光り輝く呪いの歌 (光子大爆発)
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第1話 キセキ

それは、彼女達にとっては確かに福音であったのかもしれない。
されど、断罪でもあり、処刑でもあった。
必ず物事には側面がある。今回もまたその一例に過ぎない。



……意味ありげなことを書いてみるスタイルってカッコよくない?(多分イタイ)


 スタジオの中に残響がこだまする。

 ギターの氷川紗夜。

 ベースの今井リサ。

 ドラムの宇田川あこ。

 ボーカルの湊友希那。

 そして、キーボードを担当する私こと日陰涼。

 この五人で奏でた音は演奏が終わっても耳に焼き付いて離れない。

 

「なに、この感覚は……」

 

 私の前で、友希那が小さな声でつぶやく。

 友希那は元来自分の思ったことを盛んに表に表すタイプではない。間違いなく驚いているのだろう。……演奏中に感じたあの感覚に。

 最近、友希那はfuture・world・Fèsに出場するためにバンドを組もうとしている。

 私は昔からの腐れ縁で、氷川さんは友希那にその技量をスカウトされてこのバンドの卵というべきグループの中にいる。

 今回もあこちゃんのオーディション、リサはその補助という名目で私たち五人はセッションをした。

 けど、そのセッションで私たちは異様な感覚を覚えた。それは形容するならば、何かに引き寄せられるかのように自分たちが奏でた音が一所に合わさって、昇華されていくようなそんな感覚。うまく言えてる気がしないけど、いわゆるバンドの力というものだろう。今まで私たちが知らずにいたものだった。

 どうも友希那は戸惑いの方が大きいようだけど、私にはただただ美しかった。できればずっと浸っていたい、と思うほどに。

 そして同時に悲しかった。

 なぜならば、私は引き寄せられると同時にもう一つ別の力を感じていたからだ。

 それは斥力だ。物を押し退ける力だ。排斥だ。

 ……どうやら私は取り除かれて然るべき異物らしい。

 そのことを自覚した時、やり切れない激情が私のお腹のあたりを渦巻いた。

 

 ********************

 

 私の名前は日陰涼。

 浅く手広く音楽を嗜むしがない高校二年生だ。

 最近は中学からの友達である湊友希那と一緒に近所のライブハウスでステージに立っていたりする。役割としては私がキーボードで伴奏して友希那がそれに乗って歌う。いわゆる合唱コンクールの感じを想像してもらった方がわかりやすいと思う。曲によってはスタジオにいる人に助っ人を頼むこともあるけど。

 

「涼、そろそろ控え室に入る時間よ? そんなところで油を売ってないで早く行きましょう?」

 

「わかった。けど、友希那。飲み物は買わせてほしいな。控え室の中には自販機はないから。手持ち無沙汰だと集中できないんだよ」

 

 友希那は音楽に対しては非常にストイックな性格だ。そうさせた理由は知っている。話せば長くなるから一言でまとめるとお父さんの敵討ちだ。まあ、あまりに意識し過ぎていて時々心配になるのがたまに傷だけど、その悲壮な覚悟が友希那の歌に力を与えているのは否定できない。

 それから楽屋で思い思いに過ごしてステージの上。

 客席のキャパがオーバーしそうになるぐらいの人たちが私たちを見ている。

 今日の私たちの出番は大トリ。つまりはライブ全体の締めを任された大役だ。

 

「ボーカルの湊友希那です」

 .

「キーボードの日陰涼です」

 

「多くのことは語らないわ。ただ、私たちの歌を聴いて欲しい。それだけよ」

 

 それから互いに目配せをすると同時に演奏を始める。

 初めに演る曲は『深愛』。

 私たちのライブの定番曲でもある。

 本家にも遜色ない友希那の力強い歌声が、切ない歌詞をさらに印象強く伝えてくる。観客たちも静かに聞き入っていた。

 やっぱり友希那の歌はすごい。

 美しい上に有無を言わせない力がある。

 私は今まで音楽に親しんできたけれど、これ以上の歌声となるとすぐには思いつかない。まあ、身内びいきは少なからずあるのだろうけど、私は友希那の歌が好きで好きでたまらなかった。

 

 ライブが終わり、ライブハウスには静けさが漂っている。客足はすでにそのほとんどが帰路に着いていたが、私たちは反省会をやるためにまだ残っていた。

 

「ふへー、今日のライブは大変だったねー」

 

 ライブハウス内に併設されたカフェでケーキとコーラを飲んで一息つく。ここのケーキの甘さは控えめであまり甘いのが好きではない私にはありがたい。

 

「今日はテンポが早い曲ばかりだったものね。あなたの指にはかなりの負担だったでしょう」

 

「まあね。けど、友希那にとっても今日は大変だったでしょ。それこそ叫ぶのが多くて最後の方はちょっと声量に陰りを感じたかな」

 

「やはり、涼には隠せないわね。ええ、確かに最後の曲の時、少し辛さを感じたわ。……どうにか取り繕ったつもりではいたけれど……」

 

「それを克服するためのあのセットリストだからね。でも、声量のような基礎的なものはすぐにできるものじゃない。何度も繰り返していかないと」

 

「しかし、それで間に合うのかしら。future・world・Fèsの予選会に……」

 

 future・world・Fès。

 それが、今の私たちが目標にしている大会だ。

 プロですら落ちてもおかしくはないバンドの祭典で、プロだった友希那のお父さんを徹底的に打ちのめした舞台だ。友希那はこのフェスで優勝するのを目的にしているけど、三人以上のバンドじゃないとそもそもエントリーすらできない。

 

「それで今日出てたバンドで友希那のお眼鏡に叶う人はいたの?」

 

 とはいえ、友希那のレベルはかなり高い。そこそこ腕に自信がある私とてどうにか食らいつくのが限界なくらいだ。正直なところ予選会の申し込み期限までにメンバーが集まるとは思えない。

 

「一人だけ。名前は覚えてないけれど、青緑の髪をした女の子よ。ギターの技量が飛び抜けて高かったわ。ほかのバンドメンバーの音を飲み込んでしまうほどにね」

 

「それは幸先が良いね。私が大変そうだけど、友希那なら負けることはない。次会った時、声をかけてみようか」

 

「ええ、そのつもりよ」

 

 頷いて、友希那は抹茶アイスを口に入れる。うーん、実に様になる姿だと思う。……口の端の方にアイスが付いてなければの話だけど。

 銀髪銀眼の友希那は外見からしてクールな印象を受けるけど、音楽以外のことだとなんというかちょっと抜けているところがある。

 そこが、可愛いんだけどやっぱり心配になる。……正直、私もリサに聞いたところ友希那よりらしいからフォローも難しいだろうし。

 リサは友希那の幼馴染だ。中学生の頃は私たちと一緒にバンドをやってた。高校になったらやめちゃったけど。

 今でも時々、リサがいてくれればと考えることがある。

 私も友希那もどこか浮世離れしているのは自覚している。だからお姉さんタイプのリサが入ればこのギャップは埋められる。おまけにリサはベーシストだからあとはドラムを探すだけ。

 私も友希那もドラム以外はあらかたできるし、キーボードは最悪無くてもバンドは成立する。

 

「まあ、ないものねだりをしても仕方ないよね」

 

「何の話かしら?」

 

「ううん、こっちの話。そんな大したことじゃないよ」

 

「そんな言い方をされるとますます気になってしまうのだけれど……。特に自分の世界を作りがちなあなたの場合はね」

 

 苦笑いを浮かべる友希那。

 ちょっと考えごとしただけなのに、自分の世界というのはちょっと大げさだとは思うけど。

 

 ********************

 

 今になって考えるとやはり妥当だったと思う。

 私と友希那は疑いようもなく良きパートナーだ。同じ方向だって向いている。

 けど、立っている位置が違った。

 友希那は愚直に目標へと歩き続けた。時に生き急いでいるのではないかと思ってしまうほどに。

 私はそんな友希那の後ろに立ってその背を追いかけていた。無論、友希那の目標を蔑ろにしているわけではない。

 けれど、それ以上に私は真っ直ぐ歩き続ける友希那の背中を見ているのが好きだった。

 ただ、私とて背中を見続けているだけではいけない。千変万化して過ぎゆくこの世界に私を永遠に刻みつける。

 その夢を叶えるにはやはり自分も歩き出さなくてはダメだ。

 二〇一七年 四月二十一日

 



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第2話 セカイ





 

 私の友達に日陰涼という女の子がいる。

 金髪碧眼の可愛らしい女の子で、何より変わり者だった。

 はじめて会った時は色々本当に驚かされたわ。まだ中学生、それもギターを弾き始めたばかりだというのに、すでに彼女は確固とした世界を持ち、表現することができていた。

 私が思うに音楽家というのは二つの人種に大別されている。

 一つはそれしかない人種。自分の全てを音に懸けて表現する、音を奏でられないと存在意義がないような人たち。カテゴライズすれば私はこちら側に当てはまると思う。

 そして、もう一つは歌と他の分野を織り交ぜて自分の世界を作れる人種。紛れもなく涼はこちらに当てはまる。

 彼女の世界はとても強固な美学に裏打ちされていながらも柔軟で、私に非常に良く合っていた。私の歌声が観客に好意的に捉えてもらえるのは彼女が奏でる音でデュオの世界観を補強してもらっている部分が大きいと思う。

 だから私は彼女にかなりの信頼を寄せている。

 しかし、ごく稀に距離を感じてしまうことがある。

 私は歌に全てを懸けてきた。……それもあまり純粋とは言えない動機で。

 けれど、彼女は違う。彼女はどこまでも「ただ美しいものを見たい、作り出したい」という衝動に基づいて行動している。

 それが、私にとってひどく眩しく思えてしまう。

 

 **********

 

 翌週のライブの日。

 私たちの出番はないけれど、練習を減らして初めからライブを見ていた。

 今、私たちが通っているライブハウスはスタジオ併設型でかなり大きい。それでいて学校からも近いため、学生バンドがよく集まっていた。ここなら先週友希那が言っていたギターの子も、まだ見ぬポテンシャルを秘めた子と出会うことができると思う。

 とはいえ、そんな子は中々いない。

 今日のライブに出てるバンドはそれなりの覚悟とそれなりの努力を重ねているものの、やはり学生相応というか趣味の枠を出ない。

 友希那がまず第一に求めるのは、強烈な動機。第二にそれに伴う力量だ。数合わせ的な動機が多分に含まれているから即戦力を求める。

 対して私が求めるのは、自我。

 バンドだからまとまりがいい方がいいのはわかってる。けど、強烈な自我……セカイのぶつけ合いを私は好む。互いのセカイをぶつけ合って混ざり合って、そして新たなセカイを醸成する。友希那と重ねたこの経験は未だに私の思い出の中でかなりの比重を占めている。

 まあ、こんな具合に二人とも選考基準が高かったり、異端だったりするためそれを満たそうとするとかなり困難になるのだ。

 

「今日も不作かな……?」

 

 ライブも終盤に差し掛かったにもかかわらず、面白そうな子がいなくて飽きて席を立とうとした時。ようやく件のバンドがステージに現れた。

 

(これは、すごいね)

 

 そのバンドを見て私が初めて思ったのは強烈な違和感だった。

 今日何度も見たような無個性なバンドの中に一人だけ、冷厳さと先鋭を極めたような子がいたからだ。

 彼女の名前は氷川紗夜というらしい。名を体を表すということわざを実に体現する存在だった。

 

「涼。しっかり見ておきなさい。私は彼女に不足はないと思った。けど、あなたから見れば違うのかもしれない」

 

「といっても、技術は友希那が認めるぐらいなんだからわざわざ見なくていいよね?」

 

「ええ、あなたには世界観を見てもらうわ。彼女の音色が私たちにそぐうかそぐわないか。それだけを見ていて」

 

 話しているうちに曲が始まる。

 やはり、技術の差が歴然としている。瞬く間にバンドではなく氷川紗夜の音がライブハウスにこだました。

 硬質で正確な音。鈍色で堅実。ライブハウスの中だけど、背景にコンクリート打ちっぱなしの壁を想起させる。

 けれど、それだけじゃない。はじめこそ機械のように聞こえるけど、しっかり温度がある。そしてそれはとても熱いものだ。

 聞いていると焼けた鉄を背に差し入れられたような感覚を覚える。身体が熱くて熱くてたまらない。今にも叫び出してしまいそうだ。

 ……澄ました顔をして、これだけの熱量を隠してるとか、ちょっと卑怯だ。友希那といい勝負だよ、ほんと。

 

「ふふ、その様子だとあなたも気に入ったようね」

 

「うん。少し色味が足りない気がするけど、あの熱は忘れられない。誘おうよ」

 

 二人ともに頷いて、氷川紗夜を勧誘すべく楽屋前へと足を向けた。しかしすぐに氷川紗夜は出てこなかった。

 

「もう無理! あなたとはやっていけないッ!」

 

「……私は事実を言っているだけよ。今の練習では先がない。バンド全体の意識を変えないと……」

 

「あなたが来てからずっと課題、練習、課題、練習……! そんなな身体を壊すよ……! 私たちはあなたほど強くないのよ!」

 

「でも、だからといって練習量の不足をパフォーマンスで誤魔化しても焼け石に水だわ。基礎が伸びなければ、いつか頭打ちになる……。あくまでプロを目指すなら基礎も作らないと」

 

 壁越しに聞いているだけだけど、紗夜の思考がありありと見えてきた。この人も友希那と同じような努力型だ。一度目標を定めれば、そのためにいくらだって努力を積める。ライブでのあの存在感はそのまんま積み重ねてきた努力の集まりだった。

 

「……確かに私たちはプロを目指している。けど、まだ高校生だよ? そこまでしなくって……」

 

「それは甘えよ。努力に年齢など関係ないわ」

 

「……ッ。紗夜、確かに私たちはあなたほど強くはない。けど、それでも仲間なのよ⁈少しは気遣ってよ」

 

「それも甘えだわ。馴れ合いならファミレスに集まるだけで十分よ。わざわざ音楽を絡める必要なんてないはず」

 

 正論で次々と氷川紗夜はバンドメンバーを論破していく。隣で友希那はうんうんって頷いて聞いてるけど、私としてはかなり怖い。どれだけカルシウム足りてないのよ、と思わざるを得ない。

 それからバンドメンバーが泣きながら楽屋から出て行った。その後、他のメンバーもまた楽屋から出て行った。話の流れからして氷川紗夜は追放。……仕方ないね。本人も強硬過ぎるけど、周りも普通過ぎた。

 そうして開け放たれた楽屋の中に氷川紗夜は一人で佇んでいた。

 

(で、友希那。ほんとに誘うの?)

 

 友希那に目で問いかける。

 不意に訪れた絶好の好機。だけど私は二の足を踏んでいた。

 何しろさっきの舌鋒の斬れ味がすご過ぎる。あれが事態によっては私に矛先が向かうのだ。うん、これから氷川紗夜をカミソリ女と呼称しようか。……いや、今はシリアスだからそれはよそう。

 本当に氷川紗夜は好物件だと思う。それこそ友希那の求める即戦力だ。

 ……けど、それでもどこか危うさは否めなかった。

 

(もちろん。むしろ今誘わずしていつ誘うというの?)

 

 反語形で返される。

 やはり友希那は誘う気満々だった。

 

「あ、ちょっと私雉撃ちに……」

 

「我慢しなさい。これから秀才を迎え入れるのよ? あなたを欠いては失礼に当たるわ」

 

 ちっ、逃げられなかったか。やむを得まい。

 私は泣く泣く友希那と共に楽屋に踏み込んだ。

 

 **********

 

「お見苦しいところをお見せしてしまいましたね」

 

 踏み込んだ私たちを迎えたのは苦みばしった氷川紗夜の笑みだった。

 

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや。確か、昔の中国の言葉だったかしら? 傑物は時に無理解を強いられることがあるわ。別段気にすることではない」

 

「……そう言っていただけるとありがたいです。それで、湊さん達はなぜこの楽屋へ?」

 

「氷川紗夜。貴女を私が組むバンドに誘おうと考えているからよ。私と涼はフューチャー・ワールド・フェスに出るためにバンドを組もうとしているの。貴女ぐらいなら知っているでしょう?」

 

「私も、それに出たいと常々思っていました。……でも、そのフェスに出るための大会ですら、プロですら落選は当たり前とされていて、この分野の頂点に位置付けされています」

 

 どうやら氷川紗夜もまた友希那と同じ目標を掲げていたらしい。しかし、周りにそこまでの熱意に乏しく、そのギャップに苦しめられていたのだろう。

 

「そう。けれど、私たちと組めば届くかもしれないわよ? 私たちはフェスに出るためなら何を捨てたって惜しまない。それぐらい全てを音楽に捧げているつもりでいるわ」

 

「湊さん達のレベルが高いのは、以前の演奏を聞いて知っています。しかし、覚悟は足りているのですか?」

 

 とはいえ、やはり疑念はあるのだろう。どうにも氷川紗夜は決めかねていた。

 

「私はともかく友希那が口先だけに見える?」

 

「そうとは言ってません。……ただ、私にはもう時間が残されていないんです。しかし、悔いを残すような結果を迎えたくはない」

 

「それは私達とて同じこと。紗夜、保証するわ。私達はあなたに失望だけは与えはしないと。だから出来る限り早く決めて欲しい」

 

 友希那によるダメ押しが綺麗に決まる。

 それにしても、こんなにかっこいいことをよく友希那は素で言えると思う。失望だけは与えはしない、なんて普通考えつかない。

 言われた氷川紗夜は得心したかのように頷き、

 

「……わかったわ。あなた方と組みましょう。共に頂点に至るために」

 

 凛然とした声でそう答えるのだった。

 

 **********

 

 私たちのバンド志望集団に新しくギタリストが入った。氷川紗夜。熱意が高く、技量があるいいギタリストだと思う。少しイレコミ過ぎなのは難点だけど、他がそれを補って余りある。

 それにしても「私にはもう時間が残されていないんです」か。氷川紗夜が焦ってるのは初対面でもわかった。……私たちも焦るとはいかなくても急ぐべきかもしれない。今のこの余裕は砂上の楼閣のようなもので、案外危ういバランスで成り立っているから。

 

 二〇一七年四月二十八日



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第3話 アコガレ

人はよく何かに手を伸ばす。
恋焦がれ、時には届かないと知りながらも。
口悪しき者はそれを強欲と称するのかもしれない。
ただ、その欲はいつだって世界を変えていく。


 

 日陰涼。

 この名前は私にとってとても意味を持つ名前です。

 彼女は金髪碧眼で可愛らしく、そして少し掴み所のない女の子でした。

 私が彼女を初めて見たのは、ライブハウスLINKのライブに初めて参加した時でしょうか。

 あの日も私は反省会の際にバンドメンバーとともに口論をして頭を冷やすためにライブを見ていました。そのライブのトリに湊さんと彼女が登場したのです。

 演奏曲は『深愛』。やはりトリを務めるだけあってクオリティは他バンドに比して抜きん出ていました。ことさら湊さんの声は印象強かったように思います。

 しかし、それだけならば、私はこうも彼女に何かを見い出すことはなかったでしょう。

 彼女が私にその存在を強く印象づけたのは二曲目の『GLAMOROUS SKY』でした。

 この時、ライブハウスは完全に湊さんの独壇場でした。だから、私は二曲目も湊さんが歌うものかと思っていました。

 しかし、それは違いました。

「GLAMOROUS SKY』は彼女がソロで歌ったのです。

 すでに完全に場が湊さんに染まっていた状況で歌うなんて。

 私は始めは無粋なことをした、と日陰さんを軽蔑しました。

 しかし、彼女が曲を歌い終わった時には、自分自身の世界でライブハウスを塗り返したのです。

 私にはそれが衝撃的で、思わず日菜にその姿を重ねてしまいました。

 日菜も天才であるがゆえの独特な感性を持っています。特に日菜が多用する「るん」はその代表格と言ってよいでしょう。

 そう、日菜と同じように彼女もまた強固な自分の世界を築いていました。性格こそ異なれど彼女たちは根本的に近しい存在だったのです。

 だからこそ、私は興味を抱いた。

 もしかしたら彼女の世界を知ることで、日菜に並び立てるかもしれないと……。

 

 ********************

 

 氷川紗夜、いや紗夜をバンドメンバーに組み入れた私達はスタジオで練習を重ねた。

 私と違って紗夜は全く癖がなく、すぐに友希那に溶け込めていた。

 

「これで三人は揃ったわね。後はドラムを一人募集すればメンバーに問題はないはず」

 

 しかし、悩みの種は尽きない。というのもこのバンド、未だにドラムの目星がついていないのだ。

 ドラムはバンドの指揮者だ。ベースと一緒にリズム隊としてバンドを引っ張っていく。今はメトロノームを持ち込んで練習しているけど、やはりどこか物足りなかった。

 

「けれど、ドラムは他の楽器に比べ敷居が高く、人口が少ない。集めるのは容易には行きませんね……」

 

「あと、ベースをどうするかだね。募集できればいいけど、しないようなら私がやるしかないし」

 

 それとベースの問題もある。ドラムだけではリズム隊は成り立たない。一方、キーボードは最低限出来ているものにトッピングする程度だから最悪無くても構わないのだ。

 

「そうね、ベースは涼にやってもらおうかしら。ドラムは歯がゆいけれど、今までと同じ方法で集めるしかないわね」

 

 お世辞にも友希那も私も友達がいる部類ではない。氷川さんは知ってはいるけど、すでに喧嘩別れしたあと。勧誘なんてできるわけがない。

 ……このバンド、人脈が限りなく枯渇していることに今、私は気づいてしまった。

 

 *****

 

 友希那がそう決めてから三週間、ライブハウスに出てきた中にはご期待に添えるだけのドラマーはいなかった。

 見つけたのはただ一人。

 

「友希那さん! あこ、たくさん練習しました! 友希那さん達の曲も全部叩けます! だからバンドに入れて下さい!」

 

 ちっちゃくてひたむきなチャレンジャーだった。

 

「どうする、友希那?」

 

「決まっているでしょう。無理よ」

 

「えー⁉︎ またああああ──!」

 

 とはいえ、友希那はすげなく断るのだけど。ただ、それでも彼女は懲りずに何度も挑んでいる。

 この子の名前は宇田川あこ。

 最近この辺りで有名になりつつあるガールズバンド・アフターグロウのドラム、宇田川巴の妹である。

 お姉ちゃんに憧れてそれを超えるべく頑張っているらしい。かなり健気な妹だと思うけど、だからといって友希那と紗夜の態度は変わらない。

 私は比較的好印象を抱いているけど、厨二病趣味があってかなり癖が強そうな気がするから率先して入れようとは思わない。……せめて実際の腕前が分かればいいんだけどなあ。

 

「わかりました。また明日来ます!」

 

「……来なくていいわよ」

 

 結局、今日もあこちゃんは友希那に軽くあしらわれ、すごすごとスタジオを去っていく。

 この光景は最早日常茶飯事となっていた。

 

「ふふ、懐かしいわね……」

 

 去りゆくあこちゃんの背中を眺めながら友希那は微笑む。紗夜は友希那のその仕草に首を傾げたが、私にはすぐにわかった。……というか、私のことだ。

 

「日陰さん。何か心あたりでもあるのですか?」

 

「あるよ。というか、私も中学で友希那と出会った時に同じことをしたんだー」

 

「……それは少し意外でした。あなたほどの方が湊さんに認められていなかったなんて……。てっきり最初からメンバーかと」

 

「あの時はギターをはじめたばかりだったからね……。本当に友希那は高嶺の花だったよ」

 

 けれど、と友希那は口を挟む。ちょっと身体が疼いてるのは薄々分かってたよ? でも人の思い出話を横から取らないでほしいなー。

 

「けれど、涼は諦めなかったわ。一月間、死にものぐるいでギターを仕上げ、私に弾き語りをしてみせた。そこで私はようやく涼をバンドメンバーに入れることを決意したのよ」

 

「そんな話があったんですね……」

 

「ええ。だから私も宇田川さんにも同じことを期待しているわ。少なくとも言葉で思いを伝えようとしているうちはまだ駄目ね」

 

 そう微笑む友希那の表情は優しげだった。

 そしてそれは、常に張り詰めた雰囲気を放っている友希那には珍しい表情で今までは私とリサだけのものだった。

 しかし、これからはそうではないのだろう。

 それが、良いことであることには疑いようはない。

 けれども、一抹の寂しさは禁じ得なかった。

 

 **********

 

 それからあこちゃんは努力を重ねたらしい。

 何度も友希那に請い、その数倍の時間をドラムに捧げた。

 直接見たり聞いたりしたわけじゃないけど、あこちゃんのちっちゃな掌にまめができてたからあながちまちがっていないはず。

 だから、私はリサに口添えをした。

「あこちゃんが次に友希那に頼みにいった時、せめて一度セッションの機会を作ってあげてほしい」と。

 見た限りあこちゃんは意外と賢い子だからどう伝えたらいいのか、何が大事なのか分かっている。だったら私が介入して過程を短縮しても大丈夫だろう。

 ……と、あこちゃんのために動いている。

 けど、本音は違う。

 私はただ単にあこちゃんのドラムを聞きたかったんだろうな。

 憧れに憧れて磨き上げた演奏。それは絶対綺麗なはずだ。……本当にあこちゃんのためを思うならもう少し待つのが一番なんだろうけど、どうにも私は欲求には抗えなかったらしい。やっぱどこか焦っているのかもしれない。

 

「オーディション受けにきました!」

 

 かくして、数日後。

 LINKの練習スタジオに友希那と紗夜に私、あこちゃん。あとなぜかリサが集まっていた。

 

「リサがスタジオに来るなんて久しぶりだねー」

 

「まあねー。あこの演奏を見届けなきゃだし、あと新しくバンドに入った紗夜も気になってたんだよね」

 

「やっぱり気にかかるよね。わかってた。けど、見てて安心させてあげるから大丈夫だよ」

 

 リサの友希那に対する愛情は深い。それこそバンドを辞めてもその関係性に大した変化がなかったぐらいには。

 けど、やはりどこか明確な一線はある。

 

「ちょっと涼。今日は時間がないのよ。無駄話はやめてセッティングに入りなさい」

 

「うん、わかった。けど友希那。ドラムのオーディションはベースがいないとキツイよ? リズム隊としての働きが分かりづらくなるし」

 

「ベースは涼しかいないけれど……。まだ身体が戻ってないのよね?」

 

 申し訳なさに苛まれながらも頷く。

 最近私はベースの練習を再開したけど、未だブランクを埋めるに至らない。それに基本的に広く浅く楽器はやってきたため、直近までやっていたキーボード以外の積み立てはあまり残ってなかったのだ。

 

「ならさ、アタシが弾いてもいい? ブランクはあるけど一通り譜面を弾くことはできるよ?」

 

 それを見かねたのか、リサが申し出てくれた。

 

「これで準備は良さそうね。リサの準備が終わり次第始めるわよ」

 

 そして、この日。

 私たちは奇跡を知った。

 

 ********************

 

 友希那の隣は私ではない。あの奇跡を経て私が抱いた感想はそれだ。セッションしてすぐは興奮してたけど、家に帰って冷静になってからはそれは仕方ないことのように思える。リサほどではないけど、私は友希那が中心だった。だから紗夜やあこちゃんが入ってもその音には大いに関心があるけど、彼女たち自身となるとまだまだだ。おそらくそれが演奏に出てしまったのだろう。

 ……あのバンドは確実にイイものになる。それは確信できる。ああ、だけど。なぜか完成したバンドの近影に私の姿を見出すことはできないでいる。

 

 二〇一七年五月十八日



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第4話 Roselia

 

 わたし、白金燐子には宇田川あこという友達がいる。

 はじめはNFOのフレンドだったけれど、オフ会で初めて直接話してリアルの友達になりました。

 

『えへへー。りんりん! 今日ね友希那さんに褒められたんだー♪」

 

 最近、あこちゃんはバンド活動を始めました。

 ライブハウスで見つけた友希那さんの歌を好きになって、その友希那さんがバンドを結成しようとしていることを知ったあこちゃんは何度もお願いとドラムの練習を繰り返していました。

 その努力が実ってバンドに加入するとあこちゃんの話のほとんどがそのバンドに関わるものになりました。

 

「本当に楽しそうに、話すんだね……」

 

 チャットに書かず、ひとりごちる。

 わたしは笑っているあこちゃんが好きだ。あこちゃんをずっと笑顔にしているそのバンドはとてもすごいと思います。

 

『わたしも聞いてみたいな。あこちゃんの演奏』

 

 そう返信すると、映像ファイルが転送されてきました。

 おそるおそるファイルを開くと、そこにはバンドの演奏が入っています。

 友希那さんと涼さんのツインボーカル。

 氷川さんのギター。

 今井さんのベース。

 あこちゃんのドラム。

 その五つが重なって複雑かつ繊細な世界観をファイルの中に作り上げていました。

 

「凄い……」

 

 すごすぎて思わず、声を漏らしてしまいます。

 

『これがみんなで一つの音楽を作り上げるってことなんだね。ありがとう、あこちゃん』

 

 そうわたしは返信したけど、あこちゃんの反応がありません。もしかしたら疲れて寝てしまってるのかもしれないです。少し寂しいけれど、最近のあこちゃんはすごく頑張っているから仕方のないことでしょう。

 それにしても涼さん、か。

 なんだか随分昔の名前を聞いた気がします。中学以来コンクールで見かけなくなったけど小学生の頃は本当にすごいピアニストでした。

 ふとパソコンから目を離してピアノを見る。

 

「今までずっと一人で弾き続けてきたけど、誰かと一緒に弾くなんて考えたことがなかった……」

 

 コンクールの時はいつだって一人だった。緊張感に包まれたホールに淡々とこちらを見てくる審査員。頼れるのは今まで積み重ねた練習だけ。そんな中、ピアノを弾いてきた。ピアノは好きだったけれどこの孤独だけはあまり好きにはなれなかった。

 パソコンに視線を戻す。そこにはあこちゃんたちの演奏が絶えずリピート再生されていた。

 

 **********

 

 あこちゃんとリサがバンドに入った次の日の昼休み。たまたまリサと出くわした。

 

「リサ、はりきってるね」

 

「うん! 空いてた期間もないし、みんなと比べて下手だから頑張らないとね」

 

 確かにリサの腕は拙かった。茶髪のこのギャルは見た目とは真逆で真面目で背負い込みやすい。だから、気負っているのはわかる。けれど、それだけの動機ではりきっているわけじゃないのはわかっていた。

 

「友希那のこと、頼むね。いいや、紗夜もあこちゃんもお願い。言っちゃ悪いけどあの三人はみんな、なんかしら危ないところがあるから」

 

「わかってるってー。けど、アタシは涼のことも心配だなー、だって涼。かなり抱え込んでるでしょ」

 

 言われた時、心臓がどきりとした。

 やっぱり長い付き合いだから、見破られちゃうか。ただ、何を抱え込んでるかだけはまだ秘密にしておかないと。

 

「んじゃ、私はこれで……⁈」

 

 言って踵を返そうとした時、足がぐらついた。

 

「ちょっと大丈夫⁉︎」

 

「あはは、大丈夫。んー、昨日夜更かしし過ぎたか〜」

 

 そう笑って足を整えまた歩く。

 やっぱり最近急ぎ過ぎてるかもしれない。

 運良くバンドメンバーが集まり過ぎてことがトントン拍子に進んでいる。

 友希那も紗夜も時間があればあるほど働くタイプだからやっぱり全体的に根を詰め過ぎてるように思うのだ。

 

 ********************

 

 バンドの名前はRoseliaになった。

 バラのroseに椿のCamellia。具体的なイメージは青薔薇で花言葉は不可能を成し遂げる。

 私たちらしいバンド名だと思った。

 バンド名が決まったことで熱が入ったのか、今日の練習はかなり厳しかった。それこそ家に帰ったら寝落ちするだろうと判断して今日の日記をスタジオで書いてしまうぐらいには。

 二〇一七年五月二十八日

 

 追記:けれど、慣れないことはするものじゃないね。日記をスタジオに忘れてきてしまった。紗夜が届けて来てくれたから良かったけど。




字数がやけに少ないと思った貴方へ。
だいじょーぶです。作為的に一話分を二話に分けただけなので。
だいたい一時間後に後編を投稿します。


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第5話 ヒミツ

意味ありげなコメントがあると思ったかい?
残念ながらアレに法則性はないんだ。奇数話だからあるわけじゃあない。ポエミーモードに入ってただけだ。

ただ、無理にそれっぽいことを言ってみるとするならば、どんな人にだって物語がある。かな?
無論、彼女もその例には漏れない。
ただ、一つだけ彼女の物語には他の人にない特徴がある。
それは、自身の物語の存在を自覚していたこと。そして、盛大に飾り付けを施そうとしたことだ。
話を聞けば聞くほど、私はここまで自分を客観視した青春を送った人は知らない。



 

 それは、出来心でした。

 私たちのバンド名がRoseliaに決まった日の練習のことです。

 この日の練習はとても熱を入れていました。そのためか、今井さんも宇田川さんも私もひどく疲れていました。日陰さんもその例には漏れず、疲れながらも日記に何かを書いていました。

 はじめ、疲れていながらも演奏についての改善点を記入するなんて熱心な人だと関心しました。しかし、その一方で私にはその日記を見たいという感情が首にもたげていました。

 独特な感性でその場の雰囲気を掴める。それをいとも容易いように出来る天才。私の知る限りで最も日菜に近い人物。

 その日記を見たい。見れば、もっと日菜に近づけるかもしれない。

 ちょうどフェスの選考会が近かったこともあって焦っていた私は日陰さんが存在を忘れ、置いていってしまったその日記帳を開いてしまいました。

 開いた時、自分の浅ましさを恨みました。

 やりきれない感情が渦を巻きます。

 なぜなら、そこには。

 

「どうして……ッ、どうして、そんなことに……」

 

 不条理な現実が記されていたのだから。

 

 ********************

 

 枕元に置いてあるスマホがバイブを響かせる。

 日記に追記してそろそろ寝ようかという時に一体誰なのだろうか。

 訝しんでスマホを見るとそこに氷川紗夜とあった。

 紗夜のことだから無駄話ではないのだろう。スマホを耳に向けて電話に出た。

 

『……っ!』

 

 しかし、紗夜は中々話を切り出さない。どこか声が震えている。まあ、理由はわかる。言い出せないようなら先に言おうか。

 

『紗夜、さては私の日記帳を見たな?』

 

『……』

 

『沈黙は肯定と見なすよ? それでどこまで見たのかな?』

 

『最初から10ページほど……』

 

 ああ、だからか。よりにもよってそこを見ちゃうなんてね。

 思わず、私はスマホを耳から離し、天を仰いだ。

 

『もうここまで来たら単刀直入に聞きます。日陰さん、あなたは……夏までは生きられないというのは本当ですか?』

 

『うん、死ぬよ』

 

 そう答えてからはもう紗夜は言葉にならなかったみたいでずっと泣いていた。

 これだから、嫌だった。

 私の境遇は万民からみて不遇なものだ。それこそよくあるお涙頂戴物語と変わらない。まず、同情される。そして、腫れ物を扱うような日々が始まるのだ。

 ぜいたくだってわかってるけどね、私の場合はそんな環境で生きるなんて死んでるようなものな気がする。

 残されるパパやママ、友希那たちも大事だけど、何よりも最後まで日常を、迷惑をかけようと好き勝手に生きたいなんて異端にもほどがあるけど。

 

『もう紗夜にはバレたから仕方ないけど私が死ぬってこと、他の誰にも言わないでね。言って友希那たちをかき乱したくない。なにより、Roseliaは音楽に私情を持ち込まない、でしょ?』

 

 言っているうちに矛盾してるなって思う。

 私は常に私情を持ち込んで音楽をして来たから。

 美しいものが見たい。永遠を示したい。なんてその極地だ。

 

『……わかりました』

 

 半ば脅しと化した私の言葉に、紗夜は震わせながら答える。

 

『あと、最後に一つだけ言っておくよ。私はね、もう死ぬことは怖くないの。ただ、死んだ後に忘れられることが怖い。死んでも誰かの心に我が物顔で住み着きたいんだよ。……だから、薄命を憐んで、私の夢を邪魔することだけはやめて』

 

 言ってみたはいいものの、多分受け入れてはくれないだろう。私の願いと倫理観はおそらく反する。

 だから、紗夜の返事を聞くことはせずに通話を切った。

 



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第6話 センセイ

 Roseliaが結成されてからというもの、私の練習に限界が生じていることをひしひしと感じる。

 紗夜、あこちゃん、リサの世界とはうまく混ざれるようにはなった。旋律の斥力も日に日に弱くなっている。それは本当にありがたいことで、私はまだRoseliaに関わっていいんだと、救われたような気分だった。技術は問題ない。適性も後天的に獲得できそうだ。

 けれども、身体がついてこなくなりつつある。

 いくら旋律は問題なくとも、2、3時間しかピークを保てないのでは意味がなかった。

 

「休憩にしましょう」

 

 疲弊した私をみかねて友希那が休憩を切り出す。それはとてもありがたいことたけど、胸が辛かった。

 友希那はまだまだ走り続けたいだろうに、私のせいで足を止めざるを得ない。

 友希那にそのことをあまり気にしている様子は見られないけど、こういうのは客観的な事実より主体的なイメージが勝る。

 私が友希那に対して負い目を感じている。足を止めさせている。そんな私が許せなかった。

 

「どしたの、涼? 怖い顔をしてるよ?」

 

 あんまりに考え込んでいたからか、リサが心配そうに顔を覗き込んでくる。

 私は「心配しなくていいよ、考え込むとああなるだけだし」と返したけど、リサの表情は晴れない。

 

「ほんとに〜? 何か隠してることない?」

 

 もう一歩リサが踏み込んでくる。確かに隠してる。けど、絶対に言えない。病で身体が思うように動かなくなってきてる、なんて。

 

「……かなり、寝不足で。指先がちょっと重いなって」

 

 だから、私は嘘を吐いた。

 けれども、今日この一度しか通用しないだろう。

 それだけリサはよく人に目を凝らして見ることが出来るひとだから。

 いよいよ、こちらも何か手を打たなくてはならないと思った。

 

 ********************

 

 練習が休みの日。

 私は花咲川女子高校の校門の前にいた。

 花咲川には紗夜が通っているが、別に彼女に用があるわけじゃない。

 

「日陰さん、どうしてここに?」

 

 紗夜のことを考えていたからか、目的の人物に会う前に紗夜に話しかけられる。練習がないにも関わらず、ギターケースを背中に担いでいて、紗夜のストイックさがよく分かる。

 

「待ち合わせ、いや待ち伏せしている人がいるんだよ」

 

「待ち伏せ、ですか?」

 

 待ち伏せという言葉が珍しかったのか、紗夜は目を瞬いた。

 

「昔、少しだけ知り合った人でさ。花咲川に行ったってことだけ風の噂で聞いたんだ。白金燐子って言うんだけど知らない?」

 

「白金さんですか。確か二年のピアノができた人だと聞いています」

 

 白金燐子の名に紗夜は聞き覚えがあったらしい。まあ、中学の時は凄かったから残当かな? 

 

「なら、ちょうど良かった。ちょっと燐子のクラスに案内してくれないかな? ここで待ってもいいけど、唐突にやっていいような用事じゃないし」

 

 私が紗夜にお願いすると、紗夜は事務室に行って入校証を貰ってきてくれた。

 

「白金さんは図書室にいるはずです。彼女、図書委員会なので」

 

「わかった。けど、道わかんないから、図書室もお願い!」

 

「……わかりました。では、案内しましょう」

 

 かくして紗夜に案内されて、花咲川の廊下を歩く。時間がもう遅くて、やや日差しに赤が混じり始めている。

 3分ぐらい歩くと図書室の前に到着した。

 

「着きましたよ。では、私は自主練があるので……」

 

「ありがとう。でも、やっぱり紗夜も立ち会ってくれない?」

 

 私の三度目のお願いに紗夜の表情が引き攣る。自主練するって言っているのに、引き留めてるんだから当然のことだ。

 

「私と燐子で最低限済む用事だから、無理強いはしないよ。でも、後で必ず紗夜と関わるから、出来るだけ早いうちに顔を合わせておきたいの」

 

「後で? 後とはいつのことですか?」

 

 後で関わる、と聞かされたら気にならないわけがない、こっちの目論見通り紗夜が尋ねてくる。

 そして、無論私の答えも決まっていた。

 

「そんなの、私が死んだ後って決まってるじゃん」

 

「……ッ!」

 

 ようやく、紗夜は私がやろうとしていることを悟ったらしい。

 鎮痛な面持ちで拳を握りしめていた。

 

「沈黙は肯定とみなすよ。まあ、燐子が話を受けてくれなければ、それまでなんだけど」

 

 重くさせた雰囲気を和らげるべく軽口を叩いて私たちは図書室に踏み込んだ。

 

 *****

 

 日陰涼。

 わたしにとっては、よく聞き馴染んだ名前です。

 小学生の頃は彼女を超えようとひたすらピアノの練習に励んでは、後一歩コンクールには届かずに終わるという日々を過ごしました。

 中学生の頃は彼女がピアノから去り、顔を合わせることはなくなったけど、彼女の名だけはよく耳にしました。

「日陰涼がいたら白金燐子は賞が取れない」「白金燐子は日陰涼の下位互換でしかない」と。常にわたしの上位者として姿を見せなくても君臨していたのです。

 高校生になり、わたしもピアノを辞めてようやく彼女の名を聞くことがなくなりました。

 だからこそ、私は今考えるべきなのだと思います。

 はたして、わたしは日陰涼に憧れていたのか。或いは憎んでいたのかを。

 

 ********************

 

 風紀委員を務める氷川さんに引き連れられ、図書室を訪ねてきた日陰さんを前にしたわたしは困惑していました。

 美しい金髪のセミロング。華奢な手足に、覇気に満ちた青い瞳。

 日陰さんの姿は眩しい。わたしには手に入れられなさそうなものばかりで、羨ましかったです。

 彼女のようになれたら、と何度も思いました。思えば、ピアノを始めたのも彼女の演奏に憧れたからです。

 しかし、そんな彼女にわたしはなれなかったのです。

 近くにいるように見えて、彼女は途方もなく遠くにいました。

 そんな彼岸にいる彼女がわたしに今更何の言葉をかけるのでしょうか。

 予想ができないわたしは彼女から発せられようとする言葉に身構えました。

 

「久しぶりだね、燐子。早速だけど、ロゼリアのキーボードになってくれない?」

 

「……はい?」

 

 わたしは耳を疑いました。氷川さんも驚きのあまり絶句しています。

 

「私はもう長くはなくてね。このまま無策で私が死んでしまえば、Roseliaのキーボードに空白期間が生じてしまう。何もないならそれでいいんだけど、悪いことにフェスの予選が迫っている。だから、先手を打つことにしたんだ」

 

 続いて日陰さんから発せられた言葉はさらに信じられないものでした。

 死ぬ、と? 

 この眩しいぐらいに輝いている人が長くないなんて、ありえるのでしょうか……。

 わたしの疑念は尤もでした。しかし、日陰さんではなく、隣の氷川さんを見た時にそれは氷塊したのです。

 あの、真面目で強い氷川さんの眼の端が濡れている。

 その一時は事の深刻さをありありとわたしに伝えてきます。

 

「わたしが、ロゼリアのキーボードですか……」

 

 Roseliaには最近あこちゃんが入りました。あこちゃんからの話で多くのことを知っています。演奏だって動画で何度でも聞きました。

 あの美しい旋律をわたしは忘れられません。忘れられるわけもないでしょう。あの旋律がわたしをしばらく離れていたピアノに向かわせたのだから。

 しかし、その旋律はおそらく日陰さんの死によって絶えてしまう。

 そう思うと、わたしは胸が引きちぎられるような感情を覚えました。願わくば、もっと聞きたい、守れないものかと。悲しみで胸が一杯になりました。

 でも、だからといってRoseliaに入ろうとは思えませんでした。その理由はわたしが日陰さんの代わりになれるとは思えなかったからです。

 

「申し訳ないですが、わたしにはとても……。……代わりの人を探してもらった方が……」

 

 だから、わたしは日陰さんの申し出を断りました。

 代わりの人をなんて口にはしたけれど、日陰さんの代わりになれる人なんているのでしょうか……。

 

「いや、代わりの人なんていないよ。燐子しかいない。ロゼリアを託すに値するのは、私の知る中では燐子だけだ」

 

 しかし、日陰さんは食い下がってきました。もう、わたしには分からない。なぜ、日陰さんがこうもわたしに拘るのか、わかりませんでした。

 

「なぜ、わたしにって顔をしているね。 まあ、仕方ないか。昔から私は燐子には自分の考えとかは全く言ってなかった気がするし。だから、3つの理由を教えてあげる」

 

 そう言って日陰さんは人差し指を立てました。

 

「まずは私の交友関係が非常に狭いってことだね。Roseliaの皆以外は燐子しかあんまり印象に残っていない」

 

 つぎに、中指を立てます。

 

「次にコンクールの時、私に迫って来れたのは燐子しかいなかったことかな。多分、音楽の才能だけなら燐子は私に等しい。表現の仕方がらしくなかったから結果には繋がらなかったけど」

 

 最後に苦笑いを浮かべながら薬指を立てました。

 

「最後に。すんごい悔しいけど、私はRoseliaには合わない。私より燐子の方が適性がある」

 

 この言葉はわたしだけではなく氷川さんにも大きな衝撃を与えたようです。

 

「嘘、でしょ。……あれだけの演奏をして向かない、なんて」

 

 まるで打ちのめされたように氷川さんは呟きます。

 おそらく氷川さんも、わたしのように何らかの理由で日陰さんを追っていたのでしょう。ですから、その衝撃はわたしにも手に取るようにわかります。

 

「……っ」

 

 それにしても、日陰さんがわたしをこうも認めてくれていたとは、夢にも思いませんでした。

 なんとも言えない暖かさが胸にじわりと広がります。

 

「というわけで、燐子。Roseliaのキーボードとして私を超えてみないか? 君なら叶うし、私の本意でもある。何回言ったか分からないけど、燐子にしか頼めないんだ。……お願い」

 

 半ば祈るように日陰さんがわたしに頭を下げました。

 ここまで追い詰められた日陰さんは今まで見たことはないです。それだけ、日陰さんがRoseliaに懸けるものが強いのでしょう。

 もう、わたしは迷いませんでした。

 

 ****************

 

 燐子がRoseliaのキーボードになってくれた。

 とはいえ、すぐに友希那に会わせはしない。なぜならば友希那達には、Roseliaのキーボードは日陰涼という意識がある。私が向かないからと言って辞めると一悶着が起こるはずだ。

 ……それでは、空白期間を作らないようにした意味はない。不幸中の幸いなことに私は頭より先に身体の方が衰える。だから、私が本当に友希那達の練習に付き合えなくなったら、燐子を会わせる。それが一番スムーズな交代の仕方だ。

 しばらく燐子には練習が休みの時に私と紗夜が稽古をつけることになる。私だけだと、少し危うかったから紗夜が手伝ってくれて良かった。

 私の知る限り紗夜が一番友希那に近しい。彼女が求める水準まで燐子を近づければ、交代した時のギャップが少なくて済む。

 ……紗夜には苦労をかけていると思う。私の死に加えて燐子まで背負わせるのだから。負い目を感じている相手をこき使うなんて倫理的には反しているけど、もう私には時間がない。

 だから、許してほしい。

 必ず夢を叶えてみせるから。

 二〇一七年六月一日



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第7話 ショッピング

たかがこの程度の事に僅かに与えられた時間を使うなんて馬鹿げている。そう、ほとんどの人は彼女を笑うだろう。
彼女とて頭では非合理だと理解していた。
しかし、彼女は知らない。
その非合理は運命に対する悪態でもあったことを。


 日陰涼。この名前が示すのはあこのカッコいい人のことだ。

 ライブハウスで友希那さんの歌を聞いてあこは友希那さんに本当に憧れた。けれど、正直なところ涼さんは友希那さんに比べると印象が薄かったんだ。多分、あこの考えていたカッコよさとは少し違ったから印象に差が出たんだと思う。

 だから、あこは涼さんのことを初めはスゴいかわいい人だと思ってた。

 カッコいい友希那さんとかわいい涼さん。この二人の演奏はまるで勇者と魔王が戦うような真反対で、激しくて、でもどこか綺麗でスゴくあこをワクワクさせてくれたんだ。

 でも、最近の涼さんはカッコいいと思う。

 奏でる音が真っ直ぐで、キラキラしててズドンと胸に刺してくる。普段の佇まいもなんか魔力を纏っているようなオーラを感じるんだ。

 ……そういえば、どうして急にあこは涼さんをカッコよく思えるようになったんだろう? 

 今度、りんりんに聞いてみようかな。

 

 ********************

 

 燐子への稽古を続けて一週間になる。まあ、一週間と言ってもロゼリアが休みの日だけだからまだ2回しか燐子に稽古をつけていない。

 けれど、燐子の上達ぶりは常軌を逸していた。

 

「まさか、新曲の譜面まで完璧にモノにしてしまうなんて……」

 

 聞き役の紗夜が唸る。この3回目までに燐子は完全にロゼリアの曲を全て私に近しいレベルにまで仕上げていたのだから当然だろう。

 

「稽古がなくてもあこちゃんがくれた動画を何度も……ロゼリアが結成されてすぐの頃から見てましたから、思ってた以上に身体が覚えていたみたいですね……」

 

 燐子も困惑しているみたいだが、多分当然のことだ。

 燐子自身は気づいていないけど、燐子の物事への推進力は私を超える。

 小学生のコンクールの時に、必ず前回の私を超えてきたのだから間違いない。そのせいで私も燐子を意識して練習量を増やさざるを得なかった。

 

「白金さん。あなたは本当に頑張っているわ。正直、選考会までは間に合わないと思っていたもの」

 

「……でも、ここからが大変だと思います。50点を80点にすることより、80点を95点にするのが難しい。まだまだ日陰さんには及びません」

 

 褒める紗夜に対して燐子は謙遜する。

 今まで私が打ちのめしてきたからか、燐子はまだ自分に自信が持ててはいない。紗夜がお墨付きを与えている以上、技術は問題ないのだけど。

 

「今は私に及ばなくてもいい。極論を言ってしまえば、私を無視してくれた方がいいけどね。まだまだ焦る時間じゃないから今日はちょっと遊びに行こうか」

 

 私的には及第点に燐子は達している。だから、リフレッシュのために紗夜たちを誘ったのだけど、紗夜も燐子もノってくれなかった。

 

「私には時間があっても日陰さんには時間がないはずです。ただでさえ少ない機会なのだから、練習をしなければ」

 

 特に紗夜は頑強に反対してくる。けど、私は紗夜の言うことは聞かない。

 

「もう燐子は練習の機会がどうこうって感じじゃないよ。技術面でのインプットはもう終わった。だから、これからはアウトプットの時間。学んだことを自分で考えて何かを生み出す機会を与えるべきだよ。できれば、燐子が一人で考えて何かを生み出してくれるとありがたいな」

 

「確かに白金さんが技術的には完成してることは分かりました。技術だけを積ませるのはもういいでしょう。しかし、遊ぶこととは別よ。私はこれとは別に自主練をしたいわ」

 

 紗夜は一部納得してくれたが、まだ動かない。

 

「いや、まだ燐子にインプットは必要だよ。燐子にはもっと広い世界を知ってもらわないと世界観を築く時に困る。いざ自分を省みる時に相対化する対象がないと、自分を掴めない」

 

「自分を省みる時に相対化する対象がないと、自分を掴めない……」

 

 私の言葉の一部を紗夜は復唱する。

 もしかしたら相対化は紗夜の専売特許と言っていいかもしれない。常に紗夜は自分の腕前を天才の妹・日菜と相対化している。

 だから、日菜への劣等感を抱えていた。彼女のジリジリとした旋律はそこに由来している。

 ……私、わりとひどいな。罪悪感の次は劣等感を煽るのか。

 

「……日陰さんの、言う通りですね。白金さんにとって意味があることなら私も付き合います」

 

 ともかく、これで私の希望通り遊びに出ることができる。かなーり後ろめたいけれども。

 

 ************

 

 日陰さんの希望に沿って私たちは夕方の街に繰り出した。

 私の左隣には日陰さん、右隣には白金さんがいます。

 練習では何度も顔を合わせたけれども、二人のプライベートについてはあまり多くは知りません。特に日陰さんは音楽以外に何をしているのか全く掴めていない。

 私の自主練はもう出来ないけど、日陰さんのブラックボックスを垣間見るチャンスなのではないか。そう、自分自身に言い聞かせて焦りを押さえ込みました。

 

「まずは、私が行きたいところからだね。突然だから紗夜も燐子も何も考えてないだろうし」

 

 最初は日陰さんが音頭を取って街を歩きます。その足取りは確かで、彼女の定命が近いとはとても思えません。

 夕凪に吹かれている金髪もきめ細かく美しい。

 

「ちょっと電車に乗るけどいい?」

 

「私はいいけど、白金さんは大丈夫でしょうか?」

 

 日陰さんの問いかけに私も白金さんも頷いて大塚のライブハウスから渋谷まで向かう。クラスの人はよく渋谷まで来ているそうですが、私はあまり来たことはありません。

 スクランブル交差点の洪水のような人混みに私はあくせくしながら、センター街へ歩いていきます。

 白金さんは私よりさらに耐性がなかったようで、私の左腕にがっしりとしがみついていました。

 

「紗夜ー。私はここだよー」

 

 足音や壁面ビジョンに映る広告CM、学生や外国人観光客がはしゃぐ声。人だけではなく、数多の音が氾濫するスクランブル交差点でもお構いなしに声で日影さんは私たちに呼びかけます。

 どうやら日陰さんは勝手が分かっているようで、すいすいと歩を進め、すでにセンター街のゲートの前にいました。

 私たちは必死になって向かってくる人を避け、日影さんの方に向かいます。実際問題、信号が変わるまで猶予があったため急ぐ必要はなかったのですが、なぜか急がないと日影さんがゲートの向こう側に行ってしまって、離れ離れになってしまうような気がしたのです。

 

「それじゃあ、ここにしようか」

 

 センター街を歩いて日陰さんが足を止めたのは女子高生に人気のアパレルブランドチェーン店でした。

 ……普通の女子高生、特に今井さんのような人ならこのようなところに行っても違和感はありません。しかし、日陰さんが選ぶ先となると違和感を覚えます。

 

「いやー、やることが多過ぎてさー。夏服を買う機会がなかったんだよね。まあ、着る機会もあんまないと思うけど」

 

 訝しむ私を察したのか、日陰さんは苦笑いを浮かべて答えます。しかし、その動機はとてもありふれたものでした。

 

「やだなぁ、そんな微妙な顔しないでよ紗夜。私だってアホだと思うよ? でも、毎年やってたことを今年死ぬからってサボるのも何か違うなって思っただけ」

 

「ふふっ、そうですか」

 

 変に律儀なところに思わず、笑いがこみ上げてきます。実のところ、私は日陰さんを勘違いしていたのかもしれません。

 楽しいものは楽しいと言う。面倒臭いことには、あからさまに嫌な顔をする。そんな等身大の姿が日陰さんにはありました。

 

「ええ……、今度は笑うの? ちょっと腹立つなぁ……。燐子、ちょっと試着室に紗夜を追い込んで」

 

 しかし、笑っていられたのはここまでのようです。

 日陰さんは白金さんとの連携プレーで私を試着室に押し込むと、そのまま彼女は巧みな手つきで私の制服を脱がしていきます。

 カーテンで外からの視線を遮られているとはいえ、公衆の場で半裸にされている。それも女の子の手で。

 なんとも言えない背徳感が私を襲います。

 

「私ね、常々思ってたことがあるの……」

 

 さらに、追い討ちをかけるように日陰さんは艶っぽい声で囁いてきました。

 

「紗夜って綺麗だよね……」

 

 そう言うと、日陰さんは滑らかな手つきで私の顎をクイっと持ち上げます。一時、テレビでよく見た動作です。まさか、自分がされる側になるとは思いませんでした。

 

「こんな綺麗なのにさ。……飾りっ気のない服ばかり着て……。本当に勿体ない」

 

 もう何をされるか、わからない。私は身構えました。

 

「だから、燐子プロデュースで着せ替えることにしました!」

 

 しかし、私の構えは無駄に終わったようです。

 次の瞬間には日陰さんから今まで纏っていた妖艶な雰囲気は消え失せ、いつにも増してコミカルな動作で高らかに宣言していました。

 半裸で試着室にいなければならないのはつらいのですが、何かを失わずとも済んだ安堵が私を包みます。

 その後、私は二十分ほど日陰さんたちの着せ替え人形にされました。

 着せられた服は湊さんや白金さんのようなゴシックなものから、日陰さんや今井さんが着るような露出が激しいものまで多岐に渡ります。宇田川さんのような服を着せられなかったのは、正直ありがたかったです。

 

「いやー、紗夜は着せ替え甲斐があっていいね。私は背が低いし、胸もそんなに大きくないからどうしても子供っぽい感じになっちゃって」

 

「私も氷川さんが羨ましいです。私だと日陰さんとは反対に少し大きい服しか着れないので……、やっぱりゆったりとしたシルエットになってしまうんですよね……」

 

 二人はなぜかため息をつきながら私を見たのち、各々の服を購入してお店を出ました。

 

 ********************

 

 あこちゃんが日陰さんをカッコいいと思う理由。

 わたしはそれを探すつもりでした。

 あこちゃんの今までの嗜好を考えると、闇の力や黒といった少し影のあるものを好みます。

 湊さんはいかにもあこちゃんの好みに一致していましたが、明るく闊達な日陰さんが「カッコいい」区分に入るのはいささか奇妙に思えました。

 幸いにも今日、日陰さんと氷川さんで町を巡る機会がありました。といっても、それぞれの用事を果たすことを重視して、あまり雑談をすることはありませんでしたが。

 しかし、それでも一つだけ分かったことがあります。

 どう取り繕うとしても、日陰さんには死の影が見え隠れしていたのです。

 日の光が当たれば、必ず陰が出来るように。日陰さんが輝けば輝くほどに、死の影もまた色濃く出てきてしまうのです。

 名は体を表す。日陰さんはこの諺の生きた見本のようでした。

 わたしの推論ですが、おそらくあこちゃんは無意識ながらもその死の影を認識しています。そして、それでもなすべきを為す日陰さんの姿勢があって「カワいい」から「カッコいい」にカテゴライズしたのではないでしょうか。

 

 *****

 

 今日は稽古の後に燐子と紗夜で遊んだ。

 初めての組み合わせだったけど、特にちぐはぐになることはなく、結構自然な感じだと思う。

 でも、かなり二人の知らないところが分かった。特に紗夜に関する発見は凄かった。意外にも紗夜は懐が広い。制服を剥ぎ取った時なんか殴られるんじゃないかと思ったけど、アホを見るような視線だけだったし。

 後、マドドに行った時の紗夜は可愛かった。お腹減ったから仕方なくって体で入って、ポテトを見た時にはすごく食べたいだろうに我慢する。でもやっぱり耐え切れなくていっぱい食べてしまう。

 多分、本人はポテトが好きなことを隠しているつもりなんだけど、あれじゃあ隠し切れない。

 紗夜との稽古の後に何か食べるんだったらマドド。

 たった一回で行っただけでこれは燐子との共通認識になっちゃった。

 ……本当に今日は楽しかったと思う。

 音楽と死を意識しないで遊べたのは久しぶりだった。

 さて、もう一月生きれるかも分からなくなってきた。

 そろそろ一曲は完成させないとなあ……。

 二〇一七年六月十二日




作者の雑感としては今回が一番のネタ回かも。
ちなみにリサ姉講習を受けに行かなきゃいけないため、しばらく更新が滞ります。

↓なんとなく作ってみた涼の近影。

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第8話 マクアイ

 

 昼休みのこと。

 珍しくお弁当を作り忘れて、私は麻弥ちゃんと食堂でご飯を食べている。

 麻弥ちゃんとは同じクラスで、クラス替えしてすぐに仲良くなった。音楽……特にドラムの腕はかなり前から高く、スタジオミュージシャンとして働いていたらしい。今は最近デビューしたアイドルバンド・Pastel palletのメンバーになっている。

 

「涼さん。最近のRoseliaはどんな感じですか?」

 

「まあ、順調だね。今までの練習環境が個人練と変わらない状態だったからかなりマシに見えるよ」

 

「確かRoseliaってメンバーが揃ってからまだ1か月経ったか経たないかぐらいでしたね」

 

「そうそう。だから、いくら技術があってもバンドとしてはまだまだ駆け出しなんだよね」

 

 私が一番苦労しているのは、バンドとしての一体感だ。

 他の4人は全力でぶつけ合ってうまい具合に響き合う。でも、私は手心を加えてようやく響かせることができる。

 きっと、いつかは皆が私の癖になれて全員が全力でぶつけ合っても響かせることができるようになるはず。……だった。真っ当に時間さえあれば、と思わずないものねだりをしたくなる。

 

「麻弥ちゃんはパスパレどう? 多分演奏は問題ないと思うけど」

 

 考えたくないので話題を変えることにする。

 

「そうですね。やはり涼さんの言うようにまだアイドルとしての自分に慣れていないです。なんというか、ジブンが彩さんのように輝いているイメージが湧かないんですよね……」

 

 麻弥ちゃんもまたアイドルという在り方に悩んでいるらしい。演劇部では表に立つより裏方に徹しているあたり、あまり人前に出たがる性格ではないことは知ってる。

 だから、正直麻弥ちゃんがパスパレに入ったって聞いた時は合うのか心配だった。

 

「彩ちゃんみたいにか〜。ごめん。私にもイメージできないや。でも、ちょっとでも輝かせる方法はわかるよ」

 

「それは本当ですか!?」

 

 開かれた活路に期待した麻弥ちゃんが飛びつく。しかし、悲しいね。その期待はすぐに裏切られてしまうのだから。

 

「うん。化粧」

 

「うっ、化粧ですか……」

 

 麻弥ちゃんの表情が一気に曇る。

 

「千聖ちゃんにも言われてるだろうけど、お肌の手入れとか忘れちゃダメだよ。麻弥ちゃんはその、どこか無頓着なところがあるから」

 

「そうっすよね……」

 

 項垂れる麻弥ちゃん。

 まだ麻弥ちゃんはアイドルとしては半人前だ。スタジオミュージシャンという前歴の無骨な職人気質を今も引きずっている。

 

 **********

 

 スタジオに私の歌声が響く。

 調子は悪くはない。成長も感じられる。しかし、まだ求める水準にはほど遠かった。

 

「はぁ……、はぁ……、足りない。フェスの選考会まで1ヶ月を切ったというのに……」

 

 もうフェスの選考会まで残り少ない。そして、涼の寿命もおそらくはそんなに長くはないはずだ。涼自身は隠しているつもりだろうけど。

 最近の涼はもうバンドをやれるほど、体力が残っていないのは明らかだった。今も彼女がバンドを出来ているのは、執念だと思う。

 音楽で自らの存在を世界に刻み付けて、永遠に近い存在になる。

 病に冒されたと知った時、彼女はそんな夢を抱いた。

 その夢を叶える道のりはおそらくどの音楽家よりも険しい。涼はそれを承知で残された時間を容赦なく音楽に投じた。けれど、それでもまだ夢を叶えられないと涼は知っていた。

 

『私の歌を友希那が世界に伝えて欲しい。私が全てを賭けて生み出した歌を世界に刻んで欲しい。私だけじゃきっと曲を作るところまでしかいけないから』

 

 だから、涼は私に夢を叶える最後の過程を任せた。

 その絶望はどれだけのものだったか、私には計り知れない。よく笑う彼女のどこか諦めたような表情はこの時しか見たことがなかった。

 とにかくフェスに出て、父を否定した音楽界に復讐を果たす。それが今の私の目標だ。

 その後は涼の歌で音楽界を席巻する。歴史に私たちの名を刻む。これが私たちの夢なのだろう。

 だから、私の復讐のためにも、私たちの夢を叶えるためにも、次の選考会は落とせない。

 激しい焦燥感が私の身を焼く。涼が飛躍的な成長を見せる一方、私の進捗は芳しくなかった。

 伸び悩む理由は、朧げながら分かっている。私が音楽に真剣に向き合えないからなのだろう。涼のように音楽に寄り添うには私は穢れすぎていた。

 思考を巡らせていると、アラームが鳴る。

 もうスタジオの使用期限が迫っていたらしい。

 

「おつかれ〜、いやー友希那ちゃんは偉いねえ。ロゼリアは最近どう?」

 

 まりなさんが、練習を終えた私に声をかけてくる。

 circleはまりなさんと新人スタッフの人で切り盛りしているらしい。オーナーは別にいるらしいのだけど、姿を見たことはない。

 

「フェスの選考会が近いので、練習にも熱が入っていますね。しかし、まだまだ足りません」

 

「流石はロゼリアってとこだね……あ、忘れてた」

 

 会話の途中でまりなさんが何かを思い出したのか、視線を待合室のベンチに目を向ける。そこには黒いスーツを着た男の人がいた。

 

「友希那ちゃんに会いたいって人がいるんだった。それもアレックスの人! すごいよ友希那ちゃん、アレックスのスカウトなんて今までcircleに来たことなんてないよ!」

 

 アレックス。最近売れる歌手を多く抱えるようになった芸能事務所だ。最近だとシンガーソングライターの赤羽伊織がヒット曲を次々と繰り出している。

 間違いなく大物事務所。今まで涼を含めて幾つかの事務所からスカウトされたけど、ここまでの大手からスカウトされることは久しい。

 

「貴女が湊友希那さんですね。私はアレックスの岸と申します。単刀直入に聞きましょう。友希那さん、私たちの事務所アレックスに所属していただけませんか?」

 

「生憎だけど、例えアレックスであろうともスカウトを受けるつもりはないわ。私は自分の音楽で業界を認めさせる。自ら進んでどこかの風下に入ることはないわ」

 

 そう、私は自分の音楽で業界に挑む。強要された音楽は私の憎むところであるし、涼との夢も叶えられない。

 さて、並のスカウトマンならこれで諦めるはず。今は彼に拘っている暇はない。

 

「待って下さい。友希那さん! 貴女は本物だ! 貴女が望むなら私は全てを賭けてフェスの舞台に貴女を立たせる! 貴女の曲で、アレックスが誇る優秀なバックバンドだって用意します! だから、どうか……!」

 

 しかし、この岸という男は諦めなかった。余程私に惚れ込んだのだろう。声を枯らして、唾を飛ばして私を引き止めて、いつになく、途方もなくこちらに譲歩してきた。

 ……このスカウトを受ければ、おそらく私はフェスの舞台に立つことができる。そして、もう涼には時間がない。

 

「岸さん。私だけではなく、涼もフェスの舞台に立たせることは可能かしら?」

 

 だから、こんな条件を切り出した。

 涼の曲を私の歌で広める。それが私たちの夢だ。けれど、涼がいない世界で私が涼の曲を歌うことはまるで私が涼の全てを簒奪するようで後ろめたかった。

 一般的に作詞家より歌い手の方が人々の心に残る。曲だけじゃない、私は涼という少女そのものを後世に刻み付けたいのだ。もっとも、そんなことは涼はもうさほど気にしてはいない。もう彼女はそれは不可能だと割り切っている。

 けれど、私はその不可能を覆したかった。

 

「どうかしら? 卑怯だけれど、涼と一緒でなければ、私はあなたのスカウトを受けられない」

 

 さらに追い討ちをかけるが、岸さんは動じない。むしろ、私の瞳を見据えて確かな声で答えた。

 

「もともと日陰さんもスカウトするつもりでした。……実はアレックスに引き抜かれる以前、別の事務所で働いていた時も貴女方をスカウトしたことがありました。一年ぐらい前ですから湊さんは覚えていないでしょうが……。その時、私は貴女方が構成するセカイに心を捉えられてしまった」

 

 訥々と岸さんは語る。これで私は確信した。今の段階で業界に挑むならこの人に乗るべきだと。それが、私の夢にも繋がる。

 ……しかし、どこか釈然としない。だからか、あろうことに私はとんでもない台詞を口にしていた。

 

「……少し、考える時間が欲しい……」

 

「わかりました。これが、私の連絡先です。決心ができましたらおかけ下さい。……私はいつまでも待ちますよ。私の労苦と忍耐で貴女方を迎えられるなら何も悔いはない」

 

 最後に名刺を渡して、岸さんはcircleを退店した。

 一方で私はそのまま待合室のベンチに座り、考えを回らせる。

 フェスの舞台に立つのなら岸さんに乗るのが最善手。だというのに、なぜ私はすぐに決意を固められなかったのだろう? 

 

 ******

 

 燐子の仕上がりも上々。

 私の体調も思ったほど悪くないみたいで、お医者さんに聞いたらなんだかんだで夏は生きられるらしい。

 いい具合に曖昧でありがたいことだ。

 私の病は本当に珍しいみたいで、他の症例は3年前に私より年下のイギリスの女の子しかないらしい。その女の子は裕福なお家だったためか1億も掛けて手術を受けた結果、快癒した。

 珍病奇病の類だけど、私の病気は治るのだ。一生で稼げるお金のほとんどを使う必要があるけど。

 もっとも、私の家族は普通だった。パパもママも頑張ったけど、8000万がせいぜい。期限が1年未満では流石にもう届かない。

 閑話休題。

 私と燐子が順調な一方、Roseliaの練習はあまり芳しくはなかった。

 やや実力が劣るあことリサにはしっかり成長を感じられるけど、まだ友希那たちの水準には遠い。

 私は調子が良くなったけど、以前に身に付かなかった分の取り返しに終始している。

 まあ、この3人がやや物足りないのはいつものことだ。

 けれど、今回は友希那もやや物足りない。これは本当に珍しいことだと思う。

 別に友希那の覚えは悪くない。けれど、声にどこかノイズが混じってるような気がしてならない。

 

「……今日はこれで終わりにしましょうか」

 

 いつもより疲れた表情で友希那は号令して、今日の練習は終わった。

 

 *****

 

 疲れたから日記はサクッと書くことにする。

 ……なんか、友希那やばそう。

 2017年6月23日




リサ姉免許取れなかったよ……。
でも、考え直してみたらリサ姉免許必須なの次の次からだから、まだ書いても大丈夫そうなことに気づいた。


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第9話 アヤマチ

要らぬ時に過剰に要件が舞い込み、要る時には閑古鳥。
これを、物欲センサーという。
私がガルパで星4が出ないのは、まず彼女たちに惚れ込むからであろう。彼女もまたそうであった。

怖いね、物欲センサーって(涙)


 

 翌日はなぜかみんなの集まりが悪かった。

 練習の開始時間に間に合ってるのは私と紗夜、リサしかいない。

 

「そろそろ本番も近いというのに……。宇田川さんはともかく、湊さんは何を考えているのでしょうか」

 

「まあまあ、財布とかを忘れて慌ててるかもしれないんだし。今は自主練をしとこうよ、ね?」

 

 憤慨する紗夜をリサが取り成す。

 私はというと、指慣らしに自分で作詞作曲した曲を弾いていた。スタジオでの響き方を確認するいい機会でもある。慣らしといえど妥協はしない。聴覚を最大に高めながら音を確かめる。

 

「今まで聞いたことがない音色……。日陰さん、これは貴女が作った曲ですか?」

 

 すると、紗夜が食いついた。

 紗夜には燐子と練習している時に何度か作曲をしていることを話している。私の夢の主軸だからか、かなりの関心を示していた。

 

「そうそう、タイトルはまだ決めてないけどね。ちょっとポピパ風に青春をテーマにして作ってみたんだ」

 

 私が残す曲は一つじゃ足りない。何曲も残しておく。渾身の一曲だけでは、おそらく夢に挑むには弾数が足りない。

 数打ちゃ当たる、それも全てが渾身の一射だったなら。きっとどれかが夢を撃ち抜けるはずだ。

 

「作曲か〜。ちょっと羨ましいなあ、ロゼリアって結構友希那に頼り切りじゃん? 何かアタシもできたらいいんだけどな〜」

 

「リサには衣装を作ってもらってるからな〜。多分、私にはそんな繊細なことできないよ。だいぶ助かってる」

 

「それはそうだけどさー。もっと音楽で貢献したいっていうか……」

 

 気まずそうにリサは言葉を濁した。

 リサはやはり自分の力不足を負い目に感じている。

 ライブハウスとの交渉とか衣装とかバンドの維持管理にリサはもう欠かせない存在になった。

 私としてはそれで十分だと思ってるけど、リサ自身は音楽で友希那に並び立ちたいのかもしれない。

 ……だからこそ、私の病をリサには決して話せない。

 話したら最後、私のせいでリサはきっと全てを台無しにしてしまう。そこまでしてしまうほどに、リサは利他的に行動できる女の子だった。

 それにしても、友希那たち遅いな……。スタジオ使用開始から15分経ってるし。

 流石にそろそろラインでも飛ばそうかと思った時、友希那がスタジオに現れた。それから15分後にあこもスタジオに現れた。

 

「湊さんに、宇田川さん。30分も遅れるだなんて何を考えているんですか?」

 

「まぁ紗夜。もう怒鳴ってる時間ももったいないから。さっさとやろう?」

 

「日陰さんが言うのなら致し方ありません。確かに勿体無いですし。……始めましょう」

 

 怒る紗夜を宥めて練習を始める。

 しかし、友希那の声に伸びはない。あこちゃんの音もどこか落ち着きはなく、浮き足だっているように思えた。

 聞いているうちになんかイライラしてきてその結果、私は衝動に任せてダンッ! とキーボードに指を叩きつけた。

 当然、不協和音がスタジオ内に鳴り響く。全員の運指も止まった。

 

「日陰さんッ! 何をっ!」

 

 もちろん紗夜がまた怒鳴る。が、それをねじ伏せる。

 

「うるさいッ! しみったれた音を鳴らす友希那とあこが悪いッ! 絶対何かあったでしょ!? もうこの際、練習はいいから腹を割って話して!」

 

「それは……」

 

「えっと……」

 

 私が怒鳴ると友希那は目を伏せ、あこは泳がせる。

 

「わかりました。……あこが見た事を話します」

 

 先に口を割ったのはあこの方だった。

 あこが言うには、友希那がホテルのロビーみたいなところで、スカウトマンと話をしていたらしい。

 それだけなら、まだ良かった。

 でも、スカウトマンが欲しいのは友希那か私。紗夜たちは一顧だにされていなかった。

 

「だからあこ、怖くなったんです。友希那さんは本当に誰でも良かったんじゃないかって……」

 

 話し終わったあこちゃんはついに泣き出してしまう。

 Roseliaを崩壊させてしまうだけの話を一人で抱えてしまっていたのだから致し方ない。足下がひっくり返ったような衝撃や前途への不安。とてつもない緊張感で苦しかったはずだ。

 

「あこの勘違いだったらいいけど……。友希那、あこちゃんの話はホント?」

 

 最後にリサが友希那に確認を取る。

 

「……っ」

 

 十の視線が友希那を刺す。しかし、友希那はその悉くと目を合わせようとしない。

 

「沈黙は、雄弁ですね。……信じたくはなかった」

 

 ついに答えなかった友希那に紗夜は心底軽蔑したらしい。氷のように冷たい目を友希那に送った。しかし、紗夜の行動はそれだけじゃない。

 友希那の肩をがっしりと掴んで、言い放った。

 

「私の時間を無駄にしたことは腹立たしいです。私たちを騙していたことも腹立たしい。……けれど、それ以上に日陰さんが今まで懸けてきた努力を無碍にしたことが許せない。湊さん、貴女にはわかりますか! 日陰さんがどれだけの愛情をRoseliaに注いでいたのかを! 日陰さんがどれだけRoseliaのために葛藤したのかを! 日陰さんがどれだけRoseliaにその夢を賭けたのかを! 知らないからこそ貴女はそんな真似ができるのよッ!」

 

 最後は泣きながら、紗夜は友希那に叫び続けた。そして叫び終わったら、さめざめと涙を流してスタジオから去っていった。

 残された私たちはただただ茫然自失して立ち尽くすのみ。皆、まるで足が縫い付けられたかのように、スタジオを離れることができない。

 

「……帰るわ」

 

 残された面子の中で、初めに動いたのは友希那だった。

 

「……知らない、ね。そんなつもりはなかったのだけれど。いえ、知っているだけでは、駄目だったようね。ごめんなさい、涼」

 

 悔しげに友希那は呟く。その微かに震える背中を見て、私は察した。

 きっと私もまた焦り過ぎていたんだ。何度か自覚していたけど、寿命が敵の味方についている以上、足を止めることは怖くて出来なかったけども。

 人の歩き方は違う。ましてや先がないが故に生き急がざるを得ない私と、まだ未来がある友希那とでは、それこそチーターと亀ぐらいの差があった筈だ。

 私はそのことを理解せずに過剰な期待を友希那に押し付けたのだ。

 

「私こそ……」

 

「何も言わないで、涼。貴女は悪くない。ただ、私が約束を果たせなかっただけの話なのだから……」

 

 私の言葉を遮った友希那は出口に向かって歩いていく。謝罪を禁じられた私に、その背中にかける言葉は見つけられなかった。

 

 *****

 

 昨日の日記を読んで、今ようやく分かった。

 友希那が疲弊していることに。あの約束を果たせないほどに追い込まれていたんだ。必ず兆候はあった。でも、私はその兆候を昨日の時点で掴んでおきながら軽く流してしまっていた。

 確かに最近は自分のことで大変だった。でも、友希那から見ても最近は大変だったのだと思う。

 いよいよ私が体調を本格的に崩し始めて、約束の時が近づいた。でも、フェスもあって友希那自身にも復讐に関しての葛藤がある。

 もしかしたら友希那の不調は夢と復讐というカラーのまったく違う一大事が一緒に迫ってきたことに由来するのかもしれない。

 2017年6月24日




前書きは実話です。
中華街リサをついぞ取り損ねました。
星4が全部で18枚しか持ってないのに、りんりんだけはなぜか6種類全属性がいます。いや、推しだからいいんだけど、ドリフェスの度に他のキャラ押し除けて来るのはちょっと……。


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