自信のない男を美少女が口説き落とす話 (赤茄子 秋)
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無害な男

後輩の年齢、容姿は皆様のご想像にお任せします。




 人生とは孤独である。自身ですら理解しきれない存在であるのに、他人の全てを理解する事はできない。他人からどう思われてるのか、普通を演じられているのか、そんな事を考えながら生き続けてきた私にも限界がきていた。

 

 そろそろリタイヤしたい、そんな思いを持ちながらも惰性で生きていると気付けば歳は28歳、社会にも馴染み責任のある仕事を任される時期だろう。

 

 私という個人は何の変哲もない。同期の中での評価は真ん中、仕事は出来るわけでも出来ないわけでもない。誰からも恨まれたくなく表面的に良い人であろうとする風見鶏、害は与えない無害な存在として生きてきた。

 

 社会人になる前からそうだ、真面目さと偽善でしか自分を現すことを知らずに育ち続けてきたからこそ、今の変化に慣れず、恐れ、停滞する人生を歩み続けている。

 

 だがこの生き方の悪くないことは常に当たり前を過ごせることだ。植物のような生活というと語弊はあるが、人間関係に深く考える必要がないのだ。

 

 面倒な対人関係を、誰とも同じ距離で関われば苦痛を感じることはない。それも互いに、win−winである。lose -loseと言われたこともあるが知るか、私はこれが勝利なのだ。

 

 趣味に生き、趣味に死ぬ。余計な争いは求めない、闘争を求めるならゲームで補える。あらゆる欲はゲームで発散できる時代だ。

 

 死ぬ迄に必要なお金を貯めたら、さっさと仕事を辞めてのんびりしてから死のうかな。そんな思いをする程度にしか自分という人生に価値を感じないし、私の人生というゲームを出したなら「何の動きもねぇぞこいつ!」みたいにクレームが入るだろう。

 

 故に私は程々に自信を弁えて生きていく。誰にも邪魔をせず、誰からも邪魔をされない人生を歩む。

 

 ……その、つもりだった。

 

「(……落ち着け、私。こんな困難、波乱は起こらないと思っていたが落ち着け、落ち着くんだ。こういう時は素数を数えるんだ)」

 

 そんな中、いつも飯を集りに来る後輩と居酒屋に来ている。いつもは更に3人も来るが、今日は都合が合わずに2人きりでの食事となっている。

 

 繁忙期後のささやかな打ち上げ、いつもは半分うざったらしいが……今回に関して皆の手を借りなければ五体満足で私はここにいなかっただろう。

 

 場所は安月給なので居酒屋であまり奮えないが、それでも私のなりの返した方であった。

 

 そうだったのだが、1人を除いて全員が恋人やら妻やらを待たしていると言って帰宅。結局、残ったのは私の最も苦手としている後輩だけである。

 

 愛想が悪い、その一点を除けば基本的なステータスは全て上の上である。仕事に出れば普通の人が3日かかるエクセルのデータ集めも三時間で終わらせ、他の課に行け噂になるほどに容姿は端麗、私に連絡先を聞いて来たり後輩の好みを聞いて来たりする程だ。

 

 ファンも多いらしく、上層部からも一目置かれているような奴だ。まさか社会人になって告白の現場に立ち会うとは思わなかったが、7回遭遇した。全て後輩にだ、そしてすべからく玉砕していた。

 

 正直に言って、劣等感を感じる。

 

 今回の打ち上げも皆の都合が悪いなら後日にしようと伝えに行ったのだが、その時は『元から外食をするつもりでしたので』と言い……今に至る。

 

「すまない、ちょっと聞き間違えたかもしれない」

 

 お酒は一杯も飲んでいないのだが、雰囲気酔いだろうか? 私の耳は届くはずもない言葉を聞き取り混乱している。

 

「えっと、『蓮根(れんこん)摺ってください』か? ちょっと何を言ってるのか判断できないんだが」

 

 この店には蓮根を扱う料理どころか、摺り下ろせるのは長芋ぐらいなのだが。記憶違いかもしれないので、確認の為にメニューを手に取るがそれは後輩によって取り上げられる。

 

 釣られて後輩の顔を見る事となるが、その表情は呆れたような蔑むような感じである。

 

「違います『結婚してください』です。先輩の頭大丈夫ですか?」

 

「……こっちのセリフだが?」

 

 残念ながら、聞き間違いではなかったようだ。繁忙期のストレスか、それとも一種の余興か、何を血迷ったのか。

 

 お遊びでこんな言葉を言うような奴でもなければ、そんな事ではないという判別ができないほどに私も馬鹿ではない。

 

 その眼の真剣さが、何よりも私を絶望の底へ叩き落としてしまうのだ。対して後輩は、本気で頭を抱えている。やはり頭をやられたらしい、後で行きつけの病院を教えておこう。

 

「先輩、何で信じてくれ……いや信じたうえで否定してるのか……何で生きてるんですか?」

 

「哲学なら専門外だけど……何があった? 私で良ければ相談に乗るぞ、仕事の悩みか?」

 

 最初からおかしかった。彼女は誰よりも働き、繁忙期ではそれこそ10倍以上の仕事量を淡々とこなしていた。余裕が見えたのは気のせいだったのだろう、ストレスを感じていたに違いない。

 

 思えば、今回が彼女は初めての残業という事もあり疲労も溜まったのだろう。これが普通なのだ、だが彼女には何とか踏みとどまって欲しい。

 

 いくら人間でも、限界はあるはずだ。それを超えているなら……!! 

 

「仕事は別に、繁忙期は少しだけ食生活が乱れた程度なので問題ありません」

 

「嘘やん」

 

 仕事に疲れがない、というのには後輩が英霊レベルの存在と考える事で良しとしよう。ちょっと同じ人間とは思えない、漫画の世界の存在だ。

 

 ならば、他にストレスを感じていたのだろう。仕事が簡単過ぎる、上司や先輩が無能で辛い、考えれば考える程にその気持ちを察してしまう。

 

 虚無感、それは優越感の先にある絶望の事だ。私などという常に自分の事で精一杯の凡人には感じる事の無いものだ。

 

 後輩は私の見て来た中で誰よりも仕事が出来る、世が世なら王の器となる存在だろう。思い返せばいつも無表情で淡々と仕事をこなしている、もはやアレはただの作業であり、苦行であったのだろう……。

 

「日々知らない事を学び、最適化していく事ができるこの仕事は正に天職です。充実した毎日を送れています」

 

「嘘やん」

 

 あの表情の中に、笑顔が……? 思い返せば少しだけだが……仕事を終わらした後は、ほんの2.3mm程度だが口角が上がっていたかもしれない。え、あれ笑ってたの? 

 

「……信じて、くれませんか?」

 

 後輩は少しだけいつもより悲しそうに見える、私を見る目に力強さは残るが……。

 

「いや分かった、友人関係だな?」

 

 私はそんな事では信じない。私は私という存在を誰よりも信じていない、故に後輩が私と本気に婚姻を申し込んで来るとは思えない。

 

 ならば別のストレスを考えるべきだ。そして思い付いたのは、やはり人間関係だ。後輩はその愛想の悪さから、陰で孤高の女神と呼ばれているが神聖視された状態では対等な関係というのは築くのは難しい。

 

 私もプライベートの事には絶対に踏み込まない、故に気づけなかったのだ。後輩同士も表面上は会えば挨拶する程度には仲の良いと思っていたが、勘違いだったのだろう。

 

 真実はいつも一つ、これがこの「後輩告白事件」の真実だろう! 

 

「あゆみんとはこの前はショッピングに行きましたし、リンリンとはこの前一緒にご飯に行きました。翔くんとあゆみんをくっ付けるのは苦労しましたが、先輩のおかげで日々が充実しています」

 

「嘘やん……色々嘘やん」

 

 しらないんだけど。いや、まず後輩があゆみんとかリンリンとか呼んでるの知らなかったんだけど。

 

 その仏頂面で真面目に言われても反応に困るし、滅茶苦茶仲良いじゃん。私、そんなこと出来る友達居ないし……休日は家から出たくないタイプだし。

 

 あと、いつの間に2人が付き合ってるの? てっきり翔はこの英霊狙いだと思ってたんだが。

 

「……なら恋人関係、もしくは家族関係、仕事以外の付き合いの問題か?」

 

 後輩の私を見る目がいよいよ怒気を孕んで来たが、それでも私は信じない。ふざけてない、こちらは至って本気である。

 

 後輩は美形だ、私の顔面偏差値は40程度だが彼女は75はある。恐らく彼氏や恋人がいるのだろう。しかしその愛想の悪さや思った事をストレートにいう付き合い辛さで嫌気がさし、一方的に振られたのだ。

 

 女性というのは一途な傾向にあり、男性というのはその逆の傾向がある。選択肢を絞るか、広げるかの違いだ。

 

 どちらが正しいと言った論議をする気はないが、男性からやり捨てられたという生々しい展開が引き起こされたとも考えられる。

 

 美人は3日で飽きるという言葉があるほどだ、男女共に当て嵌まるが……一度手に入ったものはいつでも手に入ると勘違いしているのだろう。

 

 可哀想な話だが、それだけ傲慢で強欲な奴がいるのも人間なのだから仕方ない。そういった存在を割り切って、関わらないように生きるのだ。

 

 女性の考え方と男性の考え方に差異が生じるのは、育ち方も違うのだから当たり前だが……。

 

「恥ずかしながら、彼氏がいた事はありません。それに……し、処……ですから」

 

「……なんか、ごめん」

 

「謝るなら結婚してください」

 

 嘘やん、とは言えなかった。最初は恥ずかしながらとか言いつつも表情に変化はなかったが、か細く聞き取れない程に小さな声で言った言葉は耳に届いてしまった。頬が若干紅潮しているし、嘘ではないだろう。

 

 これは、もしかして……なんて勘違いをするのは中学生迄だ。落ち着け、鏡の自分を思い出せ。どこに惚れる要素がある、人間のイメージは外見が80%だ。

 

 どこかに突破口があるはずだ、無いはずがない。私の培われた経験はそう告げている、再度熟考し始めると。

 

「家族関係も良好ですが……早くしろ、とは言われています」

 

「それか」

 

 思ったよりもアッサリと答えが出て来た。なるほど、家族関係か。

 

 彼女の実家については何もしらない、だが今のやり取りですぐに私は把握した。間違い無いだろう、孫を急かされている程度では無いはずだ。

 

 恐らく、彼女は茶道や花道といった名門の後継者なのだろう。想像してみたが、どれも絵になる。

 

 だがそういった場所にありがちな問題はそう、許嫁や後継争い……果ては遺産に流派の未来だ。これらを背負う必要があるのが後継者だ、だが彼女は一般的なサラリーマンとして会社に身を置いている。

 

 自由が欲しかったのだろう、平穏が欲しかったのだろう。ならば先ほどの仕事で充実しているという言葉にも別の意味を導き出せる。

 

 もう彼女は疲れたのだ、背負うのが。完璧を求められ、決められた未来をなぞるだけの人生に彼女は嫌気がさしたのだ。英霊ばりの能力は幼少期からの厳しい英才教育という事にしておく。

 

 彼氏がいなかったというのにも納得だ、これだけの容姿を持っていて男が放っておくはずがない。処女というのも大きな家では重要な事なのだろう、彼氏なんてものができる筈もない。

 

 私ならば、とても耐えられない生活だ。研鑽にのみ励み、あてがわれた男と契り、流派を守る為だけに生きていくのか……。

 

 だからこそ、逃げ出したのだ。そしてまた見つかってしまった。そしてまた逃げる為の時間稼ぎに、私という偽装の恋人が必要だったのだろう。これが真実か……考えられない、後輩がこんなに険しい人生を歩んでいたとは……! 

 

「はい。早く先輩を連れて来いと言われてまして……孫の顔が早く見たいとも、言われてしまい」

 

「……そうか」

 

 どうやら、正解のようだ。翔は彼女持ちであり友人という点で難しいが、私ならば心は痛まないだろう。

 

 私を捨て駒にするならば、良いだろう。どうせすぐに終わる人生だ、彼女には仕事で何かと助けられている。そう思えば良いのだ。

 

「で、どうすれば良い? そこで恋人役として名乗ればいいのか?」

 

「へっ!? そんな、いきなり母さん達に会うのはちょっと……!? い、嫌ではないんですが、順序がありますし……先ずは、デートを挟んだり…………あれ? 恋人……役?」

 

 初めて後輩の慌てる姿を見たが、やはり容姿もあり中々に可愛かった。だがその慌てっぷりも徐々に冷静さを取り戻していき、目がなんか……ちょっと、怖い。

 

「先輩、ぬか喜びさせて楽しいですか?」

 

 おや、殺意の波動を感じるな。

 

「いや、待て。君は何かしらの跡取りで、許婚から逃げる為の時間稼ぎに私を使うんじゃなかったのか?」

 

「私をなんだと思ってるんですか? 一般家庭の一人娘です、なので両親も普通のサラリーマンです」

 

 またしても私の予想は外れてしまった。いやただの考え過ぎなのだろう、しかしそれでもまだ納得できない。

 

 それにまだ可能性はあるのだ、まだプライベートの友人関係、私の知り得ない問題が……!! 

 

「ちなみに、私には友人と呼べる友人はこの会社にしかいませんので。問題が起こる筈もありません」

 

 ダメだった。どうしよう、先手打たれた。

 

「いや……まだだ、まだ何かあるはずだ」

 

「先輩。言いづらいですが、結構見苦しいです」

 

 見苦しい……いや、自覚はある。

 

 もう認めよう。どうとち狂ったかは知らないが、後輩は私に好意を寄せてしまったのだ。なら私に出来るのは諦めてもらうことだけである。

 

 そもそも私に未来はない、私と結婚をしても支えられるらような未来はない。

 

「……元営業第二課の課長」

 

「っ……!?」

 

 それを聞いた後輩は肩をビクッと反応させる。思わぬ反撃だったのか、私から出るとは思わなかったのだろう。

 

 営業第二課はうちでいう所のエリート集団、大きな取引は基本的にここでしか行われない。その取り纏めを行う課長に、私はものすごく嫌われている。

 

 なぜかというと私が一度だけ、メンツをぶっ潰したからだ。いや狙ったわけではない、向こうの失敗した案件が回って来たのを成功させてしまったのだ。

 

 と言っても私は全力でやれる事をやっただけであり、偶々私の知り合いがその会社におり、その会社の真に求めるモノを提供しただけである。

 

 実を言えば、私はただ頭を下げていただけなのだが……最初は仕事で特に出来ることもなく、そこそこの責任を背負える私を切り捨てるつもりだったのを後で聞いた。

 

 決めたのはその営業第二課の課長、面目をぶっ潰されたのを逆恨みしているのである。

 

 そしてその課長は今や役員、2年で随分と出世したものだ。その男がいる限り、私に未来はないのだ。

 

「まさか……先輩、ご存知だったんですか?」

 

「あぁ、当たり前だ」

 

 知ってたさ。この会社で出世できない事なんて……だから、仮に結婚出来ても君を幸せには出来ない。

 

 私にはもったいない存在だ、だから後輩にはもっと自分に相応しい相手を見つけて欲しい……のだが、嫌な予感がする。後輩の動揺が大きすぎる。

 

「アイツを追い出したのをご存知だったなんて、副社長と私だけしか知らないことをどうやって……!」

 

「え?」

 

 待って、もうお腹いっぱいなんだよ。これ以上濃厚な情報は飲み込めないんだよ、私のしらないところで何が起こってるんだ……?! 

 

 だがはっきりわかる事がある、渦中にいるのはこの後輩という事だ! そして思いっきり嫌な予感がする事だ!! 

 

「……先輩、鎌かけたんですか?」

 

「君が勝手にかかったんだぞ?」

 

 そう言うと、後輩は仕方ないといった形で私の目を見る。その瞬間に私が耳を両手で塞ごうとしたが、凄い力で剥がされる。

 

「おい待て!離せ、さっさと離せぇぇーー!!」

 

「お望み通り、しっかりと話しますよ!」

 

「わざと勘違いしてんじゃねぇー!!」

 

 話す覚悟を決めたのは別に良い、ただ私は聞きたくないのだからその覚悟を押し付けないで欲しい! ロクでもない話なのは聞かなくてもわかる!! 

 

「実は、偶々……不穏なソイツの動きに気づいたのです。先輩に嫌がらせを何度もして来たので、丁度良いしここらで潰しておこうと」

 

 嘘つけ、制裁を与える為の情報収集の過程で見つけたんだな? 思いっきり私情が入ってるが、それは良いのか? それと副社長が絡んでるって事はどうなんだ!? 

 

「そこで対立関係にあった副社長に情報をリークしました、元から先輩のおかげで関係はありましたし。次回の人事で営業第二課に異動になる事を条件に蹴落とす事に協力してくれました」

 

 待って、副社長を引き合わせたとかわかんない。本当にわかんない、何かしたっけ? そもそも副社長の顔を知らないから誰かもわからないし! 

 

「副社長、紹介した事なんかあった?」

 

「いつも挨拶してるじゃないですか、偶にロビーの掃除をしてるマダムです。気さくに話してましたけど、そんなこと出来たの先輩だけですよ?」

 

 え、なんかゴミ拾いとかしてるマスクとグラサンをつけたあのマダムが!? 私は近所のマダムだと思ったから、営業開始前まで手伝ったり世間話をしたりしてたんだけど!? 

 

「そこから辞任に追い込むのには苦労しました。初めての残業でしたが、憂いなく終わらせられたので良かったです」

 

「嘘や……待て、初めての残業?」

 

 後輩がまぁまぁヤバいことを言っているが、私の中でおかしな事に気づく。後輩は繁忙期でも残業はしない、定時までに仕事を終わらせてしまうからだ。

 

 だが……私の知る限り、残業をしていたのはこの打ち上げを行う前の時だけ、つまり繁忙期。その時は以前よりも多くの仕事を任せていたので、それが原因かと……。

 

「え? あの残業、そんなことしてたの!?」

 

「はい、業務はいつも通りに終わらせられたので。中々に捗りました、おかげでパラグアイに送り出せます」

 

 パラグアイってどこだよ!? サッカーの試合とかでしか聞いた事ない国じゃん! 日本には戻ってこれないだろ!? てか私なら仕事辞めるわ!! 

 

「……それも一重に、先輩の力になる為です。私は本気です、まだ信じでくれませんか?」

 

 急に大人しくなったと思うと、後輩は語りかけてくる。これは本気だ、諦めさせるとかどうこう言える段階ではないだろう。

 

 手遅れなのだ、取り返しのつかない事態にまで行ってしまっている。

 

 どうしてこうなってしまったんだ、わからない。私は彼女を特別扱いした事がなければ、特定の誰かを特別扱いした事もない。公平ではないが、分け隔てなく接しただけだ。

 

「なら、なぜ私だ。私以上の人間はゴロゴロい「先輩は、自分の身の程をよくご存知です。同時に優しい人です」あ、はい」

 

 なんか悔い気味に話してきた、嫌な予感がする。だが気のせいだ、そう思おう。

 

 だってそう思って何回もダメだったんだから、ここらで気のせいという事になってくれないと確率とか乱数とかおかしいと思うし。

 

「許容できない仕事は割り振り、断り、皆に迷惑をかけないように立ち回っていました。そして誰にでも当たり障りのない無害の存在として、誰にも平等でした」

 

 まぁ、そう心がけてたし。あってるんだが……ん? 

 

「誰にでも無害で平等な先輩を……その、独占したくなりまして。貴方を私だけのものにしたいのです、私だけに注いで欲しいのです! 安心してください、浮気はしません。他の男は下心が透けて見えるし、顔や金には興味はありません。私は先輩の心が欲しいんです、中身が欲しいんです。その中身が入った先輩しか興味はありません。証明しろと言うなら」

 

 ヤバい、ヤバいヤバいヤバい! 明らかに拗らせてる! これ明らかに飢えてる上に独占したいっていう……俗にいう◯◯ヘラとかいう状況じゃん! 

 

 私には一生関係無い事だと思ってたわ! ストーカーとかあるから顔が良い人でも苦労するんだな……とか思ってたわ、でもこんな飛行機事故のような事があってたまるか! 

 

 てかなんで、誰にでも平等に接して来たのは無害アピールと居てもいなくても困らないようなやつを演じる為やぞ? 

 

 私は『過干渉はしないし、断ってくれて大丈夫ですよー』って感じで打ち上げを断る奴を問い詰めないし、何なら「そっか、またの機会にな」と言って直ぐに諦める。

 

 都合の良い奴になってたのに、まさか逆に求められるとか考えてなかったぞ。私がイケメンだったり金持ちとかなら納得するけど、下心はなかったけど、こんなことありますか? 

 

 え? なんで下心が無いって? そりゃ、当たり前だ。

 

「ま、待て。下心云々は……アレだ、二次元で満足してるからだ。三次元の女性には外見を求めていないからだ」

 

 二次元の女性は男性の求める全てがある。容姿、性格、出生、種族、胸部、年齢、何でも選り取り見取りだ。何なら想像する事も可能なのだ、それが嫁だ。

 

 三次元なんて存在を早々に諦め、二次元で発散している。向こうは嫌がらないし、時間は好きな時に会える。

 

 全てが愛おしいのだ、故に三次元にある人生などというクソゲーに勤しむつもりはない。

 

「安心してください。どのような性癖でも許容出来ます、確認した痴漢系や触手系、拘束電「なんで私の性癖を知ってるんだ!?」」

 

 え、心当たりがまるでない。というかどこでそんな情報が……まさか、ハッキングか!? 

 

「先輩がいつもスマホで◯witterを開いているので、その時にアカウントは確認した事があります。そこからpix◯vのいいね一覧を閲覧したのでエクセルで纏め、傾向を「ヤメロォ! そんな事やってたのか!? いつからだ、いつからやってやがった!?」半年程前からです、おかげで色々と学ぶ事ができました」

 

 もっと注意しろよ私ぃぃぃ──!? いやそんな事やると思わないじゃん、警戒してなかったよ! じゃあもう全部バレてるじゃん! 

 

 てか半年前って確かメガネ系にハマってた時からか、あの時にメガネをつけてたのってまさかコレ!? なんか気不味かった記憶があるわ!! 

 

 普通はドン引きだよな? 私の感性が間違ってるのか? あってるよなぁ!? 

 

「駄目だ、君の気持ちはよく分かるが私には君を幸せにはできない。こんな平社員より、君を満足できる人は世の中には沢山いるはずだ」

 

 もう諦めて、そんな思いで心の中の本音を言う。私には後輩のような存在を娶り、働くというには自信がない。劣等感を感じているのに、更に自身に嫌悪感まで湧いてしまう。

 

 ここまで思われて悪く思わないが、私には資格はない。覚悟もないのだから、今後結婚することは出来ないだろう。

 

 こんな不甲斐ない私には、そういった人々には幸せになって欲しいのだ。

 

「……え?」

 

 そう言うと、後輩は絶句していた。やり方が悪かったのか、やはり心を通じ合わせるには本音で語り合うのが一番だったのか。

 

 私は下らない自尊心とちっぽけな見栄で本質を見失っていたのだ、後輩には申し訳ない気持ちもあるが……ここは彼女のために諦めてもらいたい。

 

 そんな思いで、彼女を見ているとやっと動揺から醒めたようだ。さぁ、どう答える? 

 

「なんで先輩が働くんですか?」

 

「え?」

 

 いや、働くのが普通じゃないの? 男が稼ぎに出て、女が家庭を守る。これは太古からある人間として当たり前の事実であり、理想の形ではないのか? 

 

 いや待て、おかしい。落ち着け、彼女は「私が働くのに驚いた」のだ。つまり、代わりに誰かが働かなければならない。

 

 彼女は一般家庭の一人娘と言っていた、私もそうだ。両親から金をせびるのはおかしいが……まさか。

 

「私は役員が約束された身です、なんなら社長候補になりました。私が働いた方が効率が良いですし、その方が私も頑張れます」

 

 とんでもない事を言い出した。役員内定とか社長候補とか初耳だよ? 色々と優秀で役員になれそうとか思ったことはあるけど、ていうか……つまり!? 

 

「嘘やん、え? ヒモになれって事!?」

 

「はい」

 

 そう言うと、彼女は鞄から何かを取り出してくる。それは切り札とも言っていいものだろう、だって男である私ですら(エロゲーに触発され)憧れて調べた事があるのだから。

 

 その四角い形状、サイズ、高級感、明らかだよ? どう考えてもアレが中に入っているよね?! 

 

「これが、私の給料三ヶ月分です。もう場所を選んでる場合では無いと判断しました、この後に夜景を見ながら渡したかったのですが……受け取っていただきたい」

 

 中から凄いキラキラして大きなダイヤモンドの付いた指輪が出てくる。

 

 俗に言う婚約指輪だ、サイズはいつ測ったとか、明らかに私の給料5ヶ月分よりあるとかはもはや重要じゃないが……これを回避するってできるんですか? 

 

 無理ですよ、ここまで覚悟とか色々と固められてるんですよ? 逃げ場無いじゃん、少なくともここには無いじゃん。

 

 いや、まだだ。将来的に回避するしかない、それなら回避できる。私はもうここまで思われてるなら良いと思ってしまっているが『彼女は私の全てを知っている』わけではない! 

 

「……分かった、だがいきなりと言う事もある。先ずは付き合い、それでも君がいいなら……その、君からの気持ちを受け取ろう。いつでも捨てていい、幻滅してくれて構わない。お試し期間は必要だ」

 

 彼女にはまだ理想と空想しか見えてない、現実は見えていない。つまりここで私は諦めるが、彼女から引き下がるのならそれでも良い。その場合でも諦めよう、日常に戻るだけだ。

 

「……分かりました。では恋人という事で、これからよろしくお願いします」

 

 彼女は渋々といった形だが、婚約指輪をしまいメニューを返してくれた。ここから彼女は私にどれどけ失望し、軽蔑するかは分からないが……その程度は耐えてしまおう。

 

 不釣り合いであるのは重々承知。恋は盲目、冷めやすいものだ。彼氏が1人も居なかった者の理想なぞ無いという事を教えてやろう、ついでに教えてもらおう。だって私も彼女いた事ないし、嫁は二次元で満足だし。

 

 だが、油断してはならない。

 

 私達の戦いは、これからだ……!! 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 20年後

 

「父さん、どうやってあの美人で何でもできる社長の母さん落としたの?」

 

「……長くなるぞ?」

 

 End.




ご精読ありがとうございました、久しぶりの投稿になりましたがちょっとしばらくはとある資格に挑むので、書くのは時間がかかるかもしれません。

またこれは1話完結ですが、彼女達の未来は皆さんのご想像にお任せします。


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