星空を翔ける乙女たち アリス・ギア・アイギス another story (きさらぎむつみ)
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プロローグ
それは二人の、ある日の日常


プロローグ

 

   * * *

 

 シャード外壁近傍を二つの輝きが飛んでいた。よく見ればそれは、二人の少女がその身に纏う武装の、各所にある推進噴射の光だと分かる。

 

「ひとまず……今日の分は終わったねー」

 

 黒髪のポニーテールをなびかせながら、少女の一人が呟くように言う。

 その顔には、何かのスポーツで一試合終えた後のような、疲労感と爽快感のない交ぜになったような笑顔があった。

 

「まぁ……なんとか、本当……どうにか、ね」

 

 一方、もう片方の少女はというと、どちらかといえば疲労感の方がやや強い印象の顔付きで、返す言葉にもあまり余裕は感じられない。

 

 先ほどまで手持ちしていたデュアルショットギア『ボートゥール』をドレスギアの懸架フックに掛け、空いた手で結っていた栗色髪のサイドテールを解いていたのだが、その手際には億劫さこそあれ、はつらつとした雰囲気は微塵もなかった。

 

「まあ、確かに? 美弥がルイカの群れに囲まれて慌ててた時には私も焦ったけどさ? ちゃんと処理出来てたじゃない」

 

「だけど……あの状況は囲まれるように動いた時点で失敗で、本当ならどっちかの群れから順番に相手してかなきゃいけなかったんじゃないかなってーー」

 

「現場に本当も、完全な正解もない! って、美弥のママさんなら言うと思うけど?」

 

 自分の言葉があまり慰めにならなかったと感じた黒髪の少女は、そのままではどこまでも底無しに落ち込んでいきそうな様子の栗色髪の少女に向け、強い口調で発破をかける。

 そして、その言葉が栗色髪の少女が尊敬し、そして愛する実母が言うであろう台詞である示唆も忘れない。

 

「まぁ、さ。それらも含めて帰ったら反省会だよね。もっとも、その前に早く……シャワー浴びたぁい!」

 

 場に漂う雰囲気の切り替えを、黒髪の少女はその一言に託す。その気持ちを込めて、いつもよりも若干大げさ気味にして。

 

「……だね。私も早くお風呂入りたいな」

 

(良かった、ちょっとは違う方へ気が向いたかな?)

 

 黒髪の少女は栗色髪の少女の言葉に内心ほっとしつつ、しかし逆に今度は自分の思考の方向が、先ほどまでの戦闘の内容に向かっていくのを止められずにいた。

 

(あの時、美弥に向かっていたルイカ……特異型が交ざっていたような……?)

 

 当該ヴァイス、ルイカの一群が出現時(ワープアウト)から撃破されるまでの間、自分も相対していたヴァイスからの攻撃に晒されていた彼女は、

 

(あ、美弥囲まれてるな、……援護に行けそうなら行きたいんだけど……あいつ、やけにまとわりついてるな……)

 

 などと考えながらタイミングを見計らっていたのだが、どうにかこうにか相方が対処しているのをチラチラ見ていたので、心配まではしていなかったからだ。

 しかし、後から考えると疑念が生まれる。

 

(AEGiS(イージス)からもらった出現予測情報と合ってたっけ?)

 

 出撃前に確認可能な『宙域情報』は、対ヴァイス専門行政機関『AEGiS』から発行される、十分な調査と監視・観測に基づく精査の重ねられた確かな代物である。

 自分だって出撃前に再三確認したわけだが、特記事項や注意情報などの項目はなかった……なかったよね?

 

(んー……まぁ、たまには特異型くらいすり抜けても来るか……これが大型とかならサイズ違いも甚だしい!ってなるけど)

 

 昨日今日に実戦デビューしたわけでもない、それなりに経験を積んだ自負もあった黒髪の少女は、それ以上は深く考えることをやめておいた。

 それは、余計な“囚われ”もまた、現場では危険な状況であることを教わっていたからだ。

 

 少女たちの視界に、シャード地下第1層へと通じる連絡通路の外壁側出入口ーーつまりは出撃時と帰還時に用いるゲートーーを照らす灯りが届く。

 

「とりあえず、これで今日はお仕事しゅうりょーっと!」

 

「お疲れさま、真砂ちゃん!」

 

 二人の少女が立て続けに、その連絡通用口を入っていく。

 二人の接近を感知して開いていたゲートは、彼女らの帰還をその個人コードで確認すると、今度はゆっくりと閉じてゆく。

 

 話す者の去った宇宙(そら)は、とても静かになった。

 

 

 




当初、一話の前書きパートでしたので、短いお話となっております。

せっかく切り分けたのなら、と本編開始に先駆けて投稿することにいたしました。

明後日より開始の本編に期待を持っていただければ幸いです。


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始動編
第一話 始まりは、なんてことなく


   * * *

 

 春風が、開け放たれた窓から教室を緩やかに駆け抜けてゆく。そんな心地好さの影響からか、室内の喧騒はどこか弛緩している印象だ。

 

 けれど、ほんのわずか、ただ一ヵ所、そうした雰囲気からは一歩離れた場所があった。私はそのすぐ隣、自分の座席に腰を下ろす。

 

 真剣な眼差しをタブレット大の端末に向けて、肩を寄せあい、二人だけの会話をしている女子中学生。

 しかしてその会話の内容は、甘い恋の囁きを交わす恋愛関係のそれでもなければ、授業内容の理解に悩む真面目な学生のそれでもない。

 

 『武装』やら『出力』などのほか、おおよそ普通の中学生が口にするものではない単語が次々と、微風に乗って私の耳に何とはなしに届いていた。

 

 ーーそして、私はそれを理解できる、してしまえる経験を持っていた。

 

 隣の席で難しい顔を並べている二人、加賀野美弥子(かがのみやこ)御劔真砂(みつるぎまさご)はアクトレスで、ーー

 

 私は、アクトレスだった者(・・・・)ーーだからだ。

 

   * * *

 

 『アクトレス』。

 それは未だに謎多き機械生命体『ヴァイス』を狩る、(そら)駆ける“舞姫”たちの称号だ。

 

 『エミッション能力』を保持し、それに反応する『エミッション・コア』から引き出された高次元エネルギーにより稼動する『アリスギア』を纏える若年層の女性たちーーアクトレスは、その力を駆使して人類をヴァイスの脅威から護り続けていた。

 

 AI ALICE(エーアイ アリス)が開発しその後様々に研究・開発をされたアリスギアによって、本来の生存圏であった地球をヴァイスにより放棄せざるを得なかった人類も、『シャード』と呼ばれる“地球環境を内部に再現した宇宙船船団”で暮らすようになってから数世紀を経た現在では、“とりあえず放っては置けない為、駆除対象とする害獣(害虫?)”程度までにその脅威を低減する事が可能となった。

 

 今では、エミッション能力のーーそも発現するか否かにもよるがーー個人差を考慮に入れた職業選択さえ、ごく一般的なこととなっていた。

 

 能力と技量に秀でたトップアクトレスは、出撃のたびにその戦闘の様子が各メディアで報道される。

 それはさながら、スポーツアスリートやアーティストのそれに近い。

 

 そこまでいかなくとも、定期的なヴァイス襲来に対する警備任務、またはアクトレスの装備であるアリスギアの設計・開発、アクトレススーツのデザインをする服飾系などと、関連する事業は今や一大産業構造を形成している。

 

 女子は中学校に上がる頃の春先に行われる、通称“エミッション測定会”で自身のエミッション能力適正を確認するのが現在の日系シャードでは一般的だ。

 

 その後、必要に応じてーーアクトレスを目指すのならばーー満13歳の誕生日以降にアクトレス免許を取得する試験を受ける。

 前もって教習所で講習を受け卒業検定まで済ませていれば、免許取得の際の技能試験を免除されるので、中学進学前から教習所に通う子も少なくない。

 

 なので、早い子では中学1年のゴールデンウィーク辺りで免許を取って希望の会社に所属するための応募をして、連休明けにはアクトレスデビュー、なんて子もいる。

 

 現に私、館林乃亜(たてばやし のあ)がそうだった。

 

 元アクトレスの母による熱心な指導の賜物か、それとも別の何かか、ともかく私は昨年の今頃、アクトレスとしてデビューした。

 4月の誕生日に13歳を迎えていた私にはそれが可能で、またそれが出来るエミッション能力も充分以上に持ち合わせていたからだ。

 

 おそらく、その後に何か特別なことがなければ、今でも私はアクトレスをしていただろう。

 

 そう、つまりはそういうことだ。

 

 1年前の私は、その3ヶ月後に巻き込まれる事件のことなどーーその事件で両親を亡くし、母方の祖父母に引き取られ、アクトレスとは無縁の普通の一学生として日々を過ごすことなどーー想像だにしていなかったのだ。

 

   * * *

 

 その日の私はどうかしていた。

 

 何故だか、すごく久々に、でもそれが誰だったかまでは思い出せない……そんなひどく曖昧な“声”が聞こえたような気がしてーー瞬間、我を失っていた。

 

 けれど、そのタイミングが最悪だったのだ。

 よりにもよって体育の授業中、しかも3X3(スリーバイスリー)形式でのバスケットボールの、コート内でのプレイ中。

 

 私は突然のパスボールに対応しきれず、それは運悪く私の側頭部を強打して、私の意識を容赦なく刈り取っていった。

 

 要するに、私は体育館で気を失い倒れ、呼ばれて駆け付けた養護教諭の判断により、保健室に運び込まれたのだ。(もちろんこれは、あとから私が聞かされた話だ)

 

 気がつけば、視界にはUの字を描くカーテンレールに切り取られた、蛍光灯の点いていない天井。

 自分の今居る場所が何処だか、鈍った思考が判断するまでに多少の時間が必要だった。

 

 窓が開いているのか、緩やかな空気の流れに乗って遠くからーーおそらくは校庭辺りからのーー部活動に勤しむ生徒の声が、耳に届いた。

 

 そして、人影とその気配も。

 

 私は、自分が身を横たえているベッドから半身を起こし、明るい側なのでおそらくは窓がある側だろうと判断した方のカーテンをゆっくり揺らした。

 レールに沿って、今まで区切られていた領域が解放される。

 

 予想通り、椅子二つ分ほど向こう側に窓ガラスがあった。

 そして、窓枠に背を預け座っている人影の主。

 

 彼女は小さなテーブルに頬杖を付きながら、もう一方の手に持った文庫本を読み耽っていた様子だったけれど、カーテンの揺れと私の視線を受けて気付き、多少の沈黙のあと、

 

「良かった、目を覚ましたのね」

 

と、語りかけてきた。

 

「はい……あの、えっ……とーー」

 

「とりあえずお名前、伺ってよろしいかしら? あと、直近で覚えている限りのことも」

 

「あ、はい。私の名前は館林乃亜、2年2組です。私は、5時限目の体育を体育館で、バスケをしていて……それでーー」

 

「…不自然な体勢のタイミングでパスされたボールを頭に受けて、そのまま倒れたのだそうよ」

 

 窓際の彼女は栞紐(スピン)を挟んだ文庫本をテーブルに置くと、その横でうっすらと丸い湯気を昇らせていたマグカップに口を付ける。

 その隣にティーポットがあるので、中身は紅茶のようだ。

 

「貴女も飲む? 養護の志筑先生は今職員会議中だから、もうしばらくは帰ってこないわ」

 

 そう告げてきた彼女は、制服のタイの色から一学年上の3年生のようだった。

 保健委員会役職の上級生だろうか。

 さしあたり、私は彼女の問いかけに「はい、いただきます」と応えておくことにした。

 

「少し前まで、貴女のクラスメートさんも居たわ。授業で一緒のチームだった人だそうよ。用事を済ませてまた戻ると言っていたわ」

 

 彼女ーーいや、先輩はそう背中を向けて語りながら、手際よく紅茶を入れる準備に取りかかっていた。

 

「まあ、その様子なら病院で精密検査を受けるほどではなさそうではあるけれどーーと、そういう素人判断は止めた方がいいか……今のは失言、忘れてね」

 

 言いながら、二つの湯気をあげるマグカップの片方を私に向けて差し出してくる先輩。

 私は一旦、ベッドの中で布団の下にしていた腰から下部分を抜き出してベッドに腰掛ける体勢に変えてから、そのマグカップを両手で恭しく受け取った。

 

「砂糖やミルクが必要なら言って。レモンは残念ながら切らしていて。ごめんなさいね」

 

「では砂糖を……スティック1本だけ」

 

 先輩の座る横のテーブルにスティック型シュガーの詰められていた瓶をみてそう言うと、先輩がそこから2本抜き取って片方を私に差し出してきた。私は特に遠慮せずにそれを受けとる。

 続けて先輩はプラ製のマドラーも私に渡してくれた。

 

 しばし、二つのマグカップとマドラーが立てる音が響き、続いてその中身に喉を潤す静かな時間が流れた。

 

「変に痛む箇所なんかは無いかしら?」

 

「えーと……無い、みたいです」

 

「そう、それは良かった。それを飲んだらもうしばらく、横になって待っているといいわ」

 

「あの、ありがとうございます。保健委員の先輩の方に、お茶まで入れていただいて」

 

 私の言葉に先輩が振り返る。

 その表情はわずかに疑問符を浮かべていたが、すぐに破顔して

 

「私は別に保健委員でも何でもないわ。むしろ、貴女以上にこの部屋に御厄介になっている、ただの一生徒よ」

 

 そう言うと、先輩は両の手で包んだマグカップを口元まで運び、とても上品そうに傾けた。先輩の喉が微かに脈動する。

 その様子を、こうしたものは見続けていて良いものではないと思い至り、私も手渡されたマグカップに意識を向けて口を付け、注がれている琥珀色の液体を再度飲み始める。

 

「さて、それでは私はお先に失礼するわ。貴女はもう少し、志筑先生かクラスメートのどなたかが来るまでは休んでいらっしゃいな」

 

 先輩はそう言って、文庫本を鞄にしまい、マグカップをステンレスの流し台で手早く洗い戸棚に戻すと、優しい笑みをこちらに向けて、

 

「では、ごきげんよう」

 

 とだけ言葉を残して保健室を立ち去ろうとする。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 その私の言葉への返しだろうか、先輩は振り向きこそしないものの、保健室の扉がゆっくりと閉まりきるまで私に見えるように、鞄を持っていない方の手を肩の高さまで上げてひらひらと振ってくれていた。

 

 そうして一人、保健室に残された私だったが、マグカップの中身が空になり流し台まで片付けに行こうかと思案し始めた頃合いで、続けて迎えた来訪者により囲まれることとなる。

 

 職員会議より戻ってきた志筑教諭。

 彼女は室内に私だけだと確認すると、安堵と苦笑のない混ぜになったような小さな嘆息を漏らしていた。

 それは考えるまでもなく、あの先輩に向けてのものだろう。

 

 続いて、側までやってきた志筑教諭が私の具合についていくつかの問いかけをしているうちに、今度は私と同学年のタイをした女子が二人、わずかに荒げた息を整えながら入室してきた。

 

 今日の体育の授業、3X3のチーム分けで一緒になったクラスメート、加賀野美弥子さんと御劔真砂さん。

 

 二人は、私が志筑教諭と別段かわりなく言葉を交わしている様子に少し安心したようだった。

 

「ごめんね、館林さん。私が下手くそなパス出したせいで」

 

 志筑教諭が書類作成に離れると、ベッド脇まで来た加賀野さんが開口一番、丁寧なお辞儀とともに謝罪を口にした。

 

「いえ、私がいけないんです。ちゃんと試合に集中していなかったから」

 

 事実その通りなのだから、一方的に謝られてもこちらが困ってしまう。

 それでも「ごめんなさい」を繰り返す加賀野さんに、「そんなことないです」を返す私。

 

「美弥、あんまり何度も謝ったって館林さんも困るって。その辺にしときなよ」

 

 私と加賀野さんの謝罪パスボールリレーが続きそうなのを察したのか、御劔さんが助け船とばかりに加賀野さんに声をかけた。

 実際、その言葉がなければ私と加賀野さんはもう幾度か互いに頭を下げていたことだろう。

 

「言い出したら、美弥からのパスコースの間に館林さんを挟んだ位置取りをした私だって悪いの! ごめんなさいね、館林さん!」

 

 勢いよく下げた頭を上げた御劔さんは、その殊勝顔をニヤリと崩して、

 

「はい、今回は3人ともダメダメでした! お間抜けでした! それで終わり! ……で、いいかな? 館林さん?」

 

 またすぐさま真剣な面持ちで尋ねてくる御劔さんだった。

 

 ずいぶんコロコロと表情を変える人なんだな、と頭の片隅で考えつつ、そしてそれが嫌に感じなかった私は何だか可笑しくなって、吹き出しそうになるのを堪えながら、

 

「はい、それで構わないです。3人ともドジしましたね。まったく申し訳ないです」

 

 私の顔に自然と浮かんだ笑みを見取ったのか、二人は心なしか安堵を深くしたようだった。

 

「あと…よければ、せっかくなので加賀野さんも御劔さんも、私を名前で、乃亜って呼んでください。それと…お二人の下の名前、よければ教えてください」

 

 我ながら、人付き合いの下手さを絵に書いたような言い回しだな、と思わずにはいられなかった。

 

 その上、嘘つきだな、とも。

 

 何故なら、私は二人のフルネームをすでに知っているのだから。

 

「そっか、そういえば2年になって同じクラスになったのに、まだ話したこと無かったよね……私は御劔真砂。それにこっちは…ほら、自分の名前くらい自分で言いなよ」

 

 真砂に肘で小突かれ、加賀野さんもハッとして佇まいを直し真面目な顔で、

 

「加賀野美弥子、です。真砂ちゃんとか、親しくしてくれる人からは美弥、だけで呼ばれてます」

 

 まるで面接会場での受け答えのような物言いに、わずかなイタズラ心が芽生えた私は、

 

「それじゃ、私も美弥ちゃんって呼ぶことにするね、美弥子さん?」

 

 と返したのだが、まさかそう来ると思っていなかったらしい美弥子さんは、

 

「えっ、え? えっ! う、うん、はい。えっと……乃亜、さん?」

 

 と、何だか意味を咀嚼して飲み込むまでにしっかり時間をかけました、というのがありありと分かる答えで返してきたのだった。

 

 二人のアクトレスと私は、こうして名前で呼び会う程度の間柄になった。

 

 頭のどこかで、「私が“元”アクトレスだったことを伝えることはきっと、ないのだろう」と、思いながら。

 

 

   続く

 




(再録)
今回の余談

先輩の読んでいた文庫本。現在(リアル社会)、栞紐のある文庫本を出している出版社(&文庫シリーズ)は限られています。
私の執筆中イメージでは(ちょっと古めなタイトルの)新潮文庫でしたが、星海社文庫でも似合うかな?とも思いました。
どんなタイトルを読んでいたか、膨らんだ妄想を感想に添えていただけたらとても嬉しいです。(そして今後の先輩のキャラ造形に反映させたりしたいです(笑))

2022/02/06 リスタート後アップデート済み


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第二話 憧れ“だった”アクトレス

   * * *

 

 志筑教諭の書きしたためた病院への案内状を渡された私は、すでに放課後となった為に一旦閉められてしまった女子更衣室の鍵を、先に借りてきてくれていた真砂さんから受け取ってーーそんなこんなを保健室に来る前にしてくれていたのだーーまずは制服へと着替えに更衣室へと向かった。

 

 ロッカーの暗証番号ーー使うたびにその人が毎回設定するタイプの物だーーを忘れていない程度には、私の頭の状態は正常らしい。

 着替えながら確認しても、全身の特にどこにも不調は見当たらなかった。

 

 とはいえ、近いタイミングで病院へは行かなければならないだろう。案内状まで出されているので、そこは仕方ない。

 

 着替えを終えて教室に戻ると、自分の席の横、そこは美弥子さんの席なのだが、そこで美弥子さんと真砂さんがいつか見たーーいや、考えたらいつもそうしているようなーー様子と同じように、二人で肩を並べて少し大きめのタブレット端末に見入っているところだった。

 

「あ、おかえりなさい」

 

 先に私の到着に気付いたのは真砂さんだった。

 

「いやー、せっかくだから乃亜ちゃんが帰るのに必要な物まとめておこうか、とか思ったんだけどさ……いつも何持って帰ってるのか、知らなかったんだよね私」

 

 たはは……と照れ笑いをしている真砂さんの横では、美弥子さんが申し訳なさそうな顔をしていた。

 とはいえ、それはそうだろう。私と彼女たちはつい先ほどまで、ろくに会話をしたことが無かったのだから。

 

「どうせだから、せめて途中まで一緒に帰れるかな、と思って。今日、私も美弥も出撃予定入れてないからさ」

 

 『出撃予定』。

 そうした単語が変に思われない程度には、二人がアクトレスであることは校内で知られていることだった。

 

「ありがとうございます。ではご一緒できるところまで、一緒に帰りましょう」

 

 何のことはない。私もこの二人と知り合えて、そして親しくなれるきっかけを得たことに、少なくない嬉しさを感じているようだった。

 

「そういえば、二人は『アクトレス』なんですよね。やっぱり、お仕事って大変ですか?」

 

 私は、更衣室のロッカーにしまっていたICカードで机のセキュリティを解除しながら問いかけた。

 

「んー、私は他のアルバイトと大した差は無いと思ってるけど、美弥はそうでもないかも。なんせ、実家の家業だから」

 

「別に私もそんな特別じゃないけどなぁ。確かに、一家で警備会社ってのは珍しいかもしれないけれど……」

 

 と、そこまで言って言葉を区切った美弥子さんは、タブレットの画面に何度か指を滑らせたあと、

 

「まぁ、大変と言えば……最近、専属契約のアクトレスさんが減っちゃって、シフト的にキツキツでは……あるかな……」

 

 話しているうちに美弥子さんの表情がだんだんと暗くなっていく。

 

 いつも二人で見ている端末に彼女たちが所属している会社のデータが一部入っているのは、普段の会話から察してはいたのだけど、今はそれを見て現実的な問題を直視している最中なのだろう。

 

 私は、そうしたことには詳しくない“ふり”を続けながら、そして机から授業用端末機や課題提出用外部メモリなどを登校用鞄にしまいながら、

 

「そうなんだ……でも、アクトレスって取材とかされたり、格好よくヴァイスを倒してるところをニュースで取り上げられたりするんでしょ?」

 

「ああ、あんなのは大手会社所属で派手に宣伝できるアイドルアクトレスとか、大型ヴァイスをポンポン退治して大活躍できるトップレベルのアクトレスだけだよー」

 

 私のーーほんの少し意地の悪いーーその問いには、真砂さんから諦め半分恨み節半分、といった感じが雰囲気として込められた言葉が返ってきた。

 

「そうだねぇー……ウチみたいな小さな警備会社は、シャード外縁部とかに定期的に出現す()るヴァイスの駆除的な? そういう小さな業務を複数受注して、何ヵ所かのエリアを掛け持ってスケジュール組んで、見回り出撃する感じ、かなぁ……」

 

 すでに放課後もしばらく経ち、教室の中に私たちしかいない気安さがそうさせたのか、美弥子さんは普段メディアで目にする印象とは程遠い現実的なアクトレス業の話をし始めた。

 

 そうなのだ。私もアクトレス“だった”から知っている。

 

 よほど大手の警備会社か、実力と人気のあるアクトレスチームでもない限り、この業界の中心となる仕事は“ヴァイス駆除”であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。

 

 しかし、これが大手になると少し……いや、ずいぶんと様相が変わる。

 

 派手にヴァイスを倒し活躍するアクトレスは、ニュースやネットなどでの公式取材映像、加えて一部無認可な媒体なども含み、その躍動感や機動美を褒め称えあげられる。

 

 それは正に『ヴァイスとの闘い』という名の“舞台”で踊るバレリーナ、アクトレスはその主役であるプリマの如くな扱いだ。

 まさに『女優(アクトレス)』とはよく言ったもの。

 

「憧れるよねー。どうせアクトレスしてるなら、一度くらいは派手な活躍してさ、『アクトレスニュース』で杏奈ちゃんにインタビューとか、されてみたいもんねー」

 

 真砂さんが夢みるような、キラキラした目付きで教室の天井辺りを見上げていた。

 もしかしたら、そこにインタビューを受けている未来の自分を空想しているのかもしれない。

 

 少しだけ、自分の胸の辺りがちくりと痛みを伝えてきた。

 真砂さんのそんな様子は、おそらくアクトレスを目指す少女の誰もが一度はすることで……でも、私にはそうした覚えが特になくて。

 

 けれど今の私は、あえてその胸の痛みから目を逸らす。そうする術を身に付けている。身に付けてしまって(・・・・)いる。

 

 不自然さを悟られないまいと、普段通りに帰り支度を済ませると、 

 

「あ、お待たせしました。帰る準備、整いました」

 

 もう手慣れてしまった自然な笑みを二人に向けた。

 

「よし、じゃあ帰ろっか。えっと……乃亜ちゃんて、どこ住み?」

 

 帰宅ルートを訊かれているのだと解釈して、使っている交通機関を答えると、

 

「ああ、それじゃ駅の近くまで一緒だね……もし良かったら、さ? ウチか、美弥ん()に寄ってかない?」

 

 体調悪くなかったらでいいんだけど、の後に聞かされた二人の家は、私が二区間だけ利用する私鉄の学校最寄り駅、そのすぐ近くだった。

 私は、少しだけの逡巡の後、そのお誘いに応じることにした。

 

 後から思えば、それは、どこか私の中にある“今の私が居ない場所にいる二人”をもっとよく知りたいと、そう思う気持ちがそうさせたのかもしれなかった。

 

   * * *

 

 駅前通りにあるという『八坂警備保証』というのが二人の所属する会社だと聞き、道すがら普段のアクトレス活動について尋ねてみた。

 

 自分だってアクトレスだったわけだが、とはいえ所属した会社は最初で最後になった一ヶ所が唯一、しかも約3ヶ月の短い間だけだったので、正直アクトレス業界に詳しいわけじゃない。

 

 しかもデビューしたての中学1年生。

 覚えること、身に付ける技術はいくらでもあり、学生兼業アクトレスの身では業界独特の様々な慣習やらまでには手が回らなかった。

 

 そして、それからすでに半年以上が経ってもいる。

 

「神奈川シャードでの、って話なら……最近は『オーヴィタル・セーフティー』さんが最大手さんかなー、とか。元は中部地方シャードの複合企業が抱えてた系列警備会社さんなんだけど、最近は関西や関東にも進出してきてて、どんどん支店を出してアクトレスの募集をかけてるの」

 

 美弥子さんから語られたその会社の名には聞き覚えがあった。私が静岡で初めて所属した会社も、その東海地方の支店事業所だったはずだ。

 

「そういや……ウチからも何人か、そっち移ってっちゃった人、いたっけね。まあ、無理矢理の引き抜き、とかじゃないから文句も言えないけどさ。お給料とか福利厚生で比べられちゃうと、『八坂(みやんち)』みたいな中小じゃ、どうしたって限界あるからね……」

 

「特に、(つつみ)さんとかはおうちの事情もあったし……。糸魚(いとい)さんも「『八坂』さんところより稼げるから」って言ってたし……」

 

 美弥子さんの語尾には明らかに力が無くなっていた。

 曲がりなりにも“創業家の娘”である彼女にとって、他社と比較された上での移籍を思い留まらせることが出来なかった無力感は、どうしたって感じてしまうのだろう。

 

「あー、あとはあれ、最近だと東京シャードの叢雲工業(ムラクモ)さんが元気だよねー。あそこのドレスギアは見た目のセンスと性能のバランスいいし」

 

 真砂さんがその雰囲気を察してか、話題の先を違う方向へと振る。

 

「えーと……名前名前、なんて言ったかな? 最近すごく成績伸ばしてる高校生の人がいてーーあー、思い出した。楓さん、吾妻楓(あがつま かえで)さんだ!」

 

「へぇ? どんな感じの人なの?」

 

 真砂さんが挙げた人物の事を美弥子さんは知らない様で、しかしどうやら話題換えの目的は果たしていたようだった。

 

「うーん、見た感じ“質実剛健”みたいな? 真面目そうな人だったよ。動画も見たけど、すごく“シンプルイズベスト!”って動きだったし……正面から正々堂々って感じのやつ!」

 

「あぁ……そういうの、憧れちゃう……すごく強そうだねぇ。私なんて、何度現場に出ても焦るとわたわたしちゃうもん……」

 

「まあまあ、私らはまだ中坊なんだから、さ。その人だってデビューの年だったら私や美弥と大差無かったって、きっと」

 

 なんだか二人の様子がいつもの調子に戻ったようだったので、私は口を挟んでみることにした。

 

「二人はまだ、アクトレスの“1年目”なんだよね?」

 

「うん、そう。私が7月生まれで美弥が5月生まれ。二人とも誕生日過ぎにすぐアクトレスになったから。そっかー、美弥は来月で『初心者マーク』外れるねー」

 

 実際に何かを貼り付ける訳ではないのだが、自動車の運転免許での扱いがそうであるのに引っ掛けて、1年目、最初の免許更新までの“アクトレス1年生”のことを「初心者マークを貼っている」と言ったりする人は意外と多かったりする。

 

「でも、私も美弥も“測定会”は小6の冬休みに一緒に受けたんだよねー。いやー、あの日は超寒かったよねえ」

 

「懐かしい感じがするよねぇ」

 

「そういや乃亜さんは、測定値ってどうだった? ……“エミッション測定会”、受けたことはあるよね?」

 

「う、うん。私は……向いてなかったよ……」

 

 とっさに、しかし、前もって(あらかじ)め用意している答えを私は返した。

 

「そっかー、まあ、こればっかりは向き不向き、数字で出ちゃうから、しょうがないよねー」

 

 もしアクトレス適正あるなら一緒にやれたらなあーって思ったのにと、とても残念そうに真砂さんは言うので、ほんの少しだけ、私は自分で吐いた嘘に自らの胸を痛める結果となった。

 

 その後、しばらく住宅街、少し賑やかな商店街を抜けてポツポツと倉庫や雑居ビルを多く見かけるような町並みに周りの景色が変わった頃、

 

「ここだよ、美弥ん所の会社」

 

 他愛ない話題で会話を繋いでいた私たちだったが、真砂さんの言葉に指し示された方に目を向ける。

 

 そこはコンクリート塀で囲まれた小規模の事業所で、パッと見は4階建てのビルと整備工場らしき大型搬入扉のある建物、少し豪華めで比較的新しそうな2階建ての近代感ある建物、などが敷地内に見受けられた。

 

 鉄扉に閉ざされていた門は、門柱を兼ねた受付出入口があり、その中の警備員らしき人と美弥子さんが一言二言やりとりをすると、鉄扉は人が通るに十分な幅だけ開かれた。

 

「ところで、真砂さんのお家はこの近くって言ってたけど、どの辺りなの?」

 

「ああ、あれ。あの、はす向かいの普通の家」

 

 そう言いながら、真砂さんは、道路を挟んだ先にたっている、ごくごく普通の一般住宅を指差す。

 

「ウチはお父さんは普通の会社員、お母さんは『八坂』で事務職のパートしてるんだ」

 

 真砂さんが美弥子さんに続いて門を越える。私は、ニコニコとしている守衛のおじさんに恐縮しながらお辞儀をして、二人の後に続いた。

 

 二人はまっすぐ、これといった特徴がないのが特徴だとでもいう風情のビル入り口に向かっていく。私はそのあとをついてゆく。

 

「お父さん、お母さん、ただいまぁ」

 

「ただいまー、です!」

 

 美弥子さんと真砂さんは、ビルに入ってすぐのカウンター越しに、仕切りの少ない部屋で忙しそうにしていた人たちに声をかけた。

 

「やぁ、おかえり、美弥子」

 

「おかえりなさい美弥子、真砂(まさ)ちゃんも。……そちらはお友達?」

 

 短く、しかし優しい声音で返事をしたのは細身に作業着の男性で、どうやら美弥子さんのお父さん。

 

 真砂さんに親しみを込めた呼び方で返したのは、美弥子さんのお母さんらしい。顔立ちから察するに、どうも美弥子さんは母親似なんだなぁ、なんてことを思わされた。

 

「うん、同じクラスの館林さん」

 

「あ、どうも、はじめまして。お邪魔します」

 

「はじめまして。慌ただしくしていてごめんなさいね」

 

「いえ、こちらこそ突然お伺いしてしまって……」

 

「ママさん、何かあったの?」

 

 真砂さんが美弥子ママさんに問いかける。どうも、何か普段と違う様子を察したらしく、その顔には真剣さが感じられた。

 

「えぇ、ちょっと急な『案件』が入ってしまったの……でも、すぐに対応でき(でられ)るアクトレスが居なくて」

 

「あれ? 今日は真下(ました)さんと大須賀(おおすが)さんが待機番でいるはずじゃーー」

 

「それが、二人とも急に来れなくなるって、お昼頃連絡があってね……休みの子もすぐには来れないって」

 

「いいよ、ママさん! 私が行くッ!」

 

 通学鞄をソファの上に放り出し、真砂さんが気勢よい声をあげた。今にも走り出しそうな勢いだった。

 

「ほら、美弥も行こう! 『今この場で槍と剣を携えているのは私達だけだッ!』だよッ!」

 

 何かの台詞(いいまわし)らしい言葉で、真砂さんは隣にいる相方、美弥子さんを鼓舞した。

 

「う……うん! そうだね! お母さん、私達で出撃するよ」

 

「よし、なら早く支度だ。着替えの暇くらいなら作れる。二人とも急ぎな」

 

 突然の低い、しかし室内に鋭く響く声がした。その声の主である、かなり年配の男性は今やって来たであろう廊下の奥へと拳に立てた親指を肩越しに向けていた。

 

「お祖父(じい)ちゃん! すぐ出れるの?」

 

着付け(フィッティング)の時間だけありゃ、どの武装(ドレス)でも構わないぞ。流石にスーツへの着替えは省けねぇ……二人とも、ささっと更衣室に行ってきな」

 

「はい!」

「うん!」

 

 二人の言葉が同期(シンクロ)する。その顔には、学校では見せたことのないような、意思と勇ましさが表れた力強さがあった。

 

「……そっちのお嬢ちゃん……今、時間はあるかい?」

 

 年配男性のその言葉が私に向けられた物だと一瞬の間ののち理解し、私はこくこくっと頷きで応じた。

 

「それじゃあ……済まねぇが、二人の準備を手伝ってくれねぇかい。なに、難しいことはさせねぇから大丈夫だ」

 

 彼の低く響く重い声の迫力もあってか、私は更に頷きで返すだけだった。

 

 その後、美弥子さんと真砂さんと共に連れ立って向かった場所ーー

 

 そこには、私の知らない“現場”が、あったーー。

 

 

   続く

 




(再録)

次回、いよいよ出撃、対ヴァイス戦です。

『八坂警備』の二人、美弥子と真砂の実力や如何に?


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第三話 出撃!八坂警備

   * * *

 

 真砂さんと美弥子さん、美弥子さんのお祖父さん、そして私。

 廊下を進む4人の足音がやけに大きく響く。

 

「二人を信頼してるから“二人だけ”で出すが、くれぐれも用心しろよ。で、こいつが“案件”様だ。よく見て、二人がやりやすいようにドレスを選んでくれ」

 

 美弥子さんのお祖父さんーーそう言えばまだ名前を知らないーーはその手に持ったタブレット端末を、見かけの年齢には似合わない指さばきで触れていく。

 

 更衣室で制服から『00式』と呼ばれる戦闘服(アクトレススーツ)に着替えてきた美弥子さんと真砂さんはといえば、普段の教室で見せる物よりも一回り小型のタブレットをそれぞれ手にしていて、その画面に映し出される情報(データ)を確認していた。

 

 二人が持っているのはAEGiSから支給されるアクトレス用小型端末だ。

 これは、アクトレス個々人それぞれの登録情報が入力されていて、言わば“アクトレス免許証”でもある。

 

 おそらく二人は、それぞれの端末にお祖父さんが持つ端末から送られた情報ーー多分それは今回の出撃に関する物ーーを見て、その内容をイメージしている最中だろう。

 

 AEGiSからの受注案件情報の中身というのは、大まかに

 

 ・ヴァイス発生の出現予測地点とその規模

 ・予測される出現ヴァイスの種類(タイプ)

 ・今作戦案件において許される撃退までの所要時間

 

などだ。

 

 それらの情報からアクトレスと彼女たちを指揮する『隊長』職に当たる人物は、そのヴァイス撃退に向けて編制(フォーメーション)や出撃するアクトレスたちが装着するギアを決めてゆく。

 

 理想を言えば、その案件ごとに相性の良いアクトレスだけのチームを組んで向かわせることが最適解なのだが、それがどんな現場でも成り立たせられるのなら、何も苦労はない。

 

 よほどの大手で専門チームをいくつもお抱えできるような業者は、それは本当によほどの会社なのだ。

 

 加えて今回は、急な案件受注であるらしい。なら、今居る人員を現場に合わせる方が合理的となる。

 

 自分の手の中の画面に集中していた真砂さんが早速、言葉を発した。

 

「お祖父様。私の武装(ドレス)、いつもの10(ヒトマル)式D型の上下じゃなく、G型の方でお願いします」

 

 真砂さんは続けて、

 

「それで美弥、あなたも今日は上はペレグリーネFFにして、下にはTYPE-G12を穿いて。で、わりかし前に前に突っ込む感じで、プリ系とかが出たら優先的に、を意識して戦ってほしいの。その分、私がちっこい連中を散らしてくから」

 

「えっと……うん、わかった!」

 

「今日は二人(デュオ)だし、予測のヴァイスがこの面子(メンツ)なら、多分それの方がいいと思う……お祖父様ーーじゃない、隊長。それでもよろしいですか?」

 

 なるほど、美弥子さんのお祖父さんは、ここ『八坂警備』の『隊長』さんなのか。

 灰色のごく普通な作業着(ツナギ)姿だったので、私は勝手に整備士をしている方なのだと勘違いしていた。

 

「出撃するのは美弥と真砂(まさ)ちゃんだ。二人がそう考えて判断したんなら、儂はそれを尊重するーーその判断が明らかな間違えだったりしねぇ限りな」

 

 口調は強く厳しさを感じるものではあったけれど、しかし孫娘とその友人に向けた顔つきには、家父長の責任を背負っている者が家族にだけ見せる際の独特な優しさも感じられたーー。

 

「父さん、僕も手伝うよ」

 

 後ろから廊下を駆けてやってきた美弥子のお父さんが私たちに追いついた。

 

「よし、弥彦は聞こえてたか? 美弥子がペレグリーネにTYPE-G12、真砂はG型上下で『舞台に上げるぞ(エントリー)』。間違うなよ、着付け(フィッティング)急げ!」

 

 お祖父さんが整備工場(メンテナンスヤード)内の隅々に響くような通りの良い声を上げると、途端に場の空気がピリリと引き締まった感じがした。

 

「弥彦は美弥子をやれ。で……お嬢ちゃんは、真砂(まさ)ちゃんの準備を手伝ってやってくれるかい?」

 

「はい。真砂さん、何からすればいい?」

 

「ありがと。まずはこれーーこのドレスハンガーを一緒に手前に引っ張り出そう」

 

 真砂さんに言われるままーーのふりをしながらーー、トップスギア『一0式G型/T』とボトムスギア『一0式G型/B』がセッティングされた、歯医者で座る椅子に様々な機材をゴテゴテ盛ったような機材『ドレスハンガー』を、真砂さんが移動用キャスターのロックを解除したのちに彼女と並んで引き出し始める。

 

 せりだしきったハンガーに電源が入り、各種スイッチが起動、ロックが解除されていき、静かな駆動音が唸り始めたその台の中央へ、真砂さんは乗り込み始める。

 ハンガーの認証登録端末に真砂さんは自分の手に持つAEGiS端末をかざす。情報が瞬間でやり取りされて、

 

『AEGiS登録アクトレス「御劔真砂」を確認しました。それでは、フィッティングを開始します。規定の位置に座り、身体を楽にしてください』

 

 女性的な合成音声のナビゲーションが始まった。

 

「乃亜ちゃん、こーゆうの見るの始めて?」

 

「あ、いえ。映像で、くらいは」

 

「そっか。いや、意外と“ギアを装着す()る”ところは知らないって人も多いらしくてさ」

 

 身近にアクトレス関係者がいなければそうかもしれない。

 

「まぁ、あとは全部ハンガーがやってくれるんだけどね。ここの、とかここの、アームで着せてくれるんだよ。昔は大変だったらしいよ。パーツずつ抱えて人の手で着せて調整しなきゃいけなかったらしいから。いやー、いい世の中になったもんだよねー」

 

『アクトレスはギアの装着が行える位置に身体を安定させてください』

 

 身振り手振りのオーバーアクションで私にハンガーの機能を説明していた真砂さんに、ハンガーから催促の案内がかかった。

 

「ほら、言われちゃってますよ。とりあえず、トップス(ギア)に袖を通しちゃってください」

 

「いけない、ごめんごめん」

 

 人ではないハンガーに謝罪し、真砂さんが背もたれに身体を預けると、彼女の両腕にギアが装着される。

 と、それに伴ってトップスギア特有の浮遊式武装ユニットが起動し、真砂さんの身体の座標軸に紐付けされた指定空間位置まで浮かび上がった。

 

「よっし。起動プロセス完了、っと」

 

『「御劔真砂」さま、気をつけて行ってらっしゃいませ』

 

 ハンガーに預けていた身体を起こした真砂さん。すでに腿から下にもボトムスギアが穿かされていた。

 

「あ、乃亜ちゃん、武器ロッカーを開けて中のやつ持ってきてくれる? まずは右の白いロッカーから、左から2番目の扉の中のやつを」

 

「えっと……ここの、これね?」

 

 やはり事務所が違えば勝手も違う。少し迷って開けたロッカーの扉を開けて、中に入っていたTRバズーカーー識別だろうか、グリップの部分が赤く塗られているーーを抱えて、

 

「はい、これで間違ってない?」

 

 駆動しているギアの能力でわずかに床から浮きながら、ドレスハンガーから離れ始めていた真砂さんに両腕で恭しくご注文のショットギアを渡す。

 

「うん、合ってるよ。ありがと」

 

 そして真砂さんは自ら、並んだ灰色のロッカー前まで進むと、扉を開けて中から大振りの剣ーー形状からTRソードだと分かる。やはりこちらもグリップ部分が赤色だーーを取り出して、こちらはボトムスギアの懸架フックに引っかけて、一旦手から離す。

 

「これで良し、と。ありがとう乃亜ちゃん」

 

「いえ、このくらいしかお役にたてなくて」

 

 省力化が進んだ設備のおかげで、私の手伝いが要るようなことはほとんどなかった。

 

「さて、美弥の方は、と」

 

「準備終わりだよ、真砂ちゃん」

 

 ちょうど、こちらも手持ちのニ丁拳銃タイプのショットギア『ボートゥール』をお父さんから手渡しされていた美弥子さんから、声がかけられた。

 

 上下のドレスギア共に『ヤシマ重工』製で揃えている真砂さんとは違い、美弥子さんの武装(いしょう)トップス(うえ)が『センテンス・インダストリー製ペレグリーネFF』、ボトムス(した)が『AEGiS兵器開発局製TYPE-G12』。

 

 赤茶けた色合いが特徴的な『一0式G型』上下の真砂さんが派手目な印象なのに対して、美弥子さんの(よそお)いは上が薄緑と水色の中間のような色、下が膝まで白くてそこから下側はソックスを穿いたような黒、という配色なので落ち着いた雰囲気がある。

 

 そして、私は彼女らが身に付けたドレスギアから二人の“属性”を察する。まず間違いなく、美弥子さんが『電撃』属性で真砂さんは『焼夷』属性、だろう。

 

 基本、自分の属性に合致したギアを、アクトレスは着たり、持ったりするからだ。

 美弥子さんのボトムスギア左腰に懸架してある近接戦武装(クロスギア)『TRランスE』も、両手に構える『ボートゥール』もその属性通り、となる。

 

 と、ここで疑問符が私の頭の中に浮かぶ。何故二人とも、すでにギアを発進させているの?

 

 普通、ギアへの乗り込み、着付け(フィッティング)までは各事業所の整備室でするが、そこからの発進はシャード外部への通路へ繋がる地下エレベーターのある施設で、だ。

 出撃区域がシャード内だとしても、発進許可区画までは輸送車で運ぶはず、なのだけど…。

 

 だが、その疑問は直後に、美弥子さんのお父上、弥彦さんの言葉と共に解決した。

 

「よし! 二人とも、気をつけて行ってくるんだぞ!」

 

 弥彦さんが壁に備え付けの機器を操作したことによって、壁の一角が左右に引戸の如く開き始めたのだ。

 それは、『エレベーターの扉』としか思えないものだった。

 

「驚いたかい、お嬢ちゃん? ウチはこいつのおかげで、良くも悪くも、ここいら一帯の他の業者より案件発注が来るんだよ。その分、AEGiSさんへは『信用』で返しちゃいるがね」

 

 私の表情に驚きを見てとったのか、いつの間にか横にいたお祖父さんからそう説明をされた。

 

 なるほど、社内に地下直通エレベーターがあるなら、即応性という点においてはずば抜けた利点で、AEGiSからの急な案件が持ち込まれるのも納得だった。

 

 私が“アクトレスだった時”の静岡シャードでは、そんな事業所は聞いたことがなかったのだ。

 さすがは神奈川シャード、はるかに都会だった。

 

「ところで、自己紹介が遅れたな、済まねぇ。『八坂警備保証』で社長と隊長やってる、弥一郎ってもんだ。今日はありがとよ」

 

「あ、いえ。館林乃亜です。はじめまして」

 

 特に手を差し出されはしなかったので、私は代わりにペコリとお辞儀した。

 

「ところで……お、いやーー館林さんはこの後、何か予定はあったりするのかい?」

 

「いえ、特には」

 

 別段、体調にもスケジュールにも問題はなかった。

 

「良ければ、でいいんだがーーあの子らの帰りを、ここで一緒に待っちゃくれねぇかい? まぁ、出来たらで構わねぇんだがーー」

 

 文末がハッキリとした物言いなのがとても“らしく”なくて、それが私への気遣いなのだと分かった私は、

 

「はい、構いません」

 

 そう答えていた。

 

 それが、未練とか、後悔とか、羨望だとかが一緒くたになった気持ちからなのだ、と気付くのはもっとずっと後なのだけど、この時その瞬間はただ“親しくなったばかりの友人が(そら)飛翔()んでいる姿を見てみたい”、ただその一心だった。

 

 だから、

 

「もし出来たら、二人が戦っているところを見せてもらえませんか?」

 

 と、自然と言葉が漏れていたのだ。

 

「そうかい、よし! 本当は関係者以外は滅多矢鱈と入れちゃいけねぇんだがーー出撃準備を手伝ってくれた客人ならもう違わねぇな。こっちだ、隊長用の指揮室は」

 

 弥一郎さんは弥彦さんに後は頼む、とだけ声をかけて、さっき入ってきたときの扉とは別の扉を開け、私が歩み始めるのを待ってくれた。

 

 若干早足ぎみになりながら、私はその扉をくぐり弥一郎さんの後を付いてゆくのだった。

 

 

   続く

 




(再録)

予想外に戦闘までの出撃準備シーンに文章量をかけてしまいました。
ここから更に戦闘シーンを丸々挿入すると、他の話の文章量と大きく差が出来てしまい…致し方なしかなぁと思い、ここで区切りました。
とはいえ若干、予告詐欺めいてしまうのも事実でして…
なので、次の第四話は自己校正などの準備が整い次第、毎週火曜のスケジュールに関係なく更新するかも知れません…が、それも今度は五話目の進み具合次第で、となるという…

という訳で、今回は短めですがお許しを。次回以降もしっかり頑張りますので。

今回の余談

私のTwitter(そちらは『きさらぎむつみ』名義)にちょっとしたオマケを付けて置くことにしました。
見られる方は探してみてください。

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第四話 モニター越しのアクトレスたち

   * * *

 

『ランデブーポイントに到着しました。これより任務を開始します』

 

 有名アナウンサーの声からサンプリングして作られた、戦闘ナビゲーションガイド音声が美弥子と真砂の耳に同時に響く。

 

「それじゃ作戦通りに。緊張しないでいつも通りにだよ、美弥」

 

「りょ、了解、真砂ちゃん」

 

 推進剤の噴射で真っ直ぐな光の軌跡を描きながら、二人のアクトレスは目的の宙域へと到達する。

 

 まだ静かな星の海。

 

 そこに突然響いて聴こえたのは、空間が無理矢理に軋まされた悲鳴のような不協和音。

 

 小型のヴァイスが宇宙空間を抉じ開けワープアウトしながらその姿を現した。

 

「反応確認、種別特定。まずはルイカとクリオス。蹴散らしちゃって、美弥」

 

 真砂のその言葉が終わる前に、既に実弥子は両手のボートゥールの連射を、差し当たって自分との距離が近かったルイカの群れに放っていた。

 その光弾はまるで標的にされたヴァイスの方が吸い込んでいるかのように全弾命中、存在力のバランスが崩れた哀れな小型ヴァイスたちは小さな爆発を起こしつつ消滅する。

 

 彼らヴァイスの存在を構成していた『結合粒子』が瞬間その場に漂うが、わずかの滞空の後に美弥子のエミッション能力に惹かれるかのように微細な流星群となって彼女に、正しくは美弥子の装備しているドレスギアの、そのエミッションコアに向かって収束するかのように飛来し吸収されていった。

 

「そのちょーし、そのちょーし。慌てず落ち着いていこー!」

 

 真砂は、ルイカを倒す美弥子に反応してそちらを向き、射撃体制を整えつつあったクリオスの群れをその背中側へ、回り込むようにしながらTRバズーカの連射で、遠慮無く命中させて倒していく。

 

 今回の出撃、大きな行動指針はとても簡単なものだった。

 

 出現したヴァイスを連射性と速射性に秀でたデュアルショットギア装備の美弥子が距離を詰めて対処する。

 その派手な動きに反応し美弥子を標的と定めて動いた他のヴァイスを真砂が側面または後方に回りこんで、接触雷管タイプの炸裂弾を発射するバズーカショットギアを構えた真砂が殲滅していく。

 

 一見、美弥子を囮に使うような作戦指針に思えるがそうではない。

 むしろ美弥子は前方に現れるヴァイスに向かいつつ速攻で撃破をしていくことに集中し、また常に動き続けることでヴァイスのターゲットロックを誘いつつしかし攻撃が届く頃にはもうそこにはいない、という状況を作り続けてゆく。

 

 対して真砂も、派手に動く美弥子のおかげでヴァイスのターゲットにされづらく動きの自由度が大きくなるため、射程には優れないが弾頭爆発の衝撃による攻撃範囲とその破壊的を活かした攻撃を、比較的楽にヴァイスに接近することが可能となって必要最小限な機動と弾数で殲滅を行うことができる。

 

「いーよいーよ……あ、美弥の1時方向にタキブリ2体出現確認。接近で気を引きつつ、でも正面に相対しないように注意ね。私は予定通り後ろに回りこむ」

 

 そう言うと真砂はボトムズギアのブーストを噴かして、一気にヴァイスの後方へ向かって大きな円弧を描きながら、バズーカの射程に捕らえられる距離まで詰めるために宙空を駆け抜ける。

 

 美弥子は接近しつつも右に左にと微妙に機動を変える。タキブリが2連装砲撃を放つ直前に発光する赤色光を、美弥子は横目にしながら回り込むようにブースト移動する。

 そのため、発射された攻撃が到達する頃に彼女はもう被弾する位置には居ない。

 

 タキブリは姿勢制御で向きを変えると共に美弥子への照準を捕らえ直してまた砲撃をする、しかし美弥子はそれをとっくに避けている。

 その繰り返しで攻撃を回避し続けつつ、自分の攻撃射程がタキブリを捕らえられる距離まで美弥子は慎重に移動を行う。

 

 美弥子が普段通りでさえいればタキブリ2体程度は上手くあしらう、いつもの信頼を彼女の挙動から確認した真砂はどちらのタキブリへもすぐに攻撃ができる位置へとギアのブーストを一気に噴射して距離を詰めにかかる。

 

 美弥子がボートゥールで連射を2体のタキブリに叩き込んだ。

 だがしかし、相手ヴァイスの装甲も高く硬く、一、二斉射程度では撃破まで至らない。

 

 そのタキブリの背後で大きな爆発が連続で起きる。後方に回り込んだ真砂の援護だ。

 さしものタキブリでも立て続けに食らえば、待っていたのは爆発霧散だった。

 

 『結合粒子』がその崩壊を促した攻撃に惹かれ、真砂の方へ幾筋もの光の飛来となって彼女のドレスギアに吸収されていく。

 

「さぁて、まだまだ来そうだね……」

 

 真砂のその言葉通り、遠間にワープアウトして現れたのはブラナイルの編隊、それも2集団。

 しかしそれは、よくある出現パターンだ。

 

「私は右側のを片付ける」

 

「それじゃ私は左の方を」

 

 それぞれに近い一群へ向けて向かう二人。

 美弥子はあれなら安心だ。そう、真砂は確信した。

 彼女は若干スロースターターな気があるのだが、一度集中してしまうと反比例するかのように長い間一つのことに集中できてしまう。

 医学的には『過集中』と言われてしまえばそうなのかもしれないが、真砂はそれを美弥子の『才能』だと考えている。

 

 二人はそれぞれに、連射で、あるいは誘爆も含めた砲火で、プラナイルの編隊を一掃する。

 

 しばしの間の後、ワープアウトで現れたのはクリオスの一群。

 

 二人はちょうど射線が十字になるようなポジションに遷移してその攻撃を繰り出していった。

 ヴァイスに攻撃の、いや、その為の照準合わせの暇すら与えないうちに。

 

   * * *

 

(すごい……)

 

 美弥子さんと真砂さんはモニター越しに見事な連携を見せてくれていた。

 

 私が今居るのは『八坂警備』のモニタールーム、出撃中のアクトレスたちを宙域監視ドローンの回線を借りて映像で確認するための部屋だ。

 

 普通『隊長職』にある人は、こういう部屋から出撃中のアクトレス達の様子を確認、必要な際には『SPスキル』と俗称される“アクトレス個人のエミッション大規模解放による結合粒子放出”に承認を行ったり、緊急の際には撤退の判断を下して宙域からの離脱を命令したりする。

 

 今、私の横には同じようにモニターを見つめる美弥子さんのお祖父様、弥一郎さんが立っていた。

 モニター前の椅子を私に譲ってくれたからだ。私はその勧めに従い、二人の出撃の様子を座って眺めていた。

 

「この調子なら、特に危険なこともあるめぇな。AEGiSからの資料じゃワーカークラスの発生予測もねぇようだし」

 

 弥一郎さんが私に聞こえるように呟く。聞こえるようには話していても、特に返事は求めていない文脈だった。

 

 私も見せていただいたAEGiSからの出撃に際するヴァイス出現予測、それは小型の編成が多数、というものだった。

 

 しかし、それらが小型だからといって放っておくわけにはいかない。

 奴ら……ヴァイスは“その出現によって空間の歪みを拡大し、より大きなヴァイスを出現させることの出来る空間の歪みを作りだす”という性質を持つからだ。

 

 ヴァイスの出現にはある一定のパターン、法則めいたものがあることはアクトレスを始めたらまず始めに習う常識だ。

 まずは小型、それも同種で編隊を組んだタイプが入れ替わり立ち替わり現れる。

 合間に『特異型』と呼ばれる変種が加わることもあるが、基本的にはこの繰り返し。

 

 それで『特異点』付近の、空間を歪曲させていたエネルギーを使いきってしまえば終わり、殲滅撃退完了。

 そういうヴァイス出現予測域が多数を占める。

 

 『特異点』とは、『ある空間内での特に際立って歪みが大きくバランスを崩したポイント』だ。

 小型ヴァイスのほとんどは、その歪みを利用して出現する。

 AEGiSはあらかじめその歪みの大きさや崩れたバランスの属性によってあらかじめ出現ヴァイスの予測を算出し、警報と共に関係各所に通達、出撃要請が発せられる。

 

 問題は、『特異点』の歪みが小型ヴァイス出現により“よりひどくバランスの傾きが強く”歪められた、または歪められる予測がされた時だ。

 

 この場合、ほぼ確実に、といっていいくらい特殊な行動と、小型と比較できない耐久力を持った『大型ヴァイス』が出現する。

 

 とはいえ、今ではほぼ、その大型ヴァイス出現予測も確定的に可能となっている。

 小型ヴァイスの出現パターンの解析が進み、『歪みをより歪める』法則が算出可能となったからだ。

 

 よほどの大規模会社、それこそ叢雲などでなければそういった案件は回ってこない。

 任せられるアクトレスたちがいるいないの話ではなく、単に案件の数が少ないのだ。

 

 失礼ながら、こちらの『八坂警備』さんの規模なら最大で回ってきても、ヴァイスワーカークラスの中型案件だろうか。

 もっとも、ヴァイスワーカーにもピンキリがあり、明確に『中型』とは分類されているわけではないのだけど。

 

 美弥子さんと真砂さん、二人の動きはなかなかに堂に入ったものだった。

 自分の装備したショットギアの射程を把握して必要なだけ接近し、撃破に必要なだけの攻撃を行った後は、次の出現を警戒し待機、現れたらすぐ対応する。

 

 それはかなりの熟練者であることを示す動きぶりだ。

 そしてこれは、こればかりはセンスがないとなかなか身に付けることが出来ない。

 そういう意味でも二人は十分アクトレスに向いていて、実際にかなりの腕を持つアクトレスのようだ。

 

 動きを見れば、魅せられれば嫌でも分かる。

 

 普通、人間は3次元的な世界で日常を暮らしているくせにその実、上下方向感覚には極端に弱い2次元的な世界を生きている生物だ。

 

 その為に宇宙空間、そこまでいかなくともごく浅い水深の水中ですら真夜中のように水上方向が明るさで判明しない状態になれば、いとも簡単に空間認識喪失を起こす。

 

 飛行機パイロットなどのような人の感覚は特殊な訓練を長時間経た上で身に付く特殊な技量であり、一般人は地に足が着いていない状態というものには長時間耐えられないつくりなのだ。

 

 だから、そこをギアはサポートする。

 エミッション能力があろうとなかろうと違わない、その『空間認識』という部分を疑似的3次元化……簡単に言えば『2次元平面+高さ』次元に補正してくれる。

 

 よほどの予想外な挙動をヴァイスが、何よりアクトレス自身が行わない限りは、3次元宇宙空間を縦横無尽に出現・行動してくるヴァイスの軌道を出来得る限りに2次元平面上の挙動に落とし込んで、私たちアクトレスたちがまるで平面上に現れた相手を対するように動けば良いように、様々な補正を感覚にかけてくれている。

 

 その為の、戦闘領域ライン表示でもあり、宙域(エリア)指定があるのだ。

 

 実際、ドレスギアのスラスターが前後左右には強烈に働き、アクトレスがさながら華やかな舞台上を軽やかに舞うかのように、動き出しや急停止、僅かなスライドやターンに至るも思うままに動けるようセッティングされているのは、そういった理由からだ。

 

 反面、頭上方向と足下方向への挙動を容易にするスラスターはドレスギアにほとんど設置されていない。

 もしそんな挙動が必要に迫られた際には、メイン以外にもサブスラスターを無理やりに稼働させたりしてどうにかするのだ。

 

 そんなことを思い出しながら。

 

 私は二人のアクトレスが輪舞曲(ロンド)を舞う様子をモニター越しに眺めるままの時間を過ごした。

 

 ……だけど、

 

 どれだけ機能的な、熟練さが画面を通してでも分かる挙動、攻撃のテクニックを見ても、いや、見せてもらっているからこそ、私の脳裏は言葉へと出来ない思考の影をよぎらせてしまう。

 

 私は気付いてしまったからだ。

 今の彼女たちが、その能力を駆使する限界値のわずか手前まで達していることに。

 もう、二人の“伸び代”はそう多くない、ということに。

 

 そして、モニタリングされる彼女たち二人のエミッション値表示やその他諸々のパラメータから、俗に言われる能力ランク『(スター)』の数にも。

 

 二人は最高ランクとされる星4(クアドラプル)どころか星3(トリプル)でもない。

 おそらく美弥子さんは星2(ダブル)で、真砂さんに至っては多分、星1(シングル)だ。

 

 そして、二人も当然それには気付いている。

 自分たちの、アクトレスとしての成長は、ほぼ頭打ちだということ、に。

 

   * * *

 

「おかえりなさい! すごく……素敵だった!」

 

 決して嘘ではないその感情を言葉にして、任務宙域から事業所へと帰還した美弥子さんと真砂さんを出迎えた時の私は、そんな思考を抱えていることを上手く隠せていただろうか。

 

 今の私が暮らす場所への帰り道は、そんな想いでいっぱいになっていた。

 

 

   続く

 



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第五話 土御門中学アクトレス会

ある程度の準備、書き溜めが整いましたので、微速ですが連載を再開いたします。

お楽しみいただければ嬉しいです。


   * * *

 

 午前中に紹介状先の病院で一通りの検診をされて異常無しの診断をされた私は、そして流石にそこまで勤勉ではない私は、今日の登校を自主的に休むことにしていた。

 

 とはいえ、それほど街での遊び方を心得ているわけでもなく、結局は帰り道に普段しているような買い物をしただけで帰宅の途に着いたのだけれど。

 

「ただいま……って、今は誰もいないか……」

 

 普段の下校時間なら祖母の声が返ってくる、そうした日常がようやく私に根付いていたことを知らず実感した。

 

 今の私が身を寄せる母方の実家、館林家。

 至って普通の、と言ってしまうと語弊が生じてしまう、けれど『お屋敷』と言うほどには大きくない、そんなサイズのごく一般的な日本家屋と、それなりに広い庭。

 それらを囲う生け垣と、木目調だが金属製のフェンス。

 

 けれど、この敷地に私の居場所はない。「用意をする」と言った、言ってくれた祖父母の提案を、私は私のわがままで断った。

 

 一緒に暮らしていたら

 

 また“あの時”のようなことが起きたら

 

 そんな考えがどうしても離れなかったから。

 

 あんな思いは二度としたくない。

 

 そんな私の意固地さは、きっと祖父母に伝わっていたのだろう。

 特に祖母は元アクトレスだ。私以上に知っていること、感じることがあるのかもしれない。

 

 とはいえ私はまだ未成年の中学生で。

 独りで何かをするには全てが中途半端で、私自身何もかもが足りなくて。

 

 そんな私のわがままと現実の二律背反を打開する折衷案を、祖父母は用意してくれた。

 祖父母の家から徒歩3分。祖父が大家をするアパートの2階角部屋。

 

 そこが今の私の居場所だ。

 

 ルールは2つだけ。

 1つ、必ず一日一回は祖父母の家に顔を見せに来ること。

 2つ、毎週土曜の夜は祖父母の家に泊まりに来ること。

 

 あと、これは番外ルールなのだけど、ちゃんとお小遣い帳……というか出納帳?家計簿?をつけるように、と祖母に言われた。

 まだ中学生で、アルバイトも出来ない私の入金は基本、祖父母からの物しかなく、突然何かで必要になれば普通に祖父母が出してくれるのだけど、

 

「だからこそ今からしておきなさい」

 

 と祖母に念を押されて容認し、突然の抜き打ちチェックでも困らないようにしておきなさい、と更に念を押された。

 

「あの子はいつまで経ってもその辺りが適当だったからねぇ……」

 

 と、この話を最初にしていた時の、祖母が漏らした呟きが何故だか忘れられない。

 

 それはそれとして、

 

 私は朝方、通院前に一緒に朝食をとった祖父母の不在を確認した後、リビングのテーブルに病院での検査結果書類が納められた封筒を置いて、更にメモを書き添えた。

 

『特に異常ありませんでした。

 

 とここまで書いて、検査結果をもらった直後に病院を出たあとで送ったメッセージと文面がまるっきり同じだったことに気が付いて書き換えようか、とも思ったけれど、少し考えてから

 

 今日は部屋で休んでいます。夕ごはんは食べに来ます。』

 

 と続けて記した。

 

   * * *

 

「あ、乃亜ちゃんからメッセージ来てた」

 

 午後の授業が終わった校内の、廊下を美弥子と連れだって歩いていた真砂が、スマホの表示に気が付く。

 

 昨日の別れ際に乃亜、美弥子、真砂の三人で作ったグループに新着の表示があり、開くとそこには

 

[病院での検査は異常ありませんでした。ご心配ありがとうございます。明日は登校します。]

 

 という文面があった。

 

「よかったぁ」

 

 真砂が見せた画面の文字を確め、美弥子が安堵の表情で呟く。

 

「ん~? 何がよかったんだい?」

 

 美弥子と真砂は、二人の後方頭上からかけられた馴染みのある声に振り返る。

 

「あ、安眞木先生、こんにちわ」

 

「『先生』はよしてくれって。君たちだけでも普通に呼んでくれないかい?」

 

「でも、学校で白衣を羽織っていたら誰だってそう呼びませんか?」

 

「それに『先生』以外でなんて呼べばいいのか、未だに決まってないかなって……」

 

「だからぁ、別に『さん』付けでいいんだって……この白衣だって、業者に間違えられないためだけに着てるんだし」

 

 口に咥えたシナモンスティックの先を上下に揺らしながら、真砂と美弥子に『先生』と呼ばれた女性、安眞木遥(あまぎ はるか)は何とも言えない困った表情を浮かべる。

 

 立ち止まった美弥子と真砂の脇を抜けて遥が歩き出すと、中学生二人もその後ろをついて進む。

 

「あ、今日はまだ部室明けてなかったんですか?」

 

「ちょっと野暮用でね。まあ今は君たち以外に来る子が居ないから、問題はないけどね」

 

「そんなだからどんどん部員が減ってしまったんじゃ?」

 

「まあそれは時代の流れってだけだろうさ。やはり、私に問題はない」

 

 問題だらけのような気がする、と真砂は頭の中だけで言葉にする。

 

 部室、部員と真砂は口にしたが正確には『部活動』ではない。あくまでも有志の集まりによる『土御門中学アクトレス会』だからだ。

 

 土御門中学校はカリキュラムの関係で、土曜日は午前中の選択授業以外がない。選んでいない場合は週5日授業、土日は休みのスケジュールだ。

 

 その選択授業の一つに『アクトレス』課程がある。内容は、大雑把に技術系と服飾デザイン系だが、土御門中学校ではまとめて履修する。

 

 以前は実技的内容の課程もあったのだが、免許取得の時期が中学入学直後に集中し始め、そのまま大なり小なりどこかの事務所に所属するアクトレスが増えた頃から「では実地経験的なことはそちらで」という流れになり、学校ではむしろ“アクトレス関連産業”を目指す進路を、と方針が変わってすでに久しい。

 

 安眞木遥は、その授業の為に招聘されて毎週土曜の講義に来校する、校外委託の顧問なのだ。だから真砂の『先生』呼びも、あながち間違えではない。

 ただ、本人が「その呼ばれ方がむず痒い」だけらしい。

 

 加えて今日は授業の日ではなく、授業選択している生徒の自主的参加に任せている勉強会、である『アクトレス会』の監督目的のため、だからか。

 

 とはいえ土御門中学校全学年で現在、美弥子と真砂も含めて十数人がアクトレス活動をしているが、この『アクトレス会』に在籍しているアクトレスは彼女ら二人だけだった。

 

 他の子達はそれぞれに普通の部活動をしていたり、所属先でのアクトレス活動を優先していたりする。

 また、免許を取っていても事業所への登録がまだだったり、家や本人の都合で活動を始めていないアクトレスもいる。

 

 美弥子と真砂も入学当初、デビュー直後には入会を考えてはいなかったのだが、それぞれの両親の進めもあり、また、事業所のシフトもそれに合わせて組んでくれることもあって、1年生の夏休み明けから入会していた。

 

 そういった成り立ちの会で、そういった会の現状もあって、たまにからかい混じりに『先生』呼びはするものの二人にしてみれば、この女性は“年の離れた姉”のような感じで接してしまう相手だった。

 

 特に真砂は、ギアデザイナーを目指す兄が持っていた本の記事で、安眞木遥がそれなりに知られた有能な技術者だと知ってからは、少なからず尊敬の念もある。

 ただし、そんなことは照れくさくて言葉や態度におくびにも出したことはないのだけれど。

 

 そんな人物の後ろについて校舎を抜けて、真砂と美弥子は通い慣れた“部室”の前へと到着する。

 二人の入学する何年も前に、諸々に別々だった倉庫を一棟に集約して新設された際、『アクトレス会』が活動場所にと申し出たことで取り壊されず残された、元書庫。

 

「まあ私も、君たちみたいに現役アクトレスだけの方が気楽でいいよ。余計な話をしやしないか、と気を張らなくて済むからね」

 

 認証ロックと物理キーの二重錠を操作しながらそんな言葉を二人に聞かせる白衣の背中に、

 

「そんな難しい話、された覚えってないんですけど?」

 

 と、少し茶化し気味に訊いた真砂だったが、

 

「そりゃあ、したことがないからね」

 

 開錠した扉を先にくぐった庫内から二人に顔を見せる遥の表情に、普段の彼女のそれより少し物憂げさを感じた真砂の胸が一つ、大きく鼓動を打った。

 

「これでも君たちの倍、生きてるからね。聞かせちゃいけない話、なんてものにも触れたりするのさ」

 

 そう話を続けた遥の顔からはすでに、真砂が感じた憂いの表情は消えていた。

 

   * * *

 

 ぺほん、と。

 

 あまりその音を出す機会がない私のスマホが、メッセージの着信を告げる音を立てた。

 

 今日は三度目だ。二度目は、病院を出てすぐに祖母にメッセージを送った直後。

 

 私は帰りがけに買った雑誌の頁を捲る手を止めて、スマホに手を伸ばす。

 

 着信していたのは、真砂さんからのメッセージだった。

 

[病院からおかえりなさい。何もなくてよかった! 明日は学校来れるの?]

 

 ぺぽん。そのメッセージを読んでいる間にまた新しく新着メッセージ。

 

[何でもなくてよかったです。昨日は本当にごめんなさい。]

 

 今度は美弥子さんからだった。

 

 祖父母に引き取られて土御門中学に通うようになってから持たされたスマホだったけど、一昨日までは専ら祖母との連絡専用ツールだった。

 

 昨日、二人と連絡先交換をして三人のグループ欄を作って……今朝、真砂さんから今日の出席を訊かれた返事をしたのが最初のやり取りだった。

 

 さて、と戸惑う。どんな文面を返したら良いのかな、と。

 

 小学生の頃からそれほど行動的でも活発的でもなく、クラスメートともそれなりにしか合わせてこなかった私は、少しばかり親しくなったーーと思うーー相手に、どういう感じに返せばいいのかがいまいち分からなかった。

 

 私が書き出しに迷っているうちにまたしても、ぺぽん。

 

 今度はスタンプだった。真砂さんが表示させたのは、デフォルメされたゲームキャラが一言しゃべっているもの。

 

 『グラスト』の“クリス”が「無理しちゃダメだよ!」と言っている物だった。

 

 あ! 同じの持ってる!

 

 私はスタンプの表示欄にある、デフォルト以外で唯一の『グラスト』スタンプシリーズから“ラブリュス”の「ありがとう…」を選んで、メッセージ欄に表示させる。

 すぐに既読が2とついた。

 

[明日は学校に行きます]

 

 真砂さんのメッセージに返信するつもりでそれだけ書いて送った。

 

 すぐに既読が付いて、

 

[今日の授業の内容、メールで送ろうか?]

 

[真砂ちゃんのノートってすごく見やすいんだよ!]

 

 とメッセージが返ってきた。

 

[ありがとうございます。明日二人のノートを見せてくれますか?]

 

 そう書いたメッセージを送る。

 一対一じゃないメッセージのやり取りが初めての私は、何だか楽しくなってくる。

 

 ぺぽん、ぺぽん。

 

 真砂さんからは「OK!」の、『グラスト』の“ラッテ”スタンプ。美弥子さんからは

 

[私のノート、見せるのはずかしいですけど…]

 

 というメッセージ。文脈的には美弥子さんにも見せてもらえる……のかな?

 

[もう学校終わりですよね。今日もアクトレスのお仕事ですか?]

 

 私が送ったメッセージからややおいて、返ってきたのは真砂さんからの、美弥子さんとのツーショット自撮り写真。

 

[まだ学校! 今日はアクトレス会って部活! また後でね!]

 

 とメッセージが添えられていた。

 制服姿の二人が並ぶ背景には、ドレスギアのメンテナンスに使う機材やハンガー、積み重ねられた書類ファイルや書架が写っていて、とても雑多な印象だ。

 

 アクトレス会? 部活?

 

 静岡シャードにいた頃でも聞いたことのない単語だ。

 こちらに転校してきた昨年度は同じクラスにアクトレスがいなかったので、そうした集まりがこの学校にあったことも初耳だった。

 

 一瞬反応に困った私だけど、ちょうどいいスタンプが『グラスト』シリーズにあったのを思い出す。

 

 私は横を向いた象のキャラクター“エレン”のスタンプをメッセージ欄に表示させた。

 

   * * *

 

 真砂と美弥子のスマホがそれぞれに震え、各々手にして覗いた画面に表示されていたのは、

 

[(なるほど……)]

 

 の一言を呟くゲームキャラのスタンプ。

 

「あれ? 通じなかった……っぽい?」

 

「そりゃあ知らんだろうよ。今どき『アクトレス会』を続けている中学は全国的にも少ない。それに、その子がアクトレスじゃないなら当然の反応だろう」

 

「今はそんなに珍しいんですか?」

 

「そうだねえ……10年前はまだそれなりで、その後に一気に減った印象がある。業界再編の影響が大きいね。その頃から、アクトレス事業に参入しやすくなって小規模事業者が増えたんだ」

 

 美弥子の言葉に、書架からファイルを選んでいた遥が応えた。

 

「アクトレス需要の増加に合わせて、君たちみたいな中学免許組のアクトレスが続々事務所に登録した。すると、特にギアを使う実地訓練をするわけでもない、ただの放課後勉強会にすぎないアクトレス会はその役目を終えた、って訳だ」

 

「それじゃ、この会って……結構特殊だったり……します?」

 

 いくつかのファイルを重ねて両手で抱えてきた遥が、美弥子たちが前にした机の上にそれを下ろす。

 

「いやいや。元々が“事務所に所属する前のアクトレスに必要な座学を教える”ってのが会の目的だったからね。皆が皆、事務所に入ってしまえば、座学も含めて必要な知識はそれぞれの所属先で、となっただけなのさ」

 

 遥はそこまで言うとガリッ、と音をさせてシナモンスティックを少し短くさせて咥えなおす。

 

「うーん……私は、私的には、知識……ていうか色んなこと知っておくの、無しじゃないと思うんですけどね……」

 

 鞄からアクトレス仕事の記録をまとめているタブレットを取り出した真砂が、彼女には珍しい言い淀みを含んだ言葉で会話に合流する。

 

「事務所入ってシフト組んでもらってアクトレスしてるからって、じゃあ遥さんから教わってることを仕事中に自然と覚えるか、身に付けてるかって言われたら……全然そんなことないなって思いますもん」

 

「うん。それ、私もそう思う」

 

「まあ、そこを見越した上で必要になりそうなことを選んで教えてるからな。二人がそう思ってくれているなら、私が君たちに必要だと判断している内容が間違いでない、と分かって嬉しい限りだよ」

 

 さて、と椅子を引き寄せた遥は机を挟んで真砂と美弥子に相対する。

 

「では……今日からは、ベルクラント社製ギアの特徴やアクトレスの使用感想例をいくつか、とそこから窺える故障予測や実例……と、そんな話から始めるとしようかね」

 

 遥の瞳に、ある種の技術者が持つ偏執さが現れたような勢いをもった炎が灯り始めた。

 

 

   続く

 




次回掲載予定分『第六話』は完成しておりまして、来週日曜の掲載予定を目指しておりますが、その後の話の執筆ペース進捗、自身の体調などで変更する恐れがあります。ご了承下さると有り難く思います。

一応、今回の話で『始動編』の前段部分が終了です。
この後、中段、下段とざっくり三パートでの構成です。

今回のリスタートに伴い、既に掲載分文章の細かな内容修正アップデートを行いました。
読み直し確認していただけたら、嬉しく思います。


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第六話 土曜、それぞれ、学校にて

   * * *

 

 土曜日。真砂と美弥子が課目選択している『アクトレス』の授業がある日。

 

 9時からの授業前に行う朝礼に現れない遥を探してーーとは言っても職員室にいなければあとはここしかないーー真砂は『アクトレス会』のある元書庫の扉に手をかける。

 

 予想通りに施錠の手応えはなく、そのまま中に入った真砂は捜索中の人物を発見した。

 

「遥せぇんせ! さっき朝礼チャイム鳴ったの聞こえませんでしたか!」

 

「ん? ああ、もうそんな時間か……ちょっと集中し過ぎてた」

 

 普段真砂と美弥子がレクチャーを受ける机や書架周りから、更に奥の作業スペース。

 二人が入会した時からすでに置いてあるギアハンガーに架けられた、トップス・ボトムス(じょうげ)それぞれが既にメーカー純正とはかけ離れた改造を施されてしまったドレスギアの前で、安眞木遥は作業着姿で胡坐をかきながら作業をしていた。

 

「まぁた、そのギアをいじってたんですか?」

 

「昨日インスピレーションがやってきてね。おかげで相互回路の集積化が達成した」

 

「え? いつから作業してたんですか?」

 

「朝イチ6時からさ。警備の交替前に来てしまったから、校門前でしばらく待つ羽目になった」

 

 ああもう9時か……とこぼすように呟きながら立ち上がる遥に、真砂は呆れる。

 

「そんなに作業がしたかったら、自分の作業場に持って帰ればいいのに」

 

「もうとっくにそんなスペースはないよ。こいつをこちらに移した後で新たに2つ組み、バラしてしまったからね」

 

 首を左右に振って肩周りの調子を確認した後、遥はおもむろに作業着をはだけ始める。

 

 もう毎度のことと真砂は慣れてしまった光景だ。元が書庫だったために窓も小さく、備え付けのブラインドも閉じてある。

 真砂は椅子の上に放られていた服を手にして、遥に渡す。

 

「ああ、ありがとう。腹具合は……まあ昼までは持つな。最近のカロリーバーは腹持ちがいい」

 

「あ、ちゃんと朝ごはんは食べたんですね」

 

「校門前で待たされてる内にね。麓にあるコンビニ、あそこ品揃えいいよな」

 

 言いながら、朝来た際の服装に戻った遥は、デニムの尻ポケットを探るとくしゃくしゃになった包装紙の固まりをゴミ箱へ放り投げる。

 

 見事にすとんと入ったそれを真砂が覗き見ると、宇佐元杏奈ちゃんのCMでお馴染みのPRO-BARだった。

 

「さて、今日は何の授業だったかな……時々、君らへのレクチャーとごっちゃになる」

 

 白衣に袖を通しながら呟く遥に、

 

「まだ新学期早々なのにですか? 授業は先週からアクトレススーツの話を始めたばかりですよー」

 

「ああそうだったそうだった」

 

 答えた真砂だが、返事の適当さにむしろ試されたのではないか、と穿ちたくなる。

 

「あー、ところで遥さん。ちょっと聞きたいんですけどー」

 

「んー、何かな?」

 

 元書庫の物理キーを掛けている遥の背中に真砂は問いかける。

 

「AEGiS公式から跳べるページで測定会記録ってあるじゃないですかー。あれの動画アーカイブって、何年前ぐらいまであるんですか?」

 

「君ホント、そういうの好きだねえ。えーっと、確か50年分くらいは……ん、いや、引退すると肖像権関係で非公開だし、アイドルアクトレスはまた別のページか……で? 誰か見たい人でも?」

 

「いやぁ、最近人気の吾妻さん動画見てるうちに遡ってたら、デビュー頃の動画まで見ちゃって……あの人、測定会からあんなすごいんですか?」

 

「今や叢雲の看板アクトレスだからねえ。当時から騒がれていたよ……そうか、成績上位や記録のホルダーだと測定会の収録分は現役中フルサイズ版で残るんだったか」

 

 鍵に付いた紐の輪っかを指先で振り回しながら校舎へ向かう遥の後に続く真砂。

 

「でも真砂君、あまりに古い時代のは見ても参考にならないぞ。世代によって戦術機動(マニューバ)には流行り廃りがある。ヴァイスのーー」

 

「ヴァイスの編成や出現パターン、行動に変遷があるため、その世代時代ごとで対応に違いが現れているから、でしたよね?」

 

「ん、よろしい。レクチャーがしっかり身に付いているようなら『先生』と呼ばれるむず痒さもむしろ心地いい。それと、あまり他人(ひと)と比べてどうこうは考えるなよ?」 

 

 選択授業や部活動で無ければ登校しなくてよい為に平日より人気が少ない校内を進んでいた遥が、真砂へと振り返る。

 

「どうせ真砂君のことだ、その後に自分の測定会動画も見たんだろ? ダイジェスト編集されてるやつを」

 

 成績上位に入らない普通の合格者は、定型化された『合格者紹介』の尺に編集された動画で記録公開される仕様になったのは、アクトレス人口が増えた頃からのお決まりだった。

 

「うっ……はい……。いやぁー、スタートでこんなに違ったら、差は拡がるばかりですよねぇ……」

 

「そんなことないさ。現に私の…知人は、最初こそ平凡だったが先輩や友人に恵まれて、一時(いっとき)などはアイドルアクトレスチームの控えまでやった……多分、今でもまだアクトレスをしてるはずだ」

 

「え! だれだれ? 何て名前の人ですか?」

 

 今まで遥から聞かされたことの無い話題が出て、真砂は思わず見開いた目をキラキラと艶めかせ訊ねた。

 

「だから止めなさい。君がそうなように、そんな彼女にだってデビュー当初という恥ずかしい頃がある、って話だよ」

 

 鍵を握った拳でコツンと、軽く真砂の額を小突いた遥が、再び前に向き直り廊下を進み出す。

 

「ただ、君に何か言うとするならーー叢雲はチームプロデュースが上手い。吾妻楓という個人の才能を更に活かす、より彼女が活きる、そんなチームになるような他の才能を連れてきて組ませている」

 

 角を曲がり階段ホールを上に向かい、一段一段、少し普段よりゆっくりめに昇る。少し行動が思考寄りだな、と真砂は聞きながら察した。

 

「大手で抱えている人材が多いから出来た、と言ってしまえばそうかもしれないが……時にはそうした理屈を越えた“縁”の方が重要だったりするものだ……」

 

 遥は踊り場でUターンしながら、階段半ばを上がりながら自分を見上げる真砂からの視線へ、優しさに溢れた眼差しを備えた笑みを向けていた

 

「だから君はまず、今までと、そしてこれからの“出会い”を大切にしなさい。これから未来が、人生がどう転ぶかなんて、誰一人わかるやつなんかいないんだからな」

 

 そこまで言って、笑みの慈しさを瞬間深めたような遥の表情に、真砂は複雑な思いを見つけた。

 それが何に由来し、現れたものなのか、真砂には知る術がない。

 

 足の止まった真砂から視線をはずし、遥は再び折り返した階段を、今度はリズミカルにテンポ良く、昇っていく。

 あわてて真砂もそれに続く。

 

「で、そんな君ら若者が大切にしなきゃならない、出会う相手の一つが“知識”だ。さあーー」

 

 目的の階で廊下を進み、ある扉の前で立ち止まり、真砂の到着を待って明らかに聞かせるつもりの、そんな仰々しさを隠しもしないで、遥が高らかに唱えた。

 

「今日も楽しい授業を始めるとしようか!」

 

   * * *

 

 私は小走り気味で校舎から離れた別棟の、図書館出入口の扉を開けて、入ってすぐ横のカウンターにいた小柄な女生徒に声をかける。

 

「すいません、遅れてしまいました」

 

 2年生から始めた図書委員の、初めての土曜日当番に遅れてしまったのだ。

 通学に使っている私鉄のダイヤが平日とは違うのを、すっかり失念していたからだ。

 

「大丈夫ですよ先輩。まだギリチャイム前です。あ、おはようございます」

 

 同じように土曜日当番で来ていた1年生の子から返事をもらった。

 私も朝の挨拶を返したところでちょうどチャイムが鳴った。9時だ。思わず、その子と微笑みあう。

 

 1年生時は初秋の転入だった私には、土御門中学での委員会活動はこの春からが初めてだった。

 

 平日と違い登校する生徒の少ない土曜日は、各学年から1名ずつローテーションで出る決まりになっていた。

 先週は1組が担当、今日は2組の私が担当の番、という感じだ。

 

「あ、3年の八雲先輩はもう2階で、返却本並べてますよ」

 

 そう言いながら、1年生の後輩さんは活動中の委員が他の生徒から分かるようにするため着ける腕章を差し出してくれた。

 

 受け取りながら「えっと…」彼女の胸ポケットに挟まれた液晶名札を確認する。

 

「山峰さん、ありがとう」

 

「いえ、今日はよろしくお願いします。…館林先輩!」

 

 お辞儀された。私もお辞儀する。

 

 腕章を左腕に通して、落ちない程度のキツさで肩の手前でバンドを調節。

 

 いざ、初めての土曜日図書委員活動。

 

 朝一番の作業はまず、前日金曜返却された本の書架整理からだ。

 返却時点でコード処理されているので、特に手間はない。

 

 2階建ての図書館の、1階部分はソファとテーブルが置かれたフリーの読書ホールと、小分けに区切られたデスクに椅子が並ぶ自習スペース。

 そちらにはもう何人かの生徒がいて、すでに教本やノートとの格闘を始めていた。

 

 書架と書庫は全て2階。私は返却本の乗った運搬用浮遊カートのハンドルを掴んで2階に向かう。山峰さんは今日はカウンターでの応対担当だ。

 

 2階に上がって書架方面に進み棚の谷間を進むと、カート自体が踏み台として使えるステップ機能をオンにして、その高い位置で本を書架に戻している黒髪でロングヘアの後ろ姿を見つけた。

 

 確か山峰さんは3年生の八雲先輩と言っていた……そう言えば、最初に全学年クラスの委員が顔見せした初会合の時には欠席していた気がする。

 

「おはようございます、八雲先輩。少し遅くなりました」

 

「ええ、おはよう。……あら、あなたも図書委員だったのね」

 

 振り返り見下ろしてきたその顔にすぐ気付く。私が保健室で目を覚ましたあの時に紅茶を入れてくれた人だった。

 

 彼女は一旦、カートステップから降りて私の正面に立つと、にこりと微笑んだあとで深々と頭を垂れる。

 

「3年2組の八雲千鶴(やくも ちづる)です。改めて、はじめまして」

 

「あ、改めて。2年2組の館林乃亜です。今日はよろしくお願いいたします」

 

 彼女が頭を上げてもう一度微笑みを向けるのにかかったのと同じ時間くらい、私も深々とお辞儀を返す。

 

「あれから体調、具合は大丈夫?」

 

「はい。病院にも行きましたが、特に何も」

 

「それは良かったわ。それにしても、同じ委員会だったのね。今日はよろしくお願いします」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 互いに少し声量を落とした言葉を交わすと、八雲先輩は作業の進め方を教えてくれながら、カートに乗せられた本のいくつかを互いの迷いの無い仕草で乗せ換える。

 

「あなたはそちら側の書架をお願い。私はこちら側の書架を続けるから」

 

 二手に分かれて、私は初会合の時に説明された書架への並べ方を思い出しながら一冊一冊、本を棚へと戻していく。

 公立施設の図書館だとカートや、場合によっては棚自体が本の位置を指示してくれたりするところがあるけれど、流石にそうではなかった。

 

 と言ってもそれほど大量にあるわけでもなかった返却本は、ものの5分もするとすっかり戻し終えてしまった。

 私は、一人二人と本の谷間で背表紙を見上げている生徒の邪魔にならないように気を付けながら、カートを引き連れ1階へ戻る。

 

「お疲れさま、迷わなかった?」

 

 先に戻っていた八雲先輩はすでにカウンターの内側、応対席の山峰さんとは離れた位置に座ってタブレットを操作していた。

 私は、八雲先輩が使っていたカートの隣に同じように自分が使っていたそれを戻して、カウンターの内側に入り八雲先輩の隣座席に腰を下ろす。

 

「はい、すごくスムーズに、棚の並び通りに戻せました。先輩がしてくれたんですよね? 順番覚えてらっしゃるんですか?」

 

 互いのカートに乗る本を入れ替えていた時に、何冊かその並びを直していたからだ。

 

「ええ。好きだから、知らないうちに頭に入っちゃってて」

 

「私も本、好きです」

 

 小学生時代はかなり学校の図書室や地元の図書館に入り浸っていた。

 割と濫読派で、低学年の頃なんて図鑑を眺めているだけで楽しんでいた。

 

 ちゃんと文章を読む楽しみに目覚めてからは伝記にファンタジー、冒険物。そこから拡がり、今ではミステリーやサイエンスフィクションにも手を出している。

 

「最近だと、SFなんですが『地球移動作戦』っていうのを読みました。まだ人類が地球圏で暮らしてる頃の作品です」

 

 私の自室の本棚に最近並んだ本だった。

 

「あら、奇遇ね。私もその頃のSFは好きなの。最近続けて読んだ作家さんだと『籐真千歳』先生の『スワロウテイル』シリーズだったわ。4種類の属性を持った人工生命が人類と共生している世界のお話」

 

「へえ、面白そう……今度探してみます。それにしても、4種類の属性なんてまるで『アクトレス』みたいですね」

 

「そうね。作中での属性は水・火・風・土だからアクトレスとは少し違うけれど、彼女たちも等級分類されてたりするから似てるかも。普通に種族違いの人間男性相手に恋い焦がれたりもあるし」

 

「あ…恋愛物だったんですか?」

 

 以前、タイトルからそうとは気付かなかったバリバリの恋愛小説を読んでしまい、ちょっと忌避感を持っていた。

 

「ん、恋愛物は興味ない感じ?」

 

「あの、えっと、まだちょっと早いかな……というか、前に読んだのが全然しっくりこなくて……」

 

 訊かれて、照れ臭さもあって上手く表現できなくて、小声の語尾が消え入るように小さくなってしまう私。

 

「あぁ、そういうのに当たる時ってあるものね。でもその本ではお話の色付け程度で、主軸は事件を追う主人公の成長物語だから安心して。興味あるなら今度、最初の巻を貸してあげるけど?」

 

「あ…じゃ、ご面倒で無いのならお借りしてもいいですか?」

 

「もちろん! よしっ、布教順調っ!」

 

 それまで凛とした面持ちだった八雲先輩が、まるで悪戯の成功を見届けた子供のように微笑んで、片腕でだけ小さくガッツポーズまでしたのをみて、保健室の出会いで深窓の令嬢みたいだと勝手に抱いていた私の第一印象(ファーストインプレッション)は……すごく可愛らしい方向へと崩れていった。

 

「そう言えば、保健室でお会いした時にも文庫本を読んでましたよね。あの時のがそうですか?」

 

「いえ、あの時のは違うわ。今読んでる本の作家さんの別シリーズで、女の子二人のライトミステリー物」

 

 そう言って、カウンター奥で自分たちが鞄を置いている棚に向かっていった八雲先輩は、自分の鞄から一冊の文庫本を持って戻ってきた。

 彼女の手が、本を包み込む布カバーを取って、表紙の装丁を露にさせる。

 

『あなたは虚人と星に舞う』

 

 そのタイトルと共に記されていた作家の名は、私がまだ触れたことがなくて知らない人だった。

 

「このシリーズは青春ジュブナイルSF、って感じかな。さっき館林さんが読んだっていう作品と同じ感じで、基本“まだ人類が宇宙進出をようやく始めた時代の”というお話」

 

「あ、私そういうのすごく好きです」

 

「じゃあ、これの1冊目も一緒に貸してあげるわね」

 

 私は丁寧にお礼を告げて、その約束を期待感と共に心のメモへと書き記した。

 

 現在私たちが生活をするシャードは、それぞれに“ある年代”を基準に文化再現をしている。

 東京シャードは2010年代で、埼玉シャードはそれより40年くらい前を、群馬シャードは逆に30年くらい先、という風に同じ日系シャードでも再現年代が異なっている。

 神奈川シャードは、歴史遺産保存の目的で極端に違う一部観光地を除けば、概ね東京シャードに近い2020年代前半だ。

 

 また、出版物は『月刊アクトレス』のような現行刊行物を別にすれば基本、全てが“古典”扱いで国会図書館データアーカイブなど各所で閲覧可能なのだが、多くの出版社がシャード文化再現年のタイミングに合わせて、または作者生誕何百周年キャンペーンなどと銘打って紙製の“物理書籍”として“新作刊行”することが多い。

 

 何もかもが電子データで事が済む世紀(じだい)になっても、それでは満足出来ない“読書狂(ビブリオマニア)”は生息しているのだ。

 

 そんなやり取りをしているうちに、カウンターに土御門中学の制服姿ではない、しかし学生服姿の人が一人、また一人と現れ始めた。

 自習スペース利用希望の近辺在住の学生さんだ。

 

 各学校の連携で、休日に施設を開放している場所は自身の学生証提示で、その学校の学生以外も使えるようになっているのだ。

 この図書館が別棟なのも、その為だ。

 

 八雲先輩が席を立ち受付システム前に向かうと、山峰さんに時々指導しながら受付業務をこなしてゆく。

 いずれ私も教えてもらわなきゃ、だ。

 

 そういえば。

 

 今日は加賀野…美弥子さんと御劔…真砂さんも『アクトレス』科目の履修に登校している、ということを思い出す。

 

 もし時間があわせられるようなら、二人の授業終わりに、もし二人がその用意をして来ているのなら、お昼ごはんを一緒にするのはどうかな? という思惑が浮かんだ。

 

 私は夕方までここにいるので祖母お手製のお弁当を持ってきているけど、授業が午前中いっぱいの二人がどうかを私は知らない。

 

 もし、言っていた『アクトレス会』が午後にあるのなら。だけど授業終わりで帰るのかも知れないし。

 

 私はスマホを手にしてメッセージアプリを立ち上げると、先日のやり取り以降にもいくつか書き込んだメッセージのやり取りを重ねたグループ欄に、新たなメッセージとスタンプを一つ追加表示させる。

 

 既読が付いたら反応する設定を再確認して、私はスマホを制服のポケットにしまいこんだ。

 

   * * *

 

 その日の午後、私は中庭の白い屋根と柱が日の光を眩しく反射する洋風東屋(あずまや)で、美弥子さんと真砂さんとの昼食会の機会に恵まれることとなった。

 

 

   続く

 




今回の後書き

来週更新分の第7話も完成して、その後の話やパートの書き貯めも進んでいるので、先週と同じ時間に更新いたしました。
しばらくはこのペースで、完結まで執筆完了したらタイミングを見て毎日更新の形でお見せしたいと思っております。
ご期待いただけたら嬉しいです。

なお、今回から作中で触れない書き方をした『ゲーム内にはない、私の作品内で登場する“フレーバー”的な存在』に対して、
下にあるように“TIPS”で解説することにしました。
併せてお楽しみください。

ーー TIPS ーー

『液晶名札』
広く公立教育機関などで用いられる生徒用の備品。
学校敷地内では学年と名字またはフルネームの表示を、敷地外では防犯の観点から校章の表示のみ、などと学校側で設定した表示をする。
緊急時の為に防犯ブザーの機能を持つ物が大半を占める。

『運搬用浮遊カート』
公共施設や一般店舗などで軽作業をサポートする機械で、それぞれの施設に合わせた機能を持つ様々なバリエーションがある。
多くは、階段程度の段差はセンサーで関知し浮く高さを自動調節する。
施設側が連携機能を持つ棚を設置している場合、品物の陳列場所へナビゲートする機能を搭載している物もある。

(2022/0214 気付いた脱字修正)


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第七話 出撃 と 安息 の日

   * * *

 

 日曜の昼間に降った雨が、桜の木に残っていた華やかさをきれいさっぱり洗い落としてしまった。

 

 年度始めのどことなく浮わつく高揚感も収まり、新たな学年に上がった意識の方がじわりじわりと高まってくる。

 

 そんな週明け月曜日の学校が終わり、

 

 共に帰宅し一旦は各々の自宅に戻った美弥子と真砂だったが、それほど時を置かずに『八坂警備』の事務所奥、整備工場(メンテナンスヤード)内の装着区域(フィッティングエリア)にスーツ姿で頭を並べていた。

 

 二人の前には、同じ00式戦闘服に身を包む、彼女らよりも背が高く整ったスタイルの女性が一人。

 

「よし。それじゃ今週は真砂っちはスナイパーギアの慣熟訓練、兼ねちゃおうか」

 

 八坂警備所属の登録アクトレスで美弥子らの先輩にあたる大須賀綾子(おおすが あやこ)が、タブレットで『案件』の詳細を確認しながら、そう明るく言い放った。

 

「了解です、綾子さん」

 

「美弥ちゃんは、この前のボートゥールでの成果が結構良かったのを考慮して、今週も前衛担当。前のめりで回避と攻撃をバランス良く、多少被弾してもボトムスギアの回復スキルで極力後退しない。一人でかき回してもらうことになるけど、私と真砂っちがスナイプフォローするから安心して動いてね」

 

「はいっ」

 

 美弥子も元気良く返事する。

 

 八坂に所属するアクトレスの中でも、大須賀綾子はリーダー役が受け持てる数少ない人物の一人だった。

 八坂以前にはかなり大きな会社で駆除案件専任アクトレスをしていて、一時はフリーランスで様々な事業所にヘルプで入っていたが、ここ2年ほどは八坂専属で活動していた。

 

「今週入ってる受注済み『案件』は今日、水曜、金曜。水曜は二人、学校のアクトレス会だから外れるけど、その分今日と金曜はビシバシしごいちゃるからね!」

 

「「はーい」」

 

 美弥子と真砂の返事が重なった。

 

「じゃあ、早速ドレスのフィッティング始めようか。美弥ちゃんはアーリーMN404の上下で、真砂っちは10式D型上下かな?」

 

 八坂警備では基本、ドレスギアハンガーに同じメーカーのシリーズセットごとに汎用ギアがあらかじめセッティングされている。

 アーリー・ファイヤーアームズ社の『MN202B2』シリーズのトップスとボトムスをセットしたハンガー、その隣は同メーカーの『MN404』、その隣からはセンテンス・インダストリー社の『ペレグリーネMk2』シリーズをセットしたハンガーが、といった具合だ。

 

 これはハンガーのドレスギア着脱プログラムの設定やギア整備時の省力化、などの点からも割と良くみる配置だった。

 

 大手の場合はそれとは更に、登録の常勤アクトレスがお気に入りの上下組み合わせ(コーディネート)にセットされた個人専用のドレスハンガーを別途用意する、という場合もある。

 そのアクトレスが、事業所側が彼女専用のギアを特注で用意して更なる活躍を期待するような星4(クアドラプル)クラスのトップエリートアクトレスだと、そうした傾向は尚のこと顕著だ。

 

 八坂警備に所属登録しているアクトレスは、専属契約にアルバイト契約、複数事業者と掛け持ち契約するフリーランス登録のアクトレスも含めて、彼女たちの『エミッション・ランク』は星2(ダブル)クラスが大半を占めていた。

 以前は在籍者の中に星3(トリプル)相当としてAEGiS登録されているアクトレスもいたのだが、エミッション減衰というごく普通な理由で引退していた。

 現在の八坂警備に星3相当、または実力を持っていて現役、というアクトレスは一人もいない。

 

 そして彼女、大須賀綾子もAEGiS登録は星2でされているアクトレスなのだが、それを補って余りある活動歴の長いベテランだった。

 

 早い頃からスナイピング技術の才能を伸ばして大手専属時代は名サポーターとして活躍、フリーランス時代にはその仕事振りも然ることながら、請われればその狙撃技術レクチャーなどを気軽に行っており、引く手あまたな時期があったほど。

 

 八坂専属の今でも、出撃の合間や最中で行う後進育成に余念がない。

 大須賀自身は、プライベート的にそろそろ一処に腰を落ち着けたい頃合いだと思案していたので、この八坂がアクトレス人生最後の花道を飾る場所、という意識にもなっていた。

 

 大須賀は彼女用に用意されてるショットギアロッカーからアーリー・ファイヤーアームズ社製『ダークシャーク』を取り出してくる。

 このショットギアは彼女の持ち込み私物品で、以前から細かなカスタムをし続けて使っていて“相棒”らしい。

 

「真砂っちはハンターMk2を用意ね。AEGiS情報だと今日のは“属性”案件じゃないから大丈夫でしょう」

 

 出撃先の出現ヴァイスに明らかな“属性”偏りがある場合、その子細が『案件情報』に記される。

 特に出現ヴァイスの『結合粒子集束力』ーー簡単に『レベル』と言い表されるーーが高くなればなるほど、その属性を考慮した対応が必要になるためだ。

 必要ならば、対応に向かわせるアクトレスの“属性”と彼女たちの『レベル』ーー攻撃する際の『結合粒子集束力』をどれだけ的確にエミッションコントロール出来るかの、その習熟度ーーを考慮した編成で送り出さなければ、時には任務達成すら怪しくなってしまう。

 

 もっとも、そうした対処が必要な案件はAEGiSもまずは大手事業者に依頼し、大半はそこで対応されるため中規模以下の事業者にはまず下りてこない。

 余程の場合に傘下の系列事業者が、ということはあっても、いきなりその規模の案件が八坂警備規模の事業者に振り当てられることは、かなり稀だ。

 

 真砂は大須賀に言われた通りに、ギアロッカーからセンテンス・インダストリー社製エネルギー弾スナイパーショットギア『ハンターMk2』を取り出してきて、使用前最終点検を始める。

 

 美弥子も先ほどから『ボートゥール』の点検をしていて、終わったのでその二丁拳銃ショットギアをウエポンギア用ハンガーラックに懸架していた。

 

 整備担当のスタッフが三人、彼女らがウエポンギアのチェックをしている最中にドレスハンガーのセッティングに慌ただしく動いていた。

 彼らが最終確認を完了させて、大須賀にその旨を報告する。

 

「よし、それじゃ張り切ってお仕事しましょうね! 二人とも……エイオー!」

 

「「はい! エイオーッ!」」

 

 大須賀がリーダーの際には必ずする独自の掛け声を、二人は声を揃えて片腕の拳と共に上げた。

 

   * * *

 

 実家でのアクトレス活動日だということで放課後すぐに帰宅する美弥子さんらと挨拶して別れたあと、私はと言うと当番日でもないのに図書館にいた。

 

 とは言っても、当然腕章もせず1階のフリースペースのソファの一つに座り、待ち人未だ来たらず、となっているだけだったが……それもすぐに解消された。

 

「ごめんなさい、待たせてしまって」

 

 八雲先輩がやってきた。そのまま帰るつもりらしく、左手には鞄を下げ持っている。

 彼女は真向かいのソファに腰掛け、脇に置いた鞄から書店ロゴのプリントされた紙包みを取り出す。

 

「はい。約束してた『ナイトウォッチ』シリーズと『スワロウテイル』シリーズの、それぞれ1冊目」

 

 ありがとうございます、と言いながら差し出された紙袋を受けとる。折られて簡単に封された口を開けて中を覗くと、書店の紙カバーがされた文庫本が2冊入っている。

 まだ、かなり真新しい。

 

「あれ? ……まさかこれ、買ったばかりですか? もしかして、わざわざーー」

 

 私は少し不思議に思い、周りに気にされない小声を保ちつつ問いかけたが、

 

「あぁ違うわ。館林さんにあげるつもりではあるけど、昨日今日買い足してきた新品とかではないから安心して受け取って」

 

 八雲先輩も相応の小声で、私の質問意図をすぐに察して回答してくれた。

 

「あ、じゃあ……それでしたらーーって、あげるつもりって? 借りるだけですから読んだら返しますよ? ……え?」

 

 私の思っていた貸し借りと、先輩の用意した貸し借りが少し噛み合ってない気がして、思わず確かめる。

 

「あっ……ごめんなさい。気を悪くさせてしまったなら……私の先走りだわ。これは私の『“好き”の布教活動』だから……押し付けがましかったわよね、ごめんなさい」

 

「あ、いえ、謝らないでください。突然で、あとそういうの初めてで……聞いたことあります、自分用と保管用と布教用……でしたっけ? わかります、ただ今までしたこともされたことも無かったから、びっくりしただけで」

 

 自分の失敗だ、とひたすら恐縮し始めた先輩を慌てて止める。

 

 今まで読書は自分の購入と施設の借り物ばかりだったし、こちらのシャードへ越してくる前は周りに、互いに本を贈りあったりするような……貸し借りするような相手がいなかったから、単に初めてのシチュエーションに驚いただけだったのだ。

 

「はぁ……まぁたやっちゃった……ほら、週末は『サン・ジョルディの日』でもあるし、つい久々で嬉しくなっちゃって……昨日も一日、それ取りに入った本部屋で過ごしちゃったくらいで……うん、私浮かれてたわね……」

 

 とても自省的なその言葉に、私が初対面の保健室で彼女に持った印象は、先輩の一面でしかなく全てではなかったことに気付き、自分もその勝手な思い込みを反省する。

 

「あの……いえ、ホントありがとうございます。布教用の買い置きだから、気に入ったら頂いてよくて、続きの巻は自分で買って、で読み終えたら感想をお互いに話そう、って言う……そういうのですよね? 私……少しそういうの、憧れてたんで、すごく嬉しいです……ありがとうございます……」

 

 まさか初めての読書趣味の友人が学年違いの先輩になるとは、全く思っていなかった。

 先輩の方から私との距離を近付けてもらえるなんて、思考の隅にもなかった。

 

「……先輩、買い足しの新品じゃないってことはーーあ、やっぱり新規再刊行してすぐに何冊か買ってた本なんですね」

 

 私は文庫本の奥付(ページ)を見ていた。

 世紀の違う“本来の初版”ではない、この文庫の初版発行日は、その年月日がそれなりに以前のものだった。

 

「ええ。その作家さんはどちらも他のシリーズ読んでて、推しの作家さんだから新版発売日に……自分用と布教用二冊をね。続刊出るたびにそうしてるの」

 

 ああ、やはり三冊購入なのか。話に聞いてただけの事例通りに行動してる人には、私は初めて出会う体験だ。

 

「ああ、でもそれは毎回どの本どの作家さんでもそうしてる訳じゃないのよ? 最初自分のだけ買って読んで気に入ってから布教用買い足したり……それはどちらも推し作家さんだったから、お薦めしたい人にすぐ渡せるようにって、第1巻は最初から三冊買うつもりでいた作品だけど」

 

 少し言い訳がましく言葉を紡いでいる先輩の様子に、まだ自省の気が強いと感じた私は、あぁ筋金入りなのだ、と気付く。

 

 筋金入りの、読書狂(ビブリオマニア)

 しかも、今では多くない“紙の書籍”派。

 

 私も、特に気に入った本……いや、「気に入るだろうな」と思った本は“電子より紙”派だ。お試し版などをタブレットで読み気に入ってもそこで電子書籍を購入せずに、紙の書籍が出ているなら本屋に足を運ぶタイプだからわかる。

 

 それに『サン・ジョルディの日』と言われてしまった。

 

 今日この時に、まさか自分がされるとは思っていなかったけれど、いざそうされるとこれほどに面映ゆいものだとは思わなかった。

 

「先輩、ありがとうございます。帰ったらすぐに読みます。それと……私も当日、『サン・ジョルディの日』をさせて貰えますか?」

 

 私の突然の提案に、少し沈み気味だった先輩の面持ちが見る間に回復していた。

 

「え……も、もちろん! ……あ、私ひょっとしたら家族以外に本をプレゼントされるの、初めてかもしれない……嬉しい、館林さんありがとうっ!」

 

「八雲先ぱぁーい! 図書館ではお静かにー! でしょ?」

 

 本日当番でカウンターの中に入っていた私と同学年の図書委員から、少し茶化した雰囲気を持たせた言葉で注意をされた。

 

 私にも伝わった。一昨日の委員活動中に、私も一度聞いていたからだ。

 そのフレーズ、それは恐らく普段から八雲先輩が使う決まり文句なのだと。

 

 ばつが悪い、何とも複雑に思える笑みを浮かべて慌てながら、ごめんなさい、の意思表示に手を合わせて謝る仕草をカウンターの後輩に向ける先輩。

 カウンター内の彼女も微笑みながら唇に、立てた右手の人差し指を重ねる。

 お静かに、だ。

 

 と言っても、今の図書館1階をくるりと見渡しても私と先輩と委員の同級生と、それだけしか人の姿はなかったのだけど。

 

 ひとしきり無言の謝罪を後輩に表したあと、先ほどよりも顔を私に近付けてきた先輩は、先ほどまでより更に小さな声でポツリと、

 

「怒られちゃった……」

 

 呟きながらも、その顔には破顔を抑えきれない笑みが溢れだしていた。

 

 私はこの、八雲千鶴という一つ歳上の女性のことが、一気に愛らしく感じられて……大好きになってしまった。

 

   * * *

 

『通信です。全てのヴァイス反応の消滅を確認。次の作戦区域に移動してください』

 

「よォーし。チャキチャキ次行くよー」

 

 大須賀綾子が美弥子と真砂に移動を促す。二人は慣れたマニューバで綾子の近くに集まった。

 

 綾子を先頭に、遥か以前の地球時代には『ケッテ』と呼ばれた“3機編隊で1個小隊”の三角陣形を取って、次の宙域指定区域を目指す。

 

 日常的にAEGiSから受注が回ってくる通常の“駆除”や“哨戒”の『案件』では、よほどの大量出現予測がされている内容でなければ、他の事業所のアクトレスをサポーターとして呼ぶことは少ない。

 

 別段、“ヘルプ”に来てくれたアクトレスに依頼した事業所側からの支払いが発生したりはしない。

 逆に、呼ばれて他事業所の『案件』を手伝ったアクトレスには、彼女が籍を置く事業所にAEGiSから“出張費”が支払われるくらいだ。

 

 単純に、それぞれの事業所が抱えているアクトレスの人員数と、受注する『案件』に指定された区域と時間に彼女たちを派遣可能かどうか、というスケジュールの調整問題が大きかった。

 

 それらが十分に満たされているのは、よほどの大都市を持つシャードの、その中心地に大きな事業所がいくつも存在する場合に限る。東京シャードなどがそうだろう。

 大規模に『アクトレス事業』を展開する会社があり、その系列支店網を広げている地域はカバー出来ていることが多い。

 

 また、逆にかなりの僻地になると宇宙港などの搬入口や地下第2層の生産プラント施設やその連絡口とも離れているため、ヴァイスの侵入機会、出現率自体が

少なくなるので中規模以下の事業者1社でその担当を賄えてしまえたりするのだ。

 

 『八坂警備保証』が所在する地区は、神奈川シャードの『横浜』という大都市圏ではありつつも、その中心街からは少し離れた、他の『横須賀』や『平塚』などの繁華街とも離れたちょうど挾間にあるような地区で、どちらかと言うと後者に近い。

 

 むしろ、それなりに流通や産業が盛んでプラントや連絡口を備えた各施設が点在する決して狭くはない市区町を、中規模事業所のいくつかで担当している為に、どれだけ密に連携してもそれぞれの事業所が対応可能なキャパシティの限度に近い状態だ。

 

 そうした背景もあり八坂では、大抵の『案件』は自社所属アクトレスのシフトローテーションだけで、どうにか対応可能な状態を維持していた。

 また対応出来ない規模の『案件』は、横浜中心街に支店を持つ大手企業ーー最近では特に『オーヴィタル・セーフティー』社ーーに、最初からその『案件』を担当してもらうように、とAEGiSの企業担当者と相談済みであった。

 

 なので、八坂では身内だけの三人、場合によれば二人で任務に付くことは日常だった。

 たまに“ヘルプ”してくれるアクトレスも、近接地域担当事業所のサポート専門担当で既に顔馴染みなアクトレスばかりだ。

 

 そうした既に日常、或いは平穏なーーそれが駆除や哨戒であってもーー出撃の日々の中で、美弥子と真砂はアクトレスとしての経験を着実に積み重ねていた。

 

 ふと……その経験から、真砂は綾子に問いかけてみる。

 

「綾子さん。今の区域(エリア)で出たヴァイス、『案件詳細』の出現予測データと少しズレてませんでした? なんか、ちょいちょいいつもと違う動きをされた気がして……」

 

 真砂にしてみてもそれは感覚的……「気のせい」を越える考えでは無かったので、その言葉はかなり断定的ではない。

 

「うん。あれは十中八九『特異型』と分類されるやつだね。特に表示名称が切り変わらなかったけど、真砂っちの判断はあってるよ。それに、私が言う前にしっかり対処してスナイプしてたからめっちゃ合格。花丸あげちゃう」

 

 真砂の方へ振り向いた綾子が、宙に左手の指で花丸を描いた。

 ニッと笑って、またすぐ進行方向へ向き直る。

 

「あーやっぱり。最近『宙域情報』とズレますよね。時々『特異型』の予測無いのに出てきたり、予測に無い小型が混ざってたり」

 

「うーん……私も経験あるけど、『宙域情報』はあくまでAEGiS観測網の計測から導いた“想定”でしかないからね……どうしても上振れ下振れが生まれちゃうのさ。この前、二人で出た時の報告書にも書いてたもんね。今週受注した『案件』でこれが続くようなら、隊長もAEGiSに改めて相談や対応求めるでしょう……」

 

 そこで一息ついて、美弥子や真砂から意見がないのを確認した綾子は、今度は美弥子の方へと振り向いた。

 

「美弥ちゃんはどう思う?」

 

「あ! はい……確かに、少し前から自動偏差照準なのに外れる…外されて躱されることが増えたなぁって……あ、でも真砂ちゃんにこの前言われて、少し前のめりに近付くのを意識するようになってから、減った気がします」

 

 急に話を振られ、聞くだけしていた美弥子は驚いたが、すぐに最近思っていたことを告げた。

 

「そっか。多分それは、今まで射程限界近くから撃っていた距離を縮めてるからだろうね。美弥ちゃんは、あなた自身や私とかが思ってる以上に、近接距離向きなのかもしれない……別にクロスでの格闘戦も下手じゃないでしょ? ……まぁただ、性格的に向いてるかどうかは別として」

 

「はい……やっぱり自分からヴァイスに近付いていくのはちょっと怖くて……なのに私、スナイパーやライフルのショットだと上手く使えないから」

 

 美弥子はアクトレスデビュー当初に、それらの比較的射程の長いギアを使った際はエミッションによる『結合粒子集束』が上手く攻撃に乗らず、ギア固有の射程や威力が大幅低下することが判明していた。

 以来、ヴァイスと距離を取りたい性格とは真逆で射程の短い、しかし美弥子のエミッションが一番効果を発するデュアルショットギアを使うことが常だった。

 

「そればかりはねぇ……性格とエミッションの向き不向きが噛み合わない人、たまにいるから……ま、あまり気にしちゃダメよ。アクトレス続けてるうちに、エミッションの質や扱い方の慣れで得意なスタイルが変わる人もいるし」

 

 事情を知っている綾子は、少し内向き思考になりかけた美弥子に、慰めの言葉を送る。

 だが、その言葉には綾子自身でも不思議な確信が宿っていて、ただ単純な気遣いだけではなかった。

 

 ーー美弥子には、綾子や美弥子の周りが気付けない、本人すら気付けずにいる、彼女だけが出来るような(スタイル)があるのではないか、と。

 

 そして、将来的にもしそうなるのなら……本人を含めた誰より先に、それに思い至り指摘出来るのは、先日美弥子に“前のめり”を指示した真砂なのではないか、と。

 

 そうした思いは綾子自身が確信を感じておらず、今は言葉にしても虚ろに響きそうだった……なので胸の内にしまいこんだ。

 

「まぁ、それはそれで! 今は任務に集中ね!」

 

 綾子が気持ちを込めてやや声高に、話を強引に戻す。

 

「とにかく。もしマーカー表示が『特異型』とならなくても、注意して対処すること。ヴァイスそれぞれの動きから判断して適切に対応。で、そういったサンプルケース集めて詳細に報告しよう。そうすれば向こうも問題視しやすいし、検討も捗るからね! オーケー?」

 

「はいっ!」

「……はい」

 

 美弥子は少し思いを巡らせていたのか、珍しく真砂と返事がシンクロしなかった。

 

『敵の増援を確認、排除してください』

 

 指定範囲に区切られたエリアラインを通過した途端、アナウンス音声がヴァイス発生兆候を検知してアクトレスたちに注意を喚起した。

 

「あー、こっちはまだまだ巣食ってるねー」

 

 綾子がすかさず、エリアの範囲とそこに存在する空間歪曲点、すなわちヴァイス出現予測ポイントの数を確認する。

 

「でもまぁ、予想の範囲内! サクサクッと退治しちゃいましょう! 二人とも、予定通りに展開してね! それじゃあ……タリホーッ!」

 

 応じて返事をしながら、美弥子と真砂は虚空(そら)を舞う流れ星の一つとなり向かっていった。

 

 

   続く

 




今回の後書き

前々回、『始動編』はざっくり3パートだ、とお話しましたが、前後半、という分け方をすると今回でほぼ前半が終わりました。
私の体調、今週末の通院、来週分や再来週分の進捗などを鑑みて、毎週日曜14時更新は今回で一旦終了し、続きは『始動編』完結までを書き終え、毎日定時更新が出来る体制を整えてからとさせていただこうと思います。ご理解いただけると助かります。
なお、現時点での予定では来月3月中旬頃には“後半”の毎日更新をする予定です。


なお、今年の『サン・ジョルディの日』は偶然にも!(わざとらしい)作中と同じく週末です。


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