私の名前は「      」 (捻くれ餅)
しおりを挟む

漂流船
始まりの日


初めまして。初投稿で処女作です。
興味を持って開いていただきありがとうございます。
稚拙な文章な上に誤字脱字も多いかと思われますが、それでも読む! という方はどうか生暖かい目でお付き合いください。


「―――起きて――――!」

 

 いつの間に寝ていたんだろうか?

 記憶に無いから夜中にスマホ弄ってて寝落ちでもしたんだろう。充電は大丈夫だろうな?

 そんなことは関係なく、起きろと言われたからには起きないといけない。

 

「ハイ起きましたー!」

 

 いつも通りふざけた返事をしながら起き上がる。それにしても親はいつまで世話を焼いてくるのだろうか。成人近くなってもこれだ。世話を焼かれる側からしてみればかなり鬱陶しいから止めて欲しいが、ああだこうだ言ったところで止めてくれなかった。

 

 そんなことを考えながら立ち上がると違和感がする。まず俺の布団はこんなに硬くないしザラザラした感触はしないし、部屋は一瞬で気が付くレベルで鉄や土みたいな臭いもしない。

 

「はぁ? ナニコレ?」

 

 意味が分からない。

 辺りを見渡すと薄暗い密室で、入口と思われる大きな扉の反対側には大量のダンボールが積みあがっている。どこかの倉庫か何かだろうか、学校の体育館くらいの広さがある。

 

「……なんで? ここ何処?」

 

 それにしても、いつの間に移動したのかも覚えてない。

 目の前の現実が全く受け入れられなくて完全に思考停止してる。パニックにすらならない。

 

「ハ、ハハッ」

 

 もう乾いた苦笑いしか出てこない。なんの冗談だ?

 それにしたってアニメや小説じゃあるまいし目が覚めたら知らない場所とか止めてほしい。こんな非日常は二次元だけで十分だ。リアルな夢って言われた方が全然納得できるんだよなぁ!

 中二病あるあるの「誘拐された時~」とか「不審者が出て来た時~」に似たようなシチュエーションが現実になった時、妄想の中の俺は如何にも対応出来てます~みたいな行動を取ってたけどそんなのは所詮妄想だクソの役にも立ちはしない。

 

「どうしようかな」

 

 一周回って落ち着いて、行動することもなく思考の海にダイブするのが俺の現状だった。

 

 

 

 

 

 まずは今いる場所。

 知らない。スマホが無いから地図アプリも開けない。終わりだ。

 

 どうして此処に居るか。

 知らない。お酒は吞んでないし、夢遊病でもないから俺が勝手にという線は無し。

 

「じゃあ次だ」

 

 第三者…推定犯人の動機。

 知らない。現代日本で俺みたいなイケメンでもない男が(さら)われるとかあり得ないだろ常識的に考えて。家は特別裕福でもないし宝くじとかは誰もしない。

 そもそも、いくら俺が自称サイコパスだったとしてもこんな犯罪行為をする奴の思考なんて分かるわけないじゃん。

 

「じゃあ次」

 

 今の俺の恰好

 なんか黒い女物の制服に着替えさせられてる。

 それに……

 

「落ち着つきましたか~?」

 

 不意に聞こえてきた声に肩が大きく跳ねる。やめてくれよ……俺は臆病だから驚かせると死んじゃうんだ。

 と、心の中でふざける事で余裕が出来た。深呼吸をする。

 

 そう言えば誰かに起こされたんだったっけ?

 知らない場所にいるインパクトですっかり忘れてた。

 意味不明な状況で俺が独りではないと分かって、ちょっとの希望と多大な不安が押し寄せる。俺をこんな目に遭わせた奴がすぐ近くにいると思うと、急に心臓が嫌な音を立て始めた。

 

 しかし緊張したままゆっくりと辺りを見回しても人影は見えなかった。

 …幻聴か?

 

「ここです~」

 

 再び聞こえて来た声は足元からのもので、視線を向けるとそこには――なんだこれ。

 

「ええと……なに?」

 

「私は~妖精です~」

 

 掌に乗るんじゃないかってくらいの大きさの人が居た。しかも自分で妖精とか言ってる。幻覚もか?

 

「ハンッ」

 

「鼻で笑われた!? いくら何でも酷すぎるとおもいますぅ!」

 

「どうせ幻覚なんでしょ? ああヤバい。良くない事実ばっかり積みあがっていく」

 

「だから私は現実ですってばぁ!」

 

「あっそ」

 

 妖精が存在するかどうかなんて今はどうでもいい。

 恐らく幻覚の存在が喚いたところでどうにもならない。

 

「まだ信じない…頑固ですぅ……それっ!」

 

「ああっ!?」

 

 いきなり顔に水が掛かった。

 推定原因の妖精を見ると水鉄砲っぽい物を持ってる。

 ……マジ?

 

「現実? ウソだろオイ」

 

「だからさっきから現実だって!」

 

 自称妖精…人を浚うようなヤツは悪魔じゃないの?

 まぁいいや。コレが幻覚じゃないなら俺の頭は正常だってことだ。

 

「あ~…はい。じゃあ、この状況は何? 動機は何? 嫌がらせか? 説明できる?」

 

 かなり友好的な感じだから遠慮も配慮もしない。

 知りたいことをドンドン聞いていく。

 

「あ~それはですねぇ~。説明するより見てもらった方が早いですね~」

 

 そう言って自称妖精は移動を始めた。

 さっきこの倉庫? 内をちょっとウロウロした時にはダンボールが大量にあっただけで特に見所とか無かったような気がするんだけど。

 

 そう思いながらダンボールの角を曲がる。

 

 

 思わず息を飲んだ。そして咄嗟に引き返してダンボールの角に隠れる。

 

ヤベェよヤベェよ

 

 誰かいた誰かいた誰かいた。

 他に人が居るなんておかしいだろ!? さっき一通り見て回って誰も居ないって判断したんだぞどうなってんだ。音もしてないのにどっから現れた伝説の傭兵じゃあるまいし。

 咄嗟に隠れちゃったのは人が居たからというのもあるけど、その人物はぱっと見た感じ日本では、少なくとも俺が今まで過ごして来た記憶では見ることが無かった奇妙な少女だったからだ。

 取り敢えず隠れちゃうのは拙いと思って、ジロジロ見ないように視線を逸らしながら角を曲がる。

 

 視線をゆっくり正面に戻すと、変わらずそこには少女が立っていた。

 いきなり殴ってこないだろうな? 白髪っぽいけど日本語通じるかな……?

 

「え、え~っとぉ……ハ、hello?」

 

 挨拶とも言えないような挨拶をすると、目の前の少女の口が自分に合わせて動いたことに気が付いた。

 発言が被ったか? こんな時でもレディーファースト? どうぞどうぞとジェスチャーする。

 すると相手も同じように手を前に出してきた。ここまでほぼ同時…もしやと思って右手でサムズアップすると少女も左腕を上げて同じ動きをする。

 

「鏡?」

 

「そうですぅ。それが今のあなたですぅ」

 

 そう言って鏡の裏から自称妖精が現れると同時に電気が点いた。今までずっと薄暗かったからちょっと目が眩む。

 それにしたって、これが今の俺?

 

「冗談だって言ってくれよ」

 

 鏡に映った今の自分をもう一度見る。

 深紅と黒の配色のセーラー服。セーラー服はサイズ間違ったのかわからないが襟が凄く広い。

 

「うわぁ……」

 

 肩見えちゃってんじゃん。インナーだっけ? ファッションはよく分からないけど絶対に普通の人が着るような服じゃないよねこれ。

 視線を落とす。黒に赤のラインが入ったスカートを履いてる。さっき鏡の中の人影が少女と判断したのはこのスカートがあったからだ。

 

「うわぁ……」

 

 なにこれ短すぎない? スカートは膝丈よりちょい下ってのが俺の知ってる一般常識(学校の規則)だったんだけど?

 更に視線を落とすと凄い硬そうな膝まである鉄のブーツを履いていた。

 

「うわぁ……」

 

 こんなので踏まれたり蹴られたりしたら絶対痛いじゃん。そんな趣味無いけど。

 視線を上げるとその顔が良く見える。鏡の向こうからこちらを見つめてくる眼の色は金、髪は薄い紫色でおさげ以外は結構短く切られていてヘアピンを着けている。

 

「どうですか? 結構自信作なんですけどぉ」

 

「あーはい、そっすね」

 

 鏡から目を逸らさずに相槌を打つ。よく見たら顔のパーツが滅茶苦茶整ってる。髪の色は染めてるのか? 服装とかも合わさって一般人の範疇から完全に逸脱してる。精巧な人形……マネキンか?

 全体的にファンタジーチックだ。ゲームとかに出てきてもおかしくなさそうなレベル。正直かなりかわいい方だと思う。

 

 だけど残念なのはこれが俺ってことなんだよね。

 女装趣味なんて勿論ないけど、そもそも目や髪の色……どころか骨格レベルで違うから「コレは本当に俺か?」ってなる。生粋の中二病患者である俺でもまさか自分が女になるとは思わなかったから頭の中は困惑に支配された。

 

 だけどそれでも聞き逃せない情報はある訳で。

 

「自信作ってなんだよ。アンタは人を誘拐した上に無断で人の体弄ってたってことか? 俺の体はどうなったんだよ。確かにこの見た目は凄いんだけどさぁ……。」

 

「……実はあなたは死んでしまっているんですぅ」

 

「は? 勝手に殺さないで」

 

「嘘じゃないんですよ。あなたは働いてる途中に機械に巻き込まれて死んじゃったんですぅ」

 

 憶えてないですか? と言ってこちらをジッと見てくる自称妖精。そう言われても俺はいつも通り働いて、働いて……あれ? その後どうなったんだっけ?

 

「は? 憶えてないが?」

 

 憶えていないことを覚えてる。そして思い出そうとしたら途端に気分が悪くなってきた。呼吸が浅くなって、視界が狭まり何が見えてるのか何を見ているのか分からなくなってくるのが分かる。

 死んだとなったら親に、家族に、会社に、知り合いにどれほどの迷惑がかかるのか。

 まだ親孝行の一つも碌にしていないんだけど。ゴメン父さん、ポルシェに乗せる夢は叶えてやれなそうにないよ。ゴメン母さん、彼女の顔を見せてやれなかったよ。居ないから。

 そして何よりも、親より先に死ぬとか……

 

 吐き気がする。鳩尾の辺りから酸っぱいものが込み上げて来ているような気がする。

 目が回る。視界が大きく揺れて今にも倒れるんじゃないかって思えてくる。

 

 マジ? コイツが嘘吐いてるだけだ。

 でも思い出そうとしただけでこれはマジっぽい。

 じゃあ何? マジで死んだの? じゃあここはどこ?

 なんて思考が浮かんでは消える。

 

 やっぱりコレは夢なんだろう。いっそこのまま倒れてしまえば悪い夢から覚めるんだろうか?

 

「それは駄目ですぅ」

 

 ―――衝撃。冷たい感触。液体の音。

 これらを受けて沈みかけた意識が戻ってくる。

 ア゜ッ! 気管に入った感じがする! すごいスースーする! これ水じゃねぇ!

 

「グヘッ、ェヘッ……何すんだよ!」

 

 咳き込みながらそう言い、何かをぶっかけてきた張本人を睨む。

 

「気絶されたらちょっと面倒だから許してほしいですぅ。そもそも私の話は全然終わってないですぅ。というか始まったばかりなのでどうせ倒れるなら全部聞いた後にしてほしいですぅ」

 

 なんて奴だ! 普通死んだことを自覚したような体験をした人は訓練されてないなら気絶しても何らおかしくは無いんじゃないかと思う。普通にSAN値削れて一時的発狂するわ! したわ!

 それをこの自称妖精は後回しにしろと、面倒だからと無理やり叩き起こしてきやがった。自分で妖精なんて言ってるけどフェアリーじゃなくてグレムリンの方だろコイツ。やっぱり悪魔じゃないか。

 

「あなたは死んでしまってもそれを認めず、別の日の朝だと思い込んでいましたよね? ですから私はそんな地縛霊であるあなたをこの体に入れて生きられるようにしたんですぅ」

 

「え? 何? じばくれい?」

 

 マヌケみたいな声が出たけどしょうがないと思う。俺地縛霊なの? しかも地縛霊()を使って疑似的な死者蘇生みたいなことしたの? すげぇファンタジーしてるぜコイツ、化け物かよ。コイツも俺も。

 しかも死んだのに生きてるとは之如何に。

 

「で、そんなことしてわざわざ俺に何をして欲しいの? 生き返らせましたなんて言われて何もされないっていうのはちょっと怪しすぎると思うんですけど」

 

 気になる事実がポンポン出てくる。ずっと立って問答も疲れるしと思って積みあがった段ボールの一つに腰掛ける。すると自称妖精は俺の右肩に腰を下ろした。手で払うと反対側に移動した。

 

「で? 話してくれない? 死者蘇生までやったんだ。もう何が来ようと驚かねぇぞ」

 

「実はここ、あなたが住む世界とは違う世界なんですよ」

 

「……」

 

 なるほどパラレルワールドと来たか。なんという出鱈目。一つ頷いて続きを促す。

 

「それでですねぇ、あなたには人類の敵を倒してほしいのですよ」

 

「人類の敵」

 

 自称妖精の言葉をリピートする。

 人類の敵とは一体なんなんだろうね? ゾンビか、宇宙人か、AIの類(シンギュラリティ)か、異常進化した猿か蟲とかだろうか。

 

「それってどんなの?」

 

「――深海棲艦って名前のやつらですぅ」

 

「……は?

 

 そして俺は今いる世界が『艦隊これくしょん』の世界だと知った。

 




失踪はしません(鋼の意思)
例えペースが遅くても、一度世に出してしまったからには責任を持って完結させる所存です。
完結させないと申し訳なさから私が死ぬ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

My name is…

2話目です。

1話の拙分を読んで尚、このページを開いていただきありがとうございます。
プレッシャーが凄い。正直吐きそうです。でも完結までは頑張ります。


 『艦隊これくしょん』――通称艦これ

 

 一時期は……今もか? 絶大な人気を誇っているブラウザゲームで、学校のクラスメイトも口に出していた気がする。

 そんな自分はプレイしようか何度も考えたが、案外大変だと言う声が聞こえたことと、弟妹の情操教育に少々良くないのではないかという建前で、プレイしてるのを知られたくないという何とも小さな理由(プライド)で伸ばした手を引っ込めた。

 それでも投稿サイトにも多くの関連動画やイラストがあって、視聴閲覧していたので全くの無知という訳ではない筈だ。

 

 しかしいくら目の前の自称妖精――『艦これ』的には妖精さんが言ったように俺の地縛霊云々があったとしてもだ、俺に白羽の矢が立つのは不思議でならない。

 それこそ熱心に『艦これ』で提督業に勤しんでる人達の方が今の俺の状況に相応しいと思う。

 

 何せ地縛霊をどうこう出来る上にパラレルワールドまで引っ張って来られるような奴だ。俺よりも余程適性のある奴なんて星の数ほどとは行かなくても沢山いるだろうし、その人たちから選別でもすれば良かったのでは? と思う。

 

「なんで俺が選ばれたのさ。もっと相応しい奴はいっぱい居たんじゃないの? 諸々の事情を抜きにしてもさ」

 

「あなたはなんだか面白そうな感じがしたからですぅ」

 

 予想外の、気の抜けるような返答の後に肩の妖精は続ける。

 

「この世界に来たい、深海棲艦と戦いたいって人は沢山居たんですよ。でも、あなたと同じような人ってあまり居ないんですよね」

 

「これはアンタは変人だって喧嘩売られてるのか? 確かに俺は子供の時から変わり者だってよく言われてきたし自覚もしてるけどさ。確かに同じ感じの人(同類)には会ったことは殆ど無い。あまり居ないっていうのは間違いじゃないと思うけどさ」

 

 残念ながら事実だ。俺の性格は臆病で短気で落ち着きがなく、楽しいことが大好き。仲が良かった人からは「愉快犯みたいな人」「将来悪い意味でニュースに出そう」だなんて言われたりもした。否定はしないし出来ないけどあんまりじゃないかなぁ。

 そう言われても特に否定もしないで肯定するから変わり者って言われるんだろうなぁ……直すつもりは無いけど。

 

「あなたと同じように人類の敵を倒す人は艦娘って呼ばれますぅ。大戦時代の軍艦の記憶を持った存在なんですけどねぇ」

 

 それは知ってる。いくら『艦これ』をプレイしたことが無い俺でも大雑把な設定と有名なキャラと好きなキャラの名前くらいは知っているつもりだ。妖精さんに続きを促す。

 

「艤装と呼ばれる物を纏って平和のために深海棲艦と戦っているんですぅ」

 

 それも知っている。しかし辺りには積みあがったダンボールの山しかない。艤装のぎの字も見当たらない。

 そうやってキョロキョロする俺を見て妖精さんは楽しそうにしている。

 

「艤装はどこだ? って顔をしてますねぇ。聞いて驚いてください! 実は艤装は……」

 

 

 

 

 

作っていません!

 

 いい笑顔で告げられた。

 

は?

 

 と言い睨むと途端に困ったような顔をして

 

「作ってないんですよぅ……仕方ないじゃないですか。いつもと同じように建造、艦娘を造るならまだしも今回は随分と無茶しましたからねぇ。キチンと動く事を確認してから艤装を作るって決めてたんですよぉ」

 

 それを聴いて成程と思う。初めて行う事だから慎重にって姿勢は嫌いじゃない。自分がそうであれと言われたらせっかちな自分では到底無理な話だけど。

 

「それでですね、今から艤装を作るに当たって一番必要なモノが足りていません」

 

「必要な物? なにそれ? 材料とか作業環境とか?」

 

「――あなたの名前です」

 

「なまえ」

 

 何故名前が必要なんだろうと考えたが答えはすぐに出た。

 

 『艦これ』には多くのキャラクターが登場するが、その多く、というよりは殆ど全ては艦の名前をしている。響や皐月、榛名ならまだしも、武蔵や飛龍、伊58なんて名前の女の子の名前は聞いたことが無い。もし居るなら親の頭を疑うレベルだ。絶対に虐められるだろう。

 

 艦娘……彼女たちにも、本当の名前があったりするのかねぇ……

 

 なんて考えていてもしょうがないし、間違いなく妖精さんは前世? の名前を聴きたい訳ではないだろう。でも今の自分の名前がポンっと出てくるわけはないし。

 と、ごちゃごちゃ考えていたら目の前に妖精さんが居た。

 

「ウェア!?」

 

 畜生! ボーっとしてた。自分で呆けておきながら自分で勝手にビビるとか情けねぇな。

 っていうか目の前の妖精浮いてね?

 

「あなたの名前は判りましたか~?」

 

「判ってたら答えてるよ。せっかちなヤツめ」

 

 と返して溜息を吐く。名前なんてそこらへんに転がってる訳ないし、適当にウィリアムとか凪風とか名乗ったところで今の体の名前だとは思えない。

 

「あなたの記憶じゃなくて体が記憶している名前がある筈ですぅ。早く集中して記憶の中から引っ張ってきてください。名前が判らなかったら何時になっても艤装を作り始めることも出来ませんよぉ」

 

「はいはい。集中しますします」

 

 とは言ったものの体の記憶って何? 日常会話では絶対使わないよね? っていうか今の体は艦娘なんだしそこはかとなく卑猥な感じがするんですけど……妖精さんに集中を乱される……いや、俺の煩悩か。

 

 集中しよう。俺は軍艦。俺は軍艦。俺は軍艦……

 

 いや無理だろ。

 なんだよ俺は軍艦って…

 

「ッ!」

 

 そう思ってたら脳みその裏側!? がどこか知らんけどその辺に痛みというか違和感!

 普段は当てにならない勘も言ってる。ここに答えがある!

 そして違和感を意識し始めた時、目の前は真っ暗になったが俺は気が付かなかった。

 妖精さんめ、集中してなかったけどなんとかなったじゃねぇかよこの野郎……

 

 

 

 

 

 

 

 

 音がする。大きな音と小さな音。大きな音は人の声で小さな音は波の音。

 それで俺はいつの間にか船の上に居る。乗船経験は無いから凄く興奮する。

 甲板? の縁まで歩いて下を見ると多くの人がこちらを見ていた。

 

 大勢からの視線が苦手な俺はすぐに視線から隠れるように身を潜める。とんでもないドッキリだ。正直止めてほしい。いや、よく考えたら俺の方に顔が向いてたけど俺のことは見てなかったような……見えていない? 見えていたら誰かが気付いて騒ぐ筈だろう何かの式典っぽかったし。

 

 暫く甲板に伏せてジッとしてると誰かが何か言ってるのが聞こえてくる。あぁ分かる。これは聞き逃しちゃいけないヤツだ。

 

「―――art―――」

 

 ……日本語じゃないじゃん。しかも距離があるからよく聞こえない! ワンモアプリーズ!

 

「Clemson-class destroyer USS Stuwart」

 

 うわ。すっげぇネイティブな英語。 いや待ておかしい。俺の英語の成績は悪かった筈だがなんでこんなにハッキリと聞こえるんだ? 耳がおかしくなったか頭が更におかしくなったかのどっちかだな間違いない。

 だけどしっかり聴いたぞ。

 

 ――クレムソン級駆逐艦「スチュワート」

 それが今の俺の名前らしい。俺の少ない艦これ知識じゃあ聞いたことが無い。

 

 壮大な音楽が響いてゆっくりと艦が降ろされる。着水して……沈まなかった。奇妙な達成感を感じ、意識が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと先ほどの倉庫の中に居た。寝かせられてた。これで本当に寝てて妖精とかも全部夢でした。でも平和的でよかったんだが。

 

「ククク……」

 

 なんというか、いつも妄想や想像の中にしかなかったファンタジーが、スリルが目の前にある。例えこれから『艦これ』の戦場に送られて、後悔することがあると分かっていても今、目の前にある楽しそうなことを逃すなんて考えられなかった。気持ち悪い笑いが漏れる。

 

「あーあー、妖精さん?」

 

「なんですかぁ? 判りましたか? 名前」

 

「バッチリだ」

 

 よく聴け妖精さんよ、これが今の俺の名前!

 

「クレムソン級駆逐艦、スチュワート。それが私の名前だ」

 

 名前が判って艦娘になったんだ。一人称「俺」は流石にまずいだろう。幸いなことに家に居る時以外の一人称は「自分」か「私」だったんだ。この際だから他人と話すときは変えてしまおう。

 女子が友達に言うような気軽な感じではなくてちょっと事務的なイントネーションだからちょっとよそよそしいけど、ポロっと「俺」なんて漏らすより万倍良い。面倒だけどそこまで大変な事じゃない。

 

「クレムソン級駆逐艦のスチュワート……ですかぁ。分かりましたぁ、艤装を作るのでしばらく待っててくださぁい」

 

 え? 艤装ってゼロから作れるの? 作るような設備とか無いじゃん。っていうかここは『艦これ』の世界だってことは分かったけど、あの世界も地球。今いる場所は結局わからないままじゃん。

 近くのダンボールからインゴットを取り出し始める妖精にそう言っても反応は返ってこない。一度集中し始めると周りを気にしなくなる職人気質なのか?

 

 それはそれとして勝手にダンボール開けるとかそれ窃盗なんじゃないの? でもここまで堂々としてるし、恐らく私物だろう。

 

 眺めている俺に気付いた妖精さんはハッとした様子でこちらに近付きグイグイ背中を押して出口に向かう。凄い力だ、どこにこんな力があるんだよ。

 そうして倉庫から出された俺が振り返ると妖精さんは告げる。

 

「絶対に中を覗かないでください」

 

 『艦これ』は鶴の恩返しじゃあないと思うんですけど……

 




二話が終わっても海に辿り着かない艦これの小説(?)があるらしい。

毎日投稿できる人って凄いなぁと思いました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艤装

3話目です。

相変わらず[投稿]ボタンを押す時にマウスのクリックが震える……


「絶対に中を覗かないでください」

 

 そんな鶴の恩返しみたいな言葉と共に倉庫の外に叩き出された。

 掌サイズの一体どこに恐らく人間サイズの俺に抵抗を許さないで押し出すだけのパワーがあるんだろうか。浮いてるところも見たし……艦娘なんて要らないんじゃないのか?

 

「25分もあれば出来ると思いますので、待っててくださ~い」

 

 と言うなり扉を閉めてしまった。

 25分ってちょっと微妙じゃない? ただ待ってるには長いし、何かするには短い。散歩するにも道が分からない。

 

 周りを見ると、近くには今まで居た倉庫に似た建物が並んでいた。コンテナだコレ。しかも張り紙には文字と数字が書いてあったけど日本語じゃない。

 

「日本じゃないのかよ」

 

 そして海の香りがするから海の近くだと判断できる。海、コンテナ……港か?

 海なんて人生で5回も行ったことが無い。港なんて初めてだ。

 でも妖精さんの気まぐれで今の俺は艦娘だ。これから嫌だと言うほど海に出ることになるんだろうな。

 

 

 ゲームの中、アニメや小説の中といった命のやり取りは見ていて楽しいと思う。画面(スクリーン)やページの中には非日常があって、スリルを感じることができるから。

 これからは傍観者ではなくなる以上、被害が出ないから楽しむなんてことは出来ないんだろうと思う。なにせ此方は最近まで一般人だ。命のやり取りなんてしたことはある筈がない。

 

 考えながらも石をいくつか拾って倉庫の前にまとめて置いた。もっと分かりやすい目印があったらいいのにと考え、あまり遠くには行かないようにしようと思った。

 

 

 

 

 

 紺色の空に黒い海が目の前に広がっている。昼間は太陽の光を受けて輝いているであろう波は自己主張を抑えている。残念ながら夕日は背中にある。

 

「……」

 

 俺の知っている海はいつもテレビの中にあった。天気が悪い日の荒れた海と夏に人で賑わう騒がしい海。あとは大量のゴミが流れ着いた海岸くらいか。

 だけどそんな海は影も形も無く、俺に夜の海がどれほど静かなのかを教えてくれた。

 

 ……あの水平線の向こうでは今日も艦娘が命を懸けて戦っているのかと思うとセンチな気分になる。艦娘は一体何の為に戦っているんだろう? 市民の安全か、誇りか、それともただ存在理由だからか。

 小さな波の音を聞き、徐々に暗くなる空を眺め考えに耽る。

 

 ――風が吹くまでは

「うわっ」

 

 風が吹きいてスカートが揺れ動く。咄嗟に押さえたからまだいいとしてもやはり、事情を知ってるならスカートじゃなくてせめて短パンにして欲しかったと思わざるを得ない。

 

 こういったところ女子は本当に凄いと思う。冬の日にも脚を出してたりするのを見て寒そうだと思ったことは一度や二度ではない。今俺はスパッツを履いているが聞いた話だと女子はそうでもないらしい。羞恥心とかは無いのか? 慣れなの? 部活動では俺もスパッツは履いてたけどスカートなんか慣れるわけねぇだろ!

 溜息を一つ。最近溜息が増えた気がする。幸運がどんどん逃げていくなと考えながら、また溜息を吐く。

 

「……そろそろ時間かな?」

 

 倉庫に向かって歩き出す。せめて情報収集とかすれば良かったのにしょうもないことに時間を使ったなぁと気づいたのもこの時だった。

 

 

 

 

 

 倉庫に着くと扉の前に妖精さんが居た。

 

「ちょうどいい時間ですねぇ、たった今完成したんですよぉ」

 

 そう言って倉庫の中に入る妖精さんの後に続いて倉庫に入る。

すると、なんということでしょう! 先程までダンボールその他以外は何もなく、寂しい雰囲気の倉庫の中に、立派な艤装が佇んでいるではありませんか! 点いている明かりの数も増え、出ていく前よりも明るい雰囲気になりました!

 

「ビューティフォー」

 

「早速着けてみてください」

 

 見ているだけでワクワクしてきていたが、着けろと言われると困惑してきた。どうやって着けろと? あれ金属でしょ? どう考えても40キロくらいありそうなんだけど……持ち上げる?

 

「無理でしょコレ」

 

 手に持つ砲だけならまだしもこれは……こんなに重そうなもの背負えといって留め具が無いとかお前ほんとに作業員かぁ!? 安全第一って言葉をご存じない!?

 

「ここを、こうです!」

 

 腕に砲を着けられた。

 

「止めろっ! ……そんなに重くない?」

 

 一体何故と自問自答。答えは簡単なもので、俺の知っている艦娘はみんな艤装を纏っていた。疲労で腕が下がるならまだ分かるが、艤装そのものを重たそうにしている艦娘は居なかった。

 つまり俺は今、スチュワートという艦娘になったのだから同じように艤装を纏えるという訳か。

 そうと分かれば早速装備してみますかね。

 

 ……現実は甘くないらしい。一般的な服装以外のものは身に着けたことがない俺にはどうやって装着するのかがさっぱり理解できず、唸っていたところに妖精さんが手助けしてくれた。着ける手順とかを見て覚えようとしたものの、あっという間に終わってしまったのでさっぱり理解できなかった。恐るべし妖精パワー。

 

 

 

「似合ってますよ~」

 

 うんうんといい笑顔で頷く妖精さん。確かに鏡に映る自分の姿は不慣れからくる違和感は大きく、やはり自分だと思うことが出来ない。それでも鏡の中には『艦これ』に居てもおかしくは無いんじゃないかと言えるくらいには艦娘に見える少女が居た。

 

「右手のそれは単装砲ですぅ」

 

 そう言われて右手を上げる。重さを感じさせず滑らかな動きをして上がった右手には砲身の二つ付いた奇妙な形の銃が握られていた。

 

「これって二発同時に発射されるの?」

 

「そんなことは無いですよぉ。腰の二つも全部単装砲なのでバラバラに発射できると思いますぅ」

 

「じゃあどうやって撃ち分けするんだよ」

 

「念じれば出来ると思いますよ~」

 

 そんなアバウトな。念じればってなんだよ念じればって……しかも思うって……しっかりと言い切って欲しい。ここでは試し撃ちも出来ないし、腰に着いてる艤装についても聞いておいた方がいいかもしれない。

 

「側面下部に付いてるこれは魚雷ですぅ」

 

 と一本渡される。鈍く銀色に光る筒、これが魚雷か。軽過ぎず重すぎないちょうどいい重さを感じる。手で持ってるけど大丈夫?

 これ落とちゃって大爆発なんて俺は嫌だからね。

 

「これは?」

 

 気になったのが腰の艤装の右側にある出っ張った部分。そこには単装砲? とは形の違う砲が一つ付いていた。比較的小さいが長めの砲身、随分上向いてるけど当たるの? これ。

 そう思っていたら妖精さんが教えてくれた。

 

「それは高角砲ですぅ」

 

 高角砲? なんじゃそりゃ。

 いや、形と名前から考えて大きい角度を持っているだろうから、航空機を打ち落とす為の砲か? 妖精さんに答え合わせをしてもらったら、だいたいあってるらしい。

 

「じゃあ背中にあるこのドラム缶? っぽいのはいったい何なのさ」

 

 そう、背中のコレはいったい何だろう。個人的な予想では燃料タンクと見た。まさか背もたれです休んでくださいなんてことはないだろう。 

 

「それは煙突ですぅ」

 

「煙突ぅ!? なんで? なんで煙突」

 

「煙突が無いならどうやって動くんですか? 第二次世界大戦中の艦は何で動いていたと思ってるんですかぁ?」

 

「あっ……ハイ」

 

 なるほどね。現代の豪華客船だって煙突が付いてる。当時の技術力で化石燃料を使わずに電気モーターだけで動く艦なんて考えられない。あったとしたらそれはオーパーツだろう。

 だから艤装にも武器だけじゃなくて煙突が必要なのか。水に浮けても進めなきゃ駄目だもんね。

 さて、ここまで艤装について妖精さんとお喋りしたんだ。次にやることとと言ったら…… 

 

「艤装もあるんだし海に行ってみましょう」

 

 来た。これで俺も海上デビュ「そこで――」ん? まだ何かあるの?

 

「大事な話があります」

 

 ちょっと真面目な雰囲気を漂わせた妖精さんはそう言った。

 




三話目で海の上に行かない艦これの小説(?)があるらしい。

見切り発車故書き貯めなんてありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いざ海へ

四話目です。
語彙力が欲しいと思うこの頃。

だんだん投稿に慣れてきました。
そのうち前書きでふざけ始めるようになるでしょう。


 

 真面目な雰囲気になった妖精さんはそのまま俺の肩に乗ってきた。

 

 大事な話っていったい何だろうか? 今ここで聞きたい気持ちを抑えつつ、妖精さんに言われた通りに倉庫から出て、案内されるままに進んで海に向かう。

 

「……」

 

 数歩歩いたところで問題に気付いた。

 このまま進んだら俺が今装備してる艤装が一般市民に見られるんじゃない? という大問題だ。艤装って軍事機密とかに含まれる?

 

 そんな機密とかじゃないにしろ、手に銃のようなものを持ってる上に腰に物々しいのくっつけて、暗くなった道を辺りを警戒しながら歩いてる人なんてどう考えても不審者じゃない?

 

 俺は警察に事情徴収なんてされたくないんですけど! 警察とか権力を恐れる一般的な臆病な日本人だぞ俺は!

 

「あのさぁ……艤装って何処かに仕舞ったりできないの? このままだと最悪海に着く前に刑務所に行くことになりそうなんですけど」

 

「そこは気にしないでくださ~い。人は近くに居ませんし~近くに来たら教えますので~」

 

 索敵能力高すぎない? やっぱり妖精だけでも深海棲艦に勝てるんじゃないの? でもバレないというなら堂々と、でもやっぱりコソコソしながら海に向かおうじゃないか。

 

 

 

 カツ カツ ――と歩くペースに合わせてコンクリートと金属製のブーツが接触し高い音を出す。

 小気味のいい音を聞きながら進み、ふと良いことを思いついた。俺の大好きなちょっとした悪ふざけを妖精さんにやってやろう。

 

 そう思いついたのでやるだけやってみようと思う。――やることは単純だけど難しい。歩き方を変える。それだけだ。

 身体がこんなに可愛いんだから俺の仕草一つで台無しにするのは勿体ない。

 今なら他人に見られずに妖精さんに矯正してもらえるチャンスだし、変なことをすることで緊張しているであろう妖精さんをリラックスさせられるかもしれないしで良いことづくめだ。

 

 まずは肩から力を抜き、歩くペースも遅くする。そして無い胸を張って歩幅を狭くする。最後に道路の白線を踏みながら歩くように一直線を歩く。そして―――

 

「あの、妖精さん? 歩き方を少し変えてみたんですけど、変じゃないですか?」

 

 これでよい。当然声も変わっているから口調と喋るペース、声量をちょっと変えるだけでまるで別人みたいになるね。……さっきまでが普段の口調だったから違って当然なんだけどね。

 やっぱり人をからかったりするのは楽しいなぁ!

 

「ブフッ」

 

 噴き出した、効果アリだな。妖精さんを見ると腹と口を手で押さえている。すっげぇ笑ってる。今までの……前の人生を含めて今までで一番笑ってくれた人かもしれない。人じゃないけど。

 追撃しようかな?

 

「どこかおかしな所はありませんでしたか?」

 

 さぁどうだ? ……おっとぉ? 体を震わせている。しばらく見てると震えが治まって笑いを堪えるような顔で俺を見る。

 

「おかしな所は全部ですぅ。もう滅茶苦茶ですぅ」

 

「そんな……会心の出来だったのに」

 

 「窮屈そうに歩いてるから違和感が凄いですぅ」なんて言葉を聞きながら歩く。どう補正したら良いかを聞きながら歩いて、続けてれば慣れる筈だと言われた頃には海に出た。

 

 

 

 ……さて、海に着いたから女の子の歩き方講座はお終いだ。

 結局一般通行人は居なかったし、心配した俺がバカみたいじゃん。

 

「海に着きましたぜ妖精の姉御……で、大事な話とは一体なんのことで?」

 

「まだふざけるんですかぁ? 実はここ、日本じゃないんですよぉ」

 

「知ってる」

 

 なんだそんなことか。命に係わるような事じゃないのね。でもその情報は確かにすごく大事だ。

 

「実はここ……スラバヤなんですぅ」

 

「どこだよ」

 

 スラバヤ。『艦これ』の中で描写されてた気がするから名前は知ってる。だけど場所は知らないんだよな。

 自称一般人未満ポンコツの俺にはアメリカ、カナダ、ロシア、オーストラリア、インド、ブラジル、ロンドンしかまともに場所を把握してる国なんて無いんだよ!

 マジでどこ? 地図とか無いの? 読めるやつ。

 

「それでですねぇ……スラバヤってここなんですけど、今から日本の鎮守府に向かって海上を移動してもらう予定ですぅ」

 

 おっ、地図あるじゃん。

 うんうん、深海棲艦の影響で消し飛んだ大陸とかは無さそう。見慣れた至って普通の世界地図だ。

 妖精さんの指す現在位置は……遠っ! ハァ!?

 

「嘘でしょ」

 

 なんだよこれ。ほとんどオーストラリアじゃんこれ。しかも海上を移動ってことは飛行機は禁止ってことか? 何キロあると思ってんの? 馬鹿じゃないの? 狂ってるぜこんなの! 嘘だと言ってよバーニー。

 

「嘘じゃないですぅ。こっちは大真面目ですぅ。そもそも今のあなたパスポートもお金も持ってないじゃないですか。そんな状態でどうやって公共機関を利用するんですか?」

 

「いや、そこはその……妖精さんの不思議パワーでフワッーって」

 

「私たち妖精にも出来ることと出来ないことがありますぅ」

 

 御尤もで。そんな都合のいいことが出来るなら今頃テレポートとかして日本に居るだろう。

 

 ……艤装を使って海上を移動できるなら理論上は日本に帰ることは出来るのか。だけどこのとんでもない距離を一日二日で易々と移動しきれるとは到底思えない。

 艤装を装備している状態で海上をどれくらいの速さで移動できるかが分からない。艦娘の進む速さを教えてくれよ妖精さん。

 

「艦娘の進むスピードってだいたいどれくらいなの?」

 

「……どのくらいのパワーで海上を移動するかで変わりますぅ。例えば全力で移動するなら自動車より速く動けるでしょうし、少々遅くなりますが無理せずに移動することも出来ますよぉ。そこらへんは艦娘個人の艦種と匙加減だと思いますぅ」

 

 自動車と同じくらいとか十分早くない? っていうか求めていた答えと違う! 俺は時速が知りたかったんだよ。自動車並みって言っても幅が大きくて何とも言えないんだよね。

 艤装で移動してるときに今の時速は何キロか訊いてみよう。そうすれば解決する。

 ……あとはコンパスがあれば日本へ行くことが出来るんじゃないか?

 

 何はともあれ、まずは――

 

「それじゃあ、海に向かって進んでください。大丈夫です! 今のあなたは艤装を纏った艦娘! ちゃんと海の上に立てる筈ですぅ!」

 

 いざ海へ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海の上に立ってる」

 

 そして海の上を進める。

 

 感動的だ。前世じゃあまず体験できないよなこんなこと。何に捕まるでもなく海の上に立ち、フローリングの上を靴下で滑るような感覚で前に進めるなんて。

 移動についてはすぐにコツを掴めた。海に立ってからものの数分といったところだろう。まるで初めから動く方法を知っていたんじゃないかってくらいすぐに。恐ろしくも感じるが、大きな興奮の前じゃあ塵芥と同じよぉ!

 ……ただ波で結構揺れるのは三半規管に悪いと思った。

 

 サーフィンに慣れてる人は艦娘の適性があると思った。

 知らんけど。

 

「気持ちいいねぇ、風を感じますよ」

 

「そうですねぇ」

 

 俺が呟くと妖精さんが相槌を打ってくる。海に出た直後に左へ行けと言われたから左へ進んでいる。そちらへ顔を向けると電気の点いた建物が沢山見える。反対側を向くと灯り一つない真っ暗闇が広がっていた。……海に出てから何分経った? 今はどっちに向かってるんだ?

 

「時計とコンパスってある? あと今の時速どれくらい?」

 

「時計もコンパスもありますよ~時速は今……55キロメートルくらいですぅ」

 

「えっ」

 

 意外と速かった。でも耳元で風が思ったより鳴ってない……いや、なんか違うな。鳴っていないんじゃなくて他の音がよく聞こえるようになったのかな?

 これも艤装の効果かと思って訊いてみたところやっぱり艤装の効果らしい。艦である以上通信機は必要でしょう? と言われた。そんなぁ、それじゃあこれから独り言とか呟けないじゃん。全部傍受されちゃう。

 

 と、それは置いといてだ。今俺は「普通に」散歩とかと変わらないように動いてるつもりなんだよね。それで時速50キロメートルか……やっぱり艦娘って凄いんだな。

 

「地図と灯り貸して」

 

「はいどうぞぉ」

 

 灯りまで普通に出てきた。

 どっから出してんのそれ? 妖精さんより大きいよね? ドラえ〇んじゃないんだから四次元に繋がるポッケとか止めてくれない?

 

「う~ん。一日当たり10時間とすると、日本までざっくり……疲労やトラブルも考えると……?」

 

 俺は日本まで40日もあれば行けるといった答えを出した。

 ……そりゃあ一日二日では辿り着かないし、寝る場所とかも必要になってくるし、怖いから出来るだけ沖には出たくないし。陸に近い場所を移動し続ける安定を採ったルートだと思う。正直かなり厳しいんじゃないかと思うが、目標を立てた今やることは一つ。突き進むだけだ! 大和魂を見せてやる!!

 

 

 

 それから2時間後、俺は呟いた。

 

「腹減った……」

 




ペースが速いと急展開になるだろうし、遅いと冗長になるだろうし……
上手な文章を、引き込まれるような展開を構成出来る人は凄いと思いました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

単艦の駆逐艦

5話目です。

今回は割と(展開を)飛ばしたつもりです。


 腹が減っては戦は出来ぬ。

 

 昔の偉い人もそう言ってる。だから俺が「腹が減った」と訴えたことは何もおかしいことでは無い。

 前世男が妖精相手になんてことを言ってるんだ。プライドは無いのかと言われそうだけどそんなモノは常識と一緒に母さんの腹の中に置いてきた。今更取りに行こうにも腹パンしたって出てこないしやったらやったで家に鬼が現れることは想像に難くない。そもそも見た目は別人だしなぁ……傷害罪?

 

 溜息を一つ吐く。やっぱり溜息増えてるよね。言ってしまったものは仕方がない。この妖精さんが風と波の音を聴いていて俺の呟きが聞こえていないことを普段は信じてすらない神に祈ろうじゃないか。

 

「お腹空いてるんですかぁ? でしたらもう少ししたところの港で陸に上がってください」

 

 神などいない。バッチリ聞いてんじゃねぇか! っていうか陸に上がって何をする気だこの妖精さんは。俺は金なんて持ってないんだが……流石にゴミ箱から残飯を漁るなんて惨めなことはこの体に失礼極まるのでやりたくはないし、多分極限状態じゃない限りは理性が邪魔で出来ないだろう。

 

 そんなこんなで妖精さんが言っていたであろう港に辿り着く。海の上を滑るように動くのも良いけどやっぱり自分の脚で歩くのも良いねぇ。しかも非日常を経験しているから余計に気分が良い。

 それにしてももう真っ暗だ。街灯と遠くの街くらいしか電気は点いていない。ここで妖精さんは一体何を――

 

「あそこのコンテナですぅ」

 

「……」

 

 まじか。やっぱりグレムリンじゃねぇかなこの妖精さんは。悪気も無さそうに泥棒行為しようとしてる……正直ドン引きだ。

 艤装で撃っても良いんじゃないかな。妖精は死んでも一回休みなだけって聞いたことがあるし。

 いや待てよ、そもそもこの妖精は艤装を作る時点でいろいろ盗ってたように見えなくもない。あの時は私物だろうと思ってたけど今の態度からして怪しくなってきたぞ。仮にそうだとすると俺は盗品背負ってるってことになるのか? ヤバくね? 艦娘じゃなくて海賊だよね今の俺。指名手配とかされないよね?

 

「だ、大丈夫ですぅ。一人分無くなっても誤差の内……ですぅ」

 

 声震えてんじゃん。ダメじゃん。大丈夫って言う奴ほど駄目だって昔誰かに言われたぞ俺は。

 溜息を吐く。いい気分から急降下、一気に何とも言えない気分になってしまった。犯罪の片棒を担がされたら誰だってこうなるのは当然だと思う。

 

 

 

 兎に角、チキンハートの俺には犯罪なんて犯せない。代替案を見つけなければ……

 

「魚を捕るとか深海棲艦の拠点を探して盗む……とかじゃダメなの?」

 

 すると妖精さんはう~んと悩み始める。深海棲艦の拠点から盗むというのは俺の中では一番いい案だと思う。敵の資源を使えるならそれはとてもいいことだ。良心も痛まないしね。

 

「確かにそれが出来れば一番良いんですけどぉ、今日艦娘として目覚めたばかりのあなた一人で深海棲艦の拠点を制圧出来ますか? まともに艤装の撃ち方も知らないあなたが」

 

 と言われてしまった。艤装の使い方は知らないけどそれはそれとして、拠点を制圧? この妖精は一体何を勘違いしているんだろう。俺は盗むとは言ったが交戦するなんて一言も言ってないんだが?

 

 目の前の悪魔(妖精さん)が言う「人から盗め」と。

 頭の中の過激派(ヤベー俺)が言う「敵を殺せ」と。

 ……だから俺は頭の中の中立派(チキン)の言葉に従い「敵から盗んでさっさと逃げる」という行動を取ろうとした。

 差し当たっての問題は深海棲艦の拠点の場所を俺が知らないことだろう。これで場所は海の底(深海)ですなんて言われたら予定が根元からひっくり返る。

 仮に陸上にあったとしても余程警備がザルじゃない限りは盗みに行けるはずがない。俺はルパンじゃないから。

 

「なるようになるか。どうせ予定なんて立てるだけ立てて何もしないのがオチだ」

 

「それってただ無計画なだけじゃ……」

 

「うるさい」

 

 肩を払って妖精さんを落とそうとする。……いつの間に艤装に座ってんだ。そしてお茶啜ってんじゃねぇよ、俺にもくれよおい。

 

 

 

 さてどうする。結局何もせずに海へ出た。一日間何も食べていないというのは飽食の時代の日本人だった俺には経験が無い事だ。足の下には水がこれでもかとあるから喉が

 

「渇くんだよなぁ」

 

 それでも空腹も喉の渇きもまだ我慢できるレベルだ。

 艦娘になったことでこの辺の忍耐力が向上したと考えるべきか?

 

 でも流石に海水を飲むなんて馬鹿はやらない。汚いだろうし、塩分濃度が高すぎて死ぬって聞いたことがある。

 せめて鍋かフライパンでもあれば適当な無人島見つけてもらってワンチャン野宿があるだろうけどサバイバル初心者の俺が出来ることなんてたかが知れてる。

 

「泥棒か? やはり倉庫に盗みに入るしかないのか? あー駄目だ。眠いし喉渇いたしでまともに考えられない。ポカエリアスって凄かったんだなぁ……ん?」

 

 遠くに何かが見える。緑色の光が二つ見えるな、漁船? いや、深海棲艦が居る世界だ。のうのうと一隻だけで漁なんて出来る筈がない。じゃあアレはまさか?

 

「おい妖精さん! 起きろ起きろ」

 

「うぐ……いきなり叩かな「アレは何?」……深海棲艦!? ど、どどどっど、どうしますぅ!?」

 

 叩いて起こして確認させたらやっぱり深海棲艦だったらしい。っていうかすっげぇ動揺してんじゃん。自分より動揺してるやつ見ると逆に落ち着くって本当だったのか。

 

「俺が聞きてーわ。……アレって俺でも倒せる? それとも逃げる?」

 

 見た感じ緑の点は二つ。隻眼が二つとか潜水してる他のが居ますとかじゃない限りは同数だし、戦ってみたいよなぁ? 折角艤装なんて戦う手段があるのに使わないなんて勿体なくない? あぁヤバい。考えてたらテンション上がってきちゃったじゃんか。

 

「多分大丈夫……ですぅ」

 

 多分だろうと大丈夫ってことは一方的にやられるってことはなさそうかな? じゃあいざとなったら逃げられるって訳。

 

じゃあ行こうか

 

「えぇ……」

 

 突撃ィーーーッ!

 

 

 

 

 

 

 遠くに見えた緑の光。それは駆逐イ級の目の光だった。

 そんな駆逐イ級は俺でも知ってる『艦これ』のマスコット(?)だ。愛すべき雑魚だった筈だ。

 

 だけど……

 

「やけに強いなオイ」

 

 右手の砲を撃つ。当たってると思うんだけどなぁ。外した時は小さいけど水柱上がったし。

 魚雷の発射の仕方が分からないから左手で魚雷を掴んで投げる……手前に落ちた。全く当たる気がしない。腰に着いてる艤装の攻撃もだ。手の艤装が一番当てやすい。だけど当たっても効果が薄いとかなんだこれは、クソゲーか?

 しかもやけに賢いぞこいつ。距離が空いたら撃ってきて、近づいたら噛みついて来る。絶対に一番最初に出てくるようなヤツがする行動とは思えねぇぞクソ! バカみたいに同じ行動ばっかりしてたらいいのに。

 

「これが命のやり取りって? やってられるか!」

 

 逃げよう。最後に一撃食らわせたら全力で逃げよう。死んだら終わりだ……左手に魚雷を持って

 

「これでも喰ら――居ない?」

 

 どこだ? ヤツはどこにいる? 上は無いだろうし……

 

「下か!?」

 

後ろですぅーーー!

 

 下を向きつつ振り返る。視界の上にヤツの影を捉えた。口を開けているのだろう、白い歯の縁の中は真っ暗だ。サイズがサイズだけに丸呑みだろう。あぁ、俺はここで死ぬ――

 

「クソがあああああああ!」

 

 残りの二本の魚雷をぶん投げる。まさかこの距離では外すまい。案の定ヤツは頭とその他の二つになって吹き飛んだ。片方は俺と一緒に。

 

「ぐはッ!」

 

 衝撃! 視界がブレて一瞬何も考えられなくなったと判断したのはこの数瞬後で、その時俺は空中を舞っていた。

 息が出来ない。めっちゃ痛い。

 やけにゆっくり流れた行く景色を見ながらなんとなく、ありふれた感想を思い浮かべていた。

 

 海面に背中から叩きつけられる。背骨が折れたんじゃないかって思うぐらい痛い。艤装の思わぬ欠点だ。

 近くには見事に半分くらいになったイ級が浮かんでいる。ぶつかった時は凄まじい衝撃だったからさぞ重たいのだろうと思ってたんだけど、なんで沈まないの?

 

 立ち上がり呼吸を整える。聞こえるのは自分の荒い息と早すぎる鼓動。心臓が爆発していないか心配になってくるくらい跳ね回っている。

 動き過ぎたからか、生まれて初めて命のやり取りをした緊張と興奮、恐怖からか? それとも勝利したことによる喜びか。分からないが分かることがある。心臓とトリップした頭はまだ落ち着いていないということだけは分かる。

 

「ヘッ、やってやったぜ。ざまあみろ」

 

 見下しながらそう言う。さっきまで鬱陶しいくらい元気だったイ級は今、物言わぬ塊になっている。

 近づいてみても動かない。……死んでいるのか。せめて歯の一本くらいは貰っていっても文句は言われないだろう。

 歯を抜く。掌以上あるそれは、何度か蹴るまではびくともしない程に力強かった。逆に、抜くときに触れた歯茎は柔らかく、そして冷たかった。

 

 深海棲艦という不気味な存在を、所詮敵だからを侮っていたのかもしれない。

 

 気持ち悪くてちょっと吐きそうになった。

 




前書きと後書きは適当です。
オマケくらいに見て貰てたら幸いです。

これからも拙作にどうぞお付き合いください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

休息

6話目です。

1日が24時間で足りない!
そう思ってる人は結構居そうですが、48時間になってもそれはそれで大変そうだと思いました。


「あーッ!? もうっ! 無茶しすぎですぅ!」

 

 いきなり妖精さんが目の前に現れて騒ぎ立てる。俺は今まで妖精さんがどこにいたかを知っているから悪いとは思わない。この妖精さんは俺が砲を駆逐イ級に撃った後に艤装のハッチ? のような場所に入っていったから答えは分かり切っている。

 無茶のし過ぎ? 果たしてそうだろうか? 受けた攻撃はたった一発。最後に一緒に吹っ飛んだときくらいだと思う。目の前でまだぷんすか! と怒っている妖精さんに適当に相槌を打って手を振ろうとして――

 

「あーハイハイ分かってる分かって――ッ!」

 

 左腕に激痛が走る。腕を見ると袖が破れていて腕は血だらけ、深紅のセーラー服には血が黒いシミを作っていた。なんで今まで気づかなかったんだろう。アドレナリンの力ってすげぇな。この傷じゃあ妖精さんもそりゃあ怒るわな。

 

「ほら見た事かですぅ! 近くの港に行きますよ! しっかり休まないとすぐに死んじゃいますよぉ!」

 

 人なんて死ぬときはあっさり死ぬかしぶとく生き残るかのどちらかだと思う。そして俺はあっさり逝く方だろうから、この妖精さんの言ってることは多分正しい。

 そしてやっぱり倉庫に行くことは確定のようで、妖精さんは騒ぎ続けている。

 確かに前世でも経験したことが無いレベルで出血してるし、処置しないとマズイだろう。それに飲まず食わずも辛すぎるし、この際にしっかり休んでおきたい。……怪我したくらいで簡単に意見をひっくり返す俺は意志が弱いのだろうか。

 

 もう一度イ級を見る。歯が一本抜けてちょっと間抜けな雰囲気を漂わせているものの、先程同様ピクリとも動かずに波に揺られている。

 死体の処置について妖精さんは何も言わなかった。このまま魚や鳥に食べられるのか、それとも消えるのか、気になるところだったけれども、今はそれよりも大事なことがあるからそのまま放置した。

 

「難しいなぁ……」

 

 本当に儘ならないと思う。ゲームの中じゃあ一番の雑魚だった筈なのに、ゲームじゃなくなったらこれか。他のイロハ級、鬼や姫はこれ以上? だったら人間、いや艦娘って規格外も良いところだろう。俺も仲間入りしてしまった訳だがイ級に苦戦するなら落ちこぼれもいいとこじゃないか?

 そう考えながら、妖精さんに言われた港へ向かう。港までの間に深海棲艦から襲われなかったのは夜で見えなかったからに他ならないだろう。

 

 

 

「知らない天井だ」

 

 お約束を呟いた後に起き上がる。やってみたかったんだよねコレ。

 

 この倉庫に着いた後は忙しかった。艤装を外して服と一緒に修繕、弾や燃料などの補給、食事と睡眠。この間僅か20分だ。因みに俺がしたことは艤装を外して服を脱ぎ、飯を食べて寝ただけである。ほとんど妖精さんがやってくれた。俺をダメにする気かな?

 そして俺は今現在スポブラにスパッツという通報待ったなしの恰好……ではなくちゃんと服を着ている。一番最初に服を直してもらった。いくら何でもあんな格好で寝るのはありえない。

 

「あっ起きましたかぁ? 体の調子はどうですかぁ?」

 

 妖精さんが話しかけてきた。腕もまだ痛むが昨日ほどではない。昨日は寝る前に何から何までお世話になった。お礼を言わねばなるまい。

 

「あー……昨日は助かったよ。ありがとう」

 

「無事なら何よりですぅ、あ、これ食べ物ですぅ」

 

 そんなことを言う妖精さんは袋を持っている。……ん? 昨日の食べ物といいそれといい、何処から持って来たんだ? やっぱり泥棒?

 

「ちゃんと廃棄されたやつですから安心してください。完全にダメになる直前に採って来たので大丈夫ですぅ」

 

 絶対大丈夫じゃないヤツだ。海外と日本のダメの基準は違い過ぎるってテレビで見たような気がする。まぁ食べるけど。それで腹痛を引き起こして痛い目にあって初めて俺は学習する。それでしばらくすると忘れるまでがワンセットだ。

 

「漁ったならセーフ……か? 泥棒より良いけど……」

 

「つべこべ言わない! 文句あるなら食べないでくださいぃ! あと普段から少しでも女の子らしい言葉遣いをしてください!」

 

 確かにそれもそうだ。文句があるなら自分で調達してこいって話で……口調はうん、猫被るのは慣れてるし、そうそうボロは出さないだろうよ。

 俺としてはそんなことより侵入するなら廃墟にしてほしかった。明らかに誰か使ってますってところで一晩過ごせたのはちゃんと休めたと同時に怖くて仕方がない。こちとら元日本人の一般人だぞ? 不法侵入で捕まりたくはないんだよね。

 まぁ、これらのことも日本ではアウトでも海外なら案外セーフってこともあり得るのか? 日本の法律も良くわからないのに海外の法律を知ってるわけがないが。

 

「まぁ食べたら直ぐに出るからいいか。妖精さん、その食べ物頂戴」

 

「これの他にも食べ物がありましたのでぇ、しばらくは持つと思いますぅ。頑張ってください」

 

 ……まだ移動から半日しか経ってないんだよなぁ。こんなんで日本まで帰れるんだろうか。妖精さんの後ろにある袋は大きい。菓子パンなら六つくらい入りそうだな。一日、いや二日か?

 地図を見る。今いる場所は……だったらまずはジャカルタを目指そう。そしてブルネイ、フィリピン、台湾、そして日本だ。だいたい六千キロメートルと見た! 四十日も要らねぇ! 二十日でクリアしてやるぜ!

 

「他に何か必要な物はありませんかぁ? 簡単な物なら用意できますよぉ?」

 

 一体“何が”簡単なら用意出来るんですかね……盗みの難易度かもしれない。この妖精さんならやりかねない。廃棄処分とはいえ食べ物を盗ってきたから無いとは言い切れない。

 

「じゃあナイフとフライパンと水筒をくれ」

 

 艤装があるから動物は獲れるだろうし火も点けられるだろう。だから俺は調理器具を選んだ。水は煮沸出来るし、生肉を食べることもなくなるだろう。素人だから衛生の管理は大事だという事しか分からない。サバイバルの動画を見ても出来るようにはならないんだよ。

 

 分かりましたぁなんて言ってどこかへ行ってしまう妖精さんを見送る。……俺も妖精さんにばかり悪事を働かせる訳にはいか。もう既にやらかした後だ、今更善人みたいなこと言ってる場合じゃない。

 倉庫の外に出る。雲が張っていて薄暗い。朝方か夕方か判断しづらい空をしていた。通行人からチラチラ見られている。……やっぱり外国だろうとセーラー服は珍しいんだろう。目当ての物を探して港をふらつく。

 誰からも話しかけられないのは良かった。日本語、と多分この体は英語でも問題は無いだろう。しかしここはインドネシア。言語が通じるかわからない上にボッチ歴の長い俺には外国人の相手は難しすぎる。

 

「ここにもない……あそこには……あった」

 

 目当てのものを見つけたので場所を覚えて倉庫に戻る。きっと妖精さんが碌でもない方法で入手してきた三つの道具を持って待っているだろう。

 

「日本に行く為なら泥棒だってやってやろうじゃねぇか」

 

 そう呟いた俺の顔はきっと、前世で友達から「悪い人がしそうな顔」と評価された顔をしているんだろう。今の顔は前世と違って自己補正があっても整ってると思うしそうそう酷い評価はされないだろう……

 なんてことを考えながら倉庫に戻る。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

――とある一般人たちの会話

 

「おい、お前見ろよ。あの子すっげぇ可愛くね?」

 

「確かにな。お前の可愛いダリアが霞んじゃうね」

 

「ぶっ殺されてぇか!?」

 

「まぁ落ち着け。俺が彼女のハートを掴んでくるのを見てろよ――ッ!?」

 

「な、なんだあの顔……やっべぇ……」

 

「やっぱり止めるよ……ありゃあテロリストの顔だ。絶対まともじゃない」

 

「ああそうしておけ。……残念だったな。そう簡単にいい女は見つからねぇって話だ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 予想通り倉庫には妖精さんが戻ってきてた。三つの道具もある。ホントにどうやって調達してきたんだろうね? せめて廃材からのリサイクルであって欲しい。何であれ希望を叶えてくれた妖精さんにはお礼を言うべきであろう。

 

「ありがとう妖精さん。……ところで外には普通に人が居るけどどうやって海に出るつもり? 昨日みたいに人避けで行けるかな?」

 

「それはやってみないと分からないですぅ」

 

 そりゃそうか。もしかしたら案外コスプレです~でいけるかもしれない。

 

「そうと決まれば行くか。なるようになるだろう」

 

 いざ、二度目の海へ向かって……

 




艦これ要素ある? 無いですね!
速く他の艦娘と絡ませたい……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪い人 善い人

七話目です。
書き直してます。始めたての頃の文章を見て「読みにくいなぁ…」と思ってます。


「もうそろそろしたら行けますぅ」

 

 肩の妖精さんがそう言う。視線の先では人が通り過ぎていったところだ。今まで誰からも見つかっていないことが分かるのでその言葉は非常に心強い。きっと今回も大丈夫だろう。

 

「3、2、1……今っ!」

 

 細道から飛び出して反対側の細道に飛び込む。おかしいな、艦娘はスパイじゃなかったと思うんだけど。なんで海に着く前にからこんなに疲れなきゃいけないんだろうな?

 その原因の1つ目は移動に艤装がかなり邪魔だということ。リュックサックなんて目じゃない大きさをしてるから狭い路地での行動でストレスしか生み出さない。

 

「そろそろ海に出るか。おっアレだ。妖精さん。アレが俺が盗ろうとしていた物だけど、アレ盗っても大丈夫? 見つかるとかそっちの意味で」

 

「アレはかなり厳しいと思いますぅ。絶対に悪目立ちするので止めておいた方がいいですぅ。……代わりにアレはどうですか?」

 

 そう妖精さんが指さす先には一軒の家。古そうに見える壁には釣り竿が立てかけられている。……確かに釣り竿ならアレと同じことが出来る。なんで先に釣り竿って答えがでなかったんだろう。

 2つ目の原因はたった今なくなった。

 最初は漁船から網を盗もうかと考えていたんだけど、取り外しとか持ち運びの点で問題が多かった。一度冷静になるとガバガバさに気づく。俺はアホだ。

 代わりに釣竿を盗むことになった。

 

「それだ。……ごめんなさい釣り人さん。何かあったら恨んでくれ…」

 

 釣り竿を手に取る。前世から通して初めて赤の他人の物を盗んだ。

 凄く申し訳ない気持ちで吐きそうになる。

 気分が悪い。このままだと自然体で道に出ることが出来ない。人の物を盗む覚悟も無い奴が盗んじゃいけないってことか。

 変に怪しい挙動をするから怪しまれるのであって、堂々と自然体でいたら精々「変わった服装」くらいにしか思われないと思う。だからしっかりしないといけないのに……

 

「無理だ戻そう。今ならまだバレてない」

 

 これは持っていってはいけない。絶対に俺の心が壊れる。仲が良い奴の筆箱から何かを取ったり(授業前には返すし俺も取られるからドロー)するのとは訳が違う。これはやってはいけない、返そう。魚は諦めて海鳥でも撃ち落とそう。

 

 来た道を引き返して先程の家の裏に着いた。近くには誰もいないらしく、言われた通り人っ子一人居ない。

 

「ごめんなさい。許してください……」

 

 元のように釣竿を立てかける。誰も言わなきゃ気が付かないだろう。

 そして今度こそ海へ向かう為に脚を進めて――

 

 

 

『おぉ!? こんなところで何をしている?』

 

「ッフェァ!?」

 

 近くから声が聞こえた。

 ビックリして振り返る。さっきの家の小さい窓からハゲのおじさんがこちらを見ている。

 人!? 居なかった筈じゃ!? ヤバい、見られた!? 通報される?

 

 ……終わった。

 

『おぉ、済まないねぇお嬢ちゃん。驚かせるつもりは無かったんだ』

 

 え? 何を言ってるか分か……る。多分英語だこれ。この体は英語の聞き取りは完璧みたいだからきっと話すことも出来るんじゃないだろうか。

 

「ソーリー……んっん゛……『ごめんなさい許してください!』

 

 やっぱり英語喋れるよ。まずは謝ろう。例えこのおじさんが俺の泥棒に気付いてなかったとしても全面的に俺が悪いのは明らかだ。

 でもなんだろう、頭の中では日本語なのに口からは英語が飛び出てる感じ。……深く考えてはいけないだろう。この体の能力的なものかもしれない。きっとこの体で英語のリスニングテストを受けたらほぼ百パーセントで百点を取れるだろうということは分かった。

 目の前のおじさんは驚いたような顔をしている。その視線は腰の艤装に向かっている。

 

『あー……、立ち話は何だから入ってくれ。簡単だがもてなそう』

 

 あらやだ優しい。でも釣り竿については全くノータッチ? 本当に気が付いていないのか、それとも別の思惑があるのか? ダメだ分からん。いっそ逃げるか? でももてなすって言ってる。

 

 う~ん、なるようになれ!

 

『じゃあ、お邪魔します……』

 

 誘われるように裏口から家の中に入った、入ってしまった。最悪の場合はやっぱり盗んだことに怒っていて……ってことはないな。目の前のおじさんはこちらに全く悪意のない顔を向けている。これはアレだ。田舎のお年寄りみたいなヤツだ。善意で出来てるタイプの人間だ。根暗な俺とはおお違い。

 おじさんがカップを二つ持ってきた。受け取ると中には黒い液体が入っている。

 

『美味しいです。ありがとうございます』

 

 アイスコーヒーにお礼を言って椅子に……座れない。艤装が邪魔だ。

 

『それは艤装だったかな? 君は艦娘と呼ばれる者だろう?』

 

『え、えぇそうみたいです』

 

(そんなに簡単に知らない人に喋っちゃダメですぅ!)

 

 なんか聞こえるんだけど……もしかして妖精さん? 直接脳内に話しかけてくるとか怖いじゃん。大丈夫? 脳みそが過負荷でボンッ! てならない?

 

(なんで? やっぱり軍事機密みたいな感じ? うわぁ、脳で会話出来てる感じがする。気持ち悪い)

 

 妖精さんからナニカサレタようで、テレパシーのような会話が出来るようになってることが判明したが、おじさんにはきっと聞こえてはいないだろうから沈黙しているように取られる訳で。

 

『おぉ! やはり艦娘かね。実は私の甥がアメリカで提督をやっていてね、私は艦娘についてそこらの一般人よりかは知っているつもりさ。詳しい事は多分、機密なんだろうけどね』

 

 そう話しかけてきた。笑ってウインクを飛ばしてくるおじさんは今まで見たことがないタイプで、なんかカワイイと思えてしまう。

 しかも話の内容は期待を良い意味で外れていた。どうでもいい世間話ではなく、釣竿の件で怒られることでもない。アメリカの提督の親戚だったとは驚きだ。更に今はバカンス中でここに居るのだと言う。

 ……これはこのおじさんについていれば帰省と共にアメリカへ行けるんじゃないか? いや、パスポートは無いから結局移動は自力か。

 

 そんなこんなで会話は弾んだ。因みにこのおじさんには妖精さんは見えていないらしく、妖精さんがクッキーを持ち上げたらポルターガイストの正体を知ってしまったと笑っていた。

 彼は、甥は提督をしていて大変そうだが会ったときはいつも笑顔を見せてくれるんだとか。

 俺は、何が何でも日本に行かなければならないが移動手段がないと大袈裟に嘆いて見せた。

 

『あぁ、久しぶりに楽しい時間になったよ。ありがとう』

 

 その言葉で世間話は終わりに近づいたことを知る。壁の時計は一時間近く進んでいた。

 

『えぇ、こちらこそありがとうございました』

 

『あぁそうだ、最後に聞きたいことが二つあるんだが、良いかな?』

 

 二つ? 一つは心当たりしかないけどもう一つが分からんぞ。

 

『えぇ、答えられる範囲で可能な限り答えますよ』

 

『じゃあ教えてくれ。君は私が声を掛ける前にあんなところで何をしていたんだ?』

 

 来たか。……正直に話そう。このおじさんはいい人だからちゃんと話せば許してくれるだろう。あぁクソっ。なんで俺はこんなに打算的な考えをしているんだろう。本当に嫌になる。

 

『壁に掛けられていた釣り竿を盗もうとしました。いえ、盗んだんです。それを返したところであなたに声を掛けられました。……ごめんなさい』

 

 そう言うとおじさんはにっこりと笑った。

 

『そうか、盗ってしまったのか』

 

 おじさんはそうかそうかと言いながら頷くだけだ。

 

『何故、怒らないんですか?』 

 

『うむ、確かに君は悪いことをした。だがちゃんと良心に従って返して来ただろう。それにな……』

 

 おじさんは黒いケースを開ける。中には釣竿が沢山入っていた。

 

『あの釣竿はもう使ってなくてね。だから君が持って行っても私は怒らないよ』

 

 涙が出そうだった。この人はなんでこんなに優しいのだろうか。

 

『でしたら、私はあの釣り竿を貰っていきます。……本当に良いんですか?』

 

『勿論だとも。誰にも使ってもらえないより釣り竿も喜ぶだろう。大分ボロボロだけど、大事に使ってやってくれ。』

 

『はい、大事に使います。……それと私からも一つ訊いても良いですか?』

 

『なんだね?』

 

『貴方の名前を伺っても?』

 

 この親切なおじさんの名前は絶対に聴いておかねばならない。いつかアメリカへ行ったときに彼の甥に伝えるために、絶対に。

 おじさんは笑みを絶やさずに答えた。

 

『私はアラン・グレンだ。それと、私の聞きたいことのもう一つ、貴女の名前は?お嬢さん』

 

『私はスチュワートと名乗っています。これ以上はアランさんが言うには軍事機密らしいのでこれ以上は言えません』

 

『おや、意地悪なお嬢さんだ』

 

『私の秘密、軍事機密みたいですけど暴いてみますか?』

 

『ハッハッハッ』

 

 

 楽しい時間はあっという間。流石に全く移動しないのはよろしくない。という訳でアランさんに別れを告げる。

 

『じゃあコレ、貰っていきますよ。大事に使わせていただきます』

 

『あぁ、無事に日本へ行けることを神に祈っているよ』

 

『ではまたいつか会いましょう』

 

 表の出口から見送られる。角を曲がるまで手を振っていたアランさんの優しさを無駄にしないよう、何が何でも日本へ帰らなくてはいけない。犯罪もこれきりだ。

 

「じゃあ妖精さん、行こうか」

 

「やっとですかぁ? 待ちくたびれましたよぉ……」

 

 海に向かう足取りは軽かった。

 




 ストーリーとしての進展あった? ……無いですね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

砲撃➀

8話目です。

評価欄が白じゃなくなってる!?
ありがとうございます。

戦闘回のつもりです


 朝日が眩しい。

 

「なんだよ……もう少し寝させてくれよ」

 

 移動から五日目、俺は無人島に居た。地図でいうところのブルネイの近くにいるらしい。漂流物のゴミ……布切れを見つけたのでそれを布団代わりにして寝ていたが、太陽に邪魔された為起きざるを得ない。昨日の夜に点けた火は消えていて、微かな温かさを放つ石と灰だけが残っている。

 

 俺はノロノロと起き上がり支度を始める。ただ寝ていても港ではないので妖精さんは食べ物を持っこない。自分でどうにかするしかない。

 

 艤装とは別の大荷物、背嚢から釣り竿を取り出す。アランさんから貰った宝物である。あとは小分けにしておいた弾薬。これは火を点けるのに非常に便利だと知った。

 何せ乾いた木を集めてちょっと油を付けてそれに向かって発砲するだけだ。弾の温度で勝手に火が付くのでマッチよりも余程派手に燃える……炸裂するから危険だけどかかる時間はかなり短縮されるから無駄遣いでは無いはずだ。

 

「辛いなぁ……」

 

 独り言が漏れる。一人暮らしはしていたから独りで居ることには慣れていたと思っていたがどうやらそんなことはなく、妖精さんが居なかったら相当危なかった。何せずっと移動しているので娯楽なんて在りはしない。その上変わり映えのしない海が広がるばかり。市街地とは違って目移りのしようもないので退屈を極めるのだ。

 五日目にして俺の精神は大分参っている。これでまだ予定の四分の一だとか考えたくない。

 

 そんな俺の現在の唯一の楽しみがサバイバルである。五日もすれば慣れてきた頃合いで、あれやこれやと色々な罠のことを考えてたりすると時間が経ってたりするので結構気に入った時間の潰し方だと思っている。因みにあれから港には寄っていない。

 つまり弾薬が補給できないということである。かなりピンチなのだが火をマッチも無しに点けるのは俺では恐らく不可能だろう。だから発砲式着火による弾薬の消費は所謂コラテラルダメージというやつだ。

 この調子で行くと確実に日本到着の前に弾薬が底を突き、生肉を食すことになり最悪詰むので絶対に港に立ち寄る必要があると考えている。

 

「おっ?」

 

 アレンさんから貰った釣り竿を海上で垂らすこと数分、手ごたえを感じたから竿に力を込める。

 これでようやく魚一匹。でも到底満足できないからこの前は魚を餌に海鳥を捕まえた。当然魚よりも大きいので空腹は凌げるからこれからも続けていきたい。しかし味はもう酷いもので、妖精さんが(パク)ってきた香辛料が無かったら栄養失調だった。

 まぁ、アレンさんが居なかったら今頃もどこかの港で泥棒しながら生活していたに違いない。そんなことをしていたら俺のゼラチンメンタルは音を立てて崩れ去るのでアレンさんがいて良かったと心の底から感謝している。

 魚よりもゴミの方が釣れる呪いの装備的なオブジェクトだったとしてもだ。きっと俺の使い方と釣りのスキルが足りないからゴミばかり釣れるんだ。

 

 ……海面から姿を現した魚は昨日より小さかったのでこれも鳥の餌コースだ。もう一度竿を垂らす。

 

「何処かの鎮守府の艦娘から見つけてもらえないだろうか」

 

「ブルネイ泊地が近くにあるみたいですねぇ。艦娘が居れば補給とかの期待も出来るんじゃないですか?」

 

 確かに。艦娘が沢山いるであろう泊地ならきっと俺を見つけてくれるだろうし、声を掛けるなら気付いてもらえるだろう。

 目的地はブルネイ泊地。今日はそこまで移動することを決めてから竿を上げて無人島に撤収する。結局あの後は鳥も魚も来なかった。仕方がないので痛んでしまう前に食べた。もはや毒があっても気にしてられない。カサゴやフグっぽいのは鳥の餌だし、他の魚だって捌く技術なんて無いし、一応火は通すから大丈夫だろう……多分。

 

 

 魚をくれてやっても尚虫が鳴る自分の腹を押さえながら移動する。缶詰を使っても良かったんだが限界まで取っておこう……出し渋って抱え落ちはもっと嫌だから今日の夜に食べよう。

 

「……なんか来るな」

 

 遠くに黒い点が見えた。アレは駆逐イ級だろう。

 荷物から以前引き抜いてきたイ級の歯を取り出す。これがそれなりにサイズがあり軽くて丈夫という優れものだった為削って持ちやすくしてみた。スコップの先端みたいな形をしているので穴を掘ったりするのにも使えたりする。

 敵から剥ぎ取って加工して戦うとか某ハンティングゲームを思い出して苦笑する。これから人生二度目の命のやり取りがあるかもしれないというのに何を考えているんだ。緊張で固まり動けないよりは余程いいだろう。

 

「聞いたところによるとイ級って食べられるそうなんですよねぇ~刺身とかで」

 

「は? マジ!?」

 

 緊張を解す為なのかそれともただの独り言か、妖精さんが聞き捨てならないことを口にした。

 なんとあのデカブツは食べられるらしい。もし本当だったら俺の食糧事情はほとんど解決したと言っても過言ではない。これは精神衛生の為に何が何でも勝利して、弱肉強食の掟に従いイ級を食さねばならん!

 味がちょっと気になるっていう理由もあるし。

 

 

 

 

 

 こちらへ向かって来るイ級は俺が目的ではなかったらしく、ある程度の距離まで近づいた時に初めて気が付いたような反応をするくらいのノロマさだった。

 そして今は俺がイ級と睨みあっている。

 距離は遠く、イ級も近づいてこない。前回の経験からイ級はこのままの距離を維持すると砲撃を始めるだろうし、隙を見つけてこちらから近づき目に歯を突き立てるか。いや難しい。そんなに上手く事は運ばれないのを今までの人生で学んでこなかったのか俺は?捕らぬ狸のなんとやらだ。

 

 だったら近づいて魚雷をぶつけた方が効果があるだろう。当たり所によっては二発で倒せたんだ。今度は三本くらいやれば倒せ――

 

 ドン――

 

 考え事の途中に攻撃するのはルールで禁止じゃないの?

 

 右に避けて砲を撃つ。自分が先程まで居たところに水柱が上がる。俺の撃った砲は当たってはいるがあまり効いていないようだ。この砲は何なの? 牽制用のゴム銃じゃないんだしもう少しくらい痛がってくれよ……そんなに気にされないとこっちのプレッシャーが凄いんだよ。

 

 砲は効果が薄いと踏んで魚雷で仕留める方針に変更する。でも遠距離から当たる気がしないし、どうにかして隙を見つけなければならない……

 

「でもどうすりゃ良いんだよ……」

 

「砲の使い方は一つじゃないですよ~」

 

「まだなんかあるの?」

 

 別の使い方とは? でもきっと妖精さんは俺が自分で気づけるように敢えて答えを言わなかったに違いない。さぁ考えろ砲の別の使い方……うぉっ危ねっ!

 

「だから撃ってくんじゃねー!」

 

 怒りに任せて二、三発くらい砲を撃つ。やはり効果はなさそうだ。

 

 イ級が近づいてきたから後退する。距離を詰められると噛みつきという即死級攻撃されるとか溜まったもんじゃない。この如何にも貧弱そうな体では体当たりでも致命傷になりかねない。

 

 

 さて、まずは艦娘と軍艦を比較して艦娘の優れているであろう点を挙げていこう。幸いイ級は俺が攻撃しなくなって回避に徹していても攻撃をし続けている。まだ時間はある。

 

 艦娘がモデルとなった軍艦よりもの優れている点、まずは今俺がやっている後退、機動力だろう。後退や急旋回、ましてや砲弾の回避や防御なんてものは軍艦じゃあ絶対に出来ないだろう。そんなことが出来る(ふね)が存在するならその設計技術者達と船長と操舵手は変態だ間違いない。

 

 そして攻撃の範囲の増加。砲弾の飛距離ではなく射撃の角度? の増大か。流石の艦娘も20キロメートルも砲弾を飛ばすなんてことは出来ないだろう。

 そこは大きく劣っている筈だが、動物的な動きで滑らかに照準を合わせて撃つのは軍艦では出来ないだろう。だから照準の定めやすさと連射性能、命中率は艦娘が優れているだろう。

 

 あとは軍艦よりもスペースを取らない……当たり前か。これも今は関係ないな。

 

 逆に劣っている点はさっきの射程と総合的な耐久力、深海棲艦以外に対する攻撃力だろう。

 妖精さんの支援があって深海棲艦にダメージを与えられるのであって、そうじゃなかった場合、鎮守府以外の陸上の場合は砲は拳銃並、魚雷も普通の爆弾くらいだといつか妖精さんが言っていた。

 いや、普通の爆弾も十分に恐ろしいけどね?

 

 そして俺は駆逐艦、他の艦種よりも速く移動できるらしい。そうなると大した火力の無い砲の上手な使い方は……

 

「閃いた!」

 

 この勝負は俺が勝つ。

 




 艦これ世界に転生したんだから多少は強くしても問題は無いと思うこの頃。
でも個人的には無敵性能は好きじゃないのでちょっと変わったことをさせようと思います。

強いけど普通に対策できる弱点があるって素敵だと思う。

これからもよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

砲撃②

9話目です。

多少のガバは「ご都合主義」タグで何とかなると思ってます。


 この勝負は俺が勝つなんて思ったが果たしてどうだろうか。

 俺はイ級の標準的な強さが分からない。前回戦ったイ級が特別弱かったのかどうかの比較対象が今戦ってるコイツだから……もう少しサンプルが欲しい。

 全力で攻撃し続ければ倒せるんだろうけど、「あとどれくらいで倒せるか分からない」のは非常に大きなプレッシャーとして伸し掛かる。

 「1キロ先のゴールまで走ってください」と「この先にあるゴールまで走ってください」ではペース配分は大きく変わるだろう。

 艦娘歴たった6日な上に艦娘とも出会ってないからありとあらゆる基準が分からない。自分の速さや能力が他の艦娘に対してどれだけの優劣があるのかが分からない。

 

 やっぱり比較対象って大事だ。

 

「早く鎮守府に、他の艦娘に会いてぇな……」

 

 そんな呟きは避け切れないと判断したイ級の砲弾を腕の艤装で弾いた音で掻き消される。よく考えなくても砲弾が見えるって凄い事じゃない?

 

 有効打が無いことに痺れを切らしたのか当たらないと学習したのか、イ級が砲撃を止めて突進してくる。噛みつき同様サイズがサイズだから当たれば致命傷。無事に避けられたら大きな隙を狙えるだろうから当たる訳にはいかない。

 

「なろっ! 当たる訳にはっ、とぉ!」

 

 凄いスピードで突っ込んでくるイ級に対して離れようとするがなかなか距離が離せない。おいおいこっちは駆逐艦だぞ……あっちも駆逐艦だったな。

 さて焦るな焦るな、こんな時こそ平常心だ平常心。追うものと追われる者……あっそうだ。

 

「コーナーで差を付けろ!  フッ」

 

 急カーブをして停止した俺と大分遠くまで真っすぐ進んだイ級。ありがとうスポーツメーカー。

 このまま見えなくなるまで突っ込んでいって貰いたいがイ級は倒して腹の足しにしたい。毎日の貧相な食生活では満足できないんだ。

 

「ハハッどうした? こっちだぞポンコツ!」

 

 幼稚園児みたいな語彙力で煽る。ヤツに意味が理解出来るとは思えないしそもそも耳があるのかどうかすら怪しい。でもちゃんと反応しているようなので何とかなるだろう。

 

 

 もう一度距離が開いたことで再びイ級が砲撃をしてくる。……こいつって意外とバカなんじゃない?

 さて、砲の上手な使い方という妖精さんからの宿題に取り組もうか。

 

「でもぶっつけ本番かぁ。せめて六回くらいは練習させろよな」

 

 なんて言ってもここは戦場。練習なんてしてたらブチ抜かれるのは目に見えている。まぁ、失敗しても大きなリスクはないしやられるつもりなんて微塵も

 

「ないんだがな!」

 

 イ級の顔面目掛けて砲撃を一発撃ちこむ。そして魚雷も投げつける。そしてイ級の手前に砲弾を広げて三発撃込む。頼むから上手くいってくれよ~。

 

 イ級が吠える。どうやら運よく怯んでくれたみたいだ。目の近くにでも当たったかな?

 三発の砲弾は狙い通りの位置に飛んでいく。ここが運命の分かれ道!

 

 俺の作戦はこうだ。砲撃をするイ級の前に水柱を作る。これでイ級が怯まずに突っ込んできたら魚雷を四発、前回の3倍くれてやる。これで致命傷が与えられなければその時は詰みだ。逃げる。

 イ級が怯んだら水柱に隠れて側面へ移動。頭部よりも弱そうな側面に魚雷を当てる。死角に回って不意打ちだ!

 艦娘の機動力、その中でも駆逐艦という高い機動力を持っているのだからそれを活かすべきだ。

 という訳で動いて動いて動きまくる。相手の隙を見つけるんじゃなくて隙を作ってやればいいんだよな、というのが俺の頭から出てきた答えである。

 

 

 

 水柱が上がる。肝心のイ級は……

 

 来ない! プランA! 側面へ移動する!

 左側へ全速力で移動、気付かれては……ない。「喰らえ!」なんて叫んでは気付かれるから、とりあえず全力投球を

 

ツルッ……

 

「!?」

 

 すっぽ抜けた。うっそだろオイ。でもイ級の隙だって永遠じゃないんだからと、妖精さんからのアドバイスの通り右足で蹴りを入れる感覚で魚雷を発射。なんだよ投げなくても発射出来るじゃん。

 

「グオォーーーッ!」

 

 イ級の声が聞こえる。深海棲艦の言葉なんて分かる訳が無いので痛みか怒りか分からない。せめて痛みで泣いててほしい。

 

 その場で身じろぎしたイ級に対してこちらは回避に徹していたからほぼ無傷。でもずっと動いてたからクッソ疲れた。早く終わらせてゆっくりしたい。

 まだ動くイ級のタフさに溜息を吐く。やっぱり口から魚雷を食べさせるくらいしないと2発で倒せるなんてことはなかったようだ。身じろぎの隙が大きいから追撃の魚雷を放つ。大分攻撃のコツも掴めてきたぞ……

 

 

 

 ――大きな音が聞こえる。無事に魚雷が当たったようで、一際大きな水柱が収まったところにはイ級がまだ居た。しかし動く様子は……ない。倒せたようだ。

 前回のイ級戦と同様に呼吸は荒く肺ら辺と脇腹が痛い。だが違うのはそれ以外。俺は疲れたといえほぼ無傷なのだ。服も損傷していないし血も出ていない。この差はかなり大きいだろう。

 

「ヘッ、俺の勝ちぃ……どうよ妖精さん。言われた、通りに、上手な砲と魚雷の、使い方だろぉ?」

 

「思ってたのと違うけど勝ったんだから何とも言えないですぅ」

 

 妖精さんに評価を求めたらそんな返答が返って来た。どうやら百点満点の動きでは無かったらしい。まぁ、平和な日本の一般人が戦いの場でいきなり満点の動きが出来たらソイツはきっと生まれる時代か世界を間違えたヤツだろう。

 

 何が違うのか気になって訊いてみたところ「魚雷はまあまあですが、砲の使い方は全然ですぅ」と言われて気が付いた。確かに砲としての使い方じゃないなあれは。

 

「狙いやすさに焦点を当てるべきでしたねぇ。一度攻撃した傷を狙うだとか眼とか口の中とか、弱そうな部分を狙うとか……次からは意識してくださいね~」

 

「ウッス」

 

 ホントに分かってるんですかぁ? なんて声が聞こえるけど、分かったからこそあれで正解だと思ってた自分が恥ずかしくて何とも言えないというか何というか。

 それにしても次からは、ねぇ……戦いなんて無いに越したことはないと思うんだけどやらなきゃいけないときには反省を活かしつつ全力でやろう。まぁ、イ級に手古摺る俺の全力なんて高が知れてるだろうけど。

 

 荷物からナイフを取り出してイ級の体に突き立てる。持ってて良かったナイフ! 出港前に妖精さんに頼んだ俺の判断は間違っていなかった。せっかく倒したのに食べられないなんて無駄骨にならなくて良かった。

 イ級の頭部は固すぎて刃が入らなさそうだったので、足? っぽいところに刃を入れる。すると血にしてはちょっと色が薄いトロリとした液体が僅かに流れてきた。

 

「これホントに食べられんの?」

 

 嘘ついてんじゃないの? と妖精さんを軽く睨むと慌て始めた。様子が妙にコミカルで笑える。

 

「ちゃんと食べられますぅ。……食べてる人は少ないですけど」

 

 んん~? 最後の方になんて言った~? 食べてる人は少ないってそれはまさか「食べられる」だけでそれほど美味しくはないってやつ……? それってもしかしてゲテモノって呼ばれるヤツじゃないかな。

 

「騙された」

 

「あなたが勝手に突っ走ってっただけですぅ。私は美味しいなんて一言も言ってないですぅ」

 

 詐欺師のやり口じゃねーか!

 いや、確かに妖精さんの言うとおりだ。キレるのはお門違いだな、うん。腹いっぱい食べられるだけありがたいってことで納得しよう。

 あっ魚雷で抉れてる。勿体ないけどいいか。デカいし多少減っても問題ないでしょ。……それにしても白身か、さっきの赤い液体は怖いけど身の部分だけ見ると美味しそうには見えるんだよね。深海棲艦っていう先入観で大分減点されてるけど……

 

 

 

 ちょっと離れたところに島を見つけたので上陸して、さっそく人気のない場所でイ級を調理し始める。あって良かったフライパン!

 毛布代わりの布などの漂流物の中に混ざっていたペットボトルもちょっと海水で洗って布やら炭やら入れて濾過装置にした。自由研究も偶には役に立つ。

 ちょっと不安は残るけどこれで塩も水も手に入る。ペットボトルが都合よく漂っていたことを喜ぶべきか、ペットボトルが捨てられて漂っていることに不快感を抱けばいいのか微妙なところだけど、今俺は捨てた人のおかげで水が飲めるから喜ぼう。

 

 なんて現金なヤツだなぁなんて考えながらイ級の肉を刺身にしていく。

 出来上がり、さぁ食べようと思ったときに醤油が無いことに気が付いた。

 

 食べてみると、チョコとガムを同時に食べたみたいな吐き気を催すレベルで酷い食感と、鼻を抜けるような鉄臭さ。

 好き好んで食べようとは思えないけど、量があるから空腹だけは誤魔化せる。

 薬味で誤魔化さないと到底食べられそうにないけど、今は錆びた蛇口から出た水を噛んでると思う以外に俺に出来ることはなかった。

 




やっぱり戦闘描写って難しい……

イ級後期型の脚は白だから白身にしてみた。ちゃんと洗ってますのでご安心を。
実際味はどうなんでしょうね? 美味しそうには見えません。
主人公が喰ってる部位が特別不味かったのかもしれませんし、もしかしたらちゃんと食べられる技術が浸透してるかもしれません。

この妖精さんはそんな技術を知らないということにしておいてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雨天の日

10話目です

10話目です(大事な事なので)

このままのペースで100話まで続けばいいな……頼みましたよ未来の自分。


 考え事をしながら海を進む。今日は雨でかなり波が高いけど動かないよりはマシだろうと思って移動を開始した。屋根もない無人島で雨に撃たれながら一晩過ごすなんてそれこそ意味がないと思う。

 

「しかし、悪天候の海ってこんなに荒れるモンなんだな。あ゛ー気持ち悪い……早く止まねぇかな……」

 

 自分の身長以上の波に叩きつけてくる雨風、時折光る稲妻で俺はもうグロッキーだった。

 上下左右に大きく揺られ、強い風を感じ続けても前へ進む。まるでジェットコースターだけどアレよりもだいぶ遅い。それにジェットコースターはスリルを楽しむ物で、こっちはスリルもない癖に脳とか内蔵に直接ダメージを与えに来てる。

 乗り物酔いの気持ち悪さを強烈にしたような気分の悪さに出発したことを後悔し始めたのも結構前のことで、意地で進んでしまったばかりに引き返せず、引き返すよりも進んだ方が近いと妖精さんも言っていた。

 

 幸いなことに深海棲艦も見ていない。流石の深海棲艦も雨の日には大人しくしてるんだな。まぁこんな状況で相手はいつも通りの動きが出来ますなんて言われたら溜まったもんじゃないからそのまま大人しくしていて欲しい。ずっと大人しくしてるのがベストだ。

 

 

 

 そして考え事は荒れた海の事から戦い方と艤装の事、深海棲艦のことに移っていく。気持ち悪いのは変わらないけど何も考えずに無心で進むなんてことは俺には出来ないから何かを考えるしかない。せめて二人以上なら会話が出来るんだろうけど妖精さんは艤装の中に隠れたので非常に退屈だ。

 

 まずは戦い方の事を考えよう。艦娘としての特性を活かしたであろう戦いは以前イ級相手に出来ただろう。しかしイ級ならともかく他の深海棲艦はどうだ? 人型の鬼や姫級なんかにはあんな子供だましは通用しないだろう。

 確かにここはゲームの中の世界だったがゲームの『艦これ』ではない。ターンなんてものはないし腹が減ったら動けなくなるし、天気が悪いと思うように進めない。

 無くなったものが多いが決してそればかりではない。相手も恐らくプログラムデータから生物? に変わっている。

 そして生物である以上弱点が生まれる筈だ。人型なら特に、頭を撃ち抜けば即死するはずだ。なんならリアルだからわざわざゲームに出てくる砲の撃ち合いなんてしなくてもいいのかもしれない。あぁ、考えてたらワクワクしてきたな。面白くなりそうじゃない?

 艤装をコツコツ叩いて妖精さんに呼び掛ける。艤装から頭だけ出して来た。こっちはずぶ濡れだというのに偉い身分じゃねーかオイ。

 

「なぁなぁ妖精さんよ、盾とか投擲武器って作れない?」

 

「……はい?」

 

 妖精さんが「何言ってんだコイツ」みたいな顔で見てくる。それだ、それだよ。

 予想外のことが起きれば意表を突かれた相手は呆然とする。恐らく深海棲艦だって盾とか持ってるヤツとの戦いなんて想定してないだろうし、そこに付け入る隙がある筈だと力説する。

 

 人が今みたいに割とどーでもいいことで困惑してるのを見るのが好きだとか、他人に迷惑が掛からないレベルでふざけて楽しくなれば、それで面白くなれば万事オッケーだとかは言わない。こんなしょうもないことでダメって言われたくない。

 どうやら悪ふざけとか他人がしないようなピエロみたいなムーブをかますことは俺が俺である以上止められないみたいだ。他人がやらないであろう事をやるちっぽけな優越感が俺を幸せにしてくれるんだ。……だから友達に「犯罪者みたい」なんて言われたのかもしれないが。

 

 

 妖精さんは考え込んでいる。頼むよ~有ったら絶対に役に立つから! なんて言っても考えたままだ。何故? 刀を持った艦娘が居るんだから刀は作れるだろう。だったら盾だって作れるんじゃないの?

 

「作れないことはない……ですが、ちゃんと他の妖精さん達と話し合わないと難しいかもしれません」

 

「何が何でも日本へ行かないといけない理由が出来たな」

 

「こんなことでやる気になるなんてよく分からないですぅ……」

 

「何言ってんだ! ロマンは大事なんだよぉーッ!」

 

 これだから妖精さんは……いや、コイツだけかもしれない。だいたい『艦これ』の二次創作では妖精さんがやりたい放題してたりするし、工作艦の明石とかと一緒に時空壊れるようなもの作ってたりするし……

 

 とにかく今は気分がいいから進む! 気分屋な俺は気分が良い内にやるだけやっておかないと後で面倒くさくなってやらないことは俺自身が一番知ってる。

 

「今どの辺に居る?」

 

「フィリピンの近くですぅ。このままのペースで四時間くらいで見えてくると思いますよ~」

 

「そいつぁあ良い! 飛ばしていくぜー!」

 

 20分後に気持ち悪くて吐いた。

 

 

 

 長距離移動するときには意識してちょっと速く移動するだけで随分と到着時間が変わっていたりするものだ。妖精さんから言われた四時間くらいよりも早い三時間でフィリピンに到着した。地図を見るとスラバヤよりも日本の方が近いんじゃないか? ってくらいの場所だ。まだ予想の40日の半分どころか四分の一くらいなんですけど……やっぱり俺の時間管理はガバガバだな!

 久しぶりに港に来たから屋根のあるところで休もうと思う。……随分と図太くなったな。それともどうせ金は無いからと開き直ってしまっただけかもしれない。

 

 どちらにせよ休まなければならないことには変わりない。既に到着から時間が経っているのでそろそろ妖精さんが何時ものように何処からともなく食べ物を入手してくる筈だ。

 二度あることは三度あると言うし、多分今回も碌でもないところから拾ってくるんだろうな。それで助かってるから文句は言えないけど心の中で文句を言うくらいは許されるだろ。

 

 今回は倉庫……ではなく廃墟だ。倉庫じゃないからまだ罪悪感が少ない上に倉庫と違って人が生活する為に建てたものだから生活用品も無くはない。

 因みに大きな問題が一つあった。台所のテーブルに突っ伏したまま動かない人が居たことだ。

 

 なんか外国人ってだけでは説明がつかないくらい肌の色がおかしかったし、妙に髪がパサパサだし、何より呼吸をしていないから十中八九死体だろう。やけに冷静なのはきっと現実だと認識できてなかったからじゃないかな? 触ったり、表情を見たり、わかりやすく血塗れだったり蛆が湧いてたりしてたら即発狂してたな間違いない。

 どうにかして処理したいけど触るのは嫌だ……というわけで埃っぽい毛布を被せて見えないようにした。

 そして手を合わせて信じてないけど神様にでも祈っておいた。……普段は神様なんて気にもしないのにこういう時だけ都合よく思い出すような俺の祈りが届くかどうか。天罰でも下るかもしれない。

 

 

 

 外は相変わらず酷い雨風で、廃墟は隙間風と雨漏りが目立つ。それでいて埃が積もっていてカビ臭い。ざっと見た感じでは家具があまりない。多分今の俺と同じように入り込んだ泥棒が目ぼしいものを持って行ったのだろう。

 

 二階に上がると部屋は三つあるようだとわかる。

 

「ゴミ部屋に、空き部屋に、寝室か」

 

 俺は寝室に入った。ボロボロで中身が飛び出たベッドがある。やはり埃が積もっているが払えば使えるだろう。汚いなんて贅沢は言ってられない。コンクリや石の上で寝るよりよっぽどいい。

 

 ……風呂は? シャワーは良いのかって? 馬鹿言うなよ、この体で水浴びしたことなんて一度もねぇよ。今日の雨でずぶ濡れになったのが水浴びなんだよ……

 興味本位でシャワー室に入ったら水が出てこなかった。

 

「風呂に入りたい……とびっきり熱いヤツに」

 

 だからだろう、日本人として当然の感想が出てくる。……もう一週間以上シャワーも浴びて無いし、飯は不味い。泥棒みたいなことして過ごしてたり一日中海を只移動してたり……こういったごく普通が出来ないってところから人間性って失われていくのだろう。

 

 なんて暗い思いをしながら部屋を見回す。……人影もないし良いだろう。

 セーラー服を脱いで椅子に掛ける。スカートも同様に掛けておく。インナーとスパッツは流石に脱がない。人目が無いからといってそこまでする度胸はチキンな俺にはない。

 鉄製のブーツを脱いでひっくり返したら結構な量の水が出てきた。……『艦これ』のキャラクターって靴の中に水って入らないのかな?

 

 下着同然でベッドに腰かける。傍から見たらかなりアレだろう。前世の俺がここに居たら「すいませんでした!」って言って部屋から逃げるだろうな。この体の持ち主が俺じゃなかったら通報されてお終いだったな。襲うだなんてとんでもない!

 

 

 しばらくの間、特にこれと言って考え事も無くボーっとしていたら妖精さんが戻って来た。今回はパンかぁ~腹持ち良くないから好きじゃなかったんだよね……今は前世程食べられないから評価を改める必要がありそうだ。

 

 

 

「なぁ妖精さん……いつもありがとうな」

 

「!?」

 

 実感は無いが死んでしまったが転生させられて艦娘として生きていること、偶々だろうがこんな境遇でもいろいろと助けてもらっている。そのことにお礼の言葉を掛けたら信じられない物を見たって感じの反応を返された。今まで何回かお礼は言ってるじゃん。なんで今回だけこんな反応なの? 流石に凹むんですけど……

 

 驚いている妖精さんを放っておいて横になる。カビ臭いが柔らかい布団に挟まった俺の意識は疲れからかスッっと落ちていった。

 




というわけで盾や投擲武器とかを持たせる予定です。オリジナル艤装は二次創作の特権。

日本までの距離はだいたい半分くらいですがこのままだとグダグダになるので巻きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日本へ

11話目です。

今回は主人公以外の艦娘が出てきます(長かった)
ルビ機能初めて使った……(当時)

一章は次話で終わる予定です。


「よろしくお願いします。……はありきたり過ぎて面白くないよな」

 

「そこはもう盛大にはっちゃけても良いと思いますぅ」

 

「それは悪目立ちするでしょ常識的に考えて……だからといって今日から家族(ファミリー)だ。なんて言っても頭おかしいって思われるし」

 

「新人なんてどこでも目立つんですから諦めてください」

 

「それはそうだけどさぁ」

 

 妖精さんと会話をしながら進む。内容は鎮守府に着いたらどういった挨拶をするかについてだ。しかしまともな考えが浮かばず、妖精さんの言葉に従うことは俺のクソみたいなプライドが許さない。

 なんだよ盛大にはっちゃけるって。人間は第一印象が大事なのにそんなふざけた事出来ると本気で思ってんのか? いくらなんでもそこまではしねーよ。

 

 

 

 軽い会話をする俺たちの前に駆逐イ級が2匹現れる。が、妖精さん曰くレベルの上がった俺の敵ではないらしく、艤装に引っ込む様子はない。

 確かに今まで結構な数のイ級は撃破してきたと思うし、イ級じゃないイロハ級? も倒して来た。だから今更イ級が2匹なんて苦戦はしない。楽勝とまではいかないけど初めて海に出た時みたいに常時綱渡りな状況にはならないだろう。

 

 レベルが上がって何が変わったかというとまずは火力が違う。魚雷1発で確殺出来るとまではいかないけど、イ級1匹に魚雷が4発も必要になることはない。……なんで火力が上がるのかはさっぱり分からない。

 妖精さん曰く「弾や火薬の質が上がってるから」だそうだが、なんで質が良くなるのかという質問には答えてくれなかった。この世には知って良い事と悪いことがある。

 この疑問はきっと後者だ。でも気になることは気になるけど教えてくれる人が居ないからどうしようもない。きっとそのうち何とも思わなくなるだろう。

 

 あとは速度(スピード)や防御力、航続能力(ねんぴ)がどうとか言っていたけど、速度(スピード)は主に瞬間速度、防御力は艤装の耐久力、航続能力はそのまんまだった。

 レベルが上がる原理も不明。レベルアップによって基本ステータスの底上げがされて強くなる。これだけ覚えておけば良さそうだった。単純でありがたい。

 

 

 そうやって考えてる内にイ級2匹も撃破出来た。遅くて火力の低い敵なんて引き撃ちするに限るんだよなぁ……なにせ此方はソロプレイ。陣形なんて無いんだから1人で好き勝手出来る。援護がないってデメリットはあるけどメリットも無いわけじゃないんだよね。

 

 

 

「そろそろ日本の領海に入りますぅ! ……長かったですねぇ、あと少しで日本の土を踏めますよぉ」

 

 突然衝撃の事実をお知らせしてくる妖精さん。

 

「は? マジ!?」

 

 あと5日はかかるかな~とか思ってただけに驚きを隠せない。

 でも確かにそうだ。レベルが上がって早くなったならその分早く着くよな。

 

 だったらイ級から肉を剥ぎ取ってる場合じゃないな。妖精さんが居るなら正確なナビゲートで鎮守府にゴールイン。日本の食べ物と風呂と布団が俺を待っている! ……その前に色々あるんだろうけど、こんなことを真っ先に考える程度にはちゃんとした生活をしたい。切実に。

 道中あれほど長い長い言っていたのにいざゴールが見えると案外そうでもなかったと思うのはどうしてだ? いや、やっぱり長かったわ。

 

 やる気が出てきた。今日は快晴。風は少なく日本にゴールインするにはいい天気だ。あと少しだから気を抜かずに行こうと妖精さんと顔を見合わせる。グッと力を込めて一気に行こう。

 

さぁ、いざ日本へ!」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『行かせは……しない、よ……っ!』

 

 肩を掴まれた。

 

 

 

 

 

▼―――――――――――――――

 

「敵が居ねーことは良い事なんだろうけどよ、流石に何も無さすぎるのはどうかと思うぜ。体が鈍っちまうよ」

 

「ぷっぷぅ~! 天龍は鈍るのが嫌ぴょん!? だったらみんなで天龍を追い掛け回すぴょん! 天龍は捕まったらみんなに甘味を奢るぴょん!」

 

「そうだそうだ~! ボクたちから逃げられると思わないことだね!」

 

 ……これは放っておいてはいけないだろう。確かに天龍の言う通りただ進むだけでは暇だが、それは遊んでいい理由にはならない。ましてや今は遠征任務の最中だ。

 卯月の明るい性格には助けられたことは多いが、こうやってふざけ始めるのも早いのは直して欲しいと思う。

 

「駄目だぞ卯月。油断しきっていては突然の対応が出来ない。他の人にも迷わ「あら~良いんじゃない? ね、天龍ちゃん♪」……」

 

「おっ、おい龍田!」

 

「あの、そこまでしてもらわなくてもいい……です。」

 

 龍田、あなたもか。

 いや、龍田はきっと慌てる天龍を見たいだけだろう。それにしても弥生の反応が割と一般的だと私は思うんだが。全くこの姉たちは……。

 

 わいわいと楽し気に会話ができるなら皆もまだ余力はある筈だ。帰るまでが遠征だ。最後まで気を抜くわけにもいかない。が、このままただ進んでいても気が滅入るだけだろう。やはりこれくらいは目を瞑るべきだろう。

 

 

 

 ―――ドォン……

 

 

「そりゃあ無いぜ龍田~……今、砲弾の音がしたな」

 

「ぷぅ~……そうなの?」

 

「確かに音はしたわよ? その耳は飾りかしら~?」

 

「「ヒエッ…」」

 

「卯月、皐月……龍田さん、あまり苛めないであげてください。」

 

 確かに音は聞こえた。そして今も最初のよりは小さいがまだ聞こえている。つまり遠くで誰かが交戦している。

 おかしい。遠征は一般的に深海棲艦と交戦することを前提で考えられていない。燃費が良く、深海棲艦との交戦を避けられるような艦種が主に行う任務で、資材の収集や敵艦隊の情報収集などを行っている。

 だから基本的に砲を撃つなんてことはなく、敵に会ったらはぐれないようにしつつ全速力で撒くのが普通だと教わっている。実際に私も遠征で砲を使ったことは一度もない。

 

「あっちの方向だ。天龍、どうする?」

 

 私としては何が起きているか凄く気になるが、仕事の途中で寄り道をするのも気が引ける。龍田ではなく天龍に振ったのは、旗艦というのもあるが彼女ならきっと……

 

「どうするって……行くに決まってんだろ! 行くぞお前ら!」

 

 ……消化不良で暴れたがっていたから絶対に行くと信じていたから。そして、半ば無理やり引っ張っていきそうだったから。

 

▲―――――――――――――――

 

 

 

 日本を目前にラストスパートをかけようとしたら肩に手を置かれてスタートさせてもらえなかった。

 振り返るとそこには無表情な女の子……艦娘じゃない。けど知ってる顔だ。

 

 駆逐棲姫じゃん……。

 

 何? 駆逐イ級とかの後にいきなりこれ?「こんにちは。死ねッ!」って感じ?

 

 そんな感じで固まってたら肩に置いた手の反対側の腕で殴りかかってきた。

 

「ガハッ!?」

 

 尋常ではない衝撃と痛み。体感的に間違いなく数メートルは吹き飛ばされた。立ち上がろうとしてすぐに直感に従い屈む。すると頭の辺でチリッって音がした。モタモタしてたらヘッドショットされてた。おっかねぇ……

 

 

駆逐棲姫。『艦これ』の割と初期の頃のイベントボスを務めた経験のある由緒ある強キャラで、見た目も可愛く敵キャラながらかなりの人気があった筈だ。勿論イ級など雑魚の駆逐艦とは一線を画す性能をしている。

 

 そんなのが目の前に居る。ただのパンチですらかなりのダメージを受けたんだ。砲なんて当たったら蒸発するんじゃないの? ……涙出てきた。だけどこれが首の骨が折れたと錯覚するレベルの痛みからなのか、悲しい現実を見たからなのかは分かんない。多分両方。

 

 最初に浮かんできたのは諦めからくる開き直り、それ故の心の余裕だった。「負けイベ的なヤツでしょ? お疲れっした~」って感じのやつ。

 実際どう頑張っても俺じゃ倒せないだろ。傷をつけられるかも怪しい。

 

 でも砲を躱されたからか「?」って感じの表情をしていて撃ってこなかった。

 これは……舐められてる?

 

「絶対にタダでは勝たせねぇ」

 

 だったら足掻いてやろう。……さっきまで諦めてたヤツ? 誰だねそれは。俺じゃないぞ。あれはきっと別人格さ。

 

「今のうちです! 逃げますよ!」

 

 

 

 おっと妖精さん! 出てきても大丈夫なの? でも逃げるっていうのは大賛成だね。勝てるとは思えないし、というわけで逃げる。じゃあな駆逐棲姫よ。またそのうち会おうや。

 

「あばよ~駆逐棲姫の嬢ちゃん!」

 

『待っ……』

 

 

 

 振り返ってから全力で移動する。咄嗟のことで今どっちに向かってるか分からねぇ!

 

「ハァッ、ハァッ……追いかけてくんなよクソが!」

 

ドォン!―――

 

「げっ!」

 

 畜生撃って来やがった! 俺ごときにこんなことしてないで大人しく深海に引っ込んでてくれよ。でも音は遠かったからワンチャン逃げられるか?

 すぐ斜め後ろに水柱が上がる。とんでもない精度に驚き後ろを振り返る。見なきゃよかったと後悔した。

 

 駆逐棲姫が凄い速さで追いかけてきている。すぐに追いつかれそうだ。

 ──逃げられない。

 

「クソッ! どうすりゃ良いんだよ!」

 

 マズいなんてモンじゃない。攻撃力、防御力に機動力、継戦能力もだろうな。これら全てが上回る相手に準備の時間もなく戦いを強いられるなんて死刑宣告と変わらない。この駆逐棲姫は俺に何か恨みでもあんのかよ……

 

『沈んで……』

 

 いつの間に隣に!? しかも砲向けてきた。

 

「そぉい!」

 

 急に減速する。目の前を砲弾が通過していくのが弾に反射した太陽光の残光で認識できた。……この世界には中破とかの概念はあるのか? あんな砲弾、当たったら大破を通り越して即死するわ。俺なら掠ってもショック死するね。

 やはりこの世界に神などいない。

 

「これはマズイですねぇ……私が支援しますぅ」

 

 そんな感じで諦めムードになってたら妖精さんから救いの言葉が出てきた。

 やっぱり救いの手は存在していた。

 




艦娘たちの個性がきちんと表現できていればいいなと思います。

因みに
天龍 龍田 弥生 卯月 皐月 長月 です。

長月は名前出てないけど分かる人居たかな……
これは○○じゃない! ってときは【キャラ崩壊】のタグがあるでしょう?許してください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

座礁

12話です。

誤字脱字報告ありがとうございます。
「ここおかしいぞ」って時にはガンガン送ってください。

一章「漂流船」の終わり。


 妖精さんからの支援とは一体なんだろう? 前に聞いた話だと深海棲艦に与えるダメージが上がるなどといった艤装の効果上昇が主な内容だった筈だ。

 でも妖精さんは支援するって言ってるし……あっそうか。

 

「今から更に強くなる……ってこと?」

 

「大体合ってますぅ。今よりも強くなれますよぉ」

 

 それは良い事を聞いた。つまりアレだな、妖精さんの更なる支援という名のバフだな。

 だからイロハ級との戦闘ではやらなかったのね。強敵との戦いでそういうのに目覚めてこそ熱くなるからな。絶対にこの妖精さんはロボットアニメ好きだろ。

 

「具体的な効果は?」

 

 俺としては何処かの吸血鬼みたいに時を止める……までは行かなくても、相手の砲弾の軌道がわかるとか資材を一切消費しないとかが良いなぁ。

 

 魚雷で大きな水柱を上げて陰に隠れて横に跳ねる。駆逐棲姫の方から発砲音がしたけど衝撃がないから回避に成功したんだろう、妖精さんからの答えが返ってくる。

 

「私が、深海棲艦の攻撃によるダメージを軽減しますぅ」

 

「ちょっと地味!」

 

 でも実際にこういった砲弾の飛び交う戦場ではかなり嬉しい効果ではある。ゲームとかでも攻撃力が高くても紙装甲のキャラに長期戦はさせちゃいけないって俺も良く知ってる。毎ターン体力を回復させる手段がない『艦これ』に於いて、受けるダメージの軽減は全提督の垂涎物だろう。

 

「確かに多少は軽減出来ますけどあまり過信しないでくださいよ? 妖精にだって限界はあるんですから多く被弾するとダメージを受け流せなくなりますぅ」

 

「するとどうなる? 妖精さんは死ぬのか?」

 

「よっぽどダメージが多くない限りは死にはしませんよぉ。ただ、ダメージが増えると小破、中破、大破状態になってそこまでが私達の限界ですぅ。そこから先は貴女自身がその身と命を削っての戦いになりますぅ。その状態でも被弾が続くと轟沈……艤装が効果を失って、貴女は服と鉄の塊を背負って水中に行く事になりますぅ」

 

 言い方は悪いけど魚の餌か海の藻屑のどちらかですぅ。なんて言う妖精さんが非常に恐ろしい。

 今までの戦闘はなんだったのか。遊びじゃないって言われた気がするんだけど……妖精さんも痛いのが嫌なのか?

 

「ギリギリまで言わないつもりだった?」

 

 駆逐棲姫を中心として円を描くように動いて攻撃を避ける。相変わらず攻撃を外す度に「?」って顔をしている。俺の方を向いても不思議そうな顔をしている、俺の顔に何か?

 

「ち、違いますよ! 妖精の支援を受けた艦娘は敵に察知されやすくなりますぅ。長距離を気付かれずに移動するっていうのと、貴女の練習になればと思って……」

 

 なるほどね、だからあれだけ移動したのに思ってたよりは深海棲艦に遭遇しなかったのか。深海棲艦には妖精さん特攻のレーダーが搭載されているということか。だから駆逐棲姫も不思議そうな顔をしてたんだな。

 でも俺の練習っていうのはちょっと分からない。確かにピンチは人を育てるって言われてるけどそれで死んだら全部パァじゃん。俺を選んでこうやって移動し始めた以上引き返せないって分かってただろうに……もうちょっと慎重になるべきだったんじゃない?

 

『そこ……沈んで!』

 

 不思議そうな顔から一転、駆逐棲姫が獲物を見つけたようなお預けされてた玩具を与えられたような嬉しそうな顔を向けて砲を撃ってきた。

 

「おっと! ……あ? やだ怖い……」

 

 あの顔はアレだ。アニメとかに居るトリガーハッピー枠がするヤベー顔だ。マジ怖い。笑顔とは本来――ってヤツだ。

 っていうか明らかに妖精さん支援始めたよね? せめて始まるって一言欲しかったなぁ! いきなり体がフワってなるもんだから被弾しちゃったじゃん。

 

「確かにあんまり痛くない」

 

 そう、痛くない。

 精々雪玉に当たったくらいの痛みと衝撃。小さいとはいえ砲弾が当たったとは到底思えない。当たった所からも血は出てないし服すら破れてない。何故『艦これ』の艦娘が被弾しても痛みで気絶したりしないのかといった謎が解けた。ゲームだから(大人の事情)というのもあるだろうけどこういうことだったのか!

 

(油断大敵ですぅ! 貴女は良くてもこっちは大変ですぅ!)

 

「ごめん。……さぁこれからどうしましょうかね」

 

 防御力が上がったところで駆逐棲姫には勝てるとは思えない。体力が限界を迎えるまでの時間が伸びたくらいじゃなかろうか。でも妖精さんだって頑張ってるんだし、俺も頑張らないとな!

 

 

 

 

 

「駄目かぁ……」

 

 しばらく撃ち合ったけど攻撃はまるで通用せず、煩わしそうに腕を振るわれるばかり。一方で俺はというと、艤装も服もボロボロで手に持っていたの砲も曲がって使えなくなった。

 

 ハッキリ言って心が折れた。圧倒的な戦力差は妖精さんの支援があっても覆らなかった。妖精さんの声もさっきから聞こえてこないから限界なんだろう。

 

「妖精さん……ごめんよ、日本の地に辿り着かなかったよ……」

 

(さっきから逃げてるばっかりでしたけど、日本の海に辿り着いただけでも十分です。こちらこそありがとうですぅ)

 

 いつの間にか日本の領海に入ってたらしい。

 行かせはしない? 日本に行かせちゃったねと、恨みと嘲りを込めて駆逐棲姫を見る。

 

 首を捻ると避けられる程度に狙いが定まっていない砲弾を避ける。

 

 やはり舐められている。

 そう思うってもどうにかする手段はなく、俺がまともに砲も撃てなくなった辺りからわざと外してるとしか思えないような避けやすい弾を撃ってくる駆逐棲姫。

 

 キレそう。いや、もうキレたね。

 俺は、俺は……ッ!

 

 

 舐められるのが大っ嫌いなんだよ!

 

 窮鼠猫を噛む、鼬の最後っ屁、火事場の馬鹿力、何でもいいから駆逐棲姫に一矢報いる。この俺、スチュワートは簡単にはくたばらんぞ……

 

「ぁぁああああああッ!!」

 

 気合いの入った叫び声を上げて駆逐棲姫に突進する。近づいていく無表情にはどこか侮りの色が見える。タダでは転ばん! 道ずれにしてやる!

 

 駆逐棲姫に体当たりし素早く後ろに回って組みつく。何をされるか分かった様で振りほどこうと藻掻く駆逐棲姫だが、海上にプロレス技なんてあるまい!

 

「やめろぉおおおおっ!」

 

 五月蠅いぞ! 残りの魚雷、全部くれてやるぜ!

 丸ごと自爆してやるぜぇーーっ!

 俺のキルマークは誰にも渡さねぇ!

 

 

 

 最後に感じたものは今までで一番大きな音と衝撃。閉じた瞼を紅く染める太陽の光、そして大きな悔しさと小さな達成感だった。

 

(本当にごめんなさい。そしてありがとうございます)

 

 そして妖精さんの言葉。

 

「良いよ良いよ。俺も楽しかったし」

 

 そう言おうとしたけど口からはゴポリという最後に聴きたくない生々しい音しか出なかった。

 

 

 

▼―――――――――――――――

 

 前方で見知らぬ(ふね)が深海棲艦と戦っている。……単騎で深海棲艦に挑むなんて余程のバカか命知らずだけだろう。

 私がそう呆れながら目の前のそれを認識したときには相手の深海棲艦、駆逐棲姫に雄叫びを上げて突っ込み始めていた。

 

「なっ!?」

 

 何をするか天龍達も分かっているのだろう、同じように驚きの声を上げている。

 あの艦は……自爆する気だ。あまりにも自分を省みない凶行に顔が歪む。

 

「おいっ! やめろぉおおおおっ!

 

 天龍の怒号も空しく、大きな爆発が起こった。

 

 

 

 爆発による水飛沫が治まった頃には私たちは爆発地点の近くまで来ていた。そこに居たのは

 

『うぅ、痛い……』

 

「…………」

 

 傷だらけの駆逐棲姫と、満身創痍で今にも沈んでしまいそうな艦が居た。

 

「血が……。」

 

「龍田ぁ! 弥生と一緒にあの艦を保護しろぉ!」

 

「わかったわ~。さ、行くわよ弥生ちゃん」

 

「は、はい……。」

 

 あの艦の保護に龍田と弥生が行ったなら大丈夫だろう。あとは私たちが駆逐棲姫にしっかりと止めを刺せば大丈夫だろう。

 

「他の艦は駆逐棲姫(コイツ)の撃破! ビビってんじゃねぇぞぉ!」

 

 私たちが返事を返してないのに一人で攻撃を開始した。こういったときの天龍の勇ましさは本当に素晴らしいな。

 

「二人も私に続け! 遅れるなよ!」

 

「言われなくても!」

「ぴょんっ!」

 

 四人から放たれた大量の砲弾と魚雷は、もともと傷だらけだった駆逐棲姫に反撃も撤退も許さずただひたすらダメージを与え続け――

 

 

 

まだ……まだ、先に……』

 

 無事に倒すことが出来た。

 一息ついて周りを見渡すと離れたところに弥生と龍田が居た。……あの艦は大丈夫なのだろうか? ここから鎮守府まで半日以上掛かるが……

 

「天龍ちゃんお上手~。この子はまだ大丈夫そうよ~。……でも鎮守府まで間に合うかというとちょ~っと不安かも~」

 

「じゃあコイツは貰っていくぜ。反論は受け付けねぇぞ」

 

「その子を担いで何処へ行くつもり~?」

 

「ハプニングはあったが遠征は完了してる。帰投するぜ」

 

 龍田が言うには間に合うかはギリギリらしい。だからと言って見捨てる訳もないし天龍にも反論は無い。

 

「それと、コイツの艤装は皆で手分けして運んでくれ。頼むっ!」

 

「もぅ~~。天龍ちゃんに頼まれたなら仕方ないわね~♪」

 

 ……反論は無かったんだが、流石にこの鉄の塊は私たち睦月型には辛い。

 一言物申したかったが、天龍に担がれた艦の容態も気になるから我慢した。

 

 こうして、私たちの遠征任務はいつもより速いペースで引き上げられ、鎮守府に戻ることになった。

 




駆逐棲姫かわいいよね……

 次章「鎮守府」

 引き続きよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章 ~幕間~

13話 初幕間です。

二本立てとなっております。


・謎の艦娘

▼――――――――――

 

『――って名前は知っているけど……そんな艦娘は見たことが無い。偽名でも使われていたんじゃないか? 軍事機密だからって理由でさ』

 

「いいや、そんなことは無い。そんなことを言うヤツは「軍事機密みたいですけど暴いてみますか?」なんて言ったりはしない。しかも身内に提督が居るって言う人にだ。

 それに英語もとっても流暢だった。あのレベルはアメリカで生まれたか長年住んでない限りは無理だろう。

 事実私も気になったから君に電話しているじゃないか、それで君はそんな艦娘は見たことが無いって言ってる。だったら、彼女の言うことは本当だという事じゃないかね?」

 

『だから、ウチの鎮守府に居る妖精は「今はこれで精一杯です。新しい艦が発見されたら……」みたいなことを言っていた。世界の誰よりも艦娘に詳しい妖精、それもアメリカの妖精か知らないって言ってんだから存在しないんだよそんな艦娘は!……確かに資料にはスチュワートって名前はあるけどさ』

 

 私はあの後――スチュワートと名乗った艦娘が出ていった後に甥に電話を掛けた。

 「今日、スチュワートと名乗るアメリカの艦娘に出会ったんだ」と。

 

 

 

 会社の有給をふんだんに使って旅行をして、いつものように夜中まで映画を見ていて寝坊した。その日目が覚めたら裏口の方から物音が聞こえた。普段は猫も通らないであろうというほど細く、薄暗い路地なのに珍しいなんて思いながらドアを開けて外を見渡すと人影が見えた。

 

「おぉ!? そんなところで何をしている?」

 

 そう、声を掛けたことが始まりだった――

 

 

 

 ちょっとジョークのセンスが無いのが残念だったが根は素直で善良、心配性なだけかもしれないが……人の物を盗っておいて返しに来る人はいない。「盗めるから。そんなところに置いておく方が悪い。だから自分は悪くない」なんて考えをしている人は沢山いるが良心に従い返しに来る人はその中の何パーセントだろうか。

 また、非常に行儀がよく「お邪魔します」や「頂きます」などの言葉を口に出し、座る際にも服装に気を付けたりすぐに頭を下げるその様はまるでジャニーズのようだった。

 

「そうなんですよ! 車並みのスピードが出るのは最高です、風を感じることが出来てとっても爽快なんですよ。ただ距離が長過ぎるのが難点ですね、アメリカ横断を一往復半と同じような距離ですよ? 映画の登場人物だって飛行機とか使うでしょうに……やれやれだぜ」

 

 なんて言って大袈裟に嘆いて見せた彼女は無事に日本に辿り着けるだろうか? クッキーを持ち上げて彼女のコーヒーに入れるお茶目な妖精が付いてるようだからきっと楽しく移動してることだろう。

 

 そう思い受話器の向こうにいる甥に言葉を掛ける。

 

「そのうちでいい。半年後でも来年でもいいから日本からの出向依頼にスチュワート……彼女を呼んでみたらどうだい? もし来てくれるようなら君は艦娘の不思議を一つ知ることが出来るし、私もまた彼女に会いたいからね」

 

『叔父さんは本当に気に入ったんだね彼女の事。恋でもしたの? おばさんに怒られるよ? ……まぁ、思い出したら呼んでみるよ。その時は電話する』

 

「あぁ。楽しみにしているよ」

 

 そう言って電話を切る。

 普段は言うことを聴くのに時折変なことをして「マズい事でもした?」とでも言いたげに不安そうな目を向けてくる昔飼っていた犬を思い出し

 

「似ているな。彼女は」

 

 そう思った。

 

 

 

▲――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・工廠の慌ただしい夜

▼――――――――――

 

「じゃあ交代よろしくね夕張。それに妖精さんも」

 

 夜に工廠に向かうと明石からそう言われた。

 今日の日中も特に大きなトラブルも無かったみたいで、いつものように手と服の一部を修理や整備で汚しちゃったのかな? 苦い顔をしながら手を洗っている明石を見て目線を横に逸らす。

 すると先ほどから常に鉄臭い工廠の中にいつもよりも香ばしく、鼻を擽る香りを振りまいている人物が視界に入る。

 ……今日の昼番は金剛さんかぁ。退屈はしないんだけど工廠の中でお茶し始めると妖精さんの手が止まるからあんまりして欲しくないんだよねぇ。

 

 となるときっと今日の夜番も金剛型の誰かなんだろう。まだ来ていないみたいだけど……

 

「Hey、霧島ぁー! 遅いデース! 引継ぎの時間はまだあるからこっちでアフターディナーティー(after dinner tea)をするヨー!」

 

「はいっ。お姉様!」

 

 いつの間に来ていたんだろう? 今日の夜番は霧島さんだった。

 私の横を通り過ぎる時に「今日もよろしくね」って言ってくれたりする細かい気遣いもさることながら、流石は艦隊の頭脳と呼ばれるだけあって艤装の修理も他の戦艦の人よりも手際よくやってくれる。

 

 言い方は悪いけれど戦艦の皆さんの中では当たりだと思っている。因みにハズレは扶桑型と伊勢型の計四人。

 工廠内が暗い雰囲気になったり瑞雲にベッタリで作業してくれなかったり……作戦の時にはしっかりと成果を挙げてくれるんだけどね。やっぱり全てにおいて万能な人なんて居ないんだなぁっと思う。

 

 

 

「それじゃあドッグや建造デッキに不備が無いかチェックしてくるわね。何かあったらそこに居るから呼んで頂戴」

 

「わかりました霧島さん。チェックよろしくお願いします」

 

 そう言って離れていった霧島さんの背中を見送る。

 ……いつからだったか、工廠内に明石と私以外の艦娘、それも戦艦や重巡が来るようになったのは。提督の計らいだって明石が年末に騒いでいたような気がする。

 妖精さん達が居ると言っても姿が見えるだけで、会話の相手も無くずっと工廠に篭りきりで作業をする。そんな環境が改善されたと知って明石と一緒に提督にお礼を言いに行ったのは記憶に残っている。

 

「工廠に戦艦や重巡が居ると有事にも対応しやすくなる。それに、独りぼっちは寂しいからね」

 

 その時の言葉に私は感動した。きっと明石もそうだろう。工廠に戦艦や重巡が居ると有事の時に対応しやすいっていうのは事実。

 知らせが来てから寮から出るのとでは抜錨までの時間は違う。その数分で状況が変わることは想像に難くない。

 

 だけど、大規模な作戦や深海棲艦の侵攻があるわけでもない時の有事なんてほとんど経験したことがない。つまり工廠内にちょっととは言え戦力を割いたのは私と明石の為に他ならない。

 そう思うと毎回心が温かくなってくる。

 

 作業の手を止めて顔を上げる。視線の先では戻って来た霧島さんが誰の寮からだろうか? テレビを持ってきていてガンガン叩いている。――アレはマズイ。

 

「きっ、霧島さん! そんなに叩いたら逆に壊れちゃいます!」

 

「あら、そうなの? ……ごめんなさい、電気には弱くて……」

 

 そう言う霧島さんはテレビを隅の方に置きにいった。こういうことがあるから以前よりもどこか楽しく作業をすることが出来る。効率こそが全てじゃないってことを提督は教えてくれた。

 

 

 

 ――深夜アニメの録画予約してたっけ?

 

 大体のチェックが終わって手持ち無沙汰になって、そう考え始めた頃。工廠に誰かが駆け込んできた。

 

「こんな時間に珍しいね~……ってどうしたの!?」

 

「夕張さん! ……哨戒任務中に遠征隊から連絡がありました。「重症者が一人居るそうなので修復剤の用意をお願いします」だそうです。矢矧さんはあと三十分で着くって言っていました」

 

 重傷者だなんて一体何があったの!? 明石に連絡を飛ばす。

 

『――――はい、明石です……なにかありましたか?』

 

 連絡に出るまでの時間と話すペースが遅い。やっぱり寝てた。申し訳ないと思いつつ有事だから許してほしいとも思う。

 

「重症の患者が居るみたいだから修復剤使うけど良い?」

 

『ん~? え゛、 ちょっと何、重症者!? ちょっと待ってて! そっち行くから!』

 

 すぐに切れてしまった。隣に居た霧島さんはやって来た艦娘……風雲ちゃんから詳しい話を聴いていたみたいで、一緒に出ていってしまった。足元に妖精さんが集まっていたので屈んで説明する。

 

「重症の艦娘が運ばれてくるみたいだからベッドの準備しておいてくれない?」

 

 すると蜘蛛の子を散らすように動き始めた。今まで点検していた艤装が見る間に組みあがっては仕舞われていく。ベッドの方向にも何人か向かっていったので到着する頃には使えるようになっているんじゃないかな。

 ……それにしても妖精さんは私たち艦娘の声を理解しているのか。逆に妖精さんの声が聞こえるのは提督だけ……不思議よね~と思っていたら明石が入って来た。

 

 早い。と思ったが髪はボサボサなままだ。……相当急いで来たんだね。

 

「こんな夜更けにごめんね明石」

 

「本当よ……こんな夜更けにやってられないわ。でもっ! やるならやるで全力で修理、治療しなきゃね! それで、修復剤だっけ?」

 

「そうそう。誰よ遠征で重症なんて負ったのは……」

 

 そんな会話をした後に、全く見覚えのない艦娘が運び込まれた。

 

 

 

 この瞬間から私と明石の本当に忙しい一週間が始まる。

 

▲――――――――――

 




オリジナル設定とご都合主義が沢山出てきましたね……

「このキャラおかしくなぁい?」って思うのは愛が足りないから?

設定とかいろいろ考えてたりするんですが
何処かで漏らしたほうが良いんですかね?

次こそ2章です。よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鎮守府
目覚め


14話です。

二章が始まりました。
ほのぼの、日常会を計画してます。

引き続きよろしくお願いします。


――ここは何処だ?

 

 俺は歩いていた。前後左右も足元も空も全部真っ白な世界だった。足音も風も感じない。

 

「貴女は──」

 

 後ろの方から声が聞こえた。振り返って走り出す。

 

 一体どれほど走っただろうか。十秒か? それとも二十分以上だろうか。

 すると前方に黒い点が見えてきたので思わず足が止まる。全てが真っ白なこの世界に於いて自分以外の「色」はかなり浮いていた。

 

「貴女は、こっちに来ちゃ駄目ですぅ」

 

 そんな最近までずっと聞いていたような、ずっと聞きたかったような間延びした声を聞いたから、止まっていた足を再び動かし始める。

 点は少しずつ大きくなり、掌大のになったときには足元にあった。

 

「……なんで来ちゃうんですかぁ? 最後の時といい頭大丈夫ですぅ?」

 

「随分辛辣じゃない? それはそうと来るなと言われるほど行きたくなるのは人の性だから諦めて。それと俺の頭はこれでデフォルトだから安心しろ。追加パッチも空き容量もないから改善はしないぞ諦めてくれ」

 

 文句を言う妖精さんを拾い上げてそう返す。随分と懐かしく感じるのはなんでだろう。

 

「で、ここどこ?」

 

「死後の世界ですぅ」

 

 ふーんと返事を返す。実感も何も無いから感想も出てこない。精々「実在したのか」くらいだ。

 それにしても……薄々と気付いていたが死後の世界、あの世ねぇ。まぁ駆逐棲姫に自爆特攻したんだから自分も魚雷の大爆発に巻き込まれたんだろうなぁ。

 

「今頃は粉微塵(ミンチ)になって魚の餌かなぁ?」

 

 魚に突かれて痛みと共に体の表面から少しづつ削られて無くなっていく感覚を味わわずに済んだと喜ぶべきか、溺死する苦しみを味わわずに済んだと喜ぶべきか、妖精さんから貰ったこの体を粗末にしたことを謝罪するべきか、そういえば駆逐棲姫には一矢報いることは出来たかなんて心配するべきか。

 

「まぁいいか、過ぎた事だし」

 

「あっさりし過ぎじゃないですかぁ?」

 

「お互い様じゃない? 妖精さんは俺に対して「もっと逃げに専念していたらもしかしたら助かったかもしれない~」とか怒鳴る権利があると思うんだけど?」

 

 そう言うと妖精さんは鼻で笑った。

 

「あまり自惚れないでください。駆逐棲姫と言ったらかなりの強敵ですぅ。それを艦娘歴の浅い雑魚(よわよわ)駆逐艦娘の貴女がどうこう出来るなんてハナから思ってないですぅ」

 

「ッ! この──」

 

 続く言葉は頭を叩かれたことで中断された。反射的にそれを手に取るとハリセンだった。しかもみるみるうちに小さなクリアファイルに挟まれた紙に変化した。どうなってんだ。

 

「それを持って後ろの橋を渡ってください。……絶対に中を覗かないでくださいよ?」

 

 だからそんなこと言われると余計に見たくなるんだって……。あと今のやり取りも懐かしいな。鶴の恩返しじゃ無いんだよ。

 

 振り返ると、先程まで白かった世界に明るい紅に塗られた橋が架かっていた。色褪せたら良い感じに渋くなりそうな橋だけど今は非常に目に優しくない色をしている。

 

「これはどこに繋がってるの?」

 

 妖精さんの言葉と直感、前世で身に付けた知識から考えてあの先は現世だろう。だけど確信が欲しいから妖精さんに訊いたが手の上には妖精さんは居なかった。

 

 ――どこからともなく声が聞こえる。

 

(私は別に貴女を恨んだりはしてませんよ。日本の海で散れただけ全然良かったですぅ)

 

「……あぁそうかい。俺はアンタの頼みごとを最低ラインまでしかこなせなかったって訳ね。じゃあ妖精さん。またいつか会おうな! 俺は忘れねぇからよ!」

 

(その時は貴女が死んだときなので「二度と会わねぇ!」くらいは言って欲しかったですぅ)

 

 そんなもんなのか。振り返って端に向かって歩き出し、一歩足が掛かったところで大声を出す。

 

「あーあー! 最後まで締まらねぇなぁ! 俺らしいけどよぉ! じゃあな!」

 

 橋を渡る途中、そして渡り終わって辺りの白が黒に変わるまで、妖精さんからの返事は無かった。

 

「なんだよもう……」

 

 

 

▼―――――――――――――――

 

 

 あれから一週間、謎の艦娘――彼女が工廠の医務室に運び込まれてから私たちは付きっきりだ。

 運び込まれた直後に修復剤をぶっかけたり、体を洗おうとして風呂に連れて行ったら耐性の無い駆逐艦の子が気分悪くしたり、静かに首を横に振る妖精さんを叱ったり……

 

「これで目を開けなかったら恨むわよ…はぁ~疲れた~」

 

「修理できない艦はありませんって言えなくなっちゃうもんね……。でも、昨日は咳してたし一応回復はしてるんだよ? だから自信持ちなよ明石」

 

 でも~……なんて言ってすっかり自信もやる気も気力も失くして机に突っ伏す明石を見る。

 艤装は妖精さんが全員首を横に振ったから仕方がないにしても轟沈寸前、沈んでないのが不思議な状態で運び込まれた彼女は本当に酷いものだった。

 むしろよくここまで回復したとすら思える。これが妖精さん、艦娘の力なのかと自分たちの事なのに不気味に思えてしまうほどに。

 もはやガラクタ同然の艤装を見る限り戦艦や空母、潜水艦ではない。かなりコンパクトなので恐らく駆逐艦だろう。聞いた話だと彼女は単艦で駆逐棲姫と交戦していたらしい。そのときは驚きと呆れで言葉が出なかった。

 いろいろと訊きたいことが多すぎるけど、目が覚めるまではどうしようもない。

 

 ベッドで眠る彼女を見ると呼吸もしっかりしているしここ最近の体温も高い。あとは明石の言う通りちゃんと起きて「問題ない」って言ってくれれば良いんだけど……

 

「さっさと起きなさいよ。本当にそろそろ動かないと「処置無し」って判断されちゃうわよ。解体されたくないなら早く起きなさいよ……」

 

 そう言った私は日々の疲れからかゆっくりと瞼が降りて行くのを止められなかった。

 

 

▲―――――――――――――――

 

 

「ん……」

 

 目が覚めた。身動ぎすると何か柔らかいものに包まれている感触がある。これは……布団か? 布団……布団(オフトゥン)!?

 張り付いたように固くなっていた瞼を開ける。倉庫、コンテナ、廃墟、空、そのどれでもないような天井が目に入る。病院みたいにとてもきれいな天井だ。

 掛け布団には妖精さんが数人乗っていた。敷き布団ではなくベッドだったか。

 妖精さんが居るとなるとここは……鎮守府? いやいやまさかそんなと思って周りを見ると見たことがある人が二人居た。……あれは明石と……誰だっけ?

 

「え? ホントに? マジで鎮守府なのここ?」

 

「おぉ! 様子を見に来てみれば。気が付いたのかね?」

 

 誰だこのオジ様!?

 死角から話しかけてきたのは白い服を着て柔和そうな顔をしている人だった。

 これは誰だか知らないけど知ってる。『艦これ』に於いて立ち絵もボイスも一切ないが最も重要な役割……提督じゃん。

 俺がここに居て助かったのはきっとこの提督のお陰だろう。お礼を言っておかねば……

 

「こっ、この度は助けてくださいまとこっ……誠に有難うございました!」

 

 噛んだ……所詮俺のコミュ力なんてこんなもんだよ。

 

「ハッハッハ、元気になって何よりだ。今はまだ万全ではないだろう。ここに居る彼女、明石と夕張の言うことを聞いて安静にしていなさい。後日、君から話を聴けることを楽しみにしているよ」

 

 そう言って二人を指す提督。あぁそうだ、夕張だ夕張。……って違う!

 

「あの……」

 

「おっと忘れていたよ。私はここ、佐世保鎮守府で提督をやらせてもらっている田代という。気軽に提督と呼んでくれ。……それで、君のことは何て呼べば良いかな?」

 

 なるほど、田代さん。いや提督さんね……ってヤバイヤバイ。

 俺も名乗らねば……頭の中空っぽ! どうすりゃいいんだよ。

 

「ク、クレムソン級駆逐艦、スチュワートです…? え~っと……ありがとうございました……ハイ」

 

 やっぱり今回も駄目だったよ。見ての通り、苦笑いすら貰えない残念な自己紹介だろう?

 

「あーっ! 起きてるっ! って提督ぅ!? お、お茶でもしていきますか?」

 

「遠慮しておくよ。彼女の様子を見に来ただけだからね、仕事がまだ残っているんだ。お茶はまた時間があるときに付き合おう。それに君たちも疲れているだろう? 彼女も目を覚ましたみたいだからゆっくり休んでくれ。それと、後日彼女を連れて執務室まで来てくれ。時間は大淀に伝えるといい。空けておこう」

 

「分かりました!」

 

 近くでうたた寝していた夕張が飛び起きて騒ぎ出す。分かりましたなんて言ってたけど提督さんが出て行ったときに残念そうな顔をしてたから多分提督と一緒に居たかったんだろう。

 慕われてるじゃん。ま、言葉からして優しい人って分かるんだけどさ。

 

 グルリ! と効果音が付きそうな速さで夕張がこちらに顔を向けた。怖……あと目がヤバい。獲物を狩る目をしている。

 

「私は兵装実験軽巡、夕張よ。それでそこで寝てるのが工作艦の明石。おーい、明石~? ……起きなさいよ! 彼女、起きたわよ?」

 

「何よ夕張……え゛、彼女が起きたぁ!?」

 

 これが、鎮守府で目覚めた俺の最初の一幕だった。

 




やっと主人公が他の艦娘と会話しました。

死んでも復活できるのは主人公の特権。
提督さんはフィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

工廠の二人組

15話です。

シナリオはほとんど進みません。


「ごほんっ! ……初めまして、私は工作艦の明石です。よろしくお願いしますね。それで、貴女の名前は何ですか?」

 

「初めまして、私はスチュワート……です。夕張さん、明石さん、助けてくださりありがとうございました」

 

 とりあえずお礼を述べる。少しでも柔らかい雰囲気になればいいんだけど……

 

「修理するのは当然ですよ。私たちの仕事ですから! ……それで? 体の方に問題は無いですか!? とりあえず立ち上がって確認してみてください!」

 

「艤装は完全には直せなかったけどどうする? 折角だから何か好きな物でも積んでみたりする!? 今なら――」

 

 勢いが強い! 質問とかは一人一つまでって小学生でも知ってるんだぞうわ一体何をする……ウボァーーッ!

 

 

 

「もうダメ……殺して……殺して……」

 

 俺はベッドに体育座りをして膝に顔を埋めて嘆いていた。女の子みてぇな事してんじゃねぇよ気持ち悪いって? あんなことされたら羞恥のあまり女々しくなるわ!

 圧の強い2人の勢いに押されてワタワタしている間に明石に手を取られ立ち上がらせられ、病衣を外されて触診された。驚きのあまりフリーズし、戸惑い、止めようとしたら既に終わっていたようで服を元に戻されてご覧の有り様である。

 怪我と服装が元に戻っても心に傷が出来ちゃあ世話ねぇよなぁ……

 

 今の体の裸を初めて見た俺は酷く混乱していた。何? 女同士だからってこんなに脱がせることに抵抗無いの? それとも明石がレズだったりするのか? もしそうなら警戒しておこう。

 脱がせられるのは好きじゃない。露出癖なんてないしそもそも精神は男だ。女の体だからってホイホイ脱ぐのは完全に変態だろう。そもそも(童貞)にそんな度胸はない。

 

「ご、ごめんなさい。貴女の体が気になってつい……」

 

 ……これってかなりの問題発言では? 自分は触り魔ですって言ってるようなものじゃない? こんなのが医務室に居たらおちおち怪我もしてられない。

 

「こらっ! 何やってんのよバカ……。ごめんなさい、許してくれない? スチュワートちゃん……言いにくいわね……スーちゃんの容態が気になってたのは私もだから」

 

「スーちゃん!?」

 

「うん。ダメ? まぁ、アレ(明石)はちょっとやり過ぎだけど、悪気があった訳じゃないのよ?」

 

「ダメ、じゃないです……けど。」

 

 かなり気軽に、シンプルな渾名を付けられて困惑してる。渾名が付くまで早すぎないか? もうちょっとこう、お友達とかの段階って無いの? いや、邪険に扱われたいって訳じゃ無いから嬉しいだけど……えぇ?

 

「えつと…ありがとうございます夕ば「それでスーちゃんの艤装はどうするの!? もう妖精さんも直せないくらいボロボロだったんだけど……」」

 

 感動が台無しだよ! 確かに艤装は大事だけどさ…

 

「えっ。……まぁそうでしょうね。艤装って作り直せるんですか?」

 

「もっちろん! 私と明石に任せて! ……それでだけど、この際だから私が考えた新兵装、搭載してみない?」

 

 あっ……夕張(こっち)夕張(こっち)で結構なマッドサイエンティスト味を感じる。明石のことアレって言う前に夕張も結構アレだと思う。

 でも新兵装と聞いて食いつかねば漢が廃る……今は艦娘だけど。それでもロマン(ハート)を捨てるだなんてとんでもない!

 

 保留にしてもらう旨を伝えると非常に喜ばれた。怪しげな笑い方をしている夕張を見ている俺に明石がそっと耳打ちしてきた。いつの間に横に……ビクッとしてしまう。今ので寿命が半年は縮んだ間違いない。

 

「夕張は、今までいろんな子に似たような提案をしてたんですけどほぼ全員から素気無く断られてまして。貴女が前向きに考えてくれたから喜んでるんです。……何されるかは分からないけど、きっと大丈夫ですよ!」

 

 一気に不安になってきた。提督さんの様子から二人とも普段はまともなんだろうと分かるが、これはちょっと……。二人の言うことを素直にハイハイ聞いていたら玩具(モルモット)にされるでしょコレ。

 なんて考えていたら腹の虫が盛大に暴れ始めて俺たち三人の動きを止めた。めっちゃ恥ずかしい。……クッ、殺せ!

 

 

 

 二人に引き連れられて食堂へ行く。

 と言うのも、2人の勢いが強いこともあるけど、俺の足が役立たずになってるからだ。筋肉痛を酷くしたような感じでかなり歩きづらい。包帯でグルグル撒きにされてるのもあるのかもしれないけど。

 時間は午後四時くらいだからだろうか、人は居らず広い空間はガランとしていた。良い匂いはするものの電気は点いておらず、どこかアンバランスな雰囲気を醸し出していた。

 

「すいませーん! 間宮さーん!」

 

 夕張が声を張り上げる。すると奥の方、恐らく厨房があるところから女性が出てきた。彼女が間宮さんだろう。

 

「はーい! ってあら? 彼女起きたの?」

 

 良かったわね。なんて言ってくる間宮さんに挨拶をする。明石が言うには俺が昏睡しているときの飯も間宮さんが作ってくれたそうで、つまり大恩人ということになる。頭が上がらない。

 

「初めまして、給糧艦間宮です。夜中以外は食堂に居るからお腹が空いたらいつでも来てください」

 

 間宮さんがそう言うと夕張が「スーちゃんは何食べますか? 間宮さんの料理はとっても美味しいですよ~」なんて言ってくる。

 スラバヤ(スタート)から法律スレスレ? の盗品モドキとかかなり痛んだ果物とか、消費期限が切れた食べ物ものとか獲った魚や鳥ばかりを食べてきた。途中からは駆逐イ級も追加される。何度腹を壊したか分からない。

 そんな俺の目の前には日本語で書かれたお品書きがある。……感動だ。腹一杯、ちゃんとしたものが食べられるなんて。

 

「私は蕎麦! よろしく間宮さん!」

 

「カレー、は無さそうですし……悩みますねぇ」

 

 夕張は即決、明石は何を食べようか悩んでいるようだった。その反応でどれも本当に美味しいということが分かる。

 

「うどんを……うどんをお願いします……」

 

 感動のあまり涙声が出た。

 少し待ったら出てきたうどんはかなり美味しそうで、実際に美味しかった。空腹は最高のスパイスなんて言うけど、そんなものが無くても美味しいだろう。

 うどんを大切そうに食べる俺を見て間宮さんもニコニコしていたと後で知った。

 

 

 

 

 

 工廠、医務室にて俺は夕張から詰め寄られていた。

 

「それで、本当にスーちゃんは今までの艤装と似たような艤装を使うってことで良いの? ドリルは? トマホークミサイルは?」

 

「そこまでは……」

 

 夕張は一体何を言っているんだろう。ドリルは重りか飾り以外の何者でもないだろ。しかもトマホークミサイルって……え? なんで実物っぽいのがあるの? 本物よりは小さいだろうけどまだデカいし、あんなのどうやって撃つんだよ。持ってくだけで精一杯だろ。

 

「夕張は試験的に建造された所謂先駆者ってヤツで、間違っても色んな武器武装を実験していたんじゃない!」

 というのは前世の友達の言であるが、目の前の彼女はどう見てもマッドサイエンティストである。これじゃあどっちが本当なのか分からないな。

 まぁ、自壊しながらオーバーブーストする機構(ヅダ)だったり、青緑色の発光する(コジマ)粒子が出ないならまぁ……予想できる使い勝手から検討させてもらおう。両者ともに絶対に作って欲しくないけど。

 それと、トマホークミサイルが作れるなら以前例の妖精さんに言ったような物も作れるかもしれない。

 

「えっと、いくつかリクエストさせて貰えるなら腰に着ける艤装と魚雷だけで、手に持つ砲は軽いやつが良いです。あと……盾を貰えないですか?出来れば片手で扱えるデカいヤツが良いですね」

 

「へっ、盾?」

 

「なんでそんなをモノを……」

 

 う~ん、何故と来たか……漢のロマンなんて言っても「はぁ?」ってなるのは目に見えているし納得され……るかもしれない。この2人には通用しそうな気がする。

 適当な理由でもでっち上げておくか。考えるの面倒臭くなってきたし。唸れ俺のアドリブ力ゥ!

 

「え~っと……ほら! 駆逐艦の主な兵装って魚雷だと思うんですよ!」

 

「う〜ん、まぁ間違っては無いわね……でも、砲も大事でしょ? 一部の駆逐艦娘は低い攻撃力を補おうと必死なのよ?」

 

「私もそう思います。だけど、盾を持って防御力を上げて継戦能力を上げることで結果的にプラスになるんじゃないかなぁって思いまして。それに、剣とか持ってる艦娘も居るそうですし」

 

 おっコレ結構良い感じの理由なんじゃない? 反応はどうだ?

 

「へ~面白いじゃない。研究価値あるよそれ!」

 

 釣れた釣れた。さっすが夕張さん! 話が分かる。

 

「ありがとうございます。他にもやりたいことがあるので妖精さんを何人か借りて良いですか?」

 

「へー……他にも何かするつもりなんだ……だったら私にも一枚噛ませてよ!」

 

 何かするつもりじゃないとそんなことは言わないと思うんだよ。あと、一枚どころか希望だけ出したらあとは全部投げるから十枚だろうが百枚だろうが噛ませてあげよう。イヤという程に。

 

「ちょっと! 修理するのは私もなんだから一人だけ除け者にしないでよ!」

 

 明石も食いついてきた。正体表したね。

 

 『艦これ』の二次創作で大体なんでも作ってる技術者二人を味方に付けたんじゃないか? と思うと自分のやりたいことが出来るような気がして、自然と口元が緩んでいった。

 




スチュワートは英語ではStewart
愛称や略称はスチューやステューなどですが、ここ日本だしスーでも良いよね……

 工廠の変人コンビはどうやらこの二次創作でも変わらないそうです。
明石 → ノーマル(本当に普通)
夕張 → ノーマル(艤装が絡まなければ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪魔の冊子

16話です。

シナリオは今回も進みません。




「それで? 盾を作ると言いましても、私たちだって作ったことないので勝手が分かりません。私たちはやりがいのある仕事が出来て良いんですけど、その間貴女は何をするつもりですか?」

 

「それは……」

 

 明石から放たれた一言で冷静になる。

 確かに、目が覚めない重症患者なら仕方ないけど、目が覚めた野良艦娘をただ居候させる訳にもいかないだろう。深海棲艦と戦争している以上どうでもいいところ(居候の俺)リソースを割くメリットは鎮守府には無い筈だ。

 それに、間宮さんの飯をタダ飯にするのは、戦っている艦娘に対してかなり失礼なことだろう。

 だからといってほとんどの艦娘と顔を合わせたことが無い上に正式な艦娘ではない……違法入国してきた怪しいヤツに仕事が振られるかと言われたら、そんなことあるワケないじゃんって笑われてしまう。

 

「こっ、工廠とかの清掃くらいしか出来ませんが……見捨てないで貰いたいなぁ〜って……」

 

 情けない上に汚いやり方で嫌になるけどこうする以外に思いつかない。鎮守府から見捨てられたら終わりなのは間違いない。ホームレスになるし、なんなら純粋な人間じゃない以上人権があるかも分からない。

 

「どうしてそうなるのよ! スーちゃんは明日、提督の執務室に連れて行く! そこで今後のことについて提督から話を聴く! それでいいでしょ!? 明石!」

 

「えぇ。……聞き方が悪かったですね。ごめんなさい」

 

 あー……確かに提督が夕張に後日ホニャララって言ってたな。後日って明日かよ。後日(明後日以降とは言ってない)みたいな?

 

「あーもうっ! 明石の所為で変な雰囲気になっちゃったじゃない! 明石! 後で大淀さんに明日の昼過ぎに提督の時間空けておくように伝えておいてよ!」

 

「分かったから、そんなに怒らなくてもいいじゃない……ごめんなさい。ただ手持ち無沙汰な時間をどうするか気になっただけで」

 

「いいえ、こちらこそ変な事を言いました。明石さんは心配してくれたいたのに、変な解釈をしてしまいました。私の方こそごめんなさい」

 

「本当ですよ……捨てるために拾うなんてことはしません。もう少し物事を前向きに捉えるようにしてみたらどうですか?」

 

 これは前世から言われてきたことだ。こう言われたってことはやっぱり俺は俺なんだな。……だったら返す言葉もこうだ。

 

「善処しますが、期待はしないでください」

 

「いいえ、期待しておくので曖昧にして逃げないでください。……夕張もそう思いませんか?」

 

「そーそー。物の捉え方一つで世界は案外簡単に変わるモンだよ~? 私も期待してる♪」

 

 うえぇ……この返しは初めてだぁ……逃げ道が塞がれたぞ? まぁ、善処するって言ったからちょっとずつ頑張っていけばいいや。少しずつだよ少しずつ。いきなり変えろなんて言われてないんだし。

 

「ハードルを上げてきますねハハハ……。ん? 明石さん。妖精さんが何か渡したいものがあるそうですよ」

 

「あら、ありがとう妖精さん。……これは?」

 

 いつの間にか近くに来ていた妖精さんはクリアファイルを持っていた。

 なんて眺めていると紙を持った妖精さんは離れ、そこに他の妖精さんが群がっていって揉みくちゃにされていた。

 クリアファイル……あぁ、覗くなって言われたヤツか。

 なんて呆然としてたら、先に紙を見てた明石と夕張が呟いた。

 

「設計図ね」

 

「あ~こんな時間になっちゃったか~……スーちゃんはもう寝なさいよ。明日、提督のところに連れて行くから体調整えておかなきゃいけないでしょ?」

 

「そうです。まだ病み上がりですからゆっくり休まないと。ベッドはあの部屋にありますよ」

 

 夕張と明石にそう言われて外を見る。確かに外は暗くなっていた。

 提督のところに連れて行くってのもあるだろうけど、なんか適当な理由を付けて追い出そうって感じがする。釈然としないけど従おう。2人だって俺に付き合い続ける以外にも時間を使いたい筈だ。それを邪魔するわけにはいかない。

 

 まぁ、提督なんてお偉いさんと対話するわけだから、イメージの4つや5つはしておかないと緊張でガチガチになってしまう。寝落ちにもピッタリだからやらない理由はないか。

 

「それではおやすみなさい。明石さん、夕張さん、妖精さんたち」

 

 医務室に向かう扉を閉めながらそう言う。扉の向こうから夕張の「また明日ね〜」なんて声が聞こえた。

 横になって明日のイメージトレーニングしようと思ってたらいつの間にか寝落ちした。

 

 

 

 

 

「新しい朝が来たっ……なんてな。フフッ」

 

 目が覚めて一人で呟いて笑う。外は明るいが寝過ごした感じの空の色ではない。俺の体内時計は六時半頃だと告げているからそのくらいの時間だと思いたい。

 

 部屋には俺以外に誰も居らず、外は案外静かなものだと思う。『艦これ』に出てくる艦娘は三百くらいだったか? それが鎮守府という敷地の中に居るんだからもっと騒々しくても良いと思うんだが……

 そう思ったがすぐに出撃や遠征のことを思い出し、常にそれだけの人数が居る訳がないと勝手に納得する。

 

 近くの台の上には水の入ったペットボトルと何かのファイルと……いつの間に作ったのだろう、深紅と黒の色をしたセーラー服。紛れもなくあの妖精さんが作って俺がずっと着ていた服だった。踏まれたら痛そうな金属のブーツまでしっかりと用意してある……ん?

 

「なにコレ?」

 

 服の下には薄い冊子があった。

 

「ちょっとバカな貴女へ? へぇ~……ハァッ!?」

 

 タイトルだけならまだ良かった。だけどこの中身は喧嘩を売ってるとしか思えないから俺の怒りは当然だろう。「日々の髪のお手入れ」だの「服の着方」だの「女らしい仕草」とか……今すぐ死んであの世に行ってアイツ(妖精さん)を数発ぶん殴っても許される。そう思える所業だ。

 

 そう憤っていたのも束の間、部屋の外から「起きてるみたいですど入ってもいいですか?」なんて声が聞こえてきて焦る。この冊子だけは隠しておかないとマズイ。

 

「だ、大丈夫です!」

 

 冊子は丸めて布団の下に押し込む。多少の折り目は付くけど秘密がバレるのに比べたら些細な問題だ。

 

「おはようございます明石さん。何か御用でしょうか?」

 

「おはようございます。提督のところに貴女を連れて行く時間ですけど、提督もお忙しい身なので、出来れば今から30分後に連れて行きたいと思っています。準備しておいてください」

 

「分かりました」

 

 それだけ言うと出て行ってしまった。居られると困ることが多すぎるけど、連絡がかなり事務的な内容だったから実は嫌われてるんじゃないかと勘違いしそうになる。

 それにしても困った。30分後っていう余裕の無さもそうだが、その時間内にしっかりと服を着られるかが問題になってくる。枕から妖精さんの置き土産(悪魔の書)を取り出す。

 

「止む無し……か。恨むぞ妖精さん」

 

 

 

 結果はというと、髪に癖が付いているものの、服装自体はしっかりと着ることができた。「服着るだけだろ」なんて思ってたけど、実際はブーツを履くのにかなりの時間を使った。

 前を進む明石は一言も喋らずに提督の執務室へ歩を進めている。……なに? 俺殺されるの? せめて一言くらい掛けて欲しい……もう既に緊張で胃が捻切(ねじき)れそうだ。

 

「ここです」

 

 ここです。じゃないよ……

 




次回!
「偉い人の判断」デュエルスタンバイ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偉い人の判断

17話です。

昨日も上げてます。お間違えの無いよう……

今日は進みます(少し)



「ここです」

 

 ここです。じゃねぇよ……。千尋の谷の底に叩きつけるように落とさないで? 俺何か明石を怒らせるようなことしたっけ? 心当たりがないんだけど……

 

 唾を飲み込んで深呼吸。まだ、まだ意識はあるし緊張のあまりの吐き気はしない。まだ舞える……俺はやれる。

 

 ノックを3回する。2回だっけ? それはトイレだっけ? まぁいいや3回で。

 木製の扉は木特有の奥に響くようなコンコンという音が出る。

 デカい扉に手を掛ける。よく手入れがされているのか重そうな割にはスーッと開いた。

 

「失礼します……」

 

 そう言って部屋に入る。目に入ったのはシンプルな造りの部屋だった。本棚が沢山あるが圧迫感や窮屈さを感じさせず、朝方だというのに暗くない。

 執務机の上には数多の紙束が置かれ、綺麗に清掃されていて、無駄なものが殆どない部屋との違いに違和感を覚える。

 ……提督ともなると優雅にティータイムもするんだなぁ。なんて、雑多な物が綺麗に並べられている棚に置かれた物の中で、一際存在感を放つティーセットを見てそう思った。

 

 視線を執務机に戻すと、その机の主は俺が来たことに反応して、執務中だったのだろうか、顔を上げてこちらを見た。

 

「おはよう。昨日はよく眠れたかね?」

 

「おはようございます。お陰様で元気です。ありがとうございます」

 

「それは良かった。それで、君に来てもらったのは他でもない。君について話を聴きたい。簡単に言うなら事情聴取だ。受けてくれるね?」

 

「はい」

 

 そんな言い方されると断れない。元から断るつもりなんてないけど。

 

 まぁ、事情聴取は予想通りだ。提督がどこまで詳しく報告を受けて何を知っているのか俺は知らないけど、単艦で駆逐棲姫に挑んでズタボロで、しかも見たことが無い艦娘。

 俺が提督の立場でも助けるまでは全然オッケーだけど、そのあと絶対に事情の説明を求めるだろう。

 むしろ容態が安定し次第、拘束や監禁されなかっただけ余程マシなんじゃないか?

 

 視線を提督から逸らす。提督の両隣には二人の艦娘が居て、一対一で話し合う事を想定していた俺の精神に大きな揺さぶりをかけていた。

 

 その内一人は大淀。恐らく、提督の机の上にある書類の処理をしていたんだろう。二次創作でもだいたいその立ち位置は変わらなかったし、多分間違いじゃない筈だ。

 ――目が合った。無表情を浮かべたままこちらを見ている。嘘や矛盾の一つも見逃さないという強い意志を感じる目に見える。

 思わず目を逸らす。このまま大淀の目を見ていたら心の中まで覗かれる。そう思って目を逸らしたけど、疚しいことがあるから目を逸らした、なんて思われて突っ込まれたことを訊かれたら終わりだと感じた。

 

 もう一人は長門だ。仮に俺が擬態した深海棲艦だったとして、暴れたりしても対応できるようにここに、提督の護衛の為に居るんだろう。

 ――目が合った。腕組みをして威圧感を漂わせているが、穏やかな顔をしている。俺が暴れたりしない(チキン野郎だ)と気付いているぞ。と言いたげにフッと笑った。

 

「二人は長門と大淀だ。ここにはとある用事(事務と秘書艦)の為に来てもらっているから気にしなくても良い」

 

 気にするわ! 大した用事じゃなきゃ終わるまで待ってるから! もしくは一時退出を促せば良いんじゃないの? それをしないってことは何かしら今からの会話に関わってくるってことだよね?

 ……なんて思ってても言えないし言わない。口は禍の門、その一言で何が起きるか分からない。だったら極力気にしない方向で……無理だろ。

 

「それでスチュワート、君は一体どのような経緯であの傷を負い、ここに辿り着いたのか、聴かせてもらえるかな?」

 

 うわぁ……予想通りの質問だけど嘘発見器(大淀)暴力装置(長門)が居るのに迂闊な発言は出来ない。

 取り敢えず、転生関係と食糧事情は言わない方向で話していけばいいか。何か訊かれたら「知らない」と「妖精さんがくれた」で良いだろう。妖精さん、オラに力を分けてくれー!

 

「私は――」

 

 それからは語った。語るに落ちたんじゃないかって自分で錯覚しそうになるくらい語った。

 

 スラバヤでとある妖精さんから造られたこと。

 

 妖精さんに従い日本へずっと移動していたこと。

 

 日本を目前にして駆逐棲姫に捕まったこと。

 

 コミュ障拗らせた俺は半ばパニック状態。

 身振り手振りで何とか伝えようとして、語彙力の無さに恥ずかしくなって、あとはなるようになれって感じで諦めた。

 

「――そして今、ここに居ます。これが私の話せる全てです」

 

「そうか……それで、君の言っていた「妖精さん」は今どこに居るんだね?」

 

「妖精さんは駆逐棲姫に特攻した時にその……。最後に「ありがとう」だなんて……気の良い妖精さんでした。ちょっと変なところもありましたけど、旅の道連れだったんです」

 

 良し! これで多分ひと段落はするだろ。最後まで殆ど嘘 “は” 言ってないつもりだけど、大淀はどうだ? チラ見する。

 

「では貴女は今、どこにも属していないんですね?」

 

 手元の紙に何かを書いてるみたいだけど、角度的に見えない。議事録とかだったらボロが出そうで怖いんだけど。

 

「まぁ、そうなります……よね?」

 

「うむ。胸が熱くなるような話を聴いていなかったのか? 大淀。そもそもどこの鎮守府でもないところで建造されたんだ。どこかに属している筈がないだろう。そうだな? 提督」

 

「あぁ、長門の言う通りだが少し違うぞ。スチュワート、君はどこにも属していないのではない。どこにも属していな()()()んだ」

 

 ん?

 

「提督、それってまさか……」

 

「あぁスチュワート、君をこの鎮守府の一員として迎えよう。これは私が判断した決定事項だ」

 

「えっと」

 

 おぉ? おぉ。

 驚きが天元突破してチンケな感想しか出てこない。だって鎮守府の一員ってことはつまり鎮守府ってことだろ? ってことは何? ……安定した衣食住と警察に怯えることのない素晴らしい毎日って事だな!

 

「これからよろしく頼むよ。スチュワート」

 

 脳内でパニックを起こしていたら立ち上がった提督が椅子から立ち上がり近くに来ていた。右手を出してるからこれは……握手をしないといけないのか!

 

「こっ、こちらこそよろしくお願いします! 頑張ります!」

 

 提督と握手をする。俺の手が前世よりも小さいからか、提督の手はより大きく、頼もしく感じた。

 

 握手を終えると、後ろから長門が頭を押さえつけてきたので思わず「痛っ」っと言ってしまう。

 

「おぉ! 済まないな。提督! そうと決まれば今日はスチュワートの歓迎会をするべきだろう! 勿論、許可してくれるな?」

 

 あまりにも突然の話にそれでいいのか? と言いたくなった。いくら何でもやりたい放題じゃないか?

 

「許可しよう。だが、今日の仕事を終わらせてから、が条件だ」

 

「ふふっ当然だ。この長門はいつだって全力だ! スチュワートは待っていろ。大丈夫だ、私に任せておけ!」

 

 そう言うが早いか物凄い勢いで書類を捌き始める長門に戦慄する。一体どこからそんなやる気が出てくるんだ……歓迎会って言って、自分たちが騒いで楽しむための理由が欲しかっただけだったりして……

 

「あ、もう戻っても大丈夫ですよ。明石も呼んでありますので」

 

 大淀にそう言われて執務室から連れ出される。「失礼しました」って言うのも忘れない。

 部屋の扉の近くには明石が立っていた。隣の大淀が怖過ぎで、連れ出された時は何処かに連行されるのかと思ってたけど、見知った顔があってなんかホッとした。

 

「……大淀さん、ありがとうございます」

 

「ありがとう大淀。さ、行きましょうか。妖精さんが面白い物を貴女の為に作ったらしいんですよ」

 

「それは気になりますね。一体何でしょうね? あ、それと……これからもよろしくお願いします。明石さん」

 

「それって……良かったわね。こちらこそよろしくね。スチュワートさん」

 

 あ、なんか柔らかくなった。……やっぱり今まではどこか信用してなかったって感じだったのかな?

 

 

 

 執務室から工廠に向かって明石と歩く。

 窓から外を見る。

 

「なんか鎮守府に着いてから現実感が無いです。上手くいき過ぎてる感じで。」

 

「夢みたい? でも現実だよ」

 

 そんな会話もやっぱり現実感がなかった。

 でも、悪い気はしなかった。

 

 




提督、心が広い。

※今作は百合は無しの予定です。精神的BLも無いです。

今回は大淀と長門でした。
主人公の人を見る目ガバガバ過ぎて描いてて楽しかったです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新兵器

18話です。



 工廠に戻ると妖精さんが何人か寄って来た。身振り手振りだけで何を言ってるかが聞こえない。パントマイムをしている訳ではないんだろうけど……もしかして、あの妖精さんが実は凄いヤツってことだったりして……

 何はともあれ妖精さん達の指す方へ向かう。

 

「おっ、来たね。スーちゃんに妖精さん達からすっごいプレゼントがあるよ~」

 

 向かった先には夕張と……誰だ!? いやどっちだ!? 『提督』経験ゼロの俺には分からんぞ! 伊勢型のどっちかなのは分かるんだけど。伊勢の方かな?

 

「プレゼントですか? 気になります。えっと初めまして。駆逐艦スチュワートです。今日からこの鎮守府の一員になりました。よろしくお願いします」

 

「ご丁寧にどうも。私は航空戦艦の日向よ。…………ふぅん。悪くない」

 

 日向の方だったか~……って悪くないって何!? 黙ってないで説明して欲しい。気になって夜も眠れなくなる。

 

「それじゃあ夕張、日中はよろしくねー」

 

 そう言って夕張の返事を背に受けながら明石が工廠から出ていく。歩くペースが先程とは打って変わって遅く、フラフラしている。アレは……徹夜して作業してたな間違いない。昨夜はお楽しみだったようで。

 なんて思ったけど、隣に居る明石と同じことをしてそうな夕張は妙にツヤツヤしてるし……分からないな。

 

「それでスチュワートと言ったな。お前もどうだ? これを見ろ。瑞雲と言うんだがな」

 

 そう言ってプラモデルのような戦闘ヘリをどこからともなく取り出す日向。

 妖精さんといい、この世界の奴らはどこにそんなの仕舞ってたんだよってくらい手品めいた方法で物を取り出す。袂…は無いし、懐も厳しそうだ。いやホントどっから出したの!?

 

「へ、へぇ……それが瑞雲ですか」

 

「ちょっとスーちゃん! 待っ「そうだ。お前にも瑞雲の素晴らしさを教えてやろう!」始まった……

 

 夕張の止めようとする言葉が聞こえてきた。なんかマズい事でもあるの?

 しかし夕張の反応が間違っていなさった。俺が後悔し始めたのは、30分経っても終わる気配を見せない瑞雲トークにうんざりし始めた頃だった。

 

 

 

「――とまぁ、瑞雲の素晴らしさについては取り敢えずこんなものでいいだろう。正直まだまだ話足りないが……。私は伊勢に会って来るよ。瑞雲の話が聴きたくなったらいつでも来い。待っているぞ」

 

 日向は工廠から去っていった。

 

「待たせるのはアレだけど絶対に行きたくない……瑞雲ってしか言えなくなる(洗脳じみたことされる)ぞアレは……」

 

 つい、そう呟いてしまった。

 

「それがスーちゃんの素!? うんうん、そっちの方が自然な感じがするよ。無理して丁寧に話さなくても良いんだからね?」

 

「素じゃないです。ちょっと疲れと悪意が混ざって口が悪くなってしまいました。それはそうと……何でしたっけ? 妖精さんからのプレゼント?」

 

 危ねぇ危ねぇ、これで騙されてくれねぇかい夕張さん。流石に前世に突っ込まれるのは精神衛生がヤバいことになるからちょっと……

 俺も妖精さんからのプレゼントは気になってたんだ。瑞雲の話で2時間もお預け喰らってたからそろそろ好奇心でエゴ(自我)も殺せると思う。

 

「そーそー。妖精さん達がすっごい頑張っててね、私もつい徹夜しちゃうくらい熱中しちゃってさ! 盾もある程度の目処がついてね、一週間は掛からないと思うよ! それと妖精さんが作った物はそこの台の上にあるから、妖精さんに見せてもらいなさいよ」

 

 夕張が顔を向けた先には確かに台があった。妖精さん達がたくさん集まっている所だろう。

 

 寄ると、自販機の小さい缶と同じくらいのサイズの何かが布に覆いかぶさっているのが目に入った。

 妖精さんが布を取る。そこにあったのはやはり俺が欲しがっていた物。手榴弾! ……ではない。魚雷をぶん投げたら簡易な爆弾として成立することは知ってるからだ。ありがとうイ級(実験台)

 

「何よそれ? 妖精さんたちが頑張ってたのは知ってるけどそれが何なのかはイマイチ分からないのよね」

 

 夕張が訊いてくる。やっぱり第二次世界大戦中には存在していなかったのか? 俺は武器マニアでも何でもないから分からないけどさ。

 夕張が知らないって反応で俺は満足できた。むしろトマホークミサイルは知っててなんでコレは知らないんだよ……知識が微妙に偏ってないか?

 

「これはスタングレネード。フラッシュバンとも呼ばれます。閃光や爆音で相手の視力や聴力を一時的に奪える代物です」

 

 駆逐艦みたいな素早く行動できる艦種なんだし、ロールプレイングゲームみたいにサポート、妨害に特化すれば良いんじゃないか? って考えを妖精さんに言ったら面白そうだって結構乗り気だったのを覚えている。

 どう頑張っても戦艦とかの火力には及ばないのは予想できたから、速さを活かそうと考えた結果がこれである。

 あとは純粋に中二病を発症して、衝動的に妖精さんに作って欲しいって頼んだから。きっと移動中に設計図とか書き上げてたのかもしれない。

 

 台の上で一人の妖精さんが、偉そうに腰に手を当てて踏ん反り返っているのが見える。間違いなくその妖精さんが作ったんだろう。周りの妖精さんがちょっと引いてて、その妖精さんの周りに空間が出来ているのが面白い。

 

「これはこうやって使うんですよ」

 

 そう言ってピンを抜いて、工廠の何も無さそうなところに投げる。自分の近くにポイって投げたら只の自爆なんだよね……しかも本来は屋内での使用を想定してるから海上で使うとなると性能の半分も出せないだろう。

 でも常識の外側にあるものに対して適切に処置できるヤツはそうそう居ない事を俺は知っている。戦場に汚いもクソもあるか。

 

「ん?」

 

 カンッと音を立てて缶は健在している。

 

「起爆しない?」 

 

イイィーーン!

 

「「!?」」

 

 まるで黒板を引っ掻いたような背筋にダイレクトアタックしてくる音が工廠に響く。

 あぁぁ! 耳が、耳が~……

 耳鳴りが治まるまでちょっとの間、耳を押さえる夕張と視線を交わす。「ちょっと! いきなりとか止めてよね!」って言いたげに睨んでくるので目を逸らす。

 

 

 

「いやぁ、想像以上でしたね……流石は妖精さん」

 

 てっきり予備の鼓膜を妖精さんに作って貰う羽目になるかと思った。

 

「ちょっと! 耳が聞こえなくなったらどうするつもりだったのよ!?」

 

「私も喰らいましたのでお相子ってことになりませんか? 妖精さんが手を加えていたらしく、想定と違いまして……」

 

 絶対に起爆のタイミングと中身弄ってあるだろコレ。特に眩しいくらいの閃光は出なかったし、これはただの音響手榴弾じゃね? フラッシュによる目の眩みが無いとかどうしてくれんの? と思ったが似たような種類の缶が沢山ある。一つずつ片っ端から投げていく訳にもいかないしなぁ……

 

「せめて妖精さんと会話とかで意思疎通出来たらかなり楽なんですけどね」

 

「それはそうだけど、私たち艦娘が妖精さんと会話出来たら提督なんて要らないし、そうなると艦娘も人間から「敵」って見做されちゃうかもね」

 

 確かにそうだ。もし夕張が言った通りなら人間から見た艦娘は、一般人には見えない妖精さんと会話が出来て、人間並みに賢く、水上を高速で移動できる上にかなりの力を持つ人型生物。敵対したら脅威以外の何者でもないだろう。

 なにせ個で見たら完全に人間の上位互換みたいなものだ。何としてでも友好的にしないといけない。そして取引をする。譲歩をする。不満が溜まっていきやがて戦争へ……

 

 もしもの、仮にあり得たかもしれない可能性は悍ましいモノだ。想像しただけで怖くなってくる。今は深海棲艦が居るから艦娘は存在しているけど、深海棲艦が居なくなったら? 戦わない軍艦(艦娘)に価値は……ん?

 

「なんですか? ……あ〜なるほど」

 

 明後日の方向に思考が飛んだところで妖精さんが紙を渡してきた。渡された紙には缶の種類が書いてある。

 

「妖精さん。出来れば中身の種類ごとに缶に色を着けて分けてください。このままではどれがどれだかすぐに分かりません。……夕張も盾の制作頑張ってください。楽しみに待ってます」

 

 とりあえず深海棲艦はまだいるんだし、もしもの話にアレコレ考えるくらいなら目の前のことに取り組んだほうが良さそうだ。

 あの妖精さんはもう居ないけど今は鎮守府の仲間が居る。1番の新参者らしく色々と指導を受けてこの世界に適応していこう。

 




夕張がトマホークミサイルを知ってた理由
・アイオワ級戦艦、2番艦「ニュージャージー」が退役前に積んでいたから
 ってのはどうでしょう? ……ダメ? →【ご都合主義】タグをかざす これが目に入らぬか!


 IFルート バッドシナリオ 『海から来たモノ達』
・艦娘+妖精さん+深海棲艦 VS 人類
 希望か絶望か……人類の明日はどっちだ!?
※実装予定はありません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

歓迎

19話です。
初投稿から1ヶ月経ちました。見てくださった方には感謝です。
これからもよろしくお願いします。


「やっぱり覚えられません! 数が多すぎます!」

 

 工廠の一角で夕張や妖精さんが作業している音をBGMにファイルを読んでいた。勿論あの妖精さんが用意した指南書(危険物)ではない。

 恐らく大淀か明石辺りが用意したのだろう、ここ佐世保鎮守府に所属している艦娘の写真と名前、プロフィールやメモ書きが載っている紙が綴られていているファイルだ。

 艦娘たちの顔と名前を覚えようと読み始めたけど、それなりの厚さがあるファイルの半分もいかないうちに集中力が切れた。

 

「大丈夫だって。皆のことはそのうち覚えるよ」

 

 果たしてそんな日は来るのか。パラパラと捲ってみた感じではページ数は余裕で百100を超える。もしかしたら200も有り得るかもしれない。

 これが服装指定のある中学や高校とかなら全員の顔と名前を一致させるだけでもかなり社交的(コミュ強)だと思う。人の顔と名前を覚えるのが苦手な俺にはかなりの難易度だ。

 でも幸いなことに服装は全員が完全に統一されていない。○○型ってのはあるけどそのグループ毎に似たような服装をしている。そして、艦娘は髪の色はかなりカラフルだ。

 これらがなかったら覚えることを諦めて狭い交流で良いやって付き合う人を限定してたに違いない。

 

 そう考えながら読み進めていく。

 メモ欄に力強く「一番!」だったり、もの凄い達筆で「大和ホテルとは呼ばないで――」だったり、「*猫の足跡が描いてある*(なんて読むか分からない)」だったり、笑いを誘うようなことも書いてあった。

 写真もまた、各艦娘毎にちゃんとした物と変わった物があり、寝起きだったり、サインが入っていたり、絶妙にイメージに合わない可愛い服を着ていたりした。これらを撮った(盗った)人は今頃生きていないだろう。

 それと、すごく目の保養になった。艦娘の容姿が整いすぎてて基本的にどんな写真も画になる。凄すぎない?

 

「お?」

 

 ふとファイルから目を逸らしたら、いつの間にか机の上にUSBメモリが置いてあった。

 

『……only know fairies(妖精だけが知ってる)?』 何これ」

 

 さっきまで無かったから滅茶苦茶怪しい。

 でも態々英語で書いてあるってことは俺宛ての何かってことで良いのかな? でもUSBメモリの接続部のカバーが外せないんだけど……これが妖精さんだけが知るってヤツか? 謎アイテムだ。

 

「まぁくれるってんなら貰っておこうかな」

 

 使えないからって捨てないように気を付けよう。

 そもそも夕張以外の人目なんて無いけど誰にも見つからないようにコソっとポケットにUSBメモリを忍ばせた。

 

 

 

 その後何事もなかったかのようにファイルを一度読み、二度目を通し、三度目、これを見ている目的が変わって来た頃、窓の外は紫色に変わっていた。随分と時間が経つの早いなぁなんて思っていたら夕張がソワソワしていることに気が付いた。

 

「何かあったんですか?」

 

「ま、マイペースね……これから貴女の歓迎会だって聞いてるんだけど」

 

 そういえば長門がやるって言ってたな。

 ファイルの内容が普通に面白くて夢中になってた。ただのプロフィール集なのに一言コメントと写真で個性とか関係とかが見えてくるの面白すぎか?

 

「忘れてました」

 

 ヤバい。もしかして待たせちゃってる感じか?

 急いでファイルを近くの台に置いた。

 

「みんな待ってるわよ! 行きましょう!」

 

「え? あっハイ」

 

 すっかり忘れてた。

 夕張に手を引かれたまま小走りで付いていく。絶対に楽しみにしてたな?

 

「みんな、お待たせーーっ!」

 

 

 

 

 

 俺は今、非常に混乱していた。

 目の前の大勢の艦娘と大量の料理はまだ分かる。

 しかし隣には提督が居る。これが分からない。

 

「この子が今日からこの鎮守府の一員となった。みんな仲良くしてやってくれ」

 

 しかもそう言ってマイクを渡してきやがった。いや、挨拶の大切さは知ってるしやらなきゃいけないってことも分かるんだけどさぁ……この人数の前で喋るのは初めてだからすごく緊張する。

 こんな時に何て言うかを移動中に妖精さんとシミュレーションしてた筈なんだけど全然覚えてない。どうすればいい……適当(アドリブ)でいいか。

 

「は、初めましての方は初めまして。たった今、提督より紹介されましたクレムソン級駆逐艦、スチュワートです。まずは私の歓迎会ということで企画、実行をしてくださった長門さんには最大限の感謝を。そして集まってくれたみなさんもありがとうございます。……私からの一言としましては、提督さんも言っていたように仲良くしてください。い、以上です……」

 

 よし、何事もなく言い切れたぞ!

 長門も頷いてるし、問題は無い筈だ。

 

 拍手の音が聞こえたことにホッとして、これ以上注目されたくなかったからスッと椅子に座る。

 艦娘になってから絶対にコミュ力上がってるわこコレ。まぁ、そんな堅苦しい言葉なんて思いつかないし、このご馳走の前じゃあ「長い。早くしろ」って言われるかもしれないしこれでいいでしょ。

 

「うむ。それでは皆、グラスを持て!」

 

 長門がそう言うとコップの鳴る音が聞こえてくる。グラスに注ぐような音とアルコールの香りが……まさか全員酒飲むとかはないよね? いや、長門がジュースだ。良かった。

 

「では、新たな仲間の歓迎と私たちの健闘を祈って!」

 

―――「「「乾杯~!」」」―――

 

 グラスがぶつかるキンッという高い音がそこかしこで鳴る。

 すぐに楽しそうな会話と笑い声があちこちから聞こえてきた。

 

 みんなが楽しそうに会食できる環境だと理解して安心できた。

 俺をダシにした宴会って感じがするけど、邪険にされてるような雰囲気は全く感じないし、みんなが笑ってるなら俺は別にどうだっていい。

 お茶の入ったコップを傾ける。

 

「はら、間宮のご馳走だ。君も食べなさい」

 

「はい、頂きます」

 

 箸が伸びたのは美味しそうな唐揚げだった。

 

 

 

「さて、私はそろそろ抜けさせてもらうよ。あとはみんなで楽しんでなさい」

 

 歓迎会という名の宴会が始まって時間が経った。

 誰もがお腹が一杯になって箸を止め、酒の席特有の世間話や愚痴がメインのフェイズに突入した頃、提督が食堂を離れた。

 結局提督は多くの艦娘が酒を注ぎに来ても、ゆっくり少しずつ飲んでいた。見た感じ結構高齢……そろそろ六十くらいだろうか? 流石に自分の限界くらいは分かるのか、それとも自分が居ることで艦娘が羽を伸ばしきれないと思っているのか。

 「No! 提督ぅー! 待って下サーイ!」なんて声が聞こえたから、もしかしたら酔った艦娘に何をされるか分からない恐怖を感じたのか……だとしたら人気過ぎるってのも考え物だな。

 

「……」

 

 周りを見ると談笑や愚痴を言い合う艦娘たち。当たり前だけど“ 生きてる ”って感じがする。

 でもやっぱりちょっと疎外感を感じるというか何と言うか……正直なところ会話に混ざれない。人付き合いが無くて共感できる話題がないってのが大きいだろうけど、これはどうしようもない。

 

 つまりやることがない。

 まぁいいや。もう少しサラダを食べて、頃合いを見て長門に声かけて医務室に退散しよう。

 

「なに湿気た面で飯ばっか食ってんだよ!」

 

 と、近くにドカッと腰を下ろした艦娘が居る。

 

「でもまぁ、元気になって何よりだな! オレは天龍。よろしくな!」

 

「天龍ちゃんの判断次第では貴女は今ここに居なかったのよ~? それと、自分を大切にしない子には、お仕置きが必要かもね~?」

 

 マジ!? 天龍さんマジリスペクトっスわ! さすがおっぱいのついたイケメンって呼ばれるだけはある。あと龍田さん怖すぎでしょう……

 

「えっと、ありがとうございます天龍さん。それと龍田さん、お仕置きだけは許してください……」

 

「う~ん、どうしようかしらぁ?」

 

「ヒエッ」

 

「龍田ぁ~。もっとガツンと言っちゃっていいぴょん! 自爆するだなんて超ド級のバカだぴょん! ぷっぷくぷぅ~! 悔しかったら何か言い返してみるぴょん!」

 

 この特徴的極まりない語尾は卯月だな? 俺の自爆を知ってるってことは卯月も天龍達と一緒に居たってことか。悔しかったらって言われても、全くもってその通りだから黙るしかない。あと重い。肩に手を載せて跳ねないでほしい。

 

「卯月の言う通りだよ。まったく……かわいくないね」

 

 また声を掛けられた。卯月と同じような服装だから睦月型で、黄色だから確か皐月と、もう一人は……水無月?

 

「ごめんなさい。助けてくれてありがとうございます。皐月、水無月」

 

「弥生です。別に……怒ってなんかないですよ? 呆れてるだけ、です。」

 

 おぉう、名前間違えちゃったよ。でも確かに怒っては無さそうだ。本当にただ呆れているだけなのか言葉も出ない程怒ってるのかのどっちかの判断は難しいところがありそうだ。せめてもう少し顔に出てたら分かるのに。

 

「だが、元気になってなによりだ! よし! スチュワートも向こうで飲もう! なにせコレはスチュワートの歓迎会だからな! 説教など盛り下がるだけだからまた後日だ! 借りていくぞ!」

 

 緑の髪……長月か。ってめっちゃ酒の匂いするんだけど!? 誰だこんな中学生以下にしか見えないようなのに酒飲ませた奴は!?

 進む先に居た夕張と目が合った。助けてくれ。酔ってる駆逐艦に絡まれてるんだが……

 

「あっスーちゃん! おいでおいで~」

 

 手招きされた。ホッとしたのも束の間、夕張とその他一緒に座っていた面子の顔も薄っすらと赤くなっている。そして近くに転がる酒瓶。

 安全地帯じゃなかった。ここも地獄だ。

 

「おぉ! 今行くぞ!」

 

 えっ待って、このままだと俺もお酒飲ませられそうなんだけど?

 長月は出来上がってるし、他の子供にしか見えない艦娘も顔赤いから多分飲んでる……でも俺は飲まないぞ! 俺は成人だったけど、この体はまだまだ子供なんだからな!

 




宴回でした。
実際駆逐艦の子も平然とお酒飲むし……

宴回は続きません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新艤装

20話です。

お気に入りが100を超えてました。嬉しい。
久しぶりの戦闘回? のようなナニカです。


「……」

 

 ガンガンと響く頭の不快感で目が覚めた。昨日の歓迎会で結局お酒を飲まされて……アレ? 記憶が無いぞ? としたらその拍子に何か変な事でも口走ったとかしてないよね?

 

 それが起きて最初の感想だった。慌てて飛び起きる。そしてよく見なくても工廠の医務室じゃない。畳が敷いてあってその上に布団だ。

 

 ちゃぶ台の上にはペットボトルに入った水と何かの錠剤が置かれている。“ 二日酔いに効く! ”とメモ紙もあった。口に含んで水で流し込む。

 するとどうだろう、頭の痛みが引いていき、鳩尾の辺りの不快感がスーッっとなくなり爽やかな感覚が体中を駆け巡る。

 何これは……即効性と効果が高すぎるだろ。ヤバいもの配合されてそうで怖い。薬も過ぎれば毒となるって昔から言われてるから……

 

 他に何かある訳でもないから立ち上がって出入口に向かう。相変わらず着脱の難しそうなブーツがしっかり揃えて置かれていた。脱いだ覚えはないけれど。

 

 

 部屋の外に出たら廊下だった。なんて当たり前の感想を持ったけど人が見当たらない。人が居たら俺は何をしないといけないかを聞きたいんだけど。

 やっぱり提督の部屋に行って指示を仰ぐのがベストだろうか……忙しそうにしてたし気が引ける。となると、やっぱり見知った顔に会う為に工廠に向かうしかない訳だけど、ここがどこなのかイマイチよく分からない。窓から見る外は一階なので最悪窓から出て手当たり次第にウロウロするって方法が残されてるけど、流石に不審過ぎるからまだ止めておこう。

 

「あれ? スチュワートさん、どうしたのです?」

 

いぇあああっ!?

 

 どうしようかなぁなんて考えてたら声をかけられた! ビックリして肩が跳ねる。

 振り返ると、廊下の扉が開いていて、そこから雷と電が顔を出している。音もなく扉を開けて話しかけてくるなんて完全に驚かそうとしてるだろ狙ってやったでしょ。

 どうしてみんな俺を驚かすのがそんなに上手なのか……俺の隙があり過ぎるのか? それとも小さなことですぐに驚くほど胆が小さいのか?何か特殊な訓練でも受けてたの? だったら俺にも教えて欲しい。

 

「こ、工廠に行こうとしてたんですけど、どっちに行けばいいのか分からなくて困ってまして」

 

「だったら私に任せなさい! 付いてきて!」

 

 どことなく嬉しそうにそう言って電と俺を置いて歩き出す雷。

 

「雷ちゃんに付いていけば工廠に着く筈なのです。……誰かに頼られるのが好きなので、偶に頼ってあげて欲しいのです

 

「はい、分かりました」

 

 雷は確か「ダメ提督製造機」とまで呼ばれていたらしく、友人も雷に骨抜きにされてケッコン指輪を捧げた……らしい。

 いや、ケッコン指輪ってなんだよ。字面ヤバすぎだろ。画面の向こう側(にじげん)で良かったな友よ。リアルなら終わってたぞ。

 でもこうして頼られるのが好き → 頼る → 喜ぶ → 頼る → 喜ぶ……

 無限ループって怖くね? 確かに全部雷に任せきりになってダメになるわ。

 

 しかし残念ながら俺はそこまで色々任せるのは気が引ける人だ。そう友人に言ったら「ふざけんな!」ってビンタされたことがあるが、俺は決して悪い事を言っていないと思う。

 しばらく上機嫌な雷に付いていくと、数回は通ったであろう建物の出入り口が見えて外に出た。今日も波に輝く太陽光と潮風が目に悪い。

 

 

 

 工廠に入ると明石が誰かの艤装を磨いていた。ここまで案内してくれた雷と電にお礼を言う。

 

「困っている人を助けるのは当然よ! もーっと私に頼って良いんだからねっ!」

 

「なのです!」

 

 と、笑顔を向けてきた。是非そうしてやろうとも。雷に「ママー!」って言って盛大に頼ってみた時の反応を見るのも面白いかもしれない。……俺にそんな度胸があればな。

 ……捻じ曲がった俺に君たちの純粋さを少しでいいから分けてくれ。

 

 2人は手を振って何処かへ行ってしまった。俺も工廠の中に入る。

 

 

「おはようございます。昨日はお疲れ様でした。よく眠れましたか?」

 

 えぇ、記憶も残さず溶けるようにね。なんて言わない。そんな状態で知らない部屋まで移動できるとは思えないので、きっと誰かが運んでくれたんだろう。

 それに、歓迎会で飲酒を嫌がる俺に無理矢理お酒を飲ませた艦娘に対する苛立ちを明石にぶつけるのはお門違いだ。

 

「はい、ありがとうございました」

 

 だから無難な返答しかできない。

 記憶がなくなって気が付いたら朝ってことは、よく眠れたってことに違いないから嘘は言ってない。だから大丈夫だと勝手に納得する。

 

「それは良かったです。……そろそろ夕張が盾を完成させる頃だと思いますよ。歓迎会の後からも随分と頑張ってましたから。今日は夕張の実験に付き合ってあげてくださいね?」

 

「え? もう出来たんですか?」

 

 盾が欲しいって夕張に頼んだのは一昨日だったような……。2日で完成するって随分早いな。でも昨日の歓迎会の後ってどういうことなの?

 なんて思ったけど、そういえば妖精さんは俺の艤装を20分くらいで作ってた。まぁ、艦娘や艤装についてはプロ中のプロである妖精さんと比べるのは流石に酷というものだろう。

 だから妖精さんと比べるような発言はしない。

 でも、明石や夕張が妖精さんに劣っているかと言われるとそんなことは無い。俺だったら材料があっても艤装を作れるとは思えないし、この2人以外も多分無理だろう。そういう意味では唯一、唯二無三の能力と言えるだろう。

 艤装の作成にプラモデルみたいな手順書とかがあれば俺もまだ何とかなるとは思うけど……

 

「出来た~!」

 

 なんて嬉しそうな声を響かせて夕張が衝立? の裏から盾を持って出てきた。

 

「あっスーちゃんおはよう! たった今盾が出来たところよ。はいっ、大事に使ってね!」

 

「ありがとうございます。……うわっ!」

 

 受け取ったら想像以上に重くて、危うく新品の盾を落として傷つけるところだった……。どうせ砲弾を弾いて傷だらけになるものだったとしても、名誉の傷以外は出来るだけ付けたくない。

 

「シンプルで良いですね。大切に使います」

 

 そう言って左手で盾を持って上下左右に素人ながら盾を構えてみる。屈めばすっぽりと盾の陰に隠れることが出来た。それと、やはり艤装なのか見た目通りの重さは感じられなかった。

 

「うんうん、そうよね! 会心の出来だと思ってるわ! 早速だけど試しに行きましょう!」

 

 あっ、そういえばなんか明石が夕張の「実験」って言ってたな。まさか俺はモルモット?

 

 俺の思考を他所に夕張に引っ張って行かれる。これは俺でも分かるぞ。完成品のテストをしたくて堪らない研究者の顔をしている。さて、俺も素晴らしいモノを貰ったんだし、期待に応えられるように頑張らなくちゃいけないだろう。

 

 

 

 

 

 今は海の上。それなりに離れた場所には艤装を着けた夕張が立っている。ここに至るまで艤装が保管してあるロッカールームがあることを知ったり、夕張に優しく艤装の付け方を教えてもらったりした。

 一つだけ言い訳させてもらうと、日本への移動中は妖精さんに艤装の着脱をしてもらっていて、教えるときは感覚で具体性が無く、盗み見ようにも早すぎて得られるものが何もない状態だった。俺は悪くない筈だ。

 

「それじゃあ行くわよ~!」

 

「はーい!」

 

 なんて返してみる。距離の割に良く聞こえるのはやはり妖精さんの言う通り、艤装の効果だと言われた。

 さて、夕張の攻撃を出来る限り防いでみますか! 気持ち切り替えて、集中集中……

 

 

 

▼―――――――――――――――

 

 

 正直に言ってこれは期待以上かな……

 

 これが素直な感想だった。

 私が放った砲はほとんど全てを捌ききり、魚雷は苦手なのか対処に手古摺っていたけど大したダメージは受けているようには見えなかった。

 

 私としては大した攻撃が飛んでこないのは、あまり自信の無い回避をせずに済むので非常にありがたいけど、私の攻撃が殆ど効果なしってのは精神的にかなりクるものがあった。

 

「ホント、盾持たせるだけで何をどうやったらこんなことになるのよ……」

 

 私もスーちゃんも互いに被害は少ない。けど、消費した弾薬の量が違い過ぎる。私は間違いなくスーちゃんの3倍以上の弾薬を消費している。つまり、このままやり合っても私に勝機は無い。少なくともフェアな戦いにならない。

 もともと勝ち負けを決めるようなものではないし、ただ単に出来上がった盾の性能を見たいっていうのが主な目的だったけど、良いように攻撃を捌かれっぱなしっていうのもちょっと……そう、ちょっとだけ気に障るところがあった。

 主砲や魚雷を斉射して、防ぎようのない物量を叩きつけてみようかなんて思い浮かぶけど、それで大破されても困るのは私と明石で……う~ん。

 

「夕張さん! 後ろ!」

 

 スーちゃんから突然言われて振り返る。後ろには……何も無かった。平和そうな鎮守府が見えるだけで、深海棲艦とか楽しい事を嗅ぎつけた人(ヒマを持て余した駆逐艦)達が乱入してきたとかでは無いようだった。……引っかけられた!? と思って振り返ると案の定スーちゃんは目の前に居て、盾を大きく振り上げていた。

 

 まさか盾で直接攻撃しに来るとは思わなかった。流石は艦娘なのに盾を欲しがる変わった子。

 それでも流石に……

 

「ちょ、非常識」

 

 ズガァン―――!!

 




夕張だけ出過ぎ? だって主人公工廠に入り浸ってるんだし……

火力を犠牲に耐久力を手に入れた主人公
盾を持ってバッシュしないとかありえないよね(偏見)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦載機

21話です。

深海棲艦出したいけど二章はほのぼのって決めてあるんです……。
出てもダイジェストみたいにあっさり飛ばすかな……


▼―――――――――――――――

 

 

ズガァン―――!!

 

 凄まじい爆音と目が眩むような閃光。爆風もあっていつの間にか屈んでいた。屈まされていた、という表現が正しいような気がする。

 

「大丈夫ですか?」

 

 スーちゃんがすぐ側に盾を構えて立っていた。口元だけの笑顔も無くなっていて完全に無表情。そしていつもよりも目つきを鋭くして何かを睨んでいる。

 ……何か只ならぬ事態になっている?

 

「何が起こったの!?」

 

「夕張さんの後ろから艦載機? みたいなのが飛んできました。盾で庇うにも結構距離があって焦りましたけど、何とかなりましたね」

 

 気になることを訊いてみたら軽く答えてきた。でもそれを聞いた私はそれどころじゃない! こんな鎮守府近くで艦載機がきっと爆撃してきたに違いないと思って鎮守府に緊急連絡を取ろうとしたら……

 

『いや~スマン! 盾持ってるから戦艦ル級かと思っちゃってさ! ホントにごめんよ~』

 

 なんて連絡が飛んでくる。この声は、隼鷹さん?

 それにしたって勘違いで艦載機による爆撃を受ける私って……しかも勘違いした相手のスーちゃんではなくなんで私の方に飛んでくるのよ! なんて言いたいけどグッと我慢する。後で文句だけ言っておこう。

 取り敢えず私が気付かなかった艦載機に気付いて対処してくれたお礼をする。

 一応目的は果たせたんだし、スーちゃんを連れて鎮守府に戻ろう。

 

 ……なんか一気に疲れた。後でお風呂に入ってゆっくりしよ~っと。

 

 

▲―――――――――――――――

 

 

 突如夕張の背後から何かが飛来し、すわ U.F.O かと思って夕張を庇いに行ったらギリギリで間に合った。盾を構えたら衝撃と爆音がしたので空襲みたいに爆弾でも落としていったんだろう。

 たまたま手元に盾があって助かった。……それにしても、艦娘って空爆にも対応しないといけないの? 恐ろしすぎるわ。

 

 鎮守府に戻ると、結構な数の艦娘が集まっていた。別に見世物とかじゃあなかった筈なんだけどなぁ……見世物よりも面白い物( U . F . O )はあったけど、大きさからして見えた人は居ないんじゃないだろうか。

 

「ホントゴメン! でもアンタもやるね~! アタシの艦載機を落とすとはねぇ~」

 

 隼鷹が謝る。名前は鎮守府に移動するときに聞いておいた。実際、明石の用意したファイルと歓迎会だけではまだ全然覚えられてない。俺の記憶力はそこまで良くない。もっと人間関係を頑張らないと……キツい。

 

 隼鷹のよると俺が落としたのは U.F.O ではなく、彼女の艦載機ということになる。艦載機を落としたタネは簡単。通過するだろう地点に向かってスタングレネードを投げただけだ。

 高速で動くもの程一瞬の隙が大惨事に繋がりやすいって自動車教習所で教わったことを覚えている。今思うと腰の高角砲を放てば良かった。絶対にそっちの方が楽チンだってどうしてあの時気が付かなかったかなぁ……経験が足りない。

 

 それに隼鷹の言う通り、艦載機が一機だけとはいえ対処出来たということが分かったのは大きい。その内自分の限界を知る為にも空母の皆様に声を掛けさせてもらおう。

 

 なんて心の中で犯行声明を出していると、他の艦娘からも話しかけられてきた。

 

「その盾は何? また夕張が変なの作ったの?」

「スチュワートさん、貴女には見所があります。二水戦の皆さんと一緒に訓練しませんか?」

「凄いっぽい! 夕立もスチュワート演習し(殺りあい)たいっぽい!」

 

 

 などなど……って待てい!

 なんだこのセリフ軍は!? 夕張が普段から変なのを作ってることが確定したことは放っておこう。

 

 神通からは訓練のお誘いだった。鬼教官みたいなことをどこかで聞いたことがある。前世だったか歓迎会の愚痴の中だったかは覚えてないけど、ボロ雑巾みたいになるまで扱かれそうだ。取り敢えず保留の旨を伝える。

 

 ここまではまだ良い。だが夕立はダメだ。

 無邪気な笑顔に騙されたが最後、そのお誘いに乗ったら『艦これ』の駆逐艦詐欺レベルの圧倒的火力を叩きつけられる。果たして俺の死体が残るかどうか……夕立の素敵なパーティー会場の床は俺の血肉で塗られたレッドカーペットのようです。全く笑えないんだけど?

 

 そんな果たし状だか死の宣告だか分からないものはここで安請け合いするわけにはいかない。砲の代わりに盾を装備した俺の攻撃力はクソだから一方的に殴られるのは目に見えている。そんな実質サンドバッグの俺をタコ殴りするのは虐めと変わらないだろ。

 そもそも盾を持ってるからちょっと防御寄りなだけで死ぬときは死ぬんだよ。

 

「神通さん、訓練はまた別の機会にお願いします。夕立もその~、私は強くないので演習はちょっと……」

 

「う~ん。なら仕方ないっぽい。訓練頑張るっぽい~!」

 

 これは上手に断れたんじゃない? 訓練を受けること

 

 でもそう、まだ艦娘としては新人も新人の俺には何よりも経験が足りてない。盾が欲しいなんて言っておきながら、艦載機や魚雷のことを全く失念していたのはよろしくない。敵は水上だけではなく空中と水中にも居たんだ……夕張の実験に付き合わされて良かった。ありがとう夕張、ありがとう隼鷹…

 腰の艤装は砲を更に減らして高角砲を増やす。ソナーを搭載するなどすれば多くの攻撃手段に対応できるんじゃないだろうか。やっぱり男にはこうゆうロマンが必要だよね?

 

 なんて、爆撃されたこともすっかり忘れて談笑や考え事をしていた。まだ午前中だというのにめっちゃ濃い1日になった。これが毎日続いたら胃が潰れそうだ。

 

 だけど、想定外はいつだって突然やってくる。

 

「スチュワート、素敵な盾は頼もしいのですけれど、慢心はいけません。航空母艦、赤城がお相手致しましょう」

 

 アカギ……赤城!? ありえない、何かの間違いではないのか? いやホント、神通と言い俺は何かハードモードのスイッチでも押しちゃったワケ?

 

「……。 ……ハイ。胸を借りさせていただきマス。よろしくお願いします」

 

 艦娘歴一ヶ月程度、盾装備歴1時間未満の俺が一航戦という大ベテランの相手になる訳が無い。

 断ることを許さない雰囲気から演習の申し込みに頷いたけど……胸を借りるって言ったけれども! 流石にレベル差があり過ぎてヤバい。これがゲームだったら絶対に負けイベの類でしょ。

 

 しかし無情にも時間は進む。

 

 

 

『私は準備完了です。いつでもかかってきなさい』

 

 通信で聞こえてきた声に身体が硬くなる。

 もう言動が強者なんよ。

 

勝てる訳ないじゃん……

 

 だからと言って始める前から諦めるのは良くない。どうせ誰も俺が勝つなんて思ってないんだ。やれるだけやってみるしかない。

 嬉しいことに先制は譲ってもらったけど、射程や攻撃力は赤城の方が数段どころではなく上だろう。俺が勝っているのはせいぜい速度、あと防御力くらいか。だったら速攻で片を付けるように近づいて行くべきか?

 いいや違うだろう。相手は大ベテランだ。当然俺がそうしてくることくらいは読んでるだろう。そもそも歴戦の艦娘が俺ごときの速攻でやられる訳がない。

 

 なら、勝つんじゃなくて負けないことを目指そう。

 

 となると大事になってくるのは如何に赤城の攻撃を捌くかだけど、こっちもこっちで難易度が高すぎる。でも赤城を攻撃してダウンさせるよりは簡単に思えてくる。

 それに、スタングレネードなんて夕張以外は知らないであろう初見殺しの隠し球もあるからワンチャン行けそうに……いや無理だわ。艦載機による爆撃で蜂の巣にされる。

 

 勝つのも無理、負けないのも無理。

 じゃあ俺なりの目標でも決めよう。

 

 できるだけ長時間生き残ること。赤城の艦載機を出来るだけ落とすこと、この2つをスコアにしよう。

 とにかく沈められないことと、艦載機を一つでも多く堕とすこと。

 

「分かりやすくなっていいね。……さて」

 

 あまり長い時間待たせるのは良くない。そろそろ行こうか。

 

 赤城目掛けてに魚雷を放つけど、距離が空いてるから余裕をもって避けられる。

 そしてそれを開戦の合図と捉えたのか、赤城が居る方から3機の艦載機、戦闘ヘリが飛来してきた。

 

「速過ぎだろ……ヘヘッ、大ベテラン相手に新人が生き残るスコアアタックの始まりだ」

 

 もう苦笑いするしかない。

 とことんやってやるよこの野郎

 




盾で殴る……ように見えたけど実際は上に盾を構えただけ。

二章のラスボス枠は赤城さんでした。
様々な艦娘からタコ殴りにされる主人公。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

中身は知らない

22話です。



――ブゥーーーン

 

 そんな音を響かせ飛来する艦載機。そして投下される攻撃は火の雨と言っても大袈裟な表現じゃない。

 正に絨毯爆撃。横に大きく動いたところで攻撃の密度がちょっと下がるだけで、全く当たらなくなるなんてことは無い。俺はそんな数の暴力による爆弾の雨の中、盾を上に構えながら僅かな隙間を縫うようにして大ダメージを受けないようにするので精一杯だった。これなんてクソゲー?

 

チッ! ああもう!」

 

 俺はマゾじゃないから上からの衝撃によってかなり重く感じる盾を持ち続けたくはないし、防御に徹したところでご褒美なんて喜ぶこともない。

 艦載機が邪魔だから一向に近付けない状況で攻撃され続ける……つまりハメられてストレスが溜まってる。

 

 

 思えば、最初の3機の対処を間違えたのが失敗だった。

 戦力を小出しにしているうちに堕とせるだけ堕としておくべきだった。堕とせるかどうかは別として、少しでも減らしておけばその分だけ後で楽になったのに……。

 

 でも後悔してももう遅い。

 この現状をどうにかしないとジリ貧になることは確定的に明らか。だったら多少の被害には目を瞑ってスタングレネードでも投げて艦載機を落とした方が良さそうだ。

 片手で盾を構えてこの鉄の雨の衝撃に耐えられるとは思えないけど、適当に宙に放っても艦載機の数が「なんで衝突事故起こさないの?」ってレベルだからほぼ確実に複数機は落とせると思う。

 

 艦載機一機当たりの攻撃力がどの程度なのかは知らないけど、腕が疲れてプルプルしてきたから早く実行に移して余裕を作らないと……

 

「でもどうする? ……あっ」

 

 そういえば投擲物はスタングレネードだけじゃない。踏ん反り返った偉そうな妖精さんは複数種類の投擲物を作っていた。

 目線を腰に向ける。赤、黄、緑、青紫の缶が目に入る。黄色がスタングレネードってことはさっき隼鷹の艦載機に投げた時に分かってる。でも他の色が何なのかが分からない。

 すまねぇ妖精さん。折角すぐ分かるように色付けてもらったのにそもそも何が入ってるか分からねぇ……

 

「全部投げよう。まずは……っと」

 

 どれを投げたら効果的か考えてたけど、中身が分からないならどれを投げても変わらないことに気が付いたから適当に投げてみることにした。決して考えることが面倒臭くなったからじゃない。

 まずは青紫色の缶を手に取る。取り敢えず投げてみるとサイズと重さが丁度いい感じに投げやすく、結構飛んで行った。

 

「せいっ!」

 

 青紫色の缶は俺から離れた海面に着水し、プシュー……なんてマヌケな音と共に大量の紫色の煙を吐き出し始めた。幸運にも風は無く、毒々しい色の煙で辺りの視界は最高に悪くなってきた。

 赤城と俺の間に視線を遮る物が出来たから、これで少しは攻撃の手が緩むだろう。

 

「……」

 

――ドドドドド――

 

 ……全然緩まねぇ! じゃああの艦載機は赤城自身が照準合わせてるんじゃなくて、中に妖精さんでも入ってるかカメラみたいなので視界を共有でもしてるってこと!?

 こんなの溜まったもんじゃない。俺は逃げさせてもらおう! 煙がかなり濃いところに逃げ込む。煙に突っ込んだ時に毒っぽい色してるけど、マジで毒じゃないよね? って思ったけどただの色付きの煙で助かった。自分の武器で意図せず自滅だなんて情けないにも程がある。

 

「ハァ、ハァ……ハァ。助かった?」

 

 煙の中に入るとほぼ同時に盾に受ける衝撃が明らかに減った。海面に爆弾が落ちる音と艦載機の飛ぶ音も殆ど聞こえなくなった。まさか音もなくホバリング出来るなんて思わないし、赤城の元に撤退したんだと思いたい。

 

「マジ疲れた」

 

 ずっと攻撃を受け続けたから腕も肩も腰も痛いし体力的にも限界が近い。これで手加減されてるとか冗談じゃない。

 

「……やっぱりヤバいわ空母」

 

 あれだけの数の艦載機があれだけ弾や爆弾を吐き出し続けたにも関わらず、最初からペースを殆ど落とさずに攻撃し続けるだなんて、流石は「正規(くう)母」だなんて弄られるレベルで燃費が悪い艦娘だ。それに見合った殲滅能力だと思う。盾が無かったらバラバラになってたんじゃなかろうか?

 

 空母の出力の高さを思い知った。砲や魚雷を中心とした駆逐艦娘とは違う、艦載機を用いた面での制圧。しかも言い方は悪いけど艦載機は消耗品だから艦載機をどうにかしても本体は無事っていうのが性質が悪い。

 そして、そんな攻撃能力をたった1人に向けたらどうなるか。

 

「ただの弱い物イジメなんだよなぁ……」

 

 この感想には一方的にただ攻撃され続けた私怨が多分に含まれてるから正当な評価じゃないだろう。でも少なくとも俺はそう思った。

 そもそもの出力が違うんだよ。

 柔道とかボクシングだって階級別に分けられてるってのに……やっぱりフェアじゃない。こんなの絶対におかしい。

 

 

 

「ふぅ~……仕切り直しだ」

 

 盾を下ろして休めていた腕を上げる。初めて持ったときよりも重たく感じた。やっぱりかなり限界が近いって。明日はきっとまともに動けないに違いない。

 

「やれるところまでやる……よし」

 

 艦載機からの絶え間ない攻撃を中断させた今、俺が疲れたことを除けば振り出しだ。それでも、空母がどんな存在かをちょっと理解したつもりだ。

 言ってしまえばゲームで強敵から逃げて回復もせず、装備の変更もしないまままた戦闘に突入するのと似てる。

 だけど、行動パターンをちょっと把握してると立ち回りが分かる。対策が練れる。この差はかなり大きいと思う。

 

 風が吹いて、煙が横に流され始めた。

 少しでも回復しようと大きな深呼吸を繰り返す。

 

 そして煙幕は晴れ、数分ぶりに太陽の光に曝される。

 

 

「あっ……」

 

 眩しくて細めた目の隙間からは赤城と思われる小さい点と、こっちに飛んでくる艦載機。相変わらずブゥーーーンなんて耳障りな音を立てながら、今度は煙を出されたくはないのか、一気に畳みかけるように纏めて飛ばして来た。思わず顔がニヤける。

 

「当てやすくて良いな」

 

 腰から緑色の缶を抜く。側面には音符マークが描いてある。正直なところ中身の予想が全くつかない。まぁ今に分かるでしょ。

 赤い缶も抜く。こちらには炎の絵が描いてあった。これは分かりやすくて良いな。恐らく火炎瓶の仲間だろう。中にはきっとよく燃える何かが詰まっているに違いない。

 

 ……ぶつけられるほど近くに標的が居ないんだけど。レバーはまだ開いてないけど、ピンは腰から抜くときに外れるようで、どうしようもない俺は両手に缶を持って迫りくる艦載機をただ見つめていた。

 

「いや、少しでも数を減らさないと……」

 

 そういえば高角砲はあるんだ。

 落ち着いて狙いを定めて ──

 

「撃つ!」

 

 

▼―――――――――――――――

 

 

 突然スチュワートの目の前から毒々しい色の煙が噴き出し、艦載機に乗った妖精さんが私のところまで戻って来た。

 

「お疲れ様です。ですがまだ勝利した訳ではありません。装備換装をして備えてください」

 

 妖精さん達が慌ただしく作業を始めるのを横目に、風が無いから晴れない煙幕を睨む。

 

 正直に言うと私は、あのスチュワートという艦娘を全く信用出来なかった。

 深海棲艦の活動が活発になって数年、私は何度も海外に出向した。人の名前はすぐに覚えられる私が、日本よりも種類の少ない海外の艦娘の名前を覚えられないとは思っていない。そしてその中に“ 駆逐艦娘のスチュワート ”は存在しなかった。

 

 そんな不審な存在を私は、例え提督や妖精さんが信じたとしても自分の目で判断するまでは信用できなかった。だから適当な理由を付けてこうして攻撃している。提督や妖精さんを信じていない訳ではないけれど、味方の中にみすみす敵を招き入れるだなんて愚は犯せない。

 

 妖精さんが作業を終わらせたのか飛び立って、私の上をクルクル回り始めた頃、風が吹いて煙幕が晴れた。

 

「嘘、よね?」

 

 あれだけ艦載機の攻撃に晒され続けても逃げの一手を打たず、煙幕のあった場所に立っているスチュワートに驚いた。本当に駆逐艦かどうか怪しくなってくる頑丈さだ。

 

「――ッ! 第一次、第二次攻撃隊、全機発艦!」

 

 すぐに立ち直って艦載機を飛ばす。いつまでも呆然としては居られない。

 

「スチュワート、貴女は私たちの仲間だと認めましょう」

 

 深海棲艦は艦娘に比べて動物的な行動が多い。いくら鬼や姫級だって危機的状況になったら逃げる。

 だけどスチュワートは逃げなかった。それは彼女が艦娘であることの証拠。

 こうして相手をするときに皮肉げに送った言葉である「素敵な盾」は間違ってはいなかった。

 挑発するように言ったことに対して、後で謝罪をしなくては。

 

 だけどそれはそれとして、このままでは駆逐艦すらまともに撃破出来ないと思われてしまう。それでは加賀さんに顔向けできない。

 だからスチュワートには悪いけれど、轟沈……までは行かなくとも動けなくなるくらいにはなって貰おう。

 

「ごめんなさいね」

 

 彼女は仲間。もう信じられる。そう呟いた私の口は笑みの形を作っていた。

 

 

▲―――――――――――――――

 




ちょっと怖い赤城さんでした。

缶の種類は
赤:焼夷手榴弾 
黄:閃光玉 (モンハン感)
緑:音爆弾 (モンハン感)
紫:発煙筒
 となっております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

濃い一日

23話です。

いろいろ詰め込んでみました。


『そろそろ降参してください!』

 

 なんか降参しろって言ってきた。

 

「ハァ? やだ」

 

 好き放題に攻撃し続けて日頃のストレスがスッキリしたのか知らないけど、俺は良いように攻撃され続けてストレスがマッハなんだが?

 新品の盾もボロボロにされてるかもしれないし、俺自身もボロボロなのにどうして一矢報いることもなく降参する必要があるの? 艦載機を堕とすだけじゃ気が済まない。せめて一発殴らせて? 殴らせろ。

 

 煙が晴れて2度目の艦載機の攻撃を最初と同じように、盾を構えるところからスタートしなかっただけで随分と展開が変わった。

 

 まず最初に艦載機の群れに緑の缶を投げた。その中身は閃光や煙ではなく、頭が痛くなってくるような音“ 音 ”だった。

 その結果、バランスを崩した艦載機が近くの艦載機に衝突。これだけで間違いなく10近くの艦載機が落ちてった。

 

 そして次に赤い缶。炎のマークが描いてあったから殺傷力高そう……って思い艦載機に投げたら当たった艦載機が派手に燃え始めた。

 しかも爆発した破片も火の玉のように燃えていて、近くの艦載機に飛び火、結果的にこちらも10機くらいの艦載機をダメにしてくれた。

 連鎖的に艦載機がダメになっていく様は見てて最高に気持ちが良かった。

 

 艦載機のパイロットが動揺でもしたのか、動きが悪くなった艦載機は高角砲で堕としていった。

 

 優に100を超える艦載機に対して30くらい堕としたからってどうなの? って思ったけど、全然違ったんだなぁ~コレが。

 まず攻撃密度が下がったから体力の消耗が少ない。そして盾が受ける衝撃が少なくなったからさっきと比べて移動する余裕が生まれた。

 とは言っても、俺自身も疲労でまともに動けなくなってるから、目に見えて俺が有利かと言われたらそんなことは無い。

 

 ただ、マジで限界だから最後に一発殴りに行きたい。

 もうそんな気持ちだけで動いてた。

 

 多少の被弾を覚悟して赤城に向かって突っ込む。

 盾は頭の上、いつでも振り下ろせる最高の形。

 喰らえッ!

 

「はあぁあッ!」

 

「惜しかったですね」

 

 

 

 目の前を横切った艦載機が爆弾を投下した。

 艦載機がやや上昇しながら投下された爆弾はフワリと上昇し、わずかな時間その場に留まった。置き爆弾とでも言えるような設置技と化したソレがようやく自由落下を始めた頃、回避する余裕が無い俺が突っ込んだ。

 

「ア゜ッ!」

 

 そして俺だけが吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 青い空が見える。白い雲が見える。無数の艦載機が見える。眩く光る太陽が目に入る。

 

「はぁ~……」

 

 視界の端に現れた赤城が見える。赤城の太陽の逆光で窺えないが、俺の表情は疲れの余り歪んでいた。

 もうちょっとだけでいいから頑張ってくれよ表情筋。立ち上がろうとするけど力が入らない。深呼吸のような溜息を吐く。

 

「私の勝ち、です。今まで居ないタイプだったのでとても新鮮でした。演習、感謝です」

 

「……」

 

 努めて無視しつつ赤城が視界に入らない方に顔を向けると、波打つ海面と水平線が見える。

 

 結局赤城には一撃も与えることが出来ずに完敗した。多くの艦娘の憧れの空母には手も足も出ず、言葉通り殴る拳は届かなかった。

 

「ハハッ……」

 

 あ~あ、なんか燃え尽き症候群って感じ……何もやる気が起きない。

 海面に浮かんでる現状から立ち上がることさえ億劫だ。いっそこのまま波に流されて海に溶けて消えるも、鎮守府なりどこか知らない浜辺に打ち上げられて、身動きできないクラゲみたいになるのもいいかもしれない。

 

 なんて考えていたら、視界に再び赤城が入り込んできた。

 

「参りました。どうぞ炒るなり裂くなり好きにしてください」

 

 適当に、ぶっきらぼうにそう言うけど、そういえば胸を借りると言った相手にコレは無いだろうと発言の後に気付き焦る。

 

「うふふっ。面白い子ですね。その盾、貴女自身もとても素敵でしたよ。これからも共に頑張りましょう」

 

 なんて言って手を差し伸べてくる。これが人間性の違いってヤツかぁ……俺には真似出来そうにないかなぁ。これは正規喰母なんかではなく頼れる一航戦だなぁ……

 

 流石にここまでしてもらってその手を取らないなんて選択肢を選べる俺ではない。

 

「はい。これからもよろしくお願いします。赤城さん」

 

 そう言いながら手を掴んで立ち上がる。赤城の顔は演習が始まる前よりも柔らかく、憑き物が落ちた……とまではいかないものの、どこか固かった雰囲気が霧散しているように思えた。

 

 

 

「あ~っ。お腹空きましたね~。美味しいものでも食べに行きましょうか」

 

 鎮守府に赤城と戻る途中、彼女が発した一言目がコレだ。

 えっ連れてってくれるの? なんて思ったが――

 

「加賀さんと」

 

 って次の一言で台無しになった。俺とじゃないんかい! だったら何で俺の前で言ったし……

 

 まぁこんな新人よりも長年の同僚と一緒の方が色々と楽しいだろう。

 でも加賀には挨拶しておきたいしなぁ……なんかそういう礼儀とかに結構口煩そうな雰囲気あるように感じるし……

 

「あの、出来れば加賀さんにも挨拶させて貰えませんか? その、加賀さんが居るところまで連れて行って貰いたいなと」

 

 そういうと赤城はニコリと微笑み

 

「良いですよ。さ、行きま……ってあらら」

 

「?」

 

「そういえば加賀さん、3日前から出向でイタリアの方に行ってたんでした……ごめんなさいね。挨拶してくれるのは嬉しいのだけど、また今度ね」

 

 じゃあ仕方ないか。

 

 

 

 そんなこんなで鎮守府に戻る。またしても多くの艦娘が寄ってくるけど俺は既に疲労困憊。悪いが赤城に押し付けさせてもらおう。さっさと工廠に戻って休みたい。

 そう思い、艦娘の輪の中からそっと離れた俺に、声が掛けられた。

 

「スーちゃんお疲れ様。疲れたでしょ~。さ、一緒にお風呂行くわよ!」

 

「え?」

 

「ん~?」

 

「……え?」

 

 ……ハッ! ヤバイヤバイ、フリーズしてた。

 え、待って? 風呂とか嘘でしょ? せめて最初とその後10回くらいは慣れる為にも一人で静かに入りたいんだけど……。

 女の子とか女性と一緒にお風呂だヤッホー! なんて考えられる神経は持ち合わせてないんだよ! 羞恥のあまり死ぬから! なんでそんなにこやかな笑顔してんだよ断りづらいじゃん! 笑顔は最強の交渉武器だった……?

 どうしよう……ハッキリ言って逃げ場が無い。

 

 この間僅か0.3秒。 嘘、30秒くらい。

 

 

 その大きすぎる隙を逃す彼女、夕張ではなかった。

 

「何ボーっとしてるの! 早く行きましょう。ほらほら~」

 

「えっ、いやその……」

 

 考えろ考えろ……きっとどこかに答えはある。

 

「何その行きたく無さそうな顔……因みに私、スーちゃんが演習終わるまでお風呂に行くの我慢してず~っと待ってたんだけど」

 

「ワカリマシタ……」

 

 これは勝ち目ないわ……待たせたって借りがある以上断れない。

 返事をした瞬間腕を掴まれてグイグイ引っ張られる。俺の腕はゴムみたいに伸びはしないから夕張に合わせて歩く。腕を掴まれてるのが何となく嫌で、振りほどこうとしたがビクともしなかった。

 そんな細い腕のどこにそんな万力みたいなって痛い痛い痛い!

 

「何か失礼な事考えなかった?」

 

「気のせいですよ」

 

 全く動かないことを例えただけだから失礼な事じゃない筈だ。俺の口が嘘つきで良かった~。

 

 

 

 

 

「うぅっ……グスッ!? ゴホッゴホッ!」

 

 湯船の中でわざとらしく鼻を鳴らしていたら湯気で咽た。でもわざとじゃなくても泣きたい。勿論感動や喜びではなく羞恥で。

 

 工廠に超スピードで連れて行かれ艤装を外され「ロッカーはここね!」って言われて、気がついたら脱衣所にいた。展開に付いていけず脳がエラーを吐いてフリーズしていたら夕張に好き勝手されていた。

 具体的には服を脱がされ髪を洗われた。年下の妹の世話をする姉じゃないんだから止めてほしかった……

 

 体の方は出来ると言いつつ、皮膚を削るような擦り方をしたら絶対に怒られると察したので、隣で洗う夕張をバレないように観察しつつゆっくり洗った。

 髪といい体といい、女がどうして風呂やシャワーの時間が長いかの理由が分かった気がする。

 

「どぉ? 沁みるところとかない? そっかー、綺麗に治って良かった良かった」

 

 素直に反応するとそう言いながらすぐ隣に寄って来たので少し距離を取る。体をタオルで隠しているが、まだ安全とは言い切れない。そもそもこの空間は2人だけとはいえ童貞の俺には刺激が強すぎるから凄く辛い。

 

 多少のケチが付いたものの、久しぶりの風呂は気持ち良かった。

 身体の傷は治ったみたいだけど、心が死にかけた。

 

 

 

 工廠に戻ってから夕張が俺の替えの服が無いとか言い出したり、赤城にズタボロにされた盾を直してもらったり、なんか偉そうな妖精さんに演習の感想から考えて艤装の要望を出したり、椅子に座って船を漕いでたりして、気がついたら真っ暗になってた。肩には薄い毛布が掛けられている。

 しかも工廠内が雰囲気的にも物理的にも薄暗くなっていた。明石と……黒いロングの戦艦? 長門じゃないし、不幸で知られる……誰だっけ?

 

「あれは扶桑さんですよ。スチュワートさん、貴女に提督から連絡があります」

 

 後ろから声を掛けられた。毎度突然のことで心臓が飛び上がるから止めてほしい。提督からの連絡ってのもあって、眠気は吹き飛んだ。

 

「貴女に艦娘寮の部屋が与えられます。場所は島風さんの隣です。案内しますので付いてきてください」

 

「……はい」

 

 どうやら自室が貰えるらしい。さらば医務室のベッドよ。

 今まで俺の指定席だったベッドに別れを告げる。

 

 

 

「こちらです」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 ドアを開ける。中には畳にちゃぶ台と布団があった。物は少ないけどシンプルイズベスト。物が溢れかえって足の踏み場が無いゴミ部屋よりは余程いい。

 

「あの、明日の予定とかっていつ分かるんですか? 予定表みたいなものとか……」

 

「はい、貴女の明日の予定は……えっ嘘……コホン。失礼しました」

 

 おっ、気になる反応。なんて書いてあったの?

 

「貴女の明日の予定は、秘書艦です」

 

「……はっ?」

 

 

 

 ……は?

 

 




嘘みたいだろ? これ一日の出来事なんだぜ……

・まだまだ一航戦には勝てない主人公。当然。
・夕張に好き勝手(ご褒美)される主人公。 つ処刑台
・自室GET! やったね主人公! プライベートが増えるよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

気まずさ

24話です。

秘書艦回……にはなりませんでした。

二章が遅延されていく。
もっと短く終わる予定だったのに何故……


『明日の予定は、秘書艦です』

 

 電気を消して布団に入ってからずっと、大淀に言われた言葉が頭の中で駆け巡る。

 秘書艦ってアレでしょ? 一時間おきに時間を提督に伝えたり、3度の飯を提供したりされたりするやつでしょ?

 書類仕事は慣れてないし、料理も家庭料理ならまだしもティーセットが部屋にあるような提督に出せる物は作れない。しかも24時間起き続けるのは非常に厳しいところがある。

 しかも秘書艦は『艦これ』の中ではほのぼのとした雰囲気になるが、実際はどうだろう。書類仕事の手伝いとか提督の護衛とか、コミュニケーションとしての面もあるのかもしれない。

 

 目を閉じる。瞼の裏に映された妄想は、俺が書類をばら撒いたり飲み物を溢してたりうたた寝してたりする光景ばかりだった。まだ日付も変わってないというのに胃が痛くなってきた。もし現実になったら笑えないぞ……。

 っていうか入ったばっかりの新人に対して研修も何もなくいきなり仕事振るとか正気じゃない。非常事態でも簡単に説明とかはあると思うんだけど。せめて鎮守府全体の案内、日頃の業務内容とそのやり方、福利厚生の説明くらいはして欲しいな……

 でも食堂で美味いモノ食べられるし、艦娘寮もしっかりしてる。二次創作でありがちな所謂ブラック鎮守府特有の薄汚れた服を着たり、やつれてたり、目が死んでる艦娘も居ないからホワイト鎮守府だと思う。

 っていうか艦娘って日本のどこの組織に分類されるの? やっぱり海軍──海上自衛隊? だったら公務員ってことになるのか? あれ、ってことはやっぱりブラック? ブラック組織のホワイト鎮守府とか頭おかしくなるな。

 まぁいいや。

 

「……寝れない」

 

 

 

 

 

 そんなことが昨日の夜だ。結局駆逐イ級を数え始めたら20もしないうちに意識が落ちた。とにかく寝ることには成功した訳で、気持ちの良い朝を迎えることが出来た。

 寝間着、この体には少し大きい白いシャツを貸してくれた夕張曰く「武蔵さんは出向で居ないので大丈夫!」だそうだが、俺の部屋に洗濯機が無い。どうしよう……

 

 「明日の朝、部屋に迎えに行くので準備して待っていてください」って大淀は言ってた。……そろそろ時間じゃないか? 時計が無いから分からないけど、それは寝坊していい理由にはならない筈だ。

 

――コンコン

 

「っは、は~い」

 

 来た。よし……覚悟を決めろ。ここからが本当の地獄だ。

 でも変な事したらそれが現実になるであろうことは想像に難くない。素直で大人しい従順な犬のように、言われたことに反抗せずに従っておけば取り敢えず問題はないんじゃないか? それで行こう。

 

「おはようございます」

 

「おはようございます。準備は出来てるみたいですね。それではこれから執務室に連れて行きます。取り敢えずは執務室だけでいいので場所を覚えてください」

 

 了解しました。なんて言ってから大淀に付いていく。やっぱり艦娘の数が数だからだろうか長い廊下には多くの部屋があった。昨日は雷と電に案内してもらったけどやっぱり広いわ。

 途中で他の艦娘とすれ違ったりしたけど、会釈や挨拶だけで立ち話は出来なかった。朝から艤装着けてたし忙しいんだろうな。

 

 大淀の後ろを付いていき、進むたびに緊張してくる。前も同じようなことがあったなぁ……あの時は明石に連れてってもらったんだっけ? ……なんで明石も大淀も一言も喋らねぇんだよ! これが夕張とかなら絶対に世間話とかワンポイントアドバイスみたいな話題があると思うんだけど、この差は何よ?

 

「提督、失礼します」

 

「入りなさい」

 

 あっ、もう着いてる……ヤベェよ心の準備がまだだよ。だからそんな早く入れって目で見ないで! キラリと光る眼鏡が怖いから!

 

「失礼します……」

 

 執務室に入ると執務机の上以外は変わらない部屋と、相変わらずお人好しそうな提督がお出迎えしてくれた。俺が入ると大淀にコーヒーを3人分用意するように言って、執務机とは違う、お茶をする為にあるだろう小さなテーブルに移動した。

 入り口に立ったまま眺めていたら、コーヒーを淹れた大淀が戻って来た。

 

「貴女も座りなさい」

 

「……はい。失礼します」

 

 あっ、一緒にお茶しようって流れ?

 正直マナーとかも分からないし、そんなのいいからさっさと秘書官の仕事を教えてくれと言いたい。でもそう思ってもイヤとは言えないのが本当に辛いところ。

 言われた通りに提督の体面に座って、促されるままコーヒを飲む。熱い。もう少し冷めるまで放っておこう。

 

 カップを置いてそっと息を吐く。その間提督はずっと俺の方を見てニコニコしてるだけだった。

 しばらく提督を見ていたが一向に口を開かない。提督の隣に座る大淀もだ。

 ……これは俺が何か話題を出すべき? それとも秘書艦ってことでここに居るんだから秘書艦のすることの確認を取るべき?

 

 う~ん……後者!

 

「あの~、秘書艦って何をすれば良いんでしょうか……?」

 

 大淀を見る。眼鏡に朝日が反射して目が隠れてしまっている。マンガだと面白い場面なのに、今はただ怖い。相手の目が見えないってのはかなり不安を煽られる。気まずくなってすぐに目を逸らした。

 提督の方を見ると笑顔は消えてキリっとした顔になっている。……なんか問題発言したかな? いや、発言の内容自体に問題は無い筈だ。だったら何でこんな硬い雰囲気になってるの?

 

「スチュワート、君に教えることは無い」

 

「……もう一度お願いします」

 

「君に教えることは無い」

 

 どうやら俺の聞き間違いじゃなかったらしい。

 『教えることは無い』らしい。

 これは間違っても免許皆伝みたいなノリじゃなくて、意味することは教える程の基礎が無い。もしくは教えたくないのどちらかだということか? どこで提督の機嫌を損ねるようなことをした……? 全く心当たりがないぞ。

 

 なんて動揺してたら更に声が掛けられる。

 

「あぁ、今のは嘘だ」

 

「えっと……」

 

「完全に嘘ではないんだ。秘書艦の仕事というのはそこまで大変な事ではない。だから教えることは殆ど無いんだ。簡単な仕事はあるけど、それ以外は自然体で構わない。雑談しようが居眠りしようが自由だ」

 

 何を言ってるのかが分からない。わざわざ秘書艦ってくらいだからきっと大事な仕事だろうと思ってたから拍子抜けだ。っていうか雑談も居眠りも自由って何? それ仕事じゃないじゃん。いくら何でもやり自由過ぎだろ。でも、提督がこう言ってるんだし許されてるのか?

 

「 ? ……はい。分かりました」

 

 いまいち納得できないけど頷いておく。

 仕事でここに来ている以上、自由にするのは論外だろう。

 

「じゃあもう少しお茶にしようか」

 

 提督の方から仕事を放りだすのか……

 

 

 

「……」

 

「「……」」

 

 向かいに座ったまま無言を貫く提督と大淀。そして俺も喋らないから部屋にはコーヒーカップを動かす音と、外から微かに聞こえてくる艦娘達の話し声以外の物音がしない。

 俺は秘書艦の仕事をしに来た筈なのに、どうしてこうなった?

 

 何を求められているのかがサッパリ分からず、しかし余計な事をしてやらかすのも怖いから現状維持をし続けてきたが¥けど、あまりにも気まずい。

 ……これはもしかすると何かの試練なのかもしれない。休憩ばかりする提督に仕事をさせろという無言のメッセージか?

 

「あの、提督?」

 

「何だい?」

 

 気まずい雰囲気とは裏腹にあっさりと返事が返って来た。やっぱりあの無言は俺から話しかけろって意味だったの? もしそうなら分かり辛いわ!

 

「その、ただお茶を飲んでるだけでは仕事にならないのではないでしょうか……」

 

「……秘書艦の仕事は、先程提督が仰った通り簡単なものです。提督に時間をお伝えすることと、ご飯を提供する事です。それ以外には、提督の護衛や書類整理などが主な仕事です」

 

 おぉ、やっぱり普通に仕事があるじゃないか。

 

 チラリと壁に掛けられた時計を見ると現在時刻は7時半。

 執務机の上にも書類が積もっている。

 

 これはまさか、俺が何か行動しなければならないのか?

 とりあえず提督に一緒に仕事しようって伝えよう。

 

「えっと……提督、7時半です。溜まった書類もあるようですので、そろそろ仕事に取り掛からないと……その、自分も出来る限り手伝いますので。その、今日はよろしくお願いします」

 

 そう言っても2人は動かない。

 また何かやらかしたか? なんて思ってたら、大淀が口を開いた。

 

「因みに提督はまだ、朝食を食べていません」

 

「あぁ、お腹が空いたなぁ……」

 

 そしてワザとらしく呟く提督。「朝食はまだかのぉ……」みたいなノリでコミカルな動作なのに内容がとんでもない。

 提督の朝食がまだ。そして秘書官の仕事には3食の提供がある。つまり俺は既に仕事をサボっていたことになる。

 となるとこんなことをしてる場合じゃなくないか!?

 

「し、失礼しました! 今から準備してきます!」

 

 振り返って執務室を出る。

 取り敢えず食堂に行って事情を話そう。そうすれば厨房の一角と食材は貸してもらえるかもしれない。でも朝の食堂ってめっちゃ忙しそうだよなぁ……

 焦る気持ちは歩くスピードに表れ、狭まった視野は一人の艦娘を追い抜いたことに気が付かなかった。

 

「オウッ!? 歩くの速……」

 

 そんな声が後ろから聞こえた……気がする。

 




実際秘書艦って人によっては日中は寝てたり、お酒飲んだりしてるし、かなり自由だと思います。
 提督の業務内容に艦娘のカウンセリングも入っていると思うんですよね。
秘書艦として一日、近くで過ごすことで悩みとか抱えてないかとか診る……みたいな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

秘書艦➀

25話です。

~秘書艦 午前の部~


 提督の朝食を忘れるという失敗をどうにかしようと、せめて少しでも早く朝食を用意する為に食堂までの道のりを急ぐ。

 

 食堂に着いてから間宮に訊けばアレルギーも嫌いな食べ物もないみたいだから、適当に白米と納豆と味噌汁とトマトを用意した。

 そして溢さないようにしながら執務室へ向かう。

 

「うん、美味しい。ありがとう」

 

 出てきた感想がコレだった。

 味噌汁は油揚げとネギと味噌で出来る簡単な物だし、白米は間宮が炊いてたもの。納豆は既製品だしトマトは水洗いしてカットしただけ。俺がまともに調理したのは1品だけだから……提督の感想はリップサービスで間違いない。

 確かに量は少ないかもしれないけど、そこまで致命的なメニューではない筈だ。

 

 因みに、味噌汁と作ってる途中にどこからともなく磯風? が現れて、魚の形をした暗黒物質の親戚みたいなのをご飯に乗せようとしてきたから全力で阻止するなんて一幕があった。

 だって単に焦げただけじゃ絶対にああなったりはしないだろう、全く光を反射しないモノが食べられる訳がない。

 一応艦娘って(ふね)としての一面を持ってるって妖精さんは言ってたけど、そんな第二次世界大戦中に食べ物で遊ぶなんてコイツ絶対勇者だろ……って思った。

 とにかく、恐らく料理下手であろう磯風よりはまともな朝食を用意できたと信じたい。

 

 

 

 提督の食べ終わった食器を片付けて、お櫃の中に残ってた白米を2、3口分拝借してから執務室に戻る。

 途中で何人かで固まって歩く艦娘たちを見かけた。私服を着ていて明らかに楽しそうな雰囲気で昼に何食べる~とか話し合っていた。

 声を掛けられたが、秘書艦であることを伝えたら頑張ってくださいって言われた。翔鶴姉ってことは瑞鶴か? そんなに睨まないで……貴女の翔鶴姉を取ったりしないから。

 

 

 

 

 

「「 …… 」」

 

 暇だ。

 

 提督が記入した書類の内、渡されたものに判子を押していた。クリップと一緒に渡されたものは留めたり、ある程度量が溜まったら封筒に入れたりもしたが、これらがとにかく暇なのだ。

 

 書類になんて書いてあるかを見ても

 

「大本営での会議の出欠確認」

「休暇希望届」

「戦果、被害報告書」

 

 などなど。

 パッと見た感じで面白いものはないし、仕事が始まった時に指示を受けたきり互いに口を開かないし、ずっと座りっぱなしだし、最初に言ってた通り仕事は簡単だから暇を持て余してる。

 ハッキリ言おう。滅茶苦茶眠い。

 

 だけどここで「提督に時間を伝える」って仕事があるからうたた寝も出来ない。この環境の中で寝てはいけないなんて一種の拷問だと思う。

 さっきから欠伸を嚙み殺すのに神経を使ってる。

 

 チラリと提督の後ろに掛けてある時計を見る。

 なんで提督から見えない位置に置いてあるのか、時間を伝える機能は付いていないのかは凄く気になるけど、そろそろ10時になるからお知らせしなきゃいけない。

 それにしても……ずっと書類と向き合ってる提督の集中力は凄いと思う。俺の集中なんて判子を押し始めてから20分と続かなかったというのに、いったい提督と何が違うというんだ……

 あ、10時になった。

 

「午前10時です。適度な休憩も大事ですよ?」

 

「ああ、ありがとう」

 

「コーヒーを用意してきますね」

 

「お願いするよ」

 

 顔を上げた提督が小さく首を縦に振った。OKは貰ったからこれで1回食堂に退避できる。さっきは我慢が限界を迎えてちょっとだけ舟漕いだし、あんな暇なところで単調な作業を繰り返してたら退屈のあまり病気になる。コーヒーでも淹れて気分を変えるしかない。

 

 

 

▼―――――――――――――――

 

 午前10時を伝え、飲み物を準備しにスチュワートが出て行った扉が閉まるのを私は見ていた。

 先程までずっと室内にあった紙が擦れる音もしなくなり、部屋を静寂が支配する。

 

「ふぅ~」

 

 大きく深呼吸をして身体を伸ばす。するとポキポキと音を立てて、僅かな痛みと共に少し重たくなった肩が軽くなった。

 流石に私も歳かなぁ…と目を書類の置いてあったところへ向ける。

 

 いつもなら雑談やお茶をしながらゆっくりと処理していて、それでも間に合うくらいの量に調整された書類たちは、少しづつ溜まっていき定期的に大淀に手伝ってもらっている。

 しかし、公私を分けて淡々と仕事をする子や、書類仕事に強い子が秘書艦だとその1日の書類は驚くくらい早く無くなる。

 そしてスチュワートも黙々と作業をするタイプのようだった。暇なのか退屈そうに書類を眺めることはあっても私に話しかけてはこなかった。

 おかげで仕事は非常に捗り、今日やる筈だった書類は午前中にして早くも半分くらい処理されている。この分だと昼過ぎには終わってしまいそうだ。

 

「私もまだまだ現役かな? それにしても……」

 

 時雨や加賀など大人しかったり無口な子は居る。だけど1時間前も「午前9時です」だけで終わり、つい先程までの1時間、何も喋らないどころか一息つくような声すら出さないような子は流石に居ない。

 ずっとお喋りするのも仕事が進まないので少し問題だと思うが、喋らなさ過ぎるのもある意味問題だと痛感した。

 もしかしたら話題が無かったり、単に緊張しているだけなのかもしれないけど、他の子達に比べるとあまりにも静かで物足りなく感じる。1人だけで作業しているように感じて寂しくなってきてしまう。

 きっとこのままでは秘書艦の仕事をしている間に会話が無いだろう。……昼からは私の方からコミュニケーションを図っていこうか。

 

 

 

 駆逐艦スチュワート。

 彼女の第一印象は“ 普通の艦娘 ”だった。

 強烈な個性を持った子が多い中、その子達と比べるとちょっとコミュニケーションが苦手で大人しい性格に感じたけれど、これはまだ付き合いが短いから本当かどうか分からず、あまりあてにならない。

 とにかく、昨日の昼頃に彼女と演習したらしい赤城が報告を聞きに来るまで私はそう思っていた。

 報告を聴く限りでは盾型の艤装や煙幕、音響兵器らしきものを使って赤城の艦載機をいくつも落とたらしい。防空駆逐艦でもない駆逐艦を、かなりの時間大破まで追い込めなかったと赤城が悔しそうに言ったときは本当に驚いた。

 

 「駆逐艦スチュワート」は記録にも残っていてアメリカのかなり旧い駆逐艦らしい。実際に高角砲を搭載していたから艦載機を複数落とした。だったらまだおかしな所は無いが、やはり盾や煙幕などはどこから出てきたのかは非常に気になるところだ。

 そして、彼女が来てから工廠の一部の妖精さんが非常に騒がしくなったと、多くの妖精さんが口を揃えて言っていたことも気になる。

 

 スチュワート、彼女自身も何か隠し事しているような気がする。文句も言わず……それこそ何も喋らずに秘書艦を務めてくれる様子から、きっと命令したら例え嫌な事だろうとしてくれるだろうし、隠し事だって教えてくれると思う。だけどそれは私の主義に反するので自分から話してくれることを気長に待とう。

 あと、命令に対して従順なのはいいけれど、命令に絶対服従する必要はないということを後で教えておかないといけないと思った。

 

 何故なら艦娘は人間であって、機械ではないのだから。

 

 

▲―――――――――――――――

 

 

 

 食堂の厨房にまたお邪魔している。またまたスマンねって事と、食材は勝手に使っても良いのかってことを訊いたら、「厨房(ここ)に立っているのがいつも私なだけで、食べ物は皆さんのものですから」って言われた。その素晴らしい精神を深海棲艦にも分けてあげて……海は皆の物なんだぞ。

 

 そういった会話を間宮さんとしながらお湯を沸かし、インスタントコーヒーを用意する。給料とかが出るならコーヒーミルでも買ってみたい。

 

 その為にも毎日の仕事を頑張らないと。

 今日みたいな秘書艦は勿論、他の艦娘たちがやってる遠征とか……とにかく経験を積んでいかないと。

 特に提督は多くを語らない人みたいだし、もし休日とかが暇だったら執務室にお邪魔して、他の艦娘が秘書艦としてどんな仕事をしているのか観察するのもアリかもしれない。

 

「……」

 

 快適な自室に思いを馳せていたらお湯が沸いた。水で溶いたコーヒーを飲み干してから急いで提督用のコーヒーを用意する。

 さて、コーヒーも出来たし執務室に戻ろう。いつまでもここに居たらサボっていると勘違いされかねない。

 

 また来るってことを間宮さんに伝えたらニコリ、と微笑んだ。

 いつもニコニコしてる人ほど怒らせると怖いから、絶対に間宮さんは怒らせないようにしようと心に誓った。

 

 

 

 提督にコーヒーを渡してから暫く、休憩を挟んだ上にカフェインをキメた俺は眠気を吹き飛ばし快調だった。

 

「11時です」

 

 時計の秒針が真上にきたタイミングでそう伝えたら提督が小さく溜息を吐いた。机の上を見るとあまり書類は残っていないから、昼過ぎには終わる……まさか。

 さっきの提督の溜息、そして昼過ぎ辺りに終わるであろう書類……これはつまり、昼までに終わらせないといけない書類が終わっていないということなのでは?

 となると終わらなかった原因は俺だろう。初めてだったということもあるけど、単調な作業だ。他人に比べて特別遅れているということは無い筈……。やっぱり朝食の用意とかで始める時間が遅かったのが原因では?

 そろそろ書類の山は片付くだろうし、次はどんな仕事があるんだろうか。もし何もないようだったら勇気を振り絞って座学とかして貰うように頼んでみようかな?

 

 友達は『艦これ』の提督だったけど勿論ただの一般人。一方でこの提督は本物の提督。戦闘指揮のプロフェッショナルの筈だ。

 艦娘歴の浅い俺にとって、提督から受ける座学はただ時間を持て余すより非常に有意義な時間になることは間違いないだろう。その他にも鎮守府での決まり事や各種仕事の内容とか……ワオ、考えたら訊きたいこと沢山あるじゃん。

 その為にも俺も頼まれた仕事をどんどんこなしていこう。とりあえず次は正午のアナウンスだ。

 

 

 

 楽しい時間はあっという間で忙しい時間もあっという間。ただし退屈な時間は1日に60時間くらいあるけど。でも気がついたら正午を少し過ぎていた。だからなんで時計に時間を伝える機能付けないんだよ。チャイムとかもないし……意味不明だ。

 

「正午になりました」

 

 今度こそ余裕をもって昼食を用意しようと意気込んで、お昼ご飯を準備してきますって言おうとしたら手で制された。俺の飯が食えねぇってのか!? いやまぁ、朝に適当な物出しちゃったからメシマズ認定されたのかもしれない。なんてことだ。

 

「食堂まで行こう。昼は私が作る」

 

「……はい?」

 




主人公の時報があっさりし過ぎてて笑う。
でも猫を被らずに秘書艦させたらそれなりになる 筈。

「午前8時です。色々始める時間じゃないですか?」
「午前9時です。はぁ……面白いコト起きないかな

 書いてて思った。誰だコイツ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

秘書艦②

26話です。



 提督に連れられて食堂。昼食を提督が作ってくれるらしく、席に座って待っているように言われた。

 お昼時ってのもあって食堂も混み始め、賑やかになってくると同時に隅の方に避難した俺は、何事も起きませんようにと祈りながら壁の染み……ではなく空気と同化するつもりでジッと提督が来るのを待つ。

 

「あーっ! 提督が厨房に立ってるー!」

 

 なんて声がすると同時に食堂の時間が一瞬止まった。それは、人口密度が上がったことで熱気を帯びた食堂が一瞬だけ涼しくなるのと同時で、直後にさっき以上の熱気を感じるようになった。

 

 一体何が起きていると言うんだ? 提督に飯を作らせてはいけなかったのか?

 そう考えていると、食器を二つ持った提督が厨房から出てきてキョロキョロしている。周りには艦娘が集まってきていて、既に飯を食べている艦娘がなんか悔しそうにそれを見ている。

 提督が作った飯を皆は食べたいんだろうなぁなんて答えに辿り着く。成程そう考えると提督の作る飯はきっと美味しいんだろう。

 だけど、飯を食べてるときはなんというか…救われてなきゃあダメなんだ。知らんけど。

 でも、こんなピリピリした雰囲気の中だと間違いなくどんな飯も味がしなくなる。そして俺だったら空気に呑まれて緊張で吐く。間違いない。

 

 提督がこちらを向いたことで目が合いそうになる。直前に顔を逸らしたけど提督がこちらに歩いてくる ――見つかったか。

 

「ここに居たんだね、準備が出来たよ。さぁ召し上がれ」

 

 そう言って俺の前に皿を置いて対面に座る。皿の中身は……炒飯だった。いただきますと言ってから食べ始める。朝をまともに摂っていない故の空腹も相まって非常に美味しかった。

 

非常好吃(フェイチャンハオチー)

 

 これは本場で修業したに違いないと判断して

 感想を言ったら

 

「ハハハ、私は日本生まれだよ」

 

 そう朗らかに笑われた。それがきっかけになったのかちょっとした世間話を交えながら昼食を食べた。

提督の話題の引き出しが多くてつい、食事の手が止まったりしても気が付かないくらいお喋りに夢中になった。全然話さないから寡黙な人かと思ってたけど案外フランクじゃんこの提督。

 優しい人ってのは薄々分かってたけど、挨拶や仕事上だけのビジネスライクかもって思ってた。実際はそんなことはなかったし、これは確かに艦娘から慕われますわ。

 それと、テーブルマナーとか全然知らないけど一般女性として変じゃなかったことを祈ろう。流石に口に食べ物含んだまま話したりなんてことはしなかったけど……

 

「仕事に真面目に取り組むのは良いことだけど、多少の雑談くらいは全然構わないよ。今日だってもうすぐ仕事が終わってしまいそうでね、午後から何をしようか考えているんだ。スチュワート、君は何をしたい?」

 

 これは僥倖。だったらさっき考えてた通り座学とかしてもらおう。知識は無くても生きていけるけど、あった方が楽に生きていけるからね。

 

「じゃあ……座学をお願いします。出来れば筆記用具の方もあると嬉しいですね」

 

「うむ。分かった」

 

 そんな会話もあり長い昼食を終えた。時刻は午後1時を回っていた。せめて食器だけは片付ける旨を伝え食器を洗う。その時、厨房に居た間宮さんに夕食の仕込みを手伝ってもらう事を頼むのは忘れない。

 その手のプロが居るんだから協力してもらえるところはしてもらう。提督の飯が美味かったからなんか悔しかったとかそんなんじゃない。

 

 

 

 

 

 ふぅ、と一息ついた提督がこちらを向く。俺も昨日の資材消費の書類から顔を上げる。

 

「書類仕事は終わった。ご苦労様、スチュワート。今は何時か教えてくれないかね?」

 

 ……時計は後ろに掛けてあるんだから自分で見れば良いものを、わざわざ俺に振ってくるのは提督の気遣いだろう。本当に優しい人だと思った。呆れ半分の溜息を小さく吐く。

 

「お疲れ様です。時間は……午後3時15分、ヒトゴーイチゴーです」

 

「無理に言い換えなくてもいいよ。それじゃあ次は、君の希望通り座学にしよう。工廠に行って明石にノートとペンを貰ってきなさい。支払いはコレを使いなさい」

 

 そう言って封筒を渡された。重さからして中には紙が入っているだろう。ありがとうございますと言って工廠に向かう。

 こっそり封筒を開けると見覚えのあるお札は入っておらず、白い紙が見えた。出して確認しようとするが、丁度前の角から誰かが曲がって来たので出来なかった。

 

 工廠に着いたら明石が居たので欲しいものを伝えてから封筒を渡すと、中を確認した明石が狂喜乱舞し始めた。

 怖かったから急いでその場を離れた。欲しいものは手に入ったから良しとする。俺は購買で買い物をしただけ。ナニモミテナイヨ……?

 

 

 

 それから午後6時まで、休憩を挟みつつ3時間に渡って提督から色々と教えてもらった。

 日頃の仕事のことや他の鎮守府について、世間の艦娘のイメージとかも聴いた。艦娘の存在そのものは機密でも何でもなく、妖精さんが関係するところ――妖精さんそのものや艤装、「建造」辺りが機密だと知った時は驚いた。艦娘じゃなくて妖精さんがシークレットなのか。

 そういった内容を中心にノートは綺麗に書くことを意識した文字や文章で埋められた。あとでもう一回分かりやすく纏める必要があるだろう。

 そんなこんなで7時を迎えようとしていた。

 

「午後七時です。夜は私が用意しますね。提督は休んでいてください」

 

 そう言って本日3度目の食堂へ。間宮さん、儂じゃよ。晩御飯の用意は出来とるかのぉ? おぉ! 玉ねぎ微塵切りにしてあるじゃん。玉ねぎの微塵切りだけはいつまでたっても慣れなくて時間がかかるから助かる~。

 お礼を言ってからフライパンを取り出し材料の用意……ヨシ!

 作るのはカレー。ただしドライの方だ。

 

 執務室にカレーを運ぶ。少し余ったから間宮さんに分けてきた。4食分作ったし誰かは食べてくれるでしょ。

 

 

 

「午後8時です。私の作ったドライカレー……どうですか?」

 

ゴホッ……うん、美味しいよ」

 

 咳き込んだの聞こえてんよ……ちょっと辛かったかな? 完食が厳しいなら無茶してまで食べないでほしい。作ったのは俺だけど。

 俺も一緒に食べたけど、まぁ激辛ベースだからそこそこ辛いよねってくらいの辛さのはずだ。

 玉ねぎと人参の甘味で中和されてるから市販の辛口程度には抑えられてる筈だしなぁなんて考えながらスプーンを口に運ぶ。提督が信じられないものを見るような目で見てきた。

 

 

 食堂で食器を片付けてたら間宮さんから叱られた。どうやらカレーに手を付けたのは暁のようで、辛くて食べきれなかったらしい。

 また、やはり提督も辛いのはちょっと苦手なようで、基本的にこの鎮守府で作られるカレーは誰でも食べられるように中辛までと暗黙の了解で決まっているらしい。

 今回は厨房の引き出しに入ってた激辛のルーを俺が目敏く見つけてしまったことと、諸事情を知らないってことで許してもらった。

 因みに、残りの2人前のカレーは無くなってた。

 

 

 

 時刻は午後9時。真っ暗になって鎮守府も少しづつ静かに……

 

『皆行くよ! 三水戦、全艦抜錨!』

 

 ならなかった。

 深夜テンションっていうには早すぎない? 近所迷惑にも程があるね。

 

「スチュワート、川内を止めてきなさい。彼女に伝えておきたいことがあるんだ」

 

「えっ? あっはい、分かりました!」

 

 急いで部屋を出て全力疾走する。工廠の近くには灯りに照らされた人影が見える。……間に合ったか。

 

「ハァ~っ…… 川内さん!

 

「なに? 貴女も夜戦に混ざりたいの? 新入りなのに頑張るねぇ。見所あるよ!」

 

 肺の空気を絞って叫ぶように大声で名前を呼んだら、人混みの中から川内が出てきた。

 

「提督が……呼んでますので、来てください」

 

「夜戦終わってからじゃダメ?」

 

「「「 駄目です 」」」

 

 何故か一部を除いたほぼ全員が、団結して「提督が呼んでるなら行かなきゃダメです」みたいなことを言って、必死になって川内を提督のところに行かせようとしている。三水戦って仲悪いのかな?

 

 

 川内を連れて執務室へ向かう。途中に何度も「今度夜戦に行かない?」って訊かれたから「今日は秘書官だったので、その内気が乗ったら行きます」って応えたら目が、全身が光ってるんじゃないかってくらい嬉しそうにし始めた。

 

「やっぱり神通みたいな訓練だけじゃなくて、夜に実戦するのも大切だよね? ねっ!?」

 

「は、ハイ……」

 

 実戦は大事だと思うけど、別に夜である必要は無いと思うんだ。

 

 

 

「スチュワートは1回出ていなさい」

 

 そう言われて追い出された廊下で待つ。明日の予定はなんだろうかと考えていたら部屋の中から喜びに満ち溢れた声が聞こえた。

 人が喜ぶときに出す声の筈だけど、何故かその声を聞いても釣られて少しいい気分になる……なんてことは無かった。

 

 そしてそれがただの偶然ではないことはこのすぐ後に証明されるのだった。

 




・ホント、提督って何者なんでしょうね?
・明石に渡した白い紙は食券。
・主人公は味覚障害疑惑。辛いの大好き。
・川内の喜び、嫌な予感。 主人公の運命は如何に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜の女王

27話です。

誤字脱字報告ありがとうございます。


―― バン!

 

 扉を勢いよく開け放ち、執務室から飛び出してきた川内に対して、廊下で待ってた故に突然の事に固まっている俺。

 獲物を見つけた獣のような獰猛で、無邪気な笑顔を顔に浮かべている川内に腕を掴まれて凄い勢いで引っ張られる。漫画とかでありがちな引っ張られる方の足が床についていない状態に近い。

 

「さぁ! 夜戦の時間だよ! 準備しておいで!」

 

「え? ……いやあの、今日は秘書艦でして」

 

「いいから行くよ!」

 

「うわぁっ!?」

 

 腕を引っ張られる。

 今秘書艦って言ったよね? 野戦ってそれよりも優先度上なの!? あと、準備しておいでって言われても腕掴まれてるから何も出来ないぞ!

 高いテンションで「夜戦だ夜戦だー!」と叫びながら艦娘寮内を走り回る川内と付属品と化した俺。あとは部屋から出てきて追いかけてくる殺気立った数人の艦娘たち。

 

 そして川内は騒ぎながらも追っ手を撒いて工廠に突っ込んだ。自分では動いてないのにも関わらず非常に疲れた俺に艤装を渡してくる。ロッカーには一応鍵付いてた筈だよね?

 渋々艤装を着けるや否やまた腕を引っ張られる。工廠から出るときに明石の近くを通ったときに小さくごめんなさいって言われた。

 だったらこのハイテンション川内を殴ってでも止めてくれって思った俺は疑いようもなく常識的だろう。

 

 

 

 

「おっ、ちょっと少ないけど皆準備出来てるね~。じゃあ行くよ! 貴女も付いておいで!」

 

 さっきから拒否権と自由意志の尊重は? 無いの?

 

「駆逐艦朝潮です。よろしくお願いします」

 

「え? ハイ」

 

 なんて奴だと川内を見てたらいきなり挨拶されてつい挙動不審になる。返事できただけまだマシな方だと思う。

 

「大潮、満潮、荒潮も、挨拶を……満潮?」

 

あっ……ふん……」

 

 俺から顔を背けて離れていく満潮と断りを入れてからそれを追いかけて離れる朝潮。

 え、俺何かしたっけ? 全く心当たりがないんだけど……

 歓迎会のときに酒に酔ってウザい感じの絡み方でもしたのかな? 満潮が不機嫌な理由は知らないけど後で謝っておこう。

 なんて考えていたら他の人にも声を掛けられた。

 

「は~い。荒潮よ。スチュワートさん、これからよろしくね? うふふっ」

 

「大潮です! 一緒にアゲアゲで行きましょう! ハイッ!」

 

「あたしは敷波。よろしく」

 

「綾波型駆逐艦、天霧だ。よろしく頼むぜ!」

 

「アタシは江風ってンだ。これからよろしくぅ!」

 

「陽炎型駆逐艦の十七番艦、萩風です。一緒に頑張りましょう」

 

「そして私が川内だよ。これからも“ 一緒に ”夜戦、しようね!」

 

 うん、情報量が多い。

 え~っと……さっきの真面目そうなのが朝潮で、挨拶してないのが満潮、なんか見た目と雰囲気が一致しないのが荒潮で、陽の者(陽キャ)が大潮ね。これは全員服装が同じだから朝潮型駆逐艦で決まりだろう。

 それであっさりしてるのが敷波、メガネが天霧で、二人とも綾波型……で良いんだっけ? ……良いんだ。吹雪型と似てるって言われない? 似てると思うけど……え? 違う? ……そう。

 

 そして目立つ赤い髪が江風で落ち着いてるのが萩風ね。江風は白露型だったっけ?

 そして夜戦ってしか喋れないんじゃないかって疑惑を早くも俺に植え付けた張本人が川内と。リーダーがコレで良いのか? このリーダーだから良いのか? 分からないなぁ……

 

 俺も挨拶と自己紹介。それが終わったら川内がとんでもないことを言い放った。

 

「あ、そうそう。スチュワートは三水戦に入れるから!」

 

「……?」

 

 あまりにも突飛な内容で脳が理解を放棄してフリーズする。説明プリーズミー。

 

 

 

 海の上で進みながら説明を受けた。

 提督から俺の訓練を兼ねるなら夜戦の許可を与えると言われたらしい。

 

 確かに座学の時間に訓練はしたいとは言ったけど、その数時間後に川内が来るまで一切の素振りナシでいきなり始まるなんて思わないだろ普通は。

 

 しかも敷波の推測によると、コレは毎晩のように夜戦に出る川内の為ではなく、それに付いていく(付いて行かされる)艦娘が無断出撃にならないようにする為の措置らしい。

 そうかな? ……そうかも。

 いや、俺の訓練をオマケ扱いされるのはそれはそれでなんか嫌だ。

 

 

 そして三水戦が云々って話はなんと、俺が三水戦に居たら毎日夜戦しても怒られないだろうと判断した川内の独断っぽい。

 その話を聞いて流石に滅茶苦茶過ぎると思ったのか萩風に謝られた。……逆になんで他の艦娘たちは歓迎ムードなんだよ。

 どう考えてもやりすぎな事実にドン引きだぞ。

 

 夜戦する大義名分を逃がさない為にここまでやるか? その熱意はもはや尊敬できるレベルなんだけど、別に痺れも憧れもしない。

 夜にも哨戒してる艦娘が居るらしいのになんでわざわざ敵を探して叩いてんだか……

 

 このままでは川内に振り回されて死ぬ。そんな未来が見える。

 これは提督に一言物申さねばなるまい。

 

 

 

「敵艦を見つけました! 10時の方向、気を付けてください!」

 

「よーし野郎どもォ! 突撃だ! 続けー!」

 

 深海棲艦が見つかった連絡と共にに騒がしくなった。

 朝潮と萩風以外は緊張するような素振りを見せない。……この2人が清涼剤(まとも)だな。

 

 他の人達が次々と敵に向かって突撃していく中で、まともな攻撃手段を持たない俺は何をすれば良いのか分からなくなっていた。

 

「え、速……

 

 困惑して、取り敢えず付いて行こうとした時には既に人影は遠くに居た。しかも見える光と聞こえる音からすると既に交戦しているらしい。

 取り残された。いや、置いてかれた? 俺の訓練ってどうなったの? 何すれば良いの?

 

いつまでも突っ立ってんじゃないわよ!

 

ああああああっ!?

 

 めっちゃビビった。心停止するかと思った。すぐ後ろから突然大声出さないで……。

 でもいつまでも突っ立ってるのは確かにマズいだろう。

 おかげでちょっと現実に戻ってこれたかも。逃避してても深海棲艦は居なくなったりしないからね。

 

「あ、ありがとうございます。もう大丈夫です」

 

前を見なさい!

 

「え…っ!」

 

 お礼を言ってたら砲弾が飛んできてたらしい。怒られて気が付いたソレを盾で弾くと、駆逐イ級のものよりもだいぶ強い衝撃が盾越しに伝わってくる。

 そうだ、俺が盾を望んだのは何でだ? 確かに誰もしたことが無いようなことがやりたかった。俺が楽しければそれで良かったんだ。

 

 だけど……それはきっかけの一つに過ぎなかった。

 妖精さんを亡くした時みたいにこちらの攻撃は通用しなくて、でも相手の攻撃は避け切れない。なんて時に攻撃を捨てて防御に特化すれば自爆なんてしなくても済むかもしれないと思い始めた。

 

 そして夕張や赤城との演習で、攻撃能力が高い艦の護衛に回ることで心置きなく攻撃に移ってもらうことが出来るかもしれない。と考え始めた。

 

 でもそれだけじゃあダメだ。相手の攻撃を待つんじゃなくて俺の方から俺に攻撃するようにしてやれば良いんだよ! ゲームでありがちなタンク職。その手のゲームはやったことないから経験は無いけど知識ならちょっとだけある。やってれば自然と体は動くようになるだろう。その為に演習とかもあるんだろうし。

 

「満潮、しばらく下を向いててください。攻撃は任せましたよ」

 

「はぁ? いきなり何よ……つまらない作戦なら許さないから」

 

 視線の先には青いオーラを纏った深海棲艦。満潮は呻くように軽巡棲鬼と名前を言った。○○棲鬼ってことは、俺が出会った深海棲艦の中では駆逐棲姫と同等かそれ以上の強さだろう。

 だけど今回は俺の他にも隣に満潮が居る、後ろに心強い仲間が居る。

 だったらやるべきことは俺が攻撃を引き付け続けることだ。その為の盾だ。仲間が攻撃してるときに盾に包まれて震えるなんてカッコ悪いにも程がある!

 

 間違えても沈んでやるものか。軽巡棲鬼にも多くの取り巻きが居るみたいだけど、果たして赤城相手に数分持ちこたえた俺を沈められるかな? 

 

「やってみろクソがぁッ!」

 

 そう叫んでからスタングレネードを全力投球して軽巡棲鬼に近付く。必然的に軽巡棲鬼の周りに居た他の深海棲艦から囲まれるけど、ここで夜の闇を科学の光が吹き飛ばす。

 視界が一瞬明るくなり、不意を突かれた深海棲艦は動きを止めた。俺は細目で辺りを見渡す。

 

「うげぇ……」

 

 さっきの提督との座学で説明を受けた深海棲艦がチラホラと……空母ヲ級に重巡リ級? あれは軽巡の何級だったかな? 兎に角見たことない種類の深海棲艦が何種類か居た。

 でもヲ級は赤城より上ってことは無いだろうし、無視して構わないか。あとは取り巻きの後ろで様子見してる軽巡棲鬼も無視でいいだろう。

 だからまずは俺と同じようなクソデカい盾っぽいのを二つも持ってる深海棲艦を海の藻屑にしてやろう。同族嫌悪ってヤツだ。海上に輝く盾は1つで十分だよ。

 

 近くに来ていたイ級にゼロ距離で高角砲をお見舞いする。ゼロ距離なら艦載機じゃなくても当たるんだよねこれが。普通の砲よりも威力は出ないけど何もしないよりは良いだろう。

 イ級が俺に向かって体当たりしようとしたタイミングで後ろの方から魚雷が複数向かってきていることに気が付いた。不思議なことに危険な物ではないと分かる。

 それらは俺の脇を通り抜けてイ級とその他に大きなダメージを与えているみたいだった。あの妖精さんが言う通りなら満潮のレベルはかなり高い。

 ……これなら案外楽に勝てるんじゃないの?

 

 

 

 前言撤回。かなりキツい……やっぱり戦いは数なんだなって思う。ヲ級が3人も居たらそりゃあ赤城と同等かそれ以上に苦戦を強いられるでしょうよ! しかもまだ盾持ちの深海棲艦は沈んでくれないし。

 高角砲が無かったら今頃満潮と一緒に仲良くお亡くなりになってたかもしれない。

 大見栄を張ったばかりにそれだけは勘弁してほしいと思い始めた頃に、軽巡棲鬼が川内が居る方の戦場に向かっていったから助かった。

 軽巡棲鬼用に取っておいた魚雷を眼前の深海棲艦に惜しげもなく放つ。相変わらずダメージはあるみたいだけど満潮の魚雷と比べると威力が低すぎる。

 

 それにしても、艦載機が多すぎる。

 切実に1回休みを貰いたい。

 

 だけど深海棲艦がそんなことをしてくれる筈もなく、焼夷手榴弾と音響手榴弾を投げてから後退して危機を脱する。

 やっぱり場数をこなして適切な対処方法をゆっくり身に着けていくのが一番の近道か。 なんて考えてたりしてたら、突然攻撃が優しくなった。

 ちょっとした余裕に辺りを見渡すと、首から上が無くなってるヲ級が居た。

 

「ヒエッ…グロい

 

「私たちの事を忘れてるんじゃないの?」

 

「スチュワートさん、大丈夫ですかっ!?」

 

 なんて声が聞こえてきた。川内に朝潮!?

  あぁ……すっかり頭から抜け落ちてたよ……。

 

「あっちの戦いは……」

 

「終わりました。あとは私たちに任せてください」

 

 

 

 萩風に連れて行かれて戦場から少し離される。そこにはかなり疲れた様子の満潮が居た。大きな怪我はしていないみたいで、殆どの攻撃を引きつけた甲斐が有ったなぁと思う。

 

「ヘヘッ……」

 

「なによ、気持ち悪いわね……ありがと

 

 聞こえてんだよ。可愛いくないヤツめ。

 

 主に満潮が減らしたとはいえ人数差があったこともあって、それほど時間も掛からずに残っていた盾持ちとヲ級3人は海上から姿を消して、静かな海が戻ってきた。

 

「みんなお疲れ様。早く鎮守府に戻って、明日の夜戦に備えるよ!」

 

「「「……」」」 「「おーっ!」」

 

 川内の放った言葉に対する反応は二通りだった。白い目で川内を見る大多数と、元気よく右腕を上げる江風と天霧。俺は勿論前者だ。そんな元気は既に無い。他の面子もだいたいそんな感じだろう。

 だって空が薄っすらと明るくなってきてるんだし。

 ほぼ徹夜して尚騒げるのは生粋の夜戦バカ。と頭の中で注意書きをしてから、出撃の時より大分ペースが遅くなった三水戦と鎮守府に戻る。

 

 ……秘書艦って昨日の午前8時頃に始めた筈だからまだ一日経ってないんだよね。

 毎日こんな感じで夜戦に付き合わされてたら過労で頭おかしくなる。

 明日……いや今日も、頑張らないといけないのか。

 




・川内さんは平常運転
 川内の身体は夜に闘争を求める

・なぁ主人公……探照灯って知ってる? 「!!」
・軽巡棲鬼は戦力を小出しにしたばっかりにやられました。あ~あ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帰還

28話です。

皆さまはいかがお過ごしでしょうか?
私は休日に限って1日が48時間に延びないかなーって感じです。


 俺は激怒していた。必ずやあの邪知暴虐の提督に問い詰めねばと決意していた。俺には提督の考えが分からん。俺は元々ただの一般人だ。口笛を吹いて、友人と遊んで暮らして来た。だから(まつりごと)に対しては人一倍鈍感だった。今日未明、俺は執務室に向かって出発し、戸を越え廊下を渡り、10分掛からずこの執務室の前に辿り着いた。

 

 とは言っても詰問って程ではなくて、ただ単に色々と質問がしたいだけだ。……なんで当事者である俺を抜きにして川内と話を進めたのかも聞きたいし。

 

「川内さんも執務室へ?」

 

「うん。寝る前に報告しないとね」

 

 

 川内がノックをするとやや遅れて返事が返ってくる。

 ……もしかして寝てたか? だとしたら起こしちゃったかな?

 確かに『艦これ』では時報は24時間あるみたいだけど、それは『提督(プレイヤー)』が起きてた場合の話か。常識的に考えたらまだ寝てるか寝起きだよな普通は。

 でも既にノックしたし、返事も返ってきたよ!?

 

「川内です。夜戦の報告に来ました!」

 

 ……お構いナシとかヤベぇな。

 要件を伝えた後に執務室に入っていった川内に慄きながら続いて執務室に入る。

 

 

 

 提督から労いの言葉を貰ってから川内が報告を始めた。三水戦は全員無事なこと、南側に進んだところで軽巡棲鬼と戦艦水鬼が現れたこと、戦艦水鬼は深手を負わせたものの逃がしてしまったが軽巡棲鬼は撃破したこと。

 ……俺を勝手に三水戦に入れてくれたことが報告されてないんじゃないか?

 

「そうか……戦艦水鬼は大きな脅威だから是非とも撃破してほしかったが、君達が無事であることの方が余程大事だ。ご苦労様。ゆっくり休んでくれ」

 

 は~い、と気だるげに返事をしてから出ていく川内と残る俺。俺のだって色々と言いたいこと、訊きたいことがあんだからしっかりと答えてもらうぞ。

 

「スチュワートも疲れただろう。休んできなさい」

 

「はい。……ですが、休む前にいくつか質問があるのですがよろしいですか?」

 

「勿論大丈夫だ。何が訊きたい?」

 

「なんで私を条件にしたんですか?」

 

「そのことか……。スチュワートには悪い事をしたと思っているが、度重なる川内の無断出撃に正当な理由付けが出来るから。というのが一番の理由だ」

 

 敷波の言う通りだった。

 ここで「なんとなく」なんて言われてたら盛大に顔を顰めていただろうし、仮に崇高な理由があったところで俺に理解できるとは思えない。

 それに、提督にここまでさせたってだけでどれだけ川内がヤバいのかがよく分かった。俺の鎮守府生活に早くも暗雲が立ち込める……ではなく夜の帳が降りてきたって感じだな。

 

「分かりました。あと……昨日は一応秘書艦でしたけど、次の人への引継ぎとかそこら辺のアレコレとかはどうなってるんですか? 終了時間とか。質問する前に連れてかれまして。……因みに今は午前5時半です」

 

「秘書艦業務は午前7時から午後9時までだ。私だって1日中働けるほど若くないし機械でもないからね。……他に訊きたいことはあるかね?」

 

「川内さんから三水戦に加入させられたんですけど……」

 

 よし、一番言いたいことを言うことが出来たぞ。別に三水戦が嫌って訳じゃないけど……せめて他の部隊とかを見学して、自分に合ってるところに入るべきだと俺は思う。

 

「嘆願書を提出しろと伝えてくれないか」

 

「あっ、分かりました」

 

 やっぱり無断なのね。提督も呆れ気味というかキレ気味だから今までもこういうやり取りがあったんだろうなぁなんて思う。

 

―― コンコンコン

 

 背後で扉がノックされた。提督が返事をすると大淀が入ってきて、俺を見ると驚いていた。……って今日も沢山の紙を持ってる。

 朝早くからお仕事お疲れ様です、と会釈したら無視された。酷い。

 すると提督が、今大淀が机に置いた紙とは別の紙を俺に渡して来た。カレンダーだった。

 

「秘書艦をした子は次の日は基本的に休日にしている。休みは週2日で、スチュワートはしばらく土日休みで良い。そして今日は金曜日だから、ゆっくり休んでくれ」

 

「……ありがとうございます。あ、最後になりますけど、次の日の秘書艦の人に伝えるまでが仕事で良いんですよね?」

 

「そうしてもらえると助かるな。今日は確か……ハチだったな。この時間には食堂で朝の支度をしていると思うけど、もしそこに居なかったら寝ている筈だ。部屋は誰かに聞くとかして探してくれ。……夜間出撃ご苦労様」

 

 その言葉を最後に会話が終わり、安心して食堂へ向かう。

 まだ明け方なのに飯の支度とか、みんな朝から何を食わせようとしてんだよ……1時間半もあるんだけど、朝からそんな凝ったもの出すのが普通なの?

 普通に白米に焼き魚に味噌汁で良いじゃん……

 

 食堂に着いた。灯りは一部にしか点いておらず、厨房に間宮さんが居るのがチラチラ見える。

 お邪魔しますっと厨房に入り、朝から一生懸命な忠犬ハチ子を探すとすぐに見つかった。明らかに厨房にそぐわない格好をしている。

 なんと水着にエプロンだ。凄まじく変態チックな服装にドン引きする。もっと恥じらいを……いや、常識を身に付け……この場合はまともな制服を身に着けろ。見てるこっちが恥ずかしくなってくる。

 正直話しかけたくはない。話しかけたくはないが……

 

グーテンモルゲン(G u t e n M o r g e n)、スチュワートさん。今日は私が秘書艦、分かってますよ」

 

 あっちから先に話しかけられた。まあ、ここに居る以上は分かってるんだろうけど一応ね。と挨拶してから部屋に戻ろうとしたら世間話が始まった。

 やれ秘書艦業務はどうだっただの、昨日は災難だったねだの……やっぱり川内は災害扱いなのね。

 

「あなたは好きな本とかある? ギュンター・グラスとかシェイクスピアとか」

 

 そして唐突に読書の話題を振られた。

 しかし平成の世を生き、スクリーンと睨めっこして育った俺はそんな崇高な本は読んだことが無い。シェイクスピアは名前だけ知ってる。罪と罰? を書いた人でしょ?

 

コナン・ドイル(シャーロック・ホームズ)なら少しは……でもそんなに読書はしないので……ごめんなさい」

 

 まぁこう言っておけば問題ないだろ。読んだことはあるから一応内容は大雑把には説明できるはずだ。推理小説以外はなんか途中で飽きちゃうんだよねぇ……まぁ、これらもただ読んでるだけだから俺の頭が探偵みたいに良くなる訳でもないんだけど……。

 

「そう……ちょっと残念。本が読みたくなったら私の部屋に来てね。海外文庫まで揃ってるから」

 

「それは図書室では? ……その時はお邪魔しますね」

 

「それって来ない人が言う台詞。……引き止めてごめんね。ゆっくり休んでね」

 

 優しさが心に沁みる……

 疲れた足取りで自室に戻って、ノロノロと布団を用意する。

 それにしてもハチの用意した朝食を見たところパン派と言うことが分かった。しかも早朝という時間から考えると恐らく生地から作る本格派。一体何がハチをそこまで駆り立てるのか…

 

 布団も敷き終わり、ダイブしようと思ったけど踏み留まる。このままの格好で布団に入るのはいただけない。布団を汚さない為にも風呂に入らないとだよなぁ……。

 女の風呂、シャワー事情なんて知ったことではないけど、一昨日の夕張は演習後すぐ風呂に連行してきたんだしきっと朝とか夜とか関係なく仕事終わりにひとっ風呂って感じなんだろう。

 提督やハチと話したし、夜戦してた人たちとは時間はズレてるだろう。今なら誰も居ないに違いない。

 

 

 

「ん? スチュワートじゃンかさー! 今から風呂? 一緒に行こうぜぇ~ほれほれ~」

 

「Oh…」

 

 江風と鉢合わせた。思わず溜息を吐く。一人でゆっくり風呂に入ることは出来る日は来るのか……

 




※ヒント
主人公はラッキースケベも起こさないチキン野郎


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜戦の後の過ごし方

29話です。

誤字脱字報告が…多いッ! 報告ありがとうございます。


 布団にダイブ。風呂場が艦娘寮のすぐ近くってこともあって僅かながら外の空気に触れ、表面だけは冷えたがまだ熱が籠っている芯は再び体を温め始めた。

 

「疲れが取れた気がしない……」

 

 溜息を吐く。

 実際は大変だったなんてモンじゃない。風呂場に台風が留まってるって感じだった。

 予想通り風呂場には誰も居なかったけど、途中で江風に捕まったのが運の尽き。この時はまだ「一人じゃないのかぁ」くらいの軽い気持ちだった。

 

 江風がちょっと温くなった湯を熱くしようと蛇口を捻るところまでは良かったけど、そのまま寝落ちして沈んでいったり、引っ張り上げてから風呂場の椅子に座らせたり、その間に熱くなった風呂に入ってたら起きた江風が入ってきて熱いと騒ぎ始めたり、心配した海風が見に来て俺が盛大に焦ったりetc……

 

「川内と一緒で、振り回して来たなぁ……」

 

 バカと天才は表裏一体ってのを思い知った。

 眠気が吹き飛んだのか、勢いよく質問し続ける江風にビビりながらも答え続けた、そして江風にもいろいろと訊いた。

 白露型の姉貴たちについて嬉しそうに色々と喋ってたことは覚えてる。白露は何でも一番を目指そうとするから努力し過ぎて頻繁に体調を崩すだとか、山風はついつい可愛がって控えめに叱られるのも良いとか、涼風は唯一の妹だから可愛いとか……仲がよろしいようで。

 

 名前からして海外の艦娘じゃンって言われたけど、知らぬ存ぜぬで突き通した。実際に俺が知ってることは殆ど無い。アメリカの艦だってことくらいか? 休みは簡単に「駆逐艦スチュワート」について調べてみるか。ロールプレイに役に立つし。

 

「ァ……ッ フゥ……」

 

 きっと他人には見せられないような、はしたないって妖精さんに言われるだろう大欠伸が出た。するとなんらかのスイッチが切れたんじゃないかってくらい眠くなってきた。

 これは寝るなと理解して、そのまま目を閉じた。

 

 

 

 

 それから数分後

 

 ハラリと微かな音を立てて「壁」が剥がれ落ちる。

 落ちた壁の向こうにはカメラを持ち「どんな顔?」と10人に訊いたら13回くらい「悪い顔だ」って答えられそうな顔をした女性が立っていた。

 女性がソロリソロリと、ゆっくりと音もなく、しかし慣れた足取りで寝ている艦娘の枕元まで近づいて行った。

 

―― カシャッ!

 

いや~。良く寝てますなぁ……一枚、いただきましたよ!

 

 女性は何かが書いてある紙とペンをちゃぶ台の上に、それ以外の痕跡は一切残さず、最近この部屋の主になった寝ている艦娘にそう呟いてから出て行った。

 その後の部屋には、何事も無かったかのように規則正しい寝息だけが響いていた。

 

 

 

 

 

「ん。んーーっ、ハァ……」

 

 なんか寝た。すっごい寝た。

 もそもそと布団の中の冷たい部分を求めて動く。次第に布団全体が暖まってきて、心地よい眠気が不快感を伴う熱気に換わってきたのでゆっくりと体を起こす。

 

 髪が耳とかに絡まってウザい。耳に絡まないように後ろで束ねようにも髪の長さが足りない。邪魔なのに伸ばさないと退けられないとか不便だ。

 何度も切ろうかとも思ったこの短くない髪。なんと妖精さんから伸びないし、妖精以外にカット出来ないって言われてるんだよね……。諦めてお洒落しろって? 冗談じゃない。

 制服だから仕方ないとは言えスカートを履いてるから今更だけど、リボンはちょっと抵抗感が強い。やっぱり慣れるしかないのかと考えて寝起きから憂鬱になる。

 

 ノロノロと布団を畳み終わって大きく伸びをすると、ちゃぶ台の上に並べられている紙束に気がついた。

 

 カレンダーの他にも封筒がいくつか。あとペンも。

 早速開けて確認する。

 

「ん~っと……あぁなるほどね」

 

 紙の内容はプロフィールの記入を求める物で名前やプロフィール、一言などを記入するように紙に指示されていた。

 これに記入したら、艦娘のプロフィールとかが載ってるあの冊子に俺の項目が増えるのかと思うと恥ずかしい。

 

 

 

「クレムソン級駆逐艦で……スチュワートっと」

 

 身長と体重は……これって艦の方? 艦娘の方? どっちも知らないからパス。

 好きなものは……困ったなぁ。『艦これ』だったらキャラクターごとに好き嫌いが艦歴とかを反映させたものだったりするから……やっぱり明日か明後日には調べに行かないといけないな。取り敢えずこれも飛ばす。

 

 ……この調子だと碌に埋められる気がしない。やっぱり今すぐ調べに行こう。幸いまだ外は明るいから、図書館とかが近くにあることを願おう。

 

 書類の記入を諦めて他の封筒を確認すると、中には紙が2枚。

 取り出してみると……諭吉さん!?

 

「えっマジ?」

 

 ドッキリとかじゃないよね? 監視カメラとかないよね? あの冊子に使うようなオモシロ画像なんて撮られたくはないんだけど!

 焦って部屋を見回したけど隠し撮りはされてなさそうだった。安堵の息を吐く。

 そして諭吉さんじゃない方の紙は……

 

「初めての休日、これで羽根を伸ばしてきなさい。ただし門限は守ること……提督の仕業か」

 

 何をするにも大なり小なり金は必要だから、本音を言えば遠慮せずに貰っておきたい。

 でも財布も持ってないし……

 

「問題が多すぎるな」

 

 財布を買いに行くことが最優先か? いやでもその前に、俺のセーラー服(せいふく)で市井に出たら絶対に目立つ。

 普通な服は工廠にあったっけ? 確認しよう。

 

 

 

「明石さ~ん」

 

 工廠の購買で明石を呼ぶ。はいは~いなんて言いながら出てきたので、外に出ても不自然にならないような服は無いか? と訊いたところ、幸いなことに鎮守府からそう離れていないところに服も売ってる店があるらしい。

 しかも嬉しことに、鎮守府が近いからかこの辺の住民は艦娘慣れしているらしい。

 

 鎮守府で催し(イベント)とか、他にも災害があった時の援助とかで制服姿で顔を合わせる機会も多く、特に漁業関係者は仕事でも結構顔を合わせるんだとか。

 

 他にもアレコレ訊こうとしたら「購買には余所行きの服は売ってないし、住民も慣れてるし、悪目立ちはしないから諦めて外に買いに行きなさい!」って怒られた。

 艦娘に慣れてるからと言っても、見慣れない存在である俺には好奇の視線が注がれることは間違いない。注目されるのは好きじゃないんだけどなぁ……。

 なんて落ち込んでたらケツを叩かれた。

 

「明石さんは最初、固い人だなぁなんて思ってましたけど、全然そんなことなかったです」

 

「ちょっと、ソレどうゆうこと?」

 

「そのままです」

 

「……貴女も言うようになったわね」

 

 いや、ずっと言ってたよ? 心の中で。

 俺もだんだん慣れてきたから喋り方のセーフティーラインが見えてきたような感じがある。でもポロっと男言葉を漏らさないように気を付けないと……。

 でも江風とか天龍とか居るし、漏れても案外何とかなるかもしれない。まぁその時はその時でいいか。

 

 

 

 

 

 受付みたいなところには“ 普通 ”の警備会社の社員みたいな人が座ってた。

 外出したいと言っても特に引き留められるような事は無く、あっさりと外に出ることが出来た。

 

「……何もないじゃん」

 

 レンガ造りの壁に作られた扉を開けると、そこは舗装された道路と、その両サイドに林が広がっていた。

 懐かしき日本の街並みは遠く、木の隙間からちょっと見えるだけ。

 

「交通の便、悪くない?」

 

 出鼻を挫かれた気分だ。

 




現代日本を忠実に再現なんて土台無理です。
多少地理や地形が変わっても許してつかぁさい……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

休日の過ごし方

30話です。

PCやスマホで『執筆』するということに疑問を感じてます。
この場合の適切な熟語は……?


 

 耳に入る市街地の生活音。

 目に入る信号機や電光掲示板などの光。

 鼻には車の排気ガスや土っぽい匂いが入る。

 

 自販機の炭酸飲料を片手に街並みを歩く。

 

 空き店舗のショーウインドウに映った自分の姿が目に入って立ち止まる。

 

「早いもんだな」

 

 『艦これ』の世界に妖精さんに連れてこられる形で転生してから大分経った。

 何も分からないまま海の上をただ進み、深海棲艦なんて化け物と相対して死にかけたり、ゲームの中のキャラクターがリアルに居て、鎮守府で過ごして……

 

「……すっかり日常と非日常が入れ替わったなぁ」

 

 なんと鎮守府に着いてから既に一週間以上経ってる。

 新しい武器を作ってもらったり、大ベテランから洗礼を受けたり、夜戦に連れてかれたり……

 人は慣れる生き物だって言われてるけど、毎日が非日常だからそうそう慣れることはなさそうに思える。

 

 今なんて特に、非日常の連続から急に俺が知ってる日常に逆戻りしたから脳が混乱してる。

 

 突然の休暇だったから予定なんて無いけど、服装は何とかしたいと思ってる。

 今も俺は妖精さんから貰ったスカート(初期装備)を着けているけど、寝間着以外にこれしか無いんだよね。

 

 制服はいつの間にか……というか寝てたら朝に綺麗に畳まれて置いてあったから、妖精さんが隙を見て洗ってくれてるらしい。

 つまり、極端な話にはなるけど、余所行きの服が無くても鎮守府内では清潔な服装で過ごすことが出来ると言うわけで、制服以外の普段着なんて必要無いんだけど……。

 

「やはりスカートは恥ずかしい……ッ!」

 

 街並みを歩いてると、数は少ないけど車の中からちょくちょく視線を感じる。まぁ、歩行者()が飛び出さないとも限らないし、交通安全的に間違いじゃないけど……俺は道路の真ん中で反復横跳びなんてするつもりはないから安心してほしい。

 だから見ないでくれ。邪な視線を向けて来ない艦娘ならともかく、見ず知らずの人に見られるのは抵抗がある。おう今ガン見してた姉ちゃん、アンタに言ってんだよ前向いて運転しろよ。事故っても知らないぞ。

 

 

 

「おっ?」

 

 交番があった。

 周辺の地図が描いてある看板とかがあるから実際、今の俺みたいに迷子になったときは間違いなく役に立つんだよなぁ……。

 

「うわ……結構離れてる」

 

 なに? いつの間にこんなに歩いたの? ってくらい離れてる。正直なところ、メモか何かが無いと自力で帰れる気がしない。

 

 近くにコンビニあったから、メモでも買ってくるか。

 

 

 

 

「ヤバいなぁ」

 

 この一言が全てである。

 お手製のメモで複雑な道を正確に辿れなかった俺は今、正真正銘の迷子である!

 やっぱりスマホのマップ機能は素晴らしいってことがハッキリ分かった。

 

 迷路は迷ったら分かる場所まで戻るってやり方も、迷路みたいに右手の法則? も市街地では役に立たず、スタート地点(交番の場所)も分からない。

 そんな現状である。見たことない街並みをあっちへフラフラこっちへフラフラと、もはや当初の目的地を目指しているのではなく当てもなく彷徨い続けている感じだった。

 

 空を見上げる。空は綺麗な橙色に染まってきたけど、建物の陰に隠れながらもゆっくりと沈んでいく夕日を呆けながら眺めている余裕は俺には無い。

 

「まだ、まだ沈まないでくれよ……!」

 

 焦燥感が募っていく俺は、さっきからずっと街中を小走りともとれるような早歩きで移動していた。道を訊こうにも物欲センサーに引っかかったみたいで、迷う前はそれなりに人通りはあったにも関わらず、迷子になってからは車の往来があるばかりで、人影は全くない。

 時間的に居そうなちょっと買い物帰りのおば様方~? 散歩やランニングしてるおじ様達~?

 

「チッ……ああもうっ! クソッ!」

 

 苛立ちのあまり怒声を上げる。東側の空が紺色になってきたのを確認して、俺の足は更に速く動いた。

 

 

 

 

 

 ……すっかり暗くなってしまった。街灯と車のヘッドライト、家の灯りのお蔭で海の上よりも随分明るい。

 だけど帰る見通しが全く立たない俺は気分が落ち込んでて周りよりも暗くなっている。空を見上げると星が出ていた。

 

 俺は公園に居た。夜戦終わってから何も口に入れてないから腹が減り、ずっと小走りだったから喉が渇いていた。公園の水飲み場で水を飲んで、疲れた足を休めるためにブランコに腰掛けていた。

 

「辛いわぁ……」

 

 このまま帰れなかったらどうしようかなんて、ネガティブ極まる考えが出てくるあたり相当参っているらしい。

 

 

 鎮守府で過ごした一週間の間に随分贅沢な生活に慣れた……質素な生活から抜け出していたものだ。ククッと苦笑いする。

 人間、贅沢を知ってしまうと中々元に戻れないなんて言うけど、以前なら半日食べなくても何とかなっただろう。だけど今はもうダメだ。空腹による胃酸かストレスのどちらかで腹が痛い。

 

 走り回った影響からか、セーラー服もリュックも汗でベチャベチャになってる。

 こんなことなら、恥を忍んで誰かの家を尋ねて道を訊くとか、いっそ余ったお金でタクシー呼ぶとかしてもらえば良かった……どうして手遅れになってから簡単な解決法が浮かんでくるんだろう。

 

「はぁ~……」

 

 クソデカい溜息を吐いてから軽く地面を蹴る。ブランコが小さく揺れて哀愁のある音を立てる。しばらくそれを繰り返してフッと自嘲する。こんな状況なのに焦らずに諦めた俺の不甲斐なさよ。

 

「あ~居た居た。もうっ! 随分と手、掛けさせてくれるじゃない?」

 

 ……どちら様で?

 俺を探しに来たってことは鎮守府の人だろう。わざわざ俺の事を探しに来てくれたのか……

 

「えっと……ごめんなさい。お手数をお掛けしました」

 

 でもどうやってだ? 俺はGPS機器なんて持ってないし……訊いてみるか。

 

「どうやってこの場所に居るって分かったんですか?」

 

「……私たち艦娘に大事な事は三つあるわ……勝利への意欲」

 

「はい」

 

 あ、艦娘だったの。

 なんか見たことあるけど……誰だろう?

 

「美への意識」

 

「……はい」

 

「そして……勘よ」

 

「はい?」

 

 いや、1つ目と2つ目は分かるよ? 相手を倒してこちらも倒れたら負け。相手もこちらも倒れなかったら分け。勝利の為には相手を倒してこちらが生き残る必要がある。道理だ。

 そして艦娘だって恋する女の子だ。『艦これ』でも提督LOVE勢なる人たちもいるみたいだし。……ウチ(佐世保)の提督はいい歳いってるから流石に恋愛対象外……だよね? でも、恋愛云々を抜いても女性だから美意識を高く持つのも道理の筈だ。俺? 俺は適当で良いんだよ。二百を超える艦娘の中で一人二人くらいは女子力ゼロが居たっていいだろ。その中に俺が居ても問題は無い筈だ。

 そして気になる3つ目。これが分からない。何だよ勘って。

 

「勘は大事よ? ここぞって時には案外バカに出来ない力を発揮するわ」

 

 アッハイ……でもそんなことを言えるのは高性能な勘を備えてる人だけなんだよなぁ……俺はそんなこと言えないもん。

 

「そう! 私たちは貴女を探しに来ていたの! さっさと帰るわよ!」

 

「足柄? 遅いですよ。見つかったなら早く戻ってきなさいな」

 

「み、妙高姉さん……」

 

 もう一人の声がした。そこには足柄と呼ばれたのと同じ服を着ていて、俺を探しに来る人達で、妙高姉さんと呼ばれていたから……あっ、妙高型重巡かぁ!

 型まではあっさりと覚えられそうだなぁ……。服装も纏ってるか似てるし。え? 陽炎型? ……あんなの無しだ無し! 統一感が無いから覚えられない。統一感が無いのが陽炎型って覚えておこう。

 

「ほら、早く鎮守府へ戻りますよ」

 

 そう言って歩き出す妙高の先には、白い車があった。

 まぁ、成人女性みたいな見た目の艦娘も多いし、車の免許持っててもなんらおかしいところは無い……か? 軍艦が車に乗るってのは、面白いって意味ではおかしいけどな。

 

 

 

「……もう少し速く走らせても良いんじゃないですか?」

 

 遅っそ。安全運転のし過ぎでノロノロと走る車に乗ってる感想がこれだ。後ろ詰まってるじゃん。学生が運転してる教習車でももっと早く走るって。

 これなら俺が運転した方が良いだろ。無免だけど。少なくとも今より余程快適な速度で運転できる。

 

「交通規則を破る訳にはいきません。そんな考えだと――」

 

 隣に居る足柄が「何てことしてくれんのよ!」みたいな顔をして俺を睨んでくるけど、俺は悪くないと思う。

 実際道路って流れが大事だと思うんだよ。いくら交通ルール守ってたって……ほら、後ろの方だんだん詰まってきたぜ。煽られるまであとどのくらいだろうなぁ~。

 

「あっ、そうだ! 妙高姉さん!

 

「――達は市民を守るに当たって、模範となるように……何ですか? いきなり大きな声で」

 

「私、大淀さんから提督が近いうちに辞めるつもりだって聞いたんだけど!」

 

 へぇ~そんなニュースが……

 

 え?

 




・交番は実際迷子になった時すごい助かる。
 今はスマホのマップ機能があるからそうそう迷ったりはしないけれども。

・妙高型の2人。那智と羽黒はお預け。
・提督、仕事辞めるってよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

食堂での話し合い

31話です。

長かったほのぼの日常回も終わりの時が近づいています。
やっぱり艦これだからね。深海棲艦が居ないと……


「私、大淀さんから提督が近いうちに辞めるつもりだって聞いたんだけど!」

 

「えっ嘘!?」

 

「Oh...」

 

 マジ? 血迷ったか提督。

 

 提督が辞めるとか……一部の艦娘達が暴動を起こしかねんぞ。平穏な日常が無くなっちゃうだろうが!

 

「それで、暴動を起こした人達を一先ず鎮めた大淀さんが、提督にサプライズで送別会を企画しててね……」

 

 えぇ……もう暴動起きてたの? 行動力ヤバいな。そしてそれを鎮めた大淀強くない? 絶対に鎮守府の裏のボスでしょ。

 

「えぇ、分かりました。この妙高、並びに妙高型も参加することを大淀さんに伝えておきます。それよりも、何故そんな大事なことを今まで言わなかったの?」

 

「あっ……」

 

 あ~あ、また口煩くお説教が始まりそうな予感がする。

 何してんのさ足柄~? なんて考えながら足柄を見る。果たして視線に思考は乗せられるか。

 

 うんざりしたような顔をしながらハイハイ言ってた足柄も、お説教の内容が小言から提督の送別会に移ると生き生きとし始めた。

 やっぱり提督って慕われてんだね。ケッコン指輪渡したら人によっては感動、感激のあまり気絶するんじゃねーの?

 

 っていうかさっきから俺に話題が一切振られてこない。完全に姉妹で空間を作って楽しそうにしてる。まぁ新人の俺には提督との思い出なんて無いし、別にいいか。

 話が無いなら鎮守府に着くまで寝てようかな……走り回って疲れた……。

 

 安全運転極まる車内は殆ど揺れないから、意識はスッと落ちていった。

 

 

 

「起きなさいよー!」

 

 やや乱暴に揺すられて大声を出されて起きない人などいない。それでも起きないヤツは寝たふりか死体かマネキン。もしくは強力な睡眠剤か、起きていると自己認識できない狂人の五択だろう。

 勿論俺はその中には入っていないから素直に「何事ぉ……」なんて寝ぼけながら起きた。

 鎮守府に着いたらしく、足柄の後ろを欠伸をして目を擦りながら歩く。

 

「ハァ……きっとこんな時間じゃ食堂はやってないわね……。よし! 今から私が夕食を作るわ! 貴女もいっぱい食べて、力を付けなさい!」

 

「……食堂、電気点いてますけど」

 

「あら、ホントね」

 

 そう言うと、キョトンとした様子で食堂の明るい窓を見る足柄。因みに妙高は提督のところに行っている。車の鍵を返しに行くらしい。

 俺が夜間まで帰らなかったのはお咎めナシらしい。緩くね?

 でも聞くと、無許可での外泊やその他の迷惑、犯罪行為以外はほとんど自由らしい。人によっては居酒屋で日付が変わるまで飲んでコッテリ絞られたこともあるそうだ。

 ……緩くね?

 

 休日にしっかり羽を伸ばすって意味では間違ってないんだろうけど、艦娘だって一応海軍……海上自衛隊の中の深海棲艦対策本部? に所属してる軍人だ。もっと規律とかでガチガチに縛られてるもんだと思ってたんだけど、偏見だったかな。

 

 

 

 食堂には多くの艦娘が集まっていた。きっと夜間の見張りと、出向で居ない艦娘以外は全員居るんじゃないかってくらいの多さだ。だからだろうか、人が集まる故の熱気と独特な酸素の薄さにクラクラする。

 俺と足柄が入って来た時に、扉越しでも聞こえてきたような喧噪はピタリと止んで、何故かほぼ全員が立ち上がってこちらを見ていた。……凄く張り詰めた空気に食堂に入って一歩目の姿勢で俺は固まった。

 が、俺と足柄を見るとあからさまに空気が緩み、各自が椅子に座り始めてまた騒がしくなった。……これは何かを隠してるな?

 

 見やすいところには大きなホワイトボードが出されていて「提督の送別会について」なんて大きく書かれている。その下には大勢からの意見なんだろう。豪華な夕食、記念撮影などの赤マルを付けられた案と、人体実験で若返らせるなんていう悍ましい案が横線で消されていた。考えたヤツの頭は絶対にイカれてやがる。早急に明石に頭の修理をしてもらうべきだ。

 

 ワイワイと騒ぐ艦娘たちの輪から一歩離れた場所で見てたら、テーブルの上におにぎりや軽食が並んでいるのが見えた。

 

「足柄さん、夕食はいいんじゃないでしょうか」

 

「そうみたいね。私も混ぜなさい!

 

 そう言ってズンズン人が多い方へ進んでいく足柄を、食堂の入り口に立ってる俺はただ見ていた。おにぎりを手に取り……具材ナシ。塩味が疲れた体に沁みる。

 

 

 

▼―――――――――――――――

 

「静かにしてください」

 

 私がそう呼び掛けても、一瞬だけ静かになるばかりで、すぐにざわつきが大きくなっていって元に戻ってしまいます。これでは一向に会議が進行できません。

 たしかに、提督が辞めるという情報を他の人に知らせたのは私ですが……。

 

 暴動を起こすほど提督を慕っている人が居ることまでは予想できていたので、こうして「提督の送別会」という形で、それに向かって全力を出してもらうことにしました。

 共通の課題があると、バラバラな集団も団結する、と提督が仰っていたので参考にさせて貰ったら、本当に団結したので驚きを隠せません。……団結し過ぎてる上に暴走気味なので今、困っていますが。

 

 今食堂に入る皆さんは、各々の用事があって時間が無い中で焦る気持ちがあることは分かっているんですが、円滑な司会進行に全く協力的ではありません。普段はまとめ役をしてくれる長門さんも拳を握り締めて何かを熱弁しているので、今は期待できないでしょう。

 

 色々と書き込まれたホワイトボードを見る。そこには「各自が一言を綴った色紙を渡す」といったまともな案から「提督参加型の鬼ごっこ」「提督も一緒に飲み明かす」といったちょっと許容しかねる案まで様々なことが書き込まれていました。

 ……島風さんも、伊14さんも、提督が鍛えてるからと言って随分と無茶をさせようとしますね……「私はもうそんなに若くない」って口癖のように言っているでしょうに……

 

 ハァ……と溜息を吐きますが、皆さんの声が五月蠅いのできっと誰にも聞こえてはいないでしょう。それでも。良く通る言葉はあるもので―――

 

「――誰か来るッ!」

 

 そんな声を出されたのは、食堂の出入り口でさっきまでおにぎりを3つほど食べて噎せていたスチュワートさんからでした。

 その一言で食堂内は静まり返り、皆さんが立ち上がって、少しでもホワイトボードが出入り口から見えにくいように立ちはだかります。……どうしてこういった連携が、話し合いで出来ないのでしょうか……きっと私は今、苦い顔をしているでしょう。

 

「……皆さん? どうかしましたか?」

 

 やってきたのは妙高さんでした。先程の足柄さんが入って来た時と同じようにまた、空気が緩んで……あぁ、また騒がしくなってしまいます……

 

「はい! 大淀さん。お……私もう眠いので部屋に戻って良いですか? 明日もあるので……」

 

 突如そんな声を出して食堂から出て行ったスチュワートさんに私は何も言えませんでした。皆さんも「信じられない」といったように口を開けて固まっています。

 

「薄情な人……」

 

 そんな呟きが聞こえてきましたけど、それと同時に長門さんが正気に戻りました。

 

「そんなことは言うものではない。我々にも明日の仕事がある。それに支障が出ては却って提督を心配させることになるだろう。大淀、早く話し合いを進めようじゃないか」

 

「はい。……今出てる案から――」

 

 やっと進行が再開出来ました。やっぱり長門さんは頼りになります。そして、一度空気を止めてくれた妙高さんと、マイペースながらも長門さんを立ち直らせたスチュワートさんには感謝します。

 

▲―――――――――――――――

 

 廊下を歩く。

 

「あ~眠い……」

 

 なんて呟きながら欠伸をすると、目の前の部屋から提督が出てきた。部屋のプレートには「海風 山風」と書いてある。……たしか江風の姉貴達だったな。

 でもなんで……まさか提督が提督として提督してる(自主規制)なんてことはないだろうし……分からん。

 

「「 ! 」」

 

 アカン。目が合った。目と目があったらポケ〇ン勝負だって決まってるから……え? 違う?

 じゃあ恋でも始まる? これも違う?

 じゃあ「開心術(レジリメンス)」? 違う? だったらなんだっていうんだよ!

 

「艦娘の子たちが見当たらないんだが……」

 

 あぁそのこと……こればっかりは口が裂けるまでは言えねぇな。適当な嘘で誤魔化そう。

 

「あ~……それでしたら、今食堂で「女子会」をしているみたいで……集まって騒いでましたよ。提督こそ、お夜食ですか? だったら準備してもらいますけど」

 

「いや、いい。……あまりにも誰も居ないから少し心配になってね。皆居たのかい?」

 

「はい。私は眠くなったので抜けてきましたけど」

 

「そうか。なら良いんだ」

 

 なんて言って提督は執務室のある方へ戻っていった。俺も風呂入って寝ようとしてたけど、提督が心配で見回ってたことと、女子会で騒いでたって誤魔化したことは伝えておこう。来た道戻るとかめっちゃダルいけど、仕方ないか……

 

「ハァ……」

 

 溜息を吐く。

 この後、食堂に戻って伝えたら、何故か凄く真面目な雰囲気で話し合いをしていて凄く驚いて、仕返しとばかりに提督が心配してたと言って驚かせ(脅し)たりした。

 

 去り際に見えたホワイトボードからヤベー案が消されていたのでちょっと安心した。提督の命の危機は去ったらしい。それも身近なところに潜み、気付いた時には手遅れなヤツがな……。

 

「ふぁ……」

 

 風呂に入って寝よう。

 




・艦娘寮の部屋割りは適当。1~3人部屋までは用意してある。
 妖精さんに頼めば増築もカンタン。(都合のいい言い訳)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

休日の過ごし方 〜二日目〜

32話です。

これで終わりなんて宣言したけど…あれは嘘だ。


 朝、カーテンの隙間から日差しを受けて目が覚める。

 天気は今日も晴れ。季節に合わない爽やかな日だ。

 

 俺は窓を開けて朝の爽やかな風を浴びていた。

 

「……あり得ないだろ常識的に考えて」

 

 そう。この世界の天気はいまいち前世とリンクしていない。今の時期は梅雨で、ここ九州では台風やらの影響で毎年のように凄い雨が降るイメージあったんだけど……一週間の間、ほぼ毎日快晴である。

 これも『艦これ』の世界の常識なのかな? 確かに日本は台風や地震、噴火とかの自然災害だけで毎年いっぱいいっぱいな感じなのに、そこに深海棲艦まで追加ってなるとハードすぎるけども。

 

世界がバランス調整している可能性が微レ存?

 

「よう、気持ちよさそうだな」

 

「ふぉっ!?」

 

 ビックリしたぁ……。部屋が1階だから、窓開けたら近くを通りがかった人から話しかけられるってことをすっかり忘れてた。

 

「え~っと、木曾さんも休み……ですね」

 

 木曾は今日休みのようだ。断言できる。何せ如何にもこれから釣りしますって格好してんだもん。こんなんで出撃なんてしないだろう。……『艦これ』の季節、イベントのグラフィックって間違ってもあの格好で出撃してるなんてことは無いよね? ……無いよね?

 

 それはそうと、俺も久しぶりに釣りしてみるかなぁ~。

 

「私もご一緒しても良いですか?」

 

「あぁ、良いぜ」

 

 了承を貰ったから急いで準備をする。早速、昨日買った動きやすい普段着を身に着けていく。

 準備に5分も掛かった。待たせ過ぎて怒られんかなぁ……

 

「おっ、来たな」

 

「お待たせしました。あ、工廠に寄ってって良いですか? そっちに釣り竿あるので……」

 

「あぁ」

 

「すぐに取って来ますね」

 

 

 釣竿を取りに工廠へ向かうと、工廠の一角には何故かまだ解体されてない使わなくなった砲と、アランさんから貰った古びた釣り竿が纏めて置いてあった。

 砲も釣竿も、駆逐棲姫に自爆特攻した時に奇跡的に壊れていなかったらしく、糸は交換してあるみたいで綺麗になってるけど、他のところは以前と変わらない見た目で安心した。

 

「随分使い込まれてるな。お前もよく釣りするのか?」

 

「これは貰いものでして……私自身はあんまりって感じです」

 

「そうか……ま、楽しい釣りにしようぜ」

 

 一瞬だけ残念そうな顔をしたけど、直ぐに元に戻った。肩でトントンしている釣り竿がやけに様になってた。超カッコいい。

 やっぱり彼女の4人や5人くらいは居そうだなぁ……。

 

 待って! 言葉にしてないじゃん! 何で睨むの!? 眼帯の奥に心が読める第2の目でも入ってんの!? 

 

 

 

 

 

「……」

 

「フフッ、またかよ! 鈍くせぇなぁ」

 

「ぐぬぬ……」

 

 そんな会話をしている俺の目の前には、錆びた空き缶が針に掛かって揺れている。

 端っこの方を指先で摘まんで椅子の隣に置くと、プルタブや空き缶、靴の紐? などのゴミで出来た山がまた少し成長した。

 潜水艦の皆さんにはポイ捨てされたゴミを少しずつでいいから拾って欲しい。簡単にホイホイ釣れていいゴミの量じゃないって。

 すぐ隣では、木曾がまた青魚を釣り上げていた。何が違うというんだ……。やっぱり経験? それとも運?

 

「……にしたって、昨日のアレはちょっと良くねぇな。」

 

「アレ?」

 

 アレ……どれだ? 心当たりが温かった風呂を熱くしたことくらいしかないぞ?

 

「すいません。心当たりが……」

 

「マジかよ……。提督の送別会の話し合い。途中退室はいただけねぇな」

 

「あ~……ハイ」

 

「ま、話し合いが進む切っ掛けになったし、長門がフォローを入れてくれた。あとは、提督の様子を伝えに戻ってきたのは助かったな。駆逐艦のチビ共には夜更かしさせられねぇからな」

 

「はぁ」

 

「だからそんなに落ち込むこたぁないってことだ。そう悪くは思われてねぇ筈だ。ただ、気にするヤツは気にするってことを覚えておけよ」

 

「ハイ」

 

 マジかぁ……他の人と比べて提督と思い出なんてほとんど無い俺が居ても邪魔じゃね? って思ったのと純粋に眠かったのと、息苦しかったから早く出たいってことで食堂から出たら機嫌損ねるってなんだよ……。そんなヤツがうたた寝しててもキレない訳が――ッ!

 

「きっ、来たぁっ!?」

 

「おっ、引いてる引いてる。よかったじゃないか」

 

 そう茶化され、フラフラしながら少しずつ引き上げていく。ゴミにはない引きだ。木曾みたいにアジとかじゃなくてせめてイワシでも良いからまともなモノを釣りたい。環境保護のお手伝いをする為に釣りしてるわけじゃないんだよ。

 

「おりゃあぁー!」

 

プルプル・・・

 

「えっ」

 

 なんだこのバケモノは!? 掌より少し大きいサイズでペンギンみたいな配色して……ケツ? の方から白い綿? が飛び出たウミウシなんだかナマコなんだかナマモノなんだか分からないモノが釣れた。

 

「木曾さん、これは一体?」

 

「……」

 

 あっ、顔逸らされた。

 困ったときに頼れないじゃん! ちょっと、いや大分困る。だって触りたくないもんコレ。触っていいかも分からない。

 テレビとか本とかでも見たことないもんこんなの。なんだっけこうゆうヤツ……ミュータント? ホラーゲームに出てきても違和感ないぞこんなの。

 

「……うん」

 

 見なかったことにしよう。

 そう思ってそっと、ゆっくり海に向かってナマモノを降ろしていく。

 

「ナシだな」

 

 リリース禁止なの!? まぁ食べられそうにもないけれども……厳重に袋で密封して棄てよう。……これって棄てて良いヤツ?

 ビニール袋で直接触らないようにしながら空き缶にぶち込む。嫌に温かくて柔らかかった。あぁ、夢に出そう。

 

 

 

 時間は昼頃。近海を哨戒していただろう人達がポツポツと戻ってきた辺りで釣りを止めにする。

 俺の釣果は結局、小魚1匹と大量のゴミとUMA(未確認生命体)しか釣れなかった。対して木曾は大量の青魚である。

 

「突然の突風か津波で流されてくれないかなぁ……」

 

「抜かせ。俺が釣ったんだ。このくらい当たり前だろ?」

 

 ホントに隣で釣ってたのか怪しくなってくるくらい釣果の差が激しすぎる。実は潜水艦の艦娘が海中に居て、針にゴミ引っかけてたとかないよね?

 

「さて、この魚は夜に酒と一緒に貰うから俺は鳳翔んとこに寄って来るよ。付き合ってくれてありがとう」

 

 そう言われたからこちらこそと返して部屋に釣り竿を置いて、食堂に向かう。

 気配を殺して列に並び、甘口で作られたカレーに唐辛子を大量にかけた。近くに座っていた暁が親の仇でも見るような目で見てきたので、急ぎつつ、出来るだけ優雅に食べたら何か言いたげな目で見てきた。

 

 

 

 

 

 図書館で「駆逐艦スチュワート」について調べようとしていたけど、本なら沢山ありそうな場所が鎮守府にもあるってことを思い出したから、俺はここに居る。プレートには「伊8」と書いてあるから間違いないと思う。

 ノックをしたらはーいなんて声が聞こえてきたから普通に入っていく。

 

「昨日ぶりです。私の部屋に来てくれて嬉しいです。どんな本をお探しですか?」

 

「どんな本があるのかを見に来ました。今は英和辞典を探してます」

 

「……珍しい。一応あるけど。……はい、どうぞ」

 

 あるの!? じゃあわざわざ鎮守府の外に出て調べる必要なかったじゃん。

 

「ありがとうございます。貸出期間とかは……」

 

「汚したり、失くしたり、鎮守府の外に持ち出したりしないなら無期限です。でも、こまめに返しに来てね? 回収するのも楽じゃないの……」

 

 

 

 英和辞典を受け取って自室に戻る。早速スチュワートの意味でも……

 

「ややっ! どーも、青葉ですぅ。ここに一言、お願いします!」

 

 部屋には何故か青葉がいた。出会い頭で挨拶と共にペンを渡され、色紙に一言書くことになった。

 とは言っても俺はそんなに提督に思い入れが無いし……なんて書こうかな。どれどれ他の人は~……

 

「あたし的には、とっても寂しいです」 滲んでて読みにくい……。ふぅん、阿武隈ね。

「辞めた事後悔させるくらい活躍するからテレビでも見てなさいよこのクソ提督!」うわ。曙のこれは大丈夫なヤツなの?

 

「どんな言葉でもだいじょーぶです! 気にしないで書き込んでください」

 

「そうですか」

 

 じゃあ──

 




・謎のナマモノを見た主人公はSAN値チェック 2/2D3
・主人公が色紙になんて書いたかはご想像にお任せします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

提督最後の日

33話です。



 色紙も書き終わってから青葉とちょっとした雑談、もとい取材を受けて午後を過ごした。

 

 それでも余った時間に工廠に行って、どことなく暗い夕張と山城の前で川内と江風の物マネをしてみたりした。ショートコント「夜戦バカ達の夜」。

 物マネはそこそこ得意だから自信はあった。ウケなかったらどうしようと思ってたりもしたけど、結構ウケたから良かったと思ってる。

 

 

 

 日が落ちてくると、また妖精さん達が物々しい感じで武装して工廠から出て行った。夕張曰く艦娘が集合したりするときは妖精さんが一時的に防衛を行ってくれるらしく、お陰で集まって騒いだり出来るからとても助かっているらしい。

 他の鎮守府から一時的に防衛を行ってもらう時も場合によってはあるみたいだけど、今回は提督にサプライズってことで書類が必要になりそうなこと(他の鎮守府に防衛依頼)はできなかったらしい。時計を見ると予定の時間が近づいていた。

 

「さて……山城さん。スーちゃんも行きましょうか」

 

「ええ。姉さまもきっと、同じ気持ち……」

 

「ちょっと暗くない? そんなんじゃ提督も気持ちよくお別れ出来ないよ~?」

 

 ちょっと茶化してみるけど全然明るくならない。食堂もこんな感じだったら提督は辞めても辞めきれないんじゃないかな……まさかそれが狙いだったり。

 

 

 

 なんてことは無く、食堂に着いたら既に半分くらい出来上がっていた飲兵衛たちが騒いでいて、別れることを望んでいるって空気じゃない、学校の卒業式みたいな雰囲気に包まれていた。

 

 テーブルの上には豪華な料理を見ると楽しくなるだろうと予想できてワクワクしてしまう。でも出入り口付近に目立たないように置いてある重しは……見なかったことにしよう。

 恐らく逃がしてもらえないであろう憐れな提督には、艦娘達の好感度を上げ過ぎたことを後悔しながら穏やかな老後を送ってほしい。

 

 午後7時。ざわざわとしていた食堂内も1人2人と席に着き……気づいたら全員が椅子に座り、一言も喋らないからお通夜みたいな雰囲気になった。

 駆逐艦が多く座っている辺りからは早くも鼻を啜るような音が聞こえてくる。さっきまでの雰囲気はどこに行ったとツッコみたい。

 

 そんな時ガチャリ、とドアノブを捻る音が嫌に大きく食堂内に響いて大淀と提督が入ってくる。提督の方は驚いたのか目を大きく開けている。

 拍手でお出迎えするとすぐに他の人達も乗ってきたので取り敢えず一安心。あのままじゃガチのお通夜になるところだった。

 

「皆……これは一体?」

 

「提督が辞職されると耳にしまして、提督の送別会を勝手ながら企画させていただきました」

 

 それを聴いた提督は嬉しそうに笑い、それなら……と遠慮せずに空いてる席に移動しお礼を言ってからお酒を注ぎ始めた。

 

「今日は私も遠慮せずに飲むっ! 付き合ってくれるね?」

 

 そう言ってお猪口を高く掲げて1人で乾杯をした。

 するとみんな一斉にお酒を注ぎだし、乾杯! と思い思いに騒ぎ出す。元から準備は万端の飲兵衛たちが真っ先に提督に突っ込んでいったのは見ていて面白い。

 

「スチュワート、お前はどうする? ジュースか? 酒か?」

 

 向かいに座った長門が訊いてくる。その手にはジュース。こういったときくらいお酒飲めばいいのに……。

 俺はどっちにしようか悩んでるってことにして長門に意見を求めようか。

 

「お酒を飲んで一緒に馬鹿騒ぎしても楽しいでしょうし、ジュースを選んで酔わずにこの光景を目に焼き付けても良い……悩みますよね?」

 

「うむ。私と同じ意見のヤツが居て助かった。この胸が熱くなるような光景はずっと見ていたいからな……」

 

「話は聞かせてもらいました! この青葉、この光景を余すことなくフィルムが一杯になるまで収める次第です! お任せあれ!」

 

「済まないな青葉……任せて良いか?」

 

「勿論です!」

 

「良し、スチュワート! 我々も飲むぞ!」

 

 あれよあれよと酒を注がれ、酒を飲んで(アルコール)に呑まれ……

 

 

 

 あっという間に頭がフワフワになった。

 提督が何か言ってるけど、頭が働かなさ過ぎて何を言ってるかが分からない。

 ……歳だから辞めるって? そう思ったら「もうちょっと頑張れよ~!」なんて口にしてた。

 あっヤベって思ってちょっと酔いが覚めたけど、周りからも「そうだそうだー!」なんて聞こえるし、提督も楽しそうだしまぁいいか。

 

 何? 後任の提督は明日来ることになってるって? 話はそれだけ? 眠いし寝る。お休み~。

 

 

 

 

 

「……知ってる天井だ」

 

 天井に謎のフックが付いてる部屋なんてそうそう無いだろう。だからここは俺の部屋。ちゃぶ台の上にはいつか見た錠剤と水が置いてある。

 たしかコレって不気味なくらい効くんだよね。

 昨日の送別会はあくまでサプライズだから今日は休みではなく普通にお仕事だ。カレンダーには……近海の哨戒って書いてある。

 

「さて、新しく来る提督にガッカリされないように1発目! ビシッと決めていこうかね!」

 

 だんだん慣れて来た手つきで服装を整え、部屋の外に出たら鬼怒が立っていた。

 

「お、おはようございます」

 

「おぅっ! おはよ。今日は一緒に頑張ろっ! さ、付いてきて」

 

 若干ビビりながら挨拶すると元気良く返された。若いっていいな、なんて爺臭いこと考えていたら今日の仲間も待っていた。どうやら俺が一番遅かったらしい。

 夕雲型の姉妹達から遅い遅いと文句を言われるけど、夜更かしして酒まで入っておきながら目覚まし時計も無いんだ。時間前集合は出来なかったけど遅刻はしてないから許してほしい。

 皆に謝って艤装を取りに工廠へ急ぐ。戻ってくると、盾がやっぱり珍しいのか色々と質問された。質問には海の上で答えると言って誤魔化しておく。昨日の送別会の話題を出せば勝手にそっちに話が逸れてくれるだろう。

 

 さぁ出撃するぞと意気込んで出て来たは良いものの、提督が海を眺めていたのを発見し、みんなが足を止める。

 

 

 

「おぉ、君達も出撃かね?」

 

「うん! これからこの子達と一緒に近海の哨戒任務だよ!」

 

「そうか……頑張ってきなさい、鬼怒、高波、早霜、秋霜、清霜、スチュワート。これからも君達の応援をしているよ」

 

「提督、このタイミングで泣かせに来るのはパナイって……」

 

「司令官。高波、その言葉だけで頑張れる気がするかもです。いえ、頑張れますっ!」

 

「静かだけど騒がしい、夜の鎮守府も寂しくなりますね……もう、司令官も見れないのね」

 

「戦艦になった清霜を見せられないなんてぇ……」

 

「はやはや、きよきよ、そんなにメソメソしないでよぉ……うちまで泣けてきちゃう……」

 

「……」

 

 あ~あ、提督五人も泣かせた~。どうせ今日は朝早くからここで出撃していく人たちに激励の言葉を掛けては大勢を泣かせてきたんだろ? 罪作りなヤツめ……後ろから刺されても知らんぞ。そんな提督をじっとりと睨むと、少し狼狽えたように目を泳がせた。

 

「さ、さぁ! 深海棲艦はすぐそこまで来ているかもしれない。ここでしんみりしている場合ではないよ」

 

「っ! はい! 鬼怒、出撃します! みんなもついてこーい!」

 

 そう言って振り返り、海に向かって走り出す鬼怒とそれに続く四人。俺も付いて行かなくちゃいけないな。でも――

 

「提督さん、拾ってくれてありがとうございました。……それじゃあ私も出撃するのでこれで……お元気で!」

 

 俺もそう言って先を進む五人に追いつくように走り出す。あぁもうあんな場所に!

 

 

 

「ま、待って! 待って~!」

 

 そう言ってしばらくしてから止まってくれた。その頃には鎮守府は点のようになっていて、当然提督も見えなかった。

 

「うぅっ……」

 

「……グスン」

 

 俺が追いついた時には、一か所に固まって泣いていた。提督には出来るだけ涙を見せないようにしてたのか……。

 恋する乙女……かもしれないし、そうではないかもしれない。だけど、戦う乙女の強さってヤツを見せつけられたような気がした。

 

 

 

 哨戒任務自体は時々はぐれた駆逐イロハ級が数匹ずつ現れるって感じで、異常は無いらしかった。

 綺麗な涙を流しながら提督との思い出話に花を咲かせ、それでいながら深海棲艦を材料とした汚い肉片の華を咲かせる彼女らを見て、俺は何とも言えない気持ちになった。

 ……彼女たちの気持ちの整理の為に挽肉にされる駆逐イ級にちょっとだけ同情するぜ。

 

 

 

 そんなこんなでどこかスッキリした五人と鎮守府に無事戻って……問題が発生した。

 

 

 

 

 

 

 

「スチュワートさん……何を……」

 

「……ごめんなさい。大淀さん……皆さん」

 

「ううぅ……ああああっ……」

 

 あの後、思い出すのも憚られるような悍ましい事件が起こり、俺は――

 

 

 

 

 

 

 

提督を撃った。

 

 




次章「ブラック鎮守府

二章はほのぼの日常回(ハッピーエンドとは言ってない)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章 ~幕間➀~

34話です。

2章の幕間は三本立てです。長くなったので分けました。

今回は二本立てとなっております。


・工廠の狂信者

▼――――――――――

 

 少しくらい前に、この鎮守府に知らないモノが入り込んできました。見た感じは艦娘にそっくりで、中身もほとんど違わないモノでした。

 酷い傷を負って工廠に運び込まれたので修復剤を使ったら傷が治ったので多分艦娘だと思いました。

 

 イマイチ確信が持てなかったのは、私たち妖精が艦娘を「建造」するやり方とは何かが違うやり方であることと、日本では見たことが無い艦娘だったという理由がありました。

 

 しかし、()()()妖精……とても変わった妖精の一言で全てが変わりました。

 

「こっ、これは艦娘です! 誰が何と言おうと艦娘! 異論は認めないッ! それもあの伝説の妖精が作り上げた究極のッ!」

 

「「「…………」」」

 

 私たちは「またコイツか……」みたいな顔で彼のことをジットリとした目で見つめましたが、彼は尚ヒートアップして騒ぎ続けました。

 その勢いたるや疾風怒濤の如し。島風さんよりも疾く、大和さんよりも力強く、金剛さんよりも勢いがありました。その上駆逐艦並に燃費が良いのかずっと……ずーーーっと騒いでいました。

 

 そんな問題児な彼は、平時は優秀な技術者で、どんなにボロボロに大破した艤装でも直せるので非常に頼りになるのですが、いつも偉そうに踏ん反り返っている上にこうして「伝説の妖精」が絡むと途端に頭がおかしくなるのが玉に瑕です。

 

 「バカと天才は紙一重」、「天は二物を与えず」と言った言葉が非常に似合う彼は、そんな運び込まれた艦娘の艤装を意気揚々と修理している途中で―――

 

「なんと……おぉ……おいたわしや……」

 

 なんて嘆き始め、私たちには分からない理由で泣き始めました。私や他のそういったことに慣れてる妖精は「また始まったよ……」とスルーしていましたが、慣れていない妖精は普段は頼りになる彼が泣き始めたことで非常に慌てていました。……その内慣れますから今のうちに慌てておいてください。

 

 その後何事も無かったかのように艤装の修理を終えた彼は、私たちを集めて小さな紙を広げました。そこに書いてあったことは―――

 

・死んじゃった。ゴメンね♪

・この艦娘はちょっと特殊だよ~

・彼女は盾と投擲物を欲しがっている

 

 要約するとこの三つのことが書かれていました。そして下には両端に矢印が付いたSのサインがありました。それは紛れもなく「伝説の妖精」のサインでした。

 

 私たち妖精には名前はありませんが、妖精同士でやり取りするサインがあります。これは妖精にしか見えないもので、名前の代わりになるとても大切な物です。因みに私は桜の花弁とスパナを組み合わせたようなものです。

 

 そしてその「伝説の妖精」―――がなぜ伝説かというと

 

・ジェスチャーではなく、艦娘にも提督と同じように会話で意思疎通できる

・単独で艦娘を「建造」できる

・普段は任務が無いと鎮守府から出られないという妖精の特性を無視して世界中を巡った

 

 等々……本当に私たち妖精と同じ妖精なのか疑いたくなるようなレベルでブッ飛んだ行動力のある妖精で、いつしか「伝説の妖精」だなんて呼ばれるようになっていました。

 そしてココ、佐世保鎮守府には「伝説の妖精」の熱心なファン……狂信者とでも言えるような彼が生まれました。……生まれてしまいました。 

 

「そういう訳でワタシは「伝説の妖精」の意志を引き継ぎ、彼女の望む物を作成するッ!」

 

 なんて堂々と言い張る始末。変人だから技術が身に付いたのか、技術を身に付けたから変人になったのか。コレは私の仲が良い妖精グループの中で永遠の謎とされています。

 

「まぁいいんじゃないですか? 上が優秀過ぎても下が育たないなんて言いますし、こちらの邪魔にならないなら……普段の艤装修理を同じくらいの費用で修理や艤装の作成をしてくださいね」

 

 しっかり釘を刺しておくのを忘れない。上限を設けないと好き放題し始めるのは目に見えています。

 

 

 

 ―――こうして、佐世保鎮守府に「とある艦娘専用の妖精」という名の狂信者(キチガイ)が生まれた。

 

▲――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・お酒の席 ~空母たち~

▼――――――――――

 

「油断や慢心などは、無かったとは言い切れません。最初から様子見をせずに全力で叩いておけば良かったと思っています」

 

「いや、初めから全力を出すのも手だが、耐えられると一気に相手のペースに持ち込まれることが多い。ましてや初めての相手なら互いに何をしてくるか分からないという状況だ。情報は大事になってくる。様子見で正解だろう」

 

「そうだよ~。あのパッと光るヤツで私の艦載機を落としてくるようなやつさぁ、アレは何なんだろーね?」

 

「分かりません……ですが、その他にも煙幕を張ってきたり艦載機を燃やしたりしてくるような子でしたので、結果的には様子見して良かったとも思っています」

 

「はぁ!? 煙幕って何よそれ!? 出鱈目も良いところじゃない!」

 

「でも、赤城さんがこうして愚痴をこぼすなんて本当に珍しいですね。話を聴いてる限りでは、相当変わった戦い方をするみたいですけど」

 

「そうだよぉ! あの立派な盾見てさぁ、戦艦ル級かと思ってさぁ! ほら! 赤城さんもお酒飲んで、嫌な事もパーッと流しましょうよ! 鳳翔さん! お酒追加で!」

 

 そう言われて私は隼鷹さんに日本酒を渡し、カウンターの向こうでお酒を飲んでいる面子を改めて見ました。

 赤城さん、翔鶴さん、瑞鶴さん、日向さんが、隼鷹さんにお酒を注がれていました。話のネタは、どうやら最近ここに来た駆逐艦のスチュワートさんみたいです。

 ……それにしても、あの赤城さんが駆逐艦を大破まで追い込むのに時間が掛かったっていう噂は、こうして愚痴をこぼしている時点でほぼ確定なんでしょうか? だとしたらスチュワートさんはとても防御に秀でているのではないでしょうか。

 

「おぅい! 摘まむ物はまだかー!」

 

「今作ってますよ。もうちょっと待って下さいね」

 

 ……ここの常連の隼鷹さんは本当に遠慮がありません。体が心配になるくらいいつもお酒を飲んでいます。……でも、私も注意しておきながら、なんだかんだお酒を出してしまうので、甘いのかもしれません。

 

 

 

 

 

 時間もすっかり夜遅くになってしまいました。空母の皆さんと日向さんはお酒を飲みながら談笑し続け……

 

「加賀さんに知られてしまったらどうしましょぅ……ック……駆逐艦に手古摺るだなんて一航戦の誇りが……」

 

「赤城さん! 貴女ねぇ……ッ! 一航戦の誇りは駆逐艦を落とせなかっただけで損なわれるようなモノだったの!? もしそうなら艦隊全員に謝りなさいよね!」

 

「ちょっ、ちょっと瑞鶴!?」

 

「翔鶴姉ぇは悔しくないの!? たまたま駆逐艦一人、演習で追いつめられなかっただけでダメになるような誇りを持ってる人が、多くの人から期待され、憧れとなってるのよ!? 許される筈ないじゃない! もっと堂々としてなさいよ!」

 

「…………瑞鶴の言う通りです。赤城さん。もし立ち直れないようでしたら、一航戦の看板、二航戦のお二人か私たちに譲ってください」

 

「それは……」

 

 えぇーっ!? いくらお酒が入ってると言ってもこの話はかなりとんでもない内容ではないでしょうか!?

 驚いて店内を見回して、他に誰も居ないことを確認してホッと一息つきます。流石に内容が内容ですので、他の方には聞かせられないというか……。

 隼鷹さんには、お酒を回したからには責任を持って収めて貰いたいです。

 

「うひゃひゃひゃ! 良いねぇ良いねぇ、やっぱり酒の席はこうして騒いでナンボよぉ! グチグチとチビチビとやってちゃ詰まらないよ!」

 

 ……期待できそうにないですね。 日向さんはちょっと離れたところで顔を伏せています。……寝てしまいましたか。毛布を掛けておきましょう。

 

「……瑞雲は……良いぞ……」

 

「ふふっ」

 

 ……寝てても瑞雲ですか。らしいと言えばらしいですけど、他にも素敵な艦載機は沢山あるので、そちらにも目を向けてほしいですね。

 

 

 

「それは……出来ません」

 

 ずっと黙っていた赤城さんが口を開いて言葉を発しました。凄まじい葛藤があったのでしょう。かなり汗を掻いていていて、髪が頬にくっついてしまっています。

 

「もう一度、互いに全力を出してスチュワートさんと演習をします。前回は彼女、魚雷を撃ってきませんでした。私だけが一方的に攻撃するのはフェアじゃありません。互いに全力で、後から「まだ全力じゃない」っていう逃げ道すら残させないような状況で、叩き潰します」

 

「「「……」」」

 

「それでですけど、スチュワートさんは、先ほど隼鷹さんが言っていたように盾を持っていてかなり頑丈な上、謎の手段で艦載機を落としてきたりと、一筋縄では大破まで追い込めません。翔鶴さん、瑞鶴さん、隼鷹さん、ひゅ……鳳翔さん。彼女を倒すために知恵を貸してください」

 

 赤城さんはそう言って頭を下げてきました。防御性能が高い艦を、みんなで協力して倒す……なんかちょっとワクワクしてきますね。スチュワートさんはちょっと可哀そうですけれど……。

 

「分かりました。挑戦や研鑽をし続ける限り、私は赤城さんを一航戦だと認めますよ。一緒に知恵を出し合いましょう」

 

「ふふっ、翔鶴さんは優しいですけど、甘くは無いですね」

 

「ほ、鳳翔さん! ……ハァ……瑞鶴もそれで良い?」

 

「そう言われたら仕方ないわね。なんかズルいような気もするけど、これで倒せなかったら許さないから! 空母たちの威信をかけてると思ってよね!」

 

「あ~私は今はパスで。ちょっと飲み過ぎてね~、難しい事は考えられないや。アハハ~!」

 

 

 

「……う~ん……瑞雲を出せ~……Zzz……」

 

 

 

 この会話をスチュワートさんに伝えたら……

 

「へぇ、それは……楽しそうですねぇ!」

 

 乗り気でした。そして、この時の居酒屋での会話がきっかけでこの後、スチュワートさんにいかに大ダメージを与えたり、撃破できるかといった一つの挑戦、「スチュワートチャレンジ」なるものが生まれ、スチュワートさん自身も防御力の向上に役に立つみたいなことを言っていたりするのは、別の話です……。

 

▲――――――――――




投稿開始から二ヶ月目です。
早いものですなぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章 ~幕間②~

35話です。

2章幕間 三本目です。




・だってアイツは……/b》

《b》▼――――――――――

 

 進むのを止めて、暗い星空と黒い水平線を眺める。後ろの方からは何を言ってるかは分からないけど、お喋りしているのは分かるような声は聴こえる。

 あんなことをして一人離れて行ったら、朝潮が心配して私に声を掛けてくるんだろうなぁ……ほら。

 

「満潮! ……どうしたんですか? スチュワートさんに挨拶を―――」

 

「イヤよ」

 

 朝潮の言葉を遮って断る。……誰がアイツなんかと……。

 

 この前、歓迎会が開かれると聞いてウキウキしていた私は、新しくやって来た人を見て気分が悪くなった。一目見た時から「アイツは好きなれない」 ……そう感じた。

 

 食わず嫌い……とかに似てるかもしれない。まだ私はアイツと碌に喋ったこともないのに、そう決めつけた。実際、見てるだけでちょっと気分が悪くなってくる。不潔だとかそういうのじゃなくて……何て言ったらいいのかが分からない。

 ただ一つ、言えることは―――

 

「だってアイツは……私を、満潮を大破させたヤツなのよ!? 仲良くだなんて正気じゃないわ!」

 

「満潮……」

 

「私の他にも夜が苦手、潜水艦は苦手っていう人は居るでしょ!? あの人たちの気持ちがよ~く分かったわ! ……なんというか、認めたくないのよ。自分を大破、轟沈させたヤツがさ、素知らぬ顔で接してくるなんて……」

 

 そう言うと、朝潮は一瞬目を伏せて私の方に寄って来た。そして―――

 

―――ペチン

 

 私の頬を軽く叩いてきた。

 

「満潮」

 

「……何よ」

 

「昔は昔、今は今です。艦の時のことを忘れて、全て水に流してくださいとは言いません。ですが、あの時()は人同士の戦いで、今は深海棲艦との戦いです。私たちは、海外の方とも共通の敵を持つ仲間として接しないといけません」

 

「……」

 

 分かってる。分かってるけど、だとしたら―――

 

「「ついさっき挨拶すらしなかった私が、いきなり友好的に接しても違和感だらけで関係が破綻するに決まってる」そう思ってますね?」

 

「っ!」

 

 図星だった。仲間なんて言われても、きっと私はキツい態度になってしまうだろうから上手くはいかないだろうと考えていた。

 

「私は、朝潮型の長女(ネームシップ)です。妹たちの事ならお見通しです。……佐世保鎮守府に居る艦娘の皆さんは仲間ですよね?」

 

 頷く

 

「提督も仲間ですよね?」

 

 頷く

 

「他の鎮守府の方も仲間ですよね?」

 

 頷く

 

「ほら、アメリカの鎮守府の方だって仲間です。友好的であることに越したことはありませんが、無理に仲良くする必要なんてどこにもないんです」

 

「そういうものなの?」

 

「えぇ、満潮も海外に出向したら分かりますよ。……イタリアには、お酒が入ったまま出撃して何故か戦果を挙げるとんでもない方が居ました」

 

 それは……確かにとんでもない。言い方は悪いけどクソ真面目な朝潮とは馬が合わなさそう……。

 そういうことね。艦娘には艦と違って、為人(ひととなり)があるんだから昔の事だけで評価は出来ないってことね。

 

「……朝潮。分かったからもういいわ。……心配かけて悪かったわね」

 

「分かってくれましたか。それじゃあ頑張ってください」

 

 そう言って集まりの中に戻っていく朝潮。

 

「……アイツになんて言おうかな……」

 

 私はできるだけ友好的な会話を考え始めた。

 

 

 

 

 

「よーし! 野郎どもォ! 突撃だ! 続けーー!」

 

 そう言って江風を先頭にみんなが突っ込んでいく。私は最後尾に居たから出遅れてしまっっていた。早く追いつかないといけないと思い、進もうとしたら、一人の人影が動いていないことに気が付いた。

 

「あの……」

 

 すぐ後ろに移動するとそんな呟きが聞こえてきた。大方、何をしたら良いのか分からないんだと思う。初めて出撃したりする人は偶にこうなることがあるってことを聞いたことがある。

 それにしても、さっきからコイツは全く動かない。敵に近付いて、味方に攻撃を当てないように敵に攻撃を当てればいいのにどうして分からないんだろう。

 

―――イライラしてくる……

 

「いつまでも突っ立って……ウザイのよ!」

 

 そう言うと、コイツは肩を跳ね上げて私の方を向いた。あぁ、やってしまった……。

 友好的に話しかけようと思っていたのに、イライラしてたからつい怒ってしまった。

 言いたい言葉はこんなのじゃなくて―――

 

「ありがとうございます。満潮、もう大丈夫です」

 

 それなのにコイツはお礼なんて言ってきて、更には、前方から飛んできた砲弾を盾で弾いていた。

 まさか、江風たちが突っ込んでいったのとは別の深海棲艦の群れがあったなんて!

 

 見渡すと、うっすらと見えるシルエットから、戦艦、空母が見える。更には……

 

「ッ! 軽巡棲鬼……」

 

 こっちは駆逐艦たった二隻、相手は多くの駆逐艦まで連れている。

 血の気が引いていくような感覚がした。今すぐにでも逃げて合流しないと……。と思っていたが、隣で何が面白いのか悦に入っているみたいにニヤニヤしていたコイツが言った。

 

「満潮、しばらく下を向いててください。攻撃は任せましたよ」

 

「はぁ? いきなり何よ」

 

 こんな鎮守府に来たばっかりの新人、それも好きになれなさそうな上、こんな絶望的状況でニヤついているようなド級のバカにこの場をどうにかできるとは思えない。心細すぎる。

 それよりだったら後ろに居る心強いみんなのところまで戻って……挟まれるのか。

 ……しょうがない。このバカに委ねるしかなさそう。きっと何か案があるんでしょうし。

 

「つまらない作戦なら許さないから」

 

 そう言うと、息を大きく吸い始めた。そして―――

 

「アンタラの豆鉄砲じゃワタシは倒せねぇぞぉおおッ!」

 

「うるさっ!」

 

 そう叫んで一人、敵に突っ込んで行ってしまった。コイツはド級のバカじゃない。超弩級のバカだと確信した。

 

 

 

 

 

 舐めていた。手に持った盾の艤装と眩しく光る謎の攻撃を。そして理解した。砲雷撃戦が始まる前に放った言葉の意味を。

 

『攻撃は任せましたよ』

 

 何を言っているんだと思った。アンタは攻撃をしないのかと。

 

 

 

「でもこれなら……仕方ない……かっ!」

 

 砲を撃つ。撃ち続ける。撃ち続けられる。

 敵がみんな揃ってアイツの事を狙うから私は非常に楽だった。何せちょっと狙って撃てば当たるから。そして、敵から狙われないからストレスが無い。だけど随分長い事撃ち続けていたから疲れてきた……

 

「それでもアイツは……」

 

 きっと多くの深海棲艦に狙われ続けてまだ無事みたい。私に狙いをつけてこないのが一番の証拠だ。

 

 砲を構える。疲労で腕が重く、震えてきていた。これじゃあ照準が……

 

 

 

 

 

「満潮ちゃん、後は荒潮たちに任せて頂戴。うふふふっ♪」

 

「満潮、お疲れ様。休んでていいよ。……みんな! まだ夜戦は終わってないよ! 動ける子達は私に付いておいで!」

 

 荒潮と川内に声を掛けられる。……向こうの戦闘は無事に終わったみたい。

 

「助かった……」

 

「あらあら、こんなに沈めておいて言うわねぇ。ちょっと頑張り過ぎじゃないのぉ?」

 

「だってアイツはまだ、頑張ってるから……」

 

 負けたくなかった。そう言おうとしたけど飲み込んだ。

 視線の先には萩風に連れられてやって来たアイツが居た。私の方を見て笑っている。

 

「なによ、気持ち悪いわね……ありがと

 

 友好的な言葉(お礼)は言えた。聞こえていただろうか。別に聞こえていなくてもいいんだけど、取り敢えず今はこれで良いと思う。

 そして次はさっきの作戦とも言えないようなモノの文句を言わないといけない。……だけど、それは今じゃなくても良いか。

 

 

 

 

 

 昔と今は違う。朝潮の言う通りだった。かつて満潮を大破させたスチュワートは今回、絶望的状況の中で、敵に対して私に大ダメージを与える事すら許さなかった。

 

「満潮、無事で何よりです。スチュワートさんにお礼は―――」

 

「言ったわ。なかなかやるわね、スチュワートって人」

 

 そう言うと、朝潮は嬉しそうに微笑んだ。

 

▲――――――――――




満潮ちゃん視点の27話でした。

上手く表現できてるか分からないです。

Q.主人公硬すぎない?
A.この場合、誰も庇ってませんので回避が出来ます。回避(当たらない)+盾でパリィによって(弾かれるので)かなり硬いです。あとは主人公補正。

次から三章です。既になんて書こうか悩んでます。

次回は……特に何もなければ偶数の日に投稿します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ブラック鎮守府
始まり


36話です。

始まりました。始まってしまいました3章!

タイトルに悩みました……

3章は飛ばしても読めるように頑張ります。


「君は佐世保鎮守府の提督を殺害した。間違いないね?」

 

「確かに提督は撃ちましたけど、アレを提督だと私は、佐世保鎮守府の皆は絶対に認めませんよ」

 

「……そうか。私は、君が提督を撃つまでの経緯を詳しく知りたい。話してくれないか?」

 

「分かりました。事の始まりはこうです──」

 

 そんなに聞きたいなら聞かせてやるよ。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 やっぱりお通夜みたいになってる……

 

 それが人の人数からは考えられないくらい静かな食堂に入ったときの感想だった。

 前を歩いていた夕雲型の4人も、食堂の雰囲気から既に提督が鎮守府に居ないと思ったのか、廊下までしていた談笑を止めた。

 鬼怒は報告に行くと言って執務室に行っている。後任の提督が居るかは分からないけど、居ないなら居ないで大淀あたりが秘書艦の椅子に座っているだろう。

 

 やっぱり提督の影響って大きいんだなぁ……普段は執務室からあまり出てこなかったりするから、レアモンスターよろしく殆ど会ったりしないというだろうに……。

 

「あ~……秋霜? 早霜の料理食べてみたいなぁ~なんて……美味しいって言ってたから」

 

「う、うんうん! はやはや、うちもハラペコだからご飯作って~。たかたかときよきよも食べるよね?」

 

 陰鬱な食堂の雰囲気を少しでも和らげようと話を振ると乗ってくれた。食堂中の視線が突き刺さるけど負けてはいけない。この無言の圧力とでも言えるような食堂の中で、それなりに明るい話題を途切れさせたら病むわ。

 

「……分かりました。準備してきますので、しばらくお待ちください」

 

 そう言って早霜は厨房に消えていった。間宮さんの料理も美味しいけど、姉妹達から評判の料理はどんなものか気になる。

 

 五人が座れるようなスペースを見つけて座ってお喋りをする。早霜の料理の話題から俺の盾の話題、そして次の提督はどんな人なのかといった感じで話続けていた。

 

「……そういえば、なんでこんなに雰囲気暗いのか分かります? 提督が居なくなったっていうだけでここまで暗くなるのは流石におかしいんじゃないかと……」

 

「いやー、うちに言われてもねぇ」

 

「後任の司令官がとっても嫌な人だったりするかも、です?」

 

「えぇ~……。高波姉さん怖い事言わないでよー! 清霜は戦艦にしてくれる人なら誰でも歓迎! って思ってたんだけど、酷い人でみんなが傷付くのは嫌だな」

 

 あ~なるほどね、新しい提督が良い人だったり有能だとは限らないってことか。それでみんな不安になってると……そんなところかな?

 

「きよきよ~! やっぱりいい子だねぇ~!」

 

 秋霜が清霜に抱き着いた。実に目に良い光景だね。良き(かな)良き(かな)

 

「あっ、ここに居た! 私も一緒に食べて良いかな!?」

 

「どうぞどうぞ、鬼怒さんはこちらへ……」

 

 鬼怒がやってきたので隣に座らせる。話のタネ結構持ってそうだから楽しくなりそうだ。

 

「鬼怒さん、新しい司令官には会ってきましたか? 私達どんな人か分からないから教えて欲しいかも、です」

 

 そんな高波の質問は俺も訊こうと思っていたヤツだ。むしろこの場の誰もが知りたい情報だろう。俺たち以外に誰も喋ってないから静かだったけど、その誰もが鬼怒がどんな言葉を発するのか耳を傾けているように感じた。

 

ねぇ、なんでこんなに静かなの?

 

きっとみんな不安なんだと思います

 

そう? ……執務室には……大淀さんしか居なかった!」

 

「そうですか……新しい司令官はまだ来ないというのね……どうぞ、舞鶴仕込みの肉じゃがです……。鬼怒さんの分は今からよそいますね」

 

「やったー! はやはやの肉じゃがだー! いっただっきまーす!」

 

「秋霜。早霜と鬼怒さんと一緒に食べ始めたほうが良いかも、です」

 

 そんな会話を聞いてると小、中学生みたいだなぁ~なんて思う。多分世間一般の感想は「守ってもらえるのは有り難いけど、小っちゃい子に戦いをさせるのは申し訳ないと思う」って感じだろうか。

 目の前では清霜が早潮に「もっと頂戴! いっぱい食べて戦艦になるんだ!」なんて言っていた。おいおいマジ!? 駆逐艦でも戦艦になれんの? だったら俺も大盛りにしてもらおうかな……。ん? 何さ高波。あっ違うのね……。頑張れ清霜、応援はしないが祈ってるぜ。

 

 

 

 

 

 いや~早霜の肉じゃがは美味しかった。秋霜の言う通りだったわ。なんていうか……味が染みてて美味さが2倍! 空腹が相まって更に2倍! 早霜の手料理補正で更に3倍の合計12倍美味しいね!

 

「やっぱりはやはやの料理は美味しいねぇ……これが食べれるなんて幸せ者だよ」

 

「鬼怒さんも、スチュワートさんも……お気に、召しましたか?」

 

「勿論! 間宮さんにも引けを取らないくらいだったよ」

 

「秋霜が絶賛する理由が分かりました」

 

「そうですか……それは良かっ「でしょー!? はやはやの料理は美味しいんだって!」」

 

 その後は、普段なら各自風呂なり自由時間になるのだが……俺は、俺たちは食堂で新し提督が来たという知らせをお喋りしながら待っていた。

 箸の扱いが海外の方にしては上手だとか、鬼怒の姉妹についてだとか話していた。

 

 8時を回り、夜の五月蠅いのが今日は静かだねという話題になり……

 

 9時を回り、新しい提督はどんな人か予想しようかと話題になり……

 

 10時を回り、話題が無くなってきて、秋霜がトランプ持ってきたり……

 

 11時に差し掛かった頃に長門が来て「いつまでもただ待っている訳にもいかない。各自明日に備えて休め」と言ってきたけど誰も食堂から出て行かなかったり……

 

 そして11時を回った頃――

 

 

 

 勢い良く食堂の扉が開け放たれた。

 

「新しい提督が来たよー!」

 

 そう言いに来たのは島風だった。その一言で静かだった食堂内に音が戻る。

 流石に嘘や冗談ではないだろう。この状況下でそんなことをしたら物凄い顰蹙(ひんしゅく)を買うことは間違いない。最悪の場合は折檻モノだろう。

 

「Hey.島風! よくやりましたー! 全員で新しい提督をお出迎えデース!」

 

 そう言って騒ぎ出す金剛。やっぱり提督ガチ勢って凄いんだなぁ……さっきまで物言わぬマネキンみたいだったのにパッと華が咲いたように……

 

 

 

 食堂内に島風が戻って来た。大淀に食堂に連れてくるように金剛からの伝言を伝えて来たそうだ。どんな人だったか訊かれている。

 

「タクシーが見えたよ。鎮守府に出向と遠征以外は全員居るし、時間的に提督しかありえないよ」

 

 と言っていた。そんな証拠があるならほぼ確定だろう。

 

 

 

 食堂の扉が開き、険しい顔をした大淀が入ってくる。

 

 ……なんて顔してんのさ? 仕事のし過ぎで体調不良にでもなったか?

 多くの人も訝しんでいるみたいだ。

 

 

 

 提督が入ってきた。

 

 背は高くガッチリしてる男で、髪は短めでそれなりに若い。おそらく40前後だろう。

 新しい提督は鋭い目つきで食堂内を見回す。

 

「俺がここの新しい提督の黒川だ。……それじゃあこれからお前たちには遠征に出てもらう」

 

 その言葉で俺は直感的に察した。

 これは、『艦これ』二次創作で見かける典型的なブラック鎮守府の提督だと。そりゃあ大淀の顔も険しくなるわ。

 

 食堂の大勢が初めは何を言っているか分からないといったようにポカンとしていた。そして数舜の間を開けて食堂がまたざわつき始めた。

 

「ま、待ちやがれ! 今から遠征!? 哨戒じゃないのか!?」

 

「俺は遠征と言ったんだ。聞こえなかったのか?」

 

 摩耶様が突っかかったが言い間違いではなかったらしい。そして隣に居る大淀に声を掛けた。

 

「は、はい何でしょうか……」

 

「一番事務仕事出来る奴はどこだ?」

 

「わ、私です……」

 

「じゃあすぐに班を編成して出撃させろ。……早くしろ!」

 

「……了解しました……」

 

 そう言って縮こまる大淀。

 摩耶様も突っかかってたし、周りの反応を見てもおかしい仕事なのになんで拒否しないのか。後で聞いてみるか。

 なんて考えてたら軽巡と駆逐艦、潜水艦は集まるように言われたから俺も呼ばれた方へ行く。横目で提督を見ると、戦艦や空母がが多く座っている所を睨んでいた。……あれは提督と呼びたくないなぁ自称提督でいいか。

 

 大淀の割り振りで決まった俺の班は、長良、初月、望月、黒潮、旗風だった。

 

 互いに挨拶を交わして準備に入る。

 確か提督が言うには遠征って場所によっては日を跨いで行うものだから食料品とかの管理もしないといけないんだっけ?

 初月に付いていくと、缶詰が沢山置かれている部屋に入った。

 

「遠征用食糧庫? へ~……」

 

「スチュワートか。間宮さんの食事に慣れていると辛い目に遭うかもしれないね。それにしたって……新しい提督は随分と嫌な感じがするな。あ、そっちの方に牛の缶詰があるはずだから取ってくれないか?」

 

「何個で?」

 

「……8個くらいで大丈夫だろう。ありがとう」

 

 そうして食材と寝袋や簡易テント、調理器具、燃料などを入れておく容器を持って準備が終わった。

 

「あとは艤装を着けて出撃か……」

 

 持ち物を見る限りだとキャンプでもするつもりなのかね? 随分楽しそうじゃん。でも業務だって言うくらいだし、そんな優しいものじゃないと思うんだけど……想像出来ねぇ……。

 

 

 

 提督が鎮守府を去り、新しい提督の風上にも置けないようなヤツが鎮守府に来た日は、夜遅くに突然遠征に駆り出されるという、異例の事態で終了した。

 

 

 

 この日を境に地獄のような日々が始まることになる。

 




と、いうわけで、今まで居た提督は何事もなく引退しました。
おい、引継ぎちゃんとしとけよ。

 急展開を求めてた方はごめんなさいです。


曙ちゃん、コイツはクソ提督じゃないよ。ただのクソだよ。
暫くは遠征の描写があるのでそこまで酷くはならないと思います。

Q.何で数日も掛かるの?
A.どうでも言ところで妙にリアルさを求めたから。
 例えばミンダナオ島まで島風(40ノットとする)が往復すると、24時間動いても2日以上掛かります。

艦娘だって食事や睡眠は必要でしょうし、速過ぎると今度は体が持たないと思いました。
本作の独自設定としてこうさせていただきます。ご理解のほどをよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初めての遠征

37話です。

ある方の感想を見て閃いた為、シナリオの大筋の6、7章を追加しました。

私は、大筋(やりたいこと)を決めてから本文を書くので、大筋のシナリオだけなら最終章まであったりします。

 他の方はどうか分かりませんが……。これが私のやり方……。


 海、海、海。見渡す限り海……当たり前なんだけどね。

 

 それにしても遠征の基本が全くと言っていいほど面白味に欠ける。見敵必殺(サーチ&デストロイ)ではなく見敵遁走(逃げるんだよォ!)が基本とか刺激が少なくてやる気が削れていくに決まってるんだよなぁ……。

 

 そんな遠征の目的は長距離移動からの深海棲艦の有無、数の把握といった情報収集が主で、資材収集はオマケみたいなものだって提督が言ってた。それから考えると、出来るだけ移動距離は稼がないといけないだろうから、逃げ切れるならそれに越したことはないってことは分かってるつもりなんだけど、つまらないものはつまらない。

 だからと言って深海棲艦とドンパチするのも躊躇われる。全力で逃げなきゃヤバいような強敵と出くわすのもちょっと……。でもちょっとスピード上げたら撒けるような駆逐級ばかりだと面白くないのも事実……。これが勝手に行動しちゃダメな集団行動のデメリットの一つだよなぁ……。

 溜息と、拍子に一緒に出た欠伸を手で隠す。

 

「それにしても、長門さんの言う通りに少しでも休んでいれば良かったです……」

 

「せやなぁ。旗風ちゃんは大分辛そうやし、そろそろ休まへん? ウチも限界近いわぁ」

 

「そうしたいけど、近くに休めそうな場所は無いの……もうちょっと頑張って!」

 

「うへぇ、マジぃ……?」

 

 確かにこれは辛い。何よりも普段なら夜間の哨戒とか夜戦イベント(川内パニック)以外なら間違いなく寝てるような時間にも移動させられてるってことだ。

 寝てから翌朝出発します~とかしようものなら何されるか分からないような雰囲気があったから、俺たちを含めてほぼ全駆逐艦たちが出撃しているだろう。

 望月が比較的近場に島があるところに向かった人たち羨ましいなんて言っていたように、俺たちは東シナ海のど真ん中を目指している。島があればハッピーな気持ちにな(泥のように眠)れることは間違いない。

 

 

 

「ってゆーか、あんな人でも司令官に成れるんやねぇ……」

 

 いや、ホントそれ。

 

「アレは適性検査があるなら本当に通ったのか疑問に思うレベルですよ」

 

「性格以外は優秀なタイプかもしれないね」

 

「前の司令官のが良かったぁ~。いきなりコレ(遠征)とかマジありえねぇー」

 

「……他の班は大丈夫でしょうか……」

 

「いや、まずはウチらの心配せなアカンで? 他人(ヒト)の心配はその後や」

 

「そうね。……ちょっと目的地へのルートから外れるけど、島があるみたいだから休みましょ。もうひと踏ん張りよ!」

 

 そう言った長良に続いてVの字ターン。ぶっちゃけ俺もクソ眠いからありがたい。

 

 

 

 

 

「おっ。お前たちもここに来たのか」

 

 ルートを外れて向かった島に俺たちが上陸したとき、声を掛けてきたのは天龍だった。

 焚火の僅かな灯りに照らされた後ろには、暁型の四人と浦風が居た。みんな寝ているようだ。

 

「はい。やっぱり各自疲れが溜まっているみたいで……勿論私も相当キツいですね……」

 

「だよなぁ……あの野郎、なんで明日からじゃなくて今すぐになんて言ったんだか。佐世保(ウチ)は資材も潤沢だし、変な拾い物する以外には特に問題は無かった筈なんだけどなぁ」

 

 おい、俺の方を見ながら変な拾い物って言うな。事実だろうけどちょっと傷付くぞ。

 

「それと、悪ぃがしばらく見張りは頼むぜ。俺は寝るから4時間半後、マルロクマルマルに起こしてくれ」

 

 そうなると……俺たちは天龍の班よりも睡眠時間が確保できないってことになるな? ……天龍め、なかなかやるな。

 まぁ徹夜するよりはよっぽどいい。

 え? 俺は4番目の見張り? 初月の後で望月の前?

 

 …………。

 

 いやいやいや、待て待て。それってつまりアレか? 寝てるところを初月に起こされて、見張りが終わったら寝てる望月を起こすってことだよな!?

 

 人によっては完全にご褒美じゃねーか!

 いや、でも……艦娘同士だったら特に意味は無いよな。うん。

 

 なんて考えていたら寝袋を渡された。ゴツゴツした岩や砂利の上、濡れてる草の上で雑魚寝するよりは大分マシだけどなんか虚しい……。

 でも俺は初月から起こされることを楽しみに待ってよう。そして脳内に永久保存するんだ! 風呂(裸のお付き合い)(童貞)には辛かったけど、起こされるくらいなら全然問題は無いッ! ……早く時間経たねぇかな……

 

 

 

 

 

「おい、おい、起きろ!」

 

 ん? 誰かに起こされてる……?

 

 ……あ。

 

「ファッ!?」

 

 起こされるってことは寝過ごした!? ヤバいヤバい、と思ったら目の前には驚いた初月の顔がある。まぁ起こしてるヤツがいきなり飛び起きたら誰だって驚くわな。

 

「お、おはようございます。驚かせてしまいました。ごめんなさい」

 

「いや、大丈夫だ。それじゃあ、何かあったら起こしてくれ。それと、初めてだろうから言っておくけど、正面ばかり見ていてもダメだ。後方にも注意しておくといい」

 

「分かりました。警戒お疲れ様です」

 

 モソモソと寝袋に入り、直ぐに寝息を立て始める初月。……切り替えが速過ぎる。休むときにしっかり休めるのは優れた兵士だってどっかで聴いたことあるんだけど……まさかのび〇くんは最強の兵士だった?

 

 あ。寝てるところを起こしてくれる美少女を脳裏に焼き付けるの忘れたわ。

 

 

 

(あ~る~)き~♪ (す~す~)~む~♪ (は~)て~無き旅路~♪」

 

「ええ歌じゃのぉ。そりゃ置いといて、うちらも見張りせにゃあ公平じゃないと思うけぇの」

 

 よいしょっと。と腰かける浦風。……すまねぇ、何弁だか知らんがサッパリなんだ。大阪のほう? 何を言ってるかは大体解るんだよ? 天龍の班はみんな寝てたのに俺たちの班に見張りさせるのはフェアじゃないってことでしょ?

 

「いや~、距離的に考えてここに着いた時間はそこまで大きく違わないでしょ? だったら1人で見張りしてた方が全体から考えた時の消耗は少ないんじゃないかなぁと。1人でも足りてたんだし、浦風は寝ててもええよ?」

 

「いや、そりゃうちが納得できん」

 

 ……う~ん困ったなぁ。1人で足りてるんだから2人も必要ないと思うんだけどなぁ……あっそうだ。

 

「じゃあ次は望月だったんだけど、起こさないでおくかから後は浦風に任せるよ?」

 

「それでええ。任しとき。……望月の次は誰じゃ?」

 

「旗風だったんだけど、その前に夜が明けると思う」

 

 空が段々明るくなってきたから恐らく、そろそろ夜が明けると思う。

 

「そうじゃねぇ……じゃあ後はうちがやっとくけぇ、寝とってええよ」

 

「ありがとうございます」

 

「お互い様じゃ」

 

 あ~優しい……。凄く話し易かった。浦風と話してたらコミュ障が治るかもれない。思わずタメ語で話しちゃったけど大丈夫みたいだったし、もしかして他の人もタメ語でも気にしてなかったり? もしそうならどんどんタメ語で話していきたい。戦艦とかの見た目が女性ならほぼ無意識的にちょっと丁寧な言葉遣いになるんだろうけど、そんな言葉遣いは俺に合ってないんだよなぁ、疲れるし。

 

 そう考えながら初月と同じようにゆっくり寝袋に入って目を閉じる。

 

 寝袋とかテント特有のビニール? みたいな独特の臭いを感じながら意識は落ちていった。

 

 

 

 

 

 目が覚めた。まぁ2時間くらいなら昼夜逆転してるけどほとんど昼寝みたいなもんだよね。

 東の水平線には太陽が見える。完全に出切ってるから6時は過ぎてるだろう。

 

「おはようございます、スチュワートさん」

 

「あ、おはようございます」

 

 先に起きてた長良に挨拶されるから返す。周りの人達は……起きてるけど静かにしてる人が半分とまだ寝てる人が半分か。……寝坊して待たせてたとかじゃなくて良かった……。

 

 あ~……いつだったか、日本目指してサバイバルしてた時を思い出すなぁ。あの時は日の出とともに起きてアランさんから貰った釣り竿で食料を確保したり、港によって泥棒したり……泣けてきちゃう。秋霜の口癖移ったかな……。

 

 そうこうしてる内にみんなが起きたようで天龍の班も揃って朝食になった。

 

「はい、今日の朝の分だよ。大分質素だけど我慢してね」

 

 朝ご飯はしっかり食べようって小学生の保健体育の教科書にも書いてあるだろ! 何でこんなパンの缶詰+αなんだよ! 俺はまだ我慢できるけど、普通なら不満爆発だろ!

 

 それでも、渡された缶詰を大勢(みんな)で食べるのは美味しかった。

 




広島弁って難しいね? (翻訳サイト見ながら)
浦風……これが方言女子の魅力……?

大勢で食卓を囲む。これは実に素晴らしいものだ。
主人公が歌ってる歌は適当です。なんかのパクリとかじゃないよね……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠征二日目

38話です。

3/11は例の日でした。もう9年、まだ9年。どっちでしょう……

新型コロナはそろそろパンデミック宣言じゃないですかね……

嗚呼、不謹慎……


――ガンガンッ!

 

 盾に弾かれた砲弾が大きな音を響かせる。俺の前には重巡ネ級? と駆逐級が複数体。チラリと後ろを見ると後方に居た駆逐級を撃破したのか離れて行く他の5人が見えた。そろそろ流れ弾も気にせず回避しても問題ないだろ。

 

「ここらが潮時かな……」

 

 でも、殿(しんがり)を務めた俺は逃げる前にしなくちゃいけないことが残されてる。俺たちが見つかった原因、深海棲艦が放った偵察機をぶっ壊すことだ。それから逃げても大丈夫だろう。

 

「これは高角砲の出番かなぁ……」

 

 俺は投擲物と高角砲の使い分けを決めていた。最近投擲物が便利過ぎてて腰の艤装をほとんど使ってない気がしたから、自分の持つリソースを無駄なく発揮するにはどうしたらいいのか考えた結果、相手や状況によって使い分けるという結論に至った。

 

 赤城を始めとする空母や軽空母などの艦載機を沢山飛ばしてくる相手には高角砲は勿論のこと、スタングレネードや音響手榴弾といった範囲攻撃は一網打尽って言葉が似合うくらい有効打になるから投擲物を積極的に使っていく。

 だけど今の相手の艦載機は数が少ない。そんな時には確実に落とすためにも腰の艤装の高角砲を使っていくつもりだ。

 命中力を犠牲に範囲攻撃力に優れた投擲物と、威力は控えめだけど艦載機に対しての命中率の良い高角砲。う~ん、手札の整理で選択肢が広がるって気持ちいいな。

 

「狙って狙って~……そぉい! ……あっ」

 

 ……。

 

――バンッバンッ!

 

 

 

 当たってたら落ちていくんだろうけど、フラフラすらしてないからまた外れたんだろう。あぁ、こんな時に防空駆逐艦である初月が居れば……。まぁ、まだ数回外しただけだし。最悪スタングレネード投げればいいだけだし……。

 

――バンッバンッバンッ!

 

 

 

「ええぃこうなったら……。おっ、当たった」

 

 偵察機の撃墜を確認! なんでこう諦めかけた時に限って成功するんだ……。

 まぁ、役目は果たしたしさっさと逃げますかね。

 

 

 

「お疲れ様です」

 

「噂には聞いていたけど本当に防御に優れてるね」

 

「その代わりに攻撃力はほとんどありませんけど……今みたいな殿には恐らく私は最適ですよ」

 

「ホンマやで、ネ級出て来て挟まれた時はどーなるかと思ったわ。でもその盾えらい頑丈やんか。ウチらが離れるまではずっと避けないで受け流しきってたしなぁ」

 

「スチュワートさんは、私達神風型駆逐艦よりも旧いのに……凄いです」

 

「?」

 

 旧い……? 新人だけど……。

 

軍艦だったころの話だよ~。それにしたって神風型より旧いってマジぃ?

 

 あぁ、(ふね)の頃の話ね。休日に調べてないから全然分かんないんだよね。ただ、神風型よりは旧くて、それは旗風と望月の反応から見ても相当旧い方だってことが分かった。マジで「駆逐艦スチュワート」について何も知らなさ過ぎだろ俺。

 

「う~ん……その辺はあんまり気にしたこと無いんですよねぇ」

 

 取り敢えずやんわりと適当吐いてこの場を誤魔化そう。そうなの? って感じで一応納得はしてくれたみたいだから情報収集を休日に……出来ないか。出会い頭に遠征に行かせるようなヤツだし、多分休日なんて来ないだろう……困ったなぁ……。

 

「あぁそうだ。旗風?」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「強くなりたいの?」

 

「護ることも強さなら……はい……」

 

 うわ。めっちゃカッコいい事言ってる……。見た目美少女からこんな言葉が聞けるなんてリアルならまず無理なんじゃねぇかな……。だったら俺もカッコつけてみますかね。

 

「旗風。現状維持とは緩やかな衰退を意味します。一歩戻ることも後ろに進んだって成長の証です。ちょっとだけ後退して、ちょっと違う道を進む。するとこう(・・)なったりもします」

 

 そう言って盾を持ち上げて揺らす。旗風の目が盾に吸い寄せられて上下に揺れる。

 

「まぁ、他人の受け売りな上にこういった機会が無いと忘れてしまう、ぼんやりとした言葉ですけど」

 

「……」

 

「何が言いたいかっていうと、強さを求める過程でちょっとの間弱くなったとしても、それよりも強くなれば問題はないってことです。弱くなることを恐れて何もしないのが一番ダメってことで」

 

「でも、弱くなったまま強くなれなかったらどうすれば……いえ、何でもないです」

 

 何でもないって言うヤツはだいたい何かあるんだよね。でも弱いままならどうしようなんて心配事はあるよね。

 

「そんな時は元に戻せば良いんです。一番簡単で手っ取り早い解決法ですよ」

 

 因みに俺は、防御を固め過ぎた弊害として、攻撃面が疎かになり決定打に欠けるっていう明確な弱点が存在する。使い切りの切り札で解決はしてるけど、長期戦になって切り札を使い切ったら攻撃力がカスみたいになる。

 だけど、他の艦や攻撃力の高い艦を守り、戦闘を安定して継続させることで総合火力は伸びるんじゃないかって発想が無いこともなかった。結果として、防御とサポートには優れるだろうけど、火力は無いなんていうおかしな艦娘()が生まれた。

 

 つまり、俺みたいに予めデメリットを決めておいて、それを許容し(諦め)つつ普通より大きなメリットを得るか、一度真っ白な状態にして、欲しいもの(能力)がある都度、少しずつ取捨選択をしていけば良い。判断が正確か否かで器用貧乏にもオールラウンダーにもなれる。

 

「艦娘はかつて軍艦(ふね)だったからと言って、剣や盾を持っちゃいけないなんて誰が決めましたか? 天龍さんだって木曾さんだって剣持ってますよね? なりたい自分を目指す。満足できればそれで良いんじゃないですか?」

 

「なりたい自分……。ありがとうございます」

 

 そう言って頭を下げて離れて行く旗風。……ちょっと説教っぽくなったか?

 でも俺は言いたいことは言った。後悔はしていない。中二病だなんて言われそうだなぁなんて呑気なことを考えてる俺の視線の先には、どこか上の空でみんなに付いていく旗風が居た。

 

 

 

「もう少しで目的地よ! 頑張って!」

 

「長良、それは本当か? 随分と早いな」

 

「勿論! 日頃の走り込みのお蔭でペース配分には慣れたのよ」

 

「……そうか、頼もしいな」

 

 これがガチランナーの本気ってヤツですか……初月も納得してないで何かツッコんでよ。長良はチーム全体の移動速度上昇のパッシブスキルを持ってる、と心のメモ帳に書き込む。覚えておいて損は無いだろう。得になるかは怪しいところだけど……。

 

 

 

 そして辿り着いた目的地。海のド真ん中……かは分かんないけど、島も何もないところで止まって周囲を確認する。そして来た道を引き返すことになった。

 遠征の折り返し地点という訳か。家……ないし鎮守府に帰るまでが遠征ってか?

 

「帰還まで何事も無ければ良いんだけどねぇ~」

 

「おっ、望月ぃ、帰還(きかん)までって祈願(きがん)か?」

 

「……」

 

 う~ん黒潮、これは……有罪判定(ギルティ)かな。

 

 

 

 前方後方共に異常(敵影)ナシ!

 

 夕方に辿り着いた島は小さい島だった。簡単に全方位を見渡せるのは有り難い。皆が寝てるところに戻って焚火に可燃剤を入れる。ちょっと油臭くて、薪みたいにパチパチ爆ぜる音が無いからちょっと寂しいけど、弱まってた火が復活したから良しとしよう。灯りの確保はしておきたいし。……なんでランタンじゃないんだ?

 

「……あ~そっかぁ。光源じゃなくて熱源としても使うからか」

 

 医療機関なんて無い海の上、小さい島の上。熱を通さないと食べ物なんて怖くて口に運べないだろうし、これで良いのかもしれない。妖精さん謹製の廃材で作られた可燃剤の方がカセットコンロよりも嵩張らないし。

 

「……」

 

 

 

「暇だ……」

 

 手元には拭き続けて綺麗になった盾がある。布で金属は削れる訳がないのに、心なしか減ったように感じる。

 それくらい俺はずっと盾を拭いていた。

 

 ずっと盾って呼ばれるのもアレだし、暇つぶしとして盾に名前でも付けてみようかな……。初月のアレにも長10cm砲ちゃんなんて名前ついてたりするんだし。

 

「う~ん……無二の盾、ハードシェル(H a r d s h e l l)家守(ヤモリ)……地味だから可愛い感じの名前には間違ってもならないんだよなぁ……。生きてるみたいに自立行動し始めたらシールドビッ○なんて言われるんだろうし……」

 

 溜息を吐く。友人からも「ネームセンス無ぇな!」って言われるくらいだし、大人しく他の人になんていう名前が良いか訊こう。俺よりもよっぽど良い名前を付けてくれるだろう。

 

 

 

「さて今の時間は……ウヘェ……」

 

 あと1時間もあるのかよ……冗談じゃない。

 




拙者、何のデメリットも無しにメリットだけを頂くのは許さない侍。

主人公は攻撃力を犠牲にしてます。盾装備時に高角砲以外の砲は装備できません。
よってまともな砲撃戦は出来ません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三日後の鎮守府

39話です。

タグに【ブラック鎮守府の描写アリ】を加えました。
3章後半から出番かなぁ? 

苦手な方はご注意を……この章を読んでる時点で今更か……



 昨日は黒潮にバトンタッチして寝袋へダイブしたことしか覚えてない。

 

 朝に起きてみんなと一緒に質素な飯を食べて長良から今日の予定を聴く。どうやら時間、体力的に余裕が出来たみたいだから資材を集めに行くらしい。望月が生返事をして怒られたことが印象に残った。

 絶対に怒られるって分かってても態度を変えないとか凄いなぁ。絶対に注意やお叱りで済むと分かり切っているからこその判断という訳か……。

 手の込んだ手抜き……じゃないな。サボる為に全力を尽くす……みたいな感じだな。ウン。

 

 そんなことより大事な事があっただろう!

 

「資材を集めにって……何をするんですか?」

 

「あ~。スチュワートさんは初めてだから分からないのよね」

 

 知ってるはずが無い。っていうか知ってたら凄くない? いやホント。

 それに資材って言ったって、重油か石炭か知らないけど、化石燃料がそこら辺にホイホイ落ちてるとは考えられない。弾薬と……鋼材だっけ? 金属製品もそこらに生えてるはずが無いし……事前に掘削機とかが建てられてたりでもすんのか?

 

「資材はね……拾うのよ!」

 

「……え?」

 

 聞き間違いかな? 拾うって聞こえたんだけど。

 もしかして海底から? きっと深海棲艦の残骸とか死骸とかのことでしょきっと。海にダイビングでもすんの?深海の水圧に耐え切れずにパーンしたりすんのは御免被りたいなぁなんて……。

 

「なに変な顔してるの! 普通に落ちてるのを拾うのよ」

 

「……」

 

 普通に落ちてるの!? なんでゲームみたいに鋼材とか化石燃料の類が落ちてんの? あ、ここ『艦これ』っていうゲームの世界だったわ。

 ……じゃあ落ちててもおかしくはないな!

 

 ってなるか。アホか。

 あ~ダメだ。なんでなんでと考え始めたらキリがない。俺の知ってる常識が崩れるのが先か、俺の正気が削れるのが先か。……まぁいいや。この世界だと化石燃料は大して貴重でも何でもないってことね……ふ~ん。

 

「なるほど……わかりました」

 

「そう? それじゃあ今から目星をつけた島に行くわよ」

 

「いや~長良? コレは思考を放棄しとるで? 絶対に何も分かっとらん」

 

 そうなの!? なんて長良が訊いてくるけど「そんなことありませんよ」と受け流す。常識が違うって怖いな〜。

 

 

 

「うわぁ……」

 

「やっぱ初めてだとそう思うよね? ウチもコレはちょっとどうかと思う」

 

 まさか本当に資材が落ちているとは思わなかった。

 でもそうだよね。普通に考えて石炭とか弾丸、砲弾が綺麗なまま落ちてるはず無いもんね。

 だからと言って、真っ黒な癖にツヤツヤしているタールっぽい何かが目に入ると突っ込まざるを得ない。あれが資材だなんて言われてもとても信じられない。

 そう考えながら俺達は砂浜の一角に広がっていた汚泥に手足を突っ込む。

 

「うっ……吐きそう」

 

「ウチもや……」

 

 とんでもない悪臭と生理的嫌悪感を催す音、ヌルヌルする触感。それらを五感で感じると吐き気を催すことになるのは必然だった。

 鋼材と弾薬はかなり重く重労働だが、肉体よりも精神にクる燃料を集めるのよりは人気があるらしく、みんなが必死で押し付け合っているらしい。

 最終的にジャンケンをして黒潮が負けたので俺もこんなことをしている。ここまで酷いとは思わず、何か揶揄(からか)ってやろうと思ったけど、ガチな雰囲気で落ち込んで謝って来たから何も言えなかった。

 

「でも他の班でも誰かはやることやし……」

 

「負ける訳には……ッ!」

 

 そう言って、秒単位でも早く終わらせる為に嘔吐(えず)きながら手を動かす。

 ――汚泥に塗れた奇妙な友情が、ここに誕生した。

 

 

 

 

 

 時間はすっかり夕方。出発の時とは違って消耗品の代わりに資材でパンパンになった鞄を背負って鎮守府の近くまで到着した。

 

「なぁ……長良?」

 

「おかしいわね」

 

「ああ、何かおかしいな」

 

「そうですね……」

 

「なんか変だよねぇ」

 

 そうなの? 遠くに鎮守府っぽい影は見えるけど…そんなに分かりやすい異常があるようには見えない。

 

「なんで艦載機が1機も飛んでないんでしょうか……」

 

「あっ」

 

 なるほど言われてみればそうだ。鎮守府が一応目で見える距離だって言うのに艦載機が全く飛んでない。

 鎮守府近海は毎日、空母や軽空母が最低2人以上は防衛の為に艦載機を飛ばしている筈だ。それが今は全く存在しない……一体何があったんだ?

 

 

 

「みんな止まって!」

 

な、長良さん! 助けてぇ!

 

 突然の長良の静止の直後、前方の海面が弾けた。

 そこには肩から上を海の上に出して叫んでいるイムヤがいて、只ならない雰囲気で助けを求めている。

 

「イムヤさん!? どうしたの!?」

 

「いや、戻ってきてくれただけで助かったんだけど……。とにかく! あの子たちはもう限界よ! 少しだけで良いの……お願いっ!」

 

 一気に捲し立てるイムヤを気圧されるみんな。一体何があったと言うのか。

 

「取り敢えず落ち着いて……戻ってから話を聴くわ。皆、急ぐわよ」

 

「「「了解!(分かった~)」」」

 

 これまでも長良のペースは速かったけど、イムヤの様子から緊急事態だと判断したのか更にペースを上げて鎮守府へ戻っていく。

 俺の中ではサボり魔の印象が定着した望月は文句を言うんじゃないかと思っていたけど黙って付いてきていた。

 

 

 

 いつもは飛んでる見張りの艦載機がない鎮守府周辺、軽度のパニック状態のイムヤ、限界だというあの子達。

 

 なんて言うか……第一印象からして『艦これ』の二次創作に出てくる典型的なブラック鎮守府の提督って感じはしてたから、予想通り……想定内(今更~?)って感じがする。

 最悪の場合は戦艦や空母が提督から無理やりあんなことやこんなことで年齢制限(R指定)が付くことになってるってことだけど……無いよね?

 

 

 

 

 

 

 

「酷い……」

 

 旗風の呟きは、俺たち全員の共通認識だろう。何時もは居る軽空母や空母は海の近くのどこにも居なかった。代わりにそこに居たのは……

 

「長良さんっ! 皆さんも! みんな! 助かったよ!」

 

「助かった? うぅ……」

 

 俺たちを見つけるなり嬉しそうに声を上げる択捉と、安堵からか泣き始めた海防艦の面々。

 

「えっと……イムヤ、説明してくれる?」

 

「勿論よ。嫌と言う程聞かせてあげる」

 

 

 

 イムヤの口から出て来たのは流石に想定、予想の範疇を越えていたものだった。

 

 普段行っている哨戒は、海防艦と潜水艦()()で行われているということ。

 書類仕事は大淀がほぼ全てやらされている為、限界が近いこと。

 

 ここまでなら海防艦とイムヤしか居ない現状と、これくらいはやるだろうという予想の範疇だった。俺以外の面子は既に言葉を失っているようで、戦艦とか重巡はどこにいるのかという質問すら出てこないようだった。

 

「戦艦、重巡、空母と軽空母は全員(・・)、提督命令で出撃したわ。だから遠征に行ったあなたたちが戻ってくるまで本当に私達だけだったのよ」

 

「待って下さい! それじゃあ、他の任務は?」

 

「手が回る訳無いじゃない! だから助かった、なのよ。……悪いとは思ってるんだけどさ、今から警備か哨戒、もしくは他の任務やってくれない?」

 

「……大丈夫、これから他の班も戻ってくるわ。だからまずは私だけでも報告しに行かないと――」

 

ダメよ!

 

 うおっ、ビックリした~。

 

「お願いだから報告には行かないで……。絶対にまたすぐに遠征に行かされるわ! だからお願い! 報告に行かないで今だけ! 任務や哨戒じゃなくてここで見張りするだけで良いの! 人手不足でみんなほとんど寝られてないの! ……お願いよ……」

 

「「「 …… 」」」

 

 

 

「長良さん……」

 

「僕たちが代わろう。海防艦の皆は休んでて」

 

 旗風と初月が海防艦に声を掛けた。みんなが嬉しそうに、集まってはしゃいでいる。これで目の下に隈が無く、出てくる言葉が「やっと休めるね!」とかじゃなかったら微笑ましいんだけどなぁ……。

 

 それにしても、たった3日でここまでとんでもないことになるとか。

 

 想像を超えて極限状態になっている海防艦を見て、やるせない気分になった。

 




どうでしょう? 多少はブラックな雰囲気が出せてたでしょうか?
次回は提督(クズ)が出てくるのでもっと酷くなる……と思います。

艦娘には恨みは無いんだけど……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

距離と時間 速度は?

40話です。

Q.こんなヤツが提督になれたのは何故?
A.創造神(作者)の力です。



 黒潮と長良、意外なことに望月も哨戒に行ったので、今残っているのはスヤスヤと眠る海防艦たちに付いている旗風と、他の艦娘達はどこに行って何をしているか話している俺と初月とイムヤだけだ。

 

「それで、戦艦、空母、軽空母、重巡が出撃したって言ってたけど……本当か?」

 

「本当みたいよ。「安全な海を取り戻すの為には一刻も早く、少しでも多く深海棲艦の数を減らす必要がある」とか言って無理やり出撃させたの。信じられないよね!?」

 

「提督の言いたいことは分かるし、理屈も間違ってる訳じゃない……でもいくら何でも急すぎるし、前提督はゆっくり確実に深海棲艦の居ない海を広げていくつもりだったからやり方が違い過ぎる。大本営としては鎮守府ごとの方針は各提督に一任しているのか?」

 

「さぁ? そんなこと私が知る訳ないでしょ。……それよりも! あなた、スチュワートだっけ? みんなが出撃して目標にしている所に向かってくれない? あの提督、空母や戦艦ばっかりの編成で出撃させたから駆逐艦も潜水艦も居ないのよ!」

 

「それは……本気なのか? 敵潜水艦が居たらどうするつもりだ?」

 

「えっと……大丈夫、じゃあなさそう?」

 

「そう! 大丈夫じゃないのよ! でも私はここを離れられないし……」

 

 初月が俺を見る。そして頷いた。

 

「スチュワート、僕はここで防衛をする。だから君がみんなの支援に行ってくれないか?」

 

 ……1人で!? ちょっと無茶振りが過ぎるんじゃない?

 

 でも……仕事を任されるなんてなんか信頼されてるみたいで嬉しくなっちゃうね。ちょっとニヤニヤしてきたかもしれない。

 

「分かりました。艦隊の支援ならお任せあれ~」

 

 ふざけてワンクッション置いてから立ち上がる。

 

「皆さんはどこを目標に出撃しに行ったんですか?」

 

「ソロモン海域よ……」

 

「何!? ソロモン海域だと? どれだけ長期間掛かると思って……。大型作戦並じゃないか!」

 

 初月が声を上げる。

 ソロモン海域? って夕立とか綾波とかが頑張ったヤツだっけ? 綾波の活躍はにわかの俺でも涙が出ちゃうんだよね……。

 でも単語は知ってるって感じだけど場所がどこなのかは分かんない。ソロモンってヨーロッパっぽいけど実はイスラエルとか西、南アジアの方なんだっけ?

 それに大型作戦並って……絶対に即決で「よし、やろう!」みたいなノリでやっちゃいけないヤツでしょ。それに、ゲームの脳筋(チンパンジー)プレイしか出来ないようなヤツの計画で攻略出来るとは俺は思えない。

 艦娘たちは俺以上に無理だって分かってる筈だろうに……多分功を焦って職権乱用して反対意見を封殺したんだろうなぁ。

 

「大淀さんも他の皆も反対したの! でも、止められなくて……」

 

「分かってる。……こうしている暇は無いぞ。やっぱり僕も行く。準備を始めよう」

 

 あ、結局初月も来るんだ? ってどこ行くねーん!

 

「一緒に遠征用食糧庫まで来てくれ。2人分だとしてもそれなりの量になる。……速くしろっ!」

 

「イ、イェス(Y e s)マム(ma'am)!」

 

 

 

 

 

「……僕はあの提督に心底失望したよ」

 

「だろうね」

 

 遠征用食糧庫……3日前に俺たちが食べる缶詰が置いてあった部屋だ。あの時は缶詰が大量に置いてあってしっかり整理されていたけど、俺たち以外にも遠征の班で消費する上に、初月曰く当然、大型作戦にも食べ物は必要な訳で……

 

 つまり何が言いたいかというと、缶詰はほとんど残っていなかった。沢山はあるのだが、何せ一般家庭と違って人数が多い。これでは他の遠征班が戻ったとしても再び出撃するのは無理だろう。飲まず食わずになる人が出てきてしまう。

 

「3日もあったらそれなりの準備が出来てると思うんだけどな」

 

「それすらもやらない馬鹿者だったってことか……ハァ」

 

「でも大淀さんが見過ごすとは思えないですね」

 

「確かに。……まさかとは思うが──

 

「「止められた?」」

 

 もしそうなら正真正銘のクズだ。そもそも見た目女子供の艦娘、それも海防艦をあんな目に遭わせて、更に事務は大淀に放り投げてる時点で情状酌量の余地無しって感じだけれども……

 

「……いや、それどころじゃないな」

 

「まずは戦艦たちの支援に向かわないと」

 

「ああ。不幸中の幸いだが、戦艦が多数でしかも集団行動していたとなると当然、駆逐艦よりも速度は出ない。最低限の荷物だけ持って全力で追いかけるっていう手もある。……これで行こう!」

 

 戦艦たちを全力で追い駆けるってこと? 3日近くのハンデは流石にキツいと思うんだけど。でも、みんなが通ったルートなら深海棲艦も蹴散らされてるだろうし、索敵も捨てて速度極振りで良いのか。だったらワンチャンありそうかな?

 そうなると準備は手慣れてる初月に任せよう。

 

「じゃあ私は工廠に行ってくる。便利なモノあれば貰ってくるよ」

 

 ……決してこんな状況なのに挑戦的な笑みを浮かべる初月が怖くて逃げた訳じゃない。

 

「そうしてくれると有難い。ああそうだ。長10㎝砲、一緒に行っておいで」

 

 

 

 

 

 

 

「お~い? もしも~し?」

 

 返ってくる返事はない。妖精さんはいつもより大分数か少ないけど何人か残って忙しそうにしている。

 

「明石も夕張も出て行っちゃったのかな? 非戦闘要員みたいなこと言ってたような気がするけど……」

 

 明石はアイツ(提督)の脳ミソをクリーニング出来なかったのか……。綺麗なジャイ○ンみたいに妙に気味悪くなったらなったで害になるから、最初から救いなんて無かったのかもしれない。

 これは誰かが提督を海の藻屑に変えるまでは一切状況が好転しないまであり得るな……。

 

 あ、手の空いてる妖精さん見っけ。

 

「妖精さん、探照灯ください。あとこの子を出来るだけ早く。お願いします」

 

 すると妖精さん達を掻き分けて現れたやけに偉そうな妖精さん。

 その妖精さんが持っていた探照灯を受け取って、俺が受け取ったと同時に長10cm砲ちゃんを引ったくるように奪い取って工廠の奥に消えていった。

 

 ……アイツもしかしてあの妖精さんの分身だったりしないよね?

 アレだ。ゲームとかの主人公に付いてくるお便利キャラ感が半端じゃない。

 

 しばらく待っていると、初月が工廠に入って来た。

 

「こっちの準備は終わった。……僕の長10cm砲は?」

 

「妖精さんに攫われましたよ。……それで、どんな計画ですか?」

 

「まず僕は、高角砲と機銃を置いていく。君も高角砲を搭載しているようだが、必要ないだろう」

 

「どうしてですか?」

 

「空母や軽空母、重巡が出張ってるんだ、僕らの高角砲は大した価値が無い。求められるのは一早く追いつく事、そして魚雷だ」

 

「対空は必要ないから魚雷を持っていくってことですか?」

 

「そうだな……あ、妖精さん。改良型艦本式タービンと強化型艦本式缶。の組み合わせを2つ貰えるか? うん、そうだ」

 

 初月が妖精さんに何か言ってる……まるで魔法の詠唱みたいだ。

 それにしたってタービン……聞いたことはあるんだけどなんだったか。

 

 原動機やんけ!

 

「え? 攻撃手段は主に魚雷だけで、タービンで速度にブーストを掛けることで早く到着するってこと!?」

 

「そうだ。艤装の機能をほぼ全て速度に充てる。幸い手が空くから長10cm砲は連れていける。君も取捨選択を……って必要は無さそうだな」

 

 まぁね。盾と投擲物で両手は埋まっちゃってるんだよね。初月の周りに妖精さんが集まってきて高角砲を除いてタービンとかを取り付けている。途中で初月も干渉がどうとか言ってたけど、ああいうのは慣れと経験からくるんだろうなぁ……。

 俺の場合は高角砲を取ってそこに着けるだけで済んだから関係ないんだけど。

 

 

 

 

 

 準備が終わって海の上。俺と初月は最後の確認をしていた。

 

「早く到着しなければならないから、基本的に移動しっぱなしだ。かなりの忍耐力が求められる上に体力勝負だ。……行けるか?」

 

「勿論さ」

 

 艦娘は知らないだろうけどなぁ! 多くの人間には部活動なる先生に理不尽に怒られながら只管(ひたすら)走らせられるような文化があるんだぜ?

 それに、多少の我慢なんて危機に瀕してたらアドレナリンの力でどうとでもなるに決まってるんだよなぁ……。

 

「頼もしいじゃないか。……よし、行こうか」

 

「ヘッ……戦艦たちに追いつくまで、精々楽しいデートにしようじゃないか」

 

「お前は何を言っているんだ……」

 

「い、1日で追いついてみせようか」

 

「そうだな。それが出来れば最高だな」

 

 辺りは暗くなり始めていた。俺たち……俺は適度にリラックスしていた。

 

 

 

「では……初月、出撃するぞ!」

 

「駆逐艦スチュワート、行きまぁす!」

 

 

 

 

 

 タービンの力ってすげーなー。サラマンダー(ハインケルHe162)より速いかもしれない。

 前方に影を発見! あの特徴的な天使(死神)の輪は龍田か。

 

「あら? 二人してどこ行くのぉ~……!?」

 

 ドップラー効果を伴って聞こえなくなる龍田の質問。時間も時間だから多くの遠征班とすれ違い同じことを訊かれた。

 ただでさえ高速だったのに俺たちは今、それを越えている。しかもすれ違うんだから会話なんて出来ない。それでも、俺と初月は止まることなく――

 

「「ソロモン海域で待ってる!」」

 

 そう叫びながら今はただ、目的地へ。

 




今回の大型作戦(笑)は失敗させます。全部提督ってヤツの所為なんだ! むしろ駆逐艦ナシで成功するわけがない。

初月を遠征班に混ぜたのは食糧庫のくだりがやりたかったからです。
沢山在った物資が無くなっていくのを描写したかったんだけど……私の文章力では無理がありました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

都合のいい救世主は現れない

41話です。

こんなチンピラみたいでバカ丸出しの提督モドキを出したかった訳じゃ無かったのに…


▼―――――――――――――――

 

 屈辱だ……。

 

 目の前には深海棲艦の残骸が大量に浮いている。こちらの被害は軽微で敵は “ ほぼ ” 全滅状態だ。それだというのに……

 

「総員! 一気に引き離すぞ! 金剛たちに続け!」

 

 そう言わざるを得ない。まだ目標地点の半分どころか二割も移動できていないのに、様々な問題のせいで思うように進めない。

 

 これでもかと言うほど湧いてくる水上艦は問題ではない。あの愚か者(提督)が組んだ編成では水上の敵は簡単に制圧出来る。

 

「くっ……潜水艦共め……」

 

 しかし水面下からジワジワと少しづつ、だが確実に被害を与え続けてくる潜水艦が問題だった。伊勢型の二人や軽空母、戦いは苦手と言う夕張が頑張ってくれているが、疲労から動けなくなるのは時間の問題だろう。

 

「こんな時に軽巡や駆逐艦のみんなが居てくれれば……って顔してるわ」

 

「陸奥……」

 

 横から声を掛けてきた陸奥の言葉の通りだった。ここに居る全員がそう思っているだろう。

 出撃から四日、未だ大破まで追い込まれた者は居ないが、明石は一人しか居ないし、妖精さんだって鎮守府から全員来てもらうなんて出来なかった。それに資材の問題もあるのだから頭が痛い。

 私は出撃してからすぐに全員である程度固まりながら移動することを提案した。班分けしてそれぞれ別のルートから移動することも考えたが、固まった方が被害は少なくなると判断したからだ。

 

「あぁ、その通りだ。新しい提督は我々の期待を手酷く裏切る者だったな。所詮は軽巡、駆逐艦と侮ったのだろう。彼女らにも遠征以外の重要な役割があるというのに……」

 

 結果としてはどうだろう。確かに基本的な被害は少ないと思う。潜水艦以外からの被害は殆ど無いと言っても良いだろう。だが、これまでは運が良かった。たまたま、夜間に深海棲艦が大挙して押し寄せたりしなかったのだから。

 そして、それがこれからもも続くとは限らない。

 

「そろそろ日が落ちるな……遠征に行った駆逐艦たちは無事だろうか……」

 

「「長門さん!」」

 

 大鷹と青葉が大きな声で、だが真逆の表情で私の前にやって来た。

 

「なんだ?」

 

「私の子たちが前方に多くの潜水艦を発見しました! どうしますか!?」

 

「「なっ!?」」

 

 大鷹の言葉に私と、陸奥も驚いた。

 つい先程、潜水艦から逃げるように移動してきたばかりなのに前方にも潜水艦だと!? 後方の奴らが追いかけてきていたら間違いなく潜水艦に挟まれている状況だ。……夜間も近いし、少々拙いか?

 

「……済まない大鷹。もうひと頑張りだ、頼む」

 

 大鷹には無茶を強いることになってしまうが、皆の安全の為にもやってもらうしか無い。

 だから私は、こうして頭を下げるしかなかった。

 しかし、その貧乏くじを引かされた筈の大鷹は思っていたより爽やかな顔をしている。

 

「長門さん。私は大丈夫です! 心強い小さな味方がもうすぐ来てくれますから!」

 

 その言葉のすぐ後に、後方から低い爆発音が聞こえた。

 

▲―――――――――――――――

 

「見えた!」

 

「探照灯を貸してくれ!」

 

「ほい」

 

 遠くの方に星とも都市のネオン管とも違う光が見えた頃、初月が戦艦たちだと判断した。

 俺はもうヘロヘロなのに隣の初月はそれらしい反応は無いし、戦艦たちだと確信するのも早いし……練度が違う。

 そしてありがとうなんて言ってからカチカチ灯りを点けては消してを繰り返す。これはまさかモールス信号? まるで映画を見てるみたいだ……。

 

「よし……さて、ラストスパートだ」

 

 丸一日移動し続けた俺と初月は、遂に戦艦たちと合流することが出来るらしい。きっとあの後にもイムヤから話を聴いてこっちに向かっている人も多いだろうし、ここからが踏ん張りどころか?

 

「……っておい待て! 潜水艦が居るぞ!」

 

「えっ」

 

 敵の潜水艦を発見!?

 慌てて止まると、手前の海面が弾けた。

 海の下でも見えてんのか? 潜水艦が居るってどうして気が付けるんだよ……化け物か。

 まぁいいや。俺たちは俺たちの役目を果たさないと。

 

「魚雷発射ァ!」

 

 確か演習で夕張の魚雷を見た限りだと『艦これ』世界の魚雷ってある程度ホーミングするんだよね……。一見オーパーツと思えるけど、艦と艦娘はサイズの違いがヤバいからね。ちょっと考えると、ある程度のホーミング性能でも持ってない限り当たる訳無いんだよね。

 つまり「前方に潜水艦が居る」って分かってたら前方に魚雷を放つ。すると、ある程度の命中率は確保されるらしいってことを初月に聞いた。

 ……魚雷に操縦席でも設置されてんのかね? そしてそこに妖精さんが座って神風(カミカゼ)アタックよろしく自爆特攻しているのだとするとホーミングには説明が付くような気がする。だけど乗ってた妖精さんがどこに行くのかは……謎だ。

 

 

 ホーミングするからと言って放った魚雷が水飛沫を立てて進んでいく訳でも無いとなると、どこにあるのかは正確には分からなくなるから不安になる。「だいたいあの辺」って感覚的に分かるだけでも相当だと思うけど、やっぱり目で見えないからしっかり命中したかどうかは分かんないんだよね。

 そもそもそういう時の為のソナーなんだろうけど、そうすると高機動型魚雷発射装置に完全変体するから勘弁してほしい。潜水艦にブースターでも付けてた方がまだ良いだろう。

 

 ズシンと花火みたいに体の芯まで響くような低い音と衝撃を複数感じてからしばらく、海面に貞子みたいなホラーチックな女が虚ろな目を浮かべながら浮かんできた。そのほかにも黒い破片とか腕やらなんやらと色々と一緒に。それも大量にだ。

 

「キモ……」

 

「……うん、片付いたみたいだ。これから一度艦隊に居る長門のところに行って指示を仰ごう」

 

「……了解です」

 

 

 

 俺と初月は多くの重巡や空母たちから歓迎された。

 俺たちが来た方向とは反対方向、つまり前方ではまだ爆撃の音が聞こえる。どうやら潜水艦から挟まれたところに俺たちが到着したらしい。

 

「初月、スチュワート、よく来てくれた。潜水艦だけは我々だけだと厳しいからな……本当に助かった、ありがとう。……それにしても早くないか? 我々が出発してからまだ四日目だぞ?」

 

 長門がお礼と共にそんなことを言ってくる。

 いや~大変でしたなぁ……。何せ遠征明けから徹夜で移動し続けたんだもの。

 初月が長門に説明している隣で俺は結構頑張ったんだぜ? って感じでドヤってよう。別に罰は当たらねないだろう。

 

私だって嫌だったさ!

 

 ホワイッ!? 何事!?

 

「だが「出撃しないヤツは解体だ」なんて言われたら……行かない訳にはいかないだろう! 違うか!?」

 

「Wait! 本当にあの時そんなこと言ったんデスか?」

 

「ああ言っていたとも! そうでもなければ軽巡も駆逐艦も居ない編成で出撃なんてするか!」

 

 長門のその言葉を聞いた人たちの怒りのボルテージが目に見えて上がっていく。

 

「それはあの野郎が軽巡と駆逐艦を無理矢理遠征に行かせたからだろーが! おかげであたしらがいつも以上に危険な目に遭ってる! 編成のバランスも考えないようなヤツの言う事は拒否すれば良かったんじゃねーか!?」

 

「ああその通りだ。だが「解体させる」なんて脅しが出た時点で出撃せざるを得ないだろう? 実際に解体するかは分からないまでも、今まで苦楽を共にしてきた仲間が理不尽な理由で解体させられるのは本意では無い」

 

 長門は俺が知る限りでは時には頼れる大人として、時には意外と子供っぽい一面を見せる魅力的なキャラクターだったけど……こうして見ると本当に艦娘の中のリーダー格って感じがする。

 

 そんなリーダー各の長門だけじゃなくて、ベテランの艦娘たちがこぞって不満の声を上げている現状。まず間違いなくあの提督と長門は出撃前に揉めたんだろう。それを無理やり黙らせて言うことを聞かせるようなヤツが上司? 冗談じゃないぞ……

 ここは現代日本じゃなかったのかよ……お上の偉い人達は何考えてるんだ。教育はどうなってるんだよおい。

 

「あり得ないだろ……」

 

 転勤初日から部下のほぼ全員から不満を持たれるようなヤツを寄こすんじゃないよ。そんなのをこの鎮守府のトップに据えてて良いのか? 居ない方がよっぽどプラスになると思うけど。

 

「いっそ漫画みたい都合の良い救世主とかが現れてくれればなぁ……」

 

 誰が放ったか、そんな呟きが聞こえてくる。

 怒気を放っている艦娘の集団から少し離れ、熱気が冷めるまで眺めていた。

 




内容が薄いし展開は進まないし……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夕張さんに訊く解体事情

42話です。

今回は解体についてのあれこれ……のはずです。


 視線の先には長門を中心に未だ熱くなっている人の輪。話題は言わずもがな新しい提督のことだろう。

 

「……まだ終わんないの? 流石に長すぎるんだけど」

 

 こうしている内にも鎮守府では何が起こっているかもしれない。愚痴とかは移動しながらでいいからさっさと作戦を終わらせて、みんなで提督が後悔するまで袋叩きにした方が絶対に楽しくなると思う。

 

「100%の怒りと、更に120%の恨み辛みを拳に乗せて、顔の形が変わって洗面器よりもデカく腫れあがるまで殴ってさ……とにかくボコボコにしたら気持ち良いだろうな~」

 

えぇ……スーちゃんはこんな離れたところで何してるの?」

 

「オゥッ!?」

 

 虚空を見つめてニヤニヤしてたら話しかけられてビックリした。っていうか結構ヤバい独り言だったから聞かれてたかと思うと気が気じゃない。夕張の反応はドン引きって感じだし……これは終わったな。

 それよりも言い訳を……いや、話題を逸らすべきか?

 

「夕張さん、なんで皆さんはあんなに“ 解体 ”って単語に対して怒ってるんですか?」

 

 すると夕張は信じられないものを見たような顔で俺の方を見てくる。

 これは何かやっちまった感じがする。多分だけど普通の艦娘なら常識レベルのことだったってことなんだろう。

 

「言葉にするのが難しいかな……ちょっと待ってね」

 

 “ 解体 ”が艦娘にとって良くないことってのは分かるけど、そんなに複雑な事なのか……

 さて、夕張が言葉に悩み始めたから少し、解体のことを考えてみよう。

 

 まず“ 解体 ”とは何か。それは『艦これ』を含むゲームにおける要らないユニット等の売却システムで、一部の提督からは 2 - 4 - 11 なんて言われるくらいには親しみのあるネタになってるけど、実際にスクリーン越しじゃなくて現実だったらどうか。

 例えば艤装を使えなくなるように何らかの処理を受けて、記憶処理やら何やらをされて市井に放たれる……とか? 現実味が無いな。

 いやホントどうなんだろう。全然想像がつかない。

 最悪の場合は文字通りバラバラにされるまであり得るのは怖いな。色々と手間が掛からないからかなり楽な解決方法だろう。されるかもしれないと思うとちびりそうだけど。

 でもきっと屁理屈を捏ねて捏ねて拗らせて、艦娘は人間ではないなんていう思想の人は居るだろうし、そんな人から見たら艦娘の殺処分は何でもないのかもしれない。

 

「ハァ」

 

 考えがどんどん暗い方向に向かうなぁ……。

 

「ちょっと! やっとなんて説明していいか纏まったのに、溜息なんて吐かないでよ!」

 

 ……確かに。ちょっと失礼過ぎたかな。

 

「あっ、ごめんなさい」

 

「よろしい。……それで解体っていうのはね、私達艦娘の中でいっっっちばん嫌われてる終わり方よ」

 

「轟沈とかは聞いたことがありますけど、それよりも?」

 

「当たり前じゃない! 轟沈は沈むまで戦ったってことでしょう? うっかりで沈んだなら目も当てられないけど、そうじゃないなら名誉の最期ってやつよ。まぁ、無いに越したことは無いけどね」

 

 流石にうっかりで沈むような人は居ないんじゃないかな? 俺ならともかく普通の艦娘なら戦場で気を抜くなんてあり得ないだろうし。

 

「それで雷撃処分はね、拠点から遠いところで大破状態まで追い込まれたときに偶に行われることがあるらしいわ。轟沈と同じように作戦中の負傷が原因ね。だけど轟沈と違って、移動に支障が出て隊全体に支障をきたすときに自主判断で行われることが多いみたい。これも作戦中の名誉の負傷ってやつね」

 

 なるほどね。艦娘の最期には幾つか種類があるのね。

 艤装がダメになるまで戦って深海棲艦にやられたら轟沈。戦い終わってからも、艤装の損傷が激しくて部隊の足手まといになるくらいならと雷撃処分。

 戦いがあるところに犠牲は付き物だし、これらは扱い的に殉職とほぼ同じで良いっぽい?

 

「何か分からないところがあった?」

 

「あ、多分大丈夫です」

 

「そう? ……それで最後に解体だけど……詳しい事はよく分からないの」

 

「え?」

 

「でも、解体された艦娘が市井に居るって話は聞かないから、艤装を使えなくなるだけって訳じゃないみたい」

 

 じゃあ何? マジでバラバラにされるの?

 

「詳しい事は分かってないけど、轟沈、雷撃処分と違って嫌われる理由は状況ね」

 

「状況?」

 

「そう。轟沈や雷撃処分と解体は違うの。解体処分は……提督から必要ないって判断されたってことなの」

 

「それは……」

 

 昔は軍艦として海の上で戦い、今は艦娘として深海棲艦と戦っている艦娘が、上司たる提督から「存在価値が無い」って言われるようなものか。とんでもない屈辱だろう。しかもこれまで佐世保鎮守府で戦ってきた他の艦娘たちからすれば相当な侮辱にもなる。しかもそれに死刑が付いてくるだなんて笑えない。

 

 常識もキャリアもない、ちゃんとした(ふね)の記憶もない俺ですら雰囲気的にかなり嫌な気分になる。……俺が周りと同じ立場なら解体するって決められたら心が折れるかもしれない。いや、間違いなく折れるな。

 

「それは……嫌われそうですね」

 

「そうでしょ!? やっぱりそう思うわよね? それをあの提督と言えば! 出撃しないヤツは解体!?冗談じゃないわ!」

 

「だったら全員解体してくれって感じじゃないですか? そしたらあの提督一人で深海棲艦と戦ってくれますよ」

 

「あっ、それいいわね」

 

 やっぱりそう思う? 口からポンっと出て来た割には名案じゃないかなコレ。まぁ一般人に大きな被害が出るからダメだけど、そうじゃないなら完璧だと思うんだ。

 

 

 

「おーい! そろそろ出発するぞー!」

 

 重巡の……加古が俺と夕張に声を掛けて来た。はーいなんて言って夕張が加古とお喋りしながら進んでいった。

 その時に「次に解体って言われたら全員で解体されましょう」なんて言ってたような気がするけど……もしそうなっても俺は悪くない……と思う。冗談だよね?

 

 そして前方から軽空母の大鷹と重巡の足柄、戦艦の扶桑が来た。進行方向から考えて俺は最後尾に居て置いてかれそうだから……殿かな?

 

「スチュワートさん、初月さんと一緒に来てくださってありがとうございます。……この子達も、潜水艦の相手は出来るんですけど、この多人数をカバーできるほどではなくて……」

 

「二人が来てくれたことが、不幸中の幸いだったわ。ありがとうございます」

 

「あー……自分としては~……」

 

「良いの良いの! お礼は素直に受け取っておくものよ! みんな助かったんだから!」

 

 ……ここまで歓迎されるとなんかこそばゆいというか、逆に素直に受け取り難いというか。恥ずかしくなってきちゃうね。適当に苦笑いを浮かべながら3人の会話を聞いて、相槌を打ちながら進んでいった。

 途中に深海棲艦が出たって知らせが入ったけど、艦隊の前方、俺たちが居る反対側だったから戦闘の音も聞こえなかった。固まって移動してるって言ってもそれなりに距離は離れてるんだね。

 

 

 

「今日はここで休むことにする!」

 

 長門の一言でそこまで広くはない島だったけど野営(キャンプ)の準備が始まった。艦娘が大勢いるけど、全員が見張りの交代で逐次入れ替われば何とか寝られるだろう。俺と初月は潜水艦が出なければずっと寝てても良いそうだ。

 しっかり俺たちの体調まで把握してるのはどう考えてもリーダーの鑑。そう考えながら熱くなったインスタント味噌汁を食べたら眠くなってきたから寝袋へ直行する。因みに初月はもう寝ていた。俺も寝よう……

 

 

 

 ゴソゴソとした物音で意識が覚醒する。

 

「ぅん?」

 

 寝ぼけ眼を擦って起き上がる。夜明けが近いのか空は薄紫色に染まっていた。

 そしてそんな空をバックに浮かび上がるウサギみたいな特徴的なシルエット。

 

「オゥッ!? 起こしちゃった!? ごめんよ~」

 

――やかましいわ。

 

 俺は目覚まし時計(しまかぜ)の頭を叩いて黙らせ、ちゃんと目覚めた後に謝ることになった。

 




艤装は妖精さんがリサイクル。艦娘は……本当に知りたいのかい?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

トンボ帰り

43話です。



「うぅ~まだ痛い~」

 

 嘘つけ絶対にもう痛み引いてるだろ。

 そんなに何回もアピールしたところで呆れるだけで逆効果なんだよなぁ……。

 

「何度も謝ったじゃないですか……」

 

「そ、そんなのじゃないよぅ~」

 

 じゃあなんだよ。

 チョイチョイと、手を振って「こっちに来て」とジェスチャーする島風。

 近くに寄っていくと耳に顔を近づけて――

 

「提督が出撃した艦隊に戻れって言ってたから私が来たんだよ」

 

 なんて言ってきた。

 戻れ……って何かの間違いだよな? 俺と初月は兎も角、大勢を出撃させたのは提督だったよね?

 

「……その話は長門さんにするべきでは? っていうか見張りはどうしたの?」

 

「遅かったから引き離して来た!」

 

 おい、胸を張れることじゃないだろ。

 

「島風じゃないか。よく来てくれた。歓迎しよう」

 

 おや、噂をすれば長門じゃん。

 島風がたった今俺に言ったことと同じことを長門にも話した。

 

「実は――」

 

 

 

 

 

「ええぃ! やってられるか!」

 

 長門が近くに落ちてた石を拾って投げる。相当遠くまで飛んで行ったのは見えた。

 ……戻ってこいって言う以上にヤバい情報も島風は持ってきたみたいだ。

 

「ふざけるのも大概にしろよ……」

 

「ど、どうしよう」

 

 長門は拳を固く握って鬼の形相をしてるし、島風は事が大きすぎてどうしたらいいか分からないみたいだ。

 ……この空間に居辛いんだけど。振り返ってまだ夢の世界に居る芋虫(寝袋)達に向かって叫ぶ。

 

「スゥーー……艦隊! 総員起こしー!

 

 お前たちも俺らと同じ悩みを共有するんだよ! 寝てて知りませんでしたはナシだからな!?

 

「スチュワート!? いや……済まない。こういった時こそ皆で話し合うべきだな」

 

 3人で寝てる人たちを起こして回る。まずやらなきゃいけないのは情報の共有と問題回避の為に話し合うことだ。見張りを除いても30くらいの頭数はあるから、俺たち3人の10倍のくらいは居るからそれなりの知恵は出てくるだろう。

 

 

 

「皆、こんな夜明け前に済まない。だが緊急事態だ」

 

 長門の一言で集められた人たちが静まりかえる。さっきまでいきなり何とかアレコレ文句を言ってたのに切り替えが早い。でも緊急事態にされたんだから文句は提督に言って欲しい。

 

「我らが佐世保鎮守府に近いうちに監査が入るらしい。それを何故か危惧した提督が我々に戻ってくるようにと、ここに居る島風に伝言を頼んだようだ」

 

 一体何に危惧しているのか予想はつく。提督の椅子に座って踏ん反り返って好き放題しているのを見られるのが困るんだろう。

 他の鎮守府と協力もしないで大型作戦並の出撃を敢行し、守るべき市民の安全の確保を20人も居ないくらいの海防艦と潜水艦に任せるなんて、どう足掻いても無能の烙印を押されるのは間違いない。

 せめて表面上だけでも普通に運営してますよってアピールをしたいと見た。

 

「鎮守府近海の防衛を行えるだけの人員を帰還させて、他は作戦続行した方が良いんじゃない? 折角ここまで進んだんだのよ? わざわざ全員帰るのも馬鹿らしいわ」

 

 なんて言葉が出てくる辺りやはりアイツは提督として認識されてないな。でもその案は通らない。通せない。

 

「因みに戻ってこなかったら各自の私物を処分するそうです」

 

「ちょっと! それどういうこと!?」

 

 俺に言われても困ると肩を竦める。でもこれがなんと嘘や冗談じゃないらしいんだよね。……なんで私物を処分する必要があるんだろうね?

 だからそのまま屁理屈をこねる。

 

「戻ってくる人数に具体性が無いので、瑞鶴さんの言った通り少人数だけ鎮守府に戻って、後は作戦続行でも問題ないかと思います」

 

 だって“ 全員戻ってこなかったら ”って言われてないし。まぁあの提督は何やっても文句は言ってきそうだけど……。

 

「……作戦遂行の指示に従わなかった場合には解体の可能性があると思うと、全員が引き返すのは逆に危険だと考えている。瑞鶴の案を中心に考えているが、異論のあるものは遠慮せず声を出してほしい」

 

 長門が尋ねても異論は出ない。俺としても遠征から帰ってきたであろう駆逐艦と軽巡たちが今どうなっているかも気になるし、島風も来たから一旦ここは鎮守府に戻りたいなぁなんて考えていた。

 

「……居ないようだな。では、このまま作戦を続行する者と鎮守府に戻る者の選定を行う。各自希望を出してくれ。ただ、希望通りにならなかったとしても文句は言わないでくれよ」

 

 やっぱり長門はリーダーだよなぁ……。

 俺は希望通り鎮守府に戻るグループに分けられた。メンバーは蒼龍、飛龍の二航戦2人に衣笠、加古、鳳翔を加えた計6人。たった6人、されど6人とも言える。相変わらず潜水艦には物凄く苦戦しそうな面子だけど、多分何とかなるでしょ。

 

 島風が言うにはきっと他の人も何人かは来るだろうからしばらくここで待機しているのも良いかもしれないとのことだった。

 今は俺と初月とは違って“ 何故か ”フル装備でやって来た島風が居るから潜水艦も大丈夫だろう。

 それにしても……どうやったら俺たちがタービン付けてブーストした距離を数時間程度の遅れで到着するのか、これが分からない。

 

 

 今まで深海棲艦を倒しながら進んできた道を引き返しただけだから戦闘自体は殆どなかったけれども、偉大な先輩達の力を間近で見ることができた。

 特に、二航戦の艦載機を用いた広範囲の索敵は流石と言わざるを得ない物で、他の艦種では絶対に真似できないだろうことが分かった。

 重巡の2人は途中に出て来た深海棲艦相手に派手にぶっ放してくれたし、俺も少なかったとはいえ潜水艦をダメにしてやった。

 戦闘での活躍があまりなかった鳳翔さんだけど……戦闘以外のこと、例えば休憩中の気配りその他諸々が上手すぎる。皆に慕われているってことに納得できた。

 

 そんなこんなで2日、鎮守府近海まで戻って来ることができた。しかしやはりと言うかなんて言うか……やっぱり何かがあった。

 

「駄目ね。いつもの見張り地点にも誰も居ないみたい……」

 

 艦載機で鎮守府を偵察していた飛龍が告げた言葉に全員が衝撃を受けた。

 

 具体的に言うと遠征班、哨戒の人ともすれ違ってない。

 こんな海の上、多少離れてても黒い点として認識くらいは出来そうなモンだけど……。

 

「見張りが誰も居ないって冗談だよな……?」

 

「じゃあもしかして鎮守府は……」

 

 乾いた笑いを出す加古ときっと最悪な想像をした衣笠。まぁこんな状況だし誰だってそうなっちゃうのは仕方ない。俺だって鎮守府が深海棲艦に襲撃されたのか不安で仕方がない。

 

「慎重に行こう。深海棲艦が居るならできるだけ早く倒さないといけないわ」

 

 蒼龍の言うことは御尤もなんだが……ところで深海棲艦って陸上でも活動できるの?

 人型ならともかく駆逐イ級とかは無理だと思うんだけど……。

 

 そんな割とどうでもいい事は置いといて、鎮守府に対して艦娘が安心して帰れないっていうのは一般的な『艦これ』の世界観とは随分違うんじゃないか?

 

「……内部の様子を見てきます。敵が居たら合図を出してから逃げますので、その時はやっちゃってください」

 

 あ、気が付いたらなんか口走っちゃったぞ。ヤバいな……出来るだけ安全に鎮守府内部を探れないかと思っていたらつい口から出ちゃったよ……。

 

「……ならお願い。艦載機だけじゃ建物の中まではどうしてもね」

 

「分かりました」

 

 そう言って一人で鎮守府に向かう。艦娘の全くいない近海と敷地内。だけど建物内部は分からない。

 俺は都合よく盾なんて持ってるんだからそう簡単には落ちないと思う。生きて情報を持ち帰るっていうのも大切な仕事だし、正に打って付けって訳だ。

 

 

 

 何事もなく上陸出来たけど、見慣れた風景なのに静か過ぎて不気味に感じる。

 

「本当に誰も居ない……?」

 

 見渡しても動く影はない。それを余計に不気味に感じながら工廠や食堂などを見て回る。

 ありとあらゆる曲がり角や隙間に意識を向けながらの探索に疲れ、スパイごっこなんて思うような余裕は吹き飛んだ。

 

「……チッ」

 

 格艦娘たちの部屋を開けて回る度に、警戒するだけ無駄だと思うような“ 何もない ”という結果が得られることへ苛立ちが募る。

 

 しかし、探索はまだ始まったばかりだ。

 




え〜では、PC1は【聞き耳】をお願いします。周囲は海の音こそありますが人気がなく静かなので技能値に+10で判定してください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バケモノ

44話です。

※暴力的な表現あり



 ―――コツ―――コツ―――

 

 外の風と波の音しかしない鎮守府内を歩いていく。

 この部屋にも誰も居ない。

 

「…………」

 

 それにしても、建物内にも誰も居なさそうなのはかなり奇妙に感じる。あの野郎が視察を気にしているなら艦娘たちに部屋の片付けなりなんなりをさせるだろうけど、そんな物音すら聞こえない。

 遠征に行かせたんだったとしたら近海で全くすれ違わないのはおかしいし、深海棲艦に侵略されたとしたら荒らされた形跡が無い。……汚い部屋の人は居たけど。でも防衛に誰も居ないならやっぱり陥落しちゃったって考えて良いのかなぁ?

 

 ―――コツ―――コツ―――

 

 曲がり角で立ち止まってゆっくりと奥を覗く。物音は全くしなかったから居ないと分かっていても警戒せざるを得ない。安堵の息が漏れる。

 

 最初は足音を気にして、靴を脱いで探索しようと思ったけど深海棲艦が居るなら遅かれ早かれドンパチが始まるだろうし、艦娘が居たなら全力疾走で話しかける。

 提督が見回ってたとしても……

 

「よくよく考えてみると、新しい提督の命令を素直に聞く必要が何処にもないな?」

 

 佐世保鎮守府(ここ)に所属してる艦娘たちは何かしらの規律とかに縛られてるんだろうけど、俺は居候の身分だからそんな縛られるようなものは無い。

 俺には日本に向かって妖精さんと移動して死にかけた所を助けてくれた佐世保鎮守府には馬鹿みたいに命の恩がある。

 それを成したのは前提督と艦娘たちであってあの野郎ではない。

 

 ……これは、恩を返すべきではないのか。

 

 

 

あああぁーー!

 

 声が聞こえたような気がした。

 

「一階の……あっちの方?」

 

 たしかあの辺は使われてないとかで立ち入ったこと無いけどどんな部屋があるんだろう? まさか拷問部屋とかじゃないだろうし………。分かんないから取り敢えず行ってから考えればいいか。どうせ何の部屋なのか表示はあるだろうし。

 

 

 

 

 

「……まさかこんな部屋があるとはね」

 

 聞こえる声が叫び声だと判り、近付くにつれて大きく、ハッキリと聞こえるようになった時、いかにもそれらしいプレートを見つけて部屋の前で立ち止まる。

 

 懲罰部屋――そのプレートが見える部屋の扉からは断続的に誰かが叫んでいる声が聞こえてくる。おいおい、やっぱりなんかヤベー事してるよアイツ。

 咄嗟にドアを開けようとして、思い留まる。何かあったら合図するって言ったわ。

 少し離れた場所に移動して窓を開け発煙筒を放る。程なくして辺りは紫色の煙に包まれた。風があるからすぐに煙は晴れるだろう。

 

「ん?」

 

 恐らく飛龍が飛ばしたであろう艦載機が俺のところにやって来た。ずっと艦載機で上空から偵察してたってことね。そして発煙筒を確認した直後に俺のところに飛ばして、コレ(艦載機)を目印に進んでくるんだろう。

 手を伸ばして艦載機を掌に載せる。そして窓を閉めて他の人が到着するのを待てばいい。

 ……艦娘って妖精さんが居る限りプロもビックリな暗殺集団なんじゃないかな……全く、俺も随分と非日常(こういうこと)にも慣れたもんだ。

 

「まぁいいや……」

 

 バタバタと複数人が走ってくる足音が大きく響き、僅かに遅れて室内からの叫び声がしなくなった。恐らく無駄だとは思うけど、やって来た5人に向かって指を唇にあてて「静かに」とジェスチャーをする。

 

なんでこの部屋だって判ったの?

 

先程まで誰かの叫び声がしていました。誰かが被害者になってる以上、鎮守府内に加害者が居ることはほぼ間違いないかと

 

「行くよ!」

 

「え、待っ……」

 

 話を聞くなりドアを開け放った飛龍を突き飛ばして盾を構える。……衝撃無し。そのまま1歩、2歩と進むと廊下に居た5人が続いて入ってくる。

 

「なんの真似だ」

 

「それはこっちのセリフだ!」

 

 やはり相当酷いことが起こっているらしい。

 提督の声が聞こえたと思ったら後ろで加古が怒鳴った。それ見て射撃の恐れは無いと盾の構えを解く。

 すると目に入ったのは檻。そしてその中には艦娘が何人か収容されている。でも1人だけ外で倒れててその前にはアイツが居た。

 手には竹刀を持っている。……なるほどね。

 

「クソ野郎だな」

 

「なんだその口の効き方は」

 

「こんなことしてるんだから当然じゃ?」

 

 檻の中に捕まってる人たちの解放させるには鍵が必要で、コイツが持ってるとしたらどうやって鍵を奪おうか……適当に答えながら目の前の男を観察する。

 腐っても軍人。格闘の経験なんて碌に無い俺がどうこう出来るとは思えない。砲撃出来れば楽なんだろうけどなぁ……殺人だからなぁ。

 やっぱり転ばせるか。そう考えるなり再び盾を構えて突進する。

 しかしド素人のタックルだからかあっさりと捌かれ、逆に盾を蹴られて俺がしりもちをつく結果になってしまった。艤装は持てるけど出力は人並みらしい。

 ケツが痛い。と感じた次の瞬間には盾を思いきり踏みつけられた。その衝撃は勿論、縁の部分が体に食い込んで痛い。

 けど耐えられない程じゃない。もがきながらポケットの膨らみに手を伸ばし、金属製の何かを掴んで皆の居る方に放る。

 

「なっ…お前!

 

 俺の掴んだ物はやはり鍵だったようで、受け取ったであろう飛龍が檻へ近づいていく。

 それ見たこの男がアレコレ喚きながら脱走を阻止しようと飛龍を止めに行くが、そんなことはさせない。足を掴んで転ばせる。

 顔を蹴られ、腕を蹴られ、滅茶苦茶に暴れられたけど、絶対に離さないとガッチリとホールドした。

 

 そして段々と狭く、暗くなる視界に空の檻を収め、してやったりと思いながら、最後の足掻きとしてコイツの玉を力の限り殴りつけた。

 

 

 

 

 

 

 

バシィッ!

 

「あ゛あ゛っ!?」

 

 強い衝撃と痛みを受けて目が覚める。それで初めて今まで寝てたか何かで意識を失っていたことに気が付いた。

 それにしても変な体制だ。椅子に座ってるのに倒れてやがる。違うな、叩かれたから倒れたのか。

 

「痛い……?」

 

 元は一般人。殴られる経験なんてほとんどしたことが無い。それもこんな成人男性からなんて初めてだ。顎外れたりしてない? 滅茶苦茶痛くて……痛いってことしか分からないんだが?

 そもそもなんでこんなことするんだよコイツは? 何か艦娘に恨みでもあんのか?

 

「お前たちは、言うことさえ聴いていれば良いんだよ」

 

 ……初めてコイツの命令以外の言葉を聞いた気がする。

 何か引き出せそうか?

 

「……艦娘にだって意志はあります。休み無く働き続けたら不満が出るのは当然では?」

 

 俺がそう言うや否や、顔を真っ赤にして腹に蹴りを入れてきた。咄嗟に腹筋に力を入れようとするけどそんなものは殆ど無く、なけなしの防御力ではまともにダメージを受けてしまった。

 痛い、吐きそう……鳩尾だったら死んでた。

 咳き込みながらそんなことを思っていると、何かを言い始めた。

 

「お前たちの不満がなんだって言うんだ? お前たちが休み、呑気に遊んでる間にも深海棲艦による被害が出ていないと思ってるのか?」

 

 あ~……確かにそれを言われたらそうなんだよなぁ。深海棲艦の脅威から守ってるとは言っても被害は出ているらしいし。

 俺としては被害者の家族のことを思うとお気の毒にって感じだけど、それでは済まないのが艦娘とか提督って訳で……もしかしてコイツ完璧主義者か?

 

「だったら……なんでこんなことやってるんですか?」

 

「見せしめが必要だからだ」

 

「見せしめ。……そんなことしても団結して反対するに決まってるじゃないですか。どうして艦娘と協力しようとしないんですか。前の提督みたいに」

 

「お前らみたいなバケモノと協力なんて出来るかよ」

 

 えっ、バケモノ?

 バケモノって言った? 何で?

 

「黙りか。良いか? 人にそっくりで、同じ名前のヤツの見た目は同じ、記憶も殆ど同じ。そんなのが日本国内だけで複数も居る。しかも建造で“ 造れる ”ときた。これがバケモノじゃなかったら何なんだよ」

 

「……な、なるほど」

 

 めっちゃ嫌ってるじゃん。確かに存在そのものは不思議の塊だけどさぁ……そんな『艦娘とは何か』なんて俺たちだって知らないよ、多分。

 大本営(うんえい)にでも聞いてくれ。

 

「チッ……深海棲艦が居なかったらお前たちが人間に殺されるに決まってる」

 

 そんな未来はあり得たかもしれないけどね。とにかくコイツは艦娘が気に入らないってことは分かった。

 

 それはそうと、この世界って戦ってる時はガチで戦うけど、それ以外の時は艦娘同士のキャッキャウフフな世界だと思い込んでたんだけど?

 いきなり中東からスタートするし、なんか物騒な考え方してる人は居るし、もしかして結構ハードな世界なの……?

 

 そうやって一人で戦慄してると、アイツは振り返って部屋から出ていった。

 起こし方は最悪だし蹴られたりもしたけど、マンガとかでよくあるようなヤバい折檻をされたりとかは無かった。

 

「えっ……愚痴聞かす為に来たの? マジで?」

 

 重たい椅子に縛られて床に転がされた俺と、無造作に転がされてる盾だけが部屋に残された。

 

 

 




うーん、こらはクソ提督(真)

・主人公が縛られてる椅子
人型の深海棲艦を運良く鹵獲()した時用のもの
滅茶苦茶頑丈な上、すごく重たい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

限界

45話目です。

3章は巻きで行きます。



 今は何時だ?

 あれからどれぐらい経った?

 

 床に転がされたまま眠って同じ体勢のまま目を覚ます。椅子が重い上にそもそもの姿勢が悪いからまともな身動きが取れず、廊下の方から物音がほとんどしない。

 

「暇過ぎて死にそう……」

 

 窓が無いから時間感覚が滅茶苦茶になってることもあって、とにかく退屈を持て余していた。

 誰かに来て欲しい。ハムスターは寂しいと死ぬなんてデマはあるけど、人間は孤独を拗らせると本当に発狂するらしいからさ。

 この際あのクソ野郎でも構わない。退屈を紛らす何かが必要だ。

 

 

 よし、暇潰しも兼ねて何度目かになる情報の整理をしていこう。

 アイツは言った。深海棲艦が居なかったら俺たちが人類に殺されると。言うことを聴いていれば良いんだと。

 それから考えると、アイツは深海棲艦よりも艦娘に恨みを持っているような気がする。

 

 どうやったらそんな状況になるか。

 俺が知る限りでは艦娘よりも深海棲艦の方が余程危険度は高い。それなのに艦娘を親の仇のように憎むのは何故か……。

 

「……」

 

 ダメだ思いつかない。一番考えられるのが知人を艦娘絡みの何かで喪ったってことくらいだけど、艦娘が人を撃つかと言われたら違うと思う。

 

「艦娘の救助とかが遅くて間に合わなかったとか? それとも漁船の護衛してたけど力及ばず……ってこと?」

 

 これだ。一番しっくりくる。

 だとしても、そもそも悪いのは深海棲艦なんだから艦娘に当たるのは違うよね?

 

「拗らせただけかな?」

 

 取り敢えずこういうことにしておこう。

 

 

 

 

 

「……今は何時だろう」

 

 結構時間経ったんじゃねぇの? 寝てた時間もあるだろうし、一日くらいは経ったでしょ。

 ずっと同じ姿勢だからもう身体が痛い!

 

「腹減ったなぁ……喉も渇いたし……」

 

 せめてさぁ……水とか無いの? 日本の犯罪者でももう少し良い思いしてると思うんだけど。

 

 ――ドン――ドン――

 

「おっ?」

 

 足音だ! ……人数は一人かな。

 じゃあ多分アイツだろうな。

 

「チッ……起きてるじゃねぇか。おい」

 

「……なんでしょうか」

 

 不機嫌そうで何より。それよりもこっちはアンタに転がされたままなんだが? 常識的に考えて椅子を元通りにするとかさぁ……してくれても良いんじゃ無いの?

 

「そういえばお前は最近ここに来たんだって?」

 

 そんな新人に何が訊きたいんだろう?

 

「そうですね。……ちゃんとした会話がしたいなら、せめて起き上がらせてくれてもいいと思うんですけど」

 

 姿勢の改善を要求したら椅子を起こしてくれた。

 正直無視されると思ってたからちょっと意外だったかも。でもまぁ、不満気な雰囲気はしっかりと伝わったらしい。嫌そうな、罰が悪そうな顔をしている。

 いや、椅子倒したのお前だよ?

 

「お前は……艦娘についてどう思っている?」

 

 質問の内容が抽象的すぎるだろ。

 

「深海棲艦と戦う存在ですかね?」

 

 他の人たちみたいに平和な海とか、深海棲艦の脅威から守るといった存在意義というか、崇高な理念? そんなの俺には無いし……まぁ同意はするけど。

 

 そんな無難な回答を聞いたら口の端を上げた。……悪いおっさんの悪そうなスマイルなんて要らないよ。

 

「そうだ。お前たちは提督の指示の下で戦う存在だ。……それなのになんだコレは!? この鎮守府の提督が退任するからと配属されてみれば! 碌に深海棲艦から海を取り返して無ぇ現状!」

 

「そうだったんですか。最近来たのでよく分かりませんでした」

 

 愚痴を言いに来たのね。なるほど了解です。

 それにしたって言い方ってモンがあるだろ……前の提督、各地の提督は全くの無能でしたって言ってるようなもんだぞ。

 

「深海棲艦が現れてから数年経ってるんだぞ? それなのに未だ日本は漁船に護衛を付けないと碌に漁もに出られない状態だ。いくら何でも遅すぎると思わないか?」

 

 事が事だから対応に遅れが出ても仕方ないとは思うんだけどなぁ……それに、深海棲艦が確実に絶滅したって認知されない限りは、念には念をの精神で護衛は付くと思うんだよね。

 

「俺が軍学校で教わった通りに進められていたなら、今頃はもっと深海棲艦の脅威は少なかった筈だ!」

 

 いや、理論上可能なことと現実を一緒にしないで? それが出来るなら科学者が永久機関を発明して技術者がガンダムを作ることになるぞ。

 

「お前たちは戦う為の存在だ。それなのに俺が来た時には食堂に大勢集まっていやがった。街で聞いてみたら休日があるそうじゃねぇか。いいご身分だなぁ? 機械人形の癖によぉ……」

 

 実際に戦場に出る訳でもないのに偉そうだなぁ……って感じで聞いてたらやっぱりだ。コイツは前の提督と艦娘に対する考え方がまるっきり違う。

 前の提督は艦娘を人間だと言った。それぞれの意志を尊重して一人の人間として付き合っていた。

 それに対してコイツは、艦娘を人形だと言った。そして俺たちの都合を無視して無理やり行動させている。

 

 確かに同一人物っぽいのは居るだろし、解体や建造で増えたり減ったりするのは人間じゃない。普通の人とは違うっていう意味では確かに化け物なのかもしれない。

 それでも俺たちには意思があり、考えがあり、感情がある。そしてそれを言葉にできる。これはどう考えたって人間である証拠だろう。

 意思を汲まず、考えを無視し、感情を蔑ろにして、言葉を踏み躙るコイツは……コイツみたいなヤツこそが人間が真に打ち倒すべき相手なんじゃないか?

 

「何だよその反抗的な目はぁ!

 

―――バシッ!

 

「ぐぁッ……!」

 

 手に持っていた棒状の何かで頭を叩かれた。脳みそが零れたんじゃないかと思うような痛みに襲われる。

 

「市民を守るとか言っておきながら、遠征や出撃の任務を与えると反抗する。休みが欲しいだ? イライラするんだよ……一丁前に人間ぶりやがって」

 

 そう言い残してコイツは部屋から出て行った。

 

「ヒステリックなことで……」

 

 キレちまったよ。一周回って冷静になってる。

 もう殺しちゃっても罪に問われないような気がしてきたぞ……。

 椅子に縛られてるだけの自分に無力感を感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 ……限界だ。

 

 トイレくらいは行かせてくれても良いだろうがよぉ!

 こんな歳で! 不可抗力とは言えお漏らしは嫌だぞ!

 

「ん?」

 

 椅子に自分由来じゃない振動を感じてトイレで埋め尽くされた頭が一瞬で冷静になる。

 いつの間に俺の後ろで何かしてる奴は誰だ? 誰も入ってこなかったと思うんだけど、せめて声くらい掛けて欲しい。

 

「ぅわっ!」

 

 フワッと拘束が緩んでベシャリと体が床に延びる。

 

「痛ってぇ……あ、どうも」

 

 開放してくれた誰かにお礼を言おうと振り返ると妖精さんが居た。しかも見慣れたあいつ。いつもいつも、気が付いたらそこに居るお前はマジで一体何者なんだ……。

 

「よっと……ぉっとお!?」

 

 上手く立ち上がれない。ここ最近はずっと椅子にくっついてたから足が固まって動けねぇや。思わず苦笑いが出る。

 

 屈伸運動と軽いジャンプで多少解した後に放置された盾のところに向かう。

 

「あ~あ~、埃被っちゃって……」

 

 それじゃあ、トイレに行ってから提督をぶちのめしに行くか。

 

「絶対にただじゃ済まさねぇ。不本意だけど一緒に地獄に落ちようじゃねぇか……」

 

 

 

 

 

 扉はあっさりと開いた。アイツに痛い目を見させてやる前に食堂……。腹減ったけどまさか取り壊しには……なってない!

 

 扉を開けると中にはそれなりに人が居た。みんなビックリした顔で俺の方を見ている。まさか人が居るなんて思わなくて俺もビックリした。

 

「スチュワートさん! 無事でしたか!」

 

 そんな声を皮切りに俺は歓迎される。

 なんだよ……せめて誰か助けに来てくれても良かったんじゃないの? って言おうと思ったけど止めた。きっとみんなもみんなでアイツとの戦いがあったんだろう。辛いのは俺だけじゃない筈だ。

 

「……皆さんは遠征に行かされてると思ってましたよ。取り壊しになってなくてビックリしました」

 

 近くにいた長良にそう話しかける。

 

「私たちはね、遠征を “ぼいこっと” することにしたの。……もうあんな人の言うことなんて聞かないんだから!」

 

 「そーだそーだ!」「誰があんなヤツの!」と騒ぎ出すその他大勢。

 

「随分と頼もしい不良たちですね。あ、間宮さん? ……ありがとうございます」

 

 今の俺を含めてみんな笑顔だから悲壮感が無い。僕らの鎮守府戦争って感じがする。こう……大規模な悪戯、そんな感じのやつ。

 アイツからしたら溜まったもんじゃないだろう。道具がいきなり使えなくなった上に使用者に襲いかかってくるなんて普通の製品だったらクレームもんだ。だけど俺たちはアイツが言うには機械人形。しかも意志が搭載されてるから、変に刺激したアイツが悪い。全面的に。

 

 出て来た水を飲み、おにぎりに齧り付く。ちょっと零れて下品だろうが構わない。最後に楽しければ良いんだ。俺は今楽しい。

 飲んだ水が染み渡るような、そんな気がした。

 

「さて、一仕事してきますかね」

 

「どこに行くつもりですか?」

 

 おっ、ここってカッコつけるところじゃない?

 

「……書類に埋もれたお姫様を救ってくる」

 

 抑止を振り切って執務室に向かう。

 

 ――絶対にアイツはそこに居る。

 

 

 

 

 

「妖精さん、ナイスだねぇ」

 

 俺が執務室近くに来た時には偉そうな妖精さんが誰かの砲を持っていた。俺のは壊れちゃったから誰かに借りるしかないのは心苦しいけどやるしかない。

 

「初めての……か……」

 

 本音としてはやっぱりやりたくない。人を撃つだなんて考えるだけで顔が歪む。あれだけ覚悟を決めたつもりでも、やっぱり直前になると日和ってしまう。

 今まで深海棲艦なんて沢山倒してきたのに……

 

 チラリと砲を見ると【さみだれ】と書いてある……随分カワイイじゃねーか。

 

「そうだよな。殺人砲なんて嫌だよな」

 

 死は救済って言葉もあるくらいだし、命だけはとらないでおくか。

 

 

 

 

 

「これ以上あなたの横暴に付き合うつもりはありません!」

 

 なんか既に大淀が揉めてるんだけど。

 まぁいいや。

 

「何だっ!?」

 

 部屋に突入して、アイツを素早く探して照準を合わせる。

 まず狙うのは──耳だ!

 

 バァン!

 

 アイツの耳の上の方が吹き飛んで蹲る。

 後ろの壁に穴が開いたけど、気にせずに右肩を撃つ。

 

「ぐあああああっ!」

「なっ!? スチュワートさん!?」

 

 提督が叫び、状況を理解した大淀が止めに入ってくる。

 でも、もう遅い。

 

 最後に右膝を撃ち抜いた。

 




頭が悪いせいでこんな薄っぺらい悪役になっちゃった。

4章からはまた日常回にします。
やはり戦闘以外の艦これは日常がベスト。変に暗くして良いのはしっかりとした小説を作れる人だけ! 私には無理でした。

Q.砲の威力低くない?
A.深海棲艦にこうかばつぐん! それ以外にはいまひとつ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自棄、諦念で出来た結末

46話です。

3章最終話です。
誤字脱字報告、感想、ご指摘、いつも助かっております。


 ――バァン!

 

 砲弾は外れなかった。

 そのことを認識した直後に大淀に抱き留められる形で押し倒された。

 

「なんてことをするんですか!」

「ハァ……ハァ……早く処置をしないと」

 

 大淀を押しのけて立ち上がると、床に赤い水溜りを広げ倒れているアイツが見える。痛みに気絶したのかピクリともしない。

 それともまさか……死んだのか?

 

 これをやったのは誰だ?

 ――俺だ。

 

 本当にする必要はあったか?

 ――なかったかもしれない。

 

 罪は誰にある?

 ――俺だ。

 

 お前()はこれからどうする?

 もうどうでもいい。捕まって終わりだ。

 

 目が回る。こんなクズだから罪悪感が少なくなるとかそんなことは全く無かった。生後間もない赤子だろうが、死にかけのジジイだろうが、コイツみたいなクズ野郎だとかは関係ない。人殺しは人殺しで一括りにされる。

 ニュースで見て「へぇ~殺しなんて馬っ鹿でぇ~」なんて興味なさげに言ってた俺がやることになるとは……手に持ったコレ()で……。いや、急所は外したつもりだけどまさか本当に?

 

 それで……それで……?

 

「……ウッ……」

 

 喉の奥から酸っぱいモノが押し寄せてくる。我慢できる精神状態じゃない俺は、水と混ざった胃液を吐いた。

 あまりの気分の悪さと、喉の痛みと、これから訪れるであろう俺の処罰(死刑)の予想から涙が出てくる。

 四つん這いになって胃液すら吐き尽くしてなお無を吐き、涙を流し、嗚咽を漏らしながら動かない俺。

 

 そんな俺の惨状を見たのか、それとも別の何かが切っ掛けか、大淀が俺の代わりに慌てながらアイツのことを診ている。

 廊下の方からも大人数の足音が聞こえてくる。

 

何の音だ!?

「スチュワートさん……貴女本当に……」

「ごめんなさい、大淀さん……皆さん」

 

 俺はもう、申し訳無さからただ謝ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……落ち着きましたか?」

「ごめんなさい……怖いです……由良さん……これからどうなる……んですか?」

 

 執務室でのやらかしで、正に魂が抜けてた状態の俺は工廠に運ばれていた。

 血、吐瀉物、涙で汚い俺を見ても困ったような顔をするだけで、工廠に連れてきてから隣に座ってずっと頭を撫でてくれた由良の優しさが荒んだ心に沁みる。

 

「それは由良にも分からないわ」

 

 ……そう言ってまた困った顔をする由良。

 

「……怒ったり怖がったりしないんですか? 人殺しですよ?」

「死んではないってさっき言われたから、そこだけは安心していいと思うわ。それに、こんなことを言うのは不謹慎だと思うけど……私はあまり怒ってないの」

「え?」

 

 なんで? ……あぁ、怒って“は”いないんだね。つまり多少怖がってはいると。まぁ当たり前かな……。犯罪者になっちゃったんだし、これからは嫌悪の視線とかにも慣れていかないといけないのか……。

 

「ハァ……」

「あら、なんで溜息を吐くの? 大丈夫よ。ねっ?」

 

 いや、何が「ねっ?」よ? 何も大丈夫じゃないんだが?

 

「……確かに、スチュワートさんが全く悪くないっては言いません。提督だってあんな杜撰な指示ばかり出してたんだもの。誰だってイライラするに決まってるわ」

「……でも、実際は誰もアイツに手を上げませんでした」

 

 最初に我慢の限界に達したのが俺だっただけで、アイツをどうかしたかった人は実際沢山いたのかもしれない。

 それでも最初にやっちまった俺が一番悪い訳で……。

 

あ~もういい! メンドクサイ!

「ど、どうしたのいきなり!?」

「ウジウジ悩むのはもう終わり! 由良さん! ありがとうございましたっ!」

「え、えぇ? どういたしまして……?」

 

 終わるときは終わる! 覚悟はしただろ!

 ベッドから起き上がる。さて、大淀はどこかな~?

 

「……ハァ」

 

 

 

 

 

 

 

「スチュワートさん、もう大丈夫なんですか?」

 

 大淀は相変わらず執務室に居た。俺が来るとは思わなかったんだろう。驚きと心配が混ざったような声をかけられた。

 俺が荒らした後片付けをしてたから手伝うように伝える。

 

「まぁ、何とかって感じです。それで、お願いがあるんですけど……」

「何ですか?」

「視察の日に、視察官に自首しようと思うんですけど」

 

 主に自分の為に。

 たとえ殺人ではなかったとしても、抱えたままだと俺の心が罪悪感で潰れるに決まってる。だからもういっそのこと早く罰を受けたいと思った。

 罰を受けたから罪が消えるかと言われたらそんなことは無いんだろうけど、これは「罰を受けた」という事実を以って、少しでも早く楽になりたいという浅はかな考えだ。

 

「……そうですか。私にはそれを止めることは出来ません。……ただ、後悔しないようにしてくださいね」

「ハイ……ありがとうございま「その必要は無い」

「「 !? 」」

 

 何だ!?

 

 驚いて振り返る。そこには黒い服をしっかり着こなした男の人と、その隣には俺の方を睨む不知火が居た。

 視察の担当者が口を開く。

 

「黒川提督は以前から日頃の態度などが問題視されていた。抜き打ちと言う形で偽った予定日を伝えていたが、まさかこんな事になっていたとは……」

「……見慣れない艦が居るようなのでまずは名前を言うべきだと思いますが」

「そうだったね。不知火さんありがとう。……私は荻野。大本営に努めている憲兵だ」

 

 憲兵? 言葉は聞いたことはあるけど実際見たのは初めてだ。この鎮守府では見たこと無かったからてっきり都市伝説かと……。

 あとこれはヤベェな……。間違いなく俺と大淀の会話は聞かれてただろうし、アイツの存在(現状)がバレたら俺は間違いなく捕まる。潔く自首しようと思ってたけどこれは……すごく逃げたい。

 

――の――は――――――ます……

――は――――――――――でしょう?

 

 目の前では大淀が憲兵の……えぇと……憲兵に自己紹介と今の鎮守府の現状を話しているようだった。

 頼むよ~大淀。鎮守府の頭脳! この状況から俺が比較的穏やかに捕まるように誘導してくれ……ッ!

 

「―――という訳でして、――――――――スチュワートさんに担当させます」

 

 ……? 大淀が俺の方に手を向けた。何か分からないから取り敢えず会釈だけはしておこう。

 顔を上げても尚、さっきから俺の方をジッと見ている不知火が怖すぎるんだけど……。

 

スチュワートさん、鎮守府視察の見回りのお供は任せましたよ。……どこに行きたいか尋ねられるので、そこに連れて行くだけで大丈夫です

 

 え? それだけ? 提督はどことか、その他の細かい質問は答えられないんだけど……。そもそも自称コミュ障の俺に接客紛いの事させるとか……死ねって?

 

「えぇ~っと……ま、まずは! ……どこからが良いですか?」

 

 あぁ~! 緊張のあまり声が震えるッ!

 

 

 

――――――――――

 

 目の前を歩く艦娘……スチュワートさんを見る。僕が部屋に入った時に、大淀さんに何かを自首すると言っていたのが聞こえた。……後で訊いてみようと思う。

 

 僕は今まで何度も各地の鎮守府を監査、視察してきて分かったことがある。それは、連絡日時から多少前後した日に訪問するということ。

 抜き打ちと言う形になってしまうけど、ある程度の日時は伝えてあるのだからそこには目を瞑ってほしい。

 何故なら僕が監査に赴いた時に、一番気にすることは「普段」だからだ。予定日時を教えてしまうと対策を取(表面を整え)られてしまう。そうなると、異常事態に気が付きにくい。

 

 提督が変わって一週間程経ったから行ってこいと言われてやって来たけど……。あまりの変わりように驚いた。

 僕は前の提督にはお世話になった。突然訪問しても快く対応してくださったし、鎮守府には活気があって、艦娘に話を聴いても特に不満とかも出てこなかったし……。

 

 それなのにこれは……。

 

 まず思ったことは艦娘の数が少ないということ。廊下の外をチラリと見る。

 確か以前なら海沿いには空母や軽空母の艦娘が居た筈なんだけど……。

 廊下を歩いても誰ともすれ違わない。廊下の外にはただ一人、夕日に向かって佇む一人の影が見えるだけ。部屋からも物音が聞こえない。

 閑古鳥が鳴いているような鎮守府内に以前の面影はなく、全く違う建物に入ったとすら思った。

 

 先程大淀さんから大体の事情は聴いた。前提督の溜めていた資材が危機的状況ではないものの相当減ってしまったこと。その為、今は最低限の防衛を除いて情報収集ではなく、資材集めを主目的とした遠征に行かせているということ。

 戦艦や空母など、主力となる艦娘達はみんな提督の命令で出撃していると聞いた時には不知火さんも困惑していたみたいだし、新しくここに配属された黒川提督は、以前から聞いていた噂と変わらずなかなか問題がありそうだ。

 

「次は工廠を見てみたいな」

「あっ、分かりました」

 

 先程から必要最低限の言葉以外は一言も話さずに淡々と僕が希望した場所に案内してくれるスチュワートさんには、もうちょっと何か喋って欲しいんだけどな……。

 

「……そういえば、提督の姿を見ていませんね。……提督はどちらに?」

 

 不知火さんがそう言ったと同時にスチュワートさんがピタリと動きを止めた。

 

「……一度執務室に戻ります」

 

 クルリと向きを変えたスチュワートさんに不知火さんと付いていく。心なしか先程よりも歩くのが速かった。

 

 

 

「大淀さん、アレなんですけど……大丈夫でしょうか?」

「少し待ってください……大丈夫だそうです」

 

 執務室に黒川提督は戻っていなかった。一体どこに居るのだろうか……。

 スチュワートさんは大淀さんと “アレ” といった僕には分からない短い会話を行い、再び付いてくるように言って歩き始めた。

 

 

 

 医務室と書かれたプレートが見えるその部屋にスチュワートさんが入っていった。

 医務室? 体調不良何だろうか……でもそれなら提督個人の部屋で療養するなり、病院へ行くなりやりようがありそうだけれども。

 

「「 …… 」」

 

 不知火さんと目を合わせてから閉じられたドアを開くと、ベッドで眠っている黒川提督が目に入る。

 

「これは一体……どうなされたんですか?」

 

「提督は先ほど耳、肩、膝を撃たれる大怪我を負いました。……私が犯人です。さぁ、捕まえてください」

 

 そこにあったのは一つの真実だった。

 

▲――――――――――

 

 

 

「さぁ、捕まえてください」

 

 目の前には驚いた顔のまま固まっている憲兵と不知火。

 対して俺は両手を上げて目を閉じる。これで……これで終わりだ。

 

「「 …… 」」

 

 まだ? 腕がキツくなってきたんだけど。

 

「それは……何かの冗談かい?」

 

 お、反応アリ。

 

「いえ、本当のことです」

「……不知火さん」

「分かりました。……動かないでくださいね」

 

 いや動かんよ。不意打ちもナシだ。捕まえてくださいって言ったし、ちゃんと捕まえてくれるよね? 問答無用で眉間にズドンされても文句は言えないことしてるから不安になってきたぞ。

 

 しかしそう考えてる間にも不知火は隣まで来て、俺の両腕を後ろにして手際よく縛っていく。「縛りプレイか……」なんてクソ程どうでもいい事を考えている間に作業が終わる。

 

「終わりました。彼女はどうするんですか?」

「……このことは私の一存では決められない。可及的速やかに大本営に連絡を入れてくれ。大淀さんに話を聞くためにもう一度執務室へ向かう」

「分かりました」

 

 そう言って部屋から出て行く音が聞こえる。目を開けると眉間に皺を刻んだ憲兵が居た。

 

「もう一度聞くが、本当の事なんだね?」

「はい」

「そう言わされているとかではなく、本当に?」

「はい」

 

 なんか真面目そうな雰囲気あるし、ちょっとこの人苦手かも……こう、「悪は裁く! 虚偽や偽りは許さんッ!」って感じの人はちょっと一緒に居辛くて……なんだっけ? 水清ければ魚棲まず?

 

「……貴女の言うことを信じましょう。……ハァ、大変なことになったぞ」

「ご理解いただけたようで何よりです」

 

 そう言ってスマイルを浮かべる。きっとこの顔は可愛いだろうし、悪い印象にはならないと思う。

 不知火が戻ってくるまでずっとニコニコしてたら胡乱げな目で見られた。解せぬ。

 

 

「お待たせしました。荻野さん、至急大本営に彼女を連れて戻ってくるように、と」

「分かった。スチュワートさん、付いてきてきてもらえるかな?」

「はい」

 

 ついてきてもらえないかな? じゃねーよ拒否権無いだろそれ。拒否するつもりは無いんだけどさ。

 それにしても大本営ね……。今更だけど凄い大事になってきた気がする。

 

 

 

 

 

「それじゃあ私たちはこれで失礼するよ。突然の来訪、失礼しました」

「はい、現状の報告をよろしくお願いします……監査、ありがとうございました」

 

 執務室に戻って憲兵――荻野さんが大淀に別れを告げる。大淀がお礼を言ったのは、決まり文句ってのもあるだろけどそれ以上に、鎮守府の現状をしっかり報告してくれる存在が意図していないとは言え予定よりも早くやってきたことに対するものだろう。

 そう考えていたら荻野さんにチラチラ見られる。……まさか、俺にお別れの言葉を言わせようとしているのか?

 目を合わせると荻野さんが頷く。そういうことらしい。

 

「大淀さん、大変ご迷惑をお掛けしました」

 

 大淀が俺の方を向く。後ろで縛られた腕を見て顔を顰めた。

 アイツが残した負の遺産(心のキズ)と俺が残したであろう爪痕(悪評)で大変だろうけど頑張って欲しい。

 事件を起こした張本人である俺にそんなことを言う資格なんて無いんだろう。だけど謝罪として、お礼として形だけでも受け取って欲しい。

 

 そこでふと、歓迎会で気を失いかけるまで構い倒されたことを思い出した。

 他にも、工廠で艤装のあれこれでお喋りをしたこと。

 提督にイタズラ半分で激辛カレーを食べさせたこと。

 誰も持ってないような新兵器で皆を困惑させたこと。

 

 思い出すのはそんな、ここに来てからの思い出ばかり。

 喉が、目頭が熱くなる。

 口元が震える。視界が滲み出す。

 耐えるように下唇を噛む。

 

「短い間ですけど……お世話になりました。楽しかったです……。他の皆さんにも伝えておいてください」

 

 なんかいつもと違う声が出た。ああ、中学、高校の卒業式でさえ泣きやしなかったのにこんな……俺はこんなに涙脆かったか?

 

「はい、必ず。」

 

 もうダメだ……。大淀の言葉を聞いて我慢できなくなった俺は涙を流す前に執務室から出た。

 

 滲む視界には人は居なかった。

 執務室の入り口、閉まった扉の前で俺は蹲り、声を殺して泣いた。

 

「……」

 

 ……後ろには足音を殺して付いてきていた不知火が居ることを知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、大本営に戻ろうか」

「一番早いのは最寄り駅から数本乗り継いだ行き方です。既にタクシーは呼んであります」

「ありがとう。スチュワートさんも行こうか」

「はい……」

 

 恥ずかしい……まさか泣いてる時に後ろに不知火が居たなんて……。

 

 三人で歩いている内にいつぞや来たことがある煉瓦の壁。

 これを越えたらここでの生活が終わるのか……。

 

嫌だなぁ……

「ん? 何か言ったかい?」

「え? いえ、何も……」

「……」

「そうか……」

 

 やっぱり一度だけ見たことがある舗装された道路とそれを囲む木々。

 そして酷く懐かしいタクシーがそこに鎮座していた。

 

 あれに乗れば終わりか……。

 そして俺たち三人はタクシーに乗り込んだ。

 

 そういえば、長門たち出撃班は上手くやってるだろうか? いい結果を聞く前にお別れになったのが心残りだ。

 ……もう一度、戻ってきたいなぁ……。

 

 俺は、沈んでいく夕日を見ながらそう思った。

 

 ―――――

 

 ―――

 

 ―

 

 

 




超スピードでお送りしました3章でした。
次から4章ですが5章への繋ぎのようなものになる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大本営にて
回想の終わり


47話です。

4章がはじまります。
3章を飛ばしても大丈夫なように心がけていく所存であります。
今回は特に短いです。


 

「――とまぁ、こんな感じでここ(大本営)に連れて来られて、あとは皆さんの知っての通りだと思います」

 

 いや~長い思い出話でしたね……。

 

 いや、事件の事だけでいいじゃん! 事情聴取って言うくらいなんだし! 俺が向こうでどんな生活をしていて何が楽しかっただの、休日はどう過ごしていたのかとか細かくてどうでもいいと思うことなんて絶対に提督殺傷事件に関係ないと思うんだよね。

 それなのに重箱の隅を突くように事細かに聞いて来やがって……。俺のプライベートとか知って何を得するんだよこの人たちは……。そこまでするならいっそのこと俺の一日みたいにタイトル付けて隠し撮りでもしてやがれってんだ。ケッ。

 

 大本営に着いてからというと、不知火から数人の憲兵へ引き渡されて、ドラマとかに出てきそうな刑務所みたいなところに連れて行かれて、一週間くらいそこで謹慎していた。

 すげぇよな。簡単な読み物(小説や新聞)と無機質なベッドがあるんだぜ? しかも許可を貰えばトイレにも行けるし、少ないけどちゃんと二食出て来た。勿論理不尽な暴力は無い。

 どっかのクソ野郎なんて椅子に縛ってあとは放置なんだもんなぁ……真っ黒になったバナナとか綿が浮いたお茶すら出てこなかった。……極限状態まで追い詰められないと流石に口にしないと思うけど。

 

「……そうか。佐世保鎮守府の現状は視察に行った荻野から聴いている。何があったのかも、荻野、不知火、佐世保の艦娘からの報告と一致している。君の言うことは嘘ではないと信じよう」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

「私たちも、黒川提督を提督として認めるに当たってもっと慎重になる必要があったな……済まない」

 

「ぃいえそんな……」

 

 そ う だ よ ! なんて言える訳がない。

 こちとら中身は権力を恐れるチキンだぞ!?

 大本営の如何にも偉そうな人なんて逆らわない方が良いに決まってる。へへっ、靴でも舐めましょうかぁ……? あっホコリ付いてるじゃん。汚い。

 

「これから君の、佐世保鎮守府について会議がある。黒川提督にも大きな問題があった。だから君がそこまで強く自分を責める必要は無い。先程も言ったが、私たちにも責任はあるのだから」

 

「はぁ」

 

 取り敢えず無視は良くないと思って要領の得ないただの相槌ともとれる返事をする。しかしこのお偉いさんが黙ると、俺からペラペラ話すことは出来ないから本当に気まずくなる。

 しばらく沈黙が続き、後ろに居た艦娘……大和が俺の視線に気付くと声を掛けて来た。

 

「もう退出していただいて構いませんよ?」

 

「あっ……ハイ。失礼しました」

 

 特に話した内容以外に悪い事はしてないけど、早く一人になりたかったから逃げるように部屋を後にして、一週間籠っている独房(仮)(俺の城)に駆け込む。

 

 硬いベッドにダイブしてようやく人心地ついた俺は、体とは違って頭の中は混乱していた。

 

「……助かるかもしれない」

 

 あの偉そうな人は結構艦娘に対して寛容なのかもしれない。

 そう思うと、“ まだ ”や“ 次 ”があるような気がして、心が少し軽くなった。

 




はい、4章が始まりました。

……とは言ったものの、予定では4章は短く、5章への繋ぎのような役割になるかと……。

非日常と言う名の日常が再びやってくる! 頑張れ主人公!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

良いニュースと・・・

48話です。




 今日も今日とて新聞を広げて市井のアレコレを見る。

 お偉いさんからの事情徴収の後から音沙汰が無い。

 眠気も無いのに寝るのも、どうやって暇を潰すか考えるのも楽じゃない。せめてWi-Fiとスマホがあれば違ったんだけどなぁ……

 

 でもまぁ、提督を撃った危険人物に対してこの扱いは相当マシな方なんだろう。贅沢を言ってはいけない。

 

「ハッ、また汚職事件かよ……」

 

 前世で見たニュースとさして変わらない内容が新聞には書かれていた。○○議員の賄賂を巡っての問題が~なんて、時代や世界が変わったってやる奴はやる。それが分かって逆に安心した。

 その他にも外国との貿易が~とか、新鮮味の無い、いつも通りの新聞を眺める。“ 深海棲艦 ”の文字がちらほら見えるものの、探すつもりが無いと見つからないくらいには存在しなかった。一般市民向けの新聞だからだろう、それならそれで平和ってことで良い事だと思う。

 

「ん?」

【艦娘に対する見方が変わる今】

「へぇ……」

 

【突如として現れた深海棲艦は未だ、私達の生活に大きな影響を与えている。それに対抗できる存在の艦娘に対しての見方がここ最近、変わりつつある。

 近年、国内での深海棲艦の被害は少なく、特に先月は最も多い月の5%を下回っている。昨年からの死者もゼロで、今現在の日本の海は平和だと思われている。

 その影響からか、艦娘に対して良い声が聞こえなくなりつつある――――】

 

 このコラム書いた記者は命知らずだな。

 

【―――もう一度、艦娘に対する見方を考え直してみてはどうだろうか】

 

 まぁ、今年は死者は出てないし、被害も最近は減ってるから、税金を多く割いている鎮守府に、悪い目が行きがちだけど、変に排斥して被害が出るようになってからじゃ遅いから、今も守られてるってありがたみを忘れないようにしようね。って内容だった。

 鎮守府で聞いた話だと、漁師は遠洋まで漁に行けないし、本当に近海でしか漁はしてないって自重してるみたいだからそれもあって一般市民の被害は少ないのかもしれない。戦場に漁船とか場違いにも程があるから遠洋まで漁しに来ないでくれよ……。

 

 でも、海と関連しない人達からしたらまさに対岸の火事だもんな。池とか水溜りから深海棲艦が自然発生する訳ないし、危機感なんて無いのかもしれない。危機感を持たせないように頑張るのが艦娘の仕事とも言えるけど。

 それに一般市民に取材するにしても都心部ばっかりじゃやっぱり偏りそうだ。やっぱり関係者とかにも聞き込んだのかなぁ? 仕事とは言え危ない橋を渡るなぁ…。

 

 それからは、テレビに流れてそうなありきたりな記事ばかりだった。

 ただ目を滑らせて、「ふ~ん」くらいの感想を持って、途中で興味を失くして新しい健康医薬品とか化粧品の広告を見てから新聞を放る。

 

「……」

 

 暇だ。暇が過ぎる。

 まさに生き殺し。退屈過ぎて死にそうだ。まさか俺がこうなることを踏まえて会議がなかなか終わらない?

 

 ――コンコン コンコン

 

 ノックだ。

 

「あ、は~い……っ!?」

 

 俺の口から出て来た声に自分で驚く。なんだこの緊張感のカケラも感じられない返事は! これじゃあまるで俺が謹慎をガッツリ満喫してるみてーじゃねーか!

 そう思いながらドアを開ける。外には偉そうな人。やっと俺の沙汰が決まったらしい。

 

「会議が終わった。君にとって良いニュースと悪いニュースがある。……続きは私の部屋で話そうか」

 

「はい」

 

 悪いニュースってなんだ? 処刑、解体が決定したとかか? 助かるかもって希望持たせておいて殺すとかだったら人間の所業じゃねぇぞ。

 ワンチャン別の何かだろうけど、そんな何かには心当たりが無い。……だけど、連帯責任で佐世保鎮守府のみんなも解体とかだったら俺は発狂する。自信がある。

 

 

 

 

 

「失礼します」

「掛けてくれ」

「はい」

「……さて、どちらから聴きたい?」

「良いニュースからでお願いします」

 

 良いニュースと悪いニュース、なんて映画に出てきそうな言い回し。もちろん聞くのは良いニュースが先だ。良い事は良い事として素直に喜びたい。悪いニュースが先だと気落ちしてそれどころじゃなくなってしまう。

 

「分かった。……良いニュースだが、再び佐世保に行かせた荻野の報告書では、佐世保鎮守府の出撃していた大部隊が帰還したそうだ。幸いなことに沈んだ者は居ない上、結構な戦果を上げたそうだ」

 

「! それは……良かったです」

 

 どうやら誰も欠けることなく戻ってきたらしい。それに結構な戦果ってことは、佐世保のみんなは見返してやろうって維持で滅茶苦茶に暴れたに違いない。

 

 昔だったら絶対に「あ、そう? 良かったね~」なんて心にも思ってないことを言って適当に流していたに違いない。

 一生懸命……って言えるほど艦娘として艦娘の仕事? に打ち込んではないけど、それでも前世の学生時代のの“ やらされてる ”勉強や部活よりも余程意欲的に取り組んだ。

 だからだろう、まるで自分の事みたいにホッとした。

 

「それで悪いニュースだが……君も予想は付いているだろう。君の罰についてだ」

 

 来たか。良いニュースが俺の処刑の取り消しとかじゃないならこっちに来るだろうなとは思ってたけど、その閥の内容は如何に……。

 解体ならせめて痛くしないで欲しいけどなぁ。

 

「君の罰、解体だが……されない方向で決まった」

「……はい?」

 

 殺さないってこと? それの何が悪いニュースなんだ? 俺を殺したくてしょうがないってことか? でもそれだったら俺にとっては良いニュースになるし……分からん。

 

「うん? 荻野と君の話を聴き、君を見た私からの感想だけど、君は死にたがっているように見えた」

「……はい?」

 

 いや、なんで勝手に死にたがりの不幸少女にジョブチェンジさせられてんの? そんなに死んだ魚の目してないだろ! 勝手に俺の思考を捏造して人格創らないで。

「艦娘が嫌う解体をさせられるかもしれないのに抵抗する素振りも無く、逃げ出す様子もなく、謹慎中に不満も漏らさない。……君は、生きていることに諦めていたんじゃないのか?」

「……」

 

 いや、この人の目に穴でも開いてんじゃねーの? 抵抗したら折角の自由が縛られるじゃん? 逃げたら疚しい事でもあるのか疑われてめんどくさいじゃん? 不満を口から漏らさなかったのは……元々悪いの俺だし、多少のことは我慢するよね?

 それでも生きることを諦めた訳ではない。決して。そう決してだ。ちょっと、いや結構望み薄いな~って諦めてたところはあったけど、それでも助かるかもって餌をチラつかせられたから踏みとどまれた。

 いや、確かに死んだら色々と楽にはなれそうだなぁとは思ったけれども!

 

「……君は、生きたいのか?」

「勿論です」

「そうか……。分かった。君には罰が罰にならないようだ」

 

 当たり前だ。こんなの罰でも何でもない。大本営の偉い人達って結構ユルい?

 

「だから私から君に別の罰を与える」

「……謹んでお受けいたします」

「君には、これから新しく設置される大湊警備府に、初期艦として異動してもらうことにする。解体されることで終わりを迎えることを許さない。国の為に、その土地で暮らしている市民の為に、生きて戦い続けることを罰とする」

 

 その言葉で俺が混乱を極め、エラーを吐いてフリーズしたのは言うまでもない。

 




今日は何の日~? 子日エイプリルフールだよ!

しばらくは基本的に大本営で謹慎です。この小説?(世界)での大本営はこんな感じってのを見せられれば良いなと思ってます。

こんなところで主人公が死ぬわけ無いんだよなぁ……物語が終わってしまう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ワルい大人

49話です。




「勿論それだけではない。ただ異動するだけでは納得しない人は必ず出てくる」

「……」

「だから君は、初期艦としての異動に加えて一年間の謹慎とする。謹慎の理由は……解るね?」

「…ハイ」

 

 危ぶないところだった……なんとか反応できたぞ。

 

 んで何? 大湊警備府ってところに行けって? そこで戦い続けることが罰になるって? でもしばらくは謹慎してねってこと?

 

「一年の謹慎の理由だけど、その間大人しくしていれば、今回の事件は黒川提督の監督能力の無さに問題があったと責任転嫁できるからだ」

 

 なるほどね。

 あとは出撃したまま逃げるのを防止することも兼ねてそうかな。

 

 罪を忘れるなと言いつつ逃げたら許さんってことか。生きて貢献することが償いになると。

 俺が処刑にならなかったのはきっとこの人が何らかの手を打ったに違いない。反艦娘派の人じゃないってことが分かったけど、だからと言って艦娘に甘い訳じゃないのね。嫌いじゃない。

 

 良いじゃねーか。やってやろうじゃねーか。

 謹慎ってのがその大湊警備府の敷地内から出るなって意味だったら、たった一年くらい大人しく引きこもってやるよ楽勝だよそんなの。その後は「謹慎なんてさせなきゃ良かった」 って後悔するくらい暴れてやる。俺は負けず嫌いなんだよ。

 

「自分の処置については分かりました。……ですので、異動先の提督と顔を合わせておきたいのですけど」

 

 そうと決まれば俺の下らない八つ当たりに付き合わせられる憐れな提督の顔を拝んでやろうじゃねーか。……ちょっと可哀そうだけど、偉い人の決定だからね! しょうがない。断れないって日本の縦社会を恨んでくれ。

 

「それは許可できない。私は君がそう危険ではないと判断しているが、周りの目は厳しいぞ」

「……」

 

 確かに。顔も合わせたことが無い人からしたら

 

・鎮守府で建造されてない上に世界中で報告の無い怪しさ満点の艦娘

・類を見ない艤装を使う意味不明な艦娘

・提督に発砲して昏睡までさせた艦娘(New!)

 

 これは酷い。そんなヤツがいきなり同じ建物に入ってきて

「一年間よろしく! ……大丈夫! 大人しくしてるから~」

 なんて言ってきても信じられる要素が無い。絶対に何か企んでるだろって思われる。俺だったら胡散臭すぎて監視付けるね。

 ……あ、そういうこと?

 

 

「それにこれは私が今決めた事だ。だから大湊警備府に配属される者にはまだ連絡を入れていない」

 

 ありゃ……まあ、異動したら嫌でも顔を合わせることになるんだし、別に後ででもいいか。

 すると話は終わりだと言いたげに頷いて立ち上がりドアの方へ向かっていく。

 

「……そういえば、佐世保鎮守府にも新しく提督が配属されてね。急遽戻ってきてもらった田代元提督に教育を受けているだろう」

 

 そう悪戯っぽくわらう男の言葉は衝撃的だった。

 

「は?」

 

 オイオイオイ、それが一番のビッグニュースなんじゃないか? 良いなぁ……じゃなくて、また提督が一時的とはいえ戻ってきたならみんな安心だろうな~。特に大淀辺りが。

 っていうかそれを聴いたら大湊ってところに行ってる場合じゃないね! あの人は優しくてユルいから色々出来て楽しいだけど……俺もやっぱり佐世保に戻りたいんだが?

 

「……最後になったが、大湊警備府に配属される提督と連絡が付いて、諸々も終わるまでは大本営で謹慎してもらう」

 

 え~……まだ謹慎続くの? 正直今なら大嫌いな筋トレとかも喜んで出来るかもしれないくらいには暇なんだけど……。

 

 ……どうでもいいけどまだ話あるなら座ったら?

 

「そこで、出撃は許さないが、演習や訓練は許可することにする。君もずっと篭りっぱなしだと鈍ってしまうだろうし、何よりも退屈だろう?」

 

 E x a c t l y !(その通りでございます)。いやホントに、出撃、敷地からの外出が禁止だろうが問題ないね! 謹慎部屋とは違って動き回れるだけ……

 

 艤 装 が 無 い

 

「あの……」

 

 佐世保に置いてあるんだったー! 俺の頼もしき盾と手榴弾たちィ! いや、レンタルしよう。きっとあるはずだ……

 

「やはり暇を持て余していた訳か。そんなにソワソワするなんて案外子供らしいところもあるじゃないか」

 

 ああ聞きたくない! 艤装が無いって焦ってるだけで小学生みたいにはしゃいでる訳じゃねーよ! 嬉しくない訳じゃないけれども!

 

「部屋から出る時はそうだな……香取に声を掛けて一緒に居ろ。そして香取の言うことを聴く。これが出来ないならまた謹慎部屋に籠ることになるぞ」

「……分かりました」

 

 誰かが一緒に居るなんて冗談じゃない! 自由が満喫出来ないじゃないか! なんて思ってたけど条件だと聞いた直後に脊髄反射で返事をした。退屈な謹慎だけはイヤだ……。

 

 男が少しだけ笑みを浮かべて頷いた。話が終わったってことだろう。

 

 こうして、俺の処分について教えてもらう話は終わった―――

 

 

 

 

 

「ふぅ。偉そうな真似事は疲れるね。……どうだい? この部屋には他に誰も居ないし、お酒でも飲むかい?」

「……何を言っているか分からないんですが?」

 

 一息吐いたと思ったら豹変するとかビックリするから止めてくれよ……。しかも見た目未成年の俺にお酒勧めてくるとか本当に大本営の椅子に座ってる偉い感じの人なのか怪しくなってくる。権力にモノを言わせたワルい大人だ。

 

「君もずっと謹慎で疲れただろう? 息抜きとして一晩くらい飲んでも大丈夫さ! ……今のはオフレコで頼むよ」

 

 まぁ、俺も水よりだったら味がある飲み物の方が良いんだけど……アンタは本当にそれで良いのか? 俺の見た目を考えろ見た目を! 仮にも偉い立場の人の発言だとは思えないんだが?

 

「私はビールを用意してくる。君は何を飲みたい? ……貰いものだが良いお酒は沢山有ってね」

「水でお願いします」

「詰まらないな。せめてここに居る間だけは警戒なんかしないで寛いで行ってくれてもいいのに」

「気持ちだけ頂いておきますね」

 

 本当にこの人は偉い人なんだろうか?

 ダメな大人って感じがする。俺の中で株が大暴落してるんだけど?

 

「なぁ~に、私は艦娘が好きでね。……別に恋愛的な意味ではなくて、良きパートナーとしてだ。……全く、反艦娘派の人達と話をするのは疲れていけない。君にはたっぷりと愚痴を聞いてもらおうかな」

 

 あぁ、愚痴を聞くことになるのか。正確な心情の把握なんて出来っこないのにどうやって話を続けるか……。

 

 部屋の奥にあった棚から瓶を持ってきた自称偉い人。蓋が取れ、酒の匂いが漂ってくる。マジで酒飲む気なのこの人?

 もう一つのコップを奪い取り、酒を入れられる前にポットから水を注ぐ。

 

「えっと……それじゃあ」

「この件の一先ずの区切りに」

「区切りに?」

「乾杯」

 

 ……うっそだろ? 何かのお酒の付き合いだと思ってたら本当にこの人結構個人的な理由で俺を誘ってきた!?

 取り敢えず(おだ)てておけば間違い無いか。

 

「じゃあ早速だけど聞いてもらおうじゃないか──」

 

▼――――――――――

 

 ビールを飲む。目の前には顔を真っ赤にした顔の艦娘――スチュワートが居る。

 

「ハァ……」

 

「あれぇ? どうしたんですかぁ~? 溜息ばかりだと~幸せが逃げるらしいですよ~?」

 

 ……これは後片付けが少々面倒になるかもしれない。

 

 佐世保鎮守府以前の経歴のスチュワートは本当に深海棲艦のスパイではないのか? と判断する為にお酒を使って酔わせて、何か新しい情報を聞き出そうと思ったんだが……中々お酒を飲もうとしなかったから、殆ど命令に近い形で飲ませた結果、完全に出来上がってしまった。

 この状態が演技なはずが無い。上半身は絶えず揺れ、私の溜息に反応出来して変に絡んでくるし、随分陽気になった。結構な量を飲ませたのに意思疎通が出来る時点で相当お酒に強いと分かるが。

 ……仮に今の酔っているのも演技だとすると、完敗だ。

 

 しかしながらその口から出てきた情報は田代元提督が聞いたと言う情報とさして変わらなかった。深海棲艦のスパイではないのか?

 なんて考えている間にもスチュワートの体が大きく揺れ、座っていた椅子のひじ掛けに体を預けて眠ってしまった。

 

「どうしたもんかねぇ……」

 

 彼女に言った大湊警備府の話は本当の事。だけどそこに志願したのが新人提督ただ一人だけだったとは……。

 

「荻野の言う通りだったな……我々の人材不足も深刻だ」

 

 酒やグラスを片付けながらそう呟く。明日から条件付きとは言えある程度の自由は与えたし、どんな行動をとるか……

 

「まだ今日の分の書類が終わってないな……いや、お酒を飲んでしまったんだ、明日にした方が良さそうだな」

 

 会議が終わってからも仕事がこれでもかと言うほど残っている。

 

「……本当に面倒くさいことをしてくれたな」

 

 私も相当酔ってきたようだ。早く彼女を謹慎部屋のベッドに届けなくては……。

 

「彼女には勢いで言っちゃったけど、香取にも許可を貰ってこないといけないな」

 

 翌日、寝坊してその香取に叱られたときは流石に反省した。

 

▲――――――――――

 




次回からはクソみたいにやることが無い謹慎部屋からの生活から一変!

香取、鹿島ペアからの厳しいレッスンが始まります。
※やらしさはありません。 ※やらしさはありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大本営の香取さん

50話目です。

まさか50話まで続くとは思わなかった…プロットよわよわ♡ 計画性無し♡ 見切り発車♡


 目を覚ますと最早見慣れたと言っても過言ではない謹慎部屋に居た。

 昨日お偉いさんから俺の処遇を聞いてから帰って来た記憶が無いんだけど……何があった!?

 

「記憶処理? いやいやまさかそんな」

 

 しかしいくら頭を捻ってもまるで思い出せない。マジで記憶処理された可能性があるな。ヤバいぞ。

――コンコン

 

「スチュワートさん、起きてますか?」

 

 扉がノックされ、呼ばれたのでベッドから素早く起き上がって身だしなみを確認する。多少服に皺が出来ているだけでそれ以外は何ともなかったから多分問題は無いだろう。

 

「はい、どちら様でしょう……か?」

 

 ドアノブに手を掛けて声を出しながら開ける。

 そこに居たのは……そう、女教師っていう言葉がとてもピッタリな女性だった。

 

「あら、おはよう。私は香取よ。今日から貴女に色々と指導するように言われているわ」

「あっ、ハイ。おはようございます」

 

 女教師――香取さんって……俺がこの部屋から出る為に一緒に居なきゃいけないんだっけ?

 

「これからしばらくの間、よろしくね」

「……ヨロシクオネガイシマス」

 

 あぁヤバい! 事情聴取の時に偉そうな人の隣に立ってた大和を見てから一週間。何もない部屋で新聞ばかり見てたから佐世保で培った女性への耐性が落ちている。そのせいで上手く喋れない!

 そもそも緊張のあまり会話どころじゃないから、スルリと近寄って握った手を離して欲しい。出来れば後二メートルくらい離れて欲しい。

 

うふふ♪ これはまた虐め甲斐のありそうな子……♪

 

 何故か俺の方を向いて楽しそうに微笑んでいる香取さん。何かを呟いていたみたいだけどボリュームが小さくて聞こえなかった。気のせいかな?

 

「挨拶はこれくらいにして、と。朝からそんなに緊張しなくても大丈夫よ。まずは朝食にしましょう」

「……分かりました」

 

 

 

 

 

 俺は香取さんに連れられて食堂にやってきた。壁や床は佐世保鎮守府よりも近代的だけどあまり広くなかった。佐世保鎮守府とは似ても似つかない。

 それに途中で憲兵さんとはすれ違ったけど艦娘とはすれ違わなかったから、恐らく大本営は鎮守府とは別の建物で、俺みたいにヤバいやらかしをした艦娘の処罰をしたり各地の提督を集めて会議したりと、艦娘に関係はするけど艦娘が関わらなくても出来る仕事を主とする施設だろうなと思った。

 そのうち適当な席に座らせられて、別れた香取さんが皿を手に戻ってきた。

 

「はい、トーストとコーヒーよ。少なかったらおかわりはあっちね」

「ありがとうございます」

 

 ……さっきからなんでこの人ずっとニコニコしてんだろう。

 そう疑問に思いながら久しぶりのコーヒーを啜る。砂糖が入っていない普通の苦いコーヒーの風味が口の中に広がる。美味しい。

 特に会話が為されるでもなく、全て食べ終わるまで会話が無かった。

 久しぶりの色どりのある朝食にリラックスして思わず足を組みそうになったけど、慌てて元に戻したから香取さんには気付かれなかった。

 

「あら、どうかしたの?」

「……少し気になることがあるんですけど」

「えぇ、何でも訊いて頂戴。答えられるものなら答えるわ」

 

 ……じゃあバンバン質問していこうか。情報は何よりも高価ってどこかの偉人も言ってたんだし、俺も倣って情報収集に励んだとことで何もおかしくは無い筈だ。

 

「ここは大本営ですよね?」

「確かにここは大本営と呼ばれているわね」

「……だったら何故艦娘が居ないんでしょうか?」

「良い質問ね。でも、ちょっとややこしいから、後で教室に案内するわ。そこで授業をしましょう♪」

 

 そう言って立ち上がり、食べ終わった食器を片付けに行った香取さんに付いていく。食堂の従業員も普通の人だったし、やっぱり大本営には艦娘が居ないんだなぁ。

 

 

 

 食堂を出てからちょっと歩けば 「第一学習室」 とプレートが見える部屋に着いた。中には誰も居らず、それを確認した香取さんが中に入っていく。

 室内はいかにも会議室ですって感じのデカいホワイトボードやスクリーンがあった。

 

「席に付いてください。授業を始めます」

「はい」

 

 促されるままに椅子に座る。するとそれを見た香取さんがホワイトボードに向かって進み始め、何かを書き始めた。

 

 ○大本営とは

 そう大きく書かれた下にずらずらと文字が書かれていく。

 全ての鎮守府の中枢で最も影響力のある施設らしい。大規模な作戦の立案や、海外からの出向要請の諾否を決めたり、視察の計画を立てたり……まぁ、予想通りっちゃ予想通りだった。

 その他にも新人の提督や憲兵候補、見習いの教育施設としての面や、もっと別の役割もあったりするらしい。

 

 そんな大本営はというと、横須賀鎮守府の敷地内に設置されているらしい。それなのに艦娘が見当たらない理由は単純で、艦娘にも秘密にしないといけないことが露見するリスクを減らす為らしい。

 

「―――と、ここまでは理解できましたか?」

「はい。……でも、先日の事情徴収の時に大和さんが居たんですけど、それは良いんですか?」

「えぇ、あくまでリスクを減らすというだけで、艦娘の一切の立ち入りを拒否している訳では無いの。それに余計な詮索をされないように、門や要所には厳重な警備がされていますから」

 

 ふーん。まぁ、「絶対に入るなよ」よりも「出来れば入らないでね」って方が好奇心が湧かない。それに『艦これ』の艦娘は基本的に提督の言うことをよく聞くから、そもそも気になっても自主的に入っていったりはしないんだろう。それに警備もあるみたいだし。

 ……一体何を隠しているんだろうね? でも怖いから近寄らんとこ……。

 

 それからは俺が香取さんから色々と質問される番だった。いつ頃からどこの鎮守府に居たのか、作戦中に困ったことは無いか、どういったことが得意で苦手か、足りないと思うことは何か。

 

「へ、へぇ……凄いわね。初めて鎮守府の外に出たのが川内さんから連れて行かれた夜戦だなんて」

 

「……嵐のように全てを巻き込んでいきました」

 

 これについては丸っきり嘘……ではない。その前には夕張や赤城と演習をして外に出てるけど、それは鎮守府近海だから実質鎮守府っていう屁理屈が通る。けどその前にスラバヤから日本に向かって移動してきたんだよね。だから鎮守府の外に居た時間はそれなりにあるはずだ。だけど鎮守府 “から” 外に出たのは川内から連れてかれた夜戦が最初だった筈だ。

 

 ある程度話を進めていくとチャイムが鳴った。時計を確認すると入って来た時から二時間近く経っている。それまで俺の話を聴いて何かをメモしていた香取てさんの手が止まる。

 

「……いい天気ね」

 

「……? そうですね」

 

「うふふ♪ ずっと座ってるのも退屈でしょう? 他に訊きたいことが無いなら、外で体を動かしましょうか」

 

 ええぃ! なんでこの人は一々言動や行動が妙にエロいのか!

 でも外で体を動かすのは大歓迎だ。艦娘に病気の概念があるのかは知らないけど、運動不足は拙いだろう。

 

「はい」

 

 

 

 

 

 外に出る。久しぶりに浴びた太陽光が物凄く心地良い。それに屋外に出たのも久しぶりな気がする。

 

「ん゛~~ッフゥ……」

 

 思いっきり体を伸ばしてリラックスするのは仕方ないと思う。例えすぐ近くで微笑ましいモノを見る顔を俺に向けている香取さんがいて、もの凄く恥ずかしかったとしてもだ!

 

「うふふ♪ 気持ちよさそうね。そんなところ悪いのだけど、早速あなたの実力を見させてもらおうかしら」

 

「……一体何をすれば良いんですか?」

 

「あら? 私達艦娘が実力を見ると言っても、こんな陸上では何も始まらないわ」

 

「え……」

 

 この人艦娘だったの!? 肩になんか軍人のソレ(正肩章)が乗ってるから珍しい女性職員かと思ってたんですけどぉ!? それに大本営には艦娘はあんまりいない理由を語った本人がまさか艦娘だとは思わなかった……。熱心に『艦これ』をしていた提督達なら一目で見抜いただろうに……。

 

「何をしているの? 海に出ないと何も出来ないわよ?」

 

「……艤装が無いから海に行けません」

 

 そうだ、艤装が無いから海に行ったところで何も出来やしない。実力云々の前にスタートラインにすら立ってない。是非とも別の方法で俺の実力を「大丈夫よ」 ―――!?

 

「艤装に頼らない基本的な動きを教える為に、私達練習巡洋艦は艦種ごとに決まった艤装を貸し出しているのよ」

 

 あ、艤装あるの? だったら久しぶりの海を満喫しようかな。軟禁に謹慎で海から二週間近く離れてたし、なんて素晴らしい日だ!

 

「だから艤装が無いなんて言い訳はさせないわ♪ 大丈夫よ、非殺傷性の弾が入っているわ。だから―――」

 

 待って、前言撤回するわ。なんか物凄い嫌な予感がするんだけど……

 

全力で掛かってきなさい♪

 

「は、ハイィ……」

 

 ……死刑宣告か何かで?

 




この世界では大本営はこんな感じです。

久々に戦闘シーンになりそうですね。今回は万能投擲物と盾を縛られた状態です。
……練習巡洋艦の意味が違う? 私の中では超優秀な試金石が彼女達です。
頑張れ主人公! 普通の装備で教官を納得させてみろ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

厳しい個人授業

51話です。

恐らく今までで一番キャラが崩壊してると思います。


パンデモ怪獣 コロナリオン
今、地球で連日TVに出てる彼らの人(間社会で空)気(感染する驚き)の秘密とは!?

友「今隣に居る人が、明日コロナに罹り、来年には居ないかもしれない……僕たちはそれを意識して過ごさないといけない」

私「いきなりどうした!?」


 久しぶりの海。大本営から出た後に横須賀鎮守府から借り(レンタルし)た艤装は、初月と RTA してるのかと言われる程の速度が出るようなブースターでも、夕張と明石に作って貰った盾、妖精さんに作って貰った投擲物でもなく、『艦これ』に出てくるような極々普通の、標準的な艤装だった。

 ……最初にあの妖精さんから作って貰った砲はもう無いからなぁ……自爆特攻なんてしなきゃよかったよ……。

 

 スイスイと進みながら足に波を感じ、身体で風を受けるこの爽快感よ。

 誰にも邪魔されず……自由で、静かで……何と言うか、救われる気がする。……目の前にさっき俺を脅してきた恐るべき香取さんが居なければ、きっと俺は青天に溶けるような気分になれるだろう。

 

 そう思いながら香取さんの後ろに続く。海に出てから暫くたっただろうか? 香取さんがスピードを落とした。

 

「……さて。ある程度離れたので、これから貴女の実力を見させてもらいます。佐世保鎮守府に居た期間から考えて……私が合図するまでの間、十五回私に弾を当てることが出来たら合格とします」

 

「ハイ!」

 

 そう返事をしながら俺は心の中でガッツポーズをした。

 いくら香取さんが見た事のあるブースター(タービン)を着けているからと言って、砲弾よりも早く動ける筈が無い。

 そんな中どれくらいの制限時間が在るかは分かんないけど、十五回当てるなんて楽勝だぜ。

 

 

 

「では……始めっ!

 

 その合図と共に香取さんに向かって砲を構える。……しばらく盾しか持ってないから砲を構えるなんて久しぶりだなぁオイ! どうなるかと思ったけど案外上手く照準合わせられるじゃん! これなら全然問題ないね! 早速一発目貰っちゃおっかな~……ん?

 

 視線の先にはその場から少し離れた場所で人差し指を上げて「あ! 思い出した!」って感じのジェスチャーをしている香取さん。 ……まだ何かあったの?

 

 砲を一旦降ろす。

 

「……。……そうです。忘れていました

 

「……何ですか?」

 

 思ったよりも声が聴き取り辛かったから近くに寄る。言い忘れたことって注意事項か?

 

 だけど近寄っていた俺に向けられたのは言葉ではなく―――小さなピストルみたいなモノだった。

 

「私も反撃させていただきますので、当たらないように頑張ってくださいね♪ 因みに、結構痛いですよ~♪」

 

「え?」

 

 ……マジ? それ最初に言ってくれない? っていうか既にロックオンされてんだけど? 不意打ち染みた事してくるとか……見た目に反してやることが中々エゲツねぇ

 

「なァッ……っとぉ!?」

 

 反射的に左に飛んで避ける。狙われていた場所……多分顎からは外れたみたいだけど、代わりに右耳に掠ったみたいで、燃えるような熱さを感じる。

 ……これ実弾じゃないよね? 急所に当たっても死なないよね!? 俺の耳吹き飛んでないよね!?

 

 耳に手を当てる。(すこぶ)る痛いけど、手は赤くなって無かった。……良かった。まだ血が出てる訳じゃないのね。

 

「あら、良く避けたわね。だいたいが今ので戦闘継続不能になるのに……」

 

 香取さんがそう言ってくる。これは……褒められてるってことで良いんだよな?

 

「でも……回避が良くても駄目です♪ 今の私は仮想敵ですよ? 相手が分かりやすい隙を晒しているのに撃たないなんて、随分と余裕があるみたいね?」

 

 ……隙?

 

「……まさか」

 

「えぇ。さっきも、そして今も。相手が喋っていて動かないなんて絶好の機会ですよ。何故撃たないんですか? ……あ、時間ですね」

 

 そう告げた後にどこからともなくホイッスルを取り出してそれを吹く。

 制限時間が終わってしまった。

 

「……」

 

「私の被弾はゼロです。貴女は?」

 

「……一発貰いました」

 

 ここで掠ったの(グレイズ)はノーカンだってことにしてもきっとバレる。何せ相手は確実に俺よりも長い期間戦い続けてるベテランだ。嘘は見破られるだろう。それに俺だって油断して近づいたっていうミスがあるんだし……ここは素直に答えておくべきだろう。

 

「なるほど。……では一度、戻りましょうか。昼食を食べながら反省会にしましょう」

 

「……ハイ」

 

 そう返事をして横須賀鎮守府、もとい大本営に戻る。

 

 ……滅茶苦茶悔しい。

 

 

 

 

 

「―――貴女は少々覚悟が足りないようですね?」

 

「……と言うと?」

 

 俺は食堂で香取さんにお小言を言われていた。半目で俺を睨みながら淡々と箸を進める様は明らかに不機嫌だと分かる。

 

「今回は初めてだったのでまだ許しますが、演習、訓練の相手が見知った顔だろうと、仮想敵、深海棲艦だと思って殺すつもりで撃って来なさい。……その為の非殺傷の弾です」

 

「……仰る通りです」

 

 ぐぅの音も出ない程の正論だ。部活の先生も「練習で出来ないことが試合で出来る訳無いだろ!」って良く怒ってたし、しかも学校の部活動とは違って生死が関わってくる。

 

 深海棲艦相手を上手く殺る為に、深海棲艦に殺られない為に演習や訓練をするんだろう。……俺がやったのは手加減(舐めプ)に当たる行為だ。……これでは俺は勿論相手の為にもならない。……これは香取さんがキレ気味なのにも十分納得がいく。

 

「食後に少し時間を空けたらもう一度やりましょう」

 

「……ハイ」

 

「……それでも改善しないようなら、三回目以降は私は本気で貴女を沈めに掛かりますよ?」

 

「ッ! ……ハイ」

 

「……それでは、午後の部を楽しみにしていますよ♪」

 

 そう言って食べ終わった食器を片付けに行った香取さんを見送る。

 

「……沈めるっていくら何でも過激すぎんだろ……」

 

 自分で言った言葉にツボって乾いた笑いが出てくる。

 

 午後に向けてゆっくり考え事をしながら食べようか。

 ……取り敢えず分かった事としては、不意打ちを多用してくるから、常に俺のペースで攻撃するってことと、香取さんはブースターを付けていて速いが、攻撃能力は(多分)高く無いこと。だからノーガードで撃ち合えば多分俺が勝つだろう。

 

 それからしばらくはどうやったらあの意外と短い間に十五回当てるか、それでいて香取さんから反撃を喰らわないかを考えていた。

 

「――ズズ……――― うぇ……」

 

 すっかり冷めて温くなった上に汁を吸ってブヨブヨになったうどんは最高に美味しくなかった。

 

 

 

 

 

「それでは、二回目の演習を始めます。今度は私を納得させられる動きをしてくれることを期待しているわ♪」

 

「ハイッ!」

 

 昼過ぎ、俺は宣言通り始まろうとしている二回目の演習に来ていた。

 食堂で色々と考えて来たんだ。今度こそこれでもかと言うほど弾を当ててやるから覚悟しておけ……。不味くなったうどんの恨み……思い知れッ!

 

「では……始めっ!

 

 さっきと同じ始まりの合図―――

 

ああっ! やっぱり待って下さい!

 

「え? ―――ッ!」

 

 俺は直後に放たれた言葉に反応して一瞬、そう、一瞬動きを止めた。

 ただそれだけなのに……目の前にはピストルを向ける香取の姿がある。

 

「嘘……かよッ!」

 

 言葉の意味を理解してフェイクだと判断して頭を砲でガードする、盾で培った功名か、砲を持つ手に衝撃が走った。上手く弾けたみたいで良かった良かった。

 砲の隙間から前を見る。そこにはピストルを撃った時と変わらない体制の香取さんが居た。

 

 ……これならイケる。

 

「ぅおらッ!」

 

 直ぐに砲を構えて撃つ。幾つか外れた弾が飛んで行って、分度器みたいになっているのが見えた。……だけどそんなことは今はどうでもいい。

 

「なっ!?」

 

 いくつか当たったんだろう、少し怯んだ香取に向かってダメ押しとばかりに砲を撃つ。

 

「……くっ」

 

 ……ちょっと声を漏らしたと思ったら横に移動されて弾が外れた。どうせだったらずっとノックバックしてて嵌め殺しにされてても良かったのに……。

 だけど香取さんはピストルを構えてない。対して俺はちょっと方向転換するだけで当てることが出来る。

 

 だったら撃つしかないだろ!

 

 ―――カチ

 

「……?」

 

 ―――カチカチ

 

「……アレ?」

 

 ……弾が出ねぇ……故障(ジャム)した?

 

 ―――ピィイイイイイッ!

 

 あ、終わっちまった……納得出来ねぇ……。

 

「はい、終了♪」

 

「……あの、(コレ)壊れたんですけど……」

 

「今回は……私の被弾回数は七回です。貴女は?」

 

 あ~……どうだろ? 弾いたのってノーカン? 分かんねぇな……。

 

「……ゼ「一回よ♪」……ハイ」

 

「貴女が戦艦だったらその答えでも良いのだけれど、駆逐艦の貴女がそんな被弾を前提にする戦い方をしてはいけません」

 

「……ハイ」

 

 ……香取さん嫌いになりそう……。だって俺、佐世保鎮守府で盾作って貰ったんだぜ? それを全否定されたようなモンなんだけど!? ……認めたくねぇ……でも返事はしておかないと……。

 

「それと、貴女に渡した砲は恐らく故障では無いわ」

 

 じゃあなんだよ?

 

ワザと弾を一杯に込められて無いだけよ♪」

 

 衝撃の事実なんだけど。これってまさか、不意打ちと反撃に気を付けつつ、残弾まで気にしながら制限時間内に規定回数攻撃を与えろと?

 ……流石に厳しすぎるんじゃねぇかなぁ……。

 

「……因みに、弾が抜かれている理由について教えてもらっても良いですか?」

 

「あら、簡単な事よ。弾が沢山入っていたら、考えなしに対象に向かって斉射する子がいるんだもの。今回の貴女みたいに♪

 

「……」

 

 これは……随分と厳しい教育……修行になりそうだ。

 




おかしい……香取さんはこんなにSだったっけ……?

おかしい……香取さんがこんなにSになる予定は……

おかしい……香取さんが私にお仕置きをグワーッ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ちょっとした会話

52話です。

なんか想定より4章が長くなってます。
元は香取さんとかは出ず、事情徴収~大湊の繋ぎを簡単に熟すだけの実質3.5章の筈だったんですけど……どうしてこうなったんだか。


「はい、そこまでね?」

 

「ハァ……ハァ……」

 

 またダメか……。

 疲れ果てた俺に投げかけられる無慈悲な終了宣言。今回も弾を早々に撃ち尽くしてしまい、合図の笛が鳴るまでひたすら逃げ回った。……疲れた。

 

「大分お疲れみたいね。今回の私の被弾は四回よ。……ちょっと虐め過ぎちゃったかしら?

 

 香取さんから実力を見せろと言われて始まった演習。始まってから半日、休憩を挟みながら延々と香取さんを狙い続けた。……そして今回、辺りが暗くなって来た頃に最後と言われて挑んだが……俺が疲れ果てて動けなくなったという何とも情けない結果で終わった。

 

 言葉で動揺を誘い、制限時間で焦らせ、残弾で注意力を分散させ、ピストル型の取り回しの良さそうな武器で後の先よろしく反撃をかましてくるコンボを、俺は未だに突破できないで居た。

 

 それでも最後の方は、俺が最初以降は香取さんの声に騙されないように合図が出るまでは一切を無視したのが功を奏したのか、騙すような声を出さなくなっていた。俺に通用しないと判断してすぐにそれをしなくなるなんてやっぱり香取さんは相当優秀なんだなって思った。

 ……俺としてはだんだん慣れて来た頃だったから「あ~はいはい。演技乙w」くらいの感覚で心の中で笑って無視できるようになったばかりだったから、せめてもうちょっと優越感に浸っていたかった。「フン、効かぬわ!」ってやってみたかったんだけどなぁ……。

 

 因みに昼過ぎからは兎に角俺なりに試行錯誤をしていた。

 ブースターを着けてやっと俺と同じくらいスピードだったから、更に速度を上げて翻弄しようとしてみたり、近接戦闘みたいにゼロ距離で撃ち合ったり、弾が切れたと嘘のアピールをして油断を誘ってみたり……。

 それでも俺が考えたこれらの方法はまるで通用せず、派手に動き回る俺の何故か腕ばかりを撃ってきたり、嘘を見破られて「アレ? アレ?」ってやってる間に額に撃ち込まれたり……。

 

「それじゃあ、もう大分暗くなってきたので戻りましょうか♪」

 

「……ハイ」

 

 こうして今日の分が終了した。……一番多く当たったのが目標の十五に対して十二発だった。俺がいつもしたくないとか思いながら仕方ないって言ってやっちゃう自爆特攻。超近距離で十二発当てた代償は、俺も相当被弾してかなり痛い思いをしたこと。当然香取さんからは厳重に注意された。

 

「明日も引き続き行うので、しっかり休んでくださいね♪」

 

「……」

 

 嘘やん。鬼かこの人。

 

 こんなの絶対に練習とか訓練ってレベルじゃないと思う。試練だよ試練。ゲームとかで言うところのトロフィー取得の為の高難度クエストと同じタイプだと思う。

 

「……厳しいなぁ……」

 

「何ですか? ……そうですか。フフッ♪」

 

 小さく呟いた独り言にまさか反応されるなんて思いもしなかった。慌てて何でもないですと言ったら未だ何か言いたげだけど、再び前を向いて大本営に戻り始める香取さん。

 聴き取り難いけど、小さく鼻歌を歌っているから、不機嫌だという訳ではなさそう……むしろ上機嫌?

 

 一体何故……? まさか香取さんってドS?

 

「……」

 

「……」

 

 そう考えてたら急に振り返って目をジッと見られた。いつかの夕張もそうだけど、なんで皆して俺の心読めるの? 今回なんて目も合わせてないのになんで? 怖すぎるだろ……。

 

 

 

 

 

「……ふぅ。久しぶりに誰かを教育しましたが……疲れますね」

 

「……」

 

 食堂で香取さんが口を開き、また小言かと思ったら出て来たのは今の言葉。

 ……これってなんて相槌打つのがセオリー? 無視は良くないだろうけど年寄り臭いなんて素直に言ったら間違いなく瞬き一つする間にあの世に送られるだろう。……あ。

 

「お疲れ様です」

 

 これだ。 無難な答えが出て来たことに安堵しフッと顔を緩める。

 

「……それにしても、スチュワートさんには驚かされました」

 

 ……うん、俺も驚かされた。目の前で綺麗に食事を進める香取さんも、海の上に出れば勝てば官軍を地で行く戦士(ソルジャー)に早変わりなんだもんな。

 佐世保のみんなはまだ遠征とか、出撃の休憩中くらいしか一緒に居たことはなく、緊張感はあるもののガチな雰囲気じゃなかったから比べられないけど、それでも香取さんほどメリハリがしっかりしてる人はあんまり居ないんじゃないかな……。

 

「佐世保鎮守府に居た期間から考えると、ちょっと難しい課題だったと思いましたが、そう思わせない結果でしたね」

 

「ありがとうございます。実力を見せてくださいと言われたので……見れましたか?」

 

「ええ。勿論よ♪」

 

 ほら、つい一時間前なんて微笑みながら俺に銃口向けて来た人がこれだ。こうして休憩中には褒めてきたりアドバイスをくれたり、他愛のない会話をするんだから……。演習中の雰囲気とのギャップが凄すぎて萌えるを遥かに通り越して俺は不気味に感じるね。戦場で培われてきた狂気みたいなのを感じる。

 

 ……でも今の言葉のちょっと難しいってなんだよ。どう考えても “ちょっと” じゃないだろうよ。早撃ちの選手にでもさせるつもりか? 一回 “ちょっと” の意味を調べてきて欲しい。

 でもこうして褒めてくれるのは恥ずかしいけど嬉しい。我ながらチョロいと思うけど、ボッチ気質の俺だけど承認欲求は人並にあるんだよね。

 

「……ですが! 何回も言いますけれど、被弾を前提に戦うのは良くないです。貴女はまだ知らないでしょうけれど、深海棲艦には姫や鬼を呼称に冠する強力な者も居ます。そんな彼らの攻撃力は高く、駆逐艦である貴女は、受けるのではなく、躱すことを意識しなきゃ駄目ですよ?」

 

「はい……」

 

 返事はしたけど頭の片隅に置いておくくらいに留めておこう。なんせ俺には妖精さんが作ってくれた盾があるんだからな! どうしても行き詰った時に一旦盾を下ろして、その時に香取さんの教えを活かせばいいんだ。

 

 強力な深海棲艦って……『艦これ』のイベントボスでしょ? 戦艦水鬼とか北方棲姫(ほっぽちゃん)とかが有名だっけ……。そうじゃなくても俺は駆逐棲姫相手にズタボロにされたり、軽巡棲鬼の取り巻き相手に頑張ったりしたんだけど……。

 いやぁ、今駆逐棲姫を相手にしてもまず勝てないだろうね。結局あの時は自爆特攻して、天龍達が助けてくれたんだっけ? ……俺は駆逐棲姫にキルマークを付けることが出来たのか? 次に天龍に会ったら訊いておこう。

 

 

 

 香取さんとまた他愛ない会話を繰り返しながら麻婆豆腐を口に運ぶ。

 うん、やっぱりこの舌が痺れるようなこの辛さと痛みが堪らない。やっぱり刺激的な香辛料は最高だぜ。

 昼のうどんには、これでもかと唐辛子をブチ込んでちょっと引かれたから、ラー油を足せないのと、温泉卵が付いてないのが残念だ。

 

「あら? 香取姉と……どちら様?」

 

「! あっ……」

 

 麻婆豆腐に舌鼓を打っていると、後ろから声が掛けられた。ビックリして豆腐がお盆に落ちて砕けちゃったじゃねーかよォ! どうしてくれんのさ!

 

「あら、鹿島? ……この人はスチュワートさんよ。どうしたの?」

 

「初めまして。香取型練習巡洋艦二番艦、鹿島です。よろしくお願いしますね♪」

 

「……こちらこそよろしくお願いします。たった今香取さんから紹介された、スチュワートです」

 

 後ろから現れて俺の対面に座る香取さんの横まで歩いてきた鹿島さんを視界に入れた瞬間に悟る。

 

(あ、ヤッベェ……これは俺が関わっちゃいけないタイプの人だ)

 

 なんというか……うん。香取さんだけならまだしも、この二人を同時に視界に収めた時に俺の精神がゴリゴリと音を立てて削れていくのが分かる。元男で童貞の俺には辛すぎる……。

 

 よし、逃げよう。

 

「……お話したいのはやまやまですが、少々疲れてしまったので休ませていただきます。……それでは失礼します」

 

「あら、それじゃあまた今度ね。しっかり休んで、明日に備えておいてね♪」

 

「はい」

 

 そう言って椅子から立つ。後ろの席に座っていた憲兵の椅子にちょっとぶつかってしまった。

 

「あっ……すみません。」

 

「こちらこそ、申し訳ない」

 

 へぇ~。憲兵にも女性って居たのか……。きっちりした黒い服を着て……下はスカートなのか。隣の人はなんかフードまで被ってるし……。変わった人も居るんだな。

 

 ま、良いか。ちょっとって言うには疲れすぎたけど、久々に身体動かしたから、今日はグッスリ寝れそうだ。  



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最悪の寝覚め 増える教官

53話目です。

お酒に任せた勢いで出来上がった狂気の産物。

ちょっと読んで「あ、無理」って思ったら飛ばして頂いても問題ありません。
やりたいことやったら主人公が壊れていく……なんで?(素朴な疑問)


「ハッ……ハッ……ハッ……」

 

 ただ走る。止まる訳にはいかない。

 唾液が乾燥して(のど)が粘つく感覚が気持ち悪い。脇腹が蹴られたように痛む。

 それでも、隣に居る奴と一緒に逃げないといけない。

 

 すれ違う人の、家々の窓から俺を見る顔を真っ黒に塗り潰された人の視線が気持ち悪い。

 目すら黒く塗り潰されているのに何故か視線は感じる。

 

「アイツはどうなった!?」

 

 俺がそう訊いただけで、振り返りもせずに隣のコイツが答える。

 

「駄目だ! 全く変わってない!」

 

 その答えでまだ終わらないのかと思う。

 

 俺はコイツと一緒に逃げていた。

 

 

 

 昔よく遊んだ公園を―――

 

 玉虫色の空に黒い雲が渦巻いている。

 

 通っていた小学校の廊下を―――

 

 教室から黒く塗りつぶされたデカい人影が俺たちを見てくる。外は夕暮れだった。

 

 中学校のグラウンドを―――

 

 周りには昼休みにサッカーをする子供しかいない。人は多いのにぶつからない。

 

 高校の体育館を―――

 

 走っても走っても入り口から出口まで辿り着かない。景色は流れるのに終わらない。

 

 ただひたすらに逃げる。

 

 

 

 ……どれだけ走ったか分からない。それでも色々な場所を逃げたから相当な距離で追いかけっこをしたんだろう。俺たちは今、部活動で何回も来ている大きな総合体育館の用具室に居た。

 跳び箱を背もたれにして、互いに息を切らせながら座り込んでいる。

 

 ―――ギィィ……ガコン

 

 俺たちがこの用具室を開けた時と同じ音がした。

 

「おいでなすったみたいだぜ」

 

「……ここまでか」

 

 目線を上へ向ける。足音も立てずに俺たちの目の前にソイツは立っていた。

 

「……」

 

 俺たちを追いかけていた時は手ぶらだったのに、今は何故か日本刀を手に持ち、追いかけているときと変わらない無表情で、息も切らさずに無言でこっちを見ている。

 逃げている時は半ば直感的にだったが、実際に見てしまった今は確信した。

 

―――殺される。

 

 そう思った時には視界の隅が赤く染まり、生温く、どこか鉄臭い液体が大量に降り注ぐ。そして一緒に逃げて来た男の首が俺の前まで転がってくる。

 

「……」

 

「……」

 

 転がって来た首を見る。

 

 ……鏡で見慣れた――――(前世の俺)の首だった。

 

 こんなことをしたやつの顔を見る。

 

 ……随分と見慣れてきた、妖精さんが作った艦娘の、スチュワート(今の俺)の顔だった。

 

「……」

 

 視線を下ろして両手を見る。

 

 まるで影が実体を持ったかのように真っ黒だった。

 別のところ、腰辺りの服も、靴だって真っ黒で、輪郭も曖昧だ。

 

 

 

 俺は……

 

 

 

「今の俺は……誰だ? 何だ?」

 

 

 

 

 

「知らんよそんな事」

 

 転がっていた俺の首が笑いながら喋って、直後にスチュワートが一歩踏み出す。

 

「……」

 

 そして握られていた日本刀を振りかぶり―――

 

 

 

 

 

「うわあぁ!」

 

 飛び起きた。……なんかすっごい夢見てた気がする……。

 

「ハァ……ハァ……。ハアァ~」

 

 とんでもねぇ目覚めだ。ヤベェ夢見たってことは覚えてるんだけど……。殺される夢とか縁起悪ぃなぁ……

 

「うえぇ……」

 

 寝起きから汗だくとか……最悪かよ……。

 

「……疲れた」

 

 おかしい……睡眠時間はガッツリ確保したはずなのに、なんで余計に疲れて起きるんだ?

 香取さんから演習のお誘いがあるから二度寝も出来ないとか……やっぱり辛ぇわ。

 

 簡易的なシャワールームで汗を流して着替える。

 そういえば謹慎させられてるけど、この部屋って割と充実してるんだよね。娯楽が殆ど無いだけで。漫画とかの牢屋とかよりはよっぽど良い。中途半端に満足させて脱走されないようにしてんのか?

 まぁ俺は香取さんの言うことを聞いていれば出られるんだけどね! 条件付きとは言え簡単に出られるなんて謹慎室の意味もあったもんじゃねぇな。

 

―――コンコン

 

「スチュワートさん、起きてますか?」

 

 おっと、噂をすればってヤツ? 香取さんのお出ましだ。

 

「はぁい」

 

 そう返事をしながらドアを開ける。いつもいつも俺の手が空いてる時に誰か来るんだからなぁ……。部屋の中透視でもしてんのか?

 

「「おはようございます」……フフッ」

 

 言葉が被るなんてあるあるじゃん。でもなんか新鮮かも。

 

コホン……今日も演習……と行きたかったんですけど、貴女に紹介したい人が居るので、そちらを優先しましょう」

 

 紹介したい人? 昨日の鹿島さんのことかな? 逃げるように退散したから改めてって事? やっぱり鬼だわこの人。折角失礼を承知で逃げたのに強制エンカウントとか嫌になるわ~。

 

 まぁ、どれだけ心の中で文句を言っても、俺に拒否権なんて無いんだけどね!

 

 

 

 

 

 場所は食堂。朝食ついでに紹介するらしい。

 ……という訳で香取さんと朝食を食べる。

 香取さんはパンにコーヒーや果物。俺は白米にベーコンエッグとコーヒー。

 香取さんが俺のお盆に並んだものを変な目で見てくる……食いたい物を食って何が悪い!

 

「……昨日から思ってましたけど、箸、お上手ですね」

 

「え? えぇ……。」

 

 そりゃあ日本生まれ日本育ちですから……って言葉を飲み込む。

 そういえば傍から見たら俺ってアメリカの(ふね)らしいじゃん。そんなのが超スムーズに箸使ってたらそりゃあ怪しまれるよなぁ!?

 

「練習しましたから」

 

 ドヤ顔でそう宣言する。コレデヨイ……。何とかなる筈だ。

 

「そうですか……昨日の事と言い、一生懸命なんですね♪」

 

「えっ」

 

 何が!? 確かに昨日は頑張ったけどさ? 一生懸命って何さ!? 心当たりが無いんだけど……。それに評価下すの早くね? もうちょっと長い間観察してからしっかりとだな……。

 ……まさかとは思うが、中々Sの気がある香取さんのことだ、「一生懸命足掻いてカワイイ」くらいの気持ちかもしれん。

 ……もしかしたら箸の件も俺の素性をそれとなく聞き出そうと……? やはり侮れん。だが俺に悟られた時点で勝負は付いた。そうホイホイ大事な秘密を喋って溜まるか。

 

 そうこうしている内に食堂に人が集まってきて、丁度食べ終わったから片付けをする。それでも香取さんが紹介したい人が来ないから設置されているテレビを見る。……そろそろ梅雨になるって……遅くね? 今六月だろ? 相変わらず『艦これ』世界の天気は分からんなぁ……。

 

 

 

「申し訳ない。待たせてしまったのでありますか?」

 

「……」

 

「スチュワートさん、昨日ぶりです♪」

 

 暫くテレビを見て待っていると、昨日椅子ぶつけた憲兵さんとその隣に居たフードの人、そして鹿島さんがやって来た。

 

「あら、待っていたわ」

 

「ど、どうも~……」

 

 鹿島さんは来るだろうな~とは思っちゃいたけど……なんか多くなぁい? それに語尾に「~であります」って付ける人初めて見た……。テンプレなツンデレと同じようにリアルだと絶滅危惧種だとばかり……。いや、『艦これ』の世界なんだからキャラ付けの一つとしては問題ないのか?

 

「それでは紹介しますね? こちらが昨日少し顔を合わせた妹の鹿島で―――」

 

「改めて、よろしくお願いしますね♪」

 

「こっちの黒い二人の内、特徴が無いのがあきつ丸さん♪」

 

 ひでぇ……人間第一印象が凄い大事なのにこの紹介の仕方はひでぇな……。

 

「ちょっ!? もう少しマシな紹介は無かったのでありますか!?」

 

「そしてフードを被っている方が神州丸さんよ」

 

「よろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 赤ずきんが黒くなったらこんな感じにでもなるんかな? ……って目が死んでるゥーッ!? ……何か触れてはいけない過去とかありそうだからあんまり絡むのは止めとこ……。

 

「あきつ丸さんと神州丸さんはなんと……陸軍の艦娘なのよ」

 

「……?」

 

 なんで陸軍が艦を作る必要があるんだ……? まさか飛行船? 昔の人が考えることはよく分かんないなぁ……。

 

「私たちもスチュワートさんに興味が出ちゃったの♪ だから香取姉と相談して、今日から私達もスチュワートさんを教育するわ。よろしくね♪」

 

 マジかよ……。

 

 どうやら、俺の教育はいつの間にか教官が増えて、特別強化プログラムになっていたらしい。

 

 せっかく謹慎部屋から出られたと思ったらこんな日々が来るなんて……。

 




ちょっと夢見の悪い主人公でした。

こんな夢は自分も見たこと無い……精々ドナ〇ドが滑り台の上でジョ〇ョ立ちしてる夢かなぁ……。

四人揃って教育四天王! チャンピオンの座は空席だぁ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

気持ちは問題

54話です。

ちょっと短めです。

小説作成時間が取れません。困ったなぁ……


 いやいやいや、「興味出ちゃった♪」じゃねーよ。そんなことで俺を混乱させるの止めてくれないかな……。

 

「えっと……どういうことですか?」

 

「あら、鹿島が言った通りよ? 彼女たち三人も、貴女の教育に混ざるからよろしくねってこと♪」

 

 マジ!? 一人目の香取さん(ボス)すらクリアしてないのにおかわりとか冗談じゃねぇぞ……。マジ震えが止まらねぇからよ……。

 

「……私は貴様、スチュワートに近接格闘、ひいては提督殿、要人の護衛の仕方を教える」

 

 相変わらず死んだ目をキリッとさせる神州丸さん。

 ……きっと過去に要人警護で大切な人を亡くしたんだろうな。俺にはよく分からないけど、きっと根性論とかは一切出さずに、経験に基づいた実践的な訓練になるだろう。

 

「私は、書類仕事を教えさせていただきます!」

 

 どこか嬉しそうに俺を見ながら元気にそう宣言する鹿島さん。

 俺は玩具じゃないから、新しい玩具を前に我慢できない犬みたいな目で見ないで……。そこはかとなく不安だけど、香取さんが止めないってことは変な教育にはならないだろう……ならないよね?

 

「自分は「特に無いわね♡」そっ……そんなこと無いのであります! 自分は―――」

 

 何故か焦ったようなあきつ丸さんにやいのやいのと何かを言っては盛り上がる四人。俺は輪の外に弾き出されてしまった。……これが悲しきかな、ボッチ気質の宿命なのよね……。

 

「えっと……有難いんですけど、なんでこのタイミングなんでしょう?」

 

 これは訊いておきたい。……だって昨日の時点で鹿島さんとは接触してないし、神州丸さんは顔を合わせてないし、あきつ丸さんなんて椅子がぶつかっただけだ。一体どこに興味を持つというのか、コレガワカラナイ。

 

「昨日スチュワートさんが休んでる間に、提督さんと私たちがお話しする機会があったの。そしたらスチュワートさんが新しく設置されるそこの初期艦に選ばれたって聞いたの!」

 

「あっ、そうですね……」

 

 選ばれたってなんか誉れある何かっぽくない? それよりだったら何方かと言うとお仕置き的な意味で行けって感じだし、一年は出撃も出来んし……それは当事者の俺と、決めたあの人くらいしか知らねぇよな。

 でも、俺に興味が出たって言うのはそういうことだろう。新しい秘書艦がどんなヤツか見定めてやるって意味か? ……やっぱり香取さんの妹か。仄かにただよふ S のかほ()りがするぜ……。

 

「だから、私たちでスチュワートさんを完っ璧な初期艦にしましょうって決まったの!」

 

 あ~……うん。俺を忙殺しに来てない? せめて影分身とか使えたら全部簡単に熟せるんだろうけど……そんなの人間じゃないし、そもそも生物ですらそんなの出来なさそうだからどっちにしろ無理だね。

 

「その時に私が書類仕事を―――」

 

「私が戦闘を―――」

 

「自分が「あ、あきつ丸さんは昨日も言ったように教える事無さそうだから挨拶も済んだし、帰っても良いわよ?」あ、あんまりであります!」

 

 ……あきつ丸さんには悪いんだけど、滅茶苦茶イジられてるのは、見てる分には愉しいから介入はしないことにした。それにしたって不憫ポジとか……実は結構美味しいポジションに居るんじゃねぇかな。

 

 

 

 

 

「……そうです。もっと抜いてください」

 

「……これ以上は、無理です……ッ……!?」

 

 神州丸さんの吐息が耳に掛かって、くすぐったさからまた体が跳ねて注意を受ける。

 

「……もっと意識してください……そう。姿勢はそのままに」

 

 ピタリ、と意識して動きを止める。

 

「……」

 

 俺は神州丸さんに連れられて畳張りの部屋に連れてこられていた。

 藺草(イグサ)の、畳の香りがジャパニーズブラッド、ヤマトソウルを刺激する。

 しかも目の前、ではなくほぼ密着状態で俺の腕や肩を掴んで揺すってくる美少女(神州丸)が居るとなると、訓練なんて頭の中から飛んでいく。男の心を持つヤツはもっと別のナニかも刺激されるだろう。

 

 むしろ緊張して力が抜けないんだが!?

 

 それは俺も例外ではなかった。友達付き合いの悪友の肩組みとかそういうのじゃないとなると、童貞で自称コミュ障の俺に、このシチュエーションはハードルが高すぎる。

 

「やっと力が抜けて来ましたね……」

 

「……ちょっと窮屈さを感じますね」

 

「始めたばかりなので仕方ないです。最初から上手い人なんて居ないんですから……シッ!」

 

「!? ……え?」

 

 神州丸さんが掛け声? を上げて一拍としない間に拳が目の前で寸止めされていた。

 俺の口からはマヌケで呆けた声しか出てこない。

 

 油断していた言ったら言い訳になってしまうな。

 

 ……そうだ。これはあの香取さんが選んだ三人の人物からの教育だった……。香取さんよりは多少難易度は低いでしょ……みたいな甘い考えを、なんか訓練って雰囲気が神州丸さんとの距離が近い所為であんまり感じないんだよなぁ……みたいな弛んだ思考を、光の灯らない目で見透かしたとしか思えない動きだった……。

 

「……ご指導よろしくお願いします! 師匠!」

 

 つい、ノリで言ってしまった。

 

「~~~ッ!」

 

 顔を真っ赤にした神州丸さんに一本背負い? されて悶絶した。

 死んだ目と無表情がデフォルトなのにあんな顔もするとか……ギャップってすげーな。超絶チキンの俺が柄にもなくドキッとしたね。

 

 

 

 

 

「午前中は神州丸さんの訓練、お疲れ様でした!」

 

 そして午後は鹿島さんから書類仕事の教育……ってこんなの眠くなるに決まっとるやろ! 俺は今日夢見が悪くて睡眠不足気味なんでね。それに午前中は訓練でずっと座りっぱなしか、力を抜くために頑張ってたからね。

 しかもそれに加えて静かな部屋、食後、心地良い日差し……フルコンボじゃねーか!

 

「私が教えるのは書類仕事です! スチュワートさんは確か、佐世保鎮守府に居たんですよね?」

 

「はい、そうですね」

 

「そこで秘書艦って経験しましたか?」

 

「え? あ、はい」

 

 確か提督に淡々と一時間毎に時間を知らせて、飯を用意したり、身辺の細々をやって、負担を軽くする他にも、護衛的な意味があるんだっけ? 確か激辛カレーをな……フフフ。今度の新しい提督サマにはどんなものを……って鹿島さんが凄く驚いてらっしゃる。

 

「えっ嘘っ!?」

 

「?」

 

 一体何? 俺が佐世保で秘書艦するとなんで驚かれるの?

 

そ、それじゃあ私は何を教えたら……え、え~っと……書類仕事について分からないこととか、訊きたいことはありませんか!?」

 

 え? 何でそんな必死なの? 俺なにか変な事したっけ?

 

 ……でも何も質問しないっていうのは意地悪なのかねぇ……あの様子だと絶対に何かしらの質問しないといけなさそうだし、“何でもいいから何か質問してください” って顔に書いてあるし……。

 ……あの慌てよう、まさか……。

 

「か、鹿島さん?」

 

「はっ、ハイ!」

 

「ちょっと言いにくいんですけど~……まさか、新人さん?」

 

「うっ」

 

 そう一瞬呻き声を上げて後ろに半歩下がった鹿島さんの目が凄い勢いで泳ぎ始めた。きっとデフォルメで今の鹿島さんを絵に描いたら間違いなく顔は真っ青で目はグルグル状態だろう。

 

 ……ちょっと香取さんの気持ちが分かっちゃったかもな~。




主人公!? 止まれッ!
ちょっとヤバイ感じのその扉は開けてはイカン!
きっとまだ引き返せる筈だッ!
うおおおぉぉぉーーーッ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

香取の妹

55話です。

今回は主人公が鹿島さんを前に頑張るお話です。

まるゆは潜水艦娘の教官なので、残念ながらこの小説には……


「うっ」

  

 そう一瞬呻き声を上げて後ろに半歩下がった鹿島さん。

 凄まじい勢いで泳いでいる目と明らかに落ち着きを失って揺れる体を見て、香取さんが弱い者イジメ……もとい “ちょっと” 追い詰めることを繰り返すのか分かったような気がする。

 

 ……うん、これは(たの)しい。

 

 一度手を出せば病みつき必至、二度目で中毒(止められない)、三度もやれば死に至る(止まらない)素敵な優越感と言う名の(快楽)が摂取出来るんだもんな。

 

 煙草や酒を止められないおっさん達とか、弱い者イジメをする小学生と同じだ。人間、痛みには滅法強くても快楽には耐性が無いって何で知った知識だっけ……まぁいいや。

 

「あの……鹿島さん?」

 

「なっ、何でしょう!?」

 

 そろそろ落ち着いて欲しいんだけど……。なんで俺が秘書艦経験あるってだけでこんなに動揺されるとこっちが悪い事したみたいじゃん。

 

「……そろそろ落ち着いてください。秘書艦経験があるからなんだっていうんですか」

 

「それは……」

 

「香取さんがダメって言わないなら、鹿島さんも優秀な教官なんじゃないですか?」

 

「……」

 

 ヤベ……俯いて黙っちまったよ。嫌味に聞こえちゃったか? でも神州丸さんも可愛ぃ……すげぇ強かったし、きっと鹿島さんもパッと見新人っぽいけど間違いなく優秀だろう。

 俺の前に教官(先生)として立ってるってことは誰かに「教えても良い」って評価や判断されてるって事で……教師になる為には相応の努力や資格、知識諸々が必要な訳で……教師のハードルってやっぱり高いんでしょ?

 

……ですよね。

 

 おっと何か言ったか? 聞き逃しちゃったぜ。

 

「そうですよね! 香取姉からもお墨付き貰ったんだし、この程度では挫けません!」

 

 わぁ。突然元気になった。……ヤケクソじゃないよね? 俺だって教えてもらうなら意気消沈した人より溌剌とした人から教えてもらう方が良い。……「諦めんなよぉ!」なんて言い始めない限りは真面目に教えてもらおうそうしよう。

 

「そうと決まれば早速……準備したこちらの書類を―――」

 

「えっ」

 

 なんだあの量!? 一センチはあるぞオイ! 冗談だろ?

 

「こちらの紙に書いてある条件に従って捌いてください。」

 

 そう言って一枚の紙を渡してくる。

 

・全ての紙にサインを記入すること

・例外として薄い青の紙はサインを記入せず纏めること

・同じ内容の紙が三枚以上ある場合それらは捨てても良い

・十分置きに時間を伝えること

・私が話しかけたら会話をすること

・分からないことは私に訊くこと

 

 面倒くせぇ……。

 

「えっと……質問良いですか?」

 

「はい、どうぞ」

 

「制限時間はどれくらいでしょう?」

 

「全て捌ききるまでの時間を計ります」

 

 うわ……苦手なヤツだ。でもゴールラインが見えるだけまだマシだろう。

 

「……筆記用具はどこにありますか?」

 

「こちらをお使いください」

 

 ザ・普通なボールペンとメモ用紙? の紙を複数枚渡された。傷も無いから恐らく新品だろう。

 

「……他に訊きたいことはありませんか?」

 

「どのくらいで終わらせると良い感じでしょうか」

 

「それは……秘密です♪」

 

 あ゛あ゛あぁぁー!  そのくらい教えてくれても良いじゃんモチベーションに関わるから! そういえば鹿島さんは香取さんの妹じゃん! ちょっと意地悪なところがそっくりとかなんなのさ! この鬼! 悪魔! 香取さんの妹!

 

「……分かりました」

 

 だが今はちょっと我慢しようじゃないか。艦の記憶云々を抜いた精神年齢だけならそんじょそこらの艦娘よりも高い筈だ。…… “今は” って付くけどレディーなんだから無闇矢鱈とキレ散らかしたりしないようにしよう。

 

「準備は良いですか?」

 

 頷く

 

 やってやるよ。如何にもこういったことから逃げ出して遊びだしそうな卯月を始めとする駆逐艦とは違うことを見せつけてやるぜーッ!

 

「では……始めっ!」

 

▼――――――――――

 凄いです……。

 

 素直にそう思いました。一度でも秘書艦を経験しただけあって凄いスピードで書類を捌いていっています。

 元からこういうことに慣れていると言いますか適性があると言いますか……。ちょっと悔しいですけど、作業のスピードだけなら私よりも速いかもしれません。

 

「十分が経過しました」

 

 そう考えている内に十分が経ったみたいです。書類の山はまだありますけど、処理が終わって纏められた書類も多くなってきています。

 

 そっと後ろに移動して手元を覗き込むと、メモ用に渡した紙に汚く、癖のある字で色々なメモが書いてありました。見る見るうちに紙に正の字が増えて、ゴミ箱に恐らく重複したであろう書類が丸めて投げ込まれていきます。

 

 さて、ちょっと話しかけてみましょう。

 

「スチュワートさんは、随分慣れているみたいですね」

 

 すると肩が跳ねて私の方に振り返り「うわぁっ!」なんて言ってから溜息と同時に空気が抜けるように脱力してしまいました。

 

 驚かせてしまったようです。反省しなければいけません……と言うよりはこんなに驚くくらい私の存在を忘れ去っていたのでしょうか。もしそうなら素晴らしい集中力だと思います。ちょっと分けて欲しいくらいです……。

 

「フゥ~……そうですねぇ……反復作業や流れ作業は嫌いじゃないので……では、作業があるので」

 

 ……やっぱり性格的に相性が良かったみたいです。私は反復作業や流れ作業はあまり好きではないので、スチュワートさんの気持ちを理解するのはちょっと難しいですけど、きっと楽しさや面白さを見つけて楽しんでたりするんでしょう。……隣の芝は青く見えるってこういうことを言うんでしょうか。ちょっとスチュワートさんが羨ましいです。

 

 

 

―――コツコツ―――カサカサ

 

「……」

 

―――クシャクシャ―――ゴッ―――ガサ

 

「……」

 

 スチュワートさんが書類越しにボールペンで机を叩く音、紙が擦れる音、偶に紙が丸められる音、どれもこれも眠気を誘うものばかりで、昼食後ということもあってとても眠いです。ちょっとウトウトしてしまいました。

 ……もしかしたらうたた寝くらいはしてしまったかもしれませんが、もしそうならスチュワートさんに気が付かれていないことを祈るばかりです。

 

「スチュワートさん、少し休憩しましょうか」

 

「……もうちょっと待って下さい、そろそろ終わるので。……はい、終わりました」

 

「え?」

 

 ……速くないですか?

 

「因みに開始からえ~っと……四十分経過してますね」

 

「嘘っ!?」

 

 あぁどうしましょう。うたた寝してしまったみたいです。教官である私がこれではスチュワートさんに示しが付きません……。

 

 ……というか、四十分経過の時点で終わったって……やっぱり作業が速過ぎます。

 しっかりと分けられた書類を受け取って確認していくと、きちんと全てにサインが記入されています。こっちの方はちょっと癖があるもののキチンと書かれていました。ゴミ箱には重複した書類が丸められて沢山入っていますし、書類の数も……合ってますね。

 

「時間経過の声を聞いてないんですけれど……」

 

 そう! スチュワートさんには悪いけれど、それさえあったら私も寝ないで済んだと思います! 条件の一つを満たしていませんし、少しくらい怒っても良いと思います!

 

「それは……鹿島さんが気持ちよさそうにしてたのでそっとして置こうと……」

 

「うっ……」

 

 ダメです。寝ちゃった私が全面的に悪いので何も言えません……

 香取姉……助けてください~。スチュワートさんに教えることが……ありました。

 

「不合格です」

 

▲――――――――――

 

「不合格です♪」

 

「えっ」

 

 嘘やん。俺めっちゃ頑張ったのに不合格? おいおい鹿島さんや、意味わかんねーこと言わねぇで、合格って言ってくだせぇ!

 

 途中に寝てるの起こさなかったから? それとも平均より遅い? それとも重大なミスでもやっちまったか?

 

「……理由を訊いても良いですか?」

 

「はい。スチュワートさんの仕事はとても速く、結果だけなら満点に近いです」

 

「……?」

 

 なんでそれで不合格なん? 満点に近いんでしょ? だったら合格にしてよ。名前の記入欄とか見当たらなかったから名前未記入で零点なんて無いだろうし……もしくは一発合格は許さんってヤツ?

 

「……スチュワートさん。なんで不合格にしたか分かってますか?」

 

「分かりません」

 

 分かるかよ。即答だよ。俺は出来る限りの力を使って超スピードで書類を捌いた。それは褒められるべきことで、決して悪い評価に繋がるものでは無い筈だろ?

 

「スチュワートさんの仕事には華がありません」

 

「はい?」

 

 どーゆーことだ? 仕事は仕事だろ? 今回は作業だったけど、どこに華が必要になるってんだ。茶道や華道、お茶会みたいなものが求められるとでも言うつもりか?

 

「一緒に仕事をして楽しい、心地よいと思わせることが出来るようになるまで、私はスチュワートさんに合格を出しませんからね!」

 

「えっ」

 

「作業の速さと正確さは文句無しなので、課題が丸見えですね♪ これから頑張りましょう」

 

「……」

 

「頑張りましょう!」

 

「……ハイ」

 

 やはり香取さんの妹だ……。一筋縄では合格をくれないってことか。

 まだまだ教育は続きそうだな……。




やっぱり味気ない時報なんて嫌だよね! そんな乾パンみたいな主人公を鹿島さんがガンガン鍛えていくらしいです。

Q.主人公が仕事が速いのはなんで?
A.速く終わらせようと焦ってるから。ミスが無いのは偶々です。

次回『あきつまる(動詞)』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あきつまる(動詞)

ヒャッハーッ! ゲリラ投稿だァーーーッ!

56話です。

突然ですが友人に投稿バレしました。
挿絵を要求されたので用意しました。チカレタ……


      褒           や

  人   め       言   っ

  は   て   さ   っ   て

  動   や   せ   て   み

  か   ら   て   聞   せ

  じ   ね   み   か 

      ば   せ   せ

              て

 

 

 そんな名言がある。確か山本五十六って人の言葉だったような気がする。

 どんな意味かは調べた訳でも無いからよく分からないけど、きっと言葉の通りだろう。

 

 口だけであれこれと指示するだけして後は放置……なんてことはせず、手本を見せてから説明して、試しにやらせてみて良いところは褒める。そうすることでモチベーションを維持させることで人は(うご)くっていう意味だろう。

 教わる人だけではなく、教える側の人間にもしっかりと教えようとする心構えと情熱が必要だと、俺はそう解釈する。

 

 ……いきなりこんなことを考えるなんて、遂に気が狂ったかと言われそうなものだけど、俺は今、椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。

 どうしてこうなったかと言うと、一度鹿島さんが俺を提督だと想定して秘書艦をするらしく、それを見て俺がいかにクソだったかを見ろって感じのことを、オブラートに包んで言ってきたからである。

 因みに今飲んでいるコーヒーは鹿島さんが淹れた滅茶苦茶濃いヤツだ。味は悪くない……というか普通に美味い。……ちょっと苦すぎるような気もしないでもないけど、濃いめって言ってたしこんなものだろう。

 

「提……スチュワートさん、眠気覚ましの珈琲のお替りは要りませんか?」

 

「え……大丈夫です」

 

 ここで要る~なんて言えるヤツおる? もし居たのならソイツは日本人じゃ(遠慮を知ら)ないか、精神構造が並の人間のソレじゃないかの二択だろう。

 

「分かりました。飲みたくなったらいつでもお声がけくださいね♪ あ、時刻はヒトナナマルマルになりました!」

 

 ……どんだけコーヒー推してくるつもりなんだ……。自分寝ちゃったからって俺にまで特濃コーヒーが出て来るとか……眠気覚ましって絶対嘘だろ! ヒトナナマルマル……午後五時に眠くなる訳ねぇだろ仕返しのつもりか? だとしたらミルクや角砂糖よりも甘いぜ。

 ガチで狙うならカフェイン中毒にすれば良いのに……。有無を言わさず前にドンドン置いていけば飲まなきゃって使命感に駆られてしまうのが日本人。あっという間にカフェインでハイになるか、トイレに籠って出てこれなくなるに違いない。

 まぁ、身内で潰し合うなんて、Smash Brothers(兄弟潰し)じゃないんだし……深海棲艦っていう敵が居るんだしそんな馬鹿な事する人は居ないだろう……いや居たわ。あのクソ野郎がな……。

 

「どうかしましたか? 何か殺気のようなものを感じましたが……」

 

 ヤベ。鹿島さんに気付かれたわ……。落ち着け~、落ち着け俺~。今は鹿島さんの秘書艦をしっかり見て置かないといけねぇんだぞ~……。

 

「フゥ……何でもありません。お気になさらず」

 

「そうですか……では、なにかお喋りしましょう。スチュワートさんのこともっと知りたいです♪」

 

 ウェッ!? グイグイ来るなぁ……。話題話題……あ。

 

「そういえば、あきつ丸さんって何を教える人なんですか?」

 

「それが……私にも分からないんです。あきつ丸さんに話を伺おうとする度に横槍が入ったりするので……香取姉も教えてくれませんでしたし……」

 

「横槍って?」

 

「“何故か” 近くで職員さんが書類を落としちゃったり、クシャミの音で聴き取れなかったり、呼び出しの放送で遮られたりするので……」

 

「えぇ……」

 

 何それ……タイミング悪いっていうレベル超えてね? ギャグ時空でも生成してんじゃねぇの?

 

「あきつ丸さん自身は特に何もしていないんですけど、不思議ですよね」

 

「えぇ……」

 

「あ、これで最後ですね♪ ……はいっ、終了です」

 

 ありゃ、結構時間経つの早いじゃん。……これが、鹿島さんのいう「華」の力……?

 

「スチュワートさんも作業ばかりではダメです。提督との雑談などにも意識を割いても良いんです。気を張って集中することが悪い事だとは言いませんけど、ずっと集中し続けられる人なんて居ないんです。それに、大型作戦のや緊急事態ではない限り、そこまで書類は多くないので、急いで終わらせても時間を余らせるだけになりますよ?」

 

「……」

 

 それもそうだ。前に秘書艦やらせて貰った時だって、結局午後は殆ど提督から色々と教えてもらうだけの余裕があったし、それほど忙しくは無いのかもしれない。

 ……いや、さっさと終わらせて自由時間を作った方が良いのでは? 提督だってプライベートな時間は欲しいだろう。……よし決めた。俺は鹿島さんの言うことは話半分くらいで聞いて、この場だけは合格を貰えるようにしよう。俺は提督のプライベートを気遣う優しい初期艦になってやるぜ!

 

「……今日はもう中途半端な時間になったので、ちょっと早いですけど夕食にしましょうか♪」

 

「はい」

 

「……そういえばなんですけど、スチュワートさんって料理は作れますか? 苦手だと言うなら教えますけど……」

 

「あ、作れますのでお気遣いなく……」

 

 ただし香辛料マシマシだけどね。

 

 

 

 

 

「む? 鹿島とスチュワートでありますか。些か早いようですが……」

 

 食堂にはあきつ丸さんと、同じ制服を着た比較的若い男女が沢山居た。

 ……なんの集まりだコレ? 明らかに小中学生っぽいのも混ざってるように見えるんだけど……。

 

「ちょっと中途半端な時間に一区切りついちゃったので……」

 

 そう言ってアハハと小さく笑う鹿島さんと、それを見てじゃあ仕方ないねって感じの顔をするあきつ丸さん。

 

「それじゃあ、私が夕食取ってきますね♪」

 

 去っていった……。香取さんはゲテモノとか食べなかったし、きっと鹿島さんに任せておいても変なのは採用しないだろう。

 

「あの……」

 

 食堂にいる大勢の人が気になるから訊いてしまおうか。いつも「何をしているか」を訊くとダメみたいだけど、「アレはなんだ」くらいなら全然セーフだろう。

 

「あきつ丸さん……あの人達って一体何なんでしょう?」

 

「あれは……s「おいっ! ふざけんなよ!」」

 

「「!?」」

 

 なんだなんだ?

 

「お前が―――」「―――うるせぇ!」とか聞こえてなんか穏やかじゃないとは思うけど、今の俺と同じように何事かと立ち上がってる人が多すぎて喧噪の中心が見えない。聞こえる声の高さからして中学生以下なのは間違いないだろうが……。

 そうこうしている内に周りから同じ制服を着た人たちが集まってくる。……どうやら俺たち、と言うよりはあきつ丸さんの座っていた場所が悪かったのか、前後左右を人で固められて身動きがし辛くなってしまった。

 

「スチュワートはちょっとここで待っているであります」

 

 そう言い残して野次馬と化した人や人の間を縫うようにして消えていったあきつ丸さん。

 ……忍者かな? 都心の通勤ラッシュ並に人が集まってたと思うんだけど……。

 

 

 

 しばらく待ってたら人が散っていくような足音と共に喧騒が止んだ。

 俺は疲れたし、どうせ見えないからと椅子に座って机に突っ伏していた。

 

「戻ったので……寝てるのでありますか?」

 

「……起きてますよ~」

 

 そう言いながら起き上がる。

 

「鹿島があちらの席に夕食を用意したみたいであります。移動しましょう」

 

 指された場所には豪勢に見える夕食をテーブルに展開して俺たちの方を向いて手招きしている鹿島さんの姿がある。

 

「はい……そういえば、結局聞きそびれましたね。あきつ丸さんが何してるか」

 

「自分は―――」

 

 あきつ丸さんがそこまで言ったとき、すれ違った人を死角にして出て来た人とぶつかってしまった。……って

 

師匠(神州丸さん)!? ご、ごめんなさい!」

 

「私は教官だが、貴様の師匠になった記憶は無い。……それにしても、油断していた訳ではないがまさかぶつかってしまうとは、こちらこそ済まない。……まさか貴様、あきつ丸に何をしているのか訊こうとしていた訳ではあるまいな?」

 

「ヒェッ……」

 

 何故バレたし。

 

「……やはりそうか。……一つだけ言っておく。痛い目に遭いたくなかったらこれ以上あきつ丸に何をしているのか訊くのは止めた方が良いだろう」

 

 相変わらず光を灯さない目が一段と冷たく突き刺さるような感覚がする。……怖いが過ぎる。

 

「……ハイ」

 

「私の意志は無視でありますか!?」

 

「今まで、下された指示書と関係者以外に、自分が何をするのか教えることが出来たと言えるなら考えてやる」

 

 神州丸さんがこんなにも警戒するとか……。あきつ丸さんは俺もちょっとだけ知ってるSCPである可能性が微粒子レベルで存在している……?

 

 その後、懲りずにもう一度だけ訊こうとした時には、誰かが財布をひっくり返したのか硬貨が散らばる音が聞こえて、食堂が静かになったから、結局訊くことは出来なかった。

 





【挿絵表示】

主人公……のつもりです。
これでも一生懸命頑張ったんだ……誰か褒めて……

あきつまる【動詞】
目的が想定外の出来事で達成できなくなること。
例 )あきつ丸との会話は頻繁にあきつまるので注意が必要だ。

SCP????-??「私の役割は―――」
class Safe
 艦娘 あきつ丸 に酷似している人型実体の発する音声と同期して発現する異常現象。
これより先の文章は《編集済み》


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

突撃! 佐世保の駆逐艦

57話です。

4章が色々付け足したら長くなって焦ってます。
短いとは一体……うごごごごご

……まるゆは出ないと言ったな。―――アレは嘘だ。
……次の投稿は明日の筈? ……残念だったな。トリックだよ。


 香取さん、神州丸さん(師匠)、鹿島さんの三人からの教育が始まって早くも一週間が経とうとしている。

 

 相変わらず香取さんの目標には僅かに届かず、一部の人達が喜びそうな顔で「うふふ♪ 惜しかったわね♪」なんて素晴らしい激励の言葉を貰い続けている。一応目標の十五回は達成したことは何回かあるけど、そしたら弾数を減らされた(難易度を上げられた)。それからはさっきの通りだ。

 

 神州丸さんの背は遥か彼方で、先日「一週間で達人に成れる訳無いじゃないですか~」なんて言ったら無言でぶん投げられて滅茶苦茶痛い思いをした。

 冗談ですよ神州丸さん……一週間で達人とか精神と時の部屋じゃあるまいし。

 

 秘書艦仕事は……合格を貰えた。鹿島さんはチョロかったぜ。

 だけど気を遣いに遣って……クソ大変だった。接客でもないのにあんなに気を遣ってまでゆっくり作業する意味がどうしても解らなかったから鹿島さんに質問したら提督さん提督さんと言っていたので納得した。

 『艦これ』の世界だもんなぁ……艦娘がまともな提督に好意を持つのは当たり前……なのか? ゆっくり作業するのは好感度……もとい好意からなる何とやらで、一緒に居たいってヤツか? 雑談しながら仕事をしてストレスや退屈を紛らわすのは分かる。だからと言って仕事をゆっくりしても良い理由にはならない筈だ。

 

 

 

 そして今日は休み……って言うか、元々何もなかった所に教育が捻じ込まれただけで本来何も無いから元に戻っただけなのか。

 

 偉い人から呼び出しが掛かったから教育が無くなったってのが理由で、指定された時間まではぶっちゃけ暇なのである。

 

「目覚まし時計が有ったならなぁ……」

 

 溜息を吐きながら呟く。

 

 海の上で動き回り()を乱射し、数時間は達人と柔道だか空手だか合気道なんだか分からないもので気を張らせ、椅子に座れば笑顔を顔に張り付けてコミュ力お化けの鹿島さんとお喋りしながら書類(課題)を捌く。

 こんな生活が一週間も続けばいくら艦娘の体と言えども相当な疲労が溜まるもので……ぶっちゃけ疲れを取る為に二度寝……ないし昼寝したい気分だ。だけど約束の時間に遅れるのが怖くて寝れないとか、遠足前のガキかよ……。

 

―――ドンドン

 

「はっ!?」

 

 こんなに乱暴にドアを叩く人知り合いに居ないし……勿論新聞配達や宅配便ではないだろう。

 クッソ怪しいけど覗き窓なんて無いしなぁ……。 

 

お邪魔します! ―――ぽいっ!

 

 仕方ねぇなぁ……って感じでドアノブに手を掛けた途端にナニコレ? 

 ドアが開け放たれ、直後飛び込んできたのは大声を上げでダイナミックお邪魔しますしてくる侵入者。

 

「は?」

 

 頭が事態に付いていけずに―――衝撃―――ッ!

 尋常じゃないくらい痛かった。まるで大型犬のハグくらい。

 不意打ちを喰らって無様に吹き飛ばされた。

 

「グェッ」

 

 神州丸さんからの教育の成果か、良い感じに受け身を取ることが出来たから、後頭部の痛みは思ったより少ない。……これだけでも護身としてはかなり有用だと思うんだけど、神州丸さんはまだ合格をくれない辛口判定。……嫌いじゃないけど、一体俺に何を目指せと言うのか……。

 

「ご、ごめんなさい……っぽい?」

 

 ……ぽくない。もっとしっかりゴメンナサイして。自動車は相手に怪我が無くてもぶつかっただけで大問題なんだぞ。

 

「はい。大丈夫です……夕立さん? 入る部屋間違えてませんか?」

 

「大丈夫っぽい! 夕立、間違えたりなんてしてないっぽい!」

 

 侵入者―――夕立は相変わらずどこの時空(創作や現実)でも賑やかだ。元気一番。白露の姉貴にも引けを取らないとは江風の談だったか。

 

 ……でも間違えてない “っぽい” って……そこはかとなく不安を煽るからちゃんと確認してから凸って来て欲しい。

 

「えっと……じゃあ私に何か用事が……?」

 

「うんっ! 今日は、此処の艦娘達と合同演習っぽい! だからさ、スチュワートさん!」

 

 ええい五月蠅い! 至近距離で大きな声で話すでないわぁ! ……余りある元気な声に一緒にやろ~って副音声が付いてるように聞こえるのはなんでだろうな? ……遊んで欲しい犬みたいな反応しやがって……全く。

 

 あと俺の名前が出て来たってことは間違いなく佐世保の夕立だろう。……まさかワンマンショーなんてするつもりじゃないだろうし、他にも佐世保から何人かは来てると思うけど……誰だよ夕立のリード手放したヤツ。

 

「夕立さん? 独りで行動してはいけません。それに元々此処には来るつもりはありませんでしたし、あまり迷惑を掛けては―――」

 

 噂をすればまた艦娘が来たみたいだ。入口と俺の間に夕立が立っているから誰が来たのか分から―――分かった。夕立の影から顔を出したのは神通さんだった。

 

「スチュワートさん……」

 

「……ちょっ!?」

 

 いきなり俺の名前呟いたかと思ったら真顔で涙流し始めて―――

 

 抱き着かれた。

 

 

 

 ……ちょっといいっスか? まずは一言、ナニコレ? さっきからずっと神通さんが謝ってくるんだけど……助けて夕立ィ!

 

「神通さんは前の人をどうにも出来なくて、スチュワートさんに全部やらせたことを深く後悔してるっぽい。……だからしばらくそのままさせてあげて欲しいっぽい」

 

 ……俺が悪いの!? アイツじゃなくて!?

 ……あ、香取さんも来た。夕立が騒いだから来たんだろうな~。

 

「賑やかで良いわね~♪ なんの騒ぎかしら?

 

「「「……」」」

 

 ハッ!? 気を失ってた……。香取さんが相変わらず怖過ぎるけど言いたいこと言わないと。

 

「香取さん、夕立が私も合同演習に混ざって欲しいみたいなんですけど……駄目ですか?」

 

 ここだ! 喰らえ鹿島さん直伝の何時使うか全く分からなかったおねだりの視線!

 

「……」

 

「……」

 

 自分で使っておきながら嫌になる。ほら見ろ俺の表情筋は既に限界寸前なのに、香取さんは微動だにせず絶対零度の視線で俺を見降ろしている。……鹿島さぁん? どんなヒト(提督)もイチコロって言ってたじゃん。話違くなぁい?

 

「……」

 

「……ハァ、分かりました。」

 

 折れた! もうダメかと思って諦めかけたらOKが出た。疑ってごめんよ鹿島さん……妹直伝だって言うのは多分バレてるだろうし、後で変な事教えたってことで香取さんに怒られてくれ。……俺は見本と使用例を言われただけだし……。

 香取さんの一言を聞いてちょっと安堵した俺、パァアっと花が咲いたように笑顔になっていく夕立、ようやく俺から離れてただ申し訳なさそうな目で俺と香取さんを見てくる神通さん。そしてそれらを確認して小さく溜息を吐いた香取さん。

 

「……スチュワートさんは今日の午後、呼び出しがあった筈です。それに間に合うなら私は演習参加については何も言いません」

 

 おお、これは僥倖。おめでとう夕立、念願の俺との演習が出来るそうだぞ。俺としては『艦これ』の駆逐艦詐欺レベルの火力からタコ殴りにされるの怖いんだけど……。今は盾持ってないからやわらかタンクなんだよ……。

 

「……それでは佐世保鎮守府からは、神通さんと夕立さんを含めた計六人で宜しいですね?」

 

「あの……はい、お願いします……」

 

 立ち直ったのか、会話の主導権が夕立から神通さんに移る。……計六人って結構居るなぁ。他の四人は誰なんだろう?

  『艦これ』では戦艦や空母は資材を大量に消費する……らしい。資材が少ないところはグロ画像なんて言われるくらいだし……『艦これ』が現実になってもきっと強力故にコストの重たい艦種は合同演習なんかにホイホイ参加なんてしないだろう。

 

 

 

 

 

 ……そう思っていた時期が私にもありました。

 

 俺の隣には香取さん、鹿島さん、神州丸さん、あきつ丸さん、そして白い水着の誰かさん。

 

 そして対面の列は、神通さん、時雨、夕立、満潮、伊26? さんと……赤城さん。

 

 集合場所? に着いて赤城さんを見た時には目と頭と常識を疑ったね。香取さんの驚き顔なんてスーパーレアまで拝めちゃうなんてよ。……やっぱりおかしいだろコレ。

 そして俺たち側に居るこの白いのは誰だよ。初めて見るんだけど……。

 

「まるゆの予定も空いていて助かったのであります」

 

「いいえ、全然大丈夫ですっ! 頑張りますね!」

 

……どちら様なんです?

 

あの子は陸軍出身の潜水艦よ♪ 仲良くしてあげてね♪

 

 えぇ……何やってんの陸軍。陸上で潜水艦が使える訳ねぇじゃん。それでもマジで潜るってんなら……

 

地中……土竜(モグラ)かな?」

 

「今……今モグラって……グスッ……あんまりですぅ~!」

 

 ……地雷だったの? そんな泣きそうな顔しないでよまるゆ? さん? ……滅茶苦茶語感悪いなぁ……。

 やるからには勝ちたいけど、こんなので勝てるかなぁ……。

 

「スチュワートさん」

 

 そう思って夕立に乗せられたことを若干後悔してたら赤城さんに声を掛けられて、振り向いたら……

 

 視界が真っ黒に染まった。

 

 

 

「はぇ?」

 

「……私が無理を言って合同演習(ここ)に来たのは貴女を打ち倒すためです。……ですから、これを」

 

 黒。それが俺の盾だと理解したのは、盾を突き出した赤城さんが、盾を引っ込めつつ下に降ろして俺の視界が開けてからだった。よく見ると後ろに居る時雨が投擲物を持っていた。

 

「おぉ……ありがとうございます。……おいそれと負ける訳にはいかなくなっちゃいましたね……」

 

 受け取ってから投擲物を腰に、盾を手に……あっ、なんかすっげぇ馴染む……コレだよコレ。そして余った砲は香取さんへ……

 

「……何ですかソレは?」

 

 香取さんが俺の盾を怪訝な目で見てくる。この盾が普通の艦娘から逸脱しているのは重々承知だ。

 

「秘密兵器でも何でもない、ただのとっておきですよ。これが本当の護衛駆逐艦ってね」

 

 盾を持ってちょっと巫山戯る俺と、それを見て空気を張り詰める佐世保の皆。

 まぁ俺もなんと言うかね? 佐世保の皆……って言っても一部だけど、会えてテンション上がってんのよ。

 それに教官たちにも情けない所は見せられねぇし、負けたら後が怖過ぎるし……。

 

 対面して並ぶ十二人、その内俺を含む半分が獰猛な笑みを浮かべていたことが印象的だった。

 

 ……俺はそんなつもりは無いけど、他の人は戦争でもおっ始めるつもりなの?




夕立は出せば強引に場を動かせる便利ポジ。(作者視点)
赤城さんの一方的なリベンジマッチが始まる……

教官No4 ―――まるゆ
 弱すぎる、弱過ぎるからこそ同じ土俵で戦う為に頑張った影の努力家(という設定)
潜水艦としての基礎はマジモンのガチ。潜水艦同士で戦っても引けを取らない。
そんな彼女は、教官として今日も潜水艦の教育をしている。

え? バランスがクソ? ……そんなの気にしてたら負けだよ!
え? ゲームシステム? ……んなもんありゃあしねぇんだよ!
え? シナリオ(文章構成)がクソ? ……。

……次回は4/20 予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リベンジマッチ

58話です。

UAが3万、お気に入りが300を越えました。
本当にありがとうございます。

あと文字数も20万……嘘でしょ? 100万字で完結するかなぁ〜なんて予想ガバガバじゃん!

……兎に角、これからもボチボチ続けていくので
自販機に入ってたお釣りくらいの感覚でお楽しみください。


 演習開始の直前、場所は海の上。俺は教官たちと頭を突き合わせていた。内容は勿論「相手に勝つ方法」だ。

 香取さんさえ予想できなかった赤城さん(スーパースター)の襲来は他の教官たちをもビビらせるには十分過ぎる程で、教える立場故に敗北は許されないのだろう、ヤッベーの来たなぁ……なんて呑気な考えをしている俺以外は顔を青くしていた。

 

「まさか一航戦が直々にお出ましとは……」

 

「流石に予想外でした……ですが、負ける訳にはいきません」

 

「赤城さんだけではなく、武闘派で知られる神通さんと夕立さんまで居るのが本当に厳しいですね……」

 

「伊26さんはまるゆが抑えるよ。多分何とかなるから、それまで持ち堪えてもらえないかな?」

 

「それは相当厳しいのであります。……ですが一番確実に勝てるであろうまるゆから戦局を作っていくのが一番現実的と思われます」

 

「ふむ……では目標は各個撃破、最低でもまるゆが決着を付けるまで持ちこたえること。……これで良いか?」

 

「最初に赤城さんを落とすか、最後に皆さんで力を合わせて挑むかも問題になってきますね」

 

 おぉ……流石は教官たち。なんかかっこいいぞ。

 ……っていうかまるゆ強くね? ほぼ確実に撃破可能って何者だよ……。誰も疑ってないってことはガチってことだろ? ……いやホントに何者だよ。

 

「どちらも厳しそうですね……ですが、各個撃破は賛成です。……ところで、スチュワートさんはその盾で何が出来ますか?」

 

 俺はこのまま映画のワンシーンみたいな最高にイカす作戦会議見てるだけで十分なんだけど……。やっぱり混ざらなきゃ駄目? ……視線が痛い! 分かった! 話す。話すからぁ!

 

「えっと……各個撃破は賛成です。その時に私は赤城さんをマークさせてもらえないでしょうか?」

 

「……理由を訊かせてもらえますか?」

 

 ヘッ。自慢話だぜ。

 

「佐世保鎮守府に居た時に一度、赤城さんと演習をしまして……その時は負けてしまいましたけど、赤城さん相手に相当時間を稼いだってちょっとした噂になりまして……。それに先程の赤城さんの言葉から考えて、今回赤城さんは私が相手することを望んでいると見ていいと思います。……それに、鎮守府に居た頃と比べて、皆さんに扱かれたので……今回は赤城さん相手に大破するつもりもありませんよ」

 

「それは頼もしいな。ならば私は……神通の相手をしよう。……それと、一航戦が相手ならば雀の涙だろうが……制空権確保の為、微力を尽くそう」

 

 お、マジ!? すっげぇ助かるわ~。なんせ前は遠距離から只管ボコボコにされたもんな……こういう時に微力って言って謙遜するのはだいたい実はスゲー奴って相場が決まってるから、期待しても良いんだよね?

 

 

「それと、まるゆさんは開始直後は水面から顔を出していてください。これをお見舞いするので」

 

 そう言いながら手に持つのは緑色の缶。確か中身は音響手榴弾。超音波染みたアホみたいにデカい音が出てくる危ない缶だ。開始直後、コイツをに水中にシュゥゥゥーッ!! するつもりだ。どんな音が鳴るかは分からないけど、普通に投げたら予備の鼓膜が必要になると錯覚するレベルの音量だ。きっと水中でも良い感じに仕事してくれるだろう。水中の音の伝わる速さは空気中の四~五倍だから、ニ十パーセントくらいの音量でも実質いつも通りだしな。

 

 俺は言いたいことを言った。今は味方なんだし、手の内はどんどん明かしていくべきだろう。

 

「スチュワートさんはちょっと変わってますけど、凄いです! なんだか勝てそうな気がしてきました!」

 

「鹿島。決して油断して勝てる相手では無いのよ。もう少し気を引き締めなさい」

 

 しゅんと大人しくなる鹿島さん。そして話し合いの最後だという雰囲気を出しながら話し始める香取さん。

 

「皆さん、最初は相手の艦の近くに居てください。そうすることで味方を巻き込んで爆撃すること懸念し、赤城さんの攻撃の手が緩くなる可能性があります。機動力は全体的に彼方が上ですが、頑張りましょう! 例え卑怯だと言われようとも、戦場にあるのは善悪ではなく、生か死だけです。生き延びた方が正義です。いいですか!?」

 

「「勝てば官軍負ければ賊軍です!」ね♪」

 

「……優勝劣敗」

 

「負け犬の遠吠えであります!」

 

「えっと……し、死人に口なし……?」

 

「勝てばよかろうなのだ……」

 

 みんなバラバラじゃねーか! 締まらねぇなぁ……。

 教官たちだし大丈夫でしょなんて思ってたんだけどいきなり不安になってきたぞオイ!

 

 

 

 

 

―――

 

―――――

 

 遠くから響いてきたスタートの合図で俺たちは散開する。

 まるゆだけは俺の後ろで小さく隠れるよう神州丸さんからアドバイス? を貰っていた。なんでも潜水艦だから影が見えなくても違和感が無いからだそうだ。……あの人実はどっかの特殊部隊とかで強襲作戦のプロだったりしない? ダンボールに隠れててもなんらおかしくは無さそうなんだけど……

 

「まぁいいや。それじゃあまるゆさん! 目ェ瞑っててください……ねっ!

 

 海面に向かって緑の缶を叩きつけ―――ない。足元に落として、沈む前に叩き込むように脚で海の中に捻じ込んだ。

 

 ―――ズン……!

 

 重く響くような音そして振動が体の芯まで届いてくる。その後にも一瞬だけ高い音が聞こえたかと思うと、大量の泡が海面まで上がってきて……超! エキサイティング!

 

「まるゆさん、もうオッケーです。頑張ってください」

 

「ありがとう! あなたも頑張ってね!」

 

 そう言い残して水中に消えたまるゆ。俺は宣言通り赤城さんの相手をしないとな……。

 

「頑張ってください、ねぇ……」

 

 遠くに見える点。その内一つの周りに薄く黒い靄が掛かっているように見える。間違いなく赤城さんだろう。香取さんの予想はどうやら間違っていたみたいだ。

 

フヒッ……マジかよ……」 

 

 思わず苦笑いが出る。

 “アレ” 相手に一対一しろって? 多少なりとも他の教官たちにも攻撃してくれたら楽だったんだけど……

 

「いや……」

 

 神州丸さんが残していってくれた戦闘機がある。だから二対一だ。これで負けてしまったら必然的に教官たちの負担が激増する。

 

「それは宜しくないな……」

 

 俺たちのチームは一人でも欠けたらそこで試合終了。

 その為に分の良いまるゆの対面を速攻で落としてサポートに回らせることで、それぞれの負担を軽減して対面同士の勝率を上げることが重要だ。

 俺の役目は赤城さんを抑えること。今は俺を挑発するかのように大量の艦載機を待機させているが、俺が赤城さんの相手をせずに誰かのところに行ったらフリーの赤城さんが好き放題に暴れ始めるのは目に見えている。

 

「まぁ言い出したのは俺だし、行きますかぁ……」

 

 そういえば、鎮守府での演習のリベンジマッチじゃんコレ。

 そう思うと負け続きは嫌だなぁ~なんて……。

 

 ボルテージ上げて往こうじゃないか。

 俺はメンドクサイのは嫌いだけど、負けが続くのはもっと嫌いなんだよね。

 

 

 

▼――――――――――

 

 鎮守府のあの一件からスチュワートさんが姿を消しました。

 聞いた話だと、提督を殺害したから大本営に連行されたんだとか。

 

 その話を聴いた時、私はどう思ったんだっけ……

 

 

 

 提督の殺害なんて信じられない―――違う

 

 私達大人が対処すべきだったのに―――違う

 

 そもそもあの無茶な命令を突っぱねておけば―――違う 

 

 お腹が空いて聞こえなかったことにしましょう―――違う

 

 ……ただ悔しかった。

 

 私に敗北感を植え付けたまま居なくなるのかと思いました。勝ち逃げをする気なのかと思いました。あの演習での勝ち負けだけで判断するならば私の勝ちですけれど、あの時ほど勝って悔しい思いをした時はありませんでした。

 勿論それは私が勝手にそう思っているのであって、スチュワートさんは勝負に負けて悔しいと思っているんでしょうけど……それでも私は悔しかった。

 

 だからこそあの後、再び私たちの提督が戻ってきて、資材が無いからと言う理由で出撃の自粛をお願いされた時に、ここぞとばかりに訓練に励んだ。

 もう一度戦う時に今度こそ、こんな思いをしなくても済むように。

 深海棲艦(てき)でもなく、戦艦や空母の皆(同格の仲間達)でもなく、能力的に勝てる勝負の駆逐艦相手に、これ以上敗北感を味わわない為に。

 

 そうして訓練を続けて、しかし打ち倒すべき相手(スチュワートさん)が居ないからどこか消化不良な日々に聞こえて来た言葉は天啓に近いものだと思います。

 

久しぶりの大本営での演習、楽しみですね。教官たちは凄く強いので勉強になります

 

またそれ? 少しは力抜いたらどうなの?

 

 気が付いたら声の許に近付いていました。

 

「その話、詳しく聴かせてもらえないかしら?」

 

 

 

 ……今思うと、朝潮ちゃんに大迷惑を掛けてしまっていますね……。勤勉なあの子のことです。きっと私よりも多くのことを学ぶ機会だったでしょう。

 それを私は、個人的な理由で奪ってしまいました。

 

「……負けられなくなっちゃいましたね」

 

 演習はとっくに始まっています。私以外、そして相手方も一人以外はすぐに散っていきました。

 

 私は分かります。あの残っている影はスチュワートさんだと。

 

 そして今回も―――

 

 ―――ズン……

 

 予想を超えて苦戦させられることを。

 

▲――――――――――

 




……というわけで、今回の対戦カードはコチラァ!

神州丸  ―――  神通
あきつ丸 ―――  夕立
主人公  ―――  赤城
香取   ―――  満潮
鹿島   ―――  時雨
まるゆ  ―――  伊26

 青葉の情報での人気のカードは……
 スチュワート 対 赤城! スチュワートの神秘のベールが剥がされることに期待したいですね!
 そして……神州丸 対 神通! 武闘派な彼女たちが……

 え、賭けは禁止? ……固い事言わないでくださいよぉ! 司令官~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦載機と駆逐艦

59話です。

ちょっと長くて内容がとっ散らかってたり、誤字が多かったりするかもしれません。
その時は「日本語も分からんのかサルゥ!」って言いながらご覧ください。

誤字脱字報告、いつも助かっております。感謝です。


 赤城さんに渡されたのは盾、時雨に渡されたのは手榴弾。そして香取さんに渡されていたのはレンタル艤装。既に手に持つ砲は返してあるけど、魚雷や腰に着ける艤装はそのまま借りている。流石に魚雷も何も無くてはそれこそタックルくらいしか有効打が無いことになって非常に拙い。

 前回の演習では突っ込んだ進路上に格ゲーの設置技みたいに爆弾落とされて吹っ飛ばされたんだよね……。

 あの時は何をトチ狂ったのか遠慮して魚雷を撃たなかったんだっけ? ……格上相手に舐めプとか、殺されても文句言えないんだよね……

 

「ククク……だがあの時の俺は所詮最弱設定よ……」

 

 教官に鍛えられたし、今回は魚雷も撃ち込むつもりだ。前回は赤城さんにダメージを与えられなかったけど、今回は沈めてしまっても構わんのだろう? な心意気で行きたい。

 

 それをするには艦載機を何とかしないと話が始まらない。俺の持ってる投擲物がマジで有効だったんだけど……きっと何かしらの対策はしてるだろうし、既に音響手榴弾を海に沈めてるからその分数を減らすことは出来ない。

 

―――チャプチャプ

 

 聞いたことのない、戦場に似合わないコミカルな音が俺の背後から迫ってくる。気になったから振り返る。

 

「……」

 

 敵じゃない。

 

 そう直感的に理解できた。

 おそらくコレが神州丸さんの言っていたヤツだろう。確かに赤城さんと比べると数は少ないものの、あっちは本職だし仕方無いと思う。それでも何もないよりはずっと心強い事は間違いない。

 

「だけど……だけど……ッ!」

 

 これはあんまりじゃないか……お風呂に浮いてそうなアヒルのオモチャの飛行機バージョンと言えば分かりやすいんじゃないだろうか? 緑色に塗られた飛行機がそれこそアヒルみたいに俺の後ろに並んでいた。

 これを見て噴き出さなかった俺自身を褒めたい。

 

 非常に気になるものの、いつまでも他所見をしている訳にもいかない。前を向いたら赤城さんの影が結構大きくなっていた。ゆっくり赤城さんの方に進んでいたが、それでもまだ距離はある。

 

 前に何度も見た、詰めようにも詰められない距離だ……

 

 そう思った直後、赤城さんの方から大音量と共に大量の艦載機が飛来して来た!

 

 

 

 前回からの反省を活かせオラァ! 序盤に艦載機を落とさなきゃジリ貧で詰みだ。

 

なろぉ!」

 

 まずは焼夷手榴弾ン! 先頭から順番に出来れば全員、誘爆して散れ!

 

 そして手榴弾を放った後は(うえ)のことなんて気にしてられない。全速力で艦載機の雲を突っ切ろうと盾を上に構えて速度を上げる。

 

 ―――ドドドドド―――

 

 そして盾越しに聞こえてくる硬いもの同士がぶつかり合う高い音と衝撃。神州丸さんから教えて貰った護身術の受けの一つ、関節を良い感じにクッションにする上手なやり方がまさかこんなところで発揮されることになるとは……。

 

 

 

「チッ!」

 

 思わず舌打ちが出る。俺を中心に放たれる爆撃の雨あられで、弾けた海水が盾と言う名の傘の下から打ちつけてくるこの鬱陶しさと言ったら溜まったもんじゃない。

 チラリと前方に視線を送ると、予想通り距離を取ってる赤城さんの影が見える。香取さんの講座では空母は足が遅いらしいが、足止めを喰らってる駆逐艦よりは全然早いらしく、ちっとも距離が縮まった気がしない。魚雷を撃とうにもこの距離で当たるとは思えないし……。

 

 ―――ドォン!

 

 突然大きな爆発音が聞こえたかと思うと、続いて何回も同じような爆発音が聞こえ始めた。

 超良い感じに誘爆してくれたんだろうな。心なしか盾に掛かる圧が多少小さくなったように感じるし。

 だけど良い事ばかりとは問屋が卸してはくれないらしい。降り注ぐ鉄のシャワーに燃えてる破片も追加されてしまった。いつ俺の足に着いてる魚雷に当たって誘爆するかしないか気が気ではない。

 

「……ええい、キリが無いわ!」

 

 多少軽くなったとは言え全く止む気配のない攻撃はストレス的なアレで心臓に良くない。何時またあの超低空飛行する変態機動型(目の前に爆弾を落としていった)艦載機が盾と水面の隙間からコンニチワしてくるか分からないのも大きなストレスだ。

 

 ここは一旦、煙幕を展開して考える時間を作るべきか?

 

 思い立ったがなんとやら。サッと取り出した紫色の缶を放る。

 前回と同じように気の抜けた音を出しながら辺りが紫色の煙で包まれた。

 

 

 

 

 しばらく盾を構え続けていたら次第に盾に与えられる衝撃が少なくなっていき、やがて紫色の平穏が訪れた。

 

「フゥ~~……」

 

 一息つく。相変わらず赤城さんの遠距離からの攻撃力が頭おかしい。

 前回と違って最初から全力で艦載機を飛ばしていたように見えたのに、煙幕張るまでずっと攻撃し続けられるとか、あの艦載機の中身は異次元にでも繋がってんのか? 

 

 風はちょっとあるけど、俺の近くにはまだ煙を吐いてる缶が転がっている。風下に立っているから俺は見つからないだろう。確か前回は、煙が晴れたら赤城さんのところに艦載機は戻っていて、俺の姿を確認したら一斉に飛んできたんだよね。

 

 でも今回も同じようになるとは思えない。煙に隠れる……俺の現状までは前回と同じだが、赤城さんがその後も前回と同じようにしてくれるとは限らない。

 

「俺だったらどうするか……」

 

 艦載機を休める、赤城さんと煙を結んだ線上に待機させる、他の戦場に配置する、大きく分けたらこの三つになるんじゃないか?

 

 そんで、俺が赤城さんだったら再戦の相手からターゲットを外すのは論外だ。仮にも噂が立つレベルの防御力を持つ俺を相手に攻撃力を下げる真似は出来ないだろう。そんな事したら容易に接近を許す。そうじゃなくても打ち倒す為なんて言って自分から挑発したのに自分が先に矛先を逸らすなんて不義理は働きたくはないだろう。

 

 そして次、艦載機を煙幕の範囲外に待機させて、煙幕が晴れるか、俺が飛び出して来たら斉射して潰す方はと言うと……艦載機を休めるかどうかの予想が難しい。

 

 艦載機を待機させているんだったら、攻撃される前、煙幕の外に出る前にスタングレネードを投げて、多くの艦載機を落とせると踏んでいる。もし上手くいったらその後の展開が非常に楽になることは間違いない。

 逆に艦載機を休めているなら、範囲外に出る前にスタングレネードを投げたら無駄になるし、艦載機は一切減らないと、非常に旨味が無い。

 

 妥協案として煙幕の外に出てから多少の被弾覚悟で艦載機の有無を確認、艦載機が居るならスタングレネードで数を減らしてから突っ込む。居ないならそのまま突っ込む。

 

「よし、これで行こう」

 

 それじゃあ黄色の缶を抜きまして……いざ出陣!

 

 

 

 勢いをつけて煙幕から飛び出す。を巻き込み靡かせながら参上した俺ってヒーローみたいじゃね? って思いながらも艦載機を確認して……艦載機、ナシ!

 

―――ドォン!

 

「!?」

 

 いきなり発砲音がしたと思ったらレンタル艤装に衝撃を受けた。上ばっかりに注意が向いていたから気が付かなかったが、撃って来た方を向いたら時雨が砲を構えて立っていた。

 

 ……それも結構至近距離で。

 

 え? 時雨の相手誰? 負けたの?

 

「噂には聞いていたけど……本当に煙出すんだね」

 

 ええい五月蠅いわ! 別に俺自身が煙出してる訳じゃねーんだからどうだっていいだろうが! 兎に角、俺は赤城さんと決着を付けないといけないんだよ!

 

「……通して貰えませんか?」

 

「……赤城さんの為に通してあげたいんだけど、黒星を付けて帰る訳にはいかないんだよね」

 

 畜生! ここに来て中ボス追加とか聞いてないんだが!?

 

「御尤も!」

 

 直後に盾に身を隠す。ガンッという音と衝撃から、艦載機から放たれるのとだいたい同じくらいの重たい一撃だということが分かった。

 

 取り敢えず一度抜いちゃったスタングレネードをポイして、眩しいのを盾の陰でやり過ごして……。時雨の悲鳴は無視だ無視。どうせただ眩しいだけで殺傷力なんてほぼゼロなんだし。

 

「おっと」

 

 なんか魚雷が来てる感じがするから横に避ける。すると目が治ったのか、また砲を構えて撃ってきた。

 

 盾を構えて砲弾を弾いてそのまま―――ラムアタックだコラァ! 通しやがれ!

 

ドンッ!

 

 タックル感覚で突っ込んだら重たい衝撃を盾に感じた。今度はそのまま盾を横に殴るように振りぬく。

 

 開けた視界には、勢いよく壁にぶつかった人と同じように身体を丸め、顔を痛みによって歪めている時雨が居た。……めっちゃダメージ入ってて逆に驚いたんだが?

 

 だけど呆けてる暇なんてねぇ! そのまま魚雷を喰らえぇい! ……避けられた。

 

「うぅ……随分と、荒っぽいね」

 

「……貴女は行儀が良すぎる」

 

 ん……ちょっと言葉にトゲが出ちゃったな?

 でも香取さんに扱かれた俺からすると、“どんな手を使っても沈める” って言う意志が弱いように感じる。

 香取さんだったらきっと砲弾で盾を構えさせて視界を奪ってから偏差射撃で絶対に避けられないように魚雷を撃ってくるに違いない。

 戦場なんて不意打ち上等、卑怯な手上等。殺ったもん勝ちって香取さんに教えて貰ったらどう?

 

 そんなやり取りの直後に、時雨の足元が爆ぜた。

 

「え?」

 

 呆然言葉を放った時雨が海面に倒れてそのまま沈んで……行かなかった。

 

 

 

 

 

『スチュワートさん、遅くなりました!』

 

 コイツ、頭の中に直接……? じゃなくて、多分通信だろう。意識して使おうとしたことねぇな。だって妖精さんが言うには独り言ダダ洩れなんでしょ?

 

『まるゆさん、伊26さんはどうなりましたか?』

 

『倒したよ。時雨さんはどうしようかな……このまま放置は拙いし……』

 

「……そうか、まるゆが居たんだった……スチュワートに気を取られ過ぎてた……降参だよ。僕はこのまま放置でも構わないよ。自力で戻れるから……」

 

「そう? じゃあ遠慮なく。GG(グッドゲーム)

 

 なんだよ……倒れたと思ったら清々しい顔して降参しやがって……。スポーツマンか? 青春してるスポーツマンなのか?

 

『……という訳で時雨さんは大丈夫だそうです』

 

『時雨さんはスポーツマンじゃないと思います』

 

 あ、全然関係ねぇこと言ってたっぽい?

 

『時雨さんは自力で戻れるから大丈夫だそうです』

 

『そう? じゃあ進もう!』

 

 

 

 

 

 赤城さんは距離を取っていた。艦載機が煙幕の範囲外に無い事から、俺はまるゆが海中に居るものの数えるのも馬鹿らしくなる数の艦載機を相手にクソ真面目に立ち向かわないといけない訳で……嫌になっちゃうね!

 

『スチュワートさん、ここでヒントです。艦載機から出てくる弾をよく見て下さい』

 

『……そんなことしてたら頭ブチ抜かれますよ』

 

 まるゆは一体何を言ってるんだろうか。俺に死ねと申すか。

 

『航空機の攻撃だからってそこまで怯える必要はありません。艦は銃弾一発ではそうそう沈みませんから!』

 

 ……確かに余程の紙装甲か欠陥構造でもない限りは軍艦が砲弾ならまだしも、銃弾で大打撃なんてちょっと信じられない。

 だけどさぁ……やっぱり誘爆って怖いじゃん? いくら表面がガチガチでも、内部で爆発されたらどんな艦もイチコロだぜ? きっとそんなので沈んだ艦は数えきれない程あるんだろうし、警戒するのは当然と言うか何というか……。

 

『……ここまでは言いたく無かったんですけど、艦載機の攻撃には強いものと弱いものがあります。強いものだけ避ければ、ちょっとの被害を妥協さえすれば行動の幅が広がりますよ』

 

 あっ、そーゆーこと……。沈みさえしなければ中破だろうが大破だろうが元通りだもんね。……幸い艦娘に乗組員なんて数人、もしかしたら一人の妖精さんだけ。艤装がダメになる直前までは無茶が出来るってことで良いの?

 

『分かりました。アドバイスありがとうございます』

 

 じゃあ次はまるゆのアドバイスに騙されたと思ってちょっと艦載機の観察でもしてみようかな?

 

『赤城さんを倒しに行きましょう! 支援攻撃は任せてください!』

 

 うん、じゃあ俺が攻撃引きつけるから、攻撃担当は任せた。

 

 

 

 

 

―――ブウゥゥゥン

 

 赤城さんの方から艦載機が飛んでくる。俺の足元からボロボロになって数を減らしてはいたけど、飛行機……神州丸さんの艦載機が飛んで行った。

 

 それに合わせて、俺も前へ出る。

 

 第二ラウンド、互いに一対一じゃなくなってるけど、決着を付けようか。

 




教官たちに鍛えられて確実に強くなってますねコレは……
だけどちょっと染められたんじゃないの?

次で決着。空母 vs 変な駆逐艦 + 潜水艦 !

勝利の女神に選ばれたのは……綾鷹でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決着

60話です。

物事って、集中してる時以外は、むしろリラックスしてる時の方がいろいろ捗りますよね。
トイレ、お風呂、散歩etc……。

日常が……ほのぼのがッ! 足りないッ!!


「よっ、ほっ……ヘヘッ」

 

 横にステップをして、時には急ブレーキや急加速、身体を捻って大ダメージを避ける。

 

 俺はまるゆから言われた通り、艦載機から放たれる攻撃を観察していた。

 まるゆの言っていた弱い攻撃が豆鉄砲みたいなミニマムサイズの弾。確か機銃? だっけ……。

 それらは密度は高いものの威力は大したことが無かった。全身が(あられ)で叩かれてるみたいな……地味に痛いけど、東北で生活してた経験があるんでね……舐めンなよ?

 でも目に入ったり、魚雷に当たると何が起こるか分からないから魚雷は盾で庇って、目は半開きで少しでも入らないようにしている。失明は怖いもんな。

 

 そして強い攻撃が、艦載機から落とされる黒い玉。

 ピンポン玉くらいの大きさのソレは、弱攻撃より飛んでくる頻度は少ないし、速度も自由落下だから速いとは言えない。

 盾で防いだ時に結構な衝撃があったからきっと爆弾か何かで、ずっと盾を構えていたときに盾が矢鱈と重たくなる原因の大半はコレだろう。そして盾にぶつかった時にガンガンと喧しい音を出すのが弱攻撃だ。

 

「おっと」

 

 避け切れそうに無い強攻撃を盾で防ぐ。

 出来るだけ危険度の高い黒い爆弾は気合で避けて、もしダメそうな時に盾で防ぐ。しかもそれなりの高さから落とされてるから見てから回避が出来る。

 

「ヘッ……イージーだな!」

 

『スチュワートさん、ちょっと速いです……』

 

 まるゆから通信が入る。ちょっと速いって文句を言うみたいなトーン言われた。

 ……まるゆから教えてもらったのが想像以上にいい感じだったから、きっと無意識的にスピードが出ちゃったんだろうな。だから俺にアドバイスをした過去の自分を恨んでくれ。俺はアドバイスをくれたまるゆに感謝するけど。

 

『遅かったら置いてきますよ! ……騙されて良かったです』

 

 だってお陰でこんなに楽できてる……クソ痛いけど。

 

『でも過信し過ぎないように気を付けてくださいね。いくら大したダメージじゃなくても、艤装はどんどん傷ついていっちゃいますよ』

 

『大丈夫大丈夫! ……です』

 

 まるゆにそう通信を叩きつけて後は無視する。どうせ緊急性のある内容ならしつこく通信してくるだろう。

 

 それにその辺は妖精さんから教えてもらってたし。艤装が大破まで行ったらその後は艦じゃなくて只の海に浮く人としてあの弾受けるんでしょ? 普通に死ぬわそんなの。

 死にたくないなら中破で引き返すのが良いって香取さんも言ってたし、俺も死にたくはないけど……逆に言えば中破までは安全に無茶できるってことだろ?

 

「でも『艦これ』みたいに中破とかで服が破れるのはなぁ……」

 

 自分じゃなくて他人、そして現実(リアル)じゃなくて画面の中(二次元)ならまだしも、ガチ目の前でそんなこと起きたら気まず過ぎてヤバい。

 相手がそう思ってなくても俺がそう思う。俺だって自分が他の艦娘の前で服を破られるのは本意じゃないし、そんな変態チックなムーブはしたくない。

 

 ……こんなことを考えられるくらいには余裕ができている。

 艦載機からの攻撃を避けながら進み続け、気が付けば赤城さんの影は随分と大きくなっていた。

 

「……ん?」

 

 よく見ると赤城さんの近くで水柱が上がっている。俺は魚雷を撃ってないし……まるゆか?

 

『もうこっちの攻撃も射程内ですよ! どんどん撃って大丈夫ですって!』

 

 通信が飛んでくる。流石にこれは無視できないな。

 

『分かりました。ありがとうございます』

 

 そう言うが早いか早速魚雷を発射させる。いつまでも投擲物ばっかりで出番無くて鬱憤溜まってんだろ〜? 赤城さんに全力でぶつかって行け〜? なんて心の中で言いながら。

 

 

 

 

 

 随分と赤城さんの近くまで来た。後退する赤城さんを守るように展開されている艦載機が実に鬱陶しい。

 赤城さんは俺たちに攻撃をするだけの元気がまだあるらしい。だが、まるゆと俺の魚雷攻撃によってところどころ服が破れたりしている。

 同じように俺も、服の袖や裾が所々焦げたり破れたりし始めているものの、未だ軽傷……だと思う。

 

 魚雷は既に撃ち尽くしているし、投擲物もない。ここまで来たんだからと遠慮なく盾を構えている。

 時雨にやったみたいにラムアタックを仕掛けるしかないと考えている……っていうか、そうやって赤城さんを大破まで追い込むか、赤城さんが降参する以外に決着が付かないというか……。

 俺は降参するつもりは無いし、赤城さんも同じだろう。だからあとは俺が致命傷を負わないように赤城さんのところまで辿り着けば決着だ。 

 

 それなのにあとちょっと、あとちょっとが届かない。火事場の馬鹿力ってヤツだろう。ここに来て一段と厳しさを増した攻撃に、なかなか距離を詰められない。

 

―――ドォン!

 

 爆発音と共に赤城さんが水飛沫で隠される。

 

『スチュワートさん! 今です!』

 

 そして間髪入れずに送られてきた通信。

 内容からして赤城さんに有効打を入れたんだろう。最高かよ。

 

『まるゆさんナイスゥ!』

 

 一瞬止んだ攻撃の隙間。いくら疲れていたとしてもこの隙を逃すほど馬鹿じゃない。

 

「うぉぉぉぉおおおおおおっ……!」

 

 赤城さん目掛けてアクセル全開。俺自身が一つの弾丸になることだ。

 

「ッ! しまっ……」

 

 焦ったような顔の赤城さんが一瞬視界に映り、直後盾に感じる衝撃。手首、肘、肩までの衝撃は、神州丸さんからガチで投げられた時以上で、脱臼したんじゃないかと思うほど。あまりの衝撃から、ぶつかった瞬間に首が振られて盾に頭を勢いよくぶつける羽目になった。だけど―――

 

 ―――()った!

 

 これらの感覚で確信してから惰性で進む。止まるまで相当な距離を進んだ。

 

「ハァ……ハァ……や、やったー!

 

 念願のリベンジを果たせたぞ! 今日から俺はヴェンデッタだ!

 

 滅茶苦茶盾が重たい。いつもなら不快に感じるコレも、勝った後には心地良いものに変わる。

 

「ヘヘヘ……」

 

 息を整えて振り返る。赤城さんの影は無く、同じように飛んでいる艦載機も無かったからやっぱり俺の感じた手ごたえは間違いじゃなかった。きっと赤城さんは通信の来ないまるゆが回収して運んでくれたんだろう。

 

「さて、他の人達は……」

 

 

 

―――ズルズル……バシャッ

 

 前方から水音。

 

 だがしかしそこに人影は無かった。

 

 視線を下に降ろしていくと……

 

「ヒェッ」

 

 真っ青な顔、海面に広がる髪、一緒に浮かぶ鉄の残骸。

 これは忘れもしない……

 

「潜水カ級……」

 

 いやマズいどうすればいい? 戦う……は武器無いし……逃げる? っていうかなんでここに深海棲艦が!? いつの間にか鎮守府の海域の外に出ちゃってたか? やっぱり救援を……

 

『スチュワートさん! 大丈夫ですか!?』

 

 まるゆ~! いいタイミングだありがとう愛してるッ!

 

『まるゆさん潜水カ級が居ます! 自分魚雷持ってないですどうすれば良いですか!?』

 

 hurry up(急いで)! 魚雷の無い俺は一体どうすれば……。

 

『スチュワートさん、そういう冗談は良くないです』

 

 ……は?

 

「―――ぷはあっ! ……ちゃんと見てください。これは潜水カ級じゃなくて。赤城さんですよ」

 

「……」

 

 ん゛っん~……よく聞こえなかったけど、改めて確認しようじゃないか。

 気を失ってるのか、顔を真っ青にしてピクリとも動かない赤城さんと、艦載機の破片が俺の足元近くに漂っていた。

 

「……鎮守府に赤城さんを連れて戻りましょうか」

 

 赤城さんを背負うように担いで、ゆっくりと動き始める。後ろには、艦載機の破片を拾って、落とさないように慎重に進むまるゆが見える。俺と赤城は勿論、まるゆの服装もボロボロで疲れ切っている様子を見せている。

 

 俺も戦闘が終わって気が抜けたことと、すっかり真上まで昇っていた太陽と、雨ではないものの季節による湿っていて生暖かく、気持ち悪い風。そして早とちりの所為で感動が少なかったのもあって、一気に疲れてきた。

 

 赤城さんにリベンジは果たせた。時雨の乱入、まるゆと神州丸さんの支援があったものの、それでやっと倒せるようなレイドボス染みた赤城さんは、やっぱりスゲーななんて考えていた。

 




※主人公は午後に呼び出しを喰らっています。
※赤城さんは死んでいません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

試合後のひと時

61話です。

桜の散る季節……。
今年の桜は心なしか散るのが速いように感じでビックリしてます。


 まるゆの指示に従い、フラフラとした足取りながらも鎮守府に戻る。

 

 ……早く横になって休みたい。

 身体の疲れと気の緩みから、大きな欠伸をしてまるゆに話しかける。

 

「赤城さん撃破したってことは、実質私たちの勝ちで良いんじゃないですかね?」

 

「赤城さんが最後だから、もう演習は終わってるよ」

 

「えっ」

 

 ……他のところ終わるの早くね? っていうか何でそんな事知ってんだよ。

 それにいくら各個撃破重視の作戦を立てたからと言っても、一応チーム戦なのに俺のところに来たのがまるゆと神州丸さんの艦載機だけって……薄情過ぎない? 赤城さんなんて強敵中の強敵、みんなで力を合わせるべきだと思うんだけど……。

 残念ながらどうやら教官の中にヒーローはまるゆだけだったみたいだ。神州丸さんは謎のクソ強助っ人枠に違いない。

 

「まるゆは結果知ってるけど……聴く?」

 

 うわめっちゃ気になる。終了時点で俺とまるゆは生存、そして伊26と時雨、赤城は倒してるから……どんなに悪くても引き分けだろうってことは分かる。だけど時雨の相手が誰だったのか、夕立と神通さん、満潮はどうなったのかは訊きたくて仕方がない。仕方ないけど……

 

「……止めておきます。我慢できなくなったら訊きます」

 

 こうする。今は楽しみを取っておきたい気分だ。

 

 

 

 

 

 俺が地上に戻って最初に見たのが、一緒に演習した面子が敵味方問わず、いつの間に準備したのかテントの下に集まって談笑している光景だった。

 ……楽しそうなのは良いんだけどさぁ……やっぱり救援に来て欲しかったなぁ。なんて思う俺は決して悪くは無いだろう。

 

「あーーっ! 赤城さんがやられてるとか嘘でしょ!?」

 

 戻った俺たちを真っ先に出迎えたのは大きな声。驚愕の感情が乗ってるソレに反応して、俺と俺の背中に担がれて気を失ってる赤城さんに視線が集中する。

 

「えっと……赤城さんはどうしたら?」

 

 多くの視線に晒されてちょっと緊張してしまう。だけどずっと赤城さんを背負ってる訳にもいかない。本人には言えないけど、やっぱり重たいから降ろしたい。

 俺の体が見た目通りの力の無さではなく、大人の女性を暫く担いで居られるパワーがあるんだとしても、流石に十分前後ともなるとね? 腕がほら……プルプルしてヤバいんスよ。何度引き摺って行こうかと考えたことか。

 

「赤城さんはこちらに……スチュワートさん、お疲れ様でした♪」

 

 そう声を掛けてくれたのは鹿島さん。指し示す場所にはシートが敷かれていて、そこには時雨が横になって休んでいた。

 

「よっ……と」

 

……赤城さん……そっか……」

 

 時雨の横に赤城さんを降ろす。その時の物音で起こしちゃたんだろう、時雨が赤城さんを確認して何かを呟いた後にまたゆっくりと目を閉じた。

 「し……死んでる……」 なんてふざけようとしてごめんなさい。

 

「ふぅ~~……」

 

 深く息を吐きながら立ち上がる。直後に軽くなった背中や肩を叩かれたり、誰かに抱き着かれたりした。

 

()ッ!?」

 

「スチュワート……よくやった」

 

 神州丸さん(ししょう)!? 褒めるなんて珍しいっスね。脳みそにキチンと記憶したいからもう一回言ってくれませんか? え、嫌だ? そんなぁ……。

 

「赤城さんを倒すなんて凄いわね……でも、ちょ~っと遅かったんじゃないかしら?」

 

 香取さんはちょっと厳し過ぎない? 更に早く撃破しろと申すか……。普段の訓練から滅多に褒めてくれない神州丸さんでさえ褒めてくれたと言うのに……。

 

「スチュワートさん! 赤城さんを倒すなんて凄いっぽい! 今度は夕立と勝負しよぉ!」

 

 あと夕立は……勘弁してくれ。『艦これ』の先入観から考えて、夕立の相手をするのに俺の経験値は圧倒的に足りない。瞬き一つの内に距離を詰められて、右ストレートの魚雷パンチで盾を粉砕されて、果てに飛び膝蹴りで10割くらいしてきそうなイメージがあるんだよなぁ……。

 絶対に心臓一つじゃ足りない。俺は間違いなく “素敵な” パーティーの役者に成れない。殺る気十分な夕立の威圧感だけで三回は軽く死ねるね。

 

「スチュ「夕立、いきなり飛びつくのは止めなさい。スチュワートさんに迷惑でしょう―――」……」

 

 憐れあきつ丸さん……タイミングの悪い星で生まれた宿命ってヤツだ。セリフ被りとかも甘んじて受け入れるべきそうすべき。

 そして神通さんの言葉で背中にくっついていた夕立が離れる。リアクションが完全に犬のソレだ。リードが相変わらず微妙に握り切れてないのが怖いんだけど……とにかく神通さんには感謝感謝。

 

「それに、夕立よりも指導に慣れてる私と演習した方が、スチュワートさんの為になると思いませんか?」

 

「……え?」

 

 ……感謝を撤回。この人も俺と演習する気満々じゃねーか! 指導と言う名の皮を被ったナニカじゃん。バトルジャンキーっぽさを感じる夕立と言い、身に覚えのないリベンジマッチを仕掛けて来た赤城さんと言い、なんなのこの武闘派な人達は……。

 

「……」

 

 あ~良いねぇ~……ちょっと半目で睨みを利かせてくる満潮の顔に和むわ~……。なんかこう……近所のノラ猫って感じ? がして今この場に於いて間違いなく俺の癒しになっている。微妙に心を許しきってない感じが溜まんねぇぜ……。

 

「いやはや……流石は大本営で教官を務めている艦娘ですね、本当にお強い」

 

「作戦や戦い方次第ではいくらでも勝敗は変わっていただろう。今回は偶々ウチが勝っただけだろう」

 

「「「!?」」」

 

 艦娘達の会話を、聞きながらボーっとしてたら、いきなり男性の声がして、俺を含むほぼ全員の肩が跳ねた。

 

「スチュワート。呼び出しの放送に応じないと思ったらこんなところに居たのか」

 

「あ……も、申し訳ございません! 私が連絡を怠った所為で……」

 

 偉い人に謝る鹿島さん。……完全に忘れてた。そういえば俺、呼び出し喰らってたじゃん。午後までには終わるっしょ~なんて軽い気持ちで夕立からの演習に乗って、香取さんに相談して海の上に居たけど、鹿島さんには大きな負担を掛けてたみたいだ。次があるならこうならないように心がけよう。

 

「いや、私たちも面白いモノを見れたからいいよ。それに、大したことじゃないからね」

 

「? ……ッ!?」

 

 おいおい……なんでこの人がここに居るんだよ……。

 

「提督……」

 

「やあ、スチュワート。久しぶりだね」

 

 

 

 

 

「再会の挨拶はまた今度にして欲しい。私も忙しいんだ」

 

 ……忙しい人は他人の感動を台無しにしても良いのか? いや良くない! でも呼び出し無視っていうことやっちゃってるからなぁ……しょうがねぇから話聞くか。

 

「スチュワートを今日呼び出した理由は……提督候補との連絡が付いたから、そのことを教えておこうと思ったんだ」

 

「……はい」

 

 そいつぁあ目出度いな。俺が行くところの新しい提督はどんな人かな……

 

「それと、これを渡そうと思ってね」

 

「……ありがとうございます」

 

 そう言って偉い人から封筒を受け取る。……これって滅茶苦茶大事な物じゃない? こんな他の艦娘見てるところで堂々と渡しても大丈夫なモンなの?

 

「あとはそれに従って行動してほしい」

 

「……分かりました」

 

 中身も見てないのにこう言うことしか出来ないとか辛い……。断れないとか……一種のパワハラなのでは?

 

「それと、準備もあるだろうから、一旦、田代前提督と佐世保鎮守府所属の艦娘と共に、佐世保鎮守府に行って、支度を進めるように」

 

「……わ、分かりました!」

 

 理解したと同時に元気よく返事をする。だって嬉しいじゃん。

 久々の佐世保鎮守府に、久しぶりに帰れる。俺の心はちょっと舞い上がっていた。

 




次は佐世保鎮守府に行きます。

久々に教官たち以外の艦娘が出せる……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

心の内①

62話です。

またしてもお酒に任せた勢いで出来上がった狂気の産物。
もうちょっとだけ続くんじゃ(4章)


 演習終了後、佐世保鎮守府の教官と最後まで名前の分からなかった偉い人と別れ、長かったような短かったような……謹慎してたのかしてないのか微妙に分からなかった生活が終わった。

 

 そして今は新幹線の中、後ろの方から聞こえてくる声から考えて、夕立と時雨と満潮はトランプ、列を挟んだ隣では伊26と神通さんが本を読んでいる。姿は見えないけど赤城さんは駅弁を食べている。腹が減ってくる良い匂いがその証拠だ。

 

―――良いなぁ……

 

 そして俺の隣にはさっきからチラチラと俺の方を見てくる提督。偉い人からそんなことされてたらおちおち寝てらんねぇんだよ。……言いたいことがあるならさっさと言って欲しい。内容はだいたい予想付くけどさ。

 

話は聴いている……済ま―――

 

別にいいですよ。過ぎたことですし

 

 提督の言葉を遮る。謝罪するんだろうな~とは思ってたし、この人は実際悪くない。無理矢理ダメだったところを上げるとするなら、アイツが来るまで鎮守府に残っていなかったことと、大本営の決定で決まった後任の提督(アイツ)を自分の目で判断しきれなかったところ……かなぁ? でもやっぱりこの人は悪くない。

 だからこの人に謝罪される、謝罪させるのは違う気がするし、時間が巻き戻る訳でも無いからぶっちゃけどうでもいい。

 それに、今回は俺が我慢の限界を迎えるという形で殺っちゃって、だいたい俺とアイツの所為みたいな感じになったけど、タイミング次第では別の誰かが何かしてたかもしれないし……。

 物事には割を食うヤツが絶対に居て、偶々それが俺だった。それだけだろう。

 

 ……だけど……

 

……ただ、鎮守府に着いたら愚痴に付き合って貰いますよ?

 

 これくらいはしても良いんじゃないだろうか。流石に何でもかんでも「許すよ」では提督も気が済まないだろうし。

 

それくらいならお安い御用さ

 

 この人は優しいから、きっと快諾するだろうとは思っていた。

 お安い御用なんて言っちゃって……だったら止めろって言うほど事細かに……

 

 良い事を思いついた。無意識的に口の端が上がっていく。

 

楽しみにしてますね

 

 そう言って、提督の目元がちょっと緩んだ隙に話は終わりだと言わんばかりに目を閉じて前を向く。腹の辺りに腕を置いて姿勢を楽にする。

 

 五月蠅過ぎず全くの無音でもない、振動も少ないし、きっとよく寝られるだろう。

 

 

 

 

 

 新幹線を降り、駅を出たら今度は電車―――ではなく、近くの駐車場にあるデカい車の所まで連れて来られた。

 

「……提督? 運転席に誰も座ってないように見えるんだけど?」

 

「おかしいな……事前に時間は伝えてある筈なんだが……」

 

 満潮の言葉に提督がそう呟いて時計を確認する。他の皆も周りを見渡し始めて……

 

「居ました」

 

 赤城さんが見つけたようだ。

 

Hey、提督ぅー!

 

 アッハイ この声だけで誰か分かるわ。

 

「皆さんも到着する頃だと思って Present for everyone(みんなにプレゼント) !」

 

 そう言ってアイスクリームを皆に手渡してくる金剛さん。

 俺の分が無いのは……イジメ? いやいや、冗談だよ。

 

「Oh …… ! スチュワートさん! お久しぶりデース!」

 

 俺を見るなり抱き着いてきた。これが……ッ 英国式のご挨拶……?

 ちょっと刺激が強すぎる。淑女はそうホイホイ抱き着いちゃいけないと思うんだ。

 

 会いたかったデース なんて言って尚俺を放す気配のない金剛さんには困っていたところに、救いの手が差し伸べられた。

 

「金剛、スチュワートが困っているだろう。放してあげなさい」

 

「Sorry ! ……大丈夫ですカ~?」

 

 大丈夫じゃない 問題だ。溜息を吐いてから金剛さんを見上げる。

 

「……早く鎮守府に居る皆にも会いたいですね~」

 

 うはははは! こう言っておけば日本的アトモスフィアを感じ取って 「よし戻ろう」 って感じになるだろ。語彙力のない俺にしてはなかなか良い感じの言葉だったんじゃないか?

 

「それもそうですネー! さぁ皆さん ride on please(乗ってください) !」

 

「金剛さん、いくら出撃に制限掛けられてるからって、羽目を外し過ぎないようにお願いしますね?」

 

 赤城さんがこう言っている間にも車には人が乗り込んでいき……あぁ、後ろの席が取られた……悲しいナリィ……。

 

 車内で移動中、俺のことを訊いた。もし皆から嫌われてるようなら、出来るだけ人目を避けて行動する必要が有るんじゃないかなぁ~なんて思ってたけど、意外とそんなことはなく、なんか……結構好意的な印象が多いらしい。

 それだけ訊いて、なんか安心したから適当に話題を逸らしてから演習の話題にする。思い出したかのように伊26と時雨から文句を言われたりして、何故か赤城さんが 「スチュワートさんですから」 なんて悟ったようにフォローしきれてないフォローをして俺が逆に傷ついた。

 

 その後も、金剛さんが 「眠くなってきたネー……」 なんて言ってウトウトし始めたりして、本人を除く全員が滅茶苦茶慌て始めたりして、アクション映画のカーチェイスとはベクトルの違うスリルが満点のドライブで鎮守府に辿り着いたとだけ言っておく。

 

 

 

 

 

 一月……半月? ぶりの鎮守府を歩いた。

 

 工廠に立ち寄った時には夕張さんからこれでもかと頭を撫でまわされて

 

 食堂に行った時は、恐らく即席だろうやけに赤いおにぎり(火の玉ストレート)(中身は卵。美味しかった)が出て来たり

 

 廊下を歩けばすれ違った艦娘からはほぼ必ず話しかけられた。

 

「……」

 

「? スチュワート、元気無いけどどうしたんだぴょん?」

 

 そりゃあ……一人二人なら兎に角、ほぼ全員が好意的な対応してくるなんて想定外だったんだよね。

 アイツを排したっていう点ではヒロイックかもしれないけど、やっぱり殺人したヤツは嫌われると思ってたらこの反応だもん。過保護と言うかなんというか……めっちゃ怪しい。

 

「卯月が兎詐欺(うさぎ)に見えるくらいにはね……」

 

「うーちゃんがカワイイって言ったぴょん!?」

 

「……ソウデスネ」

 

 いやホント……何があったし。正直ここまで来るとドン引きなんスよ……。

 

 

 

「―――なんてことがありまして……」

 

「ハハハ! あの子達も君には感謝してるということだよ。素直に喜んだらどうだい?」

 

 対面に座る提督が笑う。

 時間は夜。俺としては冗談半分だったんだけど、律義なことに俺の愚痴を聞くために俺を呼び出した提督から、お酒を勧められていた。

 今飲んでいるのは梅酒ソーダ。だんだん熱くなってきた季節になんか美味しく感じる。

 

 頭も良い感じにフワフワしてきたところで……うん、まだ目的は忘れてない。

 

「……そういえば、今この部屋って他に誰も居ませんよね?」

 

「あぁ、今頃は各自の部屋で休んでいるだろう」

 

「話し声って外まで漏れたりするんですか?」

 

「それは心配しなくても大丈夫だ。大声なら兎も角、今ぐらいの声なら外には聞こえないだろう」

 

 よし、その言葉を聴いて安心した。

 

 これで心置きなく提督を秘密の共有者……共犯に出来る。

 

「提督……私……自分が男だーなんて言ったら……信じますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……信じるよ

 

 長い沈黙の末、提督は答えてくれた。

 

「えっと……良いんですか? 艦娘が男だなんて、おかしいと思いません!?」

 

 あぁダメだダメだ。これ以上この話題をしてはいけない気がする。なんか……後戻りできなくなりそう。

 

「うん。正直、あり得ないだろうし、作り話だとしても出来が悪いと思う」

 

「だったら何で……」

 

「私はね、君が何かを隠してるだろうって、気が付いていたよ」

 

「ッ!?」

 

 え? マジかこの人……ガチもんのエスパーじゃね? 流石に元男の転生者なんて秘密中の秘密にしてたつもりなんだけど……。

 

「いつか隠してることを君から話してくれることを信じてたよ」

 

「……」

 

 ヤベェ……泣きそう。きっとこの人なら全部吐き出しても受け止めてくれるんだろう。

 ……いっそお酒の所為ってことで本当に全部吐き出してしまおうかな……。

 

 梅酒をグラスに零れそうになるまで注いで、薄めもしないで一気に飲む。

 

 プラシーボ効果ってヤツか、意識に靄が掛かって何も考えられなくなっていく。

 

 

「……どこにでもいる本当に普通の人だったんですよ……。 

 とある妖精さんから死んだところを生き返らせられてて、いきなり艦娘になってて、艤装も何も分からなくて……一般市民だった自分が深海棲艦と戦わなくちゃいけなくて……。

 スラバヤも何処にあるのかも分からないのに日本まで移動して……今までしたこともないような泥棒みたいな汚い生活を続けて……挙句駆逐棲姫に追いつめられて死にかけて……。

 気が付いたらここに居て……貴方も……艦娘のみんなも優しくしてくれて……!」

 

「うん」

 

「それなのに自分はそんないい人達にずっと隠し事をしたままのうのうと生活してきて……! あのクソ野郎が来た時に、殺すなんてとんでもない方法でゴリ押して、みんなに迷惑を掛けて!

 人殺しになったのに処刑にはされなくて! そんなヤツがこんなところでやっぱりのうのうとこんな風に喋ってる!」

 

「……」

 

「それなのに感謝してるだなんて……もう嫌です……もう嫌なんですぅ!

 

 あ~……頭がクラクラして俺が自分で何言ってるかよく分かんねぇな……。

 

「そうか……君はずっと悩んでいたんだね……」

 

 いつの間にか隣に座っていた提督が俺の頭に手を伸ばしてくる……が

 

バシィッ

 

 俺はその手を弾いた。

 




おかしいなぁ……
どうして私のやりたいことをするたびに主人公が壊れていくんだろう?

※主人公はお酒に弱い。

やってることは、無意識に溜めたストレスを吐き出す為にお酒に頼る上、上司に叩きつけるクズ的行動なんだよなぁ……

Q.なんで佐世保の艦娘は主人公に甘いの?
A.思い出補正で美化されたんでしょうね。今日だけ特別なのでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

心の内②

63話です。

あ〜前回投稿した私は何やってんだよもう……こんな展開どうしろってんだよ……

そもそも何で4章こんなに長くなったんだろう → 教官たちが悪い。


 

バシィッ

 

 俺の頭に伸びてくる提督の手を弾く。勿論下心を感じたとかそういったのでない。

 この人がそんなことをしないっていうことは分かり切っている。だから手が頭に伸びてくる―――頭を撫でようとしている意味が分からない。考えようにも酔ってるからまともな思考なんて出来やしねぇんだけどな。

 

「触らないでください……」

 

 口から出てくるのはそんな言葉。だって気色悪いじゃん? 艦娘の中に一人だけ艦娘の皮被った男が混ざってんだぜ?

 

「貴方だって気持ち悪いって思ってるんでしょうよ。女の振りをし続けてたヤツなんて……」

 

「……君は強い」

 

「……は?」

 

 やっぱり提督も酔ってんのか? 強い? 俺が? 何言ってんのこの人。そんな訳ねぇじゃん。自嘲気味の笑いが零れるぜそんなの。

 

「……私は超人でも何でもない。だから君の内面までは分からない」

 

「貴方は、自分が何かを隠していることを知っていた」

 

 だから気が付いていたなんて言ったんだろ?

 

「あんなもの只の勘だよ。それに、悩みや隠し事っていうのは隠してるつもりでも、存外隠せていないものだ。それに、私だって多くの艦娘と接してるから、そういった心の機微には敏感なんだ」

 

 ……。

 

「……ゴホンッ! ……私は勿論、知人にも女性になった人は居ない。だから君の経験がどのようなモノだったか想像しか出来ない」

 

 お酒の所為か、ブレて揺れる視界の中で、しっかりと俺の目を見て話をする提督は「だが」 と続ける。

 

「突然己を取り巻く環境が変わり、混乱したんじゃないか?」

 

 その通りだ 頷く。

 

「その中で、誰にも頼らず一人で頑張っていた君は間違いなく強い」

 

 そんなことはない。あの時は……妖精さんが居た。お喋り 食料調達 索敵etc…… 俺は何にもしていない。そんな俺は……弱い。それに……

 

「そんなことは……現に今、貴方に打ち明けた」

 

「一人で頑張るのも強さだが、別に人を頼ってはいけないなんてことはない。頼ることだって強さだ」

 

「クッ……フフフ」

 

 その理屈で言ったら弱い人なんて居なくなるな? 独りで頑張っても、二人以上で頑張っても強い事になるもんな。

 あ~……可笑しい。相変わらず提督は真面目な顔で俺の方見てるしさ……。あ、俺が笑たったからかちょっと微笑んだ。なんか毒気抜かれちゃったな~。

 溜息を吐く。

 

「……結局のところ、君は何に悩んでいたんだい?」

 

「……自分は、どうすれば良いんでしょうか?」

 

 そう訊くと、手に持っていたお酒を飲んだ提督がのんきに答える。

 

「それは自分で考えるべきだと、私は思うけどね」

 

 ……御尤もだ。でも人生の先輩なんだから訊いても良いじゃないか。

 

「……どうするか、どうあるべきかで悩むより、どうしたいか、どうなりたいかを考える方が良いんじゃないかな?」

 

 どうしたいか……

 

 どうなりたいか……

 

「自由に……周りと同じように過ごしたい……」

 

 一度死んだのに

 

「大きな隠し事もせずに……」

 

 望みすぎだろうか

 

「貴方の鎮守府のように、家族のように……」

 

 それでも……

 

「楽しく過ごしたい」

 

 驚くくらいスルっと口から出てくる言葉。それを聴いた提督が笑う。

 

「ハハハ! そうか、あの子達の中に混ざりたいか! なら自分から行動しなければいけないね」

 

「でも……自分は……」

 

 それでもやっぱり、中身は中身で―――

 

「まだ中身を気にするのかね? 私から見たら、君は只の艦娘に見えるけどね。さっきも言ったように中身なんて見えないんだから」

 

 そりゃあそうだ。でもずっと女の振りってのはやっぱり疲れる訳よ。

 

「疲れる? じゃあ手を抜いてしまっても良いんじゃないか?」

 

 ……提督の顔も随分と赤くなっている。気の所為ではなく話し始めた時よりも饒舌だ。

 心なしか悪戯っぽい、ちょっとワルい笑顔を浮かべている。

 

「例えば口調だ。天龍を見て見なさい。そんなものはただの個性だよ」

 

 なるほどと俺が納得してる間に提督が立ち上がり、「付いて来なさい」 って言って部屋を出ていく。

 

 

 

 建物の外に出て、ちょっと歩いたところにある木造建築。

 

「『居酒屋 鳳翔』 ……」

 

 灯りに照らされた店……だろう。居酒屋の中からは結構な人数の話し声がする。

 

「入ろうか」

 

 楽しそうに笑う提督の顔は、間違いなく下らない悪戯を楽しむ一人の男の顔だった。

 

ガラガラ―――

 

「ギャハハ―――」「良いねぇ~!」「―――んですか、もうっ!」

「お待たせしました!」「ん、ありがとー」「Zzz……」「追加ぁ~!」

 

 扉の先にあったのは……混沌(カオス)だった。

 

 上品にお酒を飲んでる人も居るけど、やっぱり目に入るのが、畳の上でバカ笑いしながら下品にお酒を飲む人達。……何アレ。海賊?

 その他にもテーブルに突っ伏して寝ている人、食器類を積み上げている人、女性にあるまじき座り方で椅子に座る人……。

 居酒屋 鳳翔 ってある位で、鳳翔さんは非常に忙しそうにしていて、入って来た俺と提督に気が付いてない。鳳翔さんが、騒ぐ彼女たちに忌避の視線を向けていないことから、これがデフォルトなのだと悟る。

 

「ほら、案外こんなものだよ」

 

「……参りました。……ただ、流石に一人称が俺は抵抗が大きすぎるので……私か自分で良いですか?」

 

「それを決めるのは私じゃない。君だよ「あーーっ! 提督じゃん!」君も楽しんでね」

 

 そう言い残して連れ去られてしまった提督から取り残されて、入口で佇む俺。

 

「……」

 

 目の前には、先ほどの光景に加えて、表面張力が仕事をしまくっているグラスを苦笑いしながら受け取っている提督の姿があった。 

 

……提督、大変申し訳ありません

 

 近くに寄ってってそう言う。それが聞こえたのか聞こえてない振りをしたのか、酒を口元に運んでは周りに囃し立てられていた。

 

「プッ……アッハハハハハハ!

 

 面白くて笑ってしまう。提督が艦娘に煽られてやがる!

 お酒の席は完全に無礼講。覚えたぜ。

 

 ……ちょっとネガティブになってたかもしれない。酔いも醒めて来たかもしれない。

 

「私も混ぜてください!」

 

 今くらいは、何もかもを忘れて楽しもうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっという間だったな……」

 

 佐世保鎮守府に戻ったと思ったら、ちょっとゆっくりしただけで、それ以外は専ら準備に追われていた。

これでも封筒の中身から考えると相当楽な分類だろう。

 めっちゃ簡単に言うと、「引っ越し」 だ。与えられた自室に殆ど物が無かった俺は幸運だろう。

 

 そして、口にも出てたがあっという間だった。東京駅で迷わなければもうちょっと余裕を持って到着できたものを……おのれ日本のダンジョン……。

 

「それにしても……強引だなぁ、君も」

 

 肩に乗ってるのはいつも工廠に行くと偉そうに踏ん反り返っている妖精さん。どこから聞きつけたのか、付いていくっていう断固たる意志を持っていると確信できるレベルでくっついてきた。今回は鞄の中……ではなく服の中から出てきた。……もう何も言うまい。

 

 そんなちょっとゲッソリした俺の見えるところに

 

 

 

【大湊警備府】

 

 

 

 新しいスタートラインが 目の前に。

 




4章はお終い! 流石にグダグダし過ぎました。
この提督は聖人か何かですね。

5章「新環境」です。幕間後に始まります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章 ~幕間~

64話です。

4章幕間です。
うん。5章じゃないんだ……済まない……

金週だからたくさん投稿したいけど……なんでゲームも揃ってイベントやるん?




・会議 黒幕と主人公

 

▼――――――――――

 

 とある部屋には人が集まっていた。それなりに広い部屋で椅子の数も十分なのに “何故か” 部屋の両側の人口密度が高く、逆に間の空間には誰も座っていない。

 

 そんな二つの集団が睨み合っているような剣呑な空気の中、一人の男 ――― 司会役が口を開く。

 

「皆様、忙しい中お集まりいただき有難う御座います。失礼ながら、前置きは省略させて頂きます」

 

 実に簡潔な挨拶と共に議題に入ろうとする司会役の男は、手元の資料を見たまま顔を上げずに話し続ける。

 

 部屋の中に集まっていた人の中で彼の立場や地位は低く、彼自身も今の役割を誰かに押し付けられたのだろう、緊張からか額から冷や汗や脂汗を滲ませながら喋る彼の 「出来るだけ早く終わらせてしまいたい」 といった願いが感じられる実に素早く、どこか投げやりな進行に……ついに文句は飛んでこなかった。

 

「……皆様の耳にも既に入っていることでしょうが、今回の議題は、『佐世保鎮守府に配属された黒川提督が、艦娘の手によって殺害されたこと』となります。お手元の資料をご覧ください」

 

 そう司会役が言う前、既に資料を捲る音が部屋に満ちていた。あちらこちらから感心するような呟きが漏れるのは、資料の準備もさせられていた司会役の男の資料が上手く纏められていたのか、それとも別の理由があるのか、司会役の男には分からなかった。

 だが、それだけでも彼の思考を乱すには十分過ぎたようで、

 

 それでも男は司会をしなければいけない。それなりの室温だというのに震えが止まらない唇から、言葉を出し続ける。

 

「先日―――……」

 

 

 

 

 

「……―――以上です。質問や意見はございませんか?」

 

 三十分くらい経ち、彼の手元の資料(カンペ)が手汗でふやけて来た時、佐世保鎮守府に行った憲兵と不知火の話から纏めた情報が出尽くしたことで区切りのような雰囲気になった。

 

 ここまで大きな失敗をしていなかった彼からは安堵している様子が窺える。既に殆どの人が彼への興味を失くし、反対側の集団へと穏やかではない視線を送りつけている。

 彼は「一区切りした時にはだいたい仲間割れし始める」という “心優しい” 同僚からのヒントをを信じ、必要最低限の質疑応答の資料しか用意していなかった。用意する時間が無く、これしか用意出来なかっただけかもしれないが。

 

「ふぅむ……この艦娘、スチュワートと言ったな?」

 

 一つの質問が司会役の男に飛んでくる。

 

「はい、アメリカの旧式の駆逐艦の艦娘であるようです。現在は、この大本営で謹慎しているとのことです」

 

何だと!?今すぐ解体処分するべきだ!

 

 質問をした男が返答を聴いた瞬間、勢いよく椅子から立ち上がり、顔を赤くしながら反対側の集団に向かってそう怒鳴り散らした。

 予想外の反応だったのだろう、司会役の彼は自分に向けられているものではないと感じながらも、怯んで動けなくなってしまっていた。

 

「……全く、司会進行の話や手元の資料を見たら黒川提督に問題があったことなど一目瞭然でしょう。貴方は一体何を見てたんですか? 寝てたとでも?」

 

 反対側の集団からはこのような言葉が出てくる。非常に冷静にそう答える男からは、解体処分と言った茹蛸のように真っ赤な男とは対照的に、白イカのような涼やかな印象を感じられる。

 

 司会役の彼は、このやり取りが引き金となって口論が始まり、徐々にヒートアップしていくにつれて存在感が薄くなっていき、遂には誰の視界にも入っていないと確信できてしまっていた。

 

どうしよう……

 

 確かに彼の目の前に広がる光景は、艦娘と黒川提督のどちらに今回の一件の責任があるかを、両陣営が互いに押し付け合っているように彼の目には映っていた。

 それは正に彼が聴いていた「仲間割れ」という言葉にピッタリで、彼よりも遥かに偉い立場の人たちの矛先が、間違っても自分に向けられないよう、彼は艦娘を擁護する側の後ろの隅に移動し始めた。

 

ふぅ……

 

 本来ならばやってはいけない司会進行の放棄。だが、忘れられているならば落ち着くまでは休めるだろうというのが彼の考えのようだ。

 

 

 口論は終わりが見えないまま、両陣営の意見は平行線のまま続いていく。

 

……君。司会進行だよね?

 

「うわっ!? ……は、はいそうです!」

 

 彼に話しかける人が居た。

 

 謝罪しようとした彼を手で制した男は、彼の隣まで椅子を引っ張り腰を下ろした。

 

「……見たところ君は研修生だね?」

 

「そ、その通りです」

 

「この話し合い、君はどちらに責任があると思う?」

 

 一つの質問が彼に投げかけられた。

 

「……自分は、黒川提督のやり方に問題があったと感じます」

 

「理由を訊かせてもらえるかな?」

 

 返答する彼には迷いは見えず、理由を訊いてくる男。

 

「まだ研修中の身ですが……。ええと、今の艦娘は皆知らないだけで、艦娘、ひいては妖精と何かしらの条約のようなものがあって、内容は提督に就いた人に知らされると聴きました。……これは自分の予想ですが、条約の内容は『人として扱うこと』だと思います」

 

「どうしてそう思ったんだい?」

 

「えっと……深海棲艦と言う脅威が世界中にあって、一刻も早くソレを取り除きたいならば、今頃艦娘と言う存在を最大限活用するマニュアルなどが作成され、それに則った運用がされていてもおかしくはないと思いました。

 ですが、実際には横須賀鎮守府の様子や、資料にもある以前の佐世保鎮守府の様子から、艦娘を機械のように扱うような様子は見られませんでした。

 このことから、最も効率の良い深海棲艦撲滅をしようにも出来ない状況であると、以前から予想していました」

 

 彼が自分の考えを男に話す。すると男は嬉しそうな顔をする。

 

「うん。……それに、黒川提督のやり方は、最大限活用するにしても杜撰すぎる。艦娘を道具だとしても、普段からの手入れを怠ったらまともに機能しないのは常識なのにね。今回は見事、手に持った銃が爆発したようなものだと私は思ってる」

 

「……」

 

 黙る彼の手を取って男が立ち上がる。そのまま男は彼の腕を掴んだまま両陣営の間の通路に向かって歩き始めた。

 

「えっ!? あの……」

 

全員、よく聞いて欲しい!

 

 大声で互いに口撃しているんがないかと疑われるくらい白熱し騒がしくなった部屋に、更に大きな声と共に目立つ場所へと躍り出た二人組。

 予想外のことに部屋は先程までの喧騒が噓のように静まり返る。

 

「なっ……何ごと―――

 

今私の隣に居る彼は、実に素晴らしい回答を私にくれた! 艦娘反対派の皆様、忘れているんじゃないですか?

 

 男は艦娘反対派と呼ばれた陣営の方を向く。

 

艦娘というのは! 元々妖精のモノで、我々は指示する権利を与えられているだけだということを!

 

 ちょっと偉そうな男からは、有無を言わせない気迫が発されていた。艦娘反対派の方からも、親艦娘派の方からも、騒めき一つ聞こえてこない。

 

「……隣の彼は、まだ研修生だ。そんな彼でも分かっているのに……いいですか? 艦娘は、内容までは言えませんが、 “条約” によって守られています。そして今回の一件、黒川提督の行いは条約に抵触している可能性が非常に高い。ほぼ百パーセントと言っても良い」

 

「……だが殺すのは良くないだろう」

 

 艦娘反対派の中心に座っていた男、リーダー格だと思われる男が口を開く。

 司会役の男は、もう何が何だか分かっていなかった。所謂パニックだった。

 

「えぇ確かに殺すのは問題があると思います。ですが、そもそも黒川提督を配属させた我々にも問題があると考えませんか?」

 

「ふむ……確かにその通りだな。君達には―――」

 

 再びギスギスしてきた空気の中で、相変わらず話を続ける男に肩を持たれた彼は、混乱のあまり無に帰ろうとしていた。

 そんな彼は「どうしてこうなった」と心の中で叫んでいた。

 

 

 

 

 

 虚空へ消えようとしていた彼の意識が再び部屋に戻ってきたのは、再び腕を引かれたからだ。

 

ほら、司会進行は君だろう?

 

「え……」

 

大丈夫だ、件の艦娘を解体することに賛成の人~って言っておけば何とかなる

 

「え……」

 

 それからは何も言われず、背中を押されて最初に居た位置まで戻ってくる。

 

「で、では……件の艦娘を解体することに賛成の方は、挙手をお願いします」

 

 彼が、言われた通りに採決をとる。

 

 手を上げる人は殆ど居なかった。

 

 これで今回の艦娘の処分についての話し合いが終わった形になったと、確かに何とかなったと、彼は安堵した。

 

「それでは皆様、長時間の討論、お疲れ様でした」

 

 彼がそう言うと、忙しそうにそそくさと出ていくもの、悪態を吐きながら部屋を出ていくものと様々だったものの、そう時間が経たない内に人が居なくなった。

 

「今から後片付けか……」

 

 そんなことを呟き、手際よく椅子と机を元通りに並べていく彼。元はと言えば直感に優れた同僚から押し付けられた仕事であり、本来彼は休日だったのだが。

 

「それでも偉い人相手にイライラした感情を向けるのは違うよね……」

 

 そう彼落ち込みながら最後にスクリーンを片付けているときだ。

 

「君は中々見所があるね。もし良かったら、先日の会議で決定した大湊警備府に提督として配属されてみる気はないか?」

 

「……」

 

 背後から突然声を掛けられた。

 

 突然の事に驚いたからか、それとも内容が突飛過ぎて理解できなかったからか、それとも上手く聞き取れなかったからか、或いは全部かもしれない。彼の口からは呼吸さえも出ていなかった。

 

「ああ、今すぐ答えろとは言わない。それで聴いておきたいんだけど、君の名前は?」

 

「自分は―――」

 

 ここからは次の物語

 

▲――――――――――




・書いてる時
 う~ん……こんな設定出して大丈夫かな……絶対後で後悔するぞ……

・今
 どうせ偉い人達しか関係ないしフレーバーだな! 放っとこ!

二人称って難しいですね!? 出来てるかも分からないけれど……
会議なんてしたこと無いから分からない! (SAN値0)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

未完成file スチュワート

表やら何やらを使ってみたくてやってみただけの回です。

欲望に正直に生きていたいです。


―――――

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――アクセスを確認しました。有意義に取り扱ってくれることを願います。

 

 

 

 

 

 このページは『艦娘』のプロフィールとなっています。

 元になる軍艦の情報、更に詳しい情報が欲しい場合は、直接本人に問う、若しくは各自で調べてください。

 

※この艦娘は不明な点が多く、未だこのページは編集中です。

 

基礎情報

経歴

能力試験結果

関連

その他

 

 

 

基礎情報

名前 スチュワート

艦種 駆逐艦

出身 スラバヤ*1

所属 無所属 → 佐世保鎮守府 → 大湊警備府

就役 6月○○日*2

 

本人記入欄

身長 非公開希望

体重 非公開希望

好きな食べ物 冷たくて辛い物 

嫌いな食べ物 熱くて冷め難いもの、脂っこいもの。

 好きな事  面白いこと

 嫌いな事  退屈、理不尽

  特技   英語は通訳も可能だと思います。

  特徴   盾は唯一無二?

閲覧者に一言 テキストが入力されていません♡

 

 

 

経歴

 5月??日 スラバヤにて建造される。日本へ向けて移動を開始。

 

 5月??日 フィリピンに到着。 

 

 5月○○日 日本の排他的経済水域の僅か外で駆逐棲姫と交戦し敗北。偶然近くに居た佐世保鎮守府の艦娘に保護される。

 

 6月○日~ 佐世保鎮守府で演習、夜戦、秘書艦業務を行っていたと分かっている。 

 

 6月○○日 黒川提督を殺害。大本営へ移送される。

 

 6月○○日 謹慎中に、許可を得て練習巡洋艦(以下教官)と訓練などを繰り返す。

 

 6月○○日 佐世保鎮守府を離れ、大湊警備府に初期艦として配属

 

 

 

能力試験結果

戦闘能力 執務能力 護衛能力 備考

 

戦闘能力

攻撃能力まだまだ粗削りなものの光るものはあります。チャンスを逃さず、思いきりも良い。但し、攻撃のことを考えるあまり特攻しやすい思考は要矯正です。
生存能力機動力が高い駆逐艦らしく回避することで “当たらない” 立ち回りに加え、それでも当たりそうな玉は器用に弾く等、生存能力は高いと判断出来ます。
継戦能力長期間の戦闘続行による体力面は問題ありませんが、集中力の乱れが目立ちます。これからに期待したいです。
対応力最終的には様々な状況に対応出来たのですが、少々時間が掛かるように感じます。実際に出撃を繰り返すことで対応力を身に付けて欲しいです。
その他不明演習の際、自分の出来ることから作戦に案を出したことが評価出来ます。
総評全体的に経験が浅い為、一般的な艦娘との比較が難しく、下記の備考の内容も相まって、評価することが至難を極めます。
備考後に分かった事ですが、盾やその他類を見ない装備をしているとのことで、上記の評価があまり当てになりません……。

 

執務能力

執務速度書類を捌く速度は文句無しです。
正確性速度を気にし過ぎている節があり、勿体ないミスが見受けられます。落ち着いて作業しましょう。
集中力集中力も素晴らしいの一言です。但し、集中し過ぎる余り周りが見えなくなることは改善点です。
快適性落第必要最低限の会話もするか怪しく、機械のように動き続ける様では、一緒に作業する人のストレスになります。もっと明るい職場を心がけてください。
総評一人で作業をさせるのならば文句無しです。作業時間にもっとゆとりを作ることで正確性の上昇が見込めます。ですが、複数人での作業の適性が絶望的に低いです……。
備考要改善 作業中の会話や適度な気の抜き方を誠心誠意 指導中です。

 

護衛能力

陸上戦闘能力標準素人だった為、一般成人男性は鎮圧出来るように教育済。
護衛適性標準特筆すべき点は無し
総評本人に経験が無く、期間も短すぎた。今後に期待したい。
備考初動が遅いと言った欠点があり、指摘済。改善するかは本人次第。

 

備考

 艦娘訓練カリキュラムに則った訓練と能力試験を兼ねている。

 戦闘能力試験官 香取

 執務能力試験官 鹿島

 護衛能力試験官 神州丸

 その他協力 まるゆ あきつ丸 佐世保鎮守府の艦娘

 

 本人がまだ経験不足の為、正確な評価が出来ない。

 

 

 

関連

佐世保鎮守府

・田代提督 … 曰く「大本営から帰ってきて少し成長した」らしい。

 

・ある妖精 … スチュワートが来てから、提督からの接触に応じなくなった。但し、悪意の類は一切ないことは他の妖精からの証言から分かる。

 

・夕張 … 盾を作った後設計図が消え、その後は盾を作れなくなった。

 

・満潮 … 軍艦時代(過去)に因縁があったようだが、現在は折り合いが付いている。

 

・赤城 … 演習で敗北し、スチュワート撃破に並々ならぬ熱意を込めている。

 

・黒川提督 … 杜撰な鎮守府運営の末、スチュワートより殺害された。

 

大本営

・香取 … 駆逐艦らしくない立ち回りの疑問が最近解けた。

 

・鹿島 … 曰く「絶望的」な愛想の悪さが、急に改善されて一安心している。

 

・神州丸 … スチュワートより師匠と呼ばれることを実は嫌がっていないらしい。

 

 

その他

・艦娘スチュワートの基となった軍艦は間違いなくDD-224。

 米軍の クレムソン級駆逐艦 スチュワート と見て間違いない。

 

 ・しかしながら、アメリカに連絡をしても「知らない」の一点張りである。

  このことから、スラバヤで彼女を建造した妖精について訊いたのだが、

  「亡くなったので会えない」と言った回答が得られ、進展は無いと思われる。

 

・何と言っても彼女の特徴は手に持つ盾、そして投擲物である。

 砲の代わりに盾を持っている為攻撃力自体は低いものの、防御力はかの赤城に敗北感を植え付けるレベルである、と言ったらどれだけ突破が困難か分かるだろう。

 ・今のところの弱点は複数人で囲む、防ぎ辛い魚雷で攻撃する、等がある。

 

・上記のことから、盾や投擲物に目が行きがちだが、香取の下した判断から察するに、一般的な艤装の運用も標準かそれ以上のようだ。

 

・投擲物は彼女専属と言っても良い上記の妖精しか作成出来ず、普及は難しそうである。

 ・効果が汎用性の高いものだったり、唯一無二の物であるばかりに、普及できないのは痛いところ。

 

・本人記入欄の辛い物好きは事実で、佐世保鎮守府では彼女の作った激辛カレーを暁が泣きながら食べている姿が目撃されている。

 

・現在、1年間の出撃禁止といった罰が下されているらしい。

 

―――――――――――――――

 

 

*1
本人の記憶がハッキリしている場所がスラバヤだった為

*2
佐世保鎮守府は非公式。正式に所属したのが大湊警備府の為




次回からはちゃんと5章するので許してほしい……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新環境
着任!


65話です。

金週ブースト!
今回から5章です。

誤字脱字報告いつも助かってます。ありがとうございます。



【大湊警備府】

 

 そう見える建物まで歩く。

 

 心機一転、とは間違っても言えない心情だ。こう……やる気がイマイチ出てこない。どれもこれも佐世保鎮守府の居心地の良さが悪い。

 今すぐ佐世保に引き返してぇなぁ~なんて囁く頭の中の悪魔は、罰はしっかり受けないといけないなんて言う別の悪魔(天使)から分の悪い戦いを強いられていた。

 

「あそこで一年間引きこもりの刑か……ハァ」

 

 溜息を吐く。俺は自称引きこもりなのであって、普通に散歩とかしてた所謂アクティブ陰キャなのだ。そんな俺が一年間も鎮守府から出るな! なんて言われたらどうなるか……間違いなくゆで卵が破裂するように限界を迎えるだろうことは想像に難くない。

 

「どうにかして暇つぶしの方法を見つけなければ……!」

 

 どんな人がここの提督になるかは分からないけど、どうも大本営の偉い人が決めたっぽいし、きっと「真面目」が服を着て歩いているような人なんだろうなぁ……。

 そうなると俺の退屈がマッハだ。つまり暇潰しを探すことは急務だ!

 

「でもそう都合よく転がってたりはしない……ん?」

 

 恐らく入口だろう場所には人集(ひとだか)りがあった。前世ならまだしもこの世界には深海棲艦がガチで存在するんだし、まさか観光ツアーか何かな訳無いだろう。

 近づいてみると、憲兵と……一般人だった。何やらちょっと揉めている様子。穏やかじゃないけど……青森県民の皆様は何故ここに?

 

―――船――――!? ―――ッ! ―――

 

 ちょっと耳を澄ませて聴いてみようとしたけど……分からんね! 波の音と風の音しか聞こえて来ねぇ! 何かを言ってるのは分かるんだけど、何を言ってるかはさっぱりだ。

 ……でも、一応俺もここの住居者になるんだし、地域住民って言うお隣さんとは揉めたくないなぁ……。仕方がないけど、接触するか。どう足掻いてもあの人達と憲兵を無視して入れそうにないし……。

 

―――! ―――なんだべが!?」

 

 う~ん……揉めてるのは大体おじちゃんおばちゃん達か……あ、憲兵さんチーッス! どないしたん? まぁ会釈は返すけど……あ、憲兵さんの会釈でみんなこっち向いた!

 えっ……まさかいきなりタゲが俺に移るとか想定外。モンスタートレインだけは勘弁して欲しかった……。話の内容全然分からないんだけど、どうしろと!?

 

「おおーっ! めんこい女の子(おなんご)だの~。……まさか艦娘だべが!?」

 

「ふぇっ!?」

 

 ん~!? 鈍りが強すぎて何言ってるか分からねぇ……。多分前半は雰囲気からして容姿を褒められた……筈。後半は「まさか艦娘ってヤツ!?」って意味か?

 

「え、えぇ……新しく此処、大湊警備府に配属された艦娘ですが……」

 

 そう返すと、一番俺に近かったジャージのおじいちゃんがニカッと笑う。

 

「ありがてぇ……こいで怯えるごどなぐ漁ができるなぁ!

 

 そう言って豪快に笑いだす集団。漁って言ってたし多分漁師だろう。……だけどどうせなら何言ってるか分かりやすい人が居たらと願わずにはいられない。

 

 それに怯えることなく漁が出来る……って言ったの? 俺一人が居たところで影響なんてこれっぽちも無いんだよね……。そもそも出撃出来ないし……。だから艦娘が建造で増えるまではもう少しの辛抱を続けて欲しい。

 

「いや~すみませんねぇ。こご(此処)に新しぐ艦娘たちが来っどわがってがら、みんな舞い上がっちまって……。深海棲艦は本当に怖ぇんで……ありがとうございます」

 

 一人のがっしりしたオジサンが話しかけてくる。……なんだよ! 訛りがそこまで強くない人居るじゃん! だったら最初からその人で良くない? いや、おじちゃん達は悪くないよ。

 

 その後、集まっていた漁師の人達はお礼を言って去っていった。台風一過。後に残されたのは俺と二人の憲兵だけだった。

 

「えっと……新しく此処に配属になります、艦娘のスチュワートです。……入っても良いですか?」

 

「話は伺っています。念の為、事前に持たされている封筒を見せて貰えますか?」

 

 まぁセキュリティ的にフリーパスは拙いよね……。佐世保はこういう人居なかったけどセキュリティ大丈夫なの……?

 

「確認しました。それでは案内しますので、付いてきて下さい」

 

「はい、有難う御座います」

 

 そう言って進んでいく憲兵の後ろに付いていき、警備所? の前を通過してとうとう大湊警備府の中に入ってしまった。さぁ、これから一年間の引きこもり生活がスタートするぜ。

 

「あっ」

 

「どうしました?」

 

「あ、あぁ……お気になさらず……」

 

 ヤッベー……どうせなら入る前に欲しいものとか買っておくべきだったー! これはやらかし案件だよ畜生! ……しょうがないからその内誰かに買ってもらおう。きっと心優しい誰かが買ってくれる筈だ。

 

「あっ」

 

「……今度は何ですか?」

 

「私に対してはそんな態度でなくて大丈夫です。貴方の方が人生経験のある先輩なんですから」

 

「……仕事なので」

 

「成る程。失礼しました」

 

 それからは簡単な説明だけ受けてサラッと全体を見て回り、警備所に戻ってきた。

 

「これからよろしくお願いしますね」

 

「こちらこそ」

 

 そう言ってから見た感じ無人だった警備府の中に改めて入っていく。建物の形は佐世保と大して変わらないように見えた。現実だったらそんなことは無いんだろうけど……まぁ『艦これ』故致し方なしって感じだろうか。でも佐世保と違って「居酒屋鳳翔」が無かったり、倉庫の数や大きさが違ったりはしたなぁ……これらはオプションなのか。

 

 

 

 静かな鎮守府の中を歩く。人が居らず活気が感じられない。心なしか佐世保よりも肌寒い印象を受ける。

 

「提督も居ないとか……問題では?」

 

 そもそもここら辺の海は今まで誰が防衛していたのか……。漁師の喜び方から考えて深海棲艦がぽこじゃか出てくるって程では無いけど、安全に漁をするには心許ない、若しくは最近になって深海棲艦が見られるようになったか……。

 

 取り敢えず中身、部屋の配置は大体同じだった。

 執務室まで歩いてノックする。

 

―――コンコン

 

 返事は無い。

 

「失礼しま~す……」

 

 扉を開けようと手を掛ける。―――あっさりと開いた。

 

「……」

 

 電気も点いてない部屋、普段なら一番偉い人(ていとく)が座ってる椅子は空白で机の上にも書類は無く、本棚も空っぽだ。

 

「……」

 

 窓際まで歩いて外を見る。警備府の一部と海が良く見える。

 特に思うことも無いから窓から離れて、改めて無人なのを確認してから提督が座る椅子に座る。

 

「う~ん……」

 

 革特有の感触が微妙に気に入らない。ガッツリ堪能しようと思ってたけど、これはちょっとなぁ……。数回跳ねる様に動いたら興味が無くなったから引き出しを漁る。

 

「目星技能は~……七十五ぉ!」

 

 一番手に掛けやすい引き出しには封筒が入っていた。目星は成功したみたいだ。

 出て来た封筒はご丁寧に付箋で「提督用」と「初期艦用」で分けられている。

 

「俺の動きは読まれている……?」

 

 そうじゃなかったら態々引き出しに入れずに机の上に置くとか、警備所に預けるとか……やっぱり盗難とかあったらどうするつもりなんだろうねぇ……。

 初期艦用の封筒を取って空ける。

 

「えっ、えぇ~……」

 

 中に書いてあったのは、明日の朝に提督がそちらに到着するって情報。

 

「初ミッションはまさかのおもてなしか……」

 

 だから俺がここに来るように言われたのが今日だったのか……。

 

 更に読むと、今日から各鎮守府から数人ずつ手助けに来てくれるらしい。これは有り難い。

 そして、提督が来てからは提督の指示に従うこととある。

 

「ハンッ、舐めんな。超絶イイ子ちゃんに徹してやるから見てろよ……なぁ、妖精さん?」

 

 佐世保から付いてきた妖精さんに向かってそう言う。すると「そうだそうだ」と言わんばかりに首を縦に振っている。

 

 でも、『艦これ』的テンプレートに則って、やらなきゃいけないことがある。

 

 椅子から立ち上がって執務机の前へ移動する。

 

「駆逐艦スチュワート 着任しました。よろしくお願いします」

 

 そう言って敬礼をする。

 

(それは陸軍の敬礼ですぅ……)

 

 ……何か聞こえた気がするけど、まさか霊的なナニカが出るとかは無いでしょ。

 部屋も綺麗だし、今日はこれから来る艦娘の受け入れかなぁ……。

 




【ご都合主義】案件。
・鎮守府の内装は同じ……。エキサイトな内装(ニンジャ屋敷)は却下されたようです。

方言が合ってるか分かりません。一応調べてはいるんですが……
提督(ヒーロー)は遅れてやってくるッ!

私は、一般人に敬礼させたら大体の人は陸軍式敬礼をすると思ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

応援到着!

66話です。

金週ブースト!

やっぱり毎日投稿を続けられる人は凄いと思いました。



 今日はこれから来るだろう他所の艦娘の受け入れ。やることは決まってても俺がリアクション側だから待つ以外に出来ることが無く、汚れる原因が無いから廊下も綺麗で掃除は要らないし、食べ物の買い出しで外出するのは論外だ。

 

「やることが……無いっ!」

 

 そう叫びながら机に突っ伏していた顔を上げる。妖精さん(ホモ)も机に大の字で倒れている。艤装の修理とか無くて暇だろう? なぁ?

 

 因みに妖精さんの渾名の理由は簡単。俺の中身が男で、此処に来るときに無理矢理付いて来たから。まぁ、妖精さん(ホモ)の性別なんて分からないけど、なんか男っぽいし……()と男(?)がくっついたならそれはもうホモでは? っていう死ぬ程どうでもいい理由だ。もっと良い感じの渾名を思いついたらそっちにしようと思ってる。頑張れ未来の俺。

 

「あ、そうだ」

 

 工廠に妖精さん連れてけば良いじゃん。さっき見て回った時、工廠には妖精さんの姿あったし。持って来てた盾とかのメンテもついでにして貰えば暇も潰れて一石二鳥だ。

 

「じゃあ工廠に行こうか、妖精さん」

 

 その言葉でゾンビが動き始めるように緩慢な動作で動き始める妖精さん。……もうちょっとシャキッとしてくれない? 俺だって今はやること無さ過ぎてやる気が出ないんだからさぁ……。

 

 

 

たのもー!

 

 工廠に柔道破りみたいな宣言をして入る。

 明らかに佐世保よりも少ない妖精さんの数。執務室も物が無くて広いな~とは感じたけど、工廠は輪をかけて広く感じる。一番は修理中の艤装や、予備の艤装が置かれていないこと。一つ一つが大きい上に数があったから……。正直工廠ってこんなに広かったのかと最初は驚いた。

 

 そんなことを思っていたら足元に妖精さんが集まってくる。少しでも視線の高さを合わせようと俺も屈む。

 

「は~い。今日からここに来たスチュワートです~。あ、コレは佐世保鎮守府から付いてきた妖精さんですね。これからよろしくお願いします」

 

 そう言って肩に居た妖精さん(ホモ)を掴んで床に置く。そして持って来ていた艤装を渡す。

 

「一年間は出撃禁止って言われてるから、自分の艤装の修理の優先度は低めで大丈夫ですよ」

 

 ……確かどっかの国では妖精にはミルクとか甘味とかをお供え……お礼になんかするんだっけ? じゃあ俺は暇があったらブラウニーでも作っかな。混ぜるのとオーブンが面倒だけどそれ以外は割と簡単なんだよねアレ。

 

♪~「スチュワートさん、お客様がお見えです」

 

「ぬ……」

 

 呼び出しとか学生生活以来だな~……クッソ懐かしくて笑うわ。

 それにお客様……十中八九どっかの艦娘だろうな。待たせる訳にはいかないから迅速且つ素早くスピーディーに行こう。

 

 

 

「お待たせしました!」

 

 ものの数分と経たずに警備所に到着した。警備所から見えないところでは全力疾走して時間短縮、見られそうなところでは歩いて少しでも良い印象を与えられるように頑張った。

 警備所で待っていたのは鮮やかな赤い髪が特徴的な人と、大人しそうな人。間違いなく艦娘だろうけど、公共機関で移動してきたんだろう、目立つ服装ではなく私服だった。

 

「そこまで待ってないから気にしなくていいわ。私は横須賀鎮守府から応援に来た伊168。イムヤで良いわ。それでこっちが――」

 

「同じく、横須賀鎮守府から応援に来た伊良湖です。よろしくお願いいたします。」

 

 イムヤと伊良湖は横須賀から来た、覚えたぞ。

 それで……近くにあるデカい荷物は一体?

 

「ご丁寧にありがとうございます。それではご案内させて頂きますね?」

 

 キャリーバッグなんて目じゃないくらいデカい荷物からは目を逸らす。気にしたら負けだ。俺だって艤装とか持ってくるのに馬鹿みたいにデカいバッグを借りたんだ。……でも、俺の艤装よりも更にデカいとかどうなってんだよコレ。手荷物ってレベルじゃねぇぞ……。

 

「あ、待ちなさいよ。どうせ他の鎮守府の人も来るんだし、全員集まってからの方が良くない? 何回も繰り返すのはメンドクサイでしょ?」

 

「え? 良いんですか?」

 

「大丈夫よ。伊良湖さんもそれで良い?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 

 

 警備所の前で待つこと十分。その間にイムヤと伊良湖から質問を受けていた。当たり触りの無い質問しかされなかったから、もしかしたら俺のやらかしはお偉いさんに握りつぶされた可能性があることが分かった。

 

「――そうなんですよ! ……あ、来たみたいですよ!」

 

 他の人が来たことに伊良湖が気付いて声を出す。視線を前に向けると、そこには視界一杯に広がる紺色。

 

ぴょおおおおおおおん!

 

「え、ブッ!」

 

 直後に全身に衝撃を受けて倒れこむ。体は痛くないけど尻餅ついてケツが痛い。地面がコンクリじゃなかったら服まで汚れていたと考えるとまだマシかもしれない。

 

「卯月、どけよ……どいてください」 

 

 何とも特徴的な言葉、タックルをかますアクティブさ、前者の時点でほぼ確定してるようなもんだけど、心当たりのあるのは卯月しかいない。

 

「スチュワート! 聴いて欲しいぴょん! 佐世保から誰が応援に行くかで夕張が――「そこまでよ。久しぶり! スチュワートさん」

 

 ヒョイと、卯月が持ち上げられて体に自由が戻ってくる。摘ままれて一段と小さくなっているように見えるのは気のせいか?

 そして卯月を持ち上げているのは長良さん。襟をガッチリと掴んでいて離す様子はない。青い顔をして藻掻いてるように見えるけど……ギャグ補正か何かでしれっと戻ってきそうだし放っておこう。

 

「あの……私たちも挨拶させてもらっても良いでしょうか……?」

 

「あっどうぞぉ!」

 

 聞こえて来た声に脊髄反射で応える。

 

「舞鶴鎮守府から応援に来ました。大鷹です」

 

「同じく舞鶴鎮守府から来ました五月雨です。よろしくお願いします!」

 

 そう言って深々とお辞儀をする二人。

 

バサバサバサッ

 

 大量のファイルが降って来た。

 

 出所は……五月雨の背負っていたバッグと見て間違いないだろう。

 

「うわあああああっ! ごめんなさいっ!」

 

 慌ててファイルを拾い集め始めた五月雨。ファイルは皆で集めたのですぐに集まったが、最後の最後に風で一枚飛ばされていった。

 

「だ、ダメです!」

 

 五月雨が駆けだして……何かに躓いて転んだ。

 

「「「……」」」

 

 大鷹さんが溜息を吐いて、他の人は優しい顔をしている。

 俺も悟る。五月雨は……少しおっちょこちょいなところがあるらしい。見てて飽きないから退屈しないと言うか……心配で目が離せないと言うか……。

 

「私たちも挨拶させてもらえない?」

 

「巻雲ちゃんも、衣笠さんも待ちくたびれたよ~」

 

 それぞれが違う想いをしながら、飛んでる紙を追いかける五月雨を眺めていると、声を掛けられた。

 

「私たちは呉鎮守府からの応援だよ!」

 

 これはまた……濃い人たちが来たなぁ……あんまり興味ないけど呉鎮守府ってどこ? あとついでに舞鶴鎮守府もどこだよ。

 

「……ありがとうございます。……これで全員揃いましたか?」

 

 でもそれはそれ、これはこれ。お礼を言ってから確認する。鹿島さんも四つの鎮守府以外の名前は出してなかったし、多分全員居るでしょ。

 

「全員居るみたいね」

 

「五月雨ちゃんが戻ってきたら、移動しましょうか」

 

 一番大人な衣笠さんと長良さんが真っ先に何をするかを決定する。物凄く頼りになる。

 

「じゃあ取り敢えず食堂に移動しましょう」

 

 お陰で後は乗っかかるだけで良い。……本当は俺が一からあれこれ指示しないといけないんだろうけど……艦娘の常識なんて相変わらず持ち合わせて無いんだ……許して欲しい。

 

 

 

「はぁ……はぁ……遅くなりました! ごめんなさい!」

 

 五月雨が戻って来た。始まる前から既にボロボロだけど大丈夫なのコレは……。

 兎に角、五月雨が物言わぬ紙と追い駆けっこをしている間に決めておいた移動先、食堂に向かう。

 

「スチュワートさん! 私、舞鶴鎮守府で初期艦だったんです! ……えへへ、初期艦の先輩ですね。何か訊きたいことがあったら頼ってくださいね!」

 

「分かりました」

 

 移動中に五月雨が嬉しそうにそう言って来るが……不安だ。本当に頼ってしまって良いのか?

 




メンバー
・主人公
・伊168 伊良湖
・長良 卯月
・大鷹 五月雨
・衣笠 巻雲

・提督(未着任)

卯月のタックルで半ギレの主人公……牛乳(カルシウム)が足りませんねぇ……
伊良湖さんが持ってきた異常にデカい荷物の中身とは……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

提督 見ゆ!

67話です。

金週ブースト!

……【勘違い】タグ付けました。


「応援で来てくださった皆さんは何をして来いとか、具体的に指示されてるんですか?」

 

 時間は昼前、ちょっと早いけど食堂に集まって昼食を食べている。

 

「そうね、私達は横須賀鎮守府……と言うよりは、大本営からの指示に近いわね。私は置いといて、伊良湖さんは鎮守府の衣食住を支える為にここに来てる感じね」

 

 それはまぁ……何となくで分かった。佐世保でも間宮さんと一緒に厨房に立ってたし、今俺たちが食べている昼食だって伊良湖さんが準備してくれた。

 

「それで、私達の持ってきた荷物は資材よ」

 

 資材ってあの……臭くてドロドロしたアレとか、滅茶苦茶重たいアレとかでしょ?

 

「……スチュワートさんが考えてるのは集める時だよね? それとは違うから大丈夫」

 

 長良さんと遠征に行ったときのことを思い出して渋い顔をしてたらしい。長良さんが訂正してくれる。

 どうやら遠征で集めた資材はそのまま妖精さんに預けられて、なんやかんやあって精製されるんだとか。なんやかんやって……滅茶苦茶フワッとしてるけど、多分企業(妖精さんの)秘密ってことだろう。

 実際デカいバッグから出された弾薬は錆び付いてるソレではなく、ドラマとかに出てきそうな綺麗な金色になっていた。

 

「うーちゃんはスチュワートの見張りだぴょん!」

 

 綺麗なモンだな~なんて感心していると、横から卯月が聞き捨てならないことを言ってきた。

 

「は?」

 

 おっと思わず素が。見張りって何だよ?

 

「スチュワートが変な無茶をしないようにするために見張ってるぴょん!」

 

「勝手にこう言ってるだけだから気にしないで。私と一緒に遠征で資材集めよ」

 

 じゃあ何時ものことだろうし放っておこう。あとはアレか、人数少ないから賑やかしも兼ねてそうだな……。

 

「大鷹さんは近海の見張り役で、私は初期艦としてのいろはを教える為に来ました!」

 

 五月雨が言う。空母、軽空母の見張りは多分テンプレなんだろうな。実際範囲が広いだけあって効果的だし。それと五月雨は言葉で説明するだけで大丈夫だ……頼むから動かないでくれよ? 伊良湖の料理手伝うって言って指切ったの知ってるからな?

 

「衣笠さんは基本暇かな~。精々漁船の護衛か、みんなが相手するのキツいのが出て来た時に動くくらい」

 

「じぃー……ハッ!? 巻雲は……遠征か近海の哨戒をフレキシブルに対応します!」

 

 虚空を見つめていた巻雲が衣笠さんに突かれて戻ってくる。アレだな。猫が何も無いところを見つめるアレ。

 

 一通りの紹介が終わった。物凄く貧弱な配置だけど人数が少ないから仕方がない。でも近海での漁は比べ物にならないくらい安全になるだろうし、イムヤと長良、卯月が居るから資材の確保も大丈夫……だろう。でもこの辺は明日来る提督に任せよう。ド素人の俺が軽率に手を出しちゃいけないヤツだ。

 

「じゃあ五月雨さん。この後何をしたら良いか分かりますか?」

 

 頼られたからか、五月雨が嬉しそうに答える。

 

「はい! まずは大淀さんと明石さんの建造からですね!」

 

「その前に食器の片付けをお願いします」

 

 厨房から会話を聴いていたであろう伊良湖から声が掛かる。素早く五月雨の食器を回収した俺は、何食わぬ顔で食器を片付け始めた。

 

 

 

 

 

ええと……どこ行っちゃったんだろう……あった!」

 

 工廠に移動してから、背負っていたバッグを漁り始めた五月雨。横須賀から来た二人が持ってきたデカい荷物は俺が運んできた。……まさか台車に乗っていたとは。気が付かなかったなぁ……。いや、あんなの持てる訳無いって常識的に考えたら分かるだろうに……。バカか俺は。

 

 目的のものを見つけた五月雨が、ソレ―――何かの紙を妖精さんに渡し、確認した妖精さんたちが大量の資材と共に工廠の奥へ消えていった。

 

 工廠の奥にあったシャッターが閉まっていき、完全にシャットダウンされてから五月雨が言う。

 

「……これで大丈夫です!」

 

 本当か? 信用していいの?

 

「……ところで、今妖精さんに渡したのは何ですか?」

 

「大淀さんと明石さんの設計図です!

 

「……」

 

 スゲーよ……誰かの設計図なんてサラッと言えちゃう辺りやっぱり違うわ~……

 あまりにもサイコな言動にドン引きしつつ、悟られないように適当なアクションとして咳き込んでおいた。

 

「……それで次は何をしたら良いんですか?」

 

「とりあえず食堂に戻りましょう。皆さんも待っている筈です」

 

 

 

―――――

 

―――

 

 

 

 

 布団の中で一日を振り返る。

 

 「どうせ忙しくなるのは明日からだし、今日は早く休みましょう」という提案で割と早い時間からこうして俺を含め、各自適当な部屋で休んでもらっている。

 

 ……結局、佐世保鎮守府と舞鶴鎮守府から運ばれてきた資料の片付けは、五月雨と、長良さんが手伝ってくれた。その後は本当にやることが無くなったので、大鷹さんと一緒に海を眺めていた。

 話によると、今までは横須賀鎮守府が態々ここ、青森の辺りまでカバーしていたらしい。

 素人の俺でも分かる通り、そんなアホくさい問題を偉い人達が見過ごし続ける筈が無く、大湊警備府を~って話らしい。

 それでその時にこの辺のカバーをしていた艦娘達の休む場所が何故かここ、大湊警備府だったらしい。

 

「なんで岩手とかじゃなくて態々青森……」

 

 偉い人達の崇高、且つ深慮極まる考えは俺には分からなかった。

 

「後は……日記でも書いてみるか?」

 

 これは衣笠さんに言われたことだ。続けられると案外楽しいらしい。正直三日坊主になるのとは予想してるけど……今は時間があるから持ってきていらノートを開く。

 

―――今日は初期艦として大湊警備府に配属された。特に書くことが思い浮かばない。これを読んでる未来の自分は初心とかを忘れていないだろうな?

 

フゥー(F o o)! 何だこれ……タイムマシンみてーだな……」

 

 滅茶苦茶中二臭くて、見返して笑った。でも後で見ると恥ずかしさのあまり首吊りまであるから、このページを破ってからゴミ箱に入れた。

 確かに暇潰しには良いかもしれない。

 

「……寝よう」

 

 窓から見える夜空の星が綺麗だった、まる。

 

 

 

 

 

 朝、目が覚めて、暫くの間、夢と現の間を揺蕩い、そういえば今日は提督が来るんだったと思い出して飛び起きた。

 悲しいかな、すっかり着るのに慣れてしまった服を着て食堂へ向かう。

 

「おはようございます」

 

「おはようございます。スチュワートさん、早いですね」

 

「そうですか?」

 

 そんなことを伊良湖から言われるけど、少なくとも俺より先に食堂に来ていた人には言われたくない。

 呉鎮守府から持ち込まれた、それなりに保存の効く食べ物を調理している伊良湖さんの脇で、コーヒーを淹れる。佐世保鎮守府から出発する前、田代提督から給料だと渡されたお金で買ったものだ。鹿島さんから教えて貰ったお洒落な淹れ方を試してみる。ミルクや砂糖の有無しか分からない貧乏舌だからそんな些細な違いが分かるとは思えないけど……。

 

 そんなこんなで伊良湖ともお喋りをして時間を潰す。なんでも、ここで間宮さんや伊良湖が建造されたら帰るんだとか。まぁ、自分とは会いたくは無ぇわな。

 

 長良さんが食堂に入ってきて、それから卯月を除く全員が集まったところで朝食になった。わざわざこんな多い部屋数の中で卯月を探そうとは誰もしなかった。今日から忙しいって言われてたんだ。朝くらいはゆっくりしたい。

 

♪~「艦娘の皆さん、提督がお見えです」

 

 朝食後、卯月がやっと食堂に現れたときにアナウンスが響いた。時間は八時丁度。他人と待ち合わせるなら早過ぎるけど、業務開始だとすると丁度良いのかもしれない。

 

「行きましょうか」

 

 俺がそう言うと卯月が急いで朝食を食べ始めた。ちょっとどころかかなり行儀が悪い上に、T K G(卵かけご飯) じゃなかったら死んでたな。懲りたら寝坊や二度寝に気を付けてねって声を掛けておいた。直らなかったら睦月に放り投げよう。

 

 

 

 ゾロゾロと九人で警備所まで歩く。

 

 そこに立っていたのは見たことのある白い服に身を包んだ、とても若い男だった。歳は三十も行ってないだろう。相当優秀で人が出来てる超人か、俺みたいなヤベーヤツの提督を押し付けられた可哀想な新人かのどっちかだろう。

 だけど、しっかりと時間を守る辺り好感が持てる。

 

「おはよう」

 

「「「おはようございます!」」」

 

「……」

 

「……」

 

 互いに挨拶をして……無言の時間が生まれた。

 ……滅茶苦茶気まずいんだが? なんて思っていたら後ろから指で突かれる。恐らく俺が何かを言わなきゃいけないんだろうけど……何も思い浮かばねぇ……。

 

「……提督、お待ちしておりました。どうぞ中へお入りください」

 

「あ、ああ……ありがとう」

 

 え、何あの反応……俺何かやらかしたか? 日本語がおかしかったとか? ヤベェ……五月雨大先輩に提督お出迎えのデモンストレーションとかやってもらえば良かったなんて思うけど、時すでに時間切れだろうな……。

 

 でも考えてたってしょうがないし……。

 

 取り敢えず新しい提督の持ってた荷物を手に持って「こちらです」なんて言えたのは俺にしては上出来だと、自画自賛しておいた。

 




この世界では艦娘はドロップしません。故に皆建造で生まれます。
そして一つの鎮守府所属の艦娘は一人まで……

つまり、250回も建造すればみんな揃う!(海外艦除く)

夢のような設定だぁ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その駆逐艦、出撃禁止につき

68話です。

金週ブースト!

来いよ提督! チュートリアルなんて捨てて掛かって来い!


 執務室に提督を案内する。

 

 本当にただそれだけなのに、なぁんでこんなに緊張するかなぁ……。

 建物に入ってから足音が二人分しか聞こえてこないのも心臓に悪い。

 

「……」

 

「……」

 

 会話も無くて気まずい……いやいや、ペラペラお喋りするなんて軽薄なヤツっていう第一印象は避けたい。

 

 歩くスピードは速過ぎないだろうか? ……あぁそうだ、後ろには提督が居るんだった……護衛対象に気を割いておかないと神州丸さん(師匠)から叱られてしまう。

 

 ……ヤベェ、考えること多すぎてもう脳ミソのキャパシティ超えそう……ただ歩いてるだけなのに!

 

 助けて五月雨!

 

 

 

 俺一人が勝手にあっぷあっぷしながら進み、辿り着いてしまった執務室。

 やっぱり事前にどんな流れか一通り説明してもらえば良かった……まぁ、五月雨が説明してないってことは、もしかしたらそんな格式張ったものは無いのかもしれないし……アドリブで良いか!

 

「お入りください」

 

 扉を開けて言う。中に入った提督が「おぉ……」なんて言ってるけど、そのうち入るのも嫌になるくらい入り浸ることになるだろう。なんて上から目線の感想を抱いた。

 

 扉を閉めると提督が俺の方を向く。さぁ……一番大事な最初の挨拶だ。

 提督の目を見ながら敬礼する。

 

「改めまして……おはようございます。そしてようこそ大湊警備府へ。私はクレムソン級駆逐艦、スチュワートです。これからよろしくお願いします」

 

 無事に噛まずに自己紹介が出来て一安心しつつ、提督からは目を逸らさない。人との会話は目を見て行うって習ったからな。

 

 提督は一瞬固まってから、ビシィ! と音が出るくらいの勢いで姿勢を正した。

 

「自分は今日から此処の提督を務めさせていただく松田 翔平と言います! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

 そう言って深々と頭を下げる提督。

 

 

 

「違うでしょ……」

 

 思わず突っ込んでしまった。

 

 するとビクッと肩を跳ねさせる提督。

 これが提督……? いやいや俺は認めないね!

 

「大変失礼ながら言わせて頂きますけど……」

 

 提督は表情まで硬くして、まるで蛇に睨まれた蛙のように微動だにしなくなった。……一体俺を何だと思ってるんだ? これは泣いて良いのでは?

 

「貴方は提督で私達よりも偉いんです。威張れとは言いませんが、せめて威厳と言うか……舐められない態度と言うか……兎に角! そんな下手に出る人を提督とは認めたくはありませんし、正直凄くやりにくいです」

 

「……」

 

 言ってやったぜ。言っちゃったぜ。後で何かしらの処罰がありそうだなぁ……。

 でも、後悔も反省もしてない。だって考えても見ろよ提督よぉ。長門さんとかを筆頭に大人の艦娘相手ならそれで良いかもしれないけど、占守を始めとする海防艦、見た目小学生相手に敬語使うとか……正直ドン引きってレベルじゃねぇぞ。

 

 ……なんでその提督は目の前でポカンとしてるんだろうね? まだ自己紹介終わったばっかりなのに……疲れるなぁ全く。

 

「……と、取り敢えず警備府内の案内を続けますね。荷物はここに置いておいて大丈夫です」

 

「は、はいっ……ッ! ……助かる」

 

 俺に睨まれて言葉遣いを変えた。後で叱られようが罰せられようが構うものか。

 偉い上に年上から敬語で話しかけられるとか実際拷問だから……。早くそれをデフォルトにして欲しい。俺の精神が持たない。

 

 

 

 

 

「ここが工廠です」

 

「おぉ……」

 

 工廠の扉を開けると、妖精さんが沢山飛び出して来た。どこから嗅ぎつけたのか知らないけど出てくるのが速い。それに足元に陣取られると工廠内に入れないんだけど……。

 

「……そう……か。分かった」

 

 そう呟いて一人の妖精さんを手に乗せたまま工廠の中に入っていく提督。

 あぁそっか、提督って妖精さんの声が聞こえるんだっけ? 便利なもんだなあ……。

 

 中に入ると、昨日建造する為に閉められていたシャッターは開いていて、中には S F に出てきそうな箱じゃねぇし、一人用のポッドじゃねぇし……中の見えないそんなヤツがあった。

 提督が妖精さんからの指示を受けてだろう。慣れない手つきで近くにあった操作盤のボタンを弄っている。

 

プシュゥーー……

 

 それこそ S F みたいに濛々と煙は出てこなかったけど、そんな音が響き、ガコン! って音がしたと思ったらその容れ物のうち二つの蓋? が開いた。

 

 中から出て来たのは……明石と大淀だった。

 ……マジであの資材から出来るのか……。『艦これ』の謎だ。どうしてそうなるのか滅茶苦茶気になるけど、深くまで知ったら絶対にS A N値チェック入るタイプのヤツだ。

 

「軽巡、大淀です。艦隊指揮、運営はお任せください」

 

「工作艦、明石です。修理なら任せてください!」

 

 ちょっとだけ早く状況を確認した大淀さんが先に自己紹介をする。佐世保の二人とはやっぱり別人か……。俺が二人を知っていても二人は俺を知らない。なんか無性に悲しいな……って違う違う。次に何をするか考えないと……。

 

「大湊警備府の提督、松田 正平……だ。これから宜しく」

 

「「はい!」」

 

 二人の返事が工廠に響く。

 

「スチュワートさん」

 

 提督が振り返って俺を呼ぶ。

 

さんは要りませんよ……ご紹介に与かりました、スチュワートです。これからよろしくお願いします。……では、他の皆さんにも紹介するので、皆さん付いてきて下さい」

 

 二人に挨拶をしてから食堂へ向かう。多分皆は食堂に居るだろう。五月雨先輩にも訊きたいことあるし……ベストアンサーだな。

 

 

 

 再び食堂で自己紹介が始まり、その隙に五月雨からやることを聴いた。

 ……まさかキョトンとした顔で「もうありませんよ? 提督の指示を待ちましょう」なんて言われるとは思わなんだ……。

 確かに配属されるってことはそれなり以上に色々勉強してるってことだし、俺が仕事に関して口を挟むことは殆ど無いんだろうけど……。

 

「では提督、部隊を編成し、実際に運用してみましょう」

 

 色々考えて結局、さてどうすっかな~。くらいしか出てこなかった俺の思考は、大淀さんの放った一言で吹き飛ばされた。

 

 どこからともなく紙を持ってき(召喚し)た大淀さんが、提督の前にそれを置く。

 提督は少し考えた素振りを見せた後、サラサラと文字を書き込んでいく。

 

 ……アレ? 俺よりも大淀さんの方が秘書っぽいぞ?

 

「大丈夫ですよ、スチュワートさん。大淀さんはどちらかと言うと外部との連絡などの仕事に重点を置いてますから」

 

 もしかして俺は要らない……? なんて思ってたところに五月雨が話しかけてくる。かなり優秀みたいだけど、他の人の仕事を取ることはやらないらしく、俺の役割が死んでいないことに安心した。

 それと、大淀さんは外部との連絡と聞いて、各鎮守府の大淀さんが集まって会議したり、ビデオ通話してるのが頭に浮かんで危うく噴き出しそうになった。

 

「出来た」

 

 提督の声で編成が終わったことが全員に伝わる。それまでは俺と五月雨のように会話していたりしたのがピタリと止む。編成されたらそこからは仕事。頭では分かってるんだけど、このメリハリは経験としか言えないと思う。

 

「では確認しますね……はい、問題なさそうです」

 

「では発表し……する。旗艦はスチュワート。以下、長良、大淀、五月雨、巻雲、伊168(イムヤ)だ」

 

 呼ばれた人が気合の入ったような返事をする。それを見たのか提督も何処か満足気だ。新しい警備府の栄えある最初の出撃に選ばれたんだから妥当だろう。

 

 だけどなぁ……

 

「提督。一つ良いでしょうか?」

 

「……なんだ?」

 

「私は諸事情により大本営から一年間の出撃を禁止されております」

 

「「あっ……」」

 

「ですのでその編成、見直してもらえないでしょうか?」

 

 俺の言葉を聴いた瞬間提督がしまった! と言う顔をして、長良と卯月が何かを察したのか言葉を漏らす。

 俺だって出撃して、久しぶりに深海棲艦を相手に活躍したいよ!? 香取さんとか赤城さんとかの相手はもう十分だって! だけど大本営に止められてるんだからしょうがないじゃん!

 

「困りましたね……衣笠さんと大鷹さんは人数と役割からそう簡単に出撃させられないでしょうし……」

 

「いや、衣笠さんが出撃するよ……っていいたいところだけど、どうせまだこの辺の海は大本営がカバーしてるんだし、出撃するには艦娘を建造してからかな?」

 

 衣笠さんの言葉を聴いた瞬間、何かを思い出したのかイムヤの目から光が消えた。何かが地雷だったっぽいけど……分からないなぁ……。

 

「それよりだったら少人数で遠征した方が良いんじゃない?」

 

「それです! 提督、もう一度編成を考え直しましょう」

 

「……皆さんにはご迷惑をお掛けします……」

 

 謝罪をすると、じゃあしょうがないねって感じで出撃するって言われた時の張り詰めた雰囲気が霧散する。……本当に申し訳ねぇ……。

 

 遠征班の編成をサラサラっと書いた提督が立ち上がった。

 

「妖精さんと話をして建造を開始してもらった。それと、今からスチュワートは一緒に執務室へ来てくれ」

 

「分かりました」

 

 呼ばれる心当たりが一つしかないんですが……。

 




呼び出しの理由は一つ + もう一つです。
提督の言葉遣いに突っ込む主人公。謹慎の慎の字を知らないご様子。
でも実際、年下の上司なら兎も角、年上の部下って色々(精神的に)ヤバいですよね。

それと……
読者に “期待してもらう” のではなく、
読者を “期待させる” のはとても難しいものだと思いました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

提督 = 主人公

69話

金週ブースト!

ギャグ回(のつもり)です。


「スチュワート、貴女に訊きたいことがある」

 

「呼び方。貴女はどうかと思いますけど……訊きたいことって何でしょうか?」

 

 執務室に入って扉が閉まった直後に始まる会話。俺は貴女なんて呼ばれたく無いんだけどな~なんて思ってそう返しつつ何が訊きたいのか尋ねる。他の人が居ないなら訊くことなんて決まってるから考えなくても良い。楽で良いな。

 

「じぶ……私は、つい先日まで提督研修生の身だったんだ。それで君のことは大本営で知った」

 

 やっぱりね。大本営の偉い人からアレコレ聞いたんでしょ? それで、俺が何時牙を剥くか分からないから先に情報収集して対策しておこうってことでしょ? それなら……

 

「それなら大丈夫ですよ。貴方は誰かさんと違って善い人みたいですし」

 

「……え?」

 

 ポカンとする提督。「え?」って顔は見るだけで謎の優越感と背徳感に駆られる。これだから止められねぇ! あぁ~、今日は誰かがポカンとする顔が沢山見られて幸せな気分だ。

 

「だって当たり前じゃないですか。貴方は朝にちゃんと来ましたし、如何にも真面目そうですし。新人だなんて全く気になりませんね。誰にだってスタートはあるんですし」

 

 俺だってこんなありふれた言葉は言いたくないんだけどなぁ~。

 

「貴方が黒川提督のようにしない限りは私は “あんなこと” はしませんよ」

 

「……」

 

「それで、他に何か訊きたいことはありますか?」

 

 はい。面倒くさい話はお終い! この手のやつはさっさと話題を変えるに限るね。まぁ、ここから先、何か話題があったとしても想定してないから俺のコミュ力が試されるんだけど……。

 

「ある」

 

「!?」

 

 ああああ! もう! 何でだよぉおおおお!

 そこは「もう話は無い」って言う所でしょ!? これ以上何を話すんだよ!? メンドクサイ!

 畜生! こうなったらヤケだ! ほら話題プリーズ!

 

「艦娘達を遠征に行かせる前に、この辺に住んでる漁師さんたちにご挨拶をと思ったんだけど……」

 

「あー……」

 

 そう来たか……確かにご近所付き合いは大事だ。ちょっと規模が大きいけど……。

 

「それなら、警備所に相談した方が速いかもしれません。ちょっと訊いてきますね」

 

「よろしくお願いします」

 

 だから敬語は止めて欲しいんだけどなぁ……。

 

 何も言わずに扉を閉めた。

 

 

 

 

 

「はい、それなら問題ありません」

 

「分かりました。それでは提督に時間を確認してきますね」

 

 警備所に行って確認したところ、深海棲艦が近海に現れた時の為の連絡網があるらしい。それを使えばご近所さんに連絡は出来るらしいんだけど……正直使って良いのかと問い詰めたい。

 

「はい。……ではこちらを」

 

 渡されたのは一枚の紙。書いてあったのは内線番号。電話なんてあったかなぁ……。

 

「ご丁寧にどうもありがとうございます」

 

「いいえ~」

 

 なんて和やかな会話で確認は終わった。

 

「―――という訳で問題ありませんでした」

 

「ありがとう……それじゃあ電話するから、他の艦娘達に声を掛けてきてくれないかな? 警備所に居るように伝えてくれないか?」

 

「分かりました」

 

 扉をそっと閉める。

 

「ハァ……」

 

 溜息を吐く。特に意味なんて無い、溜息よりは一息入れる感じに近い。

 

 それにしたって提督、出来てる人だなぁ……。俺だったら言われるまでは漁師に挨拶なんて気が付かないかもしれないのに……。いや、これは俺がおかしいだけか。

 それでも、俺の情報を聴いて尚提督をするなんてすげぇ変わり者だぜ? 押し付けられたなら俺を拒絶するような態度を取ったりしてもおかしくないのに……。

 

「優しい人なんだろうなぁ~」

 

 佐世保鎮守府の提督と同じだ。自分のことだけじゃなくて他人のことまで……。普通の提督って皆こうなの? 格好いいねぇ~……。

 

「ハァ……」

 

 気色悪い思考になっちゃったじゃねーかよ。俺は男色の気はないんだけど……。それでも、つい引き寄せられちゃう魅力のようなものを感じたね。提督の言葉には何て言うの? カリスマ? を感じたね。

 

「多分提督っていうか、人を率いる人ってああいうタイプの人がなるんだろうな~」

 

 なんて考えていたら、いつの間にか食堂の前に居た。皆に伝えることを思い出して扉を開く。

 

 

 

「あ、戻って来た。提督と二人っきりで何話してたのか衣笠さんに教えてごらんよ~」

 

「そういえば一回外に行ってましたよね? 巻雲は見てましたよ!」

 

 食堂に入った刹那、瞬間移動と勘違いしそうになる速度で横に来た衣笠さんと巻雲。

 あぁ鬱陶しい! 別に衣笠さんが望んでるであろう提督とのロマンスなんて欠片も存在してないし、巻雲が気になってることはこれから話すのに。むしろ落ち着いてくれないと話せない。おい、袖で叩くな。

 

「皆さんの遠征の前に、提督は近隣の漁師さんたちにご挨拶をするつもりのようです。ですので、皆さん警備所に行きましょう」

 

 俺がそう言うと、納得したような巻雲を含むほぼ全員と、詰まらないって雰囲気を出している衣笠さん。……どんだけロマンスに飢えてるんだこの人は……。そんなにロマンスしたいならそこらの艦娘と勝手にイチャコラしてればいいのに……。

 提督と俺のロマンス? あり得ないね。……金剛さんが建造されたら適当にプレゼントしておこう。すると提督は美人さん(こんごう)が手に入ってハッピー。金剛さんは提督が手に入ってハッピー。俺は提督と付き合う可能性が消えてハッピー。win ― win ― win だ。やるしかない。

 

 

 

 警備所まで行くと、提督は既に居た。警備所の前にはまだ漁師さん達は居なかった。

 

 が

 

 暫く待っていると一台、二台と車が車が停まり、徒歩や自転車などでも来たんだろう、次々と人が集まって来た。その集まり方は学校の集会なんてレベルではない。あっという間に警備所の外は人で埋め尽くされた。

 

「何よコレ……」

 

「人が……多すぎます!」

 

 長良さんも五月雨もビビっている。俺に至っては眩暈がし始める始末。人酔いってのもあるだろうけど、多分コレは人が集まり過ぎた所為で酸欠になってると思う。

 それに……。

 

ハハ……

 

 もう苦笑いするしかねぇ……。なんでテレビで見るようなデカいカメラと収音マイクっぽいのが見えるんだろうな? 気が付いたら提督の前に足場とかセットされてるし……どうしてこうなった。本当に近所の住人に声かけただけなんだよね!?

 

「提督、なんかすごい事になってますけど……」

 

「……大丈夫……です。何とかします……」

 

 滅茶苦茶声震えてんじゃねーか! 絶対大丈夫じゃないだろ! 

 

 戦慄する俺たちの前で進められる準備。気付いたら警官が人混みの整理までしている始末だ。

 

「提督……頑張ってください。私はしっかり護衛しているので安心してください」

 

 俺がそう言うと、絶望したような顔を向けてくる。

 ……知らんわ! 自分の言葉を伝えりゃいいんだよ! この熱気だもん、勝手にマスコミとかも真実を捻じ曲げて都合のいい報道(解釈)してくれるって!

 

 遂に提督にマイクが持たせられた。

 

「皆……付いてきてくれ」

 

 あっ、提督コイツ一人じゃ寂しいからって俺たちを使いやがった。いや、護衛って意味では俺は付いていくんだけど……その言い方だと情けなく聞こえるから止めろよ……。

 

「ハァ……皆さん、行きますよ」

 

 残念ながらこの場で艦娘の皆を率いるのは初期艦である俺の役目だったらしい。思わず溜息が漏れる。まさか初のテレビデビューがこんなとはね……。

 

「ほら、提督が行かないと話が始まりませんよ? 皆さんを待たせてはいけません」

 

 多少の無茶振りでやや強引に提督を台の上へ移動させる。俺を精神安定剤代わりに使おうとした報いだ。

 台の上は下よりも涼しく、酸欠で倒れるような感じでは無かった。

 ……その代わりに見える人、人、人。吐きそうになったね。

 

 

 

 提督が先頭に立つ。

 

 それだけで騒めきがピタリと止む。

 カメラのフラッシュが提督、そして後ろの俺たちにも降り注ぐ。

 デカいカメラが俺たちを吸い込まんと言わんばかりに向けられている。

 集まった大勢の人の目線が提督と俺たちに突き刺さる。

 

 そんな絶大と言う言葉すら生温いプレッシャーの中で、提督が声を出す―――

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

―――――

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

「疲れた……」

 

 提督のスピーチが終わり、集まった人が解散しても尚話を聴くために残ったマスコミの対応に、提督は追われていた。

 全てが終わってから執務室で放たれた万感の思いが込められた一言に「明日の一面記事ですよ」なんて揶揄う気も失せた。

 

「お疲れ様です……」

 

 俺も苦笑いするしかなかった。

 まさか大衆、カメラを相手に「もう皆様に被害は出させません」なんて啖呵切るんだもんなぁ……。

 

「とんでもない人ですね……あ、コーヒー淹れましょうか?」

 

「お願いします……。あ~ぁ……どうしよう……」

 

 あんなことを言った本人は今にも灰になりそうな雰囲気だけど、ああいった場面で安全牌を取るんじゃなくて、クソ程度胸のあることを言ったこの人には付いて行っても良いと思えた。……やっぱりこういうのがカリスマって呼ばれるんだろうか……。

 

「お陰で漁師さん達からの評価はうなぎ登り、遠征に行った皆さんの士気も高かったですよ?」

 

「言わないでください……」

 

 なんて言ってるけど、やってることは完全に主人公だもんな~。

 

「きっとこれから楽しくなりますよ。……どうぞ、コーヒーです」

 




この提督も大概ですね……。
でも実際ニュースで報道待ったなしだと思いまして……

途中からノって一気に書き上げました。
スピーチの内容なんて思いつく頭は無いのでそこは割愛……

スチュワート の 好感度が 1 上昇!
『艦これ』的に提督に好意を寄せる理由はこうなんじゃないかな~……なんて。
それでも恋愛はさせません(鋼の意志)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バランスが大事

70話です。

金週ブースト、ラストスパート!

時間軸もあったもんじゃねぇな。


 提督が来てから早くも一週間が経とうとしていた。

 

 提督が毎日のように工廠に行っては新しいメンバーを仲間に加えてくるので、早くも警備府に居る艦娘の数は倍近くに増えた。

 

 それは嬉しいことなんだけど、提督が資源を建造につぎ込んでいく所為で毎日のように遠征に行かないといけなくなったと言ってる人が居るのも事実。遠征に行ってる人達には本当に頭が上がらない。応援で来てもらっている人達には尚更だ。

 それでも、流石に元一般人として週休一、二日くらいは用意したいところで、同じように考えていたらしい提督によって昨日と今日は遠征は休んでもらっている。人が増えて来たからそろそろ班を増やしてみるのも良いかもしれない。後で提督に意見してみようか。

 そのどれもが、“一日で往復できるくらいの距離にある資源集めに向いてる島” を長良さんが見つけてくれたおかげだ。流石にこの提督のビギナーズラックが発動してそんな都合よく島があるんだと思うけど、今は兎に角人手が足りない。

 

「……ですので、申し訳ありませんが衣笠さんに暫く休みは無いと思います……」

 

 休暇は取らせたいけど、警備府の最高戦力の衣笠さんと大鷹さんが休んで防衛が疎かになるのはちょっと……なんて考えたらしい提督から「ちょっと考えを聴いてきてくれない?」って言われたから、俺は衣笠さんが使っている部屋で衣笠さんに相談していた。

 

「う~ん……」

 

 考えるような素振りをしてから、衣笠さんが口を開く。

 

「衣笠さんとしてはね? 別にお休みは貰わなくても平気だよ。今のところ最高戦力で、ホイホイ出撃出来ないから今もこうして部屋に待機してゆっくりしてるんだし。これでお休みまで貰っちゃったら、他の子達から不公平だ~って文句言われちゃうよ」

 

「……分かりました。提督に伝えておきます。……ありがとうございます」

 

 良いの良いの~なんて言ってくれる衣笠さんの優しさに感動しながら部屋を出る。

 次は同じように代わりが居ないから休みを取らせられない大鷹さんに話をしに行かなければならない。

 

 多分何時ものように海沿いで艦載機を飛ばしていると思っている。

 漁に出る漁船の上にも艦載機を飛ばしているらしく、漁師さん達から物凄い感謝をされているって聞いたが、無理はして欲しくない。

 

「あ、スチュワート!」

 

「曙ちゃん…… “さん” は付けよう……?」

 

 廊下を歩いていたら呼ばれる。

 振り返ると曙と潮が居た。二人とも建造で生まれた駆逐艦だ。日にちから考えて一、二回は遠征に行ったかも知れない。

 

「何でしょうか?」

 

「あんたに……いや、提督に言いたいことがあるんだけど! 今大丈夫!?」

 

 おおぅ……結構気が強いってことは知ってたけど随分グイグイ来るなぁ……。

 

「ええと……今から大鷹さんに話を聴きに行くんですが……それが終わってからでも良いですか?」

 

「そうね……じゃああたしも付いてくわ! ヒマだし!

 

 付いて来ちゃうかぁ……。 自分が仕事してるところってあんまり見られたくないんだよなぁ……授業参観が恥ずかしく感じるのと同じ理由で……。

 それにしたって暇だってことを強調するとか……曙は暇な事に不満があるらしい。

 

 

 

 大鷹さんは予想通り、海が良く見える場所に立っていた。

 

「今日もお仕事、お疲れ様です」

 

 驚かさないように隣に立ってから声を掛ける。海を見ていた大鷹さんが俺の方を向く。

 

「……スチュワートさんもお疲れ様です。後ろの二人も、何か御用でしょうか?」

 

「あ、二人は関係ないです。……大鷹さん、まだ空母の人達が建造出来ていない為、休みが取れないかもしれません」

 

 そう話し始めてから、提督が心配していたことを話す。休みが取れないって言うのは最悪の場合で、大鷹さんが休みたいって言った時は、普通に休ませてくれるとは思うんだけど……。

 俺の言葉、提督の考えを聴いた大鷹さんは、にっこりと笑った。

 

「私は大丈夫です。……以前よりもやりがいを感じてます。舞鶴鎮守府には空母の皆さんが居るので……」

 

 「漁師さん達からも感謝されるので、嬉しいです」なんていい笑顔で言う大鷹さんは、毎日ここで見張りをしているとは思えないくらい生き生きとしていた。仕事に見合った報酬が漁師さん達からの感謝の言葉って……モチベーションにはなるだろうけど……聖人かな?

 

「そうですか……本当に休みは要らないんですね?」

 

「はい」

 

「分かりました……体調不良などには気を付けてくださいね?」

 

「大丈夫です!」

 

 う~ん……ここまで言われたら休んでくださいって言い難いよなぁ……。衣笠さんはいつも休んでるみたいなもんって自分で言ってたからまだ分かるんだけど……。

 まぁ、しつこく言ってもウザがられるだけだし、提督に報告してお終いか。

 

「それじゃあ、無理はせずに頑張ってくださいね」

 

 

 

 

 

「提督、衣笠さんと大鷹さんから話を聴いて来ました」

 

「ありがとう。……後ろの二人は?」

 

「私の報告の後になりますが、曙が提督に用事があるそうです」

 

「分かった」

 

 そういえば曙は提督に用事って言ってたけど、何なんだろう? 気になるけど、プライベートな事なのかもしれないしあんまり踏み込んじゃいけないのかな……。

 

「えっと……衣笠さんと大鷹さんどちらも休みは必要ないそうです。ただ、大鷹さんは無茶をするかも知れないので、そこは注意が必要に感じました」

 

「分かった」

 

「……では、曙が用事あるそうなので、一回外に出ていましょうか?」

 

「あぁ」

 

 執務室の外へ潮と一緒に出る。あくまで用事があるって言ってたのは曙で潮は関係ないと思ったからだ。

 

曙の用事が何か分かりますか?

 

いえ、分かりません……今日は休みだって聞いてからあの調子で……

 

そういえばそうでしたね……

 

 執務室の扉の外で潮から、暇な事に何か不満があるらしい曙のことを訊く。が、大した情報は出てこなかった。

 それでも気になることは気になる……。

 

「ええっ!?」

 

「シッ!……」

 

 しょうがないから、盗み聴きくらいは出来るかも知れないと扉に耳を当ててみる。

 

このクソ提督! 今がどういう時期か分からないの!?

 

――――――……――――――――――?

 

だったら何よ! 休んでる場合じゃないでしょ!? 私達のことを考えるのは結構だけど、本当に考えなくちゃいけないことは市民の事でしょ!?

 

――――……

 

だったらさっさと艦隊運用の準備をしなさい!

 

 提督が曙に滅茶苦茶怒られてる……。

 

「怖……」

 

「え?」

 

 でも曙の言うことも最もだし……俺も混ざってこようかな。 どっかの誰かさんは昨日から遠征を休みにさせてるにもかかわらず、今日も工廠に入って建造してたからなぁ……。

  間違いなく提督は分かっててやってるんだろうけど、倉庫に資材が殆ど無い現状は拙い。この辺のバランスもどうしようかその内相談しようと思ってたら曙が爆発したって感じだな。

 立ち上がって扉を開ける。

 

「提督、曙の言う通りですよ!」

 

「「え?」」

 

 驚いた顔で俺を見てくる二人。……なんで曙まで驚いた顔で見てくるかなぁ? 反対意見じゃないんだし、「ほら! 他の人もこう言ってる!」って乗ってきても良いと思うんだけど……。

 

「皆の前で切った啖呵は嘘だったんですか!?」

 

 こう言えば大人しくなるよな。

 

「ウッ……」

 

 提督の意見が完全にひっくり返った瞬間だ。

 

 

 

 休暇を与えられゆっくりしていた人が遠征に行く準備を進めていた。

 休んでいた面々は誰も警備府の外に出ていなかったのが幸いした。

 時間も正午ちょっと過ぎたくらいだし、ちょっと遅くはなるけど今日中には戻ってこられると思う。

 

「曙、ありがとうございます」

 

 今回の資材が底を付くかハラハラさせる行動をした提督に当たった曙にお礼を言う。

 

「別に、あんたの為にやったことじゃないから! 私が不安になるのよ! 何よあの資材の量! あれで建造しようだなんてどうかしてるわ!」

 

「ですよね……ハハハ」

 

「あんたもあんたよ! ダメだって分かってたならちゃんと言いなさいよ!」

 

「……ハイ」

 

 非常に耳が痛い……。

 

「……提督はどこか抜けてたり、甘かったりするので、曙みたいにしっかり怒ってくれる人が居ると助かりますね」

 

あ ん た が! しっかりするの!」

 

「……ハイ」

 

 初期艦道は俺が思っていた以上に長いらしい。

 

 




所謂資材が無いのに何のんびりしてんの!?って回でした。

曙ちゃんの傀儡になるヘタレ√が存在します。

次回は5/11 いつもの時間です。以降の投稿間隔は2日置きに戻ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

通常業務

71話です。

またまた時間は飛びます。
何せ人数が少ない鎮守府のお描写が個人的に難しく……。


 俺の朝は早い。

 

日の出の前に起きて風呂で軽く汗を流す。

前世だったら男オンリーの工場だったから、朝にそういうことをするっていう考え自体無かったけど、提督(上司)の近くで書類整理やその他雑事(サービス業)をやるなら清潔感は大切だという考えに至った。

 

 そんな訳でもう見たところで何とも思わなくなった己の裸体を風呂場の鏡越しに見る。

 

「おかしい……」

 

 出撃しないからと運動不足を疑い、寝る前に腹筋運動を行うようにしてから暫く経つというのに一向に筋肉が付いた気がしない……。やはりプロテインか? たんぱく質か? それとも腹にあるなけなしの脂肪を落とせば腹筋が割れて見えるようになるのか?

 

「う~む……」

 

 湯船に浸かりながら唸る。そして湯に入って五分と経たずに湯船の外へ。何せ季節は夏真っ盛り。

 例え東北の、それも明け方だとしても暑いもんは暑い。

 最後に水のシャワーを浴びてサッパリし、髪を乾かしてから食堂へ向かう。こういった時に髪が比較的短いと楽でいい。

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 

「おはようございます。相変わらず早いですね」

 

「あれ? 今日は一人なんですか?」

 

 俺が食堂に行くと、必ずいるのが伊良湖だ。「今日は一人です~」なんて言ってるから分かる通り、食堂には主が二人居る。

一人は応援で来てくれた伊良湖。

そしてもう一人が……建造で来てくれた伊良湖。

 

 伊良湖が二人……来るぞっ! ってなりそうだけど、これには理由がある。

 

 本来応援で来てくれた伊良湖は、間宮さんが建造出来た時にお役御免となって帰る予定だったらしいんだけど、肝心の間宮さんが全く建造され(来てくれ)ないのだ。

 因みに元の鎮守府に帰ってないのは伊良湖だけで、他の面々は既に鎮守府に帰ってしまっている。

 帰る前にシュークリームを投げてきた佐世保の卯月は次会ったらボコボコにしてやる。

 

 そして相変わらず間宮さんは現れず、そのまま他の艦娘が増えていくばかり……という訳で、現在食堂は驚愕のダブル伊良湖体制で回っている。

 それでもいつまでも他の鎮守府から借りっぱなしは良くないと思うので、そろそろ伊良湖も横須賀に帰してあげたい……ということで此処でまさかの俺に白羽の矢が立った。

 

 人数が増えて来たとは言えまだまだ人手が足りない現状、相変わらず出撃禁止で秘書艦業務をやってる俺は、大淀さんが持ってくる割と少ない書類を大体午前中には片付け、後は食堂で伊良湖から料理の修行を受けていた。

 お蔭様でレパートリーが矢鱈と多くなった。具体的には今日、深海棲艦が絶滅して艦娘の価値が一般市民と変わらなくなったとしても、適当な飲食店にお邪魔して即戦力になれるレベルと言ったら修行の成果が如何程か分かると思う。

 

 そんな訳で提督の朝食を適当に漬物や白米、味噌汁、焼き魚にしようと計画を立てて、後は伊良湖とウン十人分の朝食を作っていく。

 

「あ、そろそろ時間ですね。ちょっと抜けますね」

 

「分かりました!」

 

 伊良湖に簡単に断りを入れて厨房を抜ける。いつも通りならそろそろ時間だろう。

 

 

 

「お! 来だの~」

 

「おはようございます!」

 

 警備所の前、だんだん明るくなってきた時間帯、何時ものように漁師さんが来ていた。

 

「今日もいっぺぇ(いっぱい)()っだがらよぉ、わっつりけよ(沢山食べろよ)ぉ!」

 

「はい、いつもありがとうございます」

 

「礼()言うなはワイど(俺たち)の方だ。わーがだもいっつもどもの(きみたちもいつもありがと~)~」

 

 にこやかに、豪快に笑いながら漁師さん達が去っていく。

 

「は~い!」

 

 見えなくなるまで見届けて、それから警備所に差し入れ(おにぎり)を置いてから厨房へ台車を引いて戻る。

 

 

「戻りました!」

 

「お疲れ様です! いつもありがとうございます。わたし、漁師さん達がなんて言ってるのか分からなくて……」

 

 分かるわ~。みたいな感じで楽し気な雰囲気になる。流石に数ヶ月も近くに居たら俺でも仲良くなれる。

 

「嘘……漁師さん達さまさまですね」

 

「ハハハ……いっぱい捕れたって言っても太っ腹が過ぎると言うか……」

 

 いつも以上に重たい台車……ぶっちゃけ押してるだけで腰やられるかと思ったソレの上に乗ってた木箱から出て来たのは……マグロだった。

 嬉しいには嬉しいんだけど……。

 

「ちょっと気を遣いますよね……」

 

「朝に食べるものでもないですし……仕舞っておきましょう……」

 

 伊良湖がマグロを冷蔵庫に仕舞い、引き続き朝食の用意をしていく。

 デカい鍋の蓋を開けると、しっかり蒸された白米が眩しく輝いた。

 

「流石伊良湖さん、完璧ですね」

 

「えへへ……照れますね」

 

 朝食の用意もあらかた終わり、後は朝食を執務室に持っていくだけ。手伝いもここまでやればあとは伊良湖が一人で十分対応出来ることは分かっている。

 応援の言葉を掛けて厨房を後にする。

 

 

 

 

 

 執務室への道のりを歩く。今まではやらかしてないけど、いつ五月雨をリスペクトして朝食をブチ撒けるか分からない以上、慎重にならざるを得ない。

 

 早起きな艦娘は既に何かをしているようで、ゆっくり進む俺に挨拶をしてくれる。

 だいたいはランニング前の長良さんと大鳳さんだったり。

 

「ふわぁあ~……あ、スチュワート。おはよ~……」

 

 こんな具合に眠そうな川内さんだったり……っておいィ!? 昨日出撃したの!? 静かに出撃しないで!? いや騒がしくされても迷惑なんだけどさ。

 

「おはようございます……出撃するならせめて一言お願いします」

 

「あ、そうだ! 提督には内緒にして! お願い!」

 

 これは既に提督に報告案件だよ。諦めてくれ。

 無言で笑顔を浮かべて執務室に歩く足を速める。俺はまだ執務室(職場)に遅刻したことが無ぇんだよ。夜戦狂いに付き合って遅刻なんて洒落にならん。

 

 

 

「おはようございます」

 

「ん? あぁ、おはよう」

 

 執務室に入ると、提督が板についてきた提督が椅子に座って何かの資料を読んでいた。

 最初はアレだったんだけどね……今じゃコレだよ。すっかり提督らしくなっちゃって……。

 ……まぁ、海防艦(ロリ)駆逐艦(子供)相手に敬語なんて犯罪者めいたことはしたくなかったんだろうな。択捉辺りがアタックを仕掛けた時に何かの覚悟を決めたらしく、それから敬語は聞いて無い。いい傾向だ。

 

「午前六時、朝食の時間ですよ」

 

「いつもありがとう」

 

「仕事ですので」

 

 この会話も何回繰り返したか分からん。結構な頻度でお礼は言われるけど、提督(野郎)の身の回りのお世話とか仕事じゃなかったらやる訳無いんだよなぁ……。ま、女のお世話も気を遣うからやりたくは無いけど。

 提督が朝食を食べていると大淀さんが書類を持って現れた。これもいつも通り。挨拶を済ませて書類を受け取る。

 

「今日は随分沢山ありますね?」

 

「他の鎮守府が夏季の慰労や暑気払いで休むみたいで、そこのカバーの為でしょう。詳細は書類に書いてあります。何かあればお呼び下さい」

 

 大淀が執務室から出ていった。

 

「…… 夏季の慰労(夏休み)か……私はどうしたら良いと思う?」

 

 提督の意識はすっかり休みに向けられている。そんなに休みたいの?

 バカな……いつも午前中には書類仕事を片付けているから提督の午後はフリーの筈では……? トレーニングとか疲れることでもしてんのか? それともまだ休み時間が足りないとでも?

 

「まずは他の鎮守府が休んでいるときのカバーの事を考えましょう」

 

「やっぱりそうだよな……。ご馳走様」

 

「お粗末様です。片付けてきますので先に仕事を始めていてください」

 

 

 

「……なんてことがあったんですよ~」

 

「おぉ! それはスクープですよ! では不肖この青葉、皆さんに何がしたいか訊いて回りますね!」

 

「ありがとうございます」

 

 これで慰労の内容は考えなくても良くなったな。食器の片付けも終わったし、いつまでも食堂で油を売ってないで俺も書類仕事をせねばなるまい。

 

「それにしても……」

 

 随分艦娘も増えたなぁ……。最初は二桁も居なかったのに一月ちょっとの間に数十人にまで増えた。

 

 遠征の班も交代制を確立したし、警備府近海は日中なら軽空母と空母、海防艦、夜間は重巡と軽巡、駆逐艦で哨戒。佐世保鎮守府と同じようなローテーションが出来上がった時は目標に近付いたと結構喜んだことは記憶に新しい。

 最近の悩みは戦艦の建造の為に必要な資材のやりくりがあまり上手くいってないらしいことと、人が増えた故に騒がしくなってきた寮の統制。

 特に資材の問題は結構深刻で、艦娘が増えたことで警備府が防衛しなきゃいけない範囲が拡大した。近海だけでは無くなったが為に危険度の高い深海棲艦が出てくるらしい。

 そうなると頼りになる戦艦が望まれるんだけど……戦艦の建造にバカみたいに資材を消費する。だからと言って建造の為に資材を集めようとすると今度は防衛が疎かになるという一種のスパイラルに突入してしまっている。

 

「ハァ……」

 

 考えることが多すぎる。

 

「大淀さんにでも相談してみようかな……」

 

 そう呟きながら執務室へ向かう。午前中の内にさっさと書類を片付けて、お疲れらしい提督を休ませるのも仕事だ。

 




戦艦の資材のくだりは、某狩りゲーに似てますね……
○○を倒すためにその○○の防具がテンプレ……ソロを殺すシステムですね。

妖精さんはこれでもまだ有情です。
駆逐、潜水、海防、軽巡 → 軽空母、重巡 → 正規空母、戦艦
といった順番で建造してくれてます。
もし逆なら……あな恐ろし……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

任務は殆ど未達成

72話です。

頭の中で提督の人物像がはんぺんよりふにゃふにゃで困ってます……。
豆腐の角に物理的に負けそうなレベルです。


「はぁ……」

 

 提督が手を止めて一息吐いた。時計をチラリと見るとまだ作業開始から一時間しか経ってない。

 それにしては相当疲た感じの息を吐くじゃん……最近何か悩みでもあるんか? 俺はカウンセラーの能力なんて持ってないから雷でも呼んでこようか?

 

 まぁ。提督の悩みの内一つは現在進行形で目に見えるんだけどね。

 

 ペラリと書類の山から一枚抜き取る。

 

【今週の資材運用状況】

 

 明石さんと大淀さんにお願いして倉庫の資材を見てもらっている。忙しい時もあるのか所々抜けているが、基本的に一日二回チェックして纏めてもらっている。実に見やすい表とグラフの資料に大淀さんの凄さが分かる。

 

 ……資料の出来は最高なんだけど……内容を見ると頭を抱えたくなる。

 グラフの「収入」は日を重ねるにつれて伸びていき、書いてある数字も大きくなっている。

 これだけなら十分喜ぶべきことなんだけど……問題は「使用状況」と「差」のグラフだ。

 

「……」

 

 「使用状況」のグラフもやっぱり伸びている。しかし、最近大鳳さんが来た日に一気にグラフが伸びた感じがする……感じじゃなくて実際伸びてる。

 「差」のグラフも、今週一週間の結果だけ見たらプラスなんだけど……。あまりにも収入との差が無さ過ぎる。大鳳さんが来てからは本当に僅かだけど赤字が続いているのが現状だ。

 ……こんな時に戦艦を所望するのはやっぱりヤバいな。即戦力になるだろうから欲しがるのは分かるんだけど、ここはゆっくりと確実に戦力増強を目指すべきだ。

 その為にはやっぱり資材をどうにかしないといけない。これは頼れる頭脳、大淀さんと話し合いが必要だろう。

 

「……ちょっと大淀さんとお話してきますので、席を外しますね」

 

「分かった」

 

 

 

 

 

 場所は工廠、大淀さんを探し回った末此処に辿り着いた。明石さんと何かを話し合っている。

 

「すみませ~ん……今いいですか?」

 

「スチュワートじゃん! まさかまた建造?」

 

 声を掛けたら明石が真っ先に反応する。言われた通り、最近は建造関係でここに来る頻度はかなり高い。

 

「いいえ、ちょっと大淀さんに相談したいことがありまして……」

 

 だからと言って工廠に足を運ぶ = 建造なんて考え方は止めて欲しい。今回はちゃんとした理由があってきたんだ。

 

「私に相談ですか? どのような……明石さんも聞いても良い内容ですか?」

 

「はい、明石さんにも聴いてもらいたいですね」

 

「おっ、なになに? もしかして今朝から出回ってる暑気払いのこと?」

 

 ……話が広がるの早くね? だって一時間くらい前だぞ? もしかして俺がハブられてるだけで艦娘全員S N Sで連絡とり合ってるんか? って疑いたくなるくらい広がってる……。これで遠征から帰って来た人達が知ってたらホラーだな。

 でも今回はそんなのんびりした話題じゃない。

 

「違いますよ。……実は、二人が纏めてくれた資材の事なんですけど……」

 

「あ~……」

 

「……」

 

 俺が言いたいことを察したのか、明石さんが目を閉じて頭を指でトントンし始め、大淀さんは無言で眼鏡をクイッって動かして光らせた。

 

「私としては提督に戦艦の建造を中止して欲しいところなんですよ。あの資料を見る限り、もうちょっと資材の収入を増やさないと、せっかく戦艦や空母が来てくれたとしてもまともに出撃できませんよね?」

 

「……そうですね。最近の提督は戦艦ばかりに目が行って艦隊運用が少々杜撰になっているように感じますし……それに、提督はアレをお忘れになっているようです……」

 

 ん? アレってなんだ? あ、大鳳さんにも自粛を促さなきゃいけないのか。大変だなぁ……

 

「大淀、アレってなに?」

 

 同じことを考えた明石さんが大淀さんに訊く。

 

「ええ、提督は任務をあまりやっていないんですよ」

 

「大淀さん……任務って何でしょう?」

 

「あ、スチュワートさんには説明してませんでしたね……ごめんなさい」

 

「え? いや、謝らないでください」

 

「……それでは説明しますね?」

 

 任務とは、提督が大本営から行うように指示されたもので、内容には編成を組んで出撃させる、遠征を規定回数成功させる、深海棲艦の潜水艦を撃破する等多くの種類があって、終了したものを大本営に報告すると、大本営から資材が送られてくるらしい。

 

 話を聴いてて思った。デイリー、ウィークリークエストだコレ。

 

「……提督って任務やってないって言ってませんでした?」

 

「全くやってない訳ではないんです。実際毎日のように遠征には行って貰ってるので……」

 

 大本営から届く資材は大淀さんが受け取っていたらしい。それはありがたい、ありがたいんだけど……どうして俺が居る時に説明しなかったのか……こんな大事な事いくら何でも忘れたりはしないぞ。

 

「ええっと……任務の内容とか書いてある紙とかってありますか?」

 

 ちょっと待っててくださいって言って工廠から出ていった大淀さん。

 俺はあまりのバカらしさに深い溜息と共にこめかみを抑えた。

 

「ハァ~……」

 

 アホだ。俺も提督も救い難いアホだ。

 戦艦を夢見て資材のやりくりに困ってる小学生みたいな提督は言わずもがな。

 『艦これ』がゲームと知ってて「デイリーって無いの? へ~……珍しいね~」って考えの俺も相当なバカだ。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

「ダメかもしれません……」

 

 明石さんにそう返す。不貞寝したい気分だ。毎日遠征に行って貰ってるメンバーに袋叩きにされても文句は言えねぇよコレは……。もっと負担が軽くなってた筈なんですなんて打ち明けようものなら怒りの矛先は提督(上司)……ではなく俺に向けられるのは明白。……逃げて良いかな?

 

 

 

 暫く待っていると、大淀さんが戻って来た。手には紙束を持っている。

 

「お待たせしました」

 

 俺と明石さんが机の上に広げられた紙を見る。

 

「うわ、マンスリーとかあるの……」

 

 イヤーリーなんて初めて見たぞオイ。マンスリーも内容をチラッと見ただけで無理だと分かる。○○艦隊とか組めるほど警備府(ウチ)に艦娘は揃ってないからね。

 でもウィークリーは結構達成できそうなのが結構ある。実際に遠征の回数系の任務にはマークが付いている。だけど深海棲艦を撃破するって感じの任務はサッパリ進行できていない。

 

「酷くない?」

 

 明石さんが呟く。俺もそう思うし大淀さんは苦笑いしている。

 

「大淀さん」

 

「はい」

 

「今日から毎日、任務を提督にやらせますので、新しい任務が入り次第持ってきてください」

 

 デイリー、ウィークリークエスト縛りとかいい加減にしろよぉ!?

 さては提督おめーゲームしたこと無いだろ。ちゃんと現代に生きてるのか?

 

「わ、分かりました……」

 

「それと、今から早速提督のところに行って任務を始めさせようと思うんですけど、提督の相談に乗ってあげてください」

 

「はい」

 

「明石さん、大淀さん借りていきますね!」

 

「えっ? うん……」

 

「行きますよ大淀さん!」

 

 あの提督(バカ)に制裁を下しに!

 

 

 

 

 

「―――確かに、遠征だと逃走が基本の為無駄な交戦はしないから怪我はしないでしょう。ドック入りによる資材の消費も無いので、安定して資材を溜めることが出来るように思うでしょう。ですが! 見てくださいコレを! どう考えても任務達成で支給される資材の方が集めやすいでしょう!」

 

 執務室で提督相手に捲し立てる。考える程に “遠征だけ” の効率がクソだ。小学生でも四則演算習ったら任務やった方が余程良いって答えが出せる筈だ。

 

「いや、出撃は……」

 

 それなのに提督はまだ尻込みしている。まさか大の大人がこんな簡単な “さんすう(算数)” も分からないとは思えない。何かあるんだろうけど……。

 

「提督。遠征だけで出撃しないのは何故なのか、私に教えてください」

 

 なんて聞き出そうか迷っていたら大淀さんからの援護射撃が飛んできた。大淀さんの言葉を聞いた提督が逃げ場を探すように泳ぎ始め、俺を捉えて停止した。

 おっ、俺に目を付けるとは……なかなか見る目が無いな。

 目を逸らす。残念だけど、俺も出撃しない理由知りたいんだよね。

 

「私は……艦娘達が傷付くのが怖い。ミス一つで誰かが居なくなってしまうのが怖い……」

 

「提督……」

 

「……」

 

 は? 呆れた……()()()()()で出撃しなかったのこの人!? もっと別のなんかよく分かんない理由で出撃しなかったとかじゃなかったの!?

 

 そう考えると腹が立ってきたな……。

 

「提督、そんなことを恐れていたら艦娘の代わりに市民が傷付くだけですよ? それが怖くないなら他に何が怖いんですか? 無駄に死地に追い込む真似をしなきゃならない自分が怖いんですか? 命のやり取りをさせるのが怖いんですか?」

 

違う……

 

「ちょっと、スチュワートさん!?」

 

「遠征を何度も成功させてる皆を信じられないんですか? 誰も欠けることなく戻ってくるって信じられないんですか?」

 

違う!

 

「だったら信じて出撃させれば良いじゃないですか! 誰も欠けることなく戻せるように作戦を立てて指揮するのが提督、司令官の仕事でしょう? 初めてだから無理? 明らかにダメそうなら誰かは反対するし、ある程度の判断は現場で出来ますぅ! 神様でも無いんだったら期待して待ってればいいじゃないですか」

 

「……」

 

 ヤッベ……イライラしてヤベェこと言っちまった……。

 




轟沈が怖くて出撃が出来ない提督。
  V S
上司を煽る部下の風上にも置けない主人公。

※煽られた時に何も言い返さないと
主人公から提督の椅子を奪われる「空席に座る女王」√に入ります。

※煽られた時に逆ギレして、あることをすると
佐世保の二の舞「擬態した深海棲艦」√に入ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

任務遂行(始まってない)

73話です。

今回は短いです。
なんで一日は24時間なんだろう……


 ヤッベー……いやマジこれはヤベェ……

 

「えっと……い、今警備府に残ってる人達に出撃するかもしれないって知らせてくるので、大淀さんとしっかり話をしてくださいね!」

 

 逃げよう。

 

 大淀さんには悪いけど俺には艦隊運用の知識なんて無い。餅は餅屋って言うし、ビビってるだけであって提督だってその道のプロ。大淀さんも居るからたった二人でも文殊の知恵が出てくるに違いない。

 

 だから俺は呼びかけをしに行く。考える人と行動する人、うまい具合に役割分担できるじゃないか。そう……これは戦略的撤退ってヤツだ。決してやっちまったことが怖くなったとかそういうのじゃない。

 

 ……いや嘘。めっちゃ怖いから逃げるわ。

 

 

 

▼――――――――――

 

ちょっと乱暴に閉められた扉を見る。

 

「「……」」

 

 無言で扉を見つめる。普段はこんなことをしないスチュワートに驚いているのか、大淀も無言だ。

 

 ……スチュワートを怒らせちゃったな……。

 

 申し訳ないと思う。

 普段から無表情で、仕事だからと何かと気を遣っている彼女が、あそこまで声を荒げることは本当に珍しい。寝坊して遅れた時も、グリーンピースを残した時も、果てには深夜、浴場に入った時に彼女が居た時でさえ怒らなかったのに……。

 確か前回は曙と一緒にもっと遠征を増やせと言ってきた時だったような気がする。いや、あの時ですらどこか楽しんでいたような感じがあったから、本当に怒ったのは今回が初めてなの?

 

 ……本当に情けなく思う。

 自分が情けないことを言ったばかりに怒らせたこと。

 そして、怒らせたと気づいた時に、黒川提督と同じ目に遭うんじゃないかって考えてしまったこと……。

 

「大淀」

 

「はい」

 

「任務について、もう一度説明してもらえないか?」

 

「はい、必要でしたら何度でもご説明いたしますよ?」

 

 本当にありがたい。

 

 自分みたいな新人にも期待してしっかり怒ってくれる艦娘()がいる。知らないことをしっかり教えてくれる艦娘(大淀)がいる。前に進めるようにちょっと強引だけど背中を押してくれる艦娘(スチュワート)がいる。

 

 とても頼りになる艦娘に囲まれている。

 

「……ありがとう」

 

 自分がお礼を言うと、ちょっと照れた大淀が「では、説明しますね?」と前置きして、任務の説明をしてくれた。

 前回説明を受けた時は何を考えながら説明を受けたんだろう……説明を受ければ受けるほど、今のやり方の効率の悪さが浮き彫りになる。

 

 スチュワートの言っていた通り遠征だけでも資材は集められる。それに、余程のトラブルが無い限り艦娘は安全だ。

 だけどそれは大本営が良しとしなかった。実際に間近の問題は深刻な資材不足。これも自分が出撃させなかった影響だ。 “遠征だけ” を続けて来た結果、大湊(ウチ)の艦娘は戦闘に慣れていないんじゃないかと思い始めている。……あとで佐世保に居たことがあるスチュワートに訊いてみよう。その前に謝らなきゃいけないな。

 

「―――と、色々と良い事があるんですよ……って提督? 聴いてましたか?」

 

 大淀がちょっと怒ったように言ってくる。……全く聴いてなかった。だけど、任務の重要性と大体の内容は聴いてたから大丈夫だと思う。

 

「あ、ああ。しっかり聞いていたよ」

 

 だから自分はそう返す。

 

「それでは、スチュワートさんが戻ってきたら、どういった編成が良いか一緒に考えてみましょう」

 

 スチュワートが言っていたように「これなら大丈夫」って笑えるくらい策を練って帰りを待てばいい。

 大淀も居るんだ。今までだって、今だっていろんなことを教えてくれてるじゃないか。時間を掛ければきっと納得のいく良い編成、良い作戦を立てられる筈だ。

 

 艦娘を喪うのは怖い。自分の所為で傷付くかもしれないのが怖い。

 だけどそれは市民を危険に晒しても良い理由にはならない。……スチュワートは、艦娘を無理やり出撃させて、半ば強制的に自分に指揮をさせるつもりだったのか……?

 

 ……この強引さには敵わないな。

 

 自嘲気味に笑う。

 

「そうだね。でも、まずは誰が残ってるか確認してから……」

 

 この直後、執務室に艦娘が一斉に集まって作戦を考えるどころではなくなった。

 

▲――――――――――

 

 艦娘達の部屋を次々に開けては声を掛けていく。

 ノックをしたら「待って! 待って!」なんて言ってくる(望月)も居たけど問答無用。……ルームメイトが出来たらちゃんと片付けろよ? 居ない間は許す。俺は優しいんだ(片付けメンドいもんな)

 

「……それにしても」

 

 部屋でのんびりしていた人たちに声を掛けたら、意外なことに殆どの人が「よっしゃ、やってやんよ!」みたいなノリになって漲り始めたのは意外としか言いようがなかった。

 普段から遠征ばっかりでストレス溜まってたから深海棲艦 “で” 発散するつもりなのかもしれない。対象が俺じゃなくて一安心だ。

 

 大淀さんは提督と一緒に今頃作戦会議でもしてるだろう、明石さんには後で説明するから良いとして……。

 

「最後は大鳳さんか……」

 

 大湊(ウチ)で唯一の “軽” じゃない空母。かなり頼りになるんだけど……言うまでもなく資材の消費が洒落にならない。現在の資材不足に深刻な打撃を与えたM V Pだ。

 「これが空母の燃費? ヤバない?」って考えたことは一度や二度ではない。あのレベルの消費を気にせず哨戒の為にバンバン配備できる佐世保って凄かったんだな~なんて現実逃し始めるレベルでヤバい。

 だからこれから、その大鳳さんには暫く出撃や哨戒を控えてもらうように話をしなくちゃいけない。

 

 

 

「……だったら仕方ないわね。私の我儘でご迷惑をかける訳にはいきません。……あ、そうだ! スチュワートさんも一緒に訓練、体力づくりしませんか!?」

 

「えっ!? え~っと……」

 

 すんなり了承されるのは想定内。いつも長良さんと走り込みしてる人だし、やることが無いなんてことは無いっぽいね。

 だけど訓練に誘われるのは想定外だ。どうしようかな……。

 

「えっと……午後に都合の付く日には……」

 

「本当!? 訓練も一人より沢山居る方が捗るからね! これからよろしくね、スチュワートさん」

 

 ……この人、訓練の間に人生過ごしてない?

 




デイリー縛りとか、すげぇ不良(変態)ですよコレ……

初遠征は兎も角、初出撃はまだです。川内さんは非公式なのでノーカンです。

寝坊時のスチュワートの反応
「まぁ人間、寝たい時はあるよね〜」
好き嫌い時の反応
「まあ、俺も嫌いなもんはあるし……」
風呂に乱入された時の反応
「うわ、ラッキースケベとか……主人公かよ」

次話「見送る人達」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見送る人達

74話です。

今回は頭を空っぽにして、画面から離れて、部屋を明るくして、現実から切り離してご覧いただくと、101%美味しくいただけます(適当)


 大鳳さんは嬉しそうにしてたし、俺としても今は大鳳さんは艤装に関わらせたくない。互いに利のある交渉になったと思う。俺が訓練に巻き込まれたことを除けばだが……大鳳さんが大体駆逐艦五人分の資材を吹き飛ばすことに比べたら安い物だ。

 

 そんなこんなで執務室に向かうと、声を掛けた人が集まっていて執務室の前で私! 私! って騒いでる。

 ……だからなんでそんなに漲ってんの? 出撃一つでやる気スイッチO Nとか羨ましい……俺にもやる気スイッチくれよ。

 

 え、初出撃だから張り切ってるだけ……? 冗談キツイぜ。出撃ならいつもしてるじゃないか。

 ……あ、違うわ。川内さんの無断出撃を除けば初出撃になるのか。そりゃあ自慢話になるからみんな行きたいよな。

 

「それじゃあ、メンバーを発表する」

 

 提督の声が、廊下まで響いてきた。

 

 

 

 

 

「やっと終わりましたね……」

 

 大淀さんが提督に労いの言葉を掛ける。やる気に満ち溢れた艦娘達の波が引いて静かになった執務室では、提督が打ち上げられたクラゲのように椅子の背もたれに体を預けていた。

 

「そうだね……これで良かったんだろう? スチュワート」

 

「まだ編成を組んだだけじゃないですか。出撃して無事に戻ってくるまで気は抜けませんよ……」

 

 出撃するのは旗艦を長良さんにした飛鷹さん、響、雷、曙、潮のA班。

 A班は大淀さんに色々と訊きながら考えたみたいで、素人の俺が無難じゃんって思うくらいにはそれっぽい編成だ。

 

 ……だが問題はB班は艦娘たちだ。

 旗艦(お頭)を摩耶さんにした、菊月()村雨さん(苦労人)江風(鉄砲玉A)長波(B)朝霜(C)のB班。

 艦娘たちの勢いに押されたらしく、適当に決めるとかふざけてんのか? って言いたくなる面子が集まった。……が、B班のメンツがあまりにもケンカ慣れしてそうな集団だったから放っておいた。あの人達だったら殺しても死なないと思うから大丈夫だろう。策が無い? だったら死ぬまで殴れば相手は倒れるだろうを地で行きそうで怖いんだよなぁ……頼りにはなるけど。

 

 「……何処の組のモンだ? うちのシマ(日本)で何してんだ? あ゛?」って感じで撃ち合いの前に睨み合いを始めそう……始めないよね? とにかく、常識のありそうな村雨さんを咄嗟にチョイスした大淀さんにはナイスと言いたい。村雨さんには南無三しておこう。生きて戻って来いよ……。

 

 

 

「……」

 

 そういえば今日の分の書類ってもう処理終わってんの? 資材云々から出撃するって流れにしちゃったから忘れてたんだけど。

 

「提督、机の上に書類が見当たりませんが……あ、あるならいいです。後はやっておきますので……大事なものだけ今の内に……」

 

 俺、今日まだ書類仕事してないんだよ。全部提督にやってもらうっていうのは俺が楽で良いけど、それだと提督(上司)に仕事を押し付けたって感じがして嫌だ。だから残りの書類は俺が頂く。

 

 だからその間提督は『艦これ』の提督(形容詞)な提督(名詞)みたいに艦娘とイチャコラしてればええねん。俺のことは放っておいてくれ。

 

「……提督、もうちょっと艦娘の皆さんとコミュニケーションを取ったらどうですか? それぞれの好き嫌い、得意不得意、のめり込む趣味、何が何処でどう繋がってくるか分かりませんよ?」

 

「……そうだな。善処しよう」

 

 分かってくれたようで何よりだ。

 だから俺は適当且つなんかそれっぽい理由で提督を執務室から追い払う為に、大淀さんには尊い犠牲になって貰う。

 

「でしたら、今日はこれから大淀さんと一緒に外でゆっくりするなんて如何ですか?」

 

「ふぇっ!?」

 

「こんな室内に引きこもってないで、偶には羽を伸ばして来たらどうですか?」

 

「……分かった」

 

「ええっ!?」

 

 俺の提案に乗った提督と困惑する大淀さん。

 おめでとう! 提督も了承してるし、実質デートじゃないか。

 何だよちょっと赤くなって~……満更でもないんだろ? ……ってなんでそんなに気を遣ってるような目を向けてくるん? 書類は俺が片付けておくから、二人は俺に構わず(デート)に行け!

 

 

 

 

 

 なんてやり取りをしてたら、外が俄かに騒がしくなっていることに気付いた。

 

「提督、出撃する艦隊を見送りに行きましょう」

 

 大淀さんが提案してくる。

 そういえば、佐世保の提督も出撃する艦隊は極力見送るようにしてたっけ……。やっぱりこういうことの積み重ねなんだろうな~。俺たちは正式な初出撃する艦隊を見送る為に外に出た。

 

 

 

 恐らく、遠征で居ない人を除けば全員集まったんじゃないだろうか。

 「土産話、期待してるわ!」「いや~……初出撃貰っちまって悪いね~」「不甲斐ない結果を残さないでよ?」なんて言い合ってたが、提督(と俺と大淀さん)が出てきたらしっかりと整列した。

 

「旗艦長良。以下六名、出撃します!」

「行ってきまーす!」

 

「旗艦摩耶。以下六人、出撃する!」

「おぉーっ!」

 

 A班とB班の旗艦がそれぞれ宣言して、大勢から見送られて出撃していった。

 

 

 

 出撃していったメンバーの影が小さくなるにつれて、見送りに来ていた艦娘達が一人、二人と寮に戻っていった。

 

「……行ってしまったな」

 

 隣に立っていた提督が呟く。

 

「行ってしまったって……何がです?」

 

「もう後戻りは出来ないよね?」

 

 ええい、この期に及んでまだ言うかこの提督は!

 

「まさか無策で出撃させたと?」

 

「そんなまさか! しっかり作戦も伝えたさ。初めてだから無理はせず、危なくなったら撤退するように言ってある」

 

 ふ~ん……「いのちだいじに」かよ……。物凄く無難な選択じゃん。

 

「だったらあとは待つだけ。違いますか?」

 

「いや……その通りだ」

 

 なんか提督って俺にあんまり反対しないな? せめてもうちょっと噛みつくって言うか……。従順なヤツって面白くないから好きじゃない。

 

「だったら、なんでそんなに不安そうに出撃してった人達を見てるんですか?」

 

「それは……もし帰ってこなかったら、申し訳なくて……」

 

「……だそうですよ? 大淀さん」

 

 面倒くさくなってきたから大淀さんに振る。俺のクソ雑魚コミュ力じゃあこの提督の相手は厳しかったみたいだ。

 なんだよもし帰ってこなかったらって……その為の作戦だろーがよ。しかも安全第一って言ったなら相当運が無かったか、偶々耳が聞こえなくて指示が聞こえなかったくらいじゃないとしっかり引き際を考えて行動してくれるって。俺とは違って軍艦だったんだから。プロやぞ、プロ。

 

 水平線に最早点も見えないくらい離れたメンバーを、見えないけど眺めてる。

 

それにしても……歯痒いなぁ……

 

「スチュワートもそう考えていたのか。人の事言えないじゃないか」

 

 あぁん!? 誰にも聞こえないように言った独り言を拾うとか地獄耳かよテメーはよぉ!

 

「私はその気になれば追い駆けることが出来るから尚更です……やりませんよ? 大本営命令ですから」

 

 精々クロールが限界の提督とは違うのだよ。魚より速く泳げる変態だって言うなら話は変わるけど、仮にそうだとしても深海棲艦に手も足も出ないだろ? どんなに頑張ってもイ級の噛みつきから一回庇うが限界だ。

 

「そうか……見送るだけって、辛いな……」

 

「全く。だからこんな思いをしなくても良いように、提督はしっかりと編成を組んで、作戦を立てる必要があるんです。さ、もう大淀さんも帰って誰も居ませんし……戻りましょうか」

 

「……あぁ」

 

 

 

 ―――それは、一人の提督にとって大きな一歩になる。

 




習うより慣れろ。
最初から上手く艦娘を運用できる提督は、周回してる超人か、世界辞書(wiki)を見てる超人だけ。
資材に困り、編成に悩み、羅針盤と猫に怯えながら艦娘を愛でるのが提督だ!(暴論)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大鳳 嵐と爆弾

75話です。

【勘違いタグ】が役に立つ?
小説内の一日が長すぎる……。


「ハッ……ハッ……」

 

 喉が張り付く。肺と脇腹が痛い。

 

 俺は大鳳さんと訓練という名の走り込みをしていた。「体力は基本だけど最も大事!」と熱弁する大鳳さんを見て相当キツイだろうな~なんて思っては居たけど、想像をはるかに超えてキツイ走り込みに言葉の代わりに二酸化炭素しか出てこない。

 

「ふぅっ、ふぅっ……ふ~ぅ。 一旦休憩にしましょう」

 

 今まで隣を走っていた大鳳さんが止まる。

 一旦? 今一旦って言ったよね!?

 

「流石に……これ以上は……」

 

 キツイなんてもんじゃない。学校の部活動が軽く思えるレベルだよ。

 なんかもう走り込みのペースからしてヤバいもん。絶対にオリンピックに出るアスリートとかプロのスポーツマンがやるようなトレーニングでしょ。過度な運動は身を滅ぼすって。

 

 一旦休憩って言った大鳳さんは汗を掻いて肩で息をしてるけどまだまだ元気そうだし……ホントになんなのさ。疲れると元気になるとか、追いつめられたら覚醒するゲームのボスか何かかよ。

 それでもコレはマズイって……明日の仕事に支障をきたすって。でも訓練に付き合うって言っちゃったし……。気軽にそんなこと言った過去の俺を助走を付けてぶん殴りたい気分だ。

 

 毎日つき合ってたら確実に、冗談抜きで死ぬ。

 だけど普段午後って残った書類を提督から奪って片付けたり、警備府内を見回りしたり、厨房に籠って伊良湖から料理教えて貰ったりしてるから、時間はあるっちゃあるんだよね……。

 

「こんなものじゃ終わらないわ! まだまだ行くわよ!」

 

 嘘やん。

 

 

 

 それからどれだけ時間が経ったか分からない。一時間かもしれないし、四時間くらいかもしれない。

 日が傾く前には走り込みが終わり、それからは腹筋や体幹トレーニングをしていた。

 

「そろそろ晩ご飯ね! 」

 

「あっ……」

 

「……どうかしたの?」

 

 飯の支度の手伝いをするの忘れてた……。今から行っても遅いだろうしなぁ……伊良湖が怒ってたりしないと良いんだけど……。

 

「えっと……食堂で伊良湖さんの手伝いをするの忘れてました……」

 

「ええっ!? ご、ごめんなさい! 私、訓練に熱中しちゃって……やだ……」

 

 俺が答えると恥ずかしそうに謝ってくる大鳳さん。

 

「もしかして、無茶させてないかしら……?」

 

 そのまま大鳳さんが無茶させて無いか質問してくる。

 まず走るペースの時点で大多数の人が無理しなきゃいけない思うけど……それを言っちゃ拙いだろう。

 

「大分疲れましたけど、だからこそのトレーニングでしょう?」

 

「っ! ええ、ありがとう!」

 

 何故か感激された。解せない。

 

 

 

 

 

「何も言わずに出なくて済みません……」

 

「い、いいえ! 謝らないでください!」

 

 俺は食堂で、伊良湖に謝っていた。

 出撃させたお陰か、艦娘の人数自体がちょっと少なかった何とかなったらしい。本当に申し訳ない。

 

「そ、そうです! 今日の夜は今朝いただいたマグロなんですよ!」

 

 許してくれる上に露骨に話まで変えてくれた伊良湖には感謝しかない。

 

「あ~……ありましたねぇ。刺身ですか?」

 

「はい、シンプルが一番です!」

 

 そう言って厨房に消えていった伊良湖。

 本当に済まんね。少ないとは言ってもいつもに比べたらって話で、それでも十人は余裕で超えるから楽な訳ないのに……これは早く間宮さんを建造してもらわないと拙いな……。なんで大本営は明石と大淀のレシピしか持ってこさせなかったのか疑問に思うね。

 

「頂いたって言ってなかったかしら? マグロを?」

 

「はい。漁師さんたちからいつものお礼ってことで、魚介類は貰いものが多いんですよ。大鳳さんのお陰ですね」

 

「……なっ……っ!」

 

 大鳳さんは俺の言葉を聞いてポカンとしたような顔を浮かべた。

 

け、軽空母の皆さんのお陰です……

 

 ちょっと間を開けてから赤くなって、照れ隠しからこんなことを言い始めた。可愛いなオイ。

 

「お待たせしました!」

 

 伊良湖が二人分のお盆をカウンターに置いた。綺麗に光を反射する赤身が食欲をそそる。

 

「ありがとうございます。大鳳さん、食べましょうか」

 

「え? ええ……」

 

「「いただきます」」

 

 大鳳さんとマグロに舌鼓を打つ。ワサビを付けなくても特有の生臭さを感じないのは何度食べても凄い。

 なんて考えていたら大鳳さんがお代わりに行った。「沢山食べて沢山動く。それが一番です」なんて言ってた。

 見た目が小柄な少女? 女性がトレーニング大好きな男子高校生と同じこと言ってる……なんてドン引きしそうになったのは秘密だ。

 

 

 

大鳳さん!……とスチュワートさん」

 

 自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきたから二人して箸を止める。

 

「あら、青葉さん。どうしたの?」

 

 俺の後ろから現れたのは警備府の情報屋、青葉さんだった。

 肩に手を置くのを止めないか! 手を払って軽く睨む。それでもあらら……なんて言うばっかりでこれっぽちも悪いと思ってない反応をしてくるからやり辛い。

 

「いや~……今日の朝にですね、ここに居るスチュワートさんから特大のネタを提供されまして……他の皆さんには色々と取材したんですけど、大鳳さんが最後に残ってしまいまして」

 

「特大ネタ……? 気になるわね」

 

 朝の特大ネタ? 朝の特大ネタ……。 はて?

 

「実はですね……近いうちに夏季休暇があるそうなんですよ! それで、大鳳さんは何をしたいですか? 因みに他の人達に訊いて回った結果がこうなってます!」

 

 一気に捲し立ててくる青葉さんが手帳を見せてくる。そこには海水浴、温泉旅行、山でキャンプ、とか実に “らしい” 回答の横に正の字が並んでいる。……一番多いのは温泉旅行か。

 

「そうね……私だけだったら山にって言いたいけど、私が何を答えたところでこれだと結果は変わらないじゃない」

 

 そう言って苦笑いをする大鳳さん。……でも違うんだなぁこれが。

 

「最終判断は提督ですし、どんな回答でも大丈夫ですよ。あ、青葉さん。私は “屋台とかやる” 案を出しときますね」

 

 まぁ、艦娘はまだ全然揃ってないからイマイチ盛り上がりに欠けるってことで却下されるんだろうけど……俺としては地域密着型の警備府にしたいんだよね。

 

「なるほど……では大鳳さんは山で良いんですね?」

 

「はい」

 

 山の隣の正の字に線が足されて、新しく警備府でお祭りって選択肢が書き込まれた。そしてそのページを破って俺に渡してくる。

 

「ささっ、提督にコレを渡してください。この青葉が集めたデータを活かしてくださいよ。それでは!」

 

 突風のようにやってきて、掻き回してから去っていった……。

 

「「……」」

 

 それからはしばらくの間、会話もせずに残った料理を食べ続けた。

 

 

 

「……そういえばスチュワートさんって皆さんに顔が利きますよね。何でですか?」

 

 大鳳さんから一つの質問がされる。顔が利くって言われてもなぁ……そりゃあいっつも提督の近くで仕事してるし……強いて言うなら―――

 

「初期艦だから……ですかね?」

 

「えっ」

 

「……えっ?」

 

 何その反応。俺が「えっ?」なんだけど……。

 

艦娘だったんですか!?

 

「……えっ?」

 

 W h y(ホワイ) ? 大鳳さんが何言ってるか理解できないね~?

 

「え? 嘘!? え、でも……」

 

「失礼な。提督でも憲兵でもなければ何だって言うんですか」

 

 消去法で行ったらどう考えても艦娘って答えに辿り着くと思うんだけど……。

 

「ええと……提督のメ、メイドの方かと……

 

「……」

 

 なんで?

 仮に、億分の一でそうだったとしても、こんな服装(セーラー服)のメイドなんて居ないだろうよ。それに艦娘でも無けりゃこんな常識はずれな髪の色なんてあり得ないって。

 

「ご、ごめんなさい! でも、誰もスチュワートさんのこと分からなくて……」

 

「分からない? いやいやそんな―――」

 

話は聴かせてもらいました!

 

「ヒッ」

 

 青葉さん!? 出ていった筈じゃ……。

 




壁に耳あり障子に目あり。
彼女の(レンズ)は真実を映し、耳はネタを逃さない!
そんな彼女は~~青葉~ッ!

実際主人公は艦娘の誰にも駆逐艦って言ってません。
唯一大本営から来てる伊良湖さんが知ってますが、
まさか名前しか言わないなんて想定外だったんでしょう。
しかも事態が段々面白くなってきたからって放置している勘違いの原因その①


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦隊帰還?

76話です。

全く……あんな駆逐艦が170以上も居るならそりゃ戦争にも勝つ訳よ……
戦いは数だよ兄貴ィ!


「いや~……まさか謎に包まれていたスチュワートさんの素性はまさか艦娘だったなんて! これは大スクープですよ!」

 

「……はい?」

 

 俺を提督のメイドと勘違いしていた大鳳さんと言い、俺の素性を勝手に謎に包まれていたことにする青葉さんと言い……何なんだよ。頭が追いつかねぇぞ。

 俺は別に隠してたつもりは無いんだけどなぁ……誰も直接訊きに来なかっただけじゃん。

 

「それでですけど! 艦種とか、ついでに色々と教えてくれませんか? 好きな食べ物とか、提督との関係とか!」

 

「……」

 

 これがマスコミの力……? めっちゃグイグイ来るじゃん。

 別にそれくらいなら答えるけど、初期艦の前は何をしてたかって訊かれた時は提督の力で情報を制限してもらおう。普段から提督には極力楽をさせてるつもりだし、こういった時くらいは何かしら俺も見返りを求めて良いんじゃないか?

 

「ええと……じゃあ、何から訊きたいですか?」

 

 青葉さんと大鳳さんから色々と訊かれた。

 問答の声量自体はそこまで大きくなかったことと、「何だ、青葉さんの “いつもの(取材)” か」って感じで他の人達が混ざってこなかったことは幸運だった。

 青葉さんの話では、俺の存在はマジで謎のベール過ぎて艦娘の間で様々な憶測が飛び交っていたらしい。

「メイド説」の他にも「妹説」「後輩説」「真の提督説」「実は居ない説」

 ……マジどういうことなの……? 特に「実は居ない説」を提唱した人は一体何が見えてるのか疑問に思うレベルなんだけど……流石に冗談だよね? でも面白いから許す。もっと突飛な説で楽しませてほしい。

 

 出撃しないことについては、機密事項ってことで秘密にした。本当は隠し事なんて作りたくは無いからパーッと話しちゃいたいけど、士気がダダ下がりしそうだし……話すタイミングは提督と要相談って感じかな?

 

「あ、そうです。コレをバラされるのは本意じゃありません。出来るなら私の初出撃の時か、艦娘が揃ったときにお願いしますね?」

 

「え? 何でですか?」

 

「そっちの方が面白そうだからです」

 

「……この短い問答でも分かったけど、スチュワートさんって実は相当変わってるよね」

 

 俺のお願いに対して大鳳さんがそう言ってくる。

 ……ああヤバい。前世に言われたことと全く同じだ。クッソ懐かしくて思わずニヤけちゃうね。

 

「隠してるつもりは無いんですよ? 全く……こんなに面白い事が大好きなのに、なんで真面目って勘違いされちゃうんでしょうね?」

 

 お道化(どけ)たようにちょっと手振りをしながら言う。

 

「これは……スチュワートさんの謎に包まれた部分は触れてはいけない部分だったようです……青葉、一生の不覚っ!」

 

「残念でしたね。知られてしまったからには青葉さんには遠慮は……要りませんね?」

 

「勘弁してください……」

 

「大鳳さんも出来れば秘密でお願いしますね?」

 

「フフッ……私も共犯ってことですか。分かりました」

 

「実はこれよりもっと酷い部分がまだまだありますけど……楽しみにしておいてくださいね」

 

 辺りはもう真っ暗だし、随分と話し込んでしまったことだけは間違いない。俺は楽しんだけど二人には退屈な思いをさせなかったかが気になるけど、それは訊いちゃいけないからもう何もないと席を立とうとする。

 

「ッ!? グフッ……!

 

 立てなかった。

 

「ちょっ!? スチュワートさん、、大丈夫ですか!?」

 

「フフフ……筋肉痛で立てません……」

 

 その言葉を聞いてまた謝ってくる大鳳さん。出来れば次からはもっと軽いメニューでとお願いしておいた。訓練ガチ勢じゃあないからお手柔らかにお願いします。

 

 そのままヒョコヒョコと工廠まで行って、明石さんから呆れられた。

 

 

 

 翌日

 

 朝……と言うか深夜に目が覚めた。今日は出撃に行ってた面子が帰ってくる予定だからだ。

 

 連絡が無いのが本当に心臓に悪くて悪くて……。どれくらいかと言うと、まさか在りもしない母性が目覚めたのかとパニックになりかけるくらい。

 でも便りが無いのは元気な証拠なんて言うし……ちゃんと揃って戻ってくることを祈るしかない。

 

 執務室で何時ものように提督に朝食を渡す。

 提督が飯を食べている間、提督をただ眺めるなんて趣味を持ってない俺は、書類の枚数を数えながら提督に昨日のことをちょっとだけ話す。

 

「あ~……言いたくなければ言わなくても良いんじゃ?」

 

「いいえ、隠し事をし続けるのって大変なんですよ。それに、案外隠し通せないってとある人にも言われたんですし、いつかは言わなきゃいけないんですって」

 

「そう……じゃあタイミングは任せるよ。言いたくなったら言えばいい」

 

 何その「何食べたい?」「何でもいい」みたいな凄く反応に困るヤツ。そんな適当な具合だと俺以外にも悩んでる艦娘がいても碌に相談させられないじゃん。佐世保の提督を見習って?

 

「……分かりました。ですが、それまでの間は黒川提督のことは提督元権限で秘密にしておいてくださいね」

 

「流石にそれくらいはね。……いつも助けてもらってるからね。ありがとう」

 

「!? ……いきなり何ですか気持ち悪い。仕事じゃなかったら御免ですよ」

 

「君は何時もそうだね……ハハハ……」

 

 なんて言って苦笑いする提督。

 残念だったな。これがいわゆる提督L O V E勢って言われる人達だったら俺のポジションは密かに奪い合いになる可能性も在ったんだろうが……ぶっちゃけ出撃できるならすぐにでも誰かに押し付けて出撃したい。面倒くさくてダメだ。やりたい人にやらせておけば問題ないでしょ。

 

 でも俺の黒い秘密をしっかり秘密にしてくれることには感謝しないといけない。

 つまりなんだ? 俺は提督相手にツンデレムーブをしていることになるのか?

 

うわキモッ……そう言えば、昨日は大淀さんとのデート、楽しかったですか?」

 

「ブッ!? ゴホッ、ゴホッ!」

 

 うわ汚っ! 噴きやがった。マジ止めてくれよ……ソレ片付けんの俺なんだけど……いや、床に散らばってねーし提督に片付けさせよう。うん、書類は俺が持ってたから無事だし一安心だ。

 全く……今日の俺は随分紳士的だ。運が良かったな……。俺の方に飛ばしてたら蹴りの一発でも入れてたかもしれない。……って言うかどこに噴き出す要素があったんだ? 何してたかは全く分からんけど、大淀さんは一体提督にナニを……?

 

 提督の食器を片付け、食堂から持ってきたタオルを投げるように渡す。

 

「今日は出撃した人たちが戻ってくるので、早めに書類を片付けてしまいましょう。先程食堂で祥鳳さんに帰還を確認したら連絡をと言ってあるので、窓は開けておいてください。艦載機が飛んでくるらしいので」

 

「分かった。じゃあ早速書類を片付けようか」

 

 そう言って姿勢を正して書類に目を通し始める提督。

 いや、早く書類を捌きたいってのは分かるけどね? ちょっとは疑問を持とうよ。連絡方法が余りにもアナログ過ぎない?

 せめてさぁ……軍のお金で防水のスマホみたいなのを全員とまではいかなくても配ろうよ……。この時代に情報が時速何キロって表現できちゃうのはヤバいって。スマホ使おう? 地球の裏まで一瞬やぞ。

 

―――ブゥウウウウン

 

「えっ」

 

 おいおいマジか。今から始めようと思ったら艦載機来ちゃったよ。

 えぇ……早いなんてもんじゃない。まだ午前七時くらいだぞ?

 

 提督と顔を見合わせる。

 

「……取り敢えず行きましょうか」

 

「ああ……」

 

 何かしらのハプニングの可能性も在るし、まだ手放しに喜べそうに無いな……。

 




主人公は男女のアレコレに対して
ネタとしての知識は標準、リアルなら中学生以下のクソ雑魚です。

それにしても、艦娘にスマホを持たせようよ。持ってないのはあり得ないから。
→よし、持たせるか。

その内スマホを実装します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帰還とその後

77話です。

日中が暑くなってきましたね。
今年の最高気温は何度になるんでしょうか……
群馬辺りで記録更新されると予想します。

皆様も体調にお気を付けください。


 艦隊帰還の伝令? を受けて慌ただしく外へ出る。時間も時間だからほとんど人にはすれ違わなかった。いつもランニングしてる長良さんは居ないし、川内さんは大鳳さんに抑えて貰っている。大鳳さんスゲェ……。

 

「おはようございます……提督」

 

「おはよう祥鳳。出撃した艦隊が戻ってきたのか?」

 

「ええ。まだ離れてはいますが、直に到着するでしょう」

 

 祥鳳さんの言葉で提督も俺も水平線を見る。

 何かのトラブルでこんな時間に戻ってきたんじゃないと分かって一安心だ。提督も安堵の息を小さく吐いたの俺は見逃してねぇからな?

 

 それにしても、まだ人影すら見えないんだけど……。どうして戻ってきたなんて分かるんだろうね? 空母の人達は艦載機と視界をリンクさせてる説が濃厚になるね……。

 脳ミソへの負担ヤバそうだと思うんだけど、俺は空母じゃないから分からない。でも空母になって頭おかしくなって死にたくはないから今のままで良いや。

 

 

 

 

 

 待つこと十数分。提督は祥鳳さんと雑談をして時間を潰し、暇を持て余した俺はだんだん明るくなる西の空を眺めつつゲッター線について考え(精神を虚無に溶かし)ていた。

 

「見えてきましたね」

 

「ああ……」

 

そうか……ゲッター線とは……ゲッターとは……!? そ、そうですねぇ!?」

 

「「?」」

 

 危ねぇ危ねぇ、戻ってこれなくなるところだった。

「何コイツ……」みたいな顔で二人から見られたけど、確かに水平線には小さいながら点が並んでいる。十より少なそうだし、二つの内一つの班が戻ってきたってことか。

 次第に点が大きくなってきた頃、提督がスッと姿勢を正して微動だにしなくなった。

 

「本当に提督が板について来ましたね」

 

「止めてくれ……」

 

 ちょっと揶揄ったつもりが、普通の反応が返って来たので面白くない。そこで祥鳳さんに話を振ろうとしたけど、結構近くまで艦隊が戻って来てたから俺もお出迎えの為に姿勢を正す……が

 

「……ぉぉぉぉぉぉおおおおおおっ!!

 

 気合のある声を上げながら隊列なんて無かったと言わんばかりにスピードを上げて突っ込んでくる影が “二” つ。

 

「クッソ~……不意打ちだなんて卑怯だぞ!」

 

「キヒヒッ、戦場で気を抜く方が悪いのさ」

 

「くっ……お、憶えてろよな! 次は負けないからね!」

 

「そう来なくちゃ面白くないね! おっ? 提督じゃン」

 

 派手に水飛沫を上げながら陸に上がった二人……長波と江風は提督に「お帰り」の一言も言わせなかった。

 

「どーだい! 私達は完璧に作戦を遂行して見せたよ!」

 

「そーそー、褒めてくれても良いンだぜー……ッ()ァ!

 

このおバカ! コホン……提督、ちょっとコレ(江風)借りていきますね♡」

 

 良い音を立てて叩かれた頭を抑える江風が(´・ω・`)(ショボーン)な顔をしながら村雨からドナドナされていった。

 

「長波も、流石に提督の前でそんなに騒ぐこたぁねーだろ。バカみてーじゃねーか」

 

「おいお前ら、戻ったら一番最初にやらなきゃいけねぇことがあるだろ……」

 

 騒がしい駆逐艦の後ろから戻って来た摩耶さんが言う。

 ……滅茶苦茶威厳があるって言うか……親分、姉御気質と言うか……。ついつい従っちゃいたくなる雰囲気がヤバい。

 摩耶さん改め摩耶様の一言で六人が整列した。

 

「「「只今帰投しました!」」」

 

「ああ、お帰り」

 

「お帰りなさい。お疲れ様です」

 

 提督とついでに俺も言っておく。やっとお帰りと言えた……。いつも遠征に行ってる人たちにも言ってるけど、出撃から戻って来た人に言うのは初めてだ。ちょっと感動。

 

「よし。じゃあお前ら……散った散った。あたしはこれから戦果報告しなきゃいけねぇから、先に戻ってな」

 

 そう言われた直後にダッシュで行動し始めた江風と、それを見て溜息を吐く村雨。楽しそうに会話しながら工廠の方に向かう夕雲型の二人。

 そして提督と一緒に寮の方に向かう摩耶様。そして俺は、一人でその場に残った菊月に声を掛けた。

 

「お疲れ様でした……って随分眠そうですけど……大丈夫ですか?」

 

 菊月は提督も居なくなって気が緩んでいたのか、ぶっちゃけ言うと死にそうな目をしていた。隈がヤベェ……

 

「問題ない。……と言いたいところだが、正直に言うと疲れた」

 

 菊月の言葉を聞いて驚いた。普段から弱音は吐かないあの菊月が……珍しい事もあるものだ。明日は三式弾の雨が降ってくるに違いない。

 

「全く……本当にあの三人、特に江風と長波はなんなのさ……」

 

 曰く「一番多く深海棲艦を撃破できるか競い合った」らしい。結果として深海棲艦はあっという間に姿を消し、出撃の主な理由である深海棲艦の掃討は終わった。だけど休める島が運悪く近くに無かったから、無理して夜間に警備府に戻ることになったと語る菊月。その割には江風と長波がまだまだ元気すぎると思うんだけど……。

 

「だが菊月は放っておいて村雨を慰めに行ってやってくれ。江風のお守りで相当疲れている筈だ。あとで甘いものでも奢ってやると良い」

 

「じゃあその時は菊月もどうです? 初出撃の感想も聞かせてくださいよ」

 

「フッ、良いだろう。楽しみにしておけ」

 

 そう言ってちょっと上機嫌になった菊月も工廠に向かっていった。最後に祥鳳さんに頑張ってと言って俺も執務室に戻る為に足を動かした。

 

 

 

「お、スチュワートじゃねぇか。報告なら終わっちまったぞ」

 

 執務室に向かう途中、摩耶様とすれ違った。

 やはりと言うか眠そうに大きく伸びをしながら歩いていたが、俺を見つけるなり気さくに声を掛けて来た。報告が終わったって……早くね?

 報告がそんなすぐに終わるようなものだったとか知らなかったわ……そうだと知ってたなら菊月に話しかけずに摩耶様と一緒に執務室に向かったと言うのに。次からは気を付けよう。

 

「フッフッフ……あたしらの戦果を見て驚くなよ?」

 

 なんて言ってニヤッとした顔を向けてくる。

 う~んかっこいい……じゃなくて、戦果が凄いってことはやっぱり菊月が言ってたように深海棲艦のキルマークの数で競ってたからか。きっと物凄い数の深海棲艦が海の藻屑と消えたんだろうなぁ……。

 

「楽しみですね」

 

 そう返すと、おう! なんて言って歩いて行った。

 服装に乱れも無さそうだから小破すらしてなさそうだ。喧嘩慣れしてそうっていう小学生並みの感想はあながち間違いじゃなかったってことだな。

 ……もしかしたら艦娘としての能力に加えて、個人個人のモチベーションとか性格、得意不得意も実力の内に入ってくるってことか?

 カタログスペックだけ見てベストな編成組んでも互いの相性が悪くて全然ダメでしたなんてこともあり得そうだな。やっぱり提督に艦娘とのコミュニケーションを図れって言ったのは正解だったみたいだ。

 ……この『艦これ(ゲーム)』難し過ぎない?

 

 

 

 

 

「これは……」

 

 なんというか物凄い数だ。摩耶様に言われた通りしっかりと驚かされた。

 提督から渡された紙には手書きの文字、駆逐イ級を始めとする深海棲艦の名前が複数書いてあってその脇には数字。パッと見ただけで五十超えてるって分かるんだけど……それをたった六人で?

 

「凄いですね……」

 

「そうだな。しかも疑ってる訳じゃないが嘘では無いらしい。……それに、遠征で止む無く交戦したというケースはあったけどこんなに沢山深海棲艦が居たなら、普段の遠征でももっと遭遇していてもおかしくは無い……のか?」

 

 言われてみれば確かに……撃破した数が多すぎる。

 佐世保で遠征に行ったときは俺たちは三日かけて往復したが今回の出撃した班は徹夜したとはいえ一日で戻って来た。ということは間違いなく佐世保の遠征よりは遠洋に出ていないことになるが、それなのにこんなに遭遇、撃破するのはおかしい。

 例え遠征は逃げが基本で今回は掃討を目的としてるから比較対象が違うにしてもだ。

 

 もう一度渡された紙を見る。駆逐イロハ級、潜水艦、軽巡が多いけど、重巡と戦艦の名前が無い。

 鬼や姫が居たとするなら摩耶様達がほぼ無傷で戻ってくるのは失礼だけどあり得ないと思う。

 佐世保の夜戦大好きな軽巡御一行が纏まって掛かる相手だ。俺も駆逐棲姫にサンドバッグにされたことがある。それに、そんな危険度の高い相手が居てたら真っ先に報告することは間違いない。

 

「なんか怪しいですね……」

 

 俺と提督がよく分かんない違和感を感じていた時だ。

 

 

 

 

 

バン!

 

 扉が勢いよく開けられた。

 

艦隊が大破で帰還しました! 深海棲艦も多数確認できます!

 




トラブル「ヒャア! 我慢できねぇ! 騒ぐぞー!」

哨戒の祥鳳さんは何してるかって?
艦載機を使って深海棲艦を殴ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深海棲艦注意報

78話です。

沢山の誤字脱字報告、毎度毎度感謝です……ッ!
どうして誤字脱字は無くならないのか……。


艦隊が大破で帰還しました! 深海棲艦も多数確認できます!

 

「……え?」

 

 突然開け放たれた扉から入って来た声に呆然とする。

 突然こんな事言われたらビビるよなぁ? 窓の外を見る……が、海には何も見えない。むしろ艦娘以外が通りかかったらちょっと大問題だと思う。

 

提督! 早くご指示を!

 

「まぁまぁ大淀さん、焦る気持ちはあると思いますけど一回落ち着いてください」

 

 こんなに切迫した雰囲気の大淀さんとかかなりレアだから珍しいな~なんて思ってたけど、状況が状況らしいから訊きたいことを訊く。

 

「まず訊きたいことが幾つかあるんですけど、大破帰還したメンバーはどうなっていますか? 深海棲艦の大まかな種類と、今どの辺に居るかは分かりますか? それと、今深海棲艦に対応している人は居ますか?」

 

 取り敢えずこの辺は気になるかな。ただ敵が来たって言われても提督だって神様じゃないだろうし「じゃあどうすりゃええねん」ってなるだろう。

 敵と味方の数と種類(手札)をしっかり把握しておかないと対策もクソも無いからね。あとは状況に応じて局所局所に効率的に配置して戦わせればあとは流れで何とかなってくれるだろう。……これ何て名前のタワーディフェンス?

 

 俺の言葉を訊いた大淀さんが一拍おいて落ち着いた。こういった時にすぐ落ち着けるって割と凄いと思う。

 これで後は話を聴いた提督がしっかり指揮を執ってくれるだろうと思った俺は、断りを入れてから執務室を出た。

 

 

 

 提督に知らせたのは多分一番最初。だったら次は一般市民の避難だろう。

 万が一俺たちの防衛線が破られた時に全く避難してませんでしたでは話にならない。それと、大本営にも連絡を入れておかないといけないだろう。

 ……やっぱりこういったときにすぐ連絡できるように文明の利器(スマホ)は必要だ。いくら『艦これ』の艦娘が大戦時代の軍艦がモチーフだったとしても、わざわざ現代で同じことを繰り返す必要は無い。使えるモンは使って深海棲艦をブチ殺せば良いんだ。

 

「でもそれなら何で艤装とか艦載機は大戦時代のヤツなんだ? 現代のヤツ使えば深海棲艦をパワープレイでボコボコに出来るだろうに……あっ、すみませ~ん!

 

 執務室から出て向かっていたのは警備所だ。

 警備府内に一斉に放送出来るのは今のところ此処しかない。それに、民間に大規模に連絡を入れられる唯一の場所でもある。

 

「はい、何の御用でしょうか?」

 

 畜生! 呑気な対応しやがって……。まぁ何も知らないなら仕方ないか……。

 

「深海棲艦が近海にやってきているとの報告がありました」

 

「ッ! 分かりました。民間に避難を呼びかけます」

 

 俺の一言ですぐにこの一言が出てくるのは流石の一言だ。お願いしますとだけ言って、電話を掛ける警備員を見る。

 ……ん? 今深海棲艦警報なんて言ってたけど、沿岸部はそんな注意報なんてあるのか……しかも避難訓練通りの対応をしてくださいって……マジで災害扱いじゃんか……。

 まぁ爆弾とか文字通り銃弾の雨なんて台風とかよりよっぽどヤバいからしょうがないね。そんな俺も戦時中、空襲の怖さを理解してない一般人なのに……流されるままに守る側に立たされるなんてあんまりだ。

 

「次はどちらへ連絡をしますか?」

 

「警備府内の艦娘全体への呼びかけをします」

 

 民間への連絡が終わったのか、真剣な表情で次を訊いてくる警備員に俺は電話を要求する。すぐに分かりましたとだけ言ってマイクを渡してきた。有能。

 

「全体連絡です。深海棲艦が近海で多数見つかりました。対応の為に出撃の準備を行ってください」

 

 俺の口から “多数” って単語が出て来た時にギョッとした顔を向けてくる警備員。言わなかった俺が悪いんだけど、深海棲艦が多数って市民に連絡して、変に不安を増幅されるよりは良いだろうっていう咄嗟の判断だ。

 あえて真実を全て語らないとか俺にしては中々頭良さそうなロールプレイでは? なんて思ったけど、満足している暇は残念ながら無い。次は大本営に連絡しなきゃいけないけど……これは俺がやっても良いのか?

 

 まぁ良いか……やっちゃえ ○産(NISS○N)

 言うて緊急事態だし……別に問題ないでしょ。さて電話番号は~っと……

 

―――ツー……ツー……ツー……

 

 なんてこった……タイミングが悪すぎない? 訴訟も辞さないんだが?

 

 だけどこうしちゃ居られない、次だ次。

 戦場は初速で決まるって学校の先輩も言ってたし、初期の対応として俺が出来ることは……思いつかねぇな。執務室に戻るか。

 

 

 

 寮の中は遠征に行ってない艦娘達が早足で移動していた。

 

食堂だ! 食堂に向かえ!

 

 摩耶様が部屋を開けて回り、声を掛けていた。

 徹夜越しの連続出勤とかファンタジーもビックリなドブラック労働環境だ。頼むから疲れからヘマして居なくなるってことだけは止めて欲しい。

 

「済みません……先程出撃から戻って来たばかりなのに……」

 

あん!? こんな緊急事態に大人しく寝てろって? 一日くらいの徹夜なんてどうってこたぁねぇよ。スチュワート、お前はさっさと執務室に行ってこい。他の連中は食堂に集めといてやるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 何だこのイケメン!? 頼りになり過ぎる!

 という訳で艦娘への呼びかけは問題が無さそうだから執務室へ ―――

 

「それと、大鳳と川内はもう出撃させたぞ。朝霜と長波も付けておいた」

 

 直行出来なかった。

 え? それって摩耶様の独断? っぽいなぁ……。まぁ、提督の指令がまだ出てないみたいだし、深海棲艦をフリーにしておく理由なんて無いから、戦場に戦力を届けるのは急務だろう。コレを独断でやった摩耶様は間違いなく超優秀な現場指揮官だ。

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 お礼を言って執務室へ急ぐ。

 

 

 

「只今戻りました」

 

はい、はい……

 

 執務室では提督が誰かと電話をして、大淀さんが戻って来た俺に向かって “シーッ(静かに)” のジェスチャーをしていた。

 

はい……りょ、了解しました!」

 

 どうやらタイミングよく電話が終わったらしい。提督が敬語で話してたし多分相手は大本営だろう。今までずっと話していたんだとすると、俺が電話かけた時に繋がらなかった理由はコレか。

 

「ふぅ……スチュワート、連絡ありがとう。助かったよ」

 

「どういたしましてです。そんなことより、出撃はどうするんですか? あ、もう既に大鳳さんと川内さん、長波と朝霜が出撃しているそうです。それと、摩耶さんが食堂に艦娘を集めています」

 

「そうか……大淀」

 

「はい」

 

「食堂に行って、先程決めた編成で出撃させてくれ」

 

「分かりました!」

 

 しっかり返事をして大淀さんは出ていった。班も決まってるなら後は誰も欠けることが無いように祈るだけか。俺は大淀さんから聞いてないけど、戦艦とかいっぱい居るなら相当分が悪いんじゃないかな……。

 一番最初に深海棲艦を発見した……警備府に連絡をしたのは祥鳳さんで間違いないだろう。その時すでにドンパチが始まって無い事を祈ろう。摩耶様が出撃させた四人が祥鳳さんの生存率に直結すると考えても良いんだろうか?

 やっぱりこういったときの為に戦艦の人は居て欲しかったなぁ……。精神的な安心感が桁違いなんだよね……って言うか提督はここで何してんのよ? さっさと食堂に行って皆に激励の言葉とか送りに行けよ。

 

「スチュワート」

 

「……はい」

 

 いきなり呼ばれたから返事をしなくちゃいけない。ほら、俺に何の用事があるんだ?

 

「……今から好きにしなさい」

 

 ……?

 

「えっと……」

 

 俺の頭がおかしくなったみたいだな? 提督が何を言ってるかさっぱり理解出来ねぇぞ……

 

「今は人手が足りないんだ。謹慎処分を受けてるのは知ってる。だから……自分は忙しさのあまりここでスチュワートに話掛けなかった。緊急事態だったから彼女は独断で行動した。監督不行き届きの責任は自分にある

 

「……」

 

 なんかソレ、どっかで見たり聞いたりしたことがある言葉回しだね? 理解したら口角が吊り上がっちゃうじゃないかよ。提督もそんな中二溢れること言うんだねぇ……。

 

「へぇ……面白いじゃないですか……」

 

 久々の出撃 O K って事で良いんだよね? しかも責任は取ってくれるとか……やりたい放題しても良いんでしょ? 最高かよ……。

 これは、夕立が言う “素敵なパーティー” になりそうだな?

 




提督「構わん、やれ」
主人公「WRYYYYYYYYYYYYYYーーーッ」

日中に出撃 “させられた” 夜戦忍者の戦闘力って実際どんなもんかな……なんだかんだ並の軽巡と同じくらい活躍しそう……。
情報戦って言葉を知らない主人公はスマホで動画&ゲーム以外しないアホ。それじゃダメだよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その駆逐艦は「取扱注意」の者です

79話です。

展開がダラダラし過ぎていることは気が付いているものの、
どうやって修正しようか分からない愚か者です……


「今は緊急事態だから長い話はしない。ただ一つ……揃って戻ってきてくれ」

 

 以上。と、食堂で艦娘を前に短く話を終わらせた提督と、既にやる気十分な艦娘たち。

 因みに俺は一月くらい海の上をお預けされてたからほぼ無条件でやる気 M A X だ。

 海の上で気持ちいい風を感じるのは癖になって止められないし、海の上は落ち着く……。これは多分艦娘の本能的なナニカだと思うから、きっと俺は大分手遅れだな……。

 

 だけど、今まで “待て” をされていた分思いっきり暴れるくらいはしてもいいだろう。そんな事出来るかどうかは置いといて、責任を考えなくていいなら本当に好き勝手にやらせてもらうからな?

 だから……さ? 早く「行ってこい」って言えよ。今の俺はトラブルって火種に自由というナパーム剤、ノリと呼ばれるガソリンを詰め込んだ動くテンション爆弾だぜ? なぁ……早くしてくれや。

 

「皆! 大破になる前に引き返してきてね! 沈まなかったら修理できますから!」

 

「それじゃあ皆、武運を祈る!」

 

 明石さんと提督の声を最後にみんなが食堂を出ていく。既に艤装を着けてる人達は既に纏まって出撃まで秒読みな辺り流石だ。

 それに、普段はダルいダルい言ってる望月も普通に行動してる辺りやっぱり優先順位は間違えないとか、艦娘って軍人なんだなぁとつくづく思った。

 

 

 

 ……さて俺はどうしようかな? 出撃しても良いって言われたからするんだけど、大淀さんと提督が既に編成組んじゃってるみたいなんだよね。となると俺の役目は遊撃? それとも最終防衛ラインの死守?

 

「という訳で大淀さん、役割を教えてください」

 

「え? ……ええ。遊撃として深海棲艦を倒してもらえると助かります。提督から駆逐艦と伺ってますから、最後の砦の役にはちょっと……」

 

 なるほど。大淀さんは提督に俺のことを聴いたんだな? だから俺が艦娘だってことに驚いてくれなかったと。つまらん……ってまぁいい。

 ……それにしても駆逐艦だから力不足だなんて何も分かってねぇな? あの盾の凄さを提督は一ミリも理解してないな? きっと驚くだろう。

 ちょっとキレそうになったけど、大淀さんは遊撃をご所望だったから反論せずに大人しくガンガン攻めるスタイルで暴れることに決めた。そこで必要なのは何と言っても砲と砲と魚雷!

 

 

 

 って訳でやってまいりました工廠です。出撃前の艦娘で大変混雑しております。現在も次々と艦娘が入っていき、艤装を着けて出てきている状態です……が、遠征に行ってる人もそれなりに居るから実はそこまで数が多い訳じゃないんだよなぁ……。

 だから最後尾に並んでいた俺も工廠に直ぐに入ることが出来た。中には工廠の住人の妖精さんと、工廠二柱の片方である明石さん。夕張さんは来てないけど、おいでなすったら佐世保のアレコレを考えて絶対にお姉ちゃん呼びをしておちょくると決めてある。

 

「スチュワートさんさんじゃないですか。何の用です?」

 

「艤装を貸してください」

 

 手が空いた明石さんと話をする。そこで俺は必要だと思うものを要求した。

 残念ながら俺のメイン装備の火力はゴミだからね。いたって普通の装備品に攻撃的なオプションを付けていけば火力支援の遊撃として活躍出来るんじゃない? っていう小学生みたいな足し算理論で俺は行くぜ。

 

「えっと……」

 

「艤装を貸してください。そう、あんな感じの駆逐艦のヤツで……って」

 

 おいィ!? ちょっと妖精さんン!? 「さみだれ」って書いてあるその砲はヤバいって! いつぞやクソ提督を撃った佐世保の五月雨からパクった悪名高き名誉ある殺人砲じゃん! え、返してなかったっけ!?

 いや、貰うけど……。そうそう、あとはいつもの投擲物ね。助かるわ~……何故この妖精さんは偉そうなのに俺の心を読んだかのような行動を取れるんだろう? 世界は謎で満ちている……。

 

「どうぞ! あんな感じのって言われても詳しいのは分からないからこれで……何とかならない?」

 

 明石さんから渡されたのは睦月型の艤装の予備らしい。手に持つ砲が一つしか無かったから、左手に五月雨の砲を持って腰には投擲物を着ける。

 最近盾ばっかり持ってたからちょっと耐久面に問題を感じる。何時弾が当たって爆散するか全く分からないとか、スリルを感じてヤベェヤベェ。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 良いじゃ〜ん。盛り上がって来たねぇ〜!

 二丁拳銃みたいで中二病してるから、せめてそれに見合った華々しい戦果を挙げに行って来ようじゃないか。

 

「それと、さっき大破して戻って来た人達もそうですけど、あんまり艤装を壊されると大変なんですから大事に扱ってくださいね!」

 

「仕事がないよりは良いでしょう? まぁ、あまり良い仕事では無いと思いますけど……」

 

 明石さんに軽口を叩いて工廠を出る。

 

……え? スチュワートさんも出撃するの? 言われるまま渡しちゃったけど大丈夫だよね……?

 

 

 

 

 

 

 海沿いには既に艦娘は殆ど残っていなかった。提督が見送り、艤装を着けた大淀さんが無線? のような物を弄っていた。なるほど現場に於ける全体の指揮か。頼りになるね。

 俺も激励を兼ねて残ってる人に声をかける。

 

「さぁ、深海棲艦を叩き潰してやりましょう! 残ってる皆さんも行きますよ!」

 

 俺も行くんだからさ。

 

「「「……」」」

 

 多少驚かれるとかは想定してたけど、提督と大淀さん以外からあり得ないものを見るような目で見られた。

 そんなに俺って艦娘っぽくないの? 仕草とかは結構意識してたつもりだったんだけどなぁ……そんなに下手クソだったなんて流石に凹むんだけど……。

 

「ここでゆっくりなんてしていられませんよ! 民間に被害が出るかどうかに直結するんですよ!?」

 

 ほらぁ……準備が整った大淀さんに怒られちゃったじゃ〜ん。

 残ってる人は行かないの? だったら置いて先に行くけど。

 

っし、やるか……

 

「スチュワート」

 

 あ゛あ゛ん゛!?

 シューズの紐を結ぶような感覚で砲をしっかり握って気を引き締めようとしたらこれだよ。

 

「……何でしょうか?」

 

「無事に戻って来てくれ」

 

 ……は? 何勝手に俺に死亡フラグ建ててくれちゃってんの? そんなに俺に死んで欲しいの? 艦娘全員コンプするまで死ぬつもりは無いんだが? ポ○モンマスターの運命(さだめ)だろ?

 

「やめてくれって言われても戻って来ますよ。それに、もっとドッシリ構えてた方が他の人も安心できると思うのですけれど?」

 

「……そうだな。じゃあ、みんなが戻ってきた時の為に夏季慰労の準備をしないとな……」

 

 俺がちょっとだけ刺のある口調と言い方で返したら、提督がそんなことを言って戻っていった。若干声が震えてたから絶対にそんな準備なんてしないだろうな。俺なら緊張して出来ねぇもん。深海棲艦が実は少ないことを神にでも祈ってな提督。

 

 

 

 

 

 久々の海の上。風を感じたくてスピードを出す。

 編成に組まれてない故に完全に単独行動が許されているってのは、こういう風にアホみたいに飛ばしても良いから気楽でいいね。

 班で纏まって移動している人たちをどんどん抜かしていくのが最高に気持ちいい。

 「誰?」が「マジ!?」に変わるのをチラリと見るのが(たの)しい。

 

 そうして突き進むこと数分。随分陸地から離れたと思うんだけど……。

 

「ッ!」

 

 黒い影 ――― 深海棲艦を発見!

 数は三? で人型は無し! つまり駆逐艦ばっかりだな!

 

「……ッシャオラァ!」

 

 思いっきり気合の叫びを上げながら急接近。三匹居た駆逐イ級の内一体のアホ面に魚雷をブン投げる。

 

グオオォーーッ!!

 

 叫び声を上げたそのお口に魚雷をシュゥゥゥーッ! そして隣の個体にゼロ距離射撃だァ! 蜂の巣になれぇ!

 

「ハハッ!」

 

ガァアアアーーー!

 

 うん! 睦月型のちょっと小さい魚雷が実に投げやすくてベリーグッド! 大きさと重さもバッチリとか、投げてくださいって言ってるようなモンだろ!?

 それと流石は曰く付きの五月雨砲! 借りて来たレンタル装備と合わせて実質火力二倍でイ級もあっという間に蜂の巣だ。香取さんの訓練の成果もあって、艤装に入ってる妖精さんのリロードが間に合うから常に片方の砲では撃てる。これによって弾幕が途切れないのは素晴らしい。

 

「あれれ~? 出会って一分も経ってないのに君の仲間二人は重症だよぉ!?」

 

 本当に始まったばかりなんだ。一月ぶりのリハビリにつき合ってくれよ。

 




主人公「最高に「ハイ!」ってやつだアアアアア」
これが……テンション爆弾ッ! 圧倒的情緒不安定ッ!

だんだん主人公が壊れてきたような気がする……。
佐世保の五月雨は砲を盗まれて可哀想……。誰だこんな酷いことをするのは!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハプニングは続くよ何処までも

80話です。

望月が可愛いのが悪い。
だから私は悪くない。


 イ級を煽りながら砲を熱くすることしばらく。

 大きなハプニングも無くイ級の死体が三つ出来上がったから肩の力を抜く。

 

「三匹揃って香取さん未満とか……」

 

 拍子抜けの良いところだ。深海棲艦に軍艦時代があったかは知らねーけど、もうちょっと誇りは無ぇのかよ!? 全力の香取さんが相手だったら今頃俺は原型を留めているか怪しい(出来の悪い挽肉になってる)のに。

 

 移動のスピードが速いのは良いんだけど動きがあまりにも直線的だ。あんなんじゃ避けてくださいって言ってるようなものだろ。

 口の中に砲があることは知ってるし、狙われてるって分かってたら砲で弾くか避けるかのどっちかだ。単発の攻撃を俺に当てたかったらもっとエイム力を着けろ。もしくは三匹で偏差射撃をするとか、ノーモーションで撃つとかしてくれないとお前ら(イ級)の攻撃には当たってはやれないな。

 

 久々に海の上に出て来たのは良いんだけど相手がこんなにお粗末だとあまりにも不完全燃焼だ。

 痛いのは嫌だから攻撃力が高くなくて、こっちの攻撃が通らないとイライラするからそれなりに柔らかくて、余裕で勝てちゃうとつまらないから良い死合いになるような素晴らしい敵は居ないかなぁ……居ないんだろうなぁ。

 

「ハァ……」

 

「マジぃ? 凄ぉ……」

 

 俺が溜息を吐いてたら望月が来ていた。穴だらけになったイ級を見てドン引きしている。

 なぁ望月さんや……今見てるソレより、隣のやつはどう? お口に魚雷をポーンした時に良い感じな致命傷が付いた自信のある死体なんだけど興味な……さそうだな。

 

「艦娘だとは思わなかったよ……強いんだね~」

 

「……大本営の香取さんに扱かれましたから。望月もどうです? これくらいはすぐに出来るようになりますよ?」

 

「ん~……パスで。わざわざ一人で戦う意味が分からないよ」

 

 艦娘であることを意外に思われ、驚かれなかった仕返しとばかりに怠け者の星に産まれた望月を香取さんの訓練地獄に叩きつけようとしたらパスされた。

 一人で戦う意味? そんなの男のロマンが二割で自己満足が三割。後は十四歳から発症する不治の病が四割で、ボッチ故の残り一割。マルチプレイ? レイドバトル? 何それ美味しいの?

 

「あとその艤装……」

 

 ヤベ……そういえば望月って睦月型じゃん。そりゃあ俺が睦月型の艤装付けてたら不審に思うか。

 だけど追及されたらそれこそ面倒くさい事になるのは確定時に明らか。悪いがここは聴こえない振りをして逃げさせてもらおう。

 

さ! 最前線まで突き進みますよ~!

 

「え~……」

 

 強引に望月の言葉を聞こえなかったことにして進み始める。

 ……までも無かった。

 

「ほら、新しい深海棲艦ですよ(おかわり)。倒しちゃいましょう」

 

「えぇ~……あれぐらいならスチュワートだけで大丈夫でしょ。やる気がある人は戦果を挙げる。無い人は英気を養う。適材適所ってヤツだね~」

 

 も、望月コイツぅ……出撃前にテキパキ行動してたのは何だったんだよ。

 

 

 

 やって来たお代わりのイ級を血祭りに上げた後に望月に問い詰めたら「皆やる気なのに一人だけダラダラしてたらメンドいことになる」って言った。

 

「ホントは警備府で待機とかが良かったんだけど、大淀怖いし仕方ない仕方ない」

 

「だったら今から警備府に戻りますか?」

 

「それはそれでなんか()だな~。後から絶対に何か言われるでしょ」

 

 その通り。よく分かってるじゃないか。

 

「それじゃあ、私らはこの辺ですり抜けて来たのをやっちゃう担当だから」

 

 そう言って遠くを指差す望月。確かに左右どちらにも小さいながら影が確認できた。

 

「ゆっくりしたいからさ~、この先で出会ったの全部ぶっ倒してきてよ」

 

 宜しくね~なんて言って手をヒラヒラさせる望月と別れる。

 

 

 

 個性と言うか、キャラが立ってると言うか……ああまでされると流石としか言えない。

 世界滅亡のカウントダウンがあろうとも我関せずのスタンスで寝て過ごすタイプだな望月は。

 

 結局そんなことを考えるくらいには深海棲艦と遭遇しないんだけど……。

 

「ん……」

 

 影……誰だ? ……距離にしてはデカいから深海棲艦か。たった一匹なんて良いカモだぜ。

 砲を構えて急接近。ウスノロな駆逐ハ級はそれに気づいた様子はない。

 

「ハッハー! ……は?」

 

 砲を撃ちこんで笑ったのにピクリとも動かない。接近しても反応なかったときは察知能力がザルかと思ったけど、確認してみれば成る程ね。

 

「死んでるじゃねーか」

 

 妖精さんが言うには、深海棲艦は死んだらそこらの生物とは比べ物にならないくらい早く腐敗していくんだそうだ。何故か肉は切り離したら普通? の肉になるってのに……やっぱり深海棲艦は不思議なことだらけだ。

 

 それにしてもまだ死体が浮いてるってことは……

 

「さっきまでここで戦いがあった?」

 

 今気づいたけど、少し離れたところに線を描くようにポツポツと肉片とか死体が浮いている。

 視線の先には人影きは無いし、戦闘音も聞こえてこない。だったとしたらこの肉片とかを作り上げた犯人は一体……。

 でも、ヘンゼルとグレーテルみたいに千切れた破片が目印になってるから、これを辿っていけばすぐに追いつけるだろう。

 

―――シュオォォォ……

 

「ん?」

 

 何この……何回か聞いたことがあるガスバーナーみたいな、ガスコンロみたいな……周りには誰も居ないし、空にも……

 

「っ!? 痛っ!

 

 痛ってぇ!? 撃たれた!?

 二の腕を抑えながら振り返る。と同時に独特な音が頭上を越えていったからもう一回前を向く。

 

―――シュオォォォ……

 

「アイツか……」

 

 空に浮かぶ黒い点。羽ばたきが見えないから鳥ではない。そして鳥はあんなメカニックな移動音は出ない。

 赤城さんとか大鳳さんの艦載機はブロブロ~ってちゃんとプロペラの音がする飛行機型の艦載機だから、この奇妙な音が艦載機だって気が付けなかった。

 俺に撃って来たってことは深海棲艦の艦載機で間違いないだろう。そして俺が知ってる深海棲艦の空母は一種類。

 

「空母ヲ級……」

 

 佐世保で夜戦の時に相手の中に居た筈だ。あの時は盾を持ってし、後ろに居た満潮に攻撃は任せたけど、今回は盾は攻撃に役に立たないからって置いてきたし、後ろにも誰も居ない。

 どうする……一旦引き返すか、それとも艦載機を追いかけてヲ級本体を叩きに行くか……。

 

おーい!

 

「? あっ、は~い!

 

 遠くに人影を発見! 呼びかけて来たから味方! 声からして……長波か?

 

「こっちに来んなー! 逃げろー!

 

 その言葉に立ち止まる。俺が動かなくても味方 ――― 長波と朝霜がこっちに向かって来る。

 ちょっ!? 朝霜、気ぃ失ってない? 大丈夫そうじゃないけど!?

 

「バッカお前! ……お前……って違う! 良いから逃げろ! “アイツ” が来る!」

 

「いやいやいや! どう考えても重傷者が優先! それで、“アイツ” って? 大鳳さんと祥鳳さん、川内さんは!?」

 

「その三人も沈んじゃいねぇが重軽傷だ! 二手に分かれて逃げ出たが “アイツ” はこっちに来た! アンタも逃げろ!」

 

 だから逃げろじゃないんだよ! 長波も服ボロボロじゃん。朝霜連れてさっさと引き返すのはそっちだろうが。俺一人で食い止めるなりして二人が助かるなら単純計算二引く一でプラスになるじゃん。

 だけど俺がそんな事を考えてる間にも長波は我慢できなくなってたみたいで……。

 

「あぁーもう! どうなっても知らねぇからな! 私らは警備府に戻るからな!」

 

 そう言い残して去っていった。

 

 

 

 長波たちがあんなに焦っていたってことは、空母ヲ級がきっとそれなりの距離に居る筈だ。

 振り返って長波たちが来た方を見る。

 

 

 

 

 

「~♥」

 

 良い笑顔の深海棲艦 ――― 戦艦レ級が居た。目線が俺に固定されている。

 

 ……空母ヲ級じゃなかったの!?

 




しっかり確認しないから……。
次回! 「スチュワート、死す」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

超ド級の問題児

81話です。

展開どうしよう……

シナリオのメモ(予定表)に書いてないこと(レ級の出現)やってるから私のアドリブ(ちから)が試されますよ今回……


 戦艦レ級

 

 『艦これ』未プレイの俺も良~く知ってる。

 キチガイ染みた笑顔が特徴的な深海棲艦の一種類。

 

 多くの「提督(プレイヤー)」曰く

 

「ボスより危険」「イベント出禁もやむなし」

「ぼくのかんがえたさいきょうのせんかん」

「飛ばない宇宙戦艦ヤマト」

 

 なんて、どう考えてもそこらのマップに出てくるイベントボスでもないキャラには不釣り合いなとんでもない評価を受けていた。

 

 そして人間っぽい見た目も合わさり人気が高い。俺の目に入って「ちょっと調べてみるか」なんて思わせるくらいにはインパクトがあった。

 だからちょっと調べてみたらたら、提督達がレ級に付けた評価が過剰なものじゃないと文字だけで分からせられる記事ばかり。そりゃあ一ターンに高火力の敵が複数回、しかもボスより多い回数行動してくる故に事故率が高いなんて嫌われるわ……。

 

 そんなヤベー相手が今、目の前にいる。

 

「……」

 

「~~♥」

 

 あぁ、これはダメだ……。レ級の目線が俺にガッチリ固定されてる。

 まるで新しい玩具を発見した犬みたいな……

 

 スクリーン越し(二次元)目の前にいる(リアルの)レ級に違いがあんまり無いってのもおかしな話だと思う。可愛く描かれたイラストとは似ても似つかないマジキチな笑顔が滅茶苦茶怖い。

 長波たちが相当頑張ったんだろう。レ級の合羽みたいな服も随分ボロボロだし、足っぽいところと顔も血で赤くなってるのも恐ろしさに拍車を掛けている。

 

「ヘヘッ……ヘヘヘへ……」

 

 怖すぎて苦笑いしか出てこない。

 だけど、後ろには重症の二人が居るからレ級を通す訳にはいかない。

 空母、軽空母、軽巡と駆逐艦二人の五人を撤退まで追い込んだレ級を相手に駆逐艦が単騎で挑むなんて自殺行為以外の何者でもないんだろうけど、男にはやらなきゃいけない時がある。

 

「お前なんて……お前なんて恐くねぇ! ぶっ殺してやるぁ!

 

「―――! 

 

 

 

 

 

 提督達の間で蛇蝎の如く嫌われる強敵、戦艦レ級を駆逐艦の俺が相手をするにはやらなきゃいけないことが沢山あるけど……まず最初に距離を取る!

 

「という訳で死ねぇ!

 

 魚雷を一発発射、オマケに一本ブン投げてから後ろに全速力で移動。相手は戦艦だから香取さんの教えに従って移動速度で勝負する。移動速度が低いなら引き撃ちだよ引き撃ち。

 

 水飛沫が晴れてレ級が現れた。

 

「チッ……」

 

 こんなので倒せ訳が無いと分かっていても舌打ちが抑えられない。ケロッとしやがって……キチガイスマイルの所為でダメージが入ってるかどうかも分からない。

 

「~♥ ケヒヒッ」

 

 一層凶悪な笑顔を浮かべてレ級の尻尾が口を開けて ――― ヤバイ!

 

「ぅおっ……っぶねぇ~」

 

 滑るように横に回避したから奇跡的に当たらなかった。

 「アレ? おかしいな……」って顔をしてるレ級に砲を撃つが、(みぞれ)が鬱陶しいと言わんばかりに目の辺りを腕でカバーするレ級。その間にも尻尾は気持ち悪く蠢いている。

 

シュオォォォーーー

 

 レ級の周りに黒い点が出て来たと思ったらさっき聞いたような音が聞こえてくる。

 

「あっ」

 

 そういえば艦載機飛ばしてたのアイツじゃん! 何で距離取ったんだ俺。

 赤城さん程では無いにしても艦載機の中を近づくのは簡単じゃない。どうして盾を持ってこなかったんだ俺……。

 

「―――?」

 

 何か……来る? って違う! コレ魚雷じゃねーか! 

 

 またしても横に回避。派手に水飛沫を上げた後、俺がさっきまで居た場所の海面が細かく波撃っている。

 チラリと上を見て見れば艦載機が飛んでいる。波打つ範囲が徐々に俺の方に寄ってきて……

 

「クソッ!」

 

 体勢を何とかして艦載機の攻撃範囲に入らないように左へ右へ動き続けながらレ級の周りを円を描くように移動し続ける。後ろに下がり続けたらこっちの攻撃も当たらないし、艦載機がある以上距離を開けるのは非常に宜しくない。

 

 どうする……投擲物投げちゃおうかな……。でもレ級が更に切り札とか持ってた時の為に取っておきたいし……。

 でもこのまま逃げ続けててもジリ貧だ。だって攻撃させてくれないんだもんレ級。

 

「腹立つぅ……」

 

 俺が必死こいて艦載機から逃げてるのに忘れた頃に魚雷が襲ってくるこの厭らしさよ。

 それで魚雷を避けたら艦載機からの銃弾に掠ったりしてして、少しづつダメージを受けているのが現状だ。少しでも余裕が出来たら砲は撃ってるんだけど……ダメージを与えてる気にならないのもストレスの原因になってる。

 

「ああああっ! 腹立(はら゛だ)づぅっ!」

 

 それに加えて、上ばっかりじゃ駄目ですよ~? って煽ってるのかと言いたくなるような笑顔なのが腹立つ。

 しかもこれでまだ砲撃をしてこないどころかレ級本体は動いてすらない辺り完全に舐めプされてるのが分かるから尚更イライラする。だけど砲撃までされたら避けることすら碌に出来ないままボロ雑巾にされるのは間違いない。レ級が動いたら? そんなの考えたくない。

 

「ああああっ! おっ?」

 

 視界に影が映った。

 

 

 

 やったぜ。救援だ。助かった……。

 

 

 

 

 

「ん? ……ハァッ!? 冗談じゃねぇぞ!

 

 よく見て見たらカラーリングが黒と白。……深海棲艦だ!?

 アレは……駆逐イ、ロ級と軽巡ホ……いや、ヘ級だな。あとは重巡リ級と空母ヲ級も……?

 ただでさえ舐めプしてるレ級相手に逃げ回るのにいっぱいいっぱいなのに追加とか無理。

 

「死んだわコレ」

 

 時間稼ぎも出来ないと悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガアアアアアアッ!

 

 今まで艦載機、時々魚雷のレ級がいきなり吼えた。そして移動を始めた。

 

 やって来た深海棲艦たちの方に。

 

「えっ?」

 

 え? 意味が分かんないんだけど……。

 

 レ級の行動がサッパリ理解できない。それは俺だけじゃないみたいで、深海棲艦たちも完全にフリーズしてる。やっぱり俺は間違ってないよね。レ級がおかしいだけだよね!?

 

 レ級が出した艦載機も急旋回して深海棲艦の方に向かっていったみたいで、固まっていた深海棲艦たちにしばらく弾を浴びせたと思ったら、そのままイ級に突っ込んで爆発を起こした。余った艦載機が同じようにロ級に突っ込んで爆発した。

 やだ、何アレ怖い……。

 

 その間にも本体は深海棲艦たちに近づいていて、距離を離そうとしていたヲ級と、迫りくるレ級の間に立ち塞がるヘ級 & リ級という図が出来上がっていた。

 そしてレ級がスピードを緩め……ない!? そのまま突っ込んで ――― ヘ級がなんか爆発した。多分ゼロ距離で魚雷でもブッ放しんだと思う。

 それにしてもワンパンとかヤベェよ……。軽巡でアレなら俺なんて木端微塵になるわ。

 

 リ級の脇をすり抜けたレ級がヲ級に近付いて……尻尾で噛みついた。

 そのまま空中まで持ち上げられたヲ級が爆発した。デカイ穴が開いた ――― どころじゃない。胴体とか千切れるとかどんだけ火力あんの……?

 

 

 

 目の前で爆発が多いスプラッターな仲間割れを見せられた俺の頬がピクピクと引き攣っているのが分かる。今も視線の先でリ級がレ級と撃ち合って……やっぱり負けた。

 

「ハハ……」

 

 鎧袖一触、一騎当千。そんな言葉が頭に浮かぶ。そしてすぐに諦念に塗りつぶされた。

 砲撃は強い、魚雷もヤバい、それらを何とか掻い潜って近づいたとしても近距離だと尻尾に捕まる。そしてこれらの攻撃がほぼ全て即死級ときた。逃げようにも艦載機がある以上逃げ切れはしないだろう。

 

「……」

 

 もう無理だと俯いた視怪にレ級の脚が入り込む。

 

「~♪」

 

 視線を上げると食後のデザートと言わんばかりの顔をしているレ級が居た。

 

「……ふざけんなよ……

 

 レ級の顔を見て、諦念の中に僅かに残った反骨心が燃え上がる。

 誰がお前なんかのおやつになるか。

 

お前のおやつ程度で終わってやるかよ!

 

 腰に下げた投擲物 ――― 赤い缶を叩きつける。

 銃弾も、魚雷も今まで碌にガードをしてこなかったレ級は、果たして今回も真正面から受けて燃え上がった。

 

「ガアアアッ!!」

 

 苦し気に呻くような声を上げるレ級に、次は黄色い缶を投げつける。

 投げた直後に振り返って全速力で移動を始める。耳を塞いでおくのも忘れない。

 雷が落ちたかのように光って、耳を塞いでも分かる音が聞こえた。

 

 チラリと後ろを見て見ると、火を消そうと滅茶苦茶に暴れるレ級の姿があった。

 

「もうやだ……」

 

 取り敢えず今は、味方の居る場所まで……

 




主人公にトラウマを植え付けたレ級先輩はやり過ぎです……。
レ級の強さとヤバさを表せた(つもり)で満足してます。
次:ちょっと忙しいので4日後です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

提督の憂慮

82羽です。

投稿予約ガバりました。許してください……
ちょっと駆け足気味になったかな……?
シナリオを見直したりして、ちょっとおかしくなってます。

※提督視点。


▼――――――――――

 

 

 警備府に居た殆どの艦娘が居なくなった。

 

 自分が情けないが故に見放されたという訳ではない。

 深海棲艦が現れ、その対処の為に戦場に向かわせたんだ。

 

 自分が。

 

「……」

 

 先程まで晴れていた空がいつの間にか雲で覆われている。まるで自分の心情を表したかのような陰鬱になる色だ。

 

 艦娘を見送った後、大淀と立てた作戦で艦娘の配置に問題が無いか紙に穴が開くように何度も確かめようとした。

 だけど、出撃させた艦娘たちの事が心配で全く集中できなかった。文字は見えてるけど、見てはいないことが自分でも分かる。

 

 今は午前中。それなのに秘書艦用の机に座る彼女(スチュワート)が居ない。

 毎日ここに通い、午前中に書類を片付けて午後には居なくなる彼女が。

 

 居たら居たで、黒川提督のことが頭を過るから気を遣うけど、一月もこの部屋で書類整理をし続けた人が居ないとなると、どことなく寂しいように感じた。

 

 ……この部屋はこんなに広かったかな……?

 

 自分が仕事以外で執務室を使うことは稀だ。午後はいつも警備府内を見て回り、彼女に言われた通り艦娘とのコミュニケーションを図っている。若しくは執務室とは違う、自分の部屋で勉強や趣味の時間を過ごしている。

 

 だからだろう。執務室がとても広く見えた。

 

 

 

「休んでる場合じゃないでしょ!?」

 ふと、曙にそう怒られたことを思い出した。確かその後、彼女も自分に対して発破をかけて来たんだっけ……?

 

「……よし!」

 

 こうしてはいられない。

 艦娘が出撃した今、作戦の概要を纏めた紙など既に価値を失っている。

 だったら現在の警備府で艦娘が居る工廠に行って、直接話を聴くしかない。

 

 彼女から言われた通りどっしり構える……ただ待つなんて出来そうにもないんだ。

 

 

 

「あっ、提督! どうしました?」

 

 妖精と一緒に工具を手に艤装の修理をしていた明石が、自分に気が付くと声を掛けてきた。

 

「ああ、帰還した艦隊にも話を聴きたくてね」

 

「成る程。それなら今は……潮さんと飛鷹さんが起きてた筈ですから……確認してきますね!」

 

あっ……ああ」

 

 自分の要望を伝えたら、手を止めて話の出来る艦娘の確認に行ってしまった。忙しいだろうに……申し訳ない事をしたと思う。

 ……自分の声は震えていなかっただろうか? 堂々と、人を率いる人物に相応しい態度で居られただろうか? 

 

 明石が確認に行ってから程なくして工廠の奥、白いベッドが沢山並んでいる医務室から声が聞こえてくる。

 

え、提督が来てる?

あの……まだ起きていないってことには……

 

 なんて声が聞こえてきた。

 意外そうに驚いている飛鷹の声と、逃げ場所を探すような潮の声が聴き取り辛いものの、しっかりと自分の耳に入って来た。

 もしかしたら自分は多くの艦娘から嫌われているんじゃないかと一瞬考えたが、大破帰還となった申し訳なさから顔を合わせ辛いようだった。

 自分はそんなことで責めるつもりは無いんだけど……。

 

 

 

 

 

「―――本当に数が多くって! ……提督、後で祥鳳さんにしっかりお礼した方が良いよ。祥鳳さんが居なかったら間違いなく深海棲艦はすぐそこまで来ていたんだから」

 

「……ああ」

 

 大破帰還って聞いて不安だったけど、無事なようでホッとしている。

 大本営で講義を受けたから知ってはいるけど、大破などと聞くと、やっぱり欠損とかの暗いイメージが浮かんでしまって不安になる。

 

 飛鷹と話をして分かった事は、もう一つの北東側に向かった摩耶達の艦隊は無事に戻って来たので特に問題は無くて、南南東に向かった長良たちよ艦隊が交戦したということ。

 そして、その時に交戦した深海棲艦は、駆逐イ級やロ級のような脅威度は低いのが大半だったものの、兎に角数が多かったということ。

 そして、後で祥鳳にしっかりとお礼をしなくてはいけないということ。

 

「……」

 

 深海棲艦がイ級やロ級のようなものが大半だったと聴いて、少しだけ安心した。それならば大鳳や摩耶のような力のある艦娘が居れば何とかなると思ったからだ。

 長良達は、少人数だったから数に押されてしまっただけで、今回は警部府に居た艦娘は明石以外全員出撃したんだ。話を聴いた限りではちょっと過剰戦力に思ったけど……それぐらいが丁度いい。万が一があったら大変だ。

 

「ちょっと~? 聴いてる~?」

 

「……ああ、聴いて「どうしたんですか!?」

 

 明石の驚いたような声が工廠内に響き、医務室まで聞こえてくる。

 

「「……」」

 

 飛鷹と顔を見合わせ、一緒に工廠へ行く。

 後ろには飛鷹と話している間に起きたのか、長良達が全員付いてきていた。

 

 

 

 医務室から出ると、工廠の入り口のところで艤装を外している明石。

 そして……祥鳳、大鳳、川内が居た。

 

「えっ……?」

 

 長良から困惑の声が漏れる。

 当然だと思う。 自分だって大鳳まで出たら過剰戦力だと思っていたら……まさかの帰還。一体何があったんだろうか。

 

「ちょっと! 何があったのよ!」

 

 雷が説明を要求すると、大鳳が事情を話し始めた……。

 

 

 

「そんな……」

 

 警備府で単体の最高戦力である大鳳の大破帰還で騒がしかった工廠内は、嘘のように静かになっている。

 正直に言うと、自分だって絶望的な気分だ。

 

「まさか戦艦レ級だなんて……」

 

 この一言で全てに説明が付く。

 講義でも、非常に脅威度の高い深海棲艦の一つとして教わった。姫や鬼とは違うらしいけど、非常に好戦的らしく、被害はそれらを上回る場合もあるらしい。

 駆逐艦を処理していたら突然現れ、大鳳たちを相手に壊滅的な被害を与えたらしい。そして、その時一緒に居て、二手に分かれて撤退した長波と朝霜がまだ帰ってきていない。

 

「じ、じゃあまさか……」

 

 雷の呟きはみんなの想像の代弁だろう。

 最悪の想像が過る。まさか……まさかとは思うけど……

 

「悪い! やっちまった!」

 

「長波! 朝霜!? 大丈夫なの!?

 

 工廠に再び響いた大きな声。その主は長波と、長波に背負われている朝霜だった。

 

 戻って来た!

 

 喜びが一気に押し寄せて来た。安堵のあまりその場に座り込んでしまいそうだった。

 朝霜が意識を失ってるのか、医務室の一番手前のベッドを響が急いで片付けに行って、素早くそこに朝霜を横にした。

 艤装が大破状態で、朝霜自身には大きな傷が無いようで何よりだった。

 

 

 

「スチュワートが一人でレ級の相手をしてる! 何とかしろよ!」

 

 一息ついた後に長波が放った一言はここに居た全員を驚かせた。

 五人がかりでも撤退に追い込まれた戦艦レ級を相手に一人だけ!?

 レ級から追われていた長波たちの様子から、時間稼ぎの為に相手をしたんだろうけど……正気の沙汰ではない。自殺しに行くようなものだ。彼女がそんなことを分からないとも思えないし……。

 どうにかして助けたい……助けたいが……どうすれば良いのか……

 

高速建造材!

 

「え?」

 

 近くにいた妖精が叫ぶ。

 堂々と腕を組み仁王立ちをする、とても頼りになりそうな妖精の言葉でピンと来た。

 

 その手があったか!

 

「明石! 急いで資材を用意してくれ。ありったけだ」

 

「提督!? 何を……」

 

「高速建造材を使う」

 

 無力な自分は、これに賭けるしかない。

 

▲――――――――――




さ〜て、誰を召喚しようかな……
(例の妖精さん謹製の戦艦確定ガチャ)

次は6/6予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オーバーキル

83話です。

書くこと無いので、以下本文です。


 レ級から逃げてから三十分くらい経った頃、ようやく遠くの方に人影が見えた。うん、凶悪そうな尻尾も奇妙な被り物もないから普通に艦娘だ。良かった良かった。これで追いつかれて即殺される心配はほぼゼロになっただろ。

 

「助かった~……」

 

 いや~死んだと思ったね。やっぱり『艦これ』に於いて強敵扱いされて、実際に五人も退けた強さは本物だった。

 果てには深海棲艦も攻撃し始める上に鎧袖一触ときた。しかもアレで舐めプな上に手負いなんだぜ? 完全にヤムチャ視点ってやつだろ。

 

おい! 大丈夫か!?

 

 遠くから声を掛けられた。この声は摩耶様? ……だね! 

 

「ここに摩耶さんが居て助かりました……」

 

 これに尽きる。

 悪く言うつもりは無いし、今は遠征で居ないけど、此処に居たのが暁だったら間違いなく一緒に逃げるように全力で説得ロールをしただろう。

 

 そんなことは置いておいて……

 レ級とかいうとびっきりヤベーのから逃げて来たんスよ~。後ろから追いかけて来るかもしれないから気をつけてくださいね~……っと。

 長波から聴いてるかもしれないけど一応伝えておこう。

 

「やっぱり聞き間違いじゃなかったってことか。……にしても、レ級とか冗談キツイぜ……」

 

 俺もそう思います。

 そんな強敵はもっと強い鎮守府狙ってくれって感じなんだけど……どうして貧弱な警備府(ここ)狙って来るの……? 生物的直感で弱点を突いてきたって感じなん? 

 

「なんだ? 怖いのか? だったらあたしの後ろに居な! ……そうだ。どうせなら、近くに居るヤツらを呼んで一気に叩こうぜ!」

 

 か……カッケー! もう……語彙力が死んだ。

 

「でも呼んできてもどうすっかな……。自慢じゃねーが、あたしは考えるのが苦手でね」

 

 あ~……なんかそれっぽいわー。口より先に手が出そうだもんね。

 

「摩耶さん、私に考えがあります!」

 

 冗談半分に某ライダーの名台詞を言おうとしたら誰かから肩に手を置かれた。ぬぅ……何奴!?

 

「一緒に「「一緒に戦いましょう(ショウ!)」」……」

 

 あっ、セリフ取られた……。

 

「あんたらは……」

 

 摩耶様が呟き、俺は振り返る。

 

「!?」

 

 金剛さん!? と……日向さん? いや、声が違うから伊勢さんだろうな?

 

「……」

 

 アイエエエ!? 戦艦!? 戦艦ナンデ!?

 ゴウランガ! バカナー! オボボーッ!

 

 確かウチには戦艦は居なかった筈……。だからこんな非常事態の中の非常事態に駆けつけてきてくれた人たちの所属先はしっかりと聴いておかないといけない……けど、いつレ級が来るか分からないから、後でも良いか。

 

「あんたらは、何処所属の艦娘だ?」

 

 ……俺が遠慮したら摩耶様が訊いちゃった。流石は直球勝負の摩耶様だと思う。確かに気になるし、後ろや隣は信頼できる仲間に任せたいからね。

 

「私は大湊警備府所属の超弩級戦艦、伊勢型の一番艦、伊勢よ」

 

「Me too デース! 金剛型高速戦艦の金剛デース! ヨロシクネー!」

 

えっ……よ、よろしくお願いします……」

 

 嘘でしょ? ウチの戦艦ン!? この土壇場に建造……しかも戦艦が二人とか、相当資材ブッ込んだんじゃないか? 駆逐艦とか海防艦が来たら頼りなさ過ぎて目も当てられない事態になるってのに……。ギャンブラーの素質あるぜ提督……。

 

「……あ、私も大湊警備府の駆逐艦、スチュワートです」

 

「あたしも同じとこの摩耶ってんだ、よろしくな。……それとスチュワート、アレがあんたの言ってた戦艦レ級で間違いないよな?」

 

 自己紹介もそこそこに、摩耶様が指した先には黒い点。

 輪郭も分からないのに特定は出来ないっスよ摩耶様……。

 

シュオオオオォォ……

 

 ……聞き覚えのあるめっちゃ強いガスバーナーみたいな音。

 そしてグングン大きくなる点は輪郭が分かるくらい大きくなって……はい、レ級です本当にありがとうございましたぁ!

 

「レ級です!」

 

「よっし! この摩耶様相手に艦載機を飛ばしたこと、後悔させてやるぜ!」

 

「良い感じの初陣にしないとね!」

 

「Yes! 私の実力、見せてあげるネー!」

 

 めっちゃ頼もしい味方と共に第二ラウンドだ。

 

 

 

 

 

 本当に俺が何をしたって言うんだ……。

 

 何? 一番体力(H P)の無いヤツを狙うルーチンでも組まれてんの? 違うってんならもっと他の人にも攻撃してくれよ……。何で俺ばっかり狙うの? クソゲーかな?

 

 艦載機も摩耶様と伊勢さんが処理して、手の空いた金剛さんは……最初から殆ど何も出来なかった。

 それも全部、レ級が異常なまでに俺を追い掛け回しているのが原因だ。レ級を狙ったら俺に当たるかもしれないってことで、今は三人とも手出しが出来ない状態になっている。

 

ガアアアァッ!

 

「待っ……!」

 

 噛みついてきた尻尾を寸での所で回避する。

 凶悪過ぎる牙が恐ろし過ぎる……しかも噛まれたら千切られるならまだマシってやつだろう。(くわ)えられたらそのまま即死とか心臓にも悪すぎる。空中で汚ねぇ花火になるのは……

 

「ゴメン、だねっ! っと……」

 

 方向を変え、スピードを変え、……急に止まって左に避けたら慣性の法則っぽい挙動でレ級が俺の前に飛び出した。回れ右をして魚雷を後ろにポイ捨てしてスピードを上げる。爆発音が響いた。

 チラリと後ろを見れば両腕でガードをしたのか、レ級が止まっていた。

 

 引き離した!

 

「やっと撃てますネー! Fire~!」

 

「沈みなさいっ!」

 

「どーだぁ? ぶっ殺されてぇかぁ!?」

 

 ずっと待っててくれたんだろう。レ級との距離が離れた瞬間に威勢のいい声と共に銃声が聞こえてきて……ハンパない数の砲弾がレ級の居た場所に突き刺さった。

 ……水飛沫でレ級が見えないんですけど……まだやるの? 戦艦二人と重巡からタコ殴りにされて生きてる訳ないだろ。既に海の藻屑になってると思うんだけど……。

 

「……」

 

 なんか三人が楽しそうだったから俺も砲撃に参加しようと思ったけど、きっと提督が資材をすっからかんにしてるだろうし……今は駆逐艦の弾一つでさえ貴重なんじゃないかと考えて止めた。

 どうせ戦艦の背負ってるバカでかい艤装に比べたら、借り(盗り)物のコレじゃあ豆鉄砲でしょ。あの人たちがあれだけ撃って死なないなら、よっぽどの化け物か、あの三人のエイムが死んでるかのどっちかだろう。でもエイムの死んでる艦娘なんて考えられないから、多分レ級はもう死んでる。

 それよりも……銃弾は大切にして欲しいなぁ……

 

 

 

「……終わりましたか?」

 

 銃声が鳴りやんでから三人に言う。

 

「「「……」」」

 

 何で黙るんだよ……目を逸らすんだよ……。

 

「えっと……まさかとは思いますが……」

 

 意味もなく死体蹴りをしたと? 戦艦と重巡が? 意味もなく? 三人で!?

 

「ちっ……違う! それはアレだ! …………レ級は危険だから、しっかりと止めを刺しておかないと危険だろ?」

 

「そっ、そうよ!」

 

「その通りデース……」

 

 いや、だいぶ苦しいよソレ……。

 

 だって見てみろよ、足元のコレ。

 もう原型分かんねぇじゃん。血も抜けてるから白い紙粘土と黒い布だったモノがバラバラに浮いてるみたいになってんじゃん。オーバーキルもいいとこだって……。

 

「……次はもう少し自重してくださいよ?」

 

 伊勢さんと金剛さんは、初陣だったから(はしゃ)いだってことにしておこう。摩耶様は……うん。見なかったことにしよう。コレは戦艦が二人でやった。そうに違いない。

 

 

 

 レ級が文字通り消えて、辺りを見渡すと遠くから影が沢山来たことに気が付いた。

 方角的に警備府の方だから……終わったのか。

 

「フ~ゥ……疲れましたねぇ……」

 

 大きく息を吐いて独り言を呟く。

 

 長いようで短い警備府の危機は去った……と思う。

 




ちょっと天然っぽい(?) 伊勢さん
     +
お馴染み『艦これ』の華、金剛さん

警備府(ここ)に着任しました。
警備府の資材と主人公の胃袋の明日はどっちだ!?

次: 忙しいので遅れました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦いの後に

84話です。

お待たせしました。

Q.戦艦が来た途端レ級弱体化してない?
A.戦艦が来るまでは実質無敵。所謂負けイベを考えてました。



「大丈夫ですか!?」

 

 遠くから来た団体様の先頭に居て、声を掛けて来たのは大淀さんだった。

 後ろにはしっかりと整列された艦隊を引き連れていた。ところどころ服が煤けてたりちょっと穴が空いてたりする人が混ざってることが、あっちでも激しい戦いになったことを想像させる。

 

「そっちも大丈夫だったんですか?」

 

 こっちみたいに戦艦が援軍で……なんてね。

 そうなると資材が……ウッ 頭が……。

 

 俺の純粋に聞こえる質問に対して「ええ」と答えた大淀さんが続ける。

 

「数は多かったですけど、対処しきれない程ではありませんでした。そちらも……無事で良かったです」

 

 言い方からして苦戦とかはしなかったらしい。

 無限湧きする雑魚を○○体撃破せよ! みたいな面倒くさい作業って感じだろうか?

 それと、後ろに居る戦艦二人が来てくれたから大丈夫なだけであって、もし援軍が来なかったら

・艦載機の処理が遅れる

→ 俺とレ級の追い駆けっこで俺が捕まる

→ 俺が死ぬまでにレ級に与えたダメージが足りない

→ 暴れ足りないレ級のタゲが摩耶様に移る

 

 ってなるのは確定的に明らか。そうなる前に逃げの一手を打つか、摩耶様が体を張って俺を逃がそうとするのは間違いない。そしてそのまま警備府のすぐそこまで追い込まれるところまではありありと想像できるぞ……。

 ……そう考えると相当危険な綱渡りだと思うんですが!? あのレ級何故か俺ばっかり狙うし……何回危ない場面があった事か……「無事で良かった」じゃないんスよ大淀さん。

 

 ……そう言えば大淀さん。あの戦艦の二人、警備府(ウチ)の所属なんですって。

 

「ややっ! 戦艦のお方じゃありませんか! ちょっとお話を聴かせていただけませんか!? ささっ、こちらへ……」

 

「……青葉さんにインタビューを受けてるあの二人……伊勢さんと金剛さんが?」

 

 そうだよ。

 

「驚きますよね? 提督はこんな時に建造したらしいですよ? 結果的に戦艦の人が来てくれたから助かったものの、そうじゃなかったら……」

 

「ま、まぁまぁスチュワートさん……助かったなら今は良いじゃないですか……」

 

「そうそう! 終わったってンなら嬉しそうにすれば良いのさ! イェーイ!

 

 いきなり後ろから肩を組まれて体勢が崩れた。オマケに耳元で大声を出されたから頭が痛くなった。

 ……ちょっとイラっとしたし、ひとつやり返してもいいだろう。

 

「……お風呂に入ってて出遅れたらしい江風さんじゃありませんかぁ!」

 

「う゛……ンなこと言うなよ~! 不可抗力じゃンかさ! ……え?」

 

 ちょっと江風を揶揄ったら変な声を出してから言い返し、俺を三度見してから固まった。オモシロ挙動過ぎて噴き出しそうになったね。

 

スチュワート!?

 

「はいはいスチュワートさんですよ?」

 

 驚かれるのは……もう飽きたわ。

 人をビックリさせるのは本当に楽しいけど、普段はなかなかそういった機会が無いからそう思うのであって、こんなにポンポン驚かれると有難みが無い……。

 

 傍でアレコレ訊いてくる江風をまるっと無視してそのまま村雨さんに押し付けつつ、大淀さんに話しかける。

 

「終わったのならそろそろ戻りましょうか? わざわざ戦艦まで建造までしてくれたせっかちで心配性な提督が待ってますよ」

 

「そうですね……皆さん、警備府へ帰投しましょう

 

 なんかの機械に向かってそう言った大淀さん。

 すると大きな声でもないのにそれなりの数の艦娘たちが一斉に警備府の方へ進み始めた。ヘッドホンっぽいのにマイクが付いてて……なんかSFチックな機械に見えなくも無い。カッコいいぜ。

 なるほど……アレを使って全体に指示を出してたって訳だ。

 大淀さんみたいな頭脳派にあんなものを持たせたヤツは誰だ? 戦場の支配者って感じで黒幕っぽさが半端じゃない。大淀さんが提督の椅子に座る日もきっと、遠くないかもしれない ――― なんてね。

 

 と、そんなことはどうでも良くて……。

 

 初雪さんや、非番だったのに~なんて嘆かないでおくれ……。そのうち埋め合わせってことで何処かに休みの日を捻じ込んでやるから……。

 

「青葉さん? インタビューも良いですけど、二人も困ってるみたいですし、戻りますよ~」

 

「おや、いつの間にそんなことに……それではお二人とも、警備府に着いたら、またじっくりと話を聴かせてもらいますからね!」

 

 このままでは梃子でも動かなそうな青葉さんに声を掛ける。

 青葉さんはもう少し我慢してよ……警備府に着けば好きなだけインタビュー出来るんだから……。

 

助かったわ……

 

デース……

 

「……」

 

 ……ここに来た時にはやる気全開! って感じだった戦艦の二人が短時間でこんなにゲッソリと……。やっぱり青葉さんの取材はグイグイ来るから体力がゴッソリ持ってかれるよね……分かるわ〜。

 

 

 

 

 

「――― 以上で報告を終わります」

 

 警備府に戻って、場所は執務室。

 提督を前に大淀さんが報告を終え、俺はその横で空気との同化を試みていた。

 

 面倒だし、あたしよりスチュワートの方がしっかりやれそうだから……任せた!」なんていい笑顔の摩耶様から報告する義務をプレゼントされた。嬉しさのあまり涙が……。

 そんな俺だって、今までの遠征や出撃が終わった時の報告に居合わせたことが殆ど無いから実はどう言ったらいいか分からないんだよね。……という訳で、大淀さんに全部任せた。任せて良かった……。

 

「なるほど……スチュワートは?」

 

「えっ? ……え~っと……?」

 

 俺に振られた!? 大淀さんが全部報告してくれたんじゃないの!?

 

戦艦レ級を倒したんじゃないんですか?

 

 そんなことは分かってるんだけど……主に倒したのは戦艦の二人だし、逃げ回ってただけで貢献度の低い俺が報告するのは出しゃばりってるみたいでちょっと嫌だな~なんて。

 やっぱりダメ? ……ええい、ままよ!

 

「……戦艦レ級の撃破を確認しました。編成は金剛、伊勢、摩耶、スチュワートの四人です。レ級出現以前の報告は、最初期に対応をしていた祥鳳、その援護に向かった大鳳、川内、長波、朝霜に確認してください」

 

「……分かった」

 

「それと、戦艦レ級が……交戦中に現れた駆逐イ級、ロ級、軽巡へ級、重巡リ級、空母ヲ級に襲い掛かる場面を目撃しました」

 

「! ……それは本当に?」

 

 提督が再確認の為の言葉を漏らし、大淀さんも俺の方を見てきたから無言で頷く。

 やっぱり疑うよなぁ……マジで意味わかんねぇもんなアレ。俺もポルナレフ状態だったしね。「レ級だけでヤバいのに追加の深海棲艦が現れて、死を悟ったらレ級がそいつらを片付けた」……うん、やっぱりあのレ級がおかしいね!

 

 ……それはそうと、アドリブにしては割と上手くいったんじゃなかろうか? 必要なことは多分全部言ったし……言ったよね?

 

「そうか……」

 

 だから毎度毎度そんな反応だと分からねぇんだよ! もう少し詳しく、だとかさぁ……ダメならダメって言って? 言え。

 

「報告ご苦労様。ゆっくり休んでくれ」

 

 ヨシ! 報告終わり! 今日はもう良いや……燃え尽き症候群ナリ……

 

「はい、失礼します」

 

「失礼しまし 「スチュワートはちょっと残ってくれ」……はい」

 

 ゆっくり休めって言ったじゃん! 何が残ってくれなんだよ……ああっ、大淀さん置いて行かないで!

 

 

 

「……何か用ですか?」

 

 不機嫌なのが全く隠せてないって感じになったけど、まぁええやろ。俺は悪くない筈だ。

 それで提督、用事があるんだろう? そうなら早くしてくれ。俺は精神的に死ぬかもしれない目に合って疲れたんだから寝させて?

 

「スチュワート……無事で良かった……」

 

 何故か悲しそうな、それで居ながらどことなく嬉しそうな顔をして提督が近づいて来て、頭に手を伸ばしてきた。

 

「えっ……」

 

 触られたくなかったから横に動いて避けた。

 頭を撫でられるような歳じゃ無いんだが? しかも野郎から撫でられるホモ的趣味は無ぇ。

 

「……」

 

 手が空を切って驚くような顔をした提督。

 まさかとは思うが、わざわざそのためだけに残したってんならキレても良いよな? 確かに艦娘とコミュニケーションを取れっては言ったけどなんで俺まで対象にするかなぁ……。

 

「そういうのは大破帰還した人にするべきでしょう?」

 

 それに、無事云々ってのは間違っても俺にかける言葉じゃ無いと思うね。だって死ぬかどうかの綱渡りはしたけど、結果的に被弾は殆どしてないし、『艦これ』的に言ったら精々小破が良いところだろう。

 

「提督、コミュニケーションを取るのは良いですけど、状況と相手を弁えましょうよ……」

 

 凄く残念そうな顔をされた。解せぬ……。

 




因みに主人公が気がついてないだけで主人公は結構ボロボロだったりします。

大淀  「レ級相手に無事(轟沈ゼロ)で良かった」
主人公 「無事(楽勝)じゃねぇんスよレ級相手じゃ……」

これくらい認識に違いがあったり……
報告に被害報告が無いのは何ででしょうね?

……お待たせした割に内容酷くないかが心配です……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

()号作戦➀

85話です。

文字数少ないです。
やることとやりたいことが多すぎて……コレ(小説)がおざなりになる日々……。
私は取捨選択が出来ない。


 空は薄紫色に染まり薄暗くなってきた頃、俺たちは目的地に到着した。

 

 すれ違う人たちが俺たちの方を見てはスマホを取り出して撮っているのが陰キャの本能として判ってしまった為、敢えて少し離れた場所を歩かずに艦娘たちの輪の中に入ってカメラに写らないように隠れる。カメラは嫌いなんだよ……。

 

 って言うかそこ、那珂ちゃんさん! カメラにポーズ取らない!

 うえぇ……金剛さんもぉ? 勘弁してくれ……。

 

 お土産屋コーナーに吸い寄せられた睦月を連れ戻すように三日月に指示を出し、ズキズキと痛む頭を抑える。

 

 どうしてこうなったんだっけ……?

 

 

 

◆――――――――――

 

「そういえば、慰労の件だが……」

 

 深海棲艦が警備府沖に現れた事件が一段落したある日。

 書類仕事で互いに無言になっていた執務室で提督が呟いた。

 

「慰労? ……そう言えばありましたね」

 

「ああ、この間持ってきた紙は青葉が調べたのか?」

 

 ……何のことだっけ? 慰労で青葉さんが……あっ、アレか。

 

「そうですね……それは青葉さんがやってくれました」

 

「助かるな……艦娘のやりたいことはちょっと私には難しくてね……勝手に決めるよりは良いと思う。ありがとう」

 

 おい、ありがとうじゃねぇよ。少しは自分の意見を出せよ……。いや、大多数を満足させるって意味では多数決に頼るのは間違ってないけど……。

 普段から艦娘とのコミュニケーションを大事にしろって言ったじゃん。海にしろ温泉にしろ、どう考えたってイベントが目白押しだろ? 各艦娘覚の好きな事くらい把握して恋愛フラグ建てまくってやるって欲望に塗れた気合を見せて、『艦これ』の『艦これっぽい』提督らしく艦娘たちと節度を守りつつイチャイチャしてみれば?

 

 まぁ、俺の目が届くところでR指定(年齢制限)が付きそうなことはさせるつもりは無いし、俺をその対象に選ぶようだったら全力で逃げさせてもらうけど。

 

「……お礼なら青葉さんにどうぞ」

 

「それもそうか」

 

 そりゃそうでしょ。っていうか俺を通してお礼を伝えるなんて不誠実極まりない……会うのに数日掛かる程離れてる訳でもないのに……探せば数分だろ。バカなの? ワンチャン俺より常識無いんじゃないの?

 アホなこと言った提督を白い目で見ていると、今度は何だ? 何を言いたいのか提督は視線を彷徨わせていた。ホラ、何を隠してる? ハケッ(吐け)! ハクンダ(吐くんだ)

 

「……先日の件を大本営に報告したんだ。運営を始めて一月ちょっとなのに健闘したということで、報酬として資材が届くことになってるんだけどね……その時に大本営の艦娘が派遣されて、一週間程度滞在するらしい」

 

 あ~……その一週間の間に慰労もやろうってことね。把握把握。

 それにしたって、艦娘が来るなんて今初めて聞いたんだけど……?

 ……で、来るのはいつ? それなりの人数なら来週くらい? 受け取りとかの準備は大丈夫なの?

 

「それで……大本営の艦娘が来るのはいつですか?」

 

えっと……明日……」

 

「……」

 

 ……書類仕事してる場合じゃねぇ!?

 

「ちょっ!? 何で言ってくれなかったんですか!?

 

「サプライズをと思って……」

 

 畜生! この提督はバカだ! 悪意が無いから余計に性質が悪い!

 そういうのはサプライズって言わないんだよ! ハプニングって言うの!

 

ああ~っ! チッ……提督はその書類の整理やってて下さいね!? 準備してきますっ!」

 

◆――――――――――

 

 確かこんな感じだったかなぁ……。

 

 あの会話が午前中で本当に助かったんだよなぁ……。

 あの後、警備府全体に周知させた後に、警備府に残ってた少ない人数で警備府の大掃除を敢行して、誰とは言わないけど二人の駆逐艦の生活スペースが特に汚くて、苦戦して終わったのが真夜中で、泥のように眠ったのだけは覚えてる。

 

 そして今日の朝には大本営から艦娘たちがやってきたんだよなぁ……。

 憎たらしい事に午前九時ピッタリに。しっかり時間を守る人は好感が持てるけど、今回ばかりは遅刻して欲しかった……

 

 やって来た艦娘で見覚えがある顔としては不知火と鹿島だけだった。

 

 他の人達は自分と同じ艦娘とドッペルゲンガーしてた人も居て面白かった。やっぱり場所が違うと個性も出てくるんだろうなぁ……。大本営の響ってなんかカッコよかったし……。

 同じ艦の艦娘だからって共感してもらえると踏んだのか、川内さんが川内さんに夜戦を止められて~とか言って騒ぎ始めて、大本営と警備府の両陣営からタコ殴りにされてたのは面白かった。でも、実際夜は五月蠅いからしょうがないね。

 

 俺の方はと言うと、不知火と佐島さんが二人して俺の自室に入って、「クリア」だの「何でこんなに殺風景なんですか! 信じられません!」だの……言いたい放題言ってくれた。しょうがないじゃん……休みはあっても警備府の外には出てないんだから……増える物が無いんだし。

 

 その後にも別に運ばれてきた資材の整理、提督に細々とした説明、準備が終わってない人達の支度を待って……それから移動を始めた。

 

 俺は車酔いしやすいから、さっさと寝ようと思って早々にバスに乗り込んだが、二台あるバスの内提督がどっちに乗るかで騒ぎ出した人達のあまりの段取りの悪さにイライラして眠ろうにも眠れず、乗ったら乗ったで騒がしくて寝れず……結局バス酔いして頭が痛い。

 

 普段はしっかりと駆逐艦をを纏めてくれる長良さんや摩耶様も、どこかウキウキしているように見えるからこんなところでもわざわざ苦労は掛けたくない。

 ……まぁ、警備府の中に居る訳でも無いし、羽を伸ばしてリフレッシュできるならそれに越したことは無いか……。

 

 どう考えても駆逐艦と海防艦の子が騒ぎまくるだろう。

 だけど誰もそれの世話をしようとしないだろうし……やっぱり俺がやるしかないの……?

 

 一つ溜息を吐いて、提督に続いて旅館の中へ。

 

「いらっしゃいませ。大湊警備府の皆さまですね?」

 

「ああ、数日の間よろしく頼む」

 

 提督の挨拶で始まった温泉旅館宿泊。

 俺はしっかり休めるのかなぁ……。

 




次回から温泉回。 需要は……無さそうですね……(でもやる)。
温泉なんて行ったこと殆ど無いから記憶から抹消されて、描写が出来ないですねぇ……。さてどうしようか……。

頑張れ提督! 艦娘とフラグを建てるのだ!
頑張れ主人公! 隙を見つけては休むんだ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

()号作戦②

86話です。

完全に5章のオマケのような回がもうちょっと続きます。
作戦⑤までには終わらせたい……


 到着してから、俺は旅館の中をブラブラと歩き回っていた。

 

 五人部屋の数が多いなぁ。

 でもこれが警備府の艦娘たちで埋め尽くされるのか。それでも部屋が余ってたり、他の利用者に影響が出そうにないとか流石だなぁ。

 警備府の艦娘だって既に五十近く居ると言うのに……そんなに収容出来る大きさは素直に凄いと思った。むしろここまで来ると温泉施設に旅館風のホテルが併設されてるようにも感じる。

 

「大きな旅館だなぁ……」

 

 知能指数を溶かしたような陳腐な感想を呟く。

 艦娘たちは部屋割りが始まるとアレコレ揉め始めて、面倒くさいことになる波動を感じ取った俺は余った部屋に入るとだけ言ってその場を離れた。俺だっていつも仲裁とかはしたくないしね。面倒くさいし……

 それに、こういった下らない揉め事はいい思い出になるだろうから、茶々は出来るだけ入れたくはない。

 

 因みに提督は個室だった。本音を言うなら俺だって五人部屋なんて気まずいから個室が良かったんだけど、みんなで楽しもうって感じの雰囲気(同調圧力)に負けて首を縦に振ってしまった。何やってんだ数分前の俺……。

 

「……流石にそろそろ終わったよな」

 

 意外と駄々っ子なところがあるレディー()とか、海防艦の子が揉めてなきゃ良いんだけど……。小さい子供の涙はいつの時代も強いから、出来ることなら相手にしたくはない。

 

 

 

 

 

「あっ、スチュワートさん! 今までどこに居たんですか?」

 

「……ちょっと歩いてただけですよ」

 

 元の場所に戻ると、そこには吹雪だけが居た。

 無事に揉め事が決着したみたいで良かったと一安心したのも束の間、次の吹雪の一言で儚い安堵は打ち砕かれた。

 

「実は……まだ揉めてましてぇ……アハハ……スチュワートさんに止めてもらおうかと……」

 

「……」

 

 揉めてるのは誰だ? 吹雪で止められないとなると海防艦とかじゃないってこと……?

 

「まさか……」

 

「その……川内さんと那珂さんが……」

 

 やっぱり軽巡かぁ……重巡と空母と戦艦の人は人数も少ないし揉めそうな人は居ないと思ったけど、やっぱりかぁ……。

 

 広い旅館の中を吹雪に連れられて歩く。

 

「そう言えば、私の荷物はどこへ……?」

 

「同じ部屋の人が持っていきました! 確か……」

 

 俺が泊まる部屋の人たちを言おうとする吹雪を手で制する。そういうのはお楽しみにしておきたいんだ……。

 

「楽しみにしてるので、ネタバラシだけはやめてくださいよ?」

 

「すっ、すみません! ……あ、ここですね」

 

 吹雪が止まったのは廊下の端の部屋。外には数人の駆逐艦が居た。主に吹雪型が中心か……相変わらず叢雲以外は見分けのつきにくい事で……。

 

「スチュワートさんを連れてきましたよ!」

 

でかした吹雪! ささ、やっちまってください!」

 

「ちょっと、でかした! じゃないでしょ! 私たちは頼む側なの! ……スチュワート、悪いけど……片付けてくれないかしら?」

 

 ……俺はいつから便利屋にジョブチェンジしたんだ? まぁ……頼まれたからには一応やるけど……。

 

「しょうがないですねぇ……」

 

 それじゃあ……と、扉に手を掛けたら中から声が聞こえてきた。

 

「だーかーらー! 西側に窓があるこの部屋が一番良いんだって!」

 

こういった時くらいは夜に拘らない方が良いと思うよ〜? 夜更かしは美容の天敵だよ♪

 

よ……夜更かしなんてし、しないし……

 

「……」

 

「「「……」」」

 

 アホくさ……。川内さんの持病の発作じゃん。

 那珂ちゃんさんとの喧嘩かと思ったらこれかよ……萎えたわ。

 

「……戻って良いですか?」

 

待 ち な さ い よ !……一度頷いたからには最後までやってもらうわよ! 私たちじゃあ那珂さんや川(やせん)内さんを止められないの!」

 

「あっ……」

 

 叢雲が川内さんの召喚魔法を唱えてしまった……壁一枚挟んだところに川内さんが居るから……間違いなく有効射程内(聞こえてしまった)だろう。

 しまった! って顔で叢雲が口を抑えるけど……遅かったみたいだ。

 

夜戦!? 今夜戦って言った!? うんうん分かるよ〜! やっぱり常在夜戦場な心構えは大事だよね!」

 

 扉をぶち破るかのような勢いで現れて騒ぎ立てるのは……やっぱり川内さんだった。

 ここは警備府じゃないから一般人居るってことを完全に忘れてるな……。凄まじく五月蠅くて迷惑だ。ほら見ろ、後ろの親子が固まってるじゃないか……。

 

 こらボク! 見ちゃいけません! 夜戦が感染るよ?

 

「すみません! すみませんっ!」

 

 白雪……川内さんの代わりに頭を下げるなんて……なんて良い子なのッ!

 

 

 これ以上周りに迷惑をかける訳にはいかないと悟り、徐にスリッパを拾い上げて叢雲に詰め寄る川内さんの背後に移動した。

 

メルヘ~ン……ゲットォ!

 

 スパァーン ―――

 

 

 

 

 

「ハァ……休む前から疲れた……」

 

 あの後、吹雪たちと協力して川内さんをグルグル巻きにして押し入れに放り込んだ。黒い目隠しもしてあるから、今頃吹雪たちに謝ってるか、スリヌケ = ジツで脱出してるか、勝手に夜戦気分になってエクスタシーしてるかのどれかだろう。

 後者なら救いようが無いけど……流石にそこまで酷くは無い筈だ。多分……きっと……恐らく……。

 

「松・虎の間ねぇ……マツ○の部屋? ……ハッ」

 

 隣は松・鶴(しょうかく)の間と……松・鷹の間だった。鷹の方は面白味が無くて、鶴の方は何か不幸なことが起こりそうな感じが……。

 

「虫っ!? ヤダッ……

 

うるさいにゃ。これで安心……ティッシュで包まってるから大丈夫にゃ。……どうして逃げるにゃ?

 

「それを……それを近づけないで!」

 

 嫌な……事件だったね……。

 憐れ狭霧。多摩さんも何やってんのさ……。

 

「……ん?」

 

 手に掛けた取っ手が動かない。少し強く動かそうとしてもピクリともしない。

 あっれ~? おかしいな~? 吹雪が言うには俺の部屋はここであってる筈なんだけどな……。なんで鍵掛かってんの? 嫌がらせか?

 

「……」

 

 ちょっと!? ぶっちゃけ温泉とかどうでもいいから取り敢えず部屋に入れて! マジでキレるぞおい!

 

 何回かノックしても返事が無かったし、物音一つ聞こえてこないから仕方なく時間を潰す為にフロントに足を運ぶ。

 提督が言ってたけど、夕食は食堂で摂るらしい。

 つまりそれまでの間フロントで備え付けのテレビでも見て時間を潰していれば、確実に同じ部屋の人達と合流できる。食堂も一階だし、時計もあるから間違いは起こらない。完璧だ……。

 喉が渇いてるのに水すら買えないってことを除けばなぁ! 同じ部屋の人が誰だか知らねぇけど、マジでふざけんなよ……。

 

 

 

 

 

 見たことがある番組をボケーっと眺める。

 時間は……おっ、一時間経ってるじゃん。

 

 あ~……次にコイツは「美味しぃ~」って言うな……。

 

『美味しい! こう……口の中で溶けていくような……つい箸が伸びちゃいますね!』

 

 やっぱりな。宣伝の意味も込めてるだろうし、不味いなんて言えないんだろうけど……毎回美味しいって繰り返してると、なんか馬鹿っぽく映るんだよね……。

 

「でも食べ物は悪くないからね」

 

「スチュワートさん」

 

ホワィ!? ……松輪ちゃん? どうかしましたか?」

 

 話しかけてきたのは松輪だった。ビックリして心停止したかと思った……。

 温泉に入ってきたんだろう。いつもの服ではなく浴衣を着ている。よくそのサイズあったね……。

 

「ごめんなさい! 松輪達が温泉に入ってる間、部屋に入れなかったんですよね?」

 

「……気にしてないので大丈夫ですよ」

 

 いきなり謝られた。松輪たちが風呂に入ってると中に入れない……? 温泉は各部屋にあるのか? 確か二階にあった筈……。

 と思ったけど、どうやら松輪は同じ部屋だったらしい。やっぱり海防艦が一緒か……。

 

 ……くっ、海防艦相手に理不尽にキレ散らかすのはみっともないな……。実際に松輪は謝りに来たんだし……大人しく引き下がろう。どうせもう飯だし……。

 

「す、すみません……スチュワートさんを待つべきだったのに……」

 

「同じ部屋の人は他に誰が居ますか?」

 

「えっと……松輪と……択捉ちゃんと、佐渡ちゃんと、青葉さんです!」

 

「なるほどなるほどぉ……教えてくれてありがとうございます♪」

 

 俺が部屋に入れなかったのは温泉に行ってて留守だったからか……。

 ちゃんととごめんなさいが出来て、しっかりと受け答えをする松輪はう~ん……しっかり者。たしか択捉もかなりしっかりしてたような気がする。その代わりと言ってはアレだけど、佐渡は悪ガキって言葉がピッタリなんだったか……。酷い偏りでバランスが取れてるな……。

 

 松輪から話をを聴いて、ついでにルームメイトを確認すると良い情報が出て来た。

 どうせ海防艦三人を温泉に連れてって部屋を閉めたのは青葉さんだろう。

 おのれ青葉さん……ゆ゛る゛さ゛ん゛っ!

 

 

 

 階段からゾロゾロと艦娘達が降りて来た。時間は夕食十分前。

 みんなは既に温泉に入ったのか、同じような白い浴衣を着ている。俺だけが黒い服で滅茶苦茶目立つじゃないか……。

 択捉の隣に居た青葉さんが何時もの(セーラー)服の俺を見て顔を青くしたけど……良い勘をしてるじゃないか……。

 

 

 

 青葉の夕食が惨劇に変わるまであと十分。

 




よいこのみんなは たべもので あそばないでね!

趣味とかに突っ走る軽巡、重巡が多いから、相対的に海防艦とか駆逐艦がまともに見える。
軽巡と重巡が全員ヤベーヤツで、駆逐艦が全員まともとは言ってない。

「海防艦が相手か……(´・ω・`)」
「青葉さんです」
」(レ級と同じ反応)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

()号作戦③

87話です。

 タイトル詐欺回

え、前回も……? 今回も、そして次回もです。許して……。


「死ぬかと思いました……。ヒドイじゃないですか! いくらなんでもやり過ぎですよスチュワートさん!」

 

「すみません……」

 

 流石にこんな反応をされると申し訳なく思う。

 でも流石に死ぬは言い過ぎだと思うんだ。唐揚げに付いてきたレモンを青葉さんの白米にぶっかけただけじゃないか。美味しくないだけで生命活動に支障をきたすようなことじゃないだろう。磯風とは違うのだよ。磯風とは!

 

「でもよー、全部食べたのは普通ににすげぇって!」

 

 そうなのだ。佐渡の言う通り、なんだかんだで罰ゲームみたいなノリで盛り上がったし……全部食べ切って場を盛り上げたのは芸人魂を感じたね。

 

全然嬉しくないです……。ささっ! 良い子は寝る時間ですよー! 青葉はこれから、スチュワートさんと大人の時間を過ごしてきますので! それじゃあ、後は頼みましたよ択捉さん!」

 

「えっ?」

 

 信じられない言葉が聞こえてきて、思わず青葉さんを見ると、人差し指を口に当てて「秘密」のジェスチャーをしてきた。……うぉい!? そんなことされると青葉さんのお誘いを断りたくなっちまうよ……。

 

「はい! お任せください!」

 

 ビシッと敬礼をした択捉を見て、満足そうな顔をした青葉さんに腕を引っ張られて部屋の外に連れ出された。

 

 ……ちょっと待って。 俺も駆逐艦で見た目は比較的チビだし、大人じゃないと思うんだけど……。青葉さんが言う良い子では無いけど、寝ちゃ駄目なの……?

 

「それじゃあ……枕投げしよーぜー!」

 

佐渡ちゃん……あんまり騒ぐと隣の部屋の迷惑になるからやめようよ……

 

 予想通り佐渡が枕投げを提案して、他の人に止められるような声が扉越しに聞こえて来た。

 そして今度は目の前から……。

 

「スチュワートさん、これから “お楽しみ” の時間ですよぉ♪」

 

 舌なめずりをした青葉さんが声を掛けて来た。

 コワイ。

 

 

 

 

 

「……それで、何をしようって言うんですか?」

 

「ふっふっふー……それはこれから説明します」

 

 悪い事企んでる顔だ……絶対碌でもないこと始めるつもりだろ……。

 

「戻って良いですか?」

 

「それは説明を聴いてからにしてもらいましょう!」

 

 連れて来られたのは別の部屋。……靴がスゲェいっぱいあるんだけど。ナニコレ?

 青葉さんがドアにノックをした。

 

どちら様ですか?

 

ウルフ(W o l f)です」

 

「どうぞ」

 

 開けられた扉からは金剛さん、大鳳さん、大淀さん、祥鳳さん、酒匂さん、狭霧、雷がどこかピリピリした雰囲気を漂わせながら俺の方を見て……数舜の後、ホッとしたような雰囲気に変わった。どう考えても大人じゃないのも混ざってるし……何の集まりなんだよ……。

 

「Yes! 青葉~良くやったネー!」

 

「スチュワートさんですか……確かに、期待できますね……」

 

「これなら、作戦はより完璧なものになるわね」

 

「頼りにさせてもらうわ!」

 

「え? 本当に何の集まりですか……?」

 

よくぞ訊いてくれました! これは、提督の寝顔を撮る作戦、ネ号(寝顔)作戦ですっ!」

 

 えぇ……。提督の寝顔とか……物好き過ぎない? 正直ちょっと引くんだけど……。でも、集まってこうやってバカみたいなことするのは嫌いじゃない。むしろ面白そうだから混ぜてくれってお願いするね。なんでもっと早く教えてくれなかったのさ。

 

「乗った」

 

 こう……漫画とかでよくある男子が女子の風呂を覗きに行くってノリに近いかも知れない。対象は野郎()。つまり俺が行ったところでR指定(年齢制限)が付くようなことでもないから、臆せずに参加できるのはチキンの俺には嬉しい。

 

「ありがとうございます。青葉さん、スチュワートさん以外に誘った人は居ませんか?」

 

 大鳳さんが青葉さんに問いかけて、青葉さんが首を横に振る。

 それを確認した大淀さんが立ち上がり、全員に向かって言った。

 

「それでは皆さん。全体の指揮は私、大淀が執らせていただきます。作戦の概要は ―――」

 

 提督の顔を撮りたいという謎の欲望を見せた艦娘たちによる、面白おかしい悪ふざけのような作戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

『こちらエレキテル(E l e c t e l)、異常なしよ』

 

『こちらマグナム(M a g n u m)、異常無しです』

 

『こちらサッカー(S o c c e r)。異常ナ ぴゃああああああっ!

 

 グワーッ! 頭が割れるぅ!

 右耳に着けたイヤホンのような機械から酒匂さんの悲鳴が聞こえ、反射的に身体が左に傾いて壁に頭を打ちそうになった。

 

『こちらオペレーター(O p e r a t o r)、何がありましたか』

 

後ろから伊勢さんに声を掛けられちゃって……ゴメンね~……

 

『っ! ピストル(P i s t o l)です! 対象を発見しました。食堂に居ます!』

 

『分かりました。ダイアモンド(D i a m o n d)と合流し、それとなくお酒を勧めてください。くれぐれも酔わないように、それと、耳の機械に気付かれないように気を付けてくださいね』

 

『了解だヨー』

 

 なんかスパイごっこしてるみたいで楽しいじゃねーか……。大人数の中で俺たちだけが秘密(作戦)を共有する絶妙な背徳感、なんちゃってコードネームで呼び合う子供らしさ。良いじゃん……控えめに言って最高だぜ。

 

 俺と狭霧と青葉さんは金剛さんの泊まる部屋(秘密基地)で待機していた。

 目の前ではノートに何かのメモを取りながら指示をだす大淀さんが居る。

 

 祥鳳さんが言うには提督は現在食堂に居るらしい。大淀さんの指示で祥鳳さんと金剛さんが提督とお酒をするらしいから、あの提督の事だ。断らない、もしくは断り切れないことは間違いない。つまりしばらくの間は食堂に釘付けに出来るだろう。

 

『こちらミスト(M i s t)、食堂前に到着しました』

 

 青葉さんの役割は言わずもがな、提督の寝顔をベストショットすること。狭霧は提督が部屋に居た時に部屋の外に連れ出すこと。提督が部屋に居ない今はパターンBで狭霧は補欠になったが、食堂前で金剛さんと祥鳳さんに代わって大淀さんに状況を報告する為に出ていった。

 そして俺は提督の部屋に青葉さんを入れること……つまり鍵開けだった。

 ……出来ないんだけど!? 一般人がピッキングなんて出来る訳ないだろいい加減にしろ! って怒鳴りたかったけど、大淀さんがこんなこともあろうかと明石さんに作らせたらしいピッキングツールを取り出したのを見てドン引き……勢いに押されて頷いてしまった。便利屋じゃ無い筈なんだけどなぁ……。

 

 でも、今の状況からそんな犯罪者めいた道具を使わなくてもスマートに入れる方法を思いついたから、ピッキングツールは置いていくことにした。フッ……俺の提督に対する理解度は残念なことにかなり高い。部屋に入るだけならこんなものは必要ない筈だ。

 

「大淀さん、コレ借りていきますね」

 

「どうぞ……?」

 

「それじゃあ行きますか……青葉さん。」

 

「了解ですっ!」

 

 大淀さんが持って来ていたノートを持って部屋から出る。

 

「こちらサプライズ(S u r p r i s e)ウルフ(W o l f)と行動を開始します」

 

 

 さぁ、楽しい時間の始まりだ。

 

 




どうせならと、楽しんだモン勝ちだ。

雷   エレキテル  電気の英語?
酒匂  サッカー   alcohol(アルコール)と迷った。酒匂のさか
大鳳  マグナム   大鳳 → 大砲から
祥鳳  ピストル   祥鳳 → 小砲から
金剛  ダイアモンド そのまんま
大淀  オペレーター 無線通信士 頭文字も同じ
狭霧  ミスト    霧(F o g)じゃない不思議
青葉  ウルフ    異名「ソロモンの狼」から
主人公 サプライズ  なんとなく


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

()号作戦④

88話です。

温泉回っぽいサブタイトルの癖に……
四話も風呂に入らない主人公が居るらしい。

えっ、汚い……。(作中時間は数時間)


狭霧、お疲れ様です……が、これからの提督の動向のチェックはお願いしますよ?

 

お任せください!

 

 青葉さんと食堂に向かい、食堂の前で外を眺める振りをして手鏡で食堂を観察するなんて器用なことをやっていた狭霧に声を掛ける。

 

それで、これからどうするつもりなんですか? 大淀さんからノートを借りていたようですけど……スチュワートさんがソレをどう使うのか青葉、気になります!

 

そうですね……そんなに凄い事はしませんよ。私一人で行きますので、青葉さんはここに残っていてください

 

了解ですっ!

 

 そして、青葉さんを狭霧の横に待機させたところで提督の正面に座っていた祥鳳さんと目が合ったので、ジェスチャーをしてみる。

 

((自然な 感じで 頼む))

 

((回れ右 上品に お願い……? 右? ……お手洗いに行けってこと……?))

 

 俺が渾身のジェスチャーをしたら祥鳳さんが一瞬困惑したような顔をしてから席を立った。どうやら上手く伝わったらしい。……さて、ここからが俺の演技力の見せ所だな。

 

あっ……居ました。提督……ちょっと用事があるので、部屋の鍵をお借りしてもよろしいでしょうか……?」

 

 そう言って大淀さんから借りてあるノートを提督に見せると、いつもより赤い顔で「……ああ、分かった」と言って鍵を渡して来た。

 

「二階、龍の部屋。……終わったらちゃんと鍵返してください……」

 

「……はい」

 

 結構お酒入ってるなこれは……口調が丁寧になっちゃって擬態が解けてるぞオイ。さては随分飲ませたな? と呆れ交じりに金剛さんを軽く睨むと、いい笑顔でウインクを飛ばして来た。

 ……酒の所為で判断がおかしくなってたことに関して言えば俺がやり易かったから文句は無いけど、あんまり酔わせると提督が寝る為にさっさと戻ってしまう可能性がある上に、だらしねぇ寝顔を撮ることになるんだけど……それで良いのか? 俺はそもそも提督の写真なんざ欲しくはないが、寝ゲロしてる写真なんかもっと要らない。

 

「Hey提督ぅ……私のお酒が飲めないですか~?」

 

 そう言いながらウイスキーを注文する金剛さんはまぁ……ほろ酔いくらいで楽しそうだし……良いか。

 

「ああ、飲みますよ……」

 

 提督は……急性アルコール中毒でぶっ倒れたりしないなら良いか……。そのまま金剛さんからのアルハラに応え続けてくれ。例え何があってもお前の介抱なんてしないからな!

 

「じゃあ……置いたら返しに来ますね?」

 

「はい……」

 

 提督から鍵を受け取ったので、お手洗いの方からこっちの様子を伺っている祥鳳さんに首を細かく振ってダメだと合図をしてから、耳をトントンと叩いて無線機のジェスチャーをしてから食堂から出る。

 

 

 

スチュワートさん、やりましたね!

 

 俺が鍵を持ってきたことに対して狭霧が褒めてくれた。

 

ノートを翳しただけで提督から鍵を預かるなんて、一体どれほどの……

 

 青葉さんは勝手に戦慄してるし……意味わかんねぇ。

 

「……いえ、こうしている場合ではありません。早く提督の部屋に行きましょう!」

 

……歩きながらで良いですか? それと、狭霧は引き続き見張りをよろしくお願いしますね? 青葉さんはちょっと待って下さいね……。祥鳳さんに伝えたいことがあるので……。こちらサプライズ、オペレーター。ピストルとの通信を許可して欲しいです

 

『了解しました』

 

 俺が言うとすぐに祥鳳さんとの個別回線に切り替わったようだ。大淀さんマジで有能過ぎる……裏商人とか黒幕とかピッタリじゃないかな?

 

『ス……サプライズ。何を言いたいのでしょうか?』

 

「あ~……ダイアモンドが結構いいペースで対象に飲ませているみたいなので、そのペースをコントロールしてもらおうと思いまして……」

 

『了解よ。そっちも上手くやって頂戴ね?』

 

『任せてください』

 

 そう言ったら大淀さんも聞いていたのか、個別通信が切れた。

 

『こちらエレキテル、二人が対象の部屋に入るときの見張りをするわ。安心してちょうだい!』

 

『有難いです』

 

 いや……大淀さんの指揮下で動いたら何? コレ……。

 俺はついさっきまで祥鳳さんと話していたら会話が終わった瞬間に個別通信が解けて、次の瞬間には雷が支援するって内容の通信が飛んできた。マルチタスクとか、聖徳太子だとか、最早そのレベルだろ……。大淀さんが居れば提督不必要説が浮上するんだけど……。

 

青葉さん、お待たせしました。……行きましょうか

 

スチュワートさん……今は名前で呼ばないでください

 

良いじゃないですか。誰が聴いてるか分からない場所でそう呼ぶのはちょっと不自然過ぎると思うんですけど……

 

それもそうですね……木を隠すなら森の中……艦を隠すならと島にもなったこの青葉としたことが忘れていたようです。それは今は置いておいて、行きますよ~!

 

「……ハイ」

 

 

 

「来たわね!」

 

「お待たせしました……」

 

 周りに人が居なくてよかった……。

 提督の部屋の前で腕を組んで仁王立ちをしていた雷は俺たちを見つけるなりそう言ってきた。今はまだ寝るには早すぎる時間だけど……あんまり廊下で騒ぐと迷惑だからちょっと控えて欲しいな~なんて。

 

 そう思いながら提督から借りて来た鍵で戸を開けて、部屋の中に入った。俺たちに続いて、外をしっかり確認した雷が素早く入ってきて鍵を掛ける。……潜入成功だ。

 

「提督の部屋に潜入しました」

 

『それではウルフは準備に入ってください』

 

『りょーかいですっ!』

 

 青葉さんはそう言ったものの、この部屋は流石宿泊施設。しかも隠れられる場所が押し入れくらいしかない。

 ……仕方がない。布団を敷いてやるか。

 これは押し入れに青葉さんが隠れるスペースを用意する為の行為だ他意はない。と心を無にしながら布団を敷いていく。きっと金剛さんからベロベロになるまでお酒を飲まされるであろう提督なら、旅館のサービスか何かだと勘違いするか、そのそもそんな事を気にせず布団にダイブして眠りこけるかの二択だろう。流石にあの場で寝落ちとかはしないと思うんだけど……。

 

 何はともあれ、準備は終わった……!

 

「青葉さん、提督が戻ってきて、眠るまで押し入れに入ってジッとしていてくださいよ? くれぐれも寝落ちにご注意ください」

 

「安心してください。レアな写真を撮る為ならこの青葉、例え火の中水の中です!」

 

「……」

 

「水の中って沈んでるじゃない……そんなんじゃダメよ」

 

 雷の言う通りだ。本物のプロならポリゴンとかデータの隙間を通って土の中とか なぞのばしょ くらいは行けるはずだ。死ぬ覚悟で写真は撮らなくても良いんだぜ?

 

「こちらウルフ。準備完了ですっ!」

 

 あっ、青葉さんこの人大淀さんに報告しやがった!

 

『……了解しました。ミストはピストルを連れて撤収。その後、サプライズとエレキテルの撤収のサポートとして対象の部屋周辺の監視をお願いします。サッカーとマグナムは、各部屋から誰かが出てこないかの監視を厳にしてください。サプライズ、エレキテルも撤収してください。万が一の場合は、サプライズは自然を装ってカバーストーリー「忘れ物」を実行してください。出来ますね?』

 

 大淀さん、いくらなんでも無茶ですよそれ……出来ますね? じゃないんだよ。

 そもそも提督にバレさえしなければ割と何とかなるような気がするんだけど……そのためにカバーストーリーなんて必要ないだろ……。

 

「勿論です。プロですから」

 

「そうね。青葉さん! 期待してるわ!」

 

 そう言ってサムズアップする俺たち三人。

 ……おっといけね。ノート(忘れ物)を忘れるところだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、撤収の時は何もハプニングは起こらず、金剛さんの泊まる部屋に青葉さん以外が集まってプチ打ち上げみたいな感じでジュースを飲んでお菓子を食べて、ちょっとダラダラして青葉さんが戻ってくるのを待ち、一時間半が過ぎた頃、青葉さんが戻ってきた。

 

「スチュワートさんも、どうぞ!」

 

 みんなに写真を配り、俺にも渡して来た。

 ……うん、フツーに提督が寝てる写真じゃん。要らないから後で択捉の枕の下にでも突っ込んでおこう。 

 




戦場……カメラマンの……A O B A です……
お酒が入ってるとは言え提督を起こさずに押し入れから出て写真を撮り、気付かれずに部屋から出ていって従業員に話をして鍵を掛けて貰うのは間違いなく忍者。

フライングバードの後ろは綺麗 (?)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

()号作戦⑤

89話です。

この長いオマケを5話くらいまでには終わらせたい……なんて言ってた時期が私にもありました。

なんだかんだオマケでやりたいことが増えたから、自分の欲望に従ってやりたいことをやっていけばいいという天啓を得たので、好き勝手させていただ(まだ続)きます。ごめんなさい。


 択捉の枕の下に提督の写真をブチ込んで、持って来ていたデカいリュックから寝間着を取り出す。

 

「スチュワートさんはこれからお風呂ですか?」

 

 見りゃあ分かるだろうよ。青葉さん、貴女に邪魔されたから今まで風呂に入れなかったんだよ。時計見てみろよ。もう日付変わってるんですけど?

 まぁ……提督の部屋に侵入したのは楽しかったから遅れても文句は言えない。

 それに、俺は人が沢山居る風呂場なんて恥ずかしくて入れない。特に人が多い女湯なんて俺にとっては地獄そのものだからこんな時間になったとしても結果オーライだ。

 まったく……(ナリ)がこれじゃなかったら男湯一直線……

 

┗(電流)┓ 三=-

「ハッ……!」

 

 閃いた!

 

「女湯に入りたくないなら混浴に入ればいいんだ! 天ッ才!」

 

「えっ……スチュワートさんそんなことする気だったんですか!? って言うか女湯に入りたくないってどういうことですか!?」

 

「あっ……」

 

 ヤベェ……声に出ちゃってたよ……。

 これはマズイな……。傍から見たら完全に変態の発言じゃねーか。混浴したいだなんてクレイジーなことを言うに止まらず、女湯に入りたくないだなんて聞かれてしまった……それも青葉さん(情報通)に。

 

 仮にそれが青葉さんが偶に書いてる新聞っぽいのに掲載されたら、俺の心が死んだ後に社会的に死ぬといった死のダブルパックが強制的に俺に送り付けられること間違いなし。流石に俺もそんなアホみたいな理由で死にたくはない。

 

「かくなる上は……」

 

 殺すしかない。

 

 手元から素早くシャーペンを抜き出してからゆっくりと立ち上がる。運が良い事に立ち上がる際に布擦れの音が全く立たなかった。少しでも威圧の足しになれば良いんだけど……。

 

 出来る限り優しい笑顔を顔に浮かべ、目を閉じてから青葉さんをキッと睨む。今! 今こそ視線で人を射ぬかんとする目力が必要だ!

 

「あ……ヒィッ……や、止め……」

 

天誅ーーーッ!!

 

ああああああああ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅう~ん……沈むのは、呉鎮守府で……」

 

 魘されている青葉さんを布団に寝かせる。俺は記憶を消去する秘孔なんて知らないけど、多分青葉さんは今のやり取りを覚えてないだろう。大淀さんじゃないけど、カバーストーリー「寝落ち」「うたた寝の悪夢」を使うかもしれないな。

 

「……よし、風呂に行くか」

 

 海防艦が誰も起きていないことを確認してから道具を持った。

 

 

 

 女湯、男湯は時間外だったが、混浴は大丈夫そうだったから適当に髪と体を洗って風呂を出る。

 多くの人が入る温泉だからしょうがないにしても、こんな(ぬる)い風呂には入れない! 頭が痛くなるくらい熱い風呂を所望するッ! でも警備府の風呂もやっぱり温いのは悲しい……俺がおかしいの?

 でも、お湯の色が透明じゃなくて白く濁っていたのは “っぽさ” があっていいと思った。いや本物の温泉なんだけど……。

 

 それにしても……人が居たら俺が恥ずかしくて気まずいし、時間も時間だったから誰も居なかったのは嬉しかった。

 流石にリアルじゃあ深夜に混浴に入ってエロ本みたいな展開になるなんてあり得ないだろ……。

 

「ん?」

 

 あの女性は今から風呂……? 俺が上がるタイミングで比較的若い男とすれ違ったんだけど……まぁ、うん。頑張れ。

 

 

 

 音が殆どしない、人気がない旅館の温泉特有のスペースでマッサージチェアに揺られ、現実と夢を揺蕩うこと暫く。

 暗くなったお土産コーナを覗く。類を見ないご飯のお供とか、ちょっとキモいけど、何処か愛嬌のある小さい置物とか、万人受けしそうなご当地のお菓子とかが並んでいる。

 

「おっ……」

 

 アレ良いねぇ……。奥の方で暗くて良く見えないけど、たぶん甚兵衛だろ?

 着るのが楽で、動きやすくて涼しくて、浴衣とかと同じような雰囲気が出るから場違いになりにくい。完璧な服だ。問題点を挙げるなら着る人がそもそも殆ど居ないってことと、夏以外にはなかなか着づらいことと、ちょっと爺臭いってことだけど……まぁ、こんな見た目だし、多分問題なく着られるんじゃないだろうか。

 明日のうちにでも買ってしまおう。色とか模様は良く見えないけど、暗い色だから良し。薄桃色(ピンク)とかなら絶対に着てやるものか。俺はそんなカワイイ服なんて着たくは無いんだ。普段着(セーラー服)は制服だからしょうがないにしてもさ……。

 

「……ハッ!」

 

 『艦これ』にも他のゲーム同様にスキンの概念がある……。つまり提督からの許しがあればセーラー服なんて着なくても良いのでは……?

 こうなったら明日のうちにでも大淀さんと青葉さん、あとは……お洒落とか好きだって言ってた村雨さんでも味方に付けて提督に話をしに行こう。今日の俺は随分冴えてるじゃねーか。やはり天才……。

 

 

 

 明日……今日の朝にどうしようか考えながら部屋に戻ると、青葉さんが書いていたノートの中に、「スチュワートさんの大きな謎を発見!?」なんて文章を発見したから、丁寧に、それはもう念入りに消してから俺も布団に入った。

 青葉さんから撮られないように姿勢とかいろいろを考えるのが案外大変だったとだけ言っておく。

 

 

 

 

 

「おはよう、スチュワートさん!」

 

「おはようございます」

 

 朝。

 深夜に寝たとは到底思えないほど早く起きた。

 警備府だったら、これから伊良湖と一緒に朝食の準備をするルーチンワークがあるんだけど……流石に旅館ではそんなことは必要ないし、そもそも出来ない。

 

 でも早くに起きちゃったし、習慣づいた生活リズムによって眠気はない。……完全な休日なのに惰眠を貪れないなんて勿体ない事をしてるなぁ……なんて考えながら、兎に角外をちょっと散歩(フラフラ)しようと思ってフロントに行ったら、同じような生活リズムを持っていたらしい大鳳さんと長良さんに鉢合わせた。

 

「スチュワートさん、昨日はありがとうございました」

 

「?」

 

 長良さんとは普通の挨拶を、大鳳さんには昨日の作戦のお礼を言われたから、長良さんにバレないように知らない振りをしておいた。

 ……大鳳さんを見て改めて思うけど、やっぱり艦娘の提督に対する好感度? の上昇の仕方が並のソレではない。一目惚れとか、少女漫画とかのソレだ。

 俺とか提督が警備府に来てからまだ半年どころか四半期(三か月)も経ってない。その中で提督が挙げた大きな戦果はつい先日の深海棲艦の処理だけ。その前となると戦果を挙げていない新米提督だろう。……どこに惚れる要素があるんだ?

 艦娘とは積極的にコミュニケーションを図ってるらしいけど、昨日の作戦の参加者は全員提督に入れ込んでると考えて良いだろう。そうなるとやっぱり艦娘を落とすペースが尋常ではない。あの性格だ。自分から落とそうと動いてる訳じゃなさそうだし、実は女を落とす凄いテクニックがあるなんてこともないだろう。タイムアタックの住人でも無いんだろうし……やっぱり艦娘の方に問題があるように思えるな……。

 

「スチュワートさんも走り込み、しますか?」

 

「あっ、いいです……」

 

 考え事の途中に長良さんから声が掛けられ、コミュ障特有の「取り敢えず拒否」が発動してしまい、あとは流れで頑張ってねとだけ言ってしまった。

 そしてそのまま二人で並んで走っていった……。

 

「朝食の時間までまだまだある……」

 

 時間を持て余した。

 

 ……偶には二度寝しても罰は当たらないだろう。

 




オマケ編でやりたいことが多すぎる……やはり私は取捨選択が出来ない。
最悪10までには無理矢理にでも終わらせるので……

温泉に(一応)入った(ことになってる)し、一番サブタイトルしてる……。

次:6/23 の午前中 Now loading...


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

()号作戦~終

90話です。

ギリギリセーフ。まだ午前……

水の流れる音に癒されたい……静岡とかに行ってみたいですねぇ……
艦娘って川とか湖にも艤装さえ着けていれば浮かべるんだろうか……


「起きてください……」

 

 ……

 

「スチュワートさん、起きてください」

 

 ……はっ!?

 

ハイ起きましたァーーッ!

 

「うわぁ!」

 

 誰かに声を掛けられながら揺すられて意識が覚醒する。

 どうやら寝ていたところを起こされたらしいことを瞬間的に悟り、起きてと呼びかけられたから脊髄反射で飛び起きる。起こされた時はこうやってちょっとふざけると驚かせることも出来るから素晴らしい!

 ……相手が海防艦(こども)じゃなかったら。

 

「……ごめんなさい。択捉ちゃん」

 

「い、いいえ……それより! 提督の写真を択捉の枕下に入れたのがスチュワートさんだって青葉さんに聞いたんですけど、本当ですか?」

 

「……本当ですよ」

 

 俺がそう答えると択捉は笑顔になり「ありがとうございます! ……でも、貰ってしまっても良いんでしょうか?」なんて訊いてきたから、ここぞとばかりに択捉が持ってた方がその写真も喜ぶって言って押し付けた。返品は止めてくれよ? 

 青葉さんが択捉に喋ったのは本当にそれだけかは後で確認するから良いとして……俺は二度寝を敢行して、今は誰か(択捉)に起こされてるってことは……

 

「朝食ですか?」

 

「あっ、忘れてました! 朝食です! 皆さんが待ってますよ」

 

「……」

 

待たせてるぅ!? ……こんなことしてる場合じゃねぇ!

 

「行きますよ択捉!」

 

「えっ? うわあぁぁ!

 

 何時までも呆けて突っ立っている択捉をお姫様抱っこして、出来る限り揺らさないように気を付けながら廊下を出来る限りのスピードを出しつつ走らないように移動した。

 

 

 

「「「ごちそうさまでした」」」

 

 律義に全員揃うまで待っててくれたみんなのお陰で一人で朝食を食わずに済んだ。それはそれで嬉しいんだけど、人を待たせたっていう罪悪感が半端じゃないから先に食べていて欲しかったとも思う。

 申し訳ない気分で席に付いたら目の前には和風な朝食。朝から焼き魚とか納豆とか味噌汁とか……金剛さんが納豆を平気な顔して食べてたのはちょっと意外だった。

 ……何? 俺が箸を使って納豆を食べてる方が意外? 何でや! 納豆はジャパニーズの朝食の最適解だろ? 俺は食べちゃダメなのかよ!?

 

 一足先に食べ終わった提督が居なくなってからそんなやり取りがあり、多くの人から驚かれた。

 ……俺が普段より相当取っつきやすいように感じるという理由で。

 取っつきやすいって何だよ……そりゃあ俺だって仕事の時は真面目にやるけど、普段から仕事の時みたいにしてたら凝り固まっちまう。だけど普段からこんなに弾けてたら体力が持たないし……要するに、偶に爆発するからスッキリするんじゃないか。

 

「昨日も付き合ってくれたし、スチュワートさんって実は結構フランク?」

 

 雷のこの一言は随分ダメージが大きかった。そんな親しみやすい性格だったとしたらボッチやってないんだよ……。

 あぁ、ヨーグルトがしょっぱい……。

 

 

 

「スチュワートさん。朝食後、私と一緒に提督の部屋へ来てください。提督がお呼びです」

 

 俺が変わった味のヨーグルトを食べていると大淀さんが話しかけて来た。

 提督が呼んでる、ねぇ……俺と大淀さんだけを呼ぶって時点でなんか怪しいけど、断るなんて選択肢は無いから行くしかない。

 

「……そうだ、村雨さんも連れて行っていいですか? ちょっと用事があるので」

 

「構いませんが……何の用事ですか?」

 

「警備府の制服の事とかで提督に相談しようかと……村雨さんはお洒落に明るそうだったので参考人としてって感じです」

 

「……申し訳ありませんがそれはまた後日にして貰えませんか? 提督の様子を見る限り、結構深刻そうだったので……」

 

「……分かりました。村雨さん、やっぱり何でもないです……ごめんなさい

 

 さて、提督が深刻そうにすることって何だろうなぁ……資材が大本営から届いたからまだマシだけど、この間の戦艦の建造で今だ資材が危機的状況にある。とかだったらカワイイんだけどそんなんじゃないんだろうなぁ……。

 

 

 

 

 

「「失礼します」」

 

「……来てくれたか」

 

 おう来てやったよ。慰労とか言っておきながら旅館で仕事する上に巻き込むとか、提督も相当なワルですなぁ……。

 

「……単刀直入に済ませちゃいましょう。今度は何が起こりましたか?」

 

「……いや、まずはこれだ」

 

「これは……何ですか?」

 

 提督が渡して来たものを大淀さんと俺が受け取った。

 大淀さんがそれを触りながら疑問符を大量に出し、ついに分からなかったのか提督に説明を求めた。

 だけど俺はこれが何なのか知っている。

 

「スマートフォン、スマホ、電話……通信機器ですよ、大淀さん」

 

「電話……こんなに小さくなるなんて……!」

 

「……良く知ってたな、スチュワート」

 

 まぁ……俺は大戦時代に生きてないバリバリの現代人だから……。

 

「……他人の過去を探ろうとするのはちょっとどうかと思いますよ?」

 

「……済まない」

 

 チョロいな。

 ……にしてもあの事件の後に提督にスマホを寄越せって言ったんだけど……準備早いな。まさか大本営からの承認を待たずに自費で用意したとか言わないよな?

 

「えっと……コレを大淀さんは分かりますけど、私に渡すのはどうかと思いますよ? 出撃できませんし」

 

「あ~……今はこれしか用意できなかったんだ」

 

 そう言いながらバッグからもう三つくらいスマホを取り出した提督。

 おいおいおい、スマホ五台とか相当な出費じゃないの? 言い方からして自費って感じするし……あんまり無理はすんなよ?

 隣でスマホをうんうん唸りながら弄っていた大淀さんが、画面が点いたところでスクリーンショットを撮りまくったり画面を点滅させたりしていた。大淀さん……それ画面触るんスよ。ちなみにそのボタンは音量調節ね。

 

「……スチュワートさんはコレを電話と言いましたが、やはり連絡用ですか?」

 

「ああ……先日の事件で思い知らされたからね」

 

「……そうですね」

 

 情報の伝達速度でいくらでも初動が速くなる。無線と違ってLI○Eみたいなものがあったら素早く広く情報共有ができるだろう。一般には傍受出来ないように細工するのは大本営か明石さん、妖精さんにでも任せよう。きっと何とかしてくれる筈だ。

 

「提督。先程、 “まず” って言いましたけど……コレの他にも何かあるんですか?」

 

 俺がそう提督に尋ねると、提督は辺りを見回して誰も居ないことを確認してから俺と大淀さんの近くまで来て小さな声で言った。

 

実は……ハワイが深海棲艦に制圧されたらしい

 

「「……」」

 

は?

 

 

「いやいや……待ってくださいよ提督、今はエイプリルフールじゃないんですよ!?」

 

「ニュースでもやってなかったですよ! 説明をください!」

 

 俺も大淀さんも、突然伝えられたヤバすぎるニュースを脳が拒み、一拍以上の間を開けてからようやく理解して提督に詰め寄る。

 ハワイ落ちたって何? さっき食堂でやってたニュースではいつもと変わらない天気の事だとか、地元の小学校が地域の~とか、そんなニュースしかやって無かったじゃん!

 

「死人に口なし、だろうね……。私も朝食の後に伝えられたばっかりなんだ。聞いた話だと、長距離遠征をしていた大本営の艦隊がハワイ近海の様子がおかしい事に気が付いたことで、衛星を使って確認したところようやく判明したらしい」

 

「じゃあ、ハワイの人達は……」

 

「……」

 

 提督が顔を背けた。嘘だろオイ……。

 確かにハワイって海に囲まれた小さな島国? だけどさ……十分過ぎる程には大きい島だと思うんだけど、それが落ちたとか……。

 

「それで、大湊警備府がこの件に対応することになってね……勿論、大きな作戦になる以上色々と便宜(べんぎ)を図ってもらえるんだけど……一週間の慰労の予定だったんだけど、明後日には警備府に戻ろうと考えていてね……」

 

提督! このスマートフォン? を購入した理由は素早く物事を進める為でしょう!? でしたらここで時間を無駄にするべきではありません! 今日……いいえ、今すぐにでも戻りましょう!」

 

 うんうん、大淀さんの言う通りだ。

 

「そんなにゆっくりしてたら “また” 艦隊が大破帰還することになるかもしれませんね……それでも心が痛まないなら明後日までゆっくり観光を楽しみましょう。優先順位を間違える人じゃないと信じてますよ?」

 

「……全員に通達してきてくれ。今から警備府に戻る」

 

「了解しました!」

 

Yes、sir(イエッサー)! ……あっ」

 

 ついいつものノリで……しかも提督の前で……恥ずかしい……。

 穴があったら入りたい気分の俺は逃げるように提督の部屋を出ていった。

 




Q.結局湯号作戦ってなんなの?
A.温泉に行って疲れを取ることが目的。

温泉旅館に行って、寝た時点でクリアのアホみたいな計画。


提督が連絡用にスマホを五台導入して、ハワイが犠牲になった。そんな回。

次回から新章「大型作戦」をはじめようと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大型作戦
バスの中で


91話です。

怪文書回?

シナリオがどんどんズレていってる……着地点はどこにいったのか……。
もう、失踪(ゴール)しても……良いよね?
 ※言ってる内は大丈夫


「これはスマートフォンと言って、こうやって……」

 

『もしもし……スチュワートか、どうした?』

 

「離れた場所の人と連絡を取ることが出来ます」

 

「つまり電話ってことね!」

 

「その通りです」

 

 警備府に帰る大型バスの中。二台に分かれた片方に俺は乗り、同乗していた人たちに提督から伝えられたことをそのまんま説明していた。マイクを持って前に立ちあれこれと喋る。気分はバスガイドだ。

 ……自称コミュ障にこんなことさせるなんて……なんで大淀さん提督と同じ車両に乗ってしまったん? ……俺が提督と同じ車両に乗るの嫌だったからだ。何してんの過去の俺。

 

 

 

 朝食後だったこともあって緩みきった雰囲気だった人達に「大変なことが起こりました」って言って全員を集め、帰り支度を進めさせた俺と大淀さん。

 あーだこーだ文句を言ってきた人には本人にしか聞こえないようにハワイが落ちたことを伝え、言うことを聞かないなら……と色々と条件を付けて支度を進めるようにお願い(脅迫)した。

 

『まぁそういうことだ。今はまだ五つしかないから、各自大切に使って欲しい』

 

 前を走るバスに乗っている提督との電話が切れる。

 

「……はい、これが一つ目。スマートフォンでした。大戦中にもあった電話が時間をかけて高性能になった物で間違いありません。……そして二つあるニュースの二つ目。ここからが本題です」

 

 一つ目のニュースであるスマホの紹介が終わったから、二つ目のニュースのことに入ろうとしたら、もう一つのニュースを事前に知らされていた人たちがすっごい俺の方を凝視してくる。怖い

 

「え~……提督が朝食後に伝えられたそうなんですが……残念ながらハワイ諸島が深海棲艦に占拠されたそうで……」

 

「「「……」」」

 

 おい、なんか反応してくれよ……皆して無言で圧を発さないで! 喋り辛いんだけど。

 

えっと……それで、その……大湊警備府(ウチ)が担当することになったらしく、皆さんには戻り次第至急遠征や演習など戦力の向上に繋がることをして頂きたく……」

 

「分かったわ~……適当な理由だったらどうかしちゃってたかもだけど、そういう理由ならしょうがないわね~。みんなもそれでいいでしょ?」

 

 座席の一番奥から龍田さんがにこやかにそう言った。それに続いて駆逐艦の人達も「じゃあしょうがないか……」って感じで納得してくれた。……龍田さんが納得できなかったらどうするつもりだったのか……この人、底が知れない感じするから怖いんだよね……。

 

「……ありがとうございます。……戦力増強として間違いなく遠征の頻度は増えますが、よろしくお願いします」

 

「えぇー……他の鎮守府ばっかり、不平等でち!

 

 流石に水着でもない普通の服装をしている伊58(ゴーヤ)が不満の声を漏らす。……すまんねゴーヤ。君、深海棲艦との交戦をガン無視できるらしいじゃない? それで提督に目を付けられたのが運の尽きだ。 俺ではどうすることも出来ない。せめて休日にこれでもかと怠けるといいさ。

 

そうだそうだー! 皆が遠征に行ってる間にスチュワートは座ってるだけじゃないですか! 不平等ですよ!

 

「む……」

 

 ……なんか無性にイラっときた。

 

「大潮さん? そこまで言うなら一日だけとは言わずに、ずっと提督と書類仕事してくれませんか? ……私も出撃したいんですよ。菊月さん、貴女ならこの気持ち分かってくれますよね?」

 

「無論、分かっているさ……」

 

 おお、武人気質? な菊月に話題振って良かった! やっぱりずっと戦う人を見てるだけってのは嫌だよなぁ……。俺だって下手クソだけど戦えるのに全く……溜息を吐く。

 

ジリリリリリ―――

 

 座席の何処かでスマホが鳴った。スマホを触らせるために回して、今どこにあるのか分からなくなってたけどアラーム設定を黒電話にしてたから大きな音で気づきやすくて良い。

 電話を取ったのは山雲だった。

 

はい。提督、何でしょうか? はい……スチュワートさん、提督が伝えたいことがあるそうです!

 

「はいはい……もしもし、替わりましたスチュワートです」

 

『スチュワート、言い忘れていた。大本営の決定で人員を遊ばせておくのは勿体ないそうだから、スチュワートの謹慎処分は解除するそうだ』

 

「それは……そういうことですか?」

 

『ああ。……安全第一で頼む』

 

「分かりました。……秘書艦についてこちらで話すので、決まったら折り返し電話しますね」

 

『ああ、分かっ―――』

 

 提督が分かったみたいだから電話を切る。

 

 ……

 

ッしゃあっ!

 

 出撃解禁!

 出撃解禁!

 出撃解禁だよ!

 

 コレを喜ばずしてどう表現しよう! これで遠征に行ったり、出撃で深海棲艦を倒すのも自由だ。なんせ大本営から太鼓判をもらったんだからな!

 

 だったら戻ったら後回しにしていた俺の艤装を妖精さんに作ってもらわなくちゃいけない。普段使いをするなら普通ので良いんだよ。盾とか投擲物は決戦兵器っぽい感じ……切り札として取っておこう。普通に戦えて、しかも変なものも使いこなすというスマートさも身に着けるときがきたな。

 それに仮に時間が出来たら休日に外に出かけることだって出来る。ようやく俺の部屋にも彩りが出るってモンだ。

 

ウヘヘヘ……ヒヒッ……」

 

「「うわぁ……」」

 

「酷い顔なのです……」

 

「スチュワートのそんな顔、初めて見たよ……」

 

 ……バスの昇降口に隠れて喜びを噛みしめてたら後ろから暁型の四人に覗き見されていたらしく、ドン引きされていた。……俺は素直に喜んじゃいけないのか?

 

「……覗き見なんてレディーらしくありませんね……」

 

「ウッ……」

 

 そう言って暁を軽く睨むと目を逸らされた。おい、レディーを名乗るなら相手より先に目を逸らしちゃいけないだろ。自然界じゃあ先に目を逸らしたら敗北者だぞ?

 

「大潮さん? 今の電話で……私の謹慎処分が解かれました。どうです? 秘書艦の席に着いてみます?」

 

「うぅ……それはその~……」

 

 大潮が逃げ場が無くなって息が詰まってる感じの顔をし始めた。……イラっときたからって、ちょっと虐めすぎたかな?

 

「あら、スチュワートさん。あんまり大潮姉さんを苛めてあげないで? 謹慎処分じゃ秘書艦するしかないものね。仕方ないわ……それはそうと、スチュワートさんが出撃した時は、荒潮が秘書艦の席に座ってもいいのかしら?」

 

「ええ! ご自由にどうぞぉ?」

 

「そう? それじゃあ遠慮なくそうさせてもらうわ♪」

 

 荒潮がそう言った瞬間、バスの空気の温度が下がった気がした。

 でも、水の中に居るみたいで居心地が悪かったから、運転手と天気の話とか世間話をして気分を紛らわせた。

 

 

 

 

 

 結局、みんなは後ろの方で長時間、疲れて寝るまで揉めていた。勝手に決まるって信じてた俺は止める気はなかったけど、龍田さんも面白がって止めてくれなかったんだ……。静かになったから結果的にオッケーなんだけど。

 

「それにしても……」

 

 一月そこらでよくそんな執務室の取り合いになるくらいにまでなったな……。やっぱりゲームがベースだからか? 好感度ってのがあるのか知らないけど、やっぱりそこら辺バグってんだろコレはよ……。

 『艦これ』にはケッコン(仮)(カッコカリ)なんてシステムもあるらしいし、早く選んじまえよ。多分俺以外は断らないと思うぞ? 艦娘をおちょくるネタにもなるし、早くしてくれると俺もうれしいなぁ!

 

「……そろそろ着きますよ」

 

「あっ、有難う御座います」

 

 運転手が到着が近い事を教えてくれた。

 

「それにしても、こうやって騒いだりして……艦娘だって普通の女の子なんですね……」

 

「いや、提督なんて一人の男性を取り合う中学生っぽい年齢の女子供って真面目に考えたら結構マズいと思うんですけど……」

 

「ハハハ! こんな可愛い子供たちに親しくされるなんて、世の男がその席を奪い合ってもおかしくはないですよ!」

 

「まぁ、ちょっと派手な人もいますけど、見た目は完全に人間ですからね……それと、前のバスにはもっと女性に近い人が多く乗ってますよ」

 

「……」

 

 運転手がハンドルを握る手に力が込められたのが分かる。ハンドルの革がギチッ……って音を立てたし、握る腕が五パーセントくらい太くなってる。怖い。

 

「み……皆さ~ん! そろそろ着くそうなので、支度してくださいね~?

 

 

 

 

 

 警備府に着いてバスから降り、警備所の前まで来た。

 他の人はさっさと歩いて行ってしまったが、俺だけが立ち止まっているから「どうしたの?」なんて声を掛けられるけど「どうぞお構いなく」って言い続けて、最後尾になった。

 

「フゥ~~……よし」

 

 のんびり出来たは別として、のんびりするのはここまで。

 心機一転、また頑張ろうじゃないか!

 

 でもまずは……

 

「どうぞ、お土産です」

 

 慰労にも行かずに警備所に詰めていた人にお土産を渡すことから。

 いつもお世話になっておりますぅ……。

 




提督も後でお土産を渡した模様。

カワイイ or 綺麗な人達から言い寄られる提督は実際世の男の大半敵に回してる。
ネットとかで絶対に叩かれてますね……。

スマホを紹介して、人手不足から謹慎が解除されて、その間の秘書艦はどうするっていう火種が投下された回。
……誰だって良くない?(サボりはNG)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

個性だらけの新人たち

92話です。

沢山の誤字脱字報告、ありがとうございます。
日頃の感想もありがとうございます。
お陰様で100話が見えてくるってところまで続けられました。これからものんびり頑張るので、拙文をお楽しみください。




「それでは各自、荷物を部屋に置いたら、そうだな……ヒトフタサンマルに食堂に集まってくれ」

 

「「「了解!」」」

 

 警備府に戻って提督が全員に指示を出す。今が十二時前だから、一息入れるくらいは時間があるな。

 

 寮の中でも入り口に近い俺の部屋に行きよりも体積の増えたバッグを放り投げ、最初から荷物なんて無かったと言わんばかりに提督の後ろを着いていった。どうせ食堂に行く前に呼ばれるのは分かりきってる。

 

 

 

「……えっ? お、おはようございます! 松田提督」

 

 執務室には鹿島さんの姿があった。秘書艦業務の教官としての矜持なのか、近くにはいつでもコーヒーが出せるようにポッドとコーヒーサーバーが置かれていて、手を止めた鹿島さんがカップを用意してコーヒーを淹れている。

 

「留守の間、私で処理できる書類は整理しておきましたので後でご確認ください。今、コーヒーを用意してますので、もうしばらくお待ちください♪」

 

「ああ……ありがとう」

 

流石は鹿島教官……

 

 俺が呟くと、提督からは見られない位置でキッと睨まれた。普段から笑顔を絶やさないだけに鹿島さんの笑ってない視線の攻撃力は高い。

 

「……引継ぎや、松田提督ともお話ししたいことがあるので、スチュワートさんは席を外して貰えませんか?」

 

「分かりました」

 

 返事をするだけして執務室から出て聞き耳を立てる。

 

こんなに早く戻ってきたのはやっぱりアレですか? ハワイの……

 

はい。スチュワートと大淀からも急かされまして……

 

えっと……ご愁傷様です? ……ところで、スチュワートさんの普段の様子や仕事ぶりはどうですか?

 

……普段は謹慎処分で退屈なのか雑事を進んでやってるみたいで、これと言った問題は起こしてません。仕事はとても速く、お陰で午後は艦娘と交流する時間や、プライベートな時間が取れるくらいです

 

「……全然聴こえねぇ……

 この人達忍者かよ…… 

 

仕事の速さは相変わらずみたいですけど……それは良い事ですね♪ 当然、その交流する艦娘の中にはスチュワートさんも居るんですよね? 過去が過去だけに除け者なんてことは……

 

とんでもない! ……ですが、いつも探しても居ないんですよ……避けられてるんでしょうか……

 

 なんだなんだ? 提督がとんでもないって……そんな意外なことを言われたのか? ……気になるけど、曙とは違って小声で話してるのか、何かを言ってるのは分かるけど聴き取れない! 畜生!

 

…………。……提督には慣れましたか? 急に決まったものですけど……

 

はい。スチュワートや大淀が相談に乗ってくれているので……まだまだ慣れているとは言えませんが……付いてきてくれるのは嬉しいですね

 

それは良かったです♪

 

「……ッ!」

 

 足音―――! 壁に寄りかかって知らんぷりだ!

 

「スチュワートさんは後でお話があります♪」

 

 あっ、待って! 提督と何を話したのかは知らないけど、香取さんを思わせるそのSっ気溢れる笑顔はヤメテ!

 

 

 

 コッテリと叱られた。内容は……提督とコミュニケーションをしろってことで、大本営で鹿島さんから耳に胼胝(たこ)ができるくらい言われたものだった。

 

「~~―――だったら提督と……聴いてますか?」

 

「はい……」

 

 もういいよ……。提督とお喋りするくらいなら望月のパシリごっこしてた方がまだ有意義だ。少なくともちょっとは楽しめる。

 チラリと時計を見たら……嘘やん。何で五分しか経ってないの……?

 

「でも……」

 

 ん? どうかしました?

 

「なんだかスチュワートさんは以前より他人行儀ではなくなった気がします」

 

「鹿島教官の特訓の成果と、アドバイスのお陰ですね」

 

そうやって軽口を言うようになったところとかですよ……問題も起こしていないようなので、これからも頑張ってくださいね♪」

 

「善処します」

 

 睨まれた。おかしいな……善処するって言ったのに……。

 

 

 

 

 

 時間になり食堂。皆が集まり、時間だということもあって料理が並ぶ。

 

「Oh……」

 

 厨房からは料理を持って間宮さんが出て来た。……なんで?

 

「……貴女がスチュワートちゃんね? 来るのが遅くなってごめんなさい」

 

「いいえ! 謝らないでください!」

 

「伊良湖ちゃんから聞いたわ。良く手伝ってくれたんでしょ? コレ、ささやかなお礼の気持ちなのだけれど……」

 

 ちゃん付けされた……パパ(妖精さん)にもされたこと無いのに! ……って冗談は置いておいて、渡されたのは直方体で包みには達筆で “羊羹(ようかん)” と書いてあった。うん、普通に好物だ……有難く貰います。

 

「でもこれからは安心して! これからは補給艦間宮として食堂で面目躍如の仕事を果たすわ!」

 

 間宮さんがそう宣言した瞬間、食堂が湧いた。拍手や指笛まで聞こえる始末だ。

「偶に滅茶苦茶辛いカレーに怯えなくて済む!」 って言ったヤツは後で特定しよう。……一緒に “刺激的な” 担々麵を食べようぜ?

 

「悪いニュースばかりでは無いということか……。皆、聞いて欲しい。

 

 提督がみんなが注目するように立ち上がって声を出す。

 

「皆、聴いていると思うけど、ハワイが深海棲艦に占拠された。ここ大湊警備府が対応に当たることになったが、警備府として―――」

 

バン!

 

ちょっと! 遅おっっそい! いつまで工廠で待たせる気!? 爆撃されたいの!?

 

「ちょっ!?」

 

 いきなり食堂の扉が開け放たれたと思ったら物騒な言葉が聞こえて来た。

 すわテロリストかと思ったけど、佐世保で見たことがある。瑞鶴さんだ。……待たせられたのは分かるけど食堂で爆発物はマズイって!

 

 

 

 

 

 結局、瑞鶴さん怒りの抗議は、後ろに般若を召喚した間宮さんによって止められた。

 うん、食堂で暴れたらそうなるわな。間宮さん怖ぁ……。

 

 そして、席に着いた瑞鶴さんが言うには工廠にはまだ何人か建造が終了した人新人が残っているらしく、どうせならと提督が迎えに行った。

 

「こんなに建造するなんて……先を読んでいたのか、それとも考えなしのバカか……どっちだと思いますか? 明石さん」

 

「アハハ……馬鹿はちょ~っと言い過ぎかな……計画的に貯めるのも大事だけど、大本営から沢山貰ったんだしパーッと使っちゃうのも私はアリだと思うな~」

 

「……そんなもんですか……」

 

 ……『艦これ』では資材が減った状態をグロ画像だなんて言うし、俺はコツコツ貯めた方が良いと思うんだけど……現場では案外こんなもんなのか……いや、曙とかは危機感持ってたっぽいし、明石さんが特別なのかもしれない。

 

 そしてそのまま明石さんと誰が来るんだろうね~? みたいな会話になった。工廠の住人たる明石さんも流石に戻ってきたばっかりでは把握していないらしい。随分と珍しい場面に遭遇したと思う。

 

―――タタタタッ  バン!

 

いっちば~ん!

 

 瑞鶴さんに続いて食堂の扉に優しくない人が現れたと思ったら、食堂に響く声を出した。

 右手の人差し指は天を指し、左手は腰に当てる謎ポースを決めてフィーバーしているのは……白露か。

 チラリと見ると、姉が来た喜びと、身内の恥を見せつけられた羞恥心から悶えて半泣きの村雨さんが居た……もう泣いて良いよ。……でも、時雨が来るまでは色々と諦めて欲しい。

 

 それから少ししたら、後ろに新人を連れた提督が現れた。

 

「……瑞鶴と白露は先に来てしまったようだけど、新しい仲間を紹介する」

 

 そう言って提督が横にズレて……って多くない?

 

「水上機母艦、千歳です!」!

 

「同じく、千代田です!」

 

「神風型駆逐艦の一番艦、神風です」

 

「初春じゃ。よろしく頼むぞ」

 

「陽炎型駆逐艦、陽炎よ。よろしくね!」

 

 ……。

 

「ハァ……どれだけ建造につぎ込んだのか……」

 

「……スチュワートも大変ね……」

 

 全くだよ。いきなり七人増えるとか想定外だっつーの……。資材状況の報告書を見たくねぇ……。

 昼食前なのにキリキリと痛む胃を押さえる羽目になった。




シスコン(千代田)、村雨の姉(白露)、のじゃロリ、爆撃空母……。濃ゆい面子だなぁ……神風と陽炎が癒し枠(常識人)?
村雨は泣いて良い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

綺麗な新人、汚い先輩

93話です。

やったね叢雲! 妹が増えたよ!
……元から居た? 今まで来てなかっただけ?



「……みんな揃ったみたいね。忘れ物は無い?」

 

 長良さんが班……艦隊のメンバーに確認を取る。

 

「はい、大丈夫です!」

 

「白雪も大丈夫です。また一緒だね、吹雪ちゃん、叢雲ちゃん

 

「……神風、荷物の確認は済ませたのかしら? 一度出撃したら終わるまで戻れないわよ」

 

うん……よしっ! いいわね。大丈夫よ!」

 

「……」

 

 叢雲が神風に持ち物の確認をさせているのを見て、吹雪と白雪が優しい顔をしている。しっかりしているとは言え妹が、更に小さい子供(神風)にアレコレと世話を焼いているのは微笑ましいものなのかもしれない。

 「あ~、懐かしいね~」なんて呟いた吹雪は確か……忘れ物をして叢雲から怒られたんだっけ?

 

「スチュワートさんが出撃するのは本当に違和感が凄いわ……」

 

 長良さんが俺に話しかけて来た。

 違和感が凄いだなんて酷い事言わないでよ……ボイコットすんぞ! ……しないけど。

 

「……そんなに変ですかねぇ?」

 

「……」

 

 無言で目を逸らされた。

 それってさ、もう答え言ってるよね? 泣いて良い?

 だけど、よく考えたら引きこもりが突然外に出てハッスルし始めるようなモンだよね? うん、俺なら眼科に直行するね。

 

「……酷い反応してくれますね。神風ちゃんと同じく、初めて遠征に出る只の駆逐艦ですよ? ……ここでは、ですけど

 

 そう。大本営から謹慎が解かれた俺は、晴れて遠征に出ることが出来るという訳だ。

 運動不足の概念があるかは分からないけどずっと出撃しないと流石に(なま)るだろうし、適度な運動は心の健康に繋がるらしいから健康志向の俺はジャンジャン外に出ていくつもりだ。

 

 大湊警備府に来た当初は一年なんてあっという間だぜ! なんて余裕こいてたけど、実際俺は一月でこんなに開放感を覚えるくらいには我慢していたらしい。

 

 それなのに長良さんときたら……俺が何をしたって言うんだ。

 

 よよよ……と大袈裟に泣くフリをする。

 

「長良さんが旗艦を務めるって提督に聞いたからここに居るのに……」

 

「えっ、そうなの!? ……どうして?」

 

 そりゃあもう。佐世保に居た頃に俺が唯一遠征に行った時の旗艦が長良さんだったから。

 あとは初雪と深雪を説得して、俺と神風をそこに入れて貰ったって訳だ。

 

「長良さんには安心して付いていけるからです」

 

「そう言っててくれるのは嬉しいんだけど……過剰評価だと思うよ」

 

「……まぁ、私が何回も出撃すれば違和感なんて無くなりますよ」

 

「そんなものかな……」

 

「そんなものです。……ほら、神風さんも準備出来てるみたいですし、行きませんか?」

 

「そうね。スチュワートさんの期待に応えられるように頑張らなくちゃね。みんな、出るよ!

 

「「「はい!」」」

 

 

 

 こうして俺の二度目、警備府では初めての遠征が始まった。

 

 出撃直前では提督が見送りに来て、される側になったのが恥ずかしいってこともあって陰にコソコソ隠れたりした。俺に見送りなんて要らないから……。

 

 いざ海に出てから、艤装が必要最低限の俺に対して叢雲がアレコレ口を出してきたけど、深海棲艦が居ても交戦せずに逃げ切るっていう方向性を伝えたら納得してくれた。

 RPGじゃないんだし、深海棲艦をわざわざ倒す意味なんて……無い事はないけど、そういうのはちゃんと装備の整った状態でしたほうが安定すると思うね。

 

 今現在のルートは一日で戻ってこられるルートばかりらしい。いつも日を跨ぐ前にはみんな帰還してるしそうだろうとは思ったけど、日を跨ぐような遠征が増えると警備府の守りが浅くなってしまうっていう理由がある。

 資材の量だけに気を取られないことが大切だってよく分かる。

 

 

 目的地に着いた頃には神風が疲労困憊になって、暫くの休憩となった。建造されたばかりの艦娘ってこんな感じなの? って訊いたところ、こんな感じらしい。

 

 「思うように動かない時がある」「馴染んでない感じがある」と語ったのは吹雪と叢雲だ。

 ……俺は水に浮けるっていう人間としての感性でハイテンションになってたからよく分かんないな~……。でも、靴下でフローリングの上を滑る感覚で動こうとしたら多分転ぶ。……動きの最適化って言うの? 自然に、無意識的に変わってたりするんだなぁ……。

 

 

 

 

 

「スチュワートさん……これはその……本当に?」

 

「勿論です……非常に残念ですが」

 

 神風が顔を青くしながら俺に尋ねてくる。うんうん、初々しい反応じゃないか……どんなに善い人でも直ぐに嫌になって押し付けるようになるんだよねコレ。

 

 目の前には汚泥。曇り空をテロテロと乱反射させ、かつて黒潮と一緒に顔を歪めながらせっせとコレを掬い上げた記憶がある。俺ですら慣れていない燃料の材料。またコレを見ることになるとは……

 妖精さんには是非ともバイオ燃料で稼働する艤装を開発して欲しい……切実に。こんなのは只の拷問だよ……。

 

 長良さんは申し訳なさそうな顔をしつついち早く弾薬を入れる鞄を手に持っていたし、白雪も妙に圧のある微笑みで鋼材用の鞄を手に取っていた。

 吹雪は露骨に燃料担当を嫌がって、叢雲は「初めてだから」っていう理由で俺と神風に燃料を入れる用の鞄を押し付けて来た。そんなチームプレーは要らないんだよ……。

 

「……いきなりコレをやらせるとか、酷い先輩たちですね?」

 

「全くよ……」

 

 険のある表情を浮かべ、遠くで作業をしている人たちを見る神風。

 ……しょうがねぇなあ。神風は汚泥の中に入れたら服めっちゃ汚れそうだし、幸い、膝まである金属のブーツ? をしてる俺がいっちょやってやろうか。

 

オエッ……やっぱり臭いなぁ……

 

「スチュワートさん!?」

 

「まぁまぁ……先輩にも恰好つけさせてよ。次からは神風もやってね」

 

 腕を巻くって手袋を取り、汚泥がブーツの中に入らないようにしながら汚泥の中へ入っていく。

 案の定酷い匂いに苛まれつつ、ネバつき、ところどころプルプルしてるんじゃないかと思う汚泥を掬っては、鞄に入れていく。感触と臭いだけでもう吐きそうなんだけど……流石に神風の前では吐きたくない。黒潮だったら一緒に吐いてくれそうだったんだけど……。

 

「あっ! あぁ~……」

 

 ブーツの関節部。つまり足首のところから汚泥が侵入してきたのが分かってガン萎えした。

 だけど、そろそろ鞄が一杯になってきたから汚泥から上がる。撥ねたりして上にも付いてるけど……元から黒いから臭い以外ではバレ……絶対にバレる。全部押し付けた人たちが悪い。

 

「やらせてしまって御免なさい……次からはちゃんとやるわ」

 

「次からは燃料だけは絶対にやらないって言わないだけ全然マシですよ」

 

「……ところで、スコップを使わないのには理由があるの?」

 

「……あっ」

 

 天才はここに居た。

 

 

 

 

 ちょっと遅めの昼食となったが、あまりにも気持ち悪くなった俺に食欲なんてものは存在せず、恨みがましい目で神風以外を見ながら昼食を遠慮した。食べたら食べた分以上をリバースすること間違いなしだと判断したからだ。

 

 少し離れた場所で、中までガッツリ汚くなったブーツを脱いで海に入れて洗う。

 つま先までは手が届かなかったから、非常に残念なことに警備府に戻るまで我慢しなくちゃいけないことに気が付いてゲッソリした。

 

 帰りは駆逐イ級が現れ、これ幸いにと吹雪と叢雲をサポートにつけて神風に相手をさせた。

 午前中は旧型の~なんて言ってた割には全然動けてるし、やっぱり才能なのかねぇ……俺なんて最初はイ級相手に大ダメージ喰らってたんだぞ。

 

 

 

 警備府に戻った頃にはすっかり日が暮れて、辺りは真っ暗になっていた。

 俺たちの戻りを知らされたのか、提督と、今日の秘書艦である大潮&荒潮が隣に立っている。

 

 遠征が終了したことを長良さんが言って、解散になる。

 汚泥で汚いからさっさと落としてしまおうと思い、一目散に風呂へ直行する。提督が話しかけていたような気がするけど、何か用があるなら食堂とか、俺の部屋にでも来るだろう。

 

「誰も居ない……ヨシ!」

 

 珍しい事に風呂場には誰も居なかった。きっといい時間だからみんな食堂に行ったんだろう。長良さん達も警備府に着く前にお腹空いた~って言ってたし……僥倖だぜ。

 

 パパっと服を脱いで風呂場へ入る。

 

 そんな脱衣所の目立たないところに、一台のデジカメがあったことをこの時の俺は知らない。

 




まーた青葉だよ……
?????「死にたいらしいな」
次回、青葉死す!「またですか? 勘弁してくださいよ」

久々の遠征はダイジェストでお送りしました。
次回は演習を予定しています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

愉快な頭

94話です。

演習回……ではなく、そのちょっと前の話です。


「演習……ですか?」

 

 聞き間違いじゃない? 遠征じゃなくて?

 

「そうなの~。他所から演習のお誘いがあったらしくてぇ~……話があるから提督が執務室に来てって言ってたわよ~。うふふ……早く書類と睨めっこしてる大潮姉さんのとこに行って見ないと♪

 

 じゃあ宜しくね~。なんて言って去る荒潮の背を眺める。

 バスの中でも秘書艦の席がどうたら言ってたけど……心なしかツヤツヤしているように感じるし、何か楽しいことでもあったのかな?

 

「……」

 

 演習と聞いて思い出すのは、大本営に居た時に赤城さんがやってきたことだろう。

 他所からお誘いってことは、流石にそんな超大物で大湊の艦娘(ヒヨッコ)を叩きのめすなんて非人道的、スポーツマンシップに欠けることは無いだろう……。

 

 問題はどこに行くかってことと、そのメンバーの事になりそうだなぁ……。

 大本営とか佐世保なら俺も行くことになるんだろうけど。……っていうかそういうことは今日の秘書艦と話し合ってくれないかなぁ!?

 

 何でもかんでも最初に俺を巻き込みやがって……俺は提督のママじゃねーんだぞ!?

 

「あーもう! 面倒だなぁ……!」

 

 苛立ちが募ってカレーの皿にスプーンを立てる。大きめのジャガイモがきれいに割れた。

 暫く放置して冷ましてたし……猫舌の俺でもそろそろ食える筈だろう。

 

「……うん、美味しい!」

 

 流石は間宮さんだ。これは、季節のイベントで出てくる様々な料理も期待できそうだ。

 夏……は今だからアイスとか、秋は秋刀魚に焼き芋、冬はクリスマスにはチキン……いや、漫画とかにありがちな七面鳥とかもアリかも知れない。そして春には花見とか? 東北だし、自然に富んでるからちょっと山にってのもいいな……。

 

「まぁ、暫くはそんなことしてる暇は……何か御用で?」

 

じー……な、何でもないわ!」

 

 対面の暁が なんでもなさそうに こちらを みている。

 

「……分かった。これ(カレー)食べたいんでしょう」

 

「い、嫌ねぇ…… レディは他人の料理に手を伸ばしたりしないわ!」

 

 そう言いながらも、カレーの隣に置いてあったアイスに視線が吸い寄せられている。

 何だよ……欲しいなら欲しいって言えば良いじゃないか。

 

「……食べますか?」

 

「えっ、いいの!? ゴホン……施しなんて要らないわ!」

 

 え~? ホントぉ?

 アイスを暁の目の前に置くとピタリとフリーズした。アイスだけに……ハハハ

 

「いやぁ……もうお腹いっぱいでして、食べきれないんですよぉ~……残すのも勿体ないですし、代わりに食べてくれる人は居ないでしょうか?」

 

 露骨に暁をチラチラ見ながらそう言うと、期待の眼差しを向けてくる。素直じゃないなぁ……お互いにさ。

 暁が “何故か” 持っていたスプーンをアイスに突っ込み、一口サイズ掬った。

 

「暁、目を閉じて、口を開けてください」

 

 すると指示通りに目を閉じて口を開ける暁。

 バカめ……俺が暁の口に入れようとしているのはアイスではなく、俺用に辛く調整されたカレーだ。

 間宮さんに絶対に残すなって言われたんだけど、こんなに美味しいイベントがあるならと一口残しておいて正解だったぜ。因みに主犯格は響だ。やるじゃないか。

 近くで見ていた妹三人(暁型)を手招きで呼ぶ。電だけだよ心配してるのはさ……。

 

あ~ん……ガフッ!? 辛っ……ゴホッ……み、水ッ!」

 

 そこにアイスがあるじゃろ? 面白い物を見せて貰ったお礼に置いておくよ。

 あ~お腹いっぱいだぜ。

 

「スチュワートさんって実は二人いたりするのです?」

 

「仕事の時以外はこんなもんですよ。ねぇ、雷?」

 

 逆になんで常に真面目で居る必要があるんだ? 疲れるだけじゃん。

 

「……そうね!」

 

「あーあー……酷い顔だよ暁。ほら、アイス食べて落ち着こうか」

 

 微笑ましい子供たちの騒ぎを背に受けながら、食器を片付ける。

 暁にカプサイシンの魅力を伝えられる日は遠そうだ……。

 

 

 

 

 

 執務室で、いきなり座れと言われて用意されていた椅子に座る。

 机には荒潮が冷たい麦茶を出して、そのまま提督の隣に座った。……大潮が書類と睨めっこをしてるから手伝ってやれよ……。

 

「佐世保から演習……というか、小規模な交流が申し込まれた」

 

「はい……どうして受けたんですか?」

 

「今回の交流は田代前提督のアイデアだ。消費する資材は全部彼方(あちら)が持ってくれるそうだ」

 

「……」

 

 あの提督は相変わらずエスパー染みたことを……つまりは「持て余し気味の戦艦とかを連れてきても構わない」ってことだろう。助かるなぁ……。

 

「それと、佐世保の新提督は私の同期でね……私も彼方に行こうと思っているよ」

 

「そうですか……演習に行くのは誰でしょう? それと、提督も行くってことは緊急時のマニュアルは既にあるんですよね?」

 

「……」

 

 無いのかよ……。

 

「出来れば今日中に私以外にも演習に行かせるメンバーには声を掛けてくださいね。それと……マニュアルは後で大淀さんと話し合ってください」

 

 提督の言葉を待たずに失礼しますとだけ言って席を立つ。

 

「あら~、提督、フラれちゃったわね~」

 

 いいぞ荒潮、もっと言ってやれ。

 

「でも」

 

 外に出ようとしたら腕を掴まれた。

 

「大潮姉さんだけじゃあ書類が片付きそうにないの~。優しいスチュワートさんはモチロン、手伝ってくれるわよね?」

 

「……はい」

 

 断れねぇ……。

 

 結局、いつもの十分の一くらいの量だったけど書類を処理することになった。

 大潮が信じられないものを見るような目で俺を見て、荒潮が大潮を煽り、提督が苦笑いしていたことは覚えている。

 それと、荒潮は提督の自室で寝ずの番をしたがっていた。その際、拒否する提督との攻防は見てて面白かった。

 遂に提督が折れたかと思ったら「冗談よ~? ま、さ、か、本気にしてた? ウフフフフ……」なんて……イイ性格してるじゃん。

 

 

 

 

 

 イカレたメンバー紹介するぜ!

 

「スチュワート」

 

「はい」

 

 最近『艦これ』の(CV)と、今目の前にいる艦娘の声が同一なのか考えて宇宙を見た俺!

 昨日のうちに提督に行くって言っといたから、まぁ選ばれるだろうとは思っていた。何せ俺の古巣? なんだ。この提督だったら連れて行くだろうとは思ったよ。

 そして今回は普通の艤装を持っていくことにした。盾に慣れ過ぎて、万が一盾がダメになった時に普通の艤装が使えませんでは話にならないと思ったからだ!

 

「瑞鶴」

 

「はい」

 

 爆撃魔の瑞鶴さん!

 佐世保が色々と負担してくれるって言うから、思い切った提督が正規空母を動かしたぜ! これで赤城さんも怖くねぇな! でも最近来た新人だから戦力としてカウントして良いかは微妙なところだ!

 

「高雄」

 

「はい」

 

 今日の朝一で建造された新人、高雄さん!

 いきなり演習だなんてツいてるのかツいてないのか分からない運の持ち主だ! 戦艦を投入するかでチキった提督が救いはここにあったと言わんばかりに即決された可哀想な人でもある!

 

「千歳、千代田」

 

「「はい!」」

 

 その……何? 水上機母艦とか言う微妙によく分かんない艦種の姉妹!

 気が付いたら食堂でお酒を飲んでるから、俺の中でアル中の疑惑がある千歳さん!

 そしてその姉にたいして誰が見てもベッタリなシスコン、千代田さん!

 二人も一週間前には居なかった新人だ!

 

「神風」

 

「はい!」

 

 綺麗な新人、神風!

 大正ロマン溢れる美しい服装が特徴的だ! きっと懐には護身用の小刀を仕込んでいるに違いない!

 

「以上六名に、私が付いていく」

 

 最後に我らが提督!

 新米提督として、佐世保に居る田代提督と色々と教わるという、向上心のある男だ!

 

 ……新人ばっかりじゃねぇか!?

 

 大丈夫かコレ……

 




ドキッ!? 新人だらけの佐世保演習!
ちなみに主人公は一般的な装備です。

暁は
①基本的に無知シチュ (和む)
にわか知識(ちょっとしたこと)でイキる (微笑ましい)
③弄られる      (カワイイ)
 がワンセットで非常にお得!
 異論は認めます。

次:7/4〜5 ……しばらくお待ち下さい……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

演習前の時間

95話です。

演習回……なんだけど……
演習が……始まらないッ!


「本日はにょろ……よろしくお願いします!」

 

 久しぶりに佐世保に来た。

 初めての演習がアウェーだということもあって、目の前で大ベテランの田代前提督に挨拶してる提督は緊張のあまりガチガチになって噛んでいた。

 ……分かるぜその気持ち。

 

 俺は面白くて少しニヤついていた。

 

「ああ、こちらこそよろしく。……到着したばかりでいきなり演習を始めるのも(せわ)しいし、アイス……なんだっけ?」

 

 田代前提督が俺の方に視線を投げかけてくる。

 

「アイスブレイクですね」

 

「そう。アイスブレイクを挟もうか。後ろの子達も随分緊張してるみたいだし、悪くは無いと思うんだが……どうかな?」

 

「……そうしていただけると助かります」

 

 提督が俺たちの方を振り返ってから答えた。俺の隣には、提督と同じくらいかそれ以上にカチカチになっている五人が居る。

 田代前提督はエスパー染みた能力は観察力が~とか言ってたけど、隣の五人は俺が見ても丸わかりなくらい固まっている。千歳さんなんかは押したらそのまま倒れそうなんだけど……生きてる?

 

 提督は緊張から、だけど、ここまで艦娘が固まるのは緊張……もあるだろうけど一番の理由は、田代前提督の背後に居る大量の艦娘。

 遠征とか出撃で居ない面々も居るだろうにそれでも警備府よりもずっと多い。俺も前まで居たとはいえ。気圧されるなぁ……特に先頭で凄まじい圧! を発している長門さんには。

 そんな険しい顔で俺をガン見しないで……。視線で死ぬ! 視線で死んじゃうから!

 

「そうだな……一時間もあれば、緊張も良い感じに解れるだろう」

 

「何から何までありがとうございます……」

 

「なに、困った時はお互い様だ。それでは、解散! 午前十時(ヒトマルマルマル)に演習を始める!

 

 話が終わったらしい。提督達が神風と、旗風を連れて建物の中に入っていった。

 残された艦娘達の方を向く。目があったら小さく手を振ってくれる人も居るけど、今日は演習。胸を借りるつもりだし、挨拶はしっかりしておこう。

 

「今日はよろしくお願いします」

 

「「「よろしくお願いします!」」」

 

 そう言って頭を下げる俺と、続く後ろの四人。

 

―――コツコツコツコツ

 

 ん? 誰かが凄い速さで俺の方に歩いてくる……?

 

 誰だろうと顔を上げようとした。……その時。

 

 ゴッ……

 

い゛っ!? ……あぇ?」

 

 頭に強い衝撃を受けてヤバめの痛みを感じてから、急に視界が歪んで傾き始めだんだん視界が狭くなって……最後に視界が真っ暗になって意識も失った。

 

 

 

 

 

▼――――――――――

 

 さっきからすっごい睨んでた佐世保の長門が、頭を下げたスチュワートの頭に握った拳を振り下ろした。

 

「ちょっ……!」

 

痛い!

 

 隣の高雄が目を閉じて顔を背ける。

 

 鈍い音が私のところまで聞こえてくる。痛そ~……思わず顔が歪む。

 正面に居る佐世保の人達も、目を見開いて固まってたり、目を背けたり、瞑ったりしている。

 

「い゛っ!?」

 

 そんな断末魔を上げて、ドサリ……と地面に倒れたスチュワート。

 

 ……はい?

 突然の事で、脳が理解を拒んでいたみたい。落ち着いて~……うん。

 

 

 

 挨拶をしたスチュワートが、いきなり思いっきり殴られた。

 

 

 

 ……。

 

 

 

「ち、ちょっと! アンタ何やって!?」

 

 

 

「この……馬鹿ものぉおおおお!」

 

「「ヒッ……」」

 

お前があんな無茶をしたと聴いた時の私たちの気持ちが分かるか!? 胸が潰れそうな思いだったんだぞ! それなのにお前ときたら……偶々出撃したりして、一度も顔を合わせられなかったのは出向して居ないのを除けば私だけなんだぞ!?」

 

 倒れたまま動かないスチュワートに向かって捲し立てる長門。

 ……しかもよく内容を聞いたら……ただの八つ当たりじゃない。

 

 でも、ここまで言わせる何かをスチュワートは実際にやったことがある訳で……ちょっと気になるなぁ。

 

 それはそうと……

 

「ちょっと! いきなり殴るなんてことはないじゃない!」

 

 長門の行動はあまりにも非常識だ。

 

うるさい……っ! ……申し訳ない。取り乱した」

 

「全くよ……それに、スチュワートはアンタの言葉、多分聞こえてないわよ」

 

 倒れた時から動いてないスチュワートの近くに寄って、揺すってみたけどピクリともしない。

 仕方が無いから医務室を借りなきゃ……あぁ、重た……くない?

 

私が運んでいこう!

 

「あっ、ちょっと!」

 

 長門がスチュワートをヒョイと担いで、凄い勢いで去っていった……。

 

「……なんなのよ」

 

夕張さんを連れてきました!

 

大丈夫ですか!?

 

 高雄と佐世保の大淀が、まだ状況に付いていけてない集団を掻き分けてやってきた。

 

ごなんなさい! 通して~! あれ!? スーちゃんが居ない!?」

 

「……長門さんが持って行ったよ!」

 

ええっ!? すれ違いとか……もぉ~っ!」

 

 そして、嵐のように去っていった……

 

 

 

 

 

 

 

「スチュワートさんは、夕張さんに任せておけば大丈夫でしょう。……先程は長門さんが申し訳ない事をしました……。お許しください」

 

「いや、それは本人に言いなさいよ……」

 

 多分スチュワートは「大丈夫大丈夫」とか言って笑って許すんだろうな~。提督には厳しいけど、私達艦娘には優しいって噂を聞いたし。

 

「……改めまして……本日の演習、よろしくお願いします」

 

あっ……こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 大淀に挨拶をすると、ずいっと赤城が前に出て来た。

 

「お待ちしておりました。さぁ、緊張を解す為にも瑞鶴さん、一緒に弓道場に行きましょう」

 

 そう言われて、背中を押される。

 ……なんて力なの!? 全然抵抗できない!

 

「ちょっと! 助け……」

 

 このままではどうなるか分かったもんじゃない。

 助けを求めようと残った三人の方を見ると……高雄は高雄型とお話してるし、千歳と千代田は見つからない。

 

 ……助けがない!

 

 そう直感したけど、ドンドンと押されるだけだった。

 

「うふふ……こんなに抵抗しない瑞鶴さんは新鮮ね♪」

 

 抵抗してるんだけど効果が無いの! 無抵抗じゃ……

 

「え……?」

 

 ……ちょっと!? 本当に弓道場に向かってるの!? 知らない場所で一人だけとか嫌だ! ちょっと!?

 

「さぁ、加賀さんも待ってますよ」

 

「え!? 嫌ーーーっ!

 

▲――――――――――

 

 

 

 ……ん?

 

 あれ、俺はいつの間に横になって……。

 

ヤバい!?

 

うわぁっ!?

 

 何事!?

 って夕張さんじゃん。久しぶりに見たぁ……。

 

スチュワート!

 

「!? お久しぶりです……長門さん? 何してるんですか?」

 

 なんで頭下げてんの? 俺が工廠の医務室にテレポートしたことに関係が?

 

本っ当に申し訳ない!

 

「……は?」

 

 聞けば例の一件の後、長門さんに会わなかったことが原因で長門さんが心配やら何やらを拗らせたらしく、俺を見た時に爆発したらしい。

 

 俺にも非はあるみたいだったから、互いに謝ってこの話題を終わらせる。

 

 気絶して、長門さんと話してる間にも時計はサボったりしてないらしかったので、演習に行くためにベッドから降りる。……うん、フラついたりはしない。健康だ。

 

「……それじゃあ、演習あるので行きますね」

 

「ああ、頑張れよ」

 

「演習終わったらまた来て! お喋りしよう!」

 

 一応他所の艦娘(仮想敵)なのに応援してくれる長門さんと、妙にフレンドリーな夕張さんに頭を下げる。

 

「……」

 

 ……オモシレーこと思いついた。

 

「その時はその時で……こっちにも話のタネはありますよ。夕張お姉さん?」

 

「……!? ッ……」

 

 俺の姉呼びの冗談(思いつき)を受けた夕張さんがポカンとした後に、慌てて上を向いた。

 

 多分鼻血か何かだろうけど……まぁ、そんなこともあるだろう。

 

 工廠から出ていく。

 後ろから「待って!」とか「夕張、貴様ァ!」とか聞こえるけど、俺は演習に行かなきゃいけないんだ! (イカ)れる長門さんに付き合ってる場合じゃない!

 

 

 

 

 

 

 

「来たみたいよ、千歳お姉!」

 

「待ってたわ」

 

「お待たせしました……」

 

 集合場所に向かうと、真っ先に千代田さんが気付いた。

 警備府の面々が待ってたなんて言いながら出迎えてくれる。

 瑞鶴さんは既にゲッソリしてるけど、大丈夫かよ……。

 

「……それで、お相手さんの方がどちらに?」

 

 そう訊くと、気まずそうな顔をしながら全員が顔を逸らす。

 

 ……え? 嫌な予感しかしないんだけど……。

 

「えっと……あの人達なんだけど……」

 

 言われて、指された方を見ると……。

 

「旗風、島風、千歳さん、千代田さん、鳥海さん、……加賀さん!?」

 

 え? 何この無理ゲー。

 それと、旗風も俺の方めっちゃ見てるし怖いんだけど?

 

 

 

 千歳型が三分の一を占める演習が始まろうとしていた。

 




主人公 とくせい:いたずらごころ

姉の波動に目覚めた夕張。

ながもんの電波を受信した長門。

弓道場で ※自主規制※ た瑞鶴。

次こそ、演習回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

盾の駆逐艦

96話です。

五月雨、張り切り過ぎないで……?

夕立ィ、ステイ! ゴーホーム!


「さてどうすっかな……」

 

 目の前には旗風。

 赤城さんや戦艦レ級も相手にした俺ならやれると思ってたけど……実際のところ、なかなか決着が付かないでいた。

 

 たかが駆逐艦と心の何処かで侮り、油断してたことは認める。

 そうじゃなくても、きっと俺よりも余程長い間艦娘をやってる先輩で、俺とは違って遠征や演習の回数も多いに違いない。間違っても油断なんてしていい相手じゃない。

 

じゃなくって……」

 

 演習で手を抜くなんて全力で相手をしている人に対する侮辱だ。

 レ級みたいにせめて舐めプし続けてくれよ~なんて思わせるような戦力差はきっとないだろう。

 

「面倒くさいことになったなぁ……」

 

 時間は、演習開始直後まで巻き戻る。

 

 

 

 

 

 

 俺と旗風はやっぱり、少し離れた場所まで来ていた。

 

どうして……

 

 旗風が呟いたのを、俺の耳が捉えた。

 「どうして」って……何が?

 

持ってないのですか、盾を……

 

「お、置いてきたモンはしょうがないじゃん!

 

 反射的にそう返す。今から盾を召喚なんて出来る訳ないだろファンタジーじゃあるまいし。

 盾を持ってこいって言われたら持って行ったさ!

 

盾の使い方を教えて頂こうとしたんですけれど……残念です……

 

ん? ……は?」

 

 なんかおかしいこと言わなかった?

 

「え? 盾って何……」

 

 俺がそう呟くと、緩やかに近づいていた旗風が「信じられない!」って顔をした。

 

「スチュワートさんが私に教えてくれたではありませんか。強くなるには~―――」

 

 旗風が話し始める。内容は、いつぞや遠征に行った時に、俺が旗風に贈った言葉を旗風は真剣に捉えて、俺みたいに盾を扱い始めたってことらしい。

 なるほどね。盾を使う先輩としての俺を期待してたのに実際は普通の艤装で来たから、演習前におこ()だった訳ね。憧れ? の先輩が長所を放り捨ててました~では「は?」ってなるのも頷ける。

 

 その旗風は、犬がとっておきの玩具を自慢するように大きな盾を持って来ていた。

 

「えっと、目標にしてくれたことは嬉しいんですけど……その盾はどこから?」

 

 まさか俺に付いてきた偉そうな妖精さんみたいな変態技術者的な妖精さんが他にも居るとは思えないし……それに旗風にはイメージ的にもミスマッチな可愛げのカケラも無いやたらと歪な盾。

 だからこそ俺はその盾の出所が気になってしょうがなかった。

 

 

 元々の形は “U”の字に近かったんだろうけど、上部を溶接でもしたのか “O” の字のイマイチ防御力があるかどうかわからない盾だ。真ん中弱くね?

 

「これは戦艦ル級が持ってた艤装です。明石さんと夕張さんに頼んで、私に合わせてくださったのです。……スチュワートさん、強くなる道を探すとは……こういったことですよね?」

 

 そう、満足げに盾を構える旗風。

 

 これは……やっちまったなぁ……。

 まさか俺の言葉で旗風が道を間違えてしまったらしい。

 

「……。ええ……」

 

 でも、弱いと感じたら元に戻せば良いって言った記憶あるし……戻してないってことは、旗風自身も満足してるってことだろう。

 だからちょっと後悔はしてるし、旗風には悪い事をしたとは思うけど……曖昧な返事で誤魔化すしかない。

 

 ……後で佐世保と警備府のダブル神風から怒られそうだ……。

 

―――ブゥウウウン……

 

 艦載機の音が遠くで響いている。

 

「演習の時間が勿体ないですね……」

 

「……ソウデスネ。……じゃあ旗風は旗風の課題を意識していきましょう。私は、防御の硬い相手に対する攻撃を意識してみすね」

 

「はい! お願いします!」

 

 ……お願いしますはこっちのセリフなんだけど……まぁ、香取さんを意識して、ちょっと余裕が出来たらあれやこれや変なことしてみても良いかもしれない。

 

 

 

 

 

「チッ……あ゛~……ダリィ

 

 流石は高回避に高防御を足した変態構成(ビルド)。俺が真正面からぶつかっても意味は無かったか……。

 たった今何発か撃った砲撃も全て有効打にはならなかったし……メタルス〇イム殴ってる気分だ。

 

―――バン!

 

 旗風からの砲撃。微妙に狙いが甘いってこともあって避けやすかった。

 だけど、避けた先にはいつの間に設置されたのか機雷があって、水中で爆発したらしく足元が崩されたのには焦った。こういうのは経験の差か? 相当テクニカルだよコレ……

 

 それと、旗風の盾は “O” 字の盾の真ん中に砲を突っ込むことで隙間が埋まるようになっていた。それを両手で持つらしい。……やっぱり盾、大きすぎない? もうちょっと削ってもらったらどうかな?

 それと、盾がデカいだけあって防御力がヤバい。仮に俺もこんな感じだったとしたら、真正面から艦載機で力押ししてきた赤城さんはやっぱりヤバい。制圧力って正義なんだね……。

 

「っと……そうじゃない……」

 

 問題はこの防御を前にして、俺に有効打が存在しないことだ。

 

 なにかいい案は……。

 

「……せや!

 

 思いついた! こういった時に思いつけるとかやっぱり天才だな俺。

 

 

 盾が意味を為さない程の至近距離で、盾の内側に砲身を捻じ込んでから発砲する。

 赤城さんが俺の盾の内側ともいえる部分に艦載機を使って爆雷を捻じ込んできたときと同じようなことをする。

 いかに外側が頑丈でも内側まで頑丈なものはそう多くはない。内側に弱い部分があるから、外を固めて守るのだ。

 

「……いや」

 

 絵面が俺の倫理観的にアウトだからコレは止めておこう。

 なんか……旗風の服とかに砲身を引っかけたりしたら俺が羞恥でフリーズする(隙だらけになる)

 

 ……大分前にイ級相手にやった目隠し戦法。コレを使おう。

 盾を構えて、攻撃を弾いた時に視界が悪いのは盾を使ったことがある俺が身をもって知っている。あとは魚雷が微妙にホーミングすることを利用して、左右から攻める!

 

 コレだ。

 

 思いついたら即実践。いざぁ……

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

さ、流石です……

 

 互いに肩で息をしながら睨み合う。

 

 旗風をまだ K.O 出来ていないから、俺の作戦は失敗に終わったと言えるだろう。その代わりと言ってはアレだが、やはり盾持ちの宿命……攻撃力の不足が旗風にもあった。

 

 俺は偶々の被弾があって小破と言った具合で、旗風の方も無理やり隙間にブチ込んだ魚雷で小破。つまり、互いに疲労はしているがまだまだ元気だということだ。

 

 そして俺は、失敗したことを延々と繰り返すほど馬鹿ではないつもりだ。当然旗風だって、決着が付かないなんて嫌だろう。

 俺はそろそろ仕掛けたいし、旗風も勝負に出るならあと少しってところか?

 

 

 

「う~ん……」

 

 旗風の盾が砲身と合体するようになってるなら、分離させれば良いってことにさっき気が付いた。

 多分砲身に魚雷を当て続けたら、砲身と盾の噛み合わせがズレて盾部分がモ〇ハンの部位破壊よろしくポロッ……と外れるだろう。

 そうなったらあとはドーナツシールドのド真ん中を撃てば決着が付くんだろうけど……。

 

「故意に艤装は壊したくないなぁ……」

 

 勝ち負けと、旗風の盾を天秤に掛ける。

 

 ……

 

負けてもいいか……

 

「いえっ、駄目です!」

 

「!?」

 

 俺の呟きは聴こえなかった筈では!?

 まさかとは思うけど、読唇術を身に着けている……?

 

「本当に流石、です……でも、負けません。大丈夫です!」

 

 ……微妙にかみ合ってないな? 他の人と通信でもしてるのかな?

 

 こうして待ってるのも詰まんないし、ちょっと屈伸でもして身体ほぐそうかな……

 

 

 

ガクッ

 

 

 

ハァッ!?

 

 視界が急に傾いて、同じくらい上半身も傾いた。伸ばしきれない左膝が曲がる。

 

 ……右足が無くなった!?

 

 そう思ったが、水中に入っただけだったらしい。落とし穴に落ちた感じだ。

 何これぇ!? 艤装の故障? それとも何!?

 

 一瞬の間に様々な予想や考えが浮かんでくるが、左足一本では崩れたバランスを立て直すなんて到底不可能。

 

 海面がどんどん近づいてきて……

 

 派手に水飛沫が上がった。

 

 




旗風……主人公の言うことを聞いたばっかりに……。
しっかり耐えつつ設置技で削るタイプのテクニシャン旗風でした。

主人公は小破です。
いつか主人公を大破とか轟沈もさせてみたいですね。

※主人公が盾を持っていた場合
 魚雷を足元に複数発射 → 盾を下に構える → 爆発の勢いで……
「飛んだーーッ!?」「これが……航空駆逐艦……」

なんて変態挙動をしたかも……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

気を抜く

97話です。

沢山の誤字脱字報告に圧倒的感謝ッ!
どうして誤字は自分では気が付かないんでしょう……?


世間は七夕!
近所の小学校で書いたと思われる短冊(落ちてた)に「少子高れい化社会からの脱出」って書いてあって衝撃を受けました。

天の川? 空を見上げても見えるのは曇天と雨だけですねぇ……。



 派手に水飛沫が上がる音がする。

 

 手をつくことが出来る体勢では無かった。万歳みたいな体勢でうつ伏せに海面に倒れたから腹と顔、鼻が痛い。

 仰向けになるように体制を整える。どういう訳か右足は沈んだままだけど……艤装なんて背負っておきながら、海底に落ちていかないのはやっぱり艦娘っていう不思議生物? だと思う。

 

 あ、左足も沈んだ。

 

「……(イテ)ぇ……」

 

スチュワートさん! 大丈夫ですか!?

 

 あらら……通信していた旗風が俺の方に来ちゃったみたいだ。

 

 ダメじゃないか……俺がそういう “フリ” をしてたらいいカモだぞ……間違いなく香取さんならやる。俺はやられた。

 まぁ、動けなくなった時点で決着は付いたし……

 

「あー……大丈夫ですよぉ~

 

 取り敢えず、緊急でピンチなヤバさはないですって感じの間延びした返事をしておいた。

 

 

 

 

 

「燃料切れ?」

 

「はい。よく加減を知らない新人……いえっ! スチュワートさんが新人だなんて……」

 

 なるほどなるほど……燃料は使い切ると動けなくなると。

 燃料が尽きても動ける軍艦とかがあったら燃料革命だし、流石に補給無しでは戦えないんだね……。

 そしてそれをやらかすのは加減を知らない(バカな)新人だけと。なんかショック……。

 

「まぁ、間違っちゃ居ないですね……それっ!」

 

「あっ!」

 

 ―――ポンッ ポンッ

 

「「……」」

 

 最後に旗風に向かって砲を向けるもパスパスと、弱い空気砲しか出てこない。

 仮に弾が数発撃てたところで大したダメージにはならないだろう。……ビックリした?

 

「ハハハ……」

 

 どうやら完全に弾切れ、燃料切れらしい。

 

「降参ですぅ~」

 

「……」

 

 仰向けのまま、両手を上げるジェスチャーと共に降参する。っていうか、降参せざるを得ない。

 確か戦争中だったら、動けないやつは死ね! って感じだったんだっけ? 捕まる位なら……って感じで。

 

 ……ちょっと旗風さん!? なんでそんなふくれっ面!? おこなの? 俺、マジで動けない! 全力でやった! 舐めプしてない! 止めはヤメテ!

 

 必死の顔芸が通じたのか、小さく溜息を吐いてから手を差し伸べてくれた。

 旗風の手を借りて立ち上がる。うん、手を引いてもらってる間はしっかり海面上を動けるらしい。

 

「……スチュワートさんが最後らしいですよ」

 

「ありがとうございます。……そりゃあ、ねぇ?」

 

 他の人たちは建造から一週間と経ってないから、佐世保の人たちが良い感じに教材になったら終了。対して俺たちは互いに有効打が無い、遅延に遅延を重ねたんだ。そら最後になるわ。

 

「旗風は何か学べましたか?」

 

 恐らく、旗風だけは “教える” のではなく “教わる” を意識していたんだろう。……盾を持ってこなくて本当に申し訳ない……。

 

「はい、とても有意義な時間になりました。ありがとうございます」

 

「どういたしまして? ……それと機雷の使い方、凄いですね。是非とも教えて頂きたいです」

 

「いえっ! あれは偶然で―――」

 

 演習の反省、課題、感想を言い合いながら鎮守府に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様!」

 

「あら、遅かったじゃない」

 

 鎮守府に戻ったところを出迎えてくれたのは、神風と……加賀さんだった。

 神風が旗風に話しかけ、俺の方には加賀さんが来た。

 

「加賀さん、初めましてです。スチュワートです」

 

「加賀よ。貴女の事は赤城さんから聴いているわ」

 

「……因みにどんなことを?」

 

「そうね……いつか、貴女とはやり合ってみたいわね」

 

 それだけ言って去っていった。

 

「……」

 

 ……赤城さんは加賀さんになんて言ったんだ?

 

「―――~ですよね、スチュワートさん」

 

「えっ!? ハイ」

 

 いつの間にか、後ろから肩に手を置かれていた。

 勢いよく振り返ると、鳥海さんと高雄さんが居た。……で、適当に返事しちゃったけど……

 

「なんて言ったんですか? もう一度言ってくれませんか?」

 

「佐世保の、私達の危機を救ってくれた凄い人って、高雄さんに説明を……」

 

 ええ……何してんの……

 

「……詳細は言ってないですよね?」

 

「勿論です。でも、救ってくれたのは本当じゃないですか」

 

 そりゃあ詳細なんて言わないよな。あと、照れるからそんなに広めないで欲しい。

 

「本当ですか?」

 

「まぁ……誇張はされてると思いますが……」

 

「なんということ……! 鎮守府を救うだなんて、凄いのね!」

 

「凄いことはしてないので……あと、この話は広めないようにお願いします……。出来れば忘れていただきたいですね」

 

「……ダメよ

 

「えっ」

 

「凄い事をした人は、それに合った評価を。もっと褒められて良いと思うわ」

 

「……褒められることはしてないんですよ

 

 なんか広めそうな雰囲気を出してたから、ボソッと聞こえるくらいの大きさで呟き、意識的にジットリした眼で高雄さんを見る。

 あんなものは知らない人は知るときまでは知らないままでいいんだ。

 

「……分かったわ」

 

 雰囲気で察してくれたらしい。いい人だなぁ。

 

「……こんな話題は置いておきましょう? スチュワートさんはどうだった? あの子(旗風)、最近頑張ってるのよ」

 

「ええ。見事にやられちゃいましたね……」

 

 

 

 それからは、戻ってきた千歳型も含めての感想の言い合いだった。

 やっぱりベテラン、強い人からは色々と学べたらしい。

 

 瑞鶴さんはもうちょっと素直になろうよ……尊敬はしてるけど、それとは別にライバル意識もあるなんて俺には難しくて分かんない。

 

 ……千代田さんは、相手の千代田さんの事にも触れてあげて? なんで千歳さんの感想しか出てこないの? 流石に可哀想なんだけど……。

 

 神風は……。何やってんだ島風ェ! 鬼ごっことか……自由過ぎるわ! 健気にも乗ってしまったらしい神風は悔しそうで涙目だ。……全面的に相手が悪い。

 

 千歳さんと高雄さんが俺的に一番普通(まとも)だった。

 ……演習の内容自体は神風以外はみんな同じくらいだと思うんだけど……話し方って大事だなぁ……。

 

 

 

 

 

「みんなお疲れ様」

 

 感想を言い合っていたら、田代前提督が声を掛けてきた。

 

 その声を聞いて、佐世保の人たちの口元が若干緩む。好かれてんなぁ……。

 そして、後ろには提督と……同年代くらいの男も居た。

 

 

初めましてだ! 俺は梅木 塁。新しい佐世保の提督だ。よろしく!」

 

「「「よろしくお願いします」」」

「……」

 

 えぇ……ナニコレ? 

 大きくてハキハキした声、捲った服から見える腕は筋肉で太い。

 身長も大きく、浅黒く焼けた肌と、相対的に真っ白に輝く歯。

 

 ……完全に陽の者ですね。 近寄らないで貰えます? 灰になる。

 

とても……ユニークな提督ですね?

 

やっぱりそう思います? でも悪い人ではないのよ? ちょっと活発すぎるけど、仕事はしっかりしてるみたいだし

 

いいですね~。 それはそれで楽しそうで。ウチの提督なんて―――

 

 それからは、みんなの前で喋る筋肉を完全に無視して鳥海さんとお喋りしてた。

 

 (大湊の提督は、午前中で仕事を終わらせるの……? 凄く優秀じゃない。スチュワートさんは何が不満なのかしら?)

 

 

 

 

 

「お疲れ様。……各自、課題や目標は見つかったかい?」

 

 昼食前。用意された一室で皆とのんびりしてたら提督が入って来た。皆はしっかり目的を果たせたらしいけど……そんな提督はどう?

 ちゃんと田代前提督から色々と教えて貰ったんだよね? まさか涼しい部屋で茶をしばいてただけとか言わないよな?

 

 おい、何故俺の方に視線を寄越さない。

 

「……午後にもう一回の予定だから、それまでしっかり休んでくれ」

 

 了解、と全員が答えて、それを聴いた提督が部屋から出ていった。

 

 演習が終わったら工廠に来てって夕張さんに言われてたけど……昼食挟んで、ちょっと休んでまた演習。……全部終わってから行こう。

 

 それはそうと、この前シュークリームを投げて来た生意気なウサギ(卯月)には、しっかりとお礼をしないといけないなぁ……。

 




船は燃料が無くなったら動けなくなる。
それとは別に、艦娘は腹が減ったら動けなくなる。
メリットがあれば、デメリットもある。……そう信じてる某、【ご都合主義】侍に候!


「ほら、卯月にプレゼントの温麺(うーめん)です。いい色でしょう? 卯月の髪の色にそっくりにしましたよ」

「ッ……! (逃げられないぴょん……)」


次は7/11予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

台風の目が一番騒がしい

98話です。

色々と滅茶苦茶を詰め込んだカオス回です。

次回はちょっと真面目にやりますので、今回はこれで許して……


 食べ物で遊んだ卯月に、唐辛子をこれでもかと練りこんだ温麺(うーめん)で後悔させた。

 ごめんなさいしたところで、普通のデザートを渡そうとしたら「チョロいぴょん」とか言ってきたから、隣に居た如月にデザートを渡した。

 

 プップー! と騒ぐ卯月から残りの温麺を取り上げて顔色一つ変えずに残りを食べ切った弥生には同士の波動を感じたね。……山椒とか花椒って好き? 普通? そう……。

 

 

 

 

 

「午後にもう一度と言ったが、個人の自由らしい。瑞鶴たちには参加させるつもりだけど、スチュワートは参加しないならしないで大丈夫だ」

 

 食堂を出たところには提督が待ち構えていた。

 俺を確認すると、午後の演習に俺は参加しなくてもいいという旨を伝えられる。

 

「代わりに何をすれば良いんですか?」

 

「スチュワートにとってここは古巣だろう? 交流とかで楽しむのも良いと―――」

 

お断りします

 

 どうせ午後の演習の後には多少の自由時間が生まれるだろうし、お喋りとかはその時間だけでも十分だ。それに……

 

 

「神風たちが演習してるのに私だけのんびりしてるなんて、人間性が疑われると思うんですよね」

 

「スチュワートがそれで良いなら……」

 

 ちょっとだけ目を伏せた提督。

 ……これはアレだ。苛められてる生徒に「大丈夫」って言われた時の委員長タイプの人の反応に似てる。

 

 誰がボッチじゃい!

 

「そんなことよりも、瑞鶴さんに声を掛けたほうが良いのでは? 大分ゲッソリしてましたし」

 

「……分かった」

 

「はい、演習にはしっかり参加するので安心してください」

 

「! 赤城さ~ん!

 

「「うわっ」」

 

 近くで聞き耳を立ててたんだろう。中腰で手を耳に当ててる姿勢の吹雪が、俺の参加する発言を聞いた途端に大声を出してビックリ……いや待て、誰呼んだ?

 

スチュワートさんも参加するみたいですよぉー!

 

 ほらね? 仮に嫌われ者ならこういったことにはならずに、それこそボッチになるっての。

 だから俺の事は放っておいてくれ。

 

 それはそうと、吹雪は何やってくれたんだよ……赤城さんを呼ぶ(ラスボス召喚)とか冗談だよな? 何で食堂から赤城さんの他にも旗風、夕立……他にも出てくるの!?

 

「それじゃあ瑞鶴さんをお願いしますね!」

 

 ここは三十六計逃げるに如かずッ!

 

 

 

 

 

 

 

 盾も持ってないのに空母の相手なんてしてられるか! 赤城さんの後ろに加賀さんが居たのを俺は見逃してないぞ! なんでたかが一駆逐艦の為に一航戦が出てくるのか、コレガワカラナイ。

 

「……腕試し?」

 

「はい。赤城さんが随分とスチュワートさんにご執心なので、綾波も興味が出てしまいまして……」

 

 場所は食堂の裏手。人目に付かない場所で休んでいたら綾波が話しかけて来た。何が恥ずかしいのか、俺の方をチラチラ見てくる様からは想像できないけど……聞いたことがある。

 綾波って滅茶苦茶な戦果を叩きだした伝説の(スーパー)駆逐艦なんだってね。そんなの相手にしてたら一般人B! みたいな俺は秒で死ねる。だから

 

「折角ですけど、ご遠慮させてもらいま……

 

 遠慮の言葉を出した瞬間、綾波が笑顔のまま固まった。

 

「うふふ。こう見えて、狙った獲物は逃がさないんですよ♪」

 

「ヒエッ」

 

 畜生、鬼が増えた!

 ヌッと伸びて来た腕を咄嗟の判断で逸らす。……ありがとう神州丸師匠(センセイ)! お陰でまだ捕まってない!

 

 ギャーギャー騒ぎながら、佐世保鎮守府で鬼ごっこが再開される。

 

 ……俺って人気者だと思わない? 何せいつの間にか俺を撃沈させたら間宮羊羹三本とか言われてるらしいぜ? ……こんなの指名手配と何が違うってんだ。

 なぁ提督よ。俺はボッチじゃないぞ。だって向こうから勝手に俺の方に来るんだもん。俺の意志に関係なかったとしても独り(ボッチ)じゃないぞ。今はボッチになりたいくらいだ。

 

 

 

 

 

 面白半分で眺めていた武蔵さんからパージされた清霜に捕まり、佐世保で繰り広げられた鬼ごっこが幕を閉じた。

 

 

 俺の受難は終わっていなかった。むしろここからが本番っだったと言っても過言ではない。

 

 清霜に捕まって行動制限が発生してる間に囲まれ……そこからはもうただの演習地獄だった。

 弾や魚雷の補給以外の休みが無く、延々と戦ってた。

 

 割と序盤に旗風の盾を奪ったのは俺にしてはファインプレーだったと思ってる。

 旗風みたいに盾に砲を突っ込んで、わざと砲身を(ひしゃ)げさせる為にそのまま谷風のゴツい艤装に突っ込んだ。

 目論見通り砲身……どころか砲そのものが潰れ、盾の穴が良い感じに埋まったのはラッキーだったと言える。

 

 そこまでは順調だったけど、相手の人数が人数だからなりふり構ってる場合じゃなかった。

 盾でタックルして(シールドバッシュで)ブッ飛ばすなんて当たり前。近寄られたら隙を見ては背負い投げしたり、わざと近寄って同士討ちを誘ったり……。

 

 だけど、物量差の前に俺はあっけなく屈した。

 

四方八方から寄ってくる魚雷の衝撃で僅かながら宙に浮き、そんな隙を逃さない艦載機にやられたところで俺が動けなくなり演習が終了した。

 

 

 

相手の人数が多いから、多少の同士討ちもあったかもしれないけど小破、中破合わせて十三人。大破が一人という成績を残すことが出来た。

 

 派手にぶっ壊れたのは俺の艤装だけ。旗風の盾は、ある程度時間が経っても空母の人達が艦載機を飛ばしてこなかったから誰かに向かってブン投げた。質量が質量だけに相応の破壊力はあっただろう。

 

 そして俺自身は……疲労困憊で動けなかった。

 今は横になっていて、立ち上がることさえ出来ない。

 

 ……どうしてこうなるまで演習をしないといけないんだろうね?

 

 

 

 

 

「―――てなことがありましてぇ……」

 

「大変だったね~。よしよし……」

 

「あの……」

 

 だが、俺の危機は終わっていなかった。

 むしろ今が一番ヤバいまである

 

「これはどういうことですか?」

 

 俺は今、工廠で夕張さんに捕まっていた。

 

 しかもなんと膝枕をされている。……膝枕なんて、小学生低学年の歯磨きなんとかでされたのが最後。しかも、夕張さん……に限らず、モデル顔負けのビジュアルを誇る艦娘にしてもらうとなると、俺の童貞が悲鳴を上げて精神をゴリゴリと削ってくる。

 

 更に頭を撫でられているこの現状。頭を撫でられる度に恥ずかしさのあまり頭が沸いて顔が爆発しそうになる。これがフォースの力? 夕張さんはジェ〇イだった……?

 

 恥ずかしさと恥ずかしさと正気を疑うので精一杯で、頭の中は疑問符と感嘆符で埋め尽くされている。

 一刻も早くこの状況から脱しろと、僅かな理性が訴えかけてくるけど……何故か両手両足を縛られているから、身動きが取れない。

 

「約束通り話したので……放してください」

 

「ダーメ♪ だってスーちゃん、何もしなかったら逃げそうだもん」

 

 そら逃げるよ!? 通報されたら俺が捕まっちゃうってのに、のんびり出来るかぁ!

 

ハァ、様子を見に来れば……夕張さん、何やってるの? スチュワートさん困ってるじゃない」

 

ああ! いいとこ熱っヅ!「あ、由良も一緒にしない? ねっ♪」

 

 誰かが来たことに対して脊髄反射で助けを求めるが、急にペースアップしたナデナデの摩擦熱で言葉を遮られる。ついでに頭が揺られて脳が……脳が震えるッ!

 

「? ……! ……」

 

 現れた第三者(由良さん)に見られたことを碌に働かない頭でようやく理解し、羞恥のあまり俺は無意識のうちに、防衛本能として意識をトリップさせた。

 




・主人公は賞金首。報酬は間宮羊羹三本。
つまりこれから、羊羹を巡るバトルロワイヤルが……?

・トンデモ主人公
「私の盾が……」
「本当に常識外れな戦い方だよ」
「いざ、お手合わせ!」
「かぁーっ! 艤装が滅茶苦茶だ! こいつぁ参った!」

・壊れた夕張
「怪我人は安静にしてなきゃ!」 などと供述しており……

主人公、なんて羨ましい……一回死ね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

来客

99話です。

ちょっと真面目にやりました。
※ちょっとシナリオを進めただけ。

……某戦艦Xのインパクトは凄いと思います。一度見たあの星条旗ヘッズが頭から離れない。



もうちょっと! もうちょっとだけ!

 

夕張さん? あんまり聞き分けが悪いと佐世保の皆さんにご迷惑をおかけすることになりますよ。ね?

 

むぅ……しょがないかぁ

 

 

 

 

 

 肩を揺すられて意識が覚醒する。

 

「ん……あっ!

 

 意識が落ちる直前まで何をされてたかを思い出して飛び起きる。いつの間にか手足の拘束は解かれていた。

 

 

「……夕張さん、ありがとうございました」

 

不服そう!?

 

「至極真っ当な反応だと思うよ……」

 

 由良さんの言う通りだ。手足を縛られて自由を奪われるなんて、ネタじゃなくてガチでされたらドン引きするわ。俺はマゾじゃない筈だから「そういうプレイか!」って喜べない。夕張さんが喜んでたとしてもだ。

 身体の疲れは多少取れたが頭が頭痛でヤバいとしても、動機が微妙に不純だったとしても、決定打が俺の防衛本能だったとしても、寝かしつけてくれたことには変わりない訳で……お礼は言わなきゃいけない。

 

「また来てね!」

 

「機会があったら是非」

 

「夕張さん、嬉しそうですけど……あれ社交辞令だと思いますよ」

 

 うん……夕張さんを姉呼びして揶揄った俺も悪いとは思うけど、流石に拘束はNGだから出来れば御免したい。大湊で夕張さんが建造されたら、揶揄ってもこんな事にならないように祈ろう。

 

 

 

 

 

「戻ったみたいだね。スチュワートにしては随分ゆっくりだったんじゃないかな」

 

「すみません」

 

 ? 提督どしたん? そんな不機嫌そうな顔して言葉に棘を足して……ストレス溜まってんのか? ハゲるぞ?

 

「時間も時間だし、そろそろ警備府に戻ろうと思う」

 

「はい」

 

 今の時間は……ウッソだろ六時半!? 夏至は過ぎたとはいえ明るいから分からなかったぞ……。

 じゃあ俺は気絶してから二時間くらい寝てたってこと? 

 

「千歳と千代田がまだみたいだね。ここに来たら伝えて貰えないか?」

 

「分かりました」

 

 伝えることを伝えた提督が俺たちの荷物が置いてある部屋から出ていく。

 

「……なんで提督があんなに不機嫌そうなのか分かりますか? 神風」

 

「佐世保の新しい司令官がスチュワートさんを佐世保鎮守府の所属になるように……所謂スカウトして、それからかな? 司令官の機嫌がちょっと悪いのは」

 

「ふぅん……チッ

 

 あの筋肉陽キャめ余計なことを……。

 提督も提督で俺のスカウトから機嫌悪いとか、変な思考回路しやがって……俺のやらかしを知ってるなら異動はあり得ないって考えられないのか?

 

「ふぅん……って! 他の鎮守府からスカウトされるって凄い事なのよ? もう少し興味ありそうな返事しなさいよ!」

 

「え~……そんな事言われましても……」

 

 「やめて! 私のために争わないで!」って言うのは少女漫画のヒロインだけで十分だし、俺はそんな事をネタ以外で言いたくはないし、そもそも俺は男色(ホモ)じゃないから対象が野郎ってだけでゴメンだね。

 

 それに……

 

「大湊で全員をお出迎え(建造)するまでは他所に移るつもりはないので」

 

 俺は図鑑コンプを目標にするというポケ〇ンマスターとしての(カルマ)を背負ってるからなぁ……

 

「ちょっと! それって全員揃ったらスチュワートさんは居なくなるってことでしょ? ダメよそんなの。スチュワートさんも居て “全員” なんだから!」

 

「……ありがとうございます」

 

 俺、涙いいっスか? なにこの子……眩しいんだけど。

 

 

ごめんなさい! 遅くなったわ!

 

「新しいアイデアがどんどん浮かんできて……」

 

 千歳さんと千代田さんが戻ってきた。

 

「神風は瑞鶴さんを起こして。高雄さんは提督に伝えてください」

 

「「分かったわ」」

 

 よし、じゃあ戻ろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 警備府よ、私は帰って来た!

 

「いつもお疲れ様で~す」

 

 なんて言って、警備所の人に会釈をする。

 神風たちは他の艦娘たちにお土産とか買ってたから俺は警備所に渡す。

 

「どうぞ、お土産のロールケーキです」

 

「あっ、ご丁寧にどうも……」

 

 報告も何も、今回は提督も現地に行ったから必要ない。代わりに今日の遠征とかの報告を提督が受けているだろう。

 だからちょっと時間が出来た俺は、こうして警備所でお茶をすることが出来る。暇なときにちょくちょく顔を出しているから……ほら、猫舌の俺でも飲みやすい冷たいお茶が出てきた。

 

 今日は特にハプニングは無かったみたいで安心した。半日単位で何かが起こってたらやってられないもんね。

 

 

 

「明石さ~ん! 機雷作ってくだち!」

 

「なんて?」

 

「……伊58のマネです。機雷を作って貰えませんか?」

 

 旗風リスペクトで機雷(設置技)使ってみたくなった俺は明石さんに頭を下げていた。

 旗風に比べて力でゴリ押してる感があってスマートじゃないから、攻撃手段は沢山持ってた方が良いと思って、こうして頭を下げている。俺だって機雷を駆使したカッコイイ立ち回りをしてみたい!

 

「まぁ良いですけど……さっき提督から千歳型の二人の艤装を改装して欲しいって言われまして」

 

 ありゃ。先約が入ってんのか。千代田さんが言ってたアイデアが関係するんだろうな。

 

「どうしてもって言うなら……チラチラ

 

「千歳型の次でいいので……これでどうでしょう?」

 

間宮券! ありがとうございますぅ!」

 

 俺がサッと取り出したソレは間宮券。全員に配られたみたいだけど使い切った人が多く、交渉の切り札になることを俺は知っている。これがホントの食券乱用ってね。

 手もみしながらだらしなく口元を緩める明石さんを見て、苦笑せざるを得ない。

 

「スチュワート、ここに居たのかい」

 

「響……」

 

「提督が呼んでるから付いてきてもらうよ」

 

 つまりは提督が椅子から動けないレベルで酷いことになったと? 面倒だなぁ……。

 

「分かりました……じゃあお願いしますね、明石さん」

 

「はぁ~い!」

 

 ……不安だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ついさっきだが、遠征に出ていた艦隊から連絡があった」

 

「はい」

 

「見たこともない深海棲艦が現れたそうなんだが、どうも様子がおかしいらしい。……スチュワート、行ってくれないか?」

 

 流石に一人で行きたくはない。

 そんなことはさせないだろうけど、相手が何なのかも分からないのに突撃するのは嫌だなぁ……。

 

「私にもソレ(スマホ)見せてください」

 

「はい」

 

 スマホを渡してくる提督。

 早速スマホが役に立ってるようで何よりだ。やっぱり情報は早くなくっちゃね!

 なになに……

 

『明らかに普通ではない深海棲艦を発見』

『こちらから攻撃しても反撃をしてこない』

『攻撃の中止を決定。観察開始』

『艦隊の誰も見たことが無い。恐らく姫級。応援求ム』

 

 ……なるほど。確かに提督の言った通りだ。

 おっ、スクショも貼ってあるやんけぇ!

 

「えっ。あ~……」

 

 これ北方棲姫と港湾棲姫じゃん……。港湾水鬼の可能性も在るだろうけど……十中八九港湾棲姫だろう。

 『艦これ』の二次創作で穏健派としての描写が多い二人だし、反撃してこないって文章を信じるならワンチャン有るんじゃないか? 攻撃を中止させた人は有能。よくやった。

 『そっちに行きます』とだけ連絡を入れる。大分雑だけどこんなもんでいいだろう。

 

「……響、一緒に行きましょうか。信頼してますからね」

 

Спасибо(スパスィーバ)。応えてみせるよ」

 

「何か分かったのかい!?」

 

 俺が響と二人だけで行くと伝えると提督が焦ったように、まるで俺が焦らしているかのような反応で答えを求めてきた。

 それに対して俺は、まぁ落ち着け? って言わんばかりに余裕綽々な態度で振り返る。

 

「瑞鶴さんから零式艦戦21型を無理矢理にでも貰ってきてください」

 

 烈風があるともっと良いんだろうけど……そんな貴重なものは無いから零式艦(ゼロ)戦で満足してもらうしかない。ウチは色々と貧弱だからしょうがないね。

 

「あと、間宮さんに美味しいご飯と甘味を作らせておくことです」

 

 俺の言った二つの言葉が結びつかなかったのか、提督が頭を傾げた。

 




次回
みんな大好きほっぽちゃん!

シリアス? ああ……いい奴だったよ。

次:7/16予定


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一印象は大事

100話です。

一つの目標であった100話に到達しました。ありがとうございます。

次の目標は「兎に角、完結させる」ことです。これからもよろしくお願いします。


「いや~助かりますぅ……」

 

 薄暗くなってきた水平線に向かって灯りを点けては消してを繰り返し、俺を先導する響には頭が上がらない。響が居なかったら見当違いの方向に向かって全力移動。クソ広い海で盛大に迷子になってたところだ。

 

「スチュワートは変なところで常識知らずだね」

 

 呆れた顔を向けてくる響に返す言葉が無い。そらそうよ? 一般人はモールス信号なんて言葉は知ってても解読なんて出来ないんだから。

 見た目からは想像も出来ないけど、大戦を経験してる生粋の軍人である艦娘と一緒にしないで欲しい。

 

「そろそろ通信が繋がるかもね」

 

「了解。『聞こえますか?』」

 

『聞……た…じゃ! その声はスチュワートかの?』

 

 おお、繋がった。そしてその声と話し方は初春で間違いないね。

 

『はいそうです。それで、そちらの状況は?』

 

『何とも言えんのう……向こうに敵意を感じぬから、互いに攻撃をせずに睨み合ってるだけじゃ。正直なところ、少しばかり飽きてきた』

 

『もう少しで着くので、待っててください』

 

『助かる。戦果を挙げようとする白露を押さえるのが骨じゃ。……これ! 単独で敵に突撃するなど何事じゃ! 今指示を仰いでおるから待っとれ!

 

『初春……ありがとうございます。白露と他の人に発砲するなとだけ伝えてください。よろしくお願いします』

 

 多摩が居る筈なんだけど……白露を押さえてたんだろうか?

 

『了解した。待っておるぞ』

 

 初春との通信が切れた。

 

「スチュワート、何か秘策はあるのかい?」

 

「敵意は無いらしいので、コレで何とかなりますよ」

 

 冗談っぽく言いながら、持って来ていた間宮羊羹を取り出して見せる。

 

「……」

 

 響が胡乱な目を向けてくるが、子供(北方棲姫)にはお菓子! コレ世界の常識。……やってることは完全に不審者だけど、平和の為だからしょうがないね。

 まぁ、俺自身も本気でコレ(羊羹)で何とかなるなんて思ってない。

 取り敢えず、北方棲姫を刺激しないようにしつつ港湾棲姫に話を聴かないといけないな。

 

 

 

 

 

どうすればいいにゃ!?

 

 やっと艦隊が見えてきたと思ったら、多摩さんが飛びついてきた。

 俺も分からん! って脊髄反射で応えそうになったけどグッと我慢する。脳を通さずに会話すると碌でもないことになるって俺は学んだからな。

 あと、爪を立てないで欲しい。

 

 痛い。

 

「まずは敵意が無い事を……これはしばらく睨み合ってるならまぁ置いといて良いでしょう。次に、一人であそこまで行って、会話を試みる必要がありそうですねぇ……」

 

一人で行かせるなんて危険だにゃ!

 

「駄目です。一人でです。これは譲れません」

 

 一人で行くことで相手よりも頭数を減らし、抵抗しない、出来ないって意思表示することが必要だ。頭を下げて、首を晒すのと同じようなものだな。

 

ならば!先程から随分元気な白露に行かせたらどうかのう?」

 

 片や危険だと言い、片や効果が薄いと言って睨み合ってたところに初春が割り込んできた。後ろには、右手を響に、左手を菊月に捕まった白露が居て、初春の提案を聞いたのか勢いよく頭を上げた。

 

ホントに!? だったら任せて! ギッタンギッタンにしてやるんだから!

 

 うん

 

ダメです♪

 

 

 

 

 

 それから暫く白露が騒ぐだけで時間が過ぎ、いくら敵とは言っても待たせるのが忍びなく感じて来た頃、多摩さんが折れた。但し、俺に何かあった時は直ぐに行動に移せるように通信は入れておけと言われた。

 

念には念をって姿勢は嫌いじゃないけど……どうして分からないかなぁ?

 

 だって攻撃してこないんだぜ? 多少とは言え一方的に攻撃されたのに。

 

「私は貴女たちを信じているのに……ねぇ?」

 

「……」

 

 港湾棲姫のところまで辿り着いて声を掛ける。

 宙に浮かんだタコ焼き亜種みたいな奇抜なオブジェクトのお陰で、それなりに離れていても場所は特定できた。

 

「こんばんは」

 

「……こ「オ前、怪シイ! カエレ!」

 

「えぇ……」

 

「ホッポ……」

 

 挨拶をしたら、陰に隠れていた北方棲姫(ほっぽちゃん)から帰れって言われた。

 その北方棲姫は、港湾棲姫の陰にまた隠れてしまった。

 

 そんなに怪しいかなぁ? まだ “にこやかに” 挨拶しただけなんだけど……。流石に子供から出会い頭にそう言われたら悲しくて涙出そう。

 

 すると今度は、どこか申し訳なさそうな顔をした港湾棲姫から話してきた。

 

「ホッポガ悪カッタ。……一ツ訊キタインダガ、オ前ハ何故攻撃シテコナイ?」

 

 あっ、面倒くさい質問だ。

 

「そぉですねぇ……戦う理由があんまりないから? ですかねぇ?」

 

「理由ダト? ソンナモノ……」

 

 いくらでもあるだろう。

 と続けた港湾棲姫の言葉に被せるように言葉を放つ。

 

「いや~! だって貴女たちの方こそ攻撃してないですし? それとも、今背中を向けたら攻撃するんですか? しないでしょう?」

 

「……」

 

 沈黙は肯定。古事記にも書いてある。

 っていうか、奇抜なタコ焼き以外に艤装っぽいの無いやんけぇ! 攻撃して来ないも何も……出来ないんじゃないの?

 

「ホラ。そっちが戦う気が無いならこっちも同じなんですよね。そもそも、人間に敵対的な深海棲艦が居なかったら戦いなんて起こりませんし。……戦わないに越したことは無いですよね? それに、痛いのはお互いに嫌ですよね?」

 

 本音を言うと、姫級、所謂ボスなんだから絶対に強いだろうこの二人とは戦いたくない。

 今だって、ふざけてるからまだ平気だけど、真面目に会話なんてしてたら空気とかプレッシャーに飲まれて、蚤の心臓がパーンなるで。

 

「……私タチハ深海棲艦ダゾ?」

 

 だからなんだよ

 

「それがどうかしましたか? 駆逐棲姫は一言だけ、何か言ったと思ったらボコってきましたよ? それなのにホラ……まだ生きてる! 本当に深海棲艦ですか?」

 

 殺意足りてないんじゃないの? って言ったときに気が付いた。

 港湾棲姫と北方棲姫からジッと見られている。

 

 目を話したら死ぬ、その瞬間に殺されるんじゃないかって思う。今すぐに目を逸らしたいけど、目が離せない。心臓が握られてるような錯覚に陥って上手く呼吸が出来ない。

 

フゥー……フゥー……

 

「ソウカ……」

 

 何を納得したのか、安堵の表情を浮かべた港湾棲姫が指……クソでかい爪を俺の方に向けてきた。

 

フゥーーッ フゥーーッ

 

 目の前までゆっくりと伸ばされた爪から目が離せない。

 

 次は何をしてくる?

 

 このまま俺の頭を握りつぶすのか?

 

 目を突きさす気か?

 

 首を刎ねる気か?

 

 それとも……

 

 集中しろ。 死にたくなかったら百分の一秒の挙動を見逃すな。

 

「オ前ヲ……」

 

 俺を? どうするんだ? 殺すのか?

 

フーッ! フーッ!」 

 

 突然頭が痛くなったと思ったら、視界が端の方から急に暗くなっていく。

 なんか奥に落ちていくような感覚を味わって、鼻からドロドロした……鼻血?

 

 ……まぁ、ヤバいなってことを感じ取って、足に力が入らなくなってもう……崩れた。

 

信ジヨ……オイ!

 

 なんか言ってやんの……頭回んなくて何言ってるか分かんないなぁ……。

 

 




北方棲姫(ほっぽちゃん)に近付いて、保護者(港湾棲姫)の間の前で鼻息を荒げて、最終的には鼻血を出して倒れこむのは間違いなく変態のソレ。


……驚いたでしょう? 100話なんですよ? コレ。

深海棲艦で、喋るタイプの姫、鬼級の言葉は漢字以外はカタカナ表記にしました。不評でしたら鍵括弧を変えるようにしますので「読みにくい!」って方が居ましたら教えて頂けると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

心配、不安、悪だくみ

101話です。

一昨日「昨日は明日(今日)雨降るって言ってたのに明日になってる」
昨日 「昨日は明日(今日)雨降るって言ってたのに明日になってる」
今日 「昨日は明日(今日)雨降るって言ってたのに明日になってる」

天気予報仕事して?


▼――――――――――

 

にゃぁ……」

 

どうかしたの?

 

 通信機に耳を当てて、一人で深海棲艦のところに向かったスチュワートの様子を探っていた多摩さんが小さく唸った。

 私たちの中で一番詮索、探索が得意だからハッキリと聞こえたみたい。私は雑音とか拾っちゃったから良く聞こえなかったんだけどなぁ。

 比較対象の多摩さんが軽巡ってことと、まだ新人っていう言い訳が出来るけど、そんな事ばかり言ってられないから、私も頑張らなきゃ!

 

「これは拙いにゃ……」

 

「む。何かあったのかのぉ?」

 

 初春が、双眼鏡を覗き込みながら多摩さんに質問した。初春の隣に居る響もそうだけど……ソレ(双眼鏡)はどこから取り出したんだろう?

 

「さっきからスチュワートの様子がおかしいにゃ」

 

「そうかい? 見たところでは特に変わった様子は無さそうだよ」

 

 「気のせいじゃないんだけどにゃあ……」って言って、また通信機を耳に押し当てる多摩さん。

 

 う~ん……多摩さんと響と初春が居るなら私、要らないよね?

 

 辺りを見回すと、落ち込んでるようすの白露が居た。

 すぐ後ろには菊月も居て、目が合うと「処置無し」と言わんばかりに腕を上げて首を振った。

 

あたしが一番あたしが一番あたしが一番……

 

 近づいてみると不気味な呟きが聞こえる。心なしか、白露の周りに不知火……じゃなくて鬼火が見えるような……雰囲気も暗いし。

 出発前から騒がしい印象だったけど、スチュワートから一言貰っただけでまるで別人みたいに……スチュワートは何者なの?

 

「ほら、シャキッと! アンタそれでも長女(ネームシップ)なの?」

 

 お尻を叩いて声を掛ける。

 

「痛っ……勿論よ。でも……」

 

 振り返った白露は据わった目と下がった肩、まるで覇気のない声で全体的に(しな)びてて別人かと思った。……暗い! 全然噛みついてこないじゃない。

 

「はぁ~あ……張り合いが無いわね。アンタは同時期に建造された駆逐艦の長女だし、私のライバルだと思ってたんだけどな~」

 

うん……そう。そうだよね! あたしがいっちばん高いハードルとして立ち塞がってやるんだから!

 

 うん、元気になった! ちょっと煽って正解だったかもね。暗いのは白露には似合わないよ。

 急速に活力が宿り、肩をグルグル回している白露はもう大丈夫だと思う。

 

「済まない。それにしても、長女(ネームシップ)としての発破をかけるとはやるな」

 

「まぁね~。でも、元気になったらなったで……」

 

 また突撃するかも……なんて言葉は、様子を窺っていた三人が上げた声に掻き消された。

 

「「あ」」

 

「あっ……」

 

「何があった!?」

 

みんな! 深海棲艦のところに行くにゃ!

 

 不穏な呟きに菊月がいち早く反応する。三人の焦り方が普通じゃない。

 

「白露、行けい! 一番槍であるそなたの出番じゃ!」

 

「え? え!?」

 

「通信が繋がらなくなったにゃ!」

 

「我らが初期艦を倒すなんて……弔い合戦だよ」

 

 倒されたって……「多分何とかなりますよ」って言うから信じたのに、全然大丈夫じゃ無いじゃない! 信じた私たちが馬鹿みたいでしょ!

 

「わらわも見ておったが、攻撃されたりして大破した訳ではなかったぞ? 勝手に弔うでない」

 

「それより良いのか? 白露がもう……」

 

急ぐにゃ!

 

 こんなことなら、様子がおかしいからって様子見を提案するんじゃなかった!

 

 

 

▲――――――――――

 

 

 

 苦しい?

 

 

 

 息が……出来ない?

 

 

 

「ッ!? ~~~ッ!?」

 

 

暴レルナ!

 

 顔、鼻と口が押えられて息が出来ず、押さえてるものを取っ払おうとしたら顔面を何か柔らかいもので殴られた。

 こんな酷い寝覚めって無いよ……

 

「大丈夫ナノカ?」

 

「……そうだった。あ~ハイハイハイ……大丈夫ですぅ……」

 

 上から声を掛けて来た港湾棲姫に覗き込まれて一瞬ギョッとしたけど、倒れる前には港湾棲姫と会話していたことを思い出したからヘコヘコしながら起き上がる。

 

 流石に倒れた人の介護に海の上は良くないと判断したのか小さい島、岩礁? に移動したみたいで、さっきまでは装備してなかった艤装が鎮座していた。

 何と言うか……デカい。これもうMAP兵器でしょ。固定砲台型のめっちゃ強いヤツ。

 

「サッキノ続キダガ……オ前ヲ信ジテオ願イガアル」

 

 さっきの続きと来たか……いや、真剣な話ってのは分かったからそんなに凝視しないで! プレッシャーがヤバいからまた倒れる!

 ……不誠実だろうけど、まともに目を合わせてたら心臓がいくらあっても足りない。だから目を微妙に逸らしながらの会話を提案したら受け入れて貰えた。

 

「色々と済みません……それで、お願いとは」

 

「アア、私達ハ深海棲艦ノ中デモ穏健派デナ。他ノ奴等ノ方針ニ合ワナカッタンダ……」

 

 うん、知ってた。

 

「それで、抜けて来たから居場所が無いってことで良いでしょうか?」

 

「話ガ早イナ。匿ウ……マデハ行カナクテモ、深海棲艦ノ少ナイデアロウ鎮守府ノ近クニ身ヲ潜メタイ」

 

「なるほど」

 

「ソレト……恥ズカシイ話ダガ、私モホッポモ、腹ガ減ッテイテナ……」

 

「……分かりました」

 

 俺がそう言うと港湾棲姫は明らかにホッとして、陰に隠れていた北方棲姫が出て来た。

 

「オマエ、イイ奴ダナ」

 

「それ程でもない」

 

 腹が減るのはしょうがないことだし、これはこれで割と重要な情報じゃないか? 深海棲艦にも空腹の概念はあると……。

 それはそうと、ちょっと持ち上げられて気分が良くなったからドヤったら腹パンされた。痛い……。

 

 

 

 

 

「ム……」

 

 空飛ぶたこ焼きがギャアギャア騒ぎ始めた。すると即座に北方棲姫が俺の服を掴んで、たこ焼きが見る方向の逆側に移動した。

 何事かと思ったら何かが近くに落ちた音がした。

 

肉盾にされた……

 

「砲弾カ?」

 

 地面から煙出てる……砲弾ですねぇ!

 

「これマジ?」

 

 なんで撃って来たし。白露辺りが我慢の限界でも迎えたか?

 取り敢えず連絡を……

 

「あっ!」

 

 通信機機能してない(死んでる)じゃん!

 えっ? つまり何? 俺の通信機が壊れて連絡が取れなくなって? 仮に双眼鏡とかで見てたとしたら、俺が謎の方法で倒されたことになるの?

 

 そりゃあ俺が見てる人達の立場だったら助けに行くわ。

 でも、俺は勝手に自爆しただけだから助けは要らない。

 

「……二人はここで待っててください。身内が混乱しているようです」

 

 そう言って、返事も聞かずに海へ出る。

 顔から火が出そうだ。完全に自分のミスじゃんかさ。

 

 

 

「……という訳で、私は私です」

 

「じゃあ、操られてる訳じゃ……ない?」

 

 深海棲艦、港湾棲姫のプレッシャーにやられて極度の緊張と興奮状態になって倒れたことと、その時に通信機が水没して前衛的なストラップに変わったことを説明しても、何故かまだ疑ってくる一行。

 ……アレか? 鼻血出したことまで言わなきゃいけないのか? そもそも操られてるヤツがこんなに綺麗な目をしてる訳ねぇだろ常識的に考えてくれない?

 

 ついでに、二人が敵対的な意思を持っていないことを確認したことを伝えた。

 そこまでやっちゃったなら隠し事もクソも無いから俺一人でアレコレ言う理由も無くなった。なんで港湾棲姫とかのことを知ってるかって言われたけど、初期艦だから色々と知ってるってことで言いくるめた。後で提督に訊かれないことを祈ろう。

 

 

 

「……という訳で、私はあくまで要求を理解したというだけです。何せ決定権は提督、もしくはもっと上の立場の人が決めることですから」

 

 皆で港湾棲姫のところに向かって話し合いの続きをする。

 まずは、姫級の深海棲艦を事実上匿うとなると俺の一存では決められないからこれだけは伝えておいた。

 そして今は提督と連絡を取っていた。

 そこで活躍するのはスマートフォン。電話がこんな辺鄙な場所でも繋がるのは素晴らしいとしか言えない。

 やはり文明の叡智はいいぞ。

 

『……流石に無条件は駄目だ。それに、深海棲艦を警備府に入れるのも駄目だ』

 

 猫を拾ってきた子供に捨ててきなさいって言うオカンみたいなこと言ってんじゃねーよ。

 でも、提督も提督でそこまで拒否感は抱いてないっぽい。なんか否定的なのは恐らく、体裁とかを気にしてるんだろう。

 お政治のことは私、よく分かりませんわ~?

 

「鹵獲したってことにすれば……」

 

『いや、その場合は間違いなく大本営に回収されるだろうね』

 

「う~ん……皆さんは何かアイデアがありますか?」

 

 スピーカーモードにしてるから、向こうで遊んでる北方棲姫と、暇つぶしの相手をさせてる陽炎と多摩さん以外の全員が頭を捻る。スマホからも何も聞こえなくなり、提督も色々と考えていることが分かる。

 

「そう言えば、深海棲艦って海中にも行けるんだよね?」

 

「……アア。潜水艦以外デモ水中ニ潜レル。好ンデ潜ル奴ハ居ナイダロウガ」

 

「じゃあさ……警備府から比較的近い島、あったじゃん? その地下に穴でも空けちゃえば良いんじゃないかな!?」

 

「? ……ああ。ビーバーの巣みたいにすればってことですか」

 

 白露……こやつ天才か? 俺が常識に囚われすぎただけか?

 

『確かにそれなら……う~ん』

 

 提督も唸ってるから、もう一押しってところだな。

 

「じゃあ後は、深海棲艦の情報とかを尋問したってことにして大本営に報告すれば良いんじゃないかな?」

 

 響のナイスアシストで、提督も決心したらしい。

 

分かった。その島に港湾棲姫と北方棲姫を連れて行ってくれ』

 

「「「了解!」」」

 

『それと港湾棲姫には、艤装をこちらに引き渡して貰いたい』

 

「当然ダナ」

 

 おいおいおい……あの提督が随分強気に出るじゃねーかよ。

 武器を捨てろって言われて応じる港湾棲姫も港湾棲姫だしよぉ……実は艤装はオマケで、本体が暴れるだけでゴジラ顔負けの被害出せるとかは……無いよね?

 

『……私は、我々大湊警備府の艦娘には君達二人には危害を加えないように呼び掛けておこう』

 

「感謝スル……提督」

 

 そう言った港湾棲姫はスマホ越しのただの電話にも関わらず、深く頭を下げた。

 




愛くるしい北方棲姫と超グラマーな港湾棲姫!
大湊の提督を慕う艦娘達に危機が訪れる!?
新たなメンバー(?)が艦娘達の恋路に齎す影響とは!?
次回「青葉、死す」 お楽しみに!


多摩はちょいちょいダメなお姉さん感が好きです。
語尾のせいで大分幼い印象が強くて……(隙自語)

港湾棲姫って料理上手そうよね……。
でも電子レンジは使えなさそうな感じがする……。

次:忙しいので7/22まで待っていただきたく……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

しんり に ちかづいた !

102話です。

Q.最近投稿ペース遅くない?
A.言い訳をさせてください!
 健康がピンチ(ストレスがマッハ)でして……睡眠時間を一時間延ばし、適度な運動を始めた結果です。

投稿頻度は以前よりも遅くはなりま(した)が、最低でも週2以上は維持します。
こんな蒟蒻みたいな意思で続けますが、お付き合い頂けたら嬉しいです。


 北方棲姫と港湾棲姫を警備府に近い島に連れて行く。

 

 目的地は長良さんが発見した、比較的簡単に行ける距離にある上に資源まで取れたことから人気があった島だが、今では資源も枯渇気味で、新人の初遠征やその他諸々の事にしか使われていない。

 

 確か最後に使われたのは……遠征を面倒くさがった望月が、わざと資源の代わりに艤装の大半を置いていったことだったか。翌日の朝イチで多摩さんに回収されててガン萎えしてたのを覚えてる。

 因みに、空母と戦艦を除けば俺も含めた全員がこの島に一度は訪れている。まだ燃料の素(タールのようなナニカ)を触ってないヤツは触るべきだと思う。触ったヤツ一同で泥の中から歓迎しよう。

 

 まぁ、そんなちょっとした出来事が偶によく発生する場所に、とうとうトンデモ案件がブチ込まれようとしている訳だ。

 

 現に俺たちは、港湾棲姫のクソデカ艤装を引っ張って『艦』娘、深海棲『艦』にあるまじき遅さで移動していた。

 

「何引っ張ってんの!?」

 

 辺りは真っ暗。こんな時間に警備府近海とは言えないこの辺まで来る人に心当たりは一つしかない。『艦これ』の小夜啼鳥(さよなきどり)こと川内さんだ。

 こんな時間まで()に居る俺たちを夜戦仲間だと認識したのか、いつもの数倍はフレンドリーに話しかけてくる。

 

「「「……」」」

 

 だけど俺たちはそれどころじゃなかった。

 港湾棲姫の艤装は当然俺のパワーではビクともしない。響が加わっても同じこと。多摩さんと陽炎、白露が加わってようやく動き始めるレベルだ。しかも港湾棲姫がコッソリ押していてコレだ。馬力が違い過ぎる……。

 結果として手が空いているのは初春と菊月だけで、その二人は北方棲姫の艤装と五人分の資源を運ばなきゃいけない。

 

 簡単に言うとオーバーワークだ。

 

 そんな俺たちの前に、身軽な装備で現れたらどうなるか。

 

良いところに! モチロン手伝ってくれるよにゃ?

 

 まぁ、こうなるな。

 

「よ……夜が私を呼んでるから! 頑張ってね!」

 

 そう言って踵を返す(逃げ出す)川内さん。

 あっ、ヤバい! 期待と背骨と根気が砕けそう!

 

今度夜戦付き合いますから!

 

本当!?

 

「えっ、ええ……」

 

 それなりに距離あったのにほぼノータイムで俺の手を握る川内さん。魚類めいたスピードを実現するとか世界観壊れてない? 夜にだけギャグ補正かかるようになってんのか?

 

 

 

 川内さんが参加した直後に遠征艦隊の六人目である伊58と、呼ばれた助っ人の伊勢さんが来た。

 一気に負担が減ったのは嬉しいばかりだけど、俺の夜が一日潰れる形になってしまったのは流石に残念だと言いたい。

 

 

 

 

 

「特にそれらしいものは無いでち!」

 

 黒い海の中でも僅かな光と音波装置(ソナー)の力でしっかりと探索してくれた伊58が、海面に戻ってきて言った。まぁ、そんな都合よく海底洞窟なんてものがある筈もないよな。

 

「なるほど。……続きは明日になりそうですね」

 

 仮に俺たちが島を側面から削って海底洞窟っぽいことにしようと思ったら半月以上掛かることは間違いない。遠征終わりの多摩さんたちや、演習明けの俺は休んでても罰は当たらない筈だ。

 それに、土木工事なんて妖精さんに任せておけば聖ヨゼフの螺旋階段だって一晩だろう。今は岩と資源しかない殺風景な小さな島も、北方棲姫の要望に応えた地下スペースを有する秘密基地にビフォーアフターしてくれる筈だ。絶対に妖精さんにスティーブって名前のヤツ混ざってるぞ。

 

「取り敢えず何も無いところですが……明日以降から色々と始めるように伝えますので」

 

「ソウカ」

 

「……」

 

 港湾棲姫が頷く。だけど北方棲姫がまだ何か不満があるらしい。

 

腹ガ、減ッタ

 

 ……うん。

 

 そうだね。俺たちもだよ。

 今の時間は分からないけど、川内さんが警備府に居ないってことと、それから一時間は経ってるから確実に午後十時は過ぎているだろう。

 先に港湾棲姫の艤装を一人で持って帰った伊勢さんと、夜戦食を補給してきただろう川内さん以外の、食に対する切実な欲望を零した北方棲姫にほぼ全員が和む。

 

「コラ、ホッポ……」

 

 「あ~……大丈夫ですよ」って言って、空腹に喘ぐ事態になることは無いと励ます。

 「何故ダ」と訊いてくるが答えは簡単だ。

 

 ウチの提督は変なところで気が利くから。

 

皆さ~ん! お待たせしました~!

 

「「「 やったー! 」」」

 

 噂をすれば間宮さん。空腹も相まって全員のテンションは爆上がりだ。護衛に龍田さんを就けるなんて贅沢だなぁ……。

 

「はい、どうぞ♪」

 

「アリ……アリガトウ」

 

「ふふ。はい、貴女も」

 

「感謝スル」

 

 潮風に吹かれながら食うおにぎりが美味いなぁ……。穏やかな顔の港湾棲姫も、笑ってる北方棲姫も、こうして見てると敵性の存在だって認知されてたのが信じられない。……何故戦争が起きるか? それは美味い物が食えていないからだ。満足できる食事は心を豊かにする。つまり美味い飯は世界を平和に……

 

「ハッ!?」

 

 俺は何を……。

 

「あっ!?」

 

 呆け過ぎたのか、あと一口といったサイズのおにぎりが足元に落ちていた。

 間宮さんがにこやかに、それでいて季節にそぐわない冷気を発しながら俺の方を見てくる。

 

 飯が美味くて真理を見たって熱弁したら許してもらえ(ちょっと引かれ)た。

 

 

 

 「マタコイヨ!」と見送られて数時間。日付が変わりそうになった頃、警備府に戻ってきた。

 

 律義にも俺たちの帰りを待っていた提督に出迎えられて、俺の永い一日が終わったと実感した。

 疲れたからすぐに寝たいけど、提督が起きていたんだから仕事は頼まないといけない。妖精さんと会話できるのは提督だけだからね。例の二人の隠れ家の準備ヨロ。……これでヨシ。

 

 ……ねよう。あたまいたい。

 

 

 

 

 

 演習の後にハプニングで日付が変わるまで海の上に居た俺は、多摩さん達と同じように休みになった。まぁ、順当だと思う。

 

 ……それなのに

 

「執務室に来い?」

 

「そうなの~。提督が昨日のことを詳しく知りたいらしいから、後で来てね?」

 

「……分かりました」

 

 俺に逃げられないように龍田さんを今日の秘書艦にするとは……提督め、俺の扱い方を理解してきやがった。龍田さん怖いから今回は行くけど、折角の休日を潰された俺がいつまでも大人しくしてると思うなよ……!

 

 そう心に決めて唐辛子で赤くなった納豆を食べる。

 悍ましいモノを見る目をしてきた暁のことは努めて無視をする。

 暁は(唐辛子)黄色(生姜)(ワサビ)の三色をしっかり食べるって教わらなかったみたいだな? 暁型のオカンこと雷に進言してあげよう。これで腸内環境もバッチリの筈だ。

 

 ホラ、美味そうだろ? 間宮さんから食の真理を教わった俺の飯はよぉ?

 

 ……何故目を逸らす。

 

 

 

 朝食後、突然の休日ということもあって特にやりたいことが思い浮かばず、取り敢えずな感覚で執務室に向かう。

 適当に三回ノックすると、いつものように部屋に入る。

 

「失礼しま……うおっ!?」

 

 室内に入って第一歩、いきなり浮遊感!?

 

 

 

 

 

 気が付いたら衝撃と共に床に張り付いていた。

 神州丸さん(師匠)の特訓のお陰で無意識的に受け身を取れたから大したダメージが無いのが救いか。

 

「……」

 

 視界には俺の今も右腕と襟を掴んだまま俺を観察するように見る龍田さん。

 普段の様子からして龍田さんならまぁ、こういったことを(不意打ちの投げ技)しても不自然では……ない? いやかなり不自然だわ。でもやられる心当たりがあるような無いような……。

 

「……やられちゃいましたね」

 

「……あら~。結構全力でやったのに殆ど無傷だなんて、傷付くわね~」

 

「ええと……提督? コレはどういうことなんですか?」

 

 俺の危機管理能力のテスト? 最近弛んでるって?

 

「提督は関係無いわよ~? コレはただ、私が勝手にしたことだから~」

 

「……手合わせならいつでも歓迎しますよ?」

 

「あら嬉しい♪ でも違うのよ。スチュワートちゃん、貴女、何者?

 

「……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、身体が硬直する。

 

「……」

 

 チラリと見ると、提督も完全に固まってる。

 

「~♪」

 

 視線を正面に向けると、目だけが笑ってない満面の笑みを崩さない龍田さん。

 

「……」

 

 頭のなか真っ白だよ……。

 




主人公「(唐辛子)(生姜)(ワサビ)だ!」  味覚・胃袋破壊型デッキ
響「(ケチャップ)(マヨネーズ)(オリーブ)だね」 高速生活習慣病デッキ
雷「(梅干し)(味噌)(抹茶塩)ね!」    腎臓、血管圧迫型デッキ
電「(お肉)(お米)(お野菜)なのです」 スタンダードデッキ
皆「どれを食べたい?
暁「い、電のやつ……」

私は「(梅干し)(生姜)(大根おろし)」のキメラ構築!
 熱いご飯に↑と冷えた緑茶で、お茶漬けにするのが最近のマイブーム。

次:7/25 23:01


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

もっと話して(want you to talk more)

103話です。

コ ミ ュ 章 タ イ ト ル
 たいへんお待たせしました……。
島風然り、ニトクリス然り、普段布面積が少ない子が健全な服(当社比)を着た時の破壊力は大体ヤバいと思います。
注意!不快な表現が多い回です。年齢制限は無いけれど……


スチュワートちゃん、貴女、何者?

 

「「……」」

 

 龍田さんからの質問は、最高に答えにくいものだった。

 

「だんまりじゃあ分かんないわ~」

 

 えいえい♪ と襟を掴んだままの拳で、そのまま鳩尾辺りを圧迫してくる龍田さん。

 反射的に咳き込み、直後になにもここまでしなくても良いんじゃないかと思って、龍田さんを睨む。

 

「私達が見たことのない深海棲艦の名前を呼び当てた。それだけならまだ分かるわ。大湊(ウチ)の初期艦だものね。きっと私達の知らないことも沢山知ってるんでしょう?

 

「……」

 

でも、提督まで分からない深海棲艦の名前を言えるなんて流石に変だと思うのよね~? 出撃前には提督にご飯を作らせるように言ってたそうじゃない。その後も交渉なんて手段を取るしぃ……正直、とっても怪しいわよ?

 

 ……言われてみればだ。

 

 提督を含めて誰も知らない敵を知ってる時点で大分オカシイ。更に好物だと思われるもの(甘味と戦闘機)まで把握してるなんて知ったらそりゃあ怪しまれもするか。

 しかも敵対的じゃないからといって疑いもせずに交渉を持ちかけるなんて、深海棲艦と繋がっているって思われても……しょうがないだろうな。

 

「ハァ……」

 

 つまりまた俺のポカってことか……余計なことしちゃったかな?

 

 いやいや、あそこで二人を倒そうとしても必死に抵抗だけは(火の粉を振り払うくらい)するだろう。

 そうなったらこっちも損だし、何より両手を上げてるような人を的にするなんて俺には出来ない。敵対したなら容赦なくぶっ放すだろうけど……って違う違う。俺が二人のことを知ってることはどうやって説明したらいい?

 

 どう誤魔化せば正解だ?

 なんて考えていたら、今まで固まってた提督が口を開いた。

 

「龍田、一回落ち着いてくれ」

 

「提督は黙っててね〜」

 

「いいや、黙らない」

 

「「!?」」

 

 龍田さんの言うことに従わないとか……自殺志願者かよ。

 墓には『大いなる者(龍田さん)に逆らった勇者、ここに眠る』って刻んどいてやるよ。まだ二十代だろうに……惜しい若者を亡くしてしまった。

 

「龍田と……この際だからスチュワートに言っておく」

 

 おっ、なんだなんだ?

 今まで勿体ぶってたような言い方しやがって。俺が納得できるようなそれはそれは素晴らしい演説(モン)聞かせてくれるんだろうな?

 

「まずはスチュワートだが、もう少し素直になってくれ……

 

「「……」はい?」

 

 さっきまで龍田さんに突っかかるような雰囲気は何処へやら。どこか悲しそうに言う提督の予想してなかった一言に俺も龍田さんも固まった。

 

「君が沢山の秘密を抱えていることは知っている……つもりだったが、田代前提督との会話で君には()()の他にも大きな秘密があることを知った。……知ってしまった」

 

「……」

 

 は? え!? ……何言ってくれちゃったのあの人(田代提督)!?

 

「田代前提督も君の口から直接聞くように言っていたからそのうち聞けたら嬉しいが、それはそれ。今は置いておこう」

 

 あっそう? ……去り行くであろう田代提督(信頼できる人)だからバラしたけど、まだまだ現役の提督には教えてやるかよ。どうしても訊きたいなら命令するか、どうにかして口を開かせて見せろよ。

 

「君に何が言いたいかと言うと、秘密を抱えすぎるのは良くないんじゃないかっていうことだ。 話したくないことは分かっているんだが、そうだなぁ……互いに相談し合える、世間一般が言う“親友”と壁を作って接するから浅い付き合いしか出来ない人、どちらを信用する?」

 

「……前者ですね」

 

「そうだろう? 現に君は今、龍田に怪しまれている」

 

 チラリと視線を提督から龍田さんに移すと、ニッコリとした笑みを浮かべられた。……笑ってるんだったら解放して欲しい。すぐに視線を提督に戻す。「ちょっと!」押さえる力が一瞬強くなって咳き込んだ。

 

「他人は自分を映す鏡だなんて言われる程だ。周りが君を信じてないってことは、君が周りを信じてないってことになるんじゃないか? 隠し事をいきなり全部話せと言うつもりは無いけど、少しくらい話しても良いんじゃないか? 仲間だろう? それなりに相手を信頼して迷惑をかけるくらいいいじゃないか」

 

「……」

 

 コイツ誰!? 俺の知ってる提督と違う! こんなことを言うような男じゃなかったぞ! もっとこう、ヘタレと言うか波風を立てないと言うか……さては偽物だな!?

 ―――コンコン

「そして龍田だが……真面目な話題(こういったこと)で身内を疑うんじゃない。確かに今回の件では不審に思うような点がいくつかあったと思う。だけど彼女(スチュワート)は間違いなく味方なんだ。佐世保の田代前提督と大本営の折り紙付きだ」

 

「……提督がそこまで言うなら、仕方な「提督? 失礼しま……龍田さん!?」」

 

 龍田さんが少しも仕方ないって思って無さそうに立ち上がろうとした時に執務室の扉が開いた。

 大きな声を上げたのは大淀さんだった。

 

 ……大淀さんが驚くのも無理はない。 客観的に見ると、倒れた俺を龍田さんが押さえつけてるんだもん。しかも提督がガン見してる。……提督が変態だってことが分かるな?

 

「気にしないで~」

 

 龍田さんが立ち上がってほんわかと言うが……。

 

「無理ですよ……」

 

 だろうね。

 龍田さんに手を差し伸べられて立ち上がる。

 

「スチュワートちゃん、ごめんね~?」

 

「こちらこそ済みません……あっ、大淀さんは提督に何か用があるんでしょう? 私達のことは気にせずどうぞ~?」

 

「だから無理ですよ……」

 

「龍田さん、さっき提督が言った秘密、聞きた「Hey提督ぅー! 遊びに来たネー!」チッ……

 

 なんだよ! 折角ここまでやった龍田さんに秘密を教えようと思ったのに!

 

「丁度いい。大淀と金剛も聞いてくれ」

 

「? ……はい」

 

「What? ウン……」

 

「スチュワート、まずはこの三人だけにでも話してみたらどうだ? 勿論無理にとは言わないが……」

 

「いいえ、やります」

 

 龍田さんにだけ教えるつもりが三人に増えたのは想定外だったけど……こうなりゃヤケだよ! 良いぜ! 教えてやんよぉ! 覚悟しな!

 なんて思ってたけど……めっちゃウキウキしてる龍田さん見るとヤケクソの覚悟が挫けそうになるぅ……。

 

「ええと、あまり気分の良い話では無いんですが……」

 

 そんな言葉から始まり、様々な予防線を張ってる間に椅子を準備して鍵をかけ、全員が座る。

 

「佐世保鎮守府はちょっと前までとんでもないことになってた時期があったんです」

 

 

 

 

 

 

 

「「「……」」」

 

 提督は心配そうに三人を見る。俺のクソ雑魚コミュ力から放たれる怪文書めいた事件の顛末にアレコレ補足してくれたのは本当にありがたい。

 金剛さんは俯いてるから表情が読めないし、龍田さんは俺と視線が合いそうになるとフイッと逸らすようになった。嫌われてる人、苛められてる人がされるような反応で傷付くなぁ……。

 

「……」

 

 そんな中、なんで大淀さんは目を逸らさないんだろう?

 

 ジッと俺と目を合わせていた大淀さんが口を開く。

 

「成る程……佐世保の大淀(わたし)がスチュワートさんにたいして良い印象を持ってるのはそういうことだったんですか。納得しました」

 

「えっ、あちら(佐世保)の大淀さんは何て言ってました?」

 

「何故か人一倍負い目を感じてるからフォローしてあげて、と」

 

「……」

 

「でも……私自身はなんて言ったら良いか分からないんです」

 

「いっ……いえいえ! いざ話してみたら案外スッキリしましたよ! ありがとうございます!」

 

 暗くなった大淀さんを励ますようにお礼を言う。……言いたくないことを言うのに気を遣って、それが原因で落ち込んだから気を遣って……疲れるなぁ!? でも、スッキリしたのは本当。ちょっとだけど肩の荷が降りた感が凄い。

 

「私もこのことは知っていたが、内容が内容だけにスチュワート自身が話すことだと思っているから自分からは話せなかった」

 

 そう言った提督の隣では、顔を俯かせていた金剛さんが震えて……

 

「その提督はとんでもないロクデナシデース! 解体を迫って言うこと聞かせるなんて、酷いことされても文句は言えまセーン!」

 

 爆発した。

 

「お、落ち着いて……」

 

 怒り狂う金剛さんを宥めるのに五分以上掛かった。

 

 

 

「……もう良いかしら〜」

 

 そう俺を見る龍田さんの目には同情や怒りなどの感情が篭っていなかった。ゆったりとした動作で椅子から立ち上がる。

 

「スチュワートちゃんがそんな子とは思わなかったわ〜」

 

 友好的な感情の消えた目で路傍の石を見るように見られて、季節外れの薄ら寒さを背中に感じた。

 

「提督と金剛さんは同情してるみたいだけど、こんな話聞いたらもうスチュワートちゃんのことはとてもじゃないけど信じられないわ〜」

 

「ッ!」

 

 やっぱりか……そりゃあ警戒するよな……。

 

「龍田、何もそこまで言うこと無いでショウ!?」

 

 金剛さんが反応して立ち上がるが……

 

「提督は今まで考えなかったの? 自分も気に触るようなことしたら殺されるかもって」

 

「ッ! それは……」

 

 提督もコレだからなぁ……知ってたよ?

 最初期の頃は結構ビクビクしてたじゃん。……だからチラチラ見てくるの止めろ。そういうことするから俺でも簡単に分かっちゃうんだよ。

 

「あるんでしょう? いくら他人が信じてたとしても、自分で判断しなきゃ信じられないところはあるものね~。私ぃ、実は深海棲艦かもって子の言うことなんて怖くて聞けないわ」

 

 龍田さんの言葉は……ごもっともだよ……。

 覚悟はしてたんだけどなぁ……やっぱり面と向かって言われるのは……クるな……。

 脂汗をダラダラ掻いてる不快感で倒れてしまいそうだった。誰も居ない所に逃げてしまいたい。

 

 

 

 

 

「「「……」」」

 

「……そうです! 大本営から今回の作戦の目標(ターゲット)の情報が届いたんです!」

 

 場の雰囲気を変えようとした大淀さんの言葉が、静かな執務室に響いた。

 

 残念だけどこの雰囲気は変わらないだろう。

 

「……ほら、お仕事ですよ提督?」

 

「ああ……」

 

 ダメだ。提督のやる気が死んどる。

 




う〜ん……これは偽物提督! 神妙にしろ!(眉間にズドン)

龍田さん好きには申し訳ないですが、主人公が怪し過ぎるのが悪いので……。
実際どうです? 殺人犯の言うことなんて聞けるわけないでしょう?(偏見)

提督は雰囲気の悪い警備府を纏めながら作戦を進めていかないといけないっていう高難易度なミッションが課せられましたねぇ……(ゲス顔)

それと、やっと章タイトル「大型作戦」が進みそうです。
変なことやりすぎましたね……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

曲線、時々破線

104話です。

タイトルが思い点かない……

やりたいことは纏まってきたのに、文章化するのが難しいッ!
脳の思考が適切に文章化されるSFチックな機械出ないかなぁ……


 今回の作戦の目標(ターゲット)

 

 大本営の優秀な偵察班が苦労して手に入れてくれたらしいその情報を忘れないように頭の中で復唱しながら、金剛さんと一緒に物資と妖精さんを運搬していた。

 

 目的地は例の島。金剛さんには戦艦のパワーで大量の荷物を持ってもらっている。俺も多少は持ってるけど、役割としては金剛さんの護衛に近い。

 

「うー……資材の消費が激しいから気軽に出撃出来ないってことは理解出来るケド、だからってこんな扱い(荷物持ち)はあんまりデース!」

 

 金剛さんは意識してるんだろう、俺が明るくなるように暗くない話題を出してくれている。

 今の俺は完全に鬱な感じだからとてもありがたい。流石は頼れる戦艦四姉妹の長女なだけある。

 

「……まぁ、頼られてるってことで良いじゃないですか。それに確か今日が大鳳さんで、明日は伊勢さん、金剛さんは明後日じゃありませんでしたっけ?」

 

「That's right! 佐世保の提督は粋な計らいをするデース!」

 

 金剛さんが言う粋な計らいとは佐世保から()連日のように申し込まれ(んで)る演習のことで、ソレの何処が粋な計らいかと言うと、消費した資材は全て佐世保が負担してくれるってこと。

 そしてもう一つは、演習終わると荷物にヒッソリと資材を混ぜて(プレゼントを)くれること。

 

「こうなったら心行くまで全弾発射(Firing all bullets)するネー!」

 

 おいやめろ って言いたくなるけど、これがまさか田代前提督の指示だとは思わなかった。

 目の前で意気揚々と宣言する金剛さんを始め、資材の消費が激しくてなかなか出撃させられない空母や戦艦、重巡に心置きなく撃たせることによるストレス解消、先輩の(先に建造された)同じ艦種による的確な指導、そして渡されるプレゼント(資材)……至れり尽くせりとはまさにこのこと。

 

 提督達の間で何があったかは分からないけど、ウチとしては大助かりだ。

 これから本格的に準備やら何やらが始まるであろう作戦では資材をケチっては居られない。戦艦や空母の人達がヒィヒィ言って動けなくなるくらい酷使しないといけない。

 そんなときに資材が無いでは話にならないし、戦艦たちが「戦えません」でも同じことが言える。

 

「ついでにまだ見ぬ同型艦(いもうと)達も見ておきたいネ!」

 

 ……こうした交流も大事だしね。

 

 

 

 

 

「来タカ……」

 

「おはようございます」

 

 例の島に到着すると港湾棲姫がポツンと座っていた。デカい艤装は伊勢さん(警備府)持ち帰(差し押さえ)られ、錯覚に過ぎないんだろうけど凄く寒そうで小さく……弱弱しく見える。

 

「今日はいくつか用事があって来ました。まずは昨日の約束で……この島の改造、それをやってくれる妖精さんを連れてきました」

 

 金剛さんの艤装の小さなハッチ? を開けて妖精さんが出てくる。

 寝ている北方棲姫の周りのたこ焼きが妖精さんに向かって吠え始めた。……大型犬みたいだな。

 

「そしてソレ(改造)に使う資材と……朝食です」

 

「!!」

 

 朝食を荷物から取り出した瞬間、北方棲姫が飛び起きて寄って来た。

 

「イイニオイダ! 速ク寄越セ!」

 

 さっきまで寝てたのに偉そうな……まぁ、手が掛かって面倒でクソ生意気で、それでも可愛いのが子供ってヤツで……まぁ、近所のおじちゃんみたいな感じで朝食を渡せばいいだろう。

 

「はいはい。ほら、飴ちゃんもつけてあげよう……港湾棲姫さんもどうぞ」

 

「済マナイ……アリガトウ」

 

 二人の朝食は普通の弁当箱に入った普通の弁当だ。問題は北方棲姫はドラ〇もんハンドでどうやって箸を持つかだな。個人的にも興味がある。

 

 って持ち方ァ! 握るのか……らしいと言えばらしいけどさぁ……。

 

「……」

 

 港湾棲姫も固まってるし……って北方棲姫の方じゃなくて配られた弁当を凝視して……あっそうか。港湾棲姫は爪がデカくて箸が持てないのか。

 スポッ

 

「「!?」」

 

 その爪着脱可能だったの!?

 

……美味イナ」

 

 普通に食べ始めたし……。

 

「……食べながらで良いので、質問に答えてくれませんか?」

 

「ム……知ッテル範囲ナラ」

 

 十分だ。

 

「空母水鬼と飛行場姫について知ってることを教えてください」

 

「アア、良イダロウ……」

 

 時間が過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 やることはやった筈だから、金剛さんと共に警備府に戻っている。

 

「金剛さん」

 

「What? 何かありましたカ?」

 

「どうして、あんな話されたのに接し方が変わらないんですか?」

 

 北方棲姫と港湾棲姫に敵意、そして艤装が無いって言っても多少なりとも警戒はするだろう。

 なのに俺は普通に接していた。過去の話をされたんなら、「やっぱり繋がってるんじゃないか?」って多少は疑うところだと思うんだけど。

 

「ではquestion! スチュワートは私たちや私たちの提督に危害を加えますカー?」

 

 そんなの決まってる。

 

「二度と御免です」

 

「なら問題nothingネー!」

 

 得意顔をこっちに向けてくる金剛さんが眩しい。問題ないって言い切る理由がさっぱり分からないけど、否定されなかった。それだけで心が軽くなる。

 

「それに……温泉旅行の事を覚えてますカ?」

 

「ええ」

 

「私と祥鳳は、酔った提督から「貴女(スチュワート)は大変だろうから、信じてあげて欲しい」ってお願いされたんデース」

 

「そんなことが……」

 

 つまり、提督に宜しくされたから信じてやるって感じなのね。オーケーオーケー。

 

「別に提督からお願いされたからってだけじゃないヨー」

 

 そんな考えが顔に出てたんだろうか、金剛さんにそう言われてしまった。

 

「万が一提督に危害を加える様なら私たちが駆逐艦一隻程度、簡単に止めて見せる!

 

 似非外国人みたいな語尾も無く、真剣な表情で拳を握って宣言する金剛さん。

 

 本当に……艦娘って強いなぁ。金剛さんカッコイイなぁ……。

 

「じゃあ、その……万が一の時はお願いします」

 

「デース!」

 

 台無しだよ! そこは「任せて!」 って言って欲しかったなぁ……。

 

 

 

「それはそうと、あの二人の事を知ってたみたいなのにどうして今回のoperation target(作戦目標)のことはあの二人に訊いたんデスカー?」

 

 金剛さんから質問が飛んでくる。

 まぁ、不思議に思うよな? 港湾棲姫と北方棲姫を知ってて空母水鬼と飛行場姫を知らないなんてちょっと不自然だよね。

 

「空母水鬼と飛行場姫……ええ、知っていますよ。名前だけは

 

 『艦これ』に出てくるキャラクターとして名前は知ってるし、見た目も……多分一致する。

 駆逐棲姫を始めにちょっと詳しく知ってたのは気になって調べた奴で……。

 

「成る程ネ。つまりどんなのは知ってるケド、何をしてくるかは分からない、でOK?」

 

「OK.」

 

 鬼級、そして姫級を同時に相手をするのは弱小の警備府(ウチ)ではとてもじゃないけど勤まらないと思う。実際、大淀さんから伝えられた時に提督も、直感的に敵の強さを感じたのか頭を抱えていた。

 

「でも、あの話は信じていいと思いますか?」

 

 金剛さんに質問する。 先程の話の中で港湾棲姫から一つの申し出があったからだ。

 

『私達ノ艤装ヲ返シテ貰エタラ、空母水鬼ハ私達ガ抑エヨウ』

 

 この提案は非常に魅力的だ。何せ本当に抑えてくれるならボスが半分になるようなもの。

 

 どうしてそんな事をするのかと聴くと、二人は深海棲艦から追われていたらしい。

 そして、追いかけていた一味を率いていたのが空母水鬼だったらしい。深海棲艦って言っても、レ級みたいに無差別なヤツも居れば二人みたいに穏健派も居る……意外と一枚岩じゃないってことか?

 

 まぁ、この話が仮に嘘だった場合、強敵が半分になるどころか倍になるんだけど……どう思う?

 

「サァ? 信じるだけならいくらでも出来マスから。それに……困った時は、頼れる提督にお任せヨ!

 

 やだ……意外と適当……。

 

 




……

反応がない。後書きになんて書いたらいいか分からないみたいだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

緊張感

105話です。

梅干し欠乏症……
体はアミノ酸を求める。


「―――って感じです」

 

「簡単な説明ありがとう。最後の言葉は気になるけど一回置いといて……」

 

 警備府に戻ってきて執務室。

 朝食後の話から龍田さんは戻ってきていないそうで、代わりに大淀さんが秘書艦の椅子に座っていた。どうやらこの後は金剛さんとチェンジするらしい。選り取り見取りだな提督?

 

 ……っとまずいまずい。意識を現実に戻す。

 

「―――島のことだが、一応妖精さんと話をした結果見積もられた量の資材は持たせたつもりだったが」

 

「……それなら大丈夫でしょう。妖精さんは建造、建築のプロですから」

 

 何せ無機物(資材)から人体錬成出来るような超次元生命体だ。小さな島の地下に空洞を作ってから居住できるようにするくらい朝飯前だろう。

 万が一資材が足りなくなっても、あの島にはまだ資材の素が落ちてる。

 

「あ、そう言えば……北方棲姫からの要望で、あの島を『ナラスカ島』と呼んで欲しいと」

 

「う~ん……勝手に名前を付けるのはちょっとねぇ……警備府でだけ伝わるように周知させればセーフだと思うかい?」

 

「まぁ……勝手にそう呼ぶくらいなら誰も怒らないんじゃないですか?」

 

 最悪の場合「へぇっ!? 知りませんでした!」って感じで良いんじゃないかな? 分かりやすくなるんだったら何だっていいと思う。

 

 ナラスカ島……鳴らすか? 慣らすか? アラスカ? ……駄目だ名前の由来がさっぱり分かんねぇ。適当に決めたんだろう。

 

 

 

「次に港湾棲姫の提案だけど……受けようと思う

 

「えっ」

 

 提督(コイツ)正気か? 産婦人科に行って出生からやり直した方が良いんじゃないの?

 

「えっ……駄目なの?」

 

 (ボロ)、出てんぞ。

 

「いえそんなことは……ですが、あんまり深海棲艦の言うことを聞いてると距離が近いって疑われますよ? ただでさえ怪しいって言われるのがここに居るのに」

 

 提督が寝返った! そんな噂が流れ始めたら真っ先に疑われるのが俺なんだからな! 「提督が裏切る筈が無い!」「やっぱり深海棲艦のスパイだ!」「提督()誑かしたんだ(あんなことやこんなことを)!」ってな!?

 

「……う~んそうだ! 北方棲姫は警備府(ウチ)の監視下に置いておいて、港湾棲姫に対処させよう! 空母水鬼だから……瑞鶴辺りに協力兼、監視を頼めば何とかなるんじゃないかな?」

 

 ワーオ。北方棲姫を人質に取ると……

 

「……その条件をのんでくれたらいいですね」

 

 多分のんでくれるとは思うけど……八対二(8:2)ってところか?

 抑えるって言った手前やるけど、それとは別に北方棲姫を人質に取るのは許さんって感じになりそうなんだよなぁ……もしそうなったらヤバいことになる(ボスが増える)が、そこは事前の交渉次第になりそうだなぁ……。頑張れ提督。俺はそんな交渉はパスだ。

 

 

 

「最後に飛行場姫についてだね」

 

 そう言った提督は、大本営で飛行場姫について結構多くのことを学んでいたらしく、口から出て来た言葉も港湾成果から聴いた話と大差ない物だった。

 内容は名前の通り飛行場。つまり船ですらないとのこと。

 

 港湾とか飛行場とかさぁ……もう深海棲『艦』じゃないよね?

 

「やっぱり言葉だけだとイメージし辛いよね? 百聞は一見に如かずって言うし……」

 

 あっ、嫌な予感。

 

「ちょっと偵察、行ってみない? 行ってきて

 

 急いで執務室から出ようとした俺の背中に声が掛かる。

 ピクニックじゃねーんだぞ!? そんな軽い気持ちで言うことじゃないと思うんだけど!?

 

 

 

 

 

 

 

「……という訳です」

 

「「「……」」」

 

 あまりにも適当だったから流石に納得できなくて提督に質問した。

 すると、龍田さんが話を広めてる可能性があるらしくて提督も結構余裕が無いらしいことが分かった。話の(出所)である俺がハワイまで偵察に行ってる間に、警備府を纏めておく大仕事があるっていう割とまともな理由が出て来た。

 

 だからと言って「危険だと思ったら直ぐに撤退して良いから、取り敢えず行ってきて(しばらく戻ってくんな)」なんて言われて、警備府から追い出されるように艦隊に捻じ込まれた俺と……

 一緒に向かうのは摩耶様、叢雲、曙、満潮、荒潮と、まるで俺に対して監視してますって言ってるような面子。

 提督が何の理由もなくこんな嫌がらせ染みた人選をするとは思えないから、龍田さん辺りに対する疑ってますよってアピールみたいな感じの理由があるんだろう。

 

「ねぇ、龍田さんから聴いた話って本当?」

 

 違った

 これ包囲網ってヤツだ。

 

 既に話広がってんじゃんヤベェヤベェ……

「何ぞこの怪しい者め! 成敗致す!」なんて闇討ちされないよね?

 

 ……そんなことは置いといて、だ。

 広まっちゃったものはもう手に負えないだろうし、全員知ってるって考えた方が良いよね? 限られた空間の中ではどんな秘密であれ一度話題に出たら公然の秘密になるって言うし。

 

「ええ、本当ですよ……失望しましたか?」

 

 だからそう、変に隠そうとしないで堂々と言っちゃえば良いんだ。

 

「失望って言うか……本当にアッサリ認めるのね。龍田さんと一緒に私たちを揶揄ってるって言われた方がまだ信じられるんだけど」

 

 ところがどっこい! ノンフィクションなんスよコレ。

 よく言われるじゃん? 事実は小説より奇なりって。

 

「仮にそれが事実だったとしてスチュワート、あんたはどうするつもりだ?」

 

「どうするも何も……何もしませんよ

 

 何か出来るとも思えないし。

 

「ほう?」

 

 腕組みした摩耶様怖い……。

 

「どこまで話を聴いてるかは分かりませんが……やらかした(殺っちゃった)結果、大本営にお世話され(捕まっ)て今ここに居るんですし……」

 

そういうことは相談しなさいよ!  この馬鹿!

 

 はい分かりました! ……なんて言おうとしたけど、流石に空気読めてないから止めた。

 叢雲といい摩耶様といい……なんか反応が薄いように感じる。俺の緊張感の無さも原因なのかもしれない。

 

「……あんまり大きな声出すから、敵に見つかったみたいね~?」

 

「あっ……ごめんなさい」

 

 

 

 ……因みに今は警備府を出てから四日目だ。

 会話の始まりは「どうしてこの面子なのか」を満潮が気にしたからで、会話が終わったのは荒潮が進行方向に深海棲艦を発見したから。

 気のせいとかじゃなく、間違いなく深海棲艦との遭遇が増えた。目的地に近付いたって証拠だろうな。

 

「駄目そうな時だけ発砲しろよ、一気に突破するぞ、付いて来な!

 

 まあ、こうやって逃げるように行動して交戦は控える。ちょっと見てくるだけの偵察をするならこれで良いんだ。

 

 

 

「……撒いた?」

 

「そうみたいだな。ふぅ~、全く、数が多くて嫌になるね」

 

 満潮と摩耶様の声を聞いて、一行の間に張り詰めていた緊張感が消える。

 今の場所はどこかな~? ……おっ? 近くにハワイあんじゃん!

 

「アレが目的地のハワイですね」

 

「へぇ。アレが……」

 

 ……ん? ハワイ……?

 

「あっ」

 

 

 

 

 

 

 

ァアアアアアアアアアアアァーーー     (ァアアアアアアァー――)

     ァアアアア(ァアアアアアアァー――)アアアアアアアァーーー

ァアアアアアアアアアアアァーーー     (ァアアアアアアァー――)

     ァアアアア(ァアアアアアアァー――)アアアアアアアァーーー

 アアアアーーーアアア(アアアーーー)ァーーーァ(アアアーーー)ァァー……

 

 

 

五月蠅いっ!

 

きゃあっ!

 

あらあら♪

 

 俺の呟きから数舜後、頭が痛くなるようなレベルの音量のサイレンが鳴り響いた。

 

 学校の社会の授業で習ったことがある……コレは、空襲のサイレン!

 つまり何!? もう飛行場姫に気付かれたってこと!?

 

 ど、どうする……

 

 




あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
発狂。

ふと、あのサイレンの恐怖を知ってる人の言葉や想いは、正しく後世に伝えられているかを考えました。
語り部は大事ですが、重要視されない問題。

次回は7/32の予定です8/1予定です。
 もう8月ですね…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

正気じゃないね

106話です。

今回の章は幕間の茶番が多くなりそうな感じがします。


 けたたましいサイレンの音が聞こえてから程なくして、水平線が黒く染まり始めた。間違いなく数えるのも馬鹿らしくなる程の深海棲艦の軍勢だろう。

 

「うげぇ……」

 

 ただでさえハワイに近くなったら深海棲艦の数が増えたというのに、その比ではない数の深海棲艦を見て摩耶様が嫌そうに顔を歪めた。

 

「完全に気付かれてるわよね……?」

 

 叢雲も半分くらいビビりながら訊いてくる。

 そりゃあもう、言うまでもないだろう。

 

「撤退しますか?」

 

「あぁん? 馬鹿言うな。飛行場姫とやらの(ツラ)拝むまでは帰れねぇだろうが」

 

「……だ、そうですよ」

 

 摩耶様から実に漢らしい言葉を貰ったから、諦めろと言い聞かせるように叢雲に言葉をかけて他の面子を見る。

 自然体のまま腕をプラプラさせる曙、精神を統一するかのような深呼吸をする満潮が見えた。口元に手を当てて薄っすらと顔を赤らめている荒潮はスルーだ。

 

「ハァ……バカなんじゃないの? 深海棲艦の大群(あんなの)に突っ込むなんて正気じゃないわよ」

 

 俺も流石におかしいとは思うけど、あんまり言ってやるなよ。

 血の気が多いような面子だし、四日もまともに戦闘が無かったから不完全燃焼なんでしょ。

 

「まぁ、偵察が目的ですし……摩耶様の言う通り飛行場姫の顔だけでも見てから帰りましょう」

 

「……アンタも馬鹿みたいね」

 

 無理そうなら帰るって事前に周知してた筈なんだけどな……

 でも、摩耶様なら引き際も間違えないだろう。だから俺も魚雷をポンポン撃ちたい!

 

「私はいつだって馬鹿ですよ? それより……付いてこないならここで食べられちゃいますよ?」

 

「……分かったわよ!

 

 分かってくれたようで何より。

 

 

 

 意気込んで夥しい数の深海棲艦に突っ込んだは良いものの結局やることは変わらず、適当にボコって怯ませて逃げるだけ。

 全員が孤立しないように固まって移動しているが、他の人達の活躍ぶりが凄い。

 特に先頭に居る摩耶様と荒潮が顕著で、沢山寄ってくる駆逐イロハ級を近寄らせない。

 ……そんな雑魚モンスみたいに軽く追い払わないで? 俺の攻撃力が足りないからそう思うだけ?

 

 最後尾の叢雲と満潮は後方と側面からくる追い抜いたヤツが後ろから突進してきた時に牽制や妨害をする役割。

 一匹でも処理を怠ったら全員纏めて吹き飛ばされるっていうプレッシャーの中、撃ち漏らしが無い射撃精度には舌を巻く。

 

 中央……俺の隣に居る曙は所謂補欠で、飛行場姫の発見の為に攻撃をしていないが、誰かが疲れた時や何かあった時に交代する役割があるからそのまま温存させていきたい。

 

 残った俺はと言うと……こういった役割分担や陣形? の形成を殆ど言葉を発することなくやってのけた五人は流石、大戦時代の知識とかいろいろ持ってるんだなぁ~なんて呑気な感想を持っていた。

 そんな高度なやり取りは出来なかったので、適当に飛行場姫が飛ばしてくるであろう艦載機に備えている。

 だからと言って何もしない訳にないかないから、少しずつ進路が変わったりしたからその矯正とか、味方に当たらないように牽制の射撃をしてたりした。

 

 

 

 ……深海棲艦の群れに突っ込んでからどのくらい経っただろうか?

 隣に居た曙が満潮になって、俺が摩耶様と代わって、隣に居た荒潮が摩耶様になったから……? ええい、集中してたから時間の感覚なんて無い。

 

 

 

 

 

 まだ飛行場姫の元に辿り着かないのか!?

 

 そんな具合で俺の我慢が限界になってきた頃、疲れるどころか不思議と体が軽くなったような気がしてきた。

 

「ん、あれ?」

 

 今も、駆逐ロ級の動きが若干遅く感じる。

 が、それだけではない。魚雷を投げようとしてる俺の腕の動きも遅い……?

 さっきまでは「疲れた」とか「まだかまだか」ってしか考えられなかったのに、どうして今はこんなに余裕があるんだろう? 謎だ。

 

「スチュワート、どうしたぁ!?」

 

 何かを感じ取ったのか、摩耶様が呼びかけてくるのは分かったけどそこまで離れてないのにやけに聴き取り辛い。水飛沫とか銃声を考慮しても絶対に音量が小さい。良く聞こえない。

 

「ああ……」

 

 これはアレだ。一種のトランス状態? ってヤツ?

 自分の視界の形をした窓から目の前の風景を見てるような……一歩引いた視点から、落ち着いて状況判断出来るというか…

 

 

 魚雷が鼻っ先? に当たったロ級が怯むが、沈んでくれないと邪魔で進めない。

 あとは目の辺りに三発くらい弾をくれてやれば良いんじゃないかな?

 

バーン……ってね

 

 予想通り、三発撃ち込んだらロ級から力が抜けた。

 恐らく死体になったロ級が横に倒れたから、そのままどかすようにもっと力を加えて進路を作る。

 あ〜……これ絶対疲れと緊張のせいでアドレナリンがヤバい感じにキマっちゃってるヤツだ。ロ級を押し除けるとかどう考えても普通じゃない。

 摩耶様に向かっていくイ級二体に牽制の射撃を、もう片方には魚雷を発射しておいたが、いつまでも残弾が減ってきたからそろそろ飛行場姫に辿り着かないと拙い。

 

「いつまでもこんなところに居られません! 突き抜けますよ!

 

 適当な前方に焼夷手榴弾を投げる。恐らくこんなに沢山居るなら不発にはならず何かに当たってくれるだろう。

 あとは投げた方向に居た駆逐イ級の顔面に両手で持てる分だけの魚雷をブチ込んで、速攻で沈めた。

 

 すると視界が開けた(・・・)

 

 

 

「……ワーオ

 

 遂に乗り越えたかと思ったがどうやら違ったみたいで、深海棲艦の外皮だか甲殻だか分からない破片が燃えて浮かんでいて、その破片がある場所を深海棲艦が避けた感じらしい。

 

「深海棲艦は火に弱い……?」

 

 まぁ、軍艦だろうが燃えたら爆発するし、生物なら火を恐れるのは道理か? 悪霊の類ならどうかは分かんないけど、実際に火を避けてるのは間違いない。

 

―――バンバン

 

「ええい! 考え事してる時に無粋な奴らめ」

 

 近寄りたくないからって撃ってくるのは違うでしょ……雑魚的扱いされたんだからさ、大人しく攻撃方法は噛みつきと突進だけにして欲しいね。まぁ、当たっても痛いだけだし、噛みつき(即死攻撃)に比べたら全然マシだ。

 

 

 

「っ! 見えた!

 

「本当か!? でかした曙!」

 

 後ろの方から、そんな言葉が聞こえてきた。と同時に謎のトランス状態が解けて視界と感覚が元に戻った。クッッソ疲れてるから今すぐ倒れたいが、どうやら曙が飛行場姫を見つけたらしいからしっかり見届けないと怒鳴られてしまう。それにここは寝るには深海棲艦(危険)が多過ぎる。

 振り返って曙が指さした方向を見ると、かなり離れてるが確かに、白くて目立つ色合いの深海棲艦が……

 

「って陸上に居る……」

 

 本当に深海棲艦かぁ? アレじゃあまともに魚雷当てられる気しないんだけど……。ドッジボールの天才だったら話は違うと思うけど。

 

 なんて考えていたら、またしてもサイレンが……さっきよりも近い分五月蠅さも倍増していた。

 そして、今までは単なる前哨戦だと言わんばかりに艦載機が飛んできた。

 

 佐世保に演習しに行った時に回収した高角砲を久しぶりに使ったけど、錆び付いてなくて良かった。

 案外撃ち落とせるじゃん。

 

よし、戻るぞ!

 

 飛行場姫の顔が見れたからか、摩耶様もご満悦だ。

 撤退の号令を受けて、全員が方向転換する。

 

絶対に振り返らないでください!

 

 黄色の缶(スタングレネード)紫の缶(スモークグレネード)をそれぞれ投げる。

 久しぶりに投げたそれらも劣化してるなんてことはなくて、大きな音を響かせてくれた。

 ヤバめな攻撃をしたと勘違いしたのか、俺たちの方に目もくれず、飛行場姫の方にそれなりの数の深海棲艦が向かっていったのは嬉しい誤算だった。

 

 そこからは、来た時と同じ……ではなく、俺の放った得体のしれない攻撃を警戒したのか、積極的に攻撃して来なかったお陰で撃たれたりはしたものの、駆逐イロハ級のアニメ張りのクソエイムに助けられて、誰も大破にならずに切り抜けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 行きに四日掛かったということは、帰りにも当然同じくらいの時間が掛かるという訳で……

 

 キュルルル……

 

「「「……」」」

 

 飛行場姫を見て、ハワイから引き返すこと三日目。

 俺たちは空腹に苦しんでいた(・・)

 

 荷物になるからと途中に寄った島に缶詰を置いておいたのだが、昨日立ち寄った二か所の島で何者かに缶詰が盗られていたのが原因(誤算)で、二日間何も食べていない。

 一刻も早く警備府に帰って間宮さんの料理を沢山食べたいというのは、最早六人全員の共通認識だった。

 

 二日程度なら佐世保で経験済みだわ~なんて余裕ぶっていた俺だが、あの時とは違って今回はジッとしていないから普通に腹が減った。

 

 そして分かり切ったことだが、空腹によって一種の極限状態まで追い込まれつつある者は常識や人間性をゴリゴリ削られていって、とんでもない手段を取ったりするのは歴史が証明している。

 

 つまりなんだ……「あと一日で着く」とゴールを見てしまったが故にあと一日が耐えられなくなったのは俺だけではなかったというだけだ。

 

「「「……」」」

 

 全員が無言だ。

 

 俺の音響手榴弾を海中にブッ込んで魚を殺し、摩耶様の魚雷から火薬を取り出しては、来るときに置いておいた木材を燃やし、艤装の中に居た妖精さんに精密ドライバーを借りては砲のカバーを外して海水を沸かした。

 馬鹿正直に釣りなんて言葉を出した叢雲は口を開けたまま固まってたけど、俺はそんな良い子ちゃんじゃないんでね。どうせこの世界だったら海で爆発があってもニュースにはならないだろうし。

 

 文明的なんだかよく分からない粗末な焼き魚を提供する。多分鯖だから食える筈だ。……洗う用の真水なんて無いから絶対に腹壊しそうだけど「それでも!」って頼まれたし……。

 艦娘が頑丈なことを祈ろう。一応内蔵は取ったし火も通ってるから寄生虫の類は無いだろう。やっぱり貧しくて余裕がなくなるとまともじゃいられないってことか……。

 

「……これからは作戦で遠方に行く場合は、補給地点を設営することを検討するように提督に言っておきます」

 

 全員が激しく頷いた。

 

 佐世保くらい余裕があるなら、補給艦を複数の艦隊で護衛しながら進むなんてことも出来そうだが、ウチには居ないからなぁ。

 提督が補給艦……神威と速吸だったっけ? その二人を建造してくれることを切に願うばかりだ。

 




補給もナシにこんなに活動するなんて……共食い(意味深)でもしてたんじゃないの?

主人公はゾーンに入っていたようです。
私は多分コレじゃないかな~? って感じになったことは何回かあったので、その感覚の通り描写してみました。

飛行場姫「見つけたと思ったら煙幕で逃げた。コイツ絶対ニンジャだろ……」

海の塩は美味しくない上にあまり安全とは言えないソウデスネ……。

次は8/5予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

未知との遭遇

107話です。

そろそろシナリオ進めないとヤバいヤバい……
でも茶番が止められないんだ!

サブタイトルがネタすぎる……


「? ……??」

 

 俺は困惑していた。原因は目の前の艦娘。

 今まで見たことがないから間違いなく新人なんだろうけど……佐世保で見た鈴谷さん、夕張さん、木曾さん、五十鈴さん、長月、山風、夕雲、その誰とも当てはまらない鮮やかな緑色の髪をしたこの人は一体……

 

 

 

 

 

 時は遡ること二日前。

 やっとの思いで警備府に辿り着いた俺たちは、空腹のあまり痛む腹を押さえるのを堪えながら提督に報告に行き「明日聴くから、ご飯を食べて休め」という嬉しい指示を貰って、遅い時間にも関わらず食堂に残っていた間宮さんにこれでもかと料理を頼んだ(迷惑をかけた)

 次の日(きのう)は摩耶様と一緒に報告をしに行って、感想を聞かれた俺は艦載機がヤバめだから主力を惜しげもなく向かわせるように進言。摩耶様は、飛行場姫には魚雷が通用しない可能性があることを言った。

 

 すると提督はノートに書き込みを始めて思考の海に沈んでいった。

 何とも提督らしくなっちゃって……と、近所のおばちゃんみたいな感想を抱いてたら俺たちの存在を思い出した提督に「戻っていい」とだけ言われて自由になった。

 

 暇になったから警備府をうろついていたら、やっぱり話は広がっていたのか俺に話しかけてくる人は一部を除いて殆ど居なくなったことに気が付いて、すぐに部屋に引きこもって枕を濡らして一日を潰した。

 

 

 

 

 

 そして今日、一緒に飛行場姫の(ツラ)を拝んできたカチコミ仲間と共に朝食を摂っていた。

 主な話題はやはり俺のことで、叢雲と曙からの「本当?」っていう追及で心が痛くなったが、摩耶様からの「深海棲艦をブッ飛ばしてあたしらを攻撃しない深海棲艦は居ねぇ!」っていう言葉で全部すっ飛んで行った。

 

「舎弟にしてください!」

 

 そう言ったら拳骨されて、さらにエッグトーストに砂糖をかけられたが「ほら食えよ」と悪戯っぽく笑う摩耶様も、砂糖の上から唐辛子で味を塗り替えた俺の行動には引かざるを得なかったらしい。

 

「ヘヘッ、焼きそばパンでも買ってきましょうか? 10円だけ渡してくれれば十分ですァ!」

 

 そう冗談を言ったらまた拳骨された。普通に痛かった。

 

 

 

 そして俺のことを意外にも疑っていなかったのが満潮と荒潮だったことは驚いた。

 荒潮は考えが読めないからしょうがないにしても、満潮は佐世保でも警備府でもツンツンしてたから正直嫌われてるかと思ってたけど……

 

「だって佐世保の私はアンタを……」

 

「え、何て?」

 

「ッ! 何でもないわよ!

 

「あらぁ~、素直じゃないわね~♪」

 

 佐世保でも満潮はツンツンしたような気がするが、俺……というか駆逐艦スチュワートは一体駆逐艦満潮に何をやったんだか。沈めたとかは気まずくなりそうだからちょっとやめて欲しいなぁ……。

 

 その後、俺の投擲物を見ていないか軽く探りを入れ、誰も見ていないことに安堵して、いつまでも俺のことばっかりだとつまらないだろうと叢雲の角? とかを揶揄っていた頃、提督がやって来て俺たちが居なかった十日近くの間に建造された艦の紹介を始めた。

 

 

 

 そして今に至る。

 

 俺たちの前に居るのとは人数が合わないが、今日も佐世保に演習に行っているらしい。

 手元には合計十人の名前が書かれている名簿があり、目を通すと一番上に「榛名」と見える。金剛さんが上機嫌だった理由が分かったな。

 そう思っている間に自己紹介が進み、最後に出て来たのがこの緑の艦娘。

 

「私は松! よろしくお願いします、先輩方!」

 

 ……誰?

 

 

 

 

 

「提督、この人()は一体……?」

 

 俺が知ってる『艦これ』にこんな人は出てきたっけ? 佐世保でも見たこと無いし……

 

「ああ、極最近になって妖精さんが設計図の復元に成功したらしい」

 

「なるほど?」

 

 つまり、今まで未実装だった艦娘ってことでオーケー?

 

 ……となると、今後実装されていくであろうボスとか艦娘の情報を知らない俺は知識的なアドバンテージを失っていくってことで。

 元から軍艦だった記憶なんて砂粒程度しか持ち合わせてない俺は協調性に欠ける節がある。それに最近では警備府内に不和を齎した疫病神だ。このままだとただの役立たずに成り下がってしまう。

 

それだけは嫌だなぁ……

 

「何か言ったかい?」

 

「いいえ!? 何にも」

 

 まずは、近いうちに始まる作戦で有用だ(使える)ということを証明していかないといけない。そうすればきっと、誤解も解ける筈だから……。

 

「貴女がスチュワートさん? 話は聞いているわ! 大丈夫、護って見せるわ!」

 

あっ……たっ、足りてますぅ……」

 

「……え?」

 

 ヤベ。コミュ障発動した。

 まずは艦娘と打ち解けないと駄目かぁ……。

 

 あまりの不甲斐なさに、再び部屋に引きこもって枕を濡らした。

 陰鬱とし過ぎてて苔が生えてくる勢いだ。

 

 

 

 

 

 

 

▼――――――――――

 

「いよいよ作戦を始めようと思う」

 

 ヒトハチマルマル。

 演習が終わったばかりの私達を含めた全員を食堂に集めて提督が言葉を放つ。

 

「今回の作戦の目標はハワイを制圧した飛行場姫の撃破、同時に、ハワイの近くに出現した空母水鬼の撃破だ」

 

 私は最近建造されたばかりだから知らなかったのだけれど、今はそれなりに大規模な作戦の準備期間だったということだったのね。

 目標を聴いただけでは、今の警備府の現状から考えてとても厳しいものになると思うのだけれど……提督の指揮に期待しましょう。

 

「遂行するのは非常に難しい……が、最近捕虜として捕えていた港湾棲姫が協力を申し出た。そして私はそれを受けようと思う」

 

 提督のその言葉は静かだった食堂に波紋を呼ぶには十分過ぎたみたいで、あちこちから囁くような会話が聞こえてくる。

 勿論私も驚いている。深海棲艦を撃破せずに捕虜とするのは珍しくも無いかもしれない。それでも、協力を申し出たからと言って簡単そうに承諾したような言い方には違和感があるわね。

 

「万が一に備えて北方棲姫を一時的に人質とすることを条件にした」

 

 提督の言葉で更に騒めきが大きくなった。

 深海棲艦を人質……これではまるで海賊だ。これではどちらが悪者か分からないじゃない。

 

「更に支援兼見張りとして瑞鶴を旗艦にする艦隊を付けるつもりだ。瑞鶴、頼めるか?」

 

「……はい」

 

 む。

 返事が遅い。三点減点。

 

 でも、そんな大事な役目を任されるなんて……やるじゃない。

 

よし! 次に、先日偵察に行った艦隊からの意見として、ハワイまでの道のりに中継地点の設営を計画した。深海棲艦に襲われて万が一振り出しに戻るなんてことがあると、今後の作戦に大きく響くから妥協はしない。艦隊は―――」

 

 私は主力として投入されるらしい。良い采配ね。

 でも、華のある戦艦や空母の戦いよりもそれらが全力を出せるように整える仕事が一番大切だと思うから、やってみたいと思わないことも無かったのだけど。

 それに補給地点の設営となると、必然的に敵主力とぶつかる直前までは最前線に居続けることになるから……ダメね。とても魅力的(面白そう)な役に思えて来たわ。

 

「……先日、我らが初期艦についてあまり良くない話が広まった」

 

 そう……。

 私も噂は聞いたことがあるのだけれど、初期艦……スチュワートは佐世保で提督を殺したのだとか。

 どうやらそれは本当のことで、聞いた時はどうしてくれようかと思ったのだけど、それなら佐世保の艦娘達が、赤城さんが笑顔で彼女のことを語る筈が無いもの。

 きっと以前の佐世保の提督が酷い人だったということでしょう。まぁ、やったことはやったことで、簡単に許されて良い事では無いと思うけれど。

 

「話を聞いて、スチュワートを悪だ、敵の手先(スパイ)だと言うのは結構だが、だからと言って本当に排斥しようとするのを私は良しとしない。無理に仲良くしろとは言わないが、敵対だけはしないで欲しい」

 

榛名は、スチュワートを怒らせちゃダメデース! 初期艦権限で休みが減らされるヨー!

 

えぇっ!? そ、そうなんですかお姉様!?」

 

Yes! 彼女はso scary(とても怖い)ネー!

 

 金剛さんが榛名さんと大袈裟に騒ぐなんて……警備府全体から嫌われてる訳じゃないのね。少しだけ安心したわ。

 目の前の青い髪の子を見る。

 艦隊が発表された時だけ真面目に話を聞いていて、今は自分のことを言われているのに我関せずと言わんばかりにスープに浮いてる油を箸でくっつけて遊んでいた。

 

 ……素でやってるのか演技なのかは分からないけれど、当の本人がコレじゃあ馬鹿らしくなってくるわね。……本当に赤城さんを追いつめたのかしら?

 

「最後に、私はみんなが出撃するまでの間にここで作戦を立てて、どれだけ作戦を遂行しやすく出来るか作戦を練るのが仕事で、その後は祈るしか出来ない只の人だ。だから……全員、無事に帰ってきてくれ」

 

 あら、戦果を挙げろではなく無事に帰れと言うのね。

 少しだけ好感が持てるわ。

 

提督はいっつもソレばっかり(ワンパターン)ですねぇ……

 

 恐らく独り言だったのでしょう。スチュワートが提督を舐めてるとしか思えない発言をする。

 

「……」

 

 何故かしら? 先程までの提督の話を台無しにされたような気がするわ。

 

「あ、加賀さん。食べます?」

 

 視線が一瞬合い、空気を読まずに差し出されたのは間宮さんのアイスと……焼き鳥。

 チョイスになかなか悪意と揶揄いが感じ取れるわ。

 

 きっと本人としては軽い悪戯のつもりなんでしょうけど……。

 心の中で溜息を吐く。

 

 いつの間にか、食堂全体が私達の方を向いているじゃない。

 

「……頭にきました」 

 

「え?」

 

 スチュワートに怒っているのではないわ。

 視界の端で笑いを堪えてる瑞鶴。貴女によ。

 

▲――――――――――

 




・松さんが着任しました。真の“護る艦”はどちらだ!?

・露骨に金剛+榛名を揃えてくる嫌らしい作者は私です。

・こんな言われ方や態度だから、主人公が提督から贔屓されてると思われてもっと嫌われる可能性が微レ存?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~四日目

108話です。

予約投稿忘れてたみたいです……申し訳ないです。
川内回?


「さて、と……行きますかぁ!

 

「行きますかぁ! じゃねーだろ! なンだよそれ!?」

 

 ああ゛ン!? 文句あっかぁ!?

 

 偉そうな妖精(ホモ)さんまで連れて完全武装の俺が背負ってるのはただの砲じゃない。見て分からんのか!

 

「盾ですよ。盾」

 

「ンなの見たら分かるってぇ。真面目にやる気あンのか~?」

 

「勿論」

 

 大まじめだ。

 隠そうともせずに(コレ)を見せたことがその証拠だろう。一応今まで警備府では隠してたつもりなんだけど、まさか初めての作戦で使うことになるとは……。

 

 これから始まる中継地点の設営には殺傷力も必要だろうから普通の艤装も持って行くとして、そのまま一度も警備府に戻らないで決戦のバトルフィールドに突撃するなら、いかなる状況にも対応できるように様々な手札(艤装)を用意するのは当たり前だろう?

 

 そう江風に熱弁しても「理解できねぇ……」って顔をするばかり。

 

「ンなこと言われてもな~。偵察に行った限りだと強い(やっこ)さんがわんさか居るって訳じゃないンだろ~?」

 

「スチュワートさんは強いって佐世保の皆さんから聴いたのだけど……」

 

「出発の時間を調整すれば補給は出来るだろう? 何がそこまで不安なんだ?」

 

「二つを同時に扱えるんですか?」

 

「うっ……」

 

 江風、大鳳さん、那智さんから言葉を返される。俺が強いかどうかは置いておいて、偵察で見てきた限りだと敵は大体がイロハ級(ザコ)だったし、那智さんの言う通り補給も予定に入ってる。

 

 それに三日月の言う通りどっちかは使えないんだよ……俺の腕は二本だけだし二つを同時に、器用にに使おうとしたら脳がオーバーヒートでおかしくなっちゃう!

 

「……艤装を二つも持って行くってことは、日中の分と夜戦の分ってことだよね!?

 

「「「それは無い」」」

 

「じゃあ……こっちですね」

 

 砲を置いていくことに決めた。このまま欲張って二つも持って行ったところで毎晩後悔することになるって直感が訴えてくるし、遅れて理性も警告してきたから。

 

 それに、やっぱり妖精さん謹製の専用装備で活躍したいからねぇ! 男の子だもん。専用なんて単語には夢を持ってたいのよ。

 

 

 

 

 

 最終目的地はハワイ。予定では五日目から六日目にかけて飛行場姫にアタックを仕掛けるらしい。それまでに中継地点設営班と名付けられた俺たちの艦隊がしなくてはいけないことは……

 

「まずは四日目までに偵察の時に寄った島まで移動、その後は輸送されてくる資材を守りつつハワイ近海にいる深海棲艦の数を減らすこと!」

 

 OK~? といった感じで全員に顔を向ける。

 若干一名は既にアイマスクまでして俺に引っ張られてるけど自他ともに認める夜のエキスパートだし、日中がポンコツでも夜の時間帯を強力にカバーしてくれるのはこういった時にメリットに感じちゃうから不思議なものだ。

 

 今回の作戦をざっくり説明すると

 

 二歩進んで一歩戻るのが輸送班。

 一日に二回、二日間で合計四回出撃して目的の島に資材を運び、主力艦隊が全力を出せるようにするのが仕事で、今日の午前中担当の艦隊は既に出発している。恐らく島に着いた頃に入れ違いになるだろう。

 

 次に、二歩進んで立ち止まるのが俺たち設営班。

 作戦終了まで警備府には戻らず、最前線で深海棲艦を狩るのが仕事だ。

 偵察の時にハワイの前に立ち寄った島がゴールで、そこまで行ったら今度は運ばれてくる資材を深海棲艦から守りながら、ハワイ周辺の深海棲艦の大群を少しでも減らすのも仕事だ。

 

 最後に主力艦隊。

 明日から出発し、移動しながら明石さんを護衛して、他の班が用意した道を進んで全力で飛行場姫を叩くメンバー。

 金剛さんに榛名さんに加賀さんに……普段なら過剰戦力な面子も、飛行場姫を相手にするならそんなことは無い……。資材は考えないものとする。

 

 それらとは別に、港湾棲姫を一緒に空母水鬼を倒しに行く瑞鶴さん率いる別動隊がある。

 

「……まぁ、今は午前の輸送班が通った後を通ってるからただ進むだけなんですけどね」

 

 海の上には何も無いし、天気も眩し過ぎない程度に雲がかかってるし、眠くなる……。

 

「Zzz……」

 

 でも川内さんは流石にgoing my way(我が道を往く)にも程があると思う。

 

 

 

 

 

A mission complete(任務完了)! 後は宜しくネー!」

 

「お疲れ様です」

 

 輸送班が通った後にしては道中の深海棲艦がキレイに掃除されてると思ったら……なるほどね。そりゃあ金剛さんが居るならイ級程度なら何匹居ようが鎧袖一触されるだろうよ。

 

 島には資材が置かれている。駆逐艦四人と軽巡一人にしては随分多いな……これ多分、艤装を多少削って資材にリソースつぎ込んだな?

 そう考えながら川内さんと、持って来ていた寝袋を地面に降ろす。

 

「昼頃ですし、取り敢えず休憩しましょう」

 

「応とも! ……ってそうは言ってられないねぇ」

 

 何かに気付いた江風がそう言って、四人が振り返ると……

 バン!

 

 発砲音がして、遠くから発砲した深海棲艦の砲弾が、資材との直線状に立っていた那智さんに向かって飛んできた。那智さんはソレを、

 

「フッ、甘い!」

 

 手で弾いた……ヴォーッ! カッケー!

 

 ピシュンー

 

痛ったあ!

 

 弾かれた弾は川内さんに当たったらしい。頭を押さえて飛び起きる川内さんだが……アイマスクが外れてないから全然大丈夫そうに見える。放っておこう。

 

 

 

 こうして、俺たちの大型作戦は始まった。

 

「締まらねぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり数が増えてるよ~! スチュワートも攻撃に参加してくれないとちょ~っと厳しいかも!」

 

 四日目の明け方。

 まだまだ夜だと言うのに、川内さんが珍しく弱気な発言をする。その原因である深海棲艦の数はやっぱりハワイに近い場所まで来たからだろう。昨日とは比べ物にならないくらいに増えている。

 

 今までは川内さんが一人でも十分に余裕があったみたいだから俺は保険みたいな感じで資源を守ってたんだけど、そうも言ってられないみたいだな……。

 

三日月……三日月……

 

すぅ……!? はいっ!? ……何ですか?」

 

遅くに申し訳ありませんが、資材の見張りをお願い出来ませんか?

 

「えぇ~っと……うん。大丈夫ですよ」

 

「じゃあ手早く準備をお願いしますね」

 

 これで良し。 めっちゃ眠そうな三日月には悪いけど無茶してもらうぜ。

 

 

「ちょっ! 危ない! スチュワートまだ~?

 

「今行きます!」

 

 川内さんに再度呼ばれたから、三日月の準備が終わりそうになったのを見て飛び出すように海に出る。

 

「せいっ!」

 

 気合を入れて……カチリと探照灯を点ける。

 

「どうだ明るくなったろう? ハハハぐぇっ!?」

 

 横腹に衝撃を受けて蛙が潰れたような声が口から漏れる。今ので完全に飛び出た勢いが消された。いきなり撃ってくるなんて……敵キャラの面汚しよ。

 

『夜にコレを使うと、敵から狙われやすくなるのよ!』

 

 警備府で探照灯を準備した時に、何故かドヤ顔でそう言ってきた暁の言う通りだ。

 まさか点けた瞬間に撃たれるとは思わなかったけど。

 

 盾を構えながら考える。

 狙われやすくなるなら、盾を持ってる俺との相性は良いと思ったんだけど……敵が一方向に固まっている訳じゃない。

 

「多くの方向を照らすなら、回すように探照灯で360°を照らす必要が有る?」

 

 後は艦載機は飛んでないから極端に盾は上方向に構えなくて良いし魚雷は……イ、ロ級は撃ってこなかったし、ハ級とニ級が居ないことを祈ろう。当たっても一発や二発なら耐えられるだろう。多分。

 

 やることは決まった!

 

 まずは俺を中心に円を描くように機雷を撒いていく。そして……

 

「ふぅ~……ハッ!

 

 超信地旋回! 実際の軍艦では絶対に実現できない動きも人型の艦娘なら出来ちゃう! 気分はコンサート会場で首を振りまくるサーチライトだぁ!

 

「眩しいか? 眩しいかぁ!?」 

 

 後は片手で盾を横にして構えて、もう片手に探照灯を持ってその場で回り続ける。

 

「ッ! 痛っ……うっ……ぐぅ……」

 

 派手に周りを照らし過ぎたのか盾に伝わる衝撃は多く、同じくらい背中に背負ってる高角砲から受ける衝撃も多かった。ガードの甘い横腹にも何発か貰ったし、流石に被弾が多すぎる。

 

 ヤバいと思った俺は回るのを止めて、せめて攻撃を受ける方向を絞ろうと、早くも違和感が現れた艤装に無理をさせながら移動を開始した。

 

 

 

 

 

 日が登り、予定通り大鳳さんが艦載機を飛ばしたことによってイロハニ級が海の藻屑になって、俺たちの夜戦が終わった。

 ()()うの(てい)で島に戻る。三日月が準備してくれていた寝袋に倒れこむ。

 クッッッッソ疲れた。具体的には寝袋を準備するのも面倒になるくらい。三日月の気配りがマジで有難い。

 

「凄い凄い! みんなスチュワートに夢中だから攻撃し放題だったよ!」

 

 どうやら俺は昨日の夜だけは深海棲艦に追いかけられるアイドルだったらしい。そういうことは妹に言ってやれよ……。俺はアイドルなんてしたくもないし、深海棲艦がファンとかギャグかよ。

 

またよろしくね!

 

 嘘やん。

 




川内 が 仲間になって欲しそうに 主人公 を見ている……

 たたかう
► にげる

*にげられない*

「リセットしますね^ ^」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

直前のひと時

109話です。

ン巻きで頼むよ……。


 日中、一つ手前にある島から資材が輸送されてきてた。

 元から明るいことに加えて、大鳳さんが艦載機を飛ばす音と深海棲艦の鳴き声? で俺と三日月はなかなか寝付けなかったが、そこに人が増えて話し声が追加されたらどうなるか?

 

 答えは寝れない……なんてことはなく、輸送班が持って来ていた物の中に遮光テントがあったこととお喋りなどを控えてくれたこともあって、俺と三日月はそんな気遣いに感動しつつ寝不足だった為まるで夜勤明けの労働者のように眠りについた。

 

 

 

 昼過ぎに目が覚めた。

 まだ寝てる三日月を起こさないよう静かにテントを出ると、能面のような顔で缶詰の空を潰しまくっている村雨さんが居た。艦娘の艤装パワーで潰された缶が煎餅みたいになってら……。

 

「時雨ちゃんか春雨、五月雨、海風が良かったのにどうして? 嬉しいんだけど複雑……」

 

 ボソっと呟かれた言葉から、先日の新人たちを思い浮かべると……ああ、なるほどね。

 

「確か涼風でしたっけ? 災難? ですね?」

 

そう! ……最近ちょ~っといいこと無いのよねぇ」

 

 甘い物が無いとやってられないわよ……なんて言う村雨さんに、以前した甘いものを奢る約束を作戦が終わったらやろうと伝えたら、本物の船が動きかねない量のカロリーを摂取するって言い始めた。

 常人がやったら糖尿病RTAになりそうだけど……まさか艦娘はノーカンだとでも言うのか?

 

閑話休題(それはさておき)……ゴメン。やってみたかったんだよ」

 

「……」

 

「……予定通りだとこの島に艦隊が三つ、計十八人が居る筈ですよね?」

 

「そうね」

 

「そうなると既に此処は前線の拠点。誰かはちょっと離れた場所まで行って深海棲艦を倒してたりは……」

 

「それなら~。龍田さーん!

 

「はぁっ!?」

 

 おまっ、龍田さん呼ぶなよぉ! どんな顔して合えば良いのか分かんねぇんだよぉ!

 

「え? ……あっ」

 

 今更気が付いたか! だがもう既に時間切れだよ目が合ったもん。

 ええいままよ! ……龍田さんチーッス! 高校で鍛えられた舎弟ムーブを見せてやるよオラァ!

 

 

 

「どんな神経してたら私に話しかけて来られるのかしら~? 一回ここで解剖(かいたい)してみようかしら~?」

 

 ……すっげぇピリピリしてらっしゃる。

 

「……瑞鶴さん達が港湾棲姫と一緒に空母水鬼を撃破したそうよ」

 

「それは良い事なのでは? どうしてそんなピリピリしてるのかが分からないんですけど」

 

「貴女の普段の行いを振り返ってみたらどお~?」

 

 普段の行い……?

 誰も起きてない時間に活動(はやおき)を開始して、午前中は大事な書類を見て(書類仕事)、午後は警備府を見て(視察)、偶に港湾棲姫のところ(秘密基地)に行って、自分の部屋には誰も居れないようにして(ではイメージ崩壊レベルで)寛いで、最近は殺人犯であることが周知の事実になった。

 

「……完全に不審者(ヤベー奴)ですねぇ!」

 

「ええ……そうね~。自覚してるならどうして直さないのかしら? 頭からしたほうがいいかしら?」

 

「ヒェッ」

 

「それはそうと教えてあげるわ。今はここに一艦隊分が残っていて、他の人達は辺りの深海棲艦を倒しに行ったわ~」

 

 おお……なんか普通に教えてくれたぞ?

 

「さぁ、提督の目の届かないところだし誰が沈もうとも深海棲艦の所為に出来るわ。貴女は何をするのかしらね~?」

 

「何もしませんよ。夜に備えてまた仮眠を取るだけです」

 

 即答する。

 面倒くさいしわざわざ面白くも無いトラブルを自分から起こしたくない。それに別に疚しい事はしてないから……俺は良くも悪くもクソ正直なんでね。

 

「じゃあ寝てるところをサクッと殺っちゃうわね~?」

 

 勝手にしてくれ。

 まぁ……痛みを感じうに死ぬならそれはそれでハッピーかもしれん。怪我とか病気で寝たきりなんて嫌だぞ俺は。

 それに、殺られたら殺られるように立ち回った俺が悪い。

 

 でも……

 

「龍田さんはそんな事しませんよ」

 

 コレは俺の直感。本当に艦娘(軍人)が殺しをしようと思ったら敵意を悟らせないと思うから。

 

「……」

 

 村雨さんはさっきから、龍田さんまで黙ってしまわれた……。

 あんまり眠くは無いけど……寝よう。寝溜めしよう。

 

 

 

 ……夜戦にお呼ばれされなかった。寝れない。

 

 

 

 

 

 

 

 五日目。一同は騒然としていた。

 

「海が赤くなってる……」

 

「フッ」

 

 誰かの呟きが聞こえるが俺は至って冷静だ。慌てるどころか余裕さえある。

 赤い海はテレビで見たことがある。原因はプランクトンだったり藻だったりするらしい。つまりこれは何も恐れることのない自然現象であると決めつけて、他の人が慌てる様子を微笑ましいものを見るように見ていた。

 

「こんな異常事態なのに随分ご機嫌じゃない?」

 

「……龍田さん」

 

 昨日から……いや、例の話をされた時から目の敵みたいにして……。

 

「どうしてそんなに突っかかってくるんですか?」

 

 満潮を見習ってくれよ。昨日お喋りした時に色々聞いたらどうやら俺、駆逐艦スチュワートは満潮を大破させたんだってさ。それなのに「戦争だから」って何でもないように割り切っちゃって……俺ァ感動しちゃったね。撫でようとしたら怒られたけど。

 

「それよりもどうしてそんなにご機嫌なのか答えて頂戴?」

 

 強引だなぁ……

 

「そうですねぇ……赤い海(コレ)は海水に混じった赤い物が原因です。例えば……プランクトンとか!」

 

 そう言いながら海に出てバケツで海水を掬う。

 

 中にあったのは……赤い液体(・・・・)

 

「……」

 

 ええいまだだ!

 

「プランクトンじゃないなら藻です!」

 

 全くハワイの海はヤンチャで困るぜ……。

 これまた輸送班が持って来ていた簡易的な濾過装置に、赤い液体を入れる。

 

 暫く待って出て来たのは……赤い液体(・・・・)

 

「……ナニコレ?」

 

 藻じゃないなら錆か? だったら濾過装置で取れそうだけど……海水に溶けたの?

 

 指に付けて舐めてみる。……俺の通っていた高校は古臭くてね。蛇口から偶に錆びが出てきていたのよ。ちょっとだけだけど飲んじゃったこともある。だから指に付けたくらい平気だろう。

 

「……」

 

 鉄の臭いが……しない……ッ!?

 しかも海水独特の塩っぽさも無い。

 

 ……

 

ナニコレナニコレェ!?

 

 え? そもそもコレ海水じゃないの!?

 

 そこからは、俺もみんなと一緒に半分くらいパニックになった。

 

 誰かが宥めようとはしてくれるが、落ち着いてなんて居られるか!

 本当だったら今すぐ青い海を見る為にここから離脱したいくらいだ。

 

 

 

 

 

「近づくにつれて海がだんだん赤くなってるのは気のせいじゃないんだ。へえ~雰囲気あるじゃない」

 

「あっ!」

 

 伊勢さんの一言で気が付いた。

 赤い海は演出だ。言われてみれば成る程、確かに明らかにおかしい子の海の色が恐怖や緊張感を煽るのにピッタリ。

 蒸留しても駄目だったみたいで、どうして赤いかの説明も全くつかないから『艦これ』の演出であることは確定的に明らか。

 

「ありがとうございます!」

 

 伊勢さんにお礼を……アレ?

 

「Hey! 皆サーン。くたばったりしてないデスカー?」

 

 ……マジか

 

 主力艦隊来ちゃってんじゃん。

 まだ結構朝早いんだけど、張り切り過ぎじゃない?

 

 

 

 それから暫くすると、夜の哨戒に行ってた人達が戻ってきた。

 

 その人達にはこのまま明石さんと間宮さんの護衛をしてもらうことになっている。

 主力が来たからには後は雑魚を散らすことなんてしない。

 

 最後の作戦確認を大淀さん達と進めていたら、拡声器を持った青葉さんが来て俺に渡して来た。

 

「……コレで何をしたら?」

 

「気合の入るような言葉をお願いします」

 

「え? 嫌です」

 

 当たり前だよなぁ? だって大淀さんとか金剛さんとか、もっと相応しい人は居るでしょ。

 だってアレやぞ? 俺みたいな変質者(ヤベーの)に音頭取らせても誰も付いてこないって。

 

「そこを何とか!」

 

「……」

 

 何か申し訳なくなってきたから受け取る。

 いつの間にか周りには大勢が集められていて、俺と青葉さんのやり取りを見ていた。

 

「ねぇこのやり取りどう思います?」

 

 一番話しやすい場所に居た白露に問う。

 

「凄く仲が良いんだね!」

 

「……ええ。それはもう」

 

 こんな無茶振りをしてきた青葉さんには感謝のあまり地獄突きをしたいくらいだ。

 

 いつまでもここでグズグズしてるわけにもいかんししなぁ……

 

ハァ……。意味わからん……カンペは無いのか? え~……長い作戦と飛行場姫の命もそろそろ終わりの時が来たようです。目的は飛行場姫! いざ!

 

「抜錨!」

 

「「「 抜錨! 」」」

 




やっと飛行場姫だ……。
文書構成がガバガバだから長く感じる……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

猫は気まぐれ

110話です。

評価バーが染まりきった!? ありがとう……ありがとう……
それはそうとあと五話以内には一区切りつけたいところ。

この時期はアイスが恋しい。
そんな私は毎年南極に行きたいって言ってるような気がします。



 前方から砲の撃ち合う音と深海棲艦の雄叫びは絶え間なく聞こえてくる。

 

 そんな中でまだ敵影すら見てない俺は、期待されてないからここに居るんじゃないかと不安になると同時に活躍しないといけないという義務感が胸の中に渦巻く。

 

「そんなにソワソワするものでは無いわ」

 

「加賀さん……」

 

あちら(佐世保)の赤城さんも言っていたのだけれど、貴女はソレを持って突撃するのが好きみたいね?」

 

「恥ずかしながら。盾では攻撃を受けることは出来ても遠くから攻撃は出来ないので……」

 

 隣を進む加賀さんに答える。

 冷静に答えられたと思うが、実際は心の中で赤城さんに「何言っちゃってんのぉ!?」って言いたい気持ちでいっぱいだった。

 

「逸る気持ちは解るわ。だけど焦っていても仕方ないでしょう?」

 

「仰る通りです」

 

「……私もね、建造されて間もないのにこうして作戦に、それも主力として出撃している現状には些か疑問があるのだけど」

 

 「どういうことかしら?」と言いたげに俺の方を見る加賀さんに対して俺は、ハハハと乾いた笑いを上げながら頬を書く仕草をするのが精いっぱいだった。

 しょうがないじゃん。警備府は今発展途上なんだからさ……。

 

「……提督の仕事は、作戦を成功に導きつつ皆さんを無事に帰還させることです。その為には頑張らないといけないですね?」

 

 と無理矢理話題を逸らしつつ「一航戦の誇り、見せてくれますよね?」と言うと、加賀さんは目を閉じて前を向いた。

 不敵に笑みを浮かべた横顔の、後ろに流れる髪の一房が無性に恰好良く見えた。

 

「愚問ね」

 

 飛行場姫に負ける要素無ぇわコレ。

 

 

 

 

 

 猫がフシャーッ! と鳴いて威嚇するのと、今みんなが経験しているように飛行場姫がサイレンをクソデカい音量で響かせるのは同じことなんだろうか……。

 

 島を出発してから暫く、浮かんだまま動かない深海棲艦を横目に進み続けた俺たちは遂にと言うべきか、飛行場姫のサイレンを聞くことが出来た。

 俺を含む偵察した面子は二回目だけど、やっぱり初見だと心停止するってこんなの……どう考えても猫の威嚇と規模が違い過ぎる。ねこは心停止なんて引き起こさない。ねこはいます。

 

 

 そしてこのサイレンが鳴り響いたということは、とうとう主力艦隊の出番が来たということである。そしてその主力艦隊は俺と加賀さん、金剛さんと榛名さん、伊勢さんと多摩さんの六人。

 

戦争でもしようって言うんですかね……

 

「何言ってんの? 戦争でしょ?」

 

 独り言を伊勢さんに聞かれた。

 そりゃあ『艦これ』は軍艦がモチーフのゲームだから戦争で……

 

「戦争でしたね……何でもありません……」

 

 ガチ震えてきやがった。これが武者震い……?

 マジで普段からこんな編成を組もうものなら資材の消費が怖くて発案者の頭と正気度を疑うようなものなんだけど、今は大型作戦の真っ最中だから尚更失敗は許されないっていうのも理由かもしれない。

 

「う~ん……」

 

ヒヤッ……

 

ヒィ゛ェア゛ア゛ア゛ッ!

 

 突然、首筋に冷たい感触がした。

 

「に゛ゃーっ! うるっさいにゃあ!」

 

 バッと振り向くと、目を吊り上げた多摩さんが居た。

 さっきの俺の絶叫で他の人達も全員こっち向いてるし……距離的にさっき首筋に触って来たのは真後ろに居た多摩さんで間違いないだろう。

 

「……いや、仕掛けた本人が五月蠅いって言うのはちょっと違うと思います! それはそうと何してくれたんですか!」

 

 緊張感のカケラも無ぇな!?

 そんな多摩さんを咎めるように怒って見せると、全く悪い事をしたとも思ってないようなキョトンとした顔をしていた。

 それどころかそんな俺の様子を見て、フッと柔らかい表情になると

 

「さっきまでは緊張し過ぎだったように見えたにゃあ。適度に気を抜かないと疲れちゃうにゃ~?」

 

「……」

 

 やだ……カッコイイ……。緊張を解してくれるとか意外とお姉さんだな?

 これがギャップ萌え? でも、語尾が無かったらただのイケメンだからそのままでお願いします。

 

「ありがとうございます、球磨さん」

 

「にゃっ!? 多摩は球磨姉じゃないにゃ!」

 

 あ、艦載機……

 

「さぁ! いつまでも騒いではいられませんよ!」

 

 そう言いながら高角砲を構える。

 後ろでニャーニャー言ってる人は知らない。今はもう遊んでる場合じゃないんだ。

 

 発射して……命中。良い感じだ。

 

 

 

 

 

 

 

 飛んで行く艦載機、俺から見えるそれらは加賀さんがぶっ放すもので、空中では小規模の爆発が続いている。

 俺たちの近くまで抜けて来た艦載機が居ないか目を凝らして、百を優に超える艦載機の群れが空を蠢く蟻に見えて来て気分が悪くなってきたが、提督が明石さんに用意させた “秘密兵器” を持ってる金剛さんと榛名さんに負担をかける訳にはいかないと考え、再び空を睨む。

 

 ……良いニュースと悪いニュースがある。

 良いニュースは提督の計画通り金剛さんと榛名さんはまだ最低限の砲撃しかしていないから余力はしっかり温存できているということと、先程大淀さんが寄越した通信で、無数に沸いた深海棲艦の処理の進行度合いが良い感じだから主力艦隊に大鳳さんが助太刀に来るということ。

 

 そして悪いニュースは、金剛さんたちを温存させ続けられるか、大鳳さんの助太刀が何時になるか分からないことと……

 

「くっ……」

 

 斜め後ろから小さいが、伝わる苦々しさはそんなもんじゃない声が聞こえてくる。

 チラリと振り返り、声の主である加賀さんの隣につく。

 

「一時だけ戦艦の皆さんに対空を頑張ってもらいましょうか?」

 

「まだやれるわ」

 

 そう言いながら、近付いたとはいえまだぼんやりと輪郭が見える程度には距離が離れたハワイをジッと睨み、弓を射る加賀さん。

 応える口調は勇ましく、視線も射殺してやると言わんばかりに気迫が籠っているが、額には玉のような汗を浮かべ、弓を構える時以外は肩で息をしていることから、相当疲弊しているのが分かる。

 

 加賀さんが押されている。これがもう一つの悪いニュース。

 でも本人がまだやれるって言ってるんだし……

 

「無理そうだとこちらが判断したら介入します。頑張ってください!」

 

「そんなに心配しないで頂戴。私を誰だと思ってるの」

 

 天下の一航戦。そう言おうと思ったけど

 

ごめん! そっち通した!

 

「!」

 

 叫ぶような伊勢さんの声に反応して大きく返事を返すと同時にそちらを見る。

 そうだよ。俺ばっかりお喋りしてサボって良い訳ないもんな。 

 

ガァアアアアア!(グゥアアアアア!)

 

 何この……なに? 駆逐ハ級を二つくっつけたのに御者みたいな+αをくっつけたような深海棲艦は……初めて見るな。軽巡? それともスペシャルな駆逐艦? 分からん……

 

ドンドンドンドン!

 

「ッ!」

 

 咄嗟に盾を構えて受け止める。後ろには加賀さんが居るから避けるという選択肢は無い。

 

『助けは必要ですか?』

 

「榛名さんが狙う相手はコイツじゃありませうおっ!

 

 魚雷と同時に砲撃だと!? ふざけろ畜生!

 盾を海面に半分くらい突っ込んで、残りの海面から出てる部分に隠れるようにして身を屈め……ないで腕で顔を覆う。

 ヤツの射線上に俺と加賀さんが居るからどっち狙ってるのか分かり辛いんだよクソが!

 ビシビシと、顎から下に小さい石を投げられたような衝撃を数度受ける。痛い……が目に入らなかっただけ良しとしよう。加賀さんには集中して艦載機を飛ばし続けて貰いたいからね。俺も多少の無茶はするってモンよ。

 

『……ふふっ、金剛お姉様の言った通りですね。でも、無理はしないで』

 

「え? あ、はい」

 

 榛名さんからの通信の直後に沈めていた盾にも衝撃が加わり、海面を支点とした梃子の原理で思わずつんのめる。

 

「おっとぉ……よし。Go! ……ん?」

 

 海から盾を引き上げて魚雷を発射したところで、ヤツから艦載機が飛び出した。が、挙動がおかしい。こちらに向かって来るでもなく、そのまま上にフワーッ……って

 

「えぇ……」

 

 あんなの良い的ですって言ってるようなモノじゃん。

 高角砲で撃ち落とす。何しに出て来たんだあの艦載機。

 

グヮアアアアア!(ガァアアアアア!)

 

 おお、当たった当たった。

 後は魚雷のおかわりで追撃しようかな、と思ったところで

 

 相手が大きな水柱に包まれた。

 

「……は?」

 

 薄くなる水煙から何が飛び出してくるか、盾を構えて警戒していると……

 

間に合いました!

 

 水柱があったところに大鳳さんが立っていた。

 同時に、加賀さんが居た場所からパシャリと、弱い水の音が聞こえた。

 




ト級 お前、消えるのか……?


多摩はいます。
います

多摩でした。

よろしくおねがいします
メモ


 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

心恋(うらごい)しき戦の火

111話です。

みんな ねこ 好き過ぎでしょう。笑いました。
愛されてるなぁ……あぁ多摩さんや、君ではないねこのことだ。

中二病タイトル……後の黒歴史……ウッ


加賀さん!?

 

 大鳳さんが凄まじいスピードで加賀さんの元へ駆けつける。

 

「大鳳さん……」

 

 加賀さんは疲れからか汗で滑ったのか、弓を落としてしまったらしい。

 片膝に手を着いて、過呼吸になってるんじゃないかと心配になるくらい息を切らせている。

 青葉さんがワンショットを取りそうな珍しい顔を加賀さんが大鳳さんに向けて、放った言葉は……

 

「ごめんなさい……まだ、敵の艦載機が」

 

 若干悔しそうに感じる謝罪だった。

 加賀さんが感情を分かりやすく表面に出すことは珍しいから、きっと心の中では血涙を流す勢いだろう。

 

「大丈夫ですよ」

 

 そんな加賀さんに落とした弓を拾いながら声を掛ける。

 

「何も加賀さん一人で飛行場姫を相手しろって言われてる訳じゃないんです。むしろ、加賀さんはやり過ぎました」

 

 労うように、慰めるように言う。

 この際、少しくらい誇張とか入れても良いだろう。

 

「飛行場姫の手柄を加賀さんが独り占めする気だって皆さん怒ってますよ? それに、途中で一時撤退したとしても提督は正当に、平等に評価してくれますって!」

 

今行きます! ……加賀さん、ありがとうございます」

 

 通信を受けたのか、大鳳さんが伊勢さん達の方に向かい艦載機を飛ばし始めた。

 

「ささ、加賀さんは後方に居る明石さんのところで休憩しましょう」

 

「……面目ないわ」

 

 戦場から離れ始めたとき、加賀さんがそれはもう申し訳なさそうに言った。

 

「建造してから一月どころか一週間程度なら十分過ぎます」

 

 当初の予定ではここで金剛さんと榛名さんが攻撃、迎撃を始める筈だったんだけど……加賀さんヤベェ。

 

「そんなに活躍した加賀さんがその態度だと、全員が大金星を挙げなきゃいけないですね? そうなると深海棲艦が足りませんよ」

 

「そう。じゃあ素直に喜んでおくわ」

 

 うん。……個人的に加賀さんはMVPだと思うよ?

 

 

 

 

 

「あちゃ~……派手にやりましたねぇ」

 

 無事に明石さんと合流した。

 加賀さんをパスしたら、艤装を見るなり苦笑いをした明石さんの口から出て来たのが今の言葉。

 

 特に被弾したとも聞いてないし、加賀さんの飛行甲板もそこまでボロボロじゃないから俺としては特に問題ないように見えるんだけど……明石さんには何が見えてるんだろう?

 やっぱり工作艦の能力的な何かがあるのか?

 

「加賀さんをよろしくお願いします」

 

「任せて! さぁ! 艤装を渡してください!」

 

「ええ。出来るだけ手早くお願いね」

 

 えっ。

 

「早く戦場に戻らないといけないもの」

 

 えぇ……。

 少しくらいはゆっくりしてればいいじゃん。マジであんな活躍を何度もされたら手柄争奪戦になっちゃうから。

 

「いやぁ……これはすぐに戻るとか言えないと思うんだけどな~アハハ……」

 

 (ひしゃ)げた矢を見せる明石さん。

 アレ? 何で射ったと思われる矢が入ってんねん。自動的に戻ってくるとか凄くない?

 

「そう……では、少し休憩させてもらうわ」

 

「でも加賀さんが休憩終わっても修理が終わってるとは限りませんよ?」

 

「その時はそうね……適当に砲でも貸して頂戴」

 

 ウッソだろオイ。どんだけ戦場に飢えてんの!?

 

「戦艦や重巡が使ってるような大きなものが良いわね」

 

 加賀さんは狂戦士(バーサーカー)だったか……

 

ゆっくり休んでてください! いいですね!?

 

「……。そろそろ疲れが取れて来たのだけど」

 

 ええい駄々っ子か! どんだけ戦いたいんだ!

 

「もう行きますからね! 明石さん、修理が終わるまで加賀さんには絶対に艤装を渡さないでくださいね!」

 

 そう言うなり回れ右して全速力で戦場へ向かう。

 後ろの方から「ちょっとおおおぉぉ……!」なんて聞こえるけどまぁ……頑張ってもらうしかない。

 

 

 

 

 

 戻ってきて再び前線。

 伊勢さんと大鳳さんを中心にした対空能力が高い面々で飛行場姫が飛ばしてくる艦載機を落としながらゆっくりと、しかし確実に進んでいた。

 

 俺も高角砲あるし混ざろうかな~なんて思ったとき、祥鳳さんに見つかって、前に出ている金剛さんに合流するように言われた。

 目には目をって言うし、艦載機には艦載機をぶつけるんだろう。ただ撃ち落とす俺が出しゃばる場面ではないらしい。

 

 そして少し進むと前を進む艦隊が見えて来た。更に前方の空では爆発が起きている。

 取り敢えずあの爆発してるラインの下あたりまでは突き進んでも良いってこと?

 

「あれっ!?」

 

 榛名さんの艤装が火を噴いてるやん! そんなに状況はマズイの?

 

状況は!?

 

『Oh~! ……スチュワートうるさいデース』

 

「あ、済みません」

 

『でも心配Nothing! コレはただの練習だヨー』

 

 練習って……今はバリバリ本番(作戦中)だと思うんだけど。

 金剛さんに追いつくと、大分近づいたハワイの砂浜を指差した。

 

「飛行場姫……」

 

 まだ米粒みたいなサイズだけど、既に肉眼でも見える程の距離であることを知った。

 

「提督から渡された大切な秘密兵器は私と榛名で一つずつだからネ! 万が一にも外せないんデース」

 

『お姉様! 練習はもう……』

 

「緊張で外すのはBadだヨー?」

 

『はい! 榛名は大丈夫です!』

 

 榛名さんの練習が終わったらしい。後ろで腰に手を当ててまるで現場監督みたいに榛名さんを見てた金剛さんも大丈夫だろう。まさか今まで碌に発砲してないから冷えて動かないとかは無いだろうし……無いよね?

 

 金剛さんがボソボソと何かを呟いたと思ったら、ザッと艦載機の雲が三つに割れた。

 比較的俺たちの側にあった艦載機が左右に分かれて、その場には俺たちの方に向かってきている艦載機が残された。

 

 誰が見ても状況が動いたと分かる。俺たちの間に緊張が走る。

 

撃ちます! Fire~!

 

てーっ! ……ああっ!?」

 

 金剛さんと榛名さんが撃った弾。その内片方が飛行場姫を守るように射線上に入って来た艦載機にぶつかって……無力化された。その艦載機は「何かしたのか?」と言わんばかりにそのままどこかへ飛んで行ってしまった。

 

 一方で金剛さんが撃った秘密兵器は無事に当たったらしい。艦載機の群れの先頭がパッと光ったと思ったら連鎖的に爆発が起こった。

 

「うわぁ……」

 

 めっちゃ燃えてる……しかもこれで二つあるうちの一つだけってのが恐ろしい。

 艦載機が燃えて爆発が収まった頃には黒い雲は薄くなり、明らかに艦載機が数を減らしていることが分かった。

 

「…-その秘密兵器ってなんなんですか?」

 

 戦場カメラマン(青葉さん)が「ほほう。これがあの……」とか言いながらカメラ構えてたから史実的に結構有名な何かなんだろうなぁ。

 

「話は後! 今がチャンス、行くデース!」

 

 言うなりシュバッ! と音がしそうなくらいの急発進で金剛さんが飛行場姫に向かって移動を開始した。 

 

「「よっしゃあ! 行くぜ行くぜ〜!」」

 

 言葉の意味を理解して金剛さんについて行こうとしたら、後ろから江風と長波が飛び出してきた。……この二人は絶対に金剛さんの言葉を脊髄で聞いてた間違いない。

 

「……」

 

 榛名さん落ち込んでたし後でフォローしておこうと決めて、俺も出遅れないように前進を開始した。

 

 

 

 

 

一番先頭にいるのが戦艦、しかも高速戦艦と言うのが大きいんだろう。

 駆逐級が出てこようが鎧袖一触。軽巡も見敵必殺(サーチ & デストロイ)。重巡もちょっと時間が掛かる程度で然程問題にならない。

 好戦的な駆逐艦二人も戦闘で暴れ、榛名さんも失態を取り返そうと頑張っている為、その後ろに居る大勢の負担は非常に小さかった。しかも移動のペースが遅くない。

 

『そろそろ私たちが飛行場姫に攻撃を開始するネー!』

 

『艦載機の対処をお願いします!』

 

 金剛型の二人から通信が入る。

 対空……ねぇ。なんかいっつも艦載機相手してるような気がするけど……まぁ、そんなこともあるだろう。

 

「お任せください。高角砲が火を吹きますよ」

 

 金剛さんに通信を入れて、急加速。一気に先頭まで踊り出る。

 飛行場姫の攻撃を飛行場姫が撃破されるまで捌き切ればいいんでしょ? 余裕余裕。

 だって俺は赤城さん相手にしても結構粘ったんだぜ? しかも飛行場姫は手負いと来た。

 

「そら! ハッハァー!」

 

 ほら、赤城さんの攻撃よりも全然軽い。

 

 それだけじゃ無い。一対一じゃないから大鳳さんたちの艦載機や後ろからの援護射撃がある。

 だから俺が攻撃を引き受け続ければ俺が無理に攻撃をする必要なんて無いんじゃないか? 盾を上に構えて縮こまってダメージを受けないようにしてれば勝てるんじゃないか?

 

 .……まぁ、取らぬ狸の皮算用? ってヤツだし俺は俺で頑張るんだけどさ。

 油断大敵とも言うし、一つここらで盛り上げてみようか。

 

「この戦い……勝てる、勝てるぞ! 最後まで気を抜くなよ! 沈むのは論外! 大破したヤツは指差して笑ってやるからな!

 

 通信を繋いで元気よくそう言うと、「舐めてんじゃねーぞ!(意訳)」な返信がいっぱいきた。モチベーション上がったみたいで良かった良かった。でも方法を間違えたらしい。 ちょっと怖い。

 

 俺も煽った手前、盾に隠れてるばかりでは居られない。

 

「ヘッ、やってやるってんだ」

 

 不思議で怪しい初期艦様の力を見せてやるよ!




飛行場姫「艦娘が多すぎる。クソゲーだ」
やっぱり戦いは数だよ兄貴ぃ!

加賀さんの内面は熾烈であって欲しい(願望)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

紅色 ハシバミ色

112話です。

榛名さん回。

サブタイトル思いつかない……



 やると決めた。

 

 まずは榛名さんのフォローとして艦載機を落とそうと思う。

 赤城さん未満の飛行場姫ならそこまでの難易度では無いだろう。幸い、俺の腰には投擲物があって、その中には焼夷手榴弾もある。榛名さんの秘密兵器が遅れて効果を発揮したってことにしよう。

 

 後は特に思いつかないから、怪しい上に使えないなら要らんわって言われないように活躍しようじゃないか。

 

 その為には飛行場姫への攻撃での火力貢献がシンプルで良いんだけど……これは正直絶望的だ。

 何せ砲なんて持ってない上にまともに火力が出る装備が魚雷だけときた。

 そしてその魚雷は飛行場姫が陸上に居るから通用しない可能性が大きいから実質飾りで、残りの高角砲も飛んでる艦載機に当てるなら比較的簡単だけど、飛んでった弾の落下地点の把握なんて到底出来ないからやっぱり使えない。

 

「う~ん……まぁええか」

 

 悩んでいても状況は変わらない。それどころか、変に発破をかけちゃったから殺る気が凄いことになって押せ押せムードになってしまった。飛行場姫の脅威なんて微塵も感じさせないみんなによって活躍の場の奪い合いが起きる始末。

 一つ一つ片づけて行こうと思っていたんだけど……俺は活躍出来るのか不安になってきた……

 

 

 

 貧弱な、それでもやはり飛行場の名を冠するだけあって密度の高い攻撃を凌ぎつつチャンスを窺う。

 手の中には既に艦載機を爆散させる為の焼夷手榴弾。赤城さんの艦載機も誘爆してどんどん堕とせたから効果はあると思うんだけど、さっきから良い感じのチャンスが来ない。

 

 舌打ちをしながら狙いどころを探していると、後ろの方から聞こえてくる喧噪……間違いなく最前線の金剛さんたちが後ろから迫ってきていることに気が付いた。

 

「ヤベッ」

 

 せめて艦載機を火薬にした花火を作るまでは艦隊に合流したくない。

 あっという間に俺の頭はそのことで埋め尽くされて、チャンスも糞も無いとすぐさま赤い缶を艦載機目掛けて投げる。艤装パワーで高く飛んで行ったソレは「早まったかな?」なんて予想を裏切って、それはもう凄い爆発を起こした。

 

「ハァ!?」

 

 誘爆に次ぐ誘爆。夏の花火大会よろしく、身体の芯まで響くような衝撃波が何回か起こる。

 ……さっき金剛さんが秘密兵器を撃った時も、爆発の真下に居たならこんな感じだったんだろうか?

 

 ちょっと妖精(ホモ)さ~ん? 中身おかしくないですかね? 核でも入ってたの?

 

 降ってくるのが弾ではなく、燃える艦載機の残骸という名の火の雨の中、異常な爆発をした投擲物を用意したであろう俺専属の偉そうな妖精さんに向かって心の中で語り掛ける。なんちゅうモン作ってんねん、と

 いつも腰に下げてるけど、弾とか掠って爆発なんかしてみろ。艤装の耐久性で庇い切れずにそのまま俺が即死すると思うんだけどそこんとこどう思う?

 勿論返事は返ってこないことは分かってるけど……

 

「ハァ~……」

 

 溜息を吐いて、呆けたように空を見上げる。

 これも『艦これ』演出の一環だろうか? 赤黒く染まった曇天という現実ではまずありえないような空が広がっていた。

 

 

 

▼――――――――――

 

 金剛お姉様と共に最前線に立って、砲を熱くしながら前に進みます。

 何処から出て来たのか不思議に思うくらいの深海棲艦と無数に飛び交う艦載機に対して私達……いいえ、多くの方々皆さんの海を侵すことに怒りが湧いてきます。でも今は

 

 

 

 先程の砲撃での失敗が無ければ……

 

 

 

 その考えが頭から離れません。

 私の砲撃も当たっていたら、今飛んでいる敵性の艦載機の数はどれほど少なくなっていたのでしょうか。それによって私達が受ける被害も……

 

 “たられば”の仮定。本来だったらあり得た話ですが、今はそのようなことを考えていても仕方ありません!

 だからこそ、私は失敗認め、その分を取り返さなくてはいけません!

 

グギャァアア!

 

 駆逐艦も

 

オオオオォォ……

 

 軽巡も

 

グワァッ!

 

 重巡も!

 

……

 

 戦艦、だろうと……

 

やぁあああっ!

 

! グッ……

 

ドガーン

 

「榛名! 無茶しちゃ駄目デース!」

 

 私の砲撃でも戦艦ル級は倒せず、結局お姉様が助太刀に入ってきてしまいました……。

 

「戦艦を一人で相手するのはまだ早いデース」

 

「ですがお姉様……」

 

 私は建造されたばかりだというのを言い訳にしたくありません。

 聞いたところだとこの作戦は警備府の、提督の初めての作戦らしいので、敗北や失敗と言った言葉を残したくはありません。

 それに戦艦としてこの身に寄られる期待、金剛型としての矜持、その為に不甲斐ない結果を残したくないのです!

 

 そのことを伝えると、降参とばかりに両手を上げられました。

 

「……手のかかる妹も可愛いネー」

 

「!」

 

 どこか呆れを含みながらも、その言葉に否定的な感情は乗っていません。

 言葉にはしていませんでしたが、間違いなく「妹の尻拭いくらいならやってやる」って言ってます。

 

「頑張り屋な妹を持って私は鼻が高いデース!」

 

「……ありがとうございます!」

 

「それと、さっきから()が止まってるヨー? お喋りしながらでも敵を倒してしまうのが淑女ってスチュワートが言ってたヨー!」

 

多分違います……

 

 何吹き込んでるんですかスチュワートさん……

 

 

 

 

 

 私達が飛行場姫へ砲撃を開始した直後、スチュワートさんが凄いスピードで前方に進み……まだまだ湧いて出てくる深海棲艦の波に隠れて見えなくなってしまいました。

 たった一人で敵陣に突っ込むなんて心配どころでは無いんですが、どうしてお姉様はそんな素振りを見せないんでしょう?

 

「直ぐに分かるヨ」

 

『この戦い……勝てる、勝てるぞ! 最後まで気を抜くなよ! 沈むのは論外! 大破したヤツは指差して笑ってやるからな!

 

……」

 

 通信が入って、威勢の良いスチュワートさんの声が聞こえてきた時には沈んで無かった! と安堵したんですけど……こんな喋り方をする子だったでしょうか? もう少し落ち着いた雰囲気だったような……。

 ですが通信の効果は抜群だったみたいで、江風さんが八つ当たりするかのようにイ級に魚雷を叩きつけました。相当お怒りみたいです……。

 

「スチュワートは落ち着きが無いからネー。防戦一方でプッツンしたんだと思うヨー」

 

「……お姉様はスチュワートさんのことを良く解ってるんですね」

 

「人を見る目は―――

 

 お姉様がそこまで言った時、前方で物凄い音がしました。

 音のした場所を見ると、音に遅れてやってきた衝撃波が髪を揺らします。

 

 お姉様と私が提督から渡された三式弾。それよりも大規模な爆発が起こっていました。

 今も誘爆が続いていて、深海棲艦はまるで飛行場姫を守りに行くかのように引き返してしまいました。

 お姉様と私以外にも三式弾を渡された人が居るということ? でも私たちより前に居るのはスチュワートさんだけで……?

 

……一体何が

 

 ポツリと聞こえて来た言葉は全員の総意だったのかもしれません。

 

「ッ! 行きマスよ榛名!」

 

「! はいっ!」

 

 お姉様に続いて大爆発のあった場所へと急行します。このままではスチュワートさんが大量の深海棲艦から押し潰されて、最悪の場合沈んでしまうかもしれません。

 

 お姉様曰く「最近は落ち込んで自棄になってるかも」とのことだったのでとても心配です。

 実際に警備府では猜疑的な雰囲気にはなったものの、怪しいからと言って見捨てるなんて選択は誰もしないようで……

 有象無象を蹴散らして現場に向かうと、無防備にも空を眺めたまま動かないスチュワートさんが居ました。

 

「コノヤロー!」

 

「グッハァ!?」

 

「このすっとこどっこい! あんま心配させんなよ~!」

 

「Yes! 長波の言う通りデース! あんまり無茶ばかりすると私も提督もSo angryネー!」

 

 

 

 ……スチュワートさんは愛されてますね。

 

▲――――――――――

 




主人公「こんなに面倒なら……愛など要らぬ!」
………じゃあ沈めても良いよね?
主人公「ファッ!? 資材的に厳しいから待って?」


主人公の猜疑的な問題は偵察中に提督+αが何とかしました。
かなりご都合主義で「そうはならんやろ」って感じで滅茶苦茶ですが、幕間で書ければ良いなと思っております。だから許して?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



113話です。

相変わらず展開がダラダラして面白くないのは私の分の特徴。
直したいけど直せない。
白いシャツに付いたカレー汚れより大変……


コノヤロー!

 

 呆けていて気付かなかった。

 気付いた時には長波の顔が結構近くにあって……ド突かれた。痛い。

 

 その後、長波と金剛さんが何か言ってきたけど耳がキーンってなってて良く聞こえなかった。

 勝手に突っ走ったことに対して怒ってるか、一人で盛大に花火を上げたことに対して怒ってるか、艦載機落としまくったことに対して嫉妬してるかのどれかだろう。

 

 青葉さんと江風も合わせて俺を囲み、逃げ場が無くなったことに対して焦り始めた辺りで耳鳴りが治まって、何を言ってるかが聞こえるようになってきた。

 さっきの予想の全部に合わせて、青葉さんが大爆発の真相を熱心に訊いてきていた。……適当に「そうですね~」とか「はい」とか「ごめんなさい」って言ってたから絶対に噛み合ってない。

 

 俺を円から一歩離れた場所で優しい目で見てる榛名さんが今の癒しだった。

 

「榛名さ~ん……」

 

 それはもうワザとらしく泣きつくように榛名さんのところへ行く。

 この人達めっちゃ怖いっスよ~……。

 

「うふふ……怒られる時はしっかり怒られてくださいね」

 

 肩をしっかり押さえられて金剛さんに突き出された。

 

 救いなんて無かった。

 

 

 

「……あ、それはそうと榛名さんが撃ち込んだ三式弾、良い感じに爆発してくれましたね。ソレが無かったら結構大変なことになってたかもしれないですね!」

 

「……」

 

「いや~不発弾のまま持ち去るなんて酷い艦載機でしたね~ハハハ……」

 

「……」

 

 榛名さんの撃ちこんだ秘密兵器、聞いたところだと三式弾って言うらしい。それに上手い具合に高角砲が当たったってことにしてさっきから他の人達を説得してるんだけど……榛名さんだけが納得する素振りを見せない。何故?

 結果的に艦載機は三式弾二つと投擲物、後は味方の艦載機によってかなり数を減らしたと思うんだけど

……。

 顔には笑顔を浮かべたまま、だけど背中は冷や汗で凄い事になってる気がする。榛名さんから目をジッと見られて、逸らすまいと瞬きもせずに見つめ返すこと数瞬。榛名さんが溜息を吐いた。

 

 折れた!

 

 よっしゃあ! なんて心の中で喜んでいたら金剛さんが口を開いた。

 

「腰に下がってる缶が一つ無くなってマース。関係ないとは言いませんよネ?」

 

 やだ、凄い観察眼(この人怖い)……

 

「えっとそれは……あ! 青葉さんどうしましたか!?

 

「大淀さんから連絡です!」

 

 グッド! 実に素晴らしいタイミングですよ青葉さ~ん。

 

「想定よりも被害が少ないのでハワイまで後退した深海棲艦に対して包囲網を敷いてそのまま一網打尽にするそうです」

 

 

 

「へぇ。それはそれは」

 

 俺は作戦の立案なんて出来っこないから適当に返事を返す。如何にも「分かってますよ?」って雰囲気を出してればそれで良いのだ。

 腕を組んで目を瞑り、うんうんと軽く頷きながら耳を傾ける。

 

「じゃあさっさと行こうぜ。ダメージを与える分には問題ないんだろ~?」

 

「ヒヒッ、長波はバカだねぇ。正面からアタシらだけ行っても横から逃げるに決まってンじゃン」

 

「あ、そっかぁ……じゃあ後ろに居るのを待ってればいいのか?」

 

「いいえ――」

 

 おーおー楽しそうに話すねぇ。羨ましいなぁ。

 何々。正面と左右からの三方向で軽く抑えておけばいいの?

 青葉さんと江風、金剛さんと長波が左右でぇ~……

 

よろしくお願いします

 

イエ゛ッ!? あっ、俺もなのね こちらこそ!?」

 

 背後から声を掛けられた。しかも耳元で。

 榛名さんも結構お茶目なところあるね? それにしても音もなく近寄るなんて……心臓止まるかと思ったぞ。

 

「ふふっ、お姉様の言った通りでした」

 

 また金剛さんか!

 バッと金剛さんの方を見るとニヤニヤしていた。

 

 心臓止められかけたんだから文句の一つでも言おうかと思ったけど、榛名さんとのお喋りの切っ掛けが生まれたと考えればまぁ……

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

「はい」

 

 

 

 深海棲艦を追いかける。追いつけそうで追いつけない絶妙な速さの軽巡ツ級に対して、短時間で何度「ケツに弾ブチ込んだら即死しそうだなぁ~」って考えたことか。

 榛名さんが背中に撃ったら海面とキスするから比較にならない。でも倒れたら倒れたで次の標的の背中が見えるからどんどん倒していける。……その度に俺は似たようなことを考えるんだけど。

 

 榛名さんも張り切ってるから俺の絶望的な火力と平均して良い感じになっている。言われたように倒し過ぎない適度なラインは守れているだろう。

 

 つまり順調……だったんだ。

 

「スチュワートさん」

 

「何でしょうか?」

 

「これ、おかしくないですか?」

 

「え?」

 

 今までは。

 

 榛名さんの言葉を受けてやや減速。

 前ではなく周りを見て見ると……囲まれている

 しかも駆逐艦が殆ど見当たらない。軽巡、重巡がメインで戦艦も多数居る。

 

 どうしてこんなことに?

 さっきまでは駆逐艦ばっかりだったじゃないか。

 

 再び前を見ると……

 

「ッ! 飛行場姫……」

 

 もう目視できるとかそんなレベルじゃない。なんなら目が合った(・・・・・)。それほど近くに飛行場姫が居た。

 

 違う。飛行場姫は移動してないから……軽巡を追いかけてる内に深入りし過ぎたのか。

 だったらさっきまでの周りの逃げるような深海棲艦はフェイク? どうしてわざわざ榛名さん(戦艦)を近寄らせてまで俺たちを隔離した? どうやってこんな指示を出した? 他の人達も同じような状況になってるのか?

 

 頭の中を疑問がグルグルと渦巻いて……

 

「こちらスチュワート! 敵の罠に嵌りましたァーッ!

 

 思いついたのは報告。若干事後報告っぽくなってるけど、しないよりはいいだろう。

 

『……――!? い―――何―――!?』

 

 あっ……通信出来てない! ジャミングとかコイツら本当に大戦時代の遺物がモデルなのか?

 

『せめて貴女達だけ(・・)でも、沈んで行きなさい!』

 

「あっ」

 

 そして飛行場姫は飛行場姫で……捨て身で俺たちだけに狙いを絞るとか正気の沙汰じゃねぇ!?

 俺たちを誘い込んだ基準は……新人の榛名さんと駆逐艦相手にも防戦一方の俺だから? そして俺たちが選ばれたのは偵察機を使って!?

 

 やられた! 飛行場姫自信は相打ち覚悟で、しかもこれだけ戦艦とか重巡が取り巻きで居るなら厳しいなんてもんじゃない。

 

「そんなことは、榛名が! 許しません!

 

 勇ましい声と共に榛名さんが飛行場姫目掛けて斉射した。

 

 それが引き金となって、今まで俺たちをただ見ていた深海棲艦が一斉に襲いかかってきた!

 

「ヤベェッ!」

 

 咄嗟に黄色の缶を引き抜いて、榛名さんの背中側に放る。ついでに軽巡目掛けて魚雷もプレゼントだ。

 雷光のようなフラッシュが発生して、僅かながら深海棲艦の動きが止まった。

 その隙を逃す榛名さんではなく、標的を飛行場姫から軽巡に移して既に何体か葬っていた。戦艦スゲェ。

 

退きましょうスチュワートさん!

 

 榛名さんが提案……にしては無理矢理言い聞かせるような、異論は無いよな? と言わんばかりに強く言ってきた。

 

 勿論撤退に関しては異論なんて無いけど……

 

「飛行場姫はどうなりましたか?」

 

 早口で問う。逃げるにしても艦載機が飛んでたら非常に面倒だからこれは大事な質問だ。

 

「今は沈黙しています!」

 

 マジ? 仕事早すぎない? 倒したって明言こそしてないけど動かなくなってるなら十分すぎる。最高かよ。

 

「それは良かった! ではハワイ島に撤退しましょう。」

 

「……えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 榛名さんが驚くのは尤もだけど、今俺たちがいるのは殆どハワイの近く。飛行場姫の指示で俺たちだけを沈めに来たという予想が正しいなら、きっとこの包囲網の厚さは結構ある。

 そしてそれは俺たち二人で突破するのは多分厳しいと思う。駆逐艦(カモ)が殆ど居ない上に戦艦がチラホラ居るのが嫌らしすぎる。

 

……だったら無理に突破せずにハワイに上陸しても良いんじゃね? と言うのが俺の考えである。勿論深海棲艦に占拠されたからと言って人が全く居ないとは限らないからそこまで中心部までは行けないけれども。

 それでも海の上には陸上生物っぽい足を持ってるヤツ以外は来れないだろうし、その時点で駆逐艦と軽巡の数種類は考えなくても良くなる。

 

 と言うことを伝えたら納得してくれた。

 榛名さんの主張である「機動力でブッチ切る」って言うのも良いんだけど、飛行場姫の側、つまり砂浜の近くには深海棲艦が少ないこと、ついでに沈黙してる飛行場姫に攻撃出来ることなど……いろいろメリットがあるように思うんだよね。

 

 そして今は煙幕の中。紫色の未知なる煙を恐れて深海棲艦が凸って来ないのは良いことだ。

 

「準備は良いですか?」

 

「はい。真っすぐ飛行場姫目掛けて進んで、これでもかと言うほど砲弾を浴びせつつ上陸、そのまま後方に撃ちながらハワイ島内部に移動……ですよね?」

 

 その通りでございます。

 

「自分から言っておいてなんですけど……本当にやる気ですか? 沈むかもしれませんよ?」

 

「一人にはさせられません! それに……勝機があるから提案したんでしょう?」

 

「さて、どうでしょう?」

 

 作戦は伝えた。そんなときに煙が薄くなる。

 覚悟が決まった顔をした榛名さんの顔が見える。きっと俺の顔は同じように覚悟をしてる者の顔か、ニヤついてるかのどっちかだろう。

 

「あ、煙が……」

 

 察知能力が高いヤツが居たのか、早くも砲撃音が聞こえてきては俺たちの近くの海面に砲弾が突き刺さる。おっかね~……

 

「合わせますよ?」

 

「では……行きます!

 

 榛名さんが宣言して煙から飛び出して、俺が続く。

 

 俺たちの戦いはこれからだ!

 




完!
スチュワートの次の命にご期待ください
キチガイのお茶割りでどうですか?

飛行場姫の声が何故か聞こえるのは【ご都合主義】で……
敵性の反応だから魚雷や艦載機と同じように離れていても察知できるとか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不完全燃焼 ~気分の緩みを添えて~

114話です。

エアコンを作った人は神だと思うこの頃。


 砂浜目掛けて全力移動。

 

 まさか俺たちがそっち側(陸上)に向かうとは思ってなかったのか深海棲艦の不意を突いた形になり、スタートの時点でワンテンポ早く、有利になることが出来た。

 しかも嬉しい事に戦艦ルが結構遅い。これは実にグッドな想定外。

 

 追ってこられるのは少ない駆逐級と軽巡、そして戦艦タ級だけ。その殆どを後ろに置き去りにした俺は遂に敵の射程外に逃げることに成功。後ろを振り向くくらいの余裕が出来た。

 少し遅れてるけど榛名さんもタ級の射程外に移動できたみたいで明らかにホッとしていた。軽巡と駆逐艦から撃たれまくってるけど全然気にした様子が無い。

 

 ……やっぱり戦艦ってすごいなぁ!

 

 感心している場合じゃない。

 

「榛名さん次です!」

 

「はいっ!」

 

 次が勝負所! 沈黙してるらしい飛行場姫に止めを刺す。その為には俺の貧弱な攻撃力ではなく、戦艦様(榛名さん)の超火力が必要だ。

 

 発射しては効果が無いからと手に持った魚雷に力が(こも)る。頼むから汗で滑ったとかはナシで頼むよ〜。

 

 大きく振りかぶって〜……掛け声はそうだなぁ

 

おはようございまぁす!

 

 そう言って魚雷を投擲。それなりに離れてるとは言え的が的だし、そう外れることは……微妙にズレたけど、艤装に命中したからヨシ! どう? 良い目覚ましになった?

 

『キャア!』

 

 あ、起きてたんじゃ~ん。死んだフリでもしてた?

 

バカめ……

 

 動かなければ死んだと勘違いしてくれると思った? しっかり止めを刺すのは戦場での常識だろう? 近年は小学生だって履修してる必修項目(死体に銃弾を放つん)だぞ。

 

 それに俺の攻撃なんてこれから攻撃する人に比べたら蚊が刺したようなモンだ! この程度で痛がって貰っては困るぜェ~ッ!

 さぁ榛名さん! やっちまってくだせぇ!

 

はぁっ!

 

 榛名さんが再び飛行場姫目掛けて斉射した。

 榛名さんのデカい艤装を以てして大きな反動を受ける程の砲撃。そんなのを二度も喰らえば流石の飛行場姫と言えど無事では居られない。

 急いで僅かな艦載機を眼前に展開したのがチラッと見えたけど焼け石に水。艦載機を無駄にしただけでダメージを減らせた様子は無いようだった。ざまぁねぇぜ。

 

 

 

 そうしてる間にもどんどん飛行場姫は近づいている。

 そしてぇ~……三、二、一、今ッ!

 

上陸ッ!

 

 跳ねるように、スキーでジャンプするみたいに体を動かして海から陸にエントリー! ……したのは良いんだけど、かなりスピード出てたから綺麗に着地なんて出来る筈もなく……盛大にぶっ倒れた。 

 が、直ぐに起き上がって飛行場姫の方に駆ける。口の中と体中がジャリジャリするぅ……

 

 何故かは知らないけど飛行場姫はさっきから殆ど艦載機を飛ばしてこない。

 俺が爆発を起こしてから引き揚げた艦載機は最初に比べたら相当減ったとは言ってもまだそれなりには残ってた筈だ。

 だからこそ分からない。

 

『ウウッ……壊れちゃう……』

 

 すっげぇダメージ受けてるっぽいのに、どうして艦載機を飛ばしてこない? さっき俺が転んだときなんて絶好の攻撃チャンスだっただろう。撃てば当たるような状態だったんだぞ?

 

 まさかとは思うけど……さっきの防御で全部使い切った?

 

 うや、それだと残りの艦載機は何処へ消えた?

 ここ以外の戦闘地点に送り込んだか、まだ隠し持ってるってこともあるか? 死んだフリするようなヤツだからなぁ……

 

分からん……

 

 ここまで歩数にして十歩足らず。

 鈍色の脳細胞を活性化させて導き出した俺の答えは……

 

「攻撃すれば分かるだろう」

 

 実に脳筋的なものだった。シンプルでいいじゃない。

 距離が縮まってきたから盾を構える。多少前進の速度は落ちるけどこれで正面からいきなり艦載機が飛んできても致命傷にはならないだろう。

 

「ホイ!」

 

 魚雷を投擲。

 艦載機で防御は……しない!? 本当に艦載機が残ってないとでも言うつもりか?

 

 それはそれで俺たちにとってはいいニュースでしかないんだけど。

 艦載機(飛ばすもの)のない飛行場姫など、ただの案山子ですなぁ!?

 

榛名さん! 斉射ァ!

 

 そうなったら案山子(おやつ)と化した飛行場姫には反撃を恐れず、思う存分攻撃出来るというもの。でも俺じゃあ火力不足が著しいから榛名さんに任せる。

 別に面倒だから攻撃しない訳じゃない。適材適所ってヤツだ。

 

はいっ! 避けてくださーい!

 

 言われて進路を右へ。

 飛行場姫は名前の通り飛行場だからかその場から動いていない。動く様子も無い。一人でそのクソデカい艤装の持ち運びは流石に無理だろう……憐れ飛行場姫。

 

 後方を見ると、榛名さんの艤装の主砲? がキラリを光ったかと思うと、僅かに遅れて砲を撃った爆発音。そして飛行場姫の居た場所からやってくる衝撃波。

 

『沢山の鉄が沈む……この海で。ワタシもその一つ……」

 

 そんな言葉が飛行場姫の方から聞こえて来た。

 見て見ると、ボロボロになった飛行場姫はまだ艤装に腰を下ろしていた。

 随分余裕そうだな。と思ったら再び砲弾が突き刺さった。榛名さんマジ容赦ねぇ……

 

 それからしばらく飛行場姫に砲弾が撃ち込まれて、その煙が晴れた時艤装の上に腰かけてる飛行場姫の姿はなく、代わりに艤装の前に投げ出されるように倒れ伏している飛行場姫の姿があった。

 

「……やりましたか?」

 

 海から揚がった榛名さんがやってきた。

 

「……恐らくは」

 

 俺はピクリとも動かない飛行場姫を爪先で突いて、反応を示さないことを確認して榛名さんに答える。

 

 その時だ。

 

 ザザーッ……

 

 不自然なくらい高い波がやって来て、飛行場姫を攫って行ってしまった。

 

「「……」」

 

 突然の事に対する困惑、超常的な現象(突然の高波)によって意識に空白を作られた俺たちはただ茫然としていた。波に攫われて溶けるように綺麗サッパリ消えた飛行場姫と、対照的にその場に残ったボロボロの艤装。

 間違いなく強敵だった筈なのに最後が締まらないと言うか、あっけないと言うか……。達成感なんて殆ど無く、無性に淋しく感じた。

 

 

 

 

 

『―――スト……。あっ! 繫がりました!?』

 

 呆然としたまま艤装を眺めていた俺と榛名さんの元に、傍受と言う言葉を思い出した通信機が大淀さんの声を届けてくれた。

 

「繋がってます……」

 

 そう言ってから無事を伝えると、怒られてしまった。

 ……罠に嵌ったってノイズ混じりの通信が来たと思ったら音信不通とかそりゃあ心配で胃がねじ切れるね。本当に申し訳ない。

 

 味方の艦載機で俺たちの居るであろう場所を偵察しようにも、飛行場姫の艦載機が邪魔で難航していたらしいが、突如として殆どの艦載機が制御を失って墜落したらしい。その連絡を受けてる間に、味方の緑に日の丸が描かれた艦載機が空に見えた。

 

 今は深海棲艦が逃走を開始した為、ここぞとばかりに張っていた包囲網から逃がさないようにしつつ掃討してる最中らしい。

 

「……二人ともお疲れでしょうけど、掃討に協力していただけませんか?」

 

「はいっ! まだやれます!」

 

「是非もないです」

 

 せっかく深海棲艦が逃げる為に背中とケツを向けてるんだ。多少の疲れはあったとしても、楽に深海棲艦を倒せるならそのチャンスを逃さないに越したことはないだろう。

 

 でも……

 

「折角陸に上がったんだからあの森でゲリラ戦とかやりたかったなぁ……」

 

 機動力とかを活かして各個撃破。楽しそうじゃない?

 

「えっ!?」

 

 俺の呟きに対して榛名さんが「そんなこと考えてたんですか!?」みたいな反応をするが、俺なんかがそんな軍人めいた動きが出来る訳がない。“やりたい(願望)”と“やれる(可能)”の違いだ。

 

「冗談ですから忘れてください。……さぁ、背中を向けてる深海棲艦に思う存分攻撃するチャンスですよ?」

 

 俺は飛行場姫の最期がなんか味気なく感じたからスッキリするまで魚雷をブチ込むつもりだけど……。

 

「榛名さんはかなり主砲酷使しましたし(撃ちまくったし)、大丈夫ですか?」

 

「はい! 榛名は大丈夫です!」

 

 かぁ~っ! 頼りになるねぇ。

 

 

 

 再び海に出る。

 

 他の人の砲撃に当たらないようにしながら逃げる駆逐イ級に魚雷を二発投げたら、艤装から偉そうな妖精さん(ホモ)が現れて首を振った。

 

「……補給しろってこと?」

 

 供給されない魚雷を不審に思い、確認するように問うと何度も頷かれた。

 

「マジか……。あ、大淀さん? 補給しに戻りたいので、榛名さんを一人にしないように誰か寄越してください」

 

『分かりました。あら、そう? ……近くに荒潮さんが居るみたいなので向かわせますね。直ぐに着くと思いますよ』

 

 警備府ではない場所での指揮はすっかり大淀さんの役目になってるなぁ……なんて思ってたら深海棲艦の隙間にチラリと茶色が見えた。多分荒潮だろうが……来るの早すぎない?

 

「ありがとうございます。……あ、榛名さん? スッキリしたので戻りますね。代わりに荒潮が来るみたいなのでお願いします」

 

「分かりました。……それと、まだスチュワートさんに訊きたいことがいくつか残ってますので、警備府に戻ったらしっかりお話して貰いますよ?」

 

「お、お手柔らかに……ではお気をつけて!

 

 返信の代わりに砲の音が聞こえて来たから、置き土産とばかりに音響手榴弾をポイ。

 

「ふぅ~……」

 

 手札は使い切ったし、後は噛みつかれないように避けながら戻るだけか……

 

「あ~眠……」

 

 終わりが見えてきたことで緊張は完全に緩み、最後のやる気を振り絞って移動を開始した。

 





ゲームのイベントボスが結構弱かったときの不完全燃焼感。

でも強すぎてもイライラするのよね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

今日も警備府は平和です

115話です。

真面目な展開@疲れた さんがログアウトしました。


作戦の成功を祝って!

 

「「「乾杯(かんぱ~い)!」」」

 

 グラスや陶器がぶつかる小気味の良い音がそこかしこで響き、直後に談笑や食器同士のぶつかる音が耳に流れ込んでくる。

 乾杯の合図より前まではかなり静かだったから余計に音が大きく聞こえる。

 

 それもさっきまで提督が

 

・作戦は成功。轟沈もナシで良く戦った! ありがとう

・MVPは加賀さんと榛名さん。他の人達も頑張った!

・昨日は報告で忙しかったから今日は騒いで。乾杯!

 

 の三行で終わるような内容をわざわざ三十分くらいに希釈して演説してたからだ。

 

 しかもみんなは真面目に聞くモンだから食堂内がそれはもう学校の朝礼みたいなフィールドに早変わりして、長くなるヤツだと判断してからは話半分で聞いてた俺に特効の睡眠魔法を垂れ流してくれた。

 早いうちに人が少ない窓際に陣取ってて良かったとつくづく思うね。舟漕いでてもバレないんだもん。

 

 

 

 

 

 それにしても……

 

「随分増えたな~」

 

加賀さんと榛名さんがMVPの何かを貰って嬉しそうにして、それぞれが瑞鶴さんや大鳳さん、金剛さんに絡まれて嬉しそうにしている。加賀さんの方はちょっと分かり辛いけど……あ、瑞鶴さんが煽られてキレた。

 

 駆逐艦は基本的に同型艦が集まって、好きな食べ物を奪い合ったりしながら今回の作戦の感想や武勇伝を言い合ってた。

 その近くに居た提督は男性ということもあって一般的な量の料理を艦娘より素早く胃に収め、何点か常識的な注意だけをして食堂から出て行った。

 

 その後は軽巡や重巡はお酒を飲み始めてゆっくりと語り合い、空母が多く座ってるところは早くも皿が積み上がり始めていた。

 厨房で忙しそうにしてる間宮さんと伊良湖さんもどことなく楽しそうだ。

 

「……」

 

 この賑やかな光景は『艦これ』のもので、これから艦娘が増えて行くともっと賑やかになっていくんだろうなぁ……。

 今はまだ五十人前後で学校の一クラスよりも少し多いくらいだけど、大体二百人くらい居るから一学年ってところ? 多過ぎる……

 

 でも、その輪の中(艦これ)に俺は必要(存在し)ないんだよね。

 

 一歩引いた場所から見てる俺は何とも言えない、強いて言うなら鬱な気分になってきた。

 周りはお祝いムードなのに俺だけ勝手に鬱ってたら迷惑だろう。

 

 サッと並べられてる料理を食べて、気配を消してはそっと食堂から出て行こうと決めた。

 どうせこの空気の中では誰も気がつかないだろう。

 そう甘く考えていたのが悪かったと思う。

 

「スチュワートさん! 何処へ行くんですか?」

 

 扉に手を掛けたタイミングで吹雪に捕まった。その所為で食堂の少なくない視線が俺の方に向けられ、誰にも知られずに居なくなることが失敗したと悟る。

 

「ええと、少し体調が悪くてト……お花摘みに

 

 どう? 誤魔化せる?

 

ごめんなさいっ! ……あっ! 後で金剛さんがお話したいって言ってました!」

 

 仮病は使えないらしい。

 

「……回復しました」

 

「えっ? ……よくありますよね!」

 

 吹雪は納得したように苦笑いしてから離れて行った。

 

 ああ……吹雪は誤魔化せたけど食堂から逃げられない!

 

 

 

裏切者を捕まえたネー!」

 

「え?」

 

 金剛さんからの話とは何ぞや? と思ってからテーブルに向かうと、いきなりこんなことを言うもんだからビックリだ。

 

「……裏切者って誰のことです?」

 

 深海棲艦のスパイ疑惑が掛かった俺じゃないの?

 

「Hey雷~! 裏切者を吊るすデース!」

 

 そんな言葉と共に吊る……しはされてないけどいつの間に準備したのか分からない紐を手に持った雷が誰かを引っ張って来ていた。

 

「……龍田さん?」

 

 どういうことだ……?

 なんで龍田さんが後ろ手縛りをされてるんだ?

 

「この女は提督へ好意を寄せすぎる余りに、最も近いと思われるスチュワートを貶すような噂を広めましター! 恋する乙女の風上にも置けないデース!」

 

 金剛さんがそう言うと、近くで肯定するような声が聞こえる。

 

え?

 

 どういうことだ……?

 

「何か弁明はありますカー?」

 

え?

 

「しょうがないじゃない……スチュワートちゃんはあまりにも高い壁で……提督が少しでも貴女から目を逸らすようになれば良いと思って……」

 

え?

 

「それを乗り越えてこその愛でショウ!? もしかして……その程度だったんデスカ~?」

 

「ッ! そんな訳無いじゃない!

 

えぇ……

 

 ……なんか始まったんだけど。

 

 それにしてもおかしいね~? 龍田さんって天龍さんLOVEだったような気がするんだけど……会話から察するに提督に対する好感度かなり高くね?

 高いハードルってことになってる俺を蹴落とそうとするとか、まるでヤンデレみたいだぁ……まさか天龍さんが居ないことによっておかしくなったとか?

 

 その後も何故か茶番は続いた。話があるって呼ばれた俺は殆ど喋ってないにも関わらず。

 始めは少人数で龍田さんと「愛とは、恋とは」みたいな難しい話をしてたのに、何の騒ぎか気になったのか大勢が集まってきた。

 

 最終的に何故か俺が越えるべき壁(ラスボス)に認定された。どうしてそうなったかじっくりと話を聞かせて欲しいところだけど……これかなり拙くね? このまま行ったら何かを勘違いした提督に恋愛的な告白をされるかもしれない。

 

 そうなったら一大事だ。精神的ショックから一週間は寝込む自信があるね。

 だから俺はそんな危険なゲームから降りさせて貰おう。

 

「私は提督好きじゃないので……誰でも良いから早く提督とくっ付いて欲しいですね」

 

 俺がそう言ったら茶番の主役達とギャラリーが凍った。

 

「……え?」

 

 周りの反応に逆に俺が固まっていると、青葉さんが俺の前にやってきた。

 

「それでは、スチュワートさんはこの戦いに参加しないってことですか!?」

 

 どの戦いだよ……ってツッコミたいけど、どんな戦いかも知らない俺に参加資格は無いだろう。薄々どんなものかは察せるけど……そんな戦いの参加資格なんて欲しくない。

 

「まぁ、そうなりますね」

 

 そう答えると、青葉さんが「なるほどなるほど……」と呟いた。

 物凄く悪い顔してますぜ青葉さんよ。

 

「スチュワートさん……流れた噂の内容にしてはそこまで邪険にされなかったのは不思議に思いませんでしたか?」

 

 ……いきなり何の話だ?

 

「まぁ……提督が何かしら手を回したんだろうな~とは思いましたけど……」

 

「フフフ……それは半分不正解ですっ! 不肖この青葉が、提督と共に我らが初期艦の為にそれはもう奔走しました!」

 

 聞くと「殺るならもうしてないとおかしい」「スチュワート()を信じてる提督を裏切る行為」とか言って説得して回ったらしい。

 

「成る程……ご迷惑をおかけしました。……ありがとうございます」

 

 自分の為じゃなくて他人の為に色々と行動出来るのは素直に凄いと思うし、実際に助けられた。

 

「借りが出来てしまいましたね……出来る事なら―――

では提督の好みなどを後でじっくりと教えて欲しいです!

 

 俺が言うが早いか、食い気味にそう言ってきた青葉さんに「まさか」と思う。

 話しかけて来たタイミングからして……まさか最初から提督の情報が目的だった!?

 

 幻滅した。やっぱりキレイな青葉さんなんて居なかったんだなって……

 

「ハァ……」

 

 でも、いくら幻滅しても受けた借りは借りなんだよね……

 

「それくらいだったら……」

 

 と言うと

 

「青葉ー! 抜け駆けは良くないネー!」

 

「そうです! ズルいですよ!」

 

「そういうのは私達にも教えなさいよ!」

 

 周りが青葉さんにブーイングの嵐をぶつけるが、当の青葉さんはどこ吹く風。

 

「青葉の行動に対する正当な報酬です!」

 

 なんて言う始末。

 流石にこれだと青葉さんのメモ帳を盗むべく刀傷沙汰になるか、俺に貸しを作ろうとする人たちに追い掛け回される……そんな未来が見えた。

 借りに対しての返しがこれだけ、しかも俺にとって価値が無いから借りを返した気にならないのも困る。

 

「……それだけだと少ないのでもう一つどうぞ。それと、情報はしっかり欲しい人に分けてあげてください」

 

「むぅ。仕方ないですね~」と言った青葉さんがどこからともなく袋を取り出した渡して来た。

 

では明日一日だけで良いですからコレを!

 

 コレって何だ?

 

 袋を開けてみると出て来たのは……メイド服

 

「……は?

 

 何処でこんなの手に入れたんだよ……でもやるって言っちゃたしなぁ……そう言っちゃた俺にドロップキックをかましたい。

 

「いいものが撮れそうですねぇ~」

 

 カメラを構えて笑ってる顔の青葉さんに手が動いたけどグッと堪える。

 

「フゥ~~~~……」

 

 怒りを吐き出すかのように長く深呼吸をする。

 借りを受けたのは俺、借りを受けたのは俺、借りを受けたのは俺……

 

「……」

 

 助けて漣!

 




お酒の席の恋愛事情。
いつの間にか龍田さんは解放されてた。

・龍田さんは方法を間違えただけの恋する乙女でした。
 恋は盲目。(周りを顧みない)
 仲間割れの描写はちょっと出来ないかなぁ……と

・瞳孔全開主人公「おのれ……」
・漣の第一印象に騙される主人公www

青葉「スチュワートさんのメイド姿を捉えた秘蔵のカメラからデータが……」

青葉さんは動かしやすくて便利なのでいつも助かってます。

これが6章「大型作戦」の最終話で良いのか?
次からしばらく幕間です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章 ~幕間~

116話です。

6章「大型作戦」の幕間(茶番)です。


普通じゃない(アブノーマル)演習

――――――――――

 

 司令官……演習に私を連れて来たのは間違いだと思うわ……

 

 先頭には佐世保の司令官かしら? 柔らかい表情を崩さないで私たちを見て「緊張しないで」って言ってるみたい。対照的に私たちの司令官はぎこちない笑顔だから頼りなく見えちゃう……まぁ、それはそれで支え甲斐が有るって意味だけど。

 

 そして司令官の後ろにはざっと見て百を超える艦娘。あ、佐世保の(神風)だ。……きっと多くの経験を積んだんでしょうね。とても立派に見えるわ。……私もああなれるように頑張らないと!

 

「そうだな……一時間もあれば、緊張も良い感じに解れるだろう」

 

「何から何までありがとうございます……」

 

 一時間も時間があるなら、佐世保のわたしに色々と話を聴きたいなぁ。

 

「神風、付いてきて」

 

「はい

 

 そう思っていたけど……司令官に呼ばれたなら仕方ないわ。また後で聴くことにしましょう。

 

ふむ……旗風、おいで」

 

「はい……」

 

 あれ? 指名された途端にどこか浮ついていた空気が霧散した……まさか司令官との仲がそれほど良くないの!?

 

……旗風? 何か()なこととかされてない?

 

そういう訳じゃなくて、もっと個人的なことで。……ふふっ。やっぱり神姉さんはどこでも神姉さんなんですね

 

「?」

 

 司令官の後ろを歩きながら旗風と小声で話し合う。

 

 「神姉さん」かぁ……。ちょっと嬉しいような、恥ずかしいような、懐かしいような……自然と頬が緩んじゃう。

 

「着いたよ」

 

 佐世保の司令官の声でハッと我に返って、緩んだ顔が見られていないかが心配になる。

 私のその様子すらもおかしいのか、旗風にクスクスと笑われた。

 

「ああ旗風、大湊の神風を部屋まで連れて行ってあげなさい」

 

「分かりました」

 

「これから私たちは執務室で話をするから、そうだね……昼頃までは自由に過ごしてもいい。いつもと違う姉とお喋りしても良いだろう。……勝手に決めてしまったが、大湊の神風も構わないかね?」

 

 嘘っ! 私に振るの!?

 

「あ、はい……」

 

 反射的に返事しちゃったわ……提案自体に異論は無いんだけど、どこか釈然としないわね……。

 

神姉さん! 行きましょう!

 

え? うわっ!?

 

 

 

 手首をしっかり掴まれて、かなりの早歩きで廊下をグイグイ引っ張られる。

 

「ちょ、ちょっと! 目的地は逃げないでしょ!」

 

「このままでは間に合わなくなってしまいます! ……着きました」

 

「ぶっ! ……ちょっと!」

 

 急に止まったから今度は止まれずに旗風の背中にぶつかる。

 一つくらい注意しても良いわよね?

 

「姉さん、大湊の神姉さんを連れてきました」

 

 ……ああもう! 初対面で怒ってるような怒りっぽい(ひと)に見られるじゃない!

 

 扉の向こうから「入って入って~!」って聞こえて来たと思ったら、畳を踏むような足音が聞こえてきて……あれ? よく見たら警備府(ウチ)のと全然違う扉じゃない。

 和風な引き戸になっててとってもお洒落! 帰ったら司令官とかスチュワートさんに相談してみようかな。

 

 音を立てずにスーッと開いた戸から出て来たのは、やっぱり見知らぬ艦娘。初めて見る筈なのにそれが春風だと分かる。

 

「ご機嫌よう、そして初めまして神風お姉様。ふふっ……さぁ、上がってください」

 

「は、初めまして? 春風……」

 

 足元には上がり(かまち)があってそこから上は畳張り。部屋の真ん中には大きなちゃぶ台があって、既に二人が座っていた。 急須やお茶請けも用意されてるから、お茶をするんでしょうけど……既に食べかすが乗ってるお皿があるのは気の所為かしら?

 

「あっはは! 僕こんなにしおらしい姉貴初めて見たよ!」

 

「松風! 否定はしないけど、言い方ってものがあるでしょ!」

 

 ……私の妹たち(神風型駆逐艦)は随分賑やかなのね。警備府でも早く妹たちに会いたいな……

 

神風(わたし)が居ないように見えるんだけど……良いの?」

 

「本人の居ないときに他所の当人を前に姉妹が愚痴を言うのは恒例行事のようなものよ」

 

「本人が居ないときに他所の本人に色々と喋るのが楽しいんじゃないか!」

 

 ……そんなものなのかなぁ?

 それから「取り敢えず一杯どうぞ」ということで冷えた緑茶を飲んで、佐世保の妹たちが私の知らない神風のことを話し始めた。

 

 最近“オカンみたい”って言われたことを結構気にして、休日に最近流行りの服を探しに行ったは良いものの、それが(ダサい)格好だったことを話してくれた。

 

 むぅ。オカンだなんて……気にしてなんかないもん……。ず~っと頑張ってきたってことだもん……。でも、私は佐世保の神風とは違って「懐古主義」なんて印刷されたシャツに手を伸ばしたりなんて……し、しないわ!

 

「……」

 

 お洒落な人に今度何処かに連れて行って貰おうかな……

 

 

 

「あ、旗風は演習に行きたいんでしょ? 憧れのスチュワートさんに練習の成果を見せに行ったらどうだい? そろそろ一時間経つけど」

 

!……そうでした! 神姉さん、申し訳ありませんが私はここで抜けさせて貰います……」

 

 暫くお喋りに花を咲かせてると、松風が演習の話題を。弾かれたように部屋から出ていった。

 

「はぁ……旗風も、気持ちは解るんだけど……」

 

「何があったの?」

 

 秘書艦当番を遅刻しそうになった人みたいな焦り方してたけど。

 

「以前スチュワートさんからアドバイスを頂いたらしくて……その成果を見せに行ったんだと思います。大湊警備府との演習にも相当乗り気でしたし。……ですが、折角神風お姉様がいらしてるのだし、もう少しお喋りして欲しかったとも思います」

 

「まぁ、本人たちがそれで良いなら良いんじゃない?」

 

「ここからなら演習もよく見えるよ。双眼鏡は要るかい?」

 

 朝風と春風が演習に行った旗風のことをいろいろ言ってるけど、私も演習に来たからずっとここでお茶をしてる訳にも行かないのよね……

 何個も双眼鏡を用意してる松風は元からここで演習を観戦する気だったのね。

 現地で見るのも勉強だけど、私よりも経験を積んだ艦娘に解説してもらうものまた違った勉強になるかもしれない。

 

「ええ。借りるわ」

 

 そこで私は、常識から外れた光景を目にすることになった。

 

 

 

 

 

「長いなぁ……いつまで続くんだろ」

 

 隣から松風の感想が聞こえてくる。

 一緒に来てた瑞鶴さんや高雄さんはとっくに演習を二度行い、終わったって言うのに旗風とスチュワートさんの決着はまだついてなくて、飽きてくるのはしょうがないんでしょうけど……

 

「そんな事言ってないで……応援しないの? 妹でしょ?」

 

「じゃあ姉貴はどっちを応援するんだい? 他所(ウチ)の旗風と初期艦のスチュワート」

 

「そんなの……どっちも応援するに決まってるわ」

 

 スチュワートさんには勝って欲しいけど、同じくらい旗風には負けないで欲しい。だったら片方を贔屓なんてしないつもり。

 

「ふーん……」

 

「それよりも、旗風はどうやって相手にダメージを負わせるつもりなの?」

 

 最初に旗風の盾みたいな艤装には凄く驚いたけど、それの切っ掛けがスチュワートさんだと聞いてもっと驚いた。

 移動速度が下がって、駆逐艦の良さを潰しちゃってるところはダメっていう判定を朝風はしてたけど……旗風に勝てるイメージが出来ないのよね……。

 

 今では「そういう戦い方もアリ」って考えて、参考に出来そうなところを見つけようとしっかり観察してるし、色々と気になったことは訊いてるんだけど……

 

「機雷のこと勉強してたからやっぱり機雷じゃないかしら? 詳しい事は知らないけど」

 

「本人に尋ねるのが一番ですよ」

 

「姉貴もああいう戦い方するつもり? 強い事は分かるんだけど、何が楽しくてあんな戦い方をするのか、僕にはさっぱり理解できないよ」

 

 具体的な意見があんまり出てこないのよね。……やっぱり見てるだけじゃ駄目かもしれないわ。

 

「私も演習に行ってくるわ!」

 

 そう言うと、三人から激励の言葉を貰った。

 

 今の私は、誰が相手でも簡単には負けない!

 

 そう思ってたのに……

 

「ねぇねぇ神風! 演習(駆けっこ)しようよ~」

 

 島風さんに声を掛けられたのが運の尽きだったみたい。

 

 

 

「お手本のような引き撃ちだったね。艤装もちゃんと調整してたみたいだし、あれじゃあ分が悪いなんて話じゃないよ」

 

 お昼に、観戦してた松風にそう評価された。

 

 ……納得いかない!

 

――――――――――

 




・黄金の鉄の塊(艤装)で出来たタンク(旗風)
汚い忍者(卑怯な島風)
・戦闘力2の主人公
・ダサTの素質が垣間見える神風


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章 ~幕間②~

117話です。

幕間二本立て。

前半はギャグ10割。 後半はよく分かんないや……


 

・魔改造! 劇的ビフォーアフター

――――――――――

 

 今回リフォームするのは絶海の孤島!

 

 依頼者は我らが提督。

 港湾棲姫と北方棲姫の二人が新しくこの島に入居することになったんだとか。

 

 ……正直言って正気の沙汰とは思えないけど、特別手当として間宮さんのおやつ食券を渡されたからには折れるしかない。我々だってタダで仕事をしている訳じゃないんだ。

 

 

 

 島の面積は小さいものの艦娘の暮らす部屋よりは余程大きく、むしろ食堂四つ分くらいはあるかもしれない。

 だけど、島のそれぞれの場所には弾薬や鋼材に加工できそうな鋼片が落ちてたり、燃料になりそうな油の沼がある。

 

 そしてこの島一番の問題は……我々工廠妖精が出向いた時に発覚した。

 

[居住スペースが無ぁい!]

 

[どうなってるんだ!]

 

 最近は艦娘の建造を繰り返し流石に飽きて来た、と言ったところに舞い込んできたこの仕事に飛びついたらこの結果だ。しかし既に我々の腹の中には間宮アイスが収まってしまっている。

 

 早くも提督の甘い罠に嵌ってしまったことに後悔しながらも、現地で島の地盤を調査していたら入居希望者の一人である北方棲姫のタコ焼きみたいな艤装が我々を食べようとしてきた!

 バカな!? あり得ない! どうして入居希望者が既に居ると言うんだ! しかも本当に港湾棲姫と北方棲姫!

 

[契約違反でしょコレ!]

 

 見てないで助けてくれ潮! 曙!

 

「ちょっと! 大人しくしてなさい!」

 

『暇だ!』

 

「新しく住む場所が必要なんですよね? 連れて来た妖精さん達がお家を作ってくれますから……邪魔しないでね?」

 

ギャアギャア!

 

北方(ほっぽ)……大人しくしてて……』

 

 

 

 

 

 入居希望者の港湾棲姫は穏やかに過ごしたいらしい。

 つまり見つからないように海面より下に居住スペースを用意する必要があるみたいだ。腕が鳴るね。

 

 それは置いておいて……

 

[これから作業を始める!]

 

[今日も安全作業で行きましょう!]

 

[[了解!]]

 

 

 

[でもどうやって地面に居住スペースなんて作る? チマチマやってたら日が暮れる!]

 

[こんな時の為に“アレ”を持って来ていたんだぞ! さぁやろう!]

 

 我々、工廠の匠は秘密兵器を持って来ていたんだ。

 「創造の前には破壊がある」の精神って大事だよね!

 

[まさか“アレ”を!? ……分かったよ]

 

[ヘルメット、周りに我々以外居ない……ヨシ!]

 

 テキパキと作業を進める仲間にも緊張が走る。

 

[爆発するぞぉーッ!]

 

[いいか!? 近づくなよ! 絶対に近付くなよ!?]

 

「……近づいちゃ駄目みたいです」

 

「確かに、何となく分かるわ」

 

『あれ、面白そう!』

 

『あれは玩具じゃないよ』

 

[点火します!]

 

Kaboooooon!

 

[[[ ビューティホー…… ]]]

 

 形の良いキノコ雲! 肌に伝わる振動! そして見事に抉り取られた地面! これは限りなく満点に近いダイナマイトだったね! 技術班の奴等もやるじゃん。

 

 

 

 それから、我々の血と汗の滲むような努力の結果……

 

[なんというどうしたらこうなるのよ……

 

 のっぺりとしていて面白みのない島の上にはカモフラージュの為の灯台!

 その中にある階段から地下へ進むと……まるで別世界ではありませんか!

 

 穏やかな港湾棲姫と活発な北方棲姫が共に過ごすということで、広々とした地下空間にも区画を用意して、プライベートの確保もバッチリだ!

 

 敵だのなんだの言っても、仕事には手を抜かない我々匠の心意気を感じて欲しい。

 

[勿論です。プロですから]

 

『おぉ……ありがとう』

 

『ありがと!』

 

「よ、妖精さんも喜んでると思いますよ?」

 

[ちょっとした報酬とお客さんの笑顔で我々は働いてるからね]

 

[でも時間外労働は勘弁~。追加で間宮を要求しに帰ろ~]

 

「私達は引き上げるけど……変な気でも起こすんじゃないわよ!

 

『勿論だ』

 

『むぅ……ツンツンしたお前は帰れ!』

 

「ええっ!? あ、曙ちゃんが残るなら私も残ります!」

 

 何だって!? 我々が帰れないじゃないか!

 

『そうだ、少しくらいゆっくりしていけ。この……妖精? さん? が用意した茶と、スチュワートが持ってきた甘味の残りがある。持て成そう』

 

 前言撤回! 我々はもう少しここでゆっくりする!

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・演習の裏側

――――――――――

 

 

 田代提督から案内されて佐世保の執務室に入……らない。

 神風と旗風が見えなくなると、執務室をそのまま通り過ぎていって別の部屋まで移動した。

 

おっ! 久しぶりだな松田!

 

 部屋に入って聞こえてきた第一声がコレだった。

 

 姿が見えないと思ったら……。

 

「……。久しぶり」

 

 どうして梅木君が外に出て挨拶をせずに田代提督が挨拶をしたのか、どうしてトレーニング用のマットの上で汗だくになってるのかを質問したかったけど、田代提督の前でいきなりそんなことを言うわけにはいかないからグッと堪えた。

 

「ああ、私のことは気にしなくても良いよ。さぁ座って座って。……それに、私たちしか居ないから好きな話題を広げても良いんじゃないかな?」

 

 椅子に座るように促された。梅木君も素早く汗を拭いて着替えてから席についた。その間に置いてあった冷蔵庫から麦茶を淹れた田代提督が戻ってきて

 その後に自分たちを一瞥した田代提督は、悪戯を思いついたように微笑んで……

 

「例えば、艦娘の子たちが居るところでは話せないような好きな艦娘の話題とかどうだい? ちなみに私は最上だよ」

 

 爆弾発言をした。

 

「えっ? 本当(マジ)スか田代提督!」

 

「ああ、嫁さんの若い頃にそっくりってことと、いつもパワフルで元気を貰えるから好きでね。勿論、みんな大事に思ってるけど誰か一人を挙げるとするなら、ね」

 

 確かに、長い付き合いになるから良い関係は築いて行きたいし、自分たち『提督』に見える通称『妖精さん』の為にも艦娘を粗末に扱うわけにはいかない。

 それを粗末にした()い例はつい最近、しかも身近で発生している。

 黒川元提督は命をもってして、決して艦娘や妖精さんが言うことを何でも聞く人形ではないことを証明してくれた。

 そしてその問題の話題の中心に居た当事者のことを自分はよく知ってる。

 

「あの……田代提督。一つ、良いでしょうか?」

 

「なんだい?」

 

「その関係は、言うところのビジネスライクではダメなんでしょうか?」

 

 私の中で一人の艦娘が思い浮かべられる。

 

 私と居る時―――仕事中は決して仲良くはしないと言わんばかりに、実際「仕事じゃなかったら御免」だと言われた。そして書類仕事が終わるとすぐに執務室から消えて、一部で流れた幽霊説を信じそうになるくらい会うことはない。

 艦娘たちと一緒にいる時は穏やかだと聞いているから、誰に対しても素っ気ないなんてことでは無いみたいだし、本人に聞いても決して何か拙いことでもしたと言うわけでは無いみたいだけど……。

 

「お前は相変わらずジメジメしてんなぁ! 田代提督が艦娘を払って俺たちだけでそう言う話をしたならそうゆうことだろ!?」

 

 思考の海に沈んでいったところを、梅木君の言葉で引き揚げられる。

 そして彼が何を言ったかを理解するのに少し時間がかかって、ほんの少しの想像をして顔が熱くなる。

 

いやいやいや! ま、まさかそんなことは……」

 

「う、うむ……まぁ、梅木くんの言った通りだ。君たちも若いし、ちょっとした冗談のつもりでね」

 

「なら俺は……鬼怒かな? いつもトレーニングに付き合ってくれるし。待てよ? だったら大鳳とかでも良いんじゃねぇか?」

 

「梅木くんはもう少し大淀の負担を減らすように努力してくれ……」

 

 梅木君の回答を聞いて少しだけ焦る。

 次は自分の答える番だ。誰が好きかと言われたときに最初に頭に浮かんだのもやっぱり彼女で……

 

 恥ずかしいから小さくなったけど、一応答えることは出来た。

 

「自分は……スチュワートです

 

 梅木君が「誰だ?」と言うと、田代提督の方から声が聞こえてきた。

 

「ああ……なるほど。ちょっと待ってくれ」

 

 そして立ち上がって部屋から出ていき、そう間を空けずに戻ってきた。

 

 田代提督は手に持っていた数枚の紙を梅木君に見せると、目が大きく見開かれて表情が面白いように変わっていく。

 

 そして最後にはニヤリと笑った。

 

「……面白れぇじゃねーか」

 

 書類をヒラヒラさせながら自分に向かってニヤニヤした顔を浮かべる梅木君。

 

 彼女が笑われてるみたいに感じてちょっとムッとしたけど、その程度で一々怒っていては梅木君の面倒を見切れなかった同期と同じだ。

 

「コイツが黒川を殺ったってのを見た時はギョッとしたけど、お陰で俺がここに居るんだし感謝しないとな! ホラ、見てみろよ」

 

 そういって紙を渡してきた。

 目を通すと……うん。自分が作った書類だ。

 

「……?」

 

 それとは別に見たことも無い紙が混ざってるみたいだ。

 

「あの……コレは一体?」

 

 紙には『能力測定結果』と書いてあった。

 

「それはスチュワートが大本営で謹慎してた時に練習艦の香取と鹿島、神州丸から指導を受けた時の評価……分かりやすく言うなら学校の成績表ってところかな?」

 

「ありがとうございます」

 

 彼女の成績表……どんなことが書かれているか気になって読んでみようと思った直後、梅木君が声を出した。

 

「なぁ、そのスチュワートって艦娘って前までウチ(佐世保)に居たんだろ? どうして謹慎が終わったら大湊に行くことになったんだ?」

 

「私より上の人達の考えだから、そこら辺は何とも言えないね。ただ、大湊警備府を離れたとするなら佐世保ではなくてアメリカへ行くと思うよ」

 

「えっ」

 

 彼女が大湊を離れる?

 

 この時に感じたものは何だったのか、自分では良く解らなかった。

 

――――――――――

 




・愉快な工廠妖精さん達

・おや? ていとくの ようすが・・・



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章 ~幕間③~

118話です。

大変遅くなりました。チカレタ……

今回も二本立て。



・夜の風物詩(夏)

――――――――――

 

「今日は夜戦やらないよ!」

 

「「「!?」」」

 

 ハワイに向かう途中で、休む為に寄った島。

 

 夜になってさあ休もうと思ったときに、川内さんが驚きの一言を放った。

 

 バカな……あり得ん!

 

「なンでさ川内さん! 行きましょうよぉ!」

 

 俺たちが川内さんの異常に戦慄してると江風が声を上げた。

 ……いや、一緒に行くも何も江風はそもそも夜戦担当じゃないよね?

 

「うん……私も行きたいんだけどね。流石にこんな時にはやりたくないかな~……なんて

 

 確かに今はクソって言葉が付くくらい暑い……というか風が無い。しかも日中は雨が降ってたから湿度もヤバい。

 やる気と言うやる気を削がれるような環境だから、川内さんの言葉に共感できる。

 

 だけど、“あの”川内さんが暑くてジメジメしてるというだけで夜戦をしないなんて到底考えられない! ニセモノの可能性もある。

 

 小石を拾って背後から投げる。

 

「うわっ!? なにするのさ!」

 

 避けられた……本物だ。

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 川内さん曰く「夜は長い」らしい。

 

 そんな「長い夜」が川内さんですら夜戦を渋る()だるような暑さだったらどうなるか。

 

 答えは簡単。暑くて寝るに寝れないのだ。

 

 そんな俺たちは川内さんの「怖い話でもする?」という提案に乗っかって、全員が灯りを中心に円を描くように座り込んでいる。

 

 怖い話 ──つまり怪談を始める為だが── 万が一深海棲艦が来ても対処できるように全員が艤装を着けたままだから微妙に怖くない。幽霊もビビって逃げ出すだろこれ……

 

 実際にやったことは無いから初体験だけど、ホラー番組で突如現れた霊とかにビビりまくるチキンハートを持つ俺に耐えられるかどうか……。

 始まる前から既に戦々恐々している俺をよそに、言い出しっぺの法則に則りって一番手の川内さんが口を開いた。

 

「なんか付き合わせちゃったみたいでゴメンね。でも、やるからにはうんと怖がって涼もう! じゃあ行くよ!」

 

 そう明るく宣言した川内さんはスッ……と急に落ち着いてから灯りを消した。

 

「終わらない丑三つ時」

 

 

 

 

 

 

 

 う~ん……正直微妙。

 

 怖いっちゃ怖いけど……ベタだから展開が見えちゃうものだったり、なんか聞いたことあるようなモノだったり、戦時中特有の価値観の違いから怖がる要素が分からなかったり……背筋が冷えたり冷えなかったりした。別の言い方をするとピンキリ。

 一番怖かったのが意外にも三日月で、放置された祠に憑く怨霊の話はしっかり練られててそれなりに恐かった。

 

 それと江風と大鳳さんは正直向いてないと思った。怪談なのに語り手が溌剌としてちゃあ怖さ半減だ。特に大鳳さんはネタは良い感じの怖さだっただけに勿体ない……。

 フッと灯りが付いて全員の顔が照らされる。

 那智さんの怖い話の感想を言い合ったらいよいよトリである俺の番。

 

 

 

 俺の話すヤツには元ネタがあるけど、艦娘は誰も分かるまい。

 温泉旅館に移動する際中のバスで改造したし。 

 

「皆さんは大戦中、敵国の軍艦の乗組員が何処からやってくるか知ってましたか?」

 

ディープ・ワン(Deep Ones)号の乗組員

 

 灯りを消した。

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・納期間近の修羅場

――――――――――

 

「三式弾が必要かもしれない」

 

 提督から放たれたその言葉が、私から休息という二文字を奪い取った。

 

 

 

 

 

「あぁ~~……もう寝たい……

 

 それなりの規模の作戦があるから忙しくなるかもっては思ってたけど……ここまでとは聞いてないよ!

 糸の切れた操り人形みたいに椅子に座って、乾いてシパシパする目を押さえる。

 

「はぁ~……。やりがいはあるんだけどなぁ……

 

 そのままぐったりと机に伏せて独り言を漏らすけど……誰も居ないよね?

 

 最近はず~っと工廠に居るかもしれない。こんな時に修理が終わった時、被験者役になってくれるらしい兵装実験軽巡の夕張が居たらどれだけ楽になれるかなぁ……?

 

「ふあぁ~……あふ

 

 とても人前では出来ないような大欠伸をして脱力。机の上に置いた腕に頭を預ける。疲れ切った目が程よい力加減で押さえられるから気持ちいい~……

 

 ……仮眠しても良いかな?

 

 私頑張ったから! 提督に言われてから二日間、限りある時間と資材を使いながら三式弾の失敗作を作り続けて、その度に妖精さんが「見せられないよ!」と言わんばかりに失敗作をペンギンとか綿ゴミみたいな包みに入れては持ち去ってしまう様子を眺めて、回数を重ねるごとに次こそは成功しなくちゃいけないって意気込んで……ちょっと疲れちゃったんだよね。

 

 ……この時間帯なら工廠に誰かが来るなんてことは無いだろうし。

 高窓から入ってくる日光が背中に当たって気持ちいいし、妖精さん達が修理とかで発する音が耳に馴染むから眠気がどんどん強くなっていく。

 

 ……ちょっとくらいなら良いよね。

 

 ウトウトしながら作業するのは危険だから仕方ないよね。

 そう自分に言い訳しながら完全に脱力した。

 

 

 

 

 

 ……香ばしい匂いを察知して、意識が覚醒する。

 

「う~~ん……よし!」

 

 思いきり伸びをして間を開く。うん、瞼の重さも取れてる!

 これなら一休みする前より三式弾の開発が捗るかも。

 

「お腹空いたな~」

 

 そう呟いて工廠に併設されてる医務室を出ると、私が仮眠を取った机の上には様々な食べ物が並んでいて妖精さんが群がっているのが見えた。

 

「わぁ! 豪華~!」

 

 妖精さんが群がってる場所には最中が並べられていて、私が座ってた椅子の前にはが豪華な定食が置かれていた。まさか間宮定食? ……夢じゃないよね?

 頬を抓ってみてもしっかり痛いから……現実!?

 ドッキリとかじゃないか不安になってくる。

 

「起きたみたいだね」

 

「えっ?」

 

 工廠内に私以外の声が響いて、入口を見ると両手いっぱいにお菓子を持った提督が居た。

 

ええっ!? 提督!?

 

「うふふ……」

 

「間宮さんまで!」

 

「妖精さんから話は聞いてるよ。随分無茶……頑張ったんだね」

 

 だから、今私の前に並べられてるのは差し入れと言うか、報酬と言うか、ご褒美と言うか……そんな感じらしい。三式弾の開発を急に命じられた時は何なんだと思ったけど、ご褒美に間宮定食が食べられるなら悪くはないかも……。

 現金だなぁって自分でも思う。これで後はしっかりと休める環境なら文句は無いんだけどなぁ……。

 

 あ、この小鉢美味しい。

 

「美味しいです間宮さん!」

 

「気に入ったみたいね。でもソレ提督が作った物なのよ~」

 

「えっ」

 

 提督ってこんなに料理上手だったの!? 知らなかったな~。

 

「喜んでもらえて嬉しいよ。……それで、今頼んでる開発のことだけど」

 

「うっ」

 

 忘れてた……。

 

 それからは、舌鼓を打ちながら開発の話をしてたんだけど……

 

「……まぁ、今日はもう遅いから、明日一日だけ頑張ってくれないかな?」

 

 この一言で急に現実を見せられた気が……現実を叩きつけられた。

 

「ほぇ? ……あーーーっ!

 

 言われて気が付いたけど外真っ暗じゃない!? どうしてちょっとだけのつもりがこんなに寝ちゃったのよ私~!

 

 提督には今日は休めって言われたけど、そんなことしてる場合じゃなくない!?

 ……提督たちが居なくなったらコッソリ作業再開しちゃおうっと……。

 

 

 

 

 

「あっ! もしかして……こう?」

 

 なんか冴えてる!

 今までとは使う資材をちょっとだけ変えたら急に閃いた。

 そうして出来上がったものは……やっぱりペンギンの包みに入れられて持ち去れらたけど、今までで一番三式弾っぽかったかも!

 

「今なら、なんだって作れるような気がする!」

 

「あんまり騒がしくはしないでね?」

 

「はい……」

 

 見回りに来た伊勢さんに注意された。

 

 

 

 結果として、予算(資材)を使ってなんとか三式弾を二つ作ることに成功した。

 朝イチで結果報告に行ったら「休むように言ったよね?」って感じでお説教をされちゃった……。けどご褒美として間宮食券を貰えたて美味しい思いをしたからプラマイゼロ!

 

 

 それからというもの、開発に行き詰った時は験担ぎとして提督にご飯を作って貰うようになったのは別の話。

 

――――――――――

 




・会談 ~深きものども~
 タイトルは「ウィンターシーマー号の乗組員(S C P - 1 8 6 1)」から

・過労死した明石さんが異世界(現代日本)に転生してエンジニア系女子として活躍する小説無いかな~(チラチラ)

次で6章幕間は最後です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章 ~幕間④~

119話です。

気が付いたら蝉も鳴かなくなってますね。
時の流れを感じます。

今回も二本立て。



・一方その頃……

――――――――――

 

『このまま進んだところに島があった筈だから、そこで艤装を展開させて欲しい』

 

 アンタの意見や要望なんて聞くわけないでしょ!

 

 そう言おうとしたけけど、提督に「出来る限り協力して(意訳)」って言われてることを思い出した。

 

 ……ま、まぁ確かに? 聞いた話だと相当な量の艦載機飛ばせるらしいし……悔しいけど今いる艦隊の中じゃ最高戦力だろうし、素直に言うこと聞いておいた方がいいかな? 歯向かわれても困るし。

 

「そう……ま、頼りにしてるわ」

 

 一航戦の二人とか大湊(ウチ)の大鳳さんに比べたらまだまだ頼りないことは間違いないけどね!

 

「ではその……潮たちが空母水鬼をその島まで引き連れてくれば良いんでしょうか……?」

 

 あ~そっかぁ……港湾棲姫って陸上に艤装を展開するからこっちから仕掛けられなくなるのかぁ。そうなると必然的に港湾棲姫の近くまで引き寄せないといけなくなるのかぁ……。

 

「そう……ね。悪いけどお願いできる? 飛鷹と摩耶もお願い」

 

「任せ()!」

 

 やっぱり先に建造された人たちは頼もしいな~。

 ……翔鶴姉が建造された時に「私のがお姉さんだ!」なんて言ってみたりして……

 

えへへ……はっ!? ほ、ほら! こんなことさせるんだからそれ相応の、しっかりとした成果を出してもらわよ!」

 

『? ああ。勿論分かっているさ……だが相手は空母水鬼。生半可な相手では無いぞ』

 

はぁっ!? 始まる前から言い訳とか、程度が知れるんだけど!? 笑わせないで!

 

 二航戦の二人なら良い特訓の的だって言いながら倒しそうなのにこの深海棲艦は言い訳みたいな甘っちょろいこと言ってんのよ!

 

「仲いいな~お前ら」

 

『摩耶……だったか? そう見えるなら一度眼を診てもらった方が良いぞ』

 

「ちょっ!?」

 

 こっちのセリフなんだけど!?

 

ねぇ、那珂ちゃんのこと忘れてない!?

 

「あ」

 

 「緊張を解すため~♪」とか言って五月蠅かったから意識の外に置いておいてたわ。

 川内(かわうち)の妹ってこともあって色々と騒がしいから、煽るにはピッタリでしょ。

 

「頑張ってね」

 

 作り笑いで投げやりにそう声を掛けると

 

「まっかせて~! 最高のライブにしてくるから!」

 

 流石は自称アイドル。完璧な笑顔だよ……。

 私からしたらアイドルは癒しのひと時を与えてくれる間宮と私の翔鶴姉だけで十分なんだけど……流石にそれを言っちゃマズいかな。

 

 

 

 

 

「……」

 

『……』

 

 潮たちが空母水鬼を引きつける為に島で別れてから数十分。

 駆逐級は時々寄ってくるけど、簡単に倒せちゃうから基本的に暇~。……っていけないいけない。ボーっとしてる間に不意を突かれるかもしれないからね! それに今は潮たちも頑張ってる頃だろうし、私だけが呆けてる場合じゃないよね。

 

「……ねぇ」

 

『なんだ』

 

「不埒なこと、考えてないでしょうね?」

 

『そんなことは無いぞ』

 

「本当かどうかも怪しいところね。まぁ、いざとなったらアンタが何かする前に頭撃ち抜いてあげるだけだけどね」

 

『あんまり怖い事を言うな』

 

 監視してるってことをアピールする為に港湾棲姫に話しかけるけど……なんか私が悪者みたいじゃない! 面白くな~い!

 

『む。来たな』

 

 港湾棲姫の声が聞こえた直後に『掛かったぞ! 今向かってる!』って通信が入った。

 目を凝らすと、水平線に点が見えるような見えないような……。

 

「……アウトレンジで決めたいわね」

 

『同感だな』

 

 ギュッと弓を持つ手に力を込める。

 港湾棲姫も見慣れた艦載機を沢山召喚した。……両脇の口から。

 

「その滑走路は飾りなの?」

 

『こうした方が早い』

 

「そう……」

 

 この艦載機が近くに、それも味方として存在するのは違和感が凄まじいけど……これからはそんなことも言ってられないか。

 

艦載機飛ばすよ! ……姫級の実力、見せてもらうわよ! まさか日和って戦えませんとか言わないよね?」

 

『抜かせ。私には帰りを待ってるのが居るんだ。やられはしない』

 

 そう言って港湾棲姫の艤装から大量の艦載機が飛び出していった。

 ……裏切る心配も無さそうだし、私も全力で行かなくちゃね!

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・恋は盲目

――――――――――

 

 『……最初の失敗は何だったのかしら?

 

「やっぱりスチュワートちゃんを疑ってかかったことかしらね〜」

 

 そこが違えば、もっと別の現在になってたと思うもの。

 

 

 

 私は建造されてからずっと、まだ建造されてない天龍ちゃんのことばかり考えていたわ。

 駆逐艦や海防艦の子達は可愛いいから元々好きだったし、後から建造される天龍ちゃんはきっと、もっと好きになることは間違いないわ。

 そんな“好き”に囲まれながら一緒に戦う。辛いけれど楽しい、そんな毎日が続いていくと思ってのだけれど……。

 

「いつからだったかしら?」

 

 提督のことを気がつけば目で追っていたのは……。

 

 

 

 最初は気の迷いだって思って忘れようとしたけれど、二度、三度と続いてからはだんだん意識しちゃって~……次第にいつも提督を、提督の痕跡を探してるようになって……。

 “提督を見るんじゃなくて、提督に見て貰いたい”

 そう思うようになるまで時間は掛かったものの、なんとも私らしくない考えに辿り着いてしまったとつくづく思うわ。

 

 所謂一目惚れってやつね。

 

 どうして私がこんなに提督を見ているのに、提督はあまり私を見てくれないのか。

 ……勿論、提督だって何十と居る私達艦娘の面倒を見なくちゃいけないから、ずっと私だけを見るなんてことは出来無いってことは分かるわ。

 でも“誰か”を見るなら、出来る限り自分だけを見て欲しくて……

 

 どうしたら振り向いてもらえるかしら?

 

 そう考えた結果、いつも提督の目に居座ってる彼女の評価を下げるといったとんでもない行動に移してしまった。

 それの効果は絶大だった。……艦娘に対して。

 

 とても驚いたわ。

 だって提督もスチュワートから話は直接聞いたのだし、内容が内容なだけにもっと距離を置くと思ったのだけれど……ちっともそんな事ないんだもの。妬けちゃったわ。

 

 

 

 それからは遠征、日常、作戦の時でさえ微妙に距離を置かれるようになって……そこで『私は失敗した』って気が付いたわ。

 普通に考えたら不和を齎す人は、煙たがられて当然だものね。私だったら提督を貶すような子が居たら刃を向ける衝動に駆られるもの。

 

 でも、作戦が終わった後に金剛さんを始めとした少なくない人達から叱られたことは悪くないと思っているわ。私のやり方は相当捻じ曲がっていたことに気が付いたから。

 ……まぁ、そこで初めて私以外にも提督を慕ってる子がいることに気が付いた時は正直とても焦ったけれど、相手を下げることで足の引っ張り合いをするのではなくて全員が高め合う、切磋琢磨出来る環境がそこにあったことを知ることが出来た上に、その輪に入ることが出来たのは大きな前進よね。』

 

 

 

「まぁ、私のしたことはしっかりと怒られたんだけどね~」

 

 そして今居るのが通称『お仕置き部屋』ってところ。

 空き部屋に椅子と机、“反省文書”って書かれたノートだけが持ち込まれた、提督も知らない私達艦娘だけの部屋。

 ノートをパラパラと捲ると、『暁を苛めてしまった。反省はしているが後悔はしていない』といった響ちゃんの反省文や『夜に騒いで迷惑をかけたけど、だったら全員夜に起きるようにすれば良いと思う』というあまり反省の色が見えない川内ちゃんの文まである。

 

 クスリと笑って今まで書いた長ったらしい文章を消してペンを執る。

 この部屋に来た先人に従って簡単にエピソードを纏めて、書くのは短い文章だけ。

 

 アプローチの仕方を変えて、いつか必ず提督の隣に居座って見せる。

 この戦いに関して言えば、天龍ちゃんが相手になろうとも引く気は無いわ。

 

『首を洗って待ってなさい♡』

 

 

 

「ふぅ……暇になっちゃったわ~」

 

 明日の朝になったら明日の秘書艦の子が鍵を開けてくれるらしいんだけど。せめて簡素で良いからベッドが欲しくなるわね。

 

「また読み返そうかしら……」

 

カチリ……バン!

 

龍田さん!

 

 噂をすれば何とやら。スチュワートちゃんがこの部屋に来たわ。

 私に折檻でもしに来たのかしら~?

 

「私を笑いに来たなら~回れ右し―――」

 

龍田さんの所為でメイド服着せられるんですけど!? どうしてくれるんですか!

 

 ……え?

 

「あ、あら~……可愛いじゃない♪」

 

 聞いたところ、青葉さんが“良い一枚”の為に貸しを消費したらしい。

 変なところに拘るスチュワートちゃんのことだから、きっと陰で練習してたりとかするんでしょうけど……見れないのが残念ね~。

 

 面白いとは思うけど、わざわざ既に高いハードルを更に高くする必要はあるのかしら?

 青葉さんの行動に疑問を感じている内に、ひとしきり文句を言い終えて語彙力が無くなってきたスチュワートちゃんが出ていった。

 

 書き終わった私の文章の後ろに、一文を加える。

 

『壁は高いけれど、私は絶対に諦めないわ』

 

――――――――――

 




・本当は一航戦も二航戦も大好きな瑞鶴。

・ヤンデレ風味の龍田さん。恋は盲目ってこんな意味だったっけ?

キャラ崩壊が激しいですが、どうか許してほしいです……。

次は7章!
のんびりやる訳にはいかないので時間を進めます。

??「スチュワートさんのメイド服を収めたデータが……」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

故郷へ
圧縮


120話です。

短いです。



「やっぱり深夜から明け方はまだ冷えますねぇ」

 

「そうだね。でも、刺すような痛みは無いだけ良いんじゃないかな?」

 

 深夜の哨戒で深海棲艦も見えず、暇を持て余した俺は(かじか)んだ手に息を吹いて擦っては僅かな熱を握り締めながら独り言のように呟く。

 すると、隣に居る時雨が相槌を打ってくる。

 しかもわざわざ聞こえるようにマフラーを少し下げてだ。無視しても良いだろうに……律義なヤツめ。

 

 季節は春。

 とは言ったものの流石は東北といったところで、三月下旬なんて道路脇に雪が残ってたりするんだから寒いったらない。

 普通の女子も中高生になる頃には特殊な訓練を受けてるらしく、冬でもスカートだから艦娘もそうだったとしてもまぁ分かる。めっちゃ寒い……というか痛いけど。

 それなのに半袖だったり、人によっては夏や秋から変わらず腹が見えてたりする服装なのは一体何なんだろうか。葛城さんとか長門さんは冬に死ぬんじゃないかと思ってたんだけど……体調すら崩して無いらしい。どーなってんだ。

 

 そんな長袖とか懐炉(カイロ)とかがまだまだ恋しい季節に差し掛かると途端に姫、鬼級の目撃例が不自然なくらい減った。

 比較的平和でいいじゃんって思っても、迷い込んだかはぐれたのか、時々駆逐艦とか軽巡が現れたりするから地元の漁師さん達からしたら溜まった物ではない。だからこんなクソ寒い夜に深海棲艦の影すら見えなくても哨戒は必要らしい。許さん。

 

「漁船にニ、三人同伴すれば哨戒なんて今は要らないと思うんですけど……」

 

「どうだろう? 未然に危険を察知するための哨戒だから、必要無いなんてことは無いと思うよ」

 

「そこなんですよねぇ……」

 

 「今日も深海棲艦が現れてないことが分かる」ってヤツ? ちゃんとした意味があるから断れない。

 しかも最近現れた深海棲艦が殆ど単独、或いは戦力に乏しかったって統計から今までの五人体制じゃなくてツーマンセルにして、代わりに一人当たりの哨戒の回数を減らして貰ったから断れない。

 

 まぁ

 

「そろそろ時間ですし戻りましょうか」

 

「そうだね」

 

 後は警備府に戻るだけだし今日は哨戒担当の最終日。

 一巡するには暫く掛かるからもう冷え込む夜に海に出なくても済むだろう。

 

 

 

 

 

 朝食を食べつつ、今日の休みを如何に過ごすかを考える。

 夜中の哨戒が終わって今は朝。睡眠欲に身を任せて昼まで寝るか、夜まで起きて自由時間を確保するか。

 

「何回経験しても究極の二択だな」

 

 どちらにもメリットとデメリット両方が備わってるから選ぶに選べない。

 

 ……結局どちらにするか決めることが出来ずにぐぬぬと唸ってる間に朝食を食べ終えてしまった。

 

 背中に朝日を浴びてたからウトウトしてしまい、このままでは寝落ちすると最後の理性が訴えかけて来たから半分寝たままの頭で立ち上がり、意思を持たない動く屍のような足取りで自室に戻る。

 

 

 

 この半年の間に自室も随分と様変わりした。

 

 俺一人しかいないにしては広すぎて、それでいながら机と椅子と布団以外何も無かったから独房みたいな雰囲気だった部屋は、今では元々の半分くらいのスペースになって、カラーボックスとか日用品が置かれていて生活感が出てる。家具の大半を木目を意識してるから目に優しい。

 

 半分になったスペースの残り半分は何かと言うと、水道を引いてもらった。自室に洗面台、W.C.(トイレ)、ビジネスホテルみたいな小さな風呂を作って貰った。

 

 風呂やシャワーの際に人目を気にしなくても良くなったのは嬉しい。

 だけど、一番嬉しいのは引き篭もる為のシステムが整ったことだ。

 

日常が死んでる! 何だコレは!? 折角の休みなのに楽しいこと一つすら無いじゃないか!』

 休暇に暇を持て余し、魂の叫びを上げた去年の秋の俺よ。見ているか?

 長期的なお菓子ローンは組まれたものの、完全に俺だけのフィールドを作り上げることに成功したんだ!

 小物は俺が休みの日に買ってきたから良いとして、その半日の間に工事を終わらせる妖精さんたちは一体何者なんだろうね?

 

 

 

 何度見ても満足できる自室に満足した俺は、力尽きるようにベッドへ倒れこんだ。

 

「堕落って最高~」

 

 そう独り言を呟いてからゆっくりと起き上がって机に向かい、日記帳を捲る。

 

 

 

 ……ハワイで飛行場姫を倒した日付が半年くらい前に付いてた。そりゃあ記憶も大分曖昧になる訳だ。

 

 確かあの後に大本営に港湾棲姫と北方棲姫の引き渡し要求があって、当の港湾棲姫がそれを断固拒否。『無理に連れて行こうとするなら今この場で自爆する』って言って引き下がらせたんだっけ? 覚悟キマってんなぁ〜って思ったけど、自爆する(させる)のはたこ焼きのことだったらしい。

 

 

 

 秋の頃には地元の漁業のお手伝いをしたって書いてある。

 まさか『秋刀魚を食べたい』って駄々をこねる北方棲姫を相手にすることになるとは……港湾棲姫も止めるに止められなかったらしいし……。

 それと、漁師さん達に港湾棲姫と北方棲姫の存在がバレてさぁ大変って感じで超焦った。変な灯台の所為で漁師さん達が例の島に立ち寄ってたから初見じゃないって聞いた時はビビったなぁ……。

 

 年末はクリスマスとか大掃除とか、いつの間にか溜まってた書類の処理で忙しかったりした。……空気を読んだのか寒いのは嫌なのか、深海棲艦の侵攻も無かったし。

 

 そんな感じでイベントは盛り沢山。

 飛行場姫以来そこまで激しい戦いが無く、比較的平和に過ごした半年の間に資材の備蓄を増やしたり建造したりしたから、艦娘の数は順調に増えていってる。

 開発とかにも手を回し始めたから最初期よりもペースは落ちたけど、それでも数日、一週間おきに新人が建造されるのはヤバい。そろそろ顔と名前が一致しなくなってきた人が居る。陽炎型と夕雲型の人とか。

 

『今日から陰キャの魂が復活する』

 

 そう日記に書いてフッと笑ったところで、部屋のドアがノックされたことに気が付いた。

 

「何でしょう? ……提督」

 

 やけに不安そうな提督がドアの前に立っていた。

 

 

 

 正直に言えば、提督が俺に話しかけて来た時ってのはだいたい面倒なことがあった場合である。しかも今回は不安そうな顔。

 嫌だな~嫌だな~……無視して部屋に籠りたいなぁ……。

 でも、上司だから従わないといけない。面倒ごとからは真っ先に逃げる駆逐艦も居るってのに……。

 

 執務室に向かう途中、隠れるように溜息を吐く。

 

 そして言われた言葉は……

 

「アメリカへの出向?」

 

 代り映えしない日常に、新しい刺激が齎された。

 




新しい日常が始まる……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二度目は嫌

121話です。




「アメリカへの出向?」

 

「うん。大本営から声がかかってね」

 

「そうですか」

 

 口ではそう答えながら、心の中では盛大にブーイングをする。

 「夜の哨戒(夜勤)が終わった後だから寝させて」くらいは言っても良いと思ったけど、露骨に嫌そうな顔になってないか自分でも心配になったから取り敢えず話だけは聴いておこうかな。

 

 

 

 出向。

 

 艦娘は世界中に居る。

 同じように世界中に深海棲艦は居る。

 

 アメリカを始めとする世界中に艦娘、妖精さん、提督候補は居るが不思議なことに日本よりも少ないらしく、つまり深海棲艦に対する戦力が日本よりも少ない。

 

 突如現れた深海棲艦という危険に対して各国の政府がなんやかんやあって、日本は艦娘って言う対深海棲艦に特化した戦力を世界に派遣するように要請。代わりに日本は色々と融通してもらっているらしい。

 つまり「防衛手段貸して? タダでとは言わないから」ってことなんだとか。そんなことを掻い摘んで鹿島さんに聞いた。

 

 政治の世界って怖えなぁ……。

 

 

 

 そんなおっかない話を改めて提督に聞いた俺は

 

「確か六人でしたよね? 明後日までに行きたい人集めておきますね」

 

 そう答える。海外なんて行きたくない!

 水もまともに飲めないのは修学旅行で懲りてるから、行きたい奴に行かせときゃ良いでしょ。

 

「残念なことにスチュワートは名指しで指名されてるから断れないよ」

 

「……」

 

 な ん で ?

 

 あー……そういえばまだ大湊に来てから一年経ってないし、当初受ける罰則の期間は終わって無いんだっけ? あまりにも普通に他の人と同じように過ごしてたから忘れてた。でもさぁ……指名ってどうなの?

 

「それに、もうメンバーは決めてあるんだ」

 

「はぁ……」

 

 だったらもっと早く言ってくれねぇかなぁ紛らわしい。

 

「他のメンバーは長門、加賀、神通、初風、陽炎だ」

 

「……声を掛けてきます」

 

 まだ朝だし、どうせ俺が声かけてきてくれって言うんだろ? ダルいけどやらなきゃいけないのが辛いところ。

 

「それはもう朝潮が済ませている」

 

「えっ!?」

 

 バッと振り返る。

 朝潮……「?」じゃねぇよ。俺の仕事減らしてくれるなんて良いヤツだなぁ~。後で取っておいたお茶請けをあげよう。

 感動のあまり朝潮の頭を撫でながら考える。

 

「……休みのところ済まなかった。話は終わりだから、ゆっくり休んでくれ」

 

 本当だったら今頃ぐっすり寝てる筈なんだけどなぁ! せめて夜に連絡寄越してくれや!

 

「朝潮、どう思います? コレ」

 

「? 話の内容に問題は無かったと思います!」

 

 そうだね。でもそうじゃない。

 少しは気を使えよって感じのことを言って欲しかったけど、朝潮の提督に対する忠誠心が高すぎる。

 朝潮を使って負の感情(愚痴)をガードするなんて卑怯だぞ!

 

「……では失礼します」

 

 提督め、勝ったと思うなよ……

 

 再び自室に戻って、眠気が我慢できないからそのままベッドに倒れこむようにして寝る。

 シャワーすら浴びてないけど……起きてからで良いか。どうせ部屋には鍵掛かってるし誰も入ってこれないだろう。

 

「は~~やっと寝れる。うおぉ……

 

―――

 

――

 

 

 

 

 

 

「出向? あー…………そう言えばそんな事言われたような」

 

「ちょっと~? 大事な話を半日で忘れるとか心配になるんだけど!?」

 

「う~ん……妙高姉さんに言われたことならどんな些細なことでも三カ月は覚えてられるんだけどな~」

 

「初風。私の話を覚えてくれるのは嬉しいのだけど、大事な話は私の言葉よりもしっかり覚えておきなさい」

 

「はい! しっかり覚えました!」

 

「……」

 

 初風の後ろに左右に振れる尻尾が見える見える……懐かれまくって困惑気味の妙高さんも新鮮だけど……盗ったりしないから睨まないでよ初風。

 

「……スチュワートはどう思う?」

 

 夜。食堂で陽炎を見つけたから声を掛けて、近くに居た妙高さんから初風を借りようとしたときの会話がこれである。どう思うってそりゃあ……

 

「初風は実は妙高型だったってことにしておけばいいんじゃないですかね」

 

「ダメよ! 初風も私の大事な妹なんだから!」

 

でもあれは……陽炎は泣いて良いのでは?」

 

 初風って妙高さんが来てからはずっと妙高さんと一緒に居るような気がする。史実で何か関わってるのか? 

 艦娘が増えて来たから色々なやり取りを見るのは楽しいけど、流石に本当の姉なのに全く構われない陽炎は泣いて良いと思う。

 

 お喋りしてる間にいい感じに冷めたカレーに辛さ調節の(幸せの赤い)粉末をかけて混ぜる。うん、辛い。

 

「……よくそんなモノが食べられるな」

 

うぇっ!? ……長門さんもどうです?」

 

 急に声が掛けられてビックリしたから、仕返しとばかりにスプーンでカレーを掬って話しかけてきた長門さんに向ける。確か辛いの苦手だった筈だから食べたりはしないだろう。

 

「……遠慮しておこう」

 

 やっぱりな。

 

「では私がいただきますね」

 

「「!?」」

 

 長門さんが案の定遠慮したから差し出したスプーンを引っ込めようとしたら、横から出て来た加賀さんに食べられた。

 

ゴホッ これは……想像以上ね」

 

「そんなにか……それはさて置き陽炎と初風、加賀まで居るとは丁度いい。出向の話をしようと思ってスチュワートに声を謗帙¢繧医≧縺ィ縺励◆繧薙□縺(掛けようとしたんだが)縺ゥ縺?@縺滂シ(どうした?)

 

菴募崋縺セ縺」縺ヲ繧薙?繧(なに固まってんのよ?)

 

「よ く き こ え な い で す」

 

 やっべぇ……混乱のあまりなんて言ってるのか全然理解できないぞぉ?

 

 カレーが髪に付かないように手で押さえる加賀さんが滅茶苦茶セクシーだった……って違う違う。

 冗談半分で差し出した俺のスプーンに加賀さんが口をつけたってことは、このスプーンを俺が使うと間接キスに該当するんじゃないだろうか!?

 

 それはヤバい。なんかヤバい。何がヤバいか分からないけどヤバい。

 なんとしてでも回避しないといけない。

 考えろ考えろ……何か方法は……あった!

 

「本当に大丈夫なの? さっきから顔が真っ赤よ?」

 

「何でもないです! ……ああースプーンがー」

 

 スプーンを落とす。これで洗いに行って離脱出来る。

 天才!

 

洗ってきますね!

 

「そうした方が良いだろう」

 

 逃げるようにその場を後にする。

 

 

 

「様子が変ね……」

 

「疲れてるんだろう……妙高、席を借りても良いか?」

 

「いいえ、きっとここにもう一人来るんですよね? でしたら私は席を外します」

 

「だったら私も!」

 

「アンタは残ってないとダメでしょうが!」

 

 

 

 

 

「お待たせしました……」

 

 スプーンを洗い終わって席に戻ると、神通さんも来ていた。

 

「大丈夫なのか?」

 

「まぁ、はい」

 

 流石に不自然過ぎたか? まぁ、加賀さんの顔を見ないようにすれば問題は無いか。思い出すだけでも恥ずかしい……

 

 そんな俺の思考を知る筈の無い他のメンバーは、出向について佐世保で演習ついでに話を聞いてきたらしい神通さんから説明を受けて色々なことを決めていった。途中で意見を聞かれたりとかしたけど、相変わらず俺は生返事しか出来なかった。

 

「―――では出発は明後日、貨物船の護衛と移動を兼ねる、期間はアメリカに到着してから約一ヶ月。各自私物は旅行鞄二つまで。ここまでで何か質問はあるか? ……無いみたいだな」

 

 長門さんが仕切って、そのままスルスル話が進む。

 特に目立った内容が無いから、俺はそのまま「アメリカの艦娘って誰が居たっけ……」と別のことを考え始めていた。

 

「では準備を進めておいてくれ」

 

 その言葉で現実に引き戻されて、さて何が必要なんだったかと思い出すと。旅行鞄を持ってないことに気が付いた。借りものの鞄は返しちゃったしなぁ……

 明日一日の予定が買い物で潰れるだろうと思って、溜息を吐いた。

 




忠犬朝潮 妙高専用犬初風

この初風は一部の好感度がバグってます。

▶出向を拒否
『しめい されてるから にげられない!』

▶スプーンを洗う
『それを あらうなんてとんでもない!』

だから童貞だったんだぞ主人公。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コンテナ船

122話です。




 出向に持って行く旅行鞄の買い物を終え、忘れ物を取りに佐世保鎮守府に寄ったその帰り。

 

「まさか本当に買い物で一日が潰れるとは……」

 

 同じく休日だった綾波と狭霧に付き合ったのが間違いだったかもしれない。

 ショッピングモールに入ったら服屋ばっかり入っていくんだからさぁ……考える時間なげーよ。まぁ、二人は楽しそうで良かったから、そこまで後悔はしてない。どっちにしろ駅で電車を待つ時間が変わるだけだっただろうし。

 

 そんなこんなで大湊に帰ってきたのは夜。

 

「ハァ~……」

 

 人の居ないバスで溜息を吐く。

 これから鞄に必要な物を詰めていかないといけないと思うと面倒で仕方ない。

 

「しかも乗り物酔いだよ……死ぬわ俺」

 

 

 

 次の日の早朝。

 都合よく体調不良になってたりしねぇかな~なんて考えとは真逆で、殆ど寝てないにもかかわらずスッキリ目が覚めてしまった俺はパンパンになった鞄から要らない物を出す作業をしていた。

 モサモサしたのもを引っ張り出すと、なんと冬に雪かきをした時に着た防寒着が出て来た。

 

「……」

 

 出向の目的地はロサンゼルスの近くらしい。調べた限りだと一年を通して暖かいってことが書いてあったのに……昨日の俺は何を想定してコレを入れたんだろうか?

 その他にも耳かきに付いてるフサフサ(梵天)、養生テープ、単三電池と意味不明なラインナップが出るわ出るわ……。

 

 全部出してから最初から詰めると三分の二くらいの重さになった。

 そんな無駄極まる取捨選択の間にも時間は流れていて、結局遅刻スレスレになった頃に長門さんが部屋にやってきた。散らかってる部屋に入れる訳にはいかないと、大事な物と鞄だけを持って部屋を出た。

 

 

 

 

 

「帰ってきてくれ」

 

「今生の別れって訳でも無いでしょうに……」

 

 見送りに来た艦娘を代表した提督の言葉に対して空気も読まずにそう答える。

 この提督はいつもそうだ。“勝利”とか“戦果”なんて言葉は使わずに、毎回毎回「帰ってきて」とばかり言う。いざとなったら逃げてもいいから沈んで欲しくないって意思を感じる。

 

「金剛さんたちと上手くヤッてくださいね?」

 

 そんなに寂しいなら慰めてもらえよ。きっと楽になるぜ?

 

「あ、ああ……」

 

「そうだぞ提督。我々は少しの間ここから離れるが、それでも頼もしい仲間は沢山居るだろう?」

 

「……そうだね。私もしっかりしなくては」

 

 そうだぞ。いつまでも俺に構ってんじゃねぇぞしっかりしろ。

 綺麗な人は沢山居るんだし、好かれてるみたいなんだからそろそろ期待に応えてやったらどうだ? 恋する乙女をあんまり焦らすと病んで取り返しのつかないことになるぞ俺は詳しいんだ。

 

「よし、行くぞ!

 

 長門さんの号令に従って出発する。「お土産よろしく~!」……アメリカの甘ったるいお菓子でも買ってこようか?

 

 皆から見送られながら警備所の前に停まってた大型車(ハイエース)に乗り込む。運転は長門さん。……いつの間に免許取ったの?

 ……自動車の運転ならやったことあるし「代わりますか?」って訊いたら「無茶するな」って頭ポンポンしたの忘れねぇからな?

 

 

 

 あっ、自室に鍵かけたかなぁ……

 

 

 

 

 

「大湊警備府の艦娘の皆様。今回はよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしく頼む」

 

 警備府から少し離れたところには、貨物船が泊まっていた。

 今回の出向のリーダーである長門さんが挨拶をして、簡単な日程を話したらそのまま乗組員の部屋まで案内される。

 

 意外と快適そうな部屋に驚いてると、荷物だけを降ろして長門さんの部屋に集合するように言われた。移動中のコンテナ船護衛の班分けをするんだとか。

 

「夜、昼の当番は……丁度六人だから半分の三人ずつでどうだろうか?」

 

異議あり! 長門さんと加賀さんは二人で十分だと思います!」

 

 バランスを考えろバランスを!

 

「私もそうした方が良いかと……」

 

「実際神通さんを夜に回すのは確定として、私たち駆逐艦の誰かを昼に回しても過剰戦力だと思う」

 

「私だけでは不十分と?」

 

「む……いや、確かに私と加賀でどうとでもなるが……」

 

 そら見たことか! 誰も長門さんの案に賛成しないじゃないか!

 それに、二人でどうとでもなるって言っちゃってるんだし任せていいでしょ。

 

「長門さんか加賀さんの片方だけでも良いんじゃない?」

 

「あら、海の上で油断は大敵よ?」

 

初風さん?

 

「ヒッ」

 

 軽口を叩いた初風が神通さんに笑顔を向けられたことで震えあがり、陽炎を盾にして視線を遮ろうとしていた。

 ……神通さんの訓練は相当厳しいらしいからなぁ。夜戦に関しちゃ川内さんとはベクトルの違う厳しさがある。既に陽炎と初風を含めた数人は苦手意識持ってるみたいだし。……俺は参加したこと無いけど。

 

 

 

「いや、何時になったら出発すんねん」

 

 案外こんなもんだったりするのかなぁ。 

 やっぱり点検とかに時間が掛かってるんだろうなぁ。

 

 護衛についても話し合いが終わって暇になった俺は、時々すれ違う作業員に会釈をしながら船内をウロウロしていた。

 ……関係者以外立ち入り禁止の部屋多くなぁい? まぁ、俺とかがボイラー室とかに入って「ポチッとな」して取り返しのつかないことになったら全く笑えないからしょうがない。

 

 少々退屈を感じたままに甲板に上がると見えたのはコンテナの山。……そりゃあコンテナ船だから当然か。

 そんな感じで感心してると突然揺れた。もしかしたらと思って淵まで行くと、陸地が段々と離れて行くのが見えた。

 ……普段から出撃とかしてる時にも艤装付けてるから実質同じような事してるのに、自分で動かないのに海の上を移動できるということになんか特別な気分になった。 

 

深海棲艦が出たぞー!

 

「!? あのさぁ……

 

 あまり襲われることは無いって最初の説明で言ってなかったっけ? それにしては動き出してから深海棲艦が発見されるまでの時間が短すぎると思うんだけど……

 

「フッ、この長門が居るんだ。この船に傷一つ付けさせはしないさ」

 

 さっきから艤装を着けて海の上に立っていた長門さんが自信ありげに宣言した。

 

戦いぶり、しっかり見させてもらいますからね~!

 

「……尚更頑張らないといけないな! 掛かって来い深海棲艦共!」

 

 「見てるぞ」って感じでプレッシャー掛けるつもりが、何故か長門さんが逆に張り切り始めたぞ?

 ……空回っても加賀さん居るし別に良いか。やる気がある分には何の問題も無いだろう。

 

「お手並み拝見といこうかしら」

 

「……? 加賀さん!?

 

 何故甲板に……長門さんと一緒に深海棲艦への対処の筈では……?

 

「そんなに驚かないで頂戴。乗組員に訊いたらはぐれた駆逐級ばかりの様だったわ。そこまで脅威はないみたいだから、甲板(ここ)から艦載機飛ばすだけで充分だと判断したわ」

 

 本当? 思いっきり油断してるけど大丈夫なの? 加賀さんに限ってサボりたいとかは無いだろうけど……

 

「あ」

 

「どうかしたの?」

 

 俺、気付いちゃいましたぁ~

 

「なるほどなるほど……加賀さんはいつ来るか分からない深海棲艦に備えて資材を無駄遣いするつもりは無いと。つまりそういうことですね!」

 

 うん、そう考えるとそれ以外俺には考えられない。

 分かってますよと言わんばかりに加賀さんを褒めちぎると

 

「そこに気が付くとは流石ね」

 

 って言われた。

 如何にも実力を隠してますよって感じるセリフだけど……本当はサボりたかったのね。

意外だけど……分かるよ? 移動の時くらいはゆっくりしてたいよね。

 

 目が泳いでるから気が付いたけど。

 目は口程にって本当だったんだなぁ。

 




※主人公の部屋は普段は小綺麗にされています。

提督「生きよう、生きてれば次があるから」

長門「駆逐艦が三人……来るぞ流星!(六〇一空)」

加賀「……(先を見通してると勘違いされ冷や汗を流す)」


次→忙しいから今週中……しばらくお待ちください……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鬼と灸

123話です。

ギリギリセーフ


「流石は長門さん! 頼りになりますね!」

 

 駆逐級だろうが容赦なく全力でフッ飛ばすのは格好良かったぜ! みたいなことを言ってここぞとばかりに持ち上げる。頼りになるのは本当だし。

 艦載機で偵察と言うような恒常的な仕事が無く、大きな作戦以外で出撃することが殆ど無い戦艦。「他の人に行かせた方が効率がいい」みたいな感じで演習に行かずに遠征を繰り返してる俺は戦艦の活躍は拝めてない。

 

 だからこうして好感度……と言ったら失礼か。まぁ、友好的に物事を進める為に柄にもなく色々としてたりする。長門さんの反応からして喜んでもらえたようだ。

 

「フフフ……悪いな加賀、手柄は貰ったぞ」

 

「……今日だけならそれで問題無いと思うわ。だけど、到着まで補給が無いことを考えると手を抜くときに手を抜くのも大事だと思うわ」

 

 長門さんに答える加賀さんは尤もらしい事言ってるけど、自分が何もせずに見物し(サボっ)てることを正当化しようとしてるだけでは? 俺は訝しんだ。

 

「辺りに深海棲艦は居ないみたいだし、乗組員に伝えてくるわ」

 

 ……サボってるなんて思ってすみませんでしたーッ!

 

 

 

 

 

「それでは行きましょう」

 

「「はい!」」

 

「二人とも気合は十分ですね。頼もしいです」

 

 夜。艦載機によって視界が確保出来ないから俺たちの出番だ。

 これから死刑宣告でも受けた受刑者みたいにビビりまくってる陽炎と初風と、とんでもない圧を撒き散らしながら微笑みを浮かべる神通さんの対比がヤバい。ニヤけるのを我慢してたら腹筋割れそう。

 

 神通さんから深海棲艦を見つけた時の対応について簡単に説明を受け終わると、二人が息を揃えて「「見回りに行ってきます!」」と散っていった。

 ……確か二人は神通さんの門下生だっけ? そんなに神通さんが恐ろしいのか? 

 

「スチュワートさんに見て貰いたい物があるのですが」

 

 じゃあ俺も予定通りにコンテナ船の後ろ側に移動しようとしたときに、神通さんから一枚の紙を渡された。

 神通さんの探照灯で照らされて中身を読む。うわ達筆ぅ!

 

「結局私は貴女を指導出来ませんでしたが、大湊にも“神通”が建造されたことを知ったので、演習に来た神通()に、貴女の訓練をするようにお願いしました。余計なお世話ではないことを願います」

 

「Oh……」

 

 まさかの訓練のお誘いだった。

 アカン……超逃げたい。

 でもコレ多分……いや間違いなく好意からなる提案なんだよなぁ……そんなの断れないじゃないか。

 

 地獄への片道切符(有難いお手紙)を握り潰したい衝動を抑えて神通さんを見ると、神通さんは既に知ってたのか、獲物を見つけたような目で俺を見てくる。

 

「『何故か私が訓練のお誘いをしても皆さん逃げてしまうのです……』と佐世保の神通()は言ってました。日頃の訓練は大切だというのに……私も訓練のお誘いをしようとしても逃げられることが多くて……」

 

 悲しそうに目を伏せる神通さんだけど可哀想だなんてこれっぽっちも思わない。何故なら訓練のお誘いの時に“狩る側”の目をしてたら初見の人だって逃げるに決まってるからだ。そして一度でも経験すれば次からは逃げるだろうね!?

 

「スチュワートさんはそのようなことはしないと信じてます」

 

 そんな信頼は要らないかなぁ!

 

「……次からはもう少し眼をどうにかすると良いですよ。無意識かもしれませんけど、凄い目をしてますから……」

 

「えっ? ……忠言ありがとうございます。後で鏡を見に行かないと……

 

 無意識かぁ……そっかぁ……なんて思いながら、佐世保で神通さんに訓練のお誘いを受けた時のことを思い出す。……穏やかに微笑んでたっけ? 疑似餌かな?

 

「……コレをどうぞ」

 

「はい? あの」

 

 いきなり探照灯を渡された。

 

「今持ってる砲を渡してくれませんか?」

 

「え? ……どうぞ」

 

 変なことを言うなと思いながら神通さんに砲を渡す。

 

「ありがとうございます。少し気になることが出来たので船内に戻りますね」

 

「えっ」

 

 その砲を持って!?

 今回は盾には留守番をして貰っている。投擲物なんて奇妙な物を外国に持ち込むのは抵抗があったから、珍しい事に完全にノーマルな装備となっている。

 そんな状態で砲が無くなるのは心細いって言うか何と言うか……

 

「ちょっと、え? 返してくださいよソレ」

 

「……何のことでしょう?」

 

 それでは訓練になりませんよね? と言いながら船内に戻っていった神通さんと、ポツンと残された俺。無情にもコンテナ船は動き続け、予定通りコンテナ船の後ろに就くことが出来た。

 

「……」

 

『説明がまだでしたね。ごめんなさい。私は船上から見ているので、私が担当する筈だったところもスチュワートさんが守ってください』

 

「あの……砲……」

 

 それが無いと防衛もクソも無いんだけど!? 盾も無いんだぞ!

 

『深海棲艦が近くに居たら探照灯を向けて注意を引き、船に被害が及ばないようにしてください』

 

 ひたすらに避けろってこと!? 無茶振りが過ぎる! 鬼かこの人は!

 ……頼むよ~。片手で数えられるくらいの数の駆逐級だけが来てくれよ~。オマケも強敵も要らないからさ! いやマジで。

 

 夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 一週間の楽しい船旅の始まりはきつかったなぁ……

 

 日中は波が伝わってガクガク揺れる部屋で十分に寝れなかった俺は、日記帳に神通さんの訓練の内容を書いておこうと思って昨日の夜を思い出す。

 

 

 

『確かに、逸れた弾などが船に当たっては大変ですね』

 

 安全第一だから! 訓練に熱を入れ過ぎる余り護衛ってこと忘れてるんじゃないのこの人!?

 

『と、いう訳で加賀さんに待機していただいてますので安心してください』

 

「え? 、ご迷惑をおかけします……」

 

『気にしないで頂戴。私だって、暗くなると戦力外って扱われるのは気に入らないの』

 

 『つまりこれは私の訓練でもあるの』と語るのは加賀さん。空母の事情は分からないけどまぁ、戦力外通告って結構心にダメージ来るからねぇ……

 

 俺が失敗したとしても加賀さんがカバーしてくれるってことは分かった。加賀さんが居るからにはコンテナ船が沈むなんてあり得ないだろう。

 だとしてもコンテナ船が無事でも俺が無事で済まない事に変わりは無いと思うんだが?

 

『大丈夫です』

 

 ……絶対に大丈夫じゃ無いぞ。

 

『スチュワートさんならそんな危機に陥ることは無いですよね?』

 

 だから言い方! 「いや無理っス」とか「普通にやらかします」なんて言えないようなこと言わないで!

 

『因みに、深海棲艦が現れないようでしたら私がお相手致します』

 

「……ファッ!?

 

 嘘だろオイ。

 

「い、いや……それだと深海棲艦が攻めてきたらどうするつもりですか? 万全の状態で迎え撃つのは当たり前だと思うんですけど……」

 

『万全の状態で迎え撃つ、ですか……甘いですよ

 

 その言葉と共に、通信機越しに聞こえる神通さんの声から穏やかさが消えた。

 

『遠征ばかりで少々弛んでるのではないですか? 実際の作戦の時にこちらが疲弊していたとしても深海棲艦は待ってくれないんですよ?』

 

「……」

 

 それは香取さんにも言われたから分かってるんだけどさぁ……心構えとかそういうことじゃ無くて本当に実行しようとするのは流石にちょっとどうかと思う。

 

『アメリカの方々にそのような痴態を晒さぬよう、少し灸を据える必要が有ると思いませんか?』

 

「え? あ〜……それもそ……いや結構でホワィ!?

 

―――

 

――

 

 

『神通さんは鬼』

 

 夜の訓練を振り返ってたら、無意識的に日記帳に一文だけ書き込んでいた。

 

「いや~……マジで不意打ちしてくるとは思わなかったなぁ」

 

 いきなり甲板から魚雷投げてくるんだもん。音出ないから探照灯で光が反射して無かったらそのまま沈んで深海棲艦にジョブチェンジしてたと思う。

 香取さんも不意打ちとか騙し討ちは多用したし、俺だって奇抜な方法でダメージを与えるくらいはするけどさぁ……溜息を吐く。

 

「……良い事思いついた」

 

『次からは陽炎と初風も巻き込む』

 

 俺一人だけだなんてなんか納得できない。

 仲間を作って一緒に神通さんを打倒しようと決めた。

 




加賀さんの艦載機や格納庫の妖精さんに夜間でも作戦を行えるように訓練が始まる……ッ!
一体妖精さんはどこに居るんでしょうね?

優しい神通さんの優しくない訓練


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初めてではないらしい

124話です



「畜生……」

 

 甲板で缶コーヒーを啜りながら呟く。

 頭の中に浮かんでくるのは昨日までの出来事だ。

 

 

 

『イヤよ! ……私じゃなくて陽炎でも誘ってみたら?』

 

 初風からは素気無く断られて

 

『え……ちょ~っと遠慮しておこうかな……アハハ

 

 陽炎からは普通に断られて

 

『困っているようだな? どれ、この長門に任せるがいい!』

 

『申戦N』

 

『も? もうせん……なんだって?』

 

『申し訳ありませんが戦艦はNGです』

 

『クソッ! 何故私は戦艦なのだ!? どうすれば良い!?』

 

『その艤装を清霜にあげたらどうですか?』

 

それだ!

 

それだ! じゃないよ……

 

 ポンコツと化した長門さんを断って

 

『……応援してるわ』

 

『はい……ありがとうございます……』

 

 加賀さんからの応援を受けて

 

『来ましたね。途中で逃げ出さないことは良い事です』

 

『お、押忍!

 

 

『―――今日はここまでにしましょう』

 

……押忍……』

 

 神通さんから扱かれた。

 

 

 

 今日が到着予定日じゃなかったら今頃過労死してたんじゃねぇかなぁなんて考えながら、進行方向で仁王立ちしてる長門さんを眺める。

 一週間に渡って夜に行動してた上に、疲れからか日中は死体の如く寝てた。しかも時差と呼ばれるものが世界に存在しやがるお陰で体内時計は滅茶苦茶になってる。

 

「長門さんはいいなぁ……」

 

 探照灯一つで神通さんの猛攻を避け続ける訓練を受けた俺は、自らが動くまでもなく艤装をぶっ放してくれるであろう長門さんをイメージして視線に羨望を乗せた。

 

「はぁ~……ぁふ……太陽が憎いぜぇ~」

 

「意外ね」

 

ホヮアァイ!?

 

 絶対に心臓止まった! どうしてくれんの!?

 加賀さんはすぐそうやって俺の背後に音も無く忍び寄る!

 

「驚かせて悪いわね。スチュワートの言葉が意外で」

 

「あ~……まぁ、普段は色々と相談されることが多いので……こういったときくらいはゆっくりしてもいいかな~って思いまして」

 

 そこでまた欠伸が出そうになったから手で隠す。加賀さんも夜に行動してる筈なのに全然眠そうじゃない。どうなってんだ。

 

「本当は江風とか涼風辺りと一緒に騒ぎたいんですけどね。何故か真面目とかいうイメージ出来ちゃってて……どれもこれもあのバカ提督が悪いんスよ。もっと頼りになる人はいっぱい居るでしょうに」

 

 普段からの鬱憤をブチ撒けるかのようにぶっきらぼうに言ってから缶を空にして、手摺りに叩きつける。

 最高におっさん臭いけど、それはそれ。

 

「そう……苦労してるのね」 

 

「誰かが提督の一番になってくれれば大分楽になるんですけどね」

 

 折角俺自身は仕事以外(日常や私事)では提督に関わらないようにしてるのに、未だに提督は特定の誰かを近くに置きたがろうとしない。

 ……やっぱり提督はホモなのでは?

 

 他愛のない話を続けていたら、加賀さんが遠くの空に艦載機が飛んでいるのを発見して艦載機を飛ばした。

 いよいよ加賀さんの出番かと思って茶化したらどうやら敵性の艦載機では無いと答えた。

 どうして分かるのかと訊いたらところ「アメリカの戦闘機」らしい。

 

 つまりアメリカの空母の防衛圏内に入ったってことで間違いないだろう。

 

「長門さん、船内に戻って支度を済ませてください」

 

『了解した』

 

「私も戻るわ」

 

「はい」

 

 長門さんと加賀さんが船内に戻っていった。

 すると、しばらくコンテナ船上空を大きく旋回していた艦載機が俺の近くまで高度を下げてきたので蜻蛉を止めるように掌を上にして腕を出したら、そこに艦載機が停まった。

 

「はえ~……やっぱり日本の艦載機とは全然違うねぇ」

 

 なんか近代的! メタリックなボディが格好いいね!

 

艦載機の綺麗な着陸に10点をプレゼント! もしもし~? 聞こえてますか? ……ンン゛ッ! 私たちの仕事はアメリカの制圧。素敵なお友達を連れてそっちに行くので降伏の準備でもしておいてください』

 

 一通り観察してから艦載機に英語で冗談を言って、再び空に帰した。

 

「アメリカよ、私は帰って来た……なんてね」

 

 水平線にぼんやりと映っていた島の輪郭(アメリカ大陸)は随分大きくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「予想よりも暑いわね……」

 

 加賀さんの一言は恐らく全員の総意だろう。夜間は息が白くなるような環境から、たった一週間で最高気温が二十度を超えるような環境に移動すればそんな感想は当然だと思う。

 アメリカに近付くにつれて徐々に暖かくなってたのは感じてたけど、アスファルトの上に立つと反射で厚さ倍増って感じがする。

 

「でも日本よりもカラッとしてますから、蒸し暑さは感じませんね」

 

 神通さんの言う通りで、暑いのは照り付ける太陽光だけで、空気は乾燥してるから日本の水の中に居るかのような息苦しさは無い。やっぱり日本の夏ってヤバいよな……

 

「そんな事よりアメリカよアメリカ! ほら、カメラ持ってきたの! 上陸記念に一枚撮りましょう!」

 

「陽炎、準備良いね。まぁ、折角だから撮っちゃおうよ」

 

 あ~……陽炎の反応が正に初めて海外に来た子供と同じで和むわ~……。陰キャの俺は通貨や言語、文化と常識が違い過ぎてもう二度と行きたくないって思ったけど、陽炎は何時まで持つかな?

 

「燥ぐ気持ちも分かるが大人しくしろ。旅行で遊びに来た訳じゃないんだぞ」

 

 コンテナ船が泊まり、俺たちが降ろされたのはアメリカの鎮守府の隣。

 長門さんが陽炎を鎮めていると、一人の男が近寄ってきた。

 

「日本の艦娘の皆さん、ようこそ」

 

「「「 」」」

 

 およ? 日本語じゃん。

 ちょっと片言だけどかなり流暢な日本語で話しかけて来たのは金髪の若い男性。

 そして隣に立って無言で俺たちを見つめる明らかに一般人を逸脱したレベルの美人さん。

 

 直感で分かったけどこの二人はアレだ。アメリカの提督と艦娘だ。

 ピンポイントで俺たちに話しかけて来たし間違いないだろう。

 

「「……」」

 

「?」

 

 金髪の如何にも仕事が出来そうな艦娘から不思議そうな目で見られたことでハッと気づく。神通さんからの特訓の所為でつい隙を窺うように見てしまった……ヤバいヤバい。……って神通さんも同じようなことしてるし!

 

 あぁ~……第一印象がどんどん悪くなる……。燥ぐ駆逐艦二人ならまだしも野生動物のような目で相手を観察する二人とか無いわ~。不気味過ぎて俺じゃなくても関わらんとこってなるし。

 

『済まん、代表として挨拶をしてくれないだろうか……』

 

 ちょっと長門さん!? わざわざ通信を使ってまで無茶振り(選手交代)は酷いって! 周りの文字が英語だらけだからって尻込みしないで! 相手は日本語喋ってるんだから落ち着いて対処して!?

 

「……お出迎えありがとうございます。私達は大湊警備府から出向された艦娘です」

 

 苦笑いしながら提督と思われる男に挨拶をする。

 俺に続いて他のメンバーも礼をする。

 

「はい。私はアメリカのロサンゼルス基地の提督をしてるアレックスです。移動しましょう。付いてきてください」

 

 早速移動するようだ。

 さっき長門さんが言ってたけど、観光しに来た訳じゃないから気を引き締めていかないと……

 緊張六割、楽しみ三割、義務感二割の合計十一割、全力で頑張ろうじゃないか。

 そんなことを考えていたら、アメリカの艦娘が話しかけてきた。

 

「ねぇ、アメリカを制圧しに来たって冗談でしょう?」

 

 勿論冗談だよ。

 

「……金属探知機に引っかからない武器だってあるんですよ。例えば拳とか」

 

「あら怖い。……フフッ。これからよろしくね」

 

 ……言語が通じるってだけで安心するなぁ。

 楽しみになってきたかも。

 

 




隣に居る金髪美人はホーネットさん。
絶対に仕事が出来る敏腕秘書だぞ……

翻訳こんにゃくが欲しい…海外に行ってみたい…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファーストコンタクト

125話です。

夜間が寒くなってきました。
赤い蜻蛉も増えて、秋を感じます。


「そろそろ到着だ」

 

 そう言われたけど……建物的に殆ど隣だし、なんならコンテナ船から降りる前から既に丸見えだったからアッハイくらいの感想しか出てこない。

 

 アメリカの基地と言う名の鎮守府の入り口には当然、日本では見たことが無い艦娘が並んでいた。その数は十人ちょっと。

 緊張を一回落ち着かせたいから人目の無いところに行って休んで良い? なんて言いたいけど、先導するアレックスさんが止まらないから俺たちも止まる訳にはいかない訳で。

 そのままスタスタと並んでいた艦娘の列の前まで移動したアレックスさんがクルリと振り返った。

 

「改めて、ようこそ大湊警備府の皆さん」

 

 その一言の後に、後ろに控えていた艦娘達が頭を下げた。

 アメリカって頭を下げずに握手とかハグのイメージあったんだけど、そんなことはなかったのかな。

 どうでもいいところにトリップした思考を一瞬で引き戻しつつ、今回も演習と同じようなもんだからお客様だから挨拶をしようと決める。

 

「ご挨拶ありがとうございます。私達は大湊警備府より派遣されました」

 

 一言だけ言って脇にズレる。

 

「こちらから長門、加賀、神通、陽炎、初風。そして私がスチュワートです。これから一月の間、よろしくお願いします」

 

 そう言って俺たちも頭を下げる。

 ……おお! 引っかかることなく挨拶出来たぞ! 海外でもそこまで酷い失敗をせずに挨拶が出来るようになるなんて、俺って相当成長したのでは? 偉い!

 

「こちらも自己紹介をしないといけないみたいだ。だけど長距離の移動で疲れてるよね? 中に入って一休みしようか」

 

「こっちよ。付いてきて。『サムは飲み物の準備をお願い』

 

 アレックスさんの提案で建物内へ行くことが決定した。隣に居る空母の人が案内してくれるらしい。隣に居た俺には聞こえたけど簡単にパシられたサムって人は可哀想だなぁ。

 

「皆さんも行きましょうか」

 

 

 

 

 

「―――よろしくね!」

 

 アメリカの艦娘計13人の自己紹介、駆逐艦最後のジョンストンが紹介を終えた。

 本当に自分の名前を名乗るだけの簡素なものじゃなくて、好きな物とかも交えながらの自己紹介だったから俺たちもすんなりと覚えることが出来た。人数が少ないってことと、やはり艦娘。特徴的で覚えやすいってこともあって人の顔と名前を覚えるのが苦手な俺でも覚えることができた。

 俺たちも再び名前を言ってから好きなこととかその他諸々を互いに言い合っていた。

 

『随分流暢な日本語ですね。お陰でこちらも緊張せずに会話が出来てます』

 

 正面に座っていたアレックスさんに英語で話しかける。

 

『そりゃあ一年を通して日本から出向してもらってるからな。慣れるってこった』

 

 日本語のときと随分口調が違うように聞こえるんだけど!? 日本語で相当まろやか(?)な雰囲気になってたんだね!?

 それに慣れるって言ってもなぁ。 俺みたいに相当特殊なことになって無ければ母国語ともう一つの言語を習得するなんて相当な努力が必要になるか、相当頭が良いかのどっちかだと思うんだけど。

 

『それにしても助かるぜ。実にグッドだ。やっぱり日本語って難しくてよ~。やってられなくなるよな!』

 

『? 私は日本育ちですのでなんとも……』

 

 まぁ、身体(ガワ)は置いといて、精神は完全に日本男児よ。

 そんな俺でも“日本語”は平仮名、片仮名、漢字の三つに音読みだの活用法だの……完全に暗号だよねコレって考えた回数は数えきれないんだから外国人は尚更だろう。倒置法なんて英語に存在するのか?

 

『マジか……あ! 君のことは叔父さんから聞いてるぞ』

 

『おじさん?』

 

 急に話題が変わって付いていかないぞ? おじさんってなんだ? ゲーム(RPG)に出てくる情報収集のキャラじゃないよね? ちゃんとした人間だよね?

 

『あれ? 君じゃないの? アランって人知ってる?』

 

『? ……! アラン!?

 

 え? 嘘だろオイ。

 談笑をしてた全員が驚いて大声を出した俺の方を見るけど気にならない。気にしてられない。

 

 アラン

 その名前はよ~く知ってる。忘れてもすぐに思い出せる。

 スラバヤから日本へ移動するときに釣り竿をくれた優しい人だ。頭の中で恰幅の良いおじさんがチャーミングなウインクを飛ばしてくる。

 まさかこんなところに過去との繋がりがあったなんて。

 

『ええ知ってます。それと、アランさんに頂いた釣り竿を持ってきてるんですよ』

 

『こりゃ間違いないな。そう、今回スチュワートが此処に来たのは偶然じゃない。俺が指名したのさ』

 

『……だからかぁ!』

 

 凄く納得した。俺が出向のメンバーに組み込まれてたのは不思議に思ってたんだよね。まさか海を越えたこんなところにその原因があるとは思わなかったわ。

 

『電話でもするか?』

 

『いいえ。今は遠慮しておきます』

 

 スマホを出して見せてくるアレックスさんにきっぱりと断りを入れる。理由は、話したくないというよりは話す内容が纏まっていないから。

 アランさんが居なければ俺は日本への旅路の途中で力尽きていただろう。つまりアランさんは恩人で、故に電話をするときはしっかりとしていたい。こんないきなり振られて、滅茶苦茶な会話はしたくなかった。

 電話をするなら自分から、言いたいことをしっかりと纏めてからだ。

 

『そうか。じゃあそのうちここに呼ぶから、その時は思い出話の一つや二つを聞かせてくれよ』

 

『!?』

 

 マンツーマンでの会話じゃないの? 他の人も聞く感じなの!?

 

 

 

 

 

 アメリカの歓迎は非常に丁寧だった。

 

「サンドイッチを用意しています。少し待っていてくださいね」

 

 昼に近付いてきた頃そう言ったのはフレッチャーだったかな? 底の見えない懐の広さを感じる……ついつい頼ってしまいそうで、包容力があって……でも、手に持ってる皿には最早殺意すら滲ませているようなものが乗っていた。

 

 それはフードファイターが裸足で逃げだすレベルの大きさのサンドイッチ。目の錯覚とかじゃなくてマジなの? どう考えても顎外しても食べられないよね? 

 

「ソレ、どうやって食べるんですか?」

 

「ナイフで切り取って食べるんです」

 

 手を汚さずに簡単に食べられるサンドイッチは何処へ行ってしまったんだ?

 

 

 

「「「……」」」

 

 食事中、食堂内は不気味なほどに静かだった。

 

 嘘だろ? 滅茶苦茶フランクな正に“陽の者(キャ)”の集う自由の国では無かったのか!? 全然そんな事無いじゃないか。身構えに身構えまくった挙句、トチ狂って「壁の染みになってれば問題ない」って考えに辿り着いて損したぜ。

 正直なところ俺は普通に緊張してるだけなのは分かるんだけどさ。スタートラインで躓いた感じがある。流石に無言でただサンドウィッチを食すだけなのは寂し過ぎるしな!

 

『プッ……もう我慢の限界よ。アイオワ、貴女似合って無さ過ぎ!』

 

『しょうがないじゃない! 今までやったこと無かったんだから!』

 

『やっぱりアイオワに猫かぶりは無理だったわね』

 

『ちょっと! 私語は謹んで! 大湊(オオミナト)の人達の前よ!』

 

 突然前方が騒がしくなった。

 耳を澄ますと互いに煽り煽られのことばの応酬。あ、想像通りのフリーダムさだ。これこそアメリカって感じするよな。

 

『化けの皮剥がれるの早いっスね……』

 

 そうツッコミを入れるのを堪えた。見てるだけで面白いアメリカの人達のやり取りに水は刺さない方が楽しめるだろう。

 

「緊張してられないですよ、長門さん。適当に戦艦の人呼んできますから、場を盛り上げてくださいね?」

 

「なんだとっ!? いきなり無茶を言うな!」

 

最初の挨拶

 

「クッ……」

 

 そんなやりとりを長門さんとしていたら、後ろの方から誰かが歩いてきていた。

 

「私はコロラド。貴女が大湊の長門? ビッグセブン同士、仲良くしましょう?」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 長門さんは同じく「ビッグセブン」を名乗るコロラドさんに声を掛けられて、俺は二人の時間を邪魔するまいと席を外した、

 加賀さんは空母のホーネットさん、サラトガさん、イントレピッドさんに連れてかれて、神通さんはヘレナさんと談笑している。

 陽炎型の二人はいつも近くに居る提督以外の提督が、それもアメリカの提督が珍しいのかアレックスさんに絡みに行った。

 

 さっきまで静かだったのに……君達コミュ力お化けかよぉ!?

 

 恐るべき仲間たちのコミュニケーション能力に戦慄していると、アメリカの駆逐艦が二人、俺のところに来た。

 

『貴女がスチュワート? 大先輩よね? よろしく!』

 

『こちらこそ』

 

『色々と質問しても良い?』

 

『勿論いいですよ。応えられる範囲に限りはありますけど』

 

 そりゃあ“駆逐艦スチュワート”については調べたさ。少しでもロールプレイの役に立てればと思ったんだ。

 

 

 

 ファーストコンタクトは良い感触に感じた。

 




1話から細々と手直しを始めました……が、そちらは投稿以上に亀ペースです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

他所は他所

126話です。

アンケートの回答ありがとうございました。
予想の3倍くらい回答があって正直ビビってます。


『ところで不思議なんですけど、自己紹介は本当に全員がしたんですか?』

 

『そう、ここに居るのが全員だよ! 何か変なことでもあった?』

 

 コテリと可愛く首を倒したサミュエル・B・ロバーツことサムと、それに追従してフレッチャー級の二人も「どういうこと?」と目で訴えてくる。

 どういうことも何も、俺はお喋りを始める前から引っかかってたんだ。一緒に日本から来た人は変に思わないのか、コレガワカラナイ。

 

『その、ここに居る全員が自己紹介をしたなら……誰が深海棲艦に備えてるんですか?』

 

 アメリカに来るまではホーネットさんが艦載機飛ばしてたみたいだけど、今はそのホーネットさんを含めた全員が室内に居る。簡単に言うと哨戒も見張りもない状態に見えるんだよね。

 セキュリティガバガバか? 潜水艦とか艦載機が来たら一発でアウトだと思うんだけど。

 

『バカねぇ。常時艦娘を動員して深海棲艦に対応するのは日本くらいよ』

 

『えっ、そうなんですか?』

 

 予想してなかった言葉に驚くとともに本当かどうか質問する。いやね、疑ってる訳じゃないけどにわかには信じられないって言うアレよ。

 

『そうだよー。ここ(アメリカ)は日本ほど艦娘も提督も妖精さんも多くないし、どういうわけか深海棲艦はみーんな日本に向かっていくからね』

 

『普段はソナー装置やミサイル観測装置を応用して使用しています。私たち艦娘は深海棲艦が現れた時の防衛手段として機能する為に、普段はあまり海には出ないようにしてるんです』

 

『なるほど』

 

 アメリカの賢いやり方に舌を巻く。

 確かに提督と艦娘にしか妖精さんは見えないにしても深海棲艦や艦載機は一般の人にも見えるし、これは知らなかったがカメラにも映るし一般的なソナーで場所を特定も出来るらしい。

 艦娘の少ない環境だからこそ艦娘の力を温存させるようになってるもんなんだなぁと思いながら話を聞いた。日本にも導入して休みを増やしてほしいなぁ。

 

 現代の技術である数観測装置を使ってるなら深海棲艦の艦載機がステルスを搭載しても大丈夫だろう。

 だけど、普通の兵器だと小さい艦載機を撃ち落とすことも容易ではないってイントピレッドさんが言ってたんだとか。やっぱり艦娘と深海棲艦ってスゲーわ。

 

 ソナーは基地を中心に点々と沈められてるんだとか。壊されたりしないのかと思って訊いたら『壊されたらそこの近くに深海棲艦が居るって分かるよ』っていう当たり前な答えが返ってきた。

 

『むしろいつも深海棲艦と戦ってる日本の艦娘はシュラ(修羅)よ! アッキラセツ(悪鬼羅刹)よ!』

 

 ジョンストンは……言いたいことは分かるけど絶対に意味が違う。特に悪鬼羅刹はどちらかと言うと深海棲艦を指す言葉だと俺は思うね。

 

 

 

『では普段は何を?』

 

 日本ほど海に出て無いならきっと普段の過ごし方も随分違うんだろうと思って、普段は何をしてるかを訊いてみた。

 

『日本なら遠征、と答えるんでしょう。ですが駆逐艦が私達三人だけで、軽巡もヘレナさんとアトランタさんの二人しか居ませんし、潜水艦も居ないので……』

 

『あっ』

 

 そっかぁ。そもそもこっち(日本)みたいに六人で行動出来ない上に、軽巡含めた五人で遠征に行ったら行ったで基地に残る面子が八人しか居なくなる。

 日中なら戦艦と空母が殆どだから心配は無いだろうけど、夜に攻めて来られた時は遠征に行った人たちの疲労がMAXでピンチになるんだな。

 俺だって遠征帰りに深海棲艦が攻めてきた、なんてことになったら嫌な顔を隠すことも忘れそうだし。だからと言って二人で遠征に行くのも現実的じゃないんだよなぁ。ままならねぇもんだ。

 

『しかも軽巡二人は資材の消費が凄いからね。それだけを考えるとガンビーの方が良いんだけど、スピードを考えると難しいのよね~』

 

『フレッチャーもなかなか大喰らいだ(燃費悪い)もんね』

 

『ちょっとジョンストン! 否定はしないけど貴女もサムと比べたら人のこと言えないでしょう?』

 

『ぐぅ……サムは良いのよ! ちっこいから消費が少ない。道理よ、道理!』

 

『なぁっ!? 言ったな~!』

 

 そのままサムとジョンストンが言い合いになった。大変微笑ましいです。はい。

 

『ま、まぁ。私たちの燃費は置いておきましょう。ええと、日本からの出向の理由は一時的な戦力や人員の補填、あとは交流ってところでしょうか?』

 

『ちなみに普段は資材を無駄にしないように、普通にトレーニングとかしてるわ』

 

『でもそんなつまらないトレーニングも出向で人が増えたらお終い! 出向で人が増えたら演習とか遠征とか、ショッピングとか! 色々出来るもんね!』

 

 サムの口から実に共感できる理由が出てきて少しホッとした。

 海に出ないなら体力づくりを始めとした本当につまらないトレーニングだろうに……アメリカは出向で人が増えた時以外はそれをやって過ごすとか地獄だろう。そんなのを熱心に続けるのなんて日本ですら大鳳さんを始めとした極少数なんだぞ。

 でも、艦娘が海に出ないってのは平和で良いってことなんだから何とも言えない。遠征だって基本的に逃げの方針だからそうそう被害は出ないけど、危険なことに変わりはないからなぁ。

 

『という訳で早速お買い物に行きましょう! ボス! 良い?

 

「ボス……」

 

『別に構わないが、他のメンバーと相談してから行ってくれよ?』

 

 あっさりOKが出た。

 到着して最初にしたのが自己紹介。その次が各自でお喋りで、その次がお買い物とか、ノリが完全に友達の家に遊びに来た女子みたいじゃねーか!

 

『だって。私アイオワたちに許可貰って来るわ』

 

『じゃあ私たちは着替えてくるから上手に説得、お願いね?』

 

『任せなさい!』

 

「陽炎と初風も一緒に行ってきたらどうかな? 『ジョンストン! ガンビーとヒューストンも連れていけ』

 

『了解~』

 

「だそうです。準備しましょう」

 

 説得してるジョンストンとガンビー(ガンビア・ベイ)、ヒューストンを待つことになると思うけど、だからと言って俺たちがモタモタして良い理由にはならない。

 

「ちょっとスチュワート! 何の準備!? 私たちにも分かる言葉で話してよ!」

 

「さっきサミュエル? とジョンストンだっけ? 騒いでたけど何かあった?」

 

「サム。サミュエルとフレッチャー級の二人、ガンビア・ベイさんとヒューストンさんと一緒に買い物に行くらしいです。陽炎と初風もどうですか?」

 

 人を待たせるのは良くないってナスカの地上絵にも書いてあったから早く行動に移ろうと、説明をせずに自分の都合で行動する悪い癖が出てしまった。アメリカに来て浮かれてんのかな?

 

「あ~……遠慮しておくわ。旧友との交流でしょ? 邪魔しちゃ悪いわ。初風もいいでしょ?」

 

「そう言われたら遠慮するしかないないじゃない。頑張ってね。あと、お土産よろしく!」

 

 え、断るの!?

 しかも旧友って……ほぼ初対面なんですけど!? せめて大湊の誰かは一緒に来て欲しかったけど、陽炎の気の使いが上手すぎて「来てください」なんて言えなくなっちゃったじゃん。

 

「……ありがとうございます。でも初風。一月もあるんだから二人も買い物に行く機会は沢山あると思うのでお土産は無しで」

 

「えぇ~」

 

「ねぇスチュワート、それでさっき二人が騒いでたのは何だったの?」

 

「ゆで卵は固ゆでと半熟、どちらが良いかという終わりなき戦争です。気にしなくていいです」

 

 まあゆで卵なんて完全に嘘だけど、艤装の燃費事情は気にしなくて良いのは事実だ。

 二人から応援されちゃったから出かける準備を……

 

「あ、私服持ってきてないや」

 

「「えっ」」

 

『どうしたの?』

 

 ジョンストンが戻ってきた。あまりにも最悪のタイミングで。

 

『へぇ~、ふぅ~ん?』

 

 バッグを持ったまま固まってる俺を見て何かを察したジョンストンの顔が、玩具を見つけた子供のソレへと変わっていく。コワイ!

 




仕事する気満々で制服と甚兵衛(寝間着)以外の服を持ってきてないポンコツの未来はどっちだ・・・!?

アメリカ駆逐艦三人の会話の描写を考えるのが意外と楽しい・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異文化交流は大体地雷

127話です。

UAが10万を超えました。
一つの目標に到達した感じがありますが、満足せずに完結まで頑張ります。
これからもこの拙文にお付き合いくださるとうれしいです


 基地を出る前にジョンストンが見せた笑みは所謂本物だったらしい。

 

 穏やかさが消えて純粋な、感情の根源である恐怖を湧き上がらせるような凶暴な笑みに移り変わっていくのを見て、ホラー映画みたいだぁ……と、危機感を忘れて小学生並みの感想を抱いたくらいだ。

 

 日本ではいつもどんな感じの私服を着てたのか訊かれた時に

 

『……ああ、あそこの男性居ますよね。そう、あの黒い服の。あんな感じのやつ(服装)です』

 

 なんて答えたのが決定打(運の尽き)だったらしい。

 

『真っ黒のメンズなんてあり得ない! もっと! こんな感じの可愛いのを着るべきよ!』

 

『因みに最近の流行りはコレです! 一度着てみてください』

 

 ジョンストンを止めるだろうと思ってたフレッチャーもジョンストンと一緒になって俺を着せ替え人形にしてきた時は助からないと悟った。

 俺に肌面積の少ない服だったり、ゆったりしてたり、カワイイ色をした服を持ってきたときはきっと目が死んでただろう。妹が持ってたリ○ちゃん人形の気分を味わったね。

 

 それでも断固として露出を拒否したのが功を奏したのか、二人は渋々ながら諦めてくれた。

 しかし、言いくるめる途中で『黒は女を美しく見せる』というどっかで聴いたことのある謎理論を展開したせいで、適当に灰色のシャツと青のデニムジャケット? と黒のジーンズとスニーカーを選ぶことになった。

 

『なるほど、センスが……』

 

『センスのカケラも無いわね』

 

 と二人から言われ、他にも精一杯のお世辞を貰って流石に傷ついた。

 後から知った事だが、フレッチャーは雑誌のモデルとして何度か掲載されたことがあるらしい。

 

『機密とかって無いの?』

 

『日本にはナカ=チャンが居るんでしょ? 同じようなものよ』

 

 そう言われた時は凄く納得した。

 

 

 

 が、そんな会話だけで楽しみは終わらない。

 その後もアメリカをこれでもかと言うほど体験することになった。

 

 スイーツを食べるとなるとおやつの概念を壊すようなカロリーテロに眩暈を起こし、直後にゲーセンに寄ってはダンスゲームを始めて死にかけ、アメリカの一般市民からのナンパにしっかりと対応するフレッチャーに尊敬した。

 因みにガンビーさんとヒューストンさんは服屋を後にした時点で別行動をして、ゆっくりと本屋とカフェに居たらしい。

 

 そんなこんなで買い物(地獄ツアー)を終えて基地に到着したが、すぐに打ち合わせがあるって適当に嘘をついて逃げた。

 だけど、この後に夕食が控えてるとなると一度身体(胃袋)を休めないと命に係わると本能が告げてるから仕方ない。

 まだ腹に残ってるであろうクリームをさっさと吐き出してしまおうと考えながら日本の艦娘の為に用意された部屋にフラフラとした足取りで向かうと、すれ違った長門さんに捕まった。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃないです……」

 

 そのまま長門さんに肩を借りて部屋に入る。畳の香りがするがそれどころではない。

 即座に備え付けのトイレに入って自主規制した。

 「私は茶の用意をしていたので何も聞いていないぞ」と言う長門さんからお茶を受け取って飲み干す。長門さんはこういった時には本当に頼りになる。

 

「助かりました」

 

「ああ。ゆっくり休んでろ」

 

 そう言ってお茶を片付け始めた長門さんに見られないように自主規制の所為で汚れたかもしれない制服を着替える。

 インナーがあるとは言え、例えこの先うん年経とうが人前で着替えるのには慣れないだろう。

 素早く他の制服……ではなく買い物で買った私服に着替えたら、丁度よく戻ってきた長門さんからスマホで連写された。そういうとこなんだよね。

 

「おかえり~ってどうしたの? すっごい顔色悪いよ?」

 

「スチュワートさん!? 大丈夫ですか?」

 

 初風と神通さんが何処かから戻ってきた。

 ヘレナさんと三人で軽い運動がてら哨戒をしたんだとか。深海棲艦は影も形もなかったらしい。

 

「なんか私だけ遊び歩いてて申し訳ないです」

 

「気にするな」

 

「艤装の調整を含めた軽い撃ち合いだけでしたので」

 

「見かたによってはこっちも遊、んんっ! ゆっくりしてたようなものだし」

 

 コンテナ船の貨物の一部は燃料を始めとした資材だったらしく、「久しぶりに演習が出来る!」と騒いだアメリカの戦艦と空母たちがドンパチ賑やかにやってたらしい。

 そう言えば普段の遠征で[海外への輸出]なんて項目があったような無かったような。

 

「そういえば、スチュワートさんって英語を話せたんですね」

 

「ええ、まぁ」

 

 俺自身は英語なんてサッパリだけど、あの妖精さんから頭に何か細工でもされたのか現地人との会話も問題ない。

 

「日本語が自然過ぎて時々忘れちゃうよね」

 

「……」

 

 それは駄目だぞ初風。

 だけど、俺も艦娘がそれぞれ軍艦の時にどこで建造されたかなんて知らないからお互いさまってことにしよう。

 

「それで、スチュワートは楽しかったか?」

 

「バイタリティの違いってヤツを痛感しました」

 

「本当に買い物してきたのよね?」

 

 勿論だ。

 規模とテンポが俺の処理能力を大幅に超えて、常識と文化の違いが合わさって一杯一杯だっただけで。

 

「初風も体験すれば分かりますよ。ところで、明日の予定とかって誰か聞いてます?」

 

「加賀が言うには明日は駆逐艦は遠征、私と神通は今日と同じで空母が自由行動になるらしい」

 

「わかりました」

 

 遠征かぁ。

 結局アメリカに来てもやることは変わらないのね。まぁ、仕事だし仕方ないか。海外の大学に留学した学生と同じようなものだと割り切ろう。

 

 

「みんな~晩御飯だよ! 随分豪華だよ!」

 

 部屋の戸を開けて陽炎が入ってきた。晩ご飯とか言ってるけどもうお腹いっぱいなんだよね……。

 でも出席しないと俺の具合に気付いてたサムとヒューストンさんに悪いし、取り敢えず出るだけ出るか。

 

 が、その判断が間違っていたのか、立て続けに俺の胃に入ってくる動物性油の暴力に負けて、その日はもうダウンした。

 

 

 

 

 

「陽炎、初風! 遅れてるわよ!」

 

 若干の非難混じりに声をかけたのはジョンストン。言葉のチョイスとイントネーションのせいか言葉の節々に棘を感じるけど、悪気は無いんだろうなぁ。

 天津風と似た雰囲気を感じる。髪型とかも似てるしこれはもう天津風なのでは無いかと思えてくる。つまり姉を心配する不器用な妹だな!

 

 そんなバカな考えをしてる俺と、他の五人は遠征の最中で海の上に居た。

 

嘘、速過ぎる……

 

ちょっとタンマァ!

 

 陽炎と初風の言葉が後ろの方で聞こえてくる。

 確かに、いつもトレーニングしてるって言うだけあってアメリカの三人のペースはかなり速い。本当に昨日俺と同じもの食ったんだよな? 胃袋鋼鉄すぎるだろ……。

 

『ちょっとペースを落としましょう』

 

『構いませんが……スチュワートは付いてこられるんですね。陽炎型駆逐艦よりも随分旧いのに』

 

『割と限界に近いです』

 

 クソ正直にそう答える。昨日のことが無かったら『キツいけどまだ行ける』って感じだったのに……山盛りのパフェは強敵過ぎた。

 それでも、秘書艦をみんなで担当し始めてから朝に時間が出来て、大鳳さんと長良さんと一緒になって早朝の走り込みを再開したからまだついていけてる。再開してなかったら今頃は死んでる。

 

『艦娘は艦と違って意思を持ってますから』

 

 軍艦としての新旧は戦場では言い訳にならないから。疲労の度合いで深海棲艦は待ってくれないから。

 そんなハンデを無くす為にトレーニングで補う。

 艤装としての優劣があるならテクニックや立ち回りで誤魔化す。

 俺みたいなヤツは奇抜な道具を使ったりもするだろう。

 

 それでも足りないなら気合いと根性(精神論)だ。

 

『この程度で無様を晒す訳にはいきません』

 

 知ってたか? 俺ってかなりの負けず嫌いなんだよ。

 昨日は休日みたいなものだったから死んでたけど、仕事となったら絶対に弱音なんて吐いてやらねぇからな?

 




フレッチャー
ダンスゲームやリズムゲームが上手い。
雑誌のモデルとして何回か掲載されたことがある。
アメリカ基地の皆のママ。

長門:役得とか考えてた。連写した写真はLI○Eに上げた


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

行き当たりばったり

128話です。

演習回(いつもの)はじまりはじまり~


「今日の相手は日本の艦娘じゃないです」

 

 まぁ当然だよね。出向して今はアメリカに居るんだし。

 俺たち以外の日本の艦娘は長期休暇でバカンスに来てない限り近場には居ないだろう。

 

「今の倒すべき相手が深海棲艦とは言え、アメリカに負けるのは嫌ですよね?」

 

「愚問だな。負けを良しとして臨むヤツは居ないだろうな?」

 

 俺の言葉に長門さんが乗ってきた。

 うんうんと全員が頷く。

 皆のやる気が漲っていくのが分かった。

 

「丁度いい機会です。戦争の続きといきましょう。勝ちますよ」

 

「「「……」」」

 

 何故か引かれた。解せない。

 

 遠征から二日後の今日、演習のお誘いを受けた俺たちは負け筋を無くすべくミーティングをしていた。

 やるからには負けたくないのは俺を含めた全員の総意だろうけど、俺は特にその思いが強いだろうと自負している。

 理由は簡単。単純に負けたくないのと先日の買い物で酷い目に遭ったこと、そして先日の遠征で敗北感を感じたから。つまり今回の演習に臨む俺の心内は半分以上が八つ当たりだったりする。

 

 

 

 加賀さん、長門さん、神通さんの話を元にアメリカの戦艦、空母、軽巡の能力を纏めていったら問題にぶち当たった。

 

「ヘレナさんとアトランタさんが特に曲者って感じがしますね」

 

「そうね。彼女の防空能力はちょっと相手にしたくないわね。彼女さえどうにかなれば後は空母の一人や二人くらいは捩じ伏せるのだけど」

 

 捩じ伏せるって……空母を? 頼もし過ぎやしないか? 良い事だけど。

 でも加賀さんに相手したくないって言わせるアトランタさんも大概だよなぁ。

 

「ってことはまずはアトランタさんを何とかしないといけないってこと?」

 

「きっとアメリカもそう考えて護衛の一人くらいは付けてると思う。そもそもアトランタさんが選出されるって決まった訳じゃないでしょ」

 

「あ、そっかぁ……」

 

 初風の質問に陽炎が答えたことで、再び初風が頭を捻る。

 

 こっちは六人が固定なのに対してアメリカは十ニ人の内から五人が選出される。だから様々なパターンに対して対策を練らないといけない。因みに長門さん曰くコロラドさんは確定らしい。

 まるでゲームみたいな読みや考察は楽しいけど、勝敗によって俺以外に迷惑が掛かるとなると責任感が発生してプレッシャーがヤバい。だから楽しむのも程々にして真剣に考えなくちゃいけない。

 

 提督が居ない中での作戦立案。コレが大問題だったりする。

 頭脳労働は提督の仕事だろうに……運が悪いことに今日は大本営に用事があるらしく電話が繋がらないらしい。しかも大淀さんや霧島さんなら! と思ってLI〇Eで作戦を求めたら他の人達が俺たちの勝敗で賭けを始める始末。

 

「アトランタさんが居る限り加賀さんが最大限活躍できる場面は無いと考えて良いでしょう。そしてアメリカは今までの出向の経験から加賀さんの実力を警戒していてもおかしくはありません」

 

「じゃあスチュワートはアトランタさんが選ばれると思ってるんですか?」

 

「選ばれるとは思ってますけど……アトランタさんの代わりに空母が二人なんて可能性もあるかなぁ、と思いまして」

 

 そう言って加賀さんの方をチラ見すると微妙に眉を寄せている。一人は捩じ伏せられても二人は中々厳しいところがあるらしい。

 

「その時は私も対空に……あっ」

 

「どうしました?」

 

「対空機銃持ってきてなくて。今は砲と魚雷だけなの」

 

「あ~……マズイですね」

 

 陽炎の言葉で勝てる見込みが薄くなった。

 固定メンバーでの挑戦だけじゃなくてまさか装備もほぼ固定で挑むことになるとは思わなかった。

 

「演習始まる前の移動の際に相手を見てから装備を交換するのはどうでしょうか?」

 

「そうですね。相手を見てからでは間に合わないこともありそうなので、ある程度はヤマ張るしか無さそうです」

 

「確実性に欠けるのではないか?」

 

 神通さんの言葉に返すと長門さんがそう言ってきた。

 

「何にでも対応できるようにするには自由度が足りないので仕方ないんです。天に祈りましょう」

 

 余裕が無い事に焦ってちょっと酷い返し方しちゃったけど、許してほしいね。

 まさかアトランタさんをどうするかっていう最初の話題でここまで条件が厳しくなるとは思わなかった。

 

「もう一度確認しますけど、空母は一人までなら加賀さんに、コロラドさんは長門さんにお任せしても良いんですよね?」

 

「勿論だ。相手がコロラドだろうとこの長門、やられはしないさ」

 

「二人同時が厳しいだけであって負けるとは言って無いわ」

 

「頼もしいです。では一旦アトランタさんは置いておきましょう」

 

「次はヘレナさんですね」

 

 俺が曲者だと判断した二人の内もう一人、ヘレナさんに話題をシフトさせる。

 神通さんをして「砲撃戦での非常に高い攻撃力は相手にすると脅威だと思いました」と言わせるんだからその攻撃力は本物なんだろう。

 

 だけどちょっとメタ読み(ゲーム的思考)をしてみよう。

 ヘレナさんの特徴は “火力が高い” だ。多くのゲームにおいてそう言ったキャラクターの性能は攻撃特化型で大体が紙耐久だったりする。

 神通さんは攻撃力のことしか触れて無いから耐久力の方は分からないけど多分普通。俺としてはそれ以下であって欲しい。

 だけど慢心は事故の元だから神通さん並の耐久力と想定すると……あれ? 強すぎない?

 いやいや、そんな「ナーフして♡」って言われそうなバランスブレイカーはあり得ないからきっと何かの能力が低かったり、コストが重かったりの代償があるんだろうけどそれが何なのかが分からない。

 

「う~ん……」

 

 戦艦はコロラドさんで確定。長門さんが責任を持って抑えてくれるそうだから話し合ってない。

 空母は加賀さんが所感を述べ、加賀さんは空母の一人なら問題にならないって言ってたから問題ないってことでやっぱり話し合ってない。

 

 そして神通さんの感想がこの有り様。アメリカにまともな軽巡って居ないの?

 駆逐艦は「他二人は何とかなるかな? って感じだけどフレッチャーはバケモノだから無理」ってことを言っておいた。

 

 あんな到底駆逐艦とは思えないスペックのフレッチャーに加えて想定では軽巡辞めてるヘレナさんも出てくるとなると始まる前から敗色濃厚なんだけど……

 

 コンコン スパァン!

 

日本の皆! 演習始まる時間よ!

 

 ノックが聞こえたと思ったら戸が開かれてジョンストンが現れた。

 思い出したように時計を見ると確かに時間が近づいていた。

 

『作戦会議中だから出ていってくれない? もうちょっとで終わらせるからさ!』

 

『分かったわ』……遅刻しないでね!」

 

「「「……」」」

 

「で、どうするんだ? まともな案すら出て無いぞ」

 

「ヤバいじゃん! どうすんのさ!」

 

「ヘレナさんかアトランタさんが居たら神通さん、最優先でよろしくお願いします。護衛に駆逐艦が居たら陽炎か初風がフォローです」

 

「「分かりました(分かったわ!)」」

 

 もうヤケクソだよ。こんなの作戦じゃなくて彼我の戦力差を確認した上でどう動くか確認しただけだよ。

 

「両方居たらヘレナさんは受け持つので、大破する前に来てください。アトランタさんが居なくて空母が二人ならそのまま防空に回ります」

 

「その時はお願いね」

 

「長門さんは……まぁいいか(大丈夫でしょ)

 

「良くないぞ!」

 

 良くないの!?

 

「え、そこをなんとか……お願いします」

 

「うむ」

 

 うむじゃないよ! なんだこの茶番!? こんな事してる暇ないだろ!

 

 忙しなく最後の確認と準備をした俺たちは弾かれるように飛び出した。

 

 

 

 

 

 海の良く見える場所にはパラソルスタンドやビーチチェアーが用意されていて、そこには既にサングラスを掛けたアイオワさんや、双眼鏡を持ったサム、他の人たちも「如何にも観客です」と言わんばかりにリラックスしてた。

 アレックスさんはバーベキューの用意とか言って見たこともない謎の調理器具を取り出して、他の人もコーラとポップコーンまで用意してある辺り、完全にエンターテインメント扱いしてる。

 

 その中でホーネットさんだけが何かの機材を用意していた。

 

「記録用の艦載機を飛ばしているわ。真っ赤な艦載機は撃ち落とさないようお願いするわね」

 

 ホーネットさんの言葉に頷く。真っ赤とか、三倍速いだろうから誰も落とせないな。

 周りを見てもコロラドさん、サラトガさん、ヒューストンさん、ヘレナさん、アトランタさん、ジョンストンの六人だけが居なかったから彼女たちが相手なんだろう。

 

「さぁ! 勝ちに行きますよ!」

 

「「「おう!」」」

 

「グッドゲームを期待してるわ! Good luck!」

 

「「「頑張れ~!」」」

 

 イントレピッドさんを始めにアメリカの面々から応援されて、いざ海へ。

 




主人公たちの戦いはこれからだ!
Q.どうやって勝てば良いんだ! 負けイベだ!
A.①夜まで待ちます
 ②夜になったら演習を開始します
 ③イージーモードへ移行します

※ハードモードではコロラドではなくアイオワが
 ジョンストンではなくフレッチャーが出てきます。

空母キラーのアトランタと昼戦(速攻)の鬼のヘレナだけPvPの住人してるなーって思いました。フレッチャー性能は化物。異論は認めます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

揺り揺られ

129話です。

会話回です。


『いつもより楽かも。ねぇサラ、あたしが出る必要あった? ガンビーに代わっていい?』

 

『一番新しい鎮守府だから練度が低いのかもね。だからと言って侮って良いわけじゃないわ。あと、途中交代なんてダメよ』

 

『はぁ、マジめんどくさ……ま、いいけど。代わりに何か奢ってよね』

 

『えぇっ!? ……最近できたレストランで手を打ってくれない?』

 

『オッケー。その分はしっかりと働かないとね』

 

アンタたちは楽しそうで良いわね! 私は陽炎と初風を抑えてるのよ!? アトランタに一人分けてあげようかしら!?

 

『……あたしは加賀の相手で忙しいから遠慮しておく。手が空いたら砲撃するから、頑張ってね。日本の駆逐艦なんて相手したくないし……

 

あ! あの初風凄いわ! また私の艦載機落としたわ!』

 

やられて喜ぶなんて変態!? も〜っ!

 

 アトランタさんとサラトガさん滅茶苦茶楽しそうにしてるやんけ!

 一人だけやたらと負担の大きいジョンストンが流石に可哀想に思えてくる。

 

 けど、防空巡洋艦の名に恥じぬ対空能力だなぁ。まさか加賀さんがほぼ完封状態にされるとは思ってなかったんだけど? アトランタさんはイージス艦の艦娘か何かで?

 

「まぁこんな感じですかね」

 

 結構近くで騒いでるアメリカの三人のお喋りを翻訳して通信する。

 

『……頭に来ました。アトランタのあの眠そうな眼を見開かせてやらないと気が済みません』

 

「じゃあやっぱりアトランタさんをどうにかするしかないんで危なっ!

 

『戦いで余所見は厳禁よ』

 

 チラリとアトランタさんの方を見た瞬間に頰に砲弾が掠めた。当たってから避けたけど、まぁ仕方ないだろう。

 

 ヒューストンさんからのありがたいお言葉に気を引き締める。

 

『ありがとうございます。でもまだ頭はくっついてますよ!

 

『ゾンビみたいなこと言わないで!』

 

 ゾンビだって? なんて失礼な。

 頭を吹き飛ばされても動くヤツとか、頭だけになっても戦闘意欲が衰えないヤツなんてファンタジーの世界には沢山居るだろ。俺がその仲間だとは限らないだけで。

 あ、また砲弾が弾かれた。魚雷は……反応なし。効いてんのか分からねぇな。

 

「これ勝ち目無いわ」

 

 少なくとも普通に撃ち合ってるだけじゃ絶対に俺はヒューストンさんに勝てないってことが分かった。直撃さえしなければそうそう負けることも無いだろうけど……

 

「さぁ~て、どうすっかね」

 

 

 

 

 

 

 

 加賀の艦載機が尽く撃墜され、代わりに飛んでいるのはサラトガの飛ばした艦載機。

 そうなった原因であるアトランタを倒すべく前進した陽炎と初風の前に立ちはだかったのはジョンストンだった。

 

「他の鎮守府の人が「スチュワートは強い」って言ってたわ。私も戦ってみたいんだけど貴女達をどうにかしないとそれも叶わなそうなのよね!」

 

 機銃で牽制しつつ主砲で攻撃しながら「だから倒されてくれない?」と話しかけるジョンストンと陽炎と初風の間合いは広い。

 

「何よそれ……私たちは眼中に無いって訳!?」

 

「陽炎落ち着いて! 見え透いた挑発じゃない!」

 

「そんなこと分かってるわよ。でも実際どうやって近づけばいいのよ! ジョンストンは相当腕が立つのかあんな遠距離から撃ってくるし、回り込んで挟み撃ちにしようものなら各個撃破されそうだし。そもそもサラトガさんの艦載機が邪魔で近づけない!」

 

「分かったから落ち着いてよ。……それにしても本っ当に厄介ね。まさかあそこまで防空能力が高いとは思わなかったわ」

 

 二人の頭上からは今も爆弾が降ってくる。他の場所にも飛ばしているのか密度はそこまで高くないが、決して無視しても良いようなものでは無かった。

 

「近寄れないことと加賀さんが何も出来ない現状が問題なのよね。こういった時にスチュワートならどうすると思う?」

 

「う~ん……スチュワートって意外と脳筋だから「サラトガさんの艦載機を撃ち落として同じ土俵に立たせる」って言いそうじゃない?」

 

「確かに」

 

 二人は笑う。

 

「でも、私はそれをしたくないわ」

 

 怒り心頭といった具合に陽炎が言う。

 陽炎は目の前にいる陽炎と初風を無視してスチュワートと戦いたいと発言したジョンストンにプライドを傷つけられたように感じていた。

 確かにスチュワートは強いと思っている。

 何度か演習でMVPを取って天狗になった時に演習で鼻を折られたことがある。

 作戦が始まると、目立たないながらも毎回しっかりと結果を残す。

 最近も、神通との訓練から逃げずに継続する姿を見せた。

 

 スチュワートは強い。それは事実だろう。

 

「ふぅん……じゃあ何するの?」

 

「勿論、ジョンストンに目に物見せてあげるのよ! 私たちをオマケ扱いしたこと後悔させてやるんだから!」

 

 だけど、だからと言って自分から目を離しても脅威と思われないのは納得できない!

 “私は私のやり方でやる”。同じことをしていてはいつまでも越えられない。自分たちよりよっぽど旧型のスチュワートがあそこまで出来るんだから自分たちがもっと上手く出来ない理由はない。

 

「ジョンストンを倒してアトランタさんに対空出来ないようプレッシャーを掛けに行くのね?」

 

「そうよ! 加賀さん、聞いた!?」

 

『ええ。本当はアトランタも正面から叩き潰したかったのだけれど、やっぱりリスクが大きすぎるわ。だからお願いね。期待してるわ』

 

「「任せて!」」

 

 二人が全速力で動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ神通、スチュワートって凄いと思わない?」

 

 淡々と攻撃を繰り返す神通にヘレナが語り掛ける。

 

「シッ!」

 

「あら怖い。……もう、釣れないわね。でも勝手に喋らせてもらうわ」

 

 攻撃を続ける神通と回避や防御を繰り返すヘレナ。この図は神通が有利に見えるが、当の神通の内心は穏やかでは無かった。

 演習が始まってからそれなりに時間が経ち、互いに殆ど無傷。自身は攻撃を受けていないから無傷なのは当然として、何度か被弾しているヘレナにダメージが無いように見えることが一番の原因であった。

 

「絶対に終わりだと思って処分された筈なのに、平然と戦場に戻ってくるんだもの。想定なんてする訳無いじゃない。幽霊船っていうオカルトチックな話題に何度上がった事か」

 

「……」

 

 しかも、お喋りをする余裕がヘレナにはあり、その余裕を無くすことが出来ていない事実が拍車をかけていた。

 最初の数分や数十分なら「余計なことに頭を使うなんて」と馬鹿に出来ただろう。だがそれも、長期化することで「あとどれだけの余力があるのか」というプレッシャーへと変わっていく。

 我慢強い方だと自認している神通も、一向に焦りを見せない相手に我慢の限界を迎えるのは必然だった。

 

「そこです!」

 

 そして、余裕綽綽なヘレナの体制をちょっと崩し、全身全霊の一撃を叩きこんだ。

 

 焦らせられていた(・・・・・・・・)ことに気が付いたのは、奇しくも手ごたえを感じなかった直後だった。

 それでもと、大きく上がった水飛沫に隠れたヘレナに追撃しようとして飛沫の中に飛び込んだ神通が目にしたものは、長い銃身を自信に向けて構えるヘレナの姿。

 

「残念でした♪」

 

……」

 

 銃の中が一瞬光ったと思ったら最近提督に貰った鉢巻に大きな衝撃が加わった。

 

「ヘレナを倒したいなら艦載機で徹底的に爆撃するか夜戦で、ね。……ま、アトランタが居るから艦載機は怖くないし、そもそも夜の演習は遠慮するんだけどね」

 

「ま、待って……」

 

「どうしたの? 基地まで戻れる?」

 

「まだ、戦えます!」

 

 頭に衝撃を受けたのがマズかったのか、激しく揺れる視界に苦戦しながらも神通が戦闘続行を申し出る。

 

「お断りよ。サムライソウルは立派だけど、ヘレナは新しい仲間の実力を見に行きたいんだから、また後でね。グッドゲーム」

 

 悠々と、とまでは行かなくても、普通の範疇に入る速度でその場を去るヘレナを神通は止めることが出来なかった。

 

 

 

 

 砲を撃ち合い、互いに有効打が無い事に気が付いたビッグセブンの二人は「資材が勿体ない」という理由で互いに攻撃を止めていた。

 時折サラトガの艦載機が咎めるように二人に攻撃するが、長門は「何かしたのか?」と言った具合に無視をして、コロラドは煩わしいとばかりに威嚇射撃して艦載機を追い払った。

 

「待て。その話は本当か?」

 

 コロラドの砲撃も、サラトガの艦載機も、流れ弾と魚雷も全て受け止めた長門を一番揺さぶった攻撃は物理的なものではなかった。

 

「Yes! Admiralが近いうちにスチュワートはアメリカへ配属される予定だって言ってたわ!」

 




よし、大湊の提督を壊してしまおう。(非物理的に)


アトランタ
艦載機は全然怖くないけど夜と魚雷、日本の駆逐艦は苦手。
以前夕立と江風と川内が同時に出向してきた時には部屋から出て来なくなった。
シューティングゲームが得意。

「空母と演習? ボーナスゲームの間違いでしょ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それはとてもグダグダな

130話です。

お待たせしました。



 艤装を吹っ飛ばされて脱落した俺と、艤装を吹き飛ばした張本人のヒューストンさんとダメ押しに来るにはちょっと遅かったヘレナさんも一緒に基地に戻っていた。

 

 久しぶりに艤装が大破まで持ってかれたことにちょっとショックを受けている。

 最近は大湊の第五航空戦隊(翔鶴 瑞鶴 白露 漣)と演習した時は盾を持ってたことに加えて味方が加賀さんだったとは言え中破で粘ったのに、今回は実質ヒューストンさん一人から良いようにやられてしまった。

 正直かなり悔しい。

 

 そして、基地に戻ると最初に伝えられた演習の結果が俺たちの負け。

 撃破したのがジョンストンとアトランタさんの二人で、撃破されたのが長門さん以外の全員。海外の初演習で黒星を喫することになった。

 

 演習前にアイオワさんたちがゆっくりしてた所には機材に繋がれたスクリーンが用意されていて、その前には長門さんとコロラドさん以外の全員が居た。これから記録用の艦載機で撮影した映像を見ながら反省会を始めるらしい。

 

 因みに演習に出てない人はさっき生中継されてた映像のリプレイを見ながら茶々を入れるのが恒例なんだとか。アメリカの人達娯楽に飢え過ぎでしょ……

 

 長門さんとコロラドさんがまだ来てないことを指摘すると、なんと砲撃戦ではなくお喋りをしているらしい。「放っておいてもその内戻ってくるでしょ」と呆れた半分に言ったホーネットさんがそのまま機材を弄り始めて、スクリーンに映像が流れ始めた。

 

 

 

 

「ヘレナさんのペースに飲まれないように一意専心攻撃を続けるべきでした。反省です……」

 

 最初は神通さんとヘレナさんが映され、すぐに神通さんが呟いた。

 

 最初に見せられた神通さんとヘレナさんの演習風景は、神通さんがどれだけ攻撃をしても一向にヘレナさんが減速しないという異常な光景が映されている。

 

「あの苛烈な攻撃を……いったいどういったトリックなんですか?」

 

 俺の疑問に日本の皆が注目する。

 

「ヘレナはシールドとブースターを使ってるの。砲戦なら負け無しよ」

 

「わざわざその為に長期休暇取って明石に会いにニホンまで行ったんだよ、笑えるだろ? しかもヘレナはああ言ってたけど、「高耐久、高火力、高速、三つ揃えば最強よ」なんて言って、まるでゴリラみた痛ぁ!

 

 ヘレナさんの言葉に茶々を入れたサウスダコタさんが椅子から転げ落ちた。

 

「失礼ね。武器は愛銃一つで充分なのよ」

 

「ヒュ~♪ 凄い早撃ち。ヘレナ、カッコいいじゃない!」

 

「ありがと」

 

 誰だよヘレナさんのこと紙耐久だなんて言ったヤツ! 神通さんの攻撃を凌ぎ切る能力あるじゃん! 

 通常攻撃以外使えないけど基礎ステータスが高すぎて強敵になっちゃう感じのシンプルに厄介なパターンじゃねぇか!

 

「実際のところ初見殺しだし、どれだけ煽っても自分のペースを曲げない……神通みたいな人には二回勝つのは難しいのよ。ま、深海棲艦相手には二回目は無いから良いんだけどね」

 

 初見殺し特化ねぇ……確かにこんなの想定外だよ。

 でも、別に初見じゃなかったら初っ端から撃ちまくってくると思うと、それはそれで滅茶苦茶強いと思う。ヘレナさんの攻撃で殆どダメージを受けないような人しか安定して勝てないんじゃないの?

 

 

 

 初風と陽炎がジョンストンを撃破して、その後に重い腰を上げたアトランタさんと相討ち。そして舐めプを止めたサラトガさんと加賀さんが空母同士の一騎打ちになってこっちも引き分け。

 こうして見ると序盤は完全にアメリカペースだったのに、陽炎と初風の一転攻勢から一気に盛り返したなぁ。すごいナイスプレーだ。

 

「こうして見ると勝ちの目は幾らでもありましたね。ごめんなさい」

 

「いやいや! 加賀さんが謝らないでよ! むしろ艦載機の数にあれだけ差があってあそこまで巻き返したのは凄すぎだって!」

 

「そーそー、アンタはあたし相手によくやったよ。素直に感心した。まぁ、副砲とかあると万が一の時に活躍出来ないってことは無くなるかもね」

 

「……どうも」

 

 陽炎と初風の活躍に埋もれてしまった加賀さんが不機嫌そうにアトランタさんに答えた。

 まぁ、自分にメタ張ってきた相手(勝者)に声を掛けられてイラっと来る気持ちは解るけど…… 加賀さんから不快そうな雰囲気を通り越して殺気が漏れたのは流石にヤバそうだ。

 

「にしてもホント、日本の駆逐艦は怖いね。二人以上になった時の爆発力はマジヤバい。サラの艦載機怖くなかったの?」

 

「あの時はね。今の映像だと相当無茶してる、よく無事だったなぁ」

 

「アトランタさんを何とかすれば後は加賀さんがなんとかしてくれるって思ってたから! それに」

 

 陽炎がジョンストンと俺を見る。俺が何かしたか?

 

「舐められたままでは終われないしね。次は一人でも勝つわ!」

 

「別に舐めてた訳じゃないのよ。ごめんなさい」

 

 ジョンストンが陽炎に謝る。なんか陽炎って少年漫画の主人公みたいだよなぁと思う。負けても腐らずに上昇志向なところとか。

 そして俺は陽炎に舐めてるって思われてたのはかなり意外だった。そんなつもりは無かったのに……ちょっと悲しい。でも陽炎の得意なこととかは知ってるからまだ一対一で負けるつもりはない。

 

「そもそも、あれだけ有利なのに辛勝しか出来なかったサラはさぁ……最初から全力で潰しに掛かってたらもっと楽に勝てたと思うんだけど?」

 

「うぅ……」

 

「サラは優し過ぎるんだって。相手だって全力なんだから全力で相手しないと失礼でしょ」

 

 アトランタさんがサラトガさんも小言を言い始めた。

 サラトガさんはシュンとして言われるがままだけど、ホーネットさんが言うにはサラトガさんは相当強いらしい。深海棲艦には加減無しなのに演習ではああなるらしい。

 アレか? 本気出して間違いが起こると悪いから手を抜きますってヤツ? サラトガさん自身は優しいのに艤装の殺意が高いなんて苦労してそうだと思った。

 

 

 

 次に俺の勝負が映された。必死こいて戦ってるのが映されて凄く恥ずかしいんだけど……この後普通に負けるんだよね。これなんて罰ゲーム?

 深海棲艦の重巡ですらなかなか厳しいのに……艦娘の重巡は普通の深海棲艦とは比べ物にならない賢く立ち回るから勝ち目なんて無いに決まってるだろ! チワワが熊に威嚇するようなモンだぞオイ。

 

「有効な攻撃が無いと判断したら直ぐに模索に入る切り替えの早さ、流石ね」

 

 慰めが心に痛い。砲弾の的になって弾け飛び(消え)たい気分だ。

 

「手を変え品を変え、とは言うけど距離、武装種、狙いを少しずつ変えてくるから一瞬も気を抜けなかったわ」

 

 ヒューストンさんはこう言ってるけど、経験や技術的なアレコレとか艦種によるパワーの差とかの前に、戦い方が上手なんだよね。試合の運び方というか、気が付いたら勝てなくなってた感じ。

 

 せめて投擲物があれば不意を突いて一矢報いるくらいは出来たんだろうけど、やるとしたら次の出向からになるだろうな。それでも勝てるビジョンが見えないのは流石としか言いようがない。

 

 

 

「ねぇスチュワート、お昼の後に私と演習しない?」

 

「良いですけど、ヘレナさんが先です」

 

「ジョンストンごめんね~」

 

 陽炎と初風の二人掛かりで撃破したジョンストンも神通さんで倒せなかったヘレナさんも俺を演習に誘うなんて一体何を考えているんだ。俺では完全に役不足だろうに。

 でも挑まれた演習は予定が無い限りは受けるようにするのが今までのスタンスだったし、今更ビビって棄権なんてしない。それに俺はバカだから考えるよりも身体で覚える方がやり易い。

 

 そんな感じでグダグダな反省会が終わり、戻って来ない戦艦の二人が待ちきれない俺たちはアレックスさんの準備していた調理器具が開かれたことで昼食を始めた。

 

 イントレピッドさん自慢だと言う肉の塊が中から出てきた。アメリカに来てからもはや見慣れたと言って良いけど、やっぱり色々とサイズがおかしい。

 日本の焼肉って感じのバーベキューとは随分違うけど、ステーキ(厚切りの肉)だから良いんだろう。

 

 肉は美味しかったんだけど……米が欲しい。

 




・サラトガ
ひかえめな性格。 辛い物が苦手、物音に敏感。
アメリカの生活力の低い一部を支えているお姉さん。
演習では本気が出せない。対深海棲艦能力は随一。

「沈んだ敵も助けたいなんて子が日本に居るの? 仲良くなれそう」

・アイオワ
チェーンソーを見るとウキウキし始める。
ホラーゲームや映画が必要な人が彼女の部屋を訪れる。
一人の時はゴミ箱にジャンクフードのゴミが溜まる。
戦艦二人より燃費が悪いが、性能は正に暴力の権化。

「日本のサメは電子の海を泳がないの? 拍子抜けね」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

換装

131話です。

書いては「これじゃない」→消す
コレを何回も繰り返すとあら不思議!
経過日数に対して質が釣り合わない駄文が完成!

……お待たせしました。


『食後の運動も兼ねて演習しましょう?』

 

 ボリューム満点の昼食を終えて30分くらい経ってからヘレナさんから演習に誘われた。

 

 艤装を装備して海に出ようとしたらヘレナさんと一緒にジョンストンもやってきた。もしや休憩を挟まず連戦になるのかと身構えたけど、俺の予想とは違って二人からそれぞれプレゼントを渡された。

 

『あの、これは?』

 

『533mm五連装魚雷をちょっと改良した物よ! 大事にしてよね!』

 

 ジョンストンから渡されたのは軽巡が使ってる物と見間違うレベルで大きな魚雷。まさかとは思ってもう一度装填数を確認するとその数1、2、3、4……5!? ジョンストンの五連装って聴き間違いじゃなかったのかよ!?

 

「ちょっ!? 『こんな貴重な物は貰えません!』

 

『予備の一つだから、遠慮なく持ってって良いわよ!』

 

 予備!? 大湊じゃまだ五連装の魚雷なんて無いのに、そんな喉から手が出そうなくらい欲しいものに予備があるって?

 

『そういう事なら遠慮なく……後で返してって言われても返しませんよ?』

 

 ワザとらしく身体で魚雷を隠すようにしながらそう言うと笑われた。ウケを狙ったから成功して良かったと思う。本音を言うならもう二つくらい欲しいかったけど、流石に欲張りが過ぎると思って口にするのを止めた。

 

 魚雷を射出機構から外して手に取ってみる。

 

「うん」

 

 魚雷自体は今までのやつよりも若干小さくて軽いから、投げる分にはこっちの方が良いと思う。

 

『どうして日本の一部駆逐艦は魚雷を投げようとするのよ』

 

『ジョンストン、あれはセンダイスタイル(川内流魚雷投擲術)よ。バスケットボールみたいに手首のスナップを利かせることで後方にも魚雷を飛ばせたり出来るらしいわ』

 

『だけど五連装の良さが消えるのでこれは投げるよりは普通に使ってた方が良さそうですね』

 

『道具には機能を全うするための設計がされてるんだから、想定外の使い方はどうかと思うんだけど』

 

 俺もその通りだと思うよ。

 

 

 

 

 

『ジョンストンに随分ハードル上げられちゃったけど……私からはコレ、SGレーダーよ。私はもう艤装に詰め込むだけ詰め込んだから扱いきれないのよ』

 

 ヘレナさんから渡されたのは、日本で使われてるスカスカの鉄筋みたいなレーダーとは違ってちゃんと一枚のプレートがあって近代的に見えるレーダーだった。レーダーのイメージがパラボラアンテナな俺としてはこっちの方が馴染みやすい。

 

 まぁ今まで電探とかレーダーの類は装備したこと無いんだけど。そこまで遠距離から砲撃とかしないし、あれこれ詰め込み過ぎても重くなって動き回れなくなるし。

 でもこれも何かの機会だし、効果を実感してみるのもアリだな。

 

「そういうことだから妖精さん。着けて貰えないかな?」

 

『随分妖精使いが荒いのね』

 

『この妖精さんはちょっと変わってますので大丈夫です』

 

 妖精さんにも意思はある。中破した艤装が山のように積みあがった時には「やってられるか!」と言わんばかりに大勢の妖精さんが工廠から姿を消した(ボイコットした)こともあった。

 だけど今俺の艤装に乗ってる妖精さんは違う。どういう訳か俺以外お断りな変わり者(ホモ疑惑有)だからだ。大分無茶言った時も投げ出さずにやり遂げた凄いけど変なヤツだからだ。

 

 そんな妖精さん(ホモ)がビシッと敬礼を決め、いそいそと作業をし始めた。

 するとどうだろう。

 

「……おぉ! 凄い凄い!」

 

 まるで眼鏡をかけた時みたいにより遠くまでしっかりと見える!

 原理はさっぱり分からないけどなんか狙いやすい。しっかり微調整してるのが自分でよく分かるから照準が定めやすい感じがする。

 なるほど確かにこれを装備してれば、演習の時のジョンストンがしてたような長距離砲撃も可能になるだろう。

 

『ちょっと、気持ち悪い顔してるけど大丈夫?』

 

 気持ち悪いとは失礼な。

 俺だって元が付くとは言え男。しかも一般市民とは違って戦う職業? に就いてる以上強くなることは大歓迎だ。

 しかもそれが微々たる物じゃなくてとても汎用性が高くて色々と可能性があるものだからついニヤニヤしちゃうのもしょうがないと言うもの。

 

『コレが有ればより長距離に砲弾を……これは良いものだ』

 

『喜んでもらえたようで何よりだわ。早速使いこなせるように練習しましょう?』

 

『あ~、演習ってそういう……』

 

 てっきり一対一で勝負するかと思ってたんだけど、早とちりだったかな? 全く、野菜の戦士でも無いのに……いつの間にこんなに戦闘意欲が旺盛になったんだか。

 

 

 

 

 

 魚雷や砲を当てる為の的が用意されて、準備されたそれらを魚雷で沈めていく。

 

 最初は随分遠い的だと思ったけど実際は静止してる状態で当てることはとても簡単だった。これがレーダーの効果だとすると、使い続けている内に コ レ (SGレーダー) 無しの出撃なんて考えられない身体になってしまうかもしれない。汎用性が高すぎるのも困りものだ。

 

 レーダーにばかり気を取られてたけど、魚雷の方も凄いの一言に尽きた。

 やはり連装数が5なのが大きいんだろう。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる理論で、雑に撃っても単純計算で四連装の1.25倍の命中率が期待できる。

 魚雷本体は比較的小さい癖に、サイズに合わない破壊力があったのは驚いた。

 

 今まで近距離戦闘ばっかりだったけどこんなの(SGレーダー)を知ったら遠距離から攻撃するのも楽しそうに思えてくる。やっぱり射程が長くなるといった言葉は単純な字面からは考えられない程に強力だ。

 

 準備された的を全部沈めた俺が次に手を出すのはやはり動く的。深海棲艦も案山子じゃないからやっぱり動く的は欲しい。

 そこでジョンストンとヘレナさんに相手をしてくれないか頼んだら、ジョンストンからは『見ててあげる』と、ヘレナさんからは『手加減できないけど良い?』と言われた。流石にこの装備で初めての相手にヘレナさんはハードルが高すぎるから『ダメです』って断った。

 じゃあ相手はフレッチャーかサム、陽炎か初風かな。神通さんは今ちょっと話しかけ辛いし。

 

 

 

「という訳で演習(一戦)しませんか?」

 

「何がと言う訳なのよ。アメリカの人達と演習するって言って無かったっけ?」

 

「それはもう終わりました」

 

 サムは他のメンバーと一緒にバイオ〇ザードをして楽しそうだったから声が掛けられなかった。初風はフレッチャーと一緒に買い物へ行ったらしく基地に居ない。

 

「早くない? 相手はヘレナさんだっけ……もしかして負けたの?」

 

「いいえ~? 艤装をプレゼントされまして。さっきまでは艤装に慣れる為に的を相手にしてました。実戦で使えるか確認したかったので演習相手に陽炎を選んだんです」

 

「そうなの? 相手になるのは良いんだけど、私もさっきの演習で気になったところを調整中なんだよね」

 

 そう言う陽炎はスマホで明石さんと連絡を取ってアドバイスを貰いつつ魚雷をバラして妖精さんと何かの作業をしていた。

 

「今は何をしてるんですか?」

 

「魚雷に仕込む爆薬の量をちょっと増やそうとしてるところよ」

 

破壊力すごそう。……明石さん? 陽炎はこう言ってますが」

 

 陽炎はどうやら魚雷の威力を上げる為に改造をしていたらしい。確か陽炎の魚雷はかなり高性能だっははずだけどまだ威力を求めるつもりらしい。しかも爆薬を増量するだけなんて意外と脳筋だと思う。

 

『アメリカは遠征が日本ほどなく暇な日が多いと聞きました。だったら色々と試して貰おうと思いまして! 今回の魚雷の件は本人の意思もあってスムーズに実験段階まで事を運べました!』

 

 実験段階て……完全に悪役が出す言葉だと思うんだけど。

 

「因みに、このことで提督に申請や許可は出しましたか?」

 

『……』

 

 オイ なぜ黙る。

 

 

 

「出来た! 待たせたわねスチュワート! 相手になるわよ!」

 

「陽炎、悪魔に魂を売ってしまったんですか? その先にあるのは破滅だけですよ? 今ならまだ引き返せます。その魔改造してしまった魚雷を元に戻しましょう。日本には初風以外の妹たちが居るでしょう?」

 

『酷い言われよう!? 誰が悪魔ですか!』

 

「だったらせめて安心材料をくれませんかね!?」

 

 (明石さん)の手先になった陽炎を救う為にも負ける訳にはいかなくなってしまった。ただ実用性を確認する為に声を掛けただけなのにどうしてこうなるんだ。

 明石さんは艤装の保守、点検ではしっかりしてるんだけどなぁ……。

 




・ジョンストン
アメリカのお洒落番長。
時津風を2Pカラーと揶揄いブチ切れられた経験がある。
SGレーダーを用いた長距離戦で初風と陽炎を苦しめた。
提督には素直になれないお年頃。
カード(トランプ)全般がイカサマを疑うレベルで強い。


川内流魚雷投擲術(センダイスタイル)
流祖は川内。
夜戦の乱戦を意識したゲリラ(ニンジャ)御用達の魚雷運用法。
流祖は足元に設置した魚雷の爆風で空を飛べる(ダメージブーストできる)らしい。
一芸は道に通ずる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

当たらなければ

132話です。

誤字脱字報告、ありがとうございます。
なんで書いてる時は気が付かないのか……(私はバカ)です。


 陽炎と演習。

 

 それ自体は大湊に居た頃から何回もやっている。

 陽炎が姉妹たち(他の陽炎型)よりも負けず嫌いだから比較的演習の回数も多く、陽炎の手の内は分かってるから挑まれるたびに高確率で勝ってきた。

 今回は強力な艤装を貰ったから、陽炎の魚雷がちょっと変わったからと言ってそう簡単に負けることは無いと思っていた。

 

「んだけどなぁっ! ……チッ

 

 思わず舌打ちをする。

 今回の陽炎は一味違う。今もギリギリで魚雷を回避してなかったら相当なダメージを負っていたに違いないと内心では相当焦っていた。ちょっとは加減してくれても良いんじゃないかね? もう背中は冷や汗でベトベトなんだが? 

 

 普段はある程度距離を取って同航戦をして、そこに緩急を付けることで攻撃を避けてたんだけど今はそんな余裕が全く無い。

 こうなってしまった原因は、俺がヘレナさんから貰ったSGレーダーの強みを活かそうと思って距離を取ろうとしたことだったから自業自得なんだろうけど。

 

 

 

 

 

 突然だが。

 

 陽炎型の使う魚雷は当たらない。

 

 かなり遠い場所まで魚雷を泳がせられる上に速度も速い。

 

 だが当たらない。

 

 それは何故か?

 

 『艦これ』(この世界)の魚雷には誘導機能がある(ホーミングする)からだ。

 

 流石に当たるまで延々と追いかけてくるなんてことは無いけど、普通に発射してから暫くは目標に向かうように軌道を調整するような挙動をする。

 数度の角度を調整するだけなんて甘い誘導ではない。目標に向かって緩いS字を描くことだってある。

 

 これだけ言われても「ホーミングするなら何故当たらないのか?」と思うかもしれないがそんなことは無い。むしろ軍艦サイズでこれだけ誘導するなら誤爆とかしない限りは百発百中は間違い無いだろう。

 だが目標(艦娘)は人間大で魚雷はテレビのリモコンよりちょっと大きいくらいのサイズだ。

 

 それこそ百発百中なんて魚雷がUターンとかしない限りはあり得ないだろう。

 艤装の不思議パワーで甲子園のピッチャー並の速さで簡単に魚雷を投げれると言っても相手だって普通に車並みのスピードで動いてるから百発百中の川内さんは尊敬できるんだけど。

 

 ……一度川内さんは置いておいてだ。

 そんな魚雷の命中率事情の中で今触れてる陽炎型の魚雷が何故当たらないかと言うと、長い射程に対してこの誘導が甘いからだ。

 発射した後の誘導時間が短くて、目標が少し動いただけでまともに当たらなくなる。誘導が甘いから距離が離れれば離れるほどその傾向は顕著だった。

 

 

 

 では、当たらない魚雷を当てるには?

 

 川内さんから魚雷の投げ方を指導してもらえばそれまでだけど、陽炎は普通に発射する派だからその線は無しで。

 

 一つ目は当たるように誘導性能を強くする。

 魚雷の誘導は艤装に搭乗してる妖精さんが行ってると言うのが明石さんの見解で、それだけじゃなく艦娘自身の精神状態とかも関係してくるらしく、あまり現実的ではないという意見で一致している。

 

 二つ目は避けられない状況を作る。これは展開の運び方が上手な人が採る方法だ。本命の一撃を確実に当てる為の準備とも言える。弥生や夕雲、巻雲辺りが抜群に上手いんだなこれが。

 でも陽炎は素直に一球入魂の精神でぶつかってくるからこの手は取()ないだろう。

 

 三つ目は今まさに陽炎が実践してる。

 

「さっきから……近い!

 

「誘導なんて関係ない近距離から撃てば当たるよね?」

 

 そりゃあそうだけど。そうだけど!

 

 いつも通り距離を取ろうとした俺を見逃さなかった陽炎が猛追撃してきた時には超ビビった。

 まさか陽炎がこんな方法を採るとは思わず背を向けて逃げたのが運の尽き。今は回避してるとは言え反撃もままならずやられたい放題だ。

 

あまりにも脳筋過ぎやしませんかぁ!?

 

「スチュワートに言われたくない!」

 

 なんだと? 俺ならそんな近距離から発射なんてしないでもっとこう……何か……

 

「……」

 

 俺ならもっと近くで直接魚雷を叩きつけるね! 自傷ダメージはあるだろうけどまず回避されないから与えるダメージの期待値は陽炎以上になること間違いナシ! つまり俺に避けられてる時点で詰めが甘いんだよぉ! 反撃できないから手加減して♡

 

 まさかここまで一方的にやられるとは思わなかった。さっき一発喰らったけど威力が俺の知ってる魚雷の威力のソレじゃない。もう一発喰らったら自力で基地に戻るのが辛くなりそうだ。

 1本当たれば中破は必至、2本当たれば二度と浮かべず3本当たれば……おぉ、怖い怖い。

 それにしたってどれだけ爆薬増量したのさ。絶対に1.5倍くらいに増えてるだろいい加減にしろ!

 

 

 

 いつもみたいな明石さんの思いつきクオリティだと思ってたら全然そんな事無かった。

 実際に陽炎が改造した魚雷はとんでもなく強力だ。運用する距離が今までより近くなったことが大きな要因だろうけど、甘い誘導能力を補って余りある威力と速さは脅威以外の何者でもない。

 

 だけど爆薬の増量=強い(Strong!)! なんて脳筋が増えそうなのが心配だ。

 

「これならもっと炸薬増やしても良いかも!」

 

 実際に陽炎が破壊力信者になりかけてる。

 

恨みますよ明石さん

 

 魚雷自体の改良に成功してても使う人がダメになってちゃ世話が無い。

 良いものを持ってても使用者が甘いと結局勝てないってことを教えてあげるのが今の俺の役割だろう。

 

 せめて盾があったら反転して轢き逃げ(ラムアタック)出来たんだけど……無いものはしょうがない。

 

 反撃できない現状を打破するのが先だ。

 

「ちょこまかと……動かないで!」

 

「言われて止まるヤツなんて!」

 

 居るんだよなぁ。

 

 

 

 

 

 すぐ後ろから爆発音が3回聞こえてくる。音からして水柱の規模も相当なものだろう。

 

「グフッ!?」

 

 だけど直後に背中に受けた衝撃がヤバい。艤装が無ければ背骨がクラッシュして即死だったに違いない。肺の空気が無理矢理押し出されてクソ苦しい。背骨本当に大丈夫? 折れてない? 

 

やった!?

 

 陽炎の喜びと不安が混じったような声が聞こえてくる。

 その言葉はフラグなんだよなぁ……。

 

 痛すぎて逆に笑えてくる。

 だけど残念! 満身創痍だけど俺はまだ戦えるぜ!

 

 水柱が収まった頃には俺と陽炎は離れていた。

 

「ヒヒッ! 残念でしたぁ!」

 

 俺だって負けず嫌いなの! 良いようにやられて喜ぶ趣味なんて無い!

 

「嘘っ! なんで!?」

 

 どうして沈んでないか気になる?

 

「砲がやられちゃいましたよ! どうしてくれるんですか!」

 

「何で砲がやられるのよ!」

 

 そりゃあ、避けながら砲を外して海に沈めたからだよ。

 陽炎がほぼ真後ろに居るなら魚雷だってそこから来るし、そこに何か沈めておけば一発はそれで防げるじゃんと思ったのが功を奏した。魚雷発射管を外した方が楽だったんだけどジョンストンに大事にしてって言われちゃったし。

 砲なら大湊の汎用品使ってるから問題は……陽炎が火力厨になるよかマシだ。

 

「常識外れじゃない!?」

 

「勝てば良い。それが全てですよね?」

 

 まさか2本も誘爆して3本防いだのはいい意味で想定外だったけど。まさか爆薬詰めすぎた所為で誘爆しやすくなったとか言わないよね?

 まぁ、普通に撃ち合うつもりだったけどもう付き合わんぞ。何で陽炎の土俵で戦わなくてはいけないんだ。

 

 陽炎は魚雷の装填が間に合わないのか一本だけ発射してくる。

 しかし距離が近距離から少し離れればどうだろう、スピードが速いだけで軌道がユルユルの魚雷だ。当たればヤバいけど当たらなければどうということは無い。

 

 距離を縮められないように魚雷を一本ずつ、装填が間に合い次第2本以上を発射して少しづつ距離を取っていく。

 後はさっきの演習でジョンストンがやってたみたいに引き撃ちを繰り返せば陽炎はジリ貧だろう。

 

 

 

 

 

 分かったことがある。ジョンストンに貰った533mm五連装魚雷とやらは誘導性がかなり高い。

 SGレーダーの効果で遠くまで狙いやすいとなると本当に良い組み合わせだと痛感した。

 

 遠距離から陽炎を一方的にチクチク攻撃し続けた結果、なんとか勝利をもぎ取ることが出来た。

 

 そして今は、陽炎に小言を垂れていた。

 

「陽炎はソレを使い続けるなら大人しく神通さんから訓練してもらうことを強くお勧めします」

 

 陽炎の改造魚雷は威力マシマシだから止めを刺すのに向いてそうだし。神通さんもきっと「やっと陽炎が逃げずに私の訓練を受けてくれました」みたいに感動しながら地獄に突き落としてくれる筈だ。

 アメリカに来る途中に訓練から逃げて神通さんとマンツーマンする羽目になったこと、まだ根に持ってるからなぁ?

 

「えぇ~……でもしょうがないかぁ。分かった! やるわ!」

 

 うん。強さに貪欲な姿勢は良いね。でも手段を選ぼうか。

 古今東西マッドサイエンティストの栄えた試しは多分無い。つまり明石さんが提督の許可無しに色々し始めても関わってはいけない。

 

「じゃあすぐに魚雷を元に戻してください。そして帰るまでは勝手に改造しないでください。帰ったら明石さんにちゃんと改造して貰ってください」

 

『それは勿論です! 良いデータも取れましたし!』

 

 なんか明石さんすっごいウキウキしてるから余計な改造しそうだなぁ。帰ったらまたしつこく釘を刺しておこう。

 

「あ、明石さんは帰ったら私の艤装をちゃんとセンチ規格に修正してくださいね」

 

『えっ?!』

 

「当然です!」

 

 明石さんの思いつきで大変な目にあったんだからこれくらいはして貰わないと割に合わない。




・陽炎
個性的な姉妹の世話に日々奔走している。
割と初期に建造されたから大湊の艦娘では強い方。
スチュワートの評価は「優秀だけど変な思考の脳筋」
時津風と雪風の止め方を他の陽炎と一緒に模索中。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

手元に

133話です。

どうして誤字はなくならないのか…コレガワカラナイ
毎回報告くださる方に感謝です。


「ふぁ~……っふ

 

 今日もやはりと言うか脅威となるような深海棲艦が現れないアメリカでは暇を持て余す。

 普段はトレーニングとかをして過ごしているアメリカの面々も、日本から出向で人が来るとここぞとばかりに演習や娯楽に精を出し始める。

 それでもやっぱり休みは必要な訳で、俺はゆっくりと釣りをしていた。

 

 しかし悲しいかな、既に3時間は釣り竿を海に向けてるけど小魚すらまともに釣れてない。

 途中で待つのに飽きてガンビーさんから適当に借りた小説を読んでたのもあるだろうけどアメリカの魚は釣り針に耐性でも持ってんのか?

 

 

 

 残念なことに俺の周りには俺と同じようにゆっくりと釣りをする人が居ない。

 

「そういった釣りもあるかもな……オレはそんな釣りはしねぇけどよ」と不思議なモノを見る目で天龍さんから言われた。

「ただ待ってるだけなんて詰まらないよ! 何が楽しいの?」と時津風に純粋な眼を向けられた。

「釣りは待つもんじゃねぇ! 仕掛けに行ぐモンだぁ!」と地元の漁師さんと釣り人たちにも言われた。

「釣りよりも、網で一網打尽にした方が速くて楽ですよ」とフレッチャーにちょっとズレたことを言われた。

「ダイナマイト漁とか楽しそうじゃない?」とアイオワさんも言ってた。確かに一回はやってみたいと思う。怒られるのは間違いないだろうけど。

 

 同士は居ないけど、俺はやっぱり待つ釣りをする。

 

「一人でのんびり過ごすのも乙なモンだよ」

 

 母なる海の音を聴き、穏やかな時と風の流れを感じ、温かい日差しと奇異の視線を浴び、そして釣りあげるものの大半が有機物ですらないものだったとしてもだ。

 ……凄まじい寂寥感と敗北感を感じる。何でだろうなぁ?

 

「お?」

 

 遠くに放った浮きに違和感があった。

 小説を閉じて竿を手に持つ。

 

「せやっ! ……」

 

 勢いよく引き上げると、俺の目の前にぶら下がるパンパンに膨れた白い球状のナニカ。

 

 針が掛かった場所から水を吐き出し、徐々に小さくなっていくに従って中に入っていた食べ物の容器のような物がうっすらと見えてきた。新種の魚を釣り上げたという可能性は完全になくなったらしい。

 

「やっぱり呪われてるんじゃねぇかな」

 

 本日3個目のゴミ袋を釣り上げた俺の率直な感想だった。

 

 残念なことに俺は魚を釣ることが出来ないらしい。

 俺が釣りをしようとすると、天気や場所に関わらずゴミが釣れるからだ。

 初めてこの釣り竿で釣りをした時も、佐世保でも、大湊でも、此処でも、艤装を装備して遠洋で釣りをした時にも魚よりゴミの方が良く釣れた。

 

 深海棲艦は艦娘と共に近年現れたらしいからこれから海洋ゴミを棄てる輩が減って、地上に溢れ返ったゴミを解決するために技術が発展して、海洋ゴミの問題は解決に向かって……

 

「もしかして深海棲艦は地球の自浄作用なのでは?」

 

 地球から見た人間って完全に惑星を殺すウイルスか寄生虫だって前世の友人が言ってた。そりゃあ海洋ゴミとか温暖化とか有害物質とかを何とかする為に深海棲艦くらい生み出すわな。

 

「つまり『艦これ』は地球がちょっとだけ過激な世界線だった?」

 

 そこに気が付くとはやはり俺は名探偵スチュワート。

 いや絶対に違うわ。身体は子供で頭脳はお花畑だもんね。

 

「お、ヒットした」

 

 錆びてる缶詰の空き缶が釣れた。中から海藻が生えてるオマケ付きだった。

 嬉しくない。

 

 

 

 

 

『ハッハッハ! 元気なようで何よりだよ!』

 

「!?」

 

 再び針に餌を引っかけて遠くに放り、小説の続きを読もうと手に取ったら後ろから声を掛けられた。

 

『ふぅむ……【一味違う釣りの時間を貴方に!】というキャッチコピー付きで格安販売されてたんだが、君の釣果を見るからにその釣り竿もまだまだ現役のようだね』

 

 このポンコツが現役? いつもとは一味違うって言っても限度があると思う。キャッチコピー考えたヤツの感性狂ってんじゃねーか? そして格安販売とか絶対に騙されて……ないのか。安いんだもんな。

 あとゴミ釣りがデフォルトの仕様だとしたらこれは釣りの出来るゴミ収集アイテムってことになる。

 どうしてここまでゴミが釣れるのかを科学で証明できないから間違いなくオーパーツだ。この釣り竿を作ったヤツの感性もぶっちぎりでイカレてるに違いない。

 

 あぁ、でもまずは

 

『お久しぶりです、アランさん』

 

 やっぱり挨拶だよね。挨拶は大事だって古事記に書いてあるし。

 

『久しぶりだね! スチュワート嬢』

 

『スチュワート嬢は勘弁してください』

 

 “嬢”なんて呼ばれるタマじゃない。中身はまともじゃなくてゲテモノなんスよ俺。

 前にあった時よりもちょっとだけ恰幅の良くなったアランさんは、変わらず陽気な様子で手を挙げていた。チャーミングなスマイルも相変わらずだ。 

 

『ああ、気を悪くしないでくれ。……スチュワートも、ここに居るということは無事に日本まで帰れたようだね』

 

『アランさんのお陰です。コレが無かったら飢えてたかもしれません』

 

 あの時は釣った小魚で海鳥をおびき寄せて食べたんだっけ? 市販の鶏肉とは比べるのが烏滸がましいレベルで違った。やはり食用以外のものはダメだってことを学んだ。

 

 そう言えばイ級も食べたことあるなぁ。全く美味しくなかったけど、ボリューム満点だから非常食としての性能が高いということを学んだ。全く美味しくないゲテモノだったけど。

 

『そうかそうか、それは良かっ『あーっ! アラン叔父さんだ!』 おぉ! サム、今日も可愛いねぇ』

 

 サムがアランさんにタックルめいたハグをかました。

 それを難なく受け止めたアランさんは可愛い可愛いって言いながらサムの頭を撫でている。

 ……ぶつかった時に結構いい音出てたけど、大丈夫なのかね。

 

 そうして突撃してきたサムの後ろには他の艦娘たちも来ていた。

 日本の人たちが俺に「誰?」と尋ねるような視線を向けてきていた。

 

「命の恩人です」

 

「「ええっ!?」」

 

 意外だったんだろう。神通さんですら素っ頓狂な声を上げる。

 加賀さんも目を見開いて驚いているのが丸わかりだ。随分レアな顔だぜ。明日は雹でも降ってきそうだな。

 

「仲良く話してたみたいだけど、本当のところどうなの?」

 

『アラン叔父さん、本当?』

 

 サムもちょっとムッとした顔で俺に問いかけてくる。うんうん可愛いねぇ。

 まぁ言ってることは本当なんだけど……日頃から適当な冗談を言いすぎてたからか信じて貰えないだろうな。狼少年は辛いぜ。

 

『本当だとも。……そうだ! スチュワートは元々アメリカの(ふね)なんだろう? これからもここに残ってはどうだろう?』

 

『それは名案よ! ねぇスチュワート、ここでずっと過ごさない?』

 

『あ~、確かにここは楽しそうですし良いですね~』

 

 イントレピッドさんも来た。

 

 それにしてもアメリカに残る、かぁ……

 

 ちょっと陽の者の割合が多いような気もするけど、慣れてしまえば日本以上にアットホームな環境は楽しそうだ。

 深海棲艦は少ないから楽で良い。代わりに出向の無い間はトレーニングが多いみたいだけど、反復作業は大好きだからぶっちゃけ俺にはそこまで大きなデメリットは無い。

 

 そもそも駆逐艦スチュワートってアメリカの(ふね)だからアメリカに居るのが自然なのでは? と思えてくる。

 

 まぁ残らずに日本に帰るんだけど。

 

「ねぇスチュワート、この人たちはなんて言っているの?」

 

 そう言えばみんな英語だったわ。アランさんは日本語ダメみたいだし、必然的に英語で会話することになってるから何言ってるのかよく分からないだろう。

 妖精さんは早く自動翻訳システムみたいなの作って導入してくれないかな。

 

「出向が終わってもアメリカに残らないかって言ってますね」

 

「……そういうことだったか」

 

「ん? 長門さんは何か知ってるんですか?」

 

「ああ。この前の演習の時にコロラドが教えてくれたぞ」

 

「なん……だと……?」

 

 コロラドさんは予知能力を持ってたのか!?

 




・本
直射日光に当てると痛みやすい(らしい)です。
借りものの本は屋内で読むようにしましょう。
勿論、食べカスやシミ、濡らしてふやけるのもNGです(過激派)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

違う捉え方 戯れ ~Play Out~

134話です。

シナリオを横道に逸らして自分の欲望を優先するのは作者の特権。
唐突にやってみたくなってしまったんだ…



「コロラドさんも言ってたって……」

 

 俺がアメリカに異動することは既に決まってたということか? 初めて聞いたんだけど。

 

「私の聞き間違いではないだろう。それでだが、アメリカに残るなんて言わないよな?」

 

「え? ……勿論、残りま「ちょっとスチュワート借りてくわね!」は?」

 

 「残らない」って答えようとしたらイントレピッドさんから掴まれてすごいスピードで日本の皆と引き離された。おお、一瞬足浮いたぞ。

 そのまま宿舎に突入して、向かった先は……

 

『ヘイ! 皆居る〜!?』

 

『ちょっと邪魔しない……あっ

 

ウワアアアァ……

 

――― you died ―――

 

『『『あ~……』』』

 

 アイオワさんの部屋だった。ゲームオーバーっぽい画面と周りの反応から今日もゾンビを撃ちまくっていたらしい。済まねぇな、ゲームのあるあるだと思って許してくれや。

 

 

 

『ん? そんなことは言って無いぞ』

 

 アイオワさんの部屋にはアレックスさんも居た。

 どうやらアレックスさんは日本の皆の前では物凄い猫を被ってるらしく、 俺がこの前サウスダコタさんと格ゲーやってたら部屋に乱入してきて、あまりのフランクさにビビりまくった。その後に『内緒にしといてくれ』ってホーネットさん込みの三人で説得されたからまだ日本の人は誰も知らない……筈。多分、きっと May be …

 今も艦娘たちのゲーム風景をホーネットさんのアップルパイを皆の分まで食べながら鑑賞しつつ一の間にか輪に混ざってた。

 

『ちょっとコロ! まさか冗談で言ったの!?』

 

「ち、違うわ! アレックスが日本に『スチュワートはアメリカの艦だから貰っていいかな?』って電話してたじゃない!』

 

『俺はそんな欲張りだと思われてたのか。泣けてくるぜ。俺が言ったのは『スチュワートはアメリカの艦だから長期間借りて良いかな?』だ。そもそもな~ただの電話一本のやり取りで異動の決定なんて普通しないだろう?』

 

 そりゃそうだ。その電話が何時かは知らないけど今頃偉い人たちは揉めてそうだなぁ。異動先がここ? だったら楽しそうだし全然OKよ。

 

『サムから連絡来た。日本の皆、すごい焦ってるんだって……どうするの?』

 

『どうするって言われても。なぁ、どうせ帰るんだろ?』

 

『まぁ……そうですね』

 

 提督からも『帰ってきてくれ』なんて言われて皆で約束しちゃったから、それを破らない為にも一度帰ることは確定だ。

 いや、それだとまるで彼氏と約束した彼女みたいだな……俺がそれをやってると思うとキモいな。

 

『出向の報告とか色々あるので』

 

 うん、こう言っておけば問題は無いだろう。

 

『ところで半月以上経ったけど、スチュワート的にはアレックスはどう? 好きになれそう?』

 

『は?』

 

 いきなり何? 今その質問する意味ある?

 う~んでもアレックスさんかぁ……まぁ俺ってホモじゃないし、好きにはなれないよね。

 普通の女性から見たらイケメンそのものだろうけど俺からしたら野郎ってだけで範囲外だ。済まねぇ、俺には男のケツを追いかける趣味も男に迫られてときめく心も無いんだ。

 

『恋愛的にはNGです。これからも大湊警備府ともどもよろしくお願いしますね』

 

『Oh……振られちゃったぜ』

 

 まぁ、ホーネットさんの左手を見ればね? 俺だって言っちゃいけないことくらい分かってるわ。

 

『因みに好きになれそうって答えたらどうなります?』

 

『目を付けられることは確実だ。最悪呼び出される』

 

 怖過ぎぃ!

 

『まぁ、日本のヤツらも落ち着いたらスチュワートも報告の為に帰るってことにはすぐ気が付くだろ。だからこのまま眺めてるのも良いと思うんだが……どう思う?』

 

『楽しそうだから賛成です』

 

『あ、コロラドは今日の内に謝っておけよ』

 

 

 

▼――――――――――

 

「スチュワートどうすんのよ! すっごいキリッ! って感じの目で答えてたけどあれ絶対に残るって言おうとしてた!」

 

「別れは唐突と言いますが、まさかそんな……」

 

 走り去っていったイントレピッドといっそ笑えるくらい抵抗の出来ていなかったスチュワートが消え、後には日本から来ていた5人とアランと彼に抱き着いたままのサミュエルだけが残された。あとスチュワートの釣果である多くのゴミ。

 

 日本の5人は焦っていた。

 まさかいきなりアメリカから非公式であるとは言えスカウト紛いの言葉を掛けられたスチュワートがそれに対して前向きであるかのような態度を取ったことが原因だった。

 

「ダメね……長門さん、提督に電話が繋がらないわ」

 

「なんだと? こんな時に一体何をしているんだ提督は!? 加賀、大湊に連絡を入れろ」

 

「止めておきましょう。無闇にこの情報を広めたら混乱を招くかもしれないわ」

 

「クソっ、何か手は……」

 

 

 

『イントレピッドもタイミング悪いな~。ガンビーに連絡だけ入れておこ』

 

 少し離れた場所にはまだアランとサミュエルが残っていた。

 しかし、日本の5人はこうなった原因の言葉を発したと言っても過言ではないアランと、アメリカの艦娘であるサミュエルに問い詰めるといった簡単なことに気が付かないくらい、混乱していた。

 

『サム、私は彼女たちがなんて言ってるか分からない。なんて言ってたんだい?』

 

『えっとね~』

 

 

 

『ふむふむ。スチュワートは愛されているんだね』

 

『でも前に訊いたら大湊の提督は好きじゃないって言ってたよ』

 

『いや違くってね、皆から大事にされてるっていう意味だよ』

 

『……そうだね』

 

 そんな会話をする二人の前には「緊急対策室を設立する! 場所は私たちの部屋だ、行くぞ!」と言って5人が居なくなったことによって存在感を大きくしたゴミの小山があった。

 

『アラン叔父さん、スチュワートが命の恩人って言ってたけど何したの?』

 

『秘密だよ』

 

『むぅ。教えてくれても良いのに……スチュワートって釣りの才能無いんじゃない?』

 

 大量のゴミと、バケツに入った小魚を見ながらそう言ったサミュエルが釣り竿を引き上げる。

 それなりに大きな魚が食いついていた。

 

 

 

 

 

「いきなりここに対策室を設置したのはいいが……何から手を着けたら良いんだ?」

 

「やっぱりもう一度本人にアメリカに残る意思があるのかを確認するべきではないでしょうか」

 

「私もそう思うわ。嫌がる本人を引きずってでも帰らせる趣味は無いもの」

 

 ちなみに今の会話は一足早く部屋に通話中のスマホを仕込んだスチュワートによって盗み聞きされている。

 それに気づかずに話を進める日本側の会話は、今までテレビゲームに夢中だったアメリカの面々も『面白そうなことになってるじゃん』と次々に興味を示すのには十分だった。

 

「よし! ではスチュワートを無事に日本に帰す為にス号作戦を開始する! まずは本意を聞き出すためにスチュワートと接触するぞ。加賀、誰の部屋に人が集まっているか分かるか?」

 

「カーテンが閉まってるのはガンビア・ベイとアイオワさんの部屋ね。恐らくアイオワさんの部屋に皆居ると思うわ」

 

「良し、では行くぞ! 加賀と初風はここに残って提督と連絡を引き続き試みてくれ」

 

分かったわ(了解よ)

 

 だが、相手は悪ふざけを始めたアメリカの面々。

 ここまで日本側も焦るとなると本当のリアクションではなく、面白半分の演技でやってるのだと勘違いしていた。

 

「スチュワートに用がある。通してくれないだろうか?」

 

『ダメよ! スチュワートは渡さないわ!』

 

「そっちが立て籠る(やるつもり)なら、こちらもやってしまって……良いのか?」

 

『望むところよ! 行きなさいサウスダコタ!』

 

 アイオワの部屋の扉が開かれ、中から出て来たのはサウスダコタだった。

 黒い特攻服に天上天下と書かれた服を着て、手にはボクシングバンテージを着けている。

 

「よぉ、待ってたぜ。囚われのお姫サマが欲しけりゃこの私に え。違う?……付いて来な!

 




 サミュエル・B・ロバーツ
アメリカの可愛い清涼剤。
足が遅く、駆逐艦二人と比べると能力も低いことを気にしているが、コストパフォーマンスが段違いだから良いかとも思っている。
アレックスよりもアランに魅力を感じ、彼のふくよかなお腹を見つけては突撃して、今日も撫でられている。

サムは可愛いなぁ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

騒いで、騒いで ~ Let's do more~

135話です。

やりたくなったので。
反省はしてますが後悔はしてません。



 サウスダコタさんの後ろを全員で付いていく。勿論日本の皆も一緒だ。

 

 しかし日本の皆は俺と会話が出来ていない。アメリカの艦娘たちがボディーガードよろしく俺の周りを囲んでいるからだ。

 まぁ、皆も馬鹿じゃないだろうから俺が日本に戻るってことに気が付いてるだろうし、アメリカの面々の悪ふざけに付き合ってる形だろう。

 

「ねぇ、スチュワートは本当に「そこまでよ!」……」

 

 陽炎が人の壁を無視して俺に話しかけようとしてもコロラドさんが迫真のインターセプト。

 

「スチュワート、スマホだ」

 

「すいません。今手元に無いので」

 

「どうしてこんな時に持ってないんだ!」

 

 どうしてって……みんなの部屋から盗聴する為にだ!

 なんかアメリカの人たちとバカやって騒いでるって高揚感と「ちょっと悪い事してるかな?」って背徳感でゾクゾクした。すごく楽しかった。

 

「せめて艤装さえ着けていれば通信出来るのに……」

 

「神通、無駄よ! 傍受はともかく妨害なんて朝飯前なんだから!」

 

「そんな……」

 

 アイオワさんの言葉で神通さんがショックを受けたように言葉を零す。

 

『皆さんノリノリですね』

 

『こんな楽しそうなことを見過ごすなんて勿体ないじゃない!』

 

 まぁね。

 

『ホーネットさんは止めなくて良かったんですか?』

 

『本当なら止めなくちゃいけないんでしょうけど、止めても止まらないから……』

 

 苦労の色が滲み出た溜息を吐いたホーネットさんがちょっと可哀想に思えてきた。確かにアメリカの面々……特にアイオワさんとサウスダコタさんはちょっと我が強い感じあるかも。

 アレックスさんも蓋を開けてみたら自由人な感じだし、これは相当苦労してそうだなぁ。

 

『ご愁傷様です』

 

『貴方もそっち側だったとは思わなかったけど』

 

 ジットリした目で見られた。済まねぇ、日本人は祭り(楽しい事)が好きなんでね。

 

 

 

 

 

「よーし、そろそろ着くぞ!」

 

 サウスダコタさんの言葉でホーネットさんと秘書事情のお喋りを中断して前を見ると、柵が見えた。その先には体育館が見える。

 向かう先には他にそれらしい建物は無さそうに思える。

 

『もしかして、あの建物も基地のものですか?』

 

『勿論よ。出向が終わると大半があそこに籠ってトレーニングとか色々やるのよ』

 

『はえ~……規模大きいですね』

 

 普通に市民体育館っぽいのが偶々基地の隣の敷地に建設されてるんだと思ってたんだけど、まさか基地の一部だったとは。

 それにしても、弓道場みたいな感覚で射撃場があるのはアメリカらしいな。

 

 建物の中に入るとバスケットコートも見えた。出しっぱなしのボールと得点板が見える。本当にトレーニングしてるのか怪しくなってくるんだが?

 

「到着だ!」

 

 着いたのは体育館の隣の部屋で、トレーニングルームっぽいところだった。

 ランニングマシンとかベンチプレスとかのトレーニング用品が並んでいる。バランスボールとかのダイエット用品にしか見えないような物もあるから筋トレだけの場所ではないかもしれない。

 

 でも一番目を惹くのはそれらではない。

 

「どうしてこんなものがあるんですか?」

 

 そう突っ込まざるを得ない物、それはリングだった。

 ボクシングとかでもやるつもりなのかよ……深海棲艦が少ないからって今度はどんな相手を想定したトレーニングしようとしてるんだよ。

 

 

 

「スチュワートを返してほしかったらまずこのサウスダコタを倒してからにしてもらおう!」

 

「馬鹿を言うな。味方同士でわざわざ演習でもない只の喧嘩の延長線をやるつもりは無いぞ」

 

 長門さんの言葉に日本の皆がうんうんと首を縦に振る。まぁ、アホくさくてやってられんわな。

 俺としてもバスケットボールの方が平和で良いような気がするけど。

 

「サウスダコタ、いくら負けたくないからって自分に有利なルールで勝負するのは感心しないな」

 

「そうよサウスダコタ! 相手の出したルールに乗った上で捩じ伏せるのよ!」

 

『違う、違うわ……そうじゃない』

 

 アレックスさんがサウスダコタさんに微妙に違う注意をした。ホーネットさんが眉間と目頭を指圧して呟いている。

 わざわざ日本語で注意したのは挑発も兼ねてるんだろう。

 

「なんだと!?」

 

「長門さん乗らないでください。これは明らかな挑発です」

 

 結果として長門さんがピクリと反応し、頭を切り替えた神通さんに止められた。

 神通さんを戦闘モードに切り替えさせちゃったなぁ。こうなった神通さんは手ごわいぞ。

 

長門(ナガート)! Big7の癖にこの程度にビビってるの?」

 

「コロラド、いやビッグセブンはサウスダコタをこの程度扱い出来るとは、随分自信があるみたいだな。どうした? 速くリングに上がって来たらどうだ。なんなら二人同時に相手してやってもいいぞ。んん?」

 

 コロラドさんに止めの一撃を、サウスダコタさんにダメ押しとばかりにこう言われてしまえば……

 

「貴様……!」

 

「え? 私はちょっと……」

 

 まぁ、こうなるな。

 長門さんは誇りであるビッグセブンを軽く見られたことに激怒し我慢の限界。コロラドさんは自分の発言がブーメランとなって突き刺さっていた。

 

『ほら、コロもBig7なんだから行きなさい!』

 

『『『そうだそうだー!』』』 

 

『ああもう! 後で覚えておきなさいよ! そしてこの腐れ《自主規制》! なんで私まで煽るのよ!』長門(ナガート)! 貴女が上がってこないなら私が一人で勝ってしまうわ!」

 

 コロラドさんがリングに上がってへっぴり腰になりながらファイティングポーズを取って、チラチラ長門さんに視線を送っている。なんだあの仕草かわいいかよ。

 でも長門さんは……おお、陽炎と神通さんが押さえてくれたお陰で「勝手にやってろ」って視線を向けてるに留まってる。

 

「ふぅん……これじゃあまたコロラド相手の連勝数が伸びちゃうかもな~。でもその意気込みは気に入った! レフェリー!

 

「はい。レフェリーはサラが務めますね」

 

 そう言ってリングに上がっていったサラトガさん。

 結構抵抗なくリングに上がっていったけど、こういった殴り合いに忌避感があまり無い? でもコロラドさんの為にグローブとかその他道具を持って行くのは最早慣れを感じる。つまりそういうことか。

 

「フレッチャーはBGMの、ガンビーはポップコーンとコーラの用意をして!」

 

「「分かりました(分かった)」」

 

 いよいよアメリカの観戦に必須のポップコーンとコーラの用意をするように声が掛けられて、今までもテンションの高かったアメリカの人たちのテンションがまた一段階上がった気がする。

 

『大盛り上がりですね』

 

『日本の子を見習って欲しいわ全く……』

 

『ハハハ……因みにサウスダコタさんの強さはどれくらいですか?』

 

あそこ(リング)の覇者よ。次に強いアイオワでも7:3くらいで負けるわ』

 

『それはまた……』

 

 強すぎやしませんかね?

 因みにコロラドさんは3番目に弱いらしい。実際にリングの中では2回目のワンパンチでノックアウトされてた。おいおいおい瞬殺だよ。

 神州丸(師匠)から教えを受けたから分かる。あれ、コロラドさんが弱いんじゃなくてサウスダコタさんのパンチの威力がヤバすぎるだけだ。

 ルール的に負けてしまったコロラドさんはサウスダコタさんの前から運ばれ、高速修復剤の原液を塗られて飛び起きてアトランタさんに文句を言っていた。

 

「頑丈な艦娘ならでは、か」

 

 

 

 盛り上がりに欠けるからってブーイングの嵐を受けていたサウスダコタさんが居るリングが、急に探照灯で照らされる。

 そして急に変わったBGMと共にフラッシュが強くなって、それが収まった頃には

 

「コロラドなんて必要ない。私一人で十分だ」

 

 リングに長門さんが立っていた。

 




コイツらサ〇ヤ人かよぉ!

・コロラド
 Big7の一人。
 アメリカの戦艦達の中で一番取り回しが良いから対深海棲艦の戦闘経験が3人の中で最も多い。
 戦艦にしては身長が低いことを気にしている。
 漣から「ツンデレとは」というよく分からない説教を○○時間された経験を持つ。

艤装抜き(ステゴロ)の戦闘力 ※ここでの話
サウスダコタ > アイオワ >> ヘレナ ≧ ヒューストン = (サラトガ(本気)) > ホーネット = イントレピッド > フレッチャー = サム ≧ アトランタ = ジョンストン > コロラド > ガンビー > サラトガ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エンターテインメント至上主義達の騒ぎ

136話です。

お待たせしました。
これも全部(ゲームの)イベントってヤツの仕業なんだ!


「よく来たな。怖気づいたのかと思ってたぞ」

 

「抜かせ。ルールはなんだ?」

 

 挑発するように薄く笑うサウスダコタさんと、キレ気味の長門さんがリングの上で対峙している。

 その後に続く言葉の応酬も凄い凄い。やっぱり他の鎮守府の“長門”を知ってるんだろうな。怒らせて戦うように仕向けるまでの煽り方の上手いのなんの。

 

「ああ、スポーツマンシップに則ってりゃ特に反則は無いぞ。SUMOUだろうがカラテだろうが捩じ伏せてきたんだ」

 

「ほう? 私は並の艦娘とは訳が違うぞ」

 

「面白い」

 

 やだ……サウスダコタさん男らしい。

 実況と解説のフレッチャー曰く、戦艦サウスダコタの愛称【ブラックプリンス】に因んで黒の特攻服なんだとか。

 愛称が格好良過ぎるけどやってることは王子(プリンス)ってよりかチンピラなんだよなぁ。いつもは適切に気を配ることも出来るらしいのに、日本から出向して人が増えるとと闘争を求めて理性が蒸発することが偶にあるらしいのは残念過ぎる……折角の美人がどうしてこんなことに。

 

 サウスダコタの猛烈なラッシュが長門さんを襲っている。風切り音が聞こえてきそうなソレは上手く表現できないけど……ビッグバンを彷彿とさせる圧倒的な破壊力を持つパンチは正に流星の如し。流石の長門さんもそろそろ限界なのでは?

 

「その程度か?」

 

 まだまだ余裕そうだって!?

 驚いたのは俺だけではないようで、アメリカの面々も唖然としている。

 確かに長門さんは拳をまともに受けないように立ち回ってたけど、それでもここまで長時間粘るのは凄くない? コロラドさんが一撃でダウンするレベルだぞ?

 

「まだまだぁ! ギアを上げるぜ!」

 

「なに? ぐっ!?」

 

 サウスダコタさんは今までは手加減をしていたらしい。ジャブとストレートとフックだけだった攻撃にアッパーが追加された。

 今までは左右を守っていれば致命傷は防げていた長門さんもいきなり下から攻撃が来るようになったから危機感を覚えたのか今まで以上に距離を取って警戒し始めた。

 

 それからは本当に濃密な時間だった。

 誰もが一瞬で勝敗が決まるだろうと思って呼吸と瞬きをするのを忘れたように見入り、それが数分と続く内に騒がしかったギャラリーも解説のフレッチャーも一言も話さなくなった。

 

 そして、声を上げたのはサラトガさんだった。

 

タイムオーバーです!

 

 

 

 

 

『スチュワート。次のラウンドはお前がやれよ』

 

『はい?』

 

『ラウンド始まったら早々にリタイアするからさ』

 

はい!?

 

 リングの上からにししと笑うサウスダコタさんの言葉にビックリした。

 完全に観客気分だったんだけどぉ!? 折角の良い試合なんだからやるなら最後までやってくれよ勿体ない。

 

『久々に満足しちゃってさ、偶にはギャラリーに回ろうかなって。長門もきっと消耗してるだろうから良い試合出来るんじゃないか?』

 

 殴り合いガチ勢のサウスダコタさんが言うならきっとワンチャンあるんだろう。

 俺がアレコレしても勝てないんじゃないかと思って断ろうとしたけど、やってみることにした。

 

 予定通りにサウスダコタさんがリタイアして、リングの上から降りてくる。

 俺の出番が来た。緊張する。

 

『無理に勝とうとしなくてもいいぜ』

 

 ハイタッチの瞬間にそう言われた。どうせ遊び半分だからガチにやらなくても良いって解釈で良いのかな?

 リングの反対側には神通さんと陽炎の驚いた顔が見える。

 そしてリングの上には滅茶苦茶悲しそうで不安そうな顔をしてる長門さん。

 

「サウスダコタさんとの殴り合いの続行がお望みでしたか?」

 

「そんな訳あるか。……お前は、私たちと争ってまで日本に戻りたくないのか?」

 

「はっ?」

 

 何言ってんのこの人ぉ!? 演技か? 演技なのか!? でも長門さんは大根役者っぽいからもしかすると一連のバカ騒ぎをガチだと認識してる可能性が?

 

「長門さん本気でそう思ってます?」

 

「何? まさか……」

 

嘘だろオイ……日本には戻りますよ。出向は一応仕事なので最後まではやりますよ」

 

 報告とかもありますしと言うと、長門さんのさっきまでの悲しそうな顔が思案、驚きと移り変わって最後に怒りを表現した。

 

「一発殴らせろ」

 

「へぇっ!?」

 

 和解! 和解を求める! アメリカの皆と悪ふざけし過ぎたのは謝るから命だけはお許しください……タスケテ…タスケテ……

 

「あの~、そろそろ始めても?」

 

「いや、ちょっと待っ「勿論だ」ああ、終わった……!

 

 

 

 

 

「いつまでも逃げてちゃ面白くないぞ~」

 

「ちゃんと戦え臆病者(チキン)!」

 

「長門も早く倒しちゃえ~!」

 

 俺に向けてブーイングが、長門さんに向けて激励が飛んでいる。

 神州丸(師匠)さんに格闘術の触りの部分は教えて貰ったけど、サウスダコタさんの攻撃でもノックダウンしない長門さんには通用しないだろう。

 だからリングの中で猛威を振るう長門さんの腕を躱しながら時間切れを狙ってるんだけど……良い感じに時間が無くなってるじゃん。待望のタイムアップまであと少し。心の中でガッツポーズをする。

 

「そうだ。ウチでは消極的な試合は時間切れのルールを適用しないぞ。なぁサウスダコタ?」

 

「勿論だ! 娯楽(エンターテインメント)も兼ねてるからな。」

 

 絶望のアナウンスが聞こえてきた。

 いや、客観的に見て面白くは無いんだろうけどさぁ……元々こうなったのってアメリカ側が悪ノリし過ぎたからじゃね? いや、俺も乗ったから人のことは言えないけどさぁ。

 だからちょっと申し訳ないかなぁなんて思って長門さんに攻撃はしてないんだけど。このまま逃げるの止めて大人しくやられろって? あんまりじゃねぇかな。

 

「ん?」

 

 ピタリと長門さんからの攻撃が止まった。

 

「スチュワートがこのまま逃げ続けるならば、帰還時にスチュワートを置いて帰還して、提督には『スチュワートは日本に帰りたくなかったようだ』と報告しなければいけなくなるな」

 

 待って。何それは。

 

「それだけは困ります!」

 

「ならば来るがいい! 臆病者と言われて何も感じないのか? 私は悔しいぞ!」

 

「大湊警備府の初期艦がこのような不甲斐ない方とは……悔しいです」

 

「そうよ! 私のライバルは臆病者だなんて言わせないでね!」

 

 長門さんと神通さんの言葉が胸に刺さる。陽炎は俺のことをライバルって……マジかぁ。

 申し訳無さと一抹の嬉しさで目頭熱くなっちゃったじゃないか。

 

「なら……行きますよ!」

 

 低い姿勢で懐にダイブする。そしてそのまま首元と腕を掴んで背負い投げの要領で……

 

重っ!

 

 投げられない! 咄嗟の判断で手を離して距離を取る。

 ボクシングの漫画でやってたように小刻みに跳ねながら近寄られないように移動するが、長門さんはその場から動かない。やりにくいなぁもう。

 

「「……」」

 

 視線が合うけど長門さんは動かないし。

 

「サウスダコタさん、ルールは何でも良いんですよね?」

 

「ああ」

 

 その返答を聴くなり再び近寄って宙返りしながら蹴りを、所謂サマーソルトキックを入れる。

 

『Foo! ガ○ルの技よ! 信じられない!』

 

 着地するなり、仰け反ってバランスを崩している長門さんの顔……は止めておこう。流石に気が引けるしそもそも届かない。代わりに心臓をダルマ落としするつもりで後ろ回し蹴り! 死神の鎌みたいに命を刈り取る(かたち)をしてるだろ? 

 

「ぐぅっ!」

 

 身体が柔らかいって素晴らしいなぁ! いい感じの手応え有り!

 

「調子に乗るなよ」

 

「え? あっ!」

 

 足を掴まれたぁ!?

 

こりゃ駄目だね。うえぇ!?

 

 遠心力ッ!? 頭に血がぁ! 頭割れる! 割れる! 破裂するヤバいって! あ、浮いた。

 

 

 急速に迫る壁か床のどっちかを見て直感的に受け身は出来ないと悟った。

 瞬間、意識が途絶えた。

 

▼――――――――――

 

「あ、繋がった」

 

 初風が何度目かも分からない通話をかける。

 今までは聞こえすらしなかった呼び出し音に逆に少し驚いていた。

 

「そう。連絡はしっかりとお願いね」

 

「任せてよ……もしもし?」

 

『どうしかした? 着信履歴すごいことになっててビックリしたんだけど』

 

「残念だけどそんなこと言ってる場合じゃないわ。もっと大変なことがあるんだけど……スチュワートがアメリカに残るかもしれないわ」

 

『……少なくとも報告の為に一度帰還する筈だけど』

 

「えっ? ……それもそうね。き、切るわね!忙しいところ悪かったわね!」

 

 言うなりスマホの電源を切って部屋の外に向かおうとする初風。

 

「何を言われたのか説明してもらえないかしら?」

 

 それを加賀が引き止めようとする。

 

「報告あるから日本には戻るって!」

 

 そう言う初風の表情はどことなく嬉しそうだ。

 

「そう……なら、不毛な争いを止めに行きましょう」

 

 加賀は初風と移動を開始した。

 そうして辿り着いた総合体育館の一室では、リングの上に倒れたまま動かないスチュワートの姿があった。

 

「どうしてこうなったのよ……」

 

▲――――――――――

 




提督はまともだった……?

・サウスダコタ
アメリカ艦の誇る殴り愛ガチ勢。海の上で戦艦棲姫の艤装(化物)と殴り合ったのは語り草となっている。
髪は地毛。星の模様が一定の位置に留まるのはアメリカ艦の七不思議の一つ。

「如何にも! この私がSouth() Dakotaだが……何? North() Dakota はだと? ……知らんな! いや、居たことは知ってるが……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



137話です。

出向編もそろそろお終いかな……
Washington? 知らない子ですね……
アメリカ艦のガチ喧嘩とかやってみたかったなぁ……


「ウチのも良い感じにガス抜き出来たし、資材の備蓄も増やせた。深海棲艦は来なかったけどまぁ、いつものことだからそこは気にしないでくれ。最後になるけど一月の出向ご苦労様。助かったよ」

 

「我々も大湊では経験できないことが多くて充実した時間になった。」

 

「それがいい意味かどうかは訊かないでおくよ」

 

 短く感じた出向の一月も終わり、来た時と同じように先頭に立ったアレックスさんと長門さんが互いに代表として挨拶をしている。

 「他のは挨拶しなくても良いのか?」というアレックスさんの言葉で各々が最後のお別れとついでにお喋りを始めた。

 

「また来てくれるなら大歓迎だよ! また色々楽しもうね!」

「言われなくてもウチ(大湊)の提督はお人好しだから要請したらすぐに誰か寄越すわよ」

 

「貴女の妹はまだ全員知らないんです。次があるなら積極的に参加させてくださいね」

「手のかかるのばっかりよ。後悔しても知らないからね」

「期待しています」

 

『スチュワートさん! この前作ってくれたオムライスの作り方をまだ教えて貰って無いです!』

『焦らなくても連絡先一つで万事OKです』

『アメリカの料理のレシピもどんどん送りますね』

 

「次は“殴り愛”の出来そうなヤツ連れてきてくれよ。……やはり霧島だろう」

「悪いな。霧島はまだ建造されたばかりで出向は無理だ」

「なんだと!? じゃあ長門! 次も来てくれ!」

 

「戦艦加賀なんでしょう!? 主砲の一つや二つくらい積みなさいよ!」

「貴女は出来るの?」

「私は純粋な正規空母だから無理よ!」

「……」

 

「今度は負けません」

「そもそも川内型って夜戦なんでしょう? 土俵が違うと思わない?」

「……話を逸らさないでください」

 

 みんな楽しそうで何よりだ。

 俺の相手はサラトガさん。この前俺が夕食に作ったオムライスの作り方を教えて欲しいらしい。だがあれには伊良湖さんから教えて貰った秘伝の知恵と技術が詰まっている。どれだけせがまれても伊良湖さんが頷かない限り教える訳にはいかぬ。 

 

『君の……君達のこれからの活躍を祈ってるよ』

『ありがとうございます。アランさんが祈ってくれたので大湊の将来は安泰ですね』

『それは良い。神父にでもなろうかな?』

 

「互いに帰ったらまた色々と苦労しそうね」

「『自分だけじゃない』って良いですよね」

「全くよ」

 

 

 

 

 

 そんなやり取りがあったりした。そしてそれすらも懐かしい。

 今はもう既に海の上。今度はアメリカから日本への貿易船の護衛も兼ねている。

 

「楽しかったな~……」

 

「そうね……」

 

「あ~あ、帰ったらまた遠征に演習に……忙しくなりそう」

 

 甲板の手摺りに捕まって憂鬱に沈む俺たち駆逐艦組。まだ正午くらいなのに全員が黄昏ているのは修学旅行の帰りを彷彿とさせる。

 

「うむ。深海棲艦の居ない日常はある意味貴重な体験だったかもしれないな。だがいつまでものんびりしては居られないぞ。神通と加賀を見習え」

 

「あの二人はもう流石って感じしない?」

 

 せやね。

 アメリカではどっちかと言うと艤装を使わない活動が多かったように感じるし、娯楽の為に全力を尽くす感じで努力のベクトルが違う人が多かったから真面目な神通さんは退屈だったんだろう。

 加賀さんは帰還前日にサラトガさんから砲撃の指導受けてたから多分その練習も兼ねてるんだと思う。

 神通さんから副砲を借りて今もマンツーマンで指導を受けている。上を目指す姿勢は流石一航戦って感じだ。

 

 まぁ理由はどうであれ俺が知ってることはだ。

 二人は詳報(レポート)を書く為のネタとしてアメリカでの生活よりも移動中の深海棲艦との戦いを取り上げたってことだ。

 俺は貰ったレーダーと魚雷の分析、陽炎は改造した魚雷。

 初風は買い物とか満喫してたし多分アメリカの日常みたいな感じに纏めたんだろう。長門さんは全体の記録とその他諸々があるらしいから免除なんだとか。

 

「スチュワートはどうだ?」

 

 明後日の方向にぶっ飛んでった思考を目の前に戻す。出向がどうだったかって?

 

「あっという間でしたね」

 

 そりゃあもうね。演習から休暇から……全部満喫できた。

 エンターテイナーいっぱい居るから退屈はしないし、俺も仲間に加わってアレコレ悪戯三昧して正に全力で羽を伸ばせたって感じだ。ノリが高校生の男子みたいな楽しければ良いってスタンスの人が多くて最高……また行きたいね。 

 日本の外は水道水もまともに飲めないヤベーところって言ったの誰だよ? 俺だよ。

 

「アンタは良いわね。アメリカの人たちと散々振り回してくれちゃって全くもう……世話が焼けるわ」

 

「これからもよろしくね陽炎お姉ちゃん!」

 

 いい笑顔でそう言ってやった。「うわ……」って顔されたけど、その顔をするだろうって思ったからこんなことをしたんだって言ったら怒られるんだろう。

 でもなんだかんだ言いながら面倒見のいい陽炎は好きだぜ。

 

「同郷の(ふね)と会えて嬉しかったんだろう? アメリカでは笑顔が多かったからな。私はそっちの方が良いと思うぞ」

 

 なんだよクッソ恥ずかしいこと言うなよ。

 こういったことに耐性の無い俺ならキリっとした顔で「笑顔が良い」なんて言われたら恥ずかしくなって顔が爆発するかもしれないだろ? ギャグ補正とか掛からないからアフロでは済まずに首から上が吹き飛ぶ可能性があるから気を付けて欲しい。もう既に顔が! 顔が熱い!

 

「……別人みたいだったしね」

 

「結局深海棲艦も両手で足りるくらいしか見てませんし完全にオフって感じでしたしね。仕事じゃないならこんなモンです」

 

 ヤレヤレって感じで溜息混じりに言う。

 ちなみに人が居ない場所だともっと酷くなる。

 まぁ最後の一線は越えてないからセーフ。

 

「ああいう雰囲気苦手だと思ってた。可愛いところあるじゃん」

 

「……止めてください」

 

 初風に頭を撫でられる。

 流石に中身がコレで頭を撫でられるのはキツいんですわ。サウスダコタさんとか摩耶様みたいに大雑把にワシャワシャされるのは全然気にならないんだけど……

 

「すぐそうやって照れ隠しするのは時津風みたいね。やって欲しいなら素直になった方が良いよ?」

 

 違う。陽炎はボッチの習性を分かってない。

・輪に混ざりたいけど和が崩れることを危惧している。

・輪の一歩外から眺めるのが好き。

自分の世界(本とか夢の中)を持ってるから輪に入らなくても問題ない。

・イジメとかを受けてるから輪に近寄りたくない。

・恥ずかしいだけ。

 大体このうちのどれかに当てはまると思う。ボッチの俺が言うんだから間違いない。

 

 時津風みたいに恥ずかしがってるだけとは思わないで貰いたい。

 そもそも俺は見た目はアレでも中身がコレだからボディタッチ含むスキンシップは倫理的にダメだろう。セクハラで訴えられたら勝ち目無いんだぞ。

 だから俺のは照れ隠しでは無くて自己防衛の一種だ。決して恥ずかしいとかではないんだ。

 

「でも早く皆の顔見たいかも……」

 

「ああ。連絡は取れると言ってもやはり実際に顔を見られないのはもの悲しさがあるな」

 

「陸奥さんは問題も起こさず待ってくれてるから良いでしょ。私は帰って早々怒ることになるかもしれないのよ……」

 

「そう言えば初風は出向の序盤で『妙高成分(ミョウコウム)が足りない……』とか言ってませんでしたか?」

 

思い出させないで!

 

「「初風?」」

 

「あぁ、ぁぁぁ……」

 

 初風の様子がおかしくなった。

 この世の終わりを見たのかと言いたくなるくらいに声から力が失われていき、目の焦点が次第に合わなくなって次第に大きくブレ始めた。手摺りを掴む手が震えて……最後には足に力が入らなくなったのかその場に崩れ落ちてしまった。

 

「「初風!?」」

 

「はぁ~……悪いけど、夜の哨戒は神通さんと二人でお願い。妙高さんの写真どこにあったかな……

 

 虚ろな目をしたまま「妙高さん……」と繰り返す初風は陽炎に回収されていった。

 

「もしかして新手の深海棲艦の攻撃か?」

 

 多分病気だと思う。

 

「放っておいても陽炎が何とかしますよ」

 

「そうか……神通は夜もだったな。代わって来よう」

 

「頑張ってくださいね」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

 

 

 

 

 

 

 

 ――

 

 

 

 

 

 

 

 ―

 

 

 

 

 

 

 

 この時の俺は知らなかったのだ。

 

 

 もし知っていれば色々と準備と対策をして回避できた筈の未来を。

 

あああああっ! ――――っ!

 

 一人ベッドの中で枕に向かって激情をぶつけるなんてことはしなくて済んだんだろう。

 

 想定外は、予想や予測を超えてくるから想定外なんだ。

 




シリアス「出番? お呼びじゃねぇすっこんでろ?(・ω・`(ソンナー)

・ホーネット
 今回出向に向かった基地の初期艦。
 艦載機もまともに揃ってない、資材も無い、護衛してくれる駆逐艦は居ないといった地獄のような日々をアレックスと切り抜けている女傑。
 宝物は指輪と基地の皆とXF5U(加賀に自慢済み)
 魅惑のアップルパイは今日も争奪戦を引き起こす。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

闇に一点

138話です。

書くのがとても難しかった。
一週間も開けてしまった……。


「腹が減っては戦は出来ぬ……という訳で厨房からおにぎりを貰ってきました。適度な休息も必要ですよ?」

 

 夜になり、俺が加賀さんと交代する時になっても船内に戻らずに深海棲艦を警戒していた神通さんにおにぎりを渡す。一食くらいは抜いても大丈夫なのは分かってるけど二食抜くのは戦う仕事やってる以上ちょっと見過ごせないかな……。

 

「……ありがたく頂きますね」

 

「こちらこそずっと出て貰っちゃって申し訳ないです」

 

「体調不良なら仕方ないです。悪化されても困りますし」

 

 初風のアレはもう末期症状だから放置でも良いような気がするけど。

 いくら提督とは言え艦娘全員のプライベートを細かいところまでは把握なんてしてないに決まってる。

  陽炎も妹が心配なのは分かるけど、それなら最初から初風を妙高さんから離さないように提督に陳述をだね? いや、妹がストーカー予備軍なんですっては言いたくないか。

 

「人って難しいですよね」

 

「はい?」

 

 ちょっと心配そうな目で見られた。解せぬ。

 

 

 

 夜が深くなってからは深海棲艦が出てこなかった。この海域の深海棲艦は生活リズムが整ってて実に良いヤツらだ。そのまま永久に海底に引き篭もって勝手に自滅してくれたら良いんだけどなぁ。

 

 そんなこんなで平和だったから自然とお喋りが続き、話題は帰ったらやりたいこと、詳報(レポート)の中身について、出向で散々やった陸上戦闘の必要性について、そして格闘戦で俺が使った奇抜な戦い方についてシフトしていった。

 

「あのような動きを何処で学ばれたんですか?」

 

「那珂ちゃんに仕込まれました」

 

 特に秘密にするようなことじゃないから素直に答える。

 仕込まれたって言ったもののその名目はなんと戦闘訓練の一環では無くなんとバックダンサーの練習。

 何も無いような日に突然駆逐艦を集めたと思ったらまさかのまさかだったね。

 しかも何人か乗ったから止められなくなって結局プチライブにまで発展した。行動力の化身かよ。

 

 そんな那珂ちゃんの熱意は金剛さんの恋心に匹敵するレベルの熱量で、バックダンサーとして見出されてしまった俺を含む数人は夜になると呼び出されて特別練習(レッスン)を受けた。

 要求されるレベルは一般にテレビで見られるようなアイドルとかのダンスの振り付けだったんだけど、それをクリアしてる間にいつの間にか振り付けが難しくなっていって、終いにはバク宙を含むアクロバティックな練習をさせられた。目標が高いのは良いんだけど高すぎるのは問題だと思う。

 どこで役に立つんだと思いながら練習してたけど、思いがけないところで役に立ったな。

 

「妹がご迷惑を……」

 

「い、いえいえ……神通さんも大変ですね」

 

「分かってくれますか? ふふ……ふふふ……」

 

 暗い目をしながらドス黒いオーラを放つ神通さんの笑顔が怖い。俺じゃなくても後ろに般若が見えるのは間違いない。

 提督にねだりにねだって防音室の用意までしてもらった妹と夜になる度に大量の苦情を集める姉。

 これは神通さんの胃がストレスがマッハになること間違いなし。流石の神通さんと言えどこの二人に挟まれて生活するのは中々に難しいものがあるらしい。他所の神通さんと情報共有会でも開くことを提案しておこう。

 

 取り敢えず川内さんと那珂ちゃんは神通さんに泣いて感謝するべきだと思う。

 

 

 

 

 

 楽しいお喋りはその後も続いたけど、全く何もないなんて優しい現実は無かった。

 日付けが変わってからしばらくした頃、神通さんが急に話を止めて手を上げて静かにするようにジェスチャーをした。

 

「スチュワートさん、気が付きましたか?」

 

「? ……アレですか?」

 

 さっきからレーダーに一つだけ反応がある方向を指差す。

 

「そうです」

 

 合ってた。頓珍漢なこと言って失望されることにはならなさそうで取り敢えず一安心だ。

 でも多分はぐれ駆逐級じゃないかなぁ?

 

「神通さんも居ますし大した脅威になるとは考え辛いんですが……アレ一隻だけですよね?」

 

 もう一度確認してもやっぱり反応は一つだけ。

 はぐれ駆逐級一匹程度だったらどうとでもできるから無視して良いと思うんだけど。

 

「本当にただ逸れただけの深海棲艦だったら良かったんですけれど……」

 

 え、違うの?

 確認しても反応は一つだけ……あっそういうこと?

 さっきから全然距離変わってないじゃん。

 件の反応は一定の距離を保ちつつ何かしてくる訳でも無い。威嚇射撃で数発撃っても反応が無いのが不気味だ。これがイ級とかなら頭悪いから突っ込んでくるんだけどなぁ。

 

「偵察ってことですか?」

 

「その可能性もあります」

 

「ちょっと見てきましょうか?」

 

「いいえ、待って下さい」

 

 神通さんが探照灯でモールス信号を始めた。『貴艦 一時停止されたし』かな? 打ち込みが速すぎてよく分からない。

 

「通信にも反応なし……お願いします」

 

「お願いされました」

 

 そう言って一気にスピードを上げた。

 

 

 

 かなり速いぞコイツ!

 

 感想はそれだけ。

 ある程度近づいたら逃げるように距離を開けられた。

 

『深追いは危険です! 船まで戻ってきてください!』

 

「……了解です」

 

 結局神通さんから止められるまで全力で追いかけても追いつけなかった。

 イ級の全速力もかなり速いことは知ってるけど、逃げる = 捕まりたくない = 疚しいことがある の図式で遠慮は要らないだろうと思って魚雷で攻撃した。

 真後ろに付けていたからほぼ間違いなく5発全弾命中させた自信があるにも関らず、相手は止まってくれないどころか減速すらしなかった。駆逐級なら大体はなんとかなりそうなんだけど……もしかして駆逐級じゃ無かったのか?

 

「まぁあとは神通さんと相談かな」

 

 船から結構離れちゃったし。

 今居る場所も神通さんの索敵範囲ギリギリのラインだろうし。

 

「帰ろう……次はその顔拝んでやるからな?」

 

 暗闇に向かって話しかける。やっぱり返答は無かった。

 

 

 

 

 その後、神通さんが休んでいた四人と乗組員に説明をしに船内に戻っていった。

 代わりに引っ張り出された陽炎に説明していたら船が進路を緩やかに変えた。大陸をなぞるようなルートに変更したらしい。最短距離を進むんじゃなくて安全を取ったと神通さんから説明され、半日の遅れで済むと良いねって言い合った。

 

「あの後の反応はどうでしたか?」

 

「反応は明るくなってきた頃にレーダーから消えてしまいました」

 

 陽炎も同じように判断してるから間違いない。

 偵察かもしれないけど今のところ実害は無いし、こっちから出来る手段も無いからと「もしかするとガチの幽霊の類かもしれない」と陽炎と密かに盛り上がったのは秘密だ。

 

 

 長門さんには一応提督に謎の反応の報告をしてもらった。

 加賀さんも日中に艦載機を使ってかなり広範囲に渡って偵察してくれたらしいけど、怪しい影は見つからなかったらしい。

 

 なにより嫌らしいのは謎の影は夜にだけ現れることだ。

 一度神通さんと初風の2人で追跡しようとした時もあっという間に逃げられた上に反応も消えてしまったから追いつけないことが分かった。

 けど夜には艦載機がまともに機能しないから加賀さんはダメ、長距離から砲撃しようにも俺の砲じゃ貧弱過ぎてダメ、ワンチャンに賭けて長門さんに砲撃してもらったけど長門さんが出てきたら逃げられてしまった。

 

 一度気が付いてしまった以上、無視し続けるのは部屋の天井の明かりに羽虫が群がってるのを見たような感じのなんとも言えない不快感がある。

 でもどうしようもないから何もしてこないなら取り敢えず不干渉にしようという形に落ち着いた。

 

 

 

 そして更に三日後……

 

「来ます」

 

 神通さんにそう言われて、警戒を強めて砲を闇に向ける。

 遥か前方から凄いスピードで何かが突っ込んでくるのが分かる。とうとう来たか。

 

「警備府に近付いて私たちの気が緩まるのを待ってたの?」

 

「最後くらい大人しくして欲しかったわ」

 

 だよねぇ……うっすらと日本の施設の光とか見え始めたのにさ、今まで見てただけなんだったら最後まで手を出さずにいて欲しかったね。

 

 お~~……

 

「何か聞こえました?」

 

「わざわざ鳴くなんてバカみたい。隠密って知らないのかしらね」

 

「……」

 

 言うねぇ。

 でも神通さんも砲を構えてやる気十分、俺だって最後の最後までコケにされたままでは終われない。クソ正直に真正面から突っ込んでくるんだ、盛大に歓迎してやろう。

 

 

 

 

 

か~~~~りぃっ! って危ない!」

 

 現れたのは川内さんだった。

 レーダーの謎の反応は相変わらず遠くにポツンと存在していた。

 




謎の存在……一体何者なんだ……

・ガンビア・ベイ
 普段はちょっとビビリだけどやるときはやる。
 加賀に空母自身の砲撃の重要性を力説した。
 サムとジョンストンとは特に仲が良い。
 自室には一般小説を始め、日本のマンガやラノベの英訳が多く揃えられていてスチュワートがしょっちゅう彼女の部屋を訪れた。
 外出する時は一人では行動しないようにしている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ただいまショック

139話です。

アメリカ編の最終話です。
賛否両論の回です。

賛否両論の回です。


 俺たちの放った大量の魚雷をスルリと躱した川内さんが、お帰りという挨拶と共に神通さんに突っ込んできた。

 

「……」

 

「えっ? ちょ

 

 しかし残念ながら一月ぶりの再開を祝う感動ののハグは避けられ、川内さんは海面にヘッドスライディングを決めることになった。これで少しも沈まないで浮いてられる辺り艤装ってスゲーよな。

 

「受け止めてあげても良かったんじゃないの?」

 

「常識のある速度でしたら勿論」

 

「……それもそうね」

 

「じゃあもう一回だね! おかえり! 私の事を思って夜に帰ってくるなんてお姉ちゃん嬉しいよ〜」

 

「「「……」」」

 

 起き上がった川内さんが神通さんに抱き着いた。困惑しながらも何処か嬉しそうだった神通さんも、川内さんの言葉を聞いた瞬間に視線に冷たいものが混ざった。

 川内さんの為に夜に帰って来た訳じゃないんだけど……さては日中に寝てたせいで連絡事項を全く聞いてないな?

 

『出向からの戻り? いや〜お疲れさん。いきなりだけどさぁ……そっちに川内さん行った?』

 

 通信だ。この声は嵐か? 随分懐かしく感じるな。

 ここは俺が出しゃばルート場面じゃ無いね。ほら陽炎、愛しの妹からの通信だぞ良かったな。

 そんな目で見ると「また大変になりそう……」とか言って面倒くさそうな態度で二言三言通信した。でも態度とは裏腹に口の端が持ち上がったのを俺は見逃さなかったね。

 

 

 

 それからしばらくすると前方から5つの反応、もとい今日の夜戦メンバーがやってきた。

 みんな口々に再会を喜びあっている。何とも微笑ましい光景だ。

 川内さん以外がみんな陽炎型という事実に姉妹愛を感じる。秋雲が出てくるなんて珍しいね。

 

「怪しい反応があるって話だけど、どれのことかな?」

 

「……消えてますね」

 

 舞風に言われて例の反応を探したら忽然と姿を消していた。夜戦メンバーはここに全員居るから誰かが追いかけて逃げられたってことは無いだろう。

 でも居なくなった理由が艦娘の数が多くなったからなのか、大湊に近づいたからかそれとも……まぁいいや。俺が考えても仕方ないし提督にぶん投げとけばいいでしょ。

 

 

「アメリカはどうだったの? 話聞かせてよ」

 

「せっかくだし、アメリカで教わった本場の料理を食べさせてあげようか? 教えて貰ったの」

 

「良いの!?」

 

「「「……」」」

 

 初風の提案に無邪気に喜べるって良いよな……ほら見ろ、神通さんでさえ生暖かい目をしてらっしゃる。

 

 実物を見てあり得ないサイズに興奮して、一度口に運べばとんでもない美味さに感動して二度、三度と口に運んで舌鼓を打って、その頃になって分かる“重さ”に言葉が詰まり、胸焼けすると思い始めても半分くらい残ってる目の前の料理に絶望する。

 

 出汁なんてモノは無いから味付けの種類が基本的に塩かソースかチーズ、砂糖かクリームしかないのがヤバい。そしてそれらを美味しくなるまで足すのがもっとヤバい。引き算的思考はねぇのかよ。

 やはり加賀さんにおかわりを躊躇させたアメリカの実力は伊達ではない。

 

 よく初風に料理を教えていたイントレピッドさんが作るものと同じのが出てきた場合は、近いうちに陽炎型の座るテーブルがカロリーテロの舞台と化し萩風が卒倒することは間違いない。

 まぁ、間宮さんがストップをかけて日本(XXS)サイズに縮小されたものが出てくることを祈ろう。

 

 

 その後は神通さんの計らいで陽炎型の全員が船の中に入っていき、静かになった海の上で川内さんと神通さんが話に花を咲かせ始めた。

 ……俺は気を利かせて船の反対側で見張りでもしてようかな。

 

 俺一人だけ話し相手が居なくて寂しいなんてことはない。

 何故なら陽炎型が船内に消えたら例の反応が現れたから。

 

 警戒だけとは言えやることがあるって素晴らしいねぇ!

 憂さ晴らし……もといお喋りしたいからこっち来てくれないかなぁ……こっち来いやオラ。

 

 

 

 

 

「「「お帰りなさい!」」」

 

 早朝どころかまだ薄暗いと言うのにほぼ全員が起きて出迎えてくれた。まだ目が寝てる人も居るから嬉しいって思うより申し訳ない気持ちになる。

 久しぶりに見た面々の顔がやけに懐かしく感じたと同時に、新しく建造された人も数人居ることに気が付いた。時間の流れを感じる。

 

「旗艦長門、以下6名只今帰還した」

 

 長門さんの言葉に続いて敬礼。流石にもう手慣れたわ。

 

 

「一月の出向お疲れ様。全員が帰ってきたことを嬉しく思う。……スチュワート、前へ」

 

っ! はい」

 

 このままあとは解散だろうと思ってたら突然呼ばれた。言われた通りに前に出る。

 俺アメリカで何か怒られるようなことしたっけ?

 ……正直心当たりしかないけど。

 

 挨拶の為に前に出ていた長門さんの脇まで移動してももっと前へと視線と雰囲気で促され、とうとう遂に提督の前まで移動してきた。

 

 MVPの知らせならまだ名誉ある呼び出しだから良いんだけど、今回のコレはな~んか嫌な予感がするから良い知らせではないような気がする。

 いやマジで、お叱りなら後で個人的に呼び出して貰って構いませんのでこんな注目を受ける仕打ちはどうか勘弁してくだせぇ。

 

「……」

 

「スチュワート、これを……」

 

 そう言って提督が何かを差し出してきた。

 早くこの状況から抜け出そうと、脳死で差し出されたそれを受け取ろうと手を伸ばし、ピタリと動きを止めた。

 

 

 ……なんで指輪が出てくるんですかねぇ!?

 

 いやアレでしょ? 知ってる知ってる。『艦これ』に出てくるケッコン(仮)(カッコカリ)システムのケッコン指輪でしょ?

 ガチの結婚指輪じゃ無いってことは知ってるんだけどさ「これを……」じゃねぇんだよ朝っぱらから一体何考えてやがる。珍しいものだから食べて欲しいのか!?

 しかもやるにしてもこんなに注目を浴びてる環境でやるか!? お帰りなさいの次にいきなりそれを出してくるとかどんな思考回路してんだよあぁん!? 

 

「え、え〜っとぉ〜……

 

 考えろ考えろ……どうすれば穏便に終わる? 間違いなく嫌がらせとかドッキリでは無い。この提督はそんなことはしない。つまり本気でこんな事をしてるって事だ。正気じゃないとは思うけどね。

 

 でも無理ですって断ったら提督の後ろで「まぁ仕方ないか」みたいな顔してる人たちと悔しそうな金剛さんから怒られそうだし、カメラ構えてる青葉さんからは瓦版に有る事無い事書かれることは間違いない。

 

 無言で逃げても問題の先送りな上に余計に興味引くだけだろうし、俺は俺で何も考えずにブツ(指輪)を受け取ろうとして中途半端に腕伸ばしちゃってるんだよなぁ……

 

「……」

 

「……」

 

 マジかよ……もう受け取るしか無い(引き下がれない)感じなの?

 

「受け取ってほしい」

 

 キリッ! じゃねぇよ。

 俺だって渡された以上しっかりと受け取らないと逆に申し訳無く感じちゃうんだけど?

 受け取るよ? 受け取っちゃうよ!? 考え直さなくて良いんだな!? やっぱりダメって引っ込めるなら今しかないぞ!?

 

「……」

 

 目だけを動かして誰かが『ドッキリ成功!』の看板を持ってないかを探るが、誰も持ってないように見える。

 

 心の中で溜息を吐く。

 

…………はい」

 

 諦め半分に呆れ半分。観念するってこんな気持ちなのか……

 あ〜あやっちまったなぁとか思いながらも、最後の最後までドッキリである可能性を捨てずにおずおずと受け取る。

 

 結局差し出された指輪が引っ込められることはなく、ゆっくり手を伸ばしても触れてしまった。

 

 すると周りから拍手とか聞こえてきた。

 口笛、指笛、シャッター音、どれもが冷やかしと揶揄いにしか聞こえなくてイラっとする。

 

 あ〜あ、勿体ねぇなぁオイ。初めてのケッコン(仮)の相手がこんなのじゃあダメだろ。もっとさぁ、金剛さんを筆頭に相応しい人は居るでしょうよ。

 

「ありがとう」

 

 何が「ありがとう」だオイ。

 いや待て、第三者から見た時の提督と俺の様子ってまるでプロポーズそのものじゃね?

 

 え、めっちゃ恥ずかしいんだが?

 照れてるんじゃなくて羞恥で。提督がケッコン指輪を出したときからポカンと半開きになっていた口が呼吸を忘れていることに気が付いた。

 

「……」

 

 これは過剰に意識し過ぎちゃってるってことでオーケー? 頭真っ白でまともに働かないんだけど……取り敢えずお礼は言っておいた方が良い感じ?

 

「どっ……どういたしまして!」

 

 その一言を叩きつけるように残して逃げるように列に戻る。

 

おめでとう

 

思い出させないで!

 

 列に戻ると陽炎が声を掛けて来た。

 

 だけど今は務めて冷静になろうとしてるところで余裕が無いの!

 くっ……殺せぇ! 一思いに殺れぇっ!

 

 ……これは一週間くらい時間を空けて向き合う方が良いかもしれない。

 

 

 

 こんな夢であって欲しいような最後で出向の全日程が終わった。

 




提督は1年弱の間に相当拗らせたようです。

Q.主人公チョロない?
A.墜ちてないのでセーフ。
 でも告白でフリーズして頷いちゃう辺り絶対チョロい。
 提督のペースに流され続けた結果がコレだよ!

次から幕間です。季節のイベントがわんさかあるぞぉ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7章 〜幕間①〜

140話です。

幕間(オマケ)です。

雪かきは重労働。
去年の積雪が如何に少なくて助かったことか…


・その心の内は……?

――――――――――

 

 大本営へ呼ばれた理由は一体なんだろう?

 

 自分の靴音が良く響く廊下を歩きながら考える。

 

 年に何回か開かれる大本営主催の料理講習はは最近受けたばかりだからそれが理由で呼び出されたとは思えない。

 

 去年から食欲の秋(秋刀魚漁)、ハロウィン、クリスマス、年末年始、節分、バレンタインと、季節のイベントがある度に騒々しくなる北方棲姫。

 港湾棲姫と共に大本営に隠している自分の……大湊の大きな秘密だ。

 

 遂にバレたのかと思ったけど監査があった記憶は無いし、見つかったのなら本人や艦娘達から自分に連絡が来るはずだ。

 でももし本当にあの2人が原因だったら……その時は『捕獲に成功し、艤装を奪い観察していた』って言っても良いのかな?

 誰が言い始めたのかこの案にはみんな乗り気で、青葉を中心に北方棲姫の観察日記のようなものを作ってたりしてたし。

 

 その他には他所の鎮守府が大規模な深海棲艦の軍勢を発見したとかがあるのかなと思ったけど、自分を呼び出すより先に艦娘を現場に向かわせるように指示が来ると思う。

 

となると、書類の不備が一番可能性が高そうかな……?

 

 自分で呟いておきながらそれは無いだろうとすぐに否定する。

 提督の椅子に座ることになって半年以上。通常業務にも随分と慣れてきたから書類の不備は減っている。

 そもそも、最近はそこまで大切な書類を取り扱った記憶が無い上に、書類の不備を疑うのは手伝って貰ってる艦娘達と最終チェックを行っている大淀に対して失礼だろう。

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

 

 歩いていたら休憩時間になってしまった。まだ時間には余裕があるけど、もう少し早く着くようにしても良かったかなと思う。

 そんな風に呆けていたところで自分のすぐ横の扉が開かれ、中から二人の人影が現れた。

 

「きゃっ、すみません」

 

「いえいえこちらこそ……」

 

 ぶつかるかと思ったけど寸でのところで立ち止まることが出来た。

 それにしてもこの人は何処かで見たことがある、どころではない。

 

「鹿島さん!?」

 

「あら? 松田さ……松田提督?! お久しぶりです」

 

「お久しぶりです。鹿島さんに提督と呼ばれると、むず痒く感じますね」

 

「さん付けなんて止めてくださいよ~! 松田提督は今はもう提督なんですから艦娘である私に遠慮なんてしないでください。それにしても、偉くなりましたね~?」

 

「勘弁してください……」

 

 普段は優しそうに微笑んでるのに、今は悪戯の標的が見つかったみたいな顔を向けてくる自分の元指導者の鹿島さん。

 二人で近況を話し合ってたりすると、鹿島さんが「そうです!」と言って後ろに居た人を紹介してきた。

 今年採用になった新人で竹下君と言うらしく、あろうことか自分も目標の内に入れてくれているらしい。自分なんかよりももっとベテランの提督たちを目標にしたほうが良いのではないだろうか?

 

「自分もまだまだ新米だから、仲良くしようね」

 

 軽く挨拶をしたら鹿島さんからアドバイスを求められたので、妖精さんは甘い物が好きだから調理実習は真面目に受けた方が良いという事と、女性に対する免疫を着けておいた方が良いとだけ言っておいた。

 少なくとも自分の最近の悩みはそれだから間違いないと思う。

 

 

 

 いつまでも話し込んでいては佐藤元帥との約束の時間に遅れてしまうので、話を終わらせて指定の部屋へ向かわせてもらうことにした。

 ノックをすると中から返事が返ってきたので、もう一度身なりを確認して入室する。

 

「失礼します」

 

「久しぶりだね。元気にしてたかい?」

 

 部屋に入ると佐藤元帥は一人掛けのソファーに身を預け、“寛ぎ”を体現していた。

 驚きのあまり身体が強張って、ただでさえ緊張していたのが更に酷くなった気がした。

 

「は、はい! 自分は何事も無く―――

 

「そういう堅い事は会議中だけで頼むよ。会話する相手がみんなそうだと疲れちゃうからね」

 

「……失礼しました」

 

 元帥とは思えない態度に硬くなるもの一瞬、敬礼をすると止めるように言われてしまった。

 

そういうところなんだけどな……

 

 佐藤元帥の呟きが耳に入ってくるけど、上司からそう“お願い”されたところで、普通の人はいきなり態度を軟化させることは出来ないと思う。

 ちょっと複雑な心境のまま椅子に座らせて貰い、呼び出した理由について尋ねる。

 

「この度自分が呼ばれたのは、どのような要件でしょうか?」

 

「随分と忙しいみたいだね。まぁいい、私もこの後に用事があってね。手早く終わらせよう。……要件は二つあってね。まずはコレを渡しておこう」

 

 そう言って渡されたのは小さな袋と封筒。袋の方は中身は見えないけど非常に小さくて軽い。封筒にも何も書いてないから中身が分からない。だけどこれを渡す為に自分を呼んだとするなら中には余程大切な物が入っているのだろうと察せた。

 

「これは何でしょうか?」

 

「それは帰ってからのお楽しみだよ。まぁ、これで君を呼んだ要件の半分が片付いた訳だ」

 

 どうやら中身は教えてくれないらしい。帰るまでお預けされては気になってしまう。

 

「残りの一つはオマケみたいなものでね。……今は大湊警備府の一艦隊がアメリカへ出向しているね?」

 

「はい」

 

「その中にスチュワートが入っている筈だ」

 

「! はい」

 

 「スチュワート」と、彼女の名前が出てきたことに反応してしまう。

 佐藤元帥にこっちへ来いと手招きをされ、近くに寄ると辺りを確認して耳元に口を近づけた。

 

スチュワートがアメリカへ異動するかもしれない

 

「……え」

 

 言葉が上手く呑み込めない。

 スチュワートがアメリカへ?

 

「どうしてそんなことに!?」

 

「まぁ落ち着いてくれ。まだ決定ではないんだ。あと声が大きい」

 

「失礼しました……でもどうしてそんな」

 

 先程渡された袋と封筒を放り出すように机の上に乗せ、佐藤元帥の言葉を逃さないように今まで以上に身を入れて話を聞く体勢を整える。

 

「ほら、アメリカって艦娘が少ないだろう? 幾つか基地はあって、日本から出向してるとは言っても一時的な物だからね。アメリカから『一人でも艦娘を常駐させられないか』ってお願いは前からあったんだよ。こっち(日本の方)でも話し合いはしてたんだけどね、ピッタリな人員が見つかるじゃないか」

 

「それが彼女ですか」

 

「そう。やっぱり彼女の現状に納得してない連中が騒ぐんだよ。『あんなのを手元に置くなんて考えられない!』ってね。ここぞとばかりにアメリカへ押し付けようとしてたよ」

 

 佐藤元帥の言葉を聞いていて頭が熱くなってくる。

 騒いでる人達は彼女の何を知っているんだろうか? 今まで彼女が半年以上かけて築いた艦娘同士の信頼関係や大湊で挙げてきた戦果は意味の無いものだとでも言うつもりなんだろうか。

 一年近く経った今でも昔のことを掘り返すのか、過去の話し合いで決まったことにまだ文句を言うつもりなんだろうか。

 

 思考がだんだんヒートアップしてきたところで佐藤元帥が口を開いた。一瞬で落ち着いて次の言葉に耳を傾ける。

 

「伝えたいことはそれだけだよ。もう一度言っておくけどまだ予定だからね?」

 

 話は終わりらしい。

 「秘密にしてくれよ」と笑う佐藤元帥。態々伝えてくれたことに感謝が尽きない。

 

「教えて頂きありがとうございます」

 

「今の話での一連の反応を見て確信したよ。随分入れ込んでるみたいじゃないか」

 

「それは……」

 

 図星だ。恥ずかしいやら何やらで顔が熱くなったような気がする。

 簡単に看破されてしまう辺り、そんなにわかりやすかったのか……

 

「おや、そろそろ会議の時間だ。急に呼び出して悪かったね」

 

「こちらこそ、ありがとうございました」

 

 佐藤元帥が部屋から出ていこうとした時に動きが止まった。

 

「そうそう、欲しい物があるなら自分から掴み取りに行かないと。流れに身を任せるのは楽で良いけど、勇気を持って行動した方が後悔は少ないとだけ言っておくよ」

 

 今度こそ止まる事なく部屋から出ていった。

 

 その後、部屋に残された自分は佐藤元帥の言葉を反芻して、溜息と唸り声を一時間近く出し続けた。

 

 

 

 

 

お帰りなさい司令……司令?

 

 今日の秘書艦当番の浜波が出迎えてくれたが、生憎今日はもう書類仕事をやる気にはなれそうになかった。幸い今日の朝の時点では書類はあまりなかったし、最悪明日に持ち越しても全然問題は無い。

 

「済まない、少し一人にさせてくれないか?」

 

はい……分かりました……

 

 そのまま執務室ではなく、自室に向かう。

 

「……」

 

 部屋に入ってから、まるで吸い込まれるようにベッドに倒れ込む。

 

 佐藤元帥から話をされてから調子が悪い。

 いや、調子が悪いのではなくて……頭の片隅から離れない彼女のことが気になって仕方ない。

 

「はぁ」

 

 溜息が出てしまう。

 色々な感情が混ざり合って上手く表現出来そうにない。

 これはきっと……

 

 自分はきっと、彼女のことが好きなんだろう。

 

「……そうだ」

 

 ふと、佐藤元帥の言葉を思い出して起き上がる。

 何か現状を打開出来るものが入ってないかなぁと、僅かな希望を持って佐藤元帥に貰った袋を開ける。

 

 中には小さな箱が入っていた。

 

 何処かで見たことのあるような箱にまさかとは思って封筒も開ける。

 

 

 

 

 

 

 

結婚届(仮)

 

 佐藤元帥には全てお見通しだったらしい。

 




次回に続きます。

・佐藤元帥

帽子を深く被ってたり、やたら反射する眼鏡をかけてたり、背中で会話したりするから目を見たことがある人が少ない謎のお偉いさん。
明らかに出自の不明な怪しい艦娘の凶行にあまり忌避感を示さなかったり、当時提督候補生だった松田クンを提督の椅子に座らせたりと色々と変なことをしている。
 北方棲姫と港湾棲姫についても気付いてたりする。

【ご都合主義】特有の変なところでガバガバなトップ。
 作者のやりたい展開に進める為の便利な小道具。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7章 〜幕間②〜

141話です。

メリークリスマス!
趣味の悪いプレゼントだよ!

私は普通にチーズケーキが好きです。
みんなはなんのケーキがお好き?


・その心の内は……? ②

――――――――――

 

 佐藤元帥からとんでもないプレゼントを貰ってからというものの、気もそぞろな状態に書類仕事にすら集中出来ない日々が続いてしまっていた。

 

 しっかりと叱ってくれる存在は本当に有り難い。でも本当に良い事ばかりかと訊かれると何とも言えないと答えると思う。

 別に優しくしてくれたりそっとしてくれたりする大多数にも不満がある訳では無いのだけれども……駄目なものにはしっかりと指摘して欲しいという想いはある。

 

 前者は『ダメになっても何とかなる(してくれる)』という甘えを。

 後者は『ダメになっても許してくれる』という甘えを。

 

 ……今は本当に頼もしく思う。

 

でももう少し手加減しても良かったんじゃ……あ、鍵……」

 

 廊下に放り出された自分はどうすれば良いのだろうか。

 

 

 

 

 

『まったく見てらんないわ! 残りの書類は片付けておくから明日までにそのバカみたいな顔を何とかしてよね!』

 

『何か嬉しい事でもあったのかは知らないけど、シャキッとしてよこのクソ提督!

 

『私たちのことを全滅させたいって言うならずっとそのままでも良いんじゃない? ……嫌ならさっさと頭でも冷やしてきてよね! ふんっ!』

 

 あまりにも自分が情けなかったのか「見てられない」という言葉と共に椅子を立たされ、背中を叩かれ、お尻を蹴られてしまい、挙句には執務室を追い出されてしまったのが現状だ。鍵まで掛けられてしまったからしばらく入ることは出来ないだろう。

 蹴り上げられたお尻と叩かれた背中が痛い。

 

 

 

 

 

「提督さん、もし、お時間があるようでしたら一緒にお茶でもどうですか? 今日は長良型が全員揃ってるんですよ!」

 

 宿舎内を歩いていると、今日は全員非番だという長良型のお茶に誘われた。

 ふと想像してみるとお茶会の光景がありありと浮かんでくる。とても楽しい時間になると思う。

 

「気持ちは嬉しいけど……また今度で良いかな?」

 

 でも今は仕事に集中出来ていないという理由で追い出されて3人に仕事をさせている。自分ばかりゆっくりしている場合では無いと思って断腸の思いで断る。

 

「分かりました。また機会があったら声をお掛けしますね」

 

「ああ」

 

 名取とその後少し会話をしてから現状の相談を出来そうな艦娘について考える。

 だけど候補に挙がる艦娘が尽く遠征や出向、演習などで時間が取れるかが怪しい。大淀は忙しそうにしていたし、今日が非番の艦娘も、わざわざ休日を邪魔されたくはないだろう。

 結局最後に残った候補が鳳翔だった。

 

 思い立ったが吉日とばかりに最近妖精さんが建てた居酒屋に向かう。

 『私は戦力としては……』と戦うことに遠慮がちな彼女が、こういった方面から艦隊を支えていきたいと申し出て、この居酒屋の営業の申請を承認したことは覚えている。

 まだ自分は利用したことが無いけど、お酒を飲むような人たちが夜な夜な通って楽しんだり寛いだりしていることを知っている。

 

「おや? 買い出し中につき留守にしています……そんな」

 

 しかしながら夜に賑やかになるその居酒屋は、日中はとても静からしい。普段から顔を見せないから分からなかった。

 今度時間があったら警備府全体を見て回るのも良いかも知れないと思い、居ないものは仕方ないと工廠に向かうことにした。

 

 

 

 

 

「あれ? 提督、お疲れ様です! ここに来るのは珍しいですね」

 

「ちょっとね……」

 

 工廠ではいつも通り明石が作業していた。

 最近は建造の頻度が下がっていたし、確かに工廠に来る頻度も減ったからここに来るのは珍しいのかもしれない。

 

「今日は書類仕事は無いのですか? 知ってるとは思いますけど、スチュワートさんは納期に厳しいですよ〜?」

 

「今回はちょっとした相談で来てね」

 

「なるほど~……私で良ければ聞きますよ!」

 

「ありがとう。まずは―――」

 

 明石が自分の相談に乗ってくれたので、最近仕事に集中出来ないという旨を伝えた。

 

 その話を聞いた明石が心当たりについて尋ねたので正直に答えた。

 すると目を輝かせて色々と訊いてきた。

 

 自分はそれらにも素直に答えた。

 彼女(スチュワート)のどんなところが好きなのか、何がきっかけだったのか、どうして突然悩み始めたのか等を嘘偽りなく答えた。

 

「はぁ~、聞いてるだけで疲れました。提督は乙女心を解ってません! そう言うことは本人に直接ぶつけてください! 私は仕事を思い出しましたので!」

 

 そして最終的には呆れたような、怒ったような明石に工廠から追い出されてしまった。

 本人に直接ぶつける……? それはつまり告白をしろということで間違いないのだろうか。

 

 悶々とした気持ちを抑えつつ鍵の開いていた執務室の扉を開ける。

 流石に書類仕事を全部任せるのは論外だ。彼女たちの負担にもなってしまうし……。

 

「「「頭を冷やすのが遅い!」」」

 

 むしろ悪化しましたとは口が裂けても言えなかった。

 

 

 

 

 

 アメリカへ出向していた面々が戻って来た。

 

 朝早く、まだ日の出よりも早い時間にも拘らず警備府内はそのニュースで持ち切りだった。

 多少遅くなるかもという連絡は受けていたものの、予定通りの時間に戻ってきてくれたのは何事も無くて良かったと思う反面、いざスチュワートに告白すると決心したのがつい昨日である手前、もう少し心の準備をさせて欲しいとも思う。

 

「旗艦長門、以下6名只今帰還した」

 

 その言葉をしっかりと聞き声を掛ける。そうしたら一拍の間が出来た。

 警備府の全艦娘が見ている中だけど今のタイミングがベストだと感じた。息が詰まりそうだけど……やるなら今しかない。

 

「スチュワート、前へ」

 

 そう言って……言った。言ってしまった。

 もう後戻りは出来ないぞ。

 心臓が早鐘を打っているのが分かる。

 

「スチュワート、これを……」

 

 指輪を差し出す。

 多分受け取ってはくれないんだろうけどそれはそれで彼女らしいと思う。でも、自分としてはどうか受け取って欲しい。

 

「え、え~っとぉ~……

 

 ……手を指輪に伸ばしかけた彼女がピタリと動きを止め、顔を赤くして目を泳がせている。

 しかし、差し出された指輪は受け取ってくれなかった。

だから、いつものように拒否の言葉が出てこないことに最後の希望を託して、もう一押ししてみることにした。

 

「受け取ってほしい」

 

 

 

 

 

 やはりダメかと思い、指輪を引っ込めようと思った時、いつもの彼女の遠慮とは違ったおずおずと、といった様子で指輪に手を伸ばして来た。

 

…………はい」

 

 間が空き過ぎた返事も弱弱しく、自分の前だと表情の乏しい彼女が顔を真っ赤にしている。

 あまりにも現実離れしているから一瞬夢を視ているのかと思ったくらいだ。

 

 そして彼女が指輪を受け取った瞬間、拍手や口笛などが聞こえてきた。

 

 

 

 そこから先は自分でもよく憶えていない。

 

 でも、幸せな気分だったことは覚えている。

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 出向から戻ってきて一週間が経った。

 

 俺は相変わらず部屋に引き籠っていた。

 アメリカの面々から渡された食べ物がまだ残ってるからもう少し籠城できるだろう。

 暫くは外に出たくないって一週間前も言ってたし、一週間後もそう言うんだろうなぁ……

 

 チラリと机の上に置かれた小さい箱に目をやる。

 

「……」

 

 相変わらず影も形もあるソレ(指輪)は、俺を盛大に苦しめていた。

 

あああああっ! ――――っ!

 

 枕に顔を埋めて叫ぶ。滅茶苦茶ノドが痛いけどそれよりも頭と心が痛い。

 

 今でも思い出して顔が熱くなる。

 まさかコレが……恋?

 

あああっ!

 

 クッソ恥ずかしいんだよこのヤロー!

 なんだよあの時の俺の反応。第三者にはまるで恋する乙女に見えた可能性がワンチャンあるんじゃないか?

 俺だったら「墜ちたな(確信)」とか言うだろう。

 

「くそぅ……くそぅ……ふざけやがって」

 

 そう悪態を吐きながら再度テーブルの上に乗ってる箱を見る。

 視線でアレを消してしまえたらどれだけ良いか。

 

 でも貰っちゃった限りは頑張らないといけないし、残念なことに返品とかも受け付けてなさそうだし、あれだけの目があったんだから知らぬ存ぜぬは無理がある。

 しかも多分貴重なものだから海に捨てるのは論外。誰かにあげようとしてもダメだろうし、明石さんに内緒で鋳潰そうとしても妖精さんから止められるんだろうなぁ……

 

「呪いの装備かな?」

 

 頑張らなきゃって思わせることが多分プラス効果。

 残りは全部マイナス効果だから呪いの装備だな。

 着けたら外せないのは嫌だから着けるのは止めとこ。

 

「……よし!」

 

 これでも一週間引き篭もってねぇ。外聞は悪すぎるけど時間はこれでもかと言うほどあったんだ。

 結論は出た。綺麗サッパリ忘れよう!

 

「指輪なんて最初から無かった。良いね?」

 

 そう自分に言い聞かせてwhat time is it now?(今なんじぃ?)

 

「さて! 今の時間は~……午前3時だと……?」

 

 体内時計ガバガバかよ! まぁ、シャワー浴びてから朝食の支度でもしようかね。

 

「この時期だとシジミかな? あ~日本食たべた~い」

 

 この指輪はきっと以前この部屋を使ってた誰かの忘れ物だ。

 さっさと引き出しの奥にしまっちゃおうね。

 

――――――――――

 




青春をボッチで過ごしたばかりに……
ポンコツ過ぎるぞ主人公!

自分の立ち位置を分からせられる日は来るのか!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7章 〜幕間③〜

142話です。

今年最後の投稿です。
一年近く閲覧してくださった方々に感謝を……
感想を、評価を、誤字脱字を……本当に有難いです。

前半と後半は時系列が違います。




・空白の後には

――――――――――

 

 早朝、朝食の用意をしようとしたら何故か厨房に提督が居た。

 不意打ちみたいな形で遭遇してしまったことに間の悪さを感じる。正直逃げたいけど残念なことに間宮さん、伊良湖さんと目が合ってしまった。

 その瞬間に悟った。もう逃げられないと……

 

 

 

「おはようございます」

 

「!? おはよう」

 

 何はともあれ、何事も無かったかのように挨拶をする。

 しかし提督はちょっと驚いたような反応をするだけで、普通に挨拶を返してくれた。

 顔を見せた瞬間には怒られるか文句の10や20くらい言われるかと予想してビビってたけど、何も言われないのはなんでだ? もしかして意識してるのは俺だけ?

 いや、穏やかな眼を崩さない提督が気持ち悪い……を通り越して不気味さを感じさせるレベルだ。むしろ一週間もサボってたのにお叱りの言葉が飛んでこないのはあまりにも不自然だと思う。

 

「今日の秘書艦はどなたですか? あ、こっち側のスペース借りても?

 

 でも無言だと俺が雰囲気に耐えられないから話を振る。

 幸いなことに提督がわざわざ厨房に居るなんて珍しいといった話題がある。

 

「ああ。今日の秘書艦は大井だよ」

 

なるほど。あ、ありがとうございます」

 

 提督が答えながらもスペースを開けてくれた。

 

 それにしても大井さんねぇ……そりゃ厨房(こんなところ)に居ませんわ。

 まだ北上さんとの愛の巣に居るだろうな。

 二人の部屋は一回入ったことあるけどヤベェもん。キッチンからシャワールームまで生活に必要なもの(設備)全部揃ってんだもん。だから今頃は提督より北上さんの為に料理を作ってるな間違いない。

 海防艦と一部の人は長門さんから『見てはダメだ!(閲覧制限)』されてるけど、いちゃついてる姿は目の保養になるからもっとやって欲しい。

 でも仕事を放っぽり出すのは良くないね。仕事しながらだったら幾らでもやって構わないけどね!

 

 そんなことを考えながら朝食を用意していく。

 あっ、グリル使ってんの?

 じゃああとは味噌汁は間宮さんから貰って、おかずは適当に漬物でも用意して終わりで良いか。

 

「スチュワートも執務室に来るかい?」

 

「…。……はい」

 

 その言い方を止めろォ!

 間宮さんも「あら」じゃないよ! でもそうだよねぇ! 提督からそう言われたらお誘いと同義だもんね! 伊良湖さん代わりに行ってくれない? 朝食の支度あるから結果を教えて? 何言ってんの……いや待って結果って何?

 このままではマズイ……何か打てる手は……

 

「大湊の現状を把握するには書類を見ないといけませんからね」

 

 あ~ダメだ。全然言葉が浮かんでこない。

 自分で言っててなんだけど、照れ隠しの為に仕事を理由にしてるようにしか思われないんじゃないか? つまりツンデレと同じじゃないか。男のツンデレとか誰得だよ?

 

「そうだね」

 

 提督の目が優しくなった。

 そうじゃない。死にたい。

 

 

 

 

 

 結局、間宮さんと伊良湖さんから優しい目で見送られて執務室。

 提督からのアレやコレといった質問に答えつつ、朝食を食べる。

 

「やっぱり美味しいですよねぇ」

 

「そうだね」

 

 久しぶりに食べた味噌汁に感動しながら箸を進める。あっさりした味の中にもしっかり風味があって……美味しい! 

 それにしても、何気に執務室(ここ)で朝食を食べたの初めてかもしれない。おかげでいつもみたいに掻っ込むように食べることが出来ない。

 食堂で食べる時以上にお上品に食べないといけないとかやっぱり気を遣ってダメだ。本来だったらとっくに食べ終わってるんだぞなぁ……俺が飯を食う様を見て楽しいか?

 

 こうなったのも全部提督が厨房に居るタイミングが悪いよ。

 

 そんな時、執務室の扉がノックされた。

 時間はラジオ体操のちょっと前。大湊(ウチ)の秘書艦は6時からなんだけど、ちょっとルーズじゃない?

 

「提督、ただいま……ってスチュワートが居るじゃない! だったら私、部屋に戻っても良いわよね? 良いわよね? 良いわよねぇ!?

 

 おおぅ……大井さんの目がマジだ。

 

「えっウン」

 

 提督もこの有様。

 大井さんの北上さんに対する好感度に上限は無いのか? 頼むから「北上さんの為なら!」とか言って世界征服とか始めないでくれよ?

 

 提督の生返事っぽい相槌を聞いた大井さんが手品のように消えた。愛のちからってスゲー。

 北上さんはいつもあの大井さんから溢れて迸る愛を受け止めているのか。ちょっと重いような気がするけど……やっぱり北上さんは凄ぇや。痺れるねぇ。

 

 

 食べ終わったら溜まってた報告書や申請書を手に取る。

 

 様々な艤装の開発報告に、各艦娘の娯楽含む備品の申請。へぇ……鳳翔さんが居酒屋を正式に開いたのか。後で覗いてみよう。

 あとは陳情ばっかりだし、作戦も無かったみたいだ。

 

花見もしてる……随分と平和だったんですね」

 

「それはお互い様じゃないかな」

 

「ずっとこんな感じだったら良いんですけどね」

 

「そうなると良いね」

 

「さぁ、午前7時(マルナナマルマル)です。仕事をしましょう」

 

 執務室の窓を開ける。

 涼しい風が入り込んできた。

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

・イタズラに手間暇をかけて

――――――――――

 

 

カチ  カチ  カチ

 壁掛け時計の音

 

カリカリ……

 ペンが紙に走る音

 

カサカサ……

 紙の擦れる音。

 

「どうぞ」

 

「ああ、ありがとう」

 

 提督の机に判子を捺した書類束を乗せる。

 

 いつもの書類整理の光景だ。

 それにしても、忙しかったのは知ってるけどまさかこんなに書類が溜まっていたとは……。

 机の上にまだ沢山残っている書類を見てげんなりする。

 

 まぁ、このペースで行けば夕食前には処理が終わるだろう。

 

 しかしそうは問屋が卸してくれない。早速執務室の扉がノックされてお客さんが入ってきた。……暁型の4人(第六駆逐隊)か。

 

 そんな四人はいつもの制服を着ていない。

 暁が魔女、響は吸血鬼、雷は幽霊で電は狼人間。

 普段なら浮くような服装(コスプレ)もこの数日間は許される。

 

 なぜなら

 

「「「トリックオアトリート!」」」

 

 世はまさに、大ハロウィン時代!

 

 あぁ~……こんなの見ちゃったらロリコンになっちまうよ。

 でも今は仕事中。トリート(おもてなし)しないとトリック(イタズラ)されちゃうから、定番のお菓子で訪問者を撃退するに限る。

 それらのお菓子を提督が戦艦や空母、重巡たちと用意してたのは公然の秘密だ。

 

提督、お菓子をくれないと酷い目に遭うよ

 

「わぁ怖い」

 

 なんだその感想は! 大根役者にも程があるぞ!

 実際全然怖くない(可愛さ100倍)にしてもその反応は良くない。雰囲気と言うものがあってだな?

 

ちょっと提督

 

ぁ、ああそうだった……ハッピーハロウィン」

 

 この4人にはカボチャのマフィンが渡された。

 恥ずかしがった暁と遠慮した電以外の二人が提督に抱き着くといった可愛いイタズラをした後、他の個包されたお菓子を渡されて帰っていった。

 

「残りの書類は一人で大丈夫だからスチュワートも楽しんできなさい」

 

「良いんですか?」

 

 残りの量、絶対に一人じゃ終わらないと思うんだけど……

 

「優先度の高いものは終わってるからね」

 

 ……そう言われたなら遠慮はするまい。

 イタズラとお菓子配りに色々と賭けせてもらおう! 現代人らしく盛大にハロウィンを楽しませてもらおうじゃないか。

 そう決めて提督の机に置いてあるお菓子の入った籠からマカロンを2つ取って口に運ぶ。片方はイチゴ風味。もう片方の緑色は……俺が作った(ピーマン入れた)ヤツだ。

 

 まぁいいや。苦いだけでマズくはないし。

 マカロンを飲み込む。

 

「分かりました。トリックです」

 

 用意していた飴の1つを提督に渡す。

 舐めた提督が噎せた。

 

ゲホッ……これは何の飴だい?」

 

「トマトですが、南部鉄器から採取した錆によって血液フレーバーにしました。健康に害はありませんのでご安心を。それでは提督も良きハロウィーンを。……失礼します」

 

 そう言いながら執務室を出る。

 

 

 

 廊下は紫とオレンジのハロウィンカラーに彩られ、電気は若干光量を落とし、チラホラとジャックランタンが置かれている。

 

「涼月さんが頑張ってたもんなぁ」

 

 今年は買ってきたカボチャで作ったお菓子にジャックランタンだったけど、来年こそはこれだけに留まらず普段の料理でもカボチャを使えるように、なんと自分で栽培するつもりなんだとか。

 しかも既に宿舎の裏に菜園を用意してもらうように申請を出しているらしい。そこまでカボチャにかける熱い想いとは一体……?

 

『既にカボチャの幽霊に憑りつかれてるかもよ?』

 

 と言うのは照月さんの言葉。好物って言うのは行き過ぎてるような気もするし……実際あり得なく無いのが笑えない。

 

 それはそうと、予定の場所に早く行かないと。

 

 

 

 

 

「今日はハロウィンです」

 

『『それは何だ?』』

 

「この服を着て、この籠を持って「トリックオアトリート」と言うとお菓子を貰えるイベントです」

 

 場所は秘密の孤島。

 当然と言うか人間の文化を知らなかった北方棲姫と港湾棲姫に、秋刀魚の美味さに引き続き俺がハロウィン(日本の文化)について色々と教えていた。

 精神年齢が見た目相応に幼い北方棲姫がお菓子が貰えるイベントに食いつかない筈が無く。

 

『行ってくる!』

 

 退屈を持て余した北方棲姫(無邪気な悪魔)を大湊に誘導した。

 秋刀魚の時に厳しく港湾棲姫に(しつけ)られたみたいだし、艤装を持ち出した大騒ぎには発展しないだろう。

 

「さぁて、楽しくなってきましたよ」

 

『お前は本当に……ハァ。分かってるな?』

 

「バッチリ写真に撮って後で渡しますよ」

 

『それなら良いんだ』

 

 保護者の同意もゲット。後は俺も思うままに騒げば良いか。

 

 コスプレは……ジェイソンで良いか。

 問題はチェーンソーが有るかどうかだな……

 

▲――――――――――

 




・紅いキャンディー
 ハロウィンにスチュワートが用意した特製の飴。
 「食べたら吸血鬼」の文句と共に恐れられた。
 身体に影響は無いが、精神(SAN値)微妙(0/1)に削られる。
 食べ物で遊ばないように!

 突然ですが作者辞めます。
 来年には復帰します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7章 〜幕間④〜

143話です。

年が明けたので復帰しました。
今年もよろしくお願いします。

普段の倍くらい長くなった……


・クリスマスの地雷

――――――――――

 

 クリスマスの食卓に並ぶ食べ物とは?

 買い物に出かけたら目に入る広告は何処を向いてもケーキばかり。おやつとデザートは主食にならない。別腹として主食以上にお腹に入るだろうけれども。

 しかしそうなると次に目に入るクリスマスに消費が増える食べ物。

 

 それが間宮さんを困らせるとは思いもしなかった。

 

 

 

「冗談じゃないわ……」

 

「さっきからずっと……みっともない真似は止して頂戴。場の雰囲気に相応しくないわ」

 

 ここで言外に「そんな良識も無いのかしら?」って煽るような加賀さん!

 表情は殆どいつも通りだけど俺を含め数人は知ってるぞ。目つきが微妙に鋭くなってるから加賀さんもなかなかに機嫌が悪いということに。

 

「ま、まぁまぁ瑞鶴……加賀さんもそのくらいで……」

 

「貴女の妹でしょう? 何とも思わないの?」

 

「翔鶴姉は七面鳥(コレ)に何とも思わないの?」

 

「……」

 

 おおっと!? あの翔鶴さんが黙ってしまいフォロー出来ない! 翔鶴さん自身の表情もなかなか渋いから誰も瑞鶴さんを止めることが出来な~い!

 

 

 頼れる赤城さんは建造されてない。蒼龍さんはお酒を飲んで出来上がってるし、大鳳さんはこのやり取りを観察している。

 戦艦も重巡も「いつもの2人か」みたいな雰囲気だし、長門さんはプレゼントの準備に忙しい。提督も一緒に各部屋にプレゼントを配りに行っている。雲龍さんと葛城さんはチビが部屋に戻らないように見張ってたり忙しそうだ。

 これはまさか止める人が居ないパターンか?

 

 ……盛り上がってまいりましたァ!

 

 

 

 事の発端は、間宮さんが有名チェーン店のチキンに負けじとローストターキーを用意したことだった。

 多くの人が珍しさと圧倒的なボリュームから感動する中、不満を抱く人が出てくるなんて調理中は俺も間宮さんも伊良湖さんも気付けなかった。予想さえしていなかったと思う。

 最初は和やかな雰囲気で進んでいたクリスマスパーティーだったが、お酒が回ってくると愚痴や不満を零してしまう人は出てしまうもので……

 

「七面鳥を用意したのは間違いだったかしら?」

 

 それが偶々、瑞鶴の零した不満が配膳をしていた間宮さんの耳に入ってしまったのが今回の事件だ。

 まさか自分の用意した食べ物が原因で問題が発生したとなると給糧艦の沽券に関わるのだろう。

 気合を入れて作ったローストターキーの内、空母が集まっていた席のソレに殆ど手が付いていないこともあってか、落ち込みようが見たこと無いレベルだ。

 

「いえいえいえ! 滅多に食べられないものですし、絶対に美味しいことは分かるので!」

 

「そ、そうですよ! あの七面鳥は後で食べてしまいましょう! そして瑞鶴さんにはもっと別の物を提供すれば良いんです!」

 

「でも食材が……」

 

「あっ」

 

 既に厨房にはまともな食材が残されていない。野菜とかは余ってるけどサラダだけなんて顰蹙もいいところだろう。肉は既にローストビーフとかに変身しているし、魚は飲兵衛の為に刺身になっている。

 

 瑞鶴さんも瑞鶴さんだ。「焼いてるじゃなくて揚げてるから……」みたいなことは伝えたけど、焼き鳥に関することで余程酷い記憶でも持っているのか話を聞いてくれなかった。

 

 しかし、打つ手なしかと思われていた現状にも救世主は現れる。

 

「よつ達だって、苦手な食べ物は残したりしないよ?……空母のみんなは~もうちょっと“大人なたいおー”をしたらどぉ?」

 

 目と目を合わせて火花を散らす二人と成り行きを見守る翔鶴さんの間にニュっと生えて来た第四号海防艦(よつ)の上目遣いと純粋な心から放たれた言葉が空母たちの心にクリティカルヒットした。全員が沈黙する。

 やはり子供の純粋さは何時だって強いな!

 

「松の姉御~。これで良い?」

 

「よつ、ありがとね。もうあっちで他の子達と遊んでて良いよ」

 

 よつが松の肩から降りて他の海防艦のところに行った。

 よつを連れて来たのは実にグッジョブだ松。

 

「松さん、ありがとうございました」

 

「いえいえ! 楽しいパーティーですもの! いがみ合ってちゃ面白くないです!」

 

「「うっ」」

 

 あ、二人に追撃のダメージ入った。

 なるほどね。翔鶴さんが松にヘルプを出してたのか。

 

「ナイスですよ松さん。お礼に特別なショートケーキをあげましょう」

 

え!? 何この色…… ち、ちょ~っと遠慮させて貰いますね、アハハ……」

 

 会心の出来である瑞雲カラーのショートケーキを上げようとしたらドン引きされた。

 只の抹茶チョコをゼラチンで表面テカテカにしただけなのに……ほら見ろ! 日向さんが既に俺の手からケーキを皿ごと持ってったぞ!

 

「ほう、コレは良い瑞雲だ。……香りも良い」

 

「食べ物ですから」

 

「ずっと飾っていたいくらいだ」

 

「腐りますよ」

 

 

 

「……でもそうなると瑞鶴さんには何を出したら良いでしょうか」

 

 厨房、加賀さんと瑞鶴さんの間に翔鶴さんを挟んで不干渉協定(仮)を結ばせたので、後は瑞鶴さんに何を食べさせるかが問題だ。

 メインの七面鳥に忌避感を示された以上は代替案が必要になってくる。

 

「比叡と一緒に脱法カレーでも作って食わせたらどうや? 食の有難みを痛感するやろ」

 

 酒瓶を持った龍驤さんが厨房に入り込んできた。まだ始まってすらないのにもう一升瓶3本も空けたの?

 それよりも……

 

「もしかしてバカにしてます?」

 

 なんだよ脱法カレーって。

 俺が作るカレーにトべる白い粉なんて入って無いから脱法もクソも無いだろうが! 市販品と市販品を混ぜただけで法に触れるようなモノが出来る筈が無いだろいい加減にしろ!

 俺のカレーはちゃんと食べれるし! 比叡さんのは……誰かが見てたらちゃんと美味しくなるから!

 

「こんなことをしている場合ではありません。どうにかして皆さんに満足してもらわないと……」

 

時にはお菓子に

 

「「「!?」」」

 

 突然、厨房に不敵な声が聞こえて来た。

 

時には主食に

 

腹持ちも良い

 

育てるのも簡単で

 

 

 

しかも美味しい!

 

「涼月さん。ビックリさせないでくださいよ」

 

 ハロウィンは三か月前なんだけど。

 

「料理の材料にお困りの様子だったので助けに来ました。というのは建前でして……実はカボチャがまだ余ってるので、使ってくれませんか?」

 

 恥ずかしそうにそう言った涼月さんの後ろには秋月型がカボチャを持って立っていた。

 

「ありがとうございます! 伊良湖さん、私はグラタン作りますね!」

 

「だったら私はきんぴら作ります!」

 

「涼月さんは何か作りますか?」

 

「でしたらマッシュパンプキンを」

 

 他の人たちレパートリー多いな!?

 

「じゃあ私は素焼きで」

 

 シャンパンとかワインには合わないだろうけど、酒飲みたちには摘まめるものがあればそれでいいって節がある。文句は言われないだろう。

 ついでにカボチャジュースも作っちゃおうか。

 

 ワガママを言う悪い子(瑞鶴さん)にはハロウィンをプレゼントだ!

 涼月さんが愛を込めて作ったカボチャ、全部消費してくれよな!

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

・年末年始は忙しい

――――――――――

 

 年末。

 

 それは一年の締め括りと同時に新しい年を迎える準備で忙しい時期。

 こういったなんらかのイベントや節目を迎えるような時期の提督の忙しさは尋常ではなく、今も大本営に行って泊まり込みで用事をしている。

 この前は警備府に稀にやってくるマスコミの対応をしてたし、一年間色々とお世話になった地元の漁師さんたちに挨拶しに行ったりもしてた。

 クリスマスムードが抜けてない警備府の中で一番リラックスできてない人は誰かと訊かれたらほぼ全員が提督だと答えるだろう。

 

 一年の各艦娘の出撃記録とかを纏めて内容を吟味して、評価、課題の書かれた成績表みたいなものを渡すといったとんでもないことまでやっていた。そしてそれが正式な仕事ではないことを俺は知っている。……因みに俺だけ成績表を貰ってない。

 そんなことする暇があるなら実家に帰って家族サービスくらいしろって意訳して伝えたところ、両親から「(艦娘)を放っておいて帰ってきたら許さない」と言われたらしい。 悲し過ぎるだろ……。

 

 

 

 そんな提督は置いておいて、俺たちがしているのは大掃除だ。

 ランダムに選ばれた人同士が固まって、自分たちの部屋を片付けるように指示されている。

 

 俺は三日月と初雪と同じ班だった。

 5分前に集合した三日月と、遅刻したとはいえ顔を出した初雪を連れて三日月の部屋へ向かう。

 

 しかしあの初雪が動いても動かない者が居る。

 

もっち、まだ居たの!? 大掃除だよ!?

 

 三日月の部屋のもう一人の主、望月がソレだ。

 今も三日月に声を掛けられてるけどまるで動かない。一人、もしくは姉妹(同型艦)同士で部屋を片付けないようにされてる理由の一つでもある。サボリ ダメ 絶対。

 

「こんだけ人居るんだし一人くらいサボってもすぐに終わる終わる。同士初雪もきっとコタツで休んでるって」

 

 きっと初雪も休んでいるから自分が休んでも問題ないという謎理論を展開した望月だったが、今回ばかりはタイミングが悪かったようだ。

 

「私も居るんだけど……誰が休んでるって?」

 

「嘘ぉ……あ~もう、分かったから蹴らないでよ……メガネどこ?」

 

 観念したようにのそのそとコタツから這い出て来た。

 そしてそのまま「ダリ~」とか言いながら部屋から居なくなった。

 

「みっともないところをお見せしました」

 

「気にしてないよ。でもやっぱり望月はこっち側の人間だったね」

 

「……掃除しましょうか」

 

 そうして俺たちの班の大掃除が始まった。

 

 望月の居住スペース周辺は三日月が掃除して、遠慮なくゴミ袋に物を放り込んでいた。

 俺と初雪でコタツを一時的に退かして、床を掃いて、畳は水拭きと乾拭き、タンスの上も窓も綺麗に拭いていく。要るかどうかよく分からないものは三日月に訊いて捨てるか判断して貰った。

 

 一時間ちょっとで見違えるようにキレイになった。

 なのに三日月の表情が暗い。

 

「望月が汚した部屋は三日月が片付けないといけないのが日常だったので……綺麗な部屋は逆に落ち着かないです……」

 

「「えぇ……」」

 

 これ望月のお世話中毒じゃね? 大丈夫? 明石さんに診てもらう? 

 

 

 

 次に初雪の部屋。

 こっちは比較的マシだった。少なくとも下着の類が落ちてるなんてことは無かった。そうだよ、コレが普通なんだよ。

 ただ、深雪は初雪のお世話はあまりしないらしく、ペットボトルの空が沢山転がっていた。でもカップ麺の空とかは無かったから、不潔と言うまでではない……かな?

 

 案の定、ペットボトルを棄ててちょっと整理整頓をしただけで随分綺麗になった。

 

「直ぐに物に手が届くって良いと思わない?」

 

「気持ちは分かりますけど……」

 

「それは掃除しなくても良い理由にはなりませんよね?」

 

 三日月、厳しい!

 でも一回経験すると中々抜け出せないのよコレが。俺には分かるよ?

 まぁ、キレイに整ってる上でその状態になってると自ずと機能美を感じさせる良い部屋になっていくんだけどね。

 やれば出来るって言ってんだし初雪なら出来る。

 

 

 

「最後はスチュワートの部屋だね」

 

「初めて入ります」

 

 最後に俺の部屋。

 一人部屋なのを良い事に大井さん並に好き勝手やった部屋。

 俺が知る限りでは今まで妖精さんくらいしか入れたことが無い。大湊(ウチ)の秘密の部屋とは正に俺の部屋のことよぉ!

 

「まぁ詰まらない部屋ですが……アレェ?」

 

 鍵を開ける振りをしてガチャガチャと音だけ鳴らす。

 何か隠さなきゃいけないモノってあったかなぁ? 大体引き出しに入れた筈だし、そこは俺が掃除するって言えば良いから無問題。あとは特に無い……かな?

 大掃除をするって告知された段階で綺麗にしておいた筈だから入られてもオーケー。じゃあ開けるか。

 

「ウーン開かない……あ、開きましたね。どうぞ」

 

 二人を部屋に招く。

 どう? 普通の感性から言って俺の部屋は合格?

 

「掃除の必要、無くない?」

 

「ずっと掃除では疲れますし、ちょっとお茶に(一休み)しませんか?」

 

「あ、そっちの棚に各種入ってるので好きなものをどうぞ。今お茶請け用意しますね」 

 

 初めての来客の2人にはとっておきの間宮羊羹をあげよう。

 ハハハ羨ましいだろう! え? ずっとここで過ごしたい?

 

――――――――――

 

 

 

・今年も

――――――――――

 

 

 元旦の日の出のちょっと前。

 灯りが点いてない静かで暗い廊下を歩く。

 

 本当は徹夜したかったんだけど、年越し蕎麦を食べて食堂で暫く談笑してたら無性に眠くなった。

 っていうか一回食堂で寝落ちした。

 

「どうして用意されてる飲み物が甘酒か酒の二択だったのか」

 

 『今日くらいは』と言う那智さんやイヨ(伊14)さんに押されて、間宮さんにオーケーを出したのがマズかった。自分の部屋に戻って布団に入りラジオを付けたら記憶が無いから多分寝落ちしたんだろう。

 変な酔い方してドン引かれてないことを祈ろう。

 

(さっむ)……」

 

 (かじか)む指を擦りながら廊下を歩く。やっぱり東北の冬は寒すぎるだろ常識的に考えて……これよりヤバい地域(北海道)があるとか頭おかしくなるで。

 

お? 早い

 

 執務室のある区画の辺りには灯りが点いていた。

 

 そう、なんと提督は大湊に戻って来ていた。

 マジで実家に帰らないのか……とか、こんな早くに起きてるとかヤベェとか、色々と言いたいことはあるけど、やっぱり提督って大変過ぎないか?

 

 あまりにも早い大本営との行き来はやはり忙しかったんだろう。

 提督のお供として選ばれた古鷹さんもハードなスケジュールに振り回されたようでかなり疲れていた。まともに観光とかも出来なかったんだろう、ちょっと不機嫌そうにして加古さんに甘えていた。

 

 お供と言ったらアレだ。

 俺が早々に「ゆっくりしたい(ついていきたくない)」って辞退したことでその椅子の奪い合いが起きるとは思わなかった。

 奪い合うほどだったらさっさと俺をこの謎過ぎるポジションから蹴落として欲しい。提督の隣にはちゃんとした艦娘こそが相応しい。

 

 古鷹さんとかは良いと思ったんだけどなぁ……真面目だし、常識外れなレベルで美人なのを除けば常識的だし性格も良い。だから提督のお供に選んだんだけど……浮ついた話題の一つすら聞こえてこない。

 

もしや提督には既に心に決めた人が居るのでは?

 

 なるほど、確かに提督は艦娘としか恋愛をしてはいけないなんてルールは無い。

 提督はまだ若いだろうし、彼女が居るなら学生時代からの付き合いとかだろう。

 

チッ……リア充め、もげろ

 

なんで……

 

 おっと、誰も居ないからって油断してたぞ。

 そう言えば今日は元旦。俺は寝落ちしたけど徹夜した人は結構居そうだ。廊下が静かだからって油断しきってちゃ駄目だな。

 

 

 

 誰が居るかな~なんて考えながら廊下を曲がると鈴谷さんが居た。なんか落ち込んでるような気がする。

 

「明けましておめでとうございます。鈴谷さん、どうかしましたか?」

 

「あ、あけおめ~! ……ちょっと聞いて? お年玉なんだけどさ……3万円だったの」

 

「はい」

 

「え? ちょい反応薄くない?」

 

「はい?」

 

 え、お年玉が3万円だったんでしょ? 良かったじゃん。

 俺はてっきり貰えなかったんだと思ってたんだけど? だって俺たちが普段使ってるお金って多分税金から捻出されてるんだし、貰ったからにはパーッと使って経済回しちゃえよ。

 

 お年玉もそうだけど、艦娘にも給料と言うものがある。金額自体はお給料と言うよりはお小遣いの延長線って感じだけど、各種ローンも車も嗜好品以外の食費も経費だしで……まぁいいや。

 

 大体の人はお洒落の為に洋服店に行ったり趣味で本を買ったり、プチパーティーの為に大量のお菓子を買ったり宴会の酒や肴を買ったりと使い道は様々だ。

 逆に貯金してる人は少ない。理由は「何時沈む(死ぬ)か分からないから」が多かったのをいつだったか青葉さんが調査していたのを覚えている。

 

 100人近く居る艦娘達が思い思いに買い物をする。一人一人の金額が小さくても数が多い。なるほど確かに、漁師の人達も「最近街も活発になった」って言う訳だ。

 

 ……そんな事より鈴谷さんだ。3万円でなにやらご不満の様子。

 

「少なかったんですか?」

 

「そんなことはないケド……あ~やっぱ何でも無い! 気にしないで!」

 

 そう言って鈴谷さんは去っていった。

 

「変なの」

 

 3万ねぇ……特別な意味を持つ数字だったりするのか?

 

 まぁいいや。

 執務室の扉をノックする。すると中から声が聞こえて来た。

 

 扉を開けて、部屋の主に挨拶をする。

 

「スチュワートか。明けましておめでとう」

 

「提督、May this year be a great one(今年も素晴らしい年になりますように).」

 

――――――――――




・脱法カレー
 現在の大湊で比叡かスチュワートの作るカレー。
 前者は舌で宇宙(コスモ)を感じ、後者は地獄の業火を垣間見る。
 どちらも短期間の後遺症が残る。

 ※食べる分には法には触れないがお残しは許されない。

・お年玉
 一律3万円。所謂ボーナス(臨時収入)
 海防艦(子供たち)の分は鳳翔さんが管理している。
 提督は平等であれとしか考えてないので金額に深い意味は無い。
 

・おみくじ
 大鳳と陸奥はおみくじで一喜一憂してる集団に近寄りもしなかった。
 扶桑と山城はどっちも末吉。お揃いだからすごく喜んでいた。
 大吉を引いて喜ばなかったのは初霜と時雨と瑞鶴の3人。


次から8章に入りたいですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アレコレ
揃わない


144話です。

新しい(ショウ)の始まりだ!
章のタイトルが思いつかなかったので、それらしいこと(流れ)にしてしまえばいいというね……


「なぁ提督よ、大和の建造には何時着手するんだ?」

 

 7月もそろそろ終わりそうになったある日。

 執務室に乗り込んできた武蔵さんが言った。

 

「あ~……もう少し待ってもらえないかな?」

 

「昨日明石が言っていたが、戦艦大和の建造に必要な資材は一昨日の段階で集まったらしいじゃないか」

 

 書類整理の手を止めた提督が武蔵さんと会話を始めた。

 話題は大和さんの建造について、か?

 

 戦艦大和

 日本そのものを表す言葉を冠する超弩級の戦艦。

 最大最強の戦艦にして大艦巨砲主義の極致。

 

 本人は「大した活躍はしていません」なんて謙遜してたけど、そのネームバリューは最早言うまでもない。

 何せアメリカの面々が皆揃って尊敬していたくらいだ。

『日本の技術者はマジで変態だ』ってアレックスさんも言ってたし。

 

 軍艦なんて知らねぇよって人でも戦艦大和だけは知ってるって人は多いんじゃないだろうか。俺もそうだし。

 

 そんな戦艦大和、もとい艦娘の大和さんの建造となるとそれはそれは……もう眩暈がしそうなくらい大量の資材を消費する。

 武蔵さんの時も凄かったからなぁ……。

 資材でいっぱいになってた倉庫が一晩ですっからかんになったのは多くの人のトラウマになったんだよ。明石さんが居なかったら何人か発狂してたね。

 

 だから提督がゴーサインを出したとしても、俺や明石さんまで軽々しく首を縦に振る訳にはいかない。

 

「え~っとどこだったかな……あった。はいコレ!」

 

 資料から月別、週別の資材状況のグラフを武蔵さんと、ついでに提督にも見せる。

 

「ココの部分! 必要最低限のラインをギリギリ維持してるのが一週間近く続いてるのが武蔵さんを建造した時の資材状況です」

 

「なんだ、悪かったなぁ! なぁに、その分はしっかりと働くさ」

 

 豪快に笑いながら頭をガシガシとシェイクしてくる武蔵さんを睨む。全く効果が無いけど、せめてもの抵抗だ。

 だって資材が無いと深海棲艦に対応出来ないんだよ!武蔵さん建造中に深海棲艦が大挙して押し寄せて来なかったのは本当に運が良かったんだからね!?

 

「提督もです。戦艦大和の建造をしたいならまずは資材倉庫の拡張をしてからにしてください。もしくは深海棲艦の活動が鈍くなる冬にお願いします……」

 

「ははっ提督よ、今の2択でまさか後者は選ぶまい?」

 

「そうだね。資材置き場の拡張を検討しておくよ」

 

 その回答に満足そうに頷いた武蔵さんが執務室から出ていく。

 やっぱり男気があると言っても姉妹、しかも他所には居て、大湊に居ないのが自分の姉だけとなると恋しくもなるのか。

 いつもイタズラに集中してる卯月とか全方位にツンツンしてる時津風だって、同型艦が中大破したなんて連絡を受けた時は迎えに行くくらいだ。誰だって姉妹は大事なんだろう。

 姉妹愛……やはり良いものだな。

 

 

 

 

 

 相変わらず、何故かエアコンが導入されない執務室で書類を捌いていく。

 しかし今日は何かがおかしい。

 具体的には、今日の提督は仕事中に何故か俺のことチラチラ見てた。

 絶対に何か隠してそうなんだよなぁ~。

 

「ん? !? 」

 

 ホラあった! 怪し……くは無いけどそれなりに大事だと思われる書類!

 

「何かあったのかい?」

 

「コレ、どういうことですか?」

 

 一枚の紙を提督に見せながら言葉を待つ。

 確かにこれからもっと暑くなる季節だけど……なんでこんな、まるで隠すように優先度の低い書類に紛れさせてあるのかねぇ? 疚しい事でもあるのか?

 

「……夏季の慰労のお知らせだよ。ほら、去年もやっただろう?」

 

「そうですねぇ」

 

 確か温泉旅館に行って、青葉さんたちと一緒に提督の寝顔を撮影するってミッション:インポッシブル(スパイごっこ)して遊んだっけ? 憶えてる憶えてる。

 

「去年と随分内容が違うように思うんですけど」

 

 何で東南アジアの観光なんだよ!

 暑いからか? 暑いからか海に行こうってか!?

 いつも海は隣にあるじゃねぇかよ! なんでわざわざ海外に行ってまで海なんだよ信じられねぇ!

 

「いくつか候補は示されたんだけど、何故か他の提督達が選ばなくて……」

 

 残り物には福があるってか? これは厄だろ。

 もしかしなくても偵察任務も兼ねてると思うんだけどなぁ……。他の提督たちも選ばない貧乏くじだってことを察せなかったかぁ。

 艦娘を大事に思ってるなら互いに押し付け合うくらいしろ。性格が良くて戦争に勝てるか! 譲れないラインってものは無いのか?

 

 でもまぁ……スラバヤから日本までのルートを通った時も、遠洋に出ることは少なかったとは言え深海棲艦はあまり見なかったような気はする。

 深海棲艦がどういう分布してるかは知らないけど、東南アジアの海って大戦中の激戦区だったみたいじゃん。『艦これ』(この世界)メタ(ゲーム)的に考えたら絶対に強いの居るだろ。

 

 確かに海の色は綺麗だったし、こんな世界だから海に対して無警戒ってことはないだろうから観光が出来ないこともないだろうけど……素直に喜べないなぁ。

 

「まさかとは思いますけど、この慰労の企画はもう既に?」

 

「ああ、提出済みだ」

 

「……」

 

 終わった……。

 いやでも、もしかしたら本当に何にも無い観光になる可能性が……ダメだイメージ出来ない。どうせ仕事(作戦)漬けで休めない未来が見えるぞ?

 

「他の人達もしっかり納得させてくださいね? 多分コレ、観光(バカンス)の皮を被った偵察任務(お仕事)ですよ?」

 

「え? ……そういうことか。道理で誰も選ばない訳だ」

 

 気付くのが遅すぎるんだよなぁ……。

 

 

 

 

 

「「「海!?」」」

 

 その日の夜、人数が多くなってきた食堂で提督が告知した。

 その結果、殆ど全員のテンションが信じられないくらい上がった。

 

嘘だろ……

 

 皆いっつも海の上に立ってるじゃん。青い海と青い空、そして水平線なんて飽きるくらい見てる筈じゃん。

 それなのに頭の中が完全に観光 > 任務(     )になってるの面白すぎか?

 

 誰かが言い出した「水着を買いに行こう」という言葉に釣られた人たちが、互いに休日の日程を確認し始める始末。

 

 若いって良いねぇ~。俺には到底真似できないぞ?

 俺は精々砂浜でビーチパラソルを広げて読書か昼寝か、皆の昼食の用意か……って違う! 一瞬忘れてたけど多分コレお仕事だからね!? ただ遊びに行くんじゃないんだよ!

 準備するものは艤装と通貨とその他諸々だけで良い筈だ。あとは宿泊施設の下調べとか、妖精さんの管理とか。持って行く艤装の管理とか……

 

うへぇ」 

 

 考えただけで頭が痛くなってくるね!

 でも頭脳労働は提督に放り投げよう。何せ俺は只の駒。駒は将棋とかチェスを指さない。

 

 それにしても……一応提督は仕事の一環ってこと伝えたよね? なんで観光の二文字に浮かされない人が少数派な訳? 

 いやでも「休める時にしっかり休むのも仕事の内」って言ってたよ? そんなにストレスが溜まってたのか?

 

 まぁいいや。水着なんて俺には縁の無い物だし、明日の遠征に支障が出ないように早く休もう。

 

「ねぇスーちゃん!」

 

スーちゃんって何!?

 

 食堂から出ようとしたら、両肩に手が置かれた。

 でも聞こえてきたのは俺を呼ぶような名前じゃ無かったから、つい反射的に答えてしまった。

 

「佐世保の(夕張)が『そう言うと照れてカワイイ』って言ってたから!」

 

 なに吹き込んでくださりやがった佐世保の夕張さん!?

 確かに渾名っぽくてなんか仲良くなれた感じがするから嫌では無いけど……これが照れてるってこと?

 

「それと明後日休みだって言ってたよね? 一緒に買い物に行かない!?」

 

 そう言う夕張さんの後ろには明後日が休みの他の人達も居た。

 やっぱり断れない感じ?

 

「……」

 

 水着を買う為に買い物には行きたく無いんだけどなぁ。

 でも待てよ? 買い物に行くっては言ってたけど、水着を買うなんて一言も言ってないね?

 

 なんだ、ただの早とちりか。

 それに万が一そんなことになっても既に持ってるって言えば何とかなるでしょ。

 

「良いですよ、行きましょうか」

 

 この時、俺は忘れていたんだ。

 綾波たちとショッピングモールへ買い物に行ったときにみんな服屋を梯子して、大半の時間を過ごしたことを。

 アメリカでフレッチャー級の二人が見せたファッションへの熱意を。

 と言うよりも、女性がお洒落の為に使う気力や神経、その他諸々を舐めていた。

 

 つまりなんだ。

 俺は後悔することになったんだよ。

 




・夕張
大湊の夕張から入れ知恵された結果、主人公を渾名で呼び始めた。曰く、照れてる時と真面目くさった普段とのギャップが良いとのこと。
大湊では珍しく主人公に対して積極的に構うお姉さん。

謎の投擲物と盾のデータが欲しいけど、妖精さんに邪魔されてデータが集められないことに悲しみを抱いている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

各自準備

145話です。

回収してない伏線とか多すぎてヤバい……
ある程度は取りこぼしても良いですか?


 夕張さんを始めとした数人と休日に買い物に行くことになった。

 それ自体は悪い事ではなくて、むしろ予定が無かったから丁度良いくらいだ。

 

「でも欲しい物無いんですよね~」

 

 そんな贅沢な悩みを同じ遠征のメンバーに零す。

 自分の部屋も自信を持って誰かを招けるレベルに整ったからインテリアの類はもう必要ないし、食べ物は経費で落ちるか、自分で作るから安上がりだ。

 本が読みたくなったら伊8(ハチ)さん、または夕張さんの部屋に行けば大体あるから買わないし、ゲームは熱中し過ぎちゃうから自制(見る専)してる。

 お洒落? 今でも普段着数着と寝間着さえあれば後はどうでもいいと思ってますが? それにアメリカでジョンストンからしこたまプレゼントされたし……そろそろ袖を通さねば失礼だな。

 

 そもそも、大体の娯楽よりもアメリカの面々と連絡した方が面白いから娯楽が要らない。ついつい夜更かしして通話とかしちゃうからね。

 話題は様々で料理に世間話、互いの愚痴だったりする。自分の部屋を防音仕様にして貰って良かった……

 

 

 

 そんな感じで俺は既に衣食住と娯楽が満たされている状態にある。

 だから欲しい物が無い。あるとしたらお金で手に入らないものだ。休みとか、自由とか。

 

「ホントに欲しい物無いっぽい? 夕立は~……数えきれないくらい欲しい物あるっぽい!」

 

「お金余ってんのかい? だったらあたいにくれたっていいんだぜ? スチュワートより上手に使ってやるって」

 

「涼風、卑しいと思われるわよ?」

 

「てやんでぃ! 冗談に決まってんだろぉ!?」

 

 明らかに節約の二文字とは無縁そうな夕立と涼風。

 村雨さんも化粧品と洋服の出費が多いって時雨が言ってた。

 

「あんまりさっぱりし過ぎてて、まるで男の人みたいです」

 

「「「えっ」」」

 

 男の人って言われた!? バレた!? いや、まるでって言ってるからあくまで“男の人っぽいね”だけであって“男の人だね?”ではないからセーフ。

 それよりも! 何で春雨は男の買い物を知っているんだ?

 まさか彼氏か? だとしたら相手は誰だ? 兎に角、春雨を貰っていくのなら白露型の全員と俺……じゃ足りないな。大湊の全員を認めさせてからにするんだな。

 それが出来なきゃ大人しく引き下がってもらおう。それも出来ないなら……

 

「「沈めましょう(ちゃおう)」」

 

「沈めるって何をですか!? あっ、男の人って司令官です! この前たまたま買い物先で一緒になりまして……はい

 

 俺と村雨さんの呟きを聞き取った春雨が真っ赤になりながら弁解している。うん、可愛いね。

 提督も買い物に行ったら春雨と出くわすなんてラッキーじゃん。もげろ。

 

「なぁんだ びっくりしちゃった。あと、何処で会ったのか教えてくれる?」

 

『みなさん! しっかり付いて来てください!』

 

 阿武隈さんから通信が入った。

 ふと見渡すと、離れた場所に黄色い点が見える。

 

「怒らせちゃったっぽい?」

 

「駆逐艦が言うこと聞かねぇってしょげてたもんなぁ……(ワリ)ぃ事したかな?」

 

「ですねぇ」

 

 阿武隈さんは頑張るほど空回りしがちなんだよね……能力は低くないのにどうしてだろう?

 

 

 

 

 

「……」

 

 はい。

 

 俺だ。

 

 遠征の終わった次の日に、やって来てますショッピングモール。

 艦娘の皆が『比較的近い、大きい』という理由で休日に通い詰める場所だ。

 ショッピングモール裏の商店街とかも降りてるシャッターが目立ってたのに「あれ? 前までシャッター閉まってたのに呉服屋出来てら」なんてこともあるから、間違いなく一年前よりも活気付いてる。

 

 残念なのは、ターゲットを艦娘に向けてる店がある為、服や化粧品、アクセサリーの店が比較的多いことだ。あとは本屋、家具屋、カフェとか洋菓子店とかかな。

 でも和菓子店は少ない。何故なら艦娘が和菓子を外で食べないからだ。和菓子店に参入の余地を残さない間宮さんすげぇ……

 

 そんなショッピングモールの中、海や山でのレジャー用品が売られているコーナーの一角で俺はハンモックセットで横になっていた。

 比較的近くでワイワイと楽しんでいる艦娘御一行の声を聞く。

 

「皆は浮かれ切っておるようじゃな! 全く情けないのぉ……あ! アレは筑摩に似合うと思うのじゃ!」

「あら、利根姉さん? ……ふふっ。クーラーが効いてるからってあんなに元気に」

 

「私たちにとってさ、水着って逆に普段着に近いよね」

「ちょっとイムヤ! 悲しくなるから言わないで」

 

「さっき喉渇いたのが響いて80円足りない・・もうだめぼお」

「仕方ない。後で返してね?」

「㌧」

 

「もう少しウチにも有れば、ブイブイ言わしたるのになぁ……不公平や!」

「?」

 

 みんな楽しそうだなぁ。

 

「平和~~ぁふ。眠……」

 

 まだまだ時間かかるだろうし、一休みくらいしても良いでしょ。

 

 

 

「パンパカパ~ン」

 

「お゛ぅっ!?」

 

 愛宕さんに起こされた。

 耳元のパンパカパ~ンで頭パーンしそう……ッ!

 

「気持ちよさそうに寝てるところゴメンね~」

 

「何でこんなところまで来て寝てるのよ。ほら、スーちゃんも水着を買いましょう?」

 

「あっ、もう水着は持ってるので。安心してください」

 

 これは事実だ。

 

 俺が水着を買う上で基準にしたのは露出面積だ。変態扱いは嫌だからね。

 という訳で俺が事前に買ってある水着と言うのはダイビングする時に着るようなウェットスーツだ。水辺で着る服だから水着だと屁理屈も捏ねておこう。シュノーケルも買ってあるからツッコミを入れられても問題は無い。

 そんなウェットスーツは、目の前の愛宕さんみたいなダイナマイトボディなら体のラインがアレやコレ逆にとんでもなくエロくなりそうだけど、今の俺みたいなちんちくりんなら着ても性的には見られる心配はない。完璧だ。

 

「へぇ~……どんなの?」

 

「如何にも普通のヤツです」

 

 だからこれは嘘。

 

「ふ〜ん。てっきり囚人服みたいな全身タイツかと」

 

 何故バレた。

 

「私を何だと思ってるんですか」

 

「露出を嫌う恥ずかしがり屋ってところ? まぁ、もう持ってるなんて言わずにもう一着くらい買っちゃいなよ」

 

 そう言われて夕張に引っ張られる。

 諦めに似た感情のままズルズルと女の園? に引き摺り込まれて行った。

 

「コレなんて良いんじゃない?」

 

 夕張さんの手には朧が買ったのにソックリなスポブラみたいな水着があった。制服でいつも着けてるインナーと合わせればまだセーフか?

 

「あ〜良いですねぇ」

 

 もはや開き直った俺は、相槌を打ちながら同じタイプの青いヤツを籠に放り込んだ。

 そして女物の水着のショートパンツ、水着のレギンス、最後にラッシュガードとやらを籠にブチ込む。

 

「……もしかして、入れ墨とか入れてるの?」

 

「実は胸に7つの傷がありまして」

 

「馬鹿なこと言ってないの」

 

「まあ、春風も最近の水着はちょっと破廉恥だって言ってましたし、ちょっと遠慮したいですね」

 

「ホントにアメリカの(ふね)なのよね?」

 

 心は生粋の日本人、しかも女性ですらない。

 それくらい多めに見て欲しいぜ。

 あとは欲しいもの特に無いからとレジに並ぶ。

 

 

「え? 今度は夕張さんの分を? 選んで欲しい……?」

 

 俺の苦難は自分の水着を買うだけでは終わらなかった。

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 その日の夜。

 俺の部屋では妖精さん(ホモ)が部屋を散らかしていた。

 

 怒鳴り散らしてやろうかと思ったけど、分かりやすい図を見せられたことでいくつかの物品を回収しに来たらしいことが分かった。

 探し物はUSBメモリと冊子。

 

「あ~……」

 

 なるほど確かに、部屋中のありとあらゆる引き出しが漁られている。

 でも確かに、隠しておきたい物の引き出しには鍵が掛かっている。そして鍵は俺が持ち歩いている。

 

 冊子の方は、恐らくあの妖精さんが残したなんだかんだでお世話になったヤツだろう。

 鍵を開けて冊子を引っ張り出して提出する。

 

 回収されて困るなんてことは無い。俺にはもう必要ないものだし、なんだかんだで事情を知ってそうなこの妖精さん(ホモ)なら悪い事には使わないだろう。

 

「でもUSBなんてあったかな……」

 

 正直記憶に無い。

 というより、使った記憶が無い。

 

 でも火のない所に煙は立たぬの考え方で、俺の部屋に探しに来たってことは俺が持ってる可能性が高いってことだろう。

 引き出しを漁る。すると消費期限の切れた羊羹、極小サイズのドライバー、ジョンストンとお揃いのネックレス、極小サイズのペンチ、ケッコン指輪、極小サイズのスパナ、秋雲先生から没収したマンガ、見たこと無い蟲の死骸が入った袋、その他諸々が出て来た。

 

「ん、あった……」

 

 前の日記帳の下にUSBメモリはあった。

 相変わらず何のヤツだったか記憶にすらない。

 

「欲しいの?」

 

 妖精さん(ホモ)は頷く。

 

「じゃあいいよ、あげる。変なことには使わないでね」

 

 そう言うと、散々散らかした部屋を片付けないまま妖精さん(ホモ)は出ていった。

 許さん。

 




最近忙しさがマッハな上、最高にハマった長編小説を見つけてしまったから書く時間が無いです……
投稿者の端くれである前に1人の読者故、続き読みたさと「投稿せねば…」という意識に挟まれて1日に3食しか食べれません。

ところで、主人公の水着が実質
全身インナー + スポブラ + ショートパンツ。
……案外ノリノリじゃねーか!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

現地到着

146話です。

遅くなりました……
全部面白い小説を見つけちゃった先々週の自分が悪い。
でも反省はしません。


「「「いってらっしゃ~い!」」」

 

 そう見送りされたのは夏真っ盛り。

 他の鎮守府の倍以上にもなる2週間という長期休暇、しかもその間に大湊から離れても大丈夫なように各鎮守府からだいたい20人、合計で80くらいの艦娘がやってくるという手厚いサービスまで付いている。

 だから、今回の夏季休暇、慰労でのバカンスの間は大湊のことを気にしなくても良いらしい。

 

 しかも資材関係のアレコレは既に準備が済んでいるから全く気にしなくて良い上に、これから俺たちが向かう場所では一般観光客の立ち入り制限までしてくれるらしい。

 俺たち大湊のメンバーだけで楽しんでくれと言う大本営の粋な心遣いを感じる。

 

 まさに至れり尽くせりだ。

 

 しかし、こんな美味い話が転がり込んでくる筈もなく……

 

「まぁ、知ってたよ?」

 

【妖精の同行、艦娘の艤装携行の義務】

 

 手元の1枚の紙に目を通して呟く。

 

 全員に渡されたその紙は、高まっていた大湊のムードをどん底に突き落とすには充分だった。

 

 まぁ、こんな書き方されたら如何にも「何かあるよ」って言ってるようなモンだからなぁ……どんなに察しの悪い人でも「万が一に備えろってことじゃないよね」って澱んだ目をして苦笑いをしていた。

 しかもなんだよ、一連の休暇(さくせん)が2週間で終わらなかった場合の休暇延長って。そんなの要らないよ。隠す気無いなら正直に作戦って書けよ。

 

 そんな騙し討ちのような休暇(爆笑)に於ける皆の希望はそもそも深海棲艦が殆ど居ない場合だ。そうなったら素直に休めるってことになるから。

 

 去年の夏、温泉旅館に向かったときの倍以上の人数が相応の数のバスに揺られていく。

 車内のムードは例の紙のせいでかなり悪い。やたらと涼しく感じるのは間違いなく冷房の影響だけではないだろう。

 嘘みたいだろ? こんな雰囲気だけど一応、長期休暇で皆揃って東南アジアにバカンスしに行くことになってんだぜ?

 でも大本営からは正式に任務やれって言われてない。

・留守番は任せろ。資材の面倒も見てやるよ

・人払いはしておく。人が多いと面倒だろう?

・みんな艤装持ってけ。何があるか分からんからな

・妖精さんも連れて行け。まぁ一応ね、一応

・長引きそうなら仕方ない。ゆっくりしてこい

 

 この5つしか言われてない。つまりガチで遊ぼうと思ったら一応普通に遊べる辺り意地が悪いと思う。

 いくらなんでもあんまりじゃねぇかな……こんな書き方するくらいなら最初から作戦やれって言われた方がモチベーション的によっぽど良いんですけど。

 しかも休暇の中に捩じ込んでくるのがムードの低下に拍車を掛けてる。休みとは、慰労とは一体……ウゴゴゴゴ

 

「2週間以内で終わらせたらあとは遊び放題にゃしぃ!」

 

 睦月が妹たちに向かって発破をかけていた。袖をパタパタしながら必死に盛り上げようとするのは流石ムードメーカーである卯月の姉だけはある。

 そしてそれを聞いた睦月型と他の人も「それもそうだな」みたいな感じで多少の熱気を取り戻した。

 

 睦月の言ってることは間違ってないけど、深海棲艦が居なかったりしたらそもそもこんな作戦は実行されないんだよね……きっと事前に偵察か何かをしてあるんだろう。

 まぁ、陰鬱な雰囲気でずっと過ごすよりは万倍マシなんだけど。

 

 

 

 そう言えば海外に行くのにパスポートとかは?

 ふと、そう思った。

 アメリカに向かうときはコンテナ船の護衛で海路、しかし今回は普通に飛行機だ。

 艤装なんてものを空港に持ち込んだ暁には色々とヤバいのでは? 金属探知機なんて反応しまくって壊れちまうだろ。

 

 しかし実際はどうだ?

 

 提督が事前にアレコレ手続きをしていたらしい。

 だから艦娘一向は金属探知もパスポートも全部スルーだと言う。しかも一機の飛行機を貸し切り。こんな出鱈目なことがあるのか……

 

 待ち時間に簡単に空路を調べると最短距離を進まない謎のルートを通ることに気がついた。

 どうやら今回に限らず、この世界の飛行機はあまり海の上を飛びたがらないらしい。

 まさか高度1万メートルよりも上に艦載機が飛んでるとは思えないけど、高角砲とかで撃ち落とされる可能性を考えると妥当なのかもしれない。

 

 

 

 最近の飛行機は凄いなぁ……古い飛行機にも乗ったことは無いけど。椅子に色々と詰め込みすぎでしょ。つい夢中になってテトリスで遊んでしまった。

 そして気がついたら飛行機は着陸、そこから乗り換えて現地に到着した。

 

 なんかあっという間だったなぁ……あっさりしすぎてて実感無いんだけど。

 そう思いながらゾロゾロと空港から出る。う〜ん、嗅ぎ慣れた磯の香り。場所が違うだけでやることはいつもと同じだからイマイチ盛り上がらない。

 

「Kalian siapa? Dari mana kamu berasal ? 」

 

 うん?

 

 第一村人、もとい現地人の言葉に提督含めてほぼ全員が困惑していた。

 

 英語はヌルっと頭に入って来たけどこれ何語だ? インドネシア語? そもそもそんな言葉は存在するのか? 

 

 アメリカ語なら俺が分かるし、イギリス語なら金剛さんが、ロシア語なら研修に行った響が、ドイツ語なら伊8とか神鷹さんとかが分かるんだろうけど……これはちょっとカバーしきれないでしょ。

 

 と思っていた瞬間が俺にもありました。

 

 隼鷹さんと飛鷹さんが一言二言その人と言葉を交わしたら、あっさりと引き下がっていった。

 

「佐藤元帥から話は聞いてたけど、まさか本当に分かるのか」

 

「いやぁ~、昔取った杵柄ってヤツ?」

 

「本当は欧州の方がメインなんだけど……あって困るものではないし」

 

 そう答えた二人もなんか訳アリな一生を送ってそうだな。

 

「ありがとう、助かったよ」

 

「また絡まれても面倒だからよ~さっさと海行こうぜ!」

 

「その前に荷物を置きにホテルでしょ」

 

 

 

 

 

 実は語学に明るい飛鷹さんと隼鷹さんに道案内されてかなり大きなホテルに到着した。海にかなり近い如何にも観光客をターゲットにしてますって感じのホテルだ。

 しかし駐車場らしい駐車場に車が無い。まさかここも貸し切り? 大本営はどれだけの影響力を持っていると言うんだ……

 

 広いフロントで飛鷹型2人の話が終わるのを待つ。

 飛鷹さんは受付で話をしていて、紙に色々と記入していた。

 隼鷹さんは話の途中で額に手を当てて難しい顔をした。

 

「提督、ホテルの各種サービスを纏めました。確認してね」

 

「ありがとう」

 

 そう言って飛鷹さんは、恐らく現地の言葉を翻訳したものを提督に渡していた。

 飛鷹さんのこのデキる感じ、良いね~。

 

「~~~? あ~、マジか~」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや……ここに日本酒は置いてないんだとよ」

 

「そうですか」

 

 どうでもいい事だった。もう少し飛鷹さんを見習ってよ。

 

「ちょっと冷たくない!? あたしらにとっちゃ死活問題なんだよ~」

 

 そう言いながら肩を組んできた。

 凄い距離が近い。お酒の臭いはしないけど雰囲気的に酔ってるように見えるからこっちが恥ずかしいわ!

 

「っつーのは冗談で、深海棲艦の目撃情報が最近増えてるんだと」

 

 ボソッと聞こえた言葉に頭がスゥーっと冷えていく。

 なるほどなるほど、穏やかじゃないね。

 

「Oh……でもそれって提督に言った方が良いんじゃないですか? ちょっと近いですよ!」

 

「寂しいこと言うなよぉ、どーせ海に着いたら一通り哨戒とかはするだろうからね。 初日くらいはパーッとしたいじゃん!」

 

「じゃあ最後は二人で良いよね?」

 

 突然現れた飛鷹さんに鍵を渡された。

 

「「はい?」」

 

「部屋割りだよ? 肩まで組んで仲良さそうだったからさ、隼鷹とスチュワート、その鍵の番号で相部屋ね」

 

 スチュワートはしっかりしてるし、これで羽を伸ばせるわね~と何処か上機嫌に飛鷹さんが去っていき、呆然とした俺と隼鷹さんが残された。

 他の人達から突き刺さる視線が痛い。いきなり肩組むのは常識としてどうなんだって? よく分からないなぁ……隼鷹さんがルールだ。

 

「「……」」」

 

「お酌しましょうか?」

 

「お~、頼むよ~」

 

 まぁ、言うほど俺はしっかりしてないんだけど。

 




艤装はバラバラにして荷物に混ぜてます。
だから頭数以上にスペースを取る。

部屋割りは前もってみんなで決めていた模様。
その時完全に酔ってた隼鷹とボッチの主人公は当然……

・隼鷹
飲兵衛その1
アルコールがガッツリ入ってても何故か強い人。
大雑把に見えるがその実、艦載機の運用はかなり緻密。
実は多言語使いだったりする。
能ある鷹は―――


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

束の間

147話です。

久しぶりに深海棲艦の香りがする……


「なぁ、お金貸して……なんでも無いわ」

 

 部屋で隼鷹さんと時間を潰していたら、巻物の整理をしていた隼鷹さんに話しかけられた。

 「いや、でもなぁ……流石にヤベーか?」みたいに百面相をしている。

 

 でも何でもないって言ってるんだよなぁ……言葉に出てる時点で何でも無い訳ないじゃん。

 何か言いかけて途中で止めるとか1番気になるやつ。

 

流石に人の金で飲む酒は……でもなぁ……

 

「何でもないんですか? 吐いたらスッキリしますよ?」

 

「まだ飲んでねーよ」

 

 茶化したらデコピンされた。

 なんでも、現地のお酒がべらぼうに高かったらしく、多少の換金ではあっという間に素間貧になってしまうらしい。

 

「偶には素面でゆっくりしろってことじゃないですか?」

 

「バッキャロー! お酒を無くしたらあたしどーやって生きてけってんだよ〜」

 

「別に死にはしませんって」

 

「肝臓なんて虐めてナンボだろ~?」

 

「お身体に障りますよ」

 

「かぁーっ! 真面目ちゃんだねぇ」

 

 ノーアルコール、ノーライフ! と騒ぐ隼鷹さんは想像以上だった。

 嘘みたいだろ? 素面なんだぜ、コレ。

 

 そもそも俺だってお酒は飲めるんだけどね……普通に飲んだこともあるし。でも流石に毎日のように瓶を空にする人とは比べないで欲しい。

 程々が一番よ。

 

『皆さん聞いてください、川内さんが深海棲艦を多数発見しました』

 

 コンビニで買ったスナックとコーラを隼鷹さんに分けていた頃、大淀さんから通信が入って来た。

 内容は穏やかじゃない。

 けど、緊張とかいう雰囲気になれない。

 

「はぁ……」

 

「そーかそーか、頑張ってきな!」

 

「まったく川内さんときたら」

 

 溜息を禁じ得ない。

 らしいと言えばらしいんだけど……観光よりも、休暇よりも夜戦かよ。

 どうせ夜戦に行くならいつもみたいに大騒ぎしながら行って欲しい。窓開けてたのに何も聞こえなかったんだけど?

 

 品性を疑われる? 近所迷惑? どうせ日本語通じないから「ヤセンヤセン!」って鳴き声の野生動物と勘違いしてくれるでしょ。

 

 深海棲艦見つけるのは別にどうだって良いんだよ。むしろ見つけてくれるなら万々歳だ。でも多数発見って絶対に面倒じゃん。

 どうせ好きでやってるなら全部処理してくれよ。自分の趣味の後始末にみんなを巻き込まないで欲しい。

 だってもう外真っ暗じゃん? となると駆逐艦の出番になるじゃん? 俺も行かなくちゃいけないんだろうなぁ……

 

 

 

 突然だが、俺の中での駆逐艦の扱いは鉄砲玉、あるいは先鋒といったところだ。

 明石さんは「修理が大型艦の皆さんに比べて簡単」って言ってるし、戦艦や空母と比べるとコストだって安上がりだろう。

 だから他の艦種より雑に運用出来る感じがある。悪く言うなら使い潰してオッケーな艦種。

 まぁ実際に提督から「使い潰すよ」なんて伝えられたら無言で中指立てるくらいはするかもしれないけど。

 

 そんな感じで割と雑に運用できる駆逐艦……軽巡洋艦もだけど。

 でもちょっと安売りし過ぎじゃないかね?

 

 見た目小中学生とかの子供も居るのにさぁ……夜まで仕事ってどういうことだよ。戦艦の方が規則正しい生活を送ってるのはなんか納得いかないんだけど。

 まぁ艦種的に仕方ないにしても、間違いなく仕事を増やしてくる人には白い視線を向けざるを得ない。

 

 俺以外のほぼ全員からも、思い思いに休んでいたところに水を差されて不機嫌そうな視線が正座させられている6人に突き刺さる。

 

「何か弁明はありますか? 川内姉さん?」

 

無いっ! 私たちはしっかり夜戦してきたよ!」

 

「…………」

 

「……数が予想以上に多くてね、ちょっと皆に力を貸して欲しいな~なんて……」

 

「また海に出るんですか? お気をつけて」

 

「薄情者!」

 

 川内さんが喚いている。

 薄情者って言ったってなぁ……艦娘程確実じゃ無いにしろ簡単な監視くらいは設備さえ整ってたら出来るんだし、そもそも観光地として売り出せるくらいにはそれが整ってるってこと。

 だからせめて初日くらいは全員でのんびりしても良かったと思うんだけどなぁ。

 

「それで、川内姉さんが力を貸してほしいと言う程に数が多かったんですか?」

 

「そりゃあもう、数が多いのなんの!」

 

「遅れて済まない。神通? 流石に正座は「何か問題ですか?」……」

 

 ホテルの従業員が「Oh...ハラキーリ」とか言ってたけど気にしないでおこう。

 ヤクザめいた儀式じゃないから問題ないのだ。

 

「続けようか」

 

 そう言った提督は夜戦に参加した川内さんと朝潮と荒潮、時雨と夕立と萩風にいくつかの質問をした。

 

 

 そして問答が終わり、暫くうんうん考えた後に口を開いた。

 

「う~ん……集積地棲姫かな」

 

 そんなヤツが居るのか。少なくとも俺は相手にしたこと無いからどんな奴かよく分からない。

 

 周りも知ってる人居る? って反応だから少なくとも駆逐艦と軽巡は知らない感じなんだろう。つまり未知の相手になる訳だ。

 

 提督の問答で出て来た情報から想像すると蜂の巣って感じなのかな?

 少数の駆逐級を殲滅したら何処からともなく大量の深海棲艦が現れたんだとか。おっかねぇ……

 

 でも何で提督は知ってるんだろうね?

 

「深海棲艦にとっての補給地点、仮拠点といった具合のあんまり放置したくはない相手だね。幸い本体の機動力は殆ど無いと聞いているし、今晩は様子見して明日の日中に叩いてしまおう。他の提督達にも話を聞いて、作戦を立てておくよ」

 

 成る程ね。大本営で習ったのか。

 

 それにしても、深海棲艦側の資材置き場ねぇ……早急に潰した方が良くない? 兵糧攻めは基本。歴史もそう物語ってるんだし。

 

「他の皆さんにも連絡してきますね」

 

 大淀さんがグループから抜けていった。お疲れ様です、とだけ声を掛けておいた。

 

「でも夜のうちに行動を起こすかもしれないじゃん? だったら私たちの出番だよね!」

 

「「「……」」」

 

 川内さん全然懲りてねぇ。神通さんの超怖い笑顔を向けられても尚夜戦って言い続けられるのは流石としか言えないけど、方向がちょっと変だから全く尊敬出来ない。

 

姉さん?

 

うぐっ……提督、神通に何とか言ってよ~」

 

「じゃあ、川内を旗艦にした監視任務を与える。敵を刺激しないようにこちらからの不要な攻撃はしないこと。あとは探照灯の仕様も禁止。これで良いかな?」

 

「……分かりました。でも、あまり川内姉さんを甘やかさないでくださいね?」

 

 

 

 

 

 翌朝、ホテルで朝食を摂っている時に大淀さんから聞いた話だと、川内さんたちが一晩中監視した限りでは特に大きな動きは無かったらしい。

 

 明るくなったことで、いつものように空母の皆さんが艦載機を飛ばして哨戒を始めると、川内さんたちのお仕事は終わり……なのだが、なんとその時に深海棲艦の群れに大量の魚雷をプレゼントしてきたんだとか。

 堂々と提督の言いつけを破ったのか! と思うと困惑を通り越して笑えてくる。

 

 でも先制攻撃としては何も間違ってないんだよね……。

 撤収する川内さんたちと入れ替わるように海に出た人達と、まんまと先制攻撃を喰らった深海棲艦には堪らない置き土産だろう。フリーダム過ぎるわ。

 

提督! 空母棲鬼を見つけたよ!

 

 食堂に入って来たのは蒼龍さん。内容がこれまた面倒な内容だった。

 空母棲鬼を見つけたってマジ?

 

「しかも集積地棲姫が居ると思われる場所とは方角が違う、と」

 

「分断ですか……」

 

 当然と言えば当然なんだけど、提督は海には出れない。

 武蔵さんとかにお姫様だっこされるなら大丈夫だろうけど現実的じゃない。

 

 そうなると当然提督はここに残らなくちゃならない。

 他にも間宮さん、伊良湖さん、明石さんと夕張さんもかな? あとは普段工廠で働いてる妖精さんもか。その護衛に何人かは残らなくちゃならない。

 

 するとそうだろう?

 

 ある程度は予備戦力としてここで待機になるにしても、集積地棲姫と空母棲鬼の撃破にそれぞれ人数を割かなきゃいけない。

 

 対面の大淀さんと一緒に溜息を吐く。

 初日からこの調子では……果たして平穏な休暇は得られるんだろうか……

 

 

 

 だが悪いニュースは立て続けに来るものだ。

 

 

 

「提督、見たことない潜水艦見つけたよ。どうする?」

 

 伊47(ヨナ)が提督に話しかけて。

 

戦艦棲姫が出たぞーっ!

 

 蒼龍さんのお知らせで俄かにざわつくレストランエリアに大声を上げて谷風が突っ込んできた。

 

謎の潜水艦に戦艦棲姫……フヘッ、フヘヘ」

 

 もうどうにでもな~れ!

 




ダメコン(ダメージコンテスト)? なんだァ……それはァ……

大事な資材を艦娘の魔の手から護る為!
今こそ立ち上がれ、駆逐イ級!
頑張れ駆逐イ級! 負けるな駆逐イ級!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

変わった子供たち

148話です。

イ級が出てこない……
おかしいな、戦闘させるつもりだったのに……


「はぁ……」

 

 もう溜息しか出てこない。

 どうして朝一で哨戒に出た人たちが(ことごと)く深海棲艦を見つけてくるのか。

 

 しかも駆逐級の単艦! みたいな『取り敢えず艦隊を編成すれば良いでしょ』程度の意識の低さでも十分に勝ちの目があるような小規模なものじゃなくて、そんな相手を束ねて率いるような鬼級や姫級を、しかもそれぞれ方向が微妙に違う場所で見つけてくるのか。

 

面倒くさ~…… やってらんないスよ~」

 

「どーかしたん?」

 

 部屋に戻ってベッドに倒れこむ。

 そのまま、朝食の席に着いてなかった隼鷹さんに事情を説明した。

 

 夜戦で川内さんたちの見つけた集積地棲姫が居ると推定されるエリア、空母棲鬼、謎の潜水艦、戦艦棲姫の発見地点。

 不思議なことにこれらの点は俺たちが居るホテルを中心にほぼ等距離にある。

 

 完全に包囲網を布かれてるとしか思えない。誰かが深海棲艦に繋がってるって言われてもすんなり信じられるレベルで綺麗に囲まれちゃってる。もしこれが只の偶然だとしたら俺たちは相当運が悪いと思う。

 

 まぁ敵性の深海棲艦に繋がってる人は居ないけどね。みんな善良だし。

 だからこれは偶然、とんでもない不幸(バッドラック)だ。

 

休日労働反対! ビバ長期休暇!

 

「休日労働はんたーい! びば長期休暇! アッハハ!」

 

 だからこう言っちゃうのも仕方ない。

 

 ゆっくり休みたかったのに……クソ深海棲艦め。

 建前上はとは言え、一応バカンス中だから邪魔しないで貰いたかった。

 

「まぁ、提督は『提督(プレイヤー)』だから何とかしてくれるでしょう……うん」

 

 自分で言っておきながら楽観視にも程があるとは思うけど、大湊警備府が立ち上がってからそう思わせるだけのことを提督はやってきたと思う。

 確かに提督は弱気な発言が目立つし、戦う上で勝利を第一に考えないチキン(安全第一を考える指揮官の鑑)だけど、だからこそ今までの作戦では大きな失敗はしてこなかった。

 

 そんな提督の積み上げて来た1年間。

 たかが1年、されど1年。

 人の認識なんて1年もあれば多少なりとも書き換わるもので。

 

『提督の指示に従っていれば作戦は成功する』

 

 大多数の人に無意識下でそう思わせることが出来れば、それはもう提督は指揮官として一人前だという証拠では無いだろうか。

 かく言う俺ですら『何とかなる』って感じちゃってるあたり、大分毒されてるなぁなんて思ってつい苦笑いをしてしまう。

 

「信頼が厚いねぇ~……もしかして惚気かい?」

 

「違いますって」

 

 隼鷹さんの言葉にムッとしてベッドから起き上がる。

 どうしてこう、もう3ヶ月以上経つのに未だに俺と提督の関係を掘り返してくる人が居るのか……。

 

「ほら、そんなことよりも隼鷹さんだって多分出撃するんですから朝食でも摂った方が良いですよ。ほら行った行った」

 

「え~? 食べさせてくれないの? 「あーん♡」って」

 

「飛鷹さんだってそんな事しないでしょう!」

 

 隼鷹さんを部屋から叩きだした。

 

 

 

「さて、何を持って(装備して)行こうかな」

 

 他の人達は艤装以外の荷物が多かったけど俺は逆。取捨選択が出来る程度に沢山の艤装が目の前に並んでいる。出発前の俺はまるでこうなることを予測していたかのようだ。

 まぁ、色々とメタ読みすれば何かあるかも、強敵が居るかもって思ってもおかしくは無かったんだけど、まさか姫級や鬼級がポンポン出てくるとは思わないじゃん?

 

 つまり強敵との戦いは避けられないということで、俺が持ってる中で群を抜いて優秀な艤装である533mm五連装魚雷とSGレーダーをチョイス。

 

「やっぱりこれは外せないよね」

 

 この2つの汎用性が高すぎる。

 そのせいで、俺の専用装備である筈の盾と投擲物の出番が無くなってしまっている。せっかく佐世保の明石さんと妖精さんに作って貰ったのにも関わらずだ。

 

「でも、作って貰った以上は使うのが礼儀か……やっぱり砲は要らないんだなぁ」

 

 他の人に聞かれたら怒られそうだけど、駆逐艦は母数が大きいから変わり種の1人や2人は居ても良いと思うんだ。

 例えば……

何故か対地攻撃の波動に目覚めて(上陸用舟艇、内火艇に特化して)しまった文月(インベーダー)

どういう訳かバルジを積みまくった若葉(タンク)

過剰気味な程の食糧と妖精さん(修理要員)を連れていく峯雲(ヒーラー)

他の装備を犠牲に46㎝の砲を搭載した清霜(スナイパー)

攻撃力を犠牲に別次元の挙動をする(メタルスライムと化した)島風(トリックスター)

 

 なんだこのイロモノたち!?

 そう考えると砲戦火力を犠牲に手札が多いだけの俺ってマシな方では?

 

「うん、盾の装備は何らおかしい事じゃないね」

 

 普通の駆逐艦は盾なんて使わないけどな! 俺だって最近は全然使ってないこともあって、俺が盾を持ってることすら知らないような人まで居るんじゃないかって思えるくらいだ。

 でも比較対象が色々とぶっ飛び過ぎてるのもあるから、大湊が立ち上がった頃に比べたら盾を持って出撃し易いと言ったらそうなんだろう。

 

 若干悩みながらも盾と投擲物をチョイス。

 腰の艤装には高角砲が標準装備で……ちょっと重たいかな? ちゃんと動けるか不安だ。

 でも、陸上型深海棲艦が出て来なさそうな(魚雷の機能が死なない)ところに配備されれば一通りの仕事はしてみせよう。

 

 

 

 

 

 そんな訳で砲戦に期待できない俺が配備されたのは未知の潜水艦の対応を目標とする艦隊。

 

 他のメンバーは大鷹さん、北上さん、風雲、沖波、岸波だ。提督の潜水艦を決して逃がさないと言う強い意思を感じる。

 

 俺の役割は大鷹さんの護衛だけど……これまたイロモノ枠の潜水艦絶対沈めるウーマンである沖波が居るから護衛するまでも無いかもしれない。

 だって見ろよ、沖波だって砲を持ってないんだ。その代わりに葡萄でもくっつけてんのかってくらい大量の爆雷持って来てる。潜水艦に何の恨みがあるってんだ。

 

 ただし未知の敵と言うこともあって、こんなバランスの悪い上にたった6人での攻略にはならない。

 相手に戦艦とか万が一水上型の姫級とかが居た時に備えて、後方には真っ当な編成がされてある艦隊が居る。これで撤退も視野に入れられるから気兼ねなく撃ち合いができる。

 

 因みに戦艦と空母の多くは戦艦棲姫とか空母棲鬼の撃破に向かっている。

 俺もそっちの方に向かいたかったんだけど……潜水艦にトラウマ持ってる人が結構多くて、人気が無かったこっちに移された。

 

 それと集積地棲姫だけど、提督が持ってきた情報からすると飛行場姫みたいに対地兵器の効果が抜群なんだとか。

 そしてその情報を聞いた途端に文月が大喜びで志願してたのが印象的だったとだけ言っておこう。多分集積地棲姫に明日は来ない。

 

 まぁ他の艦隊は気にしても意味無いし、俺たちのところに集中しようか。相手を見ながら高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応していくしかないだろう。

 

「と、待って! みんな避けて!

 

「「「え?」」」

 

 突然風雲の声が聞こえたと思ったら横に引っ張られた。

 

 急展開!? 何が何だか分からない。

 

「大丈夫ですか?」

 

「岸波? ……ありがとうございます」

 

 横を見ると大鷹さんと北上さんも突き飛ばされてたり引っ張られている。俺と同じようにポカンとしている。

 

「まさか敵の攻撃ですか?」

 

 頷く岸波。

 ……マジで? 予想されてた場所より随分近い場所なんだけど。

 そう思ったのも束の間、前方の海面から深海棲艦フェイスの子供たちがワラワラと浮かび上がって来た。

 

「ん~……ちょっと多くない? 後ろの人達にも援護してもらおうよ」

 

「同感ですねぇ」

 

 北上さんの言う通り、ちょっと数が多すぎるように思う。面倒なんてものじゃない。

 そしてその黒い頭の中に一つだけ、真っ白なヤツが居る。

 どう考えてもアレがボスですって言わんばかりだ。

 

 ちょっと目を凝らすと全体像がよく見える。

 やだ、カワイイ……あんな子に攻撃なんて……しなくちゃいけないんだよなぁ……。

 悲しいけど、これ戦争なのよね。子供だろうと戦場に敵として立ったらぶっ飛ばすだけだから。

 

『通してよ……魚雷、いっぱいあるからさぁ!』

 

『『『 キャハハハハ! 』』』

『『『 ウエェーーイ! 』』』

 

 そんな声が聞こえたと思ったら、周りの子供たちが手に持った魚雷を天に掲げて「沢山あるぞ」とアピールしてきた。どうやらやるつもりらしい。

 

「皆さん、攻撃準備をお願いします」

 

 大鷹さんの一言で全員が攻撃準備に入る。俺も遅れないように構える。魚雷発射準備ヨシ!

 すると、白いヤツは水中に消え、黒い子供たちが一斉にこっちに群がって来た!

 

「まずは後方の艦隊の到着まで持ち堪えて、数の利を多少とは言え打ち消すのを優先しましょう」

 

「「「了解!」」」

 




みんな大嫌いPT小鬼群

・文月
大湊のイロモノその①
原因は不明だが、何故か戦車に魅せられた人。
上陸用舟艇、特型内火艇を召喚する。
陸上型深海棲艦を挽肉に、その根城を更地にしていく。

集積地棲姫の明日はどっちだ!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過不足あり

149話です。

お待たせして申し訳ない。
最近ハイパー忙しくて投稿出来ませんでした…
4月からは落ち着くと思うんですが…

大事な伏線? を入れたので許して…



 完全に持ってくる装備間違えたなぁ……

 

 それが、さっきから魚雷を全く当てられない癖に被弾しまくっている俺の率直な感想だった。

 敵の水上艦には戦艦や空母や重巡はおろか、軽巡も居なくて艦載機とかも無いし、SGレーダーがあまり仕事をしてない。しかも敵の攻撃手段の殆どが魚雷だから盾も実質機能してないに等しい。

 

 無数に居る子供たち……もうクソ餓鬼でいいや。そいつらの攻撃を大鷹さんに通さないように被弾しなくちゃいけない。白い潜水艦の魚雷は明らかにヤバそうだから一緒に避けてるけど。

 

 クソ餓鬼1人1人の攻撃力自体は貧弱だからコラテラルダメージとして受け入れられるんだけど、当然それも積み重なれば無視できないダメージになる。しかも数が多いから総合的な攻撃力が地味に高くて馬鹿にできない。

 だったらさっさと倒せよって感じになるんだけど、魚雷がサッパリ当たらないから実質俺は大鷹さんの前に立ってるカラーコーンと大差ない状態にある。

 

 あのクソ餓鬼の数を減らすのは風雲と岸波が頑張ってくれているけど、2人の負担が激しすぎる。

 でも2人の様子を見ると対空機銃が効果アリな感じにみえる。あとは風雲が熟練見張り員の妖精さんを連れてきてるって言ってたから、多分それも重要なんだろう。

 う〜ん……何にでも対応出来る様にって言うのはやっぱり傲慢なのかねぇ。

 積めば積むほど動けなくなるし。

 

 それはそうと機銃の攻撃で倒れるってさてはクソ餓鬼相当脆いな?

 逃げない上に経験値を貰えないメタルスラ○ムかな?

 

「すみません……もう少し耐えてください」

 

 駆逐艦2人を観察していた俺に大鷹さんが申し訳なさそうに声を掛けてくる。

 

「焦らないでください。まだ大丈夫ですので」

 

 大鷹さんが焦るのも分かる。

 クソ餓鬼に対して自分の攻撃が殆ど当たってないから相手の手数が一向に減らず、護衛である俺に攻撃が集中している様を目の前で見せられたら責任も感じるというもの。

 でも艦載機に集中して欲しいから、大鷹さんを引っ張って避けるなんてことはしない。多分まだ中破くらいで済んでる筈だからもう少し無理が出来る。

 

『ウザくない? 何か良いモノ持ってないの?』

 

 ほぼ同時に北上さんからも通信が入る。

 

 声の様子から相当ウンザリしてるのが分かる。でも俺なんて既にイライラが4周して落ち着いてるくらいだから、北上さんも一回クールダウンしよう?

 

 このクソ餓鬼の嫌らしいところは笑いながら素早く移動することと、数が多い癖して攻撃が全然当たらないことだ。多分北上さんは自慢の魚雷を尽く避けられたんだろう。

 

 そして、何か持っていないかと聞かれたら―――

 

「ありますよ」

 

 こう答えるしかない。嘘を吐くTPOくらいは弁えている。

 普通の砲撃戦ではまずありえないような『攻撃が当たらない』というニッチな需要を満たす物を俺は持っている。

 それは投擲物。クソ餓鬼の数がやたらと多いから、多分どれを投げても効果はあると思う。

 

 但し今のシチュエーションだったら、味方に艦載機を使う人(大鷹さん)が居るから艦載機が飛んでる以上はフラッシュバンはナシ、陸上型深海棲艦に効果抜群の焼夷手榴弾は文月に貸したし……

 

 そうなると、使えるのは発煙筒か音響手榴弾の2択か。

 発煙筒はいざという時の撤退用に残しておきたいから……音響手榴弾か? 水中にブチ込めば潜水艦に特効だけど、潜水艦キラーの沖波が居る上に曰く潜水艦は1隻らしいから使っても良いのかな?

 

 でも明らかに雑魚ですって感じのクソ餓鬼に対して、例え効果抜群だと分かってても投擲物は投げたくない。でも今の状態が続くと、クソ餓鬼の全滅より先に俺がやられて、大鷹さんに魚雷を通してしまう。

 なんか負けた気がするけど、背に腹は代えられない。

 

 他の人に耳を塞ぐように通信しようと思った矢先、俺の横を一陣の風が通り過ぎていった。

 

 

 

 

 

君たちに足りない物は、それは!

 

『『『ウワァーーーッ!』』』

 

 その風の主の声と共に、今まで笑い声ばかり上げていたクソ餓鬼たちの悲鳴が聞こえて来た。

 

情熱、思想、理念、馬力、初速度、加速度、運動量!

 

『『キャーーーッ!』』

 

 一つの単語が聞こえてくると共にクソ餓鬼が一人、また一人と海面に倒れて沈んでいく。

 

その意味するところは! 速さが足りない!

 

『アッーーーー!』

 

 クソ餓鬼の群れに穴を開けた犯人、島風から最後に飛び蹴りを放たれたクソ餓鬼が吹き飛び、複数のクソ餓鬼を巻き込んで沈んでいった。そして島風は決め台詞と共に動きを止めた。

 

支援艦隊、到着したよ!

 

 支援艦隊……艦隊? 1人しか居ないじゃん。

 どうせ持ち前のスピードでぶっちぎってきたんだろうけど……うん、少なくとも艦()ではないよね。助かったから文句は言えないんだけどさ。

 

「ありがとうございます。見ての通り水上の深海棲艦、そして潜水艦は未知の相手です。気を付けてくださいね」

 

「当たらなければどうということはないよ! 当てられるとも思ってないしね。だって私、早いもん!」

 

 そう言ってまた凄いスピードで突っ込んでいった。

 自分のスピードに自信を持ってるからこそ言える言葉だからか説得力がある。でも死亡フラグにしか聞こえないのは俺がおかしいからか?

 そもそも、元から快速なのに更に速度強化機構(タービンとボイラー)を積むとか暴挙以外の何だって言うんだ。控えめに言って頭おかしい。

 

 そのせいで火力は控えめになったけど、今の相手のクソ餓鬼は攻撃が当たりさえすれば大した耐久力じゃないらしく、そんな速度全振りの島風の攻撃で次々と沈められていく。

 やってることは単純。ちょこまかと動き回るクソ餓鬼にそれよりも早いスピードで距離を詰めてはゼロ距離射撃。

 

 距離を詰めれば誰だって砲撃を当てられる。問題はクソ餓鬼が矢鱈と素早くて距離が詰められないことだったんだけど、こんなに丁寧にゴリ押すようなヤツがあるか!? 

 多分『艦これ』的には風雲と岸波がやってるように上級見張り員の妖精さんと機銃で弾幕を張るように攻撃するのが正解だと思うんだけど……

 

納得いかねぇ

 

 まさか速度全振りなんて一見してクソビルドに見える装備群に需要があるとは思わなかった。

 

『潜水艦が逃げて行きます!』

 

『『『キャーーー!』』』

 

 突然、沖波から通信が入ったと思ったらクソ餓鬼が蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。生物的本能なのか、潜水艦(リーダー格)が逃げたから後に続いたのか、只ひたすらに超速の島風が不気味なのかそれとも……

 

「どーも! 支援艦隊到着です! ……1人フライングしてますけど

 

 支援艦隊が来たことで数の利が消えたからか。

 

 

 

 青葉さんがカメラで早速沈みかけのクソ餓鬼を写真に収めている。あわよくば未知の潜水艦も沈めてから引っ張り上げて写真に収められるように、支援艦隊には伊168(イムヤ)も編成されている。

 

『ちょっと何よコレ! この辺、爆雷多すぎてまともに動けないわ!』

 

 ……相当ご立腹らしい。

 沖波と大鷹さんの艦載機がばら撒いた爆雷で海中がマインスイーパーみたいになってるらしい。逃げた潜水艦も潜水艦だよ。よくそんな状態で逃げたよ。

 

「ご、ごめんなさい。妖精さんに言って何とかしてもらいますね!」

 

「みんな、お願いしますね」

 

 なんと、妖精さんの手に掛かれば不発弾のように思える爆雷も海底資源、もとい資材に早変わりらしい。原理は知らない。

 でもそうやって資材として生まれ変わった物をまた俺たちが調達することになるのは面倒だけど、結果的には自給自足みたいになってるから……凄いクリーン! 艦娘と深海棲艦は地球に優しい戦争してるぜ。

 

「どうするの? 追う?」

 

「そうですね~……情報は持ち帰りたいですよねぇ。被害状況はどうですか?」

 

 青葉さんが訊いてくる。

 他の人たちは小破や中破で済んでるみたいだし、俺も大破寄りの中破くらいで留まってるように思う。

 

 ここで誰か1人でも大破ですって答えたら多分撤退になるんだよなぁ……

 殆どを島風と風雲と岸波が対処したクソ餓鬼の情報だけでも持ち帰ることは出来るけど、肝心の潜水艦を逃がしたくはない。

 それに実際に消耗してるのは駆逐艦4人と北上さんだけで、大鷹さんはまだ余力どころかほぼ全力残してる感じだし……進んだ方が良さげな感じがする。

 

「私も精々中破よりの小破くらいですねぇ」

 

 だから嘘を吐いた。

 『如何にも余裕です』ってアピールも忘れない。

 

 でも支援艦隊に峯雲は居ないから艤装の応急処置も出来そうにないし、大人しく支援艦隊の誰かと交代させて貰って補欠になろう。

 

「天龍さん、よろしくお願いします」

 

「おうよ。後は任せとけ」

 

 やっぱり頼れるイケメンの天龍さんだよね。

 




艦これ世界だけど『艦これ』じゃないから出来るアレコレは多い。岸波かわいいよね
 狭霧はPT小鬼群に特効持ってる。

・島風
大湊のイロモノその②。
最大の敵は他所の島風と音速の壁(約340m/s)
早さを活かして様々な役割を持てる。
PT小鬼からしたら轢き殺(ダイレクトアタック)してくる正に天敵。
加速しまくった飛び蹴りの威力は殺人的。
連装砲ちゃんは重たいのでお留守番。

余計な重さ(脂肪)を捨てる為のダイエットの知識から、コッソリ相談を受けることがしばしば。その数は両手両足の指では足りない

早さを一点に集中させて突破すればどんな分厚い塊であろうと砕け散るっ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

方向音痴

150話です。

毎度毎度遅くなって申し訳ない…



 

「スチュワートさんがこんなにボロボロになるとは珍しい。一枚よろしいですか?」

 

「はっ倒しますよ」

 

 とは言ったものの今は作戦中だからそんなことは出来ないし……しかし良いように撮られるのかと言われたらそんなことは無いんだよ。

 カメラを構えてきた青葉さんとの間に北上さんを挟んで写真を撮られるのをガードする。どうだ! 北上さんを無断撮影したと知った大井さんが怖くて撮れないだろう。

 

「ちょっと邪魔しないでくれるかな〜」

 

『遊ぶために支援艦隊(こっち)に来たなら前線に帰りなさいよ』

 

 おぅ……伊168が手厳しい。

 でも違うぞ。これは人が中大破してるってのに写真に収めようとするデリカシーの無い青葉さんが悪いんだからな。

 

 

 

 俺と天龍さんが、北上さんと大井さんが交代して今は支援艦隊に居る。

 天龍さんなら大鷹さんの護衛も完璧にこなしてくれるだろう……クソ餓鬼にイライラして突撃さえしなければ。

 あぁ、そう考えた途端心配になってきたぞ。何か様子見出来る物は無いのか? 有ったわ。

 

「北上さん、ちょっとその双眼鏡貸してくれませんか?」

 

「駄目」

 

 そう答えた北上さんは大井さんから渡されたという双眼鏡を覗き続けている。

 

「いや~、大井っちから『私の勇姿を見てて♡』なんて言われたら断れないっしょ」

 

「そうですか……」

 

 律儀に見続けてる北上さんも北上さんだけど、これは大井さんとの愛の確認作業。だからまだ死にたくない俺は邪魔をしない。

 例え双眼鏡に【ぜかきゆ】って書いてあったような気がしても質問なんてしない。きっと気のせいだ。

 

 まぁ大井さんを見る ≒ 艦隊を見ることであって、クソ餓鬼を見つける役割も担ってるから本当に邪魔はしちゃいけないんだけど。

 そしてクソ餓鬼がまた出現したらまた島風が真っ先に向かってくれるらしい。

 

 なら天龍さんじゃなくて島風と代われば良いのでは? って青葉さんにも言われたけど、島風なら支援艦隊から前線に向かうのにも大して時間もかからないし、そもそもクソ餓鬼を薙ぎ倒しながら大鷹さんの護衛は無理だ。

 

 得意なことやらせたら随一なんだけどなぁ……代わりに普通のことが出来なくなるってそれはそれでどうなの?

 これが俺を含めた大湊のピーキー集団の実態だよ。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 支援艦隊の最後の1人はアラレちゃん、もとい霰。平均的に平均以上とか言うぱっと見パッとしない成績だけど、どんな運用をしようとも腐らないヤバい子だったりする。大湊(ウチ)の朝潮型の中で多分1番強いんじゃないかな? 目立ってないから気づいてない人多そうだけど。

 

「?」

 

 けど強さと引き換えに声を失ったらしい。何か喋ってよ……寡黙にも程があるぞ。

 活発、明るい人が多い朝潮型の中で一人だけひっそりと、本当にひっそりとしてるから本当に存在感が薄い。別にシンパシーは感じてないけど……ちょっと心配になる。まさか、これが親心?

 

 

 

「……ん」

 

 納得したように頷いてから後方を指さす霰。

 その方向には青い水平線と黒い点。

 

「アレはなんです?」

 

 

 訊ねると砲を構えて交戦姿勢をとる霰。

 成る程、どうやら前線の後方の支援艦隊の更に後方に深海棲艦が現れたらしい。

 このやり取りを見てた青葉さんが通信を入れるような素振りを見せたから、俺のやることは……

 

「北上さん、あのウザいの(クソガキ)は居ますか?」

 

「ん~……居ないね。殆どが駆逐級で、他の艦種がチラホラ見えるくらい」

 

「島風、前線の駆逐艦の誰かと交代です」

 

「おうっ!」

 

 クソ餓鬼キラーの島風を状況に合わせて動かす事だ。

 こっちにクソ餓鬼が居ないならバッチリ活躍出来る前線に動かした方が良いだろう。

 

『潜水艦も確認したわ。足元(水面下)にも気を付けてね!』

 

 伊168(イムヤ)の通信によると潜水艦も居るらしい。

 正直言ってげんなりした。やっとまともに砲撃してくれるのが相手でようやく盾に出番が来たと思ったらコレか。クソ餓鬼による魚雷の飽和攻撃でお腹一杯なんだけど。

 

「北上さん、敵の駆逐艦の射程圏外から叩きますよ」

 

「合点。今度はちゃんと魚雷当たりそうだね~」

 

 北上さん結構怒ってる。やっぱりクソ餓鬼相手に自慢の魚雷が殆ど当たって無かったの気にしてたのかな? 北上さんも重雷装巡洋艦と言うことでそれなりに艤装のチョイス偏ってる節あるからなぁ……つまり俺たちはあのクソ餓鬼に対して相性が悪かった。

 でも今の敵にはちゃんと当たりそうって言ってるから霰とか伊168が撃ち合いを始める頃には敵の数が半分くらいになってそうだな。

 

 じゃあ霰に付いていってサポートしようかな。盾と投擲物のリハビリも兼ねてね。

 

まだ行ける?

 

「!?」

 

 キェェェェェアァァァァァアラレガシャベッタァァァァァァ!!

 まだイケるって何? びっくりして心臓飛び出て逝きそうだよ?

 

「マダイケル」

 

「うん」

 

 言葉が少ないけど、多分『まだ大丈夫なら戦ってもらう』って意味だと思う。そう思いたい……けど、流石に分からねぇよ。

 でも心配してくれるなんて優しい。

 

 

 

「あたしゃ今ちょ~っと虫の居所が悪いのよね」

 

 お、北上さんが双眼鏡を外して青葉さんにパスした。完全に殺る気だ。

 眉を寄せながら不機嫌ですという態度を隠そうともしない北上さんは腕の艤装から、足の艤装から大量の魚雷を発射した。

 なんだよアレ。滅茶苦茶スタイリッシュに魚雷発射するじゃん。ロボットアニメとかのミサイルだろあんなの。

 

「これが北上さんの20射線の酸素魚雷……壮観ですね」

 

 青葉さんの言葉には同感だけど、シャッター切ってるだけで攻撃しないの?

 でもあれか? 北上さんだけでオーバーキルになるかもしれないから様子見でもしてるだけか?

 

「もう一発あるよ~……それっ」

 

「「おお~~」」

 

 北上さんがまさかまさかの2回目の魚雷斉射だ! 青葉さん程興奮しないにしてもここまでされると語彙力が消えるね。何で海の上でSTG(シューティングゲーム)してんのこの人。

 

 見ろ、撃ち込まれた場所に空間出来てら。やっぱりあの密度の魚雷をスルスル避けてたクソ餓鬼はヤバかったんだなぁって思うね。あの乱戦みたいになってた中で味方にも当たらないように北上さんも配慮してたのかもしれない。

 これを後ろから見ることが出来て良かった。これからは北上さんと大井さんが全力で攻撃できるように二人が居た時は前に出ないように気を付けないと……

 

「うわ、何本か潜水艦に当たったかも」

 

『残りの潜水艦を片付けるわ!』

 

「あとはお任せください!」

 

 伊168と青葉さんが残りの深海棲艦相手に攻撃を始めたようで、俺の手元には青葉さんに渡された双眼鏡がある。あ、やっぱりコレ雪風のじゃん……

 どれどれと思いながら覗いてみると普通に双眼鏡だった。良く見える。

  北上さんは敵の駆逐級の中に他の艦種がチラホラ居るって言ってたけど、北上さんと青葉さんの先制攻撃で消し飛んだ先には何が居るのかな~?

 

うげ……

 

「?」

 

 漏れた呟きを霰に聞かれてどうかしたのかと目を向けられる。

 冗談じゃない。あんなの居たら前線に支援に行く余裕なんて無いぞ。北上さんがアレらを見つけてるとは思えない。見つけてたら俺たちに一言二言あっていい筈だからね。

 

「あー……大鷹さん? そっちに支援は無理そうです」

 

『今度は何があったんですか? 例えば姫級が出たとか……』

 

「そのまさかです。こっち(支援艦隊)には誰が向かってますか?」

 

『風雲ちゃんが島風ちゃんと交代しました。そうですか、そちらにも姫級が……こちらもそろそろ接敵しますが、ご武運を』

 

 通信が終わる。

 島風は無事に前線に着いたらしい。あとは風雲が無事にこっちに到着できれば良いんだけど……それまで待つかな?

 

「霰、敵の艦載機に注意してください」

 

「うん」

 

「空母ヲ級と戦艦レ級、駆逐棲姫を発見しました!」

 

 北上さんの超火力が頼みの綱だ。

 今度は北上さんの護衛になりそうだ。

 




駆逐棲姫再び。

・峯雲
大湊のイロモノその③
魚雷? 機銃? 爆雷? 暴力なんて時代遅れ!
大事なのは美味しいご飯と衛生材料とその他(L O V E & P E A C E)だ!

前線にも出てくる高機動プチ間宮 + プチ明石。
火力支援とは方向性がちょっと違うものの
前線で傷付き戦う人たちを強力に支援する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

待つ者

151話です。

かつてこれほどまでに1日が伸びないかと切望した時期は無いです。

偶には提督視点でも。


▼――――――――――

 

「では失礼する」

 

「ああ、ゆっくり休んでくれ」

 

 長門が部屋から出て行った。

 戦闘の詳細を聞いてちょっと喉が渇いたと思ったら阿武隈がコーヒーを淹れてくれたので、それを啜りながら思考に耽る。

 

 やはり戦艦棲姫は強敵だったんだろう。一体ではなく複数出現したことから、かなり力を入れた編成にしてて尚長丁場になったことも理解できる。

 提督同士の勉強会などでも『戦艦棲姫が同時に複数出現したら最悪の場合も覚悟した方が良い』なんて脅されたこともあるくらいだ。現場から複数出現したと連絡が入った時は生きた心地がしなかった。

 戦艦棲姫との戦いでは大破するまで攻撃を引きつけ続けた若葉と、一時的撤退する時に殿を務めた際に大破してしまった神通がMVPに値する働きぶりだったと判断して、明石から優先的に処置してもらうように言っておいた。

 

 何にせよ、空母棲鬼、戦艦棲姫、集積地棲姫との戦闘で全員が無事に帰還したことに胸を撫で下ろす。

 まだ帰還していない艦隊は潜水艦の討伐に向かっている艦隊で、他の艦隊が戻って来たからそろそろ戻ってくるだろう。

 

「早く帰って来て欲しいね」

 

「そうですね。全部終わったら皆さんでパーッと観光とか楽しむのもOKだと思います!」

 

 

 

 しかしただ待っている訳にもいかないので、一仕事終わった艦娘達に労いの言葉をかけて、各々から武勇伝を聞いて回った。

 どうやら文月が陸上型深海棲艦を相手に相当な活躍をしたことが多少の誇張はあれども広まっていた。自分は報告で聞いたけど、本当に個人が挙げる戦果ではない様に思えて仕方がない。

 秘書艦の阿武隈とに同じこと(戦果)を出来るか訊いたら怒られた。どうやら戦艦でも出来るかどうかというレベルらしい。これは他の提督に自慢するしかない。

 

 しかしそうこうしている1時間、艦隊は戻って来なかった。

 

 

 部屋に籠って戦艦棲姫、空母棲鬼、集積地棲姫との戦闘の詳細を纏めること3時間。

 空母棲鬼と交戦した際、こちらの艦載機も大量にスクラップにされて修理不能の状態にされたことが分かり頭が痛くなった。

 それは勝利の代価なのだから仕方ないと受け入れるしかないが、このまま手を打たないでいると艦載機の補充に手一杯でいつまで経っても大和の建造(武蔵との約束)を実行出来ない。

 弾薬や燃料は本当に仕方がないにしても、艦載機は無限に存在する訳ではない。少なくとも艦載機の準備には時間が掛かる。

 艦載機の消耗を少しでも減らすべく、一度空母達には集中特訓を実施、参加させるべきかもしれない。その場合の教官役は……赤城と加賀(一航戦)は忙しいみたいだし、飛龍と蒼龍(二航戦)に任せようかな?

 

 

 考えることは無くならない。

 更に頭の痛い事に、予め大本営によって用意されていた資材の半分以上が無くなったことに気がついた。伊58と龍田を呼んで現地での遠征の必要性を確認してる間に更に2時間経っても、一向に扉は開かなかった。

 

「……こんなに遅いと、流石に天龍ちゃんが心配ね〜」

 

「イムヤ、大丈夫かな……」

 

 その言葉に、あぁ、そういえば天龍と伊168(イムヤ)もそのメンバーに居たのかと思い至った。

 大きく4つに分けられた内、1つだけが他よりも6時間以上遅くなるのは、やっぱり誰だって心配らしい。

 

 ふと、最悪の想定が頭を(よぎ)るが、そんな訳ないと考えを改める。

 

「きっと大丈夫だ」

 

 速さ自慢の島風も居るんだ。本当に全滅しそうなら誰かが最も逃げ切れる可能性の高い島風だけでも撤退する様に言うだろう。

 

 

 

 長門の報告から7時間以上経過し、その時には昼頃だった空は暗くなってしまった。

 それでも一向に、潜水艦の居る方向に向かわせた艦隊のメンバーによって開かれない扉に、自分の我慢が限界に達しようとしていた。

 

「遅い…」

 

 自分が短気な訳ではないと思いたい。だけど信じて待つにしても限度というものはある。

 それに、さっきから頻繁に艦娘が部屋を出入りしては自分の顔色を伺っているのも不安に拍車をかける。

 

「そろそろ捜索に艦隊を出そうと思うんだけど、どう思う?」

 

「はいっ!? あ、阿武隈的には、必要ないかな~ってお、思います! ぁそ、そうだ! 件の潜水艦も撃破したって連絡がありましたよ!」

 

 まさか遭難したのではないだろうかと思って阿武隈に訊いたら、驚いたことに自分の欲しい情報が出て来た。

 

「本当かい? 良かった……」

 

 どうやら自分には連絡がなかっただけで、しっかりと連絡自体はされていたのか。

 ひとまずは朝方に出撃して行ったまま、夜戦をすることにならなくて良かったと思う。

 日中からそのまま夜戦に突入するのは疲労が嵩みパフォーマンスの低下を招く上、各種探知機や電探が無いと視界が悪いのも相まって各種事故が起こりやすくて非常に危険だと教えられている。……川内のせいで感覚が麻痺したのかもしれない。

 

 潜水艦の方面に向かった支援艦隊は誰も探照灯を持ってないことが手元の紙に控えてあり、自分も日中に方が付くと思って軽空母の大鷹にも夜偵の類は無いし…と不安になっていたので潜水艦の撃破という事実は非常に安心した。

 

 しかし、そういった連絡が直ぐに自分の元に来ないのは不思議だ。

 

「合計6人が大破して移動に支障が出てるらしくて、遅くなってるのはそれが原因みたい。……。ああ! 捜索とか護衛が必要ないのは、三水戦が護衛のために既に出て行ったっぽいからで…」

 

「6人も?」

 

「えっと……はい。青葉さんが直接報告しなければいけないって……ごめんなさい」

 

「いや、こちらこそ八つ当たりみたいになってしまった。そうか、無事なら良いんだ」

 

 そうは言うものの、6人も大破とは只事ではない。

 でも、自主的(勝手)に三水戦が護衛に行ってくれたから無事に戻ってくることが確定したことで、少なくともさっきまであった『実は全滅している可能性』は無くなった。

 あとは戻ってきたら詳細を訊かないといけない。

 

 待っている間に冷たくなった夕食を阿武隈に温め直してもらおう。

 

 

 

 夕食を食べ終えてから30分程待つと艦隊が帰還したと知らされ、報告の為にやってくるであろう青葉を今か今かと待っていた。

 

「失礼します」

 

 いつもよりだいぶ控えめなノックと、不気味なほどしおらしくなった青葉が入ってきた。

 6人も大破させてしまったことを気にしているのか目が合ってもすぐに逸らされてしまう。顔色が悪いのは青葉本人もボロボロなこととは別の原因があるのかもしれない。

 

「まずは」

 

 そこまで言うとビクリと肩を跳ねさせて息を呑んだ。余程自分に怒られると思っていたのか冷や汗もかいているように見える。

 ……大破した情報に驚きはしたけど怒ってはいない。青葉の思うような事にはならない筈だ。

 

「お疲れ様、だね。報告を聞かせてもらえるかな?」

 

 努めて柔和な雰囲気で怒っていないとアピールする。

 効果はあったようで、まだ緊張を解かないまでも目に力が戻ってきた。

 

「りょ、了解です。まずは―――」

 

 それから青葉の報告が始まった。

 午前中に例の潜水艦とその取り巻きの深海棲艦と交戦したらしく、逃がしはしたものの特に問題は無かったらしい。

 だったら問題は午後だ。どうしてそんな状態から6人も大破状態にまで追い込まれたのか、その原因をハッキリさせておかないと何度でも同じ目に遭うだろう。

 

「それで午後ですが……」

 

青葉さん! 2人が目ぇ覚ましたって!

 

「待って今は! ……あ」

 

 青葉が午後の報告を始めた直後、部屋に風雲が入って来た。

 風雲も青葉に負けず劣らすボロボロだけど、それすら気にならないこと言っていた。

 

「目が覚めた? 青葉、どういうことだい?」

 

「えっとぉ……し、島風さんとスチュワートさんが意識不明と言いますか轟沈しかけたと言いますか……むしろスチュワートさんに至っては一度沈んだと言いますか……」

 

 緊急で明石さんに診せていたんですと言う青葉の言葉が上手く呑み込めない。

 

 轟沈? どういうことだ?

 誰が沈んだ? 何があったんだ?

 一度様子見に行くべき? でも邪魔になるか?

 診て貰って大丈夫だって? 本当に?

 でも誰もこんな質の悪い嘘は吐かないだろう。

 

「「……」」

 

 風雲と青葉、阿武隈が自分をジッと見たまま動かない。

 自分は驚きと混乱のあまり絶句して動けない。

 

 嫌な沈黙が部屋を支配していた。

 

「……報告を続けてくれ」

 

 取り敢えず何があったかだけでも聞いておこう。

 

▲――――――――――




主人公の轟沈ヨシ!
いや~1回は主人公を沈めてみたかったんですよねぇ()
 島風ファンの方はごめんなさい。

・若葉
大湊のイロモノその④
バルジを積みまくったガチタンク。
本人にやや被虐嗜好の気が有るが故に
 “生半可な攻撃ではむしろ逆効果”
※ただしダメージは確実に蓄積されている

艤装のバルジであって、村雨の言う贅肉(バルジ)ではない。
若葉自身はほっそりしているが、艤装は超マッチョ。

駆逐艦特有の“避ける”行動を放棄して積極的に射線に踊り出ては後ろに攻撃を通さない護衛の鑑。
戦艦棲姫の攻撃にご満悦。大破したその顔は笑顔であった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不意打ち


152話です。

あと1週間……あと1週間で3月が終わる……
へへ……これでやっと解放される……筈(一抹の不安)

誤字脱字報告ありがとうございます。


「いや冗談キツいて」

 

 Q. 両手の指では数えきれないくらいの駆逐級の群れが片付いたと思ったら後ろに面倒くさい強敵が複数居た時の一般的な感想を答えよ。

 ただし後方で別の艦隊が接敵、交戦している為撤退はできないものとする。

 

 A. ふざけやがって。

 控えめに言ってクソでしょコレ。この世界にセーブ&ロードの機能は無いんだぞ?

 

「装填中だからちょっ~と待ってね。次で全部ブッ飛ばすから」

 

「流石北上様! 期待してます」

 

 挨拶代わりの魚雷斉射で敵を半壊させるような人の言う言葉には力がある。

 

 敵とはまだ離れてるから付かず離れずを維持しつつ北上さんの魚雷を撃ち込んで行けば殆ど被害を出さずに勝てそうだな。

 もっとも、相手の空母ヲ級と戦艦レ級の艦載機をどうにか出来ればって前提条件があるけど、味方(こっち)に空母が居ないんだよなぁ……一応俺も霰も対空攻撃は出来るんだけど、風雲はまだ来ないし……問題は空母ヲ級をどうするかってところか。

 

「あ、ダメっぽい。もう撃つね」

 

 そう言うなり魚雷を撃ち始めた北上さんに驚く。

 気が付いたらレ級がこちらに向かってきていた。

 ちょっと待ってくれよ。脳内作戦会議中に襲ってくるなんて敵キャラの風上にも置けないぞ恥ずかしくないのかよ。

 

『嘘っ、ヤバッ! ……早くアレ何とかして!』

 

 どうやら魚雷のオマケ付きらしく、伊168(イムヤ)からヘルプが来た。そう言えば潜水艦も居るんだっけ? だとすると伊168の負担が大きすぎるな。

 

「霰。伊168と敵潜水艦、駆逐艦の対処をお願いします」

 

「ん」

 

 霰は通信を受けた時から既に準備をしてたのか、声を掛けた時には魚雷を発射していた。

 とにかく、これで敵潜水艦の事は考えなくて済む。

 

 

 でも潜水艦が片付くまでの間だけでもレ級には海の上に集中してもらわないと困るな。

 レ級の尻尾から放たれた強烈な一撃が北上さんに直接当たらないように庇いつつ引っ張って避ける。

 

「うむ。苦しゅうない」

 

「……余裕そうですね?」

 

「ゴメンって、冗談だよ」

 

 まぁ北上さんも中破してるし、余裕は無いよね。

 でも余裕そうに振る舞ってるってことは自分が被弾しないって言う自信からか、それとも俺を和ませようとしてるか……気を遣わせちゃったかな?

 

「じゃあ青葉さんと一緒にレ級とやり合っててください。あの笑顔を歪めるくらい楽勝ですよね?」

 

 別に沈めてくれても構いませんよ? と言うと、楽勝楽勝と言いながら左手をヒラヒラさせて応えた。

 同時に右手の砲から放たれた牽制も何気に精度高いのよね。今も動き回るレ級の顔面に砲弾が吸い込まれていったし。

 

「近付いてきたって事は、大量の魚雷を喰らう覚悟があるって事でしょ? 後悔させてあげるよ。んじゃ青葉さん、一緒に大物狩り始めますか」

 

『えっ、私ですかぁ!? レ級を相手に!?』

 

 青葉さんの言葉は弱気だけど、何だかんだで器用に何でもこなす人だからレ級相手に一方的にやられるなんてことはないだろう。今も軽巡複数から囲まれてもピンピンしてるみたいだし。魚雷避けるの上手いんだよねあの人。

 それにレ級と言えど砲撃戦メインに調整された艤装群の青葉さんを相手をしながら北上様の猛攻を凌げるとは思えないし。

 

「北上さんをしっかり守ってくださいね。ではポジション交代です。3、2、1、ハイッ!」

 

 俺は俺でやらなきゃいけないことがあるんでね。

 悪いけど、有無を言わさずにレ級を押し付けさせてもらおう!

 

「あーっ! もう、恨みますよ!」

 

 存分に恨んでくれて構わない。ただし全部終わってからで頼むと心の中で呟きながら、軽巡ト級を尻尾で持ち上げ肉盾にして北上さんの魚雷を凌ぎながら接近しているレ級(モンスター)から視線を外す。

 そして遠くで艦載機を展開し始めたヲ級に目を向ける。

 俺の相手はアイツだ。

 

 

 

「霰、潜水艦が終わったらこっちを手伝ってください」

 

『ん。もう少し』

 

 よし。

 

 他の人も頑張ってるんだし、俺も頑張らないと。

 

 艦載機から鉄の雨が降ってくるので盾を上に構える。

 やっぱり空母は個人()じゃなくて複数()を攻撃してくる癖にやろうと思えば集中砲火してくるのが嫌らしい。

 だけど空母ヲ級は艦娘程賢く無いから、1人で相手にするだけでこうやって集中砲火してくれる。

 攻撃力自体も一航戦の2人と比べればまだまだって感じだし、落ち着いて対処すれば問題なく倒せそうかな?

 

「んじゃあまずは分断っと」

 

 後方に向けて紫色の缶をポイっと投げる。すると途端に煙幕が広がっていくけど……ちょっと風があるか? なら100%の効果は望めないかな。

 でも後ろのレ級は既にヲ級の視線が通らないし、青葉さんだってきっと俺の意図を汲んで、煙幕の向こう側でレ級を処理してくれるだろう。

 

 あとは煙幕が晴れるまで全ての艦載機のターゲットを俺に集中させ続けていれば問題なし!

 投擲物の種類と数量を調整しておけばこんな時の為に追い煙幕出来たのに……スタンダードに各種一本ずつだからなぁ。残りが二つ。黄色(閃光)(音響)か。

 

「もう少し引き付けてから……何っ!?」

 

 突然足元に特大の爆雷が現れた。

 盾を構えつつだから全速力では無いとはいえ、いきなりそんなのが現れて避けられる筈もない。

 直後に足に伝わる衝撃からやっちまったと思いつつ、衝動的に黄色の缶を上に投げて後退する。

 

「やられた。……でも魚雷は無事か」

 

 舌打ちしながら確認する。

 艤装は無事だった。滅多な事では誘爆しないとは言え魚雷着けてて爆雷踏むとか心臓に悪い。

 

「……アレか」

 

 ヲ級が展開した艦載機に見慣れないモノが見つかった。

 メカニックなデザインとタコ焼きみたいな球状とはまた違う、鳥みたいな艦載機が飛んでいた。

 普通のヲ級の艦載機には混ざって無いし、間違いなくさっきの爆雷の犯人だろうが……残念なことに堕とせていない。

 

「……」

 

 普段だったらまた近づいて攻撃を仕掛けるんだけどなぁ……流石に大破しちゃってるしどうしようかなぁ。

 取り敢えず魚雷を発射する。1.2.3.4.5と発射して、半分くらいが途中で爆雷に引っかかって爆発した。ちゃんとヲ級のところまで進んでいった魚雷も流石に距離が空きすぎたのかあっさり回避された。

 

『……』

 

 そしてヲ級引はそのまま特に動きの無いままスゥーっと後退していった。

 後ろのレ級からも、前線の艦隊の方からも離れていく。

 動きが不審過ぎるけど離れてくれるなら大歓迎だ。追撃はしないようにしよう。返り討ちに遭う可能性も高いし。

 

『潜水艦は片付いたわ! 私はレ級の方に向かう』

 

「おっ?」

 

 不穏過ぎる戦場でこれは良いニュース。

 霰が来るならやっぱり2人で一気にヲ級を叩くのもありか? いや、既に大破状態だから突撃は流石に無茶か? でも霰に全部任せちゃうのはちょっと申し訳ないなぁ。

 取り敢えず今は待つだけで霰が来て状況が有利になるから、遠く離れた場所に陣取ったヲ級に最低限警戒しておけばいいかな?

 

「伊168、レ級はどうです?」

 

『知ってたけどバケモノね。ま、こっちは気にしなくて良いわ』

 

『ん。……ッ!

 

 その言葉に安心する。

 なんか俺だけが乱戦の外でポツンとしててサボってる疑惑出そう。やっぱり霰と一緒にヲ級を叩くべきか?

 

 

 

 魚雷でヲ級の方向にまだ沈んでいるであろう爆雷を爆発させながら考えていると、後ろから音がした。

 霰が来たらしい。

 

「霰。あの辺に爆雷が沢山あるので気をつけてください。それで、ヲ級をどうしましょう……」

 

どうしましょう……♪

 

「え?」

 

 振り返ると霰の頭に砲が突きつけられてる。

 犯人は微笑みを浮かべて俺の方を見てる駆逐棲姫。

 レ級とヲ級だけでキツかったからサッパリ忘れてた。

 

『通信したら撃つよ』

 

逃げて……

 

 やべぇ。

 




\ ヤベェ /
Q.駆逐棲姫今まで何処居たの?
A.『自分以外(レ級とヲ級と潜水艦)に目を向けさせたら残りの場所は盲点』

・清霜
大湊のイロモノその④。
よく食べ、よく動き、よく学び、よく眠った結果、
『一気に戦艦になろうとしたのが間違いだった』
と結論を出した。
現在は武蔵のお下がりの試製51cm連装砲を持つ。
遠距離から一式徹甲弾改をブチ込むので大物狩りが得意。
なお、重量過多の為他の武器は無く潜水艦の相手は苦手。

地味に大湊の戦艦が垂涎する良い砲を使っているが、
長門は「清霜のあの姿勢は嫌いでは無い(頑張る姿は微笑ましいな)」と語る。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鈍色の執着心

153話です。

『忙しさ』から解放されたッ!!!
自由時間よ、私は帰って来た!


 ヤバい。

 

 実にヤバい。

 

 これは所謂アレだ。

 14歳くらいに発症する病に罹った男子がつまらない授業中に妄想する『絶対にカッコイイ(役に立たない)ワンシーン』だ。

 

 正に今、授業中の教室に突然不審者が現れてクラスの誰かが捕まって人質になるんだ。

 そして何故か自分は筆箱に入っていたカッターとかボールペンで不審者に立ち向かうんだ。

 そして何故か不審者は銃を持っていて、それを自分は偶々避けることが出来て、その上人質も無事で不審者は不殺。

 一気にクラスのヒーローだ。そんなの自分の気質じゃないのに……ってヤツだ。

 

「はぁ~……」

 

 どうでもいい事に頭を使うことだけは一級品だな。

 

 

 そんなクソな妄想と比べて、実際はどうだ?

 不審者(駆逐棲姫)は超強敵 で知り合い()は絶体絶命。ついでに俺が誰かに助けを求めたら撃ち抜きますと宣言された。

 何か変な行動を起こしても撃ち抜かれるのは間違いない。

 

 俺の鈍色の脳細胞によって導き出された行動とは?

 ハンズアップからの対話だ。

 

「……は、ハァイ駆逐棲姫さん。そんな物騒なモノ仕舞って、お話……しよ?」

 

『……』

 

 俺たちは知的生命体なんだ。殺したり殺されたりなんて虫でもできる。なんなら(プラス)(マイナス)の記号だって(相殺)し合うくらいだ。

 

 へ、ヘイ! 春雨ちゃんにソックリだネ~あなた。

 彼女の愛嬌はどこに行っちゃったのカナ~?

 

「あ、霰もソレは今はナシです。捨てて捨てて」

 

「……。ん」

 

 霰の足元から魚雷が沈んでいく。間を開けずに俺も装填が終わった魚雷を沈めていく。

 こんな不自然な挙動の魚雷があったら伊168(イムヤ)も気付いてくれる……気付いて欲しい。

 

「さぁ、お話しましょう?」

 

『……』

 

 全然目線が俺から離れない。

 あっもしかして残りの投擲物(黄色い缶)? やだなぁこれは品種改良されたマンゴーだヨ。

 うっかり起爆しないようにぶら下げてるチェーンごと外して沈める。

 まだ足りないの? いやいや盾は捨てないよ。殺傷力無いし。

 

 人質取ってるってことは何か要求があるということ……だと思う。先制攻撃しちゃったのはこっちだからワンチャン見逃してくれって可能性もあるな。

 いやでも、港湾棲姫と北方棲姫は反撃してこなかったけど今回はレ級の突撃を皮切りに普通に交戦したからそれは無いか? 魚雷捨てたのは流石に早まったかもしれない。

 まぁまずは話し合いだ話し合い。

 

「……何が望みで?」

 

『貴女の身柄』

 

「…………えぇ?」

 

 ちょっと何言ってるか分からない。

 だって俺の身柄なんてあってもどうするよ?

 

 俺が深海棲艦に捕まったと皆んなに知られても精々が「じゃあ助けに行くか!」くらいのモノだろうし……あっでも提督なんかは変に拗らせてるっぽいし、結構混乱しそうじゃないか?

 

 でもなんでそれを深海棲艦が知っているのか。

 これが分からない。

 

 まさか港湾棲姫と北方棲姫か?

 実はやっぱり敵性の深海棲艦と繋がってましたってオチ……は無さそうなんだよなぁ。

 都会から戻って来た漁師の息子さんの性癖をガッツリ歪めてオロオロするのはスパイのやる事とは思えないし……って違う違う。

 

 どういう訳か駆逐棲姫が俺を欲しがってるってことだ。

 趣味が悪いってレベルじゃないけど、俺としては断る理由なんてほとんど無い。

 

 死にぞこないの俺と多分まだ碌に被弾してない霰。

 変な事して両方撃たれて両方沈むのはアホ過ぎる。せめて片方だけでも……ってなったらもうダメそうな()を切り捨てるしかないんだよなぁ。

 まぁ立場が逆でも切り捨てるのは俺なんだけど。

 

「霰、ポジションチェンジします?」

 

 取り敢えず霰に声をかけるだけかけておこう。

 

「ダメ。私はいいから皆で戻って……」

 

 お? 良いのかそんな事言って。自分のことを棚に上げてでも怒るぞ。

 俺よりも有能な霰のことだから俺の思い浮かばないアイデア出せそう、と言うかもう思いついてそうだから取り敢えず霰を解放しようもアレコレ考えた結果だと言うのに……まさか構わず逃げろと言われるとは思わなかった。

 

「駆逐棲姫、トレード成立ですので霰を渡してください」

 

『え? ……そっちが来るのが先。貴女が私のところまで来たら解放する』

 

「信用できない」

 

『……どうなってもいいの?』

 

 見せつけるかのように霰に砲を突きつけ直す駆逐棲姫。

 やっぱりすんなり霰を解放してくれないか。

 

 じゃあ仕方ないと、言われた通りに俺から駆逐棲姫に近づいていくと、近づくに連れて嬉しそうな雰囲気を漂わせていた。

 ……しっかり駆逐棲姫の要求に応えてる形になるな?

 

「待って。それ以上は進まないで」

 

『黙ってて!』

 

 うわ。砲を押し付けられた時にゴリッて聞こえた。めっちゃ痛そう。

 そんなことを考えていたその時、視界の端でヲ級が動いた。

 

なぁ〜〜にやってんのよあなたたちはぁ〜っ!

 

『!?』

 

 突然聞こえてきた怒声の直後、駆逐棲姫が霰を盾にするかのように前に突き出した。

 そして霰はと言うと、駆逐棲姫の砲が頭から離れた一瞬の隙を突いて拘束を振り解いて、俺の方に向かって来ていた。

 

『あっ……』

 

 駆逐棲姫も呆然。映画のワンシーンみたいだ。

 

「すごい格好良かったです」

 

『格好良かったです』じゃ無いわよもうっ! はぁ……ま、待たせたわね!」

 

「待ってた」

 

「風雲、ナイスです」

 

 なるほど霰は風雲の到着を知っていたのか。

 やっぱり凄ぇよ。そりゃあ俺がわざわざ駆逐棲姫の要求に応えようとしたら止めるわな。

 まぁ通信出来なかった以上、霰の意図を察することが出来なかったんだから許して欲しい。

 あぁ、でも思い返すと霰が不自然な程多く瞬きしてたような気がする。

 

「……まさか瞬きでモールス信号を?」

 

「もっと自分を大事にして」

 

「返す言葉もございません」

 

 観察力の不足。いや、あの状況で気付くのは大分無理があると思う。

 霰も霰で咄嗟の出来事に対しての対応力が高すぎる。

 

「それでどうするの? 私たちだけでヲ級と駆逐棲姫の相手なんて正気の沙汰じゃないように思うんだけど」

 

「ですね。霰の判断に従いますよ」

 

 どうせ俺よりも現実的かつ有効な手段を思いついてるに違いない。

 本当に、霰みたいな有能と一緒に居ると自信無くすわ。

 

「じゃあ青葉さんたちと合流。ヲ級たちに追撃される前にレ級を片付ける」

 

「「了解」」

 

 俺ならヲ級も駆逐棲姫もどうにか倒して一休みって答えたね。……だから「意外と脳筋思考だよね」とか言われるようになったのか。

 

 俺の高角砲は空っぽにしてたから装填中、霰と風雲がヲ級の艦載機をどうにかしてる間は盾に隠れてるしかないか。

 守って貰うということに無力感と情けなさを感じながらレ級との交戦地点に向かう。

 

 

 

 しかし油断していた。

 というよりは想定外だ。

 

 なんでレ級みたいな戦闘狂の代名詞みたいなヤツじゃなくてさっきまで脅迫(交渉)とかしてたような駆逐棲姫が風雲の放った魚雷に突っ込んでくるのか。

 その消耗を覚悟してでも駆逐棲姫が向かう先には俺。

 

逃がさない!

 

 狂気すら感じるその声に息を呑む。あっという間に俺の下に辿り着いた凄まじい形相の駆逐棲姫が魚雷を振りかぶっていた。ちよっと速すぎるんじゃない?

 しかも魚雷を器用に4本も持っちゃってまぁ……一本だけでも沈めるってのに追加がヤバい。まぁ避けられないのが一番ヤバいんだけどね!

 

 せめてもの抵抗で頭と顔は守ったけど、目を閉じてやって来たのはそこそこの衝撃と、直後にやってくる圧倒的な重さ

 

「あっ……」

 

 まるで水の中から何かに引っ張られてるような感覚と、水に入って冷たくなる足と体。

 

「ま、待って!」

 

咄嗟に(もが)くように上に向けて伸ばした手が何かを掴む事はなかった。

 




主人公轟沈ヨシ!
また『やりたいことリスト』が1つ埋まっちまったなぁ~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

風雲(ふううん)ではない

154話です。

今回は短めです。
しかも難産だったせいで色々とおかしいかも?

何故こんなに遅くなったのか。
自由時間を満喫してるからだろうなぁ……


 ああ、どうして。

 そんな思いばかりが頭の中で渦巻く。

 

逃がさない!

 

 駆逐棲姫の執念としか思えない行動力。

 私の砲撃と魚雷が全部命中したのに全く止まらずスチュワート目掛けて突っ込んでくる様子は、鬼気迫ると言うよりも最早絶望そのものだった。

 

 目を背けたくなる現実を飲み込めない。

 結果として、沈んでいく彼女をただ眺めていることしか出来なかった。

 

 もっと速く合流していればこの結果は変わったのか。

 もっと優秀な艤装で攻撃していたら駆逐棲姫を止める事は出来たのか。

 あの時伸ばされた手を掴めていたら。

 もし───

 

 

「風雲、手が止まってる!」

 

「っ! ごめんなさい! ……てぇっ!」

 

 私の後悔は珍しく声を荒げた霰に止められた。

 スチュワートが沈んだ直後に霰はイムヤに回収するように通信を入れたみたいだけど、イムヤが言うにはスチュワートが交戦地点を完璧過ぎるほど綺麗に分断してた所為で私たちの場所まで時間がかかるらしい。

 少しでも速く助けたい今に限って、その完璧さを恨めしく思う。

 

「砲撃では艦載機狙って」

 

「分かったわ」

 

 それに、スチュワートを助けるにあたって警戒するべきは駆逐棲姫だけじゃない。

 ヲ級だって十分以上に脅威になる。飛ばしてる艦載機には爆雷を投下してくるものが多くて、それらを少しでも減らさないとイムヤがスチュワートを回収出来なくなってしまう。私たちだってそこらじゅうに爆雷をばら撒かれたら動き辛くて仕方ない。

 

 でもやっぱり1番の問題は、スチュワートが沈んだ地点から殆ど動かずに回避行動に専念している駆逐棲姫。

 しかもイムヤの存在を感知しているのか魚雷を放ってこない。

 

 私の魚雷は回避に徹した駆逐棲姫にスルスルと避けられ、出来て当然だと言わんばかりに時間を稼がれる。

 結局、イムヤから私たちの下に到着したと通信を貰うまで一回も魚雷を撃たせることは出来なかった。

 

 ただ移動していただけ。

 何の活躍も出来ていない。

 良いところナシだなぁ……なんて思いながら、胸の中に溜まったモヤモヤを振り払うように自分に喝を入れる。

 

『う……やっぱり気づかれてるわね』

 

「! イムヤ、私が隙を作るわ」

 

 イムヤの発言に対して、食い気味に言ってしまった。

 隙を作る? ……どうしよう。

 やっぱり心の何処かで功績を上げようと焦ってたのかも。

 

「風雲?」

 

 もう正直になろう。私は「お前のせいだ」と指を差されたくない。勿論そんなことは誰もやらないって分かってるけど、このままだと後悔で私が私を許せない。

 それに、私は私の言葉を嘘にしたくない。

 だからもうやるしかない。

 

「お返しよ駆逐棲姫。イムヤ、私に合わせて!」

 

 絶対に魚雷を撃たせて見せる!

 

はぁあああっ!

 

『!』

 

 私の突撃に気づいた駆逐棲姫が砲の照準を霰から私に向ける。霰が強いのは知ってるけど、私だって無視したら痛い目に合わせるくらいは出来るんだから!

 砲撃なんて甘んじて受けてあげる。でも絶対に私に魚雷を撃ってもらう。イムヤに対して魚雷は撃たせない!

 

うあぁああぁっ!

 

 どんどん近づいていく駆逐棲姫の顔。

 1,2回と撃ち込まれる砲に身体が揺れる。でも止まる訳にはいかない。

 

 怖い。私も沈んだらどうしようかって今になって思い始めた。

 でも次に見えたのは、魚雷を私目掛けて発射しようとしてる駆逐棲姫の姿。

 

『右に避ける!』

 

 その通信を受けて反射的に右に曲がる。

 左側の艤装が大きく破損したのが分かった。

 

『スチュワートを回収したわ!』

 

 

 イムヤは無事にスチュワートを回収したみたい。

 だけど私は大破……でも沈んだりする様子はない。

 つまり───私の勝ち。

 

「ふぅ……諦めなさい。彼女(スチュワート)にはもう居場所があるのよ。貴女たち亡霊とは違うの」

 

『ッ! ……。』

 

 私の言葉に硬直した駆逐棲姫に砲撃を叩きこむと、先程まで路傍の石でも見るかのような視線にこれでもかと殺意が込められた。

 何かの琴線にでも触れちゃったのかなと思いつつ、流石にこれ以上こんな近距離で攻撃されたらマズいと思って距離を取る。

 

「……え?」

 

 何故か距離が取れた。攻撃もされなかった。

 どういうことだと振り返ると、駆逐棲姫が霰の魚雷を避けている所だった。

 

「助けられちゃった……」

 

 

 

「すいません、遅くなりました!」

 

「あたしらの筆頭サマを沈めたのはアイツ? ふ~ん……確かに生意気な顔してるじゃん」

 

 そしてこのタイミングで青葉さんと北上さんが来た。

 青葉さんはレ級の相手してたみたいでボロボロになってるし、北上さんも私も大破。

 

 それでも流石に不利だと思ったのか、ヲ級と駆逐棲姫が逃げていく。

 

結局逃げるくらいなら、最初から逃げてれば良いのに

 

「追撃する」

 

「霰、気持ちは分かりますけど追撃は止めましょう。最優先はスチュワートさんの安否です」

 

「……ん」

 

「イムヤさん。まずはスチュワートさんを海から引き上げましょう」

 

『了解よ。艤装が重たくなってるから気をつけてね』

 

 青葉さんが指示を出して、イムヤがスチュワートを海中から引き上げた。

 その他にも貰いものらしく大事にしていたレーダーと魚雷発射管、盾も回収したけど他の艤装は仕方がないからその場で破棄することになった。

 

 艤装が外れて1番軽くなったスチュワートを受け取る。

 ぐったりして力が入って無いから重たく感じる。徹夜明けで力尽きた秋雲で慣れてるからそこまで苦では無いけど……違うのは目を覚まさない可能性があるということ。

 

 すっかり冷たくなったスチュワートに触れていると、私から熱が奪われていくみたいで……もしこのまま目が覚めなかったらどうしようという不安に押し潰されそうだった。

 

 

 

「前線の方は未だ交戦中ですか……」

 

「加勢できるのなんて霰くらいでしょ。あたしらはみんなボロボロだし、お先に戻らせてもらおうよ。ただでさえ時間が惜しい状況なのに大破でちょっと航行に影響出てる。その上荷物(艤装とか)持ってるんだし」

 

『私も戻った方が良いと思うわ。これ以上何かあっても絶対に対応出来ないもの』

 

 私もそう思う。

 

「私も駆逐棲姫が気分を変えて戻ってくる前に撤退した方が良いと思うわ」

 

 窮鼠猫を噛むとも言うし、どうもスチュワートに執着してるらしい駆逐棲姫が再び執念を宿して戻ってくる前に私たちもここから離れた方が良いと思い、撤退を提案した北上さんに賛成する。

 

 それからはボロボロの艤装に鞭を撃ってホテルの方向に急いだ。

 

 

 

 まともな速度が出ないから時間が掛かって、ホテルに到着する頃には真っ暗になっちゃったけど、スチュワートがベッドの上で明石さんに診て貰っているのを見て私は安心した。

 

 目が覚めたら提督に報告に行った青葉さんに真っ先に伝えに行こう。

 青葉さんも物凄く心配してたし。

 

 ……何かを忘れているような?

 

「まぁいいか」

 




『提督には沈んだことは秘密に!』と言われていた。
今日の風雲は主人公が沈んだせいで不安定。

主人公がベッドから脱走するまであと10時間───

ネタは沢山あるんですが、文章に起こすのがちょっと……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

σ スタート (かがみうつし)

155話です。

この物語の着地点を見つけました。
つまり一応のエンディングは迎えられる筈です。



注意!
今回は人によっては不快になるような表現が含まれております。
閲覧にはお気をつけください。








「なぁ、良いだろ?」

 

「良いだろって、何が?」

 

 薄暗い部屋の中で男2人が会話をしている。

 

「何がってそりゃあ……俺が何の為に憲兵になったか分からねぇのか?」

 

「提督は向いてないからって言ってなかった?」

 

 会話の内容からしてそこそこ親しい間柄のようだ。

 

「その通り。お前も知ってると思うが俺は俺たちの同期の中で最も成績が良かった。当然、鹿島教官からは提督になりませんかって訊かれたよ」

 

「鹿島教官に薦められるくらいなら向いてないってことは無いと思うんだけど」

 

「あぁ、多分俺はお前より上手に艦隊運用出来ると思う。だがそれじゃあダメなんだよ。……艦娘はみんな美人って言われてるのは周知の事実だろう?」

 

 憲兵と提督の、研修生時代の思い出についての会話が何の脈絡もなく別の話題にシフトした。

 

「まぁ、そうだな」

 

「実際に艦娘を目当てに提督を志すヤツも居る。まぁ不純な動機だけで提督になろうとしてるヤツはだいたい選考で落とされるらしいが……っとこんなことを言いたかったんじゃない。俺は艦娘なんてこれっぽっちも興味無いてことだ」

 

 そう言って2人が腰掛けていた大きなベッドに聞き手側の男を優しく押し倒す男。

 雲行きがおかしくなってきた。

 よく見たら押し倒された男は大湊の、我らが松田提督に似ているように見える。……如何にも乙女ゲームに出てきそうなレベルのイケメンに美化されてるように見えるが。

 

「俺はお前のことを考えてたんだよ。ずっと前からな」

 

「!? 冗談にしてはタチが悪いぞ」

 

 何かを察して慌てる提督の上に、興奮した様子を隠そうともせずに男が跨り身動きを封じた。

 

「無駄な抵抗は止せ。監査を拒否したなんて大本営に報告されたくは無いだろ? ……まぁ、提督相手にこうやって強気に出られるって知った時から俺は憲兵になるって決めたんだよ」

 

 そしてその男は徐に服を脱ぎ始めて鍛え抜かれた身体を露わにする。そしてそのまま……ああ、なんてことだ。

 

「……俺は一体何を見せられているんだ?」

 

 これは夢に違いない。

 

 

 

 

 

 

う〜ん...」

 

 なんて(おぞま)しい夢だったんだ……。

 体調の悪い時に見る抽象的な悪夢よりよっぽど酷い。

 前世で多少の心得を付けてなければ即死だった……。

 

 微睡む意識の中でそんなことを考えていても触覚や聴覚等はバッチリ機能していて、様々な情報を俺にお届けしてくれる。

 まずは横になっていること。感じる重さからして多分布団の中にいる。汗でじっとりしてる上にかなり暑い。

 そして割と静かなこと。明石さんがアレコレ指示を飛ばしている声は聞こえるけど、なんか遠くに聞こえる。

 

 瞼に遮られた暗さの中でアレコレ考える。

 まだ夢の中なのかと思ったけど、身体を動かそうとする度に全身から肉離れのような強烈な痛みを感じて夢じゃないってことをなんとなく理解した。

 

 ん? おかしいな。

 何故俺は海の底に居ない?

 

 沈められた後に助けられたのはこの状況からして事実だと思うけど……どうして無事な人たちだけで撤退しなかったのか、コレガワカラナイ。いや、助かったんだから文句は言えないんだけど。

 霰辺りは正確に状況を認識してすぐに撤退するように動きそうなんだけど……まさかそれを無理やり俺を助けるって方向に捻じ曲げたヤツが居るのか? だとしたら酔狂過ぎないか? 

 

 そう思いながらも目を開けようと奮闘するも、瞼が重すぎて目を開けられず、なんかダメそうだったから助けを求めることにした。

 

。ん゛っ、お~い……」

 

起きた!? 起きたー!!

 

 声を上げた瞬間、誰かが反応した。

 そして俺の上に飛び乗って来た。

 

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!

 

 超痛い!

 喉から絶叫、意識も覚醒、痛みで開眼。今死にかけた。

 

 重さと痛みに負けず、ズルズルと緩慢に身体を起こすと胸元に時津風が居た。

 夕立相手に鍛えたテクニックで頭を撫でると「わふ~」とか言って目を細めて満足気にしている。完全にワンコじゃん。

 

 あとは『監視カメラの外で』というタイトルの明らかに腐敗の進んだ本が枕の近くに置かれていた。そりゃ悪夢も見るわ。

 表紙にはやたら美化された提督? ともう1人の男が互いに薄着で汗ばんでいる上に密着してる絵が。そしてオータムクラウドの文字。ふーん。

 誰がコレをここに置いたのか分からないけど、取り敢えず大湊には人でなしが居るらしい。

 

 

 

「起きましたね。どこか変な所はありませんか?」

 

 時津風タックルで上がった絶叫を聞いたのか、明石さんとその他数人が部屋に入ってきた。

 心配をかけたみたいで申し訳ない……そう思ったのも束の間だった。

 

「はい。ご心配を……ッ!?」

 

 みんなの顔がおかしい。

 心配そうな顔、嬉しそうな顔、安心したような顔、怒ってるような顔。

 その顔を俺は知っている。だけど“何かが違う”。

 具体的に何が違うと表現出来ない。だけどぱっと見で分かるくらいには違和感があった。纏ってる雰囲気や表情には特におかしいところは無いのに……。

 

 ただ、言いようがなく気持ち悪く感じた。

 

 直後、何かが腹の底から迫り上がってくる感覚。

 時津風を振り払い、明石さんを押し除け、痛む身体も気にせずトイレに駆け込んで嘔吐する。

 

「ううぅ……ヒッ!?」

 

 吐瀉物が混ざってカオスになったトイレの水の中に、何か蠢くものを見たような気がする。

 アレは何なのかを確認しようと思った頃には今まで感じたことが無い程の拒絶感からレバーを引いて流してしまっていた。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

「矢矧さん」

 

 個室に鍵をかけてなかったせいで吐いてるところを見られてた。滅茶苦茶恥ずかしい。くっ、殺せ!

 

「ほら、早く戻って明石に診て貰いなさい」

 

「済みません……」

 

 キリっとした目の中に心配そうな雰囲気を滲ませた矢矧さんは全くの何時も通りだった。さっき感じた謎の違和感は悪夢のせいで頭が混乱してたからに違いない。

 

「その言葉をかける相手は私じゃないでしょ?」

 

 スッと差し出された水で口を濯ぐ。

 優しさが申し訳なくて心が痛かった。

 

 

 

 その後は何事も無かったかのようにベッドに戻って明石さんから問診や触診を受けて、取り敢えず経過観察と言われた。

 ナニカサレルかと思ったけど、特に何もなく病院の様に淡々と進んでいった。公私はしっかり分けるみたいで安心した。

 何があるか分からないから、大湊でしっかり調べるまで出撃は禁止の処置を受けた。

 

「まぁ当然と言えば当然よね」

 

 ベッドに横で林檎を切っている夕張さんに言われる。

 俺もその判断は間違ってないとは思う。

 

 と言うか今気づいたけど外暗くね?

 

「そう言えば……同じ艦隊のメンバーは今どちらに?」

 

 青葉さんを始めとして誰も見てない。

 まさかとは思うけど、俺を助ける為に犠牲になったとかだけは止めて欲しい。

 

「な〜んで他人の心配なんてしてるのよ。一番の、重! 傷! 者! でしょうが!

 

「でもんぐぅっ!?」

 

 目を三角にした夕張さんから林檎を口に突っ込まれた! 喉こわれる!

 

「でもじゃない。まぁ島風以外は無事みたいだから安心していいんじゃない?」

 

 え、島風もやらかしたの?

 

「島風は何を?」

 

「魚雷に当たってノックアウトだって。当たらなければどうということはないなんて言ってるから……フラグは建てちゃ駄目ってお約束なのにね」

 

 ちなみに目が覚めた途端にベッドから脱走したらしい。止まったら死ぬ病にでも罹ってそうだな。

 サメかマグロに親戚居そう。

 

「青葉さんは提督に報告。北上さんは大井さんに攫われてったし……風雲とイムヤは今頃ご飯かな? 霰は寝てるよ」

 

 みんな元気そうで安心した。

 俺だって身体は痛いけどもう元気だからジッと横になってるなんて嫌だね。

 

 

 

 そうだ、脱走しよう。

 




コレで良かったのかな……? まぁええやろ(投稿ボタンポチー)

ウス=異本の持ち主は秋雲先生ではありません。
次回はまともにバカンスさせます(鋼の意志)

主人公の感じた違和感や謎の物体Xは気のせいです。
ですが完全に嘘ではありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

止まると死ぬ

156話です。

やりたいこと、見たいもの、読みたいもの、食べたいもの
これらが沢山あるって幸せなんだなぁって……(悟り)


 夜中。

 俺はベッドから抜け出していた。

 

 明石さんからは『絶対安静です!』なんて言われたみたいで、見張り兼世話焼き担当の夕張さんが常時隣に居る状態からどうやって抜け出したかと言うと……

 

 まずは明石さんが休む時間、深夜帯になるまで待つ。

 幸いにして一般に売られてる湿布とは別物の高速修復剤入り湿布なるものを沢山貼られたお陰で異常な程スースーして全く眠れない。

 

 これから寝ると言う明石さんにお休みの投げキッスをしてげんなりさせた後は、夕張さんとの会話で今期アニメの話題に触れて会話を盛り上げる。

 公然の秘密と化した隠れオタクの夕張さん VS 前世の知識を持つ俺。この勝負(?)で俺が負けるなどあり得ん。

 夕張さんのテンションを上げ(に同士アピールをし)て自主的に前期アニメの資料を取りに自室に戻らせる。

 

 こうすれば見張りは誰も居なくなる。

 ね、簡単でしょ?

 

 そして今は部屋から脱走する直前。

 それまでの会話で今居る部屋の階層と夕張さんの部屋の階層は違うことを確認してある。

 案の定廊下には誰も居なかった。

 

「……」

 

 謎の達成感で言葉が出てこない。

 脱走までの流れがあまりにも完璧だと自画自賛する。

 

「あら~? どこに行こうとしてるの?」

 

「ふぇっ!?」

 

 廊下の角から現れた陸奥さんに呼び止められてマヌケな声が上がる。

 

 そう言えば日本のホテルとは全然違う内部構造じゃん。

 内心舌打ちしながら、陸奥さんの質問の答えを用意する為に頭を働かせる。

 

 よく見たら手にお酒持ってる。もしかして酔ってる?

 陸奥さんの進行方向に階段やエレベーターは無い。つまり部屋に戻る途中の可能性が高い。

 目がとろんとしている。かなり眠そうだ。

 長門さんの妹だから駆逐艦には甘い可能性。

 

 なら───唸れ俺の演技力ゥ!

 

その、眠れなくって……提督のところに行こうかと

 

 微妙に恥ずかしそうに言う。顔がほんのり赤くなってたら完璧だ。

 

「あらあら。悪い事聞いちゃったわね……それじゃあごゆっくり♪」

 

 うん。俺の望んだ方向に勘違いしてくれたぞ。

 でもやっぱり陸奥さん酔ってたのか。こんな深夜に提督が起きてると思うか? まぁ提督に用事が無いわけではないけど。

 

 

 

 というわけで提督の部屋に向かっている。

 勿論寂しいとかそんなのではない。

 

「レッツ猛抗議ってね」

 

 夕張さん曰くみんなの雰囲気がびりぴしてて大分ヤバいらしい。だいたい俺のせいなんだけれども。

 だから思いっきり遊ばせてリフレッシュしてもらおうと考えている訳で、その為にいち早く提督を説得して休みを勝ち取ってその知らせをもって雰囲気を和らげる必要がある。決して世話を焼くことに執心の夕張さんから逃げて来た訳ではない。

 

 提督の部屋の扉をノックしたら深夜なのに提督が出てきた。

 マジかよ。ノックから出てくるまでの時間的に寝てないんじゃないか?

 

「……」

 

「……」

 

 ()を見てフリーズした失礼な提督をそのまま押して部屋の中に入る。

 備え付けの机にはノートと紙が散乱していた。ベッドは全く乱れていない。なんだコイツ……仕事中毒か?

 

「絶対安静って言われなかった?」

 

 その言葉を聞いて、今までズルズルと押していた提督をベッドに向かって突き飛ばす。あっけなくバランスを崩してボフッと音を立てて倒れ込んだ。

 そして俺は提督が座ってた椅子に座る。

 

「大袈裟ですね」

 

 身体がちょっとボロボロなだけだ。しかも実際に抜け出したくらいには元気だし頭も無事だ。頭はおかしいかもしれないけどデフォルトだからこれはセーフ。

 

「そう言われる人が大人しくしているとでも?」

 

 川内さんに夜戦しろって誰も言わないのと同じだ。

 

 

 

 

 

「───とりあえず脅威は去ったんですし、ローテーションを組んで観光とか休暇を取らせないとダメだと思います」

 

 その後、適当に世間話をした後に本題をブッ込んだ。

 

「その前に今回の反省会をした方が……」

 

 まだ言うか。

 机の上のノートを見る限り、俺たちのところ以外は特に被害出てないっぽいし、反省会なんて開いて時間を潰すなんて勿体ない。せっかくの海外旅行なのにホテルに閉じこもる必要なんてないしね。

 

「そんなのは大湊に戻ってからでも出来ます。他の皆に大湊でバカンスしろと?」

 

 駆逐艦を筆頭にウキウキで旅行鞄をパンパンに膨らませてたのは知ってるだろうに……提督だってちゃっかりそれっぽいシャツとか持って来てるのは俺の洞察力の前ではバレバレだからな?

 

「昨日今日の出遅れを取り戻すように遊び尽くすのが一番です」

 

 問題点はローテーションで揉めそうなことと寝不足や食べすぎの人が出ること、財布の紐が緩んで素寒貧になる人が確実に現れること。

 

「でも君は」

 

ん?

 

 俺の頭の中が既に遊ぶ気満々で、既に提督の説得に成功した場合の事ばっかり考えてるのに目の前の提督はまだ気を遣う気でいるらしい。

 流石にそこまでされてちょっとイライラしたから少し威圧して返答する。

 

 考えてもみろ。青い海、青い空、白い砂浜───そしてキャッキャウフフする艦娘。

 うん……何とも思わないね。残念なことに目が肥えすぎてしまったらしい。

 

 でも、海防艦とかが遊んでるのは見てて和むかもしれない。

 絶対に誰かは砂浜を走って体を鍛えようとするだろうけど、それはそれだ。

 

「まぁ、1回寝たらどうです? きっと疲れてるんですよ」

 

「1番気疲れさせてくれたのによく言うよ」

 

「それは……」

 

 それを言われちゃあ俺に勝ち目はない。本当に済みませんでしたと平謝りするしかない。

 何が何でも明日はみんなを遊ばせるよう、ついでに自分も楽しむように釘を刺してから提督の部屋を後にした。

 

 

 

「すみません。ナメッ○星での激闘を見届けに行ってたので……」

 

 これが部屋に戻ってから、怒り心頭の夕張さんに放った言い訳である。

 いやぁ~宇宙の冷蔵庫は強敵でしたね……流石に厳しいか?

 

「ふ~ん……感想は?」

 

「やはり龍○(ドラゴン○ール) 龍○(ドラゴ○ボール)は全てを解決する」

 

「やっぱり?」

 

 さっすが夕張さん、話が分かるゥ(チョロイぜ)

 多少の制限があったとしても3回は凄いよねって話だ。

 

「まぁぶっちゃけると提督のところに行ってたんですけど……見せた方が早いですね」

 

 スマホの大湊の艦娘専用のLINEのようなモノに明日からの休暇のローテーションを各自で話し合うようにってメッセージを入れると、すぐに既読が沢山ついてメッセージが爆速で流れていく。

 

 夕張さんも画面を食い入るように見ている。

 だいたいの反応は好意的なもので、それらの反応を見てしてやったりって感じになった。

 

『で、絶対安静って言われてたアンタは何やってんのよ』

 

「あっ」

 

 痛いところを突いてくるメッセージが見えた。

 これに便乗して俺を叩くメッセージが一気に増えた。けど、そのどれもが思いやりを含んだものであることを俺は知っている。

 

 

『明日は一日中私が責任を持って甘やかすから安心して!』

 

「えっ……すぐ目の前に居るのになんで宣言をする必要があるんです?」

 

「もう逃げられないでしょ?」

 

 ベッドに入って不貞寝した。

 

 




おかしいな?
今回から深海棲艦成分は抜けてゆっくり遊ぶつもりだったのに、深海棲艦成分が抜けただけでお遊びになってないぞ?
……味の無いガムみたいなものだな!

次はそこそこ早くできると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見える終わり

157話です。

前半はギャグ風味。
後半はシリアス風味。
2つ合わせてプリキュ……ダークマターです。


 時間は昼前。

 場所はビーチ。

 

 天気は晴れ。痛いくらいの日差しの下でも元気に燥ぐ艦娘の姿が目に映る。

 今日だけは潜らない潜水艦と化した伊400型の2人。

 砂に身体を埋めて眠る加古さんと不知火と黒潮。

 ビーチバレーを楽しむ人達。

 浅瀬で水遊びをしている海防艦たち。

 ガチ泳ぎしてるトレーニング中毒の人たち。

 

「おらーっ、提督! 早くしろ~!」

 

 遠くから大東が提督を呼んでいる。

 

「うわ。あんな小さい子達を待たせるとか最低ですね」

 

「ああ……分かってるよ」

 

 ビーチパラソルから提督が出ていった。提督の指定服と思われる白い服ではなく場所(ビーチ)に合わせた格好をしている。

 しかし待ちかねていた海防艦から即座にロックオンされ、お馴染み佐渡サマを筆頭に水鉄砲の集中砲水を受けて既にびしょびしょになっている。南無。

 

 提督も空いた時間にちょくちょく鍛えているのは知ってるけど、遊びたい盛りの海防艦と駆逐艦を複数相手にし続けるのは厳しい、というか子供の体力は無尽蔵だし艦娘なら尚更だろう。

 

 しかも夜には戦艦や空母、重巡たちと(シティ)へ観光……そして甘い夜。

 そんな感じの日程が数日続く。らしい。

 

「人気者は大変だねぇ」

 

 明後日くらいには過労で死んでるかもしれない。

 散々連れ回されて振り回されて過労でぶっ倒れて、みんなに心配されて介護生活を送ったらもう2度とオーバーワークしなくなるに違いない。ソースは昨日今日で理解さ(わから)せられた俺。

 

 そういう意味でなら一度ぶっ倒れてしまえと思う。

 そうなったらそうなったで短期間とはいえ提督が居なくなるから色々とやり易くなりそうだし。

 

 そう考えながら昼食の準備を進めていく。

 間宮さんと伊良湖さんが哨戒している人たちに弁当を届けて回ってるから、俺がサボると昼食を食べられない人が出てくるからサボるにサボれない。考えたな畜生め。

 

「ちょっと、この葉っぱは何?」

 

「ただのシソです」

 

 分けてもらった紫蘇(シソ)を指さして夕張さんが言う。

 何だよ、大麻やケシなんて持ってる訳ないじゃん。

 

「……その白い粉は?」

 

「高級砂糖です。食べると幸せになれると評判でした」

 

 現地の専門店でおすすめされた逸品だ。

 水に溶かして渡すとその場で棄てられた。

 

「ああ、勿体ない!」

 

 高かったのに! と悲痛な叫びを上げると、騙されてるんじゃないの!? と肩を揺すられた。

 その場で紫蘇を噛んで砂糖を舐めてウケケなんて言ったらビンタされた。冗談が通じない。

 

 

 

 それはさておき。

 

 準備が終わったBBQをみんなに振る舞う。

 焼き鳥に変なコンプレックスを抱いてる人が居ないから思いっきり焼き鳥も焼いた。

 肉類の提供はなんと間宮さん。四次元ポケットよろしく、明らかに間宮さんの荷物より体積のある食材を譲ってくれた。どこに仕舞われてたのかはやはり謎のままだ。

 

 各々が育てた肉を取り合い不人気の野菜類を押し付け合う面々にほっこりしてると、提督の視線に気がついた。

 目が合ったのは一瞬だけとは言えまるで神通さんに睨まれた川内さんのような目、つまり爆発直前の爆弾を見るような目で俺を見ていたのが分かった。

 

 そんな目で見られなきゃいけない理由が分からない。

 それにチラ見するくらいならガン見しやがれ気持ち悪い、と思う。

 仕返しとばかりに俺が提督をガン見してから視線を全く合わせようとしなくなった。

 

 どうでもいい特技の一つである『長時間瞬きをしない』を披露しながら提督に視線を送り続けたら根負けしたのか目を合わせてくれた。

 

「……」

 

 しかし眉を八の字にして苦笑いをするだけの提督にプッツンときた。

 こんなにキレやすい性格だったかなぁ? なんて激情を渦巻かせつつもどこか冷静な部分で思考する。

 まぁなんだ……

 全部曖昧な反応をする提督が悪い。

 

「うわっ!」

 

「ちょっとコレ借りていきますね」

 

 提督の腕を掴んで強引に引っ張る。

 楽しい昼食中に水を差した上にストレスをブチ撒けるようにキツい口調になったのは申し訳ないと思った。あとで謝らないといけない。

 

「どこに向かうかだけ教えてくれないかな!?」

 

 大分疲れたのか、殆ど抵抗もせずに腕を引かれる提督はそう言っていたけど、

 

「……」

 

 どうせ着いたら分かるんだし、別に答えなくても良いやと言う精神に基づいて無視する。

 ああ駄目だ。スッキリしない。

 

 

 

 

 

 結局提督が色々と話しかけて来たけど全部無視して提督の部屋まで連行した。

 何事かと、面白そうなものを見つけたような人は後ろに付いてきたけど、部屋に入ってこないようにさっさと鍵も閉めた。

 

何か隠してますよね?

 

 そして開口一番、気になることを訊いた。

 

「……なんのことかな?」

 

 間が空いた。これは絶対に何か隠してるね。

 

「なら、さっきの視線は何なんですか? 人に向けるような視線じゃないと思いますが?」

 

「……」

 

「艤装も見せて貰えないのは何でですか? 被害状況だけ説明されても実物視ないと分からないんですけど。あとは夕張さん。夕張さんだってゆっくり遊びたいでしょうに、なんでわざわざずっと見張りに付けてるんでしょうね? 島風も同じくらいの被害を受けてるのに普通に過ごしてますよね?」

 

 提督の緊張した視線。

 艤装に触れらせて貰えない現状。

 常に見張りが居る現状。

 同程度の被害を受けた島風は普段通り。

 

 俺だけが特別扱いだ。

 今回の戦闘で沈んだ俺 “だけ” が。

 そこから導き出される結論は───

 

貴方は私を恐れている

 

そんなことは無い!

 

 語尾が荒くなった。図星だな。

 

「詳しく分かりませんが、私に知られると不都合なことですか?」

 

「不都合では、ない。だけどショックを受けるかもしれない」

 

「そうですか。じゃあ大丈夫ですね」

 

 ほら話せと視線と雰囲気と態度で催促する。

 俺、かなり図太いからそうそうショックなんて受けんよ。今は苛立ってるから脳内麻薬もキマってるし。

 

 しばらく悩んだ提督が視線を合わせて口を開いた。

 

沈んだ如月が鎮守府に帰って来たという記録がある

 

 

 

 

 

 提督の口から出た内容は確かに衝撃的な物だった。

 『艦これ』って轟沈したら終わり(キャラロスト)じゃなかったのかよ。なんだよ深海棲艦になる可能性って、オセロじゃねーんだぞ?

 でも納得した。そりゃあ艤装には触らせないようにするし見張りも付ける訳だ。無意識的に味方を攻撃するとか恐ろし過ぎる。

 

 でもそんなことはどうでもいい。いや、どうでも良くはないけど。

 結論から言うと、一度沈んだ艦娘は深海棲艦になる可能性がある為、過去の事件を鑑みた結果雷撃処分になるらしい。

 

「では、私が皆さんと一緒に帰ることは無いんですね?

 

 出来れば知りたくなかった。

 こんな確認もしたくなかった。

 

「……」

 

 そりゃあ提督だって帰る直前までは言いたくなかっただろうよ。

 末期癌で助からないから死ねって言ってるようなもんだ。俺が言わせたんだ。

 

「はっきり伝えてください。提督の口から」

 

 喉から上手く言葉が出てこない。

 申し訳なさと、終わりが見えてしまった悲しさで意外にも参ってたらしい。このまま今まで通り過ごせると思ってたんだけどなぁ……。

 

「スチュワート。君を……雷撃処分とする。日本に帰るまでの間に行うから、そのつもりでいてくれ」

 

「了解しました」

 

 はは、提督がみっともなく泣いてやがる。

 頬を伝う涙の感覚から、俺も泣いてるんだけど。

 

「誰もやりたがらないでしょうね」

 

「当然だ」

 

「提督……ごめんなさい」

 

 恐らく今までで1番素直に提督に謝れた。

 

 

 

 どちらが何を言うでもなく、しばらく時間が流れた。

 大分落ち着いてきたので、鼻を啜り声を出す。

 

「さぁ、皆さんのところに戻りましょうか。遊べるうちに遊んでおかないと」

 

 空元気のまま立ち上がり扉を開けると、何故か多くの人が居た。先頭にはいつもの記者然とした青葉さんの姿。

 

「司令官と2人きり……何をしていたのか青葉、気になりますっ!」

 

離婚(仮)(リコンカッコガチ)しました。ケッコン指輪は誰の手に移るのでしょうか!?」

 

「え?」

 

「「「え?」」」

 

 部屋の中から提督のマヌケな声が上がる。

 目の前の艦娘たちも同じだ。

 

「沈むような船に提督は乗せられません! そう判断しました。未練ですか? ないです」

 

 そう言うと、何人かの目がギラついた。

 ふはは! コレがたった一つの冴えたやり方。

 既成事実(ケッコン指輪)捨てる(手放す)。なんで気がつかなかったんだろう。

 

 しばらくはこの発言にみんなでバタバタしててもらいたい。そんな狙いもある。

 兎に角、提督には雷撃処分から意識を逸らしていてもらいたい。お通夜みたいな雰囲気だけはゴメンだ。

 

 ……全部俺のせいなんだけどね!

 




素晴らしい原作からこんな滅茶苦茶なシナリオが生み出されたのも全部俺のせいだ!!
でも…消え(失踪はし)ない…

この主人公が全部悪い。
“ 次 ”があるなら多少改善するんじゃないの?(鼻ほじ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

光無き囁き

158話です。

GWはどう過ごしましたか?
私は…皐月病です。な~んもやる気が起きない……。

だから今回ちょっと短くてもきっと許してもらえる!(慢心)


▼――――――――――

 

 衝撃的な発表が私たちの間を駆け抜けてから数時間。

 提督の部屋から出てきたスーちゃんの言葉に対する私たちの反応は3つ。

 

 まずは提督に好意を持ってる人───金剛さん辺りを筆頭に『提督がフリーになった』と内心喜んでる人たち。

 きっと今夜辺りから熱烈なアタックを仕掛け始めるだろうけど、ラブコメなら私たちの見えないところでやって欲しい。私は今色事なんて気分じゃないし、提督も暫く引きずりそうだし……

 それに、ドロドロの愛憎劇に巻き込まれるのはちょっと嫌かな。

 

 次に無関心な人たち。青葉さんが面白おかしく広めたこともあって『また変なことしてる』くらいにしか思ってないと思う。

 ある意味では1番幸せなのかもしれない。

 

 そして私と明石、大淀さんの3人。

 所謂『事情を知らされてる』メンバー。

 本人に知られてしまった……って感じかな。本当に変な所で勘が良いんだから。

 

 

 

 そんな私たちは昨日、提督から1つの指令を下された。

 

『秘密裏に雷撃処分を執り行うこと』

 

 一つ言いたい。

 私たちは黒い仕事担当の暗殺者集団じゃないんだけど!

 

 勿論、聞かされた時はものすご~く反対した。

 私がデータを取って、大淀さんが分析して、明石がなんとかする。絶対にそうしてやるんだって提督に談判したけど、暗い顔で規則だって言われてからそうしようとする気も無くなった。

 一番長く付き合ってた提督がそう言うのは、私たちが思ってる以上に苦渋の決断だったと直感で分かっちゃったからかもしれない。

 

 私は雷撃処分の時までスーちゃんの監視。提督が言うには深海棲艦のような特徴が出るように変質していくらしい。今はまだ何か異常があるように感じないけど、いざとなったら止めなきゃいけない。

 明石はこの前の作戦の時に被害を受けたみんなの艤装の修理と並行してスーちゃんの艤装も修理してた。沈める為には海に出ないといけないから『沈める為に直すのはなぁ……』なんてボヤいてた。武装は無いから修理はすぐに終わってたけど、虚しいって言ってた。

 大淀さんは雷撃処分についての調整をしていて、誰が雷撃処分をするかどうかで頭を悩ませてた。私は絶対にやりたくないって言ったけど、誰だってやりたくないに決まってるよね……。

 

 もしかしたら轟沈したら雷撃処分という処置について、他所の鎮守府の子から話を聞いてて知ってる人も居るかもしれないと思ったけど、明らかに近くで監視してる私と艤装との隔離をしてる明石に接触は無いから誰も知らないってことで良いのかな?

 

 雷撃処分も、秘密裏に実行したとしても居なくなった事実は変わらないから絶対にバレる。だから本当は雷撃処分するってみんなに周知した方が良いんじゃないのかって相談された。

 言い方は凄く悪いけど、『沈んだ艦娘の末路』として反面教師にすればみんなが深海棲艦の攻撃に注意するようになるし……でもこんなのは方便だ。

 

「はぁ」

 

 スーちゃんもスーちゃんだよ。微妙に腫れた目であんなこと言っても、全然面白くないよ……。

 ねぇ、本当に雷撃処分の話はされたんだよね?

 それなのになんで

 

「ナイスアタック加古さ~ん。Yeah!」

 

「お? ……イエーイ!」

 

 笑ってられるの?

 

 自暴自棄になってるとしか思えない。

 

 見てて辛い。

 

「なんで沈んちゃったのよ……バカ」

 

 

 

▲――――――――――

 

 

 

 あと一週間で地球が滅亡するなら何をしますか?

 そんな問題があったら

 

・家族と穏やかに過ごす

・好きな物を食べて好きなことをやる

・今まで出来なかったことに挑戦してみる

・なんかデカい犯罪を犯してみる

・財団法人に全財産を寄付する

・どうせ滅亡なんてしないから寝る

 

 こんな答えは出てくると思う。

 

 だけど実際滅亡するのは俺一人だから後に残るような迷惑はかけられない。何かに挑戦するにも体がポンコツになってるから出来そうにないわ、大湊に居ないから色々と融通が利かないわ、そもそも艤装に触らせてもらえないわで選択肢がほとんど無い。

 

「ナイスアタック加古さ~ん。Yeah!」

 

 だから今は、砂浜で繰り広げられてるビーチバレーを何となく眺めてるだけに留まっている。

 

 やらなきゃいけないことは色々あると思うけど、夕張さんからのマークが外れないから行動に移せない。

 

 ケッコン(仮)はリコン((ガチ))しましたっては伝えたし、青葉さんが良い感じに広めてくれたから俺の口から出た出まかせは既成事実になった。 

 あとは誰かが提督への愛を迸らせて『自主規制』(夜戦(意味深))するだろうから安心だ。俺のケツは守られた。

 

 すると残った問題は、俺が抜けた後の各種お仕事のローテーション表の作成とか、ジョンストンとヘレナさんから貰った艤装のこととか、俺の自室のこととか。

 遺書は一度書いてみたかったって興味もあったけど……書き方とか形式とか分からないけど多分こういうことを書けばいいと思う。

 夕張さんが寝てる間、深夜帯くらいしか時間が無いのが辛いところ。いくら全然眠くならないって言っても寝ないのはヤバい。

 

 兎に角、飛ぶ鳥跡を濁さずの精神で綺麗さっぱりさせてから雷撃処分を受けたいと俺は思ってる。

 

 まぁそれは それとして、雷撃処分までに遺書のようなメッセージを書き終わったらあとはただ沈められるだけ……いや待てよ?

 1つ気になったから夕張さんに訊こうとしたら、不貞腐れたような顔のまま目を向けて来た。

 凄い不機嫌そうだ。俺がビーチバレーの応援を始めてからずっとこんな感じだ。

 

 

「そもそも雷撃処分をする必要性はあるんですか?」

 

「待って。何を思いついたの!?」

 

「いえ別に」

 

 わざわざ艦娘から沈められるくらいなら俺が沈むまで戦い続けた方がお得かなぁって思っただけだし。

 別に普通に銃殺とかの人間的な殺し方をした時にどうなるか気になったとかじゃない。

 

「ちょっと、気になるじゃない」

 

「いえいえ、大したことじゃないので「務めを忘れるな」……は? え、何か言いましたか?」

 

 なんか聞こえたような気がする。

 しかも頭の中に直接。電波でも受信したかな? いやでも、あんな話されたばっかりだからもしかするともしかするかもしれない。

 

「え? いや大したことじゃなくても気になるものは気になるから。ほら、さっさと吐きなさい」

 

「いやそんな吐くだなんて……あっ」

 

 

 

 待って。

 

 

 

 なんか、意識が───

 

 

 

 

▼――――――――――

 

 

 

「あっ」

 

「え?」

 

 今まで喋ってたスーちゃんが突然、虚空を見つめたまま動かなくなった。

 瞬きすらしてない。手を振っても反応しない。声を掛けても反応しない。

 

 明らかに様子がおかしい。まさかこれがと思うと口元が引き締まる。

 誰かに見られてたらどうしようかと思って周りを見渡して、誰も見て無さそうだと判断してすぐに視線を戻す。

 

星が、自由が呼んでる……

 

「え?」

 

 うわ言のように何かを呟いたと思ったらバキバキだって言ってた体でスッと立ち上がった。

 このまま何処かに行かせるとマズい。

 そう思った時には腕を引っ張って転ばせていた。無意識のうちによくやったぞ私って褒めてあげたい。

 

 動けないようにスーちゃんに跨り、周囲に対してのカモフラージュも兼ねて近くにあった日焼け止めクリームを手繰り寄せる。

 

「……夕張さん」

 

 ほっと一息ついているとスーちゃんが声を出した。砂に埋もれて聞き取り辛いけど、さっきの謎の呟きと違ってちゃんとした声だ。

 

「重たいです」

 

 全力で頭を叩いた私は絶対に悪くない。

 

 

 

▲――――――――――

 

 

 

あと少し、あと少し待てばいい。そしたら……うふふ

 

 




女性に重たいは禁句。はっきりわかんだね。
全力で頭を殴りにいかなかった夕張は優しい。

そろそろ幕間に移行しそうです。
次:ちょっと待って……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

波は治まる

159話です。

お待たせしました。
Q.遅いんちゃう?
A.展開的にどうしようか悩んだ。所謂難産。

すごい低評価付きそうな内容。
だったら投稿すんなし


 あっという間だった。

 

 あれからは意識を失うなんてことはなく、謎の幻聴も聞こえなかった。

 深海棲艦も群を成して現れたりもしなかったから、つまるところ平和だった。

 

 そんな中で何をしてたかって?

 

 大淀さんに『大湊で港湾棲姫とか鹵獲したことになってるからそこに深海棲艦が1人増えても問題ないのでは?』って屁理屈を捏ねたりした。

 明石さんに貰い物の艤装のネジ規格を日本のものに変えても良いか訊かれてダメと答えて涙目にした。

 呆れる夕張さんの隣で提督と艦娘のランデブーを雪風の望遠鏡で覗き見て実況したりもしたし、深夜帯には少しづつ遺書のようなナニカを書き進めたりもした。

 あとは日替わりで変わる面々をビーチパラソルの下から眺めてたり、連日のBBQに腹を壊したり、武勇伝を聞いて回ったりした。

 

 まぁ、忙しくも充実した時間を過ごしてた。

 でも楽しい時間はいつだってあっという間だ。

 

 

 

 雷撃処分当日の早朝、つまり今。

 

 穏やかな時の流れを感じさせる風。

 哀愁を感じさせる心地良い波の音。

 最後の景色には勿体ないくらいだ。

 

 薄い雲に隠れて柔らかい光を湛える朝日から目を離して振り返る。

 そこには最後の最後まで見張りを続けた職務に忠実な夕張さんと、その隣には雷撃処分担当に選ばれたらしい長門さん。

 

 ……なんで?

 

 アナタ雷撃なんて出来ないじゃろがいっ!

 しかも後ろにはその他大勢が見える。野次馬が多すぎないか?

 

 てっきり雷撃処分担当に選ばれた誰かと海に出て、ひっそりと速やかに誰に知られるでもなく終わるものだと思ってたんだけど? 見た感じだとほぼ全員居るじゃないか……

 

 しかも、しかもだ。

 駆逐艦と軽巡は分かる。

 潜水艦と重巡も分かる。

 でも長門さん含め戦艦と空母系と海防艦。これが分からない。

 

 雷撃処分ならぬ砲撃処分にでもするつもりか? そんなのただの標的艦じゃないか。

 流石にこの人数から一斉射撃されたら沈む云々の前に粉微塵になる自信があるね。

 

「お前はいつだってそうだ」

 

 そんなに俺を沈めたかったのかと、みんなの殺意の高さに戦慄してたら長門さんが口を開いたから目線を後ろの大勢から長門さんに移す。

 

「大事な事はすぐ隠して……私たちがこの件を聞いたのはついさっきだぞ?」

 

 どういうことだと目線で訴えてくる。

 

「それはその……沈んだら雷撃処分という処置が存在するなんてことは知らないに越したことは無いでしょうし、雷撃処分ということは誰かに沈めてもらうってことになります。すると沈めることになる誰かが必要になりますけど、その人の心の傷になりたくなかったから……ですかね」

 

 ちょっと答えにくい質問だったけど、この場に及んで口が回る回る。

 

馬鹿者ッ!

 

 だけど、喝を飛ばしてきた長門さん回答に納得しなかったらしい。

 

「私たちは戦っているんだ。そして全く犠牲の無い戦いなんてものは存在しない。当然、苦しい時もあるだろうが……スチュワート、私たちは相談するに値しない程頼りなかったのか?」

 

「うっ」

 

 これはそんなことないって答えなきゃいけない感じのヤツだし、実際そんな風に思ったことは一度もない。

 だけど言われてみれば確かに、大事なことは自分で解決するか相談するとしても大淀さんくらいだった気がする。不満は専ら悪戯するか川内さん主催の夜戦に参加して駆逐級を叩いて解消してたし……あれ、俺って意外と薄情者?

 

「何も言わずに居なくなるなんてひどいじゃない!」

 

 そんな声が聞こえた。

 それに便乗して俺がダメなヤツだと言う声があちこちから聞こえてくる。

 そんなにダメだダメだって言わなくても良いんじゃないかな? いやでも、しんみりした空気から一転して『どきなさい! 止めを刺すのはアタシよ!』とか言ってる人も出てきた。

 なんかお祭り騒ぎっぽくなってきたな……流石にこれよりだったらしんみりした空気の方が良いかな。

 

「一つ。提督に伝えておいて欲しいことがあります」

 

 この一週間で考えていた宣言を始めると騒がしくなってた外野が黙る。

 

「これから行われるのは雷撃処分……それが終われば私は深海棲艦の仲間入りです。しかし、海の上で再び出会うこともあるかもしれません。そうなった時は───勝負しましょう

 

「「「 は? 」」」

 

 爽やかな笑顔を意識して宣戦布告? をしたら周りがポカンとした。

 何かを言われる前に畳み掛けよう。

 

「深海棲艦の私にあっさり負けるほど弱いようなら、許しませんからね!

 

 これで良し。

 あとは俺が深海棲艦になっても艦娘からは敵じゃなくて好敵手(ライバル)として扱ってもらえるだろう。

 

「提督にもしっかりと伝えておこう。それと、その時が来ても私たちは負けんさ……絶対に。そうだろう!?」

 

「「「 おーーーっ! 」」」

 

「よぉし! 戻ったら反省会だ。良いな!?」

 

「「「 おーーーっ! 」」」

 

 そうだ。それで良い。

 暗くならず、前向きに勝利の為に頑張る艦娘たち、と提督。

 俺の知ってる『艦これ』もこんな感じだったな……。

 そこに(スチュワート)は要らない。あるべき形に戻るんだ。

 

「最後になりますけど、メッセージを紙に残してあるので後で読んでおいてください。仕事の上で必要な事とかは大体書いてある筈です」

 

「分かった」

 

「……言いたいことは言いました。では、どうぞ」

 

 長々としても嫌われそうだしそろそろ終わらせよう。ちょうど良い感じに「終わるんだな」って雰囲気になってるから今しかない。

 

「ふぅ~っ…………スチュワート」

 

「はい」

 

 長門さんの巨大な砲がゆっくりと向けられる。

 不思議と怖くない。心が凄く穏やかだ。

 無意識的に笑みが浮かぶ。

 

また会おう

 

 結局コレ、砲撃処分じゃねーか!

 

 視界が真っ白に染まり、暗転した。

 

 

 

▼――――――――――

 

 

 

「……終わったんだね」

 

「はい」

 

「何か言い残してたりしてなかったかい?」

 

「ええ、沢山残していきました」

 

 まずは伝言です。と言う言葉がやけに遠くに聞こえる。

 だけど、彼女からの伝言まで聞き逃すつもりは無かった。

 

「もし深海棲艦になって私たちの前に現れた時は勝負しましょう。と」

 

「それは……負けられないね」

 

 負けず嫌いな彼女の事だ。軽く勝負だ、なんて言っておきながら簡単には勝ちを譲ってくれる筈もないだろう。少なくとも、今までの中で最も厳しい『演習』になりそうだ。

 続きを聞けば、負け無様は許さないとまで言ってたんだとか。本当に厳しい。

 

「それと、提督にはこちらを……」

 

 渡されたのは複数の封筒。

 その中の一つは準備が良いのか蝋封までされている。何を想定していたのかイマイチ分からないけど、彼女のことなので変わってるなぁくらいの感想しか出てこない。

 

 

 

『 提督へ───

 

 ①コレを読むときは1人で読んでください。

 ②誰にも言いふらさない

 ③上記が守れるなら読んでも良い。

 

 

 書き方が分からないから簡潔に書こうと思う。

 まずは、ごめんなさいってこと。

 沈んだのは完全に油断だった。だから自分がこうなったことに提督の責任は無い。

 でも、提督が幾ら完璧な指示を出したとしても、艦娘が油断や慢心をしていたら計画は破綻するということを覚えてもらえたら、沈んだ事実にも多少の意味が生まれるから自分としては嬉しい。

 慢心は敵。良いね?

 

 

 次に、スチュワートの秘密について。

 一番気になってることじゃないかと予想してる。

 

 前提条件として駆逐艦娘スチュワートは存在しない。

 じゃあ大湊に一年以上居たスチュワートは何者だと思うかもしれない。

 答えは 何者でもない

 おかしいかもしれないけど、適切な表現だと自分では思ってる。

 

 強いて言うなら、コレを書いてるスチュワートの中身は外見とは全く別。ついでに言うなら今まで猫を被ってたから本性も全く別。

 もっとガッツリカミングアウトするなら、自分は別の世界の人間だ。

 ・・・冗談だと思う? そんなことは無い。

 まぁ、簡単に説明するなら、違法建造された艦娘が何かの手違いで前世の記憶を持っちゃったって感じがイメージとして近いと思う。

 

 生まれはスラバヤ。最初期の所属は無し。

 この辺は大本営とかが情報持ってるだろうから、調べたら分かると思う。

 残念だったな。提督の最初のケッコン指輪は台無しだよ。

 

 

 最後に、これからについて

 自分の部屋は好きにして、どうぞ。

 でも艤装は貰い物だから出来るだけ返品した方が良いと思う。

 盾とかは専属の妖精さんが管理しちゃってるから、ノータッチで。

 

 

 最後の最後に一言:楽しかったぜ。

 

名前の無い誰かより 』  




終わった……(色々な意味で)
提督的にはベストパートナーが居なくなってショック
→実は味方でも敵でもないねん。→ ???
な感じか?
でも最後まで口頭でカミングアウトされなかったのはショックでしょうねぇ……

それはそれとして、自然に語録を使っている主人公は既にミーム汚染済み。終了しなきゃ……

次から幕間です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8章 〜幕間①〜

160話です。

幕間(おまけ)です。これ要る?
要らないならあと一つ幕間挟んで次行くね……


・Vacation Memories

――――――――――

 

「榛名さんが名残惜しそうに提督と別れました。僅かに伸ばされた手から伺えるは想いの大きさ、と言ったところでしょうか?」

 

「確かに、あそこまで司令を慕ってたのは意外だったわね。何時も金剛お姉様を立ててるから気が付かなかったわ」

 

「それはそれは……名優ですねぇ」

 

 双眼鏡の先では離れて行く提督の背中を見つめ続ける榛名さん。

 大和撫子然とした雰囲気からはちょっと想像できない積極的なアプローチが見所だった。いつの間にか隣に居た霧島さんも困惑している。

 

「では私はこれで。良い土産話になりました」

 

「お姉様にヨロシク伝えておいてください」

 

 霧島さんが去る。

 土産話って言っても十中八九金剛さんにだろうな。なんか金剛さんを応援してる風だったし。いやでも榛名さんを弄るネタになったという線もある。

 まぁ俺としては金剛さんだろうが榛名さんだろうが他の誰かだろうが、提督が俺以外の誰かとくっ付けば良しなので霧島さんが金剛さんと榛名さんのどちらかを応援しようが構わない。

 

 

 それはそれとして、提督が動いたのなら移動しないといけない。

 提督だって艦娘と買い物や観光であっちへ行ったりこっちへ行ったり。それをバレないように距離を保ったまま追い駆けるスリルはやっぱり堪らないね。

 それにさっきの榛名さんもそうだったけど、浮かれて普段とかけ離れた様子の人を見られるのは最高だ。青葉さんじゃないけど、見ちゃいましたぁって感じ。

 

「ねぇ、まだやるの?」

 

 監視の夕張さんもしっかり隣に居る。始めた時より微妙に(やつ)れてるようにも見えないでもない。おかしいな? 女性にとって恋の話題は必須栄養素だと思ってたんだけど。

 

「勿論。提督のスケジュールはデートに次ぐデートでギッチギチなのは確認済みなので」

 

うわぁ……

 

 夕張さんがドン引きしている。俺だってあそこまでギリギリのスケジュールは見たことが無い。例えるならゲームのとかの好感度稼ぎで一分一秒が惜しいとかそんなレベル。

 あまりにも可哀想だったから10秒でチャージ出来るゼリーを机の上にいくつか置いておいた。

 

 寝起きのコーヒーブレイクのあとは連続デート……言葉にするとヤバいな?

 

 実際に朝早くから阿賀野さんと観光スポットへ行き、蒼龍さんとショッピングモールで買い物、榛名さんとレストランで昼食と、とんでもないスケジュールをこなしている。

 それでいながら良い感じの雰囲気を作りつつ時間の管理も完璧ときた。提督はバケモノか?

 

「ああっ、マズい!」

 

 提督がタクシーを捕まえた。

 流石にこうなったらガイドブックも意味を為さない。名所は知ってても何処に行くかなんて書かれてないのだ。

 

「ねぇ、もう良いんじゃない?」

 

「まだです!」

 

 折角ここまでやったんだ。諦めて溜まるか。

 そら、タクシーゲットだぜ!

 

Chasing that taxi(あのタクシーを追いかけて)

 

『 OK 』

 

 目の前に止まったタクシーに転がりこむように乗車しめ叫ぶように言う。

 運転手のノリが良くて助かった。

 あとアメリカ語が通じて助かった。

 

「ふぅ……よし!」

 

 俺たちの覗き見はこれからだ!

 

 

 引き摺り込まれるように車に乗せられた夕張さんの目からみるみるうちに光が失われていくのを俺は知らない。

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

・徒に刃を立てる

――――――――――

 

 長門さんの前に居た彼女が居なくなってから、あちこちから鼻を啜るような音が聞こえてくる。

 でも不思議ね。私の心は自分でもビックリするくらい落ち着いてるのよ。

 特段ショックを受けるでもなく、海面を見つめて涙する駆逐艦や海防艦の子達を宥めながら、浮かぶ思いはただ一つ。

 

 絶対に許さないから♪

 

 

 1番の理由は天龍ちゃんを傷付けたこと。

 正確には、天龍ちゃんの心を傷付けたことかしら。

 

 戻ってから「オレが交代したばかりに……」なんて落ち込む天龍ちゃんは珍しくて、いつも通りに揶揄ってみたりしたけどずっとウジウジしてるから何があったのか詳しく聞いたの。

 戻ってから謝った時に「天龍さんは悪くないですよ~」って呑気に言われたらしくて、その時の顔が引き攣ってたのが気にかかってしょうがないって言ってたのよ。

 

 聞いた時はあ~あって思ったわね。

 普段だったらオカルト染みた勘の良さで「そうですよ。何で止めてくれなかったんですか?」って軽口を叩いた後に適当に挑発して天龍ちゃんと下らない勝負で決着を付けて終わるんでしょうけど……

 あと、顔が引き攣ってたのは天龍ちゃんの謝り方があまりにも迫真過ぎてちょっと引いてるだけだと思うのよねぇ。若しくは肩を揺すられた時に激痛が走ったのかしら? 怒鳴りつけたいのに我慢してるって感じじゃないと思うのよね。

 それに、真面目な話題で彼女が提督以外に対して怒ってるのを見たことが無いもの。ちょ〜っと彼女のことを知らなかったわね〜。

 

 いずれにしても、冗談だろうと責められたかった天龍ちゃんと全く怒る気の無い彼女が嚙み合わなかったわね。

 でもその時に限って察しの悪かった彼女が悪いわ。

 

 

 

 怒ってる理由の2番目は勝手に居なくなったこと。

 恋敵としては勝手に居なくなってくれたこの状況は願ったり叶ったりって感じなのだけれど、自分から土俵から降りて行ったように感じるのが気に入らないわね〜。

 余裕な態度が崩れないのもあって勝ち逃げされたみたいでちょっとだけ、そうちょっとだけイライラしちゃう。

 

 あとは単純に、1番張り合いのある子が居なくなっちゃったらつまらないじゃない?

 私だって提督に一目惚れしちゃってる手前、他のライバルたちみたいに彼女という最大の障害が居なくなったことには喜んでたりするのよ?

 でもそれは違うんじゃないかなぁっても思っちゃうの。

 

 譲られた。そう思うだけで提督の隣という場所の価値が下がるように感じちゃうから不思議よねぇ。

 最大の障害(スチュワート)を越えたかったのであって、避けて進みたかった訳じゃないもの。

 どうせ振り向かせるなら、私が提督を自分の物にしたっていう達成感とか支配感だってついでに味わいたいじゃない?

 あとはそうねぇ……負け犬の遠吠えみたいに啼いて貰えばちょっとは面白いかしら〜。

 

 

 そう言えば。

 

「深海棲艦になったら勝負しましょう。だったかしら? それはそれは面白いこと言うわよねぇ」

 

 周りがギョッとする。

 いけない。言葉に出てたみたいね。

 

「あら~。そんなに驚かなくても良いんじゃない? あの子に思う存分お仕置きする良い機会だと思わないのかしら?」

 

「……確かにそうね。あの言葉は提督へのメッセージだったんだし、私たち艦娘は私刑を執行しても問題ないわよね」

 

「深海棲艦になると噂で聞いたのだけれど、それなら咎められる理由が無くなるのでむしろ好都合ではないかしら?」

 

 私の一言から波紋が広がるように意気消沈していた雰囲気が霧散していく。長門さんの発破での空元気と違うところは、それぞれが自分の為に頑張ろうとしてるってことかしら?

 

「「「 確かに 」」」

 

 みんなが頷く。

 愛されてるわね~。

 

「「「 絶対にはっ倒す 」」」

 

 皆の心が1つになったわ。感動的じゃない?

 今から既に魚雷がウズウズしちゃってるし、また会った時は全弾発射するつもり。

 当然、他の子たちからも下される愛と怒りと正義の鉄槌も甘んじて受け止めてくれるわよね?

 

 

「うふふ……」

 

 

――――――――――

 




恋の話題は乙女の栄養。でも栄養も摂り過ぎは良くない。
夕張は栄養過多で腐ってしまったようです。あ〜あ。
次の相手は龍鳳、足柄、愛宕と続く。(ここまで初日)

艦娘達に電流走る。
あるものは鹵獲し 自主規制 (化学の発展に犠牲はつきものデース)を───
あるものは正義の下勝率100%の集団リンチを───
龍田は提督の前でR-18クラスの恥ずかしい格好を───

何もされないかもしれない。
ただし、
全部履行される可能性もあることを主人公は知らない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8章 〜幕間②〜

161話です。

幕間(おまけ)です。
アンケートありがとうございました。
投稿頻度上げて欲しい? 私の遅筆(ちから)は53万です。

でも、気持ち早くなるかもしれないです。
いそがしいねむいしぬら


・小さな大戦艦

――――――――――

 

 空母棲鬼率いる深海棲艦の大群は謎の潜水艦、集積地棲姫、戦艦棲姫と比べて拠点(ホテル)から近い場所に位置していた。

 その為早くから主に空母同士の艦載機大戦が始まった。

 敵艦隊の首領は空母棲鬼。紛れもない強敵だ。

 

「……もう決着か? 呆気ないな」

 

 しかし大湊の空母たちは熟練だった。

 他所の鎮守府よりも建造からの日数が経っていないので経験は浅いが、繰り返される演習によって艦載機を操る技量は引けを取らないレベルにまで成長していた。

 つまり、空母棲鬼を警戒して多くの空母を投入した提督は過剰なまでに空母を編成してしまったことになる。そしてその分早く山場が過ぎ去り、あっという間に敵性の艦載機は姿を消した。

 そして、艦隊の後方では───

 

 

 

「敵の艦載機は粗方片付けたわ。残った敵の処理をお願いできる?」

 

「任せておけ。峯雲が来ているから安全な場所で戦闘が終わるまで休憩していると良い」

 

 雲龍と武蔵が話をしていた。

 峯雲が居るという情報に、雲龍の後ろに居た空母たちが色めき立つ。

 

「峯雲が居るの? なら妖精さんも居るわね。艦載機も修理してもらおうかしら」

「えっ峯雲来てるの? ラッキー!」

「ちょっと早いけどおやつにしようかな~」

 

 敵性の艦載機を片付けるという一仕事を終えた空母たちの頭は、峯雲が齎すであろう憩いの時間のことでいっぱいだった。

 しかし峯雲の癒しは中毒性が高く、用法用量を守らないが故に峯雲を母と認識する人まで出たのは別の話───

 

「じゃあ遠慮なく休ませて貰うわ」

「待て、二人にはまだ働いてもらうぞ」

「「そんな……」」

 

 中にはしれっと混ざって休憩しようとする伊勢と日向の姿もあったが、武蔵に肩を掴まれて項垂れていた。ちなみに最上と三隈は見逃されている。

 

 

 

 

「艦載機が無くなった今、あとは砲雷撃戦だけだ。ここまでお膳立てしてもらった以上、中途半端な勝利は認められんぞ!」

 

 空母が退き、それ以外の艦種の出番になっても勝ちは当然だからと流れ試合のようになって弛んだ空気を武蔵が引き締める。

 喝を入れる武蔵の剣幕に飛び上がって我先へと最前線に向かっていく駆逐艦娘の中で1人、様子が少し違うのが1人居た。

 

んふ~~

 

 駆逐艦が持つには大き過ぎる砲を撫でる清霜である。その目線はテキパキと指示を飛ばす武蔵から離れない。

 まるで適性距離は長距離(ここ)だと言わんばかりの態度だ。

 

清霜、航空戦艦を目指さないか? 今なら特別な瑞雲をやろう

 

「えっ、くれるの!? 戦艦たるもの艦載機の一つや二つくらい……え? 航空戦艦?」

 

 戦艦の言葉を餌に悪魔的囁きをする日向の手には瑞雲。

 航空戦艦と言う言葉に引っかかるものはあるけれど、それでも瑞雲を受け取ろうとした清霜に待ったがかかる。

 

「待て日向。清霜、まずは戦艦になるんだろう?」

 

「うん! いっぱい戦果を挙げて、いっぱい改装してもらう! そうやって一歩ずつ戦艦になっていくんだ!」

 

「ああ、いい心がけだ」

 

 そう返しながらも『駆逐艦がどう改装したら戦艦になるかは分からないが……目標に向かって努力する姿勢こそ大事な物だろう』と考えている武蔵。口に出さないのは武士の情けかもしれない。

 それでも、自分に懐いている妹分が盗られるようでちょっと嫌だった武蔵は清霜の考えを修正した。

 

「あ~あ、日向振られちゃったね」

 

「むぅ……だが、瑞雲はいいぞ。最高だ」

 

「そんなに言うなら加賀と艤装を交換してもらえ。……そろそろ誰かしらが接敵するだろう。私たちも準備しよう」

 

 

 

 

 

 戦艦が砲撃を始めてからしばらく経った。

 

 残りの敵は艦載機の大半を失っても尚戦闘意欲を失わずに砲撃を続けながら逃げる空母棲鬼と、追い詰めたと思ったら現れた複数の戦艦レ級。

 無視して戦闘を続行した場合に被害が激増すると判断した武蔵が駆逐艦を後方に下げ、重巡と戦艦が壁になるように指示を出した。

 

「ん? くそ、弾切れか」

 

 前線の中の一番後ろ、所謂最終防衛ラインのような位置から砲撃を続けていた武蔵が顔を顰めた。

 自身の砲撃に自惚れる訳では無いにしろ、それなりに効果のある援護だと思っていた武蔵は、無いものは仕方ないと、装填を待つ時間をどうしようか考え始めて───自分の方を向いている清霜を見つけた。

 

「その砲で戦果を挙げると意気込んでなかったか?」

 

「そうだった! 見てて武蔵さん!」

 

 今気づいた! といった反応をして砲を構えて……否、振り回されるような清霜。

 狙いを定めることはおろか、まともに持ち上げることすら儘ならないようだ。

 それを見て仕方ないなと溜息を吐いた武蔵は、清霜が構える砲を支える。

 

「戦艦の砲は重いから、駆逐艦の小さい砲と同じように構えるのは無理だ。身体づくりと訓練を怠るなよ」

 

「分かった!」

 

「さて、よぉく狙うんだ」

 

! 今だぁ!!

 

 放たれた特大の砲弾はレ級の頭部に吸い込まれた。

 そして清霜は、大湊鎮守府の駆逐艦娘の中で初めて戦艦レ級を倒したとして一目置かれるようになる。

 

 艤装を手に入れ、将来へのヒントを手に入れ、機会に恵まれ、チャンスを物にして少ないけれど華々しい戦果を挙げた。

 こうして清霜は夢への第一歩を踏み出した。

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

・反転と不屈の意思

――――――――――

 

ウアアアアアアアアア!

 

 深海棲艦特有の異物感あふれる、化け物という表現がピッタリな艤装が大きく吼えて私の方を向きました。気持ち悪い口から漏れる光から目が離せません。

 

 私には戦艦のような重厚な装甲はありません。

 攻撃を避ける駆逐艦のような機動力もありません。

 砲撃を無視できる潜水艦のような特殊性もありません。

 

 戦艦棲姫の攻撃が当たれば一溜りも無いでしょう。

 ですが私は、ここから退くことはありません。

 例え、戦況を仕切りなおすために艦隊は一時撤退の指令が出ていたとしても。

 

 何故なら、後ろには運悪く動力部中枢に被弾してしまった扶桑さんが居るからです!

 

「ダメよ御蔵ちゃん……私は良いから逃げて」

 

できません!

 

 自分を奮い立たせる為に。叫ぶように意思を伝えます。

 本当は今すぐに逃げたいです。でも、でも……

 こんな時に引いては海防艦の名折れ!

 艦隊の主力、作戦の要たる戦艦を守れるなら!

 

「こういった時の……その為の海防艦です!

 

『これで終わりだ!』

 

 目を瞑り衝撃を覚悟します。

 でも、思ったような衝撃は何時まで経ってもやって来なくて、恐る恐る目を開けたら誰かが戦艦棲姫と私の間に立っていました。

 

「え?」

 

『なんだと?』

 

 

 

「ふむ……悪くない砲撃だな

 

 戦艦の砲撃を受けたとは思えないほどケロリとした若葉さんが居ました。

 どうして砲も魚雷も無い、まさしく手ぶらの状態で若葉さんがやって来たのかは分かりませんが、今も砲撃を受け止め続けている以上、何かしらの秘密はある筈です。

 

「殿は引き受ける」

 

「御蔵さん。扶桑さんを連れて早く撤退してください」

 

 それに、隣に来ていた神通さんはきっと無駄な人員配置をしないでしょう。

 おニ人を信じて明らかに普段よりもスピードの出ていない扶桑さんの手を引きながら後退します。

 

「申し訳ありません……すぐに戻ってきますね」

 

「心配しなくとも信念が揺らがない限り決して斃れん。安心しろ」

 

「ご武運を!」

 

 

 

 

 

 ───それから暫くの間、若葉と神通は殿を勤め上げた。

 

「もっと撃って来たらどうだ?」

 

『なんなんだお前は……』

 

 何度砲撃を喰らおうが立ち上がる若葉は戦艦棲姫さえも慄かせた。

 服がボロボロになろうが決して笑みを絶やさず、ギラギラと輝き続けるその眼が拍車をかけていたのは間違いない。

 

んっ……ふぅ。流石に多いな」

 

「ですが着実に数は減らせています。」

 

 若葉が攻撃を引きつけ、生まれた隙に神通が攻撃を加える。

 たった2人の駆逐艦娘と軽巡洋艦娘は、この上ないコンビネーションの下に大量の深海棲艦を相手に善戦出来ていた。

 

 その結果───

 

『ええい鬱陶しい! さっさと水底へと沈んでいけ!』

 

それは無理だ

 

『な、ぐあぁッ!』

 

 鬱憤が溜まりに溜まった戦艦棲姫が何度目かになる全霊の攻撃を加えようとした時、神通のものよりも数段威力の高い砲撃が戦艦棲姫に命中した。

 

「戻って来ないと思ったら……殿とは何だったのか」

 

 追撃の阻止だけではなく何故反転攻勢を仕掛けているんだ……しかもたった2人で。と嘆く長門の言葉に神通は顔を赤らめさせた。若葉は何故か既に赤くなっている。

 

 艦載機を速やかに撃墜したのは神通の手際であるのは間違いない(若葉が攻撃手段を持たない以上自明の理)が、扶桑の艤装が応急修理を終え、もう何体か出現した戦艦棲姫を撃破するまでの時間を稼ぎ続けたのは若葉の手柄であることも疑いようのない事実だった。

 

 そうして、完璧が過ぎて文句が出る殿を務めた2人は長門によってMVPに推薦されたが、詳細を聞いた多くの駆逐艦娘は「アレは真似できない」と揃えて首を横に振った。

 

――――――――――

 




空母棲鬼『バカンスもさせてもらえないなんて……』
戦艦棲姫『なんだコイツ……』

文月は次回。
最近、皆既月食だったから致し方なし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8章 〜幕間③〜

162話です。

文月回と言ったな?
それは後半3分の1だ。

甚大なキャラ崩壊アリ?
許しておくれ……


・荒廃の使者

――――――――――

 

 サングラス越しに見える景色は輝いてる。

 燦然と輝く太陽は……流石に眩し過ぎてちょっと鬱陶しいけど、まぁ悪くはない。

 誰もが気持ちよさそうに日向ぼっこしててピクリともしないけど、それはここが安心できる場所だって証拠だろう。

 

『……』

 

 近くに置いてた火龍果(ドラゴンフルーツ)を半分に切って中身をスプーンで掬う。

 

『あ~……ん、美味い』

 

 深海の水でキンキンに冷やされたソレは、日差しで若干火照っていた身体に染みわたる。

 さっき食べたマンゴーも美味かったし、人間も悪い面ばかりじゃないなと若干見直す。

 

『次はマンゴスチン……あれ?』

 

 おかしい。間違いなくさっきまで手元にあったトロピカルフルーツが籠ごと無くなっている。

 小鬼達には手を出すなってキツく言っておいた筈なんだけど……

 

『……美味しい』

 

 は?

 危うく湧き出した殺意の下に集団リンチの刑に処そうかと思ったけど理性が仕事をした。

 

 フルーツを籠ごと持ち出したのは駆逐棲姫。今まで見なかった顔だけど姫級の実力者なのは間違いない。後ろにも配下に空母やああ、ヤツまで居る。

 まぁ……騒ぎを起こしさえしない間は持て成そうか。

 

『ねぇ、貴女の話を聞かせてよ』

 

 話しかけられたと思ったら内容が突飛だ。

 もしかしてコイツ不思議ちゃんか? 

 まぁいい。それにしても私の話か。

 

『仕方ないな、面白い話ではないが───』

 

 

 

 

 

 ふと思い返せば長い道のりだったと思う。

 私は、随分前にこの島にやってきて拠点にした。

 当時はゴミだらけの汚い島だったけど、独りでゴミを片付けたり資源せこせこと集めたりして少しずつ快適にしていった。

 

 ある程度島がキレイになって資源が溜まって来た頃、私が居るとどうやって認知したのか輸送艦が寄り始めて、今度は防衛のことにも気を遣うようになった。

 

 最初に対策したのは戦艦の問題児だった。嵐のようにやって来ては折角溜めた資源を根こそぎ奪っていくようなヤツは招かれざる客に他ならなかった。

 だから、輸送艦に資源と艦載機のトレードを持ちかけた。砲台小鬼も連れてきてもらった。

 確実に追い払えるようになるまで我慢に我慢を重ねた。

 

 ヤツが初めて私の前から資源を奪うことなく退いていった時は、いつの間にか増えていた頼もしい仲間たちと共に喜びを分かち合った。

 

 

 だけど、私は問題児を撃退しただけでは安心できなかった。

 次に対処しないといけないのは艦娘だった。

 独自に仕入れた情報では、私以外の陸上型のヤツらは艦娘共の対地兵器……ロケット弾や上陸用艦艇にコテンパンにしてやられるらしい。

 

 それを知った私は、島を丸ごと改造した。

 資源を安全に蓄えておけるように地下を用意した。

 上陸用艦艇とやらの対策として砲台小鬼も沢山連れて来てもらった。

 そして、そもそも攻められないようにヤシの木を育てて普通の島に見えるように偽装している。

 

 今では立派なリゾートだ。

 輸送艦の他にも駆逐、軽巡、重巡、空母、戦艦、潜水艦……色んなヤツらが来る。

 昨日と一昨日は戦艦棲姫と空母棲鬼も来たし、間違いなくこの辺りで一番の憩いの場所になっていると確信できる。

 

 誰もが足を運んで一休みできる場所の提供───私自身、こうして振り返らない限り気付かなかった意外な内面が有ったんだな。

 

 

 

『まぁそれはそれとして、これからも少しずつ資材を増やしてまだまだ発展させていくつもりだ』

 

『ふぅん……貴女は人間についてどう思ってるの?』

 

 話し終えると今度は人間について訊いてきた。

 人間か……

 

ソレ(フルーツ)とか、良い物は生み出してるし、悪い面ばかりじゃないんじゃないの? 抹殺? そんなの過激派が勝手にやってれば良いと思ってるよ。ああでも、海を汚すのだけは許さない。それよりあんたはどうなのさ』

 

 私の考えを述べた上で逆に尋ねると、分からないとだけ答えた。

 でも『色んな考え方があって良いのね?』と訊かれたから、そりゃそうだろって言ってやった。

 

『全員が同じ目標に向かって全力だったらその集団は確かに強力だろう。でも、多様性が無いから生き残れないとは思うね』

 

『そう。ありがとう……じゃあ、私たちは行くわ』

 

 そう言って離れて行く駆逐棲姫の背中に、お前の目標は何だと問いかけた。

 

『艦娘の中に絶対に沈めたい人が居るの』

 

 そう答えた時の駆逐棲姫の顔は、さっきまで浮かべていた仏頂面ではなく、まるで艦娘を軒並み沈めた後の夢を語る戦艦棲姫のような顔だった。

 

『……そうか、頑張れよ』

 

 ささやかな激励を送ると、駆逐棲姫が配下を引き連れて去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、畜生!

 私が何をしたって言うんだ!

 

『ふざけやがって……』

 

 怒髪天を衝く、怒りのあまり頭を掻き毟る。

 まさか、まさか夜にゆっくり星空を眺めていたら哨戒に出ていた駆逐艦が軒並みやられた上に私たちの居る島に砲撃が飛んでくるなんて思うだろうか。

 

『許さん……』

 

 お陰様で平和だった島が大騒ぎだ。

 鎮めた上で、警戒を厳にするように指示するのだって一苦労した。

 あとは夜のうちに周囲のフリーの深海棲艦を集めて貰おう。

 

 よし。

 どこからでも掛かって来い艦娘共め。

 対地攻撃は対策した。艦載機や戦艦が幾ら来ようが、私自慢の要塞を崩すことは出来ないと自信を持って言える。

 

 

 ……そう思っていた。

 

 

 

 

 

『Shit! 沿岸からの援護砲撃が激し過ぎるネー!』

 

『申し訳ありません。艦載機を軒並み堕とされてしまいました……この屈辱、忘れませんわ』

 

『監視してる時は暗くて良く解らなかったけど、深海棲艦多いね~アハハ……気が付かなかったよ』

 

 戦っている前線のメンバーの通信を受けた大淀の顔色は悪い。

 戦艦も嫌がるような援護砲撃があるせいでまともに近寄れず、艦載機は軒並み堕とされ、深海棲艦の数自体が想定よりも随分多い。

 

 幸いにして過剰に近づきさえしなければ被害は少なくできるものの、それでは目標の集積地棲姫の撃破までに時間が掛かってしまう。

 戦闘が長期化すればするほど資材に余裕のある敵が有利になっていくのも面倒なポイントだ。

 

『潜水艦は片付けたよー! 海中からの援護も任せて!』

 

 一時撤退も視野に入れるべきかどうか悩んでいた大淀の下に、伊14からの通信が入った。

 潜水艦が居なくなったことで出来るようになったことは何かを考えた大淀は、横で小さくなっていた文月に声を掛けた。

 

「文月さん、潜水艦が片付いたそうですよ!」

 

「ふえぇ、凄い対策されちゃってるぅ~……へ、そうなの? じゃあ何時でも行けるよ~」

 

 先程までは陸上に砲台小鬼が多数居るという状況を見て出来ることが無いと首を横に振った文月は、新しく潜水艦が居なくなったという情報に顔を輝かせた。

 

「みんな準備は良い? あ、コレあげるね~」

 

 文月が持ち込んでいた艤装は多いが、種類は上陸用舟艇と特型内火艇のみ。その内特型内火艇の一つに乗っていた妖精さんにスチュワートから受け取っていた焼夷手榴弾を手渡した。

 

「それじゃあ出撃ぃ!」

 

 文月の号令の下、特型内火艇が水中に沈んでいった。

 

「あとは待つだけだよ~」

 

 一仕事終わったとばかりに笑う文月は至っていつも通りの笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 大淀が文月の言葉を信頼して一時的に戦線を下げてから暫く経った頃。

 島の一部で爆発が起きたと思ったら派手に燃え始めた。恐らく砲撃音や深海棲艦が上げる悲鳴や雄叫びも絶えず聞こえてくる。

 

「「「 …… 」」」

 

 何が起こったのかと唖然とする艦娘たち。

 どうしたら内火艇1つ2つでこうなるんだと思う大淀。

 

 誰もが無言の中、文月だけが言葉を発した。

 

「陸戦隊も出撃~!」

 

 その言葉が聞こえてきたのは蜂が巣を守るように、島を守ろうと艦娘から注意が逸れた瞬間だった。

 お世辞にも大きいと言えない艤装から展開された小型の舟艇には武装した妖精さんが搭乗している。

 

 全員がそれからまた暫く待って(驚愕のあまり唖然として)いたら、島を守っていた多くの深海棲艦が散り散りに逃げて行った。

 残党とも言えるような駆逐級や軽巡が迫ってくる光景に、誰もが正気を取り戻した。

 

 

「「「 …… 」」」

 

 戦闘が終わり集積地棲姫を確認に向かった一行が見たものは、燃やされて酸化し黒くなった砂浜と大量の瓦礫。燃料が燃えた独特の臭いと多くの深海棲艦の残骸だけだった。

 

――――――――――




Q.こうはならんやろ
A.妖精さん「おっ地下に燃料あるやんけ! 燃やしたろ」

・集積地棲姫
 1人で努力を継続して成り上がった苦労人。
 敗因はトーチカを知らなかったことと運の無さ。
 攻められるのが一日遅かったらバカンスに来た潜水新棲姫も追加され、攻撃の起点が無くなっていた為粘り勝ち出来た。

・文月
 内火艇や舟艇はなんか強くてカッコいいと思ってる。
 みんな使ったら良いのに。

・妖精さん達
 文月の熱心なファン。特殊な訓練を受けている。
 文月じゃなくてこっちがだいぶおかしい。
「沿岸砲台? 堀でも用意するんだったな」
「まぁ、堀があったら艦載機に括りつけて直接投下するんだけどね! ハハハッ!」
「文月様万歳ッ! 万歳ッ!!」


次回で幕間終わり。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章 ~幕間②~

163話です。

睡眠不足 → 脳内麻薬がキマる → 脳に宇宙を宿す → 一時的狂気を発症
→今ここ (深夜テンション!)

変態作者(わたし)の毒牙にかかった可哀想なキャラの話です。
好みがだいぶ分かれそう。


・時間と孤独に侵されて

▼――――――――――

 

 私は沈んでしまいました。

 魚雷に被弾したのが致命的だったみたいです。

 

 海底で目が覚めた時は慌てて酸素を求めたけれど、沈んでしまった影響なのか全然苦しくなくて、水を吸って水を吐いてを意味もなく繰り返しました。

 海の上に戻ろうと藻掻きましたが艤装がもの凄く重たくなっててちっとも動かせなくて、外そうにも引っかかってしまったのか壊れてしまったのか、錆び付いてしまったのか、いくら触っても外れなくて。

 

 幸いにもあまり水深のある場所じゃなかったので、どうしようかと混乱する頭を落ち着ける為にも、海面を眺めました。

 

 近くにまだ艦隊が居るのなら見つけて欲しいです。

 

 

 

 しかし誰かが見つけてくれることはなく、何回か水底で夜を過ごしました。

 誰かが隣に居る訳でも無くて、お腹が空かないからご飯も要らない。呼吸すら必要ない。運が悪い事に通信機はダメになってるみたいなので助けも呼べません。

 やる事と言ったら、眠たくなる度にこれは夢だって思い込んで、目を覚ましては目の前に広がる光景に絶望して、涙を流すことくらい。

 

 このまま心まで艤装と一緒に錆び付いていくのかな……

 

 そう落ち込んでいたら視界に潜水カ級が現れました。

 

『きゃあ!』

 

『……』

 

 驚いて砲を構えようとしても全く持ち上がらなくて、叫んだ時に口から泡ではなく声が出て、海中なのに喋れるということに気が付きました。

 そして当の潜水カ級はというと、普段から私たちに向けて発射してた筈の魚雷を大事そうに抱えて、おっかなびっくりといった様子で私の方を見つめてます。

 

 ……沈んだから攻撃してこないの?

 

 そんな疑問を持った私も突然現れたカ級にビックリしただけで、よく見て見ると何故か脅威()だとは思えなかったから見て見ないふりをしました。

 そして1つ思いついたことがあったので、ダメ元で潜水カ級に話しかけました。

 

『あの……』

 

 

『もしよろしければ、その魚雷で終わりに……あぁ……』

 

 「してくれませんか?」という言葉を紡ぐ前に逃げられてしまいました。

 艤装の魚雷は綺麗さっぱり無くなってる(撃ち尽くした)し、砲は信じられない辛い重たくて持ち上げられません。仮に持ち上げられても水の中だから火薬は湿気ってるどころじゃなさそうだから……持ってても意味が無さそうです。

 

 今の私はただ海底に縛り付けられている状態です。

 自分で何も出来ないなら雷撃処分を、せめて敵の手で。

 だからと言っても本当にさっきみたいに大人しく終わりにして欲しいかと聞かれたらそんなことはありません。

 

『帰りたい……帰りたいよぉ……』

 

 夕立姉さんのマフラーをぎゅっと抱き締める。

 鎮守府の皆や司令官の顔が浮かんでは消える。

 

『皆と一緒に居たい。独りは嫌……』

 

 せめてお話の出来る誰かが居ればなと思って、直後に何てことを考えてるんだと首を振る。

 “自分が寂しいから誰かも同じように沈んで居れば”

 なんて恐ろしい発想でしょうか。

 

 でも……

 

海底(ここ)は、寒いです……』

 

 

 

 

 

 

 

 ぼんやりと海面を眺めるようになってからどれだけ経ったことでしょう。

 間違いなく単位は日じゃなくて月、もしかしたら半年、いや1年以上……?

 

 経過日数毎に外した砲の上に砂利のような小さな石を並べたりもしました。砂利の数が600を超えて、手の届く場所にそれっぽいものがなくなってからは砂を積み上げるような真似が途端に馬鹿馬鹿しくなったので止めました。

 

 随分前には捜索とか来ないかな? なんて思ってみたりもしましたけど、そういえばここは日本近海じゃないから期待は出来そうに無いかなぁと自嘲交じりに振り返ることも一度や二度ではありません。

 軍艦時代のような大きさなら兎も角、途轍もなく広大な海から自分1人を見つけるのは簡単じゃないことくらい分かってます。

 深海棲艦の脅威を加味しなくてもコレなのだから、深海棲艦に気を割きながらの捜索に出ようなんて提案なんて到底出ないであろうことも。

 

『……』

 

 ふと、近くに落ちていたマフラーに目を配る。

 藻に侵食され過ぎてて根本的なところから変質、変色しているように見えます。

 

 腕を前に出して海中に漂う自分の髪を梳く。

 遠い記憶にある水死体の様に真っ青……病的なまでに白くなった腕と、同じように海に色が溶けてしまったみたいに真っ白になった髪。

 

『変わっちゃったね』

 

 今もこうして自分(自我)があることは果たして幸運なのか不運なのかよく分かりません。

 

 全く動かさない足の感覚が無くなったのはいつから?

 司令官や皆の顔の輪郭がぼやけ始めたのはいつから?

 いつから狂うことに救いを見出し望むようになった?

 

海底(ここ)は何も変わらないよ……』

 

 海底を寒いと感じなくなったのはいつから?

 

 

 

 

 

 どれだけの時間が流れただろう?

 やる事なんて無くて、出来ることと言ったら辺りを見回して呆ける事か海面を見上げて呆けること、目を瞑って靄のかかった過去に思いを馳せるだけ。

 

 ようやく、自分の考え事には意味が無いと気が付いた。

 

 今頃は別の(春雨)が建造されて頑張ってることだろう。

 鎮守府の皆は別の(春雨)と楽しくやっているだろう。

 きっと司令官は別の(春雨)に笑顔を向けているんだろう。

 

『……』

 

 どうせ誰にも聞こえないんだったら幾らでも私の好きなようにに呪詛でも吐いてやろう。

 どうせ誰の記憶にも残ってないならいっそ深海棲艦のように振舞って記録に残されるのも悪くない。

 

 ……(春雨)はこんなことを考えるような艦娘だったっけ? きっと違った筈だ。

 ではどんな艦娘だったっけ? ……忘れてしまった。

 

 永い時間を掛けて少しづつ湧き出していた怒り、恨み、辛み、嫉み、妬み。

 宛先が分からず溜められていたこれらの感情の矛先が艦娘───かつての仲間たちに向けられるようになっているのが自分自身でも感じられる。

 

 でも、仕方ないよね?

 誰も私を終わらせてくれなかったんだから。

 

 何度同じ思考を繰り返しただろう? そう思っていた時に遠くの方から聞きなれない音が聞こえた。

 酷く新鮮に感じた音の方向に目を向けると、海面に光と影が1つずつ見えて、その光がなんとなく艦娘ってことが分かった。

 そして影がイ級で、どうやら海上で交戦しているらしい。

 

 最初は長い間隣人だったイ級を応援しようかと思ったけど、何故か艦娘であろう光から目を離せない。

 艦娘に対してはさっきまでアレコレ考えていたようにベットリと黒い感情がこびり付いていた筈なのに。

 さっさと沈んでしまえと思っていたのに。

 私と同じ目に遭ってしまえと思っていたのに。

 

 その筈なのに。

 

 なのに……。

 

『暖かい……』

 

 海の上の太陽とはまた違う光から目を逸らせない。

 冷え切っていた心、身体に染み渡るような心地良い暖かさを感じる。

 さっきまで抱いていた艦娘に対する黒い感情なんて、この感覚に比べたらどれだけ小さくつまらないことだったのか。

 

 そうこうしている内に交戦地点は真上まで来ていた。駆逐イ級相手に結構時間を掛けてるから艦娘の方はまだまだ弱いんだろう。……ほら、魚雷を外した。

 そして外れた魚雷は勢いを失くして近くに降って来た。

 

『……』

 

 一時期は自決するために切望して止まなかった魚雷が今、手の中にある。

 

『……ここから離れられる?』

 

 直感的にそう感じた。

 そして何も考えずに重りのようになっていた艤装に魚雷を叩きつける。

 躊躇いなんて無かった。

 

 

 

 海底に縛りつけられる生活に突然の終わりが到来した。

 浮遊感に気持ち悪くなりながら、海面に進もうとする。

 

 春雨()の艤装は海底に捨ててきた筈なのに、いつの間にか無くなった足の部分に艤装があった。

 

 海上に出て、忘れかけていた太陽の眩しさに思わず目を眩ませる。

 風、波、水平線、雲。これら全てが懐かしく感じた。

 

 後ろ姿を見た感じだと見たことない子だった。

 こうして見ると意外と憶えてたんだなぁと内心ビックリしながらも、観察する。

 なんと言うかすごく眩しかった。暖かく感じた。

 彼女から感じる暖かさは記憶にあるものとそっくりでそう、まるで───

 

司令官?

 

 そう思った時に彼女は前進しようとしていた。

 

 待って! 置いていかないで!

 私を独りにしないで!

 寒いのはもう嫌!

 

 だから───肩を掴んだ。

 

『行かせは……しない……よっ!』

 

 沈めたら一緒に居られるよね?

 

▲――――――――――




・駆逐棲姫

元佐世保の春雨。
長い間海底に居たので色々と壊れた。ちょっと病んでる。
“何故か”暖かい光を持つ主人公にご執心。
わざわざアメリカまで付いていった主人公ガチ勢。

今は念願を果たせてご満悦。
2人なら、寒くいないね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幽霊船
帰還、仕事、未練


164話です。

失踪したと思った? 残念。
台所の黒いヤツよりもしぶといので帰ってきました。

遅すぎるとは自分でも思ってるんですよ。
でもね? 仕事とか読みたい小説が増えたり、ゲームの周回したり、ドット絵描いてたり、息抜きとしてオリジナル小説の設定考えてたりするとね、自然と時間が無くなるの。

どうしてだろうね?
あ、次は普通に投稿します。



 飛行機を乗り継いで日本へ、大湊へ帰ってきた。

 

 休暇のようなそうでもなかったような、楽しむ為にもの凄く忙しいスケジュールを熟していた日々が終わり、見慣れた風景が目に入ったことでいつもの日常が戻ってきたんだと思うと少しホッとする。

 警備所を超えて敷地の中に入ると、他所から警備の任務で来てもらっていた艦娘たちと留守を買って出た妖精さんたちが出迎えてくれた。

 

 他所の艦娘たちの代表として報告してくれた横須賀鎮守府の霧島によると、特筆すべきことは無かったらしい。

 ただ、捕虜の扱いが緩いのではないかと指摘された。

 

 一瞬何のことだと思ってしまったけど、そう言えば港湾棲姫と北方棲姫は一応捕虜ということになってるんだったか。頻繫にあの島から遊びに来るものだからすっかり大湊の一員として馴染んでしまっている。

 自分たちの居ない間、やはりと言うべきか北方棲姫はじっとしていられなかったらしい。一応他所の艦娘たちが来ると注意を……待って、何で自分は深海棲艦に優しくしているんだろう?

  いや止そう。向こうもトラブルを起こそうという意図は無いのは分かってるし、艦娘たちも仲良くしている上にわざわざ連れてくる子まで居る以上今更だ。

 

 霧島からの報告が終わると、今度は妖精さんたちが自分の帰りを待っていたと主張してきた。

 一月近くも警備府から離れている間にまた想像力を掻き立てられることがあったんだろうか、申請書と書かれた紙を沢山持っている。

 恐らく新しい艦娘が大湊に増えることになるだろうと思う。もしくは新艤装の提案や強化案だろうか? とにかく今は、不定期に行われるという『魔改造フェス』と呼ばれる資源の無駄遣いが起こらないことを心から願うしかない。

 

 

 

 艦娘たちを自室に戻らせて、自分も荷物を片付ける。

 明後日からは通常業務が始まるけど、今日と明日くらいはゆっくりしたい。

 しかしそうも言ってられないのは『提督』としての辛いところだと思う。

 

 さっき大まかな報告は受けたと言っても詳細は紙面に纏めてあるだろうからその確認。大本営からもきっと細々とした連絡は来てるだろうし、一日だけとは言っても先延ばしにしていると痛い目に遭うのは想像に難くない。

 あとは妖精さんから各種設備の点検もやって貰っていたからその報告も受けないといけない。

 

 それに警備に来てもらっている艦娘たちや警備所の職員さん、近隣の住民の方々との交流だって疎かには出来ない。

 

「……何から手を着ければ良いんだろうね」

 

 こんな時に彼女が居ればと思わずには居られない。

「間宮さんと買い出しに行くついでに警備所の方にお土産を渡してきます。提督から何か渡す物があれば一緒に渡しますが……あぁそれと、時間があったらコレに目を通しておいてください。各設備や備品の点検結果だそうです」

 なんて言いながら書類を渡してくるんだろうなと思うと、普段から彼女に助けられていたことに改めて気が付いた。

 

「やっぱり自分の荷物は後回しかな」

 

 まずはお土産を渡しに行くべきだろうと、バッグの中から出した衣類などをクローゼットの中に押し込める。どうせ普段は使わないから暇な時間を見つけて少しずつ整理すればいい。

 彼女の荷物を部屋に残して、警備所に向かい始めた。

 

 

 

「つまらない物ですが、お土産です」

 

「ご丁寧にどうもありがとうございます」

 

 挨拶やお礼、当たり触りの無い世間話の後にお土産を渡した。

 取り敢えずこれで良し。と警備所を出ようとした時、掛けられた一言に身体が固まった。

 

「今回はスチュワートさんじゃないんですね」

 

 今までお土産などを渡していたのはほぼ毎回彼女で、何かしら客人が来た時もその日の秘書艦の子の「案内してきます!」という言葉に甘えていた。

 つまり自分は警備所に何かしらの用事で訪れたことが殆ど無い。だからそう訊いてきた職員さんはきっと悪くない。

 

 でも今は。

 今だけはその話題に触れて欲しくなかった。

 忘れないにしても折り合いがついてない今は。

 

「……色々あるんです」

 

 言葉に出して悔しくなった。

 ぐっと我慢できたから良いものの本当は、何も知らない癖にと掴みかかりたかった。

 子供の癇癪みたいだなと思うけど、最早顔も見たくなかった。

 

 ではこれでと素っ気ない言葉をかけて、行き場のない感情に蓋をしながら警備所を後にする。

 暫くは警備所に近寄りたくも無いと思った。

 

 

 

 

 

 足音を荒くしたまま彼女の荷物を部屋まで運ぼうとして彼女の部屋の前まで来た時、アンティークな木製の扉が出迎えてくれた。

 しかしドアノブを捻ってもガチガチという音がするばかりで一向に回らない。どうやら鍵が掛かっているらしい。

 そう言えば彼女は自室を妖精さんから改装してもらっていたんだったか。

 入ったことがあるなんて話もほとんど聞かないが故に、入ったことがある極一部が内装を自慢げに語っていたことを思い出した。

 当然自分も当然入ったことは無いけど、だからこそ少しワクワクしてしまう。

 

「……」

 

 しかし入る為の鍵は恐らく彼女の鞄の中。

 だからと言って鞄を漁るのは流石にデリカシーが……と頭を抱えたくなった時に声が掛けられた。

 

『探し物はコレですか?』

 

「 !? 」

 

 突然声が聞こえたと思ったら、彼女専属だと妖精さんの間でも有名になりつつあった妖精さんが持っていたバッグの上に座っていた。その手には鍵を持っている。

 

「それはここの?」

 

『……』

 

 頷いた。合ってるらしい。

 差し出されたこれまたアンティークな鍵を受け取ってドアノブを捻る。

 そして彼女の部屋に入った。

 

 

 

 コーヒーの香りが微かに漂う、落ち着いた雰囲気のキレイな部屋だと思った。木製のテーブルや椅子、コーヒーを淹れるような器具が並んでいるシステムキッチンとまるで狭いカフェの様にも思える。1人部屋にしてはかなり広い部屋だ。

 

「あれ?」

 

 「REST LOOM(トイレ)」と書かれた個室まであるのに、布団やベッドの類が見つからない。

 何と言うか、この部屋はまるで誰に入られても問題ない部屋のように感じられた。普通の家で例えるとまるでリビングキッチンのような……。

 

『こちらをどうぞ』

 

 妖精さんは椅子に座って彼女の部屋を見回していた自分に、小さな箱を渡してきた。

 受け取ってみると間違いない。自分が彼女にあげたもの(指輪)だった。

 

『一度も身に着けて無いそうです』

 

「え……」

 

 少し、いやかなりショックな内容が妖精さんから告げられる。

 曰く、普段から彼女は『提督(じぶん)提督(じぶん)を慕う艦娘とくっ付くのが一番』と言ってたんだとか。

 それはそれで、自分は彼女から慕われてないということになるけど……ここ最近の艦娘たちとのデートを思い出して想像してみると、どうもスチュワートが彼女たちのように接してくると考えられない。

 

 一歩近づけば一歩離れる。

 二歩近づけば二歩離れる。

 三歩近づけば牽制される。

 

 思い返してみると、彼女とは薄い壁で隔たれたような付き合い方しかしてない。

 彼女がいつも言っていたビジネスライクのようだった。

 

「あぁ、成る程」

 

 最初から叶わなかったのか……

 

 

 

「ケッコン指輪には、艦娘をちょっとだけ強くしてくれる効果があるのです。『戦艦のような戦術の要になる方に着けさせて艦隊を勝利に導くのが提督の仕事だろうに……』とも言ってましたよ」

 

 妖精さんから知らなかった指輪の秘密と共に、目の前の妖精さんだから知ってる彼女が零した愚痴を話された。

 如何にも彼女らしい考え方だと思った。

 大事な事は絶対に感情よりも利益を優先する辺りが特に。

 

「それに、スチュワートさんは沈んでしまいましたが消えてしまった訳ではありません。次に会った時は今度は “勝負” するのでしょう?」

 

 頷いて続きを促す。

 

「恐らく深海棲艦となるであろうスチュワートさんですが、倒しても沈めずにあの島に居る深海棲艦のように扱えば良いとは思いませんか?」

 

「なっ!?」

 

 とんでもない提案に目を見開く。

 確かに、かつての如月の話は再度沈めたところで毎回話が終わってしまっていた。

 もう一度建造されたのか、海から艦娘として戻って来たのかは分からないけど、自分は彼女が建造されるとはどうしても思えなかった。

 

 だからこそ、ならいっそ深海棲艦のままで良いのではないかという妖精さんの提案には目から鱗が落ちる思いだった。

 

「少しでも勝率を上げるために、ソレ(指輪)は誰かに渡してしまった方が良いのではないですか?」

 

「……それも、そうだね」

 

 実はかなり負けず嫌いな彼女が勝負しましょうなんて言うくらいだ。

 そう簡単には勝たせてはくれないだろうと思っている。

 

 こう考えてしまった時点で、彼女に対して相当執着しているんだなぁと自覚した。

 だけど、妖精さんの話を聞いて沈んでいた心に火が付いたようだった。

 

「ありがとう。お陰でスッキリしたよ」

 

 そう言って席を立つ。

 

 彼女との勝負に絶対に負けない為にも、やらないといけないことは沢山ある。

 そう、休んでいる暇は無いんだ。

 




主人公「提督を説得して指輪返却してもらえる?」
妖精 「OK!(ズドン)」

妖精「沈めて建造よりそのままゲットしちゃいなよユー」
提督「その手があったかー!」

深海棲艦になってもいいとか提督(コイツ)、すげぇ変態だぜ?
なお、駆逐棲姫とかいう最大のライバルが生えてる模様。

次回からまた深海主人公がお送りいたします。
次回は明日。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

沈黙、情報、天秤

165話です。

クソ難産でした。
いろいろおかしいところがあるかも(毎度おなじみ)
でもある程度の方針を決めることが出来たのでヨシ!

湿気ヤバくて頭おかしくなりそう。なった。


 退屈とは無縁だった。

 

「ここで大胆な隠し味! ……待って! どうして持ち去るのぉ!?」

「連日のお菓子パーティーは太るから止めろって? 少しくらいは愛嬌だよ!」

「ご主人様! 今日はなんとスチュワートにメイド服を『ぬるぽ』 ガッ! あれ? 意外とこのノリに着いてくる……?

 

 個性的な人たちが居て楽しかった。 

 

「最近は各地から人が来るようになって賑やかになったと、みんな喜んでました」

「おや~まんだ買い出しだべが? いつもこったらほば(こんなところ)ご贔屓どもの~」

「いつもお土産ありがとうございます。──マトリョーシカですか……響さん、ロシアは楽しかったですか?」

 

 “ 前 ”では分からなかった人付き合いも楽しかった。

 

「天城さん、何で空母は競うように私を大破させようとするんですか? ──中々撃破されない上に実戦形式だから艤装のテストや実力を測るのに丁度いい? そんな……」

『そしたら夕立が「誰が相手でもパーティする」って言うからさ、何かの隠語だと思ったわけ。……待てとお座りを覚えさせろ? そんなことしたら噛まれちゃうよ』

「今日は子の日か……初春に胃腸薬を渡しに行かねば」

 

 非日常と日常が曖昧になって、何もかもが楽しかった。

 

また会おう

 

 その言葉を最後にゆっくりと身体が後ろに傾いて

 景色が黒く染まる───

 

 

 

 

 

 まるで寝起きのような感覚を伴って意識が覚醒した。

 波打つ水面を見上げていることから海中に居ることは間違いないと瞬間的に理解して、起きあがろうとしたところで異常を感じた。

 

 何か腰の部分がやけに重たい。

 艤装が妖精さんパワーを失って鉄の塊と化したならしょうがないと思いながら艤装を外そうと腰へ手を伸ばすと、変な感触の物に触れた。

 何事かと視線を下げると、駆逐棲姫が腰をガッチリ掴んで腹に顔を埋めていた。

 

 なんで?

 

 あまりにも予想を超えているからか声が出ない。

 だけど状況は待ってはくれず、俺が起きたことを察知した駆逐棲姫が顔を上げたことで目が合ってしまった。

 

『『……』』

 

 ここでフリーズした俺に対して駆逐棲姫は俊敏に起き上がり、今度は胸にハグをしてきた。

 だけど纏ってる雰囲気が絞め落としてやるって感じのソレじゃなくて、まるでお気に入りのぬいぐるみを離さないようにしている子供みたいだから意味が分からない。

 

 そして『もう離さない』なんて耳元で囁いてくる。何を言ってるかは分かる。でも頭が理解を諦め耳が飾りと化し、右から左へと聞き流すもんだから何を言ってるか分からない。

 「孟・ハナサナイって誰だよ」なんて思考を放棄するのが精一杯だった。

 

 これが海中での駆逐棲姫とのファーストコンタクト。

 大体1週間くらい前だったと思う。

 

 

 

『はい、どうぞ』

 

『……』

 

 渡されたのは頭を吹き飛ばされた魚。

 まぁ鱗と内臓さえどうにかすれば食べられないことはないだろうと思いながら受け取ると、腹の辺りからウネウネしたのが飛び出してるのが見えた。

 

 コレを食えと? 多分俺より先に寄生虫の餌になってるぞこの魚。

 なんてことだ、もう食べられないゾ♡

 

 受け取った魚は駆逐棲姫が目を離した隙に足元の砂に埋めた。

 これならそこら辺の子供が作るツヤツヤした泥団子の方がまだ食欲を唆る。食べられないのは変わらないけど。

 

 そんなことを続けたのがこの1週間だった。

 

 

 

 

 現状をどうにかしないといけない。

 そう思い立ったのが今。

 

 当然だけどこんな生活はゴメンだから逃げようとした。

 1度目は暗くなってからそっと逃げたけど追いつかれてボコボコにされて、2度目は海底をコソコソしながら進んでいたら気絶させられた上でこれ以上逃げられないように鎖で岩と繋げられた。

 

 しかも、2度も逃げた前科があるからか駆逐棲姫の隙が明らかに減った。

 今も俺のことをジッと見張っている。

 これは3度目の正直以前の問題じゃないか?

 

『ねぇ、何か喋ってよ』

 

 何回か言われたセリフだけど、何も言うことは無いとばかりに無視する。

 駆逐棲姫の意図が読めないし、得体の知れない不気味さがあるから正直会話もしたくないっていう本音もある。

 

『寂しいの……』

 

 すると急に、今までの生活で初めて出て来た駆逐棲姫のパーソナル的なサムシングが飛び出してきた。

 これは何かしらのヒントを得られると思い、興味があるように視線だけを向けつつも無言を貫く。

 

 頼む。もう少し現状打開に繋がる情報を出してくれ!

 その願いは叶えられ、駆逐棲姫の独白が始まった。

 

 

 

 ───結論から言うと。

 目の前に居るのは艦娘である。

 誰が何と言おうと艦娘である!

 

『……帰ろう』

 

 ガシっと肩を掴んで宣言する。

 

『え? ……えぇーっ!?

 

 ちょっと間が悪くて可哀想な目にあった艦娘の話を大人しく聞いてた筈の俺がいきなりそう言ってきたのを理解した駆逐棲姫、もとい春雨がキョトンとした後に大声を上げた。

 

『喋れたの?』

 

『人のことを何だと』

 

 震える指先で俺を指しなが凄く失礼なことを言われた。

 コミュ障だって随分と改善されたんだし当然喋るくらい出来る。

 

『じゃあ何で今まで喋ってくれなかったの?』

 

『話を聞くまでは駆逐棲姫だと思ってたから』

 

 それについては本当に申し訳ないと謝ったら、どこか責めるような雰囲気が一転して落ち込んでしまった。

 

『その、本当にごめんなさい。私の我儘で沈めてしまって……』

 

 そう謝る春雨は、見た目こそ病的に真っ白になっても根本的な所までは変わって無いように感じられる。ずっと独りで海底に置き去りにされてもこうやって罪悪感を覚えるとか俺には絶対に出来ない。

 

 この春雨の存在は「深海棲艦とは何か」と言う根本的な問題の解決に繋がるかもしれないなんて打算半分、同情半分で春雨の手を引いて進む。

 それに、約束を守る為に大湊に戻りたい俺と独りは嫌だと言う春雨の目的も一致している。

 『気にしなくていいよ』『それよりも、皆と一緒に居たいなら早く帰ろうよ』と慰めながら進んでいると、突然引いていた手を振り払われた。

 

『これ以上はダメ』

 

『何が?』

 

『私だって帰りたい。でも、もうこっち側の一員なの』

 

『ほう』

 

 新しい情報が出てきた。

 “ こっち側 ”について訊くと、どうやら深海棲艦には中枢棲姫による支配体制があるらしく、この春雨もその一員としてこの辺の海域担当にさせられたんだとか。

 ……コレ、特ダネじゃないか?

 

 大湊(ウチ)に居る港湾棲姫はずっと逃亡生活を送ってたらしいので“ こっち側 ”になってない。だから深海棲艦の目的とかについて詳しく知らないのも無理はないと考えると中々良い線行ってると思えてくる。

 何だろう、春雨を叩けば叩くほど情報が出てくるような気がしてならない。

 ベストは大湊に連れて行くことなんだけど、“ こっち側 ”の事情で今は無理そうだし…….

 

 だったら俺が帰らなきゃ良いだけだよなぁ?

 

『じゃあ一緒に居ようか』

 

 そう言いながら引き返して春雨の手を取る。

 おお、そんな驚いた顔をしなくても……

 

『いいの?』

 

『その中枢棲姫とやらに「どうして人間を襲うんですか」くらいは訊いても良いでしょ』

 

 マジの戦闘民族だったら救いようが無いけど、そうじゃなかったら何かしら打てる手はある筈だ。

 それに、仮に中枢棲姫に接触しないにしても他にも言い訳は沢山あるんだからな。あんな話を聞いて置いていける精神はしてないとか、大湊に帰るにしても早すぎるとなんか白けるとか。

 

『あとは……そう。これからよろしくね』

 

『……はい!』

 




主人公補正によって正気を失いません。なんてことだ……
急遽、駆逐棲姫ちゃんを撃破せずに済ませられないか考えた結果こうなりました。

元々の予定はもっと酷く、ガチヤンデレと化した駆逐棲姫に主人公が依存されたり、その結果主人公の理性や尊厳がぶっ壊されて共依存みたいになってそのままズブズブの……となったあたりで作者が正気に戻った。
シナリオ壊れる^~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

名前、艤装、想像

166話です。

う~ん、やはり神風型のキャラデザインは秀逸。
この時期は和傘も似合うだろうし……大正浪漫はいいぞ。



『じゃあ今度は俺が話をする番だな』

 

『オレ?』

 

『そうそう。天龍さんとか木曽さんも「俺」って言うじゃん? 沈んだのも何かの機会ということで色々とデビューしても良いかなぁって』

 

『そうなの?』

 

 そうだよ……って嘘に決まってんだろ。

 本音としては色々と聞いちゃったし隠し事はしたくないなぁって感じだから緩い理由なのは本当だけど。

 それはそうと───

 

『なんで嬉しそうに口元を動かすの?』

 

『い、いいえ! 似合ってますよ、はい!』

 

 この1週間の無表情と死んだ目は何処へやら。嬉しそうにしたり、何かを誤魔化そうとしたりと表情が忙しなく動く動く。あ、視線も逸らされた。

 やだ、この子分からない……

 

まぁいいや。 で、俺の話だけどそうだなぁ……前世の記憶って信じる?

 

 

 

 

 

『今の話を信じても良いし、作り話だと笑っても良い』

 

『信じます』

 

『ホントに!?』

 

 話終わってから笑われても良いように予防線を張ったらあっさり信じて貰えたから逆に信じられない気持ちになった。

 むしろ自分たちの居るこの世界を遊戯(ゲーム)だって言う俺のことをあっさり信じるとか、逆に心配になるんだけど。

 

『はい。だって“ 普通の ”人間から見たら艦娘と深海棲艦、そしてなにより妖精はオカルトそのものじゃないですか』

 

『確かに』

 

 見える提督たちがおかしいだけで見えない人が大多数の妖精さん、艤装を着ければ非常識的なパワーを出す艦娘、近年まで発見すらされてなかった深海棲艦や主に鎮守府で使われる資材。

 不思議なことだらけじゃないか……そりゃあ誰かが前世の記憶持って艦娘になったりしても「そんなこともあるでしょ」くらいで済みそうだ。

 

『あっそうだ。さっきも言ったけど俺は自分が何の艦娘なのか正確に把握してない。多分スチュワートって(ふね)だとは思うからそれで通してたし、大湊に居る時は一部からはスーちゃんって呼ばれてた。今は好きに呼んで良いよ』

 

『分かった。でも、私のことは春雨って呼ばないで』

 

『はい?』

 

『ソレは既に佐世保の春雨のもので、私のじゃないの』

 

 あ、なるほど。

 

『便宜上春雨って呼んだけど……君は絶対に春雨じゃないから大丈夫だって』

 

 春雨は明らかに食べられない魚を食ベさせようとしないし。

 俺の好みに合わせて激辛麻婆春雨を作ってくれる春雨の優しさはどこに消えたんだ?

 

『出来れば、貴女に名前を貰いたい……です

 

 は?

 実質告白でしょこんなの。しかもどこかの野郎(ていとく)とは違って可愛いし。

 は? は? 可愛いんだが?

 

『よっし任せろ。一番良いヤツをくれてやる』

 

 唸れ頭脳! 轟け語彙力! 来たれ閃きィ! 

 悪雨(わるさめ)は『艦これ』における駆逐棲姫の愛称だし、愛称でも何でもない名前に(ワル)なんて付けるのはちょっとどうかと思う。

 う~ん……名は体を表すならその逆もまぁアリなんじゃないか? でも外見的特徴は白いの一言。でもぱっと見冷たい印象は受けるかも。それに独りで寒かったって言ってたしその方向性で行こう。

 粉雪は吹雪型っぽいし、雹とか霙は朝潮型っぽいし……出来れば白露型らしく〇雨って感じで終わらせたい。でも霧雨とかはなんか居そうなんだよなぁ。

 

『あ、氷雨なんてどう?』

 

 良いじゃん。ぽいじゃん。ぽいぽい。

 

『氷雨……氷雨…… ありがとうございます』

 

『ッ!!』

 

 口元に両手を当てて呟いて嬉しそうに微笑む春雨、改め氷雨。

 同情とかが混ざってないと言ったら嘘になるけど、扶桑型の2人とは違ったベクトルの幸薄さを纏った人が細やかな喜びを表すのは俺の心にストライクだ。

 つまり可愛い。これはもうこれ以上傷付かないように俺が守護(まも)らねばならぬ。そう思わせる辺りやはり山風の姉か……

 

『裏・白露型駆逐艦の1番艦の氷雨様じゃん』

 

『揶揄わないでくださいっ!』

 

 バカ言え、コレは俺なりの照れ隠しだ。

 

『そう言えば、俺を沈めた時に周りに居た深海棲艦は何処に居るの?』

 

 駆逐級は沢山居たし、空母ヲ級とか戦艦レ級とか居たような気がするけど。

 

『す、スーちゃんを沈めた時にお別れしちゃいました』

 

『この辺の海域を任されたとか言ってなかったっけ?』

 

 そんな氷雨がこんな現状なのはヤバいじゃん。

 

『だからまた1から仲間を集めないといけないです。はい……』

 

『俺は仲間の内に入らないのか?』

 

『それはその……艤装を壊しちゃったのでスーちゃんは戦力外と言うか、あっ、別に弱いと言ってる訳じゃありませんよ、はい!』

 

 弱い云々は置いておいて、艤装壊したのは自業自得でしょ。

 せめて見つからない場所に隠しておくくらいにしろよ……行動が極端なんだよ。

 

 

 

 

 

 真っ暗な時間、フワフワと漂って揺れるように海底に着地した駆逐ハ級。

 俺が付いてきていることも知らずにそのまま寝始めた。

 ……バカなヤツめ。

 

ハァ~イ、調子良い?

 

 うん。口角も上がってるしゴキゲンじゃねーか。

 だから尊い犠牲になっても笑顔で許してくれるよな?

 

 錆びた鉄パイプを目の位置に思いきり突き立てた。

 

 

『と、手に入れたのがこちらの連装砲でございます』

 

 所々に白い肉片の付着した艤装を氷雨に見せつける。

 これで戦えないなんて言わせねぇぞオイ。

 

『あと、タコ捕まえたんだけど食べる?』

 

 ハ級の解体中に勝手に近寄って来たタコを見せつける。

 色も白いし、逃げなかったし。絶対にコイツ生物としての本能をどこかに忘れてきてるぞ。

 

『食べませんよ……。むしろ、懐いてるみたいなのでその蛸を艤装にしてしまえば良いんじゃないですか?』

 

『は? そんなこと出来るの!?』

 

 氷雨から飛び出た言葉に驚く。

 いくら深海棲艦が艤装オンリーのロボットじゃなくてどこか生物チックな所があると思ったらまさかそんな事が出来るなんて……やっぱり深海棲艦も謎だらけじゃないか。

 

 でもそう言えば、アメリカの資料室で見たバタビア沖棲姫はオウムガイみたいな艤装だったっけ? なら氷雨が言ってたことも出来る……いや無理だろ。

 

『ねぇ、ぼくと契約して、深海棲艦の艤装になってよ』

 

 流石にこれは騙されてるだろなんて思いながら某白い侵略者をイメージしながら言うと、タコは触手を2本持ち上げた。

 

 

『わぁ、器用ですね!』

 

 言葉が通じたことに突っ込みを入れろよ。

 

 

 

 

 

 自由度の高い育成ゲームは根強い人気がある。

 俺が思うにその手のゲームで一番楽しいのは『どうすれば自分の満足のいく形で最も強くなれるか考える時間』だと思う。

 机上の空論や皮算用に想いを馳せて、希望を込めて祈りながら育成する。

 

 つまり何が言いたいかと言うと、最強を目指す過程で常識すら敵に回すヤツは一定数存在するということ。

 

『折角脚が8本もあるんだから有効活用しないとダメだと思う』

 

 ×! ×! ×!

『どんなものにも限界はあります』

 

 だけど悲しいかな、タコからは猛反対されて氷雨からは呆れられた。

 何? 連装砲を8つも斉射したら反動で吹き飛ぶって? タコは軟体だから伸びるだけで吹き飛ばないって。そもそも重量で動けない? 

 ならその分大きく育てれば良いだけじゃん。

 それはもう駆逐艦じゃない? ……それもそうか。

 

『じゃあ4つならどう?』

 

 半分ならどうだと聞いたら答えは。 5つでになったから4つと考えよう。

 

『艤装4つで最も隙の少ない組み合わせは……その場合の仲間の装備や編成のバランス、相手によって戦術を変えられる柔軟さ……フフフ。ん、氷雨どうかしたの?』

 

『中枢棲姫から連絡がありました。……“ あっち側 ”で集会があるみたいです』

 




・主人公
 色々とバラしちゃったポンコツ。最後まで我慢しろよ。
 相変わらずスーちゃんと呼ばれる。
 髪は大分色を失い、肌もうっすらと白くなってきた。

・氷雨
 オリキャラと化した駆逐棲姫。こんな筈じゃなかったのに
 ポンコツ化が進む。

・タコ
 海産物系艤装の新たな刺客。カブトガニと迷った。
 主人?の選択を間違えたかな? と後悔し始めた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

化粧、集会、油断

167話です。

今回は地雷がたっぷりだからよぉ~……
『覚悟』して読むことだッ!!

↑読者を篩に掛ける作者の屑。



『“ あっち側 ”で集会があるみたいです』

 

『それはまた』

 

 深海棲艦の集会だって?

 そんなの、話題に上がった時から参加したいとは思っていた。だけど……早いんだよ!

 

 一応沈んだ事実があるし、先輩深海棲艦の氷雨が言うには既に深海棲艦のカテゴリーに属しているらしい俺が集会に参加するのは問題ないにしても、今はまだ深海棲艦にしては顔色(血色)が良いから何かしらのカモフラージュした方が良いとの事。

 それを聞いて思いついたのがヘ級とかチ級みたいなお面を被って『おっ、新入りか?』みたいな感じで行く方法。

 だけど何事にも準備は必要な必要な訳で。

 

『どこで集会するか分かる?』

 

『割と近くみたい』

 

『マジか』

 

 出来れば遠くの方であって欲しかった。そしたら行き掛けの駄賃ってことで野良(はぐれ)へ級とかを見つけて急襲してお面を剥ぎ取ろうかと考えてたんだけど……これじゃどうしようもないじゃないか。

 

『じゃあ時期は分かる?』

 

 集会ってくらいだし主催者の名前には中枢って付いてる以上、相当広い範囲から多くの深海棲艦が集まってくると思う。

 だけど、だけどまだ希望はある。時間さえあれば準備は出来るから……

 

『ちょっと先かも?』

 

 かなりフワッとした答えが返ってきた。

 だけど考えてみたらどうだろう。太陽が出て沈んだら一日! みたいなクソ時間感覚の持ち主である深海棲艦相手に細かい時間の指定なんて難しいよなぁ。

 

 でも出来ることはやらないといけない。

 例えばそう、俺とこのタコを少しでも深海棲艦らしくすることとかね。

 

 

 

 じゃあ深海棲艦らしさとは何かと考えた時、現状で分かるのは外見的特徴くらいしかない。

 全体的に病的な白さなのは、俺の場合露出を限界まで減らせば誤魔化せるから良いとして、だ。

 艦娘が女の子+艤装 なのに対して、深海棲艦は艤装のお化け+オマケ(女の子)である。つまり俺が深海棲艦として艦娘の敵として現れた時、メインは俺ではなくタコである。

 だって俺、沈んだからって「艦娘を沈める。それだけが存在理由……」なんてなってないし。

 

『だからお前が頑張る必要がある。OK?』

 

 どうせならクラーケンみたいなデカさを目指そうぜ。

 男ならデカさと強さに憧れるだろ? 同じだよ同じ。

 

 明らかに生物としてのサイズを凌駕している深海棲艦とか食べさせてみるか?

 なんか深海棲艦の因子みたいなのがあるかもしれないし。それを取り込むことでワンチャンあるかもしれない。

 

『なぁ。イ級って食べられるらしいんだよ』

 

 そう言って懐からイ級の肉を取り出す。

 ハ級から連装砲を強奪した時に試し打ちで仕留めたイ級のものだ。

 

 !!

 

 運が悪かったか()を見る目が悪かったか、あるいは両方か。とにかく逃げようとするんじゃない。

 

『お前も生物を辞めて深海棲艦になるんだよ~ッ!』

 

 イ級の肉をタコに押し付ける。

 意外と強いパワーで拒否されるけど、このままだと絶対に俺が嘴に肉を捻じ込むことになるから早いところ諦めてほしい。

 

『……かわいそうに』

 

 俺に寄生虫の沸いた魚を食べさせようとした氷雨の言える事じゃないからな? 

 

 

 

『やっぱり駄目か……』

 

 ぐったりしているタコを見て呟く。

 当然、イ級の肉を食べたからと言って突如として巨大化はしなかった訳で、だけど明らかに力を失って真っ白になってる様はまさに深海棲艦を思わせる。

 

 これはこれで成功なのかもしれない。

 特に大きくもないタコには連装砲を持って漂ってもらうしかない。某機動戦士のファ〇ネルみたいな格好良さが出そうだからな。

 

 まぁ、新人深海棲艦だから艤装が貧弱でも特に問題は無いのかもしれない。

 それはそれとして俺は俺で、露出を極力減らす工夫を考えないといけない。

 

 

 

――――――――――

 

 それから時間は進み、オーストラリア周辺の海溝にて深海棲艦の集会が開かれた。

 

 数多の深海棲艦、それも鬼級や姫級が集まった集会所の隅の方に駆逐棲姫の姿があった。

 姫級と言っても比較的新参の部類で元から注目はされておらず、他の深海棲艦よりも小柄で視界から消えやすく、存在感もやや薄く、駆逐棲姫自身も全力で気配を消しているにも関わらず、今は集会所の視線を一身に浴びていた。

 

 主に隣に居る珍妙な“配下”の所為で。

 

『俺について何か言われても氷雨の手下ってことで進めてくれよな!』

 

 こんな言葉に対して『えっうん……』などといった返事をしてしまったのが運の尽きだと、駆逐棲姫はハッキリと自覚していた。

 

 

 

『アナタ、見ない顔ね。名前はあるの?』

 

 駆逐棲姫を心配してか、隣に居た配下──顔の部分に蟹の甲が付けた見慣れない深海棲艦に駆逐古姫が声を掛けた。

 

『ウエッ……オエッ』

 

 しかしその配下からの返答は一切の要領を得ず、人型だから会話は可能だと思っていたのにと呆れ果てた駆逐古姫は溜息を吐いてから駆逐棲姫に話かけた。

 

『ねぇ、手下はもう少し選んだ方が良いと思うわ』

 

『ハイ……ソウオモイマス』

 

 顔から火が出そうな思いで駆逐棲姫が応えると、蟹面の深海棲艦が駆逐古姫の肩を叩いた。

 

『テシタオェッ……ゴボッゴボボッ』

 

『何を言っているか全く分からないわ』

 

 そう言われた蟹面の深海棲艦は舌打ちするような音を立ててから蟹の甲を外した。しかしそこにあったのは、駆逐古姫を含めてこの奇妙な深海棲艦に視線を向けていた深海棲艦の予想とは違った貌だった。

 確かに隠したくなるのも納得の今にも死にそうな顔をしているのは深海棲艦でも珍しい。だけど予想していたような醜さは何処にも無かったので、駆逐古姫は目をパチリと見開いた。

 

『あら、意外とちゃんとしてるじゃない』

 

超生臭い……最近駆逐棲姫サマに拾われた者です』

 

 ヨロシク、と手を差し出した駆逐棲姫の配下に流されるように握手をした駆逐古姫は、何か話題は無いものかと近くに浮いていた白いタコについて訊こうと思った。しかしその時には再び蟹の甲を顔に着けて吐き気に喘ぎ始めた異常な新人深海棲艦に呆れ直した。

 

 

 深海棲艦の中でも比較的社交的な駆逐古姫でさえ手に負えないイカレっぷりを披露した超ド級の新人を配下にしたということもあって、駆逐棲姫に降り注ぐ視線は止まなかった。

 

 ───主催者が現れるまでは。

 

 

『皆、よく集まってくれた』

 

 ザワついていた会場がその一言で静まり、視線は奇妙な存在から禍々しくも神々しい存在へと移る。 

 

『最早我々に硬い挨拶は不要だろう。本題から話そう……知っている者は知っているだろうが、最も艦娘の多い国である日本に新たな鎮守府が出来たらしい』

 

 その一言で再び会場がざわつき始める。

 しかし中枢棲姫が手を挙げて再び場を静かにさせる。

 

『これは我々にとって大きな痛手だが、それだけではない。世界中で新たな艦娘が建造されているのも事実だ。これらは我々の不利、そして敗北が近づいていることに他ならない。

 そんな現状、より効果的に艦娘を沈める為に我々が出来ることは今まで以上に互いに協力し合うことだ!』

 

 中枢棲姫による演説が始まってから、密かに蟹の面を外した珍妙な深海棲艦はジッと話を聞いていた。

 

 何故深海棲艦は艦娘と戦うのか。

 全ては、この疑問を解消する為に。

 

 

 

 そして集会が始まってから時間が進み、遂にその瞬間がやってきた。

 

『我々は人間を必ずや打倒しなければならない』

 

『全ては我々の戦ってきた海を、世界を、人間の好きにはさせない為に!』

 

『『『 全ては海を、世界を守る為に! 』』』

 

 

 

『─── なるほど

 

――――――――――

 

 

 

『お前たち精鋭を集めたのは他でもない───』

 

 集会も終わりに近づいた頃、鬼級と姫級ばっかりの如何にもなスペースが設けられて、そこに氷雨が呼ばれたから付いていった。

 重巡棲姫や潜水棲姫みたいな見覚えのあるのは勿論、やけに長い帽子被ってるのとか、(スーパー)駆逐ナ級みたいな見たこと無い深海棲艦まで居る。

 

 集会でこれでもかと集まった深海棲艦にビビったけど、姫級とかヤバいレベルの強敵たちがこんなに沢山……と戦慄する。

 

『日本に新しく出来た鎮守府は大湊警備府というらしい───』

 

 知ってる。っていうか話題に挙げるの遅くね? 設立されたの去年だぞ?

 でも微妙にポンコツ臭するこの面子も、中枢棲姫の言葉からして『海と世界を守る』為に戦っているのは間違いない。

 

 ここで問題だ。

 艦娘は『平和な海と世界を守る為』に戦いを。

 深海棲艦は『海と世界を守る為』に戦っている。

 互いに守る物は海と世界。じゃあなんでこの両者は争っているのか。

 

『ふむぅ……』

 

 何かが引っかるんだけどピンとこない。

 頭の中でもう一度だけ整理するために顎に手を当てて考える。

 

 

 

 この時の一連の行動を、後に俺は後悔することになる。

 

 中枢棲姫の切り出した話題は「大湊の偵察」だった。

 『まぁいざとなったら他所から応援もらうだろうし大湊(あっち)は大丈夫でしょ』なんて考えて、自分の考えに没頭していたのが良くなかった。

 

 会議の輪から抜けて俺の方に向かってきていた深海棲艦に道を譲った時、不意に体当たりされてバランスを崩した。

 

『えっ』

 

 マズいと思った時にはもう遅く、軍人然とした深海棲艦から腕を押さえられていた。

 

『確保完了』

 




・蟹の面
主人公が露出を減らすために思いついた苦肉の策。
露出は確かに減ったが、それ以上に注目を集めた。
滅茶苦茶生臭い。

・深海棲艦
『海と世界を守る為』に戦う。
なんだこのオリジナル設定は……こんなの出したから後戻りできなくなっちゃったじゃないか……
展開が奇天烈にも程があるんだよなぁ……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

機会、理由、進展

168話です。

前回に引き続き、オロジナル設定もりもりです。
会話回なので面白くないかもしれません。


『確保完了』

 

 驚愕に埋め尽くされる頭に響くその言葉は死刑宣告にも聞こえた。

 

 こんなに沢山の深海棲艦が居る中でわざわざ声に出すと言うことは確認と周知を兼ねているに違いない。……それにしてもなんで? 何かそんなにマズいことした?

 いや、潜在的敵だらけの状態で迂闊に接近を許したからこうなってるんだろうけど……ああ! まともな結論が出せる気がしない!

 

『ありがとう。わざわざごめんなさいね』

 

『いい。これまで以上の協力を宣言されたからには不穏分子の排除は尤もだ』

 

 嘘だろ、排除されるの?

 しかも不穏分子ってなんだよ。確かに蟹製のお面はちょっと奇抜だけどそれだけだし、さっきよろしく言ったじゃねーか和風な装いしておきながら滅茶苦茶かよ。お淑やかさの欠片も無ぇな。

 何してくれやがると思いながら和風の深海棲艦を睨むけどどこ吹く風。苦手なタイプだ。

 

『さて……コレを連れてきたのは?』

 

 そんな俺を一瞥して何とも言えない顔をした中枢棲姫がそう言うと、視線が氷雨に集まる。

 そんな氷雨の視線は俺と周りの間をしきりに行ったり来たりしてる。

 

 助けて! 助けてヘルプミー!

 いや やっぱり無関係を装ってくれ!

 あ、でもちょっと助かりたいかも。

 

『えっと、私です……はい』

 

『ほぅ? 何処で拾ってきた?』

 

『それは……』

 

 言い淀む氷雨の視線が俺に助けを求めている。

 俺を見捨てても良いのか助けた方が良いのか決めかねてそうだから、任せろと視線で訴えたら明らかにホッとした様子を見せた。意図せずに他人の生殺与奪権が与えたれると困るのはみんな同じか。

 じゃあ、と覚悟を決めて後ろで押さえられた腕、その先の手首で押さえてる深海棲艦の腹をタップアウトして降参する。

 流石に世界共通の言語だから通じるよね?

 

 通じた。

 それでええっと……何処で俺が拾われたって話だ。まるで勝手に拾ってきたペットみたいな扱いなのは不服極まるけど、所詮俺は降参せざるを得ない敗北者だし我慢しよう。

 さて、この質問に嘘を吐くのは簡単だ。だけど嘘を吐いたら頭をブチ抜かれる可能性も捨てきれないから大人しく従うしかない。

 取り敢えず会話する以上、最低限のマナーとして蟹の面を外すことにした。

 

 

『大湊警備府から来ました』

 

『随分素直に答えたな。何が狙いだ?』

 

『深海棲艦が戦う理由が分からないから、知りたいと思った』

 

 どうだ? 嘘は無いぞ。

 

『意味も分からずに戦うなどまるで人形だな。それを知ってどうするつもりだ?』

 

『そんなのは……今から考える!』

 

 開き直るしかない。

 だって分からないものは分からないし、知らないものは考える事すらできない。これ真理。

 

『そうか。ならば……我々の戦う理由は 無いよ(・・・)

 

 マジかよ。

 

 

 

 

 

 まさかまさかの理由が無いと来たか。想定の中で最悪と言っても良い。

 何かしらの理由があれば良かったんだけど、中枢棲姫の言ってることが本当だとしたら深海棲艦はただただ人間を襲うだけの存在で、そんなのもう災害の類だ。

 つまり深海棲艦とは永遠に理解し合えない。港湾棲姫と北方棲姫がイレギュラーだっただけか?

 

『そう険しい顔をするな』

 

 半分は冗談だ。

 そう言って微笑んだ中枢棲姫はフワリと移動して氷雨の肩を持った。氷雨がガチガチに固まって、ついでに俺の頭もガチガチに固まった(フリーズした)

 さっきまでの威圧感は何処へ?

 

『駆逐棲姫もまだ新米だったからな。我々と人間、艦娘、そして妖精が争う理由を知らないのも無理はない』

 

『じゃあ……』

 

 教えてくれるなら願ったりだけど、教えてくれるのか?

 

『教えよう。但し、今から話す内容を聞いたからには相応の対応を求めるぞ』

 

 その瞬間、軟化した中枢棲姫の雰囲気が再び威圧的なものに変わった。

 相応の対応なんて言うからには明らかに面倒な内容だって分かるし、いつもなら前置きで『じゃあいいです』って断ったんだろうけど、中枢棲姫と他の深海棲艦からの圧がそれを許してくれない。

 

『我々の戦う理由は、先程の集会でも言ったように海と世界を守る為だが、これは多くの深海棲艦に向けたスローガンに過ぎない』

 

 まぁ確かに、大まかな指針だってあるのと無いのとでは大分違ってくるし……

 

『大湊、日本の鎮守府から来たと言う貴様は当然艦娘の、人間の『大本営』が掲げるスローガンも知っているのだろう?』 

 

『確か……『平和な海を守る為』だったと思う、ます』

 

『そう。ここで肝心になってくるのは守るべきものや倒すべき敵に対する認識が我々と大本営で違っていることだ。大本営側が我々のことをどのように認識しているのかは大体察しが付くが、我々としては大本営……もっと言うなら人間だが、彼らを意味も無く積極的に攻撃しようという気は無い』

 

『『 え? 』』

 

 予想してなかった言葉に混乱する。氷雨も困惑したような顔をしている。

 

『意外か? 再三言うが我々のスローガンは海と世界を守る為に戦うことだ。そしてこれも集会で言ったが、我々は海や世界を人間の好きにはさせないように戦っている。つまり……』

 

『人間が海に干渉しないなら争いは発生しない?』

 

 でもそんなの嫌だよ。魚食べられないとかさぁ……拷問だぜ?

 

『その通り。……と言いたいところだがそれでは争いは止められない。我々の守る対象は海だけではなく世界だということだ』

 

 ……つまり海だけじゃなくて地球そのものに干渉するなってこと? つまり人間は地球から出てけってことか? もしくは大人しく滅亡してくれと?

 超大型コロニーで地球から脱出なんてSF映画の世界なんだけど……どうすりゃあ良いんだよ!

 

『勿論地球に、海に一切干渉するなという不可能を求めるほど我々も厳しくはない。……話を戻そう。つまりだ、我々は人間が地球上で好き勝手し過ぎていることを抑制するために戦っているんだ』

 

『その好き勝手のし過ぎって具体的にはどういったものが当てはまるんですか?』

 

 氷雨が中枢棲姫に質問する。

 すると返ってきたのは、ごく当たり前の言葉だった。

 

『一番は自然破壊だな。海や川での漁、森の開拓。これ自体は昔から行われているから特に咎めるつもりはない。人間にも人間の生活があるからな。しかしだ、昔の自然と一体となっていたそれらは姿を消した。今の人間は過剰に魚を獲り木を倒し余ったものは捨てる。心当たりはあるんじゃないか?』

 

 心当たりがありすぎる。

 確かに自然破壊は人間の得意技だ。これはどう足掻いても否定できない。

 でも漁師には漁師の生活があるし、増えた人間を(高層建築)で生活させるのにも限度はある。

 

『しょうがない部分もあると思うんですが……』

 

『だが限度というものがあるだろうが!

 

 後ろで中枢棲姫と俺たちの話を聞いていた深海棲艦がいきなり怒鳴りだした。

 

『2度に渡って行われた長い争いは多くの犠牲を出したものの終わりを見せた。だけどその後は?』

 

『……平和になりました』

 

『ああそうだ。人間は呑気にも平和を享受している。技術の発展や進歩? それがどうした!? だったら何故自然破壊は止まらない!? 空気や海は汚され、人間以外の命が消え続けるんだ!?』

 

『……』

 

 耳が痛いってレベルじゃない。

 思わず苦い顔になる。

 

『平和になったんだろう!? なら今度は人間が、自分たちで荒らした地球を守る番じゃないのか!? 散々荒らしておきながら人間たちは自分たちの事ばかりで地球(ほし)のことを考えない! こんなの……こんなの!』

 

『気持ちは解るが落ち着け。……とまぁ、今しがた南方棲戦姫が言ったのが我々の戦う理由の全てだ。我々は地球の怒りを背負っている』

 

『人間も人間で自然破壊を始めとする環境の問題は重く見てます。だから深海棲艦の主張も会話を通せば、ああそっか』

 

 敵対しちゃってるもんなぁ……当然人間サイドは深海棲艦の目的なんて聞いてないし聞いても信じないだろうし、襲ってくるから艦娘と妖精に撃退してもらってるって認識で。

 深海棲艦は人間に物申したいけど艦娘と妖精(ガード)が崩せないから言葉が届かない。会話や対話が出来ない。

 

 要するに艦娘と妖精さん、そして深海棲艦の両方がいがみ合ってる現状を仲裁できる第三者が居ないのか。

 

『分かったか。非常に残念なことに我々は初手を間違えてしまったんだ。今はもう我々と人間の両方が対話の席に着いていない。だから我々は無理矢理にでも人間を椅子に座らせる必要がある』

 

 今はもうこの有り様だからしょうがないにしても、ファーストコンタクトを致命的に間違えた深海棲艦の初代トップは絶対に俺よりコミュ障だぜ?

 

『過去にも貴様ら……君たちのような艦娘と深海棲艦を繋げられるような存在は居たんだ。だが失敗した』

 

 多分これは如月のことだと思う。

 恐らく失敗の原因は、如月に深海棲艦の意思を伝えずに鎮守府に送り込んだこと。

 艦娘や妖精さんなら深海棲艦の戦う理由を知っていると思ってたのが前回の間違いだったのかもしれない。

 

『今回は貴様……君たちに願っても良いか?』

 

 あれだけ威圧的だった中枢棲姫が、溜めてた鬱憤を吐き出した後の子供のように弱々しく見えた。

 

『この通りだ』

 

 そしてなんと、頭を下げた。

 相当参ってたんだろうなと思うと、何とも言えない気持ちになる。

 

『ねぇ』

 

 肩を持った氷雨が声を掛けてくる。

 その目に強い意思が宿ってるのを感じた。

 

 なるほど、やるのか。

 頷き返事とした。

 

『『 任せてください 』』

 




まるで最終決戦前の一場面のようだぁ……

・中枢棲姫
目標と変わらない現状に板挟みになってた可哀想な御方。
人の前だとトップに相応しく在るように偉ぶってるけど、根っこの部分は指揮官に向いてないとは多くの姫級の談。
人間は素晴らしいと思っている。環境に対する意識の低さに目を瞑れば……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

知識、計画、準備

169話です。

遅刻は当たり前…だが遅すぎるなぁ?
ずっとテレビに齧りついてて遅くなりました(建前)
読みたい小説が増えてきたので読んでました(本音)

一応投稿者である前に一人の読者である故……


『……』

 

『人の心が無い。私よりよっぽど深海棲艦です!』

 

 氷雨はご機嫌斜めだった。 

 さっきからチクチク小突いてくるくらいには不機嫌だった。だけどやっぱり根っこの部分は春雨だから口撃もかわいいモンだし、全くダメージがないどころかむしろあの優しい春雨の反抗期(ビフォーアフター)を見てるみたいで微笑ましく思う。

 

『まぁ今は深海棲艦だし。それにしても……』

 

 集会が終わってみると、情報収集とかそういうレベルを超えた結果になったと言うしかない。

 深海棲艦の戦う理由は把握したし、次の目標まで完璧に定まったから只管に突っ走っていける。しかも深海棲艦サイドから支援までして貰えるとか最高かよ。

 大湊の偵察と言う名の襲撃作戦に向けての準備として部下の異動(プレゼント)、艤装の配備(プレゼント)から始まり、作戦中の指揮権の獲得(プレゼント)と充実した、し過ぎたサポートにもう乾いた笑いしか出ない。これで失敗しましたなんて言えないよなぁと、大きいプレッシャーを逃がすように溜息を吐く。

 こう、調子良くまつり上げられた感じがちょっとモヤモヤするけど、まぁ突飛な話だったからこんなもんだろうと自分を納得させた。

 

『こんなことになるとは思ってなかったんだよねぇ』

 

 これも全て『はい。ここにぃ、大湊警備府のことをよ〜く知ってるのが居ますよ?』なんて調子に乗ったことを言った俺が悪いんだよね……。

 

『我々は日本の鎮守府から把握されている。当然だが対策もされている。そんな我々よりも、大湊をよく知ってる上に深海棲艦としては未知数の君を尖兵……リーダーとして征かせたいと思う』

 

 だからそう言った中枢棲姫の言葉はご尤もで、それについては考えさせてくださいって曖昧にはぐらかした。

 まぁ、その後に『旗艦は駆逐棲姫が良いと思います!』なんて言って氷雨を推薦したから今拗ねられてるんだけど。

 

 

 氷雨を旗艦に据えたのは、俺がイ級とかに指揮をしたくないって理由だから。今回はなんとなくっていう理由じゃない。

 だってアイツら《▶たたかう》と《▶にげる》以外の言う事聞かねぇんだもん……実力を見たいって適当に理由付けてチーム分けして演習させたら嬉々として暴れ出してズタボロになるまでバトり始めるのに、纏まって移動しようとすると途端に脱落者が出始めるとかなんなんだよ。

 多少雑に扱っても良いけどまともに動いてくれない駒を使って将棋やチェスをしたいかと言われたら俺は嫌だと言う。つまりそういう事だ。

 

『ガァッ!』『ギギギ……』

『グルルァ!』『グオォ……』

 

 ポンコツどもめ、まだやってら。

 

 

 

 旗艦を氷雨にしたから俺は暇……ではない。

 中枢棲姫も警戒してた大湊の警備体制について一番知ってるのは俺だから、必勝を期す為に作戦を考えないといけないという軍師ポジについてる。

 知ってますよぉ! なんてイキった手前、戦術的ミスは許されないと思ってる。墓穴掘っちまったなぁなんて思うけど大きなミスをしなきゃそれでいいだろう。

 

 そんな俺たちが攻め込みます大湊の警備体制はと言うと、日中は空母が広範囲に艦載機を飛ばしてるから潜水艦以外はすぐに見つかるし、その潜水艦だって低速故に遠征中の駆逐隊からの辻爆雷で沈められる悲しい宿命を背負っている。

 駆逐艦ではちょっと太刀打ちが厳しいような戦艦が居たとしても、だいたい数人の戦艦がいつでも出撃できるように準備してるから警備府に近づいたら最後、沈められる。

 

 夜に攻めると戦艦や空母といった大きな戦力が引っ込む変わりに、日中の間はちょっとだらしない川内さんが鬼神と化す。お供の駆逐艦娘も勘定すると脅威的な戦力になるのは間違いない。こっちの戦艦も使い物にならない状況でこれらを敵に回すのはちょっと無謀だと思う。イ級がどれだけいても夜間の川内さん1人に敵いやしない。

 

 隙が無い。なんて言いたくなるけど、実際のところそんなことは無いからやりようは幾らでもあると思ってる。

 例えばレ級みたいなを大量に嗾けたりとか、大湊近海の資源を徹底的に回収して艦娘の出撃自体を制限させるとか、現実的じゃないから逆に想定もされてないような事態、日頃役に立たなかった妄想がこんな時に役に立つ。

 

 そして今回俺がやろうと思ったのは沖に出た漁船を襲うという選択肢。

 艦娘たちが襲われた漁船を守りながら戦うことを強制されるからほぼ確実に俺たちが有利に戦いを進められるという特大のメリットがある。水雷戦隊にプラスで戦艦と空母も居るけど、数はだいたい決まってるから戦力の予想も立てやすい。あと海賊みたいでちょっとロマンがある。

 

 ただしこっちの駆逐級たちがポカやらかすと漁船と乗組員がヤバいというこれまた特大のデメリットも存在する。深海棲艦としては人間に積極的に害を為すつもりはないのにそれはマズい。

 

『という訳で協力してもらえませんか?』

 

 そんな訳で、駆逐級の扱いが上手いと評判の駆逐水鬼に協力してもらおうと思って駆逐水鬼の元を訪ねていた。

 

『それで私のところにねぇ……自分で言うのもアレだけど所詮暴れる事しか能が無い駆逐級なんだけど……本気なの?』

 

『勿論です。歩の無い将棋は?』

 

『ふ~ん……気に入った。なかなか見る目あるじゃない』

 

『それほどでもない』

 

 握手を交わした。

 駆逐級を作戦の中枢に据える俺が異端なのか、今まであんまり部下に大きな仕事が無かったのか駆逐水鬼が嬉しそうにしている。見て分かる程度にはウッキウキだ。

 

『作戦までしっかり準備しておくから、その時は声掛けてね。たかが駆逐級と侮るなかれ、驚かせてあげる!』

 

『期待して待ってます』

 

 駆逐水鬼とその部下は間違いなくいい仕事をする。

 そう確信した。

 

 

 

 『服装が適当だと舐められるからね』と去り際に駆逐水鬼から渡された黒い布をどう処理しようか悩んでいたら、俺のファッションセンスを見かねた氷雨に奪い取られた。

 一応のリクエストとしては露出控えめとだけ伝えてあるから変な風にはならないと思う。

 

 服装で上下関係を認識する程度には賢さがあったという事実に驚いた。

 渡されたのは布だけだったけど、鋼材を始めとした何かしらの物資から靴とかも作ったりしないといけないのか……

 お洒落って難しい。

 

 

 それはそれとして、今からやるのは野良深海棲艦の討伐。

 俺がやらないといけないことは作戦立案も含めて色々とあるけどその中に俺自身の強化が含まれてる。

 今更野良の深海棲艦程度で俺に何か得るものはあんまり無いと反論したら、俺じゃなくてタコの強化に繋がるんだとか。

 詳しい原理を知ってる有識な深海棲艦は誰も居なかったけど、説明を受けた限りだと蠱毒みたいな感じで俺の場合はタコが強くなるらしい。まるでゲームみたいだ。

 まぁ、道理でタコに無理矢理イ級の肉だとか燃料だとかを捻じ込んでもちょっと大きくなったかな? くらいの変化しか起きない訳だと納得した。変化が起きてる時点で大分普通とはかけ離れてるけど、やっぱりなってくらいの感想が出てくる辺り俺の感覚もかなり麻痺してると思う。

 

 誰かの部下じゃない野良の深海棲艦は戦力も統率もないから余程のことが無い限り人間に損害は与えられない。漁船を守ってる艦娘に倒されるか、遠征の辻魚雷で駆逐されるか、変に鎮守府に近付いて滅されるか。

 その癖に次から次へと生まれる、正に毒にも薬にもならない存在だから好きなだけ狩っても構わないらしい。だったらこの機にこれでもかとタコを強くしたいと思う。

 

『やっぱりお前はビッグにならないとな』

 

 目指せクラーケン! と言うと諦めたように触手をぐったりとさせた。

 タコにとっては嫌な作業かもしれないけど、最近は頭脳労働ばっかりしてる俺にとっては気分転換以外の何者でもないところが悲しいところだよねと、他人行儀なことを考えながらタコの頭を掴んで海を徘徊し始めた。

 

 

 

 

 

 そんな生活が半年くらい続いた。

 

『そろそろやるか』




・駆逐水鬼
部下は駆逐級とPT小鬼だけ。
深海最速の艦隊の長。本人も決して弱くない。
この世界では珍しいナ級は大体彼女の部下。

ゲームで例えるなら
・育成優先度の低いユニットを限界まで育てるニッチなプレイヤー。
・囮などに向く低耐久のトークンやお供を召喚するテクニカルな運用が求められるユニット

どちらにせよ主力にはならないけどお供やフレンドで借りると輝くタイプ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

予定、不足、不測

170話です。

お酒に身を任せどうかしてる。
今回はヤバいぞ。私が過去1イカレてる。

前半はギャグ。
後半は知らん。
文字数がいつもの3割増し。

ちょっと修正。


――――――――――

 

「ん?」

 

 ペンを走らせる音しか聞こえない執務室。

 ふと、今日の秘書艦の竹が声を上げた。

 

 何かあったのかと目を向けると、訝し気な目で書類を見ていた。

 書類自体に不備が無いのは確認してるけど……

 

「何かあったかい?」

 

「いや、何でもねぇよ。邪魔して悪ぃな」

 

「そうか。何かあったら遠慮せず言ってくれ」

 

「ああ、分かってるよ」

 

 そう言って再び書類に判子を捺していく竹は明らかに集中を欠いている。

 だけど、初めての秘書艦としてはかなり頑張った方だと思う。

 普段のぶっきらぼうな言葉遣いとは裏腹に嫌々書類仕事をしてるような雰囲気は出なかったし、真面目に仕事に取り組んでた。ただ、部屋の中でジッとしているのは苦手みたいだったから次からは途中でリフレッシュも兼ねて長めに休憩でも取った方が良いと心のメモに記入する。

 

 だけどそんな感心も束の間、眉間に皺を寄せた竹がとうとう降参だと言わんばかりに判子を机に放った。縁に付いてた朱肉が書類に赤い破線を引いていく。

 

ヤッベ……あー提督。ヒトナナマルマルだ」

 

 罰が悪そうに頭を掻きながら今の時間を言う竹に、まさかと思う。

 また(・・)だ。

 日中と変わらず宙を舞う雪が灯りに照らされていたことが仕事を始めてから随分と経ってたことを証明していた。

 

「ありがとう」

 

 ペンを降ろすきっかけをくれたことに感謝して、お礼を言って話題を探す。

 そう言えば松が竹の作るご飯は凄いって言ってた筈だから、この話題を振ってみようか。

 

「今日の夕飯は竹が用意してくれないかな? 松が自慢してたから食べてみたくてね」

 

「松姉が? ……よし、ちょっと待っててくれ」

 

 そういう竹は肩を回して首と手首、あと指を鳴らしながら執務室から出ていった。

 

「……ふぅ」

 

 誰も居なくなった部屋で息を吐く。

 最近は前よりも仕事に没頭するようになった。今だって、竹に言われるまで昼食から少ししか経ってないと錯覚していた。

 それだけ自分が集中している証拠なんだろうけど、それはそれで秘書艦の子たちがやり辛いだろうとは思う。間違いなく前まではもっとゆったりとした雰囲気だった。

 だけど今はそんなことは言ってられない。

 

 大和の建造。

 あの休暇兼作戦から早くも半年以上。ようやく武蔵との約束を果たせそうだ。

 艤装の修理や改装は一段落した。それでも遠征班には更に資材を集めてもらった。

 

 あんまり武蔵を待たせても不満の種になるだろうと思ってそう計画したけど、大量の資材が無くなることは何時来るか分からない脅威に対応出来なくなることに等しい。

 やっぱりもう少し武蔵には我慢してもらうか……いや、彼女(・・)が何時攻めてくるか分からない。

 

 どうしたものか。

 取り敢えず資材を溜めておけばいざとなった時に柔軟に対応できるだろうと思い、資材を集めさせている。

 逆に、それ以外のやる事が殆ど無い状態。

 それがここ最近の一番の悩みだった。

 

 窓の外を眺めながら考え事に耽っていると頭をパコっと叩かれた。

 

「なに難しい顔してんだ。ほれ、晩飯だ」

 

「あぁ、ありがとう。……?」

 

 お盆の上には麦飯と味噌汁。そして簡単なおかずと、よく分からない物があった。

 萎びた人参? いや、なんだこれは。

 

「ははっ、良い反応だ。『くちこ』って言うらしいぜ。食ったことねぇか? そりゃあ物が無い時は工夫してやりくりするが、やっぱり物が有るってのは良い事だな、うん」

 

 ……聞いたことが無い。

 でも名前が付いてて出回ってると言うならば食べられないことは無いと思う。

 恐らく人参か大根辺りが材料だろう。

 

 一口。

 微かな塩味と、旨味を凝縮したような味が口の中に広がった。

 確かにこれは竹がとっておきだと言ったのも頷ける。

 

 ……原材料を聞いた時は噎せたけど。

 

「竹はこれが好きなのかい?」

 

「ああ。流石にまだ食ったことはねぇが、その内蛇肉とかも食ってみたいもんだ」

 

 鶏肉みたいで美味いらしいぜ。という竹の口からは、とても普通の人が食べたがらないような人を選ぶ……正直に言うとゲテモノや珍味の数々が飛び出して来た。

 松が一言で凄いって言ってたのは自慢じゃなかったと気が付いた。

 

 

 

 

 

 黒ずんだ飛蝗(イナゴ)を食べる竹と一日を振り返る。

 話題は自然と書類整理、そしてその内容に移っていく。

 

「書類仕事なんて今日が初めてだったけど、いい経験だったよ。まぁ、次やりたいかって言われたらやらねーけど。……それより気になったんだけど、資材の収支の表からしてみるとやたらと資源を溜め込んでるじゃねーか。何かあるのか?」

 

 まさかあの戦艦大和の建造かと訊いてくる竹は鋭い。

 当たりとだけ答えて続きを促す。竹の考えを知りたい。

 

「それにしたって溜めこみ過ぎじゃねぇか? いや、足りないよりか全然いいんだけどな。何か引っかかるというか……」

 

 再び感心していたところに聞こえた言葉で、一気に頭が冷えた。

 そうか。いや、そうだったな。

 竹はスチュワートが居なくなってから建造されたから、彼女を知らないのも無理はない。自分は何も言ってないし、竹の様子から誰も彼女について言及してないんだろう。

 つまりそんな竹に戦艦大和の建造を抜きにしても資材を溜めこむ理由を彼女のことに触れずに話すとしたら……

 

「厳しい戦いが後に待っている。その時の為に今から余裕を作っておかないといけないんだ」

 

 こう言うしかない。

 それを聞いた竹は指をパチンと鳴らした。

 

「そう、それだ。他のセンパイたちに聞いても似たようなことばっかり言うんだ。厳しい戦いが待ってる……これは理解出来る。今の内に余裕を作る……これも理解できる」

 

 だけどな、と言う竹の目は真剣だ。

 一瞬たりとも離されない視線からは怒りすら感じる。

 

「過去の資料と比較してみたんだ。するとどうだ、半年前から明らかに哨戒に割く人数が増えてる。演習の頻度も増えた。資材を溜めこみ始めたのもこの頃だ。そう、半年前から不自然なくらいにだ。これが理解出来ねー。なぁ……その厳しい戦いはもうすぐそこまで来てるのか? 大本営からの発表は無かった筈だ。半年前に何があった? 何を知ってる? 何を隠している!?

 

 恐らく無意識の内に机に手を付いて身を乗り出して詰問してくる。

 机が無かったら胸倉を掴まれていたと思うほど激しい。

 軽く注意するとハッとしたように椅子に座った。

 

「……悪ぃ。でも俺だけじゃねーんだ。巻波さん、涼波さん、伊47(ヨナ)さん、伊203(フーミィ)、桃……最近建造された同期連中はみんな同じ疑問を持ってる! なぁ提督……詳しい説明は、してくれねぇのか?」

 

 流石にここまで言われたら説明をしない訳にはいかないと思ってしまう。

 半年前のことを色々と調べたであろう竹がそれくらいの情報しか知らないのであれば、大淀が上手く隠しているんだろう。

 でも自分が説明すると自分が何も言わなかった意味が、みんなが隠してたことが無駄になってしまう。

 

「大淀を呼んでも良いかい?」

 

 だから大淀を呼んでしまおう。

 上手く(ぼか)しながら説明してくれるだろう。

 そう思ったところで待ったがかかった。

 

「……分かった。そんなに話しにくい事なら無理に追及はしねぇよ。だから半年前に何が起こったかはいい。せめて近いうちに何が起こるのか、これだけは説明してくれ」

 

 竹が折れた。

 誰に訊いても無駄だと判断されたのか、だとしたらとても悲しい。

 だからこそ、今言われたことだけは答えなくては。

 

「彼女が来ます」

 

「大淀!?」

 

 さて、なんて言おうか……と悩んでいたら突然開かれた扉から現れた大淀が口にした。 

 あまりにもタイミングが良すぎる。さては何処かからこの会話を聞いていたな。

 だけどそれはそれ。あとは大淀が説明してくれるだろうと思って大淀を見ると、頷いてから竹を見据えた。

 

「大淀さん、彼女って?」

 

「事の発端は半年前。私たちはとある作戦で勝利しましたが同時に敗北もしました。彼女は私たちの前に再び現れるとだけ言って居なくなりました。つまり彼女は来ます。海の底から、私たちの予想を裏切る形で」

 

 流石大淀だと思い、その言葉に乗る。

 

「ああ、彼女は規則(ルール)に囚われはしないけど約束を破ったことは一度も無い。絶対にやってくる」

 

「ふ~ん……つまり、過去の因縁ってヤツだな? 提督も大淀さんも、その他全員が警戒するような強い敵が絶対に現れる」

 

 なるほどな~と、背凭れに体重をかけた竹が言う。

 

「分かった。巻波さんたちには俺から説明しておく。因縁の深海棲艦が来るってな」

 

「「……」」

 

「こうしちゃ居られねぇな。さっさと飯食ってくれよ提督。そんで俺は皿を片付けて秘書艦業務終わり! 提督は疲れてるみたいだからさっさと寝ろ! ……よし。お粗末様だ。じゃあまた明日!」

 

 竹が執務室から飛び出るようにして居なくなったことで、大淀と自分が残された。

 

「因縁の深海棲艦ね……間違いでは無いけど」

 

 やり切れない気持ちでいっぱいだ。

 彼女を知らないとは言え、そう表現されたのは素直に寂しい。

 

「最初に全部教えた方が良かったと思いますか?」

 

「分からない。……当時は、スチュワートを知らないが故に彼女を相手した時に情も無く全力で攻撃出来る子が居ないと勝てないって考えていたんだ。だから何も言わなかった。絶対に沈まないこと、なんて当たり前のことを伝えただけだよ。失望したかい?」

 

「はい。軽蔑しました。当然ですけど私たちにも仲間意識があります。彼女のことを伝えたかった。凄い子が居たんだって共有したかったんです。でも提督が黙っていたのでそれは叶わなかった。とても残念です。……ですが、提督に失望はしていませんよ」

 

「それはどうして?」

 

「提督の仕事は極論を言ってしまえば私たちを勝ちに導くことです。時には、提督だけでなく私たちも苦渋の決断をしなければならない時はあるでしょう……ですが、例え勝つ為だとしても今回のようなやり方はこれっきりにしてくださいね?」

 

「それは勿論。次は無いと約束しよう」

 

 そもそもこうなったのは自分の未熟さの他にも、敵に回った彼女が未知数過ぎるのが原因だ。

 つまりスチュワートも悪い。共犯と言えるだろう。

 

「その約束を破らない限り、私たちは提督に希望を見続けるでしょう」

 

「ああ、もしもが起こらないように努力を続けよう」

 

「ふふっ、頼もしいです。それでは私もこれで……今日の書類は貰っていきますね。お休みなさい、提督」

 

「お休み」

 

 大淀が出ていった扉を眺める。

 緊張が解れて、疲れていたこともあってか一気に眠気が襲ってきた。

 

「……風呂に入って寝よう」

 

 竹の頑張りもあって書類仕事は予定よりも片付いたから、今日はゆっくりと眠れそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、そんな自分に全く遠慮しない相手は居る。

 次の日の朝、それも日が昇る前に事件は起こった。

 

――――――――――

 




・竹
大湊の新参者。
根っこは真面目で仕事に対しての姿勢は真摯。
アクティブだけど川内や江風の夜のお誘いは断っている。
島風の連装砲の内一匹?から妙に懐かれている。
嫌いな数字は06。

ゲテモノや珍味を食べるグルメ気質。お金の使い道は大体これ
怖い物見たさで一度は、と思っている。
既にホヤやトリュフを始めとした珍味は実食済み。
特筆すべきはシアワーム(食用イモムシ)入りカレー。
当時の松は胃を押さえたとか。桃は逃げた。
シュールストレミングが大湊に持ち込まれる日は近い。


やだ大淀さん怖い・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

闇夜、急襲、姑息

171話です。

前段階のスタート前、スタートです。


 吹雪と高波で荒れる海を切り裂いて進む闇と化した集団が進む。その動きは非常にスムーズで停止や減速は一切しない。

 どれだけ悪天候でも本調子で動けるのさ。

 そう、深海棲艦ならね。

 

 艦娘だったときはマジで寒くて死ぬんじゃないかと思いながら哨戒とかしてた記憶があるけど、深海棲艦になってからと言うもの、寒さをあまり感じなくなった。

 寒いには寒いけどまだ我慢できるレベルだと思う。でも氷雨は普通に寒そうにしてるし駆逐水鬼と部下たちは平気そうだから正直個人差だと思う。

 

 陽が沈む前から大湊を目標に移動していた俺たちは、とうとう遠くに漁船のものと思われる光の点を見つけられる程までに接近した。

 

『漁船を発見。Are you ready(準備は出来てる)?』

 

『『『……』』』

 

 ちょっと茶化しながら話しかけるも駆逐水鬼から調教された駆逐級からの返答は沈黙。数の多さと凶暴さが売りの駆逐級にあるまじき静かさだけど、これは決して牙を抜かれて大人しくなった訳じゃない。

 今静かなのは全力を出す為に不必要なエネルギー消費を無くしているからで、実際に全力を出した時は文字通り目の色を変えて暴れ回ることを俺は知っている。

 一応隠密を心がけて移動中だから大咆哮を上げるなんてことはして欲しくないけど、それでもやっぱりつまらない物はつまらない。

 やはりここは何か面白い事でもして主に俺の緊張を解すべきか?

 

『下らないこと考えてる顔してる』

 

『そんなことはない』

 

『日頃の行いって知ってる?』

 

 まずは手頃なサイズのホタテを探そうかと考えていたら氷雨に窘められた。

 この半年、事あるごとにイタズラしてたから氷雨が冷たい。それはもう文字通りの冷たさだ。

 でも絶交もとい殺し合いに発展しないのは、氷雨もまたイタズラで仕返ししてくるからだ。ある日なんて目が覚めたらイソギンチャクに頭を突っ込んでいた。というか寝てる間にイソギンチャクを被せられてたことがあるからお互い様ってヤツだ。

 何だかんだで氷雨も嬉しいからガチで止めさせようとしないってことを俺は知ってるからな。

 

『砲身にチューブワーム詰めたのは謝ったじゃん』

 

『へぇ、弾が出ないと思ったらそんな事してたんだ?』

 

 あの時は弾撃ったら何か出てきて本当にびっくりしたんだけど。なんて言いながら氷雨がジトっと睨んでくる。うん、かわいいね。

 

『で、漁船が見えたから……何?』

 

 こっちは準備出来てるんだけど、なんて言ってくるのは駆逐水鬼。

 ちょっと口が悪いけど、後ろの艤装が (グッドサイン) 出してることからも分かるように割とお茶目だ。

 

『プランAを続行するよ。作戦通りに行動してね』

 

 事前に仕込んで貰った指示に従って駆逐級が行動を開始する。

 プランAの内容は、これから駆逐水鬼率いる駆逐級隊に護衛艦を相手に小規模な衝突をしてもらう。そしてそこそこ粘ったら引き返してもらうこと。

 そしてそれを俺が遠くから観察することで、向こうからは俺たちの存在は目の前に現れた駆逐級以外気付かれないが、俺たちは一方的に艦娘達の情報共有が出来るいう寸法だ。

 漁船の護衛が任務だから過度な追撃はしてこないだろうし、いざとなった時の撤退も簡単だ。

 

『さて、どうなるかな……』

 

 今まで漁船の護衛任務に割り当てられたメンバーの大まかな人数配分からすると、駆逐艦娘が3人に軽巡が2人くらいだと思うけど、油断は出来ない。

 勝負しましょうなんて煽ったから、警戒されてその倍が出てくるかもしれない。

 因みに川内さんが出てくるようなら問答無用で作戦は中止するつもりだ。死神に対して首を差し出すのはバカのやることだからな。

 

 そうこうしている内にドン、ドンと砲撃の音が聞こえてくる。それと同時に漁船の灯りが強くなった。

 

『おぉ?』

 

 恐らく誰かが上から大型のライトで照らしているんだろう。

 考えたな。あれなら夜間の戦闘でも照らされた範囲だけは探照灯が要らなくなる。その分砲撃や雷撃に特化した艤装を持って来られるんだから、それだけ相手が強くなるということだ。

 

 記憶にある漁船にはあんな強力な灯りは付いてなかったし、やっぱり警戒されてるんだろう。

 

『それでも漁船の近くだけしか照らせないんだけどね』

 

 それに、夏場はそれで良いかもしれないけど今は冬。艦娘の速度で動いたら雪の反射が眩しくて逆に視界が悪くなるかも知れない。それに明るくし過ぎた所為で俺たちからは誰が居るか分かりやすくなったまである。

 妖精さんお得意の謎技術によって夜中に太陽を顕現させるなら話は別だけど、ちょっと相手が強くなったってくらいの認識で良いだろう。

 

『それで艦娘は……球磨さんに能代さんに、松と見たことないのと秋月と、天津風と時津風に……ゲェッ、雪風も居るのか』

 

 ピンクのヤツは誰だ? 艤装からして駆逐艦娘だろうけど、と考えるけど今は置いておく。とにかく予想通り駆逐級の人数が増えてることが問題だ。

 それに雪風まで居るとなるとかなり厳しくなりそうだ。運要素を持ち込んだら負けるから、詰みの状況を作って押し付けるように立ち回らないとダメだろう。

 

 夜間だから戦艦と空母は出てこない筈だ。重巡は基本的に警備府周辺の哨戒に回してるだろうから居ないだろうし。潜水艦も海防艦も……いや待て

 

『何で占守と国後が居るんだ?』

 

 遠征班や哨戒班、艦載機の偵察をすり抜けてきた潜水艦を確実に葬る為にいっつも警備府の防衛してた潜水艦対処のプロフェッショナルじゃん。

 俺の知る内では漁船の護衛には配属されたことは無かった筈だけどいやホント、何で居るんだ?

 

 さてどうしようかな……

 

 とりあえず艦娘の面々は確認したから駆逐水鬼には一時撤退をして貰おうか。いくら駆逐水鬼が率いてるエリート駆逐級だったとしてもあの人数には勝てはしない。

 

『駆逐水鬼、相手の勢力は大体把握したから一回退いて貰える? 追撃に注意してね』

 

『安心して、そんなヘマはしないから』

 

 そんな通信があってからすぐに砲撃の音が止んだ。

 そしてあまり時間を置かずに駆逐水鬼が俺たちの居るところに戻って来た。

 

『こっちはまだ被害なし。次はどうするの?』

 

『漁船を港に戻さないように立ち回る』

 

 艦娘たちからすれば、襲ってきた深海棲艦を“追い返した”だけで倒したわけじゃないから、漁船の乗組員のことも考えて引き返さざるを得ない。

 そして漁船を港付近まで寄せてしまうと、護るべきお荷物は無くなったと言わんばかりに艦娘達が一転して攻勢に出てくるのは間違いない。そしてそうなると一気に厳しくなるのは目に見えている。

 

『それは安心して、ツーテンポくらい遅れさせたから』

 

 そしてそれを予防するといった意味では、漁船にそう易々と進路変更させないように四方から包囲するように駆逐級を(けしか)けて、また四方に散らせた駆逐水鬼の指揮能力はかなり高い。

 

『流石。深海司令官金賞は要りますか?』

 

『要らない』

 

『そう? じゃあ時間稼ぎ。氷雨、行ってきて』

 

『打合せ通りね。皆行くよ、引き際を見誤らないで!』

 

 氷雨が駆逐級を連れてまた短時間の接触と戦闘をする為に漁船を襲撃しに行った。

 そしてまた漁船を動かさないように四方に散りながら撤退してもらう。そして氷雨たちが戻ってきたら今度は後方に待機してるクソ餓鬼……PTB小鬼と駆逐水鬼に呼ばれてたチビたちをメインにした嫌がらせ艦隊を率いて俺が襲撃を仕掛ける。

 

『駆逐水鬼たちは休憩して待機。駆逐棲姫が戻ってきたら今度は俺が交代する』

 

『了解。その時は起こして』

 

 そのアイマスクどっから出てきた。

 

 

 

 

 吹雪で見辛いけど、一時撤退ってことを忘れてるんじゃないかと氷雨を心配するくらい激しい戦闘音が聞こえてくる。

 一言で言っちゃえば俺たちがやってるのは波状攻撃だから、そこまで一気に仕掛けるつもりは無い。

 

 漁船の最高速度が艦娘や深海棲艦に遠く及ばないのを活かして部隊を入れ替えながらヒットアンドアウェイの戦法を取ることで、艦娘の戦力をゆっくりと確実に消耗させることが狙いだからだ。

 

 潜水艦も空母も味方には居ないから、海防艦と秋月はそこまで大きな脅威にはならない。

 そして今は深夜帯。提督は寝てるだろうから的確な指示の無いまま現地の判断で漁船を守りながらどうにかするしかない。

 

 問題があるならこの作戦は艦娘の消耗具合によっては時間がかかるってことだけど、漁船から大湊に連絡したところで援軍がすぐに到着するとは考えにくい。

 そしてこれは誤算だったけど、寒さは体力的に大きく影響する。勿論漁船の乗組員も例外ではない。

 つまり全員を無事に家に帰す為には早く深海棲艦を処理しないといけないから艦娘たちは焦る。そして焦りは隙を産む。

 

『完璧では?』

 

 まぁ、俺と氷雨以外にはいつもと違って艦娘を沈めてはいけないっていう枷があるけど、まぁハンデだよハンデ。

 

『見せて貰おう、貴様らの力を……なんてね

 




氷雨「zzz…」
主人公「オラッ! オラッ!(チューブワームぐりぐり)」
氷雨の艤装「らめぇ! もう入らないのぉ!」
これは紛うことなき変態。


・20XX 冬イベント
「急襲! 北海道沖夜戦」

出撃には連合艦隊が必須。
ただし輸送護衛部隊であり、その他の連合艦隊では出撃できない。

駆逐(ハニナ)級とPT小鬼が出てくるしか出てこないクソMAP


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

防衛、消耗、危機

172話です。

今回の描写 滅茶苦茶難しかったです。
慣れてないことはやるもんじゃないね。


――――――――――

 

 暴風と寒さ故に深海棲艦も大人しくなると言われている東北の冬、今まで通りなら船内と海上をこまめに交代しながら寒さに耐えつつ乗組員と世間話をして、時折現れる(はぐ)れ深海棲艦を撃退していれば終わる筈だった漁船の護衛任務。

 

「能代、敵を発見したわ」

 

「雪風、同じくです!」

 

「あたしもあたしもー!」

 

「こっちも同じ……待って、これ囲まれてない!?」

 

 しかしそんな任務はこのやり取りを切っ掛けに終わりを告げ、艦娘たちは今まで経験したことのない戦いに飲み込まれていくことになる。

 

 

 

 深海棲艦に囲まれた、という事実は艦娘たちに大きな衝撃を与えていた。

 安全に漁船を護る為には現在海上に居る4人だけでは駄目だと判断した能代が、確実に護る為に夜間の戦闘に向いている全員を海上に呼び出した。

 

 そして艦娘たちが出揃った頃、まるで見計らったかのようなタイミングで深海棲艦が発砲してきて、その一発を合図に深海棲艦が突撃してくる。

 

「そんな攻撃、雪風には当たりません!」

 

『オオォ……ヴァアアア!』

 

 深海棲艦の攻撃は急襲してきた割には随分控えめで動いている限りそうそう当たることは無く、艦娘たちは避けた弾が漁船に向かわないように立ち回ることを意識していた。それでも発生する流れ弾は漁船に穴を開けていくが妖精が迅速に塞いでいた。

 深海棲艦も駆逐級ばかりで素早く、その所為で艦娘からの攻撃も中々当たらない。また被弾した深海棲艦が後方に退いてしまう為になかなか深海棲艦の数を減らせないでいた。

 

 互いに決定打に欠ける砲や魚雷の射ち合いが暫く続いた頃、深海棲艦が多少の被弾も気にせず一斉に退いていく。

 

「こらぁ! 逃げるな!」

 

「追撃するっす?」

 

「二人は追いつけないでしょ。それに駆逐級ばかりとは言っても数は多かったから追撃はちょっと危ないかも。暫くは警戒で良いと思う」

 

「漁船の安全確保を第一に、ですね!」

 

 そう言う秋月の声色は明るい。

 一度撃退した深海棲艦の群れは早々戻って来ないという経験則が彼女たちの警戒を僅かに、ほんの僅かに緩めさせていた。

 

「扶桑さんもありがとうございます!」

 

「今は灯りで支援するけど危なくなったら言って頂戴。機会は少ないけど夜戦も大丈夫だから」

 

「一回交代するクマ。色々と補充するついでに暖まってくると良いクマ」

 

「本当に良いの?」

 

 じゃあお願いね、と言われた球磨の指示で和やかな雰囲気に包まれたまま、海上で警戒するメンバーが交代する。

 経験に基づいて今まで通りな行動をした艦娘たちだが、今回の襲撃はスチュワートが主動となっていて、深海棲艦の襲撃がまだ始まったばかりだということを知る由もない。

 

 

 

 

 

 一難が去ったと認識した漁師たちが船内から再び顔を出して配置につき、もう少しだけ沖に進むもうと漁船が少しずつ方向を変えていく。

 

 その直後。

 

グォオオオオッ!』

 

 遠方から、深海棲艦の唸り声が接近してきた。

 再び乗組員たちが慌ただしく船内に撤収し、扶桑が飛び出てきて灯りを点ける。

 少し遅れて一休みしようとしていた4人が海上に出てきた。

 

 そして開戦。

 今回の襲撃も駆逐級ばかりで、威嚇と回避に徹してる癖に艦娘たちが弾を節約しようと慎重に狙いを定めると今度は漁船狙って来るという並の深海棲艦とは一線を画す狡猾さを見せた。

 これによって艦娘たちは漁船の安全を確保する上で排除しなければならない脅威として相手取らざるを得なくなり、深刻な消耗を強いられることになる。

 

 しかし艦娘たちも百戦錬磨。やられっぱなしでは終わらない。

 巧みに深海棲艦を誘導して爆雷に引っかけたり、殆どノーモーションで一撃を急所に撃ち込んで致命傷を負わせたりと熟練の技を見せた。

 

『ガアァ……』

 

 漁船を囲むように襲ってきた深海棲艦の包囲網が少しずつ欠けていく。

 防戦一方だった戦局が変わろうとしたその時、深海棲艦が再び波が引くように退いていった。

 

「……追撃する?」

 

「二度あることは三度あると言うし、まずは漁師さん達に引き上げるように説得かな? そして提督に連絡を入れて貰って。あとは弾とか燃料が心許ない人は船内で補充してきて」

 

「「 了解 」」

 

「ちょい待……マジ!? もう次の敵来たんだけど!」

 

「『瑞鳳さん、警備府に連絡をお願いします』 ……桃、騒がない。船内に戻って漁師さんの説得に行ってきて」

 

 そう言われて桃が船内に引き返した次の瞬間、今度は風に煽られた高波に紛れて高笑いを上げながら小鬼と呼ぶべき小さな深海棲艦が多数で出現した。

 

 ケラケラと笑い続け、時折魚雷に乗ってサーフィンのような恰好を取ってふざける深海棲艦が、海産物(ナマモノ)や時々魚雷を放ってくる。

 そんな小鬼たちは駆逐級並に素早い上に的が小さいので攻撃が当たらず、しかも荒ぶる鷹や涅槃、幽波紋使いのポーズで攻撃を回避することで艦娘たちの神経を逆撫でしていた。

 そして今まで同様、戦闘開始から暫く経った頃に投げキッスをして大きく手を振りながら超スピードで去っていった。

 

 

 

クマーーッ! アアアアアッ!

 

「落ち着いてよ! すぐに次が来るだろうからこんなことでエネルギー使わないで!」

 

 大咆哮を上げた怒れる球磨を数人で宥める。

 二人掛かりで羽交い絞めして押さえ込み、正気に戻した時には球磨の足元には小鬼だったものが転がっていた。

 

「ガルル……ふぅ、ちょっとスッキリしたクマ。大きな被害はまだ出てないクマ?」

 

「被害は無いけど……このままだと私があと1、2波で弾薬が尽きそうだわ」

 

「「「 …… 」」」

 

 時津風の答えは、ほぼ全員の現状を表していた。

 小鬼の後にも駆逐艦が押し寄せては引いていく波のように何度も襲撃してきて、それに対応するために艦娘たちは弾薬の消費は避けられず、回避に徹した深海棲艦はまだ多く残っている状態のまま今に至る。

 

「漁船に置いてた予備の弾薬はあとどれくらい残ってるクマ?」

 

「もう殆ど残ってないわ。使い所を見極めないと厳しいと思う」

 

「大湊からの援軍は?」

 

「既に三水戦が出撃してるみたい。島風が先行してるらしいけど……まだ掛かりそう」

 

 このままでは勝てないと全員が悟っていた。

 何か手を打たないといけないということも。

 

「増援が来るまで全力で時間稼ぎするしかない、か……」

 

「いざとなったらあたしがやりますよ?」

 

 辛気臭くなった艦隊に、朗らかな雰囲気で声を掛ける艦娘が居た。

 誰であろうか、雪風である。

 

「雪風……」

 

 そしてその言葉を吟味して目を瞑り、決意を固めた能代が苦悶の表情を浮かべながら言う。

 

「今から最低なことを言う。仮にその時が来たら、漁船を護る為に犠牲になって(時間稼ぎして)ください」

 

「了解しました。……安心してください! 雪風は絶対に沈みませんから!」

 

「はぁ……雪風が言うとひょっこり帰ってきそうだから心配できないわね」

 

 天津風の一言に、堅くなった雰囲気が軟化する。

 雪風の言葉が強がりでも何でもないと感じたからだ。

 

「それにしても、まさか駆逐級相手にここまで手古摺るなんて思わなかったなぁ」

 

「しゅっしゅっしゅ……この常軌を逸した駆逐級の練度、今までの常識の通用しない深海棲艦の戦い方、そしてわざわざ漁船の護衛を狙ってくるセコさ……この名探偵シームッシュ・ホームズにはお見通しっす!」

 

「えーなになに? 教えて教えて!」

 

「敵の旗艦(ドン)はスチュワートっしゅ!」

 

 輝いた目を向ける時津風に占守が胸を張って答える。

 それを聞いた時津風を除く全員は溜息を吐いた。

 

 その名前は彼女たちにとって『敵に回すと最高に面倒くさいヤツ』という認識で一致しているからだ。

 

 

 

 

 

「到着っ! みんな大丈夫!?」

 

 神速の駆逐艦が艦隊の下に駆けつけたのは、全員が消耗しきった後だった。

 幾度となく繰り返された襲撃でついに弾薬が切れ、どうしようも無くなった艦娘が出始めて、時間と共に増えていく。

 そして遂に、まともな反撃すらされなくなった深海棲艦は、満足げに後方に引き返していった。

 

「島風、雪風の援護に言って頂戴! あっちの方向よ!」

 

「オウッ!? 漁船の守りは?」

 

「私が居ます」

 

 島風の言葉に答えるのはどっしりと構える扶桑。

 

「私もいるよっ!」

 

 再び海上に出てきた桃。

 

「あっ連装砲ちゃん、どこ行ってたの!」

 

 島風の後頭部に飛びついた不思議な艤装。

 その連装砲と、抱き着かれている島風に声を掛ける艦娘が一人。

 

「その子は私に届け物があったんだって。ありがとね」

 

 

 

「ふぅ、これからは瑞鳳もご一緒します」

 

 お届け物(夜間作戦航空要員)を渡された軽空母が、夜の海に立つ。

 

 敵の本陣が近づいてくる。

 援軍の本隊はまだ来ない。

 

――――――――――

 




・桃
 大湊に於いて比較的最近建造された艦娘。
 駆逐隊のアイドルとして精進中!(自己申告)

 若干ワガママなところがあるが、手綱は握られてるので制御可能。
 実力的に発展途上だったので、松から船内に戻るように言われた。
 コミュ力お化けな陽の者なので主人公を1時間で灰に出来る。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

攻勢、微光、参戦

173話です。

また忙しくなってきた……
助けてパトラッシュ……


 俺たちにとって良い意味で混沌としている戦況を見て呟く。

 

『完璧すぎる……』

 

 駆逐級の機動力で漁船を釘付けにしつつ艦娘たちを少しずつ消耗させていった。

 始めは威勢よく反撃してた艦娘たちが少しずつ追い込まれていくのを安全圏から観察していた時は嗜虐心が鎌首を持ち上げて、我ながらヤバい扉を開けちゃったかなぁ? なんて考えたくらいだ。

 

 それくらい、今回の作戦はハマっていた。

 

 時間が経つにつれて有利になる戦局に深海棲艦のボルテージは上がる一方で、極度の興奮状態になった駆逐級を宥める為に駆逐水鬼は奔走しながら愚痴を零していた。だけど駆逐級が大活躍したことは事実で、その顔は嬉しそうだった。

 

 一方で氷雨はと言うと、艦娘から補足された途端に集中砲火を受けたとのことで被害状況は深刻。また沈みたくはないと後方に引き籠ってた。

 その報告を受けた時は俺の仇かよ、勝手に殺すなって鼻で笑ったけど、(かたき)討ちされる程度には愛されてたのかなぁなんて考えに至って、途端に恥ずかしくなった。

 そうと決まれば照れ隠しだ。恩を仇で返すようで悪いけど──

 

『漁船をジャックしに行こうかと思う』

 

『分かる言葉で話して頂戴』

 

 

 

『例えばチェスで、漁船はキングだ』

 

 一番動けなくて一番取られちゃ(守らなきゃ)いけないモノという意味ではピッタリだろ。

 

『乗っ取ればチェックメイトってね』

 

『乗っ取れば……なに?』

 

『嘘だろ?』

 

 駆逐水鬼はチェスを知らないのか?

 まぁ俺だって駒の種類くらいしか知らないから人のことは言えないけど。

 

『『『 ??? 』』』

 

 おう駆逐級共はアホ面晒してんじゃないよ。

 お前らが理解してるなんて微塵も思っちゃいねぇから。

 

『漁船の中に俺か氷雨か駆逐水鬼が入り込んで、艦娘と船員たちに『この船はいただいた!』って言えば勝ちってこと』

 

『それをする意味は?』

 

『楽しいからって嘘だよ嘘。艦娘の援軍が来ても意味が……説明が難しいな』

 

 語彙力不足ですまねぇと言いながら肩を叩いて氷雨に頼んだとパスすると、嫌そうな顔をしながらも引き継いでくれた。

 

『そもそも私たちは深海棲艦の考えを大湊警備府……引いては日本の大本営に伝える使者のようなモノで、漁船を巡る攻防をしてるのは漁船と乗組員っていう人質を手に入れる為』

 

『人質を手に入れたら艦娘は手出し出来なくなるから援軍が来ても無駄。そのまま大湊に直行しても交渉できるって訳?』

 

 アンタ頭大丈夫? なんて言われるけど知ったこっちゃない。

 テロなんて昔からこんなもんでしょ。

 

『まぁそういうこと。既にボロボロの艦娘たちを蹴散らして漁船を制圧すれば、鎮守府に乗り込むっていう全深海棲艦未踏の大偉業だ。歴史を動かす準備は良いか?』

 

 そう言うと駆逐級たちが大咆哮を上げた。

 俺が煽った反応がコレとか、ライブでフロアが熱狂した時と同じ最高潮の雰囲気を感じる。凄まじい一体感と押せ押せムードがヤバい。

 勢いのままに最後の仕上げだと駆逐級と小鬼たちを連れて漁船に向かうと、信じられないものを見た。

 

『???????』

 

 別次元の速度に膝まで浸かってる島風がここに居るのは分かる。

 扶桑さんもまぁ、運が無い(バッドラックな)だけで万能選手だから夜戦に参戦しててもおかしくはない。

 

 だけど……

 

 なんで瑞鳳が居るの?

 

 

 

 

 

 俺の困惑を後ろのバカ共(駆逐級)は待ってくれない。

 流れを止める訳にもいかず、押されるように前に進む。

 

 ここまでやっておけば勝ち筋よりも負け筋を見つける方が難しいけど、だからと言って何もしない訳にもいかないのも事実。

 

『ナ級たちは戦艦に警戒! 可能なだけ撃墜して!』

 

『攻撃出来る艦娘は少ないから落ち着いて対処して!』

 

 どんな指示を出そうか悩んでたら二人が部下に指示を出した。

 素早く制圧。とかじゃないからかなり堅実な指示だと思う。だったら俺が出す指示は……

 

黄色いの(しまかぜ)を自由に動かさせるな! 徹底的に包囲しろ! 艦載機は無理に堕とそうとしなくても大丈夫だから、とにかく生き残れ!』

 

 二人には出来ないような細かい指示だった。

 内容は島風の封殺。手が付けられなくなるトップスピードだろうと、乗られる前に圧倒的物量差で囲んでしまえば正に俎板の鯉。

 

 瑞鳳は俺が相手しよう。

 

最後の仕上げだ、行くぞぉ!

 

『『『 ウオオオオオオォ! 』』』

 

 

 

 

 

 全員に発破を掛けたは良いものの、俺自身のモチベーションはと言ったら……ゴミだ。

 何故なら俺が瑞鳳に勝とうが負けようが戦況に大した影響は無い、消化試合みたいな感じだと思ってるからだ。

 それに所詮は夜戦に出てきた瑞鳳(軽空母)。さらっとこなしてから船内に侵入、無線で大湊に勝利宣言をすれば良いやと思ってる。

 

『まぁやってみようか。どうにでもなるはずだ……ん?』

 

 吹雪の中に雪とは違う煌めきが見えた。目で追い顔を向けた……その時だ。

 チッ

 

 鼻先に明らかに自然的じゃないダメージが入った。

 煌めく何かを注意深く見てみると、白以外の弱い光を放っている。

 

『艦載機……嘘だろオイ』

 

 誰だよ夜戦の瑞鳳は軽く相手に出来るって言ったの?

 

『まさか夜戦に対応してる空母が大鷹さん以外にいたとは』

 

「深海棲艦が思ってるより私たちだって進歩してるの!」

 

『成る程……面倒だな。いっちょ大破してみるか?』

 

 そう言って海中からタコを呼び出す。白く、デカくなったタコはジャコンと、脚に持ってる砲と魚雷を一斉に瑞鳳に向けた。

 連射性を棄てた代わりに瞬間火力がとんでもないことになってるから、喰らえば一溜りも無いぞ。

 

()だよ! 艦爆隊、お願い!」

 

 あ~、ビビッてくれよマジで……沈めちゃいけないってハンデが地味に面倒くさいんだって!

 艦載機を堕とせるような砲はあるけど、夜の暗さと雪が相まって艦載機の撃墜は思ってた以上に難しい。

 

『助けてハ(キュ)えも~ん!』

 

 俺の情けないヘルプに応じて数体のハ級がやって来て、飛んでる艦載機を認識するや否や撃墜しにかかった。

 フェアじゃないけど、勝てば良かろうの精神だ。

 

 

 

 

 如何にも悪役っぽく薄くニヤつく俺と、被弾が嵩んでボロボロになりながらも闘志を目に漲らせる瑞鳳の頭に砲を向けるタコ。

 島風の方は駆逐級で構成された時々爆けるおしくらまんじゅうになってるし、扶桑さんは小鬼たちに良いようにやられてる。……やっぱり戦いは数だな!

 

『何か言い残すことは?』

 

「……スチュワートって知ってる?」

 

 時世の句じゃなくてなんか質問が飛んできたんだけど。

 

『蕁麻疹が出るまで伊達巻の試食に付き合った』

 

 そもそも俺以外の艦娘スチュワートなんて知らないけど、こんなことやったのは俺くらいだろう。

 取り敢えず本人確認って事で正直に答えた。

 

「やっぱり……だから誰も沈まないんだ」

 

『深海棲艦にも色々と事情が有ってね。降伏して?』

 

「深海棲艦を相手に降伏したらどうなるかわからないじゃん。漁師さんたちが居るならもっとそんな事出来ないよ。……あ、ちょっと遅かったみたい」

 

『え?』

 

 待って、猛烈に嫌な予感がするんだけど?

 

 !!

 

 タコが俺の右側面に脚を伸ばした。

 直後、凄まじい音と共に脚が吹き飛び、破片が俺の体と顔にベチャっと叩きつけられる。

 

『ホワァイ!?』

 

「シッ!」

 

 殺意を感じ取った瞬間に脊髄でバックステップ。

 爆風の中から現れた影は既に、魚雷を振りかぶっている!?

 

『ま!? くそぁ!』 

 

 横っ飛びして回避!

 さらなる追撃に備えて魚雷を投げておくと、ようやくその影は動きを止めた。

 

「みんな、もう安心して良いよ!」

 

 ほぅら、嫌な予感はどんな時だってよく当たる。

 聞き覚えも心当たりもあるけど、その声は今、一番聞きたくなかった。

 

私が来た!!

 

 笑顔で胸を張ってる死神がそこに居た。

 




主人公『お前らぁ! 準備は良いかァ!?』
駆逐級『『『 ウオオオオオ! 』』』(フロア熱狂)

桃「キラキラを感じる」
松「こらっ! 見ちゃいけません!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

死神、閉幕、再開

174話です。

夜間が冷えるようになりましたね…寒暖の差がヤバい。


私が来た!!

 

 目の前に立ち、笑顔で胸を張るのは川内さん。

 夜戦時は非常に頼もしかったその存在は、敵対する立場となった今では死神だとしか思えない。

 援軍艦隊を置いてきたのか一人だけど、その存在感は誰よりも大きい。今も俺のことを漁船から放たれる灯りで爛爛と輝く双眸で見据えてくる。

 大して感じない寒さとは全く別の理由で多くの臓器が縮みあがり、蛇に睨まれた蛙とは正にこのことかと思いながらもどうにかならないかと突破口を探す。

 

 戦闘? 死神を相手に出来る訳ない。

 撤退? 死からは誰も逃げられない。

 交渉? 死は耳を持ち合わせてない。

 ……どれを選んでも上手くいく未来が見えない。

 状況は絶望的だった。

 

『『『 …… 』』』

 

 チラリとハ級たちの方を見ると、無機質な視線を俺に寄越したまま固まってた。

 助けて欲しいのか? 俺だって助けて欲しいんだけどなぁ!? 川内さん(死神)から首に鎌掛けられてるから下手に行動出来ないの!

 さっきまでは頼りにしてたのにいざとなると使えないヤツらだな、なんて自分でも現金だと思い心の中で愚痴る。

 

 それにしても、何時まで経っても止めを刺されない。

 夜戦大好きな川内さんのことだから、それはもうあっという間にボロ雑巾みたいにされるかと思ったらそんなことは無く、その視線は多少は歯応えのある獲物を見つけた狩人の目から、興味深々と言った仲間を見る目に変わっていた。

 

「瑞鳳ちゃんから聞いたけど、本当?」

 

天使ィ!』

 

「え? 天使?」

 

 間違っても川内さんの事じゃない。絶体絶命のピンチに光明を与えてくれた瑞鳳の事だ。

 “天に昇らせる(死を振りまく)者” って意味では川内さんも天使で合ってるだろうけど。

 

野郎ども撤退! 撤退だァ!

 

「あっ、待って!」

 

嫌だ!

 

 ハ級を盾にするようにして逃げる。2体のハ級が吹き飛んだけど、流石にもうボロボロの艦隊を放置して追い討ちは出来なかったのか瑞鳳に止められたのか、川内さんは追ってこなかった。

 斯くして、完璧だと思っていたプランAは失敗という形で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 折角消耗させた艦隊も放り出して撤退するのは勿体ないけど、これから来るであろういつもの夜戦メンバー……好戦的な夜戦の精鋭たちが来るとなると苦戦は免れない。

 恐らく報告などから提督もこの状況の解決策も用意して、タービン(ブースター)を搭載した速吸さんも向かわせると思うから消耗したとか人も復活するだろうし、そしてそこに援軍まで加わるとなると彼我の戦力差はヤバいことになる。

 

『──って訳でプランAは失敗かな』

 

『ごめんなさい。もっと早く消耗させていれば……』

 

 各々が隙を見つけたり見逃されたりして漁船から離れて、今はまた集まって追撃に注意しながら話し合いをしている。

 が、空気が重い。勝ち確の押せ押せムードから一転、まさか撤退する羽目になるとは誰が思ったか沈痛な反省会みたいな雰囲気に包まれていた。

 

 ……ニヤニヤしてる俺を除いては。

 

『ねぇ、何が可笑しいのよ』

 

『別に~? 確かにプランAは失敗したけど、プランDに移行すれば良いだけだから』

 

『プランDってなんのこと?』

 

『姫級たちに動いてもらう』

 

 何を当たり前のことを聞いてくるんだ。

 俺たちの手に負えなくなったら手に負えるヤツに投げてしまえばいいだけだろう。

 

 タコにアレを出してくれと言うと、口の付いた黒いボールを取り出した。

 格好つけながら『時は来た。機を逃すなよ』なんてメッセージを伝えて、口の中に駄賃として鱈と捌いたフグを入れて飛ばす。

 タコが羨ましそうに触手を伸ばしてるけど俺には関係ないから説明を続ける。

 

『大湊警備府からそこそこ離れた場所に待機して貰ってたんだよね』

 

『どういう事なの!?』

 

 しかしそういう駆逐水鬼の表情は険しい。

 うん分かるよ? 折角『駆逐級がメイン』の作戦だと思って喜んで参戦したら全然そんなことありませんでした~ではキレても仕方ないだろう。

 だけど言い訳だってちゃんと用意してあるんだ。

 

『敵を騙すなら味方から。全力で戦えたでしょ?』

 

『それはそうだけど』

 

『それにプランAだけで上手く行ったらそのまま続行するつもりだったんだよね。まぁ、運が悪かったって事で許してくれぃ』

 

『……納得出来ない』

 

『じゃあこう言い換えよう。重巡や戦艦ですら屠る大湊きっての夜戦集団を俺と氷雨と駆逐水鬼の部下だけで釣り出せた』

 

 艦隊一つ潰した上でこれとか勲章モンだぜ〜なんて言うと、渋々ながら納得した様子を見せた。

 実際に、駆逐級の艦隊なんて鎧袖一触出来る夜戦メンバーズをこんなところで駆逐級の相手をさせるのは勿体なさすぎる。

 

『確かに漁船襲撃は失敗したけど、最初から全部上手くいくなんて思ってないよ。だからプランニングは綿密に立てておいたから安心して』

 

『分かった、分かったから。次はプランDだっけ? 私たちはどうすれば良いの?』

 

『夜戦チームが引き返したと思われるタイミングで、また漁船にちょっかいを掛けに行くよ』

 

『……やることがセコい』

 

『どんなにセコくても勝てばいいでしょ。それに、何でも貫く一番槍を砕いた時点でMVPだよ多分』

 

 出来ることを積み重ねて行けば結果は付いてくる。

 川内さん達には勝てないから戦わない。だけど、補給が終わった護衛艦娘たちには勝てるならそれを続ければいい。

 

『敵が嫌がることは積極的にやれってよく言うじゃん?』

 

『うわぁ……』

 

『今決めたわ。アンタは敵に回さないようにする』

 

『褒め言葉として受け取っておくね♪』

 

『死ね』

 

 

 

 

 

『そろそろか?』

 

 撤退からそこそこ時間が空いた頃。

 護衛艦隊は補給を終えて元通りになったとして、そうなると川内さんたちを遊ばせる理由は無いだろうから引き返すと思われる。

 それは大歓迎だから良いとしても、一緒に引き返すであろう漁船をそのまま逃す訳にもいかない。乗組員の人には申し訳ないけど、もう少しだけスリルを味わっていて欲しい。

 

 だけど今回は夜戦チームがまだ残ってる可能性を考慮して、小鬼たちと駆逐級数匹を連れて俺が威力偵察に向かうことになった。

 

 正直行きたくない。

 でもずっと後方指揮官面してたら顰蹙だしなぁ……

 

『あ、そこに艦載機。墜として〜』

 

『! ゴァア』

 

 ナイスショット。

 でも位置バレちゃっただろうし一回引き返すか? 

 

「見つけたよ」

 

 風の音に紛れて声が聞こえてきた。

 その直後に、小鬼が魚雷で吹き飛ばされた。

 

 艦載機を堕としてから発見されるまでの間隔が短すぎる。

 そして誰かが既に近くに居ると理解する。

 

 すぐに感覚的にも気配を察知して、波の向こう側を睨む。

 果たしてそこに居たのは…… 

 

「嫌な予感はしてたんだよな〜」

 

「僕らのやる事は変わらないけどね」

 

 嫌なものを見るような目でこっちを見ながら頭を掻く嵐と、困ったように応えながら視線と砲身をこっちに向けたままの時雨だった。

 そのすぐ後ろには補給を終えたのか、臨戦態勢の護衛艦隊が見える。

 

『なんてこった』

 

 この二人が居て川内さんが出てこないなら引き返したと考えて良いと思う。だから戦闘を続行したいけど……嵐かぁ。

 慎重で堅実な戦い方と大胆で爆発力のある戦い方の使い分けが上手い。チャンスを決して逃さない戦術眼がヤバい。そしてそれらを活かせる技術があるのがヤバい。

 隙を見せない癖に、こっちが隙を見せたら一発アウトにしてくる戦い方は心臓に悪いから相手にしたくない。

 

 一方で時雨も時雨で厄介だ。特に雪風と時雨が一か所に集まるのは条約違反だと思う。

 時空が歪んでるとしか思えないレベルで砲弾が当たらなくなるのは当然として、深海棲艦の魚雷だけ不発弾になりかねない……幸運量保存の法則が乱れるだろ!

 

「さて、こてんぱんにされる準備は良いかい?」

 

『抜かせ。最後に笑うのは俺たちだ』

 

 漁船周辺の決戦が始まる。

 




・幸運量保存の法則

扶桑と山城にとっては細やかな喜びの種。
偶には良い事がある。
細かい事にも価値を見出すことに価値がある。

時雨や雪風にとっては特に関係ないこと。
偶には悪い事もある。
細かいことを気にしないのも生き残る秘訣か。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再臨、抗戦、暴走

175話です。

いくら更新が遅くなっても、完結しないよりはずっと良いって一番言われてるから(開き直り)


時雨と雪風、島風(攻撃が当たらないヤツ)は無視だ! 確実に戦力を削げ!』

 

『ギギィ!』

 

 俺は勝つ為に小鬼達に指示を出し、小鬼はそれに応えてくれる。

 だけど戦況は非常に宜しくない。

 

「球磨たちのこと舐めすぎじゃないクマ?」

 

『危ねっ! もっとお淑やかに痛っ!? 艦載機ぃ……』

 

 人数が増えた分だけ負担を分散できるから適宜交代することで消耗を抑えつつ安定して戦える──なんてことはなく、頭数と手数を増やして被害が出る前に決着をつけてしまおうなんて考えるのは如何なものか。

 

 絵に描いたような先手必勝戦法ではあるものの艦娘の数が多い事には変わりなく、実際に最後の仕上げだと舐めて掛かってたチンケな艦隊では小細工を弄する前に艦隊の戦力を削がないとどうしようもないという事実。

 戦力差が大きすぎてどうこうする前に返り討ちされそうといった『戦力の小出し』による負けフラグがバベルの塔の如く聳え立っていた。だけど折ってくれる神様は居ないという悲しい現実。

 

 完璧なジリ貧。

 善戦とかそんなレベルを通り越して一方的でさえあるけど『じゃあ仕方ないね』と諦めたくない。自分から売った喧嘩である以上、相手より先に俺が冷めるのはダメだと思う。

 

 勿論、不利を悟った瞬間に一時撤退しようともしたけど、小鬼たちでは止められなかった島風が無尽に暴れている以上タダでは逃げられそうもない。だからと言って俺一人を逃がすために犠牲になれなんて言うほど非情になれる気もしない。これでも俺を信じて……るかは分からないけど付いて来てくれたから。

 氷雨たちには連絡したけどまだ到着しない。この状況をひっくり返すのは無理だと判断して見捨てられた可能性も考えられる。

 

 でも、最低でも小鬼たちは逃がすのが俺の責任ってヤツじゃないか?

 

俺に任せてズラかれ野郎ども!

 

 

 

 なんと、小鬼達は無事に撤退した。

 まさかまさか、本当に艦娘たちのターゲットが俺個人だったとは露程も思わなかった。深海棲艦を一匹でも多く沈めるものとばかり。

 そして今は嵐が目の前に居て、俺を逃がさないように二人を囲んだ包囲網を敷かれてしまった。こうなったらもう勝ち目は無いだろう。

 海中にはタコがまだ残ってるけど包囲網が駆逐艦中心に構成されてる以上どうにもできない。

 漁船は瑞鳳と扶桑さん、海防艦二人と松とピンクと能城さんに護衛された状態で運航を再開し始めた。

 

 完敗である。

 

『何を間違ったんだろうなぁ』

 

「意識が戻った時、真っ先に帰って来なかったことだな」

 

 相変わらず嵐はズバッと言ってくれる。

 でも帰るも何も、どうせなら何かしらの手土産は欲しいじゃん? 結果として巻き込まれたと言うか余計なことに首を突っ込んだ形になったけど。

 

『良い勝負になってたら良かったんだけど、どう?』

 

「流石っつーか……汚すぎるな!」

 

『ヒドい』

 

 なんて言いながら嵐の魚雷目掛けて一発。

 瞬時に魚雷を切り離して誘爆を防いだのは流石だけど、距離を取ることには成功した。

 だけどすぐ後ろには天津風が。

 

「そういうところなんだけど……さっさと降参して、明石と夕張に直して貰いなさい」

 

 頭の中に工具を手に目を輝かせながら悪魔らしい笑みを浮かべる二人が出てきたんだけど。

 ……絶対に碌な目に遭わないだろ。

 

 貴重なサンプルとか言ってあんな事やこんな事をされて二度と消えないトラウマを植え付けられそうだ。工廠で虚ろな目をして独り言を呟き続ける俺の姿がありありと浮かんでくる。

 

『くっ、殺せ!』

 

「なにバカなこと言ってるのよ」

 

 畜生……結局のところ勝手に油断して返り討ちとか、あまりにも恰好が付かないだろ。

 だけどタダでは終わるつもりは無いと、ニヤリと笑う。

 

『ククク、今頃は大湊に深海棲艦の大群が押し寄せているだろうよ。つまり俺は陽動! こんなところまで川内さんを釣った時点で俺の勝ちだぁ!』

 

 言ってやったぜ。

 負け犬の遠吠えだけどまぁいいや、スッキリしたし。

 あとは盛大に自爆すればパーフェクトだけど、流石にそこまではテンションがアガってない。戦利品(俺の身柄)くらいはあっても良いでしょなんて言う理性がブレーキをかけた。邪魔しやがって。

 

 最後に、衝撃の事実に慌てる天津風の顔を拝もう。

 

「ふーん……」

 

 おかしい。まるで些事を聞いた時と同じ反応だ。

 他の面子は!? 誰も慌ててねぇじゃねーか。

 

「なによその顔? まさか提督の指揮下で私たちが敗北すると思ってるの?」

 

『ッ!』

 

 嘘だろ? 提督めっちゃ信頼されてるじゃん。

 いやでも、確かに大本営から課された任務や作戦では失敗らしい失敗はしてないし……もしかして提督ってかなり優秀?

 

「言い残すことは無い? それじゃ、また(・・)よろしくね」

 

 

させない!

 

 

 

 

 何者かに突き飛ばされて吹き飛んだ天津風は唸る高波に尻餅を付き、砲弾は彼方へ飛んでいった。

 そしてなんと、包囲網に突っ込んできたのは氷雨だった。

 

『どうしてここに』

 

『勝手に死のうとしないで』

 

『エッ』

 

 なにそれヤンデレみたい……そういえば微妙に病んでたわこの子。独りは嫌だったんだよね。

 ほら、丁度良いところに他所で建造されたから義理とは言え姉の時雨が居るから仲良くしてきなさい。

 

「スチュワートに執着する駆逐棲姫……なるほどね」

 

 ダメそうだ、なんか怖い事言ってる。

 

『死にに来たようなモンだ。引き返せ』

 

『無理!』

 

『それはどういう』

 

「疲れた子は補給しておいで! その間は穴埋めするから!」

 

 川内さん居るじゃん! 今まで居なかったのに!?

 

『まさか』

 

 川内さん相手にここまで逃げてきたのか? いやいや此処に来ても袋の鼠、飛んで火にいる夏の虫だぞ? 逃がされたんだろう。

 

こうした(・・・・)のは私だけどさ、私たちを巻き込んでおいて諦めるの?』

 

『……そう言うのズルくない?』

 

『うん』

 

「あっちの駆逐棲姫は私の獲物だから、盗らないでね!」

 

 殺る気満々の死神含めた艦隊相手に徹底抗戦しろって?

 自殺行為だけどやるしかないじゃん。

 

『そっちこそ勝手に沈むんじゃねーぞ』

 

 

 

 

 

 多少の被弾は許容する。

 

『まだまだぁ!』

 

 強風に煽られる霰の方がまだ痛かったぜェーーーッ!

 あっ魚雷はダメだって。死んじゃう死んじゃう。

 

『やれ』

 

「ひぁっ!?」

 

『手癖が悪くて済まんな。隙ありだ』

 

 そう言ってビクリと全身を震わせた時津風から砲を取り上げる。

 確かに首筋と背中の下ら辺を撫でるように指示したのは俺だけど、姉の弱点を他人に教えるような秋雲も秋雲だ。

 そしてなんでタコはタコでご満悦な雰囲気になってるんですかねぇ……ド変態め。

 

 

 

 これは世代交代(次のタコが必要)かなぁ……なんて思ってたら他の陽炎型の三人が襲いかかってきた。だから魚雷はダメだって! いや、一発くらいならイケるかもしれない。

 

「あっ、待って!」

 

グアアアアアッ!

 

 タコ目掛けて放たれた魚雷を体を張って受け止める。

 尋常じゃない痛みが駆け抜けるけど、思ってた程じゃない。多分アドレナリンとかで脳ミソがヤバいことになってんだろうなぁなんて思いながら砲を撃とうとすると、左手に持ってた砲が無くなってた。

 というか左腕の肘から先が無くなってた。

 

『は?』

 

「ちょっと!」

 

 オイオイオイ、見なきゃ良かったわ。

 認知したからなのか、今まで感じたとこが無いレベルの痛みが襲いかかってきた。

 

アアアアアアアアアアア!

 

 涙でぼやける視界に映る光景を第三者の視点のように冷静に見ると、パニックで真っ白になった頭で身体を勝手に暴れさせているらしい。

 視界(スクリーン)の端でタコが真っ赤になってるのが見えた。最初から本気出せやなんて思いながらも、理性を棄てて野獣のように暴れまわる俺の身体に対して止めを刺さないように遠慮している艦娘たちにエールを送っていた。

 

 ほら、頑張れ頑張れ〜。

 死にかけの駆逐艦一人くらい簡単に止めてみろよ。

 

 あぁ! 違う違う、そこは右に避けるんだよ。

 

 はぁっ!? なんだこの神エイム!?

 

 あれ、手加減してるとは言え川内さんと対等ってかなりいい勝負じゃね?

 

 

 しかし、何だかんだ面白かった見せ物(自分が命を削りながら戦う視界)もしばらくすると終わりを迎えた。

 後ろから誰かに捕まったらしい、ということが感触で分かった。

 

こんなモザイクを、剥がすなんて! なんて嫌らしい人でしょう……

 

 言葉は碌に聞こえず、意味も分からなかった。

 だけど身体は止まり、意識は暗転した。

 

 




(作者はまぁまぁ満足できたから)ヨシ!

「あの時は凄かったよ。まるで蛸の艤装を護るような番犬でありながら視界に入った艦娘全てに噛みつく狼でもあった。しかも精巧な硝子細工のような脆さの癖に放っておくと自壊するときた。これを捕まえろだなんて、提督も中々無茶を言うなと思ったね」
『大湊瓦版○○号』とある艦娘へのインタビュー


戦闘の描写は幕間で出来たら良いなぁ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再起、呼称、萎縮

176話です。

思えば、遠くまできたもんだ。



 目を覚ますと、そこは明るい天井だった。

 深海の暗闇でも広大な空でもない。

 随分と見慣れた天井だった。

 幾度となく俺を見降ろした蛍光灯。

 懐かしい天井だった。

 

『工廠?』

 

 ウソだろ?

 帰って来てもらうなんて言いながら本当に連れ戻すヤツがあるか? 元々仲良くしてたのは事実だけど敵である深海棲艦だぜ?

 でもいつかは情報を抱え落ちしない為にも帰ってこないといけない訳で、帰ろうとする意志は実際あった。寄り道し過ぎただけで。結果として全く意図してないタイミングで帰って来ちゃったけど。

 

 チラリと見渡すと窓の外は暗くて、あれからどれだけ経ったのかがイマイチ分からないけど、砲撃の音とかが聞こえてくるから時間はあまり経ってないと思う。

 それとは反対に工廠の中は不気味な程に静かで、工廠の主(明石と夕張)も居なさそうだ。

 

 そうと決まれば脱走するしかあるまい。と決意し行動に移したところで、右手が何かに固定されたような感覚を得た。

 

『……』

 

 右手の方を見ると、険しい目つきで俺を睨んだままの氷雨が居るではありませんか!

 目がギラギラしてるから超怖い。

 

『は、ハァイ?』

 

『……』

 

 しかも相当ご立腹。

 にこやかさを意識して笑った顔の口角が引き攣るのが分かる。

 どないせっちゅうねん。

 

 途方に暮れてたところで無造作に小さな紙が渡された。

 それを受け取り中身を確認する。

 

【君たちの艤装は君の部屋にある】

 

『へぇ……』

 

 漁船を人質に取った作戦で攻めたら艤装を人質に取られた。因果応報ってヤツだ。

 自分のことは棚に上げてやってくれたなと、悔しさ半分と怒り半分で紙をグシャリと潰す。

 丁度ゴミ箱があったから投げる──外れ。右手なら入ってた。

 

『ん?』 

 

 左腕が生えてるやんけ!

 多少動か(グーパー)しても違和感が無いとかどんな技術だ。でもそう言えば、艦娘の周りって魚雷を始めに爆発物だらけで四肢なんて簡単に吹き飛びそうな環境なのに欠損した艦娘って見ないな。やっぱり謎の技術で直してたりするのかな? 妖精さんが一番ファンタジーだ。

 

 でもそんな妖精さんだろうと、真っ白な俺の腕を見る限りだと深海棲艦と化した身体はどうしようもなかったらしい。まぁ俺は俺だし、見た目なんてそこまで気にしなくても良いでしょ。艦娘みたいな今をときめく乙女じゃねーし適当で良いんだよ適当で。

 

 なんて、すっかり思考がズレたところで氷雨が声を掛けてきた。

 

『部屋の場所は分かるの?』

 

『まだそこまでボケてないよ』

 

 

 

 

 

 不自然な程に誰も居ない廊下を氷雨を連れて進む。

 足音は俺の分だけなのもあり非常に静かだ。

 

 ……妖精さんの謎技術に戦慄したばっかりだけど、深海棲艦も深海棲艦でヤバいということを再認識した。その原因は浮遊してスゥーっと音もなくスライド異動してる氷雨。

 海の上なら艤装の不思議パワーで浮いててもまぁ……でギリギリ許せたけど、流石に陸上でも浮いてるのはヤバい。ドラ○もんかな? でも多分、然るべき研究機関に預けたところで何の成果も得られないんだろうなぁ……

 

 

 外からは依然として微かに戦闘音が聞こえてくるからのんびり考え事なんてしてて良いのかと思わなくもないけど、時間が惜しいならもっとちゃんとした措置がされてるだろうし、俺を俺の部屋に呼ぶことに何かしらの目的があるんだろう。

 

『しかしまぁ……』

 

 何が艤装は俺の部屋にあるだよふざけやがって。でも艤装が無いとまともに逃げられない以上、罠だと分かっていても乗らざるを得ないのは癪に障る。

 でも結局のところ俺の部屋で何が起こるか。これに尽きるだろう。

 

 俺と氷雨を待ち受けていたのは待機していた熟練の艦娘たちで、即座に捕縛されて拷問に掛けられるような未来は流石に無いだろう。悪くても捕まって深海棲艦に対する人質。良い方向に振れたら結構和やかな雰囲気で会話が出来るかもしれない。

 

 だけどそんな皮算用は、久しぶりに戻った部屋に入った直後に裏切られることになった。

 

「君たちに頼みがあるんだ……出来るだけ早く戦線に出てくれないかな?」

 

 

 

 タコが透けて見える大きな網で出来た容器と、氷雨のものと思われるコンパクトな魚雷や砲を両脇に置いてあるソファに腰かけた提督がそこに居た。

 第一声がまずおかしい。まさか俺たち二人を戦力としてカウントしてるとは誰が思うだろうか。見ろ、ヤンキーみたいな駆逐艦が『ウソだろ……?』みたいな顔して固まってるぜ。多分俺も似たような顔してると思う。

 

『裏切られるとは考えなかったの?』

 

 氷雨が尤もなことを言う。

 そうだそうだと便乗して俺も言う。

 

『艤装を受け取った直後にアンタの頭を吹き飛ばすことだって出来るんだが?』

 

「出来るものなら……やってみたらいい」

 

 俺の言葉を受けた提督は立ち上がり両手を広げた。

 口角をやや持ち上げ更に続ける。

 

「そうしたところで次の提督が大湊に配属されるだろうね。深海棲艦との戦いはこれからも続いていくという訳だ」

 

『『 …… 』』

 

 そして突然、深海棲艦の抱える問題の本質を突くようなことを口にした。

 コイツは何を、何処まで知ってるんだ?

 

「深海棲艦の目的は知っていたよ(・・・・・・)

 

 俺たちの考えを全て見抜いたようなタイミングでのカミングアウトに言葉が出てこない。

 なんで知ってるんだとか、どうやって知ったのかとか、まさか世界線的な何かに接続したりしたのかとか訊きたいことが山ほど出てきた。

 するとまたしてもタイミングよく提督が口を開く。

 

「深海棲艦の大群が攻めて来たから避難するように言ったところ港湾棲姫が硬い口を開いてね」

 

『……』

 

 成る程。

 港湾棲姫なら確かに知っていてもおかしくはない。港湾水鬼が不肖の妹だとか言ってたし深海での会議に参加したことはあるんだろう。そして、平和の為に戦うという矛盾を嫌がり、北方棲姫と放浪して大湊に辿り着いたんだろうな?

 そして、大湊でゆっくりしてたら遂に深海棲艦の大群がすぐ近くまでやって来たから、戦いに終止符を打つ一助として提督に話した……といったところか?

 

 流石に妄想が過ぎるけど仮に、仮に合ってたとするなら──そうだ、カマかけてみよう。

 

『負けるつもりか?』

 

「その為の君だろう?」

 

 合ってたー!

 つまり俺は自分から持ち掛けた勝負に敗れはしたものの、中枢棲姫の掲げる深海棲艦としての意思『大本営や提督が深海棲艦と落ち着いて対話するようにする』という目標を達成した。つまり勝負に負けて試合に勝ったことになる。

 

『じゃあ交戦中の艦娘と深海棲艦に宣言しちゃって良いんだな?』

 

「うん。……間違っても変なことは言わないでね?」

 

 そ、そんな変なこと言うつもり無かったし~?

 しかし釘を刺された以上、簡潔に終わらせるのがベストだと判断する。

 

『じゃあ、タコを開放してもらおうか』

 

「分かった。竹、鍵を開けてくれ」

 

「なぁ、アンタは先輩たちが言ってたスチュワートで良いのか?」

 

 竹……なるほど松の姉妹艦か。

 そんな竹が、俺の方を見て名前を訊いてくる。

 確かに初対面だし、素性も知らない深海棲艦の艤装を開放するのは気が引けるってか? じゃあ名乗りを上げて挨拶しようじゃないか。

 

『如何にも! 俺こそが『駆逐幽姫』あぁ!?』

 

 何言ってんの氷雨ぇ!?

 今までスーなんて呼んでた癖になんで今になって深海棲艦っぽい名前付けちゃってくれんのぉ!?

 

「ほーん。で、どうなんだ?」

 

『……駆逐幽姫です』

 

 竹も提督も本当(マジ)か? って顔で見てくるけど、嘘に決まってんだろバカかって言いたくなる。

 でも本物の艦娘スチュワートが建造された時に面倒だし、そもそも俺の名乗りって自称だったからわざわざ訂正しなくても良いか。

 

 思っていた回答を得られなかったのか随分と不満そうな顔をする竹に対して提督がもう一度鍵を開けるように指示を出し、ようやくタコが解放された。氷雨は武装解除と言う意味で艤装を返してもらえなかった。

 

「さて。長々と話したけど、最初に言ったことは憶えてるよね?」

 

 提督は深海棲艦に歩み寄る決意を固めたらしい。

 後は提督が降伏したと思わせない為に、深海棲艦である俺が『勝ち申した』と宣言して中枢棲姫率いる大軍勢がこれ以上戦わなくても良いようにすればいい。

 あれ? これ俺が宣言する必要なくない? 港湾棲姫か北方棲姫で良いじゃん。

 

『これで深海棲艦の悲願が達成されるね』

 

『悲願? ……あっ』

 

 氷雨が変なこと言い始めたよと思ったら、忘れてたことを思い出した。

 そう言えば中枢棲姫の掲げた悲願『多少無理矢理にでも大本営陣営を深海棲艦との対話の席に着けさせる』って事実上の和平交渉に持ち込むための前段階じゃん。

 というか提督もその気だから俺が宣言して中枢棲姫を止めたら実質ゴールインじゃん。

 ……俺の宣言によって深海棲艦と艦娘たちの戦いに終止符が打たれる可能性が濃いとなると、もしかして歴史的瞬間に携わる?

 

 改めて俺の宣言がかなり重い責任を伴うと思うと、緊張で急に吐き気がしてきた。

 一回冷静になった所為かそこまでパッションが迸ってない。この状態の俺にそんな重すぎる仕事振ってくるんじゃねぇよなんだよ終戦宣言ってバカか。

 

 氷雨にヘルプを求めるべく視線を送ると『頑張って』と笑顔で返された。

 

 ……逃げだしたい。

 




・変な所で発狂する癖に発狂したいときに冷静になって発狂しない主人公。
・深海棲艦みたいな名前を急に貰った主人公。
 氷雨『あげません!』

・主人公の思考
深海で得た情報を大湊に持ち帰ろう
→ へ~、深海棲艦もちゃんと戦う理由があるのね。
→ 提督に勝利宣言するなら個人的な勝負も一緒にやろ。
→ 勝負に負けたけど試合には勝った。勝利宣言したろ。
→ 勝利宣言したら何が起こるっけ。悲願? あっ……

・今年中には本編が完結しそうですね……
 2年以内に収まって良かった……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

畜生、変化、防錆

177話です。

一月ぶりです……

小説を投稿して、完走しないまま次の作品を次々に出していく投稿者の気持ちが分かりました。
投稿中の小説と全く関係のない設定とかのインスピレーションがヤバいんですわ。そっちの設定とか考えてる方が楽しくて、小説の続きを書く気にならんのですわ。

やっぱり異世界モノの強みって、何でもありだから素人にもそれっぽい設定が簡単に思いつくってことよね。
面白く表現できるかどうかは作者の腕次第だろうけれど。


 歴史的瞬間に携わる。

 名誉だと喜ぶ人も居るだろう。だからなんだと冷静な人も居るだろう。

 

 でも俺は、嫌だ嫌だと駄々をこねたい。

 名誉なんて要らないし、素直に受け入れるほど立派な精神は持ってない。

 今は注目の的になれるような精神状態でもないし、ノミの心臓のことを考えると秘密裏に事を終わらせて大本営に事後報告してくれよなんて言いたくなる。

 その時は提督が消されるかもしれないけど、他人()に無茶を強いたんだから提督も無茶をするべきそうすべき。自分だけ高みの見物とか許さねぇからなぁ?

 まぁ、深海棲艦に降伏しました〜なんて言ったら結果オーライだったとしても何かしらの処罰はされるだろうから提督も綱渡り(無茶)をしてるって頭では分かってるんだけど。

 

 それに、実際のところやれと言われたらやるしかないのが辛いところ。

 そもそも提督から言われなくても、中枢棲姫からやれって言われてたし……忘れてたけど。

 

『はぁ。氷雨はこうなっちゃダメだぞ』

 

『社畜』

 

 たった一つの単語が心に突き刺さる。言葉とは時に純粋な暴力を越えるとは習わなかったのか?

 全くその通りだから反論も出来ないし……ショックだ。

 

『代わりにやってくれても良いんだよ?』

 

『さっき話に出てた北方棲姫? に会ってみたいなぁ』

 

 完全スルー(ガン無視)かよ。そうかそうか、つまり君はそんなヤツだったんだな。

 だが──

 

『北方棲姫はいいぞ。』

 

『え?』

 

『いいぞ。』

 

 これだけは言っておかないといけない。

 別にロリコンって訳ではないけど、美味(あま)いものを持っていけば見た目相応の反応を見せてくれるから嬉しくなる。海防艦のチビたちはみんなしっかりしてるからなぁ。

 求めてる反応は『ありがとうございます!』じゃなくて、我先にとお菓子を取り合う微笑ましい光景なのに……

 

うわ…

 

 なんて思ってたら顔が緩んでたのかドン引きされた。でもかわいいモンは可愛いんだし、他に現しようがないだろう?

 ……これからデカい事をやるとは思えないくらい緊張感が足りてないけど、身構えてガチガチになるより万倍マシだ。

 なにせ、ただスピーチするだけだと思ってたのにまさかあんな事を言われるとはね。

 

『前線の艦娘たちには連絡をしてないよ』

 

 ……はぁ〜〜っ?

 袋叩きにされろってどういうことだよ。

 普通にクソだが?

 やっぱり何度思い返してみても頭おかしいだろこの条件は……俺に死ねと申すか!

 

『でも提督は俺の使い方が荒いけど扱い方をわかってる』

 

『そうなの?』

 

 そうなんだよ。

 悔しいことに、誠に遺憾ながら! 俺の性格を考えるとあながち悪い判断じゃないんだよなぁ。

 

『絶対に生き残ってやる』

 

 

 

 

 

▼――――――――――

 

「なぁ、やっぱり提督は深海棲艦の言うことを信じてなかったのか?」

 

 2人きりになった執務室で竹に質問される。

 信じてない、とは恐らく駆逐幽姫(スチュワート)……彼女に放った最後の一言のことだろう。

 「戦線の艦娘たちには連絡を入れてないよ」 と言われた彼女の顔は面白かった。ピタッと動かなくなった代わりに目は泳いでた。あそこまで動揺した様子は滅多に見られないからちょっと面白いものを見られたと思う。言葉には出されなかったけど絶対に正気を疑われていただろう。

 それはそれとして──

 

「信じてるよ。彼女は嘘を吐かないからね」

 

「駆逐幽姫がその彼女だっていう保証はあるのか? ……アタシとしても信じたいけどよ、これが個人的な賭けじゃなくて皆を巻き込むってんなら、どんなに得るものが大きくても綱渡りは御免だぜ?」

 

 なるほど、周りを大切にする竹らしい考えだと思う。

 だけど、綱渡りという表現は少し違うような気がする。

 

「ただ単に、港湾棲姫の言うことを事実とするならばこうするのが一番早いと思ったんだけどね」

 

「それがあの条件か」

 

「まぁ……彼女にはちょっと悪いと思ってるよ」

 

「あれでちょっと? 流石に可哀想になってくるな」

 

 呆れたように肩を竦める竹。

 流石に可哀想だなんて、そんなに酷いことを言ったかな? 彼女なら出来ると思ったんだけど。

 

「竹。私は提督の面子っていうモノの所為で簡単に降伏なんて出来ないんだよ。艦娘だって同じだろう? そうすることが一番いい判断だったとしても大人しく降伏なんてするかい?」

 

「それは……」

 

 言い淀む竹。

 そしてその反応で確信した。艦娘たちは間違いなく最後の最後まで戦い続ける。どれだけ状況が絶望的でも、ボロボロになるまで叩きのめされていたとしても、後ろに守る物があるなら決して諦める訳にはいかないと奮起して立ち上がり、命を燃やすように戦うだろう。

 

 でも、それじゃあダメなんだ。

 今まで深海棲艦との戦いに人類と艦娘は勝ち続けてきた。なのに戦いは終わっていない。なら誰かが妥協(変化)しなくちゃいけないのではないかと、最近はそう思うようになっていた。

 

「そう。誰も諦めないなら、誰も譲らないのなら今までと同じなんだよ」

 

 その場合、変化するのが自分なだけで。

 いつかは深海棲艦だって諦めるかもしれない。

 限界に達した人類が降伏するかもしれない。

 それまでにかかる時間は? 被害は?

 そう考えると、降伏することで下されるペナルティも軽く思える。

 

 何にせよ、港湾棲姫から話を聞けて良かった。

 

 深夜の漁船襲撃から始まった今回の深海棲艦の大規模侵攻。彼女が嫌らしい時間に作戦を開始したこともありなかなか難しい戦いを強いられているものの、時間は掛かるけれど勝利を収めることは出来るだろうと判断していた。

 けど、艦娘たちが出撃した後に港湾棲姫の語る深海棲艦の目的を聞いた自分は、勝利を収めることが本当に正しい事なのかという疑問に対する答えを得た。

 

 仮に港湾棲姫が話をしてくれなかったとしても彼女がきっと情報を持ってきてくれただろう。

 誰も真似出来ないことを薄く笑いながらやってのける彼女に驚いたことも、畏敬の念を抱いたことも一度ではない。

 

「でも、それはそれとしてみんなに迷惑をかけた彼女に少しくらい罰を与えても良いと思わないかい? あの条件にはそういう狙いもあるんだよ」

 

「……そうだな。よし、俺もあの駆逐幽姫とやらに吠え面かかせてやるか!」

 

 そう言った竹が指を鳴らし始めた。

 でも、秘書艦は護衛も兼ねてるから出撃はさせてあげられないかな……。

 

▲――――――――――

 

 

 

 

 

「もっと訓練とか演習を真面目にやっておけば良かったなぁ……」

 

 そう呟く俺たちの視線の先には空母がズラリ。

 

 軽い気持ちが一気に引き締まって、嫌な汗が噴き出るような錯覚を受ける。全員が沖の方に集中してるからまだ気付かれてないのが救いだけど海に出たら最後、愛と殺意の爆弾で挽肉にジョブチェンジするのがオチだ。

 

 バカ正直にシューティングさながら避けまくってもいいんだけど何より疲れるし、避け切れるとは思えない。

 前線に出るどころか海に出る、建物から出る時点で難易度が高いとかヤバいわ。やっぱり提督の御乱心だとしか思えんね。

 

 このままずっと空母たちの背中を眺めてても良いんだけど、あんまり時間を掛け過ぎると艦娘たちが深海棲艦を鎮圧しそうなのがなぁ……制限時間ありとか止めてくれよ。

 だから身の安全を考えてジッとしてる訳にはいかない。

 

艤装を拝借してこようか

 

うん

 

 没収された艤装を返されただけじゃあ準備不足も甚だしいから、一回戻って工廠からパクってしまおう

という訳だ。さっき見た感じだと誰かが持って行かなかった艤装が沢山あったから選り取り見取りって感じだな。

 荷物持ち(タコ)も居るから多少欲張っても大丈夫だろ。

 

 

 

 

 

 工廠に戻った俺たちは、誰も居ないことを良い事にそれはもう堂々と火事場泥棒に励んでいた。

 ちょっとビビってる氷雨に白露型の魚雷を押し付けて、俺は俺で探し物をしていた。

 

『ほれ、これなんか良い感じじゃないか?』

 

『……確かに。貰って良いの?』

 

『あれほど泥棒に気を付けろと言った提督が俺たちにこんなことさせてる時点で提督が悪い』

 

『そうかな? ……そうかも』

 

『タコはあっちの魚雷から良いの選んでくれ。おい、溶けるな。……擬態してサボろうとするな!』

 

 こんなやり取りをしながら探し物を続けて、行きついた先は工廠の奥。

 そこで俺が目にしたモノは──

 

 綺麗に磨かれた(探し物)と、それの上に布団を敷いて寝てる見覚えのある妖精さんの姿だった。

 

なぁあにやってんだお前はぁああっ!?

 

 工廠に他に妖精さん居ないよね!? 他の妖精さんが頑張ってんのに何ゆっくり寝てるのさ!?

 

 ……錆びてるだろうと思ってた盾が綺麗だったときは感動したんだけどなぁ。

 




いざ、最終決戦へ──
 すすむ
▶もどる
 なつかしの盾 を手に入れた!

・提督の御乱心
 私自信が、変化のピースとなることだ。
 その為なら無茶してくれるよね? やれ(豹変)

・妖精さん
 盾の上にも3年 半年。サボって寝てた不良。
 でも盾には錆びどころか傷も付いていない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

回収、点火、花火

178話です。

ちょっと資格取得のお勉強してたので遅れました。

……また一月空いてんよ~
もう忘れられたでしょうし、気楽に行きましょう。


『よォ……良い夢見てたか?』

 

 おままごとサイズの布団をひっぺ返し、そう言った時の妖精さんの反応は劇的だった。

 全体的なカラーが白と黒な俺たちを見て即座に深海棲艦だと判断したらしく、見て分かるレベルで青くなった。更に口元に手を当てて白目を剥いている。

 

 さっきまでガッツリ熟睡してたのにこの変わり様。氷雨は堪えきれずに顔を背け肩を震わせ、タコは高速で体色を変化させることで煽り始めた。

 でも実際に漫画みたいな顔をリアルでやるとか、実は結構余裕あるんじゃねぇの? みたいなことを考えていたら俺たちが何もしていないのに逃げ出そうとしてた。

 

 まったく、見た目がモノクロっぽくなっただけで誰だか分からなくなるとか仕事意外はポンコツと名高い提督未満ってことだぜ? まさか不思議の塊である妖精さんがそんなザマな訳無いよなぁ?

 

『その盾は俺のだぞ?』

 

 そう言いながら盾を手に取っていつものように構えると、妖精さんがピシリと固まった。

 ……マジ? 本当に気付いてなかったの?

 というか盾が本体で俺はオマケみたいな認識されてるみたいで腹立つんだけど。

 

『お前も革命派にならないか?』

 

 意外と頑丈だし大丈夫だろうと遠慮なく鷲掴みにしてそう言うと、仕方ないなぁって感じにゆっくりと首を横に振った。

 スゴい嫌そうにするじゃん。

 でも強く反対されないってことは良いんだな!

 

『さぁ征こう、お前も歴史に名を刻む英雄となるのだ』

 

 そう言って妖精さんをタコに投げ渡し、盾が置かれてた台のサイドテーブルの引き出しを漁ったら出てきた投擲物を回収した。

 これで目的のものは全部見つけたことになるな。

 

 妖精さんはずっと俺の装備の点検(サボって倉庫番)してたみたいだから盾もキレイ。投擲物のメンテの日付もつい最近。

 余りものとは言え、氷雨もタコも準備万端。

 

『よし、参るか』

 

 

 まずは海に出る為に空母たちの相手をしなきゃいけないけど、正々堂々を好む人が多いから背後からの急襲はちょっとだけ心が痛むなぁ……でも俺にだって使命ってモンがあるのよ。

 

 『深海棲艦として艦娘を大量に戦闘不能に追い込み、尚且つ深海棲艦が優勢になったタイミングで艦娘に投降を促す』 という使命がな。

 ……めんどくさ過ぎて頭が痛くなってくるような内容だけど、俺のガバガバなプランニングによると案外行けそうにも思えてくる。

 何処かで確実に破綻するだろうけど思うだけなら自由なんだよなぁコレが。ハハハッ!

 

 う~ん、なんかいろいろ漁ってた辺りから脳内麻薬とかでアガって来たかもしれない。

 工廠で物色に時間使い過ぎたし、このノリを大切にして迅速に終わらせてしまおう。百戦錬磨の艦娘たちをどうにかするにはやっぱり勢いが大事だ。

 

 

 

 

 

 静かに扉を開けると、並んだ空母の背中が見える。皆に音を立てないように指示を出し、そっと近づいていく。

 ターゲットに選んだのは翔鶴さんだ。

 すぐ後ろに移動したけど誰一人として気づかない。集中力が仇になったなと考えながらも遠慮なく背中を押す。

 

「えっ?」

 

 何が起きたか分かってないような声を出しながら海に突き落とされた翔鶴さんを尻目に、背を押した勢いそのまま海面にジャンプ! 着水!

 そして前進しながら反転して後方で海面に尻餅を付いている翔鶴さんに魚雷を4本発射! よし3本命中! ……やり過ぎたか? 沈めてないよね? うん、ボロボロだけど沈んでないからセーフ。

 

「翔鶴姉!? っ、敵襲!

 

 予測だと瑞鶴さんはかなり狼狽える。そしてククク、どうやらその通りになったな。殺意が込められてると一目で分かるくらい引かれた弦が怖すぎる。

 でも狼狽えた瑞鶴さんが弦を絞るのより俺の砲撃の方が早い。牽制として砲弾をプレゼント。

 

「くっ!」

 

 明後日の方向に飛んでいった艦載機は無視でいいか。

 ってか朝潮の連装砲狙いやっす……良いなぁコレ。

 そして〜、そろそろ艦載機から爆弾が落ちて来そうだから盾を上に構えて……ふむ、予想よりも衝撃が少ないな?

 

 チラリと海沿いを見ると、なんとタコが俺に付いてこないで加賀さんと雲龍さんを触手で拘束していた。しかもその2人を盾に攻撃を牽制してる。

 勝手になにやってんだアイツは? でも空母のみんなが攻めあぐねてるし、かなり良い仕事してるのは間違いないから強く責められないのがなんか悔しい。

 それにしても絵面が凄まじくエッ……エゲツない。

 

『……でかした』

 

 とにかく、海に集中してた空母たちのほぼ全員が俺とタコに意識を割いた。

 当然だ。ベテラン3人があっという間に無力化されたんだ。しかもそれをやった深海棲艦()は何故か後方から現れたときた。こんなの警戒せざるを得ないだろうな。

 これだけでも空母のパフォーマンスはガタ落ちで、最前線で戦ってる深海棲艦との力関係の逆転に大きく寄与するのは間違いない。

 タコのおかげで想像以上に俺の負担が少ないから、氷雨には予定通りに中枢棲姫に提督の考えを伝えに行って貰っても良さそう……じゃない。

 

『やっぱりそう簡単にはいかないかぁ』

 

『どうするの?』

 

 そう言う俺たちの目の前には海防艦がメイン且つ少数とは言えちゃんと砲撃戦が出来る面子が集まってきた。

 タコのやらかしによって想定よりも大分楽出来てるけど、それでも俺の処理能力ギリギリの攻撃を仕掛けてくる空母の相手をしながら空母と反対方向に居る海防艦たちを砲撃戦なんて出来ないし、仮に出来たとしても加減する余裕なんて無いから“やり過ぎ”が発生しそうで怖い。

 

『手伝って貰っても良い?』

 

『任せて。貴女を沈めさせたりはしないから』

 

 キリっと顔を引き締めて砲を構え、さっそく撃ち放ち始めた氷雨が心強い。

 でも俺だって氷雨を沈めさせるつもりは無いんだよね。

 あ、翔鶴さんは艤装のバランス悪いんだからもうちょっと転んでてもろて。魚雷あげるから……無理しないで引っ込んでくれ頼むからぁ! そうそう、バランス崩して転んでれば良いの。

 

『背中は任せて!』

 

『そっちこそ。いのちだいじに ヒェッ!』

 

 瑞鶴さんが弓矢を艦載機に変化せずに直接叩きつけてきた。普段は神風特攻なんて絶対にしないのにどういうことなの……。

 でもその攻撃力はヤバいの一言。盾で防いだら大きな衝撃と共に今までで一番大きく盾を凹まされた。咄嗟の反応で防げたけど、直撃してたら爆散してたかもしれない。

 

 そしてヤバいことは続く。

 瑞鶴さんの攻撃をきっかけに、タコを警戒してた空母たちが最低限の人数を残して目標を俺に変えたっぽい。

 瑞鶴さんの猛攻に便乗する形で確実に敵を減らそうってことだろうな。

 

 これは流石に投擲物の出番だな。

 ピンチの時の切り札をこんなに早く切ることになるなんて思わなかったけど、使わないでやられるなんてもっとダメだろ。

 艦載機の数は多いけど、雪で閃光のフラッシュ効果は減衰するだろうから音響手榴弾かなと判断して缶に手を伸ばした……その時だ。

 

ドオォン!

 

『は?』

 

 タコの居た辺りから、とんでもない爆発音がした。

 ……何かが爆発した?

 

 チラリと見てみたところ、タコが爆発したらしい。

 足を1、2本くらい吹っ飛ばされたタコの足元に肌面積が随分増えた加賀さんと雲龍さんが伸びている。

 ……どういう状況!?

 

 でも、警備府の近くに居たタコが空母二人を抱えながら爆発しただけあって空母は勿論、海防艦の手も止まったらしい。

 それでも目標()に向かって機銃やら何やらを放つ艦載機は止まらず、手の止まった俺に砂利をぶつけられたような痛みからデッドボールを喰らったような痛みを与えてくる。

 そのおかげで他の艦娘よりも早く立ち直れた。

 

 同じように魚雷を回避していた氷雨も手が止まる程タコには意識を向けてないみたいで、辺りを見回したのか一瞬だけ視線が交差した。

 

 数の差はまだまだあるけど、十全に動けるのは二人だけ。

 今がチャンスだ。

 




更新遅いから今年中に終わらなくなりました。
あ~あ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎上、過程、隠者

179話です。

様々な娯楽に溺れ、モチベが死んでしまいました。
しかし完結までは走らねば……私は元気です。

あらすじ覚えてる人が居ない説



 

 常在戦場。

『常に命のやり取りをしてるような心持ちでいること』という意味で使われる言葉らしいけど、実践しようとすると実のところかなり難しい。

 それは世界大戦時代の記憶や記録の一部を引き継いでるような艦娘が、ガチの戦場である海上に居て尚、目の前の(俺ら)に集中しきれてないことから明らかだ。

 

 そりゃあね? 何が起きても不思議じゃない戦場に突然大きな音がしたら気になるだろうし、それも司令塔の居る建物に近い場所からしたのなら尚更。意識がちょっと逸れて手が止まってしまっても責めることは出来ないだろう。

 だから目の前の出来事を起こした張本人である俺たちが、意識を爆音に割いた艦娘たちより早く次の行動に移れたのは当然だった。

 

 戦場や戦闘に関しては見た目不相応なくらい覚悟がキマってたりする艦娘たちではあるけど、流石に20人前後で2人と1匹を囲んでいる現状は、各々が5~8割くらいの実力を発揮すれば十分に勝利出来るだろうという油断を招いたらしい。

 だってちょっとヤバくなっても取り返しがつくから。

 

 だったら、一手で“ ちょっと ”じゃ済まない程度に被害を出したり、取り返しの付かない状況にすれば良いだけだろう。

 そう考えて取り出したのは赤い缶。焼夷手榴弾は前に条約違反って言われたことがあるけど……知ったことじゃない。

 

『戦況をひっくり返してやる』

 

 今は艦娘の敵としてここに居るんだしお行儀よく戦ってられないんだよ! 自重して負けましたなんて恥ずかしいことも出来ないし。それに……結果が良ければ過程は多少滅茶苦茶でも許されると思うんだ。

 それポイ~っと。

 

 飛んでいった赤い缶は艦載機にぶつかって予定よりも手前で爆発した。引火したゲル状のモノが空母が居た辺りに撒き散らされて宿舎棟を赤く照らす。

 雪の反射もあって、一気に明るくなる。

 

 想定よりも広範囲が燃えているけど、最悪の事態に陥っても提督の部屋には竹が居るし住宅街からはかなり距離があるから被害は大湊警備府だけに留まるしセーフだと思う。

 

 投擲物を投げた時に隙を晒したせいで多少の被弾はしたけど、警備府から火の手が上がった今は艦娘たちもかなり混乱してるのか弾の密度が急に下がった。取り敢えず集中放火に晒され続ける状況からは抜け出せたかな。

 少し余裕が出来たから合流しようと氷雨に視線を送ると頷き返される。まぁ一点突破にしろ何にしろ1人より2人……あっ。

 

『良いこと思いついた』

 

『どんなこと?』

 

『行きたい場所がある。だから逃げに徹しよう』

 

 そう言うが早いか、全力で鎮守府から離れていく。

 逃すかと言わんばかりに艦載機が襲いかかってくるけど、実は秘密兵器に頼らなくても逃げ切るだけなら出来るだろうと確信出来る程度には素の対空能力にも自信があるんだよね。

 そもそも、よく考えてみたら囲まれてんのに真面目に相手する方がおかしいんだよ。だから火中の空母は放っておく事にする。流石にこの状況で心頭滅却すれば火もまた涼しの精神で、俺のプランをぶち壊しにくる人が居る可能性なんて考えたくもない。もしそうだったら素直に諦めるとして……我慢比べといこうか。

 

 

 

 艦載機とは、適当に言ってしまえば空母が繰り出す小型の戦闘機である。つまり飛行速度と飛距離こそ優れているものの、エネルギーは有限だからどこまでも追いかけてくるなんてことはなく、補給の為に往復する必要がある。つまり空母の位置を中心に一定範囲を飛んでいると思えば良い。

 幸いにも艦載機と、それに載っている妖精のことを一切考慮しない特攻を仕掛けてくるような空母は居なかったので、しばらく対空砲をフル稼働させながら移動していると艦載機の攻撃がそこまで気にならなくなってきた。

 突然鎮守府を襲撃するような深海棲艦を逃さないという意思は流石だけど、鎮守府側から見た時、最も重要な戦局は俺の居る場所じゃないから、ある程度効果が望めなくなったら諦めたんだと思いたい。

 

 氷雨と追いついてきたタコと一息付きながら、とある場所を目指して移動を続けていると今度は先の方に人影が見えてきた。間違いなく艦娘だろうから次の戦いが始まるのは間違いないんだけど、艦載機から逃げ続けて疲れたから遠回りもしたくない。出来れば不意打ちして楽に突破したいと切に願う。

 

「っ! 敵発見! 集中するんだ!」

 

 だけどそれを簡単に許してくれなさそうなのは磯風。俺を見つけた途端に指示を飛ばすのは流石だ。しかも既に連絡を入れてあるのか、探照灯の灯りが近づいてるように見える。数は1つだけど……

 

「磯風さん! 第一水雷戦隊到着、準備OKです!」

 

 阿武っち! 阿武っちじゃないか!

 それに一水戦ってことは……

 

「磯風、大丈夫ですか?」

「ほんまに燃えとるけ、何の冗談じゃ?」

「目標はあの2隻で良い、みたいですねっ!」

てーーーっ!

 

 ああああああああああ!

 一七駆逐隊じゃねーか! 滅茶苦茶強いし、おおハズレだ。

 しかも撃ってきやがった!

 

『ヤバっ』

 

 氷雨は庇いきれないと悟って魚雷を放ってから盾に隠れる。流石に氷雨もこの程度で沈みはしないだろうけど、蓄積してるダメージはあるし、被害を少なくするに越したことはないから氷雨を庇うように立ち回ろう。

 

「片方は盾のような物で砲弾を防いでるようですね。先にもう片方を片付けましょう」

「合点だ! てーーーっ!」

 

 しかしどうだろう。

 艦娘たちは俺を無視して氷雨を狙うじゃないか。

 

『おいおい』

 

 キレそう。

 いやいや、みんなの判断は正しいよ? 効果が薄い方は避けて効果がありそうな方を狙うのは当然のことだ。でも敵が大人しくそれを受け入れられるかは別問題なんだよね……せっかく氷雨を庇うべく前に出たのに無視される俺の気持ちにもなって?

 つまりなんだ。

 

『舐めてると痛い目に会うぞ?』

 

 氷雨だけじゃなくて俺も狙わないと危険だと思い知らせてやるよ。俺と撃ち合いする気は無い? だったら狙いやすい至近距離(めのまえ)に行ってやるよ。

 盾を構えたまま更に前進すると途中で魚雷に引っかかって浮遊感を得た。けど足を挫いた程度の痛み程度で止まるとでも? 体罰上等の元日本男児を侮るな。

 

「えっ?」

 

 誰かが驚いたような声を上げたのを聞いてすぐに魚雷を射出する。これは当たったなと確信して盾の陰から顔を出すと、既に艦娘たちは散っていた。

 しかし見てみると雪風がの服がいくらか煤けているように見える。あの雪風に短時間でダメージを与えられたなんてラッキーだと内心で喜びながら、一番近くにいる浦風に再度突撃を仕掛けようと盾を構えた。

 

その時だ。

 

「うわぁ!? なんじゃ!?」

 

 浦風が突然、海中から生えたタコの脚に拘束された。

 いつの間に移動したのか分からないし、脚は何本か吹っ飛ばされたのか拘束力は強くないみたいだけど、浦風の抵抗を物ともせずにカチャカチャと手際よく艤装を剥いでいくタコの脚の動きのなんと嫌らしいことか。

 

「止めろ! んっ……離せぇ…ひあっ!?

 

 あまりにも戦場に似合わない艶っぽい声が聞こえるんだけど?

 正直聞かなかったことにしたい。でも加賀さんと雲龍さんの事もあるし……もしかしてこのタコは相当な変態なのでは? と思い至り真顔になる。

 そうこうしてる間に艤装を外された浦風が海に放り出され、その救出のために浜風の手が塞がった。無力化って意味では有効なんだけどなぁ……絵面と方法が酷い。

 

『早く先に進まないと』

 

 近くに寄った氷雨に声を掛けられて、エロダコの成した事にドン引きしている場合ではなかったと思い直す。過程は本当に滅茶苦茶だけどとりあえず戦力差は埋まったな。

 タコがひん剥いた浦風の艤装から通信機を外して弄る。相手は……磯風でいいか。

 

『ちょっとやらなきゃいけないことがあるんだよね。通してくれない?』

『貴様は何を……いや、まさか?!』

 

 チラリと見ると磯風が驚愕に染まった顔を向けている。

 

悪いようにはならないから大人しくしててね

 

 そう言うと口をパクパクさせて大人しくなった。

 ……本当に大人しくなった!? いや、撃つのを止めただけか。

 

 でも相変わらず魚雷を撃ちまくってくる谷風と、阿武隈は全然大人しくない。幸いにもタコを警戒してやや密集気味の陣形を取った十七駆は、持ち前の機動力を殺した形になった。

 だったら速さで振り払えばいいかと思ったら足元に魚雷。

 

『ひょっ!?』

 

 ビックリして反射的に避けたのは良いものの、見事に転ばされた。

 立ち上がろうとしたらここぞとばかりに砲弾を撃ち込まれ、盾を持ちあげたまま動けなくされた。早くしないと魚雷に当たるってのに……

 なんでたった3人だけなのにこんな多方向から魚雷が向かってくるんだ? 何も感じないだけで潜水艦も来てるのか? いやでも、軽巡とか駆逐艦とは移動力が違うからなぁ……。

 

 もしかして阿武隈の特殊潜航艇か!?

 なら辻褄が合う。なんだよ、潜水艦がもう一人隠れてるようなものじゃないか。

 これは厄介だぞ……阿武隈も、普段は駆逐艦から舐められてるからって実力不足って事はないし、なんならかなり優秀だじ。

 でもね、俺たちは駆逐艦なのよ。阿武隈も速いとは言っても速度の差は埋められないんだよなぁ。

 

『逃げるよ。あっちだ』

『分かった』

 

「あっ、逃がしません!」

「逃げようったってそうはいかせねぇよ!」

 

 あぁ、面倒なのとしつこいのに補足された……。

 

 

 

 どんな力が働いているかは謎だけど、深海棲艦は生体兵器的な存在だから激しく動きまくれば普通に疲れる。艦娘が妖精さんの力で艤装を手に入れたプ〇キュア(魔法少女)だとすると、深海棲艦は謎の力で生まれ変わった怪人だ。瞬間的な出力量(パワー)は深海棲艦の方が優れていたとしても、艤装が出力する艦娘の方が持久力に優れているってことは間違いない。

 

 つまり、長時間の鬼ごっこはかなり不利だってこと。

 この深海棲艦の意外な欠点にヘロヘロになってから気付くとは、流石に知らなかったなガハハと笑えない。この程度の距離で艦娘は燃料切れを起こさないし、まさか持久力にここまで差があったなんて……。

 恐らく今の俺を鎮守府に居た頃の俺を同一視出来ている磯風は、谷風と雪風に追撃しないように通信を入れてくれなかったのかと恨み節を溢しそうになる。

 

 めっちゃ疲れた。

 だけど遂に目的の場所が見えてきたのも事実。

 

『ちょっとゆっくりさせてほしいんだけど……時間稼ぎって出来る?』

 

 仮にも姫級でしょ、駆逐艦娘2人は何とかできない?

 

『無茶言わないで』

 

オラッ! 早く盾を装備するんだよ! 今なら盾を持ったタコまで付いてくる。……お願いだから』

 

『遅れたら許さないから』

 

 フフッ、怖い。

 

 

 

 

 

 氷雨と別れて島に上陸する。

 そして、一見すると廃墟に見える建物の扉を開ける。

 

『港湾棲鬼、力を貸して欲しい』

 

『……何の用だ』

『帰れ!』

 




赤い缶(焼夷手榴弾)
 主人公の投擲物4種類のうちの一つ。
 殺傷力はピカイチだが効果範囲が狭い(誘爆するならその限りではない)
 艦娘に向かって投げると服と艤装だけが影響を受けてボロボロになる。艦娘自体は“かなり熱い”だけで中度の日焼け程度の炎症で済む。(検証:主人公、明石、夕張)
 資材由来の物質で生成されている為、環境に優しい。しかも燃焼には酸素を殆ど必要としない為一酸化炭素中毒の危険性は無い。どうやって燃えてるんだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。