恋姫異天記~曹操伝~ (KKS)
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第一章 曹操異聞
一 一刀の真名を持つ曹操(華琳)


 街灯に、明かりが灯りはじめている。

 博物館に隣接する公園。夕刻であるせいか、人通りはまばらだった。閑散としたなかに、ベンチがひっそりと佇んでいる。ある意味では、風情があるともいえるのか。

 その一角に、公共の建物があった。用を足す施設、古くは厠ともいう。

 男女どちらかに別れているのが当たり前であり、異性を連れたって入る場所などでは決してないのだ。もとより、雰囲気もなにもあったものではない。

 

「んむっ……、ちゅる……ッ♡ んぅ、ふふっ……♡ ほら……、もっと大きくしたっていいのよ」

 

 ささやかだったが、女の声が漏れ聞こえている。それも、男子用トイレの個室からだった。

 

「ちょっ、それやばいって……!? んぐっ……。華琳(かりん)、もしかしなくても、こんな場所でしてるってことに興奮してるのか?」

「いいじゃない。なんとなく、いまはあなたの味を、強く感じていたい気分なのよ。じゅっ、ン……♡ ずずっ……んんっ♡ それともなに? 一刀(かずと)は薄汚い個室でわたしに奉仕させておいて、興奮していないとでもいうつもりなのかしら。うふふっ、まあ……それだけはありえないと断言できてしまうのが、あなたのいいところなんでしょうよ」

 

 一刀は便座に腰を下ろした格好で、勃起した局部をさらけ出していた。それを、華琳と呼ばれた女のほうが、いかにも楽しそうに咥えている。

 唾液まみれになった先端。華琳は自らまぶした粘液を舌を使ってのばしていき、反応を伺っているようだった。

 美しい横顔。華琳の瞳が、しっかりと一刀のことを捉えている。きらびやかな金の毛髪。それをかき上げながら、華琳は口内深くに男根を収めていった。

 

「う、ああっ……。そんな奥まで飲み込んで、苦しくないのか、華琳。いや、俺は最高に気持ちいいんだけどさ……っ」

「ン、もごっ……♡ ちゅるう……♡ じゅぷ……、くぽっ♡ ふはあ……。くすっ、馬鹿みたいに喜んでいるのが丸わかりね、一刀。でも、あなたの素直なところは、嫌いではないのよ。だから、もっとよがってみせてちょうだい。ただし、すぐに射精してしまってはダメよ?」

 

 言葉でそうやって煽りつつも、華琳による奉仕は続いていく。

 いくら華琳が小柄だとはいえ、せまい個室の中なのである。超がつくほどの美少女が、上品とはいえない姿勢でかがみながら、自身の男根をしゃぶっている。倒錯すら抱きそうになる空間で、一刀はせり上がってくる射精感と闘っていた。

 

「うぐっ、やばいって……。そこ、そんな舐め方されたら……っ!」

「あら、わたしの言ったことが聞こえていなかったのかしら。だーめ、まだ我慢していなさい。少しは、男らしい部分をわたしに見せてちょうだい」

 

 切れ長の目。それが、すっと細くなっていく。唾液を絡ませ、華琳はわざとらしく水音をたてている。ぞくりと走る快楽に、一刀は思わず表情を歪ませた。

 ただ美しいだけでなく、淫靡な技すら卓越している。どんな場面であろうと、華琳は万能だったのである。

 

「可愛らしい声を上げてしまって……♡ くすっ、でもいいのかしら。もしかしたら、あなたの情けない声を、他の利用者に聞かれてしまうかもしれないわよ♡」

「そんなことになったら、華琳だって困るんじゃ……うあっ!?」

「だったら、このわたしに恥をかかせないためにも、あなたは黙って奉仕されていればいいのよ♡ わかったかしら、北郷一刀(ほんごうかずと)?」

「う……。わ、わかったよ」

 

 嗜虐的な微笑み。魅入ってしまうほどの、秀麗さがあった。

 何度も頷く一刀を見て、華琳は満足そうに指で睾丸をいじっている。あなたの全ては、わたしのものよ。まるで、そう言わんばかりの迫力すら垣間見えるようだ。

 

「はあ、まったくかずピーのやつ、親友をほったらかしてどこいったっちゅうねん。はっ、もしや!?」

 

 これまで誰も来なかった男子トイレに、男の声が響いている。男の方も、自分ひとりだと思っているから、独り言が大きくなっているのだろう。

 

「今頃、あのべっぴんさんとしっぽりやってるんと違うやろなあ。くっそー、ちょっと想像しただけでムラムラしてきたわ! ……アホらし、帰ろ帰ろ」

 

 水を流す音に紛れて、ため息すら聞こえてくるようだった。及川佑(おいかわたすく)、北郷一刀の友人である。

 

「あ、危なかった……。というか、及川には悪いことしちゃったなあ。まあ、別にいいんだけど。多少のことを根に持つタイプでもないし」

「くすっ……♡ びくびくしている一刀のこれ、可愛かったわよ? こんなに先走りを滲ませてしまうなんて、どれほど期待しているのかしら。あむっ、じゅぷっ、じゅるぅ♡」

 

 カリ首をしっかりと唇で扱きながら、華琳は粘つく汁を嚥下していく。愛する女の淫靡な姿に、一刀は思わず熱い息をもらした。

 

「く、うあ……ッ!? なあ華琳、俺……そろそろ」

「んむっ、んちゅぅ……? あははっ、いいわよその表情♡ ン、んぷっ、んじゅるぅううう♡ イカせてあげてもいいけど、休憩なんて許さないんだからね? わたしだって、すっごく……♡ あむっ、んむっ♡」

「わ、わかった、わかったから……! 俺、華琳の口に出したくて、もう……ッ」

 

 満足そうに、華琳はうなずいてみせた。手の動きが、激しくなっている。熱を増していく口内。なにかが爆ぜていくような感覚を、一刀は味わっている。

 

「いいわ、射精()しなさい、一刀♡ このわたしに、あなたの濃厚な子種を、たっぷりと飲ませてちょうだい♡」

「ああっ、華琳……ッ。くうっ、イクぞっ、うあぁあああっ……!」

「んふうっ……!? んっ、んぐっ♡ ちゅ、むぅううっ♡」

 

 華琳の口内を、白濁した粘液が汚していく。一刀は何度も腰を震わせ、おびただしい量の精液を吐き出していった。

 

「んぅ、こくっ、んじゅるっ♡ すごい、一刀の精液がこんなにっ……♡」

「華琳の口が気持ちよすぎて、止められないんだ。ぐうっ、まだでる……ッ」

「ちょっと一刀……!? んぷっ、ふうっ、じゅぷっ♡」

 

 朦朧とする意識のなかで、一刀は本能的に華琳の後頭部へと手を伸ばした。個室の壁が、がたがたと音を鳴らしてしまっている。及川が出ていっていなければ、即座に気づかれてしまっていたはずだ。

 射精に震える男根に口内を犯されながら、華琳は扉に押し付けられている。

 本来であれば、許されるはずのない行為だった。それだけに、興奮を覚えてしまうのである。身体の芯が甘く疼いている。愛する女の喉奥を犯し、煮えたぎる精液を腹に流し込み続けているのだ。倒錯的な感覚。情欲の炎が、燃えたぎっていくようだった。

 

「ふうっ、ごくっ♡ んむ、ン、じゅるるっ……♡ か、かじゅとぉ……♡」

「うあっ……! か、華琳。その顔、エロすぎるって……っ!」

 

 意識が混濁してきているのは、華琳も同じなのだろう。粘度の高い雄の汁を、これでもかというくらい胃に流し込まれてしまっているのだ。

 すべてが、白に染まっていく。鼻腔を満たしていく、青臭い精液の匂い。華琳は、それすらも楽しんでいるようだった。

 

「んっ、しゅごっ……♡ んぷっ、んくっ♡ じゅぽっ♡」

 

 しばしの優越感に浸りながら、一刀は華琳の口内を蹂躙していった。尽きることのない欲望。それは、自分でも自覚していることだ。髪を撫で付けてやると、華琳は嬉しそうに男根に舌を絡ませてくるのだ。

 互いに、唯一無二の相手だった。運命的、とすらいえるのかもしれない。その思いを唇に込めて、華琳は残滓を吸い出しにかかっている。腰が震える。これ以上ない甘い気持ちよさを感じながら、一刀は大きく息をはくのだった。

 

 

 そもそも、一刀と華琳がここに来ていたのにはわけがあった。遡れば、数時間前となる。二人はともに、聖フランチェスカ学園に通う生徒だった。

 

「かずピー、なんやえらいワクワクしとるやん。そんなに、宿題やりにいくのが楽しみなんか?」

「宿題自体は面倒だけど、展示の内容が俺好みなんだよ。なんたって、あの曹操がメインテーマだからな」

「あー、かずピーそういうの好きやもんなあ。なんやったっけ……。曹操に、そんけんやったかな……? なんせ、ぎょーさんの人間が争ってた時代」

 

 興奮気味に語る一刀。それに対して少し身体を引きながら、及川は絞り出すようにして人名をあげていった。

 朧気ではあるものの、まったく知らないというわけではなさそうなのである。最近では、歴史上の人物をキャラ化して、コンテンツにすることは当たり前になっている。それで、及川も名前を知るようになったのだろう、と一刀は思うのだった。

 

「おっ。及川にしては珍しく、ちゃんと当たってるじゃないか」

「うっさい。ほんで、かずピーは誰か好きな武将でもおるんか?」

「ふふん。よくぞ聞いてくれたな、及川」

「うっわ。なんや、その面倒くさそうな反応は……」

 

 待ってましたと言わんばかりに、一刀は胸をそらしている。

 多少辟易としながらも、しっかりと聞いてやっているだけ、及川は友人付き合いがいいと言えるのかもしれない。

 

「俺の一刀っていう名前はさ、その曹操から取ったものなんだよ。爺ちゃんが、そういうの大好きでな。いまでも田舎に帰るたびに、名前を決めた時の話をよく聞かされるんだよ。だから、やっぱり曹操に一番思い入れがあるかな、俺は」

「ふうん、曹操から? でも一刀って、あいつそないいくつも名前持っとったんか」

「あの時代の人たちって、姓名と(あざな)のほかに、真名(まな)っていう特別な呼び名を持っていたらしくてな。それで曹操の真名が、一刀だったってわけだ。どうだ、すごいだろ? ちょっとは、俺にも威厳を感じるようになったんじゃないか、及川」

「あー、はいはい。威厳ていうたら、あっちのべっぴんさんのほうが、よっぽど凄いと思うわ。ほんま、覇王ってアダ名がしっくりきすぎてるくらいやんか。ちょっかいかけようもんなら、首が飛んでいきそうっちゅうか……」

 

 自分の名前の由来ということもあって、曹操にはずっと憧れのようなものを抱いてきた。

 天下に名を知らしめた英雄であり、色をよく好んだ覇王だった。それに、曹操は興味深い逸話の持ち主でもあるのだ。よく講談などで語られるのは、その出自に関してのことだった。

 先代である曹嵩のもとに天より遣わされてきた幼子が、のちの曹操なのである。一説では、そんなふうに言い伝えられている場合すらあるのだ。

 しかし、それは後世の作り話だと否定されることがほとんどだった。けれども、火のない所に煙は立たないというのが、この世の理なのではないか。そう思う時が、一刀にはあるのだった。

 現代の学者が考えているよりも、過去の時代はもっと雄大で、不思議に満ちていたのかもしれない。

 想像は、所詮想像でしかないのだろう。だが、思考を止めなければ、いつだってそこに可能性を生むことができるのではないか。

 事実、そうしてこれまで物語はつむがれてきたのだ。歴史書に散見される余地。そこに、人はこうであってほしい、という希望を託す。

 及川の指差す先。そこには、圧倒的な存在感を放つ少女がいた。

 左右のバランスよく巻かれた金髪。数人で歩いていても、それがよく目立っていた。小さな体躯ではあるが、発する覇気は並のものではない。華琳。学園内でも、ずば抜けた人気を誇っている少女である。そして、華琳は一刀の想い人でもあった。

 

「あら、誰かと思えば一刀じゃない。それに、ええっと」

「及川佑です、たーすーく!」

「ああ、そうだったわね。佑は久しぶり、でもなかったかしら……?」

「うう、それはひどいんちゃうか……? かずピーと俺、一体何がそんなに違うっていうんや。まじで自分らが付き合ってること、そろそろ学園七不思議に入れてもいいって、俺は思うんやけど?」

 

 高嶺の花、なんてものではなかった。

 誰の手も届かないような崇高さ。そういうものを持っていると、華琳は周囲から思われていたのだ。それがいつの頃からか、北郷一刀と男女の関係になっていたのである。

 噂が広がるにつれ、学園内がひどくざわついたのは言うまでもない。そんな喧騒にも、最近はようやく慣れることができている。

 

「あら、それはどういう意味なのかしら、佑。返答次第によっては、わたしも色々と考えなくてはならないのだけれど。ふふっ……。いくら、あなたが一刀の友達とはいえ、ね……?」

「ひ、ひえっ!? な、なんでもないですっ!」

 

 華琳の威圧的な瞳。それが、恐ろしいくらいの殺気を放っている。背筋の悪寒を精一杯抑え込みながら、及川は首を横に大きく振って応えた。

 

「それで一刀、今日はエスコートしてくれるのよね?」

「おう、そのつもりだ。といっても、知識で華琳に勝てるとは思っていないけどな」

「そんなこと、元から気にしていないわよ。さっ、精々楽しませてちょうだい」

 

 一刀と華琳。二人の指が、複雑に交差していく。

 放課後の逢い引き。今日のことは、華琳も楽しみにしていたようだった。

 

「ちくしょー! このバカップルどもがー!」

 

 後方から、叫び声が聞こえている。うなだれたままの及川を置き去りにして、二人は足早に博物館へと向かった。

 学割でチケットを購入し、入り口を通過する。展示室内は、独特の静けさに包まれていた。大勢の観客による足音。そして時折、咳払いの音がガラスケースに反響しているくらいである。

 

「なるほど、確かにこれはなかなかのものね。本を読むだけでは、得られない体験というものかしら」

「うん、これとかすごいよな。その当時のひとたちが使っていたものだって思うと、すごく生々しく感じられてさ」

 

 展示室の内部という環境を考慮してか、さすがに華琳もかなり音量を絞って話している。

 古い時代のこととあって、展示物のほとんどが出土品だった。武具や食器。それから装飾として使っていたのか、謎の人形なども埋葬品として紹介されている。その人形のなんともいえないような表情には、一刀も興味を惹かれているようだった。

 

「あら、これは」

 

 とある展示物の前で、華琳がいきなり足を止めた。その瞳に映っているのは、大ぶりの剣だった。

 出土品であるために、全体がかなり錆びついている。それでも、剣自体のもつ勇壮さというのは、少しも失われていないように一刀には思えたのである。

 ここにくるまで、そういった類のものとはいくつかすれ違っている。だが、今回は明らかに華琳の反応が異なっていた。

 

夏侯惇(かこうとん)、か。曹操が、最も頼りにしていた将軍のひとりだよな。こんな武器を振り回していたなんて、きっと物凄く強いひとだったんだろうなあ。……って、どうしたんだ、華琳?」

 

 一刀が顔を横に向けた。

 目に飛び込んできたのは、頬を伝う一筋の涙。静かに、ただ静かに、華琳は涙を流していたのである。

 華琳の指先が、流麗にガラスケースの表面をなぞっていく。直接触れることのできないのが、もどかしくすらあるのか。それほどまでに、華琳は心を揺さぶられているようだった。

 その理由は、どこにあるのか。一刀には、わからなかった。

 けれども、胸が痛いくらいに、締め付けられている。一刀には、すぐ隣りにいるはずの華琳が、やけに遠くにいるように感じられている。

 とっさに、腕を掴んでいた。そこには、決して離してやらないぞ、という思いが込められているのだ。

 自分はここにいて、華琳も間違いなくこの場所にいる。そのことを、いち早く伝えたかったのかもしれない。

 

「どうしてかしらね、一刀。この剣を見ていると、なぜだか感情を抑えることができなくなったのよ。こんなの、わたしらしくもないというのに」

「らしくない、か。だけど、泣いてる華琳の姿も、綺麗だったと思うよ。その代わり、すっごく切ない気持ちにさせられてしまったけどね」

「あら、そうだったの? ねえ、もう外に出ましょうか。わたしが、いまなにを求めているのか。あなたなら、きっと理解してくれているはずだと思うのだけれど?」

「ああ、そうしよう。俺の感じていることは、たぶん間違っていないと思うな。さっ、いこうか、華琳」

 

 華琳の腕を握りしめていた手。その力を、一刀はゆっくりと緩めていく。小さく笑う華琳。その瞳は、もういつものような力強い輝きを取り戻している。

 絡み合う、指と指。ここに来たときと、おなじだった。

 来客の間をすり抜け、ふたりは出口に向かって歩いていく。少しでも早く、胸の内側から湧きでた熱い感情を、恋人にぶつけたかった。

 駆け出しそうになるのをどうにか我慢しながら、絡めた指に力を込めた。それがわかったからか、華琳はちょっと嬉しそうに眼を細めている。

 夕闇に飲まれつつある世界。それが、いまはやけに儚く見えている。




華琳
 乱世を鎮める覇王として立つはずだった少女。
 運命の歪みは、華琳に現代日本での平穏な暮らしを与えることになる。学園で出会った北郷一刀と惹かれ合い、この世界でも結ばれることになった。


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二 揚州紀行(春蘭、秋蘭)

 騒々しいようで、穏やかな時間の流れていた現代。そこから、おおよそ一千八百年ほど時代を遡る。

 後漢末期。北郷一刀が憧れを抱き、華琳(かりん)が心を激しく揺さぶられた時代だった。

 早朝。格子窓の向こうから、じわりと朝日が差し込んでいる。宿屋の一室。泊まっているのは、男がひとりに、女が二人だった。至福のひと時だというように、片方の女が男の寝顔を見つめている。顔にそっと触れる指先には、はっきりと慈愛が込められていた。長い前髪に隠れている表情。そこには、確かに笑みをたたえていた。

 

「ン……んうっ♡ じゅ……う♡ あむぅ、はふぅ、ん……、おっきい……♡ まったく、寝ているというのに、こんなにチンポを硬くしおってえ……♡」

 

 叱責するような言葉。それとは裏腹に、女の声色はとろけきっていた。長い黒髪を揺らしながら、もうひとりの女が男の股座で頭を前後に動かしている。忠犬じみた真っ直ぐな瞳。そこには、男の肥大した男根が映り込んでいる。

 汚れのたまっていそうな部分を念入りに舌で舐めあげ、唾液を塗り込んでいっている。時折ぴくりと反応する小鼻が、かわいらしくひくついている。

 

「ご機嫌ではないか、姉者。くくっ……。一刀のチンポが、そんなに旨いのか?」

「むぐっ……!? ば、馬鹿をいうな、秋蘭(しゅうらん)。ぐうっ、そうだ! これは、主を思っての行動に過ぎんのだ! だいたい、これほどまでにチンポを膨らませたままでは、街すらまともに歩けんではないか。だ、だからその……、だなあ♡」

 

 一刀。夢うつつのまま奉仕を受けている、男の名前だった。ただし、それは真名なのである。

 対外的に名乗るのであれば、曹操だった。字を、孟徳という。

 

「くくっ……。しかし、どうにも姉者ひとりでは埒が明かないようだな。どれ、私も手伝ってやろうか」

 

 爽やかな青みを帯びた髪をかきあげ、秋蘭と呼ばれた女は寝台の上をするすると移動していく。

 身のこなしは、あくまでしなやかだった。ざっくりとした着こなしをしている就寝用の袍から、ふくよかな谷間が艶かしく覗いている。

 

「あっ、こらあ……!? せっかくわたしが奉仕してやっていたというのに、ずるいではないか、秋蘭」

 

 秋蘭が妹で、嫉妬の炎を燃やしているほうが、姉の春蘭(しゅんらん)だった。夏侯淵に、夏侯惇。どちらも、曹操が恃みとしている側近中の側近だと言っていい。心と身体。三人は、その全てで深く繋がりあっている。

 そんな美人姉妹が、争うようにして曹操の男根に舌を伸ばしている。妖艶にほほえむ夏侯淵。長い舌を使い、敏感な部分をくすぐっている。

 

「悔しがっている姉者も、可愛らしいものだ。ふふっ。一刀も、きっと私とおなじような感想を述べると思うがな? んっ、ちゅう……。ぐぽっ、れろっ……」

「くそう……、私だって負けるものか。曹家一の武を誇るのが誰なのか、思い出させてくれるわ!」

 

 そう言って、夏侯惇は血管の浮き出た竿の部分を鷲掴みにしてしまう。まさしく、目にも留まらぬ速さだった。それをみた夏侯淵は、口を丸くして感嘆の声を洩らすだけだった。

 

「ふふん。どうだ秋蘭、この早業はいくらおまえであっても真似できんだろう。うははっ、残念だったな。これで、今朝の奉仕の役目は私のものだ」

 

 夏侯惇が、得意気になって勝ち誇っている。

 剣を握らせれば、曹家一門で右に出る者はいないといっていいくらいの武人だった。曹操も、その豪胆さを好んではいたのだ。誰よりも強く、誰よりも正直に自分に対して仕えてくれている。ただ、時としてその性格が災いする場合があった。

 必死になって、夏侯淵は笑いをこらえている。その意味が、夏侯惇にはさっぱりわからないようだった。夏侯淵の視線の先。そこでは、先ほどから曹操が身体を起こしていたのだ。それに加えて、明らかに虫の居所が悪そうだったのである。

 

 

 あまり気分のいい起こされかたではなかった。

 張りつめた男根が、力まかせにつかまれてしまっているのだ。それがわかっていて、秋蘭は黙っているに違いない。小さく持ち上げられた口角。それを見て、曹操は深く嘆息するしかなかった。

 

「春蘭。そろそろ力を緩めてもらえると、俺としては助かるのだが」

「くははっ、そんなに遠慮することはないのだぞ、一刀。遠慮などせずともよい。このまま、私がおまえのチンポを気持ちよくしてやろうというのだからな」

 

 有頂天となっている春蘭が、曹操の言葉を気にもかけず強引に手を上下させていく。

 ちりちりとした痛みが、時折下腹部を走り抜ける。はっきり言って、度が過ぎた擦り方だった。もはや、快楽を得るどころではなくなっているのである。表情を歪める曹操。その姿を観察しながら、秋蘭はまたしても薄く笑みを浮かべている。

 

「秋蘭、おまえも意地が悪いではないか。こうなるとわかっていて、姉のことを焚き付けたのではないだろうな?」

「はて、なんのことやら。私は、文字通り殿に身も心もお捧げしているような女なのですよ? であれば、そのような不忠などするはずがありますまい」

「遊びがすぎるぞ、秋蘭。どうせならば、のんびりと楽しませないか」

「うんうん、そうだろうな。どうだ秋蘭、やはり一刀は、私にこのまま奉仕されたがっていたのだ。だからだな……」

 

 わざとらしく肩をすくめている秋蘭を尻目に、春蘭は自らの正当性を主張してみせた。

 純粋そのものな瞳だった。まさか、自分が叱責されることなど、想像すらしていないのだろう。

 

「もういいぞ、春蘭。おまえは、俺を不能にでもするつもりか」

「へっ……? うあっ!? も、申し訳ありません、殿っ!?」

 

 思わず、厳しい言葉を使ってしまっていた。春蘭は、それでようやく男根の状態に気がついたようなのである。言葉遣いの変化も、それに伴ってのことなのだろう。

 限界まで腫れた亀頭が、もうやめてくれと懇願しているようだった。あわてて、春蘭が締めつけていた手を解放する。すると、心底疲れ果てたというように、曹操はため息をつくのだった。

 

「あの、殿。私の不注意で、取り返しのつかないことをしてしまい……」

「もうよいのだ、春蘭。だが、このままでは収まりがつかぬことくらい、わかっているのだろうな? それが理解できているのなら、はじめからやり直してみるがいい。今度は、姉妹二人でな」

 

 普通であれば、呆れてやめてしまうところなのである。

 それでも、曹操はあえて奉仕を再開するように命じたのだ。このままでは、春蘭はしばらく気落ちしたままになりかねない。それは、曹操の望むことではなかった。

 

「これでよろしいですか、殿……? どうか、私の口を存分にお使いください」

「健気な姉者もいいものでしょう、殿? ふふっ、すっかり元通りに大きくしてしまわれて。さすがは、好きものの曹操孟徳さまといったところでしょうか」

 

 春蘭、秋蘭の二人は、公の場では自分のことを殿と呼び敬ってくれている。先ほどまでのように砕けた言葉遣いになるのは、閨の中か、ほんとうに気を許していい空間にいる時だけだった。

 ここで呼び方を変えたのは、謝罪の意思を示すためでもあるのだろう。それと同時に、服従することによって得られる快楽もあるのかもしれない。夏侯の二人が、なにを考えているのか。曹操には、手に取るように理解できている。

 やわらかな感触に、竿全体を癒やされていく。従順そのものな舌遣いだった。秋蘭の愛撫は的確に快楽を呼び起こし、雄の昂ぶりを呼び覚ましていく。それで、曹操はようやく一息つくことができている。

 

「今度は、最初からこうしてもらいたいものだな。春蘭、おまえも休んでいないで、先を咥えてみろ」

「あ、はいっ……! んぷっ、じゅう……。ン……ちゅううぅうううう♡」

 

 唾液で溢れ返っている口内が心地良い。自分に痛みを与えてしまうことを、春蘭は過剰におそれているのか。そんなところも、惚れた弱みでかわいく感じられてしまう。

 独特なぬめりのなかに放り込まれて、敏感な亀頭が舌で揉みに揉まれていく。生来、強い刺激は嫌いなほうではないのだ。尖った舌先。それが鈴口をくすぐるたびに、曹操は心地よさそうに声を洩らした。

 油断すると暴走してしまう春蘭の手綱を握ってやれるのは、自分か妹である秋蘭くらいなのである。それは、閨でも戦場でも同じだった。上手く扱ってやれば、燦然とした輝きを放つ。それが、春蘭という女だった。

 少々汗ばんだ髪を撫で付けてやると、春蘭は心から嬉しそうに相好を崩している。その素直さが、曹操にとってはかわいくて仕方がないのだ。春蘭のほうも、曹操の怒りが解けたことに安心しはじめているのだろう。それで、口淫のやりかたにも、ずいぶんと余裕が生まれている。

 

「じゅぷ……。じゅる、ン……。くぷっ……♡ はあっ、殿のチンポが、私の口のなかでこんなにも大きくなって」

「むっ……。姉者、少し交代だ。私も、殿にしっかりと気持ちよくなっていただきたいのでな」

 

 いとも簡単に姉から主導権を奪い取り、秋蘭は男根を深々と飲み込んでいく。

 絡みつく舌の感触。それに翻弄されていると、男根が半分ほど見えなくなってしまっていた。秋蘭の秀麗な眉根が、少しだけ苦しそうによっている。その様に嗜虐的な感情を揺さぶられ、曹操は思わず腰を浮かせるのだった。

 

「ははっ、いいぞ秋蘭。深くまで呑まれていると、おまえの喉奥の感触までわかってしまうようだ。ああ、これだけは何度味わっても、たまらないな」

「んっ、うぐっ♡ ぐぷっ、れおっ……♡ ふはぁ♡ じゅぷ、ン、ちゅう、んん……ッ♡ ふふっ。こうしていると、私も殿の熱さを直接感じることがてきてしまうのです。まことに猛々しくて、素敵です」

 

 妹の淫蕩な姿にあてられたのか、春蘭は張りのある睾丸へ舌を這わせはじめた。

 

「んちゅっ、ちゅぱっ……。ああっ、ここに、殿の濃厚な子種がたくさんつまっているのですね。こんな張り詰めさせて、舌を押し返してくるようなのです」

 

 姉妹の発する淫靡な音が、交互に耳を刺激する。

 下腹部にずっしりとした重みを感じながら、曹操は快楽の波に身をまかせていた。

 

「射精されたいのですか、殿? ちゅう、はむっ♡ このコリコリとした内側にたまった熱い精液を、早く私に味わわせてくださいませぇ……♡」

「加減がわかるようになってきたようだな、春蘭。その調子で、続けるんだ」

「はいっ、承知いたしました。んっ……、チンポ全体がどんどん硬くなって、震えているようなのです♡ もう、秋蘭の口の中が、そんなにも気持ちいいのですか?」

 

 睾丸をしゃぶりながら、春蘭が上目遣いに見上げている。軽く脈打つ男根。息苦しくなってきたのか、秋蘭のもらす鼻息にもかなりためらいがなくなってきている。

 熱い塊。それが、もう自分ではどうにもならないくらいにせり上がってきているのだ。ちゅぽん、と動いた拍子に、男根が秋蘭の口内から抜けでていく。

 

「出すぞ、二人とも。おまえたちの好きなだけ、ぶっかけてやる」

「ひゃ……っ♡ んううっ、熱い♡ 殿の精液、すごい勢いできています♡」

「姉者だけではなく、こちらにもお恵みください、殿……! はあっ、んあっ、温かいです。それに、この濃厚さ……。ああっ、まだまだ出したりないのですね。でしたら、私がまた」

 

 男根のすぐそばに、二人が秀麗な顔を並べている。

 その二つの的目掛けて、曹操は膨大な量の精液を放っていった。濃密な雄の臭気。それが、部屋の内部を支配しつつあった。特濃の粘液を顔で受け止めている二人は、それがまるで愉悦なことであるかのように、満足気に笑んでみせている。

 

「ふふっ……。言うまでもなく、殿の精液で顔中真っ白だぞ、姉者?」

「それは、おまえだって同じではないか、秋蘭。んうっ、あはっ♡ まだ、こんなに出てぇ……♡」

 

 情欲の波が、身体の奥底からふつふつと湧き上がってくる。

 いまも二人を白く染め上げたばかりだというのに、男根は硬く反り返ったままなのである。それでも、理性を完全に失ってしまうわけではなかった。その枷がなにもかも外れてしまえば、どうなってしまうのか。それは、自分でもわからないことだった。

 

「ン……。ここを綺麗にしてくれないか、二人とも? それが終わったら、朝食にするとしよう。せっかく、揚州までやってきたのだ。宿屋で睦み合っているだけでは、意味がないだろう?」

「くくっ……、掃除だけで、ほんとうに収まればいいのだがな。そうやって焦らすのは、おまえの悪い癖だよ、一刀。あむっ、ちゅぱっ……♡ ああっ、たまらない味だな。腹のなかまで、これで満たされたいと思ってしまう。おっと、まだ管の中に残りがあったようだな。どれ、もう少し搾り出してやろう」

「まあ、それならそれでよいではないか。んっ、はあっ……♡ 秋蘭だって、内心期待しているのだろう? このように一刀の硬いものを見せつけられては、どうしてもだな……」

 

 二枚の舌。仲良く、男根に付着した汁を舐めとっていく。

 秋蘭が、挑発的な眼差しを送ってくる。それが合図だったのか、衣服を脱ぎ捨てた二人が、ゆっくりと身体をよせてくる。

 温かな秘裂。そこに指を這わせてやると、秋蘭は心地よさそうに声をもらしてしまう。いつでも、受け入れる準備はできているようだった。

 小さく鼻を鳴らし、曹操は体勢を入れ替えた。期待にふるえる瞳に、じっと見つめられている。二人は、入口を自らの指で開き、挿入を懇願しているかのようだった。

 

「んあぁっ♡ か、一刀が、奥まできているのがわかるぞ♡ そのまま、もっと私の深い部分を満たしてはくれないか。ああっ♡ これ、ほんとにすごいっ♡」

「こんなになるまで濡らしていたとは、おまえはいやらしい子だな、秋蘭。いいぞ。好きなだけ、絶頂するがいい。俺も、また気分が乗ってきたようだ」

「むぐぐ……。なあ、一刀ぉ……。私は、やはり後回しなのか?」

「ははっ。春蘭は、しばらく指で我慢しているのだな。ほら、もっといやらしく開いてみせないか。触って欲しいのだろう?」

「はっ、そ、それはだなぁ♡ んうぅ、一刀のゆびぃ、なかにきてぇ♡」

 

 情欲の炎が、強く大きく拡がっていく。

 結局、部屋から出られたのは、かなり後になってからのことだった。

 

 

 陽光を手でさえぎりながら、曹操があたりを見回している。

 笑い話のようであるが、春蘭と秋蘭は情交で満足しきってしまったせいか、朝食にはほとんど手を付けなかった。それでも、楽しんでいたことには違いないのだろう。館にいる時は、食事も従妹たちとともにすることが普通だった。だから、三人だけで過ごす時間というのは、ある意味貴重だったのである。

 

「この辺りで、一旦わかれるとしよう。日が落ちてきた頃に、また戻ってくる」

「平気ですか、殿。近頃は、以前よりはマシになってきたとはいえ、賊がでないわけではありませんし」

「心配してくれているのはありがたいが、俺とて剣が使えないわけではないのだよ。もっとも、春蘭からしてみれば、それも赤子同然なのかもしれないがな」

「い、いえっ!? 決して、そのような意味で言ったわけでは。賊ごときに、殿が遅れを取られるはずもありませんし」

「わかっているさ。それに、おまえという剣がそばにいてくれるからこそ、俺は安心して闘うことができるのだよ」

 

 剣の腕は、それなりに鍛えてきたつもりだった。それでも、自分の身近には、春蘭という一流の武人がいるのである。本気で打ち合えば、万が一にも勝ちを得ることなどできないのだろう。しかし、それでいいと曹操は思っていた。

 それぞれ不足している部分があるから、人は支え合うことができるのである。自分がいくら軍略をたてようとも、それを実行できる力がなければ、なんの意味もなさないのだ。

 

「ふっ。おおかた姉者は、殿がべつの女を引っ掛けてこないか、心配しているのでしょう。それは、栄華(えいか)も常々言っていることですが」

 

 栄華。従妹にあたる、曹洪の真名だった。

 曹家一門の当主として、もう少し節度を保たれてはいかがかしら。栄華のそんな声すら聞こえてくるようで、曹操は大きく(かぶり)を振った。

 元来、栄華は男に対していい印象を持っていないのである。麾下ならばともかく、生活の中でまともに話しをする男は、自分くらいのものではないか。

 

「栄華は、少々考えが硬すぎるのだよ。金の使い方に関しても、いまだに口出しをしてくるくらいなのだからな。ともかく、この周辺ほど安全な場所など、この揚州にはないはずだ。孫堅の兵は強く、軍律をしかと守っているのだからな。おまえたちも、よく見物しておくことだ。参考になる部分も、あることだろう」

「はっ、そのように。姉者のほうも、しっかりとな」

「うん? なんだ秋蘭、わたしならばなんの心配もいらんぞ。どんな悪党が来ようと、一撃でなぎ倒してくれるわ」

「むう……。そうしたところが、心配だというに。しからば、殿」

「ああ。気をつけてな、秋蘭も」

 

 豪快に笑う姉のことを、秋蘭は不安げに見つめている。

 たまには、単独での行動もしてみるものだ。そう言い聞かせてみたものの、秋蘭のなかではやはり不安が勝っているのだろう。他人の領地で暴力沙汰でも起こせば、それこそ厄介なことになる。恐れているのは、そのあたりのことなのだろうか。

 なにかあったとしても、春蘭ならば自力でどうにかしてみせるはずだ。だから、そこまで気を揉む必要はないのではないか。

 そう言い残すと、曹操はひとり歩き始めた。その遥か頭上では、陽光が変わらず輝きを放っている。



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三 旅の三人組

 長きに渡る、漢による支配。だが、それはもう限界を迎えようとしているのだろう。綻びは、表立って見え始めているのだ。

 衰退した国とは、こうも容易く乱れるものなのか。街道を歩きながら、曹操はひとり嘆息していた。

 熱を帯びた信仰は、時に民衆を過激な方向に走らせることすらあるのだ。

 太平道。新興宗教の発祥になど興味はなかったが、これが実に厄介な相手となった。

 決起した太平道の信徒たちは、みな揃って頭に黄色い巾を巻いていた。そのことから、俗に黄巾党と呼称されることもある。

 その、黄巾党による蜂起。それが、単なる一叛乱に終わらなかったのには、わけがある。それには、各地に信徒を配置した『(ほう)』の存在が大きかった。それぞれの『方』を太平道の指導者が率い、連携を取って反旗を翻す。これには、漢王朝の将軍らも手こずらされることとなった。その勢力は一時的にとはいえ華北一帯を覆い、洛陽すらを恐れさせたのだ。

 その当時、曹操も一軍を率いて、潁川郡での賊軍討伐に当たっている。

 やはり、力がいる。まともな力もなしに、なにを為すことができるというのか。寂れてしまった農村を横目に、曹操は拳を握った。持ち主を失い、荒れ果てた田畑。黄巾党を恐れて、逃散してしまったのか。あるいは、叛乱に加わった者すらいるのかもしれない。

 ともかく、民衆は鬱憤の捌け口を求めているのだろう、と曹操は思う。

 実際に仕えるまでもなく、中央の政治が腐敗していることなど、誰の目にも明らかだった。役人の間では不正が横行し、金さえ積めば官位ですら買えてしまう。

 曹家の力は、権勢をきわめた宦官である義理の祖父、曹騰によるものが大きかった。まさしく、濁った流れから生まれた力なのである。曹操は、今度は唇を噛んだ。それでも、これまでの行いを憎んでいるだけでは、なにも変えることなどできはしない。はっきりしているのは、そのことだけなのだ。

 苛立たしげに、曹操は乾いた地面を蹴りつける。もしこの場に秋蘭がいたのであれば、行いを茶化されていたのかもしれない。それとも、自分の気持ちに配慮して、なにも言わずにいてくれたのだろうか。

 この揚州は国の南部に位置しているだけに、温暖な気候をしている。江水から派生した流れによって水源も豊かであり、農耕をするのにも適している。叛乱さえ起きていなければ、もっと活気に溢れた光景が見られたはずだった。

 時々すれ違う、兵士たち。悪くない面構えをしている、と曹操は感心していた。

 きっと、ここの領主によく調練されているのだろう。装備は簡素だったが、堂々としていればそれなりの見てくれにだってなる。

 国の中心が腐っていたとしても、全ての人間が気概を捨て去ってしまったわけではない。皇甫嵩や盧植といった将軍は、乱の鎮圧のためによく働いたといえよう。結局、権力を操ることを好む宦官たちが、陣頭に立って戦をすることはなかったのである。

 張角。それが、太平道の首魁だとされている人物だった。あれだけの数の人間を動かしたのだから、かなりの求心力を持った人物なのだろう。

 だが、いくら教祖といえども、命に限りがないわけではない。あれは、いつの頃だったか。ともかく、張角が病を得て没したという噂が出回るようになっていたのである。

 顔を知らないだけに曹操には確認のしようもなかったが、信徒たちの間に起きた動揺は確かだった。

 各地の『方』が崩れていったのも、ちょうどその辺りからなのである。大規模な集団は、その多くが撃破されるに至っている。しかし、ここまで広がってしまった叛乱は、そう簡単に収まるものではなかった。

 数年。いや、十数年か。

 そのくらいの期間、各地の太守たちは残党との闘いに悩まされることになるはずだ。そうなれば、漢王朝の支配力はさらに弱まっていくに違いない、と曹操は思った。

 その中で、自分のことを客観的に見つめてみる。大きな流れのなかで見れば、ほんの小さな勢力にすぎなかった。けれども、曹操には確信があったのである。どこかで必ず、世に打って出るための機会が巡ってくる。そのときのための準備を、よく整えておかなくてはならない。そう考えると、自然と気力が湧いてくるのだった。

 

 

 到着した先の城郭で、曹操は一軒の酒家に入った。

 店構えは小綺麗で、昼間から盛況にやっているようだった。こういった場所では、案外有益な情報が手に入ったりもする。

 それに、歩き続けてちょうどのどが乾いてきた頃合いだった。

 

「そこの方々、相席をさせてもらってもよろしいかな? どこの席も楽しげにやっているだけに、自分だけひとりだというのは、どうにも寂しいではないか」

「む……? 急なことを申されるお方ですね。別に、私はそれでも構わないのですが。さりとて、他にずっと空いている席もあるのでは?」

 

 眼鏡をかけた女。開かれた瞳に、疑念が浮かんでいる。事がすんなりと進まず、曹操はそれもそうだと苦笑した。

 入店してすぐに目をつけたのは、三人組の女がいる席だった。本当に直感でしかなかったが、だらだらと飲み食いをしている客とは違う雰囲気を放っている。そんな風に、曹操には思えたのだ。

 それに、理由はもうひとつ。三人が、とびきりの上玉だったからだ。従妹に釘を差される程度には、曹操は女に目がなかった。

 

「くふふー。(りん)ちゃんは、感じませんかー? (ふう)は先ほどから、それはもうひしひしと感じているのですよお」

「なんですか、そのしたり顔は。だいたい、風はなにを感じていると……」

「はっはっはっ。殿方から、これほど情熱の込もった視線を向けられてなお理解できぬとは、稟もまだまだ修行不足なのではないか? そこな御仁、名をなんと申される」

「一刀だ。俺のことは、気軽にそう呼んでくれればいい」

「よろしい。ではお座りくだされ、一刀殿。しかし、われらのことをお選びになるとは、貴殿の女を見る眼は確かなようですな。わが名は趙雲、まずは一献受け取っていただきましょうか。さっ、こちらを」

 

 趙雲の引いた椅子に、曹操は腰を落ち着かせた。闊達としており、清々しさすら感じさせる女だった。

 引き締まった肢体に、白い着物がよく似合っている。壁に立てかけてある赤い槍は、おそらく趙雲のものなのだろう、と曹操は見立てていた。ほかの二人からは、武人が備える気のようなものを、少しも感じられないのである。

 袖振り合うも多生の縁。そのくらいの気持ちで、趙雲と名乗った女は、酒で満たした杯をさしだしているのだろう。杯を受け取り、曹操はそれを口もとで傾けた。乾いた喉に、とろりとした潤いが広がっていく。

 実に、甘露な味わいだった。

 

「ああ、これはなかなかにいい酒だな。やはり、趙雲殿たちに声をかけて正解だった。こうでなくては、旅はつまらないぞ」

 

 この国の風習に、真名というものがある。姓名や字とは異なる扱いをされていて、より神聖だと考えられているものだ。

 曹操にとって、一刀というのは間違いなく真名なのである。それを、知り合ったばかりの者に呼ぶように薦めている。普通であれば、ありえないことだった。

 

「うむ、一刀殿もよいことを申される。それでですが、こっちの半分居眠りをしているのが程立。先ほどから、ずっと気難しそうな顔をしたままなのが……」

「待ってください、(せい)。風ならばともかく、私は挨拶くらい自分ですることができますから」

 

 ついでだからと音頭をとって紹介しようとする趙雲のことを制し、眼鏡をかけた女が口を開いた。酒をまたひとくち含みながら、曹操は耳を傾けている。

 三者三様。その言葉が、よく似合う女たちだった。片目だけを薄っすら開けた程立と、ふと眼があった。

 言葉にするのは難しいが、底知れないものを持ち合わせているような気がして、曹操はじっとその眠たげな表情を見つめてしまうのだった。

 

「わたしは戯志才(ぎしさい)です、一刀殿。短い付き合いになるのでしょうが、よろしくお願いいたします。ほら、遊んでいないであなたも自分から挨拶なさい」

「んんう……? ふわあ……。お兄さんの熱々の視線がすごくって、つい眠ったふりをしてしまったのですよお。くふふ……、私は程立と申します。よろしくお願いしますね、お兄さん」

「戯志才殿に、程立殿だな。できれば、この出会いがよき縁となることを、願いたいものだ」

 

 いまのところ取り付く島すらなさそうな戯志才はともかく、趙雲と程立には値踏みをされているような気がしていた。

 曹操自身も、そういう意図を含んでの接触なのである。こんな時勢なだけに、有能な人物をどの勢力も欲している。今回の旅路で、そういった誰かと出会うことができればいいと考えていたのも、確かだった。

 

「趙雲殿たちは、この辺りの住人ではないのだろう? であれば、なにか目的があって旅をされているのかな。たとえば、見聞を広めるためだとか」

「ほう、よくお分かりになられましたな。当たりといえば、当たりです。漢の国は広しといえども、将来有望なご領主はそれほど多くはありませぬ。つまらぬ先に士官をしたのでは、この趙子龍の名が廃るというもの。ですから、こうやって見て回っているのですよ、各地を」

「なるほどな。うむ、宮仕えのくだらなさは、俺もよくよく思い知らされているところだ」

「ふむふむ。お兄さんも、どこかに士官をされていたようですね。最初は、すけべ心が服を着て歩いているようなお方なのかと思い警戒してしまいましたが、そうではなくてほっと一安心いたしました。あっ、稟ちゃん。手が空いているなら、料理の注文をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

 なかなかに無遠慮な発言をする程立だったが、曹操は笑って受け流した。当たらずといえども、遠からず。ちろりと箸先を舐める程立の仕草は、どこか挑発的である。

 

「はあ……。そのくらい、自分でしてもらえませんか。しかし、このようなところをぶらついておられるということは、一刀殿もわれらと同じ浪々の身なのでは?」

 

 戯志才の言ったことに、曹操は頷いた。

 浪々の身というのは少し違うが、確かに仕官はしていない。故郷の風を肌で感じ、一日を読書で過ごすことも多かった。人には、そうした期間も必要なのではないか、と思える時がある。なににも縛られなければ、視野も広くもつことができるのだ。

 

「なにをするにも難しい時期なのだよ、いまはな。しかし、たまには故郷でゆるりと過ごすのもよいものだ。つかぬことを聞くが、戯志才殿はどこの出身かな?」

「豫州潁川郡の出身ですよ、私は。そうだ、風はともかく、一刀殿はなにか召し上がられないのですか?」

「ああ、気を使わせてしまってすまないな。だったら、酒の肴にメンマでも貰おうか。向こうの客が、どうにも旨そうに食っているもので、気になっていたのだ」

 

 ようやく、まともに相手をするつもりになってくれたか。幾分か表情の和らいだ戯志才を見て、曹操は内心喜んでいた。それに、豫州の出となれば自分とも縁がある。

 

「ふっ、それにしても豫州か。俺の故郷も、戯志才殿と同じく豫州でな。沛国(しょう)県、そこがわが郷里なのだよ。もっとも、それにも一応がついてしまうのだが」

 

 メンマと聞いて、趙雲のまぶたがぴくりと震えている。店の給仕をしている女が、皿に盛った材木状のメンマを運んできた。

 いい漬け具合をしているようで、旨そうな色合いをしている。一番先に反応を示したのは、やはりというか趙雲だった。

 

「うむ……、これはなかなか。あのう、一刀殿。そのメンマを、ひとつ拝借してもよろしいですかな。不躾なことだとわかりつつも、どうしても我慢がならないのです」

「ふふっ。可愛らしいお方だな、趙雲殿は。無論、なにも遠慮をすることはないぞ。こちらには、酒を飲ませてもらった借りがあるのだからな」

「むむむ……。メンマに乗じて私を口説かれるとは、一刀殿も油断のならないお人だ。いや、かたじけない。菜譜には載っておりませなんだゆえ、てっきりないものかと思い込んでおりました。それでは、ありがたく」

 

 趙雲は、殊更メンマが好物なようだった。こりこりした食感を楽しみつつ、酒をすぐさま口に含む。少々顔を赤らめているのは、酔いが回ったせいなのだろうか。飄々としているようで、案外初心なところがあるのかもしれない、と曹操は思っていた。とはいえ、幸せそうにメンマにかじりついている趙雲を邪魔してやるのは気が引けることだ。それに、いまは戯志才が話に乗ってきてくれているのである。

 

「ふむふむ。故郷を表すのに、一応がつくのですかー? お兄さん、ひょっとして口では言い表わせないような、悲しい過去を背負っていらっしゃるとか。あ、これも余計な発言だったかもしれませんねえ。風だって別に、他人の傷をぐりぐり抉りたいだとか、そういう趣味を持ち合わせているわけではないのですが。あぷっ、稟ちゃんー?」

「そのくらいにしておきなさい、風。返す返すも、無礼な連れで申し訳ありません、一刀殿」

 

 戯志才に、口もとを抑えつけられた程立。なにやら言いたげな様子ではあったが、声を上手く出すことができないようである。

 真面目そうな戯志才と、人を食ったようなところがある程立。凸凹としているようで、意外といい組み合わせだと曹操は思った。

 

「ああ、気にすることはない。程立殿が苦しそうだから、そろそろ解放してやってはもらえないだろうか」

「はふう……。助かりました、お兄さん。で、で、お話の続きをうかがいましょうかー?」

「期待させてしまって申し訳ないが、程立殿が思い描いているような、壮絶な過去を送ってきたわけではないのでな。こうして好きに生きられているだけ、俺はなにもかも恵まれているというべきだ。いまの世の中、肩身が狭すぎると思っているのは、俺だけではないはずだ。誰しも、風通しのいい国で暮らしたいと考えるのは、当然ではないか。そして、力ある者には、国を正す責務があるはずなのだよ。もっとも、あまり声を大にして言えることではないのだがな」

 

 辛いことがなかった、といえば嘘になる。

 それでも、自分のそばにはいつも夏侯姉妹がいて、献身的に支えてくれていたのだ。生きている限り、人は何らかの努力をする必要があるに決まっている。その積み重ねによって、現在の自分ができているのだ。そう考えれば、なにを悲しむことがあるというのか。

 柄にもないと思ったが、つい真剣に語ってしまっていた。戯志才と程立は、それを静かに聞いてくれている。こつん、と机になにかを置いたような音がしている。趙雲にも、なにか感じ入るような部分があったのかもしれない。

 

「ははっ。俺としたことが、酒の席だというのについ真面目ぶってしまったようだ。いや、すまない。どうだろう、戯志才殿。同じ州出身の誼だ。時間が空いた際には、是非とも我が故郷を訪ねてもらいたい。嫌でなければ、もちろん程立殿と趙雲殿もご一緒にな。もっとも、揚州で士官が決まってしまえば、それも難しくなってしまうのだろうが」

「なにを仰せになるかと思えば、水臭いことを。われらと一刀殿は、こうして酒を酌み交わした仲ではありませぬか。なれば、一席の友の誘いを断る趙子龍ではございませぬ。機会が来た折には、なんとしてでも(おとな)いましょうぞ」

「これは、嬉しいことを言ってくだされるのだな。では、それまでに旨いメンマを用意しておかなくてはならんか。何事も、張り合いがあってこそだ」

「おおー、やる気満々じゃないですか、お兄さん。でしたら、贅沢はいいませんので、風には飴を用意しておいてください。なるべく、甘さがちょうどいいやつを」

「まったく、調子がよすぎるのではありませんか、二人とも? しかし、一刀殿の考えておられることには一理ある、と私も思います。いまの都は、落ちるところまで落ちている、と言っても差支えないのでしょうね。宦官たちは腐敗し、対抗馬となるべき大将軍にもたいした力がない。帝もお辛いこととは存じますが、こんな情勢が生まれること事態、国が揺らいでいる確たる証拠なのです。政道の乱れが続いているから、太平道のような叛乱勢力があらわれるのでしょうね」

 

 この国は、新たな覇者を必要としているのではないか。これまでの経験から、曹操はそう強く感じているのである。

 この三人は、どこまで踏み込んだ考えをもつことができているのだろうか。漢の腐敗。すなわち、それは帝の血のが腐敗してきている、と言い換えることすらできるのである。

 程立の言葉は、どこまで真に受けるべきか迷う部分があった。とはいえ、そのくらいのことで喜んでくれるというのであれば、やらない理由も曹操にはないのだ。

 なにかしら準備しておくことを伝えると、程立は楽しげにそれを頭上の人形に報告し始めた。奇妙な光景ではあったが、旅仲間である戯志才と趙雲からすれば当たり前のことのようである。

 

「大変だぜ、オヤジさん! 黄巾の残党だかなんだか知らねえが、物騒な連中がこの街の近くまで来ているって話だ」

 

 店に入ってくるなり、男は厨房に向かってそう告げた。店主の反応を見ている限り、常連客かなにかなのだろう。

 動揺している客たちをよそに、趙雲は色めき立っているようである。すでに槍を手に持ち、駆け出そうとしているのだ。

 

「なんと。聞きましたかな、一刀殿。これは、悠長にしている場合ではないのかもしれませぬ。わが槍にて、ここは加勢を……」

「いや、あまり逸ってはいけないぞ、趙雲殿。この城郭(まち)には、人の姿をした狂虎が住んでいるという話だ。自分の獲物を奪われて、怒らぬ虎がどこにいようか」

「狂虎……。その言いよう、一刀殿は孫堅殿の戦ぶりを存じておられるようですね」

 

 怪訝そうに顎を撫でる戯志才。興味を惹いた。曹操は、直感的にそう思った。狂虎と呼ばれる領主ではない。戯志才の瞳は、はっきりと自分に向いている。

 この辺りを治めている者の名を、孫堅という。

 軍勢の精強さもさることながら、本人の強さがずば抜けているのだ。狂虎。散々に斬りまくって、震え上がる敵を真っ赤に染めてきたことから、そう渾名されている。孫堅の勇名が轟き始めたのは、黄巾党が暴れるようになってからのことであった。

 

(かぜ)のうわさというのは、どこにいてもそれなりに伝わってくるというものだ。とはいえ、孫堅殿はただの戦狂いではないとも聞く。いっそ、仕えてみるのもありなのかもしれんな」

 

 笑ってはぐらかしながら、曹操は立ち上がった。戯志才に止められるよりも早く、まとめて四人分の銭を店の者に握らせている。流浪の三人とは違い、金には余裕があるほうなのである。

 金庫番を自負している栄華(えいか)は怒るのだろうが、これが自分のやりかただった。

 

「どれ、少し見に行ってみるとしようか。大きな通りが、店をでてすぐにあったはずだ。出陣となれば、孫堅殿もそこを通過されるのだろう」

「私も、お供いたしましょう。稟と風も、来るのだろう?」

「ご飯を奢ってもらったお礼もありますし、そのくらいは付き合ってあげましょうかー。ほらほら、稟ちゃんもいきますよー」

「ちょっと、引っ張らないで……!? はあ、まったく。一刀殿、ご馳走さまでした」

 

 曹操を先頭にして、後ろには三人が続いている。

 戯志才ひとりが堅ぶつのようにも見えるが、これで自然と均衡が取れているようなのである。相好の崩れかけた表情をただしながら、戯志才が小走りに駆けている。その理知的な瞳を、曹操は好ましく思うようになっていた。

 春蘭と秋蘭。別れて行動している二人も、どこかでこの報を聞きつけているのだろうか。佩いた剣の位置を直しながら、店を出た曹操は蒼天を眺めている。



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四 江東の狂虎

 大通り。がやがやとどよめく民衆に対し、脇にどくようにと兵らが触れ回っている。流石に、対応が早かった。

 少し待っていると、目当ての人物の姿が迫ってきた。

 孫堅。当然の如く、最も前を駆けている。乗馬は、いかにも力強そうな見た目をしていた。後方を走る、麾下の兵たち。主君に遅れぬようにと、必死の形相をしている。敵軍とぶつかる以前から、戦は始まっているとでもいうのか。傍らの戯志才が、息を呑んでいる。

 とにかく、駆けに駆けさせる。それが、孫家による調練のやり方だった。限界を超えた疲労を普段から感じさせておけば、自ずと戦場においても変わらぬ振る舞いが出来るようになるのである。

 

「見てみろ、三人とも。わかるか、あれが孫堅殿だ」

「ううむ、なるほど。孫堅殿のことは遠く聞き及んでおりましたが、実際に見るとやはり凄まじいですな。ここからでも感じるあの闘気、生半可な者ではまず相手になりますまい。命が残れば、儲けもの。そうだとしても、股を濡らして帰るのが関の山でしょうな」

 

 わざとらしく、趙雲が肩をすくめてみせている。武人としての、感性が働いているのだろうか。曹操の目には、趙雲がどこか高揚すらしているように見えていた。

 自分の鑑定眼に、狂いはなかったはずだ。曹操は、そう確信を強めていた。可能であれば、春蘭に相手をさせて、実力を計ってみたいところだった。

 春蘭は、直情的でやりすぎるきらいがあるが、場合によってはそのくらいで丁度いいのである。手心を加えられて、やっと打ち合うことのできるような武人。曹操がいま必要としているのは、そういう類の人物ではなかった。

 孫堅の強さ。それは、以前からよく知っていた。

 太平道との闘いの折、曹操は孫堅と陣を共にしたことがあったのである。まさしく、餓狼の軍だった。世に出るきっかけを欲していたのは、孫堅も同じだったのである。

 とにかく、本人の強さが際立っていたのだ。剣を振るえば、数人の首がいとも簡単に飛んでしまう。戦場に出た孫堅が、血を浴びずに帰ってきたことは一度もなかった。

 表面だけで計れば、猪突猛進。しかし、実際はそうではないのである。孫堅のもとには、程普や黄蓋といった戦上手の将軍がいる。それら配下を巧みに指揮し、群がる黄巾党の兵を次々と蹴散らしていったのである。そのことは、いまでもはっきりと記憶していた。

 

「あれに見えるは、孫堅殿のご息女でしょうか。母親同様、勇猛そうな顔つきをされています。あのお方のことも、一刀殿はご存知なので?」

「ふふっ、さてな。しかし、孫家には美しい姉妹がいると聞いたことがある。その点については、どうやら間違いなさそうだ」

 

 威風を備えた馬上の姿は、母親の孫堅とよく似ていた。

 こうしてそばで見るのは初めてだったが、孫策という名だけは知っていた。恐らくだが、武人としての素質があるのだろう。他の姉妹については、曹操もまだよくわかっていなかった。

 日光の下で映える、褐色の肌。それを覆う着物の面積は、あまりにも小さかった。趙雲も大概刺激的な格好をしているが、孫策の格好はそれすらを上回っている。自分が孫家に近しい男であれば、手を尽くして親しくなろうとしたはずだ。そう思ってしまう程度には、器量の良い姿をしているのだ。

 

「おうおう。兄さんの表情が、さっきよりも輝いて見えるねえ。気を抜いたところをパクっと食われちまわないように、(りん)の嬢ちゃんも注意するんだぜー」

「こら、宝譿。いくらお兄さんが、本能丸出しな上に不審者すれすれの言動をしているからって、言っていいことと悪いことがあるのですよー? くふふっ。ですがまあ、(ふう)にも肉奴隷にされてしまうような未来が、見えたり見えなかったりー?」

 

 程立というのは、本当に不思議な少女である。いまもまた、頭の上の人形が話しているという体で、こちらをからかってきているのだ。

 人形の名は、『宝譿』というらしい。どういう原理なのかは不明だが、程立に合わせて表情がころころと変わっている気がしていた。

 

「肉奴隷か。くくっ、面白いことをいう。だが、そうだな……。そうしてみたいと思う女が、俺にもいないわけではないのかもしれん」

「おおう……? ほうほう……。んう……、んぐぅ……」

「一刀殿。誰が聞いているとも知れない場で、品のない話はお止めになったほうがよろしいかと。風も、寝ていないで起きなさい」

 

 戯志才の声。邪な妄想が、ぴしゃりと打ち消されていく。確かに、悪ノリが過ぎたのかもしれない。調子を狂わせてきた当の本人は、両目を閉じて沈黙してしまっていた。ぴくりと震える長いまつげが、可愛らしくもある。

 肉奴隷。程立に言われてぱっと思い浮かんだのは、漢の大将軍とその妹だった。

 増長しすぎた宦官と、権勢欲の甚だしい何進。

 その両者による権力闘争が、国を歪ませている要因のひとつだった。曹操が病と称して故郷に隠棲するようになったのも、それらのことが重なったせいなのである。

 内側からでは、もうこの国を立ち直らせることはできないだろう。太平道による叛乱は、崩壊のはじまりにすぎないとも曹操は思った。だから、一度外から状況を見極めようとしているのだ。

 何進の妹は、美貌を気に入られて帝の后になったほどなのである。宮中の男たちも、それを武器にして手玉に取っているのだ。

 単にひとりの女として見るのであれば、そそるのは当然だといえよう。妖艶さでは妹に劣るが、何進もまた色香の漂う身体つきをしているのである。あの気の強そうな顔の裏には、どんな性的嗜好が隠されているのだろうか。考えていると、収集がつかなくなりそうになる。

 目の上のこぶの如き姉妹を、力でねじ伏せ我が物としてみたい。そう思うのは、ある意味当然のことだといえるのかもしれない。

 そうして、思い浮かぶ女がもうひとり。顔を想起するだけで、あの甲高い笑い声が脳内に反響してしまう。とはいえ、別段その女自体に恨みがあるわけではなかった。その点が、()姉妹と袁紹とでは違う点なのである。

 興味本位、としか言い表しようがない。高慢な性分が、調教されることによってどう変化していくのか。ただ、そのことだけが気になっているのである。

 

「すまなかったな、戯志才殿。不快に思われたのであれば、謝罪しよう」

「いいえ、そこまでしていただくほどでは……。だいたい、いけないのは風なのですからね」

「おおっ。ちょこっと居眠りをしている間に、なにやら風向きがおかしな方向にー? けど稟ちゃんも、この手の話はお嫌いではないですよねえ。たとえば、こういうのはどうでしょうかー?」

「どうかしたのか、風。いきなり、わたしの手なんぞ握りおって。ほら一刀殿、孫堅殿が行ってしまわれますぞ」

 

 曹操たちの前を、軍勢が通過していく。

 手綱を握る孫堅。視界に入ったものを、射殺してしまいそうな目つきをしている。まさしく、猛将というに相応しい面構えだった。曹操が、ふっと顔をあげた。見られている。ほんの一瞬のことだったが、総身がざわめき立っていた。

 

「はい、そちらはもう充分に拝見できましたので。たとえ話の続きですが、(せい)ちゃんや風とはぐれて、稟ちゃんがお兄さんと二人っきりになったとします。そうしたら、どうなってしまいますかねー?」

「ど、どうなってしまうというのです。一刀殿は、確かに、その……」

 

 戯志才の様子が、なんとなくおかしかった。ちらちらと伺ってくる仕草が、もどかしい。それに、顔もなにやら赤らんでいる。

 

「そんなの、決まっているではありませんかー。ぐつぐつと煮えたぎった劣情を、お兄さんは稟ちゃんに抱きまくっています。気がついたときには、もう寝台のうえ。稟ちゃんは荒縄で縛られて、あられもない姿をさせられてしまっていることでしょう。あっ、路地裏でとかでないぶん、お兄さんは紳士なのだと思いますよ?」

 

 よからぬ妄想。程立は、それを粛々と語り続けている。

 話す姿が心底楽しそうなせいで、勝手に登場人物にされてしまったことを、すぐには咎められなかった。

 実際に、自分であればどうするのか。戯志才のような女ほど、正面切っての愛情表現に弱い節がある。攻め口は、きっとそのあたりにあるのだろう、などと考えてみる。その間にも、戯志才の顔全体にますます赤みがさしていた。理性の欠落しつつある面持ちも、また魅力的である。

 

「なあ、趙雲殿。この二人は、いつもこのようなことをして遊んでいるのか?」

「いつもというわけではありませんよ、流石に。しかし、風に反論なされぬということは、もしや本当に一刀殿は……?」

「からかってくれるなよ、趙雲殿。これでも俺は、相手を大切にするほうだ」

「ほほう、そうでしたか。……それはそれとして、もうそろそろ稟から距離を取られたほうがよろしいかと。一刀殿も、戦場以外で血に塗れたくはありますまい」

 

 そう言って、趙雲が手を引いてくる。どういう意味があるのか、見当もつかなかった。

 初めて触れる、指の感触。女らしく、やわらかだった。当の趙雲は、そのようなことを全く気にしていないのだと思う。近くに立って、さらにわかったことがある。槍を振るっているというのに、肌には目立った傷が一つもないのである。これは、かなりの使い手である証拠だと言えよう。

 趙雲が、やや不審げにこちらを見据えている。透き通るような、白い肌。いつしか、そこにも遠慮なく触れられる日が来るのだろうか。

 

「俺のものになるんだな、稟。ふふふー、嫌だ嫌だと拒絶しておきながらも、ここはもうぐっしょりだぜ?」

「あ、ああっ……。そんな、いけません一刀殿……ッ。わたしは、初めての身なのです。ですから、せめて優しく……!?」

 

 雑な声真似だな、と曹操は頬をかいた。

 そうしている間に、戯志才は鼻を押さえて、なにやら悶えはじめている。どうやら、会話による効果はてきめんだったらしい。

 ここまで来ると、なんとなく察しが付くようになってきた。よく観察してみれば、戯志才の足元には赤い点が落ちている。紛れもなく、鼻血である。興奮が過ぎて、鼻からこぼれ出てしまったのだろう。

 

「だ、だめっ、だめなのです……! うああっ、入ってくる……♡ かっ、一刀殿の、男らしくてごつごつとした太い指が……♡ やっ、かき混ぜないで……♡ あああっ……、くううぅううっ♡ んふうっ……、ぷはあっ……!?」

 

 戯志才の叫び声が鳴り響く。堪えていたものが、限界を超えてしまったのだろう。

 あまりにも、無残な光景である。周辺にいた民衆が、なにか事件でもあったのかと輪を作り始めている。戦場でも、滅多に見かけないくらいの見事な血溜まりだった。その中央に、倒れ伏した戯志才が沈んでいる。ぴくぴくと痙攣している身体をつつく程立。あれで戯志才は平気なのかと、曹操は趙雲に問いかけた。

 

「まあ、見ていなされ。稟のあれは、発作のようなものでしてな。時間が経てば、ひょっこり立ち上がりますゆえ」

「にわかには信じがたいことだな。それに、戯志才殿があれほどまでに妄想で乱れてしまうこともそうだ」

「幻滅しちゃいましたか、お兄さん? 本気で稟ちゃんを飼いならしたいのであれば、それはもうご主人様として頑張っていただかないと」

「そういう問題なのだろうか、これは。とはいえ、放っておくわけにもいくまい。このまま衆人の目につくところに置いておくのは、俺としては心が痛むのだよ」

 

 血溜まりに足を踏み入れ、戯志才の身体を引き起こす。

 いまだにうわ言を呟いているが、裏を返せば息があるという証拠だった。膝の裏と背中を腕で支え、ぐったりとした身体を抱きかかえる。着物にも赤い染みがついてしまうのだろうが、構ってはいられなかった。

 

「行くぞ、ふたりとも。どこかに、手頃な宿屋がないか探してもらいたい。孫堅殿の戦ぶりを見られないのは残念だが、しばらく休んでいくとしよう」

「くふふ。約得ですねえ、お兄さん。なかなかどうして、稟ちゃんも女らしく出るところは出ていますから」

「これ風、一刀殿は義心によって稟のことを助けてくださっているのだぞ。それを、面白おかしくからかう奴がいるか。ふむ……。しかしまあ、アレですな。このまま我らとはぐれる事態にでもなれば、まさしく先ほどの展開通りに……?」

「よいのか? そうまでして煽り立てるのであれば、こちらとしてもやる気を見せねばなるまい。そうだな、まずはこの、可憐な唇から」

 

 一度くらい、意趣返しをしてやってもいいはずだ。戯志才の、整った顔を覗き込んでみる。

 いくらか血生臭くなってはいるものの、ふっくらとした唇には惹かれるところがあった。顔を、さらに近づけてみる。血液の匂いが、ずっと強くなった。本能的に戦場を思い出したのか、身体が無性に熱くなっていく。

 

「あっ……、かず……んむ……ッ!?」

 

 しまった、と思ったときにはもう遅かった。

 不意に目覚めた戯志才が、自らの意思で首を起こしたのである。ぶつかった、というにはあまりにも甘い感触だった。衝動的に、何度かついばんでしまったのかもしれない。口の中。ざらりとした、鉄に似た味が残っている。

 

「おおう。冗談のように見せかけて、ほんとうにやってしまうとは、お兄さんはかなりのやり手ですねえ。これには、風も一本取られたのですよ」

「いやはや、驚かされましたな。ふふっ……。して、どうでしたかな一刀殿。無理やりに奪った、うら若き乙女の唇のお味は」

 

 意地の悪い笑みである。それがふたつ並んで、こちらを見つめていた。

 戯志才は、再び気絶してしまったようである。夢の中での出来事。そのように感じてくれていれば、まだ良い方なのか。

 

「そのようなこと、言えるはずがなかろう。なれど、悪いものではなかった」

 

 こうした場合には、本音で返すのがもっとも手っ取り早いと曹操は思っていた。

 妙にはぐらかしでもすれば、いつまで経っても冷やかされ続けることだろう。その相手をするのは、自分なのである。いくらなんでも、その面倒だけは背負いたくなかった。

 ようやく発見した宿屋で一室を借り、戯志才を台に寝かしつけた。血で汚してしまう可能性があったから、主人には多めに金を握らせてある。

 曹操が、窓の外を見ている。すぐに発てば、夏侯姉妹との約束にも間に合うのかもしれない。戯志才が目を覚ますまでいてやりたい気持ちもあったが、自分が戻らなかった場合、春蘭(しゅんらん)がなにをしでかすかわかったものではないのである。心惜しいが、出立することを趙雲と程立に告げた。

 

「また会おうと言っていたと、戯志才殿にも伝えておいてもらえるか。それから、俺が詫びてもいたとな」

「行ってしまわれるのですねー、お兄さん。なんだか、あっという間に時間が過ぎてしまったような気がしています」

「ああ、まったくだよ。(しょう)県に来た際には、曹家の屋敷を訪ねてくれるといい。一刀の客だといえば、すぐにわかるはずだ。それではな、趙雲殿との再会も楽しみにしているぞ」

 

 戸を開き、外へと足を踏み出した。趙雲の声。別れを、惜しんでくれているようだった。

 このまま、趙雲らを故郷まで同道させるという選択肢もあったはずだ。だが、そうするのはなにか違うように思えたのだ。見聞を広めてなお、自分のもとを訪れてもらいたい。そんな願いが、あったのかもしれない。

 

「さて……。春蘭(しゅんらん)のやつに、これをどう説明したものか」

 

 血痕のべっとりと付着した着物。春蘭がこれをひと目でも見れば、血相を変えて心配するに違いない。

 どこかで、斬り合いでもしてきたのか。

 そう思われても、仕方のない見た目をしているのである。それに、帰郷の前に寄ろうと思っている場所がまだあるのだ。

 そこで、会うつもりをしている相手がいる。一見可愛らしいだけのようにも見えるが、自分に対する態度はほとんど嵐同然なのである。こんな汚れた格好で(まみ)えれば、どんな暴言が飛んでくるのかわかったものではなかった。

 喧騒に溢れていた城郭(まち)

 それも、すっかり落ち着きを取り戻していた。それだけ、孫堅が信頼されているということなのだろう。留守居の将にも、優秀な者がいるに違いなかった。

 身体を撫でる風は、どこか充足感すら運んできてくれているようだ。ふっと息を吐くと、曹操は馬上の人となった。



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五 早すぎた天の御遣い(春蘭)

 濁りのない、澄み切った青空。原野には、そよ風すら吹いている。

 三人の少女。広々とした土地にぽつんといるせいか、妙に画になっていた。ひとりは、背を草むらに預け寝そべっている。見事なくらいに実った乳房。それが、重力に引っ張られて少しだらしなく横を向いていた。ぼんやりとしているようで、意思の宿った目をしている。見つめているのは、天の彼方か。

 

「んんー、どうしてなんだろう。全然来てくださらないね、天の御遣いさま。ねっ、愛紗(あいしゃ)ちゃんには何か見えた?」

「申し訳有りません、桃香(とうか)さま。わたしには、影すら見つけることができないのです。これほど、良い天気なのです。どこかで動きがあれば、すぐにわかることだとは思いますが」

 

 寝転んでいるほうの少女が、桃色をした自身の髪を撫でた。つまらないというよりは、本気で困っているのだろう。への字に曲げた口。不満そうに、頬がぷっくりと膨らんでいる。

 愛紗と呼ばれた少女。腕組みをしながら、どうしたものかと唸っている。眉間に刻まれたしわが、生真面目さの証だった。

 

「おまえはどうなんだ、鈴々(りんりん)。むっ、鈴々……? おい、どこへいった」

「そーっと、そーっと。……わっ!」

「う、うひゃあ……ッ!? ぐっ……、いきなり背後から脅かしてくるとは、どういう了見をしているのだ、鈴々!」

「えへへっ、大成功なのだ。愛紗、ほんとはすっごくドキドキしてるんだよね。いつもだったら、絶対気づかれてるはずだもん」

 

 屈託のない笑顔。他のふたりと比べれば、鈴々という少女はかなり幼さを残していた。実際、まだまだ誰かに甘えていたい年頃なのだろう。愛紗も、それは知っているつもりだった。

 劉備、関羽、それに張飛。満開の桃園で契りを交わしたその日から、三人は義姉妹となっていた。それでも、実質的には劉備を君主として仰いでいるのである。寝そべる劉備のすぐ横で、関羽が真っ直ぐになって立っているのは、その表れといってもいい。

 

 

 幽州涿郡。それが、劉備の故郷だった。暮らしがどれだけ貧しくとも、志だけは持って生きよと母からは教えられていた。それに真偽の程はともかく、中山靖王劉勝の血筋であるという。劉備がどこか浮わついたくらいの輝きを放っているのは、そのためなのだろうか。

 むしろを売って生計を立てるような生活。このままではいけないと思いながらも、劉備はそれを甘んじて受け入れていた。転機を迎えたのは、やはり黄巾党が村々を襲うようになってからなのである。愛紗と鈴々にも背中を押され、桃香は義兵を募ったのである。優しく面倒見が良いだけに、桃香を慕う声は多かった。集まったのは二百ほどだったが、それで充分だった。

 愛紗と鈴々。二人は、圧倒的な武力を誇っている。二人が槍先となって敵軍を崩すことができるから、素人同然の兵ばかりでも勝つことができている。そうして、現在は旧知を頼り、自分たちは公孫賛軍の客将となっているのだ。

 そんな中、桃香は考えることがあった。自分は、乱れた世の中で、一体なにができるのだろうか。立ち止まった時、そのことばかりが頭の中を駆け巡る。

 

「ええー? 愛紗ちゃんってば、そうだったんだあ。ふふっ。ちょっぴり、可愛いって思ってしまうかも」

「う……。からかわないでください、桃香さま。しかし、もう諦められたほうがよろしいのでは。こうして、晴天のもと羽根を伸ばすこと自体は嫌いではありませんが」

「でもでも、わたしたちのご主人様に、なってくださるかもしれないお方なんだよ? それに、きっと力になってくださるって、管輅ちゃんだっていってたし……」

 

 天の御遣い。流星に乗って現れ、動乱を鎮めてくれるのだという。

 管輅というのは、この辺りでは名の売れた占い師だった。それが、桃香に向かってそう告げたのである。

 愛紗が、渋面を作っている。この乱れきった世に、そのような都合のいい存在が本当に現れるというのか。はっきりとは言わないが、信じろという方が無理がある、と思っているに違いない。

 それこそ、人心を惑わす化生の類が出てくると言われたほうがよっぽど現実的なのだということは、桃香自身もわかってはいた。

 

「よろしいですか、桃香さま。我らには、桃香さまがいてくださればそれでいいのです。あなたさまの懸命なお姿を見て、兵の皆は士気を高くしているのですから。この劉備軍を導くことのできるのは、あなたさまただおひとりだけだ。桃香さまだって、本当は分かっておられるのでしょう?」

「そうそう! お姉ちゃんには、もっと自信をもってほしいのだ。みんなだって、きっとそう思ってるよ」

「あう……。ありがとう、愛紗ちゃん、鈴々ちゃん。わたし、たくさん頑張ってみせるよ。この国を平和にするためにも、いまは闘うしかない。そう、なんだよね」

 

 愛紗と鈴々が、力強く頷いてみせた。

 立ち上がると、桃香は表情を改めた。世の中は、どうしてこれほどまでに矛盾で溢れているのかと思う。それでも、やるしかないのである。泥に塗れた、闘いの先。そこには、なにが待っているというのか。

 先祖伝来の剣を抜き、桃香は身体の前方に構えた。ずっしりと、重みが腕にのしかかってくる。この重さは、きっと想いによるものなのだ。切っ先を天に向かって掲げながら、桃香はそう思っていた。

 

 

 管輅による占い。それは、完全に外れていたわけではなかった。男には、天の御遣いとして世に出る可能性だってあったのだろう。しかしながら、なにもかもが早すぎたのである。

 巡り合わせ。それによって、人の生は大きく姿を変えることがある。外史と呼ばれる世界の潮流にも、それと似たものがあるのかもしれない。

 豫州潁川郡。現在、曹操の姿はそこにあった。

 会いたいと思う女がいるのだ。悪く言えば、何度かちょっかいを出している女だった。

 潁陰の城郭(まち)に到着すると、大路に面する店に曹操は足を向けた。夏侯姉妹が、厳重に脇を固めている。誰にも、手出しなどさせるものか。そういう雰囲気が、姉のほうから特に強く漂っている。

 

「姉者、さすがに鼻息を荒くし過ぎだぞ。これでは、われらのほうが衛兵におかしな目で見られかねん」

「ふん。そのようなこと、構うものか。わたしは殿の剣であり、盾でもあるのだぞ。であれば、このくらいのことはやって当然であろう。ですよね、殿?」

 

 春蘭(しゅんらん)以上に優れた番犬が、果たしてこの世に存在するのだろうか、と曹操は思う。

 雑然とした通りの中で自分たちの周囲だけが、ぽっかりと穴が空いてしまっている。通行人の誰もが春蘭の殺気立つ姿を恐れ、避けるようにして歩いているのだ。

 

「俺のためにしてくれていることだ、そう止めはせんよ。しかし、ほどほどにしておくことだな。潁川まで来て面倒事を起こすのは、やはり好ましくないことだ」

「は、はいっ! こほん……。秋蘭(しゅうらん)、殿のお言葉を聞いていたか。もそっと、自然に振る舞うのだ」

「その言葉、そっくりそのまま姉者に返してやろうか? ですがまあ、殿がそう申されるのであれば、臣下としては従わなくてはなりませんな」

 

 秋蘭が、優雅に口の端を持ち上げている。乱雑さが目立つ姉と違って、しなやかな所作の似合う女だった。

 歩調を合わせてきたかと思うと、秋蘭が腕を絡めてくる。そういうことか、と思い曹操は身体を寄せた。そのまま歩いていると、やわらかな感触がたまに二の腕を押してくるのである。表情からして、わざとなのだろう。

 

「むむむっ……! あ、あのー、殿?」

「ははっ、どうした。春蘭(しゅんらん)は、警護をしてくれているのではなかったのか」

「やっ、その通りなのですが、やはりそのう……」

 

 春蘭が、不満気に唇を尖らせている。

 こうなってしまったのには、わけがあった。あの日、着物に血を付けて帰ってきた曹操を見て、春蘭はほとんど泣きじゃくってしまっていたのである。平静を保っていた秋蘭は、さすがだったと言うべきなのか。

 これは、自分の血ではない。そう説明をしてみても、やはり落ち着くまでには時間を要したのである。ぐずる春蘭。それを宥めるという名目で、曹操は姉妹を一晩かけて愛してやったのだ。

 春蘭が、片時も離れず護衛を受け持つようになったのは、それからなのである。

 

「ふふっ。どうする、姉者。わたしとしては、殿を独り占めできて悪い気分ではないのだがな」

「ぐっ、ううっ……! ぐすっ……。ひどいです、ふたりしてわたしをいじめるのですから。このようなとき、わたしはどうすれば……」

 

 薄っすらと、目もとに涙を浮かべる春蘭。曹操は、その腕を取ると脇の通りへと引き込んだ。

 自分の内側。そこで、なにかが燃え盛っている。春蘭の瞳。期待に、打ちふるえている。ここまでくると、もう留まれそうにはなかった。

 

「見張りは任せるぞ、秋蘭。埋め合わせは、必ずさせてもらう」

「承知いたしました、殿。ですが、あまり姉者に没頭なされますな。荀家の令嬢も、殿のことをお待ちでしょうから」

「そうかな。秋蘭の言うようであれば、よいのだが」

 

 さり気ない仕草で通りの入口に立ち、秋蘭は人払いを始めた。

 いまだけは、他の女のことは忘れろ。曹操は、自身にそう言い聞かせようとしている。

 

「ああ、殿。よろしいのですか、その……、このようなところで」

 

 羞恥のせいか、春蘭の顔が赤らんでいる。挨拶代わりに、胸に手を添える。服の上からやんわりと揉んでやると、春蘭は小さく声を洩らした。

 着物の前を、自分の手で緩めていく。ごくり、と生唾を飲むような音が聞こえている。春蘭の吐息が、熱くなっていた。下着をずらし、わずかに開いた割れ目に、指を這わせてみる。ねっとりとした女の汁で、肌が湿った。

 

「かなりの濡れ具合だな。それほどまでに、期待していたのか。つくづくいやらしい子なのだな、春蘭は」

「い、言わないでください。殿とこうしていて興奮せぬなど、無理な話ではありませんか」

「かわいいことを言う。春蘭、少し顔を上げてみろ」

「は……い……ッ。ん、あむっ、ン、ちゅく……♡」

 

 強面だった番犬が、子猫のように変貌してじゃれついてきているのだ。赤い舌を吸い上げ、また胸を揉んでいく。ぬかるんだ女の膣内に、欲望に燃えた塊を突き入れたい。その思いは、きっと春蘭にも伝わっていたのだろう。

 

「殿の逸物、こんなに大きくなってしまっていて……。ああ、もう我慢などできません。早くほしいのです。早くわたしの、はしたないおまんこに、殿のおチンポを突き入れてください♡」

 

 反り上がった男根。それを手のなかで弄びながら、春蘭は懇願してみせるのである。試しに女陰を指で開いてみると、粘り気の強い汁が溢れ出してくる。曹操は淫靡な臭気を放つそれを勃起したものに塗りつけると、有無を言わせず一気に貫いていった。

 締まりのいい膣内。対面したまま繋がっているから、相手の表情がよくわかる。春蘭は、強烈な快楽を受けたせいか、絞り出すように息をしていた。

 

「おおっ♡ かは……ッ♡ ン、はあっ……♡ 奥まで、きています……♡」

「いい顔をしているな、春蘭。動くぞ」

「殿のお好きなように、動かれてください。わたしは、全て受け止めてみせますから♡」

「いい心がけだな、それは。見てみろ、秋蘭が妬いているぞ」

 

 春蘭が、視線を入り口のほうへと向ける。他人が出入りしないように注意しながらも、秋蘭は交合の様子が気になって仕方がないのだろう。

 乱れている様子を、妹にじっくりと観察されてしまっている。そのことが、春蘭の理性をさらに崩していくのだ。後先のことを考えずに締め上げてくる膣肉。曹操は、そのなかを強引に割って抽送を行っている。

 

「やっ、ひゃうっ、うああっ……! んんっ、ふうっ、ン、んふぅうううう……ッ♡」

 

 間断なく快楽を送り込みながら、曹操は春蘭の口を塞いだ。情欲に染まった声。それを、他の誰にも聞かせたくないと思ったからだ。

 春蘭の腕。背中に巻き付き、密着がさらに強まっていく。相当、先が深い部分にまで当たっているのだろう。くぐもった声ではあったが、色気が端々にあらわれている。

 

「んっ、ちゅぱっ♡ んあっ、殿……っ♡」

「可愛いやつめ。もっと、激しく奥を犯されたいのか、春蘭?」

「ひゃあっ、んぁああっ……♡ し、してください。殿のおチンポで、おまんこの奥ぐちゃくにされたいんです♡ そ、そうされると、腹の奥まで気持ちよさが響いてきてっ。くうっ……! 殿の震えまで、すごくよくわかってしまうのですぅ……♡」

 

 膣内を満たしている愛液。それが、ひと突きするごとに溢れ出してしまっている。ちりちりとした焼けるような感覚が、下半身に伝播していく。

 

「ああっ、いいっ……! わたしの膣内を、殿のチンポがなんどもでたりはいったりしてるぅ……♡ ん、ちゅむ、ちゅう、はあっ……。そこっ、感じてしまうのです……ッ♡」

「おまえの感じている姿を見ていると、俺もたまらなくなってしまうのだよ。だが、まだ足りんな」

 

 抉るような動きだ。腹の内側を引っ掻くようにされるのが、春蘭は好きなようだった。内股を濡らす蜜。深く絡みつく舌同士が、淫らな音を奏でている。

 

「興奮しているのがわかるか、春蘭」

「ン、ちゅうぅうう……っ♡ はい、はひぃいいい……♡ 殿のチンポの硬さも熱さも、わたしはよく知っておりますからぁ……♡」

 

 いい返事だ、と曹操は愉悦を浮かべている。最深部を重点的に責めたてながら、揉みごたえのある胸を手のひらで潰していく。苦悶しながら、春蘭がよがっている。

 何度も軽く達しているせいか、膣肉が変則的に強く締め上げてきていた。

 

「ひゃふぅううう……っ!? ん、あうっ♡ そこ、ぐりぐりされるとぉ……♡」

「いいのだな。俺も、お前がどう感じているのか、手に取るようにわかってしまうようだぞ? さあ、もう少し頑張ってみせろ」

「ひゃ、ひゃい……ッ♡ んくっ、ちゅぷっ♡ んふっ、んくぅううう♡♡♡」

 

 服の上から突起を探り当て、指で挟み込むようにして刺激していく。身体中が性感帯にでもなってしまっているのだろうか。膣肉の震えが、先ほどよりも強くなってきている。

 秋蘭と、目があった。声には出さないが、そろそろ切り上げろと言ってきているのかもしれない。名残惜しいことだが、仕方がなかった。

 

「そろそろ出すぞ、春蘭。零さぬように、油断なく締め付けるのだ」

「んんっ、んはあ……ッ♡ わたしは、いつでも平気です。ああっ……♡ ですから、たくさんください♡ 殿の子種で、わたしのおまんこいっぱいにしてえ……♡」

 

 乳房を乱暴に揉みしだく。それでも、春蘭は心地よさそうに身体をよじらせている。

 もう、我慢しなくてもいい。そう考えた途端、激しい射精欲に尿道が襲われてしまう。多分、亀頭からは先走りがこれでもかというくらい溢れ出ているのだろう。甘い痺れが、全身を突き刺してきていた。

 

「あ、ああっ……! 殿のチンポ、さっきよりずっと大きくなってえ……♡ んおっ……♡ しゃ、射精されたいのですね♡ チンポの先が、焼けるように熱くなっています……♡」

 

 最後まで蜜壺の感触を楽しみつつ、曹操は下半身に力を込めていった。

 弱い部分を徹底して責め続け、春蘭をまずは絶頂させようというのだ。

 

「はあっ、だめです……っ♡ わたし、頭のなかが真っ白になってえ……! ああっ、イク……っ♡ これすごっ、ひゃうぅううんんん……♡」

 

 春蘭が、限界を迎えている。嬌声の漏れ出す唇を吸い上げながら、曹操は腰を思いっきりぶつけていく。

 

「出すぞ、春蘭。おまえも、イッてしまえ」

「んあぁああぁあっ、ひゃうぅううう……♡ ちゅうぅううう、ン、んうぅううううう……♡」

 

 大量に吐き出されていく精液。春蘭にはああ言ったものの、おそらく全てを収めきるのは不可能なことだろう。

 

「んぅ、んぐっ♡ いぐっ、いっぐうぅううううぅぅうううう……♡♡♡ ああっ、熱いぃ……♡ 一刀、かずとぉ……っ♡」

 

 絶頂の余韻に浸る春蘭。

 その口内を深く味わいながら、曹操は腰をぐっと押し付けていく。獣のような欲望は、ここで出し切ってしまうべきだ。そうでなくては、これからのことにも支障がでてしまうかもしれない。

 

「はあっ、はあぁあぁあぁあああ……。んふっ、ちゅく♡ ン、かずと……ぉ♡」

「楽しませてもらったぞ、春蘭。これで、俺も少しは落ち着くことができる」

「は、ははっ、あはっ……♡ そ、それならば、よいのです。んうっ♡ わたしも、殿との交わりが気持ちよすぎて、もうなにがなにやら……」

 

 息の乱れたままの春蘭の頬を撫でると、曹操はゆっくりと身体を離していった。

 ずるりと抜け落ちる男根。先端を白濁で滲ませ、だらんと垂れ下がっている。それを見つめ、曹操はふっと息を吐いた。

 見張りを終え、秋蘭が近づいてくる。その手には、布が握られていた。さすがに、準備ができている。

 

「あっ、秋蘭……」

「休んでいろ、姉者。綺麗にして差し上げますので、殿はじっとしていてくださいますか。ふっ……。本当であれば、口で清めたほうがよろしいのかもしれませんが」

「助かる、秋蘭。おまえがいてくれるからこそ、俺はこんな振る舞いをすることができるのだろうな」

「でしたら、今度はわたしから、たっぷりと可愛がってくださることですな。決して、約束を違えてくださいますな、殿」

 

 うなずく曹操。

 男根の汚れを取り除いていく傍ら、秋蘭は妖艶にほほえむのだった。



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六 木犀の香り

 早足気味に、曹操が大路を歩いている。少々、時間が押してしまっている。それでも、約束してある刻限には間に合うはずだった。

 

「どうした? 遅れているぞ、姉者」

「う……、わかっているくせに。だが、自分ではどうすることもできないのだ。どうしたって、殿に出していただいたあれがな……」

「ふっ、うらやましい限りだよ。まあ、程々に頑張ってみるのだな」

 

 たっぷりと射精されたばかりであるせいか、春蘭(しゅんらん)の動きはぎこちがなかった。気を抜けば、新鮮な白濁液が股を伝って垂れ落ちてくるのである。ここが雑踏でなければ、匂いすら気になっていたことだろう。

 春蘭が四苦八苦している間に、曹操は目当ての店にたどり着いていた。はじめから買うもの自体は決まっているから、迷いはなかった。店主を呼んで、指図をしていく。

 

「よいか主人。そちらの焼き菓子を、(とお)ほど包んでもらおう」

「はい、承知いたしました。旦那、いつもありがとうございます。お気に召していただけたようで、なによりですよ」

「ああ、こちらとしても助かっているのだよ。お前のところの菓子を持っていくと、あれも少しは気安く接してくれるのでな。可愛らしい鼻薬(はなぐすり)、とでもいっておこうか」

「ははっ、そうでしたか。いや、そいつはいい。旦那の意中のお相手に想いが届きますよう、わたしも非力ながらお力添えをさせていただきますよ」

 

 店の主人と気さくに語らう曹操。潁陰を訪ねた際には、ほとんど毎回この店で手土産を買っていくのである。後方から、話し声が聞こえている。春蘭が、ようやく追いついたようだった。注文した品を受け取ると、曹操はすぐにその場をあとにした。

 数多くの名士が在住していることで、潁川郡は名を馳せている。なかでも、荀家は指折りの名門なのである。才知ある血筋。そういっても、過言ではないはずだ。

 優秀そうな人物を取り上げて、論評を行う。名士たちの間で、近頃流行していることだ。とりわけ、荀緄(じゅんこん)の娘である荀彧は、王佐の才を持つと評されるくらいなのである。

 荀家の屋敷の前につくと、曹操はその門扉を叩いた。すぐに、使用人が顔を出してくる。屋敷を訪問することは事前に伝えてあるから、すんなりと敷地内へ入っていく。ここへは何度か連れてきているが、夏侯姉妹は外で待っていることがほとんどだった。春蘭が退屈しのぎに大剣を振っている音が、時折聞こえてくる。

 

「これは一刀殿。よく、いらしてくださいましたね。あら……? 一刀殿、少し触れますよ」

 

 荀彧の母が、会うなり着物に手を伸ばしてくる。急いでいたためか、少々乱れがあったのかもしれない。春蘭と交わってきた後であることは、多分気づかれていないはずだ。

 

「お気遣い、痛み入ります。御母堂(ごぼどう)が変わらずお元気なようで、安心いたしました。それと、いつも同じ菓子で恐縮してしまうのですが、よろしければ召し上がってください。芸がないと思われるかもしれませんが、桂花の好物をほかに知らないのです」

「まあまあ、ありがとうございます。ですがあの子も、一刀殿のくださる菓子を気に入っているのだと思いますよ。口では文句を言いながらも、いつも自分が一番多く食べてしまうのですから。うふふ、桂花(けいふぁ)は部屋にいますから、どうぞ声をかけてやってくださいな」

 

 桂花というのが、荀彧の真名だった。あくまでも一応といった体で、曹操も真名を呼ぶことを許されている。

 桂花の母は、貴人らしくたおやかに微笑している。歳を重ねてはいるが、上品さまでは失っていなかった。物腰が柔らかく、曹操もその人柄に甘えることは多かった。

 

「そういうところがあるから、俺もつい構いたくなるのですよ。それだけではなく、ときどき御母堂の淹れてくださる茶の味を思い出してしまうのです。それも恋しくて、潁川まで来ているのかもしれません」

「くすっ……。ほんとうに、一刀殿は女性をおだてるのが上手なのですから。ですが、期待にはお応えしなければなりませんね」

「楽しみにしていますよ。それでは御母堂、また後ほど」

 

 案内を名乗り出た使用人に断りを入れ、曹操はひとり歩を進めた。他人の屋敷ではあるが、勝手はすでによく知っている。手入れの行き届いた庭を眺めつつ、廊下を奥まで進んでいく。

 曹操が、鼻をすんと鳴らす。ふと、甘い香りがしているような気がしていた。庭には、木犀(もくせい)の木が植わっている。しかし、まだ花をつけるような季節ではないはずだった。

 ぴったりと閉じられた扉。そこが、桂花の私室だった。王佐の才を持つと言われているくせに、子供のような仕掛けをするのが好きな少女なのである。見え透いた罠を曹操が見抜き、桂花が機嫌を曲げる。それが、いつものやり取りだった。理不尽というのは、このことを言うのだろうな、と曹操は心のなかで笑っている。

 

「入るぞ、桂花」

 

 今回は、どんな準備をしてきているのだろうか、と身構える。

 桂花だっていくらなんでも、部屋にまで落とし穴を掘ろうとは考えないはずだ。落とし穴ほど厄介なものはない、と曹操は過去の出来事を想起して表情を苦らせている。

 自分が嵌るのであれば、それはまだいい方なのかもしれない。それならそれで、桂花としてもさぞいい気分に浸れることだろう。だが、現実はそうはならなかったのである。情けなく反響する悲鳴。最終的には、掘った本人がなぜか嵌ってしまうのである。そのくせ、自分に対する当たりばかりが強くなるのだから、いいと言えることはひとつもなかった。

 一応警戒しつつも、勢いよく扉を開け放つ。特に、おかしなところはないようである。顔を正面に向けると、小ぶりな尻が目にとまった。肉付きでいえばまだまだ子供同然だったが、それで興味が薄れる曹操ではない。それに、ここまで無防備な桂花の姿を見るのは、初めてのことなのである。

 

「ちょっ、はあ……!? 嘘っ、どうしてアンタが……ッ!?」

「ほう。こうした対面の仕方は、はじめてではないか。そうか、ついにまともに迎えてくれる気になったのだな。嬉しいぞ、桂花」

 

 前かがみとなっている桂花。

 その前方には、大きめの鏡が置かれていた。硬い動作で、桂花がこちらに振り向いている。想像するに、鏡を見ながら髪を直していたのだろう。途中だったのか、ところどころ前髪が乱れてしまっている。

 先ほど感じた、甘い香り。部屋に入ると、それがさらに強くなっていた。間違いでなければ、香を焚いていたはずなのだ。自分のために、桂花がこれほどの準備をしてくれているとは。

 嬉しさのあまり、曹操はそのまま桂花に近づいていった。

 

「なっ……。ど、どうして勝手に入ってきたりするのよ! やだっ、こっちに来ないでってばっ! 変態な上に気が利かないなんて、ほんっと最低な男なんだから!」

 

 罵声は立派だったが、余裕を持って受け止めることができた。ほんのりと赤く染まった頬。頭巾についている猫耳状の装飾が、ぺたんと垂れてしまっている。

 

「そう喚くな。可愛らしい顔が、台無しになるぞ」

「なっ、なななっ……!?」

 

 振り上げられた小さな拳。桂花からしてみれば、決死の覚悟を宿した反撃だったのかもしれない。それを簡単に制すと、曹操はあやすようにして桂花の頭を撫でつけたのだ。

 深緑色の瞳が、どうしていいのかわからずに揺れてしまっている。

 そうして、口では弱々しくなにごとかを呟いているのだ。なに考えてんのよ、馬鹿。恐らく、そうしたことを言っているのだろう。

 このまま、流れのままに桂花をわが物としてしまうべきなのか。獣の如く激しい情欲。それが、じわりと渦を巻いて広がっていく。抵抗を無視して抱き寄せてみると、ふわりとしたやわらかな感触を腕に感じることができた。

 

「あっ、うあっ……。だめ、だめだってば、一刀……」

 

 か細い声に、耳朶を打たれた。

 桂花の身体が、かすかにふるえている。冗談などではなく、こわがらせてしまったのかもしれない。桂花にはこれまで、自分の濁った部分はあまり見せてこなかったのである。

 元々、男と接するのが得意な方ではないのだ。だとすれば、これは充分やりすぎということになってしまう。

 

「むっ、痛いではないか。やってくれたな、桂花」

「ふん、このくらいなんだっていうのよ。だいたい、全部アンタが悪いんでしょうよ。こんな風にちょっとでも隙を見せると、すぐさま孕ませようとしてくるんだもの。これだから、頭に精液がつまってる男は嫌なのよ」

 

 右の頬に、まだ痛みが残っている。

 気を緩めた瞬間に、強くつねられてしまったのである。けれども、これでよかったのだと曹操は思った。それは、桂花の安心しきった表情を見たせいなのかもしれない。

 やはり、笑った顔がよく似合っている。そう思い、もう一度曹操は桂花の頭に手を伸ばした。

 

「ちょ、やめてって言ってるでしょ! ぐっ……。わたしの話を聞いてるの、一刀!?」

「いいから、このくらいさせておけ。おまえを、こわがらせてしまった詫びだ」

「ふんっ……。こんな詫び方をされたって、ちっとも嬉しくなんてないんだから。はふう……。あんたみたいな、女と見れば誰にでも発情するような男に、はあっ……ちょっと優しくされたからって、誰が……んうっ」

 

 文句をぶちまけながらも、桂花は身体を離そうとはしなかった。眼を閉じながら小さく手を握った姿など、どちらかといえば甘受しているといえるのではないか。

 ゆったりとした、時間の流れ。甘い香りが、思考を落ち着かせるために一役買ってくれている。桂花は、もしやこうなることを想定していたのだろうか。そうであれば、自分はその手のひらの上で踊らされているということになる。

 

「な、なによ、そんなに見つめて……。はっ……! まさかまた、わたしに乱暴しようっていうんじゃないでしょうね!?」

「考えすぎというやつだな、それは。しかし、おまえというやつが時々わからなくなってくる」

 

 顔を寄せ、瞳を覗き込んでみる。何度見ても、美しいと思える瞳だった。

 全身を強張らせ、桂花は警戒心をあらわにしている。それでも、逃げようとはしないのである。

 

「入りますよ、二人とも」

「ひゃ、ひゃいっ、母さま……!?」

 

 桂花が、悲鳴にも似た声を上げている。部屋に入ってきたのは、桂花の母だった。両手で、茶と菓子の乗った盆を支えている。

 

「あのっ……。母さま、これはその……」

「うふふ。仲がいいのは、悪いことではないのよ、桂花。どうぞ、一刀殿。ゆるりと、喫されてくださいな」

「ありがとうございます、御母堂。ほら、桂花」

「ふんっ、調子に乗らないでよね。母さまにおかしな目で見られたくないから、さっさと離れてくれないかしら」

 

 わざとらしく憤慨してみせる桂花のことを、母は笑って見守っている。この様子ではいつになるかわかったものではないが、娘にも嫁ぐ日が来るのだろう。そうして、その相手はこのままいけばきっと曹操になる。そんな風に、荀彧の母は思っていた。

 机を挟んで対面するような格好で、曹操と桂花は席についていた。

 桂花は菓子をひとくち食べると、茶を口に含んでいく。そうやって組み合わせるのが、好きなようだった。果物の皮を餡に練り込んであるから、後口が悪くない。この味は、曹操も嫌いではなかった。

 毎回、この時間だけは穏やかになってくれるのである。よく観察していると、相好を崩しそうになっているのを、我慢しているようにすら思えてくる。

 ちろり。指に付着した菓子の残滓を、桂花は舌で舐め取っている。やはり、かわいらしいところがある。曹操は、内心そう思いながら茶を啜っていた。

 

「で、最近はどうなのよ。都の動きは、ちゃんと探っているんでしょうね。まっ、一刀のことだから、あの色ぼけ姉妹と引きこもって、乳繰り合ってるだけなのかもしれないけど」

「ははっ、相変わらず手厳しいことをいってくれる。しかし、その認識は改めるべきだな。あの二人が色狂いに見えるのであれば、それは俺のせいなのだろう。何事にも、よく付き従ってくれているのだよ」

 

 やんわりとだが、曹操は桂花の言を否定する。

 どこかから、夏侯惇のくしゃみが聞こえてくるようだった。物怖じのない性分。武力で圧倒されるような相手であっても、桂花が遠慮をすることはなかった。

 夏侯姉妹が外で待つようになったのも、その辺りに原因があるのだ。多少のことであれば聞き流すことのできる秋蘭はともかく、春蘭はこの手の煽りに真っ先に乗ってしまう。

 

「あっそ、仲がよろしいことで。それで、西園の改装が始まっている件は、耳に入っているのかしら」

「うむ、らしいな。司隸に残してある手の者から、報告は上がってきている」

 

 桂花が、茶を飲んで喉を湿らせている。そのくらいの情報収集は、していて当然だ。言葉にはしなかったが、そういう顔をしている。現状(しょう)県に引きこもっている身ではあるが、曹操もそのあたりの動向については注意しているつもりだった。

 洛陽にある宮殿。その離宮に、西園と呼ばれる地があった。黄巾党のような猛威に対抗するため、西園一帯に手を入れ、帝直属の軍隊を設置しようという動きが起こっていたのだ。軍を新設すれば、当然兵たちの指揮を担当する将が必要となる。宮中で軍権を握るとなれば、それは大きなことだった。

 

「ふふん。その様子だと、それ以上のことは知らないんでしょ?」

「桂花は、なにか情報を掴んでいるのか。王佐の才と呼ばれるのは、伊達ではないな」

 

 桂花が、誇らしげに薄い胸を反らしている。潁川郡は、洛陽からそう遠くない地なのである。それに名士連中は、独自の情報網を共有しているようだった。それは、曹操にはない強みである。

 

「軍の統括者となるのは、小黄門蹇碩(けんせき)って話ね。その下につける校尉として、何人かの名前が挙げられている。ここまで言えば、あんたでもわかるわよね?」

「故郷に下がっている俺が、校尉の候補になっているというのか。ふん、宮中も広いようで、ひとがいないのだな。となれば、袁紹あたりもそうなのだろう。違うか、桂花」

 

 小黄門というのは、宦官の役職名である。

 表向きの理由がなんであれ、宦官たちの考えそうなことだと曹操は思う。大将軍何進に対抗するためには、やはり軍事力が必要だった。天子を担ぎ出せば、易々と反対されないことを宦官は知っている。蹇碩の下に若手の校尉をつけようとしているのも、その一環なのだろう。

 

「あら、理性の焼き切れたスケベ男のくせに、ちゃんとわかっているじゃない。家格から考えれば、袁紹が小黄門に続く立場になるんでしょうね。袁家の抱き込みも、あいつらは狙っているのかも」

「それは、無駄に終わるだろう。あれには飛んだところもあるが、誇りだけは一流なのだよ。もし袁紹が宦官に屈することがあれば、それこそ天変地異が起こりかねん」

「あははっ、なによそれ。だけど、心の準備だけはしておくことね。一刀だって、ずっと隠棲しているつもりはないんでしょ?」

「安い挑発には、乗ってやらんぞ。ただまあ、そうだな……。時勢の波が来たときには、俺は必ずそれを掴み取るつもりだ。だが、こんな話をするということは、力を貸してくれるのだろうな、桂花よ」

「ふんっ。ちょっと情報をあげたからって、つけあがらないでよね。わたしの才能の使いどころは、わたし自身が決めることよ。全身精液男に(ほだ)されただなんて、世間に思われたくはないもの」

 

 鋭い動作で、人差し指を向けられている。

 放たれる言葉自体は厳しかったが、今日はいい話をすることができたのだと思う。秋蘭の読みが正しかったことに、曹操は機嫌を良くしていた。

 

「お前ならば、そう返してくると思っていた。ン……。そろそろ、いい刻限なのかもしれんな。荀彧殿が大きな癇癪を起こす前に、俺はお暇させてもらうとしよう」

「ほんっと、一言多い色情魔なんだから。同じ空間にいて孕まされても嫌だから、さっさと帰ってちょうだいよ。見送りなんて、いらないわよね」

「ではな、桂花。近いうちに、また会おう」

 

 軽やかに席を立ち、曹操は桂花の私室をあとにした。戸の向こう側から、甲高い声が聞こえている。二度と来なくていい、と桂花が叫んでいるようだった。

 帰り際、曹操は桂花の母に挨拶をしていった。

 泊まっていくように勧められたが、それは断った。長居してまた桂花の不興を買うことでもあれば、災難だとしかいいようがない。それに夏侯姉妹には、待っている間に宿を探してくるようにとも言いつけてあるのだ。秋蘭との約束もあるから、曹操としては宿で眠るほうが都合が良かったのである。

 

「それでは、一刀殿」

「ええ、御母堂。また、茶をいただきに参ります」

 

 夕焼け空が眩しくて、曹操は手で日除けを作った。

 開け放たれた門扉の外には、夏侯姉妹が控えている。剣を振るのにも飽きて、春蘭は昼寝でもしていたのだろう。なんとなく、その表情はぼんやりとしてしまっている。

 再度会釈をしてから、曹操は荀家の屋敷を去った。香による、甘い香り。それを思い出しながら、曹操は宿までの道を歩いた。



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七 曹家の人々

 (しょう)県の田舎道。三頭の馬が、その上を颯爽と駆けている。

 やはり、故郷で感じる風はいいものだ、と曹操は思う。これまで、幾度となく駆けてきた道だ。小さい頃、遊びと称して野山で合戦の真似事をしていたこともある。そうして駆けずり回ってきたから、目をつむっていても迷うことはない。大袈裟だと笑われてしまうかもしれないが、そのくらい慣れ親しんだ土地なのだ。

 乗馬の腹を蹴りながら、曹操は景色を見渡している。屋敷までは、あと数里といったところか。

 馬蹄が地面を叩く音が、大きくなっている。並走していた春蘭(しゅんらん)が、馬を加速させていた。

 

「殿。先に行って、みなに殿のお帰りを知らせて来ようかと思うのですが」

「そうか。春蘭(しゅんらん)柳琳(るーりん)を見つけたら、俺が腹を空かせていたと伝えておいてくれ」

 

 柳琳。従妹である曹純(そうじゅん)は、慎ましやかで落ち着きのある少女だった。そのくせ、軍を任されれば、勇猛に闘ってみせるのである。だから、曹操もその能力には信頼を置いていた。加えて、柳琳には手料理によって胃をつかまれてもいるのだ。

 旅先で味わう土地の料理も悪くはないが、柳琳は自分の好みをよくとらえているのだろう。とにかく、塩梅がいいのである。そのあたりにも、柳琳の細やかな心遣いが表れているのかもしれない。

 

「承知いたしました! それでは、さっそく行ってまいります!」

 

 あれでは、屋敷に着く前に馬が潰れてしまうのではないか。曹操がそうぽつりともらすくらい、春蘭は乗馬に気合を入れ続けている。

 土煙。視界を遮るほどに、舞い上がっている。春蘭の姿が見えなくなってしまうまで、あっという間だったという気がしていた。

 いつものことだ、と言わんばかりに秋蘭(しゅうらん)は涼しい顔をしている。確かに、それもそうだ。風に吹かれて散り散りになっていく土煙を見ながら、曹操は穏やかに口もとを緩ませていた。

 

 

「おおーい、誰かおらんのか! 夏侯惇だ、殿がもうすぐお戻りになるぞ!」

 

 まるで戦場にいるのかと錯覚してしまうほどの、大音声である。門扉のうえで屯していた鳥たちが、一斉に飛び立っていく。

 城郭の外に築かれている分、曹家の屋敷は堅固な造りをしていた。周囲には堀が切られ、その内側には丈夫そうな壁が建てられている。さながら、小さな砦だった。

 敷地内にある建物の屋根から、ひょっこりと顔を覗かせている少女がいた。春蘭も、すぐに気がついたようだ。

 

春姉(しゅんねえ)ぇ、おかえりっす! あれえ、一刀っちはどこっすか?」

「なんだ華侖(かろん)、聞こえていなかったのか? 殿が到着されるまで、もう少し時間がかかる。だから、お前もしかと服を着てからお迎えせよ」

 

 春蘭が、曹仁(そうじん)のことを華侖と真名で呼んでいる。

 華侖の瑞々しい素肌。陽光に照らされ、光り輝いているようだった。文字通り、華侖は生まれたままの格好で、屋根から春蘭のことを見下ろしているのだ。ほどよい気候に釣られて、昼寝でもしていたのだろう。春蘭が呆れつつも厳しく注意しないのは、これが日常茶飯事であるからなのだ。

 華侖からみて、柳琳は実の妹なのである。

 貞淑を絵に描いたような妹。頼りにしているのは、華侖も同様だった。妹と違って、この姉は感性で生きているといってもよい。とにかく、悩む前に行動してみる質なのだ。それが成功につながることもあったが、こんな調子ではいつか手酷い失敗を犯すのではないか、と柳琳には心配されてもいるのである。

 

「あははっ、ごめんっす」

「ついでだから尋ねるが、柳琳の居所を知らないか。一刀は、あいつの作る飯が好きだからな。こうして旅から帰ってきたときには、いつもそうだ」

 

 春蘭の口調が、段々と砕けたものになってきている。夏侯家と曹家は代々付き合いがあるから、このふたりも親族同然なのである。

 それに、気質が似通っているということもある。その分、気を許しやすいのだろう。

 

「うーん、それは仕方ないんじゃないっすか? 春姉だって、柳琳のご飯、いつもおいしーって言いながら食べてるっす」

「むむ、それもそうか。しかし、飯のことばかり考えていたせいか、なにやらわたしまで腹が減ってきたではないか。華侖、お前はやはり栄華(えいか)を探してこい。柳琳のことは、わたしに任せておけ」

「はーい、了解っす!」

 

 素早く服を身にまとった華侖が、屋根から軽快に飛び降りてくる。活発さにかけては、曹家のなかでもずば抜けているといえるのだろう。

 すでに、春蘭は屋内に向かって歩きはじめていた。柳琳をつかまえれば、なにか有り合わせのものを用意してもらえるかもしれない、と考えているのだ。

 どれだけ押さえこもうとしても、腹の虫は言うことを聞いてくれそうにもなかった。それで、普段は覇気に満ちている春蘭の背中が、心なしか小さくなってしまっている。

 

 

 使用人に馬をあずけ、曹操は屋敷の土を踏んだ。どこか気が抜けてしまうのは、人間の性なのだろう。

 前方から、何人かの声が聞こえている。一番に飛び出してきたのは、やはりというか華侖だった。

 

「華侖か。出迎え、苦労である」

「えへへっ、久しぶりの一刀っちっす! ぐりぐりー」

 

 隣りにいる秋蘭が、柔和に微笑んでいる。どれだけ身体が大きくなろうとも、華侖の心は幼き頃のままだった。こうして抱きついてくるのだって、いつものことなのである。

 それでも、臀部は女らしい曲線を描き始めていた。指を使って、その丘陵をそっと撫でてみる。きょとんとした表情。華侖には、尻に触れられた意味がわからなかったのだろう。

 笑ってごまかしながら、曹操は秋蘭のことを流し見た。くだらないことはやめておけ。動きとしては頭を左右に振っているだけなのだが、そう言っているように思えてならなかった。

 

「ほえ……。どうしたんっすか、一刀っち。あたしのお尻に、なにかついてるっす?」

「ふっ……。ほら見ろ、華侖を困らせてしまったではないか。だから、戯れはそのくらいにしておくのだな、一刀」

「俺なりに、親愛をあらわしてみたつもりだったのだよ。しかし、華侖にはいささか早すぎたようだ」

「早い? 早いって、なにがっすか?」

 

 華侖が、曹操と秋蘭の顔を交互に見やっている。結局、曹操の行動を理解することについては諦めたようだ。

 笑いながら、曹操はもう一度従妹の尻に手をやった。先ほどの触れ方とは違って、今度は軽く叩いてみせる。それで、華侖は不思議そうにまた首をひねってしまうのだった。

 

「おかえりなさい、一刀さん。それと、楽しみにしていただいているのに、申し訳ありません。お食事のことですけど、いますぐにとなると、お昼の残りくらいしかお出しできなくって」

「ああ、それで構わない。外にいると、柳琳の手料理が無性に恋しくなってしまってな。秋蘭(しゅうらん)にも、笑われていたところなのだよ」

「うふふっ、そうなんですか? でしたら、出せるものだけでも、準備をしておきますね。一刀さんだって、汁物くらいは温かいほうがよろしいでしょうから」

「んっ……、柳琳。そういえば、春姉はどこにいっちゃったっすか? さっきまで一刀っちが帰ってくるからー、ってあんなに走り回ってたのに……」

「春蘭さんなら、まだ厨房ではないかしら。出会ったときに、食べるものがほしいと仰っていましたから」

 

 柳琳の見事な金髪が、楽しげに躍っている。着物の裾からは、肉付きのいい腿が姿をのぞかせていた。

 妻にするのであれば、こういう女がいい。そう思わせてしまうような魅力を、柳琳は持ち合わせている。

 人当たりがよく、なにかにつけて気の利く性格をしているのである。美人であることは、いうまでもなかった。

 自分と柳琳。そこには、親族という括りがある。しかし、それは仮初めのものでもあるのだ。秋蘭が、そっぽを向いてため息をついている。それは、曹操の心中をよく分かっているからなのだろう。

 

「あたし、春姉を呼んでくるっす! 一刀っちだってお腹がへってるのに、自分だけ先に食べちゃうなんてずるいじゃないっすか!」

「あっ、待って姉さんっ!? あはは、行ってしまいましたね……」

 

 春蘭を彷彿とさせる直情ぶりを、華侖は発揮している。はつらつとした声。数瞬の間、耳の中で残響していた。

 柳琳が、苦笑いを浮かべている。華侖には、自由に振る舞わせておけばいい。日頃から、曹操はそのように諭していた。失敗の中からしか、学べないこともあるのである。責任くらい、当主である自分が背負ってやればいい。そんな風に、割り切ってもいるのだ。

 

「帰っていらしたのですね、お兄さま。ふんっ、ご機嫌そうなことで。ですが、従妹と過剰にベタつかれるのは、そろそろお止しになられたほうがよろしいのではありませんの?」

「そういうお前は機嫌が悪そうだな、栄華。そうだ、栄華も旅をしてみるといい。普段とは違った風景を見ていると、心が晴れるぞ。それに、美しい女と出会うこともできるのだよ」

 

 華侖と入れ替わるようにして出てきた栄華(えいか)が、面白くなさそうに唇を尖らせている。

 繊細な金糸のような髪。それが、指にくるくると巻きついている。栄華も、黙っていればかなりの器量良しなのである。それに、口では悪くいいながらも、これで自分のことを気にかけてくれているのだ。

 お兄さま。幼少の頃から、栄華からはそう呼ばれていた。当主となったいまも、それは変わらないことだ。変わったことといえば、こうして棘のある態度を、しばしば取るようになったことくらいなのである。可愛らしい反抗期。曹操からしてみれば、栄華の態度はその程度のことだった。

 

「栄華よ、その手はどういう意味だ。握るくらいであれば、いくらでもしてやれるが」

「ちっ、違いますわ! お兄さまだって、本当はわかっていられるでしょうに。はあ……。わたくしに、これ以上心労をかけさせないでくださいまし」

 

 差し出された手を包み込んでやろうとすると、栄華は慌ててそれを引っ込めてしまう。

 こうした部分があるから、からかいたくなってしまうのである。ほんのりと赤く染まった、栄華の頬。それを見て、柳琳は口もとを手で押さえて笑っている。

 

「うう、柳琳まで一緒になって……。ですがお兄さま、今日こそ観念していただきますわよ。旅銀の残りを、わたくしにしかと見せてくださいな。ほらっ、早くっ」

「なんだ、そのことか。だったら、受け取るがいい」

 

 銭の入った袋を、栄華に手渡した。

 まだ、いくらか重みが残っているはずだった。いつも結構な量を持ち歩いているから、使い切ってしまうことはそうありはしないのである。

 ちゃりちゃりと、銭が擦れる音がしている。袋を振っている栄華は、ますます機嫌を悪くしているようだった。厳しくなっていく眼差し。眉間に、しわが一本深々と刻まれてしまっている。

 

「わたくし、いつも言っているでしょう? お兄さまには、気前よく銭をばら撒きすぎるきらいがあるのです。曹家一門を代表するお方として、改めてくださいませと、何度も何度も……」

「そうは言うがな、栄華。吝嗇な男に、誰がついていきたいと思うか。曹家の将来のためにも、俺はいまのやり方を変えようとは少しも思わんのだよ。だから、おまえも自分のやり方を変える必要はないのだ」

「また、そんな言い方をなさって。お兄さまは、いつもずるいですわ……」

 

 栄華が、悔しそうに奥歯をかんでいる。

 この議論は、以前から度々行われていることなのだ。それでも、曹操は考えを曲げる気はなかった。

 幾度の旅を経て、わかってきたことがあった。いつだって栄華は、自分がぎりぎりまで使ってしまうことを見越して、金を渡してくれているのである。要は、その範囲さえ越えてしまわなければ平気なのだ。

 

「ふっ、そう怒るな。栄華がいてくれるから、一刀は安心して放蕩の旅をすることができているのではないか。その信頼には、応えてやるべきなのではないかな、栄華は」

「まったく、秋蘭さんまで……。よろしいですか、お兄さま?」

 

 姿勢を改め、栄華がじっと目を見つめてきている。琥珀色をした、綺麗な瞳だった。

 おおよそ、言いたいことの予想はついていた。それでも、最後まで聞いてやるのが当主としての務めなのだろう。少々気疲れのようなものを感じつつも、曹操はひとまず聞く態度を崩してはいない。

 

「なにかな、栄華」

「また無茶な使い方をされたときには、わたくし叔父さまに言上して、お兄さまをたしなめていただく所存ですの。ですから、それだけはどうかご留意くださいまし。わたくしだって、一門当主であるお兄さまに、このようなことをあまり申し上げたくはありませんのよ」

「ははっ。栄華も、ずいぶんと意地悪なことを言うようになった。そうは思わないか、柳琳?」

「わ、わたしですかっ? でも、そうですね。栄華ちゃんの言うことに賛同するわけではありませんが、たまには叔父さまに文でも出されてはどうでしょうか。もうずっと、お会いされていないんですよね?」

 

 栄華らのいう叔父さまというのは、前当主である曹嵩(そうすう)のことだった。

 太平道による乱をきっかけに、曹嵩はすっかり隠棲するようになってしまっていた。いまごろは、連れの女と徐州琅邪郡でのんびりと暮らしているのだろう。向こうが寄越してこないから、曹操も音信を断ったままでいる。ただ、それだけのことだった。

 特別に、仲が険悪というわけではないはずだった。むしろ曹嵩に対し、曹操は感謝の念を抱いてすらいるのだ。

 簡単にいえば、曹家は二代続けて養子が当主の座を継いでいた。だが、実子ではないとはいえ、曹嵩は曹家ともつながりの深い夏侯家の生まれなのである。それに、曹嵩の養父である曹騰は宦官だったから、どう転んでも跡継ぎを作ることができなかったという事情もある。

 そういった意味では、曹操が継嗣となったのは異例なのだといえよう。曹嵩に子がないのであれば、ほかの親族から養子を迎えることもできたはずなのである。

 わが子は、天からの授かりものである。

 曹嵩が、周囲にそう語っていたと耳に挟んだことがある。自分が、どこからやって来た人間なのか。曹操にも、それはわからないことだった。

 当初は、ここでの暮らしにかなりの違和感を覚えていたはずだった。それが、いまとなっては当たり前のことになっている。剣を振り、馬を駆けさせ、兵法を学んできた。それでも、自分はまだ小さいままだ。

 曹家のひとりとなったのは、幼少の折だった。そのとき、自分はいくつだったのだろうか。もう、思い出そうともしないことだ。

 それから、どのくらい後になってのことだったか。操の名を与えられ、孟徳という字を持つようになった。それでも、曹操は一刀という名にこだわりを持っていた。真名として用いているのも、そのためなのである。

 顔すらうまく思い出すことのできない、本当の両親。元から持っていた名前くらいしか、もうつながるものはなくなってしまっているのだ。おそらく、二度と会うことはないのだろう。そのくらいのことは、かなり昔から察しが付くようになっていた。

 

「一刀? おい、どうかしたのか」

「いいや、なんでもない。秋蘭たちと出会った頃のことを、少し思い出していたのだよ。あれも、いまとなっては遠い話だ」

「ふっ、そうなのか? まだまだ、物思いに耽る歳でもないだろうに」

 

 夏侯の二人と関係を持つようになって、もう何年になるのだろうか。

 曹家に居着くようになってから、兄妹のように過ごしてきたように思う。

 はじめから、二人とは仲が良かったわけではない。養父から命じられて、一緒にいてくれるだけの存在。最初は、そのくらいにしか思っていなかった。だから、近くにいても疎外感がないわけではなかったのである。

 どこかから降って湧いたような自分は、案外おそれられていたのかもしれない。打ち解けるきっかけを作ってくれたのは、やはり春蘭だった。

 

「あ、一刀」

「ははっ。一刀、ではないぞ。なんだ春蘭、間の抜けたような顔をして」

「お行儀がよろしくありませんわよ、春蘭さん! お兄さまも、のんきに笑われている場合ではないでしょうに」

 

 栄華が、こめかみに指を当てて呆れ返っている。

 まるで、華侖に押されるような格好なのである。そうであっても春蘭は麺の入った器を手放さず、大事そうに抱えているのだ。これでは、どちらが年長者なのかわかったものではない。

 

「落ち着いて、栄華ちゃん……。あうぅ……。どうしましょう、一刀さん」

「どうもこうも、これが春蘭という女なのだよ。栄華、面倒な話はまた今度にしてもらうぞ。あまりのんびりとしていては、春蘭に全て食われてしまいそうなのでな」

「ちょっとお兄さま、わたくしの話はまだ終わって……!? はあ……。まったく、はぐらかすのがお上手なのですから」

 

 栄華の恨み節。

 聞こえていないふりをして、曹操は柳琳の手をそっと引いた。恥ずかしがる素振りに、つい心を惹かれてしまう。

 

「ああっ、あのっ、一刀さん……!?」

「ううーっ、柳琳だけずるいっす! 一刀っち、あたしもあたしも!」

 

 控えめな妹と、強引な姉。手のひらの中で、曹操は二人の温度を感じている。

 やわらかな髪。ふわりと、肩に当たっている。恥ずかしがってはいるものの、嫌がっているわけではないのだ。柳琳が、自ら身体をよせてくる。それを見て、華侖が自分もすると駄々をこねている。

 もうしばらくは、この穏やかな日々が続くのだろう。しかし、牙だけは常に研いでおく必要があるはずだった。

 にわかに、眼光を鋭く変化させていく曹操。その横顔を、柳琳は思慕の念をもって見つめていた。



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八 趙雲の来訪

 曹操が郷里に帰ってきてから、二ヶ月ほどが経過していた。

 照りつけるような日差し。夏侯惇が、門柱に背中を預けて空を眺めていた。特にすることがなければ、こうして番をするのが日課となっていたのだ。その時も、夏侯惇は退屈そうにあくびを噛み殺していた。

 蝶の羽のごとき紋様。それがあしらわれた白い袖を翻し、少女は曹家の屋敷前で足を止めた。曹操が揚州にて出会った、趙雲その人である。

 真紅の穂先が、天を向いている。槍の石突きで地面をこつんと叩くと、趙雲は門番をしている夏侯惇に声をかけた。

 

「たのもう。曹家の屋敷はここだと聞いてやってきたのだが、一刀殿はこちらにご在宅であろうか」

「なんだと? 貴様、誰に用があるのかもう一度言ってみろ」

 

 夏侯惇の右の頬が、ぴくりと跳ねる。その手はすでに、立てかけてあった剣の柄に伸びている。だが、その程度のことで怯む趙雲ではなかった。だいたい、曹家の屋敷を訪ねろとはいわれているが、操という名は教えられていないのである。小首をかしげながら、趙雲は再び夏侯惇に用件を伝える。

 

「わたしは、一刀殿に誘われてこの(しょう)県までやってきたのだ。ここの主人が一刀殿でないのであれば、はっきりとそう申されればよかろう」

「ぐっ、貴様ぁ!」

 

 爆発する怒り。夏侯惇にとって、曹操は敬愛すべき主君であり、心身を捧げると誓った恋人なのである。

 その曹操の真名を、誰とも知れない女が軽々しく呼んでいるのだ。到底許せるものではないと、夏侯惇は目くじらを立てて怒っている。

 

「貴様、誰に許可をとって曹操さまの真名を呼んでいる。三つ数える間に非礼を詫びれば、命くらいは助けてやろう。だが、事と次第によっては、貴様を斬る」

「ほほう、曹操殿とな。なるほど、やはり稟たちの言っていた通りだったか。くくっ……。それにしてもまあ、一刀殿も変わったお人だ。あのように、出会ったばかりのわれらに真名を預けてくださるとは」

 

 我関せず。趙雲が、指で下顎を撫でている。

 怒りによって闘気を滲ませている夏侯惇のことなど、まるで目に入っていないようだった。

 

「おい、覚悟はできているのであろうな、白いの。曹家ご当主の真名を汚したこと、あの世でたっぷりと後悔するがいい」

「ふっ、面白い。一刀殿は、どうやら猪を飼われるのがご趣味のようだ。どれ、手慰みにこの趙子龍がしつけてやるとしようか」

 

 ほとばしる殺気。剣を握った夏侯惇が、突進を開始している。

 槍を横に構えると、趙雲は不敵に笑みを洩らした。久方ぶりに、まともな相手と闘うことができそうなのである。それに、曹操臣下の力を計るという意味でも、これはうってつけの場面だった。

 

「趙雲と申したか。貴様さては、先ほどからずっとわたしのことを馬鹿にしているな!」

「はははっ。猪ではあっても、そのくらいのことは理解できるようだな。しかし、この剣圧だけは大したものだ。貴殿、名をなんと申す」

 

 重々しい一撃。それを受け止めながら、趙雲は感心したようにうなずいている。大陸広しといえども、夏侯惇ほどの武人を見つけることは、そう簡単なことではなかった。単純明快なだけに読みやすさはあったが、手に伝わってくる痺れには末恐ろしいものがあるのだ。

 怒りによって単調さが増していても、こうなのである。まともに対峙することがあれば、かなりの苦戦を強いられることになるだろう。表情を真剣なものに変化させていきながら、趙雲はそう感じていた。

 

「わが名は夏侯惇だ、覚えておけ。ただし、短い付き合いにはなるだろうがなあ!」

「夏侯惇か、しかと記憶しておこう。そちらが力押しでくるのであれば、これはどうだ」

 

 肉迫しつつあった剣を身体から逸らし、趙雲は高々と飛び上がった。見上げる夏侯惇。思わず、顔をしかめさせた。

 一瞬のことだ。趙雲の姿は太陽の日差しと重なり、夏侯惇の視界から消える。その性格からして、敵を翻弄することに趙雲は長けていた。

 

「でえぇえええええいっ!」

「ちいっ、やってくれるな。口先だけの女かとも思ったが、そうではないようだ」

 

 空中からの刺突を防ぎ、夏侯惇は楽しげに言葉をもらしている。

 曹操のもとには、夏侯淵という弓の使い手はいても、剣で鳴らす者は夏侯惇を除いてほかにいなかった。曹仁はまだまだ隙が多いし、曹純でも打ち合うには相手が不足していたのだ。それに、太平道との闘い以来、まともに戦をすることもなくなっている。夏侯惇からしてみても、趙雲との仕合はいい退屈しのぎになっていた。

 

「くはははっ! 楽しませてくれるではないか、趙雲。いいぞ、もっとこい!」

「そちらもやるではないか、夏侯惇よ。よき相手と巡り会えて、わたしも武人としての血が沸き立っているようだ」

 

 満足そうに笑う趙雲。青い髪が、風に吹かれて舞っている。

 得物を向け合うふたり。蹄が地面を鳴らす音が聞こえてきたのは、そのときだった。

 

「なにがあったのだ、姉者。それに、その者は」

「おお、秋蘭(しゅうらん)。いや、この趙雲とか申す輩が、勝手に殿の真名をだな……。むっ、いかん。思い出したら、また腹が立ってきたぞ」

 

 夏侯淵には、趙雲という名に聞き覚えがあった。

 どこかで、揚州で打ち解けた知り合いが、訪ねて来ることがあるかもしれない。曹操から、そう言われていたのだ。もちろん、そのことは夏侯惇も一度は耳にしているはずである。

 

「やあ、久しいな趙雲殿」

「これは、一刀殿。約定通り、趙子龍まかりこしましたぞ」

「その様子では、春蘭(しゅんらん)が無礼を働いてしまったようだな。しかと反省させておくゆえ、どうか許してやってほしい」

 

 下馬をして、曹操が謝罪の言葉を口にする。趙雲は、気にしていないと朗らかに笑った。

 ちょうど、曹操は夏侯淵を連れて街まで出かけていたのである。ふたりの闘いを直に見られなかったことは残念だったが、過程くらいは夏侯惇の表情を見ればだいたいの想像がつく。

 

「この女、ほんとうに殿のお知り合いだったのですか? てっきり、口からでまかせを言っているものかと……」

「だから、最初からそう言っているであろうに。一刀殿、こやつに門番をさせるのは、今後お止めになったほうがよろしいかと。相手をしたのがわたしでなければ、何度首が飛んでいたかわかりませぬ」

「いや、申し訳ないことをしたものだ。その代わりと言ってはなんだが、もてなしは存分にさせてもらおう。こちらへ、趙雲殿」

 

 ため息をつきながら、趙雲は首元を手で押さえてみせている。

 親しげに会話をする曹操と趙雲。がっくりと項垂れる夏侯惇の背中を、夏侯淵はそっと撫でてやったのである。

 

 

 屋敷の客間に趙雲を通すと、曹操は気になっていたことを尋ねはじめた。

 共に旅をしていた、あのふたりの姿が見えないのである。どちらも、印象に残る女だった。特に、戯志才とは場当たり的とはいえ、口づけを交わしてもいる。

 

「そういえば、戯志才殿と程立殿はどうしているのだ。ないとは思うが、仲違いでも?」

「ふっ、そうではありませんよ。(りん)(ふう)とは、荊州を回ったあたりで別れたのです。われながら情けない話なのですが、旅銀が底を尽きてしまいましてな」

「旅銀が? なるほど、それでは豫州まで来るのにも、苦労をしたのではないか」

「ええ、まったくです。金がなくては、好きに酒を飲むことすら叶いませんからな。ですから、今日は遠慮なく飲ませていただこうかと思っておりまする」

 

 趙雲が、杯をかたむけるような仕草をしている。よほど、酒が恋しくて仕方がないのだろう。

 揚州を過ぎ、荊州まで足を運んでいたのだという。荊州を治めているのは、漢室ともつながりの深い劉表である。領主としてはいい線をいっているが、戦乱の世を闘い抜けるような男ではない、と曹操は踏んでいた。

 

「ああ、是非ともそうしてくれ。それに、趙雲殿がいつ来てもいいようにと、メンマだって用意をしてあるのだよ。柳琳(るーりん)、頼めるか」

「はい、一刀さん。すぐに、お持ちいたしますね」

 

 控えていた柳琳が、廊下の奥に消えていった。

 趙雲の、涼し気な色をした髪。意識していなければ、つい触れたくなってしまう。つい勝手に上がりそうになる右腕を、曹操はぐっと抑えた。

 

(せい)です、一刀殿」

「いいのか、そう簡単に真名で呼ばせてしまっても?」

「ははっ、おかしなことを申されるお方だ。一刀というのは、やはり真名だそうではありませんか。いやはや、なんとなくそのような気はしていたのですが」

「一刀と呼ばれる方が性に合っているのだよ、俺は。まあいい、せっかく許してくれるというのだ。星殿、と呼ばせてもらうことにしよう」

「星でよろしいですよ、一刀殿。ふふっ……。黄巾討伐で名を馳せた曹操殿に、いつまでも気を使わせていたのでは、わたしとしても恐縮してしまいますゆえ」

「暴動を起こした民との闘いで手柄をあげたところで、どうにもならんのだよ、この世は。しかし、俺は遠慮をしない質なのでな。では、そうさせてもらうぞ、星よ」

 

 星が首肯する。曹操は、確かな手応えを感じていた。

 旅銀がないというのは真実なのだろうが、恐らくそれは表向きの理由なのだろう。槍働きに自信があるのであれば、一時的に士官することはそう難しくないはずなのだ。どこの領主も、つぎなる叛乱に備えて、陣容を厚くしておきたいと思っているからである。

 

「一刀さん、お酒をお持ちいたしました」

「飲み過ぎには注意してくださいまし、お兄さま」

「なんだ、栄華(えいか)も手伝ってくれていたのか。しかし、今日は特別な日なのだよ。細かいことは気にせず、酒くらい好きなように飲ませてもらうぞ。そうだ、栄華も星に挨拶をしておけ。俺の勘が正しければ、長い付き合いになる」

「はあ……? なんだかよくわかりませんが、お兄さまから言われずとも、挨拶くらいできますもの。こほん……、わたくしは曹洪です。趙雲さん、でしたわね?」

「うむ。趙雲だ、字は子龍と申す。ふっ、親族とはいえども、このような美少女たちに囲まれた生活。一刀殿も、男としてさぞかし大変でしょうな」

 

 にやりと笑う星。その言葉の意味がわかってしまったのだろう。柳琳は、顔を真赤にしてうつむいてしまっている。

 

「ははっ、なんのことかわからんな。よければ、無知な俺に教授してくれまいか、星」

「なっ……、ううむ……。一刀殿が望まれるのであれば、いや……しかし」

「かか、一刀さんっ! わたし、メンマ以外のおつまみを取ってきます! ねっ、栄華ちゃんも来てくれないかしら!」

「ちょっと、柳琳!? あまり、引っ張らないでくださいまし! ああっ、服の袖が伸びてしまいますわ!」

 

 星の反応を、曹操はうかがっていた。

 どちらに関しても、自分の予測は外れていないはずである。柳琳の持ってきた杯に酒を注ぎ、飲み干してみる。暑い時期に適した、キレのある酒だった。再び酒で杯を満たして、今度は星に飲むように勧めてみる。これは、あのときの返礼でもあった。

 

「うまい酒だぞ。星も、飲んでみるがいい。メンマにも、よく合いそうだ」

「ええ、いただきましょう。んっ、んくっ……」

 

 ただ酒を飲んでいるだけだというのに、画になる女だった。

 かすかに朱色に染まった頬。自分が飲んだ杯だということを、意識してくれているのだろうか。先に飲んでみせたのは、危険がないことを知らせるためなのである。これが春蘭などであれば、喜んで口をつけているはずだ。

 

「なるほど、いい味をしておりますな。それでは、こちらもいただくとしましょう」

 

 商人に言って、材料を揚州から取り寄せて作った逸品なのである。柳琳と試作を重ねながら完成させたものだから、味に間違いはないはずだった。これも、空いた時間がある今だからこそできたことだといえよう。

 星は、出されたメンマをじっくりと咀嚼をしているようだった。その様子を、酒を飲みながら曹操は眺めている。

 

「これは、かなりのものですな。どこかで買われたのであれば、ぜひとも教えていただきたいものです」

「おお、そうだろう? これはな、柳琳……曹純と俺でこしらえたものなのだよ」

「ほう、一刀殿が手ずから。と、いうことは……」

「ふっ、そうだ。このメンマがまた食べたいというのであれば、お前はこの曹家に身を寄せるほかないのだよ。ふふっ……。どうする、星」

「むむむ……。メンマを人質に取るとは、一刀殿もなかなか阿漕な真似をなさいますな。むうぅ、これは難題だ……」

 

 星は、わざとらしく顔をしかめさせている。

 こちらの意図していることは、充分に伝わっているはずだ。ここまで来たからには、もう逃したくはなかった。感触は、悪くない。あとは、返答を待つのみだった。

 

「わかりました、わたしの負けです。趙子龍、いまこの時より、曹操殿を主君として仰ぐことにいたしましょう。まったく、うまく絡め取られてしまったものです」

「うん、よくぞ決心してくれた。お前の槍の腕、頼らせてもらうぞ、星」

 

 隣り合って椅子に座り、主従としての酒を初めて酌み交わした。旨い酒。それが、より旨く感じられた。

 メンマをかじる星は、やはり心の底から幸せそうなのである。なにか強い達成感を覚えながら、曹操は杯を口に運んでいる。

 

「いつか、大きなことをなされるのではないか。(あるじ)の顔を見ていると、わたしにはそう思えてならないのですよ。この期待、どうか裏切らないでくださいませ」

「ははっ、そうかな。しかし、常々そうありたいとは考えている。俺は、宦官の家の出だ。そんな男が国を平らかにし、新たなる秩序を作り上げる。それが現実となれば、これほど痛快なことはなかろう、星よ?」

「ふっ、さすがにたいそうな夢をお持ちだ。されど、そうでなくては、臣下として支え甲斐がないというもの」

 

 少し、酔いが回ってきているのだろうか。出てくる言葉にも、自然と熱がこもってしまう。曹操は、いつもより饒舌になっていた。

 曹操の話を聞いても、星に驚いたような様子はなかった。ただ酒で唇を湿らせ、上機嫌にメンマをほうばっているのだ。

 話したいことは、いくらでもあった。星には、実際に各地を見聞してきた経験がある。領主の評判に、土地の様子。曹操が放蕩をしていたのにも、その辺りに理由があるのだ。

 ふと、曹操が外を見た。

 暗闇があたりを覆っている。室内には、いつからか明かりが灯されているようだった。話に夢中になっていたから、誰かが火を持ってきてくれたことにも、気づかなかったのだろう。

 

「ふむ、そろそろよい時間なのかもしれませんな。それと主、わたしにも、部屋くらいはいただけるのでしょうな? まさか、ご自分から誘われた女に、(うまや)で寝ろとは仰せにはなりますまい」

「空き部屋が、いくつかある。星には、そこを使ってもらうつもりだ」

「なるほど、ではそちらに案内をしていただけますかな。……っと、主」

 

 急に立ち上がったせいか、酔いの回った足元がわずかにふらついてしまう。すかさず、星が腕で支えてくれたようだった。

 飲酒したあとの臭気のなかに、ふわりと女らしい香りが混じっている。曹操の内側に眠った情欲。それが、突き動かされていった。

 星を壁に押しやり、唇を合わせた。戸惑った瞳が、必死に抗議の視線を送ってきている。構わず、何度か唇を吸い上げた。跳ね飛ばそうと思えば、いくらでもできるはずだ。春蘭とまともにやり合えるような武人。それが、星なのである。

 

「ほかに想い人がいるのであれば、陳謝しよう。俺も、惚れた女を無理に寝取ろうとは思わんのでな」

「ほ、惚れた……? いえ。べつに、操を立てねばならぬような相手がいるわけではないのです。ただほんとうに、いきなりだったものですから、その……」

「そうか。だったら……んっ」

「んくっ、あるじぃ……。あっ、こんな、んむぅ、ちゅぱっ……♡」

 

 嫌でなければ、このまま閨に来てほしい。抱きしめながら、星にそう耳打ちをした。

 涼し気な色の髪。それをそっと撫で付けながら、曹操はゆっくりと唇を離していく。熱でも、あるのではないか。そう思ってしまうくらい、星の顔は赤くなっている。

 星の頭が、小さく縦に揺れている。あまりにも、いじらしい動きである。

 今夜は、まともに眠れはしないのだろう。曹操の着物の前は、期待によって早くも大きなふくらみをみせていた。



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九 臣従、そして(星)

 自室までの廊下。すっかり身体を硬直させてしまっている(せい)を連れて、曹操は歩いた。

 暗闇のなかを抜け、戸を押し開く。小さな灯りに照らされて、寝台がぼうっと姿を浮き上がらせている。

 握られている手が、熱かった。星の、濁りのない赤い瞳。それが、弱々しく自分のことを見つめている。

 張り詰めた下半身が、主張をさらに強めている。このまま寝台になだれ込むのも、悪い選択肢ではなかった。だが、情欲と理性が、自身の内側で鍔迫り合っているような状態なのである。

 星は、やはり不安を抱えているようだった。なにしろ、臣従を誓ったばかりの男に、身体のつながりまでを欲されているのだ。それに、こうした経験がほとんどないのだろう。初々しい唇の動き。それが、曹操の脳裏に鮮やかに記憶されている。

 

「ひゃっ!? あっ、主……?」

「奉仕のやり方は知っているのか、(せい)

「ん……ごくっ。む、無論、わかっておりますとも。それにしても、はち切れんばかりとは、このことをいうのでしょうな……」

 

 着物をはだけさせ、反り返った男根を晒す。直視はしてこないが、決して目を逸らそうとはしないのである。星の熱っぽい視線が、心地いいくらいだった。

 これから、共に過ごすことになるのである。閨での戯れ方を少し仕込んだくらいで、バチは当たらないはずだ。

 

「ふっ、そうか? まずは握ってみろ、星。いや、俺としたことが、いらぬ口出しをしてしまったのかもしれんな」

「なんですか、その言い草は。しかし……んっ、熱い……。それにこの硬さ、まるで槍の柄を握っているかのようです」

「槍の柄か。なるほど、それならば扱い方はよく知っているだろう? 昼間、春蘭との仕合いを見逃して、悔しがっていたところなのだよ。ここで、もう一度技の冴えを見せてはくれまいか」

「んうぅ……、いいでしょうとも。主のたぎりにたぎった剛槍、この趙子龍が見事(あつか)ってご覧に入れましょうぞ」

 

 頼もしい限りの言葉である。しなやかな指。むず痒くなってしまうほどに、たどたどしい触れ方をしてきている。

 もう少し、焚き付けてやることも必要か。曹操が、星の耳もとに顔を近づけていった。吐息で肌をくすぐりながら、命令を伝える。強まっていく緊張。曹操には、星が生唾を飲む音が、はっきりと聞こえていた。

 

「はあっ……。こうして間近で見ると、威圧されているようにすら感じてしまいますぞ」

「よく、反応を見ておくことだ。そうすれば、どう手を動かせばいいのかも、おのずとわかってくるだろう。多少力をいれたくらいでは、壊れはしない。思い切って(しご)いてみるがいい」

「んっ、わかっておりますとも……。はあっ、熱い……ッ。主の雄々しい逸物が、わたしの手のなかで跳ねているようです」

 

 前後の動き。ようやく与えられた刺激を、曹操はつとめて甘受していた。

 単調だったやり方に、段々と変化の兆しがあらわれてくる。絡みつく指。ときどき入れ替わる力の強弱によって、男根が硬さを増していく。

 

「まだ、硬くされてしまうのですか? はうぅ……、槍を振るっていても、これほど胸が高鳴ったことはないのかもしれませぬ。主の肉の槍には、女を狂わせてしまう特別な力でも備わっているのでしょうか」

「まさか、そんなはずがあるまい。しかし、星も楽しめるようになってきたのではないか? こちらとしては、大歓迎なことだが」

「ふふっ、そうかもしれません。んふう……。主の男根はこんなにも凶悪な見てくれをしているというのに、意外と可愛らしいところがあるのです。こうしてピクリと脈打つところなど、ふっ……どこか小さな動物のようで」

「ははは、気に入ってくれたのであればなによりだ。そうだな、つぎはそろそろ星の口で包み込んでもらいたいのだが、できるか?」

「こ、この男根を口で……? ふ、ふふっ、いいでしょうとも。この趙子龍、閨であろうとも主の期待に応えてみせましょうぞ」

「よし、ならばそこで跪いてみるがいい。ひとまず、よく観察してみることだ」

 

 しばしの間、星は赤黒い亀頭とにらみ合いを続けていた。ゆるゆると動かされている手が、もどかしかった。亀頭と顔との間は、ほんのわずかなのである。先端からは、先走ったものが滲み出している。匂いも、しっかりと伝わっていることだろう。

 我慢できなくなって、つい腰を突き出してしまう。柔らかな唇の感触。火照った男根の先が、真紅の唇にぴたりとくっついてしまっている。

 

「ひゃむっ……!? んあっ、あるじぃ……お戯れを。んっ、それになんですか、この味は……。ちゅむっ、はむっ……。舌先がぴりぴりとしてしまうようで、もしや毒でも……?」

「これでも一応、まともな人間でいるつもりなのだよ。しかし、苦く感じるというのであれば、それは俺の愛情が足りないためなのかもしれんな。ふっ、その逆も、また然りといえるか」

「これでもわたしは、主を……一刀殿のことを気に入っているのですぞ。そうでなければ、このような無体を受け入れるはずがありましょうや。ん……、んむっ、ちゅばっ」

「ああ、いいぞ星。俺もこの先、お前のことを愛し続けよう。ただし、先に了承してもらうべきことがある。俺は、星ひとりを愛してやることはできない。好いている女が、ほかにもいるのでな。抑えようとしても、抑えることができない。この性分だけは、多分死んでも変わらないのだろうな」

 

 踏ん切りがついたのだろう。星が、口内に男根を迎えてくれている。酒を飲んだあとのせいか、口のなかがやけに熱く感じられた。時折触れてくる舌。目で見なくとも、恐る恐る動いていることがよくわかった。男をどう愛撫すればいいのか、まだ要領を得ないのだろう。

 愛の告白。それも、口での奉仕をさせている最中なのである。星は、どう感じているのだろうか。

 夏侯姉妹を愛していることなど、いまさら言うまでもないことだ。それに、荀彧がいる。強情ではあったが、可愛げのあるところを知っていた。

 それに、もうひとり気にかかっている女がいた。あれは、雨の日のことだったか。(えん)州に出かけていた曹操は、突如崩れた天気のせいで雨宿りをする羽目になったのである。そのとき、たまたま一緒になった女がいた。物静かで素朴だったが、それが曹操にはひどく魅力的に思えたのだ。衝動のままに抱きしめ、すぐに女とひとつになった。拒絶こそされることはなかったが、泣いていたように記憶している。そんなことをしたのは、これまでその一度きりだった。

 別れは、すぐに訪れた。

 雨が止んだ。友人が待っているからと、女は駆け足で去ってしまったのである。引き止められなかったことを、自分は悔やんでいるのだろうか。しかし、縁があればまた会うこともあるはずだ、と曹操は思う。

 男根をすすり上げる音で、我に返った。星が、上目遣いに見上げてきている。ぞくりとしてしまうような痺れが、竿を襲った。

 

「そのようなこと、んぶっ、れおっ……、どうだっていいのです。甲斐性のない男になど、わたしは抱かれたくありませんからな。英雄色を好む。使い古された言葉ではありますが、その分説得力があるとは思いませんか、主」

「嬉しいことをいってくれる。思っていた通り、いや……それ以上か。とにかく、星のような女性(にょしょう)と出会えて、俺は幸せなのだと思う」

「ええ。ちゅうぅう、んむぅ……。そうですとも、ですから大いに夢を見させてくださいませ。主の示された道を、わたしは歩んでみたいと思うのです。んはあっ、熱い……、ちゅるぅ……。ですが、たまにはこうして脇道にそれてみるのも悪くはないと、わたしの女である部分がいっているようなのです」

 

 星にも、楽しむだけの余裕が生まれつつあるのかもしれない。うっとりとした表情。緊張は、ほとんど解けてしまったのだろう。

 手で男根を扱きながらも、唇による愛撫を欠かさないのだ。望んでいた快楽。曹操は、それをようやく得ることができている。

 

「どうでしょうか、主。わたしは、上手くできているのでしょうか。んむぅ、ちゅるっ……。愛するというのは、戦と同じなのですな。攻めるべきときは攻め、守るべきときには守ればいいのです。んうぅ……。そのように、苦い蜜ばかりを吐き出さないでくださいませ。主の男根は、ほんとうにいじわるなのですから」

「星の唇が気持ちいいから、いくらでも出してしまうのだよ。少し、こちらからも動くぞ」

「はて、動くとは? んぐっ、ごほっ……!? あむっ、じゅう……♡ ぐぽっ、ぐぷっ♡」

 

 星の後頭部に手を当て、男根を遠慮なく突き入れていった。丸く見開かれた目。奇襲が効果的なのは、戦場でも閨でも変わらないことだった。

 すぼめられた口の端から、だらしなく唾液がこぼれている。生まれていた余裕など、どこかへ吹き飛んでしまったのだろう。喉奥を軽く突いてやっただけで、星は嗚咽をもらして咳き込んでしまうのである。

 黒い情念の炎。ふつふつと、燃え上がっていく。

 星は、自分との行為にどこまで着いてくることができるのだろうか。これでも、手心は加えているつもりなのである。夏侯姉妹であれば、もう少し激しく抽送を行ったとしても、平然と受け入れてくれるはずだ。反応を見極めながら、いくらか腰の動きを弱めてみる。星も、無茶をされないことに安心したのだろう。舌の感触。ゆるやかに、巻き付いてきている。

 いまは、このくらいにしておくべきか。唾液の奏でる音に耳を傾けながら、曹操は控えめに笑った。

 

「んん、んあっ♡ じゅうぅう、じゅるっ♡ ぐぽっ、じゅぷ……♡ ン、ずるるるぅ♡」

「そろそろ、一度出すぞ。受け止めろ、星」

「ふちゅう……? んむっ、んくっ、んんっ、ふむぅう……♡」

 

 多分、男の果て方というのを知らないのだろう。それでも、別に構わないのである。わからなければ、身をもって体験してみればいいのだ。それに、そのほうが何倍も快感が増す。

 激しくなっていく抽送。それを受け止めている星の顔が、いぶかしげなものへと変わっていく。射精直前であるゆえに、先走る液体の味も濃くなっているのだろう。尿道口を、舌先がくすぐっている。

 最後の最後で男根を引き抜くと、曹操は瞬時に精を解き放った。

 今日はまだ、誰とも交わっていないのである。一日かけて濃縮された粘液が、星の顔に降り注いでいっている。かなり、匂いも強いはずだ。惚けてしまったように口をぽかんと開けて、星は白い雨にうたれ続けている。

 キリのいいところまで絞り出すと、曹操は大きく息を吐いた。こういった快感は、そう簡単に味わえるものではないのだ。それにまだ、男根は硬く反り返ったままなのである。

 白い着物に、ところどころ濁ったような点が落ちている。星は、押し黙ったままだった。

 

「戻ってこい、星よ。夜は、まだ明けてはいないのだぞ」

「……はっ!? い、いや、それよりもなんだというのですか、この有り様は!? ううっ、ネバネバとしているうえに、匂いまで強烈なのですから……♡ 味は苦くて……、少ししょっぱい?」

「ふっ。初めてでそこまで分かれば、上出来だろう。お前には、才があるぞ」

「なんと。しかし、このようなことで褒められようとは、今朝のわたしは微塵も考えておりませんでした。人生というのは、驚きの連続なのでしょうな、主よ」

「そうかもしれんな。だが、驚きはまだ終わりではないのだぞ。ほら立て、手を貸してやろう」

「は、はあ……?」

 

 白濁まみれになった星を引き起こし、壁に両手をつけさせた。着物の裾を無造作にめくり、陰部の具合を確かめてみる。まぐわう準備は、もうできているようだった。

 尻を、手で撫で回してみる。じっとりと浮かんだ汗が、情欲を煽り立てた。粘液でしとどに濡れた男根。それを割れ目に数度擦りあててから、曹操は挿入を開始した。

 くぐもった声が聞こえる。味わったことのない異物感に、星は苦しんでいるのだろう。自分がなにをされているのかも、よくわかっていないのかもしれない。

 

「わかるか、星。これが、交わるということだ。初めは苦しいだけかもしれんが、直によくなる。どうしても我慢できないときは、俺を殴れ」

「な、殴るなどと……。しかし、うひゃぁ……!? わたしは、どうなってしまうのです……ッ? 股の部分が、こじ開けられていくようで……!」

「ははっ。生半可なことで、俺を止められると思うなよ。ぐっ……。だが、これでも優しくしているつもりなのだよ」

 

 想像していた以上に、入り口が狭かった。

 ぎゅうぎゅうに詰まった肉を割り開き、腰を前へと進めていく。こうして続行できているのも、愛液でほどよく濡れていたおかげなのだ。

 強烈な締め付け。ひとたび気を抜けば、すぐに射精させられてしまうことだろう。奥へ、奥へ。そのことだけに集中しながら、曹操は星の身体を撫でつけていた。

 

「あ、あが……ッ♡ あ、主の巨大なものが、わたしの奥にぃ……!」

 

 膣内で、最も硬い部分に突き当たる。躊躇はない。つながるためには、必要な痛みなのだ。

 星の着物をずらし、胸に触れる。柔らかでいて、弾力がある。乳房への愛撫がよかったのか、星も少し落ち着きを取り戻している。

 

「はあっ、そこぉ……♡ んぐっ……!? ああっ、きています……。あるじぃ……、んあぁあぁあっ♡ わたし、わたし……ぃ♡」

「あと少しの辛抱だ。おまえは快楽を得ることだけに集中していろ、星」

 

 ふくらんだ乳頭。それを指でつかみ、ひねり上げた。嬌声が耳朶を打つ。星が感じている隙をついて、曹操は猛る腰を押し込んでいった。

 温かなぬめりを、下腹部で感じていた。多分、破瓜の血が流れているのだろう。断続的に呼吸を荒くする星。その姿が、余計に曹操の感情を強く揺さぶっていく。

 

「んぐうぅうう……!? ううっ、はあぁあああ……♡ は、入ったのですか、主……? これ以上は、わたしも耐えられる気がいたしませんぞ……っ」

「わかるだろう、星? この通り、俺のものが一番奥まで、すべて入ってしまっているぞ」

「やあっ、いまそのように動かれると……っ! ううっ、愛の交わし方がここまで壮絶なものだとは、知りませんでした。はあっ、んくっ♡ しかし、悪くはないのかもしれません。こうしていると、腹の内側で、主の熱を直接感じられるのです♡ あなたさまに愛されたいと、わたしの女の部分が思ってしまうのでしょうな」

 

 ひくり、と膣肉が吸い付いてくる。

 汗でしっとりと濡れた髪。それを指で弄びながら、曹操は星の話を聞いていた。

 

「ふふっ。主は、女の髪がお好きなようですな。こちらに来るまでにも、そうなされていた」

「なるほど、そうなのかもしれないな。気味が悪いと感じるかもしれないが、こうしていると気が休まるのだ」

「なんのこれしき。好いた殿方の、弱みを見せていただいているのです。どちらかと言えば、わたしは喜んでいるのかもしれませぬ」

 

 無意識に、母性というものを欲してしまっているのだろうか。

 長く伸びた髪を一房手に取り、鼻に近づける。複雑な香り。甘いようでいて、そうではないのかもしれない。しかし、これは女の匂いであって、母の匂いではないはずなのだ。それでも、手放すことができなかった。違うと分かっていながらも、胸いっぱいに吸い込んでしまう。

 自分は、やはり母が恋しいのか。

 幼少の頃を、思い出した。当時養父には、囲っている女が何人かいた。自分は嫡子として扱われていたから、優しくされたものだ。けれども、子供ながらにそれが薄っぺらい愛情なのだということに気づいていたのだろう。だから、自分から誰かの気を引こうとは考えなかった。養父との間に子ができた途端、突き放されると知っていたからである。

 結局、誰にも子ができることはなかった。自分には、それだけの運があったということなのか。

 曹家を継ぐことが正式に決まると、状況はまた変わった。自分を見る女たちの目が、これまでとは明らかに違っていることに曹操は気づいた。

 交合の誘い。それを、養父の女からしばしば受けるようになったのである。養父が死んだあとのことを、女たちは考えたのかもしれない。

 あの時に見た女の素振りは、まさしく(めす)そのものだったといえよう。庇護者を得たいがための行動だとはわかっていたが、ひどく浅ましいことだと感じたことを記憶している。

 夏侯のふたりと肉体関係を持つようになったのは、ちょうどその頃だったように思う。

 自分の心中を、誰よりも理解してくれる女たちだった。ふたりとのつながりがあったから、雑音に惑わされることもなかったのだろう、と曹操は改めて感じている。

 星の髪を放し、肩口に舌を這わせた。

 汗の味。塩気を感じてしまうのは、気のせいなのだろうか。星の背中が、ぞくりと震えている。連動するように、膣内が収縮している。どうやら、胸を揉まれるのは嫌いではないらしい。ほどよい感触の手のひらで感じながら、曹操は腰をゆすった。

 

「そんな、いきなり……っ!? あ、んうぅう、うはあっ……♡ ああ、主、あるじぃ……♡」

「星は、星でしかないのだ。女としてのお前に惚れたから、こうして抱きたいと思っているのだよ。決して、おまえに母の面影を求めているわけではない。それだけは、わかっていてくれるか」

「ひゃふっ……、んはうぅうう……っ! は、はいぃい……♡ 主の情熱を、こうして間近で感じさせられているのです♡ わたしも女ですから、んぐっ……♡ そのくらい、よくわかっておりますよ……っ♡」

 

 人間の理性。その脆さというやつを、曹操はよく知っている。

 真新しい愛液に満たされた膣内。まるで、涙でも流しているようだった。それをかき混ぜるように、男根を動かしていく。

 初めてなだけに硬さがあったが、締まり具合は絶妙だった。根本が、甘く痺れはじめている。夢中で、腰を振り続けた。乾いた音が鳴っている。互いの肌が、何度もぶつかっているのだ。

 

「んあっ♡ あそこが、じんじんしています……♡ そ、それに、主の太いものが出入りしているのも、よくわかってしまうのです♡ んひゃあっ……♡ そんな、乳首までっ♡ それっ、んぐっ、気持ちよくてぇ……♡」

 

 指の腹を使って、尖った乳首をぐにぐにと潰す。膣内からの快楽は、まだよくわかっていないはずだ。

 自分のかたちがよく馴染むように、膣肉を上下万遍なく擦っていく。楽しむ機会など、これからいくらでもあるのだ。

 星の顔に張り付いた精液。時間が経ちすぎたせいで、それが固まってきているようだった。一度意識を手放してしまえば、朝まで目を覚ますことはまずないだろう。汚した後始末くらいは、してやるべきなのかもしれない。だとすると、あとで拭うものを用意する必要がある。

 そこまで至って、曹操は考えるのをやめた。気を取り直して、乳房をぎゅっと絞り上げる。いまは、交合の真っ最中なのである。そんなときに、ちょっと冷静になってしまう自分が、滑稽に思えてしまう。

 

「あ、あるじぃ……? んああっ……! ううっ、なにか、言ってくださいませぇ……。これでは、わたしがひとりで楽しんでいるようではありませんかぁ♡」

「ははっ。楽しめているのであれば、それもよいのではないか。しかし、わかっているのだろう? 俺だって、お前に負けぬくらいに興奮しているのだよ。星の初めてを奪えたのだと思うと、なおさら喜びが大きくなってしまうのだ」

「んぐぅ、んおぉおっ……!? それ、奥に響いてくるのです♡ 腹の奥のほうのじんじんが、まるで頭にまで伝わってくるようでぇ♡」

「いいぞ。その調子で、俺のことを感じてみせるのだ。締まりが、先ほどよりも強くなってきているようだ。ふっ、これも才ゆえか」

 

 乳房を強く揉みしだく。腰を激しく打ち付け、星の膣肉を穿った。

 苦しみを、快楽が凌駕しつつあるのだろう。強張った精液が、表情の変化によってパリパリと音を立てている。

 

「んんっ……♡ 手を、握ってはいただけませんか。はあっ、ふあっ……♡ 頭が、んくっ、白くなってしまいそうで、ああっ……♡ なにやら、急に寂しくなってきてしまったのです♡」

「そのくらい、お安い御用だ。星の身体は、俺がこの手でしかと掴んでおいてやるぞ。だから、安心して乱れるがいい」

 

 感じている。それがわかったから、遠慮なく男根で突き上げていった。

 何度も何度も打たれているせいか、星の尻の肉が赤く色づいている。

 腕を引かれていることによって、星の身体が弓なりに反っていた。これまで以上に、深い部分が抉られているのかもしれない。室内に響く嬌声が、快楽に溺れつつあることを示唆していた。

 

「んんっ、んきゅうぅう……っ♡ はあぁああ、そんな奥ばかりいぃ……! ああっ、また痺れが強くなってしまいます♡」

「ふふっ、星はここがいいのか? だんだんと、締め付けが強くなってきているぞ」

「わ、わかりませぬ……っ♡ うあぁあ……っ♡ 主のたくましい槍が、はじめた頃よりも大きくなっているようなぁ……?」

「おまえの感じている通りだぞ。それだけ、俺は星に惹きつけられてしまっているのだよ」

 

 小刻みな動き。間髪を入れずに、膣内にたまった愛液をかき出していく。

 星の声が、快楽に震えている。それと同時に、男根に強い圧迫を感じた。

 

「も、もう、だめなのです♡ ふぁあぁあっ、なにかくる♡ んああっ、きてしまうのです……っ♡」

 

 激しく身体を反らす星。圧迫が、痙攣に変わっていく。

 精を吐き出してしまえ、と言い募られているようだった。蠢動する膣内。そこは、なによりも雄弁なのである。

 

「ぐっ……。これは、なかなかの締まりだな」

「あぁああん……っ!? ひゃあっ、あるじ、あるじ……ぃ♡ やあっ、んくっ、うぁああああぁ……っ♡♡♡」

 

 絶頂に身を震わせる星。室内に、嬌声が響き渡っている。

 それに合わせるようにして、曹操は燃えたぎった情欲を解放していく。

 

「やぁあぁあぁああ……っ♡ うぐあっ、あぁああ♡ ひぐっ、あついぃいぃ♡ 腹のなかが、まるで煮えているようで……っ♡」

「くうっ、星……っ!」

「主のものが、わたしのなかで暴れまわって♡ ああっ♡ これが、なかでイクということなのですね♡ 主、ああっ、子種熱い♡ まだ、腹のなかでびゅくびゅくってぇ♡」

 

 星のとろけきった声。それを聞きながら、曹操は膣内に子種をたっぷりと吐き出していく。踊るような柔肉。男根が発する熱を、余さず受け止めようとしているのか。

 しなやかな身体を、これでもかというくらいに両腕で抱き寄せた。星は、腰が抜けてしまっているのだろう。だらりと伸びた足が、わずかに宙に浮いていた。

 隙間なく密着した結合部。そこから、収まりきらなかった白濁液が染み出している。その温もりが、星と結ばれたのだという事実を、生々しくあわらしているのだった。

 

「横になるぞ、星」

 

 星の身体を支えたまま射精を続けるのは、さすがに無理があった。

 女体を下にして寝台に倒れ込み、管に残った精液を搾り取らせていく。尻肉の弾力がちょうどいい。熱に染まった内部は、さらに居心地がよくなっていた。二回出したことになるが、男根はまだまだ硬度を保ったままなのである。情欲の炎も、まだ尽きることなく燃え盛っているのだ。

 やがて、穏やかな呼吸音が聞こえてきた。このまま、交合を続けていいのか不安になってくる。うつ伏せになっている星の顔を、曹操はのぞき込んでみるのだった。

 

「どうした。身体は平気か、星」

「すぅ……、んんぅ? ふわぁ、ある……じぃ……」

「驚いたな。もう寝てしまうとは、豪胆なことだ」

 

 寝息を立てている星。無防備に広がっている髪を何度か撫でると、曹操はいきり立ったままの男根を引き抜いた。

 栓を失った途端、大量の精液が流れ出してくる。自分自身のこととはいえ、よくもまあこれだけ注ぎ込んだものだ、と曹操は苦笑してしまう。

 

「少し、夜風にでもあたろうか」

 

 急いで、水を汲みに行くこともないだろう。それに、火のついた部分を冷ましてやる必要があるのだ。

 着物の乱れを直すと、曹操はひとり夜空の下に足を進めた。



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十 荀彧の婚姻

 夢を、見ているのだろうか。

 幻想的な景色。それが、あたり一面に広がっている。

 匂い立つ。そんな表現が似合うと思えるほど、四方には花が咲き誇っていた。桃の花。草花にはあまり造詣が深いほうではなかったが、そのくらいであれば判別がつく。しかし、夏侯のふたりともこのような場所には出かけたことがなかった。だから、これは夢なのだと曹操は思ったのである。

 ひとの姿が見える。男が一人と、女が三人。その男の容姿は、自分と瓜二つだった。

 朧気に光る、純白の衣。見たこともない、着物だった。

 口が動き、なにごとかを発している。ほかの三人は、女というよりも少女といったほうがしっくりとくる年頃のように見えた。磨きをかければ、さらに映える。そんな美貌を、持ち合わせているのだ。

 もっと、近くでよく見せろ。曹操は、苛立たしげに叫ぼうとした。だが、夢のなかでは自分は一層無力なのである。ならば、と視線を動かそうとしてみる。動きはしたが、自分の意思によるものなのか定かではなかった。

 三人の少女。なかでも、黒髪の少女のことが特に気になっていた。力の宿った瞳。それは、春蘭(しゅんらん)(せい)にも通ずるものがあるはずだ。

 それに、である。着物にくっきりと浮き出るほどの乳房もたまらなかったが、輝くほどの艶がある長髪に触れてみたいと思ったのだ。ぼんやりとしている意識。どうにか手を伸ばせないものかと、曹操はもがいた。自分は、夢のなかでさえも女を欲しているというのか。どれだけ足掻こうとも、少女に手が届くことはなかった。

 鋼の擦れるような音。四人がそれぞれの武器を掲げ、寄り添わせている。自分に似た男というか、あれは自分そのものなのではないか。なんとなく、曹操はそう感じていた。

 懐かしい風景、などではないはずだった。顔も知らない、三人の少女。この夢は、自分になにを示そうというのか。

 一瞬視界が真っ暗になったあと、場面がすぐに切り替わっていく。先よりかは、身体を自由に操れるようになった気がしていた。

 頭を振ってみると、白い袖が見えた。感覚がはっきりとしているわけではないが、着心地は悪くないように思える。すぐそばに、あの三人の姿がある。今度こそ、曹操は手を伸ばしてみた。黒髪の感触。指に、さらりと抜けていく。極上の絹に触れても、このような気分にはならないのではないか。夢だというのに、そのくらいの感動があった。

 そんな曹操を見て、少女はおかしそうに笑っていた。控えめな笑顔が、心に強く刻まれていく。

 ご主人様。夢のなかで、自分はそう呼ばれている。

 

「一刀。なあ、一刀」

「髪……。あの、黒髪なのか」

 

 意識が引き戻されていくような感覚。薄くまぶたを開けてみると、長い黒髪が目の端に落ちた。もしや、これは先ほどの夢の続きなのだろうか。曹操は、手の甲で髪に触れてみた。

 

「あ……、ふふっ。もう、くすぐったいではないか」

「ン……、春蘭(しゅんらん)か。戻ってきたというべきなのかな、これは」

「ううん? さては、熟睡しすぎてまだ寝ぼけているのではないか? ふふん、だがそれも仕方があるまい。なにせ、わたしの膝をずっと貸してやっていたのだからな」

「この惚けた感じの声は、間違いなく春蘭だな。うん、俺の居場所はやはりここだ」

 

 曹操が、春蘭の膝のうえで寝返りを打った。頬と手のひらで、腿の柔らかさを確かめてみる。頭に触れてくる春蘭の手が、温かかった。

 

「ああ、もう! 曹操さん、曹操さんはどこですの? このわたくしがわざわざこのような屋敷にまで来てあげたというのに、出迎えすらしないなんて……。よくもまあ、こんな無礼ができますわね」

 

 耳につく甲高い声。それが、屋敷の入り口のほうから聞こえていた。足音が、無遠慮に近づいてきている。数人は、いるようだった。

 

「ちっ……。やかましい奴め」

 

 小さな呟き。

 身体を起こさなくてはと思いはしたが、腿の感触を味わっていたいという欲望には勝てなかった。足音と声。同時に、向かってきている。相変わらず騒々しい女だと、曹操は面倒そうにあくびをした。

 

「ええっと……。殿、袁紹殿が来ているようですが」

「わかっている。春蘭、お前が適当に相手をしておけ」

 

 投げやりな命令。春蘭は、心底困っているのだろう。嫌そうな声を出しながら、曹操の身体を揺すっている。

 

「あなたも変わりませんわね、曹操さん。客が来たときくらい、もう少ししゃきっとなさいな。ほら、起きるのです!」

「も、申し訳ございません、曹操殿。麗羽(れいは)さまが、いつもいつも……。ううっ、お腹痛い……」

「はあ……。なにも、田豊(でんほう)が気に病むことではない。袁紹の相手は、これでも慣れているのだよ」

 

 袁紹の螺旋状に巻かれた金髪が目に入る。派手な色使いの着物と相まって、つい目を閉じたいと思ってしまいそうになる。

 無理やり身体を引き起こされながら、曹操は田豊を労った。たわわに実った女の証。それを眺めていれば、多少のことくらい許せるようになるというものだ。

 奔放な主君。それとは対照的に、田豊は生真面目そうに腰を折っている。その後ろには、文醜と顔良のふたりの姿も見えている。ふたりは、馬賊の出身なのだという。どういった経緯で袁紹の配下に迎えられたのかは、曹操もよく知らなかった。

 後漢屈指の名門。そのことを声高々に謳っている袁紹だったが、意外と面倒見は悪くないのである。だからふたりのような武官を得てもいるし、田豊のような士大夫たちからも心を寄せられていたのだ。

 

「お邪魔しています、曹操さん。ほら、(ぶん)ちゃんも挨拶しなよ」

「へへっ、久しぶりだなー。アニキ、また朝っぱらからいいことでもしてたんじゃないのかー?」

 

 田豊は、まだ辛そうに腹のあたりをさすっている。対して、文醜と顔良のふたりは袁紹の行いに慣れきっているといった感じである。

 ようやく立ち上がり、曹操は屋敷の使用人に声をかけた。これでも袁紹は、名門の誉れ高き袁家の当主なのである。立ち居振る舞いには、さすがに堂々としたものがあった。

 広間。すすんでやって来たのは、曹仁だけだった。他の従妹たちは、給仕の手伝いに回るといって聞かないのである。

 なんとなく、曹家側だけが寂しい宴席となっている。そのことを袁紹が気にしている様子はなかったから、曹操はそのまま席についた。

 

「おまえからすればつまらんものだろうが、まあゆるりとしていけ。しかし、いつも通りといってしまえばそれまでだが、相変わらず急な来訪だな、袁紹」

「ええ。だってここに寄ったのは、ほんとうについでなんですもの。うふふっ。郷里からすぐ都に戻ってもよかったのですけど、引きこもっている曹操さんのお顔を見ていくのも悪くない、とふと思いまして」

 

 話し終えると、袁紹は高々と笑ってみせた。今度は田豊だけでなく、顔良も申し訳なさそうに頭をさげている。とはいえ隠棲しているのは本当のことだったから、曹操はなにも気にしてはいなかった。

 曹操と袁紹は、互いに真名を許し合っている仲だった。けれども、最近はそちらで呼び合うことは少なくなっている。それは、どちらから始めたことだったのか。そのことすら、もう曖昧になってしまっている。

 対抗心、とでも言えばいいのだろうか。

 曹家からみて、袁家はやはりとてつもなく大きな存在だった。桂花(けいふぁ)のいっていた、西園新軍の件についてもそうだ。歴然とした差が、両家の間にはできているのである。

 自分が力をつけて、曹家が袁家を凌ぐような時代を築いていかなければならない。そんな風に、意気込んでいるのかもしれなかった。それに、意識しているのは、多分袁紹だって同じなのだろう。そうでなければ、わざわざ遠回りをして(しょう)県までやって来る必要などないはずなのである。

 太尉、司徒、司空。現在の漢王朝における、権威ある官職だった。それらのことを合わせて、三公と呼ぶ。

 袁家は、その三公を四世代に渡り輩出しているのである。宮中において高い地位にのぼれば、それだけ多くの人間と誼を結ぶことにもなるのだ。その関係は、簡単に途切れるものではなかった。代々受け継いできた絆は、袁家を強者たらしめている。

 もし袁紹が挙兵でもすることがあれば、数万の兵が参集してくるはずである。それに比べて、自分はどうなのか。金はあっても、曹家の名声というのはそこまであてにしていいものではなかった。恐らく、五千程度が集まればいいほうなのだろう。

 

「主、少しよろしいか」

「なんだ、(せい)。メンマがほしければ、勝手に蔵から出せばいいだろう」

「むむっ、そうですか? ……っと、いまはそんなことを言っている場合ではありませぬ。ともかく、一度席を離れていただけませぬか」

 

 廊下から、声がかかった。星の様子をみるに、なにか急な用件でもあるらしい。

 

「袁紹さん、袁紹さん。その話、もっと聞かせてほしいっす!」

「ふふん、いいですわよ。曹操さんと違って、あなたはよほど気持ちがいいお方ですわね。ほら、もっと近くに来なさいな」

 

 文句をつけながらも、袁紹はそれなりに饗応を楽しんでいるようである。華侖(かろん)とは、相性がいいのだろうか。

 席を立ち、曹操は私室へと向かった。室内に入ると、秋蘭(しゅうらん)がすでに控えていた。その隣には、隠密のような風体をした女が、膝をついて頭をさげていた。真紅の長髪が、だらりと床に垂れている。

 

秋蘭(しゅうらん)よ、主を連れてまいったぞ」

「うむ。楽しんでおられたところを申し訳ありません、殿」

「それは皮肉っているつもりか、秋蘭。ともかく、何用だ」

「ふっ、そうではありませんよ。紅波(くれは)、殿にご報告を」

 

 隠密はうなずくと、少しだけ前に出た。名を、紅波(くれは)という。太平道との闘いの折に、曹操が拾った女だった。

 ほんとうの名は、とうの昔に捨てたのだという。自分に拾われるまで、奴婢のごとき扱いを受けてきたせいなのかもしれない。生まれは、西域だと聞いている。異民族の血が混じっているからなのか、肌にはちょっと浅黒さがあった。

 長くて紅い毛髪。闇のなかだと、それが一際ぼうっと浮き上がって見えるのである。波打つように揺れる紅い髪。それで、曹操は女に紅波と名づけてやったのだ。

 身のこなしが軽いうえに、やらせてみると意外なくらいに剣をよく使った。紅波を武官として登用することを曹操は考えたが、それは本人から固辞されてしまっている。どうやら、群れて動くのはあまり得意ではないらしい。

 であれば、曹操に情報をもたらす隠密として働きたい。紅波のその一言から、いまの関係は始まっている。

 不要な質問をしてこない紅波のことは、気に入っていた。黙々と、与えられた任務をこなしていく。それが、よい隠密の条件だと曹操は思っている。

 

「荀彧殿が、婚姻を結ばされてしまったようです。かなり、宦官側からの圧力があったのではないかと」

「なに? 桂花(けいふぁ)が婚姻をだと?」

 

 曹操の顔色が変わる。

 宦官が、名のある士大夫の家と縁戚関係を結びたがるのは、そう珍しいことではなかった。

 とりわけ、桂花は王佐の才と評されるほどの智謀を備えているのである。それに荀家の持つ名声のことを考えれば、候補にあげられてもなんら不思議はなかった。

 

「なんでも、相手はかつて権勢を振るった唐衡(とうこう)の親族なのだとか。だとすれば、荀家から知らせがなかったのにも、頷けます。殿に、いらぬ火の粉を振りかけることもないと考えられたのでしょう。それにしても、荀彧殿が殿のお気持ちに応えられていれば、このような事態が生まれることもなかったのでしょうが」

「言うな、秋蘭。紅波、婚姻が決まったのはいつの話だ。事と次第によっては、急がねばならん」

「拙者が情報を得たのが、三日ほど前です。しかし、内々にはずっと進められてきたことでしょうから……」

「うむ……。となれば、あまり悠長にしている時間はないのやもしれませんな。主よ、わたしは(うまや)に行って参ります。春蘭にも、声をかけておきましょうか?」

「ああ、頼むぞ。秋蘭、おまえは栄華たちに事情の説明を。俺のやりたいことくらい、すでにわかっているのだろう?」

「はっ。念のために確認しておきますが、曹嵩さまに働きかけをお願いしてもよろしいのでしょうか、殿」

「使える手段は、なんだろうと使う。いまは、体裁を気にしている場合ではないのだよ。相手が父だろうと、それは同じことだ」

 

 さながら、戦を前にしての軍議である。

 使える手段。それは、すぐ近くにもあるのだ。袁紹たちが飲み食いしている広間に戻る曹操。その双眸は、静かに燃えていた。



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十一 花嫁奪取

 戻ってみると、袁紹はまだ嬉しそうに喋り続けていた。勢いは、とどまるところを知らないようだ。華侖(かろん)が、さすがに押され気味となっている。

 広間に入ると、田豊と視線が交差する。なにか異変があったということを、察しているのかもしれない。

 

「少しいいか、袁紹」

「お邪魔ですわよ、曹操さん。せっかく、わたくしがありがたーいお話をしてあげているというのに」

「いいから耳をかせ、袁紹。お前にしか、頼めないことがあるのだ」

「はあ? わたくしにしか、頼めないことですって? ま、まあ、それなら仕方がありませんわね。いいでしょう、言ってご覧なさいな」

 

 袁紹の顔が、少し綻んでいる。解放されたことにほっとしたのか、華侖がこちらを見ながら苦笑していた。

 頼られることは、きらいではない質なのである。曹操も、そのあたりの機微はよく理解していた。

 

「潁川の荀家は知っているな」

「ええ、もちろんですとも。わが袁家には到底及びませんが、あちらもそれなりの名門でしたわね。それで、その荀家が曹操さんとどういった関係があるのです」

「荀(こん)殿のところに、(いく)という娘がいる。俺はいずれ荀彧を室に迎えようと思っていたのだが、そこに邪魔が入ったのだよ。それも、宦官のな」

「し、室ですって……? むむ、なんだか話が見えてきませんわね。つまり、あなたはわたくしになにを言いたいのです」

 

 室という言葉に、袁紹がわずかに反応を見せた。それには気づかないまま、曹操はまくし立てていく。

 

「そうだな、回りくどい言い方はやめにしよう。洛陽からの迎えが、もうすでに来ているのかもしれないのだよ。もしそうだった場合、俺は力ずくでも荀彧を奪い返すつもりだ。わかるだろう? そうなれば、宦官どもに一泡吹かせられることにもなる」

「その企みに手を貸せ。曹操さんは、そう仰っしゃりたいと」

「その通りだ。ここには、手勢も連れてきているのだろう? 俺の行いのせいで、荀一門にまで累が及ぶのは気が引ける。そこで、荀彧の家族の護衛を、袁家の兵に頼みたいのだ。逃がす先としては、冀州が適当だと思っている」

 

 冀州への退避。それは、桂花(けいふぁ)から度々聞かされていたことだった。

 潁川郡は都に近いだけあって、大きな政変があれば真っ先に巻き込まれる土地でもある。いまの漢は、不穏当な空気が常に漂っているような状態なのである。

 冀州は豊かな国だから、暮らしに不自由することもないだろう。桂花は一族にそう勧めていたようだが、これまで実現してこなかったことでもあるのだ。

 

「冀州牧である韓馥(かんふく)殿のことは、よく知っているな? 袁家とは、以前から付き合いがあると聞いている」

「ええ。確かにわたくしから話を通せば、韓馥さんだって住まわせることを快く了承してくださるでしょう。ふむう、そうですわね……」

 

 袁紹は、なにやら思案をしているようだった。顎に当てられた指。時折、ぴくりと動いている。

 会話を聞き終えて、田豊はなにか言いたげな表情をしていた。袁家の軍師としては、思いとどまらせるべきだと考えているのだろう。また、苦しそうに腹のあたりをさすっている。

 

「わかりましたわ。ですが曹操さん、そのためにはひとつ条件を飲んでもらいますわよ」

「れ、麗羽(れいは)さまっ!? 麗羽さまは、朝廷に仕える臣として……」

真直(まあち)さんは、黙っていなさい。これは、わたくしと曹操さんの決め事なのですから」

 

 田豊の諫言を、袁紹はぴしゃりと遮った。一度こうと決めたことを、そう簡単には曲げない女なのである。袁紹が乗ってくれば、計画は格段にやりやすくなる。

 

「条件というのはなんだ、袁紹」

「うふふ。袁家に無関係な面倒事に付き合ってあげるのです。ですから、その見返りは相応のものでなくてはなりませんわ。今後なにかあったとき、こちらの言うことを文句を言わずにひとつ聞く。恩情をかけて、そのくらいにしておいてあげましょう。よろしいですわね、曹操さん?」

「承知した。ならば、善は急げだ。まずは、潁川にある荀家の屋敷まで向かうぞ。情報がつかめたときには、臨機応変に動くこととする」

「いいでしょう。猪々子(いいしぇ)さん、斗詩(とし)さん、騎兵に出発の準備をさせて来なさい。こそこそとする必要なんてありませんわ。あくまでも堂々と、袁家の旗を掲げさせるのです」

 

 立ち上がり、袁紹は配下に命令を下していく。食べ物を口に含んだままの文醜を引っ張り、顔良は退室していった。

 ある意味、これは中央政界との前哨戦なのである。小さな自分に、どこまでのことができるのか。気分をちょっと高揚させながら、曹操は(せい)らの待つ厩に足を運んだ。

 

 

 地面を焦がすような熱。それを背中で受けながら、曹操は馬を駆けさせていた。後方には、春蘭(しゅんらん)と星が続いている。普段であれば、そこには秋蘭(しゅうらん)の姿もあるはずだった。しかし、いまは別の役目をもたせてあるのである。

 とにかく、急ぐことだった。

 駆けているのは、きらいではなかった。風を切り、全身で馬を操る。そうしていれば、余計なことを考えずに済むからである。郷里を発ってから、五十里(約二十キロ)ほどは駆けたのだろうか。それでも、目的の潁川まではまだ距離があった。

 春蘭たちのさらに後ろ。おおよそ百の騎兵が、ひと纏まりとなって動いていた。『袁』の一字の旗。それが伸びやかに掲げられている。騎兵を率いているのは、実質的には文醜と顔良の二人である。それでも先頭に袁紹がいることで、兵たちの士気は高かった。それで突然の進軍にも、不満をもらさずしっかりとついてきているのである。

 

「待っていろ、桂花(けいふぁ)

 

 曹操が、馬上で独り言のように言った。

 焦りがないわけではない。だが、どうにかできるという自信もあった。馬の腹を、さらに蹴る。打てるだけの手は、打ってきたはずだ。そう思って、曹操は前だけを向いている。

 どうせ、郷里で気ままな生活を送っているだけの身なのである。だから、万が一目論見が外れたところで、なんの後悔があろうか。

 ここで動かなければ、桂花を失ってしまうことになるのである。それだけは、看過できることではなかった。

 腰につけた剣。確かめると、闘争心が湧いてくるようだった。戦場へ向かっているわけではないが、奮い立つものがあるのだろう。春蘭のあげる雄叫びを、星が笑って聞いている。

 

「桂花」

 

 もう一度、荀彧の真名を呟いた。力任せに、あの小さな身体を抱きしめたい。耳がじんとするほどの怒声。途切れることなく、浴びせられることだろう。それすらも、いまでは恋しいと思えた。

 桂花を、もう手放す気はなかった。文句であれば、いくらでも聞いてやるつもりをしている。失うのは、簡単なことなのである。なんであろうと、気を抜けば今回のようにするすると指の間を抜けていってしまう。

 はっ、と曹操は叫んだ。

 駆け続けるにも、限度というものはある。夜間に必要なだけ休息をとり、また馬を駆けさせた。潁川郡に入ったのは、翌日のことだ。街道を行く曹操。そこに、一騎が近づいてくる。

 一騎は、先行させていた紅波(くれは)だった。ある程度の段取り決めはしてあったが、実際の状況によって動きを変える必要があった。曹操が止まったのを見て、袁紹も騎兵を停止させている。

 

紅波(くれは)か」

「報告がございます、殿。荀彧殿は、まだ屋敷におられるようでした。しかし、周辺には三百ほどの兵が配されています。あの様子では、明日にも出立する予定なのではないかと」

「わかった。おまえは引き続き、警戒にあたれ。(せい)、袁紹に伝言だ。このまま潁陰の城郭(まち)に入り、桂花を奪い取ると伝えろ。細かい動きは、着きしだい話す」

「御意。しからば、袁紹殿のところへ行って参ります」

 

 星と紅波が、それぞれの役目をもって飛び出していく。

 潁陰に到着したのは、日が昇りきる前のことだった。物々しい騎兵の入城を制してきた門番も、袁紹の名には勝てなかったらしい。曹操たちは、そのまま荀家の屋敷へと直進した。

 騎兵を引き連れ、袁紹は屋敷の正門まで来ている。なにごとかと、具足をつけた男がやってくる。それが、宦官の寄越した部隊の隊長だった。兵の掲げる旗など、眼に入っていないのだろう。

 

「ちょっとよろしいかしら。わたくし、こちらのお宅に用がありますの。ですから、邪魔な兵士さんたちにはどいていただきたいのですが」

「何者だ、貴様。われらは、都からの遣いとして参っておるのだぞ。それを妨げるのであれば」

「妨げるのであれば、なんですの? それとも、あなたが方は四世三公の名門、袁家の当主であるこのわたくしに、弓引きたいとでもおっしゃりたいのかしら? ふんっ。あなた、見れば見るほど、つまらないお顔をされていますわね。もういいですわ。猪々子さん、斗詩さん、この者たちを軽く揉んでやりなさいな」

 

 袁紹が、ぱちんと指を鳴らす。

 巨大な武器を担いだ文醜と顔良。その威容に、隊長はごくりと喉を鳴らした。しかし、いくら恐ろしくとも逃げ出すわけにはいかないのである。花嫁を連れてくるだけという初歩的な任務をしくじったとあれば、首が飛ぶことは確実だった。

 

「へへっ、そうこなくっちゃ! 姫は、そこでゆっくり見物しててください」

「もう、文ちゃんたら、張り切りすぎないでよね? ここでだれかを殺してしまうようなことでもあれば、余計な責任を負わされるのは姫なんだよ?」

「んなこと、わかってるってばー。そんじゃ、いくぜっ!」

 

 大剣を地面に突き刺し、文醜は走り出した。宦官の兵は、大した軍装をしていない。だから戦意を奪うだけなら、素手で充分と判断したのだろう。

 一人二人。すぐに、打ちのめされていった。隊長が慌てて、兵らに集結するように言っている。しかし、すべてが手遅れだった。

 混乱が起きたのは、正門だけではない。屋敷の東西でも、同様のことが発生していたのだ。春蘭と星。稀代の武人にかかっては、ただの兵卒などデクの坊となんら変わりがないのだ。

 ことは、万事自分の狙い通りに動いている。混乱を横目に、曹操は駆け出していた。

 

 

「さっきからなんなのよ、外の騒ぎは。ただでさえ、こっちは苛々してるっていうのに……」

 

 唇を強く噛みながら、桂花は拳を握りしめていた。

 政略結婚が、ごく当たり前に起こり得ることは、よく知っていた。それでも、まさか自身が当事者になってしまうとは、想像していなかったのだ。

 荀家の名声を、宦官は欲しているのだろう。力を持つ宦官からの提案を断れば、朝廷内での立場はかなり苦しくなる。ある日突然役職を解かれても、なんら不思議ではないのだ。両親も、簡単に決断したのではないのだと思う。これは、だれが悪いという話ではなかった。

 婚姻が決まってからというもの、母とはなんとなく気まずくなってしまっている。桂花も、べつにそれで母のことを責めたいとは思っていなかった。けれども、胸にわだかまりがあるのはたしかなのである。たぶん、それは母も同様なのだろう。

 そういうとき、脳裏にはいつも決まって、曹操の姿が浮かんでくるのである。

 会いたくない、とは思わなかった。ただ、会えば確実に決心は鈍ってしまう。曹操は、いつも自分の心を簡単に溶かしてしまうのだ。女たらし。けれども、温かさをもった男だった。言葉では拒絶していても、曹操にかまってもらいたいと思う自分がいる。そのことに、気づいていない桂花ではなかった。

 曹操のくれる、菓子の味。いまさら、それが恋しくなってしまっている。自分の足で買いにいってみたこともあるが、やはりなにかが違うのである。心まで満たされるような甘さ。きっと、自分が欲しているのはそれだった。

 部屋の前で、争うような物音がしている。そこには、警護の兵がひとり立っていたはずだ。知らない男に見張られているような気分で、桂花はずっと機嫌を悪くしていたのだ。

 

「ひゃっ!? な、なんなのよっ!?」

 

 物音は、兵が打ち倒された音だった。開け放たれた扉の向こうに、男の失神した姿が見えている。

 飛び退き、桂花はとっさに部屋の隅に身体を隠そうとしていた。押し込みのたぐいに捕まることを考えれば、政略の道具となって嫁ぐほうがいくらかましなはずだった。

 誰だっていいから、早く助けにきてほしい。そう願い、桂花はきつく眼を閉じていた。

 

「桂花」

「や、やめなさい! 何者だか知らないけど、他人の真名を勝手に呼ぶだなんて、そんな……あっ」

「遅くなったが、迎えにきたぞ。おまえを宦官の嫁にくれてやるくらいならば、謀反人となって死んだほうがまだましだ。桂花、俺にはおまえが必要なのだよ。軍師としても、女としてもな」

 

 眼を開けると、見知った顔がすぐそばにあった。幻でも見ているのかと、手を伸ばしてみる。温かい。血が通った、温かさだった。

 額には、汗が浮かんでいる。よく確かめてみると、ちょっと酸っぱさのある匂いが鼻についた。それでも、いやな感じがしないのはなぜなのだろう、と桂花は思う。それに、普段であれば瞬時で湧いてくるような憎まれ口が、欠片も湧いてこなかった。

 

「ん、んふっ……!? んんっ、ちゅう、んはぁ……。あむっ、ン、ちゅく、ちゅう……。んぷっ、んんっ。かず、とぉ……」

 

 初めての口づけ。だが、汚されたという感覚はなかった。

 むしろ、曹操の荒々しさを間近に受けて、桂花は心をふるわせていたのだ。

 抱きしめられたかと思うと、曹操の舌が有無を言わさず口内に入ってくる。こんなにも、すんなりと受け入れられるものだったのか。桂花は、おのれの変化に驚くばかりだった。

 そこからは、夢中だった。舌を絡め、唾液を分かち合っていく。胸の高鳴り。息が、つまるほどだった。

 薄っすらと眼を開け、桂花は曹操の表情をうかがおうとした。余裕など、どこにもない。自分のことだけを、必死になって求めてくれている顔だった。

 もう、どうなってもいいとさえ思えた。きっと、これが自分の天命なのである。曹操と歩み、その志望を支える。それが、自分に与えられた道なのではないか。

 喧騒に湧く、荀家の屋敷。

 曹操と桂花。二人の道が、まさしく重なった瞬間だった。



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十二 水場のたわむれ(桂花)

 桂花(けいふぁ)を連れ、曹操は屋敷の北側から壁を乗り越えた。

 春蘭(しゅんらん)(せい)が、うまく東西で立ち回ってくれているようだった。あとのことは、袁紹がどうにかするだろう。曹操は、急ぎ郷里まで駆け戻るつもりをしていた。

 短い時間ではあったが、桂花の母とも話をすることができた。

 自分の我儘で迷惑をかけるのだから、顔くらいは見せておくべきだと思ったのだ。反対をされても、仕方のない行為なのである。それでも、桂花の母はいつもと同じ穏やかさで自分を迎えてくれた。どこかで、こうなることを期待してくれていたのかもしれない。冀州行きの提案を受けても、やはり平静を乱さずうなずいてくれていたのだ。

 これが、娘の天命なのではないか。別れ際に聞いたその一言が、まだ耳に残っている。

 馬。駆けさせながら、曹操は蒼空を見つめている。後背から腹に回された腕が、温かかった。いくらか遅れて、春蘭と星も続いている。

 

「あのくらいのことで、心を許しただなんて勘違いしないでよね。まったく、強盗まがいのことをするやつに天命を感じただなんて、わたしもどうかしているのよ」

「天命か。お前の御母堂も、そんなことを言っていたな」

 

 棘の中に、隠しきれない高揚感がある。それがわかっているから、曹操は気にせず聞き流している。

 後ろに乗っている桂花のことを考えて、荒れ具合の少ない道を選んだ。そんなことですら、いまは嬉しく感じられた。

 天とは、なんなのか。曹操は、時々それを考えることがあった。天とは、きまぐれなものだ。ちょっとの機嫌の変化で、この世は豊かになることがあるし、またその逆になる場合すらあるのだ。

 小さな自分たちでは、どうすることもできない大きな存在。それが、天なのか。

 

「なによ、黙り込んじゃって。無理やりわたしのことを連れ出したんだから、相手くらいするのが礼儀ってものじゃないの?」

 

 桂花の吐息を首筋に感じながら、曹操は再度蒼空を見上げた。

 ほんとうの故郷。天の先には、そういうものがあるのだろうか。どれだけ観察してみても、答えを導き出すことなどできなかった。桂花に聞かせれば、きっと笑うはずだ。自分でも、養父から聞いたことは御伽話のようだと思っている。

 

「むっ……。ちょっと一刀ってば、聞いているの?」

「聞いているとも。ただ、少し考えことをしていたのだよ」

「ふんっ。あんたのことだから、どうせほかの女のことでも思い浮かべていたんでしょ。変態色情魔は、これだから嫌なのよ」

 

 ふと首を右に向けてみると、桂花の顔があった。

 いままでとは、どこか違う。なにかを、振り切った。そんな眼を、桂花はしているのではないか。

 

「はっはっはっ! なるほど、荀彧殿は(あるじ)好みの気丈な性格をされているようですな。それでいて類まれな智謀の持ち主だというのですから、放っておけるはずがありませんか」

「ねえ、なんなのよこいつ。てっきり、いつもみたいに夏侯の妹のほうがきていると思っていたのだけれど」

「こいつ、ではありませぬ。わたしは常山の趙子龍。曹操殿の鑓にして、くくっ……愛人とでも言っておきましょうか?」

「は、はあっ、愛人ですって!? ぐううぅ、この万年発情孕ませ男っ!」

 

 原野に響く大声。

 同時に、強く耳を引っ張られてしまっている。振り返らずとも、星の楽しげな表情を、曹操は脳裏に思い描くことができるくらいだった。

 

「やめんか貴様っ! 殿がこうして出向いてくださらねば、おまえは今頃わけのわからん輩の妻となっていたのだぞ。だったら、もっと感謝するべきではないのか」

「ちっ。頭にまで筋肉のつまったいのししは、口を挟まないでくれないかしら? わたしは、あんたじゃなくて一刀に言っているのよ」

 

 どうにも、春蘭と桂花は相性がよくないようだった。

 売り言葉に、買い言葉。どちらかが喧嘩腰になると、もう片方もすぐに乗ってしまう。関係を改善させるためにも、どこかで手を打つ必要があるのかもしれない、と曹操は思案している。

 

「ぐぬぬぬっ……。言わせておけば、こやつめ」

「そこまでにしておけ、春蘭(しゅんらん)桂花(けいふぁ)も、よいな」

「はあ。殿がそう申されるのであれば、わたしに異存などありませんが」

「ふんっ……。なによ、いきなり主君面してくれちゃって。そういえば、どこかに泊まるアテはあるんでしょうね?」

 

 桂花が、話題を変える。手綱のように引かれていた耳も、もとに戻っている。

 いまは、逃避行をしているような状態なのである。だから、なるべくひとの集まる場所には立ち寄りたくないのだ。地元である(しょう)県に入ることさえできれば、融通はいくらでも効く。それまでの、辛抱だった。

 

「悪いが、今夜は野営だ。春蘭と(せい)を見張りに立たせるから、襲われる心配はしないぞ。ただし、寝床は硬いだろうがな」

「やっぱり、そんなことだろうと思っていたわ……。ねえ、夏侯惇、趙雲」

「なんだ、藪から棒に。もしや、まだなにか文句でもあるというのか、貴様は」

「春蘭、そうカリカリするものではなかろう。あまり荀彧殿に噛み付いていると、主の不興を買ってしまうやもしれぬぞ?」

「むぅ、それはいかんな」

 

 星の言葉に、春蘭は納得したようだった。

 髪から発せられた香り。桂花の頭が、肩に乗りかかっているのだ。薄っすらとだが、曹操はそこから甘い香りのようなものを感じていた。

 

「わたしのことは、桂花と呼んでくれてかまわないわ。真名まで預けてあげるのだから、しっかり守ってくれなきゃ困るわよ」

「なんだ、その言い草は。しかし、お前を警護することは、殿のお望みでもあるのだ。であれば、このわたしが手を抜くはずがなかろう」

「ふっ、かわいらしい願い方をするものではないか。桂花よ、わたしの真名は星だ。春蘭も、意地を張るのはやめにしたらどうだ」

「むむっ、星め……。わたしは、はじめから意地など張っておらんというに。まあよい、我が真名は春蘭。これからは同輩となるのだ、一応よろしくしてやらんこともないぞ、桂花」

 

 真名を預けあう三人。曹操は、そのやり取りを静かに聞いていた。

 春蘭の同輩となるということは、すなわち自分の臣下になるということでもある。そのことを、桂花はどう思っているのだろうか。

 帰ってすぐに、桂花を室として扱うのは難しいことだろう。宦官たちは、依然として力をもっている。桂花は、その輪から強引に奪い去った女でもあるのだ。だから自然と、立場は臣下ということになる。だが、そのくらいの覚悟は、屋敷から出奔した時点で桂花もできているはずだった。

 

「はいはい、星に春蘭ね。仕方がないから、それなりに付き合ってあげるわよ」

「素直でないのは、こちらも同じか。苦労なされますな、主よ」

 

 軽口を叩く星。これも、すっかり馴染んできたことのひとつだ。

 自由闊達としているだけに、星が家中に溶け込むまでに要した時間は、ほんとうに短かったように思える。最近だと、柳琳(るーりん)と過ごしている場面をよく見かけられるようになっている。メンマの無心、もしくは柳琳の相談に応じてやっているのかもしれない。

 腹を掴んでいる、桂花の腕。そっと触れてみると、背中から反応が返ってくる。

 顔でも、擦りつけているのだろうか。犬や猫が互いにそうしているのを、曹操は何度か見かけたことがあった。猫の耳にも似た装飾のついた頭巾を被っているだけに、桂花にはそれに近しい気質があるのかもしれない。

 女体の柔らかさを感じながら、曹操は軽快に馬を駆けさせている。しばらくの間、桂花は無言のままだった。

 

 

 周囲が完全に暗くなる前に、街道を外れて森に入った。

 春蘭が野うさぎを捕らえてきたから、それを焼いて腹を満たした。達人の域にある妹ほどではないが、小動物を狩るくらいはお手の物なのである。

 口では文句を言いながらも、桂花は心が浮き立っているようにも見えた。こういった経験を、いままでしたことがないのだろう。焼けた肉をついばむように()んでいたところなど、得も言われぬ愛らしさがあった。

 朝。起きてみると、そばにいたはずの桂花がいないことに、曹操は気がついた。春蘭が起きて警戒にあたっていたから、異変があったのではないのだろう。

 起きていたのが星だったら、桂花について行ったのだと思う。自分の護衛は、もう一人を起こせばそれで済むことでもあるのだ。

 春蘭が優先するのは、あくまでも曹操ひとりの安全だった。融通が効かないともいえるが、一途でもある。そういった気性を、曹操は愛しているのだった。

 

「春蘭、桂花はどこだ」

「はっ。すぐそこの小川で、水浴びをしてくると申しておりました。よろしければ、呼んでまいりますが」

「いや、それには及ばない。桂花の様子は、俺が直接見てこよう。もう少ししたら、星も起こしておけ」

「行かれるのでしたら、わたしもご一緒いたします。星でしたら、放っておいても問題ありません」

「いい、と言っているだろう。それに、なにかあればすぐに叫び声をあげるつもりだ。それこそ、女人のようにな」

 

 冗談交じりに春蘭を制しながら、曹操は立ち上がった。

 木に寄りかかるようにして寝ていたせいで、身体が少し痛んでいる。汗を吸った着物。少々、着心地が悪くなっていた。冷たい水で肌を流せば、それもいくらかよくなるはずだ。

 逸る気持ちを抑えながら、小川に向けて曹操は歩きだした。

 小川につくまでは、二十歩もかからなかったように思える。歩きながら、身を隠せそうなところがあるか曹操は探っていた。あの桂花が、野外で堂々と肌を晒しているとは、到底思えなかったからだ。

 その考えは、正しかった。ひとの背丈くらいはある岩場の陰。そこから、曹操は気配をうかがっていた。水をすくうような音。確かに、聞こえている。荀彧は、すぐそこにいるようだった。

 周囲を見渡してみると、桂花の着ていた服が眼に飛び込んできた。内側に隠してあるようで、下着の所在までは確認することができなかった。しかし、まず着ていないとみて間違いないはずである。

 小石をひとつ掴み、川面に向かって投げてみる。小さな悲鳴。それが直後にあがった。笑いをこらえながら、曹操は姿を現した。桂花は、水の中で身体をすくめている。

 

「ちょっと、なんでアンタが!?」

「気にせず水浴びを続けていいのだぞ、桂花。俺は、おまえが無事かどうか、確かめに来ただけなのだからな」

「はあっ!? そんなの、無理に決まってるでしょ!? ちょっと、こっちをじろじろ見ないでくれないかしら!?」

 

 傷一つない、美しい地肌。起伏が少ないがゆえに、ある種芸術的にさえ感じられている。

 一瞬だけ姿を見ることができた、桃色の乳頭。冷たさのせいで、かすかに隆起していたのかもしれない。それが、曹操の脳裏にはっきりと焼き付いていたのだ。

 

「俺のことは、石像かなにかと思えばいい。無闇に視界に入れなければ、さほど気にはならんはずだ」

「馬鹿いってんじゃないわよ! うぅうう……。どうしてわたしは、こんな気の触れた変質者なんかにぃ……」

 

 胸と陰部を手で隠しながら、桂花は泣き言をいっている。

 光る水滴。朝日に照らされて、肌がより魅力的に輝いていた。自らの手で連れ出したからか、曹操には遠慮というものがなくなってきている。

 

「くうぅうぅう……。だ、だったら……」

「だったらなんだ、桂花?」

「あ、アンタも、裸になりなさいよ。わたしだけ水浴びしている姿を見られるだなんて、不公平じゃない。だいたい、今日も一緒の馬に乗ることになるんでしょう? 身体の汚れたやつの後ろに乗るだなんて、わたしは嫌よ」

「くくっ、はははっ。それはいい提案だな、桂花。どのみち、俺も後から身体を流したいと思っていたのだよ。なるほど、二人一緒にすれば、より早く終えることができるというものだ」

 

 曹操の笑い声が、水場に反響している。

 水に浸かっていて見えないが、桂花は足先まで赤く染めてしまっているはずだ。本人からしてみれば、動揺からつい口にしてしまったようなものなのだろう。

 帯を緩め、着物を脱いでいく。そうと決めたからには、曹操の動きは早かった。

 汗で湿った肌に、川面の風が気持ちよかった。桂花の双眸。それが、時折こちらをうかがうように差し向けられている。

 

「ちょっと、そんなに近寄らなくったって」

「ここまでさせておいて、細かいことを言ってくれるな。それに、俺はおまえにすべてを知ってもらいたいのだよ、桂花。これも、いつかは必ず通る道なのでな」

 

 吐息があたるくらいの距離。桂花の視線が、ある一点を熱心に見つめている。

 全身を流れる血。それが、情欲の高まりを受けて集まろうとしているのだ。屹立した男根。下着を突き破ってしまうのではないかと思うくらいに、猛っている。

 鬱陶しい布を投げ捨てて、曹操はおもむろに桂花へと近づいていく。足元から水で冷やされようと、情欲の炎が鎮まることはなかった。

 

「うっ、ああっ……。なんなのよ、それぇ……。馬鹿みたいにおっきくなって、反り返ってる……? やだっ、いまちょっとびくって動いたんだけど……!?」

「ふっ、気になるか、桂花? ともかく、水浴びの続きをするぞ。おまえも、身体を隠していないで洗ってしまうのだな」

 

 腫れた男根。郷里から駆けっぱなしだったせいで、汚れがたまっているのは確かだった。

 水をかけ、手で擦っていく。垢を落としていくと、気分も晴れやかなものへと変わっていった。それでも、身体の芯は疼いている。疼いて、目の前の女を求めている。

 胸と陰部を隠していた桂花の手が、恐る恐るどかされていく。

 なだらかな膨らみを描く胸部。身体に水をかけることで、触れようとする自分の本能を押し留めた。

 どうせならば、桂花のほうから触れてほしい。自分のなかには、そんな思いがあるのかもしれない、と曹操は息を殺していた。

 下は、まだ毛が生えていないようだった。つるりとしていて、なんとなく幼さすら感じてしまう見た目をしている。いつかは、桂花の無垢な部分を汚す。それをしていいのは、自分だけだった。

 桂花の母から、親しくなった男は自分だけだと聞いている。男女の身体の差異。知識としてはわかっていても、実物など知るはずもなかった。

 

「こんなのって、絶対おかしいわよ。どうしてわたしが、んうっ……、一刀みたいな変態性欲男なんかと、一緒に水浴びしなくちゃいけないのよぉ……」

「諦めろ。これも、おまえの言うところの天命というやつなのだろう。ほら、手が止まっているぞ?」

「くうぅ、うるさいわね……っ! はあっ……、そんなに見せつけないでよ、変態」

「別に、見せつけようとしているわけではないのだぞ。ほんとうに、俺はただ身体を水で清めているだけなのだ。もっとも、触れたければ止めはしないがな」

 

 水で濡らした手。わずかに、ひんやりとしている。

 桂花の眼に、興奮の色が見えていた。わざとらしく扱き上げるような動作で、曹操は男根を磨いていく。

 

「というか、んうっ……。そんなに腫らして、痛くはないんでしょうね? なんだか、いつか爆ぜてしまいそうで」

「爆ぜるというのは、あながち間違いではないな。ここが爆ぜることで、男は子種を出すことができるのだよ」

「ほんとに、んんっ、気味が悪い生き物なんだから……んあうっ!?」

 

 普通に身体を洗っているだけだというのに、桂花はちょっと感じてしまっているのだろう。胸のあたりに指が触れたとき、声はより大きく口からもれている。

 無垢な突起。擦れたせいで、先ほどよりも主張を強めている。桂花は、無意識にそこを重点的に刺激してしまっているのかもしれない。そして男根に視線がいっているあいだ、その動きはより顕著になる。

 

「平気か、桂花。なぜだか、息が苦しそうだが」

「知らない、わよ……っ♡ はあぁ、んうっ……♡ わたし、もうわけわかんない……っ」

「おっと。ふっ……、大胆なことをするやつだ。しかし、身体がかなり熱くなっているようだな。よく、ここまで我慢できたものだ」

「あんっ、くうぅう。余裕ぶってないで、どうにかしなさいよぉ……♡ ああっ、あんたのチンコ、馬鹿みたいにあつくて……♡ やあっ、動かさないでってばぁ♡」

 

 もたれかかってきた桂花の身体。抱きしめているだけで、たまらなくなってしまう。

 膨張しきった男根が、身体の間で潰されている。桂花は薄い身体をしているが、所々に女としての柔らかさを宿しているのだ。甘い切なさ。じりじりと、這い上がってくるようだった。

 桂花の柔らかな腹を、亀頭の先が押し上げている。腰を動かしてみると、たまに先端が窪みに引っかかるのである。へその穴だった。くすぐったいのか、桂花はそこを刺激されると身体を強張らせる。

 

「眼を閉じていろ、桂花。怖いことなど、なにもしない。おまえはただ、そこにいてくれているだけでいい」

「んうぅ、一刀……? んむぅ、ン、かず……っ、んんっ♡ ちゅむ……♡ ちゅう……っ♡」

 

 あっさりと瞑目する桂花。その前髪をそっと撫で付けると、曹操は優しく口付けていった。

 二度目となれば、それなりにわかってきた部分があるのだろう。唇をついばむかたわら、その輪郭を舌でくすぐっていく。

 唾液の奏でる音。それを楽しみながら、尻肉へと手を伸ばした。両手で掴み、何度か指を動かしてみる。肉厚はそうでもなかったが、しっかりと指が沈み込んでいく。そこを起点として腰を揺さぶると、桂花はくぐもった嬌声をもらすのだった。

 

「ひゃんっ、そこぉ……! あっ、んんっ♡ ふうっ、ちゅるっ♡ んちゅう、ふわぁ……♡ んあっ、ふあっ♡ こんな、口づけだけで、わたし……っ♡」

「ン……、桂花」

 

 こうして裸で抱き合っていること自体、不思議に思えてしまうのである。

 また、じわりと情欲の波が身体全体に拡がっていった。桂花の、吸い付くような肌。そこに、自分の欲が具現化したものを擦りつけていく。水で流したばかりだというのに、また別の汗が流れ出ていた。

 

「やあっ、かずとぉ……! んっ、これぇ♡ お腹にぐいぐい押し付けられてると、変な気分になるからぁ♡」

「たまらないのは、俺も同じだ」

 

 桂花の柔肌。無垢だったそこを、男根から滲み出た先走りが犯していく。

 甘く切ない痺れ。疼きは、断続的に続いている。曹操が、奥歯をかんだ。拡がっていく切なさは、同時に心まで震わせてしまうのである。

 亀頭の先。粘つく汁を、塗り拡げていく。水場に、ねちゃねちゃという淫猥な音が響いた。

 

「このぬるぬる、なんだっていうのよぉ……♡ ちゅぷ、ン、ちゅる……。それに、あんたのチンコずっとびくびくってしてて、ひゃうっ!?」

「触れられていると気持ちいいのか、桂花?」

「そんなわけ、んっ、ないにきまってるでしょ……っ♡ やあっ、こんなにチンコで身体こすられちゃったら、わたし孕んじゃう♡ かずとの赤ちゃん、はらんじゃうからぁ……」

 

 深緑色の瞳。それが、揺れに揺れている。

 女陰に直接挿入されているわけでもないのに、孕まされてしまうと桂花はうわ言のように発し続けている。

 小さな身体。実際入り込んだときには、ほんとうにへそのあたりまで押し上げてしまうことになるのかもしれない。想像するだけでも、昂りに意識を支配されそうになってしまう。

 

「桂花は欲しいか、俺の子が」

 

 耳もとに、語りかける。

 (かぶり)を振る桂花。肯定か否定か、あらぬ方向に動くせいでよくわからなかった。

 抱き合う力。確実に、強まっている。不意にかけられていく体重。そのせいで、亀頭が快楽にあえいでいる。絶頂まで、あと少し。軽く腰を振りながら、曹操は快楽に浸っていた。

 

「や、やらぁ……! あんたみたいな男の赤ちゃんなんて、ぜったいやらっ♡ ひゃん……うあっ♡」

「ははっ。やはりかわいいな、おまえは。だから、もっといじめてみたくなるのだよ」

 

 尻肉を絞り上げながら、唇を吸い上げる。限界の近づきを、曹操は下腹部で強く感じていた。

 

「あむぅ、ン、ちゅば……っ♡ やぁ……、お腹熱い、熱いのぉ……! あんっ、んむっ♡ かずとっ、ちゅうぅうう、かずと……っ♡」

 

 情欲そのものが、せり上がってきているようだった。

 どこかで、桂花もそれを察知しているのだろうか。先走りで滑りのよくなった腹。すっかり、表皮はふやけてしまっているはずだ。

 また切なくなって、舌を激しく吸い上げた。ほんのりと甘い唾液。それが、最後の壁を破壊していく。

 へその引っ掛かり。やわらかくほぐれたその窪みに先端を押し付け、欲望の塊を吐き出していく。全身を駆け巡る、快感による痺れ。桂花にも、それは伝わっているのだろうか、と射精しながら曹操は思っていた。

 

「んふぅううぅう……♡ んちゅ、んむっ♡ くぅうぅう……、あ、熱いのが、どくどくってわたしのお腹に♡」

「受け止めてくれ、桂花。ああっ、まだまだでるぞ」

 

 なにもかもが、流れ出していく。そんな感覚に陥りながら、曹操は桂花の薄い身体をかき抱いている。

 

「やあっ、んはっ♡ な、なんなのよぉ、これぇ。一刀の子種が、お腹にびちゃびちゃってかかってる……♡ んうっ、あーっ♡ これぇ、だめなのぉ…… ♡ ぜったい、ぜったい孕んじゃうからぁ……♡」

 

 大量の白濁が、互いの腹部を白く染め上げていく。

 自分は、精液の匂いを桂花に覚え込ませたいのか。曹操はぬかるみのなかで男根を動かし、無垢だった肌に情欲の濁りを染み込ませいった。

 

「ああっ、はぁあぁあ……♡ 一刀の子種、熱くてすごい匂いなの♡ んはあっ、んんぅ……♡ わたし、こんな、こんなので♡」

 

 昂りの源。それが、最後の一滴まで抜けていく。同時に、燃え盛るような情欲も、平時の落ち着きを取り戻しつつあった。

 触れるだけの口付け。何度も、それを繰り返していく。ついで湧いて出たのは、桂花のことを愛おしいと思う感情だった。

 

「はあっ、あうっ♡ 口づけって、どうしてこんなにも……。んむっ、一刀♡」

「すっかり、楽しめるようになったのではないか? しばらく、こうして抱き合っていようか。桂花も、疲れただろう」

「んぅ、ちゅく……♡ ふんっ、仕方がないから、許してあげたっていいわよ♡ あんたから始めたことなんだから、最後までちゃんと責任取りなさい……よね?」

 

 わずかに棘を感じさせる口調。それも、強がりとしか思えなかった。

 下顎のあたりを指で撫でてやると、桂花は可愛らしく舌先をのぞかせた。まだまだ、口づけをし足りないのだろう。それは、曹操も同じなのである。

 小さく笑い、曹操は抱擁の力をまた強めた。力の抜けた桂花の小さな身体は、腕のなかにすっぽりと収まってしまっている。



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第二章 戦乱の灯火
一 孫堅の野心


 広大な平地を、騎馬兵が駆けている。

 一千ずつの部隊。それが、三つ存在している。動きはいい。部隊を率いる将軍たちから指示が飛ぶと、配下の騎兵は瞬時に並びを変えていくのだ。兵たちの顔にも、気力がみなぎっている。

 土煙が立ち上る。三つのうちの二つの部隊が、実戦さながらの調練を行っている。駆け抜ける。一方の部隊が相手を縦に割ろうとすると、もう一方は見事に散って攻撃を受け流すのだ。そこからの、旋回も早かった。すぐさま小さく纏まり、ひとつとなって反撃を開始していく。兵たちの雄叫びが、丘陵にまで響いた。

 『孫』の大旗。丘の上に立つ太い木のそばで、悠然と風を受けている。

 その隣に胡床を置き、孫堅は調練を見物していた。堂々たる体躯。目には、猛獣の如き力強さがある。

 孫堅の手には、鞘に納められた剣が握られている。南海覇王(なんかいはおう)。幾人もの敵を葬り去ってきた、愛剣である。気の抜けた動きをしている者がいれば、即座に自ら首を刎ねにいく。そのくらいの気迫が、孫堅からは滲み出ている。

 護衛の兵が、孫堅に声をかけた。なにかあったときには、自らの身体を盾とし主君を守る。そういう気概を宿した兵だけに、誰もが鋭い目つきをしていた。

 

冥琳(めいりん)か、よく来た。雪蓮(しぇれん)のやつは、どうしてる。ククッ……、オレが不在なのをいいことに、昼間っから酒でも飲んでいたか?」

「ありえない、と言い切れないのがあやつの恐ろしいところですね。それにしても、お歴々の将軍方はさすがの動きをされています。これほど鍛え上げられた軍勢を差し向けられるとは、賊軍も運がなかったのでしょうな」

 

 周瑜を真名で呼ぶ孫堅。その表情は、不敵に微笑んでいる。兵に胡床をもう一つ用意させると、そこに座るよう孫堅は勧めた。

 故郷である呉郡から出て、現在孫堅は長沙(ちょうさ)郡の太守となっていた。

 太平道による蜂起。それを皮切りに、各地で叛乱が起こるようになっていた。荊州の南方である長沙。平穏そうに見える土地であっても、それは同じだった。

 蜂起した者の名を、区星(おうせい)といった。配下にした賊軍の数は、一万余り。それでも、腑抜けた太守たちは大いに苦戦することとなった。長沙付近を荒らし回り、区星たちは略奪を繰り返した。勢力が拡大していったことに、調子づいたのだろうか。区星は自ら将軍と称し、桂陽(けいよう)零陵(れいりょう)の賊軍までもを糾合するようになっていた。

 そこで朝廷から目をつけられたのが、孫堅なのである。太平道との闘いにおける勇猛に振る舞いは、人々の記憶にしっかりと刻まれていた。しかし、太守赴任となると、それだけでは理由が弱かった。最後のひと押し。やはり、物を言うのは金である。

 濁流と清流。世の中には、権力に溺れる宦官と清廉な士大夫とを、そうやって区別して呼ぶ流れすら出てきていた。だが、それがなんなのだと孫堅は思う。清らかな水に身体を浸していたところで、一役人から出世することは困難なのである。いまこの国は、乱世へ向かおうとしているのだ。そこで闘う力を蓄えるためであれば、いくらでも金を使う。そこでためらう者には、同じ舞台に上がる資格すらないと孫堅は考えていた。

 長沙太守となった孫堅は、呉郡から連れてきた五千の兵で区星と対峙した。敵軍が倍であろうと、なんの問題もない。一度の物見で、孫堅はそう確信することができたのである。

 黄蓋たちの率いる騎馬兵に敵の前線を蹂躙させ、迂回して背後に回った部隊に火をかけさせる。区星の首が胴から離れるまで、戦を始めて三日とかからなかった。小さな勝利。だが、それでも得た名声は、孫家の力となっていく。

 賊を討った孫堅は郡周辺の鎮撫に努め、民たちの生活を回復させていった。いまでは、使える兵の数は一万を越えるようになっている。

 周瑜を見る。鋭利な視線。丘の下に見える軍勢を、見渡している。孫堅も、その資質を気に入っていた。

 黄蓋、程普、韓当。麾下に武勇の士は多くあれど、周瑜のような軍師肌の人材は希少だった。

 娘である孫策と、周瑜。まるで正反対のような二人だったが、どこかで馬が合う部分を互いに感じ取ったのだろう。武人らしい優れた直感を持つ孫策。決して口には出さないが、剣の腕に関しては自分に似た激しさがあると孫堅は思うようになっている。戦をさせれば苛烈に闘ってみせるが、自ら敵兵の首を多く上げようとするきらいがある。それは、常に前線に出て闘う自分の背中を見て育ったせいなのか。自嘲気味に、孫堅は笑った。

 反対に、周瑜には孫策のような苛烈さはなかった。戦場においては冷静に状況を見極め、兵の出し入れで対処しようとする。前に出ようとする孫策を諌める場面に、何度か遭遇したことがあった。

 欠けているものを、補い合える者同士。孫策と周瑜が惹かれ合っているのは、そのためなのだろうか。

 器量だけでみれば、周瑜はかなりのものを持ち合わせている。英傑の資質、といってもいいのかもしれない。

 それでも、孫策は周瑜にとって無二の友人でもあるのだ。二人で支え合い、孫家の次代を築いていく。そんな姿すら、孫堅には見えるようだった。

 隣に座る周瑜の様子を、孫堅は観察している。膝に置かれた手が、拳を握っている。周瑜は、まだ調練に見入っているようだった。

 

「ときに冥琳、洛陽では帝が軍勢をお持ちになったそうだな。そのことは、知っているか」

「はっ。小黄門の蹇碩(けんせき)殿を長として、全部で八軍を揃えていると聞いております」

「うむ。八軍とはいっても、実際には上中下の三軍に分かれているのだそうだ。蹇碩が筆頭なのは当然として、袁家の名声というのはやはりデカいものだな。こんなところでも、ちゃっかり出てきやがる」

「その八人の校尉のなかに、誰か気になる者がいるのでしょうか。炎蓮(いぇんれん)さまは、そういうお顔をされています」

「クハハッ……! そうだ、わかるか冥琳。退屈しのぎに、それが誰か当ててみろ」

「そうですね……。力があるといっても、炎蓮さまが袁紹殿を意識されるとは思えません。であれば……、ふむ」

 

 思案を続ける周瑜。孫堅は、まだ呉郡にいたときのことを思い返していた。

 太平道との闘いで、見知った男。

 あのときは、官軍で騎都尉(きとい)をしていたように記憶している。宦官の家の養子だというが、いい面構えをしているように感じていた。それに、配下の部将にも力があったのだ。数万の軍勢を操るようになれば、確実に脅威となるだろう。

 

「曹操殿、でしょうか。女のために宦官と諍いを起こすなど、炎蓮さまが気に入りそうなお方です」

「ハハッ! 冥琳が日頃オレをどう思っているのか、よぉくわかったぞ」

「お戯れを。それで、わたしの答えは的中しているのでしょうか」

「おう、その通りだ。あれには見所があると、オレは以前から思っていたのさ。ハハッ、自分の欲望のままに女を奪うってのは、さぞかし楽しいもんだろうなあ。それでいて曹操は、案外抜け目なく動いているときたもんだ。金をさっさと積んで宦官の機嫌を取るなんざ、誇りに縛られたヤツにはまずできんやり方だろう」

「曹操殿の義理の祖父は、大長秋(だいちょうしゅう)の曹騰殿。曹騰殿から受け継いだ人脈と金子を、存分に使われたというわけですか」

「だな。人脈も金も、上手く使わなければ腐り果てるだけだ。外面を気にしたところで、どうにかなる時代でもねえからな。そこのところを、曹操のやつはよくわかっている」

 

 荀彧をさらったのが曹操だというのは、いつまでも隠し通せるようなことではなかった。当然、面子を潰された宦官たちから、怒りを買うことになったのである。

 屋敷に戻った曹操は、ひとまず防備を固めるよう夏侯惇らに命じた。配下からは兵を募って護衛にあたらせるべきだという声も上がったのだが、それには取り合わなかった。

 一度でも兵を集めてしまえば、言い訳がつかない事態に発展してしまいかねないからである。とにかく静かに日常を過ごし、それ以上の叛意がないことを、曹操は外に向けて示したのだ。

 その間も、宮廷内部への工作は絶え間なく続けられていた。中央政界を上手く泳ぎきった曹騰は、かなりの人脈の持ち主でもあった。その伝手を頼り、曹操は金をばら撒いたのだ。

 それに、養父である曹嵩の存在も大きかった。金で買った官位だとはいえ、曹嵩は三公である太尉にまで昇進した経験があるのだ。そのため、宮廷内の事情については曹操以上に熟知しているし、話を通せる人間の数だって多い。

 養父が、売官によって得た地位。そのことについて、曹操に忸怩たる思いがないわけではなかった。そのあたりの感情までは、いくら孫堅であってもわからないことである。

 しかして体裁を気にせず、曹操は養父に頼った。誇りよりも、実をとる。いまは、それが第一だとわかっていたからだ。

 それら工作が成功し、曹操は隠棲を終えて洛陽に復帰していた。典軍校尉(てんぐんこうい)。その地位を得た曹操は、西園軍の一端を率いることになった。

 西園軍。表向きは、帝直属の近衛兵である。しかし、その裏側に隠された狙いを、曹操や袁紹は知っていた。

 増長する何進に対抗するために、宦官たちが用意した兵力。それが、西園軍でもあるのだ。とはいえ、八校尉は一枚岩ではなかった。袁紹は宦官をいたく嫌っており、何進と接触しているともっぱらの噂なのである。曹操は誰とも組まず静観を決め込んでいたが、一波乱起きることを予感していた。宦官勢力に圧力をかけるために、何進が都の外から将軍を呼び寄せようとしているという話もある。

 

「どうなっていくのでしょうか、この国は」

「なあにシケた面をしてやがる、冥琳。お前も孫家に仕える将だってんなら、国中わんさか乱れるように願ってみやがれってんだ」

 

 乱の数だけ、闘いがある。ひたすら前を向いて闘い続ければ、道は開けるものだと孫堅は信じている。

 孫家の力。それをまずは、国の南方に知らしめるべきだ、と孫堅は思っている。いまいる荊州だけでなく、いつの日か故郷である揚州までもを席巻してみせる。そうなれば、江水の豊かな流れを我がものとすることができるのである。

 水上を支配すれば、物の行き来を格段に楽にすることができる。それは、兵の輸送だって同じことだ。しかし、現状ではそれは夢に過ぎなかった。いまは原野での戦を見据え、騎馬隊を強くするときだろう、とも感じているのだ。

 水軍を運用するとなると、かなりの調練が必要になってくるだろう。船を自在に操ることのできる水夫(かこ)を育てるのと同時に、水上での闘い方を習得しなければならないからだ。

 そのあたりのことは、周瑜にも考えさせるべきなのか。軍事と内政。その両方に力を発揮することができる周瑜に、孫堅は大きな期待を抱いている。

 

「はっ。申し訳ございません、炎蓮さま」

「しゃあっ、ついて来い冥琳! 座って見ているだけなど、やはり退屈でかなわん。オレも近衛を率いて、あいつらを揉みにいくぞ」

 

 立ち上がり、孫堅はそう叫んだ。丘を真っ先に駆け下ると、近衛の兵らが慌てて追従し始めた。周瑜は、すぐ後ろを駆けている。

 闘いは、好きだった。闘志を燃やすと、血が沸き立つのだ。その感覚は、しばらく消えずに身体に残る。残った火種は、情欲となって燻り続けるのだ。それを収めるのもまた、戦の楽しみでもあった。

 

「うるぁああっ! いくぞてめえら、まずは黄蓋の部隊を突き崩す!」

「なんと、炎蓮さまではないか。ふっ、相変わらず無茶苦茶なことをなされる」

 

 孫堅の雄叫び。それに気づいて、黄蓋は馬上で破顔している。笑っているのは、孫堅も同じだった。

 親友とは一段違う激しさに圧倒されながらも、周瑜は必死になってその背中を追った。大きな背中。なにかを語りかけるような背中だと、周瑜は思った。



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二 幽州の居候

 薄暗く曇った空。じっと見ていることは、憚られる。なんとなく、そんな気すらしてくる色をしていた。それは、世の不安定さの現れなのだろうか。

 戦力増強を狙う何進と、それに対抗する宦官たち。宮中では、両陣営によって途切れることなく密謀が続けられていた。国の頂点に立っている帝。両者を押さえ込むだけの力は、どこにもなかった。帝の武器となるはずだった西園軍は、割れている。そのことに、蹇碩(けんせき)は焦りを抱くようになっていた。袁紹の態度が、蹇碩の想像していた以上に強硬だったせいでもある。

 なにか、対策を打たなければならない。そう考えた蹇碩だったが、手をこまねいているのが現状だった。所詮、戦場に出たことのない宦官なのである。それでも、踏ん切りがつかないという意味では、何進のほうも似たようなものだった。

 幽州遼西郡。趙雲と別れた戯志才と程立は、陣営の中にいた。六千を数える公孫賛の軍勢。このまま東に進めば、敵軍とぶつかるという状況だった。

 かつて中山太守であった張純が、烏丸(うがん)族の丘力居(きゅうりききょ)と結び、この地で大規模な叛乱を起こしていたのだ。叛乱の対処にあたるため、公孫賛は軍を強化したがっていた。なんでも、張純たちは五万を越える兵力を集めているのだという。賊軍とはいえ、幽州の豪族らも参集した軍勢なのである。だから、相応の備えをしておく必要があった。

 そういった状況もあって、戯志才と程立は公孫賛のもとで働いているのだ。雇われ軍師。いまの二人は、そんな立場なのである。

 

(せい)ちゃんはいまごろ、あのお兄さんとよろしくやっているのでしょうかー? 別れるときに、お兄さんの屋敷を訪ねてみると言っていましたし」

「そう、なのかもしれません。ふふっ。あの星のことだから、メンマ欲しさに士官を決めていても、不思議ではないのかも」

「ですねー、とすぐさま同意してしまうのは、ちょっと星ちゃんがかわいそうなようなー? んんー。にしても(ふう)たちは、いつまで根無し草でいるんでしょうねえ。(りん)ちゃんは、そこのところどう思います?」

「流浪中での経験は、必ずどこかで活きてくる。わたしは、そう思っているのよ。それに、戦術なんて実戦で磨いてこそのものでしょう?」

「むむぅ。正論をぶつけてきますねえ、稟ちゃん」

 

 言い方はよくないが、今の幽州は力試しをするのに適した土地だった。

 公孫賛軍には、自分たちのような軍師が欠けている。それだけに、働きの場は少なからず巡ってくるのである。

 

「それだけでなく、張純に荒らされている幽州を捨て置くというのも、できることではないでしょう? ここで賊軍の勢いを削っておかなければ、際限なく肥大してしまう可能性だってあるのだから。襲われた邑はひどい有様だって、風も聞いているのよね?」

「ですねえ。異民族と組んで食料の強奪から人さらいまでやりたい放題。落ちることろまで落ちると、誰しもそうなってしまうのでしょうか」

「その横暴を食い止めるべきだと思ったから、風も公孫賛殿のもとで客将をしているのよね? だったら、しっかり働きなさい」

「おおっ、稟ちゃんからめらめらと燃えるものを感じます。軍師の部分と女の部分。その両方に磨きをかけた稟ちゃんと再会すれば、曹操さんだってそれはもう……」

「あ、あのお方のことはいま関係ないでしょう!? それになによ、女の部分って……」

「えー? それを風の口からいってしまってもいいんですかー? くふふ、でしたら遠慮なく……あぷっ」

 

 なにかを言いかけた程立の口もと。それを、戯志才が手を使って抑え込んでいる。

 

「……とにかく、いまは目の前の戦に集中するべきよ。あと数ヶ月も経てば、洛陽の情勢も変化してくる。わたしは、そんな気がしてならないのよ」

「乱世まで待ったなし、といったところですか。何進さんと宦官たち。先に暴発するのは、いったいどちらなんでしょうねー」

 

 流浪を続ける生活も悪くないと、戯志才は感じるようになっている。一箇所に留まっていてはできない経験を、これまでしてきたのだと思う。程立だって、そのことは重々承知しているはずだ。

 旅で得た経験。出会いも、そのうちのひとつだった。一刀。沛国曹家の人間だと聞いて、すぐに曹操の名が浮かんできた。戦場で功績を上げたことは知っていたが、やはり余人とは違う雰囲気を纏った男だった。

 武人としての直感が働いたのか、趙雲の決断は早かった。よろしくやっているかどうかはともかく、程立の予想は当たっているのだと思う。別れる直前の趙雲の表情からは、なにか決意のようなものを見て取ることができたからだ。

 自分も、友人と同道するべきだったのか。戯志才は、たまにそう考えることがあった。優しく抱き上げられた感覚。意識は薄ぼんやりとしていたが、なんとなくそれだけを覚えている。国を根本から変えたいという強い意思。それとは別に、親しみやすい部分のある男だった。惹かれている。そんなことは、自分でもとっくにわかっているのだ。

 戦場。曹操の隣に立つ自分を、思い描いてみる。すると、全身を通る血の管が、制御できなくなるほどに熱くなっていくのだ。いずれ、妄想が現実となる日がやって来るのだろう。それが自身にとっての飛躍のときだと、戯志才は決めていた。

 

「おおっ? 大丈夫ですか稟ちゃん、鼻からちょっとだけ血がでていますよ。よろしければ、とんとんしてあげましょうかー?」

「んんっ……、このくらい平気ですから。それよりも、斥候に出ている香風(しゃんふー)が帰ってくる頃合いなのでは?」

「そうですねー。風たちも、公孫賛さんのところに、そろそろいくとしましょうか」

 

 僅かに垂れてきた血を、指で拭う。一度没頭し始めると止まらない。それは、悩みでもあった。こんな自分を曹操は受け入れてくれるのだろうか、と考えることもある。

 香風というのは、幽州に来るまでに合流した旧知の少女のことだ。姓名は徐晃。士官をしていたのだが、出奔してきたのだという。この先を見据えて、良い主君を探しているのは徐晃も同じだった。

 現在、公孫賛のもとで客将として働いているのは、戯志才たちだけではなかった。劉備と、その義妹。兵力だけで見れば小さな存在に過ぎなかったが、実戦になると多大な貢献をするのである。公孫賛から借りた兵を合わせて、劉備軍は一千人となっていた。その中核を成しているのは、涿(たく)県を出たときから従っている二百である。

 公孫賛のいる本営。そこに向かう途中で、戯志才たちは声をかけられた。劉備である。兵を束ねる役目でも与えてあるのか、珍しく関羽と張飛を伴っていなかった。

 

「あっ、戯志才さん。どうかな、相手は動いてきそうなの?」

「これは、劉備殿。斥候の報告を聞くまではわかりませんが、出てきている叛乱軍は一万を有に越えています。なので、余裕を持って迎撃の構えをとってくる、とわたしは見ているのですが」

「うーん、そっかあ。はあ……。ホントだったら、都からもっと兵を出してもらえるはずなんだよね」

「ないものねだりをしても戦には勝てませんよ、劉備殿。それに、公孫賛殿の騎馬兵を筆頭に、こちらの軍は相手よりずっと精強ではありませんか。劉備殿の麾下は、その中でも抜群の働きをされています」

「えへへっ、褒められちゃった。うん、愛紗(あいしゃ)ちゃんと鈴々(りんりん)ちゃんにも、戯志才さんがそう言ってたって伝えておくね」

 

 相好を崩す劉備。知らないうちに心に入り込んでくるような笑顔だ、と戯志才は思った。

 劉備軍の強さというのは、どこにあるのか。そんな話を、程立としたことがあった。

 関羽と張飛。その両人の武力によるところが大きいのは、確かなのだろう。劉備本人の強さなど、たかが知れているからだ。それに加えて、軍略について飛び抜けた才能を持っているわけでもないのである。それでも、兵が心を寄せているのは劉備だった。関羽と張飛が、常に姉として立てているというのもあるのだろう。しかし、本当にそれだけなのか。

 

「劉備さんの軍は少数ですから、後ろの方に回されると思います。ですが、強力な兵を遊ばせておくのはもったいないですよねー? なので、機を見て敵軍の横っ腹でも突いてしまってください。公孫賛さんはご友人を大切にされるお方ですから、怒られないと思います」

 

 多分、とだけ付け加えて程立は話し終えた。飴。どこからともなく取り出したそれを、無心でねぶっている。

 

「あはは……。いいのかなあ、勝手にそんなことしちゃっても。勝てる可能性が上がるんだったら、わたしもそうするべきだと思うけど……」

「風の言ったことは、真に受けないでもらって結構ですよ。それと、劉備軍の動かし方についてですが、わたしの方からも公孫賛殿に進言するつもりです」

「ほんとっ? そうしてもらえると、こっちも助かるよ。白蓮(ぱいれん)ちゃんにはたくさんお世話になってるから、わたしたちも頑張らないと」

 

 劉備が、手を合わせて喜んでいる。

 軽く跳ねる身体の動きに合わせて、乳房が揺れている。見るからに、柔らかそうである。そして、どうとでも形を変化させられるような、柔軟性を備えていそうでもあるのだ。そんな部分にも、劉備の人柄が出ているのかもしれない。下らないことだと自嘲しながらも、戯志才はそう分析していた。

 大それた風聞があるわけではなかったが、公孫賛はそれなりの将器の持ち主だった。頑ななわけでもないし、騎兵に関してはよく使うほうだ。白馬で統一した旗本による突撃の威力は、本人も自信を持っているはずである。多少覇気に欠ける感じではあったが、それが魅力的に映る場合もあるのだと思う。

 客将としての居心地は、かなりいい方だといえるはずだ。自分たちのような在野の軍師を従軍させた上で、意見も素直に取り入れてくれる。そう考えれば、人を見る目だって悪くはないのだろう。けれども、劉備軍については持て余している。なんとなくだが、戯志才はそう感じていた。

 どこかに、遠慮のようなものがあるのかもしれない。せっかく劉備を客将にしているのだから、もっと積極的に使うべきなのではないか、と戯志才は歯痒がっていたのだ。劉備軍であれば、数倍の敵兵を相手取って闘うことすら可能なのである。

 友人を、矢面に立たせることはできない。そんなことを、公孫賛は考えているのだろうか。それとも、別に思うところがあるのかもしれない。どちらにせよ、半端だと言わざるを得ない状況ができあがりつつあった。

 曹操であれば、どうするのか。そんなことを、戯志才は考えるときがあった。

 客将という浮わついた身分。それを、曹操がいつまでも許すことはないはずだ。琥珀色の瞳。揚州で会ったときは、自分が使える人材かどうか、見定められているようだった。しかし、公孫賛に請われたとして、劉備がその配下になることはあるのだろうか。小さいながらも、懸命になにかを成したがっている。そんな風に、戯志才の目には映っていた。

 曖昧ゆえに、とてつもなく大きな存在に見えるときがある。得体のしれない統率力、とでも表現するべきなのかもしれない。包み込むような優しさを持っているようで、意外としたたかでもあるのだ。劉備の強さというのは、そこにあるのか。

 

「おう、いたのかお前ら。そんな場所に突っ立ってないで、中に入れよ。斥候の部隊も、ちょっと前に帰ってきたところだ」

「はっ、そういたします。香風(しゃんふー)は、こちらに?」

「ああ。腹が減ったというから、中で飯を食わせているんだよ」

「申し訳ありません、公孫賛殿。あまり我儘は言わないようにと、わたしから香風に言い含めておきますので」

「気にすんなよ、そのくらい。それに、ぼんやりしているようで徐晃の斥候は確かだからな。今回だって、きっちり伏兵の位置を嗅ぎつけてきたみたいなんだ」

「そうでしたか。ならば、いち早く行動を起こさなくては。急ぎ、部隊の配置を決めてしまいましょう」

「へへっ。そう来ると思って、配下には出陣の準備をさせてあるんだ。戯志才、布陣は任せる。幽州に暮らす民のためにも、わたしたちは負けるわけにはいかないんだ」

「承知いたしました、公孫賛殿。その信任には、お応えしましょう」

 

 公孫賛に続いて、本営に入っていく三人。歩きながら、戯志才はまた空想の世界に入りかけていた。曹操であれば、どう命じてくるのか。そんなことを、つい考えてしまう。

 頬を指で突かれている。その感触で、戯志才は我に返った。無表情のまま、飴を咥えている程立。微小ではあるが、目だけが笑っていた。

 戯志才の提案で、布陣はすぐに決定された。先鋒は三千の歩兵。その後ろから、公孫賛の率いる騎馬兵二千が進む。劉備軍には、伏兵の撃破が命じられている。

 出陣を知らせる太鼓。武装した兵たちが、矢継ぎ早に飛び出していった。



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三 洛陽にて(柳琳)

 軋む寝台。薄暗い室内に、少しだけ陽光が差し込んでいる。

 口づけを欲しているのだろうか。仰向いた姿勢のまま組み伏せられている少女が、男に目で訴えかけている。舌と舌。絡み合う。ぴちゃぴちゃという粘っこい水音が、唇の間から洩れている。

 

「んぅう♡ んあぁあっ……♡ ふぁあっ、兄さんっ♡」

「ン……。本当にいやらしい子だな、柳琳(るーりん)は。こんな……んっ、口づけをしただけだというのに、簡単にイッてしまうなんて。ははっ。華侖(かろん)がこのことを知れば、どんな顔をすると思う、柳琳?」

「やあっ、んあぁうぅ……♡ い、言わないでください、兄さん……っ。わたしが親族である兄さんを、ひゃあっ……誘惑するようなふしだらな女だなんて、姉さんには知ってほしくないのぉ♡ それにもし、兄さんと交わっていることが家中に知れれば、きっと栄華(えいか)ちゃんにも……んあぅ♡ 軽蔑されてしまうに違いないわ♡ そうなったら、ひゃうぅう……! わたし、わたしぃ♡ んっ♡ んぐぅううう……♡」

 

 煽るようなつもりで、曹操は曹純の耳もとでささやいていた。言葉によって興奮をかき立てられたのか、膣肉の締め付けが強くなっていく。淫猥な身体。太い男根を奥まで咥えこんで、嬉しそうに華やいでいる。

 そんな()があるのではないかと薄々感づいてはいたが、曹純の乱れ具合は曹操の想像をずっと越えていた。清楚な仮面。その裏側には、肉欲に溺れてみたいという衝動が隠されていたのだ。郷里から離れたことで、欲望を抑えきれなくなったのだろうか。あるいは、誰かに背中を押されたのかもしれない。切なく締め上げてくる女陰(ほと)。自らを言葉で責め立てながら、曹純は媚肉を震わせている。

 兄さん。まぐわうようになってから、曹純は自分のことをそう呼んでいる。なにを今更と初めは思ったが、その理由は至極単純だった。

 近親者との、禁断の交わり。そう意識することによって、曹純はより大きな快楽を得ているのである。同門であっても、自分たちには血縁など存在しない。それでも、呼び方ひとつで昂ぶり方が明らかに強くなっているのだ。

 手に余るくらいの乳房を、乱雑に揉んでやる。瑞々しい肌。そこに、男の太い指が食い込んでいく。興奮によって尖った乳頭。爪の先で弄んでやると、また締まり方に切なさが生まれていく。部屋に響き渡る嬌声。処女を失ったその日から、曹純は激しい交わり方を好んでいたのだ。

 

「どうだ、柳琳。そろそろ、俺の精が欲しくなってきたのではないか」

「んくぅう……っ! は、はいぃ、欲しいです。兄さんの濃厚な精液をいただくと、いつも身体が狂おしいほど心地よくなって……んあぁあっ! はっ、はあっ……そのときの気持ちよさが、ずっと頭のどこかに残っているんです。んおぉお……っ!? ああ……っ、ごめんなさい兄さん……っ。わたしは、曹家一門にあるまじき淫猥な女なんです……。兄さんに、おまんこと胸を一緒にいじめられて、感じてしまうような変態なんです……っ♡」

 

 乳房への愛撫を続けながら、先端で最奥を突いていく。その響きがしっかりと子宮にまで伝わったのか、曹純は水面で呼吸する魚のように口をぱくつかせながら、軽い絶頂を何度も味わっている。おびただしい量の愛液。男根の抽送によって、白く泡立っていく。うわ言のように「兄さん」と繰り返しながら、曹純は淫らに腰を押くねらせている。膣肉の締め上げ。甘い疼きに負けじと、曹操は動きを早めていった。

 

「やあっ、それ気持ちいい……っ。んあうっ、兄さん……、兄さんのおちんちんが、おまんこの奥まできてるのぉ……♡」

 

 情交による熱の高まり。それを強く感じていながらも、曹操の思考は平静そのものだった。別段、曹純との交合を、楽しんでいないわけではなかった。それでも、いまは考えるべきことが多すぎる。洛陽内部の情勢。それがこの数日、荒れに荒れているのである。

 先手を打ったのは、大将軍何進の方だった。宦官たちが、自身の暗殺を計画している。その首謀者であるとして、蹇碩(けんせき)を捕縛し殺害してしまったのだ。事実、密かに暗殺計画は進められていたのだろう。そうでなければ、これまで二の足を踏んでいた何進が、西園八校尉の筆頭をいきなり処刑することはなかったはずだ。

 この勢いに乗じて、全ての宦官を誅殺してしまうべきだと袁紹あたりは考えているのかもしれない。蹇碩の死により、西園軍のほとんどが、袁紹の支配下となっているのである。袁紹が号令をかければ、一万くらいの近衛兵を動かすことも可能なのだろう。残された校尉のうち、独自の行動を取ろうとしているのは曹操くらいなのである。

 麾下の兵。曹操の動かせる人数は、約二千である。その兵たちには、当分軍装を解かないように命じてあった。次なる異変。それが起きたとき、洛陽はどうなっていくのか。きっと、決定的なものになる。どう転ぼうとも、それが群雄の時代の幕明けになるのだろう。

 譙県に残してきた荀彧とは、書簡で頻繁にやり取りをしていた。普段どれだけ悪口を並べていようが、軍師としての役目だけは忘れていないようである。荀彧から送られてくる書簡。毎回無駄に長ったらしい文章の中に、必要な用件が隠すようにして散りばめられているのだ。恐らくは、荀彧なりに意趣返しをしているつもりなのだろう、と曹操は読んでいる。

 洛陽に同行させてもらえなかったことが、それほど不満だったのか。しかし、いくら宦官側との和解が成立しているとはいえ、荀彧を都に連れてくる気にはならなかった。いざ逃した当人を目にすることで、どんな感情が湧いてくるかわかったものではないからだ。そのことは、よくよく説いてから出てきたつもりだったのだが、荀彧からしてみれば納得できない部分があったのかもしれない。

 その荀彧から、度々文中で提言されていることがあった。政変が起きた際には、とにかく帝を他者に渡さないことだ。それは、曹操も考えていることだった。

 表面的な権力が衰えてきているとはいっても、帝にはやはり価値があった。うまく手許に置くことさえできれば、宮中での力関係を一気に覆すことすら可能なのである。荀彧が敢えて言ってきているのには、念押しという意味が強いのだろう。

 

「兄さん、兄さん……っ。はあっ、もっと、もっと強く突いてくださいぃ……! わたしの淫乱な穴を、んあっ……めちゃくちゃにするくらい、おちんちん使って突いてください……っ!」

「いいだろう、柳琳。ほら、もっと締め付けてみるんだ。お前の魅力の全てで、俺を夢中にさせてみろ」

「ん、んひぃいぃい……!? んんっ、します、してみせますからぁ……!」

 

 一際大きな喘ぎを洩らす曹純。赤く色づいた肌が、美しく思えた。

 こと房事に関してならば、並み居る男たちよりも優れている自信があった。生来の情欲の強さに加えて、女の悦ばせ方を師から教授されたことがあるのだ。それだって、もう十年は前の話なのだろうか。初心(うぶ)だった時の感覚は、すでに遠い思い出のようなものとなっている。

 初めて閨に招かれたときは、さすがに戸惑ったことを記憶している。熟れに熟れた、師の女体。抱いてみろと言われたが、初めは呆然として見ていることしかできなかった。あの頃の自分には刺激が強すぎたのだと、いまになって思うことがある。百戦錬磨の蜜壺。半分犯されるような格好で、魔窟のような肉穴に蹂躙され続けたのだ。強烈な快楽。それを脳内に刷り込まれ、溺れた。獣のように腰をぶつけ、何度無様に精を吐き出したことだろうか。

 肉欲に溺れる自分を、師は冷静に見ていたのだと思う。なんとしてでもその余裕を崩してやろうと、様々な方法を試したものだ。その中で、手綱の引き方を理解していくことができた。相手を支配するためには、まず自分をよく律することだ。そういう感覚を、師は伝えたかったのかもしれない。それは、閨の外であっても通じることである。

 親子以上の歳の差があったが、師は少しも品を失ってはいなかった。怜悧な双眸に反して、乳房にはなにもかもを包み込んでくれるような温かさがあった。時折、それが無性に懐かしくなる。厳しくされることもあったが、どこか母のような優しさを持つ人だった。きっと、師弟の情を越えて愛していたのだろう。

 

「兄さん、んあっ……!」

 

 乳首に刺激を与えながら、大きな動きで愛液をかき出していく。蠢動する膣内。曹純の表情は、法悦に歪んでいる。

 

「ああっ、これすごいんです……! 兄さんの硬いおちんちんに奥押されるの、気持ちよすぎて……っ♡」

「お前の中も、いい締まりをしているぞ。もう少し激しく突いても平気だな、柳琳?」

「はい、ふぁあ……っ。兄さんになら、ああっ、どうされたって平気ですからぁ……! たくさん、んあぁあっ……、兄さんも気持ちよくなってください……! わたしのぐちょぐちょに濡れたおまんこで、おちんちん好きにシゴいていいですからぁああ♡♡♡」

 

 嬌声というよりも、叫び声と表現した方が的確なのかもしれない。男根に突き上げられて、曹純は大きな乳房を揺らしている。扇情的な光景。快楽による痺れが、下腹部を疼かせる。

 

「柳琳」

「んんっ、兄さん……♡」

 

 手のひらを合わせ、指を絡ませていく。そのことがよほど嬉しかったのか、曹純は膣内を切なげに震わせている。

 いじらしいものだな、と曹操は微笑んだ。強烈といっていいくらいの、求愛行動。それも、もとより気にかけていた従妹からのものなのである。当然、悪い気などするはずもなかった。

 

「ひゃんぅうぅう……! んぐっ、んあぁあぁっ……、き、来てますぅ……! おちんちんで、ずんずんっておまんこ抉られて、わたしすっごく感じてしまっている……っ。ああっ、また来たっ♡ んあっ、おおっ、あっ、んふぅうぅう……!? しゃ、射精されたいんですか……っ? ぷくって膨らんだおちんちん、すごすぎますからぁ♡」

 

 絡みついてくる肉襞。繊細であり、ある意味暴力的でもあった。とろけるような感触。締め付けは変わらず強かったが、動かすための余裕をしっかりと与えてくれるのである。曹操の中で、情欲の炎が大きくなっていく。疑う余地すらない、名器ぶりだった。

 

「ああっ、はあぁあぁあ……! わたしもう、さっきから何回イッてるのかもわからなくなってぇ……。んくっ、これじゃあケダモノです……っ。大好きな兄さんのおちんちんのことしか考えられない、雌犬(めすいぬ)なんですぅううぅう♡」

 

 切なさに、全身を貫かれてしまうようだった。甘い締め付け。それが、断続的にやって来ているのだ。

 絡めた指先に力を入れながら、ぶつけるようにして腰を振った。快楽に塗れた曹純の喘ぎ。それだが、耳に聞こえている。

 

「んあっ、いい……っ♡ んおぉおっ、それすごくってぇ……! はあ、あぁあぁあ……、だしてぇ、兄さん……! 兄さんのべっとりした濃い精液で、わたしの淫乱な身体をイカせてほしいんですぅ……!」

「ふふっ、そうか。どこに出して欲しいんだ、柳琳?」

「はふぅ……んくっ!? いい、どこでもいいですから……ぁ! はやく、んあっ……、兄さんの熱い精液感じさせてくださいぃいぃ……!」

 

 がくがくと頭を揺らしながら、曹純は懇願している。この分なら、本当にどこにかけられようが満足できるのではないか。唇を舌で舐めながら、曹操は薄く笑っていた。

 

「んっ、はあっ、んんっ、もう……イクっ……! はあっ、すごいのくる、きちゃうのぉ……! ああっ、かけて兄さん、わたしもう……んあぁあぁああっ♡♡♡」

「ああっ……! 出すぞ柳琳……ッ!」

 

 絞り上げてくる膣肉の中を抜け出すと、男根が大きく脈打った。

 噴き出すというのは、まさにこのことをいうのだろう。勢いよく発射された白濁液が、曹純の腹を染めていく。痙攣する四肢。精液による熱が心地よかったのか、曹純は愛液を飛ばして絶頂に感じ入っていた。

 

「お腹、温かい……。んあっ、兄さんの精液まだ出て……! そんな、んんっ……、顔にまでたくさん出されてしまっていますぅ……♡」

 

 煮こごりのようになった精液が、曹純の肌の上に浮いている。強烈な支配欲に襲われつつ、男根を扱いていく。止まらない。可愛らしいへそを中心に、精液が湖のようなものを形作っている。

 

「ふあぁあぁあぁあ……♡ 兄さんの匂いに包まれて、んんっ……わたしすっごく幸せなんです……っ。んあっ、兄さんの精液、お口にまでぇ……。んっ、ちゅ……ふふっ、こんなになるまで射精されてしまったのですから、秋蘭(しゅうらん)さんたちにもきっと匂いでバレてしまいますよね♡」

「ふっ、そうかもしれないな。だが柳琳、こうして発情するのは結構なことだが、場所だけは選べよ?」

「うふふ、心配してくださるんですか? ですが、それは心得ているつもりです。だって、兄さんが力強く抱いてくださるから、わたしは安心して淫らな自分をさらけ出せるんですよ? それに、我慢を重ねてから思う存分気持ちよくしていただくのも、実は大好きなんです……♡」

「ははっ。顔が緩んでいるぞ、柳琳。待っていろ、きれいにしてやる」

 

 曹純の、粘液に汚れた身体を拭ってやる。満ち足りた表情。火照りの残った肌に、粒のような汗が浮かんでいる。血の繋がりこそないとはいえ、似通っている部分があるのかもしれない。心を乱されるほどの情欲。荒々しく渦を巻き、ときにはすべてを飲み込もうとさえするのだ。ある程度抑え込もうとする自分とは違い、曹純はその奔流に身を任せきっているといっても過言ではなかった。

 艶めいた金髪に指で触れながら、また寝台で横になった。戯れに、子供のように乳房をまさぐってみる。穏やかな笑みをこぼす曹純。肩口への甘噛は、仕返しのつもりなのだろうか。

 衣擦れ。互いに、簡素な寝巻のようなものを一枚だけ羽織っている。だから、抱き寄せれば、曹純の肢体の柔らかさがよくわかった。腿も尻も、どこもかしこも柔らかである。

 遠慮がちな動き。曹純が、胸に顔をうずめてきている。交合のときに見せた激しさは、すっかり息を潜めているようだった。手入れの行き届いた長い金髪。指を使って、傷めないように梳いていく。そうされるのが好きなのか、曹純は心地よさそうに声を洩らすのだ。

 長い吐息。それを胸元で感じながら、曹操は意識を微睡(まどろ)ませている。



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四 董卓の決起(秋蘭)

 頭を、撫でられている。そんな感覚を受けながら、曹操は目を覚ました。

 主張の強すぎない、香のかおり。手指から足先まで、神経が安らいでいく。撫でられ、抱きしめられ、覚醒したての意識が、また眠りへと誘われていくようだった。頭にあてられた手のひら。また、ゆっくりと動いていく。目の端に、涼しげな色をした髪が映っている。夏侯淵に甘やかされるのは、嫌いではなかった。

 身じろいでみると、腕のあたりで乳房の柔らかさをもろに感じることができた。洛陽に来てからは畏まっていることが多かったから、たまには好きにさせてやろうと曹操は気を許している。

 

「ン……、秋蘭(しゅうらん)。今日は、天の機嫌が良くないようだな。こうも暗いと、気分も沈んでしまうというものだ」

「もう起きてしまうのか、一刀? わたしとしては、いま少しこのままでもよかったのだが」

 

 やって来るのは、優しげな口づけ。乾いていた唇が、夏侯淵の唾液によって湿りを帯びていく。

 こちらからは、なにもしてやる必要はなかった。唇に挨拶をしてから、侵入してくる夏侯淵の舌。温かい。興奮をかき立てられるというよりは、目覚めを補助するかのような動きだった。やんわりと頭に触れてくる手のひらに、夢の世界へと押し戻されそうになってしまう。

 

「ふっ……。なんだ、こちらはすっかり元気になっているようだな。あむっ、んちゅう……」

「仕方あるまい。秋蘭のしてくれることが、心地良すぎるのだよ」

 

 下腹部に張りを感じている。朝勃ちを通り越して、男根はすっかり反り返っているに違いなかった。微笑する夏侯淵。肉感のある腿が、勃起した男根をゆるやかに擦っている。着物越しだろうが、肌の温もりがよく伝わってきていた。

 

「それは、すまないことをした。起きがけの一刀のことを、くすっ……誘惑するつもりはなかったのだが」

「浅ましいのは、男の欲だな。なんせ、好きな女が近くにいるだけで、こんなにも張り詰めてしまうのだから」

「ふふっ、それもよいではないか。お前に愛されることが、我らにとって至上の喜びなのだよ。んっ……」

 

 しなやかな指。男根に絡みつく。くびれの部分を重点的に愛撫しながら、緩急をつけて快楽を与えようとしてくるのである。

 こうした強弱の加減は、やはり夏侯淵が図抜けていた。微笑みに、妖艶さが垣間見える。幾度も肌を合わせている相手だけに、どこを責めればいいのかよく理解しているのだろう。

 夏侯淵の青い髪。それを曹操は、ぼんやりと眺めている。外からは、雨音が聞こえていた。鈍色の空。天気の悪さもあって、今朝は陽光を感じることができないでいた。

 地面を打ち付けるような音。じっと耳を傾けていると、なんとなく心がざわめいてしまう。亀頭を愛撫する手を強めながら、何度も舌を吸い上げてくる夏侯淵。自分の乱れかかった心情に、気がついたのだろうか。舌を吸う音が、雨粒が地面を叩く音色に重なっていく。焦燥感のようなもの。小さな粒子の集まった砂のごとく、流されていった。

 

「こんなに熱くしおって……。んっ……、感じているのだな。一刀……はあっ、ちゅう、ちゅぱ……っ」

「ン……、むっ……。秋蘭の指になら、飼い慣らされてしまってもいいとさえ思えるときがある。そのくらい、お前の閨房の(すべ)は優れているのだよ。あまり比べてやると、春蘭(しゅんらん)が機嫌を悪くするかもしれないがな」

「貪欲な主君を満足させるのは、そう簡単なことではないのでな。だから、わたしだって日々それなりの努力はしているのさ。しかし、飼い慣らすとなれば話は別だろう。姉者も間違いなくそうであろうが、我らはあくまで曹操さまの、一刀の従者でありたいのだ。そうはいっても、愛を注ぐことを抜かるではないぞ? 姉者ほどではないが、わたしだって嫉妬するときくらいはあるかもしれぬ」

 

 いじらしい言葉。全身を覆っていた疼きが、一気に甘美な痺れへと変化していった。男根を絞り上げる指。段々と、激しさを増していっている。夏侯淵の感情。それが、愛撫する手を通じて伝わってくるようでもあった。

 

「言葉に出させた時点で、俺の負けかな。くうっ……、いいぞ秋蘭」

「一刀のモノ、ひくひくと脈打っていて……。んっ、それに……、大きくなりすぎて苦しそうでもあるな。だったら、こうされるのはどうだ? ほら、もっと気持ちよくなってしまえ……ッ」

 

 二本の指で作られた輪。それが、夏侯淵の気持ちひとつで窄められていくのだ。加えて先走りを巻き込んでいるせいか、滑るような感触が肌の上に生まれている。はばからず、曹操は声を洩らしてしまっていた。

 張り出した雁首の段差を、指が何度も往復していく。その度に男根は我慢汁を溢れさせ、淫靡な光沢を増していくのだ。気持ちいい。夏侯淵の絶妙な手管のおかげで、素直にそう思えてしまう。なにもかもが、射精に向けて働きかけてくる。そんな気さえ、してくるのだ。

 

「いいぞ、一刀……。ふふっ、子種がもうここまでせり上がってきているのだろう? さあ出せ、わたしの手の中にぶちまけてしまえっ……♡」

「はあっ、くうぅ……っ」

 

 尿道につまった精液。それを吐き出させようと、絞り出すような動きで夏侯淵が責め立ててくる。扱く手を緩める気など、少しもないようだった。

 ぐちゅぐちゅと音が鳴っている。竿と亀頭を激しく擦り上げられ、自分ではどうにもならないくらい痺れは強くなってしまっている。もう、限界か。そう思った瞬間、一段と強烈な快楽の波がやってきた。これまで触れられてこなかった裏筋。指の腹で愛撫され、男根全体が甘美な悲鳴を上げている。してやったり。夏侯淵の表情は、そんな風に歪んでいる。

 

「秋蘭、ぐおぉお……っ!」

「ああっ、すごいぞ……。ふふっ、存分にイッてしまえ♡ んんっ、一刀……♡ そんなに、逸物を暴れさせるでない……っ♡」

 

 堰を切る。まさしく、現状はその言葉通りなのだろう。弱点を入念に刺激され、堪えきれなくなった男根。夏侯淵は、爆ぜた亀頭を両手で懸命に包み込んで、精液を逃さず受け止めようとしている。

 想像していた以上に、自分の身体は昂ぶっていたようだった。手で作られた覆いに男根の先を押し付けながら、濁った欲望の塊を吐き出していく。痺れは、まだ続いていた。

 

「んっ、こんなっ……!? はあっ……、そんなに腰をぶつけられては、大切な子種がこぼれてしまうではないか……♡ んっ、ひぃあぁあっ……♡ まったく……どれだけ射精するつもりなのだ、一刀は♡」

「出せと言ったのは、お前なのだからな。それよりも秋蘭、舌を出さないか」

「ふふっ、これでよいか? ふむっ、ン……♡ ちゅう……ちゅく……♡」

 

 愛する女の唾液を味わいながら、手の中を精液で満たしていく。雨の音。先ほどよりも強くなっているようだったが、もうそれどころではなくなっていた。夏侯淵の子袋に注いでいるつもりで、精液を出し続ける。熱い吐息を感じているのは、お互い様なのだろう。

 たっぷりと射精したせいで、寝台がいくらか自分の汁で汚れてしまっている。それを見て、ふと思いついた。

 

「せっかく、それだけ出したのだ。余さず飲んでくれるのだろうな、秋蘭?」

「ふふっ、いいとも……。すんっ……、んあぁあっ♡ ほんとうに、すごい匂いだ……♡ それに、見るからに濃厚そうで、んんっ……♡」

 

 籠のように丸まっていた夏侯淵の両手が、開かれていく。表れたのは、独特の粘つきをみせる雄の子種だった。

 その匂いをしっかりと確かめてから、夏侯淵は口を近づけていった。赤い舌が、僅かに覗いている。妙な興奮。それを、曹操は感じていた。

 

「ちゅう……♡ んくっ、こくっ……♡ ああっ、精液が喉に絡みついて、これはなかなか……♡ じゅるるっ、じゅちゅっ♡」

「ははっ、いい飲みっぷりだな。俺の出したものは旨いか、秋蘭?」

「ああ、たまらないよ。これほどまでに甘露な飲み物は、たぶんこの世に二つと存在しないのだろうな……。ずずっ、じゅるぅうっ……♡ んはあ……、ちゅうぅうぅう……っ♡」

 

 顔を赤らめながら、夏侯淵はとろみのある液体を嚥下していく。さすがに、恥じらいがあるのだろう。それでも、精液をすすり上げる淫猥な音が室内に響いている。まともな食事の最中では、決して聞くことのできないような音。手を傾けるだけでは簡単に落ちてこないために、どうしてもそうする必要がでてくるのである。

 

「んぅ、くちゅっ……♡ んむっ、ごくっ……♡ はふうっ……♡ まだ、こんなに……。あむっ、ン……ちゅうっ、はむっ♡」

 

 そのままでは飲み込みにくいのか、精液を口に含んでは、夏侯淵はそれを数回に分けて咀嚼しているようだった。口内は、さぞ濃密な雄の味で満たされていることだろう。

 

「噛んでいるところを、隠さずに見せてみろ。ほら、まだまだ残りはあるのだ」

「んっ、ふぁい……♡ あむっ、くちゅっ……♡ もご、ン……、れろっ……♡」

 

 おずおずと開かれていく唇。上下の顎を繋ぐようにして、白い粘液が何本も糸を引いている。夏侯淵はそれを舌の動きでこそぎ取り、歯ですり潰して飲み下していくのだ。

 扇情的な光景。出したばかりで少しうつむいていた男根に、はっきりと硬さが戻っていく。手のひらに残った精液を舐め取る夏侯淵。残滓さえも、余さず体内に取り込むつもりなのだろう。

 

「ふうっ、んっ、ちゅむ……♡ はあっ、んくっ……♡ むっ……、この気配は、紅波(くれは)でしょうか?」

 

 言われるがままになっていた夏侯淵が、なにかに気がついたように顔をあげた。

 にわかに鋭く変化していく視線。丁度、手をきれいに舐め終わったところのようである。

 扉の向こう側から、何者かの気配がしている。紅波ほどの身のこなしがあれば、まったく悟られずに入室することすら可能なのだと思う。それでも、今のようにわざとらしく物音を立てているのは、ひとえに自分の言いつけを厳守しているからに過ぎないのだ。

 

「紅波、おまえか」

「はっ。殿に、至急申し上げたき儀がございます。何卒(なにとぞ)、お目通りを」

「ああ、もちろん構わないとも。こちらの格好は、少々見苦しいかもしれないがな」

 

 扉が開かれる。鮮血を浴びたような、紅波の長い髪。それが、ふわりと舞っている。

 

「なるほど、そういうことでしたか。秋蘭殿がご一緒だということは、声にてわかっておりましたが」

「わたしのことは、気にしなくともよい。殿、お立ちくださいますか。急ぎの用件となれば、身支度を済ませておかなくてはなりますまい」

「そうしてくれ、秋蘭。それで紅波、なにがあった」

 

 床に片膝をついている紅波。そのすぐ前で立ち上がったから、図らずも局部を見せつけるような格好になってしまっている。ちょっとしたむず痒さを感じながら、曹操は紅波に話を続けるよう促した。

 

「再三、大将軍からの要請を無視していた董卓が、いまになって軍勢を洛陽に向けて進発させたようなのです。物見してきましたところ、先陣を務める騎馬隊からは闘気のようなものを感じられました。当の大将軍はなにも知らず、ようやくの到来を喜んでいるそうなのですが」

 

 西方の叛乱鎮圧にあたっていた董卓。それを、何進は少し前に招聘していたのだ。

 戦地に向かっていたこともあり、董卓は麾下に多くの兵卒を抱えている。それに、董卓自身が涼州の出ということもあって、良質な馬を軍に大量に組み込んでもいる。実戦経験も積んでおり、かなりの強兵揃いという噂だった。

 洛陽近辺までやって来ると、そこに董卓は陣を構えた。入城することも、軍を解散させることもしない。何進の制御下から脱しているのは、誰の目にも明らかだった。

 

「あいも変わらず、呑気なことだな。董卓の軍勢は三万を越えている。それも主力は、荒事を得意とする涼州兵ばかりだ。なにかあれば、戦慣れしていない近衛兵など一蹴されてしまうというに……。秋蘭、すぐに兵たちのもとへ向かうぞ。紅波は、(せい)柳琳(るーりん)にも見てきたことを伝えるのだ」

「承知いたしました、殿。それでは、失礼いたします」

 

 曹操から下知を受け取ると、紅波はさっと姿をくらませてしまった。

 洛陽には、夏侯淵と曹純、それから趙雲だけを連れてきていた。夏侯惇では、宮中の息苦しさに音を上げてしまいかねない。そうした考えを加味した、人選なのである。

 具足を着用すると、曹操は兵たちのいる営舎まで駆けた。今日は趙雲に監督を命じてあるから、準備は滞りなくできているはずである。

 

「お待ちしておりました、主よ。して、どうなさいます。わが方の兵は気力充分。董卓の兵を野戦にて迎え撃つのも、一興ではありましょうが」

「それは、無謀というものだろう。董卓が本気で都を襲うつもりなのであれば、俺の麾下だけで食い止めることなど不可能なのだよ。まずは西園軍がしかとまとまり、帝の御身だけでもお守りしなければならないのだが」

 

 董卓軍の動きを知らされても、趙雲の態度は平然としていた。肝の据わり具合は、さすがといってもいいだろう。指揮する将さえ動じなければ、兵は勇んでついてくるものだ。そのことを、趙雲はよくわかっている。

 

「ええ、そうでしょうな。それで袁紹殿には、話を通されたのですか? 悔しいことですが、あの方のご命令がなくては、いまの西園軍は結束できぬでしょう」

「いいや、まだだ。俺が行って直接話をつけなければ、あれは聞こうともしないだろう。とにかく、急がなくては」

 

 今朝方感じた焦燥の正体は、これだったのか。いまさら悔いても仕方のないことだったが、董卓のことを甘く見すぎていたのかもしれない。自分の力の小ささに、曹操は(ほぞ)を噛む思いをしている。

 

「大変です、兄さん。今しがたのことですが、宮中に兵が乱入しているとの報告がありました。それも、率いているのは袁術殿なのだそうです」

「ちっ……、袁術だと? まさか、董卓の調略の手はそこまで伸びていたというのか」

 

 曹純から受けた報告に、曹操は顔を歪ませた。やられた、という思いばかりが募っていく。

 袁術には、従姉である袁紹以上にうかつな部分があった。自身の利になるとみれば、すぐに飛びついてしまうような性格をしているのである。そこを、董卓は上手く担いだのだろう。

 

「どうやら、袁紹殿と語らっている暇はないようですな。殿、ご命令を」

「そのようだな、秋蘭。桂花(けいふぁ)に言いつけられているように、俺たちが採るべき道は一つしかない。帝の身柄を抑えるために、軍勢を宮殿へと向けるぞ。星、先駆けはお前が務めろ。袁術の兵が邪魔立てする場合には、力ずくで排除してしまっても構わない」

「御意です、主よ。誰の兵であろうと、わが槍にて見事打ち払ってご覧にいれましょう」

 

 事は、想定以上に早く進んでしまっている。董卓の到着前に帝を確保できなければ、この戦は負けなのだ。

 具足を打ち付ける雨。曹操は騎乗すると、すぐさま麾下の兵に向けて号令を発した。趙雲は、もう先頭に立って乗馬を駆けさせている。

 袁紹や、ほかの西園校尉たちも動き出しているとみて間違いないだろう。その誰もが、何進を守護しようとは考えていないはずだ。狙うは、帝ただひとり。その一点においては、意思は統一されているといっても過言ではないのである。

 ぽっかりと開いた、乱世の口。われ先に飛び込まんと、群雄たちは気炎を上げている。



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五 雨中の邂逅

 黒雲。天を、どこまでも覆っている。降り注ぐ雨粒。馬蹄が、水溜りを叩いた。泥水が弾ける。濡れた顔を手で拭うと、曹操は乗馬の腹を強く蹴った。

 麾下の兵。次々に駆けていく。自らの手足とすべく、鍛え上げてきた兵たちなのである。無闇に広がることはせず、纏まりを持ちつつ先頭を行く趙雲を追っている。

 夏侯淵が、馬を寄せてくる。少し身体を傾け、曹操は聞き耳を立てた。

 

「殿、間者より報告が入りました。どうやら、宮中に押し入った袁術軍は、宦官を斬って回っているようなのです。この分では、宮中の乱れ具合はかなりのものとなるでしょう」

「宦官を? なるほど、袁術に目障りな宦官どもを誅殺させ、自分は大将軍を追い落とすつもりなのだな、董卓は。考えても仕方のないことだが、共に粛清後の政権を担おうとでも誘われたのかもしれない。あの袁術のことだから、宮中さえ制圧してしまえば、自ずと董卓の上に立てると踏んでいるのだろう。あわよくば、どさくさに紛れて何進をも斬り捨てる。そのくらいの魂胆を持っていても、不思議ではない」

「殿のお考え通りであれば、なかなか強かな策略です。しかも、乗せられているのは袁術殿ひとりではありません。宦官一掃の好機と見たのか、袁紹殿も軍勢を動かし、殺戮に加わっておられるようなのです」

「袁紹も、か。あれは、前々から宦官の存在を疎ましく感じていたようだからな。大将軍にも、武力による排斥を何度も訴えていたくらいだ」

 

 夏侯淵からの報告に、曹操は頷いた。袁紹が、宦官に気を取られている。それは、自分にとっては都合のいいことだった。競合相手が少ない内に、探索の手を広げる必要があるのだ。まず探るべきは。やはり宮中なのか。

 養子の養子だとはいえ、自分も宦官の家系に連なる者であるのは確かなのだ。だからなのか、袁家の二人ほど過激な思考を、曹操は持ち合わせていなかった。目障りではあるが、都の運営するためには多くの人がいる。宦官は、間違いなくその一端を担っているのだ。いつまでのさばらせておくつもりはないが、使える間は使い潰せばいい。自分であれば、そうするはずである。

 

「今は、時が惜しい。兵を分けるぞ、秋蘭(しゅうらん)。お前は一千を率い、宮中の混乱を鎮めつつ陛下をお捜しせよ。(せい)も、そちらにつける」

「御意。お気をつけください、殿。城外には、董卓の猟犬が迫っております」

 

 夏侯淵が首肯する。

 

「わかっているさ。柳琳(るーりん)、お前は俺と共に来るんだ。麾下の者には、とにかく注意を払うように伝えろ。見落としがあってはならん。何であっても、気になることがあれば上申させよ」

「はい、兄さん。騎兵は、こちらに全て編成しても?」

「ああ、それでいい」

 

 雨の中を、駆けに駆けた。董卓の軍勢は、どこまでやってきているのだろうか。それどころか、帝の所在がまだわからないままだった。誰かが保護したという報も、入ってきてはいない。

 喧騒。四方から聞こえている。この雨でなければ、宮殿からは火の手が上がっていたのかもしれない。血には、人の心を狂わせる作用がある、と曹操は思う。袁紹も袁術も、もうとどまれないところにまで、行ってしまっているのだろう。

 逃亡しようとしている者がいれば、捕らえては人相を確認して回った。その中には、着物を血で汚した宦官の姿もあった。いくら袁家の兵が手当り次第に斬りまくっているといっても、まったく抜け道がないわけではないようだった。だとすれば、帝もそれに紛れて、城外へ出てしまっている可能性もあるのか。

 口の中に、塩気のようなものを感じている。雨と汗。それが入り混じったものが、全身に滴り続けていた。

 近くにいる曹純も、同じくしとどに濡れていた。張り付いた衣服。それによって、女らしい豊かな曲線が強調されている。ただ、そこに向けるだけの意識の余裕がないのも事実であり、従妹にしても気恥ずかしさなどは少しも感じていないようだった。

 

「どこにいらっしゃるのでしょう、陛下は。秋蘭さんたちの方からも、まだ何も言ってきていませんし」

「ここまで見つからないということは、城の内側ではないのかもしれないな。宦官の誰かが連れ出したのか、それとも……」

 

 崩れたままの天候。恨めしく思ったところで、なにかが変わるものでもない。

 紅波(くれは)が戻ってきたのは、その時だった。兵卒の格好をしているが、紅い髪がかなり目立っている。纏め直している暇は、なかったのだろう。

 

「殿。探索が遅れてしまい、申し訳ございませんでした。どうやら、帝は大将軍によって連れ出されたようなのです。それも、妹君もご一緒に」

「何進め、ぎりぎりのところで鼻を利かせてきたか。この雨だ、早く追わなければ痕跡が消えてしまう。紅波、お前は宮中にいる秋蘭を呼び戻せ。隊を五百ずつに分け、城外をくまなく探す」

 

 洛陽からの脱出を計るのであれば、まず北に向かうだろうと曹操は思った。南に行っても、ただ原野が広がっているだけなのである。北には、黄河がある。自分が何進であれば、その流れを利用して、船で逃げようとするはずだ。

 手勢の指揮を曹純に任せて、曹操は精鋭十騎と共に駆け出した。紅波も、騎乗して着いてきている。

 まだ、諦めるわけにはいかなかった。初めて得た、天下を掌握する機会なのだ。乗馬からは、熱気が発せられている。泥水を飛ばし、街道を駆けていく。途中からは大きな道を避け、間道を進んだ。

 いまの帝は、鷹揚としていて、あまり意志を感じることのできない人間だった。それに、生涯のほとんどを宮中で過ごし、まともに出歩いたことすらないというのだ。であれば、馬にもまず乗れないだろうから、歩みは当然遅くなるに決まっている。だから、きっと追いつけるだけの時がある。そう信じて、曹操は駆け続けた。

 帝を手中したあとは、急ぎ勅命を発し、近衛軍を纏め上げる必要があるだろう。

 袁紹の存在が厄介ではあったが、大義名分と兵力さえあれば、従わせることは難しくないと思う。近衛軍すべてを併せれば、三万にはなるはずだ。その軍勢を持ってして董卓を破ることさえできれば、天下への道は開けたも同然なのである。

 

「むう。あれはなんだ、紅波」

「いけません。殿、あれは……」

 

 霧のような雨。その先に、粛々と行軍する騎兵の姿が見えている。数は不明だったが、相手が想像している通りの軍であれば、騎馬だけでも五千は下らないことだろう。

 隣りにいる紅波が、警戒感をあらわにしている。だが、逃げ出すつもりはなかった。麾下にはその場で待機するように命じ、曹操は軍勢の接近をじっと待った。

 雨粒の弾ける音。なにもかもが、泡沫のことように思えてくる。掲げられている旗。だんだんと、見えてくる。深紅の地に、黒で染め抜かれた『(りょ)』の一字。鮮やかな旗に合わせるかの如く、騎馬隊の軍装も赤で統一されている。

 一騎。軍勢の中から、飛び出してくる。兵らとは違って具足はつけておらず、褐色の地肌が見えている。ただし、髪だけは燃えるような赤だった。

 

「お前……、だれ?」

「俺は、典軍校尉(てんぐんこうい)の曹操だ。洛陽で一波乱あったゆえ、雨中を濡れ(ねずみ)となって駆けずり回る羽目になっているのだよ。そちらは、董卓殿の配下か」

「……てんぐんの、そうそう? ン……。(れん)は、呂布という」

 

 間延びした感じの返答。恋というのは、真名なのかもしれない。多少皮肉を込めて言ってみたつもりだったが、呂布という将には少しも伝わっていないようである。

 ぼんやりとしているようだが、不思議な魅力を感じる女だった。どことなく保護欲をくすぐられる、とでもいえばいいのだろうか。

 

「恋たちは、洛陽にいく。天子さまを、あるべきところに戻さないといけない。(ゆえ)が、そういってた」

「天子さまだと? ちっ、よもや董卓に先を越されたというのか」

 

 呂布の声。ほとんど、抑揚というものがなかった。それだけに、淡々と現実を思い知らされているような気分になってくる。

 董卓に、主導権を完全に握られている。ここで、自分にできることはなにかあるのか。帝の奪還。命を張ったところで、到底できる状況ではなかった。洛陽に戻って袁紹たちと軍勢を合わせたとしても、絶対的な有利が覆ることはないだろう。

 天運が、手の中からするりと抜け落ちていった。いまあるのは、そんな思いだけである。

 

「邪魔するやつがいれば、斬ってもいい。それも、月が言ってたこと。恋は、すごく強い。おまえじゃ、勝てっこない」

「ふっ、好きなように言ってくれる」

 

 腹のうちに秘めている考えを、読まれたとでもいうのか。穏やかだった呂布の視線。それが、急速に険を帯びていく。

 戟。それが、呂布の得物のようだった。

 汗とも、雨ともとれるようなものが、一筋腕を流れていく。打ち合えば、十中八九死が待っている。自分の直感が、そう告げているのだ。力量差がわからなくなるほど、平静を失っているわけではない。そのことに、曹操は少しだけ安堵していた。

 

「恋さん。脅かすのは、そのくらいで充分ですよ。あとは、わたしから話しますから」

「ん……、わかった。月がいいなら、これでおしまいにする」

 

 鶴の一声。それによって、呂布から溢れ出していた闘気が霧散していく。

 振り返ってみれば、紅波が濡れた顔を腕で拭っていた。恐らく、剣を抜こうとしていたのだろう。抜いていれば、今頃どちらかは斬られていたに違いない。下手を打てば、二人揃って屍を晒していた可能性すらあるのだ。そう感じてしまうくらいの圧力を、呂布という女は備えていた。

 

「典軍校尉の、曹操と申す。貴公が、董卓殿か」

「はい。董卓というのは、わたしです。わが軍は、乱心した何進将軍の手から、天子さまとその妹君を取り返すことに成功いたしました。よって、洛陽に帰還した後は、われらが天子さまの警護を務めます。呂布さんにも伝えてあるように、邪魔する者には容赦をするつもりはありません。よろしいですね、曹操殿」

 

 有無など、言わせるものか。馬上から声をかけてくる董卓には、そんな気配すらあった。少女然としているが、目にはかなり力がある。可愛らしい容貌。その裏側には、鋭い刃が隠されているのかもしれない。

 

「警護を? これは、異なことを申されるのだな。宮中の守護は、近衛軍を預かるわれらの職務でありましょうに」

「慎みなさい、曹操殿。天子さまがお辛い目に遭われることになったのも、ひとえに近衛軍が惰弱だったからに相違ありません。当面、あなた方には謹慎していただくつもりです。それからの沙汰は、追って下すことになるでしょう」

 

 悔しさが湧いてくる。董卓は、すでに政権を掌握したつもりになっているのだ。実際のところ、それは時間の問題だといえよう。

 帝を手にしている限り、袁紹であってもすぐさま董卓に逆らうことはできないだろう。それだけ価値のあるものを、自分は目前で取り逃してしまったのである。多分、しばらくは様子見に徹することになる。それは、苦手なやり方ではなかった。

 政権運営を担ってきた宦官が、死に絶えている。そのせいで、董卓は文官の確保に苦労することになるだろう。政を動かすためには、膨大な数の人間が必要なのである。だから、必ず自由を得られる時がやってくるはずだ、と曹操は思考を切り替えていた。自分たちは、その緩みを狙って行動を起こせばいいのである。しばらくは、守りに徹するべきなのだ。

 言うだけ言うと、董卓は軍勢の中へと消えていった。呂布も、こちらを一瞥しただけで、董卓の後を追っていく。

 

「これは、桂花(けいふぁ)が怒り狂うことになるぞ。危うくなった時は助けろよ、紅波」

「ご冗談を……。あの桂花殿を手懐けられるのは、殿くらいのものでしょう。拙者では、お力にはなれません」

「ははっ、そうか?」

 

 長大な列。そのどこかに、帝がいるのである。

 自分の掴むことのできなかった天運。今回、賽の目を上手く転がしたのは、董卓の方だった。

 空を見上げる紅波。降り続いていた雨が、ここに来て弱くなっている。決着はついた。天が、そう告げているとでもいうのか。

 騎馬に続いて、歩兵が通過していく。

 董卓軍三万。そのすべてを、脳裏に焼き付けたい。唇を噛み締めながら、曹操は過ぎ行く軍勢を見送っていた。

 闘いは、次なる盤面を迎えようとしている。



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六 田豊との逢引

 大方の予想通り、帝という権力の基盤を手に入れた董卓は、その思うがままに力を振るい始めていた。妹の入内によって大将軍の地位を得ていた何進とは違い、董卓にはそもそもの軍事力があった。現在では近衛兵も再編され、董卓の息のかかった将軍が率いるようになっている。横暴ではあったが、誰も異を唱えることのできない状況。それを、董卓は作り上げようとしているのだろう。

 様変わりしていく洛陽。

 その中で、最たる出来事が数日前に起こっていた。帝の禅譲。董卓は劉宏を皇帝の座から引きずり下ろし、その後釜に妹である劉協を据えていたのだ。

 劉宏は茫洋としていてあまり統治に関心がなく、次代の政権の象徴として相応しくない。それに比べて劉協には覇気があり、帝として仰ぐべきはそちらではないのか。董卓の言い分は、そんなところだった。何進時代の印象の払拭と、自身の権限強化。帝を交代させることには、董卓にとって二つの意味があったのである。

 曹操は、この日も屋敷で過ごしていた。

 鍛え上げてきた兵を取り上げられてしまったから、することがなくなってしまっているのだ。時には、女を抱いているだけで一日が終わることもあった。それは男にとって、ある意味理想的な暮らしといえるのかもしれない。しかし、燃えるものがどこにもない。燃えるものがなくては、いつの日か自分は自分でなくなってしまう。そうした感覚を、曹操はどこかに抱えていた。

 袁紹に呼び出しがかかったのは、つい先日のことだった。董卓も、漢きっての名門である袁家を、いつまでもぞんざいに扱うのは難しいと考えたのだろう。それに、使える人材を遊ばせておくのにも、限界があるはずである。董卓は、やはり文官の確保に苦心しているようだった。そのあたりの事情が、名士らへの態度にも表れているのだろう。

 順番でいえば、そろそろ自分にも声がかかる頃合いか。曹操は、動く時期を見計らっている。

 

「少し、出かけてくる。万一、宮中から使者が来た場合は、上手くごまかしておけ」

「どちらへ参られるのですか、主よ? もし迷惑でなければ、わたしもご一緒させていただきたいのですが。主もご存知でしょうが、いまの洛陽は何かと物騒ゆえ」

(せい)の気持ちはありがたいが、それには及ばない。ちょっとばかり、女に会って来るつもりなのだよ」

「むむ……。我らの身体にはほとほと飽きたと、主はそう仰せになるのですか?」

「からかうなよ、星。うんざりしているような女を、俺が夜明け近くまで抱くと思うのか?」

 

 口元をにやつかせている趙雲。口をついて出る言葉とは違って、こちらの意図は理解しているのだろう。

 だいたい、昨晩もその身体を隅々まで味わったばかりなのである。飄々としているようで、閨では尽くす女なのだ。毎回必要以上に劣情を煽られてしまうのは、そのためなのか。

 

「おや、確かにそれもそうですな。なるほど、腹のあたりに意識を集中させてみると、昨夜いただいた主の熱さを思い出せてしまうようで……」

 

 趙雲が、下腹の付近を手でさすっている。切れ長の目。それが、すうっと細くなっていく。誘われているような感じがしてくるのは、気にしすぎというやつなのだろうか。

 

「ははっ。そんな顔を、してくれるな。どうしても、いまは構ってやる暇がないのだ」

「ふっ、さすがに冗談ですよ。しかし、女と逢い引きするとなると、主おひとりのほうがなにかと都合がよろしいか。いや、つまらぬ詮索をしてしまい、相すみませぬ」

「まったく、おまえというやつは……。まあいい、日が暮れるまでには戻るようにする。だから、俺のぶんの夕餉も忘れず用意するようにと、柳琳(るーりん)に伝言を頼めるか。それと、釘を刺すわけではないが、あまり余計なことは付け加えるなよ? 柳琳には、変に思い込んでしまうような節がある」

「ふふっ、承知いたしました。それでは、ゆるりと楽しんできてくだされ、主よ」

「ああ、そうさせてもらうさ。ではな、星」

 

 そう言うと、曹操は裏口から屋敷を出た。尾行を用心するために、紅波(くれは)には付かず離れず着いてくるよう命じてある。

 

 

 洛陽は漢の中心というだけあって、様々なものが揃う都市でもあった。

 出ている店も多く、客で賑わいを見せている。だが、その賑わいが鎮まってしまう瞬間が、このところ存在するようになっていた。深紅の騎馬隊。その赤い塊が通るときだけ、民衆たちは水を打ったように静まり返る。董卓の命を受けて、洛陽内を巡回している軍団。率いるのは、呂布である。

 屋敷を出た曹操は、遊女たちの集まる区画へと足を運んでいた。遊女といっても春ではなく、芸を売りにしているような女がいないわけではないが、そのほとんどが身体で銭を稼いでいる。

 

「さてと、もう来ているのかな」

 

 用のある女とは、ここで落ち合うように伝えてあった。屋敷に直接呼びつけてもよかったのだが、それでは動きを董卓に怪しまれる可能性があるのだ。

 一軒の店の前。なにやら、数人の男が屯している。

 その中央。よく見てみると、目当ての女の顔があった。色街で逢い引きするのに合わせて、下女のような格好をしていた。刺激的な装いであるのはある意味普段通りといえなくもないが、胸元などを妙にはだけさせているのがいけなかったのだろう。

 言葉遣いから予想するに、女にちょっかいをかけているのは、董卓が連れてきた涼州の男どもだろうと曹操は思った。都の女を抱くことのできる機会など、地方で生まれた男にはそう何回も訪れるものではないのである。ひとりの男としては気持ちを理解してやりたかったが、邪魔者であることには変わりがない。曹操は足を踏み出すと、輪の中に割り込んでいった。

 

「やっ、待たせてしまったようだな」

「なんだ兄ちゃん? この女に唾を付けたのは、俺たちが先なんだぜ。相手なら、後でしてもらうこった」

 

 そうだ、と周りの男どもが同調する。女は、少し怯えているようだった。眼鏡の奥に見える瞳が、不安気に揺れている。こういった連中とは、基本的に関わったことがないのだろう。それが自分の身体目当てに舌舐めずりをしているのだから、よく持ちこたえたほうだと褒めてやるべきなのかもしれない。

 

「あっ、あのっ……」

「おまえは、黙って見ているがいい。ここは、俺に任せておくのだな」

 

 小刻みに頭を上下させ、女は肯定の意を示している。白い肌。幾筋か、汗が流れ落ちている。

 

「悪いが、この女とはかねてから会う約束をしていたのだよ。貢ぎに貢いで、なんとか心を開かせたような女なのだ。この苦労、同じ男であれば、わかってもらえると思うのだが?」

「ひゃあっ……!? ん、んうっ、あんっ……! やあっ、そんな……いきなり揉んじゃだめえ♡ い、いけません、それに……ひとに見られていますからぁ♡」

 

 女を背中から抱き寄せ、下から持ち上げるようにして胸に指を食い込ませていく。

 着物の上からでもわかる、乳房の大きさと柔らかさ。その具合の良さは、想像していた以上だった。

 それに、嫌がりながらも感じているのではないか、と曹操は思っていた。案外、情欲が強い方なのかもしれない。その片鱗が、覗きつつあるのか。

 本来、ここまでするつもりなどなかったのだが、粗暴な男たちにわからせてやるには、過激なくらいで丁度いいのである。実際、鼻の下を伸ばしながらも、男たちはうんうんと頷いている。

 

「ほほう……、先客は兄ちゃんの方だったってわけかよ。だがなあ……」

 

 一応納得はしたようだったが、男はまだ不満そうな表情をしていた。連れの男たちも同様に、脂ぎった顔に下卑た笑みを浮かべている。

 男たちが、なにを求めているのか。そのくらいのことは、承知していた。懐をさぐり、袋を取り出す。安い女であれば、全員が遊んでも余るくらいの金が入った袋だ。わざとらしく音を鳴らしてやりながら、それを渡す。金庫番である従妹には、とても言うことのできない金の使い道だった。

 

「いやあ、こいつはすまねえことをしたなあ。兄ちゃんの女に手を出したのは、俺たちのほうだっていうのに、へへっ……」

「なに、気にすることではないさ。ここで出会ったのも、ひとつの縁ではないか。俺も、心にわだかまりを持ったまま、女を抱きたくはないのでな」

「うんうん。わかってるねえ、兄ちゃん。じゃあ、誤解もとけたことだし、スッキリしてこようや。お互いに、な」

 

 金を受け取りながら、男は豪快に笑ってみせた。

 もしかすると、どこかの部隊の隊長格なのかもしれない。男が歩き始めると、他の連中はぴたりとその後を追っていく。

 

「ううっ、お腹痛い……かも」

「平気だったか? だが、こんな欲望塗れの場所に来るのだから、もう少し露出は抑えておくべきだったな。そのお陰で、俺は得をさせてもらえたわけだが」

 

 苦悶しながら、腹を抑えている女。かがんでいるせいで、魅惑的な谷間が見えてしまっている。

 

「お、思い出させないでください!? ですがその、助かりました。曹操殿が来てくださらなければ、わたしは今頃なにをされていたのか……」

「待て。その名前で呼ぶことは、控えてもらおうか。今ここにいるのは、ただの一刀だ。よいな?」

「すみません、迂闊でした! でしたら、こちらのことも真直(まあち)とお呼びください、一刀殿」

「それでいい、真直。落ち着いたのなら、場所を移すぞ。ここでは、目立ってかなわぬ」

 

 逢い引きの約束をしていたのは、袁紹配下の田豊だった。田豊は手を引かれたまま、ずれた眼鏡の位置を直している。表情には、冷静さが戻りつつあった。

 これからのことを相談しておきたいと思っていたが、さすがに袁紹本人を呼び出すことは憚られた。軍師を務める田豊は、その代理なのである。

 店に入ると、曹操は大きめの部屋を借り上げた。ここまで誰にもつけられてはいないはずだが、警戒するに越したことはないだろう。

 

「真直。董卓は、麗羽(れいは)にどのくらいの地位をふっかけてきたのだ。太守か、それとも州牧か」

「董卓の話では、まずは渤海の太守に、ということでした。麗羽さまが従うことになれば、袁家と親交のある士大夫たちにも取り入りやすくなる。そういったことを、董卓は狙っているのだと思います」

 

「やはり太守か。同じ西園校尉だとはいえ、俺にはそこまでの地位を用意しないのであろうな、董卓は」

 

 とにかく、袁紹がどう出るか。そのことを、董卓は気にしているのだろう。

 

「それで、麗羽のやつはどう動くつもりだ。俺は、近く洛陽を出ようと考えていてな。まあ、近衛軍全てを委任するとでも言われれば、その気持ちだって揺らいでしまう可能性もあるが」

 

 袁紹を真名で呼ぶのは、久しぶりのことだった。なんとなく、胸に引っかかりのようなものを感じている。数年前なら、こんなことはなかったはずだ。

 結局、洛陽を出奔して反董卓の構えを組むにしても、袁紹抜きではできることではないのだ。上手く乗せられていた袁術も、董卓による専横の様子を見受けたことで、ようやく自身の立場を悟ったらしい。袁家の二人が起つことになれば、まず間違いなく兵は集まる。

 

「一刀殿ならばお分かりになると思いますが、あの麗羽さまが、董卓の走狗となることを良しとするはずがありません。それに、太守に封ぜられることにも、苛立っておられましたから。自分を誘いたいのであれば、せめて数州くらいは用意するべきでしょう、と」

「ははっ。おまえたちにあたっている様子が、目に浮かぶようだ。それでは?」

「はい。一刀殿がそういうご決心をされているのであれば、我らとしても助かります。ご両人が歩調を合わせて洛陽をお出になれば、世に対する示しにもなりますので」

「では、そのように事を進めようか。麗羽が翻意しないことを、心から願っているよ」

「それに関しては、心配ご無用かと。今回の件については、麗羽さまも憤慨しておいでですから。それで一刀殿、詰めの協議はどういたしましょう? ま、また、今回のようなことがないとも限りませんので……」

「次回からは、俺の配下を遣わすことにする。間者としては、なかなかの腕利きだ」

「承知しました。ええっと、それでは……」

 

 部屋を出よう。田豊が、視線でそう言っている。

 胸の前で結ばれた両手。男というものを、知らないのだろう。用件を話し終えたことで、緊張がまた湧いてきているのかもしれない。

 

「ふっ、可愛らしいものだな。どうだ真直、俺の女になってみる気はないか」

「わ、わたしは、そんなつもりで来たわけでは!? んんっ、一刀殿……っ」

 

 田豊の身体を、抱き寄せてみる。素晴らしく柔らかい上に、女らしい香りが鼻孔をくすぐってくるのだ。

 色素の薄い髪。指で触れてやると、田豊は小さく身じろぎをする。

 

「いい女だよ、お前は。麗羽のところに帰すのが、惜しくなってくる程度にはな」

「そ、そんなことっ……!? 冗談はお止めください、一刀殿……! それにわたし、殿方に触れられること自体初めてで……。ううっ、またお腹が……」

 

 田豊の表情。かすかに、歪んでいる。心には、袁紹への忠義があるのだと思う。苛まれているのは、そのためなのか。

 苦しめるのは、本意ではないのだ。謝罪代わりに頭をひと撫でしながら、ゆっくりと身体を離してやる。手篭めにされなかったことに安心したのか、田豊は胸を撫で下ろしている。

 

「う……、今あったことは忘れますから! 一刀殿も、それでよろしいですね……!」

「悪いことをしたな、真直。だが、おまえのことをかわいく思う気持ちには、少しも偽りなどないのだよ。それだけは、覚えていてくれるか」

「し、知りません……! 行きましょう、一刀殿」

 

 まくし立てるように言うと、田豊は早足に部屋を出ていってしまう。甘い残り香。曹操は、少し後ろ髪を引かれるような気分を味わっている。



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閑話 飛将軍の休日

 大勢の人通り。道の左右には、色とりどりの店屋がひしめき合っている。

 謁見の副産物として、屋敷から出歩く許可を得ることはできた。だからといって、露骨に他者と接触を計るわけにもいかないのである。自由を与えられた自分が、どういった動きを見せるのか。そのことを、董卓は観察しているに違いない。

 大人しく従うか。それとも、叛心を見せるのか。まさしく、自分たちはふるいに掛けられている最中なのである。

 

「これだけの品揃えだ。栄華(えいか)が来ていれば、さぞかし喜んだことだろうな」

 

 その手の話題に関しては、曹洪は親族の誰よりも敏感なのである。綺羅びやかな生地。趣向の凝らされた衣服。陳列されている品を見ているだけでも、それなりに楽しめてしまうのである。

 これが物見遊山であれば、似合いそうなものを見繕って、曹洪や他の者への土産にしてやることもできたというのに。さらりとした絹に指で触れながら、曹操はそんなことを考えていた。

 

「ン……、あれはもしや」

 

 燃えるような赤い髪と、褐色の肌。初めて会った時は雨のせいではっきりとわからなかったが、良い肉づきをしていることが今なら遠目にでも見て取れる。呂布。赤備えの騎馬隊は、どこにも連れていないようである。

 これほどまでに、人は雰囲気を変えられるものなのか、と曹操は思った。呂布の軍団に与えられた任務は、洛陽全体の治安維持である。深紅の騎馬隊は民衆に畏怖の感情を植え付け、連日通りをわが物顔で闊歩している。一見気ままにしているようでも統率が取れており、その練度の高さには油断できないところがあった。

 赤い塊。それが、牙を剥く瞬間がある。

 董卓に歯向かう、不穏分子。それを見つけ次第狩る権限を、呂布の軍団は授けられていたのである。

 聞いた限りでは、昨日も数人が大路で処刑されていたはずだ。呂布が方天戟を動かすと、面白いくらい簡単に人の首が飛ぶ。そんな女が、なぜ指を咥えて屋台などを見つめているのか。曹操には、さっぱりわからないことだった。

 

「呂布殿。かような場所で出会うとは、珍しいものだな」

「……ん?」

 

 気がつくと、声をかけてしまっていた。極端な二面性を見せる呂布という人物に、興味を惹かれたせいかもしれない。

 ふたつの大きな(まなこ)。それが、ただ静かにこちらを見つめている。真紅の瞳。髪よりも、さらに鮮やかな赤をしている。

 

「曹操だ。数日前に、宮中で顔を合わせたばかりだというに」

「……あ。確かに、そんなこともあった。今日は、仕事はお休み。だから、油断してた」

「たまには、休む日もなくてはな。羽根を伸ばしたいのは、皆同じだ」

 

 呂布は、董卓の護衛を務めてもいる。武力では、恐らく董卓軍の中でも並ぶ者がいないのだろう。それに、忠誠心だって強いように思える。

 

「う……。んん……」

 

 うめき声。それとよく似た音が、隣からはっきりと鳴っているのがわかった。呂布。見れば、腹を抑えてうつむいている。

 

「まさか、そんなになるまで腹を空かしていたというのか?」

 

 一瞬自分の考えを疑いそうになったが、状況が全てそれを指し示しているのだ。もう一度、呂布を見る。その身体の内側に、どれだけ巨大な腹の虫を飼っているというのか。そう思ってしまう程度には、立派な音が耳に届いていたのだ。

 

「董卓殿から、金はもらっているのだろう? だったら、好きなものを買えばいいではないか」

「……お金、忘れた。だから、お財布もお腹も、いまはすっからかん」

 

 可愛らしく左右に振られる頭。呂布はそう言って、さらに落ち込んでしまっている。どうしたものか、と曹操は首をひねった。

 

「よし、店に入るぞ。丁度あそこの肉まんを、食してみたいと考えていたところなのだよ。ひとりでは味気ないゆえ、付き合ってもらえないだろうか、呂布殿」

「……いいの?」

 

 別に、恩義を売ろうとしているわけではない。猟犬ではなく、捨てられた仔犬のような眼差し。放っておけないと思わせるなにかを、呂布という女は持っている。ただ、それだけのことだ。

 店内の席につくと、呂布は俄然元気になった。数種類ある肉まん。それを片っぱしから注文していくと、待つ傍ら闘志を漲らせているのだ。呂布にとって、食事と闘いは同じなのかもしれない。鋭くなっていく視線には、少し気圧されるものがある。

 

「……ほんとに、好きなだけ食べてもいい? ほんとに、ほんと?」

「疑わなくともいいだろうに。腹いっぱいになるまで、食っても構わないぞ」

「…………曹操、結構いい人」

 

 長い間があったように思えるが、それなりには認めて貰えたのだろうか。

 籠に盛られた大量の肉まん。それが視界に入ると、呂布の表情は輝きを増していく。見ているだけでも、胸焼けしてしまうくらいの量なのである。それが、細い身体の中に次々と飲み込まれていくのだ。

 肉と、それに魚介を餡にしたもの。同じものを続けて口にしないあたり、呂布なりにこだわりがあるのだろう。一心不乱。その言葉がぴたりと当てはまる勢いで、呂布は肉まんを食べ進めていく。

 

「……曹操も、食べる?」

「そうだな。呂布殿の食べっぷりが凄まじすぎて忘れていたが、俺もひとついただこうか」

 

 山盛りとなった肉まん。その隙間から顔を覗かせ、呂布は柔らかに笑った。

 深紅の騎馬隊を率いているときとは、まるで違う表情なのである。どちらが、本当の呂布なのか。それは、曹操にはまだわからなかった。

 

「少し、訊ねてもいいか。答えるのが面倒であれば、無視してくれてもいい」

「……ん、……なに?」

「董卓殿とは、どのようなお人なのだ。近くにいる呂布殿であれば、それがわかるのではないかと思ってな」

 

 白い塊に歯を立てる。すぐさま、口の中に旨味が拡がっていく。

 肉といっても、数種類を混ぜ込んであるのだろう。なるほど、いい味をしている。時折感じる野菜の歯ごたえを楽しみながら、曹操は呂布の返事を待っていた。その間も、呂布によって肉まんは三つ四つと消えていく。

 

「……(ゆえ)は、がんばり屋さん。みんなに笑ってもらうために、すごくがんばってる。……だから、(れん)は闘わないといけない。みんなのためにがんばってる月を、恋は守ってあげたい」

「慕われているのだな、董卓殿は」

「…………ん。月は、ほんとはすっごく優しい。……だけど、優しいだけじゃ闘いには勝てない。……だから、……もぐっ」

 

 肉まんにかじりつく呂布。その先は、胸にしまっておきたいのだろう。咀嚼した欠片とともに、言葉は飲み込まれていった。

 呂布が真実を語っているのだとすれば、董卓は無理をして、暴君の振る舞いをしているのかもしれない。だとすれば、確実にどこかで齟齬が生まれる。そうなった時、天下は再び乱れに乱れることになるはずだ。そんな内輪の争いを、いつまでも続けていいわけがないのである。強靭な覇者。そのもとで、国は一つに纏まらなくてはならない。

 漢。強大なようで、危うい土地でもあった。国の周辺には、烏桓(うがん)匈奴(きょうど)といった多くの異民族たちが暮らしている。異民族とは、幾度となく闘い、なだめてきた歴史があるのだ。その闘いは、この先もきっと続いていく。

 曹操も、そのことについては、師である橋玄からよく聞かされていた。国の根幹が弱れば、すなわち付け入る隙きを異民族に見せることにもなるのだ。蹂躙される未来。それだけは、避けなくてはならないはずだ。

 

「……曹操、もう食べない?」

「うん、そうだな。呂布殿が旨そうに食べているところを見ているだけで、俺は満足できてしまうのだよ」

「…………ん、もごっ。ちょっと、恥ずかしいかも」

「ははっ。散々見られてきたというのに、今更なことだな。やはり、呂布殿は面白いお方だ」

「……んっ、面白い? ……恋には、よくわからない」

「気にせずともよい。いいと思うまで、のんびり召し上がられよ」

「…………もぐっ。……うん、そうする」

 

 顔をわずかに赤面させたまま、呂布は大きな口で肉まんを嚥下していく。武と忠義にすぐれた番犬。性質的には、夏侯惇と共通した部分があるのではないか、と曹操は思う。

 そうして、湧き上がってくる考えがある。呂布のような将を、自身の麾下に置いてみたい。このことを夏侯淵に聞かせれば、一笑に付されてしまうのだろうか。それでも、いつか成し遂げられればいい。その時は、今ではなかった。

 

「曹操、じっと見てる。恋の顔に、なにかついてるの?」

「ついているといえば、ついているな。ほら、頬が汚れているぞ」

「…………あっ、んんっ」

 

 頬についた食べ滓を取ってやり、自分の口に運んだ。それだけで羞恥の色を見せてしまうのだから、こうしている分には可愛らしいものだ。

 そこからは、黙々と食べ続ける呂布の姿をじっと見守ることにした。話しかけられると、どうにも集中が途切れてしまうらしい。それでは、この間食は永遠に続くことになりかねない。

 籠に残った最後のひとつを食べ終えると、呂布はちろりと指を舐めた。

 店の親父には、すでに土産の分まで注文済みなのである。持って返って、みんなとも食べたい。呂布がそう語ったからには、土産には董卓の分までもが含まれているのだろうか。だとすると、ちょっと滑稽に思えてくる。

 宮中の権力を、ほしいままにしている董卓。近く対峙しようとしている相手が食べる肉まんを、まさか自分が買ってやることになるとは、屋敷を出る時には考えもしなかったことだ。

 

「……ばいばい。肉まん、おいしかった」

「それはよかった。ではな、呂布殿」

 

 大きな袋を片腕で支えて、呂布が小さく手を振っている。

 あれだけ食べても普通に動けているのだから、驚異的としか言いようがない。それに、持っていた金もほとんど使わされてしまったのである。趙雲にこの顛末を話してやれば、きっと腹を抱えて笑うだろう。それでも、やけに気分はすっきりしているのだ。

 

「本当に、不思議な女だ」

 

 身体を照らす夕日。曹操の足取りは、軽かった。



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七 洛陽出奔

 風。ざわめいている。これから起こる騒乱の気配を、感じ取っているとでもいうのか。

 窓際に置いた篝火の炎が、妖しく揺らめいた。物音。袁紹の屋敷に向かわせていた紅波(くれは)が戻ったのだろうと、曹操は椅子から立ち上がった。腰には、剣を佩いている。心は、とっくに定まっているのだ。

 

「どうだった、袁紹のやつは」

「それが、どうにも出立を渋っておられるご様子なのです。配下の方々も説得にあたられてはいるのですが、空に浮かんだ月がどうにも不吉だ、と嫌がっておいでで。名門のご当主というのは、そんなものなのでしょうか。決めた日取りを変えれば、時を失います。こうなったら、殿お一人だけでも……」

 

 紅波が、悔しそうに唇を噛んでいる。

 田豊との会談からここまでは、すんなりと進んできたのである。それが袁紹の機嫌ひとつで覆りかけているのが、紅波には理解できないのだと思う。

 

「それでは意味がないのだよ。袁紹を連れて出ることができなければ、董卓への反攻は叶わぬ夢となってしまう。諸侯を呼び集めるためには、やはり名声が必要だ。それだけの力が、袁家にはあるのだからな」

「では、どうなさるおつもりなのですか」

「俺が行って、直接話をしてみるしかあるまい。董卓に気取られるのが早くはなろうが、どうせいつかは露見することだ」

 

 部屋を出て、曹操は中庭に向かった。夏侯淵、曹純、趙雲。三人共に武器を手にしており、闘う準備はできているようだった。表情からは、闘志を感じ取ることができる。

 空を見上げる。赤い月。どことなく不気味に、光を放っている。そのせいで、暗闇に包まれているはずの周囲が、おかしなくらい明るく感じられているのだ。

 誰が最初に、この月には不吉が宿っていると言い始めたのだろうか。本当に災いをもたらすというのであれば、やってみるがいい、と曹操は鼻を鳴らす。天の意志。そんなものに、人は左右されるべきではない。

 

「もう出発されるのですか、兄さん? わたしたちは、いつでも平気です」

「屋敷は発つが、門へ向かう前に寄っていく場所ができてな。俺は、袁紹と話をつけに行く。柳琳(るーりん)は、その供をせよ」

「なにか、問題が起こったようですね。わかりました、すぐに行きましょう、兄さん」

 

 曹純が同意する。

 ここには、もう戻ってくることはないだろう。人気のなくなった屋敷を見ながら、曹操はひとつ頷いた。

 

「主よ。となると、我らは門を開け放つ段取りでもしておればよいのですかな?」

「そうだな。門の周辺は固く守られているから、注意を逸してやる必要があるだろう。俺たちが出るのは、東門だ。誰かが別の方角で騒ぎを起こしてくれれば、それもやりやすくなる」

「なるほど。でしたら我らはその騒ぎとやらをいち早く門の守兵に伝え、陽動してやればよい、と」

 

 趙雲は、すぐに理解したようだった。

 取り上げられた近衛兵の中にも、まだ自分を慕ってくれている者たちがいるのだ。宮殿に近い営舎。今晩、その者たちがそこで暴れる手筈となっている。董卓軍の気を引いた後は上手く逃げるように言ってあるが、それは難しいことのはずだ。その兵たちの思いに応えるためにも、自分はなんとしてでも袁紹を連れて洛陽を出なければならなかった。

 

「殿が袁紹殿の屋敷に行っておられる間、(いとま)がありましょう。わたしは、西に行って火をかけて参ります」

「わかっているだろうが、無茶はするなよ。ここで秋蘭(しゅうらん)を欠くことになれば、俺は右腕をもがれたも同然の格好となる」

「承知しておりますよ、殿。わたしとて、殿の天下を見ずして死ぬつもりなどありません」

「ならば、よい。火をかけたら、秋蘭は東へ向かえ。袁紹を引っ張り出したら、俺もすぐそちらに向かおう」

 

 袁紹のところまで、馬を駆けさせた。馬首が、赤い闇夜を斬り裂いて進んでいく。

 門前。文醜が、つまらなさそうに柱に背を預けている。大雑把であり、とても説得に向くような(たち)をしていないのである。多分、顔良たちから外を見てくるように言われたのだろうが、その役目を果たせているのかは怪しかった。

 こちらを見つけて、文醜が駆け寄ってくる。身につけている金色の武具が、擦れて音を鳴らしていた。

 

「おっ、曹操のアニキじゃねえか! なあなあ、姫がうんともすんとも言わないせいで、あたいらすっごく困ってるんだよ。アニキなら、なんとかできるだろ?」

「なんとかする以外に、道はないからな。案内をしろ、文醜」

「おおっ、さっすがアニキ。そういうやる気満々なところ、あたいは好きだぜ?」

 

 馬から下り、文醜の後に続いて屋敷の門をくぐった。曹純は、見張りとして門前に残してある。

 袁紹の姿は、すぐに見つけることができた。出立を渋りながらも、一応鎧だけはつけているようである。足音に気づいた田豊と顔良が、こちらに顔を向ける。二人とも、心底疲れ果てたというような顔をしていた。

 

「こうして直に会うのは久しぶりだな、袁紹。どうした、急に董卓が恐ろしくでもなったか」

「なんですって……? 名門袁家の当主であるわたくしが、あんな小娘を恐れるはずがありませんわ。ただ……」

 

 廊下の縁に腰掛けている袁紹。組み替えた脚の隙間から、白いものが一瞬だけ顔を覗かせた。女の敏感な部分。そこを覆うものだけあって、いい素材を使用した下着を着用しているのだろうな、などと曹操は考えていた。

 苛立ち。言葉の端々に、それが感じられた。袁紹は、煽られると我慢が利かなくなる性分の持ち主でもあるのだ。配下たちには難しいことかもしれないが、自分であればそこを遠慮なく突くことができる。

 

「董卓を恐れていないのであれば、なんだ」

「その……、今夜は月がよくありませんわ。いくら曹操さんでもご存知かとは思いますけど、古くから赤い月は不吉を呼ぶというでしょう? あの血に塗れたような色を見ているだけでも、わたくし嫌な予感がしてなりませんの」

 

 綺麗に巻いた金髪に触れながら、袁紹が不安を吐露していく。確かに、故事には従うべき場面だってあるのだろう。先人らが経験し、伝え残してきた事柄なのである。なにも、全てを迷信だといって斬り捨てればいいわけではない。しかし、それは今ではないのだ。

 

「な、なんですの。んっ……、おやめなさい」

 

 座ったままの袁紹に近づき、その頬に触れる。柔らかであり、繊細そうでもある肌。指で触れているだけでも、しっかりと手入れされていることがよく伝わってくる。

 翡翠色の瞳。それが、こちらをじっと見つめている。主導権は、もう自分のものだ。曹操は、そのことを強く確信していた。

 

「おまえが赤い月を恐れる気持ちも、分からなくはない。けれども、俺たちはここで立ち止まるわけにはいかないはずだ。そうだろう、袁紹?」

「あっ……。一刀……さん?」

 

 そのまま、少し顔を近づけてみる。視線は、じっと合わせたままだ。

 袁紹が、不意に真名を呟いた。懐かしい気持ちが、じわりと湧いてくる。互いに、家を背負うようになるまでは、真名で呼び合うのが当たり前だったはずだ。

 背負った分だけ、人はなにかを捨て去らなくてはならないのだろうか。それでは、寂しすぎるようにも思う。だが、袁家は越えるべき壁でもあるのだ。高き壁を越えた先。そこに、きっと自分の目指しているものがある。そんな気が、してならないだけなのだ。

 

「俺は闘うぞ、麗羽(れいは)。生きている限り、抗い、闘い続けたいのだ。月が赤いからといって、それがなんだ。それも、全ては人が決めたことではないのか。ならば今夜、俺がこの月を吉兆に変えてみせよう。曹操孟徳と袁紹本初が、共に往く道なのだ。その道を、誰が妨げることができるというのか」

 

 言葉は尽くしたはずだ。

 胸に、妙な高鳴りを覚えている。なにか言い繕おうとして、出た言葉ではなかったせいなのかもしれない。

 自分が闘うべき相手。それは、なにも董卓だけではないのだ。

 腐り果てた、この国の全て。それらを創り変えるまで、剣を置くわけにはいかないのだ。それに、感じていることがある。闘うことを止めた時。それが、自分の死ぬ時なのだろうと曹操は直感しているのだ。。

 平穏な生涯。仮にではあるが、天上を越えた先ににある国とやらに辿り着くことができれば、それを享受するのも悪い話ではないのかもしれない、と思うときがある。天下を統べれば、そんな道も見えてくるのだろうか。それは、まだ少しもわからないことだった。

 袁紹の頬。かすかに、熱を帯び始めている。そこから手を離し、返答を待つことにした。

 考えが、決まったのだろう。閉じられていた、袁紹の目。それが、ゆっくりと開かれていく。双眸。見据えてくる。そこには、確かに覇気が宿っていた。

 

「ふふっ……。言ってくれますわね、曹操さん。おかげで、わたくし吹っ切れましたわ。馬を曳いてきなさい、斗詩(とし)。腹をくくったからには、早速参りますわよ」

「はい、麗羽さま! ……うふふっ、助かりました。さすがに、麗羽さまのことをよくお分かりですね、曹操さん」

 

 すれ違いざま、笑顔を見せながら、顔良は小声で感謝の言葉を口にした。頷きで返しながら、曹操は西の空へと視線をやっていく。釣られるようにして、田豊も同様の方向を見上げた。

 夏侯淵は、今頃門へと向かっているはずだ。かつて麾下であった兵たちも、動き始めているのだと思う。あとは、自分たちがやるだけなのだ。

 

「なんでしょう……。月の光ではなく、あれは炎なのでしょうか。もしや、曹操殿がなにか仕掛けを?」

「まあ、そんなところだ。秋蘭が、上手くやったようだな。俺たちも、急ぎ門に向かわなくては」

「はい、そうしましょう。武器を使うことは得意ではありませんが、足手まといにはならないように気をつけますので」

「健気なことだが、お前ひとりだけなら俺でも守ってやれる自信がある。だから、そう気負う必要はないのだぞ、真直(まあち)

「ま、また、曹操殿はそうやってわたしをからかわれるのですから……!」

 

 田豊が、飛び上がるようにしながら驚きをみせている。

 肩の力は抜けているようだから、これならば少々乱戦になっても大丈夫だろう、と曹操は思う。それに、守ってやると言ったのも、あながち冗談ではないのだ。

 

「む……? 行きますわよ、曹操さん。真直も、話したいことがあるのなら後になさい」

「すみません、麗羽さま。本当に、なんでもありませんからっ!」

 

 訝しんでいる袁紹をなだめつつ、屋敷を出た。喧騒が、風にのって伝わってきている。

 馬上に戻り、門まで駆けていく。すぐ横では、袁紹が馬を走らせている。かつては、こうしてよく遠駆けに興じたものだな、と曹操は過去を懐かしみながら遠方を見つめていた。

 赤い夜空。それを恐れてか、出歩いている民衆はどこにもいなかった。昼間は洛陽を巡回している呂布の騎馬隊も、夜間は董卓の護衛のために宮殿に詰めている。営舎で騒ぎが起きたからには、呂布の手勢もそちらの鎮圧に駆り出されるに違いない。だから、今ならばやれるはずだった。

 

「こちらでしたか、殿。説得が成功したようで、なによりです」

「秋蘭か。丁度いい、後方の見張りを頼めるか。誰にも、近づかせるなよ」

 

 途上、夏侯淵と合流することができた。ここまでは、順調なのである。あとは、門の守兵がどうなっているかだけだ。

 月光に照らされて、門がぼんやりと姿を浮かび上がらせている。守兵は、まだ残っている。それでも、かなり数は減っているようだ。門の左右。篝火が振られたかと思うと、守兵が数人倒されていく。

 趙雲と紅波。斬り込み、一気に開門を狙っているのだろう。

 

「楼上の兵を狙え、秋蘭。俺たちも続くぞ。臆するなよ、袁紹」

「もちろんですわ。斗詩、猪々子(いいしぇ)、あなた達は露払いを務めなさい」

 

 武器を振るい、顔良と文醜は守兵を吹き飛ばしていく。曹操たちも速度を緩めず、馬を突っ込ませていった。誰にも、止められるはずなどない。高笑いを響かせる袁紹。気勢は、すっかり元に戻っているようだった。

 剣を抜き、叫びを上げる。守兵は、五十人もいないはずだ。

 先に斬り込んだ二人の姿を、曹操は捜した。軽やかに身を跳ねさせ、守兵を剣で制していく紅波。趙雲は、槍で兵の攻撃を打ち払いながら、門を身体で押しはじめている。

 

「聞け。西園軍、典軍校尉曹操である。今すぐに立ち去れば、命は奪わない。死にたい者だけ、ここに残るがいい」

「同じく、中軍校尉袁紹ですわ。わたくしたちの道を塞ごうとする輩には、少しも容赦しませんわよ!」

 

 突き出された槍を剣で払い、兵を睨みつけた。

 曹操と袁紹という名を聞いて、守兵の混乱は大きくなっていく。ここにいるのは、董卓が連れてきた涼州兵ではないのである。それだけに、西園校尉としての名が役に立った。

 

「見てください、兄さん。門が、開いています」

「よし、もうひと駆けするぞ。ひたすら、東に進み続けるのだ」

 

 心が、沸き立つようだった。

 今の洛陽は、自分たちを囚える檻となんら変わらないのである。門の先。そこには、求めていた自由が広がっている。

 

「後ろには目もくれず、駆け続けろ」

 

 八頭の馬。次々と、門から飛び出していく。生き残った守兵たちは、その影を呆然として見送ることしかできなかった。

 赤い光。原野の向こう側にある大地が、燃えているようにさえ見える。幻想的な光景に息を呑みながら、曹操は強く手綱を握りしめた。



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八 帰郷

 拠って立つべき地。それを目指し、曹操たちは昼夜を問わず馬を走らせ続けていた。董卓の息のかかった追手。それが、どこまで近づいてきているのか、分からないのである。

 潰れては、代えの馬に乗り換える。逃避行は、そのくらいの強行軍だった。郷里に残してきた、愛しき者たち。その姿が、時々脳裏に浮かんでは、消えていく。夏侯惇や荀彧と無事再会するためにも、いまは踏ん張り続けるしかない。曹操は、そんな思いで手綱を握っている。

 故郷である、豫州。

 そこまで逃げ切ることができれば、あとは態勢を整え反撃に移るだけなのだ。父祖が豫州に与えた影響というのは、決して小さいものではないはずなのである。だから、諸将がそう容易く董卓に膝を屈することはない、と曹操は踏んでいた。挙兵に付き従うかどうかはともかく、日和ってくれていれば今はそれでよかった。

 

「曹操さん。わたくしたちは、この辺りで」

「そうか。渤海へ行くのか、袁紹?」

 

 分かれ道。馬を止めたのは、この日初めてのことだった。

 さすがに、疲れが溜まっているのだろう。普段壮麗な印象を受ける袁紹の金髪だったが、心なし色艶が良くないように曹操には思えた。

 

「ええ、そうですわね。董公がくださるというのですから、貰っておかなければ損でしょう? ですけど、渤海へ行くのは、わたくしにとって所詮はじめの一歩に過ぎませんわ。冀州の兵を統合し、諸侯に決起を持ちかける。袁家の声望を持ってすれば、それも難しいことではありませんもの。あの小娘が笑っていられるのも、今のうちですわよ」

 

 いまにみていろ、董卓。そんな風な感情が、袁紹の表情からは見て取ることができた。

 繋がりからいって、冀州を統括する立場にある韓馥は、袁紹に従うのだろう。太平道による乱以降、冀州には人が増え続けていると聞いている。そこで袁紹が兵に参集を呼びかければ、まず数万は集まると見て間違いないはずだった。

 そうなれば、袁紹は諸侯の中でも飛び抜けた兵力を持つことになるのだ。連合軍。それが結成された場合、袁家が中心となって動いていくのは、自明の理というものである。

 

「頼もしい話だな、それは。せいぜい、俺も乗り遅れないよう努めなければ」

「うふふっ、そうなさいな。さて、と……」

「ああ。近いうちにまた会おう、袁紹」

「ええ、曹操さんもお達者で。……んっ。これまでのこと、一応感謝して差し上げますわ」

 

 袁紹が、馬腹を蹴る。

 乾いた大地。馬蹄に叩かれ、土煙が舞い上がった。

 

「じゃあな、アニキもちゃんと(うち)まで帰るんだぞー!」

「あっ、ちょっと文ちゃん待ってよお! さようなら、曹操さん!」

「色々とお世話になりました、曹操殿! また、必ずやお会いしましょう!」

 

 三者三様。麾下たちが、主君のあとを追っていく。

 あとには、木霊するような袁紹の高笑いだけが、風にのって聞こえている。

 

「俺たちも、行こうか」

「はい、兄さん。そういえば、もうすぐ陳留が見えてきますね。確か、あちらには張邈(ちょうばく)さんが?」

 

 張邈は名門の生まれであり、また袁紹とも深い親交を持つ男だった。

 曹操もその縁から誼を結んでおり、信頼を置くようになっていたのである。だから、董卓の要請に応じて陳留太守となってはいるものの、それは表面的に従っているだけに過ぎない、と曹操は読んでいる。

 

「近くを通ってみるとしようか。張邈にはそれとなく知らせておけ、紅波(くれは)

 

 併走している紅波に向けて、曹操が言う。陽光は、まだ強く原野を照らしていた。

 

 

 逃亡した者を捕らえるための関所。そんなものが、各地に築かれているのだという。自分たちが、董卓を必死にさせている。そう思ってみると、少しは胸がすいた。

 踏ん張りどころが、近づいている。袁紹の洛陽出奔で、時勢は大きく変化を遂げるはずだ。それ故に、董卓も躍起になっているところがあるのかもしれない。

 

「曹操さま。こちらの間道は、地元の者しか知りません。ですから、気を休めていただいても平気だと思います」

「助かるよ、典韋。(えん)州の道を知らないわけではないが、お前がいてくれなければ関を強行突破することを考えていたはずだ」

「えへへっ、ありがとうございます。村で暮らしているだけでも、面倒事は確かにありますから。それを避けるためなら、みんな知恵を絞りますよね」

 

 森林。その中に密かに通された道を、曹操たちは馬を曳きながら進んでいる。

 先導している者の名を、典韋という。見てくれこそ幼かったが、内面はしっかりとできている少女だった。

 それでも、張邈のもとでは一兵卒として働いているらしい。ずっと村で暮らしていたようだったから、士官をしたのも最近の話なのだろう。

 典韋を寄越したのは、張邈のせめてもの気持ちの表れだといえるのだろう。表立って兵を動かせば、董卓は迷わず陳留を攻め落とそうとしてくるはずである。それに、下手に目立つ兵よりも、土地勘のある典韋のような者の力を借りられるほうが、現状では遥かに役に立つ。このあたりの人選は、さすがに張邈だと曹操は思った。

 時折、典韋は戟を振るって伸びた枝を斬り落としていく。自分たちに、無駄な疲労を溜めさせまいとしてくれているのだろう。

 張邈からも言いつけられているのだとは思うが、心配りができるのは典韋に優しさがあってのことなのである。

 

「もうちょっとで、森を抜けられますよ。そこからは駆けっ放しになると思いますから、ここで休憩を挟みましょう。わたしが行って、なにか食べる物を買ってきます。曹操さま、好き嫌いはありますか?」

「そこまで気を利かせてもらうと、なんだか悪い気がしてくるな。ただまあ、まともに食える物であれば、いまは何だってありがたいが」

「いいんです。この辺で暴れまわっていた黄巾のひとたちを鎮めてくださったのも、曹操さまなんでしょう? みんな、感謝していますよ」

「ふっ。そうかもしれないが、それは俺ひとりの力ではないよ。ここにいる夏侯淵と曹純も、よく闘ってくれた。まあ、趙雲はその限りではないのだが」

 

 どうやら、自分の関知しないところで、紡がれてきた絆があったようだ。そして、それがいま、窮地で助けとなっている。

 ひとの人生とは、分からないものだ。曹操は、典韋の顔を見つめながらそんなことを考えていた。

 

「それは嫌味ですかな、主? 知りませんぞ、いつか後ろからぶすりと突かれても」

「そのくらいにしておけ、星。しかし、当時お主のような勇猛な将が曹軍に在籍していれば、姉者もわたしもさぞかし助かったことだろうよ。優れた将は、何ものにも代え難い。全くもって、その通りだな」

 

 趙雲の戯言に、夏侯淵が釘を差している形だ。ただし、雰囲気はそれほど厳しいものではなかった。

 青い髪色にも通じるような、涼やかな笑みを浮かべる夏侯淵。二人の緩んだ表情を見るのも、久方ぶりのことだ。

 

「それは、これからの働きでどうとでもなろう。幸いにして、主はわたしを深く寵愛してくださっているのでな」

「せ、(せい)さん!? ずるいです、こんなところで……」

 

 擦り合わせるようにして、身体を寄せてくる趙雲。女らしく柔らかな部分が、疲れを癒やしてくれるようだった。

 気を抜きすぎているようにも思えたが、張り詰めているばかりではいずれ限界がきてしまうことがあるのかもしれない。

 嫉妬の炎を、可愛らしく燃やしている曹純。その首元をあやすように撫でながら、曹操はかすかに笑っている。

 

「あははっ……。曹操さまは、皆さんと仲がよろしいんですね」

「引き留めてすまなかったな、典韋。お前ひとりに行かせてはやはり悪いから、紅波(くれは)をつける。それで、いいか」

「はい、承知いたしました。紅波さん、よろしくお願いします」

 

 密偵の紅波であれば、面が割れることもない。なにより、その土地に馴染んだ装いをするのにも長けているのだ。

 それに、紅波の同行には見張りとしての側面がないわけではなかった。典韋を信じていないわけではないが、ここはまだ兗州内部なのである。身を守るためには、必要以上の警戒をするべきだった。

 時間としては、どのくらいだったのだろうか。ともかく、心配は杞憂に終わったのである。少しの、肉と野菜。それを携えて、典韋は紅波と戻ってきた。しかも趙雲のためにと、僅かだったが酒まで買ってきたのだという。典韋の細やかな心遣いに、曹操は感服するしかなかった。

 

「うむ、これは旨いな。おぬし、どこかで料理の修行でもしていたのか?」

「いいえ、すべて独学なんですよ。ですから、褒めていただけるとすごく嬉しいんです。やっぱり、料理は食べてくれる人がいないとどうにもなりませんから」

「なるほどな。それは、実によい心がけだ。わたしも包丁を握ることがあるが、そのとき常に考えるようにしていることがあってな。なにをお出しすれば、殿は喜んでくださるのだろうか。それだけは、どんなに時間がない場合であっても、忘れないようにしているつもりだ」

「それって、素晴らしいことだと思います。わたしも、いつかそんな風に思えるようになったらいいなあ……」

 

 夏侯淵と典韋が微笑ましい会話を交わしているのを横目に、曹操は肉を頬張っていた。

 買い出しに行った先で、下ごしらえは済ませてきたらしい。串に通された、一口大の豚肉。火の加減まで調節しながら、典韋はそれを自分たちのために焼いてくれたのだ。臭みもなく、もっと欲しいと思わせるような味付けなのである。それを葉物に巻いて食うと、脂の感じ方が変わって一層旨くなる。

 

「野営で食うには、贅沢すぎる味なのかもしれないな。全身に、力がみなぎっていくようだ」

「むうっ……。わたしだって、兄さんのためならこのくらい……」

「ははっ。典韋に妬いている余裕があるのなら、いまは腹を満たしておくのだな。(しょう)に帰ったら、きっと柳琳(るーりん)の作ったものが恋しくなるはずだ。その時になっておまえに倒れられでもしたら、俺は途方に暮れるしかなくなってしまうではないか」

「そ、そうですよね! すみません、兄さん。わたしったら、つい下らないことを考えてしまって……」

 

 洛陽から駆け続けているせいで、曹純の中にも心労が蓄積してきているのかもしれない。ささくれ立った部分が見え隠れしてしまうのも、仕方がないことだと曹操は思った。

 

「おや、主。なにやら、お顔が獲物を狙う狼のようになっておりますぞ?」

「そんなに恐ろしい顔をしていたのか、俺は」

「ええ、そうですとも。可愛い従妹の肢体をねぶるような視線で見つめ、手つきなどこのように……」

 

 そう言って、趙雲は右手を開いて爪を立てるような仕草をしてみせた。

 逆の手では、酒の入った瓶をしっかりと掴んでいる。この程度の量では、酔うことなどありはしないのだろう。この酒は、いわば気付けだ。

 

「に、兄さん? もしかして、その……たまっているんですか? でしたらここで……、いえ……でもそんなっ!?」

「くっ、ふははっ! 愛されておりますな、主よ。しかし、どうしても我慢できなくなったときには、わたしを頼ってくださってもいいのですよ? まあ、主の絶倫ぶりを考慮するのであれば、全員で相手をするのが筋なのかもしれませんが」

「はう……。ここにいるみんなで、兄さんとだなんて……。はっ……!? だけど、わたしも星さんの大胆さを見習わなくっちゃ……」

 

 趙雲の乱入によって、曹純の思考があらぬ方向へ行ってしまいそうになっている。

 むっちりとした内もも。それを、曹純は何度か擦り合わせている。木の幹に座ってそうしているだけだというのに、おかしなほどの艶めかしさを感じてしまう。曹純の言ったように、それだけ自分にも溜め込んでいるものがあるというのか。趙雲は、口元を隠して怪しげに笑っている。

 

「曹操さま、召し上がっておられますか?」

「典韋か。ああ、お前の腕は大したものだ。旨い食事は、なによりの活力となる。これならば、一晩中でも進み続けることができるのかもしれないな」

「そんな……。でも、ありがとうございます。それと、夏侯淵さんと相談していたんですけど、もう少ししたら出発にいたしましょうか?」

「それで構わない。この後もよろしく頼むぞ、典韋」

「はい、お任せください。曹操さまたちを何事もなく豫州まで送り届けることが、わたしの役目ですから」

 

 天真爛漫。典韋の笑顔を見ていると、そんな言葉が浮かんでくる。

 それから三日経った頃には、曹操たちは豫州に入っていた。

 典韋とは、縁があるような気がしている。州境で別れた後、夏侯淵が言っていたことだ。夏侯淵は、典韋を妹のように思って接していたのかもしれない。それからはなんとなく寂しそうにしていたが、譙では姉が待っているのだ。夏侯惇との再会を心待ちにしているのは、自分だけではないのである。

 

「殿、あれはもしや」

「秋蘭。帰って来られたのだな、俺たちは」

 

 先に声を上げたのは、夏侯淵のほうだった。懐かしい風景。見えてきたのは、それだけではなかった。

 駆け寄ってくる女が一人。正確にいえば、二人だった。しかし、片方の勢いは駆け寄ってくるというよりも、突進してきていると表現したほうが適切なのだと思う。

 馬を降りて、曹操は地面を踏みしめた。

 風。通り過ぎながら、身体を撫でていく。心地のいい感覚だった。幼き頃から幾度となく感じた、故郷の風なのである。

 

「かずとッ!」

「かずとぉおぉおぉお!!!」

 

 二つの声。重なり合うというより、互いに反発し合っているのだろう。

 特徴的な、猫耳頭巾。それが、左右にふらふらと揺れている。走るのは、余り得意ではなかったはずだ。それでも懸命に脚を動かし、荀彧はこちらに向かって駆けている。

 

「来てくれたのだな、桂花(けいふぁ)。いい報告をしてやれないのが、残念だが」

「ふんっ。だいたい、このわたしを置いていったりするのがいけないんじゃない。ひどい目に会いたくなかったら、次からはこの荀文若さまを忘れず連れて行くことね。アンタも、今回の結果でそれがよくわかったでしょう?」

 

 荀彧の、薄くて小さな身体。それを強く抱きしめながら、曹操は言葉に耳を傾けている。

 

「桂花の言う通りなのかもしれないな。だが、こうしてまた会うことができた。いまは、その事実がただ嬉しいのだ」

「ううっ、ちょっとは力加減しなさいよね!? というか、なんで会う度あんたは汗臭いのよ! はっ……!? もしかして、自分のおかしな趣味をわたしに伝染させようとしているんじゃないでしょうね……!? いやっ……、この性癖歪曲男!」

 

 荀彧の絶叫が、身体の内側にまで響き渡る。いま、どんな表情をしているのだろうか。それをうかがい知ることは、できなかった。

 盛大に文句をつけながらも、荀彧は顔を胸に埋めたまま動かそうとしないのである。ならば、と頭巾を取り去り、曹操は髪を直に撫で付けてやることにした。繊細で、柔らかな髪。そこに指を何度か通している間に、荀彧はようやく顔を上げる気になったようだ。

 

「気持ちよかったのか、桂花?」

「んうっ……。うっさいわね、ばか一刀……」

 

 ばつが悪そうに、荀彧は吐き捨てた。

 隙だらけの唇。可憐に染まったそこを、曹操はなんの迷いもなく奪った。

 

「ちょっ……!? んっ、ちゅう、んむっ……。んんっ、やめっ……、あむっ……」

 

 弱々しい抵抗。抑え込むのは、容易かった。他の者に見られているという恥ずかしさも、あるのだろう。荀彧の息遣いは、すぐに荒いものとなっていく。

 近くで、夏侯惇の叫びが聞こえている。放っておくつもりなどないが、しばらくは荀彧との口づけを楽しみたい、という気持ちがあったのである。

 

「離せ! 離さんか、(せい)! むぐぐっ、最初に一刀を迎えに行こうと言い出したのは、このわたしなのだからなっ!?」

「わかったから、少しは落ち着け。それともお主、あの凄まじい勢いの突進を、そのまま主に受けさせるつもりだったのではなかろうな?」

「むむむ……! わたしだって、加減くらいはできるに決まっておろう! うぅ……、かずとぉ……」

 

 趙雲が、夏侯惇を宥めてくれている。

 涙まじりの声。それを耳にしていると、自分がとてつもなく悪いことをしているような気分にもなってくる。

 

「んむ、ちゅぷ……。んぅ、かじゅと……」

 

 着物が小さな手で引かれている。今は自分だけを見ていろ、とでも荀彧は言いたいのか。

 願い通りに、ゆっくりと舌を挿し込んでいく。口内の滑りを味わってやると、満足したのか鼻から可愛らしい息が抜けていった。

 離れていた期間で、荀彧の方にも気持ちの変化が訪れていたのかもしれない。大胆な舌遣い。唾液を流し込むような動きに、理性が焼かれていった。

 

「久しいな、姉者。もっとも、わたしでは一刀の代わりにはならないだろうが」

「おお、秋蘭(しゅうらん)! いいや、そんなことがあるものか。一刀は一刀、秋蘭は秋蘭なのだ。無事に帰ってきてくれたことが、なによりだぞ」

 

「ふふっ、そうか? わたしも、姉者が元気でいてくれて嬉しく思う。これからは、また一緒だ。曹家一丸となって、殿の御為に闘おうではないか」

「おう、任せておけ。戦場であれば、なんの遠慮もいらんからな。暴れに、暴れてやるつもりだ」

 

 気合たっぷりに、夏侯惇が言い放つ。曹純もその輪に加わって、さながら小さな決起集会のようなものとなっている。

 夏侯惇の姿を頼もしげに見つめながら、曹操は荀彧の肩を抱いていた。身体に、少しの重みを感じている。愛おしい、重みだった。

 

「ふっ……。命ある限り、どんな負けも負けではない。そうは思わないか、桂花?」

「まったく、そんな都合のいいことばかり言って、負け癖がついたって知らないわよ? でも、一刀の言う通りなのかもしれないわね。抗い続けて、最後に勝てばそれでいいのよ。その過程でのことなんて、どうせすぐに忘れられてしまうんだもの。それが後世の歴史家の目にどう映るかだなんて、それこそ気にしても意味のないことなんだから」

 

 軍師然とした表情を見せる荀彧。笑っているのは口だけで、目は怜悧そのものである。

 腹の底から、闘志が湧いてくる。倒されても倒されても、剣を持って立ち上がればいい。そうしていつか相手を斬り伏せることができれば、自分の勝ちとなるのである。

 闘う姿勢。自分は、これからそれを世に示し続けることになるのだろう。そのためには、軍としての体裁を早急に整える必要があるのだ。

 郷里に戻ったのも束の間、曹操はその先を見据えて、思考を働かせ始めている。



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第三章 鬼神の防壁
一 陳珪の提言


 なんとか形を保っている、漢という国。それが今、真っ二つに割れようとしている。

 洛陽にて権勢を振るう董卓と、それ以外の者たち。袁紹を筆頭に、溝は深く大きく拡がり始めているのだ。天下の形勢。その流れは、今後刻々と変化していくことだろう。帝を掌握しているとはいえ、董卓に反発する声はまだ少なくないのである。それだけに、各州に散らばる諸侯らは、次なる動きを注視しているはずだ、と荀彧は思う。

 渤海に入った袁紹は、董卓の専横を非難しながら、日々自軍の拡張を行っているのだという。事実、曹操のもとにも、そのことを知らせる書簡が何度か届いている。挙兵の時。それはもう、間近に迫っているのだ。

 

桂花(けいふぁ)

「なにか用でもあるの、一刀? そうでなければ、無駄に話しかけないでもらいたいのだけど」

 

 どこにいても、ふらりと現れる。それが、曹操という男だった。

 つい突き放すような物言いをしてしまうが、微塵も気にしていない様子である。そんな曹操を見ていると、なんとなく心がむしゃくしゃしてしまう。

 実際のところ、自分はどうしたいのだろうか、と荀彧は足元に視線を落とした。理不尽な怒りをぶつけた時も、市井の娘のように甘えてみた時も、曹操はその全てを余さず受け止めてくれるのである。

 器の大きさ、とでもいえばいいのだろうか。とにかく、多様なものを受け止められる強さを、曹操は持っている。他者の領域にずけずけと踏み込んでしまえるような無遠慮さも、覇者になるためには必要な部分なのかもしれない。

 どうすれば、自分に素直になることができるのだろうか。考えるほどに、心が苦しくなっていく。静寂を打ち破ったのは、やはり曹操だった。

 

「このところ、眠りが浅くてな。少し膝を貸してもらうぞ、桂花」

「はあ……? えっ、ちょっと待ちなさいってば。ううっ、そんな勝手に……!」

「勝手にするくらいで、丁度いいのだよ。お前を相手にするときは、特にな」

 

 半分強引に、日当たりのいい部屋まで移動させられてしまう。

 ひとのことを、曹操はなんだと思っているのだろうか。

 重ねられる手のひら。抵抗しても、きっと意味などないはずである。それを理解しているからこそ、こうして付き合ってやっているに過ぎないのだ。そんな風に考えなければ、荀彧はまだ自分を納得させることができなかった。

 

「ここに座ればいいんでしょう? ほんと、軍師に命じることじゃないわよ、こんなの」

「そう怒るな。桂花の膝ならば、よく眠れるのではないかと思ってな」

「なによ。わたしの膝は、便利な枕じゃないんだからね。はあ、するなら早くしなさいよ。それとも、一刀は掃いて捨てるほど時間を持て余してるっていうわけ?」

 

 男に、膝を貸してやる。もちろん、初めての経験だった。

 

「ン……、そうだな。少し寝たら、陳珪殿のところに向かうつもりだ。そちらには、お前も来るのだろう、桂花?」

「ええ、そのつもりよ。陳珪殿に繋ぎをつけたのは、わたしだもの。というか、無駄話をしてないでさっさと寝てしまいなさいよ」

「ははっ、そうしよう。うん、思っていた以上に、いい具合だ」

 

 膝に頭を乗せると、曹操はすぐに目を閉じてしまった。

 眠りが浅いのには、いくつか理由があるのだと思う。ひとつは、連日の強行軍で(しょう)まで帰ってきたこと。そのときの感覚が、多分まだ抜けていないのである。朝の挨拶を交わすような時間帯でも、時折妙なくらい瞳が爛々としていることがあるのだ。

 それに、もうひとつ。諸侯に送る檄文の準備に追われていることも、眠りの妨げになっているのだろう、と荀彧は思っている。

 

「気持ちよさそうにしちゃって、そんなに寝心地がいいのかしら」

 

 無防備な寝顔。しばらくの間、その顔を黙って見続けていた。穏やかに呼吸をする音が、確かに耳へと届いている。

 

「いたずらされたって、文句はいえないわよ? なんたって、このわたしの膝を身勝手に使っているんだもの。うふふっ、どうしてやろうかしら」

 

 曹操の、油断しきった頬。そこに一本指を走らせながら、荀彧は小さく笑い声を洩らした。

 身じろぎ。肌に触れられたのが、こそばゆかったのかもしれない。手の届く範囲に、筆と墨がないのが悔やまれる。落書きをするための下地は、目と鼻の先にあるのだ。

 

「ふふっ、なんてね。これでも、わたしはアンタの軍師なのよ。主君に恥をかかせるような真似なんて、出来るはずがないわ」

 

 場所を変えて、今度は髪に触れてみる。茶色がかった、少し色素の薄い髪。睡眠の邪魔をしてはいけないからと思い、ゆっくりと撫でてみている。案外、悪くない気分だった。

 男の頭を撫でながら、どこか安堵している自分がいる。潁川の屋敷にいた頃には、考えられなかったことだ。これも一応、進歩といえるのか。

 

「もう、逃げなくたっていいじゃない。わたしにも、ちょっとは楽しませなさいよね」

 

 寝返りをうつ曹操に、荀彧は可愛らしく文句をぶつけた。優しげな陽の光が、二人の姿を照らしている。

 難しく考えるのは、やめることにした。自分は、いつまでもありのままの自分でいればいい。それに、曹操もきっと、そうなることを望んでいるはずである。曹操の頭を撫でながら、荀彧はそんなことを考えていた。

 なにも、無理に全てを曝け出す必要はないのである。そういう獣じみた振る舞いは、夏侯惇あたりに任せておけばいい。

 

「一刀」

 

 意味もなく、真名を呼んでみる。

 さすがに、これは迂闊だったかもしれない。下手を打てば、膝枕をしている様子を、誰かに見られてしまう可能性だってあるのだ。そんな考えが急に脳内を過り、荀彧は頭を素早く左右に振って確認を行った。

 

「よかった、誰もいないみたいね。うん……だったら、もう少し……」

 

 気を取り直して、再度頭に触れていく。曹操は、まだ夢の世界にいるようである。

 

「一刀……」

 

 真名を呼ぶ。

 曹操は、気持ちよく眠っている。だから、返事など返って来るはずがない。荀彧は、そう思い込んでいた。

 

「ふう……。先程から、なんだ桂花。眠ってから、もうそんなに時間が経ったのか?」

「はっ!? あ、アンタ、聞いていたの……?」

「起こせと頼んでいたのは、俺だからな。名を呼ばれれば、気づきもするさ」

 

 頭の中。一瞬で、真っ白になっていく。身体のあちこちが熱く感じられるのは、極度の恥ずかしさが生まれているせいだろう。

 こちらの気も知らずに、曹操は呑気にあくびを噛み殺している最中だった。できればもう一眠り、などと考えているのかもしれない。

 

「んぐっ……! お、起きたのなら、どきなさいよね! これ以上、無差別孕ませ男の側になんていたくないのよ!」

「そうなのか? どうしても嫌だというのであれば、別の者を供にしてもいいが」

 

 曹操のことだ。十中八九、理解した上で言っているのだろう。悔しいが、油断をしていたのは自分なのである。それでも、口の軽い趙雲あたりに知られなかっただけ、傷は浅いといえるはずだ。

 こんなところで、下らない失敗を犯してしまうとは。唇を噛み締めながら、荀彧は肩を震わせている。

 

「行くわよ、行けばいいんでしょう!? ううぅ……。そもそも、アンタが膝枕をしろだなんて言い出さなければぁ……!」

「ははっ。困ったときには、また膝を借りに来る。屋敷を出るから、お前も支度をしておくのだぞ?」

「くうぅう……。この……、ばか一刀っ! 女の敵っ!」

 

 苦し紛れに、出た言葉だ。それをさらりと聞き流しながら、曹操は自室に向けて歩きだしていってしまう。

 虚無感と、倦怠感。残っているのは、ただそれだけだった。重い身体。四肢を引きずるようにしながら、荀彧もまた、部屋に戻っていくのだった。

 

 

 陳珪のいる相県までは、ひと駆けでいける距離にあった。馬に乗って原野を駆けていると気分が晴れるのか、曹操が楽しげにしていたのが印象的だった。

 夏侯惇と曹仁。二人は、護衛としてついてきているのである。ただし、護衛といいながらも、どちらも曹操との遠出を楽しみに来ているようなものだった。いつも通りといえばそれまでだが、ちょっとした(やかま)しさがあるのだ。それで、荀彧はかすかな苛立ちを感じてしまう。

 

「ねえねえ、一刀っち。一刀っちは、陳珪さんに会ったことってあるんすか?」

「ああ、何度かな。それなりに、親しいと言っていい仲でもある。父の代からの付き合いがあるから、急な話であっても歓迎してくれているのだよ」

「へえ、そうなんすねー」

 

 間の抜けたような声で、曹仁が応答している。

 陳珪のところには、募兵の相談をするために向かっているのである。兵が集まれば、譜代の将として当然曹仁にも部隊が預けられることになる。曹仁の伸び代に曹操は期待をかけているようだったが、妹である曹純と比べてみても、現状では危うい部分が多すぎると荀彧は危惧していた。

 

「ふふん。それはそうと、知っているか、華侖(かろん)。沛国とは、かねてより覇者に縁のある土地なのだぞ。だからこそ、殿もそこで兵を集められようとしているのだ。そうですよね、殿?」

「おおー。春姉、さすが物知りっす」

秋蘭(しゅうらん)から教えてもらったのか、春蘭(しゅんらん)? なんにせよ、勉強熱心なのはいいことだ」

「は、はいっ! 曹家の重臣として、このくらいは知っておかねばなりませんから!」

 

 どこまで理解できているのかは怪しかったが、曹仁に語る夏侯惇はどこか誇らしげである。

 沛は、漢の太祖劉邦の出身地でもあった。かつての英雄の力。それで自分たちに世間の目が向くのであれば、利用するのも悪くはない。曹操は、そのくらいにしか考えていないようだった。

 洛陽で政変が起こって以来、陳珪とは数度書簡のやり取りを行っている。名門出身とはいえ、都にいる間は曹嵩の世話になったこともあるのだろう。感じてきたことが正しければ、陳珪は曹家に対して友好的な感情を抱いてくれているようだった。

 とはいえ、油断のならない相手であることには違いない。

 

「見えてきたわね。華侖、相手に失礼がないように気をつけなさいよ」

「はいっす、桂花。あたしだって、挨拶くらいならちゃんとできるっす!」

「ならいいわ。まあ、ほどほどに期待しているわよ」

 

 城郭の門は、開け放たれている。守兵にも、曹操が来るということが伝わっていたようだ。陳珪は、役所で仕事をしながら待っているらしい。

 通された部屋。さすがに一般の文官が使っているものより、立派な造りをしている。読んでいた竹簡から顔を上げると、陳珪は曹操に対して微笑んでみせた。曹操も、軽い会釈で返している。

 

「あら、到着していたのね。曹操殿も、洛陽では色々と苦労をされてきたみたいだけど」

「久しぶりだな、陳珪殿。そのあたりに関する相談を、今日はしたいと思ってきたのだよ」

「うふふ、らしいわね。荀彧殿から、話は聞いているわよ」

 

 立ち上がった陳珪が、身体をこちらに向けて話しかけてきている。

 ひとつひとつの仕草に、色気が漂っているとでもいえばいいのか。馬鹿みたいに大きい胸。それが、曹操の男である部分を誘っているように、荀彧には見えて仕方がない。

 

「あらあら、怖い目ね。別にわたしは、曹操殿のことを取って食ったりなんてしないわよ?」

「だ、誰がそんなこと……っ! くっ……、わたしが、荀彧です。相談をお受けいただき、陳珪殿には感謝しています」

「へえ、あなたがねえ……? いいわ、座って話をしましょうか。お茶くらい、お出しするわよ?」

 

 女としての風格。なんとなく、そういった部分で圧倒されているような気分に陥ってしまう。夏侯惇や夏侯淵でも随分と大きな乳房をぶら下げていると思っていたのに、陳珪のそれは遥かに二人のものを越えてしまっている。自分の身体を、密かに触ってみる。まるで子供ではないか、と思わず叫びを上げたくなってしまう。

 陳珪には、陳登という一人娘がいた。それでいて尚これだけの美しさを保っているのだから、なにか秘訣があるに違いない。そんなことを、荀彧は考えている。

 

「それで、曹操殿はわたしにどうして欲しいのかしら?」

「董卓に攻勢をかけるためにも、まとまった軍団を編成しておきたくてな。手始めに、沛国内で義勇兵を募集することを考えているのだよ。そのことを、陳珪殿に目こぼししてもらいたいのだが」

 

「袁紹殿を中心に、さしずめ反董卓連合軍を作ろうっていうのね。ふむ、そうねえ……」

 

 考え込む陳珪。腕組みをしているせいで、巨大な乳房が余計に強調されてしまっている。曹操の視線。隣で観察しているからよくわかってしまうのだが、豊満な身体へはっきりと向けられている。

 

「ぐっ……」

「ほえ? どうしたんすか、一刀っち?」

「いいや、華侖の気にすることではないさ。こちらにも、事情があってな」

 

 思わず、曹操の腿の肉をつねりあげてしまっていた。

 一瞬痛がるような素振りをみせた曹操のことを、曹仁が怪訝そうに見つめている。

 今は、女の胸などに気を取られている場合ではないはずだ。そういうことを、荀彧は暗に言おうとしているのである。それは決して、嫉妬の思いからなどではなかった。

 曹操を諌めた勢いに乗って、荀彧は口を開いた。

 

「兵を集めるにあたって、陳珪殿にご迷惑をおかけするつもりはありません。洛陽からなにか言ってきた場合には、全てこちらの責任にしていただいて結構ですので。密かにやっていたせいで気づかなかったといえば、董卓もそれ以上の追及は行わないでしょう」

「あら、わたしたちを気にかけてくれているのね。本当だったら、直接の助力をしてあげるべきなのだろうけど。曹操殿は、次代の旗頭になる。わたしだって、そう信じてはいるのよ?」

 

 一国を預かる立場の者として、多少の迷いがあるのは仕方のないことだった。それに現状、豫州には柱と呼べるような人物がいないのである。

 対する董卓は、強大な力を備えている。いまでは長く空席となっていた相国の地位に昇り、宮中でも常に剣を持ち歩いていると聞く。

 

「その言葉を聞けただけでも十分だ、陳珪殿。ともかく、沛国で三千ほど集めておきたいのだが、許してもらえるだろうか」

「承知したわ、曹操殿。それと、出陣する時期が決まったら、また連絡をしてもらえないかしら。兵糧くらいなら、出してあげられると思うのよ」

「それはありがたい。助かるよ、陳珪殿」

 

 袁紹たちと合流するのであれば、恐らく陳留のあたりで、となるはずだ。最初に纏まった兵を集めておけば、その途上で五千くらいの軍勢にすることは可能だ、と荀彧も考えている。その分調練の期間は厳しくなってしまうが、やるしかないことでもあった。

 

「荀彧殿」

「なんでしょうか、陳珪殿」

 

 帰り際。荀彧がひとりになったのを見計らって、陳珪が話しかけている。

 

「あなた、曹操殿のことが好きなんでしょう? 見たところ曹操殿は疲れているようだったし、総攻撃をかけるのならきっと今よ。こういうときにたっぷり愛してあげれば、男なんてイチコロなんだから。それこそ、全身を使って、ね?」

「な、なによそれっ……!?」

 

 そう言うと、陳珪は立てた人差し指を舌を使って舐めあげてみせた。一度本気で大きくなった男根を見せられているから、荀彧であってもそれが何を意味しているのかわかってしまう。

 噂は耳にしていたが、世の中の女たちは本当にそんなことをしているのか。想像していた以上に硬く、熱を持っていた曹操の逸物。否が応でも、その形を思い出してしまう。

 

「あら、荀彧殿はまだあまりそういったことを?」

「し、してないわよ。だいたい、なんでわたしがアイツとそんなことっ……!」

 

「ふうん。だったら、尚更喜ばれると思うんだけれど。それに、もうすぐ戦に赴くことになるんでしょう? 思い残しなんて、あったところでどうにもならない場合だってあるのだから」

「う……。確かに、それはそうなのかもしれないけど」

 

 離れ離れになる辛さ。それは、自分でも十分に理解できているはずだった。

 郷里まで、曹操は生きて帰ってきてくれるのだろうか。そんな不安を抱えて生活していたのは、つい最近のことなのである。

 

「うふふ、少しはやる気が湧いてきたかしら? 頑張ってね。応援しているわよ、荀彧殿」

「大きなお世話よ……! けれど、覚えておくことにするわ、陳珪殿」

「それならいいのよ。余計な話で足を止めさせて、悪かったわね」

 

 小さく手を振る陳珪。大きすぎるお節介だと思いながら、荀彧はその前を辞した。

 

「どうした桂花、早く来ないか!」

「うるさいわね、春蘭。そんな大きな声で呼ばれなくたって、わかっているわよ」

 

 我慢できなくなったのか、夏侯惇はわざわざ呼び付けに来たらしい。戦場であっても、よく通りそうな声。それを間近くで聞かされているせいで、耳の内側がびりびりと揺れている。

 陳珪による助言。馬に乗っている間も、荀彧はそのことについて考え続けていた。



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二 結ばれる夜(桂花)

 卓。向かいには、曹操が椅子に腰掛けている。

 吹き込む夜風。報告の書かれた紙が舞い上がりそうになり、それを急いで桂花は止めようとしている。部屋の入り口が開け放たれているから、風が自由に(おとな)っているのだ。

 こうして二人だけで話をするのにも、随分馴れたものだと思う。碗に入った白湯で唇を湿らせながら、桂花は曹操の仕草を観察していた。

 下唇を撫でる親指。なにか考え事をしている場合に、よく見られる動作だった。

 曹操の視線が、こちらを向いている。見られていることに、気がついたのだろうか。もっとも、二人きりなのだから、対峙している相手を見るのは当たり前のことでもある。

 

「なによ、あんまりジロジロ見ないでよね。アンタのねちっこい目でずっと見られていたら、孕んでしまうかもしれないでしょ。もしそうなったら、どう責任とってくれるのよ」

「どうと言われたら、そうだな……」

「ちょっと、そこで本気で悩むんじゃないわよ!? いいから、次いくわよ、次」

 

 閑話休題。放っておけば、曹操はこちらが恥ずかしくなってしまうようなことを、延々と語り続けるにきまっている。

 結局、からかわれているのは自分なのだ。書面に目を落とす曹操。その表情は、もう真剣なものへと変わっている。このあたりの変わり身の早さは、さすがというべきか。

 

「この調子ならば、あと五日もすれば予定していた三千は集まりそうだな。この三千は、軍の中核となっていく兵だ。俺や春蘭(しゅんらん)たちの手足となって動けるくらいに、鍛えていかなければ」

「兵の調練を、あの腕力馬鹿がすることになるのよね。秋蘭(しゅうらん)(せい)ならともかく、平気なんでしょうね?」

「心配など無用だ。やると決めれば、春蘭はやる。まあ、決心が強すぎるために、多少行き過ぎてしまう場合もなくはないがな」

「あっそ。だったら、そっちの件はアンタに任せるわよ。あとは……、武具の買い付けについてかしら」

「武具か。栄華(えいか)が、またなにか渋っているのか?」

「一刀の想像している通りね。あんまり高い品は買うな、ってうるさいくらいに言われているのよ。だいたい、急ぎの用件なんだから仕方がないじゃない。諸将の集まる場所に行くんだから、外面だってそれなりに大切だと思うわよね?」

「わかった。それに関しては、俺から栄華に話しておこう。金庫番として真面目に働いてくれているのはいいが、いまはそうも言っていられない状況だ」

「頼んだわよ? 檄文を送りつけた当人が遅れて行く羽目になるだなんて、考えたくもないもの」

 

 曹操の用意していた檄文。その効果もあってか、董卓に反感を持つ諸将が、参集に向けて動き出していた。

 ただし、形としては袁紹が発起人である。曹操は、それに賛同する者として、名を連ねているに過ぎなかった。

 

「少しよいか、一刀? 夜も更けてきたことだし、姉者も呼んで景気づけに一杯やろうと思うのだが……」

 

 扉の向こう側から声がする。夏侯淵だった。

 言って、すぐに入ってくる。既にひとりで何杯か飲んできたのか、顔はほんのりと赤らんでいる。普段かしこまっている口調が砕けているのも、きっとそのせいなのだろう。

 

「……っと、申し訳ありません。桂花(けいふぁ)と、話をされている最中でしたか」

「気にするな。俺の方も、そろそろ休もうかと考えていたところだ」

 

 軽く頭を下げる夏侯淵。曹操は、椅子の背もたれに体重を預けながら、笑いかけている。

 曹操と夏侯姉妹。自分が想像しているよりも、深い絆で結ばれているのだと思う。普段馬鹿をやっていることが多い夏侯惇でさえも、曹操の側にいるときは、引き締まった顔つきになるのである。戦場ともなれば、それは尚のことだろう。

 

「でしたら、ご一緒に? つまみも、いくつか用意してあるのですが」

「ふん。さて、そうだな……」

 

 探るような視線。曹操は、自分になにかを期待しているのか。もしくは、勘づかれているのかもしれない。背筋を、ぞくりとするような感覚が駆け抜けた。そこには、かすかに甘さが入り混じっている。

 思い残しを、するべきではない。陳珪から、聞かされた言葉だった。それがまるで、喉に刺さった小骨のように、ずっと引っかかっている気がしていた。

 考える素振りをしていた曹操が、小さく頷いた。自分の心の中。そこで、なにかが膨らんでいっている。それは、どこか焦燥にも似ているのかもしれない、と桂花は感じている。

 ありえないと思うことは、もうできなくなっていた。それだけ、自分は曹操という男に毒されている。毒されることを、望んでしまっている。

 

「秋蘭。すまないが、今夜はもう少しするべきことがあるようだ」

「ふっ。そういうことでしたら、仕方がありませんな。では、邪魔者は早々に去ることにいたしましょう」

「そうだ。蔵に、寝かせてある酒がある。星に嗅ぎつけられる前に、開けてもよいのだぞ?」

「ほう。ですが、遠慮しておきましょう。上等な酒であれば、なにかよい事があった時分に、また殿と姉者と三人で空けたいと存じますので」

「ははっ、そうか。ならば、酒はもうしばらくそのままにしておこう」

「では、失礼いたします。いい夜をお過ごしください、殿。それに、桂花も」

 

 意味ありげに目配せをしながら、夏侯淵は退室していった。

 優美な所作。それも、相変わらずのことだった。これが、あの夏侯惇の妹なのか。ともすれば、疑いたくなるような事実ですらある。

 

「桂花」

 

 曹操の声。優しげな響きの中に、なにか別のものが混じり込んでいる。どことなく、そのような雰囲気があった。

 その正体は、何なのか。立ち上がり、桂花は曹操の近くに寄った。今の自分は、赤々と燃える炎に飛び込んでいく、羽虫のようなものなのだろう。腕。伸びてくる。曹操の指が、髪をやんわりと撫でている。見つめられると、もう眼を離せなくなった。

 

「お前を手にしようと思えば、無理やりにでもすることができた。どうしてそうしなかったか、わかるか」

「ン……、ひゃう……っ。そんなの、わたしが知るわけないでしょ……?」

「俺の思いの丈をぶつけるのは、簡単なことだ。お前のことを愛しているし、欲してさえもいる。だが、それでは意味がないと思ったのだよ」

 

 今まであった出来事を、思い返していく。

 初対面のときは、どうして自分がこんな男の話を聞かなければならないのか、と憤ったものだ。それでも、母は曹操の来訪を歓迎し続けたのである。曹操の器量。その時の自分に見えていなかったものが、母には見えていたのかもしれない。曹操も、母には特に気を許していたように思う。

 そうして、時が経った。屋敷から連れ出され、二人して裸になって水を浴びたことさえ、懐かしく感じてしまう。想像していた以上に、逞しかった身体。それに、恐ろしいほど大きくなった男のモノ見たのも、あの時が初めてだった。

 あれだけのことをしておいて、曹操は今更なにを言っているのか、と桂花は思う。しかし、それらは自分もどこかで望んでいたことではないのか、という気持ちが同時に湧いてくる。

 毒。これは、きっと曹操の毒によるものなのだ。

 時間をかけて全身に行き渡り、なにもかもを絡め取っていく毒なのである。曹操の指。耳の輪郭を撫でるように動いている。痺れ。身体に回った毒が、未知なる感覚を引き起こしにかかっている。

 

「お前は頑なだよ、桂花。いや、頑なであろうとしていた、と言うべきか。その心が、融ける時。桂花自身が欲してくれる時が来たら、お前を抱こうと俺は決めていたのだ」

「一刀、なに言って……。んんっ、ああっ……」

「肌を見せてくれないか、桂花。あの時のように、もう一度な」

「なに馬鹿なこと、んあっ……言ってんのよぉ……!? んっ、あんっ、そんな、耳ばっかり……」

 

 服を脱いでみせろ。つまりは、そう命じられているのだ。曹操は耳への愛撫を続けながら、こちらの様子を伺っているだけである。

 

「その気になってきたようだな。嬉しいぞ、桂花」

「んっ……。わたし、どうしてこんなこと……」

 

 上着が、床に落ちている。ほとんど無意識のうちに、脱いでしまっていたのだ。

 自分の中。そこで、なにかが置き換えられていくような感覚が生まれている。羞恥の気持ち。それが、快楽に繋がっていくことがあるのか。

 肌を撫でるような視線。鼓動が、高鳴っていく。着物を脱いでいる間、曹操は自分から一度たりとも目を離さなかった。

 

「以前にも増して、美しくなったのではないか? 隠していては、勿体ないと思うが」

「うう……。わたしの貧相な身体を見て悦ぶ奴なんて、アンタみたいな変態くらいじゃないの……?」

「そう卑下することはないぞ、桂花。それに、すぐにお前は俺のものとなるのだ。ならば、この俺ひとりの情欲がその身体に向けば、少しも問題はないはずだろう?」

「なによ、それぇ……!? いやっ、一刀の手、すごく熱くて……っ」

 

 曹操の発する言葉。耳を通じて、身体に染み渡っていくようだった。

 胸、それに脇腹。手で触れられている箇所が、際限なく熱くなっていく。

 切ない痺れ。思わず、唾を飲み込んでしまう。曹操に、服従させられている。その事実が、自分に興奮を与えているのかもしれない。優しさと凶暴さ。その相反する両面を内包した手のひらが、肌を蹂躙していった。

 

「愛している、桂花」

「んうぅ……。そんな、何度も言わなくたっていいからぁ……!」

 

 背中から抱き寄せられ、曹操の膝に座るような形となった。耳にかかる吐息。身体の中心に、ゾクゾクするような疼きが生まれていく。

 

「胸は、感じるのか? この前は、ほとんど触れてやれなかったが」

「んぅ、ふあっ……!? そこ、強すぎるからぁ……♡」

 

 腋の下から出ている二つの手。胸を撫で、乳輪の付近をなぞっている。

 痺れというより、強烈な快楽が走り抜けていくようだった。曹操の指。それが、敏感な乳首を無遠慮に刺激し始めたのである。

 自分で触れてみたときとは、全く違う感じがしていた。声。洩らしてしまえば、もっと気持ちよくなれるという予感があった。

 

「ああっ、一刀ぉ……。それっ、気持ちいい♡ 指で転がされるの、気持ちいいの……♡」

「そのようだな。桂花の可愛らしい乳首が、もっと触ってくれと主張しているようだぞ」

「んぐっ……、そんなこと……っ!? はぁ、んふっ……、んうぅう♡ 一刀の指、すごくてぇ……」

 

 鋭敏な感覚。それが、さらに研ぎ澄まされていくようだった。

 優しく転がすような動き。段々と、強いものへと変化していく。二本の指。挟み込んだかと思うと、乳首を甘く絞り上げてくる。普通であれば、痛みが先行してしまってもおかしくはない動きだ。それでも、今は圧倒的に快楽のほうが勝っている。

 

「はっ、ああっ、はあっ……♡ くりくりってされるのも、気持ちよすぎてぇ♡ 一刀にされると、なんでも気持ちよくなってしまいそうで、こわいくらいなの♡」

「ふっ……。いい子だな、桂花は。だったら、これはどうだ?」

「うあっ……♡ あんっ、んうっ♡ それ、気持ちよすぎるからっ♡ 乳首から、びりびりって、身体に伝わってきてるみたいで♡」

 

 何度も引っ張り上げられて、充血してしまった乳頭。その先端を、爪で執拗に引っかかれてしまっている。

 思考。どこまでも、融かされていく。乳首による快楽。それだけが欲しくて、懇願するように背中を押し付けてしまっている。

 

「いつでも、イッていいのだぞ。桂花が可愛く感じているところを、もっと見せてくれ」

「ひゃ、んんっ!? かりかりされるの、しゅごいのっ♡ んあっ♡ もっと、もっとわたしの乳首いじめてよぉ……♡」

「これほど赤くなっているのに、まだ足りないというのだな、桂花は。いいだろう。跡が残ってしまっても、知らないぞ」

「いい、いいからぁ! 一刀の指で、ぐりぐりっていじめてほしいの♡ んあっ!? ああっ、きたぁ……♡ これぇ、すごくいいっ♡」

 

 赤く腫れ上がった乳首。爪で挟まれ、さらに赤みを増していった。

 限界まで膨れ上がった先端。そこを乱暴なほどに掻き乱されるのが、狂おしいくらい心地よかった。股の間に、湿り気のようなものを感じている。曹操に責められれば責められるほど、その湿り気は強くなっていく。

 

「いけ。イッてしまえ、桂花。お前の内なる叫びを、俺に聞かせてみろ」

「一刀、かずと……ッ♡ んんっ、もうわけわかんない! 大きいのが、ずっと拡がってくみたいでぇ……♡」

「その感覚に、身を任せればいい。安心しろ、どれだけ飛んでしまおうが、お前は俺の腕の中だ」

「うん、うんっ……! はぁ、ああっ、かずとっ、ひゃあッ♡ んあっ、んぐうぅ、いくっ、いっちゃうぅううううう……♡♡♡」

 

 なにかが、弾けていく。そんな感覚に浸りながら、腹の底から嗚咽を洩らしてしまっていた。

 思い切り捻り上げられる乳首。馬鹿みたいに、気持ちがよかった。

 これまで、知ろうとしてこなかった快楽。それを、次々に与えられてしまっている。自分は、幸せなのだろう。心も身体も、満たされ融かされていく。快楽という、毒にも似た劇薬。それが、身体の隅々にまで達しているのだ。

 

「う……、ああっ♡ はっ、んっ、ふうっ……」

「上手くイケたようだな、桂花。しばらく、休んでいるがいい。その間に、準備は済ませるつもりだ」

「じゅ……んび? ふえっ、かずと……?」

 

 指先を動かすことでさえ、億劫に感じられてしまう。そんな力の抜けきった身体を抱き上げ、曹操はなにかをするつもりのようだ。

 背中にあるのは、寝台の感触なのだろうか。全身を伸ばしていると、眠気すらやってくるようだった。それでも、意識を引き戻されてしまう。割り拡げられた股。そこに、滑りを帯びたものが入り込んで来ているのだ。

 

「んうっ、なにしてるの、かずとぉ……?」

「ン……。休んでおけと、言っているだろう? まだまだ夜は長いぞ、桂花」

「んっ、わかったからぁ♡ んあっ、それ……気持ちいいかも♡」

 

 まだ、思考を巡らすことはできなかった。言われるがままに身体を弛緩させ、曹操の行為を受け入れる。

 ぬるりとしたものが、陰部を這いずり回っているようだった。先程とは違って、じんわりとした快感が拡がっていく。身体が、ずっと緩んでいくようだった。汁をすすり上げているような音。それだけが、耳に届いている。

 

 

 天井。目を開くと、それが真っ先に飛び込んできた。

 ぼんやりとしている意識。快感に慣れてきたせいで、少し眠ってしまっていたのかもしれない。

 

「そろそろいいか、桂花」

「いいって、なにが……よ」

 

 腹の上。そこが、やけに温かかった。温かいというよりも、もはや熱いくらいなのである。着物を身に纏っているわけでもないのに、それは有りえないことだった。

 上半身を起こしてみる。温かいのは、腹になにかが乗っているせいだ。桂花は、そう考えたのである。

 股の間に感じている湿り気。寝ている間にまたなにかされていたのか、遥かにしっかりとしたものとなっていた。

 

「ひゃっ……!? こ、これ、一刀の……っ」

「そう驚くなよ、桂花。これが、今からお前の中に入るのだぞ? 待たされていたせいで、少々大きくなりすぎてしまったようだがな」

 

 ずっしりと重い、肉の塊。それが、腹の上に横たわっている。

 勃起した男根をはっきりと見るのは、これが二度目のことだった。赤黒く、張り出しのある先端。まるで、槍先のようにこちらを向いている。

 

「んっ……、やだっ。お腹の上で、いま跳ねさせたわよね……!?」

「お前の中に入りたくて、うずうずしているのだよ。わかるだろう、桂花」

 

 雄々しいくらいに、太い幹。そこから、熱が伝わってきているのだ。曹操の熱。そう思うと、少し愛おしくもなる。

 

「ふ、ふんっ。したいのなら、さっさとすればいいでしょ。アンタだって、その……辛いだろうし……」

「ならば、そうさせてもらおうか。痛みが出るかもしれないが、我慢できるな?」

 

 そう言って、曹操は先端で陰部を擦り始めた。

 ねちょねちょと、はしたない感じの音が鳴っている。擦れた部分から、拡がっていく快楽。滑る汁を、塗り拡げられているようだった。それが、準備の最終段階だったらしい。

 貫かれる。守ってきたものを、曹操に明け渡すときが来たというのか。息を呑んで、桂花は固く目を閉じた。

 

「いくぞ桂花。あまり、緊張しすぎるなよ」

「んんっ……!? んぐっ、んあぁあっ……!? 入り口から、きちゃってる……っ♡ あっ、んあぁ……っ♡」

「桂花も、手加減などされたくはないだろう? このまま、一番奥まで進めるぞ」

「あ、ああっ、入ってくる♡ 一刀の太いのが、わたしのお腹のなか、ぐいって拡げて♡」

 

 凄まじい圧迫感。あれだけ巨大なものが入ってきているのだから、当然の感じ方だった。人間の身体というのは、よくできている。そう思わざるを得ないほど、膣口は柔軟に拡がり、曹操の男根を受け入れている。

 熱。火傷させられてしまうと思うくらいの、熱だった。自分の内側。太い男根が、肉を押し拡げて入り込んできている。目指しているのは、最奥なのだろう。じりじりとした進み方だったが、その意思がはっきりと伝わってくるのだ。

 

「よく解しておいて、やはり正解だったな。すごい締付けだぞ、桂花」

「んっ、はうっ……! でもこれっ、痛いけど、その分アンタをすごく近くに感じられるようで……っ。ねえ、一刀もそうなの……? わたしのこと、感じてくれているの?」

「当然、そうに決まっているだろう。力に任せた締め付け方など、不機嫌なときのお前そのものだよ。しかし、探ってみるとどこかに柔らかさがある。その辺りも、桂花そっくりだな」

「な、なによそれ!? んっ……、ばかっ。かずとは、ほんとにばかなんだから……ッ」

 

 意識を集中させてみると、わかることがあった。引き裂かれるような痛みの中。その中に、かすかではあるが快楽が存在しているのだ。

 自分は、やはりおかしくなってしまったのだろうか。毒され、組み敷かれ、最後には貫かれてしまっている。それなのに、身体は悦びを得始めているのだ。

 曹操の手のひら。頬のあたりを、撫でられている。そのくらいのことで、安心してしまっている自分がいた。

 

「あ……ああっ……、か……ずとっ」

「桂花、あと少しだ。それまで、耐えてみせろよ」

「んっ、わかった……。はあぅ、ぐいって、入ってくるぅ!? ひゃ……んんっ、うあぁあっ……!」

 

 多分、それが最後の関門だったのだろう。全体重をかけてくる曹操。その瞬間を見計らって、桂花は唇を強く結んだ。

 腹の最奥。間違いでなければ、そのはずである。そこで曹操の熱を、はっきりと感じているのだ。

 身体の芯。早くも、疼き始めている。曹操に侵略されることを、自分は待ち望んでいたというのか。ない混ぜになっていく感情の中で、桂花は瞳から涙を零していた。

 

「無理をさせてすまなかった。けれども、確かに届いたぞ。おまえの最も深い場所に、俺はいる」

「なにも、悲しくって泣いてるんじゃないわよ。だけど、自分でもわけわかんなくてぇ……」

 

 溢れ出す感情。自分では、どうすることもできなかった。

 曹操が、黙って頭を撫でてくれている。あやされる子供のようだったが、気にしている余裕がなかった。嬉しさ。痛み。それと、ひとつになれたという達成感のようなもの。それらが、荒波となって琴線に触れてくる。

 

「落ち着いたか、桂花?」

「んっ……。ええ、平気よ。けれど、本当にしてしまったのね、わたしたち。んんっ……。一刀のが大きすぎて、ちょっと苦しいくらいなのかも」

「そればかりは、どうにもならないな。桂花の中が気持ちよすぎるから、俺のそこもつい反応してしまうのだよ」

 

 笑いながら、曹操は小さく腰を動かした。そうやって、自分の反応を見てくれているのだろう。

 確かに、まだ痛みはある。しかし、不思議な気持ちよさが、それを上回ろうとしているのだ。ずるりと、曹操の男根が半分ほど抜けていった。腰が浮く。自分は、その熱を無意識に追ってしまっているのか。恐らく羞恥のせいで、顔は真っ赤になっているはずである。

 

「あっ……。わたし、なにして……」

「心配せずとも、抜きはしないさ。くくっ……。腰を引かなくては、打ち付けてやることもできないだろう?」

「やんっ……!? い、いきなりなにするのよ!? 少しは、優しくしなさいよね」

「ははっ、悪かった。桂花は、多少乱暴にされたほうが感じるのかと思ってな」

「一刀のばかっ……。んっ、ちゅうぅう。じゅうう、じゅずぅうう……」

 

 吸い付いてくる唇。謝罪でも、しているつもりなのだろうか。

 口づけをするのは、嫌いではなかった。互いの熱が、混じり合っていく。その感覚が、身体をより熱くしていくのである。侵入してくる舌。それに吸い上げている間に、曹操は腰の動きを再開させた。

 

「んぐっ、じゅぷっ♡ じゅるぅうう……♡ んむっ、ちゅぱっ、ふんぅっ♡」

 

 曹操の唾液を飲み込む度に、腹の中が熱を帯びていく。それはきっと、思い違いではないはずだった。

 鉄の塊。それを突っ込まれていると錯覚してしまうくらいの、硬さと太さだった。曹操の息が荒い。意図的に締め付けているわけではないが、気持ちよくできているのかもしれない。

 

「ぷはっ……♡ ん……、すごいっ♡ 一刀のがわたしのなか、んくっ……めちゃくちゃにしてるみたいでっ♡」

「みたい、ではなく実際にそうしているのだよ。これがいいのだな、桂花? ははっ、可愛いらしく、中が反応してしまっているぞ?」

「そんなの、お互いさまでしょうが……! 一刀のだって、さっきからびくびく震えているの、知っているんだから」

「ああ、それもそうだ。桂花のいじらしい締め上げ方が、心地よくて仕方がない。おまえとの相性がよすぎて、狂ってしまいそうになるくらいだ」

 

 曹操が、両手で腰を固定するように掴んでくる。重々しい腰使い。それによって、快楽が強く引き出されていく。

 壁を擦り上げられる度に、眼の前で火花が散っていくようだった。荒々しい出っ張りと、幹の太さ。それを、覚え込まされてしまっているようでもある。

 行為を始めた当初よりも、曹操の男根は大きくなっているのではないか。突かれながら、桂花はそんなことを考えていた。自分が、それだけの興奮を与えている。泥濘に落ちようとしているのは、互いに同じなのである。

 

「桂花。子種はどこに欲しい。お前の望むように、してやろう」

「こ、子種♡ かずとのっ、こだねっ……♡」

 

 思考が、麻痺しかかっている。切ない疼き。それがまた、全身を覆っていく。

 曹操の子種。どろどろとしており、独特な匂いを放っていた白濁液である。肌に浴びただけでも、あれだけの快感があったのである。それを直接胎内で受けた時、自分はどうなってしまうのだろうか。少しでもそう思ってしまった時点で、既に答えは出ているようなものだった。

 

「んっ、んあぁあっ♡ なかっ、なかに出していいから……っ♡」

「本当に、いいのだな? わかった。ならば今夜は、空になるまでお前の子袋を満たすとしよう」

「な、そんなっ、空になるまでってぇ……!? んっ、ふむっ、んじゅるぅううう♡」

 

 曹操は、今夜のうちに自分を完全に染め上げてしまうつもりでいるのだろう。早まっていく抽送。思考が、かき消されていった。

 まるで、地面に杭を打ち付けるかのような動きである。身体の内側から快楽の波が拡がっていき、意識を真っ白に変えていくのだ。抗いようのない快楽。まさしく、そういった類のものだった。

 曹操に抉られ、突き上げられていく我が身。腰をがくがくと揺らしながら、桂花はそれを全て甘受している。

 

「射精するぞ、桂花。油断なく、締め上げておけ……ッ!」

「ひゃうっ……♡ ふぁうっ♡ かずとのが、なかでどんどん膨らんでっ……♡」

 

 一際強く、火花が散った。弾けたのは、曹操も同様だったはずだ。

 

「愛している。俺の子を孕んでくれ、桂花」

 

 曹操によるささやき。胸の奥。たまらなくなるほど、熱をもってしまっていた。

 わたしも、あなたを愛してる。そんな想いは、絶頂の嗚咽のなかにかき消されていく。

 脈動。自分の中で、達した男根が子種を吐き出しにかかっている。熱い。ひたすらに、熱い塊をぶつけられてしまっている。その熱が、自分に幸せをもたらしてくれているのだ。そのことに気づいてしまうと、また結合部が甘くしびれはじめた。

 

「んんっ、まだ出てる……♡ こっ、これ以上は、入らないからぁ……♡」

「ふっ、馬鹿を言うな。締め付けてきているのは、お前の方なのだぞ」

 

 腰を押し付けるような動きをしながら、曹操は機嫌よく笑みを浮かべている。

 搾り取っている、というような感覚はあまりなかった。ただ快楽に身を任せ、曹操の熱を受け止めているだけに過ぎないのである。それでも、雌の本能がそうさせてしまうのかもしれない。

 自分は、確かに女となったのだ。曹操の女。今夜のことは、永久の契りを交わす儀式のようなものなのだろう。桂花は、思考の鈍くなった頭で、そう理解していた。

 

 

 あれから、何度抱かれたのだろうか。さすがに曹操も休む気になったようで、今はともに寝台で横になっている。

 枕代わりにした、曹操の腕。その位置を変えながら、桂花は寝返りを打っている。腹の奥。上から擦ると、熱さがわかってしまうようだった。飲みきれないほど注がれた子種。それが、じんわりと蠢いている。

 流れ出した余韻。内股を伝うようにして、下腹部を汚しているのだろう。穿たれた穴は、まだ芯棒を求めて疼きを放っていた。

 

「まったく、どうしてくれるのよ。わたしのここ、ちゃんともとに戻るんでしょうね?」

「なに、そのうち熱も引くさ。お前の口調に、棘が戻っているようにな」

「はあ……? なによ、それ……。んむっ、ちゅうぅ、んふうぅ……♡」

 

 抗議の言葉。それは、無理やり封じ込まれてしまう。

 曹操の舌遣い。いくらか、労いが込められているような気がしていた。思わず身体に抱きついてしまったのは、その甘さに釣られたせいに違いない。自分にそう言い訳をしながら、桂花は曹操の背中に腕を回している。

 

「今夜は、夢見がよさそうだ。そうは思はないか、桂花」

「んっ……♡ 恥ずかしいこと言わないでよね、ばか一刀」

 

 ぴたりと身を寄せ合う。鼓動の音すら、聞こえてしまう距離だ。

 夢。曹操は、どのような夢を見ているのだろうか。

 覇者への道。それはずっと遠くにあり、まだ(かすみ)に隠されているようなものでもある。その道を、切り開けるかどうか。それは、自分たちの働きにかかってもいるのだろう。

 天命。夏侯惇や夏侯淵も、それを感じているはずだ。今となっては、自分にもそれがはっきりと見えている。

 

「どうかしたのか、難しい顔をして」

「な、なんでもないわよ。いいから、もう休みましょうよ」

「ン……、そうするか。おやすみ、桂花」

「ふんっ。はじめから、素直にそうしていればいいのよ。……おやすみ、一刀」

 

 目を閉じる。不思議な安らぎ。それがずっと、側にあるのだ。

 全身に温もりが拡がっていく。自分は、そこに幸せを感じているのか。戸惑いは、もうなかった。まぶたを閉じる。子種を注がれたばかりの腹。そこが、まだ熱を帯びていた。



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三 酸棗へ

 郷里を発ち、曹操は軍勢とともに西進していた。

 (えん)州の土。逃げに逃げていたあの時とは、別の感触があった。

 原野を駆ける歩兵。整然と隊列を組み、進んでいく。与えた時間こそ少なかったが、夏侯惇たちは着実に調練を実行してみせたのだ。騎馬兵の数が心もとなくはあるが、それはおいおい増やしていけばいいだろう。とにかく、今いる三千を中核として、軍勢を大きくしていくことが肝要なのである。

 酸棗(さんそう)。袁紹を始めとする連合軍の諸将は、そこを集結の地と決めている。酸棗は、兗州でも司隸近くに位置している土地なのである。

 こちらは、いつでも洛陽に攻め入ることができる。実際には、道中に関があるためすぐにできることではないが、袁紹はそれで圧力をかけようというのだろう。ただし、挙兵に応じた全員がそこに集うかどうかはわからなかった。袁紹が実権を握ることを、袁術などは特に嫌うはずである。領地の位置から考えて、袁術が独自に陣営を構築することになれば、孫堅もそちらに参加するのだろう。

 酸棗までの途上。時折進軍を止めては、曹操は義勇兵の募集にあたっていた。張邈のところで兵卒をしている典韋のように、埋もれている人材がまだ残っている可能性があるのである。

 優れた者を、掬い取れるかどうか。天運。人の見極めも大事ではあるが、巡り合うためにはまず運が必要になってくるのかもしれないと曹操は思っていた。

 曹操軍の陣営。数千人がひと所に駐屯しているのだから、それなりの賑わいにだってなる。商売の匂い。人が集まれば、自然と物が動くものである。鼻の利く者であれば、一儲けしようと考えるのも当たり前のことだった。

 募兵に応じてきた者と、商人たち。それらが入り混じって、陣内には活気が生まれている。その流れを、曹操はあえて止めようとは思わなかった。ただし、目に余る行為に対しては、厳しく処罰に当たるつもりだった。軍規の乱れ。それは、曹操が最も嫌っていることのひとつでもあるのだ。

 兗州で麾下となった新参兵の中には、そうした履き違えをする者がでてくる可能性がある。目についた者を、今のうちに何人か斬っておくべきか。曹操も、そう考えるようになっていたところだった。

 そんな時。ちょうど数日前に、羽目を外して騒ぎすぎた数人の兵卒らがいた。報告を受けた夏侯惇はすぐさまその者らを呼び出し、首を刎ねてしまっている。軍勢の引き締め方。そういうものを、夏侯惇はよく理解しているのだと思う。拡がりかけていた浮足立ったような雰囲気は、それですっかり消え去ってしまったのだ。

 

「これは笠か。どれ、少し見せてもらおうか」

「はい、ぜひ見ていってください。丈夫にできていますから、きっと満足していただけると思います」

 

 軍中の見回りを兼ねて、曹操はひとり出歩いていた。具足は筒袖鎧だけであり、見た目としてはかなり簡素である。まるで雑兵と変わらない格好だと荀彧は笑っていたが、曹操からしてみればそう見えている方が都合はよかった。

 行商人たちの中に、董卓軍の密偵が紛れ込んでいることがありえなくもない。その辺りのことまで探ろうと考えての、行動なのである。

 

「なるほど、確かにいい作りをしているようだな。少し聞くが、矢筒などはあるのか?」

「ええ、こちらに。自分の友人は、こうしたもの作りが得意なんです。けれど、時折とんでもないことを仕出かすのが玉に瑕で。この前も、籠を作る絡繰を作るなどと言い出してそれはもう……」

 

 普段はもっと、日常で使うような品を売り歩いているのかもしれない。それに、絡繰と呼ばれるものを曹操は見たことがなかった。それ故に、俄然興味が湧いてくる。

 

「ははっ、そうなのか? ン……、重さもいい具合で、使いやすそうだ。これを、ひとつ貰うとしよう」

 

 行商の少女が、はにかんで見せている。

 つい触れてみたくなるような、透き通った銀髪。それに負けないくらい肌も美しかったが、所々に傷がついてしまっている。しかし、その姿はどこか気高くもある。

 闘いを生き抜いてきた証。身体に刻まれた傷は、勇士たる証左でもあるはずだ。もう少し、女と話をしてみたい。曹操は、そのように思い始めていた。

 

「ありがとうございます。貴方も、こちらの軍で働かれているのですよね?」

「まあ、そんなところだな。こんな時勢であるから、闘える者が闘うしかあるまい。ところで、俺の名は一刀という。そちらは?」

 

 矢筒の代金を支払ながら、曹操が言った。出来がいいといったのは、世辞ではなく本当のことである。夏侯淵が予備になるような物を探していたから、これを渡してやるつもりでいるのだ。

 

「一刀さん、ですか。でしたら、自分のことは楽進と呼んでください。……ひと口に闘いといっても、色々とあるのではないでしょうか。例えば、村を守るためであれば、自分だって臆せず闘います。ですが、率先して戦を引き起こすのはどうなのでしょうか。戦が起これば、それだけ世は乱れますよね」

「楽進の言うことにも、一理あるな。それでも、身を潜めているだけでは変わらないことがある。何かを為すだけの力。それを持つ者であれば、いつかは決心するべき時が来るはずだ。その遅れは、国全体にとっての損失にしかならない。俺は、そう考えているのだよ」

「決心……。決心、ですか」

 

 楽進と名乗った少女の目を見つめながら、曹操は言い切った。

 少なくとも、楽進は気概を持ち合わせている。世の中の有り様に関しても、間違ったことは述べていなかった。それは、これまでの闘いから学んだことなのだろう。戦乱が起これば、暮らしが乱れる。そこでまず痛手を受けるのは、楽進たちのような民衆なのである。

 それでも、今は起ち上がるべき時だと曹操は思う。腐ったものは、いずれ打ち捨てなければならないのだ。それができなかった時、この国はただ滅びの一途を辿るだけなのである。継承。それなくして、何かが続いていくことなどありはしない。

 小さく拳を握る楽進。いくらか、心に響いたものがあったのかもしれない。村よりも、さらに大きなものを背負う覚悟。楽進に足りないのは、多分その一点だけなのだろう。

 

「あれれー? (なぎ)ちゃん、そのお兄さん誰なのー?」

「うししっ。わからんのかあ、沙和(さわ)? 見てみい、この兄さんの顔。このギラつき様は、もうアレしかないやろ?」

「おおっ、アレなの? ということは、お兄さんは凪ちゃんをー?」

 

 二人の少女。やって来るなり、こちらを見ながら楽しげに会話を始めている。下衆の勘ぐり。聞こえた限り、会話の内容はそういった類のものか。

 恐らくどちらかが、楽進の話に出てきた友人なのだろう。そう思いながら、曹操は二人を観察している。

 はち切れんばかりの、大きな胸。そちらに目が奪われそうになるが、片方の少女の指先が黒くなっているのを曹操は見逃さなかった。それは、間違いなく作業による汚れである。爪の先まで綺麗に整えているもうひとりの手とは、対照的ですらあった。

 

真桜(まおう)も沙和も、戻って来て早々なにを言っているんだ。こちらは一刀さん。矢筒を買ってくれた、れっきとしたお客さんなんだぞ」

「一刀さん? へえ……。凪ちゃん、ただのお客さんともうそこまで仲良くなったんだ?」

「ふふふ……。これは、ますます怪しいんとちゃうかあ? 兄さん、で……そこんとこどうなん? 凪はウチらの大事な親友や。それを誑かすっていうなら……」

 

 からかいながらも、二人は楽進のことを心配しているようだ。さり気なく、遮るようにして身体を間に入れてきている。構えから察するに、どちらも武の心得がそれなりにあるのだろう。

 警戒してしまうのも当然だな、と曹操は小さく笑った。楽進は、自分たち諸侯が闘うことを良しとしていないのである。物が売れるという理由がなければ、陣営になど来たくもなかったはずだ。

 

「ほう。誑かすなら……、なんだというのだ? 貴様ら、行商といえど覚悟はできているのであろうな。殿に手を出すというのであれば、わたしは一切の容赦をせんぞ」

「ひ、ひいっ……!? アンタこそ、いきなり出てきてなんやねん。それに、兄さんのこと殿って……」

 

 抜身の大剣。それが、楽進の友人に突きつけられている。肩を怒らせている夏侯惇。近くにはいなかったはずだが、いつの間にか駆けつけてきていたらしい。

 恐縮する楽進たち。夏侯惇の鬼気迫る表情からは、殺気が四方に溢れ出てしまっている。

 

「貴様ら、このお方をどなたと心得る。曹操さまは沛国曹家ご当主にして、我らが軍の御大将にあらせられるのだぞ。わかったら、控えぬか!」

「ど、どうしよう、真桜ちゃん……? 沙和たち、もしかしなくても、大変なひとに喧嘩を売ってしまったみたいなの……」

「せやかて、今更どうにもならんやないかあ……。なぁ、凪、どうにかならんやろか……?」

 

 地鳴りのような大声。かなり大げさな紹介のされ方ではあるが、夏侯惇は間違ったことは言っていない。楽進の友人たちは、完全に怯えきってしまっていた。

 今のような芝居がかった口調を、夏侯惇はどこで覚えてきたのだろうか。誰かに会う度、これをやられたのでは敵わないな。そんな風に思いながら、曹操は夏侯惇の肩に手を置いた。

 

「よせ、春蘭(しゅんらん)。元はと言えば、俺が楽進を口説いたのがいけなかったのだ。とにかく、剣を降ろしてやれ」

「むむっ、そうなのですか? しかし、商人(あきうど)の女にちょっかいをかけるのはお止しください。わたしに言ってくだされば、それこそなんだって……」

「春蘭、話がこじれてしまいそうなことを言うな。口説いたといっても、それは個人としてのことではない」

 

 殺気を収めると、夏侯惇はいじけたように剣先で地面をいじくり始めた。

 そのあまりの変貌ぶりに、楽進たちはすっかり呆気に取られてしまっている。当てられた殺気が強烈だっただけに、開いた口が塞がらないのも無理はなかった。

 

「な、なんやこの姉さん。落差がすごすぎて、ちょっとおもろいかも……」

「ああ……? なんだ、まだわたしに何か用があるとでもいうのか……?」

「い、いやいやいや、なんでもないですっ!?」

「くっ……。真桜、だからといってわたしに抱きつくな!」

 

 夏侯惇と目があったせいか、楽進の友人は飛び上がって距離を取った。大きく縦に揺れる乳房。表に出すぎているくらいの喜怒哀楽も、見ていて飽きなかった。

 しかし、立ち直りだけは早いようである。それだけ、肝が据わっているのだろう。それは、三人全てに言えることでもある。

 

「はあ……、やっと見つけましたわ。遊んでいないで陣屋にお戻りくださいまし、お兄さま。酸棗からの、使者が来ておりますわよ」

「酸棗からの? わかった、すぐに戻ろう。邪魔をしたな、三人とも。すぐに発つことになるかもしれないが、それまで商いは続けてくれていい」

 

 次にやって来たのは、曹洪だった。用件を伝えながらも、その目は楽進のもうひとりの友人へと向いている。

 年頃の少女らしい、着飾った格好。陣中ではあまり華美な服装ができないから、羨ましく感じているのかもしれない。それに、曹家の同年代の従姉妹たちは、曹洪ほど流行に敏感ではないのである。いつだったか、語り合いながら心ゆくまで街に出掛けられる友人が欲しいと、嘆いているのを曹操も聞いたことがあった。

 

「楽進」

「は、はいっ!」

「そう畏まらなくてもいい。今の俺は、矢筒を買いに来たただの一刀に過ぎないのだよ」

 

 曹洪が、呆れたように首を振っている。真名を軽々しく預けていることが、いつまで経っても信じられないのだろう。

 

「先程はああ言ったが、お前の心はお前自身のものだ。だから、遊ばせておくのも自分の勝手だといえよう。されども、心を遊ばせている間に時は簡単に過ぎていく。その間にできることがあるというのも、忘れてくれるなよ」

「一刀さん……。はいっ!」

 

 楽進にそう言い残して、曹操は陣屋へと(きびす)を返した。

 あとは、楽進に任せてみるしかない。ただし、切っ掛けは確かに与えたはずである。見込み違い。あれで火がつかなかったのであれば、自分の人を見る目が曇っていたに過ぎないのだ。

 陣屋の前で待っていたのは、田豊だった。五十騎ほどを伴って、ここまで駆けてきたのだという。袁紹から、酸棗に向かう諸侯の出迎えを命じられでもしたのかもしれない。

 

「あっ。お待ちしておりました、曹操殿」

「よく来たな、田豊。馬に乗ってばかりで疲れただろう、ここでは気楽にしていけばいい」

「お気遣い、ありがとうございます」

 

 仮設した陣屋だから、造りは本当に簡単なものである。そこに田豊を招き入れると、曹操は胡床に座るようにいった。同席しているのは、荀彧だけである。

 

「田豊といったかしら。その名は、聞いたことがあるわ。袁紹殿のもとで、軍師をしているそうね」

「はい、仰る通りです。その関係もあって、曹操殿には以前からよくしていただいています。曹操殿。この方は、曹操殿の?」

「ああ、潁川の荀彧だ。あの折は、袁紹に世話になった」

「なるほど、あなたが荀彧殿でしたか。これから、よろしくお願いいたします」

 

 拱手をしながら、礼辞を口にする田豊。

 なにか気に入らないことがあったのか、荀彧は機嫌がよくないようである。

 

「なによ、仲良さそうにして。まさかアンタ、他人の麾下にまで手を出そうっていうんじゃないでしょうね」

「そう頭に血を上らせるなよ、桂花(けいふぁ)。田豊とは、別にそういった関係ではない」

「そ、そうです! なにも……。うん、きっとなにもありません」

「ふうん。まっ、わたしは何だっていいんだけどね。話の腰を折って悪かったわ。続けてくれるかしら、田豊」

 

 口ではそう言いながらも、荀彧はまだどこか訝しんでいるようである。そのせいで、態度が普段よりも不遜なものとなっているのだろう。

 荀彧の個性。それに少々面食らいながらも、田豊は咳払いをすると身体をまたこちらに向けて話しだした。

 

「連合軍に参加するにあたって、麗羽(れいは)さまは曹操殿を行奮武将軍に任じたいと仰せなのです。このこと、お受けいただけますでしょうか」

「なっ……、奮武将軍ですって? 一体なんの権限があって、そんなことを」

 

 荀彧の眉が、ぴくりと一度震えた。

 現状、朝廷の権限を握っているのは董卓なのである。であれば、これはどういうことなのか。袁紹が官職の任命を行うなど、道理に適ったことではないはずなのである。そのことに、荀彧は不信感を抱いているのだろう。

 

「ですから、あくまで行なのです。麗羽さまは共闘するにあたり、是非とも曹操殿にそれなりの地位をと……」

「はあ……? 田豊、言葉の意味がわかって言っているんでしょうね。一刀、アンタだってこんなのおかしいと思うでしょう?」

 

 確かに、袁術や韓馥を始めとする諸侯は、太守や将軍といった肩書きを所持している。そして肩書きは、軍勢の大きさにも繋がるのである。自分は、まだそのどちらも得られていないままだった。

 行。職名にそれがつけば、すなわち臨時に任命されたものだということになる。朝廷の実権を董卓に握られてしまっているから、たとえ袁紹であっても、紛い物の官職を与えることしかできないのだ。

 

「はははっ。ひどく下に見られたものだな、俺も。田豊、もう天下を統べた気でいるのか、袁紹は?」

「ううっ……。決して、そのようなことは……」

「さて、どうだろうな……。任命のことだが、ひとまず受けてやる、と袁紹には伝えておくがいい。ただし、これは使者として来たお前の顔を立ててのことだ。俺は、袁家の門前に馬を繋ぐつもりなどはない。それだけは、ここではっきりとさせておく」

 

 立て続けに言い放ち、曹操は陣屋を出た。怒りをぶつけるべき相手は、田豊ではないのだ。

 自分のことであるかのように、荀彧は苛立ちを見せている。その姿を見ながら陣営を歩いていると、段々と心が落ち着いていく。一軍の将として、自分にはするべきことがあるはずなのである。

 

「余人が曹孟徳に従うことはあっても、その逆なんて許さない。さっきのアンタ、そんな顔をしていたわよ」

「ふっ、滅多なことを言うなよ。だが、そういった気持ちで臨んでいかなければな。これから先は、特にだ」

 

 口角を上げる荀彧。反発心の宿った瞳が、強く輝きを放っている。

 

「それにしても、図に乗りすぎじゃないの、袁紹は。戦闘に入る前からこうだと、さすがに心配になってくるわね」

「どこまでいってもそういう女なのだろうな、あいつは。まあ、いいさ。どの道、この連合軍で董卓を討つのはかなり難しいことだろう。俺とて、袁紹に勝利をくれてやるために、闘うつもりはしていないのだからな」

 

 口を尖らせながら、荀彧は袁紹のことを呼び捨てにした。

 普段から、こうして敬称を付けずに呼んでいるのである。そこには、少しも悪びれる様子はない。田豊の前では自重していただけ、よく我慢した方だといえるのだろう。

 

「董卓の力を削ぐことができれば、御の字ってところかしら。闘う中で諸侯の実力も見えてくるだろうし、こっちは名声を拡めることだってできる」

「そうだな。袁紹に野心があるように、俺たちにも目的がある。他の者たちも、そんなものだろう」

 

 乱世。それが、もうすぐそこまで来ているのである。

 誰が死に、誰が生き残るのか。董卓との闘いで、死ぬ者もいるだろう。自分にも、その可能性がないわけではなかった。

 

「そろそろ、戻ってやるとするか。放っておいたままでは、田豊がかわいそうだ」

「なに笑ってんのよ、一刀。田豊は何もないって言っていたけれど、怪しいものね……」

「ふっ、それはきっとお前の気にしすぎだ、桂花」

 

 ぶつかる肩。荀彧には、はぐらかしているように感じられたのかもしれない。

 その腰を抱き、曹操は陣屋に向けて歩いていく。耳に浴びせられる罵声。それが、今はかえって心地いいくらいだった。



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四 孫家の人々

後半に麗羽パートを追加(20/10/01)


 街道を行く曹操の軍。酸棗の陣は、もう目と鼻の先である。『袁』の旗。陣営の外郭に、無数に掲げられている。

 曹操の呼びかけに応じて、二千を少し越えるほどの兵が新たに加わっていた。元々の兵力に加えると、約五千。日をかけて調練をする余裕もないから、今はこの戦力でなんとかするしかなかった。

 周囲を固める旗本。曹操が直に指揮を行う兵なだけあって、統率は取れている。そこに、新たな顔ぶれが参加しているのだ。楽進。あれから、すぐに後を追って来たのである。

 楽進に釣られて、友人である李典と于禁もなし崩し的に仕官を決めている。一悶着あったせいか旗本にすることを夏侯惇は渋ったが、どうせなら手元に置いておきたいと曹操は意見を押し通したのである。

 

「曹操さま」

「一刀でいい、といっただろう。なにか見えたのか、(なぎ)

「はっ。申し訳ありません、一刀さま。その、ご質問に関してなのですが……」

 

 麾下にして以来、楽進のことは真名で呼んでいる。あのとき感じたように、使い所のありそうな少女だった。生真面目な部分が勝ちすぎている気もするが、場面によってはそれが活きてくるはずである。機会を見て、兵を率いさせてみたい。曹操の考えは、そこまで及んでいるのである。

 楽進の、無垢なほどに透き通った瞳。それが、なんとなく困惑を示しているように見えている。前方。兵の足が、止まっているようだった。なにか、問題が起きているのだろう。楽進の困惑は、きっとそこから来ているはずである。

 

「どうした。聞いてやるから、言ってみるがいい」

「はい。その、街道に人が立っているのです。それも、たったお一人で……」

「人だと? その一人のせいで、兵たちは進めずにいるというのか」

「一度、直接ご覧になっていただけませんか。先方は、こちらの将と話がしたいと言っているそうなのです。一刀さまのことを、存じられているのではないでしょうか」

「ン……、俺を知っている者か。わかった、供をしろ、凪」

 

 頷き、曹操は馬を進めていく。楽進は、徒歩(かち)のまま遅れずについてくる。

 軍勢の前に単身立ちはだかった上に、こちらを呼びつけてくる者。規格外な胆力の持ち主でなければ、ただの愚か者といえよう。

 記憶を巡らせる曹操。その中で、ほとんど確信に近い感覚が生じている。思い当たる人物。楽進の話を聞いて、それがいないわけではなかったのだ。

 

「おう、ようやく来やがったな。久しぶりじゃねえか、曹操」

「ははっ、やはりそうか。こんな無茶をされるのは孫堅殿ではないかと、密かに思っていたところなのだよ」

 

 軍勢の進路に立っていたのは、孫堅だった。周囲には、手勢の姿はないようである。

 気配こそしないが、どこかに腕利きの者が潜んでいるはずである。猛獣の如き強さを備えていても、警戒心はなくしていない。豪放磊落。表面的に見ればその通りだが、油断のならない一面を持っているのが孫堅という人物なのだ。

 

「麾下はどうされたのだ、孫堅殿。主君がひとり出歩いていると知れば、配下の方々は気が気ではあるまい」

「フッ、いいじゃねえか。だいたい、出ていくのを見つけられねえほうが悪いんだよ。それに、身一つでほっつき歩くのはお互いさまってもんだろう、曹操?」

「さて……、な」

 

 揚州を旅した折のことを、孫堅は言っているのだろう。あの瞬間に感じた視線の力強さは、現在になっても思い出せるくらいなのである。

 気づかれているような予感はあったが、本当にそうだったとは。意味がわからないまま立ち尽くしている楽進に笑いかけながら、曹操は縦に二度小さく首を振った。優れた直感。どんな場面であっても、孫堅はそれを発揮してしまうのだ。戦場においては、それは無二の力ともなる。

 

「それで、孫堅殿も酸棗に陣を張りに来られたのか? あの袁術が、よくわがままを言わなかったものだ」

「袁術だあ? そんなもん、どうにでもならあな。アレの影響力は確かに大きいが、オレから見ればまだまだひよっ子よ。ククッ……。あいつめ、ちょっと凄んでやっただけで、簡単に酸棗行きを了承しやがった」

「ふっ、それはいい。しかし、口惜しいな。もし、孫堅殿に十万の兵力があれば、今頃洛陽に迫られていただろうに」

「ハッ……、心にもないことを抜かすんじゃねえよ、曹操。今の身代に満足していないのは、お前も同じだろうが。どうだ、相違あるまい?」

 

 孫堅の双眸。それが、じっと自分の方を覗き込んできている。

 相違など、あるはずがなかった。五千の兵。得られたのはいいが、この世に波風を立たせるには、当然物足りない力でもあるのだ。孫堅は、より大きな波乱を待ち望んでいるのだろう。それは自分も同様だった。

 波が立てば立つほど、自分たちのような小勢力にも好機が巡ってきやすくなるのである。それに、波とは自力で起こすものでもあるのだ。巨大な波濤。いつしか、巻き起こしてみせる。流れを生み出すことができなければ、後は消えるだけなのである。

 

「違いないな、孫堅殿。国に安寧をもたらすためには、確固とした力が必要なのだ」

「ハハッ! 跳ねっ返りかとも思ったが、案外素直なところもあるじゃねえか。董卓は時勢に乗って上手く権力を手に入れたが、それはいつまでも続くまい。相国だかなんだか知らんが、オレがいつか追い落としてくれよう」

「まったく、孫堅殿らしいお言葉だな。おや、あれは……?」

 

 啖呵を切ってみせる孫堅。胸の前で握った拳には、なんとしてでも大願を成し遂げるという決意が宿っているのか。

 その後方に、人の姿が見えている。十人ほどの集団。それが、間違いなくこちらに向かって来ているのだ。萌え盛るような鮮やかな髪色。先頭を駆けているのは、長女の孫策なのだろう。奔放な母親に、手を焼いているといったところか。

 

「チッ……。策め、とうとう嗅ぎつけて来やがったか。まあいい。曹操、娘の相手はお前に任せたぞ。オレは、袁紹の面でも拝んでくるとしよう」

「ふん、いいのか? 任されるのは構わないが、俺は大層女好きでな。孫堅殿のご息女には、以前より興味があったのだよ」

「勝手にしな。オレたちは所詮、ヤルかヤラれるかの世界に生きてるんだよ。ちょうどよい頃合いだ、男の味ってものを、教え込んでやってくれてもよいのだぞ」

 

 獰猛な笑みを浮かべる孫堅。どこまで本気で語っているのだろうか、と曹操は首を傾げている。

 その姿が、軍勢の中に消えていく。人混みに紛れられては、孫策たちも追うことは難しくなるはずだ。

 

「嵐のようなお方でしたね、孫堅さまは。それにしても一刀さま、先程の言はその……」

「軽薄だと思ったか? だが、男とはそんなものなのだよ。もっとも、自覚があるだけ俺はマシなのかもしれないがな」

「そんな、ものなのでしょうか。自分には、よくわかりません」

「今は、わからなくてもいいさ。だが、いずれ凪にも、理解できる日がやって来るのかもしれないぞ。俺は、お前のことをもっとよく知りたいと思う。主君としてだけでなく、男としてもだ」

「なっ……!? じ、自分には、知りたくなるような魅力などありませんから!」

「ははっ、顔が赤くなっているぞ。可愛らしいところがあるのだな、お前も」

「かわ……っ!? もう、一刀さま。からかうのは、止めてください」

 

 友人たちとは違い、楽進はその手の話題が得意ではないのだろう。火照り。綺麗な肌に、拡がっていく。一文字に結ばれた口。返す言葉が、見つからないようだった。

 そうしている間にも、一団は自分たちの方へ近づいて来ていた。孫策。馬上での振る舞いは、堂に入っているように感じられた。

 

「はあ……。どうやら、一足遅かったようね。母様……、孫堅が、こちらにお邪魔していたと思うのだけど」

「惜しかったな。孫堅殿なら、袁紹に会いに行くと言っていた。しばらくすれば、自陣に帰るのではないか」

 

 下馬をしながら、孫策が話しかけてきている。

 諦めにも似た溜息。母を捕まえることができなかったのが、よほど悔しいのだろう。

 

「そうなの? でも悪かったわね、母様が足止めをしてしまって。それで、あなたが?」

「いかにも、俺が曹操だ。そちらは、孫策殿かな」

「ええ、曹操殿。わたしが孫堅の長女の、孫策よ。それにしても、よく知っていたわね。わたしの武名も、多少は世に広まっているのかしら」

 

 楽しげに笑う孫策。雰囲気こそあるが、孫堅の域にはまだまだ及んでいないようだ。

 それでも、武人としては一流なのだという。荊州にも間者を出入りさせているが、孫策は抜きん出た力を持っているとの話だった。賊程度では、敵うはずもないのである。力強い眼差し。孫堅の血を、色濃く受け継いでいる証だった。

 

「ちょっと姉さま。自分ばっかり喋っていないで、シャオのこともちゃんと紹介してよね? わたしは孫尚香。ほんとは間に孫権ってお姉ちゃんもいるんだけど、誰かが残ってないといけないから、って陣で留守番してるんだー。とにかくよろしくね、曹操!」

「なるほど、尚香殿は末っ子というわけか。孫権殿がいないのは残念だが、どこかで会うこともあるだろう。なにせ、共に闘う仲間なのだからな、俺たちは」

「えへへ、そうだよね。都で好き勝手してる董卓を、懲らしめてやらなくっちゃ。これだけの人数が揃ってるんだもん、きっと出来るよ!」

 

 幼さの残る笑顔。それが、曹操には眩しいくらいだった。

 孫尚香が言ったように、連合軍の大義はそこにあった。朝廷を牛耳る董卓を討ち、政を正す。自分たちは、そのために盟約を結んでいるのだ。

 

「あんまり真に受けない方がいいわよ、尚香。世の中、そんな甘い考えで回るものじゃないんだから。周瑜が言っていたけれど、群雄同士の連合なんて泡沫のものなのよ。そのうち、水面下で牽制し合っていくようになってもおかしくないんだから。もちろん、ウチの母様も含めてね」

 

 包み隠した物言い、というのがあまり好きではないのかもしれない。そう言い切った孫策は、変わらず平然としたまま笑みをたたえていた。

 原野を吹き抜ける風、といった感じである。淀んだところがなく、孫策はどこまでも爽やかな女だった。

 碧眼。海というのは、このような色をしていると聞いたことがある。河水や江水よりも広大で、豊富な水がどこまでも続いているのだ。その雄大さ。それを、孫策の碧眼は感じさせるのである。

 

「ふっ……。さすがに、孫堅殿のご息女というだけのことはあるな。しかし、気に入った。孫策殿の闘う姿を、早くこの目で見てみたいものだ」

「ふふん。剣の腕には、わたしもちょっとばかし自信があるの。だから、楽しみにしていてちょうだい。きっと、損はさせないと思うわよ?」

「言ってくれるな、孫策殿。ならば、期待させてもらうとしようか。そうだ、俺の麾下にも剣を得意とする者がいてな。名を、夏侯惇というのだが」

「へえ、夏侯惇か。よし、せっかくここまで来たのだし、紹介してもらってもいいかしら? どうせなら、戦の前の肩慣らしに軽く打ち合ってみたいわね」

 

 孫策の碧眼。その輝きが、はっきりと増している。どこまでいこうが、根幹にあるのは武人としての矜持なのだろう。

 

「うわあ……。いいの、曹操? お姉ちゃん、一度その気になったら、ちょっとのことじゃ止まらなくなるんだよ?」

「ははっ。それならば、こちらの夏侯惇も似たようなものだ。気が済むまで打ち合ってくれても、俺は別に構わないぞ」

「ほんとに、知らないんだからね? だったら、ただお姉ちゃんを待ってるのも退屈だし、シャオはもっと曹操とお話しさせてもらっちゃおうかなー。ねっ、いいよね?」

 

 身軽な動き。楽進が制止する間もなく、孫尚香が腕に絡みついてくる。

 なにも、幼いばかりではないようだった。笑みの中。そこに、かすかながら妖艶さが見え隠れしているのだ。薄い身体。孫家の血は、孫尚香にこの先どういった成長を与えるのだろうか。

 

「好きにすればいいさ、尚香殿。凪、春蘭(しゅんらん)を呼んでこい。お前も、後学のために見物していくことだな」

「承知いたしました、一刀さま」

 

 駆けていく楽進。

 足跡から舞い上がる土煙を、曹操は静かに見つめていた。

 

 

 連合軍の本営。そこに、袁紹の姿はあった。

 諸将が集えるようにと大きめに建てられているから、内部はかなり広々としていた。声。入ってきたのは、顔良だった。

 多分、また誰かが挨拶に訪れたのだろう。そう思って、袁紹は胡床から立ち上がった。悪い気こそしないが、同じ言葉を何度も聞かされるのは退屈なのである。しかし、待ち人が来たのであれば話は別だ。曹操。洛陽から逃れて以来だから、会えば数ヶ月ぶりの再会となる。

 競い合う相手。友誼を結んではいたが、曹操という男はそのような存在であったはずだ。その来訪が、どうしてここまで待ち遠しいのか。

 無意識の内に綻んでいく表情。曹操が近くで支えてくれるのであれば、必ず董卓を打倒することができる。そんな風に、袁紹は考えるようになっていた。

 

「で、誰がいらしたのかしら、斗詩(とし)さん」

「はい。長沙太守の孫堅さんが、姫にご挨拶をと。すぐにお通ししても、よろしいでしょうか」

「ふうん、孫堅さん? 長沙というと、美羽さんに引っ付いてやってきた将のお一人かしら」

「ご本人の前では、そういう言い方をされないほうがいいと思いますよ、姫。孫堅さんって、とんでもなく恐ろしいお方らしいですから」

「なんですの、斗詩さん。あなたも袁家を代表する将軍であるならば、もっと堂々としていなさいな」

 

 小声で忠告をしてくる顔良を叱咤し、袁紹は腕を組んだ。

 孫堅がなんだというのだ、という気持ちがある。名家に生まれた責務。それを果たすためにも、自分は国の頂点まで駆け上がらなくてはならない。

 

「孫堅さんはともかく、曹操さんはまだ酸棗に到着していませんの? 使者にやった真直(まあち)も帰っていることですし、もう着いていてもおかしくない頃合いでしょうに」

「ええっと、ですねえ。本営に来るまでに曹操さんと話してきたと、孫堅さんが……。なので、もうしばらくすれば、こちらにお越しになるのではないかと」

「はあ? なんですのそれは。まったく、着いたのであれば、何をおいてもわたくしに会いに来るのが筋ではありませんの。斗詩さんだって、そう思いますわよね?」

「あ、あはは……、そうですよねー」

 

 自分がこれだけ待望しているにも関わらず、曹操はなにをやっているのか。苛立ちを隠さず、袁紹は顔良に愚痴をぶつけている。

 

「おい、なにをグダグダとやってやがるんだ。オレもそんなに暇じゃねえんだ、悪いが入らせてもらうぞ」

「あなたが、孫堅さんですのね。まあ、いいでしょう。些事にいちいち目くじらを立てていては、連合軍の代表なんて務まりませんもの」

「ハッ、少しはわかっているようだな。それで、戦はいつ始める。明日か、明後日か? なんなら、今から出陣してもよいのだが」

「戦の日取りは、皆で議論して決めるべきことではありませんの? それにまだ、曹操さんにも相談できていませんし……」

 

 連合軍という体裁。それを守るためには、一応なりとも意見を聞いてみる必要があるのではないか、と袁紹は考えている。

 舌打ち。はっきりと、耳に届いている。自分の言ったことが、よほど孫堅は気に食わなかったのか。大軍を擁しているのだから、逸るべきではない。逸っては足元を掬われるだけだ、と田豊から聞かされてもいるのだ。

 

「曹操? ハハッ、あいつには、オレの娘の相手をしてもらっていてな。下手をすれば、一晩中盛ることになるかもしれぬぞ?」

「さ、盛る……? 意味がよくわかりませんが、わたくしは曹操さんに用があるのです。ですから孫堅さん、ご息女の相手くらい、自分でされてはいかがですの?」

「知らんな、貴様の事情など。それに、曹操は自ら喜んで引き受けたのだぞ。そこにわざわざ面倒を背負いに行くなど、オレはご免だ」

 

 挨拶をしにきたのではなく、これでは喧嘩を売りにきたようなものではないか、と袁紹は憤慨している。

 微笑する孫堅。その立ち姿は、やけに大きく感じられた。絶大なる自信。それが、身体を通して顕現しているとでもいうのか。

 

「フッ……。そんなに曹操に会いたいのであれば、自分から出向くしかあるまい。連合軍の代表だろうが、待っていてはなにも変わらぬぞ、袁紹?」

「くううぅ……。そのようなこと、あなたに言われなくともわかっていますわ! 行きますわよ、斗詩さん。さっさとついていらっしゃい!」

「は、はいっ!? あっ……、待ってください、麗羽さまっ!」

 

 孫堅の言葉。どこか、後押しするような響きがあったような気がしていた。自分から動くべきだと思えたのは、そのせいなのかもしれない。

 居ても立っても居られず、袁紹は本営を飛び出していく。いきなりのことで、顔良は慌ててその後を追った。

 

「ククッ、若いねえ。曹操がアレをうまく御すことさえできれば、董卓とも闘えようが」

 

 呟き。その音は風にかき消され、袁紹の耳に入ることはなかった。

 酸棗の空は、青く澄み渡っている。



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五 夢で見た黒髪

 総勢で、二十五万は下らないはずである。まさしく、壮観だった。自由にできる兵が、今これだけ手元にあれば。孫堅ですら、不意にそう思ってしまうほどの陣容だった。

 袁紹のいる営舎には、各軍を率いる将軍たちが参集していた。ほとんどが、太守より上の地位を持っている。その範疇だけで考えれば、曹操などは吹けば飛ぶ程度の存在でしかなかった。

 あれから袁紹は、曹操と無事語らうことができたのだろうか。自身の席に着きながら、孫堅はそんなことを考えていた。

 実のところ、あまり上手くいかなかったのではないか、と孫堅は思う。曹操は、軍議の場を取り仕切ってはいるものの、その動きは傍目から見て淡白そのものだった。反対に、袁紹は満足気に笑みすら浮かべているのだ。

 名門の生まれゆえに、他者の心の機微に疎いのかもしれない。将軍位を与えたのは曹操の気を引くためなのだろうが、それがはっきりと裏目に出てしまっているのだ。

 競おうとしている相手から施しを受けたところで、いい気などするはずがない。気持ちの駆け引きの部分で、袁紹は弱みを露呈していた。

 話しをしている間、曹操が袁紹のほうを向くことはほとんどなかった。むしろ、避けているのではないか。孫堅には、そう見えるくらいだったのである。

 両人の思い。一致していないのは、明らかだった。

 それでも、軍議は進んでいく。盟主である袁紹の意向を受け、役割が決まっていった。

 全軍の兵糧の管理は、袁術がすることになった。酸棗まで渋々連れて来られたようなものだから、それなりの役目を与えてやる必要があったのだろう。薄い胸を精一杯張り、袁術は誇らしげに諸侯に対し言葉を述べている。

 一抹の不安はあるが、決まったからにはこれでいくしかない。側近である張勳がしっかりと取り仕切れば、問題はないはずだった。

 曹操の目を、孫堅は見ていた。闘う意志。そういうものを、宿している目だった。曹操が見ているのは、自分の戦なのだろう。望んでいるのは、乱世なのだ。

 

「戦の段取りを、決めようと思う。洛陽を攻めるのであれば、間にある二つの関が邪魔になる。まずは、そちらの攻略から掛かるべきだろう」

「距離でいえば、汜水関の方が酸棗からも近いか。曹操殿、陣立ての案はあるのか?」

「まずは各々方の考えを聞くつもりでいたから、まだなにも。やると言われるのであれば、公孫賛殿に先陣をお任せしてもよいのだが」

「せ、先陣をわたしにか? しかし、困ったな。こちらの軍は、騎馬兵が主体なんだよ。関を攻めるとなると、上手く力を発揮できるかどうか」

 

 言われて、公孫賛は戸惑いを見せている。今ひとつ自信がないのか、あまり乗り気ではなさそうだ。

 幽州の地では、名の通った将軍だった。飛び抜けた能力こそないものの、騎馬の用兵については光るものがある。それにこのところ、公孫賛の軍が力を増しているとの報告を孫堅は受けていた。

 麾下ではないが、旗色を同じくして闘っている者がいる。その者らが、いい働きをしているというのだ。

 劉備。袁紹から見て、最も離れた位置に座していた。連れてきたのが公孫賛のようなお人好しでなければ、営舎にも入れていなかったはずなのである。

 流浪の将だが、兵はよく鍛えられていた。少し物見をしただけでも、それがわかったのである。関羽と張飛。その二人が、厳しく調練をやっている。

 劉備の名を覚えておいて、今後損をすることはないはずだ。孫堅の勘が、そう告げていた。

 

「曹操、それに袁紹も聞け」

 

 立ち上がる。諸将の視線。自分に集まっているのが、よくわかった。

 

「汜水関攻めの先陣、この孫堅が請け負おう。ハッ……、異見があるのであれば、今のうちだぞ? 後になって一番槍を譲ってくれなどと言われても、オレは聞く耳など持たぬ」

「そうか。孫堅殿であれば、間違いないな。俺は任せていいと思うが、どう思う袁紹」

「ええ、それでよくってよ。孫堅さん、連合軍の初戦を華々しく飾るためにも、しかと励まれることですわね」

 

 曹操の言葉に、袁紹は優美に頷いて見せた。

 決まりである。董卓軍の強さを今ひとつ掴めていないせいか、諸将は様子見をしているようなのだ。こういう時に戦功を上げることができれば、自分の名声は高まっていく。

 汜水関の守りが堅いことは、承知していた。守兵の数は、三万から四万といったところか。自軍の兵は二万だから、力ずくで攻略にかかると損害が大きすぎる。だから緒戦で関外の敵兵を叩き、あとは持久戦に持ち込むつもりだった。攻囲している間に、別の部隊がもう一つの関である虎牢関を囲む。それで、汜水関は孤立することになる。

 

「出陣の準備があるから、オレは先に帰らせてもらうぞ。袁術、兵糧は任せてよいのだな?」

「ひいっ!? な、なんじゃその目は。この妾が、信用できぬとでも申したいのか、孫堅」

「誰もそんなことは言っておらぬが、自覚でもあるのか? まあ、戦が恐ろしくて漏らさぬように、頑張ることだな」

「ぐぬぬっ……。そんなこと、あるわけがなかろう……!」

 

 袁術が、怒りで声を震わせている。

 その様子を見かねてか、張勳が器にいれた飲み物を差し出している。蜂蜜水。甘ったるいものが、袁術の好物のようだった。戦場であっても、手放せない物らしい。

 営舎を出ると、孫堅は大きく息を吸った。ああいった空気は、やはり好きになれなかった。

 

 

 

 

 

 孫堅が名乗り出てくれたおかげで、想像していたよりも早く軍議を終えることができた。

 しばらく陣営内を歩きながら、曹操は各軍の視察を行っていた。どの軍も、軽く万を越える兵力を動員している。その中で、五千しか連れてくることのできなかった自分が、いかにももどかしかった。

 平たい岩に、少女が座っている。瑞々しい肌。陽光に照らされ、汗が光を放っていた。側に置かれた巨大な斧を、得物としているのだろうか。

 無心で、空を見上げているようだった。こちらの接近には、気づいていないらしい。回り込む。ぼんやりとした瞳の中に、輝きが見えた。景色が変わったことで、ようやく気づいてもらえたのだろう。小さな口が、ぽかりと開いている。

 

「あれ……、空が見えなくなった。おかしな、お兄ちゃん」

「ははっ、お兄ちゃんか。好きなのか、空が?」

 

 小動物のような愛らしさがあった。

 見上げてくる視線。曹洪であれば、感極まっているところかもしれない。突き抜けた趣味があるのは、悪いことではないと思う。

 

「うん。ずっと見てても、空は飽きないよ。なににも縛られずに空を飛んでる鳥を見てると、色んなことが思い浮かんでくる。あそこに行ってみたいなーとか、飛ぶのは気持ちいいんだろうなー、とか。だから、シャンも飛んでみたいと思った。いつか、空を自由に飛ぶのが、シャンの夢」

「それはいいな。人にも翼があれば、どれだけ便利なものか」

「お兄ちゃんは、笑わない? 友達には、そんなの無理だよって、よく言われるから」

 

 紫がかった瞳が、こちらを捉えて離さない。のんびりとした口調の中にも、力を感じている。

 

「空というより、俺は天というものに興味があってな。あの雲の先にはなにがあって、どんな景色が存在しているのか。そういうことを、たまに考える時がある」

「天……? 空よりずっと向こう側の、天?」

「お前のように、考えたことがなかった。飛べるのであれば、俺も飛んでみたいと思う。そうすれば、いつか天の先を見ることができるのかな」

 

 赤の他人に、話すようなことではなかった。それでも、言葉は止まらない。

 天下を統べれば、そこに少しでも近づくことができるのか。それも、わからないことだ。少女の口もと。確かに、笑っている。しかし、嘲笑などではない。瞳の輝きは、先ほどよりもずっと増している。

 

「うん。きっと行けるよ、お兄ちゃん。……シャンも、天の向こう側を見てみたいな。空よりもっと広い、天の向こう側を。そこまで行けたら、鳥にも羨ましがられるかも? それにね、飛んでる鳥を上から眺めたら、どんな気分になるんだろう、ってシャンは思うんだ。でも、そしたら落っこちないように気をつけないと。空より高い場所から落ちたら、さすがに死んじゃうと思うから」

「ふっ。そのようなこと、今から心配しても仕方がないだろう。だが、そうだな」

 

 二人して、空を見上げている。心の視界までも、拡がっていくようだった。名も知らない少女の、明るい声。心の底から、想像を楽しんでいる。

 見えているつもりで、見えていないものは案外多いものだ。空を優雅に舞う鳥たちには、人の戦はどのように映っているのだろうか。普段ならしないような考えも、そうやって浮かんでくる。

 

「あれっ? 徐晃ちゃん、なにしてるの?」

「んっ……、劉備。えーっと……、このお兄ちゃんとお話しながら、空を見てただけ」

「お兄ちゃん? あれ、あなたって確か……」

 

 不思議な雰囲気を持つ少女は、名を徐晃というらしい。劉備とも、知り合いのようだ。

 劉備を見ていると、頭の片隅に何かが過りそうになる。引っかかっている、とでもいうべきか。軍議の時は、なるべく気にしないようにしていたのである。もどかしいような感覚。それがまた、頭をもたげている。

 先程まで軍議を取りまとめていたような男が、こんなところでなにをしているのか。劉備は、恐らくそう言いたいに違いない。自分でも、よくわからないのだ。気づけば、徐晃に引き寄せられていた。

 

「曹操だ、劉備殿。直接言葉を交わすのは、初めてだな」

「あはっ、やっぱり曹操さんですよね。でも、驚きました。袁紹さんから軍議の進行役を任されるくらいですから、とっても厳しいお方なのかなーって」

「劉備殿には、そんな風に見えてしまっていたのか。厳粛なばかりでは、息が詰まる。そのくらいは、俺も心得ているつもりだ」

 

 申し訳なさそうに、劉備は苦笑している。感情が、表に出やすい(たち)なのだろう。

 公孫賛とは、以前から付き合いがあったのだという。どちらも人が良さそうなのは、同じ盧植門下だからなのか。頼れば、公孫賛には厚く遇されていたはずである。それでも劉備は、客将という地位を貫いているのだ。

 目の前に鎮座している、大きな胸。そこには、なにが秘められているのか。視線が気になったのか、劉備は少し横を向いてしまう。追うことは、さすがに控えた。

 

「劉備殿は、どうして連合軍に参加しようと思われたのだ?」

「中山靖王の血を引く者として、国の乱れをどうにかしなければ。そう考えたからと言えば、格好はつくんですけど。えへへっ、信じられませんよね?」

「漢王朝は、これだけ長く続いているのだ。劉備殿が血縁者であっても、別段不思議ではないな」

「……実際のところは、わたしもよく知らないんです。ただ、母からそう聞かされたというだけで。だけど、なにかしなきゃって思ったのは、本当ですよ? わたしの故郷も、随分と荒れました」

 

 話しながら。劉備はほほえんでいる。

 他者を、包み込んでしまえるような魅力。意識せずとも、そうしたものを発揮してしまえるのかもしれないと、曹操は思っていた。徐晃は、一人でまた空を眺めている。

 

「まだ、なにも見えていないわたしに、期待してくれている人たちがいる。だから、わたしは闘い続けることができるんです。あっ、噂をすれば……!」

「お戻りになられていたのですね、桃香(とうか)さま。軍議の方は、どうなりましたか?」

「そんなことより、このお兄ちゃんは誰なのだ、お姉ちゃん?」

 

 二人の少女。現れるなり、劉備の両隣を囲ってしまう。この少女たちが劉備の闘いを支えているのだろうな、と曹操は直感していた。

 艶のある、長い黒髪。漠然としていた心が、強い衝動に突き動かされていく。不審げに見つめてくる大きな瞳。構わず、曹操は腕を伸ばしていた。

 

「ン……、同じなのか。かつて夢で見た、あの黒髪と」

「な、なにをする貴様っ!? いきなり無礼ではないか、面識のない女の髪に触れるなどと」

 

 振り払われる。女に打たれた手のひらが、じんと熱を持っている。考える前に、身体が動いていたのだ。感触は、あの時と同じだったように思う。夢でのことで確証などないのだが、そうとしか思えない自分がいる。

 夢で逢った女が、目の前で怒りをあらわにしている。自分でも、妙な感じだった。

 実は、今見ている景色さえも夢なのである。そう言われても、納得してしまえるような気がしている。

 全てを、記憶しているわけではなかった。だから、劉備を見ただけでは思い出せなかったのである。髪のさわり心地。やはり、鮮烈だった。自分の内側にまで、訴えかけてくるようなものがあるのだ。それがなにを意味しているのか。そこまでは、曹操もわからなかった。

 

「非礼は詫びさせてもらおう。どこかで、貴殿を知っているように思えてしまったのだよ。すまない、俺も少し混乱しているようだ」

「は、はあ……。わたしは、貴方のことを存じ上げてはおりません。きっと、誰かの空似なのでしょう」

「そう、なのかな。まあいい、俺は曹操という。貴殿の名を、教えてはもらえないだろうか」

「曹操殿、ですか。わたしは、関羽と申します。こちらの張飛共々、劉備さまの下で部将をしています」

 

 そう言って、関羽は丁寧に会釈をしてみせる。どんな場合であっても、礼節は欠かさないのだろう。

 

「ねえねえお兄ちゃん、そんなに姉者のことが気になるのかー?」

「気にはなるが、しばらく忘れようと思う。戦場には、不要なことだ」

 

 背伸びをしながら、張飛が聞いてくる。満月のように丸い目が、可愛らしく揺れている。

 関羽が姉ならば、劉備はさらに上の長姉なのかもしれない。末っ子という表現が、張飛にはよく似合う。

 

「ホントにいきなりだったから、びっくりしちゃいました。手、平気ですか?」

「劉備殿は、やさしいのだな。無礼を働いた俺のことを、心配してくれるとは」

「あんなに真剣な顔つきをされていたんですから、心配もしちゃいます。愛紗ちゃんには、わたしからも言っておきますから」

 

 常に笑顔を振りまけるのが、劉備の強みなのかもしれない。棘というものを、少しも感じさせないのである。

 兵たちに慕われるわけだ、と曹操は頷いた。規律を保持していられるのは、関羽たちのおかげなのだろう。

 

「桃香さま。わたしはもう気にしていませんから、大丈夫です。驚いたからとはいえ、申し訳ありませんでした、曹操殿」

「そう畏まらないでくれ、関羽殿。しかし、おかしな奴だとは思わないでいてくれよ?」

「ふふっ。それは……、善処するといたしましょう」

 

 はにかんだ横顔も、美しかった。いつまでも見ていたくなる。そんな秀麗さを、関羽は備えているのだ。

 もっと早く出会えていれば、と思わずにはいられなかった。あるいは、別の関係性が生まれていたのかもしれないのである。一目惚れ。それに近しい感情だった。

 

「これはこれは。なにやら騒がしいと思って来てみれば、いつかのお兄さんではありませんか。名前はたしか……、かずべえ?」

「べえ? べえってなんなのだ?」

「程昱の言うことだ。話半分に聞いておいたほうが身のためだぞ、鈴々(りんりん)

「んんー、それはちょっと聞き捨てなりませんねえ。関羽ちゃんがそんな態度を取られるのであれば、(ふう)にだって考えがあったりなかったりー?」

「むむっ……。あるのかないのか、はっきりしたらどうなのだ。それにしても程昱、おぬしは曹操殿のことを知っているようだが、面識があったのか?」

 

 地面につきそうなくらい長い金髪。独特の間隔のある話し方も、忘れられるはずがなかった。

 以前会ったときは、程立と名乗っていたはずである。現在は、程昱というようだった。眠たげな目。それをかすかに開いて、程昱はこちらを窺っている。

 

「それはもう。聞くも涙、語るも涙な出逢いの物語があるのですよ。あっでも、詳しいことは省略させてもらいますけどねー」

「な、なんだかすごく複雑そうだね。ということは、戯志才さんとも?」

「はい。稟ちゃんとは特に色々とあったのですけど、本人もいないことですし、それはちょっと横に置いておきましょうか。あんまり喋ると、後でどんな目に遭わされるかわかりませんので」

 

 姿の見えない戯志才は、どこかで仕事でもしているのだろう、と曹操は思った。

 劉備と気さくに話す程昱。そこから程昱と戯志才も、公孫賛に同行して酸棗まで来たのだということが理解できる。

 公孫賛が、それまで苦戦していた賊軍を次々に討ち破っている。そんな報告を、この数ヶ月でよく耳にしていたのだ。部隊の動きがよくなったのは、程昱たちが参謀として入ったからなのだろう。公孫賛は、随分といい拾いものをしていたようである。拾いものを己の力にできるかどうかは、また別の話だった。

 

「しばらくぶりだな、程立殿。今は、程昱というのか」

「はい、程昱なのですよ。お久しぶりです、一刀さん。いえ、曹操さんとお呼びするべきなのでしょうかー?」

「今更、そう呼ぶ必要もないと思うが。公孫賛殿のところでは、客将を?」

「くふふ、さすがのご慧眼ですねえ。公孫賛さんに仕えるのも悪くはないのですけど、なんと言いますか……あの方はちょっと物足りないですね。自ら、器の限界を決めてしまっているような気がします」

 

 劉備が、表情を強張らせている。友人のために怒らないのには、理由があるはずだ。どこかで、程昱と同じように感じている節があるのかもしれない。口をつぐんでいるのは、関羽も同様だった。

 普通であれば肝の冷えそうなことを、程昱は簡単に言ってのけるのである。望んでいるのは、地方領主の一家臣ではない、ということか。

 

「歯に衣着せぬ物言いも、相変わらずだな。そうしていつも、劉備殿たちを困らせているのではないか?」

「はてさて、風にはそんなつもりはないのですが。そうそうお兄さん、再会ついでに風の真名はいりませんかー? 今なら、お安くしておきますけど」

 

 程昱なりの、誘い方なのだと思う。

 もしくは、横着な態度で、繊細な部分を隠そうとしているのかもしれない。だから、こうした誘いには全力で乗ってやるべきなのだ。優れた文官は、これからいくらでも入り用になってくる。地方領主で一生を終える気など、曹操にはさらさらなかった。

 

「程昱殿の真名であれば、言い値で買うぞ。働きには、期待してもいいのだろう? であれば、惜しむ理由など、どこにもないはずだ」

「おおっ、ほうほう……。でしたら、一生かかっても食べ切れないくらいの飴を所望してもー? 種類もたくさんあると、風はもっと喜ぶと思いますが」

「そのくらい、お安い御用だな。可愛らしいわがままであれば、いくらでも聞いてやるつもりだ」

「ふむふむ。それでは、商談成立ですねえ。風の真名、これよりご自由にお呼びくださいませ、一刀さん」

「では、おまえのことは風と呼ばせてもらうぞ。それで、これからどうするつもりをしているのだ、風? (せい)もしばらく離れていたせいか、二人に会いたがっていたぞ。風に問題がなければ、すぐにこちらへ来てもよいのだが。その前に、戯志才殿とも逢っておきたいがな」

「ふふっ、せっかちなお兄さんですねえ。お世話になった義理もありますから、この闘いが終わるまでは、公孫賛さんに協力しようと思っているのですよ。(りん)ちゃんも、そのつもりのようですし。星ちゃんには、近いうちに会いに行くと伝えておいてもらえますか? 女どうし、積もる話しもありますからねー」

 

 飴。どこからともなく取り出したそれを、程昱は旨そうに咥えている。

 義理立てしたくなる程度には、公孫賛に世話になっているのだろう。悪人でないことは、間違いないのである。公孫賛にもう少し厳しさのようなものがあれば、客将たちの行き着く先も変わっていたのかもしれない。

 

「お兄ちゃん。シャンも、お兄ちゃんに着いていってもいい? これでも、闘いは得意なんだ。多分、役に立てると思うんだ」

「おや? 風の知らない間に、香風(しゃんふー)ちゃんまで口説かれていたのですか、一刀さんは? くふふっ、さすがに女を見る目が違いますねえ。こう見えて、香風ちゃんは一流の武人なんですから。星ちゃんと打ち合っても、いい勝負になると思いますよー?」

 

 いつ、空を見るのを止めたのだろう。気づいた時には、曹操は徐晃にそばで見上げられていた。

 

「……ねっ、お兄ちゃん。シャンのこと、香風って真名で呼んでみてほしいな。……もしかして、だめ?」

 

 香風。それが、徐晃の真名だった。訴えかけてくるような視線。自分だけに聞こえるくらいの小さな声で、真名を呼ぶように願われてしまう。断ることなど、するはずがなかった。

 

「口説いた、というわけではない。ただ、香風とは気が合ったというだけなのだよ。そうだろう、香風」

「そうだねー。お兄ちゃんとなら、シャンの夢も叶えられそうな気がするんだ。風も、そうなんでしょ?」

「ふふふー、それはどうでしょう。ここは香風ちゃんのご想像に、お任せしましょうか」

 

 程昱の夢。それがどういったものなのか、すぐには想像がつきそうになかった。

 徐晃の質問を、程昱は飴を舐めることではぐらかしてしまう。夢の語りかたなど、人それぞれだ。程昱には、程昱なりに目指しているものがあるのだろう。たまさか、同じ方向を向いている。同道する理由など、そのくらい単純で構わないと曹操は思った。

 

「程昱たちは、新たな拠り所を見つけたようですね。公孫賛殿からしてみれば、至極残念なことでしょうが」

「うーん、わたしもちょっぴり残念なのかも? できれば、程昱さんや戯志才さんみたいな軍師が欲しかったなあ、なんてね」

「む……。桃香さまには、桃香さまだけの出逢いがあるのではないでしょうか。わたしには、そう思えるのです」

「そうなのかなあ? でも、愛紗(あいしゃ)ちゃんの言う通りなのかもしれないね。程昱さん、それに徐晃ちゃんも、曹操さんとぴったり息があってるんだもん。これって、運命だったりして……?」

 

 劉備と関羽。ほとんど、野次馬のようなものである。

 場所を移して、程昱たちと話しをしたいと思った。それに、戯志才とも言葉を交わしておきたかった。程昱の話を訊く限り、ついてくる意志はあるのだろう。以前のように期間を設けるべき時は、すでに終わっている。

 観察をしていたが、劉備と関羽の繋がりは強固そうだった。本当の姉妹か、それ以上の絆。張飛も含めて、そのようなものが出来上がっているのだろう。関羽は欲しいが、今は他に目を向けるべきだった。

 

「もう少し、諸将の陣内を見て回ろうと思う。ついて来るか、二人とも」

「はい、ぜひともお供をさせてください。ご主君さまとなられるお方の考えに触れておかなくては、今後仕事になりませんから」

「シャンもいくよ、お兄ちゃん。護衛は……いらないかもしれないけど」

 

 こちらの着物の袖を握りながら、程昱は軽く口角を上げて見せた。

 飄々としているようで、抑えるべきところは抑えているのだ。そうでなくては、劉備も残念がりはしないはずだった。

 

「劉備殿」

「はい、曹操さん」

「また来る。今度は、酒でも持参しようか」

「わっ、いいんですか? だったらお返しに、食べるものでも用意しておかないといけないのかな……?」

「はにゃっ!? そ、それはよしたほうがいいと思うのだ、お姉ちゃん!」

 

 劉備の提案を、張飛が縋り付くようにして制止している。涙ぐんだ表情。よほど、劉備の手料理に嫌な思い出でもあるのか。

 孫堅の陣。それが置かれた方角から、喧騒なような音が聞こえている。汜水関での戦に備えて、陣替えを行っているのだろう。

 乾いた風が、吹き抜けていく。風に吹かれて、関羽の美麗な黒髪が、先からふわりと舞い上がった。戦の兆候を、知らせている。そんな風だと、曹操は感じていた。



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六 虎牢関

 (うまや)の中。いつもとは違い、手にしているのは方天画戟ではなかった。藁束。新しく作ったものを、呂布は握っている。厩内に人は自分だけであり、しんと静まり返っている。時々、馬の洩らす声が聞こえるくらいだった。

 愛馬と戯れながら、藁束で身体を擦っていく。従者を連れてはいるが、馬の世話だけは自分でやった。董卓がくれた馬だから、というのもある。だが、それだけではないのだ。この馬のことを、呂布はいたく気に入っていた。

 大きな馬体を、丹念に擦っていく。

 没頭していると、やがて腹が空いてくる。厩で飯を食い、そのまま眠ることもあった。穏やかな時の流れ。そういったものが、嫌いではないのだ。

 擦られるのが良かったのか、馬が全身を揺さぶっている。それを見て、呂布も小さく笑った。

 

赤兎(せきと)、もうちょっとだけ我慢」

 

 声をかけ、作業を続けていく。

 赤兎。それが、呂布の馬の名前だった。知性を感じさせる瞳が、じっと見つめてくる。どこまで言葉を解しているのかはわからないが、通じ合える部分があるのだ。人馬一体。相性がいいのだろう、と董卓は言っていた。

 確かに、何かを感じさせる馬だった。抜身の剣。そのくらいの孤高さを、赤兎は持って生まれているのかもしれない。自分も、孤独に過ごしていたことがある。通じ合えると感じているのは、そのためなのか。強すぎる力。それは、ときに忌み嫌われる。

 故郷を出て、呂布は幾日も原野をさまよい歩いた。助けてくれる者など、どこにもいない。頼りになるのは、自分の腕だけだった。

 水を追い、動物の足跡を追う。毎日が、その繰り返しだった。生きるための闘い。ずっと前から、呂布の闘いは始まっていたのだ。

 なにか、目指しているものがあるわけではなかった。それでも、ただ東へ足を動かし続けた。人が住んでいる土地へ行けば、食料が手に入ると思ったからだ。

 董卓に出会ったのは、多分その頃だったように思う。家族。その温かみを初めて教えてくれたのも、董卓だった。

 

「こんなとこにおったんか、(れん)。今日は軍議があるって、ねねから訊いてなかったんか?」

「……ん、忘れてた。でも、大丈夫。戦が始まれば、恋は闘う。結局、敵を倒せばそれで勝ち。ねっ、赤兎」

「って、そこで馬に同意を求めんなや! まっ、そういうことにしといたるか。細かいこと訊きたかったら、ねねにお願いしてみればいいわ。にしても、恋はほんまに赤兎が好きやなあ。その気持は、わからんでもないけど」

 

 虎牢関の守備。それが、呂布に与えられた任務だった。

 訛り言葉を操る張遼は、騎馬隊の扱いに長けている。呂布も、その力は認めていた。

 ねねというのは、呂布の従者である陳宮のことである。経験が浅いため戦闘はさせられないが、頭はよく働く少女だった。

 どことなく、自分に似ていると思ったのかもしれない。陳宮も、ひとりだった。ひとりでいるのは、寂しいものである。そのことを、呂布はよく知っていたのだ。

 呂布が差し伸べた手を、陳宮は強く握り返した。従者として付き従うようになったのは、それからなのである。

 軍議。確かに、陳宮がそんなことを言っていた。今日も、虎牢関の防御について張遼と議論していたのだろう。

 深く考えるのは、得意ではなかった。感じたままに動く。自分には、それが合っているのだ。

 

「赤兎は、(ゆえ)がくれた馬だから。それに、すごくがんばって走ってくれる。他の馬とは、そこがぜんぜん違う」

「つうか恋、屋敷で飼ってる犬の名前も、赤兎とちがうんか? それって、どう考えてもややこしいと思うんやけど」

「あっちは、セキト。馬のほうは、赤兎馬って名前がある。間違えたら、(しあ)でもセキトに怒られる」

「わかるかい! しかも赤兎馬っていうけど、結局いつも略して呼んでしもうてるし……」

 

 張遼の苦言を意に介さず、呂布は赤兎の首筋を撫でている。やさしげな手つき。こうして撫でてやっている時、赤兎はいつも静かに受け入れてくれていた。静寂を漂わせている赤兎も、戦場では暴風に変わる。

 燃えるような赤い体毛。美しく、どこか気高さすら漂わせているのだ。汗血馬。西域では、そう呼ぶようだった。

 

「くくっ。そのうち、わんこのほうが拗ねてしまうかもしれへんで?」

「……家に帰ったら、ちゃんと遊んであげるようにする。ああ見えて、セキトは結構かしこい。恋が帰るのを、いつも待っててくれる」

 

 屋敷に帰ったとき、一番最初に飛び込んでくるのはセキトだった。ほかにも動物を養ってはいるが、やはり特別な存在なのである。

 愛らしく尻尾を振る姿。戦場で尖った心を、なだらかにしてくれているようでもあった。

 そのせいもあって、呂布は馬にもセキトという名を付けたいと言い出したのである。董卓も、初めは別の名前にすることを提案してきた。それでも、呂布の心は変わらなかったのである。

 赤兎馬。馬の名をどうしてもセキトにしたいといったら、董卓が字を考えてくれたのだ。

 駆ける時、赤兎は跳ねるように地面を蹴り進む。どこまでも、駆けてしまえるのではないか。そう思えてしまうくらい、足は軽やかなのである。いい名前を貰った、と呂布は喜んだ。セキトと赤兎。どちらも、呂布にとって欠かすことのできない家族になっている。

 

「恋殿、それに霞もここでしたか」

「ねね、どうかした?」

 

 小さな体躯。それを懸命に駆けさせて、陳宮がやって来た。

 よほど急いで走ってきたのか、額には汗が浮いている。よほど暑いのか、帽子は取って小脇に抱えていた。

 

「その様子だと、連合軍が動いたようやな。いよいよ、か」

「はい、霞の言う通りなのです。出てきたのは孫堅、兵力は約二万といったところでしょうか。狙っているのは、恐らく汜水関ではないかと」

「汜水関か。華雄のやつが、変に勇まんかったらええんやけど。救援に行けんこともないけど、こっちの留守襲われたら元も子もないしなあ」

 

 汜水関には、華雄が入っていた。

 融通は利かないが、剛毅ではある。それに、董卓軍の中では、呂布、張遼に続く武器の使い手でもあった。

 涼州から付いてきた将軍たちは、勇敢だが野心を持っているきらいがあった。掛け値なしに信用していいのは、張遼と華雄、それに董卓の側に仕えている賈駆くらいなのである。

 だから、激しくぶつかり合うことが予想される汜水関と虎牢関には、呂布たちを派遣するしかなかったともいえる。董卓は洛陽にいて、常に周囲に睨みを効かせておく必要があるのだ。

 

「恋の仕事は、虎牢関を守ること。ここに恋たちがいれば、敵も簡単には動けない。そしたら、華雄も助かる」

「うーん、せやなあ。ねね、一応汜水関に使者飛ばして、華雄に釘刺しとき。下手に打って出て、火傷させられんようにってな」

「了解ですぞ。じきに、虎牢関にも敵が攻め込んでくることになるはずです。防備を、さらに万全にしておかなければ」

「よろしく、ねね。恋は、ちょっと見て回ってくる。いこう、赤兎」

 

 手綱を曳き、赤兎と共に空の下にでた。

 虎牢関の守備兵は、まだ落ち着きを見せている。近くでは直属の部下たちが、それぞれの馬の世話を行っていた。

 騎馬隊の力を活かすには、野戦をするしかない。敵が来れば、まず関の外で一戦交えるつもりだった。始めから籠もるばかりでは、士気が下がっていく一方だからという理由もある。

 方天画戟を手に、呂布は馬上の人となった。特に命令をしてやらなくとも、赤兎はゆっくりと歩きだしてくれる。

 いつか、赤兎と旅に出てみたいと思うことがあった。

 穏やかな青空。そのもとで陽光を受けながら、原野をただ駆け抜けてみたい。そこには、闘いもなにもないのだ。

 赤兎と自分。あるのは、それだけだった。



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七 開戦

 孫堅軍が汜水関を囲み始めてから、七日が経っている。

 緒戦は、想定通りに進んでいた。関外に一万ほどの董卓軍が布陣していたようだが、孫堅はそれらを一息に蹴散らしてしまったのである。

 手際に狂いはなかった。後は陣を堅め、汜水関をじっくりと締め上げていくだけだった。

 麾下の軍勢が調練に励んでいる様子を、曹操は少し離れた場所から見分していた。

 夏侯惇、夏侯淵、趙雲。その三将に部隊を組織させ、副将として曹純らを割り振ってある。

 三人には、兵の選別を特に厳しくやるように伝えてあった。少数の強みを活かすためにも、とにかく精鋭で軍を構成する必要があるのだ。

 随伴している荀彧が、足を止めた。視線の先。夏侯惇の部隊が、調練を中断していた。曹操の周囲は、十人ほどの兵が固めている。その指揮を委ねてあるのは、楽進である。

 

「なにか気になったのか、桂花(けいふぁ)

「いいえ、別に気になるってほどのことじゃないわよ。ただ、今後はもっと、募兵にも気を使うべきだと思っただけ。今回はしている余裕なんてなかったけど、あと何段階か検査を増やすべきね。春蘭(しゅんらん)は、面倒だからって嫌がるでしょうけど」

「そうだな。中には、前線に向かない兵もいるのだろう。そうした者でも、荷駄の輸送などであれば、力を発揮する場合もある。選別の手間を省くためにも、募兵の段階で手を打っておくべきか」

「要望があるんだったら、一応訊いてあげないこともないわよ? 合間を見て秋蘭(しゅうらん)と協議をしておくつもりだから、言うなら早めにしておいてよね」

「わかった。考えておくことにしよう」

 

 戦場においては、やはり夏侯惇の存在は頭一つ抜けている。しかし、軍の運営に関してとなると話は別なのである。

 夏侯淵に話を通しておけば、夏侯惇が駄々をこねることもない。そうした実情を踏まえた上で、荀彧は語っているのだ。

 曹操の姿に気がついたのか、夏侯惇が頭を下げている。そのすぐそばには、地面に膝をつかされている兵が五人いた。恐らく、処罰を加えるために集めてあるのだろう。

 その五人を、曹仁が悲痛な面持ちで見つめている。

 

「この者らは調練中、明らかに手を抜いて臨んでいた。その処罰をどうすればよいかわかるか、華侖(かろん)

「えっと、ちゃんと反省してもらうっす。次からは、絶対同じことをしないように」

「反省か。それでまた、今日のような動きを繰り返した時にはどうする」

「しっかり話せば、きっとわかってくれるはずっす。そしたら……」

 

 傍目から見ても、夏侯惇が苛立っているのは明白だった。

 本当であれば、自身の大剣で五人の首を刎ね飛ばしてしまいたいはずなのである。それでも我慢しているのは、曹仁を鍛えたいという一心があるからなのだろう。

 五人は俯いたままで、顔を上げようともしなかった。

 

「そのような甘さで、曹操軍の将が務まると思うのか、お前は。弱兵は、敵以上に厄介な存在にもなりかねんのだぞ。戦場で、勝手に死ぬのであれば、まだよいほうだ。だが、こ奴らのような不届き者は、必ずや軍を乱す。運が悪ければ、そのせいで率いる将まで命を落とすことにもなるのだ。殿が、一刀がそのような討たれ方をしても、納得できるというのか、華侖」

「そ、そんなの、いいわけないっす! 一刀っちが死んでいいだなんて、あたしは……」

「ならば、この五人をここで斬れ。やさしさとは、甘さのことを言うわけではないのだぞ、華侖。よいか、戦場では甘さを捨てろ。曹家一門として、殿はお前に期待をかけられているのだ。その期待に、見事応えてみせろ」

 

 曹仁は、夏侯惇にとっても妹のようなものだ。それだけに、奮起してもらいたいという思いが人一倍強いのである。

 なにも、やさしさが不要だと言っているわけではないのだ。曹仁の明るさとやさしさは、兵たちの心の支えにもなるだろう。ただし、そこに余計なものが介在していてはいけない、というだけなのである。

 夏侯惇の言葉に何度か頷きをみせたあと、曹仁はこちらを見つめてきた。不安は、まだ消えていないに決まっている。しかし、その手は剣を強く握っていた。

 いい感覚を、持ってはいるのである。それを開かせることができるかどうかは、曹仁次第だった。

 

「ふっ、それでよい。五人には、お前を殺すことができれば、助命すると伝えてある。やれるな、華侖?」

「んっ……、やるっす。だから見ててほしいっす、春姉。それに、一刀っちも」

 

 曹仁の顔。鋭さが増してきている。

 荀彧にも、そのことがわかったのだろう。見守る姿は、真剣そのものなのである。曹仁に期待しているのは、なにも自分だけではないのだ。

 五人に武器が渡される。脱走を図ったところで、夏侯惇に斬り殺される未来が待っているだけなのである。曹仁を斬る。生き残りたいのであれば、それ以外に道はなかった。

 窮地となって、五人にも連携しようという気持ちが生じたのだろう。輪になって左右前後から囲み、討ち取ってしまおうという魂胆なのである。

 勇みすぎたひとりが、先に一歩踏み出した。剣を振るう。曹仁はそれをかわし、兵の腕を斬り飛ばした。鮮血。堰を切ったように溢れている。

 決心の中に、まだどこか甘さがある。夏侯惇は、闘いを黙って見ているだけだった。曹仁の内側に眠るけもの。その目覚めを、じっと待っているようでもある。

 残った四人が、一斉に斬りかかる。全方位から攻め立てれば、なんとかなると考えているのだろう。

 曹仁が、繰り出される剣を弾いていく。一つ、二つ、三つ。四つめは、完全に防ぎ切ることができなかった。むき出しになった左腕。そこから、血が一筋流れ出ている。

 生への希望。しかし、それは一瞬にして消えていく。

 剣。柄を両手で持ち、曹仁は力任せに振り下ろした。

 ひとりが、うめき声すら上げられぬまま死んでいく。続けざまに、もうひとり。今度は、低い体勢から腹を横に薙ぎ払った。上下に分断された身体が、地面に落ちて転がっている。荒々しい、剣筋だった。

 血飛沫を浴び、曹仁の身体が赤く染まっている。業火。赤い血が、燃えているようなのである。

 叫びながら、曹仁が剣を振るう。

 残された兵たちは、次々に血溜まりに沈んだ。最後、腕を斬り飛ばした兵にとどめを刺すと、曹仁は深々と腰を折った。散っていった命。それに敬意を払う行為を、誰が咎められようか。

 

「少しはいい顔をするようになったな、華侖。今後もさらに励めよ」

「はいっす、春姉。あたし、がんばるっす。んっ……、そんでいつか、春姉みたいな強い将軍に、なってみせるっす!」

「ふっ、そうか。その言葉、忘れるなよ」

 

 夏侯惇が、曹仁の顔についた血を拭ってやっている。自身のようにと言われたのが嬉しかったのか、ちょっと口もとが緩んでいるようにも見えた。

 声をかけずに、曹操はその場を後にした。話せば、きっと甘やかしてしまうと思ったからだ。曹仁の成長。それを願うのであれば、今は夏侯惇に任せておけばいい。

 荀彧。小走りに、追ってくる。合わさる手のひら。その温かさが、じんわりと胸に染みた。

 

 

 八日目の朝。曹操軍の営舎を、人が訪ねてきていた。公孫賛。伴っているのは、戯志才だった。

 戯志才というのは、旅の戯れにつけただけの名だそうだ。本当の名は、郭嘉である。(りん)という真名も、先日預けられたばかりだった。

 興味深そうな瞳が、眼鏡越しにこちらを見つめている。隣に座っている荀彧のことを、意識しているせいなのかもしれない。

 程昱の言っていたように、郭嘉も連合軍にいる間は、公孫賛の客将をするつもりでいるようだった。

 郭嘉たちが自軍に来れば、残るは劉備率いる一団だけとなる。その行方が、どうなるか。ある意味、見ものといえるのではないかと思う。

 吸収されるようなかたちで公孫賛の麾下となるのか、それとも独立を貫くのか。全ては、劉備の意志の強さにかかっている。

 

「まさか、地元の有名人と、このような場所で会うことになるとは思いませんでした。荀彧殿の名は、以前から存じておりましたので」

「あら、そう? でも、あなたも無名ってわけではないはずでしょう? 潁川にいた頃に、わたしも郭奉孝の名を訊いたことがあるもの」

 

 郭嘉はその名を、公孫賛にも知らせていなかったようだ。少し撫で気味の肩が、さらにがっくりと下がっている。それでも怒りを露わにしないところが、公孫賛の人柄の良さを表している。

 同僚、あるいは麾下としてであれば、これ以上ない性格をしているのだ。

 乱世となれば、公孫賛にも行く末を考えるべき時がやって来るのかもしれない。そしてそれは、決して他人事ではないのである。

 綺麗な朱色の毛髪が、左右に揺れている。腕組みをしながら、公孫賛は口を開いた。

 

「しっかしまあ、曹操殿には驚かされたよ。程昱と徐晃だけじゃなく、戯志才……もとい郭嘉までとはなあ」

「先に目をつけていた、俺の勝ちというわけだな。こればかりは、譲ってやれないことだ」

「にしても、わたしはそんなに信用がなかったのか、郭嘉? 別に、名前くらい教えてくれたっていいだろうに」

「まさか。信用していないお方の戦に、力を貸すはずなどありません。戯志才で通していたのは、なんといいますか、その……」

 

 郭嘉の目が、こちらを向いている。

 結ばれた両手。その中で、指がしどろもどろしている様子が見えた。偶然交わした唇の感触。朧気なものになりかけていたそれを、曹操は想起していた。

 あの時から、道標はできていたのだろう。誘いの言葉に、郭嘉は即答してみせたのである。

 荀彧には、なにかしら感じるものがあったのかもしれない。翡翠色の瞳。それが、刃のように冷たくなっている。

 

「はあぁあああ……。もう、そんなのなんだっていいわよ。それより、虎牢関のことを相談しに来たんじゃないの?」

「おっと、そうだったな。じゃあ、どこから話そうか」

 

 出された白湯(さゆ)で喉を潤すと、公孫賛は小さく息を吐いた。

 虎牢関には、すでに軍勢が差し向けられている。完全に崩されているわけではないが、押されているようだった。呂布が出陣しているとの情報も、曹操の耳に入っている。

 

「呂布の騎馬隊に、味方は苦戦しているようだな。俺も一度ぶつかってみたいと考えているが、公孫賛殿はどう考えている」

「平地での闘いなら、やってやれないことはないはずだ。わたしも馬にはそれなりの自信があるし、劉備たちだっているからな」

「かなりの使い手だぞ、呂布は。あの関羽と張飛であれば、抑えられそうか?」

「討ち取れなくとも、互角にやり合うくらいならいけるはずだ。それに、曹操殿の麾下にも、腕力自慢はいるんだろ?」

「無論だ。であれば、われらの軍で騎馬隊を防ぎ止め、呂布を孤立させる。作戦の大枠は、それで如何かな」

 

 ふたりの軍師の顔を見る。荀彧と郭嘉には、異論はないようだった。

 噂には訊いていても、呂布の騎馬隊の強さを直接知っているわけではないのだ。それだけに、恐れすぎてはいけないという思いがあった。

 戦場では、結局勇気がものをいう。突き進むだけが道ではないが、時にはそうすることが必要となってくる。手勢の力試しをしてみるのにも、いい機会だった。

 呂布を気にしているのは、郭嘉も同じだった。

 

「一刀殿は、董卓が入ってからも、洛陽に滞在されていたとお聞きしております。その折に、呂布とはお会いになられたのですか?」

「呂布か。会ったぞ、何度かな。一度目は、雨の中だった。闘っていれば、たぶん斬られていたのだと思う。ははっ、よもやその呂布に、肉まんを食わせてやることになるとは、俺も思いはしなかった。人生とは、まことに不思議なものだ」

「はっ……、肉まんを、ですか? それはまた、奇特な経験をされたようですね」

「ふんっ。おおかた呂布にねだられて、そのまま流されたんじゃないの? ちょっと可愛い女にねだられたら、ころっと態度を変えてしまうのがこの男の特徴なのよ。郭嘉、あなたも気をつけることね。この色情魔の見境のなさは、筋金入りなんだから」

「わ、わたしですか? んうっ……。い、いけません、一刀殿。そのように熱い視線を、こんな公の場で向けられては……。はあっ、はあっ……。そ、それにわたしは、まだ公孫賛殿の客将をしている身なのです。で、でも、一刀殿はきっと強引にわたしの唇を奪って、あんなことやこんなことを……!? うあっ、だめっ、これ以上はっ……!?」

「ちょっ……。ど、どうしたっていうのよ、郭嘉。一刀、原因をつくったのはアンタなんだから、どうにかしなさいよね」

 

 一体なにが、郭嘉の琴線に触れてしまったのだろうか。

 妄想の世界。そこに飛び込んでしまった郭嘉の姿に、荀彧も若干表情を引きつらせてしまっている。先程見せていた苛立ちなど、すっかり忘れてしまっているようだ。

 

「おーい郭嘉、戻ってこい。また血を噴いてぶっ倒れても、わたしは知らないからなー?」

「うへへっ、んうぅ……。はっ!? も、申し訳ありません。ですが、一刀殿の視線が、想像していた以上に熱くてつい……」

「お、おう……? なんだかよくわからないが、郭嘉がこうなってしまったのは、曹操殿のせいみたいだな」

「ちょっと、わたしにまで変な視線を向けないでよね、変態。軍議中にまで孕ませようとしてくるだなんて、最っ低な男なんだから」

 

 見に覚えのない罪状が、積み上げられていく。

 罠にはめられた罪人の気分とは、こういうものなのだろうな、と曹操は客観的に自分の置かれた状況を見つめていた。

 

「は、孕ませる? そんな、やはり一刀殿はっ……!」

「落ち着かないか、稟。いくら俺でも、客人の前でそのような粗相をするものか。それにしても桂花、斯様なことを言い出すとは、まさか欲求が溜まっているのではなかろうな?」

「ち、ちがっ……、そんなわけないでしょ!? だいたい、この前だってあんなに無茶苦茶にされたばかりで……、ってなに言わせんのよアンタは!」

 

 荀彧の絶叫。営舎内に、響き渡っている。

 またおかしな想像を膨らませているのか、郭嘉はどこか上の空である。この郭嘉に加えて程昱の相手までしていたのだから、公孫賛は案外大きな器を備えているのではないか、と曹操は思い始めていた。

 自分でその器を過小評価しているのであれば、かなり損をしていることにもなる。

 

「曹操殿、曹操殿はご在陣か」

 

 営舎の外で、誰かが自分を呼んでいるようだった。声色から察するに、かなり逼迫した状況なのだろう。

 出てみると、そこには知らない女がふたり立っていた。明るい髪色に、褐色の肌。わかりやすい特徴のおかげで、ひとりの出自はすぐに判断がついた。年頃から推測するに、孫策の妹である孫権なのだろう。

 孫権は、全身に戦場の空気を纏っていた。息は荒く、昂揚したままでいるのだ。それに、肌や衣服が返り血で汚れている。

 孫堅の軍で、なにかがあった。そうでなければ、娘をわざわざ本営に向かわせたりはしないはずだ。

 もうひとりは、軍師然とした風貌をしていた。知性的な瞳には落ち着きがあり、孫権とは対照的ですらある。娘だけでは心許ないと考えて、孫堅がつけたのだろうと曹操は思った。

 

「曹操だ。察するに、貴殿は孫策殿の妹御か」

「その通りだ。我が名は孫権、こちらは周瑜と申す者だ」

「周瑜。そういえば、孫策殿からその名を訊いたような気がするな。それで、どうしたというのだ。見たところ、戦をしてきたようだが」

 

 なにか言い出そうとした孫権を遮り、周瑜が前へ出た。

 見事と言っていいほどの肉体の線が、惜しげもなく晒されている。一見過激とも取れるような格好をするのが、孫家での流行りなのかと勘ぐってしまうくらいだった。

 

「我が軍は、飢えに苦しんでいるのです、曹操殿。袁紹殿や袁術殿とやり取りをしていたのでは、埒が明きません。それで殿は、曹操殿に兵糧の輸送を訴えてくるようにと命ぜられたのです。このこと、なにとぞお聞き届けいただきたい」

 

 落ち着いているように見えてはいるが、その実周瑜も完全に感情を制御できているわけではないのだろう。言葉では懇願しつつも、視線は睨みつけるようでもあるのだ。

 二人から妙なくらい鋭利な気迫を感じるのは、恐らく飢えのせいだ。いま目の前に立っているのが自分ではなく袁術だったら、孫権は剣を抜いているのだと思う。

 

「もし否と言われるのであれば、わたしは衛兵を斬り殺してでも兵糧を運ぶつもりだ、曹操殿。そのくらい、われらは今回のことを腹に据えかねている」

 

 孫策を彷彿とさせる、孫権の碧眼。それが、怒りに打ち震えていた。



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八 孫堅救援

 袁術が、兵糧輸送の職務を怠っている。そう考えているから、孫権は怒っているのだ。

 荷車が本陣から出ていく様子を、曹操は何度も見かけている。恐らく、孫堅以外の諸将の陣には、食料はまともに届けられているのだろう。

 どのような方法で兵糧を闇に葬っているのかについては、興味は湧かなかった。詮索しても、袁術は知らぬ存ぜぬで通すつもりでいるに決まっているからだ。それは、実際に指揮をしているであろう張勳も、同じことだ。

 気に入らないことへの、意趣返し。子供じみた行いではあるが、与えた傷は小さくはなかった。

 

「孫権殿の怒りは、もっともなものだ。あとのことは、こちらに任せてはもらえないだろうか。貴殿らは、しばらくわが陣で休んでいかれるとよい」

「そんな、休んでなどいられませぬ。曹操殿、われらにもなにか作業の手伝いを」

「よい、と言っているのだよ、孫権殿。貴殿も麾下の者も、疲弊しきっていることは明白だ。これから戦場に戻るというのであれば、休めるときに休んでおくことが、なにより必要だと俺は思うのだがな。周瑜殿、孫権殿を頼んだぞ」

「はっ。お心遣い感謝いたします、曹操殿」

 

 母やその配下が、前線で耐え忍んでいる。

 それだけに、自分だけが楽をするわけにはいかない、と孫権は考えているのだろう。噛み締められた唇。孫策や孫尚香よりも、強い責任感を持っているのが、孫権なのかもしれない。

 それ自体は、決して悪いことではないのだ。しかし、張り詰め続けた弦は、いずれ弾け切れるしかなくなるのである。

 周瑜には、意図していることが伝わったようだった。纏っていた棘のような雰囲気が、少しだけ穏やかに変わっている。

 

「孫権さま。ここは、曹操殿のご厚意に甘えましょう。連れてきた兵たちにも、休息が必要です。戦は、まだまだこれからなのですから」

「周瑜、あなたまでそんなことを。そう、わかったわ。軍師にそこまで奨められては、従うほかないのかもしれないな。曹操殿、世話をかけるが」

「気になさるな。こちらも、一両日中に出動するつもりでいたのだ。闘いに行くのだから、いくらか多めに食料を持って出ても、袁術たちには文句は言われまい」

 

 荀彧を呼び、孫堅軍の事情を伝えた。駆け回る従者たち。曹操の命に従って、応対の準備が整えられていく。

 軽い食事と、温かい白湯(さゆ)。そのふたつがあれば、心もかなり落ち着くはずである。営舎内に招き入れた孫権の様子に公孫賛は驚いたようだったが、兵糧の輸送に関しては快く受け入れてくれた。

 困っている者を、放っておくことなどできない。ちょっとした正義感に、公孫賛は燃えているようだった。公孫賛自慢の騎馬隊を使えば、孫堅の陣に兵糧をいち早く届けることができるはずだ。

 郭嘉を伴い、曹操は袁術のところへ向かっていた。

 兵糧を持ち出す旨の承諾を得るためであるが、どのくらいの量を、と言うつもりはなかった。

 積めるだけ、積んでいく。そうでなくては、今度は自分たちの分まで危うくなりかねないのである。孫堅の援護を行った後には、虎牢関での闘いが控えているのだ。

 それに、袁術の機嫌の取り方くらいは心得ている。

 

「しかし、困ったものですね。兵站を担っている袁術殿がこの体たらくでは、戦になりません」

「実際に指示を出しているのは、張勲なのだと思う。あれは、その手の奸智に長けた女だ」

「一刀殿は、内情をよくご存知のようですね。それでは、首謀者の隠蔽についても、抜かりはないということでしょうか。末端の者をいくら処断しようが、意味のないことですし」

「ああ、兵糧の行き先は、追うだけ無駄だろう。才はあるのだが、張勲はそれを真っ当なことに使おうとはしないのだよ。ひねくれている、とでも言えばいいのか。袁術に対する忠誠心だけは、ひと一倍強いのだがな」

 

 張勲をその気にさせられるのは、袁術くらいなのだと思う。しかし、それは期待するだけ無駄なことでもあるのだ。

 その時その時を、袁術と面白おかしく過ごせればいい。張勲は、生涯をそのくらいにしか考えていないのではないか。我欲に忠実な生き方。それを否定することなど、曹操にはできなかった。

 

「それでなのだが、袁術と話をつけている間、(りん)には張勲の相手を任せたいのだ。痛くない腹を探られるのは、俺もあまり好きではないのでな。ははっ、頭の切れる者同士、どこかで気が合うかもしれないぞ?」

「ご冗談を。ですが、役目については承知いたしました。よい機会でもありますし、袁家の軍勢を見て回りたいと思います」

「そうしてくれるか。とはいえ、今更見るべき部分もないとは思うがな。稟にとっては、退屈しのぎにもならないだろう」

 

 相好を崩す郭嘉。基本的には鋭いが、柔らかな表情も似合う女だと思った。正式に麾下となれば、こうした機会も増えるのだろう。それは、楽しみなことだった。

 袁紹の下には、顔良、文醜といった名うての武人たちがいる。一方で、その二名に匹敵するような部将を、袁術は配下に置くことができていなかった。

 兵を鍛えられる将がいて初めて、軍は力を出すことができるのである。金だけは十二分にあるから立派な装備をしているが、袁術軍はただそれだけの軍勢だった。

 烏合の衆。端的に言い表すのであれば、そういうことになる。

 

「しばらくしたら、(せい)が人数を率いて兵糧を受け取りに来ることになっている。公孫賛殿の麾下も、同様だ」

「御意。張勳殿のことはお任せください、一刀殿」

 

 郭嘉に目配せをしながら、袁術軍の陣所に足を踏み入れた。

 あいも変わらず、弛緩している軍である。のんびりとした衛兵の動きを観察しながら、曹操は密かに嘆息していた。

 

 

 進行する曹操の軍。目指しているのは、汜水関手前に敷かれた孫堅軍の陣である。

 何度か奇襲を受けたせいもあって、孫堅は陣を十里(約四キロ)ほど下げているのだという。士気が旺盛であれば跳ね返していたのだろうが、腹を空かせている現状ではそうもいかなかった。

 持てるだけの兵糧を持たせて、孫権は先に帰陣させていた。少数だから、敵に捉えられることもないはずである。それに、そのあたりのことは、周瑜が上手くやるのだと思う。

 馬を駆けさせながら、曹操は夏侯淵を呼んだ。荀彧は、ずっと後方で荷駄の指揮をとっている。呼び寄せて話をするには、時間がかかりすぎるのである。

 

「干上がった敵軍が、補給を受けようとしている。秋蘭(しゅうらん)であれば、それをみすみす見逃してやるか?」

「ふふっ、まさか。殿がご命じになると思って、すでに偵察用の人数を放ってあります。伏兵を見つけ次第、攻撃に移られますか?」

「むっ……。そのつもりだが、秋蘭にはすべてお見通しだったようだな。それともう一つ、公孫賛のところへ伝令を送っておけ。呂布との闘いの前に、関羽たちの実力を見ておきたいのだよ。劉備軍であれば、小回りもきく。董卓軍の伏兵を攻めるには、うってつけだろう」

「劉備軍。殿が入れ込まれるほどの女なのですか、その関羽とやらは」

「そんな風に見えるのか? ただまあ、かなりの美人ではあるかな。欲しいと感じているのは、確かなのだと思う」

 

 惹かれる理由。

 それが今ひとつはっきりしていない分、余計気になってしまうのかもしれない。気分の妙な浮つき。関羽というのは、そういったものを感じさせる女なのだ。

 

「姉者が知れば、これでもかというくらい、嫉妬の炎を燃やすのではありませんか? 桂花(けいふぁ)も、機嫌を曲げてしまうかもしれませんよ」

「ふっ。肝心の秋蘭は、妬いてくれないのか? だとすれば、寂しいものだが」

「さて、どうでしょうな。殿がそう望まれるのであれば、少女のような振る舞いをしてみせるのも、一興ではありましょうが」

「いじけるなよ、秋蘭。話を戻すが、斥候が帰ってきたら、すぐに知らせるのだ。敵の規模にもよるが、一千ほどの兵で撹乱するだけに留めようと思う。退かせることさえできれば、それでいいのでな。騎馬隊には、いつでも出られるよう、準備させておけ」

 

 荷駄が多い分、通常よりも行軍はゆったりとしたものとなっている。

 本格的な戦になりすぎると、動きの重いこちらが不利になる可能性があるのだ。今は、とにかく孫堅の陣に兵糧を無事に届けることだった。

 夏侯淵が人を呼び、言伝を与えている。

 公孫賛から付けられた兵を含めても、劉備軍は二千にも達していないはずである。郭嘉や程昱の話によれば、それが戦となると、数倍する兵力にも匹敵する力を発揮するのだという。関羽と張飛。そして二人を束ねる劉備という存在。無視しておくことなど、曹操にはできなかった。

 偵察に行っていた部隊から報告が上がってきた。

 敵軍は約五千。思っていたように、孫堅軍との合流阻止を狙っているらしい。

 夜明け前。軽騎兵を五百だけ選抜し、曹操は密かに隊列から離れた。いななきを抑えるために、馬には(ばい)を噛ませてある。そうして、丘陵の間を縫うように移動していった。気取られるよりも早く、鑓をつけられるかどうか。そこだけに、曹操は重点を置いていた。

 後方で『劉』の旗が動いているのも、見て取れた。劉備も全軍で来るようなことはせずに、精鋭だけを引き連れて来ているようだ。

 劉備軍の先頭には、関羽が立っている。曹操軍と同じく、騎馬で編成された部隊だった。

 董卓の軍は、数里先にある森に潜んでいた。そこから、奇襲の時期を見計らっていたのだろう。なるべく迂回するように移動してきたから、まだ接近には気づかれていないはずである。

 

「仕掛けるぞ。春蘭(しゅんらん)、兵たちに鯨波を上げさせろ。数倍の兵力がいると、董卓軍に思い込ませてやるのだ」

「わかりました、殿。貴様ら、腹に力を入れろよ。気迫で敵を呑み込んでやれ。行くぞっ!」

 

 一斉に鬨の声が上がる。

 前方。騎馬隊の姿に気づいた董卓軍の兵士が、慌てて武器を手にしている姿が見える。

 構わず、馬を突っ込ませていく。

 叫び声。そこかしこで、響き渡っている。夏侯惇の大剣が振られる度に、敵兵の身体が宙に舞い上がる。曹操も剣を抜き、すれ違いざまにひとりを突き殺した。

 一撃目では、圧倒できている。まともな応戦など、当分の間することができないはずだ。董卓軍は、どの程度の規模の軍勢に襲われたのかすら、把握できていないのである。

 混乱のさなか、野営から火の手が上がった。囲んでいた焚き火から、燃え広がったのだろう。おののく敵兵。その全身が、火によってぼんやりと照らし出されている。森が、火と血で赤く染まっていった。

 劉備軍の騎馬が、駆け抜けては突撃するという動きを繰り返している。

 統率はとれており、乱れはなかった。関羽と張飛が空けた穴を、続く劉備が広げていく。いい連携をしている、と曹操は思っていた。味方の兵は、まだほとんど倒されてはいない。被害としては、数人といったところか。

 蹂躙されていた董卓軍だったが、時が経つとまとまって陣を形成するようになっていた。どうやら、この部隊を率いている将は、それなりの力量を備えているようだった。

 散り散りになっていた軍勢。それが、数個の円陣を組んでいるのだ。連動して守られると面倒なことになる、と曹操は檄を飛ばした。反撃の態勢が整いきっていない今が、自分たちにとっての攻め時なのである。

 狙うのであれば、敵将を徹底的に狙うべきだと思った。将が敗れたと知れば、兵は逃げることを選ぶはずである。そうなれば、後は崩れていくだけなのだ。

 

「ご覧ください、殿。劉備の麾下にも、気骨のある武人がいるようです」

「ン……。あれが関羽だ、春蘭。一気に、敵の守りを突き破ってしまうつもりなのだろう。俺たちも続くぞ」

 

 劉備の軍勢から、関羽が飛び出していく。周囲には、五十騎ほどが付き従っていた。

 敵将が指揮していると思わしき円陣を、関羽は果敢に攻め立てている。勢いは凄まじく、止まる気配はなかった。董卓軍は、よく持ちこたえているというべきなのかもしれない。

 援護をしようと、曹操は自軍を集結させた。夏侯惇は、自分も斬り込みに行きたそうにしている。

 外壁を剥がしていくように、細かい突撃を数回行った。自分たちに気が向けば、それだけ関羽を防ぐのが難しくなるのだ。

 敵将が、戦斧を振り回しながら部下を叱咤している。立て直したとはいえ、士気ではこちらが圧倒しているのである。勝負は、決まりつつあった。

 円陣が崩れたのは、五度目の突撃が終わったあとだった。逃散していく敵兵。それを討てるだけ討って、関羽は悠然と引き返してきた。全体を通して、三百程度は削ることができたのだろうか。戦果としては、充分すぎるくらいなのである。

 

「ご助力感謝いたします、曹操殿。敵将を逃してしまったのは、口惜しいことですが。確か、配下からは華雄と呼ばれておりました」

「華雄か。だが、これでよい。勝ちすぎれば、敵に余計な必死さを与えてしまうだけだ。それに、われらに痛めつけられたことを、汜水関の者たちは当分の間忘れられないだろう。負かされた将が躍起になって出てくれば、孫堅殿が優位に闘えるようになるのだ。無理に討ち取ろうとするよりも、利用してやるくらいで丁度いいのだよ」

「ふむ……。なるほど、曹操殿の仰る通りなのかもしれません。今回の勝利で、こちらの軍には勢いがつきます。虎牢関での闘いに向けての、弾みともなりましょう」

「そうだな。俺としては、関羽殿の戦ぶりを見ることができて、嬉しく思っている。そのように重そうな得物を軽々と振るうのだから、大したものだ」

「そ、そうでしょうか? ですが、そうやって褒められてしまうと、どのように返せばよいのかと迷ってしまいます。義妹の張飛であれば、素直に喜ぶのでしょうが」

 

 武器の長い柄を抱きながら、関羽はそっぽを向いてしまう。

 凛々しさと、可愛らしさ。相反する、二つの要素が混在している横顔だった。正面切って褒められるのは、あまり得意ではないのかもしれない。生真面目そうな眉が、時折うかがうような動きを見せている。

 劉備が、馬を寄せてきた。張飛も、そちらと一緒だったようである。

 

「曹操さん」

「劉備殿か。見ての通り、敵軍は尻尾を巻いて逃げ帰ってしまったぞ。これで、孫堅殿の陣に兵糧を確実に届けることができよう」

「はい、そうみたいですね。追撃の必要はなさそうですから、すぐに本隊と合流しましょうか。先に帰った孫権さんたちを、待たせるわけにもいきませんし」

「あのくらい、すぐに食い尽くしてしまうはずだ。急ごう、劉備殿」

 

 劉備が頷く。

 手勢をまとめ、曹操は森を出た。朝焼けによる光の中、土煙が美しく輝いている。



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九 程昱の心(星、風)

 兵糧を得て、孫堅軍は持ち直した。数日間思うように闘えなかった分、孫堅は汜水関を激しく揺さぶるはずである。

 華雄を破った曹操は、公孫賛と共に虎牢関へと急行していた。虎牢関には、かなりの数の敵兵が入っている。洛陽からの援軍も随時来ているらしく、その数は十万に達していてもおかしくはないのである。

 虎牢関の攻略にあたり、連合軍は八軍に渡り動員をかけていた。原野が、人で覆い尽くされている。味方の陣地に到着した曹操は、そのような感想を抱いていた。

 

「酸棗でもそうだったが、すごいものだな」

「いかにも、壮観ですな。しかし、まとまりには欠けている。袁紹殿の威厳は、ここにいる諸将にまでは届きますまい。いやはや、連合を組んで闘うというのは、難しきことですな、主よ」

「そうだな。この調子でいけば、董卓を引きずり出すまでに、あと数年はかかることになる。それでは、向こうの思う壺ではないか。連合軍の結束など、一時的なものに過ぎないことは、誰しもが理解しているのだ。その霞のようなつながりがある間に、俺は世に示さなくてはならないのだよ。曹操孟徳という、男の存在をな」

「ふふっ、よい眼をされておられますな。して、虎牢関の敵軍をどうなさいます? 見たところ、容易く崩せそうな雰囲気ではありませんが」

 

 前方を見つめながら、趙雲がそうこぼした。

 虎牢関の外部には、呂布の騎馬隊を主体とした陣が構築されている。

 物見を出してみたが、付け入れそうな隙はいまのところ見当たらなかった。呂布の騎馬隊が、約一万。その後ろには、一万五千の歩兵が控えている。陣には柵がめぐらされ、いかにも堅牢そうに見えた、という報告を曹操は受けている。

 先日、河内の太守である王匡(おうきょう)が試しに攻め込んでみたようだが、散々に討ち破られて敗走してしまっている。そのときも、呂布の騎馬隊を誰も止めることができなかったのである。

 

「全軍を一度に押し出すことができれば、騎馬の動きも封じ込めやすくなるのだが。茫洋としているようだったが、呂布は案外鋭いのかもしれないな。野生の勘、というやつか」

「わたしも洛陽で呂布を見かけたことがありますが、確かにぼんやりとしておりましたな。戦場にいる時とは、なにかが違うのでしょう。むっ……?」

 

 相対している虎牢関の前面は、左右が山で囲われていた。それもあって、展開できる兵力には限りがあるのだ。完全に開けた場所にまでは、呂布も出てこようとはしないのである。

 話している途中で、趙雲が後ろを振り返った。あるのは、葉を茂らせた木だけである。

 

「はて、わたしの気のせいだったようですな。あの木の向こうあたりから、ひとの気配がしたように思えたのですが」

「気のせい、ではないのかもしれないな。(せい)、あそこを見てみろ」

 

 促され、趙雲が再び振り返った。

 木の幹。その裏側から、金色の糸が見え隠れしていた。小さく笑う趙雲。そこに何者が潜んでいるのか、すぐに見当がついたようである。

 

「じーっ」

 

 翡翠色の瞳。今度は、明らかに視線が合っている。どうやら、隠れるつもりはないようだった。

 気づいていないという(てい)で、趙雲が会話を再開させようとする。木の裏にいる人物。本当は構ってもらいたいのか、さらに主張を強めようとしている。

 

「むむむ。じーっ。じじーっ」

「まったく、これでは我らがいじわるをしているようではないか。(ふう)よ、主との話に加わりたいのであれば、さっさと出てくればよいだろうに」

「はい、ではそういたします。ですが、これでも風は、星ちゃんに気を使ってあげていたのですよー? お兄さんと二人きりでいい感じにしていらしたので、お邪魔をしてはいけないかなー、などと思いまして」

「はあ。あれだけこちらを覗いておいて、よく言ったものだ」

 

 姿を完全に現した程昱が、駆け足気味に近寄ってくる。

 柔らかに揺れる金髪。程昱が隣にまで来ると、それがかすかに腕に触れてくるのである。曹操は、髪先を手の甲でさりげなく撫でてみた。程昱が顔を向ける。その感触に気がついたのか、程昱はにやりと片頬笑んでいた。

 

「くふふっ。呂布さんの騎馬隊一万とはいいますが、実際には張遼さんというお方と、ふたりで半分こしているみたいですねえ。呂布さんだけでも持て余しているのに、こちらとしては困ったものですが。あっ、そうだお兄さん、ちょっとお膝をお借りしてもー?」

「風? 別にいいが、どうするつもりだ」

「いえ、大したことではないのですよ。ほんとうに、じっとしていただいているだけで構いませんので」

 

 木の根の上に、腰を下ろす。軽く抱きとめるようにしてやると、程昱は楽しげに声をもらした。腕組みをする趙雲。なにやら、考え事をしているようである。

 腕の中で程昱は、いつものように飴を取り出しているようだった。考えの読み辛い少女ではあったが、いまは単に甘えたいだけなのかもしれない、と曹操は思っている。

 ちょっとだけ届いた甘い香りが、鼻孔をくすぐっている。甘い香りは、程昱の香りでもあるのだろう。髪からも、それは漂っているのだ。

 

「ふふふー。お兄さん、なんだか触り方がいやらしくなってはいませんかー?」

「そんなつもりは、ないのだが」

 

 小さくて柔らかな、程昱の身体。押し付けられていると感じてしまうのは、気のせいではないはずだった。

 挑発的な笑み。そうしたことに興味があるのか、それとも単にからかわれているだけなのか。程昱は、言葉を発さず無心に飴を舐め続けている。

 

「ふむ。主よ、よろしければ場所を移しませぬか? ここでは、なにをするにしても目立ちすぎますゆえ」

「珍しいな。星でも、陣中で我慢が効かなくなる時があるのか」

「人肌恋しく感じてしまうのは、女の性というものでしょう。その疼きを鎮めるのもまた、主の大切な役目ではありませんか? ふふっ、それに」

 

 趙雲が、程昱のことを流し見る。

 知らぬ顔のまま間食に興じ続けてはいるが、聞き耳はしっかりと立てているのだろう。程昱の、薄く染まった頬。そこを開始点として、曹操はすっと指を走らせていく。

 

「星はこう言っているが、俺はどうするべきかな、風」

「んっ、んうっ……。一刀さんは、案外いじわるなお方なんですね。風はご主君さまの、曹操さまのご命令に従うまでなのですよ。ですから、んちゅう……」

 

 飴を舐める動きに乗じて、指を口内に滑り込ませていく。程昱は、素直にそれを受け入れた。これは、意思確認のようなものなのである。

 温かな唾液。指先がふやけてしまうのも、時間の問題なのだろう。次なる行為を想起させる感触に、身体の芯が徐々に熱を帯びていく。

 

「ほう。風はまだ、公孫賛殿の客将をしているのではなかったのか? それに、無理強いするのは、あまり面白いやり方ではない」

「あむっ、んんっ。優しい言葉で惑わそうとしてくるなんて、さすがにやり手ですねえ。ですが、風もやぶさかではありません。ちゅう……、一刀さんには、やっぱり興味がありますから」

「どうされますかな、主よ。このまま風が丸め込まれていく過程を観察しているのも、わたしにとってはそれはそれで見ものですが」

 

 微笑する趙雲。いま述べたことの半分は、本心なのかもしれない。

 指に、舌が絡められている。なんとなく、切なさすら感じさせる動きだった。拡がる熱。身体を、情欲が支配しようとしているのか。戦場では、その疼きは忘れているつもりだった。それでも、どこかで求めてしまっている部分があるのだろう。程昱のうなじに、鼻先をうずめてみる。甘ったるいくらいの強い香り。吸い込むと、俄然気持ちが昂ぶっていった。

 

「よし、わかった。付き合ってくれるか、風。お前のことを、もう少しよく感じてみたいと思う。いや、深く知りたい、といった方がよかったかな?」

「どちらでも、ちゅるっ、あまり変わりないのではー? んむぅ……、わたしも、一刀さんのことを知りたいと思います。たとえば、お外でするほうが興奮されるのか、などなど」

「緊張する必要はないぞ、風。自分で言うのもなんだが、陣中であるゆえそれなりに抑えも効く。星には、物足りないことかもしれないが」

「物足りない? おや、わたしのことをそれほどまでに淫乱な女だとお思いでしたか、主は」

「ふっ、聞き間違いだと思っておけ。ともかく、移動するぞ」

 

 どこにでも、死角というものは存在する。それを見つけるのは、苦手ではなかった。

 木陰に立ち、ふたりを足元にひざまずかせた。趙雲の表情は、期待に満ちている。知らないわけではなさそうだが、実際にしてみるのは初めてなのだろう。程昱は、所在なさげに飴をまた咥えている。

 

「ふふっ。可愛げがあるものでしょう、風にも。最初は、わたしの好きにしても?」

「ああ、任せる。どうすればよいのか、友人であるお前から教えてやってくれ」

「承知。それでは……」

 

 趙雲の指が、着物の内側に入り込んでくる。ひんやりとした感触。手早く、下腹部が外気に晒されていく。

 

「うふふっ。この状況でも逸物を立派な状態にされてしまうのですから、主の胆力も並ではありませんな。ほら、風もよく見てみるがいい」

「んー? んふふっ、んんっ、ぐう……」

「ここまで来て、寝るやつがいるか。それに、主も風のことをお待ちなのだぞ?」

「おおっ。風としたことが、星ちゃんがすっかり一刀さんの女にされてしまったという現実にこう、くらくらっときてしまったのですよお。それにしても、おっきなおちんちんですねえ。風の顔くらいの大きさは、あるんじゃないでしょうか」

 

 程昱の吐く息が、かすかに男根の肌を撫でている。普段眠たげに見える瞳が、このときばかりはしっかりと見開かれていた。

 

「では、早速始めるぞ。まずは挨拶からだ。逸物の先端に、こう……敬意を払いつつ口づけをしてみるがいい」

「星ちゃん、一刀さんがなんだかおかしそうにされていませんかー?」

 

 趙雲なりに、この瞬間を楽しもうとしているのかもしれない。戯れに命じたことはあっても、常にそうしているわけではないのである。

 なんとなく怪訝そうではあったが、程昱は教え通りにやってみるつもりになったようだ。艶のある唇が、ゆっくりと近づいてくる。手では飴を握りしめたままになっているのが、少し滑稽に思えた。

 

「はじめまして、一刀さんのおちんちんさん。風はふつつかものですが、どうぞお手柔らかにー?」

「そのくらいでいい。風の口を、俺に感じさせてくれ」

「はい、それではいきますねえ。んっ、ちゅっ……」

 

 眼を閉じる程昱。その唇が、軽く亀頭の先に触れる。

 よくできた、と褒めてやるべきだと曹操は思った。頭を撫でてみる。それを別の合図だと勘違いしたのか、程昱は可憐な口を懸命に開き、亀頭をすっぽりと包み込んでしまう。

 

「あむっ、んぐっ……。はふっ、んむっ、んちゅる……」

「うむ。熱心なのはよいことだぞ、風よ。その調子で、主の逸物を舐め回してさしあげろ。唾液で全体が汚れてしまうのは、むしろよいことだ。その方が、主はお喜びになるのでな」

「ふむっ、んっ、ふぁい……。かふとひゃん、んぷっ、ちゅう、これ……きもひいいれふか?」

「喋りたいときくらい、離してもよいのだぞ? おっと、こういうのも、主はお好きだったようで」

 

 程昱が喋ろうとする度に、口内の動きに緩急ができるのである。たどたどしい動きにそれが加わることで、おかしなくらいに劣情が高まっていった。

 

「見ているだけで、星はしてくれないのか?」

「まさか、わたしは生殺しを好みませぬ。主もご所望なようですし、そろそろ参加いたしましょうか」

 

 足の付け根を舌で愛撫しながら、趙雲は指で睾丸を揉んでいる。慣れた手付きだ。絶妙な転がし方をされ、男根は余計にいきり立っていく。

 苦しそうに、程昱が眉根を寄せている。急に大きくしてしまったのが、いけなかったのだろう。一度口から抜くように言うと、程昱は小さく首を縦に振った。

 

「はふう……。ちょっと、びっくりしてしまいました。んっ……。一刀さんのお味が、口の中にはっきりと残っているのですよお。少ししょっぱくて、苦い感じもしています」

「上手にできていたぞ、風。休憩したら、また頼めるか?」

「ふふっ。喜んでいただけたのなら、幸いなのですよ。こうして、んっ……。飴と交互に舐めてみると、美味しかったりしてー?」

 

 宣言通り、先に飴を口に含んでみてから、程昱は奉仕を再開させていった。

 既に唾液が溜まっていた分、ねっとりとした感触を強く感じられた。温かな口内。趙雲よりも、もともと体温が高いのかもしれない。男根だけが、湯に浸かっているような感覚。曹操は、それをじっくりと味わっていた。

 

「こんなに陰嚢を張り詰めさせて、ちゅう……、いけないお人だ」

「ははっ、悪いことなのか? 星と風の口が心地よすぎて、期待してしまっているのだよ」

「いいえ。もっと、我らのことを感じてくださいませ。そうして、熱くたぎった子種を、んむっ……」

「子種が、ここから出るのですよね。そう考えると、風もどきどきしてしまいます。んっ、とろっとした苦いお汁が、さっきからずっと……」

「気持ちいいから、出てしまうのだよ。そのまま続けてくれるか、風」

「ふぁい、一刀さん……。じゅっ、じゅうぅう、んっ、ずずっ……!」

 

 口内に唾液を分泌させてから、程昱が男根を強く吸っていく。趙雲のやり方を見て、学んでいるのだと思う。

 陰嚢を舐めていた趙雲の舌が、幹の部分へと移っていた。ふたりで取り合うようにして、亀頭に唾液をまぶしていっているのだ。二枚の舌がうごめく度に、甘い疼きが拡がっていく。塗り拡げられている、といってもいいのだろう。

 

「あっ、だめなのですよお。そこはいま、風が舐めているんですからあ……」

「じゅっ、じゅるるっ……。順番待ちなど、していられるものか。欲しくば、奪い取ることだな。もっとも、譲る気などわたしにはないが。んっ、ちゅうぅうう」

「むむっ、これは負けていられません。一刀さんのおちんちんさんは、風が気持ちよく、ちゅむっ、してあげるのですよお」

 

 淫靡な音色が、絶え間なく奏でられていく。

 せり上がってくる精液が、行き場を求めて暴れ回っていた。それがわかっているのか、趙雲はまた陰嚢を指で揉み上げている。早く出してくれ。そう、せがまれているようでもあった。

 亀頭の割れ目に、程昱の甘ったるい唾液が塗り込まれていく。敏感な部分を舌で刺激されると、腰が震えた。程昱にも、それが理解できたのだと思う。不敵な笑み。程昱らしい、表情だった。

 

「気持ちよさそうに、びくってなりましたねえ。一刀さん、子種が出そうなんですか?」

「くっ……、そうだな」

「くふふ。では、もっとおちんちんの先を、舌でくりくりーとやってみましょうか。こうされるのが、気持ちいいようでしたから」

「であれば、わたしは逸物の裏の方を。こちらをいじられるのも、主はお好きでしょう? れろっ、ちゅうっ、んっ、ちゅるっ……」

 

 劣情が、限界まで膨らんでいく。

 射精してしまいたい。その思いだけが、脳内を支配しているのだ。先端の亀裂を、程昱の尖った舌が強く擦る。一度溢れ出してしまうと、もう止めることなどできなかった。濃縮された精液。鈴口を押し拡げ、散り散りになって飛び出していく。

 

「ひゃうっ!? んっ、んぷっ、一刀さんのこれっ……、びゅるってえ……!?」

「ぐっ、風……ッ」

 

 驚いた拍子に、程昱は口を離してしまったようだ。

 支えを失った先端が、無作為に暴れだす。まるで、白濁の矢嵐なのである。それを思い切り浴びせられ、程昱はしばし呆然としていた。

 

「はあっ……。主の子種の匂い、とても濃いですな……」

「これが、男の人の射精なんですね。こんなにされてしまっては、しばらく……ああっ、一刀さんの匂いが残ったままになりそうなのですよお」

 

 口の端に付着した精液を、程昱は舌を伸ばして舐め取った。倒錯的な光景に、男根を大きく脈打たせてしまう。この波は、しばらく収まりそうにもなかった。

 

「風の飴まで、すっかりべとべとにされてしまいましたねえ。それとも、狙ってこうされたのですか、一刀さん?」

「まさか。さすがに、偶然だ」

「ふふふー、ほんとうでしょうかねー? それにしても、ちゅっ、くちゅっ、ちゅうぅう……」

 

 飴についた精液を、程昱は唇を使って剥がしていく。精液の味にも、いくらか慣れてきたのだろう。飲み込みづらさは感じているようだったが、その仕草がまた情欲を煽り立てるのである。

 

「ふむ。風よ、わたしも試してみてもよいか?」

「どうぞ、星ちゃん。こちら側にも、まだべとべとがついてしまっていますので」

「では、早速。んっ、ふふっ……、これはなかなか」

 

 飴を唇で挟み込むような形で、程昱と趙雲は向かい合っている。

 甘さと苦さが混ざり合って、複雑な味を生み出してしまっているはずである。それでも、どちらも舌を止めようとはしなかった。

 吸い上げるような音。趙雲のことだから、わざと音を立てているのかもしれない。

 官能的な光景にあてられて、男根は完全に硬さを取り戻してしまっている。好奇心がそそられるままに、曹操はふたりの間に腰を突き出した。

 唾液と精液に塗れた、亀頭の先。わずかにざらつく飴の表面が、敏感になった表皮を刺激する。

 

「もう、どれだけ風の飴を汚せば気が済むのですか、一刀さん? あむっ、ちゅく、ちゅう、ちゅぱっ……」

「主に妙な性癖を植え付けた責任は、しかと取らねばな。そちらは任せたぞ、風よ」

「んんっ、風がいけないのですかー? くふふっ。おちんちんさん、またとろっとしたお汁をたくさん吐き出して……。ちゅむっ、飴の感触がよほどお気に召されたようですねえ」

 

 粘液塗れの不格好な飴で、先端を断続的に愛撫されている。幹をなぞる二人の舌の動きも合ってきており、快楽が急激に引き出されていく。

 

「いつでもお出しくだされ、主よ。わたしも風も、まだまだ飲みたりませぬゆえ」

「んっ、ちゅぱっ、じゅずずっ……。星ちゃんだけに飲ませるのは可愛そうな気もするので、風もあと一回くらいは付き合ってあげますよー? ですから……っ」

 

 飴と舌。二人の欲望に従って、愛撫がさらに激しさを増していく。

 一度昂ぶってしまえば、歯止めなど効くはずがなかった。腰が重くなっていく。ゆるやかな疼きではなかった。亀頭は快楽に喘ぎ、先走りを吐き出し続けている。

 

「もう、出してしまいそうだ……っ」

「ちゅぶ、あむっ……。主の匂いが、また強くなっておりますよ。我慢など、じゅぷっ、おやめください……!」

「あはっ。またおちんちんの先が、ぷくってふくらんでいるのですよお……! 子種、びゅくって出してしまうんですね、一刀さん」

「ああ。出すぞ、受け止めろ」

 

 飴に裏筋を引っかかれた瞬間には、もうなにも考えられなくなっていた。

 ただ吐き出し、二人の身体を汚していく。

 

「ああっ、またこんなに……!? 主、もっと、もっと出してくだされ……!」

「星ちゃんばっかり、ずるいのですよお……! ん、むちゅ、あむっ……。一刀さんの白いとろとろ、まだまだ出てきています……っ♡」

 

 男根を搾り上げることに没頭する趙雲と、それを見つめる程昱の恍惚的な笑み。それだけが、曹操の脳裏に焼き付いている。



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十 深紅の旗の脅威

 無数の騎兵。土埃を上げ、原野を駆けていく。虎牢関周辺を、刺すような緊張感が包み込んでいた。

 深紅に輝く『呂』の一字の旗が、動き出している。

 五千の騎馬隊。その最先端に、赤兎馬に乗った呂布がいる。

 首には、真っ赤な布を巻いていた。燃え盛る馬体を駆けさせる赤兎と、血の吹き出したような赤い布。それを見れば、呂布がそこにいるということが、ひと目で分かるのである。

 敵には死を与え、味方には勝利をもたらす。呂布奉先というのは、ほとんど董卓軍の象徴といってもおかしくない存在だった。

 虎牢関前面を目指して、公孫賛が軍勢を盛んに押し出している。どこまで、呂布の騎馬隊を抑え込むことができるのか。その如何によって戦の情勢は変化していく、と公孫賛軍の動きを観察しながら曹操は考えていた。

 斥候に出していた一隊が、帰還してきていた。

 出てきているのは、やはり呂布と張遼である。ふたつの騎馬隊が、二本の牙のように迫ってくる。呂布に隠れてはいるが、張遼もかなりの実力者であるらしい。

 

「呂布はひとまず公孫賛殿に任せて、こちらは張遼にあたるぞ。動きを止めることに成功したら、押し込みつつ柵を設置していくのだ」

 

 曹操が叫んでいる。

 騎馬隊の思うように走らせてしまっていては、虎牢関に取り付くことなどまず不可能なのである。少しずつ騎馬の動きを鈍らせていき、陣を組みながらじわりと包み込んでいくつもりだった。

 

「主。先陣は、わたしにお命じくださいませ。張遼とやらの力を、少し見てまいりましょう」

「なんだと? いくら(せい)であろうと、一番槍を譲ってやることなどできん。殿、何とぞこの場は、わたしにお任せを」

 

 先陣を願い出た趙雲に対して、夏侯惇が反論の声を上げた。

 自分のしてきた戦のほとんどで、夏侯惇は先陣を切っているのだ。今回もそうしたいと手を挙げるのは当然だろうな、と曹操は思っていた。

 軍中随一の武人であるという自負と、曹操の敵を斬り伏せるという使命感。そのふたつが骨子となって、夏侯惇の剣を支えているのである。そのことは、曹操もよく理解していた。

 普段であれば、願われる前にどちらかに命じていたのだと思う。といって、迷いがあるわけでもないのだ。

 呂布にぶつけるのであれば、やはり夏侯惇なのである。瞬時の動き。それをさせようと思うのであれば、そばに置いておくことが一番だった。

 それに趙雲であれば、兵の消耗まで考えて闘うことができるはずである。

 夏侯惇が、視線を外さずにじっと見つめてきている。

 攻めに使えば圧倒的に強いが、要所の判断を求められる場面では夏侯淵らに劣る部分がある。配下の将たちを使いこなしてやる責任。それが自分にはあると、曹操は常に思っていた。

 

春蘭(しゅんらん)は、俺の近くに控えていてくれるか。呂布と闘うような事態になれば、お前のその力が必要となるのだよ。よって、先鋒は星と柳琳(るーりん)の隊とする。張遼は、素早い用兵を得意としているようだ。崩されないように、気をつけるのだぞ」

「承知いたしました、主よ。では、行くとしようか柳琳。ふふっ。活躍を見せれば、主も機嫌をよくして、可愛がってくださるやもしれぬ」

「せ、星さん、いまはそんなことを言っている場合ではありませんから! それでは、兄さん」

「ああ、柳琳。それと場合によっては、戦線を動かすことが必要になってくるかもしれない。なにかあれば、また知らせる」

「わかりました、兄さん。こちらでも、戦場全域に気を配るようにしておきますね」

「頼むぞ。本隊は、遊軍としていつでも動けるように準備させておく」

 

 趙雲と曹純が、部隊を率いて前へと出ていく。

 夏侯惇。命を聞かされた直後は落胆していたものの、すぐに周囲の兵に檄を飛ばして回るようになっていた。

 そばに残したのは、剣の腕を信頼してのことだ。曹操にそう言い聞かされて、夏侯惇は再び気力を漲らせているのである。

 虎牢関を攻める連合軍は、全体として横に拡がるような陣形を取っていた。細かな連携をとるのは、無理だと考えてのことである。曹操はその中央にいて、全体を俯瞰するような務めを担っている。

 右翼。布陣しているのは、公孫賛だった。兵力は一万五千。その内の半分以上が、騎兵である。

 その軍勢に向かって、呂布が騎馬隊を突っ込ませていった。先鋒同士がぶつかり合う。呂布による圧力を、公孫賛はひしひしと感じていることだろう。五千の騎馬隊の中でも特に、呂布直属の五百は精鋭中の精鋭なのだという。

 公孫賛軍の騎兵が、次々と打ち落されていった。深紅の塊が突進する勢いは凄まじく、とどまるところを知らないのである。

 負けじと、公孫賛は騎馬隊に陣形を組ませて、敵軍を断ち割ろうとしていた。白馬の騎馬隊。その闘う様子が見事だから、公孫賛は白馬長史と呼ばれることもある。

 白と赤。二色の騎馬隊が、交差するようにぶつかっていく。

 押し包もうとする公孫賛軍の動きをいなしながら、呂布は攻撃に転じる時期を見計らっていた。矢じりのように変わっていく陣形。深紅の塊が、一点目掛けて突っ込んでいった。

 公孫賛の旗が、大きく左右に揺れている。呂布軍団の突破力は、やはり群を抜いていた。応戦しようとする公孫賛を、配下が身を盾にして逃している。

 一人、二人。それ以上をぶった斬りながら、呂布は赤兎と共に加速していった。蹄。地面を力強く叩いている。赤兎馬の猛追をかわすことのできる馬など、どこにも存在していないのである。

 中央。押し出されるような格好で雪崩れてくる公孫賛軍の姿を、曹操は捉えていた。

 

「公孫賛殿の軍勢が、呂布に崩されかかっているようだ。救援に向かうぞ。(なぎ)、旗本を駆けさせろ」

「はい、一刀さま。我らは、すぐにでも動けます」

 

 これで将が討たれるような事態にでもなれば、自分たちは完全に負けたことになる。今後の流れを考えても、それだけは阻止したいことだった。

 しかしそれとは別に、公孫賛を死なせてはならない、という思いが曹操にはあったのである。人が良すぎる性分に、感化されたわけではない。ただ、放っておくのは忍びないと感じさせる、なにかがあっただけなのだ。

 

「わかっているな、春蘭」

「はいっ! わたしの出番が、ようやくやって来たということですね。呂布が何者であろうと、叩き潰してやるまで。それが殿の剣である、わたしの役目ですから」

 

 夏侯惇の双眼が、闘志で熱く燃えている。言葉にも、意志がはっきりと表れていた。

 

秋蘭(しゅうらん)、射手を前に出せ。張遼の勢いを殺してやれば、星の騎馬隊が横腹を突けるはずだ。その間に、俺たちは右翼へと向かう」

「御意。こちらは、なんとかしてみせましょう。姉者、殿をよろしく頼む」

「言うまでもないことだ。参りましょうか、殿」

 

 右手を上げ、曹操が進軍の合図を出した。一千の旗本が、それに呼応している。

 曹洪が言った。

 

「相手は、かなりの強敵だと聞いていますわ。ですからお兄さま、あのっ、あまりご無理はなされないように……!」

 

 声が、原野の喧騒に吸い込まれていく。

 言ってから、曹操がもう出てしまっていることに、曹洪は気がついたのである。深いため息。それも、曹操に届くことはなかった。

 左翼付近では、張遼の騎馬隊が暴れに暴れていた。軽騎兵の素早さを活かし、突撃と離脱を交互に繰り出しているのだ。張遼自身の強さも際立っていて、連合軍は右翼同様に苦戦させられていたのである。

 夏侯惇と並んで、曹操は馬を駆けさせていく。公孫賛は、まだ生きているようだった。

 追い散らされて薄くなった旗本を、呂布が突き落としにかかっている。自在に動く巨躯。乗り手の意を汲んでいるかのように、赤兎は戦場を疾駆している。

 

「公孫賛殿、一旦退いて陣形を整えられよ。呂布の相手は、我が方で受け持とう」

「来てくれたのか、曹操殿。すまない、悪いがそうさせてもらうぞ。部隊の編成が終わり次第、すぐに戻るから」

 

 早口でまくし立てると、公孫賛は歩兵のいるところにまで戻っていった。

 呂布の勢いは、まだ続いている。剣を抜き放ち、曹操は馬腹を蹴った。気圧されてはいない。だから、闘えると感じていた。

 

「殿ッ!? まったく、無茶をされる……!」

 

 数合打ち合っただけで、腕がひどく痺れていた。

 表情を変えずに、呂布は得物を振るっている。横払いに首を狙ってきた一撃。それを、大剣が防いでいる。力を振り絞るような夏侯惇の声。曹操が剣を突き出すと、呂布は方天画戟を引いた。

 二本の剣。夏侯惇との息はあっている。左右から攻め立てれば、隙きを生み出せると曹操は思っていた。それでも、呂布は平然と闘ってみせている。こちらの呼吸を見切られているのか、合間合間に鋭い反撃がやって来るのである。

 夏侯惇が言った。

 

「乗っている人間が化け物なら、乗せている方もまた化け物ということか!」

「ん……? 赤兎は、化け物じゃなくて馬」

「ちいっ、おかしなやつめ」

 

 打ち合いが続く。夏侯惇が時折死角から狙ってみているのだが、その時に限って馬が上手く位置を変えてしまうのである。

 攻めきれてはいないが、これでいいと曹操は自分に言い聞かせていた。呂布がこちらと闘っていることで、騎馬隊の足は確実に止まっているのだ。公孫賛の巻き返しによっては、虎牢関まで一気に押し込むことができるかもしれなかった。

 必死に斬り結んでいる中、曹操はかすかな馬蹄の音を聞いていた。遅れて、戦場に声が響き渡る。

 

「関雲長、推して参るぞ! 曹操殿に、ご助勢つかまつる」

 

 一瞬ではあったが、呂布に焦りの色が見えた。

 繰り出される青龍偃月刀。三対一の状況となっては、さしもの呂布であっても苦しいに決まっていた。

 

「また、増えた。でも、恋は負けられない。虎牢関を守るのが、恋の仕事だから」

「噂通りの強さだな、呂布よ。本当であれば一騎討ちを申し込みたいところではあるが、今はそうも言っていられん」

 

 関羽が叫ぶ。

 青龍偃月刀の刀身を寸前で避け、呂布が方天画戟を突き出してくる。それを払い除け、夏侯惇がまた斬り込んでいく。

 

「ふんっ。関羽か、その名は覚えたぞ。我が殿が気になされるほどの強さ、とくと見せてみよ」

「言われずとも、そうするさ。そういう貴殿は、夏侯惇殿だったな。前回の戦でも、よき武人がいると思っていたところだ。いずれ、お手合わせ願おう」

「はははっ、いいだろう! そのためにも、今は呂布を討ち破らねばならん。いくぞ、関羽」

「応、夏侯惇」

 

 武人ふたりによる会話を、呂布は不思議そうに聞き入っていた。曹操も、それは同様である。

 立場は違っていても、通じ合える部分があるのだ。爽やかさを持っている関羽だからこそ、夏侯惇も力を合わせる気になったのだろう。

 

「俺のことも、忘れられては困るな。呂布よ、勝負をつけさせてもらうぞ」

「ぐっ……! あっ……。あのときの、肉まんの……ひと?」

 

 三つの武器を、同時に打ち込んでいく。

 呂布はまたしてもそれを耐えたが、そう何度も受けられるものではないと悟ったのかもしれない。

 赤い巨躯。馬首を返し、虎牢関の方へと向かっていく。波が引くように、騎馬隊も呂布の後に続いていった。

 撤退の時期としては、的確だったのだと思う。粘ろうとすればいくらでもできたのだろうが、そのすぐあとに公孫賛が軍勢を率いて引き返して来たのである。

 

「それにしても、さすがに肝が冷えました。わたしよりも先に、殿が呂布に向かっていかれるのですから」

「曹操殿が? ふむ……。なるほど、少しわかる気がいたします」

 

 初対面の時のことを、関羽は思い出しているのだろうか。突拍子もないことをしでかす人物だとでも、思われているのかもしれない。

 

「戦場に立てば、気が逸ってしまうこともあるのだよ。それよりも、呂布を追うぞ。虎牢関との距離を、詰められるだけ詰めておきたい。歩兵が出てくる前に、陣を堅めなくては」

「承知。では曹操殿、わたしは桃香さまの下に戻ることにいたします」

「ああ、またな関羽殿。助太刀には、感謝している」

「はい、それでは」

 

 呂布の撤退に合わせて、張遼もまた軍勢を退いている。追撃をかわす動きは、やはり見事だったようである。



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十一 すれ違う思い(麗羽)

 連合軍本陣。

 現在、諸将のほとんどが、虎牢関や汜水関に出払っている。董卓軍はふたつの関を主として防衛線を敷いているから、酸棗周辺は静かなものだった。

 ただ、静かとはいっても、盟主である麗羽にやることがないわけではなかった。各地から派遣されてくる使者。その対応も、仕事のひとつなのである。日々、何かしらの報告書が上げられてくるのだ。それを読み、時には指示を与えるのが、麗羽の日課となってきているといってもいい。

 戦の進捗には、麗羽も関心を寄せていた。戦そのものというより、曹操の動向を気にしている、と言ったほうが正しいのかもしれなかった。会いたい。会って、無事なことを確かめたい。胸のあたりを擦りながら、麗羽は短く息を吐いた。

 人の気配がする。営舎に入ってきたのは、真直だった。手には、書簡が握られている。飲みかけの茶を机に置き、麗羽は背もたれに体重を預けた。胡床では満足できず、用意させた品物である。自分に対抗心があるのか、美羽も似たようなことをしていると聞いていた。

 

「よろしいでしょうか、麗羽(れいは)さま」

「ええ、構いませんわよ。どうせまた、どなたかが使者を寄越して来たのでしょう? まったく、戦況に大した変化がないのであれば、事細かに知らせを送ってくる必要などありませんのに」

「あはは……。それだけ皆さま方も、麗羽さまに気を使っておいでなのだと思います。なんといっても、麗羽さまはこの連合軍の盟主さまなのですから」

「あら、真直(まあち)さんもそう感じていますの? ふふっ、ならば仕方がありませんわね。これも、わたくしが袁家に生まれたことによる宿命なのでしょう。でしたら、甘んじて受け入れるまでですわ」

「ええっと、それではこちらをお改めください。虎牢関方面から派遣されてきた使者ですので、曹操殿の近況も記されていることかと」

 

 奪い取るように、麗羽は書簡を手に取った。

 本当であれば、曹操は軍師として側に置いておきたかったのである。曹操の持つ軍勢の規模から考えても、それが適当なのだと麗羽は考えていた。しかし、曹操は前線に出ることを常に願っていたのである。将軍としての才覚は、大層な肩書を持っている諸将に劣らないものがある。むしろ、上であると言い切ってしまってもいいのだろう。孫堅の陣への補給も、公孫賛軍を上手く使って曹操はやってみせたばかりなのだ。

 内容に目を通していく。

 虎牢関の守りは、かなり強固なのだという。緒戦で勇んだ王匡は、呂布によって軍勢をかき乱されてしまったようだ。元より、麗羽はもっと腰を据えて董卓と闘うべきだと思っていた。董卓は先帝を廃し、洛陽で強引に手腕を振るっている。今は宮中の者も大人しく従っているが、どこかで情勢が変わる時期が来るはずなのである。それに、時が経つほど、漢の名門である袁家の動きに賛同する将が増えるとも考えていたのだ。

 書簡を、さらに読み進めていく。曹操の名が見えた。虎牢関でも、いつものように駆けずり回っているのだろうか。なにかに向けて動いているときの曹操は、ずっと覇気を感じさせるのである。その時に見せる凛々しさが、麗羽は好きだった。

 麗羽の眼が止まる。公孫賛が呂布への対応に苦しみ、曹操が救援に向かったと書かれている。それも、ひとりで呂布に挑みかかったらしいのである。

 背筋を、嫌な悪寒が走り抜けた。洛陽にいた頃から、呂布の勇名を麗羽は聞き及んでいた。そんな相手に、曹操が一騎討ちを挑んだというのだ。周囲に麾下がいたかどうかなどということは、麗羽には最早どうでもいいことだった。曹操が、斬り殺されていたかもしれない。その事実だけが、麗羽の脳内で反芻していた。

 

「真直さん」

「なんでしょう、麗羽さま」

 

 真直が顔を向ける。考えは、とっくに定まっていた。

 

「虎牢関にいる皆さんに、通達を。戦線を下げさせるのです。なんなら、この酸棗まで戻したって構いませんわ」

「戦線を? 麗羽さま、ですが」

「ですが、ではありませんわ。どの道、虎牢関攻めなど、無理にする必要はないのです。それに、董卓軍の守りはかなり堅固だと聞いていますわ。ひと月ほどで落とそうとするのであれば、死に兵が数万はいるのではなくて?」

「それは、そうかもしれませんが」

 

 真直。黙り込んでいる。

 ただ死なせるためだけの兵がいくらでも使える状況なのであれば、董卓軍を疲弊させることも可能なのだろうが、連合軍はあくまでも大義によって結ばれた軍勢なのである。そのことは、真直も深く理解しているはずだった。

 たとえ虎牢関を陥落させることができたとしても、曹操が死んでは意味がない。第一、この連合軍を発足させるために働いてくれたのが、曹操なのである。

 董卓の権勢が衰えることになれば、次は自分たち群雄の時代が来る。その時、曹操には側にいて自分を支えてもらいたい、と麗羽は思っているのである。連合軍の立ち上げに奔走してくれたのも、将来を見据えての行動に違いない。妄信に近い考えだったが、麗羽はそう信じていたのである。

 

「糧道の確保に、猪々子さんが出ていましたわね? 使番をやって、わたくしがいま述べたことを伝えるのです。これは、盟主としての決定ですわ」

「はっ……。承知、いたしました」

 

 やや不服そうだったが、真直も理解はしているのだと思う。

 営舎内。真直が出ていくと、また自分ひとりだけになった。麗羽は、まだ心境の浮つきを抑えることができないでいた。胸のあたり。曹操のことを思ったせいか、切なく締め付けられているのである。

 

「斗詩さん。しばらく、こちらには誰も近づけないように。わたくし、ひとりで考えたいことがあるのです」

 

 斗詩からの返事を聞くと、麗羽は豪奢な椅子に腰を下ろした。

 少しの緊張。着物の上から、胸を撫でていく。具足をつけていれば、煩わしくて仕方がないと感じていたのだと思う。

 

「んっ……。こんなの、はしたないことだというのに」

 

 言葉とは裏腹に、指が柔らかな肉に沈み込んでいく。

 同時に、もう片方の手で腿の内側をくすぐってみる。すると、感じていた切なさが、はっきりと大きくなっていった。椅子の背が、軋んでいる。

 

「はあっ。曹操さん、んんっ、かずっ、一刀……さん」

 

 曹操の真名を呼ぶ。肌。熱を帯びていく。

 着物の帯を緩め、合わせ目から手を潜り込ませた。ひんやりとした指が、隆起しかけた乳頭に触れる。快感に、麗羽は声を震わせた。

 

「これっ、気持ちいいですわ。んはあっ……。そんなっ……、わたくし、こんなに自分の指で感じてしまうなんて」

 

 たまらず、肌をあらわにしてしまう。片肌を脱いだようなかたちで、右の乳房が完全に露出していた。

 公の場で、自らを慰めてしまっている。そんな羞恥の感情に、より感度を高められてしまっているのか。頬を赤らめながら、麗羽はかすかに喘ぎ声をもらしていた。

 

「いけませんわ、これっ……。指、とまらなくって」

 

 固くなった乳首を二本の指で愛撫しつつ、下着越しに割れ目を擦り上げていく。粘つく汁。傷一つない指を汚していく。自分が感じている証拠を見つめながら、麗羽はまた背を震わせている。

 人差し指を口に含み、唾液をまとわせる。そのまま指を膣口に移し、入り口をくるくると撫でてみた。

 

「ああっ。これ、気持ちいいのです……っ」

 

 下着をずらし、指先を浅く挿入していった。先程までよりも強い快楽が、全身を貫いていく。

 こうして入り口付近で指を遊ばせるのが、麗羽は好きだった。深く差し込んでしまうのは、まだ怖いということでもある。なにより、その先は想い人に奪ってもらいたかった。

 

「わたくしのアソコ、いやらしい音を立ててしまっていますわ。やっ、んんっ……!」

 

 不意に、指が陰核に触れてしまう。刺激が強すぎるから、あまりいじらないようにしている部分だった。軽い絶頂。それに意識を預けながら、麗羽は自慰の手を動かし続けている。

 粘液がかき混ぜられる音。営舎の外にまで聞こえてしまうのではないかと思うと、余計に胸が高鳴っていく。乱れる金髪。爪で乳首を引っ掻くと、得も言われぬ快感に脳内が支配されていく。

 

「ああっ、だめぇ。こんなの、わたくしだめになってしまいます。一刀さん、一刀さん……ッ」

 

 切なさが、全体に拡がっていく。自分ではどうすることもできない衝動に、麗羽は突き動かされている。

 指。滲み出す愛液を撹拌しながら、膣肉を擦っていく。気づけば、声を抑えることを忘れてしまっていた。我を忘れたような女の嬌声が、営舎内に響いている。

 この切なさを、どうして曹操は埋めてくれないのか。女好きなことは古くから知っている。それなのに、自分にはなぜ触れてくれないのか。

 

「んっ、んああっ! イク、わたくし、イッてしまいます……っ。もっと、だからぁ、もっとぉ……!」

 

 懇願するような声。すっかり、腰は浮いてしまっていた。

 断続的にやってくる快楽が、意識を薄くさせていく。真っ赤に腫れた乳首が、限界を越えた快楽に、喘いでしまっているようだった。

 

「ひゃうぅうう、んはあっ、んぅううう!?」

 

 麗羽が、一段と大きな声を放った。

 瞬間、これまでにないくらいの強い痺れが、全身を覆っていく。それに歓喜したかのように、割れ目から数度液体がほとばしった。軍議でも使用する机に、淫猥な染みが作られていく。

 

「はあっ、んうっ、んふっ……。一刀さん、ああっ、一刀さん……」

 

 途切れることのない絶頂の波に飲まれながら、麗羽は曹操の真名を何度も呟いていた。

 

 

 静かな空。見上げていると、少し前まで戦場にいたということを、忘れてしまえるようだった。

 城壁の端に腰掛けて、恋は饅頭にかじりついていた。

 虎牢関から引き上げてきたのは、数日前のことだ。事情はわからないが、連合軍が陣払いをして包囲をやめてしまったのである。警戒をしてみたが、再び攻め込んでくるような気配は感じられなかった。どちらかが大勝したわけでも、大敗したわけでもないのである。霞も、こんなことは初めてだと言っていた。

 汜水関でも、同じようなことが起きていたようである。ただしあちらでは、孫堅と闘った華雄の行方が、わからなくなってしまっていた。戦場では、そんなことは当たり前に起こる。それでも、幾ばくかの寂しさを恋は感じていた。

 虎牢関に二万ほどを残して、恋は洛陽に帰還していた。用がないのであれば、月を近くで守りたいと思っていたのである。それに、屋敷にはたくさんの家族がいるのだ。戻ってからは、恋はセキトと眠ることが多くなっていた。そこに、時々音々音が加わることがある。

 眼の前では、月が詠と何事かを話し合っている。二人とも、難しそうな顔をしているのがわかった。我関せずという顔をして、恋は饅頭を口に放り込んでいる。

 

(えい)ちゃん。これを機に、わたしは洛陽を焼こうと思うの。今の都は、なにもかもが汚れすぎている。国を再興するためにも、一度徹底的に破壊するべきなんじゃないかな」

「洛陽を? 本気なんだよね、(ゆえ)

 

 月の表情が、厳しくなっている。

 洛陽を焼くという言葉が聞こえたが、恋は変わらず饅頭をかじり続けていた。

 

「わたしは本気だよ、詠ちゃん。都を移す先は、長安がいいと思うの。長安まで行けば、涼州がずっと近くなる。中原に寄っている洛陽よりも、格段に守りやすくなるはずだよ」

「長安か……。あそこは、かなり廃れているよね。当然、陛下にも来てもらうつもりなんでしょう? 宮殿の建設には、時間がかかってしまうかも」

「今は、国全体で耐える時なんじゃないかな。だったら、それは陛下も同じだよ。色んな問題から逃げてきた結果が、漢の現状なんだもの。袁紹さんを頂点とした連合軍は、揺れている。長安の防備を整える時間くらいは、確実に稼げるはずだよ。だから、やるなら今しかないと、わたしは思ってる」

「うん、わかった。ボクは、月のやりたいことを支えてあげるだけだもの。(れん)も、それはボクと同じだよね?」

 

 詠が言う。

 話を振られると考えていなかったのか、恋は饅頭を咥えながら眼を丸くしていた。

 

「あははっ。詠ちゃんが邪魔しちゃってごめんなさい、恋さん」

「ん……、気にしてない。恋は、月を守るだけ。どこにいっても、それは一緒」

「ありがとう、恋さん。今は、誰かが頑張らないといけない時代なんだと思う。だったら、わたしは、わたしに出来ることを全力で成し遂げたい。そのためにも、今後も力を貸してください、恋さん」

「恋は、いつでも月のそばにいる。それも、ずっと一緒のこと」

 

 月が、柔らかにはにかんでいる。今のような表情を見ることも、最近では稀になっていた。それだけ、事態が逼迫しているのだろう。自分たちにはわからない部分での苦労も、二人にはかなりあるはずなのである。

 城壁の上を、風が吹き抜けていく。月の持つ、素朴で飾り気のない明るさが、恋は好きだった。その月が、洛陽を燃やすと固く決意している。その火は間違いなく、この地を赤く照らすのだろう。都を焼く。それが国にとって一大事であることくらい、恋にも理解できている。

 詠との会話を、月は続けている。厳しげな顔つき。その眼には、洛陽の街はどのような姿に見えているのだろうか。

 食べていた饅頭。最後のひとつが、ついに終わってしまう。袋の底を見つめながら、恋はちょっとだけ悲しそうにため息をついた。

 今の月の姿は、どこか違うのではないか、と恋は思う時があったのだ。土で手を汚し、馬を育て、民と語らいながら生きていく。月には、そうした生き方こそが似合っているのではないかと、どうしても思ってしまうのである。

 心にむず痒さを感じて、恋は方天画戟に手をやった。武器を手にしていると、雑念がきれいに消えていくのだ。

 静寂。物言わぬ天を、恋はしばし瞬きをせずに見上げていた。



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十二 決別

 どうしてだ、と曹操は思わなかった。

 連合軍の諸将の多くは、腰が引けている。孫堅の他にも威勢のいいのが何人かいたが、それも呂布と当たる前の話に過ぎないのである。

 虎牢関から引き上げてくると、袁紹からの呼び出しの使者が何度もやって来た。陣払いに際して、曹操軍は殿軍を務めている。幸いにして、呂布が追撃を仕掛けてくることはなかった。退き方があからさますぎたせいで、こちらが誘引策をとっているのではないか、という疑念を董卓軍は抱いたのだろう。

 攻め立てられていれば、立て直すことは困難だったはずだ。酸棗近くまで戻った時、公孫賛は肝が冷えたと肩を落としながら言っていた。

 自分は、その殿軍をやった後始末に手を取られている。使者が来る度に、曹操はそう言って追い返していた。

 今は、袁紹に会いたい気分ではなかったのだ。それに、会えば何かが弾けてしまう、と曹操は思っていた。麾下たちは、袁紹の判断に不満を募らせている。平静でいようとは思うが、自分にも苛立ちがないわけではないのである。

 このような形で虎牢関攻めを終えた自分たちは、世に何かを示すことができたのだろうか。そんな考えが頭の片隅に生まれていたが、考えるのはやめにした。次に、考えなくてはならないこと。それは、自分たちの動きを受けた董卓が、どう動くかなのである。

 紅波(くれは)が、久しぶりに姿を見せていた。軍勢の見分をしていた曹操が、足を止めている。

 

「お久しゅうございます、殿」

「よく戻った。洛陽で、動きがあったのか?」

 

 紅波が、小さく頷いた。

 今回の戦を機に、紅波は配下を持つようになっていた。以前から、いずれはそうしようと考えていたのである。腕の立つ者を、まずは五人。それ以上は、今の紅波の手には余ると曹操は思っていた。

 戦場が大きくなるほど、間者同士の連携が重要になってくる。紅波に付けた五人が、やがて同じように自身の配下を持つようになる。国全体を覆えるくらいの諜報網。それを作り上げることが、曹操の狙いなのである。

 配下たちは従軍していたが、紅波自体は洛陽に潜り込んでいた。着替えている暇がなかったのか、平時のような服装が陣中でやや浮いてしまっている。

 

「董卓が、洛陽の民を移動させています。帝も、すでにその列の中に。向かっている先は、長安ではないかと」

「長安に? 確かに、洛陽よりかは防衛もしやすくなるだろうが」

「抵抗を見せた商人が何人かいましたが、全て財を没収されています。首を刎ねられた者も、少なくありません」

「急かせ方を心得ているようだな、董卓は。しかし、帝と民をな。紅波、洛陽に残っている軍勢がどのくらいか、わかるか」

 

 肌に、粟立つような感覚を受けていた。

 遷都以上の何かを、董卓は起こす気でいるのではないのか。焦燥感。予感めいたものが過るのと同時に、急激にふくらんでいく。

 

「はっ。軍勢であれば、十万ほどではないかと。拙者がいた時点では、董卓も呂布もまだ洛陽内に滞在していたはずです。それに加えて、董卓の兵が、洛陽各地の墓を暴いておりました。少しの財すらも、奴らは残さぬつもりなのでしょうか」

「そうか。全てを奪うつもりなのだな、董卓は。再起する力さえも、洛陽から消え去っていく。人も、財も」

 

 もぬけの殻になり果てていく都。それを、曹操は想像していた。

 董卓は、それで満足なのか。そこで留まることが、できるのか。冷え冷えとするような感覚が、また全身を駆け抜けていく。

 

「いいや、違うな。奪うだけでは、残ってしまうものがある。洛陽そのものが、まだ残る」

「なんと。殿は、董卓がそこまでするつもりだと、お考えなのですか」

「洛陽が消失してしまえば、連合軍は体面を保っていられなくなるのだよ。袁紹に会ってくる。会って、どうにかなるものであればいいがな」

 

 袁紹のいる営舎まで、曹操は駆けた。

 すれ違ったとき、顔良は眼を丸くしていた。呼び出しを無視していた自分がいきなり会いに来たのだから、驚くのも仕方がない。営舎内に飛び込むと、袁紹はそこにいた。

 

「曹操さん。わたくし、ようやく安心することができましたわ。様子を見に行きたいのは山々でしたけれど、盟主として迂闊に動くのはどうかと……」

「そんなことを、言っている場合ではないのだ。伝えたいことがあって来た、袁紹」

「わたくしに? ええっと、それはもしや……」

 

 袁紹が、妙にしおらしくなっている。どういう風の吹き回しかわからないまま、曹操は言葉を続けた。

 

「このままでは、恐らく洛陽は焼き払われてしまう。徹底的に今の都を破壊するつもりなのだろう、董卓は」

「仰っていることの、意味がわかりませんわ。洛陽は、この漢国の象徴なのです。その洛陽を、誰が焼くことなど」

「まだわからないのか。董卓には、それができるのだよ。洛陽からは、毎日ひとがいなくなっている。全軍を動かすのであれば、今しかないのだ、袁紹」

 

 董卓は、こちらの結束力の衰えを見越して動いているはずだ。それを覆すためには、袁紹の動座が必要不可欠だった。

 遊んでいる兵が、一兵もいてはいけない状況になりつつある。その危機感を、袁紹と共有することができるのか。

 

「馬鹿なことをおっしゃらないで。連合軍は、わたくしの命で戦線を下げたばかりですのよ。それに、わたくしはあなたに傷ついて欲しくなど……」

「それがお前の答えなのか、袁紹。ならば、ここにもう俺の居場所はない」

「はっ……? ちょっと、それはどういう意味なんですの」

「闘う気概すら示せないで、なにが連合軍だ。そんなもの、さっさと解散してしまうべきではないのか。さらばだ袁紹。おまえはここで、曹操孟徳の戦を眺めているがいい。」

「どうしてですの、曹操さん。ねえ、お待ちになって!」

 

 言ったのと同時に、曹操は再び駆け出していた。袁紹に引き止められそうになったが、振り返ることはしなかった。未練など、連合軍にはもうありはしないはずなのである。

 入り口で、誰かと肩がぶつかった。田豊の声が、かすかに聞こえている。悲鳴にも似た、声だった。

 自陣。待っていたのは、荀彧だった。

 

「連合軍として闘うのは、ここまでだ。俺は、俺の戦をするぞ、桂花(けいふぁ)

「はあ。まったく、そうなるんじゃないかと思っていたわよ。どうしても、やるのね?」

「洛陽が、焼かれようとしているのだ。黙ってみていることなど、出来るはずがあるまい。他の誰が抗わずとも、俺はやる」

「止めてみたところで、止まるはずなんてないか。だったら、行きなさいよ。ただし、死んでも骨なんて拾ってやらないんだから」

「ははっ、心得ておくとしよう。出陣は、出られる者から順次させていく。春蘭(しゅんらん)たちは、すぐにでも行けるな?」

「春蘭なら、アンタの帰りを首を長くして待っていたわよ。きっと、すぐに闘うことになるってね」

 

 荀彧が笑みをこぼす。

 考えがあっての、戦ではないのである。それでもやるべきだと、本能が叫びを上げているのだ。ここで闘わなくては、自分は自分でなくなってしまう。そんな思いが、身体を衝き動かしている。

 

「一刀」

 

 荀彧の声。

 釣られて横を向くと、温かな感触が唇に生まれた。本当に、一瞬のことだったように思う。

 

「んっ……。続きは、お預けよ。だから、だからっ」

「ふっ。心得ておくと、言ったばかりだろう? 桂花。待っている間、お前はこの先のことでも思案していろ。連合軍が割れれば、世の情勢は目まぐるしく変わるぞ」

「ぐっ……! アンタに言われなくたって、そんなこと」

「ああ、その調子だ。それではな、桂花」

 

 ここで終われない理由など、いくらでもあるのだ。荀彧の肩を軽く叩くと、曹操はその場をあとにした。

 

 

 乗馬したところで、曹操は呼び止められた。声をかけてきたのは、曹洪である。

 

「お兄さま。こちらの可愛らしいお方が、お兄さまにご用があるのだと。一体、どちらで知り合われたのですの?」

「お前は、典韋ではないか。前に話したことがあっただろう、栄華(えいか)。洛陽からの帰りに、張邈(ちょうばく)が付けてくれた者がいたと」

「なるほど、あの折の。ですが、その典韋さんがどうしてこちらに?」

 

 視線を向けると、典韋はかしこまって礼をした。粗野なところがない典韋は、間違いなく曹洪の好みなのだと思う。

 

「たまたま、陣に戻られる途中の、曹操さまのお姿が見えたんです。その姿がどうしても気になって、ここまで来てしまいました。ひとまずご挨拶をと思ったのですけど、陣内がとても物々しくて。これは、やはり?」

「お前の感じている通りだ、典韋。俺たちは、董卓との戦をやりにいく。半分、意地のようなものかもしれんがな」

「ふふっ。深く存じているわけではありませんが、曹操さまはご自分に素直なお方なのですね。お願いがあります。その戦列の端に、わたしを加えてはいただけないでしょうか」

「よいのか。まだ、張邈のところで働いているのだろう?」

「平気です。兵卒の誰かがいなくなることなんて、戦場ではよくある話ですから。許していただけるでしょうか、曹操さま」

 

 どうやら、典韋は本気のようである。だとすれば、曹操には迷う余地など皆無だった。

 

「わかった。お前が頼りになることを、俺はよく知っている。旗本として戦に加わってくれるか、典韋」

「えへへ、そうでしょうか? ですが、承知いたしました。曹操さま、わたしの真名は流琉(るる)といいます。曹洪さまも、流琉と呼んでくださいますか?」

「あら、よろしいんですの? わたくしの真名は、栄華です。流琉さん、よろしくお願いしますわね」

 

 曹洪が嬉しそうに、典韋を真名で呼んでみせた。

 戦をするにおいて、悲壮感などもっとも不要なものの一つだと曹操は思った。下を向いていては、見えるはずのものすら、見えなくなってしまうのである。前を向き続けていれば、逆に何かが見えてくる場合だってあるのだろう。自分の取るべき姿勢は、そちらのはずなのである。

 

「俺の真名は一刀だ、流琉。そうだ、流琉が来てくれたと知れば、夏侯淵も喜ぶと思うぞ。出陣の前に、顔を見せてやってくれないか」

「はい。よろしくお願いします、一刀さま、栄華さま。わたしも、夏侯淵さまとはまたお会いしたいと思っていたんです。ええっと、今はどちらに」

「わたくしが、案内いたしましょう。流琉さん、どうぞこちらですわ」

「ありがとうございます、栄華さま。一刀さま、それではまた後ほど」

 

 曹洪と典韋が、小走りに駆けていく。頷きで返すと、曹操は視線を前方に戻した。



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十三 追撃の果てに

 前のめりになって、馬を駆けさせ続けていた。心だけが無性に沸き立っていて、身体がついて来られていない。そんな気すら、曹操はしていた。

 軍の左右は、夏侯姉妹の率いる部隊が固めている。出陣に反対する者は、出てこなかった。時々、自分のやり方に反発することがある曹洪も、ついて来てくれたのである。

 曹操が、一段と強く馬腹を蹴った。風の中に、少し嫌な匂いが混じっているのである。言葉にはしなかったが、洛陽がどうなっているのか、想像はついていた。

 董卓は、先ごろ洛陽を後にしたようだった。ここで食らいついたところで、なにができるのか。本陣に残った諸将たちの中には、そう考えている者もいるのかもしれない。だからといって、黙って見ていればいいというものでもないのだ。

 街道を進んでいると、やがてうっすらと黒煙が見えてきた。洛陽が、燃えている。帝の、おわすはずの場所。今では抜け殻となり、全ての意味を失っている。民さえいなくなり、消えゆくのみの地と成り果てているのだ。

 

「見えてきたようですな、董卓軍の尻の尾が」

(せい)。馬鹿な男についてしまったと、後悔はしていないか?」

 

 曹操が、趙雲に笑いかけている。

 五千ばかりの軍勢で、ぶつかろうとしているのだ。炎に浮かされた羽虫が、鬱陶しく飛び回っている。董卓からしてみれば、恐らくその程度のことなのだろう。

 それでも、闘う。闘ってみせなければ、自分に生きる価値などない、と曹操は意を決した。

 

「滅相もございませぬ。曹操殿のお側にいるのが、わたしは楽しくなってきているのですよ。それに、男たるもの、時には無茶をなされるのもよいと存じます。理に縛られただけの人生ほど、つまらないものはございますまい。まあ、これは惚れた女の弱みなのかもしれませぬが」

「ふっ、そんなものか? だが、惚れているのは俺も同じだ。お前の鑓さばきにも、可愛げのあるところにもな」

「くくっ。そのような甘きお言葉を、どれほどの女性(にょしょう)に仰られていることやら。しかし、ありがたく頂戴しておきましょう、主殿」

 

 軍旗が見えてくる。

 記されているのは、「張」の一字だった。色は紺碧である。董卓軍の最後方を護っているのは、あの張遼なのだろう。

 

「私が参ります。張遼の動きを、鈍らせなくては」

 

 突出する趙雲。気迫が、軍全体を包んでいく。右手に握った剣を差し上げて、曹操は声を張りあげた。

 

「死ぬると思ったとき、人は死ぬのだ。俺には、まだ生きてやるべきことがある。だから、決してここで斃れることはない。みなも、そう思え」

 

 張遼の騎馬隊が、転進をしている。

 自軍が来ていることなど、とうに知れていたはずなのである。なのに、ここまで伏兵による襲撃がなかったのは、正面からのぶつかり合いで充分に対処できると判断されたからなのか。

 剣。切っ先を、張遼の部隊へと向けた。麾下の兵らが、雄叫びをあげている。真っ先に駆け出したのは、曹操の馬だった。

 趙雲がなにか言っていたが、構わず突っ込んでいた。騎兵。向かってくる。ひとりを斬り殺し、曹操は返り血を浴びた。周囲では、乱戦が始まっている。

 わかってはいたが、張遼の部隊は手強かった。全体の数で押されている上に、騎馬の割合が圧倒的に高いのである。

 纏まって闘っていた曹操軍だったが、次第に断ち割られ、散り散りにされていった。激戦の中で、趙雲の姿も見失ってしまっている。まともに伝令によるやり取りができていないのは、両翼も同じだった。夏侯惇らが容易く討たれることはないにしても、どこも支えきるだけで手一杯、という状況なのである。曹操自身も、浅手をいくつか負っていた。

 ひとり、またひとりと、張遼の騎兵に突き倒されていく。

 別の方角から鯨波が聞こえてきたのは、その時だった。深紅の呂旗。赤い騎馬隊が、曹操軍にとどめを刺しに来たのだ。敵の攻勢が、明らかに強まっていく。兵たちにも、動揺が強く拡がっていた。

 またしても、俺は引き退がることを余儀なくされてしまうのか。葛藤の中で、曹操はもがいていた。

 

「こちらにいらしたのですね、お兄さま」

「何用だ、栄華(えいか)

 

 曹洪。

 肩で息をしているが、気力はまだ残っているようだった。

 

「潮時です。これ以上闘えば、いくらお兄さまでも」

「逃げろというのか。俺はな、栄華」

「言い争いをしている時間なんてありませんわ。いまや曹家は、お兄さまあっての曹家なのです。一門として、そんな御方をみすみす死なせるわけにはいきませんの。それに、わたくしだってお兄さまのことを」

 

 言葉が、風にかき消されていく。

 乗馬が、いきなり駆け出していた。曹洪が、そうなるように剣で突いたのだろう。

 引き返すことを考えたが、出来なかった。自分を生かそうとして、曹洪は動いたのである。その想いは、裏切るべきではない。大人しくなりかけている馬を操りながら、曹操は唇を噛んでいた。

 ある程度引いたところで、散っていた兵たちが曹操を見つけて集まってきた。楽進に典韋。それに、旗本の兵が二十ほどである。

 

「ご無事でしたか、一刀さま」

「栄華に、死ぬなと言われてな。お前たちも、まだ動けるか」

「やれます。流琉(るる)も、そうだろう?」

「もちろんです。きっと、他の方々もどこかで応戦されているはずです。秋蘭(しゅうらん)さまも、そうですよね」

「あれは、俺を置いて死ぬような女ではないさ。退くぞ。俺たちは、存分に闘った。闘えば、負けることもある。ただ、それだけのことだ」

 

 ほとんど、自分に言い聞かせているようなものだ。

 それでも、前を向く。前を向かなければならないと、思ったのである。

 

「行きましょう。日が落ちれば、追手からも見つかりにくくなるはずです。(なぎ)さん、前をお願いできますか?」

「承知した、流琉」

 

 少数ながらも陣形を組み、曹操たちは進んだ。

 こうして典韋といると、どうしても以前のことを思い起こしてしまう。縁というのは。どこで繋がるかわからないものだ。あの逃避行がなければ、典韋と懇意になることはなかったのだろう。楽進にしても、そうだった。

 

「流琉には、こんな苦労をさせてばかりいるな」

「いいんです。それに、秋蘭さまからもお願いされていますから。一刀さまを、何に変えてもお護りするようにと」

「そうか。秋蘭との約束を反故にさせないためにも、俺は生きねばな」

 

 典韋が、かすかに笑みを覗かせている。

 自分は一度、董卓から逃げ切ったことがあるではないか。あの折は、護衛の兵すらいなかった。それを思えば、今回は随分と恵まれているのだ。

 

「凪。戻ったら、傷の手当をさせてくれないか。俺にできることなど、そのくらいだ」

「じ、自分のことなど、お捨ておきください。怪我をされているのは、一刀さまも同じなんですから」

 

 提案を受け、楽進は勢いよく(かぶり)を振った。透き通るような銀髪が、血や土で汚れている。刀傷も、一つや二つではなかった。

 赤い陽が、大地を照らしている。丘を越え、雑木林の間を駆け抜けた。そこまで来ると、あたりはかなり暗くなっていた。

 張遼と呂布も、死にもの狂いで捜索をしているわけではないのである。これならば、逃げ切れる。曹操は、そう確信しかけていた。

 

「そんな、あれは」

 

 楽進が、息を呑んでいる。

 林を抜けた曹操たちの目の前に、いくつもの黒い影が立ちはだかっていた。赤く染まった、呂布の旗。暗がりであっても、見て取れる色をしている。

 突き抜ける。それしか、道はないと思った。相手の人数のことなど、考えている暇はなかったのである。後方についていた典韋が飛び出し、呂布の兵と斬り結ぶ。楽進も、旗本を連れて応戦に向かっていた。

 ここまでか、とは思いたくなかった。それでも、着実に死は近づいてきているのである。剣を握りしめ、曹操は敵兵と対峙した。呂布直属の麾下というだけあって、雑兵とはわけが違う。緊張からか、首筋に汗が流れた。

 

「苦しいな、これでは」

 

 包囲の輪。それが、じわじわと小さくなっていく。

 輪が完全に縮まりきったとき、俺は死ぬのだろう。けれども、せめてそれまでは抗い続けよう、と曹操は腹をくくっていた。

 

「一刀さま」

「心配はいらん。俺はまだ、闘える」

 

 具足の左肩の部分に、矢が刺さっている。痛みはあるが、動けないほどではない。剣を振るい、曹操は弓兵を斬り倒した。

 赤い影。果敢に立ち向かった典韋が、弾き飛ばされる。顔を見るまでもなく、呂布だとわかった。

 

「はははっ。どうしてかな、呂布。不思議と、俺とお前には縁があるようだ。そうでなくては、こうして何度も(まみ)えることもあるまい」

 

 静かに、ゆっくりと、呂布が集団の中から姿を現した。呂布が出てくると、その意を汲んだかのごとく麾下たちが静止した。それだけ、調練がされているという証拠でもある。赤い軍団は、やはり特別なのだろう。

 呂布の手には、方天画戟が握られている。どこかで兵を斬ってきたのか、刃は血に濡れていた。

 

「……ん。曹操、やっぱり変なやつ。でも、(れん)もちょっとだけそう思う」

 

 破顔する曹操。その様子を、呂布は首をかしげて見つめている。命乞いをして、どうにかなるような相手ではないのだ。こうして面と向かいあったことで、むしろ心中は穏やかになっていた。

 武器が、地面に突き立てられる。呂布はなにをしようというのか。曹操は、その動きを眼で追っていた。

 

「行っていい。一回だけなら、見逃してやる」

「見逃すだと? 俺に情けをかけるというのか、呂布」

「情け、っていうのはよくわからない。けど、恋は曹操に返さないといけないものがある。恋が困ってたときに、曹操はご飯を食べさせてくれた。そのお礼は、いつか返そうと思ってた。なにかしてもらったら、ちゃんとお礼をしないといけない。(ゆえ)に、そう教わったから。だから、早くどこかに行ってほしい。でないと、恋が困る」

「ふふっ、困るときたか。俺などより、お前のほうが余程変わっているのではないか、呂布よ」

 

 予想外の返答に、曹操は再び大きく口を開けて笑った。

 しかし、呂布の語調は、いたって真面目なのである。飯を食わせてもらったという事実が、それほど重大なことだったのだろう。

 楽進と典韋は、呂布の言った意味がわからず、困惑の色を浮かべている。

 

「行くぞ、凪、流琉。呂布。お前とは、いつかまた出会うような気がしている」

「……んっ。肉まん、おいしかった。でも、今度は恋も容赦しない。月の敵は、殺すだけ」

「ふっ、そうか。だが、それでよい。さらばだ、呂布」

 

 剣を鞘に納め、曹操は堂々と歩きだした。呂布が手を出さないと決めているから、麾下たちもじっとしたままだ。

 一日駆け通して、自陣までたどり着いた。満身創痍だったが、顔だけは上げていようと思った。夏侯惇たちは、先に帰還していたらしい。

 呼ぼうとしたが、すぐには声が出なかった。夏侯惇が、走り寄ってくる。夏侯淵も一緒だった。朝陽が、少し眩しく感じられている。

 

「わたしの言った通りだったろう、姉者。一刀が、そう簡単に討たれたりするものか」

「ああ、秋蘭。だが、本当に心配したのだぞ。一刀、傷は痛むか?」

「無闇に触れられると、余計に痛む。しかし、春蘭たちも、よく無事でいてくれた」

「うあっ!? す、すまん、一刀」

 

 夏侯惇が、慌てて飛び退いた。

 戻ることのできた兵は、半数ほどなのだろうか。しばらくすれば正確なこともわかってくるが、大半の者が傷ついていた。

 

「出てこなくともよいのか、桂花(けいふぁ)。ふっ、殿がお戻りになるのを、待ち焦がれていたのだろう?」

「なっ……。秋蘭、余計なことは言わなくたっていいでしょう!?」

「ふふっ。それが嫌なのであれば、初めから素直に殿を迎えていればよいのだ。それと、礼を言うぞ流琉。勝手がわからぬ中だというのに、よくやってくれた。凪も、手当が必要なのではないか。まさか治療を受けぬとは、言うまいな?」

 

 陣屋の影から、荀彧が頭だけを覗かせている。前回譙県に帰った時とは、夏侯惇と立場が逆になっている。

 夏侯淵に連れられて、典韋と楽進が屋内に入っていく。陣内では、元気のある者が負傷した味方の救護にあたっていた。

 

「一刀、アンタも傷の手当を……」

「俺は、まだこのままでいい。戻ってくる者たちを、出迎えてやらなければ」

「そっ。好きにすればいいけど、そのままふらふらとどこかに行ったりなんてしないでよね。春蘭、この男のことを、しっかりと見張っておいてちょうだい。わたしは、あっちで取ってくるものがあるの。すぐに戻るから、気を抜くんじゃないわよ」

 

 荀彧は、自分の表情をあまり見られたくないようだった。

 目許が、少し赤く腫れている。うつむきながら言いたいことを伝えると、すぐにどこかへ行ってしまった。

 

「殿。なにか、座れるものを持って来させましょうか? かなり、お疲れでしょうに」

「よいのだ、春蘭。それよりも、水が欲しい。ずっと駆けていたせいで、喉が乾いている」

「わかりました。それでしたら、すぐに御用意いたします」

 

 帰ってくる兵全員を、労ってやりたかった。それまでは、休むわけにはいかない。曹操は、そう決めていた。

 しばらく立ち尽くしていると、趙雲が戻ってきた。全身に、返り血を浴びている。張遼と最後まで闘って、兵を逃してくれていたらしい。

 出陣していた部将の中でまだ姿が見えていないのは、曹洪だけなのである。他の従妹たちは、なんとか帰陣してくれていた。

 曹純が言った。

 

「もうすぐ、日が暮れてしまいますね。栄華ちゃん、大丈夫かしら……」

「そんな顔したらダメっす、柳琳(るーりん)。ほら、元気だすっす!」

 

 不安そうな曹純を、曹仁が励ましている。いくらか、逞しくなったと感じさせる部分がある。思うようにいかないことが多い戦だったが、得たものも確かにあったのである。

 

「……ン。みな、あれを見ろ」

 

 曹操が、前方を指差している。受けた矢傷は、荀彧が世話をしてくれたおかげで多少は楽になっていた。

 脚が、自然と前に出る。ふらつきかけた半身を、夏侯惇が支えてくれていた。

 

「ああっ。ご無事でしたのね、お兄さま」

「こうしていられるのは、全てお前のおかげだ。栄華、よく……」

 

 言葉は、そこで遮られてしまった。

 乾いた唇。それが作法もなにもなく、ただ押し当てられているのだ。

 激情が宿っている、と曹操は感じていた。慈しんでやりたくて、何度も曹洪の唇をついばんだ。誰かの涙ぐんでいるような声が、かすかに聞こえている。

 

「ちょ、ちょっと栄華!?」

「いまは好きにさせてやるのだな、桂花よ。おぬしにも、栄華の気持ちはわかるはずだが」

「なによ秋蘭、その思わせぶりな言い方は。だけど、そうかもね……」

 

 右腕を使って、曹洪の身体を抱き寄せる。それで、震えは収まっていった。

 ここまで、ずっと不安だったのだろう。案じる気持ちは、互いに同じだったということか。息継ぎをするために、曹洪が唇を離した。見上げる瞳が、しっとりと潤んでいる。

 

「お兄さま。んっ……。わたくし、もうお兄さまに会えないものかと」

「俺は、ここにいる。お前も、そうだ」

「ええ、そうですわね。もっと、もっとしてくださいませんか。お兄さまの熱を、感じていたいのです」

 

 そう言って、曹洪はおずおずと目蓋を閉じた。唇だけが、可愛らしくつんと突き出されている。

 強張っていた心。それが、面白いように解けていく。それは、曹洪も感じていることなのだと思う。湿り気を帯び始めた唇。その表面を舌でなぞりながら、曹操は右腕に力を込めた。



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閑話 紅蓮の蓮を焦がす情(炎蓮)

 洛陽は灰燼と化し、帝は長安に移された。

 連合軍の諸将は、目的を見失っている。目指していたはずの地は放棄され、それに対して自分たちは何もできなかったのである。董卓の行いを察知し、歯向かおうとしたのは、曹操ひとりだった。

 袁術が、陣払いの支度を始めている。そんな情報を、曹操は受け取っていた。もはや、連合軍に大義はない。これ以上ここで粘ったとしても、得られるものはないと判断したのだろう。袁術が動けば、自然と連合軍解散への流れが生まれることになる。袁紹もさすがに落胆している様子だったから、引き止めることはしないはずである。

 腕はまだ痛むが、傷は大方癒えてきている。自身の陣屋の中で、曹操は次なる動きを伺っていた。

 このところ、曹洪がやけに甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるようになっている。飯を食うとき、あるいは書き物をするときでも、率先してなにか手伝おうとするのである。切欠ひとつで、人とはこうまで変わるものなのか。曹洪の髪の香りを感じながら、曹操は小さく笑った。

 

栄華(えいか)。もう少し離れたほうが、やりやすいのではないか?」

「そんなことはありませんわ。お兄さまは、お怪我をされているのです。ですから、なるべく労ってさしあげようと、こうして……」

 

 濡らした布を手に、曹洪が曹操の上半身を清めていく。

 くすぐったいくらいだったが、優しさを感じさせる動きなのである。だから、曹洪のやりたいようにさせてやろうと曹操は思った。

 

「かゆい場所など、ありませんか? なんでも、仰ってくださいまし」

「なんでも、か。ふふっ、そうだな」

「な、なんですの、お兄さま。そんな風に見つめられてしまうと、わたくし困ってしまいます」

 

 顔を赤らめる曹洪。明るい色をした瞳が、左右に泳いでしまっている。

 言う前に間合いを詰め、曹操は従妹に口づけた。求めるような、唇の仕草。舌先同士での触れ合いを、曹洪は好んでいる。

 

「んんっ、お兄さま……」

「可愛いな、栄華は」

「ちゅ、はう……。お兄さまは、またそのように」

 

 初々しい反応を返してくるものだから、ついからかいたくなってしまうのだ。冗談めかしながら、曹操は言った。

 

「ン……。ほら、手の方が止まっているぞ。続けてくれないか、栄華」

「は、はい、お兄さま」

 

 曹洪が、擦る動きを再開させていく。指の柔らかさが、心地いい。このまま、眠気に身を任せてしまうのも悪くない。そんな風に、曹操は思いそうになっていた。

 足音。それに、話し声が聞こえている。ひとりは、夏侯淵である。もうひとつの声には、聞き覚えがなかった。(おとな)って来たのは、誰なのか。陣屋の前で、足音が止まった。曹洪も、気がついたようである。

 

「よろしいでしょうか、殿。孫堅殿ご麾下の、黄蓋将軍が参られているのですが」

「ああ。服を着てしまうから、少し待て。栄華」

「もう、仕方がありませんわね。お兄さま、どうぞこちらを」

 

 わざわざ部将を寄越して伝えるほどの用件が、何かあるのだろうか。着物の袖に腕を通しながら、曹操は少し訝しんでいた。

 

「お邪魔いたしますぞ、曹操殿。わしは、黄蓋と申す者。以後、お見知りおきくだされ」

「曹操だ、黄蓋殿。それで、孫堅殿は俺になんと?」

 

 曹洪の運んできた胡床に、曹操が腰をおろす。それを見てから、黄蓋も座った。

 母性を感じさせる、豊かな胸。色の薄い長髪が、腰のあたりにまで垂れている。こうして話しているだけでも、色香が漂ってきそうな女だな、と曹操は思っていた。

 

「それなのじゃが、殿は曹操殿との対面を所望されておってな。手間をかけるが、我らの陣にまで足を運んではもらえぬじゃろうか」

「陣に? 危急話したい用件でもあるのか、孫堅殿は」

「危急といえば、危急なのかもしれぬ。急な頼みで申し訳ないとは、わしも思っておるのじゃが」

 

 どうにも、黄蓋の言葉は歯切れがよくなかった。孫堅が呼んでいるのは本当なのだろうが、用件までは言いたくないようなのである。

 曹洪が、苛立たしげに口を開いた。

 

「お兄さまは、ご養生をされているところなのです。どうしてもというのであれば、孫堅殿がお越しになればよいのではありませんか?」

「いや、それはもっともな意見なのじゃが……。ううむ、どうしたものか」

 

 腕を組み、黄蓋は黙り込んでしまった。

 主君から頼まれはしたものの、あまり乗り気ではないのかもしれない。その分、押しが弱くなってしまっているのだろう。

 

「いい、栄華。俺も、一度孫堅殿に会いたいと考えていたところなのだよ。それに、陣屋に籠もりきりでは、身体が鈍ってしまうのでな。動くには、ちょうどよい機会だ」

「おお、ありがたい。曹操殿の来訪を、殿もきっとお喜びになるはずじゃ。では、さっそく参ろうか」

「承知した。案内は任せるぞ、黄蓋殿」

 

 立ち上がり、曹操は歩きだした。曹洪はまだ不満そうだったが、夏侯淵がなだめている。

 陣に向かう途中、黄蓋といくつか話をした。燃え落ちる洛陽。そこに一番に入ったのが、孫堅軍だった。興味本位だ。現地で見てきた者には、洛陽の最後はどう映ったのか。それを、聞いてみたくなったのである。今更、灰だらけになった洛陽に、足を踏み入れたいとは思わなかった。

 その時のことを、あまり詳しく聞かれたくはないのか。黄蓋の話す内容は、どこか薄霧がかかったようだ、と曹操は感じていた。包み隠すということが、性分に合っていないのだろう。黄蓋という人物は、孫堅軍きっての勇将なのである。

 

「曹操殿、わしはここで。あとは、殿とよろしくやってくだされ」

「わかった。しかし、よろしくか」

 

 役目を終えて、黄蓋が去っていく。

 案内された陣屋の中に、孫堅はいるはずである。その前に立つと、曹操は声をかけた。

 

「入るぞ、孫堅殿」

「おう、ようやくのお出ましか。いいから、とっとと入れ」

 

 孫堅の声。

 やけに嬉々としているように、曹操には聞こえていた。それを不思議に思いつつ、曹操は陣屋内に足を踏み入れていく。

 

「待ちくたびれたぞ、曹操。(さい)の奴に止められていなければ、オレから出向いたのだが」

「なんだ。その様子から察するに、内々にしたい相談があるわけではなさそうだな」

「はあ、なんだそりゃあ? 祭め、まさか内容をはぐらかしたままお前を連れてきたのか」

「有り体に言えばそうだな。まさか、酒盛りをしているとは思わなかったぞ」

 

 急ごしらえの寝台に座り込み、孫堅は酒を呷っている。

 それでも、眼光は鋭さを保っていた。酔いたくとも、酔えないのかもしれない。戦は、消化不良に終わったままだ。狂虎と恐れられるほどの、孫堅なのである。まだまだ、敵兵を斬り足りなかったに違いない。袁術に邪魔をされていなければ、もっと上手くやれたという思いもあるのだろう。

 

「ハッ。戦の憂さ晴らしくらい、誰でもするもんだろうが。ほら、突っ立ってねえでこっちに来ねえか。曹操、お前も少し飲め。せっかくだ、酌くらいはしてやる」

「いいだろう。孫堅殿の酌とは、面白い」

 

 孫堅の左隣に、曹操は座った。酒気の中に、女の匂いが混じり込んでいる。熟れた女の香り。それは、長く忘れかけていたものでもあった。

 杯を受け取り、中身を一気に飲み干した。のどが、心地の良い熱さに包まれていく。

 

「ハハッ。董卓に、手ひどくやられたそうだな。傷は、どうなんだ?」

「む……。こうして酒を飲める程度には、回復しているということだ」

「おっと、気に障ったか?」

 

 失ったものが、ないわけではなかった。だが、やるべきことをやったとは思っている。言葉にはしなかったが、孫堅にはそれがわかったのだろう。酒。器いっぱいに、注がれていく。

 様々な感情と共に、曹操はそれを飲み込んだ。微笑する孫堅。張りの消えていない肌が、どことなく艶めかしさを醸し出している。

 

「連合を組んでの戦など、これ以上は続くまい。たとえつまらん終わり方であっても、戦は戦よ。それに、つまらぬがゆえに、燻り続けている昂りもある」

「昂りか。なるほど、そうかもしれん」

 

 孫堅の腿に、曹操は手を置いた。年齢を感じさせない手触りである。

 酒を口に含みながら、感触を楽しんでみる。孫堅は、笑みをたたえたままだった。多分、自分が呼ばれたのはこのためなのだ。孫堅は、男女の交わりを欲しているはずである。

 

「いい度胸をしているじゃねえか、曹操。孫家の周りの男どもでは、こうはいかなくてな。奴らには、オレを抱こうという気概が足りんのだ」

「ははっ。戦場とは別のところで、苦労をされているようだな、孫堅殿も。一刀だ。閨にいるときくらい、真名を預けるのが礼儀というものだろう」

「ククッ、言うじゃねえか。オレの真名は炎蓮(いぇんれん)。楽しませてくれるのだろうな、一刀よ?」

 

 孫堅が、口の端を舌で舐めている。

 ある種の期待感を抱きながら、曹操は顔を近づけていった。舌。挨拶もなにもなく、口内へ強引に割り入ってくる。負けじと、曹操は肉のたっぷりと詰まった乳房へと手を伸ばした。指。面白いくらい、沈み込んでいく。強く絞り上げられるのが、孫堅は好きなようだった。普通の女であれば、痛みで表情を歪ませているはずである。このあたりにも、孫堅は規格外さが表れている。

 

「ンはあっ、んふうっ……。いいぞ、一刀。思った通り、貴様は女の扱い方を心得ているようだな。んハああぁあ、芯が疼いてきやがるぜ」

 

 獰猛な瞳が、怪しく揺れ動いている。五本の指。膨らみ始めた男根を、着物の上から撫で回している。

 

「フッ。雄の匂いが、ここまでしてきやがる。一刀、貴様は一応客人だ。だから、まずは口でもてなしてやろうではないか」

「それは楽しみだな。期待しているぞ、炎蓮殿?」

「馬鹿野郎。このくらいで、調子づくんじゃねえよ」

 

 毒づいてはいるものの、口調自体は穏やかなものだった。

 着物を取り去られ、男根があらわになっていく。孫堅の息。薄皮の表面に感じるほどに、顔が近くによっているのだ。獰猛さを宿している瞳が、瞬間輝きを放つ。口。大きく開かれ、全体を飲み込んでいく。

 

「ン、じゅぷっ、じゅるるっ。んむっ、じゅろっ……。ハハッ、おい一刀」

「ああ。なにかな、炎蓮殿」

 

 初手から、強烈な吸引を浴びせられている。一瞬で唾液塗れにされてしまった男根を握りしめながら、孫堅はこちらを見つめている。

 絶妙な刺激。それがずっと、竿に与えられる。萎えることなど許さない。指の動きが、そう言っているようだった。

 

「貴様、さてはチンポを洗っておらんのだろう。んむっ、もごっ、フフッ……。このオレにチンポについた恥垢を食わせるとは、大した男だ」

「ははっ。別に、狙ってそうしたわけではないのだよ。帰ってからは、水浴びすらもままならなかったのでな。はじめから、炎蓮殿とこうして肌を合わせることになるとわかっていれば、それなりに準備もしてきたのだが」

「チッ、まあよかろう。ちゅううっ、あむっ。すんっ、ああっ……どんどんチンポが匂ってきやがる。ン、もごっ……。この匂いは、やはりたまらんな。頭の芯のほうまで、痺れてくるようだ」

 

 言いようのない高揚感が、次々に押し寄せてくる。

 孫堅は、よほど男根の味に餓えていたのだろう。先端に唾液を垂らし、音を立てて吸い上げてくる。口内で舌先が這いずり回り、溜まった恥垢を剥がしていくのである。敏感な溝も、亀頭の裏側も、くまなくこそぎ取られていく。

 夢中になって、男根に付着した白い汚れを咀嚼していく孫堅。口内には、さぞ淫靡で刺激的な味が拡がっているはずである。

 餓狼。その姿は、まさしく餓えた獣だった。

 

「ほれ、綺麗にしてやったぞ。フフッ、貴様のチンカスの味で、さっきからマンコが疼いてしかたねえんだ。おい一刀、ちょっと横になりやがれ。オレだけが奉仕するというのは、やはり不公平だ」

 

 言われたように寝台に寝転ぶと、孫堅が無遠慮に乗ってくる。

 着物は、さっさと脱いでしまったらしい。艶めかしく光る女の割れ目が、こちらを向いている。

 

「なにぼさっとしてやがる。さっさとオレのマンコを舐めるんだよ、一刀」

「そう急かすな。折角の機会なのだから、炎蓮殿の裸体を、この目に焼き付けておこうと思ってな」

「ハッ、馬鹿なことを言ってんじゃねえよ。ン、じゅぷっ、じゅろろぉ、じゅくっ」

 

 口淫の音。それを耳で楽しみながら、曹操は孫堅の熟れた縦筋を指でなぞった。

 褐色の肌の隙間から、鮮やかな媚肉がのぞいている。滲み出す愛液は、男を誘う果汁といったところか。

 

「んああっ、やればできるじゃねえか。だが、もっと、もっとだ。ングッ、んんっ、そうだ。貴様の舌で、オレのいやらしい雌穴をほじくり返してみろ」

 

 むっちりとした尻肉に指を食い込ませながら、曹操は垂れ落ちる女の汁をすすっていく。舌が、久しぶりに味わう感覚に悦んでいるようだった。男根を迎え入れる時のように、孫堅の膣肉が絞り上げてくるのである。その間も、愛液はとどまることなく染み出してくる。

 肌の合わさっている部分が、焼けるように熱くなっている。時折獣じみた叫びを上げながら、孫堅は快楽に身体を打ち震わせているのである。力づくの吸引によって、陰嚢に溜まった精液が、せり上がってきているのがわかっていた。

 いつ射精してしまっても構わない。そのくらいの心持ちで、曹操はほぐれた女陰に刺激を与え続けていた。

 

「ククッ。一刀、チンポが震えてしまっているな。オレの口の感触が、よほど気持ちよかったか」

「これほどの妙技、そう味わえるものではないのでな。しかし、感じているのは炎蓮殿も同じだとは思うが?」

 

 尖った陰核を、指を使って押しつぶす。

 男根を咥え込んだまま、孫堅が嬌声を放った。この女には、遠慮など無用だ。半分戦に臨んでいるときのような気分で、曹操は快楽を引き出しにかかった。

 

「んオオぉおおっ、ンふふっ。そうだ、それでいい。このオレを、雌にしてみせろ。とはいえ、ちょっとやそっとじゃ、堕ちてはやれんがな」

「そうか。ならば、これはどうだ」

 

 膣肉から一旦口を離し、すかさず指を突き入れていく。

 眼の前でひくつく尻穴。美しい華が咲いているようなそこに、曹操はむしゃぶりついた。

 

「ングッ、ああぁああっ!? んジュル、じゅくっ、ンんんんん……!」

 

 対抗心に火を点けられたのか、孫堅の動きがより激しくなっている。

 膣肉の震え。ぞくりとするような快楽が、背筋を駆け抜けているのだろう。そのことが、曹操には手に取るようにわかってしまう。

 

「ハハハッ、いいぞ一刀。ンぷっ、じゅくっ……♡ ほら、貴様もイけ、射精しろっ♡ オレの口内に、濃厚な雄汁をぶちまけるんだ♡」

「ああ、いいだろう。いくらでも、味わわせてやる」

 

 腰が浮く。女の匂いに包まれながら、曹操は精液を解き放った。

 小さな絶頂に断続的に身を任せながら、孫堅はずっと感覚を昂ぶらせてきたのだろう。褐色の肌が、ぞわりと粟立っていく。精液を口に受けて、孫堅は一段と強い快楽を感じているのだ。

 

「フッ♡ ごきゅっ、んぐっ♡ ふうっ、んむっ♡ ンじゅるるるるるるるるる♡」

 

 あられもない音。口に溜まった精液を、何度かに分けて孫堅が咀嚼していっている。

 射精をしたのも久しぶりなのだから、濃度は抜群のはずである。それを躊躇いなく飲み込む孫堅は、相当な好きモノだといえるのだろう。

 

「ふっ。出したての精液は旨いか、炎蓮殿?」

「ああ、んっ……ごくっ。これは、たまらん味だな♡ ねっとりとしていて、味も恐ろしいほどに濃い♡ それに、この量だ♡」

 

 孫堅の咀嚼は、まだ続いている。

 膣肉は痙攣しているが、まだ感じ足りないようだった。舌で中をほじくると、やはり甘く締め上げてくるのである。

 

「ククッ、さすがに若いな。まだまだイけると、チンポが言っているようだぞ?」

「無論だ。今度は、炎蓮殿の内側を堪能させてもらうとしようか。貴殿も、我慢できないのだろう?」

「口でイかされたくらいで、満足できるかよ。ほら立て。さっさとそのチンポで、オレを突き殺してみろ♡」

 

 立ち上がり、孫堅は机に手をついた。

 大きな尻が左右に揺れて、こちらを誘っている。入り口で数度性器を擦り合わせてから、曹操は腰を一気に打ち付けた。

 

「おっ♡ おごぉお♡ オオッ♡ おほっ♡」

 

 言葉にならない叫び。男根をさらに硬くして、曹操は内側を貫いていく。

 孫堅というのは、男の劣情を引き出すのが上手い女だった。釣られて、曹操は何度も腰を前後させていった。快楽の波が、激しく全身を揺さぶっている。

 

「どうだ、炎蓮殿。少しは、満足できているか」

「まだだ、こんなもんじゃ足りねえ。てめえのチンポは、こんなものなのか? オレをチンポでよがるしかない雌に、変えてみせるんだよ♡」

 

 感じてはいるが、余裕がないわけではない。孫堅の状態は、そのくらいなのだろう。

 奥歯を噛んで、曹操はより強く腰を振った。膣襞が、それぞれに意思を備えているようなのである。鍛え上げられた名器。そこからの快楽によって、精液がまたじわりとせり上がっていく。

 

「いいぞ、その調子だ。貴様の硬いチンポで、マンコを感じさせてみやがれ。オレを、狂わせてみろ」

 

 前後の動きに合わせて、孫堅が自ら尻をぶつけてくる。快楽を得ることに対して、どこまでも貪欲な女だった。

 重みのある乳房。それを片手で掴み、曹操は膣奥を突き上げていく。理性など、どこかへやってしまえ。情交を耽る孫堅の瞳が、そう言っているようだった。

 

「グッ……、ああっ♡ いいっ♡ チンポが、子宮をぶっ壊しに来ているようだぞ♡ 突けっ、一刀♡ もっと力を込めても、オレは平気なのだからなっ♡」

「ははっ。言われずとも、そうするさ。こんな気持ちのいい雌穴は、そう味わえるものではないのだからな」

 

 媚肉を割り裂き、亀頭を子宮口に擦り付ける。

 必死だったが、それがかえって心地よかった。孫堅の膣内は、自由自在である。男の激しい動きを受け止めて尚、快楽を引き出しにかかってくる。

 

「最上の雌穴だよ、炎蓮殿の中は。どれだけ、男のモノを欲していたというのだ? この濡れ具合、まともではないな」

「ククッ、ああっ……極上のチンポだな♡ オレが食ってきたなかでも、おまえは特別な部類に入るぞ、一刀♡ ハアッ、んふう……♡ んあぁあっ! 射精したければ、いつでもよいのだぞ♡ ただし、オレが腹いっぱいになるまで、付き合ってもらうことにはなるがな♡」

「この中であれば、いくらでも出してしまえそうになるのが、俺はおそろしいよ。そろそろ、一度射精するぞ。たっぷり、味わってもらおうか」

「ああ、こい、くるがいい♡ おまえの熱い精液で、オレの雌穴を孕ませてみろ、一刀♡」

 

 柔軟な膣穴が、ぎゅっと窄まっていく。

 精液を絞り出すような動き。あえて堪えることなく、曹操は子種を腟内に吐き出した。

 

「ハハハッ、ああっ♡ これだ、この熱さ……♡ マンコ全体に、子種汁が染み込んでいく♡ これ以上の快楽なんぞ、この世のどこにもありはしないだろう♡」

「ふっ、貪欲なことだな。まだまだ、いくぞっ!」

 

 射精中の男根に発破をかけ、深い部分を集中的に突いていく。

 強い痺れ。あまりの気持ちよさに、気が触れてしまいそうになる。震える膣肉。亀頭からは、滞りなく精液が溢れ出ているのだろう。孫堅の中は、それを喜び勇んで飲み干しにかかっている。

 

「グッ!? うっ、うははっ♡ そうだ、それでこそだ一刀♡ うるぁあああっ、もっと、もっと出しやがれ! マンコから飲んだ精液が、口からあふれて出ちまうくらいにな♡」

 

 締りが、またキツくなる。

 一度に味わった刺激が強すぎたせいで、なにかのタガが外れてしまったのかもしれない。絶頂したばかりだというのに、次の塊がもう出口を求めて男根を重くしているのである。

 狂しいほどの痺れ。それが、足の指先にまで拡がっている。孫堅が笑っているのは、快楽が勝ちすぎているせいなのか。本能から来る衝動が、男根を通じて外に放出されていく。そんな感覚に飲まれながら、曹操は三度目の射精に突入していった。

 

「出すぞ、炎蓮殿。貴殿の淫乱な子袋を、存分に満たしてやる」

「うっ、オオおぉおおおッ……♡ んぐっ、射精されて……またイクっ♡ んっ♡ んおっ♡ ああっ、んグぅうううううう♡ いぐぅううううう♡」

 

 射精が始まったのと同時に、孫堅は激しい絶頂を迎えた。だらしなく開いた口から、唾液が一筋机上に落ちていく。

 精液で満たされて、生ぬるくなった膣内。その中を、休まず曹操は責め続けた。打ち合っているせいで、孫堅の尻肉は褐色を通り越して赤く色づいている。

 

「ははっ。俺の限界も、こんなものではないぞ。もういらんと言われるまで、子種を飲ませ続けてやる」

「はあっ、フウッ……。やれるもんなら、やってみやがれってんだ。アハハッ、貴様に声をかけたのは、やはり間違いではなかったようだ」

「そうかな? できれば、炎蓮殿を後悔させてみたいものだ」

「ンうっ♡ フフッ、いいぞ一刀♡ そのぶっといチンポで、どんどんオレの気持ちいい部分を突いてこい♡ オレも全力で、濃厚な子種汁を搾り取ってやる♡」

 

 怪しく微笑む孫堅。流れるような長髪に顔を埋めながら、曹操もまた愉悦に浸るのだった。



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第四章 黒雲を裂く将星
一 心を覆う雲


 湿気を含んだ風が、通り過ぎていく。

 土を耕していた手を休め、少女は空を眺めてみた。灰色の雲。それが、堂々と横たわっている。この空の色は、まるで自分の心を映しているようではないか。少女は、そんな風に感じていたのだ。

 兗州の山中で暮らすようになってから、数年が経過していた。ここに居着くようになってから、人と接するということがほとんどなくなってしまっている。それでも、時折世間の様相が聞こえてくるのである。

 諸将による権力争い。その結果、洛陽が焼け落ちたと知ったときには、さすがに衝撃を受けた。太平道の残党だけでなく、各地には諸々の勢力が闊歩しているという状況が続いていた。そして青州では、大規模な叛乱がまたしても起きようとしているとも聞いている。

 現在まで続く、叛乱の嚆矢。その一端を担ったのは、他ならぬ自分だった。当初は、そんな大それたことをするつもりなどなかったのだ。けれども、数多く集うほどに、ひとの願いは思いもよらぬ方向に行ってしまうことがある。

 あの頃は、どこか感覚が麻痺していたのかもしれない、と思うことがある。

 どうすれば、自分たちの人気をより高められるのか。どうすれば、邪魔をされずに公演を開くことができるのか。取り巻きは、巨大になるにつれて収集がつかなくなっていった。本当であれば手遅れになる前に、自分が二人の姉を説得して組織の暴走を制止するべきだったのである。

 とどまることなく膨らみ続けた集団は、やがて太平道などという、打倒漢を掲げる大仰な組織へと変化していった。

 思えば、その時から自分たちは、単なる御輿に成り下がっていたのだろう。そこには、民衆たちが純粋に、感情の受け皿を欲していたという事情もあったのかもしれない。

 活動最初期から追いかけてくれていた熱心な信徒が、いないわけではなかった。しかし、太平道の上層部は、それ以外の武力を持つ者たちで固められていったのである。力のない自分たちでは、統制を効かせることなど、到底無理な話だった。だが、それでもなにか道はなかったのか、と少女は思うのである。

 

「あー。だめだよ人和(れんほう)ちゃん、またそんな暗い顔しちゃって」

 

 声の主の方へと、人和と呼ばれた少女は顔を向けた。人和は真名であり、元々の名を張梁といったが、そちらの名はとうに捨てていた。

 張角、張宝、張梁。この三つの名は、太平道の首魁として知れ渡りすぎているのだ。静かな暮らしを得るためには、あまりにも不要なものだったのである。

 山を駆け回って、獲物を取ってきたのだろうか。人和を呼んだ少女の肩には、大きな猪が担がれている。まだ年端も行かないような少女だったが、人並み外れた膂力を備えていた。その明るい性格にも、人和は今まで何度も助けられている。

 

「ごめんなさい、季衣(きい)

 

 季衣というのが、その少女の真名だった。名を、許緒という。

 この許緒と偶然出会っていなければ、自分はどこかで野垂れ死んでいたのではないか、と人和は思っている。

 最後になって、人和たちは太平道を捨てることを選んだのである。逃亡を手伝ってくれた信徒は、生き残ることができたのだろうか。今となっては、何もかもがわからなくなってしまっている。それは、姉たちの消息についても同じだった。

 

「もう、謝らなくてもいいってば。それよりさ、いのしし捕まえてきたから、ご飯にしよ? へへっ。今日は、お鍋がいいかな」

「ふふっ、それがいいかもね。焼いて食べるのも嫌いじゃないけど、そればかりだと飽きてしまうもの」

「ふふん、でしょでしょ? そうだ。ご飯食べたら、ちょっと歌ってもらいたいな。人和ちゃんの歌、この頃ちゃんと聴けてないし」

「歌を? そうね、少し考えておくわ」

 

 許緒は、自分の歌声を気に入ってくれていた。下心もなにもない、純粋な気持ちなのである。いまの許緒と同様に、一心に応援してくれる人たちを、もっと大切にするべきだった。今更悔やんでも仕方のないことだったが、人和はそう思わずにはいられなかったのである。

 薄暗い空。そこから、雫が一滴落ちてくる。濡れる地表。雨による独特な匂いが、周囲に拡がっていく。

 

「うわわっ。雨、降ってきちゃったね。濡れちゃう前に中に入ろうよ、人和ちゃん!」

「ええ……」

 

 雨。冷たい感触を身に受けていると、蘇ってくる記憶があった。あの日の雨も、今のような降り方をしていた気がするのである。

 半分、自暴自棄になっていたのだ。築き上げた地位も、大切な肉親も、気づけばどこかへ行ってしまっていた。全てを失った虚しさから、人和は罰を与えられることを欲していたのかもしれない。

 かつて、外で身体を濡らしていた人和を、屋根の下に引っ張り込んだ男がいた。

 どうしていいかわからずじっと黙っていたところを、強く抱きしめられたのである。それからあったことは、よく覚えていなかった。けれども、嫌な熱さではなかったように思う。男に与えられた感覚。それを身体が強く覚えてしまっているのか、時折腹の奥が無性に熱くなってしまうことがあるのだった。

 欲していたのは、罰だった。それなのに、むしろ自分は生の証を刻み込まれてしまったようにすら思えている。浅ましい話ではあるが、あれで少し気が晴れたのも確かだった。男は、自分のもつ後ろめたさに気づいていたのだろうか。そんな風に、人和は思うのだった。

 名前すら知らない男だった。結局いたたまれなくて、抱きとめられていた腕の中から、逃げ出してしまったのである。

 許緒が知れば、乱暴なことをする男だ、と怒るのだろう。だが、そればかりではないことを、人和は知ってしまっているのだった。

 

「人和ちゃん、もしかして泣いてるの?」

「どうしてかしら。自分でも、よくわからないのよ」

 

 溢れる涙。それが、降り注ぐ雨によって洗い流されていく。

 揺れ動く感情。その波は、しばらく収まりそうにもなかった。会いたい。その想いは、だれに対するものなのか。その答えを、人和はまだもってはいなかった。

 

 

 長安に帝を移した董卓は、そこを中心とした防衛線を構築していた。

 宮殿を建築したことはもとより、楽に十年は闘えるほどの兵糧を備蓄しているのだという。だが、万全な体勢を敷いたように見える董卓にも、失ったものがあったのである。長安は、洛陽に比べると、ずっと西に寄った地だった。董卓の勢力圏が遠ざかったことにより、中原の諸将は独自の動きを取りやすくなったのである。

 連合軍解散後、冀州に入った袁紹は、そこで影響力を増していった。袁家に近しい韓馥は弱腰であり、州牧同然の振る舞いを許しているのだという。

 動きを見せているのは、曹操も同様だった。兗州内部で賊を追っていた曹操は、逃亡した以前の太守と入れ替わるような形で、現在は東郡を治めるに至っている。戦乱の火種は、そこら中に転がっているような状況だった。

 長沙に帰った孫堅は、休むことなく調練を続けていた。

 袁紹の増長を、袁術が苦々しく感じているのである。連合軍では対立することもあったが、孫堅にとって袁術は同盟相手のようなものだった。

 荊州を治めている劉表には、袁紹の息がかかっている。その排除が、孫家の目下の課題となってくるのだろう。荊州の地を取ることができれば、袁術にも負けない力を蓄えられるはずなのである。調練に熱が入るのも、当然だった。

 

「あら、冥琳(めいりん)じゃない。調練を見に来るだなんて、今日は軍師の仕事が暇なのかしら?」

「馬鹿を言うな、雪蓮(しぇれん)。軍団の動きを視察することも、軍師として行っておくべきことなのだよ。なにも、手が空いているから来たわけではない」

「はいはい、わかってるってば。それで、軍師さまの眼から見て、うちの兵たちの動きはどうだったのよ」

 

 孫策の冗談に眉をひそめながらも、周瑜は感想を述べていく。

 

炎蓮(いぇんれん)さまの指揮する一隊は、やはり別格だな。あの動きを見たあとでは、お前の攻勢すら生ぬるく見えてしまうぞ、雪蓮」

「ちぇっ、なによそれー。冥琳ってば、母さまを贔屓目に見すぎなんじゃないの」

「ふっ、別にそんなことはないように思うが? あとは、そうだな」

 

 孫家の顔ぶれの中に、近頃加わった者がいた。

 汜水関で闘った華雄を、孫堅は生け捕りにしていたのである。普通であれば討ち取ってしまうものだが、見どころがあると感じさせる何かがあったのだろう。

 勢力拡大のためには、新たな力が必要となってくるはずだ。だから、長沙に戻ってからは、こうして軍勢を与えて調練に加わらせているのである。

 実直でぶっきらぼうな性格が、功を奏しているのかもしれない。孫家古参の将軍たちとも、案外早く打ち解けてしまったと周瑜は聞いていた。

 

「華雄の動きも、悪くはない。一本調子な攻めだが、磨けば力になるだろう」

「むむっ。わたしにだけ妙に厳しいんじゃないの、冥琳? あっ、噂をすれば。おーい、華雄」

 

 孫策が手を振り、華雄を呼び寄せている。かなり激しい調練をやってきたのか、華雄は汗に塗れていた。

 

「なんだ孫策。剣の相手でも、探しているのか」

「違うってば。華雄のことを周瑜が褒めてたから、声をかけてあげたのよ」

 

 孫堅に仕えるようになってから、華雄はひたすら武を磨き続けている。来る日も、将軍の誰かをつかまえては、仕合いを申し込んでいるのだという。

 詳しいことは知らなかったが、戦場で負かされたのがよほど悔しかったのだろう。

 

「周瑜が? しかし、まだまだこんなものでは、孫堅には遠く及ぶまい」

「それはそうかもしれないが、闘う相手だけは間違えてくれるなよ、華雄? 殿は、孫家の将とするために、お前を拾い上げたのだ。その期待には、応えてもらわなくてはならん」

「ふん。そんなこと、言われなくともわかっているさ。わたしが今ここにいられるのは、孫堅のおかげなのだ。そのあたりにいる野良犬でも、恩の返し方くらい知っているからな」

「ならば、よいのだが」

 

 華雄の言葉には、偽りはないようである。

 それに、もしなにかあったとしても、普段鍛錬をしていることの多い孫策が気づくはずである。

 

「ねえ冥琳。わたし、闘ってお腹が空いちゃった。せっかくここまで来たんだし、一緒にご飯を食べていかないかしら?」

「ふむ。まあ、それは構わないが」

「よし、それじゃあ決まりね。それと華雄、あなたもついて来なさい。調練が終わったら、どうせすることなんてないんでしょう」

 

 まさか誘われるとは思っていなかったのだろう。華雄の表情に、ちょっと驚きが見えている。

 誰とでも親しくなってしまえるのは、孫策の持つある種の才能だった。原野を吹き抜けていく、からりとした風。そんな清々しさを、孫策は備えているのだ。

 

「それはいいが、飯の前に少々こちらに付き合ってもらおうか。調練だけでは、身体を動かし足りなくてな」

「あははっ、なによそれ? でも、いいわよ。冥琳に、わたしのかっこいいところを見せてあげようじゃないの」

「言っていろ。余裕ぶっていられるのも、今のうちだ」

「へえ。そっちこそ、言ってくれるじゃないの。それじゃあ、いくわよ」

 

 孫策の語気に、鋭さが宿っていく。

 抜き放たれる剣。すかさず華雄も、得物である戦斧を構えている。

 兵を率いての戦さよりも、孫策は一対一の闘いを好む。戦場では、もう少し自分の身を顧みてくれないものだろうか。そう思う一方で、孫策の勇壮な姿に惹かれている部分が、周瑜にはあるのだ。

 剣と戦斧。ぶつかり合い、火花を散らしている。密かにため息をつきながら、周瑜は数歩下がっていく。

 

「まったく。怪我をしない程度に頼むぞ」

 

 聞こえているはずもないか、と周瑜は自嘲する。表情こそ困っているように見えたが、その口もとはかすかに緩んでいた。



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二 その名は諸葛亮

 東郡の地を得られたのは、幸運なことだった。

 前任の太守が曹操の到着まで持ちこたえていれば、領主が交代することはなかったのである。賊の軍勢は、多く見積もって十万といったところだろうか。ひとまず追い返すことに成功したものの、南方から曹操軍の出方を窺っているという状況なのである。

 河水(黄河)の北、東武陽を曹操は拠点としていた。

 軍勢を整えるのと同時に、行っていることがある。賊に土地を荒らされ、東郡の民は苦しんでいた。その慰撫をするために、崩れた民政を立て直そうとしているのである。

 現状では、曹操自身が各地を巡察している余裕はなかった。

 淫祠邪教に、腐った役人。忌み嫌うものの二つに上げるほどのものではあったが、曹操の手許には優れた内政官がいるのである。荀彧も、初めからそのつもりをしていたのだろう。使えそうな文官を何人か選ぶと、護衛の軍勢を編成して出立してしまったのである。

 荀彧が組織した巡察団には、郭嘉と程昱も参加している。

 新参の二人が、どの程度の能力を備えているのか。あの荀彧のことだから、直接確かめずにはいられなかったのだと曹操は思っている。

 報告は、数日に一度届けられていた。曹操の指示を遵守し、荀彧は各地の役所を徹底的に洗い直していっているのだ。その成果もあって、東郡は落ち着きを取り戻しつつあった。あとは、自分が賊軍を駆逐できるかどうかにかかっている。さらに大きな戦の匂いも、東方から漂ってきているのである。できれば、次の闘いで東郡への脅威を完全に除いてしまいたい、と曹操は考えていた。

 居室を、曹純が訪ってきている。書簡を机に置き、曹操は軽く肩を回した。

 

「お疲れのようですね、兄さん。ところで、用件というのはなんでしょうか」

柳琳(るーりん)か。まだ、それほどではないさ。朝の仕事を終えたら、兵たちと馬を駆けさせに行くといっていたな。俺も、それに加わろうと思うのだが、どうかな」

「まあ、兄さんも? わたしは、それでも構いませんよ。兄さんが来てくだされば、兵の士気も上がるでしょうし」

「ならば、そうさせてもらうとしよう。居室にずっといると、外の空気が恋しくなってしまってな。それに、俺が健在であることを、たまには周囲に示しておかなければならん」

「うふふっ。誰も、兄さんが臥せっているなどと考えてはいませんよ。そうだ。調練には、姉さんも参加することになっているんです。せっかくですし、昼餉をここでご一緒させていただいてもよろしいですか?」

「好きにしてくれていい。俺は、もう少し報告に目を通している」

「ありがとうございます。姉さんにも、伝えておきますね」

 

 新たに徴発した兵の練度も、向上してきてはいる。荀彧に同行している夏侯淵は東武陽を空けているが、夏侯惇がその分奮起して連日調練に臨んでいるのである。新たに加わった徐晃も、既存の将に遅れることなく能力を発揮している。軍勢の構えは、充実しつつあった。

 前後左右、四方を騎兵に囲まれている。百騎ほどの集団ではあったが、どの兵も選びぬかれた精鋭なのである。

 すでに楽進や典韋が旗本兵を組織しているが、その主体は歩兵だった。呂布軍による見事な動きを見せられて、手足のごとく扱える騎馬隊が欲しいと曹操は思うようになっていた。この百騎は、その第一歩ともいえる者たちなのである。

 馬を駆けさせながら、曹仁が言った。

 

「ねえねえ、柳琳」

「なあに、姉さん?」

「一刀っちのこと、柳琳ずっと真名で呼んでたのに、どうして急に変えたんっすか? 前から気になってたんすけど、なかなか聞ける時がなくって」

「え、ええっと、それはね。んんっ、どうしましょう、兄さん……?」

 

 困ったような口調。わずかに顔を赤らめた曹純が、振り向いて問いかけてきている。

 ずっと見ていられるくらい、可愛らしい仕草だった。とはいえ、曹仁からしてみれば、これまでずっと抱えてきた疑問なのである。最も親しい妹のことなのだから、気になってしまうのも当然ではあるのだ。

 曹純は、上手い言い訳が浮かんでこないようだった。情交に及んだ勢いからそうなったなどとは、さすがに言いにくいはずである。助け舟を、出してやるべきかどうか。考え込むふりをしながら、曹操は曹純の表情をうかがっている。

 

「そ、そうだ、姉さん。栄華(えいか)ちゃんも、一刀さんのことをお兄さま、って呼んでいるわよね?」

「んー? それは、昔からそうっすね。あっ……!? 柳琳、もしかしてほんとは、お兄ちゃんが欲しかったんすか!? それなら、納得っす!」

「ええっ!? それはなんというか、当たっているようでちょっと違うのかも……。兄さんを頼りに思っているのは、小さな頃から変わっていませんから。姉さんだって、それは同じでしょう?」

「ほえ、あたし? うん、確かにそれはそうっすね。一刀っちは、あたしたちみんなの、お兄ちゃんみたいなもんっすから。あっ。だったら、あたしも柳琳や栄華みたいに、お兄ちゃんって呼んだほうがいいんすかね。一刀っちは、どう思うっす?」

 

 曹仁の疑問が、次は自分のほうへと向いている。少しほっとしたのか、曹純は胸を撫で下ろしているようだった。

 

華侖(かろん)がそう呼びたいのであれば、俺は一向に構わないが。だが、なにも呼び方ひとつで、関係が変わるわけではあるまい。華侖や他のみなのことを、俺は妹だと思って大切にしてきたつもりだ。それは、これからも変わらないことなのだからな」

「あうっ……。なんだか、あたしちょっと照れくさいっす」

「ふふっ。姉さん、顔が赤くなってしまっているわよ?」

 

 小さくなってしまった姉を見ながら、曹純が楽しげに笑みを浮かべている。

 妹として、女として。愛しいと思う感情には、少しも違うところはないのである。曹仁にも、いずれそのことがわかる日が来るのかもしれない。そして、それはそう遠くないうちに訪れるのではないか、と曹操は思っていた。

 

「やっぱり、一刀っちは一刀っちのままでいいっす! ねっ、一刀っち?」

「ああ、それでいい。ふっ……。丸く収まってよかったな、柳琳」

「に、兄さん。あまり、いじわるしないでください……」

 

 曹純のかすれるような声。地面を蹴る騎馬の足音に、かき消されていった。

 しばらく、馬を駆けさせ続けていた。まとまり、別れ、再び一個の集団になるという動きを繰り返していく。

 曹仁と曹純。実の姉妹だというだけあって、随所で息があっている。曹純が、いつになく厳しい檄を飛ばしている。夏侯惇について鍛錬をしている曹仁に、負けていられないという思いもあるのだろう。二人の競争は良い相乗効果を生んでいる、と曹操は見ていた。

 南西の方角から、一騎が駆け寄ってくる。紅波(くれは)が配下として使っている男だった。

 

「殿に、報告がございます。十里(約四キロ)ほど先の地点に、はぐれた賊が屯している様子。見たところ、数百程度の軍勢のようです」

 

 頷き、曹操は命をくだした。

 百騎が、移動に適した隊形を形作っていく。自分の眼の届く範囲に、賊がいる。全て斬り捨てるつもりで、曹操は手綱を握っていた。

 賊軍の姿が見える。簡素な陣。どこかの村でも、襲撃するつもりなのかもしれない。曹操が声を張る。曹仁と曹純は、馬を操ったまま聞き耳を立てている。

 

「隊を三つに分ける。華侖と柳琳は左右から突撃し、敵陣を揉み上げてやれ」

 

 言い終わるのと同時に、百騎が三つの筋を描いて分岐していく。

 土煙が立ち上る。賊はそれで曹操軍の攻撃に気づいたようだったが、全てが遅かった。

 雄叫びと共に、曹操麾下の精鋭たちが斬り込んでいった。陣外の柵は、縄をかけられ引き倒されていった。賊軍が矢を射掛けようとするが、騎兵はそれを物ともせずに突っ込んでいく。

 左右から交差するように、曹仁と曹純は敵陣内を一度駆け抜けていった。それで、勝敗ほとんど決まったようなものである。

 賊軍が、防衛隊形を取ろうとしている。しかし、練度が低くあまりにもまとまりに欠けている。慌てふためいているところに、曹操が追撃をかけた。

 

「よいか。誰ひとりとして、逃がすでないぞ」

 

 騎馬が肉迫する。突撃で吹き飛ばされ、斬り捨てられていく敵兵。曹操自身も剣の抜き、陣内を駆け回った。

 曹仁と曹純の二隊。反転し、駆け戻ってくる。あとは、徹底的に掃討をしていくだけだった。

 死の匂いが、あたりに漂っている。逃げた賊を追い討ちに討ち、曹操は陣であった場所に戻って来た。

 百騎は、全て無事なようである。馬を傷つけられた兵が何人かいただけで、損害はなかったといってもいい。

 曹純が話しかけてくる。どうやら、報告するべきことがあるようだった。

 

「こちらに来ていただけますか、兄さん」

「なにか見つけたのか、柳琳。大した賊ではなかったから、財宝などの類ではなさそうだが」

 

 曹純についていく。

 行った先では、曹仁がしゃがみこんで待っていた。その隣。荷物を抱えた少女が、力なく肩を落としている。その身体は、かすかに震えていた。不運なことに、賊に捕らえられてしまったのだろうか。見たところ、怪我などはしていないようである。

 身体こそ小さいが、秀麗な容貌をしている少女なのである。自分たちが来るのが遅ければ、賊の慰みものにされていても不思議ではなかったはずである。

 

「ほら、元気だしてっす。賊はあたしらが全部やっつけたから、もう怖くないっすよ」

「は、はいっ……」

 

 戦場というものを、よく知らなかったのだと思う。恐ろしい賊といえども、それが情けもなにもなく殺されていったのだ。

 一歩間違えれば、少女自身も巻き込まれて命を失っていたことになる。上手く隠れていたのか、それとも悪運が勝ったのか。ともあれ、生き残ったこと自体に変わりはなかった。

 血。少女の頬についたそれを指で拭い、曹操は膝を折った。輝きは弱々しいものの、利発そうな瞳がこちらを見つめている。荀彧とは違うなにか。そういったものを感じさせる、瞳だった。

 

「深く息を吸って、ゆっくりと吐いてみろ。それで、多少は気分も落ち着くはずだ」

「はい……。んっ……」

 

 死の匂い。息を吸うと、それで身体が満たされていく。だが、それは生を実感させるものでもあるのだ。

 少々顔を青くしながらも、少女は懸命に揺れる気持ちを抑え込もうとしている。曹操は、それを好ましく見据えていた。

 

「俺は曹操、字を孟徳という。この東郡一帯を、太守として治めている者だ」

「はわわっ!? あなたが、曹操さま……?」

「ン……。俺の名も、ちょっとは知れるようになったということか。それで、おまえは名をなんというのだ」

「ひゃいっ。わ、わたしは、諸葛亮。字を、孔明と申しましゅ! あうっ……」

 

 最後に噛んでしまったことを、情けなく感じているのだろうか。諸葛亮と名乗った少女はまたしても身体を小さくし、顔を伏せてしまっている。

 

「諸葛亮か。まあよい、ひとまず東武陽で休んでいけ。華侖、柳琳、引き上げるぞ」

 

 散らばっていた騎兵が、集まってくる。

 諸葛亮の軽い身体を持ち上げると、曹操は自分の馬へと乗せてやった。

 戸惑っている様子ではあったが、他に行く宛もないのだろう。諸葛亮は、大人しく従っていた。

 

「あ、あの、曹操さま」

「なんだ。馬は、苦手だったか?」

「いえっ、そうではありません。ただ、まだお礼を申し上げていなかったな、と思ったんです。本当に、ありがとうございました」

「ははっ、気にする必要はないぞ。俺は、俺のするべきことをしただけに過ぎん。そこに諸葛亮、たまたまおまえが囚われていただけなのだよ」

「はい、曹操さま。んっ……。安心したせいか、なんだか眠気が……」

「帰りは、そう急ぐこともない。だから、眠ってしまっても、多分振り落とされるようなことはないと思うぞ。それに、もし落ちそうになってもつかまえてやる」

「ふわ……。んんっ、ふぁい……」

 

 諸葛亮の発していた言葉。それが、段々と意味を持たなくなっていった。

 噛み殺していた欠伸が、やがて寝息へと変わっていく。闘いで乱れていた心を、穏やかにしてくれる温もり。それを胸に抱きながら、曹操は帰途についた。



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三 穏やかな日常

 諸葛亮を保護してから、数日が経過していた。

 東武陽を拠点と定めているが、曹操は屋敷を持とうとはしなかった。役所の一角。そこに改修を加え、曹操は自らの私空間としてしまったのである。役所で居を置いていれば、必要な判断をすぐに下すことができる。いまは、軍勢を強化すると同時に、民政の地盤を硬める時期でもあるのだ。

 それに、屋敷を持たない理由は他にもあった。曹操は、この地にいつまでも、根付いているつもりがなかったのである。

 北方には、袁紹がいる。南には袁術。それに、孫堅も領土の拡大を求めて牙を研いでいることだろう。機を逸すれば、何もかもを失うことになる。そんな危機感が、常に頭の片隅にこびりついているのである。

 東郡を足がかりとし、ゆくゆくは(えん)州全体の支配を目指す。それができて始めて、自分は群雄として乱世に産声を上げることができるのだろう。そうした思いが、強かったのである。

 曹操の考えを、配下の将軍たちもよく理解していた。夏侯惇を筆頭に、武官のほとんどが城外の営舎で起居しているのだ。それだけに、軍勢に緩みはなかった。全体が、まだほんの緒戦に勝利しただけだ、という気持ちで日々の調練を重ねているのである。

 夜半。曹操は、居室の寝台の上にいた。眠っている途中で、目が覚めてしまったのである。起きてはいるが、意識はまどろんでいる。そのような、状態だった。

 すぐ隣には、夏侯惇が眠っている。毎日ではないものの、報告を兼ねて誰かがこうして泊まっていく。昨晩も、寝台に潜り込んできた夏侯惇を、何度も可愛がったばかりなのだ。

 燃えるような情欲を、余さず受け止めてくれる女体だった。どれだけ苛烈に責められようと、夏侯姉妹ならば甘受してくれる。そういった安心感を、自分は持ってしまっているのかもしれない。それは、幼少期からの付き合いがなせるものなのだろう。夏侯惇と夏侯淵。曹嵩を例外とするのであれば、肉親に近しい感情を抱いたのは、二人が初めてだったように思う。

 養父は、息災にしているのだろうか。ふと、曹操はそんなことを考えていた。

 長じてからは、父と度々反目するようになっていった。疎遠になって久しいが、それでも曹嵩は自分を育て上げてくれた父親なのである。そのやり方には賛同こそできなかったが、父なりに家をもり立てようとした結果なのだとは感じている。

 実際、曹操もその人脈に救われている部分があるのだ。だから、曹嵩のしてきたことの全てを、無下に否定することはできなかった。

 いずれまた、道が交わる瞬間が来るのだろうか。父を迎える自分は、その時どのような顔をするのだろうか。考えは、尽きなかった。可愛らしい寝息。それによって、意識が引っ張り戻されていく。夏侯惇の頬に手をやり、曹操はかすかに微笑んだ。

 夏侯惇の着物をまさぐった。豊かな乳房。手のひらを当ててみると、温かさが拡がっていく。甘えるような吐息。首筋を、何度も撫でていった。

 夢の中であっても、夏侯惇は自分の手のひらを感じているのだろうか。しかし、このまま愛撫をし続けてしまえば、間違いなく朝方まで眠れなくなってしまうのである。

 情欲を逃がそうとして、曹操は眼を閉じた。乳房。その柔らかさだけを感じていたくて、ゆるやかに指を動かしてみる。すると考えに反して、夏侯惇の吐息に色っぽさが加わっていった。擦れる内股。脚が、絡め取られてしまっている。

 あとは、なるようになればいい。そんな風に考えている間に、曹操の意識は再び溶けていった。つぎに目を覚ました頃には、窓から朝陽が差し込んでいた。

 

「おはようございます、お兄さま。もう、起きていらっしゃいますか?」

 

 声が聞こえてくる。どうやら、曹洪が来ているようだった。

 身体を起こすのが面倒で、横になったまま入ってくるように言った。夏侯惇に、一晩中抱きつかれていたせいなのだろう。その重みで、少し右腕がしびれている。

 

「ななっ、春蘭(しゅんらん)さん……ッ!?」

 

 入ってくるなり、曹洪が奇声を上げた。

 それが煩わしかったのか、身体を起こした夏侯惇が、眠たげにまぶたを擦っている。乱れたままの寝間着。肩の下まで、ずり落ちてしまっている。はだけた胸元。そこから、両方の乳房があらわになっていた。

 

「ううん……。朝っぱらから騒々しいではないか、栄華(えいか)。まったく、一刀と朝寝したいのであれば、静かに入り込めばいいだろうに」

「ち、違います! ほら、お兄さまも春蘭さんに、着物を直すように言ってあげてくださいませ」

 

 曹洪が、頭を懸命に振ってみせた。

 関係はいくらか進んでいる。機を見て、閨に誘ってみてもいいのかもしれない。今より深い付き合い方を、曹洪もそろそろ知るべきなのだろう。

 拒まれることはないはずだ、と曹操は思っていた。あとは、曹洪の覚悟が決まるかどうかなのである。

 着衣を整え、冷たい水で顔を洗った。引き締まるのは、肌だけではない。気持ちが、じわりと奮い立っていく。

 

「朝餉に、諸葛亮さんも招待しようと思っていますの。それで構いませんか、お兄さま?」

「そうしてやれ。口には出さないが、知らない土地で心細くしていることだろう」

 

 諸葛亮は、これまで友人と旅をしていたのだという。はぐれてしまったのは、賊に囚われる少し前のことのようだ。連絡を取る手段がないから、動き回るのは得策ではなかった。だから、なにか手がかりが見つかるまで駐留することを、諸葛亮は選んでいる。

 人を探すのであれば、この辺りではもっとも大きな東武陽に来るに違いない。それが、共通している見解だった。衛兵たちには、すでに諸葛亮の友人の特徴を伝達してある。その名を、鳳統といった。

 朝餉の粥を口に運ぶ。優しい味付けで、起きがけの身体でも自然に受け付けることができる。このところ、曹操の食事を担当しているのは典韋だった。側で護衛を務めていることからも、都合がよかったのである。夏侯惇たちも、食事の出来には満足そうだった。

 曹洪が、諸葛亮の世話を甲斐甲斐しく焼いている。それは、曹操も承知していることだった。

 自分好みの少女が、ひとり放浪する憂き目にあってしまっているのだ。構いたくなるのは、仕方のないことだった。

 

「こちらでの暮らしはどうですか、諸葛亮さん?」

「はい。おかげさまで、不自由なく過ごせています。みなさん、よくしてくださいますから」

「困ったことがあれば、なんでも言ってくださいまし。それと、もし……もしですわよ? 人肌恋しければ、その……わたくしが添い寝をしてあげるなんていうのも……」

 

 予想外の提案だったのだろう。さすがに、諸葛亮は困惑しているようだった。

 曹洪の瞳の奥にある、妙な輝き。その正体を、東武陽に来たばかりの諸葛亮が、知るはずもなかったのである。

 粥の器を置いて、夏侯惇が言った。

 

「なんだ栄華。殿と朝寝はしたくないと言ったばかりだというのに、諸葛亮とはそうしたいのか?」

「ええっ? べ、別にわたくしは、お兄さまと一緒に寝たくないなんて一言も……。ねっ、お兄さまは、わかってくださいますわよね?」

 

 男女のことに、興味があるのだろうか。諸葛亮が聞き耳を立てているように、曹操には思えていた。

 

「そうなのか? 俺は、てっきり栄華に嫌がられてしまったのだと思って、先程から密かに落胆していたのだが」

「お、お兄さま!? そんな、それは誤解です。わたくし、どうすればいいんですの……」

 

 自分以上に困っている曹洪の姿が、おかしかったのだろうか。諸葛亮が、口もとを隠して笑っている。

 招いた当初は硬さばかりが目立ったが、多少は馴染むことができているのだろうか。それを自分が微笑ましいと感じていることが、曹操には不思議だった。

 

「はははっ。栄華、そのようなこともわからんのか? ならば、わたしが手本を見せてやろうではないか」

 

 夏侯惇が、自信満々といったように胸を叩いている。曹洪にとっては、まさしく渡りに船なのだろう。その動きを、黙って注視しようとしているようだった。

 粥をすくった匙。それが、口の前に差し出されてくる。夏侯惇のしようとしていることを理解して、曹操は口を開けた。夏侯淵ほどではないが、手慣れた動作である。一口分の粥を味わってから、曹操は夏侯惇の黒髪を撫でた。

 

「ふふん、どうだ栄華。やり方はわかったのだろう? ほら、お前もやってみるがいい」

「わ、わかりましたわ。お兄さま、どうかわたくしのお粥も、召し上がってくださいませ」

 

 緊張しているのか、匙を握った手が震えてしまっている。そのせいで、量の加減が上手くいかなかったのだろう。粥の山が、匙の上でこんもりと膨れていた。

 それもまた、可愛らしいものだ。曹洪に対して続けるように目配せをすると、曹操は再び口を開いた。軽く咥えるようにして、匙をつかまえてしまう。なんとなく、零れてしまいそうな危うさがあったからだ。

 粥を咀嚼している自分を、曹洪が心配そうに見つめていた。諸葛亮も、わずかに前のめりになっている。

 

「ど、どうでしょうか、お兄さま?」

「流琉が作ったものなのだから、うまいのは当たり前だな。だが、栄華がくれた気持ちの分、味に上乗せがされているのではないかな。もう一度、してくれるか?」

「あっ……。はい、喜んで! さっ、どうぞお兄さま」

 

 曹洪の表情が、ぱっと明るくなっていく。経験したことで自信がついたのか、手の震えはなくなっていた。

 自分が兄であれば、夏侯惇は姉のようなものだった。抜けているところはあるが、ここぞという時には頼りになる。従妹たちが信頼を寄せるのも、当然だった。

 

「えへへ。上手くいってよかったですね、曹洪さま」

「ええ。お兄さまに喜んでいただけて、わたくし安心いたしましたわ」

「みなさん、仲がよろしいんですね。見ていて、ちょっと羨ましく思えてしまうくらいです」

「あら、そうですの? でしたら、諸葛亮さんにもして差し上げましょうか。わたくしも、ちょっとは上手くなったところですし」

「はわっ!? え、えっと、それは……」

 

 後ずさりする諸葛亮を、曹洪が追い詰めていくような格好になっている。

 曹操にしている時とは、明らかに違う動力が働いているのだ。持ち前の聡さから、諸葛亮はそのことに気づいてしまったのかもしれない。

 

「あの、曹操さま……?」

 

 諸葛亮の、助けを求めているような視線。あえて知らないふりをしたまま、曹操は夏侯惇による奉仕を受けていた。



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四 交わらぬ思い(桂花)

※後半飲尿注意


 仕事に区切りをつけた曹操は、居室に諸葛亮を呼んでいた。机を挟んで椅子に腰掛ける。女中に用意させた茶を、曹操は一口だけすすった。

 もう少し、踏み込んだ話をしてみたくなったのである。どのような方法で、東郡を狙う賊を一挙に撃滅するべきなのか。当然、自分の中でこうだという考えは出来あがっていた。ただ、それを諸葛亮にも尋ねてみたくなったのである。

 澄んだ瞳。それが、じっと自分のことを見つめている。部屋に二人きりだという状況が、どうしても緊張を生んでしまうのだろうか。諸葛亮の表情はやや強張っていて、口も真一文字に結んだままだ。

 静寂を打ち壊したのは、鈴の音だった。それは、諸葛亮がいつも首につけているものだ。

 淡くて、深い色をしている瞳。それが、少しだけ見開かれる。荀彧の持つ、四方全てを刺すような鋭さ。諸葛亮からは、そこまでのものは感じられなかった。けれども、気にかかってしまうのである。

 今はまだ、素質が眠り臥せているだけなのか。それを知りたくて、曹操は諸葛亮の顔を見つめ返した。

 

「水鏡……司馬徽(しばき)殿のところでは、軍学も修めてきたのか、諸葛亮」

「修めるなどと……。ですが、先生のもとでは、多くのことを学ばせていただきました。時にはわたしたちと共に悩み、答えを模索する。水鏡先生がそんなお方だから、門下生が絶えないのだと思います。わたしも雛里(ひなり)ちゃん……鳳統も、先生を本当のお母さんのように慕っていましたから。曹操さまも、以前はどなたかのもとで勉強されていたんですか?」

「俺は、橋玄さまから生きる術を教わった。なるほど、考えてみればあの方も、俺にとっては母のようなものか」

「橋玄さま? えっと、それはあの三公を歴任された、橋玄さまのことなんでしょうか?」

「ほう。さすがに、よく存じているようだな。師は厳粛だったが、どこか母のような優しさも備えているお人だった。それに時折、閨に招かれては様々な手ほどきを受けてな」

「はわっ!? ね、閨にですか!? 厳しいだけでなく、大胆な部分もあったんですね、橋玄さまには」

 

 興奮気味に、諸葛亮はまくし立てた。

 父との対立。そこにも、橋玄の影響があったのかもしれない。

 性質の異なる、父と母。その狭間にあって、曹操はここまで歩んできたのである。そして、それはこれからも続いていくことだ。

 諸葛亮の肩の力が抜けたところで、曹操は本題を切り出した。

 

「諸葛亮。この東郡が、賊につけ狙われていることは知っているな。おまえも襲われた、あの賊どもだ」

「はい。曹操さまが打ち払われていなければ、もっとひどい状況になっていたと聞き及んでいます」

「賊将である于毒は、いま河内郡の朝歌に滞在しているそうだ。そこから、反撃に移ろうとしているのだな」

「いつまでも、ご領内を不安定なままにしておくわけにはいきません。曹操さまは、一度にその危険を取り除いてしまおうとされているのでしょうか」

「その通りだ。賊軍は、近いうちにまた攻め寄せてくるのだと思う。その時に、どう動くべきなのか。諸葛亮、おまえならばどう考える」

 

 曹操が拠点としている東武陽は、東郡でも東に寄った地だった。

 西方、河内郡にいる賊軍は、それを好機と捉えているはずである。それに、荀彧に命じて、餌を撒かせているところでもあった。郡境に点在している城。そこに、曹操は兵糧を集めさせているのだ。少々罠の匂いがしようが、賊は必ず飛びついてくるに違いない。曹操は、そう確信していた。

 

「根城がある限り、賊は何度でも集結し、郡内を荒らすことでしょう。ですから、ここでそちらを徹底的に叩くべきだ、とわたしは思います。中入りに使えるような部隊があれば、いいのですが」

「部隊については、心配無用だ。しかし、やはりおまえもそう考えるか。司馬徽殿は、よい弟子を持たれたようだな」

「ええっと……。ということは、曹操さまもわたしと同様のお考えを?」

「ふっ。結果が出れば、答えは自ずとはっきりしてくるものだ。そのための仕込みを、麾下の者に行わせている最中でな」

 

 諸葛亮が、平べったい胸を撫でている。軍師の真似事のようなやり取りではあったが、それなりに手応えをつかめたのだろう。

 好感触を得ていたのは、曹操も同じだった。

 実戦で磨けば、諸葛亮はさらなる輝きを放つはずだ。司馬徽のもとを飛び出したのは、仕官先を求めてのことではないのか。もしそうなのであれば、このまま放っておくこともない、と曹操は思っていた。

 一旦敵軍を領内に引き込んでおき、別働隊を使って本拠地を陥落させる。それが、曹操の思い描いている、戦の段取りなのである。

 本拠地を攻撃するためには、とにかく別働隊を迅速に動かす必要がある。そのための間道の選定を、荀彧や夏侯淵は担っているのだ。

 

「あの、曹操さま」

 

 胸の前で結んでいた手。それを両膝の上に置いて、諸葛亮は言った。

 

「曹操さまは、将来的にこの国をどうするべきだとお考えなのでしょうか。不躾な質問ですが、ぜひお聞かせ願いたいのです」

「国についてか。ン……、そうだな」

 

 試されている。思い切ったことをしてくるものだと、曹操は感心していた。

 存外、度胸はあるようだった。思い返してみれば、賊に囚えられていた時から、その片鱗を覗かせていたのである。囚われていた状態で戦に巻き込まれてしまったのだから、もっと喚き散らしていてもなんらおかしくなかったのである。粗相をしていなかっただけでも、褒めてやれるくらいだった。

 

「この国には、支配者たる帝がいる。世の乱れが、どこから来ているのか。それは帝の力が衰えているせいだと、俺は思っている」

「曹操さまは、長安に移る董卓に、単身挑まれたようなお方です。それは、身動きできずに苦しまれている帝を、お救いしようと思われての行動だったとお聞きしているのですが」

 

 諸葛亮の表情に、疑念が浮かんでいる。

 董卓を単独で追撃したことで、曹操の勇名は拡がっていた。曹操は、帝救出のために身を投げうった忠臣である。そんな尾ひれがついた話を、諸葛亮はどこかで耳にしたのかもしれない。

 

「力の衰えた帝では、国をまとめるていくことなど不可能だ。太平道による叛乱は、将軍たちの奮戦のおかげでなんとか退けられた。しかし、そんな幸運が二度も続くとは限らないのだよ。烏丸や匈奴といった連中も、外からこちらを狙っている。国を守護していくためには、新たなる覇者が必要なのではないか。諸葛亮。その時、飾り物になり果てている帝は、どうなると思う」

「そんな……。覇者が必要だという意見には、わたしも賛同いたします。ですが、帝はこれからも、帝でいていただくべきなんです。長く続いている帝の存在は、わたしたちの心に浸透しています。それを破壊してまで、新たな王朝を建てる意味などありません」

「覇者となった者が、いまの帝を支えていけばいい。そう思っているのだな、おまえは。だが、そんな体制がいつまでも保つわけがあるまい。きっと、岐路に立たされているのだよ、この漢という国は」

 

 現状だけで考えれば、帝にも価値がある。それがわかっているから、董卓も新帝を擁立するなどして、体制の維持につとめているのだ。

 誰もが認めるような覇者。それが世に現れたとき、この国はどうなっていくのか。諸葛亮は、それでも漢を生き永らえさせるべきだと主張している。

 

「覇者が生まれるたびに帝が変わっていたのでは、乱世は永久に終わりません。それは、曹操さまも理解されているはずです」

「未来永劫に続くものなど、どこにもありはしないのだよ。それに淘汰がなくては、淀みを消すことすらできなくなるのだぞ」

「ですが、曹操さま」

「議論はこれまでだ、諸葛亮。あたりを散歩でもして、気分を変えてくるといい」

 

 熱っぽく論じていた諸葛亮が、うつむきがちに息を吐いた。

 このまま国の行き着く先を論じていても、平行線をたどるだけなのである。諸葛亮の意見は、恐らく変わらないのだろう。もっと世をよく知れば、あるいは軟化する時が来るのかもしれない。だが、それは自分の願いに過ぎなかった。

 

「安心しろ。意見が合わないからといって、おまえに危害を加えたりはしない」

「承知、しています。曹操さまのお優しさを、わたしはこの身で知ってしまっているのですから。そうでなくては、こんなに胸が苦しくなるはずがありません。それだけに、ほんとうに残念でならないのです」

 

 諸葛亮の声。最後の方は、ほとんどかすれてしまっていた。

 居室で、曹操は一人きりになった。足音。引きずるようだったそれが、徐々に遠くなっていく。

 結局、述べたことが撤回されることなかった。諸葛亮は、自分との決別を悲しんでくれていたのだろうか。その眼の端には、光るものがあったような気がしていた。

 言いようのない疲労。それを全身に感じて、曹操は椅子に深く座り込んだ。自分は、まだこのような気持ちになることがあったのか。それが意外で、曹操には滑稽にすら思えていた。

 窓の外。一羽の鳥が、いずこかへ飛んでいくのが見えている。

 

 

 荀彧と入れ違うようにして、諸葛亮は東武陽を去っていった。

 あのような議論を、するべきではなかったのか。だが、いずれにしろ自分は、諸葛亮の才を欲していたのだと思う。

 共に旅をしているくらいなのだから、鳳統にも相応の才知があるはずだった。それがわかっていながら、自分には諸葛亮たちを送り出すことしかできなかった。二人は、やがてどこかで翼を広げることになるのだろう。

 曹操は、荀彧を閨に呼んでいた。なんとなく、心に隙間が空いてしまったような気がしていたのだ。荀彧を抱けば、それを忘れることができるはずだ、と曹操は思っていた。

 入ってくるなり、荀彧に服を脱ぐことを命じた。白い肌。すぐに、あらわになっていく。心構えは、できていたのだろう。それに、曹操を求めているのは、荀彧もおなじなのだ。

 

「んっ……。それで、よかったのかしら? その諸葛亮って子を、すんなり行かせてしまっても」

「殺しておくべきだったといいたいのか、桂花(けいふぁ)は?」

「だって、そうじゃない。諸葛亮は、アンタの戦略だって読んでいたんでしょう? 危険な芽は、摘めるうちに摘んでおくべきなのよ。あんっ、ちょっと……。んっ、ちゅう、ちゅく……」

 

 荀彧の肌を、手のひらで撫で回した。小ぶりな尻。揉み込んでやると、荀彧は小さく声をもらす。

 諸葛亮を、始末しておくべきだ。荀彧であれば、そう言うに違いないと曹操はずっと思っていた。

 この鋭さが、自分にとってはきっと心地いいのだ。唇を吸い上げながら、曹操はそんな風に感じていた。ためた唾液を、口内に送り込んでいく。それを、荀彧は喉を鳴らして飲み込んでいった。

 

「ふはあっ、んくっ……♡ まったく、あとで後悔したって、わたしは知らないんだから」

「言うな、桂花。それに、考えてもみろ。意見の相違から逆上した曹操が、旅の少女を惨殺した。そのような風聞が一度でも立てば、これは致命傷にもなりかねん。そうなっては、俺は数多のものを失うことになる」

「表面的な事情はなんにせよ、ほんとはその子のことが可愛くなってしまったんじゃないの? 栄華(えいか)の話も、聞いたわよ。ずいぶん、仲良くやっていたそうじゃない」

「それも、ないとは言い切れないのだろうな。ただし、そうだな。諸葛亮を、ひとりの女というよりも、年の離れた妹のように感じていたのかもしれん」

「なによ。それって、結局おなじことじゃない。やっ、ああっ……」

 

 荀彧が悪態をついた。

 湿りを帯びた秘裂。そこに指を差し込みながら、曹操は寝台に腰を下ろした。

 狭い膣内。それが、柔軟に二本の指を咥えている。どうして、動かしてくれないのか。荀彧の潤んだ瞳が、そう非難しているようだった。

 

「俺は、少し疲れた。物足りないのであれば、勝手に動いてもよいのだぞ?」

「はあっ? 誰が、そんな淫乱女みたいなこと……っ♡」

 

 気丈にしているつもりなのだろうが、口からは甘い声がもれてしまっていた。

 全身の昂りは、口づけをした時から継続しているのだろう。可愛らしくふくらんだ乳首が、赤く色づいている。

 滑るような感触。それが、秘裂に差し込んだ指を包み込んでいる。感じたくないのであれば、動いて指を抜いてしまえばいいだけなのである。それをしないということは、荀彧もどこかでこの状況を楽しんでいるということなのだ。

 腰。わずかに、左右に揺れている。快楽を得たがっている本能が、理性を超越しようとしているのか。温かさが、少しづつだが熱さに変わっていく。内股に力が入ったせいか、愛液がぐちゅりと音を鳴らした。

 

「はあっ、ゆびぃ、一刀のゆびがはいってぇ……♡」

「この程度で、満足できるのか? しっかり動かなくては、身体はいつまでも辛いままだぞ」

「やあっ。そんなの、いやなのっ♡ んっ、ああっ♡ これ、気持ちいい……っ♡ 自分で気持ちよくなってるとこ、一刀に見られるなんてぇ♡」

「ふふっ。桂花、その調子で、どんどん気持ちよくなってみるがいい。自慰をしているおまえを見ているのは、ただひとり俺だけなのだ。なにも、恥ずかしがることはないぞ」

「そんな、自慰なんて言わないでよっ♡ わたしは、一刀の指で気持ちよくなってるだけなんだから♡ アンタにされてるから、仕方なく感じてあげてるに決まってるでしょ♡」

 

 息遣いが、荒くなっていく。それに伴い、腰の動きも激しくなっていった。

 指が、上下に擦られている。そのままでいるのが辛くなったのか、荀彧は曹操の肩に両手を置いている。

 

「俺の指は、そんなにいい具合なのか? ふっ。汁が、腕まで垂れてしまっているな」

「いやっ、見ないで。ああっ、わたしのおまんこ、ぐちゅぐちゅいってるの♡ 動いてるとこ、一刀に全部見られてるのぉ♡」

「ここも、触れてほしそうにしているな。少し、手伝ってやろう」

 

 片方の乳首を、指でつねりあげた。嬌声。荀彧の腰が、がくりと崩れ落ちる。

 落下の反動で、挿入されている指が奥の方まで入り込んでいく。膣肉を割り裂き、刺激を与えていくのだ。絶頂に近い快楽を、荀彧は得ているのだろう。唾液が、だらしなく垂れ落ちている。それでも、腰の動きだけは止めたくないようだった。

 

「あぅう、んぐっ……♡ これ、これだめなの。アソコも乳首も、一刀にいっぱいされたら♡」

「されたら、どうなるのだ? ぜひとも、教えてもらいたいものだな」

「んあうっ!? ひゃふっ、んんっ♡ ああっ、気持ちいい♡ はあっ、それ好きなの。乳首、かりかりってされるの好きぃ♡」

 

 腰を揺らしながら、荀彧が絶叫する。

 溢れ出た愛液が、手首まで伝ってきている。しばらく会えなかった分、昂りを抑えられないでいるのだと思う。

 締め付け。切なく、指を包み込んでくる。荀彧の自慰に合わせて、緩急をつけて乳首に愛撫を加えていった。また、腰の動きが怪しくなり始めている。蠢動する膣肉。それは、大きな絶頂の前触れなのだろうか。

 快楽を貪ることに没頭していた荀彧が、突然顔を上げた。

 その表情には、焦りすら見られるのである。膣内の締りが、さらにきつくなっていった。荀彧が、内側から突き上げてくるなにかを我慢しようとしている。曹操には、そうとしか思えなかった。

 

「くくっ。どうかしたのか、桂花。かなり、苦しそうにしているようだが」

「んっ、やっ……。だめ、だめなのっ♡ ひゃふっ、んあっ♡ ほんとは……わかってるんじゃないの、アンタ……!?」

 

 苛立ちと焦り。その両方が混在している顔が、快楽によって歪んでいく。

 閨では、全てをさらけ出せばいい。荀彧の唇を吸い上げながら、指で快楽を送り込んでいった。悲鳴に近い喘ぎ。それが、室内に響き渡っている。

 

「あむっ、んちゅっ♡ んむぅ♡ いやっ、ほんとに、でちゃうからあ……! これ以上されたら、わたしでちゃうのよぉ♡」

「出る? 一体、なにが出るというのだ」

「ううっ、ばか! 一刀の、ばかぁ! んうっ、ふあぁあっ♡ おしっこ、おしっこでちゃうの……っ♡ 絶対見られたくないのに、一刀の眼の前でおしっこもらしちゃうよぉ……♡」

 

 叫びを上げる荀彧。その瞬間、膣内の締め上げが一層きつくなった。

 悪寒でも走ったかのように、熱っぽい身体の肌がざわついている。締め付け。少しの間を置いて、また強くなっている。

 陰核に責めを加えながら、曹操は荀彧の股ぐらが見えるように床に膝をついた。今度は、指ではなく舌で刺激を与えていく。荀彧による最後の守りを崩すには、それで十分だった。

 

「だしてみろ、桂花。おまえのすべてを、俺が受け止めてやる」

「ああっ♡ でるっ、もうでるのっ♡ 一刀に、おしっこするとこ見らて、わたし気持ちよくなっちゃうのぉ♡ ひゃふっ、んっ、んあぁあ……っ♡」

 

 愛液よりも熱い液体が、陰部からほとばしった。

 よほど我慢していたのだろう。その流れは、激流と表現するべきなのかもしれない。

 尿道に口をつけ、放出される液体を飲み干していく。何にも比することのできないような味が、舌を駆け抜けていく。小水をぶちまけながら、荀彧の身体は絶頂を迎えていた。

 放尿しながら、膣内を擦り上げられている。以前であれば考えられないような痴態が、興奮を後押ししているのだろう。

 

「はあっ、あはっ、はああぁあっ……♡ おしっこ、止まらない♡ んんっ、そんなっ、音を立てて飲まないでよ♡ 一刀に、ごくごく飲まれちゃってる……♡ なんで、こんなのが気持ちいいのよぉ♡」

 

 かなりの量を、曹操は飲み干していた。肩で息をする荀彧。さすがに、勢いは弱まってきていた。

 舌を使って、割れ目全体をよく舐め回していく。脳髄まで突き抜けていくような刺激。それを、曹操はじっくりと味わっていたのである。

 洪水の収まった秘裂を撫でる。荀彧は半ば放心しているような状態で、続きはまだできそうにもなかった。

 

「あはっ、んうぅ……。だめだっていったのに、かじゅとの……ばかぁ♡」

 

 放心したまま、荀彧が罵声を絞り出している。

 小水で汚れた口もとを手で拭って、曹操は立ち上がった。

 立っているのもままならない荀彧を抱き上げ、寝台にゆっくりと下ろしてやる。法悦によって上気した頬。そこを、曹操が愛おしげに手の甲で撫でるのだった。

 夜は、まだ当分のあいだ終わらないのである。余韻が身体を襲っているのか、荀彧はまだ下腹部をひくつかせている。その様子を見ながら、曹操は不敵にほほえんでいる。



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閑話 乱れ咲く華(秋蘭、柳琳、華侖)

恋姫ラジオを聞いて書くしかないと思った。


 午前。政務の合間のことである。

 寝台で横になり、曹操は身体を休めていた。ひとが乗っていることによる重み。そのせいで、寝台が軋んで鳴っている。

 秋蘭と柳琳。ふたりが競い合うようにして、曹操の下腹部に顔を埋めていた。二枚の舌。それが、自在にうごめいているのだ。秋蘭が先端で、柳琳が陰嚢に刺激を与えていた。温かな吐息が、敏感な部分にあたっている。

 ゆるやかで、癒やしを感じるほどの心地よさ。それが、下腹部から全身へと拡がっていくのだ。

 

「ふふっ。柳琳(るーりん)も、随分といやらしい舐め方をするようになったものだな」

「んっ、ちゅうぅう♡ だって、兄さんのおちんちんが、こんなに苦しそうに張り詰めているんですよ? ですから、兄さんを愛する妹として、放っておくわけにはいきません♡」

「なるほど、そうきたか。となれば、わたしも負けてはいられんな。殿……、んむっ、じゅずっ……、じゅるるっ♡」

 

 瞳に怪しげな光を宿しながら、柳琳は不欄に陰嚢を舐めあげていた。丁寧そのものな舌使いである。皺の一筋一筋。そこに、唾液が塗り込められているのだ。柳琳の指。希少な玉に触れるような手付きで、愛撫を加えてくる。内側に溜まった精液を、絞り出そうとでもいうのか。時折、柳琳はその手を強くするのである。

 駆け上ってくる快楽に、曹操がわずかに声をもらした。ゆるやかだった刺激。それが、少しずつ変化していっていた。

 男根全体が、ねっとりとした粘膜に包まれている。柳琳の動きに合わせて、秋蘭が竿先から一息に咥えこんでしまったのである。

 喉奥の感触。腫れ上がった亀頭で、曹操はそれを感じていた。圧迫感が、かなり強いのだろう。鼻で息をしている秋蘭が、何度か苦しそうに嗚咽をもらしていた。

 

「んぐっ、ちゅむ……。もごっ、けほっ、んんっ、じゅぷぷっ♡♡♡」

「ああっ……。秋蘭(しゅうらん)さん、すごい舐め方をされるんですね。兄さんのおっきなおちんちんが、のどの奥深くにまで♡ わたしも、もっと頑張らないと」

 

 柳琳の舌が、愛撫をする位置を変えていく。

 男根と尻までの境。そこを、尖った舌先が何度も往復していくのである。突き抜けるような快感ではない。それでも、昂ぶった身体には、充分すぎる刺激だった。

 苦しそうにしていた秋蘭。その眼が、かすかに笑っている。射精の衝動。恐らく、それを感じ取っているのだろう。下品ともいえるような音が、閨の中に響いている。窄まる唇。肌が粟立つような快楽に、曹操は思わず腰を突き出していた。

 

「出すぞ、秋蘭」

「ふぁい、くらはい、殿♡ んぶっ、じゅっ、んちゅるぅう♡ んあっ、じゅるるっ、んぷっ……♡」

 

 無理に我慢を重ねることなく、曹操は口内で精液を解き放った。

 秋蘭による吸い付き。それが、一気に強くなっていく。腰に腕を回しているのは、息苦しさを紛らわせようとしているためなのか。とにかく、咥えた男根を離すつもりはないようである。

 

「そ、そんなっ。ずるいです、秋蘭さん。わたしだって、兄さんの子種を飲ませていただこうと思っていたのに」

「ん……、ふふっ。んぐっ、ごくっ、じゅぷっ……♡」

 

 可愛らしい抗議の声を完全に無視して、秋蘭が精液を飲み下していく。

 泣きだしそうな視線。それを曹操に向けながら、柳琳が竿の上で舌をせわしなく動かしている。よほど、自分の精液を味わいたかったのか。漏れ聞こえる声が、恨み節を言っているような気がして、曹操は苦笑してしまう。

 

「ふうっ、んむっ……。るーりん」

「えっ、秋蘭さん?」

 

 秋蘭が手招きをしている。不満そうにしていた柳琳の表情に、少しだけ期待が表れていた。近づいていく二人。唇。自然と、重なっていった。

 口内に残しておいた精液を、秋蘭は分け与えているのだろう。それを吸い出す柳琳は、さながら親鳥から餌をもらう小鳥のようだった。淫靡なことをしているというのに、つい微笑ましく感じてしまう。そんな不思議な光景に、曹操は心を和ませていた。

 仕事を再開しようとしていたところに、香風と凪がやって来た。凪には、城郭(まち)の警邏を命じてある。香風は、その手伝いでもしていたのだろう。

 

「……すんすん、あれっ? お兄ちゃん。お部屋、なんだか変わったにおいがするね」

「むっ? 確かに、言われてみればそのような気がいたします。一刀さま、空気の入れ替えくらい、頻繁になされたほうがよろしいですよ。真桜(まおう)も、たまにそれで体調を崩してしまう時があるんです」

 

 香風の嗅ぎ取った違和感の正体。そんなものは、言われるまでもなくわかっていた。

 昼間に閨を使う場合は、なにか工夫をするべきなのかもしれない。そんなくだらないことを考えながら、曹操は秋蘭たちに意味ありげな視線を向けた。

 

「おや、これは。ふふっ、少しじっとしているのだぞ、柳琳」

「え? どうかされたんですか、秋蘭さん?」

 

 秋蘭が、柳琳の口の端についていたものを摘みとった。細いものをつまみとった。

 細く縮れた、黒い糸くずのようなもの。ひと目見ただけで、なにかわかってしまったのだろう。小さくなった柳琳が、羞恥で顔を赤く染めている。どうやら、奉仕の際に付着した陰毛が、そのままになっていたようだ。香風たちは、それには気づいていないらしい。

 こみ上げてくる笑い。それをなんとか堪えながら、曹操は一度咳払いをした。

 

「……お兄ちゃん。るーさま、どうかしたの?」

「いまは、そっとしておいてやることだな。それよりも、香風(しゃんふー)たちの用件を聞かせてもらおうか」

「うん、わかった。それじゃあ、難しい話は(なぎ)に任せるねー」

 

 香風が、凪の腰のあたりを軽く叩いた。

 生真面目さすら感じさせる、凪の声。それを聞いていると、気持ちが切り替わっていくようだった。住民からの陳情を、凪が読み上げていく。意見を、どこまで聞き届けるべきなのか。そんなことを考えている間に、すぐに時間は過ぎていった。

 

 

 昼過ぎ、曹操は城外を出歩いていた。ともをしているのは、華侖と柳琳の姉妹である。

 

「んー。お日様が気持ちいいっすねえ、一刀っち」

「そうだな。これだけ天気がいいと、華侖(かろん)が服を脱ごうとするのも分かる気がしてくる」

「おおっ、ほんとっすか? だったら、あたしみんなで日向ぼっこがしてみたいっす。ねっ、柳琳?」

 

 華侖が、満面の笑みを柳琳に向けている。その手は、すでに上着にかけられていた。

 

「だ、だめよ姉さん。もう、兄さんも、あまりおかしなことを言わないでくれませんか? だいたい、こんな外で肌を晒すだなんて……」

 

 衣服を脱ぎ捨てようとしている華侖を、柳琳が全力で阻止している。

 閨ではいくらでも乱れられるが、やはり外では勝手が違うらしい。それとも、背中を押されるのを待っているのだろうか。未知なる扉。それを開け放つことさえできれば、間違いなく異なる感覚を味わうことができるのである。

 

「ねえねえ柳琳、あれ……知ってるっすか?」

「あれ? あれってなんなの、姉さん?」

「ふふん、やっぱり知らないんすね。だったら、あたしが教えてあげてもいいっすよー?」

「そんなに、勿体ぶるような話なの? だけど、そんな風に焦らされると、気になってしまうわね」

「えへへー。何日か前のことなんすけど、屋根の上で寝てたら、沙和(さわ)たちが話してるのが聞こえてきたんっす。なんでも、お日様の光をお尻に当てると、体調が良くなるらしくって。えーっと、名前はたしか……肛門浴?」

「ちょ、ちょっと姉さん。兄さんだっているのに、あまりそういうことは……」

「えー、なんでっすか? あっほら、あそこにちょうどよさそうな場所があるっすよ、柳琳。一刀っち、あたしちょっと行って様子を見てくるっす!」

 

 恥ずかしそうに振る舞う柳琳を置いてきぼりにして、華侖が駆け出していった。

 木々の立ち並んだ場所を抜けた先。そこは、いい具合に開けた空間になっているようだった。于禁たちのことだから、市井の読み物から情報を仕入れてきたのだと思う。それにしても、と曹操は指で顎を撫でた。

 普段清楚な印象の強い柳琳が、外で肌を晒す。しかも、それだけではなく、あられもない箇所を天に向かって差し出すかもしれないのである。想像してみただけでも、たまらなくなった。朝から、半端に交わっていたのも影響しているのかもしれない。

 

「行くぞ、柳琳。華侖を、追わなくては」

「あ、あのっ、兄さん!?」

 

 曹操が、半ば強引に柳琳の手を引いて連れていく。

 心のどこかで、期待している部分があるのだろうか。握った柳琳の手は、少し汗ばんでいた。

 自分たちが到着するまでに、華侖はあたりの見回りを終えていたようだった。どうやら、人の気配はないらしい。出くわすとしても、猪のようなけものくらいなのだろう。

 今度は、柳琳が止める間もなく、華侖が服を脱ぎ捨てていった。目にも留まらぬ、早業なのである。これだけは、夏侯惇であっても決して真似をすることができないはずだ。そのくらい、油断も隙もないのである。

 健康的な肌。それでも、乳房は女らしくふくらんでいた。華侖には、曹操に見られているという恥じらいはないようだった。むしろ、見ている柳琳のほうが、恥ずかしさを感じているくらいなのである。

 

「やっぱり、裸になるのは気持ちいいっすね。ほら、柳琳も早く脱ぐっす。いまなら、お日様もよく出てるっすよ」

「うう……。本気でやるつもりなのね、姉さん」

「当たり前じゃないっすか。あたし、柳琳と一緒に日向ぼっこするのが、夢だったんすから。こんなに気持ちいいことあるんだって、ずっとみんなにも教えたかったんす。それって変なことっすかね、一刀っち?」

 

 柳琳の瞳が、逡巡に揺れている。

 華侖には、なにもやましいところがないのである。それに、夢を叶えてやりたいという気持ちが、湧いてきているのだろう。そこに全裸になることへの興味が加わって、断るに断れないという状況が生まれつつあるに違いなかった。

 

「物は試し、とも言うではないか。周囲が気になるというのであれば、俺が見張りに立っていてやろう」

「ううっ。こんなことをしてしまって、ほんとうに平気なんでしょうか。それに、兄さんには間違いなく見られてしまいますし」

「なんだ。いまさら、俺に肌を見られるのが恥ずかしいとでも言うのか?」

「だって、その、お部屋でするのとは、やっぱり勝手が違いますから。でも、ううん……」

「ははっ。柳琳さえよければ、俺が脱がせてやってもよいのだがな?」

「兄さんったら……。わたしをからかって楽しむのは、やめていただけませんか? だけどもう、こうなったら覚悟を決めようと思います。姉さんだって、あんなに楽しみにしてくれているんですから。だから、少しだけ向こうを見ていてくださいませんか、兄さん」

「ン……、そうか。華侖が、きっと喜ぶぞ」

 

 背中越しであっても、柳琳の緊張が伝わってくるようだった。

 衣擦れ。その音が、いまは妙に生々しかった。柳琳では、あそこまで手際よくいかないはずである。纏っている衣服を、一枚ずつ。それも、ゆっくりと時間をかけて脱いでいっているのが、曹操にはわかった。

 やがて、華侖の喜々とした声が聞こえてきた。

 振り返れば、柳琳の女らしい曲線が目に飛び込んでくるはずである。ふくらむ妄想。曹操が、小さく喉を鳴らした。柳琳は、恥ずかしさから肌を赤く染めているのだろうか。それとも、経験したことのない解放感に、胸を高鳴らせているのだろうか。黒い情欲。抑えようとしていても、どうしても首をもたげてしまうのである。

 

「こっちっす、柳琳。ここなら、たぶん寝転んでも痛くないっすから」

「ありがとう、姉さん。それで、その」

「んっ……、肛門浴のやり方っすか? それなら、こうやって仰向けになって……」

「ええっ? そ、そんな体勢をとらないといけないものなの? 裸になるのは心地いいけど、それはさすがに恥ずかしすぎるかも……」

「うーん。だったら、柳琳はどんな体勢でやれば恥ずかしくないんすか? あたしも、それに合わせるっす」

 

 たとえ向ける相手が天であろうとも、全てを曝け出すのはまだ無理なようである。

 

「ううん……。それなら、こうやってうずくまってみるのはどうかしら? これなら、お日様の光もしっかりと浴びられそうだと思うのだけれど」

「なら、あたしもそうしてみるっす。えへへっ、あったかいっすね、柳琳。ほら、もっとちゃんとお尻を突き出さないと」

「んっ、こ、こうかしら? けど、やっぱり姉さんに見られているのも、恥ずかしくなってきたのかも……」

「ええー? 柳琳は、恥ずかしがり屋さんっすねえ。だけどあたし、これ以上はどうしていいのかわからないっす」

「本当にごめんなさい、姉さん。これが終わるまででいいから、わたしの上着をかぶっていてほしいの」

「ン、しょうがないっすねえ。けど、それで柳琳が恥ずかしくなくなるのなら、我慢するっす。柳琳とふたりで日向ぼっこできてるだけでも、あたしすっごく楽しいんすから」

 

 どうやら、柳琳の提案で姉妹の意見はまとまったようである。

 時々聞こえる、肌の擦れるような音。静かな場所なだけに、ふたりの息遣いすら耳まで届いてくるようだった。

 目で見ていないぶん、想像がたくましくなってしまうのである。きれいな窄まりを、柳琳はどうやって空に向けているのだろうか。情念の炎は、消えることなく勢いを強くし続けていた。隆起しきった男根。それが、曹操の衣服を苦しげに押し上げてしまっている。

 極力足音を立てないように注意を払いながら、曹操は身体を反転させた。

 丸みを帯びた臀部。それが、仲良くふたつ並んでいる。柳琳の言いつけを、厳守したいのだろう。頭にかぶせられた上着を、華侖は手で押さえつけているのだ。滑稽ではあるが、愛らしくもある。その素直さが、可愛らしくてたまらなくなるのだ。

 一歩、また一歩。ふたりに近づいていった曹操は、柳琳の横に膝をついた。驚きで声を上げそうになった柳琳の口を、曹操が素早く手で塞ぐ。震える肌。何度か撫でてやると、柳琳は落ち着きを取り戻した。

 小声で、曹操が柳琳に語りかけた。

 

「楽しめているようで、なによりだ。安心したぞ、柳琳」

「あの、どうされたんですか、兄さん……?」

 

 柳琳の、形のいい臀部。ふれると、陽光で温まっていることがよくわかった。

 窄まりにも、充分に日差しを当てることができているのだと思う。血行がよくなっているせいか、わずかに赤みがさしているようだった。

 

「んんっ♡ 兄さん、そんなところっ♡」

「感じているのか、尻穴で? いやらしい子なのだな、柳琳は」

「やあっ、言わないでください。兄さんの指でなければ、わたしだってこんな風になったりはしないんですから」

 

 赤くなった尻穴。そこに指の腹を押し当てたまま、曹操は柳琳の様子をうかがっていた。

 秘所からは、愛液がじんわりと染み出していた。姉と戯れながらも、どこかで感情を昂ぶらせていたのだろうか。未知なる性感。それに、柳琳は飲まれようとしているのだ。指先。力を込めると、先端がちょっと入り込んでしまう。

 さすがに、柳琳は声を我慢することができなかったようだ。なにか異変でも起きたのかと思ったのだろう。律儀に上着をかぶったまま、華侖は状況を確認しようとしている。

 

「あの……平気っすか、柳琳?」

「心配するな、華侖。退屈しのぎに、俺もなにかしてみようと思ってな」

「なんだ、一刀っちだったんっすね。柳琳、ちゃんと気持ちよくできてるっすか?」

 

 安堵したような声色。

 華侖の尻も、まだ突き出されたままになっている。柳琳に負けず劣らず、いい形をしている、と曹操は眺めながら思っていた。

 無垢な尻穴。それよりも下にある秘裂は、ぴっちりと閉じられていた。男を知らないのは当然として、華侖は自慰すらしたことがないのかもしれない。ならば、知識を教えてやるのもまた、兄としての務めなのだといえよう。

 

「ああっ、気持ちいいっ。これ、すごいのね、姉さん♡」

「えへへ。柳琳がよろこんでくれて、あたし嬉しいっす」

 

 女としての悦びが混じった声。華侖には、それがわからなかったのだろう。

 手に収まるほどの、小さな壺。密かに持ち歩いていたそれの蓋を開け、曹操は中身を垂らしていく。

 

「な、なんですか、これっ? んんっ、ぬるってしていて、ちょっと気持ちいいかも♡」

「こんなこともあろうかと、真桜に用意させておいたものだ。おかしなものは入れさせていないから、安心するがいい」

 

 言わば、李典謹製の潤滑液なのである。

 ぬめりの加わった指が、尻穴の上を何度も往復していく。ともすれば、排泄用の穴であるそこに、挿入されてしまうのではないか。そんな背徳感から、柳琳は余計に股を濡らしているのだろう。

 

「はあっ、んんっ、はわっ……。ぬるぬるって、兄さんの指……すごいです♡ 姉さんが隣にいるのに、わたしこんなの……っ♡」

「ふえ? 柳琳、あたしがどうかしたんすか?」

「な、なんでもないの、姉さん♡ ただちょっと、兄さんと遊んでいるだけだから♡」

「むう。柳琳だけ遊ぶだなんて、ずるくないっすか? ねえ、一刀っち……?」

 

 華侖の尻が、可愛らしく左右に揺れている。

 別に、狙って誘惑しているわけではないのだと思う。だが、興奮状態に入りつつある曹操は、そのようなことを歯牙にもかけず身体に触れていく。

 

「んっ、んあっ……!? 一刀っち、なんであたしのお尻に触ってるんっすか?」

「柳琳と同じことを、してやろうと思ってな。それに、こうやって尻全体をほぐしておいたほうが、日光浴の効果が高まると聞いたことがあるぞ」

「ええっ、そうなんすか? だったら、ん……お願いするっす。ふあっ……。一刀っちの指、なんだか温かくて、気持ちいいっすね」

「力は抜いておくのだぞ。華侖を、傷つけたくはないのでな」

「は、はいっす、一刀っち。ああっ、あたし……なんだか変な気分になっちゃいそうっす♡」

 

 柔らかな尻肉を揉みながら、尻穴付近に指を滑らせていく。

 なにもかもが初めての経験になるのだろうが、華侖は全身で快楽を甘受しつつあるようにも曹操には見えていた。柳琳と同様に、そちらの才能にも長けているのかもしれない。美しい縦筋。そこを一度撫でてやっただけで、華侖は肩を大きく震わせてしまう。

 

「兄さん、わたしのことも触ってくれませんか? 姉さんの気持ちよさそうな声を聞いているだけで、身体が辛くなってしまうんです♡」

「こんなに濡らしてしまって、柳琳はいけない子だな。ならば、これはどうだ」

「やあっ、熱いです♡ 兄さんの硬いものが、お尻にこすれてぇ♡」

 

 張り詰めた男根。それを取り出すと、曹操は柳琳の尻に擦りつけていった。

 先走りと、潤滑液が混じり合っていく。強すぎない快楽。尻肉で男根を挟み込むようにすると、じんわりと拡がっていった。

 

「口から飲んだだけでは、物足りなかったのだろう、柳琳? おまえのいやらしい穴が、挿れてほしそうに開いているぞ」

「そんな、言わないでください♡ でも、こうされていると、お腹の奥がきゅうってなってしまうんです♡ 全部、兄さんがいけないんですからね♡」

「ははっ、悪いのは俺のほうなのか? いいだろう。悪態をつく妹を、兄としてしつけてやらねばな」

「うああぁ、兄さん……っ♡♡♡」

 

 男根全体に潤滑液を塗りつけると、曹操は窄まったままの尻穴に狙いをつけた。

 強烈な異物感。それを感じてか、柳琳が小さく悲鳴をあげている。構わず突き入れると、亀頭がずっぽりと窄まりの中に埋まった。狭い輪に、先端を締め付けられているようである。こみ上げてくる快楽。奥歯をかんで、曹操は挿入を続けていった。

 

「あぐっ、ン……んおおっ……♡ に、兄さんのおちんちんが、入ってきています♡ お尻の穴、そんなに拡げないでくださいぃ……♡」

「ふえっ……。る、柳琳、どうしちゃったんすか? 一刀っち、柳琳がなんだか……」

 

 太い男根に尻穴を拡張され、柳琳の身体は歓喜に湧き立っていた。

 快楽に喘ぐような声色。それも、華侖が初めて耳にするものだ。我を忘れるほどの快楽。それが、どういったものなのか。華侖の身体に教え込むつもりで、曹操は愛撫の手を強めていく。

 

「ふわあっ……!? か、一刀っち、あたしのお尻に、指……入っちゃってるっすよぉ!?」

「段々と、声が甘くなってきているな。華侖も、尻をいじられて感じているのだろう?」

「か、かんじるって? んああぁっ♡ 一刀っちになかでぐりってされると、身体がぞくぞくってするっす♡」

「無理に、頭で理解しようとする必要はないぞ。おまえは素直な子だ、華侖。だから、身体で感じているままに、気持ちよくなってしまえばいい」

「き、気持ちいい? これが、気持ちいいってことなんすか? ああっ、一刀っち……♡ あたし、もっと教えてもらいたいっす♡ これ、さっきからすごくって♡」

「嬉しいぞ、華侖。おまえが快楽を理解してくれたことを、柳琳もきっと喜んでいるはずだ」

「へへっ、そうなんすか? んんっ、だったらあたし、もっとたくさん気持ちよくなりたいっす♡ だからぁ、一刀っち♡」

 

 甘えるような、華侖の声。それを、曹操は懇願と受け取った。

 横並びになって尻穴を犯され、ふたりは悦楽に浮かされたような嬌声を放っている。上着の中で、華侖はどんな顔をしているのだろうか。それを思い描くだけでも、男根に力がみなぎっていく。その衝動が、柳琳にまで伝播していっているのだ。

 粘液によって、柳琳の肛内はすっかり湿り気を帯びてしまっている。入り口の締め付けは変わらず強かったが、包み込んでくる肉は意外と柔らかなのである。突き入れるごとに、排泄のための穴が性器へと変貌していくようだった。この快感は、柳琳にも伝わっているのだろう。滴る愛液。それが、草を淫靡に濡らしている。

 

「兄さんのおちんちん、お尻の奥の方まできています♡ これ、だめぇ……♡ わたし、はしたない声だしてしまいますからぁ♡」

「あははっ。柳琳、とっても気持ちよさそうっすね。んうっ、あはぁ……♡ 一刀っち、あたしも……もっと、もっとずぼずぼしてほしいっす♡」

 

 当初あった羞恥心など、どこかに捨ててしまったのだろう。

 閨で抱かれている時と同じ、あるいはそれ以上に、柳琳は全身を快楽で染め上げているのである。感じることに慣れてきたのか、華侖の乱れっぷりも確かなものとなってきていた。今も尻穴が、挿れている指を甘く締め上げているのである。顔を隠したままという状態。それが相まって、妙なくらい興奮をかきたてられてしまうのである。

 大きな高揚。熱となり、下腹部をずっしりと重くしていく。男根の膨張を、柳琳ははっきりと感じ取っているのだろう。肛内の奥深く。そこを突き上げてやると、絶頂したかのように柳琳は身体を仰け反らす。

 

「んぐうっ♡ はあっ、ああっ……。もう、イキそうなんですね、兄さん♡ わたしだったら、いつでも平気ですから。だから、たくさん射精してくれませんか♡ わたしのいやらしいお尻の中を、兄さんの熱い子種でいっぱいにしてほしいんです♡」

「いく? んんっ、いくって、どういう意味なんすか、一刀っち……?」

「今よりずっと、気持ちよくなるという意味だ。華侖にも、すぐにそれをわからせてやる」

「んはあっ……♡ んう、嬉しいっす♡ 一刀っち、あたし頑張るっすから。だから、もっと色んなこと、あたしにも教えてぇ♡」

 

 柳琳の豊かな乳房。それが、抽送の反動で揺れ動いている。

 全てが消えていくような感覚。ふたりの喘ぎだけが、かすかに聞こえていた。

 

「んっ、うぁああ、ううっ。イクっ、兄さん……わたしイキますっ♡ 兄さんのおちんちんに突かれながら、イッてしまうんです♡♡♡」

「うはあっ、んぐぅ、あへぇ……♡ よくわかんないけど、これがイクってことなんっすか? 一刀っち、あたし、身体がふわって……♡」

 

 肛内の締め付け。それが、はっきりと強くなっていく。柳琳が達したのと同時に、曹操は精液を吐き出していった。

 

「ああっ、熱いっ……! 兄さんの精液、お尻の中にドクドクって流し込まれています♡ 射精されながらイクの、気持ちよすぎて癖になってしまいそうなんです♡」

 

 流れ出る精液が、腸内までをも満たしていく。

 尻肉を掴みながら、曹操は男根の出し入れを続行していった。尻の中で、押し込まれた粘液がいやらしく鳴っている。清楚さの欠片もない、柳琳の乱れ具合。その姿が、曹操の興奮を後押ししているのだ。

 

「ははっ。柳琳、何度絶頂すれば、気が済むのだ?」

「んあっ、ふうぅっ……♡ 自分では、どうすることもできないんですっ♡ 兄さんのおちんちんが、気持ちよすぎてぇ♡」

 

 断続的に行われる射精。それを感じるたびに、柳琳は身体を打ち震わせているのだ。

 

「んんっ、んふふっ♡ 気持ちいいって、すごいことなんすね、柳琳……♡」

 

 ここに来た目的すら忘れて、華侖は草の上に身体を突っ伏せてしまっていた。

 初めて経験した絶頂。その波が、身体の中で渦巻いているのだろう。落ち着くまでには、かなり時間がかかりそうだった。自分も柳琳も、高揚しているのは同じである。

 長い射精が止む。息を吐きながら、曹操は快楽の余韻を楽しんでいた。

 柳琳が脱いだ服。それが、たまたま目に入ってきたのだ。外だというのに、服はきちんと畳んで置かれているのである。少し前まで行儀よく窄まっていた、柳琳の尻穴。そこから、精液がどろりと零れ落ちていく。

 律儀さと淫乱さ。その極端な有様がおかしくて、曹操は破顔するのだった。



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五 悩める呂布

 長安。ずっと寂れていた城郭(まち)は、董卓の敢行した遷都により、にわかに活気を取り戻しつつあった。

 ここには、洛陽から移されてきた、多くの人々がいる。

 多数の人間が集えば、そこには生活による流れが生まれていく。どれだけ移住に不満を抱いていようが、現実を受け入れるべき時が必ずやってくるのである。それに、物の流れさえ出来てしまえば、暮らしもある程度落ち着いてくる。なにより、この長安の宮殿には、漢の帝がいるのだ。帝がそこに鎮座してさえいれば、民衆たちの中には安堵感が拡がっていく。それは、普遍的なものだった。

 実質的な力が衰えていようと、残っているものがある。長きに渡って培ってきた権威というのは、そう簡単に消えるようなものではないのである。

 董卓の考えていたように、長安は都としての体を成すようになっていた。あとは、反抗的な諸将を抑えつけるだけなのだ。漢を再び、まとめ上げるための道筋。朧気にではあったが、それは見えかけてきているように思われていた。

 董卓による政権。それは、盤石なものになっていくと、長安の民の誰もが考えていた。帝という、権威の象徴が手許にある。袁紹を中心とした連合軍も、結果を出すことなく瓦解するに至っているのだ。

 しかし現実に、漢という国は一つにまとまることなく、乱世に突入しようとしていた。中原では、割れた連合軍の諸将が、勢力拡大に腐心しているのである。それに、太平道の撒いた乱の種もまた、急速に芽生えつつあった。

 呂布の屋敷。洛陽時代よりも大きくなった敷地には、多くの動物たちが暮らしていた。

 戦乱の世は、いくつもの孤独を生み出していく。誰かが何かを得ただけ、その代わりに失う者が現れるのである。それは、人も動物も同じだった。

 孤独による辛さ。どこにも、助けなどはない。生き抜くために、荒々しいだけだった武芸を、呂布は磨きに磨いていった。孤独。呂布が知っているのは、それだけではなかった。ひとの心の温かさ。苦渋を味わった分だけ、温もりを強く感じたのかもしれない。その気持は、自分だけのものにしておくべきではない。だから呂布は、心の赴くままに手を差し伸べる。

 身体を照らす陽光。目を覚ました呂布は、大きな欠伸をした。背中に、少し痛みがある。昨晩は、赤兎の世話をしていて、そのまま厩で眠ってしまったのである。胸元では、犬のセキトが身体を丸めて眠っていた。そのおかげで、寒さだけは感じないで済んでいる。

 セキトの頭を撫でながら、呂布は董卓のことを考えていた。

 このところ、董卓の体調があまり優れないようだった。夜になってもよく眠れず、食事を戻してしまう時まであると呂布は聞いている。

 胸のあたりが、締め付けられるように痛んだ。

 連合軍との戦が終わって、張り詰めていた身体に反動が来ているのかとも思う。自分や張遼であれば、ただ得物を振るっていればいいだけなのである。政治的な会話などに、呂布は興味を示したことがなかった。自分は、ただ戦場(いくさば)を自由に駆け回っていればいい。董卓も、呂布にはいつまでもそうあってほしいと願っていた。

 セキト。呂布の顔を見て、小さく吠えている。心に、靄がかかっているようだった。赤兎に乗ってひと駆けすれば、それも晴れるはずなのである。馬体を軽く叩いてやると、赤兎は身体を起こす。従順で、賢い馬なのである。呂布が微笑みを見せると、赤兎は控えめにいなないた。

 

「呂布将軍」

「ん……、華佗」

 

 男が、屋敷を出たばかりの呂布に手を振っている。

 華佗。気さくで、表裏のない男だった。気分屋のセキトが、懐いているくらいなのである。それからは、呂布も時々話をするようになっている。

 若いが腕のいい医者らしく、噂を聞いた賈駆が、董卓のために呼び寄せたのである。華佗は、いまも診療に行ってきたのだろうか。手には、道具をつめているであろう箱が握られている。

 

(ゆえ)、ちょっとは元気になった? ご飯をたくさん食べられないのは、すごく心配。お腹が減ってると、ちっとも力が出ないから」

「はははっ。相変わらず優しいな、呂布将軍は。太師は、ひとまず落ち着かれている。一度鍼を打てば、数日の間は元気でいられるはずだ。問題は、その後なのだが」

 

 長安に移ってから、董卓は太師と呼ばれるようになっていた。

 帝に次ぐ地位にある人物。太師というのはつまりそういうことだ、と呂布は陳宮から教わっている。

 

「数日……。たった、それだけ? 月には、ずっと元気でいてほしい。華佗、なんとかならない……?」

「当然、そうなるように努力はするさ。しかし、これは案外難しい問題なのかもしれないんだ。一般的な病魔であれば、俺は鍼でいくらでも打ち倒すことができる。それが、五斗米道(ゴット・ヴェイドー)を受け継いだ者の使命でもあるからな」

「んっ。ごと……べいどー?」

「違う! いつも言っているが、五斗米道(ゴット・ヴェイドー)だ! ……っとすまん、話を戻そうか。太師の病魔。その力の根源は、心の内側にあると俺は読んでいてな。鍼をどれだけ深く刺そうと、そこまで届くことは決してないんだ。心に潜む病魔との闘いは、五斗米道にとっても大きな課題になりそうだよ。患者の状態に応じて、俺たち医者も変わっていくことが求められているんだろうな」

「心……。月は、そのせいで苦しんでる」

「国の舵取り役という重責が、太師の負担となっているのは間違いないだろう。といって、俺に口を出す権限などはない。会うまでは、どんな恐ろしいお方かと思っていたが、鍼を打っている途中に昔ばなしを聞くことがあってな。呂布将軍が慕うのも、最近になってわかる気がしてきたよ」

 

 華佗が、自らの指先を見つめている。医術の技だけではどうすることもできないのが、悔しいのかもしれない。

 心の病。戦があると、たまに兵がおかしな状態になってしまう場合がある。どうにかして治そう、などと考えたことはなかった。闘えなくなった兵ならば、放逐してしまえばいいだけだった。董卓には、代わりなどいるはずがない。呂布は、赤兎に身体を寄りかけながら頭を悩ませていた。

 自分は、董卓のためになにができるのか。よく眠り、よく食べる。そうすれば、すぐに元気になると思っていたのだ。

 以前のように涼州で暮らしていれば、董卓が今のような苦しみを得ることもなかったのだと思う。けれども、望んでしまったのである。朝廷内に蔓延る腐敗を取り除き、漢をもう一度ひとつにする。董卓の願いは、いつ叶えられるのだろうか、と呂布はふと考えた。周辺には、敵が多すぎる。董卓が締め上げを緩めれば、長安内部でも不穏分子が活動を強めるはずである。

 ひょっとすると、この苦しみはいつまでも続いてしまうのかもしれない。息苦しさを感じて、呂布は胸のあたりをさすった。嫌な考えを取り去りたくて、頭を左右に大きく振ってみる。すると、今度は華佗が心配そうに呂布のことを見つめてきた。

 

「平気か、呂布将軍? 調子が悪ければ、いつでも言ってくれていいんだぞ。そのために、俺の鍼はあるのだからな」

「……ありがとう、華佗。だけど、(れん)は大丈夫。ちょっと、赤兎と駆けてくる。そうすれば、気分もすっきりすると思うから」

「そうか。太師の心を癒せるのは、将軍のような身近にいる人間だけなのかもしれないな。そのためにも、自分の体調には注意を払っておくんだぞ?」

「ん……、わかった。セキトも、行こ」

 

 声をかけると、セキトが器用に飛び乗ってくる。小柄な身体を抱きかかえると、呂布は腿を使って馬体を締め付けた。それで、赤兎に思いが伝わっていく。駆け出すと、華佗の姿がすぐに小さくなっていった。

 長安城外。原野を駆けていると、さわやかな風だけを感じることができた。呂布は、一心に前だけを向いている。乗り手の心中を察しているのか、赤兎は速度を上げていく。その足取りは軽やかであり、まるで跳ねているようだった。



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六 闇夜に響く音(桂花)

 原野に、砂塵が吹きすさんでいる。

 相対する軍勢。どちらも、いまは静寂に包まれていた。曹操の思惑通り、于毒ら賊軍は、糧食を追って河水(黄河)南岸近くにまで進出してきていた。数にして、五万ほど。仮初といえども、ここまで勝利を重ねていることで、士気は上がっている。一度東郡を追い出された軍勢を相手に、優位に立ち回ることができているのだ。全体として、気分が盛り上がるのは当然だった。

 東武陽から出陣した曹操は、一万五千の兵を率いていた。重装歩兵中心の軍団である。河水北岸に到着した曹操は、そこに陣を構築させた。敵軍は、自分たちの倍以上なのである。それでも、河を挟めば十分に渡り合うことができる。曹操には、その自信があった。

 

「一刀殿。陣中の見分をしてまいりましたが、特に問題は見受けられませんでした。日頃の調練が行き届いているようで、一安心といったところでしょうか」

 

 陣屋に戻ってきた郭嘉が、襟元を指で直している。少しの乱れさえ、気になってしまうのだろう。生真面目な性格は、服装にまで表れているのである。

 

「ほほう。主よ、(りん)はわれらが日々心血を注いで行っていた調練に、今の今まで疑念を抱いていたそうですぞ?」

「別に、そういった意味合いで言ったわけでは……。というか(せい)、ここが陣中だということを忘れているんじゃないでしょうね? 味方をからかって遊ぶ将軍が、どこにいるものですか」

「くははっ。稟よ、それはわたしに対するフリかなにかではないのか? ふっ……。この趙子龍、そのような安い挑発に乗ったりはせぬぞ。ここにいるぞ、とでも叫ばせたかったのだろうが、そうはいかん」

 

 どこにいようが、趙雲は悠々自適である。曹操軍は陣を張ったばかりで、賊軍は河向うにいるのである。今日明日のうちに、戦が起こらないことを趙雲は承知しているのだろう。その退屈しのぎに付き合わされている郭嘉は、疲れたように首を振っている。旧来の友人である程昱は、知らぬ顔で飴をねぶっていた。

 見かねて、荀彧が口を挟んだ。

 

「それくらいにしておきなさいよ、星。力みがないのはいいことだけれど、緊張感がなさすぎるのはどうかと思うわね」

「おお、怖い。しかし、軍師殿のお言葉はありがたくちょうだいしておきましょうか」

「ふんっ。一刀が黙ったままでいるから、わたしが代わりに言ってあげてるんでしょう? 少しは、感謝してもらいたいくらいね」

 

 振り返った荀彧は、不機嫌そうに眉間にしわを寄せていた。

 必要だと思えば、当たり前だが注意くらいはする。ただし、その基準が自分と荀彧では違うだけなのである。調子付いているだけの者であれば、曹操も厳しく接しているはずである。ふざけているように見えても、どこかで必ず線引きをすることができる。それが、趙雲という将だった。

 

「くふふー。ここぞとばかりに、正妻ぶりを見せつけてくれますねえ、桂花(けいふぁ)ちゃんは。ご主君さまに対する思いが熱々すぎて、これ以上近寄ると火傷してしまうかもしれません。稟ちゃんたちも、気をつけたほうがいいかもしれませんねえ」

「はあっ!? ちょっと(ふう)、わたしがいつ……そんな態度をとったっていうのよ!?」

「ええー? もしかして桂花ちゃん、無自覚のうちにされていたんですかあ? どちらかといえば、そちらのほうが末恐ろしいようなー?」

「うるさいわね! どう振る舞おうと、わたしの勝手でしょう!? というか一刀、アンタもちょっとはなんとか言ったらどうなのよ? これじゃあ、いつまで経っても軍議が進まないのだけれど」

 

 荀彧が、口角泡を飛ばして反論している。こうした場合、激したほうが負けるのが世の相場だった。

 普通の話題であれば、ここまで判断を間違うことなどないはずである。硬い芯。荀彧にそれが通っているとすれば、程昱にあるのは変幻自在の柔らかさなのである。眠たげな瞳は、相手に感情を悟らせない。しかし、起伏の読みにくさが、時には仇となることもある。互いに、一長一短の存在なのである。

 すべてが足りている人物など、どこにもいるはずがない。自分にも、欠けているものはいくらでもあった。虚空に消えつつある、幼少の頃の記憶。考えなければ、どうということはなかった。一刀という名。真名としていなければ、それも塵と消えていたのか。

 程昱には、正面から闘う気など初めからなかったのである。言葉の剣をのらりくらりと交わしながら、曹操の影に程昱は隠れてしまう。戦意をあからさまにしているのは、荀彧ひとりだった。

 

「桂花。おまえと稟とで、戦の細部を詰めておけ。しばらくは、にらみ合いになる。兵糧だけは絶えさせるな」

「わかっているわよ、そのくらい。こっちが賊軍を引きつけている間に、秋蘭(しゅうらん)の別働隊が敵の根城を襲う。そのためにも、本気で闘ってるって雰囲気を出さなくちゃいけないんでしょ」

「時が来れば、河を渡ることにもなるだろう。そちらの準備も、少しずつ進めておくことだ」

「一刀殿。渡渉については、わたしのほうで受け持ちましょう。桂花には、全体の動きを注視しておいてもらいたいですから」

 

 郭嘉が、進み出て言った。

 半月もすれば、状況に変化が訪れているはずである。夏侯淵の補佐として、徐晃をつけてあった。着実に事を運べる両人なのである。それに夏侯淵は、進軍の手際にかけては突出したものを持っていた。その速さは、曹操軍においても比肩する者がいないほどなのである。

 

「いまのうちに、河岸を見ておきたい。星と風は、俺の供をしろ」

 

 自分たち以上に、攻め側である敵軍は、渡渉の機会を狙っているのである。

 来るとすれば、どの地点から攻め上がろうとするのか。それを、自分の眼で見て確かめておく必要があった。

 

「はいはーい。それでは桂花ちゃん、しばらくご主君さまをお借りしますねえ?」

「ちっ……。なによ、勝手にすればいいじゃない。こっちはこっちで、一刀に命じられた仕事があるんだから」

「ふふふー。ではでは、そのように。稟ちゃんも、お仕事がんばってくださいねー」

「風をお願いします、一刀殿。居眠りをしていた時には、容赦なく起こしてくださってかまいませんので」

「あうう……。宝譿(ほうけい)、稟ちゃんはこう言っていますが、風はどうするべきなんでしょうかー?」

 

 形勢が悪くなってきたと、程昱は感じているのだろう。頭に鎮座している宝譿が、なにやら言葉を発し始めている。程昱の手を引いて、曹操は陣屋を出た。趙雲が、小走りに続いている。

 会話が聞こえていたのか、外では楽進と典韋が馬を用意して待っていた。河からくる、湿気を含んだ風。それを感じながら、曹操は自分の馬にまたがった。

 

 

 陣を張ってから、十日ほどが経過していた。

 渡渉を企てた敵軍との小競り合いが一度あったが、規模は小さかった。敵はこちらの守りの薄い部分を、見極めようとしているのか。戦機、いまだ熟せず。いずれにせよ、そうした雰囲気が両軍の間に流れていた。

 

「間者から聞いているか、桂花。董卓は、あまり具合がよくないようだ。洛陽を焼いたことを気に病んでいるという者がいるが、果たしてどうかな」

「さてね。それは、わたしたちにとってはどちらでもいいことよ。それに、いま長安でなにか起きたとしても、手を出せるわけではないもの」

「それもそうか。せめて(えん)州一帯を抑えてしまわなければ、うって出ることも叶わぬ」

 

 付近を記した絵図を見ながら、曹操が呟いた。いくら董卓が弱っていようと、その麾下には呂布がいる。呂布の武威による圧力は、かなりのものがあるのだ。それは、曹操も身を以て知っていることだった。

 陣屋内には、荀彧がいるだけだった。将軍たちには、盛んに調練を行わさせていた。こちらに闘う気があるということを、敵軍に知らしめるためでもあった。夏侯淵から、河内郡に入ったという報告が届いたのは、今朝のことだった。朝歌に残った敵軍は、わずかなはずである。夏侯淵には、一万をこえる軍勢を与えてあるのだ。名目上はこちらが本隊ではあるが、通すべき本命は夏侯淵の部隊なのである。

 

「ねえ、この話を知っているかしら?」

「なにか、おもしろいことでもあったのか。稟が鼻血を吹いたくらいでは、いまさら驚かんぞ?」

 

 立ったままの荀彧が、腰に手を当てて背中を反らしている。少し休憩を入れるつもりにでもなったのか、表情にもいくらか緩みが見えていた。

 

「違うわよ。けれど、稟の過敏さは、なんとかするべきなのかもしれないわね。戦の最中に同じことをされたら、さすがにたまらないもの」

「稟のことであれば、俺がどうにかしよう。前々から、手を打たなければとは思っていたのだが」

「ふうん……? さっさと手籠にするかと思えば、泳がせるときだってあるのね。所詮変態の考えることだから、わたしには理解不能なのだけれど」

「はははっ。今日の桂花は、随分と手厳しいな。それで、稟でなければなにがあった」

「なんでも、夜になるとどこかから、妙な物音が聞こえてくるらしいのよ。それで、歩哨に立っている兵士が気味悪がっていてね」

 

 荀彧が、話しながら肩をすくめている。

 軍議のときには話題に上らなかったから、敵軍がなにかやっているわけではないということである。荀彧のことだから、事前になにかしらの調査は行っていたのだと思う。そのうえで、放っておいてもそれほど問題にはならない、と判断したはずなのである。しかし、曹操には引っかかる部分があった。

 

「末端からおかしな噂が拡がると、よくないのではないか。そこから士気が落ちれば、戦にも影響がでるかもしれん。紅波(くれは)の配下を使ってもいい。いま少し、詳しく調べさせておけ」

「了解よ。毎日同じ方角から聞こえてくるって話だから、すぐに音の正体もわかると思うわ」

「調査が済み次第、俺に知らせろ。場合によっては、出向くことも考えておく」

「わざわざアンタが? なによ、まさか女の匂いを嗅ぎ取ったんじゃないでしょうね」

「そんなはずがないだろう。それとも、俺は女を食らう化け物かなにかなのか、桂花?」

「あながち、大きく外れてもいないと思うのだけれど? 性欲にまかせて女を襲う、変態孕ませ精液男じゃないの、アンタは」

「ひどい言い様だな、それは。襲う相手は、これでも慎重に選んでいるつもりなのだが」

 

 後ろから、荀彧の身体を抱き寄せる。

 小さな身体。そこから、甘い香りがふわりと漂っている。細い髪。鼻を近づけると、くしゃりとつぶれてしまう。それで、香りはより顕著なものとなっていく。

 

「んっ……。ほら、やっぱりすぐに女を襲う変態なんじゃない。やっ、そんなものを、押し付けないでちょうだい」

「桂花の魅力に、やられてしまっているせいなのだよ。だから、こうして反応してしまうのだ」

 

 小ぶりだが、柔らかさのある尻だった。着物のうえから押し付けているだけでも、心地よさを感じてしまう。

 嫌がってはいるものの、荀彧は逃げ出そうとはしなかった。陣屋の中で行う情事に、興奮を得ているのかもしれない。

 

「ほんっと、救いようのない変態なんだから。ちょっと、服……ずらさないでよ!」

「安心しろ、すぐに済ませる」

「はあっ!? ちょ……ばかっ……。安心って、そんなのできるわけが、ふあぁあ……!?」

 

 ずらした着物の間から、白い尻がのぞいている。股の間に手を差し込み、曹操は荀彧の陰部の具合を確かめた。

 指に、温かさを感じている。体温のせいだけでは、ないはずだった。粘り気の少ない愛液。それが、指に付着しているのだ。

 軽く入口をかき回してみる。腕の中にいる荀彧。ぞくりと、官能的に身体を震わせる。その可愛らしい姿に、曹操は興奮を高めていった。男根は、すでに限界まで張り詰めている。

 

「挿れるぞ、桂花」

「あっ、ちょ……、ちょっと待ちなさいよ……!?」

 

 荀彧の着物を膝までおろし、膣口に亀頭をつける。幾度も味わっている中なのである。かたちは、すっかり自分に合うように変わっているのだ。腰。推し進めると、すんなりと奥まで飲み込まれていった。

 

「ふあっ、んぐっ、んっ……ああっ♡ やあっ、そんな。わたし、挿れられただけでイッちゃうなんて……♡」

「好きなだけ、気持ちよくなればいい。桂花の可愛らしい部分を、俺はもっと見てみたいのだよ」

「そんな、そんなの……っ。はあっ、ふっ、ああっ。きてる……、一刀の太いのが、奥にたくさんきちゃってる!」

 

 甘い嬌声。脳内に、直接響き渡るようだった。

 興奮を、抑えることができなかった。膣肉が、甘美にまとわりついてくる。ほどよい締め上げ方で、ずっと味わっていたくなるような気持ちよさを与えてくるのである。

 子宮の入り口を休みなく責め立てられて、荀彧は余裕なく感じ続けていた。愛液にも、いくらか粘りがでてきている。男根を半分ほど引き抜くと、女陰(ほと)がぐちゅりと淫らな音を立てた。

 

「一刀♡ ひゃうっ、やぁあっ……。あっ、はあっ、かずとぉ……♡」

「さて、俺はどうするべきかな、桂花。今日は子種を、どこに出して欲しいのだ?」

「やあっ、なかだけはだめ、絶対だめなんだから。アンタみたいな変態の赤ちゃん、孕まされるのやなのぉ……♡」

 

 荀彧が、弱々しく首を左右に振っている。けれども、言葉の端々には甘さが溢れてしまっているのだ。それが、曹操の情欲をさらに大きくしていった。

 

「俺は外に出しても構わないが、桂花は着物が汚れてしまってもよいのか? それでは、俺と交わっていたと、自分で喧伝しているようなものだが」

「ひぐぅ……!? だめ、それはもっとだめ。わたしは、そんないやらしい女じゃ……。ああっ、またイクっ。いやっ、ひゃうっ、んあぁあっ♡」

「結局どうされたいのだ、軍師さまは。さあ、早く答えなければ、勝手に種付けをしてしまうからな?」

「へぇっ……? ン、んあっ、そんなに、激しく突き上げないで。わたしの身体、おかしくなっちゃうからぁ!」

 

 種付けという言葉を強調するかのように、曹操は男根の先端を最奥に擦りつけている。強い締め付け。荀彧の身体は、子宮で精液を飲みたがっているのである。

 

「なかっ、なかでいいから。お願いだから、着物だけは絶対に汚さないで。わたしまで、変態の仲間だと思われたくないんだもの……♡」

「そうか。ならば、望み通り子袋にたっぷり飲ませてやろう。いくぞ、桂花」

「ああっ、きてる。一刀のぶっといのが、中でまた大きくなってる……♡」

 

 竿の半ばまで、精液がせり上がってきているのだろう。荀彧の甘い声に耳を傾けながら、曹操は全力で腰をぶつけていった。

 

「くっ……。中出しするぞ、桂花。おまえの膣内を、俺のものでいっぱいにしてやる」

「ふぁ、あぁああ、あっ、ううぅうう……! はあっ、きてぇ……! ああっ、先っぽふくらんでる。一刀の精液、たくさんきちゃうのぉ♡」

 

 最後のひと突き。気持ちよさが、爆発するように溢れていく。

 荀彧も、それは同じなのだろう。絶叫しかけた口を、曹操が指で塞いだ。唾液の音。激しく、吸い上げられている。かすかに痛みが生じているのは、荀彧が指を噛んでいるせいなのだろう。絶頂の反動が、それほど大きなものだという証拠である。

 

「んむっ、んふぅううう……!! んじゅっ、じゅるっ……。もごっ、んうぅううう……♡」

 

 狭い膣内。溜め込んだ精液を放つと、一瞬で満杯になっていく。

 荀彧は、身体を震わせながら口内に含んだ指をむしゃぶり続けていた。その舌の動きは、あたかも男根に対する奉仕をしているかのようである。

 

「んじゅうっ、れろっ。はぁ、かじゅと……♡ んぷっ、ちゅうっ、ちゅうぅうう」

 

 絶頂の余波。消えることなく、残っている。脳内は、まだぼんやりとしたままだった。

 最初そうしていたように、曹操はまた荀彧の香りを楽しんでいた。甘い。けれども、いまはその中に女の匂いが混じり合っている。

 

「はあっ、ああっ……。なか、熱い……。わたしまた、こんなに出されちゃったんだ……。んっ、ああっ♡ ねえ、いい加減……抜いたらどうなのよ……? こんなの、挿れっぱなしにされていても、苦しいだけなんだから」

 

 言葉とは裏腹に、膣肉は男根を甘く締め上げている。脈打つ男根。出し切れていなかった精液が、搾り取られていく。

 荀彧の本心は、どちらにあるのか。それは、考えるまでもないことだった。頬に口づけながら、ゆっくりと腰を引き抜いていく。最後まで甘えようとしてくる膣襞が、どこか切なさを感じさせる。自分の身体のことだから、荀彧にはそれがわかってしまったのだろう。だから、決してこちらに顔を向けようとはしないのである。

 

「調査の件、確かにまかせたぞ。俺は、調練の様子を見てくることにする。おまえは、しばらく休んでいるがいい」

「あっ……♡ う、うん。なにかわかれば、すぐに報告するわね、一刀」

 

 情交の熱が、まだ燻っているのだろう。荀彧の声からは、艶っぽさが感じられた。

 陣屋を出て、曹操は外の空気を吸い込んだ。すっきりとはしているが、どこか寂しさがあるのだ。典韋が、護衛のために駆け寄ってくる。その小さな頭を軽く撫でながら、曹操は気持ちを戦に向けていた。



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七 涼州からきた家出娘

 陽が落ちかけている。

 河水(黄河)は、静かな水面をたたえている。于毒らが率いる賊軍は、陣に閉じこもったままだった。

 曹操軍は、油断なく守りをかためていた。これまで抜いてきた守軍とは、なにかが違っている。そうしたことに、敵軍は気づきはじめているのかもしれなかった。

 陣には、滞ることなく兵糧が届けられていた。どこを経由し、一度にどの程度の量を運ぶのか。あくまでも、自分たちは自領の守備をしているに過ぎないのである。そのことを踏まえて、荀彧は無理のない輸送体系を作り上げていた。少量を日に何度か運び入れ、それをいまは三箇所の拠点に分けて保管している。現状闘っている相手だけを見れば、慎重すぎるくらいのやり方だった。

 荀彧が見ているのは、眼の前の相手だけではないのだろう。調練でやっていることを、実戦の緊張感のなかで兵たちにやらせている。これは後々のことを見据えた実地訓練なのだと、曹操は理解していた。

 

「ほんっと、変なところでマメなんだから。別に、アンタ自身が出ていくこともないと思うんだけど? 春蘭(しゅんらん)はないにしろ、(せい)に一任したっていいじゃない」

 

 陣を出ようとする曹操を前に、荀彧がぽつりともらした。

 時刻でいえば、もうすぐのはずだった。おかしな音は、陽が落ちるころ鳴りはじめ、途切れることなく夜半まで続く。鈍く、辺りに響き渡るような音。なんでも、大きな木に剣を打ち付けているというのだ。朝になってから確認しに行ってみると、まず斬れないであろう太さの幹に、無数の太刀筋がついているのだという。その音が陣にまで響いて、兵たちを恐れさせていたのだ。調査にあたっていた間者は、さらに深く探りを入れようとしたようだった。けれども、遠巻きに見ているしかなかったのだという。

 うかつに近づけば、斬られてしまう。そのくらいの恐怖を、感じさせられたのかもしれない。敵陣を探るよう命じられたのであれば、間者も意を決して懐に飛び込んだに違いないのである。ある意味、自分の気まぐれから与えた任務なのだ。だから曹操も、間者を必要以上に責めようとはしなかった。

 他者を恐れさせるような武威。それほどの器量を持った人物が、幸運にも近くにいるのである。誰かにまかせるのではなく、自らの眼で確かめてみたい。心が湧き立っているせいか、曹操の足取りは軽かった。

 護衛としてついてきているのは、典韋と趙雲だけである。典韋は兵の同行を提案してきたが、曹操は断った。物々しい出で立ちで赴けば、無為に警戒心を抱かせてしまうかもしれない。それに、気にしなければいけない相手は、対岸にもいるのである。だから、出来得る限り少数で動くことが、いまは望ましかった。

 篝火の光。先頭を歩く典韋が、周囲を照らしている。

 大きな木が見える。近寄ると、曹操は木肌の感触を手で確かめはじめた。いくつもの傷。斧などではなく、剣による傷跡なのだろう。窪みに残るささくれからは、荒々しさすら感じられるようだった。

 趙雲が、小さく声を発した。横にいる典韋もうなずいている。件の音。それが、林のなかに響いていた。

 

 

 白刃が、妖艶な光を放っている。

 普段であれば、全身を呑まれるような闇が拡がっている時間帯なのである。ひとりの女が、空を見上げていた。丸い月。輝いている。強すぎない光が、大地を優しく照らしていた。

 女が剣を構え、深く息を吸い込んだ。眼は、木の幹だけを見つめていた。立ちはだかるように佇んでいる木。物静かで、超然としているようだった。脚に力をいれ、女は直線的に斬り込んでいく。馬の尾にも似た髪が、ゆらゆらと揺れている。

 馬超。それが、女の名だった。

 故郷である涼州をでたのは、ふた月ほど前のことだった。暮らしに不満があったわけではない。涼州での生き方が、馬超は好きだった。来る日も馬とたわむれ、なにかに縛られることなく生きていく。以前はもっと争いのある土地だったようだが、馬超が幼い頃の話であり、よく覚えていなかった。

 それでも、涼州が完全に平和になったわけではなかった。涼州は、外敵の脅威にさらされている地でもあるのだ。共存している羌族も多いが、時折叛乱を起こしたり、外から軍勢を侵入させてくることがある。そんなとき、馬超は常に先頭を切って闘っていた。戦をすれば、血が湧き立つ。闘いは、嫌いではなかった。

 母である馬騰。戦に明け暮れ、涼州を分断したことのあるような人物だった。それが、いまでは涼州の民たちから慕われるようになっている。口には出さないが、馬超はそんな母のことを誇りに思っていた。

 その馬騰の様子が、近頃変わってきているのである。なにかにつけて、帝を話題に上げようとする。はじめは、そんなこともあるのだろう、と馬超は思っていた。

 漢の端にある涼州にとって、帝は遠い存在だった。中央からやってくる役人は、統治の方法がなっていないことが多かった。中原でのやり方を、涼州に当てはめようとする。それではだめだということを、理解できないのである。

 涼州は、涼州だけで生きていけばいい。馬超は、そう考えるときがあった。

 これまでも、ほとんどそうしてきたようなものなのである。外敵が攻めてくれば、打ち払う。そのための力は、持っているのだ。

 涼州全土が結束すれば、二十万の軍勢にはなるだろう。戦力としては、それだけあれば十分すぎるくらいなのだ。それに、西域との交流を盛んにすれば、暮らしをもっと豊かにすることもできるはずだった。しかし、中央の(まつりごと)がそれを許さないのである。涼州に不穏な気配が漂えば、即座に軍を派遣する。それが、漢という国のやり方だった。

 帝を、お守りしなければ。馬騰の、口癖のようになっている言葉だった。心境の変化が訪れたのは、いつ頃だったのか。思えば、一度帝が主催する茶会に招かれたことがある。辺境の地に暮らしているだけに、声がかかるとは思っていなかったのだろう。拝謁できたことに、母はいたく感激していたように思う。それに、歳を重ねなければ、見えてこないものがあると聞いたことがある。そうした経験が絡み合って、母は帝を守れと口うるさく言っているのか。

 馬超の妹たちは、馬騰の発言を大して気にしていなかった。帝はいま、長安にいる。長安は、洛陽と比べて涼州に近い場所にあるのだ。だから、そうした気分になっているだけなのだろう。ときが経ち、気持ちが冷めれば、またもとの馬騰に戻るはずである。そのくらいにしか、考えていなかった。

 

「ふっ」

 

 剣を振る。

 考えがまとまらなくなったとき、馬超は剣を握るようにしていた。切っ先が迷えば、斬れるはずのものすら、斬れなくなってしまう。剣は、自分の写し鏡のようなものだった。

 若い頃、馬騰は木こりをして生計を立てていたのだという。だから、いまになっても、どんな木であろうと見事に斬ってみせるのだ。自分はまだ、その領域に到達することができていない。母だって、迷えば切っ先が鈍るはずだった。そう思って、馬超は大木に向かい続けていた。

 自分は、知らないことが多すぎる。涼州での暮らしは捨てがたかったが、気がつけば飛び出していた。昔から、考え込むのは苦手だったのである。涼州だけでなく、中原のことをもっと知らなければ。決意した馬超は、ただ東へ駆けていた。

 (えん)州まで来る途中、焼け落ちた洛陽のそばを通ってきた。

 董卓。自分と同じ、涼州を故郷とする人物だった。

 都を焼く。言葉にするのは簡単だが、よほどの気持ちがなければ出来ないことだ、と馬超は思っていた。涼州にいるときの董卓を、何度か見かけたことがある。優しげな風貌で、とても乱世に打って出られるようには見えなかった。それがいまでは漢の太師であり、政治を思うがままに操っているのだ。戦乱の世は、ひとを変えてしまう。それとも、生き抜くためには、変わらなければならないのか。

 切っ先が揺れる。硬い芯に、刃が弾き返されたようだった。

 どのくらい、剣を振り続けていたのか。無数の傷跡。それでも、木は静かな構えを崩してはいない。

 

「誰だ」

 

 木々のなか。声が、吸い込まれていった。乾きのせいで、少々かすれている。けれども、見えない誰かには、はっきりと聞こえているはずである。

 篝火を先頭に、人影が三つ出てくる。男がひとりに、女がふたりだった。明らかに、近くに住んでいる農民ではなかった。鑓をたずさえた女は、油断のならない気を放っている。

 

「誰だ、アンタたち。あたしに、なにか用でもあるのか」

 

 剣を構え直す。土地勘がないから、囲まれればそこまでだった。しかし、周囲に軍勢のような気配はない。多分、三人のほかには誰もいないのだろう。

 前に出ようとする女を、男のほうが止めている。剣を向けられても、慌てるような素振りはない。むしろ、笑っているように馬超には見えていた。

 

「嗅ぎ回るような真似をして、すまなかった。俺は曹操。太守として、この辺りを治めている者だ」

「はあ? その太守さまが、どうしてこんな場所にいるんだよ。それに、曹操殿ならば、いまは戦をしている最中のはずだろうが。つまらない嘘なんて、あたしは聞きたくないぞ」

「ははっ。そうか、嘘と申すか。しかし、困ったものだな。星よ、俺はどうすればいい?」

 

 男が、後ろ控えた女に笑いかけている。

 曹操。その名は、馬超も記憶していた。洛陽が焼かれたとき、真っ先に出ていったのが曹操なのだ。董卓擁する大軍に、小勢でありながら果敢に立ち向かったのだと聞いている。

 洛陽を通り過ぎるかたわら、馬超はどこへ向かうべきか考えていた。やはり、袁家による統治を見に向かうべきなのか。荊州にいる孫堅も勇名を馳せており、馬超にとって気になる存在だった。それとも、別の誰かか。浮かんできたのは、曹操の名だった。

 迷った場合は、直感に従ってみるほかない。涼州を出たときも、そうしてきたのである。数日経ったとき、馬超は(えん)州の土を踏んでいた。曹操が戦をするという噂が聞こえてきたのも、その頃なのである。

 

「面倒そうな女ですな。主よ、ここはわたしの腕を頼ってくださいませぬか。一度打ちのめせば、容易に連れて行くこともできましょうし」

「せ、星さん。いくらなんでも、それは乱暴すぎますってば」

 

 女が、挑発的な視線を向けてくる。腹は立ったが、自分のことを試しているようでもあった。ここは、我慢して堪えるべきだ。馬超は、平静を保とうとしていた。

 自ら曹操と名乗った男。素直に信じることなどできなかったが、でまかせを言っているようには思えなくなってきていた。立ち居振る舞いは落ち着いているが、視線だけは決して外そうとしないのである。その眼には、力強さが宿っていた。母とはまた違う、強さを持った眼なのである。

 

「名を、聞かせてはもらえないだろうか」

 

 曹操だと名乗った男が、柔らかく笑んでいる。名前くらいなら聞かせてやってもいいだろう。馬超は、なんとなくそんな気持ちになってきていた。

 

「馬超だ。生まれは、涼州」

「ほう、涼州の馬超か。その馬超が、はるばる(えん)州まできてなにをやっている」

「武者修行、のようなものかな。あたしには、知らないことが多すぎる。だから、いつまでも涼州に閉じこもってちゃいけないって、そう思ったんだ。戦にしたって、あたしは涼州でのやり方しか知らなくってさ。曹操殿が戦をやるって聞いて、ここまで見に来たんだ」

 

 曹操の眼が、輝きを増している。意識せずに、馬超は剣を下ろしてしまっていた。きっと、この男は嘘をついていない。本能が、そう感じ取っているのだ。

 言葉が、いくらでも湧いてでるようだった。涼州を離れてから、あまりひとと接してこなかったせいなのかもしれない。曹操は、優しげに笑ったままだった。

 

「見ているだけで満足なのか、馬超?」

「そりゃあ、できれば戦にもでてみたいけどさ。あたしは、ひとりっきりなんだ。家をでるときだって、黙って抜け出したようなものなんだよ」

「ひとりか。ひとりは、つまらぬものだ。はじめはいいが、時々思い出したように辛くなるときがある」

「ははっ、なんだよそれ。でも、そうなのかもな。ずっと母さまや妹とたちと過ごしてきたから、いまは静かすぎるくらいでさ」

 

 いまの自分と同じような経験が、曹操にもあるのだろうか。

 書き置きだけは、居室に残してきていた。それを読んだところで、連れ戻そうなどと考える母ではなかった。

 

「あの、馬超さん。お腹は、空いていませんか?」

「へっ? ああ、確かにそう言われると……。最近、まともに食えてなかったからなあ」

「よかった。だったら、わたしたちの陣に、ご飯だけでも食べにきてください。ありもので作ることにはなりますけど、きっと満足させてみせますので」

「ほ、ほんとにいいのか? えっと、曹操……殿?」

 

 ひとは、空腹には抗えない。剣を振っていたせいで、余計に腹が減っているのだ。いつもならば、寝て忘れてしまうところだった。

 

「ふっ。ようやく、信じる気になったのか?」

「なんだか、不思議な気分だよ。最初はそんなわけないって思っていたのに、あんたが嘘を言ってないって思えるようになってきたんだ。……ほんとに曹操殿、なんだよな?」

「ははっ。まだ疑いが残っているではないか、馬超。よい、陣までくれば、すぐにわかることだ」

 

 曹操の明るい声が、暗闇に拡がっていく。

 剣を鞘に収めると、馬超は立て掛けておいた鑓を手に持った。本来、得意としているのはそちらのほうなのである。

 

「馬超よ。先ほどは冗談で言っただけだが、おぬしの腕前を見てみたいという気持ちは本当だ。我が名は趙雲。あとで、手合わせを願おうか」

「おう、いいぜ。剣のほうはまだまだ修行中だけど、鑓ならあたしにも自信がある。楽しみにしているよ、趙雲殿」

 

 満月が、ひときわ強く大地を照らしている。

 思いがけない出会いだった。感覚を信じて動いていなければ、こうして曹操に(まみ)えることもなかったのだと思う。いままでとは違う日々。それが、ここからはじまっていくのではないか。そんな予感を抱きながら、馬超は曹操のあとを追っていた。



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八 客将馬超

 陣内に、活気が生まれつつあった。

 曹操軍の兵士は、さすがによく鍛えられている。全体から闘気を感じられるようになっているが、浮足立った様子はどこにもなかった。将軍たちによる抑えが、しっかりと効いているのだろう。戦場につくまえに、全てを出し切ってしまっては意味がないのである。冷やさず、されども熱しすぎず。部隊ごとにまとまった軍団が、出陣のときを待っていた。

 武装した将兵。その間を、乗馬した曹操が通り抜けていく。颯爽としており、伸びた背からは風格すら感じさせられた。

 あの夜のように、典韋が護衛をつとめている。そのあとから、楽進に率いられた旗本が続々とやってくる。曹操が馬を止めると、全員の視線が集まった。普段軽口を叩いている趙雲も、さすがに表情を引き締めていた。肌を刺すような空気感。馬超は、出陣前に訪れるこの瞬間が、嫌いではなかった。

 いまごろ、対岸にいる敵軍は慌てて軍議でもしているのではないか。具足を身に着けながら、曹操が話していたことだった。

 夏侯淵率いる別働隊が、河内郡にある敵城を囲っている。

 城兵は少数であり、数日あれば陥落させてみせる、と言ってきているようだった。自分のような客分に語るのだから、実際にそうなのだろう。敵軍は、自分たちが攻めることばかり考えて動いている。加えて、後方の本拠地が極めて不安定な状況になっているのだ。

 渡渉に移るのであれば、いまだった。行動が遅れれば、五万の軍勢をそのまま逃がすことにもつながりかねない。敵陣に虚実の情報を与えながら、曹操は攻撃に転じる機会を待ち構えていたのである。

 

(すい)

 

 下知を終えた曹操が、馬を寄せてきた。

 真名を預けたのは、先日のことである。そちらの名で呼び合うようになっていたのは、曹操だけではなかった。軍師には変わり者が多く感じられたが、気質の合う将軍たちとはすでに打ち解けることができている。

 一度鑓を合わせれば、相手の性分がよく見えてくるのだ。卓抜した武人同士だからこそ、できるやり方だった。夏侯惇はわかりやすすぎるくらいだったが、趙雲も奥底に熱いものを秘めている。それだけわかれば、十分なのだった。

 戦は、すぐにでもはじまるのだろう。この軍勢のなかに飛び込んで、自分も存分に鑓を振るってみたい。そんな思いを持ちながら、駆け出していく軍勢を馬超は見送っていた。中原までやってきたのは、涼州の外での戦を知るためでもあるのだ。

 曹操は、大きな野心を抱いている。遥か遠い場所にある夢といってもよかった。

 この国の覇者となり、乱れた秩序を復活させる。それをやるのは、董卓でも、袁家の誰かでもない。

 馬超のまえで、曹操はそう言い切ってみせたのである。

 血が湧き立った。戦場でなくとも、こんな気持になることがあるのか、と考えさせられた。馬超にとって、それは初めて経験することだったのである。

 自分は何者で、なにを成すことができるのか。闘い続けていれば、それが見えてくることがあるのかもしれない、と曹操は話していた。迷いを持っているわけではないのだろう。曹操は、ただ純粋に疑問の先にたどり着きたい、と考えているようだった。

 

「戦にでてみる気はないか、翠。こちらの準備ならば、整っている」

「えっ? いいのか、一刀殿? あたしのようなよそ者が混じれば、歩調が乱れるかもしれないぞ」

 

 言葉こそ消極的だったが、馬超の右手は早くも鑓を握っている。その姿を見て、曹操は嬉しそうに笑った。

 

「ははっ。おまえひとりが入って乱れるような軍勢など、俺は作り上げてきたつもりはないぞ。闘う気があるのならば、(せい)の部隊に合流してみるのだな。涼州の騎馬隊には劣るかもしれぬが、悪くない動きをする」

「調練だったら、何回か見させてもらっているよ。良馬さえそろえば、この軍の騎馬隊はもっと強くなるはずだ」

「そう見えたか? ならば、今度軍馬の選定にでも付き合ってもらうとしようか。翠の目利きがあれば、心強いかぎりだ」

「ああ、いいぜ。なんなら、一刀殿の乗馬も見繕ってあげようか?」

「ほう、それは楽しみだな。商人には、よい馬を連れてくるよう言い聞かせておこう」

 

 曹操が、冗談めかして笑っている。その気になっていく自分を、馬超は抑えきれずにいた。

 ずっと話していたのでは、趙雲の部隊に追いつくことができなくなってしまう。対岸への渡渉は、浮かべた船に足場を並べて行うと郭嘉が言っていた。本隊を渡すための陽動を、先行した曹純がやっている。

 

「一刀殿。それじゃ、お言葉に甘えて行ってくる」

「存分に暴れてくるのだな、翠。向こう岸で、落ち合おう」

 

 馬超が、馬に飛び乗った。涼州から連れてきた愛馬なのである。気合を入れて駆けさせれば、中原の馬を置き去りにするくらいの力があった。

 趙雲に率いられた部隊は、すぐに見えてきた。(かぜ)。戦場におもむくまえの、風なのである。それに全身を吹かれながら、馬超は気力を充実させていた。

 

 

 馬超と入れ替わるようにして、程昱がやってきた。こちらが話し終わるのを、待っていたのかもしれない。他人の事情など考慮していないように見えて、その実動きをしっかりと観察している。それが、程昱だといっていい。

 曹操率いる部隊は、今回後詰のような役割を受け持っていた。渡渉を取り仕切っている郭嘉は前線にでていっているが、それ以外の軍師はまだ本陣に残っていた。

 

「おうおう兄ちゃん。アンタも、なかなかのワルだねえ。あんな初心(うぶ)()をつかまえて、あの手この手で口説き落とすときたもんだ。こりゃあ、お天道様が黙っていないと思うぜぇ?」

「こら宝譿(ほうけい)。ご主君さまが寛大なお方だからといって、いくらなんでもその言い草はないでしょう。くふふっ。それで、ほんとのところはどうなのですか、ご主君さま? まさかもう、翠ちゃんとはくんずほぐれつのご関係にー?」

 

 にやける程昱から顔を背けると、たまたま近くにいた荀彧と眼があった。機嫌がよくないのは、明白なのである。口を動かしているわけでもないのに、小言が聞こえてくるようだった。

 

「しばらくの間、翠には客分として働いてもらうつもりだ。これからは、とにかく将が入り用になってくる。いずれは、麾下として迎えたいとは思っているが」

「ですねー。あの星ちゃんと互角にやり合えるんですから、ぜひとも残っていただきたいものです。さて、翠ちゃんに関しては、ご主君さまにおまかせするとして」

「本題があるようだな、(ふう)。放ってある間者が、なにか知らせてきたか」

「ふふふー。さすがはご主君さま、風の本心など、とっくにお見通しというわけですねえ」

 

 程昱が、飴で口もとを隠しながら表情をほころばせている。それに合わせて、頭に乗った宝譿も仕草を変化させているが、原理はよくわかっていなかった。李典が分解させてくれとせがむのも、当たり前といえばそうなのかもしれない。

 なにかあったとすれば、長安、あるいは荊州あたりなのだろうか。青州を拠点とする黄巾賊の集団も、気がかりといえばそうだった。暴威はやがて渦を巻き、いずこかの土地に襲いかかると見て間違いない。

 

「長沙にいる孫堅さんが、襄陽(じょうよう)に向けて兵を進発させたそうです。遠くないうちにそうなるだろうとは思っていましたが、ここで動いてこられましたねえ」

「劉表では、あの孫堅軍の相手はまず務まらんだろうな。荊州を奪れば、孫堅の力はかなり大きくなる」

 

 孫堅が、徴発した兵士を激しく鍛え上げている。それは、前々から耳にしていたことだった。

 つけ入る隙きを、劉表軍が見せたということなのだろう。孫堅のもとには、優秀な軍人がそろっている。長女である孫策も、連合軍では目立った存在だった。それに、孫堅を救援したときに遭遇した華雄という将軍が、いまではその麾下となっているのだ。今後も、孫堅軍については、動向を詳しく追わせるつもりだった。

 腕組みをしたまま、荀彧が歩み寄ってくる。どうやら、話したくないというわけではないらしい。荀彧の様子を見て、程昱がおかしそうに声をもらしている。

 

「荊州をとったら、そのつぎにどこを狙うのかしらね、孫堅は。わたしだったら、うるさい袁術を始末しようとするのかも」

桂花(けいふぁ)らしい意見だな、それは。だが、袁術との同盟を維持したまま、揚州獲得を目指す可能性もなくはないだろう。故郷である土地を、いつまでも他者にまかせておくことはしないと思うがな、あの御仁は」

「ふうん。ちょっと前まで女にかまけていたにしては、まっとうな意見が言えるんじゃないの。安心したわ。その頭につまっているのは、あの汚らしい汁だけではなさそうね」

 

 荀彧が、小さく鼻を鳴らした。いまは、眼だけがこちらを向いている。少しは、機嫌を直してくれたのかもしれない。

 

「とまあ、おなかを空かせた野犬でも、素通りしてしまいそうな桂花ちゃんの嫉妬心は、どこかに置いておくとしてー。ご主君さま、旗本さんたちが、さきほどから出陣を待っておられるようですけどー?」

「そろそろ頃合いか。桂花、風。本陣を、十里ほど前に出すぞ」

 

 陣形を組み、兵士たちが駆け足で進んでいく。不満に彩られた荀彧の声は、その雑踏のなかに消えていった。

 雲がなく、晴れ渡った空である。それを見上げた曹操が、ちょっと目を細めてしまう。孫堅の、けもののような雄叫び。耳をすませば、それが聞こえてくるようだった。



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九 孫堅の挑発

 杯を満たしていた酒を、一度にあおる。少し肌寒さを感じるくらいの夜だった。篝火の弾ける音。陣屋のなかで、それだけが聞こえている。

 濡れた唇。ゆったりとした動作で指でぬぐうと、孫堅は閉じていた眼を開けた。

 日が昇っているうちは、調練に調練を重ねていた。城には、しばらく帰ってはいない。陣営の場所も、数日に一度変えている。すべては、戦のためだった。

 黄蓋を筆頭に、将軍たちは意欲をもって調練にあたっていた。

 連合軍に参加したとき、兵力は二万程度だった。あれから民政を充実させ、長沙一帯は完全に安定しつつある。統治の成果によって、兵力は三万をこえてきているのである。じきに、四万にも到達するはずだった。

 自分が城に戻らないのを、張昭は苦々しく思っていることだろう。しかし、いまは新兵を鍛え上げることが先決だった。それに、張昭が眼を光らせているかぎり、民政が揺れることなどまずありえないのだ。次女である孫権も、そちらの方面で力を発揮しつつあった。視野が広く、他者の意見をよく聞くことができる。孫権に期待をかけているのは、張昭も同様なのである。いずれ孫権には、文官たちの長として、孫家の中枢を担ってもらいたい。張昭は、そう考えていると見て間違いなかった。

 戦の才にかけては、孫策が頭一つ以上抜けていた。感覚だけで物事を見てしまうきらいがあったが、経験を積めばそれも変わっていくことだろう。なにより、孫策には、周瑜という切れ者の友人がついている。

 杯を手に持ったまま、孫堅が口を開いた。卓の向かいにいる周瑜が、ちょっと姿勢を正している。

 

冥琳(めいりん)。荊州の外の動きは、どうなっている」

「はっ。冀州では、袁紹が州牧の座についたようです。版図の拡大を狙っているのでしょうが、どちらに兵を向けることになるのか、まだ見当がつきません。袁紹は、気分屋なのだと思います。あの御仁の考えひとつで、行き先は変わっていくことでしょう」

「袁紹がどのような方策をとろうが、ぶつかることになれば叩き潰すだけだ。袁家の女と、オレはどうにも馬が合わなくてな」

炎蓮(いぇんれん)さまらしいお言葉です。ですが、そう思っているのは、多分袁術も同じなのではないでしょうか。あの者も、間違いなく荊州をうかがっているはずです。こちらとしては、足元をすくわれないようにしておかなければなりません」

 

 周瑜がかすかに笑う。

 南陽にいる袁術とは、同盟関係が続いている。自分の北進に合わせて袁術が襄陽をつけば、それで劉表は身動きがとれなくなってしまう。袁術は、袁紹の躍進を阻みたいと考えているはずだ。そのためには、国の南部を抑えてしまう必要があるのだ。

 しかし、袁術に堂々と軍を興すような勇壮さがないことを、孫堅は知っていた。それを如実に示す内容の文も、数度届いている。袁術が、襄陽攻めを催促してきているのである。

 まず、孫堅軍を劉表軍と闘わせ、弱ったところに大軍を押し出して荊州の制圧を狙う。そうすれば、袁術軍の被害は最小限で済むのである。袁術の懐刀である張勳が、考えそうなことだった。

 ならば、その狙いに乗ってやるまでだった。袁術の思惑通りに劉表を攻め、襄陽を素早く奪い取る。劉表さえ斬ってしまえば、荊州は自然と自分に従うことになるだろう。そのとき、袁術にもいくらか甘い汁を吸わせてやればいい。

 袁術には、しばらく北の盾となってもらうつもりだった。その間に揚州に勢力を伸ばし、地盤を確たるものにする。揚州を押さえれば、徐州への道が開けてくるのだ。そうなれば、北への進軍路がいくつか見えてくる。袁術との決着など、そうなってから着ければいい。孫堅は、獰猛そうに歯をのぞかせた。

 

「袁術よりも、いま気にしなければならんのは劉表のほうだ。陸遜はどうしている、冥琳」

「連日、郡境で調練を盛んにやっているようです。ご心配には及びません。あれはのんびりとしているように見えますが、仕事はしっかりとこなしますよ」

 

 周瑜が、自分の杯に口をつけた。以前よりも、余裕がでてきたように思う。孫策の存在が、周瑜によい影響を与えているのだろうか。

 孫家の飛躍。そのためにも、若手将校を育成していく必要があった。陸遜には、劉表軍に遠慮することなく、調練をやってくるように伝えてある。それだけ言っておけば十分だと、周瑜から聞かされていたのである。孫堅は、戦の口実を欲していた。そう考えていたときに、周瑜が陸遜を使うよう進言してきたのだ。

 のんびりとしている陸遜よりも、ほかに適任者がいるのではないか。そんな意見も当初あがってきたが、周瑜が選定したことだからと孫堅は取り合わなかった。

 

「郡境の警備にあたっている魏延という将は、かなり焦れてきているそうです。相手がなんと言ってこようが、陸遜であればのらりくらりとかわすことができますから。それで、余計に鬱憤をつのらせているのでしょう」

「フッ、意地の悪いことをするじゃねえか。そんな策ばかりとっていると、冥琳もいつか雷火(らいか)(ばあ)のようになってしまうかもしれんぞ?」

「お戯れを。雷火さまが後方にいてくださるからこそ、われらは安心して戦ができるのです。炎蓮さまも、内心では感謝しておられるのではありませんか?」

「おっ? 随分と婆の肩を持つじゃねえか、冥琳。さては、出てくるまえになにか言い含められてきたな」

「ふふっ。べつに、そうではありませんよ」

 

 周瑜が、空いた杯に酒をそそいでくる。篝火に薄っすら照らされて、褐色の肌が美しく色づいていた。

 雷火。張昭の真名である。呉郡にいた頃からの古参であり、口やかましさにおいては孫家随一といえるような人物だった。たとえ相手が主君であろうとも、自分の意見を曲げることなくぶつけることができる。そんな張昭だからこそ、不正のない民政を行えるのだろう。文官たちの母のごとき存在でもあり、周瑜もその薫陶を大いに受けているのである。

 

「曹操殿が、(えん)州東郡に領地を得られた模様です。こちらの動きも、炎蓮さまは気になっておられるのでは?」

 

 話題を変えるように、周瑜が言った。袁紹らの名をぞんざいに呼んでいた周瑜であったが、曹操にだけは敬称をつけている。

 汜水関での闘いは、苦しいものだった。

 兵糧が尽きれば、軍はたちまち機能しなくなってしまう。わかってはいたが、そのことを痛感させられた一戦だった。

 あの折のことを、周瑜も脳裏に刻みつけているのだろう。それだけに、迷わず救援を送ってくれた曹操に対して、悪くない感情を抱いてしまうのは、むしろ当然だと言うべきなのである。

 特に周瑜は、直接その陣までおもむいて、交渉をしてきたという経緯があるのだ。直接尋ねたことはないが、権も似たような思いを抱いているのかもしれない。

 意識くらい、存分にすればいいと孫堅は思っていた。

 年頃も近しい男なのである。周瑜、それに孫策にとっても、競争するに相応しい相手がどこかにいるというのは、歓迎すべきことだった。

 杯をかたむけながら、孫堅は曹操の姿を思い浮かべていた。

 荒々しい息づかい。一夜の出来事だったが、互いの肌を焦がしあったのだ。長らく満たされていなかった部分。曹操の熱さは、そこまで満たしてくれたという思いがある。命の力強さとでもいうのか。そういったものを、曹操からは強く感じることができたのである。

 

「ククッ……。あれはなかなかによい男だったぞ、冥琳。董卓に叩きのめされたばかりだというのに、オレの(めす)をきっちり疼かせてきやがった。もし出会ったのがガキの頃であれば、オレは曹操の魔羅に屈服させられていたかもしれん。寝てみてわかったが、そのくらいの度量を持ち合わせている男だった。それだけに、残念なことだな。孫家の麾下であれば、思うさま可愛がってやれたというに。そうだ、おまえや雪蓮(しぇれん)も、あの場に呼んでやるべきだったか? 女同士で遊んでいるだけでは、わからぬこともあろう」

「なっ……!? さ、さすがに、そればかりはご勘弁を」

「ハハハッ。可愛い顔をしやがって、雪蓮が夢中になるのも当然だな」

 

 声をあげて、孫堅は笑った。

 空になった杯。差し出すと、周瑜は慌てたように新しい酒をそそぐのだった。



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十 次代に託すもの

 郡境にいる陸遜からの伝令がきたのは、十日後のことだった。

 怒り心頭といった様子の魏延が、静止を振り切って長沙に乱入してきたのだという。まんまと、陸遜の挑発に乗ってしまった格好である。

 五百の手勢を率いて殴り込んできた魏延を、陸遜は二百の歩兵で見事に打ち払ってみせた。敵が血気盛んなうちは弓を用いた遠距離戦に徹し、疲労してきたと見ればすぐさま突撃して崩しにかかる。もともと、地の利は陸遜のほうにあったのである。攻め気を砕かれた魏延は兵を返し、自領へと引き返していったのだった。

 長沙城外の陣営。報告を受け取った孫堅は、麾下の将軍たちを陣屋に集めていた。襄陽侵攻のための軍議を、おこなうためなのである。

 

「ククッ。面子を潰された劉表は、さぞかし苛立っているのだろうなあ」

「悪い顔しちゃって。そうなるように仕組んだのは、母さまのほうじゃないのかしら?」

「なんだ雪蓮(しぇれん)? オレはただ、調練をやってこいと命令しただけにすぎんのだぞ。意図を深読みして、劉表軍の攻撃を誘ったのは、陸遜のやつだ」

「あら、そうだったわね? でも、領土を荒らされたからには、きつい仕返しをしてあげなくっちゃ。そうでしょ、母さま」

「ったりまえよ。それにだ、こちらが仕掛けるまえに、劉表は大軍をけしかけてくると見てまず間違いないだろう。それを迎え討つことができれば、オレたちの軍の士気は大いにあがる。勝ち戦の勢いをもって、一息に襄陽を呑み込んでやろうじゃねえか」

「いいわね、それ。でも、黄巾軍と闘ったときみたいに、母さまが先頭を切って城壁を昇っていくのだけは、やめてもらえると助かるのだけど?」

「古い話をもちだしてくるんじゃねえよ。それに、若いだけのおまえと違って、オレには多少了見というやつがある」

「へえ、そうなんだ。その言葉、忘れないでよね」

 

 孫策と冗談交じりの言葉をかわし、孫堅は胡床から立ち上がった。

 戦に向けた準備は、整っていた。腰に佩いた南海覇王。その柄を指でなぞると、気持ちがじわりと昂ぶってくる。

 居並ぶ将軍たちのなかから、程普が言った。

 

「ふむ。劉表からしてみれば、袁術と結ぶわれらを討ついい機会にもなる、ということですか」

「ふんっ。ならば劉表は、兵の多寡でしか、軍を見られていないということじゃな。わしが同じ立場であれば、まず間違いなく袁術を潰しにかかる。兵の頭数が多くとも、あやつの軍にはまともな将軍がおらんからの。孫堅軍との挟撃を避けようと思うのであれば、方策はそれしかあるまい」

「その悔しさは、戦場でぶつけてやりなさいよ、(さい)。もっとも、一番手柄を譲ってあげるつもりはないけどね」

「おうさ。わしとて、手柄をゆずってやるつもりはないぞ、粋怜(すいれい)

 

 黄蓋の考えは、もっともだった。

 自分が劉表の立場であっても、そう動くはずである。袁術を叩くことさえできれば、袁紹からの援軍をあおぐことも可能になるのである。そうなれば、途端に孫堅軍は苦しくなる。大軍によって長沙周辺から圧力をかけられれば、取ることのできる手は必然的に少なくなってくるのだ。そうした戦略を打ち出してこないのならば、劉表は冷静さを欠いていると言っていい。

 

「祭、粋怜。おまえたちには、襄陽攻めの先鋒をやってもらう。出陣は二日後。斥候は、いまより各地に放っておけ、冥琳(めいりん)

「承知いたしました、炎蓮(いぇんれん)さま。進軍を遅らせぬためにも、陸遜の設置している陣営にまで、輜重を先発させておこうと思います。それで、よろしいでしょうか」

「おう、好きにしろ。加えて、輜重の護衛として歩兵五千をつける。それと陸遜には、洞庭湖のあたりまで進出し、オレたちを待つように伝えろ。水運を使えば、輜重の足も速くなるというものだ」

 

 軽く頭を下げると、周瑜は陣屋から退出していった。

 北へ攻め上がるためには、やはり騎馬隊の存在が重要だった。しかし仮に、揚州あたりで一大勢力を築くのであれば、水軍を鍛え上げることが一番になってくるのだろう、と孫堅は思う。江水(長江)を西に伝っていけば、その先には益州すらも見えてくるのである。だから、南方制覇の鍵となってくるのは、水軍だといっていい。

 

 

 二日後。出陣をまえにして、孫堅は次女である権を呼び寄せていた。性格的には、攻めよりも守りのほうが向いているのだと思う。それでも、どこかに激しい部分を宿しているのだ。曹操を相手取って、半ば恫喝するような言葉をはいたとも周瑜から聞いている。自分の娘なのだから当然か、と孫堅は心のうちで笑った。

 

「なにか御用でしょうか、母さま」

「ああ、蓮華(れんふぁ)。おまえに、預けておきたいものがあってな」

 

 首からひもでぶら下げていた小さな袋。孫堅はそれを外すと、娘の眼のまえで揺らしてみせた。

 揺れる袋を、孫権が怪訝な顔で見つめている。中身には、おおよそ見当がついているのだろう。

 

「あの、母さま。それは、もしや洛陽で得たあの?」

「ククッ、そうだ。おそらく、おまえの思っている通りのものが入っているぞ?」

 

 燃える洛陽。その城内にもっとも早く到着したのが、孫堅軍だった。

 焼け落ち、崩れていく建物。漢という国は、いよいよ終わりを迎えるのか、という気分になったものだ。鎮火をしてまわり、生かせる者は生かした。その最中、たまたま拾い上げたものがあったのである。

 はじめは、単なる小さな石ころだと思った。しかし、それこそがこの国の玉璽だったのだ。このような状況となっては、それ自体にどれほどの意味があるのかはわからない。だが、運命的なものを感じずにはいられなかった。天意。それに近しいものが、自分に味方しているのかもしれない。

 

「ほんとうに、玉璽なのですね。そのようなもの、わたしには荷が勝ちすぎています。どうしてもと言われるのであれば、それは雪蓮姉さまに」

「馬鹿を言え。オレも雪蓮も、所詮戦のなかでしか生きていくことのできん人間よ。あいつに渡してしまった途端、それこそ闘いに夢中となって失えてしまうかもしれんぞ」

「で、でしたら、この戦の間だけでも、母さまがお持ちになっていてください。わたしには、まだその覚悟というものが……」

「蓮華。その生真面目さは、おまえのいい部分ではある。だがいつかは、おまえが孫家を背負って立つ日がやってくるかもしれんのだぞ。そのときになっても、おまえは覚悟がどうとか抜かすというのか。どうなんだ、蓮華?」

 

 権の肩が、びくりとふるえる。

 いまは、誰もが戦のなかに生きていると言っていい。闘うということは、すなわち死ぬことでもあるのだ。なにも、すぐに家督を継ぐことになる、と言っているわけではなかった。けれども、娘たちには常にその覚悟だけは持って生きていてもらいたい。孫堅は、そう考えているのである。

 

「わかり……ました。ですがわたしは、母さまと一緒に、大きくなっていく孫家が見てみたいのです。きっとその思いは、姉さまや小蓮(しゃおれん)だって同じです。ですから、母さま」

「ハハッ。戦をまえにして、そのようなしみったれた顔をするやつがいるか。いいか蓮華。この玉璽だが、いまはおまえにとってとてつもなく重いものかもしれん。だがな、やがてこれすらも、なんの変哲もない石ころとなるべきときがやってくる。オレの戦は、それまでずっと続くのだろうよ。そうして、そのつぎに訪れるのは、おまえたちの時代だ。そうなれば、この国は必ずや変わるぞ」

「は、はいっ。母さまのお言葉、胸に刻みつけておきます」

「わかったのなら、これを持っておけ。フッ、失くすなよ?」

「おまかせください、母さま。孫家のいしずえとなり得る石、しっかりと守り通します」

「おう、よくぞ言った。それでこそ、この孫文台の娘よ。さて、先鋒のあとに続いて、オレは部隊を動かすつもりだ。おまえは後方を固めつつ進んでこい、蓮華」

「承知いたしました。ご武運を、母さま」

 

 話し終え、孫堅は陣屋をあとにした。

 心地よい陽光。さえぎるものはなく、視界は良好である。騎乗し、孫堅は馬の首をたたいた。三万の本隊。移動を開始すると、土煙が大きく舞い上がった。



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十一 襄陽攻め

 前方。布陣する劉表軍を視界にとらえると、孫堅は南海覇王を抜き放った。

 敵軍の主力は、まだ見えてはいない。決戦ともなれば、劉表の軍勢は五万程度となってくるはずである。いま相対している部隊は小規模な留守居の部隊であり、規模は四千といったところだった。

 劉表軍の中心となってくるのは、黄祖率いる江夏兵と考えるのが妥当だった。狡猾な性格をしており、戦の腕も悪くない。劉表からの信頼も篤いようで、今回の戦でも黄祖が総指揮をとってくるようであれば、警戒するべきだと孫堅は思っていた。

 

「黄蓋、程普の両軍は、騎馬で突入して敵陣の守りを砕け。崩れたところに、華雄を突っ込ませるぞ。策の部隊も、それに続かせろ」

 

 自分が斬り込むまでもなく、この戦には勝てる。その確信を持って、孫堅は馬上から下知を飛ばしていた。

 緒戦だからといって、手を抜くつもりはなかった。小勢を血祭りにあげ、孫堅軍のおそろしさを荊州北部にまで知らしめるつもりなのである。それに華雄にとっては、これが孫堅軍として闘うはじめての戦でもあるのだ。ここで戦果をあげることで、華雄は真に孫堅軍の一員となることができるのだろう。果敢な闘いぶりを見せれば、古参の将兵に対するいい示しにもなるのである。

 命令が伝わると、攻撃がすぐさま開始されていく。騎馬隊の突進で柵は引き倒され、あらわになった敵兵は原野にしかばねを晒していく。混乱のなかに攻め込んできた華雄と孫策の部隊を止める力など、敵軍は持ち合わせていないのだった。ほとんど、雑兵のかき集めのような部隊だったのかもしれない。もとより、時間稼ぎのために残された人数なのだろう。いい気分はしなかったが、勝ちは勝ちなのである。

 降伏してきた半数ほどを収容し、孫堅はさらに軍を進めた。残りは逃げたか、あるいはすでに死んでいた。その勢いは止まらず、長沙をでて三日後には、江陵の北にある麦城のあたりにまで孫堅軍は進出してきていた。

 仮設の陣屋。部将を招集し、孫堅は軍議を行っていた。ここまでくれば、襄陽周辺の様子もよく伝わってくる。戦支度は済んでおり、陣地を構築していることがわかっていた。そして、その指揮のほとんどを、黄祖がとっている。黄祖のほかにも、蔡瑁、黄忠といった将軍が出張ってきてはいるが、大した発言権はもっていないようだ。

 

「劉表は、襄陽南部に全軍を集結させている。五万の敵の半分ほどが、江夏からやってきた兵だ。黄祖のババアが、やはり幅を利かせてやがるようだな」

「ふん。誰が相手であろうと、一気呵成に突き破ってしまえばなんの問題もなかろう。孫堅。つぎの戦は、わたしに先鋒をやらせろ。ここまでまともな敵と斬り合えなかったせいか、気分が浮ついて仕方がないのだ。劉表の本隊であれば、さすがに骨のある武人も在籍しているんだろうな?」

「ハハッ。闘いたりんという気持ちはわからんでもないが、逸るんじゃねえよ、華雄。おまえの出番は、ゆるりと決めてやる。それまでは、雪蓮のお守りでもしているんだな」

「ちっ、食えん女め。娘のお守りであれば、周瑜にでもさせておけばよいではないか」

 

 華雄が吐き捨てるように言った。

 劉表軍は堅陣を敷いている。まずは、その守りの弱点を探るべきだった。間者を多数放ってはいるが、戦の最中ということもあり、敵陣も警戒を強めているはずである。

 ここは、一度軽く軍勢をあててみるべきか。睨み合いのような格好になることだけは、避けたかった。戦が長引けば、厭戦気分が自陣に蔓延しかねないからだ。現状息を潜めているとはいえ、袁術の動きも気にならないわけではないのである。

 

「陸遜。おまえ、真名はなんという?」

「はいー。わたしの真名は(のん)と申します、孫堅さま」

「うむ、穏だな。穏、おまえに兵三千を預ける。劉表軍の前曲と交戦し、様子を探ってくるんだ。もしそれで敵が釣れれば、こっちのもんってやつよ。全軍を動かし、休むことなく決戦にもちこんでやる」

「おお。これは、なかなか責任重大そうですねえ?」

「どうだ。やれるか、穏?」

「もちろんです。前回抜擢していただいた恩に報いるためにも、わたしがんばっちゃいますよお? それに、推薦してくださった冥琳(めいりん)さまにも、いいところをお見せしたいですから」

「よし、そうと決まればすぐに動くぞ。粋怜(すいれい)、おまえは遊軍として、目立たない程度に前進しておけ。本隊も、いつでも出陣できるようにしておく」

 

 命令を与えられた陸遜と程普が、駆け足気味に陣屋をでていった。

 名の売れていない陸遜であれば、敵も必要以上に警戒することはないはずである。それに敵陣内には、長沙で陸遜にやられた魏延がいる。魏延が仕返しのために飛び出してくれば、それに同調する部隊がないともかぎらないのである。ぶつかるとすれば宜城周辺か、と孫堅は絵図を見ながら思う。宜城を抜けば、襄陽はもう目と鼻の先だった。

 思惑通り、陸遜はうまく立ち回っていた。あえて敵軍の眼につくように、奇襲の真似事をやっていたのだ。かたちとしては守りを固めていたが、劉表軍のなかにも血気盛んな将軍が何人かいたようである。陸遜が無理をせずに撤退のかまえをとると、波を打つように二万ほどの軍勢が攻め寄せてきたのだ。

 その機会をものにするべく、孫堅は全軍を動員し総攻撃に移った。

 

「騎馬で敵部隊を揉んでやるとするか。冥琳、本陣はおまえにまかせる」

炎蓮(いぇんれん)さま。まさかもう、雪蓮(しぇれん)と交わした言葉をお忘れになったのですか?」

「ハッ、年寄りくさいことを言うんじゃねえよ、冥琳。それに、城攻めと野戦では、話がまったく違ってこよう。なにより、総大将であるオレが命を張らずしてどうする。戦には、ためらいは禁物よ」

「無茶をされる姿は、ほんとうに親子そっくりなのですから。ですが、お気をつけください。予想だにしないことが起こるのも、また戦なのですから」

 

 周瑜に手で返事をしながら、孫堅は馬にまたがった。鍛え上げられた旗本たちは、遅れることなくついてくる。前線に到着すると、すぐさま斬り合いになった。

 

「うるぁぁあああ! 劉表軍なんざ敵じゃねえってことを、この戦で見せつけてやるぞ! 全軍、休まず攻め続けやがれ!」

 

 蒼空に、孫堅の叫びが響き渡った。南海覇王。孫堅が一度ふるうと、五、六人の首が続けざまに飛んだ。

 その武威は、将軍たちを寄せ付けぬほどに圧倒的なのである。敵軍の総大将を討とうと劉表軍も必死になっているが、孫堅はかまわず押しまくった。右翼。土煙をあげながら、馬群が突っ込んでくる。かかげる旗は『黄』。黄蓋の騎馬隊が、苦しんでいる敵軍の横腹に、痛撃を加えたのだった。

 

「いい頃合いだな。左翼で遊んでいる策の部隊を、敵軍の背後に回り込ませる。華雄には、こっちの戦線の手伝いをさせてやるとするか。あいつ好みの、乱戦だろう」

 

 伝令の騎馬が駆けていく。まだ三万が後方に控えてはいるものの、戦にもちこんでいる二万を確実に叩くことができれば、孫堅軍の優位は絶対的なものとなるのである。

 

「よいか。斥候からの報告は途絶えさせるなよ。じきに、残った三万もでてくることになる。その動きに、気を配らせておけ」

 

 華雄の部隊が攻撃に加わると、圧力が俄然高まっていった。一本調子な攻めではあったが、この場面においてはそれが効果的だった。おそれることなく突撃を繰り返す華雄に、劉表軍は確実に削り取られていったのである。孫堅だけでも手一杯だったところに、さらなる攻め手が現れたのである。なんとか戦場に踏みとどまっているだけでも、ましだと言えるくらいだった。

 弱腰になった敵兵を追討ちに討ち、孫堅は大量の血を浴びていた。肌が燃えるように熱い。欲していた襄陽の地に、もうすぐ手が届くのである。気持ちの昂りを、おさえようとも思わなかった。

 

「後方にて、混乱が生じています。どうやら、偽降していた兵が混じっていたようで」

 

 鉄の味のする唾を、孫堅は吐き出した。

 降伏してきた兵を振り分ける際に確かめたはずだったが、これまでよく耐え忍んでいたものだと思う。後方が乱れれば、前線にまで影響がでてきかねないのである。周瑜ならばうまく対処するのだろうが、孫堅のなかでは一抹の不安がよぎっていた。

 ここまで、戦がうまく運びすぎていたのではないか。そんな考えすら、浮かんできてしまう。敵には、奸智に長けた黄祖がいるのだ。勢いで呑み込んでいるつもりだったが、乗せられている可能性すらあるのではないか。

 

「策はどうしている。まだ、敵の背後を突けぬのか」

 

 挟撃のかたちとなれば、眼のまえの戦には勝てる。体勢を立て直すのは、それからでも遅くないはずだった。

 心なし、敵兵の抵抗が強まっているような気がしていた。何人斬られようと、必死の形相で立ち向かってくるのである。普通であれば、さらに気持ちが入るような場面だった。しかしいまは、心中の引っかかりばかりが気になっていた。

 旗本がひとり近づいてくる。固くなった表情は、不安を宿しているようだった。

 

「殿、斥候よりの知らせです。左翼から、敵の新手が出現いたしました。黄忠によって、孫策さまの部隊は足止めをされているご様子」

「おもしろくない展開になってきやがったか。程普と陸遜を、左翼の援護に回らせろ。速攻で黄忠を叩き、中央の軍勢を包み込むぞ」

 

 根比べに、負けるわけにはいかなかった。中央にいる数万にかける圧力は減ってしまうが、孫策が自由になれば戦況はずっとよくなるはずなのだ。生じた疑念を振り払うかのように、孫堅は南海覇王をふるい続けた。斬った敵兵は、すでに数え切れないほどである。血に塗れているのは、付き従っている旗本たちも同じだった。

 前方。不意に、鬨の声があがった。雨のように、大量の矢が降り注がれる。敵も味方も、関係なしに射殺すつもりなのだろう。絶叫のなかでおこなわれる斉射を、孫堅はなんとか凌いでいた。

 近くにいた旗本が、背中から地面に倒れ落ちる。孫堅は身構えたが、それでも反応がいくらか遅れていたのだ。腹のあたりに、焼けるような痛みがある。急所は外れているから、動くこと自体には問題はなかった。血。鮮やかな朱色が、地面にこぼれ落ちた。孫堅が苦悶の声をもらす。この戦場で流す、はじめての血だった。

 

「黄祖のババアだな。味方越しにオレたちを狙うとは、聞きしに勝る陰湿さじゃねえか」

「ふっ、なんとでも言うがよい。戦狂いの虎など、ここでわたしが討ち果たしてくれよう」

 

 黄祖が弦を引き絞り、矢を放った。

 傷を負っていなければ、造作もなく斬り落とせていたはずだ。しかし、身体がうまく言うことを聞いてくれないのである。光。矢じりが、光を放っているように見えた。こんな小さなものに、自分は呑み込まれてしまうというのか。奥歯を噛みしめ、孫堅は南海覇王をふるおうとしていた。

 矢があたる。そう思った瞬間、視界がなにかにさえぎられた。意識は、まだ死んではいない。力をふり絞り、孫堅は横に動いた。

 

「生きているな、孫堅。貴様は、いずれわたしが打ち倒す。だから、それまではなにがあろうと死ぬな」

「ハハッ。おまえに負けるくらいなら、いっそ死んだほうがましかもしれんぞ。だが、よくやった」

 

 視界をさえぎったのは、華雄の腕だった。腕から血を流しながら、華雄は笑っている。かなりの痛みがあるはずだが、戦による高揚がそれすらを覆っているのかもしれなかった。

 黄祖が、次なる矢を番えている。

 冷淡な表情のなかに、苛立ちのようなものが見え隠れしていた。勝負は、つぎの一手で決まる。転げ落ちていた弓を拾い上げると、孫堅は素早く引いて狙いをつけた。

 

「拾い物も、案外役に立つもんだな。黄祖。オレを討ちたければ、てめえの命と引き換えにやってみろ」

「ちっ、死にぞこないめ。これで終いだ、孫堅」

 

 二本の矢が放たれる。孫堅と黄祖。ほとんど、同時に放っていた。矢羽が空気を振動させる。孫堅の放った矢が、黄祖の額に吸い込まれていった。

 突き立った箇所から、鮮血が吹き出ている。周囲の兵が黄祖に駆け寄っているが、仕留めきったと孫堅は感じていた。

 黄祖が死ねば、劉表軍は力はかなり落ちる。

 変わりかけていた戦況も、これでまた元通りになっていくはずだった。黄祖の放った二の矢は、頬をかすめただけだった。孫堅には、はじめから避ける気などなかったのである。その分、狙いはぶれることなく定まっていた。魂を賭した一撃。それは見事に弧を描き、黄祖を葬ったのである。

 

「手をかせ、華雄」

「ああ、いいだろう。本陣までさがるか、孫堅」

「生きているうちは、前線にいるつもりだ。そうだ、雪蓮にさっさとオレの穴を埋めるように言っておけ。おまえひとりでは、中央を支えきれんだろう」

「みくびるなよ。たとえひとりになろうと、わたしは見事に闘ってみせよう。だから貴様のような怪我人は、邪魔にならぬよう後ろに引っ込んでいるんだな」

「チッ、なにを一丁前に」

 

 華雄に脇を支えられ、孫堅は立ち上がった。残った旗本たちが、円陣を組んで守りを固めている。不本意だったが、いまはいくらか後ろにさがるべきだった。

 流れる血。それが、足元にしたたっていた。思っていた以上に傷が深いのか、息が少し苦しかった。唾を吐き出す。口内に感じた血の味は、自分のものだったのか。

 

「孫堅? おい、聞いているのか、孫堅。黄祖め、まさかはじめの矢に毒でも仕込んでいたのか」

「ああ……? ったく、うるせえやつだな……」

 

 身体が重い。足など、なにかにくくりつけられているようだった。それに、華雄の声が段々と遠くなっている。戦場の喧騒すらも、現実でないように感じられていた。

 なんとなく、わかってきたことがある。

 死。これが、死ぬということなのか。耳もとで、華雄がなにかを叫んでいる。その音は、滲むようにかき消されていった。

 瞳のずっと奥のほう。孫堅には、そこで優しげな光が見えたような気がしていた。



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十二 絶影

 曹操が賊軍を壊滅させたことにより、東郡には一時(いっとき)の平和が訪れていた。

 荀彧ら文官の奔走の甲斐もあって、民政は落ち着いている。それにこれまでの流れから、住民のほとんどが曹操を支持するようになっていた。賊軍から奪ったものを含めて、糧食は充実してきている。いまの軍勢の規模であれば、三年は凌ぐことのできる量だった。

 勝ちを収めたばかりではあったが、将軍たちには、気を緩めることなく調練に励むよう通達してあった。(えん)州の東。青州の地に、大いなる脅威が存在しているからだ。

 青州黄巾軍。にわかに信じがたい数字ではあったが、総勢で百万を数えるほどなのだという。青州を食い荒らした黄巾軍が、外にでていくのは時間の問題だといえよう。現実に、州境では小競り合いが何度も起こっているとの報告を曹操は受けているのだ。青州黄巾軍に対して、袁紹はどう動くつもりなのか。ある意味、気にしても仕方がないことなのかもしれない、と曹操は思った。

 冀州を中心として、袁紹は領土を拡げつつあった。その軍勢は、十万をゆうに超えているはずなのである。袁紹と比べると、曹操はまだずっと小さかった。東郡を足がかりとして、ようやく三万ほどの兵力を動かせるようになっているのだ。将兵の質では劣っていない自信があったが、力の差はまだ歴然だと言えるのだろう。

 しかし、考え方を変えれば、また別のものが見えてくるようになった。飛躍のきっかけ。いまは、それが眼のまえに落ちているような状況であるのかもしれないのだ。

 青州黄巾軍を自力で打ち破ることができれば、流れは一気に変化していくはずである。兗州は、まず間違いなく手に入れることができる。様子見をしている諸将も、それで帰順をしてくる可能性があるのである。

 命を賭すような闘いにはなるが、やるだけの価値は確実にあると言えた。あとは、どこでどう動くのかだった。焦りは、禁物なのである。待つことは、苦手ではなかった。

 しばらくすると、紅波(くれは)が領内に戻ってきた。紅波が潜入していたのは、西である。董卓や孫堅。その動向を、紅波には探らせていたのだった。これからは、青州の警戒にあたらせるべきか。久しく眼にしていなかった燃えるような頭髪を見ながら、曹操はそんなことを考えていた。

 

「孫堅が、討たれました。前線にでていたところを、劉表麾下の黄祖に射られたそうです」

「死んだ? あの孫堅が、死んだというのか」

 

 すぐには、紅波の言っていることを理解できなかった。まさか、という思いが強かったのである。

 孫堅と劉表では、将としての資質がまるで違っていた。まともなやり方では、飢えた虎の軍をとめられるはずなどなかったのだ。孫堅は、天下を目指しひた走っていたのだと思う。運がなかった、と言ってしまうのは簡単なことだった。だが、孫堅が性急に動きすぎていた、というのもまた事実なのだろう。

 それでも、曹操は孫堅の死を信じることができなかった。感傷的になるべきではない。ほんとうであれば、乱世を競う相手が減ったと喜ぶべきだった。だが、どうしてもそんな風には思えなかったのである。

 曹操にとって、孫堅は特別な存在だった。いずれ、戦場で雌雄を決する日がくればいい、と考えていた相手でもあるのだ。そんな相手が、天下にあと何人残っているというのか。優れた軍人であると同時に、ある種の包容力を備えた女だった。その肌を焦がすような熱さを、曹操は知りすぎていたのかもしれない。

 

「黄祖とは、相討ちのような格好になったとうかがっております。拙者がその場に居合わせていれば、詳しく探りを入れることもできたのですが」

「よい。紅波、戻ってきたばかりではあるが、つぎは東に向かってもらうつもりだ。青州に巣食う黄巾軍の動きを、追ってこい」

「はっ、殿の御意のままに。それで、荊州に割いている間者はいかがいたしましょう。東に眼を向けるのであれば、数を減らすことも考えられましょうが」

「しばらくは、孫家に対する見張りをゆるめるな。弱みを突いて、袁術が出張ってくることも考えられる。あれは、そういう抜け目のなさだけはもっているのでな。それに、勘のようなものの類ではあるが、俺には孫堅が簡単に死するようには思えないのだよ。ちょっとした引っかかりのようなものだな。それが、頭の隅から消えてくれないのだ」

 

 ひざまずいたまま、紅波が小さく頭を垂れた。

 駄々をこねているようなことだとはわかっている。しかし、捨て置いていい予感だとは思えなかった。

 

「仰せの通りにいたします、殿。加えて、拙者の配下についてなのですが、めぼしい者の下に、何人かつけてやりたいと考えているのです。お聞き届け、願えるでしょうか」

「ははっ。紅波も、頭領としての振る舞いが板についてきたのかな」

「また、殿はそうやってご冗談を」

「別に、冗談を言っているわけではないのだがな。まあよい。間者に向きそうな人員の選定は、(りん)にまかせてある。人数は、焦らず着実に増やしていくことだ」

 

 照れくさそうに顔を背ける紅波の髪を、ゆっくりと撫でた。わずかに癖があるものの、指はするりと抜けていく。

 心地よさそうに、紅波が吐息をもらしている。まるで、子犬のような仕草だった。そうしているうちに、気づいたことがある。安らぎを得ているのは、紅波だけではないのだろう。少しかさつきのある頬に、手を移していく。紅波は、まだ気持ちよさそうに瞳を閉じたままである。

 窓の外。雄大に色づいた夕焼け空が、燃えるような髪色と重なって見えていた。

 

 

 その日は、城下に商人が訪れることになっていた。

 居室。曹操が政務をこなしていると、典韋が扉のふちから、遠慮がちに顔だけをのぞかせてきた。到着した商人が、準備ができたと報告にきたようなのである。普通ならば、曹操が直接足を運ぶような案件ではなかった。だが、今日だけは事情が違っていたのである。

 仕事を切り上げると、曹操は居室をあとにした。目指しているのは、馬超が仮宿としている庁内の一室である。どこかの屋敷を借り上げてもよかったのだが、馬超はそれを嫌がった。将軍たちはもとより、曹操すらも屋敷を持とうとしていないのである。そんな中で、客将である自分だけが違う暮らしをするわけにはいかない、と馬超は曹操の勧めを固辞したのだった。

 

「お兄さま。どこかへ、おでかけですか?」

「うむ。前々から、(すい)と約束していた用件があるのだよ。だから、しばらくは席を空けることになる。話があるのならば、いまここで聞いておくが」

 

 途中、出会った曹洪に、曹操は呼び止められていた。

 約束とは言っても、そう堅苦しい種類のものではない。以前、馬超に話していたように、商人に軍馬を運んでこさせてあるのだった。

 

「むっ、翠さんとですの……?」

「ははっ。そんな顔をするな、栄華(えいか)。ただ、翠と戦で使う馬を見に行くだけなのだからな」

「ああ、それでしたの。だったら、わたくしも同行させていただいてもよろしいでしょうか、お兄さま」

「栄華が? べつに、俺はそれでもかまわないがな」

「ふふっ、ありがとうございます。だって、お兄さまたちにおまかせしてしまうと、値段を気にせずほしいと思ったものを買ってしまいそうなんですもの。曹家の金庫番としては、見逃すわけにはいきませんでしょう?」

「それは、もっともな理由なのかもしれぬな。ならば、参ろうか」

 

 曹洪の手をとって、曹操は歩きだした。

 男のものとはまるで違う、柔らかな手なのである。ちょっと戸惑いを見せていた曹洪だったが、やがて自分からも握り返すようになっていた。馬超の居室までという、ほんのわずかな距離。それでも、ふれあいを得るためには十分な距離だった。

 指をほどいた曹洪が、部屋の外から馬超に声をかけている。同時に、扉にはすでに手が押し当てられていた。

 

「栄華です。入りますわよ、翠さん」

「はあっ!? ちょ、ちょっと、そんないきなりっ!?」

 

 慌てた様子の馬超。それを意に介さず、曹洪は扉に体重をかけていく。

 空いた扉の隙間から、曹操は部屋の内部をのぞき込んだ。茶色くて長い髪。それが、落ち着きなく右往左往してしまっている。馬超は、なにをそんなに慌てふためいているのか。それを確かめようと、曹操は少し視線の位置をずらした。

 眼に飛び込んできたのは、馬超の真名にも通ずるような若草色の下着。服を着たままでも顕著だったが、直に見ると胸の大きさもなかなかのものだった。均整のとれた身体つきをしているだけあって、女らしくふくらんだ部分が余計に目立ってしまうのかもしれない。

 

「あらまあ」

「まあ、じゃねえよ!? それに、あたしは開けていいだなんて一言も……」

「それはそうかもしれませんが、お兄さまをお待たせするわけにはいきませんもの」

「へっ? か、一刀殿?」

 

 馬超の瞳。心底驚いたかのように、大きく見開かれている。

 

「商人が到着したようだから、誘いにきたのだよ。しかし、もう少しゆるりと歩いてくるべきだったかな」

「うひゃあ!? い、いいから、こっちは見るなっての!? 栄華も、早く扉を閉めてくれ!」

 

 耳をつんざくような大音声(だいおんじょう)だった。

 曹操に見られていることを知って、馬超の全身が急速に赤く染まっていく。腕を使って肌を隠しているつもりなのだろうが、豊満な乳肉が押しつぶされて、より強調されてしまっているのだ。無性に、情欲を刺激されてしまうような光景だった。これほどの器量をしているというのに、涼州では男と縁がなかったと聞いている。馬騰の娘であり、錦と称されるほどの武をもつ女。その先入観が、周囲に恐れを与えていたのかもしれない。

 さすがに、ここまでにしておくべきか。そう思って、曹操は身体の向きを反転させた。曹洪が入室してから扉を閉じたのは、でかける準備を手伝うつもりなのだろう。

 壁に背中をあずけ、曹操はふたりがでてくるのを待つことにした。そうしていると、壁の向こうがわからなにやら話し声が聞こえてきた。

 

「その気になったときには、いつでも相談に乗りますわよ? 翠さんなら、きっと可愛らしいお着物も似合いますもの」

「ううっ……。そんなの、絶対無理だってば。可愛らしい衣装なんて、がさつなあたしには似合いっこないんだから」

「あら、そんなことありませんのに。翠さんが着飾れば、お兄さまだってきっとお喜びになりますわよ?」

「んなっ!? か、一刀殿はちっとも関係ないだろう!?」

「ふうん、そうですの? まあ、いまはわたくしの思い違い、ということにしておきましょうか」

 

 馬超は、自身の魅力に気づいていない節がある。鑓一筋に育ってきた、ということもあるのだろう。だが、せっかくこうして中原まで旅してきたのである。経験すべきことは、戦場のそとにも多くあるはずだった。

 扉が開かれる。そこから、普段着を着用した馬超が姿をあらわした。右手。バツが悪そうに、あたまをかいている。

 

「あの……。待たせて悪かったよ、一刀殿」

「気にするようなことではない。だが、その埋め合わせとして、翠が可愛い衣装を着てくれるというのであれば、俺は大歓迎なのだがな」

「ちょっ、聞こえてたのかよっ!?」

「ふたりの声が、思っていたより大きかったのでな。なにも、聞こうとして聞いたわけではないのだよ」

「いいから、それは忘れてくれっての! ほ、ほら、早く行こうぜ、一刀殿。あんまり待たせると、馬たちがかわいそうだ」

 

 話を強引に打ち切って、馬超が歩きはじめた。

 かたくなな気持ちを変えるためには、やはりきっかけが必要なのだろう。その機会は、いずれ作ってやるつもりだった。馬超には、ほしいと思わせるような魅力があるのだ。軍人としても女としても、真っ直ぐなところを曹操は気に入っていたのである。

 城外。五百頭ほどの馬が、急遽つくられた柵の内側に集められていた。商人は、烏丸とつながりがあると話していた。生涯を、馬とともに生きていく。そのような生活をしている烏丸だけに、良馬を多く保有しているのである。どこの牧場から仕入れてきたのかは知らないが、中原育ちの馬よりも気力を感じさせる眼をしている、と曹操は思っていた。

 

「うん、いいんじゃないか。この馬たちだったら、一刀殿の満足する走りをしてくれるはずだよ」

「そうか。ならばこのなかから、気に入った馬を百頭ほど選ぶといい。それで、おまえの騎馬隊を組織してみろ」

「へっ? あたしに、そこまでまかせてくれるのか?」

「俺は、翠がこれからも、曹操軍として闘ってくれると信じているのだよ。いくら優れた将であっても、信頼できる麾下がいなければ、その力を十分に発揮することは難しいものだ」

「あっ……、へへっ。あたしも、いまのところはそのつもりだよ。この軍には、強いやつも多いからさ。あたしも、負けないようにって毎日張り切れるんだ」

 

 馬超には、馬家の長女としての立場がある。それがあるから、すぐには決断しにくい事柄もあるのだろう。

 自分の場合は、そういったしがらみがなにもなかった、と曹操は思い返していた。だが、それは逆に、いつ足場を崩されても文句の言える状況ではなかった、ともとれるのである。

 曹家の頭領。その地位だけを目指して、かつて曹操は闘い続けていたのだった。自分を脅かすような相手がいたわけではなかった。けれども、常に焦燥感をどこかに抱えていたのかもしれない。自分は何者で、なにを為すことができるのか。その問いは、あの頃からずっと心に留まり続けている。

 

「それにさ。あたし、思っていることがあるんだよ」

「ほう、それはなんだ?」

「ちょっと言葉にはしづらいことだけど、直感ってやつなのかな? 世の中を変えていけるのは、一刀殿のようなひとなんだって、そんな風に思えてしまうんだよ」

「それは、買いかぶり過ぎかもしれんぞ、翠。俺は、聖人君子であろうとは思わぬ。戦をすれば、ひとを殺す。歯向かう者も、容赦なく潰さねばならぬ」

「自分自身でそれがわかってるのなら、きっと平気だよ。それに、一刀殿はまわりの言葉をちゃんと聞くことができるだろ? もしものときは、ちゃんと誰かが制止してくれるってば。桂花(けいふぁ)なんかは、その筆頭なんじゃないか?」

「ふっ。俺も、できればそうありたいとは思っている。そのなかに、おまえも加わってくれればたのもしいのだがな、翠よ」

「あ、あたしがか!? い、いやいやっ、さすがに、それはまだ早いっての」

「返事は、すぐでなくともよい。おまえの心が定まったときに、こたえを聞かせてくれ」

「……うん、わかった。返事は、いつか絶対にするよ。それが、一刀殿の信頼に対する礼儀なんだと思う」

「そうしてくれ。ならば、もう少し馬を見てまわろうか。騎馬隊に使う馬もよいが、俺の乗馬がまだ見つかっていないのでな」

 

 力強く、馬超が首を縦に振った。

 商人は、とっておきの馬を連れてきていると言っていた。それを見に行くのは、最後までとっておいたのである。軍馬の値段交渉については、曹洪に一任してあった。その話し合いで忙しいのか、曹洪はいくらか遅れてついてきている。

 

「いかがでしょうか、曹操さま。わたくしも、この馬であれば必ずや気に入っていただけると存じているのですが」

 

 曹操のまえに、一頭の馬が引き出されてきていた。

 黒い体毛。艶のあるそれが、陽光に照らされて美しく輝きを放っている。体躯は堂々としていて、眼光の鋭さも申し分ないくらいだった。

 

「おっ、こいつなら問題ないんじゃないか。涼州でもなかなか見ないくらいの、立派な馬だと思うぜ」

「商人。この馬の名は、なんと申す」

 

 曹操は、その馬のことをひと目で気に入ってしまっていた。手綱をとり、馬超が馬に言葉をかけている。涼州で生きる馬超にとって、馬は家族同然の存在なのだろう。近づいた曹操が、馬の身体をなでていく。商人は、自分が気にいることを確信していたのだと思う。鞍はすぐに用意され、いつでも乗れるような状態になった。

 

「絶影。その馬の名は絶影と申します、曹操さま」

 

 影すら踏ませないことから、絶影はそう名づけられたようだった。

 心のおもむくまま、その背にまたがった。気のせいなのだろうが、景色がいつもよりも広く、晴れ渡って見えている。騎乗した曹操の姿を、馬超はうなずきながら見つめていた。

 

「うむ、絶影か。これほどの名馬とは、なかなか出会うこともなかろう。絶影だけは、言い値で買ってやる」

「はあ……。そういうところは変わりませんわね、お兄さまは」

「ふっ。悪いが、これはすでに決めたことだ。少し、駆けてくる」

「もう。小さな子どものようなことを、おっしゃるのですから。けれども、お似合いですわね。絶影、お兄さまをたのみましたわよ」

 

 たしなめるような曹洪の言葉。しかし、口調自体はやわらかなものだった。それも、すぐに聞こえなくなっていく。(ひづめ)。大地を蹴ると、土煙があがった。

 絶影が、原野を軽々と駆けていく。風。身体の感覚が、吹き抜ける風と混じり合っていくようだった。

 

「まだいけるのだろう、絶影」

 

 そう言うと、曹操は絶影の馬体を腿で締め上げていった。小さないななき。それと同時に、身体全体が加速していくような感覚があった。

 夢中になって、曹操は絶影を駆けさせていた。確かに、こんな気分になったのは、子どものとき以来なのかもしれなかった。絶影は、思うがままに風を切っていく。

 

「一刀殿。あたしも、付き合うよ」

 

 馬超の声。馬で、後ろから追ってきているようだった。

 どこまで、突き放すことができるのか。絶影のもっている力のすべてを、知りたいと思った。腿を使って、さらに締め上げていく。絶影は、まだ速度をあげられるようだった。

 曹操が、右手を突き出した。開いた五本の指の隙間から、陽光がもれている。どこまでも拡がっている天。その先まで、自分は必ず駆けてみせる。突き出された右手には、そんな誓いが込められていたのだった。



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十三 甘い嫉妬(栄華)

 絶影を得た夜。居室の扉を遠慮がちにたたかれる音を聞いて、曹操は読んでいた書を閉じた。

 居室周辺には、常に典韋が詰めている。その典韋がすんなり通したかどうかで、自分に近しい者かどうかがわかるのである。扉をゆっくりと開け放つ。立っていたのは、昼間行動をともにしていた曹洪だった。明かりに照らしだされた表情は、わずかに緊張を帯びている。夜更けに、男のもとを訪れる。その意味を、曹洪は知っているはずだった。

 

「どうした、栄華(えいか)。こんな遅くにおまえが訪ねてくるとは、珍しいこともあるものだ」

「お兄さまのお顔を、見ていたくなったのです。それは、いけないことなのでしょうか」

 

 曹洪の唇が、強く結ばれる。鼻先。女体から発せられる華やかな香りに、包まれていった。曹洪の身体を、抱きしめる。自分よりも背が小さいぶん、見上げられるような格好になっていた。

 

「お兄さまったら、ずっと(すい)さんに夢中だったでしょう? それに、絶影にも。わたくしだって、長くお側におりましたのに」

「ははっ。翠だけでなく、絶影にまで妬いていたのか、栄華は」

「だって、仕方がありませんわ。わたくしだって、お兄さまをお慕いする、ひとりの女なのです。こんな気持ちにさせたのは、お兄さまなのですからね?」

「そうか。ならば、さみしい思いをさせただけ、愛してやらねばな」

「あんっ、お兄さま……」

 

 味わうように、唇を吸い上げる。送り込まれた唾液を、曹洪はじっくりと嚥下しているようだった。

 情欲の炎。急速に、大きさを増していった。柔らかな舌が、口内に入り込んで触れ合いを求めている。水音をたてながら吸ってやると、曹洪は心地よさそうに声をもらした。

 

「ふはあっ……。お兄さまとの口づけは、何度しても緊張してしまいます。わたくし、上手にできていますでしょうか?」

「ああ。おまえとこうしていると、俺もたまらなくなってしまうのだよ」

「うれしいです、お兄さま。だったら、わたくしにもっと唾を飲ませてくださいまし……」

「そのくらいの願いであれば、いくらでも叶えてやろう。ほら、栄華」

「あむっ、んくっ、こくっ……。うふふ、お兄さま……♡」

 

 見つめてくる瞳。そこには、淫欲の色が確かに混じっていた。

 口づけによって、男根は着物のなかですっかり張り詰めてしまっている。内腿。弾力のあるそこに硬くなったモノを擦りつけてやると、曹洪は小さく微笑んで見せた。

 

「わざわざ夜更けにくるくらいだ。覚悟は、できているのだろうな?」

「はい、もちろんですわ。わたくしのすべては、お兄さまだけのものなんですから。そうですわね、お兄さま?」

「ふっ、違いない。おまえは俺だけのものだ、栄華。ほかの誰にも、触れさせてなどやるものか」

 

 軽い口づけを交わす。

 緊張は、完全にほどけてしまったのだろう。曹洪が、自ら着物に手をかけた。艶やかに色づいた肌。それが、眼の前であらわになっていく。

 

「ほう、これは」

 

 曹操が、思わす感嘆をもらした。

 従妹の扇情的な格好に、男根はさらに硬度を増していく。

 あらわになったのは、美しい肌だけではなかったのだ。淫靡なつくりをした下着。本来隠すべき部分は、ほとんどさらけ出されてしまっているようなものだった。

 澄んだ色をしている乳頭。それが、穴の開いた下着によっていやらしく強調されている。下腹部に眼を移す。まさしく、男を悦ばせるためだけに存在する構造だな、と曹操は息を呑んだ。薄っすらと生えた陰毛。もう少し下に進めば、魅惑的な三角地帯にまで簡単にたどり着くことができるのである。

 視線だけで、じっくりと女体を犯していく。きっと曹洪も、そうされることを望んでいるのだろう。紅潮していく頬。かすかに開いた口からは、熱い吐息がもれている。

 

沙和(さわ)さんに、教えてもらいましたの。殿方、とくにお兄さまのように色を好まれるお方は、こうした下着をお喜びになると。気に入って、いただけましたでしょうか?」

「嬉しいぞ、栄華。おまえが、俺のためにここまでしてくれたのだからな」

「うふふっ。喜んでいただけで、幸いですわ。さすがにこれを着るかどうか、わたくしだってかなり迷いましたもの。んっ、お兄さま……ぁ♡」

 

 むき出しになっている乳首を、爪の先で弾いてやる。自分に見られて期待が高まっていただけに、強く感じてしまっているのだろう。少々強めに愛撫を加えてやっても、曹洪はそれを喜んで受け入れるのだった。

 ぷっくりとふくらんだ桃色の突起。指でつまんで左右にこね回しながら、腿の間に勃起した男根を差し入れていく。すると、気持ちよさそうに曹洪が喘ぎをもらした。

 しっとりと濡れた女陰。腰を前後させると、吸い付くようにかたちを変えていく。加えて、肌に擦れる陰毛の感触が、気分をより昂ぶらせていった。

 

「これがお兄さまの、お、おちんちんなのですね……。ふあっ、んんっ。とても熱くて、わたくしも感じてしまいますわ♡」

「いやらしい顔をしているな、栄華。なかを、自分でいじったことはあるのか?」

「やあっ……♡ いくらお兄さまといえども、そんなことを教えられるはずがないでしょう?」

 

 いやがる素振りを見せる曹洪。しかし、その程度で許すつもりなど、曹操にはなかった。

 腰の動きを停止させ、乳首だけを徹底して責め立てる。断続的な強い刺激。それでも、快楽は得ているのだと思う。染み出す愛液。男根にしたたるその熱さが、なによりの証拠だった。

 

「んっ、はあっ……。そんな、胸ばかりいじめないでくださいまし、お兄さま♡」

「ならば、俺の問いにこたえてみろ。どうなのだ、栄華」

「は、はいっ。わたくし、したことがあるのです。ひとりで、その」

「続きを、言ってみろ」

 

 感度の高い肉芽を巻き込みながら、割れ目を擦り上げる。待ち望んでいた快感に、曹洪は表情を歪めていた。

 

「んっ、は、はいっ……♡ その、ひとりでするときには、決まってお兄さまのことを思い浮かべてしまうのです。そうしていると、あたまが真っ白になるくらい感じてしまって♡」

「可愛いことを、言ってくれる」

「あふうっ、んあぁあっ……♡ ですが、それは所詮想像でしかありませんでしたわ。現実のお兄さまはずっと熱くて、激しいんですもの。お兄さまにいじめられて、わたくしの身体はこんなにも悦んでしまっているのです。ああっ……。愛しておりますわ、お兄さま♡」

「俺も、気持ちはおまえと同じだ。愛しているぞ、栄華」

「ふあぁあっ、んんっ♡ これ、どきどきが止まらないのです。お兄さまのおちんちんで擦られると、わたくし軽く絶頂し続けているみたいで♡」

「それでは、この先が心配になってきてしまうな。栄華。おまえが耐えきれそうになければ、今夜はこれで終わりにしてもよいのだが」

「だめっ、そんなの、だめにきまっています♡ わたくし、刻みつけていただきたいのです。栄華が、お兄さまのものであるという証を、この身で感じたいのです」

 

 ちょっと泣きそうな顔をして、曹洪が懇願の声をあげた。

 最初から、ここで終わらせるつもりはないのである。曹洪の身体を抱き上げ、寝台の上に寝かせてやる。淫らな部分が、すべて見えてしまっているような格好だった。

 

「見事だな、栄華。ここなど、いやらしく開いてしまっているではないか」

「やあ……♡ そんなに見ないでくださいまし、お兄さま」

「それは、無理な相談だな。それに、栄華は俺のものなのだろう? だったら、その隅々まで観察する権利が、俺にはあるのだよ」

「はうぅ♡ それは、そうかもしれませんが」

 

 覆いかぶさり、唇を吸った。

 膣口は、しとどに濡れている。男根。愛液を先端にまとわせ終えると、曹操は唇を離した。

 

「よいな、栄華」

「んっ……。は、はいっ。くださいませ、お兄さま。わたくしの心は、とうに定まっているのですから」

 

 胸を愛撫しながら、亀頭を膣内に侵入させていく。

 自慰をしたことがあるといっても、それは入り口でだけの話なのだろう。奥深くで得る快楽は、きっと未知のものなのである。それを、一晩かけて掘り起こすのだ。

 男根に、力が込もっていく。真新しい膣内。割り開かれ、拡張されていった。

 

「ああっ、お兄さまがわたくしのなかに♡ んうっ、うあぁああっ……!? さきほどよりも、とても熱を感じさせられて。それに、太さやかたちまで、わかってしまうようですわ♡」

「俺のかたちを、よく覚えておくのだぞ。これから、何度も交わる相手なのだからな」

「はい、お兄さま♡ わたくしのなかで、存分に愉しんでくださいまし。んっ、ふうっ、これっ……すごくてぇ……♡」

 

 破瓜による痛みは、あまり感じていないようだった。きらびやかな印象があろうとも、曹洪には戦場で生きる軍人としての側面もあるのだ。これまで、ともに生き抜いてきたのである。その時点で、並の女とは胆力が違って当然だった。

 

「ははっ。奥まで挿れられて、感じているのだな。すっかりいやらしい子になってしまったな、栄華も」

「だって、こうしてお兄さまに、愛していただいているのですもの。感じてしまうのは、当たり前ですわ♡」

「まだまだ、こんなものではないぞ。少々強く動いても、平気だな?」

「きてくださいまし、お兄さま。お兄さまのたくましいおちんちんで、わたくしのなかをたくさい突いてもらいたいのです♡」

 

 男根が抜ける寸前まで腰を引き、強く打ち付ける。

 濡れそぼった膣肉。一気に突き入れると、その柔軟さをより感じることができてしまうのである。狭い膣奥が、亀頭を甘くしゃぶりあげてくる。曹洪の甘えるような声。それを耳で聞きながら、曹操は満足気に笑みを浮かべた。

 

「いいぞ、栄華。おまえのなかも、俺にえぐられることを欲しているようだ。どうだ、奥は気持ちいいか?」

「ひゃふっ、んっ……♡ そこ、気持ちいいんですの。お腹の奥のところ、お兄さまのおちんちんでずんずんってされると、頭のなかまで熱くなっていくみたいでぇ♡」

「そうか。栄華は、これが好きなのだな」

 

 深部を、連続して突き上げていく。嬌声をもらす曹洪。ひと突きするごとに、感じ方はよくなっているようだった。

 男根を通じて、甘いしびれが全身に拡がっていく。互いの汗と、分泌液。その両方によって、明かりに照らされた曹洪の肌が、怪しく光を放っていた。

 

「お兄さま♡ ン、ああっ、お兄さまっ♡」

 

 うわ言のように、組み敷かれた曹洪が自分のことを呼んでいる。

 交合による昂ぶりが、いっそう強くなったような気がしていた。とろけきった曹洪の頬。そこを愛おしそうに手で撫でながら、曹操は抽送を続けた。

 

「あっ、はあっ♡ はっ、んぅうう、ふあぁああ……♡」

「そろそろかな、栄華」

「ふぁい? お兄しゃま、んあっ、きゅうぅうう……♡」

「よい。おまえは、そのまま快楽を得ることだけに集中していろ。可愛らしく絶頂するさまを、俺が余さず見届けてやる」

 

 いまはただ、快楽だけに溺れていればいい。

 曹洪の思考をさらに白く染め上げるべく、曹操は追い込みをかけていく。響き渡る法悦によがる声。溢れ出た愛液はもはや泡立っており、整えられていた陰毛は、交合による擦れで乱れきってしまっている。

 情欲の熱がふくらんでいく。腰全体に、重さを感じるほどだった。曹洪の身体は、自分の子を孕みたがっているのかもしれない、と曹操は思った。膣肉と子宮口による甘い吸い上げは、ひっきりなしに続いているのだ。

 

「だすぞ栄華。おまえも、イッてしまえ」

「はっ、ひゃわっ♡ ンはあっ、これっ、んぐっ、ひゃふっっっっっ♡♡♡」

 

 最奥に、熱く腫れた亀頭を押し付ける。

 弾け飛ぶ精液。曹洪のなかは、それを貪欲に飲み下していった。吐息がもれる。赤い舌に誘われるように、曹操は口づけていった。強い快楽に支配されて、曹洪は全身をうち震わせている。舌。絡みついている。吸い上げてくる力も、これまでとはまったく違っていた。

 

「んふっ、じゅうぅううう♡♡♡ れろっ、ちゅる、ちゅぱっ♡」

 

 射精は、まだ収まらなかった。

 震える曹洪の身体を押しつぶすかのように、体重をかけていく。敏感になった膣内。男根を、絞り上げにかかっていた。陰のうに溜まった最後の一滴まで、飲み下そうというのか。膣肉による締め上げは、そのくらいのものだった。

 

「ああっ、はあっ……♡ お兄さま、わたくし、いまとっても幸せですの……♡」

「奇遇だな。俺も、そう感じていたのだよ。ン……、栄華」

「うふふっ♡ 今夜のことは、きっと生涯忘れられませんわ。あっ……。お兄さまのおちんちん、わたくしのなかでまたびくって脈打って♡」

「おまえも、まだし足りないのではないか。少なくとも、俺はそうだ」

「わたくしは、お兄さまのものにされてしまったのです。ですから、満足されるまで付き合ってさしあげますわ。それに、わたくしだって♡」

 

 甘えるように、曹洪が膣内をやんわりと締める。それに呼応して、曹操はゆるやかに腰の動きを再開させていった。

 

「はあっ、んっ。このくらいの刺激も、素敵ですわね。お兄さまの優しさを、お腹で直に感じられるようで♡」

 

 労るように、膣内全体を感じさせていく。そこに、さきほどのような激しさはなかった。

 余裕があるのか、曹洪は柔らかく微笑んでいる。抽送で震える胸。そこに、曹操は舌を這わせていった。主張する乳頭を、口に含んで転がしてみる。心に、安らぎが拡がっていくようだった。

 

「あら、ふふっ♡ お兄さまったら、お可愛らしいですわね。どうぞ、わたくしの乳房であれば、気の済むまでお吸いになってくださいまし♡」

 

 温かな手のひらに、頭を撫でつけられている。それも、自分が女にしたばかりの、曹洪の手なのである。そう理解していても母性を感じてしまうのは、男の(さが)とでも言うべきなのだろうか。

 ちょっとしたおかしさがあった。それでも、悪い気はしなかったのである。小さかった頃を思い出すような温もりと、下腹部から昇ってくるじんわりとした甘美なしびれ。それを同時に味わいながら、曹操はしばらく従妹の乳房に甘え続けたのだった。



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十四 宿ったいのち(桂花)

 (えん)州を取り仕切る立場にある劉岱が、兵を集結させようという動きを盛んにとっていた。

 青州黄巾軍の暴威は、すぐそこにまで迫っている。黄巾軍は冀州に向かうことはせずに、兗州ひとつに狙いを定めているようだった。普通であれば、徐州への侵攻も考えられる状況ではあったのだ。それが、ほとんど素通りに近いかたちになってしまっている。

 徐州を治める陶謙に、未曾有の大軍と闘う勇気がないことは曹操も承知していた。それだけに、どうすれば生き延びることができるのか。その一点だけを重視して、徐州は立ち回ったのではないか、と曹操は推測していたのである。

 大軍であるだけに、黄巾軍は莫大な量の兵糧を必要としていた。その一部分を提供するかわりに、徐州を略奪対象には選ばない。おそらくだが、そういった密約を陶謙は黄巾軍と交わしたのだろう。

 結果的に、劉岱による募兵は思うようには進まなかった。

 求心力の低下。曹操の台頭により、それは明白なものとなっていた。黄巾軍との一戦に、自身の行く末をかけているのは劉岱も同じだったのである。現状、劉岱のもとに集った兵は五万ほどだった。ほとんど、捨て身のような戦をやるつもりだという知らせも入っている。明らかに、劉岱は平常心を失っていた。

 河水(黄河)を南に渡河し、曹操は(けん)城に逗留するようになっていた。兗州内部の調略は、順調に進んでいる。劉岱は、自分が実権を握るまでの壁役として機能してくれればいい。曹操は、自らのもとに届けられた檄文を、冷ややかな眼で見下ろしていた。

 

「ひさしぶりだな、曹操のアニキ」

 

 荷駄を率いる文醜が鄄城にやってきたのは、数日後のことだった。

 袁紹とは、連合軍を離れて以来疎遠な関係が続いている。かといって、完全に対立しているわけではない、というのが実情だった。そのなかで、どんな意図があって文醜が遣わされてきたのか。それが気になったから、曹操は招き入れることを決めたのだった。

 

「これは、どういうつもりなのだ、文醜?」

「どうって、そんなの見たまんまだっての。アニキたち、これから青州黄巾軍と闘うつもりなんだろ? だったら、飯と武器がたくさん必要なんじゃないかって、真直(まあち)がさ」

「田豊が? 物資を送ることについて、袁紹はなにも言ってこなかったのか、文醜。俺はあいつが、まだへそを曲げているものだと思っていたのだが」

「姫は素直じゃないけど、アニキのことをいっつも気にしてるんじゃないかな、ってあたいは思うよ。今度だって、真直のやることに対して勝手になさい、って全部許してあげてたくらいだしさ」

 

 文醜から視線を外し、曹操はゆっくりと腕を組んだ。

 袁紹の真意は、どこにあるのか。それが、いまひとつわからなかった。表面的に見れば、袁家と曹家はつながりを維持したままだ。力関係において、いまは袁紹のほうに大きな分があった。その差が縮まったとき、あるいは肩を並べるようになったとき、このつながりがどう変化していくのか。それを袁紹はどこまで考えているのだろうか、と曹操は疑問に思うときがあるのだった。

 覇者への道。それを往くためには、どこかで袁家をこえていかなければならない。河北は、ひとが多く暮らしている土地だった。国を富ませ、兵を養う。河北をとれば、それもずっと容易くなることだろう。

 

「そんな難しい顔するなよな、アニキ。それで、もってきたものは受け取ってくれるんだよな? 運んでくるのだって、楽じゃないんだ。嫌だって言われても、あたいは置いてくぜ?」

「ははっ。おまえや田豊の苦労を、無駄にするつもりはないさ」

「おっ、ならあたいも、ここまできた甲斐があるってもんだよ。でさ、荀彧のやつはどこにいるんだ? あいつに、ちょっと用があるんだよな」

桂花(けいふぁ)ならば、今日は邸宅で休んでいるはずだ。このところ、働きづめだったのでな」

「ふーん、そっか。受け入れのほうは、任せられるやつがいるからそいつに聞いてくれ。あたいは、ちょっくら荀彧に会ってくるよ。それじゃ、またあとでな、曹操のアニキ」

「承知した。桂花には、しっかり休んでおくように伝えておいてくれ」

「へーい。んじゃ、いってくる」

 

 元気を振りまきながら、文醜が広間から消えていった。

 荀彧には、この三日ほど出仕を控えさせていた。仕事をしていても、どこか集中力に欠けている、と郭嘉から知らされたからである。それに、体調もあまり優れないようだった。自分にその原因を探られることを、荀彧は嫌うに違いない。だから、程昱に言って医師の手配だけは済ませてあった。程昱からは、まだ報告があがってきてはいない。だが、心のなかでちょっとした予感があるのも、また確かなのだ。

 

 

 胸の内側が、どうにも(もや)がかったようになっている。

 退屈、それが不安に変わる瞬間が時々あるのだ。家にいても、特にすることはなかった。家事などは、侍女がすべてやってくれている。少しでも仕事をもって帰ろうとしてみたが、それは郭嘉に阻止されてしまっていた。

 曹操軍は、大戦(おおいくさ)の前準備をしている段階だといっていい。それなのに、軍師である自分は、自宅でひとり悶々としているしかないというのか。

 体調は、確かに万全ではなかった。不安が募ってくると、ひどい吐き気におそわれるときがある。いままで、経験したことのない苦しみだった。身体にも、妙な張りを感じている。こんなとき、どうして曹操はそばにいてくれないのか。そんな馬鹿らしい考えすら、浮かんでくることがあったのである。

 

「もう、いらないわ」

 

 侍女の用意してくれた食事は、残してしまうことが多くなっていた。どうにも、うまく喉を通ってくれないのである。椅子の背もたれに体重をあずけ、荀彧はため息をもらした。昨日やってきた程昱から、医師がくることを聞かされていた。自分は、病人になってしまったのか。そう思うと、また気が重くなった。

 

「お客人です、荀彧さま。こちらにお通ししても、よろしいでしょうか?」

 

 どこの誰が、こんな自分のもとを訪ねてきたのか。侍女の言葉に、荀彧は力なくうなずいた。

 

「よっ、荀彧。つっても、あたいのことをそんなに知らないか」

「別に、知らないわけじゃないわよ。それで、袁紹配下の文醜将軍が、わたしになんの用があるっていうのよ」

「うーん。ほんとに用があるのはあたいじゃないんだけど、ちょっと買い物してからこっちにくるって話でさ。ここ、座ってもいいか?」

「はあ、なによそれ? まっ、勝手にすればいいんじゃないの」

 

 てっきり、家中の誰かが様子を見にきたものだと思っていた。文醜には、自分に対する遠慮が少しもない。それだけに、どこか心に張り合いが生まれているようだった。

 椅子に座った文醜が、置いてあった果物にかぶりついている。特に用がないと言ったのは、嘘ではないのだろう。

 袁家からの支援物資を、文醜は届けにきたのだという。曹操からしてみれば、気分のいい話ではなかったのかもしれない。そのうえで、曹操は物資を受け取った。これでより、外部の勢力は袁家と曹家のつながりを警戒するようになる。実情がどうであれ、ひとはよりわかりやすい、表面的なものを見ようとするものだ。

 曹操にも、どこか逡巡のようなものがあるのかもしれない。袁紹とは、協力すべきときは随時手を結んできたという経緯があるのだ。

 

「なあ、荀彧」

「なによ。というかあんた、しゃべるまえに口くらい拭いたらどうなのよ」

「んっ、それもそっか」

 

 文醜が、手の甲で果汁をぬぐう。

 がさつな女だと思う。けれども、こんな風に気兼ねのない話をするのは、久しぶりな気がしていた。

 

「昔のことだけど、覚えてるか? あたいたちが宦官の兵を引きつけてる間に、アニキがおまえをさらってさ」

「ああ、そんなこともあったわね。まさか、いまさらそのことを、恩着せがましく言うんじゃないでしょうね」

「いやいや、そんなつもりはないっての。ただ、懐かしいなって思ったんだ。あの頃は、いろんなことが単純だったなってな。姫も、アニキに頼まれごとをされて喜んじゃってさ」

 

 あの日のことは、いまでも鮮明に覚えている。

 ひとの運命に岐路というのがあるとすれば、自分にとってはあの時こそがそうだったのだろう、と荀彧は思うのだ。曹操への想い。それが、確信に変わった瞬間だった。生涯をかけて、支えるべき相手。王佐の才ともてはやされていただけだった自分に、主君ができた日でもあるのだ。

 文醜の言うあの頃は、すべてがおおらかに動いていたように思う。それぞれの立場はあったにせよ、曹操も袁紹に対し心を開いていた。そうでなければ、協力をあおぐことなどしなかったはずなのである。

 

「いまは、みんな難しい顔をしようとしすぎなんだよ。そりゃあ、姫もアニキも、天下を狙ってるってのはわかるけどさ。あたいにしてみれば、どっちも頭が硬すぎるんだって。姫なんて、ちょっとまえまでは曹操さん、曹操さん、ってそればっかりだったのにさ」

 

 唇をとがらせて、文醜が言った。

 ほとんど世間話のようなものだったが、荀彧は興味深くその話を聞いていた。この先、袁紹とどう渡り合っていくべきなのか。それは、曹操軍の軍師として考えておくべきことのひとつだった。袁紹は、曹操に対し複雑な感情を抱いている。曹操にしてみても、おそらくそれは同じなのだろう。

 両者は、いがみ合って闘うべきではない。文醜は、きっとそれが言いたいのだ。この状況で物資を寄越してきたのだから、田豊もそう考えていると見ていいはずだった。ただし、当の本人たちが、いまは近づくことを良しとはしないだろう。

 

「ふたりとも、もっと素直になってもいいじゃんか。姫とアニキが力を合わせれば、それこそ天下になんてすぐ手が届くに決まってるのに」

「あははっ。それは、そうなのかもしれないわね。けど、意外だったわ。春蘭(しゅんらん)と同じで、単なるイノシシだと思っていたのだけれど、案外周りがよく見えているじゃないの、文醜」

「えへへっ、だろー? って、んん? いまあたい、悪口を言われたんじゃないのか?」

「気のせい、ってことにしておきなさいな。いい話を聞かせてもらったことに、この荀文若が感謝してあげてるんだもの」

「うーん、そっか? まあ、あたいは旨いものが食えれば、なんだっていいんだけどさ」

 

 そう言って、文醜がまた果物に手を伸ばした。

 他愛もない話をしていたおかげか、気分もいくらか上向いてきているようだった。身体に感じている気だるさも、それで多少は紛れている。

 

「荀彧さま。文醜さまのお連れの方が、到着なされました」

「おっ、それじゃあたしは席を外すとするか。へへっ、きっと驚くぞー」

 

 文醜が、果物の入ったかごを持って立ち上がる。

 わけがわからないまま、荀彧は部屋にひとりとなった。足音が、近づいてくる。いったい、文醜は誰を連れてきたというのか。いまのところ、皆目見当がつかなかった。

 

「桂花」

 

 自分の真名を呼ぶ声。それも、ひどく懐かしいものだった。

 声のするほうに、顔を向ける。部屋の入口に立っていたのは、母だった。自分が曹操と行くと決めてから、荀家は難を逃れるために、冀州に居を移していた。冀州では、よくしてもらっていると聞いていた。韓馥も袁紹も、荀家に対して敬意を払ってくれているようだった。

 

「え? ほんとうに、母さまなの?」

「元気なようで、少し安心したわ。あなたが体調を崩していると文醜殿から聞かされて、街で必要そうなものを買ってきたのだけれど」

 

 文醜の兗州行きを聞きつけて、同行を願い出たのだと母は言った。知らせてくれればよかったのにとも思うが、それは職務に追われる自分のことを気遣ってくれてのことなのである。

 潁川で別れてから、母とこうして直接会うのは初めてだった。書簡でのやりとりは行っていたが、職務を優先していたせいでそれも疎かになりかけていたのだ。

 少し老けたな、と母を見て荀彧は思った。だが、こうして健やかな姿を再び見ることができたのである。乱世に生きる身としては、それだけで十分すぎるくらいだった。

 

「一刀殿には、よくしていただいているようね」

「べ、別に、そんなこと……」

「うふふ。わたしにまで、無理に隠さなくたっていいのよ。それで、身体の具合はどうなのかしら?」

 

 あの頃と少しも変わらない、母の声。聞いているだけで、堪えていた感情を刺激されてしまうようだった。

 温かな抱擁。しばらく忘れていた、母の柔らかさだった。頭を撫でられながら、荀彧はこれまであったことを語りはじめた。その声は、かすかに震えていた。

 

「お医者さまに見ていただくまで確実なことは言えないけれど、実はわたしも、いまのあなたと似たような症状を経験したことがあるの」

「えっ、母さまも……? それって、もしかして」

 

 母に抱かれながら、荀彧はつぶやくように言った。

 

「賢いあなただから、正解を言うまえにわかってしまったのかしら? でも、そうね。あなたを、この身に宿していた間、わたしもそんな風になったことがあるのよ。おめでとう、桂花。ふふっ、ちょっと気が早かったかしら」

「あいつの、一刀との赤ちゃんが、ここにいるの?」

 

 手のひらで、腹部をゆっくりと撫でてみる。実感はまだなかったが、言われてみるとそうとしか思えなくなっていた。

 多くの女に手をだしてはいるものの、曹操の子を孕んだ者はまだいなかった。曹操は、自分が孕んだことを喜んでくれるのだろうか。そのことを考えると、少しだけ不安がよぎってしまう。戦場に付き従えなくなった自分。この程度であればどうにでもなるが、やがてはそんなことも言っていられなくなるのだろう。

 

「うふふ。賢いのはあなたのいい部分だけど、考え過ぎるのはあまりよくないわね。一刀殿には、なるべく早く知らせなさい。きっと、喜んでくださるから」

「なんでもお見通しなのね、母さまは」

「だって、あなたはわたしの子どもなんですもの。ちょっと離れていたからって、それが変わることはないのよ、桂花。それとも、しばらく会わないあいだに、一刀殿は狭量なお方になってしまったのかしら?」

「そ、そんなことは、ないと思う……。あいつは、わたしになにを言われようとも、笑って許してくれるような男だし……」

 

 自分でも、なにを口走っているのかわからなくなってくる。ただ、顔に拡がっていく熱さだけははっきりと感じていた。

 曹操に、会いたい。会って、このことを伝えたい。母の後押しのおかげで、強くそんな気持ちになることができている。やはり、母には敵わない。小さく笑みを浮かべながら、荀彧はその胸に顔をうずめたのだった。

 

 

 夜。邸宅に、曹操が渡ってきた。

 知らせたいことがあるから、きてもらいたい。使者に言付けたのは、それだけだった。大切な部分は、自分の口から伝えたい。母も、そうするべきだと同意してくれた。

 

「こうして、御母堂とまたお会いすることができるとは。あの折は、荀家にご迷惑をおかけしました」

「わたしは、なにも気にしていませんよ。桂花が幸せになるためには、ああするのが一番だったのですから。そして、その選択は少しも間違っていませんでした。そうでしょう、一刀殿?」

「痛み入ります、御母堂。それで、桂花は」

「ええ、奥で待っていますよ。わたしは、秋蘭(しゅうらん)殿の邸宅にお邪魔してまいります。一刀殿も、桂花とふたりでいたいでしょうから」

 

 ふたりの話し声が聞こえてくる。

 緊張によって乾いた唇を、荀彧は椀のなかの白湯(さゆ)で濡らした。母と別れた曹操が、一歩ずつ近づいてくる。思わず、唾を飲み込んだ。

 

「息災にしていたか、桂花。昼間、文醜も訪ねてきたようだな」

「急にやかましいのがきて、何事かと思ったわよ。けど、まさか母さまが一緒だったなんてね」

「俺も、それには驚いた。だが、御母堂がそばにいてくだされば、おまえも安心できるだろう」

 

 曹操が、隣の椅子に腰掛ける。不意に握られた手。ほしかった温もりが、そこから拡がっていった。

 

「ねっ。奥に、いきましょう? そっちで、話したいことがあるの」

 

 こわばった表情を見られるのが、恥ずかしかったのかもしれない。

 思えば、自分から閨に誘っているようなものなのだ。冷静になって考えてみれば、そちらのほうがよっぽど恥ずかしいことだった。

 

「その、ね?」

 

 寝台に、ふたりして腰かける。

 普段とは打って変わって、曹操は真剣に話を聞いてくれている。肩に回された腕が、頼もしかった。さきほどから、手はずっと握られたままだ。

 

「赤ちゃん、できちゃったのかも」

 

 声は、震えていなかっただろうか。けれども、言いたいことは伝えられたのだと思う。

 暗がりのせいで、曹操の顔はよく見えなかった。一瞬の静寂。それが、少しだけおそろしかった。

 

「な、なによ。なにか、言ったらどうなの」

「ン……、すまない。あの桂花が、もうすぐ母になる。そう思うと、感慨深くなってしまってな。予感はしていても、いざ聞かされるとなると、勝手が違うものだ」

 

 曹操に、抱き寄せられる。母のしてくれた抱擁と違って、力強さを感じさせるものだった。

 額。擦り合わせるように、曹操が顔を近づけてくる。我慢できなくなって、唇をわずかに突き出してしまう。粘膜同士の重なり。いまは、それがなによりも心地よかった。

 

「んうっ、はあっ。一刀……ッ。ン……、あむっ、んふうっ」

「俺の子が、ここにいるのだな。桂花と、俺の子だ」

 

 子ができるというのは、曹操にとっても初めてとなる経験だった。

 それを、自分がさせている。高揚感で、少し胸が高鳴った。同時に、乳房に張りのようなものを感じてしまう。変化はまだでないはずだ、と母は言っていた。それでも、こうして曹操に抱かれていると、腹に赤子がいるということを強く意識してしまうのだ。

 

「少し、脱がせるぞ」

「はあっ、んっ……。いつもみたいに、勝手にすればいいじゃないの」

 

 寝間着のまえが緩められていく。曹操なりに、気を遣ってくれているのだろう。露出させられているのは、あくまでも胸のあたりだけだった。

 感じていた、外気の冷たさ。それも、すぐに消えていく。曹操が、乳房を優しく吸い上げているのだ。

 

「まったく、大きな赤ん坊ね。もう、そんなにいやらしく吸わないでちょうだい」

「ここから、乳がでるようになるのだな。ひとの身体というのは、不思議なものだ」

 

 腹のあたりを撫で回しながら、曹操は乳首を吸い続けていた。

 興奮が、じわりと積み重なっていく。愛撫を受け続けた乳頭は、恥ずかしいくらいに勃起してしまっているはずだった。ゆるやかな気持ちよさ。それが、さざなみのように脳内を揺すぶってくる。曹操も、今夜は必要以上に強い刺激を与えないようにしているのかもしれない。それで物足りなさを感じてしまうのだから、自分も変えられてしまったものだ。

 

「はあっ、んうっ……。ねっ、そんなに……おっぱいおいしいの?」

「ああ、そうだな。ン……。乳がでるようになったら、すぐに知らせるのだぞ。赤子が生まれるまえに、俺が味をみておいてやらねば」

「ちょっ、んんっ。そんなの、絶対だめなんだから……ッ。アンタみたいな変態にあげるために、お乳をだすんじゃないのよ」

 

 吸い上げが強くなる。

 曹操は、冗談で言っているわけではないようだった。敏感になった乳首の先。そこを、舌先が丹念にえぐってくる。軽い絶頂は、すでに何度も身体で感じていた。当分の間、このくらいの快楽で我慢する日々が続くのだろう。耐えなければならないのは、曹操も同じだった。自分が相手をできない分、ほかの誰かと寝ることが多くなるのかもしれない。そう考えると、少し腹がたってくる。

 

「んあっ、ふうっ……♡ んんっ……♡ わたしはもう十分だから、つぎはアンタを気持ちよくさせてあげる。ほら、早くチンコをだしなさいよ」

「口でしてくれるのか、桂花?」

「ううっ。そんなの、わざわざ言わなくたっていいでしょ。わかったら、アンタは粗末なものを、わたしに見せればいいの」

 

 立ち上がり、曹操が服を脱いでいく。暗がりではあったが、鼻先が男根の存在を敏感に感じ取ってしまっていた。

 雄の匂い。それが、強く立ち込めているのだ。乳房に吸い付いているあいだ、曹操は興奮を高めていたのだろう。頬に、熱い先端が押し付けられる。滑るような感触。指で触れてみると、べっとりとした先走りが付着していた。

 

「ン、れろっ、ちゅうぅう。こんな、馬鹿みたいに勃起させちゃって。そんなに、わたしのお口が恋しかったのかしら、一刀は」

 

 亀頭についた汚れを、舌で舐め取っていく。脈打つ男根。雁首の部分までしっかりと掃除されることを、曹操は好んでいた。

 何度味わっても、強い刺激が舌の上を走り抜けてしまう。忙しさにかまけて、数日洗っていないこともありえるのだ。そんな不潔なものを、自分は喜んでしゃぶってしまっている。倒錯的な感情に、押し流されそうになった。

 

「ははっ。俺のチンポは旨いか、桂花」

「あむっ、じゅぷっ……。んんぅ、ばっかじゃないの。そんなわけ、あるはずがないじゃない」

 

 当てつけのように、曹操が質問を投げかけてくる。

 男根からは、新しい先走りがつぎつぎに流れ出てきていた。亀頭だけに吸い付くようにして、それをすべて飲み干していく。腹のなかが熱い。先走りを飲んだだけでも、こうなってしまうのである。ぶらさがった陰のう。そこには、自分を孕ませた子種がたっぷりとつまっている。早く、その熱さを口内で感じたい。荀彧の奉仕に、熱が込もっていく。

 

「あむっ、れろれろっ♡ んじゅぷっ、じゅるるっ、んぶっ、んあむっ……♡ はやく、はやくだしてよ……ッ♡」

 

 手を使って、男根を扱いていく。

 唾液と先走りを塗りたくられた肉竿は、異様な臭気を発していた。その芳醇な匂いを満喫しながら、荀彧は先端に舌を這わせていく。割れた鈴口。敏感な裏筋。そのすべてに、快楽を与えていった。

 

「これ、気持ちいいんでしょ? んむっ、ちゅぽっ……♡ わたし、ちゃんと知ってるんだから」

 

 返答代わりに、曹操の男根が大きく震えた。どぷり、と真新しい粘液が亀頭からこぼれ落ちる。それを逃さず、荀彧は舐め取っていった。

 

「気持ちいいぞ、桂花。おまえも、奉仕をしながら感じているのだろう?」

「んぷっ、じゅぷぷぷっ……。んっ、そんなわけ♡ じゅるっ、ないでしょっ♡」

 

 曹操の大きな手のひらに、頭を何度も撫でられている。

 びくんと跳ね上がる男根。その熱さに、思わず身体が震えた。口内は、すっかり曹操の匂いで満たされてしまっている。だが、まだ足りなかった。もっと、もっと曹操のもので満たされたい。快楽に冒された脳内が、それだけを求め続けていた。

 

「んむっ、ずぷっ♡ んっ、かずとっ♡ かずとっ♡ はやく、わたしに子種のませてよぉ♡ どろどろの精液、じゅぅううう♡ お口で、たくさん味わいたいの♡」

 

 咥え込んだまま頭を前後させると、のど奥まで男根で犯されているように錯覚してしまう。実際、いつもであれば荒々しい腰使いによって、口内を蹂躙されてしまっているところなのだろう。

 今夜の曹操は、とことん自分に対して甘かった。それだけ、孕んだという事実が大きかったのだろうか。子を宿しているはずの腹の奥が、切なさを感じてしまっている。いまは、その疼きを満たすわけにはいかなかった。そのぶんだけ、荀彧は口を使って曹操に甘えていく。腫れ上がった亀頭。精液が、すぐそこにまでせり上がってきているのだろう。指の腹をつかって、竿の部分を揉み込むように愛撫していく。

 そうしていると、感極まったように曹操が声をもらした。瞬間、口腔内がすさまじい勢いの濁流に飲まれていく。

 

「んぷっ……!? んんっ、こほっ、ごくごくっ♡ んふぅううう、ちゅぷっ♡ ン……、じゅずずずっ♡」

 

 先走りの何倍も熱い精液が、直接胃に流し込まれているようだった。

 息が苦しい。だがそれでも、荀彧は男根を離そうとはしなかった。特有の青臭さが、鼻にまで抜けていく。

 

「ちゅむっ、れろっ……。はあっ、すごっ、ちゅるぅうう♡」

 

 男根の脈動は、まだ継続したままだった。

 曹操は、本気で口から自分を孕ませるつもりなのではないか。そう感じてしまうくらいに、精液の奔流は熱く、力強かったのである。

 

「ふはっ、んりゅぅう……♡ はあっ……。これで、終わりなのかしら?」

 

 口から抜いた男根を見つめながら、荀彧は軽く扱いてみた。駐留していた残滓。飛び出したそれが、力なく鼻先を汚した。

 

「ふふっ。まだ、こんなに……。れろっ、んむぅ……。孕んでる相手に、射精しすぎなのよ、アンタは」

「桂花が、俺の子を宿している。そう思うと、余計に興奮してしまうのだよ。身体は、平気か?」

「ええ、いまのところはね」

「ちょっと待っていろ。身体を拭くものをもってくる」

 

 気だるさを感じて、荀彧は寝台に身体を投げ出した。けれども、その気だるさは、この数日感じていたものとはまったく違っていたのである。

 全身が、曹操の発する匂いに包まれているようだった。着物をなおしながら、腹のあたりをさすってみる。ふくらみのない腹。それでも、いままでとはなにか違うような気になってくる。

 寝台に腰かけた曹操に背を向けたまま、荀彧が言った。

 

「……アンタのことだから、どうせ嫌だって言っても、強引に泊まっていくのよね? わ、わたしは、そんなのどうだっていいんだけど」

「御名答だよ。桂花には、隠し事などできそうにもないな」

「ふんっ、荀文若さまを、舐めるんじゃないわよ……。それより、もっと近くにきたらどうなのよ? 身体、冷えちゃうでしょう」

「ははっ。気が利かなくて、すまなかった」

 

 全身に、曹操の温もりを感じている。

 穏やかな鼓動。聞こえている。曹操の胸に額をこすりながら、荀彧は眼を閉じた。

 いつしか、こんな風に親子三人で寝床に入る日がくるのだろうか。やがては、それも順番争いになっていくに違いない。今回は、たまたま自分が先んじたに過ぎないのである。

 男か、女か。だったら、名前は二通り考えておく必要があるのか。眠気がやってくるまで、荀彧はそんな取るに足らないことを考え続けていたのだった。



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十五 虎の眼覚め(春蘭、秋蘭)

 待ち望んでいた瞬間が、すぐそこにまで迫っていた。

 青州との境目に布陣した黄巾軍。先鋒だけでも、三十万に達しているのだという。それに対し、劉岱はかき集めただけの五万で、決戦を挑もうとしているのである。やるまえから、勝負は決しているようなものだった。はじめから、死しか見えていない戦なのである。そんなものは、やる価値がない、と曹操は思っていた。

 華々しく散るといえば聞こえはいい。だが、死は所詮、消えることでしかないのである。死を越えた先にある生。それを泥にまみれながらでもつかみとり、自らの飛躍とする。そうでなければ、戦になんの意味があるというのか。

 出陣を控えた朝。曹操は、閨で夏侯姉妹と睦み合っていた。ふたりとは、昨晩軍のことを話し合ってからずっと一緒である。鄄城(けんじょう)は、しばらく留守にすることになるだろう。そのまえに、心ゆくまで身体を重ね合わせておきたい。夏侯のふたりが、そう申し出てきたのだった。

 

「なあ、かずとぉ……」

「ふふっ。どうしたのだ、姉者? そんな、猫なで声をだしてしまって」

 

 寝台のうえで、曹操の真名を呼びながら、夏侯惇がもぞりと身体を動かした。少しも硬さを感じさせない乳房が、腕のあたりで自在にかたちを変化させている。

 頬にあたる吐息。姉の可愛らしい姿に笑みを浮かべながら、夏侯淵が首筋に甘く吸い付いてきていた。起きがけの男根が、期待によって勝手に脈打ってしまう。それに気がついたのか、血の管の浮かぶ太い幹に、夏侯淵はしなやかに指を絡ませていった。

 

「むっ。うらやましいと思っているのは、秋蘭(しゅうらん)だっておなじではないのか? 桂花(けいふぁ)のやつめ、口ではやかましく言いながらも、一刀の子を真っ先に授かったのだぞ」

「それが、あやつのいじらしいところではないか。ほら、姉者も手伝ってはくれないか。一刀のモノは、わたしひとりでは手に余るのでな」

「ふふん、いいだろう。んっ、はあっ……。もう、朝からこんなに硬くしおってぇ。それでいて我らにはなかなか子を寄越さぬのだから、意地の悪い棒ではないか」

 

 好きなことを言いながら、夏侯惇が男根に刺激を与えていく。

 息のあったふたつの手が、血の集まった箇所を柔軟に揉みほぐしていった。激しすぎず、かといって弱々しいわけでもない。自身の感じる点を熟知した愛撫に、曹操は小さく声をもらした。

 

「しかしな、姉者。我らは軍人であるかぎり、戦場に立たねばならんだろう。ひとが増え、いま少し軍務にも余裕がでてくれば、この意地の悪い魔羅も、くくっ……態度を変えてくれると信じているのだがな」

「まったくだ。そのためにも、まずは兗州(えんしゅう)にたかる黄巾の者どもを蹴散らしてくれる。敵が何人であろうと、気合で圧倒すればなんとでもなるのが、勝負というものだ。一刀も、そう思うだろう?」

 

 夏侯惇が、手のひらで包んだ亀頭を何度もこねている。

 にじみ出た先走りが、潤滑油としての役割を果たしているのだろう。にちゅにちゅという淫靡な音を立てながら、夏侯惇は男根に断続的な快楽を与えてくる。

 

「クッ……、ははっ。それでこそ、春蘭(しゅんらん)だな。しかし、今回の戦はそう簡単なものではないぞ。闇雲に突出するだけでは、敵は数の多さにまかせて包み込もうとしてくるはずだ。そこをうまくかわせるかどうかで、勝敗も変わってくるのではないかな」

「だそうだぞ、姉者。何事においても、重要なのは駆け引きなのだ。ほら、ここをこうして……」

 

 ゆるやかだった愛撫のなかに、強い刺激が織り交ぜられていく。指で作った狭い輪を上下させながら、夏侯淵は陰のうを揉みほぐし、たまった精液を放出させようと攻め立ててくるのである。

 負けじと、夏侯惇の奉仕にも熱が入る。気持ちよさ。甘いしびれとなり、下腹部にこみ上げてくる。そろそろかと思いながら、曹操はわずかに腰を浮かせた。それを察知したふたりが、男根に顔を寄せてくる。射精による濁流。それを、今朝は公平にわけあうつもりなのだろう。

 

「だしてくれ、一刀。わたしと姉者を、いやらしい精液で汚したいのだろう?」

「ああっ、チンポがすごく熱いっ……。こんなに苦しそうにふくらませおって。さっ、早く射精して、すっきりしてしまえばいいではないか」

 

 餌を待つ子犬のように、夏侯惇が小さく舌をだしている。姉にならい、夏侯淵も同様の姿勢をとっている。

 湧き上がる情欲の波。ふたつの赤い的を目掛けるつもりで、曹操は射精を開始していった。

 

「んっ、きたぁ……♡ ああっ、熱い……ッ。もっと、もっとわたしに子種をかけてもよいのだからな、かずとぉ♡」

「ふふっ。何度味わっても、こればかりはたまらんな。なあ一刀、まだまだ搾りだせるのだろう? 顔だけでなく、身体もおまえの匂いで満たしてくれたってかまわないのだからな」

 

 ふたりの表情に、幸せそうな紅潮が拡がっていく。

 盛大な爆発を間近で受けたせいで、どちらも秀麗な顔を真っ白に汚していた。その興奮が、再度の射精を後押ししていった。唇にこびりつく濁った塊。それを舌を伸ばして舐め取ると、夏侯淵は粘ついたまぶたをちょっとだけ開かせた。

 

「すごい勢いだな、まったく。あむっ、れろっ、んむぅ……。これほどの濃い味を知ったあとでは、流琉(るる)のつくってくれる朝食がうすく感じてしまうかもしれぬ」

「うむ、秋蘭の言う通りだと思うぞ。はあっ、匂いをかいでいるだけでも、身体がぞくぞくしてしまうようだ。あむっ……、一刀の子種がまだこんなにも……」

 

 精液がべっとりと付着した指を、夏侯惇がうまそうにしゃぶっている。演技などでは決してできないような、とろけきった表情なのである。その真似をして、夏侯淵も指に舌をはわせはじめた。誘うような視線。指の先端を、舌先がかすめるように動き回っている。

 たまった熱。それを放出したからか、頭が段々と働いてくるようになった。

 兗州の調略は、締めの段階に入っているといっていい。劉岱の死、あるいは敗走をきっかけに、曹操は州牧となる手はずを整えていた。それには、陳留にいる張邈(ちょうばく)が、曹操の支持に回ったことが大きかった。調略と併行して、防衛線の構築もすでにはじまっていた。この鄄城は、その最後の一点といっていい位置にあった。理想としては、泰山付近で黄巾軍を食い止めることができればいい、と曹操は考えている。

 

「起きるぞ。支度をしろ、ふたりとも」

 

 快楽の余韻が入り混じった身体を起こし、曹操は寝台に座った。夏侯姉妹の表情は、もう臣下としてのものに変わっている。

 

「着替えをお持ちいたします、殿。姉者は、湯を用意してきてくれないか」

「ああ、承知した。それでは、少しだけお待ちください、殿」

 

 うすい寝間着だけを肌のうえに羽織り、ふたりは駆け足気味に散っていった。

 

 

 いつまでも、終わることのない夢。そんな夢を、見ているようだった。

 指を、少し動かしてみようとする。もどかしいくらいに、重く感じさせられた。

 自分の身体が、自分のものでないようだった。やはり、これが死ぬということなのか。孫堅は、また夢のなかに意識を手放しかけていた。

 

「孫堅」

 

 誰かが、孫堅の名を呼んでいる。それで、なんとか踏みとどまることができたのだった。

 襄陽攻めは、どこまで進んでいるのだろうか。孫堅の脳裏に一番に浮かんできたのは、やはりそのことだった。あと一歩というところで、黄祖による邪魔を受けた。張昭などは、進軍が性急すぎたのだと怒るのだろう。しかし、そんなものは結果論にすぎないと孫堅は思うのだった。

 戦は、生きもののようなものなのである。好機が到来したとなれば、それを必死になって掴み取らなくてはならないのだ。待つべきときは待ち、攻めるときは烈火のごとく攻め立てる。そうやって、孫家は強くなってきたという思いがある。

 厄介だった黄祖は、命がけで放った矢によって、討ち取ることができたはずだ。手応えは、確かだった。そうすることができたのは、華雄の身を呈した行動のおかげでもあった。

 

「いつまで寝ているつもりだ。さっさと、目を覚まさないか」

 

 また、声が聞こえてきた。

 身体に力をいれる。さっきよりも、指が動いたような気がしていた。あと、もう少し。根拠などどこにもないが、なぜかそう思えていたのだ。

 悠長に寝ている時間など、あるはずがなかった。いち早く戦場にもどり、兵を鼓舞して回らなければ。不意打ちだったとはいえ、自分が射られたのは事実だった。おそらく、動揺は軍全体に拡がっているのだろう。その足踏みは、袁術にもすきを見せることになるのだった。

 

「ぐ、うぅ……」

 

 声がうまくでない。ほとんど、うめきのようなものだった。けれども、きっかけとしてはそれで十分だったのだ。

 うっすらとしか感じることのできなかった五感。はじめに戻ってきたのは、触覚だった。多分、自分は寝台に寝かされているのだろう。硬い感触だけが、背中から全身を支えているのだ。

 手足の指先。そこから、また力が集まってくるような感覚があった。生きているのであれば、開くはずだ。脳内でそう命じながら、孫堅はまぶたをゆっくりと持ち上げていった。

 陽光を、直に見ているのではないか。そのくらいの眩しさを、孫堅は感じていた。どれほどの間、自分は闇のなかにいたのだろうか。まばたきを続けてみる。眩しさが消えたつぎには、見慣れない天井が視界に写っていた。

 

「孫堅」

 

 先ほどから自分を呼んでいるのは、いったい誰なのか。声のする方に、なんとか頭を向けてみる。色素の薄い短髪。ぶっきらぼうな表情が、ちょっとだけ歪んで見えている。

 そこにいたのは、華雄だった。いますぐ前線にもどれ。そう叫びたくなったが、声はどうしてもでなかった。声をだす代わりに咳き込んだ孫堅を見ると、華雄はどこかへいってしまった。

 もどってきた華雄の手には、水桶が握られていた。どうやら、外に水をとりにいっていただけらしい。

 椀に入れられた水を、口に含んでみる。乾いた身体に染み渡るような感覚が、いかにも心地よかった。

 

「ようやくのお目覚めか、江東の虎め。待ちくたびれぞ、孫堅」

「ククッ、ハハハッ……。まさか、おまえの顔を一番に見ることになるとはな、華雄。しかし、黄祖のババアめ、やってくれやがったぜ。たった一本食らっただけで、こうまでなっちまうとはな。だが華雄、おまえはこんなところで遊んでいる余裕があるのか。戦は、どうなった」

 

 静かに話を聞いていた華雄が、首を左右に振った。

 それだけで、なんとなく察しがついてしまう。自分が戦線を離脱した影響を、孫策たちは止めきれなかったのだろう。けれでも、自分はこうして生きている。ならば、再起は可能なはずだった。

 

雪蓮(しぇれん)たちはどうしている。撤退したのかどうかは知らんが、軍は立て直したのだろうな?」

 

 あたりが静かすぎる、と孫堅は感じるようになっていた。

 長沙の邸宅であれば、華雄の知らせでほかの者たちが、顔くらい見にきてもおかしくはないのである。仮にどこかの陣屋であったとしても、軍兵(ぐんぴょう)の声が聞こえてくるのが当然だった。

 それが、なにもないのである。沈黙のなかで、鳥のさえずりだけが耳に届いているのだ。脳裏によぎったのは、長沙の失陥。まさかとは思ったが、ありえない話ではなかった。

 

「いま、孫策たちは袁術の庇護を受けている。わたしは、貴様を守りきれなかった罪で、孫家から放逐されてしまってな」

 

 自嘲気味に、華雄が笑った。

 五万を数えるほどだった軍勢は、孫堅が瀕死に陥ったことで瓦解したのだった。それだけ、孫堅ひとりのもつ求心力が大きかったということでもある。

 孫策は、なんとしてでも家を生き永らえさせようとしたのだろう。袁術からしてみれば、笑いが止まらなかったに違いない。劉表は守りの要だった黄祖を失い、勢いの弱まった孫家は自ら膝を屈してきたのである。孫権にあずけておいた玉璽も、どうなっているかわからない。奪われてしまっていると考えるのが、妥当だった。

 放逐されたというのは表向きの理由で、華雄の下野は周瑜の考えにもとづいたものだった。とにかく、死に体の孫堅をどこかに隠す必要があったのである。土壇場であっても、周瑜は冷静だったようだ。黄祖の死によって、江夏は監視が甘くなっている。それにつけこんで、華雄はこの地に隠れ住むことに決めたようだった。

 

「死にかけの貴様を連れて回る余裕など、あのときの孫家にはなかったのだ。それで暗殺者につけ狙われるくらいなら、いっそ死んだことにしたほうがましだ、と周瑜のやつは言っていたぞ。それで、わたしに貧乏くじが回ってきたのだ。周瑜め、新参だからとわたしをいいようにこき使いおって」

 

 華雄の口もとが、少しばかりゆるんでいる。これまで、かなり張り詰めた生活をしてきたのだろう。

 新参だからと華雄は言ったが、そうではないことも承知しているはずだ。並みいる麾下のなかから、周瑜がわざわざ華雄を選んだのである。そして、その賭けはいまのところ成功したと言っていい。

 

「オレは、かなりのあいだ眠ってしまっていたようだな。まずは、外の様子を知らねばならん」

 

 身体も、なまりになまっている。剣くらいまともに振れるようにならなければ、なにをすることも叶わないだろう。袁術に劉表。闘わなければならない相手は、いくらでも近くにいるのだ。

 愛用していた南海覇王は、ここにはないようだった。あの剣は、孫家当主のあかしでもあった。だから、いまは孫策の手もとにあるのだろう。しばらくは、娘にあずけておくのも悪くない、と孫堅は目をつむりながら思っていた。

 

「大層なことは、飯をまともに食えるようになってから言うのだな。ふた月ほどのあいだ、貴様はずっと寝ていたのだぞ、孫堅」

「チッ、危うく黄祖のババアの道連れになるところだったとはいえ、このオレが病人あつかいかよ。それで、家中の誰かとつなぎはとっているのか、華雄」

「ああ。あと数日もすれば、周泰が様子を見にくるはずだ。しかし、孫策には黙っておいたほうがいいのかもしれんな。あれは、貴様の目覚めを秘しておけるような(たち)ではないと思うが」

「ククッ。おまえにそう言われるようでは、策もまだまだ青いということだな。ガキの(けつ)をぶっ叩いてやるためにも、急がねばならんか」

「そうすることだな。わたしも、ひとりでの隠棲には飽き飽きしていたところだ。貴様が起きていれば、少しは退屈せずに済む」

 

 華雄が、嬉しそうに笑った。

 原野を駆けて獲物を狩り、日が落ちるまで武器を振り続ける。そうした暮らしを、華雄はずっと孤独にしてきたのだった。

 身体は重い。しかし、心には期するものがあった。自分は、一度死んだ身なのである。そう思えば、この先はなにもおそれるものなどなかった。

 精一杯の力で、拳をにぎってみる。弱々しい力。だが、自分は確かにここにいるのだ。

 

「いまのうちに、退屈を満喫しておくのだな。すぐに、嫌というほど忙しくなるぞ」

「ふっ、楽しみにしておいてやる。だから、いまはもう少し眠るのだな」

 

 少しばかり、疲れを感じているようだった。身体から力を抜くと、また眠気がおそってくる。しばらくは、この繰り返しになってしまうのかもしれなかった。

 眠りはしたが、夢は見なかった。夢の続き。それは、生ある場所で見るべきだ、と孫堅は強く思うのだった。



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十六 関羽との再会

 (えん)州東部を目指し、曹操は絶影を駆けさせていた。

 劉岱の軍勢は、すでに黄巾軍との戦闘を開始している。早ければ、決着まで二三日。あまり長い闘いにはならないだろう、と曹操は読んでいた。戦場には、間者を多数放ってある。その報告を逐一受けていれば、戦況の移り変わりを予測することは可能だった。

 

「一刀殿」

 

 今回、軍師として従軍しているのは、郭嘉ひとりである。

 普段から曹操の帷幕を支えている荀彧は、身重であるために候補から外れていた。本人は戦場にいきたがっていたのだが、おもだった将軍たち全員から反対されたのでは、抗戦のしようがないことを悟らざるを得なかったのだろう。母親のすすめもあって、荀彧はおとなしく留守居役となることを受け入れたのだった。

 (けん)城には、ほかに程昱を残してあった。青州黄巾軍と戦をすると決めた当初から、程昱の残留は決まっていたようなものなのである。兵糧を主とした物資の手配や、民衆の慰撫。それらを総合的にまかせるのであれば、程昱が最適だと曹操は考えていたのだ。

 そして、鄄城の守軍を率いているのは、趙雲である。前線に集中するためにも、後方を乱されないことが肝心だった。そのためには、力のある将軍をひとりは残しておく必要があったのである。趙雲であれば、程昱との相性も問題ない。大軍と闘えないことを残念がっているのだろうが、趙雲はひとつふたつの功にこだわるような女ではなかった。

 

「徐州から、一刀殿に目通りを願う使者がきております。それも、知らない顔ではありません」

「ははっ、それはおもしろい。どこの誰が、州牧でもない俺に会いにきているのだ?」

「劉備麾下の、関羽です。劉備率いる軍勢も、どうやら後ろから進んできているようですね」

「なに、関羽だと? それは、無視するわけにはいかんな。あの者と会うのも、董卓と闘って以来か」

「あまり、下心をお見せにならないほうがよろしいかと。一刀殿が、関羽に興味をもたれていることは存じておりますが、いまはそれどころではありませぬゆえ」

「段々と、桂花(けいふぁ)の手厳しさがうつってきたのではないか、(りん)? 俺とて、そのくらいはわきまえている」

「御意。では、関羽をこちらに連れてまいります。それと、いい機会ですので、兵たちに食事をとらせておこうかと。一刀殿も、あとでなにか口にしておいてくださいますか」

「ああ、軍師殿のお指図にしたがおう」

 

 小休止していた曹操軍の陣営から、炊煙がいくつも立ち上っていく。

 十人ほどの護衛を引き連れた関羽が曹操のまえに姿を現したのは、それからすぐのことだった。勇壮な軍装姿である。青龍偃月刀を典韋にあずけると、関羽は曹操に対し、拱手をしながら頭をさげた。

 

「お久しゅうございます、曹操殿」

「壮健そうでなによりだ、関羽殿。あれから、劉備殿はどうされていたのだ。なんでも、いまは徐州にいるそうだが」

「はっ。連合軍を離れてから長く、われらは各地を放浪しておりました。役職を得たこともあったのですが、劉備さまの理想にはほど遠く、長続きはしませんでした」

 

 関羽の話している内容については、大雑把にだが知っていた。

 連合軍にいたときの劉備は、公孫賛の客将に過ぎなかった。しかし小さいながらに軍勢はよくまとまっており、その麾下には関羽と張飛というふたりの豪傑がいたのだった。

 多くの間者を割り当てているわけではなかったが、劉備の行方を曹操は探らせていたのである。それにはもちろん、劉備がどのような影響を、周囲に与えるのかが気になっていたという理由がある。けれども、本心を言うとちょっと違っているのかもしれない。関羽の存在。曹操がもっとも気にしているのは、やはりそこだった。

 

「貴殿らも、苦労を重ねているようだな。それで、此度はいかがしたのだ。俺はてっきり、徐州は黄巾軍と戦をするつもりがない、と思っていたのだが」

「むっ……。なにやら、棘のあるお言葉のようですが」

「陶謙のジジイのやりかたを、俺はあまり好いてはおらんのだよ。今回も、太平道の者どもに、うまく鼻薬を嗅がせたようだな」

「ふっ。その歯に衣着せぬ物言い、さすがは曹操殿ですね。本音を言ってしまえば、劉備さまもその対応については、苦々しく思われているのです。自分たちだけ助かることが、本当に正しいのか。そのことを、あの方は常々お悩みになっている。しかし陶謙殿は、放浪していた劉備軍を拾ってくだされた恩人なのです。なので、表立って異議を申し立てるのも、はばかられているのが現状でして」

 

 これまで、紆余曲折あったに違いない。関羽が、苦々しく言葉を切った。

 陶謙は、おのれの利権を守るためであれば、感覚が鋭敏に働くようだった。小規模であってもかなりの働きを期待できる劉備軍を手中にできたのは、僥倖だと言っていいはずだ。

 

「読めてきたぞ。黄巾軍と取り引きをしている陶謙は、麾下の軍団を動かすわけにはいかぬ。そこで、劉備軍に白羽の矢が立ったのだな。ジジイめ、これで兗州に恩を売ったつもりになるか。自分のふところを痛めずに二兎を得ようとするとは、まったく目端の効く年寄りではないか」

「心苦しくはありますが、これでもなにもしないよりは、いくらかマシなはずです。なにとぞ、われらを黄巾軍との戦に加えていただけませんか、曹操殿。それが、劉備さまの願いでもあるのです」

「いいだろう、関羽殿。貴殿らの武威が味方となれば、俺にとっても心強いものだ」

「参陣をお許しいただきありがとうございます、曹操殿。わが主君も、きっとお喜びになられるでしょう」

 

 幾分か晴れやかになった表情を、関羽は見せている。

 世の中を平和で満たしたい。劉備の願いは、ただそれだけのようだった。平和な世。言葉にするのは簡単だが、それを導くためには大きな覚悟が必要なのだろう。乱れきったこの国は、次代を築くことのできる覇者を必要としているはずだ。そして、覇者となるまでには、多量の血を流さなくてはならないのだろう。

 理想との矛盾を抱えた戦を、劉備がどこまでやりきることができるのか。化ければ、おもしろい存在になるのかもしれない。劉備の包み込むような笑顔を思い起こしながら、曹操はそう思ったのである。

 

「やっ。あんたが、関羽殿か?」

「うむ、そのとおりだ。曹操殿、こちらは?」

 

 武人としての関羽の噂を、陣内で聞きつけてきたのかもしれない。やってきた馬超からは、かすかに闘気のようなものが感じられている。

 

「この者の名は、馬超という。涼州仕込みの鑓の腕はなかなかのものだぞ、関羽殿」

「ほう、それは気になりますな。されど、あれから曹操殿は大きくなられたものだ。部隊を率いる将軍の顔ぶれも、ますます充実してきているのではありませんか?」

 

 軍をあずかる人間として、率直な感想を述べたのだろう。確固とした領地をもたない劉備軍では、多数の兵を養うことなどまず不可能なのである。

 それでも、三千人程度が集まっているのは、劉備の人徳によるものなのか。曹操としても、興味がつきなかった。

 

「関羽殿。将軍の端くれみたいなものかもしれないけど、あたしはここで客将としてやらせてもらっているんだ。わがままを聞いてくれる曹操殿には、感謝しているよ」

「ああ、そうでしたか。しかし、涼州出身で馬姓といえば、貴殿はもしや馬騰殿の?」

「あはは……。まあ、一応そうなるかな。あたしなりに、いろいろと理由があってさ」

 

 居心地が悪そうに、馬超が指で頬をかいている。

 飛び出してきたといっても、家のことが気にならないわけではないのである。それは、あたりまえの感覚だった。将来馬超が気持ちをかためた場合には、自分から話を通してやるべきなのだろう。そういうことも、曹操は考えている。それですんなりといくかどうかは、また別の話だった。

 

「家出娘なのだよ、馬超は。ふらついているところを、俺という悪い男につかまってしまったのだ」

「ふふっ。ご自身で、それを言ってしまわれるのですか? 相変わらず、変わった御仁だ」

「麾下のなかに、口やかましい者が何人かいるのだよ。そのせいで、俺も気持ちがまいってしまっているのかもしれないな」

「ご冗談を。そのように楽しげな口ぶりで話されたのでは、説得力がありませんよ」

 

 関羽の凛々しい横顔が、徐々に柔らかく変化していっている。

 複雑そうな顔で話を聞いていた馬超も、釣られて笑いだしていた。この場に荀彧がいれば、緊張感にかけている、とたぶん怒りだしているのだと思う。そのくらい、なごやかな雰囲気で曹操たちは語り合っていたのだ。

 

「では、わたしは曹操殿のご意向を、劉備さまに伝えてまいります。こちらは少数ですので、すぐに追いつくものと考えていてくだされば」

 

 そう言い残して、関羽は護衛とともに去っていった。

 小休止を終えて、曹操軍が再度動きだしている。最後方には楽進がつき、遅れそうな兵を叱咤してまわっていた。

 絶影の背で、曹操は心地のいい風を感じていた。気分は悪くない。少し眼を閉じれば、関羽の凛麗な黒髪が、鮮烈に浮かんでくるのである。夏侯淵が、近くに馬をよせてくる。劉備軍のことで、言いたいことがあるようだった。

 

「陶謙は、劉備にわれらを援護するように指示したのでしょうか。普通であれば、劉岱を助けにいきそうなものですが」

「さて、な。夢想家のようでいて、劉備は案外現実が見えているのかもしれぬ。劉岱に見切りをつけて、われらに助力することを決めたのであれば、よほど見どころがあると思うがな。どうだ、秋蘭(しゅうらん)?」

「わたしも、そのように思います。ですが、よろしいのですか、殿。黄巾軍を打倒したのち、曹操軍は徐州を目指すことにもなりましょう。そのとき、劉備はかなり厄介な存在になるのではありませんか」

「それは、いま気にするべきことではない。それに、劉備が闘うに値する人物なのであれば、なおさら小手先の手段で解決すべきではないはずだ」

「覇者の道をいくと決めたのであれば、それ相応の振る舞いをしなければならない、ということでしょうか」

「そうだ、秋蘭。姑息な手段で得た力を、いったい誰が認めようか。英傑の素質ある者を、戦場で破り屈服させる。そうした道のさきに、覇者としての座があるのだ、と俺は信じているのだよ」

「ならば、わたしは殿のご意思に従うまでです。このさき劉備が殿のまえに立ちはだかったときには、わが弓をもって打ち払いましょう」

「それでいい。まずは、兗州を守り抜くことだけを考えていろ」

 

 得心がいったようにうなずき、夏侯淵がそばから離れていく。

 遊撃部隊としてうまく使えば、劉備軍は力を発揮してくれるはずだ。面と面でまともにぶつかったのでは、敵軍の数を考えると分が悪かった。

 呼んであった郭嘉の姿が見える。劉備軍の合流に際して、即席の軍議をするつもりだったのだ。馬蹄の音。それが猛々しく、周囲をおおっている。

 

「ご報告があります、一刀殿。長安の董卓が、死去いたしました。詳細は追っての報告となりましょうが、巷には呂布に斬られたという風聞が出回っているようです」

 

 郭嘉が、小さな声でそう告げた。

 董卓の具合がよくないことは知っていたが、まさかとも思えるような最期の迎えかただった。かすかに震えるまぶた。なるべく表情を変えないようにしていたつもりだったが、曹操としても驚きが大きかったのである。董卓との因縁。思えば、浅いものではなかったのではないか。あのとき帝の争奪に敗れていなければ、曹操はまったく違った道を歩んでいたのかもしれないのである。

 

「呂布が董卓を? それは、なにか裏がありそうな気がしてならんな。董卓に対する呂布の慕いようは、かなりのものだった。さほど付き合いのない俺ですら、そう思えたのだ。しかし、いずれにせよ董卓は終わりだな。あれの配下には、野心の強い者が何人かいると聞いている。しばらく、長安は荒れるぞ」

 

 曹操の発言に、郭嘉がうなずいてみせた。

 空高く浮かんだ分厚い雲。それが、ざわめきぶつかりあっているように見えている。またひとり、乱世から群雄が消えていったのか。だがそれは、新たな時代のはじまるきっかけともなるのだろう。

 どこまでも闘い抜き、勝ち残るのは自分だ。手綱を強く握り、曹操は気持ちを奮い立たせていた。視線の先にある雲間。そこから、わずかに光がもれでているような感覚があった。



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閑話 暴君の死する日

 長安は、不穏な空気につつまれていた。

 ここ最近、董卓が姿を見せなくなっている。得てしまった病が、かなり重いのではないか。廷臣だけでなく、民草までもがそう噂するようになる始末だった。その強引さが非難の的となることはあっても、朝廷の政治を取り仕切っているのは、やはり董卓なのである。董卓不在の煽りを食って、各所に滞りが生じはじめていた。治水や街道の整備。それら生活に欠かせないものの整備は、まだ計画半ばなのである。

 さまざまな風聞が飛び交うなか、呂布はこの日も市街地を巡察してまわっていた。自分は、董卓のためになにをしてやれるのか。赤兎に騎乗しながら、呂布はくる日もそのことを考え続けていた。

 

「ねね。(ゆえ)は、どうしたら元気になってくれる? どうしたら、まえみたいに笑ってくれるようになる? 月が苦しんでるのに、(れん)はなにもしてあげられないでいる。華佗が、月は心の病気だって言ってた。それは、どうすれば治るの?」

 

 呂布のまわりは、直属の騎馬兵がかためている。全員が油断なく武装しており、なにかあればすぐに対応できる、といった格好だった。

 長安の民衆にとって、深紅の呂布軍団は畏怖すべき対象だった。その中心にいる呂布がまさか弱音を吐いているとは、だれも想像していないことだろう。

 疑問を投げかけられた陳宮は、難しい顔をしたまま黙り込んでしまっている。あの華佗でさえ、いい方法を見つけられないでいるのである。医術の心得のない陳宮が悩んでしまうのは、当然のことだった。

 

「むむむ。これは、かなりの難題ですな。ねねだって、月殿には元気になってもらいたいのです。ですが、ううむ……」

(えい)も、月のことすごく心配してた。それにお仕事ちゃんとできてないから、書簡がいっぱいたまってるって」

 

 ここにきて、賈駆は気持ちが折れかかっているのかもしれない。文官としての能力があり、生真面目さも董卓麾下のうちでは随一なのである。その賈駆が、仕事を後回しにしてしまっているのだ。動揺と心労。そのふたつに苛まれていることは、確実だった。

 賈駆と董卓は幼い頃からの友人で、つねに苦楽を共にしてきた仲なのである。個人的な野心はなく、ただ董卓の望みを叶えてやりたいという一心で尽くしてきたのが、賈駆なのである。それだけに、いまの董卓の状態を見るのは辛いものがあるのだろう。賈駆は呂布とおなじか、それ以上に心を痛めているのだった。

 

「いっそのこと、月殿がすべてを捨て去ればあるいは……? いえ、このような案、考えるだけ無駄なのですが」

「……すべてを、捨てる。そうすれば、月は楽になれる……?」

「あ、あまり本気にされないでください、恋殿。ただ、月殿はかねてからのように、ご自身でなにもかもを背負い込もうとされるお方でしょう? それが、ずっしりと重しとなって、お心にのしかかっているとねねには思えてならないのです」

「……んっ。今晩、詠に会ってこようと思う。詠まで病気になったら、みんなどうしていいかわからなくなる。霞も、それを心配してた」

「ぜひ、そうしてあげてくだされ、恋殿。ねねも、もっといい方法がないか探ってみるつもりです。長安には、たくさん医者もおりますから。話を聞いてまわれば、いい案が浮かんでくるかもしれません。いまは、われらにとって正念場なのです。連合軍を離れた諸侯は、勝手気ままに動きはじめており、各地で戦が起ころうとしているのです。月殿がお元気になられれば、反抗的な者どもを鎮圧してまわることも可能なのでしょう。なんといっても、董卓軍には無敵の呂布将軍がおられるのですから」

「……そんなに褒められると、ちょっと照れる」

「謙遜される必要などありませんぞ、恋殿。ねねは、ただ真実を述べただけなのですから。ですから、恋殿はびしっと胸を張っていてくだされ。それで、みな安心できるのですから」

「わかった、そうしてみる」

 

 陳宮は無駄な考えだと吐き捨てたが、呂布はそう思ってはいなかった。

 董卓のために、どうするべきなのか。それが、ある程度見えてきたような気がしているのだ。賈駆には、この湧きでた気持ちを伝えるつもりだった。なにを優先し、なにを諦めるのか。直感的に、そうするほかない、と呂布は悟っていたのである。

 

 

 賈駆の邸宅は、質素そのものだった。

 日中だけでなく、夜間も職務のために宮殿につめていることが、ほとんどなのである。それに、贅沢品の類を置くことは、あえて避けているようでもあった。董卓は、周囲に無理を強いている。その配下である自分たちが、いい暮らしをするわけにはいかない、という思いが強いのだろう。

 赤兎馬をつなぎ、呂布は邸内に足を踏み入れていった。侍女に声をかける。すると、賈駆がすぐに姿をあらわした。やつれている。暗がりであってもそう感じてしまうくらい、賈駆は覇気を失っていた。

 

「詠、身体は平気?」

「そんなの、平気に決まってるでしょ。月のためにも、いまはボクが頑張るしかないんだ。辛いなんて言っていられない。月がこうなってしまった責任は、ボクにだってあるんだから」

 

 董卓が求めるままに、自分たちは闘ってきた。涼州の片田舎を飛び出し、洛陽に上った。すべては、腐りきった朝廷を立て直すためだった。

 それが間違っていたとは、賈駆も考えてはいないはずだ。腐敗した役人や、権勢にたかる宦官。それらは、いずれ排除される定めにあったのである。その役目をたまたま引き受けたのが、董卓だったのだ。

 生き急いでいる。呂布の眼に、董卓の生きざまはそんな風に映っていた。おのれの身がどうなろうと、体制の刷新を成し遂げる。董卓が考えていたのは、それだけだった。またかつてのように、笑い合える日はやってくるのか。あの日、肉まんにかぶりつきながら、董卓は笑っていた。後に敵対することになった、曹操の買ってくれた肉まんなのである。おかしなめぐり合わせもある。そう言って、董卓は涼州にいた頃のように微笑んでいたのである。中身を怪しみながらも、あのときは賈駆も一緒になって楽しんでいた。

 

「……月のことで、詠に話がある。とっても、大事なこと」

「恋? わかった、奥にいこうか。あんたがくると思って、食べるものも用意してあるんだから」

 

 ちょっとだけ、心が揺れ動きそうになる。

 けれども、今夜は董卓に関することを、伝えにきたのである。こらえ性のない腹のあたり。そこを弱い力で小突きながら、呂布は賈駆のあとに続いた。

 

「それで、なんだっていうのよ。そもそも、恋がこんな夜更けに訪ねてくること自体が珍しいんだけどね。使者がきたときは、ボクびっくりしちゃったよ」

 

 卓につくと、賈駆はそう言って笑みを浮かべた。

 普段と変わらない仕草。それがこんなにも遠いものになるとは、考えてもみなかったことだ。

 

「……ン。恋、いっぱい考えた。月がどうすれば元気になれるのか、いっぱい、いっぱい考えた」

 

 辛さは、もう腹いっぱい味わってきたはずだ。国のためにできることを、董卓はもう十分やってきた。あとは、ほかのだれかに任せたっていい。そのくらいの甘えは許されてもいいだろう、と呂布は思うのである。

 日々問答するなかで、ひとつ浮かんできた考えがある。董卓という器が、月を苦しめているのではないか。自分勝手な思考なのかもしれない。けれども、董卓であり続けるかぎり、月は茨の道を進むのだろう。

 風聞飛び交うなかで、嫌な噂を耳にすることだってある。野心ある将軍や反抗的な廷臣が、董卓の暗殺を狙っている。このままでは、それが現実になる可能性すらあるのだ。ならば、その万が一が起きるまえに、自分はなにをするべきなのか。陳宮の言葉を聞いて、呂布はついに決心がかたまったのである。

 

「恋にできるのは、殺すことだけ。いままで、月の敵をたくさん殺してきた。今度も、それをする」

「殺すですって? 恋、あんたなにを……」

 

 月を生かすためには、董卓を殺すしかない。それが、呂布のたどり着いた答えだった。

 いまの状態を続けていたのでは、いずれ月は病に飲み込まれる。そんな終わり方だけは、させたくないと思ったのだ。そのためには、賈駆の協力が必要不可欠だった。自分ひとりでは、成し遂げることのできない願い。それがあるということを、呂布は知っている。

 

「協力してほしい、詠。恋は、董卓を討ちたい。月が元気になるためには、それしかないと思うから」

 

 さすがに、話の内容を瞬時に受け入れることは難しかったのだろう。賈駆はまばたきすることすら忘れて、じっと呂布の顔を見つめていた。

 動じることはなかった。これしかない、と心に決めていたからだ。それでも、胸にはわずかな痛みがある。董卓を討つ。いざ言葉にしてみると、想像以上の重みがあった。賈駆に拒絶されてしまえば、この企ては失敗に終わる。打ち明けたのは、確信があったからだった。

 董卓の苦しみを、賈駆はもっともそばで見てきている。表面化していない頃は、まだよかった。床に伏せるようになってからは、想いを交わすことも容易ではなくなっていた。

 

「そっか……。本気、なのよね?」

「それしか、思いつかなかった。お願い、詠」

 

 どうしていいかわからず、頭をさげてみた。卓の天板。それだけが、こちらを見返している。

 

「うん。わかった、わかったわよ。あの純真な恋が、ここまでするんだもの。ボクだって、どうにかしなきゃとは思ってた。だけど、最後のところで、踏ん切りがつけられなかったんだろうね。月と一緒に、ここまでくることができた。それだけで十分なはずなのに、まだいけるって思ってしまっていたのかも」

「詠、だったら?」

「ボクは、恋に力を貸すよ。月の親友として、きっとやるべきことがあるんだ」

 

 卓のうえに置いていた手に、賈駆の手が重なっている。温かかった。ひとは、この温もりなしには、生きられないのである。

 決意に満ちた瞳。視線をあわせると、賈駆は力強くうなずいてみせた。これで、あとは決行に移すのみとなった。賈駆の賛同を知れば、張遼が反対にまわることはないはずだった。余計な協力者など不要なのである。麾下の騎馬隊さえ手もとにあれば、董卓を討ったあとはどうにでもなる、と呂布は考えていた。

 静まり返っていた居室に、響く音があった。抑え込んでいたはずの、腹の虫。それが、盛大に鳴りはじめたのである。

 

「……ン。ほっとしたら、お腹が空いてきた。ご飯、食べてもいい?」

「くくっ、あははっ。いいわよ、好きなだけ食べてくれれば。もともと、恋のために用意したものなんだから」

「うん。それじゃ、いただきます。むぐっ、んむっ……。詠は、一緒に食べない?」

「ええっ、ボクも食べるの? けど、いいのかしら。ふたりで食べると、あんたのぶんが減るわよ?」

「……ちょっとは我慢できるから、平気。それよりも、一緒に食べるほうが楽しいから」

「ふふっ、そうかもね。だったら、遠慮なくいかせてもらうわよ」

 

 賈駆の声に、張りがもどっている。

 董卓とも、早くこんな風に食事をできるようになればいい、と呂布は思う。以前は、それがあたりまえのことだったのだ。その夢は、きっともうすぐ叶う。幸せな重みを腹に感じながら、呂布はそう信じて疑わなかった。

 

 

 早朝。多くの者が、まだ眠りについている時間帯だった。その静けさを打ち破るかのように、太鼓の音が長安の市街地に響いている。

 軍の招集。太鼓の音は、それを知らせるためのものだった。李傕や郭汜といった将軍たちが、麾下の兵を叩き起こしてまわっているのである。宮殿で、変事が発生したためだった。

 

「恋、あんたは先にいき。まとわりついてくるやつらをぶっ潰したら、ウチもそっちに合流するわ」

「いいの、(しあ)?」

「そんなもん、気にすることやあらへん。それよか、あんたはしっかり月っち守ったり。騎馬隊、半分連れていくで」

「わかった、霞。あとで、絶対もどってきて」

「ったりまえやろ。それとも恋は、あんなボンクラどもに、ウチが遅れをとるとでも思うんか?」

「それはない。霞は、とっても強いから」

「せやろ? ほんじゃ、またあとでな!」

 

 そう言い残すと、張遼は二百五十の騎兵を連れ、きびすを返していった。神速の用兵は、ここでも発揮されている。土煙が消えるよりも早く、張遼は駆け抜けていった。追撃にでてくる軍勢は、五千ほどか。いきなりの出撃命令で、準備はまともに整っていないはずである。張遼であれば、余力をもって追い返すことのできる人数だった。

 日が昇ったのと同時に、呂布は麾下を従えて、宮殿に踏み込んだ。最強の矛をとめられる者など、どこにもいない。突き進んだ呂布は、勢いのまま董卓を血祭りにあげた。首のない亡骸は、いまも宮殿前に捨て置かれたままなのだろう。李傕たちが欲しているのは、董卓の仇を討った、という名目だけだった。

 呂布が注目を集めているあいだに、賈駆は董卓を密かに連れ出していた。殺されたのは、罪を犯して投獄されていた女だった。

 

「恋。どこかに、行くあてはあるの?」

 

 賈駆の問いに、呂布は首を横に振ってこたえた。だろうね、と賈駆が笑う。陳宮にも、いい考えはないようだった。

 なんの目的がなくとも、東へ向かってみるつもりだった。かつて故郷をでたときも、そうしてきたのである。あのときは、そのおかげで董卓と出会うことができた。だから、今回も東に行ってみようと思ったのである。

 

「月」

 

 真名を呼んでみる。董卓は、もうこの世にはいない。かの暴君は、自分がこの手で葬ってきたのである。だから、ここにいるのはただの月だけだった。

 かすかな寝息。呂布の腕のなかで、小さな身体がちょっと動いている。昨夜、賈駆が脱出のことを考えて、華佗に鍼を頼んでおいたのである。華佗の鍼の効果は高く、よく眠れないときにうってもらうことがあったようだ。治療のあとはすぐに眠気がやってきて、泥のように眠れるのだという。日によっては昼まで起きないこともあるそうだから、月はしばらくこのままでいるはずだった。

 目覚めたとき、月は自分たちのしたことを、非難するのだろうか。考えてみたが、それだけはないな、と呂布は手綱を握りなおした。あるとすれば、悲しむことくらいか。おのれのために、友人たちに無理をさせてしまった。そうやって、泣くことはあるのかもしれない。志を最後まで成し遂げられなかったことも、悔やみとはなるのか。

 けれども、自分たちは踏み出したのである。あと戻りなど、してなるものかと呂布は思っていた。

 長安が、少しずつ遠ざかっていく。振り返ることはしなかった。道が見える。この先にあるのは、まっさらな道だけだった。赤兎が、そこを颯爽と駆けていく。心を晴れやかにしてくれる風。それを全身で受けながら、呂布はまっすぐに前だけを見つめていた。



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十七 伏龍の影

 劉備軍と合流した曹操は、東に向けて移動を続けていた。

 道中、黄巾軍の別働隊と、何度か小競り合いを繰り広げている。大した練度ではなかったから、予想通り精鋭は本隊に付随しているのだろう。しかし、いくら弱兵であっても、これがまとまりになれば脅威となる。

 老人だけでなく、女子供まで黄巾軍に参加しているのだ。兵糧の工面に難儀していることは間違いなかったが、それでも百万という数には圧倒されるものがあった。

 小さな戦を重ねているうちに、劉備軍との息もそろってきている。夏侯惇が歩兵で正面切って闘っているあいだに、裏に回った関羽が騎馬で奇襲をかける。この日も、それで一万くらいの敵を破ったばかりだった。

 こうした駆け引きが、本隊との戦においても重要になってくる、と曹操は考えていた。だから、麾下の将兵には、常にそこを意識して闘うように命じてあった。

 

「劉備軍の活躍を、逐一徐州の民に知らせてやろう。紅波(くれは)の手の者の、働きどころだ」

「はっ? われらではなく、劉備軍の武功を知らせるのですか?」

「考えてもみろ、春蘭(しゅんらん)。権力欲の強い陶謙は、民衆からの人気がない。そこに、気鋭の劉備軍が賊軍との戦で手柄をあげた、という知らせが入ればどうなる」

「なるほど。徐州の民は、劉備に心を寄せることになりましょう。となれば、徐州内にいびつな関係ができあがる、というわけですか」

「陶謙のジジイに、甘い汁など吸わせてやるものか。もともと小さかったやつの人望は、自らの立ち回りによって完全に潰えることとなるのだ。なかなか、面白き試みであろう」

 

 内々の軍議で、曹操が取り決めたことだった。

 劉備軍が活躍すればするほど、陶謙の足もとが崩れていくことになるのだ。ある意味、これ以上ない意趣返しだといえよう。陶謙は、自らの打った手で自滅することになるのである。

 劉岱敗走の報が届いたのは、四日後のことだった。寄せ集めの軍隊では、黄巾軍に傷をつけることはできなかった。突撃を敢行した劉岱は死に、配下の兵は逃げ散っているのだという。

 

「さっき、郭嘉さんから聞きました。劉岱さん、敗けてしまわれたんですね。敵軍は、百万もいるんでしたっけ? 正直、想像すらつきません」

「弱音を吐いても、どうにもならぬ。厳しい戦となることは、劉備殿も覚悟していたのではないか。しかし、どうしてわれらの方につくつもりになったのだ? こちらではなく、劉岱殿のところへ向かう道もあったはずだ。それだけが、少し気になっていてな」

 

 夜。野営地で火を囲むかたわら、曹操は劉備に問いかけた。揺らめく炎。投げ込まれた枝が、乾いた音を鳴らしながら弾けた。

 優しげで、ともすればぼんやりしている、と言われてもおかしくない顔つきをしている。豊満な乳房。それは、劉備の備えた母性のあらわれなのだろうか。

 普段であれば、関羽か張飛のどちらかが、劉備には張りついているはずだった。その姿が、いまはない。どこかで飯を食っているだけなのかもしれないが、自分のことをそれなりに信頼してくれるようになったということなのか。

 視線を外そうとしない曹操だったが、劉備のほうが先に目をそらしてしまう。

 同姓である劉岱を見殺しにしたことに、罪悪感を抱いていていてもおかしくはないのだ。現実は見えていても、追いかけたい理想がある。そうした狭間で気持ちが揺れていても、不思議ではなかった。

 劉岱軍の敗残兵を、なるべく吸収してしまいたい、と曹操は思っていた。すべてが使いものになるわけではないだろうが、それでもいまは一兵でも多く欲しい状況なのである。

 加えて、紅波に命じて戦地に曹操出陣の情報を流布してあった。それをきっかけとして、先行させてある曹純が、闘う意思のある者を砦まで連れてくる手はずとなっていた。

 

「実は、わたしもずっと悩んでいたんです。そのことについて、陶謙さまは特になにも言及されませんでした。ただ、兗州に手を貸したいなら好きにしろ、って」

「その素直さは、貴殿の美徳だな、劉備殿。それで、なにかきっかけでもあったのか」

「きっかけというか、助言をもらったというほうが近いのかも? 兗州に入るまえ、わたしたちは豫州を通ってきたんですけど、そこで陳珪さんに話を聞いてもらったんです」

「陳珪殿に? しばらく会えていないが、元気にされているようだな」

「はい、それはもう。あっ、そうだ! 陳珪さんが、機会があればまた会いたい、っておっしゃっていましたよ。ごめんなさい、伝えるのが遅れてしまって」

「ははっ。合流してから、われらは戦さ続きだったのだ。そのくらいのことは、陳珪殿も大目に見てくれよう」

 

 照れくさそうに、劉備が笑顔を見せている。

 以前から結んである陳珪との誼は、豫州切り取りにおいて効力を発揮するはずだった。孫家を麾下に置いた袁術が、豫州に対し色気をだしてくることも考えられる。そのあたりの動向にも、注視していく必要があるのだろう。

 

「ええっと、それでですね。陳珪さんはもちろんなんですけど、食客になっている女の子がいたんですけど……」

「ほう。その客分からの助言が、劉備殿の決断に影響を与えたとでも言うのか? それは、なおさら興味深いな」

「えへへっ、でしょう? その子の名前は、諸葛亮ちゃんっていうんです。ご存知ですか、曹操さん?」

「諸葛亮だと? 会ったのか、あの子と」

 

 劉備の口からでてきたその名に、曹操は一瞬だけ言葉をつまらせてしまう。

 諸葛亮との別れは、晴れやかなものではなかった。

 自分のもとから才ある者が旅立っていくのを、見送ることしかできなかったのである。それに、小さな妹ができたように思えて、短い期間ではあったがかわいがったという思いもある。別れをもっとも悲しんでいたのは、曹洪なのだろう。旅の資金として、自分の懐から金子を用立ててやっていたくらいなのである。諸葛亮も、曹洪の好意には感謝しきりだった。

 ああやって反目し合うことさえなければ、いまごろは自軍の帷幕に加わっていたはずなのだ。

 その諸葛亮が、よもや陳珪の世話になっていたのである。

 あの才智の行きつく先が、どこになるのか。それが気になるのは、当然のことだった。劉備は食客だと言っていたから、本格的に仕えているわけではないのだろう。これまでは控えていたが、今後は行方を追うべきなのかもしれない、と曹操は思い直しかけていた。

 

「やっぱり、ご存知なんですね。だけど諸葛亮ちゃんも、わたしと話をしているあいだ、いまの曹操さんみたいに難しい顔をしていましたよ。深くは聞かなかったですけど、なんだか訳ありみたいですね」

「賊に捕らわれていた諸葛亮を、救ったことがある。そうした経緯があって、数日ともに暮らしていたのだよ。ただ、それだけのことだ」

「あはは……。そういうところも、同じなんですね。諸葛亮ちゃんは、迷っていたわたしに助言してくれたんです。劉岱さんの救援に向かえば、筋を通すことはできる。わたしの大義名分も、それで果たすことができますからね。けれど、それだけだって諸葛亮ちゃんは言ったんです。そんな風にくだした決断からは、なにも生まれない。兗州を真に救いたいのであれば、曹操さまに力を貸すべきだって、断言してくれたんです。その言葉のおかげで、わたしは曹操さんのところに来ることができました。ほんとうは、わかっていたんです。劉岱さんの権限は、表向きのものでしかなくなっていました。そんなものじゃ、だれも助けることなんてできないって。はあ……。乱世なんて、早く終わってしまえばいいのに」

 

 深い嘆息。最後にでた言葉こそが、劉備の本心に違いなかった。

 劉備に助言したとき、諸葛亮の心境はどのようなものだったのだろうか。夜空を見上げながら、曹操はそのことを考えていた。

 国の安寧を目指しているのは、どちらも同じなのだ。ただし、その方向性にいささかずれがあった。それでも、諸葛亮は自分のことを評価してくれてはいるらしい。

 乱世が続くかぎり、このような苦慮は終わらないのである。諸葛亮は、そのことに気づくべきだった。もしくは、迷いが生じかけているのかもしれない。

 董卓の死。

 それによって、朝廷の混乱は歯止めがきかなくなっていくことだろう。董卓からは、志すものがあったように感じられた。凄惨をきわめたような手法だったが、腐った血がそれでいくらか絞り出されたのである。遺臣たちに、その覚悟を継承する気持ちはあるのか。どだい無理なことだろうな、と曹操は火を眺めながら思っていた。

 

「今回の戦は、その一歩になるのかもしれないな。しかし、あの諸葛亮が俺に味方することを勧めるとは。すっかり嫌われてしまっているものだと、思い込んでいたのだよ」

「諸葛亮ちゃんも、複雑そうでした。でも、ちょっといいな、って感じてしまう部分があるんです。お二人のあいだに何があったのかは知りませんけど、心の底に残ったつながりは、ずっと消えないままでいる。わたしには、そんな風に思えてならないんです。そういうのって、なんだか素敵じゃありませんか?」

「……ン、劉備殿?」

 

 隣に立った劉備に、気づけば手をつかまれてしまっていた。

 やわらかな手のひら。慈愛に満ちた温もりとは、このことを言うのかもしれない。心の隙間。そういった類のものを、自分は晒してしまっていたのだろうか。劉備は、穏やかにほほえんでいるだけだった。

 狙いすましたうえでは、することのできない振る舞いだった。劉備の強み。その一端を、垣間見たような気分に曹操はなっていた。

 

「申しわけありません、劉備さま。御身をおひとりにさせてしまうとは、不覚でした。張飛に護衛をたのんでおいたのですが、あやつめ一体どこをほっつき歩いているのやら……」

 

 関羽の声。どうやら、二人だけになるのは想定外のことだったらしい。

 劉備は、まだ自分の手をつかんだままでいる。関羽がいきなりあらわれたせいで、手放す機会を見失っているようだった。

 

「なっ……。曹操殿、まさかわが主君に、なにかよからぬことを……!?」

 

 出会ったときにされたことを、たぶん関羽は忘れられないでいるのだ。美しい黒髪。触れられたのは、ほんの一瞬だけだった。

 いつか見た夢の続き。その先を、いずれ見ることがあるのだろうか。決して知ることのない、自分にある別の可能性。それでも、夢は夢でしかない。

 自分が、雰囲気にかこつけて劉備を誘っている。そんな風に、関羽は決めつけてしまっているのだろう。詰め寄ってくる姿は、戦場にいる時に近かった。

 

「お、落ち着いて、関羽ちゃん!? それに、いけないのはわたしのほうであって……」

「ははっ。関羽殿は、ほんとうに姉思いのようだ。とはいえ、今回ばかりは劉備殿の言ったとおりでな。俺にもし本気で襲うつもりがあれば、そなたの主君はいまごろ森の中だ」

 

 そう言って、ちょっとだけ劉備の手を強めに握り返してやった。初心な反応。苦笑を浮かべていた顔に、緊張感がわずかばかり漂っている。

 無防備さは、ときに仇となる場合がある。そのことを、劉備はまだ知らないようだった。

 

「むむむ……。そうなのですか、劉備さま? しかし曹操殿、笑えない冗談は控えていただきたい。われらにとって、劉備さまはかけがえのないお方なのです」

「わかっているさ。それに、俺がまことに興味を抱いているのは、そなたなのだよ。ずっと、心を引かれている。言っても、信じてもらえないのだろうが」

「ま、また、そのような戯言を!? それに、曹操殿にはやや子のできた奥方がいらっしゃるのでしょう? でしたら、わたしなどにちょっかいを出されずとも……」

 

 荀彧が孕んだことを引き合いにだして、関羽は非難するように言った。

 武人としての気質をもつ同士惹かれ合っているのか、関羽は夏侯惇や馬超といることが多いようだった。おそらく、そのどちらかから荀彧のことを聞かされたのだと思う。

 

「うわわっ。関羽ちゃん、お顔真っ赤だよ?」

「へ、平気ですっ! わたしには、劉備軍の矛として、果たすべき使命があるのですから! であれば、このような甘言に惑わされている暇など、あるはずがないのです!」

「うーん。でも、ねえ?」

 

 劉備よりもさらに、関羽はこういった経験に疎いのだろう。

 言葉こそ力強かったが、慌てふためいている様子など、歳相応の少女そのものだった。ともに過ごす時間がなければ、このような一面を知ることもなかったのだろう。そういった意味では、陶謙に感謝してやってもいいのかもしれない。小さく笑いながら、曹操はそんなことを考えていた。

 

「ははっ。今宵は、このあたりで引き下がるとしようか。関羽殿にへそを曲げられたのでは、戦にも支障をきたしかねん」

「くっ……! そ、曹操殿、まだわたしの話は終わってなど……」

 

 発せられる怒りは、照れ隠しのためなのか。ともあれ、これ以上は火に油を注ぐだけなのである。曹操は、すぐにこの場からの退散を決めたのだった。

 曹操を引き止めようとする関羽を、劉備がなんとかなだめようとしている。その声は、しばらくのあいだ途切れることなく、耳に届き続けていたのだった。



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十八 再起

 孫堅が意識を取り戻してから、十日ほどが経っていた。

 驚異的な回復速度である。人目を避けるために、日が沈んでから山中で剣を振り続けた。当初は相手をしている華雄も力加減をしているようだったが、いまではそんな余裕もなくなっている。野生の牙。それが、闇夜のなかで鋭く光り輝くようになっていたのだ。

 周泰からの知らせで、おおよその情勢をつかめるようになっていた。

 兗州にいる曹操は、黄巾軍との対決に、しばらくのあいだかかりきりになるはずだった。賊軍の全数は百万。いくらか誇張があるにしても、油断すれば身を滅ぼしかねない相手なのである。

 曹操がどれだけ果敢な男であったとしても、速攻で勝負をつけるのには無理のある相手だった。そして、曹操が勝てば、その勢いはかなりのものになっていくことが予想される。袁紹がどう動くかにもよるのだろうが、徐州や豫州はいずれその傘下となる可能性が高いのである。

 そうなってしまうまでに、孫家がどこまで勢力を再興できるのか。再興というよりも、目指すべきは伸長することだった。

 袁術が、襄陽への出兵を決定した。周泰からそう聞かされたとき、孫堅は獰猛な笑みを見せながら、闘気をみなぎらせていた。袁術の出兵は、孫策たちの根回しによる成果だったのだ。一気に領土を回復するためには、生半可なことはしていられない。袁術と劉表。そのふたりを、同時に駆逐するにはどうするべきなのか。孫堅は、それを考えたのだった。

 揚州に影響力を伸ばしつつある袁術は、本拠を寿春に移していた。北からの圧力が減ったいま、袁術の眼を西に向けさせる機会がやってきたと言ってもいい。説得役となったのは、孫策や周瑜だった。

 先代を討ち取られた孫家が、襄陽攻めに躍起になる。それは当然の流れなのである。かなりへりくだっての交渉になったであろうことは想像に難くないが、家のためだと思えば耐えられない役回りではない。先陣をつねに孫家が請け負うのであれば、袁術は気をよくして話に乗ってくる、と孫堅は踏んでいたのである。

 

「孫堅。人数は、どのくらい集まりそうなのだ」

「一千は、集まる手はずとなっている。それだけいりゃあ、袁術の身ぐるみ剥がすくらい造作もないことだ。劉表のほうも、黄祖が消えたことで、守りの力がかなり落ちていると聞く。後任となった黄忠も筋は悪くないが、あれは黄祖のババアのようないやらしさをもってはおらん。ぶつかり合いの戦となれば、オレのほうが場数は遥かにうえよ」

 

 暗闇のなか、白刃だけがわずかに光を放っている。命を、取るか取られるか。その緊張感がなくては、自分の内側に眠る闘争心を奮い立たせることはできない、と孫堅は本能で感じ取っているのだ。

 汜水関で闘った頃と比較すると、華雄はかなり腕をあげている。気迫の憑依した剣。以前であれば、もっと余裕をもって受けられていたはずだった。

 

「今度は、くだらない矢傷など負ってくれるなよ。貴様のような図体の女を運びだすのは、いくらわたしであっても骨が折れる」

「抜かせ。まずは、袁家のガキからだ。あれを大将の座から追い落とし、軍勢を手に入れる必要がある。劉表の首を叩き斬るのは、それからだな」

「ふっ。展望を語るのもいいが、娘たちのことも考えてやるのだな。孫策は、貴様が消えてからよく耐え忍んでいる。少しは、褒めてやればどうなのだ」

「なんだ華雄。まさかおまえまで、(ばあ)のような年寄り風を吹かすようになったとでもいうのか?」

「べつに、そういうわけではないさ。だが、貴様は武人であるのと同時に、母でもあるのだろう、孫堅?」

「ハッ。そんなわかりきったこと、いちいち言うんじゃねえよ。らしくない話を聞かされて、調子が狂うじゃねえか」

「ならばよいのだ。では、闘いの続きを楽しませてもらおうではないか」

「ああ、全力できやがれ。オレもそろそろ、最後の仕上げをしておかなくてはならんのでな」

 

 交差する刃。火花が、美しく舞っている。

 闘いは、やはりこうでなくてはならない。血を湧き立たせながら、孫堅は白い歯をのぞかせていた。

 

 

 江夏を離れる時がきた。

 寿春を発した袁術軍は、三日もあれば荊州入りすることだろう。先鋒となっているのは、策の率いる孫家の面々である。兵は貸与されているようで、五千ほどの軍勢となっている。袁術のいる本隊五万は、その後ろからじれったく感じるほどゆっくり進軍してきていた。

 つなぎを取ってある者たちとは、現地で集まることになっている。少数とはいえども、一千程度の集団で動けばすぐに劉表に察知されてしまうからだ。

 朝露に濡れた草。周辺には、少しひんやりとした空気が流れている。過ごしてきた小屋をでた孫堅は、深く息を吸い込んだ。隣には、戦斧を担いだ華雄が立っている。

 一歩進みでて、孫堅はかすかに笑みを浮かべた。剣を抜く。肌に感じているのは、空気の冷たさだけではなかったのだ。

 

「ククッ。いい準備運動になりそうじゃねえか。なあ、華雄?」

「うまく隠れられてると思っていたが、最後の最後でかぎつけられたか。袁術の手の者でなければ、よいのだが」

 

 草陰から、十数人が姿をあらわした。無言のまま剣を握った男たちに、孫堅と華雄は取り囲まれていく。

 恨みの宿ったような、粘ついた視線。それで、男たちが袁術の配下でないことが孫堅には理解できた。剣先。じりじりと、押し迫ってくる。しかし、恐れのようなものを抱くことはなかった。これが、生きるということなのである。敵を殺し、その血をあびる。それができて初めて、孫堅は生を実感することができるのだった。

 

「そうか。おまえたち、かつて黄祖の部下だった者たちなのだろう。だったら、オレを恨むのは筋違いってもんだぜ? 戦をすれば、だれかが死ぬ。あの戦では、黄祖にその番がまわってきた。ただ、それだけのことよ」

 

 孫堅が問う。しかし、男たちのだれもが、口をつぐんだままである。

 華雄に眼で合図をしながら、孫堅は飛び出していた。恨みの剣が、三方から突き出される。払いのけ、ひとりの身体を左右に断ち割った。生々しい感覚。手のなかから、忘れかけていたものが蘇っていくようだった。

 

「あの世で、黄祖に言づけておいてもらおうか。孫文台は、いまだ死せず。そして襄陽を、再び脅かそうとしているとな」

 

 死兵の剣を物ともせず、孫堅は斬り伏せていった。

 少し離れたところでは、華雄が活き活きと戦斧を振るっている。この二ヶ月ほどの鬱憤を、晴らしているかのようなのである。華雄が一度腕を動かすと、続けざまに首が三つ飛ばされていく。それでも、怯えて逃げ出そうとする者はいなかった。

 それを見て、思ったことがあった。この男たちは、この場できっちり死なせてやるべきなのである。一旦募った恨みは、そう簡単に消えるものではないのだった。家中においても、ずっと息苦しさを感じていたのだろう。それだけに、この一戦にすべてを捨てて打ち込んできているのだ。

 

「ハハッ。いいぞ、どんどん斬り込んでこい。黄祖のところへ、このオレが送り出してやるんだ。全力で、死ににきやがれ」

 

 振り下ろされる剣を横に飛んで避け、孫堅はそう叫んだ。

 首を撥ね飛ばし、急所を突き刺す。数人を簡単に絶命させると、朝に着替えたばかりの孫堅の衣服が、真っ赤に染まった。

 

「少々楽しみすぎではないのか、孫堅。病み上がりらしく、おまえは大人しくしていろ」

 

 華雄のほうは、ほとんど片がついたようだった。足もとに転がった亡骸を飛び越えたところで、戦斧が敵の身体に吸い込まれていく。あの様子では、痛みを感じられるのは、ほんの一瞬でしかないのだろう。よほど、自分より優しい葬り方をすると思いながら、孫堅は華雄の闘いぶりを観察していた。

 どこまでも、真っ直ぐな武人であろうとする。それが、華雄という女だった。

 周泰からの報告。そのなかに、董卓死去の報があった。董卓といえば、華雄の前主なのである。ふたりがどの程度の関係で結ばれていたのかは、孫堅の知るところではない。だが、この華雄が仕えていた董卓が、単なる暴君だったとはとても思えないのである。

 結局、報告を聞かされても、華雄は顔色ひとつ変えなかった。董卓は、おそらく生き延びている。そう言い切った華雄に、孫堅はわけを訊ねた。董卓の生死には、あまり関心はなかった。興味があったのは、華雄がなぜそんな考えにいきついたのか、という一点だけなのである。

 あの呂布が、そんな愚を犯すはずがない。謀反を起こしたのであれば、それが董卓のためになると思ったからなのだろう。

 華雄から返答は、あっさりとしたものだった。呂布とは、信頼し合う仲だったのかもしれない。同じ主君をいただき、数十万もの連合軍と闘ったのである。汜水関では自分が勝ったが、あの折りの華雄は確かに必死だった。それだけ、董卓を勝たせたいという想いが強かったのかもしれない。

 

「これで最後か。死体は、一応隠しておくべきなのかもしれんな。数日、見つからなければいいだけだ」

「面倒だが、致し方あるまい。孫堅、貴様はあとで水を浴びてくるのだな。そのままでは、街道を歩くことすらままならんぞ」

「クハハッ。おまえも、ひとのことをあまり悪くは言えないと思うがな、華雄」

 

 ほんとうに、いままで気づいていなかったのだろうか。血に汚れた姿の華雄を笑い飛ばしながら、孫堅は剣を鞘にしまった。

 血に濡れた草花。それを踏みしめて、孫堅は亡骸を運んでいく。道。これが、乱世の道なのだと、感じさせられてしまう。自分は、たまたま死に損なっただけだった。そんな思いが、光景のせいでどうしても強くなってしまう。

 いつかは、黄祖や斬り捨てた者たちと、同じ場所にいくことになる。死したあとの世界。そこでも、戦をすることになるのだろうか。空虚な考えが、いくつも浮かんでは消えていく。らしくないとは思うが、いまは気分がそうなっているのだった。

 

「くだらん妄想はやめておけ」

 

 問いかければ、華雄はそう言って笑うに決まっている。それでも、考えずにはいられなかった。

 死を含んだ風。その匂いが、思考をどこか感傷的にさせるのだった。



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十九 咆哮のこだまする時

後半部分に加筆しました(22/04/17)


 寿春を進発した袁術軍は、汝南を経由し、江夏に攻め入った。

 先陣を受け持った孫策軍の士気は高い。袁術のための闘いとはいえ、江夏は黄祖の領していた土地なのである。迎撃に一万ほどの部隊がでてきたが、報復の炎を燃やす孫策の相手ではなかったようだ。敵軍をひと息で呑み込んだ孫策は、軍勢をさらに荊州内部へと進めていったのである。

 その報告を、孫堅は潜伏先の江陵で受け取っていた。山中には、参集してきた部隊を埋伏させてある。反攻にでる準備は、すでに整っているといってよかった。

 孫堅のいる江陵を目指し、孫策は進軍を続けている。荊州の中心部でもあるそこを攻撃することには、ふたつの意味があった。江陵を落とせば、兵糧輸送の面で優位に立てるようになる。それで、劉表軍はかなり苦しくなるはずだった。黄忠も、そのことは承知しているのだろう。江夏とは違って、江陵にはかなりの数の兵士が駐屯しているようだった。劉表自身は襄陽に引きこもったままであるが、江陵には黄忠が出張ってきているのだ。

 この地での闘いが、荊州攻めの結果を左右することになる。山中で爪を研ぐ孫堅は、そのことを思いながら闘いのときを待っているのである。

 ふたつ目の狙い。それは、袁術を自領から引き離すことにあった。江夏で軍勢の奪取を試みるには、危険のほうが大きいと思ったからである。隣接している汝南は、袁家の影響が色濃い土地柄なのだ。たとえ軍権をにぎることに成功したとしても、兵に逃げられては元も子もなかった。それが江陵まで進出してしまえば、まわりはすべて敵となるのである。逃げ場がなければ、兵は闘うことを選ばざるを得なくなるのだ。そうして、そこには孫堅が軍勢を御すだけの、余地が生まれるということだった。

 この博打には、孫家の命運がかかっていた。ここで勝てなければ、日の目を見ないまま、乱世を過ごすことになってもおかしくはないのである。逆に、勝てば一気に好機が転がり込んでくる。所領の拡大。それなくして、天下への道が開かれることはないのだった。

 

「周瑜からの伝言がきたぞ、孫堅。孫策たちは、明日こちらに到着する予定のようだ。江陵城を囲むには手持ちの兵が少なすぎるが、戦をしてみせなければ袁術が疑念を抱く。だから、なんとかやってみるそうだ」

「ハッ、ようやくか。袁術が着陣してからが、オレたちにとっての本番よ。みなには、それまで英気を養っておくように言っておけ」

「孫堅。一応確認しておくが、袁術は斬り捨てなくともよいのだな?」

「あやつを無理に斬ったところで、なんの利益にもならんのでな。むしろ生かしておいたほうが、領地掌握の神輿として役立つであろう」

「そういうものか。まあ、まともな戦ができれば、わたしはなんだってかまわんのだがな」

 

 ようやく、待ちに待った日が訪れるのである。

 前回は、襄陽を手中にしかけたところで、大きな痛手を負わされた。その遅れを、なんとしてでも取り戻さなくてはならないのである。

 兵たちが緊張を漂わせるなか、孫堅は昼間から眠った。打つべき手は、打ってきたはずだ。あとは、自分の働き次第なのだった。野鳥のさえずり。心地よく、木々の隙間から聞こえてくる。それに耳をかたむけていると、眠気がすぐにやってくるのだ。

 翌朝。斥候が、孫策の着陣を知らせてきた。江夏で破った軍勢を、加えてきたのだろう。その総数は、約七千にまで増えていた。対して江陵には、黄忠を中心とした劉表軍が、六万ほどで守りを固めている。

 冷静に籠城の構えをしてみせている黄忠を、どうにかして釣り出さなければならない。城攻めとなれば、自軍にもかなりの損害がでることを、覚悟する必要があるのだ。出来得る限り、野戦にて決着をつけたい。それが、孫家の総意だった。

 袁術率いる本軍は、それから三十里(約十二キロ)ほど遅れてやってきている。江夏の敵があっけなく敗れ去っただけに、もはや勝った気でいるのだろう。袁術本人だけでなく、旗本たちの気までゆるみはじめているのだという。それは、孫堅にとって好都合なことだった。

 奇襲に適した好機。そのときを、じっと待ち続けた。

 多少の無理を承知の上で、孫策は毎日のように江陵城を攻めていた。それで城門を突破できれば言うことはなかったのだが、やはり防備は強固だった。

 いまは黄忠の抑えが効いているようで、血の気が多い魏延ですら守りに徹しているのである。孫策たちの苦しんでいる様子を、袁術は後方からほくそ笑んで眺めているのだろう。孫策の武名があがりすぎれば、袁術にとって厄介なことになる。だからこそ、両方が消耗し合うのを、のんびりと見守っているに違いなかった。城攻めの仕上げは、自分の支配下にある本隊がすればいい。おそらく、袁術にはその程度の考えしかないのだろう、と孫堅は見ていた。

 しばらくして、周泰が山中を訪れてきた。

 

炎蓮(いぇんれん)さま」

「おう、明命(みんめい)じゃねえか。おまえがわざわざ知らせにきたってことは、その時がようやくきたか」

「はいなのです。黄忠さんは懸命に耐えようとされているのですが、劉表軍も一枚岩ではありません。われらが攻めあぐねているのをずっと見ているだけに、打って出たいという意見が強まっているようなのです。そして、あろうことか袁術の周辺では、酒盛りがおこなわれている真っ最中なのだとか。炎蓮さま。これ以上の好機は、きっとありません」

「よし、わかった。明命。オレは配下を引き連れて、これから袁術の本陣に殴り込みをかける。おまえは間者仲間を使って、江陵城にそのことを触れてまわれ。これで、膠着していた戦線にも動きがでるだろう。これより、孫家の戦をはじめるぞ」

「了解なのです、炎蓮さま! それでは、ご武運を」

 

 周泰が静かに去っていくのを尻目に、孫堅は兵たちに呼びかけた。

 油断しきっているとはいえ、袁術は分厚い壁に守られているといっていい。それを突き破り、剣を喉元に突きつけられなければ、自分たちの敗けなのである。騎乗する孫堅を先頭にして、一千の軍団が山を駆け下りていく。袁術のいる本陣にまで、遮二無二突き進む。全員が、そのことだけを心に留めている。

 本陣は、あと二里ほど先か。そこまでくると、袁術軍の兵の姿がちらほらと見えてくる。総大将の気の抜けた振る舞いは、末端にまで影響を及ぼしていた。『孫』の旗をかかげていないとはいえ、孫堅たちは素通りするような状態で、中心部を目指していく。あるいは、袁術軍はその気迫に押されきっていたのかもしれない。

 

「貴様ら、どこのものだ。ここが、袁術さまの御陣だと知っての狼藉か」

「おまえのような下っ端に、用なんてねえんだよ。話をしたければ、袁術本人を連れてくるんだな」

 

 呼び止めてきたのは、おそらく袁術の旗本なのだろう。側仕えしている者らしく、まとっている武具は豪奢なものなのである。

 その旗本を、孫堅はすれ違いざまに斬り伏せた。ここまでくれば、隠すべきものなどなにもないのだった。配下に合図をだし、旗を堂々と立てさせる。『孫』の一字の旗。このときを待っていたとばかりに、それが袁術軍の陣内で荒々しく駆け巡った。

 

「華雄。袁術の旗本は、斬れるだけ斬ってしまえ。直属の部隊さえ消してしまえば、あとはこっちのもんよ。雑兵どもは、強い者になびく。それが、世の理というものだ」

「はははっ! 単純明快で、実によい考えだな。ならば、わたしは好きにやらせてもらうぞ。この程度の相手であれば、お守りは必要なかろう、孫堅?」

「チッ。いつまでも、過去のことを根にもつんじゃねえよ。いいから、おまえはさっさと敵をぶっ殺してきな。オレたちに与えられた時間は、そうあるわけじゃねえんだ」

「わかっているとも。ではな、孫堅」

 

 自身の人数を率いて、華雄が袁術軍に斬り込んでいく。

 時間をかけ過ぎると、江陵城の軍勢に遅れを取るおそれがあった。攻撃を仕掛けてくるのであれば、敵は全軍で打って出てくるに違いない、と孫堅は読んでいるのだった。半端な突撃は、部隊の孤立を呼ぶだけなのである。黄忠であれば、その危険性を理解できているはずなのである。そして、孫堅の狙いはそこにあった。

 

「うるぁあああっ! てめえら、斬って斬って、死ぬまで敵を斬りまくれ! ここで勝てば、孫家の隆盛は確実なものとなる。褒美は、いくらでも弾んでやるぞ」

 

 孫堅が叫びをあげる。

 袁術の旗本は、全部で三千ほどはいるのか。そのすべてを一千の手勢で斬ってしまえるとは、孫堅も考えてはいなかった。それでも、数を減らしておくのに越したことはないのである。手当り次第にぶつかり、剣を疾走らせた。鮮血が飛ぶ。ゆるみきっていた陣内から、次々と悲鳴が生まれていく。

 

「な、七乃(ななの)っ!? これは、いったいどういうことなのじゃ!」

「うーん。どうやらお嬢さまは、罠にかけられてしまったようですねえ。孫策さんも脳筋一直線なようでいて、なかなか演技がお上手なんですから、困ったものです」

「うむむ……。なにをのんびりとしておるのじゃ、七乃。はよう逃げなければ、まずいことになってしまうのではないか」

「えー? だって、いまさらじたばたしたところで、きっと意味なんてありませんよ。ほら、あそこを見てください、お嬢さま」

「ふえ? な、なんじゃとっ!? あれは、もしや孫堅ではないのかえ? あわわわ……。あの戦さ気狂いめ、襄陽で死んだのではなかったのか」

「やっぱり、そうですよねー? だから、わたし思うんです。がんばって逃げて痛いことをされるよりかは、おとなしくしているほうがお得なんじゃないかって。旗本さんたちが防いでくれていますけど、あのひとを止められる人間なんて、この軍にはいませんからねえ。どうしますか、お嬢さま?」

「うう、ぐすっ……。どうして、わらわがこのような目にあわなければならんのじゃぁ」

 

 張勲に抱きついて、袁術が幼子のように泣きじゃくっている。

 その姿を補足した孫堅は、一気に馬を駆けさせた。立ちはだかる兵を弾き飛ばし、剣でなぎ倒していく。求めていたものが、そこにあるのだ。袁術は、逃げる気力すら失っているのだろう。そして張勲は、覚悟すら決めた表情を、こちらにじっと向けている。

 ふたりのそばで馬を止ると、孫堅は飛び降りた。抵抗しようとする数人を斬り殺し、配下に素早く周辺をかためさせる。黄忠の号令を受けた劉表軍が、江陵城を出陣したという報告を先ほど受けたばかりだった。それだけに、短時間で袁術軍を支配下に置く必要があるのだ。脅すのであれば、徹底的に脅す。血に塗れた剣。涙を浮かべた瞳で見つめてくる袁術をにらみ返し、孫堅はそれを間近い地面に突き立てた。

 

「ぴいっ!? あわ、あわわわ……」

 

 身体を小刻みに震わせる袁術。

 死の淵から蘇った自分の姿が、よっぽど恐ろしかったのだろう。戦場に似つかわしくない衣服の股の部分に、急速に染みが拡がっていく。袁家の惣領を自負して威張っているものの、その心はまだ子供のままなのである。

 衣服を濡らした液体が、やがて埃っぽい地面まで湿らせはじめた。どうせ袁術は、いつものように蜂蜜を混ぜた水を陣内で喫していたのだろう。ちょっと甘ったるいような臭気。それを鼻で感じながら、孫堅は口を開くのだった。

 

「しばらくぶりだな、袁術。オレが寝ているあいだ、娘たちが世話になったと聞いているぞ。それで、こうして挨拶に来たというわけだ」

「うへっ!? いや、あの……っ。ううっ、七乃ぉ!」

 

 怯えきっている袁術は、話をすることもままならないようだった。

 張勲は、この騒動の先にあることを、どこまで予想しているのだろうか。袁術を溺愛することを人生の楽しみとしていなければ、その謀才は方々に発揮されていたのだろう。惜しくはあるが、人にはそれぞれの生き方というものがある。そして、それは誰かに口を出された程度で、曲げられるようなものではないのだと孫堅は知っている。

 

「孫堅さん」

 

 鋭い語調。張勲は、すでに意を決しているようだった。

 自分に袁術を殺すつもりがあるのか。もっとも気にかけているのは、その点なのだということは知っている。いまある立場などは、この女にはどうだっていいはずだった。ただ、二人でいままで通りの暮らしができればいい。張勳の願いは、きっとそれだけなのだろう。

 

「質問があります、孫堅さん。あなたは、お嬢様を殺すおつもりなんでしょうか」

「ななっ!? あろうことか、このわらわを殺すじゃと!? 嫌じゃ! それだけは、絶対にいやなのじゃ。ううっ、七乃、どうにかしてたもれぇ……!」

「はーい、美羽(みう)さま。ちょっとの間だけでよろしいですので、静かにしていてくださいませんかね? それとご安心ください。こわーい孫堅さんとのお話は、全部この七乃がしてあげちゃいますからねー」

「そ、そうかの。ならば、わらわは黙っておることにするぞ。七乃、おぬしにしかと任せた」

 

 粗相をしてしまったことなど、もう忘れてしまっているのだろうか。気丈に宣言する袁術は、どこか誇らしげでもあるのだ。

 向き直った張勲に、孫堅はちょっと穏やかな視線を投げかけている。

 

「こほん。それでは孫堅さん、答えを聞かせていただけますか」

「フッ、よかろう。オレには、袁術を殺す気などさらさらなくてな。ただし、軍権だけはオレがなにもかも頂いていく。いまある領土についても、同様だ。これだけの軍勢、おまえたちにとっては重荷でしかないだろう。これよりは身を軽くし、気ままに生きていくがいい。監視をつけることにはなるだろうが、不自由しない程度の銭はくれてやる。ククッ……。なんなら、暇にあかして自分で蜂蜜をつくってみてはどうだ」

 

 袁術には、危害を一切加えない。それだけではなく、張勲と二人で暮らすことを、孫堅は許すつもりだった。

 権力を欲することがあれば、すぐにでも処断しなければならない。だが、面白おかしく生を謳歌するだけなのであれば、そのかぎりではなかった。

 

「ふうん、そうですか……。うふふっ。よかったですねー、美羽さま。これからは、この孫堅さんがお嬢さまに代わって、戦をしてくださるそうですよ? お嬢様は、それを高みから見物されていればいいんです。それって、とっても楽ちんなことですよねー? 今回みたいに、埃まみれになって戦場にでることもなくなるんですから」

「う、うう……うむ。そ、それは実によい提案なのじゃ。さすがは、孫堅であるぞ。わらわも、おぬしが軍を率いて闘ってくれるのであれば、心強いことこのうえないのじゃ」

 

 勢いよく首を縦にふってみせる袁術。殺されないで済むのだという安心感が、表情に色濃くあらわれている。

 その返答に満足した孫堅は、地面に立つ剣をゆっくりと抜き、鞘に納めた。周辺にいた袁術の旗本は、気力を失って抵抗をやめてしまったか、逃げてしまった者がほとんどなのである。

 

「よい心構えをしているではないか、袁術殿。それでは、この孫堅に軍権を預けること、いますぐに宣言してもらおうか。それとひとつ質問があるのだが、貴様アレをどこかに隠しておらんだろうな?」

「あ、アレ? あれとは、なんのことなのじゃ?」

「オレが以前、娘に託していたものよ。玉璽というのだが、オレの思い過ごしだったか」

「あ、ああ、これじゃったか!? 年若い孫権には荷が重いであろうと思い、わらわが大切に持っておいてやっていたのじゃ! ほ、ほれ、これで満足であろ? 確かに、返したぞ?」

「うむ、たしかに返してもらったぞ。それでは、参るとしようか。さっさとここの兵を纏め上げなくては、黄忠に射殺されかねん」

「ほえ!? そ、それは大変なのじゃ。いくぞ七乃。わらわは、こんな場所にはもういとうはないのじゃ。孫堅、おぬしもはよう来やれ」

「ハハッ、調子のいいことだな。だが、それでいい」

 

 小走りに駈けていく袁術。取り戻した玉璽を手の中で転がしながら、孫堅は後に続いた。

 

「はーい。皆さん、鎮まれ鎮まれー。どちらの方々も、剣を収めてお嬢さまの大事なお話に耳を傾けてあげてくださいね。でないと、孫堅さんになにをされたって知りませんよ?」

「うおっほん。皆々、この袁術を守るため、よう闘ってくれたの。だが、孫堅との諍いはもうこれにて終いとする」

 

 二人のよく通る声が、血生臭い原野に響き渡っている。幼少の頃より誰かに指図する立場であっただけに、さすがに袁術は話し慣れている。

 兵たちの顔が主君に向く。身を守るためになにをするべきか、それを弁えている袁術のことが、孫堅は嫌いではなかった。

 

「そして、大切なのはここからじゃぞ。今この時をもって、そなたらは孫堅の指揮下に入ることとなる。戦など、わらわはもう飽き飽きなのじゃ。勇猛な将軍として名高き孫堅の下にあれば、おまえたちも連戦連勝間違い無しであろう? ゆえに、わらわは軍権の譲渡を決断したのじゃ。襄陽の軍勢が、すぐそこに迫っておると聞いておる。各々、これよりは孫堅をわらわと思いよく尽くせ。話は以上である」

 

 袁術からの宣言を受け、兵たちにざわめきが拡がっている。

 だが、その鎮まりを悠長に待っている時間はないと言っていい。反抗的な者が出てくれば、斬ってでも統率を取る必要があると孫堅は思っている。

 

「終わったのか、孫堅?」

「ああ、終わった。いや、これから再び始まると言うべきなのかもしれんがな」

「なんだそれは。だが、下手を打ってくれるなよ、今度は」

「チッ、言ってくれるじゃねえか」

 

 血のついた戦斧を肩に担いでいる華雄。笑いかけながら、孫堅は闘志の高まりを強く感じていた。

 袁術の隣に立ち、剣を頭上に掲げた。この地から、孫家の新たな闘いを開始する。駈け続け、目指すべきは自分たちの天下だった。気力が充実していく。腹の内側からの叫びを解き放ち、孫堅は麾下となった兵に号令をかけている。



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二十 誘引する幼気(香風、鈴々)

 まるで、郡ひとつが丸ごと移動してきているかのようだった。大地を、ひとの影が覆い尽くしている。それが、青州黄巾軍というものなのである。

 劉備が絶句してしまうのも、無理はない。心情としては、敵軍の数に気圧されたというよりも、憂いのほうが大きかったのだろう。黄巾軍の主体となっているのは、普通の暮らしを営んでいた民衆なのである。その民衆が徒党を組み、大々的に漢への反感を爆発させているのだ。

 かつてはその頂点に、張角ら太平道の指導者がいたのである。一度大きく打ち破られた黄巾軍だったが、地方で力を蓄え直し、こうしてまた軍勢として動けるようにまでなっている。しかし、そこに以前のような熱狂的なまでの信仰心はあるのだろうか、と曹操は思うことがあるのだった。

 泰山の砦に曹操が着陣してから、数日が経っている。

 大軍に攻勢をかけられないようにするためには、とにかく自分たちの攻め手を休めないことだと考えた。

 歩兵と騎馬を同時に出動させ、敵を撹乱し続ける。それが、いま取れる最良の手段なのである。麾下の将軍たちに混ざり、曹操自身も戦場を駆け回っている。柳琳が劉岱の兵二万を連れて合流しているが、それでも自軍は五万程度にすぎなかったのである。

 いくら雑兵を蹴散らそうとも、補充されたのでは意味がない。黄巾軍に大打撃を与えるのであれば、とにかくその中心たる精鋭を撃破することだった。一度士気さえ挫いてしまえば、あとはどうにかなる。そんな風に、曹操は腹をくくっているのだった。

 黄巾軍には、軍としての致命的な欠点があった。食糧の確保。大軍ゆえに、常時その確保に苦しんでいるのだ。だから、陶謙の姑息な立ち回りにも、喜んで飛びついてみせたのである。兵糧難が最後のひと押しとして効いてくるのは、明白だった。それだけに、糧道の奇襲に関しても、曹操はすでにいくつか手を打っている。なかでも徐州軍の輸送部隊は意欲が低く、進行が特に遅い。その捕捉と焼き討ちに向かうよう、曹操は紅波(くれは)に命じていたのである。

 夕日に照らされた土煙の向こう側。そこに、ひとの壁が見えている。かたまりとしては、一万ほどか。率いている騎馬隊を見渡し、曹操は馬上で声をあげた。

 

「突っ込むぞ、香風(しゃんふー)。いいか、軍勢をひとつ抜いたらすぐに反転する。遅れるなよ」

「りょーかい、お兄ちゃん。斬り込み役なら、シャンにまかせて」

 

 背丈に似つかわしくない大斧。それを片腕で軽々と操りながら、香風が乗馬を走らせている。

 後方にあるのは、『張』の一字の旗。今回の出撃は、張飛率いる騎馬隊との共同作戦だった。曹操の騎馬が四千で、張飛が五百である。劉備軍は総勢三千程度の規模でしかなかったが、そのなかでも馬は一千近くいるようだった。割合としては、かなり高めである。それだけ、劉備軍は騎馬の運用に力をいれているのだ。平原での闘いに、馬は欠かすことのできない存在なのである。あるいは戦の得意な関羽あたりが進言して、多少の無理をしながらでも養っている可能性もあるのだろう。

 

「張飛は、しかとついてきているようだな」

「はい、一刀さま。劉備軍の騎兵は、かなり統率がとれています。少数だからといって、侮れるものではありませんね」

 

 前方を見据えたまま、流琉がそう応えた。

 その間にも、先陣を切った香風の手勢が敵軍のなかに吸い込まれていった。前面に配されている黄巾軍は、所詮烏合の衆でしかない。そのため、数はいてもあしらうだけであれば容易なのである。

 敵軍の内部を駆け抜けながら、剣で数人を突き落としていった。攻撃をしかけても、無駄な闘いだけはするな、と麾下には口酸っぱく言ってある。いまはまだ、力のため時だった。全力であたる場面。それは、黄巾軍の精鋭に決戦を挑む瞬間だけなのである。

 

「部隊を返すぞ。殿軍をたのめるか、(なぎ)

「了解です。自分におまかせください、一刀さま」

 

 突き抜けた先。そこに、敵はいくらでも見えている。

 それには眼もくれず、曹操軍は砦へと引き返していく。素人を寄せ集めただけの部隊は、動きがかなり鈍い。その反撃を歩兵が押し返しているのを見ながら、曹操は防柵の内側に入るのだった。

 

「今度も、大成功だったね。つぎシャンたちがでるのは、明日の朝でいいの、お兄ちゃん?」

「ああ、その予定だ。出動までに、身体を十分休めておくのだぞ。張飛も、いいな?」

 

 全身についた埃を手で払いながら、曹操はふたりの少女に向けて言った。

 香風も張飛も、戦場にいる時とは顔つきが別人のようだった。どちらも、かなりあどけなさが残っていると言っていい。それでも、武器をとれば一流の武人だった。

 

「……お兄ちゃん。シャン、がんばったご褒美に、頭なでなでしてほしいな」

「ははっ、いいだろう。こちらにこい、香風」

「えへへっ、やったー」

 

 香風の頭に手のひらをやり、ゆっくりと撫で付けていく。

 さすがに、普段どおりとはいかなかった。戦場から帰ったばかりゆえに、髪が汗でしとどに濡れているのである。それだけに、感触もいつもより硬く感じられてしまうのだった。

 

「ねっ、徐晃。なでなでしてもらうのって、そんなに気持ちいいのかー?」

「うん、そうだねー。お兄ちゃんの手、おっきくて温かいから」

「へえ、そうなんだ。ううん……。だったら、お兄ちゃん!」

 

 自分も、香風と同じように撫でてほしい。そう言わんばかりに、張飛が頭を差し出してくる。

 特に迷うこともなく、曹操は空いているほうの手で赤髪に触れていった。どちらも体温が高い。奮戦してきた証拠でもあるのだろうが、それは小さな子特有のものでもあるに違いなかった。

 感触に戸惑っているのか、張飛はこそばゆそうに身体を縮こめてしまっている。それを見て、曹操は小さく笑うのだった。

 

「お兄ちゃんのナデナデ、たしかに気持ちいいのだ。はにゃあ……。鈴々(りんりん)、これ好きなのかも。ねえねえ、お兄ちゃん」

「なにかな、張飛?」

「一緒に闘ってるんだし、お兄ちゃんになら許してもいいかなって思ったの。だから鈴々のこと、真名で呼んでみてもいいよ」

「ン……、いいのか? 劉備殿は平気だとして、関羽殿は機嫌を悪くしてしまいそうだが」

「むむっ……。姉者は、関係ないんだもん。鈴々がだれに真名を許すかなんて、鈴々の勝手でしょ?」

「ああ、それもそうだ。ならば鈴々にも、俺の一刀という真名をあずけねばな。それで、おあいこだ」

「えへへ。やったー、なのだ! にゃははっ、それくすぐったいってば、一刀お兄ちゃん」

 

 戯れに、鈴々の耳の裏の指でなぞってみる。予想通りのかわいらしい反応。関羽は油断の多い義妹だと話していたが、素直ないい性分をしているではないか、と曹操は思っている。

 姉としての立場があるから、関羽は鈴々のことを厳しい眼で見てしまうのだろう。血のつながりはなくとも、それは変わらないのである。

 

「んんっ……。シャン、あとでお兄ちゃんの陣屋にいきたいな。汚れたままだと栄華(えいか)さまに怒られるけど、自分でするのはめんどくさくて、そのまま寝ちゃいそうだし。だからシャン、お兄ちゃんと身体のふき合いっこしたいな」

「ならば、拭き終わったあとはそのまま眠ろうか。ちょうど、今夜は軍議をするつもりもないのでな」

「やったー。それじゃ、また戻ってくるね、お兄ちゃん」

 

 素早い身のこなしでそばを離れると、香風は手勢のもとへ駆けていった。

 残っていた鈴々が、じっと下から見上げてくる。自分だけ仲間はずれにされている、とでも思わせてしまったのだろうか。胸の前で握られた、ふたつの拳。それが、忙しなく小刻みに上下している。

 

「ねえねえ、鈴々もお兄ちゃんのところにいってもいい? なんだか、徐晃がとっても楽しそうだったのだ」

「俺はかまわないのだが、そうだな……」

「むうぅ……。その顔、姉者がよくするやつなのだ。まさか、お兄ちゃんも鈴々のこと、子供あつかいするのかー?」

「なにも、そう言っているわけではないのだよ。だったら、これから一緒に来てもよいのだぞ? 立場上、劉備殿には一応伝えることになるが」

「うんっ! お姉ちゃんに言うのは、しかたないのだ。えへへっ、お泊り楽しみなのだ」

 

 底抜けに明るい笑顔。厭戦気分の流行りやすい戦場において、鈴々のように陽気な将軍の与える影響は小さくないのである。

 陣屋に入ると、鈴々は汗をふくんだ上着を早速脱ぎ捨てた。残っているのは、上下の大切な部分を隠す薄い衣だけである。それも汗でぴったりと張りついてしまっているから、子供っぽい身体の線が凝視せずともよくわかってしまう。

 椅子に腰かけると、膝の上に鈴々が乗ってくる。小さな身体。それでも、少女らしいやわらかさを確かに備えている。

 

「こうしてると、お兄ちゃんがほんとのお兄ちゃんになったみたいに思えてくるなー。んぅ、すりすりー」

「少し安心したぞ。父というものは、俺にはまだよくわかっていないのでな。だが、兄の真似事であれば、こうして一緒にいるあいだくらい、してやることもできる」

 

 なんとなく切なくなって、鈴々の身体を抱きしめてしまう。

 劉備や関羽を姉と慕い闘ってきたのには、理由があるはずだった。戦乱のなかで、両親を失うことも珍しくない世の中なのである。孤独は、心を苛むのだった。いかに腐心して武芸を磨こうと、それは変わらないのである。

 

「にゃあ……。やさしいんだね、お兄ちゃん」

「どうかな。こうしていながら、俺はどこかで鈴々を欲しているのかもしれない。男というのは、愚かで汚いものだな」

「ほっ……する? 鈴々、意味がよくわからないのだ」

「わからないのなら、それでいい。鈴々に、まだ知るべき時が来ていないというだけだ」

 

 この世には、知らないほうがいいことだってある。

 口をへの字に曲げる鈴々。その頭を、曹操は軽く撫でるのだった。

 

「きたよー、お兄ちゃん」

「香風か。遠慮せず、入ってくれ」

「はーい。……あれ? お兄ちゃん、いつの間にか張飛と、すっごく仲良しさんになったんだね。シャンは、べつにいいけどねー」

「拗ねるなよ、香風。鈴々が、どうしても来たいと言ってな」

「へー、そうなんだ」

 

 香風が、右肩に顎を乗せてくる。

 かすかに触れる滑り気。舌先が、頬の表面を通過したようだった。

 

「お兄ちゃんと仲良しさんになったのなら、張飛もシャンのこと真名で呼んでいーよ。しばらく、一緒に闘うことにもなるんだし」

「わかったのだ。それじゃ、香風も鈴々のことは鈴々って呼んでいいよ」

「うん。よろしくね、鈴々。ならー、お兄ちゃん?」

 

 戦袍を外すと、香風はほとんど裸同然の格好になった。持参してきた水桶には、清潔そうな布が三枚かけられている。予備としてもってきたのだろうが、それが奇しくも人数分となっているのだ。

 

「よいしょ……。鈴々、裸になるのは恥ずかしくない?」

「はにゃ? そんなの、全然へーきだよ?」

「そうなんだ。シャンは、お兄ちゃんに見られてちょっとドキドキしてるのかも」

「おかしなやつだなー、香風は。だって、水浴びするときは裸んぼになるのが当たり前でしょ?」

「んっ……。それは、そうだけど……」

 

 香風は、曹操の手によって女としての悦びを知ってしまっている。敏感すぎるくらいの身体。そこに、何度も快楽を味わわせてきたのだ。

 対照的に、鈴々はなんら恥じらうことなく、肌着を脱ぎ捨てていってしまう。健康的に焼けた肌。そのなかで、無垢な桜色の突起が主張を強く放っている。

 

「お兄ちゃんも、ぬいで……?」

「そうなのだ。服を着たままだと、身体を拭いてあげられないんだもん」

 

 抑え込もうとするほどに、黒い情欲は姿をあらわにしようとする。

 愛し合った経験のある香風だけなら、それでもいいのだろう。けれども、この場にはなにも知らない鈴々がいるのだった。

 

「わわっ……。ばっきばきだね、お兄ちゃん。シャンたちの裸で、こーふんしちゃったの?」

「こーふん? それよりも、ここ大丈夫なのだ? おちんちんって、こんなにおっきくなるものなの?」

 

 自分の理性を離れたかのように、鈍痛をもって男根が屹立してしまっている。その様子を見て、香風は少し期待してしまっているようだった。

 好奇心に満ちた指先。それが、欲望の宿した男根の先をわずかに押しつぶす。触れたことのない感触に驚いたのだろう。鈴々は、すぐにそこから指を離してしまう。

 香風に耳打ちをし、曹操は布を一枚手にとった。抱いてやることはできないが、眠るために愛撫し合うくらいなら問題はないはずである。焼け落ちかけた理性が、導き出した結論だった。

 

「やあっ、おへそばっかりだめっ♡ はっ、んうっ……♡ お兄ちゃん♡ お胸のところも、もっといっぱいこすってほしいな♡」

「なにか勘違いしているのではないか、香風。俺はただ、身体をきれいにしてやっているだけなのだぞ」

「ひゃうっ♡ な、なんにも間違えていないと思うけど……♡ だって、おへそはもう、十分きれいにしてもらったからぁ♡」

 

 曹操は、濡らした布をへそ穴に浅く挿入し、執拗に刺激を与え続けていた。じれったい感触ではあっても、身体は快楽を得ているのである。ぷっくりと先端をもたげている乳頭。それが、隠せぬ証拠だった。

 

「香風、やっぱりおかしいのだ。お兄ちゃんに拭いてもらって、変な声なんてだしちゃうなんて。ねっ、お兄ちゃん?」

「ははっ、そうかもな。鈴々も、隈なくきれいにしてやろう。ここなどは、特に重点的にな」

「にゃっ、んんっ。そこ、くすぐったいのだぁ……。ふあっ……。おっぱいのとこカリってされると、ちょっと気持ちいい……?」

「わかるのか、鈴々」

 

 ためしに、指にまとった濡れた布で、淡く色づいた突起を弾いてみる。

 これで感じられるのであれば、才能があるといっていい。なまじ小さい分敏感な場合もあるようだったが、それにつけても鈴々は幼かった。

 鈴々の様子をうかがいつつ、香風の快感を引き出しにかかってやる。火照った身体。その表面に指先をはしらせ、甘美な痺れを生み出していく。

 

「んあっ♡ そこっ、気持ちいい♡ おっぱいの先くにくにってされるの、シャン……好き♡」

 

 嬌声をあげながら、香風が指を男根にからませてくる。ひんやりとした指先だった。それが、熱をもった男根にゾクリとするような刺激を与えてくるのである。

 にちっ、にちっ。そんなわかりやすいくらいの淫音が、幼い手のなかから生まれている。香風のしていることの欠片も、鈴々は理解していないはずだった。それでも、視線は確かにふくらんだ男根へ向いていた。

 鈴々の薄い胸。それを優しく揉み上げながら、乳首を指の腹で転がしてやる。かすかに洩れる声。微小ではあっても、鈴々は快楽を実感できているのだろうか、と曹操はさらに手を動かしてみる。

 

「んっ、んはぁあ……。お、お兄ちゃん。コリコリ、不思議なのだ。痛いなかに、ぴりってする知らないのがあってぇ♡ 鈴々、香風みたいにおかしくなっちゃうの?」

「香風のようになるには、まだまだかな。今夜は、鈴々が少しでも楽しむことができればいい。俺は、そう思っているだけだ」

「ふにゃっ……!? はあっ……♡ おまたも、おんなじようにきれいにするのぉ?」

「そうだな。ここは、特に汗がたまりやすい。清潔にしておくのは、大切なことだ」

「んあぁあっ♡ クニクニってされると、ちょっと不思議な気分になっちゃうのだ。ふぁああ♡ お兄ちゃぁん♡」

 

 愛撫をしている腕に、鈴々がよりかかってくる。少しずつではあるが、快楽を得られているようだった。

 香風の手の動き。それが、激しくなっている。鈴々に、男が絶頂する瞬間を見せたいとでも考えているのかもしれない。指を直に膣内に挿入してやると、その傾向は顕著になった。溢れ出す愛液。それが、数滴床にこぼれ落ちた。

 

「おちんちん、すごいねっ♡ シャンと鈴々に見られて、こんなにおっきくなっちゃってる♡ ねっ、シコシコ気持ちいいの、お兄ちゃん?」

「ああ。シャンのいやらしい手つきが、最高にたまらないな。もっと、大胆に擦ってみてもいいのだぞ」

「うん、がんばるね。ほら、おちんちんが大好きな、しこしこだよー。しこしこー♡ しこしこー♡」

 

 香風の小さな手が、太い幹の上を健気に行き来している。

 その動きによって先走りを塗りたくっているせいか、男根全体が独特の匂いを放つようになっていた。鈴々は、それがいやらしいことだと本能で気づいているのだろう。愛撫によって紅潮していた顔色が、さらに赤くなりつつある。

 ぼんやりと開いた口。その端から、唾液が一筋男根にしたたり落ちる。それが、興奮のさらなる呼び水となったのだろう。曹操は、下腹部にずっしりとした痺れを感じるようになっていた。

 

「あっ。おちんちん、いまびくってしたね。よだれ、好きなんだ♡ だったら、シャンのもあげるね、お兄ちゃん♡ ほら、鈴々もたくさん垂らしてあげて? そしたら、お兄ちゃんもっと気持ちよくなれるみたいだから♡」

「はにゃ、そうなんだ? だったら、くちゅ、んむっ♡ んべぇ……♡」

 

 多量の唾液が混ざり合い、男根の表面に落ちてくる。

 温かい。それ以上に、おかしなくらいの気持ちよさがあった。ふたりの幼裂を責めながら、曹操は絶頂に向けて精神を昂ぶらせていった。香風の小さな胸を吸い上げる。行為に及ぶ建前など、すでにどうでもよくなってしまっていた。

 

「にゃははっ♡ おっぱい吸って喜ぶだなんて、お兄ちゃん赤ちゃんみたいなのだ♡ でも、お姉ちゃんみたいなばいんばいんおっぱいじゃないけど、ちゅうちゅうして楽しいのだ?」

「男というのは、愚かなものだ。大きさがどうであれ、女の乳房に恋い焦がれてしまうのだよ」

「ふうん? だったら、鈴々のおっぱいも吸ってみたいのだ?」

 

 びくっ、と男根が大きく脈打った。暴れるそれを手なづけようと、香風が懸命に強弱をつけた愛撫を行っている。

 緊張気味の鈴々が、平らな胸をこちらに差し出している。愛撫によってかたくなった乳頭。そこに、曹操は愛をもって口づけた。

 

「んっ、んやあっ♡ ぺろぺろ、指でされるのと全然違うのだ♡ お兄ちゃんの舌ぬるぬるしてて、こんなの……♡」

「鈴々、おっぱい吸ってもらうの気持ちいいんだ♡ でも、独占するのはだめなんだからね♡ お兄ちゃん、シャンのもいっぱいちゅぱちゅぱして♡」

 

 幼い乳房。それを、交互に吸い上げていった。

 背徳感で、狂ってしまいそうになる。男根をしごく香風の手。最後の瞬間に向かって、カリ首のあたりを集中して擦っている。

 

「そろそろ出すぞ。飲んでくれるか、香風」

「ひあっ、んふふっ♡ シャンにおまかせだよー、お兄ちゃん♡」

 

 曹操が射精する瞬間を見計らって、香風は位置を変えてしゃがみこんだ。

 おのれの決壊を感じた瞬間、唇で鈴々の乳頭を強く刺激してしまう。それがむしろ良かったのか、鈴々はこれまでになく大きなあえぎをもらすのだった。

 

「んっ♡ んぐっ、むぐっ♡ おっ、ごほっ、ずずっ……♡」

 

 亀頭の先が、温かな空間に包まれている。

 流し込まれた大量の精液を口にためながら、香風は自身の指で秘裂をかき混ぜている。その様が、曹操からは丸見えだった。

 

「じゅぷっ、んぐっ♡ んふっ、ふはっ♡ はあっ、ひゅごいぃい♡」

「あ、ああっ♡ お兄ちゃん、鈴々……もうわけわかんないのだあ♡」

 

 快楽を大胆に享受しようとする香風と、未知なる感覚に身を震わせる鈴々。

 その対比におかしさすら感じながら、曹操は精を放つのをやめなかった。

 

「あむっ、ちゅ、んくっ♡ ふはあ♡ お兄ちゃんのせーえき、今日もすっごく濃かったー♡ ちゅ、ぺちょ……。シャン、とろとろでおなかいっぱいかも♡」

「んっ、ふあぁ……♡ お兄ちゃん、おにいちゃぁ……♡」

 

 鈴々の未熟な愛液。粘度は薄く、水のようにさらさらとしていた。それでも、指先をしっとりと濡らしているのだった。

 交合の入り口すら知らなかった鈴々が、その中ほどに立つようになっている。そうしたのは、他ならぬ自分なのである。そう考えると、曹操は興奮を禁じ得なかったのだ。

 

「はあっ、はふぅ……。これなら、きっとよく眠れるね」

「鈴々も、ちょっぴり疲れちゃったのだ。お兄ちゃん、はやく寝よ?」

 

 仲良く寝台に寝転んだふたりが、そう呼びかけてくる。

 結局、身体を拭き清めることができたのは、行為を終えてからだった。どちらも、その時になると天真爛漫な表情を浮かべていたのだから、切り替えの早さには卓抜したものがあるのだろう。それは、曹操にはとても真似できないことだった。

 大きめに作ってある寝台。その上で、三人そろって横になる。余裕をもたせてあるとはいえ、急造ゆえに邸宅で使っているものほどの大きさはなかった。しかし、いまはその狭さが、ほどよく感じられるのである。

 

「もっとくっつかないと、朝までに落ちちゃうかも。お兄ちゃん、ぎゅってしてていい?」

「鈴々も、そうするの!」

 

 楽しそうにしている鈴々を見ていると、もっと兄らしいことをしてやるべきだったとも思えてしまう。だが、曹操はこれ以外の方法を知らないのだった。

 帰陣したときと同じように、ふたりの頭をゆっくりと撫でた。眠りにつくときは、ただ穏やかであるべきなのである。

 泰山近隣の村落が、黄巾軍の略奪を受けようとしている。翌朝、そうした報告が飛び込んできたとき、曹操はもう陣屋にひとりだった。



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二十一 夏侯惇の意地

 軍議の席で、曹操は意見に耳をかたむけることに徹していた。

 正直なところ、村の救援に部隊を割けるほど、黄巾軍との闘いに余裕はなかった。そのことは、この場にいる全員が理解しているはずなのである。だが、敵軍による略奪を、そのまま見過ごしていいものなのか。弱腰になれば、それが全体の士気をさげることにも、つながりかねないのである。

 最初に意見を述べたのは、劉備だった。

 

「村のひとたちは、きっと助けを待っていると思うんです。ですから、ここは無理をしてでも、救援にいくべきなんじゃないでしょうか」

「劉備殿のお気持ちはわかります。しかし今回の動きは、敵軍による陽動なのかもしれないのです。その可能性を否定しきれないかぎり、わたしは部隊を軽率に動かすべきではないと存じているのですが」

「郭嘉さんが心配するのは、軍師として当然のことなんだと思います。だけど、いまは議論をしている時間がないのも、確かなんじゃありませんか? 曹操さん。部隊の編成が難しいのであれば、ここはわたしたちに行かせてください。劉備軍は、所詮流れの義勇軍に過ぎませんから。けど、そんなわたしたちにしかできないことが、絶対になにかある。わたしは、そう信じているんです」

 

 戦場の拮抗具合を鑑みて、郭嘉は部隊の派遣に反対しているのだろう。現実的に考えれば、それが一番のやり方なのである。

 それでも、劉備はなんとかするべきなのだと言いきった。その考えもまた、間違いではないのだ。根拠など、どこにもない。それでも、劉備には成し遂げるだけの自信があるようだった。

 他者を助けるということに対して、どこか盲目的な部分があるのかもしれない。だが、その突き抜けた気持ちこそが、劉備軍に規模以上の強さを与えているのだった。

 

「待たれよ、劉備殿」

「なんだ、夏侯惇。貴様、劉備さまの意見が間違っているとでも言いたいのか?」

「ふん。少し黙っていろ、関羽。わたしは、劉備殿と話をしているのだ」

 

 肩を怒らせる関羽だったが、夏侯惇はいたって冷静だった。

 隣りにいる郭嘉が、小首をかしげてその様子を眺めている。こうした時、真っ先に走り出そうとするのが夏侯惇なのである。その夏侯惇が、いまは落ち着いた口調で、劉備と相対しようとしているのだ。そのことが、郭嘉には不思議でならないのだろう。

 けれども、曹操には感ずるものがあった。冷ややかなように見えていても、その実腹の内側では激しく燃え盛っているのだ。夏侯淵も、そのことに勘づいているはずだった。薄っすらと浮かべた笑み。それは、夏侯惇のつぎなる行動を暗示しているようにすら、曹操には見えていた。

 

「劉備殿には悪いが、民の守護はわれら曹操軍にまかせてもらおうか」

「夏侯惇さん? あの、それって……」

「うむ。この大事に、われらが引き下がるわけにはいかんのでな。軍師殿も、それはわかっているはずだが?」

 

 劉備に断りをいれた夏侯惇が、曹操に向き直った。その双眸は、早くも闘志に燃えている。

 

「兗州の民は、殿の民でもあるのです。その危地を捨て置くことなど、この夏侯元譲にはできませぬ。ですから、出過ぎた真似をなにとぞお許しください、殿。そのうえで、このわたしにどうかご命令を」

 

 とっくに、腹は決まっていた。

 やると言ったからには、夏侯惇は必ずやる。そのことを、曹操は幼少の頃からよく知っているのだ。動かせる軍勢は、多くない。それでも、敵軍に補給を許すわけにはいかなかった。

 

「よいのか。兵は、あまり出してやれぬぞ」

「かまいません。これは、わたしのわがままなのですから」

「わかった。ならば、おまえに兵五千を与えよう。それで、村落を守りきってみせよ」

 

 少なくとも、略奪を狙う黄巾軍は万をこえている。斥候を放ってはいたが、まだ正確な数字をつかめてはいなかった。それを踏まえても、出せるのは五千が限界だった。五千以上となると、砦の兵力が落ちすぎてしまう。それでは、本末転倒だった。

 敵軍の詳細が不明なのに加えて、不安要素はほかにもあった。村の防備は、どのくらい保つのか。行ったところで、無駄足になる可能性がないわけではなかった。それでも、夏侯惇は救援に向かうのである。

 

「あたしも手伝うよ、夏侯惇。数は少ないけど、騎馬がいないよりかはマシだろ?」

「むっ……? それは、ありがたいことだな。ならば、おまえは先行して敵軍の様子を探ってきてくれるか、馬超。わたしも、すぐに追いかける」

「承知した。っと、それでいいかな、曹操殿?」

 

 事後承諾のようなかたちにはなったが、曹操は馬超の同行を許可した。

 小回りのきく部隊がひとつあれば、闘いは格段にやりやすくなる。馬超の率いる騎馬隊は、総勢でちょうど百騎。本人はまだまだ鍛えている最中だと言っていたが、その突破力には眼を見張るものがすでにあった。

 ほとんどの将が営舎を退出していったなかで、曹仁だけがその場に残っていた。

 

「むう……。あたしも、春姉についていきたかったっす」

「気落ちしている暇はないぞ、華侖(かろん)。春蘭が持ち場を離れるだけ、こちらの闘いはより厳しいものとなる。おまえにも、さらに頑張ってもらわねばな」

「ん……、はいっす、一刀っち。こうなったら、あたし春姉の分まで、気合で敵を倒すっす。そしたら、春姉と(すい)も、ちょっとは楽できるようになるかもしれないっすから」

「その意気だ。期待しているぞ、華侖」

 

 夏侯惇に率いられた軍勢が、砦から進発していく。

 空。そこには、どんよりとした雲が拡がっていた。見ていると、なんとなく嫌な気分が生じてしまうような空なのである。それを払うかのように、曹操は絶影を駆けさせた。あとには、土煙あげながら騎兵が続いている。

 

 

 麾下の騎兵を叱咤し、馬超はひたすら道を急いでいた。

 黄巾軍の部隊とは、まだ遭遇していない。目的の村落までは、あと五里(約二キロ)といったところだった。

 村は、山から裾野にかけて拡がっていると斥候から聞いている。数百人が暮らしており、糧食の蓄えも少なくないのだという。それで、黄巾軍の標的とされてしまったのだろう。

 

「村ってのは、あれか。だれか、夏侯惇将軍に伝令を。馬超軍は、一足早く斬り込んでいるってな」

 

 鑓を握り直しながら、馬超が言った。

 前方。村の防柵らしきものが見えていた。それを引き倒そうと、黄巾の兵が取り付いているのである。防衛設備は一応整えてあるようだったが、それも時間稼ぎにしかならないのだろう。敵軍は、多くて一千といったところか。本隊らしき姿は、まだどこにもなかった。大軍がでてくるまえに、ここにいる敵を倒せるだけ倒しておくしかない。そう決心して、馬超は号令をかけるのだった。

 

「突っ込むぞ。それと、曹操軍の旗を高く掲げることを忘れるな。村のひとたちに、あたしたちが味方だってことを知らせるんだ」

 

 『曹』の一字の旗。馬群のなかで、力強くはためいている。

 鯨波をあげる騎馬隊。それに気づいた敵軍が、迎撃の態勢を取ろうとしている。だが、すべてが遅かった。馬超が鑓を振るうと、三人が一度に吹き飛ばされる。

 

「まだまだっ! もう一回、突撃だ!」

 

 一度目の攻撃で、敵軍の意識を引きつけることには成功している。

 騎馬隊の動きは鋭かった。馬超の動きに合わせて、隊列を乱さずに追従してきている。涼州とは違う風。それを、馬超は肌で感じていた。怯える黄巾兵。略奪だけで、まさか戦をすることになるとは考えていなかったのだろうか。

 敵軍を撹乱しながら、馬超は夏侯惇の到着を待った。半数は逃げ出しており、あとは残りを掃討するのみなのである。

 

「きたか、夏侯惇。っしゃあ! 歩兵と連携して、敵を討ち尽くす! 村には、誰ひとり通すんじゃないぞ!」

 

 夏侯惇の率いる五千が到着する。それでなんとか耐えていた黄巾兵も、心が完全に折れてしまったのだろう。馬超の騎馬隊は、文字通り敵軍を蹂躙していったのである。

 掃討を終えるまでに、それほど時間はかからなかった。村への被害は、まだ少しもないはずである。

 柵の内側で戦況を見つめていた住民も、馬超たちが敵ではないと認識したようだった。柵の一部が開け放たれる。内側からでてきたのは、背の低い少女だった。

 

「えっと、ありがとうって言えばいいのかな。ボクは許緒。お姉さんたちは、官軍のひと?」

「あたしは、馬超ってんだ。それと、こっちは夏侯惇。あたしたちは、曹操殿の命でこの村を守りにきたんだ」

 

 典韋や徐晃と似たものを、許緒からは感じられた。

 その小さな手には、無骨な鑓が握られている。いざとなれば、自分が黄巾軍と闘うつもりだったのだろう。一番早くでてきたのは、それだけ許緒が最前線にいたからなのである。

 

「わが殿は、この兗州の州牧であらせられる。だからこそ、いまも青州からきた餓狼どもと闘っておられるのだ。許緒と申したな。先ほどわれらが打ち破った黄巾軍は、ほんの小手調べのものに過ぎん。本隊は、まだやってくるぞ」

「うえっ……!? そ、そうなんだ。お姉さんたち、一緒に闘ってくれるんだよね?」

「当然であろう。本命がくるまでに、できるだけ防備を整えておかなくてはな。この村の長老のもとに案内してくれるか、許緒」

「うんっ、わかったよ。それじゃ、ボクについてきて!」

 

 実質的な意味合いで言えば間違いではないが、曹操はまだ正式に州牧となったわけではなかった。だが、そんなことは夏侯惇にとってなんら関係がないのだろう。言い切った姿は実に堂々としており、許緒は微塵も疑わなかったのである。

 夏侯惇が許緒と長老のもとにいっているあいだ、馬超は外周の見回りを行っていた。空堀はめぐらされているが、大軍を相手取るには深さも幅も足りていない。ないよりかは、いくらかマシという程度のものだった。それでも、背後には山がある。それを背にして闘えるだけ、自分たちに地の利があるといっていい。

 馬超が歩いている先に、少女がひとりで佇んでいた。

 物憂げに、地平線を見つめている。それがちょっと心配になって、馬超は声をかけた。

 

「どうした? こんな場所にいると、危ないぞ」

「べつに、いいんです。わたしはもう、どうなったって」

「なんだそりゃ? でも、村のみんなは必死に闘い抜くつもりみたいだぜ。さっき会った許緒って子も、そうだった」

「許緒は、そういう子なんです。わたしが生きていられるのも、あの子のおかげ。だけど、こうなっては……」

 

 物憂げな少女は、許緒の知り合いのようだった。

 生きるということに、執着がないのか。それとも、辛くなってしまったのか。理由はわからないが、過去にそうさせるようななにかがあったのかもしれない、と馬超は思うのだった。

 

「あんた、名前は? あたしは馬超。曹操殿のところで、客将をやっている」

「……人和(れんほう)。わたしは、人和というの」

「そっか、人和っていうんだな。あたしも、いろんなことがわからなくなって、家を飛び出しちまったことがある。で、放浪してる途中、たまたま曹操殿と出会ってさ。出会いってのは、ひとの気持ちを大きく変えることがある。あたしはいま、それを実感しているよ。良くも悪くも、ひとは変わっていく。人和も、ほんとはそうなんじゃないか?」

「なんですか、藪から棒に。だけど、そうですね。わたしにも、もう一度会ってみたいと思えるひとが、いるのかもしれません」

「ふうん、いいじゃねえか。そいつとは、また会えそうなのか?」

「さあ。名前も、生きているのかさえも知らないような相手なんです。だから、はじめから叶うなんて思っていません」

「そんなの、やってみなきゃわからないってば。この村は、あたしたちが絶対に守ってみせる。だから、人和もあきらめるな」

「許緒とおなじくらい暑苦しいひとなんですね、馬超さんは。だけど、ふふっ……」

 

 そう言って、人和はかすかに微笑んでみせた。

 透き通るような笑顔。それを見て、馬超は思わず唾を飲んでしまっていた。それは人和の笑顔のなかに、いままで感じたことのないような儚さがあるからだった。



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二十二 それぞれの痛み

 村落を狙う黄巾軍。その本隊が出現したのは、昼を過ぎた頃だった。

 その報を受け、兵たちが慌ただしく持ち場に駆けていく。一重だけだった防柵は二重となっており、防御力は確実に増している。柵内には弓に長けた者を配し、夏侯惇と馬超はその外側に陣取っていた。

 

(すい)。斥候が帰ってきたが、敵軍は一万五千ほどいるそうだ。ははっ、腕が鳴るではないか」

「くくっ、それは頼もしい言葉だな、春蘭(しゅんらん)。だけど、あたしも負けないぜ?」

「うむ。そうでなくては、殿が貴様を好きなようにさせている意味がないのでな。では、参るぞ」

 

 夏侯惇の部隊が、陣形を変えていく。いわゆる、魚鱗の陣だった。その先端。もっとも激しく敵とぶつかる箇所に、馬超の騎馬隊は配されていた。

 攻撃を仕掛けてくる敵軍の先鋒を、まずは全力で打ち破る。それが、夏侯惇の狙いだった。敵軍は、数だけでいえば自分たちの三倍もの兵力をかかえている。それだけに、はじめから防戦一方といった構えをとっていたのでは分が悪くなるのだ。それに、練度では自軍が上回っているだけに、先手をとれるかどうかは重要だった。そして、それができるだけの戦才を、夏侯惇は備えているのである。

 

「黄巾の者どもめ、戦の真似事はできるようだな。しかし、所詮は素人のやることだ。方陣をいくつか組んで押し込もうというのだろうが、部隊の動きがなっておらん。まずは右翼を突き崩し、その勢いのまま中央を突破するのだ」

「よしきた。小細工なしの戦は、あたし好みだぜ。それで、そっちのちびっ子だが、ほんとに連れていくんだな?」

「ああ、そのつもりだが? こう見えて、季衣(きい)はなかなかの使い手だぞ。少し打ち合ってみたが、すぐにそのことがわかったほどなのだ」

 

 わかれてからのことは知らないが、夏侯惇は許緒に武人としての素質を見出したようだった。ともすれば、のちのち曹操に推挙するつもりなのかもしれない、と馬超はみているのである。自身のそばで戦を経験させようというのだから、少なくともそういった意図があるとみて間違いないのだろう。

 もとより、許緒は戦場にでることを望んでいたのかもしれなかった。自分の力が、実戦においてどこまで通用するのか。この乱世、それを知りたくなるのも、当然といえば当然なのである。

 

「むーっ! ボクは、ちびっ子じゃないってば!」

「あはは、悪かったよ。その代わりと言っちゃなんだが、あたしのことは翠でいいぜ、許緒」

「えっ、いいの?」

「いいっての。おまえは、春蘭が認めるくらいの武人なんだろ? だったら、なんの問題もないとあたしは思うな」

「えへへっ。だったらこれからよろしくね、翠さん。ボクのことも、季衣でいいから」

「わかったよ、季衣。お互い、がんばろうぜ」

 

 許緒が、大きくうなずいてみせた。

 敵軍。一万五千が動くと、黄色い砂塵が原野をおおってしまうようだった。相手は、こちらの様子をうかがっている。馬超には、そのことがはっきりとわかっていた。方陣からは、攻勢にでようとする時に発せられる、強い気のようなものが感じられないのである。

 後方から太鼓が鳴る。夏侯惇は大将であるが、麾下の戦をじっと見ていられるような生ぬるい性分をしていなかった。先鋒は馬超の騎馬隊ではあるが、その次段として自ら斬り込むつもりなのである。そして、その突進力こそが、夏侯惇軍の強みでもあるのだ。

 

「いくぞ。敵軍に穴を開ければ、あとは夏侯惇がどうにかする。あたしたちは、止まらず動き回っていればいい」

 

 黄巾軍の方陣は、ひとつが二千で構成されている。前方には、それが五つあるようだった。残りの五千は、後詰めか遊撃部隊としての動きを担うのだろう。

 敵兵を馬上から突き殺しながら、馬超は疾駆を続けていた。騎馬隊が駆け抜けたあとを、夏侯惇が先頭に立って遮二無二斬り結んでいるようだった。その武威を、許緒は肌で感じているのだろうか。曹操のためとあらば、夏侯惇は尋常ではない力を発揮する。その刃の鋭さや激しさを、馬超はよく知っている。曹操軍において、趙雲もかなりの武芸者ではあるが、両者は毛色が違いすぎるのだった。

 

「よし。右翼の撃破は、順調なようだな」

 

 黄巾軍が包囲をかけようとしているが、魚鱗の連なる部分がそれを許さない。そうしている間に夏侯惇は進む向きを変え、別の部隊に牙をむくのである。

 ずっと駆け回っていると、敵軍に変化が生まれてきた。包囲がうまくいかないことに、焦りはじめているようなのである。それまでじっとしていた最奥の五千。それが、狂ったように突出してきたのである。

 その部隊に後方を突かれると、こちらが不利になる。一度夏侯惇と合流するため、馬超は馬を急がせた。騎馬隊は、まだだれも落伍せず戦闘をこなしている。

 

「春蘭」

「翠か、ちょうどよい。動いた五千の狙いは、どうやら村落のようなのだ。わたしは、兵の半数を率いてそちらの迎撃に向かおうと思う。残りの指揮をおまえにまかせようと思うのだが、できるか?」

「へっ、当然だっての。こっちはあたしがなんとかするから、春蘭は早くいってくれ」

「そうか、ならばたのんだぞ。季衣、ついてこい」

 

 敵軍を一度突き放し、陣形を組み直す。さすがに、曹操軍はよく鍛えられていると馬超は思う。調練の行き届いた軍でなければ、できない行動だった。

 涼州にいたころは、五千をこえる軍勢を指揮した経験もあるのだ。ほとんどが荒くれ者で、勝ち戦となれば強いが、堪え性には欠けていた。異民族が襲撃してくれば、兵をかき集めてそれを追い返す。涼州で戦といえば、そのことを指すといってもいいくらいだった。

 黄巾軍との闘いは、どこかそれに近いものがあるのかもしれない、と馬超は感じはじめていた。信仰によって結束していると聞いているが、略奪をしなければ生きられないのは、異民族とおなじだった。だれしも、必死に生きている。そこには、少しの違いもないのだろう。

 

「相手は、かなり数を減らしている。気合で負けんじゃねえぞ、ぶちまかしてやれ」

 

 事実、黄巾軍はかなりの逃亡者をだしていた。まともに機能している方陣は、もはや三つだけなのである。それも、ほころびが各所にみえている。攻勢をゆるめず、馬超は攻め立て続けた。どこかで息を入れれば、隙をみせることになる。いまは、とにかく押しに押しまくるときだと思っていたのだ。

 客将という立場ではあるが、馬超は軍内で一目置かれるようになっていた。曹操が眼をかけている影響は大きかったが、当人の実力がそれを後押ししているのである。

 

「そろそろ、仕上げに入るぞ。敵を、無理に討ち取ろうとしなくてもいい。敗走させてしまえば、あたしたちの勝ちだ」

 

 前線で鑓を振るいながら、馬超は叫んでいた。

 残っていた方陣も、あとひと押しで潰走にもっていける。その手応えが、たしかにあったのである。しかし、敵軍を押しまくるなかで、気になっていることが少しあった。夏侯惇からの伝令が、あれから一度もきていないのである。普通に闘っていれば、もう掃討にはいっていてもおかしくない頃合いだった。

 逃げ惑う黄巾軍を追い討ちに討ち、馬超はようやく村落に向けて引き返した。放った斥候によって、おおよその戦況はつかめている。馬超の心配をよそに、夏侯惇は敵軍を撃退することに成功したようだった。

 

「なっ、そんな……。どうしたっていうんだよ、春蘭」

「ぐっ……、ははっ……。わたしとしたことが、油断があったのかもしれんな。それで、このざまだ」

「春蘭、おまえ眼を」

「こんな(つら)をしていては、殿に報告することもままならぬと思わんか、翠」

 

 悠然と帰還した馬超。そこには、まさかと思うような光景が拡がっていた。

 板楯に寝かされた夏侯惇が、聞いたことのないような弱々しい声をあげている。その左眼。そこから、赤々とした血が流れ出ているのだ。斬られたのではなく、矢かなにかを受けたのだと馬超は推察していた。

 

「春蘭さまは少しも悪くないんだよ、翠さん。いけなかったのは、全部ボクなんだ。ボクが、あのとき調子に乗って飛び出してなければ、こんなことには」

 

 泣きべそをかいた許緒が、そばに駆け寄ってくる。口ぶりからすると、夏侯惇は許緒をかばって傷を負ったようだった。自分の判断で連れ立った許緒を、放っておくわけにはいかない。面倒見のいい夏侯惇だけに、そうやって自然と身体が動いていたのだろう。

 その言葉が聞こえたのか、夏侯惇が小さく首を左右に振ってみせた。すべての責任は、軍を率いる自分にある。夏侯惇は、まるでそう言っているようだった。

 堪えてはいるものの、痛みはかなりのものなのだと思う。こうして会話できているのが、不思議なくらいの負傷なのである。それだけ、夏侯惇の胆力が図抜けているということだった。あるいは、曹操の剣であるという自負が、そうさせているのかもしれない。

 ほんとうに、つい先ほど声を交わしたばかりの相手なのである。それが、変わり果てた姿で自分を出迎えているのだ。こうしたことが、いままでないわけではなかった。戦場では、つねに死がつきまとうのである。それでも、どうして夏侯惇が、と馬超は思わずにはいられなかった。

 

「布と、それからお湯を沸かしてきたわ。とにかく、止血をするのが最優先なんじゃないかしら。それと夏侯惇さん、怪我人はあまりしゃべらないほうがいいと思うわよ。傷に響いてもいいって言うのなら、わたしは別にかまわないのだけれど」

「ありがとう、人和(れんほう)。もしかして、怪我人の手当ては得意なのか?」

「いいえ、そんなに。だから、あまり期待はしないでね。これでも、見よう見まねでやっているだけなのよ」

「それでも、充分助かるよ。季衣、おまえは人和の手伝いをしてやってくれないか。あたしは、兵に声をかけてくる。春蘭の負傷で、動揺が拡がるとまずいからな」

 

 人和に謝意を伝え、馬超はその場を離れた。

 左眼を失うことにはなったものの、夏侯惇は生き永らえた。そのまま死ぬか、それともしぶとく耐え抜くか。そこには、やはり大きな差異があるのだ。

 ともかく、黄巾軍から村を救うことはできたのである。ほんとうであればしばらく滞在してやりたいのだが、五千の兵を遊ばせておくわけにはいかなかった。

 翌日、夏侯惇の容態が安定したのを見計らって、馬超は軍勢を出立させた。粛々とした行軍である。夏侯惇は嫌がったが、板楯に乗せて運ぶことを馬超は強引に決めてしまった。そして、その近くには許緒と人和の姿もあるのだった。

 

 

 嫌な予感ほど、得てしてよくあたるものだった。

 もどってきて早々、馬超は申しわけなさそうに深々と頭をさげてきた。先だって報告を受けてはいるが、すぐに信じるのは無理な話だった。それでも、夏侯惇たちは村落を守りきり、黄巾軍の思惑をくじいたのである。作戦としては、咎めるべき点はなにもない。むしろ、生きているだけ幸運だと言うべきなのではないか、と曹操は思うのだった。

 

「すまない、一刀殿。あたしがもう少しうまくやれていれば、春蘭だって」

「それ以上は言うな、翠。春蘭は、自らの役目を果たして、眼を失ったのだと聞いている。であれば、どうしておまえを責められようか」

「そうかもしれないけど、あいつの気落ちした姿を見ているとさ。こう、胸を締めつけられてしまうみたいなんだ」

「ン……。春蘭は、俺と会いたくないと言っているそうだな」

「ああ。だけど、気持ちはちょっとわかるかもしれないな。戦もこれからだっていうのに、満足に剣を振ることすらできないんだ。そんなの、辛くて当然だよ」

 

 そう言って、馬超はまた顔を伏せてしまう。

 様子を見に行かせた夏侯淵の話では、身体のほうは思いのほか元気そうなのである。それでも、夏侯惇は営舎に閉じこもったままだった。自分に、片眼だけとなった無様な姿を見せたくない。そういって、塞ぎ込んでしまっているらしい。

 

「だが、そのままにしておくわけにもいくまい。これから、春蘭と話をしてくるつもりだ」

「うん、あたしもそれがいいと思う。口では嫌がっているけど、春蘭も一刀殿に会いたがっているんじゃないかな」

「そうであることを願っているよ、俺も」

 

 馬超とわかれて、曹操は夏侯惇のいる営舎へと向かった。

 声をかける。返事こそなかったが、衣擦れのような音だけがかすかに聞こえていた。

 陣幕を隔てた先。そこに、夏侯惇がいるのだと思う。いますぐ、会って抱きしめてやりたかった。強靭な武人であろうとする反面、甘えたがりな一面があるのだ。それだけに、現状を寂しく感じているに違いないのである。

 そんな気持ちを我慢し、曹操は静かに語りかけた。

 

「よく、生きてもどってくれた。俺とおまえは、これまで一心同体となって歩んできただろう。おまえを失っていれば、俺は半身を失った以上の痛みを、いまごろ味わっていたのだと思うな」

「うっ……、殿ぉ」

 

 紛れもなく、本心からでた思いだった。

 劉備たちのように義兄妹の契りを交わしているわけではないが、夏侯姉妹との絆はそのくらい特別なものだった。平静を装ってはいたが、夏侯淵も我が身のことのように、姉の負傷を悲しんでいるはずである。それだけのつながりを、自分たちは長い年月をかけてきずいてきたのだった。

 

「わたしは、もうこれまでのように闘えないかもしれません。そのことを考えると、おそろしいのです」

「夏侯元譲ほどの武人であっても、おそれることがあるのだな。ははっ。そんな心配など、調練をしているうちに消えてしまうと思うぞ。おまえには、それだけの才があるのだ。その輝きを、俺のためにもう一度放ってみせよ」

「わたしなどに、もったいなきお言葉です、殿。ですが、こんなに嬉しいことはありません」

 

 涙ぐんでいる。そのことが、はっきりとわかってしまうような声だった。

 決意は、かたまったのだろう。夏侯惇は、この程度のことで折れるような、やわな女ではないのだ。自分の戦は、これからも続いていく。そして、その戦場には夏侯惇が必要なのである。

 

「街にもどったら、おまえに似合いそうな眼帯を探しにいこう、春蘭。そのときは職務を忘れ、一日そばにいてやるつもりだ。おまえのしたいことも、なんだってさせてやる」

「うぐっ、ぐすっ……。そんな約束をしてしまって、知りませんからね? わたしだって、遠慮をしませんよ」

「ふっ、望むところだ。心の整理がついたら、声をかけろ。今度は、直接おまえを抱きしめさせてくれ。よいな、春蘭」

「うっ、は……はい……。承知、いたしました」

 

 名残惜しそうに陣幕をなで、曹操はその場から離れていった。

 こうしているあいだも、戦は動いているのである。

 黄巾軍の精鋭。その位置を、具体的につかめるようになっていた。堅陣を敷いており、どうやらまともに打って出るつもりがないようなのである。分厚い壁の向こう側。そこで、こちらが音を上げるのを、じっと待っているようでもあった。

 どこで、総力戦を仕掛けるべきなのか。そのことを、曹操は考え続けていた。

 

「殿。殿に、趙雲将軍からの伝言がございます」

 

 陣屋にもどった曹操のところに、息を切らせた伝令兵が駆け込んできた。

 趙雲には、後方の守りを命じてある。それに、なにか知らせがあるのであれば、程昱が使者を発するのが普通だった。そうしないということは、よほどの急ぎの用件であるということなのである。

 夏侯惇のことがあったばかりで、なんとなく思考が嫌な方向に向かいがちだった。願わくば、その(もや)を吹き飛ばすくらいのいい報告であってもらいたいものだ。そう思いつつ、曹操は伝令兵を労うのだった。

 

「苦労であったな。急かさぬから、ゆるりと話してみよ」

「は、はい、それでは。近々、深紅の呂旗を引き連れて、援軍に参上つかまつる。趙雲将軍は、殿にそれだけお伝えするようにと仰せでした。将軍の手勢は、すでに(けん)城を離れておいでです。軍師さまがたも、ぜひそうするようにと」

「それは、まことか。はははっ。深紅の呂旗。呂布が、この曹操に味方するというのか。これは、僥倖である」

 

 高らかに笑いながら、曹操は拳で腿を打っていた。

 迷うべき時ではない。呂布の到来は、曹操にとってこれ以上ない好機といえるのである。

 伝令は、軍師の勧めもあって、趙雲の出撃が決まったと言っていた。程昱、それに荀彧が、呂布の軍勢が信用に足ると判断したということなのである。ならば、自分はその力を存分に使ってやるべきなのだ。

 呂布軍の騎馬隊は、少数であっても驚異的な突破力を発揮する。夏侯惇の負傷で陣立てを変えざるを得なくなっていたが、呂布の存在は自軍にとって追い風となることだろう。

 こうなれば、数日のあいだに決戦に持ち込むべきだった。糧道を襲っている成果も、でてきているはずなのである。焦れてくれば、黄巾軍の中心戦力も、動くしかなくなる。動くしかなくなるような状況を、自分たちがつくりあげている。

 大規模な戦に向けて、曹操の思考は急速に動きだしていた。



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二十三 呂旗の行く先

 とにかく、東に向かって進んでみる。

 呂布がそう決めた瞬間から、運命の交差はすでにはじまっていたのかもしれない。

 長安を出奔してから、ひと月程度が経過していた。行くあてのない旅路。それでも、呂布は満足だった。

 すべてを忘れることなど、できるはずがない。けれど、少なくとも董卓は、ずっとのしかかっていた肩の荷をおろすことができている。それで、体調がかなり回復しつつあるのも、事実だった。この頃は、自力で馬に乗ることが多くなっている。かつてのような明るい表情も、垣間見えるようになっている。

 

「ここから先、どうするつもりなのよ、(れん)? アンタや(しあ)の腕があれば、稼ぎには困らないんだろうけど、さすがに袁紹の厄介になんてなりたくはないわよ、ボクは。揚州は、まだ旗の持ち手がさだまっていない。いっそ、そっちに乱入して、一山あてにいってみるのもありなのかもしれないわね」

 

 馬を横につけて、賈駆が冗談を言った。

 たしかに、いまは乱世なのである。呂布と張遼の騎馬隊の力を、どの群雄も欲しているはずだった。傭兵をしつつ流れ歩けば、銭を稼ぐことはたぶん容易なのだろう。それで、ついてきてくれた麾下たちにも、糧食を与えてやることはできるのだった。

 

「…………んっ。むずかしい話は、よくわからない。(えい)は、どう思う?」

「はあ、そうね。ほんとだったら、すぐにでもどこかで羽を休めたいくらいなのよ。ここ何日か、まともにご飯を食べられていないでしょ? ボクたちはともかく、一番しんどいのは乗せてくれている馬たちなんだ。そのことを考えると、あまり余裕はないわね」

「……ごめんね、赤兎」

 

 呂布が小さくもらすと、腕に抱いている犬のセキトがわんと吠えた。きっと、自分が呼ばれたのだと勘違いしたのだろう。呂布を乗せている赤兎馬は、寡黙に脚を駆けさせ続けている。

 館で保護していた動物のなかで、連れてこられたのはセキト一匹だけだった。長安に心残りがあるとすれば、動物たちのことだけなのである。あとを頼めるのは、華佗ひとりだった。動物たちは、元気にしているのだろうか。温かなセキトの身体をなでながら、呂布はちょっとため息をもらしている。

 

「恋さん」

「……あ、(ゆえ)

「わたしは、恋さんの決めたことに従おうと思います。この命を永らえさせてくれたのは、ほかならない恋さんなんですから」

 

 董卓という名を捨てた月は、呂布の女官ということになっている。

 着ている服も、以前とは違い質素そのものだった。それでも、もともと有している凛々しさまで、消えてしまったわけではないのだ。

 涼州にいた頃は、遠乗りをして狩りに興じることも珍しくなかったことを、呂布は思い出していた。弓を遣って獲物をとるのが、月は得意だった。

 

「ほら、月だってこう言ってるんだから、どうしたいか決めちゃいなさいよ。ボクも、恋の意志についていくつもりなんだからね」

 

 左右から求められ、呂布は思わず蒼天を見上げてしまう。

 どこに行っても、戦をするのは同じなのだろう。自分にできることといえば、それくらいしかないのである。

 闘い、敵を殺す。それが、呂布奉先の生きる道だった。

 わかれ道に差しかかり、呂布は赤兎の手綱を引き絞った。そのまま進めば兗州(えんしゅう)。北に行けば、袁紹のいる冀州がある。

 たぶん、心はずっと前から決まっていたようなものなのだ。

 おかしなところがあるが、苦境を跳ね除けようとする気概のある男だった。

 自分たちとの戦を生き延びた曹操は、現在兗州(えんしゅう)に居着いていると賈駆から聞かされている。圧倒的な劣勢。燃える洛陽を見て、闘志を消さなかったのは曹操だけだった。曹操を、あの場で斬ってしまう選択肢がないわけではなかった。しかし、呂布は月の教えに従って、曹操を見逃したのだった。

 

「曹操。曹操のところに、恋はいこうと思う。変なやつだけど、ちょっと優しかった。ご飯も、食べさせてくれると思う」

 

 あの時逃してやった礼、などと言うつもりはない。その前に、呂布は曹操に肉まんを食べさせてもらっているのだ。戦場で斬らなかったのは、その礼を返しただけだった。

 

「曹操、ね。うん、わかったわ。だったら、兗州に向かいましょう」

「あの方とは、不思議な縁があるのかもしれないね、詠ちゃん。雨のなかで、帝を追っていたときからそれは続いている、とわたしは思うんだ。恋さんが肉まんをもらってきた時なんて、ほんとうにびっくりさせられたんだもの」

「なんだか、すべてが懐かしく思えてしまうわね。アイツと袁紹の出奔を許していなければ、いろんな結果も違っていたのかもしれない。そう考えると、ちょっと悔しいのかも」

「いいんだよ、詠ちゃん。一度でてしまった結果は、変えることなんてできないんだから。わたしたちは、やれることを精一杯やってきたと思う。そこに、なにも後悔はないよ」

 

 そう言って、月は笑ってみせたのである。

 それが、どこかぎこちない笑顔だったように呂布には思えていた。してきたことは、変えられない。だが、なにかをつないでいくことは、自分たちにもできるはずだった。

 燃え上がるような、深紅の呂旗。それを、騎馬隊に堂々とかかげさせた。呂布奉先は、ここにいる。そう言わんばかりに、呂布軍は整然と兗州内部を進んでいく。

 

 

 青州黄巾軍との闘いは、膠着しているようだった。

 ほとんど毎日、伝令が鄄城(けんじょう)にやってきて、戦の状態を知らせていく。

 残された自分たちにできるのは、兵糧を絶やさず届けることくらいだった。周辺には、曹操の武威が行き届いているのだ。それに調練代わりだと言って、趙雲が各地に兵を走らせているから、叛乱など起きるはずがなかったのである。

 体調が落ち着いた荀彧は、役所での仕事を再開させていた。表の仕事は、留守居をまかされた程昱がすべて取り仕切っている。それに対する助言と、細かな案件の処理。いま荀彧があたっているのは、それだった。

 

「失礼する。軍師殿、いま時間はお有りかな?」

「なによ、星。そんなの、見ればわかるでしょうに。それとも、これは嫌味かなにかなのかしら?」

 

 読んでいた書簡を机に置き、荀彧は顔をあげた。

 まだ特筆するような変化はなかったが、身体への負荷を考えて、ゆったりとした衣服を着用するようになっている。おのれの腹のなかに、曹操の子が宿っている。意識してしまうと、得も言われぬような気分になるのだ。

 趙雲も程昱も、普段からなにかと気を遣ってくれるようになっている。それが、歯がゆく感じられてしまうのもたしかだった。

 

「ふっ、そう苛立つものではない。母親のそういった行動は、腹の子にもいい影響がないと聞くぞ?」

「……うっさいわね。それで、わたしになんの用があってきたのかしら。くだらないことを言いにきたってだけなのなら、早々に帰ってくれると助かるのだけど?」

「いやはや、おぬしのようなじゃじゃ馬を乗りこなしているのだから、主はやはり侮れんな。ときに桂花(けいふぁ)よ、深紅の呂旗を存じているか?」

「やっぱり、アンタわたしを馬鹿にしているんじゃないの? 深紅の呂旗といえば、あの呂布の軍旗じゃない。それが、どうしたって……」

 

 そこまで言って、荀彧はなにかに勘づいたように眉を動かした。趙雲は、相変わらず腹立たしい笑みを浮かべたままである。

 どうしていま、深紅の呂旗のことを話題にあげるのか。董卓を討った呂布は、どこかに雲隠れしてしまっていた。余裕がある時なら、曹操はその行方を追わせたはずだった。呂布の持つ圧倒的な武勇を、いつか自軍のものとしたい。荀彧は、そんな話をかつて聞いた記憶があったのである。

 

「ちょっと、その顔いい加減やめなさいよ。きているのね、呂布が。それも、すぐ近くにまで」

「うむ。その鋭さ、さすがに桂花だな。警戒にあたっているわたしの配下が、先ほど呂布の侵入を伝えにきたのだ。して、どうすればよいかな? 全力であたれば、打ち払えなくはないと思うが」

「なにを考えているのか、知りたいわね。できれば、呂布を鄄城まで連れてきてもらえるかしら。だけど、あっちが仕掛けてくるのなら話はべつよ。禍根を断つためにも、余さず討ち取りなさい」

「承知した。では、わたしはさっそく行ってまいる。(ふう)には、桂花から伝言を頼めるか? あやつも、なにかと忙しくしているようでな」

「やっぱり、わたしが暇そうだから言いにきたんじゃない。けど、了解よ」

 

 趙雲は、三千の部隊を編成するとすぐに出動していった。

 騎馬はほぼ曹操が持ち出しているから、歩兵主体の軍勢なのである。それでも、趙雲が率いていれば、呂布とも互角に闘えるはずだった。

 帰還を待っているあいだ、荀彧は城外に即席の陣を築かせるつもりで動いていた。

 呂布の軍勢を、鄄城内部に入れるのは危険すぎる。かといって、営舎のひとつも与えないのでは、誠意に欠けると言っていい。

 新兵を訓練するために、鄄城には于禁も残されていた。その于禁に、荀彧は築陣を命じたのである。

 翌日、趙雲は鄄城にもどってきた。その後方には、呂布の軍旗が続いている。

 

「深紅の呂旗、見えてきたわね。思っていたよりも、すんなりついてきてくれたみたい」

「桂花ちゃん。沙和(さわ)、ちょっとこわいの。呂布さんの部隊って、ほかとは強さが違うでしょ? ほんとに、連れてきても平気だったのかな?」

「まったく、しゃんとしていなさい、沙和。アンタだって、曹操軍の将のひとりなんだから」

「ううぅ、だってぇ……」

 

 于禁は、呂布や張遼の強さを骨身に染みて知っている。

 長安に遷都しようとする董卓を追って、曹操は決死の攻撃をしかけたのだった。その軍勢に、于禁は楽進や李典とともに参加していたのである。

 あの時は、さすがにもうだめなのかと思ったものだ。夏侯惇たちに遅れて曹操も生還したが、矢傷を受けて満身創痍だったのである。曹洪の判断がなければ、そのまま呂布軍に飲み込まれていた可能性すらあるのだ。そういった意味では、曹操は悪運が強い。

 

「軍師殿。呂布殿を、連れてまいったぞ」

「ご苦労さま、趙雲。あなたが、呂布殿ね。わたしは荀彧。曹操のもとで、軍師をしているわ」

「……んっ。荀彧、曹操はどこ? 恋は、曹操に話したいことがあってきた」

「残念だけど、曹操はいま鄄城を空けているの。黄巾軍との闘いが、忙しくってね」

「黄巾軍? ……曹操は、ここにいない」

 

 呂布は、曹操の不在を知らないようだった。

 (けがれ)のない瞳。主君である董卓を、討ってきたとは思えないような輝きを放っている。おそらく、なにか深い狙いがあって兗州にきたわけではないのだろう。呂布は、ただ曹操に会いたいだけのようだった。

 

「しっかしまあ、ウチらが曹操んとこ邪魔するようになるとはなあ。趙雲、アンタもそう思うやろ?」

「ふっ。ひとの縁というのは、わからぬものだ。そちらの麾下は、腹を空かしているのではないか、張遼? 軍師殿たちが交渉をしているあいだ、こちらは飯にするとしよう。酒も、用意してやってもよいが」

「ふうん、アンタもいける口なんか、趙雲? ほんなら、悪いけど世話にならせてもらうとするわ。でやけど、腹ぺこなんは馬もおんなじでな。そっちも、よろしゅうたのむで」

「あははっ、よかろう。客人のもてなしに手を抜いたと知れば、主はきっとお怒りになるのでな」

「おっ、ほんまか? 世話になるぶん、アンタの主君には思いっきり戦で馳走したるで、趙雲」

 

 自分の役目は、ここまでだ。そんな顔をして、趙雲は張遼を連れて営舎のなかへと消えていった。

 それは、呂布に対する信頼の裏返しであるのかもしれない。胸襟を、開くべきときは全力で開く。いまはそれが得策だと、趙雲は言っているのか。

 食事にいった張遼を、呂布がうらやましそうに見つめている。空腹なのは、呂布も同様なのだろう。腹を手でおさえてうつむいている姿は、かわいらしいという表現がよく似合う。

 

「……ったく。ここから先は、ボクが話を代わろうか。アンタも、なにか食べさせてもらってきなさいよ、呂布」

 

 何度も首を縦に振ると、呂布はすぐに駆け出していった。こんな姿を見せられては、疑うほうが無理があるのだ。本能のままに、呂布は生きているようなものなのだろう。それが、荀彧には眩しいくらいだった。

 呂布の代わりにでてきた女は、賈駆と名乗った。賈駆といえば、董卓股肱の臣で、軍師をつとめていたような人物なのである。呂布の叛逆には、なにかべつの真意があったのではないか。曹操が感じていたように、荀彧もそう思うようになってきている。

 

「立ち話もなんだし、わたしたちも場所を変えましょうか。あっちに、席を用意してあるのよ」

「ええ、そうしてもらえると助かるわ。呂布ほどじゃないけど、ボクも疲れてしまっているのかも。逃げるっていうのは、楽なものじゃなくてね」

 

 日陰にはいり、荀彧は賈駆に胡床を勧めた。周囲は、曹操軍の兵がかためている。一応、于禁もすぐそばに控えさせていた。

 

「単刀直入に聞かせてもらうけど、呂布殿が董卓を斬ったというのは真実なのよね、賈駆殿? 本人を見ていると、その考えがどうにも揺らいできてしまうのよ。あんな呑気そうな顔をしている女が、ほんとに主君を斬れるのかってね。それに、呂布殿と董卓はかなり懇意にしていたそうじゃない。曹操から、そんな話を聞いたことがあるのよ」

「董卓は、死んだよ。間違いなく、死んだんだ」

「そっ? 董卓の軍師だったあなたが言うのだから、それが正しいんでしょうね」

「ちっ……。あなたがどう思おうと、董卓は長安で死んだのよ、荀彧殿。あの日のことは、それ以上でも、もちろんそれ以下でもない。ただ、それだけのことなんだから」

「まっ、いいでしょう。わたしは、べつにそのことを詮索するつもりなんてないのよ。知りたいのは、ひとつだけ。呂布殿が、なにを求めてわたしたちの領地にはいったのか。それだけは、聞かせてもらいましょうか」

 

 賈駆の反応を見ていれば、おおよそのことがわかってくる。

 確信に近いようなものが生まれていたが、荀彧はそこから先のことをなにも言わなかった。誰にだって、探られたくないことはあるのだ。そして、それを問うのは自分ではなく、曹操の役目なのである。

 

「呂布のことを見ていれば、わかるでしょ? あの子は、ほんとうに純粋な子でね。曹操殿であれば、ボクたちのことを助けてくれるかもしれない。兗州にきたのは、本心からそう思っただけにすぎないのよ」

「なるほどね。そうでなければ、一食の恩義のために戦場で相手を逃したりはしない、か。ふっ、おもしろいじゃない。呂布殿に、張遼殿。ああいった武人が、曹操は根っからの好みでね。戦の手助けをしてくれるのであれば、わたしたちに保護を断る理由なんてないわ。いま、曹操は百万の黄巾軍と、兗州東部で対峙しているのよ。その膠着を破る一石に、呂布軍はなるかもしれない。立場は、わたしが責任をもって保証してあげる。それで、どうかしら?」

「百万の、黄巾軍。ふふっ、乗ったわ、荀彧殿。呂布も張遼も、戦にでる覚悟はとっくにできているもの。あの二人なら、誰が相手だろうと怯むことなんてないはずよ。その気持ちは、もちろんボクだって同じだけどね。これ以上、失うものなんてなにもないから」

「なんだ、案外前向きなんじゃない、あなたも。だったら決まりね。なら、あなたには裏方の仕事の手伝いをしてもらいましょうか。兵糧や武具の手配なんかで、やることはいくらでもあるのよ」

「いいの? ボクみたいなよそ者を、組織の内側に立ち入らせることになるんだよ?」

「そんなくだらない理由で、使える人材を遊ばせておくことのほうが、曹操にとっては許せないのよ。それとも、なにかおかしな真似をするつもりでもあるのかしら、賈駆殿には?」

「まさか。ボクにだって、仁義はあるんだ。そこまで言ってもらえるのなら、力になってみせないとね」

「だったら、期待させてもらいましょうか。あとで程昱にも引き合わせるから、それまでは休んでいてくれて構わないわ」

 

 賈駆は、他者を陥れるような策士に向いた人柄をしていない。会話をしていて、荀彧が思ったことだった。

 感情が、よく顔にでてしまうのだ。それだけに、いまは信頼を置くことができる。董卓の生死を質問した時も、そうだった。

 呂布の率いてきた人数のどこかに、董卓がいるのか。周囲を見渡してみるが、荀彧は董卓の顔を知らなかった。

 そのなかで、ひとりと眼があった。格好としては、女官である。雰囲気はやわらかだが、その眼はなにか強さを秘めている気がしたのだった。しかし、荀彧はこの場で深く追求するつもりはなかった。別段、曹操は董卓の首を求めているわけではないのだ。

 連合軍として対峙した時は、董卓が力をもっていた。洛陽でも、帝の争奪に敗れたという思いがあったのである。いまの董卓には、それがない。生き延びていたとして、その首になんの価値があるのか。曹操ならば、そう言うに決まっている。

 

「それにしたって、ボクは曹操殿と直接の面識があるわけじゃないけど、呂布の人物評もあながち大外れって感じではないのかもしれないわね」

「呂布殿がなんと言っているのかは知らないけど、あいつには滅多に気を許さないほうがいいと思うわよ。わたしが助言してあげられるのは、それだけね」

「へっ? それって、どういう……」

 

 交渉はまとまった。

 腹のあたりを大事そうにさすりながら、荀彧は胡床から立ち上がった。事情を知らない賈駆は、その様子を不思議そうに見あげている。



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二十四 消せない慕情

後半の流れを、人和との睦み合いで終わるように変更(21/06/08)


 膨大な敵軍を相手取り、曹操はいまも果敢に闘っている。

 本来ならば自分も出撃し、合力して撃退すべき敵だった。青州黄巾軍の問題は、(えん)州だけのものではない。密約を結んで日和っている徐州はともかく、冀州にその矛先が向けられていてもなんら不思議ではなかったのだ。

 (ぎょう)に建設した宮殿の一室。そこで侍女に琵琶を奏でさせ、袁紹は物思いに耽っていた。

 曹操。あの男に対する感情が、自分のなにかを狂わせている。ひとりで考えていても、結論がでることはなかった。この感情は、ある種の呪縛のようなものなのか。それが、ずっと胸のあたりを巡っている。

 こうなるはずでは、なかったのだ。連合軍を立ち上げ、董卓との闘いをはじめたところまでは、うまくいっていた。それが、気づけばひとりきりになってしまっていたのだ。

 かつての日々。曹操が呂布と剣を交えたと聞いた時、身体が芯から冷えるような思いをしたことを覚えている。湧き上がる不安を、自分は抑えきれないでいたのだろう。それとも、もっとそばにいて欲しいと願っていたのかもしれない。虎牢関にいた軍勢を呼び戻した時から、崩壊ははじまっていたのだ。洛陽炎上。その報を受けた袁紹は、しばらく立ち上がれずにいたのだった。

 それから、時が流れた。

 旧くから袁家に仕える臣のなかには、宦官の家の子だと言って曹操を軽んじる者がいる。だが、そんなことになんの意味があるのだ、と袁紹は思うのである。

 生まれだけで言えば、自分の母もたいした身分ではなかった。袁術が自身の派閥を大きくしていったのには、そういった事情が関係していないわけではなかったのである。それでも、自分は当主として立っている。冀州を治め、天下を睥睨することができている。

 音色が、ちょっと煩わしく感じられた。袁紹の不機嫌を察したのか、侍女たちは演奏を止めている。室内に、一時の静寂が訪れた。

 

真直(まあち)です、麗羽(れいは)さま。お伝えしたいことがあり、参上いたしました」

「そこでお待ちなさい。部屋にいるのにも、飽きてきたところなのです。あなたのお話は、散歩をしながら聞いてあげることにいたしますわ」

 

 支度を整え、袁紹は部屋をでた。

 宮殿の内側でなにかあるとは思えなかったが、護衛が五人離れずについてくる。すべて女で、側仕えしている者のなかから、顔良が選び出したのである。それだけに、剣の腕は全員が確かだった。

 一歩下がって、田豊は袁紹のあとを追っていた。以前よりも、浮つくということが少なくなってきているように思う。それだけ、田豊は落ち着きが増してきているのだろう。

 それは、なにか思い定めていることが、あるからなのか。曹操への物資の提供を発案してきたのも、この田豊だった。

 文醜が率いていった使節団には、荀彧の母も同行していた。それで、過去に曹操と交わした約束を、袁紹は思い出している。

 

「麗羽さま。曹操殿と黄巾軍の闘いは、拮抗しております。近頃戦場では、援護に出た袁紹軍が北から黄巾軍を脅かす、などといったうわさも流れているようでして」

「うわさは、所詮うわさでしかないということですわね。どうせ、曹操さんが間者を使って拡めたのではありませんの? わたくしたちには、なんら関係のないことですわ」

「おそらく、麗羽さまのお考えの通りでしょう。しかし、そんな眉唾ものの流言が現実となれば、黄巾軍は大いに慌てるはずではありませんか? そうなれば、曹操殿にかかっている負担も、いくらか軽くすることができるのです」

「なにを考えていますの、真直? そんなことをして、黄巾軍にこの冀州を荒らされたら、どうするというのです。それに、あちらから正式な打診を受けているわけでもないのです。どうして、わたくしがそんなことを」

「ですから、われらはあくまで国境に兵を集めるだけでよいのです。青州にも兗州にも、立ち入る必要などありません。ただ、そこで調練をしているだけで、賊軍に圧力をかけることができるのですから」

 

 動じず、田豊は献策を続けている。

 確かに、五万ほどの軍勢を平原郡あたりにまで出動させるだけで、黄巾軍は袁紹軍の動きを気にせざるを得なくなるのだろう。だが、やはり気が乗らない。

 曹操自身が懇願してきているのであれば、考えてやらないこともなかった。

 結局、自分は駄々をこねているだけなのかもしれない。あの日、勝手を言って出ていった曹操のことを、許せない自分がいるのだ。だが、同時にそれでこそ曹操だ、と感じてしまっているのも確かだった。

 

「いまも、曹操殿のことをお考えになっているのではありませんか、麗羽さま?」

「知りませんわ。なにを考えていようと、わたくしの勝手でしょう」

「ふふっ、ですね。けれども、決めきれておられないのは、曹操殿も案外同じなのではないでしょうか。猪々子(いいしぇ)が、言っていたんです。運び入れられてきた物資を、曹操殿は笑って受け入れられたのだと。曹操殿は、心底嫌っている相手からの施しを、(がえ)んじるようなお方ではありません。そのことは、麗羽さまがもっともよくご存知なのではありませんか?」

「むっ……。言ってくれますわね、真直。ですが、いいでしょう。あなたの強情に免じて、今回はわがままを許して差し上げますわ。ただし兵を動かすのであれば、断じて冀州に戦乱を持ち込んではなりません。それだけは、肝に銘じておきなさい」

「感謝いたします、麗羽さま。采配は、わたしが現地にいって直接するつもりです。それから、斗詩(とし)をお借りしても?」

「好きになさい。このわたくしが、あなたにまかせると言っているのです。誰にも、反論なんて述べさせませんわ」

 

 ふと、池のそばまできていることに袁紹は気がついた。

 宮殿のなかでも、ここは好きな場所だった。静かにたたずむ水面を見ていると、どこか心が落ち着くのである。造営の途中、気まぐれでつくらせたようなものだったが、それがかえってよかったのかもしれない。最近だと、散歩の際は必ず訪れるようにしている場所だった。

 近づいた。うっすらと自分の姿が見えてくる。

 水面をのぞき込んだ。

 そこには、穏やかな表情をたたえている自分がいた。見ているとおかしくなり、袁紹はちょっとほほえんでしまう。

 何日か前も、こうして水面をのぞいてみたことがあった。その時は、確かこんな顔をしていなかったはずである。小さな変化だったが、袁紹にとっては大きなことだった。直視していると、どうにもむず痒くなってきてしまう。後ろにいる田豊は、なにも言ってこない。

 

「なにをしているのでしょうね、わたくしは」

 

 自分に対する問いである。応えが、返ってくることはなかった。それはつまり、なにかしらの結論がもうでているからなのか。

 静かだった水面が揺れる。

 視線をあげた先。二羽の水鳥が、仲睦まじく寄り添い合って泳いでいる。

 

 

 どうにも、落ち着かない。

 なし崩し的に曹操軍の陣営にまで同行することになったのだが、人和(れんほう)は息苦しさを感じていた。

 歩哨の行き交う声。それが、歩いていると方々から聞こえてくる。許緒に、大丈夫かと声をかけられた。

 曹操の名を、知らないわけではなかった。太平道の組織内にいた時から、その奮戦を耳にしていたのだ。

 まさか自分が、その曹操麾下の将軍を治療することになるとは。あれから、夏侯惇は驚異的な回復力を見せるようになっていた。見舞いにきた馬超が、曹操の言葉が大きかったのだろうと言っていた。それでは、まるで妖術ではないか。

 しかし、日ごと夏侯惇は気力を取り戻すようになっている。それで、許緒が曹操に目通りすることになったのである。一度断ったが、許緒はどうしても自分についてきてもらいたかったようだ。知らない場所で、心細さがあるのだろう。恩人に懇願されては、捨て置くことなどできなかった。

 

「曹操さまってどんな人なんだろうね、人和(れんほう)ちゃん。まさか、いきなり斬られたりなんてしないよね!?」

「さすがに、それはないと思うわよ。だって、春蘭(しゅんらん)さん直々の申し入れなんでしょう? それに(すい)さんも、曹操さまが怒っているだなんて、一言も言っていなかったじゃない」

「だ、だよねえ? だったら、ひとまずは安心かな」

 

 ここにきて、真名をあずかることが多くなっていた。

 夏侯惇と馬超。どちらも、気のいい軍人だった。自分のやった素人同然の治療に対する、感謝のしるしなのだという。そう言われてしまうと、人和としても拒絶はできなかった。

 

「はにゃ? おまえ、誰なのだ」

「そっちこそ、誰なのさ。ボクは、曹操さまに用があってきたんだけど?」

「お兄ちゃんに? むむっ。春巻きみたいな頭して、おまえなんだか怪しくないかー?」

「はあ? ちょっと、言ってる意味がわからないんだけど、このちびっこ!」

「なにをー!? 春巻き、おまえやっぱり怪しいのだ。変なことをする前に、鈴々(りんりん)がとっ捕まえてやるから、覚悟しろ!」

「ちょ、ちょっと、季衣(きい)!?」

 

 仲裁する間もなく、取っ組み合いがはじまってしまう。

 鈴々と名乗った少女は、許緒に劣らないほどの腕力を備えているようだった。どちらも、一歩も退かないつもりなのである。

 曹操の陣屋の前であるから、すぐに護衛の兵が駆けつけてくる。相手は、曹操軍の将軍なのかもしれなかった。

 

「ぐぬぬっ。こ、こいつめー!」

「おまえ、あんがい力もちなのだ。でも、このくらいじゃ鈴々は負けないもんね!」

 

 ふたりの取っ組み合いは、さながら一騎討ちの様相を呈している。

 集まってきた兵たちも、下手にとばっちりを食らいたくないのだろう。ほとんどが遠巻きに見ているだけで、誰かが止めにくるのを待っているようなのだ。

 

「張飛、おまえなにをやっている」

「うぅうう……。鈴々いま忙しいから、姉者はちょっと黙ってて」

「馬鹿者。ここが、曹操殿の陣屋の前だと理解していないのか。おまえが軍勢の和を乱せば、劉備さまにだって迷惑がかかるのだぞ。そのことを、よく考えてみろ」

「お、お姉ちゃんに? だったら、鈴々もうやめる! 春巻きも、今日はここまでにしておいてやるのだ」

「ちびっこめ、無茶苦茶なことばっかり言いやがってぇ……!」

 

 鈴々というのは真名で、少女は張飛というようだった。

 その張飛がいきなり力を抜いたために、許緒は前のめりになって地面に倒れ込んでしまう。

 

「まったく、なんなんだよ、もう」

「鈴々、お兄ちゃんを守らないとって思ったの。お姉ちゃんが大切なのは当たり前だけど、お兄ちゃんにだって傷ついてもらいたくないんだもん」

「というか、おまえの言うそのお兄ちゃんって、曹操さまのことなんでしょ? さっきも言ったけど、ボクは曹操さまに呼ばれて会いにきただけなんだよ。それを、邪魔するなんてさ」

「曹操殿に? わたしの妹分が、失礼なことをしてしまったようだ。そのことを、どうか謝らせてもらいたい。わが名は関羽、こっちの小さいのが、張飛という。そちらの名を、聞かせてもらってもよいだろうか?」

「まっ、いいけどさ。ボクは許緒。よろしくね、関羽さん。張飛も、一応よろしくしてあげたって構わないけど?」

「うむ、許緒か。そなたの広い心に、感謝せねばな。ほら、おまえも頭くらい下げないか、張飛」

「ううっ、ごめんなさい、なのだ」

 

 一件落着、と言っていいのだろうか。

 とにかく、ふたりの争いは収まった。関羽はほんとうに申し訳なさそうにしており、上からものを言っているような感じはしなかった。

 

「騒ぎが聞こえたからきてみたが、これはどういうことなのだ」

 

 陣屋のなかから、ひとりの男が姿をあらわした。

 振る舞いからして、あれが曹操なのだろう。張飛も、関羽に叱られた時以上に縮こまっているようだった。

 

「この許緒と申す者ですが、曹操殿がお呼びになったということに、相違ございませんか?」

「ああ、そうだ。夏侯惇から、話は聞いている。見どころがあるから、一度会ってやって欲しいとな」

「やはり、そうでしたか。あろうことか、張飛がその許緒の邪魔立てをしてしまったのです。人を見る眼を磨け、と普段から言ってはいるのですが、あまり効果がでていないようで」

「ごめんなさいなのだ、お兄ちゃん。鈴々、悪いやつを通しちゃいけないと思って、それで」

「気に病むことはない。その様子だと、許緒はおまえと対等に闘ってみせたのだろう? であれば、よい力試しになったのだと思う」

「ふえっ……。お、怒ってないのだ、お兄ちゃん?」

「よい、と言っているだろう。それにおまえを叱っていいのは、この関羽殿か劉備殿くらいのものだ」

「むっ。いつ仲良くなられたのかは存じませんが、あまり張飛を甘やかさないでいただきたいものですな、曹操殿。張飛、おまえも、劉備軍の将のひとりだという自覚をいま一度持つようにせよ」

 

 笑っている曹操に対し、関羽は怒り心頭といった様子なのである。

 両者の間には、微妙な関係性があるのだろう。劉備が率いている軍というのは、ほとんど義勇兵の集まりなのだと聞いている。それだけに、関羽は求心力の低下をおそれているのかもしれない。

 心というのは、熱しやすく冷めやすい。そして熱しすぎた心は、想定をこえてどこまでも突き抜けてしまう。そのことを、人和はよく知っているのだ。

 

「とにかく、ここでは落ち着いて話もできん。許緒、おまえもなかに入れ」

「い、いいの? えと、人和ちゃん」

「行ってくればいいわよ。わたしは、このあたりで待たせてもらっているから」

 

 去り際、人和は曹操と眼が合った。

 どうして、いままで気づかなかったのだろうか。激しさすら感じさせる、鋭い視線。それは、忘れられるものではないはずだった。

 雨のなかで、出会った男。打ちひしがれていた自分を、汚してくれた男。それが、すぐ近くにいるのである。

 

「そんな、そんなことって」

 

 あっという間のことで、うまく声が出せなかった。

 曹操が、あの時の男だったのか。信じられないという思いが、まだ強かった。それに、鮮明に記憶しているのは自分だけで、相手は覚えていない可能性もあるのだ。

 むなしくなるとわかっていても、感情は大きく揺れ動いていく。願っていても、実際に会えるとは思っていなかったのである。

 馬超の言葉を、人和は思い出していた。やってみなければ、わからない。確かに、そうだと思わされている。馬超と遭遇し、夏侯惇の怪我を見なければ、こうなり得ることはなかったのである。

 許緒は、曹操に仕官すると決めたようだった。

 自身をかばうようなかたちで、夏侯惇が眼を失ったという事実もある。それで、なにか役に立てればと考えているようだった。許緒の武は、村にいたのでは活かせない。ここで曹操と出会ったのは、許緒にとっても天命のようなものであるのかもしれなかった。

 そしていま、許緒と入れ替わるようにして、人和は曹操の陣屋のなかにいた。

 警護についているのは、典韋と呼ばれた将だけだった。その典韋も入り口近くに立っているから、大声で話さないかぎり詳細が聞こえることはない。

 

「あの、曹操さま」

「まさか、あの時の女とこのような場所で再会するとはな。元気にしていたようで、嬉しく思う」

「覚えてくれていたの? わたしなんかのことを、ほんとうに」

「忘れられるはずがなかろう。俺も、そなたに会いたかった。しかし、探す手立てがなかったのだよ」

 

 当たり前だと言うように、曹操はほほえんでみせている。

 嫌味な感じのしない男だった。雨の日のことを、変にねちっこく語ろうとはしない。ただ、自分が息災にしていたことを、素直に喜んでくれているようだった。

 

「俺のことは、一刀と呼べばいい。人和といったな。あの日のおまえを、俺は放っておくことができなかった。寂しそうでいて、苦しんでいるようにすら見えてしまったのだよ。それで、あのようなことをした」

「一刀さん、か。さっきのあなたの真似をするわけではないけど、謝る必要なんてどこにもないの。あの時のわたしは、潰れかかっていた。だから、一刀さんの行いによって、逆に助けられたようなものなのよ。それに、無理矢理ではあったけれど、あなたは温かかったもの」

「無理矢理だったというのは、否定しないのだな。だが、そうか。男の身勝手な振る舞いが、なにかを救うこともある。わからぬものだな、人というのは」

「誰だってわかるはずがない。わからないから、みんなもがくのよ」

 

 曹操と話していると、身体の奥のほうが熱くなっている。たぶん、気のせいではないはずだった。

 

「一刀さんに、聞いてもらいたいことがあるの。あなたの闘っている黄巾軍。わたしは、かつてそこに属していたのよ。というより、信奉される対象のひとりだったと言うほうが、より正確なのかもね」

 

 曹操の眉が、かすかに跳ねた。

 自分が張梁だということを知られて、殺されてしまう可能性がないわけではなかった。だが、それでも伝えるべきだと思わされてしまったのだ。曹操の度量。そこに、人和は賭けてみたくなってしまったのかもしれない。

 らしくないとは思う。それに、自分は一度黄巾軍を捨てているのである。いまさら、なにができるのか。なにかをする、資格があるのか。

 いまの黄巾軍は、力の向ける先を見失ってしまっている。

 かつて蜂起した時は、漢を確実に打倒することを狙って、各国で一斉に立ち上がったのである。だが、青州黄巾軍の進む先に、なにがあるのか。きっと、待っているのは破滅なのだろう。人和には、そうとしか思えなかったのである。

 現在ですら、片田舎にある村を襲わなければならないほど、黄巾軍は食料不足に苦しんでいるのだ。それにかつてとは違って、乱世は群雄の時代を迎えつつあるのではないか。

 民衆の叛乱。やがてそれは徹底的に締めつけられ、壊滅させられるのだろう。その見せしめとするには、黄巾軍はうってつけだった。そうなってからでは、打てる手などなにもないのだ。

 

「何年も前のことだけど、あなたには聞き覚えがあるんじゃないかしら? 張梁。それが、わたしの名よ。ほんとうは、人和というのが真名でね」

「張角の妹だという、張梁か。その眼、嘘を言っているわけではなさそうだな。おまえには、なにか秘めていることがあると思っていた。それがあるから、より魅力的に見えてしまったのかもしれん」

「おかしな人ね、一刀さんは。わたしが張梁だと教えてあげても、なにもしてこないのだから」

「名を捨てた女を殺したところで、なにが変わる。黄巾軍はおまえたちの手を離れ、けものになったと言っていい。ははっ。兗州を背負う者として、俺は大地を食い荒らすけものを、駆逐せねばなるまい」

「あれだけの数になった黄巾軍を、本気で駆逐できると思っているの? いいえ。その顔、もっとべつなやり方を考えているのではないかしら」

 

 捨て去ったはずの感覚。身体の奥底から、蘇ってくるようだった。

 武力だけでは、百万の黄巾軍を止められない。敗走させ、青州に追い返したところで、また結束されて反撃にあうのが眼に見えているからだ。

 曹操が、ちょっとほほえんでいる。どのような反応を返すか、自分は試されていたのか。

 

「あの者たちには、力がある。しかし、そこに志がなければ、力はなんの意味もなさぬのだ」

「自分には、その志がある。そう言いたいのかしら、一刀さんは。傲慢だけど、乱世を駆けるためにはそのくらいの覚悟が必要なんでしょうね。わたしには、わからないことだわ」

「世を変えたいと思うのは、悪いことではない。されど、黄巾軍の闘いは乱世を呼ぶだけだ。その終熄(しゅうそく)を願うのであれば、違う道を選ぶ必要があるのではないかな、人和」

「口がうまいのね、一刀さん。でも、その考えは間違っていないのかもしれないわ。黄巾軍のみんなは、乱世を終わらせる方法を知らない。そして、少なくともあなたは、それを知っているのね」

「講和に持ち込むにしても、まずはやつらの自信を砕かなくてはならん。そのための戦を、俺はするつもりなのだ」

 

 曹操に、瞳の奥底までのぞき込まれているようだった。

 やはり、敵わない。抱かれ、肉欲を呼び覚まされた時から、こうなることは決定づけられていたのかもしれない。

 

「抱きしめてもいいか、人和。ははっ、そんなに身体を強張らせるほどのものではないぞ? 安心しろ。それより先のことは、なにもしない」

「んっ……。わたしをからかって愉しんでいるのね、一刀さん?」

「そうではない。おまえといられた時間は、ほんの一瞬でしかなかったのでな。こうしていなくては、また消えてしまうのではないかと、急に心配になってきたのだ。どこにも、いくまいな?」

 

 すべてを捨てた自分に、なにができるのか。恨まれていても、おかしくはなかった。それに、どこかで生きているかもしれない二人の姉は、自分の行いをどう見るのだろうか。

 けれども、自分はここにいる。不可思議な縁で、曹操と結ばれてしまってもいる。そんな自分でなければ、できないことがあるはずだった。

 それをやるための勇気。曹操から、少しわけてもらいたいと思っているのか。

 胸が高鳴る。曹操の顔を、まともに見ることができなかった。

 

「ねっ、一刀さん。くち、吸ってもらいたいな。あっ、そのっ、もし嫌でなければだけっ……、んっ、んふぅ、ちゅむ……。ふはぁ、あっ。かずと、さっ……んぅ」

「力を抜いていろ、人和。案ずることはない。俺が、ずっと抱きしめておいてやる」

 

 心に秘めていたはずの声。それが、不意にもれてしまったとでも言えばいいのか。

 唇。曹操に覆われた熱で、焦がされていくようだった。自分の求め方など、児戯に等しいのではないかと人和は思う。おずおずと唇を甘く噛み、唾液をねだってみた。曹操には、なにもかもを見透かされているのかもしれない。舌が入ってくる。唾液を口内に塗りつけられていると、かすかな甘い痺れが全身に拡がっていくようなのである。

 不安に思っていた心。それが、急速に温められていく。

 実を言うと、自分はずっとこうされたがっていたのかもしれない、と人和は思うのである。あの日と同じか、それ以上に力強い抱擁。曹操には、今日まで積み重ねてきたなにかがあるのだろう。それが骨子となって、人を大きく映し出すのである。自分は、小さかった。だからこそ、こうして誰かの胸に(いだ)かれることだってできる。

 口づけを終えてからも、しばらくのあいだ抱擁は続いた。

 言葉は、もはや必要ないように思えていた。曹操の大きな手のひらで、頭を何度もなでられている。それだけで、自分は胸を満たされてしまうのである。

 

「一刀さん」

 

 曹操の真名を呼んでみる。

 長い間、知り得なかった名前だった。

 

「どうした、人和?」

「いいえ、なんでもないの」

 

 間の抜けたようなやりとり。そんな何気ないことを喜んでいる自分がいることに、人和は気がつくのだった。

 歩哨たちの合図し合う声。陣屋の外からは、それだけが聞こえている。



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二十五 巡る絆

後半に馬超パートを追加(21/06/14)


 いまここに、戦機は熟しつつあった。

 堅陣を敷いていた黄巾軍の備えに、ほころびが見えつつある。それには、冀州内での軍勢の動きが、少なからず影響を与えているのだろうと曹操は読んでいた。

 袁紹軍の行動を、どこまで素直に受け取っていいものなのか。斥候の報告によれば、袁紹の軍勢は自領からは出ずに、調練をしているだけのようだった。兵力としては約五万で、率いているのは顔良と田豊である。

 

「袁紹軍に、青州黄巾軍と闘うつもりがあると思うか、(りん)?」

「おそらく、それはないでしょう。今回の動きに関しても、袁紹殿が主体となって軍を派遣されたのではない。一刀殿は、そうお考えなのではありませんか?」

「稟には、お見通しということか。だが、もしあいつがやる気になったのであれば、敵を間近にしての小細工などする意味がないはずだ。だとすれば、発案者は田豊か顔良と見るのが、自然なのではないかな」

「御意。文醜殿を寄越されてきたこともありますし、田豊殿は一刀殿にかなり好意を持たれているのではありませんか? わたしが仕官する以前の関係はあまり存じあげておりませんが、桂花(けいふぁ)を連れ出した時の共謀については、(せい)から聞いておりますよ」

「共謀などと、そんな大それた事件を起こしたつもりはないのだがな。ははっ。宦官連中の怒りを買ったのは、間違いではないが」

 

 並べた胡床に座り、曹操は郭嘉と言葉を交わしていた。

 田豊は、自分と袁紹の間を取り持って、どうしようというのか。青州黄巾軍を打ち破り、このまま領土を拡げていくことになれば、いずれは冀州ともぶつかるようになる。天下に覇を唱えるためにも、人口の多い冀州はなんとしてでも抑えなければならない土地だった。

 会話が途切れるのを待っていたかのように、陣屋内に曹純が入ってくる。

 

「兄さん。劉備軍の方々が、お見えになっているのですが」

「わかった。秋蘭(しゅうらん)たちにも、参集するように伝えてきてくれるか」

「承知いたしました。あの、それとですが、兄さん」

春蘭(しゅんらん)のことであれば、まかせると言っておけ。いつもいらぬ気を遣わせてすまないな、柳琳(るーりん)

「いえ、そのようなことは。春蘭さんは、わたしたちにとっても頼れる姉さんのような存在なんですから、心配になって当然です」

 

 陣屋に顔を見せた曹純だったが、またすぐに駆け出していってしまう。

 夏侯惇は、なんといっても曹操軍を支える柱のようなものなのである。呂布の援軍は確かに追い風となるのだろうが、夏侯惇の戦に立ち向かう姿勢というのは、やはり曹操軍にとって特別なものだった。曹純だけでなく、一門の者はみな、その復帰を待ち望んでいるのだろう。

 夏侯淵たちを呼びに行った曹純と入れ替わるようにして、劉備たちが姿を見せていた。

 胡床は円形に並べられており、どこも主座でないようなかたちとなっている。

 これも、無用な軋轢を生まないための工夫だった。砦を取り仕切っているのが曹操であることは明白だが、その力関係を無闇に押し付ければ必ず角が立つ。それについては、郭嘉も同様の意見を持っていた。

 前のめりになりながら、劉備が言った。

 

「曹操さん。いよいよ、決戦の時がやってきたんですね」

「いくらか討ち取っているとはいえ、相手はまだ雲霞のごとき大軍を有している。こわいか、劉備殿?」

「えへへ、ばれちゃいましたか? 正直に言ってしまうと、ちょっぴりこわいんです。だけどわたしの周りには、関羽ちゃんや張飛ちゃんみたいな豪傑がいてくれる。それに、今度は曹操さんのような強いお方も、一緒なんです。だったら、きっと平気。それにわたしにできることなんて、覚悟を決めることくらいしかありませんから。麾下のみんなには、命を懸けて闘ってもらわないといけません。だからせめて、胸を張って堂々としている姿を見せてあげたいと思うんです。曲がりなりにも、わたしは劉備軍の大将ですからね」

「つまらない風聞をたてる者もいるらしいが、劉備殿は将としての器量を確かにお持ちなのではないかな。関羽殿たちが慕いたくなるのも、わかる気がする」

「そ、そうなんでしょうか? けど実は、曹操さんみたいに堂々としていられればいいな、っていつも思っているんです。ふふっ。といっても、たぶんあまりうまくいっていませんけどね」

 

 将には、それぞれのやり方があって当然なのである。

 所領すら持たない劉備だったが、その人柄を慕って三千人もの兵士が集っているのだ。それに、劉備に欠けている部分は、義妹たちがしっかりと埋めている。それで劉備軍は一体となれているのだから、在り方としては間違っていないのだろう。

 胡床に座ったまま、関羽が訝しげな視線を飛ばしてくる。自分と気安く接している劉備のことが、心配でならないのだろうか。関羽とは対照的に、張飛は軍議の席であっても自然体のままである。気合は乗ってきているのだろうが、曹仁と愉しげに会話をしているのが印象的だった。

 

「関羽殿。いま少し、肩の力を抜いてみてはどうかな? わが殿は実に女たらしだが、同時に愛情深きお方でもあるのだ。警戒心を張っているばかりでは、見えてこない側面もあるとわたしは思うぞ?」

「夏侯淵殿には悪いが、それは大きなお世話だな。わざわざ忠告してもらわずとも、立場をわきまえることくらい、わたしだってできるに決まっているではないか。いまは、劉備さまが曹操殿との共闘を望まれているのだ。それに、ここで黄巾賊を打倒できなければ、民たちの苦しみはいつまでも続いてしまうのだろう。であれば、わたしのやるべきことはただひとつ。青龍偃月刀を振るい、世を乱す賊を討ち果たすだけだ」

「やれやれ。おぬしの強情さは、荀彧以上なのやもしれぬな。だが、その義心は頼もしいものだよ」

「当然だ。世を正し、平和な暮らしを取り戻す。それが劉備さまの願いであり、われらの願いでもあるのだからな」

 

 関羽への助言を試みた夏侯淵だったが、取り付く島もないとはまさにこのことなのだろう。特に劉備のこととなると、関羽のかたくなさはより顕著となってしまうようなのである。

 苦笑する劉備を横目に、曹操は軍議を進めていく。

 

「聞いてはいるだろうが、あの呂布を含める援兵がこちらに向かっている。その援兵の力を最大限に発揮するためにも、俺はこちらから総攻めをしかけるべきだと考えているのだ」

「呂布軍は総員で五百に過ぎませんが、小勢と侮ることなどできません。うまく扱うことができれば、五千、もしくは一万くらいの働きを見せてくれるのではないでしょうか? その力は、劉備軍の方々もよくご存知だと思います」

「虎牢関でぶつかった時も、呂布直属の騎馬隊は凄まじい動きを見せていました。それに、われらは三人がかりでやっと、あやつを追い返すことができたのです。あの武を止められる者など、黄巾軍にはおりますまい」

 

 郭嘉の言った見立てに、関羽は同意しているようだった。

 本能のままに闘うけもの。呂布というのは、そういった存在なのかもしれない。呂布の気迫が端々にまで伝わった時、麾下の騎馬隊もまた獰猛なけものとなる。その強さは、筆舌に尽くしがたいものがあった。

 関羽の言葉を継いで、曹洪が言った。

 

「雑兵には眼もくれず、中核をなす精鋭を撃破する。わたくしたちがすべきことは、そんなところでしょうか、お兄さま?」

「そうだ。袁紹軍が動いたことによって、相手方にはいくらか動揺が見えている。敵の堅陣を崩す好機は、いましかあるまい」

 

 時が経てば、袁紹軍の意図に黄巾軍も気づくことになる。そうなる前に、曹操としては勝負を決めてしまう必要があるのだ。

 百万という数には誇張があるにせよ、敵の大軍団を殺し尽くすのには無理があった。しかし、その支柱となっている精鋭を狙うというのであれば、また話は違ってくる。

 黄巾軍の精鋭部隊は、数にしておよそ十万程度だということがわかっている。それらを打ち砕き、黄巾軍の為す術を奪った後に、講和交渉にもちこむ。それが、曹操の思い描いているところだった。

 

「陣立てはいかがいたしましょう、殿。できれば、姉者の無念を晴らしてやるためにも、わたしが先鋒を賜りたいのですが」

「燃えているようだな、夏侯淵。だが、いま少し待つのだ」

 

 逸る夏侯淵を抑え、曹操は一拍の間をとった。

 陣屋内に並べられた胡床。そのひとつが、空席のままになっている。夏侯惇が、このままで終わるはずがない。そんな予感が、時を追うごとに強くなっている。

 外が、少し騒がしくなっているような気がしていた。熱気が、段々と近づいてくる。それが錯覚でないことを、曹操は確信するに至っていた。そんな雰囲気をつくりだせる者など、自分の麾下においてひとりしかいないのである。

 扉が開かれる。陣屋外の護衛にあたっていた典韋が、夏侯惇の来訪を伝えてくる。嬉しさを隠しきれていない顔は、ちょっとほころんでいるように見えていた。

 

「夏侯惇、ただいま参上つかまつりましてございます。到着が遅くなったこと、なにとぞお許しください、殿」

「姉者。そうか、戦場に戻る気になってくれたのだな。これほど、心強いことはないぞ」

「うむ。殿が黄巾(ばら)に決戦を挑まれるというのに、いつまでも寝ているわけにはいかんのでな。それに剣を振れずとも、兵を指揮することくらいはできる」

 

 ふっ切れたようないい表情をしている、と曹操は思っていた。

 失った左眼部分を覆うように、顔には布が巻かれている。そのおかげか、風貌だけで言えば以前よりも迫力が増しているくらいだった。

 

「やれるのだな、夏侯惇?」

「殿に不要だと言われないかぎりは、死ぬまで闘い続ける所存です。ですから、どうかこの身を好きにお遣いください、殿」

「おまえの存在は、わが軍にとって必要不可欠なものだ。だからこそ、俺も復帰を喜ばしく思う。よく戻ってくれた、夏侯惇」

「あまり、嬉しくなってしまうようなことをおっしゃられないでください。かような場所で、みなに泣いている姿を見せるわけには参りませんので」

「そうか、ならばもう座るがいい。話の続きは、二人になった時にまたしよう」

「は、はいっ。それでは、失礼いたします」

 

 大きく頭をさげてから、夏侯惇は胡床に腰を落ち着けた。

 これで、役者は揃ったと言っていい。曹操は一度うなずくと、郭嘉に陣立てを読み上げるよう促した。編成は、二通りのものを用意してあった。夏侯惇が戦列に戻ることを信じて、準備だけはしておこうと思っていたのだ。

 

「よかったですね、曹操さん。夏侯惇さんが、戻ってきてくれて」

「ン……。心を分かち合える存在というのは、やはりいいものだ。劉備殿ならば、よくわかるだろう?」

「えへへっ、そうですね。わたしも、関羽ちゃんや張飛ちゃんと、離れ離れになるなんて考えたくもありません。生まれた日は違っていても、死ぬ時はきっと一緒でいよう。そう、誓い合った仲ですから」

「なるほど。さしずめ、桃園の誓いとでも言うべきものか」

「ふえっ? だけど、よくおわかりになりましたね、曹操さん。確かに、あれは桃の花がきれいに咲いている時期でしたけど」

 

 自分でも、無意識のうちに口走っていたように思う。

 あの夢を見たのも、もう随分と前のことだ。

 満開の桃の木に囲まれた、少女たち。そして、そのなかにいた男は、自分とひどく似通った姿をしていたのだ。関羽に興味を抱くようになったのは、間違いなくあの夢がきっかけなのである。

 劉備の瞳には、様々な色が入り混じっているようだった。

 知るはずのないことを、どうやら自分は言い当ててしまったようなのである。そのことを、劉備が不審に思うのは当然だった。納得のいく説明など、到底できはしないのだろう。そのくらい、あの夢は不可解なものだった。

 ご主人様と呼ばれていた男。それと、自分になんの関係があるのか。その答えは、おそらくずっとわからないままなのだろう。

 

「ええっ……!? もしかして、曹操さんって……? でも、まさかそんなことって、あるわけないもんねぇ?」

 

 何事かを言おうとして、劉備はそれを途中でやめてしまう。

 自分と同様に、なにか引っかかっていることがあるのだろうか。腕組みをしているせいで、ただでさえ豊満な乳房が余計に強調されてしまっている。

 

「戦に出る前だというのに、つまらぬことを言ってしまったようだな。忘れてくれるか、劉備殿」

「あはは……。ごめんなさい、わたしのほうこそ、おかしなことを考えてしまって」

 

 劉備の言う、おかしなこととはなんなのか。気にはなったが、曹操はその気持ちを胸の奥にしまい込むことにするのだった。

 陣立てを説明し終えた郭嘉が、曹操の指示を待っている。

 立ち上がり、曹操は鼓舞するように言った。

 

「総攻撃は、明日早朝とする。いままで我慢を強いられてきたが、それもこれまでだ。各人の奮戦を、期待しているぞ」

 

 そう締めくくり、曹操は軍議を解散した。

 人の気配の少なくなった陣屋。それを確認してから、どこか遠慮がちに夏侯惇が駆け寄ってくる。腕を引いて、曹操はその身体を抱き留めた。

 

「あっ……。よろしいのですか、殿?」

「陣中ではあるが、いまくらい一刀と呼べばいい。もっとおまえの声を聞かせてくれないか、春蘭」

「こほん……。で、では、そのようにいたします」

 

 胸のなかで、夏侯惇が一度咳払いをする。

 ほんのりと色づいた頬。長い黒髪をなでながら、曹操はつぎの言葉を待っていた。

 

「すまなかった、心配をかけて。一刀。わたしの顔、おかしくはないだろうか?」

「なにも、おかしくなどないさ。勇ましくてかわいらしい、いつもの春蘭だ」

「なっ!? ははっ、しかしそうか。一刀がいつものわたしだと言うのであれば、きっとそうなのだろうな。これで、少しは安心だ」

 

 戦場にいるとは思えないほどの、穏やかな時間の流れを曹操は感じている。

 あふれてくる感情。それらを言葉にするのは、意外と難しいことだった。

 

「んっ、ふふっ。口づけが好きなのだな、一刀は」

「そうなのかもしれん。いいから眼を閉じていろ、春蘭。見られていると、むず痒くなってしまうだろう」

「よいではないか。右眼だけとなってしまったが、こうしておまえの顔をしっかりと見ることができている。それが嬉しいのだよ、わたしは」

「そうか。ならば、好きにするがいい」

 

 そう言って、曹操は夏侯惇の唇を塞ぎにかかるのだった。

 

 

 心配していた夏侯惇が曹操の前に姿を見せたことに、馬超は安堵していた。

 片眼を失ったことは、武人としての屈辱であり、また苦痛でもあったはずなのである。それに夏侯惇には、曹操という最愛の人がいるのだ。武人ではなく、女として。そう考えてみた場合、夏侯惇の負った怪我は、より大きなものであるように思えてならなかった。

 

「春蘭のやつ、ほんとに嬉しそうだったな。まっ、そりゃそうか」

 

 涼州で鑓働きをしていた頃は、考えもしなかったことだ。

 曹操は、幾人もの女を虜としている。

 それでも不満が起こらないのは、全員にくまなく愛を振りまけているからなのだろう。なにより夏侯姉妹を筆頭に、女性陣同士の連携がとれているのも大きな要因のひとつなのだと馬超は思うのである。

 そして曹家には、派閥をつくろうとする者はおらず、個人的な権力の獲得に走ろうとする者もいなかった。

 これには、曹操が一門やその縁者だけでなく、外部の優秀な人材を傘下に組み込んでいる影響が大きいのだろう。流浪の武辺者にすぎなかった趙雲が、夏侯惇らとならんで曹家の軍事を支えていることは、その最たる例だと言えるのだった。

 乱世を生きる勢力として、曹家は理想的なかたちを取ることができている。曹操を中心に据えた、強力な軍事的組織。名門ではないゆえの優位性を、曹操はつくりだせていると言ってもいいのだろう。

 美麗になびく黒髪。眼の前を歩く関羽に、馬超は不意に声をかけた。

 

「関羽殿、ちょっと付き合ってもらってもいいか?」

「むっ? べつに構わないが、わたしになにか用でもあるのだろうか」

「たいしたことじゃないさ。以前、話していたことがあったろう? あたしの鑓の腕を試してみたい、ってさ」

「ああ、そうであったな。ならば、しばし待っていてもらえるか。劉備さまに、断りを入れてこようと思う」

「承知した。すぐそこの広場まで、先に行っているよ」

 

 単に、関羽と腕くらべがしたいわけではなかった。

 実際のところ、関羽は曹操をどう見ているのか。馬超は、それが知りたくなったのである。劉備、それに張飛の二人は、曹操とも歩調が合っているように見えていた。だが、関羽だけはその埒外にずっといる。というよりも、埒外にいようとしている、と言ったほうが正しいのかもしれなかった。

 

「待たせたな、馬超殿。得物は、どうすればいい?」

「この棒を使おうぜ。お互い、戦の前に怪我でもしたら、なんにもならないからな」

「違いない。では、参るぞ」

 

 関羽が、間合いを一気に詰めてくる。

 突き出される先端。それを弾き返し、馬超は後方に飛んでみせた。

 

「さすがに、よい身のこなしをしているな。涼州では、錦馬超と呼ばれているのだったか?」

「よせっての。あっちでの話なんて、ここでは関係ないだろ?」

「すまない、馬超殿。だが、貴殿はその名に相応しい武をお持ちなのだと思うがな」

 

 砂を踏みしめながら、ゆっくりと息を吐いた。

 関羽の打ち込みには、かなりの力がある。速さでいえば趙雲に軍配が上がるが、それ以外は関羽がわずかに上回っていると言っていいくらいだった。

 まずは、正面からぶつかってみたいと思った。膂力には、馬超も自信があるほうなのである。上段から振り下ろした棒。それを、関羽は瞬時の判断で受け止めてみせている。さすがにやる、と馬超は小さくほほえんだ。

 

「なあ、関羽殿」

「なんだ? いまは、仕合っている最中なのだぞ」

「まあまあ、堅苦しいこと言うなっての。ちょっと訊いてみたかったんだけどさ、関羽殿は曹操殿のこと、嫌っているのか?」

「ちっ。なんだ、やぶから棒に。だが、わたしとて曹操殿を毛嫌いしているわけではないのだぞ? ただまあ、馬超殿からそう見えていたのならば、態度を改めるべきなのかもしれないがな」

「ははっ、そうだったのか? けど、自分じゃ気づいていないのかもしれないけどさ、さっきなんてほとんど睨みつけてるみたいだったぜ?」

「そ、そうであったか。しかし、馬超殿とて張飛の有様を知らぬわけではあるまい? あれほど義妹が懐いたさまを見せられては、不安に思うなと言うほうが無理があろう。曹操殿は、やはり油断のならないお方なのだ。であれば、わたしが劉備さまをお護りせねばと思うのも、必然たることではないか」

「そっか。関羽殿にそれだけ思われているのだから、劉備殿は幸せ者だな。でもさ、張飛だって劉備殿のことを、すっかり忘れてしまっているわけじゃないだろう? 曹操殿が手篭めにして、腕ずくで引き抜こうとしている、ってんなら怒るのも当然だけどさ」

「て、手篭めだとっ!? あやつは、まだ男女のことなどなにもわかっておらんのだ。そんなこと、あっていいはずがなかろう」

 

 関羽の顔が、見る間に赤く変わっていく。それは怒り、もしくは羞恥のためなのだろうか。

 確かに関羽からしてみれば、義妹を籠絡されてしまったようで、あまりいい気はしていないのだろう。

 張飛が曹操に真名を呼ばせていることに関して、劉備がなにか言ってきたような形跡はなかった。おおらかさだけでいえば、劉備は曹操以上の器量を有しているのかもしれない。それが、関羽にとってはもどかしくて仕方がないのだ。

 

「ン……、こほん。劉備さまは、曹操殿をいたく気に入られておいででな。存外、馬が合うと感じられているようなのだ。しかし、われらのいまの関係は、いつまでも続くわけではないのだぞ。もしこの先なにかあれば、親しくなられたぶんだけ劉備さまは苦しまれることになる。それが、わたしには耐えられんのだ」

「先のことばかり心配していたって、どうにもならないさ。流れのままに生きるっていうのも、意外と悪くないものなんだぜ? それに曹操殿と劉備殿が、争わない可能性だってあるわけだろ?」

「わ、わたしは、なにもそこまで言ったつもりではないのだぞ? けれど、馬超殿の真っ直ぐさは、うらやましいかぎりだな。わたしには、どうも考えすぎてしまうきらいがあるようなのだ」

「それも、いいんじゃないか。関羽殿がきちんと目配りしているおかげで、劉備殿は自由にやれているんだろう? だったら、それをいい方向に活かせばいいだけさ」

「簡単に言ってくれる。だが、馬超殿と話したからか、胸のうちが少しすっきりとしているようなのだ」

「へへっ、そうなのか? なあ、あたしのことは(すい)って呼んでくれよ。友情の証みたいなものだと、思ってくれて構わないからさ」

「不思議なやつだな、おまえも。しかし、承知した。わが真名は愛紗(あいしゃ)だ、翠よ。これからも、よい関係でいられることを願っている」

「よろしくな、愛紗。難しい話はこれくらいにして、あとは愉しもうか。気分をすっきりさせたいのなら、身体を動かすのが一番だ」

「応。ならば、こちらからいくぞ」

 

 鋭い一撃。棒を構えて突っ込んでくる関羽の表情は、確かに晴れやかなものとなっている。

 柄にもないお節介を焼いてみたが、どうやら効果はあったらしい。誰かに頼まれたわけではなかったが、こうしたことができるようになったのも、自分の変化のひとつなのかもしれない、と馬超は感じていた。

 無心のままに、ひたすら攻防を繰り返した。終わった頃には、どちらも衣服が汗でしとどに濡れてしまっていたくらいなのである。

 帰り際、関羽は自然な笑みを見せるようになっていた。その笑顔を見せられて、やはり関羽には愛紗という真名が似つかわしいのだな、と馬超は密かに思っていたのである。



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二十六 重ねた手に願いを乗せて

 東の山嶺を眺め入る。そこから、陽光が顔をのぞかせつつあるのだ。

 原野には、青州黄巾軍の陣地が拡がっている。夜襲を重ねたこともあり、黄巾軍はまともに寝付けない日々が続いているようだった。そこに追い打ちをかけるように、前線では糧食の不足が発生しているのである。

 出動できる兵力にも限界があったから、糧道を完全に断ち切れているわけではない。それでも、輜重が襲われるかもしれない、と思わせることに意味があるのだった。

 奇襲を警戒しているせいで、一度に運ぶ量がどうしても少なくなってしまう。そんな状態が数日続いただけで、膨大な兵力を抱える黄巾軍の前線は、満足に腹を満たすことができなくなるのである。

 湯でほぐした米をかきこみながら、曹操は戦に気持ちを向けていた。

 揺れる胡床。軋んだ音が、さながら苦悶の叫びのように聞こえている。

 膝に乗った張飛には、そんな胡床の事情などお構いなしなのである。小ぶりで弾力のある尻。それが、忙しなく跳ね回っているのだ。大軍との闘いを前にして、張飛も気分が高揚しつつあるのか。残った米を腹のなかに押し込み、曹操は張飛の頭に手をやるのだった。

 

「いい加減離れたらどうなのだ、張飛。曹操殿が、困っておられるではないか」

「えー? だって、お兄ちゃんのお膝に座らせてもらうのって、なんだか愉しいんだもん。あっ、そうだ! よかったら、姉者もやってみるのだ?」

「よ、余計な世話を焼くなと言うに! 申しわけない、曹操殿。義妹が、勝手なことばかり言ってしまって」

 

 劉備軍は、曹操直属の部隊と動くことが決まっている。こうして同じ場所で朝餉をとっているのは、そのためだった。

 ちょっと離れたところから、劉備はにこやかな視線を送っている。食えない笑顔に見えなくもないが、そこに裏がないのが劉備という女だった。いまは義勇軍を率いる浪々の将でしかなかったが、なにかきっかけを得ることさえあれば、大きく飛翔することもありえるのではないか。そんな底知れなさを、劉備は時折感じさせるのである。

 

「聞いたぞ、関羽殿。なんでも、馬超と真名を交わしたそうではないか。武人同士、なにか通ずるものがあったのだろうが、先を越されたようでちょっと悔しく思っているのだよ、俺は」

「はて……? なにも、そのようなことに対抗意識を燃やされなくとも、よいではありませんか」

「それが、どうしてかな。そなたの真名を呼びたくて、この胡床のようにうめき苦しんでいる自分がどこかにいるのだ。おかしな感覚だが、たぶん気のせいではないのだと思う。長く共にいたせいで、小さかった気持ちが募っているだけなのかもしれないが」

 

 こんなに近くにいるはずの関羽に、自分は手をのばすことができない。それが、どうしようもなくもどかしいのである。

 困り果てたような表情。こんな風に迫られることがあるなど、考えもしなかったのだろう。他に抜きん出た強さと忠義心。それが、壁となって関羽を包み込んでいるのだ。わざわざ危険な領界を踏み越えようとする者など、いままでいなかったに違いない。

 

「もう、お兄さま。陣中で女性にちょっかいをかけるような真似は、お控えくださいまし。それと張飛さん、ご飯のおかわりはもうよろしいですの? あと少しだけなら、残りがあるようでしたけど」

「いいの? 残したらもったいないから、鈴々(りんりん)がおかわりしてあげるのだ」

「ふふっ、承知いたしましたわ。だったら、少しだけ待っていてくださいますか。すぐに、用意して参りますので」

「ありがとうなのだ、曹洪。お礼に、鈴々のこと真名で呼んでもいいよ? というより、呼んでほしいのかも?」

「あら、そうですの? でしたら、わたくしのことも栄華(えいか)と呼んでくださいませ、鈴々さん。はあ、それにしてもなんと愛らしいお方なのでしょう。お兄さまに抱っこされているところなど、まるでほんとうの妹のようではありませんか。はっ!? ということは、鈴々さんはわたくしの妹ということにもなるのではありませんか? そ、それはまことに……」

「うわわっ……!? お兄ちゃん、栄華どうしちゃったのだ? すっごく、身体もじもじさせちゃってるけど」

「あまり気にしてやるな。こやつの、悪い癖でな。ほら、飯を取りにいくなら、早くしたほうがよいのではないか? 時間は、待ってはくれないのだぞ」

「ひゃ、ひゃいっ、お兄さま。急ぎ、いって参ります」

 

 妹と聞くと、少し諸葛亮の顔を思い出してしまう。

 われながら、未練がましいことだった。諸葛亮は、自分の生きる道を模索しようとしている。経験豊かな陳珪のもとでの暮らしは、今後の糧となっていくのだろう。

 張飛にとって、真名は出し惜しみするようなものではないのだろう。もっともわかりやすい、友好の証。その程度の認識しか、持っていないのかもしれない。

 普段物静かな徐晃と違って、張飛は天性の爛漫さを持ち合わせている。その差異が、曹洪により大きな高揚を与えているのだった。

 本人たちは否定したがるのだろうが、張飛と許緒には共通点があるように曹操には思えている。

 

「曹操殿。その、どうしてもと仰せになるのであれば、構いませんよ。張飛ほどではありませんが、わたしの真名などほんとうはずっと安いものなのですから」

「よいのか? 無理強いなど、したくはないが」

「平気です。それに、あなたは尊敬に値する人物なのですから。(えん)州を騒がす賊を討ち払い、太守となられた手腕など、見事というほかありません。そして、曹操殿はいまや一州を治めんとしておられる」

「それは俺だけではなく、みなの尽力があってはじめて成し遂げられたことなのだ。民の暮らしを乱す賊徒や、旧き権力にすがる者どもを討ち、国を平らかにする。それがわが願いであり、野望でもあるのだよ」

「その御志は、立派であらせられましょう。されど大いなる野心は、時に人を必要以上におそれさせてしまうのではありませんか。そしてその心が、またべつの戦乱を呼び寄せる。わたしには、そんな不安があるのです」

「だが、為す前からおそれていたのでは、なにも変えることはできんだろう。手足の先まで腐敗してしまえば、取り返しのつかない事態となる。その前に、病の根源を排さねばならないのだよ、関羽殿」

 

 この国の病の根源。それがなんであるか、わからない関羽ではないはずだった。曇っていく表情。自分たちの会話が退屈なのか、張飛は膝に乗ったまま脚をばたつかせている。

 平和にたどり着くためには、一時の犠牲は仕方のないことだ。民に戦を強いることができるのも、その大義があるからこそだった。

 それは詭弁と呼んでいいようなものではあったが、そう割り切れない者から、乱世では死んでいくことになる。

 

「治世の能臣であり、乱世の姦雄でもある。陳珪さんから聞きました。昔、そう評されたことがあるんですよね、曹操さんは」

「陳珪殿とは、旧い話をしてきたようだな。確かに、その通りだ。自分で言うのもなんだが、悪くない評を得たと喜んだものだった」

「わたしは、戦が嫌いです。どうしてみんな、辛くなるのがわかっていて、殺し合いをしたがるのか。それが、不思議でならないんです」

 

 劉備の言葉は、本心から出たものなのだろう。

 乱世を生きるには優しすぎる考えだったが、劉備が理想を捨てることはないのだと思う。見据えてくる瞳。陽光と同じくらいの輝きを放っているように、曹操は感じているのである。そしてその輝きに惹きつけられたのが、関羽であり、張飛であるのだった。

 

「だけど口先だけの理想論になんて、国を変える力はないんでしょうね。それにこんなことを言っているわたしだって、結局戦をする道を選んでしまっているんですから、誰かを悪く言うことなんてできません」

「にゃあ……。お姉ちゃん、悲しそうなのだ」

「卑屈になる必要などない。劉備殿には、劉備殿のかかげる志があるというだけだ。それは、誰にも否定する権利などないのだよ」

「そして、そんな劉備さまだからこそ、われらはお支えしたいと思うのです。理想を抱き続けるのは苦しいことかもしれませんが、決して捨ててよいものではない、と不肖ながらわたしは思うのです」

 

 劉備は乱世という水のなかで、必死にもがき苦しんでいるようだった。

 抗う魂。それも、闘争心のあらわれだと言っていいのかもしれない。そして、気づいてしまったことがある。自分は関羽だけでなく、劉備をも欲しているのではないか。

 異質な人材。劉備は、そう言って差し支えのない存在なのだと思う。そんな劉備を取り込み、使いこなせるようになった時、覇者の座をさらに近くにまで引き寄せることができるのではないか。そんな気がして、曹操はならないのだった。

 

「俺と劉備殿。まるで、正反対の野心を抱いているようだな。しかし道が重なれば、こうして手を取り合うこともできる、か。一刀だ、ふたりとも。俺のことは、好きに呼んでくれて構わない」

「ふふっ、違いありませんね。わたしは桃香(とうか)です、一刀さん。いまみたいにこうやって、みんなで乱世すら越えることができれば、いいんですけど」

「……ン。桃香には、不意を打たれてばかりいる気がするな」

 

 劉備に手を引かれるようにして、曹操は立ち上がった。膝から飛び降りた張飛は、眼を丸くしてやりとりを観察している。

 相変わらず、優しさを感じさせる手のひらだった。だが、そのなかにある、ざらつきのようなものを曹操は感じ取っている。

 おそらく、そのざらつきは剣の修練によって刻まれたものなのだろう。それも、劉備の叶えたい理想とは、反対にあるようなものだった。

 けれども、すべてを諦めたくはない。力を持つことによって、守れるものは確実にあるのだ。理想と現実。その狭間で、劉備は闘っているのか。

 

「ほら、愛紗(あいしゃ)ちゃんもやってみようよ。えへへっ、一刀さんの手、おっきくて温かいんだよ?」

「はっ……。ならば、致し方ありますまい。わが真名は愛紗です、曹操殿。そ、それでは主命でもありますので、失礼して」

 

 関羽の指先。緊張のせいか、かすかに震えている。

 愛紗、と関羽の真名を呼び、曹操はその手を強く握った。泳ぐ視線。戦場に立てば無類の強さを誇る関羽が、どうしていいのかわからず立ちすくんでしまっているのだ。

 三人でつくった輪のなかに、張飛が入るようなかたちとなっている。思っていた以上に、不思議な感覚だった。これで周囲に桃の花が咲き誇っていれば、あの夢の景色を再現することもできるのだろう。

 

「ねえねえ。愛紗は、お兄ちゃんを真名で呼んでみないのかー?」

「や、やかましいぞ、鈴々(りんりん)。しかし、おまえも聞いていただろう? 曹操殿は、好きに呼んで構わないとおっしゃっていたではないか」

「えー? でもお姉ちゃんだって、お兄ちゃんのこと真名で呼んでるんだよ? それなのに愛紗だけそうしないのって、ちょっぴり変なのだ」

「変とか、そういう問題ではなくってな……。ただこう、胸のあたりが妙にむずむずしてしまいそうというか。あっ、いや。これはべつに、おかしな意味で言っているわけではありませんからね!?」

 

 関羽は、手のひらからじっとりと汗をかいているようだった。

 何度か逃走を試みようとしているその手を、曹操は離さずつかまえている。

 

「愛紗。いまくらい、真名で呼んでみてはもらえないだろうか。そなたの声で、俺は一刀と呼ばれてみたいのだ」

「ま、真名を許したくらいで、あまり調子に乗られては困ります。ですが、そうですね……」

「ほら、がんばって愛紗ちゃん。わたしも、応援していてあげるから」

「と、桃香さまは、またそのような」

 

 逡巡するような口もと。何度か言おうとして、それでもまだ発することができないようだった。

 関羽が、見つめ返してくる。赤く染まった顔。大きな瞳にまで、そのうち赤みが差してしまうのではないか、と曹操が心配になるくらいだった。

 わずかに、唇が開かれる。関羽の口から、自分の真名が発せられる時。その時を、曹操はじっと待っていた。

 

「か……、んんっ。かっ、一刀、殿。んぐっ……。これで、満足していただけたのでしょうか」

「このくらいでは、満足などできぬさ。だが、心が少し満たされたような気がしているのだ。愛紗に、一刀と呼んでもらえたおかげかな」

 

 望外の喜びだった。いまさら、真名を呼ばれたくらいで感じられるとは思いもしなかったことだ。

 真名を呼んですぐに、関羽は下を向いてしまっている。よほど、現在の表情を見られたくないのか。羞恥の限界に達した関羽をよそに、劉備はほほえみを崩さずにいる。姉であり、母のようでもある。いずれにせよ、劉備がつないでくれていなければ、こうなることもなかったのだろう。

 

「よかったですね、一刀さん。ふふっ。愛紗ちゃんだって、ほんとはあなたのことが気になっているんだと思いますよ? だからこそ、わたしがその気持ちに蓋をしてしまっているのは、やっぱり悲しくて。なんで、ちょっぴりお節介を焼いちゃいました。誰とだって、仲良くなれるのが一番ですからね。一刀さんも、そう思うでしょう?」

「ははっ。やはり大きいのだな、桃香は。さすがに、愛紗と鈴々の姉というだけのことはある」

「うわわっ!? や、やだっ、一刀さん……。大きいだなんて、いきなりそんなこと言われたら、わたし恥ずかしいですってば」

「慌てなくてもいい、桃香。どんな勘違いをしたのかあえては申さぬが、そうではないのだ」

「ふえっ? あ、あははっ。ごめんなさい、わたしったら……」

 

 意識したつもりなどなかったが、劉備はなにか感じるものがあったのかもしれない。あえて見ようとしていなくても、豊満な果実が勝手に視界に入ってくることは、事実なのである。

 

「お兄さまたち、愉しそうになにをされているんですの? 仲良く、手などつないでしまわれて」

「あっ。栄華、お帰りなさいなのだ!」

 

 曹洪の声を聞いて、輪の内側から張飛がするりと抜けていく。

 合わさっていた手のひら。気づいたときには、もう離されてしまっていた。結ばれていた時間は、長くなかったように思う。それでも、得られたものは小さくなかったのではないか。

 湿り気を帯びた指先。それを握り込み、曹操は数瞬の間じっと眼を閉じるのだった。

 

 

 乾いた原野。その地表を、騎馬隊が駆けていく。

 (けん)城で補給を受けられたおかげで、呂布の麾下は気力はみなぎらせている。それは軍馬とて同じであり、心なし赤兎も脚が軽いようだった。

 張遼と趙雲が、馬を併走させて言葉を交わしている。

 それでたまに興味のある話題となると、呂布が横入りするといったかたちができあがっているのだった。

 普段なにかと世話をしてくれる陳宮は、激戦となることを予想して、鄄城に残してある。ちょっとした寂しさはあるが、自分のそばには張遼がいて、趙雲がいるのだ。

 麾下にしても、長安からここまで、誰ひとりとして落伍することなく揃っている。それだけで、呂布は満足なのだった。

 

「それにしても、ほんまに身一つで出てきてもよかったんか、(せい)?」

「よいのだ、(しあ)よ。歩兵をともなったのでは、どうしたって脚が遅くなる。いま優先すべきは、主のおられる戦場に、深紅の呂旗を出現させることだけなのだからな」

「ふふん。随分、ウチらのこと買ってくれてるやないか。けども、アンタの戦ぶりも、なかなかやったとは思うけどな」

「一度目は互角。二度目は、完敗だった。兵力の大小こそあったが、結果はいまさら変えられぬことなのでな」

「そうか? せやけど、曹操に(はよ)う会ってみたいもんやな。アンタみたいな女が、惚れ込んでる男なんやもん。(れん)やって、あれで気になっとるみたいやし」

「……んっ。なにか言った、霞?」

「あははっ、気にしんとってくれていいで。ちょっとばかし、曹操のこと話しとっただけや」

 

 張遼の明るい声が響く。

 曹操軍が正面から全兵力をもってあたり、遅れてあらわれた呂布軍が敵の後背を突く。それが、作戦の基本的な流れだった。

 並んで調練を行ったわけではないから、戦のやり方は単調なほうがいい。曹操が寄越してきた提案に、呂布自身も同意していた。

 小難しいことを考えなくてもいい戦は、久しぶりだった。守りが苦手なわけではなかったが、やはり攻めるほうが好きなのである。どこまでも拡がっている原野。麾下の騎兵たちも、こうやってみなで駆けているのが嫌いではないのだ。

 野戦の動きを確認するように、縦列だった騎馬隊が、横に大きく拡がっていく。余計な部隊が付随していないから、すべて思い描いた通りの動きをすることができている。趙雲は、そこまで見越して自分だけついてくることを決めたのかもしれない。

 

「星。曹操、子供ができた?」

「うむ。軍師殿との間に、はじめての御子がな。まことに喜ばしいことではあるが、無念でもあるのだ。そう感じているのは、たぶんわたしだけではないと思うぞ」

 

 わざとらしく、趙雲が顔をしかめさせている。

 自分には、よくわからない感覚だと呂布は思う。

 野良猫のように突然やってきた、程昱から教えられたことがある。子ができた荀彧と同じような関係を、曹操は幾人もの女と築いているようだった。程昱もそうなのだろうが、それが悪いことだと呂布は思わなかった。

 一緒に過ごしていて、心の安らぐような存在。それが多数いるのだから、曹操はきっと幸せ者なのである。自分にとっては、月たちがそうだった。

 放浪生活も嫌いではなかったが、麾下たちのことを考えれば暮らしの保証を得られたのは大きかった。また、曹操に返すべき礼ができてしまったようなものだった。

 だが、そんなつながりは誰かとの縁を結ぶことだってある。かつてあった戦。そこで自分が曹操を斬っていれば、こうして趙雲とくつわを並べることなど、ありはしなかったはずだ。

 

「……ん。星も、曹操の赤ちゃんほしかった? ほかのみんなも、星と同じ?」

「当然であろう。特に夏侯の両人などは、主に対する思いがひときわ強いのでな。口にはあまり出さぬが、相当悔しがっているのだと思う」

「赤ちゃんは、ちっちゃくてかわいい。みんなでかわいがってあげれば、みんな幸せになれる」

「おっ、ええこと言うやないの、恋も。あのツンツン軍師ちゃんの子供かって、曹操の子であることには違いないんやろ? だったら、あんたらみんなで育ててあげればいいだけやないか。子供のほうも、見てくれる親がたくさんいてくれるほうが、安心できるやろうし」

「ふっ、無論だ。われらも、母としては素人同然なのだからな。誰かの子の世話をすることで、学んでいかなくてはならんのだよ。それにしても、天下に名を轟した飛将軍の本性が、これほどまでに愛らしいものだとはな。主が興味を持たれるのも、わかる気がする」

「せやろせやろ? もしウチが男やったら、真っ先に愛の告白してるとこやったわ。もっとも、恋は(ゆえ)にぞっこんやから、振られてまうのが関の山やろうけどな」

「霞。月のことは、そのくらいでいい」

「おっと。すまん星、いま言ったことやけど、忘れてもらえると助かるわ。帰ったら、酒の一杯でもおごったるから」

「それは構わんが、隠し事などしていても、あまり意味があるとは思えぬがな。それと理解していようが、わが主を侮るでないぞ?」

 

 荀彧たちはまだいいが、曹操は月と何度も顔を合わたことがある。だから隠し通せるとは思っていないし、ずっとそれでいいはずがないことは、呂布もわかっていた。

 賈駆は反対するのだろうが、月のことは曹操に伝えたほうがいい。自分たちは、ただでさえ身を寄せている立場なのである。それに曹操にあるのは、なにも優しい一面だけではないのだろう。

 長安に向かう董卓軍。その追撃を単身でやろうと決めたことなど、戦に縣ける狂気を曹操が宿していなければ、とてもではないができることではなかったのてある。

 

「……わかってる。曹操は、前よりずっと強くて、大きくなった。いまの恋たちは、前とは違ってちゃんとお願いしないといけない立場。だから、星が心配する必要なんてない」

「そうであったか。ならば、これ以上はなにも言うまい。だが、なにか問題があれば、いつでも頼ってくれて構わんのだからな? 曹操軍の将としてではなく、個人としての意見を言えば、おぬしたちのことを気に入っているのだよ、わたしは」

「……うん。ありがとう、星」

 

 五百の騎馬が、丘を駆け上がっていく。

 軍団同士のぶつかる、闘気のようなもの。それが、肌を刺すように伝わってくるのである。向こう側では、きっと戦闘がはじまっているのだろう。

 放っていた斥候が、もどってくる。呂布の感じていたことは、正しかった。

 

「うっし。アホな話するのは、このへんにしとこか。敵さん、そろそろ見えてくるみたいやで」

「恋が、前に出る。ぶつかってもいいけど、絶対に止まっちゃだめ。首なんて、奪ろうとしなくていい」

 

 方天画戟を握り込む。

 小さくまとまっていく騎馬隊。するべきことは、駆け抜け、蹴散らすことだけだった。

 丘の頂上に出たのを見計らって、呂布は差し上げた方天画戟を横に寝かせた。まずは、眼下に布陣している敵軍を、逆落としに討つ。麾下の士気は、十分に高まっていた。

 加速する赤兎。砂塵を斬り裂いて、深紅の呂旗は戦場に雄々しくはためいている。



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二十七 雲霞を断つ

 呂布軍の到来する少し前。

 澄みきった空気を断ち切って、騎馬が駆け抜けていく。

 全軍での出撃である。絶影の背の上で、曹操は静かに闘志を燃やしていた。周囲は、典韋と楽進に率いられた旗本たちがかためている。

 

「雑兵には目もくれるな。叩くべきは、敵軍の精鋭のみである」

「いよいよですね、殿。秋蘭(しゅうらん)ならば、必ずや期待に応えてくれるはずです」

 

 総勢で五万の曹操軍。その先鋒を務めているのは、夏侯淵だった。

 片眼を失って日が浅い夏侯惇を、自分の側に置くことを曹操は決めていた。その補佐として、許緒が一時も離れずついている。負傷をさせてしまったという負い目があるのだろうが、夏侯惇の武威に憧れる部分が大きいのだと思う。曹仁がそうであるように、許緒も夏侯惇に武人としての理想の姿を見ているのである。

 

「一刀さま。この戦、きっと勝てますよね? 勝てば、村のみんなも安心して畑を耕すことができる。ボク、そのための力になりたいんです」

「無論、勝つ。勝って、俺は兗州に平穏をもたらしてみせる。これが、第一歩となるのだ。この国全土を、平らかにするという野望のな。それよりも、無理に固い口調を使わなくともよいのだぞ、季衣(きい)? お前は、自然にしているのが一番だ」

「そ、そうかな? でも、そう言ってもらえるなら、兄ちゃんの言う通りにするよ。ボクも、こっちのほうがしゃべりやすいし」

 

 照れくさそうに鼻をかいて、許緒が口調をくだけたものに戻した。

 

「一刀さま、嬉しそうですね。もともと、柳琳(るーりん)さまたちがいらっしゃいましたし、妹さんが増えたように思われているのでしょうか。見ていると、なんだかうらやましくなってしまうくらいで。(なぎ)さんは、そう思いませんか?」

「わたしは、いまのままでいい。しかし、うらやましいと感じているのであれば、一度お願い申し上げてみればどうなんだ、流琉(るる)?」

「ええっ!? で、でも、いまはそんな場合ではないような?」

 

 楽進たちの会話が聞こえてくる。

 どちらも、これまでの経験によって肝が座ってきているのだろう。特に楽進は、敵に対して果敢に立ち向かう姿勢を備えていた。身体を使った組打ちをもっとも得意としているから、生傷が絶えないのがいつものことなのである。

 全身を流れる氣を練り上げ、拳を先の先まで飛ばすつもりで敵を撃ち貫く。そんな使い方ができるのは、楽進くらいのものなのだろう。

 

「敵軍とぶつかれば、こんなことを話す余裕もなくなってしまう。なにか要望があるのであれば、いまのうちだぞ、流琉」

「は、はいっ! でしたらその、一刀さまのことを、えっと……兄さまとお呼びしてみてもよろしいでしょうか?」

「いつも言っているだろう? 呼び方など、好きにすればいいと。それに秋蘭は、おまえのことを実の妹のようにかわいがっているではないか。であれば、流琉は俺にとっても妹同然の存在なのだと言えるのではないかな」

「そんな、わたしが妹だなんて。ですが、とってもありがたいお言葉です、兄さま。えへへ、凪さんにも、お礼を言わないといけませんね。背中を押してもらっていなければ、きっとできないことでしたから」

 

 前方から流れてくる土煙。駆け続けていると、少しずつ濃くなっていく。旗本たちの発する、緊張感が伝わってくるようだった。絶影は、臆せず快速を飛ばしている。わかりきっていることだったが、いい馬だった。

 夏侯淵の率いる無数の騎兵。それが、黄巾軍の陣地に突っ込んでいるのだ。一撃食らったくらいでは、堅陣は揺るがない。死力を尽くして闘っているのは、どちらも同じだった。それでも、雲霞の向こうにある勝ちを掴むのは自分たちだ。

 分厚い壁を突き崩そうと、曹純や馬超たちの部隊も攻撃を開始しているようだった。難しいことなど考えず、ひたすら敵を打ち倒す。できることは、それだけだった。

 数人の敵兵が向かってくる。それを斬り払って、曹操はさらに声を振り絞った。飛来してくる矢。典韋が前に出て、懸命に打ち落としている。

 近くでは、劉備たちも奮戦を続けていた。三千の兵が、手足のように動いているのだ。関羽と張飛に率いられた劉備軍は、時折前後が回転するように入れ替わることで、損害を減らしているようだった。

 

「斥候からの報告です、一刀殿。先ほど、西方から呂布の騎馬隊があらわれました。これで、流れが変わってくれればよいのですが」

「変わるさ、間違いなく。呂布の強さを、俺は肌で知っているのだ。生半可ではないぞ、あれは」

 

 砦で待っていることも可能だったのだが、曹操に随身することを郭嘉は望んでいた。

 剣さばきは、一言であらわすなら必死そのものだった。それでも、気迫は十分に伝わってくる。気持ちで押し負けさえしなければ、容易く討たれることはない。だから、危ういと感じたときは、誰かが護ってやることもできる。

 前線での闘いは、わずかに自分たちが上回っていると言っていい。そこに、呂布がやってくる。赤で染め抜かれた騎馬隊が、けものとなって黄巾軍に襲いかかる。

 夏侯惇が言った。左方向の感覚は、まだうまく掴めていないのだと思う。そちらから来る敵は、許緒が前面に立って請け負っている。

 

「その呂布と率先して斬り結ぼうとされたのですから、殿も大した御方です。普通の者では、気圧されて近寄ることすらできなかったでしょう」

「あまり褒めるなよ、春蘭(しゅんらん)。切っ先が、鈍ってしまうではないか」

「いけませんな、それは。されど、ここには流琉や凪、それにわたしだっているのです。ですから、決して殿を討たせたりなどいたしません」

「ははっ。やはり、春蘭はそうでなくてはな。呂布がきたら、俺たちは敵軍の側面に部隊を移動させる。伝令を飛ばして、劉備軍にもそれを徹底させておくのだ、(りん)

 

 一歩も退かずに、曹操軍は十万の精鋭に攻撃をかけている。これまで突撃を繰り返し行っている箇所は、確実に守りがもろくなってきているはずだった。

 呂布軍には趙雲がついているし、なにより呂布がその手の嗅覚に長じている。どこを突けば、敵軍に痛撃を与えることができるのか。それがわからない呂布ではなかった。

 丘の頂上に、深紅の旗が立ったという報告が届けられた。勢いを利用しての、逆落としである。

 撹乱することだけを狙って、呂布の騎馬隊は駆け回っているようだった。

 黄巾軍の意識が、しだいに分散されていく。駆け抜けているだけでも、呂布の騎馬隊は黄巾軍にかなりの損害をもたらしているようだった。呂布に張遼、そこに趙雲を加えた三人が、敵を斬りまくっている姿を容易に想像することができる。巨大な嵐のごとき武は、とどまるところを知らないのだった。

 数騎の護衛と一緒に、劉備が近くにやってきた。赤く色づく桃の花を想起させるような、長い髪。それも、戦場にいることで汚れてしまっていた。

 

「呂布さんの部隊、来たみたいですね。こちらの準備はできていますよ、一刀さん。合図をもらえれば、いつでも動けます」

「ならば、いこうか。ここで決着をつけるぞ、桃香(とうか)

「はい、いきましょう。わたしも、頑張らなくちゃ。いまは、躊躇している場合じゃありませんもんね」

 

 呂布軍からの急襲を受けたことで、敵の統制にも狂いが生じはじめていた。

 いくら精兵だといっても、いつまでも持ちこたえられるはずはない。攻めに攻め、曹操自身も多数の敵兵を斬っていた。損害としては、黄巾軍のほうが遥かに大きいはずなのである。あたりには、無数の死体が転がっている。それを踏み越えて、曹操軍は突撃を敢行しているのだった。

 壮絶な闘いを繰り広げていた夏侯淵らの部隊も、防衛線の突破に成功したようだった。

 呂布の姿は見えなかったが、斥候からの報告は逐次あがってきているのだ。それで、呂布軍の活躍ぶりはよくわかっていた。

 五百でしかない騎馬隊。しかし、黄巾軍には呂布の騎馬隊がもっと大きなものに見えているはずだった。食いちぎられ、なぶられ、肌を削がれていく。そんな痛みを、ずっと受けさせられているのだ。

 四方で、死が飛び交っている。

 気力は、まだ消えていなかった。旗本たちに叱咤を加えつつ、郭嘉の制止を振り切って曹操は前線に立っていた。麾下には、苦しい戦をさせているのだ。それだけに、自分が一番に闘志を見せている必要があったのである。

 無数にいる敵兵。いくらでも、湧いて出てくるような気になってくる。何箇所か斬られてはいるが、高揚のおかげで痛みは感じていない。ただ、前にだけ進む。無我夢中で、曹操は闘いを続けていた。死を越えた先にしか、生はない。そのことが、この戦場にいるとよくわかってくる。

 重くのしかかっていた圧力が、急に軽くなる瞬間があった。潰走していく黄巾兵。それが、敵軍にかなりの混乱を及ぼしていく。

 精鋭部隊を、打ち破ったのだ。そばでは、夏侯惇が雄叫びをあげている。その一方、郭嘉は馬上で疲れ切ったように項垂れていた。

 手勢をまとめると、曹操は間断なく全軍に伝令を放った。

 

「休まず、敵を追い立てる。疲れているのだろうが、全軍にそう伝えよ。ここが、われらの踏ん張りどころなのだ」

 

 方々で(かね)が打ち鳴らされている。追撃を伝える音だった。

 体力の限界まで追い討ちをかけ、曹操は精鋭部隊を完全に瓦解させることに成功していた。

 自軍にも五千ほどの死傷者がでているが、黄巾軍が失ったのは中核の数万なのである。逃げ散った有象無象も、かなりの数になっていることが予想されている。それを立て直そうと思えば、相当な時間が必要となってくるのだ。宣言していたように、勝ちと言っていい結果となっていた。

 泰山で敗れた黄巾軍は、撤退した先の済北に立て籠もることを選んだようだった。あとは、徹底的に締め上げるだけだった。敵軍は傷つき、心の支えを失っている。それに、今後兵糧はさらに苦しくなっていくことだろう。

 軍勢を集結させた曹操は、いち早く陣地の構築を開始させていた。

 堅牢な構えを見せつけることで、敵軍の士気をさらに挫くことができる。状況が変わったことで、袁紹の動かしているだけの兵もより効いてくるはずだった。

 自分たちの陣中に、呂布の真っ赤な旗が立っている。それを見ていると、曹操はちょっと変な感じがしてくるのだった。

 着陣してすぐに、呂布が会いたいと言ってきた。趙雲からの口添えもある。曹操は、柵で囲っただけの簡素な本営に呂布を呼び寄せた。自分の暮らす陣屋の構築など、後回しにさせていい。優先させるべきことなど、ほかにいくらでもあるのだった。

 

「……あっ、曹操」

「いつぶりかな、こうして(まみ)えるのは。しかし、変わらぬ闘いぶりで安心したぞ、呂布よ」

「曹操も、元気そうでよかった。それと、(れん)のことは真名で呼んでいい。お世話になるんだから、そのくらいはして当然」

「一刀だ、恋。おかしなくらい義理堅いのだな、おまえは。あの時も、そうだった。まさか、以前に肉まんを食わせてやったおかげで、見逃してもらえるなどとは誰だって思うまい」

 

 呂布が、不思議そうに小首を傾げている。それも、して当然のことだと思っているのだろうか。

 変わっていないと感じたのは、戦場でのことだけではなかった。

 濁りのない瞳。それも、洛陽で会った頃から少しも変わっていなかった。部隊を率いている時と、気を抜いて話している時の落差にも、違わず凄まじいものがある。

 

「おかしいのは、一刀だって一緒。自分たちよりもたくさんいる敵と闘うのが、一刀は好き? ……恋たちに攻撃してきた時も、同じだったから」

「ははっ。なにも、好きでやっているわけではないのだ。だが、まともな敵と闘っていたところで、乱世を変えるための力を得ることは叶わないのだよ」

「……やっぱり、一刀は変なやつ。けど、そういうのは嫌いじゃない。恋も赤兎も、思いっきり駆けられて愉しかった。長安はしんどいことが多かったから、闘ってるほうがずっと気持ちが楽になる」

 

 呂布は、董卓のことを言っているのだろう。

 心労とは無縁そうに見えても、悩んでいた部分が大きかったに違いない。それだけ、呂布は董卓に心を寄せていたのだ。

 足音。誰かが、駆け寄ってきているようだった。振り返った先には、女がいた。人懐っこい瞳が、自分のことを見つめている。呂布が小さく名を呼んだことから、それが張遼だということが曹操にはわかった。

 

「ふうん。あんたが、曹操か。ウチは張遼、字は文遠。どうせ恋も許したんやろうし、ウチのことも(しあ)でかまへんで、曹操」

「承知した。霞も、よく働いてくれたな。おまえたちの働きもあって、俺はこうして黄巾軍を追い詰めることができている」

 

 張遼と真名を交わし、曹操は彼方に視線を向けた。

 黄巾軍を下すまで、どのくらいの時間がかかるのか。交渉は、おもに人和(れんほう)に任せるつもりだった。

 反感も予想されるが、誰がやろうが乗り越えるべき壁は多いのである。それに、いまの黄巾軍の状態を、人和は案じてもいるのだ。荒んだ暮らしが続けば、かかげていたはずの大義でさえ、いずれ消え去ってしまう。ここが岐路であるのだと、人和は感じているのだろう。

 青州黄巾軍を降伏させ、麾下に組み入れることができれば、自軍の力は飛躍的に大きくなる。難しい任務ではあるが、人和にまかせてみたいと曹操は考えていた。

 誰も、過去にとらわれるべきではない。進むべき場所など、先にしかないのだった。

 

「へへっ、せやろー? ひっさびさに暴れまくったせいで、ウチもうへとへとなんや。だから、ちょっとばかし一刀の肩でも借りてみよかなあ」

 

 言いながら、張遼が不意に身体を寄せてくる。戦をしたばかりで、人肌が恋しくなっているのか。柔らかな腰。そこに腕を回してやると、張遼は少し白い歯をのぞかせた。もっとも女を感じさせる部分。それも、遠慮なしに身体に押し当てられてくる。

 張遼は、自分の反応を見て愉しんでいるようだった。その様子を見て、呂布がまた不思議そうに首をひねっている。

 

「ああ、ここにいたのか、霞よ。しかし、もう新たな女に手を出そうとなされるとは、誰も主には敵いませぬな。いやはや、この趙子龍、感服いたしました」

「あははっ。なんや(せい)、ウチが一刀とくっついてるとこ見て、妬いてるんか? でも、一刀も結構やる気になってしもてるみたいやし、ウチの魅力も捨てたもんやないな」

「一刀は、身体をぴたってくっつけられるのが好き? 恋も、やってみたい」

 

 自分たちが、身体を寄せ合って遊んでいるとでも思ったのか。空いたままになっている右腕を抱き、呂布がすかさず寄り添ってくる。

 ふたりの顔を見比べてみて、思ったことがある。張遼が気ままな猫なら、呂布は忠誠深い犬といったところなのか。

 呂布の頭頂から飛び出た癖の強い髪が、上下左右にかわいらしく揺れている。意味を知らないまま、腕を挟み込んでいる乳房。その感触の良さに、曹操は思わず笑みをもらすのだった。

 

「ふむ。これは、想像していた以上の強敵なのやもしれぬ。狙ってやっている霞などより、よほどたちが悪いではないか。さりとて、主にとっては恋のその無垢なところこそが、男心をくすぐられてたまらないのでしょうな」

「なんや、これから愉しゅうなっていきそうやん? なっ、一刀。ウチにもあんたの色んなとこ、たっくさん教えてな?」

「……んっ。霞は、がんばり屋さん?」

「さてな。少なくとも、俺はふたりに俄然興味が湧いてきている。恋も、そうであればよいのだが」

 

 低い声で、曹操が言った。

 男女のことに関する知識など、呂布は持っていないのだろう。戦にしても、そうなのかもしれない。本能のままに動き、すべてをやってのけてしまえるのだ。それだけに、思いは純粋そのものなのである。

 左右から感じる熱。それを心地よく思いながら、曹操はしばらくそのままでいるのだった。



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二十八 絡み合う心(恋、稟、華侖)

いまさら何言ってるんやって感じですけど、作者の脳内一刀くんは関智一ボイスです。


 滞陣を続けて、五日になる。

 ほとんど不休でやったおかげで、陣の守りは完成したと言っていい状態に仕上がっていた。

 黄巾軍は抗戦の姿勢こそ示しているものの、士気は低いままだった。精鋭部隊が曹操軍に突き崩されたうえに、兵糧の不足がより深刻なものとなってきているのだろう。曹操軍は逃げる黄巾軍を追うさなか、かなりの量の兵糧を焼き、あるいは接収していたのだ。

 完成した陣屋のなかで、曹操は稟と語らっていた。急ごしらえのものだから、大きさはたかが知れている。それでも、起居と軍議を行うには十分な広さをしている。

 稟は、先日やった戦の疲れがまだ抜けきっていないようだった。負わされた浅手の痕が、数ヶ所腕に見えている。

 

(りん)。ひとりでよく眠れないのであれば、俺のもとにきてもよいのだぞ?」

「なっ!? ご、ご冗談を。同じ寝床に入ったわたしを、一刀殿はどうなされるおつもりなのですか。ふっ、ふふっ。ああっ、一刀殿の熱い吐息が首筋にあたって……。い、いけません、いきなり敏感な場所に触れられては。はあっ、んうっ……♡ わ、わたしは、ああっ、一刀殿っ」

 

 これも、疲れによるものなのだろうか。

 胡床に座ったまま、稟はうわ言をつぶやきながら身を悶えさせている。このままでは、いつぞやのように鼻から血を噴き出してしまうのではないか。

 妄想の世界に浸っている顔だった。早く、こちらに引き戻してやらねば。そう考え、曹操は胡床から身を乗り出した。狙うは、稟の半開きになった唇である。

 

「できたばかりの陣屋を、汚されては困る。それに、妄想などおまえには必要ないはずだが?」

「はっ!? ん、んあっ。一刀殿、だめですっ、んっ、いきなりそんなっ……」

 

 嫌がっているのが口だけだというのは、知っている。

 はじめての時は骨が折れたが、触れ合うことにも段々と慣れてきているようだった。唇の輪郭。そこを舌でなぞってやると、稟は物欲しそうに艶っぽい声をもらす。

 

「か、一刀殿。はうっ、じゅぷっ、んっ♡ だめっ、こんなに激しく舌を吸われては……♡」

「なにが、だめなのだ? それにしても、報告があってここにきたのではないのか、稟は」

「んぐっ!? も、申しわけありません。わたしとしたことが、つい職務の本分を忘れてしまって」

「そんな稟も、嫌いではないのだがな。先だって、紅波(くれは)から荊州のことは聞いている。俺の勘も、少しは冴えていたというわけか」

 

 離れていく唇。その間にたゆたう唾液の糸を、稟は名残惜しそうに眼で追っていた。

 荊州。孫堅が強く欲し、志半ばで散ったはずの土地だった。その勢力図が、にわかに塗り替えられようとしているのだ。劉表か、袁術か。そのどちらかが、荊州を支配することになると、誰しもが考えていたのだった。

 

「んっ、ふう……。孫堅が生きていたというだけでも驚くべき事実ですが、よもや袁術の率いていた手勢を丸ごと手に入れてしまうとは。いますぐにとはいかないにせよ、孫堅は荊州の実権を握ったも同然です」

「ははっ。孫堅には、天運がついているとでも言うべきか。できすぎな気もするが、それもあの御仁の豪胆さあってのことなのだろう。それに劉表は、孫堅がおそろしくなって襄陽を捨てたと聞いたぞ。これではもう、戦になるまい」

 

 孫堅が、生きていた。生きて、再度荊州にて気炎を上げているのだ。

 天運など、孫堅は信じようとしないだろう。あるのは、おのれの磨いてきた剣だけだった。そうして袁術を人質同然のものとし、孫家の軍勢を瞬時に数万としてみせたのだ。

 ぶつかる日は、そう遠くないのではないか。曹操が、感じていることだった。孫家は、間違いなく大きくなる。抗するためには、青州黄巾軍をうまく下すことだった。それには、いま少し締め上げてみる必要がある。長くても、数ヶ月。決着は、なるべく早くつけることだった。

 

「わたしの思い違いなのでしょうか。今後脅威となる可能性の高い相手の生存を、我が君は喜んでおられるように思えてしまうのですが」

「そう睨むな、稟。孫堅とは、知らぬ仲ではないのでな。江東の狂虎。そうあだ名される通り、閨であっても俺を喰らおうとしてきたほどの女なのだ。気にならない、と言えば嘘になる」

「はあ……。我が君のほうこそ、桂花(けいふぁ)が普段口汚く罵っている通りのお方なのかもしれません。ほんとうに、どこまで種をばら撒かれるおつもりなのですか」

「ふっ、そう毒づくな。噂をされて、桂花がくしゃみでもしたらどうする」

 

 稟が、だらりと肩を落としている。

 孫家には、優れた将も多く在籍している。当人も豪放磊落であり、時にしたたかでもあるのだ。

 そんな孫堅であるがゆえに、劉表の麾下を帰順させることを狙うはずである。

 黄祖は討たれて久しいが、残ったなかにも能力のある者がいないわけではなかった。荊州統一と、さらなる未来への布石。それを考えていない、孫堅ではないはずだった。

 

「少し、外を出歩いてこようと思う。絶影も、つながれたままでは面白くあるまい」

「わたしも、ご同行いたします。それと、護衛として誰かをお連れください。孫堅と同じ轍を、一刀殿に踏ませるわけにはいきませんので」

「わかっている。ははっ。俺も、そのくらいは考えているさ」

「な、なんですか、その視線は? 我が君の身を案じるのは、臣下としては当然の行いなんですから」

 

 そっぽを向いてしまった横顔。

 ちょっとした、照れのようなものがあるのだろう。そんな稟の反応を愉しみながら、曹操は機嫌よく絶影のもとに向かうのだった。

 

 

 絶影をゆっくりと駆けさせる。

 とどまっている時間が長くなるほど、馬は走らなくなってしまうのである。それを防ぐためにも、時々こうして外に出してやる必要があるのだった。

 ついてきている馬には、華侖が乗っている。滞陣で鬱憤がたまっていたのか、いつになく元気な声が響いていた。

 

「いいっすねえ、稟。あたしも、そんな風に一刀っちのうしろに乗ってみたいっす」

「それでは、護衛になりませんから。ほら、しっかりと見張っていてくださいよ、華侖(かろん)

「うーん、わかったっす。でも、今度ならいいっすよね、一刀っち?」

 

 華侖の問いかけに、曹操はうなずいてみせた。

 張っている陣の付近に、小川が流れているのを知っている。周囲の地形は、入念に調査させているのだ。伏兵の潜めそうな場所。それに、進軍に使えそうな道は、特に頭に入れておく必要があったのである。

 戦続きで、絶影にも無理をさせることが多かった。それで、今日は川で身体の汚れを洗い落としてやろう、と曹操は思い立ったのである。

 

「川、冷たくって気持ちよさそうっすね。ねっ、せっかくだし脱いでもいいっすか、一刀っち?」

 

 水面。陽の光を受けて、きらめいている。

 華侖が裸になりたくなるのも、無理はない。稟は確実に反対するのだろうが、少しくらい羽根を伸ばしても構わないだろう、と曹操は思っている。

 川下のほうから、馬蹄の音が聞こえてくる。複数ではない。身構えそうになった稟をなだめて、曹操は馬上で背を伸ばした。見えてきたのは、燃え立つような赤い馬体。乗っているのは、恋だった。

 

「……あっ。一刀、また会った」

 

 恋の手は、どちらも空である。となれば、自分たちのように馬を駆けさせたくなっただけなのか。

 右手を差し上げながら、曹操は絶影を近づけさせていく。小さないななき。恋の乗馬のことを、意識してしまっているのだろう。絶影は、珍しく気が立っているようだった。

 

「どこかに行くのか、(れん)も?」

「……んっ。赤兎を、川で遊ばせてあげようと思ってた。そしたら、一刀がいた」

「そうか。俺たちも、おまえと似たようなものでな。どうせなら、一緒に参ろう」

「うん。恋も、一刀たちと一緒に行く。ひとりより、そっちのほうが愉しそう。赤兎も、お友達ができて嬉しそうだから」

「そうなのか? 絶影は、その赤兎に対抗意識を燃やしているようだが」

「普通の馬なら、赤兎にそんなことしたりしない。やろうと思っても、できないから。それに、ほら」

 

 恋にならって、曹操は顔を下に向けてみた。

 絶影と赤兎。つい先ほどまで睨み合っていた二頭が、首を擦り合わせているのである。互いに、認めあったと言うことなのか。それを見て、恋は優しげにほほえんでいる。

 

「恋は、馬のことをよくわかっているのですね。強き者はそれゆえに、時に孤独を引き寄せてしまう場合がある。その孤独を癒せるのは、同じ境地に立てる者だけなのかもしれません。絶影と赤兎は、どちらも常ならぬ気迫を有していますから、互いのことをわかりあえたのでしょうね」

「稟の言ってることは、難しくてよくわからないっす。どっちも、気が合いそうな友だちを見つけられて喜んでる。それで、いいんじゃないっすか?」

「……ん。華侖と、……それに稟?」

「ようやく覚えてもらえたようで、安心しましたよ。一刀殿のことだけは、すぐに記憶してしまうのですから、恋は」

「一刀のことは、前から知ってたから。……ほかのみんなのことも、覚えられるようにがんばる」

「毒気を抜かれるとは、このことを言うのでしょうね、一刀殿。どうにも、想像していた飛将軍とは印象が違いすぎて、調子を狂わされてしまうようなのです」

 

 ため息をつく稟。

 それを見て、恋が小首をかしげている。意味を理解していない場合に見られる、仕草だった。

 

「行こう、一刀。もう少し奥まで進むと、あったかくなってる場所がある。そっちで洗ってあげたほうが、赤兎も喜んでくれるから」

「あったかい? もしや、湯でも湧いて出ているのか。恋は、なんでもよく知っているのだな」

「……そんなこと、ない。赤兎とお散歩してて、たまたま見つけただけだから」

 

 照れくさそうに、恋は顔を下に向けてしまう。

 こんな朴訥としている少女が、戦場では他を寄せ付けない鬼神となるのである。それだけ、戦とはひとを変えてしまうものなのか。自分の視線が気になったのだろう。恋の大きな瞳が、じっとこちらを見据えている。

 なんでもない、と曹操は首を振った。恋は、目的地まで先導するつもりなのだろう。赤兎の影を追うように、曹操は絶影を駆けさせていく。

 

「この匂い。なるほど、確かに温泉のようですね。ですが、ほんとうに湧いているとは」

「稟は、信じてなかった?」

「そ、そんな顔をされると、困ってしまうではありませんか。まったく、風とは違った意味で、わたしは恋が得意ではないのかもしれません」

「……んっ。稟は、恋のことが……あんまり好きじゃない?」

「だから、違いますってば!? むむむ……。わたしは、いったいどうすれば」

 

 温泉の放つ独特の臭気。それが、あたりに漂っている。

 館でも、数日に一度は湯を湧かし、身体を清めるのが普通だった。汚れが蓄積すれば、それだけ不調を招きやすくなる。それに、湯に浸かった時の心地よさというのには、抗いがたいものがあるのだ。

 

「そんなの、ごちゃごちゃ言ってないで、裸になっちゃえば全部解決するんじゃないっすか!」

 

 磨き抜かれた早業である。

 衣服を川原に脱ぎ捨てると、華侖は波を立てて川のなかに入っていく。稟は唖然としているが、華侖の愉しそうな声を聞いて、恋は表情を弛緩させているくらいだった。

 温泉を含ませた藁束で、絶影の馬体を擦っていく。そうされるのが、きっと気持ちいいのだろう。穏やかにしているのは、赤兎も同じだった。

 慣れているだけあって、恋は手際がいい。脚を川に浸して、稟も絶影を洗うのを手伝ってくれている。

 

「……ん、しょ。赤兎、ちょっと絶影と遊んでて。恋も、身体をきれいにする」

「ななっ!? どうして、そこで恋まで服を脱いでしまうのですか!? ここには、一刀殿だっておられるというのに……」

「服を着たままだと、お風呂に入れない。稟は、変なことを言う」

「いや、ええっと……。ですが、なにもいま入らなくったって」

「……? 稟は、裸を見るのが恥ずかしい? 一刀は、なんともなさそうだから」

 

 一糸まとわぬ恋の肢体が、眼の前にあった。

 なんともない、と言われればそうではなかった。褐色に近い肌。その上に、なにか植物を模したような刺青が走っている。

 鍛え上げられた肉体。それでも、女としての豊かさは間違いなく残っている。

 思わず、輪郭を眼で追ってしまう。揉み心地のよさそうな乳房。薄い陰毛によって隠された恥丘。そのどれもが、曹操を魅力してやまなかった。

 見ているだけでも、身体の芯が熱くなっていく。そんな美しさを、恋は備えているのだ。抗いがたい情動。奥深くから、押し寄せてくるようだった。そして、自分が猛りかけていることに、恋はきっと気づいていないのだろう。

 

「よもや、稟が言い負かされてしまうとはな。恋の言っていることは、至極当然ではないか。どうして、服を着ていて風呂に入れようか」

「ちょっと、一刀殿までっ!?」

 

 川原にあがると、曹操はすぐに服を脱ぎはじめた。

 下腹部にずっしりとした重みを感じてしまうのは、疲労のせいなのだろうか。血の巡りは、悪くないようだった。期待に震える男根は、すでに臨戦態勢となっている。

 

「一刀のちんちん、でてきた。ちょっと、おっきくなってる?」

「恋の奔放さに、あてられてしまっているのかもな。俺も、歯止めがきかなくなるやもしれぬ」

 

 勃起しつつある男根を、恋がまじまじと見つめている。

 知らないなりに、興味があるのだろうか。好奇に輝く瞳が、愛くるしかった。

 

「渋っていないで、おまえも裸になってしまえばよいのだ、稟。温泉につかると、傷の治りもよくなると聞く。それに仲を深めたいのであれば、裸での付き合いが一番なのではないかな」

「わ、我が君は、またそうやって無理を押し通してしまおうとされるのですから……」

「恋も、みんなと一緒にお風呂に入ってみたい。稟は、したくない?」

「わ、わかりました! ……なります。なれば、いいんでしょう? 見ていなさい、恋。そのくらいの度胸、わたしにだってありますとも」

 

 恋の懇願が、最後のひと押しになったらしい。

 確かに、あんな無垢な請われ方をされては断れるものではなかった。こちらの視線を気にしつつも、稟が肌を露出させていく。腹をくくったからには、髪まで洗ってしまうつもりのようだった。

 ほどかれていく長髪。その姿でいると、厳粛だった雰囲気が、少し柔らかくなるような気がしていた。眼鏡を外していることも、多少は影響しているのかもしれない。

 

「んふふー。気持ちいいっすねぇ、一刀っち。お湯も、ちょっとぬるぬるしてて不思議な感じっす」

「この滑りが、肌によいそうだ。栄華(えいか)あたりが温泉の存在を知れば、湯を持ち帰ろうなどと言い出すかもしれんな」

「ふうん。一刀っちは、物知りっすねえ。でも、あたしは一刀っちとこうしてるのが一番気持ちいいっす。ほかの場所だと、こんなことなかなかしてもらえないっすから♡」

 

 華侖を抱くようなかたちで、曹操は川のなかに腰を下ろしていた。

 胸の下あたりにまで、湯の温かさを感じることができている。湯の感触が心地いいのか、最初嫌がっていた稟も、いまでは身体を伸ばして愉しんでいるくらいなのである。

 恋が無遠慮に身体を近づけてくる。この前、張遼としていたことを思い出しているのかもしれない。あの時と違って、いまは裸なのである。それに、感じているのは、乳房の柔らかさだけではなかった。恋が、不思議そうに頭をひねっている。乳頭が腕に擦れて、知らないままに感じてしまっているのだろう。伝わってくる突起の感触が、男根にさらなる力を与えていく。

 赤兎と絶影の二頭は、自分たちのいるべき場所を心得ている。だから、わざわざつなぎ止めておく必要はなかった。どちらも、賢い馬なのである。

 

「んんっ、んふふっ……♡ 一刀っちのおちんちん、どんどんおっきくなってるっす♡ んっ……♡ たしか、柳琳はこうして」

「ははっ。勉強熱心なのだな、華侖は」

 

 どこかで、自分と曹純が交わっているのを見ていたらしい。

 快楽の素晴らしさを、華侖は知ってしまっている。教え込んだのは、自分の指だった。擦れ合う肌。もどかしい感覚が、伝わってくるようだった。

 

「一刀、華侖となにかしてる? 華侖、ちょっと苦しそう」

「心配はいらん。華侖は、したくてそうしているだけなのだよ」

「んうっ……? 一刀殿、いったいなにを」

 

 左右から見つめられながら、華侖は懸命にみずからの秘所をこじ開けていく。

 ぬるりとした感触。湯によるものだけではないはずだった。真新しい膣内。そこに、男根の先が迎えられている。切ない吐息。挿れやすいように身体を支えてやると、華侖はちょっと恥ずかしそうに笑みをのぞかせた。

 亀頭が、腹の奥を押し上げている。華侖が、女になった瞬間だった。そうしたのは、自分なのである。悦びは、やはり大きかった。

 

「はっ……? おふたりとも、まさかこんなところで!?」

「んへへぇ♡ これ、すごいっすねえ♡ 柳琳が夢中になっちゃうのも、しょうがないっす♡ ふはあ……。んんっ、一刀っちぃ♡」

「一刀のちんちん、華侖のなかに入ってる。交尾して、赤ちゃんつくりたい?」

 

 きつい締め上げ。男根を咥えこんで、華侖の膣内は悦びに打ち震えている。

 久しぶりの挿入で、自分もかなり昂ぶってしまっているようだった。処女を失ったばかりの初な内側。それを、遠慮なく突き上げてしまう。開放的な景観が、そうさせているのかもしれない。華侖は、強引な出し入れを身体を揺らして甘受している。

 

「それだけでは、ないのだよ。こうして交わると、互いのことが手に取るようにわかるのだ。どこが心地よくて、とけるようになってしまうのか。癖になるぞ、これは」

「一刀たちを見てると、恋もちょっとどきどきしてくる。ちんちんいれると、気持ちよくなる。恋も、華侖みたいに気持ちよくなれる?」

「なれるさ、きっと。俺は、おまえともつながってみたいと思っているのだ、恋。腹の奥底からでる声を、聴きたいと感じてしまっているのかもな」

 

 恋は、不思議な女だった。奇妙な縁で、結ばれている女だと言ってもいい。

 愛をささやくのではなく、本能で欲せばいい。甘ったるい付き合いなど、たぶんそこには不要なのである。

 

「あっ、うあっ♡ 一刀っちのおちんちん、あたしの奥ですっごく大きくなってる♡ 気持ちよくって、腰、とまらないっす……♡」

 

 けものとなったように、腰をぶつけあった。

 飛沫。飛び散る様子を、恋は黙ったまま眺めている。

 情交を見せつけられているせいで、稟も我慢が効かなくなってきているのだろう。甘い声がもれ聞こえているのは、疼く秘部をみずから慰めているからなのである。

 

「一刀は、変なやつ。(ゆえ)といても、こんな風にお腹の奥がぎゅってなったことはない。一刀が変だから、恋はこうなる?」

「ははっ、そうかもな。もっと近くにくれば、それもはっきりするのではないか?」

 

 うなずく恋。

 肉づきの良い身体を抱き寄せ、曹操は恋に口づけた。乱雑に吸い上げ、舌を突っ込む。華侖の膣内と、どちらが未熟なのか。そんなことを考えながら、曹操は恋の舌をつかまえた。下腹部は、ほとんど甘い痺れに支配されつつある。

 

「ちゅってするの、なに? んっ、んくっ、じゅうっ……。これ、ちんちんいれるのとは、また違う?」

「気持ちよくなるための方法など、いくらでもあるのだよ。それとも、恋はこれが嫌いだったか?」

「……んっ♡ たぶん、嫌いじゃない。一刀とちゅってすると、どきどきがおっきくなる。だけど、嫌な感じじゃない」

「いい子だな、恋は。ちょっと教えただけなのに、もうやり方を覚えてしまっているのだから。どちらかと言えば、気に入ったのではないか?」

「そう、なのかも。一刀とべろをくっつけると、ちゅってするのと違うあったかさがある。これが、気持ちいい?」

「わからなければ、何度でも試してみればいいのだ。つぎは、恋からしてみてもよいのだぞ」

「……んっ、そうする。あむっ、ぺろっ、んんっ♡ ちゅむ、あっ、かずっ、れろっ♡」

 

 直感的にすることが、嫌いではないのだ。それに、恋は思っていた以上に物覚えがいい。もっとも本能が浮き出る情交なだけに、恋は自然とそうなってしまうのだろうか。

 華侖は、小さな絶頂を繰り返しているようだった。

 収縮する膣内の攻勢に耐えつつ、恋の乳房に手を伸ばす。柔肉に指を沈み込ますと、また別の反応が帰ってくるのだ。それが愉しくて、曹操は愛撫を続けた。

 

「一刀殿、後生ですから、わたしにも……♡ こんなになってしまっては、どうにもならないのです♡」

「華侖がイッたら、つぎは稟の番だ。恋に、淫らになるということを教えてやれ」

「んっ、んあぁっ♡ なります、我が君のおちんぽで、いやらしい雌顔さらしますっ♡ で、ですから、早くっ♡」

 

 右手を稟の内股の間に滑り込ませて、隆起した陰核を集中的に責めていく。

 いやらしい膣穴。なかは、濡れに濡れているのだろう。想像しただけでも、男根に力が込もってしまうくらいだった。

 

「あっ、ああっ♡ だめ、あたし、もうだめっす♡ イクっ、イクイク……っ♡ 一刀っちのおちんちんで、イッちゃ……うぅううう♡ 」

 

 嬌声が川面を揺らす。

 締め上げてくる膣肉。かきわけながら、曹操は最奥で精を放った。言葉にならない声。それを、華侖は発し続けている。はじめて経験した膣内射精による絶頂が、よほどよかったのだろう。

 柔らかくなった内部を、何度か突き上げる。絶頂に湧き立つ華侖の身体。その奥深くに自身の子種をなすりつけてから、曹操は男根をゆっくりと抜いていく。

 入りきらなかった白濁。それが、水流に乗って流されていく。稟は、少しもったいなさそうに。恋は、ただ漠然と見送っているようだった。

 ぐったりとしてしまった華侖を湯から上げ、曹操は残ったふたりに命じた。

 

「そこの岩に手をついて、尻をこちらに向けてみるがいい」

「は、はいっ、一刀殿。これで、よろしいのでしょうか? よく、見ていただきたいのです。わたしの、我が君のおちんぽが欲しくて疼ききった、愛液でぐちょぐちょになった雌穴を♡」

「稟、なんだか愉しそう。恋も、真似して言ったほうがいい?」

「おまえには、必要のないことだ。少なくとも、いまはな」

 

 一度たがが外れると、際限なく快楽を求めてしまう。そんな稟の濡れそぼつ割れ目に精液を塗りたくり、さらに滑りをよくしていく。

 期待によってあふれた愛液。すくい取った指を、稟の口にねじ込んでいく。生まれる嗚咽。その瞬間、曹操は稟の淫窟をひと息に子宮口まで貫くのだった。

 

「んおっ♡ んっ、ああっ、あひぃ……♡♡♡ きたっ、きていますっ♡ 一刀殿のおちんぽが、お腹の奥深くにまで……っ♡ ああっ、これが欲しくてたまらなかったのです♡ 自分の指なんかとはまるで違う、我が君の雄々しいおちんぽなのです♡」

「華侖との交合を見ながら、何度絶頂していたのだ、稟。そのせいで、ちょっと緩くなってしまっているのではないか?」

「そ、そんなっ。締めます、ぎゅうって、おちんぽ締め上げますからぁ♡ ですから、たくさん愛していただきたいのです♡ 一刀殿の、太いおちんぽでっ♡」

「はははっ。いい具合に、できあがってしまっているようだな。しかし、よいのか? このようなおまえの狂った姿、さしもの恋であっても、簡単には忘れられぬと思うが」

「そんなの、ああっ♡ 快楽の前では、どうだっていいんです♡ わたしは、我が君に愛していただければそれで♡」

「かわいいことを言ってくれる。ならば、存分に味わうがいい。おまえの身体すべてで、俺を愉しませてみせるのだ、稟」

 

 絶叫が響く。

 冗談で言ったつもりだったが、いまの稟はそんな判断すらつかなくなっているのだろう。

 みずから腰を打ち付けながら、膣内を必死に締め上げようとしているのだ。普段の怜悧さからは、想像の及ばないほどの痴態。その変貌ぶりに興奮を高めつつ、曹操は恋の秘部の愛撫を開始していた。

 隙間なく閉じた秘肉。さすがに、そこに触れられるとなると緊張があるのだろう。安心させるべく、まずは優しく撫でていく。肉の扉。滲み出た滑りによって、指がわずかに入り込んでいく。たぶん、感じている。恋のもらす声に生じた変化を、曹操は見逃さなかった。

 

「……んあっ、くふぅ♡ 一刀の指、にゅるって入ってくる。あっ……♡ 恋のあそこ、ぐいって拡げちゃだめ……♡」

「平気だ、このくらい。これから、指よりもずっと太いものを挿れるのだぞ? これは、その練習に過ぎないのだよ」

「ちんちん、いれる? 一刀は、恋とも赤ちゃんつくりたい?」

「恋と、俺の子か。ははっ。それも、よいのかもしれぬ」

 

 激しく腰を打ち付けるたびに、稟は身をよじらせて快楽にふるえている。

 自在に収縮していく蜜壺。その離れがたい感触を振り切って、曹操は男根をずるりと引き抜いた。

 

「はっ、はへっ……♡ か、一刀殿は、意地の悪いお方なのですから♡ こんなになってしまったわたしを、まだ焦らすだなんてぇ♡」

「少し待っていろ。その間、指で遊んでおいてやる」

「あっ、んっ、んあっ♡ そんなっ♡ わたしは、我が君のおちんぽでイカせていただきたいのです♡ なのに、こんなのっ♡」

 

 半分崩れ落ちそうになった稟を横目に、曹操は恋の背後に位置を変えていく。

 汁という汁で、淫らな輝きを放つ男根。それを割れ目に擦りつけてやると、恋は心地よさそうに吐息をもらす。

 雌の本能。それが、自分に犯されることを望んでいる。屈してしまいたいと、男根の表面にだらしなくよだれを垂らしてしまっている。

 

「挿れるぞ、恋」

「……んうっ!? んっ、うあぁあっ……! きてる、一刀のちんちんがっ!? これ、お腹のなか苦しくって……♡」

 

 こわばる背中。そこに見える刺青に舌を這わせながら、曹操は肉厚な膣内を押し拡げていく。

 濡れ方は、十分ではなかった。それでも、男根に付着した滑りが挿入の手助けとなっていた。血。流れ落ちている。自分が、恋の純潔を奪ったという証拠だった。

 

「は、はいったの? お腹のなか、変な感じがする。ぴりぴりするけど、ちょっときゅうってしてるみたい。一刀のちんちん、挿れられたせい?」

「よく、確かめてみるのだな。ここが、おまえのもっとも深い部分なのだ。そこに、いまは俺がいるのだよ」

「はっ……♡ いま、恋の奥でちゅってした? ちんちんの先っぽ、恋のお腹の奥にあたってる♡」

「かわいいぞ、恋。おまえとひとつになれて、俺はきっと幸せだと感じているのだ」

「くふうっ……♡ 一刀のちんちん、ぴくってした。これも、恋のなかにいられて幸せだからそうなった?」

「ははっ、そうなのかもな。動かすぞ、恋。そうすれば、より強く感じられるはずだ」

 

 未熟な肉襞を、男根が擦り上げていく。

 どうすれば、気持ちよくなることができるのか。恋の身体は、それを求めて試行錯誤を繰り返していると言ってもよかった。

 後頭部をつかまえ、恋の唇を強く吸った。愛液によって、満たされつつある膣内。滑りがよくなったそこを、曹操は何度も穿つ。

 

「……あっ♡ 一刀、いっちゃだめ♡」

「悪いが、これ以上稟を放っておくわけにもいかないのでな。また、すぐに戻ってくる」

 

 抜こうとしていることを、たぶん読まれていた。そのくらい、恋の膣肉は急に締め上げを増してきたのである。

 さみしげに開いた膣口を指で埋め、稟の奥を再び集中的に突き上げていく。悦びに満ちた声。今度は、恋も一緒だった。

 

「んはっ、んうぅう……♡ お、お待ちしておりました、一刀殿っ♡」

「ここが、よいのだな? おまえの悦んでいる声で、そのことが簡単にわかってしまうのだよ。恋も、そうは思わぬか?」

「……んぐっ、ふうっ♡ よ、よく、わからない。ああっ、一刀の指、恋のなかくちゅくちゅって♡ ちんちんと違うけど、これも気持ちいい♡」

「うふふっ♡ 恋も、一刀殿との情交を、すっかり愉しんでいるようですね。あっ、んあっ♡ ですが、わたしも負けるつもりなどありません♡」

 

 曹操の腰の動きに合わせて尻を突き出し、稟は貪欲に快楽を得ようとしていた。

 弾ける粘液。肌には、汗まで浮かんでしまっている。それほど、この交わりがよくて仕方がないのだろう。うごめく肉壁が、雁首のあたりを甘く締め上げている。処女を失ったばかりの、華侖や恋では決してすることのできない動き。それを、稟は平然とやってのける。

 急速にふくらんでいく射精への欲求。稟も、疼く子宮を精液で満たされることを望んでいるのだ。恋は、どうなのか。それを確かめたくなって、曹操は男根を恋に突きいれた。

 衝撃。愛液に塗れた入り口を通過し、甘い快楽を与えようとしてくる襞を割っていく。

 なにもわからないまま、恋の膣内は最奥で射精することをせがんでくるのだ。そのことが、やけに愛おしく感じられてしまう。だったら、と曹操は突き上げを強めていった。

 

「うっ、んうっ、ふあっ♡ 一刀、一刀も、恋のなか気持ちいい? ちんちん、ぎゅうってされるのが好き?」

「ああ、好きだとも。お返しに、恋のことももっと感じさせてやる」

「はっ、くはっ、これぇ♡ ちんちん、きてる♡ 恋の奥で、なんかいもちゅってして♡」

「一刀どのっ、わたしにも♡ こわれてしまうくらい、突いていただきたいのです♡」

「ならばいくぞ、ふたりとも?」

 

 淫らに痙攣する膣内。突いて突いて、突きまくっていく。

 耐えきれなくなって震える下腹部。それを支え、強引に抽送を続けていった。嬌声。もはや、どちらもけものと変わらなくなっている。自分も、そうなのだろう。

 出る。感じた瞬間、全身が軽くなっていくようだった。最初に精を飲ませたのは、どちらだったのか。それもわからなくなってしまうくらい、おびただしい量の白濁を流し込んだ。

 

「あぐっ♡ んおぉおおっ♡♡♡ イグっ♡ わたし、イッていますっ♡ あはっ、はあっ♡ んうっ、一刀どのぉ♡」

「はあっ、んうぅうう♡♡♡ どくどくって、恋のお腹あったかいのでいっぱいにされちゃってる♡ ふあっ、んっ♡ かずとのちんちん、まだたくさんなかでふるえてっ……♡」

 

 ふたりが、夢うつつの状態となって自分の真名を呼んでいる。

 悪くない重みを身体に感じながら、曹操は熱い吐息をもらしていた。まだまだ、こんなものでは物足りない。火のついた情欲。それが、女体で快楽を得ることを欲している。

 水のなかを歩く音。どうやら、華侖もまたやる気になってきたようだった。

 注ぎ込んだばかりの、真新しい精液。それがふたりの内股に流れる様子を見つめながら、曹操は気分を熱くたぎらせている。



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閑話 外史の狭間(愛紗、桃香)

 居並ぶ兵卒。戦陣特有の高揚が、伝わってくるようだった。

 周囲には、見たことのない軍旗が林立していた。十字と、丸を組み合わせたようなもの。字ではなく、これはなにかを表す紋様なのか。それが、旗のすべてに描かれているのだ。

 ここは、どこなのだ。愛紗(あいしゃ)はそう叫ぼうとしたが、うまく声にならなかった。

 自分の身体が、他人に支配されているような感覚。これは、きっと夢を見ているせいなのだろう。

 一瞬だけ訪れる目眩。その間に、場面がべつのものに入れ替わっていく。

 

「ああ、ここにいたんだね、愛紗(あいしゃ)

 

 誰かに、声をかけられた。

 聞き覚えのある声。振り返った先にいたのは、やはり見知った人物だった。

 曹操。しかし愛紗は、どこか風貌に違いを感じてしまっている。着ている服が、まず見たことのないものだった。やけに真っ白く、陽光を反射して輝く上着。それに、表情も幾分か優しげであるように思えていた。歳に関しても、自分の知っている曹操よりもたぶんいくらか若いのだろう。

 曹操に似た男が、近づいてくる。

 不思議と、笑みがこぼれてしまう。夢のなかで、自分は曹操と同じ顔をもつ男と、ずっと懇意にしているのか。現実では、とても考えられないことだった。自分は桃香(とうか)の臣で、曹操とはたまたま共通の敵と闘っている。それだけの、はずだった。

 

「これは、ご主人様」

 

 夢のなかで愛紗は、曹操に似た男のことをご主人様と呼び慕っている。自分の意志とは関係なく、口だけが動いているようだった。呼ばれて、男のほうもほほえんでいる。

 温かな感情。どうして、自分はこんな気持を得てしまっているのだろうか。そもそも、眼の前にいるのはほんとうにあの曹操なのか。そんな疑念が、次々に湧いて出ては消えていく。

 出陣の時が、近づいているようだった。

 感覚的にわかったことだが、先鋒を受け持っているのは、たぶん自分の手勢なのである。それで、曹操そっくりな男は、激励に訪れているのかもしれない。

 

「敵には、あの曹操がいる。わかっているとは思うけど、気をつけて」

「承知しております、ご主人様。この一戦で、やつらに北郷軍の精強さを見せつけてやりましょう。連合軍は、一枚岩ではありません。そこに、必ずや付け入る隙があるはずです」

「ははっ。それでこそ、愛紗だな。期待しているよ。だけど、無理だけはしないように」

 

 夢の中の自分は、北郷軍と言ったのか。

 記憶にない名称。それでも、十文字の旗を見上げていると、なぜだか心が熱く燃えたぎっていくのである。

 それだけではなく、敵軍には曹操がいるようだった。混乱が、よりいっそう深くなる。自分と話している男は、感じていたように曹操ではないのだ。

 北郷。それが、この男の名前なのか。

 断片的でしかなかった欠片同士が、結びついていく。

 北郷一刀。曹操の真名と合わせてみると、やけにしっくりきて、それが正解のように思えてくるのだ。表現しようのない確信。それが、愛紗の胸の内にはあるのだった。

 視界。揺らめいていく。ここにきて、急激に意識が薄くなっていく。夢の終わり。ここが、そうだというのか。

 息苦しさに、愛紗はもがいていた。自分とは、いったいなんなのだ。この夢は、なにを暗示しているのか。わからないことが、あまりにも多すぎる。

 

「うっ、はあっ、ふうっ……。北郷。北郷とは、なんなのだ。それに、わたしは」

 

 目覚めた時には、寝台の上にいた。駆け巡る自問自答。そのせいで、軽く頭痛がしているようだった。

 横になったまま、身体を少し動かしてみる。支障はない。それで、夢から抜け出したことを愛紗は理解していた。

 寝ているのは、陣屋のなかだった。

 曹操は、黄巾軍が音をあげるまで、締めつけを緩めないつもりでいるのだ。起伏を利用して構築された陣の堅牢さは見事であり、疲弊した軍勢ではまず落とせないような代物となっていた。

 眠り始めてから、あまり時間が経っていないのだろう。陣屋内部は暗く、あたりも静まり返っている。起きているのは、交代で警固にあたっている歩哨くらいなのである。

 近くでは、桃香と鈴々(りんりん)が眠っている。どちらも、いまは熟睡している時間のはずだった。

 

「んっ、んあっ、ああっ……♡」

 

 はじめは気のせいかとも思ったが、確かに声が聞こえてくる。

 ここに寝ているのは、自分たち三人だけだった。耳を澄ましてみたが、鈴々の寝言ではない。残るは、桃香だけだった。

 

「一刀さん……♡ やっ、だめ、そんなっ♡」

 

 性知識にうとい愛紗ですら、行為の内容を理解してしまえるほどの(あで)声。

 確かめるまでもなく、桃香は曹操のことを想って、みずからの身体を慰めているのだった。

 こんなことを知るくらいなら、あの夢の続きを見せられているほうがよっぽどましだった、と愛紗は唇を噛む。

 桃香が、曹操に心を寄せている。そんなことくらい、わかっていたはずだった。だが、よもやこれほどまでに思慕が強くなっていたとは。

 戦場での心労が、あるいは影響しているのかもしれない。いままで以上に、桃香は戦に対し果敢さを発揮しつつあった。そのこと自体は喜ばしい変化だったが、同時に桃香は心を苛んでいたのかもしれない。

 

「あんっ、やあっ♡ もっと、もっと触ってほしいの♡ 一刀さんの太い指で、わたしのおっぱい、もっと苛めてくれたっていいんだよ♡」

「くっ……。申しわけありません、桃香(とうか)さま。わたしは、少しも理解できていなかったようなのです。あなたさまが、こうなってしまうほど苦悩されていたことを。それなのに、あのような夢を見てしまうなんて、わたしは……」

 

 (ひと)()ちながら、愛紗はおのれの認識の甘さを痛感していた。

 考えるほどに、逃げ場のない坩堝に閉じ込められていくようなのである。

 自分や鈴々、それに義勇軍という存在が、桃香の選択肢を狭めてしまっているのではないか。もっと言うと、苦しめてしまっていることすらあるのかもしれない。

 身ひとつで動けるのであれば、桃香はいまごろ曹操に帰順していてもおかしくはないのである。

 曹操には、力がある。それに、乱世の平定を志してもいるのだ。その姿勢、闘志には、英雄と表現しても過言ではない力強さを宿してもいる。乱世の奸雄、とは言い得て妙な表現なのたろう。むしろ乱世を食い尽くそうとしているのが、曹操という男なのだ。

 そんな曹操を慕っているのは、鈴々も同じだった。自分だけが、独立を保とうと躍起になっている。そんな気すら、いまとなってはしてしまう。

 これまで、自分たちはずっとひとつの方を向いてやってきたはずだった。そこに、少しずつ食い違いが生じつつあるのか。

 こんな思考を、得てしまうこと自体がおかしいのだ。きっかけをつくっているのは、間違いなく曹操だった。夢で見たあの男とは、異なる厳しさを備えている。苛烈に乱世を断ち切ろうとしているのが、曹操という男だった。

 どうすれば、もっと桃香に寄り添うことができるのか。愛紗が思っていたのは、おそらくそのことだけだった。

 

「はっ、はあっ……。わたしは、愚かだな。こんな、こんなことで、なにがわかるというのか」

 

 気づいた時には、胸に触れてしまっていた。

 先ほどまでの夢。それに、知ってしまった桃香の痴態。その二つが、自分をおかしくしてしまっている。そうとしか、考えられなかった。

 桃香は、どのような慰め方をしているのか。

 無為に大きくなってしまっている、自分の胸。それを服の上から、やや乱暴に揉みしだいていく。感覚が、まだつかめていない。気持ちいいと感じるところまでは、到達していなかった。

 

「一刀さん♡ それ、そこ好きなのっ♡ そこ、クニってされると♡ んっ、ふあぁあっ♡」

「桃香さま、すごく気持ちよさそうにされていて。こうしてみれば、よいのだろうか……?」

 

 鼓動。緊張によって、妙に高まっているようだった。

 そばにいるのは、桃香だけではないのだ。こんな馬鹿げたことをしている自分を、鈴々に見られるわけにはいかない。その気持ちが快感を生むことを、愛紗はまだ知らなかった。

 

「これ、さっきと少し違う……。自分で擦っているだけだというのに、一刀殿に触れられていると思うと、あっ……んあっ♡」

 

 自分の口から出た声だとは思えなかった。

 左右の手。それを曹操のものに見立てて、乳房を揉んでいく。不快だとは、なぜだか思えなかった。桃香と一緒に、かわいがられている。そんな風に想像すると、興奮がまた一段と高まっていくのだ。

 

「あっ、ああっ……。一刀殿ならば、もっと強く握られるのだろうか? くそっ、こんなにも、もどかしく感じてしまうとは」

 

 胸を覆っている部分の衣服を、緩めていく。

 後戻りなど、とうにできなくなっている。乳房を指で絞り上げながら、乳頭に指で触れていった。しびれるような快感。それが、突起からじんわりと伝わってくる。

 桃香は、自慰に夢中になっている。もれ聞こえてくるあえぎ声。かなり、感じてしまっているようだった。

 

「ひ、ひあっ♡ これ、いいよぉ……♡ おっぱいぎゅってされながら、おまんこくちゅくちゅってされるの、好きぃ……♡」

「ん、はあっ、ああっ♡ 桃香さまの声、いやらしい。こんなの、ずっと聞かされていると、わたしだって」

 

 指に唾液をつけて、乳頭を責めていく。

 あの曹操であれば、必ず執拗にやってくるはずだ。二本の指。勃起してつまみやすくなった乳頭をつまんで、刺激を与えていく。

 考えられないほどの淫行だった。それでも、とめられない。気持ちいい。ぬめった指に、凝り固まった思考をほぐされていくようだった。

 

「やあっ♡ おまんこ、やらしい音しちゃってる♡ 一刀さん、そんなにしちゃやらぁ……♡」

「ここに触れると、わたしも桃香さまのようになってしまうのだろうか。一刀殿。わたしにも、教えてくださいませんか」

 

 いないはずの曹操に、愛紗は語りかけてしまっている。

 倒錯的な快楽。それが、毒となって全身に拡がっていく。下着をずらし、指で入り口に触れてみた。濡れている。話には聞いていたが、実感するのははじめてだった。

 少しこわい。それでも、我慢することなどできなかった。唾液とはまたべつの滑り。指にまぶし、ゆっくりと挿入していった。声。思わず、もれてしまう。それを受けて、乳房も感度が増していくようだった。

 

「これ、こんなの、知りません♡ はあっ……。桃香さまは、このような快楽をずっと……」

 

 関節ひとつぶんくらい、指が内側に入り込んでしまっている。

 臆せずかき回してみると、知らなかった快楽に身体をもだえさせてしまう。こんな風になった自分を見て、曹操はきっと笑うのだろう。それとも、優しく髪を撫でてくれるのだろうか。握った手。大きくて、力強かったことを覚えている。

 

「ぐちゅぐちゅ、とまらない♡ 一刀さん……♡ ひゃあっ、一刀……さん♡」

「一刀殿は、ほんとうにいけないお方です。わたしや桃香さまをこんなになるまで惑わし、狂わせてしまうのですから♡ ああっ……。こんな、こんなこと、知るべきではなかった♡ それなのに、心地よさがあふれてくるのです♡ ん、はあっ、んあぁあっ♡ わたし、もう……っ♡」

 

 身体が、どこかに登りつめようとしている。直感的に、愛紗はそのことを悟っていたのだ。

 愛液があふれだす蜜壺。かき混ぜる指の動きは、いよいよ大胆になっている。いじられ続けているせいで、赤くなってしまった乳頭。そこから拡散されていく断続的な快感が、未熟な秘部の感度まであげていく。

 もう、どうなったっていい。自分も桃香も、同じ男の指で絆され、限界まで喘がされているのだ。

 感極まったような、桃香の声。それを耳にしながら、愛紗は愛撫の手をさらに強めていく。

 

「いいの、これっ♡ わたしイク、もうイクからぁ♡ 一刀さんの指で、最後まで気持ちよくなりたいのっ♡」

「んあっ♡ うあぁあっ♡ 一刀殿、そんなに強くされるとわたし、わたしはっ♡ はっ、はあっ……。んくっ、ふあぁあ♡」

 

 身体全体が、甘美な痙攣に包み込まれていく。

 声が、おさえられなかった。何度も秘部に指を出し入れし、快楽を貪ってしまう。浅ましい欲望。そう否定し続けてきたものに、自分は飲まれようとしているのかもしれない。

 桃香のあえぎ声が、耳をついた。とろけきったなかに、ちょっとした悲しさがある。そう思えるのは、自分が桃香と近しい心境に至ることができているからなのか。挿入していた指。顔の前にもってくると、女の匂いが鼻についた。

 武人としての生。そこには、快楽など必要ないはずだった。主君のかかげる理想のために邁進し、ただ武器をふるう。それだけで、いいはずだったのだ。

 

「眠られたのかな、桃香さまは」

 

 すっかり静かになった陣屋の中。愛紗は、絶頂の余韻を感じながら寝返りをうっていた。

 淫欲にまみれた汁の付着した指。口に含んでみると、背徳感から身体がふるえた。

 

「なにをやっているのだ、わたしは。んっ、ああっ♡ はあっ、一刀、どの……」

 

 わたしは、いつからこんな風に変わってしまったのだろうか。変わってしまっても、よいのだろうか。

 闇の中。見つめていても、答えが返ってくることはなかった。



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二十九 兄の面影(香風)

サブタイ変更+愛紗に兄上呼びを追加(21/07/19)


 ちょっとした湿り気の間に、少女の放つほのかな甘い香りが入り混じっている。

 椅子に腰かけている曹操。その膝上を、徐晃の小さな尻が占拠してしまっていた。じっとりと濡れた髪。指で遊ぶと、徐晃はくすぐったそうに首を縮こまらせる。

 ついさっきまで、関羽と鍛錬をしていたのだという。関羽からしてみれば、いまは自軍以外の将と武を競わせる格好の好機とも言えるのである。馬超が間に入ることで、それも円滑に進んでいるのだろう。意図的に閉ざしていた心。解かしたのは、やはり劉備なのだろうか。最近では、関羽が誰かと真名で呼び合うことも、珍しくなくなっていた。

 

「どうかな、愛紗(あいしゃ)。強かったろう、香風(しゃんふー)は?」

「はい、それはもう。鈴々(りんりん)も斯くやという斧さばきで、よい汗をかくことができたと思います」

「えへへ、やったー。お兄ちゃん、シャン、愛紗にほめられたー」

「ふっ。香風も、愉しかったのではないか? 愛紗の闘いぶりは、(せい)ともまた違っているからな」

 

 机を挟んだ先に座っている関羽。

 その首筋を、真新しい汗が流れ落ちていく。張り付いた衣服の感触。関羽はそれが気になるのか、指で端をつまんでは風を送り込もうとしているのだった。

 

「んー。シャン、お兄ちゃんに身体ふいてもらいたい。だめ、お兄ちゃん?」

「ああ、いいだろう。布を取るから、膝から降りてくれるか、香風」

 

 動きかけた徐晃。その前に表情を渋らせてみせたのは、おそらくわざとなのだろう。

 関羽が、ちょっとほほえみながら右手を差し出してくる。握られているのは、布だった。後で、自分が使うつもりで用意していたのかもしれない。

 

「どうぞ、こちらをお使いください、一刀殿。ふふっ。香風は、どうやらそこを降りたくないようですし」

「気を遣わせてしまって、すまないな。だが、助かった」

「はい、どういたしまして。あっ、一応断っておきますが、しかと洗って清潔にしたものですので、安心して使っていただければ」

「ははっ。愛紗の生真面目さは、(なぎ)にも劣らぬようだな。ほら、香風」

 

 関羽から受け取った布を使って、徐晃の身体を拭いていく。

 湿り気の残る髪。汗のたまった首もと。腹のあたりを拭く時は、たわむれに愛撫のような動きを加えていく。かわいらしい、へその窪み。そこを指でくすぐってやると、徐晃はちょっと艶めかしさを含んだ声をもらす。

 

「んっ、ひゃあっ……。お兄ちゃん、そこくすぐったい……」

「ここが弱いのだな、香風は。しかし、あまりおかしな声を出すものではないぞ? 俺はただ、汗を拭いてやっているだけなのだからな。それに、愛紗も見ている前なのだ」

「はっ、はうっ……。んっ……。シャンは、お兄ちゃんにふいてもらってるだけ。だから、ちゃんと声、我慢できる」

「その調子だ。よし、次は腕を上げてみろ、香風」

「うっ……。愛紗に見られながらだと、ちょっと恥ずかしいのかも」

「ふむ……? 視線が気になるのであれば、わたしは少し席を外してもよいのだが」

「ううん、へーき。だって愛紗、お兄ちゃんとお話したくて、陣屋まできたんでしょ?」

「なっ……!? い、いや、それはだな」

 

 戸惑いながらも、徐晃はおずおずと右腕を真上にあげていく。

 柔らかな脇腹。そこを経由しつつ、じっとりと濡れた徐晃の腋に、曹操は布でくるんだ指を這わせていった。体型こそ子供じみているが、徐晃の肌は敏感そのものなのである。

 強すぎない刺激。焦らすように、腋に与えていく。物足りなさに、徐晃は喘いでいるのかもしれない。小ぶりな尻。前後左右に揺れているのは、はっきりとした快楽を求めているからなのか。

 感触に釣られて、男根が鎌首をもたげはじめている。自分を挑発するためには、どうすればいいのか。それを、徐晃はよく知っている。

 

「きゃっ、んうっ……♡ お、おにいちゃ……ぁ♡」

「反対側も、しかと拭き上げておかなくてはな。汗をためたままでいると、痒くなってしまいかねん」

「う、うんっ、そうだね。こっちもお願い、お兄ちゃん」

 

 期待にふるえる声。ちょっとした愉悦を感じながら、曹操は湿り気を取り除いていく。

 敏感な腋をくすぐられる感覚。それに顔を赤らめる徐晃を見つめながら、関羽が言った。

 

「ん……、こほん。少し、一刀殿にお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

「なにかな、愛紗」

「打ち明けるべきか悩んでいたのですが、つい先日、おかしな夢を見たのです。以前、一刀殿が見られた夢と、なにか関係があるのかもしれません」

「ほう、夢とな。続きを、聞かせてもらおうか」

「はい、それでは」

 

 関羽の話に耳を傾けながらも、愛撫の手を強めていく。

 しとどに濡れた内股。机で隠れているのをいいことに、大胆に指で触れていく。指先。感じている湿り気は、汗だけではないはずだった。下着越しに、幼い秘裂を押し込んでいく。すると、汗とは違うぬめりが、はっきりと指に付着したことがわかった。

 男根を挑発する尻の動きが、明らかに激しくなってきている。圧迫と解放。それを繰り返すことで、徐晃は勃起を導こうとしているようだった。

 いたずらには、いたずらで返してやるしかない。

 薄っすらとふくらんだ、胸の輪郭。そこを布でなぞっていきながら、下腹部を包んだ下着の隙間に、指を差し込んでいく。

 

「んっ、ひゃわっ……♡ お、お兄ちゃん。そこ、あんまりしたら、だめだから……」

「あ、あははっ……。どうしてなのかわかりませんが、いまの香風を見ていると、妙に肌がざわめいてしまうのです。……っと、すみません。夢の、続きでしたね」

 

 関羽も、徐晃の発する淫靡な氣にあてられてしまっているのだろうか。

 それに、体面上は身体を拭いてやっているだけなのである。だから恥ずかしがって目を背けることはない、と関羽の真面目な本能が判断してしまっているのかもしれない。

 

「わたしの夢に、一刀殿があらわれたのです。いえ、もしかしたら、他人の空似なのかもしれませんが」

「俺が、愛紗の夢に? それは、光栄なことではあるが」

「もう、茶化さないでください。しかも、夢のなかのあなたは、わたしに曹操殿との闘いを命じられていたようなのです。加えて、朧気な記憶で申しわけありませんが、一刀殿の陣には、見知らぬ軍旗が多数かかげられていたように思います」

「それは、またおかしな夢を見たものだな。曹操ではない、べつの俺というわけか。父が聞けば、俺以上に興味を示すのやもしれぬな」

「ふむ。一刀殿の、お父上ですか?」

「これは周知の事実であるが、俺は幼少の時分、曹家に拾われているのだよ。だから、その時に拾われたのがまたべつの家であれば、そこで生きることになったのであろうな。ふっ。あるいは、どこぞで野垂れ死んでいたのかもしれんが」

「んっ、ふっ、はあっ……。お兄ちゃんは天からの授かりものだって、春蘭さまと秋蘭さまが言ってたよ。はっ、きゃわっ……♡ そこ、すごく、くすぐったいから……♡」

 

 思わず、入り口で遊ばせていた指を強く押し込んでしまう。

 たぶん、軽く絶頂してしまったのだろう。それに嬌声を噛み殺していることが、余計に快楽へとつながっているのかもしれない。事実、徐晃の下着はすでに愛液に塗れていて、幼肉は指をいやらしくしゃぶっているのだ。

 掻くような動き。それで、膣内を何度か刺激してやる。耐えられているのは、さすがと言うほかなかった。ただし、愛撫を加えているほうの手は、徐晃の噴き出した愛液でべっとりと濡れている。

 

「天からの、授かりものですか。それで言いますれば、かつて桃香(とうか)さまや鈴々と、天の御遣いなる者を探して、原野を駆け回ったことがありました。その者は流星に乗ってあらわれ、なんでも平和を導くというのです。まったくもって、信じられる話ではありませんが」

「ははっ。天の御遣いと申す者は存じぬが、乱世を平定するべしという思いは、俺も常に抱いているつもりだ。それとも、俺がその建前を名乗れば、麾下に入ることもやぶさかではないと言いたいのかな、愛紗は?」

「ご、ご冗談を。桃香さまは、乱世のならいにもがき、それでも前を向こうとされているのです。そんな主君を見捨てることなど、わたしにできるはずがありません」

「それが関羽雲長という、武人の生き方なのであろうな。よい、いま言ったことは、忘れてくれ」

「はっ。ですが、一刀殿がそうしたお方であるから、きっとわたしは……」

 

 つぶやくような、関羽の声。

 芳しい返事がこないとわかっていても、追い求めてしまう。

 不可思議な夢。それは、自分と関羽をつなぐかけ橋となるのか。以前に自分が見た夢とは、いささか趣きが異なるようだった。それにしても、その根源はどこにあるのか、と考えされられてしまう。

 天。その言葉も、これまでなにかと自分につきまとってきたものだった。天の先になにがあるのか、確かめてみたい。徐晃と、そんなことを語ったのを、曹操は思い出していた。

 あえぐ幼裂。いまの徐晃には、天のことを考える余裕などないのかもしれない。それとも絶頂を向かえれば、軽くなった意識が高々と舞い上がり、天に肉迫することもあるのか。

 妖しげな笑む徐晃。

 感度を増した身体は、快楽を絶え間なく脳内に送り込んでいるはずである。

 主張を強める雌の香り。それが、ここが現実であるということを、如実に示してくれている。

 

「んっ、ふふっ……。愛紗は、すっごく真面目なんだね……♡ でも、たまには力を抜いたほうがいいと思う。ねっ、お兄ちゃん……?」

「愉しみすぎだぞ、香風。おまえは、少し頭と身体を冷やしていたほうがよいのではないか」

「あっ、ええー? もう、拭くのはおしまいなの、お兄ちゃん?」

 

 不満そうに口を曲げている徐晃を膝から降ろし、曹操は立ち上がった。まだ、絶頂したりないことくらいわかっている。無邪気な情欲。純粋さが、時に強さにつながることもある。

 愛液を拭いた布をしまい込む。さすがに、そのまま返すわけにはいかなかった。

 桶に張ってあった水で手を洗い、関羽の後ろに回り込んだ。美しい黒髪。輝きは、はじめて会った頃からなにも変わっていない。

 

「少し、髪に触れてもよいか、愛紗? なに、おかしなことはせぬ」

「は、はあ……? 髪に、ですか」

「乱れた髪を、梳いてやろうと思ってな。面白い話を聞かせてもらった礼とでも、言っておこうか」

「そのくらいであれば、まあ。しかし、やり方をご存知なのですか、一刀殿?」

「まかせておけ。きっと、うまくやってみせるさ」

「承知いたしました。そこまで自信をお持ちなのでしたら、おまかせいたします」

 

 束ねられていた黒髪を(ほど)き、根本から先まで指を通していく。

 汗はほとんど乾いてしまっているが、それでも気をつけるに越したことはない。傷つけてしまっては、元も子もないのだ。

 緊張の漂う肩。触れるのは、やめておいた。いまは、約定に従って動くべきだ、と心が言っている。それだけ、自分は関羽を大切にしたいと感じているのか。

 

「ほんとに上手なんだね、お兄ちゃん。シャンも、あとでやってもらってもいい?」

「見直したか、香風? 昔は、華侖(かろん)柳琳(るーりん)、それに栄華(えいか)の髪をよく梳いてやったものだ。その感覚を、指が忘れていないのだろうな。他愛ない(すべ)だが、たまには使ってみるものだ」

 

 妹のようにかわいがってきた従妹たち。

 思い起こされるのは、懐かしい日々だった。どうあがこうと、自分は曹操孟徳でしかないのだ。迷いなど、どこにもありはしない。これまで重ねてきた足跡が、すべてだった。関羽の長い黒髪。整えてやりながら、曹操はそのことを考えていた。

 

「痛くはないか、愛紗? 櫛があれば、よかったのだが」

「ええ、平気です。むしろ、んっ……、心地よいと感じてしまうくらいで。それに、ですね……」

 

 そこまで言って、関羽は少し押し黙ってしまう。

 自分と関羽。ふたつの顔に、徐晃は交互に眼をやっている。やがて、関羽は意を決して話しはじめた。

 

「一刀殿にこうされていると、かつて兄上に髪を梳いてもらっていたことを、思い出してしまうのです。手付きはちょっと粗雑でしたが、それは照れ隠しだったのかもしれません。兄上は、優しいお人でしたから」

「愛紗にも、お兄ちゃんがいたんだね。けど、その言い方だともしかして……?」

「うむ。兄上と死に別れたのは、もう随分と昔のことでな。その頃は、まさか鈴々のような妹ができるとは、思いもよらなかった」

 

 髪を梳く手を動かしながら、曹操は関羽の言葉に耳を傾けていた。

 兄の死を、引きずっているわけではないようだった。大切で、消えることのない思い出。劉備という姉ができたいまでも、それは変わっていないのだろう。口調も、いくらか明るいくらいだった。

 

「……ン。兄君と重ねてもらえたことを、喜ぶべきなのかな、俺は」

「も、申しわけありません。一刀殿のお手を煩わせているというのに、兄のことを想起してしまうとは」

「いいや、気にすることではない。なんなら、もっと思い出に浸ってみてもよいのだぞ、愛紗? ははっ。俺で、兄君の代役になるとは思えぬがな」

 

 冗談交じりに、そんなことを提案してみる。

 思えば、兄と呼ばれる機会もかなり多くなっている。縁戚の者だけではなく、ここにいる徐晃もそうだった。

 

「えっと、そんな無礼なことをしてしまっても、ほんとうによろしいのですか、一刀殿?」

「愛紗の好きにするがいい。俺は、おまえに付き合ってやるだけだ」

 

 関羽の声色。戸惑いのなかに、かすかな高揚が入り混じっているようだった。

 黒髪の間から見える、白いうなじ。そこから、じわりと赤さが拡がっていく。顔をのぞき込んでしまえば、きっと関羽は兄と呼ぶことをやめてしまう。瞬時に湧き上がった感情には、そのくらいの儚さがあるのだ。

 なるべく、優しくゆっくりとなるように髪を撫でていく。髪と一緒に、関羽の心まで解かしてしまいたい。そんな願いすら込めて、曹操は手を動かし続けている。

 

「へーきだよ、愛紗。お兄ちゃんは、みんなのお兄ちゃんなんだもん。とっても優しくて、でもちょっぴりこわいところもある。それが、シャンの大好きなお兄ちゃん」

 

 屈託のない笑顔。先ほどまで宿していた淫靡さは、どこかに消し飛んでしまったようだった。

 髪を梳く手を止めて、曹操は関羽が言葉を発するのを待っていた。

 

「あの、それでは、兄上……?」

「うむ。想像していた以上に、感慨深いものがあるな。愛紗にまで、兄と呼ばれる日が来ようとは」

「わたしも、同感です。どうして、こんなにもしっくりときてしまうのでしょうね。ふふっ。兄上の大きな手、すごく気持ちいい」

「しばらく、こうして撫でていようか。愛紗のがんばりを、俺はよく存じている。これは、その労いだ」

「そんな、わたしの働きなど、たかが知れています。ですが、ありがとうございます、兄上。褒められたくてやっているわけではありませんが、言葉にしていただけると、やはり嬉しいと感じてしまうのです」

 

 頭頂部を撫でる手のひらに呼応するかのように、関羽が声を弾ませている。

 いまだけは、想いを解き放ってしまってもいい。まるで、夢にも似た空間。関羽は、自身がそのような場所にいるのではないか、と感じているのかもしれない。

 

「はあっ、んうっ……。兄上が、ずっとそばにいてくださればいいのに。こうして触れていただいていると、そんな馬鹿げたことを考えてしまうのです。桃香(とうか)さまだって、わたしと同じ気持ちを抱いておられるのやもしれません。あらわれることのなかった、天の御遣い。それが兄上だったら、どんなによかったことか」

「いずれ、そばにいられる日が来ればいい。俺も、そう願っているのだ、愛紗」

「ふふっ。兄上は、いつだって口がお上手なのですから。それで、わたしはいつも惑わされてしまうのです」

「ほう。言ってくれるではないか、愛紗よ」

 

 踏み込まれることを、関羽はきっと望んでいる。

 夢見心地の頬に、そっと手を当てた。感じる温もり。自然と、関羽が手を重ねてきているのだ。 

 

「愛紗、ほわーって顔してる。お兄ちゃんのお手々、そんなに気持ちいいんだね」

「そう、なのだろうな。たぶん、兄上の手がわたしは好きなのだと思う。大きくて、包み込まれてしまうような、そんな手が」

 

 柔和に語る徐晃の言が、すべてを物語っている。だから、あえて関羽の表情を、のぞき見ようとは思わなかった。

 梳いた髪をまとめ、最後に金具を通していく。これで終わりだと思うと、ちょっと寂しいような気がしてしまう。

 穏やかな時の流れ。ここが戦陣だということを、つい失念してしまいそうになるくらいだった。

 

「愛紗のことを、このまま奪ってしまいたくなる。それではいけないという、思いもあるのだが」

「んっ……。ああっ、兄上……。そんな風に触れられると、おかしくなってしまいますからぁ……」

 

 伸ばした指で、唇の輪郭に触れていく。甘さの増した、関羽の声。理性を、揺さぶりにかかってきていた。奪えば、すべてが楽になる。同時に、果たしてそうなのだろうか、という考えが浮かんでは消えていく。

 黄巾軍との闘いが終結すれば、劉備は徐州にもどるのだろう。拾ってもらった恩には、応えなくてはならない。その律儀さが、劉備を徐州に縛り付けている。

 日に日に増していく人望。その形成を助けているのは、他ならぬ自分だった。徐州は、いずれ転機を迎えることになる。陶謙か、劉備か。諸将が割れる時がくれば、自分にとってはつけ入るべき隙きになるのだった。

 劉備軍を服従させるのであれば、そこだった。陶謙は、人望の大きくなった劉備をおそれるはずである。国を奪われる前に、手を回して排除する。そのくらいの狡猾さを見せても、なんら不思議ではない。陶謙とは、そういう男だった。

 

「あの、兄さま。人和(れんほう)さんが、お見えになっているのですが」

 

 聞こえてきたのは、典韋の声。驚いて、関羽が椅子から飛び上がりそうになっている。

 得難い時間ほど、早く過ぎ去ってしまうものだ。襟元を正した関羽は、もういつもの雰囲気に戻ってしまっている。

 人和とは、黄巾軍のことで相談しておくべき用件があったのである。和平交渉についての返答。それが、昨日あったばかりだった。

 

「なかに通してやってくれ、流琉(るる)。香風、愛紗。すまぬが、人和とふたりだけにしてくれるか」

「承知いたしました。わたしは、一旦自陣に戻ろうと思います。それでは、んっ……兄上」

「ああ。またいつでも来るといい、愛紗」

「ふふっ。はい、一刀殿。それでは外に参ろうか、香風」

「うん、愛紗。それじゃあお兄ちゃん、またあとでねー」

 

 最後に一度だけ兄と呼び、関羽は陣屋から去っていった。

 消し難い感情。それが、胸のなかでぐるぐると渦を巻いている。

 人和を出迎え、曹操は一息ついた。ふたりの残していった、女の香り。それは、まだ心にまとわりついたままだった。



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三十 あの日の雨はすでに遠く(人和)

 済北にて対陣を開始してから、ひと月が経過していた。

 黄巾軍の陣内には、かなり飢えが拡がっているはずである。頃合いだと判断した曹操は、使者を派遣していたのだ。和睦の意思があるのならば、話し合いに応じてもいい。そういった内容の書簡を、曹操は届けさせていたのである。

 上から闇雲に押さえつけられれば、黄巾軍は必ずや牙をむく。

 熱狂という域はとうに過ぎ、信徒らは疲弊しきっている。そして、国家変革の象徴として祀り上げられていた姉妹のひとりは、手中にあるのだ。信仰などは、好きにすればいい。ただし、その結束が叛乱となって秩序を乱すのであれば、徹底的に潰すだけなのである。

 黄巾軍には、理想がある。いまや、かつてあった理想、と言うべきなのかもしれない。

 その熱をいかなる方法で燃やし、どこに向けるのか。正せなければ、あとは薄汚い賊軍となり、死していくだけなのである。

 曹操は、陣屋に呼んだ人和(れんほう)のことを見つめていた。

 引き締まった表情。眼鏡をかけているから、よけいに凛々しく見えてしまうのだろう。それでも、ちょっとした時にのぞかせる笑顔には、他者を引きつけるだけの魅力があるのだった。

 許緒から、聞いていることがある。山で暮らしている間、人和は塞ぎ込むことが多かったのだという。

 姉妹との離散。終わることのない、黄巾軍の叛乱。それらが重くのしかかり、人和の心に蓋をしていたのではないか。その人和が、近頃はよく笑うようになっている。馬超や夏侯惇、それに自分との出会いが、心に影響をもたらしているのかもしれない、と許緒は愉しげに話してくれたのである。

 

「きてくれたのだな、人和」

「わたしにだって、責任がない話ではないんだもの。それにこの機会を逃せば、あのひとたちは死ぬまで、先の見えない闘いを続けることになるのよ。そんなの、あっていいはずがないでしょう?」

「和睦がなろうとも、俺はあの者たちに闘いを命じるだろう。それは、よいのだな」

「かたちはどうあれ、生きているかぎり、誰しも闘っているものなんでしょうね。乱世を抜けた先には、きっと平和な暮らしが待っている。みんなが望んでいるのは、結局それだけなのよ。……導いてくれるのよね、あなたが?」

「ははっ。いい眼をするようになったな、人和。もともと持っていたものを、取り戻しつつあると言うべきなのかもしれぬが」

「そんなの、どっちだっていいことでしょ? それに、あの日出会ったのがあなたでなければ、わたしはいまごろ死んでいたっておかしくないような女なのよ。最近、そのことをつくづく感じさせられているの。曹操孟徳だったあなたと再会したのは、偶然なんかじゃなく、必然だったんじゃないかってね」

「もし、天運などというものがあるのだとしても、それを引き寄せるのも結局はひとでしかないのだよ。おまえが怪我をした春蘭(しゅんらん)を手当してくれていなければ、こうして(まみ)えることはなかったのだと思う。その流れをつくったのは、間違いなくおまえではないか、人和」

「そうね。うん、あなたが言うのであれば、そうなんだって、思うようにするわ。それで、あちらからの返答はどうだったの、一刀さん?」

「ああ、それなのだが」

 

 曹操の提案に同意し、交渉の席を持ちたいというのが黄巾軍からの返答だった。

 向こうも、自分たちの話を聞く気になってきている。それだけ、飢えと厭戦の感情は、着実に拡がっているのだろう。

 締め上げる手を、曹操は一切緩めてこなかった。黄巾軍に勝機がないと見たのか、徐州からの補給物資も形骸化して久しくなっている。そんな状態では、現在の規模の人員を維持することなど無理に等しかった。

 

「わかったわ。どこまで力になれるかわからないけど、わたしも努力はしてみるつもりよ。だけど和睦交渉ともなれば、黄巾軍のほうも、具体的な取り決めを求めてくるのは当然よね? その細部を詰めるためにも、あなたの麾下から誰か出してもらいたいのだけど」

「その役目は、郭嘉に申し付けてある。敵陣に乗り込んでの交渉になるから、護衛もしかと選定しておくつもりだ」

「ええ、お願いね。こんな時、姉さんたちがいてくれたら、心強いのだけど」

「弱気になるな、人和。この交渉は、必ずやうまくいく。そう信じているのだよ、俺は」

 

 郭嘉とは、交渉の着地点についてこの何日かずっと話し合っている。

 第一に優先すべきなのは、いま結成している軍を解散させ、民衆を青州に帰すことだった。その上で、何割かの人員を曹操軍に組み入れる。交渉がうまくいけば、十万に近い兵力を手に入れることすら可能なはずなのである。それだけに、兵力を供出させるという点に関しては、曹操にも譲歩する気はなかった。

 人和が、身体を寄せてくる。ふと、まばたきをした瞬間だった。

 

「ごめんなさい、一刀さん。あなたならわがままを聞いてくれるんじゃないかって、わたし甘えてしまっているのかも」

「誰にだって、甘えたくなる時くらいあるものだ。それに、おまえはそれだけ俺を信用してくれているのだろう、人和? だったら、なおさら悪い気などするはずがないではないか」

「そ、そういうものなのかしら。あっ、んんっ……。一刀さんにぎゅってされると、すごく安心できるような気がして……。だめね、わたし」

「あまりかわいい顔をされると、俺も自制心を捨てたくなってしまうな。それとも、今日は遠慮など不要なのかな、人和?」

「そんないじわるな聞き方、やあっ……」

「どうされたいのか、おまえの口から聞かせてはくれぬか。最初ひどい目に遭わせた手前、俺も臆病になってしまっているのかもしれん」

「んっ……。そんなの、絶対嘘よ。いまだって、こんなに愉しそうにしているじゃない。あっ、そこ、ちがっ……」

「ははっ。言ってくれなければ、なにもわからぬぞ? 察しが悪いのでな、俺は」

 

 頬、首筋と伝って、柔らかな肌に吸い付いていく。少し強めに吸い上げられるのが、人和は好きなようだった。

 雨。人和をはじめて抱いた日は、確か大粒の雨が降りしきっていた。

 思えば、あれは人和の心が流していた涙だったのかもしれない。

 生気のあまり感じられない肌。ずっと、冷たい雨にうたれていたせいでそうなったのだ。あの日も、いまのように吸い付いたものだった。どうすれば、冷え切った眼に生への渇望が宿るのか。それだけが知りたくて、曹操は人和の身体を愛し続けたのだった。

 

「はあっ、んっ、んう……。そ、その、前みたいに、ね……?」

「はて。口吸いを欲されたことだけは、覚えているのだが。それだけで、よいのかな?」

「んっ!? んむっ、ちゅく、ふむっ……♡」

 

 両手の指を絡め合う。

 じっとりとかいた汗。それを感じながら、今度は音を立てて舌を吸い上げていく。押し付けられる肌。吐息でも、かなり熱を感じている。

 

「ふっ、うぅ、はあっ……。一刀さんの、いじわる」

「……ン。すまなかった、人和。おまえのかわいい反応を見ていると、ついいたずらをしたくなってしまってな」

「そんなの、知らな……。あっ、ふあっ、ああっ。そんな、胸ばっかり……。わたし、あんまり大きくないから、その……」

「大きさなど、関係あるものか。触れたいと思ったから、俺はそうしている。ただ、それだけなのだよ」

 

 恥ずかしがる人和の服を、少しずつ脱がせていく。

 薄暗い陣屋のなか。恥じらいに染まっていく白い肌の感触を、指にたっぷりと覚え込ませていく。

 ほどよい大きさの胸。下から掬うように持ち上げ、柔らかな肉を潰していく。人和は自信がないようだったが、しっかりと張りもあり、男の指を愉しませるには十分な大きさをしているのだ。

 未熟そうな色をした突起。そこにはあえて触れずに、乳房特有の柔らかさを存分に味わっていく。人和も、感じてきているのだろう。遠慮がちな吐息。首筋を強く吸い上げてやると、人和は小さくあえぎをもらす。

 

「んっ、ふあっ……♡ 胸、どんどん熱くなってくる。一刀さん触り方がいやらしいから、そうなってしまうのかしら」

「きっと、そうなのであろうな。人和のかわいらしい部分を見てみたくて、必死になってしまう。ははっ。そんな浅ましい男なのだよ、俺は」

「もう、一刀さんったら。んっ、はあっ、ふうっ……。でも、不思議ね。前に流されて、その……した時よりも、ずっと温かな気持ちに包まれてしまうみたいなんだもの」

「それは、当然ではないのか? いまは、互いに求めあって、こうして睦んでいるのだからな。心が重なれば、快楽はより大きなものとなる。その事実を、おまえの身体に刻み込んでやろう」

「そんなっ……♡ んっ、んんっ……。言葉だけで聞かされると、ちょっとこわいのかも。だけど、あなたにしてもらえるのなら、わたしは」

「信じてついてきてくれるか、人和。俺の野心の、行く先を」

「わたしには、もうなにも残されてなんかいない。そう思っていたはずなのに、こんなに心が熱くなってしまうんだもの。なにが正しいかなんて、現時点でわかるはずなんてないわ。だからわたしは、あなたと一緒にいきたいと思うの。たくさんの可能性をくれる、曹操孟徳、一刀さんとね」

 

 そう言って、人和はゆっくりとまぶたを閉じていく。

 あの日のように、もう離したりはしない。そんな誓いすら込めて、唇で丹念に愛し合う。口内を満たす唾液。どちらのものなのか、わからなくなっている。

 下腹部を包む下着だけになった人和を、寝台に優しく押し倒した。唇では、まだつながったままである。じりじりと、甘いしびれが脳内に拡がっていっている。触れ合う肌。股の間に手を差し込むと、人和はおずおずと足を開く。

 唇と胸への愛撫を受けて、人和は秘所を濡らしているようだった。

 魅惑の縦筋。そこに指を走らせながら、反応をうかがっていく。

 

「んむっ、ちゅくっ、ああっ……。ごめんなさい、一刀さん。いやらしいのは、わたしも同じだったみたいなの。あなたに、もっと触れられたい。こうして抱き合っていると、そのことばかり考えてしまって……んっ」

「謝る必要など、どこにもない。むしろ、人和が強く感じているところを、俺は見てみたいのだ」

「んっ、んあっ……。一刀さん、もっと、もっと……」

「脱がすぞ、人和? これ以上汚れると、下着が使い物にならなくなる」

「やっ、そんな言い方、恥ずかしいから……っ」

 

 指をかけ、簡素な下着を足先に向けてずらしていく。

 糸を引く愛液。人和の秘部をじっくりと観察するのは、今日がはじめてなのである。指で軽く入り口をほぐしてから、曹操は顔を近づけていった。発情した雌の香り。徐晃からも感じていたそれを、堪能したいと思ってしまっている。

 

「えっ……? そんな、舌でなんて……。んっ、うあっ♡ ちょっと、一刀さん。そんなところ、あんまり見られると」

「言っただろう、人和の感じているところを見てみたい、と。それに、おまえとここでつながるのは、ほんとうに久しぶりなのでな。なるべく、ほぐしておかなければ」

「だ、だからって……ぇ♡ あっ、やんっ……。んっ、くすぐったいけど、ちょっと気持ちいい?」

 

 弱々しい抵抗。快楽の滲んだ声を聞きながら、曹操は舌での愛撫を続けていく。

 薄く生えた陰毛。その感触を鼻に感じながら、秘裂全体を舐めあげていった。ひくつく入り口。挿入を欲する本能が、愛液をより多く分泌させていく。さらりとしていて、まとわりつくような粘度ではなかった。もっと味を確かめてみようと、舌を内部に突っ込んでいく。

 

「んぐっ、んああぁっ……♡ わたしの中に、一刀さんの舌、はいって……?」

「気持ちいいのか、人和? 濡れ方も、かなり強くなってきているようだが」

「え、ええ、そうみたい。はあっ、あんっ……♡ 舌でされていると、お腹の奥まで熱くなってくる。ほんとにいやらしい女なのね、わたしって」

「ははっ。いやらしいのは、俺も同じだ。快楽を欲するおまえの姿を見て、興奮がおさまらないのだからな」

「そう、なんだ……♡ 一緒なのね、一刀さんも。あっ、ああっ♡ それ、もっと……ぉ♡」

 

 あえぎも、先ほどから比べると段々と大きくなっている。

 それだけ、人和が心を解き放っているということなのだろう。

 挿入している舌を、膣肉が柔らかく締め上げてくる。その動きに合わせて男根のように抽送してやると、人和は甘い声で鳴く。

 

「あっ、いっ、それ、いいっ……♡ ぐちゅぐちゅって、舌でされるの、気持ちいい……♡」

 

 拡がっている快楽。それが、人和の全身を硬直させていく。

 愛液の流れは、激しくなっていくばかりだった。その匂いに、感触に、曹操は男根を硬く勃起させていた。先端は、もう先走りでどろどろになってしまっている。人和と、早くつながってしまいたい。溜め込めば溜め込むほど、情欲はさらに燃え盛っていくのだ。

 

「んっ、はあっ、ふうっ……。あっ、一刀、さん?」

 

 姿勢を変え、今度は男根を使って秘裂を擦り上げていった。

 人和の、期待に満ちた視線が先端に注がれている。以前与えた快楽が、身体に残った毒のように女の情欲を刺激している。そう思うと、余計に強く昂ぶってしまう。粘液同士の混ざりあった音。やけに、大きく鳴り響いている。その音に興奮を感じているのは、人和も同じなのだろう。

 人和が、腕に触れてくる。この場面で自分に対して言いたいことなど、ひとつしかないのだ。

 

「一刀さん。わたしだったら、もう平気だから、ね?」

「欲しいのだな、これが。よい。俺も、そろそろ我慢の限界だったのでな。自分で拡げられるか、人和」

「んっ、ふうっ……。こ、こう、かしら……♡ どう、一刀さん?」

「ははっ、上出来だ。これだけ濡れていれば、痛みも感じないだろう」

 

 数年越しの再会に、男根がいきり立ってしまっている。

 亀頭の先。体重をかけて沈み込ませてやると、人和は胸を上下させて大きく呼吸をするのだった。

 少しの緊張と、それ以上になった大きな期待。人和の中にあるのは、そういったものなのだろう。荒々しく突っ込んでやるのもいいが、それではあまりにも素っ気ないように思えてしまう。

 ここは、慎重にいくべきだった。

 

「はっ、ふあっ、はふっ……♡ か、一刀さん。わたし、ちゃんとできているのよね?」

「腹の奥に、意識を集中させてみるのだな。さすれば、俺がどこまで入り込んでいるのか、おのずと理解することができよう」

「ひゃふっ、んあっ♡ だ、だめだってば。いま、胸なんて触られたら、んんっ……♡ 一刀さんに、集中できなくなっちゃうじゃない♡」

「どちらでも構わないのだよ、俺は。人和の、かわいく感じている姿さえ見られるのであれば、それでな」

「あっ、んあっ♡ ち、乳首、そんなにされると、ぴりってしちゃうから♡ はあっ、はふっ……。ああっ、一刀さんの熱くて太いのが、ずるずるって入ってきてる♡」

「よく感じられているようだな、人和。では、これはどうだ?」

 

 まだ、最奥までは愛してやらない。

 ふくらんだ乳首を爪先で愛撫しながら、男根に力を込めて膣肉をかいていく。

 上気した頬。焦らされているような感覚が、人和のなかに生まれているのだろう。じっくりと、かたちを覚え込ませながらの挿入には、蹂躙するのとはまたべつの快感があるのだった。

 

「んくっ、やあっ♡ それ、お腹の裏の部分、かかれてるみたいなの♡ 一刀さんのがすごく硬くて、わたし、んあっ♡♡♡」

「恥ずかしがらずとも、なにを挿れられているのか、口に出してみてもよいのだぞ? ほら、人和のぬるぬるになった膣内を、チンポが奥まで埋めていっているのが、よくわかるだろう?」

「や、やだっ♡ そんなの、恥ずかしすぎて絶対無理だってば……♡ くふっ、はひっ♡ だめ、胸もアソコも、おかしくなってしまいそうなの♡」

「言えば、もっと気持ちよくなれるとは思わぬのか? 羞恥心など、この場では捨ててしまえ、人和。それとも、ここをもう少しほぐしておくべきだったか?」

 

 二本の指。それを、人和の口内に侵入させていく。

 充満した唾液。すぐに、まとわりついてくる。頬の裏側。それに、舌を揉むように愛撫していく。人和は少し苦しそうだったは、そこでまた快楽を得ているようなのである。

 甘ったるいくらいの締め上げ。男根で反応を感じながら、曹操はさらに理性を突き崩そうとした。その間も、挿入はゆっくりと続けている。熱さを増していく吐息。口内に指を突っ込んだ状態であるから、直に変化を感じることができている。

 

「んひゃっ、くふっ♡ わ、わらっはから、ひゃふっ、んはっ♡」

「……ン。よく、聞こえぬな。なんと言ったのだ、人和?」

「くぷっ、ふぐっ……♡ んっ……♡ ひっ、ひんほっ、おふぃんほが、わらひの、んあっ♡♡♡」

「ははっ。すまなかったな、人和。口に指を突っ込まれたままでは、上手く話せなくて当然だ」

 

 しごくように舌を撫でてから、挿入していた指を引き抜いた。

 唾液の塊。どろりと、垂れ落ちている。それを気にしている余裕など、いまの人和にはないはずだった。強く締め上げてくる膣内。奥への刺激が、欲しくてたまらないと言っているようだった。

 

「おっ……、おチンポ♡ んっ、はあっ♡ 一刀さんのおっきなおチンポ、わたしのいやらしく濡れた穴の奥に、たくさん突き刺して欲しいのっ♡」

 

 柔らかくほぐれた膣肉が、この日一番の締まりを感じさせた。

 恥じらいを捨て去ったのが、絶頂のきっかけとなったのだろう。淫語を言い放った人和は、感極まったかのように下腹部を何度も痙攣させていた。

 その波濤に乗じて、曹操は男根を一気に子宮口の手前まで突き入れていった。あえいでいるのは、上下どちらの口も同じなのである。快楽の波。途切れることなく、送り込んでいった。

 絞り上げられている男根から、甘いしびれが次々に伝わってくる。どこで手放し、解き放つのか。大きな波を越えてなお、人和は意識を快楽に呑まれたままだった。

 

「はひっ♡ ああっ、はっ、はひぃいっ♡♡♡ 一刀さんのおチンポ、ぐりぐりってされるの気持ちいいっ♡ ああっ、こんなに熱くなってるのに、まだ硬くなるなんて♡」

「嬉しいぞ、人和。おまえが、これほどまでに喜んでくれるとはな。ここを、もっと擦って欲しいのか?」

「うんっ、そうなのっ♡ ずっと、ずっとあなたにこうされたいって、頭のどこかで考えていたようなの、わたし♡ はあっ、はげしっ♡ んあっ、一刀さん♡」

「ははっ。すごい締めつけだな、人和。そんなに、俺のチンポが旨いのか? 乳首もこんなにしてしまって、言葉通りいやらしい子だ」

「こんな、こんなにされたら、わたしおチンポのことしか、考えられなくなるっ♡ そんなの、ひゃぅうう♡ 絶対に、らめなのにぃ♡♡♡」

 

 食らいついてくる膣肉。全体を何度も刺激しながら、亀頭を奥に擦りつけていく。

 溢れ出す感情を、制御することができないのだろう。人和は必死になって曹操の腕をつかみ、快楽を注がれることを欲しているのだ。

 胸に吸い付いて、すっかり赤くなってしまっている乳頭を、唇を使って転がしていく。甘い反応を見せる膣内。これまで我慢していた衝動を、すべて吐き出そうとしているようだった。

 なにもかもをさらけ出し、一度まっさらになればいい。

 心地よい嬌声に耳を傾けながら、曹操は女体の快楽をさらに引き出していった。人和が散々達しているせいで、下腹部は洪水に見舞われたかのように、濡れに濡れている。

 

「んあっ♡ すき、すきなのっ、一刀さん♡ 腐りかけていたわたしを、めちゃくちゃにしてくれたひとっ♡ だから、あなたにまた会えて、ほんとに嬉しかった♡ まだ、なにも諦めなくてもいいんだって、思うことができたのっ♡」

 

 情動。それが抑えきれない炎となって、おのれの内側で大きくふくらんでいく。

 人和の目尻に、薄っすらと光るものが見えている。涙。美しいとすら、感じられてしまう。そしてこの涙は、悲しみからきているものではないはずだった。

 男根を中心に拡がるしびれが、ずっと強くなってしまっている。人和と一緒に、達してしまいたい。そんな思いが、自分の中で生じているようだった。

 突き上げ、侵していく。痛々しいくらい尖った乳頭に強めの刺激を与えてやると、人和はさらに身をよがらせる。

 絶頂は、すぐそこにあるようだった。

 

「このまま、おまえの中に放ってしまってもよいか、人和?」

「いいっ、いいからっ♡ 一刀さんの子種だったら、わたし、いくらでも注がれたっていいの♡ ああっ、ふはあっ……♡ また、すごいのきちゃいそうだからっ♡」

「今度は、俺も一緒にいってやる。だから、人和」

 

 吐息が、自然と熱くなっていった。

 それを肌で感じているのだから、人和には限界だというのがよくわかったのだろう。甘い締め上げ。乾いた膣内が、男根に精を放たせようとしているのだ。

 互いに、必死に快楽を貪り合っているような状態。人和は眼を閉じて、その時を待ちわびているようだった。

 終わりは、不意に訪れた。

 痙攣する男根。射精による独特な快感が、下腹部全体に拡がっていく。

 

「あっ、あはっ♡ 一刀さんのおチンポ、びくびくって脈打って……♡ ふあぁあっ♡ それにすごい勢いで、こんなのわたしっ♡」

 

 黙したまま、曹操は濃厚な雄の汁を人和の中に注ぎ続けた。

 首筋。浮かんだ汗を舐め取ると、ちょっとした塩気が感じられた。射精は、まだ止まらない。こじ開けられた子宮口は、多量の精液を浴びせられて、恍惚としているのだろう。

 満たされているようで、どこか乾いた感じもする。引き寄せられるように、曹操は人和の唇に口づけた。

 

「あむっ、んくっ、んちゅっ……♡ すごかったわね、一刀さん。まさかこんなになってしまうだなんて、少しも思わなかったもの。求め合うって、素敵なことなのね」

「理解してもらえたようで、なによりだ。それに、乱れているおまえを見ることができて、俺も愉しかった」

「そ、それは、できれば忘れてもらえないかしら。気持ちよすぎて、自分でもなにを言っているのか、わからなかったんだもの」

「ははっ。それは、無理な相談というものだな。あれほど情熱的に、気持ちをぶつけられてしまったのだ。忘れることなど、できるはずがあるまい」

 

 寝台に身体を預けて、寝転んだ。くすんだ天井。それだけが、眼に入ってくる。

 よほど、情動のままに発していた言葉が恥ずかしかったのだろう。唇をちょっと尖らせて、人和が上に乗ってくる。柔らかな身体。それを余さず感じさせられて、男根がぴくりとふるえた。

 

「んっ……。一応言っておくけど、好きだって気持ちは、ほんとだから。熱に浮かされせいで、出てきた言葉って思われたのなら、それはそれで心外なんだもの。だから、それだけは……。んんっ、一刀さん……?」

「おまえも、まだまだ知る必要があるのではないかな。そんな風にかわいいことを言われると、我慢が効かなくなってしまうのだよ。男の思考というのは、至極単純なつくりをしていてな」

「ふわっ……♡ そんな、あれだけわたしに出したのに、ちっとも満足できていなかったのね。やっ……♡ 硬いの、押し付けられると、わたしまたっ」

「もう少し、愉しもうではないか。愛している、人和」

「だ、だめっ。いやらしいことしながら、そうやって言うの、ずるいんだからっ♡」

「なにも、ずるくなどないさ。心でも身体でも、おまえのことを欲している。単に、それだけのことなのだよ」

 

 笑いかけながら、曹操は乗っかる人和の尻をつかみ、自身のものをあてがっていった。

 ふたり分の体重を受けて、軋む寝台。いまは、その音すら愛おしく思えるのだった。



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第五章 交わる天命
一 荊州より天下を眺む


 ついに、ここまできたという思いがある。

 袁術軍を掌握した孫堅は、返す刀で黄忠を中心とした敵軍を撃破し、江陵を陥落させていた。

 どこかに、今度は慎重を期するべきだ、という考えがなかったわけではない。それでも、孫策をはじめとする、孫家の面々は燃えに燃えていたのである。天すら焼き尽くさんとする喚声。それに突き動かされるように、孫堅はひたすら馬を駆けさせたのだった。

 江陵の城塔に、孫堅は登っていた。

 周囲には、だだっ広い原野が拡がっている。見下ろしていると、ちょっと胸が熱くなっていく気がしていた。ここにきて、荊州のほとんどを、自分は制するに至っているのだ。前回は、死の間際まで追い詰められた襄陽攻めも、あっけなく終わった。黄祖がこの世を去り、その後劉表軍の中心を担っていた黄忠は、江陵にて自軍に捕縛されていたのである。

 残っていた将など、もとより孫堅軍の相手になるとは思っていなかった。五万の軍勢で包囲してやっただけで、劉表は城から逃げ出してしまったのである。行方はまだつかめていなかったが、隠密たちを方々に放ち、その足取りを追わせているところだった。やがて、その消息はつかめるだろう。

 荊州南部に残党が残っているものの、そちらは自分の影響が色濃い土地でもあった。ゆえに、北部をしっかりと固めてしまえば、平定にはそれほど時間はかかるまい、と孫堅は踏んでいるのである。

 城塔に、上がってくる者の姿があった。孫策と、周瑜である。

 

「こちらでしたか、炎蓮(いぇんれん)さま。んっ……、風が心地いいくらいですね」

「もう、母さまったら、すぐひとりでどこかへ行ってしまうんだから。雷火(らいか)に見つかって、また怒られたって知らないわよ?」

 

 孫策の小言を笑い飛ばし、孫堅は視線を再び原野に向けた。

 腰には、孫家伝来の南海覇王を佩いている。

 どうせ、いつかは剣を継承しなければならない時がやってくる。だから、そのまま孫策に預けておいてもいいと思っていたのだが、帰参と同時に突き返されてしまったのだ。

 南海覇王を所持しているかぎり、自分は孫家の長としてあらなければならない。

 それは、意味を変えれば束縛とも取れるものだった。堂々としているように見えても、孫策にはまだ子供っぽいところがある。南海覇王を持たせておけば、自分がいきなり風のように消えることはない。剣の返却は、そうやって考えてのことなのかもしれなかった。

 

「おう、雪蓮(しぇれん)冥琳(めいりん)か。ククッ……。どうだ、よい景色であろう。ここから見えるすべてが、孫家の領土となったのだ。おまえたちも、少しは喜べ」

「それは、もちろん。ですが、いまはまだ道半ば。この国全土に孫家の武名を行き渡らせることが、炎蓮さまのお望みなのではありませんか?」

「冥琳の言う通りね。わたしたちは、荊州なんかじゃ止まらない。それに袁術ちゃんの旧領だって、抑え直す必要があるんでしょ? だったら、ここで悦に浸っている暇なんてないわよね、母さま」

「なんだ。ふたり揃って、オレに(ばあ)のような小言を言いにきたのか?」

「そうではありませんが、雷火殿は現在、文官を引き連れて各地を忙しく回られておりますでしょう? わたしはその出立の際に、炎蓮さまをきちんと補佐するよう、言付かっているのです」

「うふふ。残念だったわね、母さま。雷火がいなくなって、羽根を伸ばすつもりだったのでしょうけど、冥琳がしっかりお目付け役をしてくれるそうよ?」

「チッ、馬鹿を言え。目付けが必要なのは、オレではなくおまえのほうではないのか、雪蓮?」

「ふふん。こう見えて、わたしはきちんと仕事をこなしてきてるんだから。今朝だって、袁術軍出身の兵たちを、(さい)粋怜(すいれい)と思いっきり鍛えてやっていたのよ」

 

 軍団の再編成を、孫堅は急いでいた。

 包囲戦ならばまだいいが、袁術から奪った兵は練度が甘く、野戦で使うにはいかにも心許ないのである。体力の限界まで打ち込んだ調練が、兵らに最後のひと踏ん張りを生むと言っても過言ではないのだ。

 それに、元気があるうちは不満も出やすいものなのである。そんな反抗心すら叩き折り、孫家の軍律に染めきるのが、孫策らに与えられた使命なのだった。

 

「そういえば、黄忠の様子はどうなのですか、炎蓮さま? 劉表に義理立てして、なかなか首を縦に振ろうとしない、と聞いておりますが」

「うむ。あれは、なかなかの堅物よ。璃々(りり)といったか。小さな娘もいるゆえ、すぐに帰順させられると思っていたのだがな。荊州を円滑に治めるためにも、黄忠の力は是非とも欲しい。それに、あやつを斬ったところで、劉表が見つかるわけでもなかろう」

「だったら、頑張って説得しないといけないわね、母さま。時々、璃々ちゃんがシャオたちと遊んでいるのを見かけるけど、とっても素直で利発そうな子なのよ。そんな子を、ずっと人質みたいに扱うのは、さすがに心苦しいもの」

「わたしも、雪蓮に同意いたします。黄忠の帰順が成り、表舞台に復帰したとなれば、襄陽周辺の慰撫は迅速に進むことでしょう。そうなれば、さらなる兵員の確保も期待することができるというもの。われら孫家としては、いち早く揚州の制圧に向けて動き出したいところですから」

「わかっている。今日もこれから、黄忠のところへ出向くつもりだ。これは、あやつとの根比べのようなものなのかもしれん。しかし、それもぼちぼち終わりにせねばな」

 

 原野を見つめながら、孫堅はそうもらした。

 揚州を完全に奪ってしまえば、江水(長江)の水運を使えるようになる。そうすれば、兵員や糧食の輸送が、いまよりもずっと楽になるのだ。ただ、それで守りに入るべきではない、と孫堅は思っている。

 国の北部を狙うのであれば、騎馬隊をさらに増強する必要があるのだろう。牧場を各地に設け、自分たちで馬を生産することも、これからは考えるべきなのかもしれない。

 城塔から景色を眺めていると、そうしたことが次々と浮かんでくるのである。あの時死していれば、それもないことだった。そして、自分を救った華雄への信頼は揺るがぬものとなり、いまでは孫家に欠かすことのできない将となっている。

 拾った縁が、思いがけない力を出すことがあるものだ。ちょっとほほえんで、孫堅は城塔を後にした。ふたりは、もう少し景色を眺めているつもりなのだという。

 

「あっ。炎蓮さま、こちらにいらしたんですね。ご報告したいことがあって、ちょうどお探ししていたところなのです」

明命(みんめい)。おまえが報告にきたということは、北で動きでもあったか?」

 

 姿を見せた周泰を引き連れ、孫堅は大路を堂々と歩いていく。

 傍から見れば単身出歩いているようだったが、その実周囲には護衛が十人ほどついている。全員が、かなりの手練だった。

 

「曹操が、ついに青州黄巾軍を下しました。ほとんどは青州に帰されたのですが、五万ほどはそのまま残り、曹操の麾下に加わったようなのです。帰った者たちに関しても、なにか約定があるのかもしれません」

「ハハッ。ついにやりやがったな、曹操め。あいつがドでかい戦を制したとなりゃあ、こちらも悠長にはしていられまい。それから、劉表の追跡についてはどうなっている、明命?」

「はい。おおよその居所はつかめているのですが、まだ捕縛には至っていないというのが現状です。もし発見できた際には、斬り捨ててしまっても?」

「ああ、好きにしろ。劉表など、オレがわざわざ首を刎ねなければならん相手でもないのでな。むしろ、どこぞで野垂れ死んでくれたほうが、面倒がなくてよいくらいなのかもしれん」

「了解です、炎蓮さま。では、またなにかわかりましたら、参上するのです」

 

 雑踏の中に、周泰は消えていく。

 泰山で黄巾軍を一度打ち破った時点で、曹操の勝ちは決まっていたようなものなのだろう。それにしても、百万なのである。相手にすると考えただけでも、得も言われぬ感覚が、身体全体を駆け巡るようだった。

 兗州を奪った曹操が、次はどこに鋒先を向けるのか。徐州、あるいは豫州と考えるのが、妥当なのだろう。

 冀州の袁紹とは、微妙な距離感を保ったままのようにも見える。手を取り合っているわけではないが、戦になっているわけでもないのだ。

 曹操の立場に自分がいれば、徐州の攻略を優先するのかもしれない。陶謙は利己的な男で、人望があまりない。それに隠密からの報告で、なにやら徐州に調略の痕跡があるとも聞いている。

 

「黄忠への手土産に、酒でも買っていってやるとするか」

 

 歩いていると、酒瓶が眼についた。

 恐縮しきりの店主に銭を渡し、孫堅は上機嫌に去っていく。決して、自分が飲みたくなったからではない。誰が見ているわけでもないのに、孫堅は風の中につぶやいたのである。

 

 

 黄蓋の館に、黄忠は軟禁されていた。

 年頃も遠くなく、互いに弓を得意とする武人同士だから、話が合うこともあるのではないか、と孫堅は思ったのである。

 娘と会わせるのは、十日に一度というのが取り決めだった。寂しさが募れば、心が傾きやすくもなる。そうした狙いがあったが、黄忠はまだ麾下となるのを良しとしてはいない。

 次女の権と出会ったのは、黄忠のいる部屋に足を運んでいる途中でのことだった。

 

「なんだ。おまえもきていたのか、蓮華(れんふぁ)

「これは、母さま。璃々のこともありますし、なんとか孫家に力を貸してもらいたいと思ったのですが、やはり黄忠の説得は難しく」

「ハハッ、そう気に病むな。オレとて、何度失敗しているかわからんような相手なのだからな。それはそうと、外に出て見聞を広めたいという気持ちはあるか、蓮華?」

「見聞を、ですか? 孫家はいま、大事な局面を迎えているのです。そんな時に、遊んでいるつもりなどわたしには……」

「待て、蓮華。なにも、遊びに行けと言っているのではないのだぞ? 揚州獲得に力を割くのは当然として、北を睨むのであれば、これからは豫州にも手を伸ばしていく必要がある。それは、おまえも理解していよう」

「はい。豫州であれば、まずは汝南でしょうか。かの地は袁家の影響色濃く、叛逆も予想しておかなくてはなりませんし」

「うむ。汝南統治のためにも、軍勢を派遣しなければならんのだろうが、オレがいま荊州を動くわけにはいかんのでな。今後の展開を考えていく上で、荊州支配は確固たるものにしておかねばならぬ」

「では、汝南のことは姉さまに?」

「フッ、早まるでないわ。雪蓮は、揚州に向かわせるつもりだ。揚州は、袁術という圧力が消えたことで、太守どもが互いに牽制し合うようになっている。その隙をすかさずつけば、あやつであっても平らげることくらいできようて」

「それは、よきお考えですね。雪蓮姉さまであれば、どこへ向かおうと力を発揮されると思います。わたしにも、姉さまくらいの戦才があれば、もっと孫家に貢献することができるのですが」

 

 なにも戦が強いばかりが、才ではない。

 姉のような武人としての素質がなくとも、権には民衆を治める才能がある、と孫堅は見ているのである。早急に切り取ってしまう必要がある揚州はともかく、豫州は腰を据えての攻略が求められる土地でもあるのだ。

 

「ここまで話せば、もうわかったであろう、蓮華? 汝南、さらには豫州制圧を目指し、おまえには励んでもらうつもりだ」

「ほんとうなのですか、母さま? 豫州制圧。できるのでしょうか、わたしに」

「その程度のことを、案じてどうする。だがまあ、荊州のことが済みさせすれば、オレも後援として出ていくことが可能になるだろう。そうだな……。まずは、沛国の陳珪あたりと話をしてみることだ。万一、陳珪が孫家に転ぶようなことでもあれば、豫州の形勢は一気に傾くことになるであろうしな」

「陳珪殿、ですか。承知いたしました、母さま。期待に応えられるよう、努力する所存です」

「おう。頑張ってきな、蓮華。だが、無茶だけはするなよ? まずは、汝南をしかと手懐けることだ。孫家としちゃ、戦線が拡がりすぎると、苦しくなる一方だからな。しばらくは、守りに徹していればいい」

「はっ。早速、編成に取り掛かろうと思います。報告は、また改めて」

 

 言葉に緊張を滲ませる孫権。腹は、決まったようだった。

 生真面目な性分の中に、孫家の人間らしい燃え盛る本能を宿している。それがあるから、策や宿老たちも、権には一目置いているのだろう。

 豫州の先には、曹操のいる兗州がある。争奪戦となって曹操が出張ってくることがあれば、自分が相手をするしかない、と孫堅は考えているのだった。そして、その時は必ずやってくる。曹操こそが、孫家による天下平定の、最大の障壁となる。

 孫権と別れ、さらに奥へと進んでいく。黄忠の軟禁されている部屋は、館の奥まった部分にあった。

 護衛の兵をつけてあるものの、これまで黄忠が目立った動きをとったことはない。静かに毎日を過ごし、娘と会う日を愉しみに待っている。現状その繰り返しで、黄忠は生きていると言っていい。

 

「数日ぶりだな、黄忠」

「ああ、孫堅殿でしたか。今日は、来客が多くて退屈いたしませんわ」

「ククッ、言ってくれる。来る途中で、酒を買ってきた。どれ、べつに毒など入っておらんが、確認のためにオレも飲んでやろう」

「いえ、わたくしはそんな……」

「遠慮などいらん。いいから、付き合え」

 

 館についてから用意しておいた杯に、酒を注いでいく。

 酒が嫌いでないことは、黄蓋からの話で知っている。ただ、敗れた相手である自分と飲み交わすのが、いまいち釈然としないというだけなのだろう。

 中身を、一気に飲み干した。酔うにはほど遠い量なのである。勧めると、黄忠も渋々杯を呷った。

 

「何度も言っているが、孫家の力となれ、黄忠。劉表は、おまえが義理立てするような男ではない。負けるとわかった途端、城を捨てて逃げ出したような男なのだ」

「それは……。ですが、劉表さまがどんなお方であろうと、わたくしには引き立てていただいた恩があるのです。それを、すぐに捨てるなどと……。そうだ、璃々はどうしているのですか? ご迷惑を、おかけしていなければよいのですが」

「上手く、話をそらされてしまったな。璃々であれば、今日もオレの娘と仲良く遊んでいたそうだぞ? ククッ、強情な母とは、大違いではないか」

 

 さすがに、癇に障ったのだろう。ついでやった酒を、黄忠はやや乱暴な素振りで胃に流し込んでいく。

 子供とは、素直なものなのである。母の所属している軍が負けたことを、璃々は理解しているようだった。それは、自分たちが必要以上に危害を与えない、という点についても同様なのである。

 実の妹のように、尚香は璃々のことをかわいがっているようだった。そのことは、黄忠も度々聞かされているのだろう。でなければ、静かに日々を送ろうなどとは、考えられないはずだ。

 

「よく考えてみるのだな、黄忠。おまえが政に参加しさえすれば、荊州の民は安心して暮らしを営むことができるのだぞ? 黄忠将軍の評判は、このあたりではかなりのものでな。近頃その姿が見えないからと、不安がる者すら出てくる始末なのだ」

「民たちが、わたくしを……。そう、なのですね」

「それに、おまえのような優秀な武人をこんな館の一角で腐らせておいては、この孫堅の名が廃る。黄蓋も、同じ戦場でおまえと弓の腕を競ってみたい、と言っていたぞ?」

「孫堅殿……。そういえば焔耶(えんや)ちゃん、魏延はどうしているのでしょうか。以前、逃げ散った兵をまとめて抵抗しようとしている、と黄蓋殿からお聞きしていたのですが」

「魏延か。その者であれば、数日前にわれらに降ったばかりだな。経緯(いきさつ)はよく知らんが、なにやらまとわりつかれて迷惑している、と華雄のやつが先日もらしていた」

「魏延ちゃんが……。そう、だったのですね。けれど、ほんとうに無事でよかった。わたくしとは違って、あの子の人生はまだまだこれからなんですもの」

「なにも、おまえだって老け込むような歳ではなかろう、黄忠? それに、おまえの復帰を待ち望んでいるのは、民衆だけではなく璃々とて同じなのだ。その期待に、そろそろ応えてやれ」

 

 追うべき背中。それを、親である自分たちは見せ続けているべきなのだと思う。

 娘たちには、伝わっているのだろうか。伝えることが、できているのだろうか。世のことを考えれば、ちっぽけな願いだった。だが、自分たちのいる世界というのは、そんなちっぽけな願いが集まって、成り立っているのではないか。

 

「孫堅殿。もう一献、いただけますでしょうか?」

「フッ、いいだろう。おまえが望むのであれば、思う存分付き合ってやる」

 

 黄忠の口もとに、それまでなかった優雅な笑みが生まれている。

 酒。小気味のいい音とともに、杯の中に飛び込んでいった。曇り空に晴れ間がのぞくまで、あと少し。そう確信して、孫堅は黄忠と杯を合わせるのだった。



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二 新たな一歩(凪)

カリンちゃん遊びたいんで、一区切りついたものを投下。
文中の表記を真名に変えてますが、ちょっとした実験みたいなもんです。


 戦陣ではない場所で過ごすのは、数ヶ月ぶりのことだった。

 黄巾軍の大半には、青州への帰還を約束させてある。叛乱に参加していた農民たちが欲しているのは、安穏な暮らしだけだった。その程度の要求さえ、腐敗した役人には届かない。だから、誰しもが立ち上がることを選ばざるを得なくなった。

 それらの要求に対し、いまはなにもしてやることができない。

 だからというわけではないが、戦のためにかき集めた糧食だけは、ほとんど分け与えてやっている。青州にもどれば、黄巾軍はただの農民となる。そして、再び荒れた土地を耕さなくてはならないのである。ある意味、餞別と言っていいようなものだった。

 ただし、いつかは青州を、自分の支配下とする時がやってくる。その時には、すべての民に平穏な暮らしを与えてみせる。不正に怒りの拳を突き上げるのではなく、日々の生活のために、汗を流して田畠の耕作に打ち込めるようにしてみせる。

 そう約束し、曹操は陣を払った。

 交渉にあたらせていた人和(れんほう)は、疲弊しきっていた。いきなり姿を見せたことに対する、反発も大きかったのだろう。

 どうして、今頃になって戻ってきた。そんな声もあったのだと、(りん)から聞かされてもいる。だが、それでも人和は粘り強く交渉を続けたのだ。

 結束を、捨てる必要はない。なにを大切にし、なにを信じるも勝手とする。もとより、人の心を縛り切ることなどできるはずがない、と曹操は思っているのだ。

 そのうえで、暗い気持ちを発端とする叛乱の先には未来などないということを、人和は滔々と語って聞かせたのだという。

 そこには、確かな愛情があった。降伏勧告というかたちで迫れば、戦は現在も続いていたことだろう。稟が最後まで補助役に徹してくれたことに対し、人和は謝意を述べていた。それだけ、胸に期するものがあったに違いない。無益な闘いに、終止符を打つ。そのけじめは、自分がつけるべきだとも人和は感じていたのかもしれない。

 結局、和議を受け入れる証として、黄巾軍は五万の兵を差し出してきた。五万は全員が曹操の直属となり、それだけで軍団を形成することとなる。天下平定。その目的が達成されるまで、武器を置くことを許されない兵士たちだった。

 青州兵。それが、曹操軍となった五万につけられた、新たな呼び名である。

 

「いかがでしょうか、一刀さま? このあたりなど、特に凝り固まっていて。んっ、んしょっ……」

「ああ、いい気持ちだ。それにしても、(なぎ)にこのような特技があるとはな。知っていれば、もっと早くに頼んでいたのだが」

「えへへっ……。お褒めくださり、ありがとうございます。ですが自分の技など、ほんとうに素人に毛が生えたようなものなんですよ? 氣の流れを読むことさえできれば、このくらい誰にもできるようになるはずですので」

 

 閨。寝台の上でうつ伏せとなり、曹操は凪の指圧を受けていた。

 肌に触れながらでないと意味がないらしく、上半身は裸である。指。探るような動きだった。腰のあたりで止まったかと思うと、いきなり強い力が込められた。普段であれば冗談のひとつも言っているのだろうが、凪は真剣そのものなのである。だから、茶化すようなことはしなかった。

 

「ぐっ、ううっ……。いまのは、なかなか効いたぞ、凪」

「そうではないかと、思っておりました。少しくらいなら平気ですが、滞った氣は時に悪さをしてしまうんです。一刀さまは、特に常人よりも強大な氣を持つお方ですから、たまにはその巡りをよくして差し上げたほうがよろしいかと。例えるならば、これは呼吸と同じです」

「そうか。くっ、ははっ……。ならば、遠慮せずに続けてくれて構わない。しばらく、俺の身体は凪にあずけよう」

「承知、いたしました。ならば自分も、一刀さまのご期待に応えられるよう、全力で参ります」

 

 また、指が氣の滞りを探るように動いている。

 突くべき点。それが眼に見えているのかと思ってしまうほど、凪は的確に指を押し込んでくる。

 普段とは、まるで正反対の立場に追いやられているような感覚だった。凪に氣の滞りをほぐされていると、つい女のような声をあげそうになってしまうのである。凪は、どこかでこの状況を愉しんでいるのではないか。そう思いたくなるくらい、曹操は身体を好きなようにされていった。

 

「つぎは、仰向けになってくださいますか、一刀さま。あっ、どうかお気をつけください。ほぐしたばかりの箇所は、いきなり力を込めると危険ですので」

「凪に触れられていると、不思議な感じがしてならないのだ。もう少しで、眠ってしまうところだったのかもしれん」

「ふふっ。いいんですよ、眠られてしまっても。とにかく、全身を弛緩させていてください。そのほうが、指も入っていきやすくなりますので」

「そんなものか。はあっ……。んっ……、うぐっ」

 

 凪の声に耳を傾けたまま、曹操はゆっくりと眼を閉じていった。

 腕、さらには腿の付近を揉みほぐされているのか。大きな滞りは、あらかた消えてしまっているのだろう。だからか、痛みのようなものは、もうほとんどなかった。

 

「んっ、しょっ……? あっ、あわわっ。えと、これはどうすればっ……」

 

 なにかに包まれているように、温かい。そんな心地よい感覚が、下腹部からじんわりと全身に拡がっていくようだった。

 眠りが近づいてきたところで、凪は指の動きを止めてしまう。何事かあったのかと思い、曹操は口を開いた。

 

「なにか、問題でもあったのか? あと少しで、眠ってしまえそうだったのだが」

「い、いえ!? その、なにか問題があるというわけではないのです。むしろ、殿方といたしましては、健全な証と言いましょうか」

 

 凪の恥ずかしそうな言い方で、曹操はようやく気がついた。

 身体がなにを勘違いしたのか、指圧の心地よさで一点が大きく隆起してしまっているのである。もっとも、氣の滞っている箇所。凪の言葉を借りるのであれば、そう考えるのが自然なのか。

 おそるおそるといった感じに、凪が勃起したそこに触れてくる。強い使命感。あるいは、自分を思ってくれての行動なのかもしれない。

 眼を開けてみると、真っ赤に染まった顔がそこにはあった。近くにいる機会が多い反面、凪との関係はまだそこで止まったままだった。

 

「あ、あの、お辛いですよね、一刀さま? ここ、こんなに張り詰めてしまっているんですから……。もし、もしですよ? 自分のような者でもいい、とおっしゃっていただけるのならば、わたしはあなたさまに……」

 

 真っ赤な顔をさらに赤く染めて、凪は決意の言葉を述べていった。

 もちろん、断る理由などどこにもなかった。凪とも、いい加減主従を越えた関係を結んでも、いい頃合いなのである。そう思うと、眠りかかっていた感情が、急速に高揚していった。

 身体を起こし、凪の指に触れてみる。温かいというより、熱いくらいになっていた。それだけ、緊張してしまっているのだろう。視線すら、合わせようとしてくれないくらいなのである。

 

「ここは、どこよりも敏感な場所だと聞いています。ですから、ずっと優しくほぐして差し上げるべきですよね?」

 

 緊張に顔を引きつらせながらも、凪はふくらんだ男根にあてた指を上下させている。

 薄い布。勃起した男根のかたちが、くっきりと浮き上がってしまっている。友人たちから、奉仕の方法については聞いているのかもしれない。

 熱くなった手のひらが、反り返ったものを包み込んでくる。感じている刺激としては、それほど強いものではなかった。とはいえ、そこには凪の自分に対する愛情が込められているのだった。それを感じさせられて、嬉しくならないはずがない。

 

「いけないな、これは。奉仕までしてくれるとなっては、夜毎凪を呼びたくなってしまうではないか」

「わ、わたしでしたら、いつでも呼んでくださってかまいません。んっ、ふうっ……。一刀さまのここ、どんどん固くなって、ほぐすどころではありません。どう、なのでしょうか? 自分では、うまくできているのかわからないものですから」

「俺の反応を見ていれば、わかるだろう? 手の中の居心地がいいから、無粋にもそこを大きくしてしまっているのだよ」

「えへへ……。そう、なんですか? んしょ、んんっ……。上下に、緩急をつけて擦っていくのがいいんですよね? あんっ、ああっ……。ここ、血流がよくなっているのがわかります。これなら、氣が滞ることもないと言っていいのかもしれません」

「もっと、よく確かめてみてはもらいたいな。肌に触れながらでないと力を発揮しきれないと言ったのは、凪のほうであろう?」

「んっ、ああっ……。こ、ここに、指で触れてほしいのですね、一刀さまは。でしたら、自分も覚悟を決めることにいたします。い、いきますよ?」

「ああ、いつでもいいぞ。凪の持っている術を、すべて味わわせてもらおうではないか」

 

 凪が、下腹部を隠している布に手をかける。

 緊張が、こちらにまで伝わってくるようだった。ふるえる指先。先ほどまで見せていた自信は、すっかり潜んでしまっていた。けれど、なにごとも踏み出さなくてははじまらない。凪にとっては、これが最初の一歩なのだろう。

 

「はーいどうも。ご主君さま、ご機嫌はいかがでしょうかー」

 

 地肌があらわになるまで、もう少し。

 そう思っていた刹那、甘い緊張は場違いな大声によってかき消されていく。

 

「う、うひゃあっ!? どっ、どうして(ふう)が、こんなところに……」

「むむむ? 軍師である風がご主君さまのもとを訪れるのは、至極当然なのではないでしょうか? くふふっ。そういう凪ちゃんこそ、ご主君さまといけない遊びをされていたのではー?」

「い、いやっ、自分はただ、一刀さまのお身体を楽にして差し上げようとしていただけで」

「ほうほう、身体を楽に? ふむ、それで最後の仕上げとして、おちんちんさんを気持ちよくしてあげようとされていたんですねー? これは風としたことが、なんとも気の利かないことをしてしまったようです。申しわけないのですよ、凪ちゃん」

 

 このあたりの傍若無人さにかけては、風の右に出る者などいないだろう。

 ほんとうに用件があって訪れたのかもしれないが、凪は風の発する平坦な声色に振り回されっぱなしだった。興奮しきりだった身体も、段々と落ち着きをみせはじめている。

 開け放たれた扉。その中央から、遅れてやってきたひとりが姿をあらわした。同じ軍師でも、常に飄々としいる風とは、雰囲気がまったく違っている。つんと立ち上がった猫耳頭巾。それが、虫の居所の悪さを示しているようだった。

 

「帰ってきて早々、馬鹿やってんじゃないわよ。凪も、こんな変態の要求に、いちいち付き合ってやらなくたっていいんだからね」

「むっ……。わたしは、べつに無理矢理従わされていたわけではないのだが……」

「ははっ。そうやって凪を困らせるものではない、桂花(けいふぁ)。それにしても、見ないうちに腹が大きくなったのではないか?」

「うっさいわね。ったく、誰のせいでこうなったと思ってるのよ、誰の? それでアンタは、その盛りのついた汚らわしいものを、さっさと引っ込めたらどうなの? ほんと、これだから男ってやつは」

 

 もともと体格の小さい桂花であるだけに、大きくなった腹がやけに目立ってしまっている。

 これまで着用してきた衣服は、きつくなってきたのだろう。頭巾の意匠こそ同じだが、それ以外の部分は気分転換も兼ねて変化をつけているようだった。立ち上がり、曹操は唇をとがらせたままの桂花に近づいていった。

 

「それについては、間違いなく俺のせいだと言えよう。戦に出ている間、身体の調子は平気だったか? 気にはなっていても、書簡を寄越すと、余計に機嫌を悪くしてしまうのではないかと思えてな」

「ふんっ、なによそれ。下手な気遣いなんてされなくても、わたしは元気にやっていたっての。こっちは、子供じゃないんだから」

「……ン、違いない。桂花や風が後方で支えてくれていたから、俺は全力で闘うことができたのだ。(れん)たちとの折衝に関しても、うまくやってくれた」

「あら、わかっているじゃない? だったら、文官の育成にもっと力を注ぐべきね。あの時だって、風が手一杯になっていたせいで、わたしが駆り出されることになったんだから」

「ふむ、桂花ちゃんのおっしゃることには、一理ありますねえ。風も、本質的に言うと忙しいのがあまり好きではありませんから。ご主君さまには、か弱い風を三食昼寝付きで、大事に養っていただきたいものです」

 

 頭をかわいらしく横にかたむけて、風は要望をぶつけてくる。

 確かに、言っていること自体は間違っていなかった。これまでは一郡の太守に過ぎなかったが、以降は兗州統治に本腰を入れる必要があるのだ。そのためにも広く人材を集め、実務を担うことのできる官僚を育てていかなくてはならないのだろう。

 戦乱は土地を枯らし、人を遠ざけてしまうものだ。これからは、その真逆をやる。各地の平定を狙うためにも、まずは兗州を富ませることだった。

 

「それはそうと、少し散歩でもいたしませんか、ご主君さま? ちょっと、お見せしたいものもありまして」

「見せたいものとは、もしや(くだん)の? 真桜(まおう)が、風の手伝いをさせられたと話していたが」

「くふふー。凪ちゃん、大正解なのですよー。ですがまあ、それは見てのお楽しみということで。参りましょうか、ご主君さま?」

「いいだろう。しばらく離れていただけに、俺も城郭(まち)の様子を知っておかなくてはな」

 

 着物をしかとまとい、曹操は出かける準備を整えていく。

 すぐ後ろから、渋々といった様子の桂花がついてくる。実際、体調は落ち着いているのだろう。辛い部分がいまはないから、文句を言いつつも追いかけてくるのだ。

 桂花のちょっとひんやりとした手を引いて、曹操は歩いていく。昼間の陽気が、どこか優しかった。



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三 湯けむりの中に消える声(桂花、風、凪)

英雄譚新作きましたね。
月ちゃん成分過剰摂取できそうなんで白月の灯火めっちゃ楽しみです!


 (なぎ)たちを連れ、曹操は城郭(まち)を見て歩いていた。

 大きな戦が州内であったとは思えないほど、人心は落ち着いている。それについては、(ふう)桂花(けいふぁ)に後方を任せた時点で不安などなかった。呂布軍の来訪という想定外のことがあったものの、それも結局は流れをいい方向に変えてくれた。

 隣を歩く風が飴を舐めながら、こちらを見上げている。

 

「元黄巾軍の方々、いまは青州兵でしたねー。そちらは、うまくやっていけそうなんですか、ご主君さま?」

「青州兵は、以前からある程度の訓練を受けてきた兵たちだ。春蘭(しゅんらん)、それに秋蘭(しゅうらん)の調練によってわれらの軍律を叩き込めば、近く使い物になるだろう。気になるのであれば、風も一度視察しておくといい」

「んん、ですねー。新しく加わった兵士のみなさんには調練の期間も必要でしょうし、しばらくは内側に力を注いでいく感じでよろしいのでしょうか」

「そのつもりだ。まずは、兗州の統治を着実に進めるべきではないかな。冀州、それに徐州も気にはなるが、なにより南には生き返った孫堅がいるのだ。次なる戦に備えて、足もとは固めていかなくては」

「孫堅が生き返ったって、もともと死んでいなかっただけじゃないの? それに、地盤固めに奔走しなきゃならないのは、孫家だって同じなのよ。袁術からかっ攫ったぶんが大きいだけ、あっちの方が苦労が多いくらいじゃないかしら」

 

 風との会話に、桂花がすかさず口を挟んでくる。

 確かに、力で勝ち取った襄陽周辺とは違い、寿春などの旧袁術領はまだ出方をうかがっている段階なのだと思う。しかし、それらを孫堅がうまく治めることになれば、その勢力は一気に巨大なものとなる。揚州だけでなく、豫州、さらには益州への侵攻も、孫堅は視野に入れていると考えておく方がいい。

 三つのうち、優先度合いが高いのは、おそらく揚州なのだろう。揚州は孫家の故郷であり、勝手知ったる土地だった。それに、人口こそ北に比べて少ないものの、水運を使えるようになるのはやはり大きい。孫堅自身が直接出馬するか、あるいは孫策に大軍をつけて、早急に抑えようとしてくるはずである。

 

「あっ。ご覧ください、一刀さま。あそこにある建物が、風が言っていたものではないでしょうか」

 

 先頭を歩く凪が、前方を指差している。

 空き地だった場所に、大きな館のようなものが出現している。その門前に立っていた衛兵が、こちらに気づいて敬礼をしはじめていた。

 

「……ン。見たところ、おかしな建造物をつくったわけではないようだな」

「言っておくけど、わたしは一応止めたんだからね? それでも、風は自分に権限があるからって」

「むう……。桂花ちゃんの言い方ですと、風がご主君さまの信頼を笠に着た、悪徳政治家のようになってしまうじゃありませんかあ」

「あら、違ったの? 真桜(まおう)も、いいようにこき使われたって、愚痴を言っていたみたいだけど」

「むむ……。今日の桂花ちゃんは、ご主君さまと一緒にいるせいか、一段といじわるなのですよ。というか、風がお願いした時には、真桜ちゃんは納得されていたのですが。工兵のみなさんに、建築の実地訓練をさせることができる、って」

「それは、納期を急かさなかった場合の話でしょ? 一刀が帰ってくるまでに仕上げたいからって、結構突貫工事をしていたみたいだし」

「ああ、そのことでしたか。んん……、ふあぁ……。ぐぅ……」

 

 立場が不利になったと悟ったのか、眼を閉じた風が体重を預けてくる。甘い香り。ふわりとした金色の毛髪から、ゆるやかに漂ってくる。

 その頬を指で弾いて、桂花はあきれたような声で言った。

 

「はいはい、そこで寝るんじゃないっての」

「おおっ。なんだか、この流れも久々にしたような気がしますねえ。これも、ご主君さまがそばにいらっしゃる効果でしょうか?」

 

 大きな瞳をしばたたかせ、風が猫なで声を出しながらすり寄ってくる。

 風も、少しは寂しさを感じていたのだろうか。いまくらい、甘えたい。着物をしっかりとつかんだ手が、そう意思表現しているような気すらしてくるのである。

 凪が言った。

 

「それで、この建物は結局なんに使うものなんだ? 誰かの、別宅というわけではなさそうだし」

「ようやく聞いてくれましたね、凪ちゃん。とまあ、ずっと立ち話をしているのもなんですし、説明は中に入ってからということで」

 

 のんびりと歩く風の先導で、建物内に入っていく。

 廊下。まだ、真新しい木材の匂いが残っている。空き部屋を数室通過した頃には、全体像がわかってきた。最奥にある部屋。十人以上であっても、楽に入れるくらいの広さがあった。

 風が、部屋の扉をしっかりと施錠している。表に立っているのは男の衛兵だったが、内部にいるのは侍女ばかりだった。室内には棚がいくつか設えてあり、そこには籠が設置してあった。思い返せば、凪たちとの出会いは、自陣に籠を売りにきたのがきっかけだった。

 

「この籠、真桜につくらせたものなのか? なんだか、懐かしいな」

「おお、そこに気づくとは、さすが凪ちゃんですねえ。ならばその栄誉を讃えて、ここは一番に裸になる権利を与えてあげるのですよー」

「なっ、ど、どうしてそうなるんだ!?」

「ええー? だって、ここがどういった施設なのか、凪ちゃんだってそろそろ勘付いているのではありませんか? だったら、ねえ?」

「そこでねえ、と言われてもだな。だいたい、ここには一刀さまがおられるのだぞ。その前で、自ら肌をさらすのはいくらわたしだって……」

 

 二人のやり取りを、曹操は笑って見つめていた。

 いまいる部屋は、言わば脱衣場なのである。この先を抜ければ、風呂があるのだろう。じわりとした湿気を感じているのは、きっとそのためだった。

 閨にいた時であれば話も違ったのだろうが、凪は恥じらいから身体を縮こまらせてしまっている。こうなることを予測していたのか、桂花は嘆息するばかりだった。

 

「建築中に、男女で部屋を別々にする案もあったのですが、結局無意味なんでやめになったのです。ほら凪ちゃん、どうせ中でじっくりたっぷり見られてしまうのですから、ここは是非とも大胆にいってしまいましょう」

「そんなに言うなら、アンタから脱げばいいじゃないの、風」

「ふむ、その手がありましたか。だったら……、ていっ!」

「ちょっと、それでほんとに脱ぐだなんて、アンタ少しは凪の恥じらいを見習うべきなんじゃないの?」

「くふふー。いやはや、これでも風は恥じらっているつもりなのですよ? にしても、この場で堂々と風の薄っぺらい身体を眼で犯そうとしてくるのですから、ご主君さまはさすがとしか言いようがありません」

 

 言いながら、風の肌が段々と赤く染まっていく。

 勢いでやってしまったのはいいが、自分ひとりだけ裸になっているという状況が、やはり恥ずかしいのだろう。ふくらみの浅い胸。それに、陰部は手で覆い隠されてしまっていた。

 

「脱ぐなら、さっさと脱いでしまえばいいだけの話ではないか。ほら、桂花も手伝ってやろう」

「ちょっと、なに余計なことしてくれるのよ!? やっ、ほんとに、これくらい自分でできるからぁ……!」

「くふふっ。桂花ちゃん、嬉しさがちょっぴりお顔にでてしまっているのですよ。それでは、風は凪ちゃんのお手伝いをしてみましょうか」

「なっ……。んあっ……。風、いま変なところを触っただろう……!?」

「それはたぶん、凪ちゃんの気のせいなのだと思います。もしくは、宝譿がいたずらしたのかもしれませんねえ」

「はあっ、な、なにを、馬鹿なことを……っ。おまえの言う宝譿は、籠の中でおとなしくしているじゃないか……!」

「あれぇ、おかしいですねえ? こら宝譿、脱衣場に同席させてもらえたからって、女の子をいやらしい眼で見つめるんじゃありません。そんなことをして、ご主君さまのお怒りを買っても風は護ってやりませんからねえ」

 

 凪の初々しい反応を愉しむ風を横目に、桂花から着物を剥ぎ取っていく。

 直に見ると、腹のふくらみがさらによくわかる。胸も少し出てきたのか、桂花は観察されるのが恥ずかしいようだった。

 肌に手のひらで触れ、ゆっくりと撫でてみる。この中に、自分と桂花との子が宿っている。そう思うと、俄然力の加減がむずかしいように思えてくる。そんな自分の様子がおかしかったのか、桂花は大きく相好を崩している。

 

「あんまり、いやらしい手つきで触らないでよね。お腹の中の子まで、アンタみたいになったら困るもの」

 

 そう毒づく桂花の口もとは、やはり笑っている。

 腹に触れていて、感じたことがある。どうして、こんなにも安らいでしまうのか。まだ、顔も性別すらもわからない子なのである。曹家に居着くようになった時、自分にはなにもなかった。それとも、なにもないがゆえに、必死になってこられたのか。

 そんな自分に、子ができた。事実だけ述べればその程度のものでしかないのだが、そこには望外の喜びがあるように思えてしまうのだ。

 

「いこうか、桂花。手を、引いてやろう」

 

 差し出した手。そこに、桂花がおずおずと手のひらを重ねてくる。

 前を歩く風が、風呂場へと続く扉を開け放った。

 石でつくられた枠組みの内側に、たっぷりと湯が張られている。壁があるから外の景色を見ることはできないが、上方には澄んだ蒼空が拡がっている。

 開放的な空間。確かに、これだけのものをつくりあげたのだから、工兵たちはいい経験をすることができたのだと思う。

 桶を手に取り、曹操は桂花に声をかけた。

 

「ほら、湯をかけるぞ。それほど、熱くはないようだ」

「んっ、はふっ……。こういうのも、たまにはいいかもね」

「ああ。真桜も、あとで労ってやらなければな」

 

 先に湯に脚を湯に浸し、桂花を中で迎えてやる。

 風や凪の視線が、なんだかむず痒かった。まだ、自分にも恥じらいに似た感情が残っているのか。把握しているようでそうでないことなど、案外どこにでもあるようだった。

 胸の下まで、温かさに包まれている。桂花の腹にいる子も、同じ温もりを感じているのだろうか。

 凪はまだ裸になっていることに慣れないのか、少し離れた場所で湯に浸かっていた。

 

「これから先、ご主君さまのお子さまが、どんどん増えると思いまして。それで、親子水入らずでのんびりできる場所があればいいなと思い、ここの建設を決めたのです。あっ、水入らずと言いいつつ、お風呂ですからお湯には入ってしまいますけどね」

「それに、不要な際は兵たちに開放してやれば、傷を癒やす施設にすることだってできる。その建前がなければ、正直わたしはもっと反対していたわね。けど、実際使ってみると悪くないわ。館のお風呂だと、こうはいかないもの」

「ふふふー、そうでしょう? 広いお風呂は、人の心まで解放してくれますからねえ。それとわかっておられるかもしれませんが、併設してあるお部屋は自由に使ってくださって結構ですので」

 

 そう補足して、風が笑う。明らかに、含みのある笑みだった。

 ゆるりとしている中で、考えることがあった。

 豫州。陳珪とは、一度直に会っておくべきだった。孫堅の影響が増してから動いたのでは、遅すぎる。陳珪ひとりで豫州のすべてが決まるわけではないが、引き留めておくに越したことはないのである。

 それに、陳珪のもとには諸葛亮がいるのだ。決裂は、終わりではない。時が経ち、変化している部分もあるはずだった。再び話してみたところで、うまくいくと決まっているわけではない。それでも、会いに行くのが間違いだとは思わなかった。湯の寛大さ。それが、心を大きくしてくれているのかもしれない。

 

「それはそうと、そろそろ曹嵩さまを、兗州にお呼びになってもいい頃合いなのではありませんか? 長らく、お会いになっていないとお聞きしていますが」

「そうかもしれないが、そう簡単にあの父が首を縦にふるかな。父、それに祖父の築いてきた財産を使って、俺は散々勝手をやってきた。それに嫌気が差していたとしても、おかしくはあるまい」

「ふむふむ。噂程度にしか存じておりませんでしたが、いろいろと事情があるようですねえ。ですが、お孫さんが産まれるとなれば、曹嵩さまもこちらに来やすくなるんじゃないでしょうか。べつに、普段連絡していないだけで、完全に関係が断絶してしまっているわけではないのですよね? それに桂花ちゃんだって、お父上にご挨拶くらいしておきたいでしょうし」

「ちょっと、どうしてそこでわたしの名前を出すのよ!?」

 

 いつまでも、意地を張っていても仕方がない。そのことは、わかっているつもりだった。

 兗州の支配者となった自分。それを見て、父はどういった感情を抱いているのか。考える意味などないことだった。その答えが、自分の心の中から出てくることはない。

 

「んんー。これは、もう少しほぐして差し上げるべきなのでしょうか。くふふっ、ご主君さまぁ……♡」

 

 左隣にいる風が、しなだれかかってくる。

 赤い舌。のぞいている。獲物は、すでに捉えているようだった。くすぐったいような感覚。ちょっとざらりとする舌が、男の胸にもついている突起を刺激してきているのである。

 戯れに等しい愛撫の仕方だったが、温まった身体にはそれが丁度いいようだった。

 

「あむっ、ぺちょっ……。ふふっ、いかがでしょうか、ご主君さま。たまには、趣向を変えてみるのも一興ですからねえ」

「ふうん。一刀も、ここで感じることがあるのね。だったら、いつもの仕返しに。んうっ、れろっ……」

「ほうほう。桂花ちゃん、なかなか大胆な舐め方をされるんですね。風も、負けていられません」

 

 左右から、乳首を舐め上げられてしまっている。

 微細な感覚。それで物足りないとわかっているのか、風の指が段々と下の方に降りてきている。

 こちらのしていることが、気になっているのだろう。それでも恥ずかしさがあるのか、見ていないふりをしていながら、凪はしきりに振り返っている。

 

「凪ちゃん。遠慮していないで、さっきの続きをここでしちゃえばいいんです。ねっ、ご主君さま?」

「どう転ぼうが、俺には得しかないのでな。しかし、できれば凪のことも、感じたいものだ」

「わ、わかりました。ですが、自分はどうすればいいんでしょうか?」

 

 湯を波打たせながら、凪が近くにやってくる。

 空き部屋を使ってもいいのだが、湯に浸かっているほうが桂花もなにかと動きやすいはずだった。

 縁に腰かけ、下腹部を湯の中から露出させる。温度の差が大きいだけに、外の空気がやけに涼しく感じられてしまう。

 そそり立った男根を眼にして、凪は黙り込んでしまっている。それとも、観察することに夢中になっているだけか。はじめに口をつけてきたのは、風だった。続いて、桂花も竿の部分に舌を這わせてくる。

 男根を癒やすような動き。ぬるりとした唾液の感触に、思わず腰を脈打たせてしまう。

 

「こら、あんまりここ、跳ねさせないでよね。んっ、じゅぷっ。一刀は、黙って奉仕されていればいいんだから」

「ふむ。桂花ちゃんは、思っていた以上に熱心にご奉仕されるようですねえ。では凪ちゃんも、ここの先をぱくっといってみましょうか?」

「こ、この先を? よ、よし、それでは、一刀さま」

「ああ、任せる」

「はい。んっ、これ、すごくいやらしいかたちをしています。これが、一刀さまのおちんちんなんですね。はっ、んうっ……。それでは、失礼いたします」

 

 遠慮がちに開かれた口。

 緊張している凪を愉しげに見つめてから、風がまたしなだれかかってくる。口づけを、欲しているのだろう。甘い香りが、段々と近寄ってくる。

 

「はふ、ちゅっ……。どうなんでしょうか、ご主君さま。はじめて味わう、凪ちゃんのお口の感触は?」

「それを、おまえが聞いてどうするというのだ。だが、ぎこちない感じが、悪くないな。桂花が、してくれているというのもあるのだろうが」

「んぷっ、んちゅっ……♡ ふぁ、ふぁいっ。もっと、がんばります。がんばって、一刀さまを、んむっ、気持ちよく♡」

「こんなガッチガチに勃起させてしまうなんて、ほんと性欲の権化なんだから。れろっ、ふむっ……♡ 気持ちいいんだったら、さっさと出しちゃえばいいでしょ」

「んふふー。凪ちゃんと桂花ちゃんにいやらしくねぶられて、おちんちんすごいことになっていますねえ。いいんですよ、ご主君さま? 今日は、わたしたちだけの貸し切りなんですから。どれだけ汚してしまっても、問題ありませんからねえ?」

 

 風の手が、肌のうえを這い回っている。

 三人の少女の香り。少しずつ濃くなっていくそれに、曹操は興奮を高めていっている。

 男根は、湯の中にいた時以上に、優しくねっとりと包まれている。奉仕をしている二人は時々場所を入れ替わって、違う感触を与えてくるのだ。はじめて行う凪と違って、桂花はこちらの感じる部分をよくわかっている。桂花のやり方を見て、また凪が学ぶ。その繰り返しで、はち切れそうなくらいふくらんだ男根の感度が、さらに高められていくのだった。

 

「ちょっとずつですけど、んむっ、わかってきたような気がいたします。先を、ずずっ……、吸い上げながら裏側を舐めて差し上げると、一刀さまのここ、びくって反応するんです♡ これが、気持ちいいということなんですよね」

「ふうっ、ちゅむっ、ちゅうぅう♡ ふふっ、一刀のここ、どんどん熱くなってきているわよ。んむっ、我慢なんて、するんじゃないっての。早く、出しなさいってば」

「だったら、そうだな。二人同時に、先を責めてみてはくれないか」

「ほんっと、れろっ、救いようのない変態なんだから。でも、仕方がないわね。ほら、凪」

「あ、ああ。これ、ひとりでしているのとは、全然違ってぇ♡ んあっ、桂花の舌、すごく熱くなってる。それに、割れ目からお(つゆ)がどんどん溢れてきて。んはあっ♡ これ、すごく苦いけど、ドキドキしてしまいます♡ 一刀さまの味なんだって思うと、身体まで熱くっ♡」

「んっ、じゅずずっ……♡ 凪も、この味には慣れておいたほうがいいわよ。このあとから出てくるものは、比較にならないくらい濃くて、量も多いのだから」

「そ、そうなのか。はあっ、ああっ♡ また、一刀さまのおちんちん、ぴくってしています。これが、射精の前兆というものなんでしょうか。ふむっ、ちゅぷっ♡ なんだか、味まで濃くなっているようで、たまりません♡」

「そろそろ、出すぞ。顔で受け止めてくれるか、二人とも?」

「はい。自分は、なんだって構いません♡ ただ、一刀さまが、気持ちよくなってくださればそれで」

「はあっ、んんっ♡ ここ、馬鹿みたいに硬くなって、射精の準備はじめちゃってる♡ ほらぁ、出したいでしょ? わたしたちに、ぶっかけたいのよね♡」

 

 興奮に支配されつつあるのか、射精を煽るような桂花の言葉が続いている。

 我慢など、する必要はない。どうせ、一度出したくらいで、収まるようなものではないのだ。このあとも、たっぷり時間をかけて、三人の身体を愉しめばいい。

 亀頭への吸い付きが、一気に強まっていく。

 尿管の動きを補助するかのように、風の手が男根を扱きあげている。強烈な痺れに、下腹部を押し上げられているようだった。そう思ったのも束の間、煮えたぎった精液が暴発するようなかたちで、至近距離にいた二人の顔を白く染め上げていく。

 

「ふふっ。ご主君さまのお射精は、いつ見てもすさまじいのですよぉ♡ ほら、風がシコシコってしていて差し上げますから、もっとおちんちん気持ちよくなっていいんですよ♡」

「んぷっ、ふあぁあ♡ 射精、こんなにすごいだなんてっ♡ ああっ、まだ、止まらない。一刀さまのおちんちんの先から、白いのがびゅるびゅるって♡」

「ふあっ、やあっ……♡ わたし、精液まみれにされちゃってる♡ こんな、こんなにされたら、もっと欲しくなってしまうじゃない♡ 一刀、もっと、もっとだしてぇ♡」

 

 この一回で、空になってしまうのではないか。

 そう感じてしまうくらいの量が、男根から絶え間なく吐き出されていった。

 射精をしながら、風の甘い口内を舌で蹂躙していった。途切れることのない快楽。二人が、亀頭に口をつけて、吸い出しにかかっているのだろう。それで、余計に止まらなくなってしまうのだ。

 出し終えた頃には、二人はすっかり白濁に染まりきっていた。

 どろっとした塊が、湯の中に落ちていく。それを指ですくいあげ、桂花は凪の肌に塗っていく。

 

「こうして近くで見ていてわかったことなんだけど、凪ってすごくきれいな肌をしているのね」

「そ、そうなのだろうか。自分の身体なんてどこも傷だらけで、きれいとはほど遠いのだと思うのだが」

「いえいえ、決してそんなことはありませんよー? 凪ちゃんの身体に刻まれた傷は、勇士の証と呼んでいいものですから。そしてそれは、ご主君さまがもっともよくご存知なことですし」

 

 青州黄巾軍との戦でも、凪は矢面に立ち、よく闘ってくれていた。

 本人からしてみれば、できれば負傷などしたくはないはずだ。しかし、その献身的な行動のおかげで、兵たちの士気があがるのもまた事実なのである。

 羞恥で縮こまってしまった凪を抱き寄せ、曹操はほほえみかけている。

 触れ合っている部分に、ぬるりとした感触がある。どうやら、先ほどの奉仕で身体の準備はできているようだった。

 

「このまま凪に挿れてしまいたいところではあるが、部屋に移ろうか」

「くふふっ。焦らしてきますねえ、ご主君さま。もちろん、風や桂花ちゃんのことも、かわいがってくださるおつもりなんでしょう?」

「無論だ。桂花も、今日は平気なのだろう?」

 

 そっぽを向いている桂花が、小さくうなずいた。

 つながるのは、かなり久しぶりのことなのである。期間が空いているぶん、少し緊張のようなものがあるのか。それでも、差し出した手だけは、しっかりと握ってくる。

 移動した先の部屋。寝台のうえに、三人が仰向けになって寝転んでいる。中央に凪を置き、その左右に風と桂花が陣取るというようなかたちだった。少し腹が重いのか、桂花だけはちょっと横を向いて自分のことを待っている。

 風呂場で射精してきたおかげで、情欲にも多少の余裕が生まれている。これならば、はじめてである凪と交わっても、不要な負担をかけることはないはずだった。

 

「いくぞ、凪。覚悟は、できているな?」

「は、はい、一刀さまっ。自分は、いつでも平気です」

 

 真っ赤になった顔を小刻みに動かし、凪はその時を待ちわびているようだった。

 湿り気を含んだ肉。ゆっくりと、左右に割り開いていった。愛液。中から、流れ出してくる。移動中も、こうされることを想像して、凪は興奮し続けていたのだろう。ふるえる秘肉に指で触れてやると、かわいらしいあえぎ声が耳をついた。

 凪の処女喪失の瞬間を、左右にいる二人がやわらかな眼差しで見守っている。

 愛液をまぶした亀頭を、狭い入り口に突っ込んでいく。鍛えているだけあって、締まりはかなりのものだった。緊張と相まって、膣肉が異物を外に押し返そうとしてくるのである。それでも、順次あふれてくる潤滑液が、挿入の手助けとなっている。半分ほど入った頃には、凪も男根の感触に慣れてきたようだった。

 

「んあっ、はあぁあっ♡ 一刀さまのおちんちんが、わたしの中をすっかり埋めてしまっています。これが、交わるということなのですね♡」

「ああ、すごい締付けだぞ、凪。おまえの中も、しっかり感じているようだ」

「んぐっ、んふうぅ……。これ、すごいんですね♡ 硬いものにお腹の中、擦られているみたいでぇ♡」

 

 凪の反応を確認しつつ、腰を揺すっていく。

 痛みは、それほど感じていないのだろう。それ以上に、快楽のほうがずっと大きいようだった。

 疼いた膣肉を亀頭でかいてやると、締付けかたがより甘くなっていくのだ。男根のかたちに慣らしていくように、浅い部分を重点的に責めていく。陰核を同時に指で潰されると、凪は蕩けた声を部屋に響かせる。

 

「ねえ、ご主君さま? はじめての凪ちゃんがかわいいのはわかりますけど、こちらの相手もそろそろしていただけないでしょうか? 感じている凪ちゃんを見ていると、欲しくてたまらなくなってしまうのですよ。指なんかじゃ、ちっとも足りません」

 

 幼さの残る秘裂。自分と凪の情交を横目に、風は指で身体を慰めていたのだった。

 いやらしく開いた膣口からは、真っ赤な肉がのぞいている。

 引き抜かれることが、わかったのだろう。凪の膣内が、名残を惜しむように甘く男根を抱いてくる。すぐに、また戻る。そう言いながら口づけると、曹操は風の身体に覆いかぶさった。

 

「ふわっ、んきゅぅう……♡ これ、この感触が、ずっと欲しかったのですよぉ♡ ああっ♡ ご主君さまのおちんちんが、風の奥のとこ、コンコンって突っついています♡ ひゃうっ♡ これ、気持ちいい♡」

「待たせてしまって、すまなかった。風のここは、案外寂しがり屋だったようだ」

「そ、そんなの、あたりまえじゃありませんかぁ。風だって、ご主君さまを愛する、ひとりの女なのですから♡ そんな大好きなお方に、こうされて嬉しくならないはずがありません♡ はうぅっ、そうやってトントンされるの、すごくってぇ♡ 風、感じすぎてしまいます♡」

 

 風の小さな身体が、快楽によってふるえている。

 いじらしいくらいの締め付け。凪の中とはまったく違う感触に、曹操は喜悦を浮かべている。

 求めるほどに、快楽は強く大きく育っていく。嬌声を放つ風の膣奥を、丹念に責めてやった。これだけ感じさせておけば、しばらくは満足していられるだろう。軽い絶頂。それも、何度か味わっているようだった。

 横になった桂花が、物欲しげな視線を送っている。感じまくっている風の姿に、おのれを重ねて想像してしまっているのだろう。

 場所を移った曹操は、桂花のふくらんだ腹を撫でながら、声をかけた。桂花の陰部は、三人の中で一番濡れていると言っていい。そうなってしまうくらい、挿入を待ちに待っていたのだ。

 

「気になることがあれば、すぐに言うのだぞ? 俺も、孕んだ女を抱くのははじめてなのだ」

「わ、わかってるってば。だから、その……」

「みなまで言うな。挿れるぞ、桂花」

「う、うん。ああっ、これぇ……。この感触、やっぱりすごい」

 

 複雑なかたちをした膣肉に、男根が根本まで呑まれていく。

 衝動的な快楽よりも、愛情のようなものが、身体の内側からあふれ出てくるのだ。自分でも、味わったことのない感覚だった。

 無理をさせないように、桂花の弱点だけを念入りに刺激していく。腹の内側。窄まった奥。普通であれば乱雑に突き上げるところを、加減して擦りつけていく。

 返ってくる反応も、ひたすらに甘かった。拡がっていく心地よさに、桂花も満足しているのだろう。ちょっと張り出しの強くなった乳房を、やんわりと揉んでいく。母乳は、まだ出ていないようである。乳先を引っかくように愛撫してやると、膣肉がふるえるように締め上げてくる。

 

「ふわぁ……。なんだか、とってもうらやましく感じてしまいます。凪ちゃんも、そう思いませんか?」

「ああ、違いない。わたしも、いつかあんな風に愛していただける日が来るのだろうか」

「はい。きっと来ますよ、凪ちゃん。だから、それまでは……」

「んっ、んあっ……。ちょ、ちょっと、風?」

「くふふ。凪ちゃんのお肌、すべすべしていて気持ちいいですねえ。おっぱいもきれいで、つい嫉妬しそうになってしまいます」

 

 二人の少女の身体が、絡み合っている。

 風の視線はなんとも挑発的であり、凪はその動きに圧倒されるばかりだった。

 

「これっ、すごすぎるっ……。優しくされてるだけなのに、どうしてわたし、こんなに感じてしまっているのよ♡ ああっ、だめっ、こんなの。ゆっくり動かれてるだけなのに、すぐにイッちゃいそうになる♡」

「ははっ。桂花は、少し休んでいろ。凪と風が、お待ちかねのようでな」

「やっ、だめっ♡ いまそうやってチンコ抜かれると、んっ、うあっ……♡♡♡」

 

 感極まったような声をあげる桂花。その姿に後ろ髪を引かれながらも、曹操は再度凪の内部を穿っていく。

 最奥まで濡れそぼった膣。打ち付ける腰が、止まらなかった。

 合わさった風の陰部が、淫靡に開いてこちらを誘惑してきている。交互に挿入して責め立ててやると、その刺激が互いの身体を通して伝わっているのか、二人は何度も絶叫に近い声で鳴く。

 

「んっ……。一刀、わたしにも♡」

「わかっている、桂花」

 

 三人の中を、途切れることなく行き来していった。

 沸騰しそうになる脳内を抑え込み、男根の先に意識を集中させていく。

 

「んぐっ、んあっ……♡ 一刀のおちんちん、すっごく硬くなってるのがわかる♡ これっ、やっぱりだめなの♡ お腹に赤ちゃんいるのに、精液もっとかけられたくなってしまうから♡」

「ふあっ、ひゃふぅうっ♡ 風も、風も、すっごく気持ちいいのですよお♡ 風の中はへーきですから、ご主君さまのお好きなように、乱暴に突いてくださってかまいません♡ だから、もっとずんずんってしてくださいぃい♡」

「か、一刀さまのおちんちん、また大きくふくらんでいる気がいたします♡ 射精、またされたいのですか? んあぁあっ♡ だったら、自分はいつでも大丈夫ですからっ♡」

 

 濃厚な雌の匂い。それが、部屋に充満しているようだった。

 三人は、すぐにでも絶頂してしまえそうなのである。その痴態を見せられ続けているせいで、下腹部ではまたせり上がってきた精液が、逃げ場を求めて暴れまわっているのだ。

 

「イクっ♡ わたしまたイッちゃうから、今度は一刀も一緒にきてぇ♡」

「はふっ、ああっ♡ ご主君さまの精液、またたくさん、風たちに感じさせてください♡ びゅくびゅくって、射精されたいのです♡」

「んおっ、んあうっ♡ 一刀さま、これが、イクということなんですね♡ だったら、自分も一緒にイキたいです。一刀さまと一緒に、気持ちよくっ♡」

 

 快楽にふるえる膣内を、抽送によってさらに高めていく。

 甘い痺れは、すぐそこまでやってきている。それに身を任せながら、曹操はぬかるんだ穴を最後まで味わい続けた。

 

「出すぞ。おまえたちも、イッてしまえ」

 

 きつい膣肉から引き抜くと、射精感が不意に強くなっていった。

 ふくらんだ亀頭。爆ぜたかと思うと、多量の白い雨を三人の全身に向かって振り撒いていく。

 

「きたっ、きたあっ♡ お腹に一刀の精液浴びながら、わたしイクっ♡ ああっ、んふぅう、うあぅうう♡♡♡」

「べとべと、すごいのですよぉ♡ 熱いのかけられるのが気持ちよすぎて、風の身体、びくびくってなってしまうんですっ♡」

「も、もう、わけがわかりません♡ 匂いも熱さも、さっきとは比べ物にならないほどで♡ こんなの味わわされたら、忘れることなんてできません♡ はうっ、ひゃふぅ♡」

 

 桂花の大きくなった腹を、情欲のかたまりが汚していく。

 背徳的な光景だった。それに後押しされるように、射精はさらに続いていく。

 今日は精根尽きるまで、三人と愛し合っていたい。そんな思いが、情欲をさらに燃えたぎらせていった。

 

 

 情交でかいた汗を湯で流すと、気分が晴れやかなものへと変わっていく。

 最初来た時とは違って、凪もそばで湯に身体を浸けている。それだけでも、心ゆくまで交わった甲斐がある。

 

「はふう。運動したあとのお風呂というのも、やっぱりいいですねえ」

「運動って……。アンタ、一度春蘭あたりに、しごかれたほうがいいんじゃないの?」

「ええー? 春蘭ちゃんの調練はまったく容赦がないので、参加したら風はほんとに死んでしまいかねません。ですので、風のようなか弱い人間のためにも、ご主君さまにはがんばっていただきませんと」

「……ン。まだ、満足できていなかったか? またここで、というのも悪くはないが」

「むむむ。風は、まだそこまで性欲に溺れているわけではありませんから。ですので、こうしてのんびり過ごすのも、大好きなのです」

 

 頭のうえで髪をまとめた風が、じゃれついてくる。

 確かに、この時間に余計な情動などは不要なのだろう。

 

「一刀」

 

 気を緩ませていたところに、桂花が声をかけてくる。

 頭を肩に寄りかからせているものだから、表情はうかがい知れなかった。それでも、声はずっと穏やかなのである。

 

「えっと、おかえりなさい」

「桂花? どうしたのだ、いきなり」

「んっ……。なんでも、ないっての。ただ、まだ言ってなかったな、ってそう思っただけなんだから」

「ふっ、そんなものか」

「なによ。悪かったわね、わたしなんかが急におかしなことを言い出して。あっ、んっ……」

 

 離れかけた桂花の肩を抱き留め、頬を近寄せる。

 風と凪が、興味深そうに自分と桂花の顔を交互にじっと見つめている。普段であれば、すぐに口から出てくるような言葉。それが、いまはやけに重く感じてしまうのである。

 

「ただいま、桂花」

 

 少し気恥ずかしさのある中、曹操は桂花だけに聞こえるようにそうつぶやいたのだった。



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四 邂逅再び

 持ち込まれた書簡を点検し、(えい)は文官に指示を与えていっていた。

 最近になって、新しく入ってきた人員が増加しつつある。それだけ、曹操のやり方を理解した文官が、地方に多数出向いているということだった。

 自身が、他人の経歴をとやかく言えるような立場の人間でないことはわかっている。鄄城(けんじょう)に流れ着いてから、ほんの数ヶ月。それでも、曹操の麾下たちは自分たちのことを信用し、こうして仕事を与えてくれている。

 その曹操が、戦を終えて本拠に帰還してきているようだった。

 援軍として出撃していた(れん)(しあ)も、無事な姿を見せてくれていた。

 平気だと信じていても、なにせ相手は圧倒的な大軍だったのである。数としては、自分たちが以前洛陽で対峙した連合軍よりも、多いくらいだったのだろう。曹操は、青州黄巾軍を一度大きく打ち破ってから、うまく折り合いをつけて和睦してきたようだった。

 戦の才覚があり、多数の人間を惹きつけるほどの器量がある。思い返せば、かつて袁紹を取り逃がした時も、曹操が一緒だった。誰かに従い、安穏な暮らしを得ようなどという気は微塵もないのだろう。抗い、闘い、欲するものを追い続ける。それが、曹操という男の進む道なのか。

 こちらで世話になるようになってから、恋と何度か相談していることがある。

 (ゆえ)の存在を、隠し通せるはずがない。なので、あとから知れて騒動になるくらいなら、自分たちから打ち明けたほうがよいのではないか、というものなのである。

 それに生きているとはいっても、すでに月は乱世に対する野心をなくしている。賭けと言えば賭けだったが、恋の直感を信じるという意味でも、詠は決意を固めていたのだ。

 

「賈駆さま。曹操さまが、こちらにお越しになられているようですが」

「そう、ありがとう。ボクは少し席を外すけど、仕事の手は止めないように。いいわね?」

 

 今朝、役所に曹操の来訪があることを、(ふう)から聞かされていた。

 たとえ月のことがなくとも、目通りはしておくべきなのだろう。まだ、曹操に仕えるということに関して、踏ん切りがついたわけではない。しばらくは、気楽な身分で働くのもいいだろう、と(ふう)も言ってくれている。掴みどころがないようにも見えるが、こちらの意図はしっかりと汲み取ってくれるのが風という少女だった。

 だが、その判断の柔軟さも、曹操の度量の広さがあってのことなのである。ただし、風だってなにも主君のことを軽く見ているのではない。そこには、いい意味での気安さと、確固とした信頼関係があるのだ。それがあるから、あの風も留守居として、自由に采配を振るうことができているのだろう。

 ちょっとした緊張のようなものを感じながら、詠は廊下を歩いていく。

 曹操のいる一室の前には、護衛らしき兵士が数人たむろしている。護衛に事情を話していると、部屋の中から声をかけられた。どうやら、曹操が自分の存在に気づいたようなのである。

 

「そなたが、賈駆だな。俺は曹操だ。もしかすると、洛陽で会ったことがあるのかもしれぬが」

「はい、曹操殿。ですが、こうしてお目にかかるのは、おそらくはじめてではないかと。ボクは、裏方に回っていることが多かったものですから」

「そうか。して、鄄城での暮らしに、不自由はないか? 気になることがあれば、すぐに申すがよい」

「ご配慮、ありがたく存じます。とはいえ、程昱殿や荀彧殿のおかげで、役所での仕事を得ることができているのです。流浪をしていた身でこれ以上を望むのは、過ぎたことかと」

「二人とは、真名を許し合ったと聞いている。ははっ、それにだ。ここは、なにをするにも窮屈な、あの宮殿ではないのだぞ? だから、もう少し楽に振る舞うといい」

「はっ、はあ……。それでは、ボクの詠という真名をお受け取りください、曹操殿。それが流れ者にできる礼儀だと、恋のやつに教えられましたので」

「そうなのか? 恋というのは、不思議な魅力をもった女であるな。茫洋としているようで、見るべき部分はしかと見ているのだ。俺も、その力で戦場(いくさば)では助けられた」

 

 曹操が、恋のことを語りながら柔和に笑っている。

 その身体のどこに、膨大な闘志を隠しているのか。長安に移動する自分たちを、わずか一部隊で追撃してきたと聞いた時には、さすがに正気を疑ったものだ。軍才があるが、負ける時は派手に負ける。それでいて、次に立ち上がった時には、以前よりも多くの麾下を従えているのが、曹操だった。

 曹操は、あの追撃戦の中で死んでいてもおかしくなかったのである。それが恋の恩返しによって生き延び、兗州を()った。そうしていまでは、かつてぶつかり合った自分たちを、庇護下に置くまでになっている。

 

「一刀だ、詠。ふっ、桂花(けいふぁ)のように、呼び捨ててくれても構わんのだぞ?」

「い、いえ、さすがにそれは。ボクからは、一刀殿と呼ばせていただきます」

「うむ。それで、詠は俺になにか話があって、ここに来たのではないのか?」

「ご明察のとおりです、一刀殿。いま少し、近くにいっても?」

「好きにしろ。それに俺も、おまえの顔をもっとよく見たいと思っていた」

 

 椅子に深く腰かけ、曹操は落ち着き払っている。

 時が時ならば、自分はその生命を狙っていたのかもしれない、と賈駆はふと思う。だが、いまの曹操は害すべき対象ではなく、むしろ協力を仰がねばならない存在だった。

 鄄城に流れ着いた日、桂花は曹操にあまり気を許すなと言っていた。あとから知ったことだが、桂花はあの時すでに曹操の子を孕んでいたのだ。どのような気持ちから、桂花はそのような言葉を自分にぶつけたのだろうか、と詠は考えることがある。

 男に対する独占欲。あるいは、一度嵌まり込んでしまうと簡単には抜け出せなくなるような深さを、曹操は備えているのか。それは、身も心も許して、はじめてわかることでもあるのだろう。

 確かに曹操には、わずかな油断から呑まれてしまいそうな雰囲気がある。しかし曹操は、純粋さを絵に描いたような恋が、懐いているような相手でもあるのだ。それだけに、人となりに対する理解が、余計にむずかしくなっている。

 洛陽時代から面識のある月は、曹操のことをどう思っているのだろうか。敵対はしたものの、それは正面からのぶつかり合いだった。誰にだって、志や夢がある。それを追って、自分たちも多くを犠牲にしてきたのだった。

 

「単刀直入に言うと、一刀殿に引き合わせたい者がいるのです。それで、一度ボクたちの館を(おとな)ってもらえないものかと思いまして」

「ほう、引き合わせたい者がいるとな。面白い、そちらの都合さえよければ、今夜にでも参るが」

「ありがとうございます。重ねてお願いがあるのですが、館には少人数、できればおひとりで来ていただきたいのですが」

 

 曹操は、すぐさま提案に乗ってきた。

 長安で起きた事件について、違和感のようなものをもっていたのかもしれない。恋の普段の様子を知っていれば、そう感じていてもおかしくはないのである。

 月の存在を、表立ったものにはしたくない。そんな考えがあるとはいえ、ひとりで訪問しろというのは、自分でも無理な提案だと思っていた。心を通わせつつあるとはいえ、世間的に言えば恋は主君殺しをしてきた将軍だった。だから、普通は曹家の麾下に、その受け入れに疑念をもつ者がいるものなのである。

 その反対を無視してまで、曹操は自分の願いを聞き届けてくれるのか。問題は、そこだった。

 

「少数にとどめるつもりだが、近くまでは護衛の者と行くことになる。そのくらいは、許せよ」

「へっ……? ほ、ほんとに、いいの? それともボク、なにか聞き違いでもしてしまったんじゃ……」

「ふっ。なんだ、おかしな顔をして。しかし、あの董卓の軍師をしていた詠であっても、そのような顔をするのだな」

 

 曹操の表情が、不敵なものへじわりと変化していく。

 自分の腹の中を、見透かされているのではないか。曹操に見つめられていると、どうしてもそんな気分になってしまう。

 これが、桂花の言っていたことの意味なのか。

 跳ね上がりそうになる胸を抑えて、詠はなんとか居住まいをただそうとしていた。

 

「も、申しわけありません。一刀殿が、あまりにも簡単に了承してくださるので、驚いてしまってつい」

「無理に、かたい言葉を使う必要はないのだぞ? 人間、楽なようにするのが一番だ。それに、俺は誰かに気を遣わせたくて、こんな立場にいるわけではないのだよ」

「うぅ……。わかりました、ちが……わかった、わよ。一応確認しておくけど、ほんとに今夜来てくれるのよね、一刀殿?」

「嘘など申さぬ。それとも、みなを連れて大々的に訪問したほうがよいのか、詠?」

「それだけは、勘弁してほしいわね……。だったら、ボク待ってるから。一刀殿の悪いようには、決してしないつもりよ」

「心得た。ならば、もう仕事場に戻るがいい。あまり詠をここに引き止めると、部下たちが困ってしまうだろう」

「うん、そうするわ。まかされた仕事は、ボクも途中で投げ出したくはないもの。風や桂花、それに一刀殿の信頼を裏切らないためにもね」

「いずれは、直臣として迎えたいものだな。詠のような能吏が、いまはひとりでも多く必要なのだ」

 

 曹操の言葉に返答をする代わりに拝礼をして、詠は部屋を退出していった。

 鼓動。まだ、どこか早くなったままだった。

 曹操に、欲されている。物心がついてから、仕えてきたのは月ひとりだった。その間、誰かに仕官を誘われたこともない。あったとしても、誘いに乗るはずがなかった。

 いまは、どうなのだろうか。自分を縛るものは、なにもないと言っていい。それに、曹操のもとで力を示すことができれば、それが月のためになるのかもしれない。だが、すぐに決められるものではなかった。もう少し、曹操のことを見極めたい。きっと、それが自分のためになり、月のためにもなるのだと思う。

 今夜、曹操が館に来る。対応については、すべて月に一任するつもりなのである。

 なにを話し、なにをぶつけるのか。月は、しがらみから解放されたように見えてはいるものの、細部に影を落としたままなのである。それが、曹操と会うことによって、どう変わっていくのか。詠には、まだわからないことだった。

 

 

 夜半。

 曹家から与えられた館で、詠は静かに待ち人をまっていた。

 刻限で言えば、もうそろそろやってくる頃合いなのである。ちょっと落ち着かないのか、恋は門のあたりを先ほどからくるくると歩き回っている。当事者である月は中にいて、その表情すらうかがい知ることはできなかった。

 やがて、かがり火が見えてくる。

 浮かび上がった人影は、ひとつだった。待ちきれないと言うように、恋がかがり火に向かって駆けていく。曹操。約束していたように、護衛とはどこかでわかれてきたようだった。

 

「待っていたわよ、一刀殿。さっ、あがってちょうだい」

「ああ、そうさせてもらおうか。詠、これを」

 

 曹操が、腰に佩いていた剣を差し出してくる。それには、さしもの恋も面食らっているようだった。

 驚きが、顔に出てしまってはいないだろうか。剣を受け取りながら、詠は思わず押し黙ってしまう。

 こちらからはなにも言っていないのに、曹操の方から剣を預けてきたのである。そもそも身ひとつで館に来ているというのに、豪胆にもほどがある。もしくは、これが曹操なりの信頼の示し方なのかもしれない。

 どこかに、隠密の技に長けた護衛が潜んでいるのかもしれない。けれども、こちらには天下無双の武を誇る恋がいるのだ。恋が本気を出しさえすれば、曹操の首などいとも簡単に飛ばしてしまえるのである。

 そこまで考えて、詠は無意識に息を呑んだ。

 このような感情を抱いているのは、もはや自分だけではないのか。身分を捨てた時点で、月は世間に対する欲を失っている。恋にしても、そうだった。なにより、曹操のもとに身を寄せることを決断したのは、他ならない恋なのである。

 

「参るぞ、詠。引き合わせたい人物とやらが、中にいるのだろう? そこまで、案内(あない)せよ」

「わっ……。ぼ、ボクったら、ごめんなさい。ほら、恋も行くわよ」

「んっ……? 詠、顔がすごく赤い。もしかして、熱がある?」

「な、なんでもないってば。だからアンタは、そんなこと気にしなくてもいいの!」

 

 動揺を隠そうと、詠は大股で館の中を進んでいく。

 恋と曹操は想像していた以上に親密そうであり、先導役を買って出ていなければ、ちょっとした疎外感すらあったのかもしれない。

 とにかく、落ち着け。

 月の居室まで曹操を連れていけば、それで自分の役目は終わりなのである。廊下のきしむ音。それが、いまはやけにうるさく聞こえている。

 

「ついたわよ、一刀殿。ボクの仕事は、これでもうおしまい。恋とボクはここで待っているから、あとはお願い」

「承知した。さて、なにが出てくるのか、愉しみになってきたぞ」

 

 曹操が、月の待つ居室に足を踏み入れていく。

 自分には、それを見守ることしかできなかった。これまでは愉しげに話していた恋も、いくらか不安を感じているようである。その手を握ると、詠は廊下の片隅に座り込んだ。



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五 宿敵の涙(月、詠、恋)

 表情を強張らせた(えい)とわかれ、曹操は案内された部屋の中へ入っていく。

 その中に、何者が待っているのか。それについては、あらかじめ見当がついていた。

 董卓。(れん)と同じく、自分にとっては因縁の相手と言ってもいい存在だった。雨中での邂逅は、忘れることなく鮮明に記憶として残っている。あの時感じた悔しさの一部は、いまも自分を突き動かす原動力となって、生き続けていると言っていい。そのくらい、洛陽では董卓に見事に負けたのだ。

 侍女のような服装をした女が、ひとり椅子に腰かけている。

 小さな体躯。記憶の中にある董卓は、もっと気圧されるほどの闘気を有していたように思う。それが現在は散漫としていて、刺すような気配がまるでなかった。

 女と、董卓と眼が合った。

 真っ直ぐな強さと、なにか悲壮めいたものを感じさせる瞳なのだと思う。自分からは声をかけずに、曹操は対面に配されている椅子に座った。董卓は、曹操の一挙手一投足をじっと見つめている。

 

「いつぶりなのでしょうか、あなたとこうしてお会いするのは。あなたは、あの頃から少しも変わられていないようですね、曹操殿。それで、どこか懐かしさを感じてしまうのでしょうか、私は」

「そうかな。それで言うと、貴殿は以前よりも優しい顔をするようになったのではないか、董卓殿?」

「曹操殿。詭弁と思われても仕方ありませんが、ここにいる女はすでに董卓ではありません。いまの私は、どこにでもいる(ゆえ)というひとりの女に過ぎないのです。それが、恋さんや詠ちゃんの願いでもありますから。あのまま長安の宮殿で、権力者としての振る舞いを続けていれば、私は早くに死していたのかもしれません。たぶん、それでもいいと思っていた。国家再興の夢に生き、夢に死んでいく。それで、いいと思っていたんです」

「……ン。恋には、貴殿の命以上に大切なものなど、なにもなかったのだろうな。だが、その行いのおかげで、俺はかつての宿敵と決着をつける機会を失ってしまったとも言えるのだよ。結局、一度も勝つことができなかった。洛陽でも、戦場(いくさば)でも」

 

 本音と冗談の入り混じった言葉を、曹操は紡いでいく。

 戦場で見事に死ねるのであれば、あるいは恋も月の行く道を阻みはしなかったのかもしれない、と曹操は思う。

 宮殿の政の中で、じりじりと身体を締め上げられていく大切な人を、見てはいられない。そんな思いがあったからこそ、恋は政権に対する叛逆を決めたのではないか。

 静かに聞き入りながら、月は机に置かれていた酒器に手を伸ばした。二つの杯が、静かに並べられていく。

 抗うべき対象だった女。それが、いまとなってはこれほどまでに小さくなってしまっている。

 一歩踏み外せば、誰にでもありえる道なのかもしれない。ただ、それをありのままに受け入れているのが、かつて強権を振るった董卓という女なのが、興味深くもある。

 

「すまないな。月殿、とでも呼べばよいか?」

「私のことなど、月で構いません。それよりも、お酒だけしか用意していなくて、気が利きませんでしたね」

「ははっ。そのようなことを気にしてくれるのだな、月は。よい。そなたとはじめて交わす酒に、無粋なものは必要ないのではないかな。それでは、いただくとしようか」

「ふふっ。お優しいのですね、曹操殿は。想像していたよりも、ずっと。恋さんが心を許したくなるのも、わかる気がいたします」

「一刀でいい。恋や(しあ)、それに詠にもそう呼ばせている」

 

 月の注いでくれた杯を手に持ち、曹操はちょっとほほえんだ。

 かつての宿敵と、酒を酌み交わす。洛陽を脱出し、反董卓連合軍として闘っていた時には、まさかこうなるとは考えもしなかった。

 最初の一杯を、ひと息に呷る。悪くない味だ。だが、どこかに隠しきれない苦さがある。月から感じる儚さが、酒をそんな味に変えてしまうのか。不思議に思いながら、曹操は余韻に浸っている。

 揺らめく酒杯の表面を、月はじっと見つめている。その儚げな表情を眺めていると、万感の思いが込み上げてくるようなのである。

 この酒には、きっと様々な感情が溶け込んでいる。

 果たしきれなかった夢。小さなものでは、なかったのだと思う。夢とは、叶わないから夢と言うのか。ならば、自分はそれを追うべきではないのか。

 自問。心の中で続けている間に、月はややゆっくりと、何度かにわけて杯を空けていく。

 

「美しいな」

「どうかなされたのですか、一刀さま?」

 

 一時は相国、そして太師の地位にすら就いていた月が、へりくだって自分のことを『一刀さま』と呼んでいる。

 本人からしてみれば、当たり前だと思ってそうしているのだろう。それだけ、月は努めて董卓としてのおのれを捨て去ろうとしているのか。

 呼び方の変化とともに、口調も下女同然のものとなっている。

 これでいい、と月の瞳が言っているようだった。野心は、董卓の名と一緒に捨ててきたのか。いまの月にあるのは、仲間たちと変わらず過ごしたい、というささやかな願いだけなのか。

 

「そなたも見てみるがいい。今宵は、空にある月が健気に光り輝いている」

「まあ……。ほんとうに、きれいですね。お月さまの光は、穏やかに大地を照らし続けてくれています。私は、そうはなれなかった。血を流し、壊し、焼き尽くす。そうすることでしか、この国を変えられないと思っていたのかもしれません」

 

 立ち上がった二人は、夜空に浮かぶ月を窓から見上げていた。

 自虐を感じさせる言葉。それを吐くと、月は床に視線を落としてしまう。

 忸怩たる思いが、そこにはあるのか。焼け落ちていく洛陽は、諸将すべてに衝撃を与えたものだった。自分もその中のひとりであり、董卓軍に追いすがったが完膚なきまでに敗れた。

 顔をあげた月が、少し身体を離す。どこか、意を決したような面持ちだった。

 懐に忍ばせていたのだろう。その手には、鞘に納められた短刀が握られている。

 

「月。その短刀を、どうするつもりなのだ」

「ご安心ください。これで、一刀さまをどうにかしようというわけではありませんから」

 

 そう言って、月は握りしめた短刀を差し出してくる。

 害意がないのはわかっていた。殺すつもりであれば、間髪入れずに自分は刺されていたはずなのである。だとすれば、導き出される答えはただひとつしかない。

 

「お会いする前は、これで刺し殺されてもいい、と思っていたんです。一刀さまに、私を保護する利点などありません。それに、もっと憎まれているものだと思っていましたから。それが、詠ちゃんたちのためになるのなら、私はどうなったっていい。そう、考えていたのです」

「ははっ。見当違いなことを言うのだな、月は。たとえ俺が董卓を憎んでいたとしても、ここにはもうその当人はいないのだろう? であれば、俺は誰を罰すればいいと言うのだ、月よ」

「恋さんから聞いていたように、一刀さまはやっぱり変わったお方なんですね。ですが、私はそのお優しさに、甘え続けていてもいいのでしょうか。安堵しているのと同時に、これでほんとうにいいのか、と不安になってしまうんです。私は、罰されて当然の行いをいくつも積み重ねてきました。そして、その重さに耐えきれなくなって、こうしてみんなに大きな迷惑をかけてしまっている。そんな自分が、許せないでいるんです」

 

 月の白い頬を、涙が伝っていく。

 旅路の間、溜め込んでいた思いがあったのだろう。それは親しい仲間たちには、ぶつけることのできない思いだった。

 転がり落ちた短刀が、からからと音を立てている。衝動的に、曹操は月の身体を抱きしめてしまっていた。ほんとうに、小さな身体なのである。

 

「あの、一刀さま?」

「聞け。そなたは、生きよ。生きて、この曹操の築く治世を見届けるのだ。それこそが、俺がそなたに与え得る、最大の罰なのではないかと思う。安易に死ぬることなど、許しはしない。それは、その身を救ってくれた者たちに対する、裏切りにもなるのだからな」

 

 ふるえる身体を、さらに強くかき抱いた。

 途方も無い話だった。なにがなんでも、月に次代を見せてやる。そんな気持ちが、腹の底から湧き出すようだった。

 

「ありがとうございます、一刀さま。あなたさまがそうおっしゃるのであれば、私はそのお考えに従おうと思います。これがきっと、わが身に下された天命なのでしょうね」

 

 湧き出した思いが、激情へと変化しつつあった。

 罰せられることで、救われる心がある。そのことを、曹操は知ってもいるのだ。

 指を使って、月の頬についた涙を拭ってやる。揺れる瞳。戸惑いからきているものではない。なぜなら、その奥にはかすかな期待が映し出されているのである。

 

「いいのか、月」

「はい、一刀さま。あなたさまの手で、私にたくさん罰を与えてくださいませんか。どうしても、心がそのことを欲してしまうのです。いけないことだとは、理解しているのですが」

 

 部屋で見つけた紐で、月の腕を後ろ手に縛り付けた。

 元来、被虐的な思考の持ち主だったのかもしれない。少しの抵抗もすることなく、月は壁に押さえつけられている。

 拘束する過程で、服はすべて剥ぎ取っていた。無垢な印象を放つ、白い肌。それが月光に照らされて、より蠱惑的な魅力を放っているのだ。

 

「こんなにふるえて。男に抱かれるのは、はじめてなのか?」

「んっ、はあっ……。お恥ずかしいかぎりですが、殿方との経験などありません。ですが、それでよかったのだと思います。こうして、一刀さまにはじめて汚していただけるのですからですから。覚悟は、できています。だから、あなたのお好きなように」

「よい心がけだな、それは。ははっ……。小さな尻だが、触った感じは悪くない」

「んっ、ふうっ……。あ、ありがとう、ございます。んっ、あうっ、きゃあっ……!?」

 

 悲鳴に近い月の嬌声。それが、心地よく耳朶を打っている。

 弾力のある尻肉を、曹操は力まかせに手で打っていた。そのせいで、白い肌のうえには手の跡がくっきりと浮き出ている。

 

「はははっ。痛いか、月?」

「いいえ、平気です。このくらい、きゃうっ……! んっ、んふっ……。なんとも、ありません……!」

 

 話している途中に、また尻を張った。

 痛くないというのは、嘘なのだろう。だが、痛みとはべつに、身体が感じているものがある。声にかすかな甘さが出てしまっているのを、月は気づいているのだろうか。

 虐げられてなお、快楽を得ることのできる体質。それはもう、一種の才能と言ってよかった。

 

「おまえのような淫乱な女は、きっちり躾けてやらねばな。さあ、今度はその肉を使って、俺を気持ちよくしてみるのだ」

「ああっ、熱い……。お尻に、かたくて熱いものがあてられているんです。もしかして、これが一刀さまの?」

「ご名答だぞ、月。これがおまえの中に入りこみ、最後には子種を放つのだ。よもや、俺の子を孕みたくないとは申すまいな?」

「はあっ、んうっ♡ い、言いません。一刀さまとの子作りだなんて、考えるだけでどきどきしてしまいます」

 

 やわらかな尻肉。それを左右から持ち上げて、間に男根を挟んでいった。

 少しひんやりとしていた肌に、熱が拡がっていく。言葉と感覚。その両方から責められて、月は気分を昂揚させているようだった。

 

「んっ、へうっ……♡ ぐにぐにって、すごいです。一刀さまのかたいのが、私のお尻を荒々しく擦り上げていて」

「これが、チンポの感触というやつだ。今日より何度も相手をすることになるのだから、しかと覚えておくといい」

「はいっ、覚えます♡ 一刀さまの、おチンポさまの感触、私にもっとよく教えてくださいませ♡」

「勉強熱心な子は、嫌いではない。月、顔をこちらに向けてみろ」

「はい、一刀さま。んっ、ちゅぱっ……。じゅずっ、んぷっ……」

 

 振り向いた顔を手で固定し、口内を余さず汚していった。溜め込んだ唾液。すかさず送り込んでやると、月は歓喜に頬を染めて飲み下していく。

 尻肉に擦りつけた男根が、気持ちよさからふるえている。感じているのは、月も同じなのだ。秘部に手を伸ばし、陰毛の感触を指で愉しみながら、膣の入り口をくすぐっていく。すると、ぴたりと閉じていた肉扉から、ぬるりとした愛液が染み出してくる。

 

「ははっ。いやらしい声をとめられないようだな、月。そんなに、尻を叩かれるのが気持ちいいのか?」

「はい。んうっ、はいっ♡ 一刀さまにお尻をぶたれると、身体がびくってしてしまうんです。それに、んくっ♡ 口づけも、とってもすごくって」

「これでは、まるで躾にならないではないか。ならば、次に進むぞ。中まで突っ込んでかき回してやるから、愉しみにしておくといい」

「も、申しわけありません、一刀さま♡ この淫らな雌を、どうかお許しください。気持ちよくなっていただけるように、精一杯努力しますから」

 

 月の嬌声は、きっと詠たちのいる廊下にまで、洩れ聞こえてしまっているのだろう。

 だが、それはあえてやっているようなものだった。自分たち二人の中だけで完結させていたのでは、なんの意味もない。月の心からの叫びを、詠や恋にも聞かせてやるべきだった。

 

「んっ、おっ、んおおっ……♡ いっ、ぐうっ、はあっ……! こ、これが、罰せられるということなんですね。ですが、痛みの中に、一刀さまのお優しさを感じてしまうのはどうしてなのでしょうか。これが、おチンポさまのほんとうの熱さ……。あっ、があっ……♡ 私の、一番奥にまで一刀さまがきています……!」

「ああ、そうだぞ月。これが、おまえのはじめてを奪った、俺のかたちだ。しっかりと記憶できるように、刻みつけてやろう」

「はふっ、んあうっ♡ ぜひとも、そうしてください。私は、耐えてみせますから」

「だったら、はじめから遠慮なく突いてやろうか。おまえも、そうされたいのだろう、月?」

 

 月の身体を強く壁に押しやり、腰をぶっつけていく。

 小さな尻が、男根に突かれて幾度となく跳ね回っている。膣奥を突きあげながら、尻を打つことも忘れなかった。ちょっと腫れあがった肉が、痛々しいくらいになっている。その光景が、より気持ちを昂らせるのだ。

 苦悶の声。洩らしながら、月は声を喜悦に身体をうちふるわせている。締めつけてくる膣肉。ほとんど、必死の様相なのである。

 

「そうだ。今度会う時までに、首輪をこしらえておこう。それをつけていれば、おまえが誰のものなのか、一目でわかるようになる。どうだ、嬉しいか?」

「んんっ、ひゃふっ♡ それ、んあっ♡ すごく、嬉しいです♡ 私は、一刀さまだけの所有物♡ そう、んあっ、なるべきなんです♡」

 

 腕を結んだ紐。それをつかんで、乱暴に腰を振っていく。

 がくがくと身体をふるわせ、月は痛みと快楽に耐えている。つま先立ちとなった脚。ほとんど、浮き上がってしまっている。

 

「ああっ♡ もう、気持ちいいのがとまらないんです♡ かたいおチンポさまが、とっても気持ちいい。ふあっ、それっ♡ ぐるってされるの、だめなんですっ♡ これっ、ほんとにおかしくなる。一刀さまに、おかしくされてしまうんです」

「絶頂しそうなのだな、月。乱暴にはじめてを奪われたというのに、狂おしいくらいに感じてしまっている。おまえは、疑うまでもなくいやらしい女だ。ほら、いけっ。尻を真っ赤にしながら、いってしまえ」

 

 尻をぶったたく手が、さらに激しくなっていく。

 月のこぼした唾液と愛液。それが、床に染みをつくってしまっていた。膣肉の収縮も、かなり極端なものになっている。間違いなく、月の絶頂はすぐそこにまでやってきている。

 

「んあっ、んぐうっ♡ 私イク、もう……イキますっ♡ だから、一刀さまもぉ♡」

 

 不意に、強い射精感が押し寄せてくる。

 絶頂を迎えた月の中が、精液を求めて男根を絞り上げているのだ。

 求められるがままに、曹操は精液を吐き出していく。うねる膣奥。子宮が、送り込まれた精液を次々に取り込んでいっている。

 

「んっ、んおっ、くふぅうっ……! これっ、これが、男の方の射精なんですね……っ♡ おチンポさまが、ずっと中でふるえています。その度に、一刀さまの子種が、びちゃびちゃって私の中で跳ね回っていて♡」

「もっと、かき混ぜてやろう。月の子袋に、俺の味を覚え込ませてやらねばな」

「はひっ♡ はひぃいっ♡ これっ、しゅごい……っ♡ 一刀さまに突かれるたびに、私、イッてるみたいでっ♡ はっ♡ ひゃふっ、んんうぅう♡」

「はははっ。いいぞ、月。少し前まで処女だったとは信じられないくらいの、締め付けではないか」

「一刀さま、んんんっ……、ご主人さまぁ♡ もっと、もっとしてください……♡ 私の、月のいやらしい穴の中、かたくて素敵なおチンポさまで、おかしくなるまでいじめてくださいっ♡♡♡」

 

 片足で揺られながら、月は淫らに表情を歪ませている。懇願されるほどに、射精中の男根は硬度を増していく。

 まだまだ、終わらせてやるものか。

 月のか細い腰を抱き上げ、曹操は粘液に溺れた膣内を犯していった。

 反響する喜悦。たがの外れた月と口づけを交わしながら、曹操は部屋の入り口を、鋭い眼差しで見つめている。

 

 

 信じられない、という思いが強く湧き上がってくる。

 室内から声が洩れ聞こえるようになってから、恋はずっとうつむいたままだ。

 曹操と月が、なにをしているのか。そんなことは、とっくにわかりきっていた。月の発する、苦痛と歓喜の入り混じった声。まさか曹操は、その声を自分たちにも聞かせるつもりで、月と交合をしているのか。

 

「なんなのよ、これぇ……。ボク、もうどうしていいのかわからない。こんなのって、絶対変だよ」

 

 両腕で自らの身体を抱き、詠は嘆いていた。

 曹操という男のおそろしさを、間近で見せつけられているようだった。自分や恋に対してのぞかせていた、優しげな一面。それがいまや鳴りを潜め、月を身体の奥底からなぶっているのだ。

 やはり、二人を会わせるべきではなかったのか。

 しかし、声だけで判断するのであれば、月に嫌がっているような素振りはなかった。むしろ犯されることを積極的に求め、それに曹操が応えている、というような雰囲気ですらあるのだ。

 それこそ、思い過ごしであって欲しかった。けれども、月の発する声は時が経過するごとに、より大胆なものへと変わっていった。

 

「はあっ、ああっ。どうしてボク、こんな気分になってしまっているのよ。ああっ、もう……! 月の声、すごくいやらしくなっちゃってる……。こんな、こんなのって……!」

 

 親友が犯されているところを想像して、興奮を得てしまっている。

 そんな自分が、ひどく浅ましく思えてきてしまう。それでも、一度火がついた気持ちは、簡単に消えることはない。

 月は、望んで曹操の毒牙にかかっている。

 もはや、そうとしか考えられなかった。それによって、満たされるなにかがある。ならば、月のしていることに対して、自分はなにもするべきでない。邪魔立てなど、する意味もない。

 

「詠」

 

 不意に、恋が真名を呼んでくる。それで、詠はようやく顔をあげるのだった。

 気分が昂揚してしまっているのは、たぶん恋も同じなのだ。

 自分よりも遥かに無垢な存在だと思っていた恋が、やはり月の艷声に心を悩ませている。それがわかっただけでも、少しだけ気分が軽くなった。

 

「月、とっても気持ちよさそう。一刀にちんちんでしてもらうと、もやもやしてたのが、すっと消えていく。きっと、月もそう」

「ちっ、ちんちん……!? ま、まさか恋、ボクの知らない間に、あの男と……?」

「んっ……。一刀は変なやつだけど、恋にいつも優しくしてくれる。かわいいって、言ってくれる」

 

 薄暗い闇の中。

 よく観察してみると、恋はもぞもぞと身体を動かしているようだった。

 

「はあっ、はふっ……。こうやってお股を擦ると、ちょっとずつ気持ちよくなって、どきどきを抑えることができる。これも、一刀から教えてもらったこと。ああっ、んっ、んふっ……。詠も、苦しいならやってみるといい」

 

 くちゅり。粘液をかき混ぜたような、粘り気の強い独特の音が聞こえている。

 ねねが恋のこんな姿を見れば、卒倒してしまうのではないか。女の香り。それを濃厚に漂わせながら、恋は自身の指で疼いた秘部を慰めている。

 自分だけが、取り残されようとしている。どこかで、そんな気がしているのも確かだった。

 硬直したままになっていた身体を、懸命に動かしてみた。

 狂おしいほどのあえぎ声。室内からは、情事に没頭する月の声が洩れ聞こえ続けている。

 

「少しだけ。少しだけなら、きっと大丈夫」

 

 身体も心も、もう十分に昂りきっていた。

 恋の言葉に背中を押されるようなかたちで、詠は下着のうえから熱くなった秘裂をなぞっていく。

 

「んっ……♡ や、やだっ。ボクのここ、こんなに濡れちゃってる」

 

 粘っこい液体が、指に絡みついている。少し押し込んでみただけだというのに、これなのである。内側は、もっとひどい状態になっているに決まっている。

 戸惑いを感じていても、触れることをやめられない。気持ちよさが、次々に溢れてくる。

 意識をぼんやりとさせたまま、詠は下着を脱いでいく。そして、月が声を発するのに合わせて、入り口に軽く指を挿入していくのだった。

 強いしびれ。それによって、詠は足先までふるわせてしまっている。

 気持ちいい。ひとりでは、ここまで感じることなどできないはずだった。

 

「詠。恋も、月と一緒に気持ちよくなりたい」

「はへっ……!? ちょ、ちょっと、なにやってるのよ、恋。んっ、やっ……。そこ、擦り合わせちゃだめぇ……」

「こうやって、気持ちいいところ同士をくっつけると、もっとよくなれる。んっ、ふあっ……」

 

 かたい床が、背中にあたっている。

 覆いかぶさってきたかと思うと、恋はおもむろに濡れた秘裂を合わせてきたのである。

 体勢だけで言えば、恋に無理やり犯されているような格好になっていた。頭の中が、燃えるように熱くなっていく。快楽が勝ちすぎているのか、恋の腰使いには微塵の余裕もない。

 

「はうっ、はふっ……♡ 詠と、くちゅくちゅってするの気持ちいい。一刀にちんちんでされるのとは、ちょっと違って……♡」

「こ、こらあっ♡ あんっ、ふあっ♡ そんなに、がっついちゃだめだってば、恋。こんな、こんなに激しくされたら、ボクだってぇ」

 

 肉と肉が、淫らに絡み合っている。

 肌に擦れる、陰毛の感触。そんな小さなものであっても、いまは自分たちに興奮を与えてくるのである。

 わけもわからないまま、嬌声を発し続けた。

 敏感な突起が潰されるたびに、強烈な快感が全身を走り抜ける。それは恋も同じであり、だらしなく開いた口からは、唾液が一筋こぼれ落ちている。

 

「ああっ、はっ、はうんっ♡ だめ、こんなの、絶対に考えちゃだめなのに♡」

 

 絶頂に身をふるわせながら、恋がまた淫靡な肉を押し付けてくる。

 こうされていると、ついひとつの考えが脳裏を過ぎってしまうのである。

 月のように、自分もいつかは曹操に組み伏せられてしまうのではないか。見てわかるとおり、女に苦労している節はない。それでも、欲しいと思えるものを貪欲に欲するのが、曹操という男だとも教えられていた。すでに、臣下となるように誘われている。ならば、その先の展開も時間の問題なのかもしれない。想像を膨らませるには、十分すぎる状況だった。脳髄が、興奮によって焼ききれそうになる。恋も同じなのか、けだもののような喘ぎを何度も洩らしていた。

 そうなった時、自分は曹操を拒絶しきれるのか。肉欲に溺れながら、考えることではなかった。

 壁越しに聞こえる月の甲高い声が、脳内を揺さぶってくる。

 拒絶など、できるはずがない。軽い絶頂を味わいながら、詠はそう感じてしまっている。月と恋。その二人が、曹操からもたらされる快楽に満たされることの凄まじさを、これでもかというくらいに誇示してくるのである。

 

「んっ、んんっ♡ 詠も、こうしてると気持ちいい? お股のところ、すごくぬるぬるになってきてる」

「はっ、ひゃふっ♡ んあっ、あっ、ああっ♡ これ、ほんとにおかしくなる。ボクが、ボクでなくなるみたいでぇ♡ 考えたくないのに、一刀殿のことが頭から離れない♡ あ、ああっ、くふうぅううう♡」

「詠、すごく身体がびくびくってしてる。恋も、もうだめっ……!」

「ああっ、ぐちゅぐちゅすごいよおっ……! ボクも、月みたいにイッちゃうんだ♡ あっ、あぐっ♡ いやらしい声、とまらない♡ こんな、こんなの……。んぐっ、んんんんんっ♡」

 

 意識が、隅々まで塗り替えられていく。

 もう、元には戻れない。戻ることなど、できるはずがない。

 生暖かい感触。下腹部が、快感のせいで馬鹿になってしまっているのだろう。

 荒い息を吐きながら、恋は豊かな胸を上下させていた。絶頂を迎えたことで少し落ち着いたのか、けものじみた求め方はぴたりと止んでいる。

 

「んんっ……。ちょ、ちょっと、恋?」

「気持ちよくなったあとは、ぎゅってする。これで、詠も安心?」

「なによ、そんなのいいってば!?」

「だめ。しばらく、このままでいる」

 

 恋に抱きしめられながら、詠はしばらく瞳を閉じていた。

 ほとんど断続的に、月は曹操によって啼かされ続けている。

 いつまでも終わる兆候を見せない、二人の交合。その気配を背後から濃密に感じながら、詠は恋のやわらかな乳房に甘えている。



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六 彼方に吹く故郷の風

 あの夜の出来事があってから、曹操のことを考えない日はなかった。

 大切な友人をなぶった、悪辣な男。そうやって簡単に切り捨てることができれば、どれほど楽なのか。

 館を()で、詠は後ろを振り返った。

 そこには、やわらかに笑んでいる(ゆえ)がいた。かつてのような、穏やかな笑顔。ただ、その首もとに鎮座する革製の首輪を見ていると、なんとなく心がざわめいてしまう。

 

「行ってらっしゃい、(えい)ちゃん」

「うん、ありがとう、月。しばらく会えなくなってしまうけど、戸締まりだけはきちんとしておくように。いいわね?」

「もう、私は小さな子供じゃないんだよ、詠ちゃん? でも、そうやって心配してくれるのは嬉しいかな」

 

 困ったように首を傾げる月。曹操から与えられた輪環が、揃って揺れている。

 あれから数日おきに館に渡ってきては、曹操は月を犯していく。それを、自分はなにも言わずに看過しているだけだった。

 情交の前。ともに食卓を囲むことも、最近では普通になっている。火がついた瞬間以外は、静まった波のようにこちらをじっとうかがっているのが、あの男だった。変幻自在というか、まだ全貌を掴みきれていない気がしている。そのように感じてしまうのは、頭で考え過ぎているためなのか。

 豫州行きに同行すれば、それを確かめることもできるのだろう。自分の申し出を、曹操は快く受け入れてくれていた。

 

「ねっ、詠ちゃん?」

「んっ……。なあに、月?」

 

 不意に、月の顔が近くなっていく。

 唇。気づいた瞬間には、押し当てられていた。

 やわらかく、温かい。好きだという気持ちはあったが、月とこのような行いをするのは、はじめてだった。なにより、口づけ自体をこれまでしたことがなかったのである。

 

「はあっ、はむっ……。んんっ、詠ちゃん……」

「んっ、んむっ……。ちゅ……、はあっ……。月、んくっ……」

 

 自分と違って、月はきっとはじめてではないのだろう。

 唇の輪郭を食む動きは丁寧で、性格をよくあらわしているようだった。

 

「んはあっ、はあっ……。月、急にどうしたのよ」

「ごめんなさい。迷惑、だったかな?」

「そ、そんなことないってば。ボクだってその、月のことをほんとに大切に思っているんだから」

「ふふっ。ありがとう、詠ちゃん。私も、詠ちゃんのことが大好きだよ」

「ううっ。ここまで面と向かって言われると、ちょっと恥ずかしいかも……」

 

 口づけをした感覚。当分、消えることはないはずだった。そのくらい、月との行為は衝撃的だったのだ。

 月はほほえみながら、指で首輪を愛おしそうに撫でている。

 変化の根源には、きっと曹操がいるのだろう。考えると、ぞくりとするようなしびれが、身体を通り抜けてしまう。

 

「一刀さまが、おっしゃっていたの。詠ちゃんなら、きっと受け入れてくれるだろうって。それに、しばらく顔を見られないって思うと、ちょっと寂しく感じてしまったのかも」

「そっか。一刀殿が、そんなことをね。なんだか、ますますわからなくなってきたな。ボクも、(れん)のように直感だけで生きられれば、どんなに楽なんだろう」

 

 月の顔が、恥ずかしげに赤らんでいる。

 曹操に後押しされたとはいえ、多少は緊張を感じていたのだろう。それを嬉しく思えてしまうのは、自分勝手が過ぎるのだろうか。

 

「詠ちゃん。いいんだよ、私に遠慮なんかしなくたって。詠ちゃんやみんなには、これまでずっと無理を聞いてもらってきたんだもの。だから、これからはやりたいことを、自由にやってもらいたいんだ。だけど、ずっと友達でいて欲しいって思ってしまうのは、私のわがままなのかな?」

「そんなの、わがままとは言わないって。ボクは、大好きな月を支えてあげたくて、一緒に手だって汚してきた。だから、立場がどんなに変わったとしても、生涯友達でいるって誓えるもの。月も、それだけは絶対に忘れないように、いいわね?」

「うん。約束するよ、詠ちゃん。ずっと、ずっと一緒にいようね」

 

 気持ちの昂ぶりにまかせて、今度は自分から月に口づけてみる。

 一度やってしまえば、簡単なものだった。思いの丈をぶつけるように、唇を吸い上げてみる。下手くそだろうが、どうだってよかった。ただ、好きだという気持ちを、月に伝えられればそれでいい。

 夢中になるとは、このことを言うのだろう。月と触れ合っていると、時間すら忘れてしまえるようだった。それで、近づいてくる足音にも気づかなかったのだと思う。

 

「おうおう。なんや、二人して愉しそうなことしてるやないの。詠がさっぱり姿見せへんから様子うかがいに来たんやけど、もしかしてウチお邪魔やったかなあ?」

「はへっ!? し、(しあ)、いつからそこにいたのよ!?」

「ううーん。ほんとのこと話すと怒られそうやから、いま来たってことにしといてくれるか? それよか、一刀がお待ちかねやで、詠」

「あうっ……。ごめんなさい、準備はできているから、すぐに行くわ。それじゃ、月」

「うん。今度こそ、ほんとに行ってらっしゃい、詠ちゃん。霞さんも、気をつけて」

「月も、達者でな。あんまり、恋のやつ甘やかし過ぎたらあかんで?」

「へう……。そんなに、甘やかしているつもりはなかったんですけど」

「あははっ。十分、甘々やとウチは思うけどなあ。まっ、そんなことはなんでもええねん。豫州土産でも愉しみにしといてな、月っち」

「はい。ありがとうございます、霞さん」

 

 霞の言っていることは、もっともなのである。月やねねだけでは、恋の旺盛な食欲をたしなめることなど、できるはずがないのだろう。曹操は笑って許してくれるのだろうが、客分ゆえにほんとうならばもう少し節制するべきではあるのだった。

 まとめた荷物を手に持ち、詠は歩きはじめた。月は館の門のそばに立ち、手を振って見送ってくれている。

 

 

 集合場所につくと、曹操の側近である夏侯惇から声をかけられた。

 春蘭(しゅんらん)という真名は最近預かったばかりで、まだそれほど話もできていない。詠は普段役所に詰めていることが多いだけに、武官とは基本的に巡り合う機会が少なかったのである。

 

「遅かったではないか、詠よ。殿を、あまり待たせるでないぞ」

「悪かったわね、春蘭殿。ちょっと、仕度に手間取ってしまったのよ」

「ふうん、仕度にな? まあ、素直に謝ったのだから、許してやろうではないか。もっとも、私は秋蘭(しゅうらん)が荷を整えておいてくれたおかげで、一番にやって来たのだがな。うははっ!」

 

 そう言って、春蘭は豪快に笑ってみせた。

 左眼を覆っている眼帯は、曹操からの贈り物なのだという。蝶を象った形状。それが愛らしく、とても気に入っていると長々と聞かされたのを覚えている。

 そういう時にかぎって、あの妹は助け舟を出してくれないのである。こちらが困っているのを見て面白がっていたのか、それとも姉の語りに心底聞き入っていたのか。そのどちらとも取れないのが、秋蘭の厄介なところだった。

 荷造りを妹まかせにしたことを、自慢げに話していいことなのだろうか、という疑問がふと浮かんでくる。話しの聞こえる位置に立っている霞が、苦笑しているのが見えていた。おそらく、自分と似たような感想が湧いて出ているのを、堪えているのだと思う。

 

「詠」

「あら。桂花(けいふぁ)も、来ていたのね」

 

 曹操を見送るつもりなのか、桂花もこの場に来ていたようだった。

 最初に出会った時はほとんどわからなかったが、いまではかなり腹が大きくなっている。出産まで、それほど日がないのかもしれない。館にいるのは落ち着かないからと出仕は続けているのだが、さすがに仕事の量は減らしているようだった。加えて、なにかあった時に対応できるようにと、近頃は医師が毎日役所にやって来る。それも、曹操が命じてのことなのである。

 所構わず悪口(あっこう)を発することもあるが、奥の方ではやはり信頼し合っている。それが他者から見て取れる程度に、曹操と桂花はよき主従であり、夫婦(めおと)でもあるのだった。

 しかし、それを言うと桂花が確実にへそを曲げてしまうのを知っている。

 時々、(ふう)がからかっているのを見たことがあるが、腹に子がいるとは思えないほどの苛立ちをぶちまけるのだ。

 

「まったく、あれだけ忠告してあげたってのに、どうしてこうなるのかしらね。あなた、残念だけどたぶんもう手遅れよ」

「へっ、それはどういう意味なの? ボクが、手遅れですって?」

「そっ。自分じゃ気づいてないんでしょうけど、もうダメね。一刀は、絶対に逃してなんてくれないわよ? まあ、詠が自分で決めたことなんだからしょうがないけど、旅路の間は覚悟をしておくことね」

「ちょ、ちょっと、おどかすのはやめなさいよ。でも、覚悟か」

「直臣になるのだったら、私は歓迎するけどね。これまで以上に、仕事をまかせやすくなるんだし。人手は、いくらでも欲しいのよ」

 

 腕組みをしながら、桂花は曹操の背中を見つめている。厳しさと温かさ。その両方が入り混じった眼をしていた。

 曹操が目指しているのは、この国の覇者なのである。

 月はあくまでも、帝を頂点とした体制を維持しつつ、世の中の刷新を図ろうとした。

 四百年続いた、帝の血。尊く、国を治める権威としては、間違いのないものだった。だが、それにもいつか限界は来る。太平道が乱を起こし、いまでは群雄が好き勝手に動くようになっているのだ。

 乱世を終熄(しゅうそく)に導くのは、やはり強き力なのか。自分たちの、果たしきれなかった夢。それを、曹操の覇道にもう一度重ねてよいものなのか。

 豫州路に同行することを決めたのは、曹操と個人的な話をするためというのが、大きな理由だった。

 

「賈駆。あたしは馬超、字は孟起だ。同じ涼州出の人間として、よろしく頼むよ」

「ああ。あなたが、あの錦馬超だったのね。ボクのことは、詠でいいわ」

「んっ、そうか。だったら、あたしのことも(すい)と呼んでくれ。それにしても、おかしな縁もあるもんだな。地元では顔を合わせることがなかったってのに、この兗州で巡り会うなんてさ」

「そうかもね。翠も、豫州にはともに行くんでしょ? 一刀殿の客分同士、仲良くしてもらえると嬉しいわ」

「客分か。でも、そんなの関係なしに、詠とは仲良くさせてもらうつもりだよ。戻ったら、月殿にも挨拶をしたいと思っているんだけど、いいかな?」

「そっか。月も、きっと喜んでくれると思う。涼州の風景も、長らく見ていないんだもの。翠の口から、故郷のことを話してあげてくれるかしら」

 

 涼州のことを話題に出すと、ちょっと照れくさそうに翠は笑う。

 同郷の者として、月に複雑な感情を抱いていても不思議ではなかった。それだけ、自分たちは苛烈な行いを進んでやってきたのである。後悔はなくとも、思うことがないわけではない。それだけに、翠の方から申し出てくれたのは嬉しかった。

 

「みんな、準備はできているようだな。秋蘭、桂花。俺が留守の間は、よく(はか)らい統治を行ってくれ」

「御意です、殿。われらに、万事おまかせください」

「アンタじゃなくて秋蘭と相談している方が、よっぽど気が楽でいいかもしれないわね。だから、あんまり急いで帰って来なくてもいいわよ?」

 

 曹操の護衛として同行するのは、春蘭、翠、そして霞の三人である。

 余計な兵を連れて回るよりも、よっぽど頼りになる面々だろうと曹操は話していた。それに、豫州南部には孫家の軍勢が入ったとの報告を受けてもいる。相手を刺激せず、なおかつ密かに動けることを優先した編成なのだと詠は思っていた。

 

「詠。乗馬の方は、どうなのだ?」

「ボクだって、涼州の女なんだ。馬くらい、いくらでも駆けさせられるよ」

「それは、少し残念だな。不得手ならば、絶影に乗せてやろうと思っていたのだが」

「そ、そんなのいいってば! ほら、行きましょう一刀殿」

 

 曹操の乗馬が、駆け出していく。

 足取りは非常に軽く、体格にも他にはない風貌がある。名を、絶影と言うようだった。

 二日は、兗州内部を東に駆けることになる。途中で南に折れ、そこから陳珪のいる沛へ向かう。

 霞と翠。二人の馬が、競うように先頭を駆けていた。領内ということもあり、少しくらい馬を遊ばせてやってもいいと思っているのだろう。

 拮抗する二頭に追いすがってやろうと、絶影が加速していく。馬蹄の舞い上げた土煙。ほんの一瞬、見惚れてしまっていたようなのである。置いていかれないようにと、詠が慌てて馬腹を蹴り上げた。

 また、少し胸が高鳴っているようだった。月と桂花による言葉。それが、頭の中で反復し続けている。



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七 迷いの剣(翠)

 夜。剣を片手に、(すい)はその日の宿を出た。

 公な行動ではないから、沛国までは宿屋を使うか野営をすることになっている。

 曹操は旅慣れているようで、宿の選別も的確だった。安すぎる場所では、自分たちの存在が浮いてしまいかねない。ほんとうならばずっと野営でもいいと話していたが、それも土地によっては避けるべきなのである。たとえ賊と遭遇したところで遅れを取るような面々ではないが、面倒事を起こさないに越したことはない。

 ここに来るまで何度か話しをしているが、(えい)は悩みを抱えているようだった。

 このまま直臣となるのか、それとも客分のまま距離を保ち続けるのか。似たような逡巡を繰り返しているのは、自分も同じだった。

 気持ちとしては、定まっていると言っていいのだろう。けれども、どうしたって家のことが頭に浮かぶ。母の話していたことが、ふとした瞬間脳裏を過ぎってしまう。

 曹操と道を同じくすれば、いずれは朝廷を敵に回すことになる。そうなった時、馬家はどう動くのか。それだけが、気がかりだったのだ。

 帝をお守りせよ、と母は口うるさく言っていた。

 涼州にいた頃からそう感じていたように、中原では帝の威光はさらに薄いものとなっている。勅書が出れば、一応その命には従うのかもしれない。それでも、どこかで手綱を振り切る時が来る。敬意を払いはするが、率先して服従しようとは思わない。群雄たちにとって、帝とはその程度の存在でしかないのだろう。

 城郭の外。手入れのされていない林につくと、翠は剣を抜き放った。

 青州黄巾軍と闘っている間はとにかく必死で、他のことを考えている余裕はあまりなかった。手に馴染むのはやはり(やり)であり、剣を握る機会はほとんどなかったのである。

 木。対峙するように、剣を正面に構えた。人の胴ほどの太さがある幹に、一太刀打ち込んでいく。

 刃が食い込んだが、斬れなかった。母であれば、このくらいは造作もなく斬ってみせるはずなのである。

 

「ちっ。やっぱり、あたしじゃだめなのか」

 

 吐き捨て、苛立ちながら、翠は剣を木肌から剥がしている。

 人の気配を感じたのは、もう一度打ち込もうとした時だった。しかし、殺気はない。自分の後ろに立っていたのは、かがり火を手にした春蘭(しゅんらん)だったのである。

 

「おう。何事かと思って後を追ってみたのだが、また剣を振っていたのだな、翠よ」

「春蘭からしてみれば、あたしの剣の腕なんて赤子同然に見えるんじゃないか? ったく、情けなくて泣けてくるよ」

 

 少し考えるような素振りを見せてから、春蘭が一歩踏み出した。

 大雑把な女ではあるが、頼り甲斐はある。

 左眼を失った折はさすがに落ち込んでいたようだが、いまではまた元気に将兵を率いるようになっている。曹操の従妹たちがそうであるように、翠もその人柄を好いていた。

 なにより剣を扱わせれば、春蘭の右に出る者はいないくらいなのである。

 

「うむ。まったくもって、その通りではあるが」

「うう……。人が落ち込んでるんだから、ちょっとは気遣いしてくれよな」

「鑓を握ったおまえは、私が苦戦させられるほどの武人なのだ。遅れを取るつもりなどさらさらないが、それでも強いものは強いのでな。しかし、剣を振っているおまえはなんだ。一刀の方が、よっぽどいい一撃を打ち込んでくることだろう」

「この状況で言うのもなんだけどさ、一刀殿のことを、そんな風に評してしまってもいいのか? 怒られたって、あたしは知らないぞ」

「うおっ……!? い、いまのはその、言葉の綾というやつでな……。ええい、とにかく忘れろっ!」

 

 旅の間、自分たちは真名だけで過ごすことを取り決めている。曹操を『殿』と呼んでいない時間が長くなっているだけに、つい春蘭は口を滑らせてしまったのだろう。

 真っ赤になって眉を吊り上げている春蘭のことが、ちょっとかわいく思えてしまう。

 毎日欠かさず手入れをしているのか、蝶を模した眼帯は変わらず新品のようだった。自分が曹操であったとしても、この忠犬を無下に扱うことなどできないはずである。そのくらいのいじらしさが、春蘭にはあるのだった。

 

「おまえの太刀筋は、迷いによってぶれている。ほんとうは、自分でもわかっているのではないか?」

「んっ……。迷っていると言えば、そうなのかもな」

 

 今夜も、木は斬れそうにない。それだけ思考の結論も遠のいてしまうようで、翠はため息をつく。

 地面に転がっていた鞘。拾い上げ、剣を納めた。

 

「なにも、自分ひとりで答えを出さなくてもよかろう。一刀は、まだ寝ていないはずだが」

「こ、こんな夜遅くから、一刀殿の部屋に行けって言うのかよ!? ああ、あたしは、そんな」

「おまえが行かないというのであれば、私はそれでもよいのだがな。いまは、一刀にじっくりとかわいがってもらえる、またとない機会でもあるのだ」

 

 春蘭は、茶化してそう言っているわけではない。そのくらい、翠にも理解することはできた。

 確かに、悩んでいるだけ時間の無駄なのかもしれなかった。もとより、自分は突撃することによって様々なことを解決してきている。ならば、今回もそうするべきではないのか。

 

「ちょ、ちょっと待った。わかった、行くよ。一刀殿に、話を聞いてもらってくる。これ以上逃げ回っても、しょうがないんだ。春蘭のおかげで、腹が決まったよ」

「ふっ、そうなのか? だったら、今晩はおまえの部屋を借り受けるぞ。悩みが解決するまで、絶対に帰ってくるでない」

「うっ……。そ、そのつもりではあるけどさ。そっか……。一刀殿と、一晩中……」

 

 宿に泊まるときは、曹操と春蘭が同室となるのが決まりだった。

 翠はひとりか、詠や(しあ)と一緒に眠ることが多かったのである。霞は出身こそ涼州ではないものの、馬術に精通しており話題に事欠かない。それに、武芸の腕も飛び抜けているから、参考になることがいくつもあった。

 

「ほら、腹をくくったのならさっさと行かぬか。一刀が待ちくたびれて寝てしまっても、私は知らんからな」

「待ちくたびれて……? 春蘭、おまえまさか」

「余計なことを考える前に、脚を動かせ。翠には、それが似合いであろう」

「言ってくれるぜ、まったく。けど、ありがとな、春蘭」

「礼など、悩みが晴れてからでよい。今度は、気合の入った一撃を私に見せてみろ」

「ああ、きっとそうするよ。じゃあな、春蘭」

 

 自分の母とはまた違う種類の、大きさのようなもの。

 それを春蘭から感じている自分をおかしく思いながら、翠は駈けだした。

 

 

 春蘭が教えてくれたように、曹操はまだ起きていた。

 自分が来るまで、書に眼を通していたのだろう。机のそばには、明かりが置かれている。

 

「あの。こんな遅くにすまない、一刀殿」

「いいさ。翠が来てくれるのであれば、俺はいつだろうが歓迎するぞ?」

 

 曹操と、部屋に二人きり。それを意識してしまっているせいか、おかしなくらい寝台の方に視線をやってしまう。

 視線を慌ただしく動かす翠。その様子を気にすることもなく、曹操は酒を用意していっている。

 緊張で身体がかたくなっているだけに、酒があるのはありがたかった。

 濁りの見える酒。椅子に座ると、翠は杯の中身を一気に飲み干していく。笑って、曹操がまた杯に酒を注いでくれている。さらにそれを一瞬で空けると、腹の奥にかっとした熱のようなものを感じられた。

 

「ははっ。今宵の翠は、よく飲むのだな」

「す、すまない、一刀殿。あたしばっかり、飲んでしまっているみたいでさ」

「気にするな。いまは、おまえが客人なのだからな。俺は、翠をもてなすことができればそれでいい」

「ほんとに、一刀殿は優しいんだから。そういうところが、ちょっとずるいんだっての……」

「……ン。なにか、言ったのか?」

「い、いやいやいやっ!? なんでもないから、気にしないでくれっ!」

 

 自分の発した言葉をかき消すように叫んだ。

 見れば、曹操の杯は空のままなのである。たぶん、自分が注ぐのを待っていてくれたのだと思う。おそるおそる視線を合わせてみると、曹操はかすかに笑んで杯を指でちょこんと押し出してくる。

 それから二杯、三杯と重ねていくうちに、気分もかなり落ち着くようになっていた。

 今日走った街道はよく整備されていて、馬に乗っているのが苦でなかった。夕刻入った飯屋の料理が、滞陣中に食うものより旨くなかった。曹操の話すとりとめのないことに、相槌を打つ。それだけで、嘘のように心が軽くなっていく。

 

「あのさ、一刀殿」

 

 ぐずぐず悩んでいたところで、なにかが変わるわけではない。春蘭の言っていたように、一度決めたら駈けだしてしまうのが、自分なのである。

 心は、とっくに定まっているはずだった。難しいことなど、曹操にすべて委ねてしまえばそれでいい。あとは、自分が全力で突っ走るだけだった。

 

「態度をはっきりさせないあたしを重用してくれたことは、感謝してもしきれない。けど、半端な状態はもう終わりにしようと思うんだ。実家のこととか、そんなのはどうだっていい。母さまのこと、帝のこと。そんなの、いまのあたしが考えたって、どうにもならないんだから」

「そうか。翠の決心は、うれしく思う。だが、ほんとうによいのだな?」

「いいんだ、一刀殿。あなたと、この先どこまでも駈け抜けて行きたい。きっと、それがあたしの願いなんだからさ」

「行こう、どこまでも。俺の歩み、誰にも止めさせたりするものか」

 

 曹操が、優しげな笑みを浮かべている。

 そんな表情を見せられて、喜んでいる自分がいる。惹かれているのは、最初からわかっていた。戦場の外であっても、曹操は昂りを与えてくれる。そのような男と巡り合うのは、人生で一度きりなのだろう。

 誓い合い、互いの杯に酒を注いだ。

 胸の中心。うるさいくらいに、鳴っている。黙らせることなど、できる気がしなかった。喉を通り、酒が身体の内側に染み込んでいく。熱い。ひたすらに、熱い酒だった。

 立ち上がった曹操が、手を差し出してくる。それが意味していることくらい、理解しているつもりだった。伸ばした手が、包み込まれる。火照った肌どうしが、擦れ合った。

 

「んっ……。よ、よろしく、一刀殿」

「そんなに、おそれる必要はない。平気だ、俺がずっとそばにいる」

 

 引き寄せられ、抱きしめられた。

 噂に聞いていたことよりも、なにもかもが優しかった。

 背中、腰。曹操に触れられている部分が、異様に熱くなってしまう。こうした時、自分はどうしていればいいのか。従妹の蒲公英(たんぽぽ)であれば、もっとうまくやるに違いない。

 涼州で駈け回っていた自分が、まさかこんな風になる日が来るとは思わなかった。

 宙に遊ばせていた手。どうにも落ち着かなくて、曹操の肩を掴んでみた。すると、それをなにかの合図だと解釈したのか、曹操がすっと額を寄せてきた。

 

「あわっ、あわわわっ……。ご、ごめんな、一刀殿。あたし、こういうのほんとに慣れてなくってさ」

「だが、拒絶はしないのだろう? そういう翠を、俺はかわいく思ってしまうのだよ」

「う……、そうなのか? でも、そうやって優しくしてくれる一刀殿だから、あたしは、その……」

 

 あなたのことを、好いている。

 どうして、その程度の言葉が簡単に出てきてくれないのか。自分の決心とは、そのくらいでしかなかったのか。

 鑓を振るう時のように、腹に力を込めてみた。曹操は、じっとしたまま自分の言葉を待ってくれている。恥ずかしいことには変わりがないが、やるしかないという気持ちがふつふつと湧いてくる。

 

「好きなんだ、一刀殿のことが。ずっと、ずっと前からそうだった。ははっ……。だけど、いつまで経っても打ち明けられなくってさ。それで、んむっ……」

「俺は、翠のそんな性分すら、愛してしまっているのだろうな。一本気で気高く、けれども弱い部分がある。そんなおまえが、好きでたまらない」

 

 頭の中。ぐちゃぐちゃになりかけている。

 口づけとは、こうまで熱いものだったのか。曹操の放つ言葉のひとつひとつに、感情を侵食されているようだった。唇を吸い上げられているだけで、腹の奥深くが狂おしいくらいに疼く。それは、いままでの人生では経験したことのない感覚だった。

 もう、このまま離れたくない。そんな思いが、ひどく強くなっている。

 

「あっ……。んっ、んむっ、ちゅくっ……」

「気をそらすな、翠。おまえは、口づけだけに集中していればいい」

「は、はい、一刀殿……」

 

 曹操の手で、衣服を脱がされている。

 いつもの状態であれば、この時点で羞恥に耐えられなくなっているに違いない。女のものとはまったく異なる、男の節くれ立った指。それが、肌に触れてくる。

 脇腹が、少しくすぐったい。そこから、指が胸を押し上げるように移動していた。

 自分の身体に触れながら、曹操も興奮を得ているのだろうか。唇の動き。はじめた頃よりも、ちょっと激しくなっている。感じる吐息も、やはり熱かった。

 

「んっ、ちゅむ……。ああっ……♡ 一刀殿の指が、あたしの胸をぐにぐにってぇ」

「もっと、楽にしていてもよいのだぞ? 特に、このあたりはな」

「ひゃっ、ひゃふっ……♡ ちょ、一刀殿、そんなところ触っちゃだめだってば」

「無理を言うな。ここで、俺と翠はひとつになるのだからな」

「あっ、んんっ♡ だめ、だめって言ってるのにぃ……♡ あむっ、ちゅくっ、れおっ」

 

 有無を言わさず、曹操の腕が股の間に入り込んでくる。

 舌を絡められ取られてしまうと、それ以上なにも言えなくなった。甘美なしびれ。自分でさえまともに触れたことのない場所を、曹操にまさぐられているのだ。

 なんとなく、嫌な予感が脳内を過ぎった。

 汗とは別の湿り気が、股の間に生まれている。まさか、酔いが回っているせいで、自分は粗相をしてしまったのではないか。そんな考えで、頭がいっぱいになってしまう。

 

「口づけだけで、こんなに濡らしてしまったのか? 敏感なのだな、翠は」

「やっ、やだっ……。そんな風に、言わないでくれ。あたし、一刀殿の前で洩らしてしまうだなんて、そんな……」

 

 いま粗相をしたことを知られたら、確実に幻滅される。そんな恐怖が、じわりと身体を縛り付けていく。

 なにを思ったのか、曹操は股の間から腕を抜き、陰部をいじくっていた指を見せつけてきた。

 指先。液体によって、やはり濡れている。しかし、呆れるどころか曹操は笑っていた。

 

「なにか勘違いをしているのではないか、翠? これは、粗相とかそういった類のものではない。ただ、おまえが俺の指で感じてくれた、その証拠でしかないのだよ」

「えっ……? そ、そうだったのか。てっきり、またやってしまったんだって、それであたし……」

「なんだ、翠はあちらの蓋が緩いのか。ははっ。それもまた、悪くは思わないがな」

「やっ、んんっ……。一刀殿の、エロエロ魔神……」

「好きなように言ってくれ。これでも、罵倒には多少慣れているつもりだ」

「そんなの、意味分かんな……っ!? ふあっ、んむっ……♡」

 

 寝台に押し倒されたかと思うと、瞬時に唇を塞がれてしまう。

 腿のあたり。かたいなにかが、あたっている。それはかたいだけでなく、ひどく熱を持っているようだった。

 

「もう少し時間をかけるつもりだったが、我慢の限界だ。翠がかわいいのが、いけないのだからな?」

「な、なんだよそれ? けど、あたしはきっといつでも平気だよ。や、優しくしてくれるんだろ、一刀殿?」

「努力はするさ。だが、そうも言っていられない時があるのが、男というものでな」

 

 曹操とつながり、ひとつになる。

 股に生まれた湿り気の意味を、翠はいまになって理解することができていた。

 隆起した肉の鑓が、こちらを向いている。直視するのは、さすがにやめておいた。ちらりと見ただけでも、かなりの大きさをしているのがわかったのである。あれが、自分の中に入ってくる。ちょっと考えただけでも、全身がかたくなってしまうほどだった。

 

「行くぞ、翠」

「あ、ああ……。来てくれ、一刀殿」

 

 すべてを委ねると、決めたばかりなのである。 

 もう、どうにでもなってしまえ。

 そうやって眼を閉じて覚悟していると、陰部に熱を感じるようになった。同時に与えられた口づけが、先ほど以上に甘く思えてしまう。

 

「んぐっ、れおっ……。んむっ、んぐぐっ……」

「あと少しだ。耐えてみせろよ、翠」

「だ、大丈夫だっての。戦場に出れば、うあっ……、怪我くらいするのが普通なんだ。だから、こんなのちょろいぜ……っ」

「さすがは、誉れ高き錦馬超だ。そんなおまえと一緒にいられて、俺は幸せ者だな」

「やっ、だめっ……。いま、そんなこと言われたらぁ……♡」

 

 甘いささやきに、つい身体を弛緩させてしまった。

 その緩みがちょうどよかったのか、曹操の男根が奥深くにまで入り込んでくる。深い部分。押し上げられると、思わず声が洩れた。愛しい男と、ついにひとつになれたのである。感情が昂ぶってしまうのも、無理はなかった。

 

「はあっ、ふぐぅ……♡ 好きっ、好きなんだ、一刀殿ぉ……!」

「今夜の翠は、一段と情熱的なのだな。俺も、おまえのことを愛している」

「だって、はあっ……。好きな人に、ぐちゃぐちゃしてもらってるんだもん。こんな、こんなのってぇ……♡」

 

 ぴったりと嵌っていた男根が、ゆっくりと動き出す。

 肉襞を擦られるのが、気持ちいい。舞い上がった気分そのままに、翠は口づけを求めている。

 

「なあ、一刀殿。もっと、たくさん口づけをしてくれないか? あたし、きっとそれだけで……。んっ、んむぅ、ちゅる……♡」

「ははっ。いくらでも、してやるとも。舌を絡めるのも、嫌いではないのだろう?」

「うん。ちゅぱっ、んんっ……。これ、好きぃ……♡ 一刀殿の舌、もっとあたしに感じさせてくれないか」

「……ン、いいだろう。痛みは、ましになってきているのか?」

「どうなんだろ。ふあっ、れるっ……♡ あたし、もうよくわかんないや」

 

 脳内が、曹操から注がれる愛情と快楽とで、溢れかえりそうになっている。

 乾いた音が鳴り響く。腰の抽送を受け続けているせいか、下腹部の感覚がぼんやりとしてきているようだった。

 これが、男に抱かれるということなのか。

 気持ちよさを抑えることができない。曹操の唾液を飲まされるたびに、身体が熱を帯びていく。感じたことのないような痙攣が、全体に拡がっていく。

 

「いいぞ、翠。俺も、一度出しておきたいと思っていたところだ」

「出す? 出すって、ふあぁあっ……♡」

 

 最奥を突き上げる男根が、いきなりふくらんだような気がしていた。

 出す。腹の中に、曹操の子種を出されてしまうのだ。

 想像すると、期待によって身体が余計に昂ぶっていく。与えられるなにもかもが、気持ちいい。また、男根がふくらんだ。たぶん、つぎが最後の抽送になるのだろう。なんとなく、それがわかってしまったのである。

 

「ああっ♡ きて、きてくれっ、一刀殿……。あなたの子種で、あたしの中、あふれさせてくれぇ……♡」

 

 曹操が、首筋に吸い付いてくる。

 瞬間、焼けるような熱さが膣内に拡がっていった。いきなりのことに、つい嬌声を放ってしまう。なぜだか、男根のふるえが愛しかった。

 

「うあっ、これだめぇ……♡ 一刀殿の勢いすごすぎて、あたしまでおかしくなってしまいそうになる……♡」

「そうだ。いくらでも、おかしくなってしまえ」

「ふあっ、お腹の中でまたびくって……♡ んあぁあっ……。一刀殿に出されるのが、気持ちいい。こんなの覚えさせられたら、あたしもう……っ♡」

 

 濃厚な子種に腹を満たされ、翠は幸せそうにほほえんでいる。

 ふと頭を横に向けると、揺れるかがり火が見えていた。

 まだまだ、互いに燃え尽きることはない。明かりが、そのことを知らしめているようだった。

 

 

 身体が、疲れ果てている。

 体力には自信がある方だったが、もう無理だとしか思えなかった。交合とは、こんなにも激しく消耗するものだったのか。それでいて、幾度となく射精を行った曹操は、まだ余裕のある素振りをしているのだ。

 

「んっ……、一刀殿」

 

 曹操の前で肌を晒すことにも、いい加減慣れてきた。

 薄い肌衣だけを纏い、隣に寝そべった。今夜だけでも、数え切れないくらいの抱擁を受けている。それでも、抱きしめられるたびに、うれしさが生まれていく。

 好きだ、と耳もとでささやかれた。

 たったそれだけのことで、翠は身体を縮めてしまう。すぐに言い返すのは、まだ難しかった。

 

「え、えとっ、その……。すごかったんだ、すべてが。あたしの知らないことは、まだいくらでもある。そのことが、今日はよくわかったよ」

「ほう。ならば、またこうして寝てくれるのだろうな、翠」

 

 曹操の手のひらが、頭を撫でてくる。

 抱かれている最中から、ずっと甘やかされ続けていた。そのせいで、心がいつまでも浮ついているようなのだ。

 互いの気持ちは、こうして確かめ合うことができた。つまり、次回からは純粋に、情欲をぶつけていくことになるのだろうか。

 考えると、顔が熱くなった。たぶん曹操は、また同じように甘やかしてくれるのだと思う。そして、きっと自分もそうされることを望んでいる。

 

「んぐっ……。そ、それもいいのかも。一刀殿、もっとくっついても平気か?」

「ああ。ここの寝台は、それほど広くないのでな。朝起きた時、床に寝ているのは翠も嫌だろう?」

「そ、そうだよな。このまま、一刀殿と朝まで一緒なんだ……」

 

 言葉にすると、やけに恥ずかしかった。

 それを悟られたくなくて、曹操の胸に頭をうずめていく。直接見えているわけではないが、曹操はおそらく笑っている。それがわかってしまう程度には、付き合いがあるのである。

 

「うう……。こんなので、あたし眠れるのかな」

「そのうち、慣れるさ。さっきまでも、そうだったろう?」

「うわわっ……。そ、それはもういいっての!」

 

 うるさくなった鼓動を抑え込もうと、翠は身体を小さくしている。背中を撫でてくれている曹操の手が、温かくて心地よかった。

 こうしていれば、そのうち眠気がやって来るのかもしれない。

 起きたら、どんな顔をして挨拶すればいいのだろうか。曹操は主君であり、愛する人でもあるのだ。

 

「眠ろうか、翠」

「んっ……、一刀殿」

 

 おそらく、なにも変わることはないのだろう。

 だったら、自分は出来得るかぎりの笑顔で応えるだけだった。そうしたことを考えている間に、夜は更けていく。

 消えたかがり火の匂い。それが、ちょっとだけ鼻についている。



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八 雛の庵

アンケートのご協力、ありがとうございました。
想像以上に競っていて、どのくらい反映していくのか自分でも謎ですが、頭には入れておこうと思います。


 のどかな情景が拡がっている。

 田畠で働く農夫たち。馬上から見送りつつ、曹操たちは街道を進んでいった。

 沛国へ来たのは、董卓との闘いに備えるために、兵を集った時以来なのである。春蘭(しゅんらん)が随従しているのは前回と同じだが、面子としてはあの頃と比べてかなり変わっている。

 涼州を飛び出してきた(すい)。それに、当時は董卓軍の一員として、自分たちと敵対していた(えい)(しあ)。言うまでもなく、奇妙な縁で結ばれた者たちだった。

 翠に関しては、麾下となることを先日誓ってくれている。母のことは、悩みに悩んでいたようだった。自分のそばにいることで、いつかは身内と干戈を交えることにもなりかねない。そんな不安を振り切って、翠は臣従を決めてくれたのだと思う。であれば、その思いに応えるためにも、自分は天下静謐への道を進み続けるべきなのである。

 そして、自分自身の置かれている状況も、まったく違うものに変わっている。

 かつては軍勢すらろくに持っておらず、気持ちばかりが先行することが多かったように思う。

 兗州を抑えるところまでは順調だったが、青州黄巾軍との戦でつまずいていれば、それも水泡に帰していたのではないだろうか。あの闘いをうまく乗り切れたことで、曹操軍は飛躍的に力を増すことができている。それは兵力だけでなく、兵たちひとりひとりの自信にしてもそうだった。

 絶影をゆるりと駈けさせていると、なにやら農夫たちの集まりが見えてきた。その中心にいる、ひとりの娘。なんらかの指導を行っている最中なのか、盛んに手を動かしている。

 

喜雨(すう)。おまえは、喜雨ではないか」

「あれ? もしかして、一刀さん? ずっと顔を見られていなかったけど、元気そうだね」

「ほんとうに、久しぶりだな。前に訪れた時は、喜雨の顔を見に行く暇もなかったのだよ」

 

 農夫たちの輪から抜け出して、娘が絶影に駈け寄ってくる。

 喜雨というのは、陳登の真名だった。喜雨は陳珪のひとり娘であり、農業に対する知見から、年若くして領民からも慕われている。いまも、それで人を集めていたのだろう。

 曹操が下馬すると、ならって詠も地面に脚をつけた。あとの三人は、後ろで会話を楽しんでいるようである。このあたりのことを知っている春蘭が、翠と霞に話を聞かせてやっているのだろう。豫州といえば、自分たちの故郷でもあるのだった。

 

「ええっと。一刀殿、こちらは?」

「ああ。この者は陳珪殿のひとり娘で、名を登という。農業に関する知識が豊富でな、俺もその力を借りるために、一度領内に招きたいと思っていたくらいなのだよ」

「へえ、そんなになんだ? ボクも、時間があったら話を聞いてみたいくらいかも。よろしく。ボクは賈駆っていうんだけど、詠って呼んでくれていいわよ。色々とあって、一刀殿のところで働かせてもらっているわ」

 

 眼鏡の縁を持ち上げながら、詠が興味深そうに喜雨のことを観察している。

 

「よろしく、詠さん。だったら、ボクのことも喜雨でいいかな。それと、話くらいだったらいつでも歓迎するよ。何日か、滞在していくんでしょ? だったら、どこかで時間をつくれると思うから」

「たぶん、そうなるのかな。でしょ、一刀殿?」

 

 詠の問いかけに首肯しつつ、曹操は絶影の身体を撫でている。

 毛並みから、かすかな疲れが見えている。短い道のりではなかったから、馬を少し休ませてやる必要があるのかもしれない。

 

「一刀さんが来ることは、一応母さんから聞かされていたよ。だけど、まさかこんなに少人数になるとはね」

「それなりに事情があってな。それで、先ほど言ったことについてだが、考えてみてはくれないだろうか?」

「ボクを招きたいっていう話? うん、べつに構わないけどさ。なにか、したいことでもあるの?」

「喜雨には、将卒への指導を頼みたいと考えている。黄巾軍との闘いでは、睨み合う時間がかなり長かったのでな。今後、さらなる長期戦をすることもあり得るだろうし、滞陣中に糧食を自足できればいいと思ったのだ」

「ふうん、そっか。戦の手助けをするのはあまり気が乗らないけど、ひとまず考えておくことにするよ。一刀さんとは、知らない仲でもないからね」

「そうしてもらえると、助かる。屯田の成果があがれば、それだけ国力は富むことにもなろう。平時には、浮いた兵を動員して新たな土地を耕す。さすれば、無駄もあるまい」

 

 素っ気なく返事をしながら、喜雨は衣服についた土埃を払っている。

 

「へえ。城に帰ってからは女のケツばっかり追いかけ回してるもんかと思ってたけど、一刀は一刀でいろんなこと考えてるんやなあ。なあ、翠もそう思うやろ?」

「いいのか、霞。下手なことを口走って、春蘭に手を噛まれたってあたしは知らないからな?」

「なんだと? 私がそのような節操のない女に見えていると申すのか、翠は。ひとつ言っておくが、私は一刀以外の手を舐めるつもりなど微塵もありはせんぞ。どれだけ頼み込まれようと、それだけは曲げられん」

「いや、春蘭。誰も、手を舐めるなんて言ってないだろうが」

「なにっ!? では、どこを舐めるのか、はっきりと言ってみるがいい。だが、返答次第では覚悟しておくことだな」

「あははっ。ほんま、春蘭はおもろいやつやなあ。ええで、腕っぷしの勝負なら、ウチがいつでも受けて立ったろうやないの」

「だああ……、ったくもう! おまえら、話をややこしくするのはやめろっての!」

 

 翠たちのじゃれ合っている声が、後ろから聞こえている。

 話題を変えようとしていたところで、喜雨が先に口を開いていた。どうやら、なにか言い忘れていたことがあったようなのである。

 

「そういえばさ。母さんが、今日はどこかからお客さまが来るって言っていたんだ。だから、すぐに行っても取り合ってもらえるかわからないし、明日までのんびりしているといいよ、一刀さん」

「客人か。気になりはするが、喜雨に訊ねても無駄なのだろうな」

「うん、正解。ボクは、政治になんてさっぱり興味がないからね」

 

 小さな時分から、喜雨の世の中に対する姿勢は同じだった。

 そのせいで、母との微妙な距離感が生まれてしまっていることも、曹操は知っている。ただ、当人がそれで問題なく過ごしているのだから、他者である自分が口出しすることなどなにもない。

 とはいえ、予定がずれてしまったのは事実なのである。

 ならば、と曹操は切り出した。沛国には、喜雨の母以外にも、会いたいと感じている人物が二人いる。

 

「こちらに、諸葛亮が居着いているらしいな。黄巾軍と闘った折に劉備からそう聞かされたのだが、違いないか?」

「うん、鳳統と一緒だよ。一刀さんは、あの子たちと知り合いなんだよね? 接している感じだと、あんまり仲がよかったとは言えないみたいだけど」

「ちょっとした、すれ違いのようなものだ。せっかく沛国まで来たのだから、顔を見ていこうと思ってな。この近くで、暮らしているのだろう?」

「わかってるとは思うけど、こわがらせたらだめだからね? 信じてはいるけど、それだけは約束してもらわなきゃ」

「無論だ。諸葛亮が会いたくないと申すのであれば、俺はそれでも構わない」

「いいよ、だったら教えてあげる」

 

 農作業に戻った喜雨と別れ、曹操は諸葛亮の住む草庵を目指していた。

 城郭(まち)の外れ。緑の多い場所に、諸葛亮は鳳統と暮らしているのだという。

 喜雨とは、農業について意見を交わすこともあるようだった。司馬徽のもとで、そうした領域に関しても学んできたのだろう。役所には時々出仕するくらいで、土地を見分していることがほとんどだ、と喜雨は話していた。

 

「一刀殿がわざわざ足を運ぶくらいなんだから、諸葛亮って子すごいんだ?」

「荊州の私塾で学んでいたようだが、知識を活かせるだけの才がある、と俺は見ている。たまたま、賊に囚えられているところを救うことがあってな。それで、しばらく一緒に過ごしていた」

 

 詠は、諸葛亮のことが気になっているようである。

 離れてから、もう一年近く過ぎている。

 その間に、諸葛亮はなにを思っていたのだろうか。乱世は、当分終わる気配がない。それは、いまの帝に国全体を抑え込む力がないあらわれでもあった。

 諸侯は独立心を強めており、自領の経営に腐心している。この状態が続けば、ますます漢は各国に分裂していくことが予想された。

 

栄華(えいか)から聞いたよ。諸葛亮とは、帝のことで意見が割れたんだってな。はあ……。みんな、なんでそうなってしまうんだろう」

 

 涼州で暮らす母のことを思って、翠は嘆いているのだろう。

 それだけ、現在の帝室は連綿と続いてきた。

 年月をかけ、継承されてきた血。尊きものであり、侵しがたいものにすらなりつつあると言えるのかもしれない。

 しかし、その尊さだけでは、国がまとまらない時期が来ているのである。董卓という重しが消えた長安は、政争に明け暮れていると聞いている。その中で、帝は日々怯えているだけなのである。

 

「すまないが、諸葛亮のところにはやはり春蘭と二人で向かおうと思う。翠たちは、しばらく城郭で自由にしてくれていい」

「なんや、ウチらはお供失格かいな。まっ、さっきの嬢ちゃんもあんまりびびらせんなって言ってたことやし、その方がいいのかもしれへんな」

「一刀殿が決めたことなら、ボクはそれに従うよ。城郭を見て回るのも、いい経験になりそうだしね」

「んんっ? 詠、やけにしおらしい態度とるやないの。ははあ、もしかしてアンタも一刀のこと……?」

「な、なに余計なこと言ってんのよ、霞!? ボクは、ただ客分として従っているだけであって……」

「いや、変なこと聞いたウチが悪かったわ。ふふん、せやけど詠がなあ」

「アンタ、絶対わかってからかってるんでしょ。もう、一刀殿もどうせ連れてくるんだったら、(れん)を選べば静かでよかったのに」

「ううっ、ぐすっ……。そんな悲しくなるようなこと言わんとってや、詠。ウチら、これまで助け合ってやってきた仲やないか」

「あはは……。なぜだかあたし、詠の気持ちがわかるようだよ。だからほら、元気だして遊びに行こうぜ。霞も、ちょっとは反省しろよな?」

「しゃーないなあ。翠がそこまで言うんやったら、反省してやらんこともないで?」

 

 ひと悶着あったのち、翠たち三人はにぎやかに城郭へと向かっていった。

 曹操の心持ちがわかるのか、春蘭は静かに馬を併走させている。いまは、それがやけにありがたかった。

 駈けていると、やがて素朴な草庵が視界に飛び込んできた。豪奢ではないが、そのぶん無駄なものが削ぎ落とされて、洗練されているようにすら見えてくる。付近には作付けをしてある畑があり、同時に小さな人影も確認することができている。

 下馬して近づいていき、曹操はその人影に向かって声をかけた。

 

「鳳統ではないか。あれから、息災にしていたか」

「あ、あわわっ!? どうして、曹操さまがこんなところに」

「陳珪殿と、直接会って語らいたくなってな。それで、沛国まで足を伸ばすことになった。そのついでに、二人が元気にしているか見に寄ったのだが、やはり迷惑だったか?」

「そ、そんな、迷惑だなんて。朱里(しゅり)ちゃん……、諸葛亮ちゃんにとって、曹操さまは命の恩人なんです。で、ですから……、あのっ……」

 

 小柄な身体をさらに縮めて、鳳統は必死に言葉を紡ごうとしている。

 あたりに、人の気配はなかった。

 喜雨が話していたように、諸葛亮は見分のために家を空けているのかもしれない。しかも、どこかそれで安心してしまっている自分がいるような気が、曹操はしているのである。おかしな気分だった。意見が再び割れることを、自分はおそれているとでもいうのか。そのくらいのことは、これまでいくらでも経験してきたはずなのだ。

 

「あうっ、えとっ、そのっ……」

「このままでは、喜雨に叱られてしまいそうだ。さて、どうしたものかな」

 

 それほどまでに、自分は高圧的に見えてしまうのだろうか。ここまで怖気づかれてしまうと、かえって申し訳なく思えてきてしまうのである。

 曹操は膝を折り、鳳統の高さに目線を合わせてみた。

 大きな瞳。おそるおそる、見つめ返してくる。ふるえは、少なくなっているようだった。

 それまで佩いていた剣は、下馬した時に春蘭に預けてある。ほんとうに、害意など少しもない。それだけは、伝えたいと思っている。

 

「あの、ほんとうにすみません。曹操さまが、こんな急にいらっしゃるとは思っていなかったので、私すごく緊張してしまって」

「気にするな。深く息を吸って、ゆっくりと吐いてみろ。それで、多少は落ち着くはずだ」

「は、はい、曹操さま。んっ……、ふう……、はあ……」

 

 胸に手をあてたまま、鳳統は深呼吸を繰り返す。

 鳳統の様子を見ていて、思い出すことがあった。虜囚から解放してやった時、諸葛亮も同じくらい慌てふためいていたのを覚えている。

 

「あの、曹操さま」

「ン……。なにかな、鳳統」

「よろしければ、中でお食事をしていかれませんか? えと、ここで作ったお野菜で、いつも料理をしているんです。いまできるおもてなしといったら、そのくらいで」

「よいのか? ならば、遠慮なくあがらせてもらうとしよう」

「はい、どうぞ。あの、よろしければお連れの方も?」

「おお、私も相伴に預かってもよいのか? ありがたい、ちょうど腹が減っておったのだ」

 

 狭い入り口。身をわずかにかがめて、草庵に入っていく。

 一角には、雑然と書物が積まれていた。所持していたものに加えて、ここに居着くようになってから、揃えたものもあるのだろう。

 二人の子供っぽい部分が見え隠れしているようで、ちょっとほほえましいくらいだった。

 

「あ、あんまり見ちゃだめです、曹操さま。お客さまが来ることなんてまずないので、つい読んでいるものをそのままにしてしまって……」

「ふうん。おまえたちは、一刀に負けないほどの読書家なのだな。ふむ、この絵草紙など少しおもしろそうではないか。なになに、気になる年上男性の手玉の取り方……。既成事実をつくって、そのまま押し切り編……、とな?」

「あ、あわわわわっ!? そ、それは、ほんとのほんとにだめなやつなんですー!?」

「うわっ。な、なんだあっ!?」

 

 草庵に響き渡る絶叫。

 顔を真っ赤に染めた鳳統が、ほとんど泣きそうになりながら全身全霊で春蘭にぶつかっていく。さしもの春蘭も、その異様な叫びに一瞬気圧されたようだった。咆える鳳統の姿は、さながら飢えた虎のようだったのである。

 奪還に成功した絵草紙。それを大事そうに胸に抱えて、鳳統は疲れ切ったように肩で息をしている。

 対して春蘭の方は、呆気にとられたまま立ち尽くしているだけだった。

 ある意味、絶対的な意志が腕前以上の力を発揮した瞬間なのである。なんとなく事情を理解しつつある曹操は、笑いをこらえるので必死だった。



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九 待ち焦がれるは飛翔の時

 板張りの間の中心に、囲炉裏が設けられている。火にかけられて煮える鍋。その中身が気になっているのか、春蘭(しゅんらん)はしきりに上からのぞき込んでいた。

 床の上に座り込み、曹操は自らの脚を揉んでいた。数日駈けっぱなしだったから、多少は疲れが溜まっている。

 客用の食器を選ぶために、鳳統は先ほどから前かがみになっている。そのおかげと言ってはなんだが、瑞々しい太腿に加えて、かわいらしい下着が見え隠れしてしまっているのだ。

 脚を揉みながらその様子を眺めていると、ちょっとほほえましい気分にもなってくる。鍋に意識を向けている春蘭は、そのことに気づく素振りすら見せてはいない。

 ふと、ここにはいない諸葛亮の顔を、曹操は思い浮かべていた。

 年相応のくだけた笑顔。それが一度思考を深めだすと、人が変わったように鋭くなるのである。

 眼前でかわいらしく尻を左右に振っている鳳統にも、諸葛亮と似通った気質があるのだろうか。どちらも、司馬徽のもとで学を修めてきた、俊英なのである。だからこそ、幼さの残る外見とは裏腹に、頑固な一面があったりもするのだろう。

 

「あのっ……、お待たせしてしまいましたが、どうぞお召し上がりください。んっ……。曹操さまのお口に合えば、よろしいのですが」

「そうやって、いちいち構えずともよい、鳳統。俺は、おまえがこうしてもてなしてくれただけでも、素直に嬉しいのだよ」

「うむ、一刀の言った通りだな。なにもわれらは、諸葛亮や貴様を取って食いに来たわけではないのだぞ? それに、うまそうな見た目をしているではないか、この煮物は。どれ、まずは一口」

「ああ、いただくとしようか。馳走になるぞ、鳳統?」

「は、はいっ、どうぞ曹操さま」

 

 器に盛られた根菜の煮物を箸でつかみ、口に運んでいく。

 少し甘めに味をつけるのが、二人の好みなのだろうか。隣で食べ進めている春蘭を横眼に、曹操はそんなことを思っていた。

 柳琳(るーりん)流琉(るる)の料理とはまた別の、家庭の味といったところなのだろう。生まれた場所や環境が違えば、当然好みも変わってくるのである。どちらかと言えば、酒ではなく米が欲しくなるような味だった。

 鳳統が、上目遣いに見つめてくる。

 何事かを、言い出そうとしているような雰囲気なのである。じれったく擦れ合う指先。そんな鳳統を意に介さず、春蘭は煮物を頬張り続けている。

 

「あの、曹操さま……?」

「うむ。なかなか、よい味をしているではないか。俺の連れも、いたく気に入っているようだ」

「あ、ありがとうございますっ! って、そうではなくてですね……。すう……、はあ……」

 

 見当違いであっても、料理の味を褒められたこと自体は、やはり嬉しかったのかもしれない。鳳統は大きな帽子を抱きしめて、浮かんできた恥じらいを隠しているようでもあった。

 何度かの深呼吸のあと、居住まいをただして鳳統が言った。

 

「えと、まずはご戦勝お慶び申し上げます、曹操さま。あのまま青州黄巾軍が無法を働いていれば、その戦乱はこの豫州どころか、さらに多数の地域にも及んでいたことだと思います。ですから、その……」

「ほう。おまえが、わが軍の勝ち戦を祝ってくれるというのか。どういう風の吹き回しなのかな、これは?」

「あうっ……。曹操さまも感じていらっしゃるはずですが、黄巾軍への対処は、この国全体の課題と言っていいものなんです。でも、武力だけですべてを解決しようとすれば、最後まで大きな衝突は避けられない。そこを、曹操さまはうまく解決に導かれましたから」

「ははっ。そうやって褒められるのは、俺も嫌いではないがな」

「あわわっ……。わ、私なんかが、申し訳ございません。いまのは、出過ぎた物言いでした」

「別に、皮肉で言っているわけではない。しかし、これで諸葛亮の期待にも、少しは応えることができたのかな。劉備が言っていたのだが、俺のもとに向かうよう進言したのは、あの子なのだろう?」

 

 鳳統が、小さく頷いた。

 たとえ目指す場所が違っていたとしても、力を合わせることは可能なのかもしれない。かつて反目した相手であっても、必要とあらば支援をする。それだけ、諸葛亮は広い視野で国のことを見ているのだろう。

 

「はい。諸葛亮ちゃんだって、お腹の底から曹操さまのことを敵視しているわけではありませんから。これは勝手な想像なんですけど、ほんとうだったら素直にお慕いしたいのかもしれません。だけど、どうしても天子さまのことで踏ん切りがつけられない。劉備さんへの進言は、そんな気持ちがちょっぴり出た結果なんじゃないかな、って私は思っているんです」

「親友のおまえが、そう感じているか。であれば、諸葛亮と会えぬことが、余計に残念でならんな。あの子は、どこぞに出かけているのだろう?」

「ええっと……。見分に出たのが二日前なので、曹操さまが逗留されている間には、まず帰ってこないと思います」

「むう。せっかく一刀がこうして顔を見に来てやったというに、なんとも間の悪いやつだ。それなら、遣いを出してひっ捕まえてくればよいではないか」

「よいのだ、春蘭。それに無理に会ってみたところで、なにかが急に変わるというわけではあるまい」

 

 春蘭の意見を制し、曹操は箸を持ったままの手を膝に置いた。

 諸葛亮と対するのは、もういくらか風向きが変化してからでも遅くはない。それよりも、いまは鳳統のことだった。

 

「以前から気にはなっていたのだが、おまえはこの先のことをどう考えているのだ、鳳統? それを、ここで訊いておきたい」

「そう、ですね……。淘汰と再生。その繰り返しこそが自然の摂理なのであれば、誰もその流れに逆らうべきではないのかもしれません。私が言えることは、ただそれだけです」

「なるほどな。おまえの考え、しかと承知した。だが、ここで俺に仕えよと迫るのは、無粋なことなのであろうな」

「曹操さまのお気持ちは、嬉しく思います。ですが私と諸葛亮ちゃんは、お互いに支え合ってきたからこそ、ここまでやってこられたんです。甘いと断じられても仕方のないことかもしれませんが、いまさらどちらかが欠けるだなんて、私は考えたくありません。ですから、どうか曹操さま」

「おまえの胸の内を知れただけでも、今日は十分だ。しかし、よい友人に恵まれているのだな、諸葛亮は」

 

 ほほえむ曹操の表情を見て、鳳統は安心したかのように吐息を洩らしている。

 おそらく鳳統は、覇者が帝位に就くことに対して、否定的ではないのだろう。

 むしろ、それで世の流れが正されるのであれば、歓迎すべきことだと考えている可能性すらあるのだ。長くともに過ごしてきた二人。それでも、考え方には違いがあるようだった。

 一方の考えが正しくて、もう一方の考えが間違っている。そんなことを言うつもりなど、曹操には少しもなかった。

 誰もが、おのれの理想のために闘えばいい。そこに熱量があるかぎり、人は後から自然とついてくるものなのではないか。あるいは、ぶつかることでしか理解し得ない感情もあるはずだった。

 合間に、煮物をひとつ口に放り込んだ。食材から生まれた自然な甘さ。それに包まれ、舌が癒やされていくようだった。

 

「あう……。お褒めいただき、ありがとうございます。そのっ、もう少し召し上がられますか、曹操さま?」

「うん、そうするとしよう。春蘭も、まだ食い足らんのではないか?」

「おうっ。先ほどから言い出す隙をうかがっていたのだが、一刀たちが小難しい話をしているものでな。それで、私も空きっ腹を我慢していたのだ」

「ははっ。いい子なのだな、春蘭は。それとも、なにか褒美がもらえるかもしれないという魂胆があったから、黙って耐えることができたのか?」

「やっ……。そ、それはだなあ? しかしまあ、一刀がくれると言うのであれば、私はなんだって甘んじて受け入れる覚悟があるのだぞ?」

「あわわ、なんでもっ!? お、お二人は、とっても仲がよろしいんですね」

「ふふん、当然であろう。私と妹は、誰よりも長く一刀と一緒にいるのでな。それこそ、互いのことは隅々まで知り尽くしていると言っても過言ではないくらいだ」

「あうぅ……。なんだか、大人の関係って感じがしてすごいです」

 

 鳳統は顔を赤らめさせながらも、春蘭の言葉を熱心に聞き入っていた。

 それからしばらくの間、曹操は草庵で時間を過ごしていた。

 他愛もない話を肴にしては、鳳統の出す料理を平らげていく。荒れ地を苦労して耕したこと。そのために、喜雨(すう)と協議して農具を改良した時のこと。

 鳳統と諸葛亮の二人は、案外ここでの暮らしを満喫しているようだった。主君に縛られることもなく、自由に才を伸ばすことのできる空間。それを許している陳珪は、二人の今後に期待している部分が大きいのだろう。でなければ、これほどまでの待遇を、流浪の少女に与える理由などないのである。

 別れ際、曹操は鳳統から真名を預けられていた。

 雛里(ひなり)。そう真名で呼んでやると、雛里は恥じらって小さくなるばかりだった。

 

 

 城郭(まち)に戻り、曹操は別行動となっていた三人を探していた。

 まだ日は高く、どこも人が多い時間帯だった。

 絶影を曳きながら歩いていると、食事処の多く立ち並ぶ区画が見えてきた。見当違いでなければ、三人もどこかで腹ごしらえをしているはずである。

 

「あっ、一刀。あそこにつながれている馬を見てみろ。あれは、翠たちのものではないのか?」

「そのようだ。よく見つけたぞ、春蘭」

 

 褒められて喜ぶ春蘭。その頭を何度か撫でてから、曹操は目当ての店に向かっていった。

 (すい)の持つ、特徴的な長い髪。それを手がかりとすれば、三人のいる席を見つけることは容易なのである。

 予想通り、翠たちは時間つぶしに酒を飲んでいたようだった。しかし、同じ席には見知らぬ女がひとりいる。一緒になって盛り上がっているのだから、どこかで知り合って食事をすることになったのだろう。

 

「ああん? そこの貴様、どうして私たちのことをじろじろと見ているんだ」

 

 近づいただけで、見知らぬ女が啖呵を切ってくる。

 瞬間的に反応しそうになった春蘭を押し留め、曹操は翠たちが気づくのを待った。飲み始めてから結構な時間が経っているのか、(しあ)の前には空になった酒器がいくつも並んでいる。

 最初に振り返ったのは、(えい)だった。果物をあてにしながら酒を愉しんでいたのか、口の端が汁でちょっと汚れてしまっている。気を抜いたところを見せようとしない詠だけに、これはある意味貴重な姿だと言えるのかもしれない。

 

「話していたでしょう、焔耶(えんや)? こちらが、ボクたちの主人である一刀殿よ。商談が長引いたから、来るのが遅れてしまったんだ。ねっ、一刀殿?」

「ああ、そうだった。三人には、先に休んでいるように言いつけてあってな。それで、こちらのご客人は?」

 

 どうやら詠は、自分たちのことを沛国に来た商売人だと偽っているようだった。

 とっさに話を合わせて、曹操は輪の中に入っていく。それで合点がいったのか、焔耶と呼ばれた女は牙を剥くのをやめたようだった。

 

「失礼な物言いをしてすまなかったな、主人殿。女ばかりで愉しんでいると見て、妙な色目を使ってくる男がいてもおかしくはないだろう? いや、しかしまた、軽率なことをしてしまったな。ほら、主人殿も早く座ってくれ。詫びと言ってはなんだが、酌をさせてくれないか」

「気にするな。俺のことは、一刀と呼んでくれ。商談のあとにちょっと食事を出されてな。腹は減っていないのだが、酒ならばいただこう」

「商人にしておくのがもったいないくらい、一刀殿は気持ちのいいお方なのだな。私は魏延というのだが、焔耶と呼んでくれて構わない。三人には、困っているところを世話になってな」

「ほう。なにがあったのか、訊いてもよいか?」

「やっ、それはその、だなあ……」

 

 急に歯切れの悪くなった焔耶から酌を受け、曹操は口の中を酒で潤した。

 気の強そうな目鼻立ちをしているが、それぞれが整っており器量はいい。それに、おそらく武芸の嗜みがあるのだろう。鍛えられた二の腕は、引き締まっていて緩みを感じさせなかった。

 

「あははっ。やったらウチが教えたるかあ」

「ちょ、ちょっと、霞っ!?」

「まあまあ、旅の恥はかき捨てとも言うやろ? それに、わんこ相手に怯えてるアンタの仕草、たまらんくらいかわいかったで」

「そ、それ以上は言わないでくれっ! 私にだって、守りたい尊厳くらいあるんだっ」

「えー? ここまで話したんやし、もうどこまでいっても一緒ちゃうの? わんこに囲まれて身動き取れなくなってた、焔耶ちゃん?」

「ぐぬぬぬっ……。貴様、私のことをからかって面白がっているのだろう。しかし、助けてもらった手前、私にはどうすることも……」

 

 どちらも酔いが回っているのか、気分の抑揚がおかしなことになっている。

 事情はよくわからないが、野良犬に詰め寄られてどうにもならなくなっていた焔耶を、三人が救出してやったのだと思う。霞にいいようにからかわれても我慢しているのだから、本人はかなりの恩義を感じているのだろう。

 

「翠。それで、霞の言っていることは正しいのか? 俺の直感が間違ってさえいなければ、焔耶はとても犬に遅れを取るような女には見えぬのだが」

「ははっ……。一刀殿、あんまり言ってやらないでくれよ。誰にだって、苦手なものがひとつくらいあるもんだろ?」

「そうそう。ボクだって、部屋にでっかい虫が出てきた時は、人を呼ぶかどうか迷ってしまうくらいなんだもん。焔耶からしてみれば、かわいい犬がそのくらいおそろしいものに見えてしまうのよ、きっと」

「ぐっ、ううっ。わ、私は、もうだめなのかもしれん。姐御とはぐれてしまったかと思えば、いきなり野犬に追われるような始末なのだ。そして、その恥をこれだけの人間に知られてしまったのだぞ。くうぅう……。こうなったからには、飲まなければやっていられん!」

「あちゃあ……。ウチ、ちょっと焔耶のこといじめすぎたんかいな。にしても、その姐御ってのもひどいもんやなあ。はぐれたアンタのこと、さっぱり探しに来てくれへんやないの」

 

 湧き上がる悲しみ。

 それを打ち消そうとして、焔耶は際限なく酒を飲みまくっている。

 

「うう、姐御のことを悪く言うんじゃない。あの方は、そうした馴れ合いを好まないというだけなんだ。きっと、きっとそうなんだあ……」

「あー、はいはい。焔耶がかわいそうやから、ここはそういうことにしとこうなあ?」

 

 涙混じりに訴えかけられては、さしもの霞も折れるしかないようだった。

 その二人からは一歩引いて、翠と詠はゆるりと飲食を愉しんでいたようである。あまり絡まれると面倒だと思い、曹操も自然とそちらに席を寄せていった。

 

「それで、首尾はどうだったの? 件の少女とは、会えたのかしら」

「いいや。運悪く、あの子は家を留守にしていてな。だが、代わりにその友人と話をすることができた。感触は、まずまずといったところか」

「ふうん? せっかくだし、ボクも直接会ってみたかったな」

「会えるさ、いずれ詠たちともな」

 

 場所が場所なだけに、すべてを明かすことは避けた。

 いくつか疑問が残っているのか、詠は果実をかじりながら小さく首をかしげている。

 気持ちを吐き出して少しは落ち着いたのだろう。焔耶は、粛々と杯を重ねるようになっていた。姐御というのが、どこの何者なのか。それが気になって、曹操は語りかけた。

 

「焔耶は、豫州に住んでいるのか?」

「んくっ、いいや。私は、さる仕事があって荊州からここまでやって来ている」

「荊州から。あの地は、いまはほとんど孫堅さまが治めているのであったな。かの御仁の評判は、どうなのだ?」

 

 荊州と聞いたからには、捨て置くことはできなかった。

 汝南には、孫堅の軍勢が入ったばかりなのである。部隊を率いているのは、次女の孫権だという話だった。硬軟をうまく使い分け、袁家の旧臣たちの懐柔にかかっている、と細作たちからの報告が上がってきている。

 

「んう……? 孫堅さまは、優れた武人であるのと同時に、巧みな政治手腕をお持ちになっているお方だ。黄祖さまが討たれ、劉表さまが州牧の地位から追い落とされたことは無念の極みだったが、荊州はよき治者を得たのだと思う。それに姐御と出会えたのも、孫堅さまのおかげでもあるのだし……」

「焔耶のいう姐御というのは、孫堅軍の部将の誰かのことなのかな? そうなのであれば、俺もお顔を拝してみたいものだ。いずれは、荊州とも商いをしたいと考えているのでな」

「はふう……。んっ、姐御は、そうしたことに興味のないお方だ。おおかた口利きを狙っているのだろうが、会ったところでそれは無駄だぞ」

「やはり、そうなのだな。ならば、喜雨の言っていた客人というのは……」

 

 酔の勢いにまかせて、焔耶は洗いざらいしゃべってくれている。

 詠は自分の考えにいち早く気づいたようで、酒を飲む素振りを見せながら聞き耳を立てているいう状態だった。

 付近に、孫堅の軍勢が駐屯しているという知らせはない。ということは、相手も自分たちと同様に、密かな行動を心がけているということなのか。部将が護衛に動いているとなれば、それなりの地位にいる文官が、沛国までやってきているはずなのである。

 よもや、孫権自身が直に乗り込んできていることもあるのか。そこまで考えたところで、曹操は翠によって意識を外に向けさせられた。

 

「なあ、あれ見ろよ。あの二人、常人とは明らかに雰囲気が違うぞ」

「ははっ。まさか、向こうからお出ましになるとはな。やはり来ていたか、孫権」

 

 不敵に笑い、曹操は店の入り口に立つ二人に視線を向けていた。

 あの明るい髪色、それに深い水のような碧眼を、忘れるはずがない。

 連合軍で闘っていた頃と比べて、大将としての振る舞いを戦場(いくさば)の中で身につけたのかもしれない。もしくは、母を失っていた期間が、娘たちの成長を助けたのか。

 孫権仲謀。その堂々たる姿が、まさしくそこにあったのである。



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十 続・孫家の人々

 孫権の隣にいた女が、先駆けとして店内を進んでいく。

 切れ長の眼から放たれる視線は、研ぎ澄まされた刀剣そのものだった。連合軍として闘った際には見かけなかったから、その後麾下となった者なのかもしれない。

 明確に威圧を感じさせる振る舞い。曹操が口走った名を聞いて、(すい)は警戒を強めているようだった。そして焔耶(えんや)は、孫権の姿にまだ気がついていないようで、再び酒を呷っている。

 足音が、段々と自分たちの席へと近づいてくる。

 たぶん孫権は、眼の前にいる焔耶を探してこの店にやって来たのだろう。おおかた陳珪との会談の間、連れてきた武官に休息を与えていたのだと思う。だとすれば、焔耶の話していた『姐御』というのは、殺気を撒き散らしている褐色の女のことなのか。

 

「失礼。愉しまれているところに水を差すようで申し訳ないのだが、そちらにいる魏延はわれらの連れでな。そろそろ、このあたり……で」

 

 背後から声をかけられ、曹操は振り返った。

 思わず、孫権は言葉を失ってしまったようなのである。その意味が、従者の女にはわからなかったのだろう。鋭利なだけだった雰囲気。いまはそこに、いささか困惑が混在しているのだ。

 

「曹操……。まさかとは思ったが、貴殿は曹操殿ではあらせられぬか」

「はははっ。いかにも、俺は曹操孟徳だ。壮健そうでなによりだ、孫権殿。よければ、一献どうかな?」

 

 狼狽している最中の孫権に、曹操は酒杯を差し出した。

 鼻っ柱が強そうなところは母親譲りだが、踏んだ場数としてはまだまだこれからというのが実情なのだろう。もしこの場に孫堅がいたとすれば、わが物顔で座り込み、酒をかっ食らっていったに違いない。そこまでの剛毅さは、この孫権にはまだないようだった。

 魚の素揚げにかじりついていた春蘭(しゅんらん)の肩を叩き、曹操は引っ込めた杯の中身を飲み干した。宴は、もはやここまでなのである。

 しびれを切らした孫権の従者が、剣の柄に手を伸ばしかけているのが見えていた。

 

「こ、困りますぜ、お客さん。荒事なら、表に出でやってもらわねえと」

 

 自分たちが睨み合っているのに気づいた店主が、慌てて外を指差しながらまくし立てている。

 少し多めの銭を机に置き、曹操は腰を上げた。

 壁となるかのように、春蘭と翠が前面に立っている。焔耶はまだ完全に状況を飲み込めていないようで、自分と孫権の顔を交互に見つめていた。

 

「か、一刀殿が、あの曹操だったなんて……。だったら、(しあ)たちはその麾下の」

「悪気はなかったんやけど、正体そのまま明かすわけにもいかんやろ? しかしまあ、翠と春蘭はそうやけど、ウチはまだ居候のお客さんみたいな状態やねん。くくっ……。こっちの(えい)は、かなりぐらついてきてるみたいやけどな」

「あ、ああっ。私は、またとんでもない失態を……。これでは、姐御に顔向けが……」

 

 机に突っ伏した焔耶と、おもしろがって慰める霞。

 その二人に加えて闘えない詠を店内に残し、曹操たちは表の路地に場所を移していた。

 

「孫権さま。なにとぞ、この甘寧にご命令を。ここで曹操を討ってしまえば、豫州平定は成ったも同然となりましょう。われら孫家の躍進のため、この男だけはなんとしてでも葬り去らなければ」

「威勢がいいな、甘寧とやら。毎日左様に気を張っていては、疲れもするだろう」

「ぐっ……。貴様は黙っていろ、曹操。その首、すぐに孫権さまに捧げてやる」

「ほう、そうなのか? ならば、俺も用心しておかねばな」

 

 むき出しになった闘気が、こちらを威嚇し続けている。

 従者の女は、名を甘寧というようだった。焔耶の反応がなかったから、件の『姐御』はまた別の人物なのだろう。

 いつ闘いとなってもいいように、気構えだけは常にできていた。だが、肝心の孫権は渋面をつくって黙りこくったままなのである。

 気性は激しくとも、孫権に対する忠誠心だけは確かなのだと理解できる。それで、甘寧も完全には剣を抜けないでいるのだった。

 

「ご決断を、孫権さま。こうして曹操と(まみ)えたのは、なにかの天運なのではありませんか。それに、この機を逃せば二度とこのようなめぐり合わせなど……」

「ははっ。そんなに俺を斬りたいか、甘寧よ。しかし、よしんばその企てが成功したとして、おまえは必ずや後悔することになる」

「なに? 貴様、それはどういう意味だ」

「俺の麾下の腕を、甘く見ないことだ。二人のどちらかが、俺を斬ることに必死になっているおまえを、まず殺す。そして残りが、守りの薄くなった孫権を殺す。ただ、それだけのことなのだよ」

「おのれ、曹操っ……。孫権さま、こやつの詭弁に惑わされてはなりません。それに、もうすぐこちらには援軍も……」

 

 悲壮さすら感じさせる声色で、甘寧が下知を懇願している。

 それでも、孫権は動こうとはしなかった。

 美しい碧眼に、先ほどからじっと見据えられている。猛りを静かに抑え込んだけもの。いまの孫権の姿は、どこかそれに近しいものがある。

 

「控えよ、甘寧。曹操殿も、どうか挑発はそこまでにしていただきたい」

「なっ……!? しかし、孫権さまっ」

「聞こえなかったのか、甘寧。私が、控えよと言っているのだ」

「はっ……。承知いたしました」

 

 孫権に一喝されたことで、甘寧は引き下がることを余儀なくされている。

 相手が向かって来ないのであれば、こちらからわざわざ斬り結ぶ理由はなかった。治安を乱せば、陳珪に与える心象を悪くするだけなのである。そういう意味では、孫権が冷静で助かったと言うべきなのか。

 

「こちらの曹操殿は、わが孫家にとって窮地を救っていただいた恩人でもあるのだ。その恩人に対し、市中で刃を向けることなど、私にできるはずがあるまい。どうしても闘いたいのであれば、戦場(いくさば)にて堂々と武を競えばいい。それはわかるな、甘寧?」

「はい。私の考えが、浅はかでありました。武門の家として、守るべき道理は守り抜く。孫家の将として、そうあるべきだったように思います」

「わかってくれたのであれば、それでよいのだ。おまえの忠義は、私もうれしく思っている」

「いえ……。わが身にはもったいなきお言葉です、孫権さま」

 

 甘寧から発せられていた、突き刺すような闘気が霧散していく。それがわかったのか、春蘭と翠の二人も構えを解いていった。

 深々とした吐息。孫権にも、多少の迷いはあったのかもしれない。けれども、一度断を下したからには考えを曲げることはない。そうした潔さを、孫家の女は備えている。

 野次馬の輪が割れたかと思うと、そこから女がひとり飛び出してきた。

 色素の薄い短髪が、凛々しい印象を放っていた。その手にあるのは、(いかめ)しい戦斧。孫権を守護するように、刃がこちらに差し向けられている。どうやら、この女が孫権に従ってきたもうひとりの部将であるらしい。

 

「どうした孫権。なにか、揉め事でもあったのか」

「いいや、それはもう済んだのだ、華雄。われらは魏延を見つけたのだが、そこでこちらの曹操殿と出くわしてしまってな。それで、少々厄介なことになっていた」

「むっ? 曹操というのは、連合軍にいたあの曹操のことか。ふっ、ならば惜しいことをしたようだな、私は」

 

 華雄という名には、聞き覚えがあるような気がしていた。

 だが、どうしてか正確に思い出すことができないでいるのだ。喉に小骨が刺さっているような感じがして、いかにももどかしい。その間に、店内に残してきた三人が、外に姿を見せていた。

 

「ああっ、姐御ではありませんか! 先刻はぐれてから、散々お探ししたんですよ? しかし、こうして無事に再会できてなによりです」

「ええい、鬱陶しい。だから、姐御と呼ぶなと何度も言っているだろう」

「そんなあ……。だったら、そろそろ私に真名を教えてくださってもよろしいではありませんかぁ。そしたら、もう姐御とはお呼びしませんから」

「だから、武人にそのような馴れ合いはいらんのだ。ちっ……、子供のようにくっつくのはそろそろやめぬか。しかも貴様、酒臭いぞ」

「ううっ……。申し訳ありません、姐御ぉ……。あんまり動かされると、ちょっと気分が……」

 

 子犬のようにじゃれつく焔耶のことを、華雄は疎ましく感じているようだった。

 それでも無理やり引き剥がそうとしないのだから、頼りにされると弱い部分があるのかもしれない。華雄がそういう女だから、焔耶もつい甘えてしまうのではないか、と曹操は思っていた。

 

「おおっ? アンタ、華雄やないの。汜水関で孫堅に敗けてそっから音沙汰なかったから、ウチらも心配してたんやで」

「うん。まさか、こんな場所で華雄と会えるだなんてね。ボクたちと同じで、そっちにも複雑な事情がありそうだけど」

「おお、張遼に賈駆ではないか。長安で乱を起こし、そのまま出奔したと聞いていたが、兗州に身を寄せていたとはな。ふむ……。おまえたちが一緒にいるということは、あのお方も息災なのであろう?」

「うん……、元気だよ。曹操殿が、よくしてくれていてね。今頃、(れん)やねねと愉しくやっているんじゃないかしら」

「そうか。ならば、思い残すことはなにもないのだ。いまの私には、孫家の将としてやるべきことがあるのでな。世話の焼ける時こそあれ、やつは乗り越えるべき壁でもある。そんな女と出会ってしまったのが、たぶん私の運の尽きなのだろう」

「へえ。華雄、しばらく顔会わさんかった間に、雰囲気変わったんとちゃうか? ウチ、なんや武者震いしてきたわ」

「確かに、霞の言う通りなのかも。洛陽で闘っていた頃よりも、ちょっと大人っぽくなったとか?」

「茶化すな、賈駆。変わったと言うのであれば、貴様だってそうであろうに。以前の貴様であれば、あの方のそばを離れてまで、沛国までわざわざ来たりはしなかったのではないか? それだけ、曹操が気になっていると私は見るが」

「そ、それは……! って、ボクのことなんていまはいいでしょ!?」

 

 再会をよろこぶ三人を眺めていて、曹操はようやく華雄のことを思い出すことができていた。

 華雄とは、孫堅軍を救援した際に、一戦交えたことがあるのだった。あの折は、騎馬を率いた愛紗(あいしゃ)が敵の本陣を追い散らし、完勝したことを覚えている。孫権や周瑜とはじめて顔を合わせたのも、その少し前だった。

 現在となっては、懐かしいことのようにすら思えてくる。あの頃は、恋の操る騎馬隊にどう対抗するか考えるので必死だった。深紅の呂旗。そのおそろしさは、味方となった現在でも骨身にしみている。

 その華雄が孫家の軍門に下り、どうやら厚遇されるようになっていた。ほんとうに、縁というのはどこに転がっているのかわからないものなのである。

 穏やかな顔つきに戻った孫権に、曹操は話しかけた。自分の動きを警戒しているのか、甘寧が再び蛇のように睨みつけてきている。

 

「孫権殿、少しよいかな」

「私になにか御用でも、曹操殿?」

「さしたる用ではないのだが、母御は元気にされているのか? こんな時でもなければ、訊くこともないと思ってな」

「ふふっ。味方でもない相手のことを気にかけるとは、あなたも変わったお方なのだな。ともあれ、母は動きすぎだと言いたくなるくらい、元気にされている。私が荊州を出る前も、曹操殿に関する話をよくしていたよ」

「だろうな。あれは一度死んだくらいで、どうにかなる御仁ではないと思っていたのだよ。そうだ、文を書く機会があれば、母御によろしく伝えておいてくれ。曹操が、戦場で相見えることを愉しみにしていたとな」

「いいだろう。しかしここでは手出しをせぬが、私とて戦場では果敢に闘ってみせる所存だ。その時がやって来れば、孫家の武威をとくとお見せしよう、曹操殿」

「よかろう。望むところだ、孫権殿」

 

 言伝の件を了承すると、孫権は朗らかに笑った。

 成長途上にあるとはいえ、その立ち居振る舞いからは大器の片鱗を感じさせられる。もっとも、それは当然のことなのかもしれなかった。娘の将来に期待していなければ、孫堅が豫州路をこの次女にまかせるはずがないのである。

 諸豪族の乱立する揚州は武辺者の長女に抑え込ませ、孫堅自身は荊州に腰を据えて国の北方をうかがう。いまだ荊州内部に敵を抱えている現状を考慮すれば、それが妥当と言えるのだろう。

 

「それにしても、俺たちは陳珪殿に一杯食わされたようだな」

「まったくだ。お会いになる際は、曹操殿も注意なさった方がよい。私も、今日はほとほと疲れた」

「ははっ、そうしよう。ご忠告、痛み入る」

「では、私はそろそろ失礼しようかと思う。宿に帰るぞ、甘寧」

「孫権さま。華雄殿らを置いていかれても、よろしいのですか?」

「なに、われらと一緒では、旧交を温めることもろくにできぬと思ってな。華雄には、母さまが日頃世話になっている。娘の私から恩を返すのも、たまには悪くあるまい」

「御意。しからば、魏延だけでも引き剥がして参りましょう」

 

 軽く一礼してから、孫権は颯爽と去っていった。

 思わぬ遭遇ではあったが、その人となりの一端を知ることができたのは幸いだった。

 生真面目な部分があっても、それだけに縛られているわけではない。甘寧の様子を見ていればわかるが、あの分だと将兵にも慕われているのだろう。

 汝南への調略は続行するつもりだが、それがどこまで通じるのか。いずれ難敵になるであろう孫権の背中を見送りながら、曹操は顎を撫でていた。

 

「なあなあ、ちょっとええかな、一刀?」

 

 話の輪から外れた霞が、いきなり身体を擦り寄せてくる。胸もとで頬ずりされると、酒気の中から女らしい香りが漂ってくるようだった。

 火照った額を、指でちょっと撫でてやった。それがくすぐったいのか、霞は人懐っこい瞳を数度瞬きさせている。

 

「お願いがあるんやけど、夜までには戻るようにするから、華雄連れてさっきの店で飲んできてもいい?」

「好きにすればいいさ。宿が決まったら、遣いを出して知らせるようにしよう」

「ほんまかっ!? へへへー。一刀のそういう優しいとこ、ウチは好きやで。んっ、あむぅ……」

 

 よろこびに弾む声。満面の笑みとなった霞は、さらに身体の密着を強めてくる。

 不意な感触だった。唇が、なにかやわらかなものに包み込まれている。ねちっこく、それでいて何度も啄んでくるような動き。酔いで熱くなった霞の舌が、まさぐるように唇を割ってきていた。

 

「な、なななっ!? ちょっと霞、こんな往来のど真ん中で、なんてことしてくれちゃってるのよ!? アンタには、恥って概念が存在してないわけ?」

「くくっ。見せつけてくれるではないか、張遼め」

 

 つま先立ちとなった霞の身体を支え、曹操は反撃を試みようとした。

 だが、それは相手の予想の範疇だったようで、すかさずかわされてしまったのである。

 

「にひひっ。すまんなあ、一刀。続きはまた、時間があるときにゆっくり、な? ほんなら、恩に着るで」

 

 いたずらっ子のような声で笑い、霞は後ろに飛び退いた。

 呆れ気味の詠とは違って、華雄はずっと余裕を崩さずにいる。かつて自分に敗れたことなど、微塵も気にかけていないようだった。それだけ、華雄はいまを生きているということか。

 武人にとって孫堅は、仕え甲斐のある主君なのだと曹操は思う。采配は果断であり、攻めるとなれば自ら烈火のごとく剣を振るう。そしてなにより、人間的な大きさを備えているのが孫堅だった。

 

「ったく……。なにぼさっとしてるんだよ、一刀殿。ほら、あたしたちも行こうぜ? せっかくだし、一刀殿といろんな場所を見て回りたい、なんて思ってさ……」

「それは結構だが、私が一緒にいることを忘れてくれるなよ、翠? くくっ。一刀を、そう簡単に独り占めできると思わないことだ」

「あっ、いやっ……。いまのはその、つい勢いで言ってしまっただけで……」

「そうなのか? 私はてっきり、翠にもそういった欲が湧いてきたのかと心配していたのだが」

 

 一夜をともに過ごしてからも、翠の初々しさは変わらず残っている。

 あまりからかっても、そっぽを向かれてしまうだけなのかもしれない。そう思って、言い合う二人をよそに、曹操は絶影の手綱を取って歩きはじめた。

 

「ちょっと待ってくれってば、一刀殿! ちっ、こうしている場合じゃないぞ、春蘭」

「わかっておるわ。今宵どちらが一刀を独占するのか、宿についてからがわれらの勝負だぞ?」

 

 翠の慌てたような声が、風に乗って聞こえてくる。

 空を見上げ、曹操は深く息を吸い込んだ。久しく味わっていなかった、豫州の風なのである。もう少し足を伸ばせば、郷里がある。だが、用もなく立ち寄っている暇はない。そのことは、春蘭も理解しているはずだった。

 孫堅との戦が、いよいよ現実味を帯びている。自分がいま考えるべきことは、それだけだった。



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十一 天子奉戴(燈)

 宣言の通り、孫権から刺客を差し向けられることはなかった。長いようで、短かった一夜。結局、寝床には春蘭(しゅんらん)(すい)を伴って入ったのである。決着をつける気など、はじめから春蘭にはなかったのかもしれない。軍人として、友として。一緒になって乱れた姿をさらしただけ、絆は深くなると言っていい。

 (けん)城に戻れば、翠は正式に将軍としての立場を得ることになる。青州兵はもとより、新参の兵が多くなっている。軍の再編のために、残してきた秋蘭(しゅうらん)たちは走り回っている頃だろう。

 供として連れてきた(えい)が、釈然としていない表情を陳珪に向けている。その様子を特に咎めることもなく、曹操は椅子に腰かけたまま腕を組んでいた。

 会談の場となっているのは、陳珪が住まう館の一室だった。開け放たれた窓から、陽光が一筋入りこんでいる。庭園はよく手入れされているようで、数種類の花が空間を美しく彩っている。いい土壌があるから、これだけ多数の植物を育てることができているのである。そこには、喜雨(すう)の見識が役立てられているのかもしれなかった。

 茶を淹れると言って、陳珪は席から立ち上がったままだ。蒸らされた茶葉の香り。鋭くなりかけた心を、やんわりと引き留めてくれる。茶を杯に注ぎながら、陳珪はかすかに笑みを洩らす。どこか、老獪とすら思えてしまうような笑みだった。案の定、孫権と接触している事実を、陳珪はおくびにも出さないのである。

 そのことを不審に感じて、詠は先ほどから眉間にしわを寄せているのだった。ただしそれでは、陳珪の手のひらの上でいいように転がされることになる。熟達したやり口には、真っ向からぶつかるべきではない。いちいち腹を立てていては、それこそ相手の思う壺なのだ。

 

「昨日の話だが、めずらしい女と城郭(まち)で出会ってな。荊州にいる孫堅の娘なのだが、貴殿はご存知か?」

「あら、孫権殿とお会いになっていたのね。豫州が慌ただしくなる前に、一度言葉を交わしたいと誘われていたのよ。そのくらい、断るのもなんでしょう? さっ、どうぞ。いい茶葉が手に入ったから、あなたが来たらお出ししようと思っていたのよ。冷めないうちに、どうぞ召し上がれ」

「貴殿のそういうところは、変わらないな。茶は、ありがたくいただこう」

 

 何事もなかったかのように、陳珪が茶を飲むように勧めてくる。

 このくらいで揺れていては、太守など務まらない。ちょっとほほえんだ陳珪の表情が、清々しいくらいだった。茶は飲み頃の熱さとなるように調整されていて、乾きかけた喉を心地よく湿らせてくれる。香ばしさの中に、強すぎない甘みがある。もう少し飲みたくなって、曹操は杯を陳珪に返した。

 

「……ふうん。孫権と会ってたこと、簡単に認めるんだね。というか、一刀殿はなに呑気にお茶を愉しんでいるのよ!」

 

 冷ややかな視線。眼の前に置かれた茶杯の縁を指でつつき、詠はこちらを見つめている。

 物事を白黒はっきりさせないと、気がすまない性質なのか。世の中には、両方が入り混じっていることの方がよほど多い。それを知らない詠ではないはずだが、好き嫌いだけはどうにもならない場合もある。

 

「うふふ。だって、べつに隠していたわけではないんですもの。聞かれなかったから、こちらからはなにも言わなかった。単に、それだけのことなのよ?」

「うへえ……。なんだか、あなたといると胡散臭い廷臣と話している気分にさせられるわ」

「その様子だと、そちらもいろいろと苦労をしてきているみたいね。いいわ、私のことは(とう)と呼んでくれて構わないわよ。不快にさせてしまったことに対する謝罪と、これからよろしくという意味を込めて、どうかしら?」

「なんだろう、この感じ……。ちょっと、うまく言いくるめられてしまっているような……?」

 

 再び、詠が視線を向けてくる。今度は、自分に助けを求めてのことなのか。相変わらず、陳珪は愉しそうに笑っている。机上に乗っかっている、大きな二つの塊。重みをどこかに預けていると、多少は身体が楽になるのか。それとも、自分を挑発するために、陳珪はあえてそうしているだけなのか。

 みっちりと詰まった肉の谷間が、誘いかけているようだった。たおやかな陳珪の笑み。かすかだが、妖艶さが含まれているような気がしていた。互いに、知らない仲ではないのである。忘れていた乾きは、空白の期間が長かっただけ、いつか反動として返ってくるものだ。

 

「ははっ。おまえは、燈殿に気に入られたのだよ。だから、安心して真名を預かっていいのではないかな」

「なんとなく察してはいたけど、やっぱり真名で呼ぶような間柄だったのね。うん、わかったよ。ボクは詠。よろしくね、燈殿」

「あら? もっと強情なのかと思っていたのだけれど、素直ないい子じゃない。以前お会いした荀彧殿と比べても、ずっと一刀くんに従順そうね?」

「どうかな。これでも詠は、まだ曹家の客将でしかないのだよ。ははっ。それとも、いっそこの場で口説き落としてみるべきかな」

 

 優雅に茶を喫しながら、燈は笑みを隠さないでいる。堅苦しい雰囲気の話し合いをするつもりなど、少しもないのだろう。自分に対するくだけた呼び方が、そのことをよくあらわしている。

 詠の額に浮かんだ汗。気持ちは、まだ定まりきっていないのか。(ゆえ)とは寝所で存分に交わったあと、眠りにつくまで語らっているのが常だった。遠く離れた故郷への思い。それに、洛陽や長安では、どのように過ごしてきたのか。董卓の名を捨てたとしても、伝えられることは確かにある。そう感じているから、月は話すことをやめないのか。その中で、元配下の処遇についても、話題に上ることが当然だがあった。詠たちみんなには、それぞれ行くべき道がある。この先はなににも縛られず、思うさまに生きてくれればいい。それだけが、月の願いだった。

 汗を手の甲で拭ってやると、詠は驚いて頓狂な声をあげる。

 

「わっ、うわわっ……!? ちょ、ちょっと、いきなり触られたりしたらびっくりするじゃない、一刀殿っ」

「まるで、恥ずかしがっている時の翠のようだな、詠?」

「ううっ……。一刀殿は、またそうやって人を虚仮にしてぇ……」

 

 頬を軽く膨らませて、詠は抗議の姿勢をとっている。

 感覚的には、あとひと押し。曹操の考えていることがわかったのか、燈は薄く笑みを浮かべている。

 

「少し先の話をしてもよろしいかしら、一刀くん?」

「構わないが、なにかな」

 

 いくらか、燈の声にも真剣味が宿っている。

 孫権の要請に応じたのは、なにも冷やかしがすべてではないはずだった。自分と孫堅。そのどちらが、沛国、ひいては豫州を高く買ってくれるのか。その値踏みを、燈はやっているのだと思う。

 袁術の影響がなくなったいま、豫州の諸将は身の振り方を考えるようになっていくのだろう。汝南には、すでに孫家が軍勢を入れている。その事実は、やはり小さくはなかった。

 

「長安に座しておられる天子さま。その御身を、奉戴する気はないのかしら、一刀くんには?」

「帝をとな。しかし貴殿も、俺の腹のうちを知らないわけではあるまい」

「そのうえで、申し上げているのよ。先のことをどう考えているにせよ、帝を手中にしている方が、なにかと都合がいいんじゃないかしら?」

「ふっ。よもや廷臣の誰かに、泣きつかれでもしたのか?」

「あら、よくわかったわね? 私のような豫州のいち領主に助けを求めたくなるほどに、朝廷は弱りきっている。董卓殿が亡くなってから、それはより顕著になってきているのよ」

 

 話しながら、燈は詠にじっと視線を向けていた。

 月のことを、どこまで嗅ぎつけているのだろうか。知られて困るわけではないものの、そのあたりは用意周到にやっているに違いない。緊張によって喉が渇いたのか、詠は杯に残った茶を飲み干している。

 天子奉戴。それをすべきだと、燈は言っている。今後取り得る選択肢として、考えたことがないわけではなかった。桂花(けいふぁ)をはじめとする三人の軍師たちにも、その可能性があることだけは知らせてある。

 時期としては、いい頃合いなのかもしれない。董卓が長安に君臨していれば、とても考えられることではなかった。それが消え、都では有象無象による政争が続いている。

 

「おまえはどう考える、詠? 帝の奉戴は、確かに俺にとって悪い手ではないように思うが」

「うん、それにはボクも同意できるかな。帝を保護していれば、やっぱり勢力としての箔がつくもの。そのぶん、面倒事を抱えることにもなるけどね」

「ははっ、面倒事か。それに、小物同士の諍いに使われている間はよいが、将来力ある誰かに持ち出されては、余計な手間ともなるか」

 

 詠の表情が苦り切っている。扱った者にしかわからない苦労を、知っているからなのだろう。

 厄介だった宦官どもは死に絶えて久しいが、帝の周囲には廷臣たちがいまだ跋扈したままなのである。旧き血を守りとおし、漢としての体制を立て直す。そうした思想を持つ廷臣と曹操とでは、考えに折り合いなどつくはずがない。

 

「……ン。周りを飛び交うやかましい羽虫は、いずれ潰してしまえばよい、か」

 

 詠の顔を見ながら、曹操は呟いていた。そのくらいのことを断行するためには、もう少し力がいる。

 邪魔な廷臣たちの処分は、月たちのためにも考えるべきことでもある。朝廷を抑えつけていた、賈駆や呂布。その存在を、帝の周辺にいる者たちは苦々しく思っていたはずだ。それらを一緒に引き込むことになれば、内患の種にもなりかねない。そうした面倒事は、なるべく避けたいというのが本音だった。

 

「結局、帝を抱き込むくらいの覚悟を持て、と燈殿は言いたいのかな?」

「ええ。一刀くんには、それだけ大きな期待を寄せているのよ、私は。いますぐにとは言わないけど、働きかけをしておいても損はないでしょう? 私の知っている筋から、それとなく話をとおしておくこともできるわよ」

「敵わないな、貴殿には。して、協力することに対しての見返りは? なんの得もなしに、動く燈殿ではあるまい」

「へえ、私のことをそんな風に見ていたのね、一刀くんは? ちょっぴり、かなしく感じてしまうのかも」

 

 着物の袖で眼の端を擦る燈。あまりにも演技臭い涙声に、詠が首を傾げている。

 

「そうそう。今日は娘とも会う予定があるのよね、詠殿は? あとは二人で詰めておくから、そちらに行ってらっしゃいな」

「へっ……? なんだか、降って湧いたような提案ね。ボクはべつにそうしたっていいけど、一刀殿?」

喜雨(すう)と会ってくればいい。こちらの大まかな用件は、まとまったようなものだ」

「ふうん? なら、ボクはこれで失礼しようかな。それじゃあ、燈殿」

「詠殿。ついでに、喜雨に伝言を頼めるかしら? せっかくだし、今晩みんなで食事をしようと思っているの。だから、夕餉を勝手に食べないように、釘を差しておいてちょうだい」

 

 頷く詠。二人きりになったのを見計らって、燈は静かに立ち上がった。

 穏やかなほほえみ。熟れた二つの果実を、曹操は自然と眼で追ってしまっている。

 燈が近づくにつれて、上品な香りが鼻孔をくすぐった。完熟した女体には、もう数年触れていない。その間、燈は乾いたままでいたのだろう。上気した表情を見れば、そのくらいのことは理解できる。

 座したまま手を差し出し、曹操は燈を迎え入れた。擦れ合う着物。ほほえみは、妖艶さを強く増している。

 

「うふふ。いいわよね、一刀くん?」

「それは、こちらの台詞だろう。燈殿の身体には、忘れがたい魅力がある。会談の最中から、ずっとこうしていたかったくらいなのだ」

「んっ、ああっ……。もう、いまくらい呼び捨てにしてくれないかしら。その方が、私も熱が入るのよ」

「いやらしい女だな、燈は。いつから、こんなにも性欲を持て余していたのだ?」

 

 抱きついてくる燈の重みを感じながら、曹操は豊満な乳房に手を置いた。二人分の負荷がかかり、椅子がぎっと鳴いている。

 焦らすように、指を沈み込ませていった。やわらかな肉は、逆らわず潰れていく。久しく味わっていなかった感触。悦んでいるのは、燈も同じだった。

 

「ねえ、一刀くん。久々にするんだし、今日は私がかわいがってあげましょうか?」

 

 かたくなりつつある男根。衣服越しにやんわりと撫であげながら、燈は首筋に熱い吐息を吹きかけている。

 乳房を揉んでいる手を一旦とめて、曹操は首を縦に振った。

 

 

 薄暗い寝所。半裸になった燈はひざまずき、いきり立った男根に奉仕していた。

 年頃の娘がいるとは思えない、整った体型。それでも、女の熟しきった魅力は、各所にあらわれていると言っていい。

 やわらかな二つの肉。柔軟にかたちを変えて、男根を包み込んでいる。あまりの快楽に、感嘆が洩れるのを曹操はとめられないでいる。

 乳房の中に埋まった男根を刺激して、燈は愉しそうに笑っている。ほとんど、膣内に挿入しているような感覚だった。自在に操られた強弱で、先から根本までもを甘くねぶられている。粘っこい音が、肉の間から聞こえている。滲み出る先走りを、燈は乳内で弄んでいるのか。

 

「射精、いつでもしてくれていいのよ、一刀くん。うふふっ……。一回で収まるようなものじゃないってことくらい、よく知っているんですもの。だから、私の胸の中に出して、楽になってしまいなさいな?」

「くっ、ああっ……。燈相手に意地を張ったところで、無駄だということを忘れていたようだ」

「ふふっ。気持ちよさそうに、おちんちん跳ねてしまっているわね。だったら、ほらっ……♡」

 

 圧力が強くなる。刺すような快楽が、下腹部から駆け上がった。締め上げられた男根が、苦しさから解放されたがっているからなのか。

 こちらの表情をうかがいながら、燈は乳房での奉仕を続けている。あと少し。焦らすなどというつもりは、ちっともないのだろう。このまま絶頂まで追い込み、肌で男の放つ熱を浴びる。燈が欲しているのは、それだけだった。

 腰のふるえ。もはや、とめようとも思わなかった。締め付けの中に、青臭い精液を撒き散らしていく。

 

「うふふっ。一刀くんの精液、すっごくあたたかいわね……♡ はあっ、んんっ……。この熱さが、ずっと欲しかったの。やっ♡ そんな、腰を打ちつけてはだめよ?」

 

 まだ圧迫感のある乳肉の狭間から、男根を引き抜いていった。

 簡単に逃がすつもりはないらしい。一際強まった左右からの圧力が、敏感となった男根を油断なく刺激する。乳房の間から垂れ落ちる精液が、異様なくらい淫靡に思えてしまう。燈はそれを手で塗り拡げ、新鮮な淫臭を愉しんでいるようだった。

 

「本番は、まだまだこれからなのよ。一刀くんだって、もっと愉しみたいわよね?」

「無論だ。つぎは、燈の中を使って奉仕してくれるのであろうな」

「もう、せっかちさんねえ。だったら、そこに寝転んでもらえるかしら、一刀くん?」

 

 整えられた寝台に上がり、曹操は燈を待った。

 肌の擦れる感触。規格外の大きさをしている乳房が、顔の上で揺れている。下になって見上げていると、圧巻なのである。そこにべっとりと付着した精液が、背徳感を煽って男根にかたさを与えていった。

 入り口で、先端を擦られている。奉仕による興奮で、女体の方も準備はできていたのだろう。ねっとりとした愛液が、竿をつたってこぼれ落ちている。

 

「あら? 私のおっぱいで、興奮してくれているのかしら。一刀くんのおちんちん、射精したばかりだって言うのに、もうこんなにかたくなって……♡」

 

 興奮しているのは、お互い様だった。

 腰を使って、燈の敏感な部分を擦り上げる。ほんとうは、すぐに挿れたくて仕方がないはずなのである。少し時間をかけているのは、自分を愉しませるための雰囲気を作ろうとしているからなのか。

 

「んっ、いけないおちんちんなんだから♡ そんなに、私の中で気持ちよくなりたいの? それじゃ、んっ、んあぁあっ……♡」

 

 ぬるりとした襞の中に、男根が吸い込まれていった。久しく受けていなかった快感に、思わず燈も身をふるわせている。

 かたさはほとんどないとはいっても、緩いというわけではない。なにより、その熟達した締め上げ方で、ずっといたいと思わせるような快楽を与えてくる膣内だった。

 ゆっくりと、燈が腰を上下させていく。

 いやらしい肉襞が、動くたびにめくれ上がって姿をあわらにする。ずっしりとした乳房を下から支えるように持ち上げ、曹操は挿入の感触を愉しんでいた。

 

「ああっ……♡ やっぱり、一刀くんとの交わりは最高ね。んはあっ……。そり返ったおちんちんが、いいところにあたってるのぉ……♡ これ、こんなの思い出してしまったら、私もうっ……♡」

 

 ぞりぞりとした感触。乳房への愛撫が、燈の昂揚を高めているのだろう。腰使いに、段々と遠慮がなくなっている。弾ける粘液。その音が、二人だけの寝所に響く。

 男根から昇ってくる快楽に流されるように、燈の身体を抱き寄せた。

 口づけをしたがっていたのは、燈も同じなのだ。いきなり舌が絡み合う。互いに唾液を送り合いながら、情欲を鋭く高めていった。その間も、腰の動きは続いている。抱きしめられているから、大胆な上下運動はできなくなっている。そのぶん、ねっとりとした円を描くような動きで、燈は男根を責めていた。

 

「んむっ、ぷはあっ……♡ ああっ、んんうっ、一刀くんっ……。これ、気持ちいい? はああっ……。私は、すっごく感じているわよ。ああっ、いいっ♡ おちんちん、奥にあたってぇ……♡」

「いい乱れっぷりだな、燈。だが、俺も」

「んあっ、んおぉおおっ……! はあっ、だめぇ……。そんなにおちんちんで突かれると、私すぐにいってしまうからぁ♡」

「我慢せずにいけと言ったのは、燈ではないか。おまえも、かなりため込んでいるのだろう? 今日は、心ゆくまで発散させてやる」

「ああっ、うれしいわ……! 私も気持ちよくなれるように動くから、だから、一刀くんも一緒に……ね?」

「それがいい。では、いくぞ」

 

 身体を離した代わりに、両手を結んだ。

 それで安定感を得られるようになったのか、燈の動きはよりなめらかなものになっている。絞り上げてくる膣内。それに合わせて、快感にふるえる中を擦り上げていった。

 交合による気持ちよさで、心までふるえている。互いの口から洩れる吐息。聞こえているのは、それだけだった。

 

「んあっ、あぁあああっ♡ ふあっ、あはあぁあっ、んあぁああっ♡ これっ、すごくいいのっ! もっと、もっと私のおまんこの中を突いてぇ、一刀くん!」

 

 燈の絶頂が近づいている。

 先ほど出したばかりだとはいえ、下腹部にはじりじりとした疼きが拡がっている。余裕なく収縮する膣内。油断していると、きつい窄まりに射精まで持っていかれそうになるくらいだった。

 

「奥、気持ちいいっ! 一刀くんに突き上げられると、深いところまで入ってしまうのぉ! んぁ、んあぁああっ♡ いく、こんなにされたら、私もういくのっ!」

 

 燈の絶叫が寝所内に響いている。

 強烈な締め付けがやってくるのと同時に、曹操は抑え込んでいた欲望を解き放った。

 

「あっ、ああっ、はぁあんっ、はひっ♡ 出てる、一刀くんの熱いどろどろが、いやらしいおまんこの中をいっぱいにしているの♡ こんなの、またいくっ♡ 若い精液中出しされて、私いっちゃうぅぅうう♡」

「ぐっ……。燈、俺もまだっ……!」

 

 連続して絶頂を迎える燈。それだけに、膣肉による締め付けはかなり強い。

 歯を食いしばって、曹操は情欲のすべてをぶつけていった。男根のふるえは、まだ収まるところを知らなかった。子宮におびただしい量の精液を浴びせられて、燈は淫蕩な嬌声を放ち続けている。

 

 

 あれから、燈の身体に何度精を放ったのだろうか。秘部はもとより、休憩と称して間に行われた奉仕のせいで、乳房までもが白濁で汚れきってしまっている。

 二人して寝台に倒れ込むと、どちらからともなく笑いが生まれた。交合の最中とは逆に、今度は燈に抱きしめられている。

 曹操は、母の温もりというものをほとんど知らなかった。師である橋玄。それにこの燈から、似たようなものを受けたような気はしている。しかし、そのどちらとも、自分は男女の契りを交わしてしまっているのだ。それだけに、純粋に甘えた経験など数えるほどしかないと言っていい。

 

「うふふっ。相変わらず素敵だったわよ、一刀くん。むしろ、前よりも凄味が増していたくらいだったのかも。だけど、よかったのかしら。こんなに出されてしまったら、喜雨に弟か妹ができてしまうかもしれないわよ?」

「なにをいまさら。もしそうなれば、陳家と曹家はより親しい関係となる。俺からしてみれば、それはむしろ歓迎すべきことではないか」

「ふうん、言ってくれるじゃないの? だったら、もっと注ぎ込みたいわよね、ここに♡」

 

 うなだれている男根を、燈が指を使って膣口に誘導しようとしている。

 しかし、ここまでかなりの時間を使っているはずだ。自分はそれでも構わないが、約束を反故にされた喜雨は機嫌を悪くするに決まっている。

 

「燈の身体を味わっていたいのはやまやまだが、これまでだな。水浴びでもしなければ、これは落ちぬぞ?」

「んふふっ。これなら、喜雨や詠殿も誘うべきだったかしら? でも、もう少しだけ、ね」

 

 口の前で人さし指を立て、燈はいたずらっぽくほほえんでいる。

 交合の終わりを惜しむような接吻。乾きかけた口内が、どこか切なかった。



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十二 溺れた先に見えるもの(詠)

 高く昇った太陽が、大地をあたたかく照らしている。隣を歩く(すい)。一瞥してから、(えい)はふっと息を吐き出した。

 沛国に滞在してから、三日が経っている。孫権は、おそらく汝南に戻る旅路についたのだろう。それは、かつての仲間との別れも意味している。華雄は、(ゆえ)の生存をよろこんでくれていた。さばさばとした性格は相変わらずで、詠は月への伝言だけを頼まれている。すべてが、もとに戻ることなどありえない。洛陽や、長安での暮らし。それももはや、遠い過去のことのように思えてしまう。

 華雄は、おのれの進むべき道を見つけた。ちょっとした寂しさはあっても、それでいいと詠は思っていた。新たな道を見つけたのは、月も同じなのである。たぶん、自分もそうだった。

 一度は敵対した者と、ならんで道を往く。

 洛陽で政権を握っていた時は曹操が逃げ、長安では自分たちがそうなった。ある意味、似た者同士と言えるのかもしれない。夢への道筋。それは、きっとひとつではないのだろう。

 固執すれば、おのずと視野は狭くなる。連合軍を捨てた曹操。最後は、命すら捨てるような格好となったことを憶えている。だが、活路はそこにあったのだ。その時の印象が残っていたから、恋は曹操の庇護下に入ることを決めたのだと言っていい。

 

「ねえ。翠は、一刀殿のことが好きなの?」

「んなっ!? い、いきなりなんてことを訊いてくるんだよ、詠」

「べつにいいじゃない。答えて、減るもんじゃあるまいし」

「やっ、それはそうだけど……。というか、急にどうしたんだよ。旅の疲れで、熱でもあるんじゃないのか、おまえ?」

「ちょっと、子供扱いはやめなさいよね」

 

 訝しげな表情をこちらに向けて、翠が額に手をあててくる。

 昨日、会談の場であったことを思い出し、詠は心に揺らめきを感じていた。

 

「なんとなく、訊いてみたくなっただけなのよ。馬家の嫡子という立場があるあなたが、曹操軍の将軍となることを決めた。その理由が、どこにあるんだろうってね」

「んっ……、そっか。確かに、あたしは一刀殿のことが好きだ。中原に出てこなければ、こうなることなんてなかったんだと思う。勢い任せに飛び出してきたようなものだけど、その判断は間違いじゃなかったんだ。あの人の覇道を、そばにいて支えたい。西涼でやんちゃしてるだけだったあたしが、そんなことを考えるようになっているんだから、びっくりするよな?」

「後悔なんて、少しもしてないんだ。その真っ直ぐさは、さすがに錦馬超ね」

「なんだよ、ちょっと引っかかる言い方だな? だけど、あたしにだって迷いがないわけじゃなかった。身内との関係が、どうなるのかってさ。この先、一刀殿が帝を担ぐことになれば、母さまだってさすがに黙っちゃいないだろう。まっ、そうなったらなったで、全力でぶつかってみるだけだな。あたしにできることなんて、そのくらいしかないっての」

 

 翠の見せるかすかな笑みが、いまは眩しいくらいだった。

 帝を実際に迎えることになれば、様々な因縁がついて回るようになる。それでも、とまるわけにはいかなかった。曹操は、今頃なにをしているのだろうか。無性に、顔を見たくなってしまっている。湧き上がってくる気持ち。とても、抑えられそうになかった。

 

「ごめんなさい、翠。ボク、用事があるのを思い出しちゃった」

 

 子供でもしないような言い訳だった。そんなものが、ふと口をついて出てしまう。

 なにかを察したように、翠は闊達に笑っている。恥ずかしさから、顔全体が熱くなった。

 

「あたしのことはいいから、さっさと行ってきなって。へっ……。詠も好きになってしまったんじゃないのか、一刀殿のことがさ?」

 

 返すべき言葉が見つからなかった。

 振り向くことなく、詠は逗留先となっている陳家の館に向けて、脚を動かしはじめていた。

 

 

 運良く、曹操は部屋にひとりでいた。

 少し前まで、(とう)と話をしていたのだという。わずかに感じる女の残り香。それにちょっと腹を立てている自分が、おかしかった。

 こんな時、月ならどんな風に振る舞うのだろうか。考えても意味のないことだが、緊張のせいで思考がぶれてしまっているのだ。

 いつもと違う自分の様子。気がついたのか、曹操が近寄ってくる。

 

「あっ、一刀殿……」

 

 心臓の音がやかましい。これから、どうなると決まったわけではない。それなのに、期待してしまっている自分がいるのか。

 曹操の手。頬に触れてから、じっとしたままだ。

 

「……ン。心は決まったのか、詠?」

 

 恥ずかしいはずなのに、視線を外せない。

 直臣への誘いのことを、曹操は言っているのか。それとも、べつの意味で心が決まったのかと訊ねてきているのか。出立前に、桂花(けいふぁ)に念押しされた通りだった。絡め取られていく心。邂逅の晩、月もこんな気分を味わっていたのだろうか。

 仕えることと、自身のすべてを許すこと。その二つは、本来まったく違う意味を持つはずなのである。けれど、曹操はそれを許さない。許さないと言うよりも、自分自身がそう望んでしまっているのだろうか。

 眼を閉じ、首を縦に振った。発しようとしても、声が詰まってしまったせいだ。

 想像でしかないが、月はもっと堂々としていたのではないかと思う。(れん)にしても、そうなのだろう。じっとしているのが精一杯だった。無意識に握っている拳が、少し痛い。

 

「あっ、んむっ……。んはっ、んんっ……。ボク、一刀殿と口づけしちゃってるんだ。あむっ、はうっ……。これ、すっごくどきどきする」

 

 手のひらが、優しげに頭を撫でてくる。想像していたものとの乖離に、詠は思考を揺さぶられ続けていた。 

 乱雑に組み敷かれ、手篭めにされてしまってもおかしくはない。そのくらいのことは、覚悟していたはずだった。事実、月との交合はいつも激しく行われていて、洩れ聞こえてくる嬌声には、けもののごとき荒々しさがあるのだ。

 

「んちゅ、ふはっ……。なんで、なんなのよ、これぇ……」

 

 丹念にほぐされた唇。そこに割り入るように、曹操の舌がゆっくりと侵入してきている。

 だめだと思っていても、脳内が蕩けていくのを我慢できなかった。

 

「はふっ、んはあっ……。どうして、こんなに優しくしてくれるのよ。ボク、もうなにがなんだかわからなくって……。月みたいにされちゃうのかもって、ずっと覚悟してたのに、こんなのっ……、一刀殿におかしくされちゃう」

「そんなことを考えていたのか。どちらも、間違いなく俺なのだよ。清と濁。その両方の要素を持ち合わせるから、人は人たり得るのではないかな」

「んくっ、はっ、ちゅむっ。口づけされながら、頭撫でられるの、だめっ……♡ 気持ちよすぎて、ボク、ボクっ……」

 

 熱に浮かされているような気分だった。

 曹操がこうした男でなければ、月が心を許すことはなかったのだろう。純真なだけでは、成せることはそう多くない。そのことを、自分たちはよく知っている。

 それから、どれだけの時が経ったのだろうか。気づいた時には寝台にいて、詠は下着だけにされてしまっていた。

 曹操は、さすがに手慣れている。抗いようもなく持ち上げられた身体。曹操の上に寝そべったような格好となり、少し申し訳なく思えてしまう。尻など、ほとんど顔に乗ってしまっているのだ。男女のまぐわいとは、こんなことをするのが普通なのか。訳もわからないまま、詠は曹操の体温を感じている。

 

「ふえっ!? えっ、ちょっと、一刀殿」

「ははっ。どうした、そんなに驚いて」

 

 下着を脱がされている。そこまでは、まだよかった。ぬるりとした感触。それは、舌かなにかによるものなのだろうか。あの曹操に、局部を舐められている。そう考えると、顔から火が出そうになってしまう。

 

「ちょっ……! ほ、ほんとに、だめだってば! そんなとこ、んっ……、汚いからやだぁ!」

「汚くなどないさ。それに、これは俺がしたくてやっているのだよ」

 

 無視される抗議の声。その間にも、曹操の舌が入り口をこじ開けて入ってくる。

 自分でさえ、あまり触れたことのない場所だった。そこに、曹操の舌が触れているのだ。おかしなくらいの昂揚を、身体が感じてしまっている。これが、気持ちいいということなのか。

 じわりと昇ってくる快感。身じろいでいると、かたいものが顔に触れていることに気がついた。それがなんなのかくらい、知っている。匂いも、ちょっと強くなってきているのか。

 

「あんっ、んあぁあっ。これっ、一刀殿も興奮してるんだ。すごいかちかちで、こんな……、おっきくなって」

 

 着物を持ち上げて大きくなっているものを、手で擦ってみた。

 曹操は、自分のすることに対し、なにも言わないでくれている。好きにすればいい。もしくは、続けることを望まれているのだろうか。着物をはだけさせていくと、太い幹を持った逸物が姿をあらわした。わずかに脈打っており、先端は赤く腫れ上がっているようだった。

 触れている指が、やけに熱い。先は、幹と違って意外なやわらかさがある。

 

「そこっ、んはうっ……♡ はっ、はあっ……。一刀殿、これ、どうすればいいの? 張り詰めていて、なんだか苦しそう」

「んっ……、そうだな。太い部分を手でしごきながら、舐めてみてくれるか」

「え、ええ、わかったわ。しごきながら、これを舐める……。それで一刀殿がよろこんでくれるんだったら、ボク頑張ってみる」

 

 試しに、先端に口づけてみた。

 亀裂になっている箇所から、なにやら透明な汁がにじみ出ている。たぶん、これが興奮している証拠なのだ。興奮がずっと大きくなると、男は子を宿すための精液を放つようになる。知識としてだけは、知っていることだった。

 どのくらいの強さで手を動かせば、気持ちよくなってもらえるのか。これは、案外おもしろいことだと詠は感じていた。されるがままになっていた自分が、曹操に一矢報いることができるのだ。

 おそるおそる、腫れた先を口に含んでみた。やはり、味が濃い。独特な臭気が、鼻から抜けていく。

 

「これ、んむぅ、んちゅうぅうう……。舐めてると、すごくどきどきしちゃうの。一刀殿の匂いも味も、よくわかる。これ、月もしてるんだよね?」

「ははっ。月と、競争でもするつもりなのか?」

「んんっ、れろっ……。なんだか、意味深な言い方ね。そりゃあ、月に比べてボクは未熟者なんだろうけどさぁ」

 

 自分は、一体なにを張り合っているのだろうか。

 きっと、寝所の雰囲気が気分をおかしくさせているのだ。そうでなければ、ありえないことだった。

 身体が熱い。下腹部は、もう唾液でべとべとにされてしまっているのだろう。興奮から、大胆にも音を立てて逸物の先端を吸い上げてしまう。それがよかったのか、曹操がかすかに声を洩らしている。もっと、声を聞いてみたい。うれしくなって、詠は奉仕を激しくさせていった。

 

「んじゅっ、じゅぱっ。えへへっ、一刀殿のおちんちん、はじめた時よりもずっとかたくなってるわよ? これ、気持ちいいんだ」

 

 返答代わりに、曹操の舌使いに変化が生じた。

 自分を追い込むような動き。感じたことのないような快感が、下腹部に溜まり続けているのだ。恋に荒々しくされていた時よりも、ゆっくりと湧き上がってくる。一度絶頂を知ってしまった身体が、切なく疼いているのか。

 よだれに塗れた亀頭をすすりながら、詠は男根を上下に強く擦っている。脈動は、何度も口内で感じている。これは、なにかの前兆に違いない。そう感じて、口腔による奉仕をとめなかった。

 一瞬、身体がふっと軽くなった。言葉にならない声。洩らしながら、詠は男根にむしゃぶりついていた。

 限界までふくらんでいた亀頭が爆ぜる。精液が放たれることを知っていたとはいえ、実体験は耳で聞いていたのとはわけが違っていた。

 

「んぷっ!? んぐっ、んむむっ、じゅぅううう、ふむぅうう……!」

 

 熱い。ただひたすらに熱い液体が、胃の中にまで入りこんでくる。

 どうしていいのかわからず、詠は精液を垂れ流す男根を咥えている。曹操は無心で、詠の下腹部に顔を埋めたままだった。

 

「ふぐぅうう、ぷはっ! んむっ、まだ出すっていうのっ!? んくっ、ごくっ……。ねばねばしていて、こほっ……、飲みにくいわね。でも、なんでだろう。ボク、この味嫌いじゃないのかも」

 

 腹が、次々と放たれる精液によって満たされていく。

 こんなに出してしまっても、平気なのだろうか。そのくらいの量を、曹操は惜しげもなく詠に口から注いでいる。

 しばらくは、ほかの匂いを感じることができないのではないか。精液の匂いは強烈で、残滓がまだ頬の内側に張り付いているくらいなのだ。

 

「苦しかったのではないか? まさか、はじめてでここまでしてくれるとは思っていなかった」

「ふえっ!? そ、そういうものなんだ。けど、射精したってことは、一刀殿も悪くはなかったってことよね? だったら、ボクもちょっとは頑張った甲斐があったかな」

 

 座った曹操の腿の上に乗り、抱き合うような格好になった。常用しているのか、持っていた布で曹操が口もとを拭ってくれている。

 出したばかりだというのに、逸物は雄々しさを保ったままだった。腹にあたっているそれが、時折跳ねて興味を誘う。交合の本番は、まだこれからだった。

 

「このまま、自分で挿れてみるか? 加減できた方が、詠も安心だろうと思ってな」

「ボクが、一刀殿のおちんちんを、自分で……。そんなの、うまくできるのかな」

 

 不安に思いかけていた心を、口づけで解きほぐされてしまう。射精したあとだろうと、曹操はお構いなしに舌を絡めてくる。大きな手が、背中を撫で回してくる。

 ここまできたのだから、もう覚悟を決めるしかない。かたい男根に指で触れながら、詠はそんなことを考えていた。

 口づけは、やめなかった。そのまま腰を上げ、膣の入り口に亀頭をあてる。曹操の愛撫によって、自分の準備は整っている。あとは、これを中に迎え入れるだけだった。

 

「んっ、んくっ、うあぁああっ!」

 

 押し拡げられるような感覚。抑えきれなかった声が、室内に響いている。

 ゆっくりと、しかし確実に、男根は膣内を進んでいる。脇腹を支えてくれている曹操の手が、ちょっと頼もしい。

 

「あっ、はうぅうっ♡ 一刀殿のが、気持ちいいところにあたってる。もうちょっと……。もうちょっとで、ボクの一番奥までっ! ああっ、くぅううう、んあぁああああっ!」

 

 最後は、自分でも大胆になっていたように感じている。多少の痛みは、興奮の呼び水でしかなかった。それだけ、自分は曹操とつながりたいと思っていたのか。

 もどかしさを突き破って、腹の奥底に曹操を迎えることができている。よろこびで、身体がふるえた。そのことは、曹操にも感触で伝わっているのだろう。脇腹を支えていた手。場所を変え、いまでは胸を優しく愛撫している。

 

「平気か、詠?」

「う、うん、一刀殿。逆に、気持ちよすぎるくらいで、これっ……♡」

 

 上に乗っているせいか、身体が少し揺れるだけで、男根のあたる場所が変わる。それで、期待しきった膣内が擦れると、しびれるような快楽が駈け上がってくるのだ。

 余裕は、どこにもなかった。身体で愛し合うということの素晴らしさ。月がのめり込んでしまうのも、わからなくはなかった。曹操に、全身を包み込まれている。その事実が、強い快楽を生み出していると言っていい。

 膣肉が、よろこんでしまっている。曹操のかたち。早く身体で憶えてしまいたくて、力を入れて締め上げてみる。脈動。男根が、擦られて感じているのか。もっと快楽を引き出そうと、詠は上下に腰を跳ねさせる。くすぐるように刺激された乳頭から、甘い刺激がやってきていた。

 

「あぁああっ、んっ、ふあぁああっ♡ 一刀殿のおちんちんが、ボクのいろんな場所を擦ってる♡ これ、すごくてっ♡」

 

 腰を打ちつけていると、意識があやふやになってくる。

 これまで持っていた常識が、塗り替えられていくようだった。触れあっている部分すべてが、心地いい。腰の動きが、とまらない。

 

「動くのっ、一刀殿もいいんだよね? ボクだけ、気持ちよくなってなんかいないんだよね?」

「反応を見れば、わかるだろう? 詠の中がたまらないから、ここまでかたくなっているのだよ」

 

 胸を愛撫していた曹操の手が、尻の方に移動する。

 これから、なにをされるのか。抱き寄せられ、密着が強まった。自然と引き合った唇同士。重なり、水音を立てている。

 いきなり、最奥を下から突き上げられた。大きく声を洩らしてしまう。尻を固定されているから、逃げることもできなかった。休むことなく、曹操は詠の身体に快楽を流し込み続けている。狂おしいような時間だった。たぶん、絶頂したのは一度や二度ではない。それを知っていて、曹操は自分を徹底的に責めあげている。

 

「はあっ、あぐぅううっ♡ んっ、ひゃぁああ、んあぁあっ♡ しゅごっ、んんっ、一刀殿のおちんちん、ぱんぱんってしゅごいのっ♡ ボクの中、もうぐちょぐちょにされちゃってる♡ んんっ、んあぁっ、はうぁあああ♡ い、いくの、とまらない♡ ボク、一刀殿のおちんちんで、無理やりいかされてるみたいでぇ♡」

 

 頭の中が、白く染め上げられていく。それでも、快楽の輪から抜け出すことは許されなかった。

 乾いた音が、寝所内に響き渡っている。このままでは、女陰(ほと)が馬鹿になってしまうのではないか。曹操による責めは、そのくらい凄まじかった。

 秘部から愛液を垂れ流し、詠は快感に浸っていた。どこを擦られていても、大きな波がやってくるのだ。時折潰れる陰核が、予想外の刺激を撒き散らす。そのたびに、詠は叫びに近い嬌声を放っている。

 

「も、もうだめぇ♡ はふっ、んんんっ、はあっ、あふっ♡ ほんとに、おっきいのがきちゃいそうなのぉ♡ だから、一緒に……。一刀殿も、ボクと一緒にいってよぉ!」

 

 強まっていく抱擁。快感に身をふるわせながら、詠はだらしなく口を開いてしまっている。

 耳もと。曹操のささやきが、聞こえていた。おまえのことを、愛している。短い言葉だったが、いまはそれがなによりもうれしかった。

 愛すべき人は、なにもひとりでなくともいい。それを体現しているのが、曹操だった。自分は、月を愛している。そして、曹操のことも同様に愛せばいい。

 爆ぜるような感情を伝えようと、詠は男根を懸命に締め上げている。このまま、溺れてしまいたい。身体が痙攣しているのを、とめようとも思わなかった。自分の中で、曹操がふるえている。甘いしびれ。いまならば、天にすら昇ってしまえるのではないか。そう感じてしまうほどに、身体が軽くなっている。

 

「んあっ、ああっ、んぐっ、んあぁあああ♡ だして、一刀殿♡ ボクの中、さっきみたいにいっぱいにしてぇ♡ びゅくびゅくって、溺れちゃうくらい射精されたいの♡ そしたら、ボクも思いっきりいけるからぁ♡」

「ああ、いくらでもくれてやる。出すぞ、詠」

 

 ほとんど意識を飛ばしながら、詠は射精を受け止めていた。

 脈打つ男根が、膣の内側で荒れ狂っている。子宮を満たされていく感覚。ほかでは、決して得ることのできない幸せだった。身体が、言うことを聞いてくれそうにない。曹操がきつく抱きしめてくれていなければ、きっと倒れ込んでしまっているはずなのである。

 

 

 射精が収まってからも、身体の浮遊感はしばらく消えなかった。挿入されたままの男根は威勢を保っていて、すぐにでも動きを再開できると言っているようでもある。

 

「ねっ、一刀殿」

 

 体重を完全に預けきって、詠は弛緩した身体を揺らしている。

 曹操の汗の匂い。それを嗅いでいると、少しずつ気持ちが落ち着いていくような気がしていた。

 

「ボク、恥ずかしくなるようなこと言ってないよね? その、してる間のこと、途中からよく憶えていなくって」

「ははっ。そのようなこと、気にする必要はない。たとえどんなことを口走っていようと、俺が詠を愛していることは変わらないのだからな」

「ううぅう……。その顔、絶対なにか隠しているのよね!? まったく、誤魔化すのが上手なんだから」

「そんなに知りたければ、教えてやらないこともないのだぞ? そうだな、まずは……」

「や、やっぱりいい! 過去のことなんて、もう忘れましょう! だから、んむっ……」

 

 自分は、いつまで経っても曹操に敵わないのではないか。こんな風に口づけられただけで、なんだって許してしまいそうになるのである。

 満たされた腹の奥が、消えない熱を帯びている。こんな関係が続けば、桂花(けいふぁ)のように母となる日もそう遠くはないのかもしれない。曹操の長子が生まれてくるのも、時間の問題なのである。ともすれば、この旅の間に生まれている可能性すらあるのだ。

 もしそうなら、急いで祝いを考える必要があるのではないか。桂花には世話になっているし、これからは付き合いだってもっと深くなるに違いない。

 そこまで思考を巡らせてから、気がついたことがある。長安を出てから、それまでなら考えられなかったことが、立て続けに起きている。兗州には、腰を落ち着けるだけでいいはずだった。そう思っていたはずの自分が、いまでは曹操という男に溺れきっている。だが、そんな状況に悪い気がしていないのも、また事実なのである。

 ひとりでに笑っている詠の顔を、曹操が不思議そうに見つめていた。隙だらけの唇に吸い付き、なんでもないということを、殊更に仄めかしてみる。

 入れっぱなしになっていた男根。口づけに反応したそれが、無造作に脈打っている。



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第六章 曹操包囲網
一 母ふたり(桂花、恋)


 空が、夜に近づきつつあった。

 心が、少々ざわめき立っているのか。絶影の馬腹を蹴って、曹操は人通りのまばらとなった城郭(まち)を駈けていた。

 悪い知らせがあったわけではない。帰城した曹操を出迎えたのは、(りん)だった。その稟から、聞かされていることがある。

 ひとつは、兗州西部で起きている反乱についてのことだった。二日前、陳留にいる張邈(ちょうばく)から、救援を求める使者がやって来たのだという。敵軍の主体となっているのは、以前打ち破ったことのある賊だった。生き延びていた者が反抗勢力と結びつき、再び軍勢を成したと考えるのが順当だった。

 稟の調べによれば、それほど大規模な反乱ではなく、張邈の軍勢だけでも対処できる程度のものではあるらしい。そこには、自分を兗州牧として立てようという、張邈の意図があるのだと曹操は感じていた。

 青州兵や、新たに組み込んだ兵らがいる。ぶつけてみるには、ちょうどいい相手だと曹操は思った。曹操が率いることを前提に、稟は将兵に対し出撃の通達を行っている。そのあたりの呼吸は、さすがによく合っていると言っていい。

 

「少し遅かったようですね、一刀殿。桂花(けいふぁ)のお産が、無事に終わりました。本人は強がっていましたが、寂しがっているのが丸わかりです。会談の結果については後ほどお聞かせいただくとして、いまは顔を見に行かれてはどうでしょうか」

 

 そう話す稟の声色は、いつになくやさしかった。

 産まれた赤子の姿を、先に見ているせいなのか。どのような顔をするべきなのか、曹操にはわからなかった。

 桂花の暮らす館についた。門前には、見知った馬がつながれている。燃えるような体毛。薄闇でも、それがよく目立っている。曹操を認識して、赤兎が小さくいなないた。賢い馬なのである。まるで、こちらに挨拶でもしているかのようだった。

 

「あっ。一刀、おかえりなさい」

「来ていたのだな、(れん)。赤兎がいたから、そうだろうとは思っていたのだが」

 

 自分の気配を察知したのか、使用人よりも早く恋が駈けつけた。

 ほかの者は、いまは来ていないらしい。騒がれるのは、桂花もあまり好きな方ではない。それがわかっているから、ほどほどに距離をとって様子を見ているといったところなのか。

 恋に連れられて、曹操は館の中を進んでいく。いまでこそ静まり返っているが、当日はさぞ賑やかだったに違いない。

 桂花の部屋から、少し明かりが洩れていた。恋が先に行って声をかけ、自分の到来を知らせている。返事は、よく聞こえなかった。

 赤子がそばにいる手前、桂花も大声を出すことは控えているのだろう。子を産んだばかりの身体への負担を避ける、という意味もあるのかもしれない。

 

「ふんっ、帰ってたんだ。案外、早かったじゃないの」

 

 寝台の端に腰掛けて、桂花は赤子を横に抱いていた。稟から男子だと聞いていたが、顔を見ているだけでは正直わからない。輪郭にどことなく桂花の面影を感じるのは、そう思い込んでいるせいなのか。

 はじめて授かった自分の子。実感は、まだ薄いように思えている。しわくちゃの顔が、こちらに向いているような気がしていた。恋は赤子に興味があるのか、近くに寄って仕草を観察している。

 

「ちょっと、なんとか言ったらどうなのよ?」

「ほんとうに父となったのだな、俺は。それで、桂花が母か」

「はあ……? 当たり前のことをなに感慨深そうに言ってるのよ、アンタは」

 

 呆れ顔の桂花を余所に、曹操は赤子の手に触れていた。

 やわらかで、まだ芯が通りきっていない。加減を間違えれば、壊れてしまうのではないか。そう感じてしまうくらいの儚さが、そこにはあるのだ。

 

「この子は、(こう)と名付けよう。よいな、桂花?」

「昂? まあ、アンタにしては上出来なんじゃないの。それより、あんまりべたべた触らないでよね。昂が機嫌を悪くしたら、どうしてくれるのよ、一刀」

「ははっ。それは、すまないことをしたな。そういえば、御母堂はどうされているのだ?」

「母さまなら、少し休んでもらっているわ。使用人も増やしてもらっているんだし、張り切りすぎないでいいとは伝えてあるんだけど、ほとんど付きっきりの状態でね」

「仕方があるまい。それだけ、桂花と昂のことを思ってくださっているのだろう。それで、いまは恋が代わりをしているのか?」

 

 曹操の言葉を聞いた恋が、不思議そうに首を傾げている。

 大それたことなど、考えてはいない。ただ、純粋に興味があって恋はここにいる。男女が交わることによって、小さな命が産まれてくる。理屈ではなく、人に宿った本能がそうさせるのか。限りなく、神秘的なことだった。

 桂花の、母親然とした表情。それを見ていると、細かいことなどどうだってよくなってくる。

 

「赤ちゃん、昂って呼べばいい? 恋も抱っこしてみたいけど、桂花がまだだめって言う」

「ちょっと恋、そんな泣きそうな顔で言わないでよ。でも、しばらくは我慢なさいな。私にだって、わからないことの方が多いんだもの」

「むう……。だったら、一刀を抱っこしてもいい? それだったら、桂花も安心」

「か、一刀を抱っこですって? 意味がよくわからないけど、こいつだったら好きにしてもいいわよ、恋」

 

 桂花から許可を得られて、恋はうれしそうにほほえんでいる。

 とはいえ、自分はどうするべきなのか。そもそも、大の大人を抱えあげて、恋は満足できるのか。

 

「一刀、こっちにきて? 恋が、よしよしってしてあげる」

「恋のお願いには、逆らえないな。ならば、厄介になるとしようか」

 

 寝台に上がり込み、恋は膝を軽く叩いている。

 その上に、寝てみろと言っているようだった。見るからに肉づきがよく、寝心地は悪くなさそうなのである。桂花のため息が聞こえているが、自ら許可した手前、断れとも言えないのだろう。

 膝の上に寝転んだ。日中外を駈けていたからなのか、恋からは大地の匂いがかすかに漂っていた。

 穏やかな笑み。桂花が昂をあやしているのを真似て、恋が頭を優しく撫でてくる。母の情愛。これが、そうなのか。

 

「ふふっ。かわいい、一刀」

「かわいい? そいつのけだもの染みた本性を知らないから、恋はそんな風に思えるんじゃないかしら。ねっ、あなたもそう思うでしょう、昂?」

 

 案外気に入ってくれたのか、桂花は何度も昂という名を呼んでいる。

 真名は、冠礼の時までに考えておけばいい。昂には、たくさんの母親ができることになる。産みの親は桂花はひとりであっても、そこから先を限定する意味もない。自分は、母というものをほとんど知らなかった。父のことがわかっているのかも、定かではない。遠く彼方にしかない、産みの親の記憶。手繰り寄せようとしても、届きはしなかった。幼い頃の時点で、そうだったのである。いまとなっては、さらに遠い。

 

「んっ……。どうしたの、昂? そろそろ、お腹が空いてきたのかしら」

 

 慈愛に満ちた声だった。ぐずりだした昂を、桂花があやしている。恋の感じさせてくれる温もり。それが、ちょっと切なかった。

 

「こっちを見ないでよね、一刀。アンタは、恋と遊んでいればいいのよ」

 

 衣擦れ。たぶん、桂花は胸を露出させているのだろう。

 いまさら見るなというのも、おかしな話だった。薄かった乳房も、少しはふくらんできたのかもしれない。その変化を知られたくなくて、桂花は恥じらっているのか。

 寝転んだまま上を向き、曹操はくだらないことを考えていた。眼前には、恋の豊かな乳房が見えている。乳を授けてもらう感覚。それが、どういったものなのか。気にならないと言えば、嘘になる。

 

「今度の戦は、恋が一刀を守ってやる。だから、心配しなくていい」

「それは頼もしいな。稟には、出ることを伝えてあるのか?」

「うん。行きたいってお願いしたら、いいよって稟が言ってくれた。だから、平気」

 

 自分がどこか不安がっているようにでも、恋には見えていたのだろうか。

 呂布軍は、まだ半ば独立を保ったままでいる。少数精鋭でいることを、崩されたくないという思いがあるのかもしれない。恋がいまの立場でいる以上、(しあ)もそれに従うつもりなのだろう。(えい)は臣下の礼をとることになったが、武人には武人の考えがあるのだ。それだけに、曹操も急ぐことはしなかった。

 

「一刀、ちょっといい?」

「なんだ、恋」

「んっ……。恋も、お母さんになった時の練習してみたい。だめ、一刀……?」

「桂花には、恋と遊んでいろと言われているのでな。だったら、俺に断る理由などありはしないさ」

「よかった。それじゃあ、桂花みたいにおっぱいあげてみる」

 

 胸を覆っている布が、たくし上げられていく。下から見ていても、肉がたっぷりと詰まっていることがよくわかる。乳先はつんと尖っていて、いかにも吸い付きやすそうだった。

 無関心を装っているが、桂花もこちらの様子が気になっているのだろう。時折、振り返ろうとしてはやめている。笑いそうになるのを堪えて、曹操は恋の動きを待っていた。

 

「ふふっ。吸っていいよ、一刀」

「これほどの眺め、そう得られるものではないな。では、いくぞ? んむっ、んんっ……」

 

 ちょっと乱雑に、豊満な乳房が顔に押し当てられている。このあたりの加減は、恋はもっと知るべきなのだろう。それでも、苦しさなどはなかった。

 少しかたくなった乳首を、口に含む。母の真似事をしながら、恋は身体を昂揚させているのだろうか。優しく突起を吸い上げてやると、甘さの混じった声が恋からかすかに洩れた。

 乳こそ出てこないが、悪くない気分だった。撫でられている頭が、心地いい。温もりに包まれて、昂は幸せを感じているのだろう。それに近しいものを、自分も理解できているはずだった。

 

「いい子、いい子ってしてあげると、赤ちゃんはよろこぶ。一刀も、それと同じ?」

「恋……? んっ、んぐっ……」

 

 授乳遊びとは無関係な、甘美なしびれが全身を駈け抜けた。

 恋は、どこまで意図してやっているのだろうか。頭を撫でている方とはべつの手が、着物越しに男根を撫で付けているのだ。こんな状況で愛撫をされて、興奮するなと言う方が無理がある。

 桂花は自分たちのしていることを知らずに、昂に乳を飲ませ続けている。そのことが、余計に背徳感を煽り立てる。

 

「一刀、とっても気持ちよさそう。恋、ちゃんとおっぱいあげられてる?」

「上手にできているぞ、恋。ちゅぱっ、むぐっ……」

「えへへ。なら、よかった。いい子いい子も、もっとする」

「ああ……、これは凄まじいな。まさか恋に、このような才能が秘められているとは」

 

 少しもいやらしさを感じさせない手付き。それでも男根は敏感に反応し、着物の内側で跳ね回っていた。

 乳を吸っている曹操のことを、恋は伏目がちにあたたかく見守っていた。その性欲とは相反する視線が、より興奮を大きくする。もちろん、恋は意識などしていないはずだった。

 

「一刀にちゅうちゅうって吸われるの、ちょっと気持ちいい。桂花も、そう?」

「んくっ……。あんまり、おかしなことを考えさせないでよね、恋。私は、昂にお乳をあげてるだけなんだから」

「んっ……。恋が気持ちいいのは、一刀がおっぱい吸ってるから? どきどきも、一刀のせい?」

「し、知らないわよ、そんなこと。はあ、どうしてこんなことになっちゃったのかしら……」

 

 上下に擦られた男根が、快楽に喘いでしまっている。

 乳房を軽く絞り上げながら、曹操は乳首を吸っていた。突起は、明らかに大きくなっている。吸い付き、舌での愛撫を加えてみる。いけないことだとは思っていても、情欲はやはり湧いてくる。

 紅潮している、恋の顔。見つめていると、恥ずかしそうに視線を外されてしまう。自分は、無心に乳を吸っていればいい。先走りに濡れた男根が、射精をしたいと着物の中で懇願しているようだった。

 

「んっ、んあっ……。一刀、そんなっ……。ひゃうっ、んんっ……!」

 

 赤子が、我慢などできるはずがない。そこまでなりきる必要があるとは思えなかったが、曹操は奔流に身を任せている。

 恋の甘さに塗れた声。誘発され、射精が開始されていく。独特な快楽を味わいながら、乳頭を強く吸った。ほのかな甘さが、口内に拡がっていく。快楽に侵された脳が、そう錯覚してしまっているのか。

 恥ずかしげもなく、着物の中で精液をぶちまけてしまっていた。おかしな解放感に、腰のふるえがとまらない。それを知ってか、恋は男根を擦り続けていた。

 

「一刀のここ、すごくびくびくってしてる。恋、ちゃんとできた?」

 

 頷きながら、また乳を吸った。

 濃厚な精臭を、隠し通せるはずがない。それに、着物はしとどに汚れてしまっているのだ。

 しばし、無言の時が続く。先に動いたのは、桂花の方だった。

 腹いっぱいになって、昂は眠ってしまったらしい。その昂を寝かしつけると、桂花はのっそりと寝台に上がってきた。

 

「ほんっと、アンタって馬鹿なのね……。恋が無知なのをいいことに、こんなこと」

「むう……。ここまでするつもりは、なかったのだが」

「いいから、脱がせるわよ。こんな大きな赤ん坊の世話、恋には任せていられないでしょうが」

 

 粘液で汚れた着物を剥ぎ取られる。どうしていいのかわかないのだろう。恋は、桂花の様子を見ているだけだった。

 外に出された男根が、すぐに桂花の口内に包み込まれる。

 

「んむっ、はむっ……。こんな、ばかみたいに射精しちゃって……。ぐぷっ、れろっ……。んんっ、一刀の匂いが、すごく強い……♡」

「桂花、一刀のちんちんきれいにしてる? それも、お母さんの仕事?」

「馬鹿言ってんじゃないわよ、恋。ほら、アンタもこっちに来て、後始末の手伝いをなさい。じゅるるっ、ぐぷっ……」

 

 白濁で汚れた男根。そこに、桂花が小さな舌を懸命に這わせている。

 飲み込んだ亀頭を、吸い上げてきれいにしようというのか。絡みつく舌に、また興奮を大きくしてしまう。

 

「一刀の、すごい匂い。恋、こんなの嗅いだことない。んっ、ちゅぅうう」

「ああ……、桂花、恋っ……」

 

 桂花の舌技は、熟練の域に達していると言っていい。絡みつくような動きが絶妙で、敏感になった亀頭に何度も快楽を与えてくるのだ。

 それに比べれば、恋のやり方はかなり拙かった。そもそも、口での奉仕を一度も教えていないのだ。その恋が、見様見真似で肉竿に吸い付いている。そのかわいらしさに、男根がびくりと跳ねた。

 

「はあっ、あむっ。ああっ、一刀のおちんちん、どんどんかたくなって……。んむっ、私がお掃除してあげてるんだから、んあぁあっ、ちょっとは静かにしていなさいよね♡」

「一刀の味、癖になる。恋も、もっと飲んでみたい」

「いいわ。次は、恋がこっちを舐めてみなさいよ」

「くぷっ、ぐぷぷぷっ……。ちゅっ、んはっ。一刀、これいい……?」

 

 恋には、おそれという感覚がない。

 ふくらみきった亀頭を、強引に喉奥まで咥え込んでしまうのである。それと荒々しい舌使いが相まって、強烈に快楽が引き出されていくようだった。

 遠慮のない水音が、幾度となく響いている。

 恋が疲れを見せると、また桂花が。その繰り返しで、絶えることなく男根は責められているのだった。

 桂花が、物欲しそうな視線を飛ばしてくる。そろそろ、口内に精液をぶちまけて欲しい。そうやってねだられているように、曹操は感じていた。

 

「奥まで咥えてくれないか、桂花」

「んっ、ぷあっ……! もう、いちいち注文が多いのよ、アンタは。んぐっ、ぐぷっ。じゅぅうう、じゅずずずっ……♡」

「恋は、つけ根のあたりを舐めていてくれるか。もうすぐ、また出そうでな」

「うん、わかった。ちんちん、ちゅうってしてる」

 

 二人の与えてくる快楽が、とまらない。昇ってくる精液を恋が押し上げ、桂花が吸い出しにかかっているのだ。

 甘いしびれが、下腹部を駈け抜けた。一瞬ちくりとするような感覚があったかと思うと、堰を切ったように精液が流れ出していく。

 

「んぷっ、んじゅずぅうう……♡ ふむっ、んんっ、ごきゅ、ごきゅっ……♡」

「一刀のちんちん、すっごくふるえてる。桂花のお口の中に、子種出してるの?」

「正解だ、恋。おまえにも、後で好きなだけ飲ませてやるからな。乳を吸わせてもらった、お返しだ」

「んっ……。精液飲ませてもらうの、ちょっと愉しみ。それまで、恋はここを舐める」

 

 濁流を飲み下す桂花の姿を、恋はうっとりとした表情で見つめている。

 恋のやわらかな舌。頼んでもいないのに、陰嚢をやさしく愛撫しているようだった。本能的に、どうするべきか理解してきているのか。それに伴って、桂花への口内射精は続く。

 

「んはっ、んむぅうう……。まったく、どれだけ溜め込んだら、一度にこれだけの量を射精できるのかしら」

「何度味わおうが、桂花の口は格別でな。気持ちがいいから、いくらでも出してしまえるのだよ」

「桂花のお口は、気持ちいい。恋も、たくさん練習すればそうなれる?」

「んっ、こくっ……。ううっ……。そうさらっと言われると、ちょっと困ってしまうわね」

 

 桂花が、照れくさそうにそっぽを向いている。いつもの気の強さも、恋の前では霧散してしまうらしい。

 心地のいい疲労感の中、曹操は桂花を抱き寄せた。しばらく感じていなかったやわらかさ。それが腕の中にあることに、どこか自分は安堵しているのか。

 寝ている昂の姿が、眼に入った。次代は、もうすぐそばにあるのだ。そのことが、曹操にはよりはっきりと感じられるようになっている。



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二 途絶えぬ道

 穏やかな早朝。肌に伝わってくる温もりを快く思いながら、(ゆえ)(もも)を擦り合わせていた。昨晩曹操に穿たれた感覚が、まだ完全には消えていない。寝台に流れ落ちた雄の汁。乾いたそれが、時折肌に触れている。

 すぐ隣には、曹操が眠っている。二人ともに、裸だった。寝顔にかわいらしさを感じてしまうのは、いけないことなのだろうか。顔に触れようとして、月はゆっくりと手を伸ばしてみた。不意に身体が引っ張られる。首につけた輪環。そこから伸びた細い紐が、身体の自由を奪ったのである。はじめて交わった後に、曹操が用意してくれたものだった。夢の中でも、曹操は自分を愛してくれているのだろうか。嫌な気など、するはずがなかった。

 ここで死んでも構わない。そう言った自分に、生きろと命じてきたのが曹操だった。包み込むような優しさと、理性を焼き尽くすような激情。その相反する両方を、曹操は一身に宿している。天下平定。覇業を成し遂げるだけの器量を、きっと曹操は備えている。それとも、備えているのだと、自分は思いたいだけなのか。一度は捨てたはずの夢。まだ、途絶えることなく道は続いているのか。

 誰かに続く地ならしを、することができたのかもしれない。そう思えば、かつての日々に悔いなどなかった。流れた血。決して、少なくはなかった。戦が終わらないかぎり、国の痛みは永久(とこしえ)に続く。そのために流す血は、厭うべきではない。

 

「おはようございます、一刀さま」

「起きていたのだな、月。まだ、時間は平気そうか?」

「少しだけなら。あまり過ごされますと、朝ごはんを急いで食べる羽目になってしまいますよ」

「なら、もう少しだけだ」

 

 眼を覚ました曹操が、身体を寄せてくる。

 乳房の先を吸い上げられる。こうしていると気持ちが落ち着く、といつか曹操が話していたことを憶えている。幼少の頃に両親と離別し、曹家に行き着いたのが曹操なのである。そのせいで、余計な苦労が多かったことも、想像に難くない。どこかで、母の愛情に餓えている部分があってもおかしくはなかった。その気持ちを、自分が少しでも埋めることができればいい。曹操の頭を撫でながら、月はそんなことを考えていた。

 居室に、足音が近づいてくる。

 (えい)は、戦に使う輜重(しちょう)の準備があるからと、昨日から役所に詰めている。豫州への旅の間に、心は決まったようだった。多くの枝葉に支えられて、曹操は立っている。その一欠片に、やがて詠もなっていくのだろう。

 扉が、無遠慮に開かれる。館に慌ただしい雰囲気はない。こんな(おとな)い方をしてくる人物など、月の知るかぎりひとりしかいなかった。

 

「ふふっ。やっぱり、(れん)さんだったんですね」

「おはよう、月。一刀を迎えに行ってこいって、(ふう)が言ってたから。出撃に遅れたら、みんな困る」

「もうちょっとしたら、着替えて朝ごはんにするつもりだったんです。恋さんも、一緒にどうですか?」

「……そうする。お腹が空いてると、ちっとも力がでないから」

 

 かすかに顔を赤らめて、恋は縦に頷いた。曹操の守りの心配など、するだけ無駄なのだろう。恋の指揮する騎馬隊には、揺るぎのない信頼がある。あれほど見事な動きを見せる軍勢を、月は知らなかった。

 曹操は、恋の訪問を気にかけず、乳を吸ったままだった。胸を中心に、温かな感情が拡がっていく。乱れるだけではない。正反対のつながり方も、曹操とはすることができているのだ。その背中を精一杯抱きしめ、月は優しくほほえんでいる。

 

 

 総勢一万二千を率い、曹操は(けん)城を発っていた。

 軍勢の半数が青州兵であり、ほかは加えてから日の浅い兵士たちである。青州兵は曹操が指揮を執り、その補佐として柳琳(るーりん)がつく。それ以外に、(せい)香風(しゃんふー)が将軍として参加しているという格好だった。

 実戦での行軍を叩き込むために、ほとんど休まず駈け続けている。少なくとも、春蘭(しゅんらん)たちによる調練を生き抜いた兵なのである。ついてこられないとは、はじめから思わなかった。近くには、深紅の呂旗も見えている。恋、それに(しあ)を核として、呂布軍の騎兵五百は隊列を乱さず駈けていた。

 疾駆する絶影に、一騎が縫うようにして寄ってくる。騎乗しているのは、紅波(くれは)だった。

 

「殿。お耳に入れておきたいことがあり、参上つかまつりました」

「よい、このまま話せ」

「はっ。拙者、(りん)殿から命を受け敵軍を探っておりましたが、叛乱煽動の裏になにやら調略の匂いがしてならないのです。おそらく、孫堅の手の者が入りこんでいるのではないかと」

「あり得る話だな。わが方も、豫州にはちょっかいを出しているのだ。孫堅が、兗州の動きを探ろうとしていても、おかしくはあるまい。それで、尻尾はつかめたのか、紅波?」

「それが、まだ。孫堅は腕の立つ影を使っているようで、いまだ足取りをつかみきれてはおりません。ですが、近いうちに必ずや」

「いや、深追いする必要はない。孫堅が、こちらに仕掛けてきていることがわかれば十分だ。風も、そう思うだろう?」

 

 軍師として伴っている風に、曹操は言葉を投げかけた。

 風はちょっと危なっかしい手付きで手綱を操ると、馬を並ばせてくる。当分戦闘にはならないから、周囲には主だった将が集まっていた。星や柳琳も、自分と紅波の話に耳を傾けている。

 

「んんー、ですねえ。叛乱煽動という目的を果たしたんですから、孫堅さんの手先はもう周辺にはいないのではないかと。それでええっと、敵将の名前はなんでしたっけ? おふ、おっ、んんっ……。おぷーな?」

於夫羅(おふら)だ、風よ。まさかおぬし、わざと間違ったのではないだろうな?」

「くふふー。正解した星ちゃんには、ご主君さまを一日好きにしていい権利でも差し上げないといけませんかねえ?」

「ほう、それはいい。最近、いい酒が手に入ったのです、主よ。私に日がな一日お付き合いくださるのであれば、空けることもやぶさかではありませんぞ?」

 

 星の切れ長の眼が、情熱的な視線を送ってくる。

 魅力的な誘いだったが、そこに柳琳が割り込んでくる。二人きりになればよく乱れるこの従妹も、公の場では油断なく背筋を張っているのだ。生真面目な軍人。直属の麾下などからは、特にそう思われているに違いない。

 

「もう……。二人とも、そのくらいにしてください。いくら敵軍が二万を下回るといっても、匈奴の騎馬を侮ることなどできません。兄さんも、それはお分かりのはずでしょう?」

「はははっ。戦の前から肩肘を張っていても、仕方があるまい。もっとも、そんな柳琳だからこそ、主の補佐が務まるのかもしれんがな。ほら、そこの恋を見てみろ。あれなど、まさしくなにも考えていないという顔をしているではないか」

「ちょ、ちょっと、星さん。いくらなんでも、それは言い過ぎなのでは」

 

 柳琳が、馬上で慌てたような素振りを見せている。

 そのくらいのことで、恋が怒るとはとても思えない。ただ静かに、赤兎を走らせ続けている。恋は、そのことを愉しんでいるようだった。

 

「んっ……。星、恋になにか用?」

「いいや、気にするほどのことではない。しかし、恋の無心の構えは、われらも見習わなくてはな。その境地には、どうすれば到れるのだ?」

「星は、すぐに難しいことを言う。だけど、敵が誰だろうと関係ない。一刀が斬れって言うなら、恋がその匈奴を斬ってやる」

「いやはや、頼もしいものだな。こたびの戦、これではわれらの出番などないのかもしれぬ」

 

 軽口を叩いていても、星の眼差しは真剣だった。

 恋と単身打ち合って、十にひとつでも勝ちを拾えれば、まだいい方なのだという。圧倒的な武勇だった。戦場に出れば、赤兎の脚がそこに加わる。鍛え上げられた騎馬隊と合わされば、恋は最強の矛となる。

 於夫羅の軍を補足したのは、それから二日後のことだった。

 陳留の防御を突破できなかった敵軍は、北に流れた。以前のように、東郡を狙うつもりなのかもしれない。その動きを阻止するべく、曹操は動いた。蓋をするように、北方から回り込む。周辺に飛ばした物見から、情報は逐次入っていた。

 

「どうするの、お兄ちゃん。命令さえもらえたら、シャンたちはいつでも突っ込めるよ」

「城攻めには失敗したが、匈奴を中心とした軍勢だけに、野戦には自信を持っていることだろう。力だけでぶつかれば、無益な損害を受けるだけだ。それは、避けたい。風、みなに説明を」

 

 十里(約四キロ)も進めば、敵軍とぶつかる。於夫羅も、曹操軍の動きには気づいているはずだった。守りの陣形を組み、待ち受けるという考えを取ることはない、と曹操は思っていた。

 間違いなく、決戦になる。勝たなければ、軍勢を維持していられないのである。於夫羅自身、匈奴の支配地域から流れて、中原にまで出てきているという事情がある。結びつきの弱い軍勢を、どうすれば引き留めておけるのか。於夫羅は、それを考え続けていることだろう。

 他人事ではなかった。兗州の諸豪族も、すべてが従順なわけではないのだ。自分と、その麾下の力をここで見せつける。結ぶまでは厄介でも、崩れていく時は驚くほど早いものだ。

 

「敵軍は一万と七千ほど。その中で、騎馬隊はだいたい五千ほどでしょうか。その突進力は脅威ですが、それさえ止めてしまえば、逆にこちらの勝ちとも言えます」

「なるほど。矢を射掛けられたくらいでは、匈奴の騎馬隊は止まらぬであろうな。して、どうする。囮でも使うのか?」

「ふむふむ、さすがは星ちゃんですねー。今回はその囮として、ご主君さまを使ってしまおうかと。こちらが総大将を押し出せば、於夫羅さんも出てくるしかありません」

「兄さんを囮に? 危険ではあるけど、最上の餌であることは確かね。勢いづいた敵軍は、そう簡単には止まれない。そこを、伏勢で突いて崩そうという算段なのかしら、風?」

「正解なのですよ、柳琳さま。難しい役割ではありますが、青州兵の統率をよろしくお願いいたします。これでほんとうにご主君さまを討たれてしまうと、風も泣くに泣けませんので」

「柳琳。この作戦は、俺から提案したものでな。早期の決着を狙うには、これしかあるまい。おまえの力、頼りにしているぞ」

「わかりました。兄さんの御身だけは、なにがあってもお守りします。それで、伏勢には」

「はい。みなさん、もうお分かりになっているような気がいたしますが、それにはですねえ……」

 

 かすかに笑みを浮かべた風。その視線が、恋の方に向いていた。

 この戦で、兗州内部の憂いを断つ。重要なのは、於夫羅を討ち洩らさないことだった。すでに張邈にも使者を送り、軍を北上させるように伝えてある。

 

「騎乗」

 

 曹操のかけ声から、軍全体に緊張が拡がっていく。雄壮に舞う曹の旗。土煙が、原野を覆っている。



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三 於夫羅討伐

 両軍がぶつかり合うまで、それほど時を要さなかった。喚声があたりを覆っている。風を裂く刃の音。戦場特有の熱気が、曹操の肌を打っている。

 青州兵の果敢さは、匈奴の兵にも負けていない。前進しながら陣形を変化させ、襲い来る騎馬を迎え撃った。

 乱戦である。曹操孟徳はここにいる。俺を殺したければ、大将自ら出てくるがいい。裂帛の気合いとともに、曹操は剣を抜いた。騎兵。前方から突っ込んでくる。凶刃をかわしながら、ひとりを打ち落とす。絶影が横に走る。その跡を、匈奴の馬が駈けて行くのが見えていた。敵兵の前に、柳琳(るーりん)が立ち塞がる。剣。白い光が走る。悲鳴と同時に、匈奴の騎兵が地面に叩きつけられた。(せい)たちにこそ劣りはするが、柳琳は曹家を支える精悍な軍人なのである。このくらいの戦で、怯むような女ではなかった。

 (かち)中心の青州兵。円形にまとまり、粘り強く闘っている。あとは、どこで戦線を下げるかだった。数でいくらか勝っている於夫羅の軍は、鳥が羽根を拡げたような陣形を取っている。完全に包み込まれれば、待っているのは死。とはいえ、早急な後退は於夫羅に不審を抱かせるだけだった。

 鶴翼の中心。そこに於夫羅がいることはわかっている。敵軍の両翼を押し留めるかたちで、星と香風(しゃんふー)は闘っている。簡単ではない戦だが、流れはできつつあるのだ。早く俺を殺しに来てみろ、於夫羅。剣を振るいながら、曹操は叫びを上げていた。曹の軍旗。揺れながらも、堂々と天を向いて立っている。

 血と見紛うような、紅波(くれは)の深い朱色の髪。それが、視界の端に見えていた。

 

「殿。敵の本陣が動きました。於夫羅は、ようやく殿と勝負をつける気になったようです」

「うん、待ちに待ったぞ。(れん)のところに、伝令は?」

「すでに。拙者は手が空きましたゆえ、このまま殿の護衛に加わります」

「任せる。於夫羅の軍勢が出てきたら、気取られぬように前線を下げていく。耐えるのも、あと少しだ」

 

 敵軍の勢いが増している。

 本隊の援護を受けて、大いに戦意を高揚させているのだろう。まともな新兵であれば、敗走していてもおかしくはなかった。それだけ、青州兵はよく耐えていると言っていい。

 紅波の直刀が、接近を試みる敵兵を斬り伏せている。退くにしても、潰走するわけにはいかないのである。戦場の匂いを吸い込み、曹操は絶影を駈けさせた。

 

 

 森林の中に、呂布軍は身を潜めていた。

 深紅の呂旗もいまは巻かれ、その姿を隠している。兵馬とも寡黙に、闘いの時を待っていた。

 赤兎に跨ったまま、恋はじっと森の外を見つめていた。合図があるまで待機していろと、曹操から命令を受けている。どうして自分を側に置いてくれないのか、と思わなくもない。これでは曹操のことを守ってやれないし、少々退屈でもあるのだ。それでも、これもまた戦なのである。その瞬間がやって来れば、存分に原野を駈け回ればいい。なんといっても、自分たちは仕上げを任されているのである。

 

「むむむ……。これはもしや好機ではないのでしょうか、恋殿? いま曹操軍の後背を突けば、多大なる戦果を見込めますぞ? だいたい、恋殿のお力を持ってすれば、一国に号令をかけることなど容易いのです。それを、あの男にいいように使われて、ねねは悔しくてなりません」

「一刀のこと、そんな風に言っちゃだめ。それに、恋は国なんて欲しくない。毎日お腹いっぱい食べられたら、それだけでしあわせ。ねねは、そうじゃない?」

「違うとは言いませんが、しかしですなあ」

 

 ぞんざいな言葉を吐く音々音(ねねね)を嗜めながら、恋は方天画戟を握る手に力を込めていた。

 戦場から流れてくる雰囲気が、なんとなく変わったような気がしていたのである。自分の反応が見えたのか、(しあ)も呼吸を整えはじめている。前方。木の間を縫うように、人影が素早く近づいて来る。出番が回ってきたら、曹操の配下が知らせに来ることになっていた。紅波というのが、曹操麾下の影をまとめている頭だった。話したのは一度きりだったが、紅波も西域の出身だそうで、恋は少し親近感を抱くようになっていたのである。

 

「ねね、出撃の準備はできてる?」

「恋殿のお下知があれば、いつでも。匈奴の軍勢など、呂布軍の敵ではありません」

「うん、それでいい。霞?」

「おっしゃ。ほんなら、いっちょぶちかましてやろうやないか。あんたは敵将目がけて突っ込むつもりなんやろ、恋?」

「んっ……。霞、部隊の指揮をお願いしてもいい?」

「おう、任せとき。恋は、思いっきり暴れてきたらええ」

 

 頷き、恋は手のひらで赤兎の馬体を軽く打った。

 駈け出す。後ろから、深紅の騎馬隊が続いている。森を抜けたところで、『呂』の一字の軍旗を掲げさせた。戦場の匂い。さらに近くなっている。曹操はどこにいるのか。喚声の聞こえてくる方角を目指して、呂布軍は疾駆を続けた。

 

「いた。一刀の兵が、こっちに退いてくる」

 

 曹操の麾下は、方円のかたちに小さくまとまっている。その後退に釣られて、匈奴の騎馬隊の中央が突出するような格好になっている。

 鶴翼の陣の真ん中だけが勢いに乗って出っ張っていて、両翼がついて来られなくなっているのだ。痛撃を与えられる位置に、恋は騎馬隊を移動させていた。伸び切った横腹を食いちぎる。方天画戟を敵軍に向けて差し向けた時には、もうそのことしか頭になかった。

 突き抜ける。必死になって曹操の首を狙っていた匈奴の軍は、やはり反応が遅かった。一度突き抜けたところで、恋は部隊から飛び出した。護衛として、十騎がついて来ようとする。その追従を歯牙にもかけずに、赤兎は加速を強めていく。匈奴の将軍はどこだ。手当り次第に敵兵をぶった斬りながら、恋は於夫羅の姿を探していた。匈奴の兵がいくら戦慣れしていようが、恋には関係のないことだった。方天画戟が唸る。それだけで、周囲の騎馬兵が一瞬にして沈黙する。

 呂布軍の奇襲を受けて、於夫羅の軍は足が留まりかけていた。突出しすぎていることにも、ようやく気がついたのだろう。すぐに引き返せば、まだ陣形を建て直せる。そうやって於夫羅は、周りの麾下に下知を飛ばしているのだろう。だがそのおかげで、恋はその姿を視界に捉えることができたのである。

 

「あれが、一刀の敵。恋が斬る。斬って、戦を終わらせる」

 

 感情。方天画戟を握り込むと、ぞっとするほどに冷え切っていく。

 於夫羅からも、向かってくる自分の姿が見えているのだろう。護衛と思わしき兵たちが、周辺をかためている。その壁に向かって、恋はまともにぶつかっていった。五人の首を斬り飛ばし、突破口を強引に開けた。赤兎が駈ける。打ち合う気になったのか、於夫羅が槍を構えて馬首を自分の方に向けている。

 最初から、何合も打ち合う気はなかった。

 方天画戟を横に倒し、恋は於夫羅目がけて突っ込んだ。力任せに薙ぐ。その一撃を、於夫羅が冷静に受け止めている。反撃。そこに隙が生まれることは、感覚で分かっていた。殺意の宿った槍の穂先。鞍の上で跳躍してかわし、恋はもう一度力任せに武器を叩きつけた。なにかを潰したような感触が、柄を通じて伝わってくる。悲鳴。逃げ散る敵兵が、洩らしたものだった。

 絶命した於夫羅を一瞥して、恋は騎馬隊のもとに戻っていく。両翼では、星たちが押し込みにかかっている頃合いなのだろう。曹操も軍勢を反転させ、崩れた敵兵の追撃に移っている。

 

 

 於夫羅を失って潰走する敵軍を、討てるだけ追い討った。降伏の意を示した者は許し、自軍の力とすればいい。領土が広大になれば、同時に守るための兵が多く必要になってくる。戦闘経験のある兵士は、それだけで貴重だった。

 今回の叛乱が成功するとは、孫堅も考えてはいなかったのではないか、と曹操は思う。しかし、戦が起これば多少なりとも領内は揺らぐ。それに、自分たちの軍の動きを見ておきたい、という意図もそこにはあったのかもしれない。孫堅の影は、紅波であっても追いきれなかったくらいなのである。いまもどこかで、この戦場の様子を探っていてもおかしくはなかった。

 陣中で、曹操は戦後の見分にあたっていた。最終的には圧倒することになったが、死傷者が五百ほど出ている。その報告を、(ふう)から受けたばかりだった。

 

「見事な戦をしたようだな、曹操」

 

 男の声に呼ばれ、曹操は振り返った。

 貴公子然としている、鼻筋の通った顔。ちょっと甲高い声が、陣内によく響いている。張邈(ちょうばく)。南方に逃げる於夫羅の軍勢の掃討を終えて、合流してきたのである。こうして直接会って話すのは、久しぶりのような気がしていた。

 

「なんの。陳留攻めの失敗で、敵軍は落胆していたのではないか? ならば、この戦の勝利は、おまえの軍の働きおかげとも言えよう」

「ははっ。私をそんなに褒めて、どうするつもりだ。それにしても恐れ入ったぞ。あの呂布までもが、おまえに従うことになるとはな」

「時の流れが、たまたま俺に向いていたのだろう。兗州統一のために、おまえが力を貸してくれたのは小さくなかったのだ、張邈」

「よしてくれ。私は、おまえでなければ兗州はまとまらないと思ったから、つなぎ役となったのだ。実はそれが、少し情けなくもある」

 

 張邈には名声があり、実力も確かなものがある。

 つい頼られるような人の良さがなければ、自分に成り代わって兗州をひとまとめにできていたのではないか。そう考えると、どこか不憫でさえあるのだ。

 

「それはそうと、袁紹とは便りを交わしているのか? 冀州との仲が拗れることになれば、兗州はまた危うくなるぞ。孫堅とは、いずれ戦になるのだろう? そうなれば、黄巾賊と闘った時とは比較にならないくらい、苦しくなる」

「小舅のようなことを言うなよ、張邈。しかし同盟を結べば、俺はまた袁家の下風に立たねばならなくなる。それは、嫌だな」

「おまえこそ、子供のような駄々をこねるな。それとも、孫家と袁家、その二つを同時に敵に回しても、勝つ自信があると言うのか、曹操?」

「ははっ。闘えと言われれば、やるしかあるまい。そうやって、俺はこれまで生き抜いてきた」

「まったく……。そうなる前に手を打てと言っているのだ、私は」

 

 大きく嘆息し、張邈が地面に顔を向けている。

 袁紹はいまのところ、領内の経営に注力するつもりらしい。靡いてきた并州の仕置に、時間が必要なのだと思う。それが終われば、行動する余地が出てくる。北に進出して幽州の公孫賛を潰すか、それとも南下して来るのか。その動向については、眼を配っておくべきなのだろう。

 

「南北のことはあるが、まずは徐州をどうにかしたいな。陶謙のじじいにいつまでものさばらせておくのは、癪ではないか」

 

 言葉にこそしなかったが、領土のこと以上に徐州には関心があるのだ。

 陶謙に感じている恩義という枷が、劉備軍を縛っている。そこからあの三人を解き放ち、なんとか自らのもとに迎えたいと曹操は思っていた。あれから触れていない、愛紗(あいしゃ)の黒髪。その滑らかさを、指が忘れられないでいるのか。

 

「戦になるな、また」

 

 張邈の声に、曹操は頷いて返した。

 天を覆い尽くす分厚い雲。それを見たせいか、曹操の心にはおかしなざわめきが生じていた。



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閑話 惑う伏龍

 朝の仕事を終えて草庵に帰ってから、夢中になって駒を動かし続けていた。時間など、あっという間に過ぎていってしまうものだ。集中していると、余計にそうなるような気がしてならなかった。

 ぬるくなった白湯(さゆ)を口に含む。朱里(しゅり)は真剣な眼差しで、向かい合って座っている雛里(ひなり)の挙動を観察していた。数度迷う指。駒代わりとなっている木の実を、雛里が動かした。やられた。そう感じていても、表情には出さないように努めた。自身の優勢を確信しているのだろう。鋭かっただけの雛里の視線に、少しだけやわらかさが見えている。

 ここまでの勝敗はほとんど五分で、ずっと拮抗してきているのだ。いくら気の置けない親友相手であっても、負けたくはない。互いにそう感じているから、自分たちは高めあって来られたのだろう。私塾に通っていた頃から、変わらない関係だった。願わくば、いつまでもそうあり続けたい、というのが朱里の本心からの思いだった。

 

「今回は私の負けだね、雛里ちゃん。迂回への対処が、少し遅れたのがよくなかったかな。だけど、次は同じようにはいかないよ?」

「えへへ。私だって、もっといい手を思いついてみせるもん。けど、実際の戦場では、盤面以上に目まぐるしく情勢が変わるものだから。この前あった戦だと、曹操さまは耐えに耐えられてから、最後に黄巾軍の中枢を一気に打ち破って勝利なされたよね」

 

 曹操の勝利を、雛里は嬉しそうに語っている。

 散らばった木の実。片付けながら、朱里は心を落ち着けようとしていた。元来、雛里は曹操のやり方に対して否定的ではなかったのだ。先日の訪問を受けてから、その傾向はより顕著なものとなっている。

 保護者のような立場をとってくれている燈も、危急の時が迫れば曹操の味方となるのだろう。曹操にはそれだけ人を惹きつける魅力があり、乱世に抗うだけの力を持っている。それは、朱里自身もよく理解していることだった。

 

「ねっ。曹操さまがまたここを(おとな)われる機会があったら、朱里ちゃんはどうしたい? やっぱり、お会いしたくないのかな」

「わからないよ、そんなの。あの方はいまの帝を廃して、新たな国を打ち立てようとされている。そんなことを、私は」

「苦しいんだね、朱里ちゃん。だけど曹操さまのこと、嫌いにはなりきれないんでしょう? だったら、私はもう一度お話してみるべきだと思うな。それに曹操さまは、朱里ちゃんの元気な姿を見られれば、それで十分なんだと思うよ。んっ……。私にも、とっても優しく接してくださったし」

「ちょっと、羨ましいくらいだよ……。いつか私も、雛里ちゃんみたいに思える日が来るのかな」

「うふふっ。それは、どうなんだろうね。朱里ちゃんが、私と同じになる必要なんてないんだもん。だから、神さまに毎日お願いしておくね。朱里ちゃんが、一番いい結論にたどり着けますようにって」

 

 曹操に身体を預けたまま、馬上でうたた寝をした日のことを朱里は思い出していた。

 あの出会いがなければ、こんな思いをすることもなかったのだろう。そもそも、曹操が軍勢を率いて通りがかっていなければ、自分は賊の慰み者になっていたかもしれないのだ。良くて奴隷。悪ければ、殺されていてもおかしくはなかった。

 運命の交わり。意見の対立がなければ、きっとそうなっていたのではないか。仕えるべき主君を探して放浪を続けてみたものの、結局決めきれず燈の庇護を受けることになっているのだ。そこには、曹操の存在が多大に影響を与えていると言ってよかった。

 

「そろそろ、お昼の準備にしよっか」

「うん、雛里ちゃん」

 

 出会ったのは、自分が先だった。それなのに、雛里に追い越されてしまったようで、ちょっと悔しさが募ってくる。

 自分がそんな感情を得ていることに少し驚きながら、朱里は昼食の仕度をはじめるのだった。

 

 

 翌日。朱里は、(とう)の館にある私室を訪れていた。領内を巡察して、気づいたことがあれば報告する。特に命じられているわけではなかったが、沛国に滞在するようになってから自発的にやっていることだった。

 飽きるまで、いつまでも逗留してくれていい。普通ならなにか裏があってもおかしくない提案だったが、燈はただ自分たちをあたたかく迎えてくれているのである。それだけ遇されているからには、恩返しのひとつでもしなくてはならない。そんな思いがあったから、朱里はたびたび草庵を空けているのである。

 

「いらっしゃい、朱里ちゃん」

「こんにちは、燈さん。いくつか気づいたことがあったので、報告に参りました。もしかして、いまってお忙しいですか?」

「ええ……。特別忙しい、というわけではないのだけれど。ちょっと、ね」

 

 きっと、自分は燈が好きなのである。

 燈の声を聴いていると、なんとなく懐かしい気分になれてしまうのである。それにはどこか、母の声と似た響きがあるせいなのかもしれない、と朱里は感じているくらいだった。燈の飄々とした性格には、軍師を目指す身として見習うべき点も少なくなかった。女の色香を漂うわせる風貌。そこにも、強い憧れがあるのは確かなのである。

 長い嘆息。普段あまり表情を曇らせることのない燈が、今日は悩みを抱えているようなのである。机の上には、一通の書簡が拡げられている。中身は見えなかったが、それが燈の嘆息の元なのだろう。

 

「なにか、問題があったのですか? 差し支えがなければ、私にもお聞かせください、燈さん」

「うん、そうね。曹操殿についてのことだから、朱里ちゃんにも伝えておくべきかしら」

 

 曹操のことと聞いて、朱里は少し身体を強張らせた。

 豫州について、あちらからなにか言ってきたのだろうか。曹操は、荊州にいる孫堅と探り合いをしている段階なのだという。それが終われば、待っているのは戦だった。

 

「曹操殿のお父上が、亡くなられたの。それも、徐州からの旅の途中でね」

「お父上が? 燈さんのその言い様、まさか徐州の誰かに殺されたのですか?」

「ええ、そのまさかよ。詳細は探っているところだけど、どうやら陶謙殿のつけた護衛がよくなかったようね。曹嵩殿の持つ財産に眼がくらんだのか、それとも曹家に媚びを売ることが許せなかったのか。いずれにせよ、取り返しのつかないことをしてくれたわ」

 

 陶謙は、曹操の機嫌を取りたくて父親の護衛を申し出たのだろう。今回は、それが裏目に出たのだ。

 徐州はまったく一枚岩ではなく、陶謙自体の人気もあまりなかった。朱里はもともと徐州の生まれで、そのあたりの情勢についてはよく知っていたのである。

 民衆の支持は黄巾軍との闘いで戦果をあげた劉備たちに集まり、豪族は命令を無視することも少なくないと聞いている。そうした事情もあって、陶謙は曹操との融和を求めようとしたのかもしれない。自分が暮らしていた時よりも、徐州の状況はかなり悪くなっていると言うべきだった。

 時が熟せば、いずれ曹操は徐州に攻め入ってくる。そして、その侵略を防ぎ止める力は、陶謙には残されていなかったのだ。

 燈の組織する間諜は手広く各地を探っており、日々様々な情報が入ってくる。隣接している徐州のことだから、その精度は信じられるもののはずだった。

 

「どう動かれるのでしょうか、曹操さまは」

「戦になることは、間違いないでしょう。鄄城(けんじょう)にも使いを出してみるつもりではあるけど、心配ね」

 

 表現しようのない不安。それが、胸の隅々にまで拡がっていくようだった。

 窓の外に視線を向けて、燈は無言で佇んでいる。朱里の小さな胸を支配する恐れ。それは、留まることなく肥大し続けている。



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四 ある雪の日のこと(春蘭、秋蘭)

 寒い朝だった。

 外に出ると、思わず手と手を擦り合わせたくなってしまうくらいなのである。眼前に舞い落ちる、白い雪の粒。掴もうとしても、すぐにとけて消えていってしまう。この調子で降り続ければ、しばらく兵を動かすことも難しくなるのではないか。だとすれば、雪解けまで十分に調練を重ね、軍勢としての働きを鈍らせないことが肝要だった。

 雪の粒が、まぶたに触れる。ちょっと表情をほころばせ、曹操は白い息を吐いた。思考を巡らせれば、物騒なことばかりが浮かんでくる。役目と言ってしまえばそれまでだが、美しい雪景色を見ていると、そんなことが馬鹿らしくなってくるのも事実だった。

 こんな時に、どうして誰もそばにいてくれないのか。そんなわがままな気持ちが、心の隅からもたげてくる。

 

「殿」

「ああ、おまえたちだったか」

 

 背後から聞こえてきた声に、曹操が振り向いた。

 夏侯の二人。いつもより厚着をしているせいで、肌の見える部分が少なくなってしまっている。だが、それはそれで普段とは違った魅力を感じさせてくれるのである。

 屋根の下の縁にまでかかった雪を払い、秋蘭(しゅうらん)が座るように勧めてくる。急速に、二人のあたたかさが恋しくなっていく。そんな曹操の気持ちを察したのか、秋蘭は柔和な笑みを浮かべている。

 

「殿の寂しそうなお背中が見えましたゆえ、姉者とあたためて差し上げようと話していたのです。たまには三人で、雪見酒と洒落込むのも悪くはありますまい」

「ささっ、お早く。殿のためにあたためてきた酒なのです。冷えてしまっては、もったいないではありませんか」

「世話をかけるな。それでは、いただくとしようか」

 

 春蘭(しゅんらん)から渡された杯を手に持ち、曹操は縁に腰を下ろした。

 酒が注がれていく。立ち上る湯気が、いかにも美味そうな香りを放っている。急いで準備をしてきたためか、酒肴までは手が回らなかったようだった。それでも、今はあたたかな杯が手もとにあり、二人の顔がすぐそばに見えている。ならば、ほかになにを求めることがあるというのか。

 酒杯の中身を一度で飲み干し、曹操はまた息を吐いた。やはり白い。だが、不思議とあたたかさを感じさせる白さだった。

 

「この雪景色、(こう)にも見せてやりたいものですな。あとで、桂花(けいふぁ)も誘いますか?」

「やめておけ、秋蘭。桂花にも声をかけてみたのだが、昂が風邪でもひいたらどうしてくれるのだ、と一喝されてしまってな。それで、ひとり寂しくしていたのだよ」

「あやつめ、ほかならぬ殿のお誘いを断るなど、結構な親馬鹿ぶりではありませんか。曹家に生まれた男子として、昂には強く育ってもらわねば。殿も、そうお思いでしょう?」

「しばらくは、桂花の方針に任せよう。時が来れば、春蘭には昂を鍛えてやってもらいたい。まだまだ、時代は乱世だ。剣術のひとつくらい、覚えておいて損はあるまい」

「はい、是非に。殿の御子であろうと容赦はいたしませぬゆえ、お覚悟を」

「ははっ。俺はいいとして、桂花がどんな顔をするのかが愉しみだな。秋蘭も、よろしく頼む」

「ふふっ。承知いたしておりますよ、殿。それと、もう少し落ち着いてからで構いませぬが、われらにも殿の子をお授けください。姉者など、桂花が昂を生んでからというもの、毎晩のようにそのことを語っているのです」

「ななっ!? 秋蘭だって、日頃桂花が羨ましいと洩らしているではないか? この前だって、(せい)と酒を酌み交わしながら散々そのことをだな」

「むっ……。私としたことが、余計に藪を突っついてしまったようですな」

 

 春蘭に言われたことが恥ずかしかったのか、秋蘭は横を向いて酒杯に口をつけている。

 覗くうなじが、薄く朱色に染まっていていかにも鮮やかだった。

 

「秋蘭のこんな顔を見るのは、久しぶりだな。それこそ、小さな時以来なのではないか?」

「からかわれるのは、よしてください。私とて、恥ずかしいものは恥ずかしいのですから」

「あははっ。確かに、これほどまでにかわいらしくなった秋蘭を見る機会など、あまりないことと存じます。しっかり、目に焼き付けておかねばなりませんな」

「むう……。そんなことを言ってもよいのか、姉者? 私は、姉者が誰にも知られたくないと思っている恥ずかしい話を、いくらでも存じているのだぞ。ふむ、ちょうどよい。酒の席の笑い話として、ここは殿に余さず聞いていただこうではないか」

「ななっ!? そ、それはいかんぞ、秋蘭!? ほら、酒をもっと飲め。そうすれば、今あったことなどすぐに忘れられよう」

 

 焦ったように、春蘭が妹に酒を勧めている。その姿を見て、溜飲を下げたように秋蘭がほほえむ。どれだけ大きくなろうとも、変わらない関係だった。

 時間が経つにつれ、自然と身体が近くなってくる。擦り合う手。肩に感じる頭の重み。その全てが、自分に穏やかな温もりをくれている。

 

「ふっ……。思い出話のついでではありませんが、殿はあれを覚えておいでですか?」

 

 空に視線をやりながら、秋蘭がそう言った。

 最初あたたかかった酒は、随分と冷え込んでしまっている。だが、それとは別の温もりが自分たちにあることを、三人は知っている。

 

「あれというと、あれか? 小さな頃、殿が肌身離さず持っておられた人形があったことを、覚えているぞ。全身真っ赤で、なにやら厳しい具足を身に着けているような意匠をしていたな。それに、われらの知らない素材で作られていて、叔父上が殿を天からの授かりものだと話されていたのを、信じる気になった」

「さすがに、殿のこととなると姉者もよく覚えているのだな。懐かしい話だ。あの人形、どこへ行ってしまったのだろうな。あれば、昴もきっと気にいると思うのだが」

 

 秋蘭の言うように、小さな時分はいつもあの人形で遊んでいたように思う。手のひらを広げたくらいの大きさで、どこに行くのにも一緒だった。興味を抱いた春蘭に取られそうになって、危うく喧嘩になりかけたこともある。

 唯一、自分が持っていたもの。そこに『一刀』という名が書かれていなければ、どのような字であるのかもわからなかったことだろう。

 いつからか遊ばなくなり、思い出すこともなくなっていた。そんなことをはっきり覚えているのだから、よほど二人の方が自分のことを知っている。

 

「案外、叔父上がお持ちになられているのかもしれませんよ。こっちに来られたら、お聞きになられてみては?」

「馬鹿らしい。訊ねてみても、笑われるのが関の山だ」

 

 養父が鄄城(けんじょう)に向かっていると知らされたのは、数日前のことだった。

 ほんとうに、人の気持ちというのはわからないものだ。これまでほとんど音信不通だった養父が、自分のもとに来ることを決めた。気持ちが変わったのは、老いのせいなのか。はたまた、昴の存在がそうさせたのか。

 かけるべき言葉は、まだ見つかっていなかった。

 黄巾の乱が起こって以来、自分は曹家を思うがままに動かしてきた。それが、間違っていたとは思わない。事実、それで曹家は(えん)州一帯に号令をかけられるようになっている。だが、まだ道の終着点は少しも見えていない。そんな状態で、父になにを話せというのか。

 

「あまり、気負われますな。叔父上にだって、意地を張られていた部分が多少なりともありましょう。それは、殿も同じです」

「言ってくれるな、秋蘭。だが、おまえの言う通りなのかもしれん」

 

 それ以上は、言葉が出てくることはなかった。

 いくらでも、酒を飲めてしまいそうな気分だった。二人が、そろそろ部屋の中に入って暖を取ろう、と言ってくる。自分の中で駆け巡る、寂しさに似たなにか。二人は、それを癒やしてくれようとしているのか。それとも、単にもっと深い部分で交わりたくなってしまったのか。そんなことは、きっとどうだってよかった。

 寝台の上。左右から二人に挟み込まれると、甘い香りが鼻を覆った。口移しに酒を飲まされ、腰のあたりを弄られる。穏やかな熱ではない。ここから生まれるのは、狂おしい情念だけなのだろう。

 

「んっ……。来てくれ、一刀」

 

 秋蘭の温もりを最も感じる部分。そこに、自分自身が飲み込まれていった。

 深々と声が発せられる。溶け合うと言えばいいのか。回らない頭では、そのくらいの表現しか浮かんでこなかった。

 激しい交わりは、どちらも欲してはいない。ゆっくりと中をかき混ぜ、互いの熱を感じた。背中に抱きついている、春蘭の乳房の柔らかさ。感じながら、曹操は腰を何度も揺さぶっている。

 

「秋蘭め、嬉しそうに声を出しおって。一刀、私のこともちゃんと感じてくれているのか? んっ、んふっ……」

「無論だ、春蘭。おまえが俺たちの交わりを見ながら感じていることも、承知している」

「えへへっ、そ、そうなのか。はあっ……。一刀の身体、あたたかくて気持ちがいいな」

 

 ともすれば、このまま眠ってしまうのではないか。そんな緩やかな交わりを、曹操は続けた。

 秋蘭が、ちょっと強めに口づけてくる。それの意味することくらい、わかりきっていた。最奥に押し付けるように、腰を隙間なく密着させる。背後にいる春蘭も、その動きを後押ししてくれているようだった。

 

「んくっ、んあぁあっ……。一刀、私もう……」

「いいぞ、秋蘭。俺も、おまえの中で果てたくなっている」

 

 心で深くつながっていれば、激しい交わりなど必要ないのかもしれない。

 秋蘭の身体は熱を持ち、濃い女の香りを撒き散らしている。狭まる膣内。曹操は、いつになく穏やかな吐精の瞬間を迎えていた。

 

「ああっ。出してもらっているのだな、秋蘭。一刀の子種が、びゅくびゅくって子宮の中に注がれているんだ。心地よくて、あたたかくって。まだしてもらってもいないのに、私もなんだかおかしな気分になってきたぞ」

「んんっ……。あっ、姉者ぁ、そんなに見ないでくれ。なんだか、恥ずかしいではないか」

「なにを今更。二人一緒に抱かれたことなど、それこそ数え切れないくらいあるではないか」

「だ、だってぇ……。んっ、はあっ、ああっ……。一刀の精液、気持ちいい……」

 

 ぬかるんだ秋蘭の中から男根を引き抜き、曹操は寝返りを打った。

 待ちきれずに、自分で秘所をいじっていたのだろう。春蘭のそこは、男を受け入れる準備がすっかり整ってしまっている。

 

「いやらしい子だ。そんなに、感じている妹の姿に興奮してしまったのか?」

「ふっ、んうっ、ふはっ……。一刀だって、わかるだろう? あんなになった秋蘭を見せられて、我慢なんてできるはずがあるかぁ……!」

「道理だな、それは。待たせた、春蘭」

「ああっ、くるっ、きてるっ……。一刀の太いのが、私の中を押し拡げて……っ。んっ、んむっ、ちゅぅう」

 

 深く舌を絡ませながら、中をゆっくりと解していった。

 包んでくる膣の温度を感じながら、春蘭の感じる点を突いていく。余裕が消えるまでは追い込まない。それでも、身体の昂りは確実に感じている。今は、そのくらいの交わりがちょうどよかった。

 

「ちゅっ、ちゅぱっ……。えへへっ、気持ちいいな、一刀。ずっと、おまえとこうしていられればいいと、そう思ってしまうくらい、私……っ」

「俺だって、変わらないさ。こんなにも馴染んだ中に、いたくないはずがないだろう」

「ははっ、そうなのか? だが、それも当然なのかもしれんな、一刀。私と秋蘭ほど、おまえと交わってきた女はおらんのだ。んっ、んあっ……。なあ、もう出してくれたっていいのだぞ? 欲しいんだ、私も。一刀の、どろどろになった子種を、出してもらいたくってしかたがないんだ」

「春蘭にそう強請られて、断るわけにもいくまい。いくぞ、しっかり飲んでみせろ」

「う、うんっ。ああっ、くるっ……! 一刀の大きいのが、またぷくって膨らんで……。ふあぁあっ、くるっ、射精きちゃう……!」

 

 二本の腕で春蘭の身体を抱き寄せながら、最後は奥の奥に精を放った。

 精液の熱さを受けて、春蘭が全身をぶるっとふるわせる。逃しはしない。そんな思いで、曹操はより強く腰を押し付けた。

 

「ふふっ。いい顔をしているな、姉者。まあ、一刀に愛してもらっているのだから、当然と言えばそうなのだが」

「んあっ……。しゅ、しゅうらん……」

「先程存分に見られた分、私もじっくりと姉者の絶頂を見届けてやろう。ほら、もっと感じてもいいのだぞ? 一刀に射精してもらって、気持ちいいのだろう?」

「やっ、やあっ……。こんなの当たり前なのに、どうしてこんなにどきどきしてしまうんだぁ……!」

 

 錯乱しかかる姉の姿に気をよくしたのだろう。その豊満な乳房に手を伸ばすと、秋蘭はゆっくりと揉みしだいていく。達しているところに追加の刺激を与えられたせいで、春蘭の膣肉が締め上げを強くする。男根に残った精液。吸い上げられ、種となって消えていった。

 

「あっ、ふあぁあっ、んんっ……♡ か、かずと、しゅうらん……」

「なんだ、疲れてしまったのか、姉者? だったら、一刀。もう一度、私が相手になるとしようか」

 

 秋蘭がおのれの秘部を指で開く。ついさっき出したばかりの、真新しい精液。流れ落ち、寝台を汚していった。

 流れ出た分は、また埋めてやればいい。柔らかさと、滑らかさ。その両方を増した肉を割りながら、曹操は心地よい快楽に浸っていた。



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五 力の意味

 浅い眠りが続いている。まぶたを閉じてみても、誘うようなまどろみがやって来ることはなかった。

 寝付けない理由はわかっていた。養父(ちち)の訃報。それも、陶謙の派遣した護衛の手によるものだった。養父の持つ私財に眼がくらんだのか。それとも、別の考えがあったのか。そんなことはどうだってよかった。現実として養父は死に、自分には言いようのない苦しみが募っている。やるべきことなど、ひとつしかないはずだった。大地に降り積もる雪。それが自分を遮る壁のように感じられて、曹操は苛立ちを増していた。

 寝台。上体を起こし、曹操は眉間を指で揉んでいた。このところ、ひとりで眠ることが多くなっていた。気を遣われているのかどうかはわからない。ただ、情欲に溺れたい気分でないことは確かだった。

 部屋の外に、人の気配がある。常に控えている宿直ではない。用があって紅波(くれは)が来ているのだろうが、夜更けの来訪は珍しかった。

 声をかけ、曹操は寝所に紅波を招いた。見事な足さばきで、ほとんど動きを感じさせることはない。音を立てているのは、むしろ存在を誰かに知らせたい場合だけだった。

 紅波の手には、なにかが握られていた。見覚えがある。赤い人形。先日、秋蘭(しゅうらん)から言われたせいで、その存在が頭の片隅にずっと残っていたのだ。

 

「秋蘭殿にお伺いしたところ、殿に急ぎお渡しするようにと仰せつかりました。御父上が、最期までお持ちになられていたものです。金目のものはなにも残っていませんでしたが、これは奪われずに済んだようです。どうか、お納めくださいませ」

「そうか。どこへ行ったものかと思っていたが、あの父がな。よく持ち帰ってくれた。おまえも、少し休むがいい」

「殿の御無念、お察しいたします。御下知は、いつでもお待ちしておりますので」

 

 眼の前にあった気配が霧散していく。紅波の言葉に小さく頷きながら、曹操は手の中の人形をじっと見つめていた。ざらつくような感触。赤い表面に、もっと濃いなにかが付着しているのだ。よく触れてみると、血であることがわかった。

 それだけ、養父はこの人形を大事にしてくれていたのか。胸中で蠢く苦しみ。それが、余計に大きくなっていくようだった。

 人形を手にしたまま、曹操はいつの間にか眠っていた。

 知らない光景が拡がっている。あたりは、妙なくらい明るかった。夢。自分になにを知らせようと言うのか。胸の中にある苦しみは、残ったままだった。

 抱き上げられている。確証こそないが、そうとしか思えなかったのだ。小さな部屋。明かりに満たされていて、自分はそこに寝かされていたのか。部屋の中に配されているのは、見たことのないものばかりだった。箱のようなものに写り込んでいるのは、人なのか。明かりを発している器具。どうなっているのかわからないが、火は使われていないようだった。

 自分を抱き上げている人物のほかにも、近くにもうひとりの姿が見えている。

 (もや)がかかっていると言えばいいのか。どちらの顔も、なぜだかはっきりしていないのだ。自分の知っている誰かなのか。それを忘れてしまっているせいで、二人の顔は鮮明に浮かんでこないのか。

 眼前で、なにかが振られている。短くなってしまった腕を、必死になって伸ばした。赤い人形。血の汚れはなく、きれいなままだった。それでも、間違いなく自分の所持しているものだと思えた。一刀、という名前が黒い字で書いてある。それを見て、また苦しみが大きくなっていく。優しさで満たされている空間。いまはそれが、ひどく辛く感じられてしまうのだ。

 自分のいるべき場所は、ここではない。苦しみの後に浮かんできたのは、在りし日の養父の姿だった。苦しみが、別のなにかに変化していく。衝動のままに、曹操は叫びたくなった。

 目醒た時、手の中の人形は変わらず汚れていた。

 早朝。麾下を集め、曹操は徐州攻めの方針を明かした。春蘭(しゅんらん)と秋蘭の二人は、誰よりも自分の言葉を神妙になって聞いている。養父はもともと夏侯の出であり、つながりは深かった。そのつながりがなければ、自分たちが出会うことはなかったのかもしれない。

 

「徐州に報いを受けさせる。侵攻は、雪解けと同時。軍勢と兵糧の準備を怠るな。攻略に際しては、すべて斬り捨てるつもりであたれ」

 

 戦の宣言。いつものような高揚感は、どこにもなかった。

 

 

 徐州は、揺れに揺れていた。

 曹操が攻めてくる。それも、誰彼構わず斬り捨てると決めているようだった。自業自得の結果であり、和解する手立てはないと言っていい。脇が甘い、というような話ではなかった。派遣した護衛が、あろうことかその相手を殺し、金品を奪って逃げたのである。その話を聞かされた時には、愛紗(あいしゃ)もただただ言葉を失うだけだった。

 あれから、陶謙は毎日のように家臣を集め、評定を行っている。そこに桃香(とうか)も呼び出されることが常だったが、帰ってくるたびに疲れ切った顔を見せるだけだった。参集を無視する豪族も少なくなく、徐州は統制が取れていない。思い上がりかもしれないが、人気だけで言えば劉備軍のほうがずっと上だった。

 

「兄上を、曹操殿をなんとかお止めせねば。このままでは、乱世はさらに混迷を極めることになりかねん」

 

 曹操を慕う気持ちは小さくなかった。それは、桃香も同じなのではないかと思う。徐州にいれば、闘いは避けられない。かといって、守るべきものを捨てて逃げ出すわけにはいかなかった。

 自分にできることは、なんなのか。わからないから、毎日調練に明け暮れた。曹操の宣言した内容を悲しそうに聞いていた鈴々(りんりん)も、いまでは前を向いて闘いに備えようとしている。義姉(あね)として、弱音を吐くことなどできるはずがなかった。

 

「関羽さま。劉備さまに会いたいという、客人が来ておられます。こちらに、お通ししても?」

「客人だと? わかった、会おう。調練は、ひとまず休止とする」

 

 馬を返し、愛紗は陣所へと向かった。

 劉備軍全体の練度は上がっているが、数としては知れている。曹操は侵攻にあたり、万余の軍勢を差し向けてくるに違いない。対抗するには、自分たちはいかにも小さすぎた。

 

「おお。そなたは、諸葛亮ではないか。悪いが、劉備さまは呼び出しを受けている最中でな。夜になるまで、まずお戻りにはなられまい」

「お久しぶりです、関羽さん。劉備さんも、苦労なさっているようですね。でしたら、代わりに私の話を聞いていただけませんか?」

「うむ、よかろう。だが、存じているかもしれぬが、われらもなにかと立て込んでいてな。なるべく、手短に頼む」

「はい、それはもう。私の用件も、まさしく徐州が抱えておられる問題に関してのことですので」

「ほう? まあ、座ってくれ。陣所ゆえ、水くらいしか出せるものもないが」

 

 諸葛亮の小さな身体。そこから、覚悟を持った闘気に近しいものが発せられているように愛紗は感じていた。曹操となにかしらの因縁があることは知っている。陳珪が手もとに置いてかわいがっているのだから、才知があるのは間違いないのだろう。その助言を受けて曹操軍との共闘を決めたことが、もはや懐かしく思えてしまうくらいだった。

 用意された水を一口含んでから、諸葛亮が話しはじめた。

 

「いまの体制のまま曹操軍を迎えたのでは、徐州は確実に滅びます。陶謙さまには人望がなく、豪族の方々もばらばらに動いておられます。これでは、戦になりません」

「むむむ……。それは百も承知なのだが、やるしかあるまい。黙って、曹操殿の殺戮を見ているわけにはいかんのだ」

「はい。ですので、まずはまともな指揮官を立てることが肝要でしょう。それには、劉備さまがうってつけなのではありませんか? 私の調査したところ、あの方には民衆からの人気があり、関羽さんたちのような力のある麾下もいらっしゃいます。動くのであれば、いましかありません」

「諸葛亮。そなたは、姉上が陶謙さまの地位を奪うべきだと言っているのか? だとすれば、無理な話だ。恩を仇で返すような真似を、あの方がお許しになるとは思えん」

「だとしても、説得するまでです。自身の信条と、民の命。そのどちらかを取れと言われれば、答えは明白なのではありませんか? 私は、劉備さんに賭けたいと思って、ここまで来たんです。人道から外れた行いをしようとしている曹操さまを、このまま放っておくわけにはいかない。あの御方の才は、そんな闘いに使っていいものではありません」

「むっ……。そなたにも、なにやら事情があるようだな。しかし、曹操殿を止めたいという気持ちを持っているのは、私だって同じだ。あの御仁には、天下を支えるだけの力がある。その力で、世の輝きをかき消させるわけにはいかないのだ」

「でしたら、関羽さん」

「劉備さまには、私からも話すつもりだ。力を貸してくれるな、諸葛亮?」

 

 悲壮感すらある諸葛亮の言葉。そこには、曹操への思いが確かにあるようだった。

 自分たちに残された時間は、そう長くはない。体制を変えるのなら、急ぐべきだった。桃香が軍権を握ることになれば、現状よりもずっとましな戦をすることができるようになる。青州黄巾軍との闘いにより、劉備軍の力は徐州全体に知れ渡っている。その反響は予想以上と言っていいものだったが、桃香が上に立てばそれが活きることになるはずだった。

 

朱里(しゅり)です、関羽さん。これから、よろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしく頼む。わが真名は愛紗だ、朱里」

「はい、愛紗さん。頑張りましょう、この国の未来のために」

 

 かすかに生まれた希望。朱里の小さな肩に手を置きながら、愛紗は再び闘志を燃やしていた。



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六 劉備の決意

 帰ってきた桃香(とうか)は、やはり顔に疲労をにじませていた。

 結果の出ることのない議論を、日々延々と続けているのである。相手が出方を明確に決めてしまったのだから、もう交渉でどうにか出来る段階ではなくなっているのだ。

 雲霞の如き黄巾軍。それを打ち払った曹操軍の力は、徐州でも知られている。かつての脅威に対しても、陶謙は利を追うようなやり方しかできなかった。あの時、正面から堂々と自分たちの軍を派遣していれば、陶謙に対するいまの評価は多少違っていたのかもしれない、と愛紗(あいしゃ)は思う。

 桃香の帰りを待ちきれずに、朱里(しゅり)は眠ってしまっていた。旅の疲れ。それに、気持ちの面でも負担が少なくはなかったのではないか。知識はあっても、現実の戦をしたことがない。その朱里が、あの曹操を相手取り、徐州の主導権を握って闘えと桃香に進言してきたのである。生半可な覚悟で出来ることではない。朱里の友人である鳳統も、数日中には徐州に到着する手はずになっているらしい。小さな軍師たちの覚悟。桃香はそれを、どのように受け取るのか。

 確固とした立場を持たない劉備軍は、野営で過ごすことが多くなっていた。城中に滞在していれば、自分や鈴々(りんりん)にも面倒が降りかかってくることになるかもしれない。そのことを配慮して、桃香は劉備軍が外で過ごすことを取り決めてくれたのである。

 夜風の音。陣幕の揺らめき。手を擦り合わせながら、桃香が視線を向けてくる。話があることくらいお見通しだと、その眼が言っているかのようだった。

 朱里が提言してきたように、体制を整えるならば迅速に動くべきだった。腹をくくり、桃香の顔を見る。優しげなほほえみ。そのあたたかさだけが、いまは救いだった。

 

「桃香さま。豫州の陳珪殿のところにいた、諸葛亮を覚えておいでですか」

「うん、もちろん。あの時は急いでいたから無理だったけど、もう少しお話してみたかったと思うよ。……あの子も、きっと曹操さんのことが気になってるんだろうな」

「仰せの通りだと思います。その諸葛亮ですが、桃香さまにお伝えしたいことがあり、本日こちらに到着いたしました。先程までは起きて待っていたのですが、さすがに限界そうでしたので、私の一存で今夜はもう寝るようにと」

「えっ。諸葛亮ちゃんが、ここに来ているの? うん、そっか……。それで、愛紗ちゃんが代わりに伝言を?」

「はい。急ぎの案件ですので、まずは私の口からお聞きください。朝になったら、どうかあの子ともお会いくださいませ」

「わかったよ、愛紗ちゃん。それじゃ、心して聞かないとね。少し、座ろっか」

 

 桃香の対面に腰掛ける。

 優しげな雰囲気の中に、ちょっと緊張感のようなものが漂っている。動乱の気配ある徐州への来訪。その意味が決して小さくないことを、桃香がはっきりと理解しているからだった。

 膝の上でこぶしを握り込み、愛紗が言った。

 

「いまの状態のまま闘えば、徐州は確実に悲惨な結末を迎える。それが、諸葛亮の出した結論です。このことは、桃香さまもお感じになられているのではありませんか」

「そう、なのかもしれないね。だけど、私たちは逃げ出すわけにはいかないんだ。お父さんをあんな風に失って、一刀さんが辛いのはわかるよ。それでも、徐州すべてに武器を向けるのは間違ってる。そんなことをしていたら、いつまで経っても乱世なんて終わらないんだ」

「同意します、桃香さま。徐州はあの方の軍を迎え撃つためにも、一体となる必要があるのです。陶謙さまでは、その考えは実現できません。ですから、桃香さま」

 

 語気が自然と強まっていく。

 自分の言葉の意味を、桃香はわかっているはずだ。かたく結ばれた唇。それが、噛み締められているようだった。現実として、ほかにいい手段は思い当たらない。同様の考えを抱いているからこそ、桃香はすぐに言い返せないでいるのか。

 風がまた、陣幕を揺らしている。促されるように、桃香が口を開いた。

 

「辛いね、愛紗ちゃん。だけど、いまの困難を乗り越えられなきゃ、世界はもっと辛くなっていくだけなのかな」

「そんなことにはなりません。桃香さまが立ち、あの方の凶刃をお止めになる。私の青龍偃月刀も、力の限り振るってご覧に入れます。ですから、きっと大丈夫」

「強いんだね、愛紗ちゃんは。私には、戦場に出て闘う力なんてない。だから、いつも愛紗ちゃんや鈴々ちゃんに、無理をさせてしまっている」

「桃香さまが思っておられるほど、私は強くありませんよ。あなたという柱があるから、私は覚悟を持って闘える。鈴々だって、きっとそうです」

「えへへ、そうなのかな? だったら、私がまずは頑張らないといけないね。うん。覚悟、覚悟か……」

「申し訳ございません。桃香さまに、ご本意でないことを無理強いしたくはないのですが、今回ばかりは何卒ご容赦を」

「いいんだよ、そんな風に思わなくたって。ねっ……。愛紗ちゃんは、一刀さんのことが好き?」

「なっ……!? そ、それはいま答えなくてはならないことなのですか!?」

「ええー? 私は、すごく大事なことだと思ってるよ? 誰かを思う気持ちがあるほど、人は力を発揮できるんだもん。だから、どうなのかなって」

 

 唐突な質問だった。だが、桃香の言っていることは間違いではなかった。たぶん相手が曹操だから、自分は桃香のやり方にそぐわないような進言をしてでも、事態を解決したいと思えているのではないか。そしておそらく、桃香にもその気持ちは存在しているのだろう。

 張り詰めていた心。急激に揺れていく。こうやって不意を打ってくるところにも、また敵わないと思わせられるのだ。

 

「愛紗ちゃんが言わないんだったら、先に言っちゃうね? 私は、一刀さんのことが好き。大好きな人のためだから、全部を賭けて闘えるんだ。徐州を()った結果、恩知らずだって、自分勝手だって罵られてもいい。それで一刀さんのやろうとしていることを止められるのなら、私にとってはそれが正解なんだから」

「やっぱり、あなたには敵いません。けれども、私もあの方を好きでいたい。もう一度、優しいお声で真名を呼んでいただきたいのです。その気持ちに、偽りなんてありません。そのためならば、私は」

「そっか。うん、そうだよね。安心したよ、愛紗ちゃんが私と同じ気持ちでいてくれて」

「私も嬉しく思います。……ひとつ、お聞かせ願えますでしょうか、桃香さま」

「なにかな、愛紗ちゃん?」

 

 ついに、公にしてしまったという思いがある。それでも、気分はひどく晴れやかだった。

 桃香と同じ男を好きになった。そのことが、ちょっと誇らしくすら思えてくる。その上で、自分たちの行くべき道について質問しておくべきことがあった。

 

「徐州の奪取が叶えば、それは桃香さまにとって大きな力となりましょう。ご自身の天下。それを欲されるのであれば、利用しない手などありません。そのあたりのことを、如何お考えなのでしょうか」

 

 たぶん、返ってくる答えは決まっている。それを知って質問を投げかけているのだから、自分はある意味不忠者なのかもしれない、と愛紗は思っている。

 数拍の間だけ考え、桃香が言った。

 

「私にもっと大きくなって欲しくて、命をかけて闘ってくれている人がいる。死んでいった人たちだって、少なくはないの。その人たちに報いるためにも、私は天下への思いを捨てるわけにはいかないんだと思う。だけど、そこに拘っているばかりじゃ、変えられないことだってあるんだ。戦のない世の中。私に託された願いの叶え方は、ひとつじゃないはずだよ。だから、いまは精一杯、一刀さんと闘おう。闘って、私たちの思いをぶつけよう。それじゃ、だめかな?」

「いいえ、そのようなこと。私も、桃香さまのお考えに賛同いたします。鈴々や、みなもきっと納得してくれましょう」

「ほんとに? だったら、一安心だよ」

 

 力が抜けたように、桃香が机に突っ伏した。

 凛々しさなどどこにもない。しかし、それが桃香のいい部分なのだと愛紗には思えてくる。周囲に安堵をもたらし、やさしさで包み込むような器量。それが好きで、自分たちは桃香を義姉(あね)と慕っているのだ。

 少しだけ持ち上がった顔が、こちらを真っ直ぐに見つめている。その表情がまるで小動物のようで、愛紗は保護欲を掻き立てられて仕方がなかった。義姉であり、主君であり、さらにはよき友人でもあると言うべきなのか。不敬な感情ではあるが、桃香は笑って受け入れてくれるに違いなかった。

 

「あはは……。なんだか、いろいろ考えてるうちにお腹が空いてきちゃったのかも?」

「ふふっ。これは、気が利きませんでしたね。すぐになにか用意いたしますゆえ、少々お待ちを」

「はーい。お願いするね、愛紗ちゃん」

 

 桃香の間延びした声。

 心地よく思いながら、愛紗は小走りに駈けて行った。



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七 徐州政変

後半部分の流れを変更しました(22/04/17)


 事を起こす時が、いよいよやって来た。

 陶謙の周囲にも、桃香(とうか)を支持する者は少なからず存在する。現在の体制では、直面する危機を乗り切ることなどできるはずがない。そう感じている豪族たちは、それよりもずっと多いと言っていい。

 軍権の奪取は、正面から堂々と行うべきである。騙し討ちのようなかたちを取ったのでは、今後の戦においても統制の乱れを招くことになるだろう。そうした朱里(しゅり)の進言には、愛紗(あいしゃ)も賛同の意を示していた。

 早朝。桃香は麾下を集め、号令を発した。陶謙の住まう館まで粛々と進み、軍権の譲渡を迫る。無駄な戦闘は起こらないだろう、と朱里は目算をつけているようだった。自分たち劉備軍の総勢は、多く見積もって三千と五百。それでも、練度においては徐州随一の軍勢であることは間違いないのである。その劉備軍とわざわざぶつかろうという気概を持つ将兵が、陶謙の周りにどのくらいいるのか。いくら故郷のこととはいえ、朱里は離れていた徐州のことをよく知っている、と愛紗は感心することが多かった。

 軍勢の先頭に立ち、愛紗は馬をゆっくりと駈けさせていた。すぐ後ろにいる義妹(いもうと)の表情は少しかたい。自分たちのしていることは、叛乱となんら変わりがないのである。鈴々(りんりん)が、そのことを辛く感じていても不思議ではなかった。

 

「ねえ、愛紗」

「なんだ、鈴々?」

 

 努めて、優しい声色を出そうと思った。

 徐州簒奪。そして、それから後に待っているのは、曹操軍との闘いなのである。もし黄巾軍との戦を終えたあと、桃香が曹操との同行を選択していたら、鈴々にこんな思いをさせることもなかったのか。考えるのはやめよう、と愛紗は頭を左右に振った。曹操と別の道を歩んでいる自分たちにしか、できないことがある。今はそれを、全力でやるだけだった。

 

「鈴々たちは、お兄ちゃんをやっつけるために徐州を()るの? ……お姉ちゃんや朱里に訊こうと思ってたんだけど、返ってくる答えが怖くて訊けなかったのだ。けど、鈴々も覚悟を決めなくっちゃ。それが劉備軍の将軍としての、鈴々の役目だから」

「ふふ。強いのだな、おまえも」

「にゃ? そんなの、当たり前なのだ。愛紗は、違うのかー?」

「いいや、違わないさ。だが、桃香さまが目指しておられるのは、曹操軍の侵略を押し留めることで、あの方を討つことではない。それは、おまえも心しておくのだな、鈴々」

「うん。それなら、鈴々も納得なのだ。お兄ちゃんとは闘いたくないけど、今度ばっかりはやるしかないんだもん。だから、鈴々がんばれるよ」

「そうか……。頼もしいぞ、鈴々。自慢の義妹だよ、おまえは」

「はにゃ……? 愛紗、なにか言ったのだ?」

「ふっ。なんでもない、気にするな」

 

 不思議そうに首を捻る鈴々を尻目に、愛紗は馬腹を軽く蹴り上げた。

 堂々と大路を往く『劉』の一字の旗。民衆たちはそれを息を呑んで見上げ、動向を見守るばかりだった。

 

 

 陶謙の居所周辺を、劉備軍がかためている。

 思っていたように、相対しようという軍勢は出てこなかった。館の中から出てきた女が桃香に拝礼し、陶謙がそこにいることを伝えている。孫乾。侍女にしか見えないような格好をしているが、かなりの腕を持つ隠密だった。孫乾は早くから桃香が親しくしていたひとりであり、今回事を起こすにあたって真っ先に協力を要請した人物でもある。

 

「行こうか、愛紗ちゃん、朱里ちゃん。鈴々ちゃんと雛里(ひなり)ちゃんは、ここで待機。周囲の動きに、目を光らせておいて」

 

 桃香の指示が飛ぶ。館内部は、すでに孫乾の配下が抑えてしまっているのだろう。雰囲気こそひりついてはいるものの、抵抗を受けることはなかった。

 自身の居室で、陶謙は力なく項垂れているだけだった。まさか、自分たちに蜂起されるとは思いもしなかったのだろう。そこに連日感じていた心労が重なり、気力がほとんど抜けきってしまっている。

 陶謙の虚ろな瞳。向けられた桃香が、一歩踏み出した。

 

「城中を騒がせていることをお許しください、陶謙さま。ですが最早、私にはこうする以外の道はなかった。ご理解いただけるとは、思いませんが」

「恥知らずな真似をしてくれる。それで、なにが望みなのだ、劉備よ? よもや、儂の首を曹操に差し出そうとでも言うのか」

「私の望みはただひとつなんです、陶謙さま。徐州の軍権。それさえ譲っていただければ、ほかに望むものなどなにもありません。陶謙さまや、事件の当事者の首を今になって差し出したところで、曹操さんの怒りが収まることはないでしょう。ですから、私は闘います。そのための力だけが、今は欲しい」

「ちっ……。この老いぼれの首などには価値がない。つまり、おまえはそう言いたいのだな、劉備玄徳」

「どう受け取られようと構いません。ともかく、私に陶謙さまを害しようという意思がないのは事実です。それで、ご返答は」

 

 苦し紛れの嫌味を浴びせる陶謙だったが、桃香は臆せず跳ね除けてみせた。

 この状況で打てる手などありはしない。朱里の助言を受けて、調略すべき人物には折り合いをつけてあるのだ。綺麗事だけでは、できないことだってある。その事実を、桃香は噛み締めているところなのかもしれなかった。気丈に振る舞う桃香の姿。見つめている朱里は、なにを感じているのだろうか。

 項垂れていた陶謙が頭を上げた。

 

「わかった。おまえの言うことに従おう、劉備よ。徐州の采配など、好きにするがいい。その代わり、儂は郷里に帰らせてもらうぞ」

「ありがとうございます、陶謙さま。あなたの行方を、こちらから曹操さんに知らせることはありません。ですから、どうかお元気で」

「別れの言葉など必要ないわ。それよりも、旅に必要な人数と金くらい、用意してくれるのであろうな。おまえも、そこまでの恩知らずではあるまい、劉備」

「すぐに手配いたします。それまで、陶謙さまはこちらで自由にお過ごしください」

「ふん。おまえの手並み、遠くからとくと拝見させてもらおうではないか。もういい、さっさと()ね」

 

 不遜な態度が、むしろ見ていて痛々しいくらいだった。陶謙に残されたものは、なにもない。ただし、その心を最も苦しめていた部分だけは、これから桃香が肩代わりすることになるのか。

 陶謙の行方を曹操に教えることはないが、この先どうなろうと知ったことではない、というのが本音だった。この場では見逃すことで、桃香の気持ちは多少楽になる。もし陶謙と一緒に行きたい者がいれば、勝手に出ていけばいいという心境ですらあるのだ。

 居室に孫乾だけを残し、愛紗たちは外へ出た。吹き抜ける風。新鮮な空気を、桃香が胸いっぱいに吸い込んでいる。

 

「お疲れさまでした、桃香さん。これで、事態は一歩前に進んだと言っていいでしょう。ですが、大事なのはここからです。まずは、各地の豪族に桃香さんが権力を握られた事実を伝えましょう。その上で、抑えるべきだと判断した者は、力をもって抑えなくてはなりません」

「うん。わかってるよ、朱里ちゃん。だけど出来ることなら、話し合いで協力してもらえるようになるのが理想的かな。州内での不和は、なるべく少なくするべきだよね。ただでさえ、私は強引に権力を奪った悪者なんだし」

「悪者だなどと……。ご自身の行いを卑下する必要などありません、桃香さま。われらは、為すべきと思ったことを為したまでです。そこに、なんの後悔がありましょうや」

「私も、桃香さんのご意思にはなるべく沿うように動きたいと思います。そのあたりの協議は雛里ちゃんとしてありますので、今後はよくご相談いただければ」

「そっか。朱里ちゃんには、これからまた旅立ってもらわないといけないんだもんね。孫乾さんとは、もう打ち合わせは出来ているの?」

「はい、桃香さん。孫乾さんのような方が桃香さんに味方してくださり、幸運でした。私も、各地での時間の割き方には苦心していたところでしたので」

 

 曹操軍相手に、即席でまとまった徐州だけで抵抗するのには限度がある。そう考えていた朱里は、外部に味方を作りに行くつもりなのだという。

 朱里が旅に出ている間、軍師は雛里ひとりとなる。おどおどしたところが少し頼りなく見える少女だったが、自分たちに出来るのは、雛里を信じることだけだった。

 

「任せたよ、朱里ちゃん。ねっ、愛紗ちゃん。この前も提案したことだけど、やっぱり一度曹操さんに会ってきたらどうかな」

「ですが桃香さま。私や鈴々には、軍勢を再編し鍛え上げるという使命があるのです。朱里も、そうは思わないか?」

「えっと、私は桃香さんのお考えに賛同したいです。愛紗さんが曹操さまとの会談に向かわれれば、あちらの意識は必然的に愛紗さんに集中することになるでしょう。その間、私は兗州内での動きが取りやすくなりますから。曹操さまも、愛紗さんが会いたいとお願いになれば、気持ちに揺らぐ部分が出てくるかもしれません」

「むっ……。確かに、朱里の言うことにも一理あるが」

「なら、決まりだね。愛紗ちゃんと朱里ちゃんは兗州に。二人がしばらくいない分、私が徐州で頑張るから」

「承知いたしました。ご負担をかけることは心苦しいかぎりですが、兗州に行って参ります」

 

 曹操との会談が正式に決まれば、青州黄巾との戦後別れて以来の再開となる。あの時は、こんなことになるとは思いもしなかった。胸が締め付けられる。自分が会ったところで、どうにかなるものなのか。戦に向けた決意は、きっと揺るがない。自分も曹操も、闘う覚悟はとっくに決まっているのだ。

 様々な方向に、徐州は課題が山積していると言っていい。その山をどこから崩し、どう道筋をつけていくのか。小さな誤りが、取り返しのつかない結果を招くこともあると考えるべきだった。

 

「頑張ろうね、みんなで。私たちに必要なのは、負けないことなんだ。無理に勝とうとしなければ、道は開けるはずだよ。曹操さんの怒りが冷えきるまで、なんとか踏ん張ろう」

 

 桃香の言葉に、朱里と二人して強く頷いた。

 風に吹かれて、桃色の髪が靡いている。この地平の遙か先。そのどこかで、曹操は今も復仇の念を募らせているに違いなかった。その道だけは、自分たちが遮ってみせなければならない。それが、別々の道を歩んでいる自分たちの役目なのではないか、と愛紗は鮮明に感じている。



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八 守るべきもの

 喚声が遠く聞こえている。愛馬の手綱を操り、(すい)は丘陵を駈け上がっていった。

 戦場に目を凝らす。呂布軍の騎馬が、星の率いる一軍に襲いかかっている。鋭いだけでなく、柔軟さを感じさせる動きだった。反撃を試みようとして、(せい)の部隊が瞬時にまとまった。普通の敵であれば、楽に突き崩せる。そのくらいの動きを、星の部隊はしていると言っていい。

 一気呵成の勢いを見せる星の部隊。ぶつかる。そう思った瞬間だった。

 

「あっ」

 

 不意に、声が洩れてしまう。

 直前まで一個になっていた呂布軍の騎馬が割れ、二つの筋となって真っ直ぐに駈けていく。

 惚れ惚れするような動きだった。故郷に残してきた自分直属の騎馬隊と同等、もしくはそれ以上のことを呂布軍の騎馬はやってのけているのだ。これだけ鮮烈な戦をしていても、(れん)は顔色ひとつ変えず赤兎に跨っているのだろう。そう考えると、どこかで一度本気で闘ってみたい、という気持ちがふつふつと湧き上がってくる。

 駈け抜けた先。深紅の呂旗が、乱れなく再びひとつとなっていく。その動きに、星の部隊は反応しきれていない。後背からあの勢いで突かれてしまえば、立て直すことは難しくなる。率いているのがたとえ星であっても、それは同じだった。

 

「よっ、(えい)。しっかし、恋の騎馬隊は凄まじいな。あの星が、ここまで苦労させられるなんてさ」

「ふふん、当たり前でしょう? あの子は、戦の流れを肌で感じられるのよ。ボクたちだって、恋の力に何度助けられたことか。ああいうのを、まさしく天才って言うんでしょうね」

「なるほどなあ。にしても、あいつにおかしな野心がなくて、幸いだよ。もし恋がそんな奴だったら、この国はもっと乱れていたに違いないだろ?」

「大食らいではあるけど、権力なんかにはこれっぽっちも興味がない。そうでなきゃ、(ゆえ)は本当に長安で斬られていたのかもしれないわね」

 

 穏やかなほほえみ。心の底から恋を信頼しているから、詠はそんな冗談を言えるのだろう。

 馬を降り。手綱を引いて歩いていく。

 曹操のいる本陣は、目と鼻の先にある。付近まで来ると、それまで和やかに話していた詠の表情が、次第に引き締まっていった。

 

「どうだ、一刀殿の様子は?」

「別に。普段と、ほとんど変わらないわよ」

 

 素っ気なく詠が返す。

同じなはずがあるものか。密かに、翠は心の中で思った。

 曹操の背中が見えてくる。自分の足取りに重さを感じるのが、翠は不思議だった。峻厳な雰囲気を纏っていても、笑顔を絶やさないのが曹操という人だった。その曹操から、近頃ぱったりと笑みが消えてしまっている。契機となったのは、父親の死なのだろう。

 出かかった声が、喉に詰まる。自分が曹操と同じ立場に置かれれば、周囲に怒気を撒き散らし、もっと遮二無二(いくさ)の準備に取り掛かるに違いない。だが、曹操は常のように着々と兵の調練を進め、糧食を集めているのだ。どこか冷たく、底の見えない怒り。翠にとっては、むしろ曹操の平静な姿がなによりもおそろしかった。

 

「一刀殿」

「翠か。部隊の仕上がりの方は、順調にいっているか?」

「ああ。そっちは、任せておいてくれ。呂布軍にも負けないような騎馬を、仕上げてみせるさ」

「いい心がけだな。徐州との戦、中心となってくるのは劉備たちとの闘いだろう。危地となった時、徐州の者どもが頼れるのは、かの軍勢だけなのだ」

「だけど、ほんとにいいのかよ、一刀殿? 関羽たちと闘うことになったら、その……」

 

 抑揚のない曹操の声が響く。

 遠く徐州の地で、愛紗(あいしゃ)たちも苦悩を重ねているのだろうか。親しくなっただけ、いざ敵対した時に辛くなる。以前愛紗から聞かされた言葉が、今は棘となって胸に刺さる。

 

「誰だろうと、邪魔立てする者は潰す。そして徐州を焼き尽くし、最後に陶謙の首を捩じ切るだけだ。戦が嫌なら、おまえは(えん)州に残れ、翠。拒んだからといって、咎めたりはしない。これは、俺のはじめた闘いなのだからな」

「そんな悲しくなるようなこと、言わないでくれよ。あたしは、曹操軍の将なんだ。だから、どこまでも闘ってみせるよ、一刀殿」

「ならば、これ以上申すことはあるまい。下がれ、翠」

 

 今の曹操に、慰めの言葉を投げかけても無意味だった。

 こんな状況にあって、いい言葉が浮かんでこない自分がもどかしい。そんな思いを抱えて、翠はその場を後にした。

 手持ち無沙汰にしていたところで、栄華に声をかけられた。

 

栄華(えいか)も、忙しいんだってな。大戦(おおいくさ)になると、必要になってくる金もかなりのもんなんだろ?」

「お気遣いありがとうございます、翠さん。ですが、叔父さまの仇討ちに抜かりがあってはいけませんもの。わたくしだって、頑張らなくては」

「そっか。一刀殿だけじゃなく、栄華たちにとっても、今度の戦は仇討ちになるんだよな」

「はい。ですが、お兄さまがここまで本気になられるとは、わたくしも思っていませんでしたの。叔父さまとは、ずっと疎遠になさっていましたから。でも、その分募るなにかがあったのかもしれませんわね。それが、良くないきっかけから吹き出してしまったのでしょう」

 

 栄華にも、いろいろと思うところがあるはずだった。だが、そんな雑念を振り切って、曹家の親族として戦に臨もうとしているのだ。

 

「これからも、変わらずお兄さまと一緒にいてあげてくださいまし、翠さん。わたくしの口から言えるのは、それだけなのです。激情さえ消え去れば、きっといつものようなお兄さまに戻られるはずなんです。ですから、どうか」

 

 健気な訴えだった。それだけ、自分は周囲から迷っているように見られていたのか。

 佩いた剣の柄に触れる。振り返れば、今まで迷ってばかりだったようにも思えてくる。母のことがわからなくなり、家を飛び出した。そこから曹操と出会い、ついには麾下となったのだ。この人の切り開く次代が見たい。そう感じたから、自分は全てを捧げたいと思ったのではないのか。

 今度ばかりは、もう迷うまい。翠は、そう心に誓った。

 

「心配かけてごめんな、栄華。だけど、あたしは一刀殿といるって決めたんだ。へっ……。こうなったら、死んだって離れてやるもんか。とことん、付き合うぜ」

 

 自分の返事に安堵したのか、栄華は胸に手を当てて息を吐いた。

 ちょっと照れくさくなって、鼻を擦る。つんとしたものを感じたのは、きっと寒さのせいだと翠は顔を上に向けた。

 

 

 腕の中にいる(こう)が、手を伸ばしてじゃれついてきている。その相手をする傍ら、桂花(けいふぁ)は館で客を迎えていた。

 明かりに灯された廊下を歩く。夜になってから誰かの訪問を受けるというのも、最近では当たり前のことになっていた。

 

「すまぬな、軍師殿。こんな夜更けに、相手をしてもらって」

「いいのよ、星。しばらく、この子も寝てくれそうにないんだもの。私にとっても、いい退屈しのぎになるわ」

「ほう。軍師殿も、ここに来て随分母親らしくなったようですな。そのこと、主もさぞお喜びでしょう」

「ちっ……。茶化すんだったら、今すぐ帰ってもらえないかしら?」

「おっと、これは失敬。しかし、あまりにも母親ぶりが板についていたゆえ、ふといらぬことを口走ってしまったのだ」

 

 そう言って、星がからからと笑う。

 現状、細事を曹操と直に相談しにくい雰囲気がなんとなく出来つつある。それが回り回って、自分のところに来ているのだ。会話の中で必要なことがあれば、まとめておいて会議の場で提案する。曹操も気づいてはいるのだろうが、そのことでなにか言われたりはしていない。たぶん、自分が間に入ることで物事が上手く進むのなら、それでいいと考えているのだろう。

 星はほんとうに世間話をしたかっただけのようで、手酌をしながらいつものようにメンマを旨そうにつまんでいる。途中、昂を抱かせろとせがまれたのだが、酔っぱらいに任せるのが嫌で突き放した。子供を持つようになったら、この星であっても酒を控えるようになるのだろうか。そんなことを考えながら、桂花は白湯をすすっていた。

 

「今度の戦のことだけど」

「うむ。なにかな、軍師殿?」

 

 自分の声色の変化に、星は気づいたのだと思う。

 赤くなった顔が、まじまじとこちらを見つめている。腕の中の昂は、少し前に眠ってしまっていた。

 

「なんとなくではあるんだけど、あまりいい予感がしていないのよ。だから、あいつにもしなにかあった場合は、任せるわよ。春蘭(しゅんらん)の馬鹿は頭に血が昇ってしまっているし、頼りになるのはあんたくらいなのよ、星」

「くくっ。なにかと思えば、これはまあ……。よかろう、任された。主の御身は、この趙雲がしかとお守りする。それゆえ、心配は無用だ、桂花よ」

「ったく、こんな時は茶化さないんだから。私の方でも、打てる手は打っておくつもりよ。……って、聞きなさいよね!?」

「ああ、これは相すまぬ。どうにも、このメンマが早く私に食われたがっていてな。それで、つい夢中になってしまっていた。しかしほれ、あまり煩くするとご子息が起きてしまうのではないか? 先程、ようやく寝ついたばかりだというのに」

「あっ……。ご、ごめんね、昂? ほら、ゆっくり寝んねしましょうね」

 

 どこまでも、食えない女だと思った。

 それから好きなだけ飲み食いし、星は館を後にした。あんな女を頼りにしたのは、間違いなのではないのか。空になった酒瓶を見ていると、そんな風に思えてきて仕方がない。

 寝所で眠る準備をしていると、侍女から紅波(くれは)の訪問を伝えられた。

 

「申し訳ない、桂花殿。急ぎの要件でなければ、明日にするところなのですが」

「いいのよ。あなたが直接来るほどのことなんだから、かなり重要な案件なんでしょう?」

 

 衣を一枚上に着て、桂花は紅波を部屋に迎えた。

 徐州で、なにか変事でも起きたのかもしれない。曹操の調略もあって、あの土地では劉備軍の評判がかなり高くなっている。曹操軍の侵略を前にして、陶謙を担いでいることを不安に思う豪族がいてもおかしくはなかった。あるいは、劉備が行動を起こしでもしたのか。

 

「徐州の主権を、劉備が奪ったようです。陶謙は追放され、体制は大きく変わろうとしている様子」

「ふうん。動いてきたわね、劉備。それで、あいつにはもう知らせたの?」

「はい。相手が劉備となっても、殿のお気持ちは変わりないようでした。陶謙は、行方がつかめ次第捕らえるつもりです。直々に処断なされれば、殿も少しはお気持ちが晴れましょう」

 

 あの劉備が動いてきた。お人好しだという評判だが、見えるものは見えているのかもしれない。この変事は、自分たちにも大きな影響を与えることになる。陶謙のままでは生まれなかった結束が、劉備を旗頭とすることで生まれる可能性も少なくはないのだ。徐州がひとつになってしまえば、確実に脅威となってくる。その事実を、曹操はどこまで認識できているのか。

 ぼんやりとだが、頭の裏側になにか引っかかるようなものを桂花は感じていた。その正体こそわからないが、徐州攻めは曹操にとって間違いなく大きな転機となる。そこで天命が途切れないとも限らない。だからこそ、越えた先には大きな道があるのではないのか、と桂花は思うのである。

 

「紅波」

「なんでしょうか、桂花殿?」

「冀州の田豊に、言伝をお願い。ただし、このことは内密によ。忠義深いあなたは、嫌がるでしょうけどね」

 

 復活した孫堅が、南部より勢力を拡げ続けている。その状況の中、劉備が東に立ったのである。

 位置だけで考えれば、自分たちは力のある勢力に囲まれていることになる。徐州攻めだけに力を入れた時、孫堅がどう動いてくるのか。豫州北部への本格的な侵攻は、覚悟しておくべきなのではないのか。

 漢に生まれた複数の大きなうねり。それはやがて、ひとつになろうとしていくのだろう。その時、中心に立つべきなのは曹操なのである。超然としているようでいて、どこまでも人間なのがあの男なのだ。激情のひとつやふたつ、抱えているのが人の証なのではないか。

 存分にやればいいとは思わない。しかし、制止するようなものでもない、と桂花はどこかで感じていた。

 

「おかしな勘ぐりなんて不要よ。私は、曹操に仕える軍師でしかないのだから」

「それもまた、違いましょう。桂花殿のお顔を拝見いたしていれば、拙者にもそのくらいわかります」

 

 心の内の見透かされるのは、あまり好きではない。

 苛立ちを抑え込むように長く息を吐き、桂花は言葉を続けるのだった。



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閑話 心に吹く風のままに

リハビリ用なので時系列は考えてないです。


 曹操の噂をすれば、曹操がやって来る。近頃、そんな与太話が巷では囁かれているらしい。確かに、渡り鳥のような男であるのに違いはない、と(ふう)は思う。数多いる女の間を日ごと渡り歩き、やることをやっては文字通り精を出しているのだ。

 不機嫌を隠そうともしない桂花(けいふぁ)から聞いた話によると、昨日は柳琳(るーりん)(せい)を館に呼んでいたようだった。さらにその前日は、夏侯の二人と一緒に過ごしていたのである。夏侯の二人を呼んでいた日のことは、よく覚えている。女と閨にいる時であろうと、曹操は側近なら平気で呼びつけたりもする。意外なことに、普段豪放な春蘭(しゅんらん)の方が閨を覗かれるのが恥ずかしいようで、秋蘭(しゅうらん)はむしろ曹操との睦まじさを見せつけたいようだった。当然、秋蘭の行動には自分をからかって面白がっている部分があったのだろうが、それでも妬けるものは妬けてしまうのである。

 あの三人はまさしく一心同体と言っていい存在であり、付け入る隙など微塵もありはしない。そこに、妬けてしまうと感じるのはおかしいことなのだろうか。自分が変わり者であるという自覚はある。しかしそれでも、曹操は構わず愛を注いでくれているのだ。そこに不満があるわけではない。だが、常に今以上のものを求めたくなるのが、人というものなのではないのか。

 欲望の根源には、なにか寂しさに近しいものがあるのかもしれなかった。その強さが人並み外れているせいで、曹操は日々誰かと夜を共にしようとするのか。そして変わり者である自分は、そのお溢れに預かろうとしているのか。一度湧いた情念ほど、厄介なものはない。蒼空を見上げながら、風はそう思った。

 

「おや、あれは?」

 

 声には出していないものの、これも噂の範疇に入ってしまったのであろうか。前方から歩いてくる男を見つめながら、ぼんやりと風は考えていた。曹操が右手を上げた。どうやら、今は珍しく一人でいるらしい。紅波(くれは)の鍛えた護衛はどこかに控えているのだろうが、やはり姿は現さないでいる。

 

「散歩でもしていたのか、風」

「ご主君さまがそう思われたのであれば、そうなのかもしれません。とはいえ、風は風で暇ではありませんのでー」

「ははっ、なんだそれは? 忙しくなければ、少し話でもと思ったのだが」

「むう。でしたら、今をもって風は退屈を持て余すことにいたしましょう。そこに、ちょうどいい木陰もあることですし」

 

 気まぐれな主君に、気まぐれな軍師である自分。ともすれば、釣り合いが取れているとも感じられる。

 曹操に手を取られ、木のそばまで歩いた。優しく、穏やかに包み込まれている。この曹操が戦場においては兵卒を死地に向かわせ、自身をも苛烈に擦り潰そうとしているのだ。ある種の激情を備えた者でなければ、世の中は変化させられない。だが、それでもと風は思わずにはいられないのである。気づけば、握り返す手に力が入ってしまっていた。軍師たる自分が、考えていいことではない。羞恥から顔を少し背けてしまう。曹操は気にもかけず、木に向かって歩き続けていた。

 

「膝を借りてもいいかな、風」

「んっ……。風のものでよろしければ、いくらでも。他の皆さんのお膝ほど、心地よくはないかと存じますが」

 

 曹操に請われて、木陰に腰を下ろした。

 こうした経験は、ほとんどないと言っていい。鼻血を吹いて失神した(りん)を介抱してやるのに、何度かしたことがあるくらいだろうか。曹操の頭が、膝に触れる。ちょっとした重み。不思議と幸せに感じている自分が、風はおかしかった。秋蘭や桂花なら、もっと上手く対応してみせるのだろうか。こんなことなら、普段からよく観察しておけばよかった、と今更になって思う。

 

「どうですか、一刀(かずと)さん? 風のお膝は、それなりにいい感じなのでしょうか」

「ああ、悪くない。それに、こうしていると風の顔をよく眺めることができる」

 

 真名で呼んでみたのは、曹操がそうしてほしいのではないか、と感じていたからだった。

 返事と一緒に、曹操の手が顔に伸びてくる。顎の輪郭を撫でられると、ちょっとくすぐったさがやって来るのだ。お返しに、曹操の頬を両手で覆い尽くした。温かい。かすかに剃り残した髭が、手のひらに触れている。

 

「悪くないというのは、なんだか心外な評され方ですねえ。そこはこう、もう少し風の気持ちに忖度してくださってもよろしいのではないのでしょうか。たとえば、もうおまえ以外の膝では眠りたくない、とかー?」

「ははっ。調子がでてきたのではないか、風?」

「むう……。笑って誤魔化すのは、一刀さんのよくないところなのですよ。んっ……。ほら、またそうやって」

 

 曹操の指が、今度は髪に触れてくる。くすぐったい。だが、その中に確かな愛情を感じてしまい、風はちょっと赤面してしまう。

 

「きれいな髪だ。それに、こうしているだけで不思議と安心できてしまう」

「お疲れでしたら、このままお昼寝をしてくださっても風は構いませんが。ただし、起きた時に涎を垂らされていても、怒らないでくださいねえ?」

「むう。それは、出来れば勘弁してもらいたいが」

「ふふふー。でしたら、こうして先にー」

 

 互いに馬鹿を言い合い、穏やかな時間だけが流れていく。いっそ、このまま時が止まってくれたっていい。そのくらいの幸せが、この空間にはあるのだと思う。

 白昼堂々、曹操の唇を自分から奪った。子供の駄々のようにしつこく舌を絡ませ、唾液を送り込む。こうして先に汚してしまえば、後のことなどどうでもよくなるのではないか。勝手な理屈だが、今はそれでよかった。差し込んだ舌を甘く吸い合い、惜しげもなく音を立てた。

 

「ははっ。もっと飲ませてくれるか、風?」

「いいですよお。あむっ、くちゅっ、ふふっ」

 

 曹操は身体ではなく、今日は髪に触れていたい気分なのかもしれない。髪先を愛撫されているだけだというのに、どうしてこんなにも心地よくなってしまうのか。身体以上に、心同士が引き合っているからこれほどまでに感じてしまうのではないのか。出来れば、そうであって欲しい。強く願って、風はさらに唾液を曹操に飲ませようとした。

 そんなやり取りが、しばらく続いた。

 やがて眠ってしまった曹操の顔に視線を落としたまま、風はひとつ欠伸を吐いた。天下までの道のりは長い。性急なだけでは、どこかで息切れをしてしまうことだろう。今だけは、休むことを考えるべきだった。

 

「まずは一休み、一休み」

 

 眼を瞑ると、すぐに眠気が襲ってきた。

 この大波には、誰も抗えまい。しばし争乱のことを忘れ、風は夢の中へと旅立つのだった。



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九 甘い苦悩

 水面に静寂が拡がっている。

 微動だにしない糸。手にした竿には、なんの当たりもない。時折聞こえてくるのは、隣で退屈そうに竿をしゃくっている華雄の舌打ちだけだった。

 揺るぎのない水面をじっと見つめて、炎蓮(いぇんれん)は考えに耽っている。

 地道に内政を充実させてきた効果もあり、孫家の威光は荊州に根差すようになっている。劉表がそれなりに上手く治めていた土地であったために、当初は反発する住民や豪族たちが少なからず存在していたのだ。それを雷火(らいか)を筆頭とする分官たちになだめさせ、双方納得のいくような統治にまで持ってくることが出来ている。動くための状況は、整っていると言ってよかった。

 

「おい、孫堅」

「なんだ、華雄?」

 

 ひときわ大きな舌打ちをしながら、華雄が餌のついた釣り糸を引き上げている。

 これ以上は、もうやっていられるか。顔には、そうはっきりと書いてある。

 

「おまえ、少しも釣る気がないのではないか? もういい。こんな茶番に付き合うくらいなら、ひとりで武器を振っていた方がずっとましだ」

「ハッ、堪え性のない奴め。雪蓮(しぇれん)であっても、もう少し我慢をして見せるぞ?」

「ええい、やかましいぞ。だったら、おまえは日が暮れるまでそうしているがいい、孫堅。私は、好きなようにさせてもらう」

 

 立ち上がり、華雄は竿の代わりに大柄な戦斧を手に持った。小さな池だ。そばで華雄が一振りしただけでも、静かだった水面が揺れに揺れている。その池の姿が、まるで今の漢のように孫堅には思えていた。

 

「曹操は、どうあっても徐州と戦をすると聞いた。不思議な雰囲気を持っていたが、ああした男でも親の仇を必死に憎むものなのだな」

「情というのは、そんなものだ。あの時オレが黄祖と相討っていなければ、雪蓮たちは血眼になって奴を殺そうとしていたのかもしれん。ハハッ、もっとも奴は死に、オレは運悪く生き延びた。人の生など、ちょっとした噛み合わせでなにもかも変わるものよ」

「命の恩人を眼の前に、よくそのような言が吐けたものだ。それでこそ、江東の狂虎だと言ってやるべきなのか、私は?」

「よせよ、似合わねえ。だが、これは孫家にとってはまたとない好機とも言えよう。曹操の意識が東にへばりついている機に、軍を北上させることができるのだからな」

「ふむ。辺りには、ちょうどいい獲物が転がっているというわけか」

 

 一度身体で交わっただけに、よくわかる。

 達観とは程遠いところで、曹操という男は生きている。細かい事情など知ったことではない。ただ、情に突き動かされ、徐州全土を血で染め上げようとしている曹操のことを、炎蓮は嫌いになれなかった。

 

「そして上手く事が運べば、曹操との戦で疲弊した徐州まで奪い取れるかもしれない。炎蓮さまは、そこまでお考えなのではありませんか?」

「ああ、紫苑(しおん)か。それにしても、どいつもこいつも人を飢えた獣のように言いやがって」

 

 悪態をつかれて、紫苑が笑っている。

 優雅さを表現したかのような香のかおり。武辺一辺倒の華雄とは、正反対の性格を持つ女だった。

 劉表麾下として随一の将軍だった紫苑の帰順が統治に与えた影響は、やはり小さくはなかった。孫家に反発していた勢力は急速に力を失い、そのいくらかを吸収するまでに至っている。それに、文武の両道に通じた紫苑のような存在は、孫家において希少なのである。

 勢力が拡大するにつれて、野良犬のように敵に噛みついているだけでは、領土を失うことになる。分官の育成というのは、常に課題にしておくべきだった。

 

「うふふっ、これは失言でしたかしら。ですが、徐州を落ち延びられた陶謙殿の行方を、追っておられるのでしょう? それは、つまりそういうことなのではありませんか」

「ククッ。あの年寄りには、今少し使い道があろう。そのためにも、雪蓮の奴のケツをぶっ叩いてやらねえとな。ひとつに成りきれん揚州など、抑えるべき場所だけ抑えてしまえばどうとでもなる」

 

 徐州を客将である劉備に奪われ、旧主である陶謙は居場所を失ったのだという。曹操の敵意を強く受けている陶謙の身柄は、確保するなら急ぐべきだった。揚州の足場さえ固まれば、北にある徐州の動向すら窺えるようになる。その時、陶謙を手中にしていれば自分たちに大義名分が立つ。

 そのあたりのやり方は、雷火と明命(みんめい)に任せてある。確保を失敗したらしたで、惜しくはないと炎蓮は考えていた。

 

「それはそうと、客人をお連れしているのです。炎蓮さまはお嫌かもしれませんが、わたくしが面会を拒絶するわけにもいきませんでしたので」

「客人だと? まさかとは思うが、あいつらじゃねえだろうな……」

 

 嫌な予感というのは往々にして的中するものである。

 紫苑が苦笑いを浮かべている。場の雰囲気を察してか、華雄は戦斧をかついで移動する素振りすら見せつつある。

 耳につく笑い声が、背後から聞こえている。厳かだった水辺の空気が、一気に張り替えられていくようだった。

 

「あそこで美羽(みう)をぶった斬らなかったのは、オレの失策だった。だから、一緒にいた貴様にも相手をしてもらうぞ、華雄」

「おい、よさないか。だいたい、私になにが出来るというのだ。それにあやつらをここに連れ込んだのは、黄忠なのだぞ? だったら、なにも私に同席させずとも……」

 

 炎蓮に腕をつかまれて、華雄が心底嫌そうに声を上げている。

 美羽。全権を譲渡されてから預かった、袁術の真名である。先々のことを考えて美羽を生かしたつもりだったが、甘かったように思う。少々の波風を立ててでも、非情な決断を下すべきだった。それとも、復帰したてで勘が鈍っていたいただけなのか。とは言え、過去の決定を今更覆すわけにもいかなかった。だから、あの場にいた華雄くらい道連れにしても構わないはずだ、と炎蓮は思っている。

 二つの足音が近づいて来る。

 華雄の腕を握る手に力が籠もる。逃してやる気など、炎蓮には少しもなかった。

 

「おうおう。皆の者、息災そうじゃの。しかし、わらわが見舞いに来たからといって、そこまで恐縮せずともよいのじゃぞ? ほれ、もそっと楽にせよ」

「うふふ。さっすがお嬢さま。自分のお立場を理解していない傍若無人っぷり、毎度のことながら素敵です」

「うははっ! そうじゃろう、七乃(ななの)? いつどこにいようとも、わらわは袁家の誇りを忘れるわけにはいかんのじゃ。ゆえに、日頃の働きによって褒美を取らすぞ、炎蓮。ささっ、これを受け取るがよい。わらわ謹製の蜂蜜じゃ。毎日、少しずつ大切に食べるがよい」

 

 そう言って、尊大な態度のまま美羽は蜂蜜の入った小瓶を差し出した。

 はじめは田舎暮らしに意気消沈していた美羽だったが、今では状況をそれなりに享受するようになっているらしい。下手な動きを見せないのは見張る側としては楽なのだが、妙に懐かれてしまったせいでこうして月に何度か相手をする羽目になっているのだ。

 

「ほれ、もっと嬉しそうにして見せぬか、炎蓮。このわらわが手づから用意してやったというのに、無愛想にされたのでは甲斐がないであろう」

「おい、七乃。てめえ、お守り役としてもっとちゃんとだな」

「ええー? これでも私、炎蓮さんのお言葉にちゃーんと従って、お嬢さまをお支えしているつもりなんですよ? それとも、私たちの行動になにか問題でもありましたか?」

「チッ……。どこまでも食えねえ女だな、貴様は」

「うふふっ。お褒めの言葉、ありがたく頂戴しておきますね。でもでも、お嬢さまの撰定になる蜂蜜、ほんとに美味しいと思いませんか?」

「ああ……? ったく、しょうがねえからそれだけは認めてやる」

 

 実際、舌の肥えた美羽の持ってくる蜂蜜には、外れはなかった。

 持ってくるのがいつも少量なのは、美羽なりに気を利かせて品質の良い物を選んでいるせいなのだろう。城中でもそこそこの評判となっているのだから、物自体の否定は炎蓮もできなかった。

 

「うむ、そうじゃろうそうじゃろう。炎蓮がどうしてもと懇願するのであれば、蜂蜜を運んでくる回数を増やしてやらんこともないのじゃぞ?」

「ううっ……。お嬢さまのお優しさに、この七乃涙が零れてしまいそうです」

 

 ひたすら上機嫌なまま、美羽が勝手に話を進めようとしている。

 これ以上、毎月の面倒事を増やすわけにはいかなかった。それだけは、断固阻止してみせる。まるで戦場に赴く前のように気持ちを奮い立たせ、炎蓮は小さな暴君と対峙するのだった。



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十 開戦前夜(月、詠)

今回の話をするのに伴って、六章『徐州の変』の後半部分を少し変更しています。まだご覧になっていない場合は、そちらから先に目を通していただけると幸いです。


 窓から眩しいくらいの光が差し込んでいる。掃除し終えた部屋を見渡し、(ゆえ)はひとつ小さく頷いた。

 (えい)(れん)は、それぞれ曹操の力となり、日々励むようになっている。その姿を見ていて、表立った仕事ができない自分には、なにができるのかと考えたのだ。侍女のような格好には、随分と慣れた。もともと、故郷では派手な装いなどしたことがなかったのだ。簡素で動きやすい今の服は、よほど自分に合っているとさえ思うようになっている。曹操から送られた金属製の首輪。それだけが、月の首もとで異質な光を放っていた。

 徐州攻めを前に、曹操の心は細い針のように尖りきっている。見えない部分で傷つき、苦しみを抱えている。自分がここまで惹かれているのは、曹操がそんな男であるためなのか。心に負った傷はやがて全身を苛み、人を狂わせる。曹操には、どうあっても自分と同じ道は辿ってほしくない、と月は思った。

 曹操の館には、夕刻から客が来る予定となっている。

 関羽。徐州を()った、劉備の腹心だった。その名を聞くと、洛陽のことをふと思い出す。連合軍に参加していた劉備はほんとうに小さな存在で、あの頃は気にもとめなかった。(れん)と打ち合った関羽のことは話に聞いていたが、その場には曹操がいた。そして、虎牢関を攻囲していた敵軍の瓦解が決定的となったのも、袁紹によって曹操が本営に召還されたからなのである。

 劉備、そして関羽も、つくづく曹操との縁がある女なようだった。青州黄巾軍には合力して当たり、ついには徐州を手中に収め対峙するに至っているのだ。

 関羽からの会いたいという願いを、曹操が拒むことはなかった。ただし、劉備の使者としては対応せずに、あくまでも関羽個人を客として扱うつもりでいるらしい。部屋の中央に置かれた机。天板を拭き上げていると、廊下を歩いてくる人の気配を感じた。

 

「お帰りなさいませ、一刀さま。詠ちゃんも、お疲れさま」

「うん。ありがとう、月。というか、今までずっと掃除していたの? だったら、月の方が疲れているんじゃない?」

「このくらい、なんでもないよ。詠ちゃんは文官で、恋さんは将軍として。みんな、一刀さまのお役に立とうとしているんだもの。私のしていることなんて、それに比べたらほんの小さなことに過ぎないから」

「そんなことないってば。月が、ずっと人並み以上に頑張ってきた事実を、ボクたちは知っている。だから、少しくらい休んだって構わないんだよ。ねっ、一刀殿?」

 

 そう言って、詠はおずおずと曹操の手を握った。

 赤らめた顔が可愛らしい。詠は自分よりもずっと、曹操の存在を頼りとしているのかもしれなかった。あるいは助けられた恩に報いようと、どうにかして冷えついた心を解きほぐそうとしているのか。

 どちらにせよ、詠には寄るべき新たな柱が出来たと言っていいのではないか。大きな喜びと、ほのかな寂しさ。詠の現状に、月はその相反する二つの感情を抱いている。

 

「あっ、一刀さま……」

 

 曹操の腕に、身体を引き寄せられた。

 心の傷は、負ったことのある者にしかわからない。それを知って、曹操は自分を強く求めてくれているのか。理由など、どうだってよかった。今はただ、愛する人を癒やしてあげられればそれでいいはずだ。

 曹操のそばに流れ着くまで、自分はなにかを壊し続けてきた。それが無意味だったとは思わない。それでも、いくら軍勢を持とうと辺りは救えないもので溢れていた。

 董卓から、ただの月になってようやく出来ることがあるはずなのではないか。そしてその問いを、自分は生涯持ち続けるのではないか。第一の岐路は、もう目と鼻の先にあるのかもしれなかった。

 

 

 詠と一緒になって、曹操の前に跪いた。

 首輪に紐を通されると、ほとんど無意識に気分が昂揚してしまう。詠はまだ少し緊張しているようだったが、耳を甘く噛んでやるとそれも解けた。

 

「ほら、詠ちゃんも。一刀さまが、お待ちだよ」

「う、うん、わかった。ボクだって、一刀殿に喜んでもらいたいから」

 

 着物を僅かに押し上げる陰部に頬ずりをし、徐々に興奮を引き出していく。

 曹操は、自分たちの奉仕に期待してくれているのだろうか。硬度を増してきた男根が、頬を押し返してくるようになっている。時折触れる詠の肌が、やわらかで心地よかった。

 間接的なやり方が、煩わしくなってきたのだろうか。詠の手が陰部に伸ばされる。もう少しで、硬くなったそこにたどり着く。その一歩手前で、月は詠に声をかけた。

 

「いけないよ、詠ちゃん。私たちは、ご主人様のおちんぽさまだけにお仕えする、いやらしい雌犬なんだよ? だから、手なんか使っちゃだめ。もっとよくご奉仕したいのなら、こうやって」

 

 そう言って、詠に見せつけるように、月は着物に浮き出た男根を唇でなぞった。

 はっきりと熱さが伝わってくる。脳髄を焦がすまでには程遠いが、雄を凝縮したようなあの匂いも、段々と感じられるようになってきた。

 

「雌犬……。ボクと月は、ご主人様を気持ちよくするためだけに存在する雌犬なんだ……」

 

 言葉として反芻することで、詠は己に暗示でもかけようとしているのか。詠の舌の感触を、唇で感じている。唾液によって男根のかたちがより強調され、興奮はずっと大きくなっていく。

 不慣れながらも、詠は口を使って曹操の着物を脱がせようとしていた。手伝っていると、自然と笑みが洩れてしまう。まさか、二人一緒に同じ相手を愛せるようになるとは、考えてもみなかったことだ。曹操に快楽を与えることを意識しつつ、詠との交わりも月は愉しんでいる。唇をついばみ合う音。曹操にも聞こえるように、たっぷりと唾液を絡ませた。自分たちの交わりを見て、男根が嬉しそうにしゃくりを上げる。

 曹操の節くれ立つ指に、髪を撫でられている。それを合図だと受け取り、顕になった男根に詠が舌を伸ばす。先端に浮いた先走り。淫らに吸い上げ、詠は満足そうに鼻から息を洩らした。自分ものんびりとはしていられない。取り合うように、月は赤黒く腫れた亀頭にしゃぶりついた。

 

「んっ、んぐっ、じゅぽっ……。はあ……、ご主人様の素敵な香りが、こんなに口いっぱい」

「あむっ、ちゅう……、もごもごっ、ふはっ……。幸せだね、月。ご主人様にこうやってご奉仕していると、なんだかボクまで」

「ふふっ……。はむっ、じゅるるっ、じゅるっ……。そんなの当たり前じゃない、詠ちゃん。大好きなご主人様の、一番大切な部分にご奉仕させていただいてるんだもの。嬉しくなって、当然だよ」

「そっか、そうだよね。はあ、んんっ……。ご主人様のおちんちん、さっきよりもずっと大きくなっちゃってる。ぬるぬるのお汁も、飲んでも飲んでも溢れてきて……」

「嬉しいね、詠ちゃん。ほら、おちんぽさまがびくって跳ねて、私たちのことを褒めてくださっているみたいだよ? だから、もっとたくさん気持ちよくして差し上げなくっちゃ♡」

「うわあ……♡ 月、すっごくいやらしい顔しちゃってる。ボクも、まだまだ頑張らないと。ご主人様に、飼っててよかったって思われたいもの」

 

 会話を断ち切るように、首輪が引っ張られる。

 詠と視線を交わし、たっぷりと情欲のつまった陰嚢から舐め上げることに決めた。やわらかさの中心に、やはり硬さがある。ここに、女を狂わせる曹操の精汁が蓄えられているのか。想像すると、早くその粘りを喉で感じたくなってしまう。

 むせ返るほどの白濁液を、無理矢理にでも流し込まれたい。腹の奥が激しく疼く。隣で必死に男根を吸い上げている詠も、似たようなことを想像しているのだろうか。普段どのように愛してもらっているのか知らないが、詠にもたぶん自分のような素質がある。そしてきっと、その性質を引き出せるのは曹操ただ一人なのだろう。

 

「はあっ、すごいっ……。手でつかまえられないから、おちんちんの動きがいつもより激しく感じられて」

「うふふっ、そうだよね。だから、私たちの唇でちゃんと支えて差し上げないと。ちゅっ、ちゅうぅうう……。ほら、こうすればしっかりご奉仕できるよね?」

「やっぱり、月には敵わないな。ご主人様だって、月に先を咥えてもらっている時、すっごく気持ちよさそうにしているし」

「んっ……。そんなことないってば、詠ちゃん。ほら、今度は詠ちゃんがご奉仕する番だよ? たくさん唾をためて、一気にじゅぷじゅぷってしてみるの」

「うん。わかった、やってみる」

 

 快活な返事をすると、詠は亀頭のすぐそばで唾を溜めはじめた。分泌された先走りによって、鼻も頬を淫靡な光を放っている。顔中を曹操の匂いで満たされる幸福感。密かに自分の陰部を指で確かめてみたが、すでに下着は意味をなさなくなって久しいようだった。

 

「ぐぽっ、じゅぷぷっ……。じゅう、ぐぷっ、くぽっ……」

「上手だよ、詠ちゃん。そのまま、続けてみて」

 

 曹操の太い指や男根で、濡れそぼった膣内を隅々まで犯されたい。

 一度湧いた気持ちを抑えることは難しかった。情欲のままに指を挿入し、男根を味わいながら愛液を床に零していく。淫蕩に耽る自分を咎めることなく、曹操は穏やかに快楽を甘受したままでいる。

 それで、許しを得たと身体が錯覚してしまったのだろう。しゃがみ込んだ姿勢で股を開き、月は淫らに指を抽送し続けている。詠に見られていることなどどうでもよかった。むしろ、自分の全てを知っていてほしい。そのくらいの思いがあって、月はさらに身体を昂ぶらせた。

 

「これっ、気持ち良すぎて止まらない。おちんぽさま舐めながら、お股ぐにぐにってするのだめなのぉ……♡」

「ああっ、すごいよ月ぇ……。ご主人様のおちんちんの熱さ感じながらこんなの見せつけられたら、ボク、ボクっ……♡」

「はあっ、はあぁああっ……♡ ご主人様の精液、早く飲ませていただきたいんです。お口でも、おまんこでも、好きな場所に射精してくださって構いませんからあ……♡」

「じゅるっ、じゅるるっ……。そんなの、ボクだって同じだよ。白いどろどろ浴びせられて、月と一緒に気持ちよくなりたいんだもの。ああっ、びくびくすごいっ……♡ 射精、近くなってきたのかも」

「だったら、最後は二人で頑張ろっか、詠ちゃん。先っぽたくさんご奉仕して、一緒に精液出していただこう? んむっ、くちゅくちゅ……」

「そうだね、月。二人で、ご主人様に喜んでいただこう。ああっ、おちんちん熱いよぉ……。月、ゆえっ……♡」

 

 勢い任せに突っ込んだ指。想像以上の深さに歓喜の声を隠せず、月はさらに床を愛液で汚している。

 男根の方も、いよいよ限界がそこまで来ているようだった。唾液と先走りが混ざり合い、表現のできない匂いを放っている。ここにもっと、濃厚な精液の味が加わることになるのである。

 早く、早く。飼い主を急かすなどもってのほかだが、焼け焦げた理性が叫びを上げているようだった。

 小さな声。曹操が洩らしたものなのか。男根が大きく脈打つ。逃してはならないと、月は必死になって唇を使っている。

 

「んんっ、んあうぅうううっ……! んっ、んくっ、んもぐっ……!」

「ふあうっ……、んあぁああっ……! ちゅうぅう、ちゅぷっ、ちゅずずずっ……!」

 

 唐突に爆ぜた男根から、凄まじい量の精液が吐き出されている。

 気持ちいいなんてものではない。陰核を指で刺激しながら曹操の精を腹で感じていると、強い快感が全身を駆け巡った。感じているのは、詠も同じなのだろう。亀頭に口づける横顔が、いつになく淫らに緩んでいる。

 

「んくっ、はふっ、へうぅう……。本日の射精もすごく素敵でした、ご主人様」

「ご主人様の味、ずっと口の中に残ってる。あむっ、んむっ……。顔にも、まだこんなに」

 

 顔に付着した精液の指で集めながら、詠はぼんやりとした声を発していた。

 一度にした経験が大きかったせいで、まだ脳内が整理しきれていないのだろう。ただ、余韻に浸っていたい気分なのは自分も同様だった。

 

 

 鄄城(けんじょう)の空気は、さすがに刺すように張り詰めていた。

 それも当然か、と愛紗(あいしゃ)は小さく嘆息した。曹操は、徐州を討滅せんと気炎を上げている。その徐州からの使者として、自分はこの兗州の土を踏んでいるのである。護衛を最小限にとどめていなければ、なにが起こっていても不思議ではない状況だった。それだけ、曹操の怒りは軍全体に伝播しているのだろう。

 

「これは、趙雲殿か」

「いかにも。ここから先は、私が案内を務めよう。大事な客人になにかあってからでは、話にならんのでな。それゆえ、あまり剣呑な気を向けないでもらいたいのだが」

「ああ、すまん。そんなつもりはなかったのだが、どうしてもだな。しかし、やはり曹操殿は徐州の使者としては会ってくださらんか」

「面会を許されただけ、いいと思うべきだな。願い出たのがお主でなければ、首を刎ね飛ばされていてもおかしくはないのだぞ? それだけ、わが主は徐州全体を敵視されているのだ」

 

 夏侯惇や、夏侯淵、それに曹操に近い縁者と比べて、趙雲は冷静さを保っているようだった。

 自分とは別の方面から、朱里(しゅり)は兗州に入っている。どこまで成果を得られるかはわからないが、試してみるべきことは少なからずある。直属の軍でなければ、曹操の強行な攻め方に異論があってもおかしくはなかった。

 

「主は、ご自分の館でお待ちになっている。言うまでもないが、おかしな気など起こすでないぞ?」

「無論だ。そのくらいの礼儀は、私も弁えている」

 

 趙雲に連れられて、曹操の館内を進んでいく。

 数人の侍女とすれ違ったが、その中のひとりのことがなんとなく印象に残っていた。単なる小柄な侍女が、あのように鋭い雰囲気を持っているものなのか。それとも、あれは曹操が紛れ込ませた護衛かなにかだったのか。

 考えが尽きないまま、曹操の居室に到着した。入り口からここまで、物々しい感じはしていない。ほんとうに、曹操はただの客人として自分を迎えているつもりなのだろう。

 今日の面会において、国同士の話などする気はない。裏を返せば、つまりはそういうことになる。

 

「お久しぶりです、一刀殿」

「ああ、よく来た。座ってくれ、愛紗。夕餉の用意をしてあるのでな」

「すみません、そこまでしていただいて。では、失礼いたします」

 

 ひとりの人間として招かれているのなら、曹操のことは真名で呼ぶべきだと思った。

 返ってきた声は、どこか冷たさを宿していた。緊張など無用だというのに、喉が渇く。

 かつて夢見ていた再会は、決してこのようなものではなかったはずだ。しかし、現実を受け止めなければ先へは進めない。徐州で待つ桃香や鈴々も、そのくらいの覚悟はできているのだ。

 

「さすがに、兄とは呼ぶ気にならないか。一時だけの取り決めだったとはいえ、あれは少し嬉しかった」

「申し訳ございません。ですが、嬉しかったのは私も同じです。だからどうか、あの思いを一時だけのものにしないでいただきたい。私の願いは、それだけです」

 

 そうか、とだけ発して曹操は窓の方を向いてしまった。

 本心からの願いだった。いつかまた、曹操と道を同じくする時が来ればいい。その時には、自分も心から曹操を兄と呼び慕うはずである。そのいつかを実現するためにも、今は反目し合うしか方法はないのか。

 上手く言葉が出てこない。用意された料理の味も、あまりわからないくらいだった。

 桃香、あるいは鈴々ですら、自分より余程上手く曹操の心を解せるのではないか。闘う力。自分にあるのは、所詮それだけのような気がしてくる。曹操の指。気づくと、しばし見入ってしまっていた。触れられてしまえば、きっと心が揺らぐ。それは、曹操にしても同じなのか。乾いた喉。水で潤すと、少しだけ気分が楽になる。

 いい感触がなにもないまま、時間だけが過ぎていった。大きな衝撃でもないかぎり、曹操の思考は変えられないのではないかと思えてくる。自分の非力さだけを直視させられたような夜だった。

 今夜は、趙雲のところで過ごす予定になっている。さすがに、この状況で夜間の強行軍は避けるべきだった。

 

「どうやら、あまり芳しくはなかったようだな。それにしても貴殿の情熱的な瞳、主はよき女に愛されてまことに幸せ者ではないか」

「戯言は遠慮していただこうか、趙雲殿。結局、兗州まで来て私はなにもできなかったのだ。それが、全てではないか」

 

 似合わない愚痴を零しながら、館の門を出た。趙雲という女は、難なくひとの懐に入り込む器用さを備えているのではないか。それでつい、自分も弱音を吐いてしまったように思う。

 来る時感じたものとは段違いの闘気。それが、暗闇の向こうから自分に向けられている。構えて用心していると、趙雲が暗闇の中にいる誰かに声をかけた。赤い触覚のような髪が見えてくる。そこにいたのは、かつて対峙したこともある呂布だった。

 呂布の手には、得物が握られている。まずいと感じたのか、趙雲が間に入ってくれた。

 

(せい)。一刀のために、恋はこいつを斬ったほうがいい?」

「やめておけ。ここにいるのは徐州軍の将軍ではなく、単なる主の客人なのだぞ。それに手を出したとなれば、主は間違いなくお嘆きになる。闘うのは、戦場だけで十分ではないか。だから、武器を引け、恋」

「んっ……、わかった」

 

 呂布というのは、ここまで純真な眼をしていたのか、と愛紗は思う。

 武器を下ろした姿はまるで叱られた子供そのものであり、天下の飛将軍の面影はどこにもない。いざ戦となった時、呂布の存在は確実に脅威となる。そのことも、今後の調練では考えていかなければならなかった。

 

「すまぬな、関羽殿。この呂布は、主のことをいたく気に入っているのだ。それでつい、今宵は先走ったことをしてしまったのだろう」

「気にするな。このくらい、覚悟の上でやって来ているのだからな。しかし呂布殿。貴公にも曹操殿を思う気持ちがあるのなら、向後の振る舞いをよくよく考えてみることだ」

「恋の、するべきこと。んっ……。一刀のために、恋はなにができる?」

「それは存ぜぬ。その答えに到達できるのは、貴公自身だけなのではないかな、呂布殿。しかし、時はあまり待ってはくれぬぞ」

 

 闇の中に立ち尽くす呂布を残して、愛紗は歩いた。

 夜に吹く風。その音色が、今夜はやけに心に染みている。



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十一 策謀の戦場(月)

 曹操はよく眠れているのだろうか。少し身動ぐと、(ゆえ)は男の硬い胸板に額を擦りつけた。

 抱き合った箇所のどこもかしこもが熱い。その熱を確かに記憶しておきたくて、月は抱擁の力を強めた。

 諸葛亮。そう名乗る少女が自分の前に現れたのは、関羽来訪から二日後のことだった。正確に言えば、目的は自分ではなく(れん)だったのである。どこから情報を得たのかはわからない。だが、諸葛亮は自分の正体が董卓であると、看破しているようでもあったのだ。

 諸葛亮と会う以前から、恋はずっと考えごとをしているようだった。曹操のために、なにができるのか。なにをすれば、曹操の未来のためになるのか。優しすぎるくらいなのが、恋という少女の本質だった。戦場での勇猛さは、ほんの一端を示しているに過ぎないことを、月はよく知っている。

 恋の優しさに救われて、自分はここにいる。曹操との縁を紡いでくれたのも、やはり恋だった。

 硬く張り詰めている曹操の男根。自分の手で導き、体内深くに飲み込んでしまう。前戯などなにもないままの挿入だった。割り裂かれているという感覚が強いが、今はそれがやけに嬉しかった。

 無性に、わが身に曹操の子を宿したいと思った。横になったまま太い男根を締め上げ、身体を揺すった。曹操の熱に反応し、粘液が次々と分泌されていく。全身に拡がる快感。それでも、寂しさは埋まりきらなかった。

 

「もう朝か。いつも、俺より先に起きてしまうのだな、月は」

「へうっ、んんっ……。実は私、密かな愉しみにしているんです。こんな時でもなければ、一刀さまのお休みになっているお顔なんて、拝見できませんから」

 

 勝手につながっていることを、曹操は咎めなかった。結合部を中心に、切なさが強くなっている。腰を少し大胆に動かすと、粘っこい音がはっきりと耳に届く。

 

「申し訳ありません、一刀さま。これから、戦に出られるというのに」

「いい。月とは、しばらく会えなくなる。寂しいのかな、俺も」

「嬉しいです、一刀さま。でしたら、もうちょっと」

 

 様々な感情をかき消したくて、子宮近くで曹操とつながり続けた。時間はあまりない。だからこそ、この逢瀬が余計に尊さを増しているのか。

 あれから三ヶ月が経ち、曹操軍を阻んでいた雪は消え去った。軍勢は今日出立し、到着次第徐州の攻略に移ることになっている。先陣を務めるのは春蘭(しゅんらん)。曹操が最も信頼し、また徐州に怒りを燃やしている将でもあった。

 曹操に甘く乳先を吸い上げられ、月は一瞬声を洩らす。心を鎮め、戦に向かえる状態に持っていこうとしているのか。一心に乳房を吸う曹操の背中を撫でながら、月はきつく眼を閉じた。

 (えい)は、曹操と一緒に城を離れることになっている。今回の戦、主軍はあくまでも曹操の軍であり、恋の手勢は後詰めに回るような段取りになっている。

 散々悩んだが、詠には諸葛亮の件を伝えない方がいい、と月は思っていた。迷いは、苦しみにもつながっていく。そんなものを、詠には味わわせたくなかった。

 自分は、どちらに転ぼうが恋と行動を共にすることを決めている。一度その決断で救われた命なのだ。今度も、恋の本能に賭けてみたいという気持ちに自然となっている。

 

「あっ、ひゃふっ……。一刀さまの熱いもので、お腹の中がいっぱいです」

 

 曹操の身体がかすかにふるえ、射精がはじまった。子宮の入り口で亀頭にぴったりと口づけ、月は甘い声を洩らしている。全身が蕩けていく。幾度味わおうが、曹操との情交は優しく甘美なものだった。

 子種を吐き出し終えて、曹操が乳房から口を離した。表情が冷たいものに変わっていく。着替えを手伝う最中、月の中ではまた寂しさが急速に募りはじめている。

 

「行ってくる、月」

「ご武運を、一刀さま」

 

 絶影に乗った曹操の背中が、遠くに消えていく。

 余韻の残る胎内が、まだ熱を湛えたままでいる。腹の下あたりを擦りながら、月はしばらく館の門前に居続けていた。

 

 

 報仇雪恨。仇討ちの念が込められた白旗を掲げ、五万の曹操軍は進んだ。

 豫州北部を横断し、まずは彭城周辺を制圧する手筈となっている。先鋒を任されているのは、いつものように春蘭だった。そして、副将として華侖(かろん)がつけられている。間違いなく、苛烈な攻撃が想起される組み合わせだった。軍勢の中ほどを進みながら、(すい)は斥候からの報告を聞いている。曹操軍の威容をおそれて、街道付近には誰も近づこうとはしていなかった。

 そんな中、軍勢の行進を見つめる人影がひとつだけあった。しかも、それがよく知っている人物だったから、翠は思わず声をかけた。

 

人和(れんほう)じゃないか。どうしたんだよ、こんなところで」

「ごめんなさい、翠さん。ほんとうは、見に来るつもりなんてなかったの。だけど、どうしても気になってしまってね」

「そっか。一刀殿と話をしたいのなら、あたしから言ってみるぜ?」

 

 麾下をそのまま進ませ、翠は馬の手綱を少し緩めた。

 鄄城近くに住まいを用意するという曹操の提案を断り、人和は隠棲を続けていた。関係を絶ったのではない。時々顔を見せに来るし、なんなら歌を披露する機会も設けるようになっていたのだ。それでも、あまり表立った存在になりたくないというのが、人和の本心なのかもしれない。もしくは、消息のわからない姉たちが見つかるようなことがあれば、その気持ちにも変化が訪れるのか。

 

「いいの、翠さん。私には、あの人を見送ることくらいしかできないのよ。だから、みんな無事でいてね」

「うん、ありがとうな。一刀殿には、人和がいたことは内緒にしておくよ。落ち着いたら、また遊びに来いよな? 季衣(きい)の奴も、絶対喜ぶからさ」

「ええ、きっと。それじゃあ、翠さん」

「おう。気をつけてな、人和も」

 

 人和との別れを済ませ、翠は愛馬を駈けさせた。

 徐州軍は防御線を構築し、自分たちが来るのを待ち受けているのだろう。たぶん、関羽たちは最前線に出てきている。気を抜くことなど、決してできない相手だった。

 空同然の城を二つほど抜き、彭城に向けて進んだ。付近の住民は、すでに避難し終えているらしい。そのあたりの準備は、迎撃を前に劉備が念入りに行っているのだろう。でなければ、あたりはとっくに血の雨で汚れていたはずだ。

 彭城まであと数里にまで迫った。春蘭率いる軍勢が停止する。前方に、関羽率いる劉備軍が布陣しているとの報告が入ったからだった。

 

「よう。久しぶりだな、関羽」

「出てきたか、馬超。さすがに、そちらは錚々たる陣容だな。かき集めのわれらで、どこまで対抗できるのか。しかし、私は負けるわけにはいかないのでな。この戦には、様々な命運がかかっているのだ」

「住民がいないと知った時は、正直ほっとしたよ。これなら、あんたとも堂々と闘える」

「いい顔をするようになったな、そちらも。ならば、遠慮は無用だ。劉備軍の戦を、とくと味わってもらおうか」

 

 闘志を漲らせた関羽が、ちょっと微笑んだように翠には見えていた。

 軍勢の数では、こちらが勝っている。だが、相手は彭城周辺を戦の舞台に選び、防衛手段を練ってきているのである。関羽が、闘いで手を抜くことなど考えられなかった。ぶつかるのなら、本気で挑む。この日のために、自分も麾下の調練に励んできていた。

 すぐ近くでは、香風(しゃんふー)が張飛と向かい合っていた。いつになく、静かな佇まいなのである。子供っぽさが強く残る張飛も、この時ばかりは武人としての集中力を研ぎ澄ましているようだった。

 

「よく来たのだ、徐晃。けど、知り合いが相手だからって、鈴々(りんりん)は手加減したりしないよ。お兄ちゃんを止めなくちゃ、徐州のみんながたくさん泣くことになるんだもん。そんなの、鈴々は許せないから」

「……うん。わかってるよ、張飛。それでも、シャンはお兄ちゃんのために闘うだけ。相手が誰でも、それは同じ」

 

 関羽が、右手で握った青龍偃月刀を上空に立てている。後方に控えていた劉備軍が動き出す。防御側だからと言って、後手に回るつもりはないようだった。

 下知を待つ騎馬隊に気合を入れ直し、翠は槍の切っ先を前方に向けた。喚声。原野に響き渡る。いよいよ、劉備軍との本格的な戦がはじまるのだ。馬腹を蹴り上げ、翠は騎馬隊に突撃体勢を取るように命じていた。

 頬を撫でる戦場の風。突き破るように、翠は叫びを上げている。



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十二 小さな勇気

 はっきりとしているわけではないが、心にぽつんと穴が開いてしまっている。そんな感覚が抜け切らないでいる自身のことを、麗羽(れいは)はちょっと冷ややかに見つめていた。

 豪奢な宮殿。力の象徴としては、十分なものだった。それでも、どこかつまらない。簡素な池。いつからか、散歩に出たときには決まってここに立ち寄るようになっている。水面。ゆっくりと覗き見る。そこに映る自分の表情は、いかにも冴えないものだった。

 

「こちらにおいででしたか、麗羽さま」

「あら。わたくしになにか用事でもあるんですの、真直(まあち)さん」

 

 つま先で蹴った小石。静かだった水面に、波紋が拡がっていく。

 しかめっ面をしていた自分は、もうそこにはいない。髪先を指でいじりながら、麗羽は真直の声がする方に振り向いた。

 実際のところ、真直の用件などわかりきっていた。曹操が、なりふり構わず徐州を攻める。その時、袁家は立場をどうしていくべきなのか。ただ静観しているのも、ひとつの手ではある。しかし、本当にそれでいいのか。あの男のことを思うと、いつも以上に心が揺らいでしまう。それは、自分に迷いがあるからではないのか、と麗羽は思わずにはいられなかった。

 

「軍を動かすのであれば、もう時がありません、麗羽さま。曹操殿は、明日にでも徐州との戦を開始されるはず。先日諸葛亮が言っていたように、われら袁家にとってこれはまたとない好機。勢力の伸長がお望みであれば、参陣しない手はないでしょう」

 

 真直が、わざとらしく畳み掛けてくる。

 徐州を守るためには、袁家の協力が欠かせない。そう語った諸葛亮という娘の顔が、悲壮に満ちていたことはよく覚えている。

 諸葛亮の話しぶりでは、援軍のあては他にもいくつかあるらしい。それでも、自分が出ていけば間違いなく盟主として仰がれるに違いない。それに、徐州の劉備と挟撃を行えば、曹操相手でも勝算はかなり大きくなる。家の躍進を目指すのであれば、確かにこれほどの機会はないと言ってよかった。

 

「小癪ですわね。わたくしを試しているつもりですの、真直さん?」

「まさか、そのような意図など少しも。ただ、ここでじっとしていても、道が開けることはありません。麗羽さまのお心のままに、われら臣下は励みます。ですから、何卒ご決断を、麗羽さま」

 

 選ぶべき道など、とっくに見えている。真直のまっすぐな視線が、そう言っているように思えてならなかった。

 曹操の徐州攻めに伴って、自分に話を持ちかけて来ているのは、なにも諸葛亮だけではなかった。真直としては、自分にもう一方からの誘いに乗ってほしいと考えているはずである。斗詩や猪々子に尋ねても、おそらく同じ答えが返ってくるのではないか、と麗羽は思っている。

 怒りの感情に任せた戦など、似合わないと思った。幼少の頃から物静かで、ひとりでいると決まって遠くの方を見つめている。そんな振る舞いが眼についたのが、曹操に興味を持ったきっかけなのかもしれなかった。そんな男が、突然の横死だとはいえ、養父の死にここまで怒りを滾らせるものなのか。意外といえば、意外な話だった。

 分かたれた道。それが、もう一度交わることがあるのか。

 真直が静かに返答を待っている。兵を率いて出て行った時点で、後戻りは出来なくなる。事態がこじれた場合は、なし崩し的に全面的な戦になると考えるのが普通だった。それがおそろしいから、自分は今日まで態度を決められずにいたのか。もう一度水面を見つめる。勇気など、案外そのあたりに転がっているものだと思えた。

 

「ああもう、わかりましたわ! やればいいんでしょう、やれば!?」

 

 半ば叫ぶように、声を上げていた。

 結果がどうなろうと、知ったことではない。曹操の気持ちがどこにあろうと、知ったことではない。自分は、袁紹本初なのである。その思いを、ただ相手にぶつけてみればいい。やるべきことなど、それだけだった。

 

「ええっと……。本当によろしいのでしょうか、そのような破れかぶれな決め方をなさっても。私だって、なにもそこまでは」

「あなたねえ……。わたくしがやると言っているのですから、それでいいのです。ほら、さっさと軍議を招集しに行ってきなさいな、真直」

「は、はいっ、麗羽さまっ! すぐに、皆を呼びに行って参ります!」

 

 胸の奥底に、熱いものが生じている。こんな感覚を得るのは、いつ以来なのだろうか。そんなことを考えつつ、麗羽は少し笑みを洩らしている。

 

 

 招集に応じ、臣下が足早に参集して来る。中でも斗詩(とし)猪々子(いいしぇ)の二人は、この時をずっと待ちわびていたのだろう。どちらもすでに厳しい具足を身に着け、戰場にいるような雰囲気を放っている。

 

「お待ちしておりました、麗羽さま。私も文ちゃんも、準備万端です。ですから、なんなりと役目をお申し付けください」

「姫のためなら、たとえ火の中水の中ってね。やっ、この場合、アニキのことも入れておいてあげたほうがよかったりして? なあ、斗詩はどう思うー?」

「も、もう、あんまり余計なことは言わないの。せっかく、麗羽さまがやる気になってくださったんだから」

 

 二人の砕けた内容の会話が耳に入ってくる。

 今は、そのくらいのことで怒る気にはならなかった。咳払いをひとつしてから、武官たちに視線をやる。斗詩と猪々子を筆頭に、ほとんどが若い面々になっている。冀州に籠もっている傍ら、軍の編成には力を入れてきた。古くから在籍しているだけの老人たちを排除していき、名実ともに統制の効く状態に持っていく。それが出来ているから、曹操は軍勢を自由に動かせているのだろう。悔しいが、参考になる部分は小さからずあったのだ。

 あの男に出来て、自分に出来ないはずがない。そんな嫉妬にも似た感情が、原動力となったように思う。名門とはいえ、変えるべき部分は変えていく。その変化が滞った時、家は滅びていくのではないか。乱世は淘汰を生み、やがて勝ち抜いた英雄を王者とする。そして、その座を目指して足掻き続けているのが、曹操だった。

 

「斗詩。すぐに、騎馬を五千用意なさい。先行するのは、それだけで十分です」

「承知いたしました、麗羽さま。でしたら、後詰の軍は文ちゃんに?」

「ええ、そのつもりですわ。後続といっても、あまりのんびりやって来られても意味がありませんわね。ですから猪々子には、足の早い兵を一万ほど見繕ってもらいましょうか。今回の戦、わたくしあまり時間をかけようとは思っていませんの。あとは、真直?」

 

 とにかく、曹操に追いつかなければなにもはじまらない。先行する五千の騎馬に混じり、麗羽は駈けに駈ける腹積もりでいた。

 

「はい。兵糧はなるべく軽くして、行軍速度を重視していきましょう。青州の役人には、それとなく話をつけてありますから。道中の食事くらいであれば、それで事足りると思います」

「ふうん。真直さんも、やる時はやりますのね。わたくし、感心いたしましたわ」

「うっ……。お褒めいただき、光栄です。ですが、これは私ひとりの発案ではなく……」

「あら、そうですの? でも、わたくしが評価すると言っているのですから、あなたはそれをありがたく受け取っておけばいいのです」

 

 腹のあたりを軽く押さえながら、真直が照れくさそうに笑っている。裏で手を回しているのは、かつて曹操たっての願いで救ってやった荀彧なのだろう。真直を伝手に調略をかけて来ただけでは飽き足らず、細事にまで干渉してくるとは、横柄なことこの上ない。それでも、頼るべき相手を間違わなかったのは、褒めてやってもいいのではないか、と麗羽は率直に思う。

 

「待っていなさい、曹操さん。このわたくしが、あなたの情けないお顔を見に行ってあげようというのです。だから、今回ばかりは覚悟しておきなさいな」

 

 また少し、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。

 活気に溢れる臣下たちの声。それだけが、今は頼もしかった。



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十三 交差する思惑

 曹操軍が彭城周辺に現れ、愛紗(あいしゃ)たちの率いる守備部隊との戦闘を開始した。夏侯惇や馬超の攻めは熾烈だったが、劉備軍はうまく持ちこたえることができている。

 兵力をまばらに配置することは避け、なるべく一箇所に集中させる。分散していては、各個撃破、もしくは調略によっていいように扱われていたことだろう、と朱里(しゅり)は思う。作戦を任された自分や雛里(ひなり)がいくら考えを絞ったところで、実際に人が動かなければ意味をなさなくなってしまう。徐州の諸豪族たちを完全ではないとは言え、短期間でまとめあげた桃香(とうか)の手腕は評価されるべきものだった。手腕と言うより、やはりあの人の備える生来の大らかさが、不安に苦しむ徐州の者たちを安心させたのだろうか。

 空の器。朱里から見て、桃香の現状はそんなところだった。曹操のような飽くなき野心を抱えているわけではなく、ともすれば掴みどころがないと言っていい存在なのではないか。まだ何にも満たされていない器。しかし、その大きさだけが尋常ではないようにも感じられるのだ。中山靖王の末裔。桃香は冗談混じりに語っていたが、それも案外四方山話ではないのかもしれない、と朱里はふと思う時がある。

 前線から離れた劉備軍本営。陣中での処理を終え、朱里は出立の準備を整えていた。

 

美花(みーふぁ)さんから報告だよ。袁紹さんが、ついに動いてくれたみたいだって。頑張りが届いてよかったね、朱里ちゃん」

「うん、雛里ちゃん。袁紹さんは、ちょっと決断力に欠けるお人だって聞いていたから、強めに念を押したのがよかったのかも。(とう)さんから教えてもらった情報だけど、あの方は曹操さまのことをずっと気にかけている。だから、なんとか動いてくださるかも、とは思っていたのだけれど」

「味方、してくださるんだよね……? 袁紹さんの動き次第で、徐州はどうにもならなくなる。もし、逆に挟撃されるようなかたちになったら、私たちに打てる手なんてないよ」

 

 雛里が、ちょっと不安そうに俯いた。

 袁紹出馬。確かに、雛里の抱く恐怖もわからなくはなかった。ただ、領内を見た限り、袁紹はよく民心を得ているようだった。名門としての威光。それ以外にも、袁紹には面倒見の良さがあると燈は話していた。ああ見えて、意外と人格者としての一面があるのかもしれない。そんな袁紹が、徐州殺戮に加わることはあり得ないのではないか。朱里は、声をかけた時点でそう踏んでいた。

 

「ごめんね、雛里ちゃん。正直に話せば、私はどっちだっていいって思っているの」

「あわわっ……。それって、朱里ちゃん……?」

 

 雛里が、今度は驚いたように声を上げる。

 

「あっ、誤解させちゃったのならごめんね? だけど、袁紹さんが徐州側につかなくても、もしかしたらって考えることがあるんだ。あの方は、曹操さまの小さな頃からのご友人でしょう? 結局のところ、戦はなにも解決してはくれない。私は、そんな風に感じているの、雛里ちゃん」

「そっか……。うん、わかったよ、朱里ちゃん。実際に、袁紹さんと会ってきた朱里ちゃんがそう言うんだったら、私は信じるしかないんだもん。きっと、大丈夫……だよね?」

「えへへっ。ありがとう、雛里ちゃん。それじゃあ、私そろそろ行くね? 全体への指示、大変だろうけど頑張って」

「うん。私たちが徐州軍で働いていること、そろそろ向こうにも勘付かれている頃合いだと思うの。だから、朱里ちゃんも気をつけて」

 

 頷き合ってから、朱里は営舎を後にした。

 彭城近辺に構築した防衛網の効果もあって、徐州軍は攻撃を耐えられている。とはいえ、いつまでも防戦一方となれば気持ちの面でも辛くなってくる。それに、袁紹の到来までに、曹操軍の出足を一度くじいておく必要もあるのだろう。後方の撹乱を含めて、動いていい時期だと朱里は感じていた。

 

 

 想像していた以上に、徐州軍はよく防衛に努めている。前線の将でも、気負いの少ない(すい)香風(しゃんふー)は別として、この一戦に入れ込みすぎている春蘭(しゅんらん)などは、かなり苛立っているのではないか、と(えい)は危惧していた。

 徐州攻めに同行している者で軍師格なのは、(りん)と自分の二人だけだった。曹操が遠征に出かけている間、兗州内部に目配りする人間は必要になってくる。そうした意味でも、桂花(けいふぁ)(ふう)が留守居を命じられたのは順当な人事だった。

 彭城北部に陣を置いて、七日になる。徐州軍は、ここと郯を下邳で結び、徹底抗戦の構えをとっている。劉備を中心に据えたことで、全体の統制は取れるようになってきてもいる。ここでの戦に、あまり時間を取られている場合ではない。そのことを、曹操が理解していないはずがなかった。

 広く国中を見渡せば、自分たちの競う相手は徐州だけではないのだ。特に、南の孫堅の動きには注意を払うべきだった。

 

「少しいいですか、詠」

「ええ、どうぞ。それで、体調の方は平気なの、稟? あんまり無理したって、ためにならないと思うけど」

 

 営舎の中に稟を出迎えると、詠はその顔を覗き込んだ。

 風から聞かされていたが、急に鼻から血を吹き出す性質のせいもあって、稟の身体は頑健なものだとは言えなかった。行軍に邪魔な雪が消えたとはいえ、流れる空気にはまだまだ凍てつくような寒さが残されている。当人は否定していたが、その中での参陣で体調を崩していたとしてもおかしくはなかった。

 

「私のことなど、どうだっていいのです。それよりもこの数日、後方からの兵糧の供給に、やや滞りが見られます。そのことが、どうにも気になって」

「徐州軍が、何度か仕掛けてきているようね。だけど、まだこっちには余裕がある。対策は、しておくべきだとは思うけど」

 

 大軍の遠征には、それだけ多くの食糧が入り用になってくる。全体で百万を数えた青州黄巾軍も、最終的にはその枯渇によって負けを喫している。兵力とは、闇雲に増やせばいいものではなかった。

 彭城到達までに、手頃な空城をいくつか接収済みだった。自分たちの食糧は、その数箇所に小分けにして運び込んである。専用の部隊を配し、防備にも抜かりはないはずだった。その上で、稟は今の状況に違和感を持っているのか。詠には、まだその正体がわからなかった。

 

「この短期間で徐州軍、というより劉備軍は緻密な戦をするようになっています。関羽や張飛の武勇はわが君も認めているところですが、それとはなにかが違っている。劉備にも、軍師がついたと考えるべきでしょう」

 

 そこまで言って、稟が大きく咳き込んだ。思ったように、今は身体を休めるべきではないのか。手を当てた稟の額は、じんわりと熱くなっている。

 

「心配をかけてすみません、詠。ですが、私は本当に平気ですから」

「ったく……。悪いって思うのなら、今日一日はここでじっとしていなさいよね? 一刀殿への報告は、ボクがしておくから」

「んっ……。えっ、ええ。それでは、よろしくお願いします、詠」

 

 半ば押し切るようなかたちで、稟を胡床に座らせてしまう。

 無理をして苦しんでいる誰かを見ているのは、もうたくさんだった。鄄城にいる(ゆえ)の顔を、ちょっと思い出してしまう。前回豫州を旅した時とは、わけが違うのだ。この戦を終えるまで、自分たちは戻らない。その覚悟は、全員が出来ているはずだ。

 曹操を支える。月のためだと思ってはじめたことが、いつしかそうではなくなってしまっている。不思議な感覚だった。月以外の誰かに本気で仕え、気持ちが充実している。愛されて嬉しい、と素直に思えてしまう。

 天命。そんな言葉ひとつで、片付けたくはなかった。

 気持ちが切り替わったからか、稟は少し落ち着いたようだった。

 

「それで? 劉備につくような軍師。目星は、ついてるんでしょう?」

「諸葛亮孔明。私は、そう見てまず間違いないと思っています。確か、詠が豫州に行った際は家を留守にしていたそうですね。友人である鳳統も、一緒なのでしょうが」

「どこまで行っても、その名前が出てくるのね。諸葛亮か。一刀殿と、おかしな縁があるのかも」

「そう、なのかもしれません。桂花ではありませんが、あの時どうにかしておくべきだったのでしょう。わが君のかけたお優しさが、どのような物となって返ってくるのか。私にも、それはわかりかねます」

 

 劉備、関羽、そして諸葛亮。かつて紡いだ縁に、曹操は絡め取られようとしているのか。

 相手が陶謙だけなら、難しい戦ではなかった。それが劉備の台頭により、全てが変化しつつあるのだ。滞陣が長引けば、国許で不穏分子が生まれる可能性だって少なからずある。それが、乱世の宿命だった。

 

「邪魔をするぞ、詠。稟もこちらにいると聞いて、やって来た」

(せい)? 悪いけど、ボクのところにはお酒なんて置いてないからね。まっ、今はさすがにそこまでの余裕なんてないでしょうけど」

 

 立ち上がろうとする稟を、星が手で制している。不調であることは、以前から知っていたのだろう。かねてからの友人ならば、心配して当たり前だった。

 

「悪いがその通りでな、詠よ。今しがた、急使が飛び込んできたのだ。その者の話によると、なんでも後方の城がひとつ焼き払われたそうでな。それで、主が二人をお呼びになっているというわけだ」

「やってくれますね、あちらも。この分だと、休んでいるゆとりなどありはしないか。残念ですが、詠」

「うん、こうなったらしょうがないか。だけど、絶対に無理だけはしないこと。いいわね、稟」

「わかっていますよ。私だって、子供ではありませんから」

 

 集めていた兵糧を焼かれた。徐州軍は、元よりそのつもりで城を残しておいたのか。破却されていなかったことを、疑ってかかるべきだった。地の利は相手方にある。糧道については、もう一度考え直すしかなかった。

 

「それにしても、諸葛亮か」

 

 まとわりつくような感覚。肌に生じた粟を振り払おうと、全身を身震いさせた。この奇襲は、なにかの始まりなのではないか。この時の詠には、そう思えてならなかった。



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十四 風雲急を告ぐ

 徐州の戦況はどうなっているのだろうか。茶を一口すすると、わずかにぼんやりとしていた意識が明瞭になってくる。曹操不在の鄄城。急な呼び出しがかかることもなく、静かな夜だった。こんな夜は、考え事をするのにちょうどいい。指で軽く眉間を揉むと、桂花(けいふぁ)は小さく息を吐いた。

 徐州に兵を入れ、彭城に向けて南下する。桂花が得ている情報は、そこまでだった。緒戦は、何事もなく順調に進むはずだ。徐州全土に兵を行き渡らせる余裕など、劉備にあるはずがない。関羽、張飛に精鋭を預け、要所で曹操軍を食い止める。相手方の大まかな戦略は、そうなってくると桂花は読んでいた。

 机に拡げた絵図を睨む。東に劉備。北に袁紹。そして、南には孫堅が勢力を構えている。孫堅に関しては、二日前に間者からの報告が上がってきたばかりだった。軍を催し、出陣の準備を整えている。狙いは、考えるまでもなく豫州なのだろう。豫州南部には、既に孫堅の娘が楔を打ち込んでいる。それだけに、橋頭堡は出来上がっていると言ってよかった。加えて、揚州制圧に出かけている、孫策の行動も気がかりになってくる。

 孫堅が仕掛けてくれば、迎撃に出る必要がある。豫州は自領でこそないが、中心人物である陳珪は曹操に対しかなり協力的である。それに、かの地は自分たちの故郷でもあるのだ。長く帰っていないが、思い出は多くある。曹操に連れ出され、馬の背中に揺られた日々。今でも、あの頃のことは鮮烈に記憶されている。

 絵図の北方。袁家の領土である冀州を、桂花は指でつんと叩いた。袁紹。あの女に渡りをつけたのは、ある種の賭けである。

 袁紹が曹操を意識しているのは、わかりきっていることだ。董卓の抑えていた洛陽を脱した時。それに対抗しようと連合軍を結成した時。袁紹が大きな動きを見せる時、常に曹操からの働きかけが存在していたのである。

 曹と袁。二つの家が結束することがあれば、天下への道が一気に開けてくる。袁紹の配下たちも、曹操には好意的な姿勢を見せている。あとは、へそ曲がりな君主が、どれだけ気持ちを素直に出せるかだ。そして、曹操にしてもそれは同じなのである。

 袁紹への働きかけ。もし裏目に出たとしても、それでいいと桂花は割り切っていた。周囲に敵が増えただけ、曹操が平静さを取り戻すきっかけとなるに違いないからだ。徐州にだけに向けられた意識も、苦境に陥れば柔軟に変化せざるを得なくなるのではないか。田豊からの返書はまだ届いていないが、できるのは結果を待つことだけなのである。

 徐州を焼きたいのなら、焼けばいい。だが、その先に目指すべき覇者の座はあるのか。曹操の道を正したい。そんな、大それた思いがあるわけではなかった。主君に仕える軍師として、相応しい振る舞いではないという自覚もある。

 自分と曹操との勝負。どこかに、そう感じている部分があるのかもしれない。大人しくしているばかりが忠義ではない。たまには、昔のように手を噛んでやるのもいいのではないか。自分たちは、そうやってここまで進んできた、という思いもある。だから、曹操からどのように思われようと、桂花は己のやりたいようにやるだけだった。

 

「程昱さまがお見えです。お通ししても、よろしいでしょうか」

 

 侍女からの声がかかる。珍しい時間の来訪だと思いつつ、桂花はすぐに通すように伝えた。

 

「ほうほう。遅くまで頑張っているのですねえ、桂花ちゃんは」

「どうしたのよ、(ふう)。まさか、こんな夜更けにこそこそ(おとな)っておいて、遊びに来ただけだなんて言わないでしょうね?」

 

 風の表情から、読み取れることはあまりなかった。いつものように飄々としていて、掴みどころがない。曹操も、そうした部分を信頼して、風に留守居役を任せているのである。

 眠たげだった風の右眼。まぶたが少しだけ持ち上がり、翡翠色の瞳がこちらを見つめている。

 やはり、自分に知らせたいなにかがあるのか。桂花はちょっとだけ身構えて、風が言葉を発するのを待っていた。

 

「ふむ。なんと言いますか、桂花ちゃんにはお城を抜けることをおすすめしたいと思いまして。それも、なるべく今すぐに」

「なっ……。城を抜けろ、ですって?」

 

 予想を遥かに越える不穏な内容に、目眩がしそうになる。

 かと言って、風が冗談でこんな話をしに来るはずがない。その口調は冷え冷えとしていて、かなり真面目なものだった。

 

「訊きたいことが山ほどあるのはわかります。ですが、なるべくお急ぎを。先に沙和(さわ)ちゃんと流琉(るる)ちゃんには話をつけてありますので、いつでも出られる準備は出来ているものかと」

「気に食わないわね。それで、あなたはどうするつもりなのよ、風」

 

 会話の流れから考えて、どうやら風自身はこの城に残るつもりのようである。

 変事。それも、かなりの大事が起きるのではないか。それでも城に残るということは、風はそれに関与しているのか。他にも、上がっていない名前がある。(れん)たち呂布軍。だが、あの恋がここに来て野心を抱いたとは思えない。(ゆえ)にしても、曹操とはかなり親密な仲になっているのである。しかも、月にとって親友以上の存在である(えい)は、徐州攻めに同行している最中だった。

 

「むむむ。さすがに今は、食わず嫌いをしている場合ではないのですよ、桂花ちゃん。明日になれば、こうやってお話をしている余裕もなくなってしまうことでしょう。桂花ちゃんひとりだけならまだしも、お子さまがいることを考えますと」

「そっ……。本気なのね、風。あいつに、なにか伝えたい事は?」

「おおっ。風としたことが、そこまで考えが及んでいなかったのですよ。んんー、そうですねえ」

 

 口に人さし指を当て、風が伝言を考えはじめている。

 自分とは違ったかたちで、曹操の行動に対抗しようとしている勢力がいるようだった。だが、兵力の乏しい呂布軍だけでは、やれることなど知れている。だとすれば、その背後にはもっと大きな誰かが存在していて当然なのである。

 張邈(ちょうばく)。この兗州で曹操の地位を脅かすほどの影響力を持っているのは、あの男だけだった。派手さこそないものの、侮れない力を有している。古くからの友人。それだけに、曹操も張邈のことは信頼しているようだった。孫堅に対する備えも、張邈がかなりの部分を担っている。その動き次第では、徐州攻めどころか兗州の保持自体が危うくなってくるのかもしれない。張邈にどこまでの意図があるにせよ、まずい状況になると考えて間違いはないはずだった。

 

「細々としたことを考えるのは面倒ですので、ここはひとつだけ。あの方には、こちらのことはお任せください、と伝えておいてもらえれば」

「ほんと、勝手なんだから。私にも、ちょっとは相談しなさいよね」

「おおう。その言葉、そっくりそのまま桂花ちゃんにお返ししてもー? あっ、そうだ。もうひとつだけ、伝言を追加してもよろしいでしょうか」

 

 袁紹に対する働きかけのことを、風は言っているのだろうか。

 ぼんやりとした口調からは、全てを計ることなどできなかった。ただ、風が曹操のために動いていることだけは、桂花にも容易に理解できる。

 

「恋ちゃんのこと、できれば叱らないであげてください。風の口から言えるのは、それだけなのですよ」

「確かに、任されたわ。しばらく寂しくなるわね、風」

「はい、それはもう。さっ、早く行っちゃってください、桂花ちゃん」

 

 急かされるように、桂花は母と息子を伴って街を出た。

 暗闇の中。原野に、いくつかの灯りが見えている。沙和と流琉は、それぞれ百人の兵を連れているようだった。難しい判断ではあるが、戦場(いくさば)に同行させるわけにもいかず、昂は母に預けるしかないと桂花は覚悟していた。しばしの別れ。重い雰囲気に置かれていても眠っているわが子を見て、これは将来大物になるのではないか、と桂花は密かに思っている。

 

「流琉。母さまと昂のこと、頼んだわよ」

「承知いたしました、桂花さん。お二人の護衛、私にお任せください。冀州に着いたら、田豊さんを頼ればいいんですね?」

「ええ。田豊なら、悪いようにはしないはずよ。母さまも、向こうにいた時に面識があるようだから」

 

 眠ったままのわが子の顔に触れ、桂花は別れを惜しんでいた。

 冀州には田豊だけでなく、移り住んだ一族もいる。逃げ込んだ後の、不安はなかった。

 

「帰るのですね、桂花。戦場に、一刀殿のところに」

「そうね、母さま。私の闘うべき場所は、結局あいつの側にしかないみたいなのよ。だから、この子のことをお願い」

 

 穏やかな笑み。我儘をぶつけているのに、文句ひとつ言わずに受け止めてくれている。母の大きさというものを、桂花は改めて強く実感していた。

 自分もいつの日か、母のような存在になれるのだろうか。まだ、確固たる自信はなかった。それでも、歩み続けることでしか得られないなにかがあるのだろう。

 夜道。沙和の先導に従い、粛々と進んでいく。この道の先のどこかで、曹操は闘っているのか。戦場の発する熱。それはまだ、遠く離れた場所にある。



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十五 嵐吹きて

 早暁。山裾から滲み出る霧が、軍勢を覆い隠してくれているようだった。物見の兵の帰りを待ちつつ、次なる闘いに向けて愛紗(あいしゃ)は意識を集中させていた。

 ここが、きっと勝負どころになってくる。曹操軍の戦意を挫き、徐州から手を退かせる。そのためにも、この作戦を成功させる必要があると朱里は話していた。

 糧道確保のために、どうやら曹操は本隊を移動させるつもりでいるらしい。襲われやすい開けた原野を避け、山あいの谷間に輜重を通す。周囲の制圧が完了し、堅陣を敷かれてしまうとこちらからは仕掛けにくくなる。とはいえ、曹操軍の動きは朱里(しゅり)雛里(ひなり)との協議で想定されていたことだった。上手く揺さぶりをかければ、いくら曹操と言えど対策に動くしかなくなる。そこを叩くまでが、小さな軍師たちの思惑だった。

 夏侯惇や馬超の前線部隊を防いだところで、決め手に欠けるのが実情なのだ。原野でのぶつかり合いでなければ、大軍はその力の全てを発揮することができなくなる。伸びた軍勢を各個叩いていけば、自分たちにも勝機はあるはずだった。

 それに、朱里の狙い通りに調略が進んでいれば、兗州内部はかなり乱れることになる。鍵になってくるのは、やはり張邈の動きなのか。

 名声のある張邈が反曹操を声高に叫べば、同調する者が少なからず出てくるに違いない。国許危うし。そうなった時、曹操がどのような判断をくだすのか。まともに考えれば、領土防衛のために急ぎ軍勢を引き上げるはずである。それで、ひとまずこの戦は終りを迎えるのか。

 それだけではまだ足りない、と愛紗は思った。

 戦況の悪化によって一旦追い返しただけでは、曹操はいつか再興した軍を差し向けてくるのだろう。

 そうなった時、今回のような奇策はおそらく通じなくなる。自分たちの望みは、曹操との和解だった。その目的を達成するためには、なにが必要になってくるのか。たぶん、最後にぶつけるべきなのは心なのだろう。研ぎ澄ました刃にも、斬れないものは確かにある。人の心というやつは、それだけ厄介なものだと言っていい。

 

「関羽さま。曹操軍が通過していく様子を見て参りました。まもなく、谷の入り口に差し掛かるとこでしょう」

「ああ、よく戻ってくれた。それで、曹操殿の所在は掴めたか。戦闘が長引けば、奇襲は奇襲でなくなってしまう。小勢のわれらは、その前に決着をつけねばならん」

「軍勢の後方に、一段と大きな軍旗が見られました。不確かですが、そこに曹操がいるのかもしれません」

「わかった。あとは、私の方で判断するとしよう。おまえは少し休んでいるといい。しかし、戦の時は近いぞ」

 

 物見の兵を労い、愛紗は青龍偃月刀握る手に力を込めた。

 どこか、曹操に誘われているような感じがする。だが、ここで怖気づくわけにはいかなかった。曹操軍とはじめにぶつかる本隊を率いているのは、桃香(とうか)なのである。

 

「申し上げます。劉備さまの部隊が、こちらに到着されました」

「報告ご苦労。われらも、これより移動を開始する。ただし、気取られないよう静かにな」

 

 朝霧に紛れ、関羽は部隊を動かした。従う兵は三千。全てが騎馬であり、軽い具足を身に着けている。

 物見の数を倍に増やし、戦場の動向を探る。曹操軍が谷の入り口を半分ほど通り過ぎたところで、桃香は攻撃を仕掛けたようだった。側には、朱里もついている。なればこそ、無用な心配はするまい、と愛紗は心に決めていた。

 

「どうかご無事でいてください、桃香さま。私も、直に参ります」

 

 相手が無防備な脇腹を晒すまでは、待つしかない。

 気持ちが逸る。抑え込もうとするほど、それは大きくなっていくのか。麾下の兵は、静かに出動の時に備えている。いまはただ、耐えるだけだった。

 

 

 桃香の率いる一万二千が、相手の殿軍に斬りかかった。上申を受けた愛紗は、部隊をさらに前進させていた。

 曹操軍に、いくらか動揺は与えられたのか。そこから先の展開は、まだ詳細不明のままなのである。軍勢の後方に、曹操がいる。ならば、その周囲を固めているのは、選び抜かれた精鋭に違いなかった。蹴散らすとまではいかなくとも、どこか一角だけでも崩れてくれていれば。そう願いながら、愛紗は馬を駈けさせている。

 

「見えた。物見の話していたのは、あの旗か」

 

 『曹』の一字の旗。どこからでも見て取れるくらい、大きかった。

 桃香の軍勢は、多数を一度に相手にしないように気をつけながら、攻勢を保っている。谷間を通過した兵士は、原野に展開するまでまだ時間がかかるはずだ。

 仕掛けるのなら、今しかない。曹操の旗目掛けて、愛紗は手勢を疾走らせていた。

 具足で身を固めた兵士の姿が見える。突っ込みながら、横に倒していた青龍偃月刀を一気に振り払った。五人瞬時に斬り捨てていた。このまま、騎馬を一度突っ切らせて撹乱を狙う。その腹積もりで、愛紗は馬の尻を石突きで叩いた。

 

「さすがに、守りは甘くないようだな。だが、この程度でわれらの勢いを止められるものか」

 

 曹操の旗は、まだ遠くに感じられている。

 反転してくる兵が多くなれば、自分たちは立ち所に不利となる。急がなければ。騎馬隊を小さくまとめ、自分が槍の穂先となるようなかたちになった。これならば、突き通せる。風を斬るような羽音。感じたのは、その時だった。

 矢。あわやというところで、愛紗は身をかわしていた。命中していれば、致命傷は避けられなかった。そのくらい、射手は精度のいい射撃をしてきている。

 

「そこまでだ、関羽よ。わが殿を、あまり見くびらないことだな。そちらの軍師が立てた作戦なのだろうが、奇襲をかけてくることは読めていたぞ」

「夏侯淵。そうか、なにか嫌な感じがするとは思っていたが、誘い込まれたのはこちらの方か」

 

 乗馬を巧みに操りながら、夏侯淵は次なる一矢を番えている。

 口惜しさが拡がっていく。隠し通せるようなものではなかったが、曹操は朱里の存在にやはり気づいているらしい。糧道の変更は、自分たちを釣り上げるための陽動だったのだ。桃香のことが頭をよぎる。戦場の雰囲気は、まだ互角のままである。桃香の部隊が崩されていれば、自分たちにはもっと圧力がかけられているはずだった。しばらく、こうやって粘っているしかない。戦の流れを変えないためにも、それが重要になってくる。

 交戦してしまった以上、簡単に後退することはできなかった。騎馬だけで構成されている自分たちだけなら、離脱はそう難しいものではない。しかし、別の方面では桃香が闘いを続けている。朱里も、曹操軍の動きの変化には勘づいているはずだ。となると、自分たちがやるべきことは、夏侯淵らの足止めとなってくる。

 

「武器を捨て、投降すればお主の身柄は保証しよう。関羽雲長は殿きってのお気に入りだ。私も、斯様な場所で討ち取るのは忍びないと思っている」

「ちっ。その言葉の割には、容赦のない攻撃を加えてくるではないか。ならば、こちらも加減はしてやれんぞ、夏侯淵」

 

 距離のある闘いでは、どう足掻こうと夏侯淵には敵わない。

 ここは、ある程度の被害を許容しつつ、前に出るしかないと愛紗は考えた。弓兵の狙いが、こちらに向いている。騎馬を斜め前に駈けさせて、斉射の中をかい潜った。

 練度では負けていない。むしろ、突進力であればこちらの方が上なのか。原野が土煙で覆われる。夏侯淵の放つ矢を打ち払い、愛紗はさらに前へと進んだ。

 

「曹操殿は何処(いずこ)に御わす。私には、貴様たちの相手をしている暇などないのだ、夏侯淵よ」

「言ってくれる。だが、お主を通してやる道理がないのは、こちらも同じでな。歯向かうのなら、死んでもらうのみだ」

 

 一進一退の攻防が続く。時間が経てば経つほど、曹操軍は使える兵が増えていく。そして、援軍の見込みのない自分たちは、確実に押し込まれることになる。

 

「桃香さまは、まだ諦めておられない。それとも、朱里にはなにか秘めている策があるのか」

 

 黒髪が宙になびく。一瞬、凄まじい風を感じたような気分に愛紗はなっていた。

 なんとなく。ほんとうになんとなくだったが、戦場の風向きが変わりつつあるように思えていた。闘いを続ける夏侯淵の側に、伝令らしき兵が駈け寄っている。内容こそ聞き取れなかったが、ちょっと素振りが慌てていることくらい遠目にも判別できる。

 なにかがあった。予感が、確信に転じた瞬間だった。

 

「どういうわけか知らぬが、曹操軍は浮足立っている。この機を逃すな、者ども攻め続けろ」

 

 原野。勇壮な叫びが、響き渡っていた。

 息を吹き返した青龍偃月刀。鮮血を巻き上げ、咆哮を上げている。



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十六 反旗燃ゆ

 戦場の空気がふるえている。なにかがおかしい。直感的に、曹操は馬上で立ち上がっていた。

 この波はどこからやって来ているのか。見渡していても、すぐには判然としなかった。

 軍勢が反転した先では、(せい)秋蘭(しゅうらん)が劉備軍を迎え撃っている。谷間に本隊を進めたのは偽計で、相手が動いてくればすぐに対応できるような編成になっていた。劉備自身が出てきたのは意外だったが、向こうには使える将が限られている。なんとか纏まりはしているものの、大事な局面を任せられるような人物は、徐州軍にはいないということなのだろう。

 

「どこまでも、俺に抗おうとする気なのだな、あの子は」

 

 呟きの中、思い出されるのは、別れ際に見た諸葛亮の悲しげな眼差しだった。後悔はしていない。いつか、諸葛亮は敵となって自分の前に現れるのではないか。そんな予感を、曹操はずっと抱えていたからだ。

 そうなった時には、正面から叩き潰せばいい。闇討ちなどという手法は、取るべきものではないと考えていた。桂花(けいふぁ)には悪態をつかれそうだが、自分には自分なりのやり方がある。報仇の戦に、無粋な策など用いるべきではない。それが、曹操の出した結論だった。

 

「先に谷へ向かっていた兵の戻りが遅い。(なぎ)からの報告は受けているのか、(えい)

「わかってる。さっき、柳琳(るーりん)に様子を見に行ってもらったばかりよ。だから、きっとすぐにでも……」

 

 久しぶりに味わう戦陣の熱気に、詠はいくらかあてられているようだった。

 軍師としての経験がある詠に、文官だけの仕事をさせておくのは勿体ない。これから先、同時に軍を動かすようになってくれば、それぞれの方面に軍師は必要になってくる。その一端を、詠にも担わせるべきではないのか。その考えには、桂花たちも賛成なようだった。

 焦れたように弾かれる指。(りん)の体調が芳しくない分、自分がなんとかしなければ。詠には、どこかそんな気負いすらあるのだろうか。

 いい傾向ではない。心の張り具合は、常に一定であるべきなのである。だったら、そういう自分自身の心はどうなのだ。どこからかそんな声がしたような気がして、曹操はちょっと表情を険しくした。

 近くにいた栄華(えいか)が、馬を寄せてくる。金色の髪。美しく風に揺れている。どこであろうと、手入れには気を使っているのだろう。それが、栄華にとっての誇りなのだ。

 

「なぜでしょうか。わたくし、先ほどから嫌な感じがしてなりませんの。お兄さまも、そうなのでしょう?」

「ほう。さすがに、栄華も武人の端くれということか」

「まったく、冗談を言っている場合ではありませんのに。諸葛亮さんは、わたくしたちの想像を越えた策を打ってきているのかもしれません。それを承知で動かれたのは、お兄さまではありませんか」

 

 劉備の軍師となった諸葛亮が、どのような策を講じてくるのか。飛び込んでみなければ、その全貌は見えてこないものなのである。

 彭城の戦線は、初日からここまで膠着状態となりつつある。ならば、あえて相手の策に乗ってやり、覆してみせれば戦況は一気に自分たちのものとなるのか。

 栄華の中にある、不安の種の正体はなんなのか。柳琳の向かっていた先から使番が駆け込んできたのは、その時だった。

 

「申し上げます。楽進さまの部隊は急襲を受け、かなり乱されている御様子。そちらの救援にあたるのでしばらく戻れない、と曹純さまからの言伝を預かっております」

「なんですって? それで、相手の旗は」

 

 矢継ぎ早に、詠が伝令に質問をぶつけている。

 凪が統率を乱され、柳琳が援護をしなければならないような相手。そんなものが、いったいどこから湧いて出てきたのか。詠の顔には、焦りがはっきりと表れてしまっている。

 

「はっ。わが軍を襲っております敵は、呂の一字を掲げておりました。それも、血をぶちまけたような真っ赤な呂旗です」

「赤い、呂旗……。嘘でしょ、そんな、そんなことって……?」

 

 伝令のもたらした報告が、詠の心を乱しに乱している。青ざめていく表情。そこには、痛々しさすらあるくらいだった。

 

「ン……。そうか、深紅の呂旗がな。苦労、さがってよい」

 

 受け入れがたい事実だが、相手がその旗を使っているのならば、楽進隊の苦戦にも納得がいく。全体への指示も、早急に出し直さなければならなかった。

 

「くっ……! どうして、一刀殿はそんなに平然としていられるのよ!? 深紅の呂旗が、(れん)があなたを裏切る理由なんて、どこにもないじゃない。そんな、そんなのって……!」

「深紅の呂旗を使う軍勢が、俺の麾下に攻撃を加えている。現実は、それ以上でも以下でもないのだよ。落ち込むことくらい、あとでも出来る。ここは戦場なのだぞ、詠」

 

 嫌な湿り気のある風が肌に触れる。脅威は、すぐそこまで迫っているということなのか。

 にわかに、雲行きが怪しくなっている。動揺が後方にまで伝われば、劉備軍はここぞとばかりに押し込んでくるに違いない。深紅の呂旗。それは、かつて董卓軍を象徴するものでもあったのだ。

 自分に対する叛乱だとすれば、どこまでの規模のものなのか。そして、その先のことが頭に浮かぶから、詠は心を取り乱しているのか。

 

「お兄さま。どうやら、こちらにも軍勢が迫っているようですわ。旗は紺碧の張旗。言いたくはありませんが、この普通ではない速さです。率いているのは、おそらく」

 

 栄華の端正な顔が歪んでいる。詠と一緒で、どうしてだという思いが強いためなのだろう。

 迷っている時間はなかった。誰だろうと、向かって来るのなら闘う以外の道はない。剣を抜き、曹操は叫んだ。

 

「詠を連れてさがっていろ、栄華。相手の狙いは、間違いなく俺だけだ。だから、余計な人間は、近くにいない方がいい」

「嫌です、お兄さま。わたくしにだって、できることくらい」

「邪魔だと言っているのがわからないのか。おまえたちがいたところで、大して役には立たん。これは命令なのだ、栄華。まさか、それを聞けないとは言ってくれるなよ」

 

 馬蹄が地面を叩く音。騎馬の集団が、段々と近づいてきているようだった。

 わがままを聞いてなどいられない。それに、命を捨てるつもりなど少しもなかった。

 

「……わかりましたわ、お兄さま。ですから、必ずやご無事で」

「それでいい。戻ってくるまでに、詠に気合いを入れておいてやることだ」

 

 護衛の兵に囲まれて、二人が離脱していった。

 息をつく間もなく、果敢に向かってくる旗が見える。紺碧の張旗。間違いなく、張遼軍のものだった。

 盾を持った旗本を集め、円陣を組む。とにかく、騎馬の勢いを止めることが先決だった。

 

「来るか、張遼」

 

 闘気を含んだ風。吹き抜けたかと思うと、兵が次々と薙ぎ倒されていく。

 少数であっても、その突破力は圧倒的と言っていい。調練の行き届いた騎兵を手足のように操り、張遼が駈けてくる。気後れだけはしてなるものか。闘気で身体を満たし、曹操は馬を疾走らせた。

 

「あはははっ! さっすが、ええ覚悟しとるやないか、曹操」

 

 初太刀。勢いのままに振り下ろされる偃月刀を、なんとか受け止める。

 張遼は、ひどくおかしそうに笑っていた。斬り結ぶ。これほどまでの相手と打ち合うのは、虎牢関での戦さ以来だった。

 あの時は呂布が相手であり、味方には関羽がいた。今ではその関羽に後方から迫られ、前方ではおそらく呂布が暴れている。なにもかもが、遠い過去のことのように思えていた。

 

「何のつもりだ、張遼。おまえと遊んでいる暇など、俺にはないのだよ」

「おっと。それはすまんかったな、曹操。せやけど、あんたが無茶しようとしてるせいで、心を痛めるもんがいる。それだけは、忘れんことやな」

 

 偃月刀の速度が増す。

 全てを防ぎ切ることなど、出来はしなかった。斬られた箇所から痛みが生じている。だが、どれも軽症ばかりであり、戦意を失うには程遠いものだった。

 どこまで、自分は耐えられるのか。そして、張遼は本当に殺す気で向かってきているのか。生まれる雑念ごと斬り捨てるつもりで、剣を振るった。そして、それに応えるかのように、張遼の攻撃も激しくなっていく。

 逆襲の目は、どこに転がっているのか。ここからは、ほとんど運任せと言うほかない。

 

「趙雲推参。まだ生きておられますな、主」

 

 叫び。星の声なのか。

 確かめている余裕はない。張遼の繰り出す一撃をかわし、曹操は気迫で打ち込んでいた。

 張遼の守りが、かすかに揺らいでいる。自分がやれるのは、ここまでなのか。それでも、気持ちは幾分か軽くなっていた。

 

「へへっ。やるやないの、曹操。やっぱりウチ、あんたのことはどうやったって嫌いになれんわ。そんで、次はそっちが相手してくれるんか、趙雲?」

「指揮を放り投げてまで、こうして来てやったのだ。多少の怪我では帰してやれぬゆえ、覚悟するといい、張遼よ」

 

 得物を向け合い、二人が睨み合っている。

 したたり落ちる汗。腕で拭い、曹操は剣を構え直していた。苦しいが、まだ全てが終わったわけではない。

 どうすれば、現状を斬り抜けられるのか。そのことだけを、曹操は考えていた。



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十七 到来する黄金

 もう何合打ち合っているのだろうか。

 (せい)と張遼。二人の力量は互角であり、この闘いはかなり長引くことが簡単に予測できていた。

 殿軍の方は、いつまで持ちこたえることができるのか。騎馬の攻撃によって散らばった旗本に参集をかけながら、曹操は少し後方に意識を向けていた。星が戦線を離れているだけあって、負担のほとんどを秋蘭(しゅうらん)が受け持つような格好になっている。関羽だけならまだしも、劉備の率いている兵は一万を越えているのだ。そのような相手を、いつまでも放っておけるものではない。絶影のいななき。瞬時に反応して、曹操は騎兵をひとり打ち落としていた。

 自分たちの乱れを察知して、劉備軍は確実に勢いを増している。そちらとまともにぶつかるためにも、早急に呂布軍を退ける必要性があるのか。

 張遼が一騎討ちに興じている今、騎馬隊に先ほどまでのような動きの鋭さはない。呂布軍は個人がかなりの力を有しているが、如何せん数が少なかった。勢いが止まっところを押し包むように囲んでやれば、最後には逃げるしかなくなる、と曹操は読んでいた。

 強引に討とうとしたところで、自軍に無為な消耗が拡がるだけだ。それに、張遼の言葉が心のどこかに引っかかっている。

 戦の邪魔立てをされたのだ。自分では、強く怒りが湧いて出てくるものだと信じ込んでいた。それなのに、この不思議な感覚はなんなのか。悲しみ。いや、そうではない。もっと掴みにくく、言い表し難いもの。そんな思いが、胸の近くで幾重にも渦を巻いているのか。

 

「星。そのまま、張遼を引き付けておけ」

「御意にままに。くくっ、どうしたのだ張遼よ。少し、疲れが見えてきているのではないか?」

 

 言いながら、星が素早く槍を突き出した。

 まともな相手であれば、とっくに串刺しになっている。そんな攻撃を容易く受け流しているのだから、張遼はやはり図抜けた武人だと言えるのだろう。

 

「阿呆抜かせ。その言葉、そっくりそのままあんたに返したるで、趙雲」

「ちっ。しかしまあ、やんちゃをするには、ちと歳を食いすぎているのではないか? いい加減落ち着いたらどうなのだ、お主も」

「へへっ、たいそうな余裕かましてくれるやないか。つっても、こうなったらしゃあないか……」

 

 張遼が舌打ちをする。

 自身の置かれている状況に、気づかないような女ではない。退き際の見極め。良将の采配というのは、案外そういう時に発揮されるものなのではないかと曹操は肌身で感じている。

 

「近いうちに、また会うこともあるやろう。ほんならまたな、曹操」

 

 渾身の一振りで星から距離を取り、張遼は騎馬隊を連れて去っていった。

 残された土煙。しばらく見つめていた星が、馬首を返してそばに寄ってくる。疲労はしているものの、まだ闘える。言葉を介す必要などはない。星は、すぐにでも秋蘭の援護に向かおうと言いたがっている。

 

「供をしてもらうぞ、星。まずは劉備軍を押し返す。一息つくのは、それからでも遅くはあるまい」

「ええ、参りましょう。しかし、主のそのようなお顔、なんだか久方ぶりに見たような気がしてなりませんな」

 

 昂揚。長く、忘れかけていたものだった。それを、自分は取り戻しつつあると星は言いたいのか。

 星が、無遠慮に肩口を叩いてくる。じわりと痛む傷口。それでも、手のあたたかさがちょっと心地良いとさえ思えてくる。

 道を閉ざしていた冬。明けた今、この戦で全てを終わらせるつもりだった。

 呂布軍の参戦は、なにを意味しているのか。兗州に残してきた桂花(けいふぁ)からの知らせは、まだないままだった。

 

 

 騎兵の群れ。先頭を駈ける麗羽(れいは)の黄金鎧が、陽光を反射して一際目立っていた。

 馬蹄の跳ね上げた泥水が、頬を汚す。不快だが、馬を止めている余裕はなかった。

 

「麗羽さま、ほんとに休憩しなくても平気なんですか?」

「わたくしがいいと言っているのですから、黙って馬を走らせなさいな、斗詩(とし)。今日中には、戦場に到着するつもりで駈けるのです。そのくらいの気概もなしに、袁家の将軍は務まりませんわよ」

「も、もちろんです。でしたら、もう少しがんばりましょう、麗羽さま」

 

 先行させている斥候から、曹操が戦を始めたという報告を受けている。

 徐州軍はこの数ヶ月でやれるかぎりの備えをしてきたようであり、緒戦で崩されるような事態には陥っていないようだ。これならば、到着を間に合わせることができる。その一心でここまで駈けてきただけあって、麗羽は半ば執念で手綱を握り続けていた。

 

「待っていなさい、曹操さん。すぐに、わたくしが参りますわよ」

 

 馬上で、何度そう呟いたことだろうか。

 曹操の姿はまだ見えてこない。なのに、これまでよりもずっと近くに感じられている気がしていた。人というのは、心の持ち方ひとつで景色を変えられる生き物なのだと聞いたことがある。曹操に逢いたい。逢って、思いの丈をぶつけたい。衝動のように感情が溢れてくる。善し悪しなど知ったことではない。ただ、確かに今、自分は強く生を実感することができているのだ。

 

「斥候からの報告です、麗羽さま。このまま西に十里ほど進むと、戦場に出られるみたいですよ」

「それで、戦況はどうなっているのです。数日前には、拮抗しているという話を聞いたばかりでしたわね」

「はい。報告によりますと、曹操さんの軍が少し押されているみたいです。詳しいことはわかりませんけど、劉備さんと闘っているところに、呂布さんの軍が押しかけてきたようでして」

「呂布さん、ですって? あの野良犬は、曹操さんが飼っていたはずではありませんの」

「ええっと、とにかく報告終わりです! 急ぎましょう、姫!」

 

 強引に質問を終わらせにかかる斗詩を尻目に、麗羽は過去を思い返していた。

 呂布の名を聞かされれば、嫌でも思い出すことがある。董卓軍との闘い。もっと言えば、虎牢関での攻防戦だった。

 あの頃の自分には、どこか思い上がるような節があったのかもしれない。あるいは曹操の援助を受け、連合軍はうまく回っているように錯覚していたのか。

 虎牢関から軍勢を退却させたのは、間違いだった。たとえ突破が難しくとも、包囲を続けていれば呂布を一箇所に留めることができたのである。そのまま、戦意のある孫堅に別口から洛陽を攻めさせていれば、違う結果が出ていた可能性もあったのではないか。

 結局、自分は攻囲をやめさせてしまったのである。曹操との間に壁ができあがってしまったのも、それからだった。どうして、董卓は都を完膚なきまでに焼けたのか。その気持ちは、今でもわからないままだった。

 

「どういたしましょう、麗羽さま。このまま、どちらかに加勢することだって可能だとは思いますが」

「いいえ、斗詩。それでは、なにも変えられない。この戦、どちらかが勝ってはいけないように、わたくしには思えるのです」

「うーん、でしたらそれって……?」

「間に割って入るしかありませんわね。全軍に、戦闘態勢を取らせなさい」

「ふふっ、了解です。どなたに似たのか、無茶をなされるようになりましたね、麗羽さまも」

「お黙りなさい。さあ、参りますわよ、斗詩」

 

 馬上で感じる風。戦場に近づくにつれて、重みが加わっていくようだった。

 前方に、『曹』と『劉』の旗が揺れている。ぶつかっている部分だけならば、わずかに劉備軍が勢いで勝っているのか。呂布軍の姿はどこにもない。山あいで闘っているのか、それとも曹操軍に押し返されたのか。細かな戦局は不明だったが、やることはひとつだった。

 

「姫、私のそばを離れないでくださいね」

「期待していますわよ、斗詩。両方の戦意を、削いで見せなさい」

 

 袁家伝来の軍旗が、戦場に躍っている。戦鎚を担いだ斗詩が前に出て、一騎を弾き飛ばす。

 両軍の足が止まった。自分の狙いが伝われば、劉備は軍勢を引き上げるはずだ。成功するという確証はない。だが、やらなければなにも変わらない。変えることなど、できるはずがない。

 どこにいる、曹操。闘気の渦の中、麗羽は男の名を胸中で呼んでいる。



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十八 雪解け

ついに100話まで来てしまいました。
本来ならこのくらいで完結できるようにする予定だったんですけど、まだ当分無理そうです!


 設営し直した陣屋に、曹操は女を迎え入れていた。

 力の感じられる視線。研いだ刃に近しい雰囲気。そのどれもが、自分の隣には欠けていたように思えてくる。

 小さく拝礼をした桂花(けいふぁ)が、進み出て言葉を発していく。今は陣屋に二人きりで、それも懐かしさを生じさせる要因となっているのか。

 (りん)(えい)の二人には、新たな陣地の構築を監督させていた。働いていれば、少しは気が紛れることもあるのではないか。そう提案してきた稟が、望んで補佐についているのだ。衝撃は大きかったのだろうが、自身を完全に見失っているわけではない。今後のことを考えても、詠には立ち直ってもらう必要があった。

 

「まずは、謝罪をさせてちょうだい。与えられた守備の任を、私は果たしきれなかった。処罰なら、甘んじて受けるわ」

 

 桂花の言葉に、驚きはなかった。

 呂布軍が自分に牙を剥き、留守居を命じていた桂花がこうして徐州にいる。それが、全ての状況を物語っていると言ってよかった。

 兗州での曹家の旗色は、調べるまでもなく悪化している。手当を、早急に考えるべきだった。

 

「おまえへのつまらん仕置きを考えるよりも先に、俺にはやるべきことがあるのでな。それで、一緒にいたはずの(ふう)はどうしている。昂の姿も、ないようだが」

「風なら鄄城に残ったわ。だけど、あなたを裏切ったわけではないみたいよ、一刀。それと、昂のことなのだけれど……」

 

 呂布軍の叛乱に際して、風なりに思う部分があったのかもしれない。離れていなくては、できないこともある。それをしようと、風はあえて敵陣に身を置くことを決めたのか。

 珍しく、桂花が言葉に詰まっている。考えたくはないが、昂になにかがあったのかもしれない。敵方に囚われたのだとすれば、こちらにとって不利な材料となってしまう。それ以上に、桂花にとっては耐え難い苦痛となるはずだ。

 思い出す話がある。かつて、師であった橋玄が賊に子を人質とされたことがあったのだ。結局、その子は生きて帰らなかった。師は厳粛に事態を進めることを優先して、交渉などには一切応じようとしなかった。それこそが、正しい道だと信じていたからだ。

 小さかった自分には、理解のし難い考えだった。だが、そのおかげで緩みきっていた慣習は引き締まり、同様の事件は減じたのだ。過去の話をしていた師の顔は、ちょっと悲しそうだったように思う。愛していなかったわけではない。それでも、時として手を離すべき瞬間はやって来るものなのか。

 自分に、その覚悟はあるのか。桂花の言葉の続きを、曹操はじっと待っていた。

 

「昂は、冀州に逃したわ。母さまと流琉(るる)も一緒よ」

「冀州だと。となると、あいつを動かしたのはおまえなのか、桂花?」

「認めてしまえば、そうなるわね。だけど、袁家に話を持ちかけたのはたぶん私だけじゃない。劉備のもとには、諸葛亮もいるんでしょう? だったら、援軍を請わない理由なんてどこにもないもの」

 

 先の闘いのことを、曹操は思い返していた。

 袁紹軍の乱入。それも、両軍のぶつかり合いを遮るような動きだった。なにかの示し合わせがあったのかはわからない。それでも、袁紹軍の到来を受けて、劉備は戦をやめてしまったのである。

 数里はなれた小高い丘を、袁紹軍は陣所としている。一万ほどの後続がやって来て、合流したという報告も入ったばかりだった。

 乱戦の最中、袁紹が必死になって馬を駈けさせているところを眼にしていた。長い付き合いの中でも、見たことのない姿だった。あの女を、なにがそこまで駆り立てているのか。曹操には、袁紹の真意が見えていないままだった。

 あんな真似をしてまで、なにをしに来た袁紹。曹操は、心の中で呟いていた。

 

「そっ……。怒らないのね、一刀。袁紹がどう動くかまでは、私にも予想できなかった。だけど、あの女は確かにあんたと話をしたがっている。仕掛けてこないのは、その証拠ではないの?」

 

 怒りが、なんの役に立つ。ぬるくなった白湯を口に含みながら、曹操は桂花の顔をじっと見つめていた。

 袁家との同盟。桂花の狙いは、そのあたりにあるのか。越えるべき壁。連合軍で決別してからは、その思いがより強くなっていた気がしている。それだけに、袁家との融和を考えたことは一度もない。気位の高い袁紹にも、そんな気があるとは思えなかった。

 

「袁紹は、闘って雌雄を決するしかない孫堅とは違う。そんな単純なこと、わからないあんたじゃないでしょうが。戦をしたいのなら、すればいい。その時には、私も一切の私情を捨てると約束するわ。けど、まずは会ってみてから考えても、遅くはないんじゃないかってね。私の思いは、それだけよ」

 

 自分以外の誰かと、共に天下を戴く。

 そんなことで、本当に国は治まるのか。それとも、桂花はもっと別の可能性があると言いたいのか。

 

「孤独であるから、孤高にもなれる。覇者というのは、そうした存在であるべきではないのか。時々、そんなことを考えてしまうのだよ、俺は」

「悪い冗談はやめてもらえないかしら? 大体、あんたはもう孤独になんてなれっこないっての。見てみなさいよ、ほら」

 

 桂花が、陣屋の扉を指し示す。

 わずかに開いた隙間。そこから、誰かがこちらを覗いているようだった。視線が合う。驚いたのか、頓狂な叫びが聞こえている。

 前線から戻した(すい)香風(しゃんふー)、それに栄華(えいか)までもが参加しているようだった。倒れ込んだ三人の身体が折り重なってしまっている。最下部で下敷きになっている香風が、苦しそうに地面を叩いていた。

 

「も、申し訳ない、一刀殿。覗く気なんてこれっぽっちもなかったんだけど、その、さ……」

「お兄ちゃん。翠は、ちっとも悪くないよ。栄華さまが、気になるんだったらちょっとだけ扉を開けてみればいいって……、むぐぐっ」

「な、なにをおっしゃいますの、香風さん!? お兄さま、これはそのう……」

 

 三者三様の言い訳が並ぶ。言い繕いたくなるくらいに、今の自分は虫の居所が悪そうに見えるのか。

 香風の軽い身体。抱き上げながら、曹操は桂花の言を反駁させていた。孤独になど、なれるものか。そんなことは、自分が一番よく知っているのではないのか。香風のやわらかな頬が触れる。陽射しをたっぷりと吸い込んだ髪の香り。その甘さも、しばらく忘れていたように曹操は思っている。

 

「つまらない覇者になんて、一刀殿がなる必要はない。あなたに惹かれて、ここにいるみんなは集っているんじゃないか。西涼の片田舎で槍を振るうしか能のなかったあたしだって、そうなんだ。桂花だって、なっ?」

「ふんっ。馬鹿なこと、言わせようとしないでよね。そんな手に引っかかるのは、春蘭(しゅんらん)華侖(かろん)くらいなものよ」

「だってー、お兄ちゃん。シャンは、もちろんお兄ちゃんのことが好き。それは、ずっと変わらないんだと思う。だから、ずっとずーっと、一緒にいさせて?」

 

 香風が小さな手を重ねてくる。翠、栄華、それに桂花まで。重なる手は、次々に増えていく。

 自分の進むべき道は、この中にこそあると思えてくる。孤独は、昔から好きではない。そんなことは、はじめからわかっていたはずだった。

 

「お兄さま。袁紹さんと、お会いになってくださいまし。今のお兄さまなら、きっと悪い結果にはなりません。わたくしが保障いたしますから、どうか」

「確証のないことを言ってくれる。だが、いいだろう。袁紹のところに遣いを出しておけ。明朝、こちらから会いに行くとな」

 

 腹積もりはできた。あとは、袁紹の出方を窺ってみるしかない、と曹操は覚悟を決めていた。

 不意に、桂花が肩を寄せてくる。先々の全てに、見通しが立っているわけではない。そしてそこに、微塵も不安がないわけではない。軍師として、母として、弱い部分を見せるわけにはいかない。その思いが支えとなって、桂花をここまで連れてきたのか。

 

「ン……。おかえり、桂花」

「ふふっ。あなたもおかえりなさい、一刀」

 

 自然と笑みがこぼれていた。

 冷え冷えとしていた心。融けた雪のように、どこかへと流れていってしまったのか。

 勢いよく何度も頷く翠を見て、栄華がおかしそうに笑っている。その声が、今はたまらなく愛おしかった。



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十九 曹袁の契り

 原野を三頭の騎馬が駈けている。

 春蘭(しゅんらん)(せい)の二人だけを連れて、曹操は自陣を出立していた。闘いに行くのではない。だから、余計な護衛など不要だった。冷えた風が心地良い。こうやって、無心で馬を駈けさせるのも久しいことなのだ。

 

「しかし意外だな。お主のような女が、陣を引き上げることを容易く受け入れるとは。もう少し、粘って見せるものかと思っていたぞ」

「ふんっ。それは私だって、まだ戦をし足りないと思っているに決まっているではないか。徐州軍の急ごしらえを抜けなかったのは、私の失策でもあるからな。それに、叔父上の仇を、なにひとつ討てていないのだ。悔しくって、当たり前だ」

 

 風に乗って、春蘭の無念が流れてくる。

 たぶん、自分に聞こえているのがわかっていて話しているのだろう。胸の内に留めておけるような思いではない。誰かに聞かせることで思いは昇華し、天にすら昇っていけるのかもしれない。

 父には、今の自分の姿がどう映っているのだろうか。考えても意味がないが、そんなことがふと頭を過ぎっていく。春蘭が溜めに溜めた感情を吐き出し、それを星が静かに聞いている。袁紹の陣まで、あと二里(約八百メートル)もないはずだった。到着までに、心のわだかまりにけりをつける。それがわからない春蘭ではないと、曹操は知っている。

 

「殿が、われらに帰って来いと命じられた。私には、それで十分だったのだ、星よ。というか、むしろ貴様はそうではないのか? まさか、殿がもういいとおっしゃられているのに、闘いを続けるというのではあるまいな」

「おかしな勘繰りはよせ、春蘭。主の御意志のない戦場に、わが槍は輝かぬよ。短くない付き合いなのだ。そのくらいは、わかってくれているものだと決めつけていたのだが」

「む、無論ではないか! ……っと、あれがそうか」

 

 春蘭の発していた気勢が、段々と小さくなっていく。

 前方に見えているのは、無数に並んでいる『袁』の一字の旗。この旗の間を通り抜けるのは、連合軍の一員として董卓と闘った時以来だった。

 殺気立つような雰囲気はない。(おとな)うことを伝えてあるとはいえ、先日槍を交えた軍勢の陣中だとは思えなかった。そのあたりの規律は、袁紹が徹底させているのか。だとすれば、油断のならない相手のようにも思えてくる。

 

「アニキ! 曹操のアニキじゃんか!」

 

 厳粛だった雰囲気を突き破り、文醜が走り寄ってくる。

 尻尾があれば、きっと縦横に振りまくっている。そのくらいの機嫌の良さを、文醜は見せていた。

 

「姫ってば、起きてからずっとそわそわしちゃってさ。アニキが来るの、待ちきれないんだよ」

「信じがたい話ではあるが、おまえが言うのだから嘘ではあるまい。案内を頼めるか、文醜」

「へへっ、もちろんだっての。ほら、こっちだぜ」

 

 早足気味の文醜を追って、陣の中を縫うようにして進んでいく。

 袁紹とは、長らく顔を合わせていない。書簡のやり取りを時々していたくらいで、それも極めて事務的な内容だった。

 桂花(けいふぁ)の考えに、どこまで乗ってみるべきなのか。それを見定めるためにも、袁紹とは会う必要がある。自分でも結論が読めているわけではなかった。それでも、乗ってみるべき流れというのは確かに存在する。

 

「さて。どう出てくるかな、あいつは」

 

 特徴的な金髪が見えてくる。丁寧に巻かれた長い髪だけは、いつ見ても見事なものだった。

 具足をつけていないのは、こちらに合わせてのことなのか。周囲にいる兵はまばらで、意識して近くにいるのは顔良だけという状態だった。

 足を止める。手を伸ばせば、触れられるくらいの距離に袁紹がいる。気さくに声をかけようとは思わなかった。袁紹もそうなのか、ちょっと出方を伺っているような感じがする。

 

「あの、姫?」

 

 たまらず、顔良が背中を押す。

 それで、乳房を押し上げるように腕を組んでいた袁紹がようやく口を開いた。

 

「みじめですわね、曹操さん。考えなしの戦をして、領土まで失ってしまわれるなんて。ほんとうに、みじめだとしか言いようがありませんわ」

「ここへは俺を嗤いに来たのか、袁紹。だったら、すぐに兵をまとめて冀州に帰るがいい。領土を回復したら、今度はおまえを叩き潰す。守りを固める時間くらいくれてやってもいい。かつて友誼を結んだ仲だ、その程度の加減はしてやるさ」

 

 それまで和やかだった雰囲気が、急速に冷え込んでいく。

 顔良と文醜もわけがわからないといった感じで、顔色を青くしてしまっていた。

 やはり、こうなってしまうのか。決別するならするで、構わないと思っていた。所詮、自分たちは相容れない仲だった。それさえはっきりしてしまえば、あとはなんの躊躇もいらなくなる。

 失ったのは鄄城だけではない。報告通りであれば、兗州の半分ほどを奪われてしまっているような状況だった。呂布軍が主体となってできるようなことではない。叛乱勢力の中心になっているのは、あの張邈だった。

 

「ふうん。もっと暗く沈んでいるとばかり思っていましたけど、意外と元気なのですわね。ふふっ、わたくしちょっと安心いたしましたわ。あなたの辛気臭いお顔なんて、正直見ていられませんもの」

「なにを考えている、袁紹。荀彧から話は聞いている。徐州の諸葛亮からも、援軍を請われているのだろう? それなのに、どうして両軍とぶつかるような真似をした。漁夫の利を狙えるような器用な女ではあるまい。おまえの性格なら、俺もよくわかっているつもりだ」

「むっ……、失礼なお人ですわね。ですが、まあ許して差し上げましょう。せっかく、あなたから会いに来てくださっているんですもの」

 

 袁紹が、指に巻き癖のついた毛先を絡めている。

 なにか躊躇っている言葉がある。その仕草を、曹操はそのように捉えていた。

 場の空気が和らいでいる。もう少し、話を続けてみてもいいと思った。袁紹の視線。地面と自分とを交互に見つめている。剣呑さはとっくに消え去っていて、あとにはどこかあどけない迷いの表情が張り付いているだけだった。

 

「あの日交わした約束のこと、忘れていませんわね、曹操さん?」

「荀彧をさらった時のあれか。それならば、覚えている。おまえの言うことを、俺がひとつなんでも聞く。確か、そんな約束だったな」

「ええ、その通りですわ。そ、その約束、今ここで果たしていただこうではありませんか。異論があるだなんて、言わせませんわよ」

 

 言いながら、麗羽はますます自慢の金髪を絡め取っていく。

 約束は約束で、反故にしてしまうつもりはなかった。事実、袁紹の助力がなければあそこまで上手く桂花を奪えなかっただろうし、宦官たちもずっと食い下がろうとしてきたはずだ。

 控えている春蘭と星が、こちらをまじまじと見つめている。簡単に言うことを聞いてしまってほんとうにいいのか。そんな危惧を、二人は感じているのだろう。

 

「いいだろう袁紹。おまえの望みを、ひとつ聞いてやる。遠慮など不要だ。気にせず、言ってみるがいい」

「わ、わかりましたわ。それではいきますわよ、曹操さん?」

 

 袁紹が、巻き付けた髪をようやく解放する。

 なにか心に決めていることがあるのか。その眼差しは真剣で、訴えかけてくるような迫力が存在していた。

 

「んっ、こほん……。その……、わたくしを娶ると、この場で誓いなさい。よろしいですか? わたくしを、あなたのお嫁さんにするのです。か……、一刀さんの、お嫁さんにです」

 

 一瞬、袁紹がなにを言っているのか判別できなかった。

 それは文醜たちも同じだったようで、それぞれ似たような呆れ顔で固まってしまっていた。

 わたくしを娶りなさい。袁紹は、確かにそう言ったのか。眼の前には、顔を真っ赤にしている女がいる。その姿を見ていれば、自分の解釈が正しいのだと嫌でも理解できてしまう。

 次の瞬間、腹の底から曹操は笑っていた。こんなことが、現実としてあり得てしまうのか。予想の範疇を越えるといった意味では、袁紹以上の女は存在しないのかもしれない。

 自分の返答を、袁紹は小さくなって待っている。約束は守る。そう言い聞かされていても、不安が上回ってしまうのか。かわいい女だ、と素直に思えた。

 

「はははっ。自分を娶れとは、おそれいった。なるほど、それでこそ袁紹本初ではないか。まったく、これほど愉快なことが、世の中にあるとはな」

「な、なんですの、曹操さん。わたくし、決死の覚悟で告白しましたのに。それを笑うだなんて、あんまりです」

 

 袁紹が、麗羽(れいは)が目の端に涙を浮かべている。

 決意のどこにも嘘はない。美しい涙だと思った。一歩近づき、麗羽の肉付きのよい身体を抱きしめる。そして、有無を言わさず口唇を奪った。

 

「んっ、んんっ、ふむぅううっ……」

 

 麗羽が驚いたようにくぐもった声を洩らしている。

 ここにいる全員に、見せつけてやるつもりだった。曹と袁。この時をもって、二つの家は結びついたことを知らしめる。恥ずかしがって出て来ない舌先。吸い上げ、唾液を塗りたくった。麗羽は、自分がなにをされているのかよくわかっていないのかもしれない。あるいは、夢の中にいるとでも思っているのだろうか。

 甘い吸い付き。ゆっくりと顔を離すと、麗羽の口からだらしなく涎が垂れ落ちた。顔良と文醜の二人は喜びを爆発させている。麗羽の家中の大半は、自分たちが結びつくことを望んでいたのか。反対するような騒ぎはどこにもなく、祝福するような声が多く聞こえている。

 

「徐州との戦をやめろ、などとのたまうのであれば、おまえを斬ってしまうつもりだった。しかし、はははっ。さすがに、袁家当主ともなれば言うことが違う。敗けたよ麗羽。この戦、俺の完敗だ」

「ふえっ……? んんっ、一刀さん……」

 

 身体に上手く力を入れられないのか、麗羽は自分にもたれかかったままになっている。

 ずっとこうしているわけにはいかない。意図を察してくれたのか、顔良が奥に向かって歩いて行く。陣屋でひと休みすれば、麗羽も冷静さを取り戻すのだろう。落ち着いてからしか、できない話もある。まだ、帰ってしまうわけにはいかなかった。

 

「やれやれ、とんだ強敵の出現ということですか。主よ、私と夏侯惇は先に帰陣してもよろしいですかな? どうせ、夜まで乳繰り合うおつもりなのでしょう、袁紹殿と。いや、明日の朝までと言った方が正しいのでしょうか」

「そうしてくれ。迎えは……、たぶん寄越さなくていい」

 

 麗羽が耳もとで、うわ言のように自分の真名を繰り返し呼んでいる。

 情欲の炎が揺らめき立つ。すぐにでも熱をぶつけ合いたいと思わされてしまうくらい、かわい気のある声だった。豊満な女体。そして、複雑に入り組んだ心までもが、自分のものになったというのか。

 まだ、どこかに信じられないという気持ちが残っていた。一夜を深く過ごせば、そんな疑心もきっと消えてなくなる。

 愛おしい重み。全身で感じながら、曹操はひとりでに笑っていた。




袁紹
 幼少期からの友である曹操に恋心を抱くが、反董卓連合の離脱以来、二人のすれ違いは長く続いた。
 曹操の徐州攻めに対し、軍勢を送り込むことを決意。劉備軍との戦に割って入った袁紹は、やがて思いのすべてをぶつけて、曹家を支える柱石のひとつとなった。


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二十 夢想を越えて(麗羽)

 これはほんとうに現実なのだろうか。夢見心地のまま、麗羽(れいは)は天井をぼんやりと見上げている。抱きしめられたのは、陣屋に入ってすぐのことだった。背中で、曹操の存在を強く感じている。吐息。鼓動。些細な動きでさえ、今は手に取るようにわかるようだった。

 試しに、自分の手の甲をちょっとつねってみる。痛み。小さく走り抜けていく。やはりこれは現実であり、自分は思いを遂げることができたのか。笑い声。曹操のものだった。おかしな女だと思われてはいないだろうか。不安を隠すように、麗羽は顔を下に向けた。

 こんなに気安く触れ合っているのは、小さな頃以来なのである。娶るように言い出したのは自分だったが、いきなり距離が縮まるとは思いもしなかった。心の準備ができていない、とでも言えばいいのだろうか。とにかく、複数あったはずの壁が、全て突き破られているような状態なのである。そして、簡単にそれができてしまうのが、曹操という男の卓越した部分なのかもしれなかった。

 

「今思えば、ひどく遠回りをしていたような気がしてくるな。おまえとこうなる機会など、いくらでもあったはずだ。それなのに、俺はかたくなに受け入れようとしてこなかった」

「そんなこと、もう忘れてしまえばよろしいのです。わたくしだって、至らない所業をいくつも重ねてきましたもの。だから大事なのは、いつだってこれからなのではありませんか、一刀さん?」

「ははっ。麗羽に、道理を説かれてしまうとはな。だが、それも悪くはあるまい」

 

 曹操の指に、顎をくすぐられている。

 このまま、自分たちは行くところまで行ってしまうのだろうか。目線の先。そう考えてしまうと、嫌でも寝台が気になってくる。

 

「ああっ……。女性の扱いがお上手ですのね、わが君は。そ、その、わたくし、覚悟はできておりますわよ……? ですから、わが君に求められればいつだって……」

「ン……。それよりも、麗羽にわが君と呼ばれるのはさすがにむず痒いな。どうにかならないのか、それは」

 

 うなじに、熱っぽい感触が生まれている。

 軽くついばまれているだけでも、いけない気持ちに苛まれてしまうのである。だとすれば、その先の交わりにはどのような昂揚が待ち受けているのか。想像しただけでも、身体の芯がふるえてしまいそうになる。

 

「だって、仕方がないでしょう? この世にわが君足り得るお方なんて、曹操孟徳を除いてどこにもいませんもの。ですが、そうですわね……。わが君が変えろとおっしゃるのであれば、わたくしも折れるしかないのかもしれません」

 

 うなじへの愛撫が続いている。まるで、それでいいと曹操が言っているようだった。

 頭の奥が、ぼうっと熱くなっていく。溜めに溜め込んだ思いが、爆ぜようとでもしているのか。それでもいいと、麗羽は艶っぽい吐息を洩らした。

 

「それでは、貴方さまとお呼びするのはいかがかしら。んっ……。わたくしは、旦那さまとお呼びしてもよろしいのですけど」

「からかっているのか、麗羽? だったら、これはどうかな」

「んあっ、やあっ……。貴方さまの指、とてもたくましくって。んんっ……。わたくし、これだけでも感じてしまいます」

 

 手のひらで持ち上げられた乳房。ごつごつとした指が、搾り上げるように食い込んでいる。

 着物越しでも、自分で触れているのとはわけが違うのだ。疼き。もっと深くまで触れてほしい。そんな欲望が、胸の中心部からとめどなく溢れてくる。

 

「座ろうか、麗羽。おまえも、立ったままでいるのはつらいのだろう?」

 

 曹操の意のままに、寝台に腰掛けた。

 後ろから抱かれているのは同じだが、先ほどまでよりも密着するような格好になっている。熱くて硬いなにか。押し付けられている。想像通りのものであれば、曹操も自分との交わりで昂揚を得てくれているのだろう。そんなことでさえ、今は嬉しいと思えてしまう。なるべくして、自分たちはこうなったのだ。確信に近い思いが、ずっと強くなっていく。

 

「きれいな肌だ。手入れは、いつも欠かさないのか?」

「んんっ、そうですわね。幼い頃から習慣のようにやっていましたけど、これからはもっと精進いたします。そうしたら、貴方さまもたくさん褒めてくださるでしょう?」

「ははっ。何事も、ほどほどがちょうどいいのだよ。それに……」

「な、なんですの? っく、んあぁあっ……んっ」

 

 半開きになっていた胸元。いきなりあらわにされたかと思うと、曹操がやや乱雑に両手で掴んでくる。

 突然やってきた大きな刺激に、慣れていない身体が驚いてしまっている。生々しい指遣い。乳房をもみくちゃにされているだけだというのに、情欲の炎が激しくそそり立つようだった。

 

「今でさえ、おまえの肌は俺の指を狂わせているのだぞ? それを、これ以上よくしてどうするつもりだ」

「わ、わかりました。わかりましたから、んうっ……、はあっ、はあっ……!」

 

 乳房を搾り上げる動きを継続させたまま、曹操が先端に触れてくる。

 この愛撫だけでも、どうにかなってしまうのではないか。意図せずこぼれ出た唾液が、胸の上に垂れ落ちた。指で拾い上げ、曹操が乳頭に塗り拡げていく。身体が跳ねる。緩急のある刺激が、たまらなかった。甘い痺れ。全身を包み込んでいく。

 まるで、乾いていた器に水が注がれていくようなのである。ゆっくりと、だが確実に。ずっと求めていた快楽が、すぐそこにあるのか。

 指の腹。爪の先。いじめられる感覚を、好きになってしまいそうだった。曹操自身の熱さも間違いなく増している。独りよがりの快楽でないことが、麗羽もそれでよくわかっていた。

 

「これっ……。わたくし、これっ、だめなのです……! 貴方さまの指が、想像よりも遥かにいやらしくて、くっ、はあっ……!」

「悪かったな、それは。しかし、想像よりも遥かにいやらしいか。ははっ。俺に犯される妄想で、自分を慰めたことがあるような口ぶりだな、麗羽?」

「い、いやっ……! そんなこと、答えられるはずがないでしょう!?」

 

 絶頂に届きそうで、届かない。そんなもどかしさを、火照った身体が味わわされている。

 女の扱いを心得ている曹操のことだから、あえてそうしているに決まっている。身をくねらせてみたところで、器に溜まった水は溢れてくれそうにもなかった。

 羞恥すら、快楽に変えられてしまうのか。乳輪を弄んでいる指先。乳房を搾る動きも、ずっと緩慢なものになっている。いきたい。曹操の指で、いかされたい。この状態が続けば、自分はきっと気が触れてしまう。ならば、選択肢などあってないようなものなのではないか。

 

「い、言います。白状しますから、貴方さまぁ……!」

「かわいいな、麗羽は。いいぞ、好きなだけ気持ちよくなって」

 

 約定を交わした途端、控えめだった刺激が強いものへと転じていった。

 つまみ上げられた、乳首がおかしくなってしまいそうだった。駈け抜けていく悦楽。乳房だけにとどまらず、影響は指先にまで拡がっていく。ぬるりとした感触。自分と曹操の唾液が、乳首の表面で混じり合っている。耐えられるはずなどなかった。腰が浮く。恥ずかしげもなく、嬌声を放ってしまう。気を良くしたのか、曹操からの愛撫がさらに激しくなっていく。

 思考が真っ白になるまで、時間はほとんど必要なかった。

 

 

 あれから、自分はどうなっていたのか。

 見上げた先には、いつもと変わらない天井があった。寝台に寝かされている。ともすれば、軽く意識を飛ばしていたのかもしれない。あれだけ心地が良かったのだ。そうだとしても、なにもおかしくはなかった。

 そういえばと思い、麗羽は上体を起こし曹操の姿を探した。

 

「落ち着いたのか、麗羽?」

「え、ええ。でも、すごいのですわね。愛するお方との交わりが、あれほどまでに凄絶なものだなんて。わたくし、ちっとも知りませんでした」

「ン……。満足してしまったのなら、今日はこれまでにしてもいいが。となると、これの収まりのつけ方が問題になってくる」

「ああっ、熱い……。貴方さまのものが、とっても大きく膨らんでいて」

 

 腹の上に、曹操の男根が鎮座している。

 ここまで大きくなるものなのか、と感心するくらいだった。反り返り。脈打つ姿がやけに雄々しくもある。突き上げられれば、奥の奥までえぐり取られてしまうのではないか。そのくらいの凶悪さを、眼前の男根はたぶん秘めている。

 口ではやめてもいいと曹操は言ったが、それは方便に過ぎいのだろう。それに、自分の身体も曹操そのものを強く欲している。やめようなどとは、少しも思わなかった。

 

「くださいませ、このまま。夢にまで見た、貴方さまとの交わりなのです。ですから、わたくし最後までやり通したくて……。あむっ、はあっ……」

 

 互いの陰部が擦り合わながら、口づけを交わす。

 とてつもなく甘美な味で、自分は間違いなくこれに夢中になるのだろう。

 膣口を開かれる感覚。曹操にされていると思うと、昂りがまた大きくなった。下着をずらした箇所に、熱いものがあてがわれている。入り口をちょっとだけ男根の先がくぐり、様子を確かめているようだった。

 早く。早く、もっとも奥まで曹操のもので埋められたい。そんな欲求が、時間を追うごとに強くなっていく。

 

「いいな、麗羽」

「わたくしはいつでも。来てください、貴方さま。はっ、はあっ、んぐうっ……!」

 

 曹操の声。いつになく優しかった。

 本質的には、いつだってそうだ。ただ、乱世で生き抜くためには非情になるしかない部分がある。激情に囚われた時には、考えなしの戦をする場合だってある。それを含めて、自分は曹操という男を愛している。愛しているから、掛け値なしに徐州まで駈け続けることができたのだと思う。

 

「あ、あれっ? 女の初めてというものは、もっと痛いものだとばかり思っていましたのに。案外、すんなりいってしまいましたわね」

 

 不思議な感じだった。

 自分の腹の中に、曹操がいる。反り返りや脈打ちも、眼で見ていた時よりもかなり鮮明にわかってしまうのだ。

 痛みのようなものは、ほとんどなかった。それだけ、自分と曹操との相性がいいということなのか。想像していた初めてとはかなり違っているが、喜びがあることには違いない。

 

「ははっ。遊びが過ぎたのではないか、麗羽?」

「ち、違いますわっ!? わたくし、貴方さま以外の殿方と遊んだことなど一度たりとも……! 信じて、くださいますわよね……?」

「なにか勘違いをしているのではないか、おまえは。遊びは遊びでも、俺が言っているのはひとり遊びのことなのだよ。そろそろ、聞かせてくれるのだろうな。自分を慰めながら、どんな妄想をしていた?」

「んっ、はっ、はあっ……! そ、それはぁ……!」

 

 安心と恥ずかしさ。様々な感情が入り混じって、身体が縮こまってしまう。

 余裕を持った抽送を行いながら、曹操は笑っていた。乳房が邪魔になって少し見えにくいが、陰部を男根が出たり入ったりしている。指とは段違いの快楽に全身がふるえる。これがほんとうの交合なのか、と麗羽は感じいっていた。

 

「貴方さまに優しく抱っこをされながら、今のようにこうやって……。あんっ、んあっ、んあぁああっ……!」

「ほう。そうやってされるのが、麗羽の好みか」

「はうっ!? あ、貴方さま……っ?」

 

 浮き上がるような感覚。

 曹操の膝の上に乗るようなかたちで、繋がっていた。胸同士が触れている。こうしていると、ずっと顔が近く見えるのだ。興奮を得ているのか、曹操の顔がちょっと赤味がかっている。自分だってきっとそうだ。隠すものなど、もうなにもない。さらけ出して、自分たちはひとつになっている。

 

「これ、とっても素敵ですわ。先ほどまでとは、はあっ、擦れ方がまた変わって。子宮のそばまで貴方さまが来ていらしているのが、よくわかるのです」

「この体勢だと、おまえの感じている表情がはっきりと見える。気持ちいいのだな、奥を突かれるのが」

「はっ、はっ、はうっ……! だって、指ではどうやったってそんな奥までかき回せないんですもの。それに、嬉しいんですの。こんな風に愛してもらっていると、貴方さまに求められているのだと、思えてしまうのです。勘違いなんかでは、ありませんわよね……?」

「当然だ。俺は、自分自身が欲しているからおまえを抱いている。使命感や、損得を考えてしているわけではない」

 

 そう言って、曹操は小さく笑った。

 感情がどうしようもなく昂ぶってしまう。口づけたい。動いたのは、どちらからだったのだろうか。わからないまま、舌を絡ませた。その間も、男根による突き上げは絶え間なく行われている。半分嗚咽にも似た喘ぎが、麗羽の口からは洩れている。

 

「んうっ、ちゅむっ……。はむっ、んっ、んんっ、ちゅう、はふっ……」

 

 ぞくりとするような痺れ。わずかに背中をのけぞらせ、麗羽は軽い絶頂を味わっていた。

 挿入された瞬間から、長く保たないことなどわかっていた。欲しい。このまま腟内で、曹操の子種を受け取りたい。ほんものの射精も、想像とは大きく違っているのだろう。聞いた話では、たった一度の交わりで孕まされてしまうこともあるのだという。それでもいいと麗羽は思った。子を宿し、母となる。それを、愛する人との行為によって知ることができるのだ。それ以上の幸せなど、どこにあるものか。

 

「くっ、ふっ……! んあっ、はっ、はあぁあっ……! 貴方さまも、感じておられるのですね。わたくし、わかるのです。貴方さまの雄々しいものが、中でさらに太くなっていて……!」

「聡いのだな、麗羽は。おまえの中に、溜まったもの全てを吐き出したい。受け止めてくれるか、俺を」

「はい、もちろん。いつでも、射精してくださって構いませんわ。わたくしの準備は、いつだってできていますから」

 

 繋がったまま、寝台に押し倒された。

 膝の上で揺られている時よりも、曹操の力強さをよく感じられる。交合には、体勢によっていくつもの愉しみ方があると耳にしたことがあった。曹操の妻になるのだから、閨房の術もよく学んでおくべきなのかもしれない。家格や今ある力だけで一番になったところで、なんの意味があるのか。そんな考えさえも、やがて快楽の渦中に消えていった。

 

「あっ、あっ……! んうっ、ふっ、ひゃあっ……!」

 

 腰を打ち付ける乾いた音。陰部から鳴る粘っこい響き。

 両極端な二つが折り重なり、境界を壊していく。膨らむ男根。曹操の絶頂も、すぐそこにあるようだった。自分も、これ以上は我慢できそうにない。男根を締め上げる力。どうやったって、緩められそうになかった。

 

「くっ、麗羽っ……!」

「ああっ、貴方さまのものが、きゅうってして……! あっ、はあっ……! これっ、すごいのです……っ♡」

 

 熱い。子宮になにかを直接流し込まれているようなのである。

 消えていく。曹操との繋がりが曖昧なものになっていき、ひとつになるという感覚がより強くなった。下腹部を密着させたまま、曹操は動かないでいる。射精がまだ収まらないでいるのだろう。感じながら、麗羽も何度目かの大きな絶頂を味わい続けていた。

 

「あっ、はあっ、はあっ……。これっ、これが、殿方の射精なのですわね。出されただけで、わたくし幾度となくいってしまいますっ♡」

 

 一度馬鹿になってしまった下腹部が戻ってくるまで、しばらく時間がかかりそうだった。

 戦場にいたせいで、かなり溜め込んでいたのだろう。立ち上がって揺らせば、音が聞こえるのではないかと思えるくらいの量を注ぎ込まれているのである。鬱憤や悔しさのようなものも、そこには溶け出しているのかもしれなかった。自分が、それら全てを受け入れてみせる。いや、周囲に自分と同じような考えを持つ者がいるから、曹操は立ち直ることができたのか。

 

「どうかしたのか、そんな顔をして」

「うふふっ、なんでもありませんわ。けれども、ようやくひとつになれたんですのね、わたくしたち」

「回り道がなければ、もっとつまらないものになっていたのかもしれん。これでよかったのだ、きっと」

「ええ。わたくしも、貴方さまと同じ意見です。ですから、どうか今後とも」

「ああ。頼りにしている、麗羽」

 

 まぐわったまま、とめどのない会話が続いていく。

 せめて明日の朝までは、なにも考えずに交わりだけを愉しんでいたいと思った。それとも、曹操も似たような考えでいるから、挿入をやめないでいるのか。

 雑談の中、男根が硬度を取り戻していく。もどかしくなって、羽織っているだけになっていた着物を脱ぎ捨てた。

 

「あんっ、ふうっ、んあっ……! 貴方さまのもの、まだまだたくましいままですのね」

「麗羽をかわいく思っているから、自然とこうなってしまう。ただ、それだけのことだ」

 

 言葉のひとつひとつが、身体に染み込んでいくようだった。

 深く長い、二人の間に横たわっていた溝。互いを避ける壁として機能していたそれは、急速に埋め立てられ頑強な道になろうとしていた。



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二十一 女の戦

 来た時とは違って、周囲を袁紹軍の騎兵が固めている。

 必要ないと一旦は断ったのだが、麗羽(れいは)がどうしともと言って聞かなかったのだ。その麗羽は、金色の具足を身につけ隣で馬を駈けさせている。いい顔をしている、と曹操は思った。連合軍を結成した頃にあった、浮ついた感じはしていない。それは、自分たちが互いに認め合い、同じ道を進むことを心から望んでいるからなのか。

 こちらを向いた麗羽が、ちょっとはにかむように笑んでいる。爽やかで澄んだ風。全身に受けながら、曹操は絶影に鞭をくれた。

 

「貴方さま。徐州からは、もう兵を引き上げられるおつもりですのよね。でしたら、袁家の軍勢も、兗州に向かうと思っていてよろしいのかしら? わたくしの麾下はほとんど疲弊していませんし、お命じくだされば先鋒を受け持ちますわよ」

 

 麗羽の分析は間違っていなかった。

 戦意の昂揚している袁紹軍に前線を任せれば、いい働きをしてくれることだろう。叛乱の旗手となっている張邈も、自分たちの合流は予想していないはずだ。

 それでも、と曹操は思うことがあった。なにか感じるものがあったのか、麗羽は滅多に見せない神妙な表情で言葉を待っている。

 

紫水(しすい)との決着は、俺がこの手でつけなければならない。俺の行いが、あいつに野心を抱かせるきっかけを与えたのだ、麗羽。それに、袁紹軍の力を借りて兗州を奪還したとなれば、豪族どもを完全に心服させることが出来なくなる。それでは、意味がないのだよ」

 

 紫水、と曹操は張邈の真名を惜別の感情を込めて呼んだ。

 かつての友。そして、自分を兗州の主にまで押し上げてくれた同盟者。その張邈に鄄城を急襲され、領土の多くを失う事態に陥ってしまっている。

 だが、裏を返せば現状は、兗州の主導権を抑えきるいい機会と取ることもできるのではないか。呂布軍のことは気がかりだが、流れの上で対処する以外の選択肢が今はない。結局、こうなった要因は自分にあるからだ。

 

「貴方さまのお考え、よーくわかりましたわ。ですが、わたくしにできることがあれば、なんでもおっしゃってくださいな。それが、夫婦というものでしょう?」

「わかっている。麗羽には、別方面での戦線を任せるつもりだ。斗詩(とし)猪々子(いいしぇ)、二人の働きにも期待しているぞ」

 

 朝、麗羽の陣屋を出てすぐに、二人から真名を預かっていた。

 直接的な主君は麗羽だが、その夫たる自分にも変わらぬ忠義を尽くす所存なのだという。斗詩と猪々子の二人が態度を鮮明にしたことで、袁紹軍に対する指揮が格段にやりやすくなる。

 これは想像でしかないが、冀州を発つ前に軍師の田豊と将来に向けた話し合いをしてきたのではないか。桂花(けいふぁ)がはじめに談判を持ちかけたのが、田豊なのである。それならば、麗羽の意思を汲んで軍部の調整をしていることになんら不思議はない。

 

「任せてください、一刀さん。わたしも猪々子も、やる気は十分ですから」

「へへっ。斗詩の言う通りだぜ、アニキ。そうだ、ちゃんと仕事はこなしてくるからさ、今度時間ができたらご褒美くれよな?」

「ちょ、ちょっと文ちゃん、姫の前だし少しは遠慮しなってば」

「えー、別にいいじゃんかー。それに斗詩だって興味あるんじゃないの、アニキとするいいことにさあ?」

 

 至極愉しそうに弾む声。

 『いいこと』の内容を察したのか、斗詩は明後日の方向に顔を背けてしまっている。

 

「ねえ、いいことってなんですの? はっ……! まさか猪々子さん、わたくしに内緒で一刀さんと……」

「おっ? さっすが姫、するどいなー。ほらほら斗詩、もう答えがでちゃうかもよー?」

「やっぱり、思った通りのようですわね。ですが、知ってしまった以上は勝手は許しませんわよ。わたくしに黙って一刀さんと遊びに出かけようだなんて、そんなのずるいじゃありませんか」

「へっ、遊びに……? あははっ、アニキとやることやったってのに、姫ってば天然すぎるでしょ。まあ、らしいといえばらしいけどさ」

「あら。今なにか聞き捨てならない言葉が聞こえましたけど、わたくしの気のせいなのかしら、猪々子さん? わたくしと一刀さんが、一晩中しっぽり仲良くなにをしていたですって?」

 

 風向きの変化。よくないように感じたのか、猪々子が眼の動きで助けを求めている。

 こうなった麗羽を止める手立てなど、どこにもない。自分で掘った穴をどうにかできるのは、やはり自分だけなのである。

 

「やっ、ちょっと、あたいはなにもそこまで……」

「黙らっしゃい。こそこそ聞き耳を立てるような配下には、なにかお仕置きが必要ですわね。わたくし考えておきますから、よく覚悟しておくことですわね、猪々子」

「そ、そんなあ。なっ、アニキも静かにしてないでなんとか言ってくれよー!?」

 

 原野に絶叫がこだまする。

 懐かしいにぎやかさ。快く思いながら、曹操は自陣を目指し駈けている。

 

 

 妙にしおらしくなった袁紹一行を引き連れて、曹操は陣に戻ってきた。

 (せい)から聞いたかぎりでは、両者は上手くまとまったと言っていい。だが、袁紹が唐突に嫁入り宣言をし、曹操を驚嘆させるような結果になるとは桂花も思わなかった。

 後々そうなった場合に備えて、田豊とは意見を交わしていたのだ。それにしたって、早すぎるのではないか。和解と同時に、夫婦となる契りを結ぶ。そのような脈絡のないやり方は、桂花には考えられないことだった。これが、曹操の話していた袁紹という女の規格外な部分なのか。ともかく、今回はそれがいい方向に作用したのだろう。

 星は笑って話していたが、願いを瞬時に受け入れる曹操もやはりまともではない、と桂花は密かに悪態をついている。

 

「あら、あなたは」

「こうして見えられるようになったこと、嬉しく思います。荀彧です、袁紹殿」

「ああ、やっぱりそうでしたのね。田豊や一刀さんから、お話は聞いています。わたくしのことは、麗羽と呼んでくれて構いませんわ」

「は、はあ。それでは麗羽殿も、私のことは桂花と」

「ええ、よろしくお願いしますわね、桂花さん。同じ妻の立場にある者として、合力して一刀さんを支えていこうではありませんか」

「つ、妻ですって!? っと、その……。私はそんなのじゃなくって、ただ軍師としてあいつのことを……」

 

 他人の領域に土足で踏み込んでくるという意味では、麗羽も曹操といい勝負ができるのではないか。

 やはり、厄介でしかない二人を結びつけるべきではなかった。そんな後悔の念が、ちょっと桂花の中で生まれている。

 

「むっ……? なにか違いますの? あなたは誰よりも早く、一刀さんの子を生んでいるではありませんか。まさか、それも軍師の仕事だなんて言いませんわよね」

「ぐぬぬっ……。それは、そうかもしれませんが」

「うふふっ。だったら、素直に認めてしまいなさいな。そうした方が、きっと楽になりますわよ? それに、わたくしあなたには感謝していますの。あなたがいなければ、わたくしが一刀さんとあのような約束をすることはなかった。徐州にまで来て、思いをぶつけることもなかったのでしょう。ですから、恩人であるあなたを差し置いて、一刀さんを独占しようとは思いませんもの。とはいえ、桂花さんが妻ではないと言い張るのであれば、考えを変えてしまうかもしれませんけど」

 

 言いたいことを、好き勝手に言ってくれる。

 これが三公を何代にも渡り排出した名門の余裕なのか。麗羽の持つ豊かな二つのふくらみさえも、無性に腹立たしく思えてくる。

 曹操と視線が合う。どうあっても、傍観者を貫くつもりでいるらしい。ならば、この状況を覆せるのは自分ただひとり。唇をぐっと噛み、桂花は思いを紡いでいった。

 

「つま……。そう、私はその男の妻なんでしょうね、間違いなく。あなたが袁家の当主だろうと、勝手気ままになんてさせてやるもんですか。ここにいるだけじゃない。たくさんの妻に支えられて、一刀はこの場に立っている。そのことだけは、はっきりさせておこうじゃないの」

 

 一度口にしてしまうと、止まらなかった。

 自分が最初に子を宿したのは偶然で、そのことで主導権を握ろうとは少しも思わなかった。連れ添ってきた年数だけなら、夏侯の二人はずっと長い。自分のようにあえて反発することもないし、良妻と形容されるべき存在なのだろう。

 それに事情があって敵陣にいる(ふう)だけでなく、(れん)(ゆえ)もその輪の中に加えるべきなのではないか、と桂花は感じている。女との結びつきによって、曹操の道はできていると言っても過言ではなかった。

 なぜだか、麗羽は高々と笑っていた。喧嘩をふっかけたつもりなのに、肩透かしを食らったような感覚なのである。麗羽がやけに上機嫌なのも、そこに拍車をかけている。

 

「上等ですわ。そうでなくては、一刀さんの妻など務まりませんもの。改めて、よろしくお願い申し上げますわ、桂花さん。ふふっ。それ以外のみなさんも、わたくしとは気軽に接してくださいな。それでは参りましょうか、貴方さま?」

 

 曹操の腕を取り、麗羽は軍議の場へと進んでいく。

 無茶苦茶な女だと思った。しかし、意外なほどに気分は悪くない。これが、袁紹本初という女の本質なのか。呆気にとられたまま、桂花はその背中を見送るしかなかった。

 少々陣屋が手狭になっているが、予定外に人数が増えているのだから仕方がない。

 曹操を麗羽と挟み込むようなかたちで、桂花は机に拡げた絵図に視線を落としていた。全員が立ったままであり、弛緩した感じはどこにもない。あれだけ騒がしかった麗羽も、ここでは将の顔に変わっている。

 

「われら曹操軍は至急兗州へと立ち返り、張邈軍に占拠された城を強襲いたします。定陶のあたりまで進めば、張邈の本拠である陳留にも揺さぶりをかけられましょう」

「今こうしている間にも、孫堅は豫州を荒らし回っていることだろう。袁紹軍には、その相手を任せたい。豫州から叩き出せとは言わん。だが、陳珪殿には恩もある。あの親子だけは、保護してこちらに留め置いておきたいと思っている」

 

 桂花に続いて、曹操が戦の展望を口にした。

 曹操は、麗羽の力を信じている、だったら、自分はその考えに乗るだけだった。

 袁紹軍が豫州入りすれば、こちら側に傾く勢力が確実に出てくるはずである。今は孫権が上手く抑えているが、袁家にゆかりのある汝南にも影響を与えることができるかもしれない。汝南で叛乱でも起きることになれば、孫家の出足は鈍ることになる。そうなれば、打てる手は確実に多くなっていく。

 

「でしたら、田豊さんに文を送って、兵と一緒に出てこさせましょうか。孫家と闘うのでしたら、あの方が必要ですし」

「いや、それは待て。俺たちの動きは、じきに知られることになる。ならば、冀州の守りは手薄にするべきではないだろうな。しかし、軍師不在のままではなにかと戦もしにくかろう。それゆえ、こちらから郭嘉をつける」

「んっ……、わかりましたわ。貴方さまが推薦なさるのですから、力は間違いないのでしょう。よろしく頼みますわよ、郭嘉さん」

 

 麗羽の言葉に、(りん)が会釈をして応えている。

 安静にする時間ができたことで、稟の体調は快方に向かっていた。従軍しないという選択ができればいいが、そうは言っていられない。兗州での作戦を、曹操は長々と続ける気はないはずである。ならば、守りに主体を置く豫州に行くほうが、現状の稟には適している。

 田豊が守兵を率いて冀州に残留していれば、期せずして北から張邈軍に圧力をかけることにもなる。動かない相手には、常に気を払う必要があるのだ。そして、その中で自分たちはひたすらに攻め続ければいい。

 そのことを踏まえて、曹操は麗羽に援軍は無用だと言っていた。

 

「陣払いは明日。兗州での戦を終えたら、俺たちも豫州に向かう。それまで、あの女傑に全てを狩られてしまうなよ」

「豫州はわたくしたちの故郷なのです。いつまでも、孫堅さんの好きにさせてなるものですか」

 

 気合いを発して、麗羽が決意を述べている。

 戦がはじまる。まだ前哨戦に過ぎないのだろうが、今度の勝ち負けがやがて天下の行く末につながっていくのではないのか。

 陣屋の外。空を見ながら佇んでいたところで、星に声をかけられた。ちょっと顔がにやついている。たぶん、麗羽にぶつけた内容がすでに伝わっているのだろう。

 

「おお、聞いたぞ軍師殿。なにやら、あの御令嬢を相手取って、啖呵を切ってきたらしいではないか」

「耳の聡い女ね、まったく。だけど、あんたは一刀の愛人でいいんでしょ? いっつも、そう紹介しているみたいだし」

「いや、それについてはしばし待たれい。私がなんであるのか、最終的にお決めになるのは主なのでな。うん、きっと大丈夫」

「……ったく。なにが大丈夫なのよ、なにが」

 

 星を軽くあしらって、桂花は再び空を見上げていた。

 青々としていて、それがどこまでも続いている。見通しは悪くない。その下を、思うさま駈けていける。そんな気分にさせる、空だった。



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二十二 謀略蠢く

 定陶にある城塔。そこから、広々とした原野を(れん)は見つめていた。

 徐州の民衆を意味もなく殺せば、曹操の目指す覇者への道に影を落とすことになる。悩んでいた時にちょうど現れた諸葛亮も、自分と似たような苦しみを抱えているような気がしたのだ。だから、手を貸してもいいと思った。曹操と闘い、別離してでもやるべきだと思った。自分にできるのは殺すことだけだった。その力が必要なのであれば、いくらでも振るってやる。一陣の風。ずっとそばにあればいいと思っていたぬくもりは、今は遥か遠く離れている。

 粛清を急いだ結果、優しかった(ゆえ)の心は蝕まれ、それは肉体にまで影響を与えた。大事な人の、あんな姿は二度と見たくない。そう考えていたのは、自分だけではなかった。月の穏やかな笑顔が眼に浮かぶ。できれば、こんな戦には巻き込みたくなかった。

 

「恋さんや(しあ)さんだけに、重責を担わせるわけにはいきません。恋さん、そして一刀さまに、私は命を救われている。その恩を返す機会が、きっと今なんです。だから、お願い恋さん。私も、一緒に行かせてください」

 

 月の決意を蔑ろにはできなかった。

 それに、巻き込んではいけないと思う反面、月の存在は自分にとって心強くもある。(ふう)が同調すると言いだしたのは意外だったが、なにか考えがあるのだろう、と霞が教えてくれている。

 徐州での戦は、どうなったのだろうか。曹操と直接刃を交えてきた霞は、相変わらず無茶をする男だ、と笑って話していた。

 霞とのやり取りの中で、恋は確信していた。曹操は間もなく立ち直り、兗州に軍を反転させてくる。その時、自分たちはどう振る舞うべきなのか。真っ先に降伏して、どうにかなるような問題ではない。そして、たぶん曹操もそんなやり方を望んでいないのではないか。誇りを失った帰参を、誰か認めるというのか。ましてや、相手はあの曹操なのである。

 闘いの最中、自分たちは絆を深めてきた。城壁に立つ深紅の呂旗が眼に入る。闘志。捨てた時、自分は自分でなくなるのだろう。通り抜ける風。今度は、寒さを感じなかった。

 

「恋ちゃん、少しよろしいですか?」

「風? んっ……、いい匂いがする」

 

 のんびりとした声。風が両手で抱えている袋からは、食欲を刺激するような匂いが漂っている。

 

「はい、どうぞー。恋ちゃんと話をするのに手ぶらで来るのもなにかと思いまして、肉まんを買ってきたのですよ」

「……いただきます。あむっ、はぐっ」

「おうおう。何度見ても飽きない、いい食いっぷりだねえ」

 

 弾力のある白い皮。噛み切ると、心惹かれる茶色い中身が姿を見せている。

 三つほど瞬時に平らげ、恋は一息ついている。曹操に買ってもらった洛陽の肉まんの味。今となっても、かすかに記憶されている。あの時は、とびっきり腹が減っていたのだ。

 好きなだけ食べていい、と曹操は自分に言ってくれた。味方ではない。むしろ、敵に近かった自分にである。嬉しかった。一食の恩義は、是が非でも返さなくてはならない。だから、簡単に討ち取れる曹操を見逃したこともある。

 

「あっ、お水もありますから、いつでも言ってくださいねー。それで、張邈さんのことですが……」

「張邈は、悪いやつじゃない。あいつも、一刀に無理な戦をしてほしくなくて、立ち上がった。月も、そう言っている」

 

 ゆったりと肉まんを食していた風の声が、少し鋭くなる。

 張邈も、自分たちのように曹操を制止したくて軍を興した。ただ、それだけのはずだった。

 

「ですが、張邈さんは気づいてしまったようですねえ。あの方が旗印となれば、兗州の豪族がこんなにも多く駈けつける。しかも、今はあの呂布奉先の軍勢までもが味方についているんですから」

「それは違う。恋は、張邈に味方したくて闘ってるんじゃない」

「はい。しかし張邈さんからしてみれば、それも違った見方ができてしまいます。ほんとうに、罪なお方なのですよ、一刀さんは。一刀さんの動きひとつが、なにもかも壊してしまう。だからこそ、新たなものを作り上げることもできるのでしょうが」

 

 うっすらと目蓋を開けたまま、風は肉まんにかじりついている。

 月は、なんとか張邈を曹操の側に戻そうとしているようだった。それが張邈のためであり、ひいては曹操の利になると思っているからだ。

 静かに、恋は皮の端を食い破った。自分たちの作った渦は、想像以上に大きくなってしまっている。止めるためには、どうするべきなのか。曹操は、どうやって止めるつもりでいるのか。

 ぼんやりとしているはずの風の相貌が、ちょっとおそろしく思えてくる。(えい)やねねにはない策謀の周到さ。それを持ち合わせているのが、風という軍師なのか。

 

「くふふー。ではでは、風はこのあたりで退散するとしましょうか。残りは、恋ちゃんが食べちゃってください。あっ、お代はつけでいいですからねー」

 

 さらりと背筋の凍るようなことを言い残し、風は城塔から去っていった。

 決めてきたはずの覚悟。それでも、まだ甘い部分があったのかもしれない。無性に、赤兎と原野を走りたくなっている。肉まんの袋。片手で揺らしながら、恋は厩舎に向かった。

 

 

 汝南に敷いた陣中で、炎蓮(いぇんれん)蓮華(れんふぁ)とともに間者からの報告を受けていた。

 (さい)粋怜(すいれい)の率いる部隊が、潁川の制圧を半ばほど終えている。潁川を抑えれば、洛陽への道が開けるのだ。焼け落ち荒廃していようと、洛陽はこの国にとって特別なものなのである。復興し、帝を迎えることが叶えば、天下の流れは確実に孫家に向くことになる。

 

「曹操と劉備の闘いに、袁紹が割って入ったようですね。あの御仁、なにを考えているのやら。私には計りかねます、母さま」

「チッ……、だからおまえは青いんだよ。人の感情の動き、興味を示すもの。そのあたりにも、もっと気を配れ。しかし、ここで最も大事なのはやつらのぶつかった結果だ、蓮華」

「はい。曹操と袁紹の合流、これはわれらにとっても看過できるような事態ではありません。兗州が乱れているとはいえ、曹操は豫州にも兵を入れてくることでしょう。この汝南と関係の深い袁紹が出てくることも、十分に考えられます」

「あの曹操のことだ。まずは張邈の野郎をぶっ潰し、全力を傾けられるようになってから豫州に出てくることだろう。汝南の豪族どもを、きっちりと締め上げておけ。場合によっては脅してもいい。そのあたりは、おまえに全て任せる」

「承知いたしました、母さま」

 

 強引だったが、袁紹にしては冴えた手を使ったと炎蓮は受け取っている。

 曹操への強い思いがそうさせたのか。あるいは、ほかの誰かによる手引があったのか。どちらにせよ、曹操は自身に対する脅威のひとつだった袁家を、丸ごと呑み込むことに成功している。

 冀州は豊かな土地だった。黄巾の乱の途中逃げ込んだ者も多く、人口は増している。糧食と兵。その両方を、曹操は労することなく手に入れたような格好だった。

 

「そういえば、姉さまの当たっている方面はどうなっているのでしょうか。先の徐州牧である、陶謙殿の捜索にも人数を割いていると、明命(みんめい)が話しておりましたが」

 

 顎を指で撫で、炎蓮はかずかに笑みを見せた。

 

「ああ、それに関しても上手くいっているようだ。先日、雪蓮(しぇれん)のやつからジジイを確保したという書簡が届いていてな。ハッ、劉備には災難なことだが、これが乱世というやつよ。曹操が退いて一休みできると思っているのかもしれんが、そうはいかねえな」

「雪蓮姉さまが徐州を()れば、孫家は一気に北への足がかりを得ることになる。曹操も、徐州を気にしている余裕などありませんし、こちらにとっていい流れが来ているように思えます」

「だが、そうした時ほど気を引き締めておけ。戦とは生き物だ。なにがどう作用するか、わからん場合も少なくはない」

 

 立ち上がり、炎蓮は南海覇王を腰に佩いた。

 馬に跨ると、護衛の兵が整然と集まってくる。もう少し、本陣を前に動かすつもりだった。その視察を、自ら兵を率いてするつもりなのである。

 

「私も連れて行け、孫堅。陣にいるだけでは、腕が錆びついてしまいかねん」

「勝手にしやがれ。だが、とっとと準備しねえと置いていくぞ」

 

 華雄に笑って言い放ち、炎蓮は馬を駈けさせた。



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二十三 飛翔する伏龍

 主の変わった鄄城に、静かな時が流れていた。普段と変わりなく暮らす人々。その間を、(ゆえ)は単身歩いている。

 張邈の挙兵に応えて集まった兵は、五万から六万ほどか。その多数の中にあっても、(れん)の率いる軍勢の武威は際立っている。

 あの呂布が加わっているのなら、張邈に味方をしても構わない。豪族たちからそんな声が上がるほど、恋の武名は広く浸透していると言ってよかった。

 

「これは、月殿ではないか。どうされたのだ、斯様な場所にひとりで」

「少し、お買い物をしておこうと思いまして。張邈殿も、こちらに来られていたのですね」

「買い物くらい、従者に任せられればよかろう。私の方から、誰か人をつけてもよいのだが」

「それには及びません。この鄄城では、私はただの月でいられますから。これで、顔なじみになったお店もいくつかあるんですよ」

「うむ……。貴公がそう申されるのなら、私は引き下がるしかあるまい。しかし、御身には気をつけられよ。曹操との戦も、じきに始まろう。間者の出入りも、今よりかなり多くなる」

「ご心配は、ありがたく受け取っておきます。それよりも、やはり戦をされるおつもりなのですか、張邈殿」

 

 人のよさそうな顔をちょっと歪め、張邈は黙り込んでしまう。

 陳留太守の張邈とは、洛陽を治めていた頃から面識があった。名家出身の御曹司らしく、振る舞いは爽やかで人当たりもいい。恋について幾度か交流をしているうちに、気づかれたのが始まりだった。

 たぶん、興味を持たれている。かつて宮中を牛耳った女。それが、すべてを捨ててこうして生き延びることを選んでいる。無様。あるいは、その逆の印象を抱かれているのか。

 紫水(しすい)という真名を許されているが、そちらの名で呼ぶことは控えていた。必要以上の深入りはするべきではないと思った。それは曹操とは別の危うさを、自分が張邈から感じているからなのか。

 

「止めてくれるなよ、月殿。最初は、曹操の暴挙を止められればそれでいいと思っていた。あいつには、兗州牧にとどまらない器量がある。天下を狙う野心もある。なにより、友としてその道を支えてやることが、私にくだされた天命なのだと信じていた」

 

 輝く日輪。

 じっと睨みながら、張邈は言った。

 

「だが、これだけ多くの人が、私の陣営に集ってくれている。その期待に応えるのが、私の役目なのではないかと思えるようになった。たまには、誰かの前を走ってみるのも悪くはない。過ぎた野心なのかもしれないが、私は自分自身に賭けてみたくなったのだよ、月殿」

「張邈殿……」

 

 天運のめぐりが、ひとりの男を変えてしまった。

 一度燃えた野心の炎。それは、早々消えるようなものではないのかもしれない。

 確かに、張邈には力がある。名声も人も、曹操の下についていた時とは比べ物にならなくなっているはずである。

 だが、やはり抜けきらない甘さがある。泥と屈辱に塗れるような戦をしたことがない。激情のほとばしるままに闘いを繰り広げ、多くの人を惹きつけたことがない。それらの差は、戦場では如実に現れる。だから、踏みとどまる機会があるとすれば今だけだった。

 

「それにしても、程昱の選択には助けられたな。あの者が早くに城門を開けてくれたおかげで、無駄な血を流さずに済んだ。下手な恨みなど買うものではない。それでは、統治もやりにくくなる」

 

 (ふう)の参陣を、張邈は快く受け入れている。

 そのあたりの寛容さは、群雄として必要不可欠なものではある。文官たちのほとんどは鄄城に残り、曹操のいた頃と変わらない民政を行っている。だから、民衆はさしたる不満もなく、同じ暮らしをすることができている。風の狙いについて、月はなんとなく察しがついていた。だからといって、干渉しようとしているわけではない。最終的に、見ようとしているものが同じだということはわかっている。ただ、それまでの過程が違っているというだけなのだ。

 

「私からも問いたいが、貴公は表舞台に戻る気はないのか。確かに、董卓のやり方は性急過ぎたのかもしれない。それこそ、いらぬ恨みを多く買ったことだろう。だが、その手腕のおかげで宮中に滞っていた澱みがなくなったのも事実なのだ」

「張邈殿。以前お話ししたように、私にそのような気はありません。董卓の名は、葬られているべきなんです。そんなもの、今更掘り起こしたところでなんになりましょう」

 

 董卓は、長安で抹殺されたのだ。

 旧き名を旗印などにするべきではない。時代は、今を生きる人々が築いていくものではないか、と月は思う。

 

「軍議があるから、私はそろそろ失礼させてもらうよ。また話を聞かせてくれるか、月殿」

 

 そう言って踵を返し、張邈は去っていった。

 曹操と闘う。その決意に、曇りはないようだった。

 自分は無駄なことをしているだけなのか。袖の内側。再び持ち歩くようになったものに指で触れ、月は蒼天を見上げていた。

 

 

 曹操軍が、徐州から立ち去っていく。

 安堵のつぎに湧いて出た感情は、いかなるものだったのか。風を浴びたくなって、朱里(しゅり)は彭城の城壁に登っていた。ここから曹操の軍勢が見えることはない。それでも、北の方角に眼をやり続けたいと思った。

 呂布、そして袁紹の来訪は、想像していた以上の影響を残していった。

 曹袁両家の合流は、天下の情勢を大きく変えていくのだろう。中原の曹操。そして、南から覇を唱えようとしている孫堅。流れは、この二人にほぼ集約していくと考えてまず間違いなかった。その中で、自分はどう動くべきなのか。問題となってくるのは、そこだった。

 桃香(とうか)には、中山靖王の血筋という大義がある。人を惹きつけ、和を成す天性の才能がある。このまま桃香を支え、曹操、孫堅に続く流れを生み出すという選択肢がないわけではなかった。

 ちょっと強くなった風。それで、朱里はわずかに足をふらつかせた。天下三分。考えたところで、絵空事に過ぎなかった。なにより、桃香自身がそんな状況を望んでいないことを朱里は知っている。

 どこかから、声が聞こえたような気がしていた。見回す。城壁の内側からではない。だとすると、やはり外からのものだったのか。

 また、声が響いてきた。城壁の(ふち)から身を乗り出し、朱里は下を覗き込んだ。人がいる。全部で、二十人ほどだろうか。

 

「はわわっ。あれって、確か曹操さまのところでお会いした……?」

 

 白い着物の袖をはためかせ、女が自分に向けて手を振っていた。

 趙雲。夏侯惇、夏侯淵に並ぶ有力な将軍で、先の戦でもぶつかったばかりの相手だった。

 『曹』の旗は掲げておらず、護衛は連れているが闘いに来たような雰囲気ではないようである。

 

「劉備殿はご在城か。もしそうであれば、わが主からの言葉をお伝えしたいのだ。お主の顔は覚えているぞ、諸葛亮。焼いて食うたりはしないゆえ、なにとぞ誰かに取り次いでもらいたい」

「しょ、少々お待ちいただけますか、趙雲さん。兵のみなさんには、攻撃しないように厳命しておきますので」

「うむ、よろしくお願いする」

 

 城中に駈け足で戻り、朱里は桃香の姿を捜した。

 今日は、各所を視察して回る予定になっていたはずだ。一難去ったとはいえ、いきなり守りを解いていいものではない。桃香が直に声をかければ、軍勢の士気はあがる。戦のために退去させた住人たちも、徐々に戻していくべきなのだろう。やらなければならないことは、まだ多く残されていた。

 愛紗(あいしゃ)といたところをつかまえて、朱里は桃香に事情を説明した。

 

「もちろんお会いするよ。すぐに行くから、門を開けてあげて、愛紗ちゃん」

 

 桃香の決断は早かった。それも、自ら直接会って話すつもりのようなのである。

 いくら知らない相手でないとはいえ、趙雲とは戦をしたばかりの間柄なのである。そうであっても、自然と無二の友人のように迎えることができる。桃香の懐の深さは、やはり普通ではなかった。でなければ、あの曹操が一目置いたりするはずがない。桃香は謙遜するのだろうが、肝の座り方は群雄として十分なものがある、と朱里は思っていた。

 

「久しぶりだね、趙雲さん」

「ええ、ですな。先日は、途中で持ち場をほっぽり出してしまい、申し訳なかった。ですが、われらにとって主の御身はなにより大切なものでしてな。決着なら、いずれつくこともありましょう。それで、平にご容赦を」

「そんなの、私は気にしてないってば。だから、決着なんて無理につけなくていいんだよ。あっでも、戦場(いくさば)以外での競争なら、望むところかも? それだったら、私にも勝機があるかもしれないし」

「ふむ、それは残念。存外、あなたはいい戦をなさると思っていたのですよ、私は。真っ直ぐで、力強い采配でした。ふふっ。早くにお会いしたのが曹操殿でなければ、私の仕官先も違っていたのかもしれませんな、劉備殿? ……っと、無駄話はこのくらいにしておいて、主からの伝言なのですが」

「うん。聞かせて、趙雲さん」

 

 趙雲の軽口が続いている。

 わだかまりはないようだった。桃香に対する印象も、あるいは真実を語っているのかもしれない。

 

「今回は手を引きますが、徐州は別のかたちで貰い受けると主は仰せです。それから、劉備殿たちともまたお会いになりたいと。次回は、できれば戦場ではないことを、主はお望みのようでした」

「そっか……。ありがとう、趙雲さん。曹操さんには、私も是非そうしたいと言っていた、って伝えてもらえるかな。関羽ちゃんや張飛ちゃんも、きっと私と同じように答えるんだと思うよ。それに孔明ちゃんも、ねっ?」

 

 振り返った桃香が、いたずらの成功した子供のように笑っている。

 胸の中心。そこが、一瞬跳ねたような気がしていた。桃香というのは、ほんとうに食えない人なのである。隣に控えている愛紗も、思わず苦笑いを浮かべていた。

 言うだけ言って、趙雲がそそくさと帰っていく。兗州に帰れば、曹操軍をまた戦が待っているのだ。だからこそ、趙雲ほどの将軍を、遣いとして出してきたことに意味があると言ってよかった。

 自分は、これからどうするべきなのか。そんな思いが、朱里の中でまた強くなっている。

 

「少しいいかな、朱里ちゃん」

「はい、なんでしょうか桃香さん?」

 

 城門を通過する傍ら、桃香が話しかけてくる。

 雰囲気は柔らかい。曹操との関係修復に、大きな筋道が見えている。そのことが、桃香は嬉しくて仕方がないのだろう。顔にこそ出さないが、愛紗も同じ気持ちを抱いているはずだった。

 

「陳珪さんのところに、戻ったっていいんだよ。孫堅さんが豫州に出てきたって知った時から、ずっと心配しているんでしょう?」

「桃香さんのお気持ち、とても嬉しく思います。ですが、徐州は完全に落ち着きを取り戻したわけではありません。それを放って、帰ってしまうというのは」

「大丈夫。今度の戦だって、みんなで協力してなんとか乗り越えられたんだもん。あははっ……。だけど、雛里(ひなり)ちゃんにはもうしばらくいてほしいのかも?」

「うふふっ。本音が洩れちゃっていますよ、桃香さん」

 

 心が大きく揺れている。

 孫堅の侵攻に、(とう)だけで抗うのは無理があるのではないか。なるべく考えないようにしていたことだが、ここ最近は日に何度もそのことが頭をよぎる。袁紹の軍が豫州に向かっているとの知らせはあるが、徐州に同行してきた兵は冀州の規模でみれば一部に過ぎなかった。

 

「朱里には、ここまで世話になってきた。かといって、ずっと徐州に縛りつけていいものではないと思っている。私も、気持ちは姉上と同様だ」

「愛紗さんまで……。ほんとうに、ここを離れてもいいんでしょうか、私は」

「ふふっ。そんなに頼りなく見えてしまうのか、われらは? だとすると、ちょっと心外だな。鈴々(りんりん)などは、腹を立ててしまうかもしれんぞ、朱里?」

 

 どちらも、後腐れなく自分を送り出そうとしてくれている。嬉しさで、胸がいっぱいになりそうだった。雛里とも相談をした上での結論なのだろう。それだけに、ありがたさが強く募る。

 豫州に入れば、流動的に袁紹軍との合同戦線を築くことになるはずだ。それが意味することは、自分にとって決して小さくないものなのである。

 曹操とのつながり。長く失っていたものを取り戻す時が、今なのか。だが、どんな顔をして、あの人の前に出ればいいのかわからなかった。嬉しさで満たされていた胸が、考えるにつれて辛くなってくる。

 同盟以上の関係を結ぶようになった袁紹はともかく、反旗を翻した張邈と呂布を誘ったのも自分なのである。やれることをやったと言えば聞こえはいい。しかし、立場が変わればその感じ方も大きく変わってくるのではないか。

 

「朱里ちゃんのおかげで、私たちは動くことができた。あの進言がなかったら、徐州はもっと悪い方向に行っていたかもしれないんだよ。だから、自分の選択に自信を持って、朱里ちゃん。えへへっ……。私にそう言われたって、あんまり納得できないかもしれないけどね」

「そんなことはありません。桃香さんは、私のような者を信じて、策を実行に移してくださいました。そのことは、感謝してもしきれないと思っています」

 

 桃香の言葉で、少しずつ勇気が湧いてくる。

 やるしかない。動いてみることが肝心なのだと思えてきた。曹操に恨まれ拒まれたのなら、そこで陣営を去ればいいだけだった。

 

「行ってきます、私。桃香さんたちの思いを無駄にしないためにも、あちらで精一杯やってきます」

 

 深々と拝礼し、朱里は決意を述べていた。



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第七章 天下争覇
一 詠の覚悟


 兗州への帰路の途中。曹操は、(えい)と二人になる機会を設けていた。

 小川のせせらぎが心を穏やかにしてくれる。香風(しゃんふー)(なぎ)が護衛についてくれているが、姿はどこにも見えていない。気を使わせるつもりはなかったが、それだけ詠は心配されているのだろう。無二の友人たちと、考えもしなかったかたちで離れ離れになっているのである。当然といえば、当然だった。

 

「豫州に行ってもよかった、などと言うべきではないのだろうな」

「うん。ありがとう、一刀殿。だけど、ほんとにボクは平気だから。水、気持ちいいね。ねっ、一刀殿もやってみなよ?」

 

 詠に勧められて、素足を川の流れに浸してみる。

 行軍で火照った足に、冷えた水が染み渡る。この感覚は、嫌いではなかった。

 間者の調べによれば、(れん)たちは定陶に寄っている。鄄城に残された(ゆえ)とは離されているような格好で、曹操はそこに張邈の思惑を感じずにはいられなかった。

 不安がなにもないわけではない。しかし、恐れを抱いただけ剣は鈍るものだ。

 兗州奪還は、はじまりに過ぎないのである。豫州では、孫堅が自分の到来を待っている。天下をかけた前哨戦。かの地での闘いは、自然とそうなっていくように曹操には思えていた。

 

「一刀殿のことだから、呂布軍ともう一度全力でぶつかるつもりなんでしょう? あの子たちにどんな大義があったにせよ、離反は簡単に許されるべきじゃない。最終的に戻すにしたって、なにか過程が必要よね」

 

 それに、と詠は言葉を続けた。

 強がりでもなんでもいい。ただひたすらに前を向く。今すべきことは、それだけなのである。

 内省をしている暇があれば、軍略でも練っていた方がずっと有益なのではないか。動く時は動き、止まるべき時が来れば止まる。その塩梅を間違えないことが、全軍を率いる将に課された責務なのだと曹操は思う。

 

「ボクに黙ってこんな一大事をしでかすだなんて、許しておけないもの。呂布軍のやり方は、これでも熟知しているつもりよ。だから、今度の緒戦をボクに任せてくれないかな、一刀殿」

 

 詠の瞳に闘志が宿っている。

 戦というのは生き物同然で、支配しようとしてできるものではない。それでも、意思だけは捨てるべきではなかった。

 思いを届けたい相手がいる。恋の守る定陶。それを越えた先に、月が待っているのだ。奇しくも、反董卓連合軍として闘っていた頃と似たような状況が生まれつつあった。

 あの時は、麗羽(れいは)の横槍もあって虎牢関を抜くことができなかった。自分も、前線に派遣されたいち指揮官に過ぎなかった。

 現在の状態は、あの時から大きく変わっている。袁紹軍は戦意高く豫州に行っていて、董卓のそばにいた詠は自分の軍師となっている。

 

「いいだろう。詠の考えを第一として動くこと、桂花(けいふぁ)には俺から伝えておく」

「ありがとう一刀殿。あなたがはっきりと前を向いてくれているから、ボクらも迷わずに済むんだろうね。ほんとに、不思議な人だよ。あの袁紹まで、自分の陣営に引き込んでしまうんだから」

「腐れ縁がいいほうに働いた。その程度のことなのだよ、きっと。縁というものは、切りたいと思って切れるものではない。月たちとだって、それは同じだ。そうだろう、詠?」

「信じたいな。ううん……、絶対にそう」

 

 川に浸けていた足をあげ、詠が水を払っている。

 休息は十分に取ることができた。詠が立ち上がったのに合わせて、曹操も同様に出立の準備に入る。

 

「いこうか、詠。香風と凪には、礼を申しておかねばな」

「そっちは、ボクから言っておくよ。二人には、変に気を使わせてしまったみたいだし」

 

 詠の明るい声が、川面に響いていた。

 

 

 兗州に入った曹操は、軍勢の再編を行っていた。

 自分が帰還すれば、散らばっていた残存戦力が集ってくることはわかっていた。それだけでなく、二万の青州兵が一箇所に集結しているという情報がもたらされていたのである。

 それらとの合流が叶えば、自軍は一気に七万にまでふくれあがる。総数が増えただけ兵糧のやりくりは簡単でなくなるが、一応領内であるからつぶしは効く。桂花はそちらの対応に追われることになるのだろうが、主戦軍師として詠が手を上げている。軍容としては、それで問題なく闘えるはずである。

 

人和(れんほう)が、青州兵を取りまとめてくれていたようね。あなたが頼んでおいたことなの、一刀?」

「いいや、俺ではない。桂花でもないということは、もしや」

 

 青州兵は、曹操個人とのつながりで成立している特殊な部隊だった。

 それ故、他の兵のように張邈軍に吸収されることなく、兗州内を放浪していたのだ。青州兵自体の結束は強固だから、下手に兵を差し向けると損害を生むことになる。それで、張邈軍も手を出せずにいたのだろう。

 桂花が、なにかを察したように表情を変えた。表舞台から退いた人和が、自ら号令をかけるような真似をするはずがない。そして、人和の居所を知っているのは、曹操にごく近しい側近だけだった。

 おまえなのか、(ふう)

 心中で呟きながら、曹操は人和の待つ地点に向かっていた。本意でないとはいえ、いい仕事をやってくれた。元来、そうした立場において力を発揮するのが人和なのだろう。ただ、だからといって今後の戦に同行させようとは考えていなかった。

 

「久しいな、人和」

「兗州を出てから色々とあったそうね、一刀さん。あれから、気持ちに整理はついたの?」

「そう簡単に、全てで納得がいっているわけではない。しかし、俺には進むべき道がある。支えてくれる、みなの心がある。それがあるから、こうして兗州にもどって来られたのかもしれないな」

 

 自分の話を聞きながら、人和がかすかに笑顔をのぞかせている。

 なにもかもに折り合いをつけることなど、できるはずがない。それは自分だけでなく、人和にしてもそうなのではないか。青州兵を参集させることについて、大小の葛藤があったはずだ。それでも、人和はこうして自分のために動いてくれている。そのことが、曹操は嬉しかった。

 

「私にしたって、そうなのかもしれないわね。あの日、あなたという人に心を救われたから、私は今も自分として在り続けている。程昱といったかしら。少し前に、あなたの軍師から要請があってね。規律の乱れた青州兵を、どうにかしてほしいと言ってきたのよ。だけど、こんなことはこれで最後よ?」

「約束しよう、人和。一両日は、ここで野営をするつもりだ。その間くらい、一緒にいてくれるのだろう?」

「ふふっ、それはどうかしら?」

 

 差し出した手を軽やかにかわし、人和はその場で華麗に一回転してみせた。

 後方から、季衣(きい)(すい)の声が聞こえている。二人も、人和に顔を見せに来たのだろう。この機会を逃せば、またしばらく会うことは難しくなる。季衣は特に、その気持が強いのだと思う。

 

「ははっ。残念だが、逃してもらえそうにないようだな。しばらくゆっくりしていけ、人和」

 

 反撃に出るための条件は整った。

 張邈との勝敗を迅速につけ、返す刀で勢力の増長にかかる孫堅を叩く。切り替わった思考の中にあるのは、そのことだけだった。



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二 再戦

 豫州沛国。雛里(ひなり)と暮らしていた草庵は、廃れずにそのままのかたちを残していた。少しほこりのついた本。そっと手に取り、朱里(しゅり)(とう)の心遣いに感謝していた。

 旅立った時には、今のような戻り方をするとは思わなかった。人の一生というのは不思議なものだ。曹操との出会いに、天命を感じなかったと言えば嘘になる。だが、自分は一度その手を払い除け、原野を放浪することを選んだのだ。それでもなお、曹操との結びつきは消えはしなかった。

 

「よし、行こう。袁紹さんにも、お礼を申し上げないと」

 

 手元に置いておきたい数冊を選び、背負っていた鞄にしまい込んだ。徐州に残った雛里の分も、その中には入っている。

 いつかまた、笑顔で再会する日のために。私塾時代からの親友の無事を祈りつつ、朱里は草庵を後にするのだった。

 来訪した袁紹軍を、燈は領内に迎え入れていた。

 孫堅が腰を上げ、豫州の切り取りに動いたからには、旗色を鮮明にする以外に道はないのである。当然のように燈は曹操の支持を表明し、戦支度にかかっていた。孫家方、あるいは中立の立場にある豪族の調略を進めながら、兵の調練を進めている。朱里が沛国に帰還したのは、ちょうどそんな頃だった。

 城外に設営された袁紹軍の陣。自分が(おとな)うことは、燈を通じて連絡を入れてある。

 

「ご無沙汰しています、袁紹さん。徐州では、私の無理なお願いを聞いてくださり、ありがとうございました」

「ふうん? こんな場所にまでお礼を言いに来るだなんて、殊勝な心がけですわね。わたくし、あなたのようなお方は嫌いではありませんわよ、諸葛亮さん」

 

 袁紹の高らかな笑い声が、幕舎に響き渡る。

 派手な衣装に身を包んでいるのは、以前面会した時と同じだった。だが、確かになにかが変わっている。雰囲気も、心なしか明るくなっているように感じさせるのだ。曹操との関係性の変化が、袁紹の内面にまで影響を及ぼしているのかもしれない。

 拝礼を終えて顔をあげる。袁紹の表情はとても穏やかで、母性すら醸し出しているようでもある。

 

「ここへは、お礼を申し上げに来ただけではありません。陳珪さんにご助力し、孫家の軍勢を退ける。そのための闘いを、私はしたいと考えています」

「あら。あなたも、わたくしたちと目的は同じということですの? ですが、諸葛亮さんは劉備さんのもとで軍師をしていらしたはずではなくて? その任は、もうよろしいのかしら」

「いいはずがありません。それでも、劉備さんは躊躇いなく私を送り出してくださいました。その優しさに応えるためにも、この地で精一杯がんばりたいんです」

「そう、あの劉備さんが。いいでしょう、諸葛亮さん。わが良人(おっと)曹操が兗州での戦を終えるまでの間、わたくしたちは孫家の軍勢を食い止めなければなりません。そのための力は、少しでも多く欲しいと思っていたところなのです。ですからその知謀、存分に発揮してみせなさいな、諸葛亮さん」

「受け入れてくださりありがとうございます、袁紹さん」

 

 袁紹の言葉に丁寧な拝礼で返し、朱里は決意を新たにしていた。

 自分の道を、もう一度ここからはじめてみせる。割れた天下をひとつにし、国を再興させたいという思いが強く湧いてくる。その夢を託せるのは、きっと曹操だけなのだ。紆余曲折を経た今、朱里はみずから導き出した結論を苦しむことなく飲み込めるようになっている。

 豪壮な幕舎を離れ、朱里は袁紹の軍勢を見て回っていた。

 戦意は高く、調練にも活気がある。家の立場が変わっての、最初の戦なのである。軍人たちにも、それぞれの意気込みがあって当然だった。

 その途中、声をかけられた。眼鏡をした女性。風貌にはやや鋭さがあるが、敵意まではないようだった。たぶん、袁紹麾下の誰かではない。軍監のようなかたちで、曹操が人をつけたのではないか。直感でしかないが、朱里はそう確信していた。

 

「諸葛亮孔明。あなたが、そうなのですね。私は郭嘉、字は奉孝。わが君、曹操のもとで軍師を務めています。孔明殿、とお呼びしても?」

「はい、それで構いません。郭嘉さんのお名前は、以前から存じ上げていました。公孫賛さんのところでは、劉備さんたちと一緒に食客をされていたと伺っています」

「ええ、そんな頃もありましたね。あの時から変わらず、劉備殿はお人好しのようだ。それで、わが君にお仕えする気になったのですか、孔明殿?」

「今の私は、陳珪さん預かりの雇われ軍師です。それ以上は、まだここでは」

「心得ておきましょう。確かに、わが君との再会を前にして、仕官を口にするのはいささか無粋でしたね」

 

 鋭かった郭嘉の表情が、朗らかなものに変わっている。

 内心、ほっとするような気持ちがないわけではなかった。最側近である郭嘉の自分に対する態度は、曹操の意思にそのまま直結していると言っていい。ここで無下にあしらわれていたのでは、その先のことなどあるはずがなかった。

 

「郭嘉さん。孫堅さんの動きは、どうなのですか?」

「予想していたものより、ずっとのんびりとしている。それが、正直な感想ですね。豫州西部の制圧は進めているようですが、あの御仁の性格ならばすぐさま沛国に侵攻していてもおかしくはなかった。足場を固めている段階だと考えられなくもありませんが、それにしても……」

「そうですか。でしたら、こちらには多少時間があるということですね。この付近の地形は、何度も調査しています。知りたいことがあったら、なんでもお聞きになってください」

「助かります。これから、陳珪殿を交えて軍議をする予定なのですが、孔明殿もご一緒に?」

「はい、郭嘉さん。着くまでに、孫家方の陣容について、詳しく聞かせていただいても?」

 

 孫堅は、曹操がやって来るのを牙を研ぎながら待っている。朱里には、そんな気がしてならなかった。

 おそらく、郭嘉も自分と同じような感じ方をしているのだろう。だから軍を必要以上に押し出さず、今日まで沛国内に留まり続けているのだ。

 そのあたりの連携は、袁紹ともよく取れているのだろう。戦をしたがる将兵を抑え込むのは、簡単なことではないのだ。そこからも、曹袁両家の一致ぶりがよく伝わってきていた。

 

 

 七万となった曹操軍は、西への進軍を続けていた。

 再度先鋒を務めることになった春蘭(しゅんらん)(すい)が、張邈になびいた諸城を猛烈な勢いで陥落させている。二人の配置を決めたのは、(えい)だった。本格的な戦がはじまるまでは、好きに闘わせていればいいと曹操も思っていた。

 納得したうえでの退却だとはいえ、春蘭は特に徐州での鬱憤が溜まっている。それだけに、詠は自由にやらせることを選択したのだろう。

 定陶から十里程度離れた場所に、曹操は陣を置いた。領内だという意識はとっくに捨てている。奇襲を受けてもすぐさま対応できるように、将軍たちには交代で周囲を警戒させていた。

 しかし、張邈軍の動きはどこか鈍さを感じさせる。勢いで自分から離反したまではよかったが、その後のことが定まりきっていないのではないか。豪族たちの思考は現金なもので、劣勢が続けば日和見をする者が多く出てくるはずだった。

 叛乱軍など、所詮一枚岩ではなかったのだ。

 

「定陶城には、十分な兵力が入っている。籠城されれば厄介になるわね。どうやって攻略するのか、方針は決めてあるのかしら、詠?」

 

 軍議の席。時間はまだ昼過ぎで、幕舎の外から兵士たちの声が聞こえている。

 詠と桂花(けいふぁ)、そこに秋蘭(しゅうらん)を加えて、曹操は卓を囲っていた。警戒にあたる部隊とは別に、麾下には調練を行わせていた。そろそろ、星の隊に順番が回っている頃合いなのだろう。

 

「本格的な城攻めとなれば、必要以上の時間がかかってしまうわね。向こうには、陳留も鄄城も残されているもの。普通なら、いくらでも援軍を出せる状況よね」

「ほう? それでは、われらは手詰まりだということになってしまうな、詠よ」

 

 秋蘭が、ちょっと訝しげに腕を組んでいる。

 定陶攻めに、時間はかけていられない。軍全体として、その認識を持っているからだ。

 詠の言葉を、桂花は黙って聞いていた。打ち合わせは、事前に何度かしてきているはずである。使い物になる街道がどこかはわかりきっているから、桂花は難なく仕事をこなしていた。その合間に詠の話し相手になっていることを、曹操は桂花から直接聞いている。

 

「定陶に入っている将の中で、呂布に意見できるような格を持った人物はいない。それは、事前に調べがついていることよ」

「呂布の気ままに戦をするのなら、間違いなく野戦になる。つまりは、そういうことか」

「ええ、秋蘭殿。ほとんど毎日、呂布は騎馬隊を外で訓練しているみたいだしね。端から、野戦しか頭にないとボクは思っているわ。だからまずあり得ないことだけど、もし呂布が籠城を選んだ場合、定陶は捨て置くつもりよ。二万くらいは抑えに残すことになるけど、張邈に動く時間を与えるよりマシだもの」

「詠の考えに、私も賛成よ。それに、張邈は冀州からの出兵をおそれているのではないかしら。わざわざ鄄城に入っているのも、なにかあった場合に陳留だと対応が遅れるからだと思うわね。だとすると、援軍を送るような余裕もあまりないと見ていいんじゃないかしら。一刀の狙いが、当たったようね」

 

 補足するように、桂花が現状の分析を述べた。

 敵味方に別れていようと、詠は仲間たちを信じている。

 気持ちをぶつけ合うのなら、野戦に決まっている。呂布軍の有する騎馬は、原野にいてこそ力を発揮できるのだ。それを破り、改めて自分たちの力を示す。帰順への道は、その先にしか存在しないと詠は覚悟を決めているようだった。

 

「行動は日の出る少し前から行うことにする。騎馬隊が通りそうな場所に、伏勢を配しておきたいの。予想は、だいたいついているからね」

 

 そう言って、詠は机に拡げた地図に印をつけていく。

 余計な口を挟むことなく、曹操は軍議の成り行きを見守っている。定陶攻めは、詠に任せると決めてある。作戦にも、表立って反論するような箇所はないと思えていた。

 戦の大枠は決まった。あとは、その時その時で動いてみなければわからないことだった。

 夜明け前。具足を身に着け、曹操は絶影に騎乗していた。近くでは、眠そうにまぶたを擦っている香風(しゃんふー)の背中を、柳琳(るーりん)が困ったように押している様子が見えている。

 

「深紅の呂旗との戦、ここで終わらせるぞ。総員、油断なく事にあたれ」

 

 風とともに、曹操軍は一斉に動き出した。




ありえんくらい久しぶりに名前が出てきた公孫賛さんでした。


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三 ぶつかる闘志

 昨晩は、赤兎の世話をしたあと、厩でそのまま眠ってしまっていた。

 外が少し騒がしい。藁の上で寝返りをうち、(れん)はちょっと不満そうな声を洩らした。

 曹操軍が、すぐ近くにまで迫っている。

 連日のように原野で調練を繰り返せば、こちらの意図は嫌でも伝わる。そう(しあ)が言っていたことを、恋は思い返していた。

 城に拠って闘うつもりなどなかった。騎馬隊の誇りは、野戦でしか示せない。それに、打って出れば曹操と顔を合わせる機会もあると考えていたからだ。

 自分たちの行いを、どう受け取られていようが構わない。曹操が無理な徐州攻めを中断し、兗州に立ち返ってきた。その事実さえあれば、反旗を翻した意味があると言ってよかった。

 報告によれば、(えい)が定陶攻略の指揮を任されているらしい。少し驚いたが、それでいいと恋は思う。自分たちが身勝手な振る舞いをすることで、最も傷つくのは詠なのではないか。そのことを、(ゆえ)はずっと気にかけていたのだ。

 だが、どうやらそれも杞憂に終わったようなのである。本心まではわからないが、詠は軍師として先頭に立ち、気丈な姿を見せてくれていた。

 たぶん、鄄城にいる月もそれを聞いて安堵しているのではないか。再会が、どのようなかたちになるのかまではわからない。相談もなしに叛乱を起こしただけに、怒声を浴びせられようが文句のつけようもなかった。それでも、詠の存在は希望のひとつとして間違いなく輝いている。

 喧騒。静まることなく、拡がっているようだった。

 身体を起こし、恋は赤兎の首を撫でた。戦の息吹を感じられるのか、赤兎は早くも闘気をにじませはじめている。

 厩に人が飛び込んでくる。日に焼けた肌の上に浮かぶ汗。自分を捜して、霞はここまで駈けてきてくれたのか。

 立ち上がり、尻と背中についた藁屑を払う。いななき。赤兎が、いつでも出られると言っているようだった。

 

「この朝っぱらから曹操軍に動きありや。行くんやろ、恋?」

「うん。行こう、霞。一刀も、恋たちが出てくるのを待ってるはずだから」

「よっしゃ、決まりやな。騎馬隊の準備は万全や。あとは、大将のあんたが来ればいつでも出られるで」

「……んっ。わかった」

 

 霞が、抱えていた武器をひとつ放り投げてくる。方天画戟。ひんやりとした柄の感触が、すっと手になじんでいく。

 これまでの闘いを経ていくらか数を減らしているが、鍛えあげてきた騎馬隊は健在だった。そこに城の守兵を加えると、三万は優に超えることになる。

 諸軍勢の統率は霞や音々音に任せ、恋は直属の騎馬隊だけを操るつもりでいた。

 薄闇が原野を覆っている。その中を、真っ赤な体毛を持つ赤兎が勢いよく駈けていく。

 このどこかで、曹操は自分を待っているのか。戦場に意識を集中させ、恋は前進を続けている。

 

 

 呂布軍出撃の報は、すぐに曹操に伝わった。

 かなりの数を放ってある物見の兵が、逐一状況を上申してきている。加減をしていい相手ではないが、殺すことだけが目的の戦ではなかった。張邈軍の兵力は容赦なく削ぐ。それをしながら、呂布軍を投降へと追い込んでいく。

 そのための準備に、各将軍たちが奔走しているところだった。まず、呂布の騎馬隊と歩兵とを切り離す必要がある。当然突出しては来るのだろうが、簡単に留められるような勢いではないのが深紅の騎馬隊だった。

 

「各部隊の配置が済んだようです、殿」

「そうか。定陶軍の先手は、呂布なのだろうな、秋蘭(しゅうらん)?」

「やはり、そのようです。寄せ集めの軍勢ですから、呂布軍が先頭に立たなければまともに動こうとしないのかもしれません。どちらにせよ、呂布は自らの意思でそうすることを選んだのでしょうが」

「違いない。俺たちも、呂布の覚悟に応えてやらねばな」

 

 五千の軽騎兵を率い、曹操は戦に臨んでいた。

 先手大将として春蘭(しゅんらん)が二万の歩兵を統率し、(せい)が五千の騎兵で続いている。両翼にはそれぞれ伏勢を配してあり、定陶軍が足を踏み入れた時に飲み込むようなかたちとなる。

 軍師である詠と桂花(けいふぁ)は、二万の後詰とともに後方に控えている。張邈が来訪することはまずないだろうが、血気に逸った別の軍団が定陶救援に現れないともかぎらない。後詰には、その抑えとしての役割も与えられていた。

 

「ここまで来ると思われますか、呂布は」

「来るさ。呂布奉先の強さを、おまえも知らないわけではあるまい」

「御意。ですが、好みの女に入れ込みすぎるのは、殿の悪い癖です。それで、足をすくわれることがありませぬよう」

「用心はする。それに、おまえだって守ってくれるのだろう、秋蘭?」

「ずるい言い方をなさるお人だ。されど、お任せください。斯様な戦で殿の御身になにかあれば、私が姉者にひどく叱られますから」

「頼りにしている、秋蘭」

 

 秋蘭と会話をしている間にも、立ち代わり物見が報告を寄こしてくる。

 呂布の騎馬隊はぶつかる寸前で春蘭の歩兵を避け、北に迂回することを選んだようだった。先手の歩兵には、馬止めのための柵を多数持たせてある。それを察知し、呂布は咄嗟に攻撃を避けたのか。さすがにいい判断力をしている、と曹操は馬上で感心していた。

 

「軍師殿たちの見立て通りですね、ここまでは」

「誰か、趙雲の部隊に伝令を。もう動き出している頃合いだろうが、念押しだ。北から回り込む呂布軍の背後を、封鎖せよとな」

 

 呂布の騎馬隊に続こうとする定陶軍まで、懐に入れるわけにはいかなかった。正面からの攻撃は夏侯惇軍が防ぎ止め、迂回を狙う軍勢には趙雲軍が対処する。総兵力では、自分たちが上なのである。となれば、どこかで包囲に移る機会もあると曹操は思っている。

 北には、(すい)柳琳(るーりん)の部隊を潜ませてある。その二軍に騎馬隊を追い立てさせ、袋小路に誘い込む。そこまでが、詠の立案した作戦だった。

 呂布の騎馬隊を捕まえるのは、そう簡単なことではない。だが、そこが今回の戦の肝と言える部分なのである。

 北上しながら、曹操は軽騎兵の陣形を整えていた。矢じりのようなかたちで、両翼が後ろに伸びていた。両翼はいつでも動けるようになっていて、反転すれば相手を包み込むような格好になることができる。

 その先頭で、曹操は絶影を駈けさせていた。秋蘭には自重するように言われていたが、大将が尻込みするような軍勢には勝ちが来ることはない。だから、自分がいるべき場所はここしかなかった。

 

「まだ見えないのか、深紅の呂旗は」

 

 自軍の中でも、翠の鍛えた兵ならばあの騎馬隊に比肩しうるのではないか。そんな期待が、ないわけではなかったのだ。

 大したことのない敵軍であれば、五百の呂布軍はたとえ相手が三万であっても打ち破ってみせるのだと思う。呂布個人の強さと、それに従う騎兵の並々ならぬ練度。その二つが揃うと、まさに敵なしの強さとなる。

 

「殿、あれを」

 

 隣を駈ける秋蘭が、原野の向こう側を指さしている。

 馬群によって踏み荒らされ、原野が多量の砂埃を上げていた。掲げる旗は深紅。具足も、統一された赤である。

 

「翠たちの姿が見えないが、やむを得まい。俺たちだけで、呂布軍に仕掛ける」

 

 凄まじい機動力に、馬超軍ですら対応しきれなかったのかもしれない。

 少し待てば、二人の部隊は追いついてくるはずだった。しかし、待っている暇はない。砂埃を巻き上げて、深紅の呂旗はすぐそばにまで迫っている。

 

「まずは、私にお任せを。騎射にて、撹乱を狙います」

 

 秋蘭の麾下には、弓の名手が揃っている。

 騎馬隊の突撃してくる威力を殺し、気勢をそぐ。この状況では、それを狙うのがもっともなやり方だった。

 

「弓兵はすべて私に続け。相手はあの呂布軍だ、まともに射っても避けられるぞ。無理に討ち取ろうとはせず、牽制することを第一とせよ」

 

 秋蘭の号令によって、広範囲に矢が撒かれていく。

 想定していたように、呂布軍は左右に拡がり、矢の雨を見事にかわしていく。ぶつかるまであと少しの距離となった。剣を抜き、曹操は横に構えている。

 

「離れるなよ、秋蘭。今度は、あちらが撹乱を仕掛けにくるはずだ。崩されて、各個撃破されるような事態は避けなければ」

「はっ。しかし、今の殿はいかにも愉しそうにしておられる」

「おまえがそう感じるのなら、おそらく間違いではないのだろうな。確かに、俺にとって呂布は特別な女だ。これまで、なにかある時には決まってあの軍勢がいたのだよ。あるのだろうな、天の巡り合わせというやつが」

 

 言いながら、曹操はかすかに笑っていた。

 呂布軍と肉薄する。数の上では自分たちが勝っているのに、強い圧力を感じている。駈け抜けた直後、散開していた呂布軍の動きが変わった。左右に大きく広がっていた陣形。即座に小さくまとまったかと思うと、反転して再度襲いかかってくる。

 一頭のけもの。集団であるはずの騎馬隊が、そう錯覚してしまうくらいの連携を見せている。弓兵の射撃では止めようのない勢い。それを宿しているのが、呂布の騎馬隊だった。

 負けじと、曹操は麾下を叱咤し反撃を試みた。

 呂布はどこにいる。あれだけの武を持つ女が、目立たないはずがない。乗馬である赤兎ともども、そう苦労せずに見つかるはずだった。

 騎兵の繰り出す攻撃を防ぎながら、曹操は呂布の姿を捜した。自軍はまだ陣形を保てている。崩れてさえいなければ、闘えるという自信があった。

 

「曹操」

 

 呼び声に振り返る。

 そこには、確かに呂布がいた。愛用の得物がこちらに向けられる。赤兎の突撃をまともな騎馬が止められるはずもなく、距離は瞬時に詰められていた。

 方天画戟。無言で振り下ろされた一撃を受け止めると、腕に強いしびれが走る。あの時と同じだ、と曹操は思っていた。虎牢関でも自分は呂布と闘い、春蘭たちの助力を得てなんとか撃退することに成功したのである。

 最初出会った時には、闘えば殺されると思ったような相手だった。その頃と比べるば、随分と無謀をするようになったと思う。しかし、それが自分のやり方であり、信条だった。そして、この先の道程には、呂布奉先の力がまた必要になってくるのではないか。

 命のやり取りをしている最中に、考えることではなかった。それでも、奥底で燻る情念混じりの炎が、自分を突き動かしているように曹操は感じていた。

 

「はははっ、いいぞ呂布。やはり、おまえは不思議な女だよ」

「曹操、笑ってる? ふふっ……。やっぱり、張遼の言ってた通りだった」

 

 数度打ち合い、呂布が離れていく。数人の旗本が追撃をかけようとしていたが、やるだけ無駄だと曹操が止めている。

 間もなく、翠たちの部隊が到着する。合流を期に呂布軍を押し込み、包囲を固める。そこまですれば、いくら呂布とて諦めるしかなくなる。通せる意地は、通したということにもなる。

 去りゆく女の背中に向かって、曹操が叫ぶ。

 

「天意を示してみせろ、恋。おまえならば、できないことではないはずだ」

 

 振り返った呂布の口もと。ちょっと笑っているように、曹操には見えていた。



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閑話 母の資格

 兗州にもどってきた曹操は、快進撃を続けているようだった。

 曹操軍は南部にある城のいくつかを落とし、定陶に迫っていると(ゆえ)は張邈から聞かされている。その地を確保すれば、陳留と鄄城の両方を窺うことができるようになるのだ。拠っているのが呂布軍だろうと、全力を傾けて当然だった。

 城内を見ているかぎり、民心にまだ乱れはなかった。道行く人々の穏やかな顔。もともと周辺の民政を担当していた(ふう)が鄄城にもどっているのも、影響があるのかもしれない。冀州から、いつ曹操の息のかかった軍勢がやってくるかわからない。そうした現状もあって、張邈は民衆の慰撫に苦慮しているようだった。

 早急に兗州を再制圧し、豫州に向かう。曹操の考えは、そこにあるのだと月は思っていた。そして、定陶といえば守将として(れん)たち呂布軍が詰めている城郭(まち)でもある。胸中にあるのは、少しの不安と未来への希望。曹操ならば、きっとこの状況をどうにかしてくれる。そんな淡い期待を抱きながら、月は友人たちの無事を祈るばかりだった。

 少し身体が辛くなって、石組みの段差に腰掛けてしまう。このところ、日に何度か気分が悪くなることがあるのだ。呼吸を落ち着けて休んでいれば、段々と辛さは引いていく。着用したままになっている革製の首輪。触れていると、ちょっと心が安らぐような気がしていた。

 休んでいる自分の顔。横に座った何者かが、覗き込んでくる。腰より下まで自由に伸びた金髪の持ち主。風のぼんやりとした顔が、そこにはあった。

 

「お久しぶりなのですよ、月ちゃん。なんだか具合が悪そうですけど、お医者さんでも探してきましょうか?」

「んっ……。平気ですから、気遣いは無用です。それよりも、定陶にいる(れん)さんたちの様子は、どうでしたか」

「みなさん、お元気に過ごされていましたよ。……今頃は、お兄さんの軍勢と闘っているのかもしれませんね。できれば争いが丸く収まることを、風も望んではいるのですが」

 

 そう言うと、色の付いた飴を取り出し、風は舐めはじめた。

 

「張邈殿は、どうあっても戦をなされるおつもりのようです。あなたも、その後押しをされているのですよね、風さん」

「おおっ。これは、手痛いところを遠慮なく突かれてしまったのですよ。ふむぅ、しかしですねえ」

 

 飴を口に含み、風は考え事でもしているような仕草を取っている。

 叛乱当初から惜しまず協力を続けている風のことを、張邈は強く信用するようになっている。事実、風が鄄城を簡単に明け渡していなければ、今のように勢力図は塗り替わっていなかったはずなのである。

 風の狙いがどこにあるのか。月には、それがよく理解できていた。無用な血をなるべく流さず、兗州に潜む叛意をあぶり出す。より強固な地盤固めが、孫家と闘う上では必要になってくるのである。その考えにのっとり、風は諸葛亮の整えた叛乱の舞台を利用したに過ぎないのだろう。

 

「あまり大きな声では言える話ではありませんから、こっそりと。今回の叛乱、誰かが人身御供にならなければ、収まりがつきません。実力があるとはいえ、単なる客将でしかない呂布軍では、分不相応ですね。それに、恋ちゃんたちの帰参を、お兄さんも望まれているはずです。個人としても、曹家当主としても、あの方は呂布奉先の存在を欲している。月ちゃんにしたって、それは同じです」

 

 飴で口もとを隠して、風がささやくように話している。

 叛乱鎮圧のために死ななければならない誰か。そう言われて、思い浮かぶのはただひとりだけだった。

 

「兗州内部に、実力者は二人もいりません。そして、誘いに乗ってしまった張邈さんには、死んでもらうほかありません。お兄さんには甘さがありますが、今回ばかりは事情が別です。許されることなど、ありはしないでしょうね。どこかでそれがわかっているから、張邈さんも頑なになっているのでしょう。なにも、私の扇動だけがすべてではありませんよ」

 

 風は、自分にそのことを言い聞かせたくて、訪ねてきたのかもしれない。

 暗い現実を突きつけられて、また気分が沈み込む。この程度のことは、いくらでも経験してきたはずだった。国家再興。それを大義に掲げ、多くの人々の命を奪ってきたのが自分という女なのである。

 董卓の名。捨てたことで、弱さが勝るようになったのか。かつての自分が今の姿を見れば、滑稽だと笑うのかもしれない。

 

「そこのお方、少しよろしいか」

 

 男の声。張邈や、城郭の知り合いの誰かではなかった。

 月が、伏せていた顔を上げる。赤い髪。引き締まった身体。そして、片手にぶらさげた四角い箱。眼の前にいたのは、月の見知っている人物だった。

 

「なっ、あなたは……。いや、さすがに他人の空似だとは思うが、しかし……」

「ほうほう? この男の方は、月ちゃんのお知り合いなのでしょうか?」

 

 自分の顔を見て、男が戸惑っている。

 それもそうだ。表向き、自分は抹殺されたことになっている。そのような女と、街角で偶然再会することなど、まともに考えればあり得ないことなのだ。

 華佗。こうして会うのは、長安にいた時以来になるのか。当時、ほとんど毎日のように世話になっていたことが、懐かしくなってくる。

 

「慌てる必要はありません、華佗殿。私は、今もこうして生きている。それがすべてなのです」

「なにか事情がありそうな気はしていましたが、そうですか。しかし、兗州に流れ着かれていたとは思いませんでしたよ、董太師」

「華佗殿。私のことは、どうか月とお呼びください。かつて暴虐を振るった女は、もういない。そのことを、今になって痛感していたところです」

「月殿? ともあれ、先程のご様子、なにか身体に不調を感じているのでは? こんな俺でよければ、診察の機会をいただきたいのですが」

「ふふっ。変わらず元気なお人なのですね、あなたは。でしたら、館までいらしてくださいますか? ここでは、人目がありますし」

 

 華佗の好意を、月は素直に受け取った。

 不調に思い当たる節があるものの、なんとなく医者に行く機会を逃していたのである。長安でも華佗は、董卓のような女にすら親身になって治療をしてくれた。

 それに、あの鍼には間違いなく特別な力がある。鍼による治療を受けてしばらくは、身体と気分が劇的に軽くなったことを記憶している。時には、施術中に眠ってしまうことすらあったくらいなのだ。

 

「ふむ。華佗さん、私もご一緒しても? 友人として、月ちゃんの具合が気になっていましたので」

「もちろん。ご友人がいてくだされば、月殿も安心できるでしょう。では、参りましょうか」

 

 館にもどり、その一室で月は華佗による質問を受けていた。

 不調はいつ頃からか。そして、原因になりそうなことがなにかなかったか。

 寝台で横になった身体に、鍼が打たれていく。痛みはほとんどなく、あるのは滞ったものが流れていく感覚だけだった。

 あれから、華佗は五斗米道(ゴット・ヴェイドー)の本山にもどり、さらなる修行を積んできたようだった。身体の何箇所かに手のひらが触れる。氣を使用した治療法なのか、触れられている部分があたたかかった。

 

「よし、今日はこのくらいでいいでしょう。俺の出した結論を、ご友人にもお伝えしても平気ですか、月殿?」

「構いません。隠しておくようなことではありませんから」

 

 華佗に呼ばれて、風が部屋に入ってくる。

 鍼のおかげで滞りがなくなり、全身がかなり楽になっている。寝台の端に座って、月は乱れた着衣を整えていた。

 

「それで、月ちゃんはどうなのですか、華佗さん。まさか、悪い病気などではありませんよね?」

「ええ、その心配には及びませんよ。月殿の身体に、新たな生命が宿っている。不調を感じていたのは、そのことが原因だと考えて間違いないでしょう」

「むむっ? それでは、おめでたということにー?」

「その通り。まだ身体的な変化はほとんどありませんが、それも徐々にあらわれてきます。なので、どうかご自愛くださるようにと、お話ししていたところです」

 

 さすがの風も、華佗の見立てに驚きを隠せないでいる。

 出陣の日。あの朝に注がれた子種が、実を結んだのかもしれなかった。破壊と殺戮に塗れていたような自分。そんな身であっても、こうして新たな生命を宿すことができている。

 自分のような女に、母となる資格があるのかまではわからない。だが、やはり喜びが大きかった。服の上から腹を撫でてみる。この中に曹操の子がいるのだと思うと、不思議とあたたかな感情が溢れてくる。

 恋しいと思う気持ち。急速に湧き出し、切なさが募った。

 あの人の存在を、肌で感じたい。心と身体の両方を、甘く満たされたい。考えないようにしていた反動が、今になって出てきているというのか。誰かを愛し、また愛されることで、人はこんなにも弱くなってしまうのか。

 

「ふふっ。おめでとうございます、月ちゃん。これは、早くお兄さんにも聞かせてあげなければなりませんねえ。もちろん、ご自身のお口でですよ?」

「ありがとうございます、風さん。あの方には、きっと」

 

 華佗には、父親が誰かまでは教えていなかった。ただし、望んだ妊娠だということだけははっきりと伝えてある。

 自分の話を聞いた華佗は、それだけで十分だ、と笑ってくれていた。



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四 深紅の曹旗

 長時間に渡る闘いの末、谷間(たにあい)にまで呂布軍は追い詰められていた。

 駈けっぱなしになっている赤兎の首を優しく撫で、(れん)自身も一度休息をとっていた。五百の麾下のうち、半数以上が手傷を負っている。まともに闘えるのは四百。あるいは、それより少なく見積もるべきなのかもしれなかった。

 自分のわがままに、麾下は文句ひとつ言わずに付き従ってくれている。誰の眼からも、まだ闘志は消えていない。抗おうとすれば、抗えるだけの力はある。だが、ここまでにするつもりだった。

 物見として離れていた五騎が帰ってくる。周辺には曹操の軍勢が溢れていて、包囲の輪を狭めてきているようだった。

 馬超らの伏兵部隊と合流した曹操は、息を吹き返したかのごとく攻勢に転じていた。数字上の劣勢は、どうあっても覆せない。退路は趙雲軍によって断たれ、(しあ)たちのいる本隊は足止めを食らっている。そんな状況の置かれていても、麾下はよく闘ってくれたと恋は感謝していた。

 『曹』の一字の旗をかかげた一軍が近づいてくる。

 先頭にいるのは、見事な体格をした黒馬に乗った男である。曹操が常に前にいることで、その軍勢は士気を落とさず自分たちに食らいついてきた。あの男の備える気力は、やはり普通ではない。そのことを、改めて知らされたのが今回の戦だったのか。

 

「……ありがとう、みんな。この闘いで、やれるだけのことはやりきった。なにも恥ずかしいことはない。私たちの意地は、曹操にしっかり伝わっていると思う」

 

 方天画戟を握っていた手が、少し緩む。

 別れ際、曹操は天意を示せと言っていた。どうすれば、自分はそれをなせるのか。なにがあれば、曹操は満足できるのか。

 絶影の足が止まる。曹操との距離は、まだ四百歩はあるくらいだった。

 護衛の兵が動いて、絶影の隣に一本の戟が突き立てられた。か細い枝。見ようによっては、遠くにある戟はそのようにも見える。

 

「この戟の中心を射てみよ、呂布」

 

 曹操のよく響く声が、谷間をふるわせる。

 そういうことか、と恋は小さく頷いた。名手と謳われる人物でも、まず命中させられない位置にある戟。その中心を射抜いてこそ、自分は天意を全軍に示すことができる。

 ざわめきが両軍に拡がっている。曹操の麾下などは、まず無理な話だと思っているのかもしれなかった。

 

「弓。なるべく大きくて、強いものがいい」

 

 麾下の中には、槍や戟よりも弓を得意とする者がいる。

 方天画戟を近くの兵に預ける。弓が届けられるのを待つ間、恋は馬上で精神を研ぎ澄ませていた。

 射抜く。自分に、やってやれないことはないと言い聞かせた。矢に込めるのは、練り上げた思い。曹操に思いを届かせたくて、起こした戦だった。それを、天などに阻ませるものか。この地に生き、血を流しているのは自分たちなのである。その願いはなによりも強く、尊いものでなければならない。

 

「どうぞ、将軍」

「んっ……、ありがとう」

 

 剛弓を持ち、大ぶりな矢を番えた。

 戦場を静寂が包んでいる。そこにいるすべての者が、自分の行いだけに意識を集中させているようだった。

 曹操との思い出が、脳裏を駈け巡る。そして、それはこれからもずっと続いていくのだ。弓がきしむ。息を止め、恋は戟に狙いをつけていた。

 外さない。心におそれはなかった。鍛え上げてきた武が自分を支え、守ってくれていると信じた。

 

「曹操」

 

 矢を引き絞りながら、恋はかすかに声を洩らす。

 異変。反応できているのは、たぶん自分ひとりだけだと思った。

 曹操の背後に、不穏な影が見えている。これまで潜んでいた暗殺者が、全員の意識が逸れる瞬間を狙って動き出したのか。

 

「一刀っ!」

 

 迷いはなかった。

 曹操を護る。腕が引きちぎれてもいいと思った。大切な人。絶対に、失ってはいけない人だった。

 静寂を切り裂き、放たれた矢が真っ直ぐに駈けていく。突き立つ。男が倒れたのと同時に、曹操軍から一段と大きなどよめきが聞こえた。

 

 

 絶影のすぐそば。短剣を手にした男が、頭から血を吹いて倒れている。

 見事だ、と曹操は感じ入っていた。狙いには寸分の狂いもない。眉間の中心を射抜かれ、痛みを感じる時間すらなく絶命したのだと思う。

 旗本たちが、水を打ったように動き出す。自分の命を狙った間者が、近くに潜んでいた。おそらく、張邈の手の者なのだろう。自分を亡き者にすることができれば、戦局は大きく変わる。決して、悪い手ではなかった。

 あの張邈が、暗殺のごとき手段を使うようになったのか。運ばれていく男の亡骸を見ながら、曹操は心に猛りを感じていた。それだけ、張邈は切羽詰まっている。追い詰めたのは、言うまでもなく自分だった。

 離れたところにいた秋蘭(しゅうらん)が駈け寄ってくる。表情に強張りがあるのは、様々なことが一度に起きたせいなのか。肩を叩いてやると、秋蘭は額に浮かんだ脂汗を拭った。

 

「ご無事ですか、殿」

「なんともない。神弓が、俺を守護してくれたのだ。戟を射抜くよりも、遥かに重大なことを恋はなし遂げてみせたのだよ」

「率直に言って、信じられません。あれだけの距離から、いきなり狙いを変えたのです。しかも、その矢はきれいに眉の間に突き立っていました。弓を扱う者として、おそれるばかりです。あれが人中の呂布。冗談などではなく、天に愛されているとしか思えませんな」

「ははっ。おまえにそれだけ言わせたと知れば、恋も喜ぶのではないか? すぐに、使者としてあちらに向かえ。示された天意に、曹操が感服しているとな」

「仰せのままに。姉者のほうも、仕上げに入っている頃合いでしょう」

 

 拝礼し、秋蘭が部下のところにもどっていく。

 提示された降伏を受け入れる。その返答を秋蘭が持ち帰ったのは、しばらくしてからだった。

 呂布軍の武装を解除し、そのまま軍勢を進めた。春蘭(しゅんらん)は定陶の主軍三万を破り、(せい)との一騎討ちの末に張遼は矛を収めた。

 討った敵軍は五千。帰順の申し出には、曹操は寛容な態度で応えた。

 夜。がら空きとなった城の制圧を終えた曹操は、御殿に将らを集めていた。

 

「一刀。全員、揃っているわよ」

 

 桂花(けいふぁ)の声に曹操が頷く。

 左右には、軍師である二人が控えている。そこから将の面々が拡がるようなかたちで、中央にいる恋たちを囲んでいた。

 

「先の行い、見事であった。余人にはできぬ振る舞い、さすがは呂布奉先である」

「曹操を、死なせたくなかったから。だけど、そのせいで戟には矢を当てられなかった」

「またしても、俺はおまえに命を救われた。それに、戟よりも難しい的を、見事に射抜いたではないか」

 

 床に片膝を立てたまま、恋は自分の言葉に返事をしている。

 さすがに、顔は疲れ切っていた。ありったけの集中力を使って、あの矢を放ったのだろう。何度もやれと言われて、できるようなことではないのかもしれない。それでも、恋はやってのけたのだ。

 その様子を、(えい)は優しげな眼差しで見守っていた。無事な再会以上に求めることなどなにもない。詠としては、これで少しは溜飲が下がったことだろう。

 

「今日この場で、私は曹操に臣従を誓う。戦をするのは、曹操の命令がある時だけ。その言葉は絶対。死ねと言われれば、今ここで死んだっていい」

 

 恋が、粛々と言葉を述べていく。

 両隣にいる張遼と陳宮も、(こうべ)を垂れて意見が同じであることを示した。

 

「ははっ。俺の言葉は絶対、か。ならば、少々腹が減っても我慢をしてみせるというのだな、恋よ?」

「あうっ……。それも、がんばって耐えてみせる。曹操がいいって言うまで、ご飯は我慢」

「よい心がけだな。しかし、臣下の腹を満たすのは、全体を取り仕切る俺の務めでもあるのだよ。なるべくそうならないよう、励むつもりだ」

 

 そのやり取りでちょっと安堵したのか、恋が固かった表情を緩ませている。

 

「詠、あれを恋にやってくれ」

「了解よ、一刀殿」

 

 詠が一度奥にさがり、用意していたものを取りに行く。

 呂布軍は、ここから正式に直属の臣下となる。その証を、曹操は公に示すかたちで与えたいと考えた。

 

「ありがたく受け取りなさいよ、恋? この旗は、あなたの軍のためにわざわざ作らせたものなんだから」

「あっ……。詠、これって?」

 

 恋の背中に、一枚の大きな布が被せられる。

 象徴的な深紅の地に、黒の『曹』の一字が鮮やかに染め抜かれている。隣にいる張遼と陳宮には、全体像がはっきりと見えている。かかげる旗が変われども、深紅の軍団の威容は変わらない。その思いを込めて、曹操は真新しい軍旗を送った。

 

「へへっ。深紅の曹旗か、粋なことしてくれるもんやな、一刀」

「深紅の、曹旗? んしょっ……。これが、恋たちの新しい旗になる」

 

 張遼が照れくさそうに笑っていた。この瞬間より、呂布軍は生まれ変わる。そのことを、強く感じているのだろう。

 手にした旗をまじまじと見つめてから、恋は立ち上がった。

 深紅の軍旗。誇らしく背中にまとい、恋はその場にいる面々に披露する。

 

「うむ、似合っているではないか。恋がもどってくれたこと、主同様にうれしく思うぞ。なあ、春蘭?」

「もちろんだ。天下に轟かせた武勇、殿の御為いかんなく発揮してみせるがいい」

 

 将軍たちが感想を述べる中、曹操は恋に歩み寄った。

 

「おまえと麾下とを、切り離したりはしない。命令に背けば死。軍規に従い、われらに勝利をもたらせ。与えた『曹』の旗は、そのためにある」

 

 神妙な面持ちで、恋は首を縦に振った。

 曹操がほほえんでみせる。つられて、恋も笑顔になっていた。

 褐色の肌。やわらかな頬。長く遠ざかっていた感触に、指がよろこんでいる。

 おもむろに、恋が瞳を閉じた。長いまつ毛が揺れている。なにを欲されているのか、考えるまでもなかった。

 

「んっ、んむっ……。一刀、んあっ……」

 

 恋の口で、優しげに真名を呼ばれている。

 それで火がつき、すぐにやめるつもりだった口づけが、止まらなくなる。

 くちびるでの戯れが、やがて舌を使った愛撫へと変化していく。水音を鳴らし、恋が遠慮なく自分の唾液を吸い上げる。

 

「一刀。ちゅっ、ぷあっ……。ちゅっ、ちゅっ……。もっと、一刀っ」

 

 情炎が、瞬く間に全身へと拡がっていく。止めようとは思わなかった。思うさま身を焦がし、感情をぶつけ合う。自分たちに必要なのは、そんなつながりなのではないか。

 すがりつくような恋の愛情表現。深く受け止めながら、曹操は猛りをさらに大きくしている。



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五 愛に飢えるけもの(恋)

 帰順が決まってから数刻、(れん)は片時も自分のそばを離れようとしなかった。

 食事中は言うまでもなく、あまり興味のなさそうな軍議にも、終了するまで横につきっきりでいたのである。

 (れん)の気持ちはありがたい。しかし、互いに兵を率いる立場にあり、しかも今は戦の最中だった。

 軍議の解散を宣言した時にも、曹操は桂花(けいふぁ)から鋭い言葉を浴びせられている。

 

「いますぐにどうにかしなさいよね、それ。べたべたくっつくのは勝手だけど、それじゃ戦にならないっての」

 

 参加者の総意として、桂花は諫言してきたのだと思う。子犬のようにまとわりついている恋。その愛らしさを前にして、遠慮なく批判の言葉を浴びせられるのは、並大抵の精神力でできることではなかった。

 桂花の矛先を笑って逸らし、その場をあとにした。どうにかするための方策は、すでに立っていたのだ。

 曹操は恋を連れて、湯殿に足を運んだ。城攻めをすることなく取り戻すことができたから、定陶の施設はすべて無事である。それに、こんな機会でもなければ、戦でついた埃を落とすこともないから、ちょうどいいといえばよかったのだ。

 臣下たちに湯を順番に使わせているから、曹操たちで最後となる。汚すことなどわかりきっているから、あえてそうしたようなものだった。

 暗殺されかけたばかりなのもあり、警備は厳しくされている。入り口には華侖(かろん)(なぎ)が立ち、周囲を紅波(くれは)の配下が固めている。

 やや落ち着かないが、文句は言っていられない。建物の中に入ると、曹操は恋の身体を抱き寄せた。

 

「一刀とお風呂に入るのも、久しぶり。だから、ちょっと愉しみにしてた」

「はじめておまえを抱いた時も、湯の中だった。あの時は華侖と(りん)が一緒だったが、今夜は二人きりだ」

「んっ……。あむっ、ちゅぱっ、んむうっ……。一刀、恋と交尾がしたい?」

 

 優しく口づけながら、恋の衣服に手をかけていった。

 緊張がはっきりと伝わってくる。どうにかほぐそうと、必死に舌が伸びてくる。そんな恋の頭を撫でつけ、褐色の肌に触れていった。

 敏感な脇腹。無防備な腋。そこから少し手を動かし、乳房を露出させる。重みすら感じる柔肉を持ち上げ、たっぷりと揉み込む。

 恋の吐く息が熱い。久しぶりの情交に、気持ちの制御がきかなくなっていてもおかしくはなかった。

 

「あっ……。一刀の指、動くと気持ちいい」

「俺のことも、脱がせてくれるか。恋だけされているのは、不公平だろう?」

「んっ……、やってみる」

 

 たどたどしい動き。口づけながらでは難しいと悟ったのか、恋の顔が離れていく。

 

「胸のあたりぺろぺろってされると、気持ちよくなる。一刀も、恋と同じ?」

「くすぐったいくらいだが、続けてくれ。恋の思うように、してくれていい」

 

 服を脱がすかたわら、恋がへその付近から上に向かって舌を這わせてくる。

 熟達した動きではないが、懸命さは感じられる。赤子のようにかわいらしく乳首を吸い上げられると、じくじくとした痺れが走り男根をかたくさせた。

 

「ふふっ。ちんちん、出てきた。びくってしてるのは、寒いせい?」

「そうではない。恋のことが欲しくて、勝手にそこが反応してしまうのだよ。場所を、移そうか」

 

 立ち上る湯気。手をつないだまま、二人でくぐった。

 木桶で湯をすくい、恋の身体にかけてやる。まずは、たっぷりとかいた汗を洗い流したかった。背の低い椅子に腰掛け、前後に並ぶ。

 自分が前で、恋が後ろだった。どうせなら、同時にやってしまったほうが効率がいい。そう促されて、恋は用意してあった米の研ぎ汁を身体につけている。

 

「これでいいの、一刀? 恋、上手にできてる?」

「その調子だ。もう少し、強めに擦ってくれてもいい」

「んっ……、わかった。んっ、んしょっ……。あっ、んふっ、はっ……。一刀の背中で、おっぱい擦れて……っ」

 

 背中から、ぬるりとした感触が拡がっていく。

 豊満な乳房。自在に潰れ、上下しているのだろう。興奮を得ているのは、恋も同じようだった。段々と激しくなる動き。それに合わせて、洩らす声もずっと甘くなっている。

 

「ここも、たくさん汚れがたまってる。だから、きれいにしてあげないと」

 

 ぬめりを帯びた手のひらに、勃起した男根が握り込まれている。

 本能的に、するべきことを理解しているのではないか。そう感じてしまうほどに、恋は的確に快楽を引き出してくる。

 

「お手々でちゅこちゅこってしてあげると、ちんちんびくってする。ちょっと、かわいいかも」

 

 短期間で拙さは大幅に改善され、胸を擦りつける動きと、手の上下運動とがいい具合に噛み合ってくる。

 

「ちゅこちゅこ、ちゅこちゅこ。んっ……。一刀のちんちん、洗う前よりもぬるぬるになってる? でも、そのおかげで動かしやすくなった」

 

 分泌された先走り。恋の指が巻き込み、男根を泡立てる。

 戦場での昂揚が興奮に転嫁されているせいか、普段では考えられないほど早く射精感が高まってくる。恋は自分の快楽を引き出そうと必死で、全身をぴったりと密着させている。

 いきたい。このまま、簡単に射精してしまいたい。

 疲れた身体が、楽になりたがっているのだ。恋の手のひらが亀頭を包み込み、さらなる快感を与えてくる。先走りはとめどなくあふれ、恋の肌を汚しているのだろう。

 

「びゅるびゅるって、いつでもしていいよ。一刀が気持ちよくなってくれると、恋もうれしくなる。だから、んっ……♡」

 

 せり上がる精液。恋の言葉による催促がきいたのか、男根がほどなく大きく脈を打った。

 亀頭を包む両手を押し上げ、精液が隙間から垂れ落ちる。ゆるゆると上半身を動かしながら熱を享受し、恋は満足そうに息を吐いた。

 

「はふっ……。びゅーって、まだ射精終わらない。一刀、ちゅってしててもいい?」

 

 頭を横に向けると、すぐに恋がくちびるを合わせてくる。

 慈しむような舌の動き。とろけるような快感に、頭から下腹部まで満たされている。

 

「あむっ、ちゅぅう、ちゅぱっ……。びゅるびゅる、そろそろ収まった?」

「ああ。上手だったぞ、恋」

「えへへ。褒めてもらえると、恥ずかしいけどうれしくなる。もっと、してあげたいって思うようになる」

 

 射精で敏感になった男根が、粘液まみれの手でやんわりとしごかれる。

 硬直を放棄している暇などなかった。恋の情欲は、まだまだ小さくなってはいないのである。今度は、自分が攻めに回る番だった。

 あらかた汚れを洗い流し、二人して湯に浸かった。

 大人しく入っていられるはずがない。動いた恋が、座っている曹操の膝の上に身体を乗せた。自然と抱き合うような格好になり、性器同士が擦れあう。湯の中にいても、わかるくらいの興奮の仕方。恋の女の部分が、寂しさを埋められることを強烈に望んでいる。

 散々焦らしてから、曹操は隆起したものを挿入していった。

 

「ふっ、んんっ、んあぁあっ♡ 一刀のちんちん、お湯よりあったかくて気持ちいい。お腹の奥の方まで、ぽかぽかしてくるみたい」

 

 じゃれついてくる膣肉をゆっくりとかき分け、曹操は男根を押し進めた。

 絡みつく肉襞。そのふるえで、恋が軽く絶頂していることに気がついた。自分との交わりを、恋の身体は芯から愉しみにしてくれていたのだろう。

 恋が尻を揺らすと、水面に波紋が拡がっていく。それは次第に大きくなっていき、音も激しく変化していった。

 

「もっと、自由に動いてみてもいいのだぞ。おまえの中の感触を、俺に味わわせてくれ、恋」

「うん、一刀。はふっ、はっ、おっ、んあっ……!」

 

 激しい抽送。水面が弾け、無造作に飛び散っている。

 加減すらわからず、恋は獰猛にあえいでいた。痛々しいくらいに揺れる乳房。そこに狙いを定め、曹操が食らいついた。

 ほどよい大きさをした突起。口内に唾液をためてから、一気に吸い上げる。嬌声。触れ合っているすべての箇所から、恋は快楽を得ているのかもしれない。もう片方を手で愛撫していくと、反応はより強くなっていく。

 

「これ……、好きっ。一刀のちんちん挿れながら、おっぱいぎゅーってされるとおかしくなる。もっと、もっとたくさんぐちゅぐちゅってするから、一刀にも気持ちよくなってほしい」

 

 淫蕩に染まる表情。そこからかすかに覗く母性が、曹操の興奮をより高めていった。

 

「もう、離れたくなんてない。ずっと、死ぬまで一緒にいる。あっ、あんっ、はっ……! ゆ、(ゆえ)も、きっとそう思ってる」

 

 胸にあるのは切なさなのか。埋めるように、恋は曹操の身体を抱きしめている。

 甘く締め上げられる男根。亀頭の先が子宮の入り口に何度も擦りつけられ、犯されているような気分になる。

 

「案ずるな。連れ戻してみせるさ、月のことも。誰にだって、邪魔などさせるものか」

「うん、一刀っ……! あっ、んあっ、はぅ、あぐっ……!」

 

 ばしゃばしゃと巻き上がる湯。恋は限界が近いのだろう。嬌声は一際大きくなり、甘い響きが乗っている。

 乳房をしゃぶるのと同時に、揺れる尻肉に指をくいこませた。それがよかったのか、恋の内側がぞくりとするような締め付け方に変わる。

 子種を欲して、子宮が段々と降りてきている。そんな錯覚をしてしまうほど、つながりは深く、境界線は曖昧になっていった。

 

「いいっ、うあっ……! 恋、もういきたい……。だけど、いく時は一刀と一緒がいいから……っ」

「心配するな。恋の中が気持ちよくて、俺も出してしまいそうになっている。一緒にいこう、恋」

「うれしい、かずとっ……! あっ、あひっ、んっ……! はっ、いくっ、ああっ、んあぁあああっ……!」

 

 小さくふるえる腟内。絶頂を向かえた恋は腰を深く落とし、曹操をさらに強く抱きしめる。

 二度目の射精。ぼやけることなく、一度目以上の快楽があるようだった。あたたかな肉に包まれたまま、精を解き放っていく。歓喜の声。恋の野性的なあえぎが、湯殿にこだました。

 

「びゅくびゅくって、ちんちんまだふるえてる……♡ いくっ、いくいくっ……♡ 一刀の赤ちゃんのもとで、お腹ぽかぽかにされちゃってる♡」

「まだまだ、出してやる。大喰らいのおまえのことだ。この程度の射精で、腹が満たされるはずもなかろう」

「はぁあああ……! あふっ、はっ、おおっ、んぐぅうっ……! 気持ちいい、一刀のあったかいので、恋の中がいっぱいにされていくみたいで。もっと、もっとたくさん飲ませてほしい……! 恋のそこ、一刀にならめちゃくちゃにされてもいいからっ♡」

 

 奥の奥まで突き挿れながら、連続で大量の子種を送り込んだ。

 このくらいしてやらなければ、恋の感じていた切なさを埋めてやることなどできはしない。口づけ。やはり、一番好きなのはこれなのではないか。両手をつないだまま、粘液の交換にしばらく夢中になった。水面に漂う白濁。恋の飲みきれなかった精液が、虚しくそばを流れている。

 

「あっ……。一刀の、ちょっともったいない?」

「捨て置け、そんなもの。恋の欲しいだけ、今夜は出してやる。それとも、この程度で満足してしまったのか?」

 

 真っ赤になりながら、恋が勢いよく頭を左右にふる。

 湯の中から立ち上がり、体勢を入れ替える。浴場の縁に手をつかせ、曹操は背後から覆いかぶさった。

 

「ひゃふっ、んんんんっ……♡ さっきと、あたってる場所が全然違う。ああっ、んっ、はあぁあっ。きて、一刀……♡」

 

 男を狂わせる眼差し。交わるごとに、恋の秘めているなにかに火がついていくようだった。

 挑発に全力で乗ってやるようなかたちで、曹操は粘液であふれた媚穴を突いていく。褐色の肌がさらに赤くなるまで、二人の交合は続いた。

 

 

 曹操の脅威が去った徐州。訪れると思われていた平和な時は、あまり長くは続かなかった。

 南方。揚州の八割ほどを制した孫策の軍勢が、徐州への侵攻を開始したのだ。全体像はまだつかめていないが、予想される兵力は四万から五万。それを、血気盛んな孫策が率いて、直接打って出てきている。

 下邳にて情報に触れた桃香(とうか)は、すぐに義妹たちを呼び集めた。

 

「率直に申し上げて、厳しいですね。曹操軍との争いで、徐州軍は疲弊しています。それに前回と違って、援軍を呼ぶあてもない。とにかく、戦までに再び軍勢を鍛え上げなくては。緩んだ兵卒では、孫家に抗う術などありません」

 

 軍部を預かる愛紗(あいしゃ)の言うことは、もっともだった。

 徐州壊滅を宣言する曹操軍が相手だったから、あの防衛戦は統率が上手くいったということもある。連戦となり、しかも相手が柔軟な戦をする孫家となれば、どこまで自分たちのやり方が通用するのか不明だった。

 それに、不安の種はほかにもある。まさかとは思ったが、孫策は自分に追放された陶謙を匿っているようだった。復帰を助け、簒奪者である劉備軍を排除する。そうした建前を用意すれば、大義名分がたつ。

 消え入りそうな声で、雛里(ひなり)が言った。

 

「陶謙さまの名をもって、あちらは内部の切り崩しにかかってくることでしょう。当人がどれだけ嫌われていようと、靡きやすくなるのは確かです。土豪のみなさんの動きには、注意しておかなければなりません」

「かといって、そちらにばかり間者の手を割くわけにはいかんだろう。戦に勝てば、離反は防げる。桃香さまへの信は、それでより厚くもなるのだ」

 

 行った不義が、いつか自分に返ってくることはわかっていた。だが、なにもここまで早くなくてもいいのではないか、と桃香は下を向きたくなる。

 様々な選択肢が、頭の中を駈け巡る。抗戦。降伏。あるいは頼み込めば、曹操は兵をいくらか貸してくれるのかもしれなかった。

 溜飲。下すことができずに、ずっと滞っているようだった。

 

「えへへ。いっその事、ぜんぶ捨てて逃げ出してしまおうか。私がいなくなれば、徐州で戦は起こらない。そうだよね、みんな?」

「徐州に住んでるみんなは、お姉ちゃんのことを慕っているのだ。だから、逃げたりしたら絶対悲しむもん。そんな人たちを、お姉ちゃんが見捨てられないのは、鈴々(りんりん)知ってるよ」

 

 鈴々の純真な瞳。それがわかっているから、苦しかった。わがままで、欲深い女。それが自分の一面なのだと、自覚がないわけではなかった。つないだ手を、自分からは離せない。その輪をもっと大きくしたいという願望は、衝動に近いものがある。

 それに、陶謙が州牧に復帰したところで、民衆になんの益があるのか。陶謙が風見鶏のような動きを繰り返したせいで、曹操の養父は殺され、兗州との関係は急激に悪化した。欲望に忠実という点では、あの男は自分となんら変わらないのかもしれない。それでも、認めたくはなかった。

 諦めることなど、いつでもできる。その前に、やれるだけのことを自分はやるべきなのか。

 

「ごめんね、弱気になってしまって。もう一回、私にみんなの力を貸してくれるかな。曹操さんにだって、徐州は負けなかった。今度も、負けないことを目指してがんばろう」

「その意気です、姉上。早速、私は孫軍の迎撃に向かいます。おまえも来てくれるか、鈴々」

「任せろなのだ。誰が相手でも、鈴々負けないよ。愛紗のことも、守ってやるから安心していいのだ」

「言っていろ。それでは、桃香さま」

「うん。お願い、愛紗ちゃん。軍備が整ったら、私もすぐに行くから」

 

 ひとつの戦が終わったかと思えば、また新たな戦がはじまる。こんな状態では、人の心が休まることなどありはしなかった。

 やはりこの国は、確固たる覇者の出現を早急に求めているのではないか。義妹二人の出動を見送る桃香の脳裏には、大軍に毅然として立ち向かう曹操の姿が浮かんでいた。



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六 破滅への道筋(霞、星)

 城外に設営した陣屋で、曹操は一夜を過ごした。防壁に囲まれた環境が、油断を生むこともある。それに、野外で過ごしているほうが、戦に向かう気力を養える気がしていたのだ。

 張邈は、自分の反撃に対し有効な手を打てていない。暗殺の企ては悪くなかったが、成功しなければただ信を失うだけだった。起死回生の一手。決戦にて自分を破る以外に、巻き返しなどあり得ない。そして、正面切っての戦を望んでいるのは、曹操も同じなのである。

 あるいは、(ふう)が城内の流れを野戦に向けることもあるのか。直接的なやり取りは、これまであえて避けていた。内通が露見すれば、風の身に危険が及ぶ。だから、向こうからなにか言ってこないかぎり、接触はしないと決めていた。

 ただし時期が来れば、紅波(くれは)に命じて脱出の助けをさせる腹積もりではいる。それまでは、敵味方の間柄でいればいいと曹操は判断していた。

 木陰で休み、曹操は竹筒から水を飲んでいた。明日には定陶を経ち、鄄城まで駈けることになる。戦となれば、呂布軍の存在を大いに喧伝するつもりだった。深紅の旗が、誰のもとにあるのか。敵味方の双方に、それをはっきりさせておきたかった。

 かすかに感じる甘い香り。右手に(せい)。左手には、降したばかりの(しあ)がいる。二人は、軽い調練を終えたばかりだった。汗で少し濡れた髪に眼が惹かれる。自分の視線に気づいたのか、星は妖艶な笑みを浮かべていた。

 

「堪忍してなあ、一刀。ウチが斬ったところ、まだ痛むやろ?」

「あの程度の傷、どうということはない。それよりも、おまえと闘ってよく眼が覚めた。大義を失えば、同時に人心を失う。それだけは、避けるべきだったのだ」

 

 戦を直前に控えていても、(しあ)の振る舞いは少しも変わらなかった。腕にできた傷の跡。指でなぞられると、ちょっとむず痒い。

 女体。しなだれかかってくる。両腕で抱きとめ、曹操はほほえんでいた。いたずらっ子のように表情を崩す霞。すかさず自分の膝の上に寝転ぶと、甘えるように顔を擦りつけている。

 

「まったく、図々しいことこの上ない女だ。でしたら、私はこちらを」

 

 星の瞳に、情念の色が見えている。先日から、働きに対する褒美がなにか欲しいとねだられていたのだった。戦までに余裕があるとすれば、今が最後か。ふくよかな乳房の感触を腕で愉しみながら、曹操は考えた。

 雰囲気の変化を察したのか、霞の眼の色が変わる。股の間をまさぐる指。硬直しかかった男根が外気にさらされるまで、時間はそうかからなかった。

 

「にししっ。一刀のチンコ、いじられたそうにかたくなってるやん。んっ、あむっ、ちゅぱっ。んっ……。味濃くて、たまらんわ」

「むう。主よ、お許しあれ。戦の前なれど、不埒者からここをお守りするためには、手段を選んではおられませぬ。ほれ、少々横にどかんか。これでは、私が主に奉仕して差し上げられん。降将はそれらしく、慎ましくしているがいい」

「んむっ、れろっ、ちゅぷっ……。んなこと、こんなもん見せられて、できるわけないやろ。まっ、あんたの頼みやったら、聞いてやらんこともないけどな。ほら、これでどうや?」

「おや、案外素直なところもあるのだな。それでは、失礼をば……」

 

 二枚の舌が、男根の上で躍っている。霞はやや荒々しく、星はどこか粘っこい。そんな両者による違いを確かめながら、曹操は竹筒に残った水を飲み干していた。

 周囲に人の眼はない。これならば、もう少し大胆に愉しんでも問題はなさそうか。二人の尻を撫で回す。肌は吸い付くようで、いかにもさわり心地にすぐれている。下着に包まれた女陰。指で刺激し、反応をうかがった。

 

「んっ、あっ、はあんっ……。一刀、そこっ……」

「主も、その気になられたようですな。んむっ……。もうこんなに大きくなって、素敵です」

 

 気分が乗ってきたのか、どちらも奉仕に熱がこもっている。霞の舌先。尿道をこじ開け、中に入りたがっているようだった。強い刺激が通り抜ける。かと思えば、星が優しく陰嚢を揉みほぐしつつ、付け根に向かって口づけの雨を降らす。両者による塩梅が心地よく、曹操は思わず声を洩らした。

 

「ふうん。一刀も、そんな声だせるんやなあ。なあ、もっと聞かせて?」

「あむっ、はっ、んふっ……。主のここ、とてもかたくなっておりますな。匂いも強くて、頭の隅まで犯されてしまいそうになる。そんな、雄の匂いです」

 

 奉仕の進行に従い、二人の女陰の濡れ具合もずっと激しくなる。

 ぬかるんだ星の腟内に指を突っ込み、同時に陰核をこねた。ふるえ。内部に走り、星がちょっと感極まったような声をあげた。

 

「い、いきなりはずるいでしょう、主。あっ、んっ、ああっ……。こ、このような声、霞に聞かせたくなど」

「かかかっ。悪いけど、とっくに手遅れやで? しっかし、あんたもかわいい顔するなあ、星? 一刀の指、そないに気持ちいいんや。……って、あっ、あぐっ、んうぅうう……!」

 

 霞の奥に指を突き入れ、大きくかき回した。少々の動きで満足できないことは知っている。だから、最初から絶頂させるつもりで、愛撫をしていった。

 

「あっ、はあっ、うふっ……。ははっ、あまり偉そうな口はたたかぬほうがよいのではないか、霞よ。主の不興を買って、生殺しにされても助けてはやらんぞ。んあっ、んっ、んあぁあ……!」

「抜かせ、趙子龍。あんたのほうこそ、お口が留守になってるんやないか? そんなんじゃ、じゅぷっ、じゅるるっ……、一刀の愛人失格やで」

「ふふっ。愛人などという地位は、とっくに捨てているのでな。主の妻たる私には、つまらん戯言など通用せぬわ」

「なんやてぇ? 星の言ってることってほんまなん、一刀?」

「袁紹を室として迎えたあと、関係をはっきりさせようという流れになった。星の話に、偽りはない」

 

 麗羽(れいは)が希望したように、妻女の並びに順列は設けなかった。

 勝ち誇るかのように、星が小さく鼻を鳴らしている。一門には負けるが、旗揚げ前からの付き合いは短くなく、軍では古参に数えられる部類に入っている。冗談ばかり言っているようで、その実周りからの信頼は厚い。それゆえ霞も、星との一戦をけじめとして選んだのではないか、と曹操は思っている。

 

「奥さんかあ。ウチも、気が向いたらその輪に加えてもらってもいいん、一刀?」

「意外だな。霞は、そうした括りにあまり興味がないのかと思っていた」

「えー? ウチかて、それなりに寂しい思いしてたんやで? それがわからん鈍ちんには、こうや」

 

 男根を包んでいた熱が消えていく。

 袴を脱ぎ捨てた霞が、覆いかぶさるように接近している。粘液の付着したくちびる。ついばみは情熱的で、感覚が解け合っていくようだった。

 

「二人のことを、同時に感じていたい。俺のわがままを許してくれるか、霞」

「ったく、しゃあないなあ? あんたみたいな、強欲な男に惹き寄せられたのが運の尽きや。それにウチも、どっちかだけなんて我慢できそうにもないし。ほら、星?」

 

 霞と星。双方の重みが心地いい。ぬかるみ。男根が、優しく抱きしめられているようだった。

 

「あっ、んんっ、はあっ。主の熱いものが、気持ちのいい部分に擦れて……っ」

「はははっ。星の身体、めっちゃ熱うなっとるやん。こんなん、ウチも感じてしまう。やっ、はっ、はうっ……。あんっ、一刀……♡」

 

 それぞれの敏感な箇所がふれあい、混じり合っていく。愛液に溺れる亀頭。快楽のざわめきが次々と伝わっていき、理性を焦がす。

 興奮に飲まれているのは、霞にしてもそうなのではないか。喘ぎを洩らす星の口。くちびるで塞ぐと、霞は小さく笑うのだった。

 

「あっ、はむっ、ちゅう……。んっ……。なんなん一刀、その視線は?」

「いや。二人の絡み合う姿も、美しいと思えてな。気にせず、続けてくれていい」

「へへっ、そうやろ? ご主人様の了承も得られたことやし、星ぃ?」

「まったく、美少女同士の口づけを肴に劣情を発散しようとなされるとは、恐れ入りましたぞ。んっ……。擦られているここも、ずっと雄々しくされて」

 

 恥じらう星の表情が、興奮をより駆り立てる。二人のくちびる。再び重なり、淫らな水音を奏でていった。

 隙間から、時折赤い舌が垣間見える。互いに快楽を求め、複雑に絡み合っているようだった。さらしが窮屈になってきたのか、霞が結び目をほどいていく。上下する身体。呼応して、乳房が揺れている。

 

「いいぞ、二人とも。眺めているだけというのも、たまには悪くないな」

「んふふっ、せやろ? 一刀は、じっとしててくれたらええで。んっ、んむっ……。ウチと星とで、きっちり気持ちよくしたるから」

「ああっ。これ、気持ちいい……。主と霞の熱に、おかしくされてしまうようで」

 

 ぬちゅり、ぬちゅり、ぬちゅり。

 蒸れた女体に挟まれて、男根がぞくぞくとふるえている。甘く狂おしいような快楽。せり上がってくる精液の重みを、曹操は感じずにはいられなかった。

 頭の奥が熱い。くちびるの間。飲みきれなかった唾液がこぼれていく。決して激しくはないが、満足できないほど鈍いわけではない。亀頭の厚みに陰核を潰されるのが、二人は気持ちいいのだろう。小刻みな痙攣が、何度か伝播してきているのだ。その甘い微動に誘われるように、曹操も限界を近くしていた。

 

「あっ……。もしかして、一刀もいきそうなん?」

「受け止める準備は、いつでもできておりますから。主のお好きな場所に、精を放ってくださいませ」

 

 二人の密着が強くなる。男根全体にかかる圧力が増し、搾り取るような動きに変わっていく。

 

「汚したいな、おまえたちのことを。俺だけのものだと、示したいだけなのかもしれん。小さい男なのだ、そうやって考えてしまう程度には」

「ははっ、ご謙遜を。主の欲深さを、私はよく存じておりますとも。そして、それはやがて、天下の隅々にまで拡がっていく。そんな予感があったから、お仕えしたいと思ったのかもしれませんな、私は」

 

 穏やかな星の笑み。触発されるように、男根が強くふるえた。

 

「あっ……! くるっ、一刀の精液っ……。かけて、思いっきり……! ウチらの身体、真っ白になるくらい汚してほしいねん……!」

「うあっ、ひゃふっ……♡ すごい勢いで、私の顔にまできています……♡」

 

 離された男根がぶるっとふるえ、思う存分に白濁液を撒き散らしている。

 乳房、腹、それに顎のあたりまで粘っこい汁で汚され、二人は淫蕩な表情をさらしていた。止まらない。星の純白の着物が、獣欲にまみれた色に変えられていく。再度擦り上げられる男根。張り詰めた筒先から、真新しい粘液が飛び出していった。

 

「ほんまに、底なしの化け物やな。なんぼでも出てくるやんか、これぇ♡」

「ふふっ。霞め、今になって理解したのか、そのようなことを? ああっ……。この匂い、たまりませぬな……♡ 武人である前に、自分が女であるということを思い知らされてしまう匂いなのです♡ 主、私にもっとこのどろどろをくださいませ。着物の汚れなど、気にいたしませんから♡」

 

 星の瞳が、妖しく輝いている。

 男根に絡まる五本の指。子種を搾ることに夢中になっている星に、曹操は微笑し頷き返すのだった。

 

 

 定陶陥落から五日ののち、曹操は鄄城の南方五十里に迫っていた。

 搦手であった暗殺が上手くいかず、張邈は焦りを大きくしている。軍議は平行線をたどるばかりで、進展はなかった。この戦も、そろそろ幕引きを迎える時が見えてきたのか。最後の仕事に向かう(ふう)の表情は、いつものように茫洋としている。

 遅れて軍議の席に参加した風は、意見の往来をぼんやりと眺めていた。

 中途半端に発言したところで、このやり取りに流されるだけだった。籠城か、それとも出撃か。どちらの意見も決定打が欠けていて、これでいこうとならないのが現状なのである。

 

「あのー、張邈さま。方々のご意見も出尽くしたようですし、私の考えを披露してみても?」

「申してみよ、程昱。よき案がなく、辟易としていたところなのだ」

 

 張邈から、期待を込めた眼差しを向けられている。意見がひとつにまとまらず、もどかしく感じているはずだった。どちらでもいいから、方針さえ決まれば人は動く。とにかく、軍が浮ついた状態での離反だけは避けたいという思いが、張邈の根底にはあるのだろう。

 

「はい、それでは。率直に申し上げますと、籠城策には未来がありません。南からは曹操軍が迫り、北には不気味な動きを見せる袁紹の兵がいます。その両方に包囲されては、やがて音を上げるしかなくなりますね」

「孫堅との同盟はどうか。こちらが曹操を引きつけている間に、豫州を奪ることもできよう。話としては、悪くないとは思うが」

「同盟を結ぶにしても、戦捷の報なくして、あのお方の関心を得ることは難しいでしょう」

「となると、やはり戦か」

「はい。時をかけただけ、こちらは不利になります。迅速に出動し、曹操の先陣を叩く。それでわが軍の士気はあがり、まとまりも生まれます。陳留の張超さまにも、援軍を要請されるのがよろしいかと。緒戦で勝利をあげても、退路を塞がなければ曹操を討ち取ることはできませんから。よろしいですか? とにかく、迷わないことです。出足が鈍れば、それだけ敵軍に自由を与えることになりますからねえ」

 

 確実に押し切る気で、風はまくし立てた。

 迅速な決着を望んでいるのは、曹操とて同様なはずである。兗州を再びひとつとし、孫堅との闘いに兵を向ける。そのための助力は、惜しまないつもりでいた。

 

「よくぞ申してくれた。私も、曹操とは戦で雌雄を決するべきだと思っている。でなければ、みなの信を得ることなどできるはずがあるまい。すぐに戦支度を。曹操を破り、私は兗州をひとつにする。ここが、そのための正念場だ」

 

 戦意にあふれた声で、張邈が宣言する。

 これで、命運はいよいよ坂を転がり始めた。終局まで、誰にも止めることなどできはしない。張邈にも、自分にも、そして曹操にも。

 軍議の帰り、張邈と(ゆえ)とが話しているところに出くわした。華佗の診察を受けてから、体調はそれなりに安定しているようだった。(れん)たちが、ようやく曹操に帰順できたことも、気持ちの安定に一役買っているのではないかと風は思う。

 

「どうか、無事におもどりください、張邈殿。非力な身ではありますが、私もそう祈ろうと思います」

「それはありがたい。月殿が加護してくだされば、勝てるという気が強く湧いてくる。つぎ会う時には、きっとよい報告を持ってこられよう」

 

 月の声音。そこに潜む刃のような冷たさに、張邈は気づいていないようだった。

 未遂に終わったとはいえ、曹操に対し刺客を送り込んだことは事実なのである。愛する男の命を狙われて、月が強い反感を抱かないわけがなかった。そもそも、月が親身になって張邈と接していたのは、自分たちの争いに巻き込んでしまったという負い目があるからだった。

 狂気にも似た曹操への思慕の念。ふくらみきった時、なにが起こるのか。それが少しも見えていない張邈に、風は悲しみを含んだ視線を向けている。



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七 天を焦がす覇気 ※微NTR

表記の通り、軽いNTR描写があるのでご注意ください。


 張邈軍に出陣の動きあり。城内に忍び込ませていた間者からの知らせを受け、曹操は心を勇ませていた。

 率いる軍勢は五万。陳留にいる張超への備えとして、秋蘭(しゅうらん)(すい)に二万の兵を与えて定陶に残してある。ともに迅速な用兵を得意とする将であり、二人に後背の守りを任せておけば間違いなかった。

 

「号令をお願いしてもいいかしら、一刀。みんな、あなたの声を待っているのよ」

「すぐに行く。兗州奪還の総仕上げだ、俺もそうするつもりでいた」

 

 様子を伺いにきた桂花(けいふぁ)にそう応え、曹操は胡床から立ち上がった。具足が鳴る。絶影に騎乗すると、護衛役の旗本たちが素早く駈け寄ってきた。

 そのまま軍の中央までひと駈けした。参集している将兵の顔を見渡し、曹操は右手をかかげた。

 

「みなに今日まで苦労をかけたこと、ひとえにこの曹操の不徳によるものである。しかし、それもじきに終いだ。敵将張邈は、卑劣にも刺客を用い、私を亡き者にせんとした。だが、天命はこちらにあったのだ」

 

 馬上で背を伸ばし、曹操は軍の最先鋒を見ようとした。

 深紅の騎馬隊。生まれ変わった呂布軍が、そこで戦闘の開始を待っているのである。(れん)が一番槍を受け持つことを、春蘭(しゅんらん)たちは快く納得してくれていた。復帰を飾る戦として、これ以上の舞台はないのである。

 

「叛乱を起こした呂布軍を、許せぬ者も中にはいることだと思う。しかし、みなもその眼で見たであろう。あるいは戦友から伝え聞き、少なからず胸を打たれたのではないか。あの神弓の一撃がなにをなし、誰を護ったのかを」

 

 ざわめきが拡がる。張邈による暗殺の失敗を、徹底して利用してやろうと曹操は考えていた。

 天命は自身にこそあり、そして神がかり的な射撃をやってのけた恋は、以前にも増して畏敬の念を抱かれることになっている。守護神としての印象。その確立は、間違いなく呂布軍復帰の手助けとなったはずである。

 

「深紅に染まった『曹』の旗が、これより幾度となくわが軍に勝利をもたらすことであろう。張邈軍の負けは、すでに決まっているようなものだ。今こそ、出動の時である」

 

 剣を抜き、天高くにかかげた。ざわめき。徐々に喚声へと変化していき、熱気が軍全体を包み込んでいく。

 駈けていく軍勢の姿を見ながら、曹操は大きく息を吐いていた。桂花と(えい)がそばに寄ってくる。昂揚が抜けきらないのか、詠は顔に赤さが残ったままである。

 

「動きだしたわよ、張邈のほうも。向こうだって、死にもの狂いの戦を仕掛けてくる。油断だけはしないでよね、一刀」

「鄄城には、(ふう)(ゆえ)もいるんだもの。二人が城を出る準備も、していい頃合いね」

紅波(くれは)への指示は任せる。俺にできるのは、戦に勝つことだけだ」

 

 絶影の馬首を巡らせ、曹操は戦場に向かっていく。

 原野を覆う土埃。その先にある深紅の旗の勇躍する姿を、曹操の眼ははっきりと見通していた。

 

 

 閉じていたまぶた。ゆっくりと開け、恋は手にしている方天画戟を前方に倒した。

 真新しい深紅の旗。風に揺らめく『曹』の一字が、いつまでも誇らしかった。腿で赤兎の馬体を締め上げ、突進を開始する。先の戦により出られる兵は四百と五十に減っていたが、不安は少しもなかった。

 副将を務める(しあ)に視線で合図を送る。縦列になっていく騎馬隊。手近な敵軍を食い破り、呂布軍が健在であることを世に示すつもりだった。

 小細工なしの戦は、自分たちがもっとも得意とするものでもある。赤兎のいななき。先陣を切って数人の首を跳ね飛ばし、恋はさらに突き進んでいった。

 恐怖が拡がる。深紅の曹旗の前に、敵兵はしかばねを晒すだけなのである。

 どこかから、曹操は自分の闘う姿を見てくれているのだろうか。騎馬隊の勢いを止めようと、矢が飛来する。難なく打ち払うと、恋は弓兵の一団に進路を向けた。

 

「この旗の邪魔をすると、死ぬことになる。それが嫌なら、今すぐどこかに行け」

「う、うわあっ……!」

 

 無謀にも斬りかかってきたひとりを瞬時に片付け、一帯に血の雨を降らせた。

 

「なんや。柄でもなく、あんたも興奮しとるみたいやな」

「んっ……。どきどきしてるのは、たぶんそう。戦場で、こんな気持ちになったことは今までなかった。張遼も、私と同じ?」

「おう。血が滾りまくって、どうにもならんわ。天下奪りの戦がここからはじまると思うと、抑えようとしても抑えられん」

 

 会話の最中も霞の得物は動き回り、切っ先が敵兵の血で赤く染まっていく。

 未来を手にするための戦。殺すことしかできない自分に、曹操は護り神のような役割を与えてくれた。悲壮感はどこにもない。あるのは、新たに生まれた希望だけだった。

 

「行こう、張遼。曹操の進む道を、私たちで切り開く。それができるって、この旗を見ていると信じられる」

「おっしゃ、やったろうやないか。この勝負、張邈の素っ首ねじ切ったほうが勝ちやで」

 

 小さくまとまっていく騎馬隊。留まることなく、敵軍の中を突き抜けていく。

 後方からは、主力となる春蘭(しゅんらん)たちの部隊が続々と押し寄せているようだった。その入り込む隙間をこじ開けるのが、自分たちに任された仕事なのである。

 

「この戦に勝てば、月ともきっとまた会える。だから、無事でいて」

 

 自分の気持ちに呼応するかのように、赤兎が猛々しい疾りをみせている。人馬一体。赤兎といると、手足が長くなってような感覚にすらなるのだ。長い距離を一息に飛び、将と思わしき者の身体を両断した。

 何段にも渡る敵の守り。苦もなく打ち破り、呂布軍はいきいきと戦場を駈けている。張邈の旗はどこにある。霞との勝負だけではない。この戦を終結させるために、なにが必要となってくるのか。本能で感じ取り、恋は原野を荒らし回った。

 

 

 朝からはじまった戦は、昼過ぎになると戦局がほとんど決まっていた。深紅の曹旗をかかげる一団。その活躍により、張邈率いる軍勢は散々に敗走させられているようだった。

 曹操の号令のもとで闘う戦が、恋に強い輝きを与えている。その事実を、月は自分のことのようによろこんでいた。

 

「もどっておいでになるのでしょうか、張邈殿は」

 

 呟き。

 出動の時よりも、城内はかなり騒がしくなっている。飛び込んでくるのは敗報ばかりであり、動揺を隠しきれなくなっているのだ。

 姑息な策を用いずとも勝てるくらいの力を、曹操軍は有している。将卒の質という点でも、張邈はかなりの劣勢に立たされていることはわかっていた。その上、野戦において圧倒的な力を発揮する呂布軍が、指揮系統に完全に組み込まれるかたちで戦場に出てきているのである。

 前曲崩壊の影響を止められず、敗残兵は張邈のいる本隊にまで逃げ散ってきているようだった。もはや、戦をできるような状態ではないのかもしれない。曹操軍の誰かの手によって、張邈は斬られていてもおかしくなかった。

 城門が開く。傷ついた将兵が、転がり込むようにして内側に入ってくる。帰還できた人数は、半分にも満たないのではないか。あとの者は、曹操軍によって掃討されたか、よくて捕虜となっているのだろう。

 路地に出て、月は張邈の姿を探した。

 

「張邈殿。よくぞ、ご無事で」

 

 馬上で俯いている男。着ている具足から、それが張邈なのだとすぐにわかった。

 さすがに、かなり気落ちしている。意気揚々と出動していった時の元気は、戦場に忘れてきてしまったようだ。

 

「ああ、月殿か。こんな情けない姿を、貴殿に見せたくはなかった。なにをしているのだろうな、私は」

 

 堂々と勝利し、凱旋する様子を張邈は思い描いていたに違いない。

 敗戦時の振る舞いが、人の運命を左右する。そんな風に、月は感じることがあった。

 帝を奪取された時。それに、長安に移ろうとする董卓軍に打ちのめされた時。自分に負け続けていても、曹操は一度も闘志を捨てなかったのである。その姿勢はやがて結実し、男を兗州の主へと押し上げた。そして張邈の叛乱を経て、曹操を中心とした結び付きはより強固になろうとしているのだ。

 城塔に登ると、数多の軍旗が眼に飛び込んでくる。中でも、色鮮やかな深紅の旗に月は眼を奪われた。そこにある一字は『呂』ではなく、『曹』なのである。

 深紅の曹旗。曹操が求め、恋が掴み取った明日の姿が、そこにはあった。

 

「これだけの人々が、曹操殿のところに……」

「人望の違いに、私は負けたのかもしれないな。その差を、もっと理解しておくべきだった。これこそが、曹操という男の力だったのだ」

 

 包囲している軍勢の圧力に、張邈は気持ちを折られかかっているようだった。無理もない。必勝を期した一戦に、完全敗北を喫したのである。

 援軍として期待していた弟の張超も、どこかで足止めを食っているのではないか。陳留の軍勢が、鄄城周辺に現れるような気配は今のところどこにもない。曹操のことだから、そのあたりの備えは周到にしているはずだった。

 

「一緒にきてくれるか、月殿」

「あっ……。どちらへ、張邈殿?」

 

 手首をつかまれ、有無を言わさず引き寄せられてしまう。

 張邈の瞳が宿しているのは、ある種の覚悟のようなものなのか。危険な輝き。だが、それも覚悟の上だった。

 

「きてくれ、と言っている。こんなかたちで、思いを遂げたくはなかった。だが、私にはもう」

 

 抵抗する間もなく、城主の館に連れ込まれた。静寂。使用人たちは、どこかに逃げてしまったのだろう。

 軍人ではないから、張邈と生死をともにする必要など少しもない。それでも、拭いきれない寂しさがやはりあった。

 小綺麗な居室。そのまま、月は寝台に押し込められた。

 張邈が、煩わしそうに具足を床に落としている。仰向けに寝たまま、月はその様子を観察していた。懐に秘めた短剣。守り刀のように持ち歩いていたその鞘を、指で撫でて確かめる。

 刃。曹操との対峙では、意味をなさなかったものだ。

 着物一枚になった張邈が、忙しなく寝台にあがってくる。自分にあるなにかが、この男を狂わせてしまったのか。荒い吐息。恥じらいから、顔を背けたと思われているのかもしれない。ふるえる指。着物を乱される前に、短剣は身体の下に隠した。

 

「もっと早くに、こうしていたかった。貴殿のように美しい女を、私は知らないのだ。だから、その気高さを自分だけのものにしたいと思っていた。戦に勝てば、それが叶うと信じていた」

 

 張邈の洩らす胸の内の叫び。静かに聞く月の心は、ひたすらに冷えきっていた。

 乱雑な愛撫だと思った。外気に晒した乳房を、執拗に揉み込まれている。解き放ってしまった情欲を、どうすればいいかわからないのかもしれない。自分を犯そうとしている男のほうが、かえって苦しそうにしているのである。

 滑稽な姿だった。節くれ立つ指が、秘所の入り口を何度も擦っている。その奥側だけは、曹操以外の誰にも犯させない。なにより自分は、最愛の人の子を身籠っているのだ。その命を守るためには、手段を選ばない。一度は憐れんだ男を、殺すことすら厭わない。

 決意をもって、月は張邈の背中を撫でていた。

 

「あっ、んっ……。ごめんなさい、張邈殿。今まで、思いに気づいてあげられなくて」

「そのようなこと、もうどうだっていい。月殿が、こうしてそばにいてくれる。それだけで、私は満足なのだ」

 

 胸の先。強く吸い上げられたせいで、少し痛みが走っている。乱暴なだけで、なにも感じるところがない触れ方だと思った。

 荒々しさの中に、自分を気遣う優しさがある。そんな曹操だったから、はじめて結ばれた瞬間から自分は乱れることができたのだろう。感情を殺し、月は男の背中を撫で続けた。なにもかもが違いすぎていて、悲しさがあふれてくる。

 乳房の味に夢中になっている張邈。隠しておいた短刀を取り出し、密かに鞘を抜き払った。仕留める時は、一撃で終わらせる。両腕で柄を握り、切っ先の狙いをつけた。

 

「月殿。私は、もっとそなたと」

 

 二本の腕による感触。それで、抱きしめられているとでも思ったのか。

 涼州で暮らしていた頃は、武を振るう機会も少なくはなかった。狩った鹿にとどめを刺すのは、恋よりも自信があるくらいなのである。呼吸の感覚。張邈が息を吐いたのと同時に、刃を押し込んだ。

 声にならない叫び。理解が及ばず狼狽する男の身体に、深々と刃先が刺さっている。吹き出す鮮血。間近で浴びるのは、いつ以来なのかわからなかった。

 

「虚しいお人。せめて、安らかにお眠りください」

 

 ねじ込み、容赦なく急所をえぐった。嗚咽と同時に、張邈が口から多量の血を吐き出した。それでも、眼を背けるつもりはなかった。肩をつかまれる。その力はあまりにも弱々しく、払いのけようとすら思わなかった。

 やがて全身から力が抜けていき、言葉を発さない亡骸ができあがっていく。男の着物の端で刀身を拭い、月は変わり果てた張邈を身体の上からどかした。

 結局、自分は他者の死から逃れることなどできないのか。汚れた着物を着直すこともなく、月は冷たい表情のまま立ち尽くしていた。

 

「紅波です、月殿。ここにおいでなら、どうか返事をしていただきたい」

 

 曹操の差配する間者の声。気力を振り絞って応えると、影は瞬時に現れた。

 恋を思い起こさせるような、赤い髪。褐色の肌も、今は懐かしいくらいだった。血まみれの自分に驚いたのか、紅波が身体に触れてくる。おそらく、風が行方を捜すように命じてくれたのだと月は思った。

 

「終わったのですね、すべてが」

「ええ。終わりです、これで。帰りましょう、殿のもとへ」

 

 紅波のかけてくれた声。うれしくて、涙を我慢することができなかった。



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八 月明かりの夜

 張邈が死んだ。それも、拍子抜けしてしまうくらいあっけない最期だった。

 紅波(くれは)が多くを語ることはなかったが、おおよその事情を曹操は汲み取っている。董卓の名こそ捨ててはいるが、それで(ゆえ)の牙が完全に失われているわけではない。その危うさと儚さとが、野心を燃やした男のなにかを惹きつけたのかもしれなかった。そして、その深みに迂闊に足を踏み入れたせいで、張邈は命を失ったことになる。

 旗頭をなくした叛乱軍は、さしたる抵抗をすることもなく城門を開けた。引き際さえ間違えなければ、許される。鄄城に来るまでの措置が、よく知れていたのだろう。しまいには、残された張邈の残党にすすんで攻撃を加える者すら出てくる始末だった。

 

「義理すら果たせぬ連中に、かける慈悲はない。指揮官の首を刎ねよ。それで、兵の命は助けてやってもいい」

「そうされるのがよろしいかと。加えて、張邈さんの陣中にいたついでに、処罰するべき対象を数名書き記しておきました。それで、兗州における叛乱の芽は完全に潰えると言っていいでしょう」

 

 平坦な口調。帰参した(ふう)は、いつものように素知らぬ顔で参謀としての仕事を果たしていた。

 ところどころに戦闘の傷跡を残す城内を、曹操は側近を連れて見分している。少なくとも、数日は民心の安定に力を注ぐべきか。孫堅との対決は喫緊の課題だが、統治は疎かにしていいものではない。それに、徐州との戦から動員したままの兵に、少しは休みをくれてやる必要があった。

 

「まったく、涼しい顔してえげつないことばかり考えているんだから。だけど、あなたの働きがあったから、私たちは滞りなく作戦を遂行することができた。感謝しているわよ、風。昂のことを含めてね」

「いえいえ、ご主君さまに黙って動かれていたという意味では、桂花(けいふぁ)ちゃんもなかなかのものでした。冀州を無傷で取り込んだだけではなく、難敵になり得る存在まで味方にしてしまったのですから。あっ、そっちはご主君さまのお手柄でしたっけ?」

「わかってて言っているんでしょう、あんた……。とにかく、これでようやく孫家と闘う体制が整ったということね。(りん)も、向こうで元気にしてくれていればいいんだけど」

 

 桂花が話したように、風との無言の連携があったから、戦を早期のうちに終熄させることができたのである。その功績は誇るに値するものではあるが、当人の性格からして表立った褒美を望むことはないのではないか。

 謀臣であればこそ、身代は小さく清廉に保たねばならない。そのことを、風は強く意識しているのかもしれなかった。花形ではないが、天下平定のためには欠かせない共謀者。その席を絶やさず用意してやることが、風に対する最大の報い方になるのではないか、と曹操は思っている。

 

「そういえば、田豊からこちらに向かっているとの知らせがあった。糧食も、いくらか用意してくれているようでな」

「ふうん。よろこんでもいいのよ、一刀。かなり前から、あの子にはちょっかいをかけていたそうじゃない。今なら、堂々と好き放題できるわよ?」

「古い話を掘り起こすな。拗ねているおまえも、嫌いではないが」

「ち、違うってば!? だいたい、あんたみたいな節操なしの行動にいちいち目くじらを立てていたら、こっちの身がもたないっての」

 

 短かった桂花の髪。肩を少し越えるくらいまで伸びていて、先に波打つような癖がついている。

 在陣が長引いたせいで、切り揃えている暇もなかったのだろう。そのせいか、風貌がちょっと大人びた印象になっている。

 

「くふふー。嬢ちゃんと兄ちゃんの夫婦漫才、なんだか懐かしくなってきちまったぜ。相変わらずの、熱々ぶりだねぃ」

「またあんたの寝言に付き合わされるかと思うと、私は今からげんなりしてきたわよ。……けど、おかえりなさい、風」

「おおっ!? これがご主君さまを魅了してやまない、桂花ちゃん特有の緩急というやつなのでしょうか。さすがの私も、どきりとさせられてしまったのですよ」

「うっさい。ほら、さっさと次に行くわよ。視察しなきゃいけない箇所は、まだまだあるんだから」

 

 口を尖らせた桂花が、足早に進んでいく。

 所在なく揺れている風の右手。なにも言わずに握り、曹操は小さく頷いている。

 

 

 夕刻。長らく留守にしていた自身の館にもどり、曹操は会談をこなしていた。

 降伏した者の反応。それを実際に見て、細かな処遇を決めていく。またしばらく兗州を空けることになるから、この過程で手を抜くわけにはいかなかった。飴と鞭。その両方を使い分け、曹家に帰属していることの重要性を説いていった。

 

「待たせてしまってすまなかった。しかし、おまえが無事でいてくれてよかった、喜雨(すう)

「気にしないで。ボクも、こうしていつもの一刀さんとまた会えて、うれしいんだと思う。待つくらい、なんでもなかったよ」

 

 最後のひとりを帰した頃には、あたりはかなり暗くなってしまっていた。篝火。その明かりが、喜雨の笑顔を照らしている。

 軍事に関わる気がない娘を、手元に置いていても意味がない。(とう)は表向きそう話していたようだが、実際には別の思いがあるのに違いない。孫家との争いはおのれが決断してことで、戦嫌いの喜雨を巻き込みたくはない。そんな考えがあるから、時期を見計らって沛国を発たせたのだろう。

 

「ここをわが家だと思い、自由に使ってくれていい。近く、俺も豫州に入ることにはなるがな」

「ありがとう。母さん、一刀さんが来るのを愉しみに待っているよ。珍しく、やる気になっちゃってさ」

 

 孫堅軍が大きな動き見せたという報告は、今のところ入っていない。

 麗羽(れいは)の豫州入りが、それなりに効果を発揮してるのか。それとも、あの狂虎は自分という獲物の動向を息をひそめて探っているのか。どちらにせよ、急ぐ必要がある。揚州にいる孫策が北進をはじめた、という情報も届けられたばかりだった。劉備軍次第ではあるが、そちらへの対抗手段も打たなければならないか。

 

「それと、この前あの子が徐州から帰ってきたよ。諸葛亮孔明。陳家の客将って立場は同じだけど、袁紹さんたちとも仲良くやっているみたい」

「ほう? 風向きが変わってきたかな、これは」

 

 袁紹軍への助力。すなわち、それは自分との共闘に他ならなかった。

 徐州での闘いを経て、諸葛亮の心境にもなにかしらの変化が起きているのかもしれない。またひとつ、豫州に入る意味が増えた。諸葛亮の示した決断。それは、歓迎するべきものだと言っていい。

 少し眠いのか、喜雨が眼鏡をあげて眼の下を指で擦っている。疲れがあって当然だった。母を残し、おのれだけが避難してきている。そうした思いも、どこかにあるのではないか。

 

「もう休め。話しの続きは、朝になってからでいい。屯田に関して、いくつかおまえの意見を知りたい部分があるのだ」

「うん、わかった。寝食を与えられて、なにも返さないんじゃボクも納得できないし。開墾の仕事だったら、惜しまず協力させてもらうよ」

 

 拝礼し、喜雨がその場から去っていく。

 窓の外。静寂に包まれている。空。静かに浮かぶ(つき)を、曹操はじっと見つめていた。

 

「失礼いたします、曹操殿」

 

 声。聞こえていたが、月に視線をくれたままにしていた。

 足音が近づいてくる。それでも、振り返りはしなかった。あの時二人で見上げた月も、今のように儚く光り輝いていたのだろうか。そんなことを、曹操は考えずにいられなかった。

 

「呂布軍への寛大なご処置、感謝しております。理由があったにせよ、叛乱は叛乱でしかない。それを上手く収束に導かれたあなたの手腕と天運、見事なものでした」

 

 述べられていく謝辞。聞きたいのは、そのような言葉ではなかった。

 後方。ようやく、声の主と曹操は向き合った。鋭利さを含んだ視線。口は、一文字に結ばれている。

 首もと。指で触れると、革のかたさが伝わってくる。自分が送った首輪。変わらないその姿が、そこにはあったのだ。

 

「着けてくれていたのだな、ずっと」

「ええ。これをしていれば、あなたとのつながりが消えることはない。そんな風に、私は感じていたのだと思います」

 

 冷淡な声が響く。(ゆえ)、それとも眼の前にいるのは、董卓なのか。

 首輪に触れていた指。動かし、顎の輪郭をなぞっていく。瞳。かすかに揺らめいている。見逃さず、曹操は顔を近づけた。

 

「あっ、曹操殿……」

 

 わずかな湿りだけを感じるような口づけ。それ以上のことは、不要だと思った。

 

「おかえり、(ゆえ)

「んっ……。ただいま帰りました、一刀さま」

 

 穏やかにほほえむ月。これで、ほんとうに兗州での戦が終わったのだと曹操は実感していた。

 卓。月の用意してくれた酒が、ほどよく思考をやわらかに変えていく。先ほどから、飲んでいるのは自分だけのようなものだった。はじめに一度だけ味わってから、月の杯は置かれたままなのである。

 

「酔う気分ではなかったか?」

「いいえ、そういうわけでは。ただ、一刀さまに知らせておきたいことがあるのです。わかったのは、つい最近なのですが」

 

 そう言って、月は照れくさそうにちょっと俯いてしまう。酔っていないはずなのに、顔が赤い。どうやら、悪い報告ではないようだった。

 

「一刀さまとのつながりは、いただいた首輪だけではなかったのです。その……、どうやら子ができたようでして」

「ほんとうか? そうか、酒を控えているのはそのせいか」

「私のような女が、母になれるとは思いもしませんでした。それも、お慕いするあなたさまの子を宿すことができるなんて。えっと、その……。よろこんで、くださいますでしょうか?」

 

 酒杯を置き、曹操は椅子から立ち上がった。

 戸惑う月。その背後にまわり、腕を伸ばす。

 

「うれしいに、決まっているだろう。元気な子を産んでくれるな、月」

「はい……。はいっ……、一刀さま」

 

 桂花に続いて、月が新しい命をその身に宿している。たとえ事実であろうと、数年前の自分が知らされても間違いなく信じなかったはずだ。

 それは、世の中が絶えず変化していることのあらわれでもあるのか。予想のつかないような未来。それがあるから、人は希望を捨てずに進んでいけるのか。

 

「生きながらえていてよかった。そのことを、以前よりもずっと強く感じているんです。(れん)さんやみんなの育んでくれた絆が、今の私という存在を作り上げている。これでよかったのでしょうね、きっと」

「ン……。運命は与えられるものではなく、自分から手繰り寄せるものだ。苦しんでいるのがおまえだったから、恋も必死になって助けようとしたのだろう。そして、かつては敵だった俺でさえも、月と一緒にいたいと思わされている」

「うれしい……。私も、一刀さまのことを深くお慕いしております。この身、そして心までも、あなたさまに縛られていたいと願ってしまうくらいに」

 

 狂おしいほどの思いだった。

 抱きしめた身体から伝わってくる熱。ほのかに甘い髪の香り。手放してはいけないものがすぐそばにあるよろこびに、曹操は心をふるわせていた。



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閑話 これが私のご主君さま(風)

 急に休みを与えられると、かえってなにをしていいかわからなくなる場合がある。

 一日寝て過ごすのも悪くはないが、それではいかにも刺激がなさすぎる。思い立ったが吉日、(ふう)は友人である(せい)の館を(おとな)っていた。

 午前中に調練の仕事を済ませてきたようで、星は居室で寛ぎきっていた。かたわらにあるのは、メンマと酒。それさえあればこの世は幸せだと言わんばかりに、星は機嫌よく手酌を重ねている。自分は酒があまり得意でないから、そうした怠惰な午後を送ることもできないでいる。妙な寂しさを感じて、風は自前の飴にかじりついていた。

 

「ねえねえ、星ちゃん」

「なんだ、風よ? それともなにか。おまえもついに、私の説くメンマの素晴らしさに気づいてくれたのかな」

「いえー、それにはちょっと及びませんねえ。食感も味も、好きではあるのですが」

 

 自分の返事につまらなさそうに首を振ると、星は杯の中身を一息にあおった。戦場では飲めない分、浴びるほど味わっておこうという算段なのか。酒飲みの気持ちはわからない。だが、飴を取り上げられたと思うと見えてくる辛さはある。

 飴の輪郭。舌でねっとりとなぞりながら、風は話を続けた。

 

桂花(けいふぁ)ちゃん、(ゆえ)ちゃんと、身体つきの幼い女の子をご主君さまは立て続けに孕ませています。となると、次に子を授かるのは誰なのか。答えは、自ずと絞られてきますよねえ?」

「身体つきの幼い女子(おなご)か……。言わんとしていることは理解できるが、自分で解説していて悲しくならんのか、風?」

「むむむ……。星ちゃんは、いじわるなのですよ」

 

 険しい表情をしていることが多かった月も、曹操の近くにもどってからは自然な笑顔を見せるようになっている。女としての充実した時間。それを過ごせるようになったのが、やはり大きく影響しているのだろう。

 愛する男の世話をしつつ、母となる日に向けての備えをする。親友が妊娠したという事実を知らされて、(えい)は祝福の気持ちと並ぶくらい、羨望の念を抱いたようだった。

 

「しかし、主の子を孕みたいのであれば、このような場所で油を売っていても仕方がなかろう。この酒と同じで、一日にいただける子種の量にはかぎりがある。それに競争相手が少なくないことも、よくわかっているのではないのか?」

 

 帰順が叶ったよろこびからか、(れん)が子犬のようにじゃれついている場面を見かけることが多くなっている。その魅力は同性である自分からしてもかなりのもので、曹操がついかわいがってしまうのも当然のことではあるのだ。

 だが、天下無双の飛将軍が相手だからといって、引き下がっていい勝負はない。そして現在の時刻、曹操は単身政務を行っている可能性が高かった。

 

「……星ちゃんの言葉で、眼が覚めたような気がしています。善は急げともいいますし、今からご主君さまに奇襲をかけるのもありかもしれませんね」

「くくっ。応援しているぞ、風。真正面から寵愛を欲するおまえの姿を見れば、主とて愛を注がずにはおられまい」

「はい、それでは行ってまいります。いい報告、期待していてくださいね、星ちゃん」

 

 星と別れ、風は一路曹操がいるであろう役所を目指した。

 護衛と数人出くわしたが、なに食わぬ顔でやり過ごしている。目指すは大将首ひとつ。不思議なくらいあがる息をどうにか我慢しつつ、風は居室に潜り込んだ。

 

「風? 今日は確か、非番を与えていたはずだったが」

「ご主君さまの記憶に、間違いはありません。ですが、お会いしたいという気持ちをどうしても抑えきれず、ここまで来てしまったのですよ。お邪魔……、でしたでしょうか?」

「そんなことはない。おいで、風。区切りがついたから、俺も少し休憩を入れようと思っていたところだ」

 

 いつもとは違う自分の様子。そこになにか期するものを感じたのか、曹操は笑って手招きをしてくれている。

 休憩するつもりだったというのは、自分を気遣う方便なのかもしれない。処理を終えていない書簡はまだ積まれていて、作業は途中のようなのである。それでも構ってくれる曹操の優しさがありがたくて、風は膝の上でほころぶ顔を隠すのに必死だった。

 

「ご主君さま。失礼ついでに、不躾なお願いをしてもよろしいでしょうか」

「聞こう。風のような忠臣がいてくれたおかげで、俺は戦に勝つことができた。その願いは、軽んじていいものではない」

 

 真面目な言葉を並べる曹操。それとは裏腹に、触れてくる手つきはどこか官能的でもある。

 指。くちびるを割り開かれ、強引にしゃぶらされてしまう。かすかにするのは、汗の味なのか。たったそれだけのことなのに、自分の身体はよろこびを感じてしまっている。

 

「んっ、ちゅうぅ、ぷあっ……♡ もう、ひどいのですよぉ、ご主君さま」

 

 たっぷりとまぶした唾液。その垂れ落ちる様を、間近で見学させられている。

 

「それで、願いとはなんなのだ。まさか、指をねぶりたかったわけではあるまい?」

「あう……。その、ご主君さまのお情けを、どうしてもいただきたくなりまして。赤ちゃん、ほしいんです。ご主君さまのどろどろのせーえきで、風のちっちゃなおまんこ、孕ませてくださいませんか♡」

 

 われながら、よくもこれだけ蕩けた言葉ばかりでてきたことだと思う。

 言ったあとから羞恥が募り、身体全体が熱くなってしまう。それだけではない。曹操の手が下腹部の周辺を這い回り、女を開かせようとしているのだ。抗うことなど無意味だった。早く太いモノを感じたい。大好きな人の熱で、腹の奥を灼かれたい。

 溢れ出す欲求。抑えることなど、できるはずがなかった。

 かたくなった男根を手早く取り出し、靡肉に擦りつけ挿入をねだってみる。今日一日は素直な自分で過ごしたい。それに、ため込んだ思いを解き放つ快感がそこにはあるのだ。

 

「くちっ、くちっ、てやらしい音していますね。私はご主君さまの肉奴隷ですから、いつでもおまんこしてほしいのです。ねっ、挿れてくださいますよね、ご主君さま……? ご主君さま専用の気持ちいい穴、すっかり準備できていますから」

 

 言うより早く、曹操に下着を剥ぎ取られてしまう。陰毛を弄ばれる感触。恥ずかしかったが、交合に対する期待がそれを遥かに上回っている。

 男根の先。ぬめりをまとい、膣内への侵入を試みているようだった。来る。待ち望んたものが、ついに来てしまう。想像しただけで、甘い痺れが何度も走り抜けていく。

 微小な絶頂。極太の芯で下腹部を突き通されたのは、ちょうどそれを感じていた時だった。

 

「おっ、おぐっ♡ おっ、んっ、んおっ、んふう……♡ はーっ、はーっ♡ んっ、んぐぅううううっ♡」

 

 強烈な快楽のせいで、自然と声がふるえてしまう。

 淫らで荒々しく、軍師の職務につく女が出していいような類のものではなかった。曹操以外の誰にも、聞かせるわけにはいかない声。肉塊に埋められ、頭の奥がぼやけている。なにも考えられない。考える意味など、なにもない。

 曹操による責めが続く。気持ちよくなる箇所は、すべて把握されているようなものだった。断続的な絶頂。息をつく暇すらなく、肉体が快楽だけで染め上げられていく。

 

「かわいいぞ、風。おまえの乱れている姿は、俺だけのものだ。俺だけの風。それで、いいな?」

「はっ、はひっ……! 風はずっと前から、ご主君さまだけのものですから♡ おっ、くふっ、あはあっ……♡」

 

 意識が軽く飛ぶ。曹操のものだと宣言する度に、その感覚は強くなっていく。

 墜ちる。快楽に狂い、イキ狂うだけの雌に堕ちてしまいたい。

 

「で、ですからっ、ご主君さまの好きに風を犯してください……! たくさん愛して、それしか考えられないように変えてください……っ!」

「ははっ。今日のおまえは、一段と大胆なのだな。少し身体を動かすぞ。けだものがするように、後ろからかわいがってやろう」

 

 軽々と持ち上げられ、政務用の机に身体を押し付けられた。腕に弾かれ飛んでいく書簡。気にかけることもなく、風は曹操から与えられる快楽だけに意識を集中させている。

 

「おほっ♡ んっ、んあっ、おっ……♡ こっ、これぇ、おちんちん深いぃ……! ご主君さまの先が、風の赤ちゃんのお部屋とんとんってぇ……!」

「だらしない声ばかり出して、恥じらいというものを無くしてしまったのか。さあ、ここが感じるのだろう? おまえの弱い場所など、俺はすべて知り尽くしているのだからな」

「あひゃっ、はっ、んはふっ……! すごっ、すごすぎますっ……♡ こんなの風、ずっといってしまいますからぁ……!」

「犯せと頼んだのは、風ではないか。こうやって押さえつけられて、中出しされて気持ちよくなりたいのだろう? どうだ、違うか」

 

 びりびりとした刺激が、絶え間なく脳内を溶かしていく。

 中出し。絶対に、中に出されたいと思った。必死になって緩みそうになる膣を締め上げ、風は男根を愛している。肉を擦り上げられる感覚。焼けつくような熱さで、わけがわからなかった。

 

「ほしい……。おまんこの中に、だしてほしいのです。ご主君さまの精液♡ 白くてとっても濃厚な、子種汁♡ 風の子宮に注いで、孕ませてください。大好きなご主君さまの赤ちゃん、授けてくださいっ♡」

「おねだりが上手になったな、風。いいぞ、まずは挨拶代わりに一度くれてやろう」

「うおっ、お゛っ、んっ……お゛ぉっ……♡ くる、またきちゃう……♡ おまんこでせーえきごくごく飲んで、思いっきりいっちゃいます。あっ……。おちんちんがぷくってなって♡ あっ、はあっ、んはぁあああああぁあ♡」

 

 出されている。流れ込んでくる精液に、理性が押し出されているようだった。

 下品な声がとまらない。それどころか、もっと曹操に聞いてほしいとさえ思ってしまう。全身が馬鹿になってもいい。快楽漬けになって、死ぬまで曹操に依存して生きていたい。狂っていく思考の中で、そんなことばかりが浮かんでしまう。心の奥底から、そうなりたいと望んでしまう。

 

「なにを休んでいる。今日ここで、俺の子を孕みたいのだろう?」

「ほふっ……!? んおっ、お゛っ、んあぁああっ……♡」

 

 弛緩した自分の身体。腰を掴み、曹操が容赦なく快楽を送り込んでくる。

 肌を打ちつける音が部屋全体に響いている。机に垂れ落ちる涎。ぐったりとしたまま、風は強すぎる痺れに身を焦がされていた。

 

「ははっ。このくらいで、音を上げていてどうする。それとも、これで終わりにするか? 俺は、どちらでもいいのだぞ」

「やっ、いやなんです。ご主君さま、もっとぱんぱん続けてください。風のおまんこ、おかしくなるまで気持ちよくしてください……!」

「かわいいな、必死になるおまえも。いらないと言うまで、感じさせてやる。だから、しっかり子種を飲むのだぞ?」

「ひゃいっ♡ 今日だけ、風はご主君さまの精液お便所になります♡ ですから、たくさん使ってください……♡ 精液びゅーってしたくなったら、いつでもかけていいですからっ♡」

 

 自分でも、ほとんどなにを言っているのか理解できていなかった。

 ただ、曹操に愛してもらいたい。愛された証として、子種を注がれたい。その思いだけが先走り、淫猥な言葉となって紡がれていく。

 

「いぐっ、またいぐっ♡ ご主君さまの凶悪極太おちんぽ突き刺されて、風のおまんこいくのですよおっ♡」

 

 曹操に触れられている部分のすべてが、あり得ないくらい多量の快楽を生んでいるようだった。

 絶頂の大波。失いかけた意識が、抽送によって強引に取り戻されている。

 これだから、曹操という人の軍師はやめられない。底抜けの情欲。女体を蹂躙してしまえる狂気。だが、そんな中であっても、どこかに優しさを感じさせるのだ。

 

「あ゛っ、はっ、んはうっ……♡ また、熱いのきてるっ♡ おまんこで飲みきれないくらいの精液、びゅるびゅるってくるぅう……!」

 

 背中をのけぞらせ、二回目とは思えない量の精液を風は受け止めている。

 孕む。これだけ凄まじい交わり方をしているのだから、確実に曹操の子を孕んでしまう。腹の奥が熱で満たされている。意図していない笑い声。洩らしながら、風は全身を打ちふるわせていた。

 

 

 おかしくなるような臭気。二人分の粘液で汚れた男根に、風は舌を這わせている。

 結局、あれから五度は中に出されてしまっている。これ以上は、いくら出されようと確実に入らない。床にこぼれている分もちょっとやそっとではなく、正気にもどるのが嫌になるような景色がそこには拡がっていた。

 

「んふふー。ご主君さまのおちんちん、すっごくいやらしい匂いがしていますよ? ちゅっ、じゅぽっ、ちゅぱっ……」

「しっかりきれいにするのだぞ。俺には、まだやるべき仕事がある。だから、感謝を込めて汚れを舐め取るのだな」

「んくっ、んっ……♡ はい、ご主君さま♡」

 

 男根全体に、べっとりと粘りが付着してしまっている。舌を使ってそれを丁寧に剥がしていき、嚥下する。淫靡な味で、頭がおかしくなりそうだった。

 曹操に肩を叩かれた。あれだけ濃厚な交わり方をしても冷静さを失っていないようで、そこにも凄みを感じさせられてしまう。どうやっても敵わない人間が、世の中にはいくらかいるものなのだろう。そのうちのひとりが、間違いなくこの曹操だった。

 

「机の下に隠れていろ。ただし、奉仕はやめるなよ?」

「んふっ、んっ」

 

 男根を咥えたままなせいで、まともな返事ができなかった。

 足音。真逆のことだからわかりようがないが、誰かが部屋に入ってきているようだった。その対応中も自分に男根をしゃぶっていろというのだから、曹操の感覚もまともではなかった。

 

「ちょっと……。なにか匂うわよ、この部屋。まさか、身体を洗っていないんじゃないでしょうね!?」

「昨日も、水を浴びている。おまえに文句を言われないように、そのあたりには気をつけているつもりだ」

「そっ。だったら、尚更気になるわね、この匂い。というか、どこかで嗅いだことのあるような……?」

「もういいだろう、それは。俺も暇ではないから、用件は手短に話せ」

 

 足音の主は、桂花(けいふぁ)だった。口論になりかけた話題を強引にかわし、曹操は主君らしく振る舞っている。

 その足もとで、自分が勃起したものを頬張っていると知ったら、桂花はどんな顔をするのだろうか。あるいは、なんだかんだで流されて、淫欲の輪に加わるのかもしれない。口でどう言い繕おうと、桂花が曹操に飲まれきっているのは周知の事実なのである。

 

「わかってるってば。豫州に同行する将の選定。それと、喜雨(すう)に頼んでいた屯田にあてる地域の絞り込みが終わっているわ。あとは、あなたがどうするか決めてちょうだい。資料は、作っておいたから」

 

 搾る。口を小さくすぼめ、男根を吸い上げた。

 まったくの無音というわけにはいかない。あるいは、桂花の耳に奉仕の音が届いている可能性もある。それでも、やめられなかった。魅惑的ですらある男根から、離れたくなかった。

 

「出すのは、いつでもいいのか」

 

 自分と桂花。どちらに向けて、曹操が言っているのかわからなかった。

 もちろん、射精を歓迎する体勢は整っていた。口内、顔、それとも髪を汚したいのか。頭を前後に動かし、敏感な先端に刺激を集中させていく。にじみ出る粘液。甘美な味が、舌を溶かしていった。

 

「なるべく、早くお願いしたいわね。出せるのなら、今すぐにでも結論を出してもらいたいくらいなんだもの」

「そうか、ならば少し待て。出すものは、もうそこまできているのでな」

「はあ? 言っている意味が、よくわからないんだけど。それに、書簡が床に落ちてしまっているじゃない。子供じゃないんだから、整頓くらいちゃんとしなさいよね」

 

 桂花の声に苛立ちが混じっている。

 さすがに、射精が迫っているなどと考えるほうがおかしいのだ。突き出される腰。喉奥まで、男根が無理やり入ってくる。ふくらむ。反動で思わず抜け、風の眼の前で太いものが弾けた。

 飛び散る。すぐさま男根を手で抑え、風は亀頭の先を自分の顔に向けた。はじめと比較すれば、少々薄まってはいるのか。それでも、濃厚で粘り気のある塊が、顔全体に降り掛かっているのだ。熱い。それに、匂いもすごかった。

 

「ふふっ……♡ ああっ、ご主君さま♡」

 

 身体の内外ともに、曹操の色に染まりきっている。

 これほどの幸福は、ほかでは味わえない。顔についた精液を手のひらでのばすと、また快感に襲われた。一体、今日だけで何度絶頂を迎えたのだろうか。数えることなどできるはずがない。射精を終えた男根に口づけながら、風は淫蕩な笑みを浮かべている。

 しばらくして、桂花は帰っていった。違和感はあるようだったが、深く追求する気にはならなかったようだ。そんなことよりも、戦のことで今は頭がいっぱいなのだと思う。

 

「後先のことを考えずにやったのは俺だが、そうか……」

「元気をだしてください、ご主君さま。風も、後片付けはお手伝いしますから」

「そんな顔をして言われても、説得力がなさすぎるな。まずは、おまえからどうにかするべきか」

「むー。こんなになるまで出されたのは、ご主君さまなのですよ?」

「ははっ。言ったではないか、今日一日だけは精液便所になると。望まれたように、俺は使ってやったまでだ」

「それはそうですし、うれしかったのは確かなのですけどぉ……」

 

 精液まみれになった自分と床。その両方を見比べて、曹操はおかしそうに笑っている。そこには一片の暗さもない。この切り替えの早さが、多くの女を手中にする秘訣なのかもしれない、と風は考えてしまう。

 待つように言い残して、曹操が部屋をでていった。所在なくしゃがみ込み、風はもう一度机の下に潜り込んだ。交合の残滓。床に、はっきりと残っている。

 ほんとうに、子を孕んだのではないか。確信めいた予感。交わりの途中から、それが胸中に去来しているのである。

 強張りかけた精液を指でいじくる。これを綺麗さっぱりわからなくするには、結構な労力がいるのではないか。ほかの誰かに、手伝いを頼めるようなものではない。となると、きっかけをつくった自分が全力であたるしかなかった。

 

「お休み、きっと返上しなくてはなりませんよねえ」

 

 頭の上の宝譿を指で小突く。口でこそぼやいているが、風の顔は清々しく笑っていた。



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九 白月の輝き(月、恋)

 気分のいい目覚めだった。出陣を控えた朝。あの日あったようなざわめきは、心のどこにもない。少し身体を動かして、差し出されたままになっている腕に頭を置いてみる。たったそれだけのことなのに、どうしてこんなにも満たされてしまうのか。しばらくまぶたを閉じ、(ゆえ)は怠惰な朝を愉しむことにした。

 すぐ隣には曹操が眠っていて、その向こう側では(れん)が幸せそうに寝息を立てている。自分のあるべき場所に戻ってくることができた、という思いが強かった。もう一度、今度は少し大胆に、身体を擦り寄せてみる。

 

「んっ……、一刀さま」

 

 真名を呼び、脚と脚とを絡ませた。かたい感触。無意識に起きる現象なのだと承知はしているが、どうしても胸が昂揚してしまう。

 昨晩は(えい)とも一緒に夕食をとり、自分と恋だけがそのまま閨に残った。激しい交わりがあったわけではない。ただ三人で横になり、眠気がやってくるまで語り合った。これまでのこと。そして、未来に向けたこと。離れていた時間。そう長くはなかったのかもしれないが、身を裂かれるような感覚が常にあった。驚きはない。自分たちだけでなく、袁紹、劉備といった群雄までもが曹操に影響され動いた。天下を巻き込む資質が、あの人にはある。当人は否定したがるのだろうが、それはまさしく天命だった。

 自分には子ができ、恋には新たな象徴が与えられた。一欠片の希望。それがあれば、人は迷わず進んでいくことができる。たとえ転んだとしても、立ち上がることができる。

 

「女の顔になっているな。もう我慢が効かなくなったのか、月?」

「起きていらしたのですね、一刀さま。お恥ずかしい姿を、見せてしまいました」

 

 ふくらみに添えた指。ちょっと動かしはじめたところで、曹操が目覚めてしまう。

 咎めるような感じではない。母になったというのに欲望を抑えきれないでいる自分を、曹操は愉快そうに見つめていた。

 しばらくの間、直接的な行為は控えた方がいい。雑談の中で、それとなく桂花(けいふぁ)から釘をさされたことだった。子を宿した経験などあるはずもないし、こればかりは先達の言に従うに越したことはない。それに、つながらなくとも愛する方法はいくらでもあるのだ。

 

「えと……。一刀さまさえよろしければ、お口でして差しあげたいのですが。朝はこうなるとわかっていても、やはりお辛そうですし」

 

 返事をもらうよりも早く、下腹部のほうへ移動してしまう。

 大きく隆起した着物の前。丁寧に頬ずりをすると、期待にふるえた男根がびくりと脈打った。

 

「ははっ。月にこうまでされて、誰が奉仕を断れようか。少し話したいこともある。そのまま、続けてくれないか」

「うれしいです、一刀さま。それでは、んっ……失礼いたしますね」

 

 帯を緩め、男根を外に出す。自分でも、慣れた所作になってきたように思う。ちょっとした生き甲斐。曹操への奉仕が、そうしたものになってきているのかもしれない。待ちに待った雄々しいもの。寝汗のせいか、普段よりも匂いがちょっと濃い。たっぷりと吸い込むと、俄然やる気がわいてくる。

 いきなり咥えたりはせずに、まずは周辺から舌で愛撫を加えていく。舌先。微妙な力加減で、眠った快楽を引き出そうとした。曹操の手が、頭を撫でてくる。硬度を増す男根。亀頭は悠然と天を向いていて、月の顔に影を落としている。

 

「へう……。こうして撫でていただくのも、なんだか久しぶりのような気がいたします……。一刀さま、それでお話しというのはいったい?」

 

 自分を母にしてくれた子種。それがつまっているであろう袋を念入りに揉みほぐし、慈しんだ。

 恋はまだ夢の中のようで、起きる気配はない。孫家との戦でも、呂布軍にかかる期待は小さくないはずだった。孫堅の猛々しさと、獲物を狩る周到さ。対抗するための剣として、恋は相応しい力量を持っている。自分が最後まで導いてやれなかった輝き。曹操ならば、活かしきってくれると月は信じていた。

 そして、かつての董卓軍で武威を示していた者が、孫堅のもとにはいる。華雄。そう簡単に死ぬはずがないとは思っていたが、やはりその推測は正しかった。新たな主君。あるいは、孫堅を友のように感じているのか。直接交流してきた詠たちの話から、月はそんな印象を受けていた。

 自分は曹操に惚れ、華雄は孫堅に惚れている。ただそれだけのことであり、なにも悲しむべきことはなかった。出会いと別れ。その繰り返しで、人の歴史は紡がれていると言っていい。

 

「董の名に、復してみる気はないか」

 

 予想外の切り口だった。

 聞こえていないふりをして、奉仕を続けた。雁首を軽く指先でいじり、肉竿に口づける。勃起したものが額に触れていて、そこから熱が明瞭に伝わっている。

 

「なにも、再び董卓と名乗れと言っているわけではない。なにより、そんなことをしては恋たちの努力が無駄になる。しかし、生まれてくる子の将来を考えると、そのままというわけにもいくまい」

 

 董卓の復活を、今になって曹操が求めるはずがない。わかりきっていることなのに、片意地を張ろうとした自分がちょっと恥ずかしかった。舌の表面で会陰を何度もなぞり、手を使って大きくなった剛直をしごいた。満足したように曹操が深く息を吐く。もっと、自分の奉仕で気持ちよくなってもらいたい。その一心で、愛撫をし続けた。

 本来ならば、悪名を残した暴君の血筋をまともに遇する必要はないのである。董の名に復するという意味。それが小さくないことを、月は直感的に理解していた。名をもどせば、曹操の築く秩序の中に表立って加わることもできるようになる。いずれ生まれてくるわが子に、父が曹操だという事実を堂々と伝えられることにもなる。

 

(はく)、と名乗るのはどうか。卓の字から、余計なものを削いでいくと白となる。身軽になった月には、似合うようにも思うが」

「あむっ、むっ、ちゅう……。白……、董白ですか」

 

 澄み切った声。淫らな奉仕を受けているにもかかわらず、曹操は少しも動じていなかった。

 董白。悪くない響きだと思った。恋にとっての深紅の曹旗と同様に、その名は自分の新たな一歩の手助けとなるのではないか。

 

「ありがたく、頂戴する所存です。この董白のすべては、あなたさまのもの。名を変えても、その思いは生涯変わることなどありません」

 

 誓いの口づけ。男根の先を唇でしっとりと濡らし、月はほほえんでいた。

 そのまま、熱くなった亀頭を頬張った。唾液であふれた口内。頭を揺さぶるのと同時に、舌をねっとりと絡ませる。

 先走りの官能的な苦さが、唾液と混ざり合っている。その味は媚薬のように思考を歪ませ、情欲を増幅させていく。呼吸がむずかしくなるまで深く男根を飲み込むと、その傾向はより顕著になった。

 

「んぷっ、んっ、じゅくっ……。あふっ……、わらひ()ひょうふにでひてひまふでひょうか(上手に出来ていますでしょうか)?」

「ああ、さすがの居心地だ。月のくれるあたたかさが、俺は好きなのだろうな」

 

 うれしくなって、もっと頑張りたくなってしまう。

 じゅぷじゅぷ。ぐぷっ、ぐぷっ。水音を派手に立て、唾液と一緒に快楽を送り込もうとした。曹操の指が髪を撫でる。それだけで感じてしまうほど、気持ちが昂ぶっていた。

 

「もうひとつ、話をしてもいいか」

 

 曹操の言葉に、月は何度も頭を振って頷いていた。

 なんだって受け入れる。曹操に寄り添って生きると、自分は誓ったのだ。

 

「わが子の養育のことを、以前から考えていたのだ。それぞれの裁量に任せるのもいいが、それではつながりが薄くなる。競争は必要なのだろうが、兄妹の相克は家を割り、果てには国を割ることになる。みなが母であり、姉でもある。そのような環境で、わが子には育ってほしいと俺は願っている」

「んっ、んむっ、ちゅぱぁ……。それは、よきお考えかと。次代の育成は、戦と同じくらい大切に扱われるべきです。私も、一刀さまのご意見に異存はありません。詠ちゃんや恋さん、それにほかのみなさんとも一緒に子を育てられると思うと、愉しみでなりません」

「月に同意してもらえると、俺も心強い。理想を実現するためにも、体制の整備が急務となってくるのだろう。その任を、そなたに命じたいのだ、董白」

「そのような仕事を私に? ほんとうによろしいのですか、一刀さま?」

「俺のまわりを見渡しても、おまえ以上に乱世を知る者はいないのでな。その経験の大きさから鑑みて、誰よりも適任だと思っているのだよ。いきなりの要請ではあるが、受けてくれるか、月」

 

 迷いはなかった。自分に董白の名を与えたのは、このためでもあったのだろう。

 少しだけ姿勢を正し、月は言った。

 

「御意のままに。ご信頼に応えるためにも、励むつもりです」

「よろしく頼む。職務の補佐として、詠をつけるつもりだ。二人でなら、上手く進められよう」

「詠ちゃんと一緒に? ご配慮ありがとうございます、一刀さま。詠ちゃんと二人で一刀さまをお支えできるだなんて、ほんとうに夢みたいで」

 

 感謝の念を込めて、男根にじっくりと舌を這わせた。

 曹操も口淫を愉しむことだけに気持ちを切り替えたようで、先ほどよりも反応がずっとよくなっている。

 汗のたまった亀頭のくびれ。唇と舌先とで、余さず汚れを取り去っていく。男根の熱さ。それすら、愛おしくなってくる。ゆるやかな快楽。愉しむ曹操の隣で寝ていたはずの恋の姿がないことに、月はまだ気づいていなかった。

 

「おはよう、月。一刀のちんちんが、今日の朝ごはん?」

「へうっ……!? お、おはようございます、恋さん」

 

 死角からいきなりあらわれた恋。挨拶もそこそこに、いきなり曹操の男根を咥えた。

 

「あむっ、ちゅっ、もごごっ……。ぷあっ……。おっきすぎて、恋の口に入りきらない。月だったら、たぶんもっと無理」

「うふふっ。だけど、困っている私たちを見るのも、一刀さまはお好きみたいだよ?」

「一刀は、ちょっとだけ意地悪。すんっ、すんっ……。ちんちん、月と一刀の匂いがして、いつもよりどきどきする」

 

 無造作に寝ていたせいで、恋の着物はすっかり乱れてしまっていた。

 さらけ出している肌。女である自分から見ても、健康的な魅力にあふれている。

 男根を舐めながら、曹操の反応を伺った。口淫に不満はない。それでも、視線は恋の身体に注がれているようだった。乳房。やわらかな肉が動く度に揺れ、曹操の情欲を誘っている。使わない手は、ないと思った。

 

「恋さんの胸が気になって仕方がないんですね、一刀さま。だったら、恋さん?」

「んっ……。おっぱいで、ちんちんぎゅってする? そうしたら、一刀は気持ちよくなれる?」

 

 恋の身体。乳房で男根を挟めるように誘った。

 褐色の谷間から、赤黒い先端が飛び出している。恋はまだ要領をつかめていないようで、自分と曹操の顔を交互に眺めていた。

 

「おっぱいで挟みながら、上下に擦って差しあげるの。そうしたら、絶対よろこんでくださるから」

「わかった。月の言うとおりに、やってみる。んっ、んしょ、んっ……」

「そうそう。上手だよ、恋さん。それなら、私はこちらを」

 

 豊かな乳房に挟まれた男根。

 包みきれていない先端に狙いを定め、月は奉仕を再開させた。二人分の快楽。曹操のよろこびは明らかであり、分泌される先走りの粘度も増している。

 

「んっ、はっ、はあっ。これ、すごい。月のよだれで、恋のおっぱいぬるぬるになる。擦ってるだけなのに、気持ちよくなる」

「かわいい、恋さん。ねっ、一刀さま」

 

 自分の意図を、曹操は即座に理解したようだった。

 上気している恋の頬。そっと手をあて、唇を合わせた。小さな驚き。しかし、それはすぐに消えていく。

 いつの日か、恋も曹操の子を宿すことになるのだろう。考えると、たまらなく胸が熱くなった。同じ男を愛し、そして子を育む。壊すだけしかできなかった自分を、曹操が変えてくれたという思いがある。

 たどたどしく触れ合う舌。恋も、口づけを愉しんでくれているようだった。そうしている間も、亀頭は手のひらで刺激し続けている。粘液の感触。生々しく、昂揚する気分を抑えられなかった。

 

「んっ、ちゅっ、んはっ……♡ ふふっ、気持ちよかったね、恋さん」

「うん。一刀とちゅってするのとは、少し違う。けど、すごくどきどきした」

 

 ぼんやりとしたまま、恋が感想を述べている。女同士の戯れ。見守っていた曹操の眼差しは優しく、父性すら感じさせられている。

 

「ほら、一刀さまを気持ちよくして差しあげないと。私たちのご主人様で、愛しい旦那さま。たくさん、ご奉仕いたしますね♡」

「んっ……。一刀は、恋のご主人様?」

「違いない。胸でもっと感じさせてくれるか、恋」

「一刀の、ご主人様の命令は絶対。おっぱい、ぬちゅぬちゅってして、ちんちん気持ちよくしてあげないといけない。んっ、んべえ……」

 

 口内にためた唾液を、恋が胸の谷間に垂らしている。それが潤滑剤となり、上下運動の助けとなっているようだった。奉仕によって恋自身も興奮を得ているのは確実で、色のきれいな乳首が主張を強めていた。

 

「おっぱいでご主人様にしてあげながら、恋さんも感じているんだね。私も、がんばらないと」

 

 射精感を高めようと、亀頭を念入りに刺激していった。

 曹操の手。臀部を撫で回されるのが心地よく、男根を咥えながら声を洩らしてしまう。

 

「んっ、んふっ……♡ ごひゅりんひゃまのて(ご主人様の手)きもひいいんれふ(気持ちいいんです)。んじゅぷ、もっほひへくらひゃい(もっとしてください)……♡」

「あっ……。ご主人様のちんちん、ひくってしてる。白いの出したくなったら、いつでも出してくれていい。恋のおっぱい、ご主人様のでぬるぬるにしてもらいたい」

 

 恋の天才肌な部分が、閨においても発揮されている。乳圧。的確に加えられているようで、男根は幾度となくひくついていた。

 

くらふぁい(ください)ごひゅりんふぁま(ご主人様)♡ じゅぷ、じゅぅぅううう、じゅるっ。わらひほれんひゃんに(私と恋さんに)、じゅろろっ、ひゅふひゅふってらひてくらはい(出してください)

「狙ってしているのか、月? ははっ。だとしたら、たまらないな」

 

 もごもごと言葉を発する動き。それを、曹操は気に入ってくれているようなのである。わかっていて、何度も繰り返した。気持ちいい射精を味わってほしい。精液を、自分たちに浴びせてほしい。

 情欲を解き放つ瞬間。すぐそこにまで、来ているのか。曹操の指が、優しく剥き出しの陰部を擦っている。押し寄せる波。飲まれつつあるのは、曹操だけではなかった。

 

「ああっ……。そのまま締め上げていろ、恋。出る……、出すぞっ」

「うあっ♡ ご主人様のちんちん、びくびくってふるえてる。んっ……、今日もすごい量。月のおでこ、真っ白にされちゃってる」

「んっ、んんっ、あっ、あふぅ……♡ どろどろなのは、恋さんも同じだよ? ここだって、ほら♡」

 

 絶頂の瞬間を見計らって、月は口を離していた。

 恋の乳房に降り注いだ精液。塗り拡げる途中で、乳首に刺激を加えた。

 ふるえる声。奉仕をしていて、かなり敏感になっていたのだろう。面白いくらい恋の身体は反応を見せ、かわいらしくひきつっている。

 

「あっ、んあっ……! 月の指で、こりこりってされるの気持ちいい。恋の身体も、ちんちんみたいにびくってする♡ はーっ♡ んんっ♡ ぴりぴり、とまらない♡」

 

 恋の持つ美しい褐色の肌。一段と紅潮したその上を、精液の白が染めていく。

 幻想的ですらある光景。小刻みに昇ってくる快楽を受け入れながら、月は見入っていた。

 

 

 軍人の顔となった恋。近くでは、ねねが赤兎を曳いている。

 残留する詠とともに、月は出陣の見送りにでていた。間もなく、田豊率いる袁紹軍が到着する予定となっている。その合流を待って、曹操は豫州に進軍するつもりでいた。

 

「はい、これで大丈夫。だけど、怪我には気をつけてね」

「ありがとう、月。恋の命は、一刀のもの。だから、死ねって言われるまで恋は死なない」

 

 噴き出した血にも見える赤い布。呂布奉先の、目印ともなっているものだった。しっかりと首に巻いてやると、恋はうれしそうに笑ってみせた。

 曹操と交わした誓い。それがあるかぎり、恋は軍神となり闘いの中に生きるのだろう。待っているしかない自分が、少し口惜しい。それでも、帰る場所があるから人は闘える。誰であろうと、それは同じだった。

 

「しっかりね、恋。呂布軍の強さ、孫家のやつらにも見せつけてやるのよ」

「わかってる。詠たちの分まで、恋は闘う。勝って、一刀と一緒に帰ってくる」

 

 頼もしい言葉だった。それに恋が口にすると、大言を吐いているような感じが少しもしないのだ。

 おびただしい数の軍勢。静かに通り過ぎていく。月が探しているのは、曹操の姿だった。

 「馬」、「徐」、といった旗をかかげた部隊を見送った。体格のいい黒馬。その背に揺られて、待ち人はようやくあらわれた。

 

「いってらっしゃいませ、一刀さま。お帰りを、お待ちしております」

 

 高く上がった曹操の右手。深く頭を下げる月の心は、穏やかだった。




馬……徐……


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十 忠義と愛と

 原野に人垣ができている。

 総勢六万の曹操軍。そこに冀州からの援兵を加えると、九万にまで達することになる。孫堅が豫州攻めに動員しているのは、五万から七万といったところなのか。そうなっているのは、揚州、ひいては徐州にまで戦力を割いているからに他ならなかった。

 孫策軍が州境を侵し、徐州軍との闘いをはじめた。知らされているのはそこまでで、戦の行方はまだわかっていなかった。しかし、劉備の苦戦はまぬがれないのではないかと思う。自分という明確な脅威が相手だったから、徐州はぶれることなくまとまることができていたのだ。

 孫策は硬軟の態度を使い分け、豪族たちに揺さぶりをかけようとするはずだ。そして、その軍勢の中にはかつて徐州牧だった陶謙がいる。憎たらしい男だった。おめおめと生き延び、孫家の威を借り権力者の地位に返り咲こうとしているのか。考えただけでも虫酸が走る。あの年寄りの首だけは、いつまでもつなげておくわけにはいかなかった。

 自分の前に引き立て、首を刎ね飛ばすのが理想ではある。

 方法は選ばないつもりだった。だが、孫家による守りはかなり強固であり、奪取、あるいは暗殺に踏み切れていないのが実情だった。天命などというものが自分についているのなら、どうして陶謙のような者を生かしておくのか。募るものが、ないわけではなかった。

 田豊の姿が徐々に見えてくる。周辺を空けるように、曹操は護衛に命じた。

 

「感謝しているぞ、田豊。おまえの尽力があったから、俺は麗羽(れいは)のことを真っ直ぐ見られるようになったのだろう」

「私と荀彧殿は、ちょっとしたきっかけづくりをしたに過ぎません。お二人に、もともと惹かれ合う部分があったから、今回のような結果となったのでしょう。ええと、それでなのですが」

 

 田豊が、なにかに迷っているような素振りを見せている。

 

「どうかしたのか?」

「いえ。その、大したことではないのですが、なんとお呼びすればいいのかな、と。麗羽さまは、曹操殿をわが君と思いお仕えするように、と書簡で仰せでしたので。あっ、私のことはもちろん真名で呼んでくださってかまいません。……以前に、一度お預けしていることですし」

 

 胸の前で合わせた指。ちょっと赤くなりながら話す田豊が、一段とかわいく思えてくる。

 

真直(まあち)の好きなように呼んでくれていい。俺の真名も、ここで改めて許そう」

「あ、ありがたき幸せですっ! われら袁家も一丸となり、主さまの覇業をお支えすることをお誓いしたく……」

 

 主さま。勢いで口にしたのだろうが、真直の誠意は十分に伝わっていた。

 最後の最後で詰まる言葉。ちょっと具合が悪そうに腹をおさえる真直の視線の先には、腕組みをした桂花(けいふぁ)が立っていた。

 

「……ったく、舞い上がってる場合じゃないでしょうが。でも、よく来てくれたわね、田豊。それと、いきなり息子の世話を押し付けてしまってごめんなさい」

「い、いいえ! 危地において袁家を頼ってくださったこと、密かにうれしく思っていましたから。そうだ、早くご子息をお連れしないとですよね。典韋さんと、一緒におられますので」

 

 真直が慌てて群衆の中に消えていった。

 久しぶりの再開が、愉しみなのだろう。ちょっとそわそわしている桂花の肩を、曹操は小さくたたいた。戦にでれば、またしばらく離れ離れになるしかなくなる。だが、たとえ短い時間であったとしても、顔を見ておきたいというのが親の情なのだった。

 

 

 沛国入りの直前。先行させている馬超軍からの知らせに、曹操は関心を寄せていた。あの関羽が、すぐ近くにまでやってきている。それも、自分と会いたいと懇願しているようだった。

 孫策との戦の最中に、もっとも力のある将軍を離脱させてまで、やるべきことがある。よほどの苦境に、徐州軍が陥っているとしか思えなかった。

 自分の中での折り合いは、それなりについている。あとは、劉備がどう判断するかでしかない、と曹操は考えていた。

 

「関羽と会うのね、一刀。劉備が完全に潰されてしまえば、孫策を止めておく壁が失われてしまう。それだけは、阻止する必要があるか」

「むずかしく考える必要はないのではないか、桂花。俺と劉備軍。一度は袂を分かったが、根本では結ばれているなにかがあった。複雑に思わなければ、物事は案外すんなりと解決してしまえる気がしているのだよ」

「そっ。あんたがそれでいいなら、私に異論はないわ。使える駒が、増えるに越したことはないもの」

「意地の悪い言い方をする。そのうち、昂に怖がられても俺は庇ってやれないぞ?」

「うっさい。会うなら、さっさと行ってきなさいよ。時間は、かぎられているんだから」

「わかっている。それではな、桂花」

 

 わざとらしく肩を怒らせる桂花を残し、曹操は関羽の待つ幕舎へと向かった。

 軍勢は連れておらず、付随しているのは数人の護衛だけのようだった。付き添ってきた(すい)に二人で話すことを伝え、中に入った。

 憔悴しているが、覇気はまだ消えていない。関羽の凛々しい視線。自然に受け止め、曹操は対面するように置かれている胡床のひとつに座った。

 

「まあ座れ。強いか、孫策は」

「はっ。揚州兵を糾合した孫策軍は、かなりの勢いを持っています。言い訳にしかなりませんが、万全の状態で迎え撃てなかったことが悔しくてなりません。現在、劉備さまは下邳城で、敵軍の攻撃を耐え忍んでおられます。しかし、それだっていつまでも続けられるようなものではありません。手当は、早急に必要です」

 

 敵軍のつけ込む隙。それを生んだ一因に、自分は間違いなくなっているのだろう。

 俯き、横を向いたまま関羽は答えている。眼を見て話せないのは、敗戦による恥じらいのためなのか。勝敗は、兵家の常ともいう。それに、生きているかぎり挽回の機会はいつでもあるのだ。

 

「援軍を頼めるような立場でないことは承知しています。ですが、どうかそこを曲げて劉備さまを助けていただきたい。私の願いはそれだけなのです、曹操殿」

 

 立ち上がり、関羽が勢いよく頭を下げた。

 垂れ下がる黒髪。自分から色よい返事をもらえるまで、そうしているつもりなのではないか、と曹操は思っている。追い詰められた状況にあっても、最大限の誠意を示さなければならない。そして、関羽を派遣することでしか、それが達成できないことを劉備は知っているのだ。

 

「救援はしてやってもいい。孫策が徐州全土を制圧すれば、こちらまで危うくなるのでな。ただし、対価は高くつくぞ」

「かまいません。姉上から、条件はすべて曹操殿にお任せするよう仰せつかっておりますので」

「ははっ。そうか、桃香(とうか)らしいと言ってしまえば、それまでになるが」

 

 劉備とは、あえて呼ばなかった。

 なにか感じるものがあったのだろう。頭を上げた関羽。その表情は、かすかに和らいでいる気がしていた。

 

「よいのだな、愛紗(あいしゃ)?」

「信じておりますから、あなたさまのことを。われらの今後を委ねられるお方がいるとしたら、それは一刀殿ただおひとりなのでしょう」

「いいだろう。おまえたちの信に応えるためにも、全力を尽くすことを約束する。すぐに軍議を開く。同行してくれるな、愛紗」

「御意に。豫州での戦があるというのに、負担をおかけして申し訳ありません。御恩に報いるためにも、力のかぎり青龍偃月刀をふるう所存です。なんなりと、お申しつけを」

「簡単なことではないだろうが、少し肩の力が抜いておけ。堅苦しいのはおまえの美点だが、たまには楽をすればいい」

「そ、そうでしょうか? 自分では、気にしたこともありませんでした。姉上がお優しい分、私が厳しく目配りしておかねば軍規が乱れる、と常々思っていたものですから」

「あれで、桃香はしっかり者だ。戦の采配も下手ではない。この前の戦でも、俺はその事実を直に味わい知っている」

「やると決めたら、やってしまえるお方なのです。わかっているはずなのですが、どうしてもお守りせねばと思ってしまう。それが、桃香さまの魅力なのでしょうね」

「ははっ。その分では、まだまだ姉離れはできそうにもないな」

 

 桃香と愛紗。三人で手をつないだ時のことを、曹操は思い出していた。

 紡いだ絆が、乱世を乗り越える原動力となることがあるのか。そのことを、実感せずにはいられなかった。これまで、様々な縁に助けられて自分は道を進んできたのだ。拾い、曹家当主にまでしてくれた養父。そこからはじまった縁が、ついには桃香にまでつながっている。

 

「で、でしたら、その……。二人でいる時は、甘えてもよろしいのでしょうか、兄上に……?」

 

 姉離れができていない、と言われたことが気になっているのだろうか。それはいいが、まさか自分に甘えることで均衡をとろうとするとは思わなかった。

 座ったまま、愛紗に手招きをした。戸惑いがある。しかし、嫌がっている気配はなかった。脚に抱きつくような格好となり、愛紗が膝におずおずと頭を預けてくる。

 やわらかな黒髪。ゆっくりと撫で、曹操はつとめて穏やかな声色で語りかけた。

 

「疲れただろう。ずっとしてやるわけにもいかないが、少しだけでも休んでいくがいい」

「ふふっ、ありがとうございます……。この世に、こんなにも心地のいい場所があることを知りませんでした。さすがですね、兄上は」

「いつかは、俺も愛紗の膝で眠りたいな。気持ちがよすぎて、起きるのが嫌になってしまうかもしれないが」

「いいですよ、それでも。兄上が満足されるまで、お付き合いいたします」

 

 自然な触れ合い。膝の上に置いた手に、愛紗が指で触れてくる。

 

「ははっ。くすぐったいぞ、愛紗?」

「すみません。ですが、兄上とこうしていられるのがうれしくて」

「嫌なのではない。愛紗がかわいいから、つい意地悪をしたくなるのだ」

 

 一度眼を閉じ、膝の上で愛紗が深呼吸をする。

 それで、気持ちが整ったのだろう。眼を開けた時には、武人としての凛々しさがはっきりと表に出ていた。

 

「満足できたのか?」

「はい、とても。兄上のおかげで、元気がでてきたように思います。ふふっ、これは桃香さまにも教えて差しあげないと」

「その意気だ。関羽雲長の武働き、期待している」

 

 完全に離れてしまう前に、もう一度だけ髪に指で触れてみる。

 ほほえむ愛紗。厳しいだけよりも、ずっといい顔をするようになったと曹操は思っている。



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十一 豫州情話(桂花)

桂花のツンデレ配分いまだに迷うという話。


 合流した愛紗(あいしゃ)を伴い、曹操は麗羽(れいは)らの待つ沛国へと急いだ。

 しばらくは、そこを中心に対孫堅の戦略を考える必要がある。徐州と豫州。その両方に睨みをきかせるという意味では、沛国の位置はちょうどよかった。

 自分不在の間、孫堅はあまり積極的に攻撃をしかけてきていない。袁紹軍が腰を落ち着かせ、防戦に徹する構えを見せている。その効果は、小さくなかったのかもしれない。挑発に乗ってくるような相手であれば、いくらでも得意の戦場へ引き込むことができる。しかし、麗羽は自分の意思を尊重し、粛々と従ってくれているのだ。

 また、(とう)による汝南への断続的な揺さぶりも効果がでてきているようだった。孫権はうまく統治しているようだが、長年続いた袁家との関係がそう簡単に消えるものではない。小規模な叛乱であっても、連続して起こればそれなりに手は焼ける。孫堅がその程度の敵を歯牙にかけることはないだろうが、全体の動きに対する鈍化には役立っていた。

 豫州沛国。造営した陣屋に、曹操は桂花(けいふぁ)を招いていた。夕刻には、巡察に出向いている麗羽も帰ってくると聞かされている。それまでに、大方針の最終確認をしておくのが目的のひとつだった。

 

「しばらく、誰もいれるなよ。よほどの用件でなければ、俺には知らせなくていい」

 

 護衛に立つ春蘭(しゅんらん)にそう伝え、曹操は陣屋に閉じこもった。

 どことなく落ち着かないのか、桂花は胡床に座りもせず円を描いて歩いている。肩の先まで伸ばした髪。かぶっていられなくなったのか、動物の耳をあしらった頭巾はほとんどぶら下がったままになっている。

 

「どうした。来ないのか、桂花?」

「はいはい……。いけばいいんでしょ、いけば」

 

 有り合わせの板でつくられた寝台。その上から訊ねると、桂花の不機嫌そうな声が返ってくる。

 無造作に預けられる身体。なんなく受け止められると知っているから、乗ってくる方にも遠慮がない。そうした気安さが出来上がるまで、かなりの月日を有したことは言うまでもなかった。

 

「ン……。少し、背が伸びたのではないか」

「ふふん、でしょう? 見てなさい、一刀。そのうち、あんたのことも追い抜かしてやるんだから。抱きかかえていい気になっていられるのも、今のうちよ」

 

 得意気に弾む声。脚を浮かせてもたれかかってくる桂花は、いかにも愉しそうである。

 成長を感じる箇所は、それだけではなかった。それとなく胸に手で触れ、少し揉み込んでみる。確かな弾力。子が生まれてから、一回りくらい大きくなったのではないか。踵。脛に容赦なく飛んでくる。母になり、妻になろうと変わらない部分はある。そうでなければ、桂花をそばに置いている意味がないのだ。

 

「なにしれっと触ってるのよ、変態。大方、関羽にもそうやって迫ったんじゃないの? あの子、あんたと会ってしばらく、気味が悪いくらい上機嫌だったじゃない」

「そんなことはしていない。今は桂花が相手だから、俺も遠慮なく手を遊ばせているだけなのだよ」

「はあ……。ほんっと、どうしようもない男なんだから。んっ、ちょっ……。そんな、また調子に乗って……!」

 

 眼の前で、桂花の髪が左右に揺れている。ほのかな甘い香り。同時に、そんなものすら振り撒かれているようで、やめろと言われてもやめられそうになかった。

 

「ほ、ほんとに待ちなさいってば……。はあっ、はっ……。というか、あんた本題に入る気はあるんでしょうね? こんなにされたら、いつまで経っても、んっ……」

「そう焦るな、桂花。おまえとこうして過ごすのも、久しぶりではないか。もう少し、愉しませろ」

 

 衣服越しに、桂花のやわらかさが伝わってくる。

 腹のあたりに両腕を回し、確かめるように抱きしめる。鼻の頭をかすめる髪。その向こうにのぞく、白いうなじ。吸いつき、味わった。

 

「あっ、んんっ……。ちょっと、お尻に変なもの押し当てないでよ。盛った動物じゃないんだから、んっ、こんなのって……」

 

 桂花の声。かすかに、上擦っている。

 寝台に倒れ込む。着物がしわになることもかまわず、手を止めなかった。

 

「うっ……、はっ、はあっ。久しぶりだからって、私こんなに? やっ……。そんなとこ、手ぇ入れるなぁ……!」

 

 抗議の言葉は、いかにも弱々しかった。

 尻に下腹部を擦りつけたまま、陰部を手で探っていく。あたたかいが、すぐにわかるような濡れ方はしていない。

 ゆっくりと撫でるように、上下に触れる。やわらかな(くさむら)。何度か指でいじくっていると、桂花が肩越しに険しい視線を飛ばしてくる。

 

「ははっ。桂花は、こちらを触られるほうが好きだったな」

「やっ、だめっ……! 張ってるとこ、揉まれたら」

 

 切ない喘ぎ。強くなりすぎないように注意しつつ、母になった桂花の乳房を刺激する

 

「張り詰めていては、苦しいのではないのか? 楽になれ、桂花」

「ばっ、ばか一刀っ……! んっ、あっ、あうっ。搾るの、やめなさいって言ってるのに……! これっ、一刀の手でこんなにされたら、私、わたしっ……!」

 

 甘い香り。桂花が感じるほど、強くなっているのか。

 逃げようとして揺さぶる尻。それが、男根をほどよく擦っている。

 

「あっ、ああっ、はあっ……! だめ、だめなの。我慢したいのに、全部壊される。一刀の前なのに、私もう……っ」

 

 じわり、と胸の先端から微熱が拡がっていく。

 桂花の中にある切なさ。それは募り続けているようで、拒絶する口とは正反対の挙動を身体はとっているのだ。

 着物ににじむ母乳。愛おしく思いながら、曹操は手のひらで撫でている。芯の通った男根。重いくらいの快楽の火種が、弾けたくて疼いているのか。

 向き直った桂花が、押し倒すようにして上に乗ってくる。触れている箇所すべてが熱い。この先のことをしたくてたまらない。そんな表情を、桂花はしてしまっている。

 

「見せてくれるのだな、身体を」

「服、これ以上汚すのは嫌だもの。あんまり、まじまじと見ないでよね」

 

 陣屋の内側はほの暗いが、桂花の透き通るような肌の美しさまでは隠しきれていない。

 魅惑的な乳房。触れるのは、まだ我慢した。やわらかな肉に挟まれた男根。心地よさに、曹操は感情を昂ぶらせている。

 

「あんたが勝手に動くのはだめ。それで、いいわね?」

「いいだろう。桂花のしたいように、俺を使ってくれていい」

 

 白濁した液が、乳輪の周囲に付着したままになっている。

 重なる身体。股でぐいぐいと男根を刺激するかたわら、桂花が胸を押しつけてくる。それが、吸えという合図だと曹操は理解していた。

 

「汚したのはあんたでしょう。だから、きれいにしなさいよね、一刀」

 

 ねだり方がかわいくて、つい男根をびくりとふるわせてしまう。

 倒錯的な味わい。乳首を口に含み、母乳の分泌を誘うべくやさしく吸い上げる。

 

「んっ、あっ……! やっぱり、あの子と全然違う。舌で、気持ちいい場所ぬるぬるって」

「ははっ。当たり前ではないか、桂花。しかし、乳が次々にあふれてきているぞ。こんなになるまでため込んで、俺にくれようとしていたのか?」

「ち、ちがっ……! ひゃっ、んっ、ああんっ! あんたみたいな性欲狂いにあげるために、私のお乳は存在してるんじゃないからぁ!」

 

 勃起した乳首を、唇で挟んで吸引する。甘い声。男根で感じているのは、熱さだけではなくなっている。

 この分なら、またすぐにいってしまえるのではないか。肉づきの薄い背中。抱きしめながら、曹操は胸への吸いつきを強めた。

 

「勝手に動くなって言ってるのに、あっ、ふあっ……! んっ、んはあっ……。こんなの、私また」

「妻の身体を抱きしめて、なにが悪い。だが、そうしたところもかわいいぞ、桂花」

「あっ……! そ、その口、いつか絶対に黙らせてやるんだから♡ 覚悟しておきなさいよ、一刀♡」

「愉しみにしていよう。ン……、桂花」

 

 熱くなった身体を押しつけ、桂花は絶頂を迎えようとしているようだった。

 甘い香り。記憶からはとうに消えているのに、不思議な安心感をもたらしてくれる。顔すらわからない実の母。ずっと幼い頃、その愛情を受けていたから、自分はこんな気持ちになっているのか。

 

「一刀、かずとぉ……♡ んあっ、またでるっ。昂にあげるはずのおっぱい、父親に全部吸い取られちゃう♡」

 

 矯声。発しながら、桂花が身体をふるわせる。男根を擦る秘部。熱された粘液を、必死になって塗りたくっているようだった。

 力なく預けられる体重。桂花の快楽が落ち着くまで、曹操は頭を撫でてやろうと思った。普段なら、文句のひとつでもでてきそうな甘やかし方なのである。それができるだけでも、桂花を誘った価値があると言っていい。

 

「も、もういいからっ」

「そうか。桂花の髪に、もっと触れていたかったのだがな」

 

 急に恥ずかしくなったのか、桂花が胸の上から飛び起きてしまう。離れていく熱さ。自分は、ちょっと寂しく感じているのか。

 かたいままの男根。前後の動きで刺激しながら、桂花が言った。

 

「さっさと出せばいいのに、強情なチンコなんだから。それで、んっ……、戦のことなのだけれど」

「ああ。二頭の虎を相手取り、半端な戦をすればこちらが食い殺されてしまう。まずは、どちらか片方をたたくべきだ」

「そうね。食い合わせることのできるような相手なら、まだやりようはある。けど、それも今回は無理な話か」

「片付けるのなら、孫策からだな。劉備の安否も気になる。それに徐州が落ち着けば、孫堅にかけられる圧力も必然的に多くなろう」

 

 指で固定した男根の先を、半ば飲み込むようにして桂花が擦っている。

 ふくらむ情欲。入ってしまいそうな寸前で、焦らされているのだ。こうした緩急のつけ方は、さすがに桂花も手慣れている。

 

「あの老いぼれにこだわりがあるから、徐州に行く。そうでないことだけは、約束してちょうだい」

「そう怖い顔をしてくれるな。こだわりがあるとすれば、それは劉備の方なのかもしれん。前々から欲しいと思っていた女だ。皺首を胴から斬り飛ばしてやりたいのはやまやまだが、それはついでに過ぎないのだよ」

「呆れた。ほんとに、頭の中に精液が詰まっているんじゃないの、あんた?」

 

 桂花が蔑むような視線を向けてくる。意図を理解しているのは、擦りつける肉の熱さが変わらないことから明らかだった。

 援軍を寄越す条件として臣従を示したが、愛紗に拒絶されることはなかった。

 自分を信じている。ただそれだけのことで、桃香(とうか)はすべてを受け入れるつもりでいるのだ。やさしさを振りまくだけに見えて、並の女ではない。あとは、その覚悟に自分が応じてやるだけだった。

 鈴々(りんりん)の無邪気な笑顔も、しばらく見ていない。徐州へ再び赴く理由は、挙げようとすればいくらでもあるのだ。

 

「俺が豫州を離れれば、今度こそ孫堅は動いてくるな。麗羽はよく我慢してくれている。もうしばらく、任せていいように思うが」

「あとから、しっかり甘やかしておくことね。麗羽殿は、今や曹家の要なんだから。んっ、んあっ、はあっ……!」

 

 麗羽のことを話しながら、桂花が自身の内側に男根を迎え入れている。ぬかるんだ膣肉。強すぎない包容が、全体に行き渡っている。

 感じているのは、桂花も同じなのだろう。こうして交わること自体、久々なのである。忘れていた感覚。それが、隅々にまで染み込んでいく。口に指を含み、桂花は声を我慢しようとしているのか。その仕草がいじらしく、曹操は余計に男根を膨張させてしまう。

 

「あんっ、あふぅ……。ちょっと、少しは遠慮しなさいよね。久しぶりなのに、こんなに太いの……んあっ! 私の中、馬鹿みたいに拡がっちゃうじゃない」

「ははっ。だが、おまえの身体はよろこんでいるようだぞ、桂花」

「んっ、んぐっ……♡ こ、こんなの、大きすぎてうまく動けないっ。んあっ、んっ、ふあっ……」

「これならどうだ、桂花?」

 

 宙をさまよう桂花の両手。下からつかんでやると、ちょっとうれしそうな微笑が垣間見えた。

 支柱を得たことで、腰の動きが順調になっていく。うねる媚肉。包まれ慣れた桂花の感覚を、曹操はゆるやかに愉しんでいる。

 

「呂布軍は、孫堅への抑えとして残そうと思っている。あちらには、趙雲、徐晃、楽進、それと曹仁の隊を同行させるつもりだ」

「あっ、そこっ……♡ ふーっ、ふうっ……♡ 部隊の選定は、すべて一刀に任せるわ。あうっ……。兵站の管理もあることだし、私はこっちで仕事をしていようと思うのだけど」

「それでいい。風は連れて行くことになるのだろうが、もう少し考えたいこともある」

「考えたいこと? うあっ、んんっ、あんっ……! ふ、深いところ、だめぇ! 子宮の入り口にごりごりってあたると、だめになるからっ……! 見られちゃう、一刀に♡ いやらしい腰使いなんて、見られたくないのにっ♡」

「俺のせいにしてくれるなよ、桂花? その快楽は、なにもかもおまえが求めているものだ」

「ひゃっ、ひゃうっ♡ ちょっと角度がずれただけなのに、おっ、これやば……っ♡ まだいきたくなんてないのに、あんっ、んあっ……!」

 

 会話のせいで挿入に対する集中力が切れたのか、予定より深い部分で男根を受け止めてしまったようだった。

 泣きそうになった顔。快楽を欲する本能は、それでも止まらない。打ち付けられる腰。腟内のよろこびはひとしおであり、肉の絡まり方がより淫靡に変化している。

 

「気持ちよさそうだな、桂花。すぐにまたいってしまっても、かまわないのだぞ?」

「き、気持ちよくだなんてぇ♡ あふっ、んっ、あんっ……! 一刀が考えなしにチンコおっきくさせるから、仕方なく私のおまんこでしごいてあげてるんじゃない♡ しゅ、しゅこしは、んぅ……。かんひゃしなさいよねっ♡」

 

 呂律の回らなくなった舌。そのまま、桂花が倒れ込んでくる。

 合わさる唇。たっぷりと含んだ互いの唾液を、交換していった。唇と手。そして下腹部でつながる幸福感。押し付けるような腰の動き。深い部分で愛し合っていれば、激しさなど不要だった。

 こらえていた絶頂感が、急激に込み上がる。桂花の中に射精したい。心ゆくまで出し尽くして、自分の子をもう一度孕ませたい。そんな気持ちさえ、湧き上がってくるようなのである。

 

「んぷっ、んっ……。気持ちいいの、止まらない。一刀のチンコに押されて、私のお腹ばかみたいによろこんじゃってるよぉ♡ あっ、ああっ、んふぅ……! くるっ、ちゅぱっ、きひゃうっ……! だひてよっ、かじゅとっ……♡ んじゅぷっ、じゅぅうう。ふっ、んぅううぅうううう……!」

 

 甘すぎる懇願。これ以上、我慢を続けようとは思わなかった。

 桂花の熱を全身で感じながら、たまった精液を放出する。子宮口を押し当てられる感覚。唇も手も強く触れ合っていて、離れるような気配はどこにもなかった。

 

「あっ、はふっ……! んむっ、むっ、ちゅうぅう……。ちゅぱっ、むぐっ、あうぅううう……♡」

 

 大きな快楽を、二人で分け合っている。

 独りよがりの感じ方ではない。淫らににうごめく膣肉。最後の一滴まで搾り取ろうと、あたたかに締め上げてくる。

 

「あはっ、はあっ……♡ こ、こんなの、何度も味わったらだめになる♡ 気持ちよくなることしか、考えられなくなるから……♡」

 

 言いながら、桂花の腰はすでにくねりはじめている。挿入されたままの男根。少しも萎えることなく、臨戦態勢を取ったままになっている。

 

「今度は、俺からしてやりたいのだが。いいな、桂花」

「はえっ……? ちょ、ちょっと待ちなさい……っ!? いっ、あぐっ……♡」

 

 様子を見ながら、緩んだ膣内を下から突き上げた。放出された精液のおかげで、すべりは断然よくなっている。両手でしっかりと捕まえているから、どこにも逃げられはしなかった。

 かき消える抗議の声。甘く淫蕩な喘ぎだけが、室内に残されている。



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十二 三顧の礼

 曹操着陣の知らせが入っていた。

 気持ちが落ち着かない。普段以上に喉が渇き、朱里(しゅり)は頻繁に水を欲していた。

 張邈討伐の手際は、さすがだった。最期は、虚しいくらいの散り方だったと聞いている。戦場で死ぬこともなく、城に逃げ帰った張邈は、何者かによって命を奪われた。顛末を教えてくれた郭嘉が、表情を変えないまま、これでよかったのだ、と言っていたことを朱里はよく覚えている。張邈に秘めた野心があるかぎり、いずれ二人はぶつかることになっていた。それが今回たまたま、自分の誘いによって早期に表出しただけなのではないか、と郭嘉は言うのである。

 そこには、慰めの意味もあったのかもしれない。しかし、仮に自分がやらなかったとしても、曹操帷幕の誰かがいつか雌雄を決するしかないような状況を作り出したのではないか、という気にもなってくる。

 忠義と愛。その両方を、曹操の麾下たちは主君に対し抱いているのだ。自分も、そうなることができるのだろうか、と朱里は俯きながら思った。忠義も愛も、一方的に捧げることができないわけではない。だが、その空虚さはやがて人を破滅させる。受け取り、返してくれる相手がいてはじめて、その二つの関係はまともに成立するのである。

 

「行ってみよう、曹操さまのところへ」

 

 会いたいと強く思った。会って、新たな関係を結びたいと思った。

 帽子を手に取り、小走りに駈けだす。考えはまとまっていないが、今はどうでもよく感じている。『曹』の旗。乱立する中を抜け、曹操の姿だけを朱里は求めていた。

 

「あ、あの、すみません」

「んあ? なんだちびっこいの、っとその顔は確か……?」

 

 曹操の陣屋と思わしき場所の前に、殺気立った女がひとり陣取っている。

 夏侯惇。曹操軍きっての武闘派であり、深い信頼を寄せられている将軍だった。眼帯。はじめて会った頃には、していなかったものだ。闘いの中、傷を負ったのだろうか。だが、その意匠が無骨なだけではないあたりに、夏侯惇の女性としての側面もよくあらわれていると朱里は思っていた。

 

「ご無沙汰しております、夏侯惇さん。以前お世話になった、諸葛亮です」

「おお! そうだ、その顔は諸葛亮であったな! 私も、徐州では貴様の世話になった。よろしくやってくれたな、諸葛亮」

「は、はいっ。ですが、そのことに後悔はありません。やるべきだと感じたことを、私はやりきりましたから。劉備軍のみなさんも、それは同じです」

 

 威圧するような闘気。浴びせられても、尻込みだけはしたくなかった。

 丹田に力を入れ、朱里は夏侯惇の顔を真っ直ぐに見つめた。

 

「あははっ! そう、怖い顔をするものではない。防御を抜ききれなかったことは悔しいが、殿の御意志こそが私のすべてだ。よって、貴様に特段思うようなところがあるわけではない。一度は、飯をともに食った仲でもあることだしな」

「ありがとうございます、夏侯惇さん。みなさんのおやさしさは、なにも変わっていないんですね」

 

 後腐れなく笑う夏侯惇。

 なにもかもが、懐かしく思えてくる。夏侯惇や曹洪と一緒になって食した粥。あたたかく、特別な味わいがあったように記憶されている。

 

「曹操さまと、お会いしたいんです。なにとぞ、お取次ぎください、夏侯惇さん」

 

 頭を下げ、朱里は願い出た。

 すぐそこに、曹操がいるのだ。気持ちが急く。それでも、夏侯惇の返答をじっと待った。無言の時。なにか、不備でもあったのだろうか。腰を折った体勢のまま、夏侯惇の表情を覗いた。困惑。もしくは、逡巡しているというべきなのか。

 ゆっくりと頭をあげる。頬をかく夏侯惇。いい予感は、少しもしなかった。

 

「承知したと言ってやりたいところだが、荀彧と内々のことを相談されている最中であり、殿からは誰も入れるなと命じられているのだ。ご命令に背くこともできんし、なによりあの女の機嫌を損ねて、面倒になるのはおまえも本意でなかろう。だから、今はやめておけ。言っておくが、どれだけ無理強いされても、応じてはやれんからな」

「ふむ……? 荀彧さん、ですか」

 

 荀彧。古参の軍師であり、曹操の第一子を産んでいることからも、その寵愛ぶりは理解できる。袁紹との結合。その仕掛け人となったのも荀彧なのだと、郭嘉から聞いている。

 曹操に対する態度は横柄だが、その裏側にある忠誠心には計り知れない大きさがある。武人気質の夏侯惇が制止するくらいなのだから、それは余程のものなのだろう。

 ここは、一旦引き下がるしか道はないようだった。もどって、気持ちを整理してから出直すべきなのか。残念ではあったが、現在だめだからといって二度と会えなくなるわけでもないのだ。

 

「わかりました。では、私は一度帰ります。いつ頃、出直せばよろしいんでしょうか、夏侯惇さん」

「うーむ。わからんが、少なくとも夕刻前には終わっていると思うぞ。袁紹殿とも、殿は会われるおつもりであるしな」

「なるほど。ありがとうございます、夏侯惇さん。それでは、またあとから伺います」

 

 再度頭を下げてから、朱里はその場を立ち去った。

 あてが外れた分、募る思いがある。曹操の声。意識を集中させてみても、聞こえることはなかった。

 

 

 日暮れ前。赤い空が、原野を照らしている。

 意を決し、朱里はもう一度曹操のいる陣屋に向かっていた。先ほど、袁紹が帰還したという報告も受けている。さすがに、荀彧との相談は終わっていると思いたかった。

 炊煙がいたるところに上がっている。失念していたが、手料理でも持参してくればよかったように思う。曹操も、小腹が空いている頃なのではないか。なにより、うまい食事には人の心を開かせる効果があるのだ。

 

「あら、あなたは?」

 

 声がする。それも、どことなく聞き覚えのある声だった。

 特徴のある金髪。先陣では珍しいくらい気を使った服装。そして、やけに情熱的な視線が、自分に向けられている。

 

「まあまあ! やっぱり、諸葛亮さんではありませんか。曹洪です、覚えていてくださいますわよね?」

「あっ。これは、曹洪さま。もちろん、忘れるはずなんてありません。気にかけてくださったこと、今でもはっきりと記憶しています」

「ああっ……。わたくし、感動のあまり泣いてしまいそうですわ。ですが、ほんとうによかったと思います。諸葛亮さんと、またこうして気兼ねなくお会いすることができているんですもの」

 

 興奮気味にまくし立てる曹洪。ちょっと気圧されてしまいそうになるが、気持ちはありがたかった。

 右腕。曹洪が、両手でつかんでくる。また、嫌な予感が朱里の胸の内に去来している。絶対に逃さない。溌溂とした笑顔の奥に、そんな意志が見えるようだった。想像以上に力が強く、やんわりと振りほどくことなどできそうにはなかった。

 これは、どう考えてもまずい流れなのではないか。

 焦りばかりが、朱里の中に生まれている。

 

「うふふっ。せっかくの再会ですし、一緒にお食事でもいたしませんか? 善は急げとも申しますし、早速……!」

「やっ、あのっ、曹洪さま……! はわっ、はわわっ……!?」

 

 為す術もなく、朱里は連れて行かれてしまう。

 曹操の陣屋。見る間に遠ざかっていく。叫びに近い朱里の声。夕焼け空に、吸い込まれていくようだった。

 様々な歓待を受け、解放された頃にはすっかり夜が更けてしまっていた。

 静まり返る陣内。うなだれるように、朱里は歩いた。

 

「はあ……。曹操さま、もうお休みになっているよね。明日になったら、ちゃんとお話しできるのかなあ」

 

 呟き。結局、目的を果たすことは叶わなかった。

 このまま、ずっと会えずじまいで時が流れてしまうのではないか。悪い方向にばかり、思考が傾いてしまう。

 前方。ぼんやりとだが、人のかたちのようなものが見えている。少しばかり身体を緊張させ、朱里は進んだ。

 

「こんな夜中に、陣中でなにをしている」

「ご、ごめんなさい。私、曹洪さまのところに行っていて、って……あれっ?」

 

 詰問するような口調。驚きながら、朱里は事情を説明した。

 近づくにつれて、姿がはっきりと浮かび上がってくる。間違えるはずもない。そこにいたのは、会いたくて仕方がない人だった。

 

「諸葛亮。なんだ、ここにいたのか」

「えっ? あのっ、曹操さま……?」

「話をしたくて、おまえを捜していた。営舎で見つからなかったゆえ、少し心配したぞ」

「私を、曹操さまが?」

「夏侯惇から、訪ねてきてくれたことは知らされている。袁紹とも会っていたから、どうしても遅くなってしまった」

 

 声。出そうとしたものが、喉で詰まる。

 暗闇のせいで表情ははっきりとしていないが、曹操の声音はひどくやさしかった。

 

「ここからなら、俺の陣屋に行くほうが近い。来てくれるか、諸葛亮?」

「ぜ、ぜひにっ! でも、ほんとうによかったです。曹操さまと、私もうお会いできないんじゃないかって」

「ははっ、なんだそれは? こんなにも、近くにいるのだぞ。嫌でも、いずれ顔を合わせることになる」

 

 曹操の笑い声が響く。

 安心感を与えてくれる快活さ。徐州を攻める前に宿していた暗い雰囲気は、捨て去ったようだった。

 陣屋に着くまでのことは、あまり記憶になかった。緊張のしすぎで、ほとんど会話できなかったように思う。

 勧められた胡床に座る。曹操は、自ら篝火を灯して回っていた。

 

「よく来てくれたな、諸葛亮。しかし、以前話した時から、俺の考えに変わりはない。それでも、力を貸してくれるのか」

「実際に闘ってみて、やっとわかったんです。理想だけでは、国は守れないのだと。様々な人が力を合わせ、一方を向いて物事を進める。劉備さんたちの協力があって、徐州ではそれができました。そして、もっと大きな単位で実現しようとするのなら、その中央にはより多くの人心を集める覇者が立つ必要がある。そのような重荷を託せるのは、きっと曹操さまだけなんです。ほかの誰かでは、務まるはずがありません」

 

 溜飲が下がる思いだった。ようやく、たどり着いた答えをぶつけることができたのである。

 曹操の瞳。深い色をしていて、他者を魅了するような力があるのか。

 

「真名を預けたい」

 

 曹操が、短く言った。

 間違いなく、これは誓いの儀式となる。被っていた帽子を取り、朱里はその場で拝礼をしていた。真名を交わすことで、曹操と自分は主従となるのだ。

 巡り合うことを願っていた良君。兄のようなやさしさをくれる、憧れの人。つばを飲み、朱里はその時を待った。

 

「一刀だ。とっくに、知っているだろうがな」

「朱里です、一刀さま。未熟者ではありますが、精一杯お仕えする所存です」

「ン……。おまえにそっぽを向かれないよう、これからも励むつもりだ。よろしく頼む、朱里」

「も、もったいないお言葉です。私の方こそ、もっとたくさん知るべきことがありますから。んっ、そのっ……」

 

 緊張が解けると、急に二人きりだということを意識してしまう。

 曹操は、自分のことをどう思ってくれているのだろうか。個人的なつながりも、深めたいと感じてくれているのだろうか。

 

「今夜は、ここで寝ていくか? 夜も遅い。寝所にもどるのも、面倒だろう」

「はわっ!? か、一刀さま、それはつまり……?」

「案ずるな。なにも、おまえを襲おうというのではない。なんなら、俺は地べたで寝てもいいのだぞ?」

「い、嫌じゃありません! むしろ、一緒に寝てみたいというか、その……」

「それはありがたい。できれば、俺も一晩くらいゆっくり休みたいと思っていたところだ」

 

 どこまで本気なのかわからない。曹操に翻弄されるがまま、朱里は寝台に横になった。

 小さな子をあやすように、曹操が背中をやさしくたたいてくる。心地いい眠気。それでも、少しは反撃しておきたいと思った。

 

「あの、一刀さま」

 

 声に促されて、曹操が自分に顔を向ける。

 伝えたい思い。あふれる感情。言葉にしようとするとむずかしい。だから、行動で示すことにした。

 

「んっ、ちゅっ……」

 

 自分から、曹操の唇に口づけた。はしたない子だと思われるかもしれない。それでも、好きだという思いをはっきりさせたかった。

 

「ン……。おやすみ、朱里」

「あっ……。おやすみなさい、一刀さま」

 

 曹操の見せた笑顔の意味。考えてしまったせいで、しばらく眠れなかった。

 好きになった人と口づけ、同じ寝台で眠る。ちょっとだけ、大人になったという達成感がある。

 どうか、今日あったことのすべてが夢でありませんように。祈る朱里は、曹操に抱きつくようにして眠っている。



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十三 桃香の待望

 徐州へ向かう軍勢。その中で、愛紗(あいしゃ)は軽快に馬を駈けさせていた。

 曹操の決断は早かった。豫州戦線は、再度袁紹に一任されている。孫堅は間違いなく攻勢に出てくるのだろうが、徐州で孫策が勝てば挟撃を受けるおそれが一気に高まってしまうのだ。

 夏侯惇軍をはじめとする、主だった部隊は残留することになっている。いかに精強な曹操軍でも、主力をほとんど欠いた状況では孫堅とのぶつかり合いはむずかしくなる。

 桃香(とうか)救援には麾下の将軍から数人が選抜され、同行することになっていた。中でも、趙雲と徐晃はやる気を見せているようだった。つい先日まで干戈を交えていた自分たちのために、闘志を燃やしてくれている。そのありがたさには、筆舌に尽くしがたいものがあった。

 少し後方を駈ける曹操。絶影に乗せてもらっている朱里(しゅり)は、緊張しているのかやけに表情がかたかった。

 愛紗からしてみても、ここまで早い再会は予想していなかった。それでも、素直によかったと思えている。小さき軍師は求めていた主君をようやく得て、天下に羽ばたこうとしているのだ。以前の間柄などわずかにも気にせず、曹操は懐深くに取り込んでしまう。柔軟さと大胆さ。そして、登用を許容できる家中の結束。その二つがあるから、曹操軍はここまで拡大してきているのだろう。

 

「たのむぞ、赤兎。私とともに、姉上を救ってくれ」

 

 燃えるような体毛。荒々しいくらいの脚遣い。それでいて、赤兎は人の意を解しているかのような振る舞いを時々見せるのだ。

 名馬の中の名馬。赤兎に匹敵する馬とは、生涯まず出会えないのではないかと思えてくる。一時だけの主従関係。しかし、武人として心に滾るものがあるのは確かだった。

 

「関羽の言葉があったから、(れん)は曹操と闘うことを決められた。だから、その恩返しをしたい」

 

 出立前、ふらりとあらわれた呂布がそう言ったのだ。

 自分の与えたちょっとしたきっかけが、勇気となって天運を引き寄せた。あの純粋な瞳を向けられると、ほんとうにそうなのかもしれないと思えてくる。際立つ武威。軍人としての才覚。だが、呂布が曹操の寵愛を受けている理由は、それだけではないのだろう。

 深紅の曹旗。呂布軍の誇りと魂が、今やそこに宿っている。その輝きが、愛紗には少し眩しいくらいだった。

 なにをすれば、自分に対する最大の報恩になるのか。そのことを、呂布は考えていたようだった。

 

「ちょっと寂しくなるけど、赤兎を貸してあげる。好きな人を助けたい。その気持ちは、恋にもすごくわかるから」

 

 差し出された手綱。その時に見た赤兎の透き通った(まなこ)が、強く脳裏に焼きついている。

 試しにひと駈けしてみて、馴染み具合に驚いた。赤兎も、自分が騎乗することを歓迎してくれている。そう錯覚してしまうほど、慣らしはすぐに済んだのだ。

 

「赤兎の子が産まれたら、真っ先に教えてもらわねばな。恋もそうだが、その馬の気高さは愛紗にもよく似合っている」

「そ、そうなのでしょうか? ですが、恋にも相談してみようと思います。ほんとうに稀有な存在ですよ、赤兎は」

 

 曹操からの提案に、愛紗は頷いていた。しかし、この馬に見合う牝など、そう簡単に見つからないのではないか。次代の誕生は、気長に待つしかなさそうだな、と愛紗は思う。

 赤兎を借り受けたのと同時に、呂布とは真名を許し合っていた。かつての強敵。これからは、曹操を主君として戴く同輩となるのだ。

 

「下邳への救援、先鋒は愛紗さんにお任せすることになると思います。ご自身の軍旗に加えて『曹』の旗を堂々とかかげ、進軍なさってください。それで、桃香さんにも一刀さまの意図がはっきりと伝わるのではないでしょうか。鳳統ちゃんもいることですし、孫策軍への連携した攻撃を狙うことも可能ではないかと」

「うむ。朱里の考えに、異存はない。援軍の到着を、桃香さまは心待ちにしておられる。一刀殿直々の御出馬とあれば、およろこびは尚更のことだ」

 

 徐州を早期に離れたことに対する後悔を、朱里は一度も口にしていなかった。

 背中を押した自分たちへの気遣い。それに、あの日旅立っていなければ、今のように曹操と距離を縮められていたかわからないのである。

 絶影の手綱を操る曹操。朱里に向けられている眼差しは、やさしかった。

 兄上。思わずそう動きそうになった口をなんとか抑え、愛紗は咳払いをする。なんとなく気恥ずかしくて、二人でないと『兄上』とは呼べずにいたのだ。それに桃香への正式な報告も、まだできていないのである。そのような状況で、自分だけが浮かれているわけにはいかなかった。

 

「部隊の動きは馴染んできているか、愛紗?」

「はっ。元来よく調練を積んできているのが、少し動かしただけでもわかります。(せい)の協力もありますので、ほとんど問題のない状態にはなっています。あとは、実戦にて試してみるしかありません」

「兵たちにも、関羽雲長の武名は浸透しているようだ。それが味方になったのだから、やる気にもなる」

「むう……。一刀殿は、そうやってすぐに私をおだてようとされるのですから。ですが、ご期待には応えたいと思っています。曹操軍には、才ある軍人がすでに多数在籍されている。とはいえ、その後塵を拝する気など微塵もありません」

「ははっ。いい眼をしているな、愛紗。孫策は強いが、伸びた戦線を分断されれば退却するしかなくなる。短期で戦の勝敗を決するなら、それしかあるまい」

 

 厳粛な響きを持った曹操の声。

 撃滅を目標としなければ、防衛側である自分たちに取れる戦法は多くあるのだ。孫策が、どこまで徐州攻略に固執しているのかは不明である。だが、もっとも重視しているのが揚州の完全制圧であることは明確であり、必要以上の無理はしてこないだろう、というのが曹操や軍師たちの見解だった。

 

「赤兎も、闘志をみなぎらせております。中入りが必要とあらば、是非とも私に御命令を」

「おまえの気持ちはありがたいが、そう逸るな。まずは、敵軍の包囲を崩し、桃香たちを助け出す。すべては、それからだ」

 

 赤兎に負けじと、絶影が前へ前へと脚を出している。

 落ち着き払っている乗り手との差異。それがどこかおかしくて、愛紗はひとりでに小さく笑っていた。

 

 

 孫策軍による攻囲が続いている。城内に動揺がないわけではないが、まだ抑えられる範囲のものではある。

 一日に数度城塔に登り、援軍の姿を探す。ここ最近になって、桃香が日課のようにしていることだった。

 関羽雲長の不在。それが、軍の士気に与える影響は小さくない。多くの負担を、義妹である鈴々が受け持つような状態になっている。そうなることがわかっていても、派遣するしか道はないと思った。

 曹操の好意だけに期待するわけにはいかない。自分の側から覚悟を示し、最後にはその判断に身を委ねるしかないと桃香は決めていた。

 城塔から眺める景色。これまでと変わりなく、無数にひしめく『孫』の旗が見えるだけだった。大将である孫策、それに太史慈といった勇猛な指揮官に率いられ、敵軍は旺盛な士気を維持していた。

 城から密かに打って出て、奇襲をしかけてみてもいいのかもしれない。籠城の初期段階に、雛里が進言してきたことだった。

 反撃の機会がくるまで、兵を無駄に損ずるべきではない。それが、桃香の出した結論だった。援軍は必ずくる。義妹を、そして曹操を信じるのなら、それ以外の答えなどありえなかった。

 

「孫策さんの兵の姿しか、まだ見えないか」

 

 ひたすらに到来を待ちわび、祈るように天を見上げた。

 今のようなことを、以前にもしていたことがある。天の御遣い。流星に乗ってあらわれ、乱れた世の中を泰平に導くという存在だった。

 四方山話にしか出てこないような英雄を、本気になって三人で探し回った。純真無垢な鈴々でさえ途中で疑念を抱くような有様で、最後まで信じていたのは自分だけだったのかもしれない。今となってはいい笑い話になっているが、その時の気持ちを桃香はなぜか思い出していた。

 

「えっ、あれって……」

 

 包囲の一角。わずかに、揺れが見えていた。配置の転換などではない。それにしては、巻き上がる土煙の量が多すぎるように思えていた。

 緊張が走る。履いている剣の鞘。握りしめたまま、桃香はつま先立ちになって原野を見渡そうとしていた。

 誰かが、城塔に駈けあがってくる。鈴々だった。胸の前で握りこまれている拳。身体は、今にも飛び出してしまいそうなくらい揺れに揺れている。

 

「きたのだっ! ほんとのほんとに、きてくれたのだっ!」

 

 興奮のしすぎで、鈴々の言葉には主語がない。

 ただ、そうなっている理由などひとつしかなかった。

 

「出番だよ、鈴々ちゃん。ずっと我慢してもらっていたのは、全部この瞬間のため。部隊のみんなを、いつでも出撃できるようにしておいて。時期を計るように、雛里ちゃんには伝えておくから」

「応! よぉーし、鈴々がんばっちゃうもんね!」

 

 やってきた時の勢いのまま、鈴々が去っていく。

 好機となれば、自分も部隊を率いて戦場に飛び込む必要がある。気持ちの準備は、早くからできていた。

 

「ありがとう、一刀さん、愛紗ちゃん。ずっと、ずっと待ってたよ」

 

 土煙の方向をじっと見つめる。

 『曹』の一字の旗と一緒になって駈け参じる愛紗。その姿が、桃香にははっきりと見えていた。



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十四 結んだ手に愛を込めて(桃香)

 曹操軍のしかけた急襲により、下邳城包囲の一角は崩壊した。

 中でも、赤兎馬を駈る愛紗(あいしゃ)の働きは随一だったと言っていい。突貫していく関羽隊を、左右から趙雲、曹仁の部隊が支え押し上げていく。青州黄巾軍相手に共闘した時の経験が役に立ったのだろう、と曹操は戦域を見渡しながら思っていた。それだけ、連携の精度には想像していた以上のものがあったのである。後方から細かな指示を出す必要がなかった分、曹操は自身の持ち場に専念することができていたのだ。

 孫策の退き際は、見事だった。無理に留まれば、下邳城の軍勢との挟撃を受けることになる。孫策軍の指揮に乱れが生じていたのは短い間のことであり、曹操も強引に追い討ちをかける気にはならなかった。

 率いてきた軍勢を城外に配し、曹操は愛紗を伴って駈けていた。絶影には、朱里(しゅり)の代わりに香風(しゃんふー)が同乗している。

 

「一刀殿、あちらに」

「ああ、見えている」

 

 大きな城門の中央に、人が二人立っている。

 色鮮やかな桃色の髪。軍装をしているせいか、豊かな曲線は普段より見えないでいる。桃香(とうか)。その隣には、巨大な得物を片手で軽々と持つ鈴々(りんりん)がいた。

 絶影の速度を緩める。香風は器用に馬上から飛び降りると、鈴々めがけて小走りに駈けていく。一度ぶつかったからといって、それで友情が消えるのではない。二人の再会をほほえましく思いながら、曹操は桃香の顔をじっと見つめていた。

 

「お久しぶりです、一刀さん。こちらの無理なお願いを聞き届けてくださったこと、感謝しています」

 

 神妙な面持ち。明るさが特に目立つ桃香なだけに、厳かな感じが余計に伝わってくる。

 そのすぐ前方に降り立ち、曹操は声をかけた。

 

「愛紗から、おまえの決意のほどは聞いている。だが、ひとまず無事でなによりだと言っておこう。会えてよかった、桃香」

「えへへ……。私も、こんな風に話せていることがすごくうれしいな。一刀さんと戦だなんて、ほんとはしたくなかった。だけど、あの時選んだ答えは間違っていなかった、って今なら思えるよ。うーんと、そうじゃないか。間違いじゃなかった、って思いたいだけなのかも?」

「ははっ。そんなこと、どちらだっていいだろう」

 

 言いながら、曹操は桃香を抱きしめていた。

 ちょっと驚きながらも、桃香は抱擁を受け入れてくれている。かたい軍装。それがなければ、もっとやわらかさを実感できているに違いない。

 真の和解。そして、自分たちが先に進むための、周囲に対する見せつけのようなものなのである。

 

「むぐぐっ。そんなにぎゅーってされたら苦しいってばぁ、一刀さん」

「そ、そうです。なにも、斯様な場所で親交を深めようとされなくても……」

「ふむふむ。愛紗ちゃん、もしかして羨ましい? ごめんね、私だけしてもらっちゃって」

「やっ、そうではありませんから! ほ、ほんとうに、そんなことはちっとも」

「うふふっ。私もぎゅってしてもらいたいー、って顔に書いてあるみたいだよ?」

 

 緊張が解けたのか、桃香が義妹相手に軽口をたたいていた。顔を赤らめて俯く愛紗。確かに、からかいたくなるくらいのかわいさが、前面に出てしまっている。

 

「愛紗がいらないって言うなら、鈴々がしてもらうのだ。にゃははっ、お兄ちゃーん!」

「なっ、鈴々!?」

 

 腰に抱きついてくる鈴々。遠慮のかけらも感じさせない元気な声が、あたりに響く。

 桃香を一旦離し、かがんで小さな身体を腕に抱いた。甘酸っぱい汗の香り。擦りつけられる髪の感触が、くすぐったい。

 

「へへっ。だったら、ついでにシャンもしてもらうー」

 

 右腕に鈴々。左腕に香風。二人の笑顔を見ていると、ここが戦場だということを忘れてしまいそうになる。

 心地よい疲労。もどかしそうにしている愛紗を横目に、曹操は一時の休息を愉しんでいた。

 

 

 城郭内の館に、曹操は通されていた。

 桃香とは、今後についての詳細を詰めておく必要がある。劉備軍の立場。そして、孫策を撃退したのちのこと。

 丸い卓。向かい合って座っている。平服にもどっているから、桃香の備えるやわらかさがずっと表出してきている。

 

「愛紗は了承済みだが、軍を束ねているおまえの同意がなければなにも進むまい。俺の覇業。その手助けをしてほしい。同盟者、などという半端な立場を許容したくはない。わが臣下として、劉備玄徳を改めて迎えたいと思うが、どうか」

 

 自分からの要求は、その一点だけだった。

 漢室の血脈に連なる桃香が、はっきりと曹家の一員となることを表明する。その影響は、大なり小なりどこかで出てくるのではないかと思う。

 手を携え、ともに乱世を越えるのであればこれ以外の方法などありえない。桃香を見据え、曹操は返答を待った。

 

「わかりました。こんな私でよければ、一刀さんの思うように使ってください。あなたと一緒に、この乱れた時代を乗り越えたい。その思いは、以前から変わっていませんから」

 

 桃香の右手。卓上に差し出されたそこに、自然と曹操は手を重ねていた。

 繊細かつ、あたたかな肌の感触。穏やかにほほえむ桃香の横顔が、夕陽に照らされてやけに神々しく見えている。

 

「私と一刀さん。こうしてまた、手を取り合うことができている。それって、すっごく素敵なことだと思いませんか?」

「違いない。桃香の真っ直ぐな意志が、この状況を引き寄せたのかもしれないな。それを天命だと言うのであれば、俺も否定はしたくない」

 

 重ねた手。それをさらに包み込み、桃香が満面の笑みになっている。

 (れん)とはまた別の、不思議な魅力を備えた女だった。ちょっとした隙間に入り込み、心を溶かされてしまう。だが、それでいいと思った。自分が頷くと、桃香が同じように反応を返してくる。これで、劉備玄徳は正式に臣下となったのだ。妙な達成感がある。戦の疲れが、少し残っているのかもしれない、と曹操は考えていた。

 

「私のご主人様になるんだね、一刀さんが。ねっ、もう少し近くにいってもいい?」

「ああ、桃香。しかし、ご主人様か」

「そう、ご主人様だよ。私が率先して態度を明らかにしておかないと、愛紗ちゃんたちがどうしていいか迷うでしょう? ほんとは、もっとあなたに甘えたいはずなんだもん。大好きって気持ちを、抑えておくのは辛いこと。だから、私も遠慮はしないでおこうと思う」

 

 かつて見た夢。その内容を、曹操は立ち上がるかたわら思い返していた。

 幻想的な桃園の景色。花びらが舞う中で、自分は桃香たちとなにかの誓いを立てていた。そこで、ご主人様と呼ばれていたことも、朧気ながら記憶しているのだ。

 だが、今となっては夢のことなどどうでもよかった。興味を持つきっかけにはなったのかもしれない。しかし、この道を造りあげてきたのは確かに自分たちなのである。瞳を潤ませる桃香。門下でした時よりも情熱的に抱きしめ、曹操は唇を重ねた。

 たどたどしい吸いつき。導くようにしてやると、うれしそうに桃香は笑った。

 唇。ゆっくりと離れていく。夢の中にいるように感じているのか、桃香の表情はやけにぼんやりとしたままだった。

 

「しちゃったんだね、ご主人様と。えへへ、とっても幸せだよぉ……」

「おそろしい女だな、おまえは。我慢など、しなくていいと思えてくる。無茶苦茶にして、自分だけのものにしたくなってしまう」

「いいんだよ、ご主人様。私の全部を、あなたにあげる。だから、きて……?」

 

 夕陽に映し出される桃香の身体。窓に押し付け、肌を外気にさらしていく。

 美しいと思った。狂おしいほどのやわらかさ。乳房に沈み込む指は、解け合ってしまうような感覚すら宿している。胸で感じることに慣れているのか、桃香は気持ちよさそうに下腹部をくねらせていた。

 

「ここも、脱がすぞ」

「やっ……。さすがに、恥ずかしくなってきたのかも」

「今さら、許してもらえると思うなよ? 俺に火をつけたのは、おまえなのだよ」

 

 ずりさげられた衣服。乱雑に重なって足元に落ちている。脚に履いているもの以外、すべて取り去られた状態になっているのだ。その不均衡さが、曹操の情欲を駆り立てる。

 

「んっ……。おっぱい、気持ちいい。ご主人様に、こうして触ってもらえたらな、ってずっと思ってたんだ。いやらしい子なのかな、私」

「そういう子も、嫌いではない。ははっ。胸を触られただけで、こんなに濡らしてしまうとは。いじってほしいか、桃香?」

「はっ、あうっ……。お、お願い、ご主人様。ご主人様の太い指で、くちゅくちゅってしてほしいの。このままだと私、寂しくてどうにかなってしまいそうだから」

「いいだろう。ほら、力を抜いておけ。俺の指で、気持ちよくなりたいのではないのか?」

「うっ、んあっ……! 入ってくるの、すごくわかっちゃう。ご主人様の指が、私のやらしい入り口かき回してるよぉ……!」

 

 生えそろった陰毛。淡い茂みをかき分け、指の先端を挿入していった。

 敏感に反応する身体。手のひらに垂れ落ちる汁。自認しているように、桃香の身体は淫欲を強く求めている。自分とひとつになることを、心の底から求めている。

 

「ご主人様との口づけ、んっ……、頭とろってなる。気持ちよすぎて、もっと大好きになっちゃうよぉ♡ むっ、んくっ、はくっ」

 

 唾液を吸い上げながら、大ぶりな乳房を自由にもみ込む。手のひらが、この幸せをしばらく忘れられそうにない。

 昂ぶる気持ち。抑えようともせず、曹操は桃香の豊満な肉体の感触を愉しんだ。

 

「あっ……。ふふっ、ご主人様のおちんちんでてきたぁ♡ とっても立派で、見てるだけでもどきどきしちゃう。あっ、ふあっ……!」

 

 むっちりとした腿の間。そこに、愛液をまぶした男根を挿し込んだ。

 秘裂が熱い。淫汁はあとから染み出してくるようで、ぬめりはとどまるところを知らなかった。

 

「やっ、んんっ。ご主人様のおちんちん、擦りつけられてるだけなのに気持ちいい。はふっ……。おっぱいも一緒にされるの、しあわせぇ……♡」

「ははっ。すっかりとろとろだな、桃香。これなら、まだまだ愉しめそうだ」

「うん。だって、ほんとにすごいんだもん。ご主人様にされてるとこ、全部熱くて……んくっ。感じないなんて絶対無理だよ♡」

 

 汗ばんだ肌同士が、離れがたい熱を生んでいる。

 すっかり出来あがった桃香の身体。内部への挿入を、待ち望んでいるようでもある。

 腿のたまらない肉感。堪能しつつ、曹操は奇襲の時期を見計らっていた。

 親指を使って淫核を弾く。響く矯声。腰を思いっきり引き、突き入れる体勢に移行した。

 

「んぐっ!? ふっ、んんぅうぅうう、んっ……!」

 

 桃香の眼が、いきなりやってきた強すぎる快感に白黒している。

 どろどろにぬかるんだ膣内。包み込んでくる肉はやわらかく、桃香の性質をあらわしているようでもある。躊躇いなくかき分け、男根を奥に突っこんでいく。少しのひっかかり。抜けたかと思うと、それまで以上の熱と先端が出会った。

 

「はっ、はふっ……♡ わ、私どうなっちゃったの、ご主人様。頭とってもくらくらして、お股もびりびりってぇ」

「ひとつになったのだよ、俺と桃香が。わからないか、腹の中にいることが?」

 

 確かめるように、桃香が下腹部に力を入れている。それが膣肉の動きに変化が生じさせ、男根にさらなるよろこびを与えている。

 

「あっ♡ これ、わかるよ。ご主人様が、私の中にいるんだね。ひとつになるのって、こういう感じなんだぁ♡」

「そら、もっと感じさせてやろう。桃香のここは、ちっとも満足していないようだからな」

「あんっ♡ んふっ♡ はあっ♡ しゅごっ……、おちんちんの勢いしゅごくてっ……、うあ゛っ♡」

 

 壁に押し付けた桃香の乳房を鷲掴み、感じ方の強い箇所を的確に抉った。

 ふるえは内部だけにとどまらず、全身にまで拡がっていく。これまで我慢してきただけ、得ている快楽が大きいのだろう。

 かわいい、と素直に思わされてしまう。狂乱するくらい、自分との交合を待望してくれていたのである。応えてやらなければ、男ではなかった。

 

「くるっ、きてるっ……! ご主人様にぐちゃぐちゃにされて、私いぐのぉ……!」

 

 脱力によりずり下がりそうになる桃香の身体。臀部を手で支え、抽送を継続する。

 角度が少し変わって、当たり方にも差異が生まれているのかもしれない。髪を振り乱す桃香。おそらく、甘い絶頂を何度も繰り返しているのではないか。それでも、快楽から逃してやろうとは思わなかった。

 心ゆくまで溺れ、自分の味を全身で覚えればいい。乾いた音の響く中、曹操はそのことだけを考えている。

 

「ああっ、あんっ♡ ぱんぱん、気持ちいい♡ いくっ、すぐにいかされちゃう♡ ご主人様のおちんちんに、いやらしいこと覚え込まされちゃう♡」

「くれるのだろう、おまえのすべてを。その代わりに、約束しよう。桃香の手を、俺は死ぬまで離さない。いいや、死の先にあるものまで、ともに見ようではないか。天などという曖昧な存在に、見せつけてやろう。曹操孟徳と、劉備玄徳がひとつであるという証左をな」

「うんっ、うんっ♡ だからいっしょ、一緒に、ご主人様……っ!」

 

 涙と涎でぐしょぐしょになった顔。それを無理やり笑わせて、桃香が懇願する。

 子宮口。ちょっとかたい部分に亀頭を押し当てるようにしながら、曹操は射精を開始した。甘い痺れ。全身を駈け抜ける。溜まっていた子種を搾り取られる感覚。やわらかだった肉が急に引き締まり、渦巻くように男根を刺激する。

 

「はっ、はあっ、はーっ♡ きてる、きてるよぉ♡ ご主人様のせーえき♡ 赤ちゃんのもと♡ びゅくびゅくって、私のおまんこ満たしてくれてるのぉ、おぉっ……♡」

 

 男を知らなかった桃香の膣内。急速な変化を受け入れ、自分のためだけのかたちになっていく。

 長い射精が続く。注ぎ込まれる度に、桃香は小刻みな絶頂を感じているようだった。

 

「あっ、あーっ♡ んっ、んあっ、んうっ……♡ 好きっ、大好きだよ、ご主人様」

「ははっ。いい子だ、桃香」

 

 蠢動する桃香の腹部。眺めながら、しっとりと濡れた桃色の陰毛を指で撫でた。

 足元に落ちたままになっている着衣は、たぶん二人分の汁で汚れてしまっているのだろう。落ち着いたら、着替えを用意してやる必要があるか、などと曹操は考えている。

 窓の外。夕陽が、沈みかけている。放っておいたら、恍惚とした状態にもかかわらず桃香は眠ってしまうのではないか。

 

「いい子だとは言ったが、眠るのだけはなしだ。わかっているな、桃香?」

「ふえー? にへへっ、ごしゅじんさまぁー♡」

 

 蕩けきった思考。甘く結ばれる両の手。

 桃香のもたれかかるような抱擁を受け、曹操は笑わずにはいられなかった。



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十五 はじめては路地裏で(愛紗)

 結局、桃香(とうか)と曹操は一晩をともに過ごしたようだった。やると決めたら、誰にも止めることなどできはしない。『ご主人様』という呼び方にも、桃香の覚悟があらわれていると言ってよかった。

 流浪の軍を率いる将軍。そこから徐州を統治する立場にまでなり、ついには道を違えていた想い人の旅路に割り込んでみせたのだ。言い方は少し悪いが、その強引ともとれる意志の力が桃香の備える資質なのではないか、と愛紗(あいしゃ)は思うことがある。

 持ち前の明るさと、人を惹きつけてやまない笑顔。経験を重ねている曹操にとっても、その輝きは特別なものであったに違いない。それに比べて自分はどうなのか、と愛紗(あいしゃ)は塞ぎ込んでしまう。

 指摘される程度には堅物であり、相手が胸襟を開いてくれなければなかなか懐に飛び込めやしないのだ。

 今はいい。だが、いつまでもこの状態を続けていいものなのか。どこかで、愛想を尽かされたりはしないだろうか。輝きを増した桃香を見ていると、漠然とした不安におそわれる。やはり、姉上にはかなわないと敗けを認めるような心境になってしまう。

 どうして、こんなにも戦場と勝手が違うのか。洩れそうになるため息を押し留め、愛紗は城内を歩いた。

 せっかく出歩いているのだから、ついでに腹ごしらえをしておくか。そう考えて、一軒の飯屋の戸をくぐる。最小限の被害で済んだから、こうして城郭の生活は死なずに機能しているのだ。一度は恐怖した曹操に、住民たちは感謝の念を抱いている。

 食欲をそそる匂い。なにかを揚げているような音が、厨房から聞こえている。鈴々(りんりん)がうまいと話していた店だから、間違いはないはずだった。手頃な値段で、腹いっぱい食べられる。まさしく、庶民の味方の手本と言っていい存在だった。

 

「あっ、一刀殿……」

 

 そこに見えたのは、求めてやまない人の姿だった。

 かたわらでは、従妹である曹仁がむずかしそうに首を捻っている。孫策との戦に備えて、なにか戦略でも話し合っている最中なのか。なんとなく苦手に感じていたのだが、最近になって華侖(かろん)と真名で呼ぶようになっている。

 気さくで、元気が有り余っているところなどは義妹にも通ずる部分がある。それでいて、戦場に立てば激しく闘ってみせるのだから、人は見かけで判断できないものである。

 

「およ? 愛紗も、ご飯食べにきたっすかー?」

「まあ、そんなところだ。一刀殿との時間を、邪魔するつもりはなかったのだが」

「んん? いいから、愛紗も座って座って」

 

 笑顔の華侖が、空いている席を指さしながら言った。

 血のつながりがなくとも、二人の間に流れる情愛は本物だった。はじめは鈴々の態度に疑問を持っていたが、打ち解けるほどに曹操を慕う気持ちは大きく強くなっている。あれほど渋っていたのに、真名を呼ばれることにすらよろこびを感じているのだ。

 驚くべき変化だったが、人の感情とはそうして遷移していくものなのだろう。

 

「華侖が加減をせずに注文するから、どうしたものかと思っていたところだ。好きに食べていってくれ、愛紗」

「は、はいっ。それでは、いただきます。あに……んっ……、一刀殿」

 

 野菜と肉の炒めものを口に入れる。うまいのだろうが、ぼんやりとして味はよくわからなかった。踏み出す勇気が、もう少し足りていない。そもそも、これは踏み出そうとしてできるものなのか。

 自分が隣りにいる状況であっても、華侖は自然体のまま曹操に甘えている。食べさせてもらう姿などは恋人としても様になっているし、曹操も特に周りの視線を気にすることなく堂々としている。

 

「んふふー。これもおいしいっすねえ、一刀っち。んっ、今度はあたしがしてあげるっす。ほら、お口あーんてして?」

 

 邪魔など、最初からできるはずがなかったのだ。甘い雰囲気。それがどうして、今はこんなにも心苦しいのか。

 曹操の顔を見る。よもや、自分は試されているのかもしれない。この戦況を打破するために、どのような一手をしかけることができるのか。麾下として、そして女として、勝負に敗けたくはなかった。

 意を決して椅子を立つ。もう、どうにでもなればいいと思った。

 

「あああ……、兄上っ!」

「ほえ? 知らない間に、愛紗のお兄ちゃんにもなってたんすね、一刀っち。やっぱり、あたしも一刀兄ぃって呼んだほうがいいような?」

 

 華侖の言葉は、少しも耳に入らなかった。

 顔が熱い。いや、どうやら身体全体が熱されているようだった。構わず曹操の腕を取る。考えがあるわけではないが、勢いがそうさせているのだ。

 

「華侖。悪いが、兄上を少し借りていくぞ」

「んー、わかったっす。あっでも、あたしあんまりお金を持ってなくて……」

 

 持っていた銭。叩きつけるようにして、卓に置いた。気が動転していて、それで足りるのかどうかすらわからない。ひいふうみいと数える華侖。今は、少しの時間すら惜しかった。

 

「すまんが、あとは任せた! 埋め合わせは、いずれ」

「あははっ。そんなの、んっ……あたしは全然気にしてないっすよ。一刀兄ぃも、ねっ?」

「からかうなよ、華侖。(ふう)朱里(しゅり)には、ちょっと遅れていくと伝えておいてくれ」

「了解っす。それじゃあ、がんばって!」

 

 華侖の明るい声が響く。

 とにかく、曹操と二人になりたかった。そこから先、どうなるかなど知ったことではない。ただ、この募りに募った感情をどうにかするには、それ以外の方法がないと直感していたのだ。

 

 

 曹操の腕。引いたまま、人気のない路地裏に駈け込んだ。

 さすがに、力を入れすぎていたのではないか。今さら、そんな心配をする自分が滑稽だった。

 

「す、すみませんでした、兄上。いきなり、このような振る舞いをしてしまい」

「気にするな。それより、俺を斯様な場所に連れ込んで、愛紗はどうしたい。それを、聞かせてくれないか」

 

 鼓動が高鳴る。曹操の送ってくる視線。普段とは段違いに、熱が込められているように見えていた。

 なにをすれば、自分の心は満たされるのか。答えなど、わかりきっているはずだった。つばを飲み込む。すべてを受け入れるつもりで、曹操はいてくれているのか。

 

「兄上のものになりたい。それだけでは、いけませんか……?」

「いいや。その言葉だけで十分だよ、愛紗」

 

 額同士が触れている。唇が合うまで、もう少し。ここで突き出すのは、不躾が過ぎるのではないか。そんなことを考えている間に、はじめてが奪われていく。

 

「あっ、んむっ、ちゅっ……。あっ、兄上……。はむっ、んっ、んうっ」

 

 あたたかい。触れている部分だけの話ではなかった。心にあった隙間が、瞬時に埋められていくようなのである。

 もっと、もっと曹操と口づけていたい。その思いに突き動かされて、押し付けるように唇を吸った。

 

「はあっ、はあっ……。兄上……、んっ……。すごいですね、これ」

「ははっ。かわいいな、愛紗は。これだけでも、満足してしまえそうではないか。だがな」

「あっ、それっ。どうなさるのですか、兄上……?」

 

 鳴り続けている心臓が、さらに跳ねた。

 着物の内側から取り出された男根。ひどく膨張しているうえに、重たげな袋を二つぶらさげている。なんとなく、奉仕をすればいいように思えた。しかし、その方法がわからない。

 

「舐めてほしいな、愛紗の口で。無理にとは、言わないが」

「遠慮など、なさらないでください。兄上によろこんでいただけると、私もうれしいのですから」

 

 緊張にふるえる膝をどうにか折り曲げ、曹操の足元にしゃがんだ。

 間近で見ると、男根の大きさがさらによくわかる。女は、これを迎え入れることで母になることができる。そのくらいの知識は、持っていた。

 

「兄上の逸物、とても雄々しいです。こんなにも張り詰めて、期待してくださっているのですか?」

「当たり前だ。俺も、この日を心待ちにしていたのだよ。愛紗との出会いは、必然だったような気がしている。とはいえ、そのあとのことは誰にもわからない。今、こうして好き合えているのは、俺たちがあがいた結果なのではないかな」

「ふふっ。素敵ですね、そういうのも。あっ、ぴくって動きましたよ? 吐息があたるだけでも、反応してしまうものなのでしょうか」

「待ち遠しいのだな、愛紗にしてもらうのが。だから、少し敏感になっているのかもしれない」

「なるほど。でしたら、早急に慰めて差しあげなくてはなりませんね。そ、それでは、まいります」

 

 赤黒い男根の先。試しに、唇で触れてみる。熱い。それに、吸い付くような感触が不思議だった。

 これが、曹操の味なのか。割れ目を舌でなぞりながら、そんなことを考えた。少し、舌の上がぴりぴりする。刺戟的な味だ。こんなものを口いっぱいに味わえば、自分はどうにかなってしまうのではないか。

 曹操の手が、やさしく頭に置かれている。たぶん、やり方は間違ってはいない。ただ、この張り詰め具合を見ていると、もっと大胆に奉仕するべきなのかとも思えてくる。

 

「んっ……。むっ、ぐぽっ、んむっ……。兄上、私うまくできているのでしょうか」

「いい感じだ。そのまま、愛紗の思うようにしてくれていい」

「ふぁ、ふぁいっ。んちゅっ、ちゅっ、むぐっ……。もごっ、くぷっ、じゅっ……」

 

 口内が、雄の味覚であふれている。

 たぶん、二度と忘れることなどできないのではないか。男根の熱さ。愛しいと思えてしまうふるえ。粘度の高い汁が、先端からこぼれている。興奮の証。そうなのだと信じて、愛紗はすすり上げた。

 

「ずじゅっ、ずずっ。んっ、あっ、はあっ♡」

 

 独特の香り。鼻腔内まで、曹操に支配されているようだった。

 

「すごい味です、これ。人生で味わってきたどれとも違う、これが兄上の味」

 

 淫猥な香りを放つ汁。際限なく欲してしまう。自分の思い。応じるかのように、男根は汁を吐き出し続けている。

 ここが外だということすら忘れて、愛紗は男根への奉仕に夢中になっていた。自分の口で、曹操をよろこばせることができる。それが、なによりの励みになっていた。

 脈動。意味はわからないが、感じてくれている証拠なのだと思っていた。太い血管。いやらしく窪んだ先端と幹をつなぐ溝。くまなく舐めあげ、唾液をまぶした。

 

「くぷっ、くぷっ……。んっ、ちゅっ、んはぁ……♡ 兄上の逸物、また立派になられたのではありませんか? どう頑張ったって、私の口では入りきりません。むっ、もごっ、んぐっ」

「上手だぞ、愛紗。かわいくて、いやらしい自慢の妹だ」

「んっ、うれひぃ……。むっ、あむっ、ぐぽっ。んじゅ、んっ、ちゅぱっ……!」

 

 男根を限界まで飲み込むと、喉奥まで曹操に犯されている気分になる。

 気持ちいい。奉仕をしながら、自分の身体は感じはじめているようだった。胸の奥。下着に包まれたままの秘部。そのあたりから、じわりと熱が拡がっている感じがする。

 

「このあたりで、一度出しておこうか。はじめての愛紗の身体に、あまり負担をかけたくはない」

「んむっ……。出されたいのなら、いつでも。ですから、兄上」

 

 出る。もうすぐ、男根から子種があふれ出てくるというのか。

 どんな風になるのか、ちょっと期待してしまう。曹操のもの。愛しい、兄上の大切なもの。全力で受け止める覚悟で、愛紗は口淫を続けた。

 反応が明らかに大きくなっている。それに、先端からにじむ汁の味も濃い。子種には、これ以上の濃厚さがあるのだろうか。そもそも、口で受け止めていいものなのだろうか。わからないが、本能の命じるまま口をすぼめた。

 こうすると、曹操はうれしそうに頭を撫でてくれるのである。それが好きで、つい頑張ろうという気になるのだ。

 

「いくぞ、愛紗。少しくらいこぼしてもいい。とはいえ、何事も経験だ」

「んっ♡ んっ♡ んむっ♡」

 

 曹操の声は、ほとんど聞こえていなかった。

 口内の男根。一回り大きくなったかと思うと、いきなり弾けてしまう。熱い汁。それも、先走りよりも数段濃厚な粘液が、頬の内側で暴れまわっている。

 

「ふっ、んむっ……!? ふーっ、んっ、はふっ……! んくっ、むふっ、ぐっ、ごくっ……♡」

 

 これが、精液の味。濃密な味と匂いで身体を満たされていく感覚が、たまらなく甘美だった。

 絶倫という言葉があるが、それはまさしく曹操のような男のためにあるのだろう。飲み干すのが追いつかないくらいの量。それを、延々と注ぎ込まれているような気分になってくる。白濁した雄の汁。地面にこぼれ落ちたものを、愛紗は男根を咥えたまま見つめている。

 腹の奥。そこが、急に熱くなった。口で飲んでいるだけでも、こうなのである。想像するだけでも、甘い痺れが下腹部を覆う。

 

「ふはっ、はっ、んはっ♡ す、すごいです、兄上のこれ。いくら飲んでも、飲みきれなくて……んっ。たくさん、こぼれてしまいましたね」

「気にするな。本番は、まだこれからなのだからな。壁に手をついてみろ、愛紗」

「んっ……。こうですか、兄上?」

「ああ。おまえのかわいい尻が、これならよく見える」

「あっ、んあっ……! わかります。兄上の逸物が、私のそこを擦って……。ひゃっ、んっ、ああっ……!」

「声を出してもかまわないが、あまり叫びすぎるなよ? 静かではあるが、ここはまだ街中だ」

「ど、努力してみます。ですが、あっ、ああっ……! 私の中に、兄上が……んあっ」

 

 身体がこわばる。はじめての逢瀬に、このような場所を選んだのは自分なのである。

 もし、曹操以外の誰かに乱れた姿を見られたら。考えただけでも、悪寒が走った。ぞくりとするような感覚。それが股の内側から押し上げられ、痛みに変わっていく。これが、処女を散らすということ。感じたことのないような異物感。これが、曹操のものになったという証。

 

「うあっ……! あっ、はーっ、はっ、んうっ……! 私は、ちゃんとできているのでしょうか、兄上」

「そのうち、感覚が馴染んでくる。大切な愛紗に、無理はさせないさ」

「あっ……♡ んっ、はむっ、ちゅっ」

 

 口づけ。挿入の辛さを我慢しているせいか、数倍甘く感じられている。舌。触れ合わせているだけなのに、どうしてこんなにも幸せだと思えてしまうのか。送られてくる唾液。味わいながら、愛紗は歓喜の涙を流している。

 曹操の手が服にかかる。胸の前。留具が外されていく。汗をかいた肌に、外気が心地よくあたっている。

 

「少し脱いだほうが、楽にもなる。心配せずとも、裸に剥いたりはしない」

「はふっ、んっ……♡ 兄上の手、気持ちいいです」

「そうか。しばらく、こっちに意識を集中させていろ。できるな、愛紗」

「は、はいっ、兄上。んむっ、ちゅるっ、ぷあっ、あっ……」

 

 胸を揉む手。労るような舌遣い。なにもかもに慈愛が込められていて、言いようのない感動を愛紗は得ていた。

 これが、愛する人と交わるということなのか。乳房の先端。指でこねられると、甘い声を口から洩らしてしまう。その間も、男根の存在は忘れられなかった。ぼんやりとしていたものに焦点が合い、はっきりとなっていくような感覚。自分は、中で感じはじめているのかもしれなかった。

 

「あ、兄上」

 

 愛撫の手を止め、曹操が自分の言葉に耳を傾けている。

 まったく痛くないわけではない。しかし、これは勲章のようなものなのではないか。はじめてのよろこび。それは、この瞬間にしか味わえないのである。その機会を逃すのは、ちょっと勿体ないと思えている。

 

「試しに、動いてみていただけませんか。多少は、馴染んできた感じがしているのです」

「いいだろう。だが、無理はするなよ」

「はい、兄上。あっ、んあっ、んぐっ……! はっ、ああっ……。これが、兄上とひとつになるということ。気持ちいいとまではいきませんが、なんだかうれしいのです。伝わってくるものが、ずっと多いからなのでしょうか。ひゃっ、ふあっ……! 兄上のことが、よくわかって」

「すまないな、俺ばかり気持ちよくなって。だが、愛紗のここは少しづつよくなっているはずだ。しっかり濡れているから、こうして苦もなく動けているのだよ」

 

 激しくしていない分、男根の状態がしっかりと見えてくる。

 奥底まで到達したかと思うと、ずるりと入り口まで抜けていく。自分のどこを責めればいいのか、探っている段階なのかもしれない。交合をするにしても独りよがりのものでないから、曹操はこれだけ多くの女を惹きつけているのだと思えてくる。

 

「んあっ……!? はあっ、そこっ……!」

「ははっ。少しは、わかってきたようだな。いいのだろう、ここが」

「はっ、あんっ、ああっ……♡ あ、兄上の逸物が、壁の弱いところをぞりぞりってぇ……♡」

 

 動きの変化。腹の内側を押し上げるように突かれると、不意に声が出てしまうのだ。入り口から中腹にかけてそうして擦られると、気持ちいいと感じられる。

 その感覚が全体に馴染んだ時こそが、ほんとうのはじまりなのかもしれなかった。交合というものは、想像していた以上に奥が深い。愛し方ひとつとっても、合う合わないがいくらでもあるのではないか。

 脳内に、快楽の色を塗り拡げられているようだった。染まっていく。そのことが、たまらなくうれしかった。最後には、きっと真っ白にされてしまう。あの勢いに、自分が抗えるはずがない。抗う気など、はじめからかけらたりともない。

 

「こっ、これが兄上の……! ようやく、理解できたのかもしれません。ああっ……! これっ、んあっ……!」

「だったら、この一度きりでやめてしまうか? わかったことを繰り返すのは、おまえもつまらないだろう」

「そ、そんなっ!? 今理解したことなど、ほんの一欠片に過ぎません。ですから、あんっ……今後とも兄上にご教授いただきたいのです。交わりについての深さ、そして素晴らしさを」

「ははっ。まったく、どこまでも勤勉な子だな、愛紗は。だが、こんな顔をしていては、勉学どころではないのではないか」

「いいんです♡ 兄上の前でなら、私はすべてをさらけ出すことができる。それすら、心地よくて」

「いけない子だ。だが、そんな愛紗も悪くはないな。さあ、ここもいいのではないか。締め付け方が、どんどん甘くなっているぞ?」

「あ、兄上……♡ んうっ、あっ、兄上……っ♡」

 

 小刻みな抽送。解れた肉をかき回されるのが気持ちよくて、声がいくらでも出てしまう。

 最高の気分だった。大好きな人に思う存分甘え、快楽を与えてもらっている。このままでは、確実にやみつきになってしまう。それでも、止めたいとはちっとも思わなかった。

 もっと深みにはまりたい。むしろ、そう考えている自分がいることに、愛紗は気がついている。

 

「あっ……。わかります。兄上の逸物が、私の中でぷくってふくらんで」

 

 射精の前段階。それが察知できる程度には、この短時間で自分は変えられている。

 打ち込まれる腰に合わせて、膣内に力を入れてみる。気持ちいいのか、男根の突き入れがわずかに力強くなっている。

 

「はあっ、んくっ、ああっ……! 私は、いつでもいいですから、兄上」

 

 うなじ。そこを、舌の表面で舐めあげられている。腟内から伝わってくるものと合わさって、脳内にまた白が拡がっていく。快楽による絶頂。すぐそばまで、やってきているようだった。

 曹操が好きだと言ってくれる黒髪。手入れは、かかさずしているつもりだった。

 密着するような体勢。きっと、このまま注ぎ込まれてしまうのだろう。奔流を受け取る期待に、身体がふるえた。

 

「あんっ、あっ、んあっ……! くる、ああっ、きてしまう……っ。兄上、ふあっ、んうぁううぅ、兄上……っ♡」

 

 入り口付近を焦らすような動き。最後は存在を誇示するように奥に打ち付けられ、愛紗は果てるに至った。

 来る。口ですらどうにもならなかった勢いを、子宮で味わわされてしまう。

 弾けた。そう感じてから染め上げられるまで、ほんの一瞬だったように思う。

 

「くあっ……♡ あ、ああっ、あぁああああぁあああ♡」

 

 凄まじい勢いだった。最初となんら変わりのない量の精液が、立て続けに送り込まれている。

 あたたかい。いや、どちらかというと熱いのか。満たされすぎて、逆にぼんやりとしてしまうのだ。男根の先。最奥にぴたりと口をつけたまま、微動だにしていない。曹操はまだうなじを愉しんでいて、離れる気など少しもないようだった。

 どぷっ、どくっ、どぷっ。

 男根のふるえ。枯れることのない湧き水のごとく、膣内が新しい精液で満たされていく。そのすべてを、受けきることなどできるはずがなかった。

 少し視線を落としてみる。結合部のすぐ下には、白濁した水溜りができていた。ぞくりとするような快楽が走る。膨大な量を注がれたせいで、腹がちょっと重いくらいだった。幸せな重み。やがては、自分も感じることになるのだろうか。

 

「あっ……。兄上のが、抜けてしまう……」

「そう残念な顔をしてくれるな。きれいにしてくれるな、愛紗」

「んっ……、はいっ♡ すごい匂い。これが、私と兄上が交わった証なのですね」

 

 腹の奥の疼き。先程のようにしゃがむと、開いた膣口から出された精液が流れ出てしまう。

 もったいない。そう考えるのは、仕方がないことなのではないか。

 

「んっ、むちゅっ、むぐっ♡ ふはっ、あっ、んっ、ずずっ♡」

 

 興奮を誘う匂い。こんな場面でなければ、自分で身体を慰めようとしたことだろう。

 曹操の手が、またやさしく頭を撫でている。淫乱な姿を晒しているはずなのに、無性に安心できてしまう。

 不思議な感覚。そして、一線を越えたのだという達成感。その二つを感じながら、愛紗は汁塗れになった男根を頬張っている。



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十六 武人の誇り

 具足の重みが、心身ともに引き締めてくれているようだった。沛国の治所から軍を進め、麗羽(れいは)は譙に本陣を敷いていた。孫堅が、陳国あたりにまで手できている。緊張は、確かに高まっていた。

 幕舎で、拡げた地図を麗羽が睨んでいる。曹操とまたすぐに会えなくなったのは寂しいが、豫州戦線を任されたのは信頼されている証拠でもあるのだ。

 このあたりで、一度ぶつかっておくべきなのかもしれない。いつまでも守りの姿勢でいたのでは、兵たちにも厭戦気分が生じかねなかった。

 曹操が残していった軍勢を合わせて、自軍は五万を越えている。すべてを動かすと大事になりすぎるし、少なすぎては孫堅への圧力にはなり得ない。その塩梅を決めようと、麗羽は軍師たちを招聘していた。

 

「お待たせいたしました、麗羽さま。桂花(けいふぁ)殿も、すぐに参られます」

「ええ、真直(まあち)さん。空いている席に、適当に座ってくれて構いませんわよ」

 

 真直の来訪から、ほとんど時間を空けずに桂花がやってきた。

 徐州への兵糧輸送の手筈は整っているようで、あとを陳珪に託して前線にまで出てきている。曹操の意図。それをもっとも汲んでいるのが、この軍師なのだと麗羽は思った。

 桂花は立ったまま、卓に拡げてある地図に眼を落とす。闘いに向けた姿勢。本人は否定したがりそうだが、曹操から受けてきた薫陶が自然とそうさせるのではないか。倣って立ち上がり、真直と一緒になって覗き込んだ。

 

「正面から陳国に向かうのは、避けるべきでしょうね。汝南を窺うと見せて、迎撃に出てきた孫堅の部隊を叩く。騎馬隊を中心に、機動力のある兵を中心に選定するのがいいんじゃないかしら」

「さすがに、桂花殿ですね。呂布殿に馬超殿、それから顔良の部隊を攻撃には当てましょうか。麗羽さまには本陣に残っていただき、万一への備えとして夏侯惇殿に歩兵を伴って出ていただく。そのあたりが、妥当な線でしょうか」

「そうね。孫堅の配下のほうだって、本格的な戦に焦れてきているはず。動きを見せれば、間違いなく食いついてくることでしょうよ」

 

 軍師二人の決断に澱みはない。

 幕舎に到着するまでに、自分なりの結論を持って作戦を考えてきているのだ。懐刀、そして妻女として、曹操を支えてきた桂花に対する信頼は厚かった。

 

「趙雲さんがいないのが、残念でなりませんわね。あの方がいてくれたら、馬超さんを安心して奇襲部隊に回せますのに」

「だったらその役目、張遼に任せてみてはどうかしら。呂布軍は、大将ひとりでも十分成り立つもの。軽騎兵を二千ほど与えれば、いい働きをしてくれると思うわよ」

「ふむ。桂花さんが推薦されるのなら、間違いありませんわね。留守番をしているのは面白くありませんが、わたくしが動くと目立ちすぎるから仕方がありませんか」

 

 陣立ての内容が矢継ぎ早に決まっていく。

 動くのは、全部で二万ほどになるのか。呂布という存在が圧倒的すぎるだけで、張遼にも十全すぎる軍才がある。用兵の素早さだけで言えば、軍全体でも随一だと曹操が話していたことを麗羽は思い出している。

 

「本来、総大将はどしって構えていただいていれば、それでいいのです。主さまは果敢な戦をなされますが、裏を返せばそれは危うさにもつながります。ですから、その分麗羽さまが落ち着いた振る舞いをされて、ちょうどいいのではないでしょうか」

「確かに、真直さんのおっしゃる通りなのかもしれませんわね。みながみな、あの方になる必要はないのです。守るべき場所を守る。それも、妻としての役割のように思えてきましたわ」

 

 迷うことはないと思った。

 曹操の代わりをするのではなく、自分は自分であればいいのだ。具足を鳴らし、麗羽が言い放つ。

 

「出撃は明日の朝。もし孫堅軍が乗ってこなかった場合、深入りは不要といたしましょう。将軍のみなさんをすぐに集めなさい、真直。詳細は、わたくしから直に話します」

「はっ。それでは、行って参ります」

 

 駈け出していく真直の後ろ姿。見つめながら、麗羽は満足気に微笑している。

 

 

 軍旗。風に揺れている。

 馴染んできた『曹』の一字の旗を見上げて、(れん)は集中力を高めていた。

 (しあ)は別働隊を率いることになっているから、今回は自分ひとりで指揮をする必要がある。今後は、そうしたことが当たり前になってくるのかもしれない。呂布軍という括りで、霞を縛り付けておくのはちょっと勿体ないような気がしていたのだ。個別の部隊が与えられるのであれば、それが一番いいような気がしてくる。恋としても、息の合った霞が独立してくれているほうが闘いやすくなるのだ。

 

「んっ……。そろそろ、ちんきゅ?」

「はい、呂布殿。馬超軍からも、出撃の通達が来ております。こちらも、はじめましょうか」

「わかった。みんな、行こう」

 

 深紅の騎馬隊が動き出す。

 赤兎以外の馬と戦場をともにするのは、かなり久しぶりなことである。腿で馬体を締め上げ、駈けるように命じた。

 全身で風を切る。(すい)が予備に連れてきている軍馬だから、脚の強さは悪くなかった。これなら、遠慮することなく闘える。方天画戟を握りしめ、恋は前方に顔を向けた。

 

「敵は、まだ見えない」

 

 事前に立てられた作戦に従って、まずは汝南に進路をとった。

 五百の呂布軍。それと並ぶように、三千の馬超軍が土煙をあげている。騎馬と歩兵で混成された顔良の部隊六千はその後方にいて、遅れないように必死についてくる。

 孫堅軍は、まだ出て来ないのか。斥候をしきりに飛ばしている。半分遭遇戦のような状況を目指しているのだから、戦況の調査は欠かすべきではなかった。ねねも参謀としての振る舞いが板についてきて、戦場にいても落ち着いた表情を見せるようになっている。

 曹操との戦さ。そこからの帰順を経て、なにか胸に期する思いがあるのかもしれない。曹操への八つ当たりに近い悪口も、近頃は鳴りを潜めていた。

 真っ直ぐ駈けていた馬超軍が、右に逸れるような動きになっている。孫堅軍の存在を掴んだに違いない。同じように、恋は手綱を操り馬首を北に傾けていた。

 

「わかりましたぞ、呂布殿。迎撃に出てきたのは、甘寧率いる歩兵八千。それから、相手にはあの華雄もいるそうです。三千の騎兵。相手にとって不足はありませんな」

「いつかは、闘うことになると思ってた。敵が華雄だからって、遠慮はしなくていい。向こうも、全力でくるつもりだと思うから」

「はい。どちらにも、手心がないことをわからせてやりましょう。それが、戦というものなのですから」

「んっ……、それでいい。伏兵には、気をつけておいて。ちんきゅーの眼、たよりにしてるから」

 

 乾いた風を断ち割り、騎馬隊が進んでいく。ぶつかるまで、あと数里といったところなのか。

 『華』の旗。原野の向こう側からあらわれる。翠には、甘寧の抑えを依頼してあった。かき回したところで、顔良の率いる歩兵を突撃させる。戦の流れとしては、それが理想的だった。

 

「来る。ちょっと離れていて、ちんきゅー。恋の近くにいると、たぶん危なくなると思うから」

「承知です、呂布殿。乱戦になったら、指揮は私にお任せくださいなのです」

 

 頷き、先頭に躍り出た。自分がそうであるように、孫堅といることで華雄もあの頃とは変わっているはずだと思った。

 確かめるには、一度闘ってみるしかない。武人としての血。湧き立つ感覚が、ないわけではなかった。

 華雄の率いる騎馬隊が、尖った錐のように陣形を変える。突撃し、こちらの勢いを殺した後で、包み込もうとしてくるのかもしれない。

 ぶつかる直前に進路を変え、とにかく正面から当たることを避けた。徹底した調練を施した精鋭でなければできない動き。敵軍に対し斜めに切り込む深紅の軍勢。その切っ先に、恋はなっている。

 

「どけ。おまえたちじゃ、相手にならない」

 

 出会い頭にひとりを馬上から跳ね飛ばし、恋は突進していった。

 華雄はどこにいる。空間ごと斬り裂くように、方天画戟が走る。自分との闘い。華雄も、間違いなく望んでいると恋は思っていた。

 

「はははっ! 見つけたぞ、呂布奉先。華雄の姐御が相手をするまでもない。この私が、おまえを潰してやるっ!」

「……? 知らないやつ。邪魔だから、どいてもらう」

 

 巨大な鈍器のようなものを担いだ女。華雄の名を出したということは、それなりに近しい立場にあるのだろうか。

 発している闘気はそれなりだが、無邪気なだけでおそろしさはなかった。武力では自分に到底及ばない曹操でも、剣を持って向き合えば気圧されるなにかがある。戦場での強さというのは、単純なものではないのだ。

 単騎で駈け出し、恋は方天画戟を横に倒した。女は馬を止め、迎撃の態勢をとっている。かまわず、勢いのまま乗り入れた。無骨な鉄の塊。難なく跳ね除け、駈け抜けた。馬首を返す。女の顔には、焦りが生まれている。次の一撃で終わらせる。そのつもりで、恋は馬体を腿で締め上げた。

 

「死ね」

「あっ、うわあああっ……!?」

 

 恐怖によって青ざめる表情。感情を殺し、方天画戟を突き出す。

 仕留めた。そのはずなのに、手応えがまるで無い。

 見れば、女は馬から転げ落ち、尻もちをついていたのだ。標的のいなくなった空間。穂先は、そこを突いただけだった。運がいいやつ。しかし、それは生き残る上でかなり大事な要素になってくる。

 生き残れば、それだけ自分を鍛え上げる時間ができる。あるいは、戦から離れることだってできなくはない。そのすべてが、可能性なのである。否定する気持ちなど、恋には少しもなかった。

 一騎の影。割り込んできたかと思うと、鋭い一撃が見舞われる。長らく見ていなかった顔。ちょっとうれしくなっている自分がいることに、恋は気がついていた。

 

「ちっ。どいていろ、魏延。呂布は、おまえが闘って相手になるような女ではないと言っただろう。首と胴がまだつながっていることに、感謝するのだな。普通なら、さっきの攻撃で死んでいた」

「あ、ああ、姐御っ」

「死にたいのなら、あとで私が殺してやる。そうでなければ、さっさとどこかへ行け」

「ぐっ……! しょ、承知」

 

 戦斧をかまえ、華雄が殺気を飛ばしてくる。言葉は厳しいが、どこか嫌いきれていない部分がある。そうした雰囲気を、恋は敏感に感じ取っていた。

 周囲の兵が、なんとなく自分たちから距離をとっている。邪魔をするべきではない。あるいは、巻き込まれて死ぬことを避けようとしているのか。

 そのどちらでもいいと思った。華雄の眼。自分を見据えている。本気の眼だった。気を抜けば、死があちらから迎えに来る。方天画戟を握る手に、力がこもった。

 

「いくぞ、呂布」

「こい、華雄」

 

 同時に、馬を駈けさせた。

 火花が激しく飛ぶ。華雄の攻撃は、鋭く重い。董卓軍にいた頃よりも、ずっと速くなっていると言っていい。

 自分の攻撃が、通りそうで通らない。乗っているのが赤兎ではないから。そんなことを、言い訳にはしたくなかった。

 

「華雄。前より、かなり強くなってる」

「当然だ。おまえたちと別れてから、遊んでいたわけではないのでな。私は私で、手の焼ける女に苦労させられた」

「ふふっ。たくさんしんどい思いをすると、ご飯がもっとおいしくなる。恋たちにも、いろんなことがあった」

「変わらないな、おまえは。いや、そうではないか」

 

 数歩分距離を空ける。息を思いっきり吸い込み、馬を走らせる。打ち合う。華雄の気迫は、凄まじかった。

 それでも、敗けられない。自分の闘い。それはすでに、自分のものだけではなくなっているからだ。

 

「はははっ! それでこそ、呂布奉先ではないか。いいぞ、もっとだ。もっとこい!」

「華雄と闘ってると、胸がどきどきする。まだまだ、恋の力を見せてやる」

 

 方天画戟を握る腕が熱い。きっと、華雄も同じように感じていることだろう。

 命のやり取り。その中でしか、わかり合えないものがある。悲しいとは思わなかった。これが自分たちなりの再会の仕方。生涯を捧げるべき主君を見つけた、武人の生。

 粟立つ肌。様々なことを、華雄との闘いが思い起こさせてくれている。吹き抜ける風。叫びが、原野に轟いた。



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十七 若き虎の叫び

戦闘書くのむずすぎる。


 下邳を出動した曹操は、淮陰まで後退した孫策の陣に迫っていた。

 敵軍には武に長じた将軍だけでなく、周瑜のような謀臣もいる。備えがあることは予想されるが、躊躇っている余裕はなかった。孫策を自陣から釣り出し、迂回した兵力によって痛撃を加える。戦術は決まっているが、簡単に遂行できることではない。しかし、味方には地理に明るい軍師たちがいる。その判断と自分の勘を信じて、闘うだけだった。

 

「一刀さま。ここから三里ほど進むと、右手に小高い山が見えてきます。私が周瑜であれば、小手調べに伏勢を配することでしょう。何卒、お気をつけください」

「わかった。心構えさえできていれば、小勢による奇襲など大した脅威ではなくなる。その調子で、遠慮せず意見を申してくれ」

「はいっ。周瑜はおそらく、徐州への足がかりが作れればそれでいいと考えているのだと思います。決戦の時はまだ先のこと。そのあたりの判断は、一刀さまと似ているのかもしれませんね」

 

 か細い声。馬上から流れてくる。

 飛ばされないように片手で帽子を押さえている雛里(ひなり)。意外なくらい器用に手綱を操っていて、曹操は感心するばかりだった。

 雛里には、以前草庵を訪ねた折に真名を預けられていた。朱里(しゅり)の心さえ定まってしまえば、自分たちの道は自ずと交わっていく。

 それでも、徐州での闘いを経て、考えることがいくつかあったようだった。仕えること自体に変わりはないが、なるべく桃香(とうか)を支える立場にあろう、と雛里は決めたようなのである。

 自分のそばには、優秀な軍師が常に複数人ついている。そうした意味では、桃香の補佐であったほうが雛里の能力は発揮されるのかもしれない。その意志を、曹操は尊重するつもりだった。

 どの道、桃香には引き続き徐州の抑えを任せるつもりでいたのだ。そうなれば、参謀はやはり必要になってくる。おそらく雛里は、そこまで見越した上で進言をしてきたのだろう。

 

「そろそろです、一刀さま」

「劉備、楽進の両隊に伝令。一時停止し、俺たちの動きに合わせて敵軍を挟み撃てとな」

 

 山裾を注視する。やはり来た。雛里の予測通り、孫策軍の伏兵がおそいかかってくる。

 敵軍は少数だった。見たところ、五千にも及ばない。麾下を動かし、曹操は一気に部隊を前方に押し出した。肩透かしを食った孫策軍が、一瞬慌てたように立ち止まる。

 

「さしたる将が率いているわけではなさそうか。ひと息に揉み潰す。ただし、追い打つことは控えよ。ついてこられるな、雛里」

「は、はいっ。これでも、軍師の端くれですから。遅れないように、がんばります」

 

 一万の歩兵が整然と反転する。

 劉備が同じく一万で、楽進は五千を率いている。奇襲による勢いがなければ、圧倒的な兵力差がそのままのしかかってくることになる。懸命な判断ができる将ならば、まともにぶつかろうとはしないはずだった。

 楽進隊が追いに追い立てている。散り散りになって逃げる敵軍を、無理のない範囲で討ち取った。所詮小手調べの戦であり、相手が孫策や太史慈であればこうはいかなったと思うべきなのである。

 去っていく敵軍。近づきすぎないように、曹操はそのあとを追った。

 

「どう出てくる、孫策、周瑜」

 

 自分という旗が、これ以上ない餌として機能しつつある。

 少々怪しかろうと、孫策は食いついてくると曹操は踏んでいた。罠を張っているのは、両軍ともに同じなのだ。隠した刃を抜くことを我慢し、どこまで有効に使えるか。すでに、孫策との駈け引きははじまっていると言ってよかった。

 戦塵に塗れながらも、雛里は懸命に馬を操っていた。これだけの意志の強さがあれば、そう簡単にやられることはないはずだ。そのくらいの信頼が、戦の中で生まれていた。

 高く昇った陽光の下。汗を飛ばし、曹操は絶影と原野を駈け抜けている。

 

 

 やはり、守りの戦など自分の性に合わない。

 座していた胡床。蹴り上げるように立ち、雪蓮(しぇれん)は虚空を睨みつけていた。

 曹操とは、酸棗で挨拶を交わして以来会う機会がなかった。多数を相手取った、無謀な戦をする男。そんな印象が、雪蓮の中で半ばできあがっている。董卓軍に対する追撃。青州黄巾軍との命の削り合い。それでも、曹操は生き残り剣をとり続けた。

 徐州との戦にしてもそうだ。どこかで判断を誤っていれば、劉備と張邈、そして袁紹を加えた同盟軍と、泥沼の闘いに突入していた可能性すらあったのである。

 その危機を流れるように切り抜け、曹操は再び徐州にもどってきた。しかも袁紹は豫州で軍勢を預かる立場となり、劉備までもが曹操への帰順を決めているのだ。あの母が強く興味を持ち、対峙することを望むはずだった。

 冥琳(めいりん)が歩み寄ってくる。言いたいことはある。だが、それで自分が折れないことを知っているから、諦めに近い表情をしているのだ。

 

「出るわよ、周瑜。孫堅の娘として、世間に侮られるような戦はできないもの。曹操が目と鼻の先までやってきている。出撃する理由なんて、それだけで十分じゃない」

「……まったく、少しは策を考える者の立場を考えてもらいたいものだな」

「えー、いいじゃない? それに、この程度の変更で慌てるような周瑜公瑾ではないでしょう?」

「ふっ、言ってくれる。ならば、このあたりで陶謙殿に役立ってもらうとしようか。あちらはあちらで、劉備を討つことに執心しているようだからな。闘うことに、異存はあるまい」

「うわあ……。悪い顔になってるわよ、あなた。でも、私も賛成かな。あの陰気な爺さんの顔も、見飽きてきたんだもの。戦は全部こっち任せで牧に返り咲けるだなんて、そっちのほうが逆におかしいわよね」

 

 眼鏡の中央を指で抑え、冥琳はここからの展開を考えているようだった。

 どれだけ冷静でいるつもりでも、憎んでいる相手が戦場にいれば誰だって気を取られる。襄陽の闘いで母が死に、黄祖だけが生き残っていたら自分だって間違いなくそうなっていた。必死になって追い詰め、首を取ろうとしたはずなのである。曹操にとって、陶謙というのはそうした因縁のある相手だった。

 

「曹操がかかったら、太史慈の隊をすぐさま迂回させて後背を突く。敵への備えとして、呂蒙は本陣にて待機。それでいいか、孫策?」

「ええ、もちろん。さあ、勝負よ曹操。母さまが認めた実力、見せてもらおうじゃないの」

 

 『孫』の一字の旗。号令とともに前進していく。

 同時に、左翼に配していた陶謙の部隊を動かした。五千の部隊。開けている原野に展開しているから、障害物はなにもない。曹操が向かってくれば、まず気がつくはずだった。

 少し遅れるように、雪蓮は一万五千の兵とともに駈けていた。後詰として、冥琳が五千の軍勢を率いている。その支えがあるから、自分は安心して闘いに集中することができるのだった。

 曹操とは別に、趙雲と曹仁、そして張飛の軍勢が攻撃態勢に入っている。その三将を突き崩すことが、雪蓮の第一の目的だった。

 関羽はまだ捕捉できていなかったが、大っぴらに出ていないということはどこかで伏せていると考えるのが普通だった。それに対する手当は、明命(みんめい)がやっている。表と裏。両方で孫家に貢献してくれている、稀有な人材だった。

 

「さあて、いきましょうか。まずは、誰が私の相手になってくれるのかしら?」

 

 馬上で剣を抜き、切っ先を前方の敵兵に向ける。獰猛な雄叫び。鍛え上げた孫家の兵なのである。中原の兵に、負けてたまるかという思いもある。士気は、相応に高まっていた。

 瞬時に数人を斬り伏せる。趙雲と曹仁は、それぞれ六千から七千程度の兵力を有しているようだった。張飛はそれよりずっと少なく、遊撃隊に近い位置にいるのか。

 

「みんな、ばらけすぎてはだめよ。しっかりまとまって、まずは趙雲を倒すことを目指しましょう」

 

 曹仁もそれなりの戦をするようだったが、中核になっているのは趙雲だと考えるのが自然だった。

 突撃をしかけてくる騎馬隊。すかさず道を開け、好きに通してやることにした。後方では、弓を引き絞った周瑜の部隊が待ち構えているはずだ。そのくらいの呼吸は、伝令を使うまでもなく合わせられる。

 反転しようとする趙雲の部隊。射撃に晒されているせいで、勢いが若干落ちている。曹仁の相手を麾下に任せ、孫策は趙雲への攻撃に意識を向けた。

 

「あははっ。いいわね、さすがにやるじゃない」

 

 包囲の輪から逃れようと、趙雲の騎馬隊が突撃の陣形をとっている。少々の痛みで怯むことはない。むしろ、こちらを断ち割ろうとする気迫がありありと伝わってくる。

 こういう相手は嫌いではない。血の逸りにまかせて、雪蓮は敵兵と斬り結んだ。剣が疾走る。ひとり、またひとり。突き落とし、無人になった馬が原野を虚しく彷徨っている。

 陶謙の方は、どうなっているのか。じりじりと後退していく趙雲の兵。押し込みながら、戦況の変化を雪蓮は待った。

 伝令が走り寄ってくる。周瑜からのものだった。

 

「曹操が、陶謙隊への攻撃を開始しております。太史慈さまは、作戦通りに動かれているご様子」

「ふうん。周瑜には、わかったと伝えてちょうだい。私は、こっちの闘いを続けるわ。それが済んだら、曹操の顔を見に行ってやりましょうか」

 

 趙雲たちを、曹操の救援に向かわせるわけにはいかない。その足留めとしての役割を、自分の軍勢は担っている。

 あわよく討ち取ることができれば、天下の形勢は一気に孫家に傾くことになる。母の夢。そして、自分たちの夢を手中にすることができる。

 

「まっ、そこまでのことは期待していないけどね」

 

 剣を振りながら、雪蓮は呟いた。

 そう簡単に潰れる男であるはずがない。そうでなければ、あの母が関心を持つわけがない。

 後頭部に、ちりちりとした違和感のようなものが生まれていた。戦の真っ只中で、そんな細事を気にしていられない。血飛沫を浴び、叫んだ。

 これが、孫策伯符の戦だ。曹操軍の手足の先にまで、そのことを刻み込んでやろうと雪蓮は思った。

 敵からの圧力が弱まっている。趙雲たちは、一度退却し陣形を立て直そうとしているようだった。引き下がるのが早すぎる。そんな思考が過るが、策があるのならそれごと踏み潰してしまえばいいと思った。

 今頃、曹操は梨晏(りあん)による奇襲を受け、苦戦を強いられているのではないか。その様子を直接見られないのは残念だったが、自分にも持ち場があるのだ。

 北上し、三将を追い討った。周瑜隊が少し遅れている。戦況を見渡しながらの行軍だから、それも仕方がなかった。ある程度まで突き崩したら、いずれ退却してくるであろう曹操を待ち構える。戦の決着は、それでつくはずだった。

 それにしても、関羽はまだ見つからないのか。後頭部に生じた違和感が、ちょっと大きくなっている。自分は、なにか判断を誤っているのか。冥琳と落ち合い、一度状況を確認するべきなのか。

 

「ほ、本陣より伝令! 後方より出現した敵軍により、われらの陣が焼かれています。旗は『関』と『徐』。呂蒙さまの部隊は、すでに抜かれております」

「ふ、あははっ! やってくれたわね、曹操。だとすると、趙雲たちの敗走も……」

 

 戦場に流れる空気が、瞬時に変わったような気がしていた。

 兵に号令をかけ、円陣を組むように叫んだ。自分の予感。正しければ、手痛い反撃が待っているはずだ。周瑜隊がくるまで、まずは耐え忍ぶ。無駄な被害を出さないためには、そうするしかなかった。

 

「敵さん、さっきまでとは違うわよ。慌てず、油断なく守りなさい。死にたくなければ、気合で押し負けないこと。いいわねっ!」

 

 到来する騎馬隊。先頭は、張飛のものなのか。少数だが、劉備軍は手強い。寄せ集め同然の徐州の豪族とは、なにもかもが違っている。

 闘志が滾る。突っ込んでくる騎兵を斬り倒し、真新しい血を浴びた。

 今日の借りは、いつか必ず返してやる。雪蓮の碧眼。そこには、消えることのない輝きが宿っている。



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十八 死と生と(朱里)

ロリ成分強めにしてみました。
おしっこ注意。


 馬蹄に踏み荒らされた原野。喧騒は、すでに遠くに聞こえている。

 孫策は、しばらく揚州から出てこないと曹操は読んでいた。敗報が伝われば、味方となっている豪族たちも心を揺らすことになる。その統治にかかっている間に、徐州は守りをかためることができるのだ。

 外していれば、自分の首が危うくなっていた。そんな作戦を、愛紗(あいしゃ)香風(しゃんふー)は成功に導いてみせたのだ。それには、軍師として同行していた朱里(しゅり)の存在も大きかったのだろう。早くに迂回を気取られていては、攻撃の的になっただけなのである。大打撃を与えられる頃合いを計り、焦ることなくそれを遂行する。それぞれの息があっていなければ、できることではなかった。

 

「うまくいってよかった、って言うべきなのかな。とにかく、勝ててほっとしたよ、ご主人様」

「よく闘ってくれた、桃香(とうか)。太史慈の攻めには、俺も嫌な汗をかかされたぞ」

「あはは……、だねえ。本陣への攻撃がちょっと遅れていたら、どうなっていたかわからないのかも」

「だが、そのくらいの覚悟で挑まなければ、勝てる相手ではなかった。天下を争うというのは、そういうことだ」

 

 ちょっと俯きがちになった桃香。そうだね、と声を洩らしている。

 

「それにしても、孫策の考えがわかりません。徐州攻めの口実ともなった陶謙を、こうもあっさりと手放すとは」

「もともと、いつまでも厄介者のジジイを飼ってやるつもりなどなかったのだろう。きっかけだけ得られれば、それでよかったのだよ、孫策は。負け戦のついでに、体よく押し付けられたというわけだ、こちらは」

「ふむ……。しかし、あの御老体は兄上にとって仇敵と呼んで然るべき人物です。一度は恩を受けた身ゆえ、われらも前回は手出しをしませんでしたが……」

「無論、ただで帰していいものではない。かような下郎に、天下の大路を歩く資格などありはしないのだよ」

 

 愛紗が頷く。

 孫策たちの判断は素早く、非情だった。孫策からの指示があったのか、無理をすることなく太史慈は退いていった。置き去りにされた陶謙の部隊。ほとんど無視するようなかたちで、曹操は退却する孫策を追ったのだ。

 見捨てられた陶謙の包囲にあたったのが、桃香なのである。かつての恩人。そして、自分が州牧の地位から追い落とした男。再会のかたちとしては、これ以上ないくらいに悪かった。

 

「陶謙殿をお連れしましたぞ、主」

 

 (せい)の声。縄を打たれた陶謙が、歩くように促されている。

 言葉遣いこそ丁寧だが、星は剣呑な視線を陶謙に向けていた。欲の皮が張った老人。自身の行いが、最後には破滅を招いている。

 

「劉備。どこまでも、恥知らずな女め……。よくぞ、このような真似ができたことだ。あろうことか曹操に与し、徐州を売り渡すとはな。やはり、おまえを遇するべきではなかったのだ。すべての間違いは、そこからはじまっていた」

 

 膝をつき、陶謙が恨めしそうに桃香を睨んでいる。

 薄汚い視線だと思った。この男は、桃香の覚悟をなにひとつ理解できていない。そして、おのれがどんな行いをしてきたのかすら、理解できていない。

 鞘を握り、曹操は陶謙の前に出た。視線が逸れる。わざわざ、その行いを糾弾するつもりはなかった。それこそ、時間の無駄だと思ったからだ。

 

「貴様の過ぎたる野心が、いずれその身を滅ぼす時が来るであろう。愉しみにしているがいい、曹操」

 

 必死にひねり出した恨み言。返事など、してやる気にはならなかった。

 自分の眼、そして心は、こんな小さな男のために曇らされていたのか。そう思うと、言いようのない不快感にさらされた。

 集まっている者の大部分が、自分と同じ感想を抱いているのではないか。

 誰も手を下さないのであれば、さっさと斬り殺してしまいたい。あの天真爛漫な華侖(かろん)ですら、そんな眼をして陶謙を遠巻きに見ているのだ。

 手にしていた剣。まだ、抜けていなかった。以前はあれほどまでに憎いと思っていたのに、すっかり興味が失せてしまっている。

 隣りにいた愛紗(あいしゃ)に、剣を手渡した。

 確かな頷き。両手で拝領すると、愛紗は鞘から刀身を抜き払った。

 

「斬れ、関羽」

「はっ。兄上の、仰せのままに」

 

 命を受け、愛紗が白刃を振りかぶる。

 最後まで見届ける気にもならなかった。陣幕で囲われたそこを去り、曹操は青々とした空を見上げている。少し遅れて桃香がついて来て、後ろから抱きつかれた。今の自分などよりも、よほど様々な感情が渦巻いている。気丈な子ではあるが、それだけではないのだ。

 けだもののようなうめき声。一瞬だけ聞こえたかと思うと、すぐに消えていく。

 陶謙が死んだ。これで、なにかが変わるとも思えなかった。ただ、死するべき男が死に、土に還っていくだけなのである。

 

 

 二日の後、下邳にもどったころには夜更けになっていた。

 朝には出立し、豫州の戦線に復帰することを急ぐつもりなのである。

 陶謙の影響が完全に失せ、徐州は桃香のもとで落ち着いていくことになるのだろう。豫、徐州の地盤をかため、孫堅を南方に追いやりつつ圧力をかける。かたちとしては、それが理想だった。

 城外の幕舎で曹操は横になっていた。なかなか、眠気がやってこない。戦場で得た昂揚が抜けきっていないのか。それとも、興味がないつもりでいて、陶謙の死について思うところがあったのか。

 寝返りをうつ。外から遠慮がちに声が聞こえたのは、その時だった。

 

朱里(しゅり)です。もうお休みになっておいででしょうか、一刀さま?」

「入ってくれ。どうにも、うまく寝つけなくてな」

「ふふっ、そうだったんですか? それでは、お邪魔いたしますね」

 

 朱里の姿。暗闇に浮かび上がっている。

 一緒に眠るつもりでいるのか、入るなり上着を脱いでしまっている。子供っぽい甘い香り。ほほえんだ朱里の大人びた表情と相反するようで、どきりとさせられてしまう。

 手招きしてやると、うれしそうに朱里が寝床に入り込んでくる。狭い寝台。隙間なく密着していないと、二人では寝ていられない。後ろから抱きしめ、肌に触れる。朱里は嫌がらない。むしろ、こうなることを望んでいるようだった。

 小さな肩。強く吸い上げ、痕を残した。朱里が声を洩らしている。大きくなった男根の感触に、驚いているのかもしれない。

 

「どことなく、悲しそうなお顔をされているように見えたんです。ううん、ちょっとお寂しそうだったのかも。それで、私になにかできたらいいなって。気づいたら、ここに来ていました」

「寂しそう、か。そんな顔をしていたのかな、俺は」

 

 色素の薄い髪に顔を埋める。小さな身体。抱き心地は抜群で、ふとしたきっかけで壊してしまわないように気をつけなければならなかった。

 ふくらみかけの胸。ゆっくりと、手のひらを使って撫でていく。恥ずかしそうに頭を動かす朱里。未発達なそこが、自分によって染められていく。

 手、胸、尻。どこをとっても、小さなところばかりだった。それなのに、不思議な包容感がある。安心して、身体を重ねていいのだと思えてくる。

 

「おちんちん、んっ……かたいです。私なんかで、興奮してくださっているんですか? だとしたら、すごくうれしいな」

 

 懸命に手を伸ばし、朱里が小さな手で男根を擦ってくる。男女のつながりを知らないわけではない。本好きが興じて、知識ばかりが先行しているのかもしれなかった。

 触りやすいようにと、露出した男根を股の間から突き出してみる。あどけない指遣い。五本の指が、おそるおそる亀頭の表皮に触れているのだ。その状態のまま、肉付きの薄い腿で挟み込み男根をしごいた。うれしそうな声が聞こえる。自分の興奮が手の中にあることが、朱里にとっては特別なのだろう。

 愛しさから、さらに男根がかたくなる。

 

「にちゅっ、にちゅって、おちんちん擦れてます……。男の人って、こうしていると最後に子種が出るんですよね? どきどきして、うれしくて、私どうにかなってしまいそうです」

 

 朱里が笑顔でいることなど、見るまでもなく理解できた。

 圧倒的な体格差。最後までするとなると、雑な解し方では幼い身体を傷つけてしまいかねない。快楽に抗い腰を止め、曹操は朱里を抱き上げた。

 体勢を入れ変える。

 かわいらしい尻が、こちらを向いている。同様に、朱里の眼前には凶悪なほど勃起した男根があるはずだった。下着をずりさげ、ぴたりと閉じた割れ目と対面する。無垢な縦筋。誰にも犯されていないそこを、自分は今からこじ開けようとしているのだ。

 

「舐め合いっこだ、朱里。やり方は、わかるな?」

「は、はわわっ。わ、わかります……。だけど、本物のおちんちんって、こんなにすごいものなんですね」

 

 ふくらんだ亀頭。まるで、ぬるま湯の中にでもいるようだった。唾液をしっかりとまぶし、朱里は必死に奉仕をはじめている。

 いじらしいと思った。舌先を伸ばし、産毛すら生えていない入り口を濡らしていく。驚いて逃げようとする尻。両手でつかまえ、感触を愉しんだ。舌の先。挿し込むと、うっすらとした酸味が拡がっていく。

 

「んっ♡ んむっ、むうっ……♡ か、一刀さま、なにをされているのですか?」

「舐め合いっこだと言っただろう? 朱里がしてくれているように、俺も舌でここをやわらかくしてやろうと思ってな」

「んあっ、ひゅふっ……!? な、中に……。私の中に、一刀さまがにゅるって入ってぇ……♡」

「お口が、遊んでしまっているな。もう、諦めてしまうのか?」

「い、いいえっ。こっひも、んっ……がんばりまひゅ……ちゅっ。一刀さまに、んっ、よろこんでいただきたいですから、あむっ、んっ、んくっ……♡」

「賢いな、朱里は。入り口が、段々と濡れてきている。舌で探られて、気持ちいいと言っているようだ」

「んぷっ、んっ、ちゅくっ♡ んっ、らってぇ……♡ むっ、もごっ、むぐっ♡ 大好きなお方と、こんなことができているんですよ? うれしくなって、あむっ、あふぁりまえじゃらいれふか♡」

 

 敏感な亀頭。咥えたまま話しているせいで、小さな歯が何度かあたっている。

 その刺激から、思わず腰を突き上げてしまった。苦しそうな嗚咽。それでも、朱里は奉仕を中断しなかった。たぶん、なにをしてしまったのか冷静に分析しているのだろう。歯の代わりに、やわらかな舌が表皮に押し当てられている。気持ちいい。動かし方はたどたどしいが、その心がはっきりと伝わってくるのだ。

 二度と離しはしない、朱里。

 そんな思いを込め、舌で初々しい膣肉を刺激していった。感じやすい体質なのか、唾液に混じってかなりの量の愛液が分泌されている。そのことに、朱里は気がついていないはずだった。太い男根に舌を這わせ、最後に快楽の強い亀頭を頬で揉む。どこかで蓄えてきた知識。あるいは、今ここでやり方を生み出しているのかもしれなかった。

 顔中、朱里の匂いで満たされている。ぼんやりとしていく意識の中、精液がせり上がっているのを感じていた。

 懸命な奉仕。身体以上に、心が反応しているのか。

 

「口を離せ、朱里。もう、出てしまいそうだ」

「ふぁい? んっ♡ んっ♡ んっ♡ んぷっ、んくっ、ひゃっ……はわっ♡」

 

 口から亀頭が抜けていく。解放された反動。それによって、堰を切ったように精液が流れ出していく。

 思いっきり膣口を吸い上げながら、朱里の顔を汚した。甲高い嬌声。驚きと興奮。その両方を、味わっているはずだった。

 

「あっ♡ んっ、んんっ♡ これがっ、男の人の射精♡ 一刀さまが、気持ちよくなったという証♡ ひゃっ、んうぅううううっ♡」

 

 一際大きな声を洩らし、朱里が下腹部に力を入れた。

 絶頂。それと同時に、押し寄せるものがある。

 

「んっ、だめっ、だめなのぉ……♡ 一刀さま、ああっ、一刀さまぁ……♡」

 

 身体の制御が効かなくなってしまっているのだろう。膣口とは別の箇所から液体をあふれさせ、朱里は気持ちよさそうに全身をふるわせている。

 嫌悪感は少しもなかった。尿道に口づけ、朱里の放つ液体を次々に飲み干していく。それすら、興奮につながっているようだった。媚薬のような効果を持つ黄金色の液。陰核を舌で刺激してやると、勢いが強くなった。

 最後まで、出し切ってしまえばいい。朱里の尻をやさしくなでながら、曹操はふるえが収まるのを待っていた。

 

「あ゛っ、あ゛あっ……♡ なんで、なんで私……っ♡ おしっこ、止まらない♡ 一刀さまにたくさんごくごくされるの、気持ちいいんですっ♡」

 

 幼い身で、朱里は開けてはならない扉に飛び込んでしまっている。

 あともどりなど、できるはずがなかった。どこまでも、自分が一緒にいてやる。その思いが伝わったのか、朱里の洩らす声はずっと甘くなっている。

 

 

 仰向けに寝転んだ朱里。その上から、覆いかぶさるように曹操は手をついている。濡れてしまった衣服。寝台の横に、すべて落とした。

 白い肌。身体つきが幼い分、背徳感から余計に淫らなことをしているという気分が強くなる。

 白濁の残滓が残った顔。そこを限界まで緊張させて、朱里がその時を待っていた。唇を合わせる。それと一緒に、亀頭の先を内側に潜り込ませた。

 強烈な締付け。幼い膣内が、太い男根を必死になって押し返そうとしているのだ。しかし、それは朱里の本意ではないことを曹操は知っている。

 ちょっと強引に。だが、なるべくやさしく、腰を進めていく。苦悶の表情。口づけで、忘れさせてやりたかった。

 

「んっ、あっ、んあっ……!」

 

 一度出していなければ、見る間に射精してしまっていたのではないか。幼裂の締め付けはそれほど遠慮がなく、異物に対して冷たかった。

 

「ちゅっ、んむっ……。はっ、あっ、ああっ……! 一刀さま、きて、きてえっ……!」

 

 衝き動かされる。悲壮感すらある声だった。

 肉の壁を突き破り、最奥を求めて腰を前に進める。朱里の顔。歪んでいるのは、わかっている。それでもやめない。拒絶されないかぎり、やめるべきではないと思った。

 

「あっ、あはっ♡ はーっ、はっ、んあっ♡ これ、きてるっ♡ 一刀さまが、私の中の一番深くに……っ」

「そうだ。朱里が感じているように、俺はそこにいる。ははっ。さすがに、半分も入らなかったようだがな」

「わわっ……。だって、一刀さまのおちんちんがおっきすぎるんですよぉ……。むぅ……。もっと背が伸びたら、全部挿れていただけるようになるんでしょうか?」

「どうかな。小さなままの朱里も、俺は好きだが」

「やっ……♡ 好きって言われるの、だめなんですっ♡ 苦しいのに、感じちゃいますから♡ 一刀さまの、ああっ……♡」

 

 肋の浮いた腹に手を置き、幼い子宮口周辺の感触を確かめる。まだかたい。完全に解れるまでは、何度か交わる必要があるのではないか。

 辛さはあるが、されること自体によろこびがある。朱里の反応を伺いつつ、締め付けのきつい膣内を動いた。油断すると、入り口から抜け落ちてしまいそうになる。切なそうな表情。やめるわけがないとわかっていても、身体がそう感じてしまうのか。

 軽い腰を両手で持ち上げ、揺すっていく。精液のせり上がってくる感覚。普段では、考えられないくらい早かった。

 下腹部に力を込めて、それを制御する。赤く染まった朱里の顔。小さく開いた口が、かわいらしかった。

 

「ふふっ。こうしていると、おちんちんの形状までわかってしまうみたいです。だけど、一刀さまのようなお方に、はじめてをもらっていただけてほんとうによかった。周りの方々は、きれいな人ばかりですから。なんで、ちょっと自信がなかったんです。この前一緒に寝た時も、口づけだけで終わってしまいましたから。成長するまで、手を出してもらえないんじゃないかって」

「ははっ。そんなことを考えていたのか、朱里は。だとすると、賢すぎるのも考えものだな」

「あっ♡ くるっ、こんこんってきてますぅ……♡ おちんちんすごいっ♡ 一刀さまの情熱が、全部伝わってくるみたいでぇ♡」

 

 負担をかけすぎないように、大きな抽送は意識して控えた。それに、そんなことをしなくても、朱里の膣内は強すぎるくらいの快感を与えてくる。

 いくらか、中で感じられるようになっているのだろうか。反応は、当初よりよくなっているようだった。膣壁の吸い付きにいくらか甘さが生まれている。ほどよく拡がれば、離れがたい心地よさとなることが容易に想像できてしまう。

 

「あんっ♡ あっ、うあぁああっ♡ い、いいですよ、このままでっ♡ 私、まだ赤ちゃんできないと思いますからっ♡ だから、一刀さまのお好きなだけ、中出ししてくださってかまいません♡ ちっちゃな子供おまんこに、大人おちんちんで種付けっ♡ きっと、気持ちいいですよ?」

「まったく、そんな言葉どこで覚えてきた。ふしだらな子には、お仕置きをしてやらねばな」

 

 男の劣情を煽るような言葉を、朱里が小さな口を使って並べていく。

 だが、それは事実なのだろう。まともな感覚で言えば、朱里の年齢で男を知るのは早すぎる。だが、待たせていればいいというものではない気がしていたのだ。身体以上に成長した心。結局、そこが満たされないかぎり辛さがあるだけなのである。

 いつの日か、この子にも母親となる瞬間が訪れる。あと数年。もしくは、もっと早い段階でそうなるのかもしれない。

 締め付けを強くする朱里。腟内射精を、体感したくて仕方がないといった表情をしている。

 

「むっ、ふぐっ、んむむっ♡ ちゅっ、あむっ、れちょっ……♡ はふっ、んふっ、ひゃっ……♡」

 

 身体を折り曲げ、舌と舌を絡ませる。

 甘さと強さが綯い交ぜになっているせいで、射精感はかなり切迫したものになっていた。堪えるのも、ここまでか。望み通り、朱里の中に放つつもりで腰を前に出した。

 幼い身体がふるえる。本能的に、射精がはじまるのを理解しているのか。感極まった朱里に、舌を思いっきり吸い上げられる。腟内では、同じような締め付けを男根が感じていた。

 

「ふぐっ、んっ♡ んんんぅうううぅうう、んっ♡ あふっ、ふっ、れるっ♡ むっ、あむっ、んふぅ……♡」

 

 幸せそうな声。聞いているだけで、いくらでも出してしまえそうな気にさせられてしまう。

 男根が半分も入りきっていない幼裂から、飲みきれなかった精液があふれている。それでも、朱里はよろこんでくれている。中に出されているという感覚が、なにより大事なのだろう。自分とのつながり。母になるための予行練習。それが、朱里にとってのすべてだった。

 

「これっ♡ これが、腟内射精(なかだし)っ♡ えへへっ……。ちゃんと最後までできたんですね、私」

「ああ。えらかったぞ、朱里。がんばり屋さんだよ、おまえは」

「あうぅ……♡ 頭撫でられるのは好きですけど、子供扱いされるのはあまり」

「ははっ。この状況で、どうやって子供扱いしろというのだ? おまえは、立派に俺を最後まで受け止めてくれたではないか、朱里」

「えとっ……。だって、大好きなお方ですから。絶対、絶対最後までしていただけるようにがんばろうって」

「ン……。明日は、また絶影に乗せてやろう。たぶん、辛いだろうからな」

「あ、あははっ。よろしくお願いします、一刀さま……♡」

 

 ゆっくりと男根を引き抜く。栓を失った精液。ごぽり、と音を立てて流れ出した。

 そのまま、折り重なるように朱里と眠った。感じていた寝付きの悪さはどこにもない。あるのは、熱の余韻だけだった。



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閑話 家出娘を母は追うか

 穏やかな時間の流れ。行き交う人々の姿を、大路の外れから(ゆえ)は眺めていた。

 帰ってきた。この景色が自分にとっての日常となったのは、果たしていつからなのだろうか。腕の中に抱いた昂。あどけない笑みを見せられると、つい釣られて笑ってしまうのだ。そんな自分を見て、(えい)が同じようにやさしくほほえむ。これが、望んでいた幸せのかたちなのだと思えてくる。

 権力闘争に明け暮れた日々。ついにはすべてを失い、一度は董卓という名すら完全に捨て去ったのだ。紡ぎ直した曹操との縁。それが、暗く沈んでいた世界を一変させたと言うべきなのだろう。

 

「ああ、ここにいたのだな、月。どれ、昂はお行儀よくしているか?」

「これは、秋蘭(しゅうらん)殿。さっきからずっとこの様子で、お散歩がとっても愉しいみたいですよ」

「ははっ、それはなにより。あの桂花(けいふぁ)から産まれたとは思えぬほど、社交的に育ってくれているようだな。ほら、流琉(るる)もしっかり顔を見ておくといい。またしばらく、会えなくなってしまうのだからな」

「はいっ、秋蘭さま。えへへっ、冀州で長く一緒にいたせいか、なんだか弟のように思えてきてしまって」

 

 昂が小さな手を精一杯振っている。そこに流琉(るる)は自らの手のひらを合わせ、別れを惜しんでいるようだった。

 両人ともに、旅の装いをしている。近く鄄城を空けることは聞いていたが、どうやら今日がそうらしい。

 

「その格好から察するに、以前よりおっしゃっていた、幽州へのお出かけですか?」

「うむ。機会としては、ちょうどいいのではないかと思っている。旧知である劉備が、殿への臣従を表明したのだ。そうなっては、公孫賛殿とて無関心ではいられまい。影響は、間違いなくあるだろうさ」

 

 曹操から留守居を任された秋蘭は、その意向を受けて外交に乗り出している最中だった。

 兗、冀、そして徐の三州が一体化したことにより、挟まれるような格好となった青州はいち早く恭順を申し出ている。その抑えとして、先日真桜(まおう)が兵を率いて出ていったばかりだった。

 かつて曹操を苦しめた青州黄巾軍。その本拠でもあった地が、ついに傘下に入るのである。土地はかなり荒れているようで、立て直しは急務となってくる。日をおいて、民政を担う文官たちも派遣されることが決まっていた。

 幽州は、中原の争いに加わらず独自の勢力を保っていた。州を取りまとめていた劉虞が死去してからは、公孫賛が立場を受け継ぐようなかたちになっていて、袁紹の動向に気を揉みながらもこれまで独立を貫いてきたのだ。

 

「ふうん。しかしまあ、公孫賛殿も忘れられていなくてほっとしているんじゃない? 影は薄いほうだけど、地力はあるみたいだしね。幽州の地を、烏丸の侵略からきっちり守りきっているのだもの」

「前に共闘した時も、殿とはうまく連携されていた。それで、っと……」

 

 そこまで言って、秋蘭が言葉に詰まる。

 曹操と公孫賛の共闘。すなわち、それは反董卓連合での闘いを意味しているのだ。

 今更、そんな気遣いをしてくれなくていい。ちょっと表情をかたくする秋蘭に、月は笑いかけていた。詠も、同様に考えているはずである。過去にあった争いが、ひいては今の自分たちの関係をつくっていると言っていい。そこに、後悔は少しもなかった。

 

「んんっ……。ともかく、殿は公孫賛殿の手腕を高く評価しておいでだ。異民族との闘いは、この国最大の懸念事項でもある。殿は、目先の闘いにばかり気を向けておられるわけではない、ということだ」

「それは、私もよく存じ上げております。次代には、より良き国を託したいですから」

「むう。その感覚を、私も早く教えていただきたいものだ。体調は、落ち着いているのか?」

「はい、おかげさまで。詠ちゃんが、普段の三倍増しくらいで支えてくれていますから」

「ちょ、ちょっと、なんてこと言ってくれるのよ月ぇ!?」

 

 突然大声をあげたせいで、詠が衆人の注目を集めてしまっている。

 面倒に巻き込まれては敵わないから、と秋蘭が冗談交じりに手を振り去っていく。

 曹操に従う影が見守ってくれているものの、大事を避けるに越したことはなかった。恥ずかしそうに俯く詠を連れて、勝手知ったる道を進んでいく。

 もう少し行けば、馴染みの茶屋が見えてくる。昂も疲れてきた頃合いだろうし、そこで休んでいくつもりだった。

 

「よう。そこのあんた、ちいっと待ってくれないかい」

「はい。私に、なにか御用でしょうか」

 

 茶屋まであと数歩、というところで足留めを受けた。

 外套を着用しているせいでわかりにくいが、声をかけてきた相手は女だった。背は高く、佇まいには油断できない類のものがある。

 どうすべきか迷ったが、ひとまず害意はないと判断した。襲うつもりなのであれば、わざわざ声をかける必要はない。現状を鑑みれば、人の多さを利用して、すれ違いざまにしかけるのが最も理にかなう方法だった。

 それに、女の従者らしき少女には、なんとなく見知った者の面影がある。栗色の髪。それが、頭の後ろで束ねられて馬の尾のようになっていた。

 頭を覆っていた布。取り払われ、全貌が見えてくる。乱雑にまとめられた長髪。やはり栗色で、それは一族の人間だという証のようにも思えてくる。

 涼州の荒々しい風が、一陣吹き抜けたような気がしていた。馬騰。眼前に立っているのは、間違いなくその人だった。

 馬超の母であり、故郷では名の知られた将軍だった。近頃は漢室への忠義に覚醒め、悪党のごとき振る舞いも落ち着きつつあると聞いている。

 

「馬騰殿、で間違いないようですね。お変わりなく、過ごされているようで」

「やはりそうだったか。他人の空似かとも思ったが、追いかけて正解だったようだ。それはおまえの子か、董卓?」

「いいえ。旦那さまは同じお方ですが、私の子はまだこちらに。それと、私のことは董白とお呼びください。そちらの名も、旦那さまからいただいたものです」

 

 そう言って、腹のあたりを擦ってみせる。まだふくらみはほとんどない。それでも、命の重みを実感せずにはいられなかった。

 自分の今の姿に興味を持ったのか、馬騰の大きな眼がやけに細まっている。(すい)には妹がいるらしいが、隣の少女がそうなのだろうか。雰囲気こそ似ているが、武人としての迫力ではやはり劣る。大柄な馬騰と一緒にいるから、余計にそう感じてしまうのか。

 

「董白? はははっ。面白いではないか、まったく。死んだはずの女が生きていた上に、ややこまで宿しているとはな。当ててやろう。おまえの言う旦那さまというのは、曹操ではないのか?」

「よく、お分かりになりましたね。隠す意味もありませんし、そうだと言っておきましょうか」

「ふん……。おまえのような訳ありを、誰がまともに扱えようか。それこそ、あやつのような女狂いでなくては話になるまい」

 

 曹操に対して棘がある。たぶん、それは気のせいではなかった。

 娘のこと。そして、天下の行く末のこと。そのすべてに、曹操は絶大な影響を与えていると言ってよかった。

 

「しかし、遠方からお出でになって、お疲れなのではありませんか? ずっと立ち話というのもなんですし、あちらのお店に入るのはどうでしょうか、馬騰殿。いい茶葉を使っていて、私も気に入っているんですよ」

 

 ここで、面識のある自分が出会ったのもなにかの縁なのではないか。曹操不在の状況で、騒ぎを起こされるのも面倒なのである。

 まずは、話を聞いてみるしかないと月は思っていた。

 

「へえ、そうなんだぁ。ねえおば様、せっかく誘ってもらってるんだし、お茶していこうよ? ずっと歩きっぱなしで、私疲れちゃった」

「ああ? ったく、だらしのねえやつだな。旅の間に、もっと厳しく鍛えてやりゃあよかったか。それとも、今ここで稽古をつけてもらいたくて。そんな甘えたことを抜かしてるんじゃねえだろうな?」

「うげっ……。そ、それはひとまず置いといて、ねっ……?」

 

 馬騰による鍛錬がおそろしいのか、少女が詠の背中に隠れて様子を伺っている。

 翠とはちょっと違う天真爛漫さに、毒気を抜かれた気分だった。こちらは純粋に、中原の景色を愉しんでいるようなのである。

 苦笑する詠を引き連れて、店に入った。渋々といった感じに、馬騰も遅れてついてくる。

 知らない顔が二つ増えても、昂はどこ吹く風といった調子で服の袖と戯れている。桂花は気に入らないかもしれないが、曹操の子として必要な度胸はこれまでの成り行きのおかげでついてきているようだった。

 昂を詠に任せて、月は馬騰と向かい合っている。迫力は相変わらずだが、いちいち怯んでいてはきりがない。それに、空気が張り詰めるような場面は、人並み以上に経験してきているつもりだった。

 

「私は馬岱。馬超お姉さまとは、従姉妹の関係なんだ。よろしくね、董白さん、賈駆さん」

「ああ、どうりで。馬超がおてんばな従妹がいるって話していたけど、それがあなただったのね」

「ええー? お姉さまったら、人が知らないと思ってそんな風に言ってたの? 今度会ったら、抗議しておかなくっちゃ」

 

 翠の言葉を思い出して、詠が笑っている。昂をあやす姿も、随分板についてきたものだ。

 自分に対する評判が不本意だったのか、馬岱が太い眉を中央に寄せつつ口を尖らせている。

 仕草に感情があらわれるところなどはそっくりで、姉妹だと言われても違和感はなかった。気のおけない物言いから察するに、実際そのくらいの関係ではあるのではないか。

 

「しばらくもどってきそうにないか、曹操は」

「どうでしょうね。孫堅を、一度の戦でどうにかできるとは、あの方も考えてはおられないでしょうし」

「あの女も、おまえと同じでしぶといものだ。戦場で斃れたと聞いて、さすがに天運が尽きたと思っていたのだが」

 

 静かに茶をすする馬騰。

 孫堅とも、顔を合わせたことがあるらしい。窓の外に向けられた眼。どことなく、遠くを見つめているような感じがする。

 

「陣借りならば、歓迎されると思いますが。馬騰殿の武威、中原に知らしめるのも案外悪くはないのかもしれません」

「抜かせ。第一、曹操に肩入れしてどうなる。涼州は、漢室は、それで繁栄を得られるのか」

「曹操さまの眼は、国の外にも向けられています。動乱の平定は天下の大事ですが、それでなにもかもが終わるわけではありません。むしろ、ほんとうのはじまりはそこからなのでしょうね」

「ちっ……。異民族との闘いに長けたわれらを、曹操は高く買うと言いたいのか、おまえは?」

「左様で。それに、あなたのご息女の働きもありますから。涼州が蔑ろにされることなど、まずあり得ません」

 

 漢室の今後については、あえて触れなかった。

 限界など、自分が政権を握る前からとっくに迎えている。消えかけた命運。なんとか引き延ばせているのは、この国に新たな覇者が生まれていないからに他ならなかった。

 その座を、二人の英傑が争っている。曹操と孫堅。どちらが勝つにせよ、漢室はその役目を終えるのだろう。

 

「そうだ! お姉さまってば、家出して帰ってこないと思ってたら、ちゃっかりいい人をつかまえてるんだもん。手紙にはそんなこと書いてなかったけど、そうなんでしょ、董白さん?」

「ふふっ。仲がいいのは、間違いないかな。偶然の出会いが、その人の生涯を決定づけることもある。馬超さんにとって、曹操さまとの出会いがそうだったんだろうね」

 

 馬岱が眼を輝かせている。従姉の動向が、気になって仕方がないのだろう。

 偶然の出会い。時が経てば、やがて必然だったようにも思えてくる。

 闘志に満ちた視線。命を賭してでも、覚悟を体現しようとする姿勢。そのどちらにも、自分は惹かれている。あの人の血を受け継ぐことができて、誇らしいとさえ思えてくる。

 

「うわー、なにそれっ! あの男っ気のなかったお姉さまがころっといかされちゃうだなんて、きっとすごいんだろうなあ、曹操さまって」

「さっきからでけえ声出しやがって、ちったぁは静かにしやがれってんだ」

「だ、だってぇ、おば様だって曹操さまに会ってみたいんでしょ? 娘の相手がどんな人なのか、気にならないわけないよね?」

 

 馬岱の言葉にちょっと黙り込み、馬騰は先ほどのように茶を口に含んでいる。

 正しさを感じていなければ、苛立ちが生まれることはない。

 涼州にいたままでは、どうあがいても答えが出ることはないのだ。それが理解できているから、馬騰はここまで旅してきたのではないか。

 

「いかがでしょう、馬騰殿。やはり、豫州に向かわれてみては。曹操さまとお会いになりたいなら、それが確実です」

「けっ……。余裕ぶってくれるじゃねえか、董白」

「きっと、気に入られると思います。ご息女のお相手として、申し分ないお方ですよ、曹操さまは」

「その曹操のややがいる女から聞かされても、説得力にかけるってんだ。ああ、ったく……。馳走になった。行くぞ、岱」

 

 いきなり立ち上がり、馬騰が言った。

 茶の代金は、どうやら支払ってくれるらしい。その程度の力には、なれたと思いたかった。

 あとは、実際に会ってみなければなにもはじまらない。翠も、きっとそうなることを望んでいるのだろう。

 

「ええー? もうちょっと、ゆっくりしていこうよー? まだまだ、いろんなお話聞かせてもらえそうなのに」

「やかましい。日が暮れるまでに、ここを出立する。旅の準備だ、おまえも手伝いやがれ」

「あうう。わかった、わかったからそんなに引っ張らないでぇ……!」

 

 馬岱の涙声。入り口から、二人の姿が消えていく。

 静けさをとりもどした店内。冷めた茶を、月はゆっくりとした動作で喫している。



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十九 変わるもの、変わらないもの(麗羽)

 懐かしい風景の中を、曹操は進んでいた。

 郷里である譙県。董卓討伐を掲げて出立してから、何年が経過したのだろうか。景色は変わらないままだが、すべてが同じではなかった。自分の立場。それに、従う者たち。

 厳粛な雰囲気を発する軍勢。『袁』や『馬』、それに『関』の軍旗までもがともにあるようになっている。かつては一門の縁者がほとんどで、違うのは桂花(けいふぁ)(せい)くらいだったのだ。

 豪奢な具足を着用した麗羽が、話しかけてくる。懐かしさを感じているのは、自分だけではなかった。

 

「いつぶりなのでしょうね、こちらに伺うのは。あの頃のわたくしには、こんな未来があるだなんて想像もつきませんでした。それが今では、こうして貴方さまと轡を並べているのです。これ以上の幸せなんて、どこにもありませんわ」

「同じだよ、俺も。麗羽(れいは)というより、袁家はいつか力で越えるべき壁だとずっと考えていた。おまえを娶り、袁家の支援を得ていると知れば、過去の俺はきっと腰を抜かすのだろうな」

「うふふっ。それに関しては、わたくしも同意いたします。ですが、貴方さまは昔から幾度となく手を差し伸べてくださいましたでしょう? 洛陽を出た時。それに、連合軍を結成した時もそうです。貴方さまがそばにいてくださらなければ、覚悟が定まっていたかどうかわかりませんもの。それだけに、喧嘩別れのようになった時は落胆しましたわ」

「旧い話しだ。しかし、離れているからこそ見えてくる本質もある。結局、俺にはおまえという女が必要だった。それがわかっただけ、成長したのだろうな」

 

 麗羽がおかしそうに笑っている。それでいて仕草は優雅なのが、名門の令嬢だという事実をありありと感じさせるのだ。

 当然だというような表情。以前までの自分なら、苛立ちすら感じていたのかもしれない。

 受け入れることは、弱さではない。そう考えられるようになったのは、経験による部分が大きいのだろう。立ち向かうだけが勇気ではないのだ。それに気づかせてくれたのは、他ならぬ伴侶たちだった。

 

「お待ちしておりました、殿。準備は、ほぼ整っております」

 

 先行させていた春蘭(しゅんらん)が駈け寄ってくる。

 曹家の館。残った縁者に世話をさせていたから、廃れずその姿を残している。譙県まで来たのは、戦のためだけではなかった。軍勢を周辺に配し、曹操は旧居に足を踏み入れる。主だった将軍たちが、あとから続いた。

 館内では、儀礼の準備が粛々と行われていた。その責任者となっているのが、春蘭なのである。

 養父である曹嵩。それに、子供でしかなかった自分を、母のごとく導いてくれた橋玄のためのものだった。

 この機会を逃すべきではないと思った。豫州だけではない。天下を平定するその時まで、どうか自分たちを見守っていてほしい。その願いを込めて、用意した贄を天に捧げる。

 宴の席。酔わない程度の量でしかないが、酒の味が心地よかった。戦の途中ではあるが、兵たちにも肉と酒を振る舞ってある。故人を偲ぶのと同時に、明日への英気を養ってもらいたい。孫家との闘いは、そう簡単に終わるものではないのだ。

 

「しかし、私のような新参が加わってよかったのだろうか。いくら、兄上に勧めていただいたとはいえ」

「んん? 愛紗(あいしゃ)はもう、あたしたちの家族みたいなものじゃないんすか? だったら、なんにも問題はないはずっすよね?」

「家族……。私と兄上が、家族か」

「そうっす。だって、愛紗は一刀っちの妹分なんすよね? だったら、あたしたちと同じじゃないっすか!」

「ふふっ。やさしいのだな、華侖(かろん)は。だが、私もそうありたいと思う。兄上は敬うべきご主君であり、それ以上に大切な御方でもあらせられる」

「えへへっ。それじゃあ今度は、どっちがお姉ちゃんか決めなきゃいけないっすね。愛紗は、どっちがいいとかあるっすか?」

「やっ……。そ、それはだな」

 

 強張っていた愛紗の表情が、華侖のおかげでいい具合にほぐれている。

 実の妹がいるぶん、華侖は包容力に優れている。もう少し落ち着きが身になれば、さらにいい働きができるようになると曹操は思っていた。

 本人は春蘭のような存在になりたがっているようだが、攻めよりも守りのほうに才能がある感じもする。そのあたりの見極めも、孫家との戦の中でできていくのだろう。

 

「亡き御父上も、およろこびになられているのではないでしょうか。これだけ多くの者に、貴方さまは愛されているのです。もちろん、わたくしだって」

「そうかな。そうだったら、いいのだが」

「いつも自信にあふれていらっしゃるのに、御父上のことになると不安になってしまわれるのですね。でしたら、このわたくしが保証いたします。それで、文句はありませんわよね?」

「言ってくれる。……少し休みたい。付き合え、麗羽」

「んっ……。ほんとうに、少しだけでよろしくて?」

 

 麗羽の双眸。慈愛すら感じさせるものだった。

 自分は、誰かに甘えたがっているのか。それを見抜いているから、麗羽はやわらかくほほえんでくれているのか。

 宴を中座し、足早に私室へと向かう。

 女を意識させる麗羽の香り。密着している部分から、熱が分け与えられているようでもある。

 室内に入ってすぐに、麗羽を寝台に押し倒した。陽射しに照らされて、金の毛髪がより輝きを増している。

 慈母のような表情は変わらない。唇を吸うと、かすかに酒の匂いがする。胸に触れながら、しばらく続けた。

 男根は早くも猛っているが、獰猛な交わりをしたいとは思わなかった。焦らすような麗羽の手つき。着物越しに触れ合い、気分を高め合った。

 

「素敵ですわね、こういうのも。貴方さまの愛を、余さず感じることができるようで」

 

 意外なくらい強い力で、抱きしめられる。

 やわらかな胸。頭を預けると、包み込まれていく。麗羽が自ら着物の前を開き、乳房を露出させる。肌に直に触れると、それまでよりもずっとあたたかだった。手で揉みながら、甘えるように乳首を吸う。ただそれだけの行為で、脳内が幸福で満たされていく。

 

「存分にご堪能ください、貴方さま。んっ……。わたくし、うれしいのです。こんな風に、貴方さまに甘えていただいて」

 

 せり上がるような快楽はない。だが、それとは別の心地よさを感じているのは間違いなかった。

 甘く交わりながらも、身体はやはり反応してしまう。主張を強める突起を舌で転がし、唇で挟む。上昇する体温。麗羽が、かすかに声を洩らしている。

 

「ンンッ……。お上手ですわね、やっぱり。どうしたって、感じてしまいます。あっ、またそんな……っ」

 

 乳房を片手で軽く絞り上げ、そのまま先端を強く吸った。

 恥ずかしそうにはにかむ麗羽。白い肌に、ちょっと吸い上げた痕が残ってしまっている。大きめの乳輪。境界線を指で撫でながら、乳房に舌を這わす。麗羽が焦れったそうに、頭の上に投げ出している手を握り込んだ。

 

「もっと、感じさせてもらいたいのか?」

「違うと言えば、嘘になりますけど……。あっ、んんっ、あふっ……。意地悪なところは、ちっとも変わりませんのね」

「ははっ。意地悪をしているつもりは、少しもないのだが」

「やっ、あんっ、ふあぁあっ……! そ、そこ、いきなり摘まれてはぁ……!」

 

 かたく凝った乳首。二本の指で挟み込み、そのまま捻るように持ち上げた。

 嬌声。室内に響いている。いきなりやってきた強烈な刺激に、身体が鋭敏に反応してしまったのだろう。惚けたように開いている麗羽の口。赤い舌に誘惑されるがまま、顔を近づける。

 

「んっ、んむっ、んくっ、んちゅっ……。もう、これで言い逃れなんてできませんわよ? 一刀さんは、どう考えたって意地悪なお方です。はふっ、んっ、あむっ……」

 

 抗議の声。強引に封殺し、唾液の味を愉しんだ。

 麗羽の指が再び男根を探っている。上下に動かすような手つき。すかさず着物の内側に入り込んできて、亀頭をぎゅっと包むように刺激している。

 まるで、子供同士のじゃれ合いだった。互いに濡れはじめた性器に触れ合い、感度を高めていく。数度の交わりしか経験していない麗羽の女陰。きれいなかたちを保っていて、崩してしまうのが惜しいくらいだった。

 髪同様の金の茂み。指でかき分け、中を探る。粘り気のある肉壁が、絡みついてくる。指を折り曲げて刺激してやると、麗羽がうれしそうに声をあげた。愛液でかすかに濡れた陰毛が美しく輝いている。見つめられているのが恥ずかしいのか、麗羽が男根を握る手の力をわずかに強めている。

 

「あ、あまり凝視しないでくださいな。いくら心身を捧げている貴方さまにだって、見られて恥ずかしい部分はありますのよ」

「なにも、恥じることなどない。それに、見られることがわかっていて、きれいに整えているのだろう?」

「そ、それはぁ……! あくっ、ああっ、んあぁああっ……!」

 

 陰核を指の腹で転がしながら、曹操が笑う。

 どちらも、準備は万全と言ってよかった。

 足を開かせ、じっとりと濡れた入り口に亀頭を充てがった。吸い寄せられる。中に早く入れと、ねだられているようだった。

 

「緊張しているのか、麗羽?」

「んっ……。そうではなく、ドキドキしてしまっているのです。今日、貴方さまと交わるのははじめてでしょう? ですから、どうしたって」

「かわいい女だよ、おまえは。今まで放っておいたことが、馬鹿らしくなってくるほどにな」

「でしたら、その分たくさんかわいがってくださいますわよね? こんなに魅力的なわたくしを、長年無視されてきたんですもの。その責任は、きっちりとってもらいませんと」

「ははっ。調子がでてきたようだな、麗羽め」

「やんっ……! あっ、ああぁあっ……。くるっ、貴方さまの大きいのが、きていますっ……!」

 

 歓待の中を、じっくりと進んだ。

 感覚を呼び起こされた膣壁。男根に絡みつき、直接的な快楽を引き出しているのか。全体が熱されている。締まり具合はほどよく、無理なく腰を前に出すことができている。

 

「あんっ、あふっ、んはあぁ……♡ こ、これ、指とは全然違うのです。奥深くにまできていただくと、わたくしそれだけで……っ」

「わかるぞ、おまえのよろこびが。ここを突かれるのが、いいのだな」

「はっ、んあっ、はいっ。おちんちんの熱さとかたち、わたくしに感じさせてほしいのです。貴方さまの、一刀さんのおちんちんのかたちっ♡ 妻たるわたくしに覚え込ませるのが、旦那さまのお役目ですわよね♡」

「いいだろう麗羽。絶対に、忘れてくれるなよ? おまえを犯していいのは、このチンポだけだ。身体だけでなく、心にもそれを刻みつけておけ」

「はっ、んあっ……♡ そ、そんなことぉ……。んっ、あがっ、あっ、んひゃあっ……!」

 

 わざと下品な言葉を使い、劣情を煽り立てる。

 腰を突き上げる。ぶるんぶるんと乳房が大きく揺れ、興奮を駆り立てる。

 麗羽のすべてを、自分が征服しているのだ。そう思うと、男根の抽送にも力が入った。肌のぶつかる音が響く。

 高貴な子宮までもが、屈服することを望んでいる。甘い吸い上げ。きっと、無意識にやっているのだろう。最後にはそこを精液で満たし、なにもかもを自分の色で染め上げるのだ。

 

「手、握っていてくださいませんか? 好き、なんです。貴方さまに、そうしていただくのが」

 

 心が揺さぶられる。

 両手をしっかりと掴まえ、情熱的に腰をぶつけた。愛液が弾ける。どちらの陰毛も、汁でぐっしょりと濡れている。

 

「これ、これぇ……♡ 貴方さまとわたくしが、どんどんひとつになっていく。そんな感じがして、たまらないのです」

「くうっ……。すごい締め付けだな、麗羽。そんなに、俺の子種がほしいか」

「ええ。んっ、ふふっ……。そんなの、当然ではありませんか。最愛の方の子を成すことが、どれほど幸せなことなのか。桂花さんを見ていると、それがわかってしまうんですもの」

 

 快楽による興奮の中、麗羽がやさしくほほえんでいる。

 この顔が、自分はきっと好きなのだろう。たまらなく母性を感じてしまう瞬間。紅潮した頬を撫でてやると、麗羽がうれしそうに手を重ねてくる。

 

「我慢なんて、する必要はありませんのよ? わたくしのここは、いつでも貴方さまを受け入れて差しあげますから。だから、お好きなだけ、射精()して……っ?」

 

 昂りが、四肢の先にまで浸透していくようだった。

 緩急を織り交ぜながら、快楽をさらに与えていく。どうせなら、絶頂をともに味わいたい。そのことだけを念頭に置いて、曹操は麗羽を愛し続けた。

 

「あっ♡ ああっ♡ んぐうっ♡ おちんちんが、ぐいぐいってお腹の奥押し込んできています。これ、気持ちいい……っ。はっ、あはっ、ふうっ……♡」

 

 ふるえるような締め付け。それが、小刻みに繰り返されている。

 止まらない。ずっと味わっていたいような快楽だった。あたたかな愛液で満たされ、膣内は抜群の居心地になっているのだ。

 男根が蕩ける。亀頭がじんじんとするような痺れに包まれ、女体とひとつになっていく。

 

「くるっ……♡ ああっ、きてしまいますっ♡ ど、どうか貴方さまも。わたくし、もうすぐにでもいきますからぁ……!」

 

 本能からくる叫び。麗羽の懇願に、曹操は頷きで返している。

 ひたすら最奥をいじめ抜き、その時を待った。腰が重い。跳ね上がる乳房が、視界の中でぼやけていく。

 

「いっ、ああっ。くる、くるのですっ……! はっ、あふっ、んっ、おぉっ……♡」

 

 ふるえが一段と強くなる。その瞬間を狙って、入り口まで引き絞った男根を一気に打ち付けた。

 溜め込んでいたものが解放されていく。強烈な締め上げの最中、曹操は子宮口の間近で射精を開始していた。

 

「がっ、ああっ、あはっ……! 貴方さま、ああっ、わたくし、わたくしぃ……♡」

 

 融け合うような絶頂。あるものすべてが、白く染まっていくようだった。

 陰部から液を勢いよく噴き上げ、麗羽は濃密な絶頂を受け取っている。絶え間なく送り込まれる精液。あたたかだった膣内が、熱く変化しているようだった。

 

「まだ、でてる♡ 貴方さまに精液出されただけで、わたくしまたっ……♡」

 

 水に近い液体を何度か噴き出し、麗羽が全身をふるわせている。

 これまで感じたことのないような快感なのだろう。その感覚は、しばらく消えそうになかった。

 締まりの強い膣内で男根をしごき、新しい精液を吐き出していく。この女を孕ませたい。自分にある雄の部分が、そう命じてくるかのようだった。

 性器同士は密着しているが、隙間がまったくないわけではない。流れ出る白濁。麗羽が、膣内で自分を受け入れた証。かたいままの男根で、内部をさらによろこばせていった。

 

「そんなっ、これぇ……! わたくし、いっていますから♡ これ以上なんて、だめ、だめなのですっ……♡ はっ、ああっ♡ いくっ、貴方さまのおちんちんでまたいくっ♡ わたくしのおまんこ、ばかになってしまいます♡」

「満足するまで、馬鹿になってしまえ。俺が、ずっと見ていてやる。おまえが、かわいく感じているところをな」

「ひゃふっ……♡ らめ、そんなのらめぇ♡ あっ、ちゅっ、んむっ、ちゅぅう……」

 

 子宮に子種を送り出す体勢は変えずに、甘く舌を絡ませる。

 麗羽のかわいい声を消してしまうのはもったいない気もするが、口づけたいという衝動がなによりも勝ったのだ。

 

「あふっ、んくっ、んあっ……♡ んっ、んあっ、こくっ♡」

 

 涙すら浮かべて快楽に浸る麗羽。その姿を見ているだけで、男根をかたくしてしまう。まだまだ、犯し足りないと思わされてしまう。

 身体が熱い。この肉欲は、そう簡単に満たされないのではないか。

 腰に絡みついてくる二本の脚。小さく笑って、曹操は寝台を揺らした。



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二十 求める心に情は咲く(恋、愛紗)

 太牢の儀礼を終えた曹操は、譙県から西に進んでいた。

 豫州を離れていた間に、孫堅は陳国すべてを手中にしたようだった。

 先に行われた戦は、最終的に張遼軍の強襲によって、ややこちらが押すようなかたちで終結している。だが、遭遇戦の間に孫堅は麾下を率いて動き、残っていた部分を切り取ったようなのである。代わりに、麗羽(れいは)率いる曹操軍が、汝南に少し食い込むような格好で軍勢を駐屯させている。まだ、形勢は五分だった。

 汝南本陣の幕舎。着陣してすぐに、曹操は戦況を整理につとめていた。つぎなる手を、躊躇なく打つ必要がある。そのことだけに、曹操の思考は向いていた。

 

「豫州での滞陣、短くて半年はかかりそうだな。場合によっては、一年いることになるかもしれん」

 

 予測を聞かされた(りん)真直(まあち)の二人が、首肯している。

 桂花(けいふぁ)は一旦沛国にまでもどり、各地に兵糧を行き渡らせるべく奔走している。これからは、豫州に加えて徐州にも気を配る必要があるのだ。各方面軍の責任者を集め、輸送と報告の手順を取り決めておく。戦闘が激化してからでは、できることではなかった。

 

「戦の長期化に備えて、軍屯の準備に取りかからせております。わが君の許諾さえいただければ、実行はすぐにでも」

「任せる、稟。屯田については、朱里(しゅり)と相談しながら行ってくれ。開墾に関する知識も、あの子はかなり蓄えているようだ」

「御意です。それにしても、お二人の関係がよくなってほんとうによかった。私も、多少は気を揉んだのですからね?」

「心配をかけたようだな。だが、もう平気だ」

 

 稟の口調が軽い。体調面での不安がなくなったからなのだろう。

 

「主さまもお帰りになったことですし、孫堅との戦もこれからが本番になりそうですね。しかし、下手に動くと虎の牙にかかりかねません。後方の撹乱は、絶えず行うべきだと存じますが」

「劉表の旧臣、あるいは山越でも煽ってみるか。汝南を奪取しきれずとも、潁川だけはなんとかしておきたい」

「ならば、益州にも一応誘いをかけてみましょうか。同族の劉表が追われたことを、州牧の劉璋も気にかけているはずですから。軍勢の派遣までいかなかったとしても、反孫堅の動きが起こるだけでもあちらは警戒するしかなくなりますし」

「真直も、意外と悪いことを考える。だが、許可しよう。当面の間、自由にやってみるのだな」

「ぎょ、御意ですっ! ご期待に添えるよう、精一杯がんばりますので!」

 

 裏返った声で答える真直に、曹操が笑いかけている。

 あの孫堅のことだから、どこかで決戦を挑んでくると考えて間違いなかった。出来得るかぎり、孫策が勢いを盛り返す前に孫堅を退けたい。再度二方面から攻められるような状況は、なるべくなら避けたかった。

 

「話が逸れてしまいますが、(れん)が寂しそうにしていましたよ。愛馬とも離れているのが、余計に気持ちをそうさせているのでしょうね。華雄、甘寧との緒戦でも、呂布軍の活躍は見事でした。ゆっくりお会いになるくらい、してやるべきなのかもしれません。調練も終えていますし、この時間だとたぶん近くの川にいるのではないかと」

「ははっ。まるで朱里たちのお姉さんのようではないか、稟。だが、承知した。愛紗(あいしゃ)を連れて、様子を見に行ってみるとしよう」

「放っておけなくなるのですよ、あの子たちを見ていると。いじらしいではありませんか、どちらも」

 

 二人と別れ、曹操は愛紗を呼び寄せた。

 徐州に残すつもりをしていたのだが、愛紗は律儀にも直接会って赤兎を返すことを望んだのである。それならば、と手を挙げたのが香風(しゃんふー)だった。文武に長けた香風ならば、桃香(とうか)の手助けになることは確実だった。それに、鈴々(りんりん)との相性のよさもある。香風は、徐州軍とのつなぎとして派遣するには最適な将だった。

 

「お呼びでしょうか、兄上」

「恋のところへ行く。ついてくるだろう、愛紗?」

「ええ、もちろんです。赤兎も、早く主人のもとに帰りたいでしょうし。私も、恋には礼を申さねばなりません」

 

 愛紗が即答する。それだけ、返礼は優先するべき事柄なのだろう。

 歩いてすぐの川に行っているらしいから、赤兎を曳く愛紗を連れて徒歩で向かった。きれいな流れで、身体を癒すにはちょうどよさそうな場所だった。

 二人して、恋の姿を捜した。気配を感じることができるのもしれないと思い、なんとなく赤兎が頭を向けるほうに進んでみる。

 

「むう……。まさかとは思いましたが、ほんとうに恋を見つけてしまうとは。赤兎よ、おまえは一体なんなのだ?」

 

 岩陰から、恋の頭だけが見えている。愛紗に言われて、赤兎はちょっと誇らしそうだった。

 声をかけながら、近づいていく。振り向く恋。水浴びの途中だったのか、衣服はすべて川原に投げ捨てられている。

 調練のあとだけに、土埃を洗い落としたかったのかもしれない。こちらの姿に気づいて、恋が小走りに駈けてくる。小動物のようなかわいさがあり、飛び出した二本の頭髪が無造作に揺れている。

 

「んっ……。おかえりなさい、一刀。愛紗も、ちゃんともどってきてくれた。赤兎も、元気そう」

「ああ、赤兎には随分と世話になった……ってそうではなくてだな!?」

「……? どうしたの、愛紗。変な虫に、どこかで足でもかまれたりした?」

 

 愛紗が赤面している意味がわからず、恋は小首をかしげるだけだった。

 どうせ、身体の隅々まで知っている仲なのである。今さら、恥ずかしがるようなことは少しもなかった。

 鍛え上げられた肉体。その上を、植物を模した刺青が走っている。ちょうどよくふくらんだ乳房。女性らしい丸みを帯びた尻。

 芸術的ですらある美しさを備えていて、見る者の眼を釘付けにするのである。無骨な得物でも、磨き上げればやがて神々しさが宿ることがある。武人の肉体にも、それと同じことが言えるのかもしれない。その事実を最もよく体現しているのが、恋なのではないか、と曹操は思う。

 

「ああ、兄上もなにか言ってやってください! どうして、平然とされているのですか!」

「ン……、そうだな。何度見ても飽きることのない、美しい身体だ。華雄は、なかなかに手強かったと聞く。怪我など、していないだろうな?」

「ありがとう、心配してくれて。でも、恋は平気。華雄は強かったけど、一刀との約束があるかぎり敗けたりしない」

 

 視線ではなく、自分の言葉に恋は顔を赤らめている。

 俯いた頭に手を伸ばし、軽く撫でた。水を被る前だったようで、陽射しを浴びた髪はやわらかなままだった。

 恥ずかしそうに小さく笑う恋。しばらく時間をつぶすつもりでいるのか、赤兎は地面の草を自由に食んでいる。

 

「こほん。あ、兄上は、みなといつもこのように触れ合っておられるのですか? で、でしたら、私も努力して慣れようと思います。すぐにとは、いかないかもしれませんが」

「……兄上? 一刀は恋のご主人様。だけど旦那さまでもあって、お兄ちゃんでもあったりする?」

 

 不思議そうに上目遣いでこちらを見ながら、恋が身体を寄せてくる。濡れた褐色の肌が、いかにも瑞々しい。

 つんと上を向いた乳房が、押し当てられている。ちょっとした期待。雰囲気の変化を察したのか、愛紗がまた表情をかたくしている。

 

「一緒に、水浴びの続きがしたい。だめ、一刀?」

「恋のお願いを、どうして断れようか。俺もこちらに着いたばかりで、身体を清めたいと思っていたところだ。愛紗も、そうだろう?」

「わ、私ですかっ!? やっ、しかしですね……」

「愛紗は、だめ? 恋たちと、水浴びしたくない?」

 

 唇を噛み、愛紗が葛藤にふるえている。

 あれだけ純真な瞳を向けられて、はねつけることなどできるはずがなかった。恋にあるのは真っ直ぐな好意だけで、邪な下心など少しもないのだ。

 考えに考え、ついには愛紗が折れた。それでも、脱衣を見られるのはやはり恥ずかしいらしい。先に着物を脱ぎ捨て、恋に手を引かれて川に入った。

 緩やかな流れが、肌に心地いい。一度潜った恋が、全身ずぶ濡れになってあらわれる。見ていると、自然と笑みがこぼれた。

 

「お、お待たせいたしました。んっ……、少し冷たいですね」

「浸かっていたら、すぐに慣れる。……愛紗は、結構ばいんばいん」

「あ、あまり見ないでくれ。その、緊張のしすぎで、頭がどうにかなってしまいそうなのだ」

 

 愛紗のほどかれた黒髪が、川風を受けて流麗にそよいでいる。

 ほんのりと赤く染まった白い肌。細い腕一本だけでは、どうしたって豊かな乳房を隠し切ることなどできはしない。秘部にしてもそれは同じで、艶のある陰毛が手の隙間から見え隠れしている。

 

「……愛紗は、恥ずかしがり屋さん?」

「恋が、堂々とし過ぎているだけだ。だって、兄上がすぐそばにおられるのだぞ? それに、んっ……」

 

 縮こまりながら、愛紗が曹操の下腹部に視線を向けている。

 さらけ出された男根。隆々と立ち上がっていて、言い訳などできない程度に臨戦態勢をつくってしまっている。

 美女二人の裸体を前に、勃起するなというほうが無理な話なのである。このままなにもなければ、別にそれでもよかった。

 恋と戯れるのに、隠し事などするべきではない。ただ、それだけのことなのである。

 

「一刀のちんちんがおっきくなってるから、愛紗は恥ずかしい? 小さくなったら、平気になる?」

「ちょっ……。恋、なにを……?」

 

 瞬時に、恋が背後に回り込んでくる。穏やかな体温。全身を、密着させているのだろう。

 やわらかな乳房。むっちりとした腿。そして、手は猛り狂う男根をがっちりと握っている。

 加減の効いた手淫。根本から竿先まで、慈しむように恋が撫でてくる。言うまでもなく、男根の硬度が余計に増していく。眼の前で突如はじまった痴態に、愛紗の混乱はいっそう強まっているようだった。それでも、視線を外せない。というより、男根を包む恋の手を、食い入るように見つめているのか。

 

「にちゅっ、にちゅってされるのが一刀は好き。せーえきびゅって出したら、ちんちんも少しは小さくなる。そしたら、愛紗も一安心」

「あ、ああっ……。恋の手が、あんなにもいやらしく兄上の逸物を擦って」

 

 夢中になる対象が生まれたことで、愛紗の守りが緩くなっている。

 身体の曲線はほとんど観察できるようになっていて、それが男根の昂揚につながっているのだ。

 

「見ているだけでいいのか、愛紗? 期待しているのだがな、俺は」

「んくっ……。私にも加われと、そうおっしゃられるのですか、兄上は」

「そうだ。こうして立っていると、少し冷える。おまえの身体で、あたためてくれないか?」

「んっ、御意です。ご命令とあらば、大人しく従うほかありません」

 

 のろのろと、愛紗が歩み寄ってくる。

 かたくなな心を、命令というかたちで強引に引き寄せる。そうされることを、愛紗が望んでいると思ったからだ。

 前後を豊満な女体に挟まれ、昂りはいよいよ最高潮に達しようとしていた。遠慮がちに当てられる愛紗の乳房。男根に、都合十本の指が絡まっている。亀頭の先。とうに、我慢汁であふれていた。それを恋が塗り拡げ、全体を潤滑させていく。

 

「逸物からのねばねばが、こんなに……。んっ……。ただしごいているだけだというのに、どきどきしてしまう」

「一刀のだから、きっとそうなる。恋も、ちんちん擦ってるとお腹の奥がきゅうってするから。愛紗も、同じ?」

「そう、なのかもしれないな。兄上の熱が手のひらから伝わって、私の理性をことごとく塗り替えようとするのだ。このような場所で、淫らなことをしてもいい。愛するお方となら、なにも問題ないだろうとな」

「ふふっ。恋も、一刀が好き。ぴたってくっついてると、すごく安心できる」

 

 言いながら、恋の指が敏感な雁首を容赦なく責め立てる。驚異的な成長だった。愛紗が緩めに根本をしごいている分、刺激はより強く感じられる。

 自分の反応。そして、愛紗の動き。その両方を眼で確認することなく、恋は自在に快楽を与えてくる。

 

「気持ちいいのですか、兄上? 先端のどろどろ、すごいことになっています。んっ、むっ……。こうして、唾液を垂らさなくても、まったく支障がないくらいに」

 

 愛紗の唾液が、男根に垂れ落ちる。互いの粘液が入り混じり、興奮が高まっていく。

 恋の動きを見て握り込む加減がわかってきたのか、手淫のやり方が滑らかになっている。恥ずかしがっている余裕など、すでになくなっているのだろう。前後から押し当てられるやわらかな感触。愛紗の切なそうな視線が、たまらなく情欲をかき立てる。

 

「ちんちん、すごく熱い。それに、先っぽお汁でぐちゅぐちゅになってて」

「私も、どきどきが止まりません。こんな野外でしている以上、誰かに見られてしまうかもしれない。そう思うと、ずっと興奮してしまうのです」

 

 はじめての経験を、愛紗は忘れられないでいるのだろう。今度は、室内でじっくり愛してやるべきなのかもしれない。愉しみ方は、数多く知っておくべきだった。

 頭の中が沸騰しかかっている。このまま射精させるつもりでいるのだろう。亀頭を刺激する恋の手つきが、明確に激しくなっているのだ。

 

「ああ、っく……。最後は、二人の胸でしてくれるか。恋の顔が見えないまま終わるのは、少し寂しい」

「んっ、わかった……。一刀は、おっぱいでされるのも大好き」

 

 背中にあった熱が消えていく。

 しゃがんだ恋の先導に従って、同様の体勢となった愛紗が乳房を手で持ち上げている。魅惑的な四つの果実。密着した壁を割って、限界までふくらんだ男根を差し込んだ。

 包まれている。まさしく、そういった感覚なのである。腟内とはまた違う圧迫感。時折擦れる乳頭の刺激が、新しい快楽を生み出していく。

 

「んっ、あっ、ふあっ……♡ 兄上の逸物が、胸の中で暴れて……。んくっ、んんっ……。なんだか、こちらまで感じてしまいます」

「ぬるぬるのちんちん、とっても気持ちいい。それに、愛紗のおっぱいもすごくふかふか」

「あっ……。ちょ、ちょっと恋!?」

 

 乳房を操り、恋は貪欲に快楽を得ようとする。それによって男根への刺激に変化が生じ、甘美な痺れが足元をぐらつかせた。

 分泌される我慢汁が愛液のような役割を果たし、二人の乳房の中を極上の空間へと仕立てていく。突き出す腰。止まらなかった。

 柔軟に馴染む乳肉をかき分け、ひたすらに快楽を貪った。

 

「愛紗……。んむっ、ちゅっ、はむっ……」

「ああ、んっ……。恋の唇、やわらかいな。こうしていると、胸だけでなく頭まで蕩けてしまいそうになる。」

 

 昂りきった感情。少しでも発散したくて、恋と愛紗は口を吸い合っているのか。

 唇の間からこぼれた唾液が、胸の谷間へと落ちていく。混ざり合う。こみ上げてくる射精の感覚が、煮えたぎる精液を押し出そうとしているのか。

 

「んっ、あむっ、はむっ……♡ ちゅっ、あんっ、んふっ……」

「はふっ、あっ、んんっ……。恋、もっと……」

 

 限界。すごそこまで来ているようだった。

 乳肉を荒々しく擦り上げ、快感を頂点まで高めていく。

 じゅっ、じゅちゅっ、じゅずっ。引きずる粘液。淫靡な音が、静かな川面に響いている。

 

「いくぞ、二人とも」

「ふぁい、あにうぇ……♡ んりゅっ、ちゅばっ、はむっ」

「ちゅっ、んっ。きへ、んむっ、かずとっ……♡」

 

 腰を強く突き出し、乳肉の中で亀頭を爆ぜさせた。

 濁流。谷あいからあふれ、二人の身体を汚している。ねっとりとした中の感触がたまらない。生殖のためではなく、純粋に快楽を得るためだけの行為なのである。だからこそ、得難い心地よさがある。ふるえは、まだ止まりそうになかった。

 

「あっ、すごい……。兄上の精液が、胸の中であふれて」

「一刀のちんちん、まだびくびくって射精してる。んっ、んあっ……♡ 水の中にいるのに、あったかい。一刀の匂い、とっても濃厚」

 

 指でたまった精液をすくい、恋が舐めはじめた。

 おそらく味がよくない白濁を、さも旨そうに食し続けているのである。見ていて我慢ができなくなったのか、愛紗も同じように粘液を指で絡め取る。ちょっと歪む表情。それでも、健気に何度も口に運んでいく。理性の箍が外れているから、できることだった。

 

 

 脱力するように、並んで川の中に座り込んだ。

 火照った身体に、水の冷たさがちょうどいい。手についた粘り気がなかなか取れないようで、恋はしきりに指を擦り合わせていた。

 身体を洗うのは、もうしばらく休んでからでいい。今は、充足した気持ちの余韻を味わっていたかった。

 

「……ねばねば、全然取れない。一刀のは、相変わらずどろっどろ」

「ははっ。あれだけ手を使って舐めていたのだから、仕方があるまい。しかし、すっきりした。身体だけでなく、心もな」

 

 なにも言わずに、恋が頭を右肩に預けてくる。指先はいじったままで、視線も合わせようとはしなかった。

 

「わ、私も、失礼してもよろしいのでしょうか……?」

「遠慮など不要だ、愛紗。華侖(かろん)が言っていただろう。俺とおまえは、もう家族なのだとな」

「んっ、えへへ……。兄上に直接そうおっしゃっていただくと、うれしさがこみ上げてきますね。よろしくお願い申し上げます、今後とも」

 

 愛紗の身体を抱き寄せる。思わず洩れる声。川のせせらぎによって、かき消されていく。

 濡れた黒髪。持ち主の心根をあらわすかのように、指先に絡んでいた。



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二十一 動乱の気配

たまにはさらっと短めに。


 原野のうえを、乾いた風が吹いている。

 孫堅動く。その報を受けて、曹操は直ちに麾下の将兵五万を出動させていた。

 いよいよ、あの狂虎と戦場で干戈を交える時がきたのだ。昂りかける気持ちを押し留め、絶影を駈けさせた。

 どちらも大軍を擁していて、開けた場所でなければ全力を発揮することは不可能だった。汝南東端に置いた本陣から北上しつつ、斥候を放ち情報の収集につとめた。兵力はほぼ同等。将兵の質も、緒戦での拮抗具合からみて大きな差があるとは思えなかった。

 開戦までは、もう少し時がかかる。将軍たちを呼び寄せ、曹操は軍議を行っていた。

 進行役となっている(りん)が率先して口を開く。

 

「中央に布陣する夏侯惇、趙雲の両隊は、とにかく敵先鋒の勢いを殺してください。この戦、両翼の働きが勝負の結果を左右すると私は読んでいます。すなわち、わが軍でいえば馬超と呂布、文醜と関羽の部隊がそれにあたります。あちらも当然、騎馬の機動力を活かした撹乱作戦を狙ってくるはずです。なので各々、どうか油断なく判断を行っていただきたい」

 

 勢いに乗った孫堅軍の強さには、計り知れないものがある。総大将である孫堅自身が前線に躍り出て、敵兵を斬りまくるのが普通になっているような軍勢なのである。当然、遅れを取るまいと麾下たちも勇んで闘うようになる。

 その一体感に呑まれる前に、戦況を有利に変える必要がある、と稟は考えているのだろう。。

 白い羽扇を手にした朱里(しゅり)。眼差しは鋭く、軍師としての雰囲気を確かにまとっていた。

 

「孫堅さんは、戦において天賦の才を発揮されるお方です。上辺だけを見れば類まれなる猛将ですが、その実したたかさを持ち合わせているのが厄介ですね。ここまで大きな動きを見せてはいませんが、確実に領土を拡大させていますから」

「んん……、ですねえ。(ふう)たちで作戦はいくつか考えてありますが、通用するかどうかはやってみなければわかりません。弱気な発言と思われるかもしれませんが、前線に出られるみなさんに過度な期待を抱かせるわけにもいきませんから。ですが、もちろん信じていないわけではありませんからねえ? ご主君さまという旗のもとに集まり、鍛え上げられた武技を持つみなさんなのです。その強さ、孫堅さんに見せつけちゃってください」

 

 そう言って、風は穏やかにほほえんだ。持ち主と連動するかのように、頭上の宝譿が表情を変えている。原理もなにもわかったものではないが、軍議の緊張感を和ませる役割を果たしていた。

 

「江東の虎とあだ名されるほどの武人だ。私も、一度仕合ってみたいと思っていたのでな。邪魔してくれるなよ、(せい)?」

「ふふっ。燃えているようだな、春蘭(しゅんらん)。いいさ。誰が相手であろうと、私は勝利のために闘うまでだ」

「うむ。殿が指揮なさる戦に出るのは、久しぶりなのでな。ご期待を裏切らぬよう、励まねば」

 

 春蘭の使い込まれた眼帯が輝いている。

 孫堅は手強いが、それで怖気づくようでは曹操軍の将はつとまらない。春蘭の剛毅さが、曹操には頼もしく思えていた。

 

「この戦が、一日や二日で終わることはあるまい。腰を据えての闘いになることも考え、行動せよ。みなの働き、愉しみにしているぞ」

 

 戦況を変える要素は、ひとつではなかった。

 兗州に残した秋蘭(しゅうらん)には、ほとんど全権を与えるようなかたちで外交を任せてある。青州を引き込み、つぎなる相手に幽州の公孫賛を選んだようだった。騎馬隊をよく使う女だということは覚えている。派手さはなく素朴だが、一緒にいて安心できるようなところがある。その人柄の良さのおかげで、過去には劉備軍や稟たちを近くに置いていたのだ。

 滞陣が長引けば、孫堅が搦手を使った戦に切り替えることも十分に考えなくてはならなかった。向こうの誘いの手が伸びる前に、公孫賛を自軍に抱き込む。秋蘭ならば、うまく立ち回ってみせると曹操は信じていた。

 

「兄上、そして徐州にいる姉上に恥じぬ戦をしてご覧に入れましょう。よろしく頼むぞ、文醜殿」

「あははっ。話には聞いてたけど、かったいやつだなあ、関羽。いいぜ。背中を預けることになるかもしれないんだし、あたいのことは猪々子(いいしぇ)って呼んでくれよな」

「むっ……。だが、承知した。わが真名は愛紗(あいしゃ)だ、猪々子」

「へへっ。よろしくな、愛紗。ここで活躍したら、きっとアニキだってよろこぶぜ? そしたら、あたいと愛紗でご褒美は山分けってわけだ」

「やっ。私は、なにもそのようなものがほしくて闘うわけではなくてだな……」

「へえ? ずっと惚れ込んでた美髪公ってなだけあって、アニキもさっさとお手つきしちゃったってことか。いいなぁ、あたいも早くかわいがってもらいたいなぁ。ねっ、アニキ?」

 

 自分と愛紗の関係になど、とっくに察しがついている。悪びれることなく寄りかかってくる猪々子の顔には、そう書いてあるようだった。

 猪々子たちとの関係強化は、主人である麗羽(れいは)の望みでもある。そうでなくとも、それぞれが求めたくなるような魅力を備えているのだ。

 蒼空を思わせる、晴れやかな色をした髪。軽く撫でながら、曹操はかすかに笑みをみせている。

 

「猪々子の好きなだけ、相手をしてやる。だから、無事に帰ってきてくれるな?」

「おう、もちろんだっての! でも、面と向かって言われるとなんだか照れくさくってさ。一刀のアニキ、あたいにおかしな妖術でも使ったんじゃないだろうな?」

「まさか。噂に聞く天の御遣いでもなければ、そんなことはできはしまい。いたってまともな人間だよ、俺は」

「ええー? なんだか怪しいなあ。なあ、愛紗だってそう思うだろ?」

「なっ!? わ、私に、兄上を疑えというのか!?」

 

 訝しがる猪々子。天の御遣いという言葉に、愛紗がちょっと反応を示している。

 あるいは、その称号を利用するのも悪くはないのか。曹操の中で、ひとつの考えが生まれようとしていた。

 自分こそが天の御遣いであればよかったのに、と桃香(とうか)が話していたことがある。覇者を目指すのであれば、なにかしらの箔付けが入用になってくるのだろう。ただし、露骨にやると疑念を抱かせることにもなりかねない。時期と手法は、桂花(けいふぁ)たちと相談して決めるべきだった。

 

「気合入ってんなあ、みんな。あたしもがんばってくるからさ、ちゃんと見ててくれよな、一刀殿」

 

 鉢金を巻き直しながら、(すい)が言った。その全身からは、闘気がじわりとにじんでいた。

 はっきりと頷き、曹操が軍議の終了を告げる。

 奥底にある昂揚。戦が近づくにつれ、大きく鳴動するようになっている。



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二十二 牙の在り処

 『孫』と『曹』の旗が、原野を埋めている。展開する軍勢の中。愛剣を抜き放ち、炎蓮(いぇんれん)は獰猛な眼差しを敵軍に向けていた。

 曹操はこれまでの戦と同様に、夏侯惇と趙雲の二人を先鋒に命じたようだった。決して楽に勝てるような相手ではない。夏侯惇は直線的な戦を得意としているが、その突進力には図抜けたものがある。おそらく、複雑な動きを与えるようなことを、曹操はしていないのではないか。柔軟な戦は趙雲に任せ、夏侯惇には思う様暴れさせる。そのかたちが、結局相手にとってもっとも脅威となるのだ。

 

「陸遜。全体の指揮は、貴様と権に任せたぞ。オレは前に出て、曹操の首でも奪ってきてやろう」

「御意です。ですが、あまり無茶はなさらないでくださいねー? 孫権さまがご心配のあまり、戦に集中できなくなると本末転倒ですので」

「フンッ、知ったことか。戦場に出る以上、オレは死んだものだと思っていろ。曹操とて、その覚悟を持ってぶつかってくるぞ。そんな奴を相手に、軟な戦をしていられるか」

「むぅ……。それはそうなのですけどぉ……」

「死すら超越した先にしか、生はない。そのことを、一番知っているのがオレじゃねえか」

 

 ちょっと不安そうな(のん)を置き去りにし、炎蓮は乗馬を駈けさせる。

 疾走する一万二千の兵。先行していた思春(ししゅん)の八千に並んで、炎蓮率いる精鋭部隊が前線に躍り出た。

 蓮華(れんふぁ)に対する絶対の忠誠心を備えていて、武勇にも優れているのが思春だった。江賊あがりだということもあって、普通の軍人よりも闘い方に柔軟性がある。相手に対応力がないとみれば、趙雲の騎馬隊は俄然活気づいてしまう。それだけに、思春に対する期待は小さくないものがあった。

 『曹』の旗。間近に見えている。雄叫び。無茶をしてくれるなと言われているが、なにをすれば無茶になるのか。敵兵を瞬時に数人斬り殺し、炎蓮は燃えるような吐息を洩らしている。

 

「ハハハッ! いいぞ、どんどん来やがれ。片っ端から、オレが死なせてやる」

 

 鮮血。浴びながら、炎蓮は周囲を見渡した。

 敵将孫堅がすぐそこにいる。わかりやすいくらいに、暴れてやっているのだ。目の色を変えた曹操軍の兵。自分を討ち取ることができれば、それこそ莫大な褒美が主君から与えられるに決まっていた。

 戦列に乱れが生じている。校尉どもがどれだけ制止しようと、手の届く範囲に獲物がいるかぎり、勲功に飢えた兵卒が足を止めることはない。

 

「もっとだ、もっと来い」

 

 開戦早々、かなりの乱戦になっている。思春の部隊も趙雲相手に激しくやり合っているようで、熱気がこの場にまで伝わってくるようだった。いたるところから叫びが聞こえ、血風が吹き荒れる。休む間もなく、炎蓮はなだれ込む敵兵を斬り続けている。

 中央にいる自分に眼が向いていれば、それだけ両翼が動きやすくなる。あるいはこのまま夏侯惇たちを翼の内側に引き込み、撃滅するのも悪くはなかった。左右には、それぞれ(さい)粋怜(すいれい)の騎馬隊を配してある。こちらから命令を出すつもりはなかった。そんなことをしなくとも、二人であれば適切な判断をくだせるとわかっているからだった。

 拮抗している闘いでこそ、経験は活きてくる。蓮華や穏もそれなりにはやるようになったが、学ぶべき事柄はいくらでもあると言っていい。少し上の世代とはいえ曹操などは、乱世に揉まれに揉まれて器量を際限なく大きくしているのである。雪蓮(しぇれん)が健在だとはいえ、蓮華にも勢力を率いる可能性がないわけではなかった。そうした意味では、いま以上の飛躍を願うのは当然なのである。

 

「待たせたな、孫堅。私の麾下を散々弄んでくれた礼、ここできっちり返してやる」

「威勢がいいのが来やがったか。ちょっとは愉しませてくれるのだろうな、夏侯惇?」

 

 兵の間を割って、黒馬に乗った女が飛び出てくる。

 特徴的な眼帯をしていて、背の高さほどある大剣を片手で軽々と扱っている。直接見えたことはなかったが、夏侯惇は蓮華から聞いていたとおりの女のようだった。

 

「その軽口、私の剣で塞いでやろうではないか。覚悟するのだな、孫堅」

 

 大剣を構え、夏侯惇がぶつけるような勢いで馬を走らせる。

 刺すような殺気だった。右手で南海覇王を構える。そのまま斜め左に前進し、一合打ち合った。

 凄まじい剣圧。かなりの使い手であるというのは情報として知っていたが、実際に闘ってはじめてわかるものはやはりあるのだ。本能の昂ぶり。抑えようとして、抑えられるものではなかった。

 流れに乗って打ち返す。片眼を失っていようが、ほとんど影響はないらしい。それとも、問題がないようにするために、激しい鍛錬を重ねてきたのか。どちらにせよ、自分に相応しい敵だと炎蓮は思った。

 

「まだまだあっ! 孫堅文台を討たねば、殿の覇道は完遂されんのだ。だから、私はっ」

「ほう。であれば、オレは貴様を跳ね飛ばし、曹操のもとに向かうとするか。ククッ……。閨での腕前はそれなりだったが、剣のほうも見てやらんとな」

「なんだとぅ……!? 孫堅、貴様に殿のなにがわかる。知ったような口を、きかないでもらおうかっ!」

 

 武人として秀でているが、夏侯惇にはやはり若さがある。

 心の乱れ。それは、確かに剣筋にまで影響する。かすかな揺れではあったが、見逃さず炎蓮は切っ先を突き出した。

 

「ぐぬっ……。やってくれるではないか、孫堅。この私を、偽りの言葉で動揺させるとはなぁ!」

「ハッ、誰も嘘だなんて言ってねえだろうが。あとから、自分で曹操のやつに確かめてみるといい。もっとも、この場を切り抜けられなければそれも叶わねえがなあ!」

 

 自身に勢いが向いている時は、押しに押すにかぎる。

 そろそろ、両翼の騎馬隊が動き出している頃合いなのか。曹操麾下にも馬超や呂布といった名うての将軍がいるが、中原進出を見越して騎馬は鍛え上げてきたつもりなのである。それだけに、誰が相手であろうと五分以上の戦ができるという自信があった。

 

「孫堅、口の減らない女めっ……」

「最初の威勢はどうした、夏侯惇? こんなもんじゃあ、オレは死んでやれねえなあ!」

 

 剣を横に寝かせ、炎蓮は右腕に力を込めた。狙うは、苦虫を噛み潰したような夏侯惇の顔。

 この一撃で終わるようなら、その程度の女でしかなかったということだ。片方だけになった眼が見開かれている。ちょっと笑みを浮かべて、炎蓮は南海覇王を振り切った。

 

 

 大軍同士のぶつかり合い。小高い丘のうえに登り、馬騰は戦況を見つめていた。

 最初に戦闘がはじまった中央では、かなりの混戦が繰り広げられている。孫堅の性格上、後方でどっしり構えて指揮をとるような真似はしていないはずだった。

 だとすれば、あの戦渦の真ん中にいるのがあの女なのか。さすがに、距離がありすぎて人の顔までは見分けることができない。涼州とは違う風。それに乗って、熱気の混じった土埃が流れてくる。

 

「この戦、どっちが勝つのかな。常磐(ときわ)おばさまは、どう思ってるの?」

 

 小さな身体。精一杯伸ばして、蒲公英(たんぽぽ)が激突する両軍に眼をやっている。

 常磐というのが、馬騰の真名だった。

 あのどこかに(すい)がいて、しかも曹操のための闘いをしているのだ。男を知らなかったことが災いしたのか、董白の話によればかなりの入り込みようらしい。

 中原を、この国をもっとよく知りたい。翠がそう書き残して家を飛び出したのが、つい先日のことのように思えてくる。突然の出奔だったが、追わなかった。若いうちは、そのくらいの勢いがあっていいと思ったのである。

 自分もやんちゃ仲間の韓遂と散々涼州を荒らし、それで武名を高めた。あの頃はそれで愉しかったし、朝廷などに媚びへつらうのは愚行だと感じていたのである。

 それでも、人はいつか変わる。きっかけとの出会いさえあれば、ほとんど瞬時に気持ちが変化することを常磐は知っている。

 長安に招かれ、帝から直接声をかけられた。衝撃的だった。小馬鹿にしていた存在。帝当人にはなんの力もなく、担がれるためだけに生きていると言ってもよかった。

 だが、結果的に自分はそれで変えられた。片田舎で暴れていただけの女にも、漢人としての意識はいくらかあったらしい。四百年続いた漢室の血。その威光は、確かに自分の中にも根ざしていたのである。

 守り、受け継ぐべきだと感じさせられた。それが国に安寧をもたらし、涼州にも平穏を与える。闘いだけが、生きる術ではない。そんなふうに、思わされてしまったのだ。

 

「あっ。両翼が動いたよ、おばさま。お姉さまがいるなら、あの中のどっちかかな。曹操さまのとこには、あの呂布さんまでいるんだよね。すごいなあ、覇者を目指している人って」

「どれだけ凄かろうが、曹操も所詮は人だろうが。ったく、気に入らねえな……」

 

 翠と同じく、はじめてみた涼州の外の景色に蒲公英は感化されているようだった。

 曹操がなんだ、という思いが湧いてくる。

 噂によると、曹操は自身による天下を望んでいるのだという。あの董卓ですら帝には一定の配慮をし、最後まで朝臣であろうとした。その一線を、あの男は越えようとしているのか。考えただけでも、身体を流れる血が冷えていくようだった。

 長安の朝廷では、曹操に庇護を求めるべきだという声が散見されるようになってきている。曹操本人、あるいは味方する誰かが、工作を行っていると常磐は踏んでいた。

 

「食わず嫌いはよくないよ、おばさま。それに、いくら男の人を知らないからって、あのお姉さまが選んだ人なんだもん。それだけのものがあるんだって、私は思うけどなあ」

「ませたこと言いやがる。しかも、男を知らんのはおまえも同じだろうが、蒲公英?」

「むむむっ……。それは言わない約束だよー、おばさま」

「なにがむむむだ。ぼさっとしてる暇があるなら、戦をきっちり見届けるんだな」

「はーい……。中央はまだまだ曹操軍が押し返してるし、互角ってところかなあ? 騎馬隊の迂回攻撃も、どっちもまだ成功してないみたいだし、長くなりそうだね」

 

 嫌々といった感じで、蒲公英が戦況を述べていく。

 拮抗している戦場だが、なにか違和感がないわけではなかった。曹操も孫堅も、懐に隠した刃を潜ませている。どことなく、歴戦の常磐にはそんな予感があったのだ。

 

「あっ……。もしかして、あっちが本命だったりする?」

 

 戦場の昂揚。それがかすかに伝わっているのか、蒲公英が小さく両足で跳ねている。

 息を殺して潜んでいた軍勢。はっきりとは見えないが、かなりの速度で進んでいた。これまでの攻撃はすべて囮で、あの一隊を通すことが曹操の狙いなのか。

 陽光が強く輝いている。蒲公英と同様に、常磐は手で日よけを作って戦況を食い入るように見つめている。



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二十三 曹家一門の意地

 南海覇王が疾走る。しかし、返ってきたのは思っていたような手応えではなかった。

 自分と夏侯惇との間に割り込んできた女。両手で握った剣で南海覇王を押し留め、反撃の機会を窺っているのか。小さく舌打ちし、炎蓮は猛獣のごとくぎらつく眼差しを相手に向けた。

 

「春姉は、あたしがやらせないっす。今度はこっちの番っすよ、孫堅さん。曹家一門の力、見せてあげるっす!」

「ほう。貴様も、曹操の縁者だったか。いいだろう、二人一緒に相手をしてやる」

 

 突き出される剣。かなりの気迫がこもっていた。体勢を立て直した夏侯惇が、左から同時に仕掛けてくる。

 見事な手綱さばきで、炎蓮は闘いを続けながら馬体を横に向けた。両者の息はかなり合っている。夏侯惇ひとりだけでも、かなりの使い手なのだ。それが倍になったとなれば、面倒なことになる。

 

「なかなかやってくれるじゃねえか。貴様、名は?」

「あたしは曹仁。字は、子孝っていうっす」

「曹仁か。その名前、覚えておいてやろう」

 

 言いながら、胸元を狙って斬り込んだ。浅い手応え。薄皮一枚を斬っただけで、致命傷にはほど遠かった。

 

「平気だな、曹仁? 孫堅は強い。だが、われらが力を合わせれば勝てない敵ではないはずだ。ははっ。とはいえ、おまえに助けられるとは、思いもしなかったが」

「えへへっ。あたしだって、やるときはやれるんす。だから、春姉」

「おう。殿の覇道を邪魔立てする者は、私たちで打ち倒す。今度はこちらから参るぞ、孫堅」

 

 落ち着きを取り戻したのか、夏侯惇から感じられる剣圧が相当なものになっている。曹家の誇る大剣。その武名は、偽りではないようだった。

 騎馬隊による攻撃はどうなっているのか。死と生の狭間にいるような闘いの中でも、炎蓮は冷静さを欠いていなかった。黄蓋、程普の両部隊による横撃の成功こそが、この戦の肝となる部分なのである。

 斬り結んでいる曹仁が、なにか言い忘れていたというような顔をしている。とぼけた女だと思った。だが、狙ってそういうことをできる雰囲気を持っているわけではない。夏侯惇の救援と自分との闘いに夢中になっていたせいで、あとのことはすべて頭から飛んでいたのではないか。

 

「んっ、そういえば、あたしたちといつまでも闘ってる場合じゃないかもしれないっすよ、孫堅さん」

「ああん? いきなりなに言い出しやがる、曹仁」

「だって、軍師の孔明ちゃんが言ってたんす。前線に出してる部隊は全部おとりで、本陣への奇襲が一番の目的だって。あっ、だったらあたしもその餌なんすかね? んっ、ちょっとは美味しそうに見えるっすか?」

「チッ……。それを敵であるオレに教えてどうなる。気でも触れたのか、貴様」

 

 曹仁の発する声。あまりにも自然体すぎて、ほんとうのことを言っているとしか思えなくなってくる。

 孔明。徐州での闘いの後、曹操麾下に移った諸葛亮のことだったか。曹仁の言葉が真実だとすれば、確かに自分は足留めを食らっていることになる。戦に長けた将軍は残らず前線に出ていて、蓮華の周辺の守りはかたいとは言えなかった。

 嫌な予感が強くなっている。後方。兵たちの隙間を縫って、駈けてくる一騎がいる。伝令として使っている校尉の姿だった。夏侯惇の剣の勢いが、さらに増している。のんびりと話している余裕は、ないようだった。

 

「陣形を変えるぞ。誰か、甘寧のところまで走って追従するように伝えてこい。権を守りたければ、決して焦るなとな」

 

 蓮華が狙われていると知れば、思春は気が気でなくなるはずだ。それでも、正面の相手を放り出して本陣まで退却するのは至難の業なのである。あとは、遊撃として温存してある部隊に任せるだけだった。

 

「ふざけた女め。だが、こうでなくては戦はおもしろくない」

「おりゃりゃりゃりゃあ! 言うこと言ってすっきりしたから、あとは全力で闘うだけっす!」

 

 勢い任せの斬撃。それに合わせて夏侯惇が的確に打ち込んでくることによって、対応のしづらさが生まれているのだ。汗が飛ぶ。やかましい曹仁から黙らそうと、炎蓮は南海覇王を横に薙ぎ払った。

 切っ先をなんとか躱し、曹仁が少し後ずさる。一時的ではあるが、動く時間ができていた。

 

「ううっ……。強いっすね、ほんとに。でも、まだまだっ」

 

 周囲に参集してくる旗本たち。ひとまず曹操軍を突き放し、甘寧の部隊と合流する。

 反撃にでるのは、それからでも遅くないと炎蓮は判断していた。

 

 

 軽騎兵の群れの中を、曹操は駈けていた。

 奇襲部隊の総勢は五千。併走しているのは、紺碧の張旗である。

 絶影につかず離れず、霞が黒鹿毛の馬を走らせている。緒戦での働きを受け、霞には独立した部隊を率いさせていた。実力があることはわかっている。大軍同士での戦にあっても、隙をついた奇襲は必要不可欠だった。その指揮官として、張遼文遠以上の適任者はどこにもいないと曹操には思えている。

 

「しっかし、あとでみんなに怒られてもしらんでえ、曹操? ウチは同行させてもらえて嬉しいけど、惇ちゃんにも仕掛けること知らせてないんやろ」

「孫堅の用いる間諜が、どの程度の能力を有しているか定かではないのだよ。その状況で、本音を言いふらすのはあまり得策ではないと思っただけだ。みなには、あとで謝罪しておく」

「ほんならかまへん。そしたら、気合入れていかんとな。ぼちぼち、敵さんの本陣見えてくるで」

 

 霞が右手に持った飛龍偃月刀で、前方を指し示している。

 狙うは孫権の守る敵本陣。討ち取れないにしても、崩されれば孫堅は後退を余儀なくされるのだ。

 

「それにしたって、大将の地位にいる人間が無茶しすぎとちゃうか。にししっ。まず禄な死に方できないと思っとき、孫堅もあんたも。まっ、ウチはそんな変わり者が嫌いとちゃうけどな」

「ひどい言われようだな、まったく。俺と孫堅。いい方向に考えればだが、どちらかが先に死ぬことで天下は早急にまとまろう。民衆にとって、それは悪いことではないように思うな」

「アホ。たとえ冗談でも、ウチ以外の前でそんなこと言ったらあかんで。あんたの身体、とっくに自分だけのもんやなくなってるやろ?」

「理解しているつもりだ、自分なりにはな。それにこの戦、おまえが守ってくれるのだろう、霞?」

「へっ……。御意やで、一刀」

 

 互いに真名で呼び合うと、ちょっと照れくさそうに霞が言った。

 やると決めたからには、自分が動くべきだと思った。場数は人並み以上に踏んでいるし、際どい戦は得意なほうなのである。それに、大将が矢面に立って闘っただけ兵卒の士気は高まる。孫堅が前線での活躍にこだわっているのも、そのあたりの事情が少しは関係しているのではないかと曹操は感じていた。曹家一門の統率者。そして、この国の覇者を目指す人間として、自ら剣を振り、血を浴びないわけにはいかなかった。

 参陣して間もない朱里は心配の声をあげていたが、風と稟の二人はさすがに腹が据わっている。すぐさま作戦の詳細を詰めていき、現実としてここまでは上手くいっている。前提として、春蘭たちが拮抗してくれなければ成り立たないものだった。最初から奇襲頼りの闘いをしていては、孫堅の牙を防ぐことなどできはしない。普段以上に、本気でぶつかってもらう必要があったのは確かだった。

 前面に出ている兵力はすべてが囮で、奇襲攻撃を通すためのまやかしでしかない。何度も使える手ではないだけに、確実に成し遂げるという気概で自分も霞も挑んでいる。手綱を握る手にも、自然と力が入っていた。

 

「見えたで、敵さんの旗が。ウチが先に斬り込む。そっからのことは、任せてええな?」

「いいだろう。おまえの神速の用兵、虎の娘に嫌というほど教えてやれ」

「おっしゃ、了解や。そんじゃまたあとでな、曹操!」

 

 霞を乗せた黒鹿毛の馬が、勢いに乗って駈けていく。従う軽騎兵は一千。あとの四千は、自分に従うことになっている。

 波及していく喚声。揺れる『孫』の旗を視界にとらえ、曹操は剣を鞘走らせた。



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二十四 孫権の決意

 紺碧の張旗が切り開いた道を、曹操は割り広げるようにして進んだ。

 ぶつかるだけで、おもしろいように孫家の兵が逃げ散っていく。心構えが整っていないところに、殺気を漲らせた騎兵が殺到しているのである。火がついた霞の勢いは凄まじく、そう簡単に止められるものではない。黄蓋や程普といった生粋の武人の率いる部隊は両翼に展開していて、救援に駈けつけるのにも時間がかかることは織り込み済みなのである。

 従う軽騎兵を操り、手当たり次第に敵を斬りつけた。分厚い人の壁が見える。その先に、孫権が待っているのか。経験は浅いが、臆病ではないらしい。もし孫権が怖気づいて逃げ出していれば、今頃周辺の兵は完全に潰走していたことだろう。それがなんとか持ち堪えられているのは、我慢している大将を守ろうという気持ちがあるからに違いなかった。

 

「孫権がいるなら、きっとあそこだ。突っ込むぞ、楽進」

「御意です、曹操さま。先行します。自分のあとに、続いていただけますか」

「任せる。ただし、孫権がいたとしても深追いは無用だ。本陣を崩すことだけを、第一に考えていればいい」

 

 頷いた凪が馬を走らせる。

 徒手空拳での闘いを最も得意としているが、馬上では鉄製の棒を自在に振るっていた。歩兵が数人弾き飛ばされている。曹操は騎馬隊に縦列陣形をとらせ、倒れた兵を馬蹄によって蹂躙していった。

 

「驚いたな。いい度胸をしているとは思ったが、逃げ出す気配が微塵もないとは」

 

 曹操の視線の先。斬り裂かれた陣幕から、孫権の姿が見えていた。

 落ち着き払っている。というより、一歩も後退しないという覚悟を決めているのか。

 胡床に腰掛けている孫権が、こちらに顔を向ける。ちょっと笑みをこぼし、曹操は剣を水平に構えた。

 

「いい心がけだな、孫権。やはり、おまえも孫家の女だということか」

「くうっ……! 本陣を預かる者として、私はおめおめと引き下がるわけにはいかない。たとえ命を失おうと、それだけはっ!」

 

 火花が散る。斬り込んだ勢いに乗って駈け抜け、曹操は絶影を旋回させた。

 右腕にいくらか痺れが残っている。いい眼をしていると思った。孫堅の子であるという誇りが、堂々とした行動の支えになっているのかもしれない。旗本。駈けつけてくる。再び突進し、孫権の身体めがけて剣を振り下ろした。手応えはほとんどない。桃色の長髪。それを少し斬っただけで、傷らしい傷は与えられていないようだった。

 

「敵の新手が来ています、曹操さま。張遼隊と当たっているようですが、援護に向かうべきなのかもしれません」

「長居は無用ということか。邪魔をしたな、孫権。近いうちに、また会おう」

 

 敵兵を棒で打ち据えながら、凪が戦況を報告する。援護が来ることは想定していたが、かなり早い。こちらの奇襲の可能性を考えて、孫堅は誰かを配置していたのか。

 孫権に向けて叫ぶ。荒く息を吐きながら、自分を睨みつけているようだった。よき武人。だからこそ、屈服させたいという思いが強く湧いてくる。

 

「待て! 待たぬか、曹操!」

 

 絞り出すような声。背中で聞きながら、曹操は騎馬隊をまとめあげその場を離脱した。

 

 

 騎兵同士の乱戦。紺碧の張旗と争っているのは、『華』の旗をかかげる軍勢だった。

 洛陽での闘いが懐かしく思えてくる。あの時は劉備軍と協力してあたり、華雄の部隊を散々に打ち破った。思えば、その頃からの縁がいまになっても続いているのだ。しかし、恋が言っていたように華雄は孫堅のもとで力をつけているのだろつ。一度勝った経験があるからといって、油断をしていい相手ではなかった。

 小勢の利を活かし、霞は小刻みな攻撃をしかけている。一糸乱れぬ動きは、見ていて惚れ惚れするようなものだった。期間を設けて鍛え上げれば、その動きはさらによくなるのだと思う。趙雲、馬超、呂布。そこに、張遼の精鋭が加われば原野での闘いでずっと有利に立ち回れるようになるのだ。

 張遼隊一千に対して、華雄の軍勢は四千ほどなのか。小細工なしの、真っ直ぐな戦をするという雰囲気が伝わってくる。

 

「待たせたな、張遼。俺が敵を引きつける。その間に、おまえは部隊を側面に回せ。向こうの足並みが乱れたら、すぐに離れる。もたもたしていると、逆に挟撃を受けかねん」

「了解や。そんじゃ一発、華雄のやつにウチらの力見せてやろうやないか。行くで、曹操」

 

 かつての仲間。だからといって、手心を加えるような心配はしていなかった。

 徐州で叛乱を受けた際も、霞には遠慮など少しもなかった。全力で立ち向かっていなければ、それこそ討たれていてもおかしくはなかった。そうでなければ、なにも伝わらない。人の心に、訴えかけることなどできない。

 さばさばしているようで、熱いものを抱えている。そんな霞の武人としての気質を、曹操は愛している。

 

「華雄には構うな。あれの相手は、張遼がする」

 

 そう呼びかけながら、曹操は麾下に突撃の体勢をとらせた。

 『華』の一字の旗。猛然とした勢いを保ったまま、向かってくる。

 先頭の数人を凪がはね飛ばす。曹操も剣を振るい、敵兵を馬上から打ち落とした。少しの間を置いて、霞の兵が突っ込んでくる。

 とにかく、足を止めずに突き進む。それだけを念頭に置き、曹操は部隊を動かした。

 大ぶりな戦斧。乱戦の中にあっても、よく目立っている。霞と華雄。ちょうど、打ち合いはじめたところのようだった。

 

「あはははっ! 呂布ちんから聞いてたけど、ほんまに強うなってるやん。ええで、華雄。それなら、これはどうやっ!」

「このくらいのことで、私の首はやれんな! 今度はこちらの番だ、張遼」

「へへっ、おもろいやんか。しばらく愉しませてもらうで、華雄」

 

 獰猛な笑い声が響く。喧騒の中だが、二人の存在は際立っていた。どちらも見事に乗馬を操り、得物による攻撃を繰り出している。

 一撃の重さでは、華雄に分があるのか。それでも、霞には鍛え上げてきた速さがある。

 突きと斬撃。それを組み合わせ、常人では対応できないような速度で攻撃を続けているのだ。だが、それでも華雄はついてくる。一瞬の隙をついて、反撃まで行ってくる。

 だが、曹操にとってはそれで十分だった。華雄の思考が一騎打ちに集中すればするほど、自由に動きやすくなる。数度断ち割り、損害を与えた。要は、自陣にもどるまで追いすがられなければそれでよかった。

 

「そのあたりにしておけ、張遼。引き上げる。嫌とは言うなよ?」

「そんくらいの分別、ウチかてつくっちゅうねん。またな、華雄。そろそろ、帰らせてもらうわ」

 

 武器を大振りしたのと同時に、霞が馬首を旋回させる。そうした敵のあしらい方は巧みで、華雄も追撃は諦めている。

 

「いやあ、なかなか愉しませてもろたで。あんたといると、死ぬまで飽きるって言葉とは無縁なんやろな、曹操。にしても、娘のほうも結構な忍耐やったわ。もっとびびらせてやるつもりやったのに、案外耐え方ってのをわかっとる」

「いい眼をしていたな、孫権は。場数を踏めば、難敵になる。そのくらいの力は、持っているのだろう」

 

 最後に見た碧眼を思い出す。強い輝き。汚れのない光。

 返り血のついた頬を、曹操は手の甲で拭った。このまま孫堅が引き下がってくれるのが一番だが、そうでない場合のことも考えておかなくてはならない。

 袁家の本隊を動かし、敵領をつく構えをとらせる。あるいは、もっと別の手を使うべきなのか。

 後方への調略も、しばらくすれば効果がでてくるはずだった。そうなれば、ひとまず自軍にひと息つかせることができる。

 

「曹操殿」

「馬超か。相手の本陣には、いくらか痛手を与えてきた。一旦守りをかためる。ついてこい」

 

 馬超隊と合流し、曹操はそこから自軍の動きを把握することに努めた。

 出すぎている部隊はないようである。孫堅による猛攻もいまは止んでいて、戦は小康状態となっていた。

 

「曹操殿が奇襲部隊にいると知った時は驚いたよ。ほんと、無茶するのが得意なんだからさ」

「無茶ではない。勝算がなければ、俺もそんなことはしていないのだよ」

「むう……。だからって、心配するのが普通だっての。そりゃあ、あなたは考えがあって動いてるんだろうけど……」

 

 翠がちょっと俯いている。遠巻きに見ている霞は、予感的中といった様子で自分たちを観察していた。

 

「悪かった、などと言うのはあまりに簡単なことだな。だが、今度からはなるべく知らせるように努力はしよう。おまえは頼るべき将であり、大切な妻でもあるのだからな、翠」

「うあっ……!? そそっ、それはそうだよなっ!? うん、うんうんっ。あなたの……つっ、妻として、将として、あたしも恥ずかしくない振る舞いをできるようにがんばるよ!」

 

 厳然たる事実として存在していることでも、いざ口にされるとどうにも恥ずかしくなってしまうらしい。

 初々しい反応を見せる翠。快く思いながら、曹操はほほえんでいる。



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二十五 いつかの逢瀬を思い出に(真直)

 戦陣で起居する日々が続いている。

 柳琳と詠から送られてきた書簡を、曹操は陣屋内で眺めていた。裁可権のほとんどを与えてあるが、それでもいくつかの案件に対する質問が来ることがある。

 新たに加わった青州に向けた方針の指示。すでに真桜が部隊を率いて入っていて、各地の復興に務めているらしい。戦に出るよりも、作事などの物作りに才能を発揮する将だった。

 ただ、真桜の好きにさせすぎると、資金がいくらあっても干上がってしまうことだろう。適度に釘を指し、優先順位を明確にしてやることも、自分のするべき仕事だった。

 

「お疲れさまです、主さま。お留守居役からの報告を、見ていらしたのですか?」

 

 丁寧に頭を下げてから、真直が陣屋に入ってくる。

 刺激的にも映る格好は相変わらずで、座っている位置からだと短い裾から布地越しの下着が見えてしまう。戦で得た昂揚が、抜けきっていないのか。この程度のことに反応してどうすると思う反面、視線が艶めかしい太腿周辺に吸い寄せられていく。

 あの戦のあと、孫堅の軍はひとまず矛を収めていた。なんとか凌いだとはいえ、本陣を強襲された上に孫権にも危機が迫ったほどなのである。

 睨み合いはしばらく続くのだろうが、孫堅であっても遠征をいつまでもしていられるわけではない。獲得した領土を維持するだけの兵力を残し、引き上げる。あるいはもう一度闘い、こちらの戦力を削ぎ落とそうとしてくるのか。

 そうした意味では、いまは束の間の休息時と言えるのだろう。

 

「えと、そのっ……。あまり見られると恥ずかしくなってしまいます。もっ、もちろん、主さまのことはお慕いしておりますが」

 

 慌てる様がかわいらしい。

 ちょっと意地悪をしたくなって、曹操は腕組みをしたまま背もたれに体重を預けている。

 

「ほう。男を誘うような格好をして、いざ見られると恥ずかしがるのだな、おまえは。てっきり、そうした趣味嗜好の持ち主なのかと思っていたぞ」

「そ、そんなぁ……! いくらなんでもひどいです、主さま」

 

 真直の涙声が屋内に響く。

 表情がころころと変わる女だった。ほほえみながら、曹操は真直の手をとっている。赤くなる顔。からかわれているだけだと思っていたのだろう。軽く引き寄せると、体勢を崩したように真直が胸に飛び込んでくる。

 

「あっ、あのっ、主さまっ」

「いけないか、真直? おまえがほしい。嫌とは、言ってくれるなよ」

「は、はいっ。私は、いつでも覚悟できておりますから……って、んっ、あむっ、んふうっ!?」

 

 惚けた顔に狙いを定め、唇を吸い上げる。

 しっとりとした感触が心地いい。やや強引な舌の侵入にも拒む素振りを見せず、真直はされるがままになっていた。

 

「はふっ、んっ、はうっ……。どこまでも強引なお方なのですね、主さまは」

「そうでもないさ。洛陽で会った時は、きちんと我慢できていただろう? 本気になれば、あそこでおまえを手篭めにすることもできたのだぞ、真直」

「そっ、んっ、んむっ、そうなのかもしれませんがぁ……」

 

 真直の洩らす声。甘く、蕩けるような響きが混じるようになっている。

 興奮を隠す気にもならなかった。かたく猛りだした男根。衣服の内側で暴れ、早く外に出せと叫んでいるようだった。真直の尻を持ち上げ、陰陽を擦り合わせる。興奮と熱さは伝わっているようで、控えめだった舌遣いにも変化がみられるようになっている。

 

「はっ、はむぅ、ちゅっ、じゅろっ」

 

 男女のすることに興味がある。加えて、そこに対する欲望も決して弱くはないようだった。

 自発的に振られる腰。抱きつきながら淫らに舌を絡ませてくる動き。もっと直に熱を感じていたい。乱れていいのなら、とことん乱れてしまいたい。

 吐息の熱さで、真直の眼鏡が白く曇っている。愉しげに笑って、曹操は勃起しきった男根を外気にさらした。

 

「すっ、すごいです。擦りつけていただけなのに、主さまのものがこんなにも大きくなって」

「気になるか? 興味があるのなら、触ってみてもいいのだぞ」

「はい、主さま……♡ んっ……。とても、熱いです。先端は柔らかくって、ちょっと触り心地がいいのかも……?」

 

 真直のちょっと冷えた五本の指。亀頭を包むように触れられると、思わず反応を返してしまう。

 

「あっ、すごいです。びくってなって、また少し硬度が増しているような? こうされると、気持ちがいいのでしょうか。ふふっ。なんだか愉しいですね、これ」

 

 男根への理解が深まったのがうれしいのか、真直は新しい玩具で遊ぶような感覚で先端を弄んでいる。

 着衣のままでも大きさのわかる双丘。眼の前で揺れる二つの塊を眺めつつ、曹操は気分をさらに昂揚させていた。

 

「いい顔をしているな、真直。男のものを握ることができて、そんなに嬉しいか?」

「もう……。主さまはそうやって、私をいじめようとなさるのですから。そんなの、んっ……決まっているじゃないですか。お慕いする殿方に求められて、こんなふうになっているんです。嬉しくなるのが、当たり前です」

 

 自分で言って恥ずかしくなったのか、真直は照れ隠しのように男根を上下に扱きはじめた。

 雑ではあるが、気分としては悪くなかった。素早く帯を解き、豊満な乳房を露出させる。真直はそっぽを向いたまま、気がつかない振りをするつもりのようだった。あたたかで柔らかい。指を何度も沈み込ませ、弾力を愉しんだ。声。知らない素振りをしていても、性感まで断ち切れるわけではないのだ。

 そうするべきだと直感したのか、真直が腰を降ろして秘部に男根を擦りつける。さらさらとした繊維の感触。興奮によって滲んだ我慢汁が、黒い表面を汚していることだろう。

 

「あっ、んはっ、んんっ……。気持ちいいですね、これ。やっ……。私のおっぱい、そんなにぎゅってしたらだめなんですっ♡」

「そうなのか? おまえの身体は、存分に揉み込まれるのが好きなようだが」

「んぐっ、ふあぁあっ……! だめ、だめなんですっ。いやらしい声、止まらない。主さまのおちんちんもすごく熱くて、こんなのすぐにだめになる……っ」

 

 布越しに擦っているだけだというのに、真直はかなり感じているようだった。

 ここまで溜め込んできた欲望が、一気に押し出されようとしているのか。布を汚しているのは、自分の汁だけではないことに曹操は勘づいている。重量感のある乳肉。手のひらでしっかりと感触を愉しみつつ、女体に快楽を与えていく。切なそうに揺れる真直の前髪。刺激によって身体の力が抜けてしまったのか、額同士がやや派手にぶつかった。

 

「も、申し訳ございません!? ああっ、私は主さまになんてことを!?」

「ははっ。このような細事、気にするまでもない。おまえのかわいい姿さえ見られれば、俺はそれで満足なのだよ」

「あうっ……♡ い、いけません。いまそんなに優しくされてしまうと、私、わたしぃ……♡」

 

 裏返る真直の声。

 高みに至るきっかけなど、ほんとうに人それぞれなのである。男根を陰部に押し付けたまま、真直は身体を小刻みに震わせる。感じている。それも、かなり強い快楽を得ているようだった。

 

「やっ、だめっ……♡ んあっ、んふぅ……。ああっ、絶対だめなのに、抑えられない……っ。くっ、はあっ、んんんん……っ♡」

 

 熱。声とともに迸っていく。

 快楽のうねりの中、真直は粗相を我慢できなかったようだった。血管の浮いた男根の表面を、熱い液体が流れている。なかなかに勢いが強く、すぐに止まるような気配もない。下腹部と床が濡れてしまうことを忘れて、曹操は真直を抱き寄せた。

 

「あうぅ……。わ、私、主さまになんてことを……。いくら気持ちよかったからって、こんなのありえません。あっ、はあっ……。もう、どうして止まってくれないのよぉ……」

 

 自身の意思とは関係なく放出される液体。いけないことだと理解していても、真直の声には快楽の色が滲んでいる。

 

「真直」

「は、はいっ、主さまっ。んっ、あむっ、んくっ……」

 

 唇を塞ぎ、真直の口内を貪った。

 倒錯的な唾液の味。液体をぶっかけられている下腹部が、猛りに猛っている。勢いの弱まった放流。そのあたたかさを手のひらで感じながら、爪で肌を覆う繊維を裂いていった。早くつながってしまいたい。その思いに衝き動かされ、曹操は亀頭をぬかるむ入り口に沈めた。

 

「あぐっ……!? うあっ、ああっ、くふぅうううっ……!」

 

 蕩けていた真直の表情が歪む。

 太い鉄心に、予告なく体内を貫かれているようなものなのである。侵入を防ごうとする肉壁。突き破り、さらに腰を進めた。苦しくはあるが、満たされるなにかがある。眉間に皺を寄せて耐える真直の姿を、美しいと思った。

 

「きてるっ……! 主さまのおちんちんが、私の中を無理やり押し広げてっ……! はっ、んぐぅううっ」

 

 容赦のない責めに、腹の奥から嬌声が絞り出されている。

 濡れていなければ、痛みはこの程度ではなかったはずだ。真直の求めに応じて、舌と舌とを絡ませる。こうしているのが一番安心できるようで、曹操も拒みはしなかった。

 濡れそぼった結合部。最奥を穿ち、男根は真直の体内で存在感をより強くしている。馴染んできた、というにはまだ早すぎるのか。それでも、落ち着きが生じているのは確かだった。

 真直が一度大きく息を吐く。呼吸と一緒に、柔らかな乳肉が上下しているのが見てとれる。

 椅子の軋み。艶を含んだ声が、真直の口から洩れ出ている。

 

「平気なのか、動いても。もう少し、待ってやるつもりだったのだが」

「これだけ強引に、大切にしてきたはじめてを奪われたんです。それは、ちょっとは痛いですけど、でも……」

 

 抱きついた状態で、真直が懸命に身体を揺する。

 多少の痛みがあるからと、このつながりを捨てるわけにはいかない。そんな決心を、真直はしているようだった。

 

「んっ、んはっ……。主さま……。主さま……っ」

 

 健気な奉仕に、心まで揺さぶられている。

 戦場に身を置いている以上、余計にいまこの時を大切にするべきだと思った。

 生きている証。誰かに好意を抱き、感情任せに身体を重ねる。この瞬間だけは、それがすべてでいいのではないか。膣肉がうねる。真直の女陰が自分を欲し、より深い場所での交合を望んでいるのだ。

 口づけを再開させる。そのまま、下から濡れた中を突き上げた。

 声。洩れる前に、舌を伝って自分の中へと消えていく。程度はともかく、真直がこのつながりによって快楽を得ているのは間違いない。

 

「不思議な感覚ですね、ひとつになるって。あれだけのことをしてくれた主さまのおちんちんですら、愛おしく思えてくるんです。これって、私がおかしいだけなのでしょうか」

「感じ方は、人それぞれなのだろうな。だが、おまえとこうなれてよかったとは素直に感じている。麗羽から無理に奪いとらなかったのも、いい選択だったように思うな」

「敬愛するお二人が、同じ道を歩んでくださってほんとうによかった。あっ、ふあっ、んんっ。こんなの、声我慢できなくて……っ」

「聞かせてくれ、もっと。真直のよろこびは、俺のよろこびでもあるのだよ。なんなら、もう一度漏らしてしまっても構わないのだぞ?」

「あわわっ……。そ、それだけはご勘弁を。絶対に内緒ですからね? 私がそのっ……、途中でお漏らししてしまったこと」

「真剣に懇願されると俺も弱い。仕方がないから、黙っていてやろう」

「えへへ……。あ、ありがとうございます、主さま」

 

 無駄口を叩く余裕が生まれている。

 突き上げる動作に合わせて、真直は中を締め上げてくれている。割り裂くような感覚が気持ちいい。抽送により膣肉はいくらか柔らかになっていて、男根のかたちを受け容れられるようになってきている。

 この短時間でも、進歩を見せてくれているのだ。数回交われば、真直の膣内は確実に自分だけのものに変化していくのだろう。

 

「んっ、あうっ……! そこ、好きなのかもしれません。主さまのかたいのでこりってされると、お腹の内側がきゅうってしてしまうみたいで」

「ここか、真直?」

「は、はいっ♡ やっぱり、そこが気持ちいいみたいなんです。あっ、ああっ……♡ それ、いいですっ」

 

 二人で考え、協力した上でしかたどり着けない高みがある。

 膣の中ほどを重点的に責めながら、押し付けられた乳房を刺激する。結合部は真新しい汁でぐちゃぐちゃになっていて、淫靡な香りを撒き散らしてすらいた。

 

「そろそろいいか、真直。俺も、一度出したくなってきた」

「来てしまうんですね、私の中に。いよいよだと思うと、少し緊張してしまいます」

「ははっ。緊張しているからといって、こんな時に腹痛は起こすなよ?」

「へ、平気ですっ。いまは、主さまのお身体でしっかりあたたまれていますから」

「それはよかった。困った時には、いつでも頼れ。もっとも、いまの麗羽ならば心配するだけ無駄だとは思うが」

「あはは……。でも、私もそのご意見には同意いたします。自慢などではありませんが、私は主さま以上に麗羽さまと一緒にやってきておりますので」

「違いない。……いくぞ、真直」

「来てください、主さま。んっ……。おちんちんがまた大きくなって、これが射精するってことなんですね」

 

 真直の言葉に頷き、曹操は溜め込んだ欲望の塊を解放していった。

 

「あっ……♡ どくどくって、注がれてる♡ んふっ……。これっ、激しいのと違う気持ちよさがあるんですね」

 

 穏やかな絶頂。互いに味わい、身体を寄せ合った。

 物欲しそうに覗く真直の舌。つかまえ、口内を舌で犯す。

 

「むっ、くちゅっ、あむっ……♡」

 

 射精が止むまで、このままでいたいと思った。

 搾り取られるような感覚ではない分、ずっと優しい気持ちでいられている。

 

「ふはっ、あるじひゃま……♡ ちゅっ、れろっ、あむむっ」

 

 真直も、この余韻を愉しんでいるようだった。

 こうした絶頂の迎え方も、悪くはない。ゆっくりと長い射精をしながら、曹操は意識をぼんやりとさせていた。

 

「ちょっといいかしら。涼州からの客人よ。なんでも、あんたに用があるみたいなんだけれど……」

 

 不意に、どちらでもない声が屋内に響く。

 驚いて振り返った真直が、来訪者の顔を見て身体を強張らせている。

 おそらく、入り口からは結合部が丸見えになっているのではないか。奥深くまで挿入された男根。溢れ返った精液が、黒い布地を汚している様子は想像するに難くない。しかも床は盛大に濡れていて、いかにも濃厚な触れ合いをしていたことを示唆しているのだ。

 

「あっ」

「あっ」

 

 互いになにかを言おうとして、どちらも言葉を失ったようだった。

 怒りを多分に含んだ闘気。並の武人くらいなら圧倒できそうなそれを、入り口に立つ桂花は放っている。

 

「死ね、変態!」

 

 罵声。単純明快な一言だけを残し、桂花がどこかへ去っていく。

 取り付く島もないというのは、まさしくこのことを言うのではないか。

 

「あ、あはは……。やってしまいましたね、私たち」

 

 いろいろな意味で腹のあたりを擦る真直。開けっ放しになっている入り口を見つめ、曹操は苦笑するばかりだった。



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二十六 陣中に咲く花

 とても接見に使えるような状態ではなくなった陣屋を出て、曹操は外の空気を吸っていた。

 桂花の言っていた、涼州からの客人。翠の母である、馬騰のことだった。

 なにをしにやって来た、などとは思わない。母として、朝廷を重んじる者として、自分に言いたいことなどいくらでもあるのではないか。

 むしろ、陰湿な手を使ってこないあたり清々しい女だと思った。さすがに錦馬超の親であり、涼州に武名を轟かせているだけのことはある。

 今回の来訪には兵を連れておらず、翠の従妹が同行しているだけなのだという。そのあたりの行動にも、武人としての誇りがあらわれているように曹操には思えていた。

 ひとりの女を連れて、稟がやって来る。

 女と表現するには、幼すぎるのか。太陽の香りのしそうな髪。あたりを物珍しそうに見回している大きな瞳。背は翠よりも小さく、かわいらしい少女という印象が強かった。

 

「わが君。客人をお連れいたしました」

「苦労。しかし、馬騰殿は随分とお若いのだな。想像していた姿とは、まったく違っていて正直驚いている」

「うえっ!? あ、あのっ、私はその、馬騰じゃなくてですね……。う、うーん?」

 

 曹操のしてみせた反応に、稟が冷ややかな視線を送っている。

 翠を思わせる面影がいたる箇所にあるが、落ち着きのなさがまだ勝っているようだった。

 口にあてられた手が動揺をあらわしている。おどおどとした眼。それが、自分と稟とを交互に見つめていた。

 

「冗談だ。貴殿が、馬岱殿でよろしいかな? 俺が曹操だ。ここまで、よく来てくれたな」

「あはは……。よ、よかったぁ……。んっ……、こほん。ええと、私は馬岱。曹操さまには、馬超お姉さまがお世話になっていると聞いています。それで、どんなお方なのか早く知りたくて、おば様よりも先に来ちゃいました」

 

 馬岱の興味は、個人的な部分にあるようだった。

 敵意はない。馬騰に関しては会ってみるまでわからないが、少なくともこの従妹を警戒する意味はないのだろう、と曹操は口元を緩めている。

 

「馬騰殿は、現在ご息女と会っておいでです。それから、一緒にこちらに来ると」

「そうか。俺はお母上のお眼鏡にかなうと思うか、郭嘉?」

「さて。しかし、別の女の匂いくらいは、入念に消しておかれたほうがよろしいのでは? 聞きましたよ。なんでも、こんな昼間から、お愉しみになられていたようだとか」

「困ったな。おまえにまで機嫌を悪くされると、俺もどうしていいかわからなくなってしまう。それに、いまは客人が来られているのだぞ?」

「これは、私としたことが。わが君への忠義のあまり、いらぬことを申してしまったようです。何卒、ご容赦を」

 

 ちょっと笑みを覗かせながら、稟が非礼を詫びる。

 そんなやり取りすら馬岱には興味深かったようで、大きな眼を輝かせているのが印象的だった。

 

「ここに来るまでに、董白さんから聞きました。曹操さまが、お姉さまの運命の人なんだって。でもでも、あれで結構がさつなところがあったりするし、ご迷惑をおかけしていませんか?」

「董白が? いや、よくやってくれているぞ、馬超は。騎馬の扱いでは、あの呂布にも劣らないくらいなのだからな。それに、あれで案外人をよく見ている。徐州の陣では、俺もそれで励まされた」

「へえ……。いいな、信頼し合ってるって感じがして。そっか、それにしても、あのお姉さまがそうなっちゃうんだ……」

 

 馬岱が、感慨深く何度も頷いている。

 翠が涼州にいた頃からは、想像もつかない姿なのか。確かに、はじめは戦場以外では浮つくことの多い女だった。それでも、環境に応じて人は変化する。

 うまく扱えていなかった剣にしてもそうだ。抱えていた迷い。それが、切っ先を鈍らせていたのだと春蘭は見立てていた。

 

「あっ、そうだ。ちょっとお願いがあるんですけど、曹操さま?」

「なにかな。無理難題でなければ、聞き届けよう」

「そのっ……。せっかくだし、お義兄さまって呼んでみたいなって。えへへ……。だめ、ですか?」

「そのくらいのことなら、お安い御用だ。改めてよろしく頼む、馬岱殿」

「わっ……! こ、こちらこそ、よろしくお願いします! おっ……、お義兄さま!」

 

 ちょっと照れた表情を見せながら、馬岱が『お義兄さま』と呼んでくる。

 自然な仕草の中に、男心をくすぐるなにかを秘めている。翠はこの従妹を奔放なだけだと評していたが、近しい間柄ゆえに視界が狭まることがないわけではなかった。

 馬騰はしばらくやって来ないようだし、ずっと立ち話をしているのも面白くない。

 そう思って、曹操は馬岱に声をかけた。

 

「陣を案内してやろう。退屈しのぎにいかがかな、馬岱殿?」

「よろしいのですか、わが君? 馬超殿の縁者とはいえ、馬岱殿は」

「なにを恐れることがある。陣中を見分されたくらいでどうにかなるのであれば、戦などしないほうがましだ。それに、馬岱殿が孫堅に情報を売ることなどあり得まい。好きなのだろう、馬超が? そうでなければ、わざわざ中原まで様子を見に来る必要もなかろう」

 

 即興で、稟が調子を合わせてくれている。

 抱き込むと言うと聞こえが悪いが、やる価値はあると思った。後のことを考えると、涼州には割れてほしくはなかった。独立していても、翠が馬家の嫡流であることには変わりない。

 翠とこの従妹の存在が、いずれ涼州に大きな影響を与えることになる。馬騰には悪いが、遠慮などしていられなかった。

 

「お義兄さまの軍の情報を売るだなんて、そんなのあり得ません! お姉さまのことがなくったって、そんなの……絶対」

「郭嘉は軍師ゆえ、念を押しておきたかったのだろう。気を悪くしたのなら、許してくれ」

「わわっ。ぜんっぜん、私は気にしてませんから。郭嘉さんだって、仕事なんだから当然ですし」

「ははっ。謝罪ついでに、真名を預けようと思う。一刀だ、馬岱殿。それでは、参ろうか」

「一刀……、お義兄さま。えへへ、だったら私のことも、蒲公英って呼んでください。お姉さまのいいお人なんだから、むしろそっちのほうが自然だもん」

「ああ、蒲公英。だったら、もっと楽にしてくれていい。堅苦しいのは好まない質なのでな、俺は」

「よかったぁ、お義兄さまが話しやすいお方で。へへっ。慣れない言葉遣いって、なんだか肩が凝っちゃうよね」

 

 蒲公英が、苦笑しつつ肩を軽く揉んでいる。

 まずは、恋たちから紹介してやるべきか、と曹操は考えていた。すでに月とは会っているようだし、涼州に縁のある将ならば蒲公英も解け込みやすいはずだった。

 深紅の曹旗が屯する地を目指して歩く。明るい笑顔を振りまいている蒲公英。

 早くも打算抜きに、曹操はこの一輪の花に好意を抱いている。



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二十七 母娘の闘い

 麗羽の話が長くなりかけていたところで、馬騰が来たという知らせを曹操は受けていた。

 それまでずっと愉しそうにしていた蒲公英の表情が、かすかにかたくなる。平気だということを伝えるように、軽く背をたたいた。

 

「それじゃあ、袁紹さん」

「ええ。またあとでいらっしゃいな。曹操さんとの思い出話なら、いくらでも聞かせて差し上げますわよ」

「あはは……。お、お手柔らかにお願いします」

 

 にこやかに麗羽が手を振っている。

 いい話し相手を見つけたとでも思っているのかもしれない。周囲の者には今さら語るような内容でもないし、麗羽の性格を知っている人間ならば、加減を見て適当に切り上げようとするのだ。そうした事情もあって、最近は物足りないことが少なからずあったのだろう。なんの情報も持っておらず、かといってどこで逃げていいのかわからない蒲公英は飛んで火に入る夏の虫なのである。

 当面終わりそうにない昔話。その雰囲気を察しているのか、蒲公英はちょっと顔を引きつらせていた。

 

「悪く思わないでやってくれ。本気でよろこんでいるのだ、あれは」

「うん。お義兄さまのことが大好き、っていうのは嫌でもわかっちゃうもん。仲良しなのは、昔からずっと?」

「そうではない。話につき合ってやれば、そのあたりのことを聞く機会があるのかもな」

「えー? なんだか、意味深だなあ。わかった、あとでじっくり探りを入れてみるね」

 

 長話を聞かされるのは好きではないが、他人(ひと)の色恋には興味がある。

 わかりやすい反応を見せつつ、蒲公英が屈託のない笑みをつくっている。

 もといた陣屋の前まで戻ると、待っていた翠から声をかけられた。五歩ほど離れて、馬騰と思わしき女が立っている。顔立ちは娘によく似ているが、眼光の鋭さはこちらのほうが明確に上である。長年、西涼の地でしのぎを削ってきた経験がそうさせているのだろう。心が荒んでいたがゆえに、まったく違うなにかが入り込む余地があったと考えるべきなのか。

 ひとつわかることがあるとすれば、それは自分が敵視されているという事実だけだった。

 

「すまない、曹操殿。馬岱のやつが、世話をかけたみたいだな」

「いや。有意義な時間を過ごせて、よかったと思っているくらいだ」

「うんうん。ちょっとの間だったけど、私もお義兄さまと仲良くなれた気がするし。どうせなら、もっとゆっくりしてくれてもよかったんだよ?」

「んぁ……、お義兄さまだと? おまえ、いくら曹操殿が甘い顔をするからって、また勝手なことを」

「いいじゃん、無理にお願いしたわけでもないんだから。ねっ、お義兄さま?」

「蒲公英のような妹分なら、大歓迎だ。それに、もっとやんちゃなのを想像していたが、聞き分けもいい」

 

 翠の太い眉が、ぴくりと反応している。蒲公英を真名で呼んだことが、気になっているのかもしれなかった。

 姉妹同然のやり取りをする二人を尻目に、馬騰は戦場にいるような闘気を発し続けている。

 ずっと組まれていた腕。ようやくほどいたかと思うと、曹操を睨みつけながら馬騰が言った。

 

「西涼の馬騰だ。お目にかかれて光栄だぞ、色惚け男殿」

「これは、挨拶が遅れてすまなかったな。曹操だ。あまりに殺気立っていたから、ついてきた護衛の誰ぞかと思い込んでいたのだよ。遥々、よくお越しになられた、御母堂」

「ちっ……。会って益々、いけ好かねえやつだぜ。こんな優男に、超も岱も惑わされやがって」

「はははっ。手厳しいな、御母堂は。ところで、董白と会ってきたそうだが、元気にしていたか」

「ああ……。世間的には死人であるくせに、ぴんぴんしていやがった。おまえの子ができたのが、余程うれしいのだろう。あのような顔、涼州にいた頃は見たことがなかった」

「御母堂から見てそうなのであれば、間違いはなさそうだな。苦杯を舐めるのは、もう十分ではないか。浅からぬ因縁のある女だが、ともに生きる道を見つけることができている。誰にでも、そんな可能性があっていいのではないかな。少なくとも、俺はそう思うのだよ」

 

 遠い空を見つめて、馬騰が舌打ちする。

 冗談ではない、とその横顔が言っている。しかし、胸の内のどこかに、それとは別の感情を宿しているのではないか。

 月の様子を語る馬騰からは、母としてのぬくもりを感じられたのだ。その直感を信じてみようと思った。あとは、翠がどう出るかにかかっているのだろう。

 視線が交差する。小さく頷き、翠は馬騰に問いかけた。

 

 

 まともな話し合いになるとは、端から思っていなかった。

 母は、髪の毛一本ほども曹操を信用していない。悲しくはあったが、いまはそれも現実として受け止めるしかない、と翠は前を向いていた。

 

「それで、結局どうしたいのさ、母さまは。あたしは、曹操軍の将であるという立場を変えるつもりはない。それで涼州を捨てたって言うなら、さっき話したように大きな勘違いだっての」

 

 中原を放浪するさなか、迷いながらも剣を振り続けた。

 それが導きの音色となり、曹操との出会いを生み出すとは思いもしなかったことだ。

 将軍としての責任。それだけではなく、自分には妻としての役割だってある。

 微塵も男っ気のなかった女が、中原の男のいいようにされている。たしかに、母がそんな疑念を抱くのも不思議なことではなかった。

 

「青臭えガキがいっちょ前に……。いいだろう。おまえでも理解できるよう、至極簡単に言ってやる。勝負だ、超。私が勝てば、問答無用で涼州に連れ帰る。この男との因縁も、それで終わりだ」

「んっ……。勝手なことを言ってくれるじゃないか、母さま。だけど、腕っぷしで決着をつけにいくほうが、あたしには向いてるのかもしれないな。どうかな、曹操殿」

 

 母の意図がどこにあるのか。そこまでは、あえて考えないでいようと思った。

 闘いたいというのであれば、闘う。なにより、意志の宿った刃は時に口以上に物を言う。涼州流の方法で勝敗を決めれば、母であろうと文句はつけられない。

 

「いいだろう。して、そちらが敗れた場合にはなにを賭ける。まさか、娘だけに不利な条件で決闘をするわけにはいくまい」

「万一……。万一こちらが敗れた時には、私の身柄を好きにすればいい。煮るなり焼くなり、貴様の自由であることをここに誓おう。邪魔な女を天下からひとり消すことができるのだ。そちらにとっても悪くない条件であろう、曹操?」

「なるほど、申し分ない条件だな。であれば、俺は二人の闘いを見守るのみだ。おまえの剣、俺にとくと見せてくれるな、馬超」

「剣? あんな下手っぴな剣で闘うっていうの、お姉さま」

「やかましい。あたしだって、日々成長してるんだよ。そのことを、よーく見せてやる。おまえにも、母さまにもな」

 

 まばらだった気を、一本に研ぎ澄ませていく。

 蒲公英はそれでも心配そうにしていたが、母を黙らせるには剣を使うしかないと思った。

 弱々しく痩せた木すら断てなかった切っ先。鍛え、鋭敏にしてきたのはこの日のためだったのかもしれない。

 母は涼州最高の武人で、正面からやり合って勝てるとは思わなかった。それでも、自分には守るべき場所がある。貫き通すべき、思いがある。

 だから、少しも負ける気はしていなかった。



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二十八 迷いなき剣

 かたい地面を踏みしめ、翠は佩いている剣を抜き放った。

 感覚。研ぎ澄まされていく。自分の動作を見てから、母が同様に剣を手に持った。似通った二振りの刃。母のものを模して造らせたのだから、それもそのはずだった。

 憧れ、背中を追った存在。変化していったのは、いつからなのだろうか。両手で正面に構え、軽く左足を引く。この独特の緊張感は、武人として嫌いではなかった。

 乾いた音とともに転がる鞘。母が捨てたものだった。

 

「どうして鞘を捨てた、母さま。戻るところのない刃なんて、寂しいだけじゃないか。それとも、鞘と一緒に勝負を捨てたとでもいうのか?」

「ああん? 細けえことにいちいち口出しするんじゃねえよ。そういうところが、てめえはまだまだガキなんだ」

「へっ、そうかよ……」

 

 このくらいの舌戦で、動揺を誘えるような相手でないことは知っている。だからこそ、何故そんな真似をするのかと翠は思ったのだ。

 母の脚が動く。瞬きをしている余裕すらなかった。剣。身体のそばまで迫っている。受け止め、翠は声を発した。

 

「懐かしいな、なんだか。涼州にいた頃は、こうしてよく稽古をつけてもらった」

「帰ったら、死にたくなるほど扱いてやる。岱や、妹たちと一緒にな」

「遠慮させてもらうよ、それは。あたしには、やるべきことがいくらでもあるんだ。それを投げ出して、涼州に帰れるかよっ!」

 

 跳ね返し、反撃に打って出る。

 涼州の荒野で鍛えられた母の剣は重い。強さだけでいえば春蘭もかなりのものだが、染み付いているなにかがきっと違うのだろう。

 だが、心なしか荒々しさが、かつてのようではなくなっているような気がしていた。

 

「お姉さま、ほんとに剣を扱えるようになったんだね。槍を持たせたら馬鹿みたいに強いのにさ、どうして剣はあんなに下手くそなんだろう、ってみんなで不思議がってたのに」

「心にあった迷いが、剣を握った時だけ表に出てきていたのかもしれないな。それだけ、思い入れが強いのだろう」

「ふうん? だったらその迷いも、お義兄さまと過ごすことで消えたってことなんだ?」

「俺だけの力ではないさ。互いに影響し合って、人は人として生きていく。御母堂にも、翠の想いが響けばいいのだが」

 

 距離が生まれる。なんとなく、勝負は次の一撃で決まるような感じがしていた。

 長々と闘うつもりはない。母の集中した表情からも、そのことが読み取れる。

 

「……そんなに曹操が好きか、おまえは」

 

 呟くような声。

 茶化すような雰囲気ではない。母は、真剣に自分に問うているようだった。

 

「ああ、好きだよ。自分のすべてを賭けてでも、曹操殿に天下を奪らせたい。そういう人と出会えて、あたしは幸せだと思っている」

 

 だから、真っ向から本心をぶつけた。

 中原への旅は、自分に様々な変化をもたらしてくれている。曹操との出会い。そこから得た、新たな仲間たちとの出会い。そのすべてが、替えのきかない財産となって自分の中で生きている。

 

「言うようになったじゃねえか、小便臭いガキが。けっ……。調子がおかしくなりそうだぜ、まったく」

「いくぜ、母さま」

「おう。来やがれ、超」

 

 歯を一瞬だけのぞかせ、母が獰猛に笑っている。

 迷いなく背中を追っていた頃の姿。それと重なった感じがして、わけもなく心が躍った。

 全身の力を使い距離を詰める。一撃。そこに、ありったけの想いを込めればいい。

 

「うぉらぁ!」

 

 腹の底からの叫び。

 鉄と鉄がぶつかるような感触。手に生まれたのと同時に、激しく火花が散った。動きを止めはしない。そのまま、翠はさらに踏み込んだ。

 

「あたしの勝ちだ。文句はないよな、母さま」

 

 首筋に突きつけた刃。少しでも押し込めば、両断できるような位置をとっている。

 無惨に叩き折れた愛剣に眼をやりながら、母は深々と呼吸をしていた。

 かたくなな心を突き破るのなら、それしか方法はないと思っていた。やりきった。頬から流れる汗が、一滴地面を濡らす。

 

「うわあ……。普通はありえないでしょ、こんなの。ちょっと引いちゃってるのかも、私」

「うっせ。おまえになんて思われようと、そんなのどうでもいいっての」

 

 蒲公英の声によって、重々しい空気に風穴が開けられる。

 狙ってやっているのなら、それはそれであざといものではある。だが、この瞬間だけはそれがありがたかった。

 

「んっ……、あははっ……! なんて馬鹿力をしてやがる、超め」

 

 じっと剣を見つめていた母が、堪えきれないといった様子で笑いはじめた。

 こんな結果は、予想していなかったのかもしれない。だったら、上回れたことを自分は誇らしく思うべきなのか。

 

「いい太刀筋だったと言っておこう。まっ、あと十歳若ければ、確実に私が勝っていたがな」

「なんだよそれ。けど、あたしの勝ちは勝ちだぜ、母さま。約束、守ってくれるんだよな」

「よかろう。おまえのやることに、口出しはもうしない。好きなように生きるがいい。だが、涼州が故郷であるということだけは心に留めておけ。私が言いたいのは、それだけだ」

 

 ちょっと寂しそうな母の表情。

 故郷の風景を、忘れたことなどなかった。久しく会っていない妹たちと、再会したくないわけではない。それでも、いまはまだ帰れない。錦馬超の凱旋は、大きな夢を成し遂げてからでなければならなかった。

 

「満足されたかな、御母堂」

「ああ。世話をかけたな、曹操。貴様への約定も、間違いなく果たすつもりだ。娘のことは、任せていいのだな」

 

 母の言葉に、曹操が頷く。

 先程とは打って変わる表情。あれだけの宣言をしたのだから、覚悟は決まっているのだろう。母は、曹操のことをよく知らない。知りたくもない、と考えていてもおかしくはなかった。

 処刑、あるいは嬲られることを想像しているのかもしれない。

 武人らしい最期は、どうあっても得られない。そうしたことを、覚悟している顔だった。

 

「こちらに来てもらおうか、御母堂。戦の途中ゆえ、まともなものは用意できなかったが」

「なに? 貴様、私をからかっているつもりか?」

 

 曹操の視線の先。いつの間にか卓と椅子が揃えられていて、その上には酒器が置かれている。

 末期の酒。そういう意味では、ないはずである。

 自分の母。涼州きっての武人。そして、ひとりの女として興味がある。

 ちょっと複雑な心境ではあるが、それが曹操という人のあり方なのである。否定する気などないし、そもそも曲げられるようなものではなかった。

 

「冗談などではない。身柄を好きにしていいと言ったのは、そちらのほうではないか。だから、一献付き合え」

「ちっ……。まずい酒になりそうだぜ、ったく」

 

 これには、さすがの母も動揺を隠せないようだった。罵っているつもりなのだろうが、どうにも迫力がない。こうした相手の毒気の抜き方で、あの人の右に出る者などいるはずがない、と翠は心の中で笑っている。

 あとは、きっと曹操がうまくまとめてくれるだろう。残りたがる蒲公英の身体を引きずり、翠は剣を片手にその場を去った。



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二十九 打ち捨てられた尊厳(常磐)

即オチ感が強い。


 晴天のもと、敵視していたはずの男と盃を交わす。

 翠は蒲公英を連れてどこかに行ってしまったし、護衛らしき兵の姿もない。危うい男だと常磐(ときわ)は思った。しかし、豪胆ではある。どこかに、自分を試そうという魂胆があるのかもしれなかった。

 涼州の内情。それとも、知りたいのは長安周辺のことなのか。どちらにせよ、いまの自分に拒否権などありはしない。

 促されるまま口に運ぶと、強い酸味が喉の奥にまで拡がっていった。まさか毒でも入っているのかと思い、常磐は曹操の顔を盗み見る。酒瓶はひとつだけで、飲んでいるものは同じだった。しかも軽く含んだ自分とは違って、曹操は中身を一気に呷ったようだった。

 そもそも、ここにきて毒殺などする意味がどこにある。

 自分は約定通り曹操に身柄を預けるつもりでいたし、たとえ死を望まれてもそれでいいと思っていたのだ。

 酒の酸っぱさに我慢できなかったのか、曹操がむせている。

 子供っぽいやつだなと思いながら、持っていた布を差し出した。母親となってから、こうしたものを持ち歩く癖が抜けないでいるのだ。

 

「ああ、すまないな。それにしても、味のよくない酒だ」

「持っておけ。返す必要はない」

 

 曹操の眼。しっかりと見るのは、はじめてのような気がしていた。

 引き込むような力がある。それでいて、案外きれいな色をしていると思った。

 

「なっ。お、おいっ……」

 

 手をつかまれている。

 本気を出せば、造作もなく振りほどけるはずだった。なのに、自分はそうすることができないでいる。

 

「一刀だ。御母堂の真名は、なんと申される」

「常磐。わが真名は、常磐という」

 

 なにを戸惑うことがある、と思った。

 曹操がしかけてくるのなら、堂々と受けてやればいい。甘い顔を見せられただけで尻尾を振るのは、蒲公英だけで十分なのである。

 真名を教えられて満足したのか、手の力が緩んでいった。一刀、と何度か胸の内で呼んでみる。

 認めるのであれば、曹操は娘婿になる。大人になりきれていないと思っていた翠が、あれほどまでに想いを熱くする男。天下を呑むような野心がある。だからこそ、おそろしくもあるのだ。

 

「見違えただろう、翠の剣は」

「それについては、認めよう。私の忘れかけていた荒々しさを、まさかあれから思い出させられるとはな。いい剣を、使うようになった」

 

 抗う心ごと叩き折られたような感覚。まさしく、豪剣といっていい一撃だった。

 涼州を旅立ち、曹操のもとで将軍となった。

 故郷では得られなかった経験が、翠を飛躍させたのだろう。あの時家を出ていなければ、自分にあれだけの闘気をぶつけることなどできなかったはずである。

 匈奴や羌からは錦馬超としておそれられていたものの、自分からしてみれば物足りない部分があったのは事実なのだ。

 

「常磐、と呼ばせてもらうがそれでいいな?」

「むっ……、構わん。こちらも、一刀と呼ばせてもらおう」

 

 いきなりの変化。ちょっと、どきりとしてしまう。

 親子ほど年の離れた男に、真名で呼び捨てにされた経験などありはしなかった。心がかすかに揺れているのは、きっとそのせいだと常磐は思った。酸っぱい酒を注ぎ足し、一息に呑み干す。やはり、旨くはなかった。

 

「弱りきった漢では、国境を犯す異民族をいずれ食い止めきれなくなる。それだけは、なんとしても阻止しなければならないのだ。俺の師である橋玄も、常々そのことを憂いていた」

「だからといって、これだけ続いてきた漢室の血を絶やしてなんになる。その威光は、辺境を荒らしているだけだった私のような女にも根ざしていたのだぞ。それを、んっ……!?」

 

 立ち上がった曹操に、いきなり唇を塞がれた。

 口から口に、酸っぱいだけの酒が注ぎ込まれている。なのに、妙な心地よさがあるのはどうしてなのか。

 抗しがたい力強さがある。舌。容赦なく口内を這い回っている。頭の奥がぼんやりとする感覚。何年も、忘れていたことだった。

 

「き、貴様、これはなんの……。あっ、んっ、んむぅ……」

 

 一旦離れたのは、息継ぎのためだったのだろう。再び含まれた酒が、口内を浸していく。それもどうしてか、段々と甘露だと感じるようになっていた。

 自分も、特に拒むような姿勢を見せているわけではない。それで、曹操は口づけを続ける気になったようだ。

 

「むっ、はむっ、んあっ、はあっ……」

 

 年甲斐もなく、息を乱してしまう。

 曹操の舌遣いは巧みで、つい心を許してしまうような心地よさがあるのだ。こんなもの、生娘だった翠に耐えられるはずがない。口づけだけでこんなにも狂おしくなっているのに、その先のことなど考えたくもなかった。

 

「こだわりすぎるな、常磐。威光は、それだけではなんの役にも立たん。衰退しきった漢を太平道の者たちが乱し、董卓は洛陽さえ破壊した。もう、終わらせてやるべきなのだ。それが、高祖以来続いてきた王権に対する、せめてもの餞なのだろうよ」

「それは……。んぷっ、くっ、こっ、んふっ……」

 

 口ごたえをしようとすると、ことごとく封殺されてしまう。

 まともな状態であれば、このくらいの酒で酔う可能性など少しもなかった。なのに、どうしてこんなにも身体が熱い。相手は娘婿だというのに、芯の部分が疼いて仕方がなかった。

 

「男を味わうのはいつぶりだ、常磐? 嫌ならば、振りほどいてくれてもいいのだぞ」

「なっ……。はっ、んあっ、うぐっ」

 

 娘たちが大きくなる前に、夫とは死別していた。そこから独り身を貫いているから、十年は渇いた状態でいることになる。

 西域の砂漠のごとく干上がった女である部分。急速に流れを送り込まれ、覚醒めを促されているのだ。

 曹操の手が、身体を撫で回している。護衛を残さなかったのは、むしろこのためだったのではないかと思えてくる。

 自分でない誰かに全身を愛される感覚。しかも、娘の相手になるような年齢の男に、快楽を呼び覚まされているのだ。

 背徳的な興奮。いよいよ、止められなくなっていた。

 色狂いなことは承知していたが、まさか自分にまでその牙が向けられるとは。

 舌で愛し合いながら、徐々に衣服を脱がされていっている。風。肌を撫でている。ここは完全に野外で、しかも人が多くいる陣内なのである。そのことを気にもかけず、曹操は乳房を露出させてくる。掴まれる。荒々しい指遣いが、たまらなかった。

 またしても芯が疼く。そこを満たされるまで、きっと炎は消えることがない。ぞくりとするような痺れに、常磐は指先まで覆われた。

 

「あっ……。はっ、はあっ、んあっ……」

「いい反応だな、常磐。気持ちよかったのか、俺にされて」

「くっ……。図に乗るなよ、一刀。貴様のようなガキが、私を簡単に弄べるとでも……」

 

 反撃に出るのなら、いましかないと思った。

 膨らんだ衣服の前。興奮しているのは、曹操も同じなのである。男根をちょっと遊んでやれば、勢いも削げるのではないか。そう考えて、常磐は服の内側に手を突っ込んだ。

 

「な、なんだこりゃあ……」

 

 取り出した男根を眼にして、息を呑んだ。

 赤黒く腫れた先端。子種を溜め込んで重々しく垂れている陰嚢。なにより、それを支える幹が槍の柄のように長く逞しかった。

 経験があるだけに、つい記憶にあるものと比べてしまう。こんな凶悪なものと、あの初心だった翠は交わっているのか。想像しただけでも、軽く股が濡れてきてしまう。

 

「んっ、すんすんっ、んはぁ……」

「奉仕でもしてくれるのか? それなら、入念にお願いする」

「んぐっ……。貴様は、じっとしているのだぞ。こんなにでけえチンポなんて、ふふっ……♡」

 

 おそるおそる、顔を近づける。

 強烈な雄の匂い。鼻腔から脳天まで突き抜け、犯していく。直近まで孫堅と戦をしていたのだから、当然といえば当然だった。

 舌を出し、付着した滓を丁寧に舐め取っていく。これだけ汚れたモノの相手を、娘にさせるわけにはいかなかった。

 痺れるような味。それでも、やめようとは思わなかった。

 

「いいぞ、常磐。男の愛し方を、思い出してきたようだな」

「う、うっへ……。んちゅっ、むあっ、んむぐっ……」

 

 全体をきれいにしたところで、先端を味わっていく。

 表皮から感じる刺激が、嫌でも快楽に変化する。段々と喉深くにまで挿れていき、曹操の反応を窺った。たぶん上手くできている。かなり苦しくはあったが、妙な興奮があるのは確かだった。

 

「お゛っ、んぽっ、じゅるっ……。はっ、はあっ、けほっ……」

「ははっ。久しぶりなのに、無理をするからだ。言っておくが、そこまでしてくれとは俺も頼んではいないぞ」

「これだけチンポおっ勃ててる奴が言えることかよ。はあっ、んっ、ちゅう……」

 

 曹操が優しい言葉をかけてくる。唇がほしくなり、立ち上がって吸い付いた。

 限界まで勃起した男根は手の中で震えていて、ちょっとかわいらしくもある。

 

「貴様、そこは……っ」

「どうせなら、ともに気持ちよくなろうではないか。それとも嫌だったかな、常磐は?」

「だ、誰もそのようなこと……! あっ、んむっ、はむっ。んぐっ、おっ、おふっ……」

 

 ほとんど全裸に近い状態で、陰部を指でかき回されている。

 けだもののような声をあげてしまう。曹操の動きは的確で、快楽から逃れることを許してくれないのだ。

 いやらしさの増した男根。粘つく汁を手にまとわせ、全体を扱いた。男女の奏でる淫猥な音色が、原野に消えていく。服従へと振れていく心。蒼天に身をさらしたまま、何度も腰をへこつかせた。

 おそろしいくらいに、この男は女の扱いを心得ている。自分がどういう状態にあって、なにを求めているのか。それが異様に早く返ってくるから、考える間もなく快楽を貪ってしまうのだ。

 

「ああっ、むっ、ふむっ、んうぅううっ! はっ、む、無理だっ……。久しぶりで、こんなの強烈すぎてっ……!」

 

 こんな自分の姿を見たら、きっと娘たちは幻滅するのだろう。

 それでも、指を誘うような腰遣いを止められない。男根を擦る手を、止められない。

 

「いくのか、常磐? こんな野外で、しかも嫌っていたはずの男に指でいじめられているのだぞ?」

「いいんだ、それでもっ……! 貴様の、一刀の指でいかせてくれっ。私のぐちょぐちょになった雌の穴、もっとかき回してくれぇ……!」

「知らないぞ、ほんとうに誰かに聞かれても。ほら、いけっ。指でほじくられただけで、だらしなく絶頂しろ」

「んあっ、あぁあああ! すごっ、これすごいっ……! いっ、んぐぅううううううぅうう……!」

 

 培ってきた誇りと一緒に、なにかが内側から溢れ出していく。

 出会ってしまった時点で、自分に勝ち目などなかったのだ。そう思わされてしまうほど、心が快楽に染まっている。染められてしまっている。

 脳内が真っ白になっていく。身体が熱い。自分の奉仕で、曹操も射精してくれているのだろうか。震えは、まったく止まりそうになかった。

 愛液の噴流だけではない。気持ちよさとともに、なにもかもが流れ出ていった。

 

「あぐっ、んっ、んふっ……! はあっ、でるっ、でてるっ……♡」

 

 叩きつけるような水音。どうやら、自分は尿まで漏らしてしまっているようだった。

 自制することのできない奔流。もともと厠は近い方で、酒が入ったせいで余計におかしくなってしまっているのだ。

 精液を浴びながら絶頂し、小水まで垂れ流している女。まともな男であれば、萎えてしまってもおかしくないような状況だった。しかし、手の中で脈打つ男根はえげつないくらいの硬度を保ったまま、自分のほうに穂先を向けている。

 

「もう少し、つき合ってくれるのだろう?」

「ははっ……。い、いいだろう。婿殿の用意してくれた余興だ、最後まで乗ってやろうではないか」

「御母上に認めてもらえたこと、うれしく思う。であれば、こちらも誠意をもって返答する必要があるか。卓に手をつけ、常磐。こちらに、しっかりと尻が見えるようにしてな」

「お、おうっ。これでいいか、婿殿」

 

 興奮が最高潮に達しようとしている。

 馬騰寿成は、ついぞすべてを曹操に捧げたのだ。

 娘たちを産んだ膣穴が拡げられている。早くほしい。寂しがって涙を垂らしている淫穴を、雄々しいチンポで埋めてほしい。

 亀頭の熱が伝わっている。来る。来てしまう。見たことのないような巨根に、何年も使っていない雌穴を奥の奥までいじめられてしまう。

 

「な、なにをしてやがる。早く来ないか、婿殿」

 

 気持ちが焦る。淫らに尻を突き出し、自ら男根の先を迎えにいってしまう。

 入り口が熱い。同時に、常磐は強烈な圧迫感におそわれた。

 

「うおっ……!? がっ、あはっ、んお゛……お゛っ……! と、届くぅ……♡ 前の旦那のチンポじゃ……ぜったい当たらなかった場所にまで、亀頭がぐりぐりってぇ……♡」

「そうがっつくものではない。慌てなくとも、じっくり味わわせてやるというに」

 

 中で感じる男根の太さと熱さは、格別だった。

 渇いた大地。その隅々にまで、快楽の洪水が浸透していった。

 雌の本能が叫びをあげている。曹操の男根には、不思議な力でも宿っているのではないか。そう感じてしまうほどに、身体が昂ぶってしまう。男を求めて、娼婦のように尻を振ってしまう。

 

「い、いいぞっ、婿殿。最高のチンポだ。こんなもん食わせられちゃあ、嫌でも尻尾振っちまう。あっ、ははっ、あんっ」

「はははっ。こんなものに尻尾を振られても、困ってしまうのだが。それとも俺は、チンポ以下の存在でしかないのか、常磐?」

「そ、そうではない。ぐっ、んあっ、おおっ……! 人の心がわかる婿殿が使うから、このチンポは特別な力を発揮するのだろう。女を狂わせ、服従を誓わせる。そんな、おそろしいチンポなのだ♡」

 

 自分で言葉を並べていくほどに、快楽に飲まれていく。

 ぐちゅり、ぐちゅり。結合部から淫らな音が鳴っている。ここまで来たからには、後戻りなどできるはずがなかった。

 子宮が疼く。もう味わうことはないと思っていた感覚だった。

 今日という日は、間違いなく転換点となるのだろう。

 血の昂り。女としての、本能のほとばしり。そのどちらにも、再び火をつけられたのだ。これが曹操。次代の覇者として、名乗りを上げている男。

 

「孕みたいか、常磐。娘と仲良く子を育ててみるのも、悪くはあるまい」

「あ、ああっ。それも、よいかもしれんっ。きっと、翠のやつもよろこんでくれるぞ」

 

 若い翠だけでは飽き足らず、曹操は自分にまで子を授けようとしてくれている。

 これほどまでに求められて、嫌な気などするはずがなかった。三人の娘を産んだことのある母として、教えられることは多くあるのだ。

 若さでは譲るが、経験では劣らない。柔軟さを取り戻しつつある膣肉で男根を締め上げ、常磐は笑っていた。

 

「身体もあたたまってきたようだな。締め具合が、断然よくなっている」

「んふふっ、だろう……? 未熟な翠では、こうはいくまい。私ならこうやって、んあぁあっ……! 好きなだけチンポ締め上げてやれる」

「大した自信ではないか。ならば一度、母娘で味比べをしてみなければならんか」

「んぐっ……。す、翠と一緒に婿殿に……。んおっ、あっ、あはっ……! どうせなら、蒲公英のマンコも使ってみてはどうだ? 少々ガキ臭いかもしれんが、おもしろいとは思うぞ」

「馬家一門勢ぞろいということか。興味はあるが、蒲公英は悲しむのだろうな。畏敬の念を抱いている叔母上が、雌穴を歓喜させて娘婿の相手をしているのだ。俺だったら、しばらく顔を合わせるのも嫌になる」

「ああっ、それはいかんっ……♡ いくらチンポが気持ちよくても、それだけは……ぁ!?」

 

 乾いた音が鳴り響く。

 曹操に、尻を手のひらでしたたかに打たれている。とめどなく送り込まれる快楽。その合間に、かすかな痛みが走り抜けている。

 

「んひぃ♡♡♡ お゛っ、んあっ、お゛おっ……♡ やっ、やめてくれ、婿殿。こんなの、私もっとおかしくなる。チンポの気持ちいいのと一緒にされたら……あ゛っ♡」

 

 いたぶられているはずなのに、打たれた肉が気持ちいい。

 自分は、狂ってしまっているのか。それとも、元々持ち合わせていた素質を、曹操によって開花させられてしまっているだけなのか。

 そんなの、もうどちらでもよかった。尻肉をぶったたく手のひら。膣肉をほじくるチンポ。その両方が、最高に気持ちいい。

 

「あくっ、いっ、いくっ、んあっ……!」

 

 軽い絶頂が何度も続いている。

 子宮口付近の肉はすでに緩みきっていて、曹操の子種を受け入れる準備が完了していた。

 執拗な抽送。加えて尻肉をぶつ音が、耳から入り込んで脳内を犯しているようだった。

 

「そろそろいくぞ。蕩けきったこのマンコに、出してもらいたいのだろう、常磐?」

「んあっ、ああっ……! わ、私の孕み穴に、婿殿の濃厚な精液注いでくれっ。動物みたいな体勢でハメられたまま、腹一杯になるまで子宮犯されたいんだ……っ!」

 

 男に中出しを媚びるためだけの淫語。不思議なくらい、口からすらすらと出ていってしまう。

 最奥に亀頭がぶっつかる。限界。急激に引き出され、常磐は卓に突っ伏した。

 

「あっ、おあ゛っ……。んっ、きてるっ……! ああ、あ゛っ。婿殿の精液、子宮の中に直接びゅるって……!」

 

 卓。がたがたと揺れている。

 支配的な射精だった。徹底的に染め上げ、膣内を自分だけのものに作り変える。

 意図はどうあれ、曹操が折り重なるように背中に乗っている。こうまでされては、絶対に逃げられない。最後の一滴を出し切るまで、自分は組み伏せられたままなのだろう。

 

「んぐっ、んぉ……♡ いってる♡ 射精どくどくってされるだけで、私の身体簡単にいってしまう……♡ あひぃ、あくっ……♡♡♡」

 

 まだまだ、蘇った熱は冷めてくれそうになかった。

 腹に収まりきらなかった精液。その逆流を感じながら、常磐は卓上を涎で汚している。

 物陰から飛び出た栗色の髪。交合に没頭する二人が、その気配に気づくことは最後までなかった。



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三十 いのちの芽吹き(風、朱里)

 昨日眼にした光景は、しばらく忘れられそうになかった。

 まだ、頭がぼんやりしている感じがする。それに、高揚感に近いものがあったのも確かだった。曹操と母との交わり。脳内からなかなか消えてくれない情景に顔を赤くしながら、翠は朝食用の木の実をかじっている。

 そのうち、ほんとうに揃って孕まされてしまうのではないか。いまになって、年の離れた弟か妹が生まれる。しかも、愛しているのは自分と同じ男なのだ。

 腹の奥。かすかに疼いているのか。想像している以上に、期待してしまっている。そしてそれは、止めようと思って止められるようなものではなかった。

 

「すごかったねえ、お姉さま。あんなに厳しいおば様が、躾けられた動物みたいに鳴かされちゃうんだもん。たんぽぽ、どきどきしちゃってお義兄さまのお顔まともに見られないかも」

「だから言ったろ、戻らないほうがいいってさ。それとも、あれで一刀殿のことがおそろしくなったか?」

 

 なんとなく、離れた時点で予感はあったのだ。

 母の中で眠っているけもの。手っ取り早く叩き起こすには、あれ以上の手段はなかったのかもしれない。娘として、少しも複雑な気分がないわけではない。しかし、あそこまでよろこぶ母の姿を見せられては、あれでよかったのだと思うしかなくなる。

 

「ううん、全然。だって、お義兄さまが頑固なおば様を説得してくれたおかげで、また仲良くやれそうなんだよ。そうでしょ、お姉さま」

「まあ……、それはそうか。勝ったのはいいけど、ひとりで涼州に帰ってしまいそうだったもんな、母さま」

「でしょ? 一緒に闘えるなら、絶対そのほうがいいに決まってる。留守番してる(るぉ)(そう)だって、すっごく心配してたから」

「ああ、だな。馬家が一丸となって協力することになれば、一刀殿の天下統一も少しは早くなる。なによりだな、それが」

 

 この後、麾下を集めた席で母は正式に態度を表明することになる。

 おかしな調子になっていなければいいが、そこはもう考えないでおくつもりだった。

 

「ちょっと気になってたんだけど、お姉さまもしてる時あんなふうになっちゃうの?」

「んっ、ごほっ、けほっ……!? な、なんだよ、いきなり変なこと聞いてきやがって……」

「えー? だって、ほんとに気になったんだもん。それに私だって、他人事じゃないんだよ? 聞こえてたでしょ、お義兄さまとおば様の会話。心の準備くらい、しておかなくっちゃ」

 

 交わりが強烈すぎてはっきりと覚えていないが、そんなこともあったような気がしている。

 自分と母、それに蒲公英も一緒に、曹操の相手をする。思わず、つばを飲み込んだ。

 

「お、おかしな心配なんてしなくていいんだよ。というか、おまえの気持ちはどうなのさ。一刀殿と出会って、まだほんの少ししか経ってないんだぞ?」

「そんなの、関係ないと思うんだ。お姉さまがそう感じたみたいに、私にとってもお義兄さまが運命の人なんだよ。だから、早いか遅いかだなんて、きっと無意味なことなんじゃないかなって」

「むぅ……。蒲公英がそう思うんだったら、好きにすればいいさ。おまえだって、もう大人だろ? 色恋沙汰にあたしが口を挟むのも、それこそおかしな話だ」

「ふうん? それで、実際どうなっちゃうの、お姉さま? うまくはぐらかせたつもりかもしれないけど、騙されないからね?」

「だ、だから、それは忘れろっての……!?」

「えー? やだよー? せっかくなら、お義兄さまにちょっとでもかわいく思われたいんだもん。はじめてって、すっごく大切なものだよね?」

「やっ、だからってなあ……」

 

 蒲公英の顔が近い。どうあっても、自分の経験談を聞き出すつもりのようだった。

 そんなこと、はいそうですかと簡単に話せるようなものではなかった。大切な思い出。曹操との、絆の証。迷いを断ち切り、踏み出した夜だった。

 いずれ、蒲公英にもわかる日が来るはずだと思った。それまでは、無理に知ろうとする必要はないのである。

 残った木の実。掴み取り、翠は駆け出した。

 

 

 満足した常磐とひとまず別れ、曹操は一晩考える猶予を与えた。

 従順なだけの女。きらいではないが、涼州を代表する武人に求めているものではなかった。

 

「一度頭を冷やし、後悔のない決断をしてもらいたい」

 

 常磐はちょっと驚いたように自分の顔を見つめていたが、最後には神妙に頷いてくれていた。

 確信はある。翠の剣は、消えかけていた闘争心に火をつけたはずなのである。そして、ほとんど忘れていた女のよろこびを、自分が再び教え込んでやったのだ。

 涼州が完全に味方につけば、これは大きな力となる。長安にいくらでも圧力をかけられることになるし、調略途中の益州もその動向を気にかけている。

 

「おはようございます、ご主君さまー」

 

 風と朱里が、陣屋に入ってくる。目的を知っている曹操は、二人を座ったまま出迎えた。

 朱里は食器を載せた盆を持っていて、そこに三人分の粥が用意されている。

 たまには、朝餉をともにしようと誘われていたのだ。朱里も癖の強い軍師たちに馴染んできたようで、誰かといる場面を見かけることがかなり多くなっている。

 

「んんー、ご主君さまぁ」

「はわっ、風さん!?」

 

 そばに来るなり、風が身体の上に座り込んでくる。

 重いとは少しも感じない。全身を合わせているのが気持ちいいのか、風はだらけきった声を長く洩らしている。

 

「なんだか、急に甘えたくなってしまいまして。ご迷惑、でしたでしょうか?」

 

 頭を懸命に動かし、風が顔を見上げてくる。

 無造作に拡がる美しい金糸。指に絡ませながら、そんなことはないと曹操は首を振った。

 

「くふふー。さすがは、風のご主君さまなのですよぉ。ですが、朱里ちゃんにはちょっと悪いことをしてしまいました。出し抜くような真似をして、申し訳ありません」

「えとっ、そんなことは全然……。一刀さまにもたれかかって食事するなんて、私には恐れ多いことですし……」

「おおっ。その回りくどい苦言の呈し方、とっても軍師らしいですねぇ。ご主君さまも、そう思われませんか?」

「えっ? えっ? わ、私、そんなつもりなんて少しも……」

「ははっ。風に振り回されているうちは、まだまだだな。ほら、朱里も座れ。せっかくの朝飯が、冷めてしまう」

「は、はいっ。どうぞ、お召し上がりください」

 

 すっかり調子を崩されてしまった朱里。だが、仲が深まったからこそできるやり取りであるともいえるのではないか。

 卓上に粥の入った器がならべられる。立ち昇る湯気。作りたてのようで、見るからにあたたかな感じが伝わってくる。それに、香りがいい。想像していた地味なものと違って、食欲をそそるような感じがあるのだ。

 伸びきった風をうまく扱いながら、ひと口味わってみる。優しい味。だが、土台を支える出汁のおかげで、薄いとは思わない。

 

「あの、いかがでしょうか? 鶏を煮て出汁をとって、少しお肉も入れてみたんです。春蘭さまや栄華さまに、一刀さまの好みを伺って作ってみたのですが」

「朝早くから、がんばっていましたもんねえ。朱里ちゃんの愛情のつまったお粥、とても美味しそうなのですよ」

「うまくできている。これなら、毎日でも作ってもらいたいくらいだ」

「えっ、あのっ、それって……!?」

 

 余程うれしかったのか、朱里は帽子を抱きかかえてかたまってしまっていた。

 自由に動く風の手が、顎のあたりを撫でている。ほんとうに、なんの遠慮もない子だと思った。仕返しに、脇腹をくすぐってみる。洩れる声はどこか艶っぽくて、起きた直後であれば不用意にある部分を刺激していたはずだ。

 

「おうおう。いまさらなに恥ずかしがってるんだい、お嬢ちゃん。かわいいなりして、夜な夜なこの兄ちゃんとずっこんばっこんしてるんだろう?」

「ずっこんばっこんって、そんな……」

「そうですよ、宝譿。清楚系美少女の朱里ちゃんが、やらしくお股を開いてご主君さまを誘うだなんて、そんなのあり得ないじゃないですか」

「宝譿……? あの、宝譿とはいったい……」

 

 理解の及ばない存在。

 宝譿の言葉をはじめて聞いたのか、朱里は混乱しっぱなしである。

 最近は、わざわざ突っ込むのも面倒になってきている。そのせいで、余計にやりたい放題に遊ばれている気がするものの、もう深く考えるのは無駄だと決めていた。

 

「それよりも、どうして突然甘えたくなったのだ、風?」

 

 気まぐれな猫のように、風は好き勝手に身体を動かし続けている。

 なんとなく、腹の付近が気になっているのか。しきりに撫でている様子が、眼についている。

 

「いえー。この頃どうにも、体調が優れない日がありまして。それで、ご主君さまから元気をいただけたらなぁと」

「体調が? 思い当たる原因はあるのか、風」

「んぅ……。それがですねぇ……。ほんとに、できちゃったのかもしれません。ご主君さまと、風の赤ちゃん」

「あ、赤ちゃんですか! おめでとうございます、風さん、一刀さま!」

「まあ、まだ確定というわけではありませんので。ですが、ありがとうございます、朱里ちゃん」

 

 豫州への出陣の前に、孕みたいと言ってきた風を抱いたことがある。

 その時の行為が、現実に実を結んだのかもしれなかった。だとしたら、月に続いて三人目の子ができたことになる。

 

「なるべく早く、医者に診てもらわねばな。しかし、そうか。子ができれば、風も少しは落ち着くのかもしれないな」

「ええー? なんですか、その微妙な反応は。あんまりすぎて、お粥を食べさせてもらうまで、ご主君さまとは口をきいてあげません」

 

 そう言って、風はそっぽを向いてしまう。

 膨らませた頬。指で突っつくと、空気が抜けるような音がした。

 苦笑している朱里。問題ないと首を振り、曹操は粥を口に含んだ。

 

「ご主君さま? あっ、ふむっ、んくっ」

 

 軽く咀嚼したものを、風の口に流していく。

 間違いなく、消化はいいはずだ。風の喉が何度か鳴る。食べさせた粥は、すべて飲み込んでいるようだった。

 

「んっ、はふぅ……。ご主君さま、もうひと口……。くふっ、あむっ、もごっ」

 

 風の要望に従って、また噛み砕いた粥を口移しに食べさせる。

 舐めとってくる舌の動き。くすぐったいが、同時に心地よくもある。

 

「うわあ……。すごいです、お二人とも。見ているだけで、私どきどきしちゃって」

 

 自分たちの睦んでいる様子を、朱里は帽子を顔に当てて見守っている。

 おそらくだが、隠れている部分は真っ赤になっているのだろう。こうした場面に出くわしたことのない朱里にとっては、少々刺激が強すぎるのか。

 それでも、視線は外さない。どちらかというと食い入るような感じで、口内で舌を遊ばせる風は、この状況すら愉しんでいるようだった。

 

「はふっ、んっ、くふふっ。ごちそうさまでした、ご主君さま♡」

「満足してくれたのなら、よかった。朱里の粥が、旨かったおかげかな」

「ふふふー。まあ今回は、そういうことにしておきましょうか。朱里ちゃんを置いてけぼりにして、こんなお願いをしてしまったわけですし」

「はわっ! わ、私は全然平気です! むしろ、いいものを見せていただいたというかなんというか!」

 

 興奮しているのか、朱里が早口でまくし立てている。

 もう少し、遊んでいたい気分であるのは確かだった。風との粘り気の強い口づけをしていたせいで、下腹部が反応してしまっているのだ。

 そのことに勘づいたのか、風が妖艶な笑みを浮かべる。唇の周りをなぞる小さな舌。吐息は、甘く切なかった。

 

「んんー。風が名乗り出たいところではありますけど、さすがに今日は自重しておくのですよ。ですから、朱里ちゃん」

「あ、あの、風さん?」

「一緒に、ご主君さまを気持ちよくしてさしあげましょうか。ほら、見て?」

 

 風の冷たい手。無造作に男根を取り出し、かたくなっている様を朱里に見せつけているようなのである。

 期待に震えた。朱里の小さな口が、開閉を繰り返している。

 

「で、ですね。こんなになったおちんちん、放っておくわけにはいきませんし」

「おおっ、やる気満々なのですよ。それでは、さっそく」

 

 男根が、柔らかなものに挟まれている。腰。前後させるだけで気持ちがいい。

 ちょっと吸い付くようで、離れがたい感触。二人の可憐な頬の間で、醜悪に勃起したものが威容を誇っている。

 

「これ、すっごくやらしいです。こんなに近くで、おちんちんがずりって動いて……」

「くふふ。朱里ちゃんは、ご主君さまのおちんちんが大好きなんですねえ。そんなに見つめて、もうおしゃぶりしたくて我慢できないんじゃありませんかぁ?」

「そ、そんなこと! でも、すっごい匂い……。こんなの、夢中になって当然です」

 

 二人の他愛もない会話。耳で聞きながら、腰をさらに動かした。

 亀頭にあたる髪の感触が心地いい。風はさすがに余裕があるようで、時々竿のあたりに指でちょっかいを出してくる。

 ずりっ、ずりっ。

 こんな早朝から美少女二人の顔で性欲を処理していると思うと、おかしな気分になってくる。しかも朱里はまだ子ができないような年齢で、孕んだばかりの風も外見的にはかなり幼かった。

 

「ほら、ちろちろー」

「んっ……。私も、やってみましゅ……」

 

 頑張って舌を伸ばし、風が刺激を加えてくる。

 それを見て自分もと思ったのだろうが、朱里はいまいち要領をつかめていないようだった。

 ほほえましい光景。顔の間に男根を挟んでいなければ、そう表現してもいいような状態なのである。

 

「むむっ。ねちゃってするお汁が、でてきちゃいましたねえ。気持ちいいんですか、ご主君さま?」

「もちろん、気持ちいいさ。おまえたちの顔を自由に使って、汚いチンポを擦っているのだからな」

「ほうほう。ご主君さまは、こういうふうに風たちと遊ぶのもお好きと。今後の参考のためにも、宝譿に覚えておいてもらいましょうか」

「宝譿に、そんなことを記憶させてどうする。んっ……。唾液を垂らしてくれるか、風」

「はい、よろこんで。ご主君さまは、美少女から分泌されるものはなんでもお好き、と加えておきます。朱里ちゃんも、きっちり学んでおいてくださいねえ?」

「ひゃ、ひゃいっ! んっ、あふっ……。すごいです、一刀さまのおちんちんどんどん大きくなって」

 

 何度か口を動かしてから、風が粘り気のある唾を吐き出した。

 それを男根の表皮がまとい、さらに二人の頬を汚していく。我慢汁だけでは得られない快楽。興奮を高めているのか、風の顔が赤くなっている。

 

「お顔ずりずりってされるの、なんだか気持ちいいですね。一刀さまの熱と匂い、こんなに近くに感じられて。風さんも、そう思いませんか?」

「え……? もしかすると、風が想像していた以上に、朱里ちゃんは変態さんなのですか? あっ、んんっ……。こんな、醜悪なおちんちんで顔を擦られるという、屈辱的な行為で感じてしまうなんて……」

「はうっ……!? な、なんなんですかその眼はっ!? か、一刀さまぁ……。私、もしかしなくても変なのでしょうか……」

 

 どこまでも、まともに相手をする気はないらしい。

 段々と朱里がかわいそうになってきて、風の頬を軽くつねってみる。柔らかい。ほとんどつきたての餅のようで、指の動きに合わせていくらでも変化してみせるのだ。

 これはこれで、気持ちがよかった。ただし、性的な興奮があるかといわれればそうではない。

 

「んむぅ……。いささか、孕んだばかりの奥さんにしていい仕打ちとは、思えないのですけどぉ……?」

「風が、朱里に意地悪ばかりするからだ。感じているのは、おまえも同じなのだろう」

「んむむっ……。その答えは、しばらく保留ということで。さっ、もっとちんちんずりずりされていいんですよ? 早く射精してしまわないと、ご予定に遅れてしまいかねません」

「はふ……。お二方のやり取り、とても勉強になります。一刀さまのお側に仕える者として、私はまだまだ未熟なのでしょうね」

 

 男根で頬肉を押し上げられながら、朱里が真面目な考察を語っている。

 ちょっと間の抜けたような光景。それで、自分も風も思わず笑ってしまっていた。

 

「はははっ。朱里は、朱里のしたいように振る舞ってくれていい。それに……」

「こんなのがもうひとり増えてしまっては、面倒で仕方がありません。風も、それはあまり歓迎したくありませんねえ」

 

 風の指が、竿の根本に添えられる。

 そろそろ、射精してしまえ。ちょっと歪められた口から、そんな意図が伝わってくる。

 二人分の頬肉を潰す亀頭。我慢汁は絶え間なく流れていて、そこに指による快楽が加わっている。

 

「んっ、ちゅぷっ、ふぁうっ……。か、かじゅとひゃま……♡」

 

 必死になって舌を出し、朱里が表面に触れてくる。

 気持ちいい。精液のせり上がってくる感覚。風の指。つねり上げるように、根本に愛撫を行っている。

 

「あっ……。出すんですか、ご主君さま。きて、精液きてっ……♡」

「射精きちゃいそうなんですか? あんっ、あむっ、れるっ。ください、一刀さま。濃厚な朝いち精液、私と風さんのお顔にぶっかけてほしいんですぅ♡」

 

 男根全体に震えが拡がっていく。

 亀頭を圧迫する頬肉。二人の白い肌を汚濁で染め上げるためだけに、子種が出口へと向かっていく。

 脈動。吹き出した精液が、容赦なく風と朱里を襲う。

 

「んんっ、んはあっ……! 熱々の精液きてるっ……! 風を孕ませた、旦那さまの特濃汁がびゅるってぇ……!」

「どくどくって、おちんちんの震え顔で感じる♡ すごいです、一刀さま。もっと、もっと私のこと汚してくださいっ♡」

 

 二人の顔の間で、男根が暴れている。

 四方に振りまかれる精液。掃除したばかりのことなど、お構いなしだった。

 

「ああっ……。ほんとに、毎回とんでもない量をお出しになるのですからぁ……♡ んむっ、ちゅっ……。処理する風たちのことも、ちょっとは考えてくださいませんか?」

「ふふっ。風さんのお顔、一刀さまのいやらしいお汁でどろどろです。こんなの、ちょっと拭いたくらいじゃ匂いでばれてしまいそうですね♡」

「くふふー。だったら、もう少し遊んでみましょうかー? 全然、このいけないおちんちんさんは萎んでいないみたいですし。ちゅっ、れろっ、ちゅぱっ……。んあっ……。ほんとに、悪い子なんですからぁ♡」

 

 射精し終えた亀頭の先に、風がうれしそうに唇をつけている。

 残滓を吸い上げられるような感覚。飄々とした風の顔が上気している様は特別で、男の興奮を強く誘う。

 朱里が一緒になり、奉仕を続けようとする。嫌な予感がなんとなくしたのは、その時だった。

 同様に気配を察したのか、風が扉の方を向いている。立ち尽くしている女の影。この光景を、自分は間違いなく知っている。

 

「あっ……?」

「あっ。おはようございます、桂花ちゃん」

 

 風が暢気に桂花に挨拶をする。

 闘気。瞬く間に、膨れ上がっていく。朱里は亀頭に口づけたまま、ぴくりとも身体を動かさなかった。それだけ、桂花の存在が圧力になっているのだろう。

 

「いますぐ土に還れ、この全身精液男!」

 

 またしても響き渡る怒声。

 爽やかな朝の空気。一瞬で吹き飛んでいくのを感じながら、曹操は二人の頭を労うように撫でている。



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三十一 移ろいゆくもの

 どうして、自分ばかりがあのような場面に遭遇しなければならないのか。周囲には聞こえないようなため息。陣屋の壁に手をついて、桂花は波打つ心を抑えようとしていた。

 割り切っているつもりでいて、どこかで子供のように駄々をこねたくなる気持ちが残っているのか。首を振り、馬鹿馬鹿しい考えを霧散させていく。

 嫉妬心など、抱いてなんになる。しかも、曹操にあのような姿を晒してしまったのである。今度閨に訪れた時、どんなからかわれ方をされるかわからない。どれだけ強がって見せようとも、あの場での自分は曹操の手のひらの上で転がされているに過ぎなかった。堕ちゆく感覚。それが、心地よくさえあるのはどうしてなのか。

 答えなど、とうにでているはずなのである。そうでなければ、側仕えの軍師となり、あまつさえ母親になどなっているはずがなかった。

 曹操が曹操であるかぎり、この現実が変わることはなかった。それに、勢力の幹部連中はあの男との個人的な縁で結ばれた女ばかりで、旺盛な情欲が結果的にはいい方向に働いているのである。そのことを考えれば、否定する理由はどこにもないはずだった。

 

「ほんっと、場所を考えずに種を撒き散らして……」

 

 言いながら、試しにちょっと頬を膨らませてみる。

 こんな真似をしていると曹操に知られたら、それこそ笑い者にされてしまうのではないか。やめよう。翠の母との接見も、すぐあとに控えているのである。それだけに、こんなことで気を散らせている場合ではなかった。

 油断大敵。筆頭軍師を自負するのであれば、努々そのことを忘れるべきではなかった。

 

「あ、あの、桂花さん……?」

「むぐっ……? あっ……」

 

 振り返ったのと同時に、やってしまったという思いが脳裏をよぎる。口にためていた空気。声と一緒に、力なく抜けていく。

 今日の自分は、きっとどうかしているのである。

 どんな反応を返していいのかわからず、朱里は両手を所在なく揺らしている。終わった。真っ先に浮かんできたのは、そんな言葉だった。

 

「え、えと……、その……ですね」

「うっ……。変に遠慮されると、こっちは余計に辛くなるだけなんだけど。もし理解した上でやっているのだとしたら、末恐ろしい女ね、諸葛亮孔明」

「す、すみません。その……、風さんは気にする必要なんてないと仰っていたのですが」

「はあ……。これ以上は謝るの禁止、いいわね? それにどうせ、節操なくアレをおっ勃てたのはあの男なんでしょうが。だったら、どこに朱里が謝る必要があるっていうのよ。わかったのなら、職務に戻ることね」

 

 突き放すような口調を意識しつつ、肩先まで伸びた髪に触れる。

 ほんとうに、どうしようもない男だと思う。だが、どこかに欠けている部分があるから、曹操の周りには人が集まるのではないのか。

 苦笑を浮かべる朱里に視線を向け、桂花は言った。

 

「馬騰が恭順を表明すれば、涼州の旗色は完全にあいつの支持に変わるわね。韓遂の派閥は残っているけれど、わざわざ歯向かう真似をする意味もないもの。そうしたら、つぎは益州よ」

「です、ね。先代の劉焉さまとは違い、あとを継いだ劉璋さまは器量に不安があるという噂も耳にしています。そして、孫堅は同族である劉表さまを攻め滅ぼしている。となれば、麾下の方々は必然的に曹家を頼りたいと思うはずですから」

「ええ。真直がその方向から接触を試みているみたいだけど、実際感触は悪くないみたいね。交渉がうまく進めば、近く向こうから使者が来るんじゃないかしら」

「そうすれば、一刀さまの天下がいよいよ見えてくる、というわけですか。豫州では一進一退の攻防が続いているような状況ではありますけど、外部ではこちらの影響力が確実に増している。いい風を、吹かせられているとでも言うべきなのでしょうか」

 

 朱里の言葉に、桂花は頷いた。

 この流れを形成できているのも、徐州での劉備軍の善戦があったからなのである。凄惨をきわめる侵攻が完遂されていれば、今頃曹操には冷たい風が吹き付けていてもおかしくはなかった。

 それだけに、本気で抵抗を決めた朱里の働きは、見方を変えれば至上のものであったと評価されるべきなのだった。

 

「だからこそ、これからの戦の勝敗はより重要になってくる。孫堅を打ちのめし、あいつは天下へ続く道の地固めをする必要があるんだから」

「がんばります、私も。でないと、あの方にお仕えするって決心した意味がありませんから」

「そうなさい。伏龍さまの実力、もっと敵味方に見せつけてもらわないとね?」

「むう……。そのためにも、王佐の才と評される桂花さんのお力、これからも近くで学ばせていただきます」

「あら、やり返してくるだなんていい度胸をしているじゃない。でも、その意気よ」

「ふふっ。ご指導よろしくお願いします、先輩」

 

 心からの笑顔を見せる朱里。この程度のことでどこか気分をよくしてしまうのだから、自分も安くなったものだ。

 しかし、それは悪い変化ではない。自分たちがいて、あとに続く者が確実にでてきている。この循環があるかぎり、曹操の足もとが容易く崩れることはないのだ。

 そうして、やがては子供たちへと時代は移ろいでいくのだろう。そんな考えを持つようになった自分。驚くべき変化ではあるものの、自然なことのようにすら思えてくる。

 

「覚悟していなさい? 厳しいわよ、私の指導は」

 

 以前よりもずっと伸びた髪。ちょっと女らしさを増した胸。人の内面の揺らぎというのも、それと似たようなものなのだろう。

 少しづつではあっても、常に同じであるわけではないのだ。そうでなければ、前を向けはしない。進んでいくことなど、できるはずがない。

 

「風」

「くふふー。そろそろ、でていってもいい頃合いかと思いましてぇ」

 

 中で暇を持て余していたのか、口にしている飴が小さくなっている。

 前言撤回。風の無神経さだけは、いつでも変わらないと桂花は感じている。

 

「んぅ……。風も、桂花ちゃんを先輩ってお呼びしてみましょうかぁ」

「はあ? どうして、あんたが……」

 

 意味ありげに片眼をつむる風。

 そのわけを理解するまで、桂花が時間を要することはなかった。



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三十二 未来を想う

 予定外のことで汚してしまった衣服を替え、曹操は常磐を待っていた。

 密室の、息の詰まるような状態で話をするつもりはなかった。小高い丘。そこからあたりを見渡すと、部隊の動く様子がよくわかる。

 孫堅軍の動向に備えて、調練は軽めに行うよう通達してあった。『馬』の一字を掲げた騎馬隊が駈けていく。翠はこの場に立ち会う必要はないと判断したようで、蒲公英を連れて周辺の物見をしてくると言っていた。

 伝えるべき想いは、剣を介してすべて伝えた。それ以上の言葉は不要で、むしろ余計なものでしかない。原野に吹く風にも似た清涼感。そうした雰囲気を、翠もまとうようになったということか。

 

「婿殿」

「常磐。よく眠れたかな、昨夜は」

 

 徒歩(かち)姿の常磐がやって来た。

 乗ってきた馬は、どこかにつないであるのだろう。娘に叩き折られたせいで、帯剣もしていない。そのせいか、初対面のときより受ける印象がかなりやわらかくなっている。

 

「ほどほどにはな。久しぶりに激しく動いたせいで、身体が少し痛いくらいだ。年など、食うものではないと実感させられたわ」

 

 冗談を交えながら、常磐が歩み寄ってくる。

 翠の率いる騎馬隊の姿は、もうほとんど見えなくなっていた。

 地平線の彼方。見つめながら、常磐が口を開いた。

 

「帝を奉らんとする気持ちに、間違いがあったとは思わない。婿殿は、どう思うか」

「それについては、同意しよう。できれば、俺もそうありたかった。それが、最も筋道が通ったやり方だとは理解しているのだ」

 

 自分がもっと早い時代に生まれていたのなら、それでよかった。

 しかし、時は変化を待ってくれないものなのである。だったら、現時点での最善の手を打つほかない。幾百万の民衆の心に根ざした帝の地位。たとえ侵すことになろうとも、躊躇うべきではなかった。

 返答に満足したのか、常磐が小さく笑った。言葉も仕草も、いまは至極穏やかである。

 

「老いとは、おそろしいものだ。私のような跳ねっ返りですら、無意識のうちに守りに入ってしまうのだから。気合を注入された気分だよ、翠と婿殿にな。あっ、いや……。これは冗談などではないからな?」

 

 交わった時のことを思い出したのか、常磐はばつが悪そうに頬を人差し指で掻いている。

 

「ともかくだ。翠のやつにも、存外男を見る眼があったと言うべきなのだろうな。志と覇気。そのどちらとも、英雄と呼ぶに相応しいものを備えていると認識させられたのだ」

「それでは」

「うむ。少々乗り遅れた感があるのは否めないが、私にも助力させてくれ。なにより、死に損ないのババアとの戦、まだまだおもしろくなってきそうじゃねえか。武人として、外から眺めていることなどできるはずがあるまい」

 

 そう言って、常磐はこの日はじめて豪快に笑ってみせた。

 老境に入るには早すぎる。

 辺境で消えかかっていた炎。燃やすべき戦場は、まだいくらでもあるはずだった。

 

「こちらに、残ってくれるのか? 俺としては、ありがたいことだが」

「平気だ。休と鉄にも、これを機に独り立ちさせようと思う。幸い、蒲公英以外の部下はあちらに残してあるのでな。まっ、なんとかするだろうさ。あいつらも、子供ではないからな」

 

 娘たちのことを、信頼しているのだろう。

 翠は、当分こちらにいることになる。それだけに、妹二人には馬家の代表としてしっかり立ってもらう必要があるのだった。

 

「それでなのだが、いまの私は腕はあっても武器がない状態でな。婿殿のその剣、拝領したく思うのだが、どうだい」

 

 常磐の双眸。鋭さがはっきりと増している。

 簡単に従うだけではおもしろくない。護衛をまともにつけていない状況で、丸腰になる覚悟が自分にあるのか。それを、常磐は最後に試したいようだった。

 

「相応しい剣を拵えて返すつもりだったのだが、まあよかろう。おまえの好きなように、使うがいい」

 

 履いていた剣を外し、横に向けて差し出した。

 伸ばされる両手。恭しく頭を下げながら、常磐は剣を受け取った。

 一陣の風。二人の間を吹き抜けている。余程のことがないかぎり、隠密には自分の命を待つように伝えてある。だから、常磐が剣を抜けばまず間に合わない。その場合は、死があるだけだった。

 

「応。婿殿の剣、ありがたく頂戴する。娘共々、よろしくしてやってくれ。曹操孟徳の威光が天下の端々に行き渡るまで、いま少し若者のふりをしてみようと思う」

「振りなどしなくとも、十分に若いさ。またいつでも、相手をしてくれるのだろう?」

「う、うむっ……。婿殿さえよければ、いつでも歓迎するぞ。子を成すのであれば、なるべく早いほうがいいからな」

 

 常磐は、本気で自分との子をほしがってくれているらしい。

 男として、これほど意気に感じることはなかった。活力が湧いてくる。ちょっと顔を赤く染めた常磐。抱き寄せた肩の想像以上の小ささに、曹操は気分を昂揚させていた。

 

 

 赤兎の身体を、束ねた藁で擦っていく。

 心地よさそうに細められる眼。この作業だけは、自分でやると恋は決めているのだ。

 月が自分のためにと贈ってくれた馬。いまでは、家族同然に思えるようになっている。

 

「ふふっ。赤兎、気持ちいい?」

 

 桶に汲んだ水に浸し、さらに汚れを削ぎ落とす。

 孫堅との戦は、まだ続く。それまでは、自分も赤兎も休むわけにはいかなかった。

 曹操の命に逆らえば死。立てた誓いは、軽いものではなかった。それでも、気力が衰えることはない。曹操の存在は、出会った頃と比べて遥かに大きなものへと変わっている。

 肉まんを食わせてくれた変なやつ。そこから拾ってくれた恩人となり、いまではご主人様であり旦那様となっている。

 

「あっ……、紅波」

 

 陣中にあっても珍しい人物の姿を見つけ、恋は藁束を桶に落下させている。

 身分を隠すために変装をしていることが多いが、今日は紅い長髪が自由に揺れている。たぶん、曹操のところになにか報告があって来たのだろう。一箇所にゆっくり留まっていることがまずないから、声をかけたくてもできない場合がほとんどなのである。

 駈けだす。紅波も自分のことに気がついたのか、足を止めてくれている。

 

「どうかなされましたか、恋殿」

「んっ……。紅波に、ずっとお礼を言いたかった。月のこと、ちゃんと連れ帰ってくれて、ありがとうって」

「やっ、礼をしてもらうようなことではございませぬ。月殿のことは殿のご命令であり、麾下の方々の願いでもありましたから。拙者としましても、それは同じことで」

「それでも、ありがとう。月との出会いがあったから、恋は一刀と知り合えた。それで、頼ったのが一刀じゃなかったら、きっと月は昔みたいに笑えてない」

 

 月の強さは知っている。だからこそ、心の底から頼れる相手が数少ないのも確かだった。

 曹操は、月にかつてのような笑顔を取り戻してくれた。それだけではなく、母にもしてくれたのである。

 新たないのち。月が紡ぐ可能性。恋も、それを密かに愉しみにしているひとりだった。

 

「慕われているのですね、殿のことを。ですが、よくわかります。拙者も、殿に拾われていまの自分になりましたから」

「……紅波は、西域からでてきたって聞いている。恋の生まれも、そのあたり」

「昔のことは、たまにしか思い出さないようになりました。それだけ、いまが充実しているからでしょう。まさか、おのれが部下を持つようになるとは思いませんでした。それも、殿のような御方のもとでなど」

 

 紅波の過去については、あまり詳しくは知らなかった。

 ただ、事情があって西域から流れつき、拠り所とするべき人を見つけたという点では同じである。自分にとっては月であり、ついでそれが曹操となったのだ。

 

「そういえば、紅波には真名がない?」

「ふふっ。拙者にとっては、その名は真名に近しいものなのです。向こうにいた頃は、胡車児と名乗っておりました。紅波というのは、拾っていただいた時に頂戴した名前でして」

「そっか。一刀に、もらった名前……。ちょっとだけ、羨ましいかも」

 

 きっと、名付けられたことが紅波にとって契機となったのだろう。

 過去との決別は、簡単なことではない。それで月が長く苦しんでいたことも、知らないわけではなかったのだ。

 

「恋殿。はじめてお会いした時のことを、覚えておられますか?」

 

 長い沈黙。

 戦場。それとも、城郭のどこかで出会ったのか。どれが正解なのか、はっきりとはしなかった。

 

「雨の日のことです。拙者は殿と一緒になって駈けずり回り、帝のお姿を捜した。あの時の月殿は、大きくておそろしいだけの存在でした。それで、斬りかかろうとしたところを、殿に制止されて」

「……そういえば、そんなこともあった気がする。みんなずぶ濡れになったから、あのあとすっごく寒かった」

「ははっ。いまとなっては、いい思い出です。かつて死を覚悟させられた相手とも、こうして笑い合うことができる。殿の本領は、きっとそこにあるのです。かつて董卓陣営にあった方々を見ていると、そう強く思わされてしまいますよ」

 

 それもそうだと思い、恋は無言で頷き返していた。

 曹操の真の強さ。それは、戦場の外で発揮されるものなのである。自分たちだけではなく、袁紹や劉備にしてもそうだった。曹操というひとりを中心に据えて、天下はつぎなる方向へと進もうとしているのではないか。

 すると、自然と生まれてくる予感がある。

 言いかけたところで、紅波が立てた指を口にあててきた。

 

「おっと。この先のことは、まだ互いの胸中に留めておきましょう。戦は、まだ終わったわけではありませんから。それでは、殿へのご報告がありますので、拙者はこれで」

「あっ、紅波」

 

 肩を掴もうとした手。見事に、空を切っていた。

 あの素早さには、追いつけそうにもなかった。

 ちょっと明るくなった気持ち。それを赤兎にも教えてやろうと、恋は再び藁束を手にしている。



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終章 蒼天遥かなり
一 狂虎と悍馬


忘れかけていましたが、パイロット版投稿してから早三年みたいですね。
桂花がメインに昇格したり、一刀が愛紗のお義兄ちゃんになったりと、初期の構想からいろいろ変わっていくものです。


 青空のもと、蓮華は馬を駆けさせていた。

 目指しているのは曹操の陣。ただし、軍勢を率いて攻め込んでいるわけではなかった。

 母である炎蓮の思いつきから、今日の出来事ははじまったと言っていい。

 

「こうしていても埒が明かん。一度、やつの顔でも拝みにいってやるとするか」

 

 正気を疑うような一言だった。

 いくら母が豪胆な人であるとはいえ、物見遊山にでも行く雰囲気で敵陣に乗り込まれては困る。この決断には、百戦錬磨の宿将たちですら動揺を隠せなかった。

 そしてたちの悪いことに、母は冗談でそのようなことを告げる人ではなかった。

 意図が理解できないわけではない。戦場での拮抗を尻目に、曹操は自身の影響力を着実に強めていた。幽州の公孫賛。益州の劉璋。孫家の支配領域に住まう山越族にまで、調略の手は伸びているようだった。

 袁紹との融和により、曹操は中原の名士をことごとく手中にしているような状態なのである。動かせる人員は自分たちよりも明確に多く、それぞれの持つ脈も豊富だった。

 後方が騒がしくなっては、戦に集中することもままならない。なんなら、切り取った豫州の土地を放棄して、もとある汝南までを固めることすら母は考えているようだった。

 

「なに難しい顔をしてやがる、蓮華。曹操と会うのが、そんなにおそろしいか」

「ま、まさかっ。私がおそれているのは、母さまの無謀な勇気だけなのです。ほんとうに、考えられません。たったこれだけの人数で、敵軍の陣に向かうなどと」

「ハハッ。だから、最初に言ってやったじゃねえか。護衛など、五人も百人も変わらんだろうとな」

 

 そう言って、母はいかにも愉しげに笑う。

 言っている内容に関してはその通りだが、狂っているとしか思えなかった。

 無理やりついてきた祭を除けば、あとは普通の兵が十人ばかり。それが百人いたとして、母ひとりに戦力としては及ばないのが現実なのである。

 単身乗り込んでくるような人物を、曹操は害せない。確信に近い考えがあるから、こんな行いができるのか。それとも、おのれが死しても孫家のまとう炎が絶えないと信じているから、簡単に危険を侵してしまえるのか。

 生死の境目。もともと曖昧だったそれが、死の淵から蘇ってからはさらにいい加減になっている気がしていた。

 娘の立場からしてみれば、どちらにせよはた迷惑な話だった。

 だから、ひとりでは行かせてはやらない。以前のように、自分の手の届かないところで大切な人を失うのは、絶対に嫌だった。

 

「観念なされい、蓮華さま。殿のこの御気性、くたばったとて治りはしませぬ。この家に生まれたのが、運の尽き。腹をくくって、曹操の懐に飛び込みましょうぞ」

「悪いわね、祭。母の無茶に、あなたまで巻き込んでしまって」

「なんの。このくらいのこと、慣れっこじゃわい。それに、蓮華さまこそ留守を守ってくださればよかったものを。あの華雄ですら、大人しく殿の言葉に従ったのですぞ?」

「ふふっ。華雄に比べて、まだまだ子供なのでしょうね、私もあなたも。だから、母さまをひとりで行かせられない。自分がそばにいなければ、と思ってしまうのね」

「むむむ……。この儂が、あの華雄よりもガキじゃと仰せられるのか、蓮華さまは」

 

 不服そうに祭が眉根を寄せる。

 自分たちのやり取りを、母は素知らぬ顔で見ているだけだった。

 華雄は曹操について深く知らないが、麾下である呂布や張遼などとはかつて昵懇な間柄だった。その二人が、信を置いて旗を預けている男。そうであれば、さして身を案じる必要もない、とでも考えているのか。

 

「よお。見えてきたな、曹操の陣営が」

 

 曹操軍の反応は素早かった。

 すぐに数十騎で編成された物見が駆けつけて、自分たちは包囲されてしまう。

 ここまでは、想定通りの流れだった。あとのことは、天に身を任せるしかないのか。軽装の将らしき人物がでてきて、母に対して剣を向ける。どうしてか、その表情は笑っていた。

 

「はははっ。その顔、まさか孫堅か。そのうち見えることになるとは思っていたが、これほど早くなるとはな」

「ああん? 誰かと思えば、西涼の暴れ馬じゃねえか。さては貴様、娘を取り返しに来たところを籠絡されて、曹操に下ったな?」

「……ったく、そんなんじゃねえっての。人を小馬鹿にしやがって、この死に損ないが。まあいい、首を刎ね飛ばす前に、用件くらい聞いてやろうじゃねえか。婿殿の面子を、私が潰しちゃあ元も子もねえからな」

「ほう? 田舎で家に引っ込んでいると聞いていたが、案外威勢がいいじゃねえか」

 

 西涼の暴れ馬。母の態度から察するに、相手はどうやら馬超の母である馬騰のようだった。

 いつの間に、という思いが強くなる。娘ばかりか、馬家の当主までもが曹操の兵を率いるようになっている。これでは、涼州の情勢は決まったようなものだった。

 またひとつ、首に巻かれた縄がじわりとくい込んだ。いまの状態を表現するのなら、それが適当なのだろうか。

 

「こちらの用件だが、会いに来てやったと曹操に伝えろ。おお、そうだ。急な来訪ゆえ、酒は不要だともつけ加えておいてくれ」

「会いに来てやっただあ? どこまで図々しい女なんだ、貴様は」

「さっさと行かねえか。小間使いが、ぼさっとしてるんじゃねえよ」

「一々気に障る言い方をしやがって……。婿殿の許可がでたら、その首ひきちぎってやるからな、この戦さ気狂いめ」

 

 馬騰の加入は、孫家にとってかなりの痛手のはずだった。

 それでも、母の姿勢は微塵もぶれていない。障害物が多少増えようと、斬り伏せるのみ。そうした気構えがあるから、常に自分を見失わない。母の背中。理解しているはずなのに、やはり大きく見えている。

 この程度のことで狼狽えているようでは、当主は務まらない。まるで、そう教えられているような気分にもなってくる。

 それに、往年の知り合いと再会できて、なんだか嬉しそうですらあるのである。生きていれば、縁が再び結ばれることがある。それが敵であっても、武人同士通じる部分があるのだろう。

 

「行くぞ。びびっていては話にならん。堂々としていろ、堂々とな」

「はい。肝に銘じておきます、母さま」

 

 腹に力を込め、馬騰のあとについて行く。

 林立する曹操軍の旗。負けじと、蓮華は馬上で背筋を伸ばしている。



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二 危険な誘惑

前回から終章に入りました。
半年くらいで完結いけたらいいなあとか思ってますが、所詮は理想です。


 孫堅一行の来訪。ちょっと語気を荒らげた常磐から呼ばれて、曹操は陣屋の外に出た。たまたま同席していた愛紗だけが、護衛としてついて来ている。向こうには常磐も待っているだろうし、それ以上は不要だと思っていた。

 十人にも満たないほどの集団だった。常磐に与えた騎兵に囲まれているものの、おそれるような素振りはどこにもない。孫堅などは自陣にいるような気楽さで、退屈そうに頭を掻いているくらいなのである。

 ほかに来ているのは、娘である孫権と宿将の黄蓋くらいか。どちらも、面識のある女だった。戦場でも感じたことだが、孫権は結構な頑固者なのかもしれなかった。なにも娘まで、母の勝手に付き合うことはないのである。むしろ母娘揃って討ち取られないように、本陣を預かるのが普通といえば普通だった。

 それを理解したうえで、付き従ってくる。頑固というか、そこにあるのは激情なのか。鋭い視線。母親とは違い、どこにも余裕はないようだった。

 小さく笑みをのぞかせ、曹操は集団に近づいていく。同じように、孫堅が笑っていた。もう何年も、直接顔を合わせてはいない。最後に会ったのは、記憶が確かなら酸棗の陣中だった。

 

「よお。元気そうじゃねえか、曹操。何年ぶりだぁ、こうして面を合わせるのは? 随分と、デカくなりやがって」

「貴殿こそ、一度死にかけたようには見えないな。ご息女とは、先日ぶりか。健勝そうで、なによりだ」

 

 今日は、殺気に満ちたあの護衛は不在のようである。

 たぶん、孫堅が同行させなかったのだろう。敵愾心を振りまかれては、まとまる話もまとまらなくなってしまう。そうした部分では冷静なのが、孫堅という女だった。

 

「……戦場では世話になった、曹操殿。突然の訪問、申し訳なく思っている。私はお止めしたのだが、母がどうしてもというのでな」

「ははっ。予測のつかないことが起きるのが、戦場なのではないかな。それに、俺も御母上とは久しぶりに会ってみたいと思っていたところだ。ところで、いまくらい肩の力を抜いてもよいのだぞ? 貴殿らを害する意図があったのなら、すでに兵を差し向けているのだよ。それが理解できない、孫権仲謀ではあるまい」

「むっ……。曹操殿の心遣い、ありがたく存ずる。しかし、母がこうであるゆえ、娘である私が気を張っていなければ麾下に示しがつかん。わかるだろう、その気持ちも?」

「気苦労を重ねているようだな、孫権殿。ゆるりとはいかないだろうが、しばらく楽に過ごしていてくれ。参ろうか、孫堅殿?」

 

 曹操の言葉に、孫堅が頷いた。

 

「お、お待ちください、兄上。よもや、孫堅殿とお二人だけで会談なされようというのですか」

「そうだが、なにか不都合でもあるのか?」

「やっ……。不都合というわけではありませんが、私としてはさすがに……」

 

 一対一で孫堅とやり合えば、まず自分に勝ち目はない。そういう心配を、愛紗はしてくれているのだろう。

 だが、それ以上の危険を冒し、相手はここまでやって来ているのだ。意地の張りあいのような感じもするが、負けたくはなかった。それに、ここはまだ戦場とは地続きにあるのである。覚悟ならば、常にできていた。

 

「俺に万一のことがあったら、この猛獣の首を全力で奪ればいい。ついでに、娘と宿将の首まで刎ね飛ばせるのだぞ? 戦果としては、重々ではないか。家督は昂に継がせる。後見は夏侯惇と夏侯淵の二人。それで、あとのことはどうにでもなる」

 

 愛紗の表情はやはりかたい。

 真面目な子だ。それだけに、自分の安全を最優先に考えてくれているのだ。

 

「いいじゃねえか、関羽。婿殿がこう言ってるんだ。結局、好きなようにやらせるしかないんだろ? 安心してくれていいぞ、婿殿。なにかあった時には、この死に損ないは私がきっちりあの世に送ってやるからよ」

「うっ……。馬騰殿の剛毅さ、私も見習いたいものです」

「あはははっ。だろう?」

 

 苦笑する愛紗を物ともせず、常磐は豪放に笑っている。

 

「ったく、うまいこと跳ねっ返りを手なづけたもんだぜ。なあ、婿殿?」

「茶化してくれるなよ、孫堅殿。だが、まだまだ。俺には、叩き潰さねばならん女がほかにもいるのでな」

「ハハッ。言ってくれるじゃねえか、曹操」

 

 緩みきっていた孫堅の表情。そこに、じんわりと獰猛さが宿っていくのがわかった。

 陣屋の扉を手で押し、中へと入っていく。

 唇の端を舌で濡らす孫堅。見て見ぬふりをして、曹操は椅子に腰を落ち着けた。

 

「なかなか小綺麗にしてるじゃねえか。どうせ、ここに毎晩女を連れ込んでるんだろう?」

「さあ。貴殿の想像に、おまかせするとしよう」

 

 なんとなく感じる戦のような気配。

 顎を指で撫でながら、曹操はかつてのことを思い出していた。

 

 

 孫堅が腕を組み、こちらをじっと見つめている。

 持ち上げられた胸。相変わらずの張りがあって、挑発しているようにさえ思えてくる。

 

「このあたりで、軍を引き上げようと思う。誰かさんのしてくるちょっかいのおかげで、方々が騒がしくなっているのでな」

「ほう。こちらにとっては、好都合なことだな。追い討ち、散々に打ち破ってくれと言っているようなものではないか」

「そう、つれねえ態度をとるもんじゃねえよ。貴様の兵も、戦続きで相当疲れがたまっていることは知っている。無理をしてしくじれば、それこそ洒落にならねえよなあ?」

 

 不敵な笑み。ここまで話したからには、撤退に際して相応の準備をしてくるはずだった。

 あるいは、罠をしかけてくることも考えられた。背中を見せて油断を誘い、反転してこちらの攻撃部隊を押し包む。その勝利が孫家の勢いを生み、自分が形成しつつある流れを破壊する危険すらあるのだ。

 

「わざわざ、手ぶらで会いに来たのではあるまい。こちらに、なにかよい条件があるのではないか?」

「いい読みだ。統治するのも面倒だから、豫州の北部が欲しけりゃくれてやる。代わりに、貴様の置いている部隊を汝南から引き上げさせろ。それでしばらく、この地の均衡は保たれよう」

「悪くないな。こちらとしても、北部を得られたほうが利点が多い。それで、ほかには? その気になれば、俺は貴殿らをここで始末することもできるのだよ。当然、多少の上積みくらい、覚悟のうえなのだろう?」

 

 そんなやり口で殺す気はさらさらないが、引き出せるものは少しでも多いほうがいい。

 いくらか尊大な風を装い、曹操は問いかけた。

 

「強欲な男め。しかし、そうだな……」

 

 孫堅が立ち上がる。

 服の切れ目からのぞく肌。褐色の誘惑が、いたる部分に転がっている。

 身ををかがませ、孫堅が耳もとに口を寄せる。湿り気のある吐息。不意に、片付けてある寝台が眼に入った。

 

「ククッ……。オレの身体を、好きにさせてやるというのはどうだ。貴様のチンポも、実のところ期待しているのだろう? さあ立て。挨拶代わりに、かわいがってやろう」

 

 瞳に、情欲の炎が宿っている。

 耳を這う舌。ぞくりとするような感覚が、突如として走り抜ける。

 

「なんだ? まさか、もう勃起してるんじゃねえだろうな。その貪欲さは、嫌いではないが」

 

 腕がするりと伸びてくる。

 瞬間、火がついたような勢いで孫堅に押し倒された。どちらかと言えば、組み伏せられているような格好である。

 一撃。頬に向けて、拳が容赦なく飛んでくる。頭が揺さぶられる。同時に、口内に血の味が拡がった。

 

「ハハハッ。甘い男だな、貴様は。死にたくなければ、本気で抵抗してみせろ」

 

 首に手をかけられている。

 このままでは、近いうちに意識を失う。体躯の大きな女だけに、跳ね除けるのも簡単ではなかった。

 顔面を殴りつける。したたかに打ったが、この程度では崩れない。腕の力が強まる。揺らいでいるのは、自分の意識だけだった。

 

「ぐっ……。そん、けんっ……」

「こいつでトドメだ。悪く思うなよ、曹操」

 

 額に強烈な衝撃が走る。

 薄れゆく意識。必死に腕を伸ばしたが、指にあるのは髪をかすめた感触だけだった。



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三 二人だけの戦場(炎蓮)

 果てしなく続く闇。そんな中を、彷徨っているような感覚だった。

 だが、まだすべてが終わったわけではない。身体の一点。伝わってくる熱が、曹操に覚醒を促しているようだった。

 指先に力を込める。動く。脈動も消えてはいないはずだった。

 首に締め付けられた痛みが残っている。殴りつけられた顔にしても、同じだった。それでも、自分は生きている。痛みが、そのことをはっきり教えてくれているのだと、曹操は思っている。

 重いまぶた。ようやく開け、身体に乗っているなにかを見ようとした。長い髪。愉しむように舞っている。つぎに眼に入ったのは、獲物を喰らう猛獣のごとき光を放つ女の双眸だった。

 

「ようやくのお目覚めか、曹操。あのままとどめを刺してやってもよかったのだが、据え膳食わぬはなんとやらだ。失神しているにも関わらず元気だった、このチンポに感謝しておくのだな。ハッ、ん゛っ、ハハッ……♡」

 

 妖艶さのにじみ出る声。覚醒した意識が、強引に締め上げられるような感覚に襲われている。

 

「んぐっ、ああっ……。好き放題にやってくれたな、孫堅。それとも、人間は一度死を経験すると、こうなってしまうのが普通なのか?」

「さてなあ。そう言う貴様はどうなのだ、曹操? 死の瀬戸際でチンポを搾られる感覚なんぞ、世の中の男ではまず味わえまい」

 

 孫堅の身体。騎乗位になって遠慮なく跳ね回り、下腹部を押し潰そうとしているのか。

 異様なくらい、男根が猛り狂っている。死に瀕した身体が、最後のあがきでいのちを残したがっているのか。鋭すぎるくらいの快感。孫堅の上手さもあるのだろうが、やはりいつもと勝手が違っている。長くは持ちそうにないが、本能がそれを望んでいるのだから仕方がない。

 重たげに垂れ下がった乳房。孫堅が上下するたびに、柔らかそうな肉がどこまでも弾んでいる。鈍痛。自分の視線に気づいたのか、孫堅が勢いよく額を寄せてくる。

 

「やはりいいな、貴様は。その人並み外れた獣欲に対して、少し褒美をやろうではないか。ほら、口を開けろ。んっ、じゅくっ、んむっ……」

 

 長い舌。瞬時に入り込んできて、口内を無遠慮に犯していく。

 この緩急こそが、孫堅という女のおそろしさなのか。激しいが、嫌な感じはまったくしなかった。乾いた血の味。孫堅の唾液で上書きされていく。どくん、と下腹部が脈打ったような気がしていた。

 

「あむっ、りゅぷっ、ふう……。フフッ、馬鹿みたいにチンポをでかくしやがって。構わんのだぞ、オレのマンコをこのままぶっ壊してくれても? そうなりゃあ、おのずと貴様の勝ちが見えてくる。んうぅ……、ふふぅ……、んはぁ……♡」

 

 言葉とは裏腹に、孫堅は支配を強めようと全身をより密着させている。

 狩られる側の気持ちとは、こんなものなのか。みっちりと詰まった柔らかな肉。それがあらゆる箇所を拘束していて、まともに身体を動けなくさせているのだ。巧みに揺さぶられる下半身。陰毛が肌に擦れる感覚すら、いまは脳髄を焼こうとする。

 反撃の糸口。どうにか掴まなくては、状況が好転することはなかった。膣肉に埋まる肉槍。鋭利な先端を使うことなく、淫汁で満たされた内部で弄ばれている。

 

「ひとつ、思いついたことがある」

「ほう。チンポを気持ちよく搾られているだけの貴様に、なにができる」

 

 孫堅が暗い笑みを浮かべている。

 熟した肉による甘い締め上げ。精液がせり上がりそうになるが、射精までは許さない。切なさを伴う束縛に晒され、意識がまた朦朧としそうになる。

 

「勝負というか、願掛けの真似事のようなものだ。これから一発おまえの中で放ち、子ができるか試してみるというのはどうかな? 孕ませられれば、俺の勝ち。つぎなる戦においても、俺が必ずや勝ちを拾う」

 

 艶かしく動いていた腰が止まる。

 顔に浮かんでいるのは呆れ。それとも、驚愕なのか。

 この場面で自分にできることなど、ほかにないと思った。焦らされたままの男根が熱い。中にいるだけでも、孫堅の膣肉は一定の心地よさを断続的に与えてくる。

 

「ハハッ。それでこそ、曹操孟徳というわけだな。馬鹿馬鹿しい提案だが、面白いじゃねえか。オレと貴様。どちらがこの国の覇者に相応しいか、天にも訊ねてみようってことだな」

「乗るか、孫堅?」

「いいだろう。貴様の特濃汁で、オレのマンコにガキを宿してみな。できなければ、その時は」

 

 強烈な締めつけ。

 あまりの圧迫感に、射精ができないでいる。

 

「オレの子宮に汚ねえ汁を吐き出したければ、もっと愉しませてみろ。ほら、この乳が好きなんだろ? だったら、好きなだけ揉ませてやる」

 

 密着による緊縛がとかれ、腕が自由になっている。

 ほとんど誘導されているようなものだが、構いはしなかった。

 乳肉をつかんだ指に、これでもかと力を入れる。低く唸るような声。子宮の手前で亀頭が擦り潰され、不意に声が洩れそうになる。

 これは情による交わりなどではなく、戦なのだ。

 孫堅の髪が乱れている。突き上げて余裕を乱してやろうかと思ったが、腰の動きで上手くかわされているような状態だった。

 大ぶりな乳房を揉み込み、乳首を捻りあげる。まともな快楽では、満足することなどできないのだろう。孫家一門に流れる血は、戦を重ねるほどに熱く身体を滾らせる。そのことは、以前に経験済みなのだった。

 

「んっ、ああっ、ふふっ……。貴様を勢いで殺さなくてよかったと、心底安堵しているぞ。このチンポは、やはり極上だ。おっ、んんっ、んはあっ……! 大きさもカタチも、おそろしいほどにオレ好みでなぁ……!」

「光栄だな、稀代の女傑にそうまで褒められると。俺に臣従を誓えば、いつでも使わせてやれるのだが。娘ともども、いつか喰らってみたいものだ」

「娘までとは、大きくでるじゃねえか。聞くところによると、貴様は曹家の拾い子だったそうだな。オレのもとに流れついていれば、存分に交わらせてやったものを」

「こればかりは、どうにもならんさ。だが、もしそうなっていたら、俺は今頃干上がっているのではないか?」

「ハハハッ。その程度の男が、オレとここまでやり合えるものか。たとえ養子であっても貴様のような子がいれば、とっくに家督を譲り楽隠居をしていたのだがな。あるいは、さっさとくたばっていれば、策にもその覚悟が生まれていたのかもしれん」

 

 男根を搾りあげながら、孫堅はおかしそうに笑う。

 あり得たかもしれない可能性。「孫」の旗を背負い、天下に向けて咆哮している自分の姿を曹操はちょっと想像してみていた。

 

「ククッ……。貴様さえいなければ、曹家など敵ではなかったはずだ。つくづく、残念なことだとは思わんか?」

「そうとは限らないさ。俺ではなく、別の誰かが曹操として立ちはだかっていたかもしれないだろう? 父に実子が生まれていれば、そうなっていたような気がするのだ。たまたま隙間のできた運命に、俺は入り込むことができている。その程度のことなのだよ、きっと」

「チッ……、年寄りみたいな眼をしやがる」

 

 雑談を切り上げ、孫堅が再び侵略を開始する。

 我慢すれすれにふくらんだ男根。絶妙な刺激で射精を回避させられているようで、快楽が無限に積み重なっていく。

 孫堅の上半身を引き寄せて、唇を貪った。全身のいたるところが熱い。たまりにたまった精液はとっくに煮えたぎっていて、吐き出す場所を求め続けている。

 

「愉しいなぁ、曹操? これが戦よ。オレと貴様のする戦は、こうでなくてはならんのだ」

「ぐっ、んぅ……。それについては、同意しよう。おまえとする戦は、俺も嫌いではない、なっ……!」

「あぐっ、んおぉお……! しかし、それにも終わりが見えてきたようだ。射精したくてたまらんと、貴様のチンポが泣き喚いているではないか」

 

 ぐちゅぐちゅと粘液をかき混ぜる音が響く。

 感極まりそうなのは孫堅も同じで、膣肉の痙攣が小刻みに続いているような状態だった。

 この女を確実に孕ませる。

 それだけを考えて、必死に腰を突き出した。わずかに硬い入口。亀頭がぶつかり、同時に快楽が爆ぜていく。

 気持ちいい。男根を舐めしゃぶる膣肉の動きは見事で、一切の苦しみなしに精液が迸った。

 

「あっ、ああっ、んあっ……ぁあ♡♡♡」

 

 これでもかという勢いで精液を叩き込む。

 次々に起こる脈動によって、子宮内部はすぐにいっぱいに満たされてしまうはずだった。

 

「かっ、はあっ……♡♡♡ んひっ、お゛……んぉお゛っ……♡♡♡」

 

 野性をさらけ出した獣。ぶっつけられた子種を呑み干す孫堅の姿は、そうとしか形容できなかった。

 あるいは、みずから孕みにかかっているのではないか。そう感じてしまうほどに、眼前の女は愉悦を湛えた笑みを浮かべているのだ。

 長い射精。今少し、出し残りがある。包み心地のいい膣肉によって丁寧に搾り出され、曹操は深く息を吐いていた。

 

「はっ……、ハハッ。たまらない量と勢いだな、相変わらず。死にかけたことで、むしろこっちは元気になったのかもしれん。だとすれば、思わぬ収穫だった」

 

 満足そうに腹を撫で、孫堅は腰をゆっくりと動かしている。

 結合部からあふれる精液。肌を流れていくその感触が、たっぷりと中に放ったことを実感させてくれる。あとのことは、天のみぞ知る。ただし、受精の成否に関わらず覇者になるのは自分だという思いが強くなっていた。

 

「麾下たちの驚く顔が愉しみだな、孫堅。今さら、恨み言など申すなよ?」

「言うか、そのようなこと。貴様の子種など、余さず喰い千切ってくれよう。虎の牙は、そのためについている」

 

 歯の輪郭を指でなぞりながら、孫堅が自信ありげに言う。

 

「やってみろ。やれるものならな」

 

 昂揚の落ち着きと一緒に、顔と首に鈍痛がやってくる。

 嵐のようなひと時。胸のあたりに触れる孫堅の指が、やけに優しく感じられた。



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四 ひとときの平和

 孫堅軍の退却を見届けてから数日、曹操は自身も兵を引き上げていた。

 提案に従い、豫州北部からは孫家の旗は消えている。

 代わりとして、汝南方面に拡がる旧袁術領に食い込んでいた袁家の軍勢を、曹操は東に移動させていた。

 麗羽たちからしてみれば、縁のある土地ををみすみす手放したことになる。それでも麾下に不満が大きく募らなかったのは、麗羽による統率が確かなものである証拠なのだろう。本人にも、多少の心残りはあるはずだった。かつての麗羽であれば、間違いなく撤退を渋っている。絶影の背から金色の具足を見つめ、曹操は率直に思っていた。

 

「構いませんわ、そのようなこと。いずれ、この国の隅々にまで貴方さまの威光が轟くことになるのですもの。ですから、故郷への凱旋は、それからでも遅くはありませんでしょう?」

 

 そう言い放つ姿は、堂々たる振る舞いも相まって、かつてなく頼もしく見えていた。

 いまの麗羽は自分に次ぐ地位にいて、しかも妻女としての役割を果たそうとしてくれている。でなければ、あの桂花が礼節を尽くそうとするはずがないのである。

 群雄として誇れる程度の版図と兵力を、麗羽は兼ね備えている。袁家の立ち位置は麾下の中でもかなり特殊で、本来であれば命令ひとつ下すにしても、かなり気を遣うべき存在だった。

 徐州への出陣からここまで、あっという間だったような感じがする。

 劉備軍との攻防。呂布軍の叛乱と、袁紹軍の颯爽とした到来。再会もあれば、別れもある期間だった。

 様々なものを踏み越え、自分たちは天下の中心へと邁進している。気力の充実を、曹操は感じずにはいられなかった。

 

「主さまに、報告がございます。接触を続けていた益州の劉璋殿ですが、どうやら使者を派遣してくださるようで」

「ありがたいな、それは。しばらくは俺も沛にいる。会う時間は、そこで設けるつもりだ」

 

 真直の言葉に、曹操は軽く頷いてみせている。

 こちらに恩を売りたいのであれば、動きが遅すぎるくらいだった。

 おそらく劉璋は、自分と孫堅とを計りにかけていたのだろう。家の存亡がかかっているだけに、慎重になる気持ちがわからないわけではない。とはいえ、売り込みは意味のある段階で行わなければ利を生むことがない。機会を逸しても立場が微妙になることなど、劉璋の考えにはないのかもしれなかった。

 涼州の馬騰が曹家の支持に回ったという情報は、益州にも流してある。そこに孫堅退却の報告が重なり、ようやく重い腰が上がったということなのかもしれない。

 

「麾下の方々のほうが、当の劉璋殿よりも危機感を強く抱いておられるそうですね。使者として名乗りを上げられたのも、益州随一の将軍なのだと聞き及んでおります。わが君とされましては、それは望むところなのではありませんか?」

 

 補佐として、稟は複数の案件に関わっている。

 益州については放浪時代から調査していたようで、それで使者として送られてくる将軍の名を存じていたのだという。

 

「なにか引っかかるような言い方だな、稟? まあいい。下級役人に書簡を持たせているのであれば話も変わってくるが、それなりの誠意は見せてくれそうではないか。益州きっての武人にも、会うのが愉しみだ」

「場合によっては、干渉具合を変えていく必要があるのかしれませんね。大きな声では申せませんが、麾下の方々はいまのご領主の器量を不安に感じているような節があるのです。主さまのお取りになる態度次第では、あるいは」

「こわいことを考える。ただしかし、真直の言うことだ。頭の片隅には、置いておこう」

「あ、ありがたき幸せです、主さま」

 

 そこから数日、沛に向かって駈け続けた。

 しばらくは豫州に逗留し、新たに獲得した領地の内政に目を配るつもりだった。兵の半数ほどは先に帰し、連戦の疲れを取る予定になっている。春蘭はすぐにでも通常の調練を再開したいと言ってきたが、少し期間を空けるように申し付けてある。

 次の闘いで、孫堅との勝敗を決する。その腹積もりがあるだけに、準備は入念にしておく必要があるのだった。

 相の城郭が見えている。出迎えるひとの姿。馬上から手を振り、曹操は応えていた。

 

「おかえりなさい、一刀くん。ひとまずは、波を乗り切れたようね」

「燈や、みなの助力があったからできたことだ。これからも、よろしくお願いしたい」

「うふふっ。私は自分がそうしたいから、あなたに力を貸しているのよ? だから、お礼なんていらないわ」

 

 燈が優しげにほほえんでいる。

 母のようであるといえば、そうなるのか。惹かれるように絶影の背を降り、曹操は地面に立っていた。

 

「ほんとうに、お疲れさま。一刀くんも、少しはのんびりしていってちょうだい?」

「ははっ。無理な相談だな、それは」

「そう? うーん、だったらいつでも甘えにいらっしゃい。そうしたら、こうやって……」

 

 戦場の匂いをたっぷりと含んだ身体。構わず、抱きしめられている。

 どんな素材よりもやわらかな乳房。感じているだけでも、つい眠気に襲われてしまう。もうしばらく、気を張っていなければ。その自覚はあるのだが、燈が発する甘さもあって防衛戦が次々に突破されていく。

 

「うん、いい子いい子。ねっ、あとから一緒にお風呂に入るのはどうかしら? 一刀くんの身体、たっぷり癒やして差し上げたいのだけれど」

 

 ささやくように燈が言った。

 ぼんやりと想像してみるだけでも、身体の一部が熱くなる。冗談でもなんでもなく、心からの奉仕をしてくれるつもりなのだろう。妖艶さを含んだ吐息。耳に吹きかけられると、たまらない気分になってしまう。

 

「ちょっと、公衆の面前でなんてことしてくれるのよ。あんたも遊んでいないで、さっさと隊列に戻りなさいよね」

「あんまり怒ってはだめよ、桂花殿? せっかくのかわいい顔に、しわができたら大変じゃない」

「大きなお世話ね……。ほら、行きましょう、一刀?」

「仕方がないか。それじゃあ一刀くん、またあとでね……♡」

 

 ゆっくりと解かれていく抱擁。離れていくぬくもりが、ちょっと残念でもあった。

 

「手間を取らせた、桂花」

「そっ。一応、自覚はあるようね。だったら、言われる前にしゃきっとしてちょうだい」

 

 なんとなく満足そうにしている桂花を伴い、曹操は進んでいく。

 徐州にいる桃香たちも呼び寄せてあるから、今夜はきっとにぎやかなことになるのだろう。これだけの間離れているのは初めてだったらしく、愛紗などは特に再会を待ち焦がれているようだった。

 

「おっ……にいちゃーん!」

 

 城門をこえたあたりで眼に飛び込んでくる小さな影。鈴々の元気に溢れた声が、あたりに反響を撒き散らしている。

 

「えへへー。シャンもいるよー、お兄ちゃん」

 

 続いて、香風が駆け足で近づいてくる。弾けるような素振りではないが、嬉しさは確かに伝わってきていた。

 二人を手招きし、曹操は馬上に誘った。ちょっと香風と顔を見合わせてから、鈴々が小さな手を伸ばしてくる。抱き上げ、身体の前に乗せてやると以前感じたような太陽の香りが鼻腔をくすぐった。

 

「……それじゃあ、シャンはこっちだね」

 

 見事な跳躍を見せ、香風が後ろに腰を落ち着ける。

 背中に感じるやわらかさ。無理に密着せずとも、振り落とされることはないはずである。どちらかというと、自分がそうしていたいから香風は鈴々に前の席を譲ったのか。

 

「へへっ。お姉ちゃんも、早くお兄ちゃんに会いたいって言ってたよ? だから、香風と一緒に呼びに行こうって」

「そうか。俺も、鈴々の明るい声を聞いていると、元気をもらえるような気がしている」

「そうなの、お兄ちゃん? なら、今日から毎日たくさんお話したいのだ。あとあと、ご飯も一緒に食べたい!」

 

 この元気っ子には、さしもの桂花も毒気を抜かれているようだった。

 つんと尖った唇は、勝手にしろという意志のあらわれなのか。ほんのりとあたたかい鈴々の髪。撫でながら、曹操は自然と笑っていた。

 

「だったらシャンは、一日一回ぎゅってしてほしい。これでも、徐州で結構がんばった」

「ははっ。約束がなくても、勝手にそうするさ。かわいい香風がそばにいて、俺が我慢などできると思うか?」

「わわっ……。うれしいけど、ちょっと恥ずかしいのかも」

 

 そう言って、香風が背中に顔を擦りつけてくる。

 犬や猫が匂いをつけるような動作。照れ隠しなのだろうが、眼で見られないのが残念でもある。

 

「あっ! おーい、こっちだよご主人さまぁー!」

 

 底抜けに明るい声。その持ち主である桃香が、手を振りながら懸命に跳ねて居場所を知らせようとしてくれている。

 同時に、立派に実った二つの果実が重そうに揺れている。鈴々と香風、それに桂花の三人は、その圧倒的な存在感の前に、ちょっと打ちひしがれているようだった。

 

「ほんっと、にぎやかになりそうじゃない。ただし! あんまり羽根を伸ばしすぎないようにしてよね、ご・主・人・様……?」

 

 あれこれと注文をつけてくるものの、桂花もいまの状況を愉しんでいるのではないか。そう思ってしまう程度には、表情や声に余裕が見て取れるのである。

 

「ご主人様! ご飯の準備、私も手伝うからたくさん食べてねー!」

「お、お姉ちゃん、それは本気なのだ……?」

 

 敏感に反応を示した鈴々が、馬上で身を強張らせている。戦場に近い緊張感。そんなものを、鈴々は義姉から感じているというのか。

 不思議な様子だったが、考えても仕方のないことだった。まだ跳ねたままの桃香に、曹操が手を振り返す。

 鈴々の洩らした言葉の意味。数刻後に知らされた曹操は、黙してその時の感情を詩に残したのだという。




オチに使ったことを許してくれ、桃香。


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五 相思相愛(恋)

 間もなく、鄄城に帰還する。

 幽州にでかけていた秋蘭からの知らせがあったのは、五日前のことだった。

 大きくふくらんだ腹に手を添えて、月は侍女たちに指示を飛ばしている。宴席の会場となる館を清掃し、料理などの手配を進めていく。曹操が戦で不在だからといって、手を抜いていいものではないという気持ちが強かった。

 詠には城郭の警護の仕事もあるから、ここは自分が動くべきだと思った。

 幸い体調は安定しているし、この重みを苦に感じたことはない。曹操の授けてくれた、無二のつながり。撫でていると、それだけで活力が湧いてくる気がしているのだ。

 遣いからの報告によると、どうやら一行は公孫賛まで連れ帰ってきているらしい。交渉の成功自体は喜ばしいことだが、幽州牧を迎えるとなればそれなりの準備がいる。秋蘭が普通よりも早く知らせを送ってきたのには、そういった事情があるのだった。

 

「順調そうですね、月さん。お身体の具合は、変わりありませんか?」

「平気です、柳琳殿。明日の昼頃にはみなさん到着されるでしょうし、しっかり準備しておきませんと」

「そうですね。兄さんの代理として、恥ずかしい真似はできませんし。そうした意味でも月さんがいてくれて、ほんとうに助かっているんですよ」

 

 秋蘭が外交にでかけている間、柳琳はその職務のすべてを肩代わりしている。詠以上に、領内に対して神経を使う立場であるのは間違いなく、準備の様子もようやく視察に来られたくらいなのである。

 饗応にしても、自分は柳琳よりも断然経験が多かった。最終的には招かれることがほとんどだったが、誰かをもてなすことは嫌いではないのである。

 適材適所。身重であることに加えて、董白の名を授かって間もない自分は、まだ率先して前に出るべきではない。そのあたりのことを柳琳は心得ているし、仕事はやりやすかった。

 

「あの……。少し、お腹に触れてみても?」

「ふふっ。構いませんよ、柳琳殿」

 

 柳琳の手のひら。腹の中央あたりに触れて、じっとしている。

 

「あっ。いま、赤ちゃんが動いたような?」

 

 嬉しそうな声があがる。笑顔の柳琳にほほえみ返し、月はじきに生まれてくるであろう赤子のことを思っていた。

 孫堅との闘いがあるとはいえ、曹操がそばにいないのは少し残念なことではある。日々の変化をともに感じられたら、幸せはきっといま以上だったのではないか。そんなふうに思うことも、ないわけではなかった。

 破壊と血に塗れていた運命。その転機には、常にあの人の存在があったような気がしている。帝を手中にした雨の日。洛陽を焼き、大勢の人々を引き連れて長安に移った日。そして、一緒に月を見上げたあの夜の記憶は、身が朽ち果てるまで鮮明に記憶し続けていくのだろう。

 

「夏侯の御二方は当然として、姉さんや栄華ちゃんも、兄さんの血を受け継ぎたがっていると思うんです。もちろん、私だって」

「柳琳殿……」

 

 ちょっとした焦燥感。ないと言えば、たぶん嘘になるのだろう。

 礼を述べてから手を離した柳琳が、苦笑を浮かべている。こればかりは運の巡りで、意識して左右できるものではない。そう理解していても、もどかしいものはもどかしいのだ。

 

「一門としての責務も多少はありますけど、やっぱり兄さんのことが大好きですから。血のつながりがなくって、逆によかったんだと思います。そのおかげで、なにも気にせずに済みますから。なので、私の番が来た時にはたくさん教えてくださいね? 頼りにしていますよ、月さん」

「はい、もちろん。みんなで、勉強していけばいいんです。この子の母親は、私ひとりである必要はないんですから」

 

 いのちの重み。そしてその尊さが、ずっとわかるようになっているのだと思う。

 近くにあった椅子に腰掛け、月はひと息ついていた。

 曹操と孫堅。二人の英傑によって形成された流れはぶつかり合い、やがて一本の大河となっていくのだろう。戦の終結は、きっとそう遠くはない。願うような気持ちで、月は再びわが子の眠る腹を撫でている。

 

 

 夜。曹操の隣で、恋は横になっていた。

 寝台の幅には余裕があるが、左腕を抱くようにぴたりとついている。胸もとに顔をうずめていると、時々曹操が唇で髪に触れてくる。からかわれているのか、それともそうしているのが好きなのか。どちらにせよ、悪い気分ではなかった。

 

「月のお腹、そろそろ大きくなってる?」

「おそらくはな。もうしばらくしたら、俺も兗州に帰ることになる。なにか土産でも持って、一緒に見舞おうか」

「だったら、美味しいものがいい。赤ちゃんのためにも、たくさん食べてもらわないと」

「ははっ。そう言って、自分が便乗したいだけではないのか、恋?」

「むぅ……。ちょっとだけで、あとは我慢する。月には、元気でいてほしいから」

「冗談だ。恋のうまそうに食っている姿が、月にとってなによりのご馳走になるのではないかな。恋とずっと会えなくて、寂しくないはずがない。喜ぶぞ、きっと」

 

 わざと乱暴に、曹操が髪をかきまぜてくる。

 月の笑顔。眼を瞑れば、いつだって思い浮かべることができる。大切な人。曹操という拠り所ができたいまでも、気持ちは少しも変わっていなかった。

 

「んっ……。一刀の匂い、かいでるとなぜか安心する」

 

 そう言って、恋は数回鼻を鳴らしている。

 抱き寄せた腕。股の間にまで達していて、そのあたたかさが心地よく身体を支配する。

 

「あっ……。一刀、寝ちゃってる」

 

 短時間とはいえ、静かにしていたのがまずかったのか。あげた顔の先。健やかに寝息を立て、曹操は一足先に夢の世界へと旅立ってしまっていた。

 

「はっ、んんっ……。恋の身体、ちょっと熱い?」

 

 ゆるく羽織った着物に触れる肌。どことなく、敏感になっているようだった。

 曹操と夜をともにする。それだけで、どこかに期待があったのかもしれなかった。

 このままでは、眠れそうにない。かといって、気持ちよさそうに寝ている曹操を、起こすわけにもいかなかった。

 

「んっ、しょ……。んっ、はうっ……」

 

 腕を抱いた状態で、自らの陰部をまさぐってみる。唾液をまぶした指。下着越しに擦っているだけでも、感じるものがあった。

 

「あうっ……。これっ、んっ、んあっ……」

 

 ちょっと、呼吸が荒くなってしまう。

 大好きな人が静かに寝ている隣で、快楽を求めて自慰行為に及んでいる。もし気づかれても軽蔑などはされないだろうが、緊張感が気持ちよさを後押ししているようだった。

 そうなると、なるべく声を抑えたまま、指を深く入り込ませてみたくなる。

 

「んむっ……。んはっ、んっ、はあっ……。一刀、かず……と」

 

 真名を呼び、曹操のことを強く思うと、身体の反応がずっとよくなることがわかった。

 顔の位置を再度胸もとに戻し、愛しい人の匂いを吸い込みながら下着の隙間に指を潜らせる。かすかな濡れ。曹操の男根と比べれば赤子同然のものが、膣口を割る。

 

「あくっ……。ああっ、はあっ、あふっ」

 

 潤滑を求め、内部をかき回す。

 手管の巧拙は関係なしに、曹操の存在を感じられればそれでよかった。大きな呼吸。男根に見立てた指を同時に突きこむと、危うく声を洩らしそうになってしまう。

 着物の生地に擦れる乳房の先。そこもすでに敏感になっていて、慰めを欲しているようだった。おそるおそる左手を近づけ、かすめる程度に爪の先でいじってみる。

 

「うあっ……♡ おっぱいの先、ぴりってする……?」

 

 もう一度、確認のために乳首を指で弾いた。

 締め付け。腟内にいる指が、反応した身体によって圧迫されている。

 かりっ、かりっ。乳首への刺激が癖になる。強くしすぎるよりも、焦らすようにしたほうが心地いいことがわかってくる。

 夢中になって責めていると、時すら忘れてしまえそうだった。

 

「これ、どんどん変になる。ふっ、ふーっ、はふっ……♡」

 

 乾いていた膣内。潤いで満たされ、自由にかき混ぜられるようになっている。乳首を指で甘く転がしながら、曹操の匂いで肺を満たす。腰がひくつく。気持ちよすぎて、指を止められない。切なさを含む痺れは、とっくに全身に拡がっていた。

 

「くにってするの、やめられないっ……♡ かずと、んあぁああっ……♡」

 

 たまに与える強い刺激が、余計に身体をおかしくしているのだろう。

 引っ張るようにしていじめた乳首を、指先だけの愛撫で労った。快楽。凄まじい勢いとなって、駆け抜ける。いけない遊びほど、惹かれてしまうものなのか。

 くりっ、かりっ。湿り気を含んだ吐息。狂おしいほどのなにかが、身体の中で弾けていく。

 

「ぐっ……、んむぅ……!? ふはっ、ふうっ、はふぅ……♡」

 

 小刻みな痙攣。濡れそぼった穴から滴る愛液が、曹操の腕に垂れ落ちていることは確実だった。

 それなのに、まだ乳首をいじくる手を止められない。

 かりっ、かりかりっ。永遠に終わりが来ない、快楽による牢獄。そんな場所に閉じ込められたのかと思うと、少しぞっとする。

 

「んっ、ああっ、うぁあああっ♡ だめ……。これ、だめなのにっ……♡ かりかりっ、ずっと気持ちいい……♡」

 

 あたりを包む闇。まだまだ、晴れる気配はなかった。

 敏感さの増した身体に対し、続けざまに快楽を送り込んでいく。眠ることすら忘れて、恋は快楽を貪ろうとしているのだ。

 

「お゛っ、あーっ、ああっ……♡」

 

 嗚咽にも似たくぐもった喘ぎ声。

 息を乱し、恋は果てることのない欲望に身を焦がしたのだった。



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六 英雄を論ず

 城内にある訓練場の一角。休憩用の卓に肘をつき、桂花は鍛錬の様子を眺めていた。

 声をかければ届く範囲であるから、剣戟の音や会話の内容までよくわかる。いまは曹操が春蘭と手合わせをしていて、押しまくられているような状況だった。

 

「がんばれー、お兄ちゃん」

「……このままだと、一刀が死ぬ。恋は、助けに入ったほうがいい?」

 

 気楽に武器を磨く香風と、心配そうに戦況を見守る恋。

 確かに、春蘭の剣には鬼気迫るようなものがある。ほとんど戦場いる時と同様の太刀筋で曹操を圧倒しているのだから、恋が不安に感じてしまうのも無理はなかった。

 防戦一方。襲い来る刃を避けるのが、曹操にできる精一杯なのか。春蘭との技量の差は歴然で、むしろよく耐えていると評されるべきなのかもしれない。

 君主のする鍛錬という意味では、ここまでする必要はどこにもなかった。常在戦場。孫堅との闘いはまだ続いていて、そのためにも曹操は自身を追い込もうとしているのか。刃をくぐり抜ける瞬間、ちょっと眼があったような気がしていた。

 

「こっちを見るくらいの余裕があるのなら、仕合に集中しなさいよね」

 

 顔を明後日の方向にやりながら、桂花が呟いた。

 厳しい状況に置かれるほど、曹操という男は力を発揮する。生まれ持った天運。そうした類のものすら、時には働いていると錯覚してしまうことがあった。

 

「そ、そこまでっ! 武器をお引きください、兄上」

 

 審判を務めている愛紗の声が響く。

 視線を切っていたせいで詳細は不明だが、あの一瞬で形勢が逆転していたらしい。尻もちをついた春蘭の上に曹操が馬乗りになっていて、首筋に剣を突きつけているのだ。

 攻撃に夢中になっていたせいで足もとが覚束なかったのか。それとも、曹操がなにか小細工をしかけたのか。とにかく、勝ちには違いなかった。

 

「桂花ちゃんも、ここにいたんだ。それにしても、ご主人様はすごいねぇ。あの春蘭さんに、土をつけちゃうんだもん」

「桃香殿も、試しに参加されてみては? 天が味方をしてくだされば、あいつのように勝ちを拾えるかもしれませんよ」

 

 空いている席に、しれっと桃香が座り込んでくる。

 卓上に身を乗り出しているせいで、身体の一部分がいつも以上に強調されている。とはいえ、ちょっと嫌味っぽく聞こえる言葉を吐いたのは、そのことが原因ではないと桂花は思いたかった。

 

「ええー? 無理無理、私なんて向き合っただけでもきっと倒れちゃうよ。それに、天運だってあの人には遥かに及ばないって、わかりきっているし。予言にあった御遣いさまに出会えなかった時点で、私なんてそれまでだったんだよ」

「そうかしら。その割には、なんだか嬉しそうじゃない、あなた」

 

 えへへー、と桃香が気の抜けそうな声を洩らしている。

 ゆるい笑顔。ただ、それだけの女でないことは知っていた。やると決めたことは、とことんまで押し通す。そして、それをやれるだけの力を、この劉備という人物は持っているのだ。

 陶謙を州牧の地位から追い落とし、徐州攻めに立ちはだかった時がそうだった。そして、機が熟したと見るやすぐさま態度を変え、曹操を迎え入れた。

 事情を知らない者からしてみれば、尻の軽い女のように見えるのかもしれない。徐州に対する義理。曹操と手を携え、乱世を乗り越えたいという思い。ともすれば、どちらか一方は捨て去るしかないような願いだった。

 

「一刀さんのことを、少しの気兼ねもなくご主人様とお呼びできている。それだけで、いまの私には十分なんだ。たとえ、あの方が天の御遣いさまじゃなくってもね」

「……そっ。出ているみたいね、桃香殿なりの答えが」

「うん。だから、あとはご主人様をお支えするだけなんだ。いろいろあった分、全力でね。……あっ、見て見て! おどおどしてる愛紗ちゃん、かわいいなぁ」

 

 天の御遣い。そのことについて、最近曹操から相談を受けている。

 それとなく、自分こそがそうであるという風聞を流したい、というのである。力さえあれば覇者になれるわけではなく、そこには民衆を納得させられるだけのなにかが必要だった。

 

「見事でした、殿。負ける気などさらさらありませんでしたが、さすがの勝負強さです」

「まぐれだよ、まぐれ。ただし、戦場ではそのまぐれをいかに起こせるかで、生死が変わってくることも確かなのだろうな」

「殿は過去にも、これなる呂布や張遼とも果敢に刃を交え、生き延びてこられました。それだけが事実であり、殿の実力をあらわしていると私は存じております」

「やけに褒めてくれるのだな、今日は。なにか、いいことでもあったのか?」

「なにも。こうして殿のお相手を務めさせていただくだけで、この夏侯惇、心が満たされるのです」

「ははっ、なんだそれは。ほら、立てるか」

 

 曹操の差し出した手につかまり、春蘭が立ち上がる。

 張り詰めていた雰囲気がようやく解かれ、一転和やかになっていった。

 

「それにしたって、やりすぎではないのか、春蘭よ。いくら兄上が本気で向かってくるように命じられたといえども、あのような」

「殿のご命令は絶対でなければならん。だから、私はただそれに従うのみなのだ。それともなにか? 愛しい兄上が相手ともなると、貴様の振るう青龍偃月刀は、痩せ細った蛇のように弱々しくなるとでも言うのか?」

「むむむ……。誰も、左様なことは申しておらんではないかぁ」

 

 あの春蘭が、珍しく言葉で相手に勝っている。

 曹操との信頼関係を見せつけることができて、いくらか満足しているのかもしれない。そういうところは、幾分子供っぽいと言える。

 

「というか、私なんぞまだましな方なのだぞ。冷静でいるように見えて、へそを曲げている時の秋蘭などは最悪だ。もっと若い頃は、殿も何度身体を射られそうになったことか」

「か、考えられん……。しかし、春蘭たちと兄上とのつながりは、少し羨ましく思えてくるな。だからこそ、私もこれから励もうという気になるのだが」

 

 自然と輪に入り語らっている愛紗の姿を、桃香が嬉しそうに見つめている。

 かわいい妹分が、すっかり溶け込めていることに安心しているのだろう。ご主人様という、曹操に対する呼称。その意味も、少し前に聞かされているのだ。

 

「小さな時分から、加減というのを知らない女だった。だからこそ、俺も気を許せるようになったのだろうが」

「兄上の小さな頃……。もしよろしければ、思い出などをお聞かせ願いたいものです」

「んっ……。恋も、それにはちょっと興味がある。いろんな女の子にちょっかいを出してたのは、昔から?」

 

 曹操との初対面は、数えてもう七年ほど前になるのか。

 男であるから、いけ好かないやつと決めて臨んだことが懐かしい。妙に気に入った母が押し通してこなければ、対面すら拒絶していたのかもしれなかった。

 

「桃香殿」

「えっ? なにかな、桂花ちゃん」

「この世に数多存在していた群雄。それも最早過去のことで、国の様子は変わりつつある。その中で、英雄と称するに相応しい器を持つ人物は、どれだけ残っているのでしょうね」

 

 戯れのような言葉。考えた時には、口をついていた。

 腕を組んだ桃香が、青い空を見上げている。それなりに真剣に候補を考えてくれているようで、口がなにかを呟くように小さく動いていた。

 

「ご主人様は当然として、あとは孫堅さんが適当かな?」

「一刀ね……。まっ、そういうことにしておいてあげましょうか。孫堅は豪気でいて、意外と柔の要素も持ち合わせている女ね。兵は強く、麾下にも良将が揃っている。今後も、油断することなどできない相手でしょう。ほかには、桃香殿?」

「うーんと。だったら、麗羽さんもきっとそうだよね。あの決断がなかったら、ご主人様だって今頃すごく苦しんでいたと思うから。なかなか出来ることじゃないよ。地位を諦めて、誰かのために尽くすだなんて」

「それはそうね。麗羽殿が天下に与えた影響は、とてつもなく大きかった。人の器なんて、案外きっかけひとつで拡がるのかもしれないわね。あるいは、ずっと豪奢な布で覆われていただけだったのかも」

 

 袁家の威光を笠に着た、尊大なだけの小物。麗羽のことを、そう評していた時期すらあったのだ。

 それが今では、曹操の覇業に欠かせない人物になっている。公私のどちらにおいても、麗羽の存在はどこまでも大きかった。礼節を尽くす中にある、遠慮のない付き合い方。それを、曹操は間違いなく心地よく感じているのだ。

 

「それからとなると……。あっ、公孫賛ちゃんとかはどうかな! しばらく会えていないけど、幽州でずっとがんばっているみたいだし」

「ふうん。どうあっても、自分の名を挙げようとはしないのね、劉備玄徳」

 

 驚いた桃香が、丸い眼をさらに大きく見開いている。

 冗談ではないことが伝わっているのだろう。曹操を相手にしているわけでもないのに、なんとなく居住まいを正そうとしているのが、おかしかった。

 

「自分で考えている以上に、あなたには影響力があるってことよ。でなければ、単なる田舎娘に関羽や張飛のような傑物が味方するはずがないじゃない。……これでも、私は桃香殿に感謝しているのよ。あなたがその気になっていれば、曹、孫につぐ第三の勢力にだってなれたはずなんだもの。その人徳と、劉の名があればできないことじゃない。朱里のような子だって、一時は桃香殿の軍師になっていたんだし」

「そ、そうなのかなあ? だけど、私はそうなることを望まなかったし、朱里ちゃんだってご主人様といることを選んだ。もし、もしだよ? 私に英雄としての器があるのなら、それすら引っくるめて抱き寄せてくれたご主人様が、やっぱり一番ってことになるよねぇ? あの麗羽さんだってそうなったんだし、これは間違いないよ! うん、絶対!」

「うっ……。なんだか頭が痛くなってきたのかも、私」

「わわっ!? へ、平気なの、桂花ちゃん。どうしよ、ご主人様を呼んだほうがいい!?」

「それだけはやめてちょうだい。余計に、頭痛が悪化しそうだから」

 

 おそらく、すでに手遅れなのではないか。

 恋の純真無垢な瞳が、こちらを向いている。それに続いて、春蘭や曹操までもが自分たちの様子をうかがっていた。

 

「劉備玄徳。ほんっと、食えない女なんだから」

「えっ? なにか言った、桂花ちゃん?」

 

 桂花は頭を抱えたまま、迂闊な質問をしたおのれのことを呪うのだった。



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七 優しさに包まれて(春蘭)

 春蘭たちとの鍛錬を終え、雑務をこなした頃には夕刻になっていた。

 途中、劉璋麾下である厳顔からの使者がやって来て、一行が明日中には相に入るという報告をしてきている。

 公式な使者と面会するのに、汗臭いままでいるわけにはいかない。右肩を自分の手で揉みつつ、曹操は浴場へと向かっていた。

 

「あっ。これは、殿ではありませんか」

「春蘭? こんな時間から、酔っているようだが」

 

 浴場までの道中、見知った女と出くわした。

 春蘭。顔が赤くなっているだけではなく、手には酒器がしっかりと握られている。

 これから、場所を変えて飲み直そうとしていたところなのか。昼間闘った時のような鋭利さは消えていて、今は緩みに緩んでいる。

 

「えへへぇ、実はそうなのです。星を交えて愛紗たちと話の続きをしていたのですが、これが思いの外盛り上がってしまって」

「話というと、俺たちの昔話のことか」

「はい! われらが殿とともに築いてきた歴史を、たっぷり語って聞かせてやりました。たまには、こうした場を設けるのも悪くはありませんな」

「なるほど。それが愉しくて、つい飲みすぎてしまったというわけなのだな」

「あ、あのう。まさか、怒っておいでで……? 確かに、曹家の武を担う将として、少々脇を甘くし過ぎたのかもしれませんが」

 

 赤らんでいた春蘭の顔が、瞬時に青くなっていく。主君である自分が働いていたのに、酒を食らって騒いでいたことを気に病んでいるのかもしれなかった。

 別に、与えられた仕事を放り出して遊んでいたわけではないし、叱責する理由などありはしなかった。

 小さくなりかけている春蘭の腰に手をやり、曹操は歩を進めた。

 どうせ風呂に入るのであれば、誰かと一緒のほうがいい。それが気のおけない幼少期からの友人であれば、尚更のことである。

 

「あっ、えとっ、殿……?」

「風呂に行こうか、春蘭。命令だぞ、これは」

「は、はいっ! この夏侯惇元譲、喜んでお供させていただきます!」

 

 青ざめていた表情。一転して、遊んでもらえると知った子犬のように明るくなっている。

 浴場。酒器を置きにいった春蘭を待つ間に、着物の帯を緩めていく。ここを使うことは燈に事前に知らせてあるから、ほかの来訪者はどこにもいない。

 もどってきた春蘭が、手慣れた動きで脱衣の補助をしてくれる。無論、偶然を装って肌に指を這わせ、二人でいる時間を愉しむことにも抜かりはなかった。唇がふれあう。飲酒をしていたせいか、自分よりも体温がずっと高い。

 

「んっ、はふっ……。どうにも、酔いが回っているようなのです。殿のお手を煩わせて申し訳ありませんが、脱がせていただけないでしょうか」

「遠慮など不要だ、春蘭。ここでは、真名でいい」

「あっ、んうっ。だったら、一刀……?」

 

 首肯するのと同時に、服に手をかけていく。

 酒の香りがうっすらと漂う舌。何度か吸い上げていると、緩やかに昂ぶりが生じてくる。春蘭の着ているものはそれほど複雑な作りをしていないから、脱がすことは容易かった。

 見事に引き締まった肉体。その中でも、いたる箇所に柔らかさを感じられるのだ。じっと見られているのは、視線で犯されているようで恥ずかしいらしい。

 つんと尖った乳房の先。丁寧に整えられた下腹部の茂み。そのどれもに魅力的に感じながら、曹操は筋肉質な腹に吸い付いた。

 

「あっ、んふっ、はあっ……。く、くすぐったいぞ、一刀」

 

 抗議の声。無視を決め込んだまま、春蘭の片足を持ち上げる。

 艶めかしい黒。太ももの半ばから、足先までを包んでいる。手早く脱がせるのはもったいない。腹に続いて、あらわになった膝に舌を這わせてみる。これも性的な快感を得られるようなものではないから、要は焦らしでしかなかった。

 

「ず、ずるいぞ、一刀。私が逆らえないのをいいことに、好きになぶりおってぇ……」

「俺は構わないのだぞ、別に。嫌なら、嫌だと言ってみるがいい」

「だ、だめだ、それだけは! おまえに対する忠義を、私は死んでも曲げたくはない。だから、んうっ」

 

 春蘭が早口でまくし立てる。

 かわいげのある女。無二の友人であり、絶対の忠誠を誓ってくれる曹家の剣。なにがあろうとも、手放すべきではない存在だった。

 

「はっ、はあっ、はあっ……。ま、満足してくれたのか、一刀?」

 

 中に置いてきた酒は、すっかり冷めてしまっていることだろう。

 じっくりと時間をかけて脱がせた分、春蘭の身体は期待でどこも敏感になってしまっている。艶の増した茂み。奥に指を差し込めば、粘り気のある蜜が垂れ落ちてくるはずだった。

 

「中に入ろうか。我慢できなくなっているようだしな、おまえも」

 

 興奮しているのは、自分も同じだった。

 丸出しになっている男根が、びくりと脈打った。春蘭が腕を絡ませてくる。肌の熱さ。それに、乳房の柔らかさまでもが伝わってきて、この女体を心ゆくまで抱きたいという一点だけに思考が寄っていく。

 互いの裸体など、幼い頃から見慣れているはずだった。

 水浴びには何度も行ったし、風呂にはいるのも当然のように一緒だった。意識するようになったのは、どのあたりからだったのだろうか。心だけのつながり。それが、いつしか肉体までもをつなぐようになっていたのだ。

 姉妹のどちらかひとりだけを選ぶことなど、最初から頭になかった。二人との初めては、さすがに緊張したことを覚えている。痛い思いをさせたのかもしれない。あの時の自分はつながることだけに必死で、相手に気配りをする余裕などなかったように思う。

 

「流すぞ、一刀」

 

 春蘭の声。

 背の低い椅子に腰かけた身体のうえを、あたたかい湯が流れていく。洗う手付きには淀みがなく、長年かけて培われてきた技術を春蘭はいかんなく発揮していた。

 子供のものとはまるで違う、太い男根を指が躊躇なく擦っている。性的な快感を得ることよりも、清潔にすることを優先した動きだった。くぼんだ雁首。玉の裏側。全体を丁寧にきれいにしてもらうのは、やはり心地いい。

 

「うむ。このくらいで、もうよかろう。先に入って、待っていてくれないか。私も、さっさと洗ってしまうつもりだ」

 

 素直に従い、曹操は岩で組まれた浴槽に身体を浸けていった。

 この瞬間だけは、温泉の近くに住んでいる者が心底羨ましく思えてくる。多量の湯を沸かすのは簡単なことではなく、必要な燃料も少なくなかった。

 

「湯加減はどうなのだ、一刀?」

「ああ。ちょうどいいぞ、春蘭。おまえも、早く入ってこい」

 

 長い黒髪を洗う春蘭の後ろ姿を、曹操はのんびりと見つめている。

 見え隠れする尻が魅力的に映えている。覗きを趣味にしている者が時折捕らえられているが、気持ちは理解できなくもなかった。

 

「はふう……。確かに、これはいい気持ちだな。よし、それでは早速一献やるとするか」

「どうせなら、おまえに飲ませてもらいたいな。頼めるか、春蘭?」

「んっ……。い、いいだろう。他ならぬ一刀の頼みを、断るわけにもいかないのでな」

 

 手酌をした春蘭が、そのまま酒を口に含む。

 頬に添えられた手があたたかい。すぐさま唇を合わせると、人肌に燗された酒が口内を満たしていく。

 

「あむっ、ちゅぅ……。ふう……。どうだ一刀、うまいか?」

「甘露。いかなる天下の名酒も、これにはひれ伏すことだろう」

「おおっ、そうなのか? ならば、もう一度。んくっ、むっ、んんっ」

 

 再び、口が甘く塞がれる。

 今度は流し込んで終わりではなく、ねっとりと舌同士での交歓が続いている。口内を行き来した酒。春蘭を抱き寄せる傍ら、少量づつ嚥下した。

 勃起した男根に、柔らかな茂みがふれている。焦らされたことの仕返しをしているつもりなのか、春蘭はちょっと得意げにほほえんでいた。

 

「今日は半日立ちっぱなしだったから、少々疲れた。おまえに任せてもいいか、春蘭」

「なにっ!? は、半日も勃ちっぱなしだっただと!? それはいかん。何事も、滞りが過ぎると不調をもたらすと凪がいつか言っていた」

「ちょっと話にずれがあるようだが、まあいいだろう。春蘭に癒やされたいのは、同じことだ」

 

 驚いて眼を見開いたかと思うと、春蘭がそそり立つ男根を手で何度か刺激する。

 勃起が十分だとわかったのか、対面座位の格好で腰を降ろしてくる。男根。春蘭のぬくもりに包まれていく。深々と息を吐き、曹操は内側の感触に意識を向けていた。

 きつさはないが、決して緩くはない。ほどよい締めつけが確かにあり、それが完全に自分のかたちに馴染んでいるのだ。

 

「んっ、はふっ……。一刀のチンポ、すごく張りつめているぞ。まずは、軽くほぐしてやるべきか」

 

 ちゃぽちゃぽと湯が波打つ。

 肩に手を置き、春蘭が抽送を開始する。ゆっくりとした動きで、先端から根本まで膣肉が舐めしゃぶっているようだった。

 眼前で揺れる大ぶりな乳房。手で揉みしだきながら、曹操が言った。

 

「宦官の家の、しかも拾い子でしかなかった俺が、天下を争うまでになっている。遠くまで来すぎたと思うか、春蘭は」

「少しも。思うがままに駆ける一刀とともに、われらは迷いなく進んできたのだ。その輪は少しづつ拡がって、今では中原を覆うようにすらなっている。誇りにこそ思えど、分不相応などと考えたことは一度もないぞ」

「ははっ。いつも頼もしいよ、おまえの言葉は」

 

 切なさが、身体を駆け抜けたような気がしていた。

 眼を閉じた春蘭が、控えめに唇を突き出している。濡れた黒髪。撫でながら、曹操は優しく口づけた。

 

「んっ、ふふっ。一刀が一刀であったから、物事が上手く回っている。言葉にするのが難しいが、そんな気がするのだ、私は」

「俺が俺であったから、か。感覚的なことでしかないが、わからないでもないぞ。怨念から徐州を攻めたことは間違いだが、後悔はしていない。あの闘いがなければ、麗羽とは今頃戦になっていたはずだからな。孫堅を打倒するためには、北の袁家を迅速に排除する必要がある。きっとそんなことばかり、俺は考えていたのだろう」

 

 緩急をつけようと、尻を押しつけたまま春蘭が螺旋を描いてくる。

 膣肉がうねり、違った快楽に男根が悦んでいる。酒。口に含んだものを、春蘭から与えられる。まるで鳥の親子のようで、これではどちらが上なのかわからなかった。

 泡立つ唾液。糸を引き、二人の間で線となっている。

 

「天下のことなど、正直に言ってあまり興味はないのだ。だが、それに向かって一刀が命を燃やしている。だったら、私のするべきことなどひとつではないか」

「優しいな、春蘭は。そうやって、俺をずっと守ってくれている」

「寂しそうな眼をしていたおまえを、放っておけなかった。私と妹の天命は、その瞬間から定まったのだろう」

 

 たぶん歳は変わらないのに、春蘭は昔から姉のように振る舞おうとする。

 自分としては、どちらでもよかった。ただ優しい春蘭がいて、常に気をかけてくれている。今の関係性だって、その延長線上に過ぎないのだろう。

 

「いつまでも、放さないでいてくれよ。おまえたち抜きで、俺は生きていく自信がない」

「馬鹿なことを。今となっては、桂花がいる。星だって、われらと同じように一刀を支えてくれている。あの愛紗も、いずれはそうなってくれることだろう」

 

 春蘭に頭を抱き寄せられている。

 心地よいぬくもり。絶対に、失いたくないと思わされるものだった。

 乳房の先を口に含み、甘えるように吸い上げた。快感に悶える声。浴場に響いている。

 乳首はかたく凝っていて、唇で簡単に挟み込めるくらいに勃起していた。

 軽く歯を立て、甘く噛んだ。すると先程よりも大きな声を、春蘭は洩らしたのだった。

 

「こっ、こらぁ。あまり噛まれると、跡になってしまうではないか」

「嫌なのか、春蘭? 身体のほうは、敏感に反応しているようだが」

 

 立て続けに強めの快楽を与え、春蘭の理性を崩しにかかる。

 連動するように腰の動きは激しくなっていて、湯があちらこちらに飛び散っている。

 

「ずるいぞ、かずとぉ……。こんなにされると、私だけ先にいってしまうではないかぁ」

「言ってくれれば、合わせることは簡単だ。おまえの好きな時に、出してやれる」

「あっ、んんっ、はうっ……。ほ、ほんとうか。はーっ、ふうっ、んあっ……!」

 

 そう言われて安堵したのか、春蘭の動きがより遠慮ないものになっている。

 収縮する膣内。精液を搾り取ろうと、妖しく蠢き続けている。

 時折思いがけずいい場所にあたってしまうのか、春蘭は気持ちよさそうに表情を歪めていた。

 

「ああっ、これすごくいい。チンポが私の奥えぐって、突き破ろうとしてくるみたいで最高だ」

 

 限界の時が近い。

 必死になって腰を振る春蘭の様子から、曹操はそのことを感じ取っていた。

 再度乳房に吸い付いて、突起を舌で責めていく。

 そろそろ、ここから乳が出るようにしてやる必要がある。

 しがみついてくる膣肉の切なさ。そこから、孕みたいという思いが伝わってくるようでもある。

 

「湯を汚して、燈に叱られるのは不本意だ。一刀……。きつく締めつけているから、このままっ……!」

 

 懇願するように、子宮の入り口が擦りつけられている。

 どうせ、はじめからそうするつもりでいたのだ。射精に向けて、昂揚を集中させていく。包容を受ける男根の先。かなり、熱をもっていた。

 

「あ、ああっ……。くるっ……! 一刀のチンポで、いかされてしまうんだ。このまま、マンコの一番奥で精液たくさんっ。はあっ、あーっ、ああぁぁあっ……!」

 

 背中を仰け反らせながら、春蘭は絶頂を迎えた。

 特段に強い締めつけ。亀頭から発射される精液を、洩らすことなく飲み干そうとしているのだろう。

 

「これっ、あふっ、気持ちいい……。一刀の熱で、私の中が満たされていく。こんなに幸せなこと、ほかにあるものかぁ♡」

 

 惚けたような声を放ち、春蘭は中出しの感覚を愉しんでいる。

 搾り取られるのが気持ちいいのは自分も同じで、思わず腰が浮いてしまっている。

 

「孕めよ、春蘭。待たせただけ、愛してやる」

「ああっ、きっとだ。強い子を産むぞ、私は。それこそ、曹家を守護する、次代の剣となれるような子をな」

 

 優しくて切ない抱擁。

 それが、いつまでも続いているようだった。



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八 使者、厳顔

 逗留中の館。その居室で、曹操は女と会っていた。

 厳顔。劉璋から使者役に任じられている軍人で、その武は益州随一なのだという。

 歳の頃は燈と同じ。あるいは、少し上なのかもしれなかった。とはいえ、女盛りを過ぎているのではない。熟れた色香とでもいうのか。そうしたものは、曹操も嫌いではなかった。

 意志を感じさせる瞳。立場的には自分が上だが、気後れはどこにもない。拝礼をした後、厳顔が口を開いた。

 

「曹操殿。こうして拝謁が叶いましたこと、まことに恐悦至極。この厳顔、わが主に代わり、御礼申し上げまする」

「よい。過度な遜りは不要だ、厳顔。俺とて、所詮は数ある群雄のひとりに過ぎないのだよ。そうした意味では、漢室の血族であるそなたの主君のほうが、よほど格では上だな」

「はははっ。そちらこそ、ご謙遜を。しかし、さすがは世に名高き曹操殿の軍ですな。少し見かけただけですが、みな顔つきがよい。率いる将の威光が、隅々にまでいき届いておるのでしょうな」

 

 顔を上げた厳顔が、快活に笑う。

 本来であれば、適当な外交官こそがこの場にいるべきなのではないか。文官を数人同伴しているようだが、どれも名のある者ではないと真直が言っていた。

 劉璋としても、孫堅の行動をおそれるのであれば、戦で頼りにできる人材はそばに置きたいと考えるのが普通だった。

 特段暗殺を警戒しているわけではないが、会談には春蘭と恋が同席している。ほかには、窓口として折衝を担当している真直と稟が一緒だった。

 

「わしのような女が使者に選ばれていること、不思議にお思いですかな、曹操殿」

「不思議といえば、不思議ではある。ともあれ、そなたのような生粋の武人が相手であるほうが、無駄な腹の探り合いをしなくて済むとも言えるな」

「うむ。それは、そうなのかもしれませんな。わしは、主君からの言葉を曹操殿にお伝えできればそれでよい。あとは、帰るまで酒でもかっ食らっている所存。わざわざ豫州まで出向いて来たのですから、そのくらいの役得があってもよろしかろう」

 

 このやり取りだけでも、主従の関係性がなんとなく読めてくる。

 信頼はしているものの、古強者である厳顔を若い劉璋は煙たく感じているのではないか。自分への使者として派遣すれば、しばらく顔を合わさずに済むし、厳顔に名誉を与えることにもなる。

 一挙両得。そのくらいの考えがあってもおかしくはないと曹操は踏んでいた。劉璋は父から地位を受け継いだ二代目で、自力で築いた権力基盤があるわけではない。それだけに、古参の有力な麾下は頼りになっても心からは通じ合えないのだろう。

 

「それで厳顔殿。劉璋殿は、主さまに対してなんと?」

 

 真直が言った。

 稟は補佐役として出席しているが、率先して口を出すつもりはないようだった。

 

「おう。わが主君は、孫堅からの脅威に対抗するため、曹操殿の力をお借りしたいと仰せだ。無論、盟約を結ぶとなればそちらが主体となる。どれ、この答えで満足していただけましたかな、田豊殿?」

「は、はいっ、もちろん。ですよね、主さま?」

 

 落ち着き払っている厳顔と、ちょっと慌ただしいくらいの真直。二人の様子は対照的なもので、人柄がよく出ていると見るべきなのか。

 劉璋も、さすがに対等な同盟を結べるとは思っていないようだった。小さく頷いた稟を見て、曹操が笑う。

 

「いいだろう。曹操が了承していたと、劉璋には伝えるがいい。正式な決定は、追って連絡する。それまでは、益州の守備をかためておくことだな」

「はっ。感謝いたしますぞ、曹操殿。これでわしも、慣れない荷を肩から降ろせるというものですな」

 

 いつまでも、盟友でいるつもりはなかった。

 孫家を打倒し、国内を取りまとめるまでは、それでもいい。だが、やがて自分が覇者となれば、劉璋は態度を改めざるを得なくなる。

 もし歯向かうことがあれば、迅速に対処する。ただ、それだけのことだった。

 

「厳顔。貴様の使っている得物、なにやら奇妙な仕掛けが施してあるそうだな。差し支えがなければ、一度見ておきたいのだが」

 

 春蘭の興味は、厳顔の武器にあるようだった。

 どういうものなのか、はっきりとは知らない。ただ、杭のごときものを打ち出せるようで、それを何発か装填しておくことも可能なのだという。

 

「いやはや。あれは豪天砲というのだが、近頃どうにも調子が悪くてな。拵えてくれた鍛冶もすでに世を去っておるし、今ではただの虚仮威しよ」

「ふむ、それは残念だ。益州で一番と評判の武人が眼の前にいるというのに、腕試しもできんとはな」

「ほう。腕試しが所望とあらば、付き合ってやっても構わぬぞ? 剣でも槍でも、好きなほうで相手をしてやるわい。わしとて、天下に名高き飛将軍と会えるのを愉しみにしておったのだ。呂布奉先。そちらの赤い髪をした女性(にょしょう)が、そうなのであろう?」

 

 厳顔の視線が、恋のほうを向いている。

 標的にされている当の本人は、そのことがよくわかっていないようで、かわいらしく首を傾げるだけだった。

 

「聞き捨てならんな、それは。曹操軍の剣といえば、まずはこの夏侯惇の名を挙げるべきであろう。まあ確かに、呂布の強さは私も認めるところではあるが」

「かかっ。若さとはやはりいいものですなあ、曹操殿。かように癖っ気の強い武人どもを束ねておられるのだから、貴公は大したものだ。曹操孟徳は、州牧の器にあらず。かの評判は、あながち間違いではないのかもしれませぬ」

「ああ、なんだと? 貴様、もう一度言ってみろ。言えるものであれば、だがな」

「はははっ。言ってやろうではないか、何度でも。曹操殿は、州牧の器ではない。そう言っておるのだ、わしは」

 

 春蘭が瞬時に剣を抜き放ち、厳顔の首筋に突きつけている。

 それでも、顔色は変わらない。堂々とした立ち姿も、同じである。

 

「呆けているのか、貴様。それとも、ただの死にたがりなのか?」

 

 春蘭の苛立ちは明白だった。自分のことを毀損されて、腹立たしくてたまらない。そう思ってくれるのはありがたいが、もう少し分別をつけるべきではある。

 ちょっと迷ったように、恋が視線を送ってくる。それを手で制し、曹操は言った。

 

「控えろ、夏侯惇。わが忠臣は少々直情的でな。試すのはそのくらいにしてもらえるか、厳顔?」

「ふむう……。まだまだお若いというのに、貫禄があっておいでだ。夏侯惇殿にも、悪いことをした。とりあえず、この危なっかしいのをどけてもらえると助かるのだが」

「ちっ。殿の命だ、ひとまずは私も退こう。が、次なる返答によっては……」

「聞こえなかったのか、夏侯惇。もういいと言っているのだ、俺が」

 

 曹操の声が室内に響く。

 飛び退くように春蘭が剣を引いた。冷ややかなものを当てられていた首筋。撫でながら、厳顔は余裕たっぷりに笑っている。

 

「曹操孟徳は牧の器にあらず。さりとて、覇者の器なり。そう言いたかったのだよ、わしは」

「完全に遊ばれてしまいましたね、夏侯惇殿。しかし厳顔殿。ただ今の発言、本意だと受け取っても?」

 

 それまで押し黙っていた稟が、興味をそそられたのか会話に入ってくる。春蘭もようやく納得がいったようで、幾度も首を縦に振っていた。

 

「好きに受け取ってもらって結構。無為に歳を重ねてきたせいか、人を見る眼だけはそれなりに肥えてきていてな。話をしていて、こういう御方こそが天下を奪るのか、と思わされた。単に、それだけのことよ」

「やけに持ち上げてくれるではないか、厳顔。だからといって、酒宴での見返りは期待するなよ?」

「そのような下心は、これっぽっちも。天下を統べる器量を備えた御方が、使者のもてなしに手を抜かれるなどと思ってはおりませぬゆえ」

 

 そう言って、厳顔がまた大笑する。

 どこまでも豪気で、底の見えない女だと思った。こうした軍人が益州で燻ぶっているのだから、天下というのも捨てたものではないのか。

 機嫌をよくしたまま手を打ち、曹操が侍女に合図を送っている。

 飯の匂い。敏感に察知した恋に急かされるように、曹操は居室をあとにした。



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九 宴の中で(桔梗、桃香)

 長く帰っていなかった荊州に、蓮華の姿はあった。

 現在、孫家は襄陽を本拠と定めている。

 長沙の民は母に懐いていて過ごしやすかったが、いかにも中原から距離があるのが難点だった。劉表の勢力の駆逐は済んでいるし、有力な将軍であった紫苑は孫家に帰順している。ここからであれば、汝南や揚州にいる姉とも連携が取りやすい。母には、最終的には故郷である揚州にもどり、建業に都を築きたいという思いがあるようだが、その夢はしばらく叶えられそうにはなかった。

 活気のある襄陽の城郭。母のもとへ向かう蓮華は、見知った人物と出会った。

 姉のところで参謀を務めている冥琳。自分に気づいて、声をかけてくる。ちょっとほほえみを覗かせ、蓮華は歩み寄った。

 

「これは、蓮華さま。汝南の統治は、もうよろしいのですか?」

「ある程度は、そうね。母さまと直接相談したい案件もあるから、久しぶりにもどってきたというわけ。冥琳。あなたが襄陽に来ているということは、揚州もそれなりなのかしら」

 

 歩きながら、冥琳との会話を続ける。

 向こうでは、徐州に攻め入った姉の軍が劉備を吸収した曹操によって打ち払われている。返す刀で母の率いる本隊とぶつかってみせたのだから、手際の見事さは認めるしかなかった。

 夏侯惇や趙雲だけでなく、馬超、呂布といった優れた軍人が曹操を支えている。文官の育成にも油断なく力を注いでいるようで、電撃的な作戦を取れるのは、間違いのない兵站線の構築にあるのだと蓮華は理解していた。

 

「今度は曹操の鼻を明かしてやる、と姉上は躍起になっておられますよ。まあ、意気消沈していないだけ、よいとも言えるのですが」

「ふふっ。雪蓮姉さまらしいわね、それは。母さまは騎馬隊の重要性を語られることが多いけれど、揚州との連携を考えれば、私はもっと水軍の強化に力を入れるべきだと思うの。ちょうどこちらには、思春のような船軍(ふないくさ)に長けた子もいることなんだし」

「蓮華さまは、さすがに状況を冷静に見ておいでだ。それに関しては、私も同意いたします。どちらにだけ注力すればいいというものではありませんが、水運を使わない手はありませんからね。兵、食料の輸送にしても、それでずっと楽になるはずですから」

 

 冥琳が、自分と同じことを考えている。大きな援軍を得たようで、なんだか嬉しかった。袁紹と劉備の軍を取り込んだことで、曹操の騎馬隊はさらに強力なものとなる。その機動力に対抗するためにも、独自のなにかが必要なことは明白なのではないか。

 随伴している思春と、軽く眼があった。水軍の調練をするのであれば、自分のそばからは離れることになる。それを寂しく感じてくれること自体はありがたいが、そうも言っていられない状況であるのは確かだった。

 

「それにしても、母さまは曹操のことをどう思っておられるのかしら。私には、時々それがわからなくなる。この前だって、単身乗り込むような真似をされて……」

「ははっ。蓮華さまも、相応に苦労を重ねてこられたようで。まあ、嫌っておいででないことは、間違いないでしょう。どちらかと言えば、あのような御仁を好まれる質ではある。実際、曹操が小身の頃から、炎蓮さまはその存在を気にされていましたから」

 

 久しぶりに会った曹操の姿を、蓮華は思い出していた。

 父親の無念の死。そこから発生した徐州攻めを経て、あの男はさらなる威風をまとうようになったのではないか。そのような相手だけに、母が好ましく思うのも無理はなかった。相応しい好敵手。天下の覇を争うべき宿敵。そう感じているだけであれば、蓮華としても別に問題はないと考えている。

 

「個人的な好意は、家を滅ぼすことにも繋がりかねない。蓮華さまがおそれておられるのは、そこでしょうか」

「むっ……。なんでもお見通しなのね、あなたは。だったら、忌憚のない意見を聞かせてちょうだい。もし思う部分があるのなら、母さまには私から申し上げるわ」

 

 昔からの豪傑に流れる気風。天下をほとんど二分するにあたって、それは時に覇道の邪魔をするのではないか。

 信じていないわけではないが、まったく不安に思わないと言えば嘘になる。直情に生き、一度は死の淵を経験している人だけに、そうした線引が余計に曖昧になっているのではないか。

 だったら一層、手を握ってしまえばいい。あの曹操と母が盟友ともなれば、天下に敵はなくなる。名ばかりの廷臣に囲まれているだけの帝を、どうするべきかという問題はつきまとう。それでも、民衆の暮らしが安らぐのであれば、やる価値はあると言っていいのではないか、と蓮華は思うのである。

 眼鏡の奥にある、冥琳の瞳。優しい色をしているように、蓮華は感じていた。

 

「結託するには、どちらも力を持ちすぎた。半端な燻りを抱えた状態での合流は、やがて国全体に澱みをもたらすことでしょう。天下を支える英雄は、二人もいるべきではない。それを理解されていない御母上ではありませんよ。手心など、そこにあるべきではない。曹操にしても、考えは同様のはずです」

「あっ……。無用な考えを持ってしまったこと、許してくれ。駄目だな、娘である私がこんなことでは」

「よいではありませんか。散々に悩み、それでも前に進んでいく。それが人というものなのですよ、蓮華さま」

「んっ……。そうね、冥琳。ありがとう。あなたに話を聞いてもらって、なんだかすっきりしたわ」

「このくらいなら、いつでも。もっと面倒な手合いの相手を、私は普段からしておりますので」

 

 そう言って、冥琳は吹き出すように笑った。

 揺らぎかけていた心。そこに、再び火が灯っていくような感覚を、蓮華は確かに感じている。

 

 

 劉璋からの使者一行をもてなす宴席は、滞りなく進んでいた。

 厳粛な雰囲気など必要はない。自由に愉しみ、ありのままでいるように曹操は全体に命じていた。床に敷物をしき、それぞれの前に膳部を用意させてある。恋や鈴々はひとつでは物足りず、常に複数を周囲に置いているような状態だった。

 隣でもてなされている厳顔はかなり酒に強いようで、顔色ひとつ変えずに杯を傾け続けている。

 

「えへへー、ご主人様ぁ……♡ んー、ここすっごく寝心地いいねえ。関羽ちゃんから、教えてもらったとおりだよぉ」

 

 周りに流されて飲みすぎてしまったのか、桃香の顔はかなり赤い。

 枕同然に抱えられる膝。ちょっと苦笑しながら、曹操は桃色の髪を撫でている。

 

「ほう。同じ劉の名を持つ御方でも、ここまで違ってくるものなのですな。それにしても、よく懐いておられるようだ」

「かわいい子だよ、まったく。これで、案外芯の通ったことをしてみせる。そういうところにも、俺は惚れているのだろうな」

「あははっ。さすがのわしも、もてなしの席で惚気話を聞かされるとは思っておりませなんだ。これだけの女性(にょしょう)を囲っておいでなのだから、その手の話が尽きることはありませんな、曹操殿?」

 

 そう言って、厳顔がまた酒を飲み干した。

 不快に感じているような節はない。むしろ、この雰囲気を心地よく思ってくれているようだった。

 

「一献どうぞ、厳顔さん。ほら、貴方さまも杯が空いておりますわよ?」

「おお、これはこれは。かの袁家御当主に酒を注いでもらえるとは、なんだか出世したような気分になりますなあ」

 

 酒器を手に、麗羽が酌に回っている。

 高飛車な頃の評判が印象づいているのか、厳顔は驚いたように眼を見張っている。その様子がおかしくて、曹操はつい笑ってしまう。

 

「ははっ、それもそうか。よくやってくれているよ、袁紹は。これほどの女を嫁として迎えられて、俺は幸運なのだと思う」

「うふふっ、でしょう? けれど、そう感じているのは、わたくしだって同じですのよ? ちょっと気が多すぎるのが、玉に瑕ではありますけど」

「ええー、そうかなあ? みんなを愛してくれるご主人様だから、こうしていろんな立場の人が結束できてるんだもん。袁紹さんだって、ほんとはそう思ってるんでしょう?」

「ま、まあ、そうとも言えますわね。それにしたって劉備さん、少しべたべたしすぎではありませんの?」

「ふわぁ……。だってぇ、気持ちいいんだもん。頭もふわふわしてるし、んふふー♡」

「お水でも、持ってきて差し上げましょうか? 知りませんわよ、二日酔いで苦しむことになっても」

 

 妖しげな笑み。洩らしながら、桃香が下腹部に顔を擦りつけている。どうにもならないと悟ったのか、ため息と一緒に麗羽が去っていく。

 遊ぶように股間を引っかく指。酔いが行動を開放的にしているのだろう。桃香のあたたかな手が、着物の中に突っ込まれている。

 それに気づいて、厳顔が挑発的な眼差しを向けてくる。

 

「大胆ですなあ、劉備殿は。曹操殿は、あちらのほうもやはり旺盛で?」

 

 厳顔が、何気ない風を装い身体を寄せてくる。

 酔いの回った桃香の手は大胆を通り越し、早くも大きくなりかけた男根を外に引っ張りだしている。

 熱い吐息。吹きかけられると、さすがにこれからの展開を期待してしまう。厳顔も火遊びは嫌いではないようで、なにやら乗り気な様子なのも曹操の気分を高める一因となっている。

 

「桔梗とお呼びくだされ、曹操殿。ふふっ……。わしも、お近づきの印として……」

「ン……、桔梗」

 

 桔梗の意外なくらい繊細な指が、男根をぎゅっと締め上げている。

 杯に注がれる酒。勧められるがままに、飲み干した。

 今は、あくまでも酒を愉しんでいるだけなのである。その最中に、今はちょっと触れ合いが過ぎているだけなのだ。

 

「わしの指はいかがですかな、曹操殿。こちらは、悦んでおられるようですが」

「一刀でいい。こうした遊びは好きなのか、桔梗?」

「勘違いめされるな。これと思うような殿方が、そばにいるのです。人の一生とは短いもの。戦人となれば、尚更ではありませんか。ゆえに、んっ……」

 

 勃起した男根が、桃香の頭で上手い具合に隠れているような格好だった。

 桔梗の動きに合わせて、桃香が指を絡めてくる。妙な緊張感があって、それで無性に昂ってしまうのではないか。

 太い幹を擦る指。覆うように、敏感な亀頭を刺激する指。互いに自由に動かしているようでいて、意外と連携が取れている。

 

「ほほう。したたかに酔っていても、なかなかやりますなあ、劉備殿」

「にへへ、そうかなあ? そうだ、私のことも桃香でいいよ、厳顔さん。こんなやらしいこと、一緒にしちゃってるんだし。んっ……。ご主人様の匂い、段々濃くなってきてるね♡ この匂い、私大好きだよぉ♡」

「おう。では、わしのことも桔梗と呼んでくださるかな、桃香殿。ふふっ……。それにしても、立派なものよ。こうして指で奉仕しているだけでも、感じてきてしまう。女殺しとは、これのことを言うのでしょうなあ」

 

 桔梗の顔が赤い。

 酒以上の変化を、自分がこの女にもたらしているのか。酌を返しながら、曹操は笑んでいる。多数の指で弄ばれている男根は限界まで勃起していて、ふしだらな滑りを分泌していた。

 

「おちんちん、びくびくってしててちょっとかわいいかも? えへへっ、もっともーっと気持ちよくしてあげるからねぇ♡」

「うむぅ……。この雁首の高さ、中に迎え入れたらどうなってしまうことやら。一刀殿。後から、密かにお邪魔しても?」

「望むところだ。しかし、覚悟しておけよ、桔梗。おまえのような女、きっと簡単には手放せなくなる。俺は、欲深い男なのでな」

「んっ……。わしのような老骨でも求めていただけること、嬉しく思いますぞ、一刀殿」

 

 桔梗の瞳。少し、潤んでいるようにも見えていた。

 こんな場でなければ、今すぐにでも唇を奪ってしまいたい。そのくらいの魅力を、曹操は様々な部分で感じさせられている。

 

「もうすぐ、出そうなのかなぁ? くちゅくちゅ、とっても気持ちよさそう。ねっ、ご主人様?」

「ああ、桃香。このまま、続けてもらいたいな」

「だってぇ、桔梗さん? がんばって、おちんちんさんにびゅーしてもらおっか♡」

「あははっ。やはり面白き御方だ、桃香殿は。どれ、最後は周りを汚さぬように、種を飲んで差し上げたらどうか」

 

 桔梗のしてきた提案に、桃香がこくこくと何度も頷いている。

 二人の協同作業が最終局面を迎える。手による激しい奉仕。先走った汁を巻き込み、淫猥な音を奏でている。

 痺れ。下腹部を駆け抜けていく。射精がはじまるのを察したのか、桃香が温度の高い口内で男根を包み込んでくる。その新たな快感もあって、曹操は思わず小さく声を洩らした。

 

「むっ、ぐぷっ、ふぐっ……!?」

「ははっ。どれだけ出されているのですか、一刀殿? あれほどまでに愉しそうにしておられた桃香殿が、かなり苦しそうにしておられますぞ?」

「んっ、んぐっ、ごきゅっ、むふぅ……♡」

 

 大胆に喉を鳴らしながら、桃香が吐き出された精液を嚥下していく。

 もっと深く咥えてほしくて、軽く後頭部を手で抑えた。ちょっと苦しそうに咳き込む桃香。濁流は、まだ喉奥を犯している。

 

「ぐむっ、むっ、ふむぅ……♡ ごくっ、くちゅっ、むむっ」

 

 抑えるだけだった手を、徐々に労るような動きに変えていく。

 少し汗ばんだ桃色の髪。ゆっくりと梳いてやると、精液で頬をふくらませたまま、桃香が歓喜の声を洩らした。

 

「むふふー♡ くぷっ、んっ、くっ、んぐっ♡」

「なるほど。女の手綱の握り方を、一刀殿はようよう心得ておられるようだ」

 

 酒杯を片手に、桔梗がほほえんでいる。

 魅惑的な佇まい。空いた手を握ってやると、その表情はより妖艶なものに変化するのだった。



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十 董白と公孫賛

 鄄城に公孫賛を迎えてから、三日になる。

 饗応の準備に引き続き、月は客人の対応に務めていた。曹操が帰還してくるまでは、城郭や部隊の様子を視察し、自領の経営に活かすつもりなのだという。

 いたって真面目な将軍。野心があるのではなく、すべては幽州に暮らす民のためであるのだと月には思えている。

 両手で運んできた器を、卓上に並べる。身重の自分を気遣って、侍女が手伝いを申し出てくれたのだが、このくらいは平気だとやんわり断りを入れてある。

 湯気。立ち昇っている。あたたかな食事は、人の心に安らぎを与えるものだ。

 着席している公孫賛が、出かかった欠伸を噛み殺している。

 幽州からの旅路。それに、賓客だからといって、他国で気を抜いていられないという思いが、今頃疲れとなって表出しているのではないか。

 

「おっと。なにからなにまですまないな、董白殿。しかし、今でもおかしな感じが拭えないでいるよ、私は。あなたが長安を落ち延び、敵対していた曹操殿のそばを安住の地として選んだ。しかもだ、その館で私はこうして世話になり、朝飯まで用意してもらっている。まったく、あの頃の自分にこの状況を話したら、一体どんな顔をするんだろうな」

 

 そう言って、公孫賛は汁物の入った器を引き寄せる。野菜と少しの肉でとった出汁。そこに、塩で味をつけただけの簡単なものである。

 ひと口すすって、公孫賛が目配せをしてくる。どうやら、上手くできているようである。自身も席につき、月は箸を手にとった。

 二日間の宴席で、豪勢な食事にも飽きてきたのだろう。初日以降は流琉もかなり張り切っていて、驚くほど手の込んだ料理が卓を賑わせていたものだ。

 

「うん。あっさりしていて、これはいけるな。涼州仕込みの味なんだろうか、董白殿?」

「ええ、公孫賛殿。気に入っていただけたのなら、幸いです」

 

 ちょっと眠そうに目蓋を擦ってから、公孫賛が器に直接口をつける。

 自分の手料理で、誰かが喜んでくれている。そのことが、純粋に嬉しかった。

 流琉のような圧倒的な技量はなくとも、できることはある。やがてはこれが家の味となり、子供にまで伝わっていくのか。そうしたことを想像すると、心が自然と晴れやかになっていく。

 

「子供、もうすぐ産まれてきそうなんだってな」

「はい、おかげさまで。立派な母親になれるかなんてわかりませんが、努力だけはするつもりです。それが、こんな私にも命をつながせてくださった、曹操さまへの恩返しになると思いますから」

「なるほどなあ。いやしかし、想像していた董相国とあなたとでは、随分と差異があるようだ」

「過去の行いから、逃げるつもりはありません。それに、あの時の自分があったから、今の生があるようにも感じているのです」

 

 慌てたように、公孫賛が両手を顔の前で振っている。

 どこにも、否定の必要があることなどなかった。自分は現状を受け入れていて、生き方にも満足しているのだ。

 

「やっ、言い方が悪かったよ。誰だって、きっかけがあれば変わることができる。それを体現されているのが、なんだか羨ましくってさ。私なんて、あの闘いからなにも変わっちゃいないんだ。地味で普通で、自分で言ってて悲しくなってくるよ」

 

 そういうことか、と月は得心がいったような顔をする。

 酸棗の連合軍に加わっていた諸侯の中には、曹操、孫堅のような卓抜した英傑がいる。袁紹、あるいは友人の劉備にしても、天下の情勢に影響を与えているという事実があるのだ。

 器を卓に置き、月は公孫賛を見つめている。その表情は、優しくほほえんでいた。

 

「公孫賛殿は、見事に幽州を守護なさっているではありませんか。烏丸や黒山の賊徒といった脅威を地道に討ち払われていること、曹操さまも感心しておいでです」

「あはは……。まさか、あなたにこうして褒めてもらう日がくるなんてな。まあ、私も自分にできる範囲で、頑張ってきたつもりではあるよ。この乱世、せめて手の届く人たちくらい、守ってやりたいからさ」

「その思いを実現されている公孫賛殿を、誰が侮れるものですか。おのれの足下を見失い、覇を求めて消えていった諸侯を幾人も見てきました。この私とて、言わばそのひとりなのです。かけがえのない友人たち、それに因縁ある宿敵に恵まれていたから、たまたま命をつなげている。でなければ、この身はとっくに塵と化していたことでしょう」

 

 すべて、本心からの言葉だった。

 神妙な面持ち。なにも重苦しい話をしたつもりではなかったのだが、公孫賛はそうした状態でじっと聞き耳を立てている。

 ふと、張邈の死に顔を月は思い出していた。

 あの男も、乱世に運命を狂わされたひとりなのだろう。器以上のことを求め、最後には虚しく滅びを迎えた。謀略に巻き込まれた、と言えばそれまでになる。結局、決断をするのは自分でしかなく、踏みとどまることができたのが曹操だった。

 

「食事中に失礼する。緊急の用件ゆえ、しかとお聞き願いたい」

 

 静寂を打ち破るように、秋蘭があらわれる。

 言葉とは違って、振る舞い自体は落ち着いたものだった。さすがに、曹操が長年信を置いているだけのことはある。

 

「張邈軍の残党が、州内を騒がそうとしているようなのです。客人に苦しい台所事情を晒したくはないのですが、そうも言っていられないと思い、こうして参上した次第でして」

「そうですか……。張邈殿の残した火種は、まだ」

 

 残党の大半は撃破されているが、まだ抵抗勢力が生きているらしい。

 曹操率いる主軍が州を離れている今が、最後の機会だと思っているのだろうか。だとすると、考えが甘すぎる。もはや兗州は曹家一色に染まっていて、付け入る隙などありはしなかった。

 

「無礼を承知で、公孫賛殿に申し上げる。わが方の将軍はそのほとんどが出払っており、かなり手薄な状態なのです。なので……」

 

 秋蘭の意図が、段々と読めてくる。

 張邈軍の残党の処理など、残っている者たちだけで十分対処できるはずなのである。その話を、わざわざ公孫賛にまでもってくる。ならば、そこにある考えはひとつしかなかった。

 

「おいおい。まさか私に、曹家の兵を率いろと言うんじゃないだろうな、夏侯淵殿?」

「早速のご理解、痛み入ります。白馬将軍と称される御方の力を得られれば、制圧は迅速に済みましょう。天下を騒がす賊徒の軍、捨て置くわけにはいきませぬ」

 

 どこかわざとらしいくらいに、秋蘭は懇願している。

 公孫賛は、悩んでいるようだった。

 残党を放っておけば、真っ先に民衆たちが被害を受けることになる。とはいえ、提案を素直に飲めば、世間は公孫賛が曹操の手先になったと見るようになる。

 これが、秋蘭の独断でないことは明白だった。

 曹操は、公孫賛を個人的に高く買っている。それだけに、どこまで突っ込んだ関係を築く気があるのか、試しているのではないか。

 提案を拒絶されたところで、討伐になにか支障があるわけではなかった。部隊に関しては詠がきちんと準備しているだろうし、秋蘭か柳琳のどちらかが主将となって出向けば、それで事足りるに違いないのである。

 あとは、公孫賛がこの状況をどう判断するかでしかない、と月は冷静に思考を巡らせている。

 そして、答えは案外早く出たようだった。

 

「……わかった。ただし、生半可な指揮なんてするつもりはないからな。この私に誘いをかけているんだ、当然騎馬隊を用意してくれているんだろう?」

「はっ。ご決断、ありがたく存じます、公孫賛殿。わが殿も、きっとお喜びになることでしょう」

「ちぇっ、いいっての。それじゃ、董白殿」

 

 ちょっと苦笑を浮かべながら、公孫賛が立ち上がる。

 懸命な判断をした、などと言うつもりはなかった。だが、これが公孫賛にとってなにか変化のきっかけになればいい、とは月も思うのである。

 

「ご武運を。討伐を終えたら、またこちらにいらしてください。あたたかいものを召し上がりながら、お話の続きをいたしましょう」

「ありがとう、董白殿。また、馳走になりに来る」

 

 頭の後ろで束ねた赤い髪。

 なびかせながら、公孫賛は足早に去っていった。

 



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十一 闇夜の交わり(桔梗)

 灯火のほのかな光だけが、起伏の豊かな女体を照らし出している。

 寝台に裸で寝そべり、桔梗は両の腕を差し出している。膝から上がり、曹操がゆっくりと覆いかぶさった。桃香の口で果てて間もないとはいえ、男根は今も尚、かたく屹立したままだった。

 

「ふふっ。きてくだされ、一刀殿。準備など、とうに出来ておりますゆえ。あっ、くふっ、うあっ……」

 

 しっとりと濡れた膣肉の感触。愉しみながら、曹操が腰を進める。

 引っかかりなどなく、滾ったものがすんなりと迎えられている。どこまでもしなやかな泥濘。穿たれる悦びが強いのか、桔梗は艶のある声を時折洩らす。

 

「このまま、益州にもどらないという手もなくはない。おまえさえ望むのであれば、劉璋には俺から話を通そう」

 

 男根の形状を覚え込ませようと、曹操大きな動きで抽送を開始する。

 それと同時に、言葉でも心を揺さぶった。まったく、手応えがないというわけではない。膣肉のうごめき。唇の、かすかなふるえ。桔梗の中で、揺れているなにかがあるという証拠だった。

 はっきり言って、劉璋の今後になど興味はなかった。力のある臣下に存分な働き場所を与えず、使者の真似事をさせている。主従の間にある微妙な溝。この分では、今後さらに拡がっていくことなど眼に見えているではないか。想像するに、関係性に問題を抱えているのは、桔梗だけではないはずだった。そして、劉焉の旧臣たちの期待は、この益州一の武人に集まっているのではないか。

 歪みはいずれ領内の乱れを生み、しかも劉璋にはそれを治めるだけの器量があるとは言えなかった。

 

「酷なことを仰せになる御方だ。んっ、んあっ、はあっ、そこっ……!」

「すぐに返事をしろと言うのではない。だが、おまえにはそれだけの価値がある、と俺は見ているのだよ」

 

 そして、劉璋の眼は本質以外の部分によって曇らされている。口にこそしなかったが、桔梗にはそのことが伝わっている、と曹操は踏んでいた。

 

「益州は、楽に統治できるような場所ではない。漢中には五斗米道の信徒たちがひしめき、自治をはじめて何年になる。今は静かにしていようが、外の連中も爪を研いでいるはずだ。それらの脅威を、果たして今の体制が退けられようか」

「んっ……。それは、あっ……!」

 

 なんとか出した声が、闇の中に消えていく。

 見事なまでに実った桔梗の乳房。強く搾りあげ、曹操は突起に口をつけている。蕩けた膣肉の抱擁が、甘美な痺れをもたらしているようだった。

 桔梗の中を間断なく責め続ける。気分でいえば、城攻めをしているようなものなのか。相手は孤軍であり、援軍の見込みはない。そのような状況においても、しぶとく粘ってみせるのが、名将と呼ばれる存在なのか。

 

「一刀殿……。くうっ、うぁああっ」

 

 乳房から口を離し、喘ぎを繰り返す唇を素早く塞いだ。

 意趣返しでもしているつもりなのか、桔梗が唇を甘く噛んでくる。気にせず舌を挿し込み、曹操は攻勢を維持し続けた。

 

「あむっ、れろっ……。んっ、むふぅ、んんっ……!」

 

 どちらともに息が荒い。

 肉をぶつけ合い、快楽を貪る。そんな状態であるのに、恥ずかしがっている余裕などあるはずがなかった。

 絡み合うすべてが気持ちいい。わずかにあった緊張もほどけ、桔梗の膣内はどこも男根に甘えている。

 むっちりとした足を持ち上げ、腰を打ちつける速度を意識的に上げる。抉られる角度に変化がついたのがよかったのか、桔梗の歓喜は強まっているようだった。

 

「ふはっ、むっ、んふぅ……! ふうっ、んんっ、んうぅぅぅう」

 

 痙攣。責めに耐えきれず、桔梗は軽い絶頂を味わっている。

 それでも、曹操は攻めの手を緩めたりはしない。今夜中に、この女を落としきってみせる、という気概を持って抽送をさらに激しくする。

 

「うあっ!? くうっ、ううっ、んああぁっ! あむっ、ふっ、ふはっ。かじゅ、んっ、とぉ……!」

「ははっ。宴席までの威勢はどうした、桔梗。俺はまだ、力を温存しているのだぞ」

「ふあっ……。あっ、あーっ、はあっ♡」

 

 心を乱されているだけ、桔梗の守りに綻びが生じている。

 その隙間に、自分という存在を塗り込めていけばいい、と曹操は思っていた。快楽に飲まれかかった桔梗の声。心地よく、耳に届いている。

 打ちつける腰が止まらない。抽送を続けただけ膣肉の絡みつきは熱心になっていて、男根を離すまいと抱きついてきているのだ。

 

「こ、これが、天下に覇を唱えんとする御方の精力なのか……! んあっ、あっ、ああっ……!」

 

 反応の強い部分を重点的に責めながら、曹操はほほえんで見せている。

 気づけば、腰に二本の脚が絡みついていた。快楽の熱に浮かされて、桔梗の身体が男の濃いものを直接受け入れたがっているのか。

 さらに肌を密着させ、小刻みに中を突いていった。溢れ返る愛液。突き入れるたびに、ぐじゅりという湿り気を含んだ音を響かせている。

 

「あんっ、んっ、はーっ♡ このままでは、すぐにいかされてしまう。一刀殿、ああっ……!」

 

 大きな胸を突き出すようにして、桔梗が快感に上半身をふるわせている。

 

「いいっ、あっ、んうっ。このようなチンポに責め立てられて、正気でいられるはずがない。うぐっ……!? ああっ、いってる……♡ わしのマンコ、まるで馬鹿になってしまったくらいに簡単にっ♡」

 

 桔梗も自分との交合を愉しみにしていたのだろうが、実際の体験が想像を遥かに上回っているのだ。

 日頃の鬱憤や、消化しきれていない感情をここで洗い落としてしまえばいい。攻勢を保ったまま、曹操は桔梗の頬を撫でている。

 

「好きなだけ乱れていいのだぞ、桔梗。おまえが素直に感じている姿を、俺にもっと見せてみろ」

「はっ、はいっ……♡ あなたさまには、敵いそうにもありませぬ。で、ですから、どうかお情けを」

 

 桔梗の洩らす声に、余裕が少なくなっている。小さな絶頂が生み出した波。それが、身体の中でずっと大きくなっているのではないか。

 両脚による拘束はさらに強靭なものになっていて、簡単には振りほどけないようにすらなっている。そして、やわらかな膣肉はひたすら甘く吸い付いてきていて、男根に子種を吐かせようとしているのだった。

 

「くだされ、一刀殿。どうか、このわしの中にっ……♡ うあっ、ひふっ、ふあっ……♡ 桃香殿の口に射精なされた時よりも、さらに濃いものを、ぐふうっ……♡」

「いいだろう。おまえの望み、とくと叶えてやる。存分に味わえ、桔梗」

 

 戒めていたものを解き放ち、反動をつけて子袋の中に注ぎ込む。桔梗にもそのことがすぐに理解できたようで、明らかに強い感じ方で精液の奔流を迎え入れている。

 このまま、堕ちるところまで堕ちてしまえばいい。曹操は甘い嬌声を耳で愉しむ傍ら、出ない乳を吸いだそうと、乱暴なくらいに唇と指で乳首をいじめている。

 

「くあっ、あっ、んあぁあっ♡ い、いけませぬっ。そんなにされても、わしの胸からはなにも出せませぬゆえ……♡」

 

 燈にも負けないくらいの大ぶりな乳房。よじらせながら、桔梗は絶頂に声をふるわせる。

 

「んお゛っ、あっ、いぐっ……♡ んっ、あ゛ーっ、はっ、ああっ♡ 腹の中が、一刀殿の精液でいっぱいになっていく……♡ うあぁっ、まだ、まだすごいの出てぇ」

 

 一度堰を切ったからには、しばらく射精は収まりそうにもなかった。

 理性を失った雌の声。恥ずかしげもなく洩らす桔梗の顔は、幸せに満ちている。

 

 

 結局、桔梗は用意された部屋にはもどらなかった。

 寝台に裸のまま、二人並んで寝転んでいる。服を着直すのも億劫になるほど、交わりに交わったというのもあるのか。少し眠そうにしながら、桔梗が頭を胸に乗せてくる。

 

「んっ……。一刀殿にめちゃくちゃにされた部分が、まだ熱をもっているようです」

「だが、気分は晴れただろう? 俺も、今夜は十分に愉しむことができた。身体の相性も、いいように思える」

「あははっ。間違いありませんな、それは。なんとも、心地のいい夜です。こんなにも満たされたのは、いつぶりのことやら」

 

 桔梗が、ちょっと遠くを見つめるような仕草をする。

 特に口を挟むことなく、曹操は銀髪を撫でている。そうされるのが気持ちよかったのか、桔梗は静かに息を吐き出しながら、瞳を閉じた。

 

「司馬懿という者の名、一刀殿はご存知か」

「詳しいわけではないが、帝の近臣に司馬家の人間がいることは知っている。多分に漏れず、才気走ったところがあるそうだ」

 

 髪を撫でる手は止めずに、曹操が返事をした。

 桔梗がわざわざ名前を出したのだから、なにか意味があるのだろう。司馬は旧くからの名門で、長安の朝廷の中では特筆すべき実力を備えている家だった。

 

「一応、注意なさったほうがいい。年寄り連中の意見を集めてお止めしたが、劉璋さまにも曹家打倒の誘いがかかっていたようでしてな。ふふっ、嫌われておりますな、あなたさまも。もっとも、廷臣連中のほとんどが、同意見なのかもしれませんが」

 

 時代の移り変わりを、全員が受け入れられるわけではない。

 その挑戦を叩き潰し、生き残ったものこそが次代の覇者となる。覇権を争うというのはそういうことで、帝の近臣がどういった動きをとろうと、やるべきことになんら変わりはない。

 

「ははっ。あやつらに好かれて、なんになる。それに、こちらに刃を向けてくるのであれば、その代償をきっちり払わせてやるまでのことだ」

「まったく、頼もしい御方だ。んっ、ふわぁ……。このまま寝てしまっても、構いませぬか? それだけ、今はどうにも離れ難い」

「俺もそうするつもりだった。一緒に眠ってくれるな、桔梗」

「ふふっ。喜んで、お供つかまつる」

 

 じっと寄り添っていると、やがて睡魔に襲われた。

 やわらかな女の肌。これ以上ない寝心地のよさを感じながら、曹操は深い眠りについている。



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十二 司馬懿(朱里、燈)

 購入した数冊の書物を手に持ち、朱里は青空の下で背を伸ばしている。ちょっと余計な買い物をしてしまった気もするが、雛里も気になると話していたものが手に入ったのだから、共有すれば無駄にはならないはずだった。

 明日には、鄄城に向けて発つ手筈になっている。

 春蘭率いる五万の先発隊はすでに沛国を離れていて、自分たちはそれを後から追うようなかたちとなる。

 行軍に際して、午後から曹操と軽く打ち合わせをすることになっていた。ただ帰還するのではなく、合間に調練を挟みながら、鄄城を目指すと曹操は話していた。『曹』、『袁』、『劉』。三つの軍旗が並び立つ、せっかくの機会なのである。

 各将軍の仲は、間を取り持つ曹操により盤石といえるような状態になっている。それを部隊全体に波及させるためにも、大軍勢での練兵は欠かせなかった。

 

「あら、朱里ちゃんじゃないの。天気もいいし、散歩でもしているのかしら?」

「こんにちは、燈さん。あはは……。なんというか、時間を持て余してしまいまして。お昼過ぎから一刀さまと会う予定なのですが、早く着きすぎてしまったというか」

 

 たまたま出会った燈に声をかけられ、朱里は恥ずかしそうに俯いている。

 刻限に遅れるわけにはいかない。そう思うと、勝手に足が外に向かっていたのである。

 かといって、曹操が住まう館の近くでふらふらしていたのでは、まるで不審者そのものになってしまう。なので、時間潰しに店でも見て回ろうとしていたのだが、早速目的を達成してしまい、軽く途方に暮れかけていたのだ。

 

「ふうん? 理由はとってもかわいらしいものだけれど、なかなかすごい趣味をしているのね、あなたも。なになに。よくわかる房中……」

「はわわ!? そ、そんな大きな声で読まないでくだしゃい!?」

「ええー? 別に、構わないじゃない。愛しいご主人さまのために、お勉強しようとしているのでしょう? だったら、恥ずかしがる必要なんて、どこにもないじゃない」

「あうう……。それは、そうなのかもしれませんが」

 

 燈の視界から隠した書物を、素早く背負った袋の中にしまい込んだ。

 自分も大人になったら、このくらいの余裕をまとえるようになるのだろうか、と思うことがある。少し妖艶さを感じさせる風貌。特に大きくふくらんだ乳房などは、憧れでしかなかった。

 

「うふふ。だめよ、そんなに胸を凝視しては。はっ……。まさか、朱里ちゃんあなた……?」

「なんですか、その疑いの眼は!? ほ、ほんとになんでもありませんから! ただちょっと、いいなぁ……とは思ったりしますけど」

 

 いつまで経っても、燈には敵わない。

 手助けをしてくれる姉であり、時には母のような優しさをくれる人だった。

 知るほどに、曹操が昔から懇意にしているのが当然だと思えてくる。女性としての魅力だけでなく、燈は領主としても一流なのである。おそらく、曹操もかつてはその姿勢から学んだのではないか。朝廷内部に対する伝手も少なくなく、覇業の仕上げ段階に際して、これ以上ない人材だと言えるのではないか。

 

「そ、それで、燈さんはこちらでなにを?」

「ふふっ。そんなの、決まっているじゃない。会いに来たのよ、一刀くんにね」

「ああ、なるほど……。燈さんの次が、私だったということですか」

「ええ、そうらしいわね。そうだ、朱里ちゃん。せっかくこうして出会ったのだし、どうせなら一緒に行きましょうか。そうしたほうが、一刀くんだって時間を有意義に使えるだろうし、ね?」

「はわわっ……。その、よろしいのでしょうか。一刀さまとの貴重なお時間に、私が割り込んでしまっても」

 

 燈が顎に指を一本添えて、妖艶にほほえんでみせている。

 これから曹操のところに行って、なにをするつもりなのか。仕草を観察しているだけで、なんとなくだが理解できてしまう。

 

「いいのよ、もっと甘えてくれたって。ほら、娘の喜雨が、ずっとあんな態度でいるでしょう? だから、少し物足りないのかもしれないわね、私も」

「えと……。喜雨さんは、聡明な御方ですから。お母さまには御領主という立場があって、御自身にも農政を司っているという自負がある。それだけに、自然と気持ちに線を引いてしまっているのかもしれませんね。甘えられるものなら、甘えたい。ほんとうは、そう思われているんじゃないでしょうか」

「んー。だったら、いいのだけれど。なら今は、朱里ちゃんで予行練習をさせてちょうだい? うふふ……。あなただって、私のかわいい娘のような存在なのだし」

「あう……。ありがとうございます、燈さん。でしたら、その……」

「善は急げね、朱里ちゃん。さっ、行きましょう」

 

 燈の優しげな手のぬくもり。

 右手でそれを感じながら歩く朱里は、気恥ずかしさと嬉しさで、しばらく視線を地面に落とすのだった。

 

 

 他愛もない話をしながら、燈と手をつないだまま曹操の暮らす館を訪れた。

 護衛の仕事で来ている凪と挨拶を交わすと、居室はもう目と鼻の先なのである。

 これから起こるであろうことを考えて、朱里はちょっと表情を強張らせている。燈が軽く自分に笑いかけてから、部屋の中に向けて声をかけた。返事はすぐにあり、曹操が在室であることがそれでわかる。

 

「ごきげんよう、一刀くん。私のわがままで、小さなお客さまにも着いてきてもらっているの」

「似合っているな、二人でそうしている姿も。まるで、実の親子のようではないか」

「ふふっ、でしょう? 今度は、雛里ちゃんも誘ってみるのもありかしら。ねっ、朱里ちゃん?」

「は、はいっ。雛里ちゃんも、きっと喜んでくれると思います」

「ははっ。二人のことばかりかわいがっていると、喜雨が今以上にへそを曲げるぞ」

 

 冗談を交えながら、燈が曹操の方へと近づいていく。

 ゆっくりと離れていく手。ぬくもりが消えていくのと同時に、ちょっとした寂しさがこみ上げる。

 燈と曹操の間にあったわずかな距離が、瞬く間に失せている。寄せられる唇。大人同士の口づけというのを、見せつけられているような気分になる。燈は上背もあるし、無理なく曹操の唇をついばむことが出来ている。そうした部分も、朱里はちょっと羨ましくはあった。

 

「あむっ、んっ……。ふふっ……。気持ちいいわね、一刀くん」

「いきなりだな、燈。少し、話しておきたいこともあるのだが」

「そんなの、睦みながらでも出来るでしょう? ほら、待っているわよ、朱里ちゃんだって」

 

 額を擦り合わせたまま、燈が視線を向けてくる。

 言葉にするまでもなく、心の臓がうるさいくらい高鳴っていた。

 

「一刀さま、んっ、んぅ……」

 

 燈のようにしてみたくて、つま先立ちになってみる。

 どうしたって、曹操の顔には届かない。わかっていても、必死になって背を伸ばした。被った帽子に添えられる手のひら。自分は曹操の軍師で、しかも男女として結ばれているのだ。そうだというのに、胸中にはもどかしさがある。それをぶっつけ、吸い上げてもらいたい。そう思って、身体をかがめる曹操と口づけを交わす。

 

「はふっ、んあっ。ちゅっ、あむっ、ふむっ……」

「あら。案外情熱的なやり方をするのね、朱里ちゃんは。それとも、そうしてもらえるように、一刀先生がいけない教育を施したのかしら?」

「先生。んっ……。大好きな先生に、私もっとたくさん教わりたいです。れろっ、はっ、んんっ」

 

 誰かに見られているという緊張感が、身体の中で興奮を高めているのか。それに、呼び方を『先生』と変えてみると、いつもより背徳的なことをしている気になってくる。

 こんな姿、親友の雛里にすら見せたことがないのである。それでも、夢中になって曹操の唾液を求めてしまう。舌を絡ませ、もっとしてほしいと甘えてしまう。

 

「かわいい、朱里ちゃん。一刀くんの唇、懸命に欲しがって」

 

 後ろから、燈に抱きしめられている。

 曹操との濃厚な口づけ。燈がくれる、母性を含んだやわらかさ。その二つに挟まれ、身体がどこまでも熱くなっていく。

 

「ふふっ。少し苦しそうね、朱里ちゃん。いいわ、私が楽にしてあげる」

「あむっ、ふちゅっ……。んあっ、燈さん……」

「あなたは、一刀くんだけに集中していればいいの。ねっ、そうでしょう?」

「ふぁい……♡ しぇんしぇい……、あふっ、むっ、んふっ」

 

 思考が蕩けるような感覚。

 衣服を脱がす燈の指。優しい中に、熱を呼び覚ますようななにかがあるのか。

 胸を直に撫でる両の手。そちらに意識を奪われかけていると、引き戻さんと曹操が音を立てて舌を吸ってくる。

 

「いけない生徒には、身体を使って教えを刻んでやらねばな。覚悟はできているか、朱里?」

「んっ、ふぁい……。先生のお好きなように、私の身体を弄んでください。どんなことでも、耐えてみせますからぁ」

 

 裸になった燈に抱きかかえられ、寝台の上で曹操が来るのを待つ。

 緊張にふるえる肌。同性の燈に撫でられるだけで、敏感に反応を示してしまう。

 

「わっ……。とっても雄々しいです、先生のおちんちん。また、お顔でずりずりってされたいのですか?」

 

 大きさを見せつけるように、膝立ちになった曹操が男根を顔に擦りつけてくる。

 以前、風と一緒に顔で奉仕したことを朱里は思い出していた。あの時も曹操の昂り方はかなりのもので、大量の精液を浴びたことが記憶に新しい。

 

「それでは、指導になるまい。口を開けてみろ、朱里。なるべく、大きくな」

「はい、先生。んっ……、こうれひょうか?」

「じっとしていろよ。無駄に動くと、苦しくなるだけだ」

 

 唯一着用したままになっている帽子越しに、曹操が頭を撫でてくる。

 その感覚に気分をうっとりさせていたところに、男根を口から突き込まれた。唇、そして舌を力で押しのけ、奥深くにまで侵入されてしまっている。苦しい。それなのに、自分の身体はどこかで悦びを感じてしまっている。

 

「ん゛っ、こふっ、お゛っ、んぐっ」

 

 抽送。長く太い男根によって、時折気道が塞がれてしまっているのか。そのあたりの調整は、曹操にはお手の物らしい。

 悶絶ぎりぎりのところで太いものが引き抜かれていき、また喉奥にまで突っ込まれる。唾液と一緒に濃厚な先走りが直接送り込まれて、腹の部分が熱くなった。自分が頑張って舌を絡ませることを、曹操は望んでいるのではないか。だから、苦しくても必死になって食らいついた。頭が再び撫でられる。どうやら、感じたことは正解だったらしい。

 

「厳顔から忠告を受けたのだが、廷臣の中にも俺の首を狙う気概のある者がいるようだ。司馬懿というのだが、知っているか」

「もちろん。司馬の八達といえば、界隈では有名人だもの。でも、そうね……。孫堅との決戦、邪魔をされたくはないわよね? いっそのこと、こちらから動いて消してしまいましょうか」

 

 乱雑な抽送を受ける傍ら、朱里は二人の会話に耳を傾けている。

 司馬懿。その名を聞くと、どうしてか胸がざわめき立つ。知っている人物ではない。それに、今すぐ曹操の脅威になり得るような感じでもない。

 それなのに、この胸にある感覚はなんなのか。

 男根に塞がれている口が自由であれば、燈の意見に賛同を示していたはずだった。不要な火種など、本来あるべきではないのだ。徐州を巡る闘いの時は、張邈の野心を利用するかたちで、自分はそれを作り出した。そんな事態など、これからは起きるべきではない。

 

「んふっ、ごっ、んお゛っ……」

 

 曹操によるひと突きで、思わず意識が飛びかけてしまう。

 身体はずっと興奮してきているようで、愛する人に弄されることによる幸福を感じているのだった。

 

「それには及ばない。ここで司馬懿ひとりを消したところで、後に続く者を生み出すだけだろう。だから、向こうが動くのを待つつもりだ。どうせならば、兵を挙げてくれた方がこちらも対処しやすかろう。それを口実に、朝廷から反対勢力を一掃することも可能になる」

「御意に。調査はしておくけれど、やり方は一刀くんに従うわ」

 

 腰の動きが、少しゆるやかになっている。

 大きく張り出した雁首。血管の浮き出した、太い幹。ねっとりと舌を絡ませながら、朱里は鼻で小刻みな呼吸を行っている。

 

「んぶっ……。れちょっ、むっ、ふむぅ……♡」

 

 汁まみれになった男根が、唇の方に向けて抜けていく。

 かなり苦しかったはずなのに、寂寥感があるのはなぜなのか。軽く追いかけるように亀頭に口づけた自分に、曹操がほほえみかけている。

 

「ふわぁ……。ありがとうございます、先生。おちんちんを使ったお勉強、とてもためになりました」

「うふふ。いい顔をしているわね、朱里ちゃん。んっ……。保護者として、私も先生のおちんちんにお礼をしておこうかしら」

 

 突き出された先端に、燈が唇でしゃぶりついている。滴り落ちる唾液。なんの恥ずかしげもなく立てられる水音。感化されるように、朱里は陰囊に舌を伸ばしていた。

 ここに、あの特濃の精液が詰まっているのだ。そう思って、皺のひとつひとつを舌で丁寧に伸ばしていく。技能では燈に勝てる気などしなかったが、曹操を愛する気持ちならば対抗できるはずだった。

 

「んちゅ、はむ……。んれっ、むっ、ちゅぅうう……」

 

 一息つき、朱里は曹操の顔を見上げている。舌で口の周りを舐め取ると、付着していた陰毛にぶつかった。それを指で剥がし、曹操と笑い合う。

 こんな穏やかな日常がいつまでも続けばいい、と思わずにはいられなかった。

 

「司馬懿の件、私にもお手伝いさせてもらえないでしょうか。なんとなく、その存在が気になってしまうんです。もし戦になっても、先手を取られるようなことにはなりたくありませんので、どうか」

「いいだろう。燈と手を携え、勢力の掌握につとめよ。無論、戦となればおまえを軍師として任ずる。それでいいな、朱里」

「ありがたき幸せです、先生。あっ、えとっ、一刀さま……!」

「ははっ。呼び方など、どうだっていいといつも言っているだろう?」

「ひゃ、ひゃいっ! でしたらその、しばらくは先生と……」

 

 勢いではじめたようなものだが、自分でもその呼び方を気に入ってしまっているらしい。

 もう一度『先生』と呼びながら、男根に深く頬を擦りつけた。唾液と先走りが入り混じった汁で、肌が汚される。そんなことですら、今は嬉しかった。

 

「ねえ、一刀くん。そろそろ、こちらにも」

 

 燈の言葉に、曹操が頷いている。

 ちょっと持ち上げられて出来た空間に、曹操が男根を挿し込んだ。身体が近い。それに、耳の後ろからは気持ちよさそうな喘ぎが聞こえている。

 自分が挿入されているわけでもないのに、不思議な感覚が収まらなかった。自分越しに、曹操が燈と口づけを交わしている。じっとしている気にはなれなくて、見える部分に構わず吸い付いていた。

 

「あっ、んんっ、んあっ……! い、いいわよ、一刀くん。おちんちん挿れてもらうのなんて久しぶりなのに、とっても気持ちいい。もっと、ぐりぐりもっとぉ……♡」

 

 曹操と交われば、あの燈ですら淫らさを曝け出して一匹の雌になる。

 ある意味、自分だけがそうでないことに朱里は安堵していた。

 

「はあっ、ああんっ♡ いっ、それいいっ。ぐしょぐしょになったおまんこの奥、もっと突いてちょうだい。一刀くんのおちんちんで、飛んでしまうくらい感じさせて……!」

「いい鳴きっぷりではないか、燈。だが、朱里を忘れてやってはかわいそうだ。そろそろ、交代するぞ」

「ああっ、だめぇ……♡ んっ、ああっ。おちんちん、まだ抜かないでほしいのにぃ……♡」

 

 切なさの宿る声。背中では、燈の高揚をはっきり感じ取れてしまっている。

 引き抜いた男根で自分の膣口に狙いをつけ、曹操が腰を押し込む。寝台に上がる前から愛液は染み出していて、太いものを迎える準備は整っていた。

 

「んはっ、くっ、うあぁああっ♡ せ、先生のおっきなおちんちん来てますぅ……! あ゛っ、ひゃっ、くふぅうう!?」

 

 少しも遠慮のない抽送。喉奥を抉られた時以上の反動が、身体の中に巻き起こっている。

 これこそが、曹操が自分を子供扱いしていないという証拠だった。大人同然に肉体で快楽を貪り、思いを交わす。年齢を盾にして交合を渋られていたら、きっと心にわだかまりが出来ていたに違いない。

 

「幸せそうね、朱里ちゃん。小さいおまんこ必死に拡げて、とってもかわいいわ。ふふっ。あなたのこと、同志としてもっともっと好きになってしまいそう」

「と、燈さん? うあっ……♡ そんな、今おっぱいいじめられたらぁ……♡ 先生におまんこパンパンされながら、後ろから乳首くりくり……♡ 気持ちよすぎて、はっ、お゛ふっ、んくふぅ……!」

 

 文字通り、意識が空を飛びそうになっている。

 口で感じていたよりもずっと、男根が熱くなっている。もう少しこの状態が続いたら、簡単に絶頂を迎えてしまうのではないか。そう感じていたところで、身体を埋めていた熱が抜けていってしまう。

 

「少し休憩しておきなさい、朱里ちゃん。すぐにまた、素敵なおちんちんでいじめてもらえるから……ああっ!」

 

 燈の身体が跳ねている。

 背中で感じるやわらかな乳房。申し訳ないくらい潰してしまっているが、それでも消えない豊満さが羨ましい。

 

「ああっ、んあぁあっ! これ、これ……、やばぃぃい♡ だめっ、そんな押し込むみたいに子宮の入り口責められたら……。あっ、んひぃ……!」

 

 燈のふるえる声。聞いているだけでも、全身がぞくぞくしてしまう。

 曹操の顔がゆっくりと近づいてきて、口づけを交わした。それが気持ちよくて、燈の声が段々と遠くなっていく。

 

「はふっ、んう……。先生、きてください、先生っ……♡」

「わがままな子も、嫌いではない。いくぞ、朱里」

「んふっ、んあぁああっ♡ 先生の勃起しきったおちんちん、おまんこの深くまで突いてきてぇ♡」

 

 前後から去来する荒い吐息。自分の嬌声を聞くことによって、燈はまるで自身が挿入されているように錯覚してしまっているのではないか。

 入り口から子宮口まで、余すところなく犯されている。気持ちいい。腰を揺さぶられるたびに、痺れが走るようだった。未熟だった自分の中が、曹操の大きさや太さを受け入れ、かたちを変化させているのだ。そのことがなにより嬉しかった。

 最初にした時から比べて、男根を上手く飲み込むことができている。視覚的なことだけなのかもしれないが、つながりが強くなったような気分にもなれている。亀頭に押し上げられて、ちょっと腹にふくらみができている。

 いつかは、自分も桂花や風のように。朱里がそんなことを考えてしまうのも、当然の流れだった。

 

「あんっ、ああっ。一刀くん、もっと、もっとたくさん突いてちょうだい。そこっ、ああっ、くふぅ……っ♡」

「先生ぇ……♡ んあ゛っ、んっ、ひゃふぅ……♡ おちんちん、すごく熱くなって……。あっ、あーっ、あっ♡」

 

 もはや、どちらが挿入してもらっているのかわからなくなってくる。

 曹操の体温を、感じ続けていたい。腕を懸命に伸ばして、身体を抱き寄せた。こうなると、ずっと密着しているような状態になる。激しかった抽送が、ねっとりと奥を刺激するように変化している。もう、精液が欲しくて仕方がなくなっていた。たぶん、それは燈も同じなのだと朱里は揺られながら思っていた。

 

「子種が欲しいのか、二人とも」

 

 囁き。返事をする代わりに、男根全体を甘く締め上げる。

 曹操が頷いたような気がしていた。どちらかにだけ射精するなどという、半端な真似をするはずがないと思った。男根がふくらむ。射精の前兆だけは、飛びかかる意識の中でなんとか捉えられている。

 

「来て、先生♡」

 

 それだけ発するのが精一杯だった。

 精液が流し込まれる。これでもかという量で、狭い膣内など一瞬で満杯にされてしまう。

 

「はっ、うあ゛っ、んあぁあああっ♡♡♡」

 

 曹操に抱きついたまま、思いっきり快楽に染まった声をあげる。

 すでに男根は燈の中に向かっていたが、精液による熱量のせいで気づいている暇などありはしなかった。

 

「きてるぅ……! んお゛っ、んっ、くぅうううう♡ 一刀くんの元気な精液、びちゃびちゃっておまんこの中暴れまわってぇ♡」

 

 自分に負けていないくらい、燈は甲高い声を室内にぶちまけていた。

 どれだけ立派な大人であろうが、この快楽には抗えない。絶頂にふるえる膣肉を抉られながら、朱里は別の限界を迎えていた。

 出る。出てしまう。白く染まった思考が、粗相を止めることを完全に放棄してしまっている。

 

「うあっ、あっ、ん゛ぅーっ♡ はっ、はあっ、はあっ……。いっぱい、出ちゃってます。おしっこ、先生と燈さんに見られちゃってるのにぃ……♡♡♡」

 

 解放感が、おかしな方向に向かっている。けれども、今はそんなことを考えている余裕などなかった。

 好きな人に組み敷かれながら、失禁することが気持ちいい。現在、朱里の頭にあるのは、そのことだけだった。



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十三 好

ちょい短いですけどとりあえず投げとこうってことで。


 身を引き締めるような風が吹き抜ける。本拠への帰路についた曹操は、絶影の手綱を悠然と操っていた。

 万余の大軍を伴っての移動であるから、速度としてはどうしても落ちることになる。ただし、これも調練の一貫であるから気は抜かせない。軍兵にもそのことは伝わっているようで、今のところ極端な遅れはなかった。

 絶影の後方には、鈴々が乗っている。

 戦場に立てば一騎当千の働きを見せるが、普段は年相応の幼さのある少女だった。徐州攻めでは心労をかけたし、孫堅との闘いがあったから、合流してからも息つく暇はなかった。

 桃香たちにも兗州の様子を見せておきたかったし、今回はしばらく一緒にいることになる。だから一応の兄貴分らしく、甘えさせてやれる時くらい、鈴々の好きにさせてやるつもりだった。

 

「いい子だね、絶影。お兄ちゃんの思うように走ってくれてるし、それだけ賢いってことなのかな」

「絶影とも、それなりに長い付き合いになる。同じ馬に、これだけの期間乗るということは今まではなかった。さすがに、翠は馬を見る眼がある」

「へえ。翠が選んだんだね、この子のこと。向こうに着いたら、鈴々もお願いしてみようかなあ」

 

 抱きついている鈴々の身体があたたかい。

 他愛もない会話だったが、鈴々の声は弾んでいる。それだけ、今という一瞬を愉しみにしてくれているのだろう。穏やかな笑み。鈴々に従妹たちの小さな時分の姿を重ね、曹操は気分を和ませている。

 

「鈴々。あとから、シャンがそっちにいってもいい? お兄ちゃんの後ろ、愉しそうだし」

「えー? でも、しょーがないからかわってあげるのだ。お家に着くまで、鈴々と香風でお兄ちゃんの背中を守りきるの」

「うん。それなら、お兄ちゃんだって安心だね」

 

 親しげに話す声。

 徐州では、共に行動することが多かったのだろう。以前にも増して、鈴々と香風の距離は縮まっているようだった。

 

「いいなあ、二人とも。ねえ、お義兄さまぁ。蒲公英のことも、どこかで後ろに乗せてみない? 鈴々たちよりかはやわらかいと思うよ、いろいろと」

 

 巧みな手綱さばきで、蒲公英が馬を隣に寄せてくる。涼州仕込みの乗馬の腕はやはり一流で、中原の者とは土台が違うことに気づかされる。

 涼州といえば、思い出す顔がある。当分は無理だろうが、月とも遠駆けに出かけられる日が来ればいい、と曹操は思っていた。

 月以上に、詠からまめに書簡が届いていたから、身体の状態についてはある程度把握しているつもりだった。かなり腹も大きくなっているそうで、子供が産まれる日もおそらくそう遠くはない。名はすでに決めてあるから、帰った時に伝えるつもりだった。

 

「お義兄さま? おーい、一刀お義兄さまってばぁ!」

「ああ。悪かったな、蒲公英。少し、考えごとをしていたのだよ」

「むむぅ……。それって、ほかの女の人のことだったりしてぇ」

「ははっ。当たりだ、蒲公英。そろそろ、二人目の子ができることになる。祝ってくれるか、おまえも」

「ああっ。それって、董白さんのことだよね? 地元だって同じなんだし、当然お祝いしなくちゃね。それに、思っていたよりずっと優しい人だったから、仲良くしていきたいな、これから」

 

 蒲公英が素直な笑みを浮かべている。

 月の子ともなれば、なにより詠がはりきって面倒を見ようとするのではないか。当人は冷静に振る舞っているつもりなのだろうが、書簡の内容は回数を重ねるごとに報告が過剰になっている。とはいえ、それはほほえましく思える部類のことで、どこかで折り合いがつくだろうと曹操は考えていた。

 世話を焼きたがるのは恋にしてもそうだろうし、はじめから特に線引きするようなことではない。それぞれの糧になっていけばいいし、自分にしても親としての経験は浅かった。

 

「ねっ、お兄ちゃん」

「ン……。どうかしたのか、鈴々」

 

 鈴々が、背中に頭を擦りつけている。

 先程までのように、元気一杯な感じはしていない。ちょっと湿っぽいくらいの響きが、その声には含まれていた。

 

「鈴々も、いつかお母さんになれるのかな」

「なんだ。珍しく、自信がないのだな。だが、鈴々なら間違いなくなれるさ。なんなら、俺が保証してやろう」

「だったら、お父さんは絶対お兄ちゃんがいい。って、あれっ……? なんだか、自分で言っててよくわからないことになっているのだ。お兄ちゃんがお父さんで、お父さんがお兄ちゃん?」

「どちらでも、同じことではないか。俺が鈴々のことを愛していて、その結果として子が成される。だから、いつまでも好きでいてくれるか、鈴々も」

「うん……。鈴々、お兄ちゃんのことずっと大好きだもん。これからも、きっと、ずっと」

 

 密着が強くなる。

 腕による抱擁。ちょっと苦しいくらいだったが、素知らぬ顔で受けていてやるのが兄としての役目だとも思った。

 子供だからといって、突き放すような真似をするつもりはなかった。そこにあるのは確かな思いだけで、誰にも否定されるいわれはない。

 

「お義兄さまのそういうとこ、素敵だな。鈴々の告白、聞いてるだけで私も胸がどきどきってしてくるもん。わかっちゃうんだよ、本能みたいなところで。お義兄さまとなら、みんなとでも幸せになれるって」

「蒲公英も、シャンや鈴々と一緒なんだね。んっ……。どうせなら、後からみんなでしてみる?」

「い、意外と大胆なんだ、香風って。ぼんやり空を眺めているとこしか普段見ないし、なんというか……」

「……風なら、これがお兄ちゃんの肉奴隷にされた雌の思考なのですよー、って言うところ。ふふっ。どう思う、お兄ちゃんは?」

「あれの言葉を、あまり真に受けるものではない。もっとも、遊びでたまにはそんなこともするが」

 

 香風の一言で、流れがおかしな方向に行ってしまっている。

 肉欲に溺れることも嫌いではないが、それは関係としての本質ではないと捉えていた。

 もちろん、発散目的でつながることはいくらでもあるし、そこには愉しみが多くある。とはいえ、それは心の奥底に信頼があるからできることで、誰彼構わずしていいものではない。

 

「休息時間は空けておく。少しの間にはなるが、この四人で遊ぶのも悪くはないか」

「そ、それって、お義兄さま?」

「気分が乗らなければ、断ってくれていい。進軍中のことだ。あまり集中が削がれても、よくないだろうからな」

「やっ……。そ、そんなことっ! 絶対行く、行きますから! だから、んっ……、お義兄さま……?」

「わかっている。さじ加減がわからないほど、俺も子供ではないさ」

 

 二人のはじめてを奪うのは、別の機会でいい。鈴々とも長く触れ合っていないし、きっかけ作りをするにはある意味ちょうどよかったとも言えるのか。

 顔を真っ赤にした蒲公英が、俯いたまま何度も頷いている。

 その熱を冷ますかのように、乾いた風が再び吹き抜けた。



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十四 狂楽(香風、鈴々、蒲公英)

久々投稿ですけどおしっこ回です。


 生温かい粘液に指が包まれている。河の見える木の根元に腰をおろし、曹操は遊びに興じていた。指を意地悪く動かしてやると、時折香風がひりつくような嬌声を洩らす。それが広々とした空間に吸い込まれていく感覚が、なんともいえない開放感をもたらしている。

 子供の領域を出ない体躯の小ささ。それでも、雌の穴から発せられる淫靡な臭気が、香風が女であることを強く感じさせるのだ。

 

「んっ、おっ……♡ お、おにい、ちゃあん……♡」

 

 普段から薄着を好む香風といえども、外で全裸になることに対しては恥ずかしさがあるらしい。

 腟内をほぐすのをやめないまま、甘い香りの漂う小ぶりな胸に食らいついた。興奮を誘う声。ぬかるみから分泌される粘り気を含む汁。香風の瞳はすでにとろけきっていて、なにを欲しているかなど曹操には手にとるように理解できていた。

 

「ねっ……。あっ、ひゃうっ、お兄ちゃん、お願いだから」

「悪い子なのだな、香風は。抜け駆けをするだけでは飽き足らず、その先までいやらしく求めてしまうとは。ははっ。そうまでして、俺のチンポを味わいたかったのか?」

「だ、だってぇ……。ああっ、んんっ、はーっ♡」

 

 泡立つ涎が着物に落ちてくる。

 香風の下肢は我慢の限界だと言わんばかりにふるえていて、その視線は大きくふくらんだ男根に注がれている。仕方がない、という感じを装いつつ、曹操はぬかるみから指を抜いていく。幼い秘裂。口を開けていて、隙間を埋められたがっているのか。両腋に手をやり、軽い身体を支える。香風のほほえみ。おのれで膣口を拡げ、男根を挿入することなどほとんどお手の物という感じになっている。

 

「……ごめんね、鈴々、蒲公英。き、きてるっ。お兄ちゃんのおちんちん、頭変になるくらい気持ちいい。あっ、はあっ、んふぅ……」

 

 膣奥まで、亀頭が瞬時に到達してしまう。感触はいくらか硬質で、狭い穴経と相まって男根を容赦なく責め立てようとしてくるのだ。

 軽い絶頂を味わっている身体。交わりのある女の中でも、香風はかなり敏感な部類に入っている。幼さの裏に秘められた隠しきれないほどの情欲。そうした歪さのようなものに、男は簡単に狂わされてしまうのだろう。

 

「無理を言ってすまないな、紅波。とはいえ、このような頼み事、できるのはおまえくらいのものなのだよ。ははっ。女を抱いている状態で感謝など述べられても、馬鹿馬鹿しくなるだけかもしれないが」

 

 見張りに立ってくれている紅波に声をかける。川風に吹かれる赤い髪。そよぐ小枝のように、美しく揺れている。

 

「なんでもありませんよ、このくらい。香風殿とて、年相応に甘えたくなる時があって然るべきではありませんか。そして、その願いを叶えて差し上げられるのは、殿だけなのです」

「助かる、紅波。向こうにもどったら、おまえも少し休め。ここから先、まだまだ長くなるぞ」

「御意。むっ……。でしたら、拙者も皆様方にならい、たまには殿に甘えてみようかと存じます。お許し、くださいますか?」

「そのようなこと、許すもなにもないではないか。付き合うぞ、一日中でも」

「はっ。ありがたきお言葉です、殿」

 

 紅波が静かによろこびを表現してくれる。

 強烈に締め上げてくる膣肉。今くらい、もっと自分ことを見ていてほしい。香風の小刻みな喘ぎが、そう言っているように思えてくる。

 

「ン……。ひとり遊びをさせてすまなかったな、シャン」

「へ、平気……っ。お兄ちゃんには、たくさんわがままを聞いてもらっているから。あんっ、んぅ」

 

 男根を伝って垂れ落ちる愛液。かなりの量であり、紅波との会話の最中にも、香風が独自に快楽を貪っていたことがはっきりとわかってしまうのだ。

 ちょっと意地悪をするように、尻穴に指を突き立てた。潤滑液は前からいくらでも湧いてくるから、困ることはない。こちらをいじられるのも香風は好きで、気が向いた時には男根を挿入することもある。

 

「んぎっ……♡ ひ、ひろげちゃだめっ。お尻の穴、変になるから」

「ほう? その割には、いい声で鳴くのだな、香風は。むしろ、鈴々たちにも見てもらいたいのではないか。気持ちよくなれるぞ、きっと」

「や、やだぁ……♡ んぐっ、ひゃわっ。おっ、お゛おっ……♡ くるっ、またくるっ……」

 

 何度目かの絶頂を香風が味わう。きつかった膣穴はすっかりやわらかくなっていて、ぴったり張り付くような感覚がかなり気持ちよくなっている。

 ふるえる身体。力がいい具合に抜けているからか、尻穴に指がするりと入っていく。そのまま遠慮なくかき回してやると、両方の穴による締め上げが強くなった。

 

「あーっ。ずるいのだ、香風。ちょっとくらい、遊ぶの待っててくれたらよかったのに」

「やっ、意外と冷静なんだね、鈴々って。この状況、ほかにツッコむべきところいくらでもあると思うんだけど……」

「はにゃ? けど香風、お尻にまでお兄ちゃんのお指突っ込まれちゃってるし、あとはどこにナニを突っ込めばいいのだ?」

「ううっ。わ、私がおかしいだけなのかな、これって。と、とにかくお義兄さま」

 

 到着した二人の反応にも、個性がよくあらわれている。

 鈴々は友人のしていることに興味津々。蒲公英はやはり緊張があるようで、遠慮がちに自分たちの交わりに視線を向けている。

 

「んはっ、はあっ……。ん、ごめんね、鈴々。お兄ちゃんと二人でいたら、どうしても我慢できなかった」

 

 つながっている香風の全身がぞくりとふるえる。

 鈴々と蒲公英にも見えるように、尻穴を手で拡げてやったことが影響しているのだろう。少し惜しいが、この体勢でいたのでは三人で遊ぶことはままならない。ゆっくりと抜かれていく男根。どろりと流れ落ちる愛液を眼にして、蒲公英が固唾を飲んでいる。

 

「みんなで遊ぶのなら、やっぱりこれがいい。きて、鈴々。お兄ちゃんのおちんちん、気持ちよくしてあげよう?」

「う、うん、わかったのだ。ん、んしょ……」

 

 自分もそうするべきだと考えたのか、鈴々が服を脱いで青空の下肌を晒す。見事にならんだ小さなふくらみ。言いようのない情景に、男根がびくりとふるえた。

 

「わっ。すごい匂いだね、香風。おちんちんどろどろで、前よりもすごいことになっているのだ」

「うん。これが本気のお兄ちゃんだよ、鈴々。シャンや鈴々みたいな小ささだと、お股すぐにいっぱいにされちゃう。だから、してもらう時には覚悟しておいたほうがいいのかも」

「ん、ごくっ……。お母さんになるって、すごいことなんだね。でも、たくさんお勉強することがありそうで、ちょっとわくわくする」

「お兄ちゃんが優しく教えてくれるから、きっと平気。今日は予行演習みたいなものだね、それの」

 

 香風に促されて、複雑な匂いを放つ亀頭を鈴々が咥える。

 高い体温。それが反映された口内の居心地は抜群によかった。慣れない鈴々による口淫を支えようと、香風が男根全体に舌を這わせてくれている。わがままをしてしまった分、ここからは脇役に徹しようというのか。少し汗ばんだ香風の髪をかき回す。少し息を洩らし、曹操は木の幹に背中を預けている。

 

「おいで、蒲公英。ああ、二人のように無理をして脱ぐ必要はないのだぞ」

「は、はいっ、お義兄さま。そ、それでは、失礼して」

 

 隣に座る蒲公英を抱き寄せる。

 意外と豊かな起伏を備えていて、抱き心地はかなりよかった。緊張をほぐすように手を握り、唇のまわりに何度か口づけた。

 

「んっ、はふっ……。お、お口にしてほしいな、お義兄さま。蒲公英は、全然平気だから」

 

 要望に従い、唇同士をぴたりと合わせる。

 やわらかく、繊細な部分がある。脇腹のあたりから、徐々に乳房に手で触れていった。

 

「はあっ、お義兄さまぁ……。んっ、ちゅっ」

 

 拙いついばみ。知識としては色々と蓄えているのかもしれないが、いざ本番となると勝手が違ってくるのだろう。しかも、下では二人による奉仕が行われていて、男根を吸い上げる音がいくらでも聞こえてくるような状況なのである。

 

「んっ、んあっ……。お義兄さまの手、あったかくて気持ちい……」

 

 反応を窺いながら、蒲公英の着衣を乱していく。

 乳房は手のひらからこぼれるくらいで、申し分のない揉み心地をしているのである。

 

「ちゅっ、ちゅぅうう。お兄ちゃん、鈴々のお口も気持ちいい? ご奉仕、上手にできているのだ?」

「上手にできているぞ、鈴々。そうでなければ、ここまで大きくなるはずがないだろう? そう思うだろう、蒲公英も」

「う、うん。お義兄さまのおちんちん、とっても雄々しくなってるのに、鈴々ってすごいんだね。小さいお口でがんばって咥えて、たくさんじゅるじゅるってしてるんだもん……」

「えへへー、でしょでしょ? そうだ、蒲公英も鈴々としてみるのだ? おちんちんの先、半分こしよっ」

「よ、よーしっ。私もやってみるね、お義兄さま」

 

 すべてを包み込むような鈴々の明朗さ。

 湿っぽい感じはどこにもなく、それで蒲公英も臆することなく参加することができているのだろう。亀頭が二枚の舌に挟まれている。男根を間に置き、鈴々と蒲公英は口づけでもするかのように唇を動かしているのだ。

 ちょっと寂しさを感じたのか、香風が立ち上がり表情で強請ってくる。しとどにとろけた膣穴。まだ絶頂し足りないのか、指を添わせてやると上手く腰を使って内部に迎え入れようとしてくるのだ。

 

「ちゅぽちゅぽ、きもひぃい……♡ んっ、あっ、お兄ちゃぁん」

「すっごくやらしい匂いするね、鈴々。ふふっ。お義兄さまのおちんちん、またびくってふるえてるよ」

「この匂い、どんどん強くなってきているのだ。あっ、んんっ、うあぁあ!?」

 

 鈴々の嬌声が耳に響く。

 むき出しになった幼裂。そこを割って、指を侵入させているのである。想像どおりのきつさだった。締め上げられる指。強靭な部分が柔軟さを凌駕していて、開発のしがいがあると思わせる膣内だった。やがてはここに男根を突き立て、鈴々に子種を注いでやらねばならないのだ。そのための準備は、いくらでも早いほうがいい。指で中をいじるかたわら、丸い尻を撫でる。十分なやわらかさをしていて、ついこぼれる笑みを抑えられなかった。

 

「あっ……。いいな、二人とも。んっ、れろぅ……。あ、あのぅ、お義兄さま?」

「いいだろう、蒲公英。ちょっと風通しはよくなるが、我慢できるな」

「あう……。それは、なんとか」

 

 蒲公英が全裸に近い格好になっている。残っているのは靴くらいのもので、乳房も割れ目もなにもかも丸見えになってしまっていた。

 どう足掻いたって腕は二本しかないのだから、必然的に指では香風の相手をしてやることができなくなる。交差する視線。この状況でどうすればいいのかなど、香風にはわざわざ言葉で伝える必要などなかった。

 

「舌、いいっ……♡ もっと、もっと舐めてぇ、お兄ちゃん」

「き、きてるっ。お義兄さまの指が、蒲公英の中にぃ……♡」

 

 どれだけ舐め取ろうが、香風の分泌する愛液は途切れることがない。

 口、指、そして男根の三点が艶めかしいあたたかさに包まれている。全身の感覚。それが、余すところなく快楽で染め上げられていく。

 濃厚な雌の匂い。鼻と舌で味わいながら、鈴々と蒲公英の未開発な膣を自分だけのものにしていく。湧き上がる昂揚。精液は男根の奥で煮えたぎっていて、放出される時をじっと待っている。耳を打つ嬌声。三人による音の競演は、どこまでも激しさを増していく。

 ちょっとした行為が大きな相乗効果を生み出し、快感を塗り拡げる。開放的な場所で情事をしていることすら忘れ、曹操たちは互いを気持ちよくすることだけに没頭していた。

 

「はーっ、ああっ……。お兄ちゃん、そろそろきちゃうかも。おちんちん挿れてもらってた感覚が、お股にずっと残ってるせいで、ああっ♡」

「いつでもいいのだぞ。シャンの気持ちよくなれる時を選んで、いくといい」

「う、うんっ♡ はふっ、はあっ……。ん、んうぅ……!」

 

 自分の言葉に安心したのか、香風はきゅっと口を結んだかと思うと、全身を愛らしく痙攣させはじめる。

 薄い液体のようなものがほとばしる。口を押し付け、さらに快楽を刻み込んでやると、その反応はより顕著なものになっていく。

 

「くるっ、きちゃうぅ……! お兄ちゃん、シャン、シャンもう……っ♡」

 

 口内が愛液とは全く別のあたたかさで満たされていく。

 声の響きから、それがなんであるのかはなんとなく察しがついていたのだ。陰核を舌で弄んでやると、その勢いはさらに強くなった。ちょっと酸味のある小水の味が、澱みきった脳髄を心地よく刺激する。

 

「んっ、ひゃわっ!? ちょ、ちょっと、お義兄さま!? わぷっ、んっ、んふぅう……♡」

「びゅるびゅる、すごいのだっ。お兄ちゃんのおちんちん、お顔の間で暴れまわって、んあぁあっ♡」

 

 無計画に射精してしまったのは、そのせいだったのかもしれない。

 一度堰を切ったからには、精液は止まらない。鈴々と蒲公英。二人の無垢な肌を徹底的に汚し、白く染めていく。

 

「すごっ……!? お義兄さまの精液、全然止まらないっ。へへっ、気持ちよくして差し上げられたんだね、私と鈴々で……♡」

「苦くて、とってもとろとろなのにもっと欲しくなる。これが大好きってことなのかな、蒲公英?」

「わかんない。けど、私も嫌いじゃないかな、これ。んふふっ。お義兄さまのものにしてもらったって感じがして、ちょっと嬉しいくらいなのかも」

 

 香風の放出する液体を飲み干しながら、射精を続けた。

 なんとなく催してくる衝動。普段ではあまり湧いてこない感覚なだけに、どうしたものか少し考えてしまう。

 

「はふぅ……♡ ごめんね、お兄ちゃん。でも、たくさん出せて気持ちよかったかも」

 

 すべてを出し切り、香風がすっきりしたような顔で話しかけてくる。

 試してみたいという気持ち。どうにも、抑えることなどできそうになかった。精液で顔をどろどろにした二人の間に香風を跪づかせる。いい光景だと思った。三人ともに不思議そうな表情を浮かべていて、これから起こることに対しての備えなど少しもできていない。

 

「顔を洗いたいのではないか、二人とも。湯ではないが、存分に使うといい」

「えっ、お義兄さま? へぷっ、んあうっ……♡」

 

 三人の前に立ち、男根を手で支える。そうして、せり上がる尿意を奇襲気味に顔に向けてぶつけていった。

 戸惑いの声。それでも受け止めてくれようとしている態度が、健気で心に響くものがある。香風などは口を開けて降り注ぐ液体を享受しており、それでまた快楽を得ているようだった。

 

「えへへ。お兄ちゃんの匂い、まだまだ濃くなるね。んっ、あったかくって、意外と気持ちいいのだ、これぇ……♡」

「うん。なんだか、私もわけわかんなくなってきてるよぉ♡ せーえきもおしっこも、お義兄さまのだから少しも嫌じゃない。むしろ、もっとお便所にしてもらいたいっていうか♡ あははっ、なに言ってるんだろ、私……♡」

 

 笑顔で感想を洩らす蒲公英。

 倒錯的な快感だった。その情欲の火は、河の水で身体を冷やすまで、ひたすらに燃え続けたのである。



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十五 白馬が行く

 見慣れた室内で接見を行い、あとは政務を淡々とこなす。その合間に白湯を口にし、曹操はぼんやりと天井を見つめていた。

 ほとんどの案件は秋蘭と柳琳が処理してくれていただけに、膨大な量の仕事に追われるようなことはなかった。

 しかも、幽州の公孫賛に対する交渉に関しては、期待以上の成果があらわれている。直接見えるのはしばらく先になると思っていただけに、領内の賊軍討伐にまで助力を得られたのは、以降の戦略を考える上でも影響は小さくはないのだ。

 大いなる凡人、とでも評するべきなのだろうか。

 公孫賛とは一度戦陣をともにしただけの仲ではあるが、人柄の良さだけは理解できていた。

 それと同時に、わかっていた事実もある。乱世を強かに行き抜くことのできるような、権謀術数があるわけではない。群雄としての性質の欠如。領内の統治はうまくやるが、それ以上ともなると、無理に拡げた器が悲鳴をあげてしまう。というより、そもそも本人に他人を蹴落として勢力を拡大する気がないのだから、今の地位にいて然るべきなのである。

 正装を身にまとった詠が入ってくる。

 秋蘭や柳琳の補佐をさせていた流れで、鄄城に帰ってきてからはずっと側に置いている。風は徐々に仕事を減らしていく必要があるし、内外に気を配ることの多い桂花や稟を、自分の都合で縛りつけるわけにもいかなかった。

 当人である詠もそのつもりでいたようで、政務の流れに滞りはない。

 

「客人よ、一刀殿。そう多忙じゃないと思ったから、ボクの判断でお通ししたのだけれど」

「構わない。そのあたりのことは、詠にすべて任せてある」

「御意。だったら、今日は早めに仕事を切り上げましょう。正直、ボクだって気が気じゃないのだもの」

「心配はしていない。あれの側には、腕利きの医師がついているのだからな。だが、不思議な感じだ。慣れないものだな、親になるというのは」

 

 拝礼する詠の背後から、女が姿を見せる。

 公孫賛。頭の後ろで赤い髪を束ねているのは、馬家一門と同様だった。どちらも、馬の扱いには非常に長けている。身なりにまで共通した部分があるのは、偶然の産物なのだろうかと曹操は思うのである。

 

「やっ、曹操殿。酒宴の席というのは、どうにも慣れなくてさ。だから、改めてじっくり話そうと思って、政務中に茶々を入れにきたってわけだ」

「座ってくれ。なんならついでに、仕事でもしていくか?」

「いやいやいや。あり得ないだろ、そんなのって。まったく、客の扱いが荒いのは、主従どちらも同じなんだな」

 

 手近な椅子を引っ張り、公孫賛が机の向かい側に座った。

 両家の勢力には歴然とした差がついているが、おそれるようなところは少しもない。むしろ、あるのは旧友訪ねてきたような気楽さで、そういった姿勢も曹操は好ましく感じている。

 

「旧交をあたためるというわけではないが、一刀と呼んでくれ。おまえとは、いい関係を築けると確信していてな。月とも、親しくしてくれているのだろう?」

「応。だったら、遠慮なく真名で呼ばせてもらうことにするよ、一刀殿。白蓮だ。こうして再会できたこと、改めて嬉しく思う。月殿とも、案外そうした縁があるのかもな」

 

 明るい口調で白蓮が言った。

 月とのことは、詠も喜ばしく思っているのだろう。控えめではあるが、その表情は確かに優しくほほえんでいる。

 

「っていうかさ、側にいてやらなくていいのか? いくら月殿が気丈な御方であっても、心細いと思うんだが。経験したことのない私が言うのもなんだけど、大変なんだろ、子供産むのって」

「ン……。私事のために俺が予定を崩したと知れば、むしろ悲しむような女なのだよ、あれは。ゆえに、俺にできるのは普段通り一日を過ごすことだけなのだ」

「そっか。うん、ならいいんだ。夫婦のことに口を挟むようなことをして、なんだかすまなかったな、一刀殿」

「白蓮の心遣い、ありがたく思う。よき友人ができて幸せだな、月も」

 

 照れ臭そうに白蓮が笑う。

 月は朝から出産の準備に入っていて、その多くを五斗米道の医師である華佗が取り仕切っているのだ。詠によると長安からの知己であるそうで、やはり心配になって様子を見にきたのだという。

 

「それで、北方の動きはどうなっている。州牧殿がここまで出向いてくれているのだから、緊迫した状況でないのだろうが」

「ああ。烏丸と賊軍が結びついて大きな反乱が起きたこともあったが、あれを叩いてからは幾分静かになっているよ。あの時は、桃香たちが私の客分として力を貸してくれたから、上手く勝てたようなものだ。けれど、これからは武力だけに頼るようなやり方ではいけないとも思うんだ。実際どうしていくべきかは、まだまだ模索中なんだけどさ」

「ははっ。そう、へりくだることもなかろう。友人である以上に、力のある将軍だと認めているから、劉備軍も一旦はその傘下に籍を置いていたのではないか」

「よしてくれよ、一刀殿。結局、そこに私の限界があったんだから。あなたや桃香には、志を束縛する鎖を引きちぎるだけの勇気があった。きっと英雄と凡人との境目なんだよ、そこがさ。かといって、これで歩んできた人生に後悔があるわけじゃないんだぞ? 私は、私なりに為すべきと思ったことをしてきたつもりだ」

「ははっ。やはりいいな、おまえは。だからこそ、欲しくなって然るべきというわけだ。俺に仕えよ、白蓮。むしろ、ここまできて嫌だとは言わせぬぞ?」

「あっ、あはは……。参ったな、これは。桃香も大概押しが強い方だけど、あなたはそれ以上なのかもしれないな、一刀殿。天下の曹操孟徳に欲されるなんて、そりゃあ名誉に思うべきなんだろうけどさ」

 

 赤面しながら白蓮が頭を掻いている。

 紛れもなく、本心から発せられた言葉だった。

 北方の守護者として、これ以上の人物がどこにいるのか。白蓮は烏丸の戦法を熟知している上に、民衆からの信頼も篤い。なにより、天下に対する野心がどこにもないのも、自分にとって都合がいいと言えばそうだった。

 

「やっ、いやいや。なによ、聞いてるこっちまで恥ずかしくなりそうなこの空気は。国を預かる者どうしの交渉が、こんな感じでほんとにいいのよね? まっ、ボクとしては、正直どちらでもいいんだけどさ」

「公孫賛伯珪を得る。それはすなわち、幽州の民心までもを得るという意味なのだよ。なあ、白蓮?」

「はへっ!? ど、どうして、そこで私に話を振るんだよ!?」

「あははっ。残念だけど、こうなったらもう逃げ道なんてどこにもないわよ、白蓮殿。だけど、あなたがともに闘ってくれるのなら、ボクはとても心強く思う。もちろん、月だってそれは同じだから」

「むう……。ほんとずるいってば、そんな言い方してさ」

 

 言葉こそ批難するようなものだったが、白蓮の表情は明らかに嬉しそうなのである。

 幽州が完全な状態で味方につけば、後方を気にすることなく孫堅との戦に集中できるようになる。それに長安の情勢を考えても、本拠となる兗、冀両州の周辺をかためておくことは重要になってくるのだ。

 

「失礼。曹操殿は、こちらにご在室かな。奥方……袁紹殿に呼んでくるように言われて、ここまで来たのだが」

 

 声。部屋の外から聞こえてきたのは、男のものだった。椅子から腰を上げ、曹操は白蓮に目配せをしている。もちろん、一緒について来いという意思の表明なのである。

 やけに張り切った麗羽が、朝から月のところに詰めているのは知っている。ほかにも、恋や常磐たちが支度の応援にいっているはずだった。

 

(しつ)殿からの呼び出しともなれば、無下にするわけにはいくまい。今日の政務はここまでとする。いいな、詠」

「お心のままに。それでは、参りましょうか。白蓮殿も、ねっ?」

「お、おうっ。それならお言葉に甘えて、お邪魔させてもらうとするかな」

 

 白蓮の隣に立ち、右手を差し出した。その意味がわからない女ではない。かすかな逡巡。表情にあらわれていたのは、きっとそのためだったのだろう。

 遠慮がちに絡められる指。伏し眼がちに小さく動く唇。やわらかく握り返し、曹操は白蓮を引き寄せた。

 

「はあ……。ほんと、一刀殿はぶれないんだから」

 

 詠の呆れたような素振りが見える。慣れていないせいか、鋭敏に反応を示す白蓮があっと声をあげた。

 普段の日常の中にある、ちょっとした変化だった。

 離れかけた汗ばんだ手。掴み直し、曹操は白蓮だけに伝わるように頷いてみせている。



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十六 曹家の子

 月のいる居室の周辺では、侍女たちが慌ただしく駆け回っていた。その中で気づいた何人かと挨拶を交わし、曹操は静かに歩んでいる。

 館に入ってからここまで、詠の表情にかなりかたさが見えるようになっている。幼い頃からの友人が腹を痛め、今まさに母になろうとしているのだ。間違いなく特別なことであり、それだけ心の動きも小さくはないのだろう。友誼を結んでから日が浅い白蓮ですらそわそわしているのだから、その心中には察するべきものがあるのだ。

 

「賈駆殿。どうか、ご安心ください。あの方は、元気にされていますので」

「あっ……、んっ。その、感謝しているわ、華佗。あなたには、長安にいた頃から何度もお世話になっているんだし」

「いえ。苦しむ誰かを助けることが、俺の選んだ医療の道ですから。けれど、お気持ちだけはいただいておきますよ、賈駆殿」

 

 華佗の振る舞いは堂々としていて、言葉にも勇気を与えるだけのものがある。

 その本分は鍼による治療にあるそうだが、施術の時に見せる気迫は並大抵のものではないのだという。あるいはそこに、戦に臨む将兵に近しいなにかがあるのかもしれなかった。病魔との対峙は闘いそのものであり、気を抜くことなど許されるはずがない。その強靭な精神性を作りあげることができているから、人は五斗米道に救いを求めるのか。

 

「お子さまの名。もう、決められているのですか、曹操殿?」

「ああ。もとより、戦から帰るまでに考えておくつもりだったのでな。丕。男女どちらであろうと、そう名付けようと決めている」

「よろしいですね、それは。大きく、健やかにお育ちになることを、俺も願っておりますよ」

 

 先導する華佗が、居室の扉に手をかける。

 その隙間。寝台の上に座る月の姿に、曹操は儚さだけではないなにかを感じさせられるのだった。

 

 

 膝に両手を置いて、月はやわらかにほほえんでいる。ゆったりと羽織る白い衣。神聖なものにすら見えるそれが、今の月にはやけに似合っていた。

 誘引されるかのように、曹操は歩み寄っていく。居室には、昂を抱いた桂花に加えて風までもが参集していて、麗羽が仕切り役をしているせいか、ちょっとした騒々しさが生まれていた。

 

「ン……。身体は辛くないか、月」

「はい、一刀さま。みなさんが私たちのために奔走してくださったので、それで苦しみなど吹き飛んでしまいました」

「そうか。麗羽が張り切っているのを見た時はどうなるものかと思っていたが、みなもよくやってくれたのだな」

「まあ。それは一体どういう意味ですの、貴方さま? たとえ過去に敵対した相手だろうと、すべてを一度水に流し、また新たな関係を築いていけばいい。そうやって、わたくしは励んでおりますのに」

「わかっている。わかっているよ、麗羽。それに、おまえのその一本気なところは、俺も好いている」

 

 一転して褒められたのが嬉しかったのか、麗羽は俯き気味になって赤らんだ顔を隠そうとしている。

 月の隣に寝かされている小さな赤子。女だからというわけではないが、なんとなく母に似た気高さが風貌にあらわれているような感じがする。気のせいだと言われればそれまでだが、親というのはきっとそんなものなのだ、と曹操はひとり思っていた。

 昂が生まれた時は、しばらく経ってからしか会えなかった。それだけに、芽生えたばかりの命というのはこんなにも儚いのか、という気持ちがどこかから去来するのである。

 

「はいはい。聞いてるこっちが恥ずかしくなるような惚気は、もうそのくらいにしておきなさいよね。それで、この子のことはなんて呼べばいいのよ、一刀。月ってば、あんたが来るまでは秘密にしておくって言って譲らないのよ、まったく」

「ふふっ。ごめんなさい、桂花殿。今日くらいはそんな我儘を言っても許されるかなと思うと、つい」

「これで案外頑固者なのよ、月って子は。ボクはさっき流れで聞いてしまったからいいけど、一刀殿?」

 

 桂花と詠に促されるようなかたちで、曹操は軽く息を吸い込んだ。

 母体から生まれ落ち、名を与えられることではじめて、この小さき命はこの世での役割を与えられることになる。正解などどこにもない旅路。だからこそ人は必死にもがき、誰かと手をつなごうとするのではないか。

 

「丕。今より、この子は曹丕となる。曹家の子として、ただならぬ重圧を感じる日がいつか来よう。だが、その時もこの子は決して孤独ではないのだよ。兄たる昂がいる。そして、師と仰ぐべき母たちがこんなにも多くいる。それは、なによりも幸せなことではないのかな」

 

 生まれたばかりの小さな命。語りかけるように、曹操が言った。

 母親に抱かれた昂が、妹に向かって無邪気に腕を伸ばしている。そこにわが子の成長を見たのか、桂花の表情はいつになく優しかった。

 

「数多の縁に結ばれて、丕はここに生まれてきたのです。こんなに嬉しいことはありません。今日という日を、たとえ死しても私は忘れることがないでしょう。ほんとうに、みなさまには感謝の気持ちしかありません」

「ゆ、月ぇ……。そんな、そんなのって、ずるいよぉ……。ボク、ボクっ……」

「お、おいっ、しっかりしてくれよな、詠殿」

 

 泣き崩れた詠の身体を、白蓮が後ろから支えている。

 その光景が余計に感情を揺さぶったのだろう。静かに流れる月の涙。切なく美しいことに変わりはないが、以前あったような苦しみは消えている。あの贖罪の夜から現在に至るまで、平坦な道のりであったようには少しも思えない。その中でも自分たちは思いを通わせ、その証を結実させるまでになっているのである。

 誇らしいと言うべきなのかはわからない。しかし、月との関係はやはり特別で、自分にとって小さくない影響があったのだと曹操は思うのである。

 桂花が膝を折り、昂の視線を丕と合わせてやっている。

 こうして、縁はどこまでもつながっていく。人の生とはその連続であり、それは意思に関係なく途切れることはないのだった。

 

「あっ。一刀たち、やっと来てた」

「しっかり褒めてやることだな、婿殿。月は小さい身体で、これだけのことを成し遂げたんだ。同じ涼州出の女として、なんだか誇らしいじゃないか」

 

 しんみりとした雰囲気を打ち破るように、恋と常磐から声をかけられた。

 様子からして、二人は新しい布と湯を取りに行ってたらしい。出身が同じなうえに、娘を三人育てている経験がある常磐がそばにいることは、月にとっても心強いはずだった。

 

「ははっ。しばらく慌ただしくなるぞ、これから。ほかのみなも、おまえと丕のことが気になって仕方がないのだからな」

「えへへ……。覚悟はできておりますよ、一刀さま。ですからどうか、お父上もこの子と一緒にいてくださいますよう」

 

 ちょっとからかうような月の笑み。

 寝台に腰を下ろし、二人のわが子を曹操は視界に収めている。

 いつまでも眺めていたいと思えるような光景。手を伸ばし、月と指を絡ませた。

 

「んっ……。一刀と月、とっても幸せそう。見てるだけなのに、胸のこのへんがぽかぽかしてくる」

 

 穏やかな恋の声が聞こえる。

 季節はとうに過ぎているのに、春の陽気のあたたかさがふと芽生えたような気がしていた。



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十七 引力(秋蘭)

 かすかな痛みが走ったかと思うと、身体にあった重みが溶けるように消えていく。それが何度か続くと、やがて眠ってしまえるような心地よさに襲われた。しかし、簡単に意識を手放すわけにはいかない。ある意味、それは意地のようなものだったのか。

 寝台にうつ伏せとなり、曹操は華佗による施術を受けていた。

 細い鍼を狙った箇所に打ち、滞りをなくすことで気の流れをよくしているのだという。疲れがたまると凪に身体を揉ませることがあるが、単純な効果だけならば間違いなく現在のほうが上だと思った。

 細部に感じていた濁りが失せ、思考がずっと澄み渡っていく。これが噂に聞く五斗米道の力の一端なのか、と曹操は感心するほかなかった。

 

「いかがでしょうか、曹操殿。身体に、違和感などなければよいのですが」

「そんなことはない。おまえの鍼は凄まじいな、華佗。配下にも気をよく使う者がいるのだが、特別に修行を重ねるとこうも違うものか」

「人間と病魔。そのどちらとの闘いを選んだのかで、気の性質は変化するものなのでしょう」

「そう、なのかもしれないな。不思議なものだよ、この鍼は。刺されているというのに、痛みのような感覚は少しもない。むしろ、心地よすぎるくらいなのだからな」

「使いようなのです、何事も。闘いにおいて、曹操殿が戦場と会話をなされるように、俺と鍼は一心同体なのです」

「面白い喩え方をする。……五斗米道の教祖は、鍼どころか他者の身体に手のひらを当てるだけで病を治すというが、それは本当か」

 

 人間の信仰心を侮ってはいけないことは、太平道との闘いで嫌というほどわかっている。

 同様に、五斗米道は漢中を本拠と定め、益州に確固たる勢力を築いていた。州牧である劉璋ですら容易には手出しできず、半ば放置するようになっているのが現状だった。だが、いつまでもそのままにしておけるはずがないのである。

 なにを信じ、誰と集おうと曹操の知るところではなかった。だが、五斗米道は自衛のためとはいえ軍団を組織し、祭酒と呼ばれる幹部たちが地域の内政を取り仕切っているのだ。それはもはや信仰の枠を超えていて、教祖たる張魯を群雄の座にまで押し上げてしまっている。過剰な信心は人を惑わせ、いつか国を乱す。曹操が危惧しているのは、やはりそこだった。

 

「直接拝見したわけではありませんが、そのくらいのことをされてもおかしくないとは思います。張魯さまの操られる気は、特別ですから。お優しい方なのですよ、あの方は。だから、知らずと信者たちが集まってしまう。頼りに思ってくれている人たちを突き放すなんてことは、とても」

「ほう。教祖がおまえの話す通りの人物なのだとすれば、少し見えてくることがあるな。軍勢を差し向けるような事態は、俺もなるべく避けたいと思っている。人の心との闘いほど、厄介なものはないのだよ」

「董太師……。月殿が、どうしてあなたのもとに身を寄せられているのか、少しわかるような気がします。これで、多少は心配していたものですから」

「ン……。これからも、時々鍼を打ちにくればいい。漢中についても、おまえには相談したいことがある」

「お気遣い感謝します、曹操殿。さて、今日はこのくらいでもういいでしょう」

 

 全身から鍼が抜けていく。

 最後に、華佗の手のひらが擦るように肌の上を動いている。それで気の滞りの解消を確認できるというのだから、この男もやはりただ者ではなかった。

 五斗米道のこと。そして、なんとなく危うさを感じる教祖のこと。悪くないあたたかさを感じながら、曹操はぼんやりと思考を巡らせていた。

 

 

 ふくらんだ男根に、女が舌を這わせている。情熱的であり、そこには溢れるほどの愛情が込められていた。

 亀頭の先から根本まで、丹念に唾液が塗り込められる。鍼の施術によって軽くなった身体の一点だけが、異様なくらい重かった。甘く、蕩けたような視線。余すところなく肌を晒している秋蘭の髪に指で触れ、曹操はふっと笑みを零している。

 

「公孫賛との交渉、よくやってくれたと思っている。想像していた以上の成果だ。さすがにいい働きをしてくれるな、おまえは」

「んっ、じゅぱっ、あむぅ……。さっさと天下が治まらねば、一刀との子をのんびりと育てることもままならぬではないか。愛する男が覇者を目指すというなら、われらはそれに向けて尽くすまで。ふふっ……。だが、今くらいは」

 

 居室。直立して奉仕を受ける曹操に、秋蘭は跪いた状態でほほえみ返している。

 絡み合う粘液。このまま一度射精してしまいたいという気持ちを抑え、曹操はより男根をかたくしている。

 

「んあっ、ちゅぷっ。気持ちいいのか、一刀? それにしても、勃起したおまえのこれは、本当に凶器そのものだな。姉者も私も、はじめて受け入れたときは、突き殺されるのではないかと心底恐怖したものだよ」

「くだらないことを言う。今更昔のことを責めてくれるなよ、秋蘭」

「ふふふっ。これは申し訳ございませんでした、殿」

 

 少しの畏敬も籠もっていない言葉と一緒に、立ち上がった秋蘭が肌をぴたりと寄せてくる。

 絡む舌。やわらかな乳房の感触。それに、じっとりと濡れた股の間で擦り上げられる男根が、たまらず大きく跳ねている。

 

「このまま挿れても構わないか、一刀。おまえの熱く滾った雄々しいチンポ、私の女である部分が欲しくてどうしようもなくなっているんだ」

 

 壁に向かって、秋蘭に押し倒されるような格好になっている。

 普段とは違う感覚。それが、興奮を強く誘っているのか。秋蘭もそれだけ性欲がたまっていたのだろう。にちにちと音を立てる淫部が、ひたすらに男根を咥えたがっている。

 

「おまえのいいようにしろ、秋蘭。褒美は、たっぷりとくれてやらねばな」

「御意に。ああっ、んぐっ、ふあぁああっ……♡ これっ、久々なのに、んうぅ……。一刀のチンポ、いいところに全部当たってぇ……♡」

 

 耳に響く嬌声。それを聴いているだけでも、やがて限界に達してしまえそうなくらいの雰囲気があるのだ。

 張りのある尻を両手で鷲掴み、思いっきり結合部を密着させた。反応する子宮の入り口。多少期間が空いたくらいで、この膣内の感触を忘れられるはずがなかった。秋蘭の身体にしてもそれは同じで、専用のかたちになりきった膣内が、男根を隙間なく抱きしめてきているのである。気持ちいいのは当然で、ほどよい締め具合が理性に幾度となく攻撃を仕掛けてくる。

 

「ああっ……。やはり最高だな、おまえとのまぐわいは。指などでは、どうあっても味わえない感覚だ。うあっ、ふんぅ……。張り詰めていることなど、できるわけがない。一度突かれるだけで、ああっ、こんなにもっ♡」

「それだけ相性がいいのだよ、俺たちの身体は。ほら、もっと好きに動いてくれていいのだぞ、秋蘭。今日まで、ずっと我慢してきたのだろう?」

「む、無理っ。そんなこと、絶対に無理なんだっ♡ はっ、あはぁっ……。一刀のチンポがよすぎて、身体が言うことを聞いてくれない。ああっ、そこおっ……♡」

 

 互いに、弱点は知り尽くしている。

 秋蘭の耳。じっくりと舌で愛撫を行いながら、腰を揺すって深い部分を責めに責めた。流れ出す愛液。無限に湧き出す潤滑液によって、交わりは一層熱を増していく。

 

「ふうっ、んああっ……! くる、いいのくるぅ……♡ あっ、ああっ。一刀のチンポで、がっ、あはっ……♡」

 

 がくがくと情けなく身体を痙攣させ、秋蘭が絶頂を迎える。曹操はその間も休むことなく攻勢に出ていて、歯を食いしばって射精の欲求に耐えていた。

 

「か、かずとぉ……♡ これ、これすごいっ。頭の中がぐるぐるってしてるのに、チンポ少しも止まらなくてぇ……!」

 

 秋蘭の片足を支え、ちょっと持ち上げるようにして下から突きに突いた。

 面白いくらいに噴き出す淫靡な汁。責めに耐える顔は真っ赤に染まっていて、普段の凛々しさなどとうにどこかに捨て去っている。

 

「んあぁあっ! んっ、あっ、んひぃ……♡ いいっ、チンポいい……♡ 一刀。ああっ、かずとぉ……♡」

 

 愛する女にかすれるような声で真名を呼ばれ、思わずぞくりとする痺れに全身を襲われた。

 子種を欲し絡みつく膣肉。めくりあがるくらいに男根を打ち付け、曹操は荒い息を吐いている。

 交差する視線。軽く頷いた秋蘭が、もう我慢などしなくていい、と言っているようだった。

 

「きてっ。きてくれっ、一刀。おまえの全部、私なら受け止めてやれるから」

 

 抱擁がいきなり強くなる。

 降りてくる子宮。強引な突き上げなどもはや不要で、ただ心の赴くままに身体を擦り合わせているだけで十分だった。

 

「いくぞ、秋蘭。おまえの欲しがっていたもの、すべてくれてやる」

「んんっ、はーっ♡ いい、これっ……! どくどくって、射精きてるぅ……♡」

 

 身体を密着させることだけに全神経を動員し、精液を叩き込んだ。

 ふるえるような快感。体勢を入れ替え、秋蘭を壁に追いやり射精から絶対に逃げられないようにする。

 

「うあっ、んぐぅうう……! いく、またいくっ。射精されながら、あんっ、ああっ♡」

 

 消えることのない熱と熱。どちらにも余裕などなく、ひたすらに交わることだけを求めている。

 秋蘭の放つ強い女の香り。情欲の炎を煽り立てるそれだけが、室内を支配しているような気がしていた。



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十八 兆候

 襄陽城外の練兵場。兵士たちの姿はまばらで、あるのは残って剣を振っている数人の姿だけだった。

 少し乾いた音が鳴ったのと同時に、番えられていた矢が勢いよく飛び出した。

 矢羽がふるえる。的は五十歩ほど先に設置されていて、それがいくつか横並びになっていた。調練であり、誰かに見せびらかすような目的があるわけではないから、このくらいがちょうどいいと言えるのか。

 戦斧の手入れをしながら、華雄は宙を駆ける軌跡を眼で追っていた。

 的のひとつ。中心を見事に射抜かれ、真っ二つに割れている。このくらいのことなら造作もない、とでも言うように、黄忠は余裕のある笑みを絶やさぬまま次なる矢を準備していた。

 

「はっ」

 

 小さく放たれる声。

 またしても的は先程のものと同様ふたつに割かれ、力なく地面に転がった。

 自分も弓を使うことがあるが、達人の腕前があるわけではない。

 曹操への帰順の際、呂布は遥か遠くの的どころか、密かに行動をはじめる暗殺者を射抜いてみせたのだと聞いている。あれはまさしく稀有な例で、遠近どちらかの得物を極める道に進むのが普通だった。

 

「ねえ、華雄お姉ちゃん」

「むっ……。なんだ、小さいの」

「もう! 小さいのじゃなくて、璃々は璃々だもん。華雄お姉ちゃんの、意地悪」

 

 そばで見ていた黄忠の娘が、機嫌を悪くしたのか懸命に頬をふくらませている。黄忠はそれを気にもかけない素振りで鍛錬に集中していて、親というのはこういうものなのか、と華雄はちょっと不思議な気分に浸っていた。

 幼い子供というのは、どうにも苦手なのである。

 そもそも相手の仕方がわからないし、孫家の末娘のように愛想よく振る舞うことなどできるはずがなかった。

 

「華雄お姉ちゃんも、お母さんみたいにびゅんっ、てできるの?」

「私も多少は弓を使うが、おまえの母親には遠く及ぶまい。同じように射てもらいたければ、黄蓋にでも頼んでみるのだな」

「ええー。璃々、華雄お姉ちゃんのやってるところが見たいんだもん。ねえ、やってやってー?」

 

 不機嫌にしていたのも束の間、璃々が腕を掴みながらねだってくる。

 これでは、得物の整備もままならない。小さなため息と一緒に、華雄は視線を黄忠に向けている。

 

「わがままを言ってはいけませんよ、璃々。華雄殿が、お困りになっているでしょう?」

「だってえ、お母さぁん」

 

 鍛錬の手を止め、黄忠が娘をたしなめる。

 別に、なにがなんでも射撃の腕を披露したくないわけではなかった。ただ、それを自分から言いだすのはなんだか負けたようで嫌だったし、妙な恥ずかしさがあるのも確かだった。

 母親に抱き留められた璃々が、顔だけをこちらに向けている。純粋無垢な瞳。じっと見ていられなくなって、思わず目線をそらしてしまう。

 

「まあ、華雄殿ったら。うふふ」

 

 なにがおかしいのか知らないが、黄忠はやけに愉しそうだった。

 しばらく待てば、孫堅がもどってくるはずなのである。今はなにやら朝廷からの使者がきていて、その相手をしているようなのだが、どうせろくでもない話に違いない、と華雄は高を括っていた。

 孫堅と曹操のどちらも、朝廷とはある程度距離を置いているようだった。

 邪険にするわけではないが、ともに手を携えて天下平定を推し進めるという雰囲気でもない。それはもしかすると、董卓という前列を見てきているからなのかもしれなかった。

 旧主は国の抱える暗部に近づき、やがては心身を病ませることにすらなったのだ。それでも、生きてさえいれば運がおもしろい方向に転ぶこともある。旧主も、それを身をもって実感していることだろう、と華雄は思うのだった。

 

「あー、ったく……。朝廷からの使者だかなんだか知らねえが、つまらねえ御託ばかりよくもあれだけ並べられるものだな。むしろ感心してやるべきだったのかもなあ、あれは。明命が兗州に偵察に出ていなけりゃあ、密かにぶった斬らせてやったものを……」

「あまり物騒なことを言うな、子供のまえで。剣を握れば、いい憂さ晴らしにもなろう。私も、退屈しのぎになりそうなことを探していたのだ。相手をしろ、孫堅」

「なんだ、やけに張り切っているじゃねえか、華雄。オレとしても、それは願ってもない申し出だが……」

 

 なんとなく、孫堅の言葉の歯切れが悪い。

 使者に聞かされた話が、よほどつまらなかったのか。この頃は調練の場に出ることも多いし、化け物のような女であってもいくらか疲れを感じているのかもしれなかった。

 

「炎蓮さま。差し支えさえなければ、どのような内容であったかお聞きしても?」

「ああ? まあ、いいだろう。璃々にとっては、オレ以上に退屈な話になるかもしれねえがなあ」

 

 黄忠に抱きしめられた璃々の頭。ぽんと手で触れてから、孫堅は近くにあった椅子に腰掛けた。

 

「長安にいる連中にとって、曹操の存在は煙たくて仕方がないようだ。それで孫家に泣きついてきたのならまだかわいいものだが、図々しくも奴の討伐に兵を出せと抜かしてきやがった」

「心中、お察しいたしますわ、炎蓮さま。陛下のお気持ちはわかりませんが、外を知らない廷臣にとって、所詮われらなど地方の領主に過ぎないのでしょうね」

「紫苑。そう思ってくれるのであれば、以降の面倒事はすべて貴様に任せるが、よいのか?」

「ご、ご冗談を。わたくしのような新参者に、御当主の代役などとても……」

 

 椅子に深々と身体を預け、孫堅が瞑目する。

 中原に確固たる勢力を築く曹操。帝の、そして廷臣の威信を守ろうとすれば、その増長はなんとしても抑えるべきだった。しかもあの男のもとには、名を変えたとはいえかつての董卓がいるのだ。

 今は、董白と名乗るようになっているのか。

 ともかく、洛陽焼失から遷都までの出来事は、朝廷にしてみれば空前絶後の行いだったに違いなかった。そして、それをやってのけた女が、公然と曹操の隣に立つようになっている。気位の高い廷臣たちからすれば、これ以上の脅威はないはずだった。

 

「孫家は、孫家の闘いをする。遠方の者どもがどう動こうと、それはこちらの預かり知らぬこと。それでよいのだな、孫堅」

「ハハッ。わざわざ訊ねるんじゃねえよ、そんなつまらねえこと」

 

 額に指を当てて、孫堅が笑っている。

 獰猛さの宿る瞳。この女は、やはりこういう表情をしているべきだ、と華雄は思った。

 戦斧を握り、仕合に向けて意識を集中させていく。

 立ち上がった孫堅が顔色を変えたのは、その直後だった。黄忠も様子の変化に気づいたのか、なにか言いたげな表情をしている。この場で何事もなく振る舞っているのは、今は璃々だけだった。

 

「ちっ……。少しばかり、席を外す。昨日の晩の酒が、まだ残ってやがるのかもしれねえ」

「おい、孫堅」

「悪いが紫苑。盛りのついた猪の相手を、しばらくしてやってくれるか」

「なっ……!? 孫堅、貴様言うに事欠いてっ」

 

 気合が乗りかけていたのに、するりと梯子を外されてしまったようだった。

 離れていく孫堅の背中。不思議そうに見つめる璃々と同様に、華雄は見送ることしかできなかった。



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閑話 雌犬の矜持(柳琳、星)

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 久しぶりに一緒に出かけたい、とせがむ柳琳を連れて、曹操は鄄城の城郭を歩いていた。

 多分に真面目な性格をしている従妹だったが、それでも溜まる鬱憤がないわけではない。それを解消してやるのは自分の務めであり、同時に役得でもあったりする。

 

「ところで、ほんとうに私も同行してよかったのか、柳琳?」

「はい、勿論。星さんとも、しばらく普段のことをお話できていませんでしたから。それに、二人きりでいるよりも、兄さんだって安心できるでしょうし」

 

 口では躊躇いの言葉を述べる星だったが、身体の左から手をしっかりと握ってきているのだ。

 それに対抗するかのように、柳琳が無性にやわらかな肢体を反対側から寄せてくる。これでは護衛としての役目など少しも果たせないではないか、などと野暮なことを言うつもりはなかった。

 人目を盗み、柳琳の髪に唇を寄せる。女らしい華やかな香り。ふっと拡がるそれと恥ずかしがる柳琳の姿が、なにより気持ちを癒やしてくれるのだった。

 

「ふふっ。よいのですかな、主よ。このような市井の場で柳琳に手を出して、不埒な領主さまだと思われても」

「知ったものか。そうした時は、百戦練磨の趙雲将軍が、周囲に睨みを効かせてくれればいい。それで、少しはこの俺の威厳も保てよう」

「なんと。かような振る舞いをなさっては、間違いなく人心が離れてしまいましょうぞ。むむっ……。この趙雲、如何なる処罰を与えられようとも、主君の横暴には立ち向かう所存でありますゆえ、御覚悟めされい」

 

 そう言った星と眼があったかと思うと、瞬間的に唇を奪われた。

 ほんの一瞬だったがゆえに、自分たち以外の誰も気づいてはいないのだろう。ただ、顔を赤く染めた柳琳の動揺は明らかで、わずかに興奮を含んだ鼻息が腕のあたりにずっと当てられているのだ。

 

「あっ。あそこの服屋さん、一度のんびり見てみたいと思っていたんです。あ、あの……。なので、兄さん?」

「遠慮などするものではない、柳琳。それに、着飾るおまえたちの姿を見て、俺が喜ばないはずがなかろう」

「うむ。われらが主の助平心は、天下に並ぶ者なしと謳われることがあるとかないとか。その御心に応えるためにも、全力を尽くそうではないか、柳琳よ」

「うふふ。星さんのそういうところ、私ですらかわいいと思ってしまいます。ねっ、兄さん」

 

 柳琳に指摘されて急に恥ずかしくなったのか、それまで余裕の態度をとっていた星が顔を背けてしまう。

 単身女物を扱う店を訪れることもないから、曹操はなんとなく新鮮な気持ちになっていた。

 寒くなる季節に向けて、丈の長い衣服が多く並べられている。その奥の一角に設えてあるのは、下着の陳列棚なのだろうか。あまりじっと見るものではないが、眼に入ってくるものはどうしようもなかった。

 時々栄華が刺戟的な装いで寝所に来て驚かされることがあるが、それもこうした店で調達しているのだろうか、などと考えてしまう。装いの自由さは、心の開放にもつながる。それだけ兗州が落ち着いているという証拠でもあり、自分たちの闘いが得た成果だと心の中では誇るべきなのかもしれなかった。

 

「んっ……。それほど熱心にご覧になられるなんて、兄さんは女性の下着に興味がお有りなのでしょうか。で、でしたら、私も今まで以上にがんばってみようかな、なんて……。あははっ……」

「違う。そうではないのだ、柳琳。おまえはきっと、なにか大きな勘違いをしているぞ」

 

 ここにいると、どうにも気分を乱される。

 曹操は柳琳の手を引き、衣服を見ている星のところに向かった。様々な染料が使用されている服が並んでいて、いかにも華やかな感じがする。星はそのうちのひとつを手に取り、身体にあてて寸法を確認しているようだった。

 

「これなんていかがですかな、主。ごちゃごちゃとした装飾がない分、動きやすそうでよいではありませんか」

「ああ。細身のおまえに、よく似合うのではないかな。普段の着物とは色も違って、気分も変わりそうだ」

「でしょう? きっとそう仰せになると思って、柳琳の着物もこちらに」

 

 後ろ手に隠していたものを、星が嬉しそうに披露してみせる。

 青と赤。はじめから、二対として作成されたような感じすらする。生地は薄手であり、上下がひとつになった袍服だった。金糸で施された紋様が、綺羅びやかな色彩を放っている。素材として抜群のものを持っている二人だけに、かえって派手すぎない衣服のほうがよさが引き立つのではないか、と曹操は思うのだった。

 

「では、さっそく着てみせますゆえ、主はしばしお待ちを。ほれ、柳琳も」

「あっ……。せ、星さんったら」

 

 困ったような表情を浮かべる柳琳だったが、内心では間違いなく喜んでいる。それだけ二人の仲は睦まじく、ほほえましく感じられるのだった。

 たまには、こうやって愉しむだけの時間を過ごしてもいい。それが今後に対する活力となり、全体の利益にすらなっていくのだろう。

 試着用に仕切られた帳の向こうから、衣擦れだけが聞こえている。無為にふくらんでいく想像。幾度となく密に過ごしている二人だけに、脳裏に肉体を思い描くのはそう難しいことではなかった。

 

「ふふふ。どうですかな、主よ。自分では、なかなかよい感じに着こなせていると思うのですが」

「ちょ、ちょっと恥ずかしいかもしれません、これ。いつも着ている服よりもその……、なんというか」

 

 堂々とした立ち居振る舞いでいる星と、身体の前で両腕を交差させたまま俯き気味になっている柳琳。青が星で、赤を着用しているのが柳琳だった。

 重ね着などなにもないから、豊かな曲線がはっきりと眼で見て取れてしまうのである。丈にしても短く、腕は肩から先がほとんど露出しているような状態で、下は太腿の半分くらいのところまでしかないのだった。

 

「よいではないか、柳琳。全身余すところなく、兄上にご覧になっていただけるのだぞ? それに、こうしたところもなかなか……」

「ひゃんっ!? せ、星さんなにをっ……」

 

 後ろから星に絡め取られた腕を解こうとしているせいで、柳琳の一部分が大きく揺れている。

 腿の側面に入った切り込みはいかにも際どく、男心を刺激するような意匠をしていた。

 確実に、星は狙ってそれをやっているのだろう。店の人間の視線が少し痛い。気にするなと言うように手で指図し、曹操は柳琳に一歩近づいた。

 

「あのっ、兄さん……?」

「かわいいぞ、柳琳。この姿を見られただけでも、付き合った甲斐があるというものだ」

「んっ、えとっ……。あ、ありがとうございます」

 

 まだ身体をもじもじとさせながら、柳琳が応えた。

 今ならば、店員や他の客の眼はない。というより、あったところで有無など言わせないつもりだった。

 柳琳の肩を抱き、試着用の小部屋に足を踏み入れる。それで星には意思が伝わったようで、するりと距離をつめてくる。ぴったりと閉じられる帳。三人でいるにはかなり狭い場所で、必然的に密着するような格好になった。

 

「す、すごく緊張してしまいます、私。兄さんと星さんがこんなに近くて、んあっ……」

「おや? いけない声が洩れてしまっているぞ、柳琳。主はまだ、なにをするとも仰っていないというに」

 

 顔にあたる吐息。左右から聞こえる衣擦れ。

 短い袍意の下から手を差し入れ、二人の尻をまさぐった。強くなる密着。柳琳の身体は早くも期待にふるえていて、熱っぽい視線をとめどなく送ってくる。

 

「に、兄さぁん……」

「声は我慢しているのだぞ、柳琳。それとも、こうして塞がれるほうがおまえの好みかな」

「んむっ、んっ、ふちゅっ……。に、にいさ、あんっ、むっ、ひゅふっ……」

 

 やわらかな唇。ねっとりと啄み、味わった。

 抱き合った身体がいくらでも熱くなっていく。薄手の生地のさらさらとした感触も、心地よさを加えてくれている。

 

「主。どうか、私にもお情けを。この状況で捨て置かれるのは、いかにも辛すぎます」

「わかっている。星、んっ……」

 

 口づけを愉しむ傍ら、星の手が油断なく下腹部に触れてくる。

 舌同士の愛撫が気持ちよく、男根はすぐに大きくなった。ちょっと冷たいくらいの星の指。直接肌に触れられると、ぞくりとするような快感がそこにはあるのだ。

 

「ほれ、柳琳も。主の逸物、私の片手ではどうにも包みきれぬのでな」

「あうっ……。とても立派で、さすが兄さんです。おちんちん、すごく熱い。んっ……。このふくらんだところ、気持ちいいんですか?」

「はははっ。最高だな、二人にこうしてもらえて」

 

 狭い小部屋の内部が、じんわりと雌雄の匂いで満たされる。

 粘液と粘液の交わり。二人の手によって磨き上げられた男根が、痛いくらいに勃起してしまっている。どちらか片方ずつでは我慢できなくなったのか、柳琳と星が同時に顔を寄せてくる。もはや、誰の唾液の味わっているのかすらわからない。密やかな淫行は理性を甘美に刺激し続け、感覚を狂わせる。特に柳琳の感じ方は激しく、愛液が足の間に垂れ落ちているくらいだった。

 

「くくっ……。すごいものだな、柳琳よ。主の指が、そんなにもおまえを狂わせるのか」

「だ、だってぇ、兄さん専用の雌犬なんですから、私ぃ……♡ んはっ、んうぅ……。兄さんにおまんこくちゅってされると、それだけで、んおぅ……♡」

「いやはや、ほんとうに知りませぬからな、主よ。柳琳の痴態を見せられて、はあっ、私まで」

 

 本物の犬になったかのように小刻みに喘ぐ柳琳。その唇を愛おしそうに塞ぎ、星は勃起したものを力強く擦っている。

 

「いれて♡ いれてください、兄さん♡ 私のおまんこ、きっと気持ちよくしてみせますから♡ 大好きな兄さんのおちんちん♡ ぎゅって抱きしめて、最後はとろっとろのお射精♡」

 

 淫欲に染まった柳琳の声が、耳朶を打つ。どちらも臨戦態勢にはとっくになっていて、支障などありはしなかった。

 少し体勢を入れ替え、柳琳と向き合うような格好になる。短い袍衣は裾をめくるだけで秘部が丸見えとなり、簡単に交わることができるのも特徴だった。

 どこか寂しそうな眼をする星の膣肉を指でほぐしながら、男根を待ち望むぬかるみに先端を侵入させていく。あたたかい。なにより、情熱的な抱擁に全体が包まれている。

 

「んぐっ、んっ、んふぅ……っ。ふーっ♡ んっ、んふぅ……♡」

 

 柳琳は、必死になって嬌声をこらえているようだった。

 唇を噛んだ顔が赤い。大きな動きなどは不要で、ちょっと揺さぶるだけでも絶頂を迎えられるのではないか、と曹操は思っていた。

 

「兄さん♡ 兄さん、にいさんっ……♡」

 

 膣肉の締め上げが激しすぎる。それだけに、柳琳の気持ちが痛いほど伝わった。

 亀頭で子宮の口を押し上げ、ありとあらゆる熱をぶつけた。交わってから柳琳の中はずっとふるえ続けていて、全力で快楽を得ようとしているようだった。

 

「主。生殺しだけは、どうにも。私のここも、もはや指だけでは満足できぬようにされてしまっているのです。ですから、んっ……♡」

 

 場所が狭いだけに、機敏な動きをすることはできなかった。

 すがりつく襞を振り切り、ゆっくりと引き抜く。柳琳の口がぱくぱくと動いてなにかを言おうとしていたが、人差し指を押し当て少し待つように伝えた。

 

「き……ったぁ……♡ 主に身体の奥底まで支配される感覚、何度味わってもたまりませぬ。ああっ、んっ、くはぁ……っ」

 

 挿入の快楽を受け、普段涼し気な星の目尻がだらしなく垂れている。

 柳琳のような猛烈な締め上げではなかったが、その分自在な心地よさに男根が襲われているのだ。緩急のつけかたがとてもよく、ちょっと声を洩らしてしまう。肉感のある尻を引き寄せると、快楽はさらに強くなった。

 

「うぁ……♡ 星さん、とっても気持ちよさそうです♡ うふふ。でも、そんなの当たり前ですよね。兄さんのおちんちんを前にすると、女は誰だって雌になってしまう。虜になって、快楽を貪ってしまうんですから♡」

「んっ、ふあっ♡ くっ、ああっ、んっ、柳琳……っ♡」

 

 気持ちよさに耽る星の耳を、柳琳が舌でねっとりともてあそぶ。

 いつもとは違う立場に追いやられた感覚が、性感の連鎖をもたらしたのかもしれない。星の膣内はいきなり締まりをよくして、精液を吐き出させることに躍起になっている。その変化に気がついたのか、柳琳は愉しそうに笑っている。

 

「悪いが、つぎは柳琳の番なのでな。しばらく指で我慢していろ、星」

「あっ、あがっ……♡ 主のおちんちん、私の中から抜けてぇ……♡」

 

 狭い場所で運動を繰り返しているせいか、やけに汗をかいてしまっている。

 二人の試着している服にも言い訳のできない汚れができてしまっているし、買い取ることになるのは間違いなかった。

 

「あはっ……♡ んっ、んぐぅうううぅう……♡」

「声が大きすぎるぞ、柳琳。自分が淫乱な女だということを、そんなに知られたいのか」

「だめ、だめですっ。私が雌犬でいていいのは、兄さんの前でだけっ♡ 他の誰かに知られたいなんて、少しもっ♡」

「ならば、しばらく口を閉じていろ。できるな、柳琳」

「は、はひっ……♡ できます、できますからぁ……♡」

 

 自分に命令されたことが、余程琴線に触れたらしい。

 律儀なくらいに言葉を飲み込んだ柳琳は、苦しそうにしながら快楽の波濤に耐えている。その姿がやけに愛しく、曹操はたまらない気持ちに襲われた。

 強引に唇を合わせ、舌をねじ込む。そのまま口内の隅々まで舐めに舐めてやると、柳琳の身体は激しくふるえて反応を示す。

 

「んぷっ、んんーっ♡ ふっ、ひゅふっ、んっ♡ れちょ、んあっ、ひゃあんっ♡」

 

 柳琳の限界が近い。

 この場所を使っている時間的にも、そろそろ終わらせるべきだった。

 

「んっ、あるじぃ……♡」

「兄さん、兄さぁん……♡」

 

 二人の膣内を指でかき回し、太腿の間で男根を擦った。

 どちらにも、不公平だという気持ちを抱かせるわけにはいかない。滴る汁。子種を溜め込んでいる精嚢が、ずっしりと重かった。

 

「んふっ、んんっ。いっ、ああっ……♡」

「もう、もうだめぇ……♡ きて、きてください、兄さん♡」

 

 両耳にふりかけられる甘い声。

 張りのある肌のうえで最後の快楽を味わい、曹操は腰をふるわせた。

 

「あはっ、あーっ♡ しゃせぃ、きもひぃ……♡ 兄さんの子種、おまんこにたくさん、んうっ……♡」

「んっ、ふあぁあっ♡ 私の中にも、こんなにたくさん♡ 主のせーえきで、頭変になってしまう。あんっ、んあんっ……♡」

 

 ぴたりと、同じだけの量をくれてやれるわけではない。

 それでも二人は満足そうに笑みを浮かべ、下腹部を盛大に痙攣させていた。

 

「はあ、ははっ……」

 

 得難い光景だと思った。

 抜け落ちた男根が、快楽がもっと欲しいとでも言うかのように、びくりと脈打っている。

 三人で過ごす休日は、まだはじまったばかりだった。



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閑話 遅いご褒美(猪々子)

作成コスト的に突発的な投稿はイチャコラするだけの話になりがち。


 妙な重みにまどろみを遮られ、曹操は眼を醒ました。

 暗い居室。力を入れてみたが、手足が動かない。なにかが乗っている。あるいは、束縛でもされているのか。

 普通ならば、命の危険を感じるような場面だった。それでも余裕を崩さずにいられたのは、闇の中に一縷、見知った特徴的な髪が見えたからだった。

 

「もういいだろう、猪々子。そろそろ、おまえの顔を見せてくれないか」

「ちぇー。しばらく怖がらせてやろうと思ったのに、つまんねえの」

 

 暗がりに慣れてきた視界に、猪々子の肢体が浮かびあがる。

 性格からして、忍び込むような真似はしないはずだった。閨に侵入するのなら、堂々と正面から。もし制止されようものなら、ひと悶着起こしてでも突破しようとするはずだ。

 

「ははっ。宿直の者に、無理など言っていないだろうな」

「ややっ、そんなことあたいだってしないっての。曹操のアニキにご褒美もらうんだー、って話したらあっさり通してもらえたからさ。なんというか、肩透かしでも食らったような気分だな」

 

 言いながら、猪々子が胸もとに顔を擦りつけてくる。

 ふわりと拡がる髪の香り。その仕草は気分が乗った仔猫のようで、つい乱雑にかわいがってやりたくなってしまう。

 

「それにしても褒美、か」

「あっ、本題はそれだよそれ。アニキってば、この前の戦でがんばったご褒美、全然くれないんだからさあ。下手したら忘れられてるんじゃないかと思って、こうして自分から取りに来たって算段なんだよ」

 

 軽く抓られでもしたのか、右腕に小さな痛みが走る。

 自分の背丈よりも大きな剣を、振り回せるような女なのである。もし猪々子が本気でも出そうものなら、この程度の被害で済むはずがなかった。

 

「そう言われては、俺の立つ瀬がなくなる。今回だけは見逃してくれないか、猪々子?」

「まっ、別にいいんだけどさ。そりゃあアニキの周りにはかわいい子がわんさかいるんだし、目移りだってして当然だよな」

「はははっ。珍しいな、おまえがそう不貞腐れるなんて」

 

 へそを曲げたままの猪々子の抱き寄せ、口づけを交わした。

 嫌がるような素振りはない。むしろ、絡ませてくる舌は積極的なくらいで、絶えず唾液を交換しようとしてきている。

 

「んっ、あむっ、ふちゅる……。わ、ずるいやり方するなあ、アニキは。こんなにされたら、許してやるしかなくなるじゃんか」

「どうとられようと、俺は少しも構わない。おまえが機嫌を直してくれることが、今はすべてなのだからな」

「んーっ。ずるい。ほんとずるいよなあ、アニキは」

 

 甘いだけの口づけを、ひたすらに続けた。

 猪々子は動きも手慣れていて、わざわざ導いてやる必要はなかった。段々と互いに身体をまさぐり、着衣を乱していく。

 手に余るほどの乳房があるわけではないが、引き締まった肉体は男を興奮させるだけの魅力を秘めている。

 下腹部を引き寄せ、猛りかけている男根と擦り合わせた。猪々子の方も気分が盛り上がってきたらしく、顔にふりかかる吐息がかなり熱を帯びている。

 

「はあっ、んあっ……。もし男で一緒になるなら、絶対アニキだって決めてたんだ、あたい。へへっ、だから、なっ?」

「んっ、猪々子……」

 

 昔から、真っ直ぐな子であることは知っている。それでも、いざ口にされてみると悦びはあるものなのだ。

 隙を突いて体勢を入れ替え、猪々子を組み伏せた。ふたつの眼。暗がりでもわかるくらい情熱的な色をしていて、思わず夢中にさせられてしまう。

 

「あははっ。アニキのちんこ、ガッチガチじゃんか。そんなに挿れたいんだ、あたいの中」

「ああ。見ての通り、馬鹿正直な男なのだよ、俺はな」

「ええー? だったら姫とも、もう少し早く……。んっ、ふあっ……! そ、そんな、いきなりっ♡」

「馬鹿正直なここに、そんな堪え性があるものか。最後までいくぞ、猪々子」

「ま、待ってぇ……♡ あぐっ、んっ、んはぁっ♡」

 

 男根に膣肉を抉られ、猪々子の細い腰が浮き上がる。

 中はさすがの締りで、細かい襞がしっかりまとわりついてきていた。

 なだらかな胸を手のひらで味わい、腰を押し進める。女同士の戯れでは届かない場所まで、自分を刻みつけてやるつもりだった。

 

「き、きてるっ。アニキのちんこが、一番深くまでぇ♡」

 

 猪々子の洩らす喘ぎが、耳に心地よく響く。

 痛みはさっぱり感じていないらしく、あるのは真新しい感覚による快楽だけのようだった。

 ざわめいていた膣襞が、段々と落ち着いてきているのか。子宮口に先端を押し当て、曹操は一度大きく息を吐いた。

 

「不思議だな、これって。突っ込まれてるだけなのに、頭がぼーっとしてきてる。あはっ。アニキのこと、こんなの益々好きになっちゃうなぁ♡ あーっ、これほんとやばい……♡」

「ははっ。俺にとっては好都合なことでしかないな、それは。もっとよく感じてみろ、猪々子。今夜は、おまえが褒美を独り占めできるのだぞ」

「んっ、あぁあっ……! いいっ♡ アニキのぶっといちんこで中かき回されるの、さいっこぉ……♡」

 

 反応の変化を確かめながら、抽送を続けた。

 感度は良好。つんと勃った乳首を指で捻ってやると、猪々子はさらにいい声で鳴いてみせる。

 

「あっ、んぅっ、んぉ、ああっ♡ ぎゅってされるのも、好きぃ♡ アニキ、もってしてっ、アニキ」

「真っ赤になっているというのに、まだして欲しいのか。おまえも大概、欲望に忠実な女だな」

「そ、そんなのっ、当然だろっ……? 今まで散々、おあずけされてきたんだ。その分、思いっきり愉しまないと損じゃんか」

 

 猪々子が跳ねるように身体を起こし、不意に抱きついてくる。

 瞬時に塞がれる口。交わった状態ですする唾液はもはや媚薬同然で、全身の感度を極限まで高める効果があるようにすら思えてくる。

 

「いっ、これいいっ……♡ ちんこの当たり方変わって、んはあっ。もっと、もっと色んなことしてほしくなるっ♡」

 

 離してやるものか、と身体を抱く腕に力を込めた。

 ほぐれた膣内。精液を強く欲していて、それは猪々子の表情にもあらわれているのだ。

 普段は元気闊達を絵に描いたような子なだけに、情欲の色が濃くなるとこうも印象が変わるのか、と曹操は笑みを洩らす。

 両手で握り合い、結合部を起点に腰を揺さぶる。最奥を徹底的に責められ、猪々子は感じに感じているようだった。

 尿道を精液がせり上がる。堪えて追加の突きを見舞った後、それは大いに爆ぜた。

 

「む、無理だって、こんなのっ♡ 絶対いくっ、奥で射精キメられながら、いくっ、うぅうぅうう……♡」

 

 搾り取られる、という感覚がかなり強い。

 猪々子は薄い胸を反らした状態で、びくびくと身体をふるわせている。

 

「あっ、ああっ……! まだくるっ。熱々の精液、あたいの中で暴れてる♡」

 

 萎える気配のない男根を突き入れ、請われるがまま子種を渇望する袋に濃厚な汁を注いだ。

 

「ひゃわっ……。だめ、もうだめ……。あたい、腹いっぱいだぁ……♡」

 

 唐突に倒れてくる猪々子の身体。愛おしさすら感じる重みを受け止め、曹操は気をよくしていた。

 

「むっ、あむっ、ちゅっ、ちゅぱっ……」

「ン……。いいのか、このまま続けてしまっても。今ので、満腹になってしまったのだろう?」

「いいからいいから。なんとかは別腹、って言ったりもするだろ? それにさ、アニキのちんこ、ちっとも小さくなってくれないし。だったら、する以外の選択肢なんてあり得ないでしょ」

 

 腹はふくれていても、喰い足りているわけではない。

 そんな矛盾を抱えた猪々子をかわいらしく思いながら、曹操は再戦へ闘志を燃やしている。



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十九 お猫さまの導き

北郷当代記からずっと温めてたネタだったりします。


 見上げれば青い空。

 大通りは騒然としていて、多数の人々が行き交う様子を眼にすることができる。とはいえ、自分からその雰囲気に飛び込もうとは思わない、と風は思うのだった。

 物好きな誰かさんに手を引かれでもすればその限りでもないが、あいにく今は単身散歩にでかけているだけなのだ。

 

「んなぁー。んなぁーご」

 

 膝をかがめ、風は野良猫としばし向き合っていた。

 無視される声真似。猫は退屈そうに前足で顔を掻いていて、なんだか虚しささえ感じてしまうのだ。

 腹に子がいるからと、邸宅に引き篭もっていいわけではない。そう桂花に諭されて外に出たまではよかったが、特に用事があるわけでもないのである。

 ほんのかすかにふくらみはじめた腹を撫でる。お腹の子の父親は忙しそうにしていて、無理に誘うことは憚られた。

 変な遠慮をするものではない、なんて笑われそうではあるのだが、これでも自分は曹操の軍師なのである。我儘を通す時がないことはないが、引くべきは引くのが信条といえばそうだった。

 

「いいですねー、猫ちゃんは。なんの悩みもなさそうな顔で、あくびまでしちゃって」

 

 やわらかそうな体毛を撫でようと差し出した手。やっぱりやめておこうと引っ込め、風は観察を続けた。

 茫洋とした猫の両目。なにも考えていないようで、その裏には計り知れない深謀遠慮が隠されているのかもしれない。

 曹操にしても、常から鋭さが漂っているのではなかった。だからこそ、恋や桃香のような人物を陣営に加えることができたのだと思うし、自分のような変わり種さえ容赦なく照らせる人でなければ、この世の日輪たり得ないのだった。

 

「んんー。ようし、決めました。おまえは今より、一刀二号として生きるのですよ。わかりましたか、一刀二号?」

「んにゃ?」

「おおぅ。まさか返事があるとは思わず、びっくりしたではありませんかぁ。なにも、そういうところまで、本物の一刀に似ろと言ったつもりはないんですけど」

 

 不思議そうな顔をして、猫が首を傾げている。

 意思の疎通、というにはあまりにも怪しげなのである。それでも、どこかに立ち去ったりするわけではない。じっと眺めているとどこか優しげな眼差しでいるようにも見えて、また不思議な気分になったりする。

 

「ところで、そこの方ー?」

「は、はわっ!?」

 

 空き家の物陰。そこから上がった声は、想像していた以上にかわいらしかった。

 気配には、これでも敏感な方なのである。それで先程から、誰かに見られているという感覚が確かにあったのだ。

 襲ってくる気配はない。けれども、視線にはやけに熱がある。それが気になり泳がせていたのだが、結局結論が出ることはなかった。

 

「まあまあ、こっちに来てみなよ、お嬢ちゃん。悪いようには、しねえからさあ」

「ふへっ? あ、あの……」

「ああー。こら宝譿。初対面の人に勝手に話しかけるなと、いっつも言っているでしょう。むむう……。すみませんねぇ、頭のこいつがお馬鹿さんで」

「い、いえ……? どうか、お気になさらず……?」

 

 頭上の宝譿。拳骨で小突きながら、盗み見ていた少女を手招きする。

 先手はこちらのものだ、と風は思った。

 日に焼けた肌。まとめ上げた長い黒髪。年の頃は、自分とそう変わらないといったところか。

 

「それでなんですけど、嬢ちゃんと呼ぶのもなんですし、名前を伺っちゃったりしてもー?」

「はい。でしたら、私のことは幼平とお呼びください。うふふ、それにしても、あぁ……」

「ふむ、幼平ちゃんですか。こちらのことは戯志才と……、ってあんまり聞こえていないみたいですねぇ」

 

 お遊びに、かつて稟が使っていた偽名を持ち出してみる。しかし幼平には自分の声はほとんど届いていないようで、その意識はあの『一刀二号』に注がれているのだ。

 

「ほうほう。一刀二号に色目をお使いになるとは、いい趣味をなさっているようで。猫ちゃん、お好きなんですかー?」

「は、はい、それはもう。商売の途中で偶然通りがかったのですが、愛らしいお姿につい」

「なるほどー。あの熱っぽい視線の正体は、そちらでしたかぁ」

 

 幼平の言葉には、かすかに南部の訛りがある。それに、商売の途中だと話していたものの、肝心の売り物はどこにあるのか。

 駆け寄ってくる際のしなやかさにも、どこか常人とは違う部分がある、と風は感じていた。

 

「んっ、ごくっ……。お、お猫さま、どうかそのままじっと……」

 

 勘ぐるのであれば、この少女は孫家の派遣した間者なのか。あちらの諜報部隊はかなり優秀だそうで、紅波から手を焼いていると聞いたことがある。そんな相手が、鄄城までやって来て猫にうつつを抜かすことがあり得るのか。

 それにしても幸せそうな顔をする、と風は思った。

 一刀二号は、ツンとした態度を崩さずに幼平の動きを窺っている。

 なんとなく孤高な雰囲気を出そうとするところも、曹操を想起させる。だが、本心がどうであれ、あの人は他者を惹きつけて離さない。そしてその渦は、現在進行形で果てしなく大きくなっていると言ってよかった。

 

「そーっと、そーっと……。ちょっと、指先が触れるだけでもよいのです」

「くふふっ。がんばってください、幼平ちゃん。一刀二号はきっと美少女好きなので、気に入られる可能性は間違いなくあると思うのですよ」

「ありがとうございます、戯志才さん。ああっ、緊張してしまいますっ」

 

 案外、幼平はこちらの話を聞いていたらしい。

 ふるえる指先。どことなく荒い息遣いのせいで、高揚が自分にまで伝わってくるようだった。

 

「にゃっ」

「ひゃわっ!? おっ、おぉー!」

 

 幼平が、今度は悦びで声をふるわせる。

 身体に触れる直前、一刀二号は足先をひょいと差し出したのである。ぷにっとした肉球に当たりでもしたのか、幼平の相好はどこまでも崩れている。

 こうしてうまく女を転がすあたりも、一刀らしいといえばそうなるのか。

 感激のあまり、幼平は一刀二号を抱きしめてその存在を全身で感じようとする。だが、その試みは儚くも失敗に終わり、虚し気なため息だけが路地裏に残るのだった。

 

「ううっ……。やってしまったようです、私。一刀さまがくださった好意を、あのように勘違いしてしまい……」

「やっ。ちゃんと二号はつけましょうね、幼平ちゃん。一刀だけだと、なにかややこしい感じになってしまいますので」

「あう……。ご忠告ありがとうございます、戯志才さん。はあ……。一刀二号さまに、鄄城を離れるまでにもう一度お会いしたいものなのです。きっと、できますよね?」

「では、雌の猫ちゃんになりきってお呼び申し上げるしかありませんねえ。練習、してみますか?」

「おおっ、それは名案なのです! ふにゃっ、んっ、にゃおぅ……」

「おうおう、なかなかうまいじゃねえか、お嬢ちゃん。けど、気をつけることだな。お嬢ちゃんの色香で、別のものを釣り上げないように……ってぇ」

 

 そこまで言って、風は立ち上がりあたりを見回した。

 ざっと数えて、男が二十がいる。殺気。異様なくらい溢れていて、よくここまで隠したものだと思うくらいだった。

 幼平は事態を把握できていないようで、口をぽかんと開けている。つまり、先の推理と結びつけるのであれば、この手合いには孫家は関係していないのだろう。

 そもそも、孫堅は戦で雌雄を決したいと考えているはずで、暗殺を狙ってくる時点で別の勢力に狙いをしぼるべきだった。

 

「そこなる女、曹操軍師の程昱だな。はははっ。孫家の刃、その身でとくと受けてもらおうではないか」

「ふうん。あちらはそう仰っていますが、幼平ちゃん? あっ。それと、名前を騙っていたことについては、平にご容赦を。これでも私は、曹操軍の要人ですので」

 

 幼平の表情が、ころころと変化している。

 戯志才というのが偽名だったこと。しかも自分が敵軍の軍師であり、程昱であったこと。そうして、もっとも感情が揺さぶられているのは、相手が孫家の手先だと名乗っていることに対してなのではないか。

 

「あなたが、程昱さんだったのですね。名前を誤魔化したのは、こちらも同じですから気にしていません。孫堅配下の周泰です。そして、この方々を私は存じ上げません。孫家の刃は、姑息な殺しのためにあるのではない。偽物を名乗るなら、そのくらいのお勉強は必要でしたね」

 

 周泰。それが諜報部隊を率いる将の名だということは、情報として知っている。

 男たちが、包囲の輪をじりじりと狭めてくる。時間をかけられるとは思っていないはずだ。この人数で城郭に潜入してきたのだから、それなりの使い手であることには違いない。

 迂闊といえば迂闊だったが、もう少し警備の手を厳しくするべきなのかもしれない。とはいえ、締め上げすぎては商売が滞るし、そのあたりは要相談事項なのである。

 

「てめえが、孫堅の? はっ、笑わせるんじゃねえよ。曹操に届かずとも、程昱をぶっ殺せりゃあ俺たちはそれでいいんだ。孫家の手先を名乗ったのは、手引きしてくれた奴への礼金みたいなものさ」

「ははあ。私個人に対するその怨み節、もしかしなくても元張邈さんの?」

「わかっているのなら、その首を差し出せ、程昱。われらの殿は、おまえに謀殺されたようなものだ。その無念を思うと、俺は」

 

 最期こそ無様だったが、張邈には為政者たる資質があった。忠義ある臣下がいるのは当たり前のことだし、戦に直接関わった自分が標的にされるのは自然の流れとも言えるのか。

 謀殺、というとちょっと穏やかではなかった。

 自分の上げた方策を検討し、受け入れたのは張邈ではないか、と風は思うのである。うまくいくように根回しはしたが、全体の状況を俯瞰する冷静さがあれば防げないものではなかった。

 戦の序盤は曹操だって徐州への固執のせいで苦戦していたし、張邈が有利に立てる場面はいくらでもあったのだ。

 

「飲まれる程度の器なら、野心なんて持つべきではなかった。踏みつけ、ねじ伏せるくらいでなければ、覇者への道は開かれない。あの方がもっとご自身を見つめていれば、結果も変わっていたことでしょうねぇ。くふふっ。実はお腹の底ではそう思っているのではありませんか、あなたも?」

「なっ……。程昱、貴様」

 

 冷え冷えとした声で、風は正論を叩きつける。

 頭目らしき男が押し黙る。意味のない論争には、これ以上付き合うつもりなどなかった。

 

「おしゃべりは、もうよろしいでしょうか。経緯はどうあれ、あなた方は孫家の名を汚した。となれば、私は斬らねばなりません。どうか、お覚悟を」

 

 どこに隠していたのか、周泰はひと振りの刀を手にしていた。ほどかれる髪。なびく黒はどこか幻想的で、風は少し見とれている。

 抜くやいなや、手近な男を斬り捨てる。その一閃は眼で追えないほどで、周泰の武芸が達人の域にあることをはっきりと示しているのだ。

 闘いがはじまった直後、屋根上から影がひとつ降ってきた。

 

「周泰殿。不要ではありましょうが、拙者も助太刀いたします」

「なんだ。やっぱり見ていらしたんですね、紅波ちゃん」

「ええ。部下に追わせてもよかったのですが、なんとなく気になってしまい。ですが、それで正解だったようです」

 

 紅い長髪が舞い躍る。降り立ったのと同時に紅波は刃を振るい、豪剣にて二人を斬り伏せた。

 黒と紅。この共演は非常に鮮やかで、敵対する者にとっては地獄の様相を呈している。

 

「あなたは、曹操軍の。不埒者の成敗を手伝ってくださり、感謝いたします」

「感謝されることなど、なにも。領内での騒ぎ、見過ごせるものではござらん」

 

 見る間に、男たちが数を減らしていく。

 戦況を見守り、風は後のことを考えていた。ひとりくらいは捕虜にし、尋問を加えるべきなのか。ともあれ、手引きを行った勢力についてはおおよそ察しがついている。そうした意味では、禍根は徹底して断つのが定石なのである。

 

「くそっ……。どいつもこいつも、邪魔ばかりしやがって」

 

 紅波と周泰。二人の剣撃は嵐となり、最後の敵に襲いかかる。

 周泰にしてみれば、最初からこちらの事情など考慮する必要がないのである。だとすれば、男たちに生きて帰る手立てなどあるはずがない。元より命は捨ててきているのだろうが、こんな死に方は予想外だったに決まっている。

 

「斬ります。紅波殿、あとは私だけで」

「承知。軍師殿が、よいと申されている。あとは、好きになされよ」

 

 血払いした剣を、紅波が鞘に納めている。

 斬撃。壁を蹴り加速した周泰が、頭目をすれ違いざまに両断する。静かだった路地裏は、一転断末魔に満たされている。口もとに袖をあて、風は一度だけ咳払いをした。

 

「助かりました、周泰ちゃん。わが身から出た錆、思わぬかたちで引き受けてもらってしまいましたねぇ」

「いえ。一刀二号さまとお引き合わせいただき、こちらこそ感謝です。今のは、その借りを返したくらいに思っていただければよいかと」

「はて? 程昱殿、一刀二号さまとはいったい」

「むむっ。紅波ちゃん、そこはあまり根掘り葉掘り聞いてもらわなくて平気ですので」

 

 これだけの騒ぎがあったのだ。程なくして、警備の兵が駆けつけるはずなのである。

 その時、周泰はこの場にいるべきではない。紅波が小さく頷いている。考えに相違がないことに安心すると、風は切り出した。

 

「いってください、周泰ちゃん。それとも、本物の一刀さんの前に引き立てられてみたいですか?」

「はうっ。それは今少し、遠慮させていただきます! それでは、お二人とも」

「よい剣でした、周泰殿。次回は、戦場にて」

「はい。諜報戦でも、負けるつもりはありませんので。程昱さん、あのお猫さまといつかまた!」

 

 明るさを含む声が、段々と遠のいていく。

 無念の表情で転がる亡骸。残された風は、なにかを話すことなく、それを見つめるだけだった。



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二十 誠意の表明(紅波)

 夕刻。居室にもどった曹操はまず見ないてあろう光景に直面していた。

 律儀に折りたたまれた女物の衣服。その隣で、紅波が床に平伏しているのだ。指先は頭の前方できっちり揃えられていて、声をかけられるまでそうしているつもりなことが容易に想像できるのである。

 少し様子を観察しながら、窓際の椅子に腰かけた。

 眼で確認するまでもなく自分の動きを察知したのか、赤く長い髪がぴくりと揺れる。思わず芽生えるいたずら心。読みかけになっていた書物を開き、曹操はそこからしばらく声を発さなかった。

 

「んっ、はあっ……」

 

 かすかに洩れ聞こえる吐息。紅波がこんな真似をしている理由など、ひとつしか思い浮かばなかった。

 衛兵を束ねる詠から報告を受けたのだが、風が昼間出歩いた先で、張邈麾下だった者たちから怨みの刃を向けられたのだという。その場は紅波が制圧し、城郭の住人は何事もなく静かに暮らしている。自分としてはそれで問題なく、紅波は務めを果たしたと思っていたのだ。

 

「はあっ、ふうっ」

 

 椅子の位置をちょっと動かし、茶褐色の尻に足で触れた。再び洩れる吐息。緊張。あるいは性的な感覚を得ているのか、紅波がわずかに身をふるわす。

 誰の入れ知恵でこうなったのかは知らないが、謝罪の意図が含まれていることは確かだった。

 集団の入城を防げなかったこと。それとも、他になにか負い目に感じるような理由があるのか。観察に飽きてきたところで、曹操は書物をぱたりと閉じた。鮮やかな夕暮れの日差しが、窓から差し込んでいる。

 

「紅波。いいから、そろそろ顔をあげろ。話しかけられなければ、朝までそうするつもりだったのか?」

「はっ。殿にお声がけいただくまでは、と決意しておりましたので。謝意をかたちにするのであればこれが一番だと、美花殿が言っておられたのです」

「桃香のところの? ははっ。確実にからかわれているな、それは。とはいえ、美花もまさかそのまま実行されるとは考えていなかったのではないか」

 

 美花こと孫乾は、元をたどれば陶謙に出仕していた女官だった。女としての器量は抜群で、間諜としての腕にも相当長けているのである。後に桃香と同調し、徐州で起きた政変後からは劉備軍の諜報を担当していた。顔を合わせたのは数回だが、掴みきれない凄みのようなものがある女だった。

 敵対が長引いていれば、面倒な相手となっていたに違いない。それが間接的に配下に加わっているのだから、自分は幸運だった。

 

「それで、おまえの格好のことはともかく、なにをそんなに気に病んでいる。」

「ははっ。鄄城に潜む不埒者を炙り出すためといえども、拙者は風殿に囮のような真似をさせてしまいました。それはつまり、殿のお子さまにまで危険な役割を押し付けたようなもので」

「なるほどな。だが、俺の子であれば尚更、なにも遠慮することはない。大義に貢献できたこと、曹家の子としてむしろ誇りに思うべきだ」

「ご配慮に感謝いたします、殿。かようなこと、くれぐれも今後はなきよう……」

 

 顔を上げた紅波が、さらに謝罪の言葉を続けた。

 間違いなく、それも大胆な謝罪に及んだ理由のひとつではある。しかしその表情には、まだどこか淀みが残っていることを曹操は見逃さなかった。

 

「紅波。顔に、別の隠し事があると書いてあるぞ。今更、おまえと風の決定にけちをつけるつもりはない。だから、話してみるといい」

「んっ……。誓って、殿を謀ろうとしたのではないのです。周泰。孫家における間諜の頭領が、あの場にいたのです。危険さだけでいえば、張邈の残党などとは比べ物にならない相手です。ただ、なんと申せばよいのか……」

「周泰の剣が、風やおまえに向けられることはなかった。すべてではないのかな、それが。戦場で手を抜くようなことがなければ、俺はいいと思っている。そうだろう、紅波?」

「は、はいっ……。拙者は殿の剣であり、影であるのです。その誇りだけは、常々」

「ならば、そうして這いつくばる必要はどこにもない。早く、服を着てしまえ」

「えっ……? と、殿が、そう申されるのであれば……」

 

 安堵したのも束の間。紅波の声が、やけにしょぼくれている。

 着物に伸ばした手がぴたりと止まる。身体の反応を見れば、どうされたいのかくらいわかりきっていた。

 立ち上がり、自らの着物に手をかける。期待に満ちた眼差し。紅波の思考はすでにあらぬ方向に切り替わっていて、顔が少し赤くなっている。

 

「どうかしたのか、紅波。俺はただ、着替えようとしているだけなのだが」

「やっ、その……。んっ、と、殿ぉ……」

 

 肝心な部分で口下手なところは、昔からちっとも変わっていない。

 後ろに回り込み、尻を撫でた。中央にある窄み。物欲しげにひくついていて、男の情欲に訴えかけてきているのだ。

 紅波と交わる時は、決まって後ろの穴を使うことになっている。諜報を担当させているだけに、下手に動けなくなるような事態は避けなければならないからだった。戦の佳境が過ぎれば、紅波にも落ち着ける時間が生まれる。小ぶりな尻肉を揉んでやると、紅波はうれしそうに声をあげた。

 

「んはっ、んうぅ……。よ、よろしいのですか、殿?」

「野暮なことは聞くなよ、紅波。俺のこれが、欲しくてたまらないのだろう? であれば、どうすればいいかわかるな」

「ぎょ、御意……♡ んっ、あっ、んあっ……♡ こ、ここに。薄汚い雌豚の尻穴に、どうかお情けをくださいませ。突っ込んでください、殿のご立派な逸物さまを。前戯の手間など、とらせませぬからぁ……♡」

 

 顔を床に擦り付けた状態で、紅波が下品に臀部を突き出している。両手で割広げられた尻穴。蠢く中身が、男根による快楽をひどく求めているようだった。

 薄く笑いながら、曹操は晒した男根の先を窄まりに押し付けた。肉がよろこびにふるえる。こんなことで征服欲がいくらか満たされるのだから、男というのは浅ましいものだと思えてくる。

 

「うぐっ、お゛っ、んあっ……♡ き、きたぁ♡ 殿の逸物さまが、わが身の深くまでぇ……!」

 

 凄まじい締め付けが男根を襲う。

 躾とばかりに、手のひらで尻を打った。紅波の口から淫らな嬌声が洩れる。自分に支配されることで快楽がより強くなるようで、いつ頃からかこうしたかたちで情交を行うのが普通になっている。

 

「ここまでしていいと、誰が言った。雌豚の穴を使ってもらえるだけ、ありがたいと思うのだな」

「は、はひっ……! んおぅ、んう……♡ ぐ、ぐにって、奥ぐにって押されるの、なりませぬ♡」

「はははっ。いいのか悪いのか、はっきりさせてみろ。ほら、これが好きなのだろう? おまえの淫乱な穴が、掘り返されてよろこんでいるではないか」

「あっ、んあぁっ♡ 好き、好いているのです♡ 殿に尻穴ほじくり返されながら躾けていただくと、至上のよろこびが生まれてしまう♡ はひっ、はっ、はふっ」

 

 後ろから突くだけにも飽きてきて、紅波の身体を抱き起こした。

 板のように薄い胸。勃起した乳首だけは立派に存在を主張していて、指でいじられたがっているのだ。

 

「くふぅ、はあっ……! はーっ、はっ、んーっ♡」

 

 濃い女の匂いが、充満しているようだった。

 容赦なく尻穴を責め立てるかたわら、愛液を垂れ流す膣を指でかわいがる。三点に同時に攻勢をかけられ、紅波の守りは早くも落城寸前になっている。

 

「んっ、お゛っ……♡ だめ、なりませぬっ♡ こんなにされたら、絶対いくっ♡ 殿にいじめられて、間者にあるまじき姿を晒してしまう♡」

「はしたない穴だが、絶頂することだけは許可してやる。むしろ、我慢などさせてやるものか。雌豚らしく、快楽に飲まれるのがおまえに相応しい姿なのだよ」

「おお゛っ、くっ、くるっ♡ 殿の逸物さまにお尻の奥ずんずんって突かれて、気持ちいいことたくさんっ♡ これ以上の幸せなどございませぬ♡ いくっ、いっ、あはぁあああっ♡」

 

 がくがくと全身をふるわせ、紅波が絶頂を迎える。

 呼吸に合わせて精液を搾り取ろうとする尻穴。どれだけ飲もうと子を孕めるわけでもないのに、同じ動きをしてしまうのは女としての本能が関係しているのだろうか。

 

「あっ、あーっ♡ こんな、こんなぁ……♡ いってるのに、まだいかされるぅ♡ 殿の逸物さまが、少しもとまってくれなくてぇ♡」

「いいぞ、紅波。この調子で、俺を気持ちよくしてみせろ。欲しいのだろう、精液が。注がれた熱で、絶頂したいのだろう」

「お、仰せの通りですっ……! 尻穴に、おっ……。殿のせーえきいただきながら、いきたいのですっ♡ そのためにも、はうぅ……♡」

 

 甘い締め上げ。

 絶頂による快楽に耐えながら、紅波はほどよい感じに男根に刺激を与えてくる。さすがの精神力で、常人ではまず行えないことだった。お返しに乳首を撫で、浮き出た陰核をこね回す。それでも必死に食らいついてくるのだから、責める甲斐があると曹操は密かに思っていた。

 

「きてっ、きてくださいませ、殿っ♡ あたたかい精液とぷとぷって、拙者の下品な穴に注いでぇ♡ はっ、あはっ……。逆流してしまうくらい、出されたいのです♡ ああっ、おぐっ……! またいくっ、いっ……♡ 殿、とのぉ……♡」

「ははっ。おまえのがんばりに免じて、今日はこのくらいで許してやるとしようか」

 

 直腸の奥までねじ込み、溜めていた精液を爆発させる。

 快楽に歪む紅波の声。それがなにより、自分の心を満たしてくれるような気がしていた。

 

「んあっ、はあーっ♡ どくどく、気持ちいい♡ 殿に射精していただきながら味わう絶頂は、やはり最高です……♡ んあっ、んっ……♡ い、いってるのに、乳首そんなにされたらっ♡ ひいっ、あっ……。あっ、ああっ、あーっ♡」

 

 赤い長髪に顔を埋めながら、限界まで快楽を引き出すことに務めた。

 こうしていると、紅波の匂いに包まれている感じがする。長い射精を続けながら、曹操は女の身体に没頭していた。

 

 

 情交を終えて帰ろうとした紅波を、曹操は寝台に引っ張り込んでいた。

 こんな時にまで、影に徹しようとするものではない。ひとりの女として欲しているのだと、示しているつもりではあったのだ。

 紅波には余分な肉が少しもない分、抱き合うと強く密着することができる。本人は多少気にしているのかもしれないが、自分としてはどうだってよかった。

 

「張邈軍残党の引き入れ、長安の手によるものなのでしょうか」

「俺はそう考えている。正面からの戦が、まだこわいのかもしれないな。だからこうして、小賢しい方法を取ろうとする」

「やっ。くすぐったいです、殿」

 

 頭を撫でながら頬に口づけると、紅波が身をよじらせる。

 幽州を味方につけたことも、司馬懿には脅威だと思えているに違いない。天の御遣いの噂を含め、もう少し挑発を続けるつもりだった。

 

「朱里が桔梗をつかまえて、真桜となにか面白いことをしているそうだ。あちらとの戦の備えは、着実に進んでいる。もっとも、紅波には今までどおり、孫家を担当してもらうことにはなるが」

「殿に出仕されるようになって、朱里殿は活き活きとしておられます。水を得た魚、とでも言いましょうや。事態が落ち着くべきところに落ち着き、拙者も安堵していた次第でして。んっ、あむぅ……」

 

 頬から、今度は唇に口づけた。

 現実の小難しい話は、もうこのくらいでいいという意思表示でもある。

 ゆっくりと互いの舌を味わい、熱を感じる。半ば力を取り戻している男根。やわらかな腿で挟まれ、適度に刺激を与えられていた。

 

「なんだ、まだ物足りなかったのか?」

「えとっ……。殿さえよろしければ、今少しだけ……」

 

 恥ずかしそうにはにかむ紅波。

 どうやら、激しいつながりは求めていないらしい。

 ゆったりと続けられる素股。ならばと、染み出る愛液のあたたかさを感じながら、曹操は唇同士での愛撫に耽るのだった。



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閑話 真実の絆(愛紗、鈴々)

 飛び込んでくる兵を打ち払う。絶影を駆けさせ、曹操は冷静に状況を見つめていた。

 前方は開けた原野。そこに敵軍は展開していて、一気呵成の攻撃を仕掛けてきている。自軍は兵数からして劣勢で、守りをかためるので精一杯だった。

 騎馬隊が突出してくる。明らかに、とどめを目論む一手だった。

 

「ここまでよく守った。敵騎馬隊を引きつけ、隘路まで後退する。敗走することは許さぬ。曹旗に相応しい戦ぶりを、最後まで俺に見せてみよ」

 

 麾下の間に緊張が走る。それすら上回るように、曹操は号令の叫びをあげた。

 到来する敵の騎馬隊。練度はかなりのもので、迂闊に突撃をかけてくるようなことはなかった。それでも、自分たちの退却に離れずについてくる。曹操の狙いは、その一点だけにあると言ってよかった。

 隘路に入る寸前。しびれを切らしたのか、騎馬隊の動きに変化があらわれた。

 『張』の旗が荒々しく揺れている。兵士の間を縫って、巨大な武器を担いだ敵将が姿を見せた。

 

「きたか、張飛。ここまでの采配、さすがのものだと褒めてやろう」

「覚悟するのだ、おにぃ……あっ、曹操! ここであったがなんとやら。その首、張飛翼徳がねじ切ってやる、のだ!」

「いい威勢をしている。しかし、俺の首をそう簡単に奪れると思わないことだ」

 

 張飛の蛇矛が唸る。数人の旗本が瞬時に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 絶体絶命の状況。普通に戦闘を続けたのでは、間違いなく死が待ち受けているのだ。

 

「余裕ぶって、痛い目みたって知らないよ。鈴々、手加減は得意じゃないんだもん」

「そのくらい、承知しているさ。だが、忘れていることがあるのではないか、おまえも。この戦場にあって然るべき旗が、ここにないことをな」

「にゃっ!? 左右からの挟撃、これってまさか」

 

 こちらを押し込むために伸びた張飛の騎馬隊。その横腹を、猛烈に殴りつける部隊があった。

 敵兵をなぎ倒し、黒い旋風がやってくる。迎え撃つ蛇矛。鍔迫り合う得物には、印象的な青龍の意匠が施されている。

 

「げえっ、関羽」

「おい。義姉の顔を見てする反応か、それが」

「やっ……。だって、あぅ」

 

 出現した関羽の迫力に押され、張飛の勢いが減衰している。それは率いている軍勢にまで伝わり、逆に自軍は士気を盛り返していた。

 

「騎馬隊を押し包む。将を奪ってしまえば、流れはこちらのものだ。いくぞ、関羽」

「御意。調練とはいえ、兄上に勝利をもたらすのがわれらの使命にございましょう。この青龍偃月刀の冴え、とくとご覧あれ」

 

 一度覆った形勢が、再び変化することはなかった。

 関羽の騎馬隊を筆頭に、麾下が敵部隊の掃討をはじめる。

 孫堅との決戦を前に、部隊にはこの動きを叩き込むつもりだった。

 討たれたことを示す白い布を、張飛が渋々腕に巻いている。小さな身体。馬上に拾い上げ、曹操は砂塵の中をさらに駆けた。

 

 

 逗留先の宿営で、曹操は身体を休めていた。

 寝台の軋み。腕の中で、鈴々が大きな欠伸をしている。部隊の調練は副次的なもので、地方の巡察が今回の主な目的だった。

 

「愛紗ってば、ずるいよね。お兄ちゃんの方になったんだから、そんなの強いに決まってるのだ」

「ははっ。だったら、今度は鈴々が俺に勝ちを届けてくれるか」

「へへっ。合点なのだ、お兄ちゃん。ついでに愛紗の泣きっ面も、たっぷり拝んでやるもんね」

 

 副官の候補はいくらでもいたが、兗州を見て回りたいという鈴々の希望もあり、愛紗共々こうして連日引き回している。

 民政に対しても、ひねくれていないだけ、時々はっとさせられるような意見が出てくることもあった。鈴々には、このまま真っ直ぐ大人になってもらいたい。自分のように屈折するばかりが成長の道ではないと、丸い頭を撫でていると思えてくる。

 無性に愛おしくなって、幼い身体を強く抱きしめる。

 多少日が空いてしまったが、約束を果たすいい機会ではあったのだ。その感覚をなんとなく理解しているのか、鈴々が恥ずかしそうに手足を縮めている。

 安心できるように触れ、顔をこちらに向けさせる。少し甘い香りのする肌。擦り合わせると、くすぐったそうに鈴々が笑った。

 

「あの、お待たせいたしました、兄上。水を浴びていて、乾かすのに時間がかかってしまい……」

「いや、ちょうどいい頃合いだ。おまえもここにあがれ、愛紗。桃香は不在だが、これで鈴々も安心できるだろう」

 

 水に濡れたせいか、愛紗の黒髪がいつもより艶めいている。

 見方によっては、どちらも戦場以上に表情を強ばらせているのではないか。ちょっとおかしく思いながら、曹操は愛紗を抱き寄せた。

 

「んっ……。よかったな、鈴々。今より、兄上に愛していただけるのだぞ。義姉として、私も誇らしく思う」

「そ、そう、かな? えへへっ……。なんだか、変な気分。愛紗とお兄ちゃんと、前みたいにするんだよね。どうしてかな、すっごくドキドキするのだ」

 

 愛紗の見ている前で、鈴々と口づけを交わした。

 束の間の触れ合い。なのに、心にあたたかな感情が溢れかえっている。

 

「兄上。よろしければ、こちらに。以前のお返しを、少しでもできればと思いまして」

 

 正座した膝の上を、愛紗が指差している。

 鈴々と交わるまでに、自分を癒やしてくれようとしているのか。断る理由もなく、頭を寝かせた。弾力のある感触。気恥ずかしく微笑する愛紗の顔が、ここからならよく見える。

 

「前に兄上のここをお借りしたこと、よく覚えています。ひどく安心できて、あれ以上などないと思ったものです」

 

 言いながら、愛紗が着物の前をゆるめている。以前とは比べものにならない程、大胆なことをするようになっている。

 これが、心に素直になるということなのか。桃香の爛漫な表情を脳裏に思い浮かべ、曹操は笑った。

 丸くて大きな乳房が、頭の上にあらわれる。甘い香り。徐々に強くなって、男の弱い部分に訴えかけるのだ。

 恥ずかしくなってきたのか、愛紗が小さく声を洩らしている。

 

「どうぞ、兄上。こんなものでよろこんでいただけるのか、私にはわかりかねますが」

「あたたかいな、愛紗の胸は。ン……。赤子ができたら、嫉妬心をおさえるのに苦労することになりそうだ。誰の眼をはばかることなく、この乳を吸えるのだぞ」

「お、お戯れを。それに、ですね……」

 

 軽くだが、顔に乳房を押し付けられている。ついで、頭に添えられる手のひら。動かされると、心地よさからふと思考がぼんやりとしてしまう。

 

「兄上がこうされたいと仰せなら、私はいつでも。姉上ほどの癒やしは、差し上げられないかもしれませんが」

「桃香には、桃香のよさがある。それぞれが同じでないから、特別だと感じるのではないかな。なあ、鈴々」

「はにゃっ!? う、うーん。詳しく言うのは難しいけど、きっとそういうことなのだ。お姉ちゃんも姉者も、鈴々の大切な人なんだもん。もちろん、お兄ちゃんも、ねっ?」

 

 言語化の有無など、大した問題ではないと思った。

 鈴々はことの本質を理解していて、それを体現できているのだ。

 黙り込んだ愛紗の表情。顔いっぱいに感じる乳房のせいでよく見えないのが、残念なくらいだった。

 

「鈴々。私と一緒に、兄上に気持ちよくなっていただこう」

「わわっ。ちんちん、出てきたのだ。お兄ちゃんの、愛紗はそんなふうに触ってあげるんだね」

「う、うむ。相手を思いやることがなによりだと、兄上を見ていてよくわかってな。手練手管を磨くよりも、よほどそれが重要なのだろう」

 

 鈴々の指。愛紗に導かれて、太い幹に絡みついた。

 少しぷっくりとした乳輪に舌を這わせてから、勃起した突起を吸い上げる。優しく、ねっとりと、実際に乳を出させることを意識した動きだった。

 

「やっ、んっ……。はあっ、あっ……。こ、こちらの加減はいかがですか、兄上」

「いい具合だ。扱いがうまくなったな、鈴々も」

「えへへっ、お兄ちゃんに褒められちゃったのだ。あっ、ぬるぬる、先っちょからこんなにたくさん」

「掬って、塗り広げて差し上げようか。ほら、鈴々」

「うん。わかったのだ、愛紗」

 

 粘つく先走りが、亀頭から根元にまで塗布されている。

 艶かしく動く二人の指。愛紗が雁首を丹念に刺激し、それを押し流すかのように鈴々が幹を上下させているのだ。

 しばしば口喧嘩をすることのある義姉妹だったが、心の底にあるつながりはやはり深い。その仲の良さを奉仕というかたちで味わえているのだから、自分は幸運にめぐまれているのだろう。

 

「ちんちん、まだかたくなるのだ? んっ、んしょっ。愛紗のおっぱいちゅうってしながらシコシコされるの、お兄ちゃんは気持ちいい?」

 

 鈴々の声に、あどけなさ以外の響きが乗っている。

 少女を飛び越え、女としての覚醒を迎えようとしているのか。

 

「あっ、んくっ……♡ 舌遣いが段々といやらしくなっていますよ、兄上。珠もすっかり張り詰めて、そんなに溜め込まれていたのですね。はあっ、あんっ。命じてくだされば、私はいつでも……、あっ♡」

 

 亀頭を磨く愛紗の手のひらが、絶え間なく快楽を送り込んでくる。

 巡察にでていると、なにを勘違いしたのか、地方に根ざしている豪族から娘を差し出されることがある。女官として採用することはあっても、関係を結んだことは一度もなかった。

 番う女くらい、すべて自分で決める。夏侯の二人を生涯の友、そして伴侶とした時から、それはずっと貫き通していることだった。

 

「射精なされたいのですか、兄上? ああっ、ふあっ……♡ そんなに強く吸われたって、お乳はまだ出ませんからぁ♡」

「先っちょのぬるぬる、ちっとも止まってくれないのだ。はあっ、んんっ。お兄ちゃんのちんちん、びくびくってすごいの」

 

 最高の射精を迎えることだけに、全神経を集中させる。

 精液を搾り取ろうとする指の動き。左右の乳首を口に含んだまま、腰を軽く突き出した。ふくらんだ亀頭。より強調された引っかかりに、愛紗と鈴々が痛撃を加えてくる。

 

「出して。出してください、兄上。私と鈴々の手に、白いのたくさん射精して……っ♡」

「びゅるって、きそうなの? きてっ、お兄ちゃん。姉者と一緒に、いっぱいべとべとにされてみたいのだ。ねっ、びゅーって♡ びゅうっ、びゅーっ♡」

 

 吐精を促す言葉に背中を押され、男根を大きくふるわせた。

 溢れ出す。一度堰を切ったからには、そう簡単に止まることはなかった。

 

「やっ、兄上のすごっ……♡ 鈴々と私の手が、一瞬でこんなにも白く」

「ほんとに、すごいのだ。お兄ちゃんの匂いで、鈴々頭くらくらしちゃう♡ お手てぬるぬる、とっても気持ちいいね、愛紗」

 

 驚いたような二人の声が聞こえる。

 乳房のほんのりとした甘さを堪能しながら、曹操は白濁を撃ち出し続けた。

 

 

 粘液に塗れた手で、愛紗が抱きしめた鈴々の胸を愛撫している。

 どちらも今は裸で、隠すべき部分を覆っているものはなにもなかった。

 艶めかしい愛紗の陰毛。指で中を探るのと同時に、鈴々の幼い秘裂を舌で拡げていく。何者にも染められていない、無垢な縦筋。わずかに姿を見せる中身は鮮烈な色をしていて、これからの行為に強い期待を抱かせる。

 

「はあっ、ふうっ……。赤ちゃんつくるのって、すごいんだね。毎回こんなに頭ぽわぽわってしてたら、さすがの鈴々も保たないかもしれないのだ」

「ふふっ。なにを言い出すかと思えば、痴れ者め。兄上との交合は、こんなものではないのだぞ? だが、安心するといい。今夜は、私がずっと側で見守っていてやる」

「ほ、ほんとぉ、愛紗? あっ、あんっ♡ 鈴々のおっぱい、お兄ちゃんのねとねとですごいことになっているのだぁ……♡」

 

 姉妹の美しい愛情だった。

 鈴々の中に入りたくて、男根は限界まで大きくなっている。加減してやらねばと思うほど、劣情は激しく燃え盛る。男の性と言えば聞こえはいいが、下劣なことには少しの変わりもない。

 

「愛紗」

「はい、兄上」

「挿れるぞ。まずは、おまえからだ」

「えっ? んっ、はうっ、あっ、んーっ♡」

 

 返答を聞く前に、男根を突き入れた。

 よく馴染んだ膣内だから、なんの抵抗もなく奥の奥にまで入り込むことができる。驚きでざわめく肉の壁。軽く腰を動かし、なだめることに曹操は努めた。

 

「はあっ、あふっ……♡ ど、どうして鈴々でなく、私にっ♡ んあっ、んうぅ。いきなりのことで、身体がびっくりしているのかもしれません。くふぅ、あっ♡ ぞわぞわ、お腹の奥からあがってぇ、あっ♡」

「鈴々に手本を見せてやるのも、いいかと思ってな。それに、本当はおまえも欲しかったのだろう、これが」

「ひっ、はあっ、あっ。そ、それは、そうかもしれませんがぁ♡ あ、兄上、あにうえっ♡」

 

 快楽に揺れる愛紗の肉体。敏感に感じ取っているのか、鈴々は切なそうに腰をよじらせる。

 お預けをしている代わりに、可憐な唇に口づけた。愛紗と自分とで挟んでいるせいか、間にいる鈴々を犯しているような気分になってくる。未開発な膣は、普段相手をしている香風や朱里よりもきつく狭いのだろう。

 その点愛紗であれば、少々乱暴な動きをしても許容されるという信頼が、すでに出来上がっている。

 

「んれっ、ちゅ、ちゅむっ……。んっ、すごいのだ、愛紗。お兄ちゃんにちんちん挿れてもらって、さっきからあんあんって……。鈴々も、おんなじようになるの?」

「どうかな。だが、大好きな鈴々が気持ちよくなってくれると、俺もうれしく思う」

「にゃっ……。鈴々も、お兄ちゃんのこと大好きだよ。だから、たくさんちゅってするの」

 

 愛紗の洩らす快楽に染まる声。耳にしながら、鈴々と深く舌を絡ませあった。

 そろそろ、頃合いなのかもしれなかった。心の準備は、姉の痴態を五感で味わいできている。幼裂から滲み出る愛液。粘り気は薄いが、つながるためは十分だと曹操は思った。

 

「んっ、あっ、あんっ。はひっ、はーっ、はーっ♡ きゅ、休憩ですか、兄上」

「ああ。今度こそ、鈴々の番なのでな。義妹が女になる瞬間だ。見届けてやれ、愛紗」

「は、はい。承知いたしました、兄上♡」

 

 何度か深く息を吸い、愛紗が乱れた気持ちを落ち着ける。

 閉じた入口に、粘液塗れの先を押しつけた。鈴々の視線。その一点だけに集中していて、緊張感が強く伝わってくるのだ。

 

「身体、私が撫でていてやる。だから平気だ、鈴々」

「う、うん、愛紗。んっ、はふっ……。き、きてっ、お兄ちゃん……?」

 

 鈴々は腕を伸ばし、精一杯の覚悟を見せている。

 指を結び、躊躇なく腰を進めた。結合部から滲む血液。鈴々の初めてを奪った証拠で、これ以上の達成感はなかった。

 

「すべて兄上にお任せしろ、鈴々。そうすれば、次第によくなる」

「あうっ、あっ……! ぐりって……。お兄ちゃんのが、鈴々のお腹の中にぐりってぇ……!」

「かわいいな、わが妹ながら。んっ……。ほら、舌を伸ばせ、鈴々」

「ひゃわっ、愛紗ぁ……。んれっ、んっ、れちょ、んむっ」

 

 義姉妹の絆を垣間見つつ、曹操は膣肉に自分のかたちを覚え込ませることに専念していた。

 異物を押し返そうとする動き。抗い、快楽を与えることで征服していった。幼かろうと、女であることに変わりはない。それに、自分とのより強いつながりを、鈴々自身が求めてもいる。

 

「はあっ、ふっ、んーっ♡ じんじんしてたのが、ぴりぴりくらいになったのかも? お兄ちゃん。おちんちん、まだ入ってるんだよね?」

「ずっとここにいるぞ、俺は。ははっ。鈴々の締め付けが気持ちよくて、油断は少しもできないのだがな」

 

 居場所を知らせようと、男根を軽く抽送させた。

 気持ちよさそうに蕩ける表情。きついことに変わりはないが、膣肉の締め上げに少し甘さのようなものが出てきている。どうすれば、男を愛することができるのか。それを、鈴々の身体は本能で感じ取っているのかもしれなかった。

 

「もう少し動くぞ。辛ければ、殴り飛ばしてくれたっていい」

「あはは……。まったく、兄上はそうやってご冗談を」

「冗談などではない。そのくらいの覚悟をもって、俺は鈴々を愛しているつもりだ」

「あっ、へへっ。ありがとうなのだ、お兄ちゃん。けど、きっと大丈夫。お兄ちゃんも、愛紗のことも大好きだから、鈴々がんばれるよ」

「えらいな、鈴々は。ならば、いくぞ」

 

 頷く姿を眼にしただけなのに、ちょっと胸が熱くなった。

 なにかの足しにでもなればと思ったのか、愛紗が乳房で鈴々の顔を挟んでいる。そこに頬ずりし、鈴々はうれしそうに笑っていた。

 

「はうっ、あっ、んあっ。へへっ、愛紗のばいんばいん、とってもやわらかいのだ。お兄ちゃんが夢中になっちゃうのも、当然だね」

「あっ、んんっ。鈴々、そんなに強く吸うやつがいるかぁ」

「だってぇ、お兄ちゃんがちゅうってしてるの、なんだか羨ましかったのだ。あむっ、んっ……。愛紗のおっぱい、おいしいね」

「んあっ、んっ。こっ、こらぁ……♡ そ、そんなに調子に乗って、ぇ……!」

「許してやれ、愛紗。今日は、鈴々にとって特別な日になるのだからな」

「は、はひっ……♡ んぐっ、あふぅ。あ、兄上まで、そんなぁ♡」

 

 寂しそうにしている愛紗の膣内に、指を二本挿し入れた。

 呼吸でもするかのように、愛液が奥から溢れ出してくる。鈴々がかわいく感じている姿。ひくついた肉襞への愛撫。そのどちらもが、愛紗の理性を狂わせる。

 浮屠の信者の反感を買いそうだが、これこそが極楽そのものだと曹操は思った。

 恥ずかしげもなく股を開き、鈴々は太い剛直に身体の中心を穿たれている。

 丹田のあたり。かすかにひくついていて、快楽が着実に浸透していることを物語っていた。

 

「あ、兄上。私のことは、どうかお気になさらず。まずは鈴々に、たっぷりと子種を与えてやってくだされば」

「ははっ。優しいお姉さんがいてよかったな、鈴々。どうだ、身体の感じは」

「う、うんっ。おちんちんで突かれてると、お腹の奥のほうがきゅうってするの。お兄ちゃんのとろとろ、欲しいってことなのかな。これなら鈴々、お母さんにだってなれる?」

「なれるさ、きっと。ン……、鈴々」

 

 射精に向けて、腰の動きを速くする。

 鈴々の顔に苦しさは見られず、むしろもっとされたいという感じすらしてくるのだ。

 幼い子の成長というのは、これほどまでに急速なものなのか。自然と強く亀頭を撃ちつけ、曹操は喜悦にふるえた。

 

「きてっ。きてっ、お兄ちゃん。せーえき、びゅくびゅくってしてほしい。鈴々のお腹、大好きなお兄ちゃんので、満腹にしてぇ♡」

「上手なおねだりだ。よくできたな、鈴々」

「私が、抱きしめておいてやる。だから、しっかり中出ししていただくのだぞ、鈴々」

 

 赤い短髪をあやすように撫でる。

 限界まで張り詰めた亀頭を、子宮の口に押しあてた。ほほえみを覗かせる鈴々。ここだと直感し、なにもかもを解き放つ。

 

「あっ、くはっ……♡ お、お兄、ちゃん」

 

 精液の奔流を感じたのか、鈴々の反応が変わった。

 薄い胸を突き出し、腰が浮き上がる。愛紗が抱きとめていなければ、もっとがくがくと快感にふるえる姿を見せていたに違いない。

 

「いいぞ、鈴々。兄上の濃厚な子種、たっぷり中で咀嚼するといい」

「うっ、うんっ。桂花も月も、それに風もこうやって……♡ お兄ちゃんのおちんちんで、お母さんにしてもらったんだね」

 

 鈴々の声が弾んでいる。

 気持ちよさだけでなく、やけに充足感のある交合だと思った。

 純粋な快楽は、これからいくらでも教えてやることができる。ただ今だけは、鈴々の真っ直ぐな気持ちに心を猛らせていればいいのだった。



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二十一 親子団欒

 手足を使って動けるようになった昂を抱き上げる。気がつくと、徐々に力強さを感じさせるようになった長子に、指を無邪気に吸われていた。

 やや重いくらいの桂花の視線。ちょっと苦笑して、曹操は母親へとわが子を手渡すのだった。

 

「桂花殿は、昂がかわいくて仕方がないのですね。お気持ちは、痛いほど理解できますが」

「はあ……。だって、この男の背中なんて下手に追ってみなさいよ。きっと、ろくな大人に成長できないじゃない」

「ふふっ。どうなんでしょうね、それは。お父上の御威光が、子供たちの重圧になることはあるかもしれませんが」

 

 穏やかに眠る娘に視線を送りつつ、月は優しげなほほえみを覗かせている。

 仮組みをしただけの施設だったが、使い勝手を確かめるだけなら十分だった。主催となった月の発案で、母親たち以上にわが子が自由に過ごせるような空間作りが行われている。

 広間の床は厚めの布が張り巡らされていて、昂のように動き回っても多少は平気なように工夫がなされている。そのため、靴を脱いで過ごすことが基本になっているから、用意されている机も背の低いものに限られていた。求めているのはいわゆる後宮のような仰々しさではなく、なだらかなつながりなのである。

 自分の意を汲み、それ以上のものを月は作り上げてくれている。これからの生を、如何様に活用していくのか。その指針のあらわれが養育の場にあることが、今の月には相応しいと曹操は思うのである。

 状況が変われば、いずれは鄴に本拠を移すつもりだった。

 太平道の蜂起以降も冀州は豊かであり続け、強固な地盤ができあがっている。鄄城は戦に向いていても、長く政治の中心にするような土地ではなかった。移行に向けた準備は麗羽を中心に進んでいて、すでに報告を何度か受けている。袁家の中核となっている城郭だけに、その当主が積極的に動いてくれることはありがたかった。

 自分と麗羽が一心同体でなければ、難航することすらありえた事業なのである。それが順調にいっているのだから、これは周囲に対する勢力の強固さを見せつけることにもなるのだった。

 桂花の隣に座って、曹操は昂の頬を指で撫でている。

 月と丕が一緒でいなければ、とっくに機嫌を悪くしている頃合いなのではないか。伊達にこれまで連れ添っているわけではないから、そのあたりの機微は心得ているつもりだった。

 

「なによ一刀。今日はもう、十分に昂と遊ばせてあげたでしょう。はっ……!? そ、それともアンタ、まさかこんな場所でっ……!?」

「とんだ思い違いだ、それは。しかし、そのような方向に考えがいってしまうとは、欲求がたまっているのではないか、桂花?」

 

 わが子ではなく、今度は妻の顔を撫でてみる。

 伸ばすようになった髪が指に触れる。桂花の表情はどこかもどかしそうでいて、わずかだが視線が泳いでいるのだ。湿り気のある唇。幾度となく情念を交わした場所のひとつで、今は威勢のいい言葉がまったく出てこずにいる。

 

「まあまあ。父上さまたちの仲睦まじさ、あなたも見届けたくなったのですか。ほら、いい子いい子」

 

 それまで静かに寝ていた丕が、眼を覚ましてしまったようなのである。

 月の声。どこまでも穏やかで、慈愛に満ちたものだと曹操は思った。すっかり毒気を抜かれた感じで、不思議と笑いがこぼれた。桂花もそれは同じだったのか、乱れてもいない着物を直しているところがほほえましい。そんな自分たちの間で、微妙な空気感をものともせず昂だけがはしゃいでいる。

 

「ほ、ほら。アンタが変なことしようとするから、丕が起きてしまったじゃない。ほんっと、最低な父親なんだから」

「ははっ。すまなかったな、桂花。この埋め合わせは、また今夜にでも」

「くうぅう……。その口、どうしたら余計なことを話さなくなるっていうのよ。アンタみたいなどうしようもない性欲の権化でも、一応この子たちの父親なんですからね。自覚を持ちなさいよ、自覚を」

 

 流れが変化したせいか、桂花の勢いが少し増している。

 つんと尖った唇。どれだけ貶しても父親であることは認めてくれるのだから、かわいらしいものだった。

 

「ふふっ。よく見ておくのですよ、丕。これが、よき夫婦のお手本なのですから。私では、なかなかこうは参りません。どうしたって、ねっ?」

 

 娘に語りかけながら、月は肌身離さず着用している首輪に触れている。

 誓いの証。それがあれば、いつ、どこにいようと、自分たちは結ばれている。戯れで用意したようなものだったが、月が存外大切にしてくれているから意味が生まれているのだった。

 

「むぅ……。からかうのはよしなさいよね、月」

「そうですか? 私は、いたく真剣にお二人のご関係を評したつもりだったのですが」

「あなたにそうやって言われると、いちいちむず痒いんですもの。んっ……。というか夫婦仲って話なら、そっちだって」

 

 消え入るように小さくなっていく桂花の声。

 他人を素直に褒めるという行為がどうにも苦手らしく、そうなると決まって目を合わせられなくなってしまう。淑やかに受け止めている月は対照的なくらいで、さすがにこの場面で桂花に茶々を入れることは憚られた。

 物音が聞こえる。

 頭の後ろで纏め上げた髪。理知的な印象を強く与える、縁のない眼鏡。その位置を軽く指で整えながら、稟はなぜか遠巻きに自分たちの姿を観察している。

 

「ふむ。親子水入らずで過ごされていると、どうにも割り込む勇気が持てなくなると。これも、新たな発見といえばそうなのかもしれませんね」

「なにを遠慮することがあるのだ、稟。それに、いつも言っているだろう。おまえたちひとりひとりが、この子らの母なのだとな」

 

 顔を見せた稟に興味がいったのか、昂が元気に手を振っている。見えない壁を作る気などさらさらなく、養育にはみなが携わるべきだと思っていた。

 施設には、常に文官が数人詰めている。風はほとんど常駐しているようなものだが、今日は医師の診察があるから出払っているのだ。

 集中したい案件があるからと稟は単身部屋に籠もっていたのだが、それはもういいらしい。隣に来るように手招きすると、やや遠慮がちな咳払いがひとつ聞こえた。

 

「戦のことでも思案していたのか、稟」

「ええ。まあ、そんなところです。っと……。よろしいのですか、桂花」

「いいもなにも、この子があなたのところに行きたがっているのよ。だから、少し相手をしてやってちょうだい」

 

 桂花に抱き上げられた昂を受け取り、稟がようやく笑顔を見せている。

 侍女に声をかけ、曹操は飲み物を用意するように命じた。なにもせずにいると、気を回した月が自分で動くことくらい目に見えている。

 ここにいる時くらい、楽をしてもいいと思った。それに、仕えている者に対して仕事をくれてやることも、上に立つ人間の役割といえるのだろう。

 

「あっ、こらっ。そうやってやんちゃをするところは、お父上にそっくりなのですから」

「そうでしょうか? 一刀さまならこう、もっと大胆に……」

「いや、それは基準がおかしくなっているわよ、月。あなたも大概、この変質者に毒されてしまっているようね」

 

 右も左もわからない幼気な手。それがたまたま胸に触れただけなのに、この言われようなのである。

 自分たちのやり取りを見守る娘の表情。なんとなく神妙にしているように見えてきて、余計にいたたまれなくなった。

 

「それで、稟殿。あちらの動きは、いかがなのでしょうか」

「しばらくは、静かにしているつもりのようですね。ただ、われらが孫堅との戦をはじめれば、まず間違いなく行動してくることかと。不意を打たれるような事態だけは、避けなくてはなりません」

「でしたら、挑発を続けるしかありませんね。向こうから仕掛けるしかないような状況を用意し、即座に撃滅する。こちらとしては、そうなるのが理想ですから」

「まったく、恐れ入りますよ、月殿には。穏やかな表情の裏で、案外容赦のないことをお考えなのですから。わが君が遅れを取られたのも、今なら素直に頷ける話です」

 

 冷たさのある声を聞いていると、かつての記憶が時折顔を覗かせる。

 命を削りあった仲。だからこそ、紡ぐことのできる絆がこの世にはあるのだろう。それに、董卓との闘いでは、得たものも少なくはなかったのである。稟との主従関係ができたのも、思えば酸棗の陣でだった。風や香風にしてもそれは同じで、桃香たちと出会い、白蓮との知己を得たのもあの場所での出来事だった。

 

「表向きは対孫家の兵員を準備しておいて、洛陽を電撃的に奪うのはどうかしら。もし、それだけやられて出てこないのなら、司馬懿はただの腰抜けだったということになるわね。けど、そうね……。あの朱里のことだから、手を回して女物の衣装を送りつける、くらいのことは考えていたりして」

「なんというか、地味な嫌がらせですね、それは。ともかく、西方軍団の初期方針はそんなところでしょうか、わが君」

 

 稟からの問いに、曹操は小さく首肯して答えた。

 南方への侵攻に際して、軍団を大きく二つに分けることが決まっている。

 ひとつは、徐州を拠点とする東方軍団。揚州にいる孫策の動きを抑えることが主な目的で、桃香が総指揮を執る手はずになっていた。補佐は引き続き雛里に任せるつもりでいるから、連携に関しては問題ない。あとは星を中心とした援軍を派遣してやれば、孫策の相手は十分に務まると思っていた。結束した劉備軍の強さは疑うまでもないし、桃香の胆力は大軍を率いる上で活きてくるはずだった。

 

「兵力で孫家に勝ってはいるが、こちらには余分な敵がいる。その対処の如何で、戦の展開も変わってくるのだろうな」

「麗羽殿であれば、必ずや一刀さまのご期待に応えてくださることかと。あの方の意気込みには、並々ならないものがありますから」

「俺も信じているさ、月。これでも、あいつとは長い付き合いになるのでな。烏合の連合が喚き散らしていたのとはわけが違う。長安との戦は、曹家の意思を天下に表明するための闘いでもあるのだよ。であれば、麗羽に任せることに意義がある」

 

 変わって、西方軍団は途中でさらに分割されることになる。

 主軍を率いるのは自分で、この部隊は南下し荊州を目指すことになる。豫州を抜き、決戦となるのは江陵のあたりになると曹操は踏んでいる。そこは荊州でも屈指の補給基地であり、孫家としては死守するしかない城郭でもあるのだ。

 そして、袁家軍を中核とした別働隊の采配を振るうのは、当然ながら麗羽の役目になってくる。朱里は準備を重ねているし、燈の協力で調略も同時に進んでいる。あとは、いかに相手をその気にさせ、早期の戦に持っていけるかだった。速やかな攻めが必要になってくることから、ひとまず馬家の軍勢はそちらに付けるつもりでいる。常磐は特に孫堅との闘いを望むのだろうが、経験の豊かな将軍だけに麗羽の手助けになることは間違いなかった。

 

「いよいよ、って感じがしてくるわね。というかなによ、その気色の悪いしたり顔は」

「いやなに、そろそろ賭けの結果が出る頃合いかと思ってな。無論、勝つのは俺だ。二度とも、同じ女に負けてやるものかよ」

「はあ? なんなのよ、その賭けって。アンタのことだから、どうせろくでもないことを仕出かしているんでしょうけど」

「ろくでもないか。ははっ。さすがに桂花は、俺という男をよくわかっている。それでこそ、わが子房だ」

「この場面でそんな褒め方されたって、ちっともうれしくなんかないわよ。これだから、女を孕ませることしか頭にない変態精液男は」

「桂花。丕も生まれたことですし、その呼称はさすがに卒業したほうがよいのでは? あなただって、嫌でしょう。こんなにかわいらしい子が、兄君に対し暴力的な口調になってしまうのは」

「う……。そ、そんな未来、確かに想像したくもないわね。稟の忠告、よくよく考えておきましょう」

 

 稟に指摘され、桂花の顔色がちょっと悪くなっている。

 夫婦間のことならまだしも、それが息子世代にまで影響するとなると、母親として耐え難い苦痛があるのだろう。かといって、これまで積み上げてきた人格が、そう簡単に変わるとは思えなかった。きっとそのことを理解しているから、桂花はさらに気を重くしているのではないか、と曹操は推測するのである。

 

「どのような兄妹になっていくのでしょうね、この子たちは。それを見守っていくためにも、今だけは」

 

 様々な苦難を知っている月の言葉には、他にはない重みがある。

 次代の幕開けは、すぐそこまで来ているはずだった。重かった扉は徐々に開かれ、隙間からは光が洩れている。だからこそ、月の瞳には澱みのない希望が宿っているのだと曹操には思えているのだ。

 侍女の運んでくる茶の香り。昂りかけていた気持ちが落ち着き、思考が澄み渡っていく。

 

「んっ、一刀……」

 

 一転して気分に変化が生じたのか、桂花が肩を合わせてくる。

 かすかに感じる木犀の甘さ。喫する茶は、いつになくとろけるような舌触りをしていた。



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二十二 小さな軍師と大きな二人

 この何日か通っている工房に、朱里は足を運んでいた。

 隣を歩く桔梗の姿を見上げる。闘志を孕んだ瞳。手足には力がみなぎっていて、若い世代の将軍と並んでも溌剌さに劣りはない。

 燈とはまた違う、成熟した女の魅力。こうしてそばにいるだけでも、感じてしまえるのである。

 曹操という人は、傑出した人物をほんとうによく惹きつける。相手がどこの勢力に属していようと関係ないことは、劉備軍や袁家の面々、それに旧董卓軍の吸収で実証済みなのだった。

 

「朱里よ。昨夜は、あの御方の寝所に招かれていたそうではないか。ふふふっ……。よろしくやっているようだな、小さい身で」

「わ、私だって、まだまだ成長中なんですから。それに一刀さまは、誰にでも等しく接してくださいます。だからこそ、私はその期待に全力で応えようと思う。あ、あちらの方にしても、それは同じで……」

「はははっ。いや、すまぬ。別段、おぬしをからかおうとしたわけではなかったのだ。気を悪くしたのであれば、このとおり」

 

 そう言って、立ち止まった桔梗が腰を折った。

 武人としての矜持はあっても、嫌な頑なさがあるのではなかった。性格はさっぱりとしていて、自分のような若輩でも忌憚なく意見することができる。

 

「な、なにも、そこまでしていただかなくても。頭を上げてください、桔梗さん」

「はははっ。こういうのは、思い切りが大事でな。これからも何卒よろしく頼むぞ、軍師殿?」

「こ、こちらこそです、桔梗さん。故障中とはいえ、豪天砲の機構を見せていただけたことには、ほんとうに感謝しているんです。真桜さんも、あれで研究がすごく捗ったそうですから」

「うむ。どうやら、そうらしい。こちらとしては、得物の修理を請け負ってもらえるのだから、相応の礼をしているだけに過ぎんのだがな。成都には、アレをいじくれる人間などおらん。ゆえに豪天砲が再度使えるようになれば、わしとしては御の字なのだ」

 

 桔梗と会話をしていると、件の工房が見えてくる。

 取り仕切る主の名は李典。武器の研究をするようになってからは懇意にしていて、真桜という真名で呼んでいる。

 曹操麾下において、これだけの権限と資金を与えられている技術者などほかにはいない。突拍子もないことをしたりもするが、閃きをすぐさま実行できるだけでもひとつの才能といえるのだろう。

 

「おう。今日もやっているな、真桜」

「ああ、おはようさん。伝えてたとおり、ぼちぼちかたちになってきてるで。にひひっ……。豪天砲も、朱里のアレもなあ」

「はて。なにやら意味深な笑いだのお、真桜よ。さては朱里、わしに内緒でいかがわしい依頼でもしておるのか」

 

 心臓が跳ね上がる。

 まったくそちら方面の構想がないわけではないが、まだ外には一度も洩らしていないはずだ。

 曹操の相手を、もっと上手くできるようになりたい。そんな気持ちから、アレのかたちを模した玩具があればいいと思うことが時々ある。真桜の技術力を加えれば、単純な造形だけにとどまらず、もっと動的な遊びができるような代物を製作できるのではないか。そんなこんなで密かに構想を記してはいるものの、それは秘中の秘として私的な棚に留めおいているのである。

 

「いやいや。なにもウチは、そんなつもりで言ったんやないんやで。そんなん、朱里の依頼っていうたらアレしかないに決まってるやんか、なあ?」

「そ、それというのはもちろん、連弩砲のことですよね? お願いですからそうだと言ってください、真桜さん」

「んあ? ほんまに朱里、なんでそんなに必死なん。まあ、大将との遊びで使いたいもんあるんやったら、いつでも言ってや。ウチかて、他人の玩具作ってる間にいい考えが浮かんでくるかもしれへんし」

「はわっ、ほ、ほんとに? ……って、そうじゃありません!? ん……、こほん。今日は試作品ができたと教えていただいたので、ぜひ桔梗さんと一緒に確認をですね……」

 

 ここで焦るわけにはいかない。

 動揺をしただけ、相手に主導権を渡すことになる。軍師として、曹操に忠誠を捧げる者として、恥ずべき姿を晒したくはなかった。

 ぎりぎりのところで居住まいを正し、朱里は帽子を胸に抱えた。二人の眼がちょっと白い。あるいは、話の転換の仕方に無茶がありすぎたのか。

 

「くくっ。まあ、朱里の危ない思考の詳細はあとで聞くとしてだな。早速だが、真桜よ」

「はいな、桔梗の姐さん。射撃場の準備もしてあるさかい、ちゃちゃっとおっぱじめようやないか」

 

 桔梗と真桜。二人が揃って歩いていると、正直その光景に圧倒されそうになる。

 揺れに揺れる四つの塊。どちらも見事な実りっぷりで、外見上での母性では完敗していると言うほかなかった。とはいえ、曹操の趣味が別段そちらに振っているわけではないのが救いだった。事実、子を宿しているのは最近でも月や風のような自分に近しい体型の女性ばかりで、少し前には鈴々とも一夜を過ごしたというのだから、風向きとしてはむしろいいと言える。

 それにしても、どのような食生活をしていれば、あれだけのものを身につけられるのだろうか。

 胸は言うまでもなくものすごいが、後ろから見える臀部にもどこかそそられる雰囲気がある。元気な子を産んでくれそうというか、とにかくそういった感じがするのだ。

 

「どれ。久々に、一発かましてやるとするか」

「ば、爆発したりなんかしませんよね? 桔梗さん、試射はどうか慎重に」

「ああん? ウチの力作になに抜かしてくれてんねん、朱里。そりゃあ実験で、一度や二度はどかんとやらかすことはあってもやな……」

 

 不安を誘う真桜の言葉を聞いたところで、桔梗が怯むはずがなかった。

 むしろ、死地に率先して飛び込むことこそ武人の誉だと言わんばかりに、機構を改修した豪天砲を構え発射装置に指をかける。

 

「では、いざ参る」

 

 凛々しいくらいの声の響き。射撃が行われるその瞬間を、朱里は息を呑んで待ち構えていた。

 踏ん張るように桔梗が右足を後ろにやる。轟音。それと同時に、配置されていた的が木っ端微塵に吹き飛んだ。

 桔梗は無事。豪天砲も、見た目は発射する前となんら変わりがない。となれば、試験はこれで成功なのだろうか。駆け寄る真桜を見ながら、朱里は安堵の息を洩らしている。

 

「おい、真桜よ」

「はいはい。なんでっしゃろ、姐さん」

「指を引いても、二発目が出ないのだが。これは、一体なにごとか」

「にへへっ。実を言うと、中身の絡繰はまだまだ突貫工事しただけの状態なんよ。せやから、ちょーっと冷ましてやらんと、なっ?」

「むむっ……。しかし、一度とは申せ元通りの射撃ができたのだから、良しとするほかありはせんか。礼を言うぞ、真桜」

「いやいや。ウチの面子にかけて、なにがなんでも元通りにしてみせるで、こいつを。んっ……。というか、それでは意味があらへんなあ。せっかく今になって改修してるんやし、元々以上の力を出せるようにならんと。いっそのこと、換装して炎でも撒き散らせるようにするのはどや?」

「不要だ、そんなものは。わしのかわいい豪天砲におかしな武装をつけてみろ。その時は、ただでは済まさんぞ?」

「あ、あはは……。またまた、そんなの冗談にきまってるやん。これでも職人として、元の造り手には敬意しか持ってないんやから」

 

 さすがの真桜でも、豪天砲を完全な状態にするには時間が必要なようだった。だが、ある意味ではそれでよかったのかもしれないと朱里は思う。桔梗は個人的な好意を曹操に抱いてはいるが、益州に帰属していることには変わりないのである。

 いざ戦がはじまれば、状況はどちらに転ぶかわかったものではない。

 長安からの横槍があったとして、劉璋が日和るくらいであればなにも問題はない。だがもし、それ以上の事態に発展するともなれば、桔梗の武威が曹操の脅威になるようなことは避けねばならなかった。

 

「真桜さん謹製の連弩、私の要求したとおりに仕上がっているようですね」

「そっちはまあ、ある程度の威力があったらそれでいいからなあ。姐さんの武器みたいに、要求されるもんが高いとこっちも大変やで」

「私が、試してみても? 普通の兵士でも使えるものでなければ、意味がありませんので」

「んじゃ、矢弾はこっちに。装填して、あとはしゅばっと」

 

 頼んでいた連弩砲の本体は、非力な自分でも構えられるくらいの軽さだった。

 そこに携行式の弾倉を装着すると、それなりの重さになる。自分が実戦で使用するようなことはないのだろうが、製作を依頼した手前機構をしっかりと把握しておく必要がある。でなければ、現地での運用などまず無理だと朱里は考えていた。

 

「危なくはないのか、真桜。下手をして、足でも撃ったとなれば大事になる」

「せやなあ。ほんなら姐さん、ちょっくら指導の方お願いするわ。反動は、結構小さめにはしてあるんやけどな」

「おう、任された。ほら朱里、もっと腰を入れて構えんか。それでは、子犬ですら驚かせぬぞ」

 

 背後から密着し、桔梗が最低限のことを指導してくれる。

 百戦錬磨の武人なだけあって、その指摘は的確だった。丹田に力を入れ、下半身で土台を作ることを意識する。そうして低く構えると、照準のぶれはかなり小さくなったように思う。

 

「あっ、んっ……。こ、こんな感じでしょうか、桔梗さん」

「そうだ。賢いだけあって、軍師殿は意外と筋がいい。なかなか、鍛え甲斐がありそうではないか」

「あ、あはは……。どうか、お手柔らかに」

 

 手足の位置を調整してもらう度に、やわらかな部位が身体のどこかに接触する。腕、背中。今度は、後頭部のあたりにまで。

 いけない。邪な考えなど捨てるんだ、私。

 意識を研ぎ澄ませ、朱里は前方にある的に集中を向けた。あとは引き金を引くだけで、弾倉に込められた複数の短い矢が飛び出すはずなのである。

 

「よし。このまま、発射してみるといい。安心せい、わしが支えておいてやる」

「はい。それでは、いきます」

 

 指にぐっと力を入れる。

 小気味のいい発射音。それと同時に、短矢が面となって標的に襲いかかった。

 射程はそれほどでもないが、距離をとった撃ち合いに使用するつもりはないからそれでよかった。伏兵と絡めた強襲や、狙いの定めにくい森林での戦闘。連弩の活躍が想定されるのは、そういった場面のことなのである。

 

「おーう。いい感じやないの、こっちは」

「ええ、真桜さん。こちらの量産は、すぐにでも?」

「材料の発注だけはかけてあるで。朱里が大将の許可だけとってくれたら、ウチらはいつでも」

 

 連弩の仕上がり具合には真桜も自信があるようで、調練の期間を含めると早急に取り掛かってもらうべきだった。

 西方軍団の方針で、自分は麗羽に従い司馬懿の釣り出しに注力することになる。主力となるのは袁家の二枚看板と、馬騰、馬超親子による騎馬隊だった。

 洛陽を制圧し、相手の動きを待って函谷関のあたりでの迎撃を当初は考えていた。函谷関はかつて秦が合従軍を破った地でもあり、その再来を狙ってみるのも悪くはないと思ったのである。

 だが、馬家一門の騎馬隊と影響力を活かすのであれば、もう少し進んだ先の潼関付近での決戦が理想的なのではないか。とはいえ、そこは真直らとも詳細を詰めるべき部分で、自分の一存だけで決めるようなことではなかった。

 

「ほんなら朱里ぃ。こっからは、もそっと個人的な話でもしてみよかあ?」

「やましい妄想、大いに結構。くくっ……。一刀殿に対する軍師殿の劣情、余さず聞かせてもらおうではないか」

「あ、え……? ど、どうして、こんな流れになってしまうんでしょうか」

 

 怪しげな気配が漂う。やけに愉しそうな二人から、逃げ通せる自信など少しもなかった。

 もはや披露するしかないのか、分身一刀さまの構想を。

 ちょっと涙目になりながら、朱里は腹をくくっている。

 工房に流れる金属の焼けたような匂い。それだけが、自分を現実につなぎとめてくれているような気がしていた。



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閑話 最高最善なる覇者(喜雨)

仮面ライダー展行ってきました。


 早朝から兵による屯田の監督を行い、それからは時間の許す限り村落の様子を見て回った。

 収穫の(とき)は近い。

 豊かに実る稲穂。涼やかに流れる風。なにもかもが、機が熟したと囁いてくるようだった。

 絶影がいななく。この寂寥感は、どこから来るものなのか。夕陽の眩しさに眼を細めながら、曹操は思った。

 農政に関わる現場ばかりだから、この日は喜雨(すう)と朝の食事から一緒だった。

 自分ひとりだと、どうしても為政者としての意見が先に立つ。物怖じせずに考えを具申してくれる誰かが、そばにいてくれるかどうか。どれほど優れた君主だろうと、行く末を決めるのは結局その一点になる。

 

「この国に流れる一時の平穏を、俺は自らの手で打ち壊そうとしている。喜雨からしてみれば、もっとも唾棄すべき種類の人間なのであろうな」

「そうだね。うん……。戦争を起こすし、人も殺す。そこだけで考えれば、あなたは間違いなく最低で最悪の人でなしだよ、一刀さん」

 

 前方に拡がる田園風景を見つめたまま、喜雨はそう吐き捨てた。

 自分が言わせたような悪辣な意見だが、それでいいと思った。

 政権の中にも、民衆の側に立って実務をこなす人間は必要になってくる。権謀術数を得意とする母親とは違い、喜雨は実直に農政の知識だけを磨き上げているのだ。それだけに、実際に耕作を行う民からの信頼は格別のものがある。

 

「愚かしいものだな、ほんとうに。すべての人が、ただ穏やかであることを享受できるわけではない。闘い、敵味方の血を流す。その上で得た平穏でなければ、満足できないような仕組みになっているのだよ。そうした意味では、下郎と斬り捨ててきた連中となんら変わりがないと言っていいのだろう。孫堅も、この俺もだ」

 

 喜雨はなにも言ってくれない。

 先ほどから同様、ただじっと一点を見つめているだけだった。

 それでも、時間は流れていく。経過と共に吹きつける風は冷たくなり、やがては雰囲気を剣呑なものに変化させるのだろう。

 

「宿を確保するように命じてある。別々に過ごしたいのなら、早く申し出るのだぞ」

 

 それだけ言って、立ち去るつもりだった。

 どうして、このような話をはじめてしまったのか。自分でも、完全に答えが出ているわけではなかった。

 前方を向いていた喜雨が、視線を空に向けている。外した眼鏡。右手に掴まれていて、腕は眼のあたりを擦っている。

 

「ボクが……。ううん、ボクだけじゃない、か。これだけ多くのみんなに支えられているあなたが、最悪の人でなしになれるはずがない。母さんはあんな人だけど、曹操孟徳の覇道を真剣に信じているんだ。だからボクにも、あなたの築く未来を信じさせてよ、一刀さん」

 

 搾り出したような声。

 しばらく、顔は見てやるべきではないと思った。

 孤高であろうなどと思ったことは、徐州戦後からは一度もなかった。

 自分の強みはどこにあるのか。子を授かり、周囲との関係性がいっそう増した今となっては、わざわざ探り当てるまでもないことだった。

 最低最悪を転じ、最高最善となす。

 夢物語だと断ずるのは容易いことだった。だが、自分を信じてくれる者たちが、こんなにもそばにいる。ゆえに、どんな苦境にも抗える。誰が相手だろうと、信念で貫き通すことができる。

 絶影が再びいななく。今度は、言いようのない寂しさを感じることはなかった。

 

 

 村の空き家を借りきっただけの宿に着き、喜雨の手料理で腹を満たした。

 採れたての野菜を中心とした献立で、素材そのものを活かした純朴な味が、生きることの尊さを再確認させてくれるのだ。

 原点への回帰。喜雨によるもてなしは、その部分が大きかった。

 なんのために生き、なんのために闘うのか。決して、野心や権力に溺れてはならない。単なる食事だけではなく、そうしたごく当たり前のことを噛みしめるための時間でもあるように、曹操には思えていた。

 

「馳走になった。いいものだな、こうした食事も」

「だったら、よかった。肉付けがいけないことだとは言わないけど、それに夢中になって贅肉を抱えすぎるのはよくないからね。なんで、時々はこうやって」

「必要なのだな、削ぎ落とすことが」

「うん、そうだよ。気に入ってもらえて安心したよ、一刀さんにね」

 

 頷いた喜雨と一緒に、食器を洗い場まで運ぶ。

 そこまでしなくていいと嗜められたが、そうするべきだと思ったのである。無駄な手間をかけさせまいと、いつも以上にきれいさっぱり食うことを心がけていた。行動は、口ほどに物を言う。そして、どれだけ口にしようとも、実際にやらなければ言葉は意味をなさないのだった。

 ゆったりとした時間を過ごしたせいか、普段よりも早く睡魔に襲われた。いつでも眠れるように、寝床の準備はとうにできている。

 喜雨に断りを入れると、曹操は板張りに重ねた布を敷いただけの寝床に身体を横たえた。

 すぐ近くから、木製の器を洗う音が聴こえる。それが妙に心地よくて、気持ちが安らいだ。

 ひとつ、ふたつ。時を数えるのも面倒になるほど、意識は瞬時に混濁していった。

 

「んっ、んしょ……」

 

 着物同士が擦れる感触で眼が覚める。

 ほんとうにすぐ眠ってしまったようで、あれからどのくらい経過しているのか、なにもわからなかった。

 

「あ。ごめん、起こしてしまったのかな」

「いい。それよりも、同じ寝床で構わないのか?」

「んっ……。なんというか、今夜はそういう気分なんだ。けど、ボクが一刀さんの安眠の邪魔になるんだったら、すぐにでもどくから」

 

 外して床に置かれた眼鏡。移動しようと手を伸ばした喜雨の腕を、曹操は掴んでいた。

 生まれた感情は、困惑などではない。喜雨との付き合いは短くないから、そのくらいの判別はできているつもりだった。

 硬直する身体を引き寄せ、額を合わせた。

 幼い男女の戯れなどではない。散々待たせた気もするが、自分の生にとって、喜雨はあるべきひと欠片なのだという確信を抱いている。

 抵抗はなかった。むしろ、肌のあたたかさをより感じ合えるようにと、喜雨がおそるおそる顔を寄せてくる。

 

「喜雨が小さかった頃は、陳家に遊びに行くとこうして同じ寝台でよく眠ったな。妹が増えたようで、うれしかったことを覚えている」

「純粋だったな、あの頃は。母さんがあなたを家によろこんで迎える理由。そんなの、子供心に理解できたら逆におそろしいよ」

 

 思い出話をしながら、さりげなく唇を合わせた。

 喜雨の全身に緊張が走る。それを手で揉むことで抑えながら、粘膜を合わせる感触を愉しんだ。

 

「あっ、ふはっ……。唇でするのって、こんな感じなんだ。んむっ、んっ」

 

 華奢な身体を強く抱きしめる。

 喜雨の反応は悪くなかった。衣服の間に手を差し入れ、無造作に乱していく。指。時折やわらかなものに触れていて、その度に洩れる喜雨の初心な喘ぎが、くすぶる情念の炎を大きくする。

 朱里や、鈴々の相手をするのとはまた違う。母親とは文字通りの長い付き合いで、喜雨のことも幼い頃から知っているのだ。それだけに、ようやくその時が来たという気分になる。

 

「はっ、あっ、ああっ……。ボクの裸、一刀さんに見られてる。すごく緊張するのに、母さんはこんなことを何度も」

 

 正直に言うと、まともな灯りがないせいで、すべてが明らかになっているわけではなかった。

 本来、日に焼けていない部分は、母親譲りの白絹のような色をしているのだ。

 それでも、自分に見られて恥じらってくれていることはうれしかった。小ぶりながらも張りのある乳房。舌を這わせ、乳首の周辺を焦らしていると喜雨に頭を抱き寄せられた。

 感じている。いずれはあの母親のように、控えめなここも豊かに実る日が来るのかもしれなかった。だとすると、今の喜雨を存分に味わっておかなければ、という思いが湧いてくる。

 求められるがまま、つんと勃った突起を口の中で転がした。強い吸い上げと穏やかな愛撫。その二つを使い分け、喜雨の快楽を引き出そうとした。

 

「はあ、んっ……。あの一刀さんが、赤ちゃんみたいにボクの胸を。んっ、ああっ……。こ、これ、気持ちいい。ちゅうって吸われてるだけなのに、先がどんどん熱くなって」

 

 様子を観察しつつ、結合に向けた準備を入念に進めていく。

 薄く生えた陰毛。その向こうにある扉を軽く開き、来訪を伝える。

 

「えっ……? か、一刀さん、んっ、やあっ、そんなとこっ……」

「こわいのか、喜雨」

「んっ……。そ、それは、平気。だって、他でもないあなたに、してもらっているんだから、あっ……!?」

「信頼してくれているのだろう? だったら、なにもかも俺に任せて、おまえは気持ちよくなることだけを考えていればいい」

「やっ、ちょっ……。ふわぁあっ、あっ……! か、一刀さん、あっ、ああぁああっ」

 

 二点を同時に激しく責め立てると、我慢しきれなくなったのか喜雨は一際大きな声を発した。

 ならば、と乳首をちょっと強く引っ張り、左右に捻って刺激を与えた。

 

「あぐっ……!? んあっ、やあっ、ふああぁあ」

 

 これも、返ってくる反応は悪くなかった。

 俄然乗り気になり、膨張した男根を喜雨の腹に擦り付ける。暗がりでもわかるくらい、熱い視線が注がれている。この醜悪なものが種を撒き、新たな命を育むのである。喜雨としては、その仕組みにこそ興味があるのかもしれなかった。

 

「うわ……。す、すごく大きくなるんだね、男の人のおちんちんって。子供の頃に見たのとは、色もかたちも全然違ってる。はあっ、んうっ……。これじゃボクの中なんて、すぐにいっぱいにされてしまいそうだよ」

「身体の方は、いつでもいけそうだ。あとは、喜雨」

「はい、一刀さん。ボクを、あなたの女にしてください。覚悟なら、きっと大丈夫。うんと前から、それだけはしてきたつもりだから」

「喜雨の言葉、うれしく思う。これは勝手な願いなのだが、親子仲良く俺を支えてくれ」

 

 そんなことを言われると思っていなかったのか、喜雨の眼が驚いたように丸くなっている。

 沈黙を肯定と受け取り、男根の先をかたい扉に押し当てた。

 内側を覗く。愛液の量は控えめだが、乾いた大地というわけではなかった。

 わずかな苦悶。かき消すように、唇を合わせた。

 

「ふぐっ、むっ、んむぅ……。はっ、はーっ、ちゅっ、ああぁあああ……っ」

 

 未成熟な腟内をかき分ける。

 必死になって男根にすがりついてくるようで、かわいいと思った。

 子宮口を探るように押し当てると、そこから粘液がじわりと湧き出てくる。

 本人は軽蔑するかもしれないが、交合の才すらもこの子は母親から受け継いでいる。現状では柔軟さが足りていないが、数回交わればそれも問題なく馴染んでくるという感覚が曹操にはあったのだ。

 

「んぐっ、うひっ……!? わ、わかるよ、ボクにだって。きてるんだね、一刀さんの太いのが。んはっ、んんっ、ふあぁあ……。お腹の奥、じんじんして気持ちいい。あっ、んあっ、ふう……。これが、身体を重ねるってことなんだね。ふふっ。やっぱりうれしいな、いろんな初めての相手が一刀さんで」

「燈にも、感謝しておかねばな。普通の母親であれば、自分と関係のある男に娘をやったりはしないだろう。あれはむしろ、早くものにしろと催促をしてくるくらいなのだよ」

「おかしな人だよ、ほんとに。だけど、あんな母さんでよかったと今なら思えるかな。それも一刀さんのおかげか……もっ!?」

 

 油断しかけているところで、不意を打った。

 言葉にならない声を喜雨が発する。一緒に、膣肉は気持ちよさそうに躍っていた。

 

「だ、だめっ、これぇ……。一刀さんのおちんちんに、おかしくされる。んぐっ、あっ、んーっ、んあっ……!」

 

 宙をさまよう喜雨の両手。つかまえ、指を絡めると表情がぱっと明るくなる。

 男根の味を覚え込ませようと、奥の奥に何度も亀頭をなすりつけた。互いの粘液が混ざり合い、ねちゃねちゃと音を立てている。喜雨の息が荒い。情欲の炎はこれでもかというくらいに燃え盛っていて、留まるところを知らなかった。

 

「か、一刀さん。ボクの身体、なんだか変なんだ。頭の中がぼんやりして、なんにも考えられなくなって……。だけど、あっ、はーっ、んうっ……! き、気持ちいいって感覚だけは、いくらでも研ぎ澄まされて……ぇ♡」

「ン……。喜雨が愉しんでくれているようで、なによりだ」

「ああっ、ふうっ、んっ、はあぁあ……っ。お腹の奥、すごく熱いよ。これも全部、一刀さんのせいなんだよね。ああぁ、あぐっ、あっ、あぁああ……!」

「かわいいな、喜雨は。これだけ素直な反応をもらえると、もっと責めたいと思ってしまう。いけないことだとは、わかっているのだが」

 

 快楽に燃える身体が、軽い絶頂を迎えていることは察知していた。

 その感覚を男根で押し拡げ、さらに浸透させていく。喜雨の下腹部。たまらず跳ね上がり、精液を搾るような動きをする。油断があれば、そこで果ててしまっているくらいの気持ちよさがあるのだ。

 思わず笑みを浮かべ、曹操は涎を垂らしてぐったりとしている喜雨を抱き上げた。

 座位の体勢になると密着がより強くなるから、襲い来る快楽からもそう簡単に逃げられなくなる。

 観念したかのように肩に顎を乗せると、喜雨が言った。

 

「んうぅ、はふぅ……。嘘。ぜ、絶対思ってないよね、そんなこと。だからこんなに……。んふっ、あぁあっ、んあっ、あーっ♡」

「嘘などではない。ただ、愛する誰かと交わると、理屈をこえた衝動が生まれるというだけなのだよ。今も、そのせいで」

「やっ、んあっ、あっ……♡ そ、そういうのを屁理屈って言うんだよ、一刀さん。ああっ、もうだめっ……。下からこんこんって突き上げられるの、想像よりもずっとすごくて……っ」

 

 二本の足が腰に絡む。

 狙ってそうしているわけではなく、喜雨の本能が身体に働きかけているのだと曹操は思った。

 精液を放つ準備はいつでもできている。未開発な子宮口。それでも懸命に口を開け、撒き散らされる種を取り入れようとしているのか。

 

「最後にどうなるのかくらい、ボクでも知ってる。だからきて、一刀さん。あなたのこと、精一杯受け止めてみせるから」

 

 潤む瞳が、たまらなく愛おしかった。

 口づけ、喜雨に向けて唾液を送り込む。抵抗はない。次々に求められるせいで、肌同士のつながりがより強くなる。

 

「くる、きちゃう……。はぐっ、んむっ、んんっ、はあぁぁああ……。ボク、ボク……っ」

「いけ、喜雨。余計な考えなどすべて捨て去り、俺だけを感じていればいい」

 

 感極まったような声を喜雨があげる。同時に肉襞が男根に激しく絡みついて、先ほど以上に子種を吐き出させようとしてくるのだ。

 結合部がもっとも強く密着する瞬間を見計らい、膣内に精を解き放った。

 締め上げられる。喜雨の微細なふるえでさえも快楽として男根に伝わり、それは全身に隈なく拡がっていく。

 

「あ、ああ、あっ……♡ 出されてる。一刀さんの種が、ボクの中にたくさん撒かれているんだ」

 

 こんなに喜色ばんだ喜雨の顔を見るのは、おそらくはじめてだった。

 内側全部に濃厚な汁を擦り込ませようと、小さく腰を揺さぶる。そんな動きでさえ今の喜雨には耐えられない快感を与えてしまうのか、何度も嬌声を放つのだった。

 

 

 散々愉しんだ肉穴から、男根を引き抜く。

 ぽっかりと穿たれた中心。数えるのも面倒になるくらい注いだ精液が、塊となって流れ落ちた。

 

「うわ、すごいね……。一刀さんの子種が、こんなにボクの中から」

「壮観だな、こうして眺めると。ははっ。奥から、まだまだ出てくるぞ」

「ちょ、ちょっと、あんまり見るのはなし、だよ。いくら一刀さんにだって、なんでも許したわけじゃないし」

「それは、すまないことをしたな。だったら、喜雨」

 

 寝転ぶ喜雨の隣に身体を着地させ、抱き合いながら唇を吸った。

 交合による熱が、まだ全身を火照らせている。その心地よさを感じているのは自分だけではない。口づけをしているだけでも、その程度のことなら理解できてしまうのである。

 

「へへっ……。ボクにもできるのかな、一刀さんとの子供が。あ、最初に断っておきたいことがあるんだけど、いいかな」

「なんでも話してみるといい。どんな宴のあとよりも、この場にいる俺は寛大だといえよう」

「うん。あのね、気が早いって笑われるかもしれないけど、ボクの子供には戦をさせてほしくないんだ。もっとも、母親がこんなだから、そもそもそっちの才能が開花しないかもしれないけどね」

 

 冗談交じりに喜雨が笑う。

 けれども、内容自体は真剣そのもので、決して妥協したくないという意志が視線にもあらわれていた。

 

「子の未来は、その子のものでしかないのだよ。だから、絶対の約束を結ぶことはできないが、そうなるよう努力はしてみよう」

「ありがとう、一刀さん。そう言ってもらえるだけで、ボクは十分。我儘を聞いてもらえるだけでも、ほんとに嬉しいよ。あっでも、母さんとの間にボクの弟か妹が生まれたら、陳家はどうなるんだろう。やっぱり、そっちの血筋に家を継がせるべきなのかな」

「そうなったら、おまえ自身の家を持てばいい。燈には、燈のやり方がある。分かれていた方が、どちらにとってもやりやすい部分があるのではないかな」

「んっ……。ボクだけの家、か。わかった、考えておくよ、一刀さん。母さんとも、そのことについて話し合ってみようと思う。でも、そうだね。家族会議をするなら、旦那さまが一緒にいてくれた方がいいのかも」

 

 この短時間の間に、随分色気のある振る舞いができるようになったと感心するほかなかった。

 数多の可能性に満ちた世界。喜雨を優しく抱きしめながら、曹操はまだ見ぬ未来を思うのだった。



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超番外編 白月の灯火 其の壱

来週公式サイト公開されるみたいなので。


 鈍い光を放つ武器を握り、曹操は恋と向かい合っていた。

 方天画戟の切っ先。かすかな揺れすらなく、静かに自分を威圧し続けている。

 名を、倚天の剣というそうだった。剣という割には、刃が片方にしかついていない。普通なら刀と称されるべきなのだろうが、それにしては身が細いのが特徴だった。

 それにしても、不思議なほど手に馴む。こんなひと振りを得たのは、はじめてのことだった。

 遠駆けをしていた時に旅の道士らと出会い、親交の証として譲渡されたものなのである。話を聞いた桂花は気味が悪いから捨てろと言っていたが、曹操は意に介さず剣を佩いていたのだ。気になる男ではあった。敵意とまではいかないが、態度の端々に棘のようなものを感じたのは確かだったのである。それから、道士と一緒にいた巌のような肉体を持つもうひとり。圧倒的な存在感で、あの場に桂花がいたら泣いて逃げ出していたとしてもおかしくはなかった。それなのに、その者の眼はやけに優しかったのだ。

 恋の足が砂利をすり潰す音がする。普通ならば、とっくに鍔迫り合いになっているような場面だと曹操は思った。

 

「天下の飛将軍殿が、俺ごときに遠慮をしてどうする。かかってこい恋。これは、命令だ」

「んっ……、承知した。一刀の命令は絶対。命にかえても、恋はそれを守る必要がある」

 

 決心がついたのか、恋の双眸に闘志が宿る。

 何度目かの対峙だった。それなのに、肌が焼けるような錯覚に襲われるのは、この乱世においても呂布奉先という存在が飛び抜けているからなのだろう。

 

「おまえとの闘いは、魂すらふるわされる。ははっ。よろこんでいるようだぞ、この剣さえも」

「……武器がよろこぶ? 一刀は、やっぱりおかしなことを言う。そんなの、鈴々にも言われたことがない」

「引き合いに出して、無用な怒りを買っても知らないぞ。さあ、もっとだ。もっと俺に本気を見せてみろ、恋」

「どうなっても、恋は責任を取れない。だから一刀、覚悟して」

 

 恋が戟を振りかぶる。ただ待ち構えているだけでは意味がない、と曹操は一歩前に出た。

 倚天の剣を突き出す。

 迎え撃つのではなく、相手の攻撃ごと叩き伏せる。恋にとっては、そのくらい造作もないことなのだろう。鞭のごとくしなる戟の柄。気迫だけは上回るつもりで、ぶつかった。

 刃と刃。交差し、火花を散らす。そこから巻き起こったのは、眩いくらいの異様な光だった。包まれる。嫌な焦燥感に駆られて、恋に手を伸ばした。

 

「だめ、一刀……っ!」

 

 光の中に意識が飲まれる。

 自分の真名を必死になって呼ぶ声。それだけが、最後の記憶に残っている。

 

 

 顔に小さな痛みを感じる。

 それで眼が醒めた曹操は、身体を起こして周囲を見回した。

 どこまでも拡がる原野。ぶつかった状態のまま保存でもされていたのか、倚天の剣と方天画戟は仲良くその場で転がっていた。

 そして、自分と同じように倒れ込んでいる恋。どうやら、差し出した手はしっかりと届いていたらしい。状況を飲み込めたわけではないが、今はそれだけが救いだった。

 

「恋。平気か、恋」

「んっ、んぅ……。あっ。おはよう、一刀。……恋はどうして、こんなじゃりじゃりしたところで寝てる?」

「わからない、なにも。とにかく、場所を移すぞ。ここが領内であれば、どうとでもなるのだが」

 

 希望的観測を述べるべきではないと思った。それなのに、考えの甘い言葉をつい発してしまったのは、自分の頭がまだ混乱しているからなのだろう。

 恋の手を取り、曹操は歩きはじめた。

 どこかで、人に出会えればいいのだが。三人の男が前方からあらわれたのは、その時だった。

 

「おう兄さん。こんななにもないとこで、どうしたんだい?」

「人か、ちょうどいい。ここはどこの州で、誰が治めている土地だ。それと、城郭までの道のりが知りたい。手持ちはあまり多くないが、報酬は払うつもりだ」

「あん? えらく高圧的な態度をとってくれるじゃねえか、兄さん。いいのかねえ、そんなことして。こっちはせっかく、金目のもん巻き上げるだけで許してやろうとしてたのになあ」

 

 細身で長身の男が三人の頭領格なのか、剣の鞘で肩を叩きながら嫌な視線を向けてくる。

 言葉を聞く限り、このあたりで活動している小悪党のたぐいなのではないか。そんな人間と出会ったのは不運としか言いようがないが、曹操は努めて苛立ちをこらえようとした。

 

「いいかどうかは、おまえが決めることではない。情報さえ貰えれば、俺は金をくれてやると言っているのだ。それから忠告しておくが、この女は常人の手に負えるものではない。だから、下手な真似はしないことだ」

 

 当の恋が理解していないことだけが、幸いだった。

 三人の下劣な視線。なにが狙いで、自分たちをどうしたいのかが言葉にするまでもなく伝わってきてしまう。

 

「かかっ。言ってくれるじゃねえか、兄さん。いいぜ。そこまで言うなら、試してやろうじゃねえか。まずはその細っこい腕をぶった斬って、女と金……を?」

 

 これ以上の交渉は無意味だと悟った。

 血飛沫が舞う。倚天の剣を横に薙ぐと、容易く長身の男を胴から斬り落とすことができた。試し斬りの相手としては不本意だが、その威力が確かであるのは証明されている。

 あとの二人が、頭領の死に怯えきっている。これでは、もう使い物にはならないと思った。

 

「もういいぞ。残りの二人を斬れ、呂布」

 

 小さな頷きが見える。

 ほとばしる真紅の閃光。それは、勝負といえるようなものですらなかった。

 瞬く間に、物言わぬ亡骸が三つに増える。やるせない気分で、曹操は原野をさらに進もうとした。

 

「あっ、やっと見つけた。というかなによ、この大惨事は。それに北郷、いつもの格好はどうしたっていうの。あれがなかったら、アンタなんて単なる凡夫に成り下がってしまうじゃない」

 

 やって来たのは、馬に乗った詠だった。心中に安堵が拡がる。どうにかしてみせるつもりではあったが、今はまだ手がかりさえ掴めていないような状況だったのだ。

 友人との再会にほっとしたのか、恋が腹のあたりを擦っている。正直、ここまで空腹のことを言わなかっただけ、成長したと言えるのではないか。城郭に帰ったら、好きなものをたらふく食わせてやろう。ひもじそうな恋の表情を見ていると、つい甘やかしたくなってしまうのだ。

 

「ちょっと、聞いてるんでしょうね、北郷。うげっ……。この真っ二つになってるのは、恋がやったの?」

「そっちを斬ったのは、恋じゃない。我慢できなくなって、一刀がえいって」

「はっ? え、これを、ほんとに北郷が……?」

 

 詠の様子が、どこかおかしかった。

 鞘に納まっている倚天の剣を見る。不思議な縁から手にした剣。それが導くのは、どのような結末なのか。

 

「とにかく、詠と合流できてよかった。鄄城のそばなのか、ここは」

「なっ!? ど、どういうつもりなのよ、アンタ。真名の意味は、会ってすぐに教えたはずでしょう。それを自分から侵すだなんて、本気で侮辱しているのかしら、ボクのことを」

 

 表出したのは、怒りの感情だった。

 不快なものでも見るかのように、詠は逸れた視線しか送ってくれなかった。それに、頻出している『ほんごう』とはどういう意味なのか。

 明るかった恋の表情に、一気に曇り空が拡がっていく。

 相対したことのない状況。考えて、どうにかなるようなものではなさそうだった。

 

「ご主人様で旦那様なんだから、一刀に真名を呼ばれるのは当たり前のこと。詠の言っていることが、恋にはちょっとわからない」

「はあ……!? あなたこそ本気で言っているの、恋。ちょ、ちょっと優しいところがあるくらいで、天の御遣いの名声以外になにもないような男じゃない、こいつは。それがご主人様だなんて、正気の沙汰とは思えないわね。旦那様とか、余計に意味がわからない」

 

 吐き捨てた詠の顔は、冗談などではなく歪んでいた。

 混乱でどうにもならなくなったのか、恋の視線がどんどん地面に落ちていっている。

 このままでは、どうにも収束がつきそうにない。せめて月がいてくれたらと思いはするが、出産を終えたばかりの身体で、遠出などできるはずがなかった。

 

「ふう、やっと追いついたよ。あの、詠ちゃん? お二人がすごく暗い顔をしているけど、これはいったい……」

「はあ……。月のおかげで、いくらか頭も冷えたかな。ちょっと、場所を移そうか。ずっと死体のそばで話すのも、気が滅入るもの」

 

 月の出現で、くすぶっていた疑問がほとんど確信に変わっていく。

 馬を曳いて歩く二人に続いて、曹操は足を進ませた。

 どちらも、姿かたちは自分の知っているものと違いはなかった。だが、まとっている雰囲気があまりにもかけ離れているように思えてならないのだ。

 ちょっとあどけないというか、数多の苦しみを経た峻烈さが双方ともに抜け落ちている。その見立ては、きっと間違いではないはずだった。

 

「月、いつもの首輪をしてなかった。一刀のくれたものだからって、すごく大切にしているのに」

「ン……。少し変なことを言ってもいいか、恋」

「一刀が変なのは、いつものこと。もしそうじゃなくなったら、恋はどうしていいかわからなくなる」

「ははっ。散々な言われようだな、それは。とにかくあの二人は、俺たちの知る月と詠ではないのだと俺は思う。同じなのは姿かたちだけで、記憶や魂に差異があるのだ。かつて、夢でそんな感覚を味わったことがある。今この状況が夢を見ているだけであれば、なにも気を揉むことはないのだが」

「……えいっ」

「痛いぞ、恋。もういい、実験ならこれで十分だ」

 

 恋に引っ張られた頬が痛い。

 二人でじゃれ合っているとでも思われたのか、詠の表情には先ほどよりも怪訝さが拡がっていた。

 泉のそばまで移動したところで、月と向き合った。

 澄んだ瞳。やはり意志は強そうで、記憶が違っていても本質そのものにぶれがあるとは思えなかった。

 

「ほんとうなんですか、一刀さん。その、詠ちゃんの真名を、許可もなく呼んだことは」

「事実だ、それは。しかし俺にとって、おまえたちを真名で呼ぶのはごく普通のことなのでな。それについては理解していただきたいのだ、董卓殿?」

「は、はあ……? どうしてなのでしょう。今日のあなたは、雰囲気がとても大人びている気がします。それに、言葉遣いすらなんだか変わっていて。あの、無礼を承知でうかがいますが、あなたは北郷一刀さんです……よね?」

「ほんごう。またしても、ほんごうか。わが名は曹操、字は孟徳だ。そして一刀というのは、俺の真名にあたる」

 

 月と詠。その二人の、息を呑む音が聞こえたような気がしていた。

 董卓、と呼びかけたことに月は大した反応を示さなかった。やはり、という思いが強くなる。恋もさすがに感覚的に理解してきたのか、握ったままになっている手には嫌な汗が浮かんでいた。

 

「曹操。北郷さんではなく、あなたは曹操さん……? へう……。どうしよう、詠ちゃん。私が周辺の見回りなんてお願いしたせいで、一刀さんがこんなことに」

「と、とにかく落ち着きましょう、月。ボクだって、正直頭の整理が追いついていないんだもの。ええと……。変な感じしかしないんだけど、曹操殿、でいいのよね? そっちのれ……呂布と一緒に、ひとまずボクらの拠点まで来てもらえないかしら」

「それでよい。俺たちには、選択肢などあってないようなものだ」

 

 愛する女と似て非なる二人と会話をしながら、城郭まで歩いた。

 自分がいるのはどうやら涼州で、しかも帝はまだ洛陽に鎮座しているらしい。単に、過去に迷い込んだという話ではない気がする。心にかすかなざわめきがあるのは、そのせいなのか。

 同じ容姿を持った男。一刀という名は共通しているが、そちらには北郷という姓があるのだった。ずっと頭の片隅で引っかかっていたことが、鎌首をもたげはじめている。最近では見ることのなくなった夢。桃香たち義姉妹と、桃園で誓いを交わしていたあの男。それも北郷の姓を持つ一刀だったのではないか、という考えが徐々に拡がっていく。

 

「その……。お連れの方がお腹を空かせていらっしゃるみたいなので、食事の用意をしてこようかなと」

「んっ……。恋のことは、恋でいい。おまえがそっくりなのは、顔や声だけじゃなかった。優しい部分も、恋の知ってる月と一緒」

「あっ、ふふっ……。そういうあなたも、恋さんと同じです。たくさん、召し上がりますよね?」

 

 到着した先の館。

 月からの問いに、恋が深々と頷いている。

 どんな世界にいようと、その強さ、その純真さが揺らぐことはない。だから、あとは自分が答えを見つけるだけだと腹をくくることができた。

 

「はじめて感じたが、涼州の風もいいものだ。来て早々に、ちょっと血なまぐさいことが起きはしたがな」

 

 倚天の剣の鞘を撫で、曹操は様々なことに思いを巡らせている。

 決戦前の余興にしては手が込みすぎているが、導かれたからにはなにか意味があるのではないか。調理場がすぐ近くにあるのか、漂ってくる匂いに恋がしきりに鼻をひくつかせている。

 まずは、腹ごしらえをすることだった。

 所在なげに垂れた髪をいじる詠。これではどちらが客人なのかわからないな、と曹操は静かにほほえんでいる。



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超番外編 白月の灯火 其の弐(恋)

 食事のあと、少しだが月と二人になる機会に恵まれた。

 詠は心底嫌そうにしていたが、優先されるのはやはり月の心情のようなのである。根底にあるものは、どこにいようとなにも変わらない。だからこそ、感じる切なさがあるのは確かだった。

 

「このあたりは、夜になると冷えるんです。ふふっ。あまり多く召し上がると身体に毒ですから、少しだけ」

「ありがたくいただこう。詠には、内緒にしておく」

 

 月の意見に半ば押し切られるかたちで、こちらの詠のことも真名で呼ぶようになっている。

 酒杯を傾け、おもむろに眼を窓の外に向けた。闇夜に浮かび上がる白月。心にある切なさが、また強くなった気がしていた。

 

「拾われたのが、涼州でよかった。別の存在だと理解したところで、一門の縁者に素っ気ない対応をされるのは、さすがに辛い」

「御一門で、仲良くされているのですね。家督は、一刀さんが?」

「そうだ。といっても、直接血のつながりがあるわけではないのだよ。随分小さな頃に、曹家の父に拾われてな。おかげで、かわいい妹が多勢できることになった」

「いいですね、賑やかそうで。私は一人っ子ですので、そういうのには縁がないんです。けど、寂しいと感じたことはありません。幼い頃から、詠ちゃんとはいつも一緒でしたから」

 

 そう言って、月が明るくほほえんでみせている。

 酒を一度口にし、曹操は様々な思いを飲み込んだ。喉をするりと通り抜けていく熱。腹に落とせば、何事もなかったかのように消えていく。

 

「天の御遣い。北郷一刀というのは、どのような男なのだ」

「はい。ちょっとややこしい話ですけど、声もお顔も、ほんとうにそっくりなんですよ、一刀さんに。強いて言えば、私の知る一刀さんの方が少しお若いのかも。流星のようにあらわれて、まさかこんな離れ方をするとは思いもしませんでした。ようやく、詠ちゃんだって心を開きかけていたんですよ。なのに、こんなのって」

 

 卓の上に置いた両の手を、月が静かに握っている。

 北郷一刀。自分と同じ名と、外見を持った男。なぜだか、それが不思議なことだとは思わなかった。

 孫堅とも、過去にそんな会話をしたことがある。

 今の自分はたまたま曹家の旗頭となっているだけで、彼の地に流れ着いた時点ではいくつもの可能性があったのだ。拾われた先が孫家であれば、あの女傑と軍勢を率い天下を荒らし回っていたのかもしれない。あるいは、それが桃香たちの待ち望んだ天の御遣いだったならば、あの誓いの場に実際に立っていたことすらあるのだろう。

 異邦人として世界に存在しているせいか、取り留めのない空想が果てしなく拡がっていく。

 あの輝きを放った倚天の剣。今は、大人しく鞘に納まっているだけだった。

 

「そういえば、一刀さんは海というのを見たことがありますか?」

「いいや、一度も。河水や江水よりも大きく豊かだということだけは、知識として理解している。住んでいる魚や動物も、まるで違うそうだな」

「原野ばかりの涼州に暮らしていると、とてつもなく壮大なおとぎ話のように思えてならないんです。天の国……。一刀さんの、北郷さんの故郷では、暑い季節になると海にお友達と遊びに行くそうなんです。みんなで泳いだり、お店で美味しいものを食べたり、想像しただけでもすごく愉しそうで」

 

 天の国。香風がよろこびそうな話だと曹操は思った。

 海の情景を、想像からなんとか思い浮かべようとした。陸地ばかりを駆け回っているのが自分たちだが、それは世の中全体からしてみれば、非常にちっぽけなことなのかもしれなかった。

 そのうち、子供たちも歩けるようになる。北郷一刀の話のように、慰安と見聞を兼ねて海に行ってみるのも悪くはない、と曹操は考えはじめていた。

 いずれにせよ、天下安寧が成らなければできることではなかった。そのためにも、どうにかして元ある場所にもどる必要がある。

 

「いつか海を見に行こうと、あの人と約束したんです。もちろん、詠ちゃんや恋さんも一緒に。そこを越えた先には、一刀さんの故郷があるのかもしれない。そうやって考えると、なんだかわくわくしませんか?」

「叶うといいな、その願いが。夢を抱けるから、人は困難に打ち勝つことができるのだ。そして、支えが多くなるだけ、それは大きくなるのかもしれないな。しかも、夢は段々と自分だけのものではなくなっていく。旗揚げをしたばかりの頃なら、軟弱な考えだと吐き捨てていたのかもしれないが」

「変われるんですね、人は。だったら、たくさんの想いが集まれば、いつか国さえも」

 

 月が洩らした言葉には、曹操はなにも返さなかった。

 酒器が空になっている。ほとんど自分ひとりで飲んでいたようなものだが、それにも終わりが訪れたらしい。

 

「そろそろ休みましょうか。一刀さんも、色々あったせいでお疲れでしょうし」

「また、明日。ははっ。それまで、俺がこの世界に残っていればの話だが」

 

 部屋の外で別れ、借り受けた寝所に向かう。

 月は今頃、ぐずる丕を寝かしつけているのだろうか。ほのかに酔いが回った頭で思い描き、曹操は妻子の平穏を祈っている。

 

 

 異質な世界で過ごすはじめての夜。割り当てられた部屋を抜け出した恋を抱きしめて、曹操は眠った。

 恋の洩らす寝言。あえて、聞こえないふりをして眼をつむった。

 飯を食っている間はなんともなくても、時間の経過とともにどうしたって寂しさは募る。声も顔もそっくりそのままなのに、自分との記憶を持たない月と詠。仕方のないことなのはわかっている。それでも、感情のすべてが納得してはくれない。どうしてだ、と内側のけものが叫びをあげる。

 

「服、汗でぐしょぐしょになってる。ご飯の前に水浴びしよう、一刀」

「そうだな。俺も、気分を改めたいと思っていたところだ」

 

 眠そうに眼をこすりながら、恋が言った。

 熟睡できたはずがない。天下無双の猛将であろうと、心まで鋼でできているわけではないのだった。

 涼州で暮らしていた頃の土地勘は通用するらしい。いつも以上にくっつきたがる恋と横並びで、曹操は館に近い小川に向かった。

 

「ここ、懐かしい。魚をとったし、月たちと遊んだこともある。……もう戻らないつもりで、みんなで洛陽に行った。長安に入った時も、そう」

 

 足で水面を波打たせながら、恋が思いをこぼしている。

 青草の上に脱ぎ捨てられる着物。見慣れた裸体、などと感じたことは一度もなかった。

 

「どうしてか、悪いことをしている気になるな。月たちとの思い出に、俺のような男が土足で踏み込んでいるようで」

「そんなことはない。戻れないと思ってた場所に、一刀と一緒に来ることができた。恋にとって、それはすごく幸せなことだから」

 

 不意に見せるほほえみ。恋は相変わらず無防備で、抱きついた拍子に腕が乳房に包まれる。

 涼やかな川風。それがなんだというように、野ざらしになった男根がびくりと反応する。そのあたりの変化にだけは目聡いのか、恋がうれしそうに肌を密着させてくるのだ。

 

「しようか、恋。気を晴らすという意味なら、これが一番だ」

「んっ……。気晴らしなんかじゃなくても、恋は一刀にいつでもぎゅってされたい。そうしてもらうと、大好きって気持ちがお腹の奥からたくさん湧いてくる」

 

 両眼を閉じて、恋がかわいらしく唇を突き出している。その姿は、まるで餌を求める小鳥だった。

 しかし、この子が欲するだけの愛情を与えてやるのは、簡単なことではない。涼州に拡がる原野。ここに流れ着いた頃の心は、乾きに乾いていたのではないか。

 

「んっ、ちゅっ。はむ、ん、んんっ、一刀……」

 

 ささくれ立つけものの心。癒やしたのが、月だったのだろう。

 この世界の月たちが知る恋も、あるいはそうだったのかもしれない。流れ着くことの辛さの一端は、知っているつもりだった。それでも、亡き父が自分に居場所を与えてくれた。操という新たな名が、閉ざされかけていた道を切り開く力になってくれた。

 

「一刀の、ほしい。お腹の奥、じんじんするまで埋められたい」

「ああ。つながろう、恋。俺たちを縛る絆を、もっと強くするためにも」

 

 手近な岩場に手をつき、恋が臀部を突き出している。自分だけを求める真っ直ぐな視線。餓えることを嫌う、けものにすら似た情動。

 応えたいと思った。

 本能に従い、背中から覆いかぶさる。水面に向かって垂れている乳房。つかまえ、少々強めに揉みしだいた。

 北郷の名を冠する一刀は、おのれの境遇をどう感じているのだろうか。

 寂しさ。恐怖。ほかにあるのは、孤独の感情か。

 これは予感でしかないが、顔をあわせることはないと思った。まばゆく輝く白を纏った天の御遣い。今になってそのような風聞を撒いている自分とは、そもそもの位置が違いすぎる。

 だが、そこには必ずや苦難がつきまとうと曹操は思った。

 力がないのに、尾ひれのついた名声だけが勝手に大きくなっていく。逃げ出せるのならそれでもいい。しかし、ここの月の話を聞く限り、北郷一刀は拾われた恩に泥を投げて返す真似ができる男ではないようだった。

 

「はあっ、ふぐぅ……! 一刀のちんちん、入ってきてる。あ、ああっ。恋の赤ちゃんの部屋、先っちょにちゅってされてぇ……!」

 

 肉襞のやわらかな感触。子宮の入り口に丁寧な挨拶を受け、恋の身体が悦びを爆発させている。

 世界がどう変化しようと、本能で感じる部分はなにも違わない。むしろ、その存在をさらに確かめたいという衝動が湧き起こる。

 切なく響く恋の嬌声。揺れる川面が、心象を映し出しているようでもある。

 

「んっ、んはぅ、んうっ……! ぬぷぬぷってするの、一刀は気持ちいい? 恋、うまくできてる?」

「最高に決まっているだろう、恋。でなければ、こんなに昂ぶることなど……っ」

「ひゃっ、あっ、ああぁああっ! ちんちん、一刀のちんちんが、奥に……うあっ!?」

 

 肌と肌がぶつかり合う。

 乾いた音がなにもない周囲に鳴り響くことなど、構いはしなかった。

 恋の背中に走る刺青。舌を這わせ、さらに肉を貪った。膣肉が歓喜にふるえている。まだまだ、と曹操は腰遣いを激しくした。

 

「おっ、んっ、んーっ、ひひゃ……っ♡ き、きてる、さっきからずっと……っ。ぴりぴりもじんじんも、一刀にちゅってされてるところから」

 

 粘液。おびただしく分泌されていて、結合部は白く泡立ってしまっていた。

 射精をせがむような内側の動き。貪欲なのに、それでいてひどく愛情を感じさせるものだった。

 包容に導かれるがままに、腰を進めた。果てしなく猛る獣欲。なんの考えもなしに、本能が恋を孕ませたがっているようだった。

 

「くるっ、ああっ……! もう、んっ、んあっ、あーっ♡ 一刀、一刀もきて……っ!」

 

 ほとんど叫びに近い声を恋が発している。

 もう、どうなったっていいと思えた。腰を振るい、残った理性を焼き切りにかかる。一度、二度。

 

「はっ、あぁ、あっ、ああぁあああ……っ♡ だして、だして一刀♡ 真っ白な赤ちゃんの素、恋にたくさん……っ♡」

 

 三度目を打ち込んだ時、強烈な締め上げに襲われた。

 あまりのすごさに、呻きすら洩らしてしまいそうになる。それを歯を食いしばって耐え、曹操はおのれのすべてを中にぶちまけた。

 

「んっ、ふふっ、んっ、はあっ……。一刀の熱いどろどろが、恋の中に。もっと、もっと飲んであげるから、いっぱい出して……ぇ」

 

 隙間なく密着させ、暴れる男根を穴の内部に収め続けた。

 甘いしびれ。間断なく押し寄せる快楽が、水に浸る足先まで熱くする。

 蕩けきった恋の膣内は極上の居心地で、ずっと包まれていたいという気持ちにさせてくる。口が寂しくなってきたのか、興奮で赤く染まった顔がこちらを向いている。小さく差し出された舌。思い切り吸って欲しい、と細められた眼が語りかけてくるようだった。

 

「むっ、はむっ、んちゅ、んっ。はあっ、ふむっ、あむっ、あっ、ふふっ……♡」

 

 今の自分たちには、もはや言葉など不要だった。

 互いに唾液を味わい、最奥で交わり続ける。子袋はとっくに精液で満たされていて、さすがの恋でも物を喰らうのとは勝手が違うことがよくわかる。

 

「ちょ、ちょっと、二人とも平気なの!? 叫び声が聞こえて、ようやくどこにいるかわかったのだけ……ど」

 

 恋の身体がびくりとふるえる。動いたせいで、水面に白濁の塊がぼとりと垂れ落ちた。

 この声を聞き違えるはずがなかった。さすがに口づけに没頭しているわけにもいかず、二人して視線を陸地に向ける。

 

「へうっ……⁉ あ、ああっ、あっ……。ど、どうしよう、詠ちゃん。私、お二人がこんなことになっているなんて少しも……!?」

「い、いいから、見ちゃだめだってば、月ぇ……!? というか、どういう神経してたら朝っぱらからそうやって犬みたいに盛れるっていうのよ、アンタたちは!」

 

 羞恥で身を縮こまらせている月と、怒髪天を衝く詠。

 どうやら心配して探しに来てくれたようで、事前に知らせておけばよかったという思いが今になって湧き上がる。

 自分としては、汚らわしいことをしているという感覚は少しもなく、ただ共に在りたい女と睦んでいるだけなのである。とはいえ、二人には宿と食事を提供してもらった恩がある。その意味では、早急につながったままの状態をどうにかする必要があるのだった。

 

「ひっ……!? そ、そんなの見せるな、というかぶらつかせたままこっちに来るなぁ……!」

「あの、詠ちゃん? 私、なにも見えないのだけれど……」

「いいの、これで! 月の視界が犯されるくらいだったら、ボクがすべてを背負ってあげる。だから、なにも心配いらないからね」

「ふえ……? え、詠ちゃん……?」

 

 わざわざ隠すのもどこか釈然としないから、脱ぎ捨てた服のところまで堂々と歩いた。ちょっと物足りないのか、恋は指を咥えて俯きがちになっている。

 二人の態度から明らかではあるが、こちらの一刀はまだ誰にも手を出してはいないようだった。

 

「ほんと、さいってい。この川、しばらく使い物にならないじゃない。どうしてくれるのよ、結構お気に入りだったのに」

「え、詠ちゃん、あんまり怒ったらいけないよ。あちらの一刀さんと恋さんは、契りを結んだご夫婦みたいだから」

「むぅ……。チンコの遣いは、どこにいたってチンコの遣いなのね。それが判明しただけでも、すっきりした気分だわ」

 

 愛想笑いすら許されない空気感。今まで知らなかった詠の一面を垣間見たようで、なぜかうれしくなってくる。

 図らずも、天の御遣いの名声に傷をつけてしまったのではないか。故事成語に覆水盆に返らずとあるが、やってしまったものは取り返しようがない。

 

「はははっ。おまえも俺のように苦労しているのかな、どこかにいる一刀よ」

 

 天はなにも答えを返してはくれない。

 ただ、胸にある予感めいたものが、そうだと告げているだけだった。



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超番外編 白月の灯火 其の参

 暮らしていた現代から、古代中国らしき時代にタイムスリップしたことはまだいい。いや、決してよくはないのだけれど、ひとまずよしとしておくだけだ。

 豪勢なつくりをした椅子。それに、着慣れない衣装。なにより、居並ぶ文官から受ける視線の辛いことったらありゃしない。

 ちょっと前まで、俺はただの高校生だったんだぞ、と北郷一刀は顔を手で覆う。

 

「ううっ、涼州に帰りたい……。月の手料理が、こんなに恋しく感じる日が来るなんてなあ」

 

 気づいた時にはなにもない原野に放り出されていて、野盗に剣を向けられたことが記憶に新しい。

 しかしまあ、地獄に仏というのはよく言ったもので、月との出会いによって状況は一変することになる。

 幼馴染のツン子ちゃんから四六時中険しい眼を向けられているのはアレだけど、月から差し向けられる優しさがあればそのくらいはなんともなかった。

 

「……さま、曹操さま」

「は、はいぃい!?」

 

 自分の世界に入り込んでいたせいで、場に似つかわしくない大声で返事をしてしまう。拝礼をしていたおじさんが戸惑っているのが、離れていてもすぐにわかった。

 これはまずい。どのくらいまずいかというと、黒髪ロングで隻眼のお姉さんが、ゆっくりと剣の柄に手をかける程度にはまずかった。

 あの人の危険さは、この世界に紛れ込んだ瞬間から嫌というほど体感させられている。

 一刀をどこへやったなんて聞かれたものだから、それは俺のことだと答えたのが間違いのはじまりだったんだ。

 思い出しただけでも、全身が総毛立つ。涼州で襲ってきた野盗とは比べものにならない殺気をあの人は持っていて、受けるだけでも目眩がしかけたことをよく覚えている。

 曹操。その真名である一刀。俺ではなく、この世界に根差した別の存在。

 信じがたいことだけど、そもそも自分自身が普通ではあり得ない体験をしているのだから、そういうこともあるんだと無理矢理納得するしかなかった。

 どうやら平行世界の俺はここで曹操の役割を担っているらしく、しかも孫堅との決戦を控えているっていうんだから、歴史なんてのはほんとうに曖昧なものなんだと痛感させられている真っ最中なのだ。

 しかも、原因不明の転移によって俺が曹操と入れ替わるように出現したものだから、事態が解決するまで影武者をする羽目になっている。

 書類の精査なんてできるはずがないし、基本的には文官のみなさんにすべて投げっぱなしではある。それでも対面の場だけはどうにもならないので、ありもしない威厳をどうにか出そうと、悪戦苦闘する日々が続いていた。

 

「曹操さまは、いたくお疲れのご様子。よって、本日の謁見はここで打ち切りとさせていただこうか。誰か、客人方のご案内を。もてなしの席を用意してあるゆえ、あとはそちらに」

 

 黒髪ロングのお姉さんの妹は、クール系の美人さんだ。こちらはこちらで恐ろしい目に遭わされたのだけど、それは記憶の底に封印しておこうと思う。うん、きっとそれがいい。

 

「……ねえ、ねえってば! ちっ。立派についてるその耳は、飾りかなにかだと言いたいのかしら。ほんとうに腹が立つ。こんなの、アイツの影になんてなりっこないじゃない」

「うへっ……!? ご、ごめんなさい。やっと謁見が終わったと思うと、身体から力が抜けてしまって」

「いいから、私に無駄口を叩かないで。次やったら、あの猪をけしかけるわよ」

 

 いやどっちだよ、と一刀は心の中でツッコミをいれる。

 猫耳フードのかわいらしさに騙されてはいけない。

 口撃力の高さはこの軍師さまが随一で、態度のなにからなにまで注意されっぱなしだった。

 曹操という雲の上の存在になっているとはいえ、よくここまで癖の強い集団をまとめられているな、ここの俺。というかここまで差があると、姿かたちが似ているだけで、ほんとうに俺なのかすら怪しいところだけど。

 曹操の名を背負ったから、そうなったのか。それとも妥協のない努力が、元々備えていた資質を極限まで開花させたのか。

 もし後者だったとすれば、ちょっと勇気が湧いてくる。

 今は立っているのが精一杯だったとしても、いずれは俺も月のために。そうやって前向きになれただけでも、別世界への旅路には意味があったんじゃないかと思えてくる。

 

「荀彧殿。寂しいのはわかるけど、この北郷一刀にあたったところでどうにもならないわよ。さっ、あなたはボクについてきて。楽じゃないわよね。お飾りの代役なんだから、座ってるだけでいいって言われるのも」

「あ、ああ。ありがとう、賈駆さん」

 

 驚くほど穏やかな表情だった。平行世界の別人だとはいえ、これがあの賈駆なのかと疑いたくもなる。あっちの世界だったら、そんな思考をした時点で容赦のない殺気が飛んでくるのは確定事項だ。

 ここの俺は史上の英雄よろしく、数多の美人さんを周囲に侍らせまくっているみたいなのである。

 だけど、その絆は簡単に結ばれたものじゃない。みんなの態度を見ていれば、そのくらいは俺だってさすがに理解することができる。

 董卓に袁紹。極めつけには、曹操最大のライバルになるはずの劉備まで。そんな三人が味方についているなんて、冗談抜きにどんなチートを使ったんだよと問い詰めたくなるのが普通の反応だ。

 だけど曹操には、ネット小説でよくある転生特典なんかがあるわけじゃない。

 勝つ時があれば、盛大に負ける時だってある。泥臭いというか、そこにいるのはただの人間なんだと同じ空気を吸っていると思えてくる。

 

「恋、呂布は今日も董白さんのところに?」

「ええ、そうみたい。赤ん坊が二人に増えたみたいね、あれじゃ。昔の恋は、確かにあんな感じだったんだけどさ」

 

 別人だとわかっていても、子持ち人妻になった月との対面にはドキドキしてしまう。強く感じる母性と、時々見せる鋭利な刃物のような側面。そっくり同じなように見えていても、細かい部分に差異があるのは間違いなかった。

 そもそも、この世界の月は董卓ではなく董白と名乗るようになっている。細かいことまでは教えてもらえなかったけど、色々な事情が折り重なっての改名のようなのである。

 そんな事情などお構いなしの恋だけが、暇さえあれば董卓さんの家に通っているのが現状だったりする。膝で寝かしつけられている場面に遭遇したことがあるけど、羨ましいなんて思ってないからな、絶対。

 

「なによ、その顔は。みんなに追い込まれすぎたせいで、精神に異常をきたしたわけじゃないわよね?」

「やっ、えとっ……。ちょっと、どう思ってるのかなってさ。俺と曹操が、いるべき場所にちゃんと帰れるかどうか」

「そんなの、当たり前じゃない。帰ってくるわよ、あの人は。でなきゃ、今までの苦しみやがんばりはなんだったの、ってことになってしまうじゃない。だから、曹操殿は帰ってくる。普段はあまり使わない表現だけど、これだけは絶対だと言い切れるわ」

 

 賈駆さんの笑顔がすごく眩しい。

 これだけ自信に満ちた答えが返ってくると、それが当然のことのように思えてくる。

 頼むぞ、世界の壁をこえた先にいるもうひとりの俺らしき俺。こっちはこっちで、がんばってみるからさ。

 一陣の風が吹く。それが返答の代わりだったような気がして、北郷一刀は上空をしばらく見つめていた。

 

 

 多彩な勢力の思惑が動く涼州が、いつまでも静かであるはずがなかった。

 中原で動乱を巻き起こす黄巾軍に呼応し、漢室に反発する豪族たちが軍勢を催した。ことの首魁は韓遂と辺章で、そこに羌の部族までもが加わっているのだ。

 叛乱軍の総数は少なく見積もっても十万をこえていて、董卓の手勢だけでどうにかなるような規模ではなかった。

 まさかとは思ったが、孫堅率いる官軍が少し前に着陣していた。

 涼州を代表して挨拶に向かう月。天の御遣いという肩書きを背負い、曹操は同行することになっていた。

 

「董卓です、孫堅さん。遠路遥々、よくぞいらしてくださいました。援軍、心より感謝しています」

「ハハッ。感謝されるような善行をしたつもりはないぞ、オレはな。朝廷が行けと命じてくるから、ここまで敵兵をぶっ殺しに来てやった。そんなものだ、ここにいる理由は」

 

 大胆な発言をしてのける孫堅に、月が少々たじろいでいる。

 堂々たる体躯。腰に佩いた伝家の名剣。そして、野獣を思わせる二つの眼が、獲物を見定めるかのように自分の全身をじっと見つめていた。

 

「噂に聞いていたのとは、少し違うみたいだな。天の御遣い。そうなのだろう、貴様が」

「いかにも。俺こそが、噂に名高き天の御遣いだ。北郷一刀。その名をしかと記憶しておくのだな、孫堅殿」

 

 白を基調とした衣服が、物珍しい感じがする。

 実際はもっときらびやかな印象があるそうで、どんな素材が使われているのか興味深くはある。しかし、今はそんなことよりも、孫堅との対峙が先だった。

 いきなりの挑発的な態度に、月が不安を必死に隠そうとしている。

 だが、このくらいぶち上げておいてちょうどいい女であることは知っている。それにどうせやるなら、天の御遣いの威光を最大限まで高めてやろうという魂胆が曹操にはあったのだ。

 

「面白いじゃねえか、天の御遣い。貴様、戦はできるのだろうな」

「期待には、どうにか応えてみせよう。俺の初陣になるのかな、これが」

「は、はいっ。ですが曹……、んっ。北郷さん、ほんとうによろしいのですか?」

「将兵に勇気を与えられずして、なにが天の御遣いだ。だから、俺はやる。心の備えなら、十分にしてきたつもりだ」

「ほう。つまらん戦になることを危惧していたが、なかなかに愉しませてもらえそうじゃねえか、これは。すぐに軍議を開く。相手は涼州のごろつきどもだ、闘いの手法は貴様に任せてよいな、董卓」

「承知いたしました、孫堅殿。北郷さんも、ご一緒に?」

「そうさせてもらおうか。江東の猛虎殿から、戦の手立てを学べるいい機会だ。よろしくお願いする、孫堅殿」

 

 自分の言葉に、孫堅が獰猛な笑みで応える。

 この女こそ、どこにいようとなにも変わらない。血の湧き立つ戦を求め、敵を次々に牙にかける。別に、攻略の糸口を探ろうという気があるのではなかった。孫堅とのぶつかり合いは好きで、それが同じ側に立つとどうなるのか試してみたくなっただけなのである。

 太平道との闘いで陣を並べた時の自分は、まだまだ心が研ぎ澄まされていなかった。だから、戦場に生きる者として、この機会に恵まれたことは幸運であるとしか言いようがない。

 

「あの、天の御遣い殿?」

「ン……。なにかな、孫権殿」

「え? こちらはまだ、名を明かしてもいないというのに。驚いたな、さすがに」

「はははっ。天の力の一端なのかもしれないな、これも。それで、俺に用が?」

 

 孫堅と月が離れたところで、若い女に話しかけられた。

 つい考えもなしにその名を口走ってしまったが、今後は少し気をつける必要があるのかもしれなかった。

 

「失礼だが、あなたもこの闘いが初陣になると、そう会話が聞こえてきたのでな。恥ずかしい話ではあるが、私はどうにも緊張してしまっているようなのだ。それで、堂々とされているあなたのことが、ちょっと羨ましく思えてな」

「ああ、そのことか。孫権殿もこれまで、準備は入念にしてきたのだろう? ならば、まずは自分を信じてみることだ。それでもしだめだったなら、母御や宿将を存分に頼ればいい」

「むっ……。なるほど、あなたの言うことには確かに理解できる。独りよがりの戦をできるほど、私には蓄積された経験がない。だったらまずは、周りをしかと見渡してみるべきなのかもしれないな」

「その意気だ。励めよ、孫権殿」

「えっ? あの、ちょっと……、御遣い殿っ!?」

 

 心を抑えきれなくなり、気づけば孫権を抱きしめてしまっていた。

 かつて緊張にふるえる従妹たちを戦場に送り出した時も、こうして慰めてやったことが記憶に懐かしい。栄華などは恥ずかしがってかなり嫌がる素振りをしたものだが、最終的には自分の好きにさせてくれたことをよく覚えている。

 冷静になって考えてみると、孫堅以外の一門の人間と肌が合うほど密接な状態になるのは、これがはじめてのことだった。

 

「ふえっ、あっ、ああぁ……っ」

「……っと。少し効きすぎてしまったかな、これでは」

 

 やわらかな感触を短い間だけ愉しみ、曹操はゆっくりと身体を離した。

 孫権の顔が、長湯をしすぎた時のように赤く茹で上がっている。手のひら。数度意識を確かめるように振ってみたものの、どうにも反応がない。

 この場にあの甘寧がいたならば、間違いなく自分は刃を向けられているはずだった。それがないことにちょっと安堵していると、曹操はもどってきた孫堅に声をかけられた。

 

「おう、やりやがったなぁ、貴様。どうだった、オレの娘の抱き心地は? ククッ……。これでよくなかったなんて言ってみろ、その口に南海覇王を突っ込んでかき回してやるから覚悟しておけ」

「素晴らしかったさ、とても。しかしまあ、妹たちを思い出してのことだとはいえ、これは少々やりすぎたか」

「ハハハッ。やはり面白いな、貴様は。天人の力を宿したその血、娘に受け継がせてやってくれても構わんのだぞ? なんならここで、一発ぶちかましてみるか」

 

 孫堅の笑い声はどこまでも豪放だった。

 天の御遣いの血。それを巡る争いが、いずれ起きてもおかしくはないと曹操は思った。

 漢室の力が弱まった時、その血の価値はさらに高くなる。天命の加護を受けた貴種。その噂が民衆の間にまで拡がれば、王朝を覆す理由としてもっともなものになる。

 

「あ、あの。孫堅殿、北郷さん……?」

「待たせてすまなかったな、董卓。余興はこのくらいで十分だろう。軍議に参ろうか、孫堅殿」

「なんだ、つまらん。おい、そろそろ正気にもどってこい、仲謀。北郷になにかされるまでそうしているつもりなら、オレはそれでも構わないが」

「い、いい、いえっ!? ほら、行きましょう、母さま!」

 

 母親の言葉でようやく硬直を脱した孫権が、おのれを鼓舞するように大きな声を出している。

 ほほえましい光景、とでも言うべきなのだろうか。

 ちょっと困惑したままの月を連れ、曹操は軍議へと向かった。




さすがに次回で締めます。


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超番外編 白月の灯火 其の肆

長々と綴りましたが超番外編完結です。


 異世界からそのまた異世界に飛ばされ、はや五日が経過している。緊張感あふれる政務をどうにか乗り切り、本日はうれしいお休みなり。なんならちょっと鼻歌まじりに、北郷一刀は朝陽を浴びていた。

 というか、こうして職務を実体験してみると、曹操の凄まじさが肌を通して伝わってくる。

 毎日あれだけ事務仕事をして、人とも会って、ついでに時々戦争もして。それでいて大勢いる奥さんを満足させられるだけの余力を残しているのだから、ほんとに同じ人間なのか疑わしくなってくる。

 

「あっ、こんにちは関羽さん。今日は、そっちも休みだったりするの?」

「ええ、北郷殿。あまり根を詰めすぎては、戦の前に兵が潰れてしまいますから。おもどりになられた兄上を、がっかりさせるわけには参りません。曹操軍の将軍のひとりとして、それなりに責任を感じているのです、こんな私でも」

「あはは……。たぶんだけど、それなりってものじゃないと思うな、それは。しかしまあ、あの関羽が曹操の妹分なんだもんなあ」

 

 まず訪れないであろう三国時代に合掌。

 俺の洩らしたつぶやきの意味なんてわかるはずもなく、関羽さんはかわいらしく小首を傾げている。

 黒髪の軍神。劉備の頼れる義妹で、曹操をお兄ちゃんと慕う一本気な次女。

 世間一般のイメージする董卓と真逆な存在であるあの子でギャップには慣れていたつもりだったけど、やっぱり日本人にとって関羽ってのは別格なんではなかろうか。

 今になっても、たまにあの凛々しい髭の勇姿が頭を過ぎる。真名を許してもらえていればまた印象も違うのだろうけど、過ぎるものはどうしたって過ぎるのだ。

 

「北郷。北郷、か……」

「え? なにか言った、関羽さん」

「い、いえ、なにも。そうだ、これから軽く身体を動かそうと思っていたのですが、北郷殿もご一緒されませんか? なんでも武芸を磨きたがられている、と小耳に挟んだものでして」

 

 なんとなく気になる視線を一変させ、関羽さんが鍛錬でもどうかと誘いをかけてくれる。

 自分ではない一刀のことを知って、勇気をもらえた。だけど気持ちだけでは、あの子の、月の助けになんてなれるはずがない。

 少しでも、たった一歩でもいいから、強くなりたいと思った。

 この状況が天のくれた短い猶予だとすると、急ぐ必要がある。今日明日の努力で、突然なにかが上達するわけがない。だけど、せめてきっかけだけでも、曹操の影武者でいる間に掴んでおかなくては。

 そんなこんなで、時間があれば誰かに剣の相手をしてもらっていたりする。

 

「北郷殿。鍛練の前に、少しだけ質問をしても?」

「おっけー。なんでも聞いてよ、関羽さん。先生やってもらうんだから、お返しくらいしておかないとね」

「お、おっけー、とは? むむむ……。兄上と同じ声で面妖な言葉を遣われると、なにやら胸のあたりがぐるぐるするというか。と、とにかくですね」

 

 そりゃあそうだよな、と妙に納得してしまう。

 正直言って現時点だと、俺と曹操との共通点は声と容姿くらいしかなかったりする。ほかに加えるなら、一刀という名前くらいのものだ。

 それですら威厳に欠けてる、とかなんとか苦言を呈されているわけで、何度涙で枕を濡らしたことか。特に荀彧さんはそのあたりのことに厳しく、顔を合わせるだけでも胃がきりきりと痛むのである。

 

「その……。北郷という家のことを、少し知りたいと思いまして。個人的な話ですし、嫌ならば断ってくださっても結構ですので」

「俺の家の? いいよ、そんなのでよろこんでもらえるなら。ええと、関羽さんの興味がありそうな話っていうと、そうだな……」

 

 関羽さんのきれいな瞳が、真っすぐに見つめてくる。

 ちょっとした緊張を感じながら、一刀は北郷家の歴史を思い返していた。小さな頃からじいちゃんに、昔話としてご先祖さまのことを聞かせてもらっているんだ。

 武門の末裔として誇りを持てだとか、かつての俺は完全に聞き流していたに違いない。

 ごめんな、じいちゃん。

 心の中でした謝罪が、届くはずがないことは知っていた。

 

「こほん。うーんと、北郷は一応古くから続く武門の家でね。何百年も昔のご先祖は、鎧を着て、馬に乗って、当たり前のように戦争に従事していた。現代を生きる俺に同じ気概があるかって言われると、それはまあ、ね」

「なるほど。たとえ流れている血が同じであろうと、人の生き様はこんなにも違ってくるものなのですね。勉強になります、とても」

「やっ、なんだかごめんね? 俺みたいな奴が、曹操の影武者なんてさ」

「あっ、気を悪くされたのなら謝罪します。そういうつもりではなかったのに、つい……」

 

 関羽さんの生真面目さは筋金入りだ。別にそこまでしてくれなくてもいいのに、今も綺麗な角度でお辞儀をしてくれている。

 なにか、話題を変えなくては。

 九州とか島津とか、なにもかもローカルすぎて余計な混乱を招くだけだろう。だったら、あとは……。

 

「そうだ。置き土産じゃないけど、俺じゃない一刀によろしくって意味でさ」

「はて、北郷殿。これはいったい?」

 

 手にしていた木刀を使って、地面に図形を描きあげていく。

 丸に十字。細かい意匠は再現できてないかもしれないけど、これで間違ってはいないはずだった。

 

「戦に出る時、俺のご先祖は常にこの軍旗と一緒にあったんだ。だから、きっと曹操のこともこの旗は見守ってくれる、ってね。あははっ……。もしいらないって言われたら、それはそれで悲しいけど」

「いいえ。およろこびになると思いますよ、兄上は。孫堅との決戦を前に、吉兆の証を手に入れられたようなものなのです。北郷の家。それに、この十文字旗。この関羽が、しかとお預かりいたしましょう」

「うん。そうしてもらえると、ありがたいかな。賈駆さんが言ってたんだ。曹操は、絶対この世界にもどってくるんだってね。たぶん、その時はまた入れ違いになる。だから、俺の気持ちはここで託しておく」

「はい。ふふっ……。いい表情をされていますよ、今のあなたは。これなら、武芸の稽古も捗ること間違いなしです」

「お、お手柔らかにお願いします。それじゃあ、関羽さん」

「応、北郷殿」

 

 稽古用の武器を正面に構えた途端、関羽さんの雰囲気が一変する。

 どうか、ご先祖さまたちの加護よあれ。思いきって踏み込む一刀は、心からそう願った。

 

 

 原野に闘気が立ち込めている。

 ひしめくのは数万の軍勢。その只中にいて、曹操は心地のいい猛りを感じていた。

 

「これは、孫堅殿」

「よお、天の御遣い。今頃震え上がって、チンポを縮こまらせているんじゃねえかと思ってな。それで、様子を見に来てやったのよ」

「まさか。涼州の乾いた風が、こんなにも気持ちよく吹いている。あとは、この追い風に俺たちがうまく乗るだけではないか」

「ハハハッ。貴様、これがほんとうに初陣か? 答えろ、今まで何人斬ってきた。一人や二人ではあるまい。天の国というのは、案外物騒な場所なのか、ああ?」

 

 隣に立つ孫堅の顔が、ぐっと近くに寄ってくる。

 血の匂いというのを、この女は本能的に嗅ぎ分けられるのだろうか。笑いながら、曹操は質問をはぐらかす。

 

「ははっ。この前、襲ってきた野盗をたまたま返り討ちにしてな。それで、少しは自信がついたのかもしれん」

「チッ、まったくいけ好かない野郎だぜ、貴様は。しかし、それだけに興味をそそられる」

 

 孫堅の双眸。怪しげな光が宿っていて、笑んでいる様は妖艶ですらあるのだ。

 涼州の叛乱軍には申し訳ないが、これは血祭りにあげられることを覚悟するべきだと曹操は思った。いざ開戦となれば、この女は一番に飛び出し敵兵の首を討ちに討つのだろう。初陣である娘の方には、仕事らしい仕事など回ってこないのかもしれない。ただ、それは別に自分の気にするようなことではなかった。

 

羅馬(ローマ)、という国を知っているか。西域のさらに向こう側。どこまでも続く大地を駆けた先に、羅馬はあるのだと聞いたことがある」

「ああん、羅馬だぁ? 魔羅ならともかく、なんだそりゃ。おお、というか貴様、あとで時間を空けておくのだぞ。クククッ……。娘とやる前に、オレが天の御遣いの魔羅を味見してやろうと思ってな」

「孫堅殿と共に夢を見るなら、果てしなく大きなものでなくてはならないと思った。貴殿とであれば、いつしか地平のすべてを平らげることができるのではないか、とな。しかしまあ、眼の前にぶら下がる褒美を粗末にしていいわけではない。天の御遣いなどという大層な肩書きを背負ってはいるが、所詮はひとりの男に過ぎないのだよ。特に、よき女の前ではな」

 

 どこにいようと、この女傑とは惹かれ合うような気がしていた。

 ぎらついた視線。猛獣の牙の如く、孫堅の歯が光を放っている。

 喚声が前方から聞こえてきたのは、その時だった。戦がはじまる。そこに飛び込むことで、倚天の剣が輝きを取り戻すつもりだった。

 確信はどこにもない。しかし、今は流れのままに闘うべきだと思った。

 

「先に行くぞ、天の御遣い。オレがぶった斬った死体の上を、貴様はのんびりと進んでくることだな、ハハハッ」

「武運など祈るまでもないか。なにせ、この俺には天の加護があるのだからな」

 

 孫堅と別れ、曹操は董卓軍の陣営で出動に備えた。

 叛乱軍には、連携らしい連携はない。そこを分断し、辺章の軍を孫堅が猛火となって攻めまくっている。韓遂の相手となっているのは参戦してきた馬騰で、こちらには昔からの誼があるから、そのうちに矛を引っ込めるだろうと月は予測を立てていた。

 

「そろそろ決着をつけるべきだろう。天の御遣いの威名、轟かせるにはいい機会だ」

「は? いや、ちょっと待ちなさいよね。月から、あなたにはあまり無理をさせるなって、きつーく言いつけられているんだから」

「知ったものか。戦場にいるのに、隅で指を咥えているつもりはない。それに、月には最初に宣言したつもりだぞ、俺は」

「いやいや、そんなのボクは聞いてないってばぁ!」

「共をしろ、恋。あとは、使えそうな騎兵が三百ほどいれば十分だ。それではな、詠。世話になったと、月には伝えてくれ」

「はへっ……? ちょ、ちょっとあなた、ほんとになに言って……」

 

 恋や自分の指揮に耐え得る兵は、すでに見繕ってある。さすがに涼州の地で鍛えられてきただけあって、董卓軍の騎馬隊は優秀だった。

 栗毛の馬に飛び乗り、曹操は参集の号令をかけた。天の御遣いの命だということもあり、兵たちはかなり従順だった。

 倚天の剣を握った右腕を差し上げ、再び声を張り上げる。詠は呆然と立ち尽くしているだけで、それ以上はなにも言ってこなかった。

 

「おまえたちと戦場を共にできること、俺は光栄に思う。敵は私欲に塗れた賊軍、なにもおそれることはない。ただ進み、蹂躙せよ。天意は、わが身にこそある」

 

 騎馬隊が動き出す。

 砂塵を巻き上げる馬蹄。乾いた風に押されて、馬がどこまでも加速していく。

 

「あ。見て、一刀」

 

 恋が呟く。指は遥か頭上の空を指していて、そこには見たことのない輝きがあふれていた。

 星が落ちてくる、と曹操は直感的に思った。

 麾下に動揺が拡がる。それでも、隊列は真っ直ぐ敵に向かっている。

 

「……平気? いくら恋でも、落っこちてくるお星さまはどうにもできない」

「言ったろう。なにもおそれることはない、とな。見ろ。倚天の剣が、うれしそうにしているではないか」

「あっ。ほんとに、剣がよろこんでる。だったら、このまま」

「突っ込むぞ、恋。おまえの命は、とっくに俺がもらっている」

 

 答えなど、聞くまでもないことだった。

 馬首を下げ、光に向かって突撃を敢行する。光る鞘から倚天の剣を抜き放ち、曹操は叫んだ。

 まばゆいものに包まれる。消えていく感覚。そんな中でも、掴んだ恋の手だけは離さなかった。

 

 

 顔に小さな痛みがある。

 それはやがて大きくなっていき、左右の頬にまで拡がっていった。

 眼を覚まし、曹操は深々と息を吸った。右手にあるのは、倚天の剣なのか。ちょっと頭にも鈍痛が走るが、そんなことは気にしていられなかった。

 

「一刀。ねえ、あなた一刀なんでしょう? ねえ、ねえってば」

 

 すがりつくような声。ぼやける焦点をどうにか合わせると、見たことのない泣き顔が浮かんでくる。

 桂花、とすぐに真名を呼んでやりたかった。しかし、光による反動のせいか身体がうまく使えない。こんなにも強いもどかしさを感じるのは、いつ以来なのかわからなかった。

 

「桂花殿。あまり、無理をなさらない方がよろしいのでは? 愛紗さんの話によると、北郷さんの姿は光に包まれて消えてしまったそうではありませんか。私のところにいた別の恋さんも、ちょうどそれと一緒に。そして、この方がお帰りになられたのです。疑うことなどありませんよ、なにも」

「だ、だってぇ……! というか、あなたはなんでそんな冷静でいられるのよ。おかしいじゃない、えぐっ、そんなの……っ」

「ふふっ。桂花殿がお心を乱しているだけ、こちらは落ち着いていられるんです。でなければ、私だって」

 

 近くに、月がいるようだった。

 おそらく、自分は台の上に寝かされているのだろう。あの時のように、かたい地面に転がされていたのかもしれないが、拾い上げてもらえただけありがたい話だった。

 冷淡な声が耳によく馴染む。それでこそ、自分をもっとも苦しめた女だと思った。

 つばを飲む。喉は、なんとか動くようだった。

 

「けい、ふぁ」

「あっ、んえっ……?」

 

 泣き顔など、いつまでも見ていたくはなかった。左腕で抱き寄せる。すると、ほのかに甘い香りが拡がった。

 自分の好みによくあっていて、いつまでも感じていたくなってしまう。それで、腕の力をさらに強くした。

 

「まあ、一刀さまったら。知りませんよ? 女の嫉妬、意外とこわいものなんですから」

「まったく、月さんの仰るとおりですわね。ねえ、聞いておいでなんでしょう、貴方さま?」

「あ、あはは……。ご主人様がこうして無事だったんだし、ここは一件落着ってことで、ねっ?」

 

 月と麗羽をなだめる桃香がなんだかかわいらしくて、つい笑いそうになる。

 もどってきた、という実感がそれで湧いてくる。あの世界には、自分にとって足りないものが多すぎた。

 

「んっ、んぐっ、えぐっ……」

 

 堪えようとしても、嗚咽が溢れ出してくる。そんな桂花の熱を感じながら、曹操はまぶたを再び閉じた。

 残してきた忘れ物は、おまえに預ける。だから、簡単に負けてくれるなよ、天の御遣い。

 焚きつけた女の顔がどうしても浮かんでくる。ついで、楽ではない役割を押し付けられた、どこかにいる一刀のことも。

 しばらく、このまま眠りたいと思った。

 あれだけのことがあったのだ。一日や二日は好きにさせてもらう、と曹操は心にかたく誓っている。 



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二十三 帰還とそれから(桃香、常磐)

tips的な感じであとがきに人物紹介でも書いていこうかなと。
これ以前の話にも追記します、たぶん。


 騎馬の一団を引き連れ、曹操は原野を疾駆していた。

 土埃が周囲を流れていく。不在にしている間、絶影も退屈をかこっていたのだと思う。指示をくれてやると、どこまでも脚を速める。繋いでいるだけでは、馬は段々と駆けなくなる。だからこうして、定期的に身体を動かしてやる必要があるのだった。

 

「常磐さんはともかく、ほんとに私なんかがお供でよかったのかなあ。あはは……。自分で言うのもなんだけど、剣の腕なんてさっぱりだし」

「城に籠もりきりで、余計な肉がつくのも不本意だろう? たとえば、腿のあたりなどにな。はははっ。そういう桃香も、俺は嫌いではないが」

「わわっ、そんなの絶対よくないよぉ。確かにこのところ、鈴々ちゃんと一緒になって、調子に乗って食べすぎてた気もするし……」

 

 馬上で項垂れる桃香だったが、それで進路がふらついたりすることはない。

 義妹の武威が図抜けているせいで侮られることがあっても、劉備玄徳は乱世をここまで渡ってきた群雄のひとりだった。その夢と理想は、臣従の誓いとともに自分がもらい受けた。数多の夢想を喰らい、覇道はどこまでも伸び、分岐していく。ただ、その中心に自分という芯棒さえ通っていればそれでいい、と曹操は思っている。

 

「このあたりでいいだろう、婿殿。そこの水場で、馬を少し休ませたい」

「承知した。あまり帰るのが遅くなると、桂花にまた叱られる」

「おかしな感じがするよ、まったく。天下の曹操孟徳を相手に、あんな小娘が怒鳴り散らしているんだからね」

「あれでも、随分と場を選ぶようになったのだ。大人になったよ、桂花は」

 

 本人を前にしては言えないような言葉だった。それが伝わったのか、常磐も桃香も同情するように笑った。

 馬から鞍を外し、自由に動けるようにしてやる。桃香の乗ってきた馬はそれほどだったが、絶影と常磐の乗馬はこちらの意図をよく理解している。三頭が水場で休息している後ろで、曹操は地面に腰を落ち着けた。食めるくらいの草があたりに拡がっているから、しばらくは楽にしていられる。

 絶影は翠が目利きした馬だと教えてやると、常磐は小さくだが数回頷いた。

 

「西涼の大地を、あのようなかたちで踏むことになるとは思いもしなかった。倚天の剣が見せた光景のすべてが、夢や幻でなければ、という話でもあるが」

「あれが夢だったなら、私たち全員が揃って同じ夢を見ていたことになる。北郷一刀。天の御遣い。婿殿そっくりなのに、どこか違う妙な男だった」

「だねえ……。ちょっとふにゃっとしてる人だったけど、心の広いところはご主人様と同じだったのかも。鈴々ちゃんとも、愉しそうに遊んでくれていたし」

 

 持ち歩いても桂花の不興を買うだけだから、倚天の剣はしばらく居室に封印することにした。あれから、あの道士たちが姿を見せることはなかった。

 

「西涼のその先。常磐は、西域に行ったことがあるのか」

「交流のために、若い頃は年に一度はね。普通の生活では得られないなにかを、砂漠の旅は教えてくれる。いまは翠が出ていっちまったせいで、下の娘が代わりにやってくれているよ」

「翠さんの妹さんかぁ。蒲公英ちゃんもあれでなかなかだし、きっとみんなおっぱい大きいんじゃないかな。ねっ、ご主人様もそう思うでしょ?」

「あははっ。鉄、一番下の娘なら、桃香の期待に応えられるかもしれんな。少々変わり者ではあるが、婿殿ならあのくらいどうってことあるまい。よろしく頼んだぞ、なぁ?」

 

 ずいっと肩を寄せ、常磐が意味深な眼で見つめてくる。

 最初あった剣呑さはどこへやら、今では年長者としての役割をよく果たしてくれている。それだけ、自分は多くの思いを背負っているということなのだ。

 なにもない野外ではあるが、その開放感が悪い虫を自由にさせているのかもしれなかった。近くにあった常磐の顔。反射的に逃げ出される前に、唇を強く吸った。反対にいる桃香が、驚きの声を発している。

 

「んむっ、あふっ、んっ、んむぅ……。ああっ、ほんとうに、あんたって男は」

「馬だけでなく、羽根を伸ばそうではないか、俺たちも」

「んーっ。だったらご主人様、私にも……して?」

 

 唇に人差し指をつけ、桃香がかわいらしく催促をする。

 そんなことは、言われるまでもなかった。桃香を抱き寄せ、舌を小刻みに吸い上げる。淡い靄が頭の中に拡がり、理性を心地よく融かしていく。なにか考えがあるのか、常磐は自ら服を脱ぎはじめていた。

 

「うわわっ……。常磐さんのおっぱい、つんとしてすごくきれい。桔梗さんにしてもそうだけど、維持する秘訣があるんだろうなぁ」

「いやいや、婿殿と過ごしていると、嫌でも女を磨くことになるじゃないか。それ以外といったら、毎日のように馬を責めて、剣を振るう。そのくらいのもんさ、私がしてきたことなんてね」

「う、馬と剣……。やっぱり、私もそっちの方面でがんばらないといけないのかな、ご主人様」

 

 ちょっと涙ぐむ桃香の頭を撫でてから、やわらかな乳房に触れる。あまり根を詰めて、この緩やかさが消えてしまうのも悲しくはある。

 

「なにごとも、ほどほどにな。かの孔子の教えにも、そうあるだろう」

「んっ、あっ、ああっ……。ご、ご主人様ぁ。それって絶対、おっぱい揉みながら言うことじゃないと思うんだけどぉ……?」

「ほう。どうせいじめられるなら、乳首がいいのかな、桃香は。ははっ。布越しにもこんなに主張して、男を狂わせる淫乱な子だ」

「ひゃ……、んうっ!? ち、乳首ぃ、そんなにこりこりしちゃだめぇ……♡ ご主人様に気持ちいいことされたら、頭ぼーっとして、んあっ♡ な、なにも考えられなくなっちゃうからぁ……♡」

 

 桃香の嬌声が、風に乗って原野に流れていく。

 三頭はおとなしく休息を満喫していて、乗り手の痴態には少しも興味がないようだった。

 

「おい、桃香。いつまでも乳繰り合ってないで、こっちに来な。婿殿のチンポが、奉仕をお待ちかねだ」

「ふ……、んんっ……ぇ? わ、わかりました、常磐さん」

 

 常磐と同じように上半身だけ裸になり、桃香が場所を移動する。大きさだけで比較すれば、桃香の方がわずかに上なのか。

 わずかに下垂しているだけ、常磐の乳房は長く包み込んでくれそうな感じがする。若々しい膨らみと並んでいると、余計に視覚に訴えかけてくるものがあり、曹操はつい機嫌をよくしていた。

 

「うふふっ。亀頭も金玉も、こんなにぱんぱんにしてしまって。ほんとうに婿殿は、女の敵だねぇ」

「はふっ、んっ、んあぁ……♡ 常磐さんのおっぱいと擦れて、なんだか私まで変な気分になってきそう。んっ、ご主人様は、きっとすごくいいんでしょ?」

 

 都合四つの乳肉の間から、赤黒く腫れた亀頭の先端が飛び出ている。

 強すぎない刺激が間断なしにやって来て、期待感を煽り続けている。男根が肉を押し上げる感覚。それに、時々突起のようなものが、心地よく雁首に触れる。

 

「はあ、ああっ、ははっ……♡ でっかい亀頭に乳首すり潰されるみたいで、最高だ……♡ それに、こんなに我慢汁を溢れさせて、すんすん、ふふっ……♡」

「ふえぇ……。常磐さん、ご主人様とする時はこんな顔になるんだねぇ。すっごく幸せそうで、なんだか私まで」

 

 乳房に両手を添え、桃香が積極的に性感を与えてくる。やわらかな肉に埋もれ、夢見心地で曹操はゆっくりと息を吐いた。

 自分が覇道を完遂するまで、若者のふりをしていようと思う。常磐は以前そんなことを言っていたが、今の蕩けた表情を見ていると、ふりなどする必要が少しもないように思えてくる。

 

「婿殿のチンポ、いつ見ても凶悪ですごく素敵じゃないか。こんなのに躾けられたら、嫌でもメスの顔になっちまう。ああっ、乳の中までくっさい汁が拡がって、ぬちゅぬちゅってぇ♡」

「すごいね、常磐さん。ご主人様のおちんちん、ずっとうれしそうにびくってしてるんだもん。むにむに、気持ちいい? それとも、二人分のおっぱいで、上下にずりゅずりゅってされる方が好き?」

 

 意外なくらい冷静に、桃香が男根の反応を伺ってくる。

 引き込まれるような色をした瞳。ぐっと腰に力を入れ、魅惑の谷間を曹操はくぐった。常磐が先にたまらないといった声で鳴く。桃香の双眸は、まだじっとこちらを向いている。

 

「擦られて、二人の乳の中に吐き出してしまいたいな。水場があるが、洗わずにそのまま服を着る、というのはどうかな。帰るまで、俺の匂いを堪能するのも悪くあるまい」

「えへへっ。さすがは、私たちのご主人様だね♡ おっぱいでたくさんされながら、ずっとやらしいことだけ考えていたんだ。でも、とっても素敵かも、それ……っ♡」

 

 桃香が上下する動きが激しくなる。合わせようと、蕩けた状態の常磐がついてくる。

 

「ふ、ふっ、ふふっ……♡ 婿殿の白濁で胸をどろどろにしたまま、帰城するなんてぇ♡ そんなことをしたら、翠に、娘に、母親が精液狂いなことを知られてしまう。ああっ……。チンポをのぼってくる匂いを感じるだけでも、頭が変になってしまいそうなんだ。直にぶっかけられでもしたら、はーっ、ははっ♡」

「うふふ。たくさん射精してもらおうね、常磐さん。おっぱいの間も表面も、ご主人様の匂いでいっぱいになるんだよ。馬で駆けている時だって、おちんちんのこと、ずっと思い出して」

「あ、ああっ、それは最高だな、桃香♡ 早く射精しろ、婿殿っ♡ われらの乳を孕ませるくらい、大量の射精、早くきてくれぇ♡」

 

 常磐の乳肉の間で、亀頭が好きに弄ばれている。それまで緩やかだった快感が急激に転換し、尿管を精液がせり上がってくる。

 腰を突き出し、射精に向けてさらに気持ちよさを貪ろうとした。常磐も桃香も、夢中になって乳で快楽を得ようとしている。そのすぐ近くでは三頭が平和に草を食んでいるのだから、ある意味この光景は異様だった。

 

「あっ……♡ くる、きちゃうんだね、ご主人様。おちんちんの穴、苦しそうにぱくぱくってしているんだもん。えへへっ、とっても気持ちよさそう」

「ああ、ふーっ、んふふっ♡ 濃厚な匂いに、頭の中まで犯されてしまいそうだ♡ これが、覇者の風格を備えたチンポ♡ どんなに勇ましい群雄だろうと、メスに変える最強の槍……っ♡」

 

 吸い付いてしまいたいのを、ぎりぎりのところで我慢している。今の常磐は、そんな顔をしている。

 管を押し上げる精液が、塊となって扉をこじ開けようとする。たまらない快楽に思わず笑みを洩らし、曹操は最高の瞬間を迎えようとしていた。

 

「よく我慢できたな、常磐。おまえの、主たる男の精液だ。娘を育てた乳房で、存分に味わうといい」

「んっ、うおぉっ……! き、きてる。どくどく、ものすごくて、射精の感覚が私にまで伝わる……っ♡」

「やあっ。私にもいっぱいちょうだい、ご主人様。これからお乳をたくさん出せるように、ご主人様の精液でおまじないするの♡ お肌にも、敏感な乳首にもたっぷり塗り込んで、それで……ぇ♡」

 

 言いようのない圧迫の中、射精を開始した。

 搾り取るような感覚ではない。それでも、延々と出してしまいたいくらいの気持ちよさがある。

 

「ああっ、さ、最高だ……♡ 婿殿の精液、もっと、もっと欲しい♡」

「精液のぬるぬるで、おっぱいいくらでもにちゅにちゅってできちゃう♡ えへへっ。これって、ちょっとおもしろいね♡」

 

 恍惚の表情を見せる常磐と、嬉々として奉仕を続ける桃香。

 どぷっ、とぷっ、びゅくっ。

 そんな二人の肌を染め上げるべく、真新しい精液が亀頭の先からこぼれでていた。

 

 

 襄陽の城郭。娘たちを呼び寄せ、炎蓮は卓を囲っていた。宿老たちの姿はなく、完全に親族だけの集まりである。

 揚州から駆けつけた雪蓮が、疲れたように肩を揉んでいる。曹操の軍は、東西に分かれて侵攻の準備を整えている。指揮系統が数日乱れていたという報告があったが、今では元通り引き締められているようだった。

 

「それで、いったいなんの用だってのよ、母さま。これでも私、忙しいんだからね。向こうの東方軍団だっけ? その動きにも、ずっと気を配っていなきゃいけないんだし、楽じゃないのよ」

「姉さま。だからこそ、われらの意思をここでかためておく意味があるのだと私は思います。曹操はかつてない難敵。それでも、孫家の誇る絆があれば打ち破れましょう」

「ほんと真面目ねえ、蓮華は。知らないわよ、母さまが気まぐれで呼びつけただけなのかもしれないってのに。お酒飲んではい解散ー、とかだったら笑えないわよ、まったく」

「むーっ、さすがにそれはないってー。ねっ、母さま?」

 

 妹二人に嗜められるようなかたちで、雪蓮が渋々槍を引っ込めている。

 場が静まったのを確認して、炎蓮はようやく口を開いた。

 

「おまえたちに、報告しておきたいことがある。今日呼び寄せたのは、そのためでな。ついでに、軍議にも顔を出していけ。曹操との決戦を前に、みなで集まるのは、これで最後だ」

 

 腹のあたりに軽く触れてから、炎蓮は椅子から立ち上がった。

 娘たちの視線が集まる。どうしてか、口もとは自然と笑みを刻んでいた。




北郷一刀(曹操)
 外史の寵児。早すぎた転移により、『天の御遣い』としての道を閉ざされた男。
 一刀は実子のなかった曹嵩に拾われ、やがて曹家を継承することになった。新たに覚醒した曹操は、次代の覇者となるべく邁進する。
 董卓、袁紹、劉備、馬騰。正史とは異なる軍団を従え、曹操は孫堅との決戦に挑む。


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二十四 賭けの行方

 おもむろに立ち上がる母の顔を、蓮華は静かに見据えた。

 表情にはやはり威厳があり、ちょっとげんなりしたような素振りをみせていた姉も、黙ってその言葉を待っている。

 嫌な知らせではないような気がしていた。

 母の眼を見ていれば、そのくらいのことはわかる。親族だけの集まりなのだ。機嫌が悪い時は、露骨にそれが前に出る。

 

「最近になってわかったことだが、どうやらガキができたようだ。ハハハッ。よろこべ、シャオ。待望の、弟か妹だぞ」

 

 大口を開けて、母が笑っている。

 あまりのことで、正直理解が追いつかなかった。姉と妹も同じなようで、瞬きもせず、椅子に座ったまま身体を硬直させている。

 ガキ。子供。母が、今になって子を孕んだ。実感として、なにかがあるはずがない。ただ近頃、軍議の途中であっても、突然抜け出す時があったのだという。それが、妊娠の兆候だったのだ。そうなると、問題になってくるのは、誰が父親なのかだった。

 

「が、ガキですってぇ!? ちょっと母さま、冗談にしては質が悪いんじゃないの」

「冗談などであるものか。オレがこれまで、何人産んできたと思っている」

「もちろん、侍医には見てもらったんでしょうね? というか、このこと、宿老のみんなには」

「医者に見せて、無駄に情報が洩れたらどうする。オレの身体が、新たないのちが芽吹いたと言ってきていやがるんだ。十分じゃねえか、それで」

 

 腹をゆっくりと撫でながら、母が言った。

 二人のやり取りを眺めていて、少しだが思考が落ち着いてくる。小蓮は、ちょっと顔を赤くして、そわそわとしている。

 

「知らせるなら、まずは身内からだ。それが、筋ってもんだろう? 通すべきものは、通す。チッ……。あのチンポを通したのは、ちと余計だったのかもしれんがなあ」

「あの、母さま。子ができたというのは、どうにもならない事実として、もう受け入れます。それで、お相手は? 麾下の、誰かなのですか」

「ああん? 随分と、くだらねえことを訊いてくるじゃねえか、蓮華。これに関しては、貴様がもっとも理解していると思っていたのだがな」

 

 尋ねはしたが、自分でも愚かな問いだと思った。

 母と肌を合わせて、やり合えるような男。それこそ、そこで命を燃やすくらいの熱さがなければ、この人に子を宿せるはずがない。

 

「んなもん、曹操に決まっているではないか。今の孫家に、オレを孕ませようという気概を持つ男が、本気でいると思っていたのか?」

「ああ……。やはり、あの男なのですね。曹操の、決戦を控えた相手のやや子が、母さまの中にいるだなんて」

「いやいやいや! あり得ないでしょ、そんなの。蓮華は、どうしてそんなに納得できるのよ。曹操が相手だなんて、そんな……!」

「そ、そうだよ。いくら自由な母さまだって、曹操と赤ちゃんつくるのはおかしいってば。ねえ、ほんとは違うんでしょ、母さま?」

 

 半分泣きそうになりながら、小蓮が母にすがっている。姉と妹との反応は、当然のものだった。子ができたという報告だけでもかなりの衝撃があるのに、しかも相手があの曹操なのである。停戦交渉の折に、なにかがあったとしか思えなかった。

 あの時、室内には母と曹操が二人だけで入り、中の様子を伺うことはできなかった。だが、交渉を終えて出てきた母はやけに機嫌がよく、曹操だけが疲労を滲ませていたのが印象に残っている。

 それを知っている自分だけが、妙に得心しているという状態だった。

 

「戦に、私情を持ち込むことはない。それだけは、ここではっきりさせておく。ガキの父親が誰だろうと、腹がデカくなっていようと、オレは剣をとって闘うだけだ」

「くううぅ……。ほんっと、むちゃくちゃな人なんだからぁ! どうなったって知らないわよ、私は」

「ハハッ。オレに大将が務まらんと判断したならば、力でその地位を奪い取ればいい。相手なら、いつでも受けて立つ」

「そんなことしている場合じゃないのよ、今は。もういい。話題を、変えましょう。戦のことでも考えていないと、頭がおかしくなりそうよ」

「なんだ、やはりまだまだひよっ子だな、雪蓮。乳がでるようになったら、昔のように吸わせてやろうか、アハハッ」

「母さまも、そのくらいに。戦の話に移る前に、休憩を入れませんか」

「まあ、いいだろう。少し、あたりを散歩してくる。付き合え、小蓮」

 

 小蓮だけを連れて、母が部屋をあとにする。

 椅子に崩れ落ちた姉。顔を見合わせ、蓮華はため息を洩らしている。

 

 

 もどってきた母が、荊州周辺を記した絵図を上から覗いている。

 右手には筆。その先が、自分の統治している汝南のあたりに移動するのを見て、蓮華は気を引き締めた。

 

「え? 母さま、それは」

「なんだ。なにか言いたそうな顔をしているな、蓮華」

 

 笑顔の母が、汝南の上に朱色のバツ印をつけている。

 なんとなく、意味はわかる。豫州には曹操の勢力が伸びてきていて、そこで戦をするなら前回以上に繊細な仕込みが必要になってくるのだろう。

 大軍勢を相手取るなら、小勢の方が戦場を選び、地の利をもって迎え撃つべきなのである。そのために、汝南を、豫州を捨てる。母が言いたいのは、つまりはそういうことなのではないか。

 

「汝南での防衛は最低限にしておき、荊州内部に曹操の軍勢を引き入れる。そうなれば、こちらの戦略はずっと自在なものになる。そう仰りたいのですね、母さまは」

「おう。蓮華が言ったように、汝南は一時曹操に預けようと思う。豫州では、二、三度小競り合いをするだけでいい。向こうの反応を見て、荊州において撃滅を狙う」

 

 曹操やその麾下であれば、領民に無体な真似をすることはない。そんな信頼があるから、母はあえて預けるという言葉を使ったのか。

 母の持った筆が、またしても走る。

 丸印がつけられているのは、江陵の少し上。夷道との交差点が、赤く染まっている。

 それを確認してから、姉が心配そうに意見を述べた。

 

「平気なの、こんな戦場選びをして。荊州のど真ん中まで敵軍を引き込むということは、それだけ領地を通させるってことになるじゃない。古くからの臣下ならともかく、こっちで加えた将兵は間違いなく腹を立てるわよ。下手を打てば、離反までありえる。そのくらいのこと、わかっていない母さまだとは思っていないけれど」

 

 母も姉も、戦に関しては自分の遥か上をいっている、という自覚がある。その二人を相手にしてもまったく遜色ないのだから、曹操の才覚は言うまでもなく突出していた。麾下の軍団の精強さにしても、同じことがいえる。

 

「ああ。確実に荒れるだろうよ、次の軍議は。責任感の強い黄忠などは、きっと怒りをあらわにする。その感情が劉表の旧臣にまで伝播すれば、オレでも引き止めきれなくなるかもしれんなぁ、ハハハッ」

「うわぁ……。今の母さま、すっごく愉しそう。それが必殺の策になるんだよね、シャオたちの」

「さあなあ? ただ、あの男は十中八九乗ってくるぞ。敵に策があれば、その策ごと飲み込み、喰らおうとする。そういう男なのだ、曹操というやつは」

「へえ? さすがに、曹操の性格をよくご存知だこと。だったら私たちの役目は」

「劉備の率いる東方軍団に、横槍を入れさせるな。それから、冥琳と思春に、水軍の調練の仕上げを急がせておけ。仔細は、追って伝える」

 

 母の頭の中では、対曹操の大枠がかたまっているようだった。

 おそらく、開戦の時期はそう遠くはない。曹操は曹操で、長安の朝廷から根強い敵視を受けている。そちらの増長を避ける意味でも、早期の決戦を狙ってくるに違いない、と蓮華は考えていた。

 

「オレからの用件は、これだけだ。全体の軍議は明日。さて、あとは……」

 

 部屋を移動する間、母の隣を歩いた。

 新たな姉弟の命が、すぐそばにある。そう思うと、なんだか不思議だった。子を宿す感覚は、自分のまだ知らないところにある。そもそも、睦むような相手がいない。姉は冥琳を伴って眠る時があるというが、それはあくまで女性同士の付き合いであり、友情による部分が大きいのではないか、というのが蓮華の抱いている感想だった。

 

「久しぶりの、親子水入らずだ。今夜は、ぶっ倒れるまで飲んでも構わんぞ」

「はあ? それって絶対、お腹に赤ちゃんのいる人の台詞じゃないでしょうよ」

 

 別室に準備されていたのは、たくさんの料理と酒。

 表面的には呆れ返っているようだが、姉がよろこんでいることは明白だった。



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二十五 北郷十字の旗(月)

 冬が完全にやってくるまでに、豫州を陥落する。同時に、麗羽の率いる別働隊が西進し、洛陽周辺を電撃的に制圧する。この二つの初手が、なにより肝要だった。なにごとも、一歩目で躓けばすべてに狂いが生じる。どれだけ手堅い盤面を作り上げていようと、それは同じなのだ。

 十万を越える兵が、要所に集結している。闘気は南方に強く向けられていて、長安にいる廷臣どもは、自分が孫堅との決戦のみに集中していると感じているはずだ。

 とにかく、緒戦に勝つことだ。それで流れを自軍に引き寄せ、いけそうなら荊州北部にまで楔を打ち込む。中心に近づくほど、当然だが抵抗は激しくなる。誰を討ち、どこまで負かせばこの戦は終熄に向かうのか。しばしば、曹操はそんなことを考えるようになっていた。

 寝台の上に、月が身体を横たえている。挑発的な色が、かすかだが瞳にあらわれている。革製の首輪には紐が通されていて、その終端を握っているのは自分の右手だった。

 力まかせに引っ張れば、いつでもその肉体を自由にすることができる。月は薄い貫頭衣だけを身にまとっていて、裾からは白い脚が伸びていた。黒い下着が、落ち着いた雰囲気によく合っている。

 この時間、丕は詠に預けられている。乳はたっぷり飲んでいたから、しばらく腹を空かすことはないはずだった。

 

「あたたかいです。一刀さまに、こうして抱きしめていただくと。んっ……。もっと強くても、私は平気ですから」

 

 紐をちょっと手繰り寄せ、月の隣に寝転んだ。

 頭頂部に鼻を埋め、後ろから身体の感触を愉しんだ。匂いを確かめられるのが恥ずかしいのか、月が何度か身じろいでいる。逃さず、曹操は大きく息を吸った。

 

「襄陽で行われた軍議が、紛糾していると聞きました。意外と、豫州は労せずして得られるのかもしれません。自国の内側でする戦は、色々な面倒がつきまとうものです。土豪たちが嫌がるのは、孫堅も承知のはずですが」

「かつて劉表の重臣だった黄忠が、場所を憚らずに怒りをぶちまけている。そうでなければ、荊州の小者どもはなにも言えんさ」

 

 前回のぶつかり合いとは、わけが違う。今度の戦は、曹家に主導権があると言ってよかった。

 防衛ではなく、侵攻を目的とした戦だった。

 長く続いた乱世に、民衆は飽いている。もう十分だと感じているのは、自分にしてもそうだ。

 華佗に倣った言い方をするなら、国に蔓延る病魔を取り除く。新たな覇者が立ったとして、時期を逸しては意味がなくなる。やるなら、今なのだ。

 

「んっ、あっ……。いたしませんか、一刀さま。どことなく、罠の匂いが」

「しているのは、月のいい匂いだけだ。こうしていると、気持ちが落ち着く」

「もう、一刀さまはそうやってご冗談ばかり。あっ、んうっ……。ほんとうに、恥ずかしいんですから」

 

 大っぴらにするものではないが、孫堅とは気が合うと認めていた。

 ずるずると長い戦をするつもりはない。必殺の策を用意し、孫家の軍勢は牙を研いでいるはずだ。そこに飛び込み、それ以上の力で叩き潰す。でなければ、民衆は自分を覇者と仰がないのではないか。『天の御遣い』の風聞を含め、細かな根回しは行っている。だが、結局は大勝負に勝てる人間を誰もが欲していて、それこそが覇者の証となるのではないか。

 

「孫堅がなにをしてこようと、俺のするべきことはひとつだ。そうだろう、月?」

「はい、一刀さま。あなたは、勝ちます。勝つべくして、この世に産声を上げられたお方なのです。その叫びを、ずっと以前から私は知っている。天と地と、そしてあまねく人々に、その御志を焼きつける時が来ているのでしょう」

 

 月の手が着物にかかる。曹操は身じろぐことなく、受け入れているだけだった。

 脱がしながら、指が肌に触れるか触れないかのところを、何度も行き来する。そうしている月はちょっと愉しそうで、首輪と紐を着用していることなど忘れそうになる。

 

「まあ……。立派なおちんちん、出てきてしまいましたね、一刀さま」

 

 言うなり、月が男根への奉仕を開始する。

 どこまでも丁寧で、愛情を感じさせる動きだった。亀頭の表皮に垂らした唾液を薄く伸ばし、汚れのたまった雁首を指の腹で優しくこする。半勃ちになっていたものはすぐに力を漲らせ、月の手には余るほどの大きさに姿を変貌させていく。

 

「大きすぎて、両手を使っても隠しきれません。ほんとうに、いつ見ても素敵なかたち。指、気持ちよくできていますでしょうか、一刀さま」

「月の奉仕を、不満に思ったことなど一度もない。続けてくれるか、このまま」

「はい、もちろん。でしたら、つぎはお口で……。んむっ、おくっ、むっ、はぷっ」

 

 身体をうまく回転させ、月が小さな口を使い男根の先を包み込む。頭の代わりに今は下腹部が眼前に出現していて、黒い下着が隙間から何度も見え隠れする。

 その奥の光景を確かめてみたくなり、曹操は手を伸ばした。少しひんやりとした肌。吸い付くような感触が、膨らんだ情欲をさらに刺激する。

 

「んっ、ちゅぱっ、むぐっ、むっ……。あっ、ふふっ。下着、気に入ってくださいましたか? こうした色も好まれるのではないか、と麗羽殿が」

「はははっ。隠し通せることなどありはしないな、なにも」

「覇者を目指す重圧を、私は知らないわけではありません。みなで登れば、苦しい一歩も多少は楽になるでしょう? ですから、存分にお分け与えください。それが私たちの、よろこびにもなるのですから」

「ン……、違いない。それに、みなには以前から、背中も脚も押してもらっているつもりなのだよ。俺ひとりにできることなど、たかが知れている。天下というものは、そこまで軽くはないのだからな」

「あっ、んんぅ……。はあっ、あっ、一刀、さまぁ……」

 

 股座に顔を突っ込ませ、下着の横から舌を内部に滑り込ませる。奉仕をしていて興奮したのか、入り口も中もじっとりと濡れている。愛液を吸い出すようにしてやると、月は男根を握ったままかわいらしい声で鳴き声をあげた。

 

「容赦のないお方なんですから。私も、負けるつもりはありません。お口全体を使って、おちんちんをもっと気持ちよく……。んぶっ、んっ、じゅるっ、ずぱっ……」

「いいな。おまえとの勝負は、やはり心が躍る。ならば、こちらも」

「ひゃんうぅう♡ じゅ、じゅぷっ、れぉ……、ずぷぷっ……」

 

 淫らな水音が、室内に反響する。

 早い段階で、董卓という壁にぶち当たったから、今の自分を作り上げることができている。汁を垂れ流す膣肉をしゃぶりながら、そんな考えがふと過ぎった。

 土をつけることができなかった存在。後に呂布軍だけは降すかたちになったが、董卓にだけは勝ち逃げをされた格好なのである。

 

「ひゃふ、んっ、んぐぅうう♡ 激しい、一刀さま……っ♡ これだけで、すぐに達してしまいそうなんです。あなたの熱が、こんなにも強くて」

 

 つい、敏感な陰核を本気で責めてしまっていたようだ。

 快楽が強すぎたのか、月がちょっと口を離してしまう。腰を突き出したのは、寂しさを感じたからなのかもしれなかった。心地いいあたたかさに、先端が再び包まれる。わずかに上がる苦悶の声。気にせず、愛液を味わい抽送を続けた。

 

「お、おおっ……♡ お゛ぐっ、むっ、ふーっ、ふうっ♡ じゅっ、んふっ、もごっ、ごっ、ぐぷっ……♡」

 

 男根で喉奥を犯されるのがよかったのか、月の濡れ方に変化が生じる。粘り気が少し強い。興奮が高まると、味もそれまでとは違ってくるのだ。

 どろどろになった下着をさらにずらし、入り口を割り広げる。丕を産んだ膣穴。それでも色合いは鮮やかで、舌触りはどこまでも滑らかだった。

 なんとか反撃にでようと、月が必死で男根に舌を絡ませる。尻肉を握り、限界まで舌先を膣肉に潜り込ませた。嬌声。喉のふるえが、男根を通して甘い痺れを全身に運ぶ。

 

「いうっ♡ いっ、もごっ、んいっ♡ らひて、らひて一刀ひゃまっ♡ んぐぐっ……。へーえひ、んぷっ、んぐぐっ♡」

 

 言葉こそ不明瞭だが、意図は十分に伝わってくるのだ。

 せり上がる精液。中程でとどめ、月を先にいかせることだけを考えた。男の、くだらない誇りなのだろう。こんなところで勝ちを拾って、なんになるという思いはある。それでも、勝ちは勝ちにほかならなかった。

 

「いっ、んふっ、ふーっ、んぅううううう♡♡♡」

 

 声にならない声と一緒に、月が大きく身体をふるわせる。もういいと感じ、曹操は喉の奥の奥で射精をはじめた。

 苦悶がずっと強くなる。息をすることすら、ままならないのかもしれない。それでも、月は幸せそうに愛液を撒き散らしている。だから、やめる必要などどこにもないと思った。

 

「はふ、あーっ、ああっ……」

 

 たっぷりと出し終え、男根を引き抜く。硬度には少しの衰えもなく、いくらでも気力が湧いてくる感じがする。

 寝台に座り、月と向き合った。よくがんばった、と頭を撫でてやる。ほころぶ表情。緩んだ口もとから、放出した精液がどろりと流れ落ちる。

 

「んべぇ……。んっ、けほっ、んんっ♡ ほら……、あなたに出されたものがこんなに。たくさん飲ませていただいたのに、まだお口の中に残っていたんですよ? ほんとうに、窒息させられてしまうんじゃないかって、はふう……」

 

 受け皿のようにした両手に、月が残った精液を吐き出す。自分でも、おかしな笑いがでるくらいの量だった。それを見せつけるように、月はもう一度口にもどす。ゆっくりとした咀嚼。赤く染まった頬がほほえましい。時間をかけて味わい、月はごくりと濃厚な汁を飲み下した。

 

「はい、ごちそうさまでした。見てください、一刀さま。私のお腹、ちょっと膨らんでいませんか? 先程の射精、そのくらい凄まじいものでしたので。ふふっ。いつもより、興奮されていたんですよね」

「いろいろあったのだ、いろいろとな。これだけ出したのだから、もう同じだろう。こちらからも、注いでやりたいのだが」

 

 貫頭衣を脱ぎ捨て、月が下着だけになっている。確かに、わずかだが射精のせいで腹がぽっこりしている気がしていた。

 

「あなたさまの、お好きなように。月のすべては、あの夜に捧げたつもりです。ですから、あっ……」

 

 軽い肉体を押し倒し、大きくなった乳輪に舌を這わせた。

 それだけでも、甘さがなんとなく伝わってくる。勃起した乳首。ためた愛情を吸い出そうと、音を立てた。

 

「えへへっ。一刀さまの分を、残しておくべきでしたね。娘にたくさんあげてしまったので、しばらくほとんど出ないかもしれませんよ」

「それでも、構わない。娘を優先するのは、母として当たり前のことだ」

 

 左右の乳首。交互にしゃぶりつきながら、膣内への挿入を開始した。

 以前よりも、少しやわらかさが増したのか。爛れるような女の熱と、母の情愛。その両方をひとえに感じ、腰を前後に揺さぶる。

 

「はぁーっ、ふうっ……。気持ちいいです、一刀さまぁ。おちんちん、子宮の入り口にこんこんって、また赤ちゃんつくりたいんですか、うふふっ」

 

 月の声に、妖艶な色が多分に含まれている。

 唾液まみれにした乳首。口を離し、首輪につながる紐を引いた。軽い身体。簡単に持ち上がり、腰の上で跳ね回る。寝台の軋む音は、交合の激しさで気にならなかった。

 

「この体勢、すごい……んあぁっ! おちんちんに衝きあげられるの、好き……っ♡ 一刀さまに抱っこされながらだと、すごく安心できてしまえて……ぇ♡」

「下着は使い物にならないな、もう。両方の汁で、ぐちゃぐちゃになってしまっている」

「いいんです、そんなの。一刀さまの匂いに包まれて、一日を過ごせるようになるんです。私にとっては、その幸せの方が強いんですから、ふあぁっ♡」

 

 歓喜の色を滲ませ、月が大きな声をあげた。

 膣肉がうねっている。男根は中でもみくちゃにされていて、さながら熱烈な接吻でもてなされているようだった。

 いくらでも出してしまえそうな心地よさがある。子宮の口は吸い付きを強くしていて、亀頭を甘くねぶってくるのだ。

 

「一刀さま。んっ、んあっ、一刀さま……ぁ♡」

「おっと。ははっ。今度は、おまえから動いてくれるのか、月?」

「はい。お任せください、一刀さま。私が、おちんちんをしっかり気持ちよく、んうぅ……♡」

 

 ふとした衝撃で、月に押し倒されるような格好になった。

 力を抜き、奉仕に身を任せる。肌が合う。月の尖った乳首の感触が気持ちよく、小さく息が洩れた。

 

「へこへこ、止まりません。おまんこでおちんちん搾るの、とっても気持ちいいんです。あっ、はっ、あーっ、んおぅ……。ぐりってするといろんな部分にかたい先端があたって、はあぁああ……♡」

「いいぞ、月。上手にできるようになったな、自分からでも」

「はひっ、はふぅ……。これからも、たくさん練習させてください、一刀さま。もっと淫らに、んっ……、気持ちよく、お精子おねだりできるようになりますから♡ あんっ……! お尻たたかれると、身体びくってなる♡ おまんこも、一緒にぎゅうってなってぇ……♡」

 

 懸命に揺れる尻肉。激励の意味を込めて、数回手のひらで表面を打った。

 それで、膣肉の締まりが明確によくなっていく。紐を引き寄せ、曹操は月と唇を合わせた。

 

「んむっ、ちゅっ、むふぅ、はむっ……。いやらしいですね、とっても。交わりながらの口づけ、普段するのとは全然違っていて、んあぅ」

 

 ためた唾液を、月が上から流し込んでくる。なににも勝る、極上の媚薬だった。男根が勢いづく。想像以上に深い部分で受けてしまったせいか、月が金切り声で鳴いている。

 出したい。この女に、今一度自分の子を産ませたい。

 ひとたび味わうと際限がなくなるのが、欲望というものだった。尻たぶを鷲掴みにし、月の動きに合わせて下から弱点をえぐる。跳ねる腰。垂れ落ちているのは、涙か粘液か。

 交合の音が、果てしなく大きくなっていくような気がしていた。月の肉体は、完全に子種を受け入れる体勢になっていて、子宮がぐっと降りてきているのだ。

 

「はふっ、あっ、ああっ、ひぐうぅう……♡ 気持ちいい。おまんこ、一刀さまのおちんちんで押しつぶしてください♡ お好きなところで、射精、受け止めてみせますからぁ♡」

「はははっ。最高だ。ほんとうに最高だよ、おまえは。俺にとっての月は、やはりおまえただひとりなのだよ。だから、ぐうっ……」

 

 言葉に詰まるほどの快楽。襲われるたびに、痺れが脳内まで一気に駆け抜ける。

 首輪が揺れる。切なげな視線を覗かせてから、月に抱きしめられた。

 離さないし、離れようとも思わない。気持ちは、どちらも同じだった。

 

「いきます、一刀さま。あなたも、どうかご一緒に」

「言われなくとも、そうするさ。さあ、いこうか、月」

「はい、はい……っ♡ あっ、ああっ……。くる、きちゃいます。一番大きいのが、んおっ、おっ、お腹の奥からぁ……!」

 

 ずちゅり、と結合部が合わさる音がした。同時に、様々な糸が切れる。我慢も、限界に達した。

 二回目だろうと、なんら問題はない。むしろ、気持ちが昂ぶっているだけ、先程よりも量は多いのかもしれなかった。

 月に甘く抱きしめられたまま、子宮に精液を流し込む。なによりも甘美な最後だった。男根を締め上げる力加減は抜群で、しばらくふるえが止まらないくらいだった。

 

「んっ、ああっ、あああっ♡ きてる、一刀さまが♡ 私も、びくびく止まらないんです♡ おまんこも、吸い付いて少しも離れない。ふふっ。このまま溶け合ってしまうのでしょうか、私たちは♡」

 

 うれしそうに、月が耳もとで囁いている。

 今だけは、怠惰な感覚に流されていたい。月の発する女の香りが、夢と現実との境界線を淡くさせているようだった。

 

 

 十五万を越える軍勢が、進発の瞬間を待っている。

 林立する『曹』の旗。人と同じように昂揚しているのか、絶影が馬体をふるわせている。

 騎乗し、曹操は瞑目した。国を割るような大戦は、これで最後にするつもりだった。払ってきた犠牲はある。そして、自分はこれから、さらに死を積み重ねるのだろう。

 まずは、豫州をひと息に抜く。そこからは、腰を据えた闘いをすることになるはずだった。

 

「兄上。万事、整いましてございます」

「おう、愛紗」

 

 軍馬にまたがった愛紗が、一旒の旗を手に持っている。

 白地に黒で染め抜かれているのは、丸に十文字の紋様だった。北郷一刀。自分のあり得たかもしれない可能性から、託された思い。

 腰に下げた倚天の剣を引き抜く。天に向けて差し上げると、陽光によって白刃が煌めいた。

 歓声があがる。それが波のように引くのを待ち、曹操は頷いた。

 

「総員、出動」

 

 短く発し、手綱を握る。大地を埋める集団が、風となって動き出した。



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二十六 果てなき思い

 曹操が十万を楽に越える軍兵(ぐんぴょう)を率き連れ、本拠である兗州から出動した。

 東西の両軍団を併せれば、動員されている総数はゆうに三十万を数えることになる。かつて袁紹が、董卓に抗しようと各地の群雄を集結させて作り上げた連合軍を、曹操軍は単独で上回るようになっているのだ。

 現在の孫家では、それに拮抗するだけの大軍勢を揃えることは、容易なことではなかった。すべてを投げ打ち、民衆の心を完全に無視すればできなくはない。だが、そんなやり方をして数だけ集めたところで、曹操とまともな戦になるはずがない。自分たちには、自分たちの方策がある。武門の誇り。孫家の意地。見せつけるのなら、それは今しかないのである。

 防備の見回りを終え、蓮華は安城の城塔に登った。城としての規模は小さいが、東に流れる汝水のおかげで、守りに適した地になっているのだ。

 あと数日で、鍛え上げられた大軍勢が、この地に到着する。汝南を死守しろ、という命令が出ているわけではない。だからこそ、余計にむずかしい戦になるのではないか、と感じている部分がある。それだけ、母は自分に期待をかけてくれているということなのか。ならば、もう腹をくくるしかないと蓮華は思うのだった。

 

「平気ですか、孫権殿」

「ああ、黄忠か。私は、任された務めを果たすだけだ。孫堅文台の娘として、恥ずかしい戦をするわけにはいかない。たとえ、いかなる命が出ていようとな」

 

 自分の決意を耳にして、紫苑がたおやかに笑んでいる。

 麾下の荊州兵三千を率いて、紫苑が最前線にまで出てきている。母はこの地になく、襄陽で戦を待つことを選んだ。

 

「なにも気になさらず、わたくしのことは存分に使い捨てください。御母上に対する態度は、軍人として許されるものではありませんでしたから、うふふ」

 

 どちらかというと、紫苑は守勢を得意とする将だった。それが荊州の地を離れ、わざわざこんな最前線にまで出向かされている。そこには、確かな理由があったのだ。

 曹操の子を孕んだ。その事実を家族に打ち明けた母は、翌日すぐに軍議に臨んだ。

 潁川郡を奪られていることもあり、唯一豫州に突き出た汝南だけで闘うのは、いかにも厳しい。であれば、荊州内部にまで曹操の軍勢を引き入れ、策を用いてこれを撃滅するしかない。それが母の示した方針であり、娘である自分たちを含め、ほとんどが賛意をあらわにした。

 

「やり方など、ほかにいくらでもあったろうに。本気で殺し合いに発展するかと思うような気迫だったぞ、母もおまえも」

「あらまあ。それは、お褒めの言葉として受け取っておきますわ、孫権殿」

 

 母の戦略に猛反対をした紫苑は、戦の中枢から次第に遠ざけられるようになった。同調した豪族も少なくはなく、捨て置けないと判断された者は、処断されてもいる。

 そういう経緯があって、黄忠軍は汝南に行くことを命じられたのである。体裁としては更迭であり、もとの麾下の半数ほどは、同じく荊州系の将軍である焔耶が預かることになっていた。

 

「まあいい。おまえのような経験のある将軍が近くにいてくれると、私としては心強い。その裏に、造反の意図があろうとも、な」

「いけませんわよ、そのようなことを口走られては。敵を騙すのなら、まず味方からとも言うではありませんか。正直に申しますと、わたくしは、孫権殿にも知らせるべきではないと思っていたんです。ですが、御母上はそうされなかった。とても信頼されているのでしょうね、あなたのことを」

「むぅ……。母からいろいろと試されているようで、なんだかたまに息が詰まりそうになるよ、私は。そのうえ、敵は曹操が直に率いる精兵なのだ。毎日のように見回りをしても、眠ろうとすると不安が襲ってくる。辛いものだな、守将というのは」

 

 穏やかな表情で、紫苑が頷く。

 しばらく、二人で地平の先を見つめていた。馬蹄の音。耳を澄ますと聞こえてくるようで、蓮華はかすかに身体にふるえを感じている。

 

 

 軍馬の手綱を引き、蓮華は意識して背筋を伸ばしていた。水面に反射した朝の日差しが、少し眩しい。

 川向うには、曹操の軍勢がいる。麾下の兵力は二万。面と面でぶつかればかなりの劣勢になるが、全部の敵がいきなり汝水を渡河できるわけではない。そういう意味では、守る自分たちの方が優位に動くことができるのか。

 ゆっくりと馬を歩かせ、粋怜がやってくる。腹心である思春が水軍の調練のために出払っているから、この宿老の存在はありがたかった。母に付き従って幾度となく戦場を駆けているし、兵からもよく信頼されている。表向き、紫苑を相談相手にすることができないから、粋怜に話をする頻度はかなり増えていた。

 

「兗州を出た軍勢のすべてが、こちらに向かったわけではないようです。袁紹を洛陽の攻略に向かわせるなど、余裕を見せつけてくれますね、曹操は」

「そうではない。向こうは向こうで、きっと必死なのだ。ただ、そんな中でも、曹操には数々の戦を乗り越えてきたという自信がある。それがあるから、全体が落ち着いているように見えるのではないか、程普」

「へえ。落ち着きなら、あなたも負けていないんじゃありませんか、孫権さま? そのお若さで、これだけ堂々とされているんです。兵たちも、地に足をつけて闘うことができますよ、きっと」

「ならば、よいのだが。退き際だけは、見誤りたくはない。程普。そちらも、用心していてくれるか」

「御意。呂蒙にも、そのあたりのことを言い聞かせておきませんと」

「たのむ。私は、私の采配に集中していよう」

 

 対岸。一団の影が見えている。立ち並んでいるのは、馴染みのない軍旗だった。

 黒い軍馬に乗ったひとりが、こちらに視線を送っているのか。少し遅れて、数人の護衛が守りをかためている。

 出てくることを、期待されていると思った。曹操はまだ若いが、重ねてきた戦歴は母にも比肩する。戦場(いくさば)を離れればそうでもないが、古くからの強者としての雰囲気を有している男だった。

 

「丸に十字。報告で聞いてはいたが、不思議な紋様を使うのだな、曹操は。どういう意味があるのだろうか、あれは」

「わかりませんが、あの男のそばにあると、なぜか威圧感のようなものがありますね。出られますか、孫権さま?」

「ああ。いきなり尻込みしているようでは、士気に悪影響を与えよう。母のようにいくかわからないが、なんとかやってみせるよ、私も」

 

 気合を入れ、馬を駆けさす。

 流れを挟んだ向こう側に、曹操がいる。意を決し、蓮華は叫んでいた。

 

「よく来たな、曹操。貴殿の果てなき欲望、数多の女に向けるだけでは飽き足らず、ついに孫家の領土を犯すまでに成長したか」

「はははっ。いい気迫をしているではないか、孫権。その強気な姿勢ごと、この戦にて屈服させてくれよう。愉しみにしておけ。国の安寧を、俺のような男が作り上げるのだ。おまえたち母娘(おやこ)には、その礎となってもらうぞ、存分にな」

 

 出そうになる舌打ちを、どうにか堪えた。軽いようでいて、相手はどこまでも泰然自若なのだ。動揺を見せては、出てきた意味もなくなってしまう。

 自分を見ているようでいて、曹操の眼は母に向いているのではないか。なにかそんな気がしてきて、どうすればいいという思いばかりが強く募る。

 

「大丈夫。少しも負けていませんよ、孫権さま。やり返してやりましょう、あの男に」

 

 粋怜が言葉で背中を支えてくれる。

 息を深く吸い直し、遠く曹操に視線を投げかけた。今だけは、自分だけを見ろ。そんな思いがあるせいか、身体が自然と熱を帯びている。

 思えば、短くない付き合いになっていると思った。

 酸棗の陣で出会い、戦での苛立ちをぶつけてしまったこともある。その時から、曹操は物事を冷静に捉えていたが、反対に戦場ではどこまでも激しさを見せていた。

 そこから年月が経ち、自分も一軍を預かるようになっている。粋怜の気持ちを、これまで積み上げてきたものを、信じてみようと思った。

 

「その言葉、そっくり貴殿にお返しする。この戦に勝利し、天下に安寧をもたらすのはこの孫家だ。誰にも、邪魔などさせるものか。行くべき道はただひとつ。曹家を降し、われらこそが次代の覇者になるのだ」

 

 飛沫が舞う。無意識に手綱を握りしめていたせいか、手にかすかな痛みがある。

 自分の宣言を聞いていた曹操が、二度ほど頷いたように見えていた。ちょっとは、やり返すことができたのだろうか。火照った顔の輪郭。撫でながら、蓮華は曹操の動きを眼で追っていた。

 

「この論争の答えは、戦にて導き出すしかあるまい。おまえの覚悟、しかと見せてみるのだな、孫権」

 

 それだけ言って、曹操が颯爽と引き返していく。『曹』の一字の旗。それにあの十文字旗が、続いて踵を返す。

 どっと吹き出す汗。これだけの疲労を感じるのは、久しぶりのことだと思った。

 

「ふふっ。お疲れのご様子ですが、孫権さま」

「わかっている。曹操軍の動きから、眼を離すな。きっと、すぐにしかけてくるぞ」

 

 気を緩めている余裕はどこにもない。

 水の入った竹筒を、粋怜が差し出している。乾いた喉。一気に飲み干すと、活力が身体の底から蘇ってくるようだった。

 天下泰平に向けた第一歩。それを踏み出すのは、自分なのだ。長く伸びた髪を縛り、軍団を鼓舞して回った。

 今は、できることをやるしかない。そして、いつかはあの曹操の両の眼に、自分だけを映してみせようではないか。

 密やかではあるが、確固たる決意がある。蓮華の中で、ひとつの目標が定まった瞬間だった。



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二十七 黄忠誘降

 麾下の弓兵に命を与え、紫苑は曹操軍の動向に気を配っていた。

 話としては何度も聞いているが、実際にその戦ぶりを眼にするのは、はじめてなのである。あの炎蓮が、武人として惚れ抜くような男。その懐に飛び込もうというのだから、緊張がないわけではなかった。

 対岸に大きな影が三つほど見えていた。

 自軍は川を盾にするような格好で布陣しているから、これを正面突破するとなると、かなりの被害を覚悟する必要がある。曹操としてはこれが初戦で、荊州への侵攻を狙っているのだから、そこまでの犠牲を払ってくるとは思えなかった。

 両翼に放った物見からの報告はまだなにもない。対岸に出現した影はゆっくりとかたちを変化させていて、空に向かって伸びている足場のようなものが、下に倒れかかっているところだった。

 

「すごく大きな絡繰ね。だけど、あれを自由にさせるわけには」

 

 真正面からの強行突破。なるほど、舟を使って兵を渡すことを考えれば、簡易的な橋を設置してしまう方が、渡河できる確率は高くなる。

 しかし、歴戦の曹操が、こんなにもわかりやすい手を打ってくるものなのだろうか。頭に過ぎる疑問。それでも、今はからくりをどうにかすることが先決だった。遠距離攻撃をしかけるのに、自分たち以上に適した部隊はない。

 麾下に火矢を準備するように命じ、紫苑は自らも弓をとった。橋の設置を邪魔させまいと、曹操軍が矢を射かけてくる。狙いはまばらで、集中を乱すことが目的の掃射なのだと紫苑には思えた。

 蓮華による采配で、盾を構えた歩兵がすかさず間に入ってくる。これならいける、と紫苑は力いっぱい弦を引いた。

 

「今よ、一斉に放ちなさい」

 

 眼のよさには、自信があった。

 矢の雨。敵軍に吸い込まれていき、不用意に身を晒していた幾人を貫いている。あとの火矢は目立つからくりに命中していて、炎が筐体に燃え移ったせいか、守備兵が慌てて消火作業にとりかかっていた。

 これならば、しばらくはどうにでもなる。攻撃に関しては姉の方に軍配が上がるのだろうが、守りをやらせれば蓮華は家中でもかなりの実力を有している。いずれ荊州まで退くことが戦略的に決まっているとはいえ、はじめから曹操に勢いをつけさせてやる必要はなかった。

 それに、曹操が攻めに苦しんでいるほど、自分の仕事はやりやすくなる。

 

「曹操軍を苛立たせてやりましょう。みんな、一斉につぎの矢を……」

 

 そこまで言って、紫苑の声が途切れた。

 左翼から、異様な雰囲気を感じたせいだった。燃え上がるような闘気。その塊が、自分たちに向かってくるような感覚があったのだ。物見からの報告は、やはりまだなにもない。馬蹄の音。視界を遮るくらいの土煙。それを切り裂いて出現したのは、血をぶちまけたような色をした、『曹』の一字の旗だった。

 

「深紅の曹旗。曹操軍最強の騎馬隊が、どうしてこんなところに」

 

 動揺している場合ではないが、それでもという気分になってくる。やはり、曹操は正面突破を狙っているのではなかったのだ。

 渡河に使う絡繰は囮で、本命は騎馬隊のほうだったのか。おそらくだが、大きく迂回して浅瀬を渡り、最大速度でここまで駆けてきたのだろう。偵察に出ていた物見は、その侵攻によって潰されている可能性もある。呂布の騎馬隊は規模こそ五百を数えるほどだが、ひとりひとりの練度が段違いに高かった。それは董卓に出仕していた頃からの伝統であり、主人を曹操に変えてからも受け継がれていることなのだ。

 軍勢の少なさなどまやかしにすぎず、呂布の騎馬隊は数千から万に匹敵する働きを楽にしてみせる。元同僚の華雄が話していたが、その威力は以前にも増して鋭くなっているのだという。

 

「とにかく、呂布を打ち払う以外に道はないわ。絡繰はいいから、騎馬を狙って。馬の足元を射れば、隊列も乱れるはずよ」

 

 ざわつく麾下を鎮め、紫苑は矢尻を騎馬隊に向けた。

 近づいてくる。あまり遠い状態で射ても、効果はかなり限定されたものになる。なんとか引き付け、攻撃を命じた。

 一直線に並んでいた騎影。矢の雨に呑まれる。そう思った瞬間、隊列が左右に迅速にわかれていく。呂布の騎馬隊というのは、これほどまでのものなのか、と紫苑は奥歯をかんだ。自在にかたちを変化させる、一匹のけもの。自分が相手をしているのは、そういう存在なのだと思うしかなかった。

 闘気の塊が向かってくる。怯まず矢を番え、ひとりを馬上から射落とそうとした。この距離なら外しはしない。息を止め、狙いを定めた。

 

「そこなる将。貴様が、かつて劉表軍にその人ありと謳われた黄忠殿だな。わが名は夏侯淵。私も、弓にはそれなりの自信がある。しばらく、腕比べに興じようぞ」

 

 矢。飛来してくる一本を落としたために、騎兵を射ることは叶わなかった。

 気炎を上げる騎馬隊の中にあって、自分を名指ししてきた相手は冷え冷えとした闘気を放っている。夏侯淵。曹操の最側近であり、弓の名手として名高い女だった。

 乗馬している状態でも、その狙いは正確無比。一軍を率いる身分である夏侯淵がなぜ、という疑問は消えないが、些細なことを気にしてはいられない。

 

「曹操の、一番の愛人というだけのことはある。さすがに、いい腕をしているわね」

「ふむ。一番と言ってもらえるのはありがたいことだが、少し訂正をしてもらえるか。わが殿は、みなを等しく妻として扱ってくださっているのでな。もっとも、子を授けてくださる順番だけは、どうにもならないのだが」

「え、ええ……? 確かに、そればかりは仕方がないものだけれど」

 

 夏侯淵が薄っすらと笑みを浮かべる。呂布軍の攻勢によって部下はかなり浮足立っていたが、被害はそれほどでもないようだった。混乱させるだけさせて、通り過ぎるつもりだとでもいうのか。

 しばらく一騎打ちのような闘いが続き、紫苑は全身に汗を滴らせていた。

 対岸にあった絡繰は、妨害が少なくなったことにより、本来の役目を取り戻しているようだった。いずれは、伸びた橋から歩兵がなだれ込んでくる。そうなれば、いかに守り上手の蓮華といえども、後退するしかなくなる。

 そうなった時、自分はどうするべきなのか。判断だけは、誤るわけにはいかなかった。

 

「聞いたぞ、黄忠殿よ。なんでも、孫堅の指針に不満をぶつけたせいで、かような前線に飛ばされてしまったそうではないか。曹操さまは、優秀な人物に眼がなくてな。貴様のような器量のいい女であれば、なおのことだ」

「それは、夏侯淵殿」

「聞き流してくれても構わない。私としては、別にどちらでも構わないのでな。考えるだけの時間は、今少しあろう。そちらの事情もあるから、殿も即答を求められているわけではない」

 

 誘われている。それも、わざわざ戦場に出向いてまで、こちらを口説きにくるとは思わなかった。

 曹操の考えは、どこにあるのか。おそろしいのは、それがわからないことだった。自ら申し出たことだが、獅子身中の虫に安全が保障されるはずなどない。それでも、炎蓮の目指す作戦を成功させるのなら、自分がやるのが一番だと考えたのだ。祭や粋怜など、宿老たちでは主君との絆が知れ渡っているせいで、潜入任務をやるには無理がある。だから元々敵対していた立場にあり、荊州に根差した人間である自分はちょうどよかった。

 年長者として、男の扱いには多少の自信がある。それに、稀代の女好きだと評される曹操なら、そこにつけ込む隙があるのではないか、とも思えてくる。

 

「また会おう、黄忠殿。いい勝負ができたこと、うれしく思う」

 

 去り際に、夏侯淵が鋭い一撃を放ってくる。それを冷静に撃ち落とし、紫苑は大きく息を吐いた。

 深紅の軍勢が別の標的に牙を剥く。徒歩(かち)の部隊で追うことなど、到底不可能な速度だった。

 流れをものにする手を、曹操は最初から打ってきていたのだ。こちらの腹にある思惑など関係ない。これが覇者を目指す男のする戦だ、という意思をぶつけられたような気分にもなってくる。

 

「曹操」

 

 呟いた声が、風にかき消されていく。

 戦の転機は、想像していた以上に早く訪れた。

 

 

 曹操の軍勢が、豫州の孫堅領に対し侵攻を開始した。同時に、袁紹率いる六万ほどが洛陽周辺に差し向けられていて、制圧は着々と進んでいるのだという。

 昇ってくる苛立ちを噛み殺し、司馬懿は朝議に出席していた。

 出席している廷臣のほとんどが、曹操に対し怒りの感情を抱いている。これなら、全体を自分の思うように動かすことはそう難しくない、と司馬懿は思った。

 袁紹に従っている諸葛亮という者の名で、書簡が長安に届けられていた。どういう大義があって、以前の都を影響下に置こうとしているのか。それをつらつらと書き連ねているが、まともに読むのが馬鹿らしくなってくるような中身だった。

 

「すべて帝のためにしていることだなんて、いったいどの口が言っているのでしょうね。孫堅との戦をはじめた今しか、好機はありません。そのためには、司馬懿殿」

「わかっている、鍾繇殿。私も、根回しはしてきたつもりだ。公儀の軍勢を立ち上げ、逆賊を誅殺する。曹操と孫堅。やつらの勝手な決戦で生き残った片方を滅せば、漢室も新たな時代を築くことができよう」

 

 漢の存続に熱心な連中は多いが、それがすなわち優秀であることに直結するわけではなかった。

 この鍾繇は、それなりに使える。あとは兵を集めるという意味で頼りになるのが董承くらいのもので、戦をするなら自分の身内や直属の部下でかためてしまうしかない、と司馬懿は考えているのだった。

 曹操がその気になったのなら、動きのゆったりとした朝廷であっても決断をするしかなくなる。従いたくなければ、脅威を退ける以外に道はなかった。

 乱世に生まれた男として、このまま終わりたくなどない、という気持ちがあるのは確かだった。曹操は奇妙な噂を流布し、覇者になるための足場がためすら開始しているのだ。

 

「みなに問いたい。このまま曹操による無体な行いを受け入れ、朝廷の威信を失墜させることをよしとしていいのか」

 

 沈黙が拡がる。曹操の息がかかっていると思わしき者の排除は、この数ヶ月でやってきたことだ。だから、あとは腹をくくるしかない状況に追い込むだけでいい。それをちょうど曹操がやってくれたのだから、利用しない手はなかった。

 

「よし。ならばこの司馬懿に、どうか漢室の未来を託していただきたい。私は勝つ。勝って、国の秩序を正しい姿に取り戻してみせよう」

 

 歓声が湧き起こる。

 冷静でいることを心がけているが、今だけはどうしても身体を流れる血が熱くなった。

 袁紹に、諸葛亮。そして、朝廷に反旗を翻した馬騰の一族。まずは曹操の走狗を叩き潰し、それから敵の喉もとに刃を突きつける。

 欲しいのは勝利だけで、ほかにはなにも必要なかった。



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二十八 毒は甘く(桂花、稟)

 支配下に置いた安城に入り、曹操は汝南統治の準備を進めていた。

 敵陣への突入を敢行した呂布隊により、孫権軍の前面は乱れに乱れた。渡河用の兵器は当初囮であり、撹乱が成功したのちは本隊を通すための一手となる。相手の陣取りはほぼ予想していたかたちで、迂回させた騎馬隊を渡せそうな地点は事前に見当をつけてあったのである。

 孫堅が出てきていない時点で、どこかで防衛に見切りをつけることは読めていた。だったら、こちらはより早く相手をその状況に追い込んでやればいい。初手に使える部隊はいくつか存在しているが、出し惜しみをする必要はないと思った。そのうえで、怪しげな気配のある黄忠に揺さぶりをかける。こちらにしても、まず乗ってくるはずだという確信があった。

 

「あなたの思い描いていたようになったわね、一刀。孫権は汝南の防衛を諦め、荊州に退却する。それに、あの女の投降まで」

 

 親指の先を口に含めながら、桂花が言った。椅子に浅く腰かけ、卓上の書面に筆を向けたまま、曹操は耳だけを傾けていた。

 新たな領土を手に入れたから、しばらく文官は忙しくすることになる。軍勢を引き連れ、このまま荊州に進出するつもりではあるが、春になるまでは基本的に汝南の統治に力を注ぐことになる。自分のもとには汝南袁氏の筆頭たる麗羽がいるのだから、豪族や民衆の心情はどうとでもできる自信があった。

 

「ねえ、ちょっと。私の話、聞いているんでしょうね? なによ、熱心に文なんてしたためて」

 

 桂花の声色がわずかに険しくなっている。

 無視などするはずがないし、内容はすべて聞いているつもりだった。桂花だって、そのことは理解しているはずなのである。それで拗ねたような仕草を見せるのだから、母になってもかわいいところは変わらないな、と曹操は筆を置きながら思うのだった。

 堅苦しい書面ではなく、身内に送る近況報告のようなもので、内容はほとんど最後まで書き終わっている。陣中見舞いというか、できれば早く知らせてやりたいと思っていることだから、入城してすぐ作業に取り掛かっているのはそのためだった。

 

「洛陽にいる麗羽に、故郷を抑えたことを知らせてやりたくてな。これで、里帰りも気楽にできるようになる」

「ふうん。ほんとに、仲のよろしいことで。意識していがみ合っていた頃が、懐かしく思えてくるわね」

「おまえがアレを焚きつけてくれたから、できていることだ。これでも感謝しているのだぞ、桂花?」

「いらないわよ、そんな言葉なんて。私は、私のやるべきことをしただけなんですもの。麗羽殿にしたって、きっとそう。桃香殿、それに朱里も、自分のできることを精一杯やって、あんたにぶつかってみせた。そして、その総仕上げをできる人間は、曹操孟徳ただひとりなのよ。だから、きっちり決めてみせてよね。なるんでしょう? この闘いを乗り越えて、国の覇者に」

「言われるまでもない。しかし、そうやって改めて言葉にされると、託されてきたものの多さに気づかされるな。荷は俺が背負えばいい。だから、支えてくれるな、桂花」

「やっ、ちょ、ちょっと、いきなりなにするのよ、ぉ……」

 

 立ち上がり、桂花のやわらかな身体を抱きしめる。甘い香りがふわりと漂う。

 唇が、まだなにかを言いたそうにしている。黙殺するには、吸い上げてしまうのが一番だと思った。桂花が小さく息を洩らす。それがかわいくて、抱擁をさらに強めてしまう。

 

「む、むう……。んっ、ちょ……。んっ、んむぅ……」

 

 抵抗。あまりにも弱々しかった。

 強引に組み敷かれることを、むしろ望んでいる。桂花の反応を窺っていると、そうとしか思えなかった。

 口づけだけを続けていると、細い指がじれったそうに腰のあたりを引っ掻いてくる。不器用なりに、求めてくれているのだから、応えてやるのがたぶん筋なのだろう。

 

「はふっ、んむっ、はーっ。んっ、あうっ、あっ、ば、ばかっ……」

 

 手早く衣服を乱し、つながれるだけの状態にしてしまう。下着の端からはみ出た陰毛が愛らしい。それごと押しこむように、秘裂に指を突き入れる。桂花は表情をわずかに歪ませるだけで、自分の愛撫に完全に身を任せていた。

 あたたかな腟内。徐々に湿り気に包まれ、やがてそれが入り口にまで伝わっていく。桂花がわかるようにかき混ぜ、指に擦り付けた粘液で音を鳴らす。

 ぐぶっ、ずちゅっ、ぐぷぷっ。淫猥で、しおらしさの欠片もないような音だった。

 

「んあっ、ぐっ、んっ、んふぅ……。やっ、やめっ……。ぐちゅぐちゅって鳴らすの、禁止……なんだから……っ♡」

 

 悦びにふるえる声。桂花の秘部を、乱雑に犯したいという衝動が大きくなる。女体の昂揚とともに甘い香りは存在感を増し、それは脳髄から下腹部にまで行き渡り、男根に力を与えている。

 

「はへっ……? こ、こんな、宙に浮いたような状態で……。んっ、うひぃ……っ♡」

「ははっ。振り落とされたくなければ、しっかり掴まっているのだぞ、桂花」

 

 軽い身体。抱き上げたままなにをされるのか、桂花がわからないはずがない。首の後ろで交差する両手。濡れた秘裂に男根の先をあてがうと、曹操は腰にぐっと力をこめた。

 幾度となくつながってきた穴だから、抵抗らしい抵抗はまるでなかった。気持ちよさそうな声を桂花が洩らす。いつもとは勝手が違うぶん、予想から外れた快楽がやってきやすいのではないか。歯と歯の擦れるような音。それを顔の横で聞きながら、曹操はやってくるあたたかさに満足していた。

 

「はひっ、ん゙っ、あ゙ーっ、んあっ、はっ♡」

 

 だらしのない声が執政室に響く。口を開け閉めして喘いでいるのは上も下も同じで、分泌された愛液が数滴床を汚している。

 持ち上げている状態だから、細かな責めができるわけではない。男根が子宮口を押し上げる。先端も桂花の身体を支える一点の役割を果たしていて、普通に交わっている場合よりも密着具合はずっと高かった。

 どれだけ崇高な音曲でも、この音色を奏でることは叶わない。

 さらに余裕がなくなっているのか、桂花の口から涎がだらりと垂れ落ちる。

 

「ふーっ♡ あっ、だめっ……。そんな、あ゙っ、んあっ。私の深いところばっかり、んーっ、んひぃ……♡」

「愉しそうではないか、桂花。この体勢、気に入ってもらえたようでなによりだ」

「んぐっ、ああっ……! う、うっさいわね、このっ、おっ……孕ませ魔神。うあっ、んっ、んーっ♡ あ、あんたのチンコが、あっ……♡ 気持ちいい場所ばっかり責めてくるから……ぁ。こんな、んあぁああ……っ。出したくもない声ばっかり、たくさん、あーっ♡」

 

 桂花の放つ嬌声。結合部のぶつかり合う音と混じり合い、複雑な響きとなって心を満たしてくれているのだ。

 両手を使って尻を左右に拡げ、さらにつながりを激しくする。羞恥に染まる穴の姿を見られないのは残念だが、真っ赤になる桂花の顔が見られればいまはそれで十分だと思った。

 

「やっ、いやぁ……! お、お尻の穴、ひろげるのはだめぇ……♡ お゙っ、んっ、おーっ♡ ぶ、ぶっといチンコがぁ、ああぅ♡ 一刀のチンコが、私のこと、また孕ませようとして、奥の奥までぐいって……ぇ♡」

 

 考えるまでもなく、限界が近そうだった。

 絡みつく肉弁の心地よさを男根に受けながら、おのれの中でふくらむ快楽を高めていく。終わらない抽送によって膣口からは汁が垂れ流しになっていて、そろそろ水たまりができてしまうのではないか、と曹操は内心思っていたりもする。

 

「いきたいのか、桂花? このままでは、どうしたっておまえの中に出してしまうことになるのだが。はははっ。できてしまうかもな、二人目が」

「そ、そんなっ、んひぃ……♡ い、いぎっ、あーっ♡ わ、私が、気づいていないはずがないでしょ、一刀。ああっ、んむぅ……。馬鹿みたいにふくらんだチンコ押し付けて、んあっ。こ、こんなの、はじめっから、私のこと孕ませる気、ふひぃ……っ♡ ま、満々だったんじゃない♡」

 

 険しい表情をつくろうとして、それが悉く失敗しているのがおかしかった。

 どちらかというと、だらしなくできた笑顔にしか見えなかった。そんな表情を浮かべながら、桂花はどうにか自分のことを罵倒しようとしているのだ。あまりにも健気で、余計に愛おしくなってしまう。

 

「いっ、いぐっ♡ ん゙ーっ、ふう……。ふ、ふんっ。どうせ私は逃げられないんだから、好きにすればいいじゃない。ああっ、あがっ、あ゙あっ……♡ 子宮でもどこでも、あんたの勝手に……ぃ♡」

「やはり、俺をよろこばせる天才なのだよ、おまえは」

 

 男女の凹凸を限界まで擦り合わせた。

 桂花の洩らす嬌声。喜悦の色がより濃くなっていて、耳に届くたび強く腰を打ち付けたくなってしまうのだ。

 

「い、いい、あ゙っ、いぐっ♡ こ、こんな状態で中出しされたら、絶対すごいのきちゃうよぉ……♡ あっ、一刀のチンコの先、また太く、ううっ」

「出すぞ、桂花。おまえの望み通り、飲みきれないくらいの子種を注いでやろう」

「だ、だからぁ、それはあんたの、んっ……。自分勝手で薄汚い欲望でしょうが……ぁ♡ くる、きちゃう♡ 普通じゃ届かない場所までえぐられて、わたし、わらひぃ……♡」

「ン……、桂花」

 

 解き放つ瞬間は、口づけていたいと思わされた。

 唇同士での愛撫。流し込まれる大量の精液に身を震わせながら、桂花は必死になってすがりついてくる。まだまだ、と曹操は腰を前に出した。優しく迎えてくれる肉襞の感触が心地良い。そのひとつひとつにまで射精の証を残そうと、全体に男根を擦りつけた。

 

「んむっ、れろぉ。はむっ、んっ、ちゅっ、えむっ、んーっ♡」

 

 鼻息がかかることなど気にしていられない。

 ただ互いに求め合い、熱と唾液を交換する。いまはそれ以外のことに意味などなく、欲しいとも思わなかった。

 

「しゅき……。んっ、はふっ、むーっ。かず、れちょ、かじゅと……っ」

 

 喉を焼くような唾液の味。

 腕が痺れに痺れるまで、桂花との口づけは終わることがなかった。

 

 

 跪いた自分の眼前に、つい先ほどまで挿入されていた男根が差し出されている。

 言うまでもなく汁まみれであり、二人分の粘液によって異様な臭気を放っている。まともでないことのはずなのに、どうしてこんなにも胸が高鳴ってしまうのか。曹操という男に、自分は手足の先まで毒されきっている。けれども、そんな事実を心の何処かでうれしく感じている自分がいることを、桂花は否定しようとは思わなかった。

 

「ほんと、さいってい。こんな汚らわしいものを、妻である私にきれいにしろだなんて」

 

 曹操はほほえんだまま軽く頷くだけで、なにも言おうとはしなかった。

 鼻を近づける。頭がくらくらするような匂いで、また腹の奥が熱くなる。場所がどこであろうと曹操の射精には容赦がなく、股の間からは余分な白濁が垂れ落ちていた。

 

「ああっ、んっ……。匂いまで、最低なんだから。味の方は、確認するまでもないんでしょうね」

「半分は、おまえのものなのだぞ? 床の汚れも、半々ではないか」

「くっ、このぉ……。あ、アンタは、しばらく黙っていればいいのよ、まったく。はあっ、んーっ、んむっ」

 

 まずは、男根のつけ根から。睾丸にも汁が付着しているから、それを丁寧に舌で舐め取っていく。

 最低な味なのに、これ以上の媚薬はどこにも存在しないと桂花は思った。穿たれた膣口から、精液と一緒になって真新しい愛液が流れていく。猛々しい雄の象徴。自分を母にしてくれた、ただひとり愛と忠義を捧げた男の生命の槍。

 

「はあ、んちゅ、れろっ、れろれろっ……」

 

 浮き出た血管を、舌で弄んでみる。亀頭の張りは少しも衰えがなく、曹操の精力が無尽蔵であることを感じさせられた。

 

「郭嘉です。少しよろしいでしょうか、わが君」

「ああ、入ってくれていい。多少、立て込んではいるのだがな」

 

 頭上。勝手な会話が交わされていく様子を、桂花はぼんやりと聞き流していた。

 扉の開く音。種をつけられた下腹部は丸出しで、隠している時間などありはしなかった。それに、曹操が入室を許したのだから、そんなことはどうでもよく思えてきてしまう。

 

「むっ? 立て込んでいるのは、桂花とよろしくされている最中という意味でしたか」

「おまえも、少し遊んでいけ。話くらい、しながらでもできるだろう?」

「はあ……。わが君の命に、逆らうことはできませんか。いいですか? あくまでも、これは仕方なくするのですからね?」

 

 ため息を洩らした稟が、自分の隣に並んだ。

 手袋が汚れることなど気にしていないのか、挨拶をするかのように亀頭を丹念に揉んでいる。稟とは軍師同士だし、たまに閨でも一緒になるから呼吸は合っている。手遅れになる程度に曹操の毒を受けているのは、この女にしても同様だった。

 

「わが君と、桂花の味がとても濃厚で、んっ。すぐに興奮してしまいます、こんなの」

 

 稟と左右から、太い幹に舌を這わせた。

 やがて先端で二枚の舌は合流し、赤黒い亀頭に唾液を塗り込めながら、互いの味を確認するに至る。

 

「それで、黄忠のことなのですが。捨て置かれるおつもりですか、わが君は」

「泳がせておいて、別に問題はあるまい。それにあの女は、孫堅のもとにたどり着く道標にもなる」

 

 孫権軍の敗退には、黄忠の造反が一役買っている。

 最前線に配置されていた部隊が突撃する歩兵に対し道を開けたのだから、そうなるのは至極当然だった。黄忠は逃げることなく戦場にとどまり、曹操に恭順を申し入れている。

 愛する荊州を泥沼の闘争の場にするくらいなら、曹操軍につくことさえ辞さない。理屈としては通っていることだが、真に受けられるはずなどなかった。

 

「どうせ黄忠が好みの女だったから、その気になったんでしょうよ、この男は。あっ、んっ……。んあっ、ちょ……。びくってさせないでよね、この化け物チンコ」

「桂花と稟の奉仕が気持ちいいから、そうなってしまうのだよ。ただまあ、黄忠がいい女であるという点は、あえて否定はしないがな」

「ほら、やっふぁりそうなんじゃない。あむっ、ぐぷっ、れちょ……♡ 私たちにこんな汚いものの掃除をさせながら、よくもそんなことが言えるわね」

 

 腫れた亀頭を口に含み、強く吸い上げた。

 管に残った白濁の残滓が吐き出される。喉に絡みつくほどの粘度はなく、ちょっと物足りないくらいだった。稟も直接吸い付きたくなったのか、羨ましそうな視線を向けてくる。もういいと思ったところで口を離し、桂花は睾丸への奉仕に切り替えた。

 

「んっ、こくっ……。わが君の先走りを飲んでいると、身体がどこまでも熱くなってしまいそうです。しかしまあ、途中まで黄忠の考えに乗ってやるのも、悪くはないかもしれませんね。それに、わが君のお力にかかれば、女を大人しくさせることなど、ふふっ……」

「そのあたりのことは、秋蘭と俺とでやってみるつもりだ。小細工の手も、少し考えてある」

「悪い顔になっているわよ、一刀。……ったく、火遊びはほどほどにしておかないと、痛い目をみても知らないんだから」

 

 稟が大きな口を開けて、うまそうに亀頭をしゃぶっている。冷徹な軍師の顔と、淫欲に塗れた女の顔。このあたりの切り替えを素早くできるのが、優秀な証拠であるといえるのかもしれなかった。

 負けじと片方の睾丸を舌で転がし、じっくりと唾液をなすりつけた。曹操はどこかうれしそうに笑い、やんわりと頭を撫でてくる。その感触がくすぐったく、桂花はちょっと身体をふるわせた。

 

「あの、わが君?」

 

 汁で汚れた手袋で、稟がぶっとい男根を逆手に擦り上げている。その声には先のことを期待するような響きがあり、桂花は思わず唾を飲み込んだ。

 

「ははっ。そこの卓に手をつき、二人で並ぶといい。そろそろ我慢が効かなくなってくる頃合いではないかな、桂花も」

 

 炎の揺らめきを湛えた双眸。その輝きに捉えられて、逃げ出せるはずがなかった。

 下着を脱ぎ捨て、稟が恥ずかしげもなく曹操を誘惑する。抗いようのない雰囲気。呑まれてしまえば、どうせ同じだと思った。

 

「いつでも準備はできておりますから、どうか。わが君の雄々しいもので、私を満たしてほしいのです」

「わ、私も……っ! アンタの妻として、その……。欲望のはけ口になってやらなくもない、わよ……?」

 

 身体の奥底がまたしても熱くなる。

 部屋に響き渡る二人分の嬌声。交わりが進んだ頃には、どちらの口から洩れたのものか、とうにわからなくなっていた。



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閑話 夢幻始末

お久しぶりの方はお久しぶりです。
リハビリ回コラボネタやりがち。


 背丈ほどの旗を背負って、自分は街道を旅しているようだった。後方を歩く女性のことが妙に気になるのは、どうしてなのだろうか。旅の仲間だったら、もっと近くにくればいいのに。そんなことを考えている間も、朱里を乗せた馬は前に進む。

 意識が、まどろみかけている。一度手を離してしまえば、この光景にはもう届かなくなってしまう。そんな感覚にとらわれ、朱里はどうにか眼を開けていようとした。

 隣を歩いてくれている、あの人の雰囲気。それが、少しだけ違っているのではないか。これが夢だと思うようになったのは、その違和感に気づいたせいだったのかもしれない。あの人、曹操孟徳は、言わば夢幻の狭間に生きているようにすら思えてくる。それは間違いなく、出陣の前に起きた騒動のせいだといっていい。

 北郷と名乗っていた、曹操に瓜二つの青年。夢に出てきているあの人は、その北郷一刀と同じ格好をしていて、いつものように優しくほほえみかけてくれている。

 

「はふ……。目的地には、まだ到着しないんでしょうか、一刀さん」

「寝ぼけているのか? 野営地を出る前、つぎの街まであと二日はかかりそうだと話していたのはおまえの方ではないか、朱里」

「あれ、そうなんですか。えへへ、ごめんなさい……。なんだか、その時のことをよく覚えていなくて」

 

 ほとんど無意識に口が動く。自分は夢の中で曹操のことを『一刀さん』と呼んでいて、やはり親しい付き合いをしているようだった。

 ふと、腰の武器に眼を奪われた。流浪の道士から託されたという、倚天の剣。観察してみたかぎり、そこにあるのはまったく同じものだった。夢の中の出来事に、整合性を求めるべきではない。それでも、どこかつながりを感じずにはいられなかったのだ。

 

「少し、休んでおくとしようか。思春は、先を急ぎたがっているのだろうが」

「んぅ……。すみません、一刀さま」

「さま? ははっ。どうした、いきなり畏まった呼び方をして」

 

 夢の中の曹操が笑う。自分にとっての当たり前が、この人にとってはそうでない。そのことが、ちょっと寂しく思えてくる。

 両脇を抱えられて馬を降りる。絶影に同乗させてもらった経験はあっても、ここまで世話を焼いてもらったことはない。自分は曹操の軍師で、一度は敵に回ったことのあるような人間だった。それだけに、背伸びだけは懸命にする。たとえ不要だと思われていても、自分にも通したい意地はあるのだ。

 夢の中のあの人が、野営の支度をする。ここでの自分は、どんな旅路を歩んできたのだろうか。ぼんやりする頭で、そんなことを考える。

 本格的な旗揚げをする以前は、曹操も夏侯の二人を連れてよく旅をしていたのだという。風や稟、それに星との出逢いは旅先でのことらしいし、時間ができたらもっと思い出話を聞いてみたくなる。

 おそらく思春というのは、後ろからついてきているあの女性のことなのだろう。気圧されるくらいの眼つきをしているが、一緒に旅をしているくらいなのだ。そこには自分の知らないきっかけがあり、かたく結ばれた縁があるに違いない。

 また、意識が遠くなる。このあたりが限界なのか。心配をしてくれているのか、追いついてすぐに思春と呼ばれた女性が顔をのぞきこんでくる。額に触れる指。その力加減だけでも、夢での自分が思春と懇意であることがうかがい知れる。

 

「まったく。夜更かしでもしていたのか、この痴れ者め。むっ……。まさか、一刀?」

「どうして、そこで私に疑いの眼を向ける。断じて、無茶なことはさせていないぞ」

「それはつまり、ほどほどの無理はさせていると言っているようなものではないか。あ、相手をしてほしければ、んっ……。私だって、別にその……」

 

 眠気のせいでうまく声がでない。

 愉しそうなかけ合いをする二人。その様子を、自分は座って見ていることしかできなかった。あの人のことだから、どんな世界にいようと多数の女性とのつながりがあるのではないか。そこには妙な信頼感があり、あの人のもつ特性だと思うと納得すらしてしまえる。

 

「……さん。もう、しっかりなさいな、朱里さん。荒廃したかつての都とはいえ、わたくしたちは洛陽に入城するのですから。背中だけは、しゃきっとしてもらわないと、困りますわよ。ほら、危ないですから眼を醒ましなさい」

 

 あらぬ方向からの声。突然だったが、明確に聴こえてくる。その声に急速に意識を引き戻され、朱里は上半身をふるわせた。

 かわりに、別の景色が一気に開けていく。両手にある手綱の感触。馬の背で揺られているのは夢の中と一緒だが、隣りにいるのはあの人ではない。

 具足で身をかためた兵士たち。周辺を埋め尽くす袁家の軍旗。そこには当然、『曹』の一字の旗の姿も多く見られている。

 

「はわっ……。す、すみません、麗羽さん。問題はありませんから、どうか進軍はこのまま」

「ええ、もちろんですわ。というか朱里さん。毎日遅くまで起きていらして、それが原因でお疲れなんでしょう? 一刀さんに尽くしたいというお気持ちはありがたいですけれど、それであなたが倒れてしまっては元も子もありませんわよ」

「お気遣いありがとうございます、麗羽さん。ですが長安……司馬懿との戦、あまり手間をかけてはいられませんから。早急にこれを討ち、荊州を攻める本隊と合流する。私たちの目的を果たすためにも、いまだけは」

「んー。だったら、あたしたちのこともちゃんと頼れっての。……そりゃあまあ、朱里みたいに賢くはないけどさ、あたしも母さまも」

 

 そばにいるのは、麗羽だけではない。ちょっと照れくさそうに鼻の頭を指でこすり、翠が自分のことを気にかけてくれている。

 胸の奥がじんと熱くなる。そんないい雰囲気を破壊したのは、翠の母である常磐だった。器用に馬を寄せ、娘の頬を拳で何度も小突く。その様子は母娘でじゃれているようでもあり、なんだか羨ましくなってくる。

 

「ああん? はねっ返りの家出娘が、口だけは達者になりやがって。帰ったら婿殿に言いつけてやろうか、この野郎」

「うわわ。や、やめといたほうがいいんじゃないかなあ、おば様? ほら、麗羽さんの機嫌が、あんまり悪くなる前にさあ……」

 

 蒲公英はそう言ったが、このくらいのことで麗羽が腹を立てるとは思わない。

 曹操に似て器量は大きく、人を惹きつけるようなところがある。袁家令嬢の威光は曹家の兵にも浸透してきていて、進軍も滞りなく行われていた。直属の麾下である斗詩と猪々子の二人は洛陽内に先行していて、今頃は各所の制圧を進めているはずである。

 かつて、あの月が決意をもって焼き払った地。当時はその行いに強く憤慨したことだが、荒れ果てた場所でこそ大輪を咲かせる花がある。そこまで見通していたのかは自分の知るところではないが、暴君董卓は群雄たちに道を開いた。そして現在、あらゆる困難を打ち払ってきた曹操と孫堅の二人が、覇者の座をかけた闘いに臨んでいる。

 

「あはは……。今後は西での戦になりますから、翠さんたちのことはもちろん頼りにしていますよ。なので、そちらで力を発揮していただくためにも、いまは楽にしていてもらえればいいかな、と」

「おう。敵をぶん殴るのだけは得意だからな、きっちり仕事はこなしてみせるさ。へへっ。下準備は軍師殿に任せるしかないけど、あとは寝ていてくれても構わないんだぜ? 麗羽殿にも、馬家の本気の戦を見せるいい機会だ。なあ、母さま?」

「浮かれるなよ、馬鹿娘。突撃して孤立したとしても、助けてなどやらんからな」

「うふふ。お疲れの朱里さんとは違って、元気が有り余っているようですわね、馬家のみなさんは」

 

 示し合わせたような母娘の口喧嘩だった。軽くからかう麗羽には余裕があり、長安の軍勢とぶつかることに対する気負いはみられない。

 これならば勝てる、という確信があった。

 いつかあの夢のように、みんなと穏やかな日々を迎えるためにも。洛陽の城門を通り抜けていく軍勢。表情を引き締める麗羽に続き、朱里は馬を駆けさせた。



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二十九 二人だけの時間(月×詠)

 本拠の静けさとは別に、前線では着実に作戦が遂行されているようだった。

 状況はまめに伝達されていて、三日に一度は報告が鄄城にまで上がってくる。文面をしたためる手がある時は曹操が、そうでない時は軍師の誰かが担当をする。月はこの日、二方面から戻ってきた使番を、朝から労っていたばかりだった。

 日中は育児の場を兼ねた役所に詰めていることがほとんどで、それは詠も同様だった。

 侍女と愉しそうに遊ぶ昂を、部屋の入り口から密かに見守る。昂は両親と離れて過ごす経験が少なくないだけに、もはや慣れたものである。姿は日々たくましくなっていて、その変化に桂花が驚くところを早く見たいと思えてくる。たとえ自分が腹を痛めて産んだ子ではなくとも、愛おしさに違いはない。

 兄の近くで侍女に抱っこをされている丕が、自分と離れているせいか泣きじゃくっている。まだほんの小さな子なのだから、それも仕方がない。思わず駆け寄り、あやしてやりたくなる気持ちにさせられるのだが、母である自分の我慢がなければ子の成長はない、と月は堪えた。

 後ろから誰かに肩をたたかれる。城に残っている者のうちで、自分にそんなことをしてくるのはひとりしかいない。

 

「やっぱりここにいたのね、月。ふふっ。まあ、気持ちはわからないでもないけど。というか、丕をあのままにしておいても平気なの?」

「お疲れさま、詠ちゃん。うん……。甘えさせてあげたい気持ちはやまやまだけど、あの子には少しでも早くひとり立ちしてもらわないといけないから。日々、特訓あるのみだよ」

「ふうん。すっかりお母さんの顔が板についてきたじゃない、月。きっと後学のためになるだろうし、これはそばで観察させてもらわなくっちゃ」

「もう、恥ずかしいってば、詠ちゃん。あっ、それとだけど……」

「ええっ? まさか月、このボクが政務を抜け出して子供たちを見に来ただなんて思っているんじゃないでしょうねぇ。もちろん、仕事の方はきっちりキリをつけてあるから問題なし。聞かせてもらうよ、報告」

「それなら、向こうの部屋に行こうか。あの子たちの邪魔をしたら、いけないし」

 

 曹操不在の間、内政の多くを任されているのが詠だった。ちょっといたずらを仕掛けたくなり、部屋までの距離を親友と手を繋いで歩く。緊張の伝わる指先。曹操が相手ではこうはいかず、心を浮つかせられるのは決まって自分なのである。

 信頼を得られていることが嬉しいのか、詠はこれまで以上によく働いている。適材適所というか、曹操は人を使うのがやはり上手だ。頭脳労働を得意とする臣下の中でも、稟などであれば戦場に身を置くことを望むのだろう。その点、言い方が悪いが詠は自由が効く。

 

「はい、到着です。うふふっ、詠ちゃん?」

「むぅ……。ほんと敵わないなあ、月には」

 

 体温。離れ離れになる。詠はもう少し手を繋いだままでいたかったのか、名残惜しさが声にあらわれている。

 曹操がこの友人のことをかわいがりたくなるのも、当たり前だと思った。不意に距離を詰めてみる。眼鏡の奥でたじろぐ双眸。ゆっくりと頬に口づけると、詠は湿り気のある声を洩らす。

 

「ちょ、ちょっと、ゆ……えっ」

「ふふっ。嫌だったのならごめんなさい、詠ちゃん」

「やっ、そんなわけ……っ。あっ、んんっ、むっ、んむっ……」

 

 白い肌。撫でるように、舌を這わせた。

 唇に到達する。主導権は完全に自分のものになっていて、詠は弱々しい吐息を時折洩らすだけだった。御主人様が不在であるせいで、首輪が寂しくひとりで揺れている。その表面にちょっと触れてから、やわらかな唇を夢中で吸う。それで緊張が解けてきたのか、詠からも啄むような動きが返ってくる。

 

「んっ、ちゅう……。ふふっ。気持ちいいね、詠ちゃん」

「月の唇が甘くて、頭の中がとろけちゃう。こんなの、もう知らないんだからね」

「すべては、私が勝手にしていること。一刀さまの代わりになるとは少しも思わないけれど、いまだけは。はっ、んんっ、んくっ……」

 

 口づけを交わしながら、両手の指をひたすらに絡ませる。

 こうしていると、男に生まれていなくてよかった、と心の底から思えてくる。そこに狂いが生じていれば、曹操とはいまのような関係を築けていないはずだ。それはもちろん、詠とだって。

 親友と同時に愛を注いでもらい、こうして友情を深化させることがてきている。それはなにより、幸福なことだといえるのだろう。

 

「これ、こんなのっ。あっ、ああっ、ふうっ……」

 

 流れてくる唾液が熱い。

 体格的にはちょっと負けているのだが、力の出し方は心得ている。

 

「あっ……。だ、だめだってば月っ、あっ、んうっ、んっ……」

 

 詠を壁際に追い詰め、逃場を無くす。舌同士での交歓は続いていて、気持ちよさが途絶えることはない。

 片方の手をほどき、自由にさせる。胸をまさぐった。大きすぎず小さすぎず、詠の乳房は指にやわらかさを与えてくれる。

 同じように、詠が胸への愛撫を返してくる。ここまできて、とどまることはない。裏方のような配置になっていても、溜まるものは溜まる。曹操が近くにいない状況で、詠に対してなにかしてやるのなら、それは間違いなく自分の役割だった。

 

「んっ、ぷあっ……。ふふっ。かわいい、詠ちゃん」

「も、もう、だめだって言ってるのに。あっ、んあっ、ふっ、はーっ♡」

 

 軽い口づけを継続しつつ、互いに身体を触り合う。

 曹操が同席している場合でも、戯れに二人だけで愉しむことがあるから、そうした行為に対する慣れはあった。詠の手が控えめに尻を撫でてくる。幼少期からともに過ごし、艱難辛苦を乗り越えてきた無二の親友。なのにまだ遠慮が残っていることが、ほほえましく思えてくる。

 敏感な秘部に指を当てる。強い快楽がやってくるのを期待しているのか、詠の顔が昂揚で赤く染まっている。耳の端。唇で何度か愛撫し、言葉を囁いた。

 

「好きだよ、詠ちゃん。んっ……。愛してるって表現した方が、この場合は正しいのかも」

「はあっ、くっ、うあっ……。ず、ずるいよ、そんな言い方。んあっ、んっ、んふぅ……。ゆ、月ってば、一刀殿のいじわるな部分が、あっ……、感染ってきているんじゃない……ああっ……♡」

「そうかな? えへへっ。だったら、嬉しいのかも」

 

 夫婦は似ると噂に聞いたことがあるが、自分にもそういうことがあるのだろうか。

 じっとりと濡れた膣口を指先で弄び、耳もとで何度も好きだと囁いてみる。率直な思いをぶつけられると弱い詠なだけに、それだけでいい反応を示してくれるのだ。

 自分の指では、切なさのすべてを埋めてやることなどできない。だけど、と二本を突き入れ、ふるえる媚肉をかきまわす。淫欲の色が混じる親友の吐息。間近で感じているだけでも、たまらない気分になる。

 

「ねっ、詠ちゃん。私のここも、触ってくれないかな」

「あっ……。ごめんね、月。ボクばっかり、気持ちよくしてもらって。お返し、頑張ってしてみせるから」

「そ、そんな、んっ……。頑張ってするものじゃないと思うよ、んあっ、こんなのって……ぇ」

 

 真面目な愛撫。だからといって、面白味がないわけではなかった。

 ぐちゅ、ぐちゅり、ぐちゅっ。二人分の粘液が、淫らな音曲を自在に奏でる。気持ちよさが止まらない。詠と一緒になって腰をひくつかせ、深く求めあった。邪魔な衣服を脱ぎ捨て、肌と肌とを密着させる。ふるえる。心までもが、この状況に敏感になっている。

 

「月の肌、いつ見てもほんときれいで。羨ましいって、素直に思えてしまうな。んくっ、ああっ、そ、そこ、くう……っ♡」

「ふふっ。詠ちゃんのこういうかわいいところが、私は逆に羨ましいよ。すごいね、こんなに濡らして。ふう、あっ、んっ、んんっ……。けど、それはお相こかな」

 

 刺激の強弱を使い分け、詠の身体を責め立てる。

 下腹部を合わせ、互いの陰核を潰すことを意識して上下に動くと、甘く痺れるような快楽に思考を支配されそうになる。もっと。この気持ちよさの高みを、もっと二人で見てみたい。床に詠を押し倒し、足を開かせる。花弁はすでに咲き誇っていて、情欲で赤く色づいていた。

 

「んっ、んあっ、くふうぅうう……♡ ゆ、月、うっ、ああっ、ゆえぇ……」

「すごいね、詠ちゃん。おまんこ、ぐちゅぐちゅってすごい音立てちゃってる」

 

 曹操との情交を思い起こしながら、秘部を結合させた腰を揺すってみる。痺れが駆け抜ける。

 掃き清められた床。愛液の水たまりができあがっている。ちょっと忍びない気持ちにさせられるが、この部屋だけは自分が担当しているから、気にするだけ無駄なのかもしれなかった。

 

「くふっ、やっ、んあぁあっ……! そ、そんな胸まで、あっ、んぐっ♡ こ、こんなにされたら、ボク、ボク……ぅ♡」

「いいんだよ、詠ちゃん。たくさん気持ちよくなろう、二人で。私の前で、遠慮なんてしなくていいんだよ。それに、これ……ぇ♡」

「はっ、ああっ、んっ♡ ゆ、月も、ボクとやらしいことして、気持ちよくなってくれてるの? くっ、あっ、えへへっ……♡ だったら、ちょっと嬉しいな」

「うふふっ。ちょっとどころじゃないかな、私は」

「好き。大好きだよ、月。いつもは一刀殿のことずるいなって思うけど、ボクたちだって大概なのかも。だって、こんなに、ふあっ……♡」

 

 喘ぎ声を洩らす合間に、詠がそんなことを口走った。

 胸を打たれる。十分わかっていることのはずなのに、面と向かって思いをぶつけられると、感動があるものなのだろう。自分たちは、とんでもなく欲深い生き物なのである。だからこそ、必死になって生きることができる。そこから生まれる力だけが、混沌とした乱世を打ち破ることができる。

 

「いっ、んあっ、はひっ、くうぅ……♡ い、いくっ。月に好きって言っただけなのに、ボクの身体すっごく敏感になって、ひゃあっ……♡」

「かわいい詠ちゃん。いっていいんだよ、いつでも。それに、達しそうになっているのは、私だって」

 

 限界まで熱くなった秘部を夢中になって擦り合わせる。へこへこと動く詠の腰が愛らしい。どちらも、準備はとっくに整っていた。

 

「一緒、いっしょに、ゆえ……っ。いく、いっ……。ボク、もう……っ♡」

「はあっ、あっ、ああっ。詠ちゃん、んんっ、んっ、あぁあぁぁあ、あっ♡」

 

 身体の痙攣がはじまったのは、二人同時にだったのか。

 果てしない甘さだけが脳内に拡散する。宙空に彷徨う手のひら。重ね合わせると、なんだってできるような気がしていた。

 

 

 役所にて、月は客人を迎えていた。あまり丁寧に対応をしたのではむしろ失礼になるのではと思い、茶葉も普段使いのものを用意してある。

 豫州の陳珪。自分同様曹操の妻である女性だった。面と向かって話をするのは洛陽以来のことだったが、相変わらず年齢を感じさせない美しさをしていると月は思う。

 向かい合って卓に座り、軽く会釈をする。陳珪も顔を見たいだろうから、今日は娘も腕の中で同席している。

 

「遠路ご苦労さまです、陳珪殿。どうぞ、お茶を」

「ありがたくいただくわね、董白殿。ふふふ。こんな不思議な気分を、一刀くんも味わっていたのかしら。それにしても……」

 

 茶を少しだけ口にし、陳珪がすぐに席から立ち上がる。

 自分とは違う誰かの存在を感じているのか、丕の表情はどことなくかたかった。

 

「かわいらしい娘さんね、ほんとに。ほら、おばさんが抱っこしてあげましょうか?」

 

 陳珪に顔を上から覗き込まれ、娘は余計に緊張してしまっている。まだまだ人見知りが強く、慣れてくるまでもう少し時間が必要なようではある。けれど、これもいい経験になるのかもしれない。そう思って、月は苦笑しつつ娘を陳珪に差し出した。

 

「ほらほら、いい子ね。大丈夫よ、お母さんはすぐ近くにいるでしょう」

「わぁ……。お上手なんですね、やっぱり」

「そうでもないわよ。娘に愛想を尽かされる母親になんて、あなたはなりたくないでしょう?」

「そうでしょうか。喜雨さんは、きっと大事に思われていますよ、御母上のことを」

「なんだかごめんなさい、気を遣わせてしまって。そうそう、同じ一刀くんの女なのだから、燈と呼んでちょうだい。董白殿のことも、真名でお呼びしても?」

「はい、もちろん。一刀さまにこの名をいただくまでは、ずっと真名で過ごしていましたから、月と呼ばれないことにむしろ違和感があるくらいです」

 

 しばらく娘を燈に預けることを決め、歓談を続ける。

 ここにきたのは前線に向かうついでのことのようで、またすぐに発つつもりなのだという。目指すは西。朝廷内部にも顔が利く燈なだけに、なにか腹案があるのだろう。

 

「劇的な勝利など、覇王の戦には不要よ。ただ普通に闘い、敵を下す。そういうことじゃないかしら、結局は」

「相手の策を受けた上で叩き潰せばいい、と一刀さまも仰っていました。不肖ながら、私もそれでよいと存じております」

 

 勢いも力も、曹操は頭ひとつ飛び抜けている。あとは、どういったかたちで天下を平定していくかだった。

 

「そういえば、この子たちの真名はもう考えてあるのかしら。ふふっ。あなただって、かわいい名前で呼んでもらいたいわよねぇ?」

「はい、それはもう。昂の方が琳斗(りんと)。私の娘を、琳華(りんか)と名づける予定になっています。昂は、はじめ一刀さまから『刀』の一字いただくことになっていたのですが、それでは後に不満の元になりかねないから、と桂花殿が御辞退なされまして琳斗と」

「あらまあ。それは実に、桂花殿らしいわね。……この子のこと、試しに真名で呼んでみても平気かしら、月殿」

「はい、お好きに」

 

 曹家一門では、真名に『華』と『琳』のどちらかの字を入れることが通例になっている。いまの喜びを押し殺し、後々のことまで考えてしまえるのだから、さすがに桂花は筆頭軍師を務めているだけのことはある。

 実は最初、丕の真名は『華琳』となることが予定されていたのだが、春蘭や秋蘭がどうにも呼びなれないというので『琳華』となった経緯があった。そのままだとどこか強すぎる響きがあるというか、娘につけるのなら琳華がちょうどいいと思えてくる。

 

「琳華ちゃん。またしばらくご無沙汰することになってしまうけれど、おばさんの顔を忘れてはだめよ? つぎはもっと、ゆっくり遊びましょうね、うふふっ」

 

 策謀家の印象がある人だったが、娘を抱いている様は優しげな母親そのものである。

 卓に肘をつき、少し温くなった茶をすする。午後の日差し。ほんとうにあたたかで、それだけで心が安らいだ。



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三十 揺動する心情

 『曹』の一字の旗に囲まれ、戦場を駆ける。

 軍兵が粛々と歩を進める。乱れのない行軍というのは、それだけで十分練度の高さを感じさせるのだ。全体で、三万はいるのだろうか。それがひとつの塊となって動くのだから、武器を振るわなくとも威容を示すことがてきる。

 曹操が直々に采配をしているのだから、それも当たり前なのか。風に吹かれる羽織。片手で抑えこみ、紫苑は前方を駆ける黒馬の影を追う。

 生粋の女狂い。傑出した軍人。そして、乱世に覇を唱えんとする時代の奸雄。投降をしてから十日ほどになるが、曹操の全貌は、まだ当分見えてきそうにない。

 雪が進路を閉ざす前に、曹操は荊州に楔を打ちこむつもりでいる。蓮華の率いる守備隊を追い払ったことに満足はない。どこまでも貪欲で、旺盛な野心を備えている男だった。

 同時に投降した麾下の三千と切り離されることもなく、陣内でも基本的な自由は約束されている。試されている、と紫苑は考えるほかなかった。

 起こそうとすれば、いつでも反乱を起こすことはできる。あるいは、運が自分に傾いていれば、曹操の首を奪ることすら可能なのかもしれない。だからこそ、おそろしいと感じることがあるのだ。

 曹操もその配下の将軍たちも、歴戦の(つわもの)揃いであることに間違いはない。

 自分ひとりの叛乱くらい、いつでも潰せる。運任せの一撃を放ってみたところで、首と胴とを分断されるのはおのれではないのか。そういう恐怖が、時折頭を過っていく。

 

「黄忠殿。降将の身だからと、そんなに遠慮をされることはなかろう。殿は、貴殿ともっと話をしたいとお思いなのだ。だから、もそっとお側に」

「え、ええ。お気遣いかたじけありません、夏侯淵殿。ですが、昨日あったことを思うと、わたくしも少し……」

「はははっ。貴殿だって生娘でもあるまいし、なにを気になさることがある。それに殿のお噂は、遥々荊州にまでも届いていると思っていたのだが、違っていたのかな?」

 

 そう言って、夏侯淵が涼やかに笑った。

 同じ弓を引く武人として、度々気にかけてくれているのがこの夏侯淵だった。そもそも、投降のきっかけをつくってくれたのが縁のはじまりなのだろうか。戦となれば覚悟を決めるが、好ましい人物だと思わざるを得ないことがむしろ辛い。

 荊州侵攻に伴い、曹操から意見を求められることが何度かあった。降将は普通なら、忠義心を試すために最前線を務めさせられるのが慣例のようになっていた。だが、曹操はそういった手段をとろうとはしない。それどころか自分を近くに置き、戦に向かうまでの話し相手をやらせようとしている。ほんとうに、おかしな男だと思うしかなかった。

 

「ですがその、今朝方お会いした荀彧殿の態度が、いつも以上に冷たく感じられたのです。運が悪かったとはいえ、他人であるわたくしが情事の最中に立ち入ったのですから、やはり気に障ってしまったのではないかと……」

「ふむ。あやつの冷めた対応など、いつものことです。なんせ荀彧のやつは、殿に対しても平気で悪口を叩きつけるような女なのですからな」

「そ、そうなのでしょうか? ですが、ありがとうございます、夏侯淵殿。あなたに慰めていただいて、少しは気分が楽になった気がいたします」

 

 孫家の軍勢にしてもそうだが、厳しい中にどこか気のおけない和やかさがある。それは居心地のよさに直結しているのだが、全軍を統率する人間の器量が色濃くあらわれる部分なのだといってよかった。

 前方を行く黒馬が速度を緩めている。名を、絶影というそうだった。

 

「話はまとまったのか、夏侯淵。ずっと除け者にされているようで、さすがに寂しかった」

「ふふっ。少々、女同士での込み入った事情があったものですから。ほら、黄忠殿」

 

 どこまでも自然体のまま、曹操と夏侯淵は軽口をたたきあう。それでいて、必要とあらば忠臣らしい畏まった態度をとってみせるのだから、たまに驚かされることがある。

 馬を駆けさせ、曹操と並んだ。颯爽としていて、暗い部分をほとんど感じさせない男だった。ただ、太平道の叛乱以前から戦歴を積んでいるだけあって、若いだけの戦はしない。麾下の動かし方は地に足がついており、統率にも緩みがなかった。

 乱世の育んだひとりの英雄。そう評することしか、紫苑にはできなかった。

 

「城を守る将。魏延というのは、どんな軍人だ」

「はっ。魏延は武勇に優れ、真っ直ぐな子であるが故に部下にも慕われております。ですがその直情的な性格は、守備の任務においてはかえって仇にもなりましょう。わたくしも、過去に暴走を何度か咎めたことがありますから」

 

 城をいくつか奪られることは想定内だが、弱すぎる相手ばかり配置すれば曹操の不信を買う。

 それで派遣されたのが焔耶なのだろうが、お世辞にも城の防衛に向いているとは言えなかった。

 

「で、あろうな。あの女が、犬を苦手としていたことも覚えている。はははっ。なんなら、兵ではなくそちらに城を囲ませてみるとするか。案外、おもしろい光景が見られるかもしれん」

「まあ。曹操殿は、あの子とすでに知己となっておいでなのですね」

「野暮用があって旅をしていたのだが、そこでちょうど孫権一行と鉢合わせたことがある。なんなら、その時は真名まで呼んでいた仲だ」

 

 次代の覇者を目指す人物というのは、こういうものなのかと紫苑は思った。

 持って生まれた運が違うとでもいうべきなのか。それこそ、天命を自身の力で変えられるくらいでなければ、頂点に登りつめることは叶わないのかもしれない。

 

「ン……。おまえの娘、璃々といったな。離れ離れとなっていること、寂しくはないのか」

「当然、寂しくないと言えば嘘になるのだと思います。母親として、あの子に悪いことをしているという自覚はありますもの。ですが、これも荊州に根ざすみなのため。わたくしは、そのために使命を果たすだけなのです」

「孫堅が、璃々を人質としてきたらおまえはどうするつもりだ、黄忠。捨てられるのか、かわいい娘を」

「はっ……。その時は、覚悟を決めるしかないのだと思います。璃々はわたくしの、軍人の娘なのですから」

 

 それまで視線を合わせてくれていた曹操が、じっと前方だけを見つめている。

 月並みな答えを返したことで、自分に対する興味を失ったのかもしれない。確かに、曹操軍に身をおいて闘うのであれば、璃々のことはいずれ問題となってくる。あの子になにもなければ、それはそれで疑念のもとになることがあるのか。そうなったら、あとは炎蓮の裁量に任せるしかなかった。

 

「その時は、軍を離れても構わないのだぞ、黄忠。俺にも、父親となってはじめてわかった気持ちがある。腹を痛めた母親となれば、尚更のことなのだろう」

「曹操殿……」

 

 ますます、曹操のことがわからなくなった。

 この優しさの裏で、これだけ多くの人員を容赦なく戦場に送ることができる。自身が率先して闘おうとするのは、ちょっと炎蓮と似ている部分でもあるのか。

 人の内面を、物差しで簡単に計ることなどできやしない。改めて、紫苑はそう思わされている。

 兵たちの様子がわずかに騒がしくなっている。目標とする城が、そろそろ見えてくる頃合いだった。持ち場にもどる前に夏侯淵が声をかけてくる。揺れる心を持ったまま、紫苑は軽く手を振って応えた。

 

「おまえはしばらく客人だ。今回の戦は、俺の近くで全体の動きを見ているといい」

「御意に。なにかあれば、わたくしがお守りいたします。あなたさまにも、お帰りを待つお子がいらっしゃるのでしょう?」

「任せる、黄忠」

 

 短く言い放ち、曹操は乗馬を駆けさせる。

 自然と生まれてきた言葉だった。女に狂い、戦に狂い、それなのに人並み以上の情を見せる男。

 危険な存在。こんなにも気持ちを揺さぶられるのは、そのせいなのか。

 だが、いまは眼の前のことに集中するほかなかった。

 愛弓の弦を弾いてみる。指に伝わるふるえが、生まれた淀みを少しだけ緩和してくれる気がしていた。



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