Fate/GrandOrder Lyric_of_Ruin 変種異聞帯 Ⅰ 千秋粛清強国 カン ―連理の鳳凰― (タナトス・ルイ)
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プロローグ
例えば、それはもう一人の自分への挑戦 『連理の鳳凰』。
例えば、それは宿命の相手との共闘 『Army Of Grand Admiral』。
例えば、それは自身が生み出した者との対決 『Strange The Tale of Genji』。
例えば、それは愛する者との望まぬ再会 『Winged Prince』。
人理焼却とも人理編纂とも異なる物語。異星の神が遺した夢幻と絶望と退廃に満ちた最初の謎をご堪能あれ。
「ほら! こいつとっととこっちへ来い!」
そう兵士が強引に連れてきたのは一人の女だった。
女の容姿には覇気がなくまるで屍の様だった。それ以上に目立ったのは女の見た目だった。髪の毛は一本もなく身体中に痛々しい痣や傷刻まれていた。女は生気を失った瞳を正面に向けた。その瞬間彼女の表情は無から驚愕へ、そして恐怖へと変わっていった。
女は衰弱しきった唇を震わせながら開いた。
「な、なぜあなた様が・・・」
そう彼女が尋ねたのは彼女の正面で玉座に座している一人の女だった。
玉座の女はその問いに答えず、目の前の彼女に冷たく言い放った。
「戚夫人。貴様の罪科は枚挙にいとまがない。皇帝である高祖様を身体を使い篭絡しようとしただけではなく、側室の分際で皇位継承に口を出しこの国を混乱させようとした。それだけでも十分に死罪に値する罪だ」
戚夫人と呼ばれた女はかすれた声を震わせながら叫んだ。
「―――様! どうか、目を覚ましてください・・・。あの方はもう・・・」
そんな彼女の嘆願にも玉座の女は耳を貸さず、ただ彼女を嗤った。
「フフフ・・・。そうだな、お前の罪を考えればこのまま殺すというのはあまりにも口惜しい。貴様のような淫売に最もふさわしい死を与えてやろう。」
彼女はそう言いながら、兵士たちに目を向け冷たくそして再び口を開いた。
「貴様たち、その者の喉を潰せ、舌を引っこ抜け! 目を抉って耳と鼻をそぎ落とせ! いやそれだけじゃ済まぬ、手も足もすべて切り落とせ!其奴はもう人じゃない人豚じゃ。すべてが終わったらふさわしい場所に捨てておけ!」
その言葉に戚夫人は絶望の表情を浮かべた。
「お、お待ちくだ―――ムグッ」
戚夫人は玉座の女に何かを言おうとしたがその口は兵士によって塞がれた。
「貴様の弁明など聞く気はない。とっととこの部屋から追い出せ!」
玉座の女の命令を兵士たちは淡々と行動し戚夫人は速やかに部屋から追い出されていった。
「ククク・・・。ついに叶った忌々しいあの女をこの手でついに・・・。これでこの国は私が願ったとおりの理想郷となる!」
そう玉座に座して笑う女は左側に視線を移した。そこには六体の人影があった。
「なあそう思わぬか。我が従者たちよ・・・。其方たちには今まで色々と世話になった。礼を言おう」
その言葉に六体の影の中の中央に立つ男が恭しく頭を下げた。
「ありがたきお言葉」
「ついては其方たちには特別に望むものを与えようと思うのだが、何を欲する?」
すると男は返した。
「我らは陛下に召喚されただけの存在。そのようなものは不必要でございます」
その言葉に満足したように玉座の女は笑った。
「そうか、そうか。お前らしい言葉よな、夏侯嬰よ」
「滅相もありません。陛下、いや呂后様!」
街の片隅にある小さな家。一見何の変哲もない家、そこに一人の男が入って行った。頭から布をかぶってその顔を見ることはできなかったが背の高い男であることだけは良く分かった。
男が部屋の中に入ると、粗末な卓の前に一人の女性が座っていた。
「お待たせいたしました。我が主」
「お疲れ様です。それで王宮の方はどうなっていますか?」
「ええ、市井の方々の風評はこの際除去して、王宮に仕えている者たちからの情報をお伝えいたしましょう」
「その言い方からすると何か動きがあったようですね?」
「はい。どうやら先帝である高祖の側室であった戚夫人が処刑されたそうです」
その言葉に女は眉をひそめた。
「そうですか・・・」
「それも非常に残酷な方法でとのこと・・・」
その報告に女性は静かに溜息をついた。
「急がなければ・・・もはや猶予はほとんど残っていない・・・でも手勢が足りない・・・」
「それについては心配はありません」
男の言葉に彼女は不意を突かれた表情を見せた。
「どういう意味」
「私の軍師としての勘が言っているのですよ。遥か彼方から我らの力となる者たちが来訪するとね」
「?まあそれがどうなるかはわからないけど、とにかく私たちでやることはやりましょう」「そうですね。私は貴女と契約した身、どこまでも従いましょう。我が主、呂雉殿」
そう男は言い終えると部屋から出て行った。 そして残された女は天を仰ぎながらこう呟いた。
「私はもう一人の私を殺さなければならない。これは私に課せられた使命なのだ」
カルデアのその日はいつも通りにやってきた。異聞帯への旅が終わり再びカルデアへと戻った彼らはカルデアの再建に追われていた。前回の時とは比べ物にならないほど消耗した設備や人員の回復のために戻ってきたスタッフたちはあくせく働いていた。それはのカルデアにおいてただ一人のマスターである藤丸立香も同様だった。もっとも魔術師として未熟である彼女にとってできることといえば限られているのだが・・・。
「ふぅ、なんとか片付いたなぁ、しばらく人がいないとこんな風になっちゃうんだね。マシュ、そっちはどう」
「はい、先輩! こちらもかなり片付きました、あとは各部屋の整理だけという感じでしょうか・・・」
「じゃあ、休憩してからにしよう。もうくたくただよ・・・」
「わかりました。じゃあお茶にでもしましょうか?」
「そうだねぇ。マシュの淹れてくれるお茶はいつでも美味しいから疲れなんて吹っ飛んじゃうもんね」
「そ、そんなこと。じゃ、じゃあ準備してきます」
マシュが部屋から出て行って一人になった立香はゆっくりと側に会った椅子に座って天を仰いだ。
「ふう、色々あったけどやっぱりここが一番落ち着くなぁ なんか我が家に戻って来たって感じで・・・」
「いつからカルデアが君の実家になったんだね?」
ふいに聞こえたその声に思わず振り返るとそこには一人の恰幅の良い男が立っていた。
「所長、驚かせないでください」
「ふん、別に驚かせるつもりはなかったぞ」
ゴルドルフ・ムジークはそう言いながら近くに会った椅子を引き寄せて座った。
「だいぶ片付いたようだな」
「ええ、まあ。所長こそなんでわざわざこんな所へ?」
「私はここの所長だぞ。カルデア内の復旧状況を見ることも重要な仕事だ」
「とか言って本当はサボりたかっただけじゃないですか?」
「馬鹿者! そんなわけあるか! まあ、なんだ君に話さなきゃならないこともできて探していたというのもあるんだがね・・・」
ゴルドルフがそう口ごもった。
「話さなければならないこと?」
「そうだ、いくつかあるが良い知らせと悪い知らせ、どちらから聞くか?」
「じゃあ悪い知らせからお願いできますか?」
「君がそういうのなら、じゃあそれからいくか。君にはまだしばらく、長くなるかもしれないがカルデア唯一のマスターとしていてもらうことになるだろう」
「? 何でですか? 確かマスター適正者たちを数名戻すということになっていたじゃないですか?」
「クリプターだよ」
「!」
「カルデアにおいて本来中心的な役割を果たすはずだったAチームのメンバーがああいったことを企てていたということが明らかになった以上、彼らに共鳴する可能性のある人間がいるかもしれないということで君を除く40人のマスター適正者たちは厳しい事情聴取と再教育プログラム送りになるそうだ。こちらが止めても連中は聞く耳を持たなかった。そういう訳で君にはまだ当分の間カルデア唯一のマスターでいてもらうことになる。申し訳ないことだがね」
ゴルドルフはすまなそうな顔をしながらそう言った。
「わかりました。それでいい知らせの方は?」
「ああそれは―――」
ゴルドルフがそれを言おうとした時だった。突然警報音が響いた。
「な、何?」
立花がそう言うと部屋の扉が開いた。
「先輩! あっ、所長もいらしたんですか」
「何があったんだね?」
「どうやらカルデアスが異常を検知したみたいで・・・すぐに管制室へ」
「わかった!」
立香とマシュ、ゴルドルフは中央管制室へと急いだ。
三人がつくと職員たちが慌ただしく動いていた。
「シオンさん!」
立香は険しい顔をして画面を見つめるシオン・エルトナム・ソカリスへ声をかけた。
「立香、マシュ、それに所長!」
「いったい何があったんだね?」
「どうやら、新しい異聞帯が検出されたようなんです」
「異聞帯が検出って、まさか・・・また・・・」
「いいえ、クリプター的な存在は確認されていません。ただまだ育ってはいませんが空想樹らしきものを検出しました、恐らくは残滓かと・・・、いわば変種異聞帯というところでしょうか」
「変種・・・」
「このまま放置すれば異聞帯として完成してしまいます。そうなってからでは・・・もう・・・」
「つまり今までのように潜入して異聞帯を滅ぼせと・・・」
「そういうことになるわね」
「場所は何処なんだね?」
「はい、場所は中国です。特に強い反応を示しているのは中国の中部、現在の西安、旧名で言えば長安の辺りです」
「時代は?」
「ええっと、紀元前194年です。汎人類史においてはその一年前に前漢の初代皇帝劉邦が死去し恵帝の治世となっている時代です」
「なるほど、わかった。カルデアの所長として命じる藤丸立香、マシュ・キリエライト、私たちはボーダーで中国変種異聞帯へと向かう至急準備をし給え」
「「はい!」」
こうして再び、異聞帯への旅が始まった。しかしこれはしばしの別れの前の4篇の断章の始まりに過ぎなかったのだ。
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第一節 長安にて
今回と次回で大体のサーヴァントが登場すると思います。
カルデア側のサーヴァントは自分の趣味が入ってます。
シャドウボーダーから降り立った立香たちは周囲を見回した。
「ここが目的地ですか?」
その問いに答えたのはカルデアのスタッフであるシルビアだった。
「ええ、間違いないわ。そこは紀元前194年の長安。正確にはその外れだけどね。汎人類史的に言えば洛陽と並ぶ中国最大の国際都市となる場所で日本の京都も長安の都市計画に倣って構築されたと言われているわ。まあ、この時代はできたばかりで発展途上といった感じだけどね」
「そうなんですか・・・」
「あんまり大都市になる感じがしないよね」
立香とマシュがそんなやり取りをしていると後ろから声がした。
「ちょっと、いつまでもそこに突っ立っててもらっても迷惑なんだけど。どいてもらえる?」
「す、すみません。虞美人さん・・・」
シャドウボーダーから降り立った虞美人は辺りを見回して嫌な笑みをこぼした。
「フン、項羽様を裏切った男が建てた街だというからどれほどのものかと思ったらやっぱり庶民ね。みすぼらしいったらありゃしない」
そう言いながら劉邦への悪口をつらつらと口にする虞美人を尻目にマシュは立香にこっそりと声をかける。
「先輩。なんでわざわざ虞美人さんを連れて来られたんですか?」
「うーん。まあガイド役みたいな感じかなぁ。時代的には大体似たようなものだし」
「よく、自分たちを死に追いやった人の国に行くことを了承しましたね」
「ああそれは・・・」
そう言い淀んだ立香はカルデアでの彼女とのやり取りを思い出していた
「はぁ! なんで私があの忌々しい劉邦の国になんていかなきゃならないのよ! お断りよ、お断り!」
「でも、先輩はあの時代の方なので詳しいかなぁって」
「そりゃあ、あんたよりは詳しいわよ。だからなおさらよ、そんなガイドみたいなことできるはずないじゃない!」
「そうですか。まあ先輩が嫌ならばいいですよ。こちらとしてはもう一人の方に声をかけてみますから」
「えっ!?」
「その方、以前から自分の死んだあとどんな国になったのかを非常に気にしていましたし、結構あっさり了承してくれそうですから。すみませんね、嫌なこと頼んじゃって」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あんたが頼もうとしている相手ってまさか・・・」
「はい、項羽さんですよ」
「じょ、冗談じゃないわ! 項羽様を劉邦の国になんて行かせられるわけないじゃない! そんなことなら私が行くわ! その代り項羽様を連れて行くのはナシだからね!」
「いいんですか?」
「そんなことが・・・」
「予想以上に怒っちゃって、それでまあこういう場所なら項羽さんよりあの人の方が目立ちにくいしいいかなって」
立香はそう笑いながら言った。
「先輩、もしかして虞美人さんを誘い出すために項羽さんをダシに使ったんじゃ・・・」
ジト目で見つめるマシュに立香は引きつった笑みを見せながら
「まぁ、そうともいうかなぁ」
とお茶を濁した。
「ミセス虞美人、もう少し静かにしていただけないでしょうか。一応敵陣ですし・・・」
そう言って白銀の騎士が虞美人を窘めた。
「あんたに言われなくたって分かってるわよ、ベディヴィエール。ちょっと言いたくなっただけよ」
ベディヴィエールは肩をすくめて困ったような顔をした。
「ベディの言う通りよ虞美人! でも、不思議ね、私がいた時と同じように感じる・・・」
「えっ、三蔵ちゃんがいた時代とは何百年も違うのに?」
「うん、でも気のせいね。やっぱり地味かも」
「そうですね。キャメロットも最初はこのような物でした。何事も始まりとはそういうものなのかもしれませんね」
そんなやり取りをしていると、シャドウボーダー経由でカルデアから通信が入った。
『君たち、感傷に浸るのもいいが、あくまで君たちの目的は異聞帯の除去であることを忘れちゃ駄目だよぉ』
「もちろんわかってますよモリアーティ教授」
『マスター、いささか奇妙なことを感じるのだがいいかな?』
「うん、何?」
『こちらの手元には汎人類史における同時代の長安の地図があるんだ。それによるとその時代の長安は非常にいびつな形をしている。しかし、観測結果によるとそちらの長安の中心部は非常に整然とした街並みになっている。これはのちの隋代・唐代の街並みだ。ちょうどそちらのミス三蔵の時代くらいのね』
そのモリアーティの言葉をゴルドルフが遮った。
「つまり、時代的にあわないということだね」
『まあそういうことだね。もちろん異聞帯という特殊な状況だということは理解しているが少し気になってね』
「やはり時間的な物がねじれているということでしょうか?」
「わからない。まだ来たばかりで情報不足だし、色々調べていくしかないと思う」
マシュと立香が話しているとシャドウボーダー内からゴルドルフが声をかけた。
「そろそろ安定した霊脈のある場所をみつけねばならん、一度戻ってくれ」
その声かけに応じて外に出ていたメンバーは再びシャドウボーダーへと戻りはじめた。
その時、玄奘三蔵は不意に後ろを振り返ったのに立香は気がついた。
「どうかしたの三蔵ちゃん?」
「いや、誰かに見られている気がして・・・」
「誰もいる感じはないけど・・・」
「うん・・・。だから多分気のせいだと思う・・・ごめんね変なこと言っちゃって。さあ早く戻ろう!」
しかしながらこの玄奘三蔵の感じた違和感は決して勘違いではなかった。確かにそこに、いたのだ。
シャドウボーダー内のメンバーはカルデアと交信をしながら今までの状況確認とこれからのことを話し合っていた。
「こちら側のメンバーはマスターの立香、それにマシュとサーヴァントの虞美人とべディヴィエール、それに玄奘三蔵、そしてゴルドルフ所長にシルビアさん、そして私ことシオンにキャプテンよ」
『カルデアの方は私と数名のスタッフ、それに何名か私の方がチョイスした頼りになるサーヴァント、全力でサポートさせてもらうよ』
「何名かのサーヴァントって?」
『まあそれは見てのお楽しみってところだ、皆それなりに気まぐれなもんでね・・・。少なくとも君たちの足を引っ張るようなメンバーじゃないからそこは心配しないでくれたまえ』
「ふん、あのモリアーティのいうことだ。半分怪しいがな」
『おやおや、ミスターゴルドルフ。もう少し信用してもらってもいいんじゃないかね? 一応私もカルデアの臨時顧問だよ。所長である君やマスターを窮地に追いやるようなことはしないさ』
「信じてますよ教授。バックアップお願いします」
『マスターにそう言ってもらえるとこちらもありがたいよ』
そんなやり取りをしているとシャドウボーダーはゆっくりと止まった。
「どうやら良い霊脈をみつけたようね」
「そういうことなら少し外に出てもいいかね? さっきあんまり外に出れなくてね」
そう言ってゴルドルフはゆっくりと外へ出ようとしたときだった。
通信機越しからモリアーティの柄にもない焦った声が聞こえた。
『よせ所長! 危ない!』
ゴルドルフは何を言われているのかわからなかった。しかし、その直後風を切る音と何かが耳の側を横切る感覚を受けた。不意に横を見るとそこには大ぶりな金属が刺さっていた。
「ひぃ!」
「こ、これは・・・」
「縄とかを固定するときに使う奴に似てる。でももっと大きい、武器みたい」
「三蔵、そんな分析はどうでもいい! 誰だ,いったい誰が投げた!」
ゴルドルフのそんなことを嘆いているとシオンが焦りながら声を上げた。
「近くに魔力反応多数、エネミーよ!」
『どうやら、さっそくお出ましのようだね。マスターどうするんだい?』
「決まってるでしょ! 所長良いですよね?」
「あ、ああ。もちろんだ、こんな所で殺されたらかなわん」
「マシュ、みんな、戦闘準備」
「はい、先輩!」
「仕方ないわね」
「お任せを!」
「任せて!」
シャドウボーダーの周りを取り囲んでいたのは黒い頭巾をかぶった人間のような存在だった。しかも着ている服は和服に見えた。それをみた立香はそんな事をしている場合ではないのはわかっていたが思わず口走ってしまった。
「忍者?」
その言葉にシオンが同意する。
「ええ、以前ある資料で見た日本の忍者によく似ているわね」
「なんで紀元前の中国に日本の忍者がいるんだ!」
「それは私にも・・・」
シオンとゴルドルフのやり取りを尻目に立香は戦闘に集中していた。
敵の数はそれほどでもないようだが。暗闇だ黒い服のせいもあって相手が見づらい。よく目を凝らしながら指示を与えていた。
それから十分くらいが経過して、 数は少しずつだが減り始めたがまだまだ多かった。
「先輩、まったく数が減りません!」
「ちょっと後輩、どうするのよこのままじゃ埒が明かないわ!」
四騎のサーヴァントだけではあまりにも数が多かった。考えあぐねていた立香だったがそんなとき不意に声が聞こえた。
「お困りのようですね? よろしければお力になりますよ。というか助けます!」
「えっ?」
そこに立っていたのは少女だった目は大きくスラっとしたところが印象的だった。髪は白銀で月光に照らされて一層輝いていた。
「汝、貴婦人のとなる相ありて『月下氷人《ユーシャンビンレン》』」
少女がそう唱えると周りの敵が倒れていった。
全員が呆気にとられていると、シオンからの通信が入った。
「立香。そこに誰かいる?」
「ええ、いますよ。女の子が一人」
「彼女から強い魔力反応を感じるわ。彼女はサーヴァントよ」
「えっ?」
立香が彼女の方を見ると彼女が微笑んだ
「そうか、貴女たちが彼が言っていた遥か彼方から来る助けなのですね?」
「はい?」
そのやり取りに割って入ったのはカルデアにいるモリアーティ教授だった。
『お取込み中だったかな? どうやら、現地のサーヴァントと出会えたようだね?』
「教授!」
「あら不思議な術を使うのね? 姿は見えないけど声は聞こえるわ」
「モリアーティ教授、どうしたんですか? いきなり」
『ああ済まないね。こちらもサポートのサーヴァントが来たから報告をと思ったらそういうことになっていたものでね・・・』
「サポート?」
『そのような呆けた返事をする出ない。汝はいずれ朕と覇を争う者なるぞ』
「っ始皇帝!」
『驚いたかね、君がミセス虞美人を選んだようにこちらもなるべく近い時代のサーヴァントをとおもってねそれで彼にしたんだ。断られるかと思ったが案外前向きな返事をもらってね』
『朕は単に後の世がどうなったかを知りたかったからな。それでこの者の提案に乗ったまでのことだ』
「そうだったんですね・・・。先輩とモリアーティ教授、似たようなこと考えていたんですね」
「マシュ、なんか言い方に棘がない?」
『まあそれはそうと、そちらの娘』
「私のことかしら?」
『そうじゃ。其方からは呂不韋と同じ波長を感じる。もしや呂の一族の者か?』
そう言うと、彼女は驚いたような表情を浮かべた。
「ええ、まさしくその通りです。私の真名は『呂雉』、そちらの方の言う通り呂氏の者です」
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第二節 呉越同舟、或いは魑魅魍魎
「呂雉って?」
小首をかしげる立香にマシュがこっそり耳打ちをする。
「呂雉は前漢の初代皇帝である劉邦の正室です。若い頃はただの遊び人だった劉邦を支え、皇帝へと導いた女傑ですが、晩年は嫉妬心から劉邦の愛人を残虐な手法で殺害し権力をほしいままにしたと言われ、妲己や武則天さんや西太后と並んで中国四大悪女とも呼ばれる人物です」
「四大悪女・・・」
そう呟きながら、立香はカルデアにいるあの幼女の姿を思い出していた。
「とてもそうは見えないけど・・・」
「はい、私もイメージしていた姿とは違います。それに・・・」
『ミス・マシュ、どうやら気がついたようだね』
「きょ、教授! いきなり話しかけないでください。びっくりするじゃないですか」
『いやはや、びっくりさせたようなら済まないね。ただ彼女が呂雉だとしたら非常に奇妙な矛盾があることになるんだ。 その時代はもう劉邦こと高祖はもう亡くなっているんだ。つまり現在その国を支配しているのは他ならぬ呂雉とその周囲にいる家臣たちのはずだ。』
「生きている人間がサーヴァントとなることはない・・・」
「そうです・・・。マーリンさんのように自分が生まれていない時代であれば死んでいないと仮定出来てサーヴァントにもなれるのかもしれませんが、しっかりと生きている時代に完全なるサーヴァントとして存在することは・・・」
マシュがそう言い淀むと、側にいた虞美人が一気に呂雉を攻め立てた。
「そうよ! 生きている人間はずの人間がサーヴァントになるなんてありえないわ! アンタはいったい誰なの? 正体を隠しているのなら今のうちにはっきり言いなさいよ!」
「そうは言われましてもね・・・。私も気づいたらこの時代にいたというだけなのです・・・。自分が呂雉であるということとかはわかるのですが、自分がこの姿でいたのです」
「つまり記憶がないということでしょうか?」
「まあそんなところですね。実を言うと私自身死んでしまったという記憶すらも曖昧なんですよ」
「うーん、それってどういうことだろう?」
「ちなみに何ですが、ミセス呂雉、貴女が明確に覚えている最後の記憶はどんなものなのですか?」
ベディヴィエールがそう尋ねると呂雉は少し考え込んでから答えた。
「そうですね・・・はっきりと覚えているのは、楚から解放され、あの方の元へと戻った時ですね」
「楚から解放って?」
そう小首を傾げる立香にマシュがこっそりと耳打ちする。
「呂雉さんは少しの間、項羽さんが率いる楚に人質として捕らえられていたんです。それを韓信さんたちによって解放されたはずです」
「韓信ってあの?」
立香はそう言いながらシンで出会ったあの小太りな男を思い浮かべていた。
「あら、貴女たちは韓信を知っているのかしら?」
「ええ、まあ以前ちょっとだけ会ったことが・・・」
「彼には本当に世話になったわ。感謝してもしきれないくらいよ」
その言葉にマシュは意外そうな顔をした。 その様子に気づいた立香はマシュにこっそりと尋ねた。
「どうしたのマシュ?」
「いえ・・・。私が知っている限りでは韓信さんは最後には反乱を企て暗殺されたとされています。それもそのやり方は呂雉さんとその子を監禁して政権を奪うという方法で・・・」
「そのことを彼女は知らないってこと・・・」
「そう・・・なりますね・・・。記憶を失っているのかそれとも知らないのかはわからないですけど・・・」
二人がそんなことを話していると呂雉が声をかけてきた。
「あら? 二人とも何を話しているの?」
「い、いえ別に何でもないです」
「そう、あなた達、これからどうするつもり?」
「それは・・・。今はまだはっきりとは。ここがどういう状況になっているのかも全くわからないし・・・」
「だったら私のもとへ来てくれませんか?」
「えっ!?」
「韓信と通じたことのあるあなた方ならなんとなくだけど信頼できそう。私の場所に案内するわよ。もちろんそっちがよければだけど・・・」
その提案に立香たちは少し間を置いて、この場における最高指揮官であるゴルドルフの判断を仰いだ。
「ということだけど所長どうします?」
その質問にゴルドルフは面倒臭そうに答えた。
「今のところほかに選択肢もないだろう。彼女を信用するしかない・・・」
「ですよね・・・。じゃあ呂雉さんお願いします」
「わかったわ。じゃあ行きましょうか」
そう言って呂雉が少し歩き出したのを見て立香の方を思いっきり掴んだ手があった。
「ちょっと後輩! まじであんたあいつを信用する気?」
「今は信じるしかないですよ。それに嘘をついている感じには見えませんでしたし・・・」
「そうは言っても自分が誰であるかわかるのに生きていた時の記憶がないって・・・怪しすぎるじゃない」
そのやりとりに口を挟んだのは玄奘三蔵だった。
「うーん。確かにあんまり信じられる話じゃないわね。でも私の直感がいっているのわ。彼女がとても今回の件ではとても重要であるってね。だから私としては彼女を信じることに賛成よ」
「あっそう。ベディヴィエールアンタはどうなの?」
「私はマスターに従うだけですよ。個人的にも彼女は信じるに足る方だと感じましたしね」
「わかったわよ! じゃああいつについていきましょう。劉邦の女なんかと手を組むのはなんかムカつくけど・・・」
「話は決まったようね・・・。それなら私からあなたたちにお願いがあるの」
「お願い?」
「それってどういうものですか?」
「難しいけど簡単よ――― もう一人の私を倒すのに手を貸して!」
未央宮の玉座にて彼女は自身のサーヴァントたちからの報告を受けていた。
「それでだ。市井の者たちの監視は行き届いておるか?」
その声に答えたのは、影の一人である忍者だった。
「はい、呂后様。手勢を持って市井の監視は行き届いております。ただ・・・」
「ただ、どうした?」
「実は配下の者から気になる報告が入っております」
「気になることとは? 申してみよ」
「はい。実は、先ほど長安の外れにて奇妙な一行を目撃したとの情報が・・・」
「奇妙な一行? 詳細は分からぬのか?」
「今のところは奇妙なということしか・・・」
「そうか・・・。貴様の手勢をもってそいつらの情報を集めろ、もし我に逆らうものであるならば一刻も早く排除せねばな」
「承知しました」
「期待しておるぞ、風魔小太郎」
「はっ!」
そう言うと小太郎は消えていった。
小太郎が消えるのを見計らって彼女は残っている影に尋ねた。
「して、例の者はみつかったか?」
影の一つが答える。
「残念ながら・・・。向こう側にも優秀な参謀がついているようで・・・」
「そうか・・・。それなら仕方ない。しかし我にはもう時間がない。可能な限り急げ」
「はい! 承知しました」
そう言うと、影の一人、夏侯嬰はその場から立ち去って行った。
そして残った四つの影に向かって彼女は笑みを浮かべながらねぎらいの言葉をかけた。
「其方たちには非常に世話になっている。夏侯嬰は不要だと言っているが我と所縁のなかった其方たちは違うであろう? 今なら何なりと申してみよ。望むものならやることはできるぞ」
その言葉に青年の影は恭しく頭を下げながら首を振った。
「そのお心遣いは感謝いたします。しかし、わたくしめには身に余るお言葉でございます。そのお気持ちだけで十分でございます」
「ふむ、そうか、ランサーよ、其方はいつも謙虚よなぁ。じゃあ其方はどうだ。遠慮せずとも良い、むしろ全員同じ答えでは我もつまらない」
そう問われた白衣を羽織った女はそれに無表情で答えた。
「では、これまで通り私の成すことに干渉しないことを求めます。」
「わかった。我は寛容だ。其方の要望に応えよう。キャスター・マリーよ、今後も其方の言う研究に関して我は一切の干渉をしない、約束しよう」
「ありがとうございます。」
「して、他はどうだ?アサシンよ。其方たちは何を欲するか?」
「何、俺たちはアンタにアレを今までよりも高い報酬で引き取って欲しいことと旨い酒をもらえたらそれで満足ですよ」
それを聞くと隣りのキャスターが冷たく口を挟んだ。
「ふん、あんなことでまだ報酬を多く貰うのね。さすが人殺し」
「あん、お前さんらのいう科学の発展のために色々やってきたんだ。ある意味同類だよ俺達はよ」
「まあ僕たちも、なんで英霊なんかとして召喚されたのか分かんないですけどねぇ。僕もこいつもただの人殺しってのには同意だけど貴女だって似たようなもんだと思うんですけどね」
「フン、アンタ達と同類なんて虫唾が走るわ」
一触即発の空気になりかけたところでランサーがそれを制した。
「止めろ!お前ら陛下の前だぞ、そういうことは自重しろ!」
「良い良いランサー。意見を交えることはとても重要なことだ。判ったアサシン其方達の要求通り報酬は今の倍としよう。それから秘蔵の古酒を好きなだけ持って行って良いぞ」
「おお、ありがたいな。じゃあ俺たちも街へと戻るか。」
「そうだな。また酒場に行くとするか。どこでも標的を見つけるにはあの場所が一番だもんな」
そういって二人はその場から消えた。
それを見送ると玉座の女はキャスターへと視線を移した。
「キャスターよ。其方の不満は理解している。しかし其方の研究、そして我の願いのためにはあのアサシンたちの力が必要不可欠なのだ。そのことを組んでくれ」
「分かりました・・・。では研究の続きに移るので私はこれで・・・」
そう言うとキャスターは白衣を翻して去って行った。
「陛下・・・。一つお尋ねしたいことがあります」
「何だランサー?」
「貴女の願いとはいったい何なのですか? 無知な私にどうかお教えください」
「時が来たら、分かる。それでは不満か?」
「い、いえ。承知しました。では私はこれで・・・」
そう言うとランサーは立ち去って行った。
一人残された玉座の女は何もない虚空を仰ぎながら一人、笑みを浮かべていた。
「ああ、もうすぐだ・・・。もうすぐ、お前と・・・」
立香達は呂雉と共に夜道を歩いていた。シャドウボーダーにゴルドルフたちは残り呂雉の隠れ家へと向かうことになったのは立香とマシュ、べディヴィエールと玄奘三蔵、そして虞美人だった。少しの時が流れ、前を歩いていた呂雉が尋ねた。
「そう言えば、私。貴方たちの名前を聞いていなかったわね。なんて名前なの?」
その言葉にマシュが口を開いた。
「すみません。呂雉さんの方ばかりに説明させてしまって・・・。こちらはカルデアのマスターの」
「藤丸立香です、こっちは彼女はマシュ=キリエライト。私の後輩です」
立香はそう説明すると、呂雉はそれぞれの名前を復唱した。
「私は、ベディヴィエール。マスター立香のサーヴァントです」
「それで、私は玄奘三蔵。同じくサーヴァントよ、一応未来のこの国の偉大な僧侶なんだから!」
「ベディヴィエールに玄奘三蔵・・・。なるほど、覚えたわ。じゃあそっちの彼女は誰なのかしら? 」
呂雉は虞美人の方へ顔を向けた。虞美人は眉をひそめながら口を開いた。
「言いたくないわ」
「あらどうして?」
「簡単な理由よ。真名を明かすことは自分の弱点を晒すこと。そんなことまだ会って間もない奴に明かす事なんてできないわ。他のはどうか知らないけど、私はアンタのこと完全に信頼した訳じゃないしね」
その言葉にその場の空気はなんとも言えないものになった。立香が取りなそうとしたが、それよりも先に呂雉が笑みを浮かべながら切り返した。
「立香さん。気にしませんよ、急に現れて信用しろなんてそもそも無茶な話ですから」
「物分かりがいいわね」
「褒め言葉と受け取っておくわ。じゃあ質問だけどいいかしら?」
「何よ。答えられることは限られているわよ」
少し刺々しいやりとりを他のメンバーはハラハラとしながら見ていた。そんなことを構わず呂雉は尋ねた。
「貴女のことをなんと呼べばいいかしら? 真名を明かさないのならどう呼べばいいか困ってしまうわ」
「そうね。じゃあ・・・カルデアのアサシンとでも名乗っておくわ」
そういうと、呂雉は口元に笑みを浮かべながら手を差し出してきた。
「なるほど、じゃあ今のところはそれでいいわ。よろしくね、カルデアのアサシンさん」
それに応えるように虞美人も笑みを浮かべながらその手を握った。
「ええ、こちらこそよろしく」
他のメンバーが不安げに見守る中、二人はぎこちない握手を交わした。
(上手くいくのかなぁ。この二人)
立香はいつになく弱気になっていた。
オリジナルサーヴァントプロフィール1
呂雉 CV:ゆきのさつき
クラス アサシン
性別 女性
身長・体重 165cm・50㎏
属性 秩序
ステータス 筋力D 耐久B 敏捷C 魔力C 幸運A 宝具B
宝具
『汝、貴婦人のとなる相ありて月下氷人(ユーシャンビンレン)』
ランク:B 種別:対人宝具
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