ青だと判断しているのは、整合性の取れた矛盾である可能性は否定できず、あくまでも同じだとするのは脳の働き方が同じだから、きっとそうだろうというものでしかないんだ」

 

 それで言うなら、柊菜が平等やら平和を作るのなら、当事者の俺達同様に、AIの人格を否定する道を選ばなくてはいけない。

 しかし、俺達は人格を否定せず、むしろ世間と真っ向から立ち向かった。結局のところ、俺達の世代は、無個性だとかなんだとか言われるが、世に映る肥大した自我の怪物を見て嫌気が差していただけに過ぎないのだ。

 

 俺からしてみれば、世代の名前が逆なんじゃないかってすら思えるね。

 

「ならば、幸せの形なんて人それぞれでしかないんだから、理想郷なんてのは、きっと自分の中にしかないんだと思うよ」

「理想郷は……人、それぞれ……」

 

 スリープが出した結論は、柊菜の中にあったナニカを明確にする。

 幸せとは何か、平等とは何か。柊菜の尽きぬ悩みの果てに僅かな輪郭がおぼろげに浮かび上がっていく。

 

「………………自分で作る?」

「個人工場理論かな?」

「はい。資源などの問題点はありますが、スリープさん達の目指した形の一つって、どっちにせよ理想ではあるような気がしますが……。スリープさん」

 

 柊菜は、何か光明を見出したのかもしれない。

 

「従魔なら、もしかしたらできるんじゃないですか?」

 

 そんな質問に、俺は思わず笑みがこぼれてしまった。

 

 そして、大きく首を振った。




肯定か否定かは、遠い先の本編で。


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復刻 資源都市ヴエルノーズ
87話 復刻、資源都市ヴエルノーズ


遅くなりました。推敲不足です。
……あと話も進んでいません。


 自由とは何か?

 社会や集団からの解放? 完全な公平? それともあらゆる人為的要因を排除した自然?

 そのどれもが不自由でもある。集団からの解放は、必ず個人である必要が生まれる強制された側面を持つ。完全な公平はむしろそういった環境を国家や社会が保証し用意しないと成り立たないようなものである。完全な自然状態であるとすれば、自由とは運と環境の要因が大半を占めるものになるだろう。

 自由とは何か? その答えは己の中で定義して限界を定めないといけない。人の圧力が嫌なら個人主義となり、機会の平等を求めるならリベラリズムとなる。

 人が生きるには、それぞれの考えに合った環境で生きるしかない。その自らの意思決定の範囲内で自由を定義し、そのように振る舞うしかないのだ。

 

 資源都市ヴエルノーズは、故郷から離れて土地に住み新たに生きていくだけの物を用意した場所だ。この地では暴力がほとんどを支配する。されど人はそこで生きていく。強者と弱者がいるのにも関わらず。

 彼らは自由を求め、自立した人々だ。自らの手で都市を作り出し、産業を生み出した開拓民の側面がある。

 だからこそ、暴力が街を支配しようと、それに従う。

 彼らは自然の中を歩き、自らの手で守れる範囲を決めて、そこに線を引くように壁を築いた。それまでの道のりは、決して話し合いだけで作れるものではなかったのだから。

 

 

 嗅ぎ慣れない硝煙のような匂いが、いつしか嗅いだことのある腐敗と性の混ざったとんでもない臭気と共に、潮風に乗ってやってくる。

 偶然俺の鼻に届いただけのようで、思いっきりの顰め面を披露したのは他に誰もいなかった。

 

 サブイベントというのは、基本的に本編のストーリーと直接関わらない世界観やキャラクターの掘り下げに使われる。

 誰それの過去であったり、本編よりも少し未来の話だったり。形は様々だ。大抵は、クリアせずとも問題なく。しかし寄り道の対価として有利になる報酬があることが多い。

 イズムパラフィリアでも、サブイベントはわざわざ踏まずともストーリー上にはあまり問題がない。

 むしろ、難易度がメインストーリーに対して高く設定されており、立ち位置的には時間をかけてクリアする寄り道というよりかは、オープンワールドゲームの、プレイヤーを実質立ち入り禁止にする場違いな高レベルmobに近い。

 つまりは、その街に初めて立ち寄った時点では、攻略非推奨。実質不可能ということだ。

 

 その分、報酬は非常に優秀であり、高い経験値に、クリア報酬の配布汎用スキル。そして、一部リミテッド従魔のガチャラインナップ解放が行われる。

 

「…………と、いうことで。次なる目的地は最初の街ヴエルノーズだよ」

 

 甲板の上。視界に映る開かれた港とそびえ立つ壁。外敵を防ぐために作られたはずのそれは、かつて俺達が街に入る時に見た形そのままを保っていた。

 しかし、外縁部には大きな人型の肉塊が纏わりつき、街に入り込もうと外壁を叩いている。ヒビ割れようが穴が開こうが、即座に時間が巻き戻るように修整されていく。

 

 海側ががら空きだと思いがちだが、イズムパラフィリアでは、浅瀬判定以外の水辺は海中移動や海上移動。もしくは空中移動系統のアビリティかスキルを所持していないと従魔ですら存在する事が許されないので問題ない。

 ゲームシステムだと思われがちだが、単純に海が従魔であるだけだ。この世界の海は緑種従魔が埋め尽くしている。他の場所は従魔の力で満たされた水がある。飲んだりする分には無害だが、戦闘などの一部行動は制限がかかっているのである。

 緑種従魔には攻撃力は無いけど特定の環境を作るアビリティがあるからね。仕方ないね。

 こういった特殊フィールドでは、ショップ機能で買えるスキルが増えたり、豊富な経験値が得られるという、あればちょっと有利だったり便利になる程度の差しかできないコンテンツとなっている。無課金じゃ攻略できるか分からないせいでもある。持ち物チェック《特定のキャラなど、いわゆる人権《強力すぎるアイテムやコンテンツ、またはそれらを所有するプレイヤーを指して言われる》を持っているかどうかでコンテンツクリアが可能かどうか分かれる現象を指して言われる》だからエンドコンテンツ未満でトロフィー要素も極力排除しないといけなかったのだ。世知辛いね。

 

 閑話休題。

 

 今から行く街では高難易度コンテンツであろうとクリア不可能になるような要素は少ない。純粋な強化不足でもなければ、メインストーリークリアくらいのタイミングでゴリ押しできるようになっているのだ。

 後は初見殺しがあるので対策する。それくらいの準備は欲しい。

 

「今の俺達で勝てるんすか?」

「樹少年達の手持ちでも、ミラージュは倒せるはずだよ。単体が弱いからギルドマスターは難しいけど」

「待ってください。そもそも、この街でわざわざ戦う必要ってあるんですか? 私達の戦力は相手よりも少ないはずです……。なら、今起きている問題の大元を叩くような立ち回りをしないとじゃないんですか?」

 

 柊菜の疑問に頷きを返す。

 

「まあ、一理あるんだけどさ、リミテッド従魔って一体しか持てないから強力な能力を持っている奴が多いんだよね。それを撃破しておいたり、回収しないと後々キツくなるよ」

 

 そもそも、俺達は別に個人で戦っている訳じゃない。従魔を召喚して群れを作って戦うのだ。単純に従魔一体増やすだけでも戦力は跳ね上がっていき、取れる戦術も手の届く範囲も広がっていくのだ。

 自分のデッキを予め決めておき、排出率を高めるためにあえて特定のリミテッド従魔を解放しないというのはゲームでもあった手法だ。だが、そういったパーティーを使うよりも一通り揃えている方が最終的に強くなるのは間違いない。

 産廃従魔を使える存在にするアビリティやスキル、そしてそれらを持つ従魔なんて幾らでもいるのだから。

 

 それ以前に、極めて入出手段が限られていて全てがリミテッド従魔である聖女シリーズの一体を入手できる条件にもなるので、ここは攻略するべきである。

 強いとか弱いとかそれ以前に、代用の効かないものばかりなのだから。

 

 以前は樹少年の戦力増強にでもすればいいかと思ってもいたが、既にヒーラーの二枚目を確保していたので、こちらで有り難く使わせてもらおう。

 

「まあ、別に強制はしないよ。むしろ居残りでもして里香と合流を目的に動いた方が助かるしね」

 

 その後の道中で実力が足りずに野垂れ死にしようがそれは自分の選択だ。最低限無理に突っ張るよりも逃げるように教えてきたつもりだから、これ以上介護する義務なんぞないだろう。

 

「ただ、この街で合流する場合は、やらかして逃げっぱなしだから多分街中だとどこに居ても襲われるよ。それならやり残しを終わらせて行くべきでもあるってだけだし」

「でも……」

「おっと、残念ながら、あちらは見逃すつもりはなかったみたいだ」

 

 遠方から魔術の発動エフェクトが輝いている。射程の長さ。直線攻撃、エフェクトから相手の撃ってきたスキルを把握する。

 

「ウィード!」

「グルル……ルオオオオ!」

 

 ウィードが飛び出し、予備動作の直後に飛んできた氷属性のレーザー系スキルを受け止める。

 感覚がウィードのHPの減りを伝えてくる。一割が削れ、龍種覚醒の条件が発動したと同時に、スキルを撃ち返す。

 

「【地熱裂波】!」

 

 ウィードが、宣言と同時に、高エネルギーを手にブレード状に形成されたそれを振り抜く。

 轟音、そして突風。海が割断され、剥き出しの地表を黒く溶かす。街にまで届いた斬撃が道を作っていた。

 

 地、炎の複合属性の高火力範囲攻撃スキル【地熱裂波】だ。このスキルの特徴は、使用従魔のステータスによって射程が大きく変動するタイプだというところだ。

 低コストで基礎ダメージはそこそこ。無指定範囲スキルかつ高回転を誇るぶっ壊れ未満の優秀なスキルだが、魔法攻撃力に影響力を受ける効果範囲、いわゆる射程が変動するスキルであり、低レア従魔に対して事実上の使用制限が設けられている。

 

 まあ、使うやつが使えば強いスキルの一種である。ウィードは属性と龍種という相性もあって、最終的なスキル候補の一つになる。それを流石に邪魔になってきた使い道の少ない金、シルバを消費してリリィから買い付けたのだ。

 使い道は無くとも、腐ってもゲーム通貨というだけあって、持っていた金を全て使って買い付けたスキルは、それはもう効果抜群だった。

 

 先程のスキルは、イレギュラーさえ無ければヴエルノーズにいるであろうゴーレム型の聖女が撃ってきたのだろう。それを押し返して余りある威力を見せつけてくれた。

 

「どうやら敵は、こっちに気付いたようだね」

「そりゃあこんな海にぽつんと一つあれば目立つっすよ」

「じゃあ、お先に! 残るのか街に行くのかは任せるよ」

 

 片手を挙げてさらば。

 早速道があるうちに行こうとしたら、樹少年がしがみついてきた。

 

「ま、待ってほしいっすけど!? このままメイン盾が居なくなったらどうするってんですかあの遠距離攻撃!」

「それを止める為の先陣だけど? 【跳躍撃】!」

「お、おれも捕まってるんすけどおおぉぉぉ!?」

 

 今回は多めの積載量となったが、そんなものを無視してウィードが跳んだ。船が大きく揺れる。ミルミルと柊菜とアヤナは船に置いてきたのだが、跳躍中に後ろを振り向けば、ゆっくりと街へと向かってオセアンが船首を回している様子が見て取れた。

 

 一度割れた海の底に着地し、間髪入れずに跳躍撃を撃つ。大きく飛び上がった勢いに負けて、樹少年が振り落とされた。

 

「アアアアアアアァー!? コール! コールゥ! シーちゃぁぁぁん! 助けてぇぇぇ!?」

 

 悲鳴が放物線を描いて落ちていくのが背後から聞こえた。一応街中に落ちそうなので大丈夫だろう。

 ウィードの背を蹴り飛び上がる。

 着地地点にいた有象無象を吹き飛ばす。その衝撃が自分にも届き、風が落下速度を微かに削った。

 

「クレスト!」

「オーダーを受諾」

 

 ラインクレストを喚び出す。本来の姿を取り戻してはいないが、それでも一応超高速機動兵器だ。背面の錆びて落ちたウィング部分が微かな推進剤を噴射した。

 そしてふわりと着地する。流石にウィードのスキルの慣性をエンドソーマで殺してしまうと俺がミンチになる可能性がある。無事な確証がない限りは無茶はしない。

 

「ミッションコンプリート」

「よくやった」

 

 俺を地面に降ろしたラインクレストが、そのまま待機モードに入る。武装のほとんどが欠けているため、素の──全身機械に素という表現が正しいのか──体のままである。

 思った以上に、背は低かった。

 上目遣いで見上げるような姿勢のまま待機しているラインクレストの頭を撫でた後に、頬を軽く摘んだ。

 

「……?」

「意外と柔らかいもんだね」

「ラインクレストは国防機能です。そのため、主に国民感情に配慮されたボディをしております。利用された経験はありませんが、終戦後など、国内パトロールを任されたり、地方の不足した人材へ派遣案もありました」

「へえ、始めて聞いた」

「はい。戦争末期では、終戦後、などといった未来へのシミュレーションは禁止されておりました。国防機能以外では、スローガン決定などで活躍をしております。ラインクレストの最優秀賞は『心は捨てろ。折れる心無ければ無敵である』です」

「クオリアを認められた機械とは思えない言葉だな」

「メカジョークを交えたつもりでした」

 

 もにもにと弄んでいた頬を手放そうとすると、素早くラインクレストが腕を掴んでくる。

 

「ですので、ラインクレストの機能には、人肌を好むようシステムが組み込まれております」

「……それも、始めて聞いたね」

「母船にて、全ての機能をご説明できる機会をお待ちしております。それまでは、適度なスキンシップで、当機のメンタルヘルスケアをお願いします」

 

 万力のように動かなかった手が離れた。名残惜しそうに離れるような動作すらも可能らしい。

 

「さて、ここは敵地だ。とりあえず、地下を目指して行こうと思うんだけど……」

 

 背後から影が差す。振り返ると、見覚えのある水晶のゴーレムが腕を振り上げていた。

 ウィードが飛び上がり、ゴーレムを殴り飛ばす。民家を倒壊させながら、ゴーレムが吹き飛んだ。

 

「結構骨が折れそうだね」

 

 水晶のゴーレムが立ち上がる。透き通った中身にいたのは、聖女ではない。

 恐怖に顔を彩ったまま固められた、男がいた。

 そして、周囲から、水晶のゴーレムが次々と現れる。中身はどれも、聖女ではない人間の姿だ。

 

 その中に、見覚えのある膨れた顔をした女の姿もあった。

 

「ディストピアだって、自国民は保護すると思うんだけど?」

 

 どうやら都市の人間を聖女と同じようにする技術を手に入れたみたいだ。

 まあ、ここの聖女は今のところ従魔ではないからね。死んでないし。

 

「ハードモードだなぁ。ウィード。ラインクレスト、とりあえず適当に砕きながら進もう」

「オーダーを受諾」

「グルル……石のくせに歯向かうつもりか?」

 

 ラインクレストが淡々と、ウィードが挑発的に構える。

 襲い掛かるゴーレム達。人気の無い街の港部分に、大きな発砲音と、龍の咆哮が轟いた。



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88話 堕落の忌み子

毎度、遅くてすみません。暑さで死んでいました。
推敲無しです。後日手直ししたり、リメイクの衝動に駆られながらも突っ走ります。


 舗装された道を、一歩踏みしめる度に小石が擦れるジャリジャリとした音が鳴る。

 

「第一部サブクエストの序盤でも通用する程度にはなったか」

 

 ここに来るまでに随分と時間がかかった。偏る経験値。曜日クエストなんて初期の頃は無かったので、この世界でも行けず、周回も難しい。厳しすぎるリソースのせいで、選択せざるを得なかった。どれを育てて、どれを育てないか。ガチャが課金で回せたなら、もっと揃えてから優先順位を付けられたものを。

 

 地下で行われていたであろう人体実験がまさかの地上進出に驚きはしたものの、その質自体はゲームでも見たとおり。魔術が使えるわけでもない一般人ゴーレム相手に負けるわけが無かった。

 

「おや、珍しく地上で生きた人間を見ましたね」

 

 ふいに声を掛けられた。見ると、いつぞや見た、ノーマネーボトムズを名乗るハンチング帽の男の隣りにいたローブ姿が立っている。

 

「あなたは…………っ! なんと、驚きました。あの男と戦って生き延びているとは! どんな方法を使ったのでしょうか、お聞きしても?」

「知らない人とは話してはいけませんって教えられているんだ。悪いけど、用事もあるし先に行かせてくれない?」

「……ああっ! 申し訳ございません。ワタクシ、ノーマネーボトムズの新メンバーでございます」

「…………ふーん」

 

 見覚えはないが、聖女を有するこの街の敵対者。そしてノーマネーボトムズが暴れることで得をする存在と考えれば、ある程度予想が付く。

 こいつ、多分災厄だろう。となると、王国から召喚された勇者であるハンチング帽の男を含むノーマネーボトムズは、災厄と戦った時に裏事情でも話されて、それが事実となった。だから世界を壊そうとしているといったところか。

 だからこそ東側の脅威でもあるエンドロッカスを事前に殺しているし、積極的にヴエルノーズを襲っているのだろう。

 まあ、確定した訳じゃないし、分からないということにしておこう。予想通りだと戦力に不安がある。魔法火力の不足という深刻な問題がこちらにはあるのだ。

 

「俺はスリープ。まあ、そっちが知っている名前で言うなら社会氏 寝太郎だよ。生き残ったのは回復手段があるのと、ちょっと攻撃を誘導したからかな。要は即死しなきゃ良いんだし」

「ほう、これは彼のしていた評価に相応しい能力の高さですね。彼はあれだけの従魔を従えているのにも関わらず、あなたを最強の召喚士として評価していましたからね」

「なんだ? 俺の手札でも知りたいのか? 随分口が回るじゃないか。そういうそっち側も、貴族の街での件を見るにこちらへの対抗手段も揃えようとしているらしいじゃん」

「ああ、貴族の街でのアレは事故でした。こちらは詳しい情報を得られないまま終わりましてね。その上貴重な部下まで失ってしまうという痛ましい結果に……」

 

 知っているには知っている。だけどほとんど何も知らないって感じだな。向こう側に情報は渡っていなさそうだ。話に聞いただけでも、イレギュラー極まりない状況を前にここまで無反応なのはおかしいからな。

 情報も手に入ったことだし、別に俺としてはこいつらからこれ以上何かを得る必要がない。経験値か石でも手に入らないかぎり、邪魔でしか無いな。

 

「んで? 世間話するような仲でも無いし、これ以上何もないなら先に行かせてもらうけど?」

「つれないですね。あなたは結構遊びが好きな人だとお伺いしていたのですが……。ああ、そうだ。それなら、改良個体が作れたので、遊びませんか?」

 

 男がそう言うと、壁を突き破って大柄の人間モドキが出てくる。肌の色が青白く、生気がないというよりも、皮膚そのものが青いような色をしている。背丈は二階建ての民家程度の大きさで、猫背になりながらもこちらをしっかりと二つの目で捉えている。

 これまでのほとんど意識の無いような化物達とは違う理性がそこにあった。

 

「どうです? 通常個体の完成品『ハイエンド』です」

「ローコスだとかエンドとか言ってたのがようやく完成したのか。そのわりには元々の完成品よりも幾分か性能が落ちてそうだけど?」

 

 エンドロッカスと比べれば、確かにこの人間モドキは人を超えているが、従魔に迫るほどではない。星三までは普通に倒せそうだが、星四以降は相性が問題になり、星五以上は全く歯が立たない程度だ。

 レアリティから見ても、エンドロッカス以下というわけだ。

 

「アレは数多の適性を乗り越えた専用の改造ですよ。そこのハードルを下げる事で、安定した成功率を誇るものにしたわけです。以前までの思考暴走を沈静化させ、認知機能の向上を果たしたいい製品ですよ」

「今後の予定は?」

「軽量化と知性の劣化を防ぐことですね。急激な変化にどうしても知性が落ちてしまうのです。思考の沈静化といっても、ただ意思を奪った自己判断機能が僅かにある人形程度なんですよ」

「正直なのは良いけど、セールスとしては失敗じゃないか? ターゲティングされてたのなら、これは買わないね」

「ふふふ……。心配はいりません。今回は実戦に投入しにきただけです。それに、コレはただの強化版ではなくてですね」

 

 ウィードが唐突に喋りだした。

 

「グルル……そいつ、地脈と接続したぞ!」

「魔術師のデメリットは、その土地に一生涯縛られる事です。強引に切り離せば、その瞬間から力を失い、徐々に弱っていく。しかし、その契約した地脈にいる限りは最強にも等しい能力を持っています。ならば、使い捨てられる魔術師を量産できれば、と考えたわけです」

「…………へえー」

 

 魔術師の量産とまではいかないが、従魔に近付く為のモノとしてエンドロッカスのソレがあるわけで、基本構想から外れていない気がする。

 なんだか相手の知識が偏り過ぎているように感じる。ゲームでは普通にあった情報なのに、知っていない。

 アドバンテージといえばそれまでだが、それにしてはエンドロッカスがこの世界で影も形もないのが気になる。

 俺は何を見落としているんだ?

 しかし、その答えが見つかる前に、ハイエンドという人間モドキが腕を振るった。

 ウィードが俺を抱えて横跳びで回避する。

 敵が腕を振り抜いた先の地形が書き換えられる。石畳が燃え盛る地面になって扇状に広がった。ヴエルノーズの壁すらも砕かれている。

 腕力ではない。魔術師の持つ空間の改変能力だ。

 

「どうです? 素晴らしい力でしょう? これからは、この力が汎用的で普遍的なものになるのです。兵器として、最高のものになるでしょう!」

「まあ、普通に考えれば優秀かもね」

 

 確かにこれは脅威になりうる。少なくとも、今の俺なら苦戦するだろう。

 だが、ここで実戦登用するには相手が悪い。

 

「……蒙昧な愚民共が」

 

 壁が破壊されたからだろうか、細身の男がこの場所に現れる。

 視線は零下の如き冷たさを持ち、クリスタルとハイエンドを見つめている。

 

「ようやく現れましたね。ヴエルノーズの召喚士ギルドのマスター、エムルス」

「ふん、誰だ? 路傍の石如きが邪魔をするな」

「威勢だけは良いですね。あの時、我々が襲撃した時、街に侵入まで成功したのにも関わらず、追い出され、外壁で燻るだけの状況を覆す時が来たのですよ」

 

 ローブの男はそう言うと、パチンと指を鳴らした。

 砕かれた外壁からエンドが殺到する。その群れに向かってローブの男は小さな箱を投げ込んだ。途端に、黒い靄が怪物達を包みこんだ。

 

 靄を飛び出てきた怪物達は、剥き出しの肉のようなピンク色をしていた肌が、青白くなり、狂気に満ちた表情だったものが、全ての感情が抜け落ちたように無になっている。

 なるほど、これはローブの男が自慢気にするような一品だ。お手軽に怪物を作り替えるその効果。街中でテロを起こすにはうってつけだろう。

 だが、それでは無意味だ。

 

「力の在り方を履き違えた無能が。お前みたいな愚図がいて、世界に歪みを生み出すのだ」

 

 エムルスがポケットに手を突っ込む。ローブの男を見下すように、小馬鹿にするように顎を突き出して鼻で笑った。

 

「数は力じゃない。力の代替ではあるが、力そのものではない『コール』」

 

 ボス特有の特殊召喚演出が入る。

 地に黒い穴が開かれ、無数の腕が伸びてくる。床や壁を掴むと、胴体を持ち上げるような動きで、卵のような形をした無機質な本体が現れた。中央を金色の光が縦に割断するようにラインを走らせる。

 

「衆愚が……その脆い結束を力だという思い違いの代償は大きいぞ!」

 

 イズムパラフィリアは基本的に数で勝てる要素は薄い。ステータスやダメージ計算式からも、質は量に勝る世界観だ。

 数のゴリ押しを防ぐ手段は非常に多い。エムルスの召喚した従魔【伝播するフィアズエッグ】は特にその傾向が強い。というか相手の同士討ちに特化している。

 

 アビリティエフェクトが同心円状に放たれる。一定時間しか表示は残らないが、フィアズエッグが出ている間は敵に無差別攻撃を仕掛けている状態だ。

 

「従魔の出現は歴史が浅いせいで情報が出ていなかったのは既に昔の事ですよ! こちらには勇者がいるのでね!」

「その勇者とやらがいるのなら、何故お前に戦わせて本人は出てこないのだろうな?」

「私だけで充分ってことですよ!」

 

 ローブの男が吼える。魔術師型のハイエンドが魔術を行使した。

 大地がせり上がる。ローブの男がバチバチと音を鳴らす黒い稲妻を手に纏う。人間ではあり得ないような高出力の攻撃がフィアズエッグに撃ち込まれた。

 

 元々防御特化の妨害しかできないフィアズエッグ相手には、表面を焦がすことしかできなかった。しかし、この世界での一般人が呼び出せる従魔のレベルを超えているフィアズエッグを相手にダメージを通せている事自体が異常だ。

 

「これまでは、看破の通用しない従魔とだけあって、警戒していました。しかし、それそのものには直接的な攻撃手段も、能力もほぼ皆無だそうですね」

 

 このゲームにおける魔術師などの一部人間キャラには、看破というこちらの従魔の情報を解析してくる奴がいる。基本的にはステータスの暴力で押し通せるので対策することはほぼ無いのだが、一応看破後は弱い従魔から優先して攻撃したり、弱点や耐性を持たない属性攻撃を使うようになってくる。

 フィアズエッグはそういうのを無効化するアビリティもある。これの恐ろしいところは、全体効果なところだ。つまり、フィアズエッグ一体がいれば、NPCが面倒な行動を取らなくなる。

 

 フィアズエッグの対策というのは案外簡単だ。単騎で押し勝てる従魔を用意して泥仕合を繰り広げる。機種従魔でも通じる状態異常などで削り倒す。状態異常に関する耐性を用意する事であっさりと止まる。

 ハイエンドは感情を抑えているらしいので、数を用意しても恐怖になりにくいのだろう。

 

「どれだけ硬くとも、時間をかければ倒せるというわけですよ。さあ、ハイエンド、動きなさい!」

「……一つ、勘違いしているようだから、訂正しておく」

 

 だが、恐怖になりにくいだけでは駄目なのだ。

 エムルスの余裕綽々な態度を見て、ようやくローブの男は気付いた。

 いつの間にか足を止めて、微かに震えているハイエンド達を。

 

「何故……」

「いくら感情を排しようとも、僅かにでもそれを認識し、理解する能力があるのならば、やがては理解するだろう。感じるだろう。恐怖というものを」

 

 時間をかければ倒せる。フィアズエッグのステータス配分を知っていればそう考えてしまうのも無理はない。これらは初見殺しの塊であり、それを乗り越えれば倒せる。そう判断するだろう。

 だが、時間をかけること。それそのものが悪手だ。

 フィアズエッグの対策には、押し勝てる従魔。つまり結局は単騎で星六の防御特化型を超える火力を出せる従魔を用意する必要があるのだ。

 そうではないと、こちらが確実に負けるからだ。

 フィアズエッグのアビリティは、毎秒判定が入る【恐怖伝染】そして、恐怖になると周囲に一度だけさらなる状態異常に陥らせる【伝播する恐慌】がある。恐慌の判定は自身ではなく周囲にだ。だからこそ単騎ならば同士討ちは発生しないで済む。

 フィアズエッグの攻撃能力は特殊な従魔を除いた最弱の従魔であるエネルギーバブル一体分の攻撃力以下だ。

 これだけならば、初期段階でも時間をかければ攻略できるだろう。

 

 だが、ギルドマスターにまでなるような存在が、ただフィアズエッグ一体だけでその座に登りつめる事ができるわけがない。

 

「『コール』」

 

 エムルスの言葉と共に、ローブの男が突如顔から吹き飛ばされて地面を転がった。

 

「な、何が……?」

「放っておいても同士討ちする雑魚しかいないだろう。だが、わざわざ放置するのも煩わしい」

 

 ドスンドスンと足音が響く。全体的に青色で、醜く太ったように膨れ上がり、しかし垂れ落ちたヒトの顔。肩は無く。顔の横から胸と腕を生やしている。首も存在せず、大きな玉ねぎのような形をした腹に、これで立てるのかというほどにアンバランスで小さな二足の足がある。

 攻撃範囲のバグのような存在。物理的攻撃モーションから繰り出される不可視の遠距離攻撃。亜空間アタックの代名詞。

 星五天種従魔【堕落の忌み子シャドウボーン】設定上では赤子である醜い化け物が、ニタリと嗤った。

 異形、異質を従える召喚士は、震え、見上げるしかない敵を前に、無感動に吐き捨てた。

 

「潰れて死ね」



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89話 【地殻変動】

短いですがキリが良いので。


 戦いは呆気なく終わった。

 不利を悟ったローブの男がエンドをあてがいながら撤退していく。エムルスも俺も特に追撃する気はないようで、去っていく男をただ普通に見送った。

 

「それで、お前は……ふん。帰ってきたか」

 

 偉そうに腕を組んで顎を反らして見下してくるエムルス。

 

「負け犬が今更なんのようだ?」

「欲しいモノを手に入れに来たよ」

「強者から逃げ回るしかできない奴がか?」

「そのつもりさ。トライアンドエラー。俺は召喚しか才能はないけれど、それですら無条件に勝てるわけでもない。勝てると思ったから、またここに来ただけだよ」

「自惚れるな。力すら持たない男が何を成し遂げられる?」

「確かに俺は真正面からぶつかったら勝てない程度の強さしか無いさ。でも、上手い負け方なら自信があるんでね。だからこそ負け続きでもこうして立っていられてるんだ」

 

 手の中にある召喚石を弄ぶ。

 まだ、流れは掴んでいない。ここぞという感覚が来ていない。だから、召喚は無しだ。

 今ある手札だけで戦った方がいい。

 

 聖女は未だ手に来ないだろう。

 

「不愉快だ」

「ウィード」

 

 シャドウボーンが離れた位置で腕を振るう。ウィードが俺の横に立って腕をガードするように持ち上げる。その瞬間、重い殴打の音が鳴り響いた。

 

 相変わらずの糞従魔である。明らかな近接型に見せかけた体型をしている癖に、その中身は遠距離物理型である。スキル構成も恐らく嫌がらせに特化したゲーム当時のままだろう。

 

 感覚を同調させてウィードを動かす。次の一手が来る前にシャドウボーンへと肉薄し、勢いそのままにタックルを浴びせる。

 押し負けたシャドウボーンが家をなぎ倒しながらエムルスから引き剥がされる。

 その瞬間、パァンと軽い発砲音が鳴った。

 

 意表を突くような一撃。シャドウボーンの体により死角となっていた位置から頭部を狙った鉛玉がエムルスに襲い掛かる。

 しかし、ラインクレストの狙撃は、フィアズエッグの突き出された手のひらに防がれていた。

 

「狙撃失敗。これ以上ない一撃を防がれたと判断します」

「機種っていうのは嫌になるくらい正確だね」

 

 ゲームでは使えなかったダイレクトアタックをこうも簡単に防がれたとは。機種だなんだというよりも単純に通用しない。しにくいと考えたほうが良いだろう。

 

「まあいいや。条件は整った」

 

 互いの機種が場にいる状況。フィアズエッグのアビリティにしてメインウェポンを一つ殺した。

 

 ラインクレストは人間の姿をした機種従魔である。しかし、それは人間であることと同等ではない。

 機種はあくまでも機種。サイボーグでもなく、ただ一人で一方角の国境線を守り続ける絶対の防衛機構でしかない。

 優れた外見は破壊を僅かにでも躊躇わせるため。人間らしさすらどこかに見出だせる言動は、鹵獲させて完全破壊よりも敵の内側で暴れるため。

 それらの設計が機能した経験が無いほどに強いものの、こいつはそういう目的で作り上げられているということだ。

 

「聖女とその卵、貰いに来たよ」

「天頂に座する星を望んで手を伸ばすのなら、焼け死んでも文句は無いだろうな?」

 

 ラインクレストが動く。横方向に弾け飛ぶようなゼロからの急発進。ブーストによる瞬間加速で間合いを取った。

 

 ラインクレストはアビリティとステータスが優秀で、初期スキルセットがゴミカスというタイプの従魔だ。スキルの一つも残す余地はなく、大量の金や周回によって欲しいスキルを入手する必要がある。当人のステータスが高いので通常攻撃だけでも十分立ち回れる物理遠距離のエースだ。

 育成に関しては手間がかかるが、その分完成形は無類の強さを誇る。デッキ最終候補の一角でもある。火力型としては頭一つ抜けた存在なのだ。

 

 単体で完成した強さを持つので、補助役には適さないが、弱点はそれくらいだ。

 

 無数の銃弾がフィアズエッグに、全方位から降り注ぐ。移動速度と射程の差で一方的にダメージを与えていく。

 しかし、レベルの差で最低保障分のダメージしか入らない。

 

「詰み防止対策の従魔は既にウィードで抑えた。後は──」

「時間をかければ良イ?」

 

 懐かしい、どこか引きつったような音の外れを感じさせる声が背後から届いた。

 振り返ると、数メートル先に、ミラージュと彼が駆る輝く関節の無いゴーレムを思わせる人型、セイントシステムがいた。

 

「ーー・ー ー ・ー」

 

 掲げられる光の杖。天を覆い尽くすほどの槍が現れる。相変わらずの魔法物量だ。

 

「肝心の相棒は遠く離れていて、こちらは次でいつでも君を撃ち抜けル。チェックメイトってやつヨ」

「うーん。こりゃあ参った」

 

 人質にでもするのか、言葉を投げ掛けてくるミラージュに、両手を挙げてラインクレストをリコールする。

 

「参った、参ったなぁ……」

 

 大地が揺れる。ぐらぐら、ゆらゆらと。大きく、左右に。

 

 魔法火力とウィードは相性が悪い。正面からやりあったところでコレには敵わない。一芸特化型の魔法火力。個でのみかつ瞬発力なら最強なのが聖女様、ひいてはセイントシステム様だ。

 更には、最大HP量を減らすデバフ効果がある砂漠の従魔を使ってくる。これらを使われると、耐久に秀でたウィードがカンストしていようが倒される。

 

 相性ではウィードの負けだ。普通に戦ってもウィードの負けだ。

 

 だが、それを知っていて、なんの対策も準備もしないでここに来たとでも思っているのか?

 

「ところで、俺さ、戦闘中に人質を取ろうとするやつはバカだと思うんだよね。警告とかも、悪手だっていうかさ」

 

 ミラージュが、たまらず地面に膝をつく。エムルスもまた、地に這いつくばっていた。

 建物が倒壊していく。バランスを崩したセイントシステムがよろめいて魔法が掻き消える。

 

「だってさ、人質を取るには確実に一手無駄にするんだよ? 敵じゃない場所への攻撃。寸止め、どっちにせよ一手止まる。途方も無いアドバンテージを相手に与えるわけだ」

 

 従魔を召喚すると、特定の現象に対する耐性を手に入れる。ラインクレストなら、高機動にかかる重力。エンドソーマなら、寄生化。リリィなら、感覚的快楽。ノーソなら、病魔。

 剣の従魔を持つ人は、剣による傷やダメージに耐性を持ち、人体実験の果てに怪物へと化した従魔を持つ人は、外見に対する生理的許容度や薬理耐性を。

 

 恐怖を撒き散らす卵なら、恐れを受け付けなくなり、砂漠を持てば、熱と乾きに強くなる。

 

 その力が強くなればなるほど、共に生きる為に影響を受け付けなくなる。

 まるで、人間から離れていくように。

 

 地鳴りが轟き、地面が割れる。誰も彼もが大地の怒りを前にひれ伏す。

 

「チェックメイト? 従魔との相性? 君達何か忘れてない?」

 

 ウィードが隣に降り立つ。遅れて空から肉塊がドチャリと音を立てて降り、潰れた。

 

「地龍ウィード。四元龍。通常ガチャ最後のコンテンツであり、初期属性最強の存在。名に宿るのは力が届く末端まで」

 

 そよ風、水溜り、灰、そして雑草。

 

 地面に通う地脈が地殻変動で断ち切れる。力を失い契約が切れたエンドが事切れていく。

 

「幼体なれど大地そのものを前に、只人が勝てるとでも?」

 

 背後から音がする。滝のような圧倒的質量の動く音が。

 足元に水がかかる。

 

 全てがただ見上げるしかない光景を前に、俺はウィードと共に立っていた。

 

「始めようか、第二ラウンド。ここからが本番だよ」

 

 ウィードが俺を抱えて跳ねる。一際大きく大地が揺れた。

 

 這い蹲る有象無象を流そうと、津波が押し寄せてくる。



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90話 聖女、そして熱く燃え上がるように

前回の投稿が8月末という事実に震えながら投稿です。
これまでの間はPCを新しくしたり国家資格取ったりしてましたが、単純にモチベ下がっていたのもあります。
今年はもう少し頑張りたいです。


 津波によって街が押し流される。海が巻き上げた瓦礫や土砂によって、ただの水というよりも、壁が流れて来ているに等しい状況だ。

 津波は、見た目だけでは理解できない脅威がある。いわゆる、サーフィンで乗るような海の波みたいな激しい波は起きないが、ただ水が流れてきて、とんでもない勢いで水位が上がっていく。そして、それに呑まれた瓦礫がシェイクされて、中はミキサーの様になっている。

 黒い波が水位を上げる。見た目には分からない勢いで、全てを押し流していく。

 

 魔術師によって作り上げられる町並みというのは、基本的に固くて脆い。従魔などの生物での攻撃には強くあるように、硬く衝撃には強い。しかし、圧力や揺れには弱く、いとも容易く崩れてしまう。

 そもそも、この世界の魔術師の使う魔法は従魔のスキルなどを模倣したものが多く、出力の都合上彼らを超えるような事ができない。地脈への接続を使ったとしても、星の強度を超えるのは不可能なので、従魔の攻撃力を前には無力なパターンの方が多い。

 

 足元から建物が崩れ、粉塵を巻き上げて水へと沈む。水底の何処かから、鯨が鳴くような、高く野太い歓喜のような音が鳴り響いた気がした。

 

「『コール』!」

 

 ミラージュによってフィールドが即座に海から砂漠へと上書きされる。いくら海が従魔といえど、ゲームでもこうしてフィールドコンテンツは上書きを許されていたので仕方がない。

 これが召喚士同士なら、競り合いが起きるのだが。

 

 カンカンと照り付ける日差しが、宙を跳ぶウィードと俺の身体を焼く。撃ち落とそうと聖女が杖を掲げるが、少し構えた後に静かに杖を下げる。

 

 とりあえず第一段階は終了。ミラージュが使ってくる砂漠の従魔は、適応能力、あるいは属性を持たない従魔に対して、最大HPを減らす効果を持つ。後は、若干の移動速度減少と射程減少。

 特に最大HP減少が龍種にとっては厄介なのだ。現在HPを削る効果だったら、むしろ龍種覚醒の起動として使えたのだが、最大HPからの減少では一切効果がない。

 

 ウィードは物理防御力は過剰なほどにあるのだが、魔法防御力はそれなり程度しかない。HPで受けるしかないので、最大HPの減少は耐久性の低下に直結する。

 

 なら、使われない方がいいと思われがちだが、これに関しては使い道があった。

 まず、緑種召喚は対象を選んで相手を隔離する事ができる。そして、リコール以外では解除が不可能になり、閉じ込めることになってしまうという点だ。

 ゲームでは対象を選んだ隔離は不可能だったのだが、以前戦った時や、柊菜が使っているのを見ている。また、どちらもリコールによって空間ごと戻さないと自分を含めた全てを戻せない。

 ギルドマスターたるエムルス、そして聖女には、ミラージュの使う砂漠環境への適性がないのだ。

 

 実のところ、空間そのものであろうと従魔は従魔なので、この砂漠にもステータスは存在する。攻撃力や移動速度などといった、通常の従魔が持つステータスの多くは罪罰と同等かそれ以下(一か零)というとんでもないものだが、その代わりにとんでもなく高いHP量と自動回復量へと割り振られている。

 

 倒すのは可能だが、かなり難しい。そちらにリソースを割くくらいなら、大人しく受け入れて戦ったほうがマシなのである。

 そんな従魔の牢獄に、聖女を閉じ込めるのが第一段階だ。適応外の存在は容赦無く従魔のアビリティを受ける。射程距離の減少は彼女にとっては致命的だ。割合によって削られる数値が大きい値であればあるほど、減少量は大きくなる。

 

 レアリティが高くなれば、一方的にデバフを与えたり、味方にだけ効果があるような緑種従魔も出てくる。ミラージュの使う従魔は全体的にレアリティが低いのが救いだな。

 

「やってくれたわネ……」

 

 ミラージュが苦々しく呟く。そして、同時に彼の背後の砂が盛り上がった。

 流れ落ちる砂から現れたのは、白色のミミズとでも言うような風貌の従魔。砂漠環境に特化したシナジー型の緑種星四従魔【枯死砂漠のサンドワーム】だ。

 

 奴のアビリティの一つが、未発見状態での一撃が防御力無視というタンク殺しになる。砂漠地形による地中移動で何度も発見状態を切り、アビリティ攻撃を仕掛けられるせいでウィードが倒されたのが前回の戦いである。

 今回、奴が姿を表しているのは、その戦法が使えないから。聖女は従魔ではないので、サンドワームだけでは判別がつかないせいだ。

 同時に、フィアズエッグもまた影響を与えてくる。アレは防御力は高いがHPは低めになっている。そして、サンドワームはフィアズエッグのアビリティに対抗手段が無い。

 

 砂漠を解除すれば津波に飲まれる。戦えば互いに巻き添えをくらい本領発揮できない。

 その二点があってようやく二人を倒せる準備が整ったといえる。ギルドマスターだけなら倒せる。手札が揃った今なら、ミラージュも倒せなくはない。だが、そこに聖女が混ざると勝ち目があまりにも薄い。

 勝ちの目があるのは、津波が引くまでの数十分間。まあ、所詮戦闘というのはある程度釣り合いが取れているなら十分以上続くことはない。勝つにしても負けるにしても、わりと一瞬で勝負は決まる。

 

「ペース上げて行くぞ……ウィード! 【跳躍撃】! ラインクレスト! 俺を抱えろ!」

「グルル……オオオオオッ!!!」

 

 空中でウィードが俺を投げてラインクレストが受け取る。そして、ウィードが空を更に跳ね上がる。

 見上げようにも太陽が眩しすぎて補足する事ができない。

 それでも聖女が迎撃として無数の魔法を展開する。撃ち出されたのは岩の弾丸。だが、それはウィード相手には悪手だ。

 

 減衰された属性耐性に、跳躍撃のコントロール不能状態が魔法を弾き返す。圧倒的高度からの落下によって、中央でウィードを受け止める事になった聖女のクリスタル状の身体が砕け散る。

 

 鮮血が噴水のように吹き出し、ウィードを、砂漠を染め上げていく。

 

「ガアアアアアアアア!!!」

 

 血に染まった幼さを残す少女の顔立ちで、天に咆える。

 

 聖女は従魔ではない。未だに、生きている。いや、生きていた。

 聖女を失った事で、エムルスが呆然と、ウィードを眺め立ち尽くしていた。そして、たちまち形相が険しくなってくる。

 

「お前ぇ…………っ!」

「それだけ怒ろうとするのなら、戦場に引きずり出すなよ」

 

 聖女の背景知っているだろうに。いや、知らないのか?

 

 聖女自体の情報には、この世界の個人に関して語られることも明かされることもない。だから、エムルスが聖女にどんな想いを抱いているかも、俺は知らない。

 まあ、激昂する程度には大事だったんだろうか。

 

「彼女がどれだけこの世界に必要な存在であるか、それを知らない愚図がっ!」

「知らないよ。そんなこと。なにより、そうやって頼ってばかりだから、見捨てられるんじゃないの? あの地の意味を、クリスタルの効果を知らない訳じゃないだろう? 輪廻を拒否し、ただ眠る事を求める傷ついた魂の終わる場所だよ?」

「災厄は未だに死なず、愚かな人類はさらなる脅威を呼び込んだ! 災厄以上の、死なず、増え続ける世界を喰らう害虫をだ! 繰り返す愚かな行為に終止符を打つには、人類でなければならなかった!」

「君の手で、やればいい話だろ?」

「ハッ! この事実を知るまでに、私は人間を辞めている! …………結局は、この身に流れているのは罪人と同じ血だ! 捨てる分には躊躇わないが、英雄にはなれはしない」

 

 エムルスが手を突き出す。病弱なほどに細く白い肌が服の袖から現れる。その腕から皮膚が捲れ、剥がれ落ちる。

 フィアズエッグと同じ非生物的でありながら金属らしくない黒色の肌に、機械の基盤を思わせるラインの入っている。まるで鼓動が脈打つように、時折ラインに光が走る。

 

 ギルドマスターが成長しないのは既に人間を辞めている奴が大半であるからだ。一定以上の強力な従魔を手に入れれば、むしろ数を増やす為に人間でいるよりも、その従魔と同じ存在へと近付いた方が身の安全に繋がるという理由がある。

 街に引きこもるのなら、敵、脅威となるのは従魔やモンスターではなく、人間の方だからな。

 

「聖女が潰れたのなラ、サンドワームは自由にできるのヨ!」

「おいおい、なんの為にこの状況を作ったと思ってるんだよ」

 

 サンドワームが見えている状態なら、捕捉能力が高い従魔がいるだけで奴のアビリティは無効化できる。

 ラインクレストは空中であればとても広い範囲を捕捉できるのだが、地中には弱い。ウィードも能力上捕捉できるかと思いきや、フィールドが従魔だから不可能だ。

 

 懐から短剣を取り出す。アイテム名は【祈りの短剣】別に持っている事で何か効果を与える訳でもなく、経験値にもならないアイテムだ。

 終末の洞窟の最奥、広い地底湖の中央にある霧に包まれた島。そこではクリスタルの中で様々な生物が眠っている。

 傷付き過ぎた魂の眠る場所。輪廻転生を拒絶する停滞した時の空間。永久の停止を願う祭壇こそが終末たる所以。

 

 そこで眠る人を引き摺り出して、ゴーレムへと加工するのが、彼らヴエルノーズの人間共だ。

 聖女はリミテッド従魔だ。召喚条件は、祈りの短剣を所持した状態であること。

 

 ──そして、聖女を殺すこと。

 

 以前にも語った事があるが、このゲームでは、一部キャラクターを主人公が殺す選択をすることで従魔としてプレイアブル化《ゲームにおいて、キャラクターを操作できる。恒常的に味方になるという意味》できる。

 

 眠りたがる傷ついた人間を利用する敵から殺して、味方として再利用する。

 イズムパラフィリアは主人公側が絶対的な正義ではなく、敵や悪と同じような事をする。従魔化という死への救済措置のような物があれど、やっている事はそう変わらない。こういう所がゲームとして人気が無い部分であり、特徴でもある。

 

 イズム《主義》もパラフィリア《愛》も、どちらも人間が持っていて、それがぶつかりあう正義無き争いの物語だ。

 

「さあて、召喚の時間といこうか」

 

 短剣を頭上に掲げ、石を砕く。光の奔流が身を包み、ゲートを開く。手にかかる抵抗のような物を無理矢理掴んで引きずり出す。

 

 人間であろうと、死ねば強制的に従魔となる。リミテッド従魔は死は条件ではないのだが、聖女はカテゴリー的に人間枠のパターンが多い。まあ、ゲームで殺す事になる人間キャラクターは第一部以外はあまり居らず、イベントでもこっちが殺さずとも死ぬ奴も多かったりするのだが。

 ただし、人間が死んでも従魔にならないパターンもある。NPCなど戦いの合間に死にまくるし、ストーリーを通じてモブ敵で出てくる人間は大体殺すことになるが、そういう存在はガチャのラインナップにすら並ばない。従魔の条件に満たされていないのだ。

 まあ、そういった存在であれど、死ぬことで従魔の記録には残される。従魔の手が届かない場所で消えた存在は従魔にはならない。だからこそアヤナなどは、途中で影も形もなくなった癖に、プレイアブル化しなかったという事例がある。

 ゲームではちょっと読みきれない規模の図鑑がメニューから選べる。そこで確認できる物は従魔が記録したという説明がされているのだ。

 高度情報生命体というのが従魔という存在だ。だが、死者に対する復活措置のような効果も持っている。生命体とはなんだろうか。従魔とは、情報だけでは説明のつかない性質を持っている。

 

 ……死が従魔の条件ではない。ステータスを持つ者こそが従魔の条件だ。本来、生物は数値データなどの形で身体に付随するステータスというものは持たない。それが付く事で従魔への条件となるのだ。

 死は、単純に同環境下における同一個体の出現を制限するものでしかない。それが許されるのは、既に従魔でありかつ、複数の分体を持つ存在のみだ。

 

 つまり、従魔とは。

 

「──従魔、ですか。停滞を砕かれるのは嫌ですが、望むのならば応じましょう。残滓でよければ。【終末聖女フィーナ】星の意思を離れ、マスターの手に」

「なっ……聖女が……」

 

 美しくも幼い純白の少女が姿を表す。耳の高さで分けられたツインテールが清流の滝のように流れる。

 

 しかし、次の瞬間、彼女の姿は結晶に包まれ、石化してしまう。銀の像となり水晶の中で眠る彼女の姿は、セイントシステムと呼んでいたゴーレムの時と違い、祈るように手を組み跪いている。

 

 敵として登場した聖女──フィーナはかなり強いのだが、プレイアブル化したフィーナは正直に言えばテクニカル過ぎて使いにくさが目立つ。

 龍種覚醒と近しい効果を持つアビリティ【終末結晶】により、彼女はコール時に結晶状態で呼び出される。一定時間の経過か結晶状態時のHPを全損した場合、このアビリティは解除されて、終末聖女フィーナが使えるようになるのだ。

 

 ウィードと違い、一切動けないのだが、代わりに被ダメージ時には相手へスタックを付与しダメージを減衰させるようになるデバフアビリティを持っているので、一切活躍できない訳では無いのだが、それが活かせるのは広範囲にダメージを出してくる敵くらいだ。

 基本的に結晶状態はデコイ兼デバフ程度にしか使えない。結晶状態でもHPはそう高くないので動き出すのは早いのだが。

 

「聖女が従魔になったところデ、ゴーレムとしての力は使えないワ!」

「そうだね。彼女の能力にはゴーレムはない。最期の姿である結晶状態までが、彼女の持つ能力だ」

 

 聖女の性能はどちらかと言えばサポート寄りだ。しかも場に出すだけで効果があるものと、条件次第で発動するものの二種類に分かれている。

 聖女フィーナは、かなり攻撃的な能力を持った聖女だ。場にいるだけで味方全体の幸運ステータス向上。結晶状態での被ダメージ時に与ダメデバフ。そして、結晶状態から解放されれば、詠唱短縮時間百パーセント。つまり即時発動で魔法スキルを撃てる上に、魔法耐性貫通が二十パーセントも付く優秀な性能を持っている。

 

 あえて不満を挙げるとするなら、聖女といえど人間の死種なので、基礎ステータスが低めなこと。そして、自前の強化は音属性のみという点だ。特に、与ダメデバフを持つからか、後衛魔法型とはいえ死種という、比較的タフであるはずの分類にいる彼女は、同型従魔と比べてもあまりにも打たれ弱い貧弱さがある。

 

 優秀な壁役がいてこそ活躍できるタイプの従魔である。

 

「…………召喚士」

 

 唸るように、苦悩に満ちた顔でエムルスが言葉を紡ぐ。

 

「お前は、何者だ?」

「何者でもないよ」

「どこから来た?」

「どこか遠い所から」

「その力で、いったい何を為す?」

「なーんにも」

 

 両手をぱあっと開いて空を仰ぐ。偽りの空は燃えるような暑さを伝えるべく、輝く太陽にどこまでも青い空が広がっている。

 

「俺は暴力主義者でね。何かがしたいんじゃないよ。暴力が全てを解決するってだけでさ。悪を倒すだとか、正義をぶっ潰すとか、そういうのは無いんだよ」

 

 いつからこんな考えを持ったんだろうか。一秒未満で満たされ飽きる世界で、これを見つけた時からか。

 

「条理も不条理もぶっ飛ばす。ルールなんてクソ喰らえ。破壊でありながら、保存を成し得る矛盾。許されざる者でありながら、力でそこに在り続ける。そういうところが好きでね」

 

 クソゲーではあった。シナリオもめちゃくちゃで、バランスもインフレしまくり。ゲームっていうのは基本的に主人公は一側面では正義の立ち位置であるべきだというのに、それすらも怪しい。

 だけど、そういうのも全部吹っ飛ばす力の在り方。その存在。全てに惹かれていた。キャラクターも意思も何もかも、全部を見て、ただ思ったんだ。

 

 ああ、綺麗だなって。

 

「ギルドマスター。あなたは下がってなさイ」

 

 感情が荒れ狂い冷静さを失っているエムルスを押し退けるミラージュ。

 だが、それでもエムルスは吠え続ける。

 

「それだけの力がありながら、何もしないだと!?」

 

 絶望を知っていてか、それを克服するべく希望を打ち砕かれたからか。

 

「この世界の惨状を知っていて、それを選んだというのか? もうこの世界はどうしようもないくらいに終わりへと近付いているのに?」

 

 それでもなお、彼は敵を、俺を睨みつけてくる。

 

「既に、誰もが傍観者を気取る段階は通り過ぎたのだ、これより先は、決して血を流さずに、手を汚さずにいられるような場所ではない」

「分かってんだろ? そういう主張も、君の意思も、強くなければ無視されてしまう」

 

 この場に弱者の声を聞く善人はいない。

 

「なら、やることは一つだよな! 戦いは工夫も手の一つだ! この場で、二人が並んでも全力は出せないだろ?」

 

 あえて戦場を作らせて貰ったからな。悪いけどこのまま押し切らせてもらう。

 ウィードが駆ける。低く鋭く跳ねた勢いで殴りかかる。

 その拳は、サンドワームの攻撃が防いだ。余波でエムルスとミラージュが大きく下がる。

 

「始めようぜ──戦いってやつをなぁ!」

 

 気炎を吐く俺に対して、ミラージュは冷静だった。

 エムルスの胸ぐらを掴み上げると、投げ捨てるように上空へ飛ばした。

 

「なっ!? 貴様ァ!」

「『リコール』……ここでやり合っても勝てないでショ? あなたは引きなさイ。互いに万全でやり合うべき強い相手ヨ」

 

 砂漠が消える。魔術師達が現れ、こちらを見ると、即座に魔術でエムルスを高台に乗せる。

 そに様子を見て、ミラージュは再び砂漠を呼び出した。

 代償は大きく、ミラージュの足は流された瓦礫で骨が折れ、幾つもの裂傷を作っている。

 

「……互いに万全でやり合いたいとハ?」

「別にそれでも良いけど、待つのはあんまり好きじゃなくてね」

 

 痛みで脂汗を流すミラージュに肩を竦めて返す。

 そもそも、盤面を作って、それを崩されたところで、聖女はこちらの手にあるし、次にやり合うとするなら、より確実に勝てるように育成するまでだ。

 

「随分異質な召喚士よネ? まるで勇者みたイ。こっちの事情を知らズ、異常な速さで成長すル。そういえば、今の勇者よりも前に一度召喚術を行ったそうだけド、術は発動したのに姿は表さなかったとか聞いたわネ?」

 

 ミラージュの、疑問の形をした確信を持った問に対して、俺は静かに呟く。

 

「身に覚えがありませんね」

 

 残念ながら、俺達にそういった事情や状況は分からないのだ。なぜなら、真実を誰かに語られたことが無いから。

 そうじゃないかという予想は立てられても、それが事実かどうかの確認ができない。

 

「まア、どうでもいいワ。事の本質はそれじゃないシ」

 

 ミラージュが手から小さな欠片を取り出す。それは、太陽の光を反射して輝いてく、虹色の八面体だった。

 

「召喚士ってのは嫌なものネ? あらゆる才能、能力が底辺に等しイ。従魔という強力な力があれド、当人に何かを成し得る力が無イ。だかラ、どうあがいても召喚士が支配する町は破滅の道を往ク」

 

 光の奔流がミラージュを包む。次元を切り裂くような黒のゲートが開き、、召喚とは別に従魔達が顔を見せる。

 四体のサボテン。途中から口以外存在しない白いミミズが上体を顕にし、砂漠がミラージュを守るように彼の頭上だけ日陰を生み出す。

 

 光が消え去り、姿を現したのは、黒い肌。動物の頭。そして、黄金の装飾。

 

「──万物を塵と化そう。砂塵に帰り、輪廻を廻れ」

「っ! ……ここでコイツを引くかぁ」

 

 神威が空間に満ちる。

 大気が震え、灼熱がさらなる進化を遂げる。かの存在を中心に、砂嵐が巻き起こる。

 レベルが低かろうと、最低限の活躍を果たす奴を土壇場で引いてきた。

 

 エジプト神話のモチーフ。ジャッカルの頭を持つ死を司るアヌビス神を意識したその存在は、モチーフ通り神に類する力を持つ。

 星五天種アラハサ。砂漠フィールド上及びその適性者がいる場合に強力なバフを与え、自身が砂漠フィールド上にいる時に強力な地属性ダメージを与えてくる従魔だ。

 

 従魔の中には一部だが神という分類に入る存在がいる。それらは神性や神族というアビリティを持っており、自身の力の及ぶ特定条件下において圧倒的な性能を誇るのだ。

 

「ふフッ。さア、どちらが優れた召喚士であり人間としての出来損ないカ、比べてみましょウ? 熱く燃え上がっていくワ!」

「…………まっ、いいか! 砂漠の神か、大地を生み出す龍か、どっちが優れているのか教えてやろうじゃん!」

 

 街の状況を放り投げて、楽しそうにミラージュが笑う。

 俺もまた、過去一番に燃え上がるような戦いを前に、歯を剥き出しにして笑った。

 

「「死ね!!!」」

 

 



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