隣の家の桐ケ谷さん (人生変化論)
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碧音特製オムライス

皆様、こんにちは。今回が初めての投稿になります。
小説自体は初めてというわけではないのですが、これからどうなるかびくびくしてます(笑)
投稿ペースは割と不定期になってしまいますが、暖かい目で見守ってくださると幸いです。

ちなみにサブタイトルにはあまり意味はありません。気分です。


 ピンポーン。

 

 彼___藤澤碧音(あおと)しかいない家に、単調なチャイムが響く。

 リビングのソファーでひとりうとうとしていた彼は、慌てたように飛び起きた。

 

 どうでもいいがこの男、びっくりする系が嫌いなのである。どうでもいいが。

 

 無駄に広い廊下を小走りで抜け、玄関へとたどり着いた。

 適当に置いてあったサンダルを履き、ドアを押し開ける。

 

 

 「はーい、どちらさま……」

 

 

 すぐさま彼は息を呑んだ。

 ドアの先には、10人が見たら全員が「美少女」と口をそろえるほどの少女が佇んでいたからであった。

 身長からして、中高生くらいだろうか。

 

 腰のあたりまで伸びた艶やかな黒髪は、見る者の目を惹きつける。

 大きい栗色の瞳は、どこか日本人離れしているようで。

 碧音は見つめていたのを悟られぬよう軽く頭を振った。

 そんな碧音を気にも留めず、少女は話し始める。

 

 

 「夕方のお忙しい中すみません、今日隣に引っ越してきた桐ケ谷といいます」

 

 

 少女は手に持っていた中くらいの箱を胸の前まで持って来て、碧音へと手渡した。

 

 

 「つまらないものですが……どうぞ」

 

 「これはご丁寧にありがとうございます」

 

 

 予想以上に丁寧な言葉遣いだったので、碧音もできる限り失礼のないように受け取った。

 ちなみに、こういう場合は謙遜するよりも素直に頂いた方がいいらしい。

 

 立ち振る舞いや言葉遣いから感じられたが、この子の家はとても礼儀正しいらしい。

 どこかのお嬢様と言われても疑いはしないだろう。

 

 

 「うちには小さい兄弟もいるので、何かとご迷惑おかけするかもしれませんが……」

 

 「全然大丈夫ですよ。賑やかなの、嫌いではないですから」

 

 

 碧音の住んでいる一帯は割と高齢化が進んでいるほうで、小さい子がいる方が珍しいのだ。

 別にそこまで田舎というわけでもないのだが……人口層と言うのは本当に分からない。

 

 ともかく、一人暮らしで暫く親とも会っていない碧音にとって、騒がしいのは大歓迎だった。

 

 

 「では、そろそろお暇させてもらいます。宜しくお願いしますね、藤澤さん」

 

 

 そう言われて、碧音は自分が自己紹介もしていなかったことに気が付く。

 少女は表札でも見て碧音の名前を知ったのだろう。

 

 去っていく少女の後姿を見送りながら、今度会ったら自己紹介しよう、と心に誓う碧音であった。

 

 

 

 

 碧音が暮らしているのは、この若さでは珍しい一戸建ての住宅だった。

 そこに一人暮らししているのは、別に金持ちだからとかではなく。

 この家は正確に言えば、碧音の両親の家、となる。

 

 しかし碧音の両親は、不慮の事故で二人共亡くなってしまった。

 碧音に言わせれば、二人離れ離れで死ななくてよかった、のだそう。

 そう息子に言わせるだけ両親は仲が良かったし、同じくらいに碧音のことを愛してくれた。

 

 両親が亡くなってしまっても、碧音の生活は大して変わらなかった。

 義務教育は終えていたし、幸いなことに支援してくれる親戚がいたのだ。

 碧音は両親との思い出の家を引継ぎ、そこで今も暮らしている。

 それに関して、大きな問題はなかった。ただ、どうしても暇になってしまうというのが唯一の欠点ではあるが。

 

 ともかく、それで何が言いたいのかと言うと。

 碧音は想像以上にバイトをしまくっているのである。

 

 

 「碧音……流石に休みなさい」

 

 「何言ってるんですか店長、まだオムライス作ってませんよ!」

 

 「だからって休憩なしに五時間勤務はやめい。私が訴えられる」

 

 

 厨房でフライパンを巧みに操りオムライスを作る碧音。

 そんな碧音に苦言を漏らすのは、この店のマスター兼店長である、羽原儀瞳(はばらぎひとみ)だ。

 年齢は三十代後半だと聞いているが、とてもそうには見えない美貌を持つ。

 

 喫茶店、羽野原。

 

 瞳の父親がオーナーとして経営している、この町ではかなり有名な喫茶店だ。

 雑誌で何度も紹介されるほど知名度があり、休日には家族連れや若者で賑わう。

 平日になれば、ご年配の方が安らぎを求めて来店する、憩いの場になる。

 

 に、なるのだが。

 

 

 「んなこと言ったって俺抜けたら厨房に立つ人いないでしょ!」

 

 「それはそうなのだが……」

 

 「ほらうじうじ言ってないで注文取ってきてくださいよ」

 

 「店長使いが荒いなあ最近の若者は……」

 

 

 肩を落としながら歩く店長を若干可愛いとか思いつつも、フライパンに向き直る。

 さて、今回の注文はオムライス。時短をしつつも美味しく仕上げなければならない。

 

 少し前に大量生産しておいたチキンライスを適量すくい出し、フライパンで温める。

 焦げないように気を張りつつ、卵を牛乳と混ぜ合わせた。

 一概にオムライスと言っても、完成形には沢山の種類がある。

 オムレツのような形にしたものや、あまり熱さずに蕩けさせるやり方もあるのだ。

 碧音が得意として作るオムライスは、その中でも一番オーソドックスなタイプ。

 

 温めたチキンライスを皿に半円形に固めておく。

 それからフライパンに混ぜた卵を投入した。

 フライパンを軽く浮かせて、全体に卵を広げる。

 加熱するのはたったの数秒。軽く固まるのを見計らい、火を止めた。

 フライパンが大きい故に卵が薄くなり破れがちだが、そこは碧音の腕の見せ所。

 碧音はフライパンを器用に操り、チキンライスの上にそっと乗せた。

 

 これで、碧音特製オムライスの完成だ。

 

 オムライスの出来に満足しつつ、碧音はオムライスをカウンターの上に乗せた。

 運んでくれ、というサインだ。

 そんなとき、どこからかボールペンが飛来し、碧音の頭に衝突した。

 

 

 「いつつ……店長だな、これは」

 

 

 こんなことをするのは店長しかいないと決めつけ、注文を聞いている店長の方を向いた。

 店長の姿を確認すると、彼女は指で地面をちょいちょいと指しているところだった。

 『伝票を見ろ』のサインだ。

 

 碧音が急いでカウンターに置かれた伝票を見に行くと、オムライスと書いてある横に小さく『子供』と書いてあるのを発見した。

 

 

 「やばっ」

 

 

 碧音は急いでオムライスをカウンターからかっさらった。

 向かうはいくつも置いてある鍋の一つ。

 

 鍋のふたを開けて、中の液体をオムライスにさっとかける。

 この液体はビーフシチュー。子供だけの特別サービスだ。

 再びカウンターに戻り、伝票を届けに来ていた店長に手渡す。

 

 

 「ありがと」

 

 「次はもっと大きな字で書いてくださいよ」

 

 「はは……そうしとく」

 

 

 店長はオムライスもといビーフシチューオムライスを、お客さんへと届けに行った。

 ……大量の注文が書いてある伝票を残して。

 

 そう、この喫茶店の欠点としては二つ。

 店が狭いのにお客さんが大勢来ること。

 そして、かなり重度の人手不足である。

 

 次の休憩は昼のピークを抜けてからになりそうだ、と碧音は苦笑いした。

 

 

 

 

 「お疲れ様」

 

 

 店から最後の客がいなくなると同時に、気が抜けた碧音は近くにあった椅子に座り込んだ。

 時刻は現在夕方の六時。少々早い店じまいだが、居酒屋ではないので妥当だろう。

 

 あれから碧音は短い休憩を挟みつつ、今まで働き続けた。

 一つ間違えればブラックとも思われかねないだろう。

 

 

 「店長、もっと人を雇うべきですよ。店員は俺含め三人しかいないんだから」

 

 

 如何せんこの店は店員が少ない。

 碧音を含めても三人しかいないのに、客はどんどんとやって来る。

 

 

 「うん、そうなんだが……お父さんが許可してくれなくてね」

 

 「ああ……あの面接ですか……」

  

 

 この店の時給は決して安くはない。ほかの店に比べれば高い方だ。

 それに賄いも出るし、無理に仕事を入れられることもない。

 なのに店員が増えない理由、それは面接にある。

 

 この店にバイトや仕事を希望した人は、まず必ず面接を受けさせられる。

 面接官はたった一人、瞳の父親であるオーナーだ。

 彼の面接では、彼自身が気に入った人にしか合格を出していないのだ。

 学歴や家庭環境などは関係なく、ただオーナーの直感で選んでいる。

 

 だからこそ、面接を受ける人は多くても合格する人は中々出ない。

 

 

 「まあ、お父さんの人を見る目は確かだからね」

 

 「それは納得ですが」

 

 

 今いない店員二人も、独特な人物ではあるが皆いい人だ。

 他ならぬ碧音自身も仕事はしっかりとこなすので、店長からの信頼が厚い。

 

 店長と雑談をしつつ、店の片付けを始めた。

 ある程度片付けが終わったところで、店長は碧音に言った。

 

 

 「本当に助かったよ。今日の分の給料は色つけとくから」

 

 「すみません……ありがとうございます」

 

 「お礼を言いたいのはこっちだよ。後は私がやっておくから、もう大丈夫だ」

 

 

 碧音はもう一度店長に感謝を述べてから、喫茶店を出た。

 外はすっかり暗くなっている。まだ春だから当然と言えば当然か。

 

 昼間は暖かいとは言え、まだ冬は終わったばかり。

 春特有の肌寒さを感じつつ、碧音は足早に歩き出した。

 肌に当たる冷たい風が、長時間の仕事で火照った体を冷やしていく。

 こうして、碧音の一日は過ぎていく。

 

 

 家の前に、十分ほどで到着した。

 鞄から鍵を取り出しながらふと視線を横にずらすと、昨日挨拶しに来た少女の家が見える。

 家は電気がついていて、温かそうな笑い声が漏れている。

 

 

 「……確かに賑やかだな、これは」

 

 

 確か兄弟がいると言っていたか。何人家族なんだろう。

 

 浮かんでくるどうでもいい疑問に頭を悩ませながら、碧音は自宅に入った。

 

 

 

 

 




これからはもっとSAO要素を増やしていきたいですね……。
読んでいただきたき本当にありがとうございました!


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風呂上がりのアボタルサンド

約一週間ぶりの投稿となります。
今後はこのように、週1、2回の投稿になります。
スローペースな更新になってしまいますが、温かい目で見守ってくださると幸いです。

サブタイトルに特に意味は以下略。


 ある雨の日。

 学校から帰ってきた碧音は、家でぐったりと休んでいるはずだった。

 

 それなのに。

 

 

 「ふふっ、ここがせんぱいの家かー」

 

 「誰かこの小悪魔を追放してくれ」

 

 「ちょっと、小悪魔はひどいです!」

 

 

 碧音の家には、美少女に化ける小悪魔がいた。

 

 

 

 

 碧音がその小悪魔と出会ったのは、今から数日前になる。

 ある日隣の家に、とある家族が引っ越してきた。

 

 名前は桐ケ谷。三人の子供がいる、ぜんぶで五人の一家だ。

 その家の次女である『桐ケ谷明日葉(きりがやあすは)』こと小悪魔は、碧音に引っ越しの挨拶をしに来たのである。

 

 

 (その頃は……その頃はこいつが清楚系美少女だと思っていた。だが……!)

 

 「いまは清楚じゃないとでも言うんですか」

 

 「ナチュラルに心を読むのやめてくれません?」

 

 

 こういうやつである。

 桐ケ谷明日葉とは、こういうやつなのである。

 

 

 「いいですよーだ、私は小悪魔ですよー」

 

 「ありがとう認めてくれるんだな」

 

 「冗談ですっ!わたしは清楚です清楚!」

 

 

 鬱陶しいとは思いつつも、明日葉のことは悪く思っていない碧音であった。

 

 さて、どうしてこの状況になったか話をしよう。

 実はこの二人、今日が初対面に等しい。こんなにも夫婦のようなのに、だ。

 今日以外に会ったのは最初の挨拶だけであった。

 

 

 「そーいえばせんぱい、本当に高校生だったんですね」

 

 「俺を何だと思っていたんだ」

 

 「親のスネかじってるヒキニート」

 

 「おいふざけるな」

 

 

 明日葉は、碧音の服を見てそう言った。

 碧音は学校帰りと言うことで制服を着ている。高校の、だ。

 

 碧音が明日葉に視線を向けると、彼女も制服に身を包んでいた。

 その制服は、碧音が二年前に卒業した中学のものである。

 

 

 「あれれー、どうしました?もしかしてぇ、私の制服姿に見とれちゃってますか」

 

 

 明日葉はにやにやしながら碧音の胸をつついた。

 碧音は少しばかりの対抗心を燃やした。

 

 

 「そうかもしれないな、うん。見とれてたわ」

 

 「なな、にゃにをっ……!せんぱいのクセに生意気です!」

 

 「ちょろいな」

 

 

 碧音がそう言うと、明日葉は彼の胸を殴ってきた。

 ぽかぽかという可愛いものではなくてガチのパンチだったのだが。

 

 

 「いたい」

 

 「痛がってるようにはみえないです」

 

 

 ほんとに痛いんだけどなぁ、と思った。

 そんなとき、明日葉が可愛いくしゃみをひとつ。

 

 

 「……そう言えばここ、玄関だった」

 

 

 雨に濡れた体で、玄関にいたことにようやく気付いた。

 

 

 

 

 明日葉が碧音の家にいるのは、ちゃんと理由がある。

 碧音が家に着くと、隣の家の前に人影が見えた。

 黒髪をしっとりと濡らす、一人の少女。

 制服は濡れていて、むしろ透けるんじゃないかとか考えたほどだった。

 

 曰く、少女は鍵を忘れた。

 曰く、親は遅くまで帰ってこず、兄弟は予定があって家にいない。

 

 流石にその状態のまま放置するわけにはいかないので、家に呼んだという流れだ。

 ここまで波長が合う相手だとは、碧音自身も考えていなかったのだが。

 

 濡れた体を温めるために碧音が最初に取った行動とは。

 

 

 「せんぱい、もしかして私のあられもない姿を想像してるんですか?やらしー」

 

 「興味ないわ」

 

 「いたい!いたいですせんぱい」

 

 

 碧音は戯言を言う明日葉にバスタオルを投げつけた。

 明日葉は情けない声をあげながらも、ドアの奥に消えていった。

 そう、風呂である。

 

 

 「……はぁ。なんだかなぁ」

 

 

 まるで嵐のような騒がしさだった。

 こんなにも家が賑やかだったのは、どれくらいぶりだろうか。

 

 碧音は、明日葉とのやり取りで自然と笑みを浮かべていた。

 学校の友人以外やバイト先の人間としか会話しない碧音にとって、明日葉の存在はかなり新鮮だった。

 

 

 「ほぼ初対面なのにな、ほんと謎」

 

 

 波長があった、とでも言うべきだろうか。

 碧音と明日葉はお互いに初対面のような気がしていなかった。

 以前どこかで会った事があるわけでもないのに、だ。

 

 二人は今日で会ったときから漫才のようなやり取りをしていた。

 最初はここまで軽口をたたき合ってはいなかったが。

 碧音が明日葉を家に呼ぶと、彼女は言った。

 

 

 『お断りします。そう言って私の身体めあてなんでしょう?男という生物はみんなけだものですから』

 

 

 まるで男を生涯の敵にしているかのような発言に、思わず碧音は苦笑いした。

 

 

 『俺はお前のようなお子さまボディには興味ない』

 

 

 敬語を使うべきかなんていう葛藤は直ぐに消え去って、自然と口にしていた。

 

 

 『わ、わたしがお子さまボディ?みなさい、この抜群の___』

 

 『胸をはるくらいだったら、もっと大きくしてから出直すことだな』

 

 『セクハラです!このひと外で堂々とセクハラしましたっ』

 

 

 その時のくだらないやり取りを思い出して、思わず碧音は笑ってしまった。

 笑い声が聞こえたのか、脱衣所のドアが少しだけ開いた。

 

 中からは、むっとした顔の明日葉が顔をのぞかせている。

 服は脱いでいるのか、真っ白な肩が見え隠れする。

 

 

 「なに笑ってるんですか」

 

 「笑ってねぇよ」

 

 「うそです、笑ってました……せんぱい、覗いたらさっきより強く殴りますからね」

 

 

 明日葉はそれが言い終わると、ぴしゃっとドアを閉めた。

 さっきもかなり痛かったんだけど、という言葉は胸に秘めておく。

 

 碧音はその場から離れて、キッチンへと向かう。

 今から明日葉に、夕食を作ろうと思っていた。

 明日葉は食べ盛りの中学生。女子と言えど、お腹はすいているはずだ。

 

 

 「うーん……何をつくろうか」

 

 

 夕食と言えど自分の家の食事もあるだろう。適度にお腹を満たせるものでなくてはならない。

 おにぎりがいいか。それとも、軽いデザート系のような。

 

 そこまで考えて、碧音はふと我に返った。

 

 自分はほぼ初対面の少女に、どこまでやるつもりなんだろうか。

 というか、何故ここまで世話を焼いているのだろうか、と。

 

 明日葉が美少女だったから?

 困っている様子だったから?

 どれもが、いまいちピンとこない。

 

 

 「……いや、違うな」

 

 

 思い出した。

 何か、親近感があったのだ。

 

 ただ、考えても考えても、親近感の正体は分からなかった。

 

 

 

 

 濡れた制服から、中学のジャージに着替えた明日葉。

 彼女は目を光らせて言った。

 

 

 「こ、これぜんぶせんぱいが作ったんですか?」

 

 「おう。あった食材でささっと」

 

 「女の子として負けた気分です……」

 

 

 碧音の料理スキルは度重なるバイトにより、かなり高い。

 中学の女子では到底超えられない。

 

 広々としたリビングのテーブルに座るよう、碧音は促した。

 明日葉は感謝を述べてから椅子に座る。

 そんな明日葉の心の中では。

 

 

 (ひろっ……!広すぎる……)

 

 

 

 実際には家具が少ないから、広く見えるだけなのだが。

 掃除等の家事をよく行うため、なおさら広く見えてくる。

 元々家族で暮らすために碧音の両親が設計したのだから、当たり前と言えばそうだろう。

 

 

 「あの……ちなみにせんぱい、ご両親は今どちらに?」

 

 「……結構前に、二人して亡くなったな。今は一人暮らし」

 

 

 明日葉の向かい側に碧音も座った。

 碧音のその言葉を聞いて、明日葉は慌てた様子で言う。

 

 

 「ご、ごめんなさい……嫌なこときいて」

 

 「気にしてないから大丈夫だ。もう何年も前だしな」

 

 

 珍しくしおれた態度をとる明日葉に苦笑いした。

 暗くなってしまった雰囲気を変えようと、碧音は食卓に目を向けた。

 

 そこには、皿に綺麗に盛り付けられたサンドイッチ。

 中には何やら、黄色と緑の物体が見え隠れしていた。

 明日葉も気付いたようで、疑問を投げかけてくる。

 

 

 「これはサンドイッチですか?……なんか緑色のがありますけど」

 

 「緑はアボカド、黄色はタルタルとマスタード」

 

 

 アボカドはサラダにしようと思っていたものだし、タルタルは前日のアジフライの残りだ。

 ぜんぶ家にあるもので作れて、碧音はひそかに満足していた。

 

 

 「女の子はアボカド好きって聞いたんだけど。嫌いだったらごめん」

 

 

 碧音が明日葉の方を見ると、意外そうな顔をしていた。

 

 

 「せんぱいって、人に気をつかえたんですね……」

 

 「失礼だなおい」

 

 「だって、今日なんてセクハラから始まりましたもん」

 

 「それは忘れてくれ。俺だってしたくてセクハラしたわけじゃない」

 

 

 というか根本的な原因はお前だけどな。

 なんてツッコミは、心の中にしまっておいた。

 

 今のやり取りで渇いた喉を、入れておいた紅茶で潤した。

 ちなみに、明日葉にも同じものが渡してある。

 

 

 「今更だが、そのせんぱいって呼び方どうにかならないか?」

 

 「あれまさかせんぱい、こーふんしちゃうんですか」

 

 「違う、なんかこう……ぞくぞくする。変な意味じゃないが」

 

 「うわあそれもう末期ですよ……」

 

 

 自然とふたりは顔を見合わせて、笑った。

 明日葉はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

 風呂上がりで、少し濡れている黒髪を揺らしながら。

 

 

 「じゃーあ、せんぱいも私のこと明日葉って呼んでいいんですよ?」

 

 「なんか負けたみたいでやだから、後輩って呼ぶことにする」

 

 「断らないでくださいよ!せっかく提案したのにー!」

 

 

 こうして、碧音と明日葉の奇妙な関係が始まった。

 

 ちなみに、作ったサンドイッチは過去イチで美味しかった。

 喫茶店の新メニューとして、店長に提案するのもいいかもしれない。

 

 

 (名前はそうだな……風呂上がりアボタルサンド、とか)

 

 「せんぱいってネーミングセンスないですね」

 

 「だから心を読むのやめてくれないかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一言だけ言いますと、明日葉ちゃんはビ〇チとかではないです。

さて、ちょっとだけ裏話などなど。
今回執筆する際に迷ったのは、「サンドイッチ」でした。
表記上「サンドイッチ」と「サンドウィッチ」の二つがあるらしく、迷い続けて永遠とネットで検索かけてました笑
その結果出た結論は、


『どっちでもいい』でした。


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お疲れカフェオレ

ここ一週間、インフルエンザに犯されていました笑

タイトルに深い意味は略


 からん、ころん。

 

 喫茶店から最後のお客さんが出たのを見て、碧音はドカッとカウンター席に座った。

 黒を基調とした喫茶店の制服が少し浮かび上がる。

 

 

 「ふー……終わった」

 

 

 一日の仕事の終わりである。

 土曜日の今日、部活をやっていない碧音は丸一日シフトを入れていた。

 

 相変わらず人が来る。激務だった。

 

 

 「お疲れー碧クン。はい、カフェオレ」

 

 「すみません、ありがとうございます」

 

 

 碧音をねぎらい、カフェオレを差し出してきた一人の女性。

 店長の瞳ではない。眼鏡をかけた、キャリアウーマンのような印象を受ける女性だ。

 

 彼女の名前は藍李(あいり)クレア。

 この喫茶店で働く碧音の仲間であり、先輩である。

 普段は副店長的な立場で、頼りになる先輩だ。

 

 ミルク多めのカフェオレを口に含むと、スッと疲れが消えた気がした。

 

 

 「凄く美味しいです。また上達しましたよね」

 

 「そう?お客さんからは中々言われないからわかんないや」

 

 

 むしろ喫茶店の店員に味の感想を伝える方が稀である。

 平日は大抵一人で来る人が多いのだし、店員と話すのは常連くらいだ。

 

 藍李はこうして、暇があれば碧音やほかの店員にコーヒーを出す。

 特訓とまかないをかねてとのことだが、碧音としては助かっていた。

 それだけ藍李の入れるコーヒーは絶品である。

 

 

 「ほんとに美味しいですって。そう言えば、店長どこ行ったんです?」

 

 「裏で会計作業。大変だねー」

 

 

 今日は碧音と藍李、そして店長である瞳の三人で店を回していた。

 瞳が肉体労働しているのだったら手伝うべきだと思ったが、お金にまつわることなら出しゃばらない方がいいだろう、と碧音は判断した。

 瞳が戻ってくるまでの間、片付けをする藍李と雑談でもしようと決める。

 

 

 「それにしても相変わらず、この店人きますよね」

 

 「今時どうしてこんなアナログな店来ようとするのか分からないケド」

 

 

 酷い言いようだが、素直に碧音は同調した。

 何故ならこの店は、『オーグマー』に対応していないのである。

 

 次世代型ARマシンデバイス、オーグマー。

 十数年前に開発されたそれの勢いは未だ止まらず、今でもAR技術の先端を走っている。

 拡張現実と呼ばれるそれは、過去に出来なかった様々な事を実現した。

 

 その影響は、日本中の飲食店にも広がった。

 注文から会計まで全てオーグマー一つで完結してしまう。

 オーダーを受け、会計をする人員は要らないのだ。

 

 オーグマーを利用すればより多くの利益につながる。

 では、オーナーや瞳が何故それをしないのか。

 

 

 「……まぁ、助かってるのは私たちの方だけど」

 

 「ですね……今時、オーグマー不適合なんてどこも雇ってくれませんし」

 

 

 そう、碧音含めここで働く店員は皆、オーグマー不適合者すなわちフルダイブ不適合の人間なのである。

 人体的、精神的に障害があったり、過去のトラウマ等で極度にFCが低い人間のことだ。

 一般的には不治の病とも称され、FNCと呼ばれる。

 FNCと判断された者はVR、AR機器の使用が禁じられる。

 

 ___それはすなわち、社会的な死と同じである。

 

 先程述べた通り、オーグマーは今や様々な企業で利用される。

 それを使用できない人間を雇うメリットは、どこにも存在しないのだ。

 

 

 「店長には感謝してる。拾ってもらえてなかったら私、ずっと引きこもってたし」

 

 「俺も、同じ気持ちです。まさか雇ってもらえるとは」

 

 

 実は面接の合格条件にも、FNCというのがある。

 残るもう一人の店員も、同じ病気だからだ。

 何故それが条件なのかは分からないが。

 

 

 「藍李さん……藍李さんはもしFNCじゃなかったら、何の仕事してました?」

 

 「私かぁ……普通にオフィスで働いてたと思うよ」

 

 「確かに、藍李さんのイメージぴったりです」

 

 

 藍李はいかにも『働く女』というイメージがある。

 

 

 「私だって、好きでFNCに生まれたわけじゃないから。普通に仕事して、ふつーに結婚して、ふつーの生活してみたいとは思う。でも、今の仕事にも満足してるよ」

 

 「……そうですか」

 

 「うん。碧クンは、夢とかあるの?」

 

 

 そんなこと、碧音は考えたこともなかった。

 小さい頃の夢など覚えていなかったし、両親が死んで考えている暇もなかった。

 バイトを始めて、心の余裕ができたのがつい最近なのだから。

 

 

 「考えたこともなかったです」

 

 「それはもったいない!碧クンまだ若いんだから、夢はでっかく持つべきだよっ」

 

 

 大きく、子供のように手を動かしながら言う藍李。

 藍李さんもまだ若いと言うのは、少し蛇足だろうか。

 

 

 

 

 七時を過ぎて、碧音はようやく帰路についた。

 今日は店を閉めるまで2人に付き合っていたから、遅くなってしまった。

 

 いくら春も半ばだと言えど、まだ肌寒い。

 薄い長袖にシンプルなパーカーを着てきた碧音は、厚着するべきだったと後悔する。

 

 寒さに身を縮ませながらも、碧音は藍李の言葉を思い出していた。

 

 

 『私だって、好きでFNCに生まれたわけじゃないから』

 

 

 FNCには、二つの種類がある。

 遺伝や発達障害などによる、先天性のFNC。

 そして、トラウマや事故による、後天性のFNC。

 

 藍李は前者であり、碧音の場合は後者だった。

 碧音の両親が亡くなったのは、VR上での出来事だった。

 それにより碧音はVR、そしてARに強い拒否感を覚えてしまったのだ。

 

 

 (なんだかなぁ……)

 

 

 碧音だって、好きでFNCになったわけではない。

 社会的に不遇だし、何よりも健常者との差別が激しいのだ。

 

 今やオーグマーは学校でも利用されている。

 それを使用できない者が浮いてしまうのは、当然のことだろう。

 

 でも、碧音はどこか信用できないのだ。

 仮想世界、拡張現実という世界が。

 現実にない物に心を躍らせ、哀しみ、苦しんで、喜ぶ。

 そんな姿が、碧音にはどこか滑稽に見えた。

 

 

 何処にも行きつかない思考を彷徨わせていると、いつの間にか自宅の近くにいた。

 今日は疲れたし、さっさと風呂でも入って寝よう。

 そう思っていた時だ。隣の桐ケ谷家のドアが開いて、大きな声が聞こえてきたのは。

 

 

 「わたしはそんなこと……望んでないっ!」

 

 

 そんな言葉と共に飛び出してきたのは、他でもない明日葉だった。

 漏れてくる涙を必死にこらえて、家を飛び出していた。

 

 明日葉は前を見ないで走っていたので、たまたま進行方向にいた碧音と衝突した。

 

 

 「前向かないとあぶねーぞ」

 

 「ふぇ……せん、ぱい?」

 

 

 明日葉はこらえていた涙腺が崩壊し、大粒の涙をこぼした。

 

 

 

 

 時は数分前に遡る。

 明るい桐ケ谷邸で、一人の少女が叫んだ。

 

 

 「わたしはそんなこと、したくないっ」

 

 

 長く艶やかな黒髪に、愛嬌のある顔。碧音をせんぱいと呼ぶ少女、明日葉だった。

 碧音をからかい、笑顔に染まっていたその顔は、今は怒りで歪んでいる。

 

 その怒りをぶつけた対象は、同じく若い少女だった。

 少女と呼ぶには、いささか大人びてい過ぎているかもしれない。

 

 明日葉と同じ黒髪に、すらっとした体。

 彼女の名前は桐ケ谷ユイ。明日葉の姉である。

 

 

 「そんなこと言っちゃったダメ。明日葉の為にパパもママも頑張ってるんですよ」

 

 「……でも。わたしはお願いしてない!」

 

 「いつか必ず、明日葉のためになります!人生を棒に振るつもりですかっ」

 

 「人生損してるなんて、思ったことない!」

 

 

 どんどん、二人の口論は熱を増していく。

 

 

 「お姉ちゃんは何もわかってない!私は治したいなんて一度も……」

 

 「だから!明日葉はそうでも、パパとママは」

 

 「お姉ちゃんいつもお父さんお母さんのことばっかりっ!もういい」

 

 

 明日葉は感情の向かうまま、バックを手に取った。

 そのまま靴を履いて、外へ飛び出した。

 

 

 「わたしはそんなこと、望んでないっ!」

 

 

 彼女たちが産まれてから初めての、姉妹喧嘩だった。

 

 明日葉が家を出ると、桐ケ谷邸は嵐が過ぎたように静かになった。

 姉妹喧嘩を心配そうに見つめていた弟が、ユイに声を掛けようとする。

 しかしそれよりも早く、ユイは自分の部屋に行ってしまった。

 

 一人になった部屋で、ユイはうずくまる。

 

 

 「私は、どうすればよかったんでしょう……」

 

 「たすけて……たすけてくださいパパ、ママ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お分かりいただけましたでしょうか。
この小説のテーマとして、FNCというのがあります。
原作でも少ししか触れられていないFNCですが、もしなったらこんな感じだろうな、といろいろ想像して書いてます。
主人公がFNCと言うことで、ゲームしたりする場面は限りなく少ないと思いますが、是非現実と仮想の関わり方について色々考えながら見て頂けると幸いです。



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