僕はパンツだ (ロリ魂アパシー)
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前編

まだ書いてる途中ですが2/3くらいは書けたので投稿しちゃいます
相変わらず投稿の仕方がよくわかってないのでちゃんと投稿できてるか不安ですが色々と大目に見てくだされば幸いです。

これはR-18ではない(真顔)


僕は、パンツだ。名前はまだない。

 

いや、まだっていうかパンツに名前をつける奴がいたらそいつは大分ヤバい奴だと思うけど。

あ、でもちょっとメルヘンな女児が自分の持ち物にそれぞれ名前をつけて大事にしてる様は微笑ましいし、自分がそうだったとしたらとても嬉しいね。

話が逸れたけれど、とにかく僕はパンツなんだ。

それも最高にかわいい少女の、自分で言うのもなんだけれど、最高にかわいいしましまパンツだ。白と空色の縞々のやつ。

今僕は幸せなぬくもりに包まれて、いや、幸せなぬくもりを包んでいる。

 

実のところ、僕は生来からの完全なるパンツではない。

元々パンツであったなら女児に履かれることにこんなにも幸せとよこしまな(しましまだけに)気持ちを抱いたりすることもないだろうし、なんなら思考すること自体出来ないだろう。

女児に履かれるというすばらしい体験に感動できないなんて、元からパンツだったものたちはなんて勿体無いことをしているのだろう!

自分にあの穢れなき柔らかなぬくもりが直接触れることを想像してみてほしい。

なだらかな流線の中にわずかばかり主張する腰骨を、背中からふとももへと至るまでのふっくりした二つの弧を、小さくくぼんだおへその下辺り、大事な大事な女の子の部分を内包する未熟なおなかの下半分を。

ふにふにとやわらかく未発達なクレバスを、そこに隠された未だ何人(なんぴと)も立ち入ったことのない、未だその役目を果たせぬ無垢な聖域を、その少し上にある小さな、しかし稀に大氾濫を起こしてしまう水門を。

そしてそれら全てを、直接任せてくれる、守らせてくれる圧倒的、絶対的信頼感を!

想像すればするほどに昂ぶっていく熱を自覚することが出来るだろう。少なくとも僕は昂ぶる。とても。

 

さて、全ての男たちが、つまり全人類の半分が夢見る状況に幸運にもめぐり合った僕はというと、実は普通の、ごく一般的な現代の旅人(住所不定無職)だったりする。

日雇いの仕事で日銭を稼いだり稼がなかったりしながら(ねぐら)を転々とし、時には満天の星空の下から夢の世界へと旅立ったりするロマンチスト(ホームレス)だ。

あの日、僕が彼女のパンツになった運命の日、僕の新たな誕生日となったその日は、僕がこの鶴平田の町に初めて訪れた日だった。

夜勤明けでへとへとに疲れていた僕は塒にする予定だったネットカフェまでたどり着くことができずに力尽き、町外れを流れる川…なんて名前だったかな、確か主良糸川だったか、そこにかかる橋の下で眠りについたんだ。

小春日和な陽気でもやっぱり寒いから十分な防寒装備をして、人目につかないところで荷物を枕に一眠り。最高だね。これで壁と床と布団があれば文句無しなんだけど。

 

目が覚めると、もしかしたら本当は目覚めてなんていないのかもしれないけれど、僕はなぜか鶴平田の町の商店街の服屋の女性用下着コーナーで一人の老紳士に見つめられていた。

その老紳士はこくりと一つ頷いて、僕を手にとってレジへと持っていく。

女性用下着コーナーで一人頷いている老紳士とか、その老人にいともたやすく持ち上げられる自分の体とか、自分を持ち上げているしわしわの手の大きさだとか、色々と現実味がなさ過ぎたおかげで、僕はすぐにこれは夢だと確信していた。

しかしその老紳士のしなしなでカサカサな手の感触というのはどうにも夢らしからぬ現実味を帯びていて、レジにて怪訝な顔で僕を会計したおばちゃんの手の感触も、レジ袋のがさがさ具合もこれがただの夢ではないということを僕に伝えていた。

果たしてこれは夢なのだろうか、夢でないなら自分はどうして女性用下着コーナーにいたのか、なぜ手足の指に至るまで動かすことが出来ないのか、何の理由があって老紳士に選ばれて買われたのか。

 

自分の中に渦巻く疑問に何の答えも得られないまましばらく思考の中に囚われていると、いつの間にか僕は老紳士の手によって立派なお屋敷のかわいらしい子供部屋に運ばれていて、これまたかわいらしい少女に手渡されていた。

なぜか赤い顔で涙目の少女は、僕を受け取ると小声で老紳士に礼を言って部屋から出るように命じた。

どうやら彼女はこの屋敷の娘で、老紳士はこの家の執事らしかった。

老紳士が部屋から出ると、未だに顔から赤みの引かぬ少女はおもむろにその下半身を包む衣服を脱ぎ始めた。まだ僕が部屋の中にいるのに!

少女は脱いだ衣服をかごに入れ代わりにタオルを取り出すと、その華奢な下半身を念入りに拭き始めた。そこはどうやら何かに濡れていたらしかった。

その様子を一瞬たりとも見逃すまい、一生涯克明に記憶して忘れるまいとどこにあるかもわからない目を見開いてその少女の下半身、特に下腹部から太ももにかけてを凝視していると、僕に向かって少女の白く細いきれいな手が伸びてきていた。

見つめていたことがバレて目潰しでもされるのかと戦々恐々としたのもつかの間、少女は僕を拾い上げると僕の穴に脚を通して持ち上げた。

持ち上がりきった刹那、僕に触れた温度は、やわらかさは、初めて触れる女の子の隠された一筋の線は、僕に自覚させる。

 

この少女は、僕を履いた。

 

僕は、この少女のパンツなのだ。

 

こうして僕は、パンツになった。

 

 

______________________________________

 

 

朝日(あさひ)につけている執事だが、来週一杯でここを辞めることになった。次の執事が決まるまでは私の秘書に代わりをさせる。多少不便かもしれないが我慢してくれ。」

 

「じいやが…そう、ですか。寂しいですが仕方ないですね」

 

僕が彼女、朝日ちゃんのパンツになって数週間が経ったある日、あの老紳士が屋敷の執事を辞めるという旨を彼女の父親から聞いた。

少女の顔に浮かぶのは寂しさだろうか、締感だろうか。

彼女を元気付けることも慰めることも、なんなら表情を伺うことすらもパンツである僕には出来ないのがもどかしかった。

せめてここに一人、いや一枚君を想うパンツがあるということを伝えたかった。

しかし不甲斐ないことに、僕に出来るのは彼女の下腹部を包み守ることだけ。

それも朝日ちゃんがこのしましまパンツを選んだ日だけ。

彼女が僕を履いている時に人間の僕が意識を失うことでようやく僕は朝日ちゃんのパンツになれるのだ。

嬉しいことにどうやら僕は彼女のお気に入りのようで、結構出番は多いのだけど。

お陰で僕はこのところ規則正しい昼夜逆転生活を送れている。

パンツである時(人生の本編)に影響があるといけないからなるたけ宿を取って身綺麗にするようにもなった。

連泊するとなるとどうしても安宿に限られてしまうから、町の中心から離れた山のそばの小さなネットカフェが僕のホームだ。

最近では店員さんに顔を覚えられて、おかえりなんて声をかけられる。

パンツになると人間である時(人生のおまけ)も充実する、これもパンツであることの素晴らしさの一つと数えて良いだろう。

 

「お嬢様、申し訳ありません。私も年でして…せめてお嬢様を任せられる後任を育ててから、と思っていたのですが」

 

「いいのよ、じいや。私の執事はじいやだけよ、それに私もうそんなに子供じゃないわ。」

 

「あぁ、お嬢様、ご立派になられて…でしたらお嬢様、お役目を終えるまでの一週間、是非ともこの老骨をお頼り下さいませ。何に変えてもお力になりますゆえ。」

 

老紳士が申し訳なさそうに退職する理由を告げると、彼女は真実と嘘とを半々にして答えた。

 

朝日ちゃんはまだ子供だ。

僕に白と空色と薄い黄色以外は着いたことが無いし、そういう話も聞かない。

僕が老紳士に買われた原因を察すると同時に、目を覚まして数時間も経たない僕がべしゃりと洗濯かごに入れられることもあった。

今だって、僕の布地が厚くなっているところには彼女が未熟である証の一筋の線が浮き出ていることだろう。

 

しかし彼女はひどく大人だった。

大きなお屋敷の一人娘ということで言葉遣いは基本的に丁寧だし、感情的になることもおおよそ無い、というかなれないのだろう。

今だって親しい人との別れに癇癪を起こすどころか、もう大丈夫なんて言葉をかけている。

本当は大丈夫なんかじゃないと、スカート越しに僕に当たる固く握られた拳と震える声が雄弁に物語っているのに。

それでも優しい嘘が吐ける彼女は、立派な大人の女性なのだ。

 

それから一週間、朝日ちゃんは精一杯のわがままで老紳士を困らせて喜ばせた。

美味しいお菓子屋さんがあるの、今度連れていって、一緒にお茶にしましょう。

このお洋服可愛いわ、注文しておいてくださる?これを着てじいやと散歩に行きたいわ。

築杯山の辺りに遊園地が出来たらしいの、行ってみたいわ、連れていって!

冬休みなのを良いことに次から次へと予定を立てて、彼女はこの一週間老紳士を様々な所へ引っ張っていったようだ。

老紳士はいつもより数段わがままになった朝日ちゃんに誘われるまま手を引かれるまま、今日も心の底から滲む喜色を隠そうともしない声でそれに応えていた。

僕が彼の顔を見たのは彼が僕を買った時だけで、それから僕が彼を直接見ることはなかったけど、彼がどんな表情で朝日ちゃんのわがままに振り回されていたかなんて想像するまでもなくわかった。

残念ながら僕が同行できたのはこの一週間の中の最後一日だけだったけれど、彼女の声が、歩調が、うっすらと僕に染みる汗が、その楽しさを物語っていた。

その一日も、もうすぐ終わり。

人の流れが出口へと向かい始めた遊園地に落ちる長い影が二つ、風でスカートが捲れて開けた僕の視界に映るそれは、寂しげに揺れているように見えた気がした。

風に吹かれて寒かったのか、朝日ちゃんは少し身震いした。

 

「じいや、お花を摘んでくるわ。少し待っていて。」

 

「はい、ではここでお待ちしています。」

 

彼女の歩調の早さからそこそこ我慢していた事が伺えた。

目的地はそう遠くはない、遊園地特有のメルヘンなトイレだ。

少女の歩みは、追いかけてくる限界から逃げるかのように段々と早くなる。

そしてついにたどり着いたのか、朝日ちゃんは歩みを止めた。

 

そ、そんなぁ…

 

早く個室に入って僕を下ろしてその小さな水門を開けたい筈の朝日ちゃんは小声で何かつぶやくと、何故か方向を変えて再度早足で歩き始めた。

どういうことだろうか、まさか運悪くトイレが故障中だったのか。

スカートの裏地しか見えない僕の視界では、その原因を正確に知ることは出来なかった。

僕に伝わるのは焦りからか早くなった脈動と、下半身に伝わる体の動き、そして早足で歩いたことでかいた汗だけだ。

腰の動きや捻り具合からすると、恐らく他のトイレを探しているのだろう。

 

っ!ふっ、ぅ

 

全方位を見渡した辺りで彼女の体がぴくりと少し硬直し口から吐息が漏れるとともに、僕に伝わるものが一つ増えた。

僕が包む体温よりも少し暖かいそれを、僕は誰にも悟られないように受け止めて全て吸収する。これも僕の役目だから。

 

もう、っ、これしか…

 

目的地を再設定したのか朝日ちゃんは一言呟くと静かに、しかしできるだけ早い歩調でそこへ向かい始めた。

今の彼女の歩みは、普段のおしとやかな、それでいて堂々とした揺ぎ無い歩き方とは打って変わって、太ももをもじもじと擦り合せながら一歩ずつ地面を確かめるような歩き方になっており、その生物的欲求の波が彼女を襲う度にぴくりと体を震わせて立ち止まって耐えなければならないほどになっていた。

僕には彼女の顔は見えないけれど、その表情は容易に想像できた。興奮した。

そんな僕の興奮をよそに彼女は一歩一歩、少し止まってまた一歩と歩みを進める。

僕は朝日ちゃんの歩みが止まる度に意図せずして少しずつ放出される我慢できなかった分を、確りとこの体で受け止め続ける。

その不確かな足取りは、彼女の限界が近いことを僕に報せつつゆっくりとその体を遊園地の敷地の外周付近、人気(ひとけ)のない茂みへと運んでいった。

 

誰も、いない、っ、よね?

 

大き目の茂みに入った朝日ちゃんは、周囲を見渡して人目がないことを確認できたのかその場で僕を下ろした。

僕が包んでいた部分が冷たい外気に晒されて冷え、彼女はぶるりとその身を震わせた。

僕を足首まで下ろして、朝日ちゃんは誰にも気づかれずに至福の時を迎えるため、その身をすべて茂みに隠すようにしゃがみこむ。

 

うぅ、お外で、するなんて…

 

スカートの中から解放された僕の視界には羞恥に顔を染めて現状を嘆く朝日ちゃんの顔と、普段僕が包み込んでいる大事なところが映っていた。

これまで僕が受け止めてきたもので少し湿っているその一本の柔筋から、今まさに我慢が解き放たれようとしている。

 

しょろっ、しゃあぁぁぁぁ…

 

んっ、ふ、ぅ、ぁぅ、止まらない…

 

始めは遠慮がちに放たれたものの、それは一度その許しを得ると堰を切ったように勢いよく地面の茶色に透明な薄黄色をとめどなく浴びせ続ける。

僕と彼女の縁を繋いだ透き通る単色の虹が、雨雲も無い茜色の空の下で、僕以外の誰に見られるでもなくきらきらと輝く橋をかけていた。

遊園地の外れの所故にその独特の喧騒は遠く、この辺り一帯には彼女の我慢の解放の音がやけに大きく響いていた。

 

しゃあぁぁぁぁじょぼぼぼぼ…

 

彼女が押し止めていた我慢の量と勢いは、地面にそれが染み込む速度を軽く超えて放たれ、そこに小さな水溜まりを形成した。

彼女の足元から見えるその美しい輝きと、夕日に照らされる朝日ちゃんの顔を、僕はきっと一生涯忘れることは無いだろう。

 

ぁぅ、はぅ~、んっ

 

限界まで我慢した後の解放だからか、それとも寒風吹く季節に熱を外に放出しているからか、それとも茜色に染まる空の下、視線から自分を守る確かな壁も天井も無い場所で、それも人が集まる遊園地という場所で僕を下ろして素のままを外気に曝しているからだろうか、だらしなく開いた朝日ちゃんの口からは普段のその行為では漏れることの無い声が出てきてしまっていた。

そして長く続いた解放の時は終わりを告げる。

 

ちょぽぽぽぽ…ちょろっ、しょろ

 

最後の一滴まで絞り出すように朝日ちゃんは下腹に力を入れてその行為を仕上げると、スカートのポケットからティッシュを取り出して後始末を始めた。

彼女の水門に押し当てられたその白いちり紙は、冬の空気に冷やされて熱を失った雫を吸収してその色を変える。

一瞬、もったいない、僕にくれればいいのにと思ってしまったのは内緒だ。

僕が湿って冷えたら朝日ちゃんが風邪を引きかねないから、そんなことは願ってはいけないよね。

 

彼女の水門を内包する一本の筋は、ティッシュにこしこしと擦られる度にその形を変えてその柔らかさを僕に見せつける。

僕が人であったならば一生見ることの無かったであろう景色は、脳内に焼き付いて僕の数秒を永遠にした。

朝日ちゃんはティッシュを持つ手はそのままに、空いている方の手でポーチの中を探りビニール袋を取り出した。

使用したティッシュをそこに入れてゴミ箱まで運ぶのだろう。この緊急時にあってポイ捨てをしない辺りこの子はとても良い子だ。

しかし結構なお嬢様である朝日ちゃんがポーチにビニール袋を常備しているのは意外だった。じいやの教えだろうか。

 

役目を果たしたティッシュが彼女のそこから離された刹那、僕はその柔筋からちり紙へ一本の透明な橋が伸びているのに気が付いた。

彼女の足元に出来た水溜まりを成すそれとは違い無色で粘性のあるそれは、この事態が彼女に与えた刺激を無自覚に表すと共に、僕に嫉妬の炎を灯した。

それは僕が一番に受け止めたかった!まさか心持たぬティッシュに先を越されるなんて!心を持つ無生物なんてのもそうそういないとは思うけど!

 

そんなティッシュもビニール袋へと収納されて、彼女は立ち上がりいそいそと僕を持ち上げた。

僕の視界がいつものスカートの裏地に納まる。実家のような安心感。

おかしな話だけれど、朝日ちゃんを包み込んで安心させる存在であるはずの僕の方が、彼女の体温に触れることで安心させて貰っていた。

彼女に履かれることは、それだけ心地よかった。

我慢しきれなかったものとか意図せず垂れてきてしまったものとかが染みているから、彼女にとって今の僕が心地いいかどうかは微妙なところだけどね。

 

僕を履いた朝日ちゃんは、じいやの元へ戻るべく歩き始める。我慢していたときとは違って、いつもの凛とした歩き方で。

最後にちょっと恥ずかしい思いをしたものの、今日はとても良い日になっただろう。

明日からじいやはいなくなる。

けれど朝日ちゃんは、じいやとの今日までの思い出を胸に生きていけるはずだ。

 

彼女が茂みを出て僕の視界が煉瓦舗装の道を捉えたその時、彼女の影に大きな別の影が重なった。

僕からは見えないけれど、誰かが朝日ちゃんの前に立ち塞がったようだ。

 

「鶴辺朝日だな」

 

「なっ、何者ですか!」

 

影の主は男で、朝日ちゃんを知っているということがその声色からわかった。

そして、少なくとも友好的ではないことも。

まだ人目につく場所まで来れていないのだろうか、助けが来る気配もない。

 

「何を、やめっ、んぐ、んー!ん゛っ!」

 

「大人しくしろ、これ以上痛い目は見たくないだろ」

 

激しく暴れる彼女に、強い衝撃が加えられた。どうやら殴られたらしい。

痛みと恐怖で凍りつき大人しくなった彼女を、足元から黒い布がつつんだ。

続いて聞こえる、チャックの閉まる音。この黒い布はバッグだったのか。

誘拐、の二文字が頭に浮かんだ。

朝日ちゃんの家はお屋敷と言えるほどに広いし、彼女自身もまさに品の良いお嬢様といった佇まいをしている。

そんな彼女が一人で人目に付かないところに入って行ったこの状況は、よからぬことを考える者たちにとっては千載一遇の好機だったに違いない。

何も見えない暗闇の中、普段とは全く違う歩調による浮遊感を感じながら、僕はこの身の無力を嘆いていた。

なにが彼女を包むだ。なにが彼女を守るだ。何もできやしないじゃないか。

これでは、ただの頼りない布っきれじゃないか…

 

それからほどなくしてチャックが開く音とともに、薄暗い明りが差し込んでくる。

人工的な明りは無く、埃の積もったボロボロな木の床板が見える。廃屋だろうか。

移動時間からしてそこまで離れてはいないようだが、この町に来て日の浅い僕にはこの廃屋がどこにあるのか見当もつかなかった。

見当がついたところで僕は何の役にも立てないのだけれど。

 

「もう一度言うが、大人しくしていろよ。まぁこんな山の中じゃちょっとやそっとの大声では誰も助けに来ないがな。もっとも、猿轡を噛まされて大声なんて出せないか、いい気味だぜ」

 

男の嗤い声が聞こえる。一人分じゃない。二人、いや三人か。

人数が分かったところで朝日ちゃんでは暴れてもすぐに取り押さえられるだろうし、僕に至っては文字通り手も足も出ない。というか無い。

恐怖で小刻みに震えている朝日ちゃんの下腹部を包むくらいしかできない、ただの布切れなのだ、僕は。

脅すような、というか実際に脅している男の言い草からして、朝日ちゃんの家に何らかの恨みを持つ者たちなのだろう。はたして無事に帰れるのだろうか。

 

「しかしこんなガキだとヤる気も起きねぇな」

 

「目的はそれじゃないだろ、履き違えるなよ」

 

「わかってるよ、そうカリカリすんなって」

 

会話を聞くに、この男たちの目的は直接朝日ちゃんに危害を加えることではないようだ。

身代金目当てだろうか、それとも脅しをかけて何かさせようというのだろうか。

なんにせよまともなことではないはずだし、こいつらはまともなやつらではない。油断はできない。

 

「へ、へへ、でもよぉ、ちっこくても穴はあんだろ?」

 

「うげっお前ロリコンかよ」

 

「ちげぇよ、俺だって大きいほうが良い。でもよ、ここ最近ご無沙汰だからよぉ…」

 

「まったく…壊すんじゃねぇぞ」

 

「あぁ、死なない程度に抑えてやるよ。おら、来いガキ!」

 

三人の中で一番声の低い男が朝日ちゃんに近づいて腕かどこかを引っ張った。

軽い上に未だ恐怖で凍り付いている彼女は容易くよろけてしまい、男に引き寄せられてしまう。

キチ、キチと聞き覚えのある音が聞こえた直後、布の裂ける音とともに僕の視界が開けた。

カッターを持った男が、朝日ちゃんに、僕に、下卑た視線を這わせていた。

 

「はっ、色気も糞もねぇ下着だな。これじゃ無いほうがまs」

 

様ぁぁぁぁあああああ!

 

僕への侮辱を言い切るよりも先に、バァンと激しく扉が開いた。

聞きなれた、しかし聞いたことのない大声と共に。

とっさに向けた視線の先にはその声の主が、守るべき主の扱われ方を見て般若の形相を浮かべたじいやがいた。

 

ゆるさん

 

いつもの柔和な声からは想像もできない底冷えするような声色でそう呟いたじいやは、その老体に似合わぬ速度で走り出すと禿頭の男の鼻に掌を打ち込み、痛みでよろけた男の腕から朝日ちゃんを救い出した。

その姿はまるで、いやまさにヒーローだった。

じいやは周囲を警戒しながら朝日ちゃんに付けられていた猿轡を外して、彼女の手を包むように握り何かを渡す。

 

「お嬢様、これを持ってお逃げください。私めはこやつらを始末して参りますゆえ。」

 

「ぁ、あ、じい、や、」

 

「もう、動けますな?では早く!」

 

じいやが手を離すと同時に、朝日ちゃんは弾かれたように走り出した。

彼が蹴破った扉から薄暗い外へ、森の中へ。

廃屋から聞こえる怒号と、物が壊れる音を背にして。

 

ごめんなさい、ごめんなさい、はぁっ、はぁっ、じいや、はぁっ、どうか、

 

無事で。

そう、願わずにいられなかった。願うことしかできなかった。

どんどん後ろへと流れていく景色の中で、僕は冷たい風から朝日ちゃんの下腹部を守ることしか、いや、それすらもきっとできていなかった。

布切れ一枚では、冬の夜は耐えられない。

動けるうちに町に出なければ、体調を崩すどころか凍死もありうる。

 

「はぁっ、はぁっ、ふっ、ぁ、町、たすかっ、きゃぁっ!」

 

焦りで乱れた歩調は、それでも彼女を視界の良い開けた場所へと運び、生き残りへの希望を見せた。

その希望が、安堵が、朝日ちゃんの足を掬った。

見晴らしの良いところというのは、森の切れ目、底に流れの速い川を持つ崖だったのだ。

麓の町の明かりが見えてほんの少し足の力が抜けた朝日ちゃんは、体制を崩して吸い込まれるように奈落へと吸い込まれた。

山の麓の小さな町に似合わないやけに眩しい建物が、いやにゆっくりと僕の視界の中を上へとずれていった。

 

山中に響いたのは彼女が川へと着水した水音でも、岩石にぶつかってつぶれた音でもなく、木の枝が軋む音だった。

僕が崖に生えた木の枝に引っかかって、朝日ちゃんを吊り下げる音だった。

体が、痛みを感じる器官なんてどこにもないはずのこの布の体が、引き裂かれるように痛い。

いっそこのまま千切れてしまったほうがきっと楽になれるかも、と考えてしまう程に強烈な痛みで一瞬意識が飛ぶ。

その瞬間、びりぃ、と嫌な音がする。

限界を超えた負荷に僕の体が持たなくなってきていた。

僕の気合いがこの布の体の強度に関係あるのかはぜんぜんわからないけれど、気を抜くとすぐにでも破れてしまいそうだった。

奈落の真上に吊り下げられた朝日ちゃんは、なんとか崖の淵を掴もうと手を伸ばしているが、惜しいところで届かない。

彼女が動く度に僕の体の裂け目は広がっていく。

せめてあと数センチ、彼女を崖の淵に近づけられれば。

痛みを、恐怖を振り払い、動くはずのない体で朝日ちゃんの臀部を力の限り押す。

ぶちり、という音とともに叫びだしそうなほどの激痛が僕の体をはしった。

それと同時に、強い風が僕たちを煽る。

僕がこの体で最後に見たものは、千切れた自分の体の端と、上へと遠ざかる朝日ちゃんの無防備な下半身だった。

どうやらあの風のおかげで崖の淵に手がかかったようだ。

体が引き裂かれた痛みで遠ざかる意識の中で、安堵が僕の胸中を満たす。

体に染み込んでくる急流の冷たさを感じながら、僕は意識を手放した。

よかった、助かって…

 

 

 




相変わらず物語の中の時間を進めるのが下手で話が全然進みませんね…

「お前は豆腐を説明しろと言われたら大豆が育つ土壌の話からするよな」と言われたこともありますが、誤解無く物事を伝えようとするとそんな感じになってしまうんですよねぇ…

テンポよくお話を進められる人ってすごい


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中編

とりあえずできてるところまで上げちゃいましょうねぇ~

パンツになりたいなぁ


…助かってないよね、まだ。

人間の体に戻って一番最初に出てきた思考がそれだった。

焦りと絶望の暗雲が僕の中に立ち込める。

この時間帯で山の中の道なき道の先の崖に誰か通りがかるだろうか、通りがかったものは朝日ちゃんを助けるだろうか。

じいやが大の男三人を蹴散らして助けに来るだろうか、そもそもじいやは無事なのか。

警察に、いや説明ができない。僕はパンツなんですなんて言った日には良くて頭の病院か、悪くて冷たい牢の中だ。

鶴辺家に、電話番号を知らない。せめて僕が宿代をケチって町外れに泊まっていなければ!

何か、何か無いか。なんでもいい、見落としは無いか。

パンツとしての僕の意識が途切れてすぐにこちらが覚醒したのなら、朝日ちゃんはまだ崖の淵にぶら下がっているはずだ。

手元の携帯の時計が表している時刻と日没の時間を考えるとまだそんなに経っていない。

そして場所は山中の崖…崖から見えた景色はどうだった?

…麓の町の明かりに、見覚えはなかっただろうか?

一つの可能性が頭を過った時には、僕の体はもう動き出していた。

 

「すみません、外出で」

 

「かしこまりました。あ、パックの残り時間の方少なくなっておりますのでパックの切り替えをおすすめしますが。」

 

「じゃ、三時間をこれで。すみません、急ぐので」

 

「あ、お客様お釣りお釣り」

 

「後で取りに来ます!」

 

ここで釣りはいらねぇって言えたらかっこよかったのかも知れないけど、四千円弱の浪費は財布に痛恨の一撃で懐に大寒波をもたらすからみみっちいけど仕方ないね。

そんなことより今は朝日ちゃんのことだ。

まだそんなに時間が経っていないとはいえ、幼い彼女がこの寒い中いつまで崖にぶら下がっていられるかはわからない。少なくともそう長くはないはずだ。

近くの駐輪場に停めておいた自転車のスタンドを乱暴に蹴りあげて、ペダルを漕ぎながら急いであの崖から見えたやたらと眩しい建物を探す。

日の落ちた中では、それはすぐに見つかった。いつも眩しくてうざったいとか思っててごめんよ。

この近辺にある山は一つ、築杯山だけ。

方向を見失わないように確りとその山を睨み付けて、全力でペダルを回す。

 

築杯山は名前こそ山だがその実なだらかな丘のような部分がほとんどで、その山腹には公園や遊歩道、サイクリングロードなんかもある。

少なくともあんな崖は人が多く通る所には無かったはず。

あるとすれば、それは山頂付近の突起のような部分だ。

目指す場所は決まった。後は全力で走るだけだ。

僕は大きく息を吸い込んで、自転車のギアを二段上げた。

 

築杯山のサイクリングロードは緩やかな上り坂を、道が険しくなる山頂付近の直前まで続けており、そこまで行くのはそう難しいことではなかった。

上り坂が下り坂になる所まで来た僕は、振り返ってあの眩しい建物が見えることを確認すると自転車を目立たない場所に停めて携帯をライト代わりに道なき道へと突き進んだ。

もちろん安全性や遭難のリスクを考えると登山道を進んだ方が良いのだが、朝日ちゃんのいる場所が登山道付近だとは限らないし、回り道で時間をかけすぎるのも危険だと考えて直進する。

ズボンのポケットに入っていたラバー軍手を着けて手を保護しつつ、生い茂る木々に掴まりながら急な斜面を登る。

日雇い肉体労働者の必需品がこんなところで役に立つとは、なんて考えながら真っ暗な山道をただひたに真っ直ぐに登っていると、ほどなくして水の流れる音が聞こえてきた。

 

携帯のライトに照らし出されたのは、高さ数メートル程の断崖とその手前を流れる川だった。

パンツの僕が見た時よりも高さは無いように感じたが、それでも突き出た岩なんかに体をぶつければただでは済まないだろう。

一瞬、岩に叩きつけられて赤い華になる朝日ちゃんを幻視して背筋が凍った。

特別体が弱い訳ではないと知ってはいるものの、彼女がどれだけ耐えていられるだろうか。

一刻も早く朝日ちゃんの下へ向かわなければ、とは思うものの、この寒い中川に入るのは自殺行為と言ってもいい。迂回路を探さなければ。

 

焦燥感から速くなった歩調で川の上流へと歩くこと少し、多少狭まった川の中央付近に大きな岩が顔を出しているのに気付く。

最近落ちてきたのかまだ丸く削られきっていないそれは、僕には神か何かがかけた橋にも見えた。

しかし渡れると確信するにはその川幅は広く、落下の可能性を想起させる。

落ちたらどうなる。その想像が、僕の脚を竦ませる。

その竦んだ脚で、僕は跳んだ。

僕はともかく、朝日ちゃんが落ちればまず助からない。

冷たい水に熱を奪われて徐々に冷たくなる彼女を想像したその時、僕の脚は動き出していたのだ。

怖いくせに、想像しただけで震えていたのに、どうしてこの体が動いたのか自分にもわからなかった。

岩の平たい部分に着地して、勢いのままにもう一度跳躍する。

暗いせいで向こう岸が見えないから、出せる全力で。

勢いをつけすぎて向こう岸に着地した後転がることになってしまったけれど、なんとか渡ることができた。

方向感覚も、まだ大丈夫だ。

後はこの急斜面を登って朝日ちゃんを探すだけ。

 

朝日ちゃーーーん!おーーーーい!朝日ちゃーーーーん!

 

声を張り上げて彼女を呼ぶ。

クライマーもかくやというスピードで斜面を登りきった僕は、崖の淵を歩いて朝日ちゃんを探した。

崖下に落ちてしまったのではないかという考えをかき消すように、祈るように、大声で彼女の名前を呼びながら。

 

っ!たすけてください!ここにいます!

 

それは、聞き間違えようもない、この数週間の間に聞き慣れた朝日ちゃんの声で、彼女がまだ生きていることの証明だった。

まだ少し遠いその声を頼りに、真っ暗で不確かな地面を駆ける。

助ける。今度こそ、助ける。

 

今、行く、から!頑張って!

 

全力で動き続けて切れた息を整えることもせず、精一杯の大声で彼女を励ましながら電源の心許なくなった携帯のライトを崖下に向けて彼女の姿を探す。

すっかり日も沈み真っ暗になった視界に、麓の町のあの看板が映る。

このあたりのはずだ。

 

朝日ちゃん!どこ!?

 

「ここ、です!」

 

ライトを少し前方に向けると、探し求めた姿が照らし出された。

泥だらけになってしまった可愛らしい服、そこから伸びる細く白い腕、生き残る為の努力でボロボロになってしまっても尚崖の淵を掴む指。

人間の僕が初めて見た彼女は、パンツだった頃にも見たことがない必死の形相で、生きようとしていた。

 

「朝日ちゃん、今助ける!」

 

一秒でも、一瞬でも早くと彼女の下へと駆け、跪き腕を伸ばし、遂に僕の右手が細腕を捉えた。

それと同時に限界を迎えた朝日ちゃんの指から力が抜け、がくんと僕の腕に彼女の全体重がかかる。

多少体勢を崩したものの、僕の手が彼女を離すことはなかった。

人間の僕の体ならば、年相応に小柄で軽い彼女の全てをぶら下げたって破れることはない。

 

「引き上げるよ!」

 

彼女の重みを体感して、これならば一人でも引き上げることができると判断した僕は彼女に声をかけた。もう大丈夫、助かるよ、と安心させる意味をこめて。

携帯を置いて空いた左手で近くに生えていた丈夫そうな木の枝に掴まって支えにしながら、右手により一層力をこめて立ち上がり彼女を引っ張る。

崖の淵から胸元辺りまで彼女を引き上げたところで、僕は大変なことに気付いてしまった。

朝日ちゃん、スカートを破られた上に僕を履いてない・・・

僕の戸惑いをよそに、彼女は掴まれていない方の腕を崖の上に出して崖をよじ登ろうとする。

その行動に我に返った僕は、不可抗力だから仕方ないと覚悟を決めて彼女を崖の上へと引き上げた。

ようやく地面に足がついた彼女は、安心したのかそれとも疲れてしまったのか、座り込んでしまったようだった。掴んだ腕が、すとんと下がった。

危機は脱したとはいえ彼女が部分的にとても薄着であることは変わりなく、この気温の中では体調を崩してしまいかねないため、僕は彼女に上着を渡した。

 

「寒いでしょ、これどうぞ」

 

「あ、ありがとうございます・・・、っ!」

 

暗闇で表情こそ見えないが、はっ、という呼吸音から彼女が本来隠されているべき場所を外気に晒してしまっている事を思い出したようだと察することができた。

さすがにこの状態で携帯のライトをつける度胸はなかった。

掴んでいた彼女の腕を離して自由にすると、ごそごそと上着がすれる音がした。きっと腰に巻いているのだろう。

 

「あー、もう明かり点けても大丈夫?」

 

「は、はい。もう大丈夫、です」

 

携帯のライトを点けて、状況を確認する。

泥だらけの服は崖から引き上げた時に擦れて所々穴が開いてしまっており、僕の上着を巻いたとはいえ、包みきれなかった所からは泥に汚れて尚綺麗な太ももが露になっていた。

大きな怪我こそ見当たらないものの、朝日ちゃんはその身を抱くようにして寒さを耐えているようだった。

この寒い中薄着で風に曝されていたのだ。寒くないわけがない。

僕は着ているパーカーを脱いで朝日ちゃんに手渡した。寒っ

 

「朝日ちゃん怪我は無い?寒いでしょ、とりあえずこれ着てて」

 

「痛みとかは無いので怪我は大丈夫だと思うんですけど、あなたは、その、寒くないんですか…?そんな半袖で」

 

「大丈夫大丈夫。中学生の頃とか真冬でも半袖短パンで体育の授業出てたし」

 

「あぁ…そういう方いますよね。ところで私、以前あなたとお会いしましたか?私の名前をご存じのようですが…」

 

あ、しまった。

人間の僕は朝日ちゃんと面識が無いんだった…いやパンツの僕も面識があると言っていいかはわからないけど。

…もしかしてこれ結構マズいのでは?

身分のはっきりしない野郎がお嬢様の名前を知ってて窮地に駆けつけてきた?怪しさ1000%もいいところだね…

最悪あの人拐い達の仲間と思われて逃げられるかもしれない。

別に逃げられるだけなら僕が凹むだけなんだけど、この暗い中明かりもなく逃げ出したらまた崖から落ちかねない。

ここは返答を間違える訳にはいかない。

どう返せば怖がられずに済むだろうか…

 

「あの、もしかして、あの男達の…」

 

「いやいやいや違うって!僕はただ君を助けに来ただけなんだ!あいつらの仲間なんかじゃ」

 

僕が少しばかり考え込んでしまった空白の時間に不安を感じた朝日ちゃんから、当然の疑問と懸念が放たれる。

恐れていた事態に動揺して口から溢れたこの返答は、どうしようもない失言だった。

 

「どうしてあの男達を知っているのですか?」

 

「あ゙っ、違っ、僕は」

 

「助けるふりして!また酷いことするんですか!?」

 

パンツだった僕でも見たことのない怒りと恐怖の表情を浮かべた朝日ちゃんは、立ち上がることも忘れてずりずりと後退り僕から距離を取ろうとする。

その姿は、僕の心に暗い暗い影を落とした。

違う、違う、僕は君を助けたかっただけなんだ!

叫ぼうとした僕の口からは、掠れた吐息が出るだけだった。

守りたい人に拒絶され、憎まれ、恐れられる。

それだけのことが、こんなにも怖いのか、こんなにも辛いのか。

 

「最低!最低!来ないで!きゃ」

 

「来ないでって?そっちから来てんじゃねぇか、クソガキ」

 

後退る彼女が何かにぶつかって上げた短い悲鳴に、聞きたくなかった声が言葉を返した。

声の主にライトを当てれば、鼻血をたらし右手にカッターを持った禿頭の男が照らし出された。

そいつを見上げた朝日ちゃんの顔から血の気が引いていくのが見える。

ニタニタと嗤う男の右腕が持ち上がり、何をしようとしているのかを僕たちに示す。

 

「大人しくできねぇなら、大人しくさせてやるよ!」

 

「いや、きゃあっ!ぇ?」

 

その腕が振り下ろされる刹那、心を影に縛られ声すらも出せなかった僕の体は弾かれるように前へと飛び出していた。

尻餅をついた姿勢の朝日ちゃんに覆い被さるように、カッターと彼女との間に体を滑り込ませる。

僕の体に侵入した冷たい刃は、背中に焼けるような痛みを刻みつけて出ていった。

今まで体感したことのない程の痛みは、僕の脳に脳内麻薬をたくさん分泌させているようだ。

体が動く。それならば、彼女を守れる。

上体を起こして朝日ちゃんと禿頭の男の間に立ち塞がり、素人丸出しのファイティングポーズを構えた。

少しでも喧嘩慣れしているように見せかけるように、相手の戦意を削げるように。

 

「邪魔、するんじゃ、ねぇッ!」

 

朝日ちゃんを庇った時に携帯を放り投げてしまったから、視界は月明かりと町から届く僅かな明かりが頼りだ。

そんな朧気な世界の中で、僕のなけなしのはったりも虚しく禿頭の男が右手のカッターを振りかざすのが見える。

喧嘩なんてしたことは無いから、ここで華麗に攻撃を避けて反撃なんてことはできない。

それなら、耐えればいい。

左腕で予想されるカッターの軌道を塞ぎ、右脚で相手の体を押し出すように蹴った。

左腕に痛みがはしる。けど、耐えられる。

朝日ちゃんに怖がられた時より痛くない。朝日ちゃんに拒絶された時より怖くない。いやでもやっぱり痛い。

少し遅れて、右脚に確かな感触が伝わる。

 

「ゔっぉ゙、クソが、なめやがって!」

 

僕に蹴り飛ばされて尻餅をついた男は、多少苦しそうに呻きはしたものの戦意を喪失するどころか激昂して悪態を吐いた。

別に舐めてる訳じゃないんだけどなぁ、舐めるなら朝日ちゃんみたいな女児がいい。隅々まで舐め回したい。

 

「死ねやぁぁああああ!」

 

痛みと現実感の無さ、そして背中と腕から流れ出る命の感覚でズレていた思考が、男の怒号で現実に引き戻される。

僕の視界がそいつを捉えたときには、僕の腹に男の脚がめり込んでいた。

体重の乗ったその脚は、カッターとは違った痛みを僕に押し付けながら僕を転がした。

せめて頭を打たないように腕で庇いながら、なるべく衝撃を受けないように後転する。

鈍い痛みと慣れない縦回転で回る世界とふらつく足を気合いでどうにかして立ち上がると、禿頭の男が朝日ちゃんの方へ歩いてくるのが見えた。

 

「ひっ、たすけ、」

 

「うるせえクソガキ、全部てめぇのせいだ!てめぇが大人しくヤられねぇからこんなことになんだよ!」

 

僕を蹴り転がした脚が、今度は朝日ちゃんに向いていた。

震えてもつれる僕の足が、またしても考える前に動き出し僕の体を前へと運ぶ。

守るべき主人の下へ、朝日ちゃんの下へと。

 

「ゔっ、くぅ」

 

「てめぇ…そんなに死にてぇのか」

 

鳩尾に再度脚がめり込む。

今度は後ろに朝日ちゃんがいるから転がることもできずにその場で踏ん張って耐える。

空の胃からせり上がる何かを感じながら、崩れ落ちてしまいそうな自分に喝を入れる。

情けない呻き声こそ漏れたものの、なんとか壁にはなれたようだった。

 

「なんで、どうして、」

 

僕の後ろから朝日ちゃんの震えた声が聞こえる。

その問いに対する答えなら、既に決まっていた。

 

「お望み通りに殺してやるよぉ!」

 

僕の血に濡れた冷たい刃が、僕の胴体に向かって真っ直ぐに突き出される。

それが僕に傷を付けると同時に、固く握りしめた僕の拳が禿頭の男の顔面を捉えた。

初めて遠慮なく人を殴った感覚は、腹部の痛みに掻き消されてあまり感じることはできなかった。

 

「く、そがぁっ!」

 

残念ながら、素人が全力で人を殴ったところでそのダメージはたかが知れているもので、禿頭の男は気絶するどころかふらつく様子もなく僕に向き直り再度カッターを突き出してきた。

痛みこそ麻痺しているもののすでにいくらか穴が開いている僕の体では、それを避けることも防ぐことも、反撃することも出来なかった。

また一つ、僕の体に穴が開いて命が流れ出る。

 

「もうやめてください!死んでしまいます!」

 

後ろから朝日ちゃんの声がする。

守らなきゃ、今度こそ最後まで。

体が回避行動を取ろうとする前に、僕にもう一つ穴が穿たれる。

このまま刺し続けられれば、僕はすぐにパンツだった頃のようにズタボロになって果ててしまうだろう。

それではだめだ。朝日ちゃんを守れない。

僕はこの体に残る気力を総動員して、凶刃が引き抜かれる前に男の手を掴んで右に思い切り引っ張った。

ぺき、と軽い音を立ててそれは呆気なく折れた。

これでカッターの刃はほとんど僕の中に残って使い物にならなくなったはずだ。だからといって状況が好転した訳でもないんだけど。痛いし。

 

「てめぇ頭おかしいんじゃねえか!?」

 

「げほっ、ふ、はは、よく、言われるよ」

 

こうしている間にも僕の命は流れ出ていて足元は不確かになっているけれど、なるべく余裕ぶって相対する者を威圧するように、後ろにいる者を安心させるように精一杯強がって軽口を叩く。

暗くて相手の表情をはっきりととらえることはできないが、それでも僕は笑って見せる。痛くないぞ、怖くないぞ、まだまだ余裕だと。

僕やじいやが警察などに通報した可能性を考えると、相手だってそう長いこと僕を相手にしていたくはない筈だ。

鉛のように重たくなった腕を上げて、再度ファイティングポーズをとる。

これで防げる攻撃なんてあるのかはわからないけど、やらないよりはましだろう。

 

「いい加減死ねぇ!」

 

顔面にまっすぐ飛んでくる拳を何とか腕で防ぐ。鉛のように重く感じる癖に実際には鉛ほども硬くないし重くもなくて、防いでも腕が押されて顔面にぶつかって痛い。

自分の腕に視界を塞がれていると、今度は腹部に衝撃が加わって体がくの字に折れ曲がる。

前のめりに倒れ掛かって下がっていく僕の顔面を、今度は膝蹴りが捉える。べきりと嫌な音がして鼻を激痛が襲う。涙が出る。鼻血も出る。

思い切り蹴り上げられた勢いのままに上体がのけぞり、踏ん張りがきかずに尻餅をついてしまった。

間髪入れずに顔面に蹴りを入れられ、防ごうと思う暇すらなく地面に転がされる。

一度体を地面に横たえてしまうと、それからどうしても立ち上がれなくなった。全身くまなくとても痛い。それにひどくさむい。

血と一緒に気力とかそういうものも流れ出ているのだろうか、瞼までもが重くなってくる。意識が、遠のく。

随分と狭くなった僕の視界に、僕から離れていく一つの人影が映る。その影が向かう先にあるものは⋯

 

「まだやんのかよ、このキチガイが、よぉっ!離せ!クソが!」

 

どうにか動いた、動かした腕で男の足にしがみつくと、男は悪態を吐いて何度も僕の顔を蹴り上げ踏みつける。

自分の頭が上下左右に振られる中、僕はしっかりと歯を食いしばって必死に耐えてしがみついた。この脚を離すものか、こいつを朝日ちゃんのもとへ行かせるものか。それだけが僕の頭の中を支配していた。

蹴られ続けて何分が経っただろうか、もしかしたら数秒のことだったかもしれないが、そんな痛みと苦しみの時間の中に一筋の光が見えた。いや、聞こえた。

 

お嬢様ああああぁぁぁ!返事をしてくだされえええぇぇぇぇ!お嬢様ああぁぁぁぁ!

 

その声は遠く姿も見えなかったけれど、僕にとっては確かな希望となった。

今ここにじいやが来ているということは、小屋にいた悪漢共を片付けてきたということのはず。

つまりじいやは相当強いのだ。さすが執事というべきか。

 

「くそったれ!もうあの爺が来やがったのか!離せ!死ね!」

 

「っ、ごほ、ぐぇ、」

 

また蹴られ始める前になんとか叫んでじいやを呼ぼうとしたものの、僕の叫びはせり上がってくる血となにかよくわからないものに邪魔されてついぞ出てくることはなかった。

朝日ちゃんは叫べるだろうか?人間は極度に恐怖を感じると声が出なくなったりするそうだから、あまり期待はできない。

僕も朝日ちゃんも声を出せないなら、声を出せる人に叫んでもらうしかない。

僕は噛み締めていた口を大きく開いて、男の足、アキレス腱に思い切り嚙みついた!

 

あ゛あ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

 

禿頭の男の汚い叫びが夜の築杯山にこだまする。この声量ならじいやにも聞こえたはずだ。

人体の急所の一つであるアキレス腱に歯を突き立てられた痛みに耐えかねた男は、噛みつかれた足をでたらめに振り回し僕を引きはがそうとする。

僕の頭はまたしても前後左右に振られたが、折角なので持てる気力と咬合力のすべてを振り絞って食らいつく。今だけはパンツじゃなくてワニになりたい。

 

「あ゛あ゛ああぁぁぁぁっ!はなせっ!クソ、がっ!はぁー、はぁ、ぶっころしてやる」

 

ボロボロになった僕の咬合力では暴れる脚に食らいつき続けることはできず、ほどなくして振りほどかれてしまった。

転がされた先から男を見れば、噛まれた足を引きずりながらこちらに真っ直ぐ歩いてきていた。どうやら完璧に狙いをこちらに向けられたようだ。

これなら僕がこと切れるまで朝日ちゃんに被害が行くことはないだろう。それまでにはじいやもここにたどり着くはず。

あとはこの体が破れてしまうまで抵抗するだけだ。もうひと踏ん張り。それで朝日ちゃんは助かる。

決意を新たに希望を胸に、血が流れ出る口を一文字に結び歯を食いしばった。

 

様ぁぁぁぁあああああああ!

 

結果として、その決意も食いしばった覚悟も必要な場面が来ないまま、想定よりもかなり早くじいやが来たのだった。

安堵と達成感の中、僕は小柄な人影が大きな人影を張り倒すのを見届けて意識を手放した。

 

_______________________

 

「大丈夫ですか!?生きてますか!?」

 

「お嬢様、彼の身体を揺すってはなりません。」

 

「ご、ごめんなさい、でも、でも、」

 

不安げな少女の声と、それを宥める老人の声が聞こえる。そのふたりの声を、僕は知っていた。

どうやら僕はまだ地獄には落ちていなかったようだ。段々と意識がはっきりとしてくる。

 

「うぐっ、げっほ、げほ、う゛ぅ、」

 

「じいや!意識が!」

 

「動いてはなりませんぞ!応急処置は致しましたが、身体に穴が開いておるのです。安静にしてくだされ。」

 

意識が浮上してくるとともに、今まで興奮で麻痺していた痛みが僕を襲いだした。

前言撤回。ここは地獄だ。天使みたいにかわいい朝日ちゃんはいるけど痛みは地獄だ。

 

「先ほど救急をお呼びしました。少しの間、ご辛抱なさってください。」

 

先ほど、ということは僕が気を失ってからそう経っていないらしい。激痛で碌に体を動かせない僕は、首から上だけで同意を示した。

ボロボロになった僕の体は常にじくじくと痛み、呼吸する度、僅かにでも体を動かす度に更なる激痛に襲われる。

しかしそれは、僕がまだ生きていることの証明であることに違いなかった。

人間の体は丈夫だなぁ。布とは大違いだ。

 

「あの、守って頂いてありがとうございます。それと、逃げてしまって、酷いことを言ってしまって、ごめんなさい。」

 

「げほ、ぁー、気にしないで。あれじゃ、怪しまれても仕方無いし。それより、怪我、無い?」

 

朝日ちゃんのお礼と謝罪に掠れた声でなんとか答える。

僕としてはやるべきこと、やりたいことをやっただけだし、あの場面で僕を疑ってしまうのは仕方無いしことだと思うから全然気にしていないのだけれど。

それでも申し訳なさそうな声色で謝る朝日ちゃんの純真さが、僕にはとても眩しく思えた。

 

「はい、貴方が守って下さいましたので怪我はありません。ところで、結局貴方は何者なのですか?それに、どうしてここまで私を守ってくれたのですか?」

 

彼女が無事であることに安堵したのも束の間、答えにくい問題がその口から発せられてしまった。

バラバラと少し遠くにヘリコプターの飛行音が聞こえてくる中、僕は回答を考える。

しかし身体中が痛む上に血が足りていない頭で良い考えが浮かぶはずもなく、僕は正直に話すことにした。

今ならじいやは少し離れたところで発煙筒を振っているし、ヘリの音もあるから朝日ちゃん以外に聞かれることもない。

事実を話すなら、今この時しか無いように思えた。

 

「朝日ちゃん、僕は、パンツだ。君が今日履いていた、パンツなんだ。」

 

「はい?」

 

突拍子もない事実に、朝日ちゃんは呆けたような声で返事をした。

そうなるのも仕方無い。僕にもどうしてそうなったかわからないんだもの。

痛みを無視して少しだけ頭を上げて朝日ちゃんの表情を伺う。

暗くてよく見えないけれど、やっぱり可愛い。その可愛い顔がぽかんとしていて更に可愛い。

 

「君が初めて僕を履いたその時、僕は君を守ろうと心に誓ったんだ。けれど、実際は僕はただの布きれで、誘拐されるときも、何もできなくて、悔しかったんだ。」

 

途切れ途切れに、自分の気持ちを吐露する。

朝日ちゃんはこちらに真っ直ぐな視線を向けてくれていた。

 

「ん゙っ、しょ、ふぅ、だから、僕は嬉しいんだ。君を守れた。布きれの僕は、途中で破れてしまったけれど、それでも僕は、君のパンツになれたんだ。それが、誇らしかった」

 

ヘリの音が次第に近づき大きくなる中で、声がそれに掻き消されてしまわないように上体を起こして朝日ちゃんに顔を寄せた。

安静にしていろと言われたけれど、これだけはどうしても伝えたかった。

僕は朝日ちゃんに真っ直ぐ視線を向けると----

 

「へ?きゃあっ!」

 

----しゃがんでいる朝日ちゃんの肩を掴んで、僕と場所を入れ替えるように思い切り引き倒した。

僕が朝日ちゃんに向けた視線の先に、猛然とこちらに向かってくる人影が見えていた。

その人影はさっきまで朝日ちゃんがいた場所に、今は僕の上体がある場所に突っ込んでくる。

自分よりも体格の良いその人影に突進を喰らった僕は、当然地面を転がることになった。

回る世界の中、朝日ちゃんの悲鳴に気付いたじいやがこちらに向かってくるのが見える。驚きで固まってしまった朝日ちゃんが見える。…僕がこれから落ちるであろう崖が見える。

勢いを殺す力も、崖の端に掴まる力も既に残っていない僕は、最後の力を振り絞って叫んだ。

 

「ありがとう、守らせてくれて、履いてくれて」

 

あまりに力無く掠れた叫びは、きっと誰の耳にも入らずにヘリコプターの音に掻き消された。

上へ上へと遠ざかり次第に狭くなる夜空を見上げながら、僕は目を閉じた。

きっと今の僕は、誇らしげな笑みを浮かべていることだろう。

 

僕は、彼女を守れた。

 

僕は、パンツだったのだ。

 

こうして僕は、意識を閉じた。




次がいつになるか?わっかんない(にっこり)

一応この後の展開は考えてあるので打ちっ切りにはしないと思いますが果たして…


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後編

僕も女児パンツになりたい
そして色々と受け止めたい


目が覚めると、いや、本当は目が覚めてなんかいないのかもしれないけど、目の前には白い扉があった。

ここまで近くにいても開かないということは自動ドアではないのは確かだろうけど、僕にはこの扉が何なのか全く分からなかった。

それもまぁ当然といえば当然、目が覚めてすぐ目の前に扉があるなんてそうある事態ではないし、少なくとも僕は体験したことはない。

僕が不思議がって固まっていると、僕の右側から華奢な腕が伸びてきてその扉をノックした。

 

「失礼します」

 

聞き覚えのある凛とした、それでいて可愛らしい声が聞こえた。

またその声を聴くことができた喜びもつかの間、一つの疑問が浮かんでくる。

あのズタボロな状態で真冬の川に落ちた僕は流石に死んだはずだ。つまりここは天国か地獄かもしくはそれに類する場所のはず。

ではなぜここに朝日ちゃんがいるのか。もしかしてあの後彼女は死んでしまったのだろうか…

その疑問は開いた扉の先の光景に晴らされることになった。

清潔感のある床や壁、窓際に設置されたベッド、何やらよくわからない機械。ここは病院のようだ。

僕が今いる場所について考えていると、不意に景色が後ろに流れ出した。歩いているわけでもないのに。

今どきの病院は動く床を採用しているのだろうか?正直あまり馴染みがないから病院がどんなところなのか今一よくわからない。

 

「まだ、眠っているのですね」

 

流れる景色がベッドの前で止まり、そこに眠っている人物が見えた。

朝日ちゃんは眠り続けるその人を見てそう呟いた。

ベッドの上には、本来僕が見ることができない筈の僕の寝顔があった。

 

 

 

「お嬢様、またこちらにいらしたのですか」

 

「あらじいや、奇遇ね。ここは静かだし読書に都合がいいのよ。」

 

ありえない光景を目の当たりにして固まっていると、見知った顔が病室に入ってきた。見知った、とは言っても顔を合わせたのはあの日のほんの僅かな時間だけだけれど。

じいや眠っている僕を一瞥して僕に向き直ると、少しあきれたような表情をにじませて僕の少し上の辺りに視線を移して口を開いた。

 

「お嬢様、御付きの者を予告なく撒くのはお止めくだされ。危険ですし、怒られるのは彼らなのです。それと、いくら命を救われたとはいえ、破れた下着を縫い直してお守りとして身に着けるのはどうかと思いますぞ。」

 

「撒かれるほうが悪いのよ。実際、じいやを撒けたことなんてなかったもの。それに、お守りを持つくらいいいじゃない。ちゃんと洗濯してきれいにしたんだし。」

 

御付きの人を撒くとか朝日ちゃんお転婆さんだなぁ。

また誘拐されちゃわなければいいけど。

それよりも破れた下着を縫い直して御守りにした、というのはもしかして布の僕(パンツ)の事なんだろうか?だとしたら嬉しい。けどやっぱり(はた)からみたらかなり変な子だから止めた方が良い気もする。

 

不意に僕の視界が何かで塞がれ、ぎゅ、と優しく全身を包まれる感覚がする。

暖かいその感触にはどこか覚えがあった。

手だ。細くてきれいで、すべすべで暖かい、朝日ちゃんの手。

話の流れからして、僕はどうやらその御守りに意識を宿したようだった。

僕はよくよくこの体(パンツ)に縁があるらしい。

 

 

________________________________________

 

 

朝日ちゃんは僕を肌身放さず持ち歩き続けた。

残念ながら流石にお風呂には持っていかなかったけれど、出掛けるときはもちろん寝るときまで一緒だった。

この体が睡眠を必要とするのかはわからないけれど、真っ暗な中で朝日ちゃんの寝息と鼓動の音だけを聞いている時間は僕にとって至福と言って良い時間で。

僕がこの鼓動を繋いだんだ、なんて傲慢だってわかっているけれど、それでも彼女の脈動が、規則的に上下する薄い胸が、静かな吐息が、僕の役目と願いの成就を祝福しているような気がしていた。

こうして僕がお守りライフを満喫している中でも、彼女は毎日僕だった人間のお見舞いに病院へと足を運んでいた。

そこにはもう僕はいないのだけれど、それを知らない朝日ちゃんはいつも僕のをのぞき込んでは悲し気にため息を吐く。

その姿は、幸せな僕の心をいつもちくりと刺した。

 

 

「いつまで寝てるんですか、私のパンツさん」

 

あいにくの空模様で冷たい雨が降りしきるそんな昼下がりのこと、いつものように僕だった人間が寝かされている病室に来てココアを飲みながら静かに本を読んでいた彼女は、読んでいた本をぱたりと閉じて少し周りを見渡すと僕の顔をのぞき込んでそんな問いかけをした。

 

「眠り続けるのはお姫様の方だと思うのですが…」

 

のぞき込む距離がいつもより近いような気がする。僕の顔がすぐそこに見えた。

これではまるで…

 

「おとぎ話の中だけのことなのでしょうけど、眠り続ける人には…試して、みるだけですから。駄目元で、試すだけ…」

 

彼女の顔が僕だった人間の顔に近付いていく。僕はといえば、止める術を持てずに彼女の首にぶら下がったままゆらゆらと揺れていることしかできなかった。

ある程度まで近付いたところで、僕の体が僕だった体に触れた。

その瞬間、僕の意識は暗闇に落ちた。

 

 

 

落ちた意識は直ぐに戻ってきたが、視界は真っ暗なままだった。

すっかり久しぶりになった感覚を懐かしみながら瞼を開くと、頬を赤くして目を瞑ったままの朝日ちゃんの顔が視界いっぱいに映っていた。

これから数秒後、僕にとって最高に魅力的な出来事が起こる。そう考えるとこのまま黙ってじっとしていたくなる。

しかしこんな形で彼女の大切なものをだまし取ってしまうと、嬉しさよりも罪悪感が勝ってしまうような気がした。

目はしっかりと目の前の朝日ちゃんを見つめて、目を閉じ頬を赤らめた彼女の魅力的な表情を網膜に焼き付けようとしながら、僕は後ろ髪をひかれる思いで息を吸い、口を開く。

 

ぁ、えー、と、おはよう?

 

長らく使われなかったために僕の声帯は一時的に衰えてしまったらしく、口からは情けなくかすれた声が零れ落ちた。

しかしもう少し気の利いた言葉は出てこなかったものか。自身の引き出しの少なさに自らを呪う。

 

「な、え、ほんとにっ、えと、いつから起きてらしたのですか…?」

 

目を覚ます気配のなかった僕が起きたことへの驚きと、自分がしようとしたことについての羞恥で真っ赤になった顔を両手で覆いながら訊ねてくる。

本当はずっと起きていた、というかお守りから見ていた、だなんて言ったら彼女はどんな顔をするのだろうか。

それはそれはかわいい顔をするだろうという確信はあったものの、流石にそれは意地悪が過ぎるような気がして嘘を吐く。

 

えぇと、いまさっき。ん゛んっ、げほっ、何か、僕を呼ぶ声が聞こえた気がして。」

 

「そう、ですか。どこか違和感とかは無いですか?」

 

「違和感…声がかすれてたけど今大分まともになったし…特には無い、かな?」

 

体中怠くて仕方ないけれど、何日も寝続けていればこんなものだろう。違和感というほどのものでもない。

両手両足は動くし、痺れなども無い。まだ多少の痛みはあるけれど、よくもまぁあんなボロボロな状態から回復したものだと我ながら無駄に頑丈な身体に感心、を通り越して少し呆れた。

特に体に違和感が無いことを朝日ちゃんに伝えると、彼女は少し表情を和らげて僕に背を向けた。

 

「それを聞いて安心しました。では、担当の先生をお呼びしますね。」

 

そのまま病室を出ていこうとする朝日ちゃんの背中に、僕は少し意地悪をしたくなった。

 

「ありがとう、朝日ちゃん。あぁ、ところで僕が目を覚ました時に目の前にいたけど、何してたの?」

 

彼女はスライド式のドアの取っ手にかけた手を止めて、ゆっくりとこちらに振り返った。顔が真っ赤だ。

 

「そそそそれはあれですよその、全然起きないから、あなたが、その、起こして差し上げようと思って、えと、えーと、そう!頭突きで!」

 

「頭突きで。頭突き…ぶふぅっ、ふはっ、あははははは!」

 

予想外すぎる答えに呆けてしまった。オウム返しに僕の口から出てきた頭突きという単語に、こんどは可笑しさがこみ上げえ来て盛大に吹き出してしまった。

それからひとしきり笑って朝日ちゃんの顔を見れば、先ほどとは違う理由でまた顔を赤くしていた。少し意地悪が過ぎたようだ。

 

「ふふ、ごめんね、朝日ちゃんみたいな可愛い子が、ず、頭突きって、んふっ、予想外だったから。ふふふ、」

 

僕の笑い交じりの謝罪に朝日ちゃんは小声でぅーと呻きながら俯いてしまった。可愛い。

 

「でも、ありがとう。起こそうとしてくれたんだね。きっと朝日ちゃんのお陰だよ、僕が起きられたのは。」

 

「ぁ、う、その、どう、いたしまして。」

 

素直にお礼を言ってみれば、朝日ちゃんは照れてまた顔を俯かせてしまった。

いつも努めて冷静にしているようだった朝日ちゃんが年相応にころころと表情を変える様に、僕はつい見惚れてしまった。自然体な彼女を、もっと見ていたかった。

 

「そりゃいくら寝ていたって頭突きされそうになったら起きるよね、恐怖で。」

 

「なっ、それはぁ、その、うー!」

 

僕と朝日ちゃんのそんなやり取りは、騒がしいの気付いた看護師さんに注意されるまで続いた。

彼女が帰った後も、ココアの甘い香りはずっと残っていた。ような気がした。

 

 

________________________________________

 

 

「それで、結局あなたは何者なんですか?私のパンツさん?」

 

僕がこの体で目を覚ました翌日、当然のごとくお見舞いに来た朝日ちゃんが僕にそう質問した。

お見舞いに来てくれるのはとても嬉しいのだけれど、こう毎日だと色々と不安にもなる。僕が朝日ちゃんの負担になっていなければいいのだけど。

それはまぁさておいて、返答に困る質問をされてしまった。

 

「僕は君のパンツにして旅人さ☆」

 

「退院後は刑務所がお望みですか。」

 

「ごめんなさい真面目に答えます。」

 

軽い冗談は重いカウンターで返されてしまった。どうやらはぐらかすことはできないらしい。

そうなるとそれっぽい嘘でこの場を切り抜けるか、それとも嘘みたいな本当の話をして何とか信じてもらうかの二択になるだろうか。

いや、そういえば朝日ちゃんには僕が彼女しか知り得ない湿った秘密を知っていることを話してしまっていた。

そうなるともう選択肢は一つしかなかった。

 

「あー、えっと、前にも話した通り、僕は君のパンツだったんだよ。今朝日ちゃんが首から下げてるそれだった。」

 

「えぇ、それは聞きましたわ。私しか知らない筈の、その、秘密も知っているようでしたし。ですが人がパンツになるなんて…」

 

「僕も最初は信じられなかった。でもあの日、じいやが僕を君に買っていった日から、君がそれを履いている時に僕が眠ると僕の意識はそのパンツに乗り移るようになっていたんだ。」

 

「じいやがこれを買ってきた日から……っ!!?」

 

その日から今日まで色々とあったことを思い出したのか、彼女はまたしても羞恥に顔を染めて僕から視線をそらした。

…この体に戻ってから朝日ちゃんの赤面を見る回数がすごく増えた気がする。そりゃまぁ見ず知らずの男に下半身の秘密を曝け出していたなんて知ったらそうなるのは当然といえば当然なんだけど。嬉しい反面少し申し訳ない。

 

「だ、大丈夫大丈夫。お漏らしくらい誰でも」

 

「わ゛ーっ!言わなくていいですからっ!」

 

宥めようとしたものの逆効果だったようだ。いつもの彼女からは想像できないような大きな声で僕の声がかき消されてしまった。

 

「そ、そんなことよりも話の続きをお願いします!」

 

これ以上そちらの方向に話を広げたくないのだろう彼女は、僕に続きを話すように促してきた。勢いよく。

 

「う、うん。もうそこまで話すこともないんだけどね。あの日から、夜は人間としてこの体で夜勤の仕事してて、日中は朝日ちゃんのパンツとして生活してただけだし。それで遊園地に行ったあの日、パンツの僕が破れたと同時にこの体で目が覚めてね。崖から見えた景色を頼りに君を探し出したってだけだよ。幸い近くに泊ってたからね。」

 

「泊まってた?あなたはこの町の人ではないのですか?」

 

「僕は根無し草、旅人s待って待って携帯しまってねぇ110番押さないで」

 

「はぁ…真面目に話してくださる?」

 

少しばかりのユーモアを挟もうとしたら通報されかけた。解せぬ。

あとその呆れた眼差しは止めてほしい。何かに目覚めそう。よくないものに。

 

「少しくらい冗談挟んだっていいじゃない…えーと、僕はあれだよ。住所不定無職(現代の旅人)ホームレス(ロマンチスト)とも言うね。それで、この町の橋の下でお昼寝してたら朝日ちゃんのパンツになってたってわけだよ。」

 

「そうだったんですね…これから行く当てはどこかあるんですか?」

 

「う~ん、無いねぇ、ははは。まぁこの町もいいところだし、しばらく居着くかもね。」

 

「でしたら…」

 

コンコンと病室のドアをノックする音が、何かを言いかけた朝日ちゃんの言葉を遮った。

 

「失礼します。お目覚めしたとの話を聞きまして参りました。…やはりこちらでしたか、お嬢様。」

 

「じいや、ちょうどいいところに。」

 

扉を開けて入ってきたのはじいやだった。僕が彼をじいやと呼ぶ義理というか権利というかは無いのだけど、どうしても頭の中ではじいやと呼んでしまう。

じいやはというと、少し呆れたような、しかしどこか優し気な顔で朝日ちゃんの方を一瞥すると、僕の方へと向き直り頭を下げた。

 

「この度はお嬢様を守ってくださいましてありがとうございます。そして申し訳ありませんでした。私がもっとしっかりしていればお嬢様が攫われることも、あなたが大けがをすることもありませんでした。」

 

「いやいやいや、頭を上げてくださいよ。僕だってやりたくてやったことですし、結果こうして生きてますし。」

 

深々と下げられた白髪の頭を前に、どうにもいたたまれなくなった僕は慌ててそう声をかけた。

事実、僕は朝日ちゃんを助けたくて助けたのだからこの結果は誰のせいでもなかった。強いて言うならば僕のせいか、もしくはあの誘拐犯達のせいだ。いや十割あいつらのせいだよな僕悪くないわ。

頭の中で責任の所在を全て誘拐犯達に押し付けたところで、奴らがどうなったのかふと気になった。

 

「そういえば、誘拐犯の連中はどうなったんですか?」

 

「彼等ならまぁ…とりあえず、生きてはいますよ。しばらくは塀の向こうでしょうな。塀から出たとしてもしばらくは監視を付けますが。」

 

「アッハイ」

 

そういえば朝日ちゃんを逃がした時のじいやの動きは素人目に見ても洗練されていたし、もしかしたらあの小屋にいた奴らは全員倒したのかもしれない。

大の男三人以上を相手に特に大きな怪我もなく切り抜けるどころか倒してしまうとは…強い老紳士は本当に存在していたのか。

 

「一人であいつら全員倒したんですか…何か武道でもやっていたんですか?」

 

「ふふん、じいやはとっても強いんですよ!空手とか柔道とか剣道とか、あと、なんでしたっけ、てこんどー?とか!」

 

じいやに向けた質問は横にいた朝日ちゃんに拾われて、得意げな顔と共に答えが返ってきた。じいやのことを自分のことにようにドヤ顔で自慢する朝日ちゃんかわいい。

質問を横から持っていかれたじいやは、少し困ったような顔をしながら微笑ましいものを見る目で朝日ちゃんを見ていた。

 

「えぇ、まあ執事として必要な技能ですから。」

 

「必須なんですね…」

 

「このような事態がいつ起きるともわかりませんからな。鍛錬は怠っていないつもりでしたが、寄る年波には勝てませんでした…」

 

穏やかな声に僅かに悔しさを滲ませたじいやは、朝日ちゃんの頭にしわくちゃな手を乗せてこちらを真っ直ぐに見つめた。

僕の目を見据えるその視線は真剣なもので、有無を言わさぬ圧があった。

 

明野(あけの) 紳夜(しんや)殿。」

 

「はい」

 

どこかで調べたのだろうか、じいやが僕の名前を呼んだ。

その声はどこか厳かな雰囲気さえ纏っていて、僕の姿勢を正させた。姿勢を正すとは言っても横になったままだからその様子はほとんど見えないのだろうけど。

 

「私はあの日、遊園地に行った日を最後にお嬢様の御付きの任を辞しました。しかし後任がおりませんで…」

 

「もしかして、僕にですか?」

 

じいやが少し言いよどんだ所に、僕の予想を差し込んだ。

するとじいやは微笑んで頷いた。

 

「正気ですか?」

 

「えぇ」

 

「どこの誰ともわからない、ふらふらしてる住所不定無職(ロクデナシ)に彼女を、朝日ちゃんを守らせると?」

 

「ふふ、『どこの』はわからなくても『誰』なのかはわかっておりますぞ?紳夜殿。」

 

つい出てしまった本音に、じいやは冗談交えて答えた。

 

「いやそういう話じゃあないですよ!この間攫われかけたのに素性の知れない人間を側に置くなんて!」

 

僕にとってこの話はあまりに魅力的だった。けれど朝日ちゃんにとってはどうなのか、それを考えると簡単に頷くわけにはいかなかった。

あんな目に遭ったのだ、心的外傷があってもおかしくない。男性恐怖症なっていてもおかしくなかった筈。

今のところそれらしき症状は見られないが、あの日誤解とはいえ一度彼女に恐怖を与えてしまった僕が四六時中側にいては忘れられるものも忘れられなくなってしまうだろう。

 

「素性は知れなくとも、貴方がお嬢様を命がけで守ったということは知っています。それに、これはお嬢様の希望でもあるのです。」

 

「はえ?」

 

理解の追い付かない僕の口から情けない声が漏れた。

自分のパンツを自称する正体不明の男を側に置いて身の回りの世話をさせる?僕だったら絶対にノゥだ。

 

「紳夜さん、私のお願い、聞いてくれませんか?」

 

朝日ちゃんはわざわざしゃがんで上目遣いで僕の目を見上げてそう言った。この子は自分が可愛いとわかっていてこれをやっているのだろうか…だとしたら怖ろしい子だ。

僕がこんなあざとい仕草に心揺らがされるとでも思っているのだろうか。そうだとしたらそれは大正解だ。かわいい。何でも言うこと聞いちゃう。

彼女の魅力、もといあざと可愛さにやられてつい目を逸らした。それがいけなかった。

視線を逸らしたその先は、しゃがんだ彼女の膝の辺り。

スカートから延びる細い脚は、この寒い季節だというのにタイツなどに包まれることなくその白さを病室の床の白に浮かべていた。

それだけならばきれいな脚だなとか、少し寒そうだな、位で済んだものだが、問題はしゃがんだ体制の彼女の脚が短めのスカートを持ち上げていたことと、ベッドに横たわる僕の視点がいつもよりも幾分か低いことだった。

冬にしては暖かな昼下がりの日差しは、病室の白い床に反射して僕の視線の先のみえてはいけない部分までうっすらと照らしてしまっていた。

 

「っ!」

 

僕がそこを凝視していたことは直ぐに朝日ちゃんに気付かれてしまったらしい。

彼女はさっと立ち上がると、僕の方へ一歩近づいて僕の耳に顔を近づけてささやいた。

 

見てましたね…?ぱ、パンツだったのにパンツ見て嬉しいんですか?

 

その二つの問いに、僕は首を縦に振ることで答える。愚問である。

朝日ちゃんのパンツであれたことは確かに誇りに思えることだが、それとこれとは話が別だ。可愛い女の子のパンツを見られることは純粋に喜ばしいことで、それだけで生きていて良かったと思える僥倖なのだ。

 

否定どころか言い訳すらしないんですね、まったく。こんな布の何が良いのか全然わかりません…ただの布ですよ?全体的に薄いし、引っ張れば簡単に脱げちゃいますし、これで木の枝にぶら下がったらすぐに破けちゃいそうです。

 

簡単に脱げなければ色々と大変な気もするが、それ以外のことについては全面的に同意できた。

か弱い女の子の敏感で大切なところを包む大役をその身に課された布だというのに、女児用のパンツというものはいささか頼りないものがほとんどに見える。そんなに数見てきたわけではないけれど。

もっともこもこであったかそうなパンツがあってもいいとは思う。それはそれで可愛いとも思うし。

耐久性については…まぁパンツで木にぶら下がること自体そうそうないこととは思うが、あって損は無いのだから肌触りを損ねない範囲で追求してほしいものである。破れた時は本当に痛かった…

 

ですから、丈夫なパンツが欲しいんですよ。崖から落ちても引っ張り上げてくれるような、いくつも穴が開いても私を守ってくれるような。

 

紳夜さん、私のパンツになってくれませんか?

 

「喜んで」

 

考えるよりも先に口が開いていた。言葉が漏れていた。

彼女への気遣いとか、自分の立場とか、これまでの色々なしがらみとか。そういうものが僕を悩ませる暇すらもなく、ただ心が体を動かしていた。

朝日ちゃんは僕の答えを聞いて満足したのか改めて僕の正面に向き直って喜色を湛えた目で僕を見据えた。

むふー、という音が聞こえてきそうなほどのドヤ顔に、今になって湧いてきた言い訳や理由は溶かされてしまった。

 

「では、これからよろしくお願いしますね!」

 

微笑む彼女は、僕に小さくて柔らかそうな手を向けた。

 

僕は彼女の手を取った。

 

僕は彼女のパンツになったのだ。

 

 




長らくお待たせしました。待ってる方いらっしゃったかどうかわかりませんけど。
とりあえずのところはこれで完結となります。
この変態と朝日ちゃんについての続きを書くとしたらまぁR18の方になるでしょうね。

なんだかんだ鶴平田町の設定は気に入ってしまったので今後も使ってこうと思います。


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