弓兵と槍兵を人外にして魔境に放り込んだ結果 (リョウ77)
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オリキャラ説明・主要キャラ

ネタバレ注意です。

お気に入り登録者が500を突破したので、記念に主要なオリキャラの説明を書いていきます。
「第4回イベント1日目・1」の前書きにあるステータス一覧も、こちらに移します。
随時、追加事項も書き足していく予定です。
また、もしかしたら登場回数の少ないオリキャラの説明も、いつかは書くかもしれません。

*4月24日更新 一番変化が大きいのはモミジちゃんですね。


神崎透(かんざき とおる)

 

身長・168㎝ 体重・65㎏

高校2年生で17歳。

細身ながらも引き締まっており、黒髪黒目。髪は前に長めに伸ばしている。(顔のイメージは「Charlotte」の乙坂 有宇)

実家が武術の道場で、5歳のときから武術にハマっている。現在は武術好きの熱は収まっているものの、小遣いをもらいつつ指導の手伝いに参加するくらいには積極的。

実は実家が野良猫や野良犬の保護のためにいろいろと活動している(敷地内で餌をあげる、保護して行政に引き渡すなど)ため、犬猫にふれあう機会も多く、人並みには可愛い動物は好き。

基本的に栞奈に振り回される立場であり、嫌そうな顔をしながらもなんやかんやで一緒にいる。

ゲームはもともと栞奈の影響で始めたが、稽古にVRを取り入れるようになってからは、VRのアクション系ゲームをシオリに紹介されては極めている。

VRで武術漬けの生活を送っていたため、現実での武術の腕はもちろん、VRゲームでも基本的に無双するようになった。

また、VR内に限り、通常より聴覚が敏感になる“超聴覚”を持っているため、基本的に完全に音を消すか、音より速く動くことでしか攻撃が当たらない。

だが、極めては新しいゲームに移ることが多かったため、1つのゲームに入れ込むことはほとんどない。

例外的に、ペインやメイプルといった様々な強敵が集まっているNWOは長続きしそうな模様。

好きなものは武術、強敵との戦い、策略。

苦手なものはメイプル(胃と心臓に悪いスキルを得た時に限る)。

頭はいい方であり、テストでも順位二桁をマークしている。

 

ステータス

 

クラールハイト

Lv60

 

HP 32/32

MP 523/523

 

【STR 55<+75>】

【VIT 0】

【AGI 75<+8>】

【DEX 60<+45>】

【INT 35】

 

装備

頭【黒竜の眼帯】『黒竜ノ眼』

体【黒竜の外套】『黒竜ノ加護』

右手【黒鉄の短剣】

左手【漆黒の弓】『黒竜ノ息吹』

足【漆黒の矢筒】『黒竜ノ威厳』

靴【ブラックブーツ】

 

装飾品【絆の架け橋】

   【古代の護石】

   【目覚めの奇跡】

 

スキル

【弓の心得Ⅹ】【百発百中】【鷹の目】【千里眼】【拡散】【速射】【パワースナイプ】【ピアーシングアロー】【魔弾の射手】【火魔法Ⅲ】【水魔法Ⅰ】【風魔法Ⅰ】【雷魔法Ⅰ】【魔法の心得Ⅱ】【古代の海】【釣り】【水泳Ⅹ】【潜水Ⅹ】【料理Ⅱ】【毛刈り】【気配察知Ⅲ】【気配遮断Ⅱ】【剣ノ舞】【空蝉】【奔放な錬金術師】【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)

 

 

九条栞奈(くじょう かんな)

 

身長・156㎝ 体重・??㎏

高校2年生で17歳。

全体的に細身で、胸は平均的。茶髪茶目で、髪はセミロング。(顔のイメージは「狼と香辛料」のホロ)

実家は普通の家庭で、サラリーマンの父親と専業主婦の母を持つ。

ゲームは父親の影響で初めたものの、超集中状態である“ゾーン”によって同年代の友達はもちろん、父親を含めた大人ですら歯が立たなかった。

透と知り合ったのは小学生のころで、偶然ゲームで対戦することになったところ、すでに武術の才能を開花させていた透の駆け引きによって、ほぼ互角の対戦の末に敗北した。

それから何かと透に絡むようになり、一緒にゲームをしようとしつこく誘うようになる。

最初は初めて負けたことによる対抗心からだが、当時あまり制御できていなかった“ゾーン”の鍛錬を提案したり、嫌そうな顔をしながらも付き合う透に好印象を持つようになる。

と言っても、あくまで男女の関係ではなく、友人の関係を望んでおり、それは透も同じ。

だが、栞奈は透のことをこっそり師匠のように思っている。これは、ゾーンの制御の鍛錬はもちろん、透との対戦で得たものも多かったから。

透がVRで武術漬けになってからは、栞奈も一時期VR内限定で神崎流を習ったが、理詰めは肌に合わなかったこともあり、結果的に我流におさまっている。

VRでは“ゾーン”にさらに磨きがかかるようになり、数多の大会で優勝した。

サリーこと白峰理沙に大会で敗北してからは、何かとサリーに敵対心をむき出しにする。

だが、透以来のライバルなだけあって、ぞんざいな扱いはしない。

好きなものは美少女、強敵との戦い。

苦手なものは頭脳労働。

基本的に本能と直感で行動するが、頭が悪いというわけではなく、学校のテストの成績は平均的。

 

ステータス

 

シオリ

Lv65

 

HP 32/32

MP 23/23

 

【STR 20<+25>】

【VIT 10】

【AGI 250<+125>】

【DEX 10】

【INT 0】

 

装備

頭【白狼の口当て】『白狼の呼吸』

体【白狼のコート】『狩人』

右手・左手【大樹の牙】『大樹の怒り』『木の女神の加護』

足・靴【白狼のブーツ】『白狼の疾駆』

 

装飾品【古代の護石】

   【絆の架け橋】

   【空欄】

 

スキル

【槍の心得Ⅹ】【疾風】【速度中毒】【水泳Ⅹ】【潜水Ⅹ】【超加速】【疾風迅雷】【水蜘蛛】【スピードスター】【追刃】【ブレイクランス】【剣ノ舞】【空蝉】

 

 

モミジ(本名は現段階では不明)

 

身長・143㎝ 体重・??㎏。

見た目に反して26歳のOL。

全体的に小柄だが体型は平均的で、黒髪黒目。髪はボブカットで童顔。(顔のイメージは「きんいろモザイク」の大宮忍)

第2回イベントで出会ったくノ一少女のプレイヤー。

基本的に怖がりで、NWOのプレイ歴は透たちより長いにも関わらず、レベルは第2回イベント時点ではメイプルよりも低かった。

これは戦闘が怖かったというのもあるが、引っ込み思案でなかなかパーティーを組めなかったこと、AGI重視で1人ではモンスターを倒せなかったということもある。

第1回イベント以来、新人にかかわらず上位に入賞したクラールハイト、シオリ、メイプルの大ファンになり、こそこそして戦闘を避けていたら身についた隠密系のスキルや【忍術】などでサインをもらう機会をうかがっていたが、なかなか話しかけられないでいた。

だが偶然、第2回イベントでクラールハイトとシオリから、ギルド結成の際にメイプルからサインをもらうことに成功している。

モミジのスキルは隠密系に偏っており、攻撃は不得手であったが、シオリによるレベリングとイズ特製の毒ナイフによって、NWOのプレイヤーの誰よりも暗殺・諜報に特化した性能になった。

また、苦手な戦闘も、シオリとのレベリングである程度克服し、「戦う前に相手をやっちゃえばいいじゃない」の精神を手に入れた。

その結果、戦闘さえにならなければ、笑顔でプレイヤーを屠るサイコパスと化してしまった。

現在では、【酒呑童子】による強化のおかげで、ある程度は1人での正面戦闘もこなせるようになった。

 

ステータス

 

モミジ

Lv46

 

HP 140/140

MP 240/240

 

【STR 50《+20》】

【VIT 40】

【AGI 100《+60》】

【DEX 65《+30》】

【INT 20】

 

装備

頭【忍びの頭巾】

体【くノ一の装束】

右手【猛毒の短剣】

左手【麻痺の短剣】

足【くノ一の衣】

靴【忍びの足袋】

 

装飾品【忍びの証】

   【酒呑童子の瓢箪】

   【アイテムポーチ】

 

スキル

【短剣の心得Ⅴ】【忍びの心得】【水魔法Ⅲ】【状態異常攻撃Ⅷ】【忍術Ⅴ】【気配遮断Ⅹ】【気配察知Ⅵ】【忍び足Ⅷ】【跳躍Ⅴ】【凪】【暗殺者】【闇夜の使者】【遠見】【ジャック・ザ・リッパー】




まだまだ変更点は多くなると思いますが、まずはこんな感じで。
モミジちゃんは、さらにアサシンの英霊の力を授けていきたいですね。


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プロローグ

NWO(ニューワールド・オンライン)?」

「せや!」

 

とある日の放課後、俺こと神崎透(かんざきとおる)は親友かつ腐れ縁である九条栞奈(くじょうかんな)から、一緒にゲームをやらないかと誘われた。

腐れ縁というのも、俺たちの親が共通の職場で働いており、さらに俺たちの共通している趣味がゲームだからということでだらだらと続いてきたようなもので、よくあるような『幼馴染との青春物語』のような甘酸っぱい関係とは程遠いからだ。

今も、なれなれしいというか、いっそ男らしく肩を組んでくる。このようなスキンシップも最初は少しどきどきしたが、本人に恋愛感情がないということと、もう数年同じことをやられていることもあって、すでに慣れた。

ちなみに、栞奈の関西弁は半分エセの半分本場仕込みのようなもので、関西に住んでいる親戚と話しているうちに、自然といつの間にか、このしゃべり方が定着したそうな。少なくとも、俺と最初に会ったときは、まだ標準語だったが。

 

「たしか、最近人気になっているVRMMOだったか?」

「そ。うちもやってみようかと思ってるんやけど、1人でやるってのも寂しいやろ?せっかくやし、透も誘おうと思ってな」

「俺も名前は知っているが、どんなゲームなんだ?」

「せやな、簡単に言うと、とんでもなく自由度が高いMMORPGやな。数多の武器や職業はもちろん、スキルもプレイヤーの行動次第で得られる。せやから、プレイヤーのプレイスタイルがはっきりとステータスに現れる、とてもやりこみがいのあるゲーム、ってことやな」

「なるほどな・・・」

 

栞奈の説明に、俺は少し考えこむ。

俺と栞奈はジャンル問わず様々なゲームをやってきた。その中で、VRもMMOもやったことはあるが、ここまで自由度の高いゲームは、たしかに俺の記憶にもあまりない。

ついでに言えば、VRMMOというだけで面白そうな気配がする。

幸い、ハードの方は持っているから、ソフトを買うだけでいいし、お金も十分ある。やろうと思えば今日にでもできるくらいには余裕があるな。

 

「よし、やってみるか」

「その意気や!それで、もう買いに行くん?」

「いったん家に財布取りに戻ってからだな」

「なら、うちも一緒に行くわ。お金はもう用意してあるしな」

「あいよ」

 

そんな会話をしながら、俺と栞奈は帰路についた。

ちなみに、家は隣同士だから帰り道も同じだ。

 

 

* * * * *

 

 

その後、家に戻って財布を取ってからすぐに栞奈と合流し、ソフトを買って家に帰った。

そして、夕食と風呂を済ませ、自室に入ってからハードにソフトをセットした。

 

「さて、めんどくさい初期設定はすでに済ませたが・・・」

 

いろいろと細かいことを要求される初期設定は、夕飯を食べる前にだいたい済ませておいた。あとは使用装備とキャラネームを入力してログインするだけだ。

ちなみに、栞奈とはキャラメイクの方針はほとんど話していない。このゲームはキャラの外見はそこまで変えれるわけではないし、キャラネームも、いつも使用しているものにするとあらかじめ決めていた。

とはいえ、初期装備を何にするかは話していないため、場合によっては初期装備が被ったり、後衛同士になって攻略が面倒になる可能性もあるが、

 

「ま、そのときはそのとき考えればいいし、最悪アカウントを作り直せばいいか」

 

俺は特に心配せず、電脳世界に身を投じた。

まず最初に、名前を入力する画面が出てきた。

俺は迷わずに“クラールハイト”と入力し、OKボタンを押した。

ついで、初期装備を選択する画面が現れた。

 

「装備は、本当にいろいろとあるんだな・・・」

 

パッと見ただけでも、片手剣や大剣といった近接武器や杖や弓矢のような遠距離武器まで様々だ。

実際に見てみると、いろいろと種類があって迷いそうだが、俺はすでに何にするかは決まっていた。

俺が選ぶのは、

 

「弓矢だな」

 

遠距離武器である弓矢にした。

なぜかと言われれば、栞奈は性格的に近接武器を選ぶと分かっているし、プレイング次第では魔法武器よりも有利に立ち回れると直感していたからだ。

最後に、ステータスポイントを振り分け、俺の視界は光に閉ざされた。

光が収まると、そこは初期地点の町で、周囲には他のプレイヤーもかなりいる。

 

「さて、集合場所はこの噴水でいいんだよな」

 

あらかじめ決めておいた集合場所がすぐそばだったのは偶然なのかシステムで決まっていたからなのかは知らないが、ラッキーだったと思うことにして俺は噴水の縁に腰かけた。

そうして待つこと数分、新たに光の柱が現れ、中から栞奈がでてきた。

どうやら、初期位置はシステムで決められているようだ。

 

「おーい、シオリ!」

「あっ、クラル!」

 

俺と栞奈、改めシオリは、MMORPGでもすぐに合流できるように、あらかじめ名前は統一してある。

それが、俺は“クラールハイト”で、栞奈は“シオリ”だということだ。シオリの言った“クラル”は、長くて面倒だからと省略して呼び始めたのがきっかけだ。

 

「ふむふむ、クラルは弓矢にしたんやな」

「そういうシオリは、槍にしたのか。なんつーか、意外だな」

 

俺の予想では、他のゲームではもっぱら短剣を使うことが多かったから、今回もてっきりその辺りの武器なのかと思っていたが。

疑問に思っていると、なぜかシオリは胸を張り、

 

「ふふ~ん、うちの戦闘スタイルは速攻やけど、つい最近、“槍兵は最速の英雄が選ばれる”って言葉を聞いてな?やったら、うちが英雄になってやろうと決めたんや!」

「あ~、またどっかのアニメに感化されたのか・・・」

 

シオリは、というかリアルの栞奈は、これでもかと言うくらいのアニメ・漫画好きだ。こういう風に、アニメのワンシーンに触発されてゲームをすることも珍しくない。

俺はどちらかと言えばゲーム、特にVRゲームが好きで、技術を磨いていくのが好きな人間だが、シオリはとにかくかっこいい自分を求めてゲームをするタイプで、派手な動きなんかも多い。

俺にとって、そんなシオリのスタイルには危なっかしいものも多分に含まれているから、こういうフォローにまわりやすい武器を使うことがほとんどだ。

そして、テンションの上がったシオリは、何をしでかすかわからない。

 

「・・・とりあえず、ステータスを確認しておこう。話はそれからだ」

「おぉ、ええで~」

 

俺は一抹の不安を抱きながらも、ステータス画面を開いてシオリに見せた。シオリも、同じようにしてステータス画面を俺に見せてきた。

 

 

クラールハイト

Lv1

 

HP 32/32

MP 23/23

 

【STR 20<+8>】

【VIT 0】

【AGI 40】

【DEX 30】

【INT 10】

 

装備

頭【空欄】

体【空欄】

右手【空欄】

左手【初心者の弓】

足【木の矢筒】

靴【空欄】

装飾品【空欄】

   【空欄】

   【空欄】

 

スキル

なし

 

 

シオリ

Lv1

 

HP 35/35

MP 20/20

 

【STR 20<+10>】

【VIT 10】

【AGI 60】

【DEX 10】

【INT 0】

 

装備

頭【空欄】

体【空欄】

右手【初心者の槍】

左手【空欄】

足【空欄】

靴【空欄】

装飾品【空欄】

   【空欄】

   【空欄】

 

スキル

なし

 

 

「よかった、さすがに極振りはしなかったか」

「うちとしては、VITを0にしたクラルに疑問を覚えるんやけど?」

「当たらなければどうということはない」

「まぁ、それもそうやな」

 

実際、あらゆるゲームをプレイした中で、被弾を極限まで抑える立ち回りを研究してきたから、被弾しない自信はある。

 

「とりあえず、外に行って軽くプレイしてみるか。お前だって槍は初めてだろ」

「せやなぁ、近場の簡単なところで慣らしておこか。クラルも弓矢は初めてやろ?」

 

考えてみれば、FPSで銃を使ったことはあっても、こういうゲームで弓矢を使ったことはないな。

となると、お互い初めての武器同士になるのか。

 

「そういうわけやから、ほら!さっさと行くで!」

「わかった。わかったから腕を引っ張るな」

 

どうやら興奮しているらしいシオリに急かされながら、俺たちはモンスターのいる森へと向かっていった。




祝・アニメ放送ということで、その流れに乗って書いてみました。
最近は新しいのを書こうと思っても上手く文章にできないことが多かったので、今度こそ続かせたいです。

ちなみに、自分は原作をアニメ化のティザーPVから知り、キャラの見た目が好みで興味本位でweb版を読んだらハマった人間です。
今後配信されるアプリも出たら速攻やる予定です。


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初陣と邂逅

「あっはっはー!たーのしー!!」

「あまりエキサイトしすぎるなよ~」

 

初心者御用達の森の中に入った俺たちは、さっそくモンスターを狩っていたのだが、しょっぱなからシオリがテンションを爆上げにしながら突撃していった。

高笑いしながら槍を振り回し、モンスターを屠っていく姿は、完全に槍兵(ランサー)と言うよりは狂戦士(バーサーカー)だ。

だが、ただ槍を振り回しているわけではない。

シオリの槍は常人なら目で追うのも難しいほど鋭く、突きは狙いたがわずモンスターの心臓部(心臓があるかどうかは別にして)を貫き、払いは遠心力も加わって複数のモンスターを薙ぎ払い、至近距離に近づかれた時は槍を地面に突き刺し、棒高跳びのように飛び上がりながら蹴りを加え、空中でも槍を振り回してモンスターを屠っていく。

シオリのすごいところは、VR空間であれば、1度見た動きや技を完全に再現することができるということだ。それはアニメや漫画に限らず、武術の説明や試合の動画、果ては相手プレイヤーのスタイルやスキルにまで及ぶ。

今の動きもアニメのものなのだろうが、集団で襲い掛かってくる虫系モンスターをほぼ1人で迎撃していた。

俺も後ろから仕留め損ねたモンスターを弓矢で倒しているが、多くても10体に1体くらいだ。

こういうのを才能と言うんだろうが、果たしてすごいと言うべきか無駄と言うべきか、悩むところだ。

少なくとも、そのセンスに任せたプレイスタイルは、ひたすら技術を磨いて極めていく俺とは対照的だ。

味方だと頼もしいかぎりだが、そろそろ引いた方がいいかもしれない。

 

「シオリ、その調子だとそろそろ武器が限界だろう。素材もゴールドも十分集まったし、いったん街に戻るぞ」

「ありゃ、もうそんなに経っとんのか。しゃーないなぁ。今回はこんぐらいにしとこか」

 

シオリは完全に時間を忘れていたようで、我に返ったように槍を下ろした。

俺もほっと一息つきながら、矢を持って後ろから感じる気配に突き刺した。

何かを貫く感触を感じて後ろを振り返ると、ハチ型のモンスターがちょうど俺を後ろから刺そうとしていたところだったようで、腹から出た針があと数cmのところで俺に刺さるところだった。

 

「相変わらず、ハラハラするプレイングやなぁ。危なくないん?」

「危なくないボーダーはちゃんとわきまえているからな。大丈夫だ、問題ない」

「それ、死ぬときの常套句やで」

 

軽い会話を交わしながら、俺とシオリはいったん街に戻ってドロップアイテムやステータスを確認した。

レベルはすでに10になっており、武器の基本スキルである“心得”系統もいつのまにかⅡまで解放されていた。

さらに、装備に関しても、売却分の素材も含めて、2人分用意するのに問題ないくらい集まっていた。よく武器が持ちこたえてくれたものだ。

 

「とりあえず、あとでステータスポイントを割り振るとして、先に装備を整えておくか?」

「そうやなぁ・・・でも、今日は時間的にこれで終わりやし、先にステータスポイントを割り振って、装備は何ができるかだけ確認すればええんとちゃう?」

「そういえば、もうそんなに時間が経ってたんだったな」

 

時間を見れば、すでに就寝時間の30分前になっている。装備を作っても、今日はこれで打ち切りということになるだろうし、見繕う時間もあまりない。

シオリの言う通り、装備の方は今日は下調べだけ済ませて、明日何にするか決めておこう。

そう決めて、俺とシオリはステータスポイントを割り振った。ちなみに、俺はVITとHP以外にまばらに、シオリはAGI多めと残りはSTRに、と言う感じになった。

この時点での方針は、俺は回避中心で魔法もある程度使える後衛で、立ち回りとしては“回避盾”に近い。シオリはAGIを重点的に上げつつ火力もだせる前衛で、INTやMPは低いままのつもりらしい。

 

「にしても、後衛の“回避盾”ってなんか矛盾してへん?」

「盾っていうよりは、“回避砲台”って感じだよな」

「うわぁ・・・それはそれで嫌やなぁ・・・」

「まぁ、普通に狙撃手って考えればいいだろ。とりあえず、目標は200m狙撃くらいか・・・」

「数字からしておかしいやろ。それって、三十三間堂よりも長いんとちゃう?」

「たしか120mくらいって聞いたから、だいたい2倍だな」

「遠すぎる!たとえゲームでもできへんて!」

「大丈夫だ。FPSで2000m狙撃を成功させた俺ならできる」

「・・・あれ?そう聞くと、案外余裕かも?」

 

いやまぁ、弓自体の射程や、システムに設定されている有効射程もあるから、一概に楽勝と言うわけでもないが。

でも、できないことはないだろう。

敵に気づかれない距離から一方的に狙撃するというのも、それはそれで気持ちいいし。

ステータスポイントをすべて割り振り、武具店に行こうと腰を上げると、不意にシオリがある一点を凝視し始めた。

 

「ん?どうした、シオリ?」

「向こうに美少女がおった!」

 

そう言うなり、シオリは今日だけでも爆上がりしたAGIに物言わせて瞬く間に距離をつめ、黒髪ショートの女の子にいきなり抱きついた。

 

「うわぷっ!な、なんですか!?」

「うわぁ~!かわえぇな~!しかも、それ初心者装備やろ?うちとお揃いや~!」

「え、えっと・・・」

「ん~、さらさらの髪と言い、えぇ抱き心地やぁ~。よし、このままお持ち帰りして・・・」

「それくらいにしろ、シオリ」

 

女の子は完全に何が起こっているのかわからないといった様子だったから、俺が後ろからシオリの首根っこを掴んで持ち上げ、むりやり引きはがした。

 

「ちょっ、クラル!離してや!うちはこの美少女を愛でなあかんねん!」

「初対面の人にいきなり抱きつくんじゃない。たとえゲームでも、ハラスメントコードは存在するからな」

「うちは通報されてもかまわん!」

「開き直るんじゃない。まったく・・・あーっと、すまないな。このバカが変なことをして」

「え、えっと、大丈夫です・・・?」

 

女の子の方は疑問符を浮かべながらも、とりあえず問題ないと言ってくれた。

シオリは見た目は茶髪のボブカットで整った顔立ちをしており、客観的に見ても美少女だと断言できるが、当人は可愛い女の子が大好きというオヤジっぽい内面を持っており、教室でも可愛い女の子には抱きつくと言ったスキンシップも多い。一応、問題になったことはないが、それは俺が問題を起こす前に無理やり止めているからであり、セクハラ未遂になったことは何度もある。

 

「う~、う~、別にええやん。減るもんでもないし」

「お前の信頼とこの子の貞操その他諸々が減るんだよ」

「そんなぁ・・・せや!それやったら、うちらとフレンド登録せぇへん?こうして会ったのも何かの縁やし!」

「会ったっていうか、お前が一方的に突撃しただけだけどな」

「な?ええやろ?」

 

俺のツッコミはスルーされ、俺のアイアンクローを振りほどいたシオリがキラキラした眼差しで問いかける。

女の子の方は、最初は悩んでいたが、すぐに答えは決まったようで、

 

「そうですね!せっかくですし、お願いします!」

「よっしゃ!それでこそや!」

「ったく・・・」

 

あからさまに歓喜するシオリに頭痛を堪えながらも、フレンド登録を済ませた。

名前は“メイプル”と言うらしく、俺たちと同じく今日が初ログインだったらしい。

 

「メイプルちゃんか~、よろしくな!」

「このゲームは初めてだが、他にもいろいろとプレイしてきたから、わからないことがあればサポートする」

「はい、よろしくお願いします!シオリさん!クラルさん!」

 

こうして、俺たちはログイン初日で快活な黒髪ショートの美少女、メイプルとフレンドになったのだが、まさか今後、あのような成長の仕方をするとは思ってもみなかった。



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スキル探し・クラル編

ログイン2日目。

今日はシオリは一緒におらず、1人で探索している。

なぜかと言うと、事の発端はシオリの提案だった。

ログインして、一通り装備を揃えた俺たちだったが、その後にシオリが、

 

「せっかくやし、3日は完全別行動にして、お互いどんなスキルを取得できるかやってみーひん?そんで、どっちがすごいスキルをゲットできるか勝負しようや!」

 

と言い出したのだ。

俺としても、その提案自体は悪くないと思ったのだが、後衛が1人だけで探索するというのも不安要素が多かったから、もう少し装備を整えてから、と言おうとした。

だが、言う前にシオリが「んじゃ、先に行っとるからなー!」と外に行ってしまって、結果的に1人で探索することになったのだ。

フレンドのメッセージ機能で伝えようかとも思ったが、こうなったシオリは何があっても止まらないと途中であきらめ、仕方なく俺もスキル探しの旅に出ることにした。

行き先は森ではなく、“風の峡谷”と呼ばれるダンジョンだ。

ここでは飛行型のモンスターが多くあらわれるということで、狙撃の練習も兼ねて潜ることにした。

 

「はぁ、相変わらず、シオリには振り回されっぱなしだなぁ・・・」

 

思い返してみても、最初から最後までシオリを制御で来た試しがない。

シオリの愚痴をこぼしながらも、ダンジョンに向かう足は止めない。

過ぎてしまったことを悔やんでも仕方ない。ここは仕方なく、スキル探しをするとしよう。

数分歩いて、ダンジョンにたどり着いた。

見た目としては緑はほとんどなく、どちらかと言えば荒野に近い。

周囲には、他のプレイヤーはあまり見当たらない。

 

「んじゃ、始めるとするか」

 

覚悟を決めて、俺はダンジョンに足を踏み入れた。

するとさっそく、空から中型の鳥モンスターが3体、急襲を仕掛けてきたが、矢を3本つがえ、3本とも頭に命中させて光に変えた。

特にスキルは使っていないが、これくらいならまだ何とかなるレベルだ。

その後も、奥に進みながらモンスターを迎え撃っていると、レベルアップと同時にスキル取得の音声が流れた。

 

『スキル【百発百中】を取得しました』

「ふむ?どれどれ・・・」

 

周囲にモンスターがいないことを確認してから、スキルの効果を確認した。

 

スキル【百発百中】

有効射程による威力低下をなくし、矢が直線上に飛ぶようになる。

取得条件

レベル15になるまで、弓矢による攻撃を1発も外さないこと。

 

「うおっ、何気にうれしいスキルだな」

 

遠距離攻撃、特に弓矢において、曲射起動を計算しなくてもいいというのは、これだけでも大きなアドバンテージになる。ついでに言えば、有効射程の威力低下がなくなるのも、長距離狙撃が格段にしやすくなってありがたい。

条件はけっこう厳しめだが、それに見合う効果だ。

試しに、たまたま目に着いた有効射程より外にいる大型の鳥モンスターに目を付け、弓を構えた。

目算では、だいたい100mちょっとか。今の状態で目視できる限界だ。

モンスターの動きを読み、着弾までの時間を計算して狙いを定め・・・矢を放った。

放たれた矢は吸い込まれるように大型の鳥モンスターに向かって飛翔し、再び頭部を貫いてHPを0にした。

余談だが、この距離でもアイテムが手に入るのはゲームならではだよな。

そんなことを考えると、再びスキル取得の音声が流れた。

 

『スキル【鷹の目】を習得しました』

「またか・・・今度は、どんなやつなのか」

 

スキル【鷹の目】

目視で視認できる距離が大幅に上昇し、視界内にいる対象の距離を表示する。

取得条件

100m以上の距離からモンスターを弓矢で倒す。

 

「ふむ・・・これもパッシブスキルなのか。どれどれ・・・」

 

大幅というのがどれだけの度合いなのか、試しに峡谷の奥を見つめてみる。

意識を集中させると、途端に視界がグンッ!とズームアップした。

 

「うおっ」

 

突然のことに思わず驚くが、すぐに気を取り直して集中しなおすと、ちょうど視界の中に中型の鳥モンスターが降りてきた。すると、モンスターの上部に“128”という数字がでてきた。この数字が対象との距離なのだろう。

偏差射撃をするときにかなり便利そうだ。

ついでに視界に入ったモンスターを射殺しつつ、新たなスキルや装備を求めてさらに奥へと進んだ。

 

 

この2つのスキルを手に入れてからは、モンスターの感知距離より外から攻撃できるため、レベルも20目前にまで上昇した。

だが、奥に進むにつれて現れるモンスターの数が多くなってきて、弓矢だけでは捌くのが難しくなってきた。

そして、レベルが20になったあたりで、とうとうモンスターが3匹、俺に接近してきた。

それでも俺は取り乱さず、()()()()()()()()()()()()()()()短剣で流れるように首を切り裂き、1撃で仕留めた。

装備としては弓矢を選んだ俺だが、本来なら俺に武器の得意不得意はなく、使ったことのない武器以外ならだいたいは使いこなせる。弓矢を選んだのも、シオリの援護のためというだけで、使おうと思えば槍でも片手剣でも刀でも何でも使えるのだ。

そして、敵に接近された場合も考慮して、あらかじめ短剣を作って装備しておいたのだが、やはり正解だったようだ。

だが、慣れないスキルを多用していたからか、そろそろ集中が途切れてきた。

時間もいいところまできたし、今日のところはこれで切り上げて街に戻ろう。

今日得たアイテムも、売るなり装備の生成や強化に使うことにしよう。




後になって「そういえば弓矢って、右利きだと、弓を左手で持って右手で矢を持つんだったっけ」と気づき、1話の装備欄を訂正しておきました。


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スキル探し・シオリ編

ども~♪うちや、九条栞奈ことシオリや!

今回は、クラルとスキル探し対決をすることになったんや。

途中で後衛のクラルを1人だけ放っていることに気づいたんやけど、クラルなら大丈夫やろ。VRのシューティングゲームでも、クラル一人で敵10人くらい返り討ちにしとったし。

それに、うちがクラルを振り回しているとき、クラルはたいていめんどくさそうな表情するけど、それでもうちに付き合ってくれるんやから、やっぱえぇ奴なんやな。

もちろん、恋愛感情とかそういうのはないで。うちもクラルも、幼馴染みと言うよりは腐れ縁とかゲーム仲間って感じやったし。

周りから「2人って付き合ってるの?」って言われたこともあるけど、うちもクラルもそろって「まさか」って返した。うちは「仲がえぇだけで、好き合っているわけやあらへんよ」って言うたし、クラルも「仲はいいと思うけど、だからって好きっていうわけでもないし考えたこともない」って言うたらしいし。その後に、「そもそも、美少女好きのあいつが男を好きになる光景が想像できない」って言うて周りに賛同されたのは、さすがにムカッとしたけど。

まぁ、そんなんやから、特に発展もなく今まで過ごしてきたわけやけど、一緒にゲームをしてきた中で、クラルの実力に疑う余地があらへんのはわかっとるし、それはクラルも同じや。

だから、周りからすれば「何やってんの?」って思われるような作戦や提案も、うちとクラルならためらいなく実行できる。それだけ信頼しとる。

それに、うちから言うた以上、すごいスキルの1つや2つは取得しとかんとクラルに笑われてしまう!

そういうわけやから、今日は昨日よりも森のさらに奥に行くことにしたんや。

この森は、奥に進むにつれてモンスターの数も増えとったから、槍を振り回すのにもちょうどええやろ。

 

「そんじゃ、いくで!」

 

うちは手に持った槍をくるくる回してからつかみ取って、一気に森の中を走っていった。

今日はとにかく、目につくモンスターは片っ端から狩っていく!

直進しながら、群がってくるモンスターを全部槍で一突きして倒していく。ウサギのモンスターも、ハチのモンスターも、テントウムシのモンスターも、全部うちの槍の錆にしていく。

モンスターを倒していくごとに、うちの視界から色が消えていって、流れる景色がスローモーションになっていく。

これが、うちがいつしかVRゲームで最強と言われるようになった要因の1つ。

うちは、戦闘でテンションが上がるほどに集中力が増していって、スポーツで言う“ゾーン”に入れる。

最近やと、ある程度は任意でゾーンに入ったり、集中の度合いをコントロールできるようになってきとる。

まぁ、うちの努力と言うよりは、クラルのスパルタという言葉すら生ぬるい、鬼畜特訓のおかげなわけやけど。ゾーンを使いこなせないうちは、よくゲームの試合の後にぶっ倒れることがあって、それを見かねたクラルが「試合の後に、いちいち倒れられるのも迷惑だ。だから、特訓してゾーンを完全に自分のものにしろ!」ってどこからか取り出してきた竹刀でバチーンッ!と叩いて、無理やりやらされたという部分もあるけど。

でも、もともとゲームが大好きでゾーンに入れるうちは、クラルと一緒にプレイしてゾーンに入って行く中で自然と自分のものにすることができたんや。クラルもゾーンについてはいろいろと調べたらしくて、「嫌々やらせるよりは、楽しくやらせる方法の方がゾーンの特訓にはいい」って言うて、うちにストレスがかからないようなメニューも考えてくれて、けっこう感謝しとる。クラルの特訓のおかげで、さらに大会で好成績を取れるようになって、()()()からも白星を勝ち取ることができた。

()()()は、大袈裟かもしれへんけど、うちの永遠のライバルと言えるほどに手強い相手やった。()()()に勝てるようになったのも、クラルの特訓のおかげや。

()()()は、たぶんいつかNWO(このゲーム)にやってくる、そんな予感がする。

いずれ来る時までに、うちも強くならなあかん!

 

『スキル【速度中毒】【疾風】を取得しました』

「っ、はぁ、はぁ・・・」

 

ひたすらモンスターを狩っている最中に、スキル取得の音声が流れて、いったん手を止めて槍を下ろした。

走り始めてからもう1時間近く経っとるみたいで、息を整えるのにも少し時間がかかってしもうた。それでも、ぶっ倒れて起き上がれなくなったような最初の頃に比べれば、十分マシな方や。

 

「さてさて、まずは【速度中毒】から、どんなスキルなのかなー、っと」

 

スキル【速度中毒】

走り続ける限り、AGIが上昇していく。最大値は元のAGI値と同じ(他スキルの上昇分は含まない)。

移動をやめて速度が0になるとリセットされる。

AGIは1分走るごとに1%ずつ上昇する。

取得条件

1時間、AGI限界値の速度で移動し続ける。

 

「うわぁ、ピーキーなスキルが来たなぁ・・・」

 

最大でAGIが2倍になるのはいいんやけど、2倍になるまでに時間がかかるし、足を止めたら上昇分がリセットされるっていう条件も厳しい。このスキルに必要な立ち回りは、何があっても走り続けながら攻撃すること。普通なら、簡単にできることでもあらへんけど・・・。

いや、できるか。“ゾーン”に入ったうちなら。

 

「次は、【疾風】やな」

 

スキル【疾風】

高速移動中の攻撃に限り、STRにAGIの数値が上乗せされる。

取得条件

移動しながらの攻撃でモンスターを200体倒す。

 

「うわっ、これは強いなぁ。ていうか、もうそんなに倒しとったんか」

 

スキルの内容が強力なのもそうやけど、すでにモンスターを200体討伐してたことの方が驚いた。

あくまで“ゾーン”は今に集中する状態やから、ぶっちゃけ後のことなんてよう覚えとらん。頑張れば思い出せんくもないけど、情報量が多すぎて思い出す気にもならへん。

それはともかく、この【疾風】があるなら、むやみにSTRを上げる必要もないってことや。AGIを上げれば、その分STRが上昇するようなもんやし。

ただ、高速移動状態の定義があまりわからへんから、それは後で試すとしよか。

とりあえず、

 

「ちょっと疲れてもうたな・・・いったん町に戻って休憩しよ」

 

スキルの性能確認も兼ねて、ちょっくら町まで走ってみよか。

でも、今日1日でこれだけなら、3日後にはどうなるか、本当に楽しみやな。

うちも、クラルも。




アニメ視聴&ゲームプレイ。
アニメは今のところ文句なしですね。早めのフレデリカとドラグ、ペインもグッジョブです。
ゲームは、悪くはありませんが、有償限定は出さないでほしかったのと、かくかく動きながらの移動が違和感・・・。


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ダンジョン攻略・クラル編

スキル探し勝負を始めてから3日目。とうとう最終日だ。

タイムリミットは今日の夜だが、昨日今日は休みだったおかげでレベルもスキルも十分充実し、さらに変わり種のスキルも取得した。

 

「さて、今日は【魔弾の射手】を試していくか」

 

スキル【魔弾の射手】

他の武器や魔法を矢として放てる。

ダメージは矢にした武器や魔法の威力に依存する。

使用した武器は確定で壊れる。

取得条件

弓矢を装備した状態で、弓矢以外の武器や魔法によってモンスターを100体倒す。

 

右手に短剣を装備してモンスターを倒していったら、2日目の終わり際に偶然取得できた。

少し試してみたところ、武器の場合は装備欄とは別に矢にする武器を設定する欄が加わっており、ここに武器を選択して設定することで武器を消費して使用できるようだ。1発ごとに武器を消耗するため乱用はできないが、普通に矢を放つよりも高い威力が期待できる。

魔法については、何も持っていない状態で弓を構えて魔法を唱えることで、火の魔法なら火でできた矢が、水の魔法なら水でできた矢が、といったように魔法に応じた矢が現れる。使い勝手としては、こっちの方がいいが、もちろんMPも消費するし威力もINTに依存することになってしまうから、こちらも使いどころを見極める必要がある。

 

「んじゃ、始めるとするか」

 

この3日間で慣れたように、俺は“風の峡谷”に足を踏み入れた。

すると、さっそく上から中型の鳥モンスターが降りてきた。

さっそく、【魔弾の射手】を試してみることにする。

 

「スチールソード」

 

今回のために大量に用意した武器の名前を言うと、右手に安価な片手剣が現れた。それを握り、弓につがえてモンスターを狙う。

柄を弦にひっかけて引き絞り、狙いを定めて放った。

放たれた片手剣は胴体に突き刺さるが、モンスターは光となって消え、片手剣もまたモンスターと同じように光になって消えていった。

 

「威力が上がるってのは本当だな。矢なら倒せなかったところだ。だが、狙いをつけるのが思ったより難しいな」

 

矢と違って、剣には柄に弦をひっかけにくく、鍔が当たらないようにするのにも注意しなければならない。

威力があるのはいいことだが、おそらく小型のモンスター相手なら外していたところだろう。使うなら、図体のでかいモンスターに絞った方がいいか。

 

「次は、魔法だな」

 

先に進んでいくと、また先ほどと同じモンスターが現れてきた。

次は、何も持たないまま弦を引き絞り、魔法を唱える。

 

「【ファイアーボール】」

 

火の魔法の中でも初級のものを唱えると、弦を持つ手の先に火の球が出現し、だんだんと細長くなっていって矢のような形になった。

そのまま狙いを定めて矢を放つと、放たれた火の矢はこれまたモンスターに直撃し、炎に包まれて光となった。

 

「ふ~ん、火の矢だからといって熱いわけでもないんだな」

 

素手で火を持っているようなものなのだが、不思議と熱さは感じなかった。

まぁ、それで狙いが付けられなくなるようなら大問題だが。

狙いのつけやすさで言えば、武器を矢にするよりかは構えやすいが、魔法のエフェクトで若干相手が見えづらくなってしまう。そこまで支障をきたすわけではないが、無視できるほど小さい問題と言うわけでもない。

まぁ、外さないに越したことはないだろうが、格上とのPvPでは当たらなくなることもでてくるだろうし、なるべく気にしないようにした方がいいか。

さて、レベルも十分上がり、スキルもレアなものから基本的なものまで十分揃ってきた。

装備も、さすがにトッププレイヤーほどではないが、それなりにいいものをそろえている。

道中までのモンスターも、スキルのおかげでだいたいがワンパンか、多くても3回くらいで仕留められるようになった。

少し物足りなくなってきたところだし、ちょうどいい。

 

「ボスモンスター、1人でやってみるか」

 

別に無理そうなら、途中で離脱すればいい。

それに、縛りプレイみたいな感じでスリルがあって面白い。

ソロで被弾せずに遠距離武器でボスモンスターを倒す。いいじゃないか。

せっかくだし、撮影機能も使って録画してみるか。

期待に胸を躍らせながら、道中のモンスターをヘッドショットで沈めていく。

余談だけど、このゲームにもヘッドショットの概念があるとは思っていなかった。さすがにレベル差やVITが大きすぎると1発で倒せないが、それでも普通に当てるより数倍のダメージが入る。

余裕があったら、他にも部位ごとでダメージが違うのか試してみよう。

道中は何も危なげなく切り抜け、とうとうボス戦のある大広間の前に到着した。

ここに出てくるボスも、ちゃんと調べてある。

現れるのは、ブラックワイバーンと呼ばれる翼を生やしたドラゴンで、空中からの急襲やブレスを得意にしている。

本来なら、8人のフルパーティーで前衛と後衛をしっかりわけて挑むものらしいが、今回は後衛の俺一人だけだ。

そう考えると、これから行う所業にたぎってきた。

これで1発で成功したら、シオリに動画を見せつけて思いっきり自慢してやろう。

 

「よしっ、行くぞ!」

 

気合を入れなおし、俺は大広間に足を踏み入れた。

 

「ギャアオォオオオ!!」

 

次の瞬間、上空からブラックワイバーンの方向がとどろいた。

俺はひるむことなく、素早く矢を放った。狙ったのは、ブラックワイバーンの眼球だ。

放たれた矢は狙いたがわず眼球に突き刺さり、ブラックワイバーンは空中で暴れ始めた。

 

「スチールブレード」

 

すかさず俺は【魔弾の射手】によって片手剣を取り出し、首に狙いを定めて放つ。

放たれた片手剣は、狙いより少し下にずれたものの直撃して、ブラックワイバーンのHPを1割ほど削った。計算上は、これをあと10回繰り返せば倒せることになる。

とはいえ、これはあくまで速攻からの奇襲で成功したからであり、次も成功する保証もなければ、それこそ10回連続で成功するなんて奇跡に近い。

ここからは、地道に避けながらちまちま削っていくしかない。

幸い、このゲームでは矢の本数に限りはないし、【魔弾の射手】用の武器もそれなりの数を用意してきた。

1時間で、この戦闘を終わらせることにしよう。



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ボス攻略・クラル編

ブラックワイバーンの攻略を始めてから、おそらく数十分は経過した。

厳密な時間がわからないのは、気にしている余裕がないからだ。

ブラックワイバーンを倒すには、ひたすら撃ち込むことしかできないが、相手の攻撃はHPとVITを一切強化していない俺にとってはすべてが即死級のダメージ、いや、実際に即死するだろう。

だから、俺はブラックワイバーンの戦闘に関係する情報以外をすべてシャットダウンした。

そうすれば、俺の目に映るのはブラックワイバーンと周りの地形だけ。あとは白い背景に移り変わっていく。

その後は、ギリギリの綱渡りの連続だ。

ブレスの範囲ギリギリを見極めて回避し、横っ飛びの状態で矢を放ったら片手で体勢を整えて駆ける。

空中から急襲を仕掛けてきたら、飛び上がって回避しながら背中に矢を3,4本射るか、【魔弾の射手】で片手剣を放ち、遅れざまに来る尻尾も体をひねることで躱す。

それでも、弱点を狙わない攻撃は、【魔弾の射手】でもせいぜい5%削れるかどうか。

矢の残弾を気にする必要がないとはいえ、長い戦いになる。

最初はそんな不安もあったが、時間が経つにつれてその考えも彼方に置き去っていった。

ひたすら相手のパターンを探り、攻撃を誘発させ、避けざまに攻撃を加えていく。

ブラックワイバーンのHPが半分を切るころには、すでに俺の動きは一切の思考を排しており、余計な考え事はせずに機械のように精密な動作を継続させる。

そして、ブラックワイバーンのHPが残り数mmになったところで、流れが変わった。

 

「・・・っ」

 

ブラックワイバーンの急襲を躱して攻撃を加えた後に、着地の際に足を滑らせて体勢を崩してしまった。

さらに、ブラックワイバーンはそこで飛び上がるのではなく、地面に着地して俺に向かって口を開けながら突進してきた。

体勢を崩して膝をついた俺に、この攻撃をかわすことはできない。だが、この突進が直撃したら、今までの苦労が水の泡になってしまう。

ここをしのぐには、どうすればいいか。

引き延ばされた時間の中で、覚悟を決めたのは一瞬のことだった。

 

「ホワイトランス!」

 

【魔弾の射手】のために用意した武器の中で最もSTR値が高い槍を、弓で構えるのではなく直接握ってブラックワイバーンの口の中に突き刺した。

ブラックワイバーンは、俺まであと数cmというところまで近づいたが、当たる直前に動きを止めた。

ちらりとブラックワイバーンのHPバーを確認すると、ブラックワイバーンのHPは0になっており、直後に光となって消滅した。

 

「・・・弓で射なくても、敵に当たった時点で消滅するんだな」

 

最初に感じたのは、勝利の余韻ではなく、【魔弾の射手】の仕様だった。

握っていたはずのホワイトランスはすでに消えており、専用欄を確認しても、1本しか用意しなかったホワイトランスの名前はどこにもない。

どうやら、スキルで取り出して使用した時点で、「使用すると壊れる」という効果が適用されるらしい。

これは、スキルで取り出したら基本的には弓で射る方がいいな。どのみち、右手には接近されたとき用の短剣を装備しているし。

そこまで考えて、俺はようやく勝利の余韻に浸ることができた。

今回の戦闘は、今まででも1,2を争うレベルできつかったな。ここまで消耗したことは滅多にないし。

しばらくしてようやく息を整えて立ち上がると、攻略情報には載っていなかった宝箱が出現していた。

 

「なんだ、これは・・・?」

 

訝しみながらも宝箱を開けると、中から黒一色の装備一式が入っていた。武器は弓矢で、同じく黒い矢筒に黒い外套らしき鎧と、竜のようなマークがある眼帯だった。

どれも見たことも聞いたこともないものばかりで、説明欄をガン見して確かめた。

 

【ユニークシリーズ】

単独でかつボスを初回戦闘で撃破しダンジョンを攻略した者に贈られる攻略者だけの為の唯一無二の装備。

一ダンジョンに一つきり。

取得した者はこの装備を譲渡出来ない。

 

『黒竜の眼帯』

【DEX+20】

【黒竜ノ眼】

【破壊不能】

 

『黒竜の外套』

【STR+35】

【黒竜ノ加護】

【破壊不能】

 

『漆黒の弓』

【STR+40】

【黒竜ノ息吹】

【破壊不能】

 

『漆黒の矢筒』

【DEX+25】

【黒竜ノ威厳】

【破壊不能】

 

 

「うっそやん・・・」

 

パッと見ただけでも、思わずシオリの関西弁が移ってしまうくらいにぶっ壊れなのが分かる。

ステータスの上昇値もそうだが、すべてに【破壊不能】の効果がついているというのがぶっ飛んでいる。

しかも、全ての装備に見たことのないスキルがついている。

確認するのが怖くなってきたが、確認しないわけにもいかず、恐る恐るスキルの説明欄を見た。

 

【黒竜ノ眼】

相手の動きの一瞬先が見えるようになる。

 

【黒竜ノ加護】

50%の確率で相手の遠距離攻撃を無効化する。

すべての状態異常とデバフを無効化する。

 

【黒竜ノ息吹】

距離が遠ければ遠いほど自分の遠距離攻撃の威力が上昇する。

効果は50mから適用され、最大値は100mで【STR+50】。

 

【黒竜ノ威厳】

遠距離攻撃があらゆる条件下で威力の減衰を受けなくなる。

 

「・・・・・・・・・・・・えぇ」

 

チート過ぎる効果に、思わずドン引きしてしまった。

特にやばいのが【黒竜ノ加護】だ。これだけで一部のプレイヤーを完全に無効化できるんだが。

たしかに、攻略サイトや掲示板にも、他よりも高い攻撃力から1層で最強クラスのボスだってあったし、ユニークシリーズの取得難易度も破格に設定されているから強力なスキルが設定されていてもおかしくないが、それにしてもおかしすぎないか。

【黒竜ノ威厳】も、「あらゆる条件下」がどれくらいなのかはわからないが、少なくとも水中や風の影響を受けなくなる可能性は高い。そうなると、【百発百中】と合わせて、俺の弓はほぼすべての威力減衰を受けなくなることになった。

【黒竜ノ眼】と【黒竜ノ息吹】も、他の二つと比べると地味に見えなくもないが、俺のプレイスタイルならこれ以上にないくらい強力なものだ。

・・・武器のスキルが適用されるかはわからないが、この勝負、俺の勝ちかもな。




前回の【魔弾の射手】の説明に、今回で書いた設定を付け加えました。

ご都合主義なところはありますが、防振り自体それが特徴ですし、これくらいはいいですよね?
シオリの方も、似たような感じに仕上げるつもりです。


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ダンジョン&ボス攻略・シオリ編

今日で、スキル勝負最終日。

この3日間、うちもひたすらモンスターを狩りまくったおかげで、レベルもかなり上がったし、AGIも200近くになった。思わず時間を忘れて、武器を壊してもうたこともあったけど・・・。

まぁ、それはそれとしてや。今日も今日とて、頑張ってモンスターを狩っていこうと思ったんやけど・・・ちょいと面倒なことになってもうた。

それが、いつの間にか見覚えのない場所に立っていたんや。

確認すると、そこはダンジョンの中やった。

名前は“迷いの森”。

説明文に、「森を怒らせた者が誘い込まれる、抜け出すことのできない、霧に覆われた森」ってあったから、モンスターの討伐数が関係していると思うんやけど、詳しい条件はわからへん。

クリア不可レベルで難易度が高い、っていうのはあらへんやろうけど、情報が全くない状態で初めてのダンジョンを1人で攻略するってゆーのは、さすがにちょっと心細いと言うか、クラルが隣にいてくれればって思うと言うか・・・。

まぁ、ないものねだりをしてもしゃーないから、先に進むしかあらへんけどな。

うちは覚悟を決めて、両手で槍を持って臨戦態勢をとって、周囲を警戒しながら歩みを再開した。

するとさっそく、近くの茂みから白い狼のモンスターが飛び掛かってきた。

 

「甘いで!」

 

せやけど、超集中状態になっているうちには、これくらいの奇襲は通用せぇへん。

槍を一閃して、白狼を弾き飛ばした。

吹き飛んだ白狼は、すぐに起き上がって、またうちに飛び掛かってきたけど、そんなお粗末な攻撃が通用するわけもなく、もう一回槍を一閃して白狼を光に変えた。

これで一安心やけど、油断はできへん。さっきの白狼、他のモンスターと比べても格段に速かった。ステータス値で言えば、たぶん100くらいはありそうや。

それでもうちよりは遅いけど、序盤で出てくるモンスターでこれなら、奥にいるモンスターやボスはもっと速くなるかもしれへんし、そうでなくとも手強くなるのはたしかや。

ここは焦らず、慎重に行くべきか。

一瞬そう考えたけど、すぐにその考えを振り払って()()()()()()()()

うちのスキルの【速度中毒】と【疾風】は、うちが走り続けるほど、うちが速くなるほど強くなる。

ここで慎重になったら、せっかくの強みを生かすことができへん。

初見のモンスターで行動パターンがわからない?それやったら()()()()()()()()()

覚悟は決めた。あとはひたすら突っ走るだけや!

 

「いくで!!」

 

そう言って、うちは思い切りダンジョンを走り抜けていった。

高速で動きながらも、うちの視界は色あせていって白と黒、グレーの世界になって、流れる景色が遅くなっていった。

茂みから、さっきの白狼やでかいハチ、さらに最初の森のやつの色違いのモンスターまで出てきたけど、相手が行動する前に槍を一閃させて、一撃で光に変えていく。曲道も、周囲に生えている木を使って三角飛びの要領で速度を殺さずに曲がり、威力を一切落とさない。

【速度中毒】のおかげで上がったAGIが【疾風】に上乗せされると、うちのSTRは最大で300を超える。

これだけのSTRなら、たいていの雑魚はもちろん、中ボスでも1,2撃で倒せる。

道中のモンスターなら、相手になるはずもあらへん。

うちはひたすら駆け抜けていって、気づいたら大広間におった。

うちが大広間に足を踏み入れると、奥から巨大な白狼の狼が現れた。さっきまで出てきたのは2mくらいやったけど、今目の前にいる大狼は3.5mくらいと、二回り大きい。

おそらく、こいつがこのダンジョンのモンスターなんやろうな。

どれくらいの強さか、それはわからへんけど、

 

「いいで、勝負や!!」

 

うちは気合を入れるためにも吠えて、真っすぐに大狼に向かって突進した。

真っすぐに突っ込んだうちは槍を前に突き出すけど、大狼は咄嗟に横に飛んで避けた。

けど、うちにはその動きもスローモーションのように映る。一番接近したタイミングで、うちは槍を地面に突き刺して地面を蹴り、そのまま回転して大狼に蹴りをぶっ放した。

この一撃で、大狼のHPは半分消し飛んだ。

大狼は吹き飛びながらも、しっかり四肢で踏みとどまって地面を削りながらも持ちこたえた。

それでも、今のうちにとってはそれはただのでかい隙でしかない。

うちは蹴りの勢いに身を任せて自分から吹っ飛んで、その先にあった木に着地してさらに跳躍した。狙いはもちろん、体勢を立て直しきれていない大狼。

 

「いっけーーー!!」

 

うちは雄叫びをあげながら、槍を大狼の額に突き立てた。

実質STR300越えのうちの渾身の一撃は、大狼の残りのHPを丸々削り切って、大狼は光になって消えた。

 

「よ、っしゃあ!やってやったで!」

 

全力を出し切ったうちは、勢いを殺しきれずに地面をゴロゴロと転がって、やっと停止したところで思い切り両手を上に突き出してガッツポーズをした。

2撃必殺。あぁ、えぇ響きや。

久しぶりにぶっ倒れたけど、ダンジョン入ってから、ほぼずっとゾーンに入って突っ走ったんやから、しょうがないやろな。この姿をクラルに見られたら「鍛え方が足りん!」とか言いそうな気がしなくもあらへんけど、おらんくてよかった。

あと、最後の一撃でまた槍が壊れてもうた。さすがに壊れるの早いんとちゃう?あるいは、それだけここのモンスターが硬かったからか。ほとんど、スキルで底上げしたSTRのおかげみたいなところはあるし、これもしゃーないっちゃしゃーないか。

それに、今日の夜に結果発表をするんやから、はよ起き上がっておかなきゃな。

疲れた体に鞭打って上体を起こすと、広場の真ん中に宝箱が置いてあった。

それと、よく確認したら新しいスキルも取得していた。

まずは、新しいスキルの方を確認することにした。

 

スキル【大物喰らい(ジャイアントキリング)

HP、MP以外のステータスのうち4つ以上が戦闘相手よりも低い値の時にHP、MP以外のステータスが2倍になる。

取得条件

HP、MP以外のステータスのうち、4つ以上が戦闘相手であるモンスターの半分以下のプレイヤーが、単独で対象のモンスターを討伐すること。

 

「なるほどなぁ・・・あれ?もしかして、うちってさっきの狼さんよりもINTが低いってことか?」

 

たしかに、レベルアップのステータスポイントは全部AGIに突っ込んどるけど、そこまで?

いやでも、だいたいの相手には効果が発動するって考えれば、悪いことばかりやあらへんか。

さっさと気を取り直して、うちは次に宝箱の中身を見た。

中に入っているのは、柄が細くて歪な螺旋状になっている槍と、白い毛皮があてがわれた装備一式やった。

 

「なんやこれ、ユニークシリーズ?」

 

見たことのない単語に頭を傾げながらも、うちは説明欄に目を通した。

 

 

【白狼の口当て】

【AGI+20】

【白狼の呼吸】

【破壊不可】

 

【白狼のコート】

【AGI+35】

【狩人】

【破壊不可】

 

【白狼のブーツ】

【AGI+40】

【白狼の疾駆】

【破壊不可】

 

【大樹の牙】

【STR+25】

【大樹の怒り】

【破壊不可】

 

 

【白狼の呼吸】

走行中は疲労を感じなくなり、匂いによって索敵することができる。

 

【狩人】

障害物に身を隠すことで相手から認識されずらくなり、認識されていない相手へのダメージが1.5倍になる。

 

【白狼の疾駆】

障害物による移動阻害を無効化し、障害物のある地形では【AGI+20】が追加される。

 

【大樹の怒り】

敵を1体倒すたびに、葉の紋様が1枚出現する。葉の紋様を消費することで、特殊攻撃を使用することができる。

 

 

「おーーー!ええやんええやん!!ちょー強いやん!!」

 

装備とスキル、共に文句なしの超一級品やん!

いや、いっそチートレベルと言っても過言じゃあらへん!

よっしゃ!この勝負、うちの勝ちや!



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勝敗

「「・・・・・・」」

「え、えっと・・・」

 

町の中にあるカフェの一席で、俺たちは微妙な空気になっていた。

その理由は、シオリが提案したスキル対決の結果なのだが、少しややこしいことになっている。

事の発端は、シオリと合流した後だった。

さっそくスキル比べをしようと、他プレイヤーに情報が漏れないように個室のあるレストランに向かおうとしたら、偶然メイプルと遭遇したのだ。

しかし、その格好は遭遇当初の初期装備ではなく、黒い鎧に黒い大盾、黒い短剣という姿だったのだ。

俺とシオリも、お互い始めて見る装備になっていたことに驚いていたが、まさかメイプルも、とは思っていなかった。

そこでメイプルが何をしていたのか尋ねてきたので、俺がスキル対決のことを話すと、シオリが「せっかくやし、メイプルちゃんが判定してくれへん?」と言ってきたのだ。

もちろんメイプルは「人のスキルを見るのは申し訳ないですから・・・」とやんわり断ったのだが、シオリが「後生やから~、一生のお願いやから~」と粘りに粘り、最終的にメイプルが「じゃあ、私のスキルも見せますから、それでおあいこってことで」という形に収まった。取得条件は話さないということも追加して。

そうして、俺とシオリ、メイプルで個室レストランに入り、互いの成果を報告した。

最初に俺が発表し、次にシオリが発表した段階では、「けっこういい勝負だなー」くらいの感覚だったが、最後のメイプルがとんでもないことになっていた。

まず、シオリも持っていた【大物喰らい(ジャイアントキリング)】、そしてVITを2倍にする【絶対防御】で、これだけでもVITが4倍というなかなかの壊れっぷりだ。

まぁ、この時点ならまだシオリも似たような感じだからまだ大丈夫なんだが、その後が問題だった。

まず、攻撃スキルである【毒竜(ヒドラ)】は、毒でできた竜を放ったりスキルに附属している毒魔法も使える、それなりに凶悪なスキルだ。そして、【毒耐性】から派生したスキルらしく、【毒竜喰らい(ヒドライーター)】によって毒と麻痺も無効化。

さらにひどかったのが、【悪食】というスキルで、あらゆるものをMPに変換することができるらしいのだが、プレイヤーやモンスターはもちろん、魔法や攻撃、アイテムなんかも吸収するとのことだった。

さらにさらに、メイプルが身に付けている装備もユニークシリーズらしく、効果はVITの上昇にスキルスロット、そして【破壊成長】だ。

【破壊成長】はその名の通り、壊れるたびにVITが上昇して修復され、壊れてもその間に数値上の影響はないという。

スキルスロットは、持っているスキルを捨てて対象に付与することができる機能で、1日5回まではMPを消費せずに使えるとのことだ。スキルスロットは、15レベルごとに1つ解放されると言う。

メイプルは盾に【悪食】をセットしたらしく、その結果、盾に触れるだけで即死し、アイテムもロスト、攻撃も一切きかず、盾で受けるたびにMPが回復、余剰分は結晶となって盾に装飾品のように取り付けられており、MPタンクの役割も持っている。

最終的に、メイプルには一切の攻撃が通じず、MPもすぐに補充されるから、離れても【毒竜(ヒドラ)】で葬られるという、完全にチートな性能になっていた。ちなみに、ステータスはVITに極振りしていることも後で告げられた。

最初はまだ「すごいな~」くらいの感じだったが、途中あたりからだんだん胃が重くなっていって、最終的には俺とシオリのスキルとかがしょぼく見えてきてテーブルに突っ伏してしまい、完全にお通夜ムードになってしまった。

それが、今の俺たちの状況だ。

もちろん、俺とシオリのスキルも決して弱いわけではない。むしろこっちもチートレベルですらある。

だが、それ以上にメイプルのスキルが埒外というか、いったいどんなプレイをしたらこんなことになるのか・・・。

結論、スキル対決はメイプルの勝ちで決まった。

 

「・・・はぁ、うち、けっこう自信あったんやけどなぁ」

「安心しろ。俺も同じだ」

「え、えっと、お2人も十分すごいですよ!」

「「その気遣いが逆に傷つく・・・」」

「はわわわわわ・・・・」

 

完全に意気消沈してしまった俺とシオリだが、メイプルがあわあわしている姿を見てなんとなく元気が湧いてきた。

 

「ま、まぁ、別にメイプルちゃんが気にすることやあらへんよ。これはうちらの問題やからな」

「そ、そうだな。別にメイプルが俺たちに気を遣う必要なんてない。メイプルは、自分がやりたいようにプレイすればいいさ」

「クラールハイトさん、シオリさん・・・ありがとうございます!」

 

俺たちの励ましの言葉で立ち直ったのか、メイプルは嬉しそうな表情になって俺たちの手を握ってきた。

 

「あぁ、それと、別に俺たちに敬語はいらない。多分、同い年くらいだろうしな。呼び方もクラルでいい」

「そうやな。うちも、かしこまった態度じゃなくて、もっと砕けた感じでええで。そっちの方がうれしいし」

「そう・・・だね!改めて、よろしく、クラルくん!シオリちゃん!」

「おう、よろしく、メイプル」

「よろしくな、メイプルちゃん!」

 

最終的に、メイプルといい感じに打ち解けて、雨降って地固まる、な感じになったのが幸いだ。



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第1回イベント・開幕

「そういえば、透」

「ん?なんだ?」

「NWOで、もうすぐあれがあるやん。第1回イベント」

「あぁ、そういえばあったな」

 

メイプルにスキルの差を見せつけられた翌日、俺と栞奈は登校の道中でNWOで初めて開催されるイベントについて話し合っていた。

 

「たしか、PvPのバトルロワイヤルだったよな」

「せやったな。プレイヤーの撃破数自分の死亡回数、それに与ダメージと被ダメージでポイントが計算されて、ポイントが高いと優勝!ってやつやな。それに何より・・・」

「上位10名には、限定の記念品が贈られるって話だったか」

 

NWOで初めての大規模イベントとあって、運営もけっこう力を入れているらしく、通知からもすごいものがもらえそうな雰囲気を醸し出していた。

 

「記念品がなんなのかは、まだわからないままだが」

「でも、初めてのイベントやろ?絶対に損しないこと間違いなしや!」

 

栞奈は多くの女子にありがちな限定品という言葉に弱い質であり、案の定やる気に満ち溢れていた。

 

「だが、上位10人だろ?かなりの競争率になりそうな気がするが・・・」

「大丈夫や!うちのレベルも30近いし、透もうちとパーティー組んでレベル上げすれば大丈夫や!それに、うちらにはユニークシリーズっていうチート装備もあるしな!」

「言われてみれば、たしかにそうだな」

 

俺たちが手に入れたユニークシリーズは、他に持っているプレイヤーがいない唯一無二の装備だ。その分、効果も強力で、十分トッププレイヤーとも渡り合えると予想できる。

さらに、栞奈の経験値稼ぎの効率は、おそらく全プレイヤーの中でもトップクラスだと言い切れる。なぜなら、レベルアップのステータスポイントを全部注ぎ込んだAGIに加え、スキルでAGIに比例してSTRを上げることもできるから、高速で移動しながらだいたいのモンスターをワンパンできるからだ。

そして、パーティーを組めば得られた経験値は共有できる。最低でも攻撃を1発与える必要はあるが、シオリと一緒にパーティーを組むだけで、次々と経験値を得られると考えたら、第1回イベントでも十分太刀打ちできるだろう。

問題は、

 

「俺と栞奈、メイプルで鉢合わせたら、どうする?」

「うーん、好きにすればええんとちゃう?うちも透もダメージ出せるけど、メイプルちゃんの防御を貫けるかは疑問やし・・・ていうか、うちら以外で誰が単独で貫けるんやって話やし・・・」

「あー、それもそうだな・・・」

 

詳しいことは聞いていないが、メイプルのVITはスキルによって、おそらく装備抜きでも600を超えている。これにさらに装備のVITや盾が加わるのだから、俺たちの最高火力でもHPを減らせるかはわからない。

別に本番で試してみてもいいのだが、メイプルには【悪食】があるから、うかつには接近できないし、遠距離も【毒竜】でカバーできてしまう。幸い、俺は【竜ノ加護】で毒は無効化できるが、【毒竜】自体のダメージは別だ。遠距離攻撃も【竜ノ加護】で無効化できる場合もあるが、最初から2分の1をあてにするのもよくはない。

いやまぁ、攻撃が通じない時点で挑む理由もないんだが。

 

「ま、まぁ、少なくとも、俺と栞奈でつぶし合わないようにすればいいだろ。メイプルは別枠ってことで」

「そ、そうやな。メイプルちゃんならなんとかなるやろうし、うちらが心配しなくてもえぇか」

 

結論、メイプルなら大丈夫ってことで。本人は自覚がないみたいだけど。

 

「とりあえず、イベントまでは俺と栞奈でパーティーを組んで、ひたすらレベル上げってことにしようか」

「そうやな。場所はどうする?」

「“毒竜の迷宮”でいいんじゃないか?ひたすらボスモンスターを狩ってマラソンするってことで。調べた限り、今あるダンジョンで一番短いのはここっぽいし」

「そうやな。ボスを集中的に狙えば、透も十分レベルは上がるやろ」

 

“毒竜の迷宮”は“風の峡谷”に負けず劣らず難易度の高いダンジョンだが、その要因は毒がメインになっているからであり、毒を無効化できる俺にとってはその限りではないし、栞奈のAGIなら攻撃も当たらないだろう。

 

「んじゃ、今日からひたすら周回ってことで」

OK(おけ)や!」

 

こうして、第1回イベントに向けてレベル上げをすることになった。

 

 

* * * * *

 

 

レベル上げ周回を始めてから数日後、とうとう第1回イベントの日がやってきた。

集合場所である最初の噴水の広場に行くと、すでに大勢の参加者と観戦者でにぎわっており、観戦用のスクリーンも浮かんでいた。

 

「あ!メイプルちゃーん!」

 

周囲をきょろきょろしていると、シオリがメイプルを見つけ、声をかけながら駆け寄っていった。

 

「シオリちゃん!クラルくんも!」

「やっぱり、メイプルも参加するんだな」

「えへへ・・・2人とも、やっぱり強くなってる?」

「そうだな。なんやかんやあって、俺もレベルが35になって、シオリは37になった」

「えっ、うそ!?」

「メイプルちゃんが行ったって言っとった“毒竜の迷宮”を、ひたすら周回したんや。そしたら、こんなことになたんよ」

 

とはいえ、今の最高レベルは48で、それと比べたらまだまだなところもあるが、それは比較するだけ無駄だし、足りないレベルとステータスはPSで補おう。

すると、大音量でアナウンスが流れ始めた。

 

「それでは、第1回イベント!バトルロワイヤルを開始します!」

 

あちこちから怒号が響き、隣ではメイプルが恥ずかしながらも片手を上げて叫んでいた。

 

「それでは、もう一度改めてルールを説明します!制限時間は3時間。ステージは新たに作られたイベント専用マップです!倒したプレイヤーの数と倒された回数、それに被ダメージと与ダメージ。この4つの項目からポイントを算出し、順位を出します!さらに上位10名には記念品が贈られます!頑張って下さい!」

 

そう言い終わると、スクリーンにカウントダウンが表示され、0になったとともに、俺たちは光に包まれて転移されていった。




メイプルの呼び方を少し変えました。
あまり呼び捨てがしっくりこなかったので。

それと、今日はもう1話更新予定です。


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第1回イベント・クラル編1

「さて、と。ここは・・・」

 

光が収まると、俺が立っていたのは森の中だった。

マップを確認すると、ちょうど廃虚と荒野の真ん中くらいの位置だ。

このまま森の中で潜みながらプレイヤーを狩るのもいいが、さすがに木の枝が邪魔だ。

とりあえず、プレイヤーが集まりそうな廃虚の方に行ってみよう。

俺は跳び上がり、枝の上を進んで廃虚へと向かっていった。

もちろん、なるべく揺れを少なくして気づかれにくくすることも、道中で見かけたプレイヤーをヘッドショットすることも忘れずに。

そして、廃虚から100mほどにあった高い木に登り、そこから様子を確認した。

プレイヤーがいないか探していると、黒い鎧を身に纏った、メイプルの姿を確認した。

なぜかお絵かきをしていたが。

もちろん、魔法陣とかそういう類ではなく、単純に誰かの似顔絵だが。

索敵も何もしておらず、いっそ無防備と言えるほどに隙だらけだが、先日メイプルのスキルを見てしまったからだろうか、倒せる気がまったくしない。

 

「・・・まぁ、やるだけやってみるか」

 

とりあえず、ダメ元で一発攻撃してみることにした。

【鷹の目】によると、俺とメイプルの距離は132m。【百発百中】のおかげで落下位置まで計算する必要はないし、お絵かきに夢中だからじっくり狙いを定めることができる。

外さないようによく狙って・・・矢を放った。

放たれた矢は狙いたがわずメイプルの頭に迫り、カンッ!と音が鳴ってそうな感じにはじかれてしまった。もちろんメイプルにダメージはなく、衝撃でこけただけで、慌てて周囲をキョロキョロしながら探しているが、俺がいる方向には目を向けていない。

 

「・・・わかってはいたが、実際に見るとけっこうショックだな・・・」

 

一応、【黒竜ノ息吹】の効果が最大になる距離のはずだが、【魔弾の射手】を使っていないとはいえ、ノーダメージというのは思わず頭を抱えてしまう。

とはいえ、最初からメイプルを倒そうとしていたわけではないから、おとなしく他のプレイヤーを狩ることにした。

幸い、今の狙撃で位置はばれておらず、誰も俺に気づいている様子はない。

運がよかったことに感謝しながら、俺は再び弓を構えて黙々と狙撃を続けていった。

 

 

* * * * *

 

 

イベントが開始してから1時間くらいたったところで、俺は場所を移動することにした。

理由は、とうとう方向がばれてきたようで、俺から攻撃できないところに隠れるプレイヤーが増えてきたからだ。これ以上は、さすがに分が悪い。

潔く、次の狩場に向かうことにした。

次の目的地は、俺の初期地点から廃虚の反対側にある荒野だ。

あそこは高台や岩場も多く、狙撃にはうってつけの場所だ。

俺は樹から降り、再び枝の上を渡って荒野へと向かった。もちろん、通りすがりのプレイヤーを狩ることも忘れない。

移動し始めてから30分くらいで、荒野に到着した。

遠巻きから確認すると、それなりにプレイヤーが集まっているらしく、そこかしこで戦闘が起こっていた。これなら、漁夫の利も狙いやすい。

とはいえ、荒野の外から狙撃し続けるというのも効率が悪い。狙撃しながら徐々に近づいていこう。

俺は気づかれないように近づきながら、合間に狙撃して順調にプレイヤーを倒していった。

プレイヤー同士が戦ってくれているため、容易に漁夫の利を狙ったり2人同時に倒せたりしている。

荒野の中に入るころには、ここだけですでに30人ほど倒せている。さらに、ほとんどがヘッドショットだから、与ダメージもそれなりに期待できるし、被ダメージはいまだ0だ。この調子なら、いい順位をマークできそうだ。

 

「いたぞ!あいつだ!」

 

だが、荒野に足を踏み入れた途端、奥から14,5人のプレイヤーがぞろぞろと現れた。

俺を危険視して一時的に共闘することになったのか、元から上位を狙って手を組んでいたのかはわからないが、俺からすればいい的でしかない。

 

「弓矢なら、近づけばいけるぞ!」

「よし、前衛と後衛で別れてあいつをやるぞ!」

 

俺のことを知らないプレーヤーは、これから狩られるとも知らずに陣形を組んでいく。

そして、俺は陣形が整うまで待っているほどやさしくはない。

すぐに矢を3本構えて、前衛の隙間を通して後衛の頭を撃ちぬいた。

 

「・・・え?」

 

何が起こったのかわからなかったのか、前衛も後衛も呆然と射抜かれたプレイヤーが立っていた場所を見つめていた。

その隙に、俺はさらに矢を3本構え、残りの後衛の頭を撃ちぬいて光に変えた。

 

「っ、は、早くしろ!このままだと・・・ぐあっ!」

 

慌てふためく前衛に俺は容赦なく矢を放っていき、残りが5人になったところでようやく武器を構えて俺に突撃してきた。

 

「うおおぉぉ!!」

「くそったれぇ!」

「・・・ったく、甘いな」

 

俺はため息をつきながら、右手に短剣を取り出した。

前衛の5人は勝てると思ったのか笑みを浮かべているが、俺は現実を突きつけるかのように5人の間をすりぬけ、その間に全員の首を跳ね飛ばすように短剣を振るって全員を光に変えた。

俺にとって、短剣に限らず片手剣も槍も()()()()()()()()()()()()()使()()()()()でしかない。もちろん、スキルがないことによる火力不足はあるが、俺にとってそれくらいはアドバンテージにもならない。

 

「さて、狩りの続きを始めるか」

 

そう呟いて、俺は岩陰に隠れながら次の獲物を探すために走り始めた。



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第1回イベント・シオリ編1

光が収まると、うちが立っていたのは広場みたいな場所やった。周りは樹で覆われているから、たぶん森の中のどこかなんやろうけど。

マップを確認してみると、他にも荒野や廃虚なんかがあったけど、ここからは少し遠いところにあるから、ちょっと移動が面倒かもしれへん。

 

「とりあえず、走ってプレイヤーを探そか」

 

うちのスキルはとにかく走らなあかんし、【白狼の疾駆】のおかげで森の中も荒野も関係あらへんし。

でも、クラルなら荒野にいそうな気もするし、この平原の周辺を周りながらにしとこ。

方針を決めて、うちはさっそく槍を取り出して走り始めた。

狙いは特にあらへんけど、せっかくやし強いプレーヤーとやり合ってみたいなぁ。

そんなことを考えながら、さっそく森の中に入ってプレイヤーを探し始めた。

するとさっそく、【白狼の呼吸】に反応があった。

ちなみに、匂いで索敵するっちゅー説明文で、いったいどんな匂いなんやろうと不安になったけど、なんやろ、しいて言うなら、風の香り?みたいな感じで、そこまで臭いわけやなくてホッとしたのはここだけの話や。まぁ、ぶっちゃけた話、【毒竜の迷宮】ではキツイ臭いがして辛かったけど。

それに、このスキルの一番便利なところは、一度探知できればマップに反映されるってところや。一度匂いを嗅げば、その匂いに集中する必要は低くなる。マップを見る手間を省くなら、ちゃんと匂いを嗅いだ方がええんやろうけど。

敵の場所がわかったうちは、さらに加速して距離をつめに行った。

【狩人】の障害物の定義は、完全に身を隠す必要はないらしい。こうして視界の悪い場所でも効果が発動するみたいで、試しに森の中でクラルに使ったときも「まったく目で追えなかった、っていうか見えなかった」って言うとったし。そのときは、視線を向けないで矢を顔面に寸止めされたから、勝った気はせぇへんかったけどな。

このスキルのおかげで、うちは相手に全く気付かれずに接近し・・・喉元めがけて槍を薙ぎ払った。

相手は何をされたのか全く分からないって顔で、そのまま光になって消えていった。

せやけど、それを見送る暇もなく、うちは次の獲物を探しに走っていった。そもそも、走り続けなあかんうちにとって、止まって相手の最後を見送るなんて論外やし。

次に【白狼の呼吸】に引っかかったのは、2人やった。たぶん、戦闘中なんやろうな。

これは、漁夫の利のチャンスや。

【速度中毒】でさらに上がったAGIで現場に向かうと、大盾使いが魔法使いにとどめを刺そうとしとるところやった。

このまま1人倒されるのはもったいない!

 

「ちょっと失礼するで!」

「え?どわっ!?」

「うおっ!?」

 

軽く断りを入れてから、うちは間を通って槍を二閃した。2人ともボロボロやったらしくて、大盾の方は盾越しでも倒すことができた。

それにしても、やっぱり【疾風】の効果は反則やわ。実質、AGIを上げたらSTRも上がるようなもんやし。

正直、いつか下方修正が入りそうな気もするけど・・・まぁ、その時はその時や。そこまで劇的に弱体化されるとも限らへんし。

今は、大会で上位10人を狙うことに集中・・・いや、いっそ狙うなら優勝や!せっかく、こんなに強いスキルがあるのに10位以内で満足するなんて、そんなのはただの恥や!

クラルもええとこまでいくやろうし、うちもさらにエンジンかけていくで!

 

 

* * * * *

 

 

「ふぅ、今どれくらいやろな」

 

走り始めてからもうすぐ2時間、一度ステップで速度を殺さないように止まりながら確認することにした。

今のところ、撃破数は400人ちょっとってところか。

それなりに遭遇はしたけど、やっぱ森の中やと遭遇率はあまり高くあらへんのかな。優勝を狙うには、プレイヤーが集まっとるところを狙った方がええか。

でも、この2時間で廃虚にも荒野にも行ってみたけど、廃虚はメイプルちゃんが無双しとったし、荒野はクラルが狙撃しまくっとった。残るは平原やけど、それやと【狩人】を生かせないし、どうしたらえぇかな・・・。

悩んでいると、ちょうど残り時間が1時間になったところでアナウンスが入った。

 

「現在の1位はペインさん、2位はドレッドさん、3位はメイプルさんです!これから1時間、上位3名を倒した際、得点の3割が譲渡されます!3人の位置はマップに表示されています!それでは最後まで頑張って下さい!」

 

は?メイプルちゃんが3位?あの子、大盾やろ!?スキルは前に見たけど、それでもここまでやるとは思っとらんかったわ!

これは、うちも負けられへん!ていうか、メイプルちゃんに負けかねない!

ここは、一気にポイントを稼ぐためにも、上位2人を狙おう!

メイプルちゃん?論外や、論外!

とりあえず、一番近くにおるのは・・・

 

「・・・おった。ちょうどええのが」

 

ちょうどすぐ近くに、いい獲物がおった。

せいぜい、うちが優勝するための糧になってもらおか!




いきなりUAとかお気に入りが増えて何事かと思ったら、日間ランキングに載っていてびっくりしました。
正直、1日投稿のためにだいぶ楽して書いていたつもりだったので、驚愕半分うれしさ半分で思わず手を叩きながら笑ってしまいました。
これからも、変わらず自分のペースでやりたいように書いていくつもりです。


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第1回イベント・クラル編2

「メイプル・・・マジか・・・」

 

イベント開始から2時間、俺の撃破数も400近くになり、それなりにいい調子だと思っていたら、大盾のメイプルが3位になっているという衝撃的な事実がアナウンスによって明らかにされた。

本当に、早めにメイプルを諦めてよかったな・・・下手にメイプルを狙っていたら、俺も倒されていたかもしれない。

だが、過ぎ去った危機はともかく、このままだとシオリにどつかれかねない。シオリがどこにいるのかはわからないが、おそらくそれなりにポイントを稼いでいるところだろう。

やはり、上位2人のどっちかを狙うとしよう。

メイプル?論外だ、論外。

さて、一番近くにいるのは・・・

 

「・・・ははっ、俺は運がいいな」

 

ちょうどこの荒野に、1人いた。どうやら、今日の俺はツイているらしい。

さっそく、狙いのプレイヤーがいる場所に移動した。

 

 

* * * * *

 

 

移動して数分、目当ての場所についた。

そこには、すでに大勢のプレイヤーが集まっている。

狙いは、俺と同じだろう。

 

「見つけたぞ、ペイン・・・」

 

現在、ランキング1位のペインだ。

すでに50人近いプレイヤーに囲まれているが、後ろに目がついているかのように躱し、いなし、逆に斬り伏せていく。さらに外周を囲うように魔法使いや弓使いも攻撃をしているが、それすらも避けている。

だが、これはおそらく第六感のようなものではないだろう。

遠目で見ればわかるが、ペインは動き出す瞬間に素早く周囲を見渡して、攻撃を仕掛けようとしているプレイヤーを一瞬で判別している。後ろから不意打ちを仕掛けてくるプレイヤーも、おそらく足音で察知しているんだろう。

理不尽なステータスではなく、理にかなった動きによる強さだ。

であれば、俺にも勝機はある。

先ほどから周囲のプレイヤーには抜け目なく視線を向けているが、今来た俺には少しも向けられていないし、注意を向けている様子もない。

俺の方も完全に身を隠しているが、マップで大体の動きは確認できる。

狙うなら、その隙を突いた1発しかない。完全な不意打ちになる以上、1発で仕留めなきゃ他に持っていかれる可能性もあるし、2発目以降の成功率も下がる。

俺はゆっくり息を整えて、手に片手剣を持った。

そして、目を閉じ、音で攻撃の気配を探る。魔法の着弾はもちろん、足音や剣戟の音、はてはプレイヤーの声まで余さず聞き取る。

全ての音を聞き分け、攻撃の合間の瞬間をとらえるために集中する。

ペインに奇襲を仕掛ける、最高のタイミングは・・・

 

「今!」

 

すべての音が消え去った瞬間に、俺は勢いよく飛び出してペインの頭上に躍り出た。

弓を引き絞り、ペインの頭部に狙いをつける。

ペインの方は、俺が弓で片手剣を構えているという事態に驚愕し、少なからず表情に動揺の色が見える。

その隙を逃さず、俺は片手剣を放った。

 

「このっ!」

 

だが、さすがは1位になったトッププレイヤーと言うべきか、すぐに立ち直って長剣を跳ね上げ、俺の放った片手剣をはじき返した。

だが、それこそが俺の狙いだった。

俺の片手剣をはじいた時、ペインはほぼすべての意識を片手剣に向けており、俺から一瞬意識が外れていた。その隙に俺は体をひねり、ペインの視界から姿を消してすぐ後ろに着地し、右手に短剣を取り出した。

それでも、ペインは俺の動きを見切っており、振り向きざまに長剣を薙ぎ払おうとしていた。

レベルやステータスは、ペインの方が上。故に、攻撃はペインの方が速く届く。

ペインの振り向きざまの一撃は、見事に俺の首を斬り飛ばす位置に捉え、そのまま振りぬいた。

ペインは、一瞬安堵の表情を浮かべ、

 

「残念だったな」

 

()()()()()()()()()さらに加速し、短剣を2閃してから蹴り飛ばし、さらに炎の矢で追撃して、ペインのHPを削り切った。

吹き飛ばされたときのペインの表情は、何があったかわからないという表情だった。

たしかに、ペインの一撃は俺に届いた。

だが、俺にはこの状況を覆すスキルを持っていた。

 

【空蝉】

1日に1度、致死ダメージを無効化する。

1分間【AGI】が50%上昇。

取得条件

レベル35到達までノーダメージでいること。

 

このスキルがあったからこそ、俺はあえて避けずに突っ込んでペインを斬り伏せたのだ。

この後、アナウンスの通り、俺にペインのポイントの3割が譲渡され、一気に俺が1位になった。

ていうか、見てみればシオリがいつの間にか2位になってマップに表示されていた。向こうも向こうで、多分2位のやつを倒したのか。シオリもシオリで奮戦しているみたいだな。

さて、とりあえず、

 

「お前ら、まとめて俺のポイントになっとけ」

 

ペインがかなりの数を減らしてくれたおかげで、残りは20人弱。これくらいなら、俺でも簡単に片づけられる。

その後、俺はこの場に集まっていたプレイヤー、この後に集まってきたプレイヤーをすべて返り討ちにし続けた。

ペインを狙うの、時間ギリギリにした方がよかったかな。




お知らせ:【竜ノ~】のスキルの名前を【黒竜ノ~】に変更しました。

それと、今夜もう1話投稿予定です。

*「ペインが簡単にやられすぎ」という意見があったので、展開にもう一ひねり加えました。それに伴い、クラルのレベルも30から35に引き上げました。


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第1回イベント・シオリ編2

「おっ、おったおった」

 

マップと【白狼の呼吸】を頼りに、うちは目的のプレイヤーがいる場所に向かった。マップに表示されていた場所は、高台みたいな岩がいくつも生えている地帯。

そこに、現在2位のプレイヤーがおる。

元いた場所から5分くらい走って、ようやく見つけた。

 

「そこの人、ちょっと相手してもらうで」

 

周りに誰もいないことを確認してから声をかけると、迷彩色のマフラーを首に巻いた男、ドレッドはうちの方を振り向いて、

 

「ちっ」

 

舌打ちして走ろうとした。

もちろん、みすみす逃がしたりせぇへん!

 

「【大自然】!」

 

うちは【大樹の牙】を地面に突き立てて、【大樹の怒り】の内包スキルの1つ、【大自然】を発動した。

このスキルは、地面を隆起させたり樹や蔓を生やして攻撃や防御に使うものやけど、使いようによっては即席の決戦場を作ることもできる。

今もうちとドレッドを囲むようにドームを生成することで、ドレッドの逃げ場をなくした。

それに葉っぱの消費が規模に限らず一定なのと、今まで【大樹の怒り】を使わずに温存したおかげで、直径50mの多重ドームを作ることができた。戦うには十分な広さや。

 

「蔓を切って逃げようとしても無駄やで。このドームは蔓の多重構造でできとるし、そもそもうちが逃がさんからな」

「・・・ちっ、やばい奴の相手はしたくなかったんだがな」

 

うちが律義に説明すると、ドレッドが意味深なことを言った。

やばい奴って、うちとは初対面のはずなんやけどな?このゲーム自体も、初めてまだ数日のニュービーやし。

となると、一目でうちの実力を理解した、ってことか?

 

「ふ~ん、勘がえぇんやな」

「こいつが、俺の生命線なんでな」

 

冗談半分で言うたうちの言葉に、ドレッドは頷きを返した。

なるほど、そういうことか。

 

「奇遇やな。うちも直感はけっこう当たる方なんや」

 

むしろ、頭で考える方が苦手やし。いっつも何かしらたくらんでいるクラルを見てると、その頭の良さがちょっとうらやましくもなったりするけど、うちはやっぱこっちの方がしっくりくるんやな。

 

「せやったら、似たもん同士、仲良くやり合おうや」

「言ったろう。俺は、俺の直感を疑わないと・・・正直、あまり戦いたくないんだが、背に腹は代えられんか」

 

そう言って、ドレッドはアーミーナイフみたいな短剣を2本構えた。

うちも、両手で槍を持って構える。

互いに、にらみ合って、踏み込めない状態が続く。

その中で先に仕掛けたのは、うちや。

 

「いくで!!」

 

駆け引きとか小難しいことは一切考えずに、一直線に突進した。

もちろん、ドレッドもうちの攻撃に反応して、短剣で器用にうちの突きをいなして、払いを後ろに下がることで躱す。

攻撃の隙にドレッドが攻撃を挟んでくるけど、そこはうちもすぐに槍を引き戻して柄で防御する。

お互いにAGI重視やし、うちもHPはまったく強化しとらんから、1つ手順を間違えたら1撃でHPが吹っ飛ぶ。

せやけど、うちにとってはそのスリルがおもろいし、集中できる。

お互いに攻撃しては引いて攻撃しては引いてを高速で繰り返して、なかなか勝負が決まりそうにない。

うちが【大樹の怒り】で決めようと思っても、ドレッドはご自慢の直感で察知してすぐに下がってしまう。

これほどの相手とやる機会も、なかなかない。

せやけど、いい加減にせんと時間切れになってまう。

やから、うちは()()()つぶすことにした。

 

「そろそろお遊びはしまいや。一気に終わらせる!」

 

そう言って、うちはドームの外周を走り始めた。

できれば【速度中毒】と【疾風】は隠しときたかったけど、そうも言えんくなってきた。

うちのAGIはだんだん上がっていって、【大物喰らい】の効果も合わさってあっという間に600を超えていって、壁や天井も走り始めた。

ドレッドは、完全に目で追えなくなっとる。

 

「これで終いや!」

 

うちはドレッドの後ろに向かって、完全に不意を突いた状態で突撃した。

それでも、ドレッドは反応してみせて、体を傾けてギリギリのところで躱し、短剣を逆手に持ってうちに突き刺そうとした。

せやから、うちはもう1つ切り札を切ることにした。

 

「【ゲイボルグ】!」

 

うちが叫ぶと、【大樹の牙】の一部分が膨らんで、30の棘になって破裂した。

 

「しまっ・・・!」

 

ドレッドが気づいた時には、射出された棘が多段ヒットでドレッドのHPを削って、さらに強力な毒によってHPが0になった。

 

「はぁ~・・・あまり使いたくなかったんやけどなぁ」

 

うちは地面に大の字で寝転がりながら、思わずぼやく。

【大樹の怒り】の特殊攻撃の1つ、【ゲイボルグ】。神話にある通り、突けば30の棘が飛び出し、投げれば30に分裂して襲い掛かる。さらに、攻撃が当たればトップクラスのダメージの毒によってさらにHPを削る、まさに必殺の槍や。

せやけど、これを一度見せると、相手が警戒してなかなか近づかんくなるから、できれば使いたくなかったんやけど、あのままやったらやられとったし、しゃーないか。

あと、今さらやけど【大物喰らい】はいらんかもしれへん。相手によって発動したり発動しなかったりは、リズムが崩れるってゆー点ではマイナスや。

正直、ステータス2倍は惜しいけど、このイベントが終わったら廃棄しよか。最悪、また必要になったらゴールドを払って戻せばえぇし。

今回は、ちゃんと発動したから、運がよかったんやろうけど・・・。

 

「そや、順位はどうなっとるんや!」

 

さっきの戦闘で、うちにドレッドのポイントの3割が譲渡されたんや。これなら1位になっとるはず・・・

 

「あれ?クラルが1位やん!」

 

気付けば、いつの間にかクラルが1位になっとった。

とすると、クラルは1位のペインに勝ったっちゅーことか!?

 

「くっそー!せっかくや、今からでもペインを探しにいくで!」

 

クラルが勝ったんなら、うちやって勝てるはずや!

さっそく起き上がりつつ【大自然】を解除して、ペインを探すために走り始めた。

結果、結局ペインを見つけることはできんくて、2位になったうちに近づいてきたモブプレイヤーを全部返り討ちにして終わってもうた。

他の雑魚プレイヤーに邪魔されんかったら、絶対に見つけとったのに!



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第1回イベント・終了

「終了!結果、1位がクラールハイトさんに、2位がシオリさんに入れ替わり、3位はそのままとなりました。それでは、これから表彰式に移ります!」

「っ、はぁ、はぁっ。や、やっと終わったか」

 

イベント終了を告げられて、俺は思い切り大の字で寝転がった。

ペインを倒した後、【空蝉】を失って被弾できなくなった俺は、ポイント欲しさに群がってくるプレイヤーたちの尽くを返り討ちにしてきたが、俺はあくまで後衛職だから、接近されないように必死に走りながら射抜いたり、近づいてきたプレイヤーは短剣で対応するなどして、途中あたりから短剣を持ちながら矢を射るという同時作業もやって、精神的にかなり疲れた。

後がなくなっただけでこの消耗、【空蝉】のありがたみが本当にわかるな。

それ以上に、俺を襲ってきたプレイヤーの必死さが異常だった、というのもあるが。中には目が血走ってたやつもいたし。

感慨にふけっていると、俺の視界が白く染まり、最初の広場に転移された。

俺は1位になったわけだから、表彰台に登らなきゃいけないのか。

最後の出番をこなすために、俺は重い体に鞭を打って起き上がった。

ふと横を見ると、そこには俺よりも死にそうな表情をしたシオリがのそのそと歩いていた。

 

「おい、シオリ。どうしたんだ?死にそうな顔をして」

「・・・あぁ、クラルか。いやな、最後に1位だったペインてやつを探して戦おうと思うたんだけどな、他のプレイヤーに散々邪魔された挙句、結局見つけられんくて途方に暮れとったんや」

「ペインなら、そこにいるぞ」

「今見つけても意味がないねん」

 

本人はかなり残念そうにしているが、最後に「まぁ、違う機会に決闘を申し込めばええか」と呟いた。俺としても、どっちが勝つか見てみたいな。俺がもう1回戦っても、たぶん負けるだろうし。

そんなことを話しながら、俺とシオリは表彰台の上に乗った。メイプルはすでに3位のところに乗っている。

俺とシオリが表彰台に乗ったところで、NWOのマスコットキャラであるドラぞうが俺にマイクを渡した。

 

「それでは、優勝したクラールハイトさん!今のお気持ちはどうですか?」

「正直、かなり疲れたので早くログアウトしたいってのが本音ですね。もちろん、優勝したのはすごいうれしいですが」

「なるほど。そういえば、残り1時間のときに暫定1位だったペインさんを、クラールハイトさんだけが倒していましたね?」

「あぁ、あれですか。どちらかと言えば、あれは運がよかっただけです。もう1度やれと言われてもできませんし、次戦ったらたぶん負けますね」

 

実際、あの時の俺はいろいろと運に恵まれていた。

まず、最初の奇襲でギリギリのタイミングまでペインに気づかれなかったこと。もう少し気づかれるタイミングが早かったら、俺の攻撃が届いたかは微妙なところだ。

次に、ペインが【魔弾の射手】と【空蝉】の存在を知らずに動揺したこと。両方情報掲示板には載っていない情報だったとはいえ、他に所持しているプレイヤーがいないとも限らなかったし、知っていなくても動揺を押し殺されていたら、着地した時点で俺の位置はばれて、懐に潜り込む前に攻撃を受けて、【空蝉】で無効化しても倒しきれなかった。

最後に、俺の技術がこのゲームでも通用したことだ。あの一戦で、俺は自分の持っているPSをフル活用した。相手の意識を逸らすミスディレクションに、極力音を出さないようにする体捌き、さらに戦争系シューティングゲームで培った近接格闘術まで、1回の奇襲に俺の持つあらゆる技術を詰め込んだ。だが、これがNWOというゲームで通用しなかったら、その時もペインが早く俺に気づいて、攻撃を当てることが難しくなっただろう。

このいろいろな偶然があったからこそ、あの時の俺の奇襲は成功したわけで、あの一戦で俺とペインの実力差が決まったわけではない。

もちろん、俺もただで負けるつもりはないが、勝てるかどうかは別だ。

 

 

「なるほど、そうでしたか。では続いて、準優勝したシオリさん!今のお気持ちは?」

「疲れた!徒労や!ペイン!後でうちと決闘しいや!」

 

続いてマイクを受け取ったシオリは、ペインにビシッ!と指を差して宣言した。

ペインも含めた観客たちは「何言ってるんだ、こいつ?」みたいな表情になっているが、シオリは気にせず、というか気づいた様子もなくまくし立てる。

 

「クラルが倒したっぽかったから、せっかくやしうちも戦おうと思って最後の時間ずっと探したのに、結局会えなかったんや!せやから、さっさとこの鬱憤を晴らすためにも、ペイン、うちと勝負しっうわとっ!?」

 

だんだんヒートアップしてきたシオリを見かねて、俺は上からシオリの頭を小突いてバランスを崩させ、さっさとマイクを奪い取ってドラぞうに渡した。

 

「悪いが、このバカがヒートアップする前にさっさと進めてくれ。でないと、本当に突撃しにいっちまう」

「わ、わかりました!では、次にメイプルさん!一言どうぞ!」

「えっあっえっ?えっと、その、一杯耐えれてよかったでしゅ」

 

最後にマイクを渡されたメイプルは、緊張していたのか盛大に噛んで、その後のコメントもめちゃくちゃだった。

その姿を見て、観客もシオリも「メイプル可愛い!」みたいな感じになっていた。

とりあえず、メイプルの精神と引き換えに、シオリの機嫌がよくなったのは、不幸中の幸いか。

その後、記念品が渡され、第1回イベントは閉幕、解散ということになった。

メイプルは、さっきのがよほど恥ずかしかったのか、さっさと宿屋に戻っていき、

 

「よっしゃ!まずはペインを・・・」

「ちょっと待て」

 

シオリは再びペインに突撃しようとしたため、俺が首根っこを掴んで引き止めた。

 

「ちょっと、クラル!何するんや!」

「少しは落ち着け。お前、もうだいぶへとへとだろうが。そんな状態でペインに勝てると思ってるのか?」

「うっ・・・」

「決闘するなら、また時間があるときにしとけ。それにどうせ、いつかまたPvPのイベントが開催される。その時まで待っててもいいだろう」

「そ、そうやね・・・はぁ、ちょっと頭に血が上りすぎとった」

 

ようやく頭が冷えたシオリは、腕を下ろして体を脱力させた。やはり、走り続けただけあって、かなり疲労がたまっている様だ。

 

「せやったら、今度はメイプルちゃんを愛でに行くで!」

「だから落ち着けって言ってるだろう」

 

ようやく落ち着いたと思ったら、さっきのメイプルの思い出して再びハイになったシオリを、また首根っこを掴んで引き止めた。

 

「どうせ、もうログアウトしているだろうし、今は放っておけ。それこそ、愛でるのは次会ったときでいいだろ」

「う~ん、うちは今すぐ愛でたいんやけど・・・まぁ、楽しみは次にとっとくか」

 

メイプルがかいぐりかいぐりされる未来が脳裏に浮かんだが、あえて無視した。最悪、俺が止めればいいし。

そんな漫才をやっていると、俺たちのもとにペインと迷彩色のマフラーを纏った男がやってきた。

 

「お望み通り、会いに来たよ」

「・・・専用フィールドで会ったときとは、だいぶ印象が違うな」

 

どうやら、迷彩色の男が暫定2位だったドレッドらしい。

 

「どっちかと言えば、今のこいつが素だ。まぁ、一応、自己紹介しとくか。俺はクラールハイトで」

「うちがシオリや」

「ペインだ。よろしく」

「・・・ドレッドだ」

 

さっきまで戦っていた時とは違って、お互い緩い雰囲気で挨拶を交わす。

 

「それにしても、まさか俺たちが負けるとは思っていなかったよ。これでも、周りからトッププレイヤーって呼ばれていたからな」

「相手が悪かった、ただそれだけのことだろう。まぁ、俺の方はさっき言った通り、次やっても勝てる保証はないが」

「それは、武器を変えたら、また話は別だろう?」

「・・・よくお分かりで」

 

ペインの言う通り、同じ土俵なら、まだ俺にも勝てる見積もりはある。まぁ、今さらの話だが。

 

「まぁ、勝負は時の運だ。どのみち、勝つか負けるかなんてその時にしかわからない」

「そうだな。でも、君たちはまた違うとおもうよ?数々の大会を総なめにした、君たちなら」

「・・・もしかして、もう知ってるのか?」

「まぁね。もちろん、本名はここでは言わないけど」

 

どうやら、俺とシオリの名前をさっきの短時間で調べたか、思い出したらしい。

たしかに、俺とシオリは数々のゲーム大会で暴れてきたし、世界大会にも出場したことがある。そのときのデータと合わせれば、俺たちに行きつくのに時間はかからないか。

 

「せっかくなら、得意武器でやり合ってみたかったな。多分だけど、2人とも初めての武器だろう?」

「そうだな。まぁ、こいつがもう少し頭を使ってくれたら、俺も素直に片手剣を選んだんだが」

「だって、うちは前線で暴れる方が好きなんや。それくらいええやろ?」

「それにしても、アニメを見た思いつきで初めての武器を選択するバカだとわかってたから、俺は後衛にしたんだろうが」

 

別に俺も近接武器にしてゴリゴリ敵を倒すのも悪くないと思うが、フォローに入りやすいのはやはり後衛だ。この選択を間違っているとは思っていない。

 

「ずいぶんと仲がいいんだな」

「まぁ、腐れ縁だからな。元々知り合ったのも、こいつのゲームの相手をするためだし」

 

俺と出会った小学生のときから、シオリは周囲と比べてダントツにゲームが上手く、相手になる人物も少なかった。

それで、どこからか同じくゲームが上手い俺に相手をやらせようと持ち掛けられ、それがきっかけで今もズルズルと一緒にいるのだから、人生どうなるかわからないものだ。

 

「っと、さすがに俺たちはそろそろログアウトする。けっこう疲れたし、さっさと休みたい」

「あぁ。じゃあ、また縁があったら会おう」

「その時は、また敵同士として、かもな」

 

そう言って、俺たちはペインたちと別れてログアウトした。

・・・それはそうと、ドレッド。空気にして悪かったな。




昨日の「第1回イベント・クラル編2」で「ペインはそんなに弱くない」という意見があったので、展開を少し変更し、それに伴ってステータスも少し変更しました。詳しいことは本話をご覧ください。

ドラぞうの語尾に「ドラ」をつけようか迷いましたが、原作にのっとって普通に敬語で通すことにしました。話し方もちょっとややこしくなって、少し面倒なので。
それを言ったら、原作の中ではドラぞうという名前すら出ていなかったわけですが。


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邂逅

第1回イベントが終わった翌々日、俺とシオリはいつも通りNWOにログインした。

すると、周囲から一斉に視線を向けられる。第1回イベントで俺もシオリもずいぶんと有名になったものだ。

ちなみに、イベントでもらった記念品は金のメダルで、装飾品でもなければ持っているだけで何か効果が発動するような類でもなく、本当にただの記念品という感じだった。

ついでに、昨日さっそくペインと会ったが、決闘はいつか来るだろうPvPイベントまでとっておくことになった。なんとなく、野良試合で決着をつけるのがシオリ的にはいまいちだったらしい。

その後は、第2層に続くダンジョンを攻略した。

巨大な鹿がボスだったのだが、シオリの【速度中毒】による強化からの【疾風】の怒涛の連打ですぐに終わってしまい、味気ないものになってしまった。俺もちょくちょく援護したが、あってもなくても変わらなかったと思う。

そして今日、シオリがいつも以上にウキウキしていた。

なぜなら、少し前にメイプルとL〇NEのIDを交換したのだが、メイプルからメッセージが来たのだ。

その内容が、

 

『今日、私の友達がゲーム解禁されたって言ってたから、一緒にやろ!』

 

というものだった。

これにシオリは「新たな美少女と仲良くできる!」と勝手に妄想を膨らませており、ちょっと危ない笑みを浮かべている。

いざとなったら、俺が力づくで引きはがそうと決心すると、メイプルからフレンド機能のメッセージが届いた。内容は、ログインしたから来てほしいというものだ。

 

「よっしゃ!いくで、クラル!」

「あんまはしゃぐな」

 

すでに全速力で突撃しそうなシオリの首根っこを掴みながら俺も移動を始めた。

指定された場所は、いつもメイプルが使っているという宿屋の前だ。

 

「それにしても、いったいどんな娘なんやろなぁ・・・はよ会って愛でたいわ」

「ほどほどにしとけよ。初対面の相手に抱きつくとか、普通にセクハラだからな」

 

目的地に近づくごとに、ないはずの俺の胃がキリキリ痛くなってくる。

なんだろう。なにか嫌な、というか、妙な予感がする。

シオリがなにかやらかすのだろうか?

もやもやを抱えながらも歩いていると、目的地の宿屋の前に到着した。

メイプルも俺たちに気が付いて、手を振って呼びかける。

 

「あっ、おーい!シオリちゃーん!クラルくーん!」

「メイプルちゃん!うちが来た・・・で・・・」

 

シオリが真っ先に飛び出そうとすると、メイプルの隣にいた人物を見て硬直する。相手の方も、俺たちが誰なのか察した様子で、こっちも驚いた様子で固まっている。

最初に声をあげたのは、シオリの方だった。

 

「な、なんであんたがここにいるんや!しらみムグッ!?」

「はい、ストップ。ここで本名を叫ぶんじゃねぇよ」

 

とっさにシオリの口をふさぎながらも、俺はもやもやの正体がわかった。

なぜなら、俺たちはメイプルの友達だというその女の子を知っていて、なおかつそれなりに因縁があったから。

メイプルが、俺たちの様子がおかしいことに疑問を持ち、遠慮がちに尋ねてきた。

 

「えっと、知り合いだったの?」

「ゲームの大会で何度も会っている、よく言えば永遠のライバル、悪く言えば仇敵ってところだ」

 

その少女の名を、白峰理沙(しろみねりさ)。いろいろなゲーム大会の上位常連で、シオリも何度か対戦したことがある。幸か不幸か、俺とは縁がなくて1度も戦ったことがないが、最初の頃はシオリに何度も黒星をつけた、かなりの強者だ。

俺が特訓をつけてからはシオリが勝つようになったが、ゾーンを使えるシオリに真っ向から戦える、数少ない人物でもある。

まさか、メイプルのリア友だとは思っていなかったが。

 

「んで、できればそっちの名前を教えてくれないか?ここで本名を言うわけにもいかないだろう。っと、俺はクラールハイトで、こいつはシオリだ」

「・・・あっ、え、えぇ、私はサリーよ」

 

なるほど、“理沙”をひっくり返して“サリー”か。わかりやすくていいな。

 

「で?どうしてメイプルと知り合っているの?」

「このバカがメイプルを見かけて突貫したからだ。メイプルも、あの時は迷惑をかけて悪かったな」

「べ、べつに迷惑じゃなかったよ!」

 

メイプルの健気さが、本当に心に沁みる。このまま良い娘に育ってほしいものだ。

そんなことを話していると、ようやくシオリが俺の拘束から抜け出した。

 

「ぷはっ、はぁ、はぁ。な、なんでし・・・サリーがうちのメイプルちゃんと友達なんや」

「なんでって、幼馴染みだからよ。家もそこそこ近いし、学校も同じだし」

「くぅ、羨ましい・・・うちはここでしかメイプルちゃんを愛でられないっちゅうに・・・サリーは毎日リアルで愛でることができるんか・・・」

「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでくれる?」

 

そろそろ、シオリが謎の境地に至ろうとしている。

さっさと話題転換したほうがいいな。

 

「それで、メイプル。これからどうするつもりなんだ?」

「あ、えっと、新しい大盾の素材を集めようと思ってるんだけど、私はDEXが0だから、あまり集まらなくて・・・」

「なるほどな。ちなみに、素材は?」

「地底湖の白い魚だよ」

「そうか。なら、俺たちも手伝うぞ」

「え?いいの?」

「あぁ。もう2層には行ったし、そこそこ暇だったからな。気分転換にはちょうどいい」

 

本当は、長時間サリーとシオリを同じ空間にいさせるのはいささか不安があるが、ここで断っても面倒な気がする。

とりあえず、今日はメイプルの素材集めを手伝うことにしよう。



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勝負・1

「うちが背負ってく!」

「私が背負うよ!」

 

街の出入り口付近で、醜い言い争いが繰り広げられている。

正体は、シオリとサリーだ。

俺たちが地底湖に向かうにあたって、1つ問題があった。

それは、メイプルの移動速度が俺たちと比べて段違いに遅いという点だ。

メイプルのAGIは0。レベルの高い俺やシオリはもちろん、今日ログインしたばかりのサリーよりも遅い。

そのために、メイプルに装備を外してもらっておぶった方が速いという結論になったのだが、ここで新たな問題が発生した。

誰がメイプルを背負うか、だ。

男の俺はすぐに身を引いたが、ここでシオリとサリーが揉めてしまった。

シオリの言い分は、自分が背負った方が速い。

サリーの言い分は、親友の自分が運んだ方がいいに決まっている。

そう言うと、お互いに「親友ならうちも同じや!」だの「あんたじゃ速すぎてメイプルが目を回しちゃうし私たちが置いていかれるでしょ!」だのと、まるで子供のケンカのように言い合い、至近距離でがんを飛ばし合っている。

当事者であるメイプルは、どうすればいいのか分からずにあわあわしていて、2人を止められる状態ではない。

かれこれ30分、ずっとこの状態だ。さすがに間に入った方がいいか。

 

「それくらいにしておけ。こんな人目のあるところで」

 

俺はため息をつきながら、2人の首根っこを掴んで引きはがした。

2人も周囲を見渡して、他のプレイヤーから注目を浴びていることにようやく気付き、しぶしぶながらも矛を収めた。

この機に、俺が代案を出すことにする。

 

「いっそのこと、メイプルに決めてもらえ。そっちの方が早い」

 

2人が口論していつまでも決まらないなら、本人に白黒つけてもらったほうがいいだろう。

俺の提案に、シオリとサリーは頷いてメイプルの方を見た。

 

「それで?」

「メイプルちゃんは、どっちがええん?」

「うっ・・・決めなきゃダメ?」

「「ダメ」」「ダメだな」

 

そもそも、メイプルの足の遅さを解決するためのものなのだ。決めてもらわなきゃ困る。

とはいえ、メイプルもシオリとサリーのプレッシャーに気圧されて、すこし戸惑い気味だ。

そうして、数分悩んだ結果、メイプルが選んだのは、

 

「じゃあ・・・クラルくんに運んでもらおうかな?」

 

シオリもサリーも選ばない逃げの一手だった。

この選択に、2人は顎が外れんばかりに口を開いて驚愕し、メイプルは申し訳なさそうにしながらも俺を見て「ダメかな?」と視線で訴えてくる。

・・・俺から言い出したことだし、ここで断るわけにはいかないか。

 

「わかった。ほら、さっさと乗れ」

 

ため息をつきたくなる衝動を必死に抑えながら、俺はメイプルの前に回り込んでしゃがんだ。メイプルもおずおずと俺の背中に乗り、肩を掴んでバランスをとった。

それを見て、シオリとサリーは敗北感たっぷりに四つん這いになった。周囲にはどよんとしたオーラが漂っている。

 

「よし、行くぞ。目的地は地底湖でいいんだよな」

「うん、そうだよ」

「んじゃ、俺たちは先に行ってるから、お前たちもさっさとついてこいよ」

 

周りからの好奇の視線から逃げるためにも、俺は2人を置いてさっさと地底湖に向かって走っていった。

この後、掲示板でどんな情報がさらされるのか、少し怖いが今は考えないようにしておこう。

 

 

* * * * *

 

 

走ること十数分、俺とメイプルは目的地の地底湖にたどり着いた。

メイプルは自分が移動するよりも早いとはしゃいでいたが、たぶんシオリならもっと早く到着しただろうな。

ただ、ここに着くまでシオリとサリーが来なかったのは、どういうことなのか。

まさか、まだ街で敗北感に打ちひしがれているのか。

もしそうだったら、俺とメイプルでさっさと始めようか。幸い、俺のDEXはそこそこ高いし釣り竿も購入済みだから、必要数に到達するのにそう時間はかからないだろう。

ここで待つのも癪だし、さっさと中に入ろうと地底湖の入り口に向かうと、後ろからなにやら走ってくる音が聞こえてきた。

 

「クラルくん。振り返ってどうしたの?」

「いや、後ろからなんか来たんだが・・・」

 

振り返ってみると、遠くからシオリがサリーを担いで全速力で走ってくる姿が見えた。

どうやら、早く到着するためにこの移動法をするのに、かなり長い葛藤があったらしい。

ぼんやりと走ってくるシオリとサリーを眺めていると、シオリが50mほど手前で思い切りブレーキをかけ、その反動でサリーの体が半分ほど前につんのめった。ばつぐんのバランス力で落ちはしなかったものの、かなりきわどかったな。

 

「ちょっと!急に止まって危ないじゃない!」

「落ちなかったんやからええやろ!ていうか、乗せてもらってなんや、その態度は!」

「なにおう!」

「やるか!?」

 

立ち止まって早々、再び口喧嘩を始める2人に、俺はジト目を、メイプルはあいまいな微笑を浮かべ、結局、口喧嘩に花を咲かせる2人を置いて先に地底湖の中に入ることになった。

この調子だと、まだまだ喧嘩は続きそうだが。



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勝負・2

「よっしゃ!8匹目や!」

「残念ね。こっちは12匹目よ」

「なんやて!?」

 

なんとか地底湖の中に入ったはいいものの、再び子供のような喧嘩というか、争いが繰り広げられていた。

今度は釣り対決だ。

もちろん、DEXが少し高いサリーの方がよく釣れているのだが、シオリはなぜか「釣りでもPSが反映されるはず!」と、ちょいちょいと竿を動かしたり、魚が多くいそうな場所に狙って投げたりと無駄な努力を続けている。もちろん、NWOの世界では釣りにPSは関係なく、基本的にDEX頼りだ。

だから、

 

「よし、これで20匹目」

 

よりDEXの高い俺が一番釣れるのも、当然と言えば当然のことだった。

ちなみに、DEXが0のメイプルは3匹だ。

さらに、俺とサリーは【釣り】スキルもゲットして、シオリとはさらに差が開いていく一方だ。

この状況に、シオリは悔し気に歯ぎしりするが、

 

「グヌヌ・・・あっ、せや!」

 

途中で何か閃いたような表情になり、釣竿をインベントリにしまって水中に潜りだした。

 

「わっ、し、シオリちゃん!?どうしたの!?」

「あ~、まさかと思うが・・・」

 

メイプルは訳が分からずに混乱しているが、俺はなんとなく、シオリが何をしだしたのか察した。それはサリーも同じなようだが、盲点だったというよりは先を越されたみたいな表情だった。

 

「ぷはっ!」

 

シオリが潜り始めてから10分ほど経ったところで、シオリが水中から上がってきた。

 

「成果はどうだ?」

「ふっふっふっ・・・これや!」

 

そう言うと、シオリはインベントリから白い鱗を30枚ほど取り出した。

単純計算で、20秒に1枚はゲットしたことになる。

 

「わぁ!すごいよ、シオリちゃん!」

「うちにかかれば、ざっとこんなもんや!」

 

シオリは驚いているメイプルに得意げな表情を見せながら、ちらっとサリーにドヤ顔を向けた。大方、「あんたにはできんやろ?」とでも言いたいのだろう。

自分よりも30以上レベルが低いプレイヤー相手に、なんて大人気ない。

だが、サリーもシオリに言われっぱなしなのは癪に障るようで、

 

「いいわよ。私だってやってやるんだから!」

 

そう言って、きれいな飛び込みで水中に潜った。

 

「あっ!ちょっと待ちや!」

 

後に続いて、シオリも水中に潜っていった。

 

「ど、どうする?」

「俺も一応、スキルの効果の確認をしがてら、2人と一緒に水中を泳いでみる。それで、あとどれくらい粘ってみる?」

「う~ん・・・一応、1時間くらいかな?」

「わかった。時間になったら、フレンドメッセージで知らせてくれ」

「わかったよ!」

「んじゃ、俺も行ってくる」

 

そう言って、俺も2人の後を追って水中に飛び込んだ。

 

 

* * * * *

 

 

俺が水中に潜ってからきっかり1時間後、メイプルからメッセージが送られてきて、俺は一足先にメイプルのところに戻った。

 

「おかえりー。スキルの方はどうだった?」

「コツはつかんだ。にしても、水中でも矢が真っすぐ飛んでいくっていうのは、不思議な感じだな」

 

俺が試したスキルは、【黒竜ノ威厳】だ。

説明欄にある「あらゆる条件で威力の減衰を受けなくなる」というのが、どこまで効果を及ぼすのか試していなかったことを思い出して、手始めに水中から試すことにしたのだ。

結果、矢は水中でも真っすぐ飛んでいき、狭かったからあまり検証できていないが、少なくとも100mは問題なく飛んでいった。100mで大丈夫なら、きちんと【百発百中】の効果も重複していると考えていいだろう。

ついでに、【水泳Ⅰ】と【潜水Ⅰ】も取得できたのもラッキーだった。せっかくだし、しばらくは水中探索に精を出してスキルを強化していくことにしようか。

俺が陸に上がってからしばらくして、ようやくシオリとサリーも戻ってきた。

 

「ぜぇ、ぜぇ、め、メイプルちゃん、いっぱい持ってきたで」

「はぁ、はぁ、こ、これだけあれば、素材には十分でしょ」

 

2人とも息を切らしながらホラー映画のように這いつくばりながら陸に上がり、シオリは150枚、サリーは100枚、インベントリから白い鱗を取りだした。

この枚数に、さすがのメイプルもちょっとだけドン引きし、

 

「こ、こんなにたくさんはいらないかな・・・」

 

必要な分だけもらうことにした。

がんばった結果の、あんまりといえばあんまりな仕打ちに、シオリとサリーは完全に力尽きるが、俺からすれば自業自得でしかない。

今日はそろそろ切り上げようかと声をかけようとすると、サリーが「そう言えば」といったように顔を上げた。

 

「そういえば、今確認されているダンジョンって、3つだっけ?」

「掲示板に載っているのはそうだな。あと、シオリが迷い込んだ特別なやつも含めれば4つになるのか・・・まさか、ここにもあったのか?」

 

途中で言いたいことが分かった俺はサリーに尋ねると、神妙な顔で頷きを返してきた。

 

「地底湖の底に、小さな横穴があった」

「なるほど、泳げることが前提のダンジョンか・・・」

 

たしかに、あまり出回るようなものではないだろう。攻略できるプレイヤーは、そこそこ絞られてくる。

少なくとも、メイプルが挑んだら溺れ死ぬのは確定だ。

 

「それで、そこでユニークシリーズを狙うのか?」

「そうするつもり。それで・・・」

 

そこで、サリーはわずかに言いよどんだが、サリーの言いたいことを察したメイプルが食い気味に言った。

 

「うん、地底湖まで来るのを手伝うよ!借りは即返すってね!」

「俺も、まぁ構わない。どのみち、しばらくはここで【水泳】と【潜水】のスキルレベルを上げるつもりだったからな」

「・・・うちも、クラルに同じく」

 

足下から渋々シオリからも参加の意思表明がでてきた。

 

「さっすが、メイプル!クラルさんもありがと!」

「うちにも礼を言え!」

 

シオリがガバッ!と起き上がり、メイプルがおかしそうに笑い、俺もつられるように苦笑を浮かべた。

その後、メイプルはログアウトし、俺たちはスキルレベル上げのために再び潜り始めた。



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挑発

地底湖でダンジョンを見つけてから数日。俺たちは釣りと水泳を続けながら、空いた時間でそれぞれ近々行われる第2回イベントに向けての準備を進めていた。

俺とシオリは、【水泳】と【潜水】のスキルレベル上げに加えて、動きの確認を。

サリーは身に付けやすいスキルの広く浅い習得を。

メイプルはサリーとはまた違った方法でスキル探しを。

もちろん、毎回同じ時間にログインしているわけではないから、個別で動く時間もあったが、基本的に地底湖に入り浸っていることが多かった。

そして、

 

「ぷはぁっ!・・・はぁ、はぁ・・・何分潜ってた?」

「す、すごいよ!40分!」

「【水泳Ⅹ】と【潜水Ⅹ】になったってことは・・・これが今の私の最大ってことだから・・・片道20分で奥まで辿り着けないと溺死か」

 

 

ここ最近ずっと潜っていたこともあって、メイプル以外の俺たち全員がスキルレベルをマックスにまで上げられた。

 

「ふふん。甘いで。うちとクラルは60分潜ったんや。それに、サリーよりも速く泳げるんやで?」

「潜水時間はともかく、スピードはレベル1相手にマウントを取ろうとするな」

 

ここ最近は、なにかとシオリがサリーよりも優位に立とうとして、このような些細な自慢が後を絶たなかった。

正直、俺の方が鬱陶しくなってきたレベルだが、言ってもシオリはやめようとしないため、半分くらいはもはや諦めの境地に至っていた。

それに、

 

「くっ、今に見てなさい。いずれはあんたたちよりも長く潜れるようになるんだから!」

 

サリーもサリーで張り合おうとしているから、もうこの2人は一周回って仲がいいんだと思うことにした。

メイプルもムキになっているサリーを見て微笑まし気にしているから、対応としては間違っていないはずだ。

 

「それじゃあ、サリーにはこいつを渡しておこう」

「? まさか、ダンジョンのマップ?」

「一足先に、奥まで確認させてもらった。役に立つはずだ」

 

スキルレベル上げも兼ねて、俺はダンジョンの奥まで進んでみた。

入ってみると、中はかなり複雑になっていて、初見で突破するのはほぼ不可能だった。俺も、すべてのマップを埋めるのに3回くらいは息継ぎを繰り返したし。

 

「ありがとう。助かるわ」

「必要なら、俺とシオリでボスの確認もするが?2人で攻略すれば、ユニークシリーズは手に入らないし」

「そうね・・・」

 

俺の提案に、サリーはどうするか考えこむが、そこでシオリがニヤリと笑ってサリーに話しかけた。

 

「あれ~?サリーはそんなに初見でボスを攻略する自信がないんか?」

「・・・それがなによ?」

「うちは1()()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()()()、サリーは()()()()()()()()ボスに挑むんか・・・」

「いいわよ、やってやろうじゃない!私だって1人で、情報もなしにやってやろうじゃない!」

 

まさに売り言葉に買い言葉と言うべきか、サリーは嫌味たらしく強調しながら煽るシオリにあっさり堪忍袋の緒を切らし、やけくそ気味に初見・ソロ攻略を宣言した。

あーあー、せっかくの人の厚意を・・・。

 

「シオリ、お前何言ってるんだよ」

「ふん。これでクリアできないんやったら、サリーはそこまでのプレイヤーやったってことや。これができんかったら、うちの方が上ってことやしな」

 

まったく悪びれる様子もない、それどころか開き直ってしまうシオリに、俺はいよいよ頭を抱えた。

まぁ、それを言ったら、すんなり挑発に乗ったサリーもサリーなんだけどな。

 

「それじゃあ、20分経ったらメイプルからメッセージを送信してもらうってことでいいな?」

「いいわよ」

「わかった!」

「んじゃ、行ってこい」

「せいぜい頑張るんやな!」

「行ってくるわ。それと、シオリ。やってやるんだから!」

 

最後に威勢よく吠えて、サリーは地底湖のダンジョンへと潜っていった。

 

 

 

 

「20分経っても返事がない・・・大丈夫かな?」

「たぶん、ボス部屋には空気があったんじゃないか?それなら、無理に短期決戦に持ち込む必要もないし、やられたなら街から送られるだろうし」

 

取り決め通り20分後にメッセージを送っても返信がないことに不安を覚えているが、俺がフォローを入れた。

 

「案外、すぐにやられてへこんでたりしてるかもしれへんよ?」

 

だが、そこにシオリが調子に乗ったように口をはさんでくる。

 

「・・・お前、サリーのことを目の敵にしすぎだろう」

「うちとサリーは、決して相容れない、水と油のようなものや。これくらいがちょうどええ!」

「あぁ、そう・・・」

 

どこまでも強がるシオリに、俺はため息をつくが、メイプルが爆弾発言を投げ込んできた。

 

「でも、ホントはシオリちゃんもサリーのことが心配なんだよね?」

「なっ!?」

 

そう言われると、シオリは顔を真っ赤にして両手を前に振りながら否定する。

 

「べ、別に心配なんてしてへんよ!た、ただ、うちのライバルがこの程度でやられるなら、やっぱ大した事なかったんやなぁって・・・」

「そう言ってるけど、さっきからずっとそわそわしてるよね?」

「そ、そんなことあらへんし!これは、あれや!うちも後で挑もうと思っとるから、その、武者震いっちゅーやつや!」

 

シオリは必死に否定しているが、紅潮した頬が、メイプルの言ったことがあながち間違いでもないことを示している。

なんだ、ツンデレだったのか。

その後も、あわあわしながら必死に弁明を続けるシオリだったが、サリーからボスを倒してユニークシリーズを手に入れたこと、今日はもう疲れたから、本格的なお披露目は明日にするという旨のメッセージが送られ、あからさまにホッとしたシオリに和みつつ今日はお開きとなった。



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お披露目

「おー!カッコよくなったね!」

「へぇ、なかなか似合ってるな・・・俺なんて、厨二病臭い見た目だしなぁ・・・」

「これは・・・えぇなぁ。マフラーとか特に。うちなんて、民族衣装みたいな狼の口当てやし・・・」

「ふふんっ、いいでしょ?靴は手に入らなかったから黒いブーツを買ったし・・・これで統一感は完璧!」

 

翌日、俺たちは1層の街でサリーのユニーク装備のお披露目会をしていた。

サリーの装備は店で買ったブーツ以外はすべて青を基調にした装備で、鎧というよりは衣服に近い感じだ。

コートやダガーは深海を思わせるような暗い青色で、マフラーは鮮やかな青に白い泡のような模様が入っており、とてもおしゃれだ。ちなみに、ステータスは防具がAGIとMP、ダガーがSTR、INT、DEXがそれぞれ上がり、すべて【破壊不可】がついているとのこと。やはり、ユニーク装備は万が一壊れないように、基本的にすべて【破壊不可】がついているのだろう。メイプルのやつは別にして。

それに比べて、俺は全身黒に眼帯という厨二病装備だし、シオリは山伏に見えなくもない装束だ。少しくらい羨ましく思うのは仕方ないだろう。

すると、俺の装備を上から下まで見渡しながら「なかなか悪くないと思うけど・・・」と呟いたサリーが、そう言えばといったように尋ねてきた。

 

「そう言えば、クラルの眼帯ってどうなってるの?それ、死角にならない?」

「あぁ、これな。なんか、照準みたいなのがついていて、視界もちょっと暗くなるくらいで、まったく見えないわけじゃないんだ」

 

しかも親切なことに、矢の軌道が銃のレーザーポインターみたいに見えるおまけ付きだ。見た目に寄らず、かなりハイスペックな装備だから、こんな見た目でも身に付けている。

さらに、【鷹の目】と合わせることで、俺の視界だけス〇ウターみたいな感じになっている。

シオリは「なにそれ!めっちゃ羨ましい!!」と言っていたが、俺からすればちょっとゲームの世界感が揺らぎそうになっていて、内心かなり微妙だ。

 

「それより、スキルはどんな感じなんだ?」

「あっ、ちょっと待ってね」

 

俺の言葉にハッと気づいて、サリーはステータス画面を操作した。

ちなみに、サリーが快くステータスを見せているのは、俺とシオリも見せたからだ。

シオリは少しごねたが、「サリーのステータスも見れるようになるぞ?」と言ったら渋々折れた。

それはさておき、サリーはステータス画面を開き、俺たちもそれを覗いてスキルの内容をチェックした。

 

【蜃気楼】

発動時、相手の視覚情報での座標と本当の座標とにズレを生じさせることが出来る。

対象は使用者以外全員。

使用可能回数は1日10回。

効果時間は5秒。また、【蜃気楼】で作り出したズレた映像に何らかの攻撃が加えられた際、【蜃気楼】は効果を失う。

 

【大海】

モンスター、プレイヤーが触れた場合AGIを20%減らす水を使用者を中心として円状に地面に薄く広げる。空中では使用出来ない。

範囲は半径10mで固定。

使用者のみがその対象から外れる。

使用可能回数は1日3回。持続時間は10秒。

 

【器用貧乏】

与ダメージ3割減。消費MP10%カット。

【AGI+10】【DEX+10】

取得条件

武器・攻撃に関するスキル10個を取得済み

魔法・MPに関するスキル10個取得済み

その他のスキル10個取得済み

その中で最低スキルレベルのスキルが10個以上ある。

この条件を満たした後でモンスターを撃破すること。

 

あと、これに加えて【大物喰らい】も取得していた。そういえば、シオリが最近、このスキルを廃棄していたな。

俺が「いいのか?」と尋ねたら、「他のプレイヤーのステータスがそれなりに上がった段階で再取得する。どうせ、うちはAGIしか上げないつもりやし」とのことだった。

それにしても、サリーも運がよかったな。ボス戦の前に【器用貧乏】を取得していたら、まず間違いなく負けていた。

この中だと、蜃気楼が一番使いやすそうだな。だいたいのプレイヤーは、視覚情報を頼りにしていることが多いし、一度外したら咄嗟に本物に気づくのも難しいだろう。

ただ、

 

「この中だと、【大物喰らい】はいらないだろうな」

「う~ん、そうだねー・・・」

「えっ!?なんで!?」

 

俺とサリーの会話に驚いたのはメイプルだ。

そう言えば、メイプルも持ってたな。

 

「いや、サリーの場合、相手によってステータスが上がったり下がったりしちゃうだろ?」

「それだと、感覚が狂って回避の感覚が狂っちゃうし、私のプレイスタイルには合わないかな」

「あー、そっか・・・」

 

俺とサリーの説明に、メイプルも納得した。シオリも、それが理由で【大物喰らい】を廃棄した人物だから、特に口をはさむこともなかった。

 

「それなら、【大物喰らい】は、やっぱり廃棄するか?」

「そうだね」

 

そんなことを話していると、メイプルがいきなり首を傾げた。

 

「何それ?」

「「「え?」」」

「え?」

 

メイプルの疑問に思わず声を上げたのは俺、シオリ、サリー。メイプルは、「え?知ってるの?」みたいな感じで再び首を傾げた。

どうやら、メイプルはスキルの廃棄機能を知らなかったらしい。メイプルは便利な機能に驚いていたが、俺たちとしてはむしろ知らなかったメイプルに驚きだ。

 

「それで、この後はどうする?俺たちは、一足先に2階層に戻ろうと思うんだが」

「あれ?もう攻略してたんだ?」

「あぁ、サリーと会う前日にな。よかったら手伝おうか?」

「う~ん、メイプルはどうする?」

「私は・・・せっかくだし、サリーと2人で攻略してみたいな」

「そうか。んじゃ、俺たちは先に2層で待ってるからな」

「わかった。それじゃ、また後でね」

 

そう言って、俺とシオリは2層の街に向かった。

すると、ふと視線を感じて、振り返ってみるとシオリがジト目で俺を見ていた。

 

「・・・どうしたんだ?」

「・・・べつに。なんか、サリーとやけに仲がえぇなと思っただけや」

「そうか?」

「当たり前やろ。うちとメイプルほったらかして話しとったやん」

「う~ん、プレイスタイルが似てるから気が合うのかもな」

 

俺たちのプレイスタイルは、メイプルが気ままに天然100%、シオリも感覚に頼ることが多い天才肌だが、俺とサリーはプレイを研究して実戦で活かす、努力家というか秀才というか、そういうのに近い感じだ。NWOでも、お互い回避主体でHPとVITに一切ポイントを振ってないし。

少なくとも、盾で倒せないからと言って食べて倒すメイプルや、アニメに感化されただけで武器やステータスを決めるシオリとは違う。

だから、互いに共感する部分があるのかもしれない。

それに、

 

「それを言ったら、サリーもサリーで俺に興味を持っている雰囲気だったしな」

「そうなん?」

「まぁ、シオリの関係者だから、ってことだろうが」

 

サリーからすれば、俺はサリーがシオリに負けるきっかけになった人物でもある。

であれば、俺に興味を持つのは当然とも言えるだろう。

 

「少なくとも、シオリが考えているようなことはない」

「そっか」

 

そんなことをしゃべりながら、俺たちは2階層に到着してメイプルたちを待つことにした。

この後、無事メイプルたちはダンジョンを攻略して合流できたんだが、メイプルが「最後の方で気絶しちゃって、まったく活躍できなかった!」と嘆いていたところに、シオリがなぜか感極まって思い切り抱きついたりして一悶着あったのだが、それはまた別の話だ。



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メンテナンス

メイプルとサリーが2階層に到着した後日、運営がイベントの2週間前に、いきなりメンテナンスを実施した。

まぁ、それくらいなら、別に俺もシオリも大して文句はないのだが、内容が内容だった。

 

「これは・・・なんというか・・・」

「運営が何を考えとるのか、手に取るようにわかるなぁ・・・」

 

ログインした後、俺とシオリはメンテナンス内容を見て盛大にため息をついた。

主な内容は3つ。

1つ目、

 

「フィールドモンスターのAI強化、か」

「たぶん、メイプルちゃんの大量製造を防ぐためのもんやろなぁ」

 

俺たちもメイプルのスキルの詳しい取得条件は知らないが、VITに関するものなら、おそらくモンスターの攻撃を受けることなどが条件だと考えられる。

おそらく、モンスターが無意味な攻撃を繰り返さないようにしたのだろう。そうすれば、モンスターの攻撃を受けることが条件のスキルは格段に取得しづらくなる。

2つ目、

 

「一部スキルの調整、ねぇ」

「これは、うちもクラルもあったな」

 

本人の確認はとってないが、おそらく【悪食】が大幅に弱体化をくらったはずだ。第1回イベントのあれを見れば、容易に想像がつく。

それと、俺とシオリにも調整が入った。

ただ、俺たちの場合は一概に弱体化とも言えないが。

調整されたスキルは、俺が3つ、シオリが1つだ。

まずシオリは、

 

「うちは、【大樹の怒り】が弱体化されたわ。内容は、消費する葉の増加。イベントの時に使った【大自然】も、規模によって消費する数が増減するようになってもうた」

「まぁ、固定消費であれは、さすがに燃費が良すぎたからな」

 

おそらく、ドレッド戦での様子から弱体化されたのだろう。

シオリは【疾風】か【速度中毒】が弱体化されそうだと言っていたが、おそらく特定の条件下で発動するスキルだから見逃されたのだろう。このスキルの強みが活かされたのも、【大自然】によるものが少なからずあったし。

 

「俺ので調整が入ったのは、【黒竜ノ加護】、【黒竜ノ息吹】、【魔弾の射手】だな」

「ずいぶんと多いなぁ。どんな感じになったん?」

「俺としては、プラマイ0って感じだな」

 

まず、弱体化が入ったのが【黒竜ノ加護】。遠距離攻撃無効の効果が削除された。

俺としては、どのみち回避主体のプレイスタイルだし、【空蝉】もあるから、どっちつかずな感じだが、それでも精神的な余裕がまた減った感じは否めない。

次に、プラマイ0な感じなのが【黒竜ノ息吹】。適用距離が50mから100mに引き上げられ、最大効果が300mで【STR+100】になる、というものだ。単純計算で、100mから2mごとに【STR+1】されるといった感じか。

最大火力を出しにくくなった点は否めないが、それはあくまで狭い空間で戦うボス戦の話であり、第1回イベントのようなバトルロイヤル形式なら特に問題にはならない。今の俺なら200mは軽くいけるし、300mを成功させるのも時間の問題だ。

そして最後に、【魔弾の射手】。これは大幅な上方修正だと言えた。

 

「スキルで使用する武器に耐久値が適用される、か。消耗速度が通常の2倍になるとはいえ、これはかなりありがたいな」

「もしかしたら、運営さんはペインと戦ってほしいんやろなぁ」

 

シオリの言った通り、これはおそらく俺が第1回イベントのインタビューで言ったことが影響していると考えられる。

イベントの映像はNWOの広告にも使用されるから、俺とペインの派手な戦闘で新規プレイヤーを呼び込みたい考えもあるのだろう。あるいは単純に、運営が見たいだけかもしれないが。

俺としては嬉しいが、それでいいのかと思うところはある。さすがに同じスキルを2回修正以上するなんてことはないだろうから、おそらくはずっとこのままだ。

いいの?こんな修正いれたら、マジで無双しちゃうぞ?俺。

とまぁ、ここまでは俺もシオリも、これならまだわかる、といった感じだった。

だが、最後の内容が露骨過ぎた。

 

「防御力貫通スキルの実施と、それに伴う痛みの軽減、か」

「こればっかりは、明らかにメイプルちゃんを意識しとるよなぁ」

 

スキルは各武器に3~5種類あり、威力もそこそこ期待できるとのこと。

まぁ、防御貫通スキル自体、他のゲームでも特に珍しくないものだ。そのシステムを実装したこと自体に文句はない。

ただ、タイミングが露骨過ぎたというか、たぶんメイプルがいなかったら実装されることもなかったという感じが否めない。もちろん、運営としても苦肉の策だったのだろうが。

そういうわけで、以上3つが、遠回りなものも含めてすべてメイプルが関係しているであろうアップデートになったわけだが、

 

「うちのメイプルちゃんになんちゅーひどいことを!これは運営に直訴を・・・!」

「アホ言え。それを言ったら、むしろ誰もメイプルを倒せない現状に耐えられない他のプレイヤーが運営に直訴してたと思うぞ」

 

ステータスポイントをすべてVITに極振りし、なおかつスキルによってさらに強化されたメイプルの防御を真正面から破れるプレイヤーが、果たしてどれだけいるというのか。

個人ではまずいないだろうし、倒せるにしても強力なバフをましましにしなければHPを減らすことすらできないだろう。

こればっかりは、運営も動かざるをえなくなる。

トッププレイヤーだけでなく、一般プレイヤーにも多少は勝てるチャンスを与えた方がいいだろうし。

それに、

 

「俺からすれば、この程度のテコ入れで倒せるほど、メイプルは柔くないと思うんだが・・・」

「・・・言われてみれば、うちもメイプルちゃんが倒される光景が思い浮かばへん」

 

通常のプレイヤーの持つ常識よりも1歩2歩先にいるメイプルのことだ。たぶん、さらに進化を遂げることになると思う。

 

 

そんな証拠も根拠もない俺たちの考えが証明されるのはまだ先だが、まさかあんなことになるなんて、このときの俺たちはまったく想像できなかったのだ。



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スキル取得・2

「ふぅー、走った走った!」

 

第2層の森林の奥深くにあるログハウスの前で、うちはかいてもない汗を拭う振りをした。

どうしてうちがここにいるのかと言えば、とあるスキルの習得のためや。

 

スキル【超加速】

1分間、AGIを50%上昇させる。30分後、再使用可。

 

このクエストは、AGIが75以上ないと発生しないもので、AGI主体のプレイヤーでは必須スキルになりつつある。

うちも第2回イベントに向けた強化のために、このクエストを受けたんやけど、ぶっちゃけうちからすれば、大したことはなかった。

クエストの内容は、簡単に言えばおつかい系で、1時間以内にこの家から離れた場所にある泉から【魔力水】っちゅーアイテムを手に入れて持って帰ればクリアなんやけど、うちは30分くらいでクリアしてもーた。

このときほど【速度中毒】と【白狼の疾駆】を頼もしく思うたのは、あまりないかもしれへん。

 

「そういえば、今頃クラルは何やってるんやろ」

 

なんか、今のままやと力不足やから、新しいスキルを習得できそうなイベントに参加するってゆーとったけど、どんなイベントやろ。心当たりがあるのは、弓使いだけが発生できるけど、今のところ誰もクリアできてないって話のやつやけど・・・。

 

「まぁ、大丈夫やろ」

 

だいたいの相手なら、クラルの敵やあらへんし。

それよりまずは、【超加速】を使ったときのスピードに慣れへんとな。

 

 

* * * * *

 

 

「さて、と。とうとう来たな」

 

手に腰を当てて、俺は目の前にそびえる建物を見上げた。

そこは、道場のような造りをした平屋で、とあるクエストの発生場所でもある。

ここのクエストは弓使い限定で受けられて、なおかつ誰もクリアできないほど難易度が高いという。

であれば、きっと強力な弓のスキルが手に入るに違いない。

できれば、俺の希望に沿うスキルであってほしい。

今の俺には、足りないものがある。

それは、制圧力だ。

今の俺は1対1なら十分に立ち回れるし、【魔弾の射手】の強化のおかげで対多数戦闘でもかなり戦えるようになったが、大勢の相手を同時に攻撃できる手段を持ち合わせていない。1度に矢を3,4本つがえて攻撃することは可能だが、第1回イベントでは終盤で襲い掛かってくる大勢のプレイヤー相手にだいぶてこずってしまった。

この際に、メイプルの【毒竜】のような面攻撃ができるスキルが欲しいものだ。

クエストの内容を聞く限り、俺の希望通りのスキルである可能性も低くはないが・・・

 

「ま、考える暇があったら、さっさとクエストを受けるとするか」

 

この際、細かいことは考えずにクエストを受注することにした。

中に入ると、道場というよりは闘技場(コロシアム)に近い内装になっていて、観客席にあたるところには弓矢を持ったNPCが大量に配置されている。

そして、中に入って真正面に、道着を身に付けた強面の大男が仁王立ちしていた。

 

「問おう。貴様は、私たちの奥義を求めてきた者か?」

 

男の問いかけとともに、俺の前に青色のモニターが現れ、そこにはYesとNoの選択肢が表示されていた。

俺は迷いなくYesを選択してクエストを受注した。

 

「そうか。なら、ここで5分間生き延びてみせるがいい。そのときは、我が道場に伝わる奥義を授けよう」

 

そう言って、大男は後ろの闘技場への道を開けた。

通された俺は、闘技場の真ん中まで進んで足を止めた。

次の瞬間、俺の視界の端に“5:00”と表示されたタイマーが現れ、上にいるNPCが一斉弓を構えた。

このクエストの内容は、ただひたすら攻撃を避けるだけ。

だが、降りかかってくる矢の数が尋常ではなく、1発も当たってはいけないこのクエストの難易度がバカ高くしているわけだ。

ぶっちゃけ、弓のスキルを得るのに弓矢の攻撃を避ける必要がどこにあるんだろうと思わなくないが、ここでそんなことを言っても仕方ないだろう。

そうこうしているうちに、視界の中心にカウントダウンが表示され、0になった瞬間に俺は前へと駆け出した。

次の瞬間には、俺が立っていた場所は大量の矢で埋め尽くされてしまった。

だが、安心している暇もなく、次々と俺に向けて矢が放たれる。

数もそうだが、動き出した方向を狙う矢の軌道もなかなか嫌らしい。

この中を5分間生き残れというのは、たしかに鬼畜難易度だ。

だが、俺はうろたえずに冷静に矢の軌道を分析して、最良の回避行動をとる。矢は全方位から放たれているが、視界の外の矢は風切り音でだいたいの位置を察知して大きめに回避すれば当たらない。

この程度の弾幕、俺にとっては苦でもない。銃弾の嵐に比べれば、この程度の矢は止まって見える。

俺の回避行動を予測して放たれた矢も、ステップを刻んでタイミングをずらすことでなんなく躱す。

そして、矢の軌道をパターン化させるように動いて避け続けることで、俺はなんなく5分間避けきることができた。

 

「さすがだな。お前ほどの腕を持つ者なら、我々の奥義を授けるに値するだろう」

 

だから、弓使いに回避の技術を求めるのは(以下略)。

そうこうして、俺の手元にスキルの巻物が現れた。

 

「スキル【拡散】だ。ぜひ、役立ててくれ」

「・・・ありがたく使わせてもらう」

 

俺は礼を言って、道場を後にした。

道場を出てスキルの巻物を開いていると、周囲のプレイヤーからギョッとした視線を向けられたが、スキルの内容を確認した俺はそれどころではなかった。

 

スキル【拡散】

着弾前に、1本の矢を最大100本にまで分裂させることができる。

1時間後、再使用可。

 

まさに、俺が求めた通りのスキルが手に入った。

これで、第2回イベントがより楽しみになってきたな。



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第2回イベント開催

俺が新しいスキルを手に入れてから数日後、ようやく第2回イベントの日がやってきた。

イベントに参加するために、俺とシオリは第2層の街の広場にやってきた。

 

「お~、今回も集まっとるなぁ」

「そうだろうな・・・っと、メイプルとサリーもいるな。おーい!」

 

シオリが感心している中、俺はメイプルとサリーを見つけて声をかけた。

2人も俺たちに気づき、駆け足でこっちに向かって来た。

AGIが0のメイプルは、走っても歩くような速度しか出ないが。

 

「クラルくんに、シオリちゃん!2人も参加するの?」

「当然な。メイプルたちとは別行動になるが・・・」

「まぁ、その方がいいよね・・・」

 

そう言いながら、俺とメイプルが残りの2人に視線を向けると、ちょうど火花を散らし合っているところだった。

 

「ちょうどえぇわ。今回のイベントでどっちが成果を挙げられるか、勝負といこうや」

「そうね。第1回イベントのときは、私もまだ始めれてなかったし、このルールならレベル差も関係ないしね」

「勝った方は負けた方の言うことを1つだけなんでも聞く、ってことでどうや?」

「いいわ。せいぜい、首を洗って待ってなさい」

 

どうやら、景品も用意して勝負するらしい。景品と言うには、ちょっと物騒な響きがあるが。

ていうか、

 

「おい、しれっと俺たちを巻き込まないでくれ」

「サリーも、もし負けたらどうするの!?」

「大丈夫、クラルなら嫌そうな顔しながらも付き合うてくれるって、信じとるから」

「安心して、メイプル。絶対に私たちが勝つから」

 

俺とメイプルで諭しても、聞く耳を持たず、むしろ巻き込む気満々ですらいる。

メイプルとサリーに声をかけたのは、早計だったか。

突然始まった勝負に巻き込まれたことにげんなりしていると、イベントの開始を宣言するアナウンスが流れ始めた。

 

「今回のイベントは探索型です!目玉は転移先のフィールドに散らばる300枚の銀のメダルです!これを10枚集めることで金のメダルに、金のメダルはイベント終了後スキルや装備品に交換出来ます!」

 

アナウンスが告げると同時にステータス画面が自動で開かれると、そこには見覚えのあるメダルが表示されていた。

これは、第1回イベントの景品でもらったやつと同じだ。

 

「前回イベント10位以内の方は金のメダルを既に1枚所持しています!倒して奪い取るもよし、我関せずと探索に励むもよしです!」

 

アナウンスとともに、豪華な武器や防具、装飾品が表示されていく。

なるほど、それなら、強い装飾品を狙いたいな。今のやつは、弱くはないが少し心もとないし。

 

「せやなぁ、それなら、集めたメダルの枚数とゲットした装備の強さで勝敗を決める、っちゅーのはどうや?」

「そうね。集めたメダルの枚数が同じだったら、それぞれの一番強い装備を出して、どっちがいいかメイプルとクラルに決めてもらいましょ」

 

隣では、シオリとサリーが淡々と勝負の内容を決めていく。

これは、あれだ。もう腹を括るしかないやつだ。

 

「死亡しても落とすのはメダルだけです!装備品は落とさないので安心して下さい!メダルを落とすのはプレイヤーに倒された時のみです。安心して探索に励んで下さい!死亡後はそれぞれの転移時初期地点にリスポーンします!」

 

この説明を聞いて、俺は少し安心した。

それなら、ボスモンスター相手にも多少無茶ができるし、せっかくの装備品を誰かに取られる心配もない。

メダルが取られるのは痛いが、俺からすればスキルは今ある分でも十分すぎるくらいだし、必要に感じるのも攻撃を受けたときの保険になるような確定耐えスキルくらいだし。

 

「今回の期間はゲーム内期間で1週間、ゲーム外での時間経過は時間を加速させているためたった2時間です!フィールド内にはモンスターの来ないポイントが幾つもありますのでそれを活用して下さい!」

 

なるほど、時間加速の機能を使うのか。

詳しい仕組みは知らないが、アナウンスが言った通り、体感では7日でもリアルでは2時間しか経っていない、ってことか。

 

「なんか、不思議な感じだね」

「その代わり、途中でログアウトしたらイベントに再参加はできないから、最後まで参加するにはログアウトできないな。あと、パーティーメンバーは同じ場所に転移するらしいな」

 

これは、死んでリスポーンするときも同じようだ。

たぶん、2人の勝負的にも、途中でログアウトすることはないだろう。

 

「クラル、最後までログインするで」

「メイプル、最後までログインしてようね」

 

いきなり、シオリが俺に、サリーがメイプルに詰め寄って、力強い瞳でそう言ってきた。

 

「お、おう・・・」

「う、うん・・・」

 

あまりにも必死な様子に、俺もメイプルも首を縦に振ることしかできなかった。

 

「それでは、第2回イベント、スタートです!」

 

こうして、胸に一抹の不安を抱えながらも、第2回イベントが開催された。



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第2回イベント1日目

俺たちが転送されたのは、どこかの森の中だった。

マップで位置を確認すると、平原が近く、少し離れた場所には山岳地帯が広がっている。

だが、表示されているのはそれだけで、装備品やメダルはもちろん、それらがあるだろうダンジョンらしき場所もなかった。

 

装備品(ご褒美)が欲しければ、自分で探せってことか」

「それなら、こうしてちゃいられへん!さっさとメダルとダンジョンを探すで!」

「ちょっと待てバカ」

 

息を渦巻いて走り出そうとするシオリの首根っこを掴み、諭すように言い聞かせる。

 

「お前にはスキルがあるからいいだろうが、このバカ広いフィールを走り続けるのは体力の無駄だ。ひとまず、周囲を念入りに探索するぞ。この森の中なら、メダルの1枚や2枚は落ちてるだろう」

「・・・わかったわ」

 

シオリも渋々納得し、肩の力を抜いて走り出そうとするのをやめた。

 

「それで、これからどうするん?」

「そうだな・・・ひとまず今日は山の方を目指して、麓を中心に探索しよう」

 

その辺りなら、洞窟や小屋のような建物に装備やメダルがある可能性もある。

森の中のメダルに関しては、見つければラッキーくらいの気持ちでいいだろう。

今日の方針を決めた俺たちは、山に向けて走り始めた。

もちろん、シオリは俺の速度に合わせてもらっている。

そうして走ること十数分、さっそく何かを発見した。

 

「シオリ、向こうを見てくれ」

「ん?・・・あれは、小屋か?」

 

俺たちの視線の先には、石造りの小屋があった。だが、それなりに年月が経っているものなのか、周囲にはコケやツタがびっしりと張り巡らされている。

 

「いかにも、って感じやな」

「何もない可能性も0ではないが、探索しない手はないな」

 

幸先のいいスタートに口角が上がりながら、俺たちは小屋の中に足を踏み入れた。

中は質素なつくりになっており、生活に必要な最低限のものしか置いていなかった。とはいえ、木製のもののほとんどが朽ちているか腐っており、石でできた一部の家具や台所らしきところなどもコケがびっしりと生えていたが。

 

「とりあえず、隅々まで調べてみようか」

「わかったで」

 

そうして、俺たちは小屋の中をくまなく調べ始めた。

棚の中や朽ち果てた家具の下、かまどの中まで何かないか探してみたが、特にめぼしいものは見当たらなかった。

 

「う~ん、マジでなんもないパターンなんかな?」

「だが、こんないかにもなところに何もないっていうのもな・・・もしかしたら、時間によってイベントが発生するのかもしれない。この小屋の位置はマップにマークしておいたから、予定を変更して今日はこの森を探索しよう。山の探索は明日だ」

「はいよ~」

 

今後の予定を変更し、俺とシオリは小屋を後にして森の中の探索に出かけた。

 

 

* * * * *

 

 

探索を始めてから、あっという間に数時間が経過した。

だが、シオリのAGIもあって、この1日で森の中はほとんど探索でき、十分な成果も得られた。

 

「まさか、こんなところでメダルを1枚ゲットできるとはな」

「鳥の巣の中に、卵と一緒にあったもんな~。ある意味、ベタな隠し方や」

 

そういうシオリの手には、銀色のメダルが握られている。

今回、手に入れたメダルはまずシオリに渡すと、始まる前に決めておいた。俺は今のところ金のメダル1枚で十分だし、シオリにはぜひ、さらにAGIを上げるスキルを手に入れてもらうとしよう。

今はすでに空が赤くなっており、日も隠れ始めてきた。今日の探索はこの辺で十分だろう。

俺たちは、完全に暗くなる前に例の小屋に戻った。

幸い、中には誰もおらず、周囲にも他のプレイヤーの気配は感じない。

それに、あまり深い意味はないが、木の実もいくつか手に入れた。

今夜は、ここでゆっくり休めそうだ。

 

「さて、もうすぐ夜だが・・・何かあるかな?」

「どうやろなぁ。あったらあったで嬉しいもんなぁ」

 

昼間に探索した時は、特に仕掛けらしい仕掛けはなかった。これで何もなかったら、この小屋にこだわった意味がなくなってしまう。

そんなことを考えながらも、俺はインベントリからランタンを取り出して明かりを確保しようとした。

その直前、シオリが何かに気づく。

 

「ん?クラル、あれ見てみ?」

「どうした、シオリ?・・・これは?」

 

シオリが指さした方を見ると、石造りのテーブルにこびりついているコケの中で、中央の部分だけが光り輝いていた。その光は淡く、ランタンを付けただけでもその光に負けてしまいそうだ。

だが、ここにきて現れた変化。何もないわけがない。

俺とシオリは顔を見合わせて頷きあい、テーブルに近づいた。

 

「これは、ブロックの1つが光っているのか?それに・・・よく見れば、他よりも隙間が大きい」

「これってもしかして、どかせるんとちゃう?」

「そうかもしれないな。やってみよう」

 

そう言って、俺は隙間に指を入れて石のブロックを掴み、力を入れて引っ張り出した。

すると中から、

 

「これは、箱か?」

「そうやな。開けてみるで」

 

シオリがおっかなびっくり箱を取り出して中を開けてみると、そこにはメダルが2枚入っていた。

 

「おぉ!当たりやったな!」

「あぁ。しかし、なるほど。光るコケか・・・持って帰れるか?」

 

綺麗な見た目からなんとなくほしくなり、試しに短剣を取り出して光るコケをこそぎ落としてみると、インベントリの中にしまわれた。

 

【ヒカリゴケ】

夜になると光りだすコケ。昼間に光にあてることで、光を強くできる。

 

「これは・・・コレクション系のアイテムか?だが、NWOにプレイヤーハウスの機能はなかったよな?」

「せやな・・・もしかしたら、今後のアプデで追加されるんとちゃう?」

「かもな」

 

思わぬ収穫に、俺とシオリは興奮と期待に胸を膨らませながら、それぞれ寝床を準備して、交代で襲撃を警戒しながら1日目の夜を過ごした。




【白狼の呼吸】に「走行中は疲労を~」を付け加えました。
それと、大学の試験の関係上、投稿ペースが落ちます。


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第2回イベント2日目・1

交代しながら仮眠をとっているうちに、あっという間に朝になった。

2人で見回りしながらの休憩だったが、十分に体は休まった。

 

「よっしゃー!元気もりもりやー!」

「そう言うほど、昨日は疲れていないけどな」

 

なにせ、プレイヤーはもちろん、モンスターとの戦闘もほとんどなかったわけだし。

 

「それで、今日は予定通り山の方に向かうんか?」

「あぁ。だが、山頂に向かうかどうかは、まだ未定だな」

 

遠目で見ただけでも、かなりの標高があると考えられるから、登るかどうかは中腹まで保留といったところか。

 

「んじゃ、さっそく行こか」

「あぁ」

 

各々準備を整えた俺たちは、駆け足で山へと向かった。

 

 

* * * * *

 

 

「ほな、ここで降ろすで」

「・・・すまない」

 

出発してから2時間ほど、シオリに背負われていた俺は心底申し訳ない気持ちを抱きながら背中から降りた。

どうしてこうなったのかと言われれば、早い話シオリについていけなくなってしまったからだ。

俺とシオリのAGIの差はただでさえ2倍近くあるのに、シオリは【速度中毒】でさらにAGIが上がる。さらに、【白狼の呼吸】によって走行中なら疲れ知らずであるから、持久力も並ではない。

結果、走り始めて1時間くらいで先に俺がダウンしてしまい、途中までシオリに背負ってもらった、というわけだ。

幸い、シオリのSTRでも装備込みの俺を背負うことができたため、流鏑馬よろしくシオリの背中でモンスターを片っ端から射抜いたから、まったく役立たずというわけでもなかったが。

それよりも、ゲーム内とはいえ女の子に背負われて移動したという事実の方が、俺の精神に何気にダメージを入れていたのだが。

 

「まったく、クラルも情けないなぁ。女の子に担がれて恥ずかしくないん?」

「・・・頼むから、傷口に塩を塗りたくるようなことは言わないでくれ。あと、お前だって【白狼の呼吸】ありきだろうが」

「なはは~、それもそうやな。ま、それはそうと、貸し一やな」

「はぁ~・・・」

 

まったく悪びれる様子のないシオリに、俺は深いため息をついた。

こいつの性格は、それこそ不治の病と同じなんだろうな。

だが、ため息もすぐに引っ込め、俺は弓に矢を3本つがえる。

 

「? どったん?」

「プレイヤーが来る。数は、4人か」

 

俺の言葉に、シオリもすかさず戦闘態勢をとる。

戦闘態勢を維持しつつ待っていると、岩の向こうから4人組のプレイヤーがやってきた。

だが、見知った顔でもなければ、有名な顔でもない。

すると、向こうも俺たちに気づき、こそこそと相談してから、すぐに両手を上げて降参のポーズをとった。

 

「おっとおっと、大丈夫だ。俺たちに敵対の意志はない。勝てるとも思っていないからな」

「・・・そうか」

 

4人を代表して口を開いた片手剣使いに、俺はちらりとシオリを見てから短くうなずき、構えた弓を下ろした。

それを見て、相手も露骨にホッとして、そうだと言わんばかりに話しかけてきた。

 

「そうだ。せっかくだし、俺たちと一時的に共闘しないか?盾役くらいにはなると思うぜ」

 

片手剣使いは「どうだ?」とたずねてくる。他の3人も異論はないのか、俺たちの返答を待っている。

これに対し俺は、

 

「シオリ、やれ」

「【超加速】!」

 

シオリに襲わせることで答えを返した。

シオリはスキルでAGIを上げてから目も止まらぬ速さで近づき、片手剣使いの後ろに控えていた3人のプレイヤーをあっという間に屠った。

 

「なっ、どういうことだよ!」

 

いきなり襲われたことに片手剣使いは怒鳴るが、俺はあくまで冷静に返した。

 

「今のVRゲームっていうのは、基本的に脳波に直接作用することで、リアルな五感を再現している」

「そ、それが・・・」

「簡単に言えば、VR空間は嘘をつくのに極端に向いていないってことだ」

「っ!?」

 

VR空間では情報が直接電子情報として伝えられることによって、現実よりもより正確に五感で情報を感じ取ることができる。

例えば、音なんかも雑多に聞こえるのではなく、風の音、水の音、人の歩く音や話し声などが別々に聞き取れるというわけだ。

俺にかかれば、聞こえてくる音で索敵したり、相手が嘘をついているかどうかもすぐにわかる。

 

「共闘の提案をしたとき、お前の声は不自然に揺れていたし、他の3人もせわしない様子で、すぐに武器を持てる位置に手を伸ばしていた。大方、後ろから俺たちを襲うつもりだったんだろう。1撃でも入れられれば、ってな」

「なっ、なっ・・・」

「残念だったが、俺にその手の奇襲は通用しない。高い授業料だと思って次に活かしとけ。ま、次があればの話だがな」

 

それだけ言って、俺は即座に矢を3本つがえ、片手剣使いの眉間、喉元、胸に矢を放ち、光へと変えた。

 

「これで貸しはチャラだ」

「ちぇ~、案外早く払われてもうたなぁ。せっかく、後であんなことやこんなことを頼もうと思ったのに」

「そういうな。それに、臨時収入もあるぞ」

「ん?あ!メダル!」

 

どうやら初日にメダルを発見できた幸運なプレイヤーだったようで、プレイヤーたちが立っていたところに銀のメダルが1枚落ちていた。

 

「よっしゃ!これで4枚目や!」

「思ったよりペースがいいな。俺たちも運がいい」

 

少なくとも、お相手さんの方は運がなかった・・・いや、いらない欲をかいた、という方が正しいか。

俺としては、素直に回れ右してくれるなら見逃してやったのだが、向こうから襲おうとしたのだ。

こればっかりは、自業自得と言うべきだろう。



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第2回イベント2日目・2

他プレイヤーを返り討ちにした後、俺たちは山登りを再開した。

とはいえ、ダンジョンらしき洞窟も見つからず、時間だけが過ぎていく状態が続いており、シオリも落ち着きがなくなってきた。

 

「・・・シオリ。やけになって突っ走るような真似はやめてくれよ」

「それはわかっとる。わかっとるけど・・・何もないっちゅーのは、さすがに落ち着かんし」

「最悪、ダンジョンじゃなくてプレイヤーを狙うという手もあるが・・・まだ早いな。せめて4日目以降にならなきゃ狙えない」

「そうやなぁ・・・あと、雪が降っとるのも地味にうっとうしいんや」

 

シオリの言う通り、標高が高くなるにつれて雪が降ってくるようになり、周囲もすでに何㎝か積もっている。

 

「雪が障害物判定になるかはわからんが、【白狼の疾駆】は発動していないのか?」

「しとらん。しとらんから、地味にうっとうしいんや。ちょっと顔にかかったりするし」

「【白狼のコート】にはフードがあるからいいんじゃないか?」

「それはそうやけど、あまり深くかぶると視界が狭まるし、見た目がちょっとあれやし」

 

シオリの【白狼のコート】には狼の頭のようなフードもあり、被ることで完全にマタギのような見た目になる。

俺としては、なかなか似合っていると思うんだが、シオリはあまりお気に召さないらしい。

だが、俺はいじけ気味のシオリを見て、なんとなくいたずら心がわいた。しいて言うなら、いつも振り回される分の仕返しみたいなものか。

俺は思わずニヤリと笑い、静かにシオリの背後をとった。

そして、

 

「それっ」

「にゃうっ!?」

 

両手に雪をすくってシオリの頭に落とし、即座にフードを無理やり被せた。

完全に不意打ちだったシオリは猫みたいな悲鳴をあげ、すぐに俺から距離をとって雪をはらい、フードを深くかぶってから恨めしそうな視線を俺に向けた。

ちなみに、VR空間では雪に温度はなく、冷たく感じることもない。ただただ、雪の感触を頭で感じただけだ。

だが、条件反射で悲鳴を上げてしまったシオリは、顔を真っ赤にしながら俺を睨みつけてくる。

 

「お前だって、いつも似たようなことをしてるだろ。お互い様だ」

「むぅ~・・・」

 

俺はその様子をくつくつと笑いながら反論し、シオリもぐうの音が出ないのか、さらに頬を膨らませた。

それを見て俺は笑いをこらえ切れなくなってきて、さらにからかおうかと考えたが、さすがにこれ以上は大人気ない気がしてやめた。それに、今のシオリを見るだけでも十分おもしろい。

 

「ほら!さっさといくでっ!!」

「はいはい」

 

子供のように拗ね始めたシオリに思わず苦笑を浮かべながら、早足になったシオリの後をついて行った。

さっさと前に進もうとするシオリについていくために小走りになりながらも、道中で現れたモンスターをさくっと倒しながら進むことさらに数時間、ようやく山頂についた。

山頂には祠と転移の魔法陣があるだけだったが、何かがあるのは間違いない。

 

「はぁ、はぁ、シオリ。ちょっと休憩・・・」

「知らん。もう背負ってあげんし」

 

両手で膝に手をつきながら息を切らしながら提案したが、完全に拗ねてしまったシオリは俺の言葉にプイっとそっぽを向いて先に進もうとした。

 

「シオリ。下からプレイヤー2人だ」

「っ、ここでか!」

 

その直前、俺は2人分の足音を聞き取り、シオリに警告した。

シオリもさすがに戦闘に関しては妥協するようで、槍を構えて臨戦態勢をとった。

さて、今度は誰が相手か。友好的なプレイヤーならありがたいが、さっきのこともある。なるべく気を抜かないようにしよう。

俺とシオリは武器を構えながら、俺たちが来た方向とは違う道から来る気配に備えて待ち続ける。

そして、下から現れたのは、

 

「あっ!シオリちゃんにクラルくん!」

「なんだ、メイプルとサリーか」

 

幸い、俺たちとも特に仲がいい2人だった。

だが、

 

「サリー!覚悟!」

 

サリーが視界に入った瞬間、シオリは戦意をMAXにしてサリーに突撃しようとした。

 

「ちょい待て」

「ふきゃんっ!」

 

その直前に、俺は素早くシオリに足をかけて転ばせた。幸い、下は雪だからダメージはないようだ。

 

「クラル!1度ならず2度までも!何するんや!」

「だから、レベル差を考えろレベル差を。お前とサリーじゃ少なくとも20以上は差が開いているだろうが」

 

すでにレベルが40を超えたシオリと、20を超えたかどうかも怪しいサリー。この2人が戦ったところで、シオリが勝つのは目に見えている。せめて、サリーとシオリのレベルの差が10以下にまでは待って欲しいものだ。

そう考えていると、サリーがコツコツとシオリのもとに近づき、

 

「シオリ、クラルに出鼻をくじかれて正論で諭されて、今どんな気持ち?」

「ムキィーーーーー!!!!」

 

まさかの煽りにシオリの沸点が限界突破し、顔を真っ赤にしながら両腕をぶんぶんと俺に振り回してきた。

俺はシオリの猛攻(?)を軽く躱しながら、サリーとメイプルに話しかけた。

 

「2人もこっちに来たんだな」

「うん。最初は草原のど真ん中に飛ばされて大変だったよ~」

「メイプルのAGIだったらそうだろうな。俺たちは森の方に飛ばされたが、特に何事もない・・・いや、メダルは見つけたか」

「あっ、私たちも見つけたよ!」

「へぇ、そうなのか」

 

元気いっぱいなメイプルに、俺はなんとなく心が洗われるような感じがした。

それはシオリも同じなようで、すぐに俺への攻撃をやめてメイプルにガバっと抱きついた。

もう何度も見た光景に肩を竦めていると、また違う道から再びプレイヤーが近づいてくる気配を感じた。

 

「シオリ、さらに来たぞ」

「え?また?」

 

さすがに敵を無視できないシオリは、しぶしぶメイプルから離れて再び槍を構えた。

メイプルは「え?え?」と困惑するが、サリーもさすがの対応で、俺の言葉に疑問を覚えながらも、すぐに短剣を取り出して構えた。

そして、下の方から4人組のプレイヤーが現れた。

だが、今度は知ったプレイヤーが1人混じっていた。

第1回イベントで9位だったクロムという大盾プレイヤーだ。

さすがに、ここで相手するのは面倒か・・・

 

「あっ!クロムさん!」

「おっ?メイプルか」

 

だが、メイプルは親し気な様子でクロムに話しかけた。

向こうから戦闘の意志はないという嘘のない言葉に武器を下ろしながらも、メイプルとはどういう関係なのか聞いてみた。

どうやら、メイプルがログインしたばかりのときに装備をどこで手に入れられるか尋ねたことがあるらしく、その縁もあってフレンド登録しているとのことだった。

とりあえず、ここで戦闘にならなかったのはよかったが、1つ問題があった。

 

「んで、この祠はどうする?俺たちのうちの1つのパーティーしかゲットできないだろ?」

「「「うーん・・・」」」

 

俺の言葉に、シオリ、サリー、クロムは思わずうなり声をあげた。

ここに報酬があった場合、後に入ったパーティーはそれを獲得できない可能性の方が高い。

だが、ここで実力勝負で決めるわけにもいかないだろう。

俺たちが悩んでいると、メイプルが申し訳なさそうに口を開いた。

 

「んー・・・・・・サリー、クラルくん。クロムさん達に譲ってもいい?」

 

この提案に、俺は内心で少なからず驚いた。

だが、メイプルはクロムに世話になったわけだし、ささやかな恩返しといったところか。

 

「メイプルがいいなら、私はいいけど・・・」

「・・・俺も、特に異論はない」

「うちも、メイプルちゃんが言うなら・・・」

 

俺たちの中では一番がめついシオリも、メイプルの言うことだからと先を譲った。

だが、もちろんこのままというわけではなく、サリーが口を開く。

 

「ただし、後悔しないこと!これは約束しておいてね」

「うん、わかった!・・・じゃあ、どうぞ先に行って下さい!」

「い、いいのか?こういうのは普通早い者勝ちだと思うが・・・」

「いいんです!私たちの気が変わらないうちに行った方がいいですよ?」

 

クロムはさすがに申し訳なさそうだったが、メイプルの言葉に礼を言ってから、魔法陣に載って消えていった。

 

「よかったんだよね?」

「うん。ここで戦闘になってスキルを使ったら結局転移先で戦闘になった時にまずいし、何よりフレンドの人と戦いたくなかったし。でも、2人もよかったの?」

「俺は別に、メダルにそこまでこだわりはないし、基本的にシオリとサリーの勝負については知らんし」

「うちは、サリーは別やけど、メイプルちゃんのお願いなら聞いてもええかなって。それに、あそこで襲って恨みを買うのも嫌やし・・・」

 

とはいえ、この選択は苦渋の決断だったんだろう。「うち、不機嫌ですぅ」という内心を隠そうともしない表情に、俺は苦笑を浮かべながら、先に行ったクロムたちの乗った魔法陣を見ながらつぶやく。

 

「はてさて、この先はどうなっているのか・・・ボスがいるなら、すでに戦闘が起こっているか」

「かもしれないね」

「どうする?降りる?」

「戦闘なら向こうが負ける可能性もあるし、結果を待ってからでもええんとちゃう?」

 

シオリがそう言った直後、魔法陣が再び輝きだした。

つまり、再侵入が可能になったということだ。

 

「「「えっ!?」」」「これは・・・」

 

これにシオリとメイプルとサリーは驚きの声をあげ、俺も絶句した。

なぜなら、クロムたちが入ってからまだ1分も経っていない。ボスがいなかったにしても、これは早すぎる。

だが、ボスがいたとすれば、それは、

 

「ど、どういうこと?」

「あり得る可能性は2つ。1つは、宝箱だけ開けてさっさと先に行った、ということ。だが、それだと再侵入できる理由が証明できないし、なにより早すぎる。となれば、もう一つの可能性、超強力なボスモンスターになすすべもなくやられた可能性の方が高い」

 

戸惑うメイプルに俺が努めて冷静に推測を述べたが、むしろこの先にはそれだけやばい相手がいるということになる。

 

「とりあえず、俺たちが取れる行動は2つ。1つは、どっちかが先に入って情報を得てから、フレンドメッセージでそれをできる限り伝えて後続のパーティーが討伐する。もう1つは、俺たちで手を組んで協力してボスを倒す。だが、前者の場合は戦力とか数えきれない問題を抱えているし、後者も報酬のとりわけの問題がある。一応、俺としては手を組んだ方がいいと思うが・・・」

 

そう言って、俺はシオリとサリーの方を見る。

2人は相当悩んでいるようだったが、先に返答したのはサリーだった。

 

「私は、別々で攻略した方がいいと思う」

「ほう?」

 

俺としては、サリーは慎重な意見を言うと思ったが、まさかの回答に俺は意外に思った。

 

「その心は?」

「まず、即席のパーティーだと連携を取れる確信がない。戦闘スタイルはわかっていても、実際に合わせるのとじゃ違うだろうし。それと、中にいるモンスターがわからないなら、ある程度情報をそろえた上で攻略した方がいいと思う」

「なるほどな・・・」

 

たしかに、メイプルとは街で何度か顔を合わせたくらいだし、サリーにいたってはほとんど戦っているところをみたことがない。

それは、向こうも似たようなものだ。

だったら、万全の連携が取れるパーティーで行った方がいいか。

それなら、

 

「どっちが先に行く?」

「そうね・・・私たちから行くわ」

「理由は?」

「悔しいけど、レベルはそっちの方が上だから、私たちよりは勝てる見込みがあると思う」

 

それはつまり、自分たちは捨て駒になると、そう言っているのだ。

さすがに、その提案を受け入れるのは憚られるのだが・・・。

 

「なんや、情けないなぁ」

 

すると、ずっと俯いて口を閉じていたシオリが、煽るような口調で口を開いた。

その矛先は、サリーだ。

 

「サリー。あんた、そんな性格やったか?自分より強い相手でも勝ってみせる!って大会の時の気概はどうしたんや?」

「シオリ・・・」

「そんな弱気になっとるんやったら、うちらが先に行く。そんで、報酬もうちらがもらう。そしたら、今回の勝負、うちらの勝ちがグッと近づくってもんや」

 

出てくる言葉は完全に挑発だが、俺にはそれが違うということがわかった。

これは、シオリなりのエールだ。

たぶん、レベル差を気にしているサリーを思ってのことなんだろう。

そして、それはサリーにもなんとなく伝わったようで、先ほどまでの弱気な姿勢はどこへやら、口元に笑みを浮かべ、真っ向から返した。

 

「いいわ、わかったわよ。だったら、私たちだけで勝ってやろうじゃない!でも、私たちが勝っても文句言わないでよ?」

「上等や。やったら、さっさと準備して行ってくるんや!」

「言われなくとも!ほら、メイプル!行くわよ!」

「わわっ!?押さないでよサリー!」

 

背中をグイグイと押されて慌てるメイプルに構わず、サリーたちはそのまま魔法陣の上に乗り、ボス部屋まで転送されていった。

 

「どういう心境の変化だ?」

 

静まり返った空気を振り払うためにも、俺はいたずらっぽくシオリに問いかけた。

 

「・・・べつに。うちが勝とうと思っとるのは、あんな弱気なサリーやないってだけやし。あんな、大会で見たこともないような表情見せつけられて、腹が立っただけやし」

 

対するシオリは、口をとがらせ、ちょっと頬を赤くしながら答えた。

これは、シオリなりの照れ隠しなのだろう。

そんなシオリが微笑ましくて、俺はシオリの頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

「うぅ~、やめるんや!」

 

これにシオリはウガァーと両腕を上げて振り払い、さっさとフードをかぶって表情を隠した。

そんなシオリの様子に、俺はさらにからかってやろうかと思ったが、さすがにやめておくことにした。

それからしばらくした後、魔法陣が消えたことと、サリーからのフレンドメッセージでメダルを5枚も獲得したという内容が送られたことでシオリのやる気レベルがさらに上がり、下山途中で遭遇したモンスターやらプレイヤーを片っ端から狩っていった。

その甲斐あって、夜営地を見つけたころにはメダルがさらに3枚追加されたのは、結果オーライと言うべきだろう。




今回はちょっと長めです。
途中で切ろうにも、どこでやっても中途半端になりそうだったので。


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第2回イベント3日目・1

第2回イベントも、今日で3日目。もちろん、ゲーム内時間でだが。

交代しながらの休憩も切り上げ、さっそく探索に向かおうと思ったんだが、

 

「・・・シオリ。そろそろ機嫌を治せ」

「・・・べつに。うちはふてくされとらんよ」

 

昨日のメイプルたちがメダル5枚を手に入れたことで、自分が焚きつけてしまったこともあって大きくリードされたことが、よっぽど悔しかったらしい。

幸いと言うべきか、「あの時譲らなければ~」みたいなことは言っていないから、単純にふてくされているだけだろう。

いつもなら俺も苦笑くらい浮かべるが、休憩している間ずっとこの調子だと、さすがに鬱陶しくなってくる。

 

「ったく・・・とりあえず、今日の方針だが、ここに向かうぞ」

「これって・・・遺跡、か?」

 

俺がマップで指さしたのは、神殿のような建物がある荒野だ。

 

「もう3日目だし、何もないかもしれないが、ここからそれなりに近いし、何より他のプレイヤーも多そうだ。今日は探索しつつ、プレイヤーを襲っていくぞ」

「わかったで。そういうことなら、うちに任せとき!」

 

今回の方針に、シオリは鼻息荒くうなずいた。

実際、遺跡という閉ざされた場所だと、俺の【竜ノ息吹】と相性が悪いが、シオリならAGIを生かして敵を翻弄できる。

それに、俺も【魔弾の射手】の上方修正によって近接戦闘もこなせるようになった。あまり手の内をさらけ出したくないが、必要なら近接戦闘も視野に入れていいだろう。【魔弾の射手】を使わなくとも、右手に装備しているサブの短剣で十分だろうし、遮蔽物が多いなら奇襲もできる。

そういう意味では、この遺跡はかっこうの狩場だ。

 

「でも、昨日は『せめて4日目』って言うとらんかったか?」

「予定が変わった。別に俺は勝負に関わるつもりはないが、メイプルたちが300枚のうち5枚を手に入れたっていうのはかなりでかい。さっさとしないと、メダル集めがさらに難しくなるからな。メダルを集める手段は多ければ多いほどいい」

「なるほどな」

「それじゃ、目標はこの遺跡だ。さっさと向かうぞ」

「了解や!」

 

幾分か機嫌がよくなったようで、軽い足取りで走り出した。

 

 

 

 

ただ、ここで俺を置いていくのは勘弁してほしかった。

目的地がわかっていただけよかったものの、シオリの姿が見えなくなってから限界を超える勢いで走っても尚、シオリに追いつくことはできなかった。

割とマジで、シオリが本当にこのゲームで最速になりつつあると実感しながら、恥も外聞も殴り捨ててどうせなら背負ってもらいたかったと本気で思った。

 

 

* * * * *

 

 

「ぜぇ・・・はぁ・・・」

「く、クラル?大丈夫か?」

「ダメに・・・決まってる、ゴホッ、だろうが・・・」

 

走り続けること2時間、俺はようやく目的地の遺跡にたどり着いたが、すでに俺の体力は限りなく0になっていた。

俺は危機意識とかそういうのを丸投げにして、もう30分くらい地面に大の字になって寝っ転がって息を整えつつ体力の回復に努めていた。

 

「にしても、クラルってそんなに体力ないわけやないやろ?なんでそんなに疲れとるん?」

「全力疾走を1,2時間も続ければ、普通は誰だって力尽きるだろ・・・」

 

たしかに俺は、戦争系シューティングゲームで1時間くらいいぶっ通しで戦場を駆け回ったことはあるが、あくまでペースを考えた上だし、ちょいちょい立ち止まったりもしたから長く走ることができただけだ。

シオリみたいに、全力疾走をいつまでも続けられるわけではない。

 

「そ、それなら別に、歩いて向かっても・・・」

「歩いたら探索の時間が余計に削れるし、第一、お前を長時間1人にできるかよ・・・何をするかわからないってのに・・・」

 

俺の全力疾走で2時間、シオリは1時間で到着したというなら、歩きだと果たしてどれだけ時間がかかることか。

もっと言えば、トラブルメイカーであるシオリを1人にしたら、いったいどんな惨状が生まれるか。考えたくもない。

シオリも自覚があるのか、「うっ・・・」と口ごもって露骨に視線を逸らした。

だが、30分寝転がっただけあって、体力も十分回復して息も整ってきた。

 

「さて、どこかのバカのせいで無駄に浪費した体力も戻ってきたし、遺跡攻略といくか」

「は、はい、わかりました・・・」

 

余計なことをしてしまった自覚があるようで、珍しくシオリが敬語になりながらも後をついてきた。

遺跡に入るその直前、背後から足音が聞こえた。

咄嗟にバッと弓を構えて振り返ると、

 

「おっと、別に手を出したりしないよ」

「・・・右に同じく」

「おいおい。そんなにやばい奴らなのか?」

「いや、実際にやばいでしょ?クラールハイトは不意打ちとはいえ、ペインを完封したわけなんだし、シオリもドレッドに勝ったんでしょ?」

 

見知った顔が2つに、知らない顔がさらに2つ追加されていた。

 

「ペインとドレッドか・・・他の2人は、たしか第1回イベント5位のドラグと・・・」

「あ~、私は初対面か。私はフレデリカ、よろしくね~」

 

ペインとドレッドとともにいたのは、大柄な体格に大斧を担いだプレイヤーのドラグと、小柄の女性の魔法使いであるフレデリカというらしいプレイヤーだった。

まさか、昨日に続いて知った顔のパーティーと鉢合わせるとは。

内心複雑になりながら、ふとシオリの方を見てみると、何やら顎に手を当てて考え込み、

 

「う~ん・・・フレデリカちゃんは、ちょっとうちの好みと違うなぁ。なんか、腹黒そう感じがするし」

「誰が腹黒いだとう!」

 

初対面の相手に割と失礼なことをのたまわった。

ていうか、正面から初対面の相手の女性に向かって「腹黒そう」とは、いささかどうなのだろうか。

シオリに腹黒そうと評価されたフレデリカは、顔を真っ赤にしながら講義するが、パーティーメンバーが訂正しようとしない時点でお察しということだろう。

ギャーギャー騒ぐ女性2人は置いておいて、男は男同士で話すことにした。

 

「それにしても、まさかまた知った顔と会うとはな・・・」

「また?」

「あぁ、昨日はメイプルたちと会ったんだ」

「へぇ。戦わなかったのかい?」

「シオリがメイプルを気に入っているからな。メイプルのフレンドの子とは犬猿の仲だが、なんか今回のイベントで勝手に勝負で盛り上がっているし」

「勝負っていうと、メダルの数とか装備の良さで競う感じか?」

「そうだ。だから、装備が落ちていそうで、なおかつ他のプレイヤーを狙えそうなここに来たんだが・・・」

 

そう言ってちらりとシオリとフレデリカの方を見ると、フレデリカは杖をブンブンと振り回しており、シオリはそれを軽く避けていた。

 

「・・・どうする?」

「しばらく放っておけばいいんじゃないか?」

「触らぬ神に祟りなし、とも言うしな」

「女の感性は、よくわかんねぇしな」

 

結局、フレデリカがスタミナ切れになるまで、俺たちは俺たちで雑談を交わしながら時間をつぶした。



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第2回イベント3日目・2

シオリとフレデリカが戯れた後、先をペインたちに譲ってから俺たちも中に入った。

 

「それにしても、好みじゃないってわりには、ずいぶんと長い間じゃれ合っていたな」

「う~ん、見た目はたしかに好みやないんやけど、なんやろ、からかい甲斐があるっちゅーか、いじる分には楽しいちゅーか、そんな感じ?」

「つまり、体のいいオモチャってことか」

「そう、それや!」

 

どうやら、フレデリカはめんどくさい女に目を付けられてしまったようだ。

内心でフレデリカに黙とうをささげから、さっさとダンジョンに意識を戻した。

遺跡の中は石のレンガで作られており、年月を感じさせる。

なにより、

 

「っと、シオリ。そこにトラップがあるぞ。踏むと作動するタイプだ」

「おっとっと、危ないなぁ」

 

遺跡の中は、かなりトラップが多い。

今のところ、俺が全部見抜いて避けているが、この30分ですでに10以上もトラップを発見した。これは、運営はまともに攻略させる気がないな?

まぁ、そんな意地の悪い運営の企みも、俺の前には濡れた紙に等しい障害でしかなかったが。

だが、ここでちょっと予定外の事態が起こってしまった。

 

「・・・プレイヤー、いないな」

「・・・そうやなぁ」

 

当初の目的であった、メダルを持っている可能性のある他プレイヤーが存在しないのだ。

先ほど会ったペインたちはもちろん、他のプレイヤーの足音さえ聞こえない。

もっと言えば、モンスターすら出くわさない。こういうところなら、ゴーレムっぽい奴とか出てきてもおかしくないと思うんだがなぁ。

 

「ずっとこの調子ってのも、あまりよくないなぁ」

「でも、今は前に進むしかないやろ?」

 

シオリの言う通り、何もない以上、俺たちは前に進むことしかできない。

とはいえ、そろそろ進展が欲しいところだが・・・。

・・・ふむ。それなら、発想の逆転と行こうか。

 

「シオリ。俺を背負って走ってくれないか?」

「は?さっきのこと、まだ根に持ってるん?」

「そういうことじゃない。いっそのこと、トラップを無視して爆走しつつ、マップを埋めながらプレイヤーを探そう。シオリのAGIなら、トラップが作動しても駆け抜けられるだろう?」

「そか、その手があったか!」

 

俺の提案に、シオリがポンッと手を叩く。

この調子でトラップを気にしながら進むと、すべてを攻略するのにどれだけかかるかもわからない。それなら、いっそ作動したトラップを避けながら進んだ方が時間的にはよっぽど有意義だ。

俺の提案に賛同したシオリは、思い立ったが吉日と言わんばかりにさっさと俺を背中に背負い、

 

「それじゃ、いくで!」

 

掛け声とともに、スタートダッシュを決めて走り始めた。

するとさっそく、ガコンッという音と共に床の一部がへこみ、横から数本の槍が飛び出してくるが、

 

「甘いで!」

 

さらに加速したシオリに当たるはずもなく、槍は空を切ってそのまま壁の中に戻っていった。

それからも、圧力式のトラップによる針や槍の嵐に巨大な丸鋸が飛び出したり、ワイヤートラップによる爆発や毒ガスなど殺意高めのトラップが容赦なく俺たちに襲い掛かってくるが、シオリはそのすべてを圧倒的なスピードで置き去りにした。そのおかげでマップも順調に埋まり、道中で宝箱もいくつか見つけた。宝箱は空が多かったが、装備を2つ手に入れることができた。

 

【錆びた長剣】

【錆びた槍】

 

この2つの装備は今はまだ攻撃力もほとんどなく耐久値も低いゴミ装備だが、大量の素材を材料にして研磨することで真の力を発揮するということだった。

収穫も得ながら、かれこれ数時間。

残念ながら、メダルを手に入れることは叶わなかったが、代わりにまだ攻略されていないらしいボス部屋を発見することができた。

 

「はぁ・・・」

「なんや。走っとらんのに息を吐いたりして」

「いや、あまりに殺意の高いトラップに、思わずため息を吐きたくなっただけだ。道理で、他のプレイヤーを見かけないわけだ・・・」

 

他にプレイヤーを見かけなかったのは、偶然鉢合わせなかったわけではなく、単純に全員トラップにやられたということだろう。

だが、俺たちは問題なく攻略できたし、おそらくは・・・

 

「おっ、また会ったな」

 

声をかけられて振り向くと、俺の予想通り、ぴんぴんしているペインのパーティーと会った。

声をかけてきたのはドラグだが、他のメンバーもやっぱりなと言わんばかりに頷いている。

 

「ここに向かう途中、何回も爆発音とか聞こえたから、もしかしたらと思ったが・・・本当に、どういうプレイをすれば無傷で突破できるんだい?」

「うちはNWOの誰よりも速いからな!」

 

ペインの疑問には、シオリが胸を張って答えた。

シオリのスピードを実際に体感したドレッドは、改めてその規格外さにむしろ引いていた。

さて、ここで会っても即戦闘というわけではないが、1つ問題がある。

 

「んで?どっちが先に攻略する?」

「今回は、君たちに譲るよ」

 

俺の質問に、ペインが迷いなく答えた。

 

「いいのか?」

「こういうのは、先に見つけた者勝ちだろう?それに、力づくで先に攻略するには、相手が悪いからね」

「正直でけっこう」

 

どこまでも慎重なプレイスタイルのペインに、俺は賞賛しながら感心した。

やっぱ、こういう正統派な実力者プレイヤーを見ると、メイプルやシオリみたいな常識の埒外のプレイスタイルの衝撃を幾分か和らげることができる。

 

「そういうわけだから、先にどうぞ」

「んじゃ、お言葉に甘えて。だから、シオリ。さっさと行くぞ」

「はいは~い。わかったで~」

 

いつの間にかフレデリカと乳繰り合いを始めていたシオリを呼び戻し、俺とシオリはボス部屋の中へと足を踏み入れた。



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第2回イベント3日目・3

俺たちが部屋の中に入ると、扉はゴゴゴッと音を立てながら閉じた。やはり、ボスが出てくる流れで合っているだろう。

 

「なぁ、クラル。どんなボスが出てくると思うん?」

「さぁな。今までモンスターが全く出てこなかったからわからんが、こういう遺跡っぽいダンジョンのボスはゴーレムが妥当じゃないか?」

「あ~、たしかになぁ。こう、でっかい奴が出てくるパターンやな」

 

先へと進みながら、俺とシオリは他愛ない会話を交わしていた。

少し歩くと、いかにもボスが出てきますと言っているような巨大な広場が現れた。障害物はなく、直径は100m以上はありそうだ。

 

「オオォォォ!!」

 

そして、広場の中央に魔法陣が出現し、そこから巨大な石レンガで構成されたゴーレムが出現し、どこから声を出しているのか咆哮を放った。

だが、

 

「・・・あ~、そういうパターンね」

「・・・いや、でかすぎひん?」

 

シオリの言う通り、俺たちの想像を絶する大きさだった。

現れたゴーレムは上半身しか出現していないが、それでも高さは軽く見積もっても50mはあるし、両腕を広げたら広場の端から端まで到達しそうだ。

実際、衝撃も含めたらこの広場の全域がこいつの攻撃範囲になるだろう。

あまりのスケールに、俺とシオリも呆然とするが、すぐに立ち直って散開した。

 

「とりあえず、シオリは遠慮なく攻撃してくれ!俺も弱点を探す!」

「了解や!」

 

返事をしたシオリは、さらに加速してゴーレムの腕や肩に乗り、槍を振るってゴーレムを攻撃し始めた。

この調子なら、問題なくいけると思ったのだが、

 

「なっ、硬すぎひん!?」

 

シオリの攻撃でダメージを入れることはできているものの、その削りは微々たるもので決定打には程遠い。

さらに、

 

「って、危なっ!」

 

ゴーレムの動きも見た目より断然速く、攻撃に集中していたとはいえシオリをあと少しのところで掴みそうだった。

これは、思ったより苦戦しそうだ。

 

「さて、どこから狙おうか」

 

冷静に状況を分析しながら、俺は矢をつがえて狙いを見定める。

まず最初に、たいていのゴーレムの弱点だろう目玉に放つが、シャッターのような防壁が瞼のように目玉を守ることではじかれてしまった。

次に、腕の関節を狙って射抜くが、こちらも大したダメージにはならなかった。

だが、腕の岩石がそれなりに崩れ落ち、その部分が再生されないことに気づいた。

よく見れば、シオリが削ったところもはっきりしており、最初と比べて若干細くなっているように見えた。

なるほど。攻略法が見えたぞ。

 

「シオリ!おそらく岩石で覆われている中身が弱点だ!岩石の鎧は攻撃ではがせる!」

「なるほど、そういうことか!」

 

シオリも俺の言葉に頷き、さらに加速しようと槍を構えなおした。

だが、それに俺が待ったを入れる。

 

「ちょっと待ってくれ!外装は俺がはがす!」

「え?クラルにできるん?」

「まぁ、見ていろって」

 

そう言って、俺は矢を持たずに弓を引き絞った。

 

「【エクスプロージョン】、【拡散】!」

 

俺が魔法を唱えると、火でできた矢が形成されたが、【ファイアーボール】と違って周囲がバチバチとはじけている。

そして、俺が矢を放つと、放たれた矢は100に分裂し、ゴーレムに着弾すると同時に次々と爆発していった。

 

「・・・クラル。いつの間に、そんなやばい攻撃を身に付けたん?」

 

俺の近くでステップを刻みながら速度を落とさないようにしているシオリが、若干引いたような声で尋ねてきた。

 

「【エクスプロージョン】は普通に【ファイアーボール】を使い続けたら習得して、【拡散】は第2層の弓使い限定の激難クエストをクリアして手に入れた。まぁ、俺も2つを合わせて使うのは初めてだったんだが・・・」

 

最初は対多数攻撃を手に入れたと嬉しかったが、【魔弾の射手】によるえげつない魔法の爆撃まで可能になってしまった。

実際に、土煙が晴れるとゴーレムのHPは半分ほど消し飛んでおり、石レンガの外装はすべて崩れ落ちていた。

中から、全長10mほどの黒いゴーレムが出現し、体に紋様を走らせたと思うと背中から丸鋸などの武器を出現させ、動作で怒りをあらわにしている。

 

「んじゃ、ここからはシオリに頼んだぞ。【拡散】は1度使ったら1時間使えない」

「わかったで。あっちゅうまに終わらせたる!」

 

そう言って、シオリはステップしながらさらに速度を稼いでいたようで、先ほどよりもさらに速い。

 

「【超加速】!」

 

さらに、ダメ押しで【超加速】を使用し、シオリのAGIがさらに上昇した。黒いゴーレムは必死にシオリを攻撃しようとするがすべて空振り、逆にシオリの攻撃はさっきよりも高いダメージがでて、あっという間に黒いゴーレムのHPを削っていく。

気付けば、黒いゴーレムのHPは1分足らずで残り1割ほどになり、

 

「これで終わりや!」

 

その1割も、シオリの身体を回転させながらの連続薙ぎ払いで消し飛んだ。

HPが0になった黒いゴーレムは石くれとなって崩れ落ち、いくつかの素材と宝箱が現れた。

 

「うし、こんなもんやったな」

「あぁ。見た限り、このゴーレムの素材もけっこうよさそうだ」

 

これを使って、俺の【魔弾の射手】用の武器も作ってもらおうか。

そして、宝箱の中身を確認すると、メダルが3枚と小さな宝石がはまっている指輪が2つ入っていた。

 

「なんやろ、これ?【古代の護石】?」

「なになに・・・【スキルエンチャント】?」

 

内容を見てみると、スキルの効果を増加させる効果があるらしく、ステータスアップの上昇量やダメージが1.5倍になるとのことだった。

これは、かなり強いぞ。特にシオリは、さらに速くなるってことだし、俺も【拡散】で増やせる上限が増えるかもしれない。

 

「よっしゃ!これでメダルももっと集めればサリーに勝てるで!」

「そう簡単にいくといいけどな」

 

俺たちのメダルは、今手に入れたのも合わせて10枚。メイプルたちは、最低でも昨日の祠で5枚ゲットしたって話だから、メダルの枚数が同等だと考えるのは早計だと思うが・・・。

 

「それじゃ、今日のところはさっさと出て、休憩場所を探すとするか」

「わかったで」

 

俺たちは魔法陣の上に乗り、遺跡の中から脱出した。

この後、偶然近くにあった小さめの洞窟で一晩を過ごした。



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第2回イベント4日目・1

第2回イベントも今日で4日目、折り返しだ。

 

「それじゃあ、クラル。今日の予定を!」

「はいはい」

 

もう恒例となった朝の予定発表に、俺は慣れたテンポで今日の予定をつたえる。

 

「今日1日は、ゆっくり移動に費やす」

「え?移動だけなん?」

「厳密には、ゆっくりプレイヤーを探しながら目的地に向かう、ってところだな。昨日の時点で、プレイヤーからメダルを奪えなかったし」

 

メダルをゲットできたとはいえ、それはあくまでダンジョンの攻略報酬だけであり、当初の予定だったプレイヤーからの奪取は相手が悪くてできなかった。

今日こそは、プレイヤーからせめて2,3枚は奪いたいところだ。

 

「なるほどなぁ。それで、目的地はどこなんや?」

「ここの浜辺、ってより海の方だ。明日はここをじっくり探索する。今日のところは、ここの森とか川沿いをうろうろしながら進んで、プレイヤーは見つけ次第、積極的に狩る」

「おぉ!そういうの、たぎってくるで!」

 

昨日おあずけをくらったからか、いつになくシオリがやる気を出している。

だが、

 

「・・・悪いが、シオリ。多分、シオリの出番はそこまで多くない」

「え?なんでや!?」

「言っただろ、積極的に狩るって。俺も全力で索敵して、遠慮なく遠距離狙撃をしてくからな。ぶっちゃけ、近づく前にだいたい終わると思うぞ」

「おうまいがっ」

 

俺のぶっちゃけに、シオリが盛大に崩れ落ちた。

そんなに楽しみにしてたのかよ。

 

「・・・まぁ、近づいてきた分はシオリに頼むから。そんなに落ち込むな」

「・・・そんなの、絶対にないやろ。クラルの索敵、全方位対応しとるし、バカみたいに範囲広いし」

 

俺の精一杯の慰めも、肝心のシオリに否定されてしまった。これには、俺も何も言えなくなる。

シオリのこの言葉には、ちゃんとした理由がある。

シオリがVR空間でゾーンに入れるように、俺にも他にはないVR空間限定の特殊な能力、というより体質がある。

それが“超感覚”。VR空間における五感が、他の人よりも鋭敏になる体質だ。

この体質による影響は、個人差はあるものの、最低でも常人の10倍は鋭くなるとのことだった。

もちろん、必ずしも五感全部が鋭敏になるわけではなく、どれか1つの感覚だけが鋭くなることもある。

俺の場合、“聴覚”が鋭敏になっており、病院で行った計測では50m先のコインが落ちた音もはっきりと聞きとることができた。

だが、この“超感覚”はいいことばかりというわけではなく、むしろ病院で検査されるレベルの病気と言ってもいいものだ。

人によっては、触覚が鋭くなった影響で痛覚も通常よりも痛く感じてしまい、VRゲームを禁止することになる例もあるくらいだ。

俺の超感覚による聴覚、しいて言うなら“超聴覚”と呼ぶが、下手をすれば“聴覚過敏症”と同じ症状が現れるものであり、VRゲーム禁止の一歩手前までいったこともあるが、その時の担当医が治療法としてVR空間での様々な訓練を勧め、それによって聴覚過敏症のような症状になることなく克服できたのだ。

それ以降、俺の超聴覚は最大の武器になり、これのおかげでシオリとも対等に渡り合えるくらいの実力を身に付けたのだ。

ちなみに、今では目を閉じても自分で音を出せば、ソナーみたいにそれなりに地形把握できるくらいにまで発達している。自分でも、俺はいったいどこに向かっているんだろうと思う。

 

「それじゃあ、行くぞ。ほら、シオリも立て」

「はぁい・・・」

 

あからさまにテンションが落ちたシオリに思わずため息を吐きながら、俺たちは森の中へと足を踏み入れた。

 

 

* * * * *

 

 

「・・・思ったよりいないな」

「・・・そうやなぁ」

 

森の中に入ってから2時間ほど。俺たちはあまりない収穫に肩を落としていた。

別に、昨日みたくプレイヤーを全く見かけないというわけではない。むしろ、それなりにエンカウントしている。

「いない」というのは、メダルを持っているプレイヤーの話だ。

この2時間で遭遇したパーティーは中規模のギルドだろう団体も含めてちょうど10、倒したプレイヤーは100人を超えているが、それでも奪ったメダルはたった今ゲットした1枚だけだ。

俺たちが倒したパーティーが少なかったのか、単純にメダルを持っているプレイヤーがかなり限られているのかはわからないが、思った以上に旨味が少ない。

 

「う~ん。もしかして、プレイヤーを狙うのって、実は非効率的だったりするんかな?」

「いや、そんなことはないと思うが・・・まぁ、そもそもメダルが300枚しかないしな。プレイヤーの数に対して、決してメダルが多いとは言えない。スキルを取得できるのも、最大で30人ぼっちだしな。もちろん、メダルを入手できる機会が今回だけってことはないだろうが・・・」

 

とはいえ、おそらく数千のプレイヤーがいるだろうフィールドの中で、メダルが300枚というのはけっこう少ない。

そう考えると、メダルを10枚集めることができたというプレイヤーは、かなり幸運だと考えられる。

それなら、もう少し作戦を練り直してみるか・・・いや、今の時点で急遽変更しても効果は薄いだろうし・・・。

 

「クラル、ちょっとええか」

「ん?どうした?」

 

思案にふけっているとシオリから声をかけられ、そこで俺も気が付いた。

森の中をけっこう進んだが、だんだん霧が現れ始めている。

まだ視界を遮られるほどではないが、ただの霧だと考えるのは早計だろう。

 

「・・・どうする?」

「・・・なにかしらのイベントの可能性もある。霧が出ている場所に向かうぞ」

 

シオリも俺の提案に頷き、霧が濃くなっている方向に向かって歩みを進めた。

数十分歩くと、霧の発生源らしき洞窟を発見した。というより、どう見ても洞窟から霧があふれている。

 

「あの洞窟の中か・・・入るか?」

「当然やろ。ワンチャン、メダルゲットや」

 

俺の問い掛けにシオリも頷き、それぞれ武器を構えて洞窟の中へと突入した。

思った通り、洞窟の中は濃霧で満たされており、1m先はおろか、隣のシオリすら視認するのが難しい状態だ。

 

「シオリ、いるか?」

「大丈夫や!」

 

時折声をかけ合いながら確認しているが、この霧の中でモンスターに襲われたらひとたまりもないため、索敵に集中するために言葉数も少ない。

だが、何事もなく奥まで進み、霧のない広大な空間に出た。

昨日の遺跡のボス部屋ほどではないが、何かしらでてくるのは確実だ。

 

「ボス戦か・・・シオリ、気を付け・・・」

 

来るだろうボスに備えて俺は弓矢を構えようとするが、シオリが黙ったままなのに違和感を感じた。

その刹那、()()()()()()()()()槍を突き出す風切り音が聞こえた。

 

「っ!?」

 

間一髪、首をひねることでなんとか躱し、すぐにシオリの姿をした何かに相対した。

 

「クスクス、避けたね」

「・・・なるほど、そういうことかぁ」

 

要するに、ドッペルゲンガーと戦うダンジョンということだろう。

ということは、今頃シオリも俺の偽物と戦っているってことか。

それに、先ほどの突き。止まった状態から突き出したにしては速い。

つまり、目の前の偽シオリは、ステータス上ではシオリよりも速い、ということだ。

この事実に俺は、口元に獰猛な笑みを浮かべた。

 

「・・・いいねぇ。面白くなってきたじゃねぇか」

 

こういうイベントを用意してくれるとは、運営も粋なことをする。

運営からすれば鬼畜イベントのつもりかもしれないが、せいぜい楽しませてもらおう。




クラルの設定を追加、というか索敵の裏付けを書いてみました。
それと余談ですが、現実にフルダイブのVRゲームが出た場合、こういう障害って実際にでるんですかね?
SAOプログレッシブにはそういうのがあったので、こっちでも取り入れてみていますが。


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第2回イベント4日目・2

「さて、実戦でこれをやるのは初めてだな・・・スチールブレード」

 

偽シオリと対峙し、俺は【漆黒の弓】を消し、代わりに【魔弾の射手】によって片手直剣を右手に出現させ、もともと装備している短剣を左手に出現させた。

【魔弾の射手】の上方修正によって可能になった二刀流。誰もいない訓練場で試したことはあるが、実戦はこれが初めてだ。

 

「きゃははっ!!」

 

偽シオリは、俺が片手直剣を取り出したのを見計らったかのように、いきなり突撃してきた。

本物のシオリより速い踏み込みを、俺は片手直剣の先端で軽くいなし、逸らした。

攻撃を外した偽シオリは、そのまま広場の中を駆け回り始め、【速度中毒】によってAGIを上昇させていく。しかも、何かしらの強化があるのか、最高速に到達するのも断然早い。もうすでに、 偽シオリの動きを目で追えなくなってしまった。

 

「なるほどなぁ。ステータスだけじゃなくて、スキルもいくつか強化されてるのか」

 

だが、俺は偽シオリの方を見ずに、ふらふらと体を動かし、時には両手の武器でシオリの猛攻を捌き続ける。

たしかに偽シオリの動きは速いが、俺の“超聴覚”によって攻撃してくる方向くらいはすぐにわかる。

俺の“超聴覚”は、足音だけでなく風や空気の揺らぎなんかも敏感に感じ取るから、俺に奇襲はまったく通用しない。俺を真正面から攻略するには、それこそ音よりも速く動く必要があるのだ。

まぁ、それを言ったら、戦争系シューティングゲームではスナイパーライフルにちょくちょく撃ち殺されたわけだが。音より速い攻撃の1つなわけだし。

だが、少なくともNWOには音より速い攻撃はほとんどない。もしかしたらレーザーのような魔法もあるかもしれないが、魔法なら詠唱でバレバレだから問題ない。

だが、俺が偽シオリの攻撃を捌いているのは、それだけが理由ではない。

いくらシオリを超えたスペックを持っていようと、所詮、相手はAI。本物のシオリに比べれば攻撃パターンが単調だし、回避行動を調整すれば【大樹の怒り】を封殺できる。

とはいえ、偽シオリが俺より速いのは事実であり、なかなか攻撃の機会を掴めない。

と、思っていたが、

 

「【超加速】!」

 

いくら攻撃しても当たらないことにいら立ったのか、偽シオリはスキルでさらに加速した。

このタイミングを狙っていた俺は、後ろから襲い掛かってくる偽シオリを察知し、偽シオリの槍をすれ違いざまに避けながら、流れるように回転しながら両手の武器を二閃させ、シオリの首を斬り飛ばした。

自分から突っ込んだ勢いと、もともとのHPが低かったというのもあって、それだけで偽シオリは光となって消えた。

 

「これは・・・シオリ相手にはあまり使えない戦法だな」

 

今の戦法が通用したのは、今の攻防がAIに設定された反応速度を超えた領域だったからだ。だから、ただでさえ速いのに【超加速】でさらに加速した偽シオリは、俺の攻撃に対応できず、あっさり倒されたのだ。

だが、本物のシオリなら、ゾーンによって今の速度領域でも対応できるだろう。そして、俺のカウンターが届く前にシオリの【大樹の怒り】によって迎撃されるのは、すぐに想像できた。

もっと戦い方を考えないとなぁ、なんて考えながら偽シオリが倒れた場所に行くと、メダルが1枚落ちていた。奥には、転移の魔法陣も光っている。

 

「さて、シオリは問題なく突破しているだろうな」

 

俺はメダルを拾い上げ、そんなことを呟きながら魔法陣の上に乗った。

 

 

* * * * *

 

 

「はっはっは!ほらほら、どうした!」

「あー、もう!うざったいなぁ!!」

 

洞窟の中で濃霧を抜けきったと思ったら、後ろからいきなり殺気を感じて、しゃがんだら頭上を矢が通り抜けた。まさかと思うたら、やっぱりクラルが弓を構えていて、うちに狙いを定めていた。

この時点で、「あっ、偽物さんと戦えってことやな!」って理解して、さっそく広場の中を走り始めたんやけど、なかなか近づけないでいた。

本人よりのそれなりに強化されとるんか、クラルが覚えていないはずの魔法をバンバン使うし、どう再現しとるのか索敵能力もバカみたいにあるしで、うかつに近づけん。

せやけど、うちがこの偽クラルに勝つには、やっぱり近づくしなないわけで。

多分やけど、あのクラルは接近戦を嫌っとる。うちが近づく前に迎撃しようとしとるのが、その証拠や。本人なら、むしろ近づいてきたうちの足音を聞き取って迎え撃つやろうし。

そこまで考えて、うちはちょうどええ作戦を思いついた。

 

「【超加速】!」

 

うちは温存しとった【超加速】を発動して、一気に加速して偽クラルに近づいた。

すると、偽クラルはわかっとったかのように、うちの方を振り向いて弓を構えた。

ここが勝機!

 

「こうやっ!」

 

うちは【大樹の牙】の石突を思い切り地面に突き立てて、無理やり方向転換した。

偽クラルは、いきなりうちの姿が消えたことに困惑して、左右をキョロキョロとし始めた。

そこを、うちは真後ろから思い切り薙ぎ払って、さらに心臓を一突きして偽クラルのHPを消し飛ばした。

偽クラルは光になって消えて、メダルを1枚落とした。

 

「ふぅ、上手くいってよかったわぁ」

 

今回の戦い、偽クラルが本物みたいに耳がいいわけやなかったおかげで、なんなく後ろをとれた。

もしこれが本物のクラル相手やったら、まず間違いなく反撃くらっとったやろなぁ。

 

「まぁ、本物のクラルを倒す算段はまたの機会に考えるとして、さっさと合流しよか!」

 

うちはメダルを拾い上げて、さっさと魔法陣の上に乗った。



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第2回イベント4日目・3

俺が外に転移されるのと、シオリと合流したのは同時だった。

ほぼ同じタイミングで俺の隣に魔法陣が現れ、そこからシオリが現れた。

 

「・・・念のため聞くが、本物のシオリだよな?」

「当たり前やろ?そういうクラルこそ、本物で合っとるな?」

「当然だ。なんなら、俺たちしか知らないようなことで確認し合うか?」

「・・・いや、その必要はあらへん。その意地の悪い提案するとこ、まんまクラルや」

「そういうお前も、しゃべり方のイントネーションで本物だとわかる」

 

どうやら、お互い無事に突破できたようだ。

 

「そっちは、どんな感じだったんだ?」

「そうやなぁ、すごい先読みしてきたけど、耳がえぇわけやなかったから、簡単に裏取って2撃で仕留めたわ」

「俺も似たようなもんだな。速いだけだったから、簡単にカウンターとれて2撃で仕留めれた。まさかここにきて、被弾しない前提でHPやVIT にポイントを振らなかったことが役に立つとは思わなかったな」

「せやなぁ。もしメイプルちゃん相手やったら、こうはいかなかったもんなぁ」

 

ただでさえ硬いメイプルがさらに強化されているとか、たとえAIが賢くなくて、防御貫通スキルがあるとしても、こうも早く終わらせることはできなかっただろう。

【空蝉】だって、あると分かっていれば2撃当てて終わらせるだけだし。

逆に言えば、ペインにはそのことを知られている可能性が高いということでもあるが。

 

「とりあえず、現在位置を確認しておこう。おそらく、さっきの洞窟付近だとは思うが・・・」

 

そう言いながら、俺はマップを開いて、覗き込んできたシオリと一緒に確認した。

予想通り、現在位置は洞窟からほど近い位置で、僅かだが海にも近づいている。

結果的に、メダルをゲットできたことも含めて収支は大幅にプラスだと考えていいだろう。

 

「・・・それで、クラル」

「言われなくてもわかっている」

 

マップを覗き込むふりをしているシオリが、ぼそっと呟き、俺もシオリの言いたいことを察して簡単に返す。

俺たちの背後に、プレイヤーが潜んでいる気配がするのだ。俺たちが転移した瞬間、草むらから葉がこすれるような音が聞こえたから間違いない。

偶然潜んでいるところに俺たちが現れたのか、それともここを狩場にしていたのかはわからないが、少なくとも俺たちを狙っているのはたしかだ。

向こうはばれていないと思っているのかもしれないが、俺は超聴覚で、シオリは【白狼の呼吸】でバレバレだ。

ここは、向こうから仕掛けてくるのを待って、襲い掛かってきたところを返り討ちにしよう。

言葉を交わさずとも、腐れ縁による以心伝心ですぐに何を考えているのか理解できる。

内心でどう迎撃してやろうかと考えながら、表面上はどうやって進むか議論している風を装う。

・・・だが、

 

「・・・クラル。まだ襲ってこぉへんのかなぁ?」

「・・・もう数分は経っているぞ。そろそろ来てもおかしくはないんだが・・・」

 

演技を始めて数分が過ぎても、襲い掛かってくる気配がまるでなかった。

まさか、俺たちのことに気づいて襲撃するのをやめたのかと思って、試しに移動したところ、ぴったりと俺たちについてきた。

やはり、俺たちを狙っているのは間違いない。

間違いないのだが、どうして襲ってこないのか。

まさか、どこかの偵察部隊か?

ギルドシステムはまだ実装されていないが、それに近い集団はいくつか存在しており、早いところでは大規模な集団もできている。

そのどれかが、俺とシオリを探るために尾行しているのか?

だが、それにしては1人だけというのもおかしいし、何より近すぎる。

安全に俺たちを探るなら、アイテムなりスキルなりで、なるべく遠くから複数人で観察した方がいいに決まっている。

とはいえ、相手も手練れなのは間違いない。俺に筒抜けとはいえ、後ろからついてくる時の音は一般プレイヤーなら確実に聞き逃すほど小さい。あるいは、風で揺れていると勘違いしそうなくらいだ。

俺も、僅かな息遣いが聞こえなかったら無視していたかもしれない。

このまま全速力で走って撒くのも手だが、シオリはともかく俺が追い付かれる可能性も否定できない。

さて、どうしたものかと思案していると、

 

「あっ、【凪】!」

 

僅かに聞こえた声を最後に、聞こえていた足音が消えた。

 

「シオリ!」

「合点!」

 

即座にシオリに合図を送り、シオリも俺の意図を察して最後に気配を感じていた位置に疾駆した。

 

「うわぁ!?」

 

いきなり攻撃されたことに驚いたのか、尾行していたプレイヤーは間抜けな声を上げながら転がりこんできた。ついさっきまで頭があった位置を槍が通り抜けたら、驚くのも当然だろうが。

だが、転がり込んだ先にいたのは、弓に矢をつがえていつでも放てる用意が整った俺だ。

プレイヤーも影が覆いかぶさっているのに気づいて、おそるおそる上を見上げた。

そんな、見るも哀れな襲撃者の正体は、

 

「ごっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・!」

「・・・くノ一?」

 

忍者装束に身を包んだ、茶髪の小柄な少女だった。

たぶん、メイプルよりも小さい。

 

「あっ、女の子やったん!?ごめんなぁ、怖がらせてしもて」

 

相手が少女だとわかった途端、シオリの態度が急激に柔らかくなり、「これ、舐める?」といつの間に購入していたのか、飴玉を差し出していた。

少女も「うぅ、ありがとうございますぅ」とお礼を言いながら、ためらいもなくパクっと口の中に放り込んだ。

ちょっとは警戒心とか抱かないのかね。まぁ、飴の見た目をした毒なんて情報、聞いた事もないが。

とはいえ、このまま無罪放免というわけにもいかないだろう。

 

「さて、落ち着いたか?」

「は、はい・・・」

「それで、どうして俺たちを尾行していたんだ?どこかのギルドが偵察に向かわしたのか?」

「え、えっと・・・」

 

少女は、あわあわしながらも、なにやらステータス画面を操作し始め、

 

「く、クラールハイトさんにシオリさん!サインください!!」

 

ペンと色紙を2つずつ取り出して俺たちに差し出した。

いや、こんなのどこに売ってたんだ?俺は見たことないんだが。

でも、雑貨売り場とかはほとんど覗かなかったから、そういうところにあったかもしれない。

とりあえず、

 

「・・・えっと、一から説明してくれないか?」

「あっ、はい、えっとですね・・・」

 

そうして、少女から説明がもたらされた。

まず、少女の名前はモミジ。 NWOがリリースされた初期からプレイしている古参の短剣使いだそうな。とはいえ、NWO自体けっこう新しいゲームで、俺たちがプレイし始めたのもNWOリリースの1ヵ月後だから、そこまで古参というわけでもないが。

ステータスはAGI重視で振ったのだが、低い火力と引っ込み思案な性格が災いして、周囲と比べてあまりレベルを上げられず、どこかのパーティーやギルドに所属することもできずにズルズルやってきたとのこと。

幸か不幸か、スキルは隠密系のものが揃っており、かろうじてモンスターを倒すことはできるが、とてもトッププレイヤーについていけなかったそうな。

そんなときに、衝撃的なシーンを目の当たりにすることになった。

 

「第1回イベントをスクリーンで見ていたのですが、そのときに名の知れたトッププレイヤーを瞬殺したクラールハイトさんとシオリさんを見たのです!」

「あぁ、ペインとドレッドか。俺たちが来る前から有名だったのな」

「はい。特にペインさんは、NWOでトップクラスの実力を持った最前線組として有名でした。それを、まだ名無しだったお2人が倒したのを見て、それで憧れたんです!」

 

多分だけど、メイプルから目を逸らした結果じゃないか?俺も後で公式の紹介PVを見たが、思わず目をそむけたくなるような惨状だったし。

 

「それで、お2人にサインを書いてもらって家宝にしようと思っていたのですが、なかなか見つけられなくて、見かけても声をかけづらくて。今回のイベントに参加したのも、あわよくばお2人に会うためですし」

「なんか、アイドルの追っかけみたいやなぁ」

 

みたいじゃなくて、まんま追っかけだけどな。やってること。

 

「それで、偶然ダンジョンを攻略したあとの転移場所の近くにいて、思わずこっそり尾行、あわよくばサインを書いてもらおうとした、と」

「そういうことです!」

「なるほどなぁ・・・そんなに、俺たちって話しかけづらいか?」

「ご、ごめんなさい!話しかけようと思っても、つい緊張しちゃって・・・」

「クラル!この娘ほしい!」

「ダメだ」

 

顔を赤らめながら涙目になるモミジを前に、シオリはハートを射抜かれたらしい。

メイプルもいるっていうのに、本当に尻軽だな、こいつ。

 

「も~、それやったら、気軽に話しかけてくれてよかったんやけどなぁ。サインどころか、フレンド登録だってしちゃうで?」

「えっ、いいんですか!?」

「モミジちゃんみたいな可愛い子は大歓迎や!」

 

そう言って、興奮するモミジにフレンド申請し、流れで俺もフレンド登録することになった。

まぁ、モミジちゃんはなんと言うか、妹に向けるような庇護欲の塊みたいというか、かまってあげたい、守ってあげたいみたいな感じの子だし、今回ばかりはシオリの気持ちもわからなくはない。

ついでに、サインも書いてモミジに渡したところ、たいそう喜んでくれた。

ちなみに、さっき発動しようとしたスキル【凪】は、自分が発する一切の音を消す効果らしく、まさに俺の天敵と言ってもいいスキルだった。他にも、気配を遮断するようなスキルはいくつも持っているとのことだった。

 

「それと、これ・・・」

 

最後に、モミジがステータス画面を操作すると、メダルを3枚差し出してきた。

 

「えっ、いいのか?」

「はい。もともと、できればお2人にあげれれば、と思って・・・」

 

なんといういい子なのか。

こんな善意の塊のような人間は、数少ないだろう。

とはいえ、

 

「悪いが、それは受け取れない」

 

モミジの申し出を、俺はきっぱり断った。

シオリも珍しく同意見らしく、うんうんとうなずいている。

 

「えっと、いいんですか?」

「あぁ。それはモミジが持っているといい。どうしてもというなら、また違うときにお願いするよ」

「・・・はい、わかりました」

 

そう言って、モミジはメダルをインベントリにしまった。

 

「それじゃあ、イベントが終わったらまた会おう」

「モミジちゃんも、メダル集め、頑張ってな!」

「はいっ!クラールハイトさん、シオリさん、ありがとうございました!」

 

最後に別れの挨拶を交わし、俺とシオリは目的地へと向かった。

ちなみにその後、別れ際に教えてもらった中規模のギルドが夜営している地点を襲撃してメダルを3枚手に入れたところで、俺たちも夜営地を探して1日を終えた。

これで、メダルは全部で16枚。かなり集まったな。




新たなオリキャラです。
そろそろ出したくなったので。
次に出てくるのは、イベント終了後になりそうですが。

*オリキャラのスキルの【神隠し】が原作の朧のスキルと被っていたので、名前を【凪】に変更しました。
たぶん、この子ならいつかは自力で習得してそうですが。

*ギルドシステムについてのニュアンスを変更しました。
ギルドではなく、あくまでそれに近い集団という表現にしました。


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第2回イベント5日目・1

5日目の朝。休憩を終えた俺たちはさっさと移動して、目的地である海辺にたどり着いた。

今日は1日海の探索に費やすつもりだ。

 

「とりあえず、まずは手分けして探索しよう。2時間後に、この地点に集合で」

「了解や!」

 

これくらい広いなら、2,3枚くらいはメダルが落ちているかもしれない。

 

「それじゃあ、また後で!」

「よっしゃー!メダル採ったるでー!」

 

気合満々に海の中に潜っていったシオリを見送ってから、俺もシオリが向かった方角とは反対の方に泳いで探索をしていった。

 

 

* * * * *

 

 

「ぷはっ。はぁ、はぁ、な、なかなか見つからないな」

 

潜り始めてからもう1時間半。休憩をはさみながらとはいえ、いまだにメダルを見つけられないでいる。

一応、装飾品の腕輪は発見したが、ただのVITとHPアップだった。メイプルはともかく、俺もシオリもまったくいらない代物で、いくら上昇値がそれぞれ【+30】とかなり高いとは言ってもまったくうれしくない。これは、メイプルにあげるか、他の誰かに売ろう。俺たちには必要なくても、必要なプレイヤーなら100万Gはふんだくれそうだ。

 

「さて、と・・・ん?なんだあれ?」

 

今度はさっきより深いところを潜ろうかと思ったら、視線の先に小島が1つ発見した。ここからの距離は200mほどと、遠くはないが近くもない距離だ。

とはいえ、もしかしたらメダルがあるかもしれない。ボスがいそうなら、シオリも呼べばいい。

ひとまず、海底の探索を中断して小島を目指すことにした。

とはいえ、泳いで向かうだけならそこまで時間もかからない。

数分で小島にたどりつき、上陸して探索を始めた。

だが、小島にあるのはヤシの木が1本と地下に続く階段があるだけで、メダルもない。

そこそこ陸地から離れているし、何かしらあってもいいと思ったんだが。

 

「いや、そう考えるのは早いか。あとは、この階段だけだ」

 

さっさと気を取り直して、階段の先に進もうと一歩踏み出した瞬間、背後の海中からわずかに何かが泳いでくる音を聞き取った。

まさか、俺たちと同じように海を探索していたプレイヤーがやってきたのか。

俺はすぐに短剣と片手直剣を手に持ち、臨戦態勢をとった。

そして、海から上がってきたのは、

 

「あれ?クラル?」

「なんだ、サリーだったか・・・」

 

顔見知りのサリーだった。

【水泳Ⅹ】と【潜水Ⅹ】を持っているだけあって、考えることは同じだったか。

 

「なんだってなによ・・・クラルも、ここで探索を?」

「あぁ、今日からな。あいにく、メダルはゲットできなかったが・・・」

「へぇ?私はもう2枚手に入れたわ」

「まじか・・・偶然、探す場所が悪かったのか・・・いや、収穫がないってわけじゃないが」

「ちなみに、何を手に入れたのかしら?」

「VITとHPを上昇させる、大盾必須の指輪だ。ただ、俺とシオリにはまったく意味がないが」

「それは、ご愁傷様・・・」

「あぁ、そうだ。よかったら、メイプルにあげようと思っていたんだ。VITとHPが30ずつ上昇する装飾品なんて、滅多にないし」

「あら、いいの?」

「さっきも言ったが、俺たちにはいらないからな。メイプルの方が有効活用してくれるなら、それでいいし」

「そうね。なら、後でありがたくもらうわ。それで・・・」

 

サリーが言葉を切ると、視線を例の階段の方に向けた。

 

「この先には、何かあった?」

「わからん。ちょうど今、それを確認しようとしたところだ」

「なら、一緒に行きましょう?1人より2人の方がいいわ」

「そうだな」

 

自然な流れで、俺とサリーで階段の奥に進むことになった。

サリーが前、俺が後ろで慎重に進んでいくと、階段は100段ほどで終わり、中には木製の扉があった。とくに鍵がかけられているわけでもなく、見た限り魔法陣もない。

俺とサリーは顔を見合わせ、そっとサリーが扉を開けた。

中はきれいな半円のドームになっており、中央には祠と転移の魔法陣があった。

だが、この祠、かなり見覚えがある。

 

「・・・なぁ、これって」

「・・・えぇ、私とメイプルが挑戦したのとまったく同じね」

 

クロムたちのパーティーを瞬殺したレベルのボスモンスターが、まだもう1体いる。

これは、なかなか複雑だ。

 

「なぁ。サリーがあのとき相手したモンスターって、どんなのだった?」

「そうね、出てきたのは怪鳥のモンスターだったのだけど、すべてのステータスが異様に高くて、使ってくるスキルもほとんど殺傷能力が高かった。あのメイプルのHPが1まで削れたわ」

「・・・それと同レベルが、まだいる・・・いや、もしかしたら方向性が違うか?まったく同じタイプのボスが2体いるとは考えづらいし・・・いや、どのみち厄介なことに代わりはないか」

 

火力に重点を置いたわけではないのなら、からめ手でくる可能性がある。

これは、俺たちの一存では決められないな。

 

「とりあえず、メイプルやシオリとも合流しよう。メイプルは、どのあたりにいる?」

「待って・・・ここから一番近い砂浜よ」

「そうか。そこなら、ちょうどシオリと合流場所にしている。時間もいい頃合いだし、シオリを呼び出しておくか」

 

俺はさっさと予定を決め、シオリにメッセージを飛ばした。

そこで階段を上って地上に出た俺とサリーは、そこで初めてある異変に気が付いた。

それは、サリーの言っていた砂浜に巨大な砂の城が建っていたということだ。

 

「・・・なんじゃありゃ」

「・・・とりあえず、メイプルと合流しましょう」

 

やっぱりメイプルの考えることはわからんと、軽くため息をつきながら、俺たちはメイプルのもとに向かった。



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第2回イベント5日目・2

「うわ・・・近くで見ると大きいなぁ」

「メイプルのDEX、0だよな?」

 

近くで見ると、思った以上にでかかった。たぶん、3mくらいはある。

ついでに、中からギャーギャーと騒ぎ声も聞こえる。

一瞬、先にシオリが着いていたのかと思ったが、明らかに声が違う。中性的ではあるが、男の声だし。

いったい何をしているんだろうと思って入り口から中を覗くと、メイプルが赤い癖毛の少年とオセロをしているところだった。ちなみに、会話の内容と真っ白の盤面から察するに、黒を選んだメイプルがズタボロに負けたところだったんだろう。

ていうか、城を作ってからオセロやる時間があったのか・・・。

少年の方は、頭に装備しているピアス以外はすべて初期装備だった。だが、武器を装備しているようには見えない。

 

「あっ、お帰りサリー!と、クラルくんも?」

「あぁ、偶然会ってな。シオリももうすぐ来ると思うんだが・・・っと、噂をすれば」

 

そう話していると、ちょうど海の方から騒がしい気配と共に全速力で向かってくる気配を捉えた。

振り返ってみれば、シオリが全力のクロールでこちらに向かっているところで、100mを30秒足らずで泳いで上陸してからは今まで以上の猛スピードで走ってきた。

 

「メイプルちゃん、見つけたでー!」

 

そして、砂の城に突入するや否や、もはやあいさつ代わりのようにメイプルに抱きついた。

相変わらずのシオリにやれやれと首を振りつつも、初対面の少年の方に視線を向けた。

 

「んで、誰?」

「僕はカナデ。さっきまではメイプルと一緒に砂の城を作って遊んでたんだ」

「うん。楽しかったよねー」

「ねー」

 

この時点で、この2人がどこか似ていると思った。たぶん、性格が似ているのだろう。それこそ、初対面で砂の城の建築に協力したり、オセロで遊ぶくらいに。

サリーとしては、そこそこ不安なようだったが。

 

「大丈夫なの?」

「大丈夫だと思うよ?ねーカナデ?」

「だって僕まだレベル5だよ?自慢じゃないけど弱いよ?」

 

そう言うと、カナデはステータス画面を開いて俺たちに見せてきた。

画面では、たしかにレベルが5と表示されているが、さすがに俺も少し慌てる。

 

「お、おいおい。簡単に見せていいのか?」

「いーよいーよ。メイプルのパーティーメンバーのサリーさんに、フレンドのクラールハイトさんとシオリさんでしょ?なら別にいいよ!」

 

俺やサリーがいない間に何があったのかはわからないが、メイプルは随分と信頼されているらしい。その逆もまたそうなのだろうが。

ついでに、すでにフレンド登録も済ませているとのことだった。

 

「んー・・・サリーでいいよ。メイプルが大丈夫って言うなら、まあいいや」

「俺もクラルでいいし、こいつのこともシオリでいい。まぁ、向かってくるなら簡単に倒せるしな。べつにいいか」

 

そう言いながら、俺とサリーはそれぞれ短剣を構えた。

 

「そ、そんなことはしないと誓うね、うん」

「けっこう。それと、シオリもさっさと離れろ。話すことがある」

 

そう言って、俺はメイプルからシオリを引きはがし、先ほどのダンジョンの話をした。

 

「えー・・・あんまり行きたくない・・・」

「それには同感。でも、中がどうなってるかは分からないし・・・入ってみる価値はある」

「その場合、どっちが先に入るかって問題は出てくるけどな」

 

だがどのみち、先に入った方が潰れ役になる可能性もあれば、先に入った方が攻略する可能性もある。シオリも珍しく、慎重な様子だ。

どうしたものかと悩んでいると、カナデがまさかの提案をしてきた。

 

「なら、僕が見てきてあげる!スタート地点もここから百メートルくらいしか離れてないし」

 

つまり、自分が死ぬということを前提にした作戦だ。

たしかに、今回のイベントではモンスターによる死亡のデメリットは少ないが、さすがに初対面の相手にそれは気が引ける。

他の3人もそこまではしなくていいと止めたのだが、カナデは飛び出していってしまった。

 

「【水泳Ⅰ】は持っているみたいだから、途中でおぼれるようなことはないと思うが・・・」

「だ、大丈夫かな?」

「どうやろなぁ・・・」

「わからないなぁ・・・」

 

その後、カナデが無事小島にたどり着いたのを見届けた後、ダンジョンに何があるか考え始めた。

 

「どう思う?」

「すっごいモンスターがいるんじゃないかなぁ・・・」

「俺もそう思う。問題は、どういうやつがいるのかだが・・・」

「海にいるモンスターで強いの言うたら、クラーケンとかか?」

 

もちろん、これらは予測でしかない。

 

「あー、死んだ死んだ」

 

あーだこーだと話していると、森からカナデが現れた。

どう考えても、メイプルたちが戦ったような強力なボスモンスターがいるパターンだ。

 

「報告します、メイプル殿」

「ほほう、何だね?」

 

何やら妙なノリから始まったが、報告の方が大事なのでスルーした。

 

「転移先は水中。さらにその水に浸かっていると動きが鈍り、なす術なく巨大イカに叩き潰されました」

「なるほど・・・無理!」

 

水中戦に参加できないメイプルなら特にそうだろう。水中となると、動きも地上より鈍くなってしまうが・・・。

 

「今回は諦めよう」

「僕もそれがいいと思うよ」

「もうしばらく海の探索をしたら終わりにしようかな」

 

メイプルとサリーは早々に諦める選択をとり、カナデもそれに頷いた。

だが、

 

「それやったら、クラル!うちらでやったるで!」

「「「え?」」」

 

シオリのやる気宣言に、メイプルたちは驚いた様子でシオリの方を見た。

 

「いやいや、シオリ。カナデの話、聞いてたでしょ?」

「そ、そうだよ、シオリちゃん。さすがに無謀だと思うな・・・」

「たぶん、弱体化する方法がどこかにあると思うから、それを探してからの方がいいと思うけど・・・」

「いや、うちらならやれるはずや!なぁ、クラル!」

 

シオリが俺に話を振り、メイプルたちから「説得したら?」みたいな視線を向けられたが、俺は顎に手を当てて思案していた。

 

「えっと、クラルくん?」

「・・・カナデ、動きが鈍くなるっていうの、体感的にどれくらいだ?」

 

疑問符を浮かべて話しかけてくるメイプルには答えず、代わりにカナデに問いかけた。

カナデは、疑問に思いながらも答えてくれた。

 

「えっと、僕のステータスもあまり高くないから、なんとも言えないけど・・・たぶん、ステータスで言うと20%くらいかな?」

「なるほど、20%か・・・」

 

カナデの言葉に再び思案を始め、今度はシオリに問いかけた。

 

「シオリ。さっきの探索で何か収穫はあったか?」

「あったで!ふふん、これや!」

 

そう言うと、シオリは2枚のメダルと1つの指輪を取り出した。

これでメダルは18枚として、

 

「この指輪は?」

「海底洞窟の奥で見つけたんやけど、1日に1回だけ、スキルのクールダウンを無視してスキルを使えるっちゅー代物や!」

 

つまり、この指輪を使えば、1日1回に限り、クールダウンが必要な強力なスキルを連続で発動できる、ということか。これまたぶっ壊れだな。

だが、これはでかいぞ。

最後に、俺はメイプルに問いかけた。

 

「メイプル。なにか強力な武器を手に入れてないか?例えば、剣とか槍みたいな」

「あっ、えっと、持ってるよ!」

 

そう言って、メイプルはインベントリから1本のサーベルを取り出した。

名前を【ゴブリンキングサーベル】。耐久値の消耗が早い代わりにSTRが75も追加されるという、かなりの脳筋武器だ。

だが、たしか【魔弾の射手】にはステータス関係の装備制限はなかったはずだ。

 

「俺の方からも装備品を出すから、交換してくれないか?」

「え?う、うん、いいよ」

 

そう言って、俺はインベントリから先ほど見つけた指輪をメイプルに渡し、【ゴブリンキングサーベル】を受け取った。

試しに【魔弾の射手】に登録して取り出してみると、問題なく持てることを確認した。

 

「シオリ。その指輪、俺がもらってもいいか?」

「ええよ」

 

シオリも快く指輪を渡してくれて、俺はさっそく装備した。

 

「ね、ねぇ、クラルくん。まさか、本当に戦うつもりなの?」

「あぁ」

「どっ、どうして!?さっき、無理だって話したところだよね!?」

 

メイプルは盛大に驚いていたが、俺も勝算がないわけではなかった。

 

「一応、勝ち筋がないわけではない」

「そ、そうなの?」

「あぁ。シオリのAGIなら20%くらいは許容範囲内だし、俺はそもそもデバフや状態異常は効かない。泳ぎに関しても、水中戦なら3人よりはこなしているつもりだ。リアルでもそこそこ泳いでるしな」

 

俺だって、なにも考えなしに突っ込むわけではない。

俺とシオリはサリーよりも長く潜れて上手く泳げるし、デバフもそこまで枷にはならない。

ていうか、今のシオリのAGIってたしか装備含めて300近くあったはずだ。20%減しても240あるし、【速度中毒】によって結局は500近い値を出せる。

 

「あっ、そうそう。クラル、新しいスキルもゲットしたで」

「それを先に言ってくれ」

 

何を今さらって感じはするが、とりあえず確認することにした。

 

【疾風迅雷】

このスキルの所有者のAGIを2倍する。【STR】【VIT】【INT】のステータスを上げるために必要なポイントが通常の3倍になる。

取得条件

1時間以内に20㎞移動する。

 

「・・・あれ?水中探索してたんだよな?」

「洞窟の中は水がなくてな、カニのボスがいたんよ。それで、1発で仕留めるためにぐるぐるしとったら、いつの間にか取得してたんや。倒した後も、ずっとステップ刻んどったしな」

 

どうりで、さっき合流した時、やたらと速いなと思ったんだよ。

この様子だと、1時間どころか30分くらいで完走していそうだな、こいつ。

まぁ、それはさておき、それなら都合がいい。なにせ、シオリのAGIが素で500近くになったということなのだから。装備と【速度中毒】込みで1000も狙えるぞ。

これなら、問題ないな。

 

「とまぁ、そういうわけだ。俺たちは、これからそこのボス討伐に向かう」

「う、うん、わかった!気を付けてね!」

 

メイプルたちの見送りを受け、俺たちはボスモンスターが待つ小島へと泳いでいった。

 

 

 

ちなみにこの時、今までよりもシオリに追いつけなくなってしまったことに強い敗北感を覚えたのは、ここだけの話だ。

シオリなら、いつかは音よりも速く動けるかもしれない。




後付け感が半端ないシオリのスキルですが、速度重視ならやっぱりあった方がいいかなと思って、つけちゃいました。
さすがに無理があるようなら、別の話に入れるつもりです。
ちなみに、取得条件は現実のマラソンの世界記録を参考にしてみました。
非公認では、フルマラソンで2時間を切った記録があるそうな。


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第2回イベント5日目・3

「さて、準備はいいか?」

「いつでもえぇで!」

 

さっさと泳いで例の小島の魔法陣にたどり着いた俺とシオリは、最後の確認をしていた。

 

「それじゃあ、手はず通りに。行くぞ!」

「了解や!」

 

最終確認を終えた俺とシオリは、気合十分な掛け声と共に魔法陣の上に乗った。

光が収まると、俺たちが転移された先はカナデの言っていた通り、水の中だった。

そして、

 

「シオリ!上だ!」

 

上にいる、巨大なイカを確認。直後、俺は下へ下へと全速力で潜り、シオリも遠回りしてAGIを上昇させながらイカに近づいていく。

下に泳いでいく俺が底につくころには、大半の触手が俺を追っていた。

それを確認した俺は弓を引き絞り、

 

「【エクスプロージョン】!【拡散】!」

 

先日のゴーレム戦でも使用した、広範囲攻撃を放つ。

放たれた爆発の矢は【古代の護石】による効果もあって150に分裂。シオリを追っていたのも含むほぼすべての触手を消し飛ばし、何本かは本体に当たった。

HPの削れ具合から察するに、触手は別判定で、ダメージは本体にしか通らない感じだ。それに、触手の再生スピードも速い。

だが、数本だけでのダメージでも、減ったことがわかるくらいにはHPバーが削れた。やはり、メイプルたちが戦ったボスほど硬くはないのかもしれない。

 

「シオリ!本体を狙え!耐久は高くないから、攻撃に気を付けてガンガン攻めろ!」

「わかった!」

 

遠巻きに様子を見ていたシオリは、十分な加速を得て縦横無尽に泳ぎ回る。

イカも触手を伸ばしてシオリを迎撃しようとするが、完全に追いついていない。

そして、すれ違いざまに入れた一撃で、いっきに1割ほど削れた。

一撃で削れたダメージとしては大きいと考えるべきか、STRが900相当はあるだろう一撃にしてはあまり削れていないと考えるべきかは微妙なラインだが、あと9回攻撃すれば倒せるなら、それで十分だろう。

 

「あとは、俺が触手を減らしていけばいいか」

 

触手を消し飛ばした俺と、一撃で大ダメージを与えたシオリ。イカのタゲは両方に向いているようで、俺だけでも簡単にさばける。

あと心配なのは、ボスの行動パターンの変化か。

そう思っていると、イカのHPが7割を下回ったところで、行動パターンが変化した。

イカの周りに魔法陣が現れ、そこから無数の魚がでてきたのだ。

おそらく、あれも攻撃手段。このフィールドの特徴からして、あれもAGIを下げる効果を持っているのだろう。

まぁ、

 

「俺たちには意味ないがな」

 

幸い、魚のHPはそこまで高くなく、俺の矢1発だけで倒せる。

シオリの方は、そもそも魚が追い付けていない。なんとか包囲しようとしているが、包囲網が完成するよりも先にシオリが突破している。

魚の出現は足止めにすらならず、さらにシオリがもう2撃加えてHPが半分をきったところで、再び行動パターンが変化した。

今度はイカがスミを吐き始め、自らの姿を隠したのだ。

もともと見通しがいいとは言えない水中であることも相まって、イカの姿はほとんど認識できない。

だが、俺は別だ。

 

「そこ!」

 

【魔弾の射手】で槍を放てば、さらにイカのHPバーが削れる。イカからできるだけ距離をとって移動しながら攻撃しているため、ある程度は【黒竜ノ息吹】も発動している様だ。

そして、一度攻撃を当てることができれば、シオリもだいたいの位置を把握できる。

 

「【ゲイボルグ】!」

 

シオリはここで、【大樹の怒り】を使用して槍を投擲した。投げられた槍は30に分裂し、次々とイカに襲い掛かる。

立ち止まって使用したため【疾風】の効果が上乗せされず、HPはまだ2割ほど残っていたが、十分だった。

 

「ゴブリンキングサーベル!」

 

俺は【魔弾の射手】でメイプルから交換してもらった武器を取り出して弓につがえ、シオリから受け取ったとっておきを発動した。

 

「【目覚めの奇跡】!【拡散】!」

 

【目覚めの奇跡】。1日に1回だけ、クールダウン中のスキルを使用できる装飾品のスキル。

これによってもう一度【拡散】を発動し、放ったゴブリンキングサーベルを150に分裂させた。

分裂したゴブリンキングサーベルは、迎撃のために展開された魚や触手を貫通してなおイカの本体に襲い掛かり、残りのHPをすべて削り取った。

 

「ふぅ、なんとかなったか」

「よっしゃあ!やったで!」

 

ボス戦を終わらせた俺たちは、いったん合流した。

今回の作戦は、いたってシンプル。火力によるごり押しで短期決戦を仕掛けることだった。

そして、すべて俺の読み通りに事を終えることができて、一安心だ。

それよりも、

 

「そういえば、シオリ。『大樹の牙』はどうした?」

「あぁ、それなんやけど」

 

そう言ってシオリが手をかざすと、『大樹の牙』の方からすっ飛んできてシオリの手に収まった。

 

「・・・なんだそりゃ」

「うちも、この機能を使うのは初めてや」

 

どうやら、【ゲイボルグ】を使用して投擲した場合、槍は勝手に持ち主に戻る仕様らしい。基本的に前線で槍を振り回すことが多かったから、そんな機能があるなんて知らなかった。

 

「そういうクラルも、あのサーベルはどうしたん?」

「あぁ、1回使っただけでぶっ壊れた。おそらく、分裂した場合、武器の耐久値はすべて共有されるんだろう」

 

つまり、耐久値の減少が最大で300倍になる、ということだ。

さらにもとから【損傷倍加】があったゴブリンキングサーベルは、この1回の使用でインベントリから消えていた。

少し残念な気もするが、必要経費だったと割り切るしかないだろう。

 

「ともかく、探索を済ませてさっさと魔法陣に乗るぞ」

「あ、そや!」

 

あのイカを倒したことで水が抜けていき、転移の魔法陣が現れたが、まだ報酬らしきものはもらっていない。さっさと確認しなければ。

水中とサンゴ礁にわかれて俺とシオリでくまなく探したものの、水中にイカの触手が1本あったくらいで、メダルとかはなかった。

 

「おかしーなぁ、なんでないんや?」

「たぶん、転移先でもらえるんだろう。さすがに、報酬をわかりづらいところに置くようなことはないはずだし」

「それもそうやな!」

 

果たしてどのような報酬がもらえるのだろうとわくわくしながら、俺とシオリは魔法陣の上に乗った。

転移された先はまた水中だったが、不思議と呼吸はできるようだ。

転移された場所はきれいで静かな海底で、サンゴ礁に囲まれるようにして宝箱が置いてあった。

 

「開けるぞ」

「よっしゃこい!」

 

シオリに目配せしてから宝箱を開けると、中から出てきたのはメダルが2枚にスキルの秘伝書が2つ、そして2つの卵だった。

 

「・・・なんだこれ?」

「・・・卵、やんなぁ」

 

とりあえずわからないものは後回しにして、まずはメダルを回収してからスキルの巻物を確認した。

スキル名は【古代ノ海】。さっきのイカが使った魚を召喚するスキルで、魚にはAGI減少10%がついているらしい。

だが、水系のスキルを持っていないと取得できないため、シオリには宝の持ち腐れとなってしまった。

とりあえず、俺が預かって後でサリーに渡すことにした。もちろん、これはシオリには秘密だが。

そして、問題の卵は黒い翼の模様と白の毛並みの模様で分かれている。

 

「・・・どうする?」

「とりあえず、うちはこの白い卵をもらうで」

「じゃあ、俺は黒い方だな」

 

それぞれの装備と同じ色の卵をとり、説明欄を確認した。

 

【モンスターの卵】

温めると孵化する。

 

「「じょ、情報が少ない・・・」」

 

思わず、俺とシオリでハモってしまった。

もう少し、他の説明とかないのか?

 

「・・・それで、この後はどうするん?」

「とりあえず、メダル集めはこれで終わりにしよう。20枚もあれば十分だろうし。これからは、全部の時間をこの卵に費やす。一応、メイプルとサリーにも聞いてみよう」

 

アイテムの正体がわからない以上、説明の通りに従うしかない。

それに、同じ祠のダンジョンをクリアしたメイプルとサリーなら、同じアイテムを手に入れたかもしれない。

メダルが20枚集まったことは素直にうれしいが、他に気になることができてしまったな。




実質STRが4桁突入するシオリさんがいるなら、これくらいのあっさりした展開でも大丈夫かなと思いました。
事実、現段階ではあの双子姉妹よりもダメージを出しうるわけですし。
こうなると、運営は阿鼻叫喚の地獄絵図でしょうね。
卵を全部持っていかれたわけですし。


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第2回イベント5日目・4

「わー!本当に攻略したんだ!」

「なんというか、2人もぶっ飛んでるわよね・・・」

 

魔法陣に乗って転移した後、俺とシオリはメイプルとサリーにメッセージを送って合流し、結果を報告した。

ボスを2人のボスよりも短い時間で倒したことに驚くやら呆れるやらと反応はそれぞれだったが、自慢するでもなく例のスキルをサリーに渡した。

 

「これは?」

「イカを倒してゲットしたスキルだ。【太古ノ海】って言うんだが、取得するには水系のスキルを覚えている必要があったから、代わりにサリーにやるよ」

「でも、タダでよかったのかな?」

「実は、メイプルから譲ってもらったゴブリンキングサーベル、もうぶっ壊しちゃったからな。交換したとはいえ、その詫びのようなものだ」

「そ、そう・・・いったい、どういう使い方したら壊れるのよ・・・それと、そこのシオリはまったく納得していないみたいだけど・・・」

 

そういうサリーの視線の先では、俺がシオリの顔を鷲掴みして口と動きを封じている。

シオリは必死にもがくが、静止状態なら俺のSTRで動きを封じれる。

 

「シオリには取得できないからな。他の知らん奴に売るよりかは、知り合いに譲った方がまだマシだ」

「そっか。なら、遠慮なくもらうわ」

 

そう言って、サリーはスキルの書を開いて【太古ノ海】を取得した。

それを確認してから、俺はシオリの拘束を解いた。

 

「ぷはっ!何しとるんや、クラル!」

「なんだ、悪かったか?」

「悪いに決まっとるよ!よりによってその女に渡すなんて!なんでメイプルちゃんじゃないんや!」

 

どうやらシオリは、サリーに渡したというよりはメイプルに渡さなかったということが気に入らなかったらしい。

 

「いや、メイプルは水系のスキルは持っていないだろ。【毒竜】だって対象外だろうし」

「うっ・・・だって・・・」

 

だが、冷静に正論を返すとシオリは言葉を詰まらせて唇を尖らせた。

まったくとため息を吐き、そこで聞いておくべきことがあるのを思い出した。

 

「あぁ、そうだそうだ。2人とも、こういうアイテムに覚えはないか?」

 

そう言って、俺はインベントリから例の卵を取り出した。

 

「これって・・・」

「うん、そうだね」

「ボスの討伐報酬にあったんだが、やっぱ2人とも、これを知っているんだな?」

「うんっ。私たちも山のボスだった怪鳥を倒して、似たようなアイテムをゲットしたんだ!」

「今は、孵化してこんな感じになっているけどね。朧、【覚醒】!」

 

サリーが初めて聞くスキルと何かの名前を口にすると、いつの間にか増えていた指輪からキツネのモンスターが現れた。

だが、危害を加える様子はなく、サリーの肩の上に乗って頬ずりし始めた。

 

「うわっ、なんやそれ!めっちゃかわええやん!」

「ちなみに、私は亀なんだ。シロップ、【覚醒】!」

 

メイプルが同じようにスキルと名前を叫ぶと、亀のモンスターが足下に現れて、メイプルが抱き上げた。

 

「なるほどなぁ。たしか、NWOにはビーストテイマーのシステムはなかったはずだが、イベントの限定アイテムか?」

「たぶんね。もしかしたら、いつか追加されるかもしれないけど」

「たしかに、それはあり得るなぁ。ちなみに、どうやったら孵化したん?」

「説明欄にあった通り、インベントリから取り出して温めたんだよ。私とサリーは、6時間くらいで孵化したかなぁ」

「2時間経つ前にインベントリにしまったから、ってのもあるかもしれないけどね」

「なるほどな・・・なら、今日のところはあとは卵の孵化に集中するか」

「そうやな」

 

その後、メイプルとサリーからテイムモンスターのシステムについての説明をあらかた聞いてから別れた。

 

「さて・・・ひとまずは、あそこの洞窟に移動するか」

「わかったで」

 

2人と別れた後、俺とシオリはちょうど近くにあった洞窟の中に入って、さっそくインベントリから卵を取り出した。

 

「さて、今からやるとして、孵化するのは夕方か夜頃になるだろうが・・・何がでてくるんだろうな?」

「たしか、メイプルちゃんは緑の卵で、サリーは白と紫の卵やったんだけな?」

「らしいな。だが、色というよりは柄でわかるんじゃないか?」

 

メイプルの卵には緑で亀の甲羅のような模様が、サリーの卵には白ベースに紫のしめ縄があったという。

だとしたら、俺とシオリの卵も模様から推測できるかもしれない。

 

「俺のは翼の模様だから、やっぱ鳥とかか?黒色なら、カラスかワシか、どっちかってところか?」

「うちのは毛皮っぽいから、なんかの獣なんかなぁ。でも、この感じ、うちが1層で戦った白狼に似とるしなぁ・・・」

「もしかしたら、本当に白い狼が生まれるかもな?」

「それやったら、ちょっと複雑やなぁ・・・」

 

たしかに、自分が倒したボスと同じ見た目のモンスターのパートナーというのも、いろいろと複雑なところもあるだろう。

そんな感じで雑談をしながら、時折インベントリにしまいながら卵を温め続けた。

 

 

* * * * *

 

 

長かったような短かったような、気づけば、すでに外から夕陽が差し込む時間になっていた。

早く卵が孵らないか心待ちにしながら、インベントリからランタンを取り出して明かりをつけた直後、卵にピシッ!とヒビが入った。

 

「わわっ、クラル!」

「落ち着け。とりあえず、地面の上に置くぞ」

 

突然の変化にあわあわし始めたシオリを落ち着かせ、卵をそっと地面の上に置いた。

そして、寝そべってじっくりと見ながらその時を待つ。

ヒビが入って少しして、とうとう卵が割れて中からモンスターが生まれた。




余談ですが、アニメ版だとサリーの卵って紫要素どこにもないですよね。
どうして、あのような見た目になったのか・・・。
どうせなら、しめ縄を紫にすればよかったのに。

それと、今回は2話連続投稿です。
すこし後に次話を投稿します。


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第2回イベント5日目・5

「おぉ!生まれた!生まれたで、クラル!」

「あぁ。わかっているが・・・こうして見ると、けっこう感動するもんだな」

 

まるで、自然ドキュメンタリー番組で動物の出産を見たような、まんま新たな生命の誕生の瞬間に立ち会ったような感じだ。

中から現れたのは、俺の卵から黒い鷲が、シオリの卵から白い狼が生まれた。

 

「お、おぉ。まさかの予想通りの展開になったなぁ」

「模様がわかりやすかったから、ってのもあるだろうけどな」

 

感慨にふけりながら、俺は黒鷲を腕に掴まらせ、シオリはそっと白狼を抱き上げた。

俺が黒鷲の頭を撫でると、黒鷲は気持ちよさそうに目を細め、シオリの白狼もよじ登ってシオリの顔を舐める。

 

「あかん・・・メイプルちゃんとは違った意味でかわええわ・・・」

「完全に、可愛いペットって感じだな」

 

俺もシオリも、自分のモンスターの可愛さに心打たれていると、卵の殻が輝き始め、それぞれ黒と白の指輪になった。

 

「【絆の架け橋】・・・これを装備することで、一部のモンスターと共闘することができる、か。あと、死亡しても指輪の中に戻るだけで、再び呼び出すのに1日かかる、と。死亡しても消えないのはありがたいが・・・これはもう、必須アイテムだなぁ」

「それよりも!早くこの子たちのステータスを確認するで!」

 

シオリに急かされる形で、俺は自分のステータスの下にある、テイムモンスターのステータスを確認した。

 

ノーネーム

LV1

 

HP 60/60

MP 40/40

 

【STR 50】

【VIT 10】

【AGI 20(飛行時 80)】

【DEX 40】

【INT 30】

 

スキル

【ひっかき】

 

 

ノーネーム

LV1

 

HP 50/50

MP 30/30

 

【STR 45】

【VIT 20】

【AGI 90】

【DEX 30】

【INT 30】

 

スキル

【噛みつき】

 

 

「おー、おぉ~!!」

「これは・・・いいな」

 

上が黒鷲、下が白狼のステータスだが、モンスターということもあってレベル1からすでに強力だ。

メイプルとサリーの話では、モンスターを倒すことでレベルが上がり、ステータスは勝手に上昇する、ということらしい。

 

「レベル上げはどうするん?」

「んー・・・外に出るには遅いし、俺もシオリもモンスターを捕獲できるようなスキルは持っていない。今日のところは大人しく寝て、明日ちょうどいいモンスターを探そう。だが、その前に、名前を決めなきゃな」

「あっ、そうやった!」

 

いろいろなことがありすぎて、ある意味最も重要なことを忘れていたらしい。

シオリはじっと白狼を見て、唸りながら名前を考え始めた。

俺も、黒鷲を撫でながら名前を考える。

 

「そうだな・・・クローネ、ってのはどうだ?」

 

黒色とドイツ語で王冠というのをかけてみたのだが、クローネは気に入ってくれたようで、喉を鳴らしながら顔をこすりつけてくる。

 

「う~ん・・・よし、決めた!お前の名前はフウや!狼なら、風みたいに速くないとな!」

 

シオリの方も名前を決めると、フウと名付けられた白狼は嬉しそうに吠えて返事をした。

 

「は~、かわええなぁ・・・今日はこの子を抱いて寝よ」

「俺は鷲だから、抱きながらってのはできないなぁ」

 

ついでに言えば、寝る姿勢も気を付けた方がいいかもな。

 

「それじゃ、今夜は見回りしながら、できればモンスターを狩ってレベル上げもするか。見回りの時は、指輪を預けることにして」

「は~い・・・あれ?ってことは、この子を抱いて寝れへんやん!」

 

俺の提案にシオリがウガーと文句を言うが、さすがにレベル上げの機会は多い方がいいだろう。

 

「文句を言うな・・・それなら今度、家に来るか?」

「え?ええんか!?」

「あぁ。うちの奴らも、シオリのことは気に入っているからな。文句はないだろう」

「よっしゃ!」

 

俺の家はそこそこ大きく、動物も複数飼っている。

シオリも、たまに遊びに来ては愛でるおかげで、家にいる動物はだいたいシオリになついているから、シオリが来たとなれば大いに喜ぶことだろう。

 

「それなら、今回は我慢するわ」

「そうしてくれ。たぶん、レベルを上げればメイプルたちみたいに自由に出し入れできるはずだし」

 

メイプルたちが見せた時、【覚醒】と言うと現れた。おそらく、レベルを上げれば取得できるだろう。

 

「とりあえず、本格的なレベル上げは明日にまわして、今日のところは軽くでいいだろう。それじゃ、指輪を渡してくれ。俺は、近くをうろついている」

「はぁい」

 

シオリは指輪を外して、俺に渡した。

指輪を受け取った俺は、クローネとフウを連れて夜の森を歩き回った。



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第2回イベント6日目・1

6日目の朝。

俺たちはいつも通り今日の予定の打ち合わせをしていた。

ちなみに、今この場にクローネとフウの姿はない。

レベルが3になったところで【休眠】と【覚醒】を取得し、自由に指輪の中に出し入れできるようになったから、無理をする必要もなくなったことで指輪の中にいさせてもらうことにしたのだ。また、レベル上げの戦闘のためにそこそこ消耗しており、【休眠】はモンスターの体力を回復することができたから、というのもあるが。

 

「それで、今日はどうするん?」

「今日のところは、モンスターを狩りながら移動して、できるなら狩場を探そうと思う。一番いいのは、弱めのモンスターが定期的にでてくるようなダンジョンだが・・・まぁ、見つけたらラッキーくらいに考えておこう。最悪、道中のモンスターを俺たちで弱らせてから倒させるっていう手もあるし」

「そっか。それで、どこに向かうん?」

「ぶっちゃけ、俺としても悩みどころだが、できればこっちの山方面に行こうと思う。もしかしたら、いい条件の洞窟なんかがあるかもしれない」

「つまり、行き当たりばったりってことやな?」

「そういうことだ・・・ま、俺たちなら何とかなるだろ。クローネとフウも、消滅する心配はないわけだし」

 

今日の予定を決めて、俺たちは目的地に向けて歩き出した。

道中は森の中を進む形になったのだが、そのおかげかちょうどいい強さのモンスターに遭遇しやすく、クローネとフウのレベル上げもそれなりに順調に進んでいった。

そして、クローネのレベルが7になったところで、興味深いスキルを取得した。

 

「ほう?これはこれは・・・」

「クラル、どうしたん?なんか、悪い笑みを浮かべとるけど」

「なに、クローネが面白いスキルを取得したからな。ためしに・・・クローネ、できるだけ高く飛んでくれ」

 

クローネにそう命じるとクローネは翼を羽ばたかせて上昇し、あっという間に高度が400mくらいのところまでにいった。

そこで俺は今しがた取得したスキルを使った。

 

「クローネ、【視覚共有】」

 

スキル名を呟くと、途端に俺の視界の右半分が上空からの映像に切り替わった。

 

「おぉ、これはいいな」

「クラル、その【視覚共有】ってなんなん?なんか、嫌な予感がするんやけど・・・」

「名前の通り、俺とクローネの視覚を共有するスキルだ。クローネ自身の視力もけっこういいから、この距離でも俺たちがはっきり見えるぞ」

 

つまり、クローネをこのゲームには存在しない偵察機としての役割を持たせることができた、というわけだ。

今までのスキルは【休眠】と【覚醒】以外は攻撃スキルだったから、これはこれで新鮮だ。

 

「そういうフウは、なにか面白いスキルはないのか?」

「今取得したのは、【嗅覚強化】っていうパッシブスキルみたいやな。プレイヤーとかモンスターの位置を教えてくれるっちゅー感じや」

「・・・なんか、シオリの【白狼の呼吸】と似た感じだな」

「もしかしたら、あのボスと同じモンスターの子供なのかもしれへんなぁ」

 

たしかに、白い毛並みの狼ということ自体、シオリの装備と丸被りであり、シオリが戦ったというボスとまったく同じだ。

まぁ、卵っていうくらいだし、親モンスターがいてもおかしくはないか。

 

「まぁ、今はまだレベル上げだな。クローネ、戻ってこい!」

 

俺はクローネを呼び戻して、再び歩き出した。

ここからは、定期的にクローネを空に飛ばして周囲の様子を探るようにした。

そのおかげで、プレイヤーやモンスターを発見するのがかなり楽になり、さらにレベルアップのペースが上がった。

あっという間にレベルが10になったところで、再び新たなスキルを取得した。

 

「おっ、【巨大化】か」

「あ、クローネもそのスキルを取得したんか」

「クローネも、ってことは、フウもか?」

「せや。ここなら広いし・・・フウ、【巨大化】!」

 

シオリがスキル名を叫ぶとフウが体長が4mほどになり、人が2,3人は乗れそうな感じになった。

 

「おぉ!おっきいなぁ!毛並みもふさふさのままや!」

「なんか、ちっさい時と比べて顔つきがかっこよくなったな」

 

【巨大化】を使う前は、サイズや見た目は中型犬くらいな感じだったが、今は顔はシュッと伸びて凛々しくなっており、かっこいいよりの見た目になっていた。

俺としては、こっちの方が好きかもしれない。

 

「さて、俺の方も・・・クローネ、【巨大化】!」

 

俺も同じスキルを叫ぶと、クローネの体長が3mほどになり、翼を広げたら7mに届きそうなサイズになった。

 

「こ、これは・・・!」

「こいつは、思ったよりでかかったな・・・ん、待てよ?まさか・・・」

 

俺はある可能性に思い当たり、跳躍してクローネの背中に乗った。

 

「クローネ、飛んでみてくれ」

 

クローネに命じると、クローネは翼を力強く羽ばたかせて宙に浮かび、振り落とされない程度のスピードで上昇した。

それでもなかなかのスピードがあり、あっという間にシオリが豆粒になる距離まで上昇した。

 

「これは・・・いい。いいぞ!」

 

まさか、この世界にきて自由に空を飛べるようになるとは思わなかった。

これなら、相手の攻撃が届かない距離から一方的に狙撃することも可能になった。

とはいえ、さすがにプレイヤーには高度制限がかけられているようで、300mくらいの高さでクローネの上昇が止まった。それでも十分なくらいだが。

 

「これは、戦略の幅が広がるな」

 

俺は新たな可能性に興奮しながら、シオリたちのところに戻るようにクローネに命じた。

地面に降り立つと、シオリがポカンとしながら俺とクローネを交互に見ていた。

 

「・・・これは、ちょっと強力すぎひん?」

「もしかしたら、ギミックを解除しないであのボスを攻略するのが条件で、その分強力になっているんだろうな。NWOの運営も、なかなか遊び心が強いみたいだし」

 

思い返してみれば、ちょくちょく無茶苦茶な条件でかなり強力なスキルを手に入れているから、こういうことがあってもおかしくないかもしれない。

 

「さて、さっさと狩りの続きを・・・ん?」

 

再びレベル上げをしようとしたら、ピロリンとフレンドメッセージの通知がきた。

なんだろうと確認すると、メッセージの主はメイプルで、ちょうどいいレベル上げのスポットを見つけたから、俺たちも来ないか、ということだった。メッセージには、その位置が記されたマップも添付されている。

 

「これは、ちょうどいいタイミングだな。シオリ、乗ってくれ。クローネで一気に行くぞ」

「うち、そこまで高いところ得意やないんやけどなぁ・・・」

 

そこそこ高いところが苦手なシオリは、渋々ながらもクローネの背中に乗った。

元のAGIはフウの方が高いとはいえ、陸路と空路なら空路の方が断然速い。

シオリが俺にしがみついたのを確認してから、俺はクローネに指示を出してメイプルのいる場所に向かった。



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第2回イベント6日目・2

メイプルから送られたマップの場所は、俺たちが向かっていたところとはまた違う3つ目の山だったこともあって、クローネでもそれなりに時間がかかってしまったが、日が暮れる前にたどり着いた。

 

「ここは、洞窟か?」

「メイプルちゃんは中なんかなぁ?」

 

メイプルからのメッセージ通りなら、この洞窟を進んだ先にいるのだろう。

さっそく足を踏み入れようとすると、後ろから走ってくる足音が聞こえてきた。

少し経ってから現れたのは、サリーだ。

 

「あら、クラルにシオリ。どうしたの?」

「メイプルから、モンスターのレベル上げにちょうどいい場所を見つけたって聞いたからな。ちょうど俺たちもレベル上げをしてたところだったし、来てみたんだが・・・その様子だと、サリーは知らないのか?」

「えぇ。さっきまでプレイヤーをキルしまくってメダルを集めていたのよ。メイプルは、その中にいるはずよ」

「そうか。なら、一緒に行くか」

「そうしましょう・・・って言いたいところなのだけれど、そのでっかい鷲は?」

「あぁ、そう言えば紹介していなかったか」

 

ちょうどクローネの【巨大化】を解除する前にサリーがやってきたから、そのままだった。

さっさとクローネの【巨大化】を解除して俺の肩に乗せた。

シオリも、フウを呼び出して抱き上げる。

 

「こいつが、俺のパートナーのクローネで」

「こっちが、うちのパートナーのフウや!」

「へぇ、クローネにフウね。どっちも可愛いじゃない」

「ちなみに、フウもでっかくなるで!」

 

自分のパートナーが凄いということを強調したいのか、シオリが気持ち前のめりになっている。

そんなシオリを、俺とサリーはスルーしながら話す。

 

「紹介もしたし、さっそく中に入るか」

「そうね。メイプルのいる場所は、私が案内するわ」

「あれ?おーい、無視せんといて~!」

 

シオリが何やら喚いているが、気にせずにサリーの案内についていった。

しばらく歩いていると、

 

「うわ・・・」

「あぁ、この先にメイプルがいるのか」

「ていうか、メイプルちゃん以外におらへんやろ、こんなことするプレイヤー」

 

洞窟の通り道が、毒の塊によって封鎖されていた。

まず間違いなく、メイプルの【毒竜】だ。

 

「・・・とりあえず、メッセージを送るか。状態異常を無効化できる俺はともかく、サリーとシオリはまず通れないし」

「・・・そうね」

「・・・そうやな」

 

相変わらず、とんでもないことをしているなぁと遠い目になりながら、メイプルに俺とシオリ、サリーが着いたことを知らせるメッセージを送った。

メッセージを送ってからしばらくすると、毒の塊を突き抜けてメイプルがやってきた。

 

「クラル!シオリ!来たんだ!あと、サリーもメダルを集めたの?」

「うん。無事2枚、取ってきたよ」

「おぉ!すごいね!」

「とりあえず、これでメダル集めは打ち切りね」

「ん?2人は何枚集めたんだ?」

「えっとね、この2枚でちょうど20枚だよ!」

「へぇ、奇遇だな。俺たちも20枚だ」

 

どうやら、俺たちもメイプルたちも、かなり幸運に恵まれたようだ。

そもそも、今回のイベントで10枚集められたプレイヤー自体限られるのに、俺たちだけで300枚中の40枚を集めたことになる。これは、快挙だと言っていいだろう。

 

「あちゃあ、メダルは同じやったかぁ。でも、また集める気にはなれへんなぁ・・・」

「そうね・・・いっそ、もうここで装備を見せあって勝敗を決めちゃう?私も疲れたわ」

「うちも、気分的にもう走る気にはなれへんなぁ」

 

珍しく、勝負に燃えるタイプの2人がここで決着をつけることになった。

たしかに、メダルを20枚集めるために動きまくったから、精神的に疲れがたまっているのだろう。

 

「俺も、その意見には賛成だな。だが、その前に、メイプル。ちょうどいいレベル上げのスポットがあるって聞いたんだが?」

「あっ、そうだった。えっとね・・・」

 

メイプルが話すには、この先にアリの巣穴のような場所があり、20㎝ほどの弱いアリが10分に3匹ずつでてくるということだった。そこなら、俺たちのモンスターの育成にちょうどいいということで、俺たちも呼んだらしい。

 

「だから、一緒にどうかな?」

「なら、そこには俺とメイプルで行こうか。ていうか、シオリとサリーは行けないだろうし」

「そうやな。なら、頼んだわ」

「そうね。メイプルも、引き続きお願いね」

 

毒耐性を持っていないサリーとシオリは俺とメイプルに育成を任せることにして、、シオリは俺に【絆の架け橋】を託した。指輪を受け取った俺とメイプルは、毒の塊を突っ切って、メイプルの案内のもとに育成スポットに向かった。

 

 

* * * * *

 

 

毒の塊の向こうに行ったクラルとメイプルちゃんを見送ってから、うちとサリーは顔を見合わせた。

 

「・・・行ってもうたな」

「そうね・・・私たちは、どうしようか?」

「そうやなぁ・・・念のため、ここで見張りでもしとこか?【毒無効】あるプレイヤーなら抜けちゃうし」

「まぁ、仮に抜けたところで、メイプルとクラルに勝てるとは思わないけどね」

「それ以前に、うちを見て引き返すやろなぁ。うち、第1回イベントでけっこう暴れたし」

「そうね・・・だったら、装備を変えてみない?シオリは、顔を隠せる装備にして。そしたら、無銘の私と見ず知らずのプレイヤーだと判断して・・・」

「うちらに襲い掛かってくる、ってことか。たしかに、それはおもろそうやな。中ボスの気分も味わえるし!」

 

面白そう!って感じで、うちは予備の装備に着替えて、サリーから顔を隠せるローブをもらって装備した。槍も、サリーが探索で見つけたっちゅーやつを借りた。

基本的にいがみ合っとるうちらやけど、こういうところは気があうんやな~。

そんなことを考えながら、今日の残りはうちとサリーで中ボスして過ごした。

メダルは落とさへんかったけど、楽しかったし満足や!




フウの巨大化前の見た目を、中型犬くらいと変更しました。
こっちの方が、まだ巨大化前でも戦えそうだと思ったので。
それと、クローネの巨大化前のサイズは体長50㎝くらいです。


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第2回イベント6日目・3&7日目

俺は今、平和を実感していた。

 

「クローネ、【ひっかき】。フウ、【かみつき】」

「【喰らいつき】!行けー!頑張れ!【狐火】!クローネとフウも、頑張れー!」

 

淡々と指示を出してクローネとフウにモンスターを倒させる俺に対し、メイプルは指示を出しながらもシロップと朧だけでなく、クローネとフウことも応援していた。

これを見るだけでも安らぐものがあるのだが、アリが出てこない間はシロップたちと追いかけっこしたり抱き上げたりと、積極的にじゃれ合っているのだ。

もちろん、育成には関係ないのだろうが、見るだけでもシオリの面倒ごとに巻き込まれたことに対する疲労が癒されていくのを実感する。

なんというか、リアルポ〇モンをやっている気分だ。

別に、シオリの肩を持つわけではないが・・・たしかに、今のメイプルは可愛い。見た目の問題ではなく、ゲーム初心者にしても滅多に見ないだろう天然なところを見ると、すごいほっこりする。

 

「そういえば、クラルくん」

「ん?なんだ?」

 

子を見守る親のような心境でメイプルを観察していると、不意にメイプルが俺に尋ねかけてきた。

 

「クローネとフウって、どれくらいレベルが上がったの?」

「そうだな。ここに来る前は、レベルは10だったが、今は14だな」

「そうなんだ!シロップと朧は、今ので10くらいかな」

 

メイプルの言う通り、俺たちのモンスターとメイプルたちのモンスターの間には、それなりにレベルに差がある。

おそらく、まだ探索途中だったときに手に入れたこともあって、まだ育成が十分にできていなかったのだろう。

それと、STRはクローネとフウの方が高いようで、基本的にシロップと朧が攻撃した後にクローネとフウでとどめを刺す流れになっている。

 

「それにしても、クラルくんたちのテイムモンスター、強いよねぇ」

「あぁ。苦労に見合った・・・いや、速攻で片付けたから、そこまで苦労したわけでもないが、難易度に見合った強さではあるな。たぶん、ギミックを解除しないで攻略するのが、取得条件だったと思うし」

「なるほど・・・あっ、またでてきたよ!」

 

メイプルの視線の先では、新たにアリのモンスターが3体湧いていた。

やっていることは、ただひたすら同じモンスターを倒しているだけなのだが、メイプルと一緒にやっていると、よくも悪くも退屈しない。

時折、心臓と胃にダイレクトアタックしてくるような事案を持ってくることもあるが。

最初のスキル暴露会の時とか、典型的な例だし。

それと、時折奥から金属音が反響するような音が聞こえるんだが、シオリとサリーが戦っているのか、あるいは、プレイヤー相手に中ボスみたいなことをしているのか。その場合、俺とメイプルがボス扱いになるが。

とりあえず、キリのいいところで切り上げて、何があったのかシオリとサリーに聞いてみることにしよう。

 

 

* * * * *

 

 

しばらくレベル上げをしていたが、そろそろ7日目に突入しそうになったタイミングで切り上げることにした。

 

「ふふ、シロップも朧も、いっぱいレベルが上がったね!」

「当面は、今のままでも十分戦えるだろうな」

 

元のステータスが高いこともあって、プレイヤーなら低いレベルでも、シロップやクローネたちの場合はそれなりに強いステータスにまで育っている。

そんなことを話しているうちに、毒で蓋をしているところまで戻ってきたが、3人の話し声が聞こえてきた。

2人はサリーとシオリだとして、残りは誰だ?

 

「2人とも、戻ったぞ・・・って、ん?」

「サリー!レベル上がったよー!ほらほらー!・・・あれ?」

 

毒の壁を抜けると、シオリとサリーの他に顔だけは知っているプレイヤーが立っていた。

そして、メイプルの反応からして、メイプルとサリーは面識があるらしいようだ。

 

「カスミ!?なんでいるの!?」

「ん・・・それはまあ、メダルを守るためだが・・・」

 

カスミと呼ばれた女性は、ちらりと俺と俺たちのテイムモンスターを見た。

一応、こうして話すのは初めてだから、挨拶はしておこう。

 

「まぁ、知っていると思うが、第1回イベントで1位になったクラールハイトだ。あんたは、6位だったカスミ、で合ってるよな?」

「あぁ、間違いない。そちらのシオリとも、自己紹介は済ませてある」

「そうか。それと、こっちのモンスターは、簡単に言えばボス討伐の報酬だな。俺たちのパートナーだ」

 

シロップやクローネの簡単な説明に続き、メイプルとシオリが祠のボスについて話し始める。

その間に、サリーからカスミとの関係を聞くと、どうやら同じダンジョンを攻略した仲らしく、それなりに厳しい条件下で共に戦い、フレンド登録したとのことだった。

なんというか、俺の身近な女子はすぐにフレンド登録する習性がある気がするな。

カスミの方も、メイプルたちの戦ったあり得ない強さのボスと、俺たちの戦ったあり得ない難易度のギミックに驚き、それらを攻略したことにかなり驚いているようだった。

また、カスミも他で同じようにモンスターを連れているプレイヤーは見かけなかったことから、テイムモンスターを連れているのは、今ここにいる4人だけだと考えていいだろう。

 

「もしかしたら、他にもいくつか祠のダンジョンがあったかもしれないな。まぁ、攻略する気にはならないが・・・それに、今後のイベントで入手できる機会があったとしても、相応の難易度になりそうだ」

「それやったら、今後のアップデートでテイムモンスターが追加されるかもー、って話したやん」

 

俺からフウを受け取っているシオリの言う通りではあるが、俺の言った可能性もまったくの0ではない。

どのみち、、俺たちには今いるクローネやフウたちで十分だろう。

 

「それで、どうする?この洞窟から出る?」

 

メイプルもサリーに朧を返してから、今後のことを聞いて来た。

そして、なぜか視線が俺に集まる。自然と、参謀みたいな立ち位置になった感じだ。

 

「・・・このまま安全なこの洞窟に引きこもる理由はあっても、わざわざ危険のある外にでる理由はないしな。メイプルに入り口に毒の塊で蓋をしてもらって、残りはここで過ごそう」

 

【毒無効】を持っているプレイヤーはかなり限られるだろうし、その限られ人数なら返り討ちにするくらい簡単だ。

問題は、同じく金メダルを持っていて、俺とシオリとはそこまで仲がいいわけでもないカスミがどうするかだが・・・

 

「私は、お前たちと戦うつもりはない」

「俺も、わざわざ敵対するつもりもないな」

「うちもや」

 

カスミの了承も得たところで、メイプルに通路の入り口に蓋をしてもらい、念のため1人見張りをつけながら睡眠をとった。

この後は、メイプルとサリー、俺とシオリで集めた銀メダルを分配し、カスミも交えてメイプルが用意していたオセロやトランプなどの暇つぶしグッズで遊んですごした。

ちなみに、この時にサリーとシオリがお互いの戦利品を報告して勝敗を決めたのだが、カスミの審判のもと、シオリの勝ちということになった。

メイプルとサリーの集めた装備も、どれも優秀なのだが、さすがに【古代の護石】と【目覚めの奇跡】を上回るものはなかったらしい。

今回の勝負の「勝ったら負けた方に何でも1つお願いを聞く」という条件は、シオリはもうどうするか決めてあるようだったが、ひとまずイベントが終わったあとに話すということになった。

そんなことをしていると、あっという間にイベント終了のアナウンスが鳴り響いた。

 

「んじゃ、後で合流だな」

「そうやな。また後で、や」

「うん、また後でね!」

「じゃあ、戻ったら」

「あぁ、また会おう」

 

一時の別れを済ませてから、俺たちは転送されていった。

新たな出会いに、新たな力。

今回のイベントでは、これ以上にないくらいの収穫があったな。




ようやく、第2回イベント編が終わりました。

考えてみれば、「名前→技」の流れって、完全にポケモンですよね。
この場合、プレイヤーも攻撃に加わっていますが。
スマブラでも、トレーナーは安置にいるというのに。
あと、シオリがもののけ姫みたいなことになっているのに、今気づきました。
こっちは美少女大好き人間ですけどね。


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メダルスキル

転移された場所は、イベントが始まる前の広場だ。時計を見れば、時間の流れも元通りになっている。

その後、運営から30分後にメダルとスキル等の交換を行うため、メダルの受け渡しは今のうちにやるようにというアナウンスが流れた。

俺とシオリの場合、すでに受け渡しは行っているから関係ない。

 

「はてさて、どんなスキルがあることやら」

「なんにしても、さらに強化を見込めるのは間違いあらへんなぁ」

 

シオリの言う通り、メダルスキルは強力なものが多いだろう。

もしかしたら、今後のアップデートでなにかしら追加される可能性もあるが、今はそんなことは気にせずに選ぶとしよう。

そして30分後、メダルを10枚以上集めたプレイヤーが次々に転送されていった。

 

 

転送された先は、ステータス画面と同じような青に埋め尽くされた部屋の中で、中央にパネルが浮かんでいる。

それを確認すると、メダルで交換できるスキルが選べる画面だった。

 

「ふむふむ・・・スキルの数は100、と。けっこうあるな」

 

数もそうだが、戦闘系スキル、生産系スキル、ステータスアップ系スキル、そのどれにも属さないスキルと、随分と多様だ。

とりあえず、俺は戦闘系スキルを中心に、弓関連のスキルを取得するか。俺のプレイスタイルなら、ステータス上昇は今のところ重要でない。

スキルの名前をスクロールしていると、いろいろと強そうな名前が見える。

【聖剣術】とか、ペインが使ったらビジュアル的にすごいハマりそうな感じがするし。

 

「まぁ、それはさておき、俺の方は・・・」

 

スキルを吟味していったが、1つ目はすぐに決まった。

 

【パワースナイプ】

通常より強力な矢を放つ。威力は対象が距離が遠いほど上昇する。効果は最低50mで2倍、最大300mで5倍。

30分後、再使用可。

 

遠距離狙撃がメインの俺にとって、これ以上ないほどに強力なスキルだ。最大威力が、単純計算で300mだとSTR値がおよそ600相当のダメージが出ることになる。

問題は、あと1つをどれにするかだ。

ぶっちゃけ、他の弓のスキルは俺のスタイルに合わなかったり、上位互換になっているものばかりだし、だからといって今さら他の武器のスキルをとる気にもなれない。

どうしたものかと悩んでいたが、ふと思いついた。

 

「・・・俺の場合、DEXもそこそこあるし、いっそ生産系のスキルも見てみるか?」

 

【魔弾の射手】の都合上、武器に限りがなくなるのはそれだけでありがたい。

今のところ、生産系のスキルは1つもないが、なにかいいのがあればそれで・・・

 

「・・・あった」

 

ちょうど、いいのを見つけた。それも、俺からすればチートレベルのものを。

俺は迷いなくそれを選び、スキルを選び終えた俺は再び光に包まれて転移された。

 

 

 

もとの広場に転移されると、すでにシオリが俺を待っているところだった。

 

「なんや、随分と長かったなぁ」

「あぁ、1つはすぐに決まったんだが、もう1つに時間をとってな。だが、いいスキルを手に入れたぞ。ちなみに、シオリは?」

「うちは【スピードスター】と【追刃】やな」

 

【追刃】はたしか、攻撃した際に3分の1の威力の追撃が発動するスキルだったか。

たしかに、シオリは基本的に一撃離脱が多い。その一撃の威力がとんでもないのだが、今回のイベントのボス戦で手数が欲しい場面は何回かあったから、納得できる選択だ。

【スピードスター】はステータスアップ系のスキルで、AGIを1.5倍するスキルらしい。

さらに速くなるのか、シオリよ。このままだと、メイプルのAGI版になるのもそう遠くないかもしれないな。

 

「それで、クラルは何を選んだん?」

「そうだな・・・フィールドに出て試してみるか。俺もちゃんと確認したいし」

「・・・なんやろ、ちょっと不安になってきたわ」

 

シオリがぼそりと呟きながらも、フィールドに向かう俺の後ろをついて来た。なんやかんや言って、シオリも気になるのだろう。

 

 

* * * * *

 

 

俺とシオリが向かったのは、ほど近い荒野だ。

ここなら、新しいスキルを試すのにもってこいだ。

 

「さてと、まずは【パワースナイプ】からだな。クローネ、【覚醒】、【巨大化】」

 

荒野に着いた俺は、さっそくクローネを呼び出して巨大化させ、背中に乗って300m上空まで上昇した。

上空から【視覚共有】も使って索敵し、目的のモンスターを見つけた。

この荒野には、かなり硬い黒い岩でできたゴーレムのようなモンスターがいる。

このゴーレムは通常のゴーレムよりも格段に物理耐性が高く、逆に魔法には極端に弱いという特徴を持つ。その性質上、俺でも【エクスプロージョン】を使わなければ倒せないモンスターだ。

今のシオリならごり押すこともできるだろうが、俺だと物理では手も足も出ないモンスターだ。

シオリにメッセージで近くに待機するように伝え、シオリが近くに待機したのを確認してから、矢をつがえ、スキルを発動した。

 

「【パワースナイプ】」

 

図体が大きく動きも遅いゴーレムが知覚外からの攻撃に対応できるはずもなく、放った矢は狙いたがわずゴーレムに直撃し、1発で瓦礫となり、光となって消えてアイテムをドロップした。

ゴーレムがいた場所の近くにクローネを下ろすと、呆れ100%のシオリが出迎えた。

 

「・・・なんや、今の?」

「【パワースナイプ】っていう、距離に応じて威力が上がる弓のスキルだ。最大300mで5倍だから、実質STR600相当になるのか」

「もう完全に、超遠距離砲台やなぁ」

 

ついでに言えば、広範囲爆撃も可能なわけだが。

さらに、今の俺にはさらなる爆撃手段がある。

 

「ついでに、ちょうどいいアイテムをドロップしたから、もう1つのスキルを使うとするか。【奔放な錬金術師】」

 

俺がもう一つのスキルを発動すると、魔法陣が俺の足下に、パネルが俺の前に現れた。

【奔放な錬金術師】は、工房がなくても手持ちのアイテムから消耗アイテムを生産できるスキルだ。

パッと見は強力そうだが、数々の短所もある。

まず、生産できるのは消耗アイテムのみであって、投擲アイテムやポーションを生産することはできても、武器や防具、装飾品なんかは生産できない。

また、効力も生産職プレイヤーが工房で作成したものより落ちる。素材となるアイテムを多く使うことで低い効果を補うことはできるらしいが、決して効率がいいとは言えないだろう。

だが、俺にはそれでも十分だった。

なにせ、特殊効果を持った矢も立派な消耗アイテムだから、【奔放な錬金術師】で生産できる。

必要DEXが足りなくて生産できないアイテムも多いが、このスキル限定のアイテムもある。十分、俺の力になるだろう。

試しに、今のゴーレムがドロップした鉱石系のアイテムから、着弾すると爆発する【ボムアロー】を生産した。

試しに近くのゴーレムに放ってみると、ちゃんと着弾した時に爆発した。

素材にしたアイテムが少なかったからか、1発で倒すことはできなかったが、効果はちゃんと確認できた。

標的にしたゴーレムを倒してから、俺はシオリに向き直った。

シオリは、ポカンと口を開けて俺を見ていた。

 

「とまぁ、これが俺の選んだスキルだ」

「・・・今頃運営は、このスキルを突っ込んだのを後悔しとるやろなぁ」

 

やばい奴にやばいスキルが渡ったのだから、たしかにシオリの言う通りだろう。

だが、

 

「いや、シオリ。たぶん、俺なんかより・・・」

 

続けようとして、ふと砂漠の方向を見た。

いや、見てしまった。

 

 

 

そこでは、巨大なカメが空を飛んで毒の雨を降らせていた。

毒とカメで、誰がやっているのかはなんとなくわかる。

わかるが、それでも俺が思っていたのと違い過ぎる。

 

「・・・メイプルの方がやばそう、って言おうと思ったが、すでにやばいことになっていたな」

「・・・せやな。メイプルちゃんに比べれば、クラルなんてまだ普通や」

 

シロップが浮いているのはどういうスキルによるものかはわからない。

だが、あとで説明を聞いておく必要があると、俺とシオリは頷きあって荒野を後にした。



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オフ会・前編

第2回イベントが終了してから2日後、俺とシオリは学校の制服姿で、駅前で立っていた。

ここはNWOの世界ではなく、現実(リアル)の世界だ。

どうして駅前に立っているのかと言えば、例のシオリとサリーの勝負の賞品である「勝ったら負けた方に何でも1つお願いを叶えてもらう」で、シオリが要求したのが、

 

「この4人で、リアルで集まってオフ会をせぇへん?」

 

というものだった。

シオリの本音は「リアルのメイプルちゃんに会いたい!」なんだろうが、それだと勝負に巻き込まれただけのメイプルに迷惑をかけてしまうことになる。

だから、オフ会を建前に使うことでメイプルにも楽しんでもらう、ということになったのだ。

サリーとしても、メイプルが「面白そう!」と賛成すれば渋る理由もなく、この提案を快諾してくれた。

そして、そのオフ会というのが今日なのだ。

なぜ休日にやらなかったのかと聞かれれば、俺たちとメイプルたちの家の距離が思っていたより近かったのが1つ。そして、メイプルがNWOにログインしなくなったというのがもう1つだ。

イベントの翌日、サリーからメイプルが時間加速の影響でリアルの方でもゲームの癖が盛大に出てしまったから、3日間は完全にゲームから離れるということを聞いた。

だったら、リアルの方でも楽しいことをして早く感覚を取り戻してもらった方がいいということで、急遽開催することになったわけだ。

幸い、オフ会の場所もすんなり用意できたから問題ない。

というか、

 

「ごめんなぁ、透。いきなり、透の家に大人数で押しかけることになってもうて」

 

シオリの言う通り、俺の実家がオフ会の開催場所になった。

さすがに翌日いきなりなのはどうなんだろうと思ったんだが、

 

「まぁ、父さんと母さんの許可も得たし気にするな」

 

父さんも母さんも「透と栞奈ちゃんのお友達なら!」と承諾し、むしろ「連れてこい!」と言わんばかりになった。

たぶん、そのお友達が可愛い女の子2人と聞いて、興味半分下世話半分の思考になっているのだろうが。

特に母さんは、なぜかシオリに似て可愛い女の子が大好きな人間だし。

さすがに、年相応にシオリのようなスキンシップはしないが、ずいぶんと甘くなる。それも、「息子より娘が欲しかったんじゃないか?」と思わせるくらいに。

ちなみに、母さんにそれをぶっちゃけたことがあるんだが、母さんは平然とした表情で「あら、母さんはかっこいい男の子も好きよ?」などと言ってのけたから、この辺りで「あぁ、深く考えたらダメな類なんだな」と察した。

 

「それにしても、メイプルちゃんもサリーも遅いなぁ」

「いや、まだ集合時間まで時間あるからな?俺たちが早く来ただけで」

 

さすがに学校が違えば時間割も違う。俺たちはメイプルたちよりも1時限早く授業が終わったため、余計に長い時間待つことになってしまっただけだ。

それに、そろそろ着てもおかしくない時間だ。

 

「あっ、おーい!」

「ごめん、待たせた?」

 

噂をすれば、もうすでに聞き慣れた、だがいつもと少し違うように感じる声が聞こえてきた。

駅の方を見れば、メイプルが手を振りながら俺たちに駆け寄ってきて、後ろからサリー、もとい白峰理沙も駆け足で近づいてきた。

 

「気にするな。俺たちの方は授業が早く終わっただけだし、ちゃんと集合時間の前だ。問題ない」

「おー、リアルのメイプルちゃんもかわええなぁ!」

 

会って早々、栞奈がメイプルにハグした。

いくら最近のVRゲームがリアルに近づいてきたとはいえ、やはりリアルと比べて差はでてくる。

シオリは、めいいっぱいメイプルを抱きしめる感触を堪能している。

 

「はいはい、人目もあるし、それぐらいにしておけ」

「はぁい、続きはまた後やな」

「う~ん、こっちのシオリちゃんも、ゲームの時と変わらないね」

「こいつの美少女好きは筋金入りだからな。っと、一応自己紹介しておくか。クラールハイトもとい、神崎透だ」

「シオリこと、九条栞奈や」

「え、えっと、メイプル改め、本条楓(ほんじょうかえで)です!」

「私は知ってると思うけど、一応ね。サリーこと、白峰理沙よ」

「それで、クラルくん、じゃなくて、神崎君のお家に行くんだよね?」

 

自己紹介を済ませたメイプルもとい本条が、俺に尋ねてきた。

 

「あぁ。それじゃあ、さっさと行こうか。俺の家は、歩きでもそう遠くない」

 

本条の問いに簡単に答え、栞奈たちを連れて実家に向かった。

その道中、やはり男女比が1:3だと否応に周囲から視線が向けられ、中には怨嗟の眼差しを向ける者もいた。

それに気づいているのかいないのか、本条は無邪気に俺に話しかけてくる。

 

「そういえば、神崎君のお家ってどんなところなの?」

「どんな、って言われてもなぁ・・・ぶっちゃけ、見た方が早い」

「そうやなぁ。透の言う通りやな」

 

意味深な俺と栞奈の言葉に、本条と白峰は顔を見合わせる。

その後も、雑談を交わしながら歩いていると、俺の家に着いた。

 

「着いたぞ。ここが俺の実家だ」

「こ、これって・・・」

「す、すごいわね・・・」

「まぁ、最初はそうなるなぁ」

 

俺の実家を見た本条と白峰は、言葉をなくして()()()()

なにせ、

 

「こんな立派なお屋敷、初めて見たよ」

「『神崎流道場』って・・・神崎君の実家って道場だったの?」

 

そう、俺の実家は立派な和式の屋敷で、立派な門には『神崎流道場』と達筆な字で書かれた木製の看板が立てかけられている。

2人の言う通り、俺の実家は武術の道場で、近所ではそこそこ有名なお屋敷なのだ。

 

「あぁ。ちなみに、うちの道場の門下生もそれなりにいるぞ」

「まぁ、門下生っていうよりは、子供の習い事って感じやけどな。決まりもあるけど、基本的に緩めやし」

 

呆然としている本条と白峰に解説を入れてから、門の脇にあるインターホンを鳴らすと、2人はハッ!と意識を取り戻した。

インターホンから出たのは、母さんの声だった。

 

『はーい?』

「母さん、俺だ」

『あら、透?ってことは、栞奈ちゃんとお友達も一緒かしら?』

「あぁ、そうだ。さっさと上がっていいか?」

『えぇ、大丈夫よ』

 

母さんの確認もとったところで、おっかなびっくりの2人を連れて門をくぐった。

門をくぐって最初にあるのは、石畳の通路と砂だけの簡素な庭だ。そこでは、すでに何人かの子供が簡単なトレーニングをしていた。

 

「あっ、先生!こんにちは!」

「透先生!こんにちは!」

「おう。お前たちも、基礎トレ頑張れよ!」

「「「はい!」」」

 

俺が微笑みながら励ますと、子供たちは元気よく返事をして、再びトレーニングに戻った。

 

「先生って、神崎君、子供たちに教えているの?」

「あぁ。つっても、俺が教えるのは、あぁいう基礎トレの指導の手伝いをするくらいだな」

「へぇ、そうなんだ。偉いね、家の手伝いをするなんて」

「べつに、これくらいはな」

「こんなこと言うとるけど、実際はお小遣いありきやからな」

 

シオリの暴露を、俺は否定しなかった。

実際、道場での指導を手伝うことでしか、俺の小遣いが溜まらない。まさに、働かざる者食うべからず、というわけだ。

 

「それに、クラルの場合、本格的なことは教えてもらうより見た方がえぇしな」

 

シオリのボソッとした呟きは、初めての豪邸でテンションが上がっている本条と白峰には届かなかった。

そうこうしているうちに、俺たちは普段生活している母屋の玄関についた。

 

「ただいまー」

「おかえりなさい、透。皆さんも、よくいらっしゃいました。透の母の花梨(かりん)と言います」

 

玄関を開けると、すでに母さんが待っていて、本条と白峰にお辞儀した。

2人もお辞儀を返そうとしたが、その動きがビタッ!と止まった。

 

「えっ、お、お母さん、ですか?神崎君の?」

「えぇ、そうですよ」

「えっと、お姉さんではなくて?」

「あら、うれしいわね」

 

母さんは「あらやだ」と頬に手を当てながら喜ぶが、2人の気持ちはわからないわけではない。

なにせ、母さんはすでに30代のはずなのに、20歳前後と言われても納得できるほど若々しいのだ。身長も、俺より低くて栞奈より高いくらいだ。

俺の家でオフ会をするのは早まったかとも思ったが、決めてしまったことはしょうがない。

2人には驚きの連続になるかもしれないが、できるだけせっかくのオフ会を楽しんでもらおう。




少しクラルくん、というかリアルの神崎君に要素を付け加えてみました。
まぁ、これくらいならね?まだ許容範囲内かなと。


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オフ会・中編

「あっ、そうそう。透、ちょっといい?」

 

気を取り直した、白峰と本条が母さんに自己紹介したのを確認してから、さっそくオフ会のために俺の部屋に向かおうとしたところで、母さんから声をかけられた。

 

「どうかしたか?」

「悪いのだけど、オフ会を始める前に、1回だけ立ち合いをしてほしいのだけど」

「え?今日はそういう予定はなかったんじゃ?」

「実は、迷惑な話なのだけれど、いきなり道場破りの人が来てね。『神崎透を出せ!』って言ってきかないのよ。まだ帰って来てないって言ったら、それまで待つって言われちゃって、お母さんたちも困ってるのよ・・・」

「それ、むしろ道場荒らしだろ・・・父さんは?」

「お出かけ中よ。今頃、スーパーで買い出しをしてると思うわ」

「はぁ、そうか・・・悪い。そういうわけだから、ちょっと待っててくれないか?」

 

急にできた面倒ごとに頭を抱えながら、白峰と本条に謝罪する。

2人は気にしなくていいと首を振りつつも、違うことが気になるようだった。

 

「それよりも、大丈夫なの?けがとかしない?」

「道場破りをするって、相手もそれだけ自信があるってことよね?」

 

どうやら、せっかくのオフ会の前に俺が怪我をしないか心配してくれているらしい。

その心配はないと言おうとしたが、その前に母さんが手を叩きながら、2人に提案をした。

 

「そうだわ!せっかくだし、2人も見学しない?もちろん、栞奈ちゃんも一緒に」

「「え?」」

「そうやなぁ、せっかくやし、見させてもらいますわ。ほな、2人もいくで。透、うちらは先に行っとるからな!」

 

白峰と本条は目が点になり、栞奈はせっかくだからと乗り気になった。

栞奈は困惑する2人を引っ張り、勝手知ったると言わんばかりに母屋と隣接している道場に向かった。

 

「やれやれ・・・母さん、道着は?」

「道場の更衣室に置いてあるわ」

「わかった」

 

言われるがままに連れていかれた2人に同情しながら、俺も道場に向かった。

道場の中に入ると、すでに門下生が何人かいたが、その対面に大柄な男が胡坐をかいて座っていた。

だが、俺は相手の男の顔は知らない。

相手の方は、俺の姿を見るとすぐに立ち上がり、俺に近寄ってきた。

 

「お前が神崎透か?」

「そうだけど、あんたは?」

「俺は大山鉄二(おおやまてつじ)。大山道場の者だ」

「あ~、聞いた事ある名前だな」

 

俺も道場の家の長男として、他の道場の情報はそれなりに叩き込まれている。

大山道場は、目立った実績はないものの、堅実に結果を残すことでそれなりに名が知られているところだ。

大山鉄二は、今の大山道場の跡取りだったはず。

 

「それで、その大山道場の人間が、どうして俺を?」

「俺の弟が、この前の交流試合でお前に惨敗したと聞いて、俺自ら仇を取りにきたのだ!」

「? すまん、身に覚えがないんだが・・・」

 

たしかに、第2回イベントの前くらいに、武術協会の交流試合があったのは覚えているが、そこで大山道場の人間と試合をした記憶はないんだが・・・

 

「名前は大山大輝(だいき)だ!」

「あぁ、思い出した!」

 

そういえば、たしかにそんな名前の人がいたな。あのときの交流試合は第2回イベントのことがあったから、あまり試合の記憶が頭に残ってなかったんだよな。

だが、この反応は相手の感情を逆なでしてしまったようで、

 

「ふんっ、雑魚など眼中にないとでも言いたげだな?だが、そんな余裕、俺が崩してやる!」

 

相手はやる気満々のようだが、それって割と逆恨みじゃね?

まぁ、それを言ったところで、相手が納得するかどうかは別だが。

 

「わかったわかった。とりあえず、俺も道着に着替えるから、少し待ってろ」

 

早くオフ会を始めたい俺は、さっさと相手を帰らせようと胸に決めて更衣室に向かった。

 

 

* * * * *

 

 

「あらら、透の悪い癖がでてもうた・・・」

 

さっきのやり取りを見て、うちは思わず天を仰いだ。

 

「栞奈ちゃん、神崎君の悪い癖って?」

「透って、同年代の相手ならだいたいは考え事しながらでも勝てるから、今みたいに相手のことを覚えていないなんてことがたまにあるんや。今回は多分、第2回イベントのことで頭がいっぱいになってたときの試合やったんやろなぁ」

 

透からすれば逆恨みに感じるかもしれないけど、わりとキレてもおかしくないし。

 

「でも、大丈夫なの?相手の人、神崎君より大柄だよね?」

「それに、年齢も上でしょうし、力では完全に負けているでしょうから、心配だわ・・・」

 

透の実力を知らない楓ちゃんと理沙は、更衣室の方を心配そうな表情で見る。

 

「大丈夫や。透ならどうってことないって」

 

心配する必要はないと2人に声をかけると、ちょうど道着の袴に着替えた透が中からでてきた。

透は大山兄の前に立って、間に審判役の門下生が入った。

 

「これより、神崎透と大山鉄二の野良試合を始めます。勝敗は、降参するか続行不可能と判断した時点で決めます!

それでは、始め!」

 

試合開始の合図が出たと同時に、大山兄の方から距離を詰めた。

大山道場は、攻守のバランスを意識しつつも、どちらかといえば攻撃に重点を置いているって話やったはず。

大山兄の踏み込みも、そんじょそこらでは見ないような鋭いものやった。

せやけど、透はさらにその上を行く。

透は大山兄のプレッシャーに微塵も動揺せずに、あくまでも冷静に大山兄の攻撃を捌く。

 

「す、すごい・・・」

「どういう見切りをしてるのよ・・・ほとんどすれすれじゃない」

 

初めて透の立ち合いを見る楓ちゃんと理沙は、ハラハラしながら試合を見守っていた。

 

「心配せんでもええよ。むしろ、今は透の土俵や」

「え?そうなの?」

 

楓ちゃんの返しに、うちは黙ってうなずく。

神崎道場は、同じ業界からは“水”に例えられとる、らしい。

時にはギリギリの間合いで相手の攻撃をかわし、時には相手の勢いを利用していなし、時には一撃必殺の攻撃を叩き込む。

その変幻自在な型で、代々いろんな賞や大会を総なめにした、って透の親父さんから聞いた事がある。

その中でも、透はゼロ距離の間合いに優れていて、相手に密着して何もさせずに倒すっちゅー戦い方で、いろんな大会で優勝した。

せやから、透の部屋は武術の大会のトロフィーとうちが誘って参加したゲームの大会のトロフィーで大変なことになっとる。

そうしている今も、至近距離で1発も攻撃が当たらないことに焦ってきたのか、大山兄の動きが乱れてきて、その隙を突いて透があっという間に大山兄を組み伏せた。

大山兄もなんとか抜け出そうとしとるけど、大山兄の動きがすべてわかっているみたいに透が対処するから、

 

「・・・まいった」

 

最終的に、大山兄が降参して試合は終わった。




オフ会と言いながら、ほとんど透スゲー回という。
ちゃんと次回はオフ会します・・・たぶん。


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オフ会・後編

「いやー、さっきはすごかったね、神崎君!」

 

さっさと手合わせを終わらせ、オフ会のために俺の部屋に向かっている道中、本条はさっきからずっと興奮冷めやらぬといった感じで俺に話しかけてくる。

 

「そうか?あんなもんだと思うが」

「それ、透くらいしか言えへんからな?さっき調べたけど、さっきの人、全国出場経験もある人やで?」

「そんなすごい人に、神崎君は完封したのね・・・」

 

白峰は、むしろ呆れた口調で話してくる。

だが、ふとした様子で尋ねてきた。

 

「ねぇ、神崎君って、いつから稽古を始めたの?」

「んー、たしか5歳くらいからか?」

「ご,5歳!?」

 

俺の武術を始めた年齢に、本条が驚きの声を上げる。

まぁ、普通なら遊びたがりの年齢だし、普通と言えば普通か。

 

「俺の場合、当時から父さんからの稽古を受けるのが楽しくてな。他の子どもと遊ぶこともあったが、どちらかと言えば父さんと稽古していた時間の方が長かったかもしれないな」

「でも、そんなに体を鍛えて大丈夫だったの?ケガとかもしなかったのかしら?」

 

白峰の疑問も、もっともだと言える。

成長期に過度なトレーニングをすると、体を故障するのは当然の話だ。

今はシオリとゲームをするくらいには熱が冷めているが、父さんも稽古好きだった当時の俺に頭を悩ませていたらしい。

そこで父さんは、あることを思いついた。

 

「俺が小学5,6年くらいのときに、稽古にVRを取り入れるようになったんだ」

「えっ、武術の稽古でVR!?」

「VRと言っても、あくまでVR空間を稽古に使うだけだけどな。それから、門下生の稽古でもVRを取り入れるようになったんだ」

 

当時は、武術界隈ではかなり波紋を呼んだらしく、かなり話題になったそうだ。

VR空間の是非に関して様々な議論が交わされたが、結果的に受け入れられるようになっていった。

VR空間では、VR空間だからこそのメリットがある。

それが、怪我のリスクがほとんどないことだ。

武術は肉体を使う都合上、どうしても怪我の可能性がつきまとう。技を失敗した時に、自分か相手のどっちか、あるいはその両方が骨折するというのも、よくある話だ。

だが、VR空間なら、どれだけ強くぶつけたり殴られたりしても、現実の肉体に直接的な影響はない。その時の感覚が体に残ることはあるが、逆に言えばそれくらいだ。

VRでは肉体を鍛えることができないという短所もあるが、それは他の時間で十分カバーできることだし、子供が怪我したり体を故障させるよりははるかにマシだ。

もちろん、VRで上手くいったからといってリアルで上手くいく保証はないが、体の動きを教わるだけでも十分だし、VRで反復すれば慣れない技で怪我をしたりさせたりするリスクも減っていい。

そういうことで、今ではVRを取り入れている道場も増えつつある。

 

「つまり、神崎君のお父さんは、武術界隈に新しい流れを作った先駆け人、ってことかしら?」

「まぁ、結果的にはそういうことになるな。そして、一番早くその流れに乗ったのが、俺でもある・・・着いたぞ」

 

話しているうちに、俺の部屋にたどり着いた。

 

「むふふ、2人もよく見るんやで。VRで武術漬けの暮らしをした透が、どんなことになったか」

「そういうのは大げさだと思うが・・・まぁ、驚くなよ」

 

そう言いながら、俺は自分の部屋の扉を開けた。

 

「「うわぁ・・・!」」

 

扉を開けた先には、ガラスケースの中に保管された、数々のトロフィーや表彰盾、額縁に納められた賞状だ。その数、全部で30を超える。

 

「すごい、すごいよ、これ!」

「うわぁ、いろんな大会で優勝して・・・あれ?ゲーム大会のトロフィーも混じってる?」

「それは、栞奈に誘われて参加したやつだな。ていうか、ゲーム大会は基本的に栞奈に誘われて参加しているのが多いが」

 

ガラスケースの中のトロフィーには、ゲーム大会のものも混じっている。そのため、トロフィーだけでなく大会限定の記念品なんかも飾られている。

 

「ちなみに、うちの部屋も、ゲーム大会のトロフィーとかがあるけど、数は透には敵わんなぁ。透の場合、ゲームと武術両方やってるからやけど」

「それに、俺がでた大会は、基本的にジャンルが偏っているからな」

「言われてみれば、VRのアクションゲームばかりね。他のゲームもやらないの?」

「もともと、鍛錬目的で始めたVRだからな。ボードゲームなんかもやったりするが、そっちはさすがにプロには負けるし」

 

栞奈から時折性格が悪いと言われることがあるが、その手のゲームには俺よりよっぽど性格の悪いプロがごろごろいる。徒手格闘と比べれば、ボードゲームはそこまで得意とは言えない。

もちろん、平均より強いつもりだが、それくらいだ。

ちなみに、第2回イベントの最終日でメイプルとオセロをしたが、結果は俺の辛勝。その前にメイプルはサリーを、俺はシオリを大差で打ち負かしていたため、だいたいの序列がついたようなものだ。

 

「その代わり、アクションゲームでは無双しとるけどな。神崎流の技を使ったりして、乱取りなんかもこなしとったし」

「へぇ、そうなんだ!」

「せっかくだし、その時の映像を見るか?たしか、今でも見れるはずだ」

「そうね、私は見たいわ」

「う~ん、私も、見ようかな。動画を見るだけなら、うん、たぶん大丈夫だろうし」

 

ゲームの一時断絶を心がけている本条は少し迷ったが、興味が勝ったのか白峰に同調した。

確認を取ったところで、俺の部屋に置いてあるパソコンの電源を付けようとすると、扉がノックされた。

扉の向こうから、母さんが声をかけてきた。

 

「透、開けてくれない?」

「はいはーい」

 

言われたとおりに扉を開けると、母さんが両手に持つプレートには豪華な食べ物が並んでいた。

もちろん、高価という意味ではないが、揚げ物を中心としたパーティー向けの食べ物が、どれも気合を入れて作ったというのがわかる。

 

「わわっ、こんなにいいですか!?」

「いいのよ。せっかく透がお友達を連れてきたんだし。それに、透も頑張ってくれたからね。今日のご飯は、お母さんも頑張ったわ!」

「ありがとうございますー、花梨さん!」

 

料理をふるまってくれた母さんに、栞奈が礼を言う。

ちなみに、なぜ名前呼びなのかというと、単純に見た目的に“おばさん”と呼ぶのは憚られるからだとか。

 

「それじゃあ、ゆっくりしていってね」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます、神崎君のお母さん」

「あら、花梨でいいわよ?楓ちゃんと理沙ちゃんみたいな美少女なら大歓迎だわ」

「はい、花梨さん!」

「わかりました、花梨さん」

「ありがとね。それじゃ、母さんは退散するわね。あとは、皆で楽しんでね」

 

それだけ言って、母さんはリビングへと戻っていった。

 

「それじゃあ、料理もきたことだし、オフ会を始めようか。それでは、第2回イベントの成功を祝して、乾杯!」

「「「乾杯!!」」」

 

俺の音頭に、3人も元気よく乾杯することで、俺たちのオフ会が始まった。

オフ会が始まってからは、皆で母さんの料理を楽しんだり、俺やシオリ、サリーの大会の動画の鑑賞会をしたりと、いろんなことをして楽しんだ。



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ギルド結成

オフ会から2日後、ようやくメイプルがNWOにログインしてきた。

オフ会の時にリアルの連絡先も交換したため、俺とシオリはすぐにメイプルたちと合流した。

 

「おかえりや、メイプルちゃん!」

「えへへ、ただいま!」

「ふぅ、これで揃ったな」

「そうね。それで、メイプルはこの3日間のことをどれだけ知ってる?」

 

サリーの問い掛けに、メイプルはシオリに抱きしめられながら「ううん、まったく」と首を横に振った。本当に、情報も含めて全面的にゲームから離れたらしい。

それでリアルの失敗がなくなったのなら、それでいいんだろうが。

それで、俺とサリーで順番に説明した。

追加されたのは、大きく2つ。

1つ目は、大盾に防御貫通スキルに抵抗するスキルが新たに追加されたこと。取得方法も、運営から知らされる。これは、メイプルに特に関係のあることだ。

そして、もう1つが重要だった。

 

「NWOに、ギルドホームが実装された」

「ギルドホーム?」

「あぁ。この街には、入れない建物が多いだろ?今、フィールドには【光虫】っていうモブが湧くようになって、そいつを倒すと【光虫の証】っていうアイテムを確定でドロップする。それを使うことで、街にあるギルドホームを購入する権利を取得できるんだ」

「ついでに言うと、虫の種類によって買えるランクが違ってきて・・・【光虫】の数は、建物の数しかない」

「えぇ!?」

「運営は、少しずつ建物の数を増やすつもりらしいけどな。まぁ、今はあまり関係ないが」

「じ、じゃあ、急いで探しに行こう!」

 

メイプルは、慌てたように急かしてくるが、その反応は予想通りだった。

 

「心配するな、メイプル」

「メイプルもそう言うと思って、じゃん!もう取ってあります!」

「お、おぉ!ありがとう!」

「ついでに、購入するための資金も俺とシオリ、サリーで集めておいたから、すぐにでもギルドホームを探しに行けるぞ」

「本当!?クラルくんもシオリちゃんもありがとう!」

 

サリーがインベントリから【光虫の証】を取り出し、俺がメニュー画面を開いて、ギルドホームを購入するのに必要な金額、500万ゴールドを表示した。

ここだけの話、今回の件はシオリがかなり張り切って、サリーがゲットしていたのは最低ランクのものなのだが、最上ランクのものが購入できるくらいのゴールドが集まっていたりする。

こういう資金稼ぎは、シオリのAGIですぐだから、そこまで時間もかかっていない。

 

「お返しとかは、べつにいらないからな」

「まぁ、どうしてもって言うんやったら、うちらにいい装備とかでええよ」

「わかった、探してみる!」

「またあとでいいからね」

 

そんなことを話しながら、俺たちは手に入れた証のランクで購入できるギルドホームを探しに、街の外周付近に向かった。

 

 

* * * * *

 

 

街の端付近に到着したところで、俺たちは足を止めた。

中央広場やNPCの店を利用するには少し不便だが、最低ランクならこんなもんだ。

 

「さて、どこにしようか?」

「そうだね・・・せっかくだし、秘密基地っぽいところがいいかな」

「それなら、こっちに行かへん?」

「路地裏なら、たしかに秘密基地っぽいわね」

 

4人であれにしようかこれにしようかと話しながらしばらく歩いていると、唐突にメイプルが足を止めた。

 

「ここ・・・いいかも」

 

そのギルドホームがあったのは、一通りのない道の奥。そこに、ひっそりとたたずんでいた。

 

「たしかに、メイプルが好きそう」

「たしかに、秘密基地っぽいな」

「なんちゅーか、ロマンを感じるなぁ」

「ここでいい?」

「うん、いいんじゃないかな?」

「俺も右に同じく」

「うちも構わへんで!」

 

全員一致で賛成し、サリーが【光虫の証】を取り出して扉に押し付ける。

すると、白い輝きが路地を埋め尽くし、扉がゆっくりと開いた。

俺たちも、中に入って行く。

 

「おー。けっこう広いね」

 

メイプルの言う通り、中は思ったよりも広い。

内装も木製の家具が中心で、部屋の奥に青いパネルがはめ込まれていた。

それを確認すると、どうやらここでギルドメンバーの登録ができるらしい。

ギルドマスターは、メイプルにした。

メイプルにギルドマスターを譲ったサリーはもちろんだが、俺たちも自分でギルドを運営するよりかは、メイプルがマスターを務めるギルドに入った方が面白そうだということで、メイプルをギルマスにするのに賛成した。

 

「さて、これでも最低ランクだが、50人まで登録できるみたいだな」

「50人て・・・2階もあるとはいえ、さすがに多すぎひん?」

「さすがに、すし詰め状態になるだろうな・・・まぁ、あくまで限界値だし、50人にこだわる必要もないだろ」

「それもそうね。それで・・・誰か誘ってみる?急がないと皆他のギルドに入っちゃうよ?」

「うーん・・・カスミとカナデに聞いてみようか!」

「そう言うと思った。いいと思うよ」

「なら、俺たちの方でも1人誘っていいか?第2回イベントのときにフレンド登録したんだが」

「うん、いいよ!」

 

メイプルの承諾も得たところで、俺は第2回イベントで出会ったくノ一少女、モミジにメッセージを送った。

すると、すぐに返信が返ってきた。

確認すると、俺とシオリがいるギルドなら喜んで、ということだった。

その少し後に、メイプルとサリーもカナデとカスミから返事が返ってきて、まだギルドに所属していないから喜んで、ということだった。

 

「よし、それじゃあ、さっそく広場で待ち合わせするか」

「私も行ってくる!」

「いってらっしゃい」

「うちらは、ギルドホームの中をもう少し見てくるわ」

 

ギルドホームにシオリとサリーを留守番させ、俺はメイプルを背負って広場まで走っていった。

 

 

* * * * *

 

 

広場に着くと、そこにはすでにカスミとカナデが噴水の縁に座って待っていた。

2人も俺たちに気づくと、立ち上がって手を振ってくる。

 

「2人ともありがとう!嬉しいよ」

「僕も誘ってくれて嬉しいよ」

「ああ、ありがとうな」

「これからよろしくな。ところで・・・」

 

手短に挨拶をしてから、待ち合わせをしていたはずのモミジを尋ねようとすると、

 

「あっ、クラールハイトさん!」

 

すぐ後ろから声をかけられた。

振り向くと、そこには忍者装束に身を包んだくノ一少女、モミジが俺たちに駆け寄ってきた。

 

「クラルくん、この子が?」

「あぁ、そうだ」

「わわっ、第1回イベントで3位だったメイプルさん!?もしかして、クラールハイトさんのギルドって・・・」

「察しの通り、メイプルがギルマスだ」

「はわわわわっ、光栄です!!」

 

モミジは、興奮で顔を真っ赤にしながらメイプルの手を握ってブンブンする。

考えてみれば、第1回イベントのトップ3が集まっているんだよな。今になって、俺たちのギルドが尋常じゃないことに気づいた。

まぁ、楽しむことが目的だし、気にしなくてもいいか。

全員集まったところで、俺たちのギルドホームに向かおうとすると、メイプルがどこかをジッと見ていた。

何がいるんだろうと思って俺もその方向を見ると、知った人物が歩いていた。

向こうの方も俺たちに気づいたようで、近づいてきた。

 

「お、イベント振りだな」

「クロムさん!久しぶりです」

 

その人物は、第2回イベントで山頂で会ったきりのクロムだった。

クロムの方も俺に気づいたようで、山頂で会った後のことを尋ねてきた。

 

「そういえば、俺たちが突入した後、どうなったんだ?」

「メイプルとサリーの2人で突撃して、無事クリアしたぞ」

「なんとか勝ちましたけど、強かったですよー!」

「そ、そうか」

 

俺とメイプルの言葉に、クロムはわずかに声を引きつらせた。

まぁ、自分たちを瞬殺したボスに勝ったのだから、当然と言えば当然だろう。

また、俺とシオリも同じような祠があった海のボスを倒したとついでに報告すると、完全に頬を引きつらせていた。

そりゃそうだ。完全に化け物揃いのギルドになるんだし。

そこで、メイプルもダメもとでクロムにギルドに入らないか尋ねたところ、クロムからもOKをもらった。

イベントの時のパーティーはその時限りのものだったらしく、今はフリーだということだった。

ならばと、クロムも誘って俺たちはギルドホームに戻った。

 

 

* * * * *

 

 

「ただいまー!」

「戻ったぞ」

「おかえり。あれ?クロムさんも連れてきたんだね」

「偶然会って、入ってくれるって!」

「せやったら、ちゃちゃっと登録しよか」

 

新しく入った4人は、それぞれパネルに入力を済ませていく。

 

「そういえば、ギルドの名前がまだだったな」

「言われてみれば、そうだったね」

「だったら、メイプルが決めてよ」

「せやな。メイプルちゃんがギルマスなんやし」

「私もそれがいいと思うぞ」

「そうだな、俺も賛成だ」

「私も、それでいいと思いますっ!」

 

俺たち4人から言われて、メイプルは名前を考え始めた。

しばらくして、メイプルがパネルにギルドの名前を登録した。

 

【楓の木】

 

これが、俺たちのギルドの名前で、これで活動していくことになった。

 

 

 

遠くない未来、俺たちのギルドが【人外魔境】、【魔界】などと、様々な意味であらゆるプレイヤーや運営から注目されていくことになるのだが、今の俺たちには知る由もないことだった。




とうとう、人外魔境が活動を始めました。
これから、どんどんすごいことになっていくと考えると、すごい楽しみになってきます。


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スキル取得・3 クラル編

「うーむ・・・」

 

ギルド【楓の木】を結成してから2日後、俺はギルドホームで1人悩んでいた。

 

「あら、どうかしたのかしら?」

 

思案にふけっていると、後ろから声をかけられた。

振り返ると、そこには水色の長髪の女性プレイヤーが立っていた。

名前をイズといい、昨日新たに【楓の木】の一員となった生産職のプレイヤーだ。

イズは戦闘力はからきしだが、その分生産系のスキルを数多く取得しているため、上位プレイヤーの中ではそれなりに名の知れた生産職プレイヤーだったりする。というか、生産に限れば、メイプルたちなんかと同じ異常枠に片足を突っ込みつつある。

イズもメイプルと交流があったことがあるらしく、その縁で【楓の木】のメンバーとなった。

 

「いや、ちょっと考え事をな」

「考え事って、どんな?」

「簡単に言えば、視力の問題だな」

「視力って、目が見えなくなったってこと?でも、VRゲームならそいうことはないわよね?」

「あぁ。むしろ、【鷹の目】のおかげでよすぎるくらいなんだが・・・」

「なんだけど、なに?」

「・・・最近、足りなくなってきたんだよ」

「え・・・?えっと、今はどれくらいの距離まで見えるのかしら?」

「300mくらいだな」

「・・・弓を射るなら、それでも十分だと思うけど」

 

イズの言うことも、もっともだが、俺の場合は事情が違ってくる。

俺には【百発百中】があるため、曲射軌道や縦方向の偏差射撃の必要がない。また、クローネによって最大300m上空まで上昇することが可能になった。

その結果、視野が300mでは足りなくなってきたのだ。

普通なら「300mまで飛ぶ必要はない」とか言われそうだが、俺からすれば敵の攻撃が当たりづらくなったり広範囲を見渡すことができたりといいことづくめなのだ。

一応、クローネは300mより先を見渡すことができ、【視覚共有】で俺も確認することができるが、狙撃するとなるとどうしても肉眼になる。

だから、どうにかしてさらに先を見れるようにしたいのだ。

 

「一応、そういうアイテムを探そうかと思ったんだが、今のところアイテムだとそういう情報はないし、装備品だと今じゃ空き枠がないから、どうしたものかと思ってな」

「なるほどね・・・だったら、どうにかしてスキルを強化するしかないんじゃない?」

「その通りなんだが、足がかりがまったく掴めなくてな」

 

だから悩んでいたわけだ、と説明したところで、ちょうど扉が開いて誰かが入ってきた。

 

「あれ?そんなに悩んだ様子で、どうしたの?」

 

入ってきたのは、カナデだった。

カナデの両手には、ルービックキューブが収まっており、ガシャガシャと崩しては色を揃えてを繰り返している。

実際は、このルービックキューブは杖であり、【神界書庫(アカシックレコード)】と呼ばれるスキルを内包している。

このスキルは、使用すると戦闘系、生産系、その他のスキルからそれぞれ3つずつ使えるようになり、1日経過したら取得スキルが消えてまた使えるようになる、というなかなかランダム要素の強いスキルだ。スキルレベルは中かⅤで固定で、すでに取得しているスキルは選出されないらしい。

カナデの場合、杖以外のスキルが選出されるとほとんど活躍できないというデメリットがあるが、逆に言えば1日限定でも他のプレイヤーが持っていないような強力なスキルを使うことができる、ということだ。

この説明を、後から入ったイズも含めたギルメン全員にされた。

そんなカナデに、ついさっきイズに言ったことをそのまま伝えると、にやりと笑って提案してきた。

 

「だったら、図書館に行ってみたら?」

「図書館?」

「うん。各層の街の中にあるんだけど、いろんな本が置いてあるんだ。実用的なものから、一見は必要なくても実は重要な情報がかかれているものまで、いろいろあるから、もしかしたら参考になる情報があるんじゃないかな?」

「なるほどな・・・うん、そうしてみる。ありがとうな」

「これくらいはいいよ」

 

カナデに礼を言って、俺はさっそく図書館に足を運んだ。

 

 

* * * * *

 

 

「さてと、なにか面白いものはないかなー、っと」

 

さっそく図書館に到着した俺は、片っ端から本のタイトルを吟味していく。

とはいえ、まったくの無策で探すわけにもいかないから、何かしら“見る”“狙う”という行動に関連するようなタイトルを探す。

ひとまず、それっぽい本を10冊ほど取り出し、図書館に備え付けられているテーブルに座って読み始めた。

とはいえ、それっぽい文章はいくつかあったものの、今のところは俺の持っているスキルの下位互換だ。

ていうか、メダルスキルを選んだ時もそうだったが、俺のスキル、どれだけやばいのが揃ってるんだよ。ここまで探して下位互換しかないとか、メイプルでもあるまいし。

やっぱり、そう簡単には見つからないか・・・。

 

「・・・ん?」

 

半ばあきらめムードだったが、最後の1冊が目に留まった。

タイトルは『星見の丘』。この第2層に存在し、夜に訪れると、他のどこで見るよりもきれいな星空を見ることができるらしい。

マップで場所を確認してみると、おそらく偶然迷い込むことはないだろうと思うくらいには辺鄙な場所にあるようだ。

普通なら、ただの穴場スポット紹介のようなものなのだろう。

だが、

 

「・・・基本的に、メイプルは楽しむを前提にした結果、あぁなったんだよな」

 

この前のシロップを浮かばせていたスキルも、特徴的な例の1つだろう。

だったら、たまには俺もメイプルの考えにあやかるとしよう。

実際、いつもは街の外に出て素材やゴールドを集めることがほとんどだったし、1層ではこういう穴場スポットは行ったことも調べたこともなかった。

それに、星空を見るのは俺も嫌いではない。

せっかくだし、今夜にでも向かうとするか。

 

 

* * * * *

 

 

ゲーム内ですっかり真っ暗になったころ、俺は1人で森の中を歩いていた。

目的は、例の『星見の丘』だ。

誰かを誘ってもよかったが、忙しい者がほとんどだったのと、星くらいゆっくり見たいということもあって、今回は俺だけだ。

 

「えっと、次はここを右で・・・」

 

行き先をメモした紙を片手に、道を確認しながら進んでいくこと数十分、ようやく森を抜けてひらけた場所にでた。

そこは小高い丘になっており、芝生が生えている以外は何もない。

だが、上空を見上げてみると、

 

「おぉ・・・」

 

そこには、そこら中に輝く星の絨毯が広がっていた。

実際の星座なんかも再現しているようで、いくつか見覚えのあるものもある。

俺は丘の頂上まで登って、芝生に寝転がって星を観察し始めた。

最近は、主にシオリと一緒にいることが多かったこともあって、こうしてゆったりするのも久しぶりな感じがする。

 

「おっ、さそり座見っけ。んで、近くにいて座があるんだったな」

 

こうして知っている星座を発見すると、無性に興奮してくる。

そこでふと、いて座はその矢をさそり座の心臓部に向けているという特徴があることを思い出した。

そして、無性に自分がそのさそり座の心臓を撃ちぬきたくなってしまった。

だって、【百発百中】なら実際にできそうだし。

思い立った俺は、さっそく立ち上がって矢をさそり座の心臓部に向ける。

 

「【パワースナイプ】!」

 

念のため、スキルも発動してから矢を放つ。

放たれた矢は、スキルの光の尾を引きながら、真っすぐにさそり座の心臓部に向かっていき、とうとう見えなくなってしまった。

その直後、いきなりいて座が強く輝き始め、いて座の星座線と矢を構えたケンタウロスの輪郭が現れた。

すると、いて座の矢の部分がひと際強く光ったと思ったら、その光が俺に降り注いだ。

反応が間に合わなくて直撃してしまったが、どうやらダメージはなかったようでホッとした。

光が止むと、いて座も元の輝きに戻り、同時にスキル取得のメッセージが出てきた。

 

【千里眼】

視力を超強化する。

取得条件

『星見の丘』でケイローン(いて座)の代わりに天の蠍の心臓を射抜く。

 

スキル説明はかなり簡潔だが、まさに俺の欲していたスキルだった。

もっと言えば、このスキルは視認できる距離がさらに上昇するだけでなく、その他の機能も強化されるようで、今の俺の目には暗闇の中でもはっきりと森の中が確認できた。

早く効果を試してみたいが、場所が悪い。

本格的に試すのは、明日以降にしよう。




自分は、何回かきれいな星空を見たことがありますが、しらびそ高原がもっともきれいでした。
そのときは家族と行ったのですが、流れ星も見えていたようで。
自分はその時は見つけられなかったのですが、またいつか行ってみたいですね。


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身捧ぐ慈愛

『星見の丘』を訪れてから数日、俺はひたすら【千里眼】の性能確認と慣らしに時間をあてた。

まず、【千里眼】の射程は、俺が確認した中で最も遠いのは4㎞ほどだった。さすがに千里(4000㎞)先まで見えるというわけではなかったが、4㎞でもまだ余裕があったから、実際はまだ遠くまで見えるかもしれない。おそらく、最大で10㎞くらいになりそうか。

また、動体視力や夜目なんかも強化されているようで、シオリのスピードにもある程度は目がついていけるようになったり、夜でも昼間と同じくらいの明度で見ることができるようになった。

これなら、再びPvP系のイベントがやってきたとき、かなり有利に立ち回れるだろう。

俺は望んだとおりのスキルが手に入ったことで軽くテンションが上がっていたが、1つだけ気になることがあった。

それは、イズが工房にこもっているということだ。

イズの話では、メイプルが新たな装備を作って欲しいと頼んできたという。

そう、あのメイプルが、だ。

メイプルが新しい装備を欲しがるとか、嫌な予感しかしない。

いや、メイプルが強化されると考えればその限りでもないかもしれないが、メイプルが新たなスキルを手に入れた場合、基本的に俺たちの胃と心臓にダイレクトアタックしてくるから、思わず身構えてしまうのだ。

そんな複雑な心境を抱きながら、俺が【千里眼】を取得してから5日が経過した。

シオリと共にギルドホームに入ると、ちょうどイズがメイプルに新しい装備を渡しているところだった。

 

「おっ、それがイズが作っとった、メイプルちゃんの新しい装備か」

「あっ、シオリちゃん!クラルくん!」

「へぇ、いつものと真逆で、全身真っ白なんだな」

 

イズの説明によると、名を大天使シリーズと言い、HPに全振りした性能になっているとのことだった。

そうこうしているうちに、残りの5人もギルドホームに集まり、各々感想を言った。

この中で、サリーとカスミは俺と似たような感じで「何があったか怖い・・・」というものだった。

 

「それで、どうしていきなり新しい装備を?」

「じゃあ・・・その説明も兼ねて、戦闘しに行かない?」

 

メイプルの提案に、俺たちも頷いた。イズも、今の装備でもう1回“あれ”を見てみたいということでついてくることになった。

 

 

* * * * *

 

 

「この辺でいいかな?」

 

全員をシロップとクローネに乗せて、手早くモンスターの群れが発生しやすいポイントまで移動した。

 

「じゃあ・・・いくよ!【身捧ぐ慈愛】!」

 

メイプルがスキルの名前を叫ぶと、メイプルにダメージエフェクトが発生し、それが消えると同時にメイプルから半径10mの範囲の地面がうっすらと輝き始めた。

だが、変化はそれだけではなかった。

メイプルの背中から1対の真っ白な翼が生え、頭の上に白く輝く輪が出現した。

さらに、メイプルの黒髪が金に染まり、瞳も深い青色に染まった。

 

「「「「「「「・・・えっ?」」」」」」」

「私も、最初はそうなったわ」

 

メイプルの変化に、俺たちは頭の中が真っ白になった。

エフェクトで地面が薄く輝くのは、まだわかる。

だが、ここまで見た目が変化するスキルが存在するのか?

ていうか、どこで手に入れてきた?

効果はどうなっているんだ?

様々な疑問が、頭の中を渦巻く。

普通なら「かわええ!」と飛びつくだろうシオリも、疑問符を大量に浮かべて固まっている。

だが、「まぁ、メイプルだし」と無理やり納得することで、ようやく目の前の現象を受け入れることができた。

 

「あはは・・・見た目変わっちゃうんだよねー・・・ああ、モンスターきちゃう」

 

そうこうしているうちに、目の前からモンスターの群れが迫ってきた。

俺は矢を構えようとするが、その前にメイプルから声をかけられた。

 

「みんなー!攻撃受けても大丈夫だよ!あっ、でも、クラルくんとシオリちゃんは危ないかも」

「私が受けるわ。皆分からないだろうしね・・・」

 

何を言っているんだろうと思っている中、イズが実際にその身にモンスターの攻撃を受けた。

しかし、イズのHPバーはわずかにも減少しなかった。

 

「は?どういうことだ?」

「・・・まさかと思うが、この光の円の範囲にいるパーティーメンバー全員に【カバー】がはたらく、なんて言わないよな?」

「いいえ、クラールハイトくんの言った通りよ」

「最初にHPを一定値もっていかれちゃうけどね」

 

なるほど、そういうことか。

とりあえず、襲い掛かってきたモンスターはサクッと殲滅して、説明の続きを促した。

言われてみれば、メイプルはVITは高いものの、HPは装飾品による効果を除けば初期値だ。割合ならともかく、一定値持っていかれるスキルだと危ない。だからこそ、イズにHPを確保できる装備を頼んだ、ということか。

 

「・・・つまり、全員がメイプルと同じ防御力になっているようなものってこと、か。うわぁ・・・」

 

エリア内にいる限り、メイプルを倒せなければ他のメンバーを倒せない。だが、その難易度自体がかなりのものだ。

一応、メンバー全員に防御貫通攻撃を当てることができればメイプルのHPも早く減るが、そもそも俺たちはイズとカナデ以外はちょっとやそっとの攻撃をくらう玉ではない。俺とサリーは避けるし、シオリは速すぎて当たらない。クロムは大盾ではじくし、カスミも俺やサリーほどではないにしても避ける。

これなんてラスボス?と思うが、ふと気になることがでてきた。

 

「だが、装備がHP全振りとなると、素のVITで大丈夫なのか?さすがに、実質装備抜きだと厳しいと思うが・・・」

「大丈夫!何も装備してなくてもVITは1000を超えてるから!」

「「ははっ、1000?」」

 

メイプルの返答に、カスミとクロムが乾いた笑みを浮かべるが、俺もそう言えばと思い出す。

メイプルには、【絶対防御】と【大物喰らい】でVIT値が4倍になる。そして、メイプルはVIT極振りだ。今のメイプルのレベルがどの程度のものかわからないが・・・スキル無しで250くらいなら、わりとおかしくないかもしれない。

そもそも、シオリだって装備とスキル有りの条件ならAGIが1000を超えるし、今さらだ。

それにしても、装備抜きでこれなら、【破壊成長】のある装備と組み合わせたらどこまでいくのか・・・。

 

 

ちなみに、クロムは掲示板でメイプルとサリーのことを書いているが大丈夫か、と聞いたところ、どっちも大丈夫だという結論になった。

仮に情報が広まっても、メイプルの防御力は下がらないし、サリーの回避力も落ちない。

肝心のスキルも、クロムは取得方法を知らない。

また、流れで俺とシオリのことも書きたければ書いてもいいということになった。

俺たちの方も、情報が流れたところで俺のエイムは落ちないし、シオリのスピードも下がらない。

仮にスキルが知られても、その程度で負けるほど軟な実力でもない。

もっと言えば、すでに俺とシオリは知る人ぞ知る有名人みたいな感じだから、掲示板の話題のタネになるなど今さらだ。

クロムも、実はメイプルたちと一緒にいることが多い俺とシオリのことが気になっているメンバーもいたからと、感謝してきた。

・・・気が向いたら、その掲示板を見てみようか。




最近、ネタをひねり出すのに苦労するようになってきました・・・。


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スキル探し・3 シオリ編

「う~ん・・・」

 

うちは今、盛大に悩んどる。

なぜなら、クラルもメイプルちゃんも、いつの間にか強力なスキルを身に付けていたから。

しかも、最近になってクロムもユニーク装備をゲットして、生存能力にさらに磨きがかかるようになった。

それに対して、うちはどうや?

走ることくらいしか、うちには思いつくことがあらへんし、情報サイトにあるAGI関連のスキルもだいたい取得した。

つまり、

 

「うちだけ、新たな強化に行き詰っとる・・・!」

 

一応、レベルを上げてAGIにステータスポイントを振っとるけど、それくらいしかできてへん。

ここ連日でいろんなところ(山の中、森の中、果ては水上まで)を走ったけど、これといったスキルは得られへんかった。

一応、【水蜘蛛】っちゅー、液状の上を長距離走れるスキルを取得したけど、AGIが上がるわけやないし、水上で戦う機会なんてほとんどないから、半ば死にスキルみたいになっとる。

今は、クラルが【千里眼】を取得するきっかけをつかんだ図書館で本を読んどるけど、それらしい新たな情報もない。

本当にどうしたもんかなぁ・・・。

 

「あれー?シオリじゃーん」

 

思わず突っ伏しとると、後ろから声をかけられた。

振り向いたら、そこにはフレデリカが立っとった。

 

「なんや、どしたん?」

「いや、こっちからすればシオリがどうかしたの?って感じだけどねー。さっきからうめきながら突っ伏してるし」

「うちには、いろいろと悩み事があるんや」

「悩み事って?」

「言うと思っとるん?」

「だよねー」

 

うちは、基本的に敵に塩を送ったりせぇへん。送るのは挑戦状だけで十分や。

さて、今日はこれで切り上げて、さっさと帰ろか・・・。

 

「だったらさー、こっちの相談も話してあげるから、シオリの悩みも聞かせてくれないかなー?それでチャラでしょ?」

「・・・逆に、フレデリカはえぇん?」

「実はね、ちょーっと困った、っていうか、気になることがあってね。シオリが悩みを話してくれたら、私もその情報を渡すよ?」

 

フレデリカの提案は、興味深いものやけど・・・今は、違うギルドの敵同士みたいなもんや。

ギルドホームが実装された以上、もしギルド対抗イベントが開催されたら、敵に情報を渡すことになるかもしれへんけど・・・。

 

「・・・まぁ、ええわ。特別に話しといたる」

 

うちだけの情報なら、まだ許容範囲内や。

メイプルちゃんの情報を余計に話しさえしなければ、そこまで窮地に立たされることもあらへんやろ。

 

「せやけど、話すのはそっちからや。うちの悩みを言うかは、その後で決める」

「オッケー。それでなんだけどね・・・」

 

フレデリカの話は、思ったよりおもろいもんやった。

最近になって、森の中であるモブが発生したらしかった。情報が公になっとらんのは、それに遭遇したのは今のところフレデリカが所属しとるギルドのメンバーだけらしいから。

そのモブは光の球みたいな見た目で、大した被害は出さない。せいぜいいたずら程度のデバフをかけるだけらしい。

せやけど、ギルドの中で一番速いプレイヤーが追跡しても、そのモブを捕まえることはおろか、モブの名前を確認することすらできへんかったっちゅーことらしい。

 

「それでね、いっそのこと誰かに調査を頼もうか、ってことになってね。そこで偶然、シオリを見つけたってわけ」

「なるほどなぁ・・・ってゆーか、フレデリカの所属してるギルドって、絶対にペインのところやろ?第2回イベントでも一緒やったし」

「あはは・・・まぁ、バレるよねー」

 

フレデリカは苦笑いしながら、うちの言葉を肯定した。

まぁ、所属しているギルドがばれるだけなら、大した問題でもあらへんやろうし、そもそも有名なプレイヤーが設立したギルドは、すでに100人近くのメンバーがいるらしいし。

ペインの【集う聖剣】も、その1つや。

それなら、一番速いプレイヤーっちゅーのも、ドレッドのことやろうな。

 

「まぁ、それは置いといて、どう?」

「そうやなぁ・・・ちょうど、うちの悩みにも合致しそうや」

 

うちはそう前置きして、悩み事を話した。

まぁ、ゆーて、最近、新しいスキル探しが打ち止めになってる、っちゅーだけで、クラルやメイプルちゃんのことは話さなかったけど。

 

「それなら、お願いしてもいい?そのモブの正体がわかったら、私たちに教えるってことで。もちろん、相応の依頼料を出すよ?」

「そうやなぁ、うちは構わへんけど・・・その辺り、ペインとかなんて言うとるん?」

「方法は任せるけど、実行する前に連絡してくれって。だから、さっそくだけどペインに連絡していい?」

「ええで」

 

そう言って、フレデリカはパパっとメッセージを送った。

数分後、返信がきたようで、フレデリカがメニュー画面を開いて確認した。

 

「・・・うん。ペインからも了承をもらったよ。それで、報酬はどうする?」

「情報の内容で決めよか。先に決めといて、割に合わなかったら嫌やし」

「わかった。それじゃあ、さっそく行こうか」

 

フレデリカの先導の元、うちらは臨時でパーティーを組んで例のモブが住まう森に向かった。

 

 

* * * * *

 

 

うちらが来たのは、街を挟んでクラルが【千里眼】を手に入れたところと逆方向にある森やった。

 

「この辺りであってるん?」

「そうだよー。ランダムイベントなのか、同じ時間帯でも出る時と出ないときがあるけどね」

「なら、出るまではひたすら粘るしかあらへんか」

「そうだねー・・・依頼料がかさまないといいなー・・・」

 

フレデリカの呟きには触れないで、うちは【白狼の呼吸】で周りにモンスターやモブがおらへんか索敵した。

せやけど、

 

「・・・モブはおろか、モンスターすらおらへんやん」

「おっ、だったら運がいいね。そのモブは、モンスターがいないときに限って出現するん、ってあぁ!!」

 

突然、フレデリカが叫び声を上げた。

フレデリカのHPバーを確認すると、移動速度低下のデバフがかけられとった。

つまり、例のモブが現れたっちゅーことや!

 

「どこや!」

「いた!あそこ!」

 

フレデリカが指を差した方を見ると、たしかに光の球が浮いとった。モブの名前もHPバーも確認できへん。

姿が見えたなら、先手必勝!

 

「【超加速】!」

 

うちは問答無用で【超加速】を使って、光の球に接近した。

すると光の球は、直線的に動きながらジグザグと木の間を縫って高速で移動し始めた。

たしかに、これならドレッドでも追いつけへんかもしれない。ただ速いだけやなくて、木が邪魔をするわけやし。

でも、うちは別や!

 

「舐めんな!」

 

うちはさらに加速しながら、木の方から避けていくように細かくステップを刻みながら光の球に近づいていく。

うちには【白狼の疾駆】があるから、障害物はAGI上昇の糧にしかならへん。

これには光の球もどうしようもできなくて、割とすぐに捕まえることができた。

どうして攻撃しなかったのかと言えば、接近してもHPバーが見えなかったから。

たぶん、中立モブなんやろうな。

なにせ、

 

『は、放しなさいよー!!』

 

うちが掴んどるのは、なんとも可愛らしいフェアリーやったから。

なんというか、なごむわー。

でも、この子がいたずらの犯人なんやろ?タダで放すのはなぁ・・・。

 

『ここにいたのですか』

 

すると、どこからともなく声が聞こえてきた。

ふと前を見ると、エルフみたいな見た目の女性が現れた。

いや、木の妖精っていうなら、ドライアドって言うのが正しいんか。

そして、うちが掴んどる妖精さんがうろたえ始めた。たぶん、上司的な存在なんやろな。

 

『あっ!え、えっと、これはですね!』

『いいわけは無用です。あとでたっぷり説教してあげましょう・・・さて』

 

そう言って、ドライアドはうちの方に視線を向けた。

 

『私の子が迷惑をおかけしたようで、本当に申し訳ありません』

「い、いや、うちはべつに・・・」

 

正確には、迷惑被ったのはフレデリカだけやし。

うちはそう思ったけど、ドライアドは構わず言葉をつづけた。

 

『む?その槍は・・・なるほど。あなたが、森の主に認められた者ですか』

「森の主って・・・あの白狼のことなんかな?」

 

たしかに、そんな感じがしたなぁ。

なんちゅーか、まるっきりも〇のけ姫やな。

 

『なら、この子が迷惑をかけたお詫びに、その槍を強化して上げましょう』

「えっ、マジでか?」

『それでは、その槍を私に差し出してください』

 

そう言われて、うちはちょっと警戒しながらも【大樹の牙】を手渡した。

ドライアドが【大樹の牙】を手に持つと、周囲の木から枝が伸び始めて来て、【大樹の牙】に絡みついていった。

少し経つと、見た目にはあまり変化がない【大樹の牙】が返ってきた。

 

『私の加護によって、その槍はさらなる力を得ました。くれぐれも、正しいことに使ってください。では、さらばです』

 

そう言って、ドライアドは妖精を連れて消えていった。

 

「・・・まさか、この装備があると、本来取得するスキルよりも強力になるパターンか?」

 

考えてみれば、あの白狼のダンジョンも、森が関係しとった。

もしかしたら、あの白狼の素材から作った装備を持っているかどうかで内容が少し変わる、ってことか。

とりあえず、強化の内容を確認しとこ。

 

【大樹の牙】

【STR+25】【AGI+30】

【大樹の怒り】

【木の女神の加護】

【破壊不可】

 

【木の女神の加護】

【大樹の怒り】の発動中、あるいは森の中だと、全てのステータスが1.5倍される。

また、投擲しても勝手に持ち主の手に戻る。

 

「なるほどなぁ。限定的なステータスアップか」

 

まぁ、うれしいスキルではあるけど、使いどころが限られてくるあたり、なんでうちのスキルは基本的にピーキーになってしまうんや。

でも、投擲しても勝手に手元に戻ってくるのはロマンや、うん。

結局、フレデリカには依頼料を請求しない代わりに、詳細な内容は教えないということで合意を得た。

そもそも、今回のイベント自体、うちしか出てこないわけやったから、これくらいはええやろ、うん。




*スキルの取得条件の解説を変更しました。


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近況

シオリがウキウキしながら新しいスキルの取得を報告してから数日後、短いアップデートを終えて新たなスキルとモブが追加された。

追加されたスキルは【毛刈り】。そして、追加されたモブは羊だ。

【毛刈り】はその名の通り、羊の毛を刈るためだけのスキルだ。

だが、それによって取れる羊毛は優秀な素材らしく、イズからも暇があれば取って来てほしいと頼まれていた。

主に毛刈りを行っているのは、俺、シオリ、サリー、カスミだ。

一応、メイプルも参加しているが、【毛刈り】を取得できるはずもないため、主に足止め係を担当している。

他のメンバーは、基本的に単独行動だ。

幸い、【毛刈り】は移動しながらでも使える。そのため、俺たちの中ではシオリが最も荒稼ぎしていた。

なにせ、NWOでおそらく最速のプレイヤーだ。この前の計測でマップの外周を1時間かからずに走り抜けた猛者だ。そのシオリが動き回れば、他のプレイヤーに発見されてからでも狙える。

結果、シオリとその他メンバーの合計を比べても、シオリは倍以上の羊毛をかき集めた。

 

「相変わらず、ぶっ飛んだスピードだなぁ・・・」

「そうね。メイプルみたいな極振りではないけど、それに近いのよね・・・」

「一応、今のSTRでギリギリあの槍を装備できているらしいから、ステータスポイントの振り直しが実装されてもしないだろうが・・・」

「シオリなら、関係、ないわよね・・・」

 

そんなことを、街のカフェでサリーと2人でドリンクを飲みながら話していた。

なぜ俺とサリーだけかと言われれば、シオリとメイプルが【毛刈り】にでかけており、俺たちは休憩したかったからだ。

ちなみに、シオリがステータスポイントをAGI極振りにしなくても関係ないというのは、俺たちの中で最もレベルが高く、上がるスピードも尋常じゃなく早いからだ。

圧倒的なAGIと上乗せされるSTRのおかげで、シオリは高速移動状態ならそこらの雑魚モンスターはワンパンできるし、ボスも数回殴れば沈む。そのため、経験値が溜まるペースが俺たちと比べても異常に早い。おそらく、ペインとタメをはるレベルだ。

つまり、現在進行形でシオリのAGIがどんどん上昇している、ということだ。

さらに、最近になって条件付きでステータスアップするスキルを手に入れてきたし。

俺もサリーも、決して一般的なプレイヤーとは言えないが、それでもメイプルやシオリほど異常ではない・・・はず。あの2人が際立っているだけ、というのもあるだろうが。

 

「ていうか、メイプルもつい最近、羊毛を生やすようになったし・・・」

「え?なにそれ?」

「メイプルから来てくれってメッセージが来てな。なんだろうと思って指定された場所に行ったら、毒がしみだしている羊毛の塊があってだな」

「ちょっと待って、いきなりなんのことかわからないのだけど・・・」

「俺だって、最初は何が何だかわからんかった。んで、中から声が聞こえたから【毛刈り】を使ったら、中からメイプルが出てきた、というわけだ」

 

あの時の俺の気持ちを、はたしてどれだけの人物が理解できるだろうか。

 

「・・・本当に、どうしてメイプルの周りには普通のプレイヤーが少ないのか・・・」

「それ、激しくブーメランだからな?いや、俺も人のことは言えないが・・・今のところ、一般枠はカスミだけだな」

 

クロムもまた、異常枠に片足突っ込んじゃったし。

「普通にプレイできなくなっちゃったな~(ね~)」と遠い目をしていると、運営から通知が届いた。

内容は、第3回イベントの開催についてだ。

今回のイベントは、期間限定のイベントで現れるモンスターを倒して得られるアイテムを集める、いわば周回に近いイベントだ。

集めた数によってそれぞれ個人報酬とギルド報酬が存在し、ギルド報酬は規模によって必要な個数が変わるということだった。

まぁ、

 

「俺たちは心配いらないな」

「そうね、シオリがいるしね」

 

まさに、シオリが大活躍するイベントだ。どれだけ集めてくるか、楽しみでもあるし不安でもある。

逆に、

 

「メイプルには、つらいイベントになりそうだな」

「それも、そうね」

 

AGIが0のメイプルには、なかなか厳しいイベントだと言える。

おそらく、最低限集めたらそれで終わるだろう。

とはいえ、暇になった時間でメイプルが何をするかは不安だが・・・さすがに、立て続けにわけのわからないスキルを手に入れることはないと思いたい。



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第3回イベント

あれから2週間後、第3回イベントが開催された。

対象のアイテムを落とすモンスターは、赤い牛だ。

今日のところは、俺とシオリはトップ陣に少し遅れてから参加したが、シオリの稼ぎ方が尋常ではなかった。

一応、イズから以前の羊毛を使った、今回のアイテムのドロップ数を上昇させる装備を身に付けているとはいえ、すでに2万近く集めている。

さすがに早すぎる気もするが、今回はフウもフル活用しているということだった。

一休憩したところで尋ねたところ、レベルが上がったことでフウが【スピードシェア】というスキルを覚えたらしい。

AGIを分け合うスキルで、本来ならフウの圧倒的AGIをプレイヤーに反映させると言うものなのだろうが・・・シオリの場合はむしろ逆、シオリの異常スピードがフウに反映される形になったのだ。

このスキルのおかげで、フウもシオリのスピードについてこられるようになり、索敵と追い込みを担当させることで効率的に狩れるようになったのだとか。

正直、やばいと思う。1000越えのAGIなんてシオリだけで十分なのに、フウもそのスピードを出せるようになってしまったのか。

ていうか、【巨大化】した巨体でそんなに速く動けるものなのか?

いろいろと思うことはあったが、アイテムを稼いでくれていることに代わりはないから、そっと目を逸らすことにした。

かくいう俺は、クローネの背中に乗ってひたすら狙撃していた。もちろん、【拡散】による広範囲爆撃も忘れない。

それに、今回試してわかったのだが、矢を3本つがえて【拡散】を使用した場合、射た3本がそれぞれ最大150本に分裂することが判明した。つまり、最大で450本の矢の雨を放てるようになったわけだ。

当初の狙撃手というプレイスタイルもちゃんとこなせているとはいえ、上空からの広範囲爆撃も可能になったことに、どうしてこうなったのだろうと首を傾げざるを得ない。

とはいえ、さすがに効率ではシオリには負ける。

まず、【拡散】は1時間に一度しか使えず、1度使ったら1時間はちまちま矢で射抜くしかない。

一応、【ボムアロー】や【エクスプロージョン】のような爆発による広範囲攻撃もあるが、【ボムアロー】は爆発半径がそこまで広くなく、【エクスプロージョン】は【黒竜ノ息吹】の恩恵を受けないから1発で仕留めることもできない。

一応、ほとんどその場を動かなくても牛を仕留められているが、群れを見つけても丸ごと倒しきるのは難しい。

結局、今回のイベントはひたすら遠距離からプチプチとつぶしていくことしかできなかった。

 

「はっくし!・・・? なんだ?」

 

途中、なぜかくしゃみが出て謎の悪寒が背中を走ったが・・・特に何もない・・・よな?

 

 

* * * * *

 

 

「ふぅ、だいぶ集まったなぁ」

 

走り始めてから、だいたい3時間くらいか。

確認してみたら、うちの名前が個人ランキング1位に載っとった。続いて、ペインやドレッドなんかが並んどる。

 

「クラルの名前は・・・あまり順位は高くないなぁ」

 

一応、名前が載るくらいには上位やけど、うちらトップ勢に比べたらやっぱり少ない。

まぁ、狙撃が本業のクラルなら、こんなもんかぁ。そもそも、弓矢であんな規格外広範囲爆撃を何度も撃ち込まれたら、完全にバランスが崩壊してまうし、しゃーないか。

メイプルちゃん?あれは論外や、論外。

なんちゅーか、メイプルちゃんのはビギナーズラックにしても上振れがおかしいことになっとるしなぁ。

というか、個人的にはモミジちゃんも十分おかしいと思っとるんやけど・・・。

なんかのスキルなのか、焦点を合わせようと思っても上手く合わんし、スキルで音とか姿が完全に消えたりするし、完全に暗殺者って感じや。

あのクラルですら、何回か気配を掴み損ねたって言うとったし。

モミジちゃんはあまり攻撃向きじゃないから、レベリングには主にうちかクラルが一緒におることが多いけど、気づくと場所が変わってるんやんなぁ。

ただ・・・モミジちゃんの能力を確認したクラルが、ニヤ~ってあくどい笑みを浮かべとったのが、少し不安だったり頼もしかったりする。

あの笑みを浮かべるときは、たいてい意地の悪いことを考えとるからな。

いつか来るだろうギルド対抗戦に向けて、すでにクラルの中じゃいろいろと方針が固まっとるのかもしれへん。

まぁ、今はともかくこのイベントに集中するけど、終わったらクラルに聞いてみるのもえぇかもな。



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暴虐

「はーっ、疲れたー!!」

「お疲れ様、シオリ」

 

ようやく、第3回イベントが終了した。

シオリはイベントが終わるまで、ログインしている間はひたすら牛を狩っていた。

結果、個人ランキングでは見事に1位を獲得。

ランキングで報酬が変化するというわけではないが、本人的にはたとえ直接対決でなくてもペインに勝てたというのは重要らしく、ずいぶんと満足そうにしている。

それに、疲れたというわりには叫ぶ余裕はあるらしいし。本当に、大したもんだ。

 

「はぁー・・・疲れた」

「あぁ・・・私もだ」

 

それに対し、サリーは椅子の背もたれに全体重を預け、カスミも机に突っ伏している。

ギルドの中ではシオリが1位で、次に俺、サリーとカスミ、クロム、カナデ、モミジと続き、メイプルが最下位だ。

まぁ、クロムもそうだが、今回のイベントはAGIが低いプレイヤーには向かない内容だったから、仕方ないだろう。

それに、シオリのおかげでギルド報酬の中では最高ランクのものをゲットできたから、問題もない。

 

「ギルドホームに届いてるわよ」

 

そう言ってイズが取り出したのは、牛の頭部の剥製だ。

壁に飾り付けることで、【楓の木】のメンバー全員にSTRが3%上昇する、という効果だ。

3%というと低く感じるかもしれないが、

 

「まぁ、こういうのは積み重ねだよな」

「あぁ、その通りだな」

「私には意味ない・・・いや、そうだ、あるんだ!」

 

メイプルのその言葉で全員の視線がメイプルに集中した。

普通なら、VIT極振りのメイプルにSTR上昇の恩恵があるはずがないし、おかしいことだ。

つまり、今回のイベントの間に、またメイプルに何かが起こった、ということだ。

 

「メイプル・・・このイベントの間、どこに行ってた?」

「2層にいたよ?・・・多分」

 

俺たちを代表してサリーが尋ねると、メイプルはなぜか疑問形になりながら答えた。

いや、2層だけど2層じゃないどこかってなんだよ。

これは、あれか。イベントの最中に感じた悪寒は気のせいじゃなかったってことか。

おそらく、俺たちの胃と心臓にダイレクトアタックしてくるような“何か”がある、ってわけだ。

 

「・・・とりあえず、近々第3層が追加されるから、そこで見させてもらおうか」

 

もう全員、メイプルが何かしらやらかしたことを察していた。その上で、俺の提案に首を横に振る者はいなかった。

 

 

* * * * *

 

 

あれから数日後、第3層が追加されて、俺たちは3層に続くダンジョンに訪れていた。

今回は、モミジが時間が合わなかったため、写真あたりを送ってほしいと頼まれた。

というより、パーティーは8人までなため、どのみち誰かが後から報告を聞くことになっていただろうが。

もちろん、このメンバーが集まれば道中は何の問題もなく進み、攻撃においてはメイプルの出番はなかった。

メイプルにイズを守ってもらいながら進んでいき、俺たちはなんなくボス部屋にたどり着いた。

 

「よし、ボス部屋っと」

「さて、と・・・とりあえず、ここのボスは基本的にメイプルに任せるからな。その、イベントの時に手に入れたってスキルも見せてくれ」

「うん、わかったよ!」

 

俺の指示に、メイプルは勢いよく頷くが、俺の不安は募る一方だった。

とはいえ、確かめないことには何も始まらない。

覚悟を決めて、俺たちはボス部屋に入った。

今回のボスは、一言で言えばトレントのようなモンスターだった。1層のボスと似ているが、1層のボスと違って果実らしきものは確認できない。

 

「じゃあ、いくね。【挑発】!」

 

まず初めに、メイプルがボスのタゲを自分に向けさせ、ボスの真下にまで移動した。

 

「【捕食者】【毒竜】【滲み出る混沌】!」

 

メイプルがスキルの名前を叫ぶと、メイプルの周囲から化け物が現れ、毒竜がボスの幹をぐちゃぐちゃに汚染し、最後に化け物が撃ちだされてボスに噛みついた。

ボスのHPがガクンガクンと減少し、なおも化け物は攻撃を続ける。

 

「【身捧ぐ慈愛】!」

 

さらに、メイプルが【身捧ぐ慈愛】を発動し、化け物が受けるダメージを引き受け無力化した。その間に、メイプルはポーションを取り出してHPを回復させる。

その様子を、俺たちはボス部屋の端で見守っていた。

 

「あれは何だ?どう取り繕ってももうモンスターよりだろ・・・俺はそう思う」

「そうかー・・・そんな感じかぁ・・・」

「見る度に付属品が増えているのは何でだろうか・・・」

「平常運転で安心したよ」

「もう味方ならいいわ・・・味方なら」

「はぁ・・・何をどうすればこうなるのか・・・」

「う、うちも、化け物を従えとるのはちょっと・・・」

 

あのシオリですら、完全に引いている様子だった。

だが、これでもまだ序の口だった。

 

「よし・・・【暴虐】」

 

メイプルが新たにスキルを呟くと、メイプルが黒い輝きに包まれた。

従えていた化け物は姿を消し、黒い光の中から新たに化け物がでてきた。

違うのは、従えていた化け物が口しかなかったのに対し、こちらは逆に手足が何本も生えており、サイズも数mはあるということだ。。

 

「「「「「「「・・・・・・」」」」」」」

 

この辺りで、俺たち全員の思考が完全に停止した。

その間にも、新たに現れた化け物は口から炎を吐き、腕の爪で幹を破壊し、蹴りで陥没させ、口で噛み千切る。

もはや、どっちがボスなのかわからないありさまだった。

しばらくそうして戦っていたが、結局トレントモドキが先に倒された。

化け物が俺たちに近づいてきて、思わずそれぞれ武器を構えてしまったが、口を近づけた化け物から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「いやー、これ、操作難しいよ!」

 

ノイズが混じっているが、明らかにメイプルの声だ。

 

「えっと・・・メイプル・・・だよな?」

「んー、ちょっと待ってね」

 

俺が困惑交じりに尋ねると、メイプルがそう言ってから数秒後、化け物のお腹が裂けて中からメイプルが現れた。

メイプルが現れると、化け物は崩れて消え去っていった。

 

「・・・とりあえず、さっきのスキルの説明をできる範囲で頼む」

「えっとね・・・」

 

メイプルの説明曰く、あの化け物形態だとHPが1000になり、STRとAGIが50ずつプラスされ、HPがなくなっても元に戻るだけというものとのこと。

デメリットは、装備の能力上昇値やスキルが反映されないことと、1日1回しか使えないことだが・・・デメリットがデメリットとして機能しているのか、かなり怪しいところだ。

 

「ああ・・・遂に本当に人間を辞めたのか」

「ああ、 辞めたな。これはもう間違いない」

 

クロムとカスミの言う通り、メイプルはついに化け物形態を手に入れてしまった。

もうさ、メイプルがラスボスでいいじゃん。俺はそう思う。

ちなみに、あの化け物形態は、大きな着ぐるみの中にいるようなイメージらしい。

いや、腕とか脚とか、どうやって動かしてるんだよ。

そもそも、周囲に化け物を生やしている時点で、十分おかしかったわけだけど・・・。

とりあえず、シロップに乗るより速く移動できるとしても、フィールドでそのスキルを使わないこと、練習するときは山奥などの人目のつかないところですることを約束した。

それでも、偶然見かけてしまったプレイヤーは誤解しそうだが・・・。

とりあえず、気を取り直してさっさと第3層に向かうことにした。

 

第3層は、雲に覆われた機械と道具の世界だった。

そして、第3層の街には、

 

「皆、空飛んでるね」

「あそこで買えるのか?」

 

メイプルの言う通り、プレイヤーが空を飛んでいた。

キョロキョロとあたりを見回すと、それらしき店もあった。

おそらく、俺とメイプルを意識してのシステムだろう。

そして、皆が空を飛んで探索するのだろうとか推測して話し合っていたが、俺はある別の可能性に思い至り、内心でやる気をみなぎらせた。



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調査

8人でギルドホームに入って部屋や内装を確認した後、全員でオープンスペースに集まった。

 

「おっ、メイプル。ちょうどいいところに来たな」

「クラルくん?どうかしたの?」

「ついさっき、運営からメッセージが来た。次のイベントはギルド対抗戦を開催するから、準備をしておけとのことだ。イベント自体はまだ先だが・・・」

「何かあるの?」

「時間加速があるらしい。一応、小規模ギルドとしてなら十分かもしれないが、途中からログインができない以上、欠員に備えて新しいギルドメンバーを1人か2人くらい勧誘するのも、十分ありだと思う」

 

そうすれば、【楓の木】の人数は10人か11人になり、1人2人の欠員ならなんとかなるだろう。

それに、メイプルと親しいメンバーで集まったとはいえ、それなりに人手はほしいところでもある。2人くらいなら、ギルドの雰囲気を損なわずに強化できるだろう。

 

「うーん・・・そう、だね。うん、私もそれがいいと思う」

 

メイプルも、俺の意見には賛成なようだった。

 

「なんなら、俺の知り合いを呼ぶこともできるが、ギルドマスターに任せるべきだからな」

 

クロムの言った通り、メンバー云々のことはギルマスであるメイプルに任せるべきだ。

結果、メイプルとサリーで明日、勧誘に行くことになった。

すると、今度はフレンドメッセージが届いた。

どうやら、モミジがログインしたようで、ボス攻略を手伝ってほしいとのことだった。

 

「それなら、シオリだけでも十分か」

「あれ?クラルはどっか行くん?」

「あぁ。ちょいと調べ物をしてくる。たぶん、しばらくは図書館にいることになると思うから」

 

そう言い残して、俺はギルドホームを後にした。

 

 

* * * * *

 

 

「・・・行ってもうた」

 

有無を言わせずに、クラルはギルドホームから出て行ってもうた。

 

「なんだか、珍しく落ち着きがない感じだったね」

「よほど気になることがあったのかしら」

 

今のクラルが少し不自然だったのはメイプルちゃんとサリーも感じ取ったようで、首を傾げとる。

でもうちは、長年の付き合いもあって、なんとなくクラルが何を狙っとるのかわかった。

 

「たぶんやけど、新しい装備の情報を探しに行ったんとちゃう?」

「新しい装備?」

「どういうこと?」

 

首を傾げる2人に、うちは推測を口にした。

 

「ここって、機械がメインになっとるやろ?もしかしたら、銃なんかが手に入るかもしれへんと思ってるんとちゃう?」

「え~?NWOって、基本的にファンタジーアクションでしょ?そんな近未来的なものが手に入ると思う?」

「う~ん、どうだろ?」

「まぁ、ある可能性が0ってわけやないけど・・・たぶん、クラルのことや。見つけるまで調査と探索を続けるんとちゃう?」

 

もちろん、確証はあらへん。

あらへんけど・・・たぶん、クラルならやりかねへん。

あぁ見えて、一度欲しいと思ったものは、手に入れるまでいくらでも時間をかけるところがあるからなぁ・・・。

 

 

* * * * *

 

 

図書館に赴いた俺は、さっそくこの階層に関する情報が載った本を片っ端から読み漁った。

調べた限りで分かったのは、この世界の機械を生み出しているのは【機械神】という存在らしい。そして、今の【機械神】は2代目だということだ。

初代はこの世界の住民に機械の素晴らしさを教え、2代目が新たな機械を作り出した、ということだ。

残念ながら、代替わりの詳細や機械を生み出している方法、【機械神】の居場所なんかはわからなかったが、あの空飛ぶ機械なんかは2代目が作り出したものらしい。

だが、俺の知りたいことはそういうものではない・・・!

そう、俺が求めているのは、

 

「ぜひ、レーザー兵器を手に入れたい・・・!」

 

あの空飛ぶ機械を見た限り、ここの世界観はスチームパンクと近未来の間に近い。

すすけた鉄や部品が丸出しの機械なのに、蒸気や火力なんかとは一線を画するエネルギーなんかが存在している。

であれば、近未来な武器や装備なんかがあっても不思議ではない・・・!

 

「そうだな・・・武器そのものの情報より、【機械神】が関係している本なんかを探すか・・・どっかに初代の遺産が残った場所があるかもしれないし・・・」

 

やることは完全に墓荒らしだが、これはあくまで有効活用だ。決して悪いことではない、はず。

結局この日から、俺はひたすら図書館の本を読みふける時間を過ごすことになった。



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下水探索

図書館で調べ物を始めてから数日。俺はひたすらに目的の物を探し求めていた。

ちなみに、第3層に移動した翌日、メイプルとサリーはさっそく新たなギルドメンバーを勧誘して戻ってきた。

大槌を装備した双子の女の子で、名前は黒髪の女の子がマイで、白髪の女の子がユイという。

2人はどうやらSTR極振りにしたらしく、どこのパーティーもギルドも参加を断られてしまったところをメイプルが見つけて拾った、ということだった。

最近はメイプルの影響で極振りプレイヤーが増えたのだが、この2人は会うまでメイプルの存在を知らず、単にリアルでは力が強くないからゲーム内では思い切り動き回りたかったから、ということらしい。

なんだろう、類は友を呼ぶというか、異端は同じ異端にひきつけられると言うか。

メイプルの体は、変なイベントやプレイヤーなんかをひきつける磁石でも内蔵しているのだろうか。

ちょっと微妙な内心になったが、ちょうどこのギルドにはSTR重視のプレイヤーはいなかったから、一概に悪いというわけでもない。

とりあえず、2人の面倒は今のところメイプルとサリーが担当することになり、メイプルに構えなくて暇になったシオリがモミジのレベリングを手伝うことになった。

俺もやることがなくなった分、存分に目的の物を探すのに時間を使うことができるようになった。

それで、いろいろな場所を探したり本を読み漁ったりしたのだが、とうとうそれらしき情報を見つけた。

複数の本に暗号が隠されており、それを解読してから、路地裏の奥にある情報屋のNPCの話を聞いたところ、2代目【機械神】の住処を暴くことができた。

だがそこは、街をあちこち歩き回った時に発見し、まだ入れなくてスルーしたところだった。

だが、これでイベントが解放されたのかもしれないと、もう一回そこに向かうことにしてみた。

2代目【機械神】がいるのは街の中央部に存在する巨大な建物だ。

本の暗号を解いた結果、入り口は建物の正面にある扉ではなく、街の端にある下水道にあるということだった。

記憶を頼りに、俺は下水道へと続く隠し扉を見つける。

周囲にプレイヤーがいないことを確認してから、俺は下水道に足を踏み入れた。

下水道というだけあって地面は水が張っており、そこそこ暗くて臭う。

 

「こりゃ、シオリは来たがらないだろうな」

 

シオリの嗅覚は【白狼の呼吸】によって普通のプレイヤーよりもはるかに優れている。いくら索敵では問題にならなくても、こういう場所は俺よりもきついだろう。

あまりの臭いに鼻を押さえながら、俺は先へと進んでいく。幸い、【千里眼】のおかげで明かりがなくても先まで見える。

5分ほど歩きながら進むと、奥からガシャガシャという音とともに、人型の機械が2体、武器を構えながらやってきた。

もしかしたらNPCかもしれないが、ぶっそうな武器を俺に向けている時点で、その線はないだろう。

 

「はっ。これは当たりと見ていいな」

 

俺は犬歯をむき出しにして笑い、すぐさま矢を2本構えて放つ。

放たれた矢は2体とも直撃したが、カンッという音と共に弾かれた。ダメージがまったくないというわけではないが、HPの減りは少ない。

 

「うへぇ。やっぱ、距離がないと威力ががた落ちするな」

 

俺のステータスは、HPとVIT以外にまんべんなく割り振っていることから、突出したステータスがない。

火力不足は【黒竜ノ息吹】や【魔弾の射手】、【拡散】なんかで補ってきたが、このような狭い場所では取れる選択肢も少ない。

どうしたものかと悩んだが、そう言えば、相手は機械なんだよなと思い出す。

そして、機械系のモンスターのベタな弱点が思い浮かんだ。

 

「やってみるか、っと!【サンダーボール】!」

 

俺は念のためできるだけ飛び上がり、取得してもまったく使う機会がなかった雷魔法【サンダーボール】を放つ。

すると、サンダーボールが直撃した機械兵たちは痙攣したように動きを止め、プスプスと煙を上げながら動かなくなった。

 

「なるほど、一撃では倒せないが、大ダメージな上に動きを止めるができるのか」

 

HPバーを見ると、もう半分以上も削れている。

念のためダウン時間を計るために、機械兵が起き上がるまで待ったところ、10秒ほどで起き上がった。

さすがに短い気がしなくもないが、攻撃し放題なことを考えたらこんなもんかと考え直す。

その後、再び【サンダーボール】を唱えて機械兵を倒し、先へと進んだ。

しばらく歩いて、もうそろそろ着くだろうと思い始めたくらいのところで、ようやく出口らしき梯子を発見した。

梯子に近づくと、頭上から機械音が聞こえてくる。この上に、【機械神】とやらがいてもおかしくないかもしれない。

俺は気合を入れなおし、梯子に手をかけて登っていった。



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VS2代目・機械神 1

梯子の頂上にあったマンホールのような蓋を開けて外に出ると、そこはあの巨大な建物の中のようで、左右もそうだが縦にも広かった。

周囲には、様々なパイプや機材なんかが所狭しと並んでいる。

そして、

 

「こいつは、まさか・・・機械を生み出している部分か?」

 

部屋の奥に、中に青白いエネルギーが宿っているガラス球を発見した。

たぶん、2代目【機械神】とやらのエネルギー炉か何かなのだろう。

だとしたら、どこかに【機械神】がいるかもしれない。

とりあえずどこにいるか探して、あわよくばレーザー兵器かなんかをもらおうと思ったが、その必要はなかった。

 

「・・・人間ガ、何ノ用ダ?」

 

突然、空間に声が響いた。

どこから話しているのかと思ったが、よく見ると例のエネルギー炉が形を変えながら明滅している。あれこそが、2代目【機械神】そのものだということか。

 

「えーと、そうだな。とりあえず、何か使えるものが欲しいんだが・・・」

 

通用するかどうかは別にして、俺は【機械神】に話しかけてみる。もしかしたら、会話によって何かしらのイベントが発生するかもしれない。

そう思ったのだが、

 

「我ハ2代目【機械神】ナリ。決シテ、人ガ敵ウ存在デハナイ。不完全ナガラ、人ヲ慈シンダ先代トハ違ウ。コノ前ハ、不完全ナ先代ノ力ヲ継承シタ人間二後レヲトッテシマッタガ、2度目ハソウハイカナイ」

 

何やら、話が変な方向に行き始めた。

この言い方だと、こいつとはまた違う2代目を倒した誰かがいるってことになるな。

まさか、メイプルだったりして・・・いや、そう考えるのは早いか。「訳の分からないイベント=メイプルが攻略した」は、さすがに短絡的すぎる・・・いや、あり得ないとは限らないが。とりあえず、後で聞いておこうか。

 

「ココハ我ノ世界デアル。身ノ程ヲ知ルガイイ」

 

その言葉の後に、俺の前に『クエスト 機械仕掛けの神 を受注しますか?』と書かれた選択画面が現れ、俺は迷うことなく『Yes』を選択した。

すると、2代目の周囲から、どこからともなく機械兵が現れた。

その数、およそ20体。

 

「うへぇ、それはきついな・・・」

 

見てみれば、エネルギー炉にHPバーが現れた。おそらく、あれを倒せということだろう。

 

「とりあえず、先手必勝で、こいつをくらえ」

 

俺はボムアローをつがえて、2代目に放った。

すると、先ほど生み出された機械兵が盾となって2代目を守った。

だが、同じ条件でも道中の敵よりダメージが通った。

おそらく、性能をある程度犠牲にした量産型なのだろう。

 

「なるほど、先にこいつらを倒せってことか、あるいは隙をつけってことか」

 

それなら、俺にも考えがある。

 

「クローネ、【覚醒】!」

 

俺はクローネを【巨大化】させずに呼び出した。

 

「クローネ、【風刃】!」

 

クローネによる風の刃の嵐によって、倒せはしなかったものの十分なダメージを出した。

クローネはこのまま回避と攻撃に集中してもらうことにして、俺は違う方法で攻撃をしてみることにした。

 

「さっそく、こいつの出番だな、っと!」

 

俺はワイヤーのついた矢を頭上の壁の部分に放った。放たれた矢は壁に突き刺さってしっかりと固定される。

【ワイヤーアロー】。道中の敵がドロップした素材を用いて【奔放な錬金術師】で作った特殊な矢だが、その名の通り、金属製のワイヤーによって壁の上なんかに登ることができたり、遠くのものを手繰り寄せたりすることができる。しかも、ワイヤーの巻取りは手作業ではなく自動だ。楽に登ることができる。

俺はさっそくワイヤーを手繰り寄せて、できるだけ上に登る。

矢の突き刺さったところまで登ると、俺は壁に足をつけて、ワイヤーを足に括り付けてぶら下がった。

傍から見れば不格好なことこの上ないが、弓矢を使うにはこうするしかなかったからしょうがないと割り切っている。

 

「【拡散】!」

 

俺はボムアローを3本つがえて、【拡散】も使用して放った。450本に増えた爆弾の矢の雨は、容赦なく機械兵を砕いていくが、2代目はバリアのようなものを張ることでダメージを軽減した。HPも3分の1も削れていない。

それでも俺は高所からの狙撃を続けようとしたが、追加された機械兵の中にスナイパーライフルのようなものを持っている個体を見つけて、すぐにワイヤーを切って地面に降りた。

できるだけ上をとったと言っても、あくまで室内。俺までの距離は100mもない。スナイパーライフルなら、十分射程内だ。

さらに言えば、この距離ならクローネもただの的だ。

 

「クローネ、【休眠】!」

 

俺は手早くクローネを指輪に戻し、2代目に向き直る。

生み出された機械兵は、およそ40。そのうち、銃のようなものを装備しているのは20。

 

「ははっ、随分と殺意高いなぁ・・・だが、足りないな」

 

俺は犬歯をむき出しにして笑い、機械兵の集団に突っ込んだ。

当然、機械兵は射撃して応戦してくるが、俺は音を頼りに位置を瞬時に割り出し、【千里眼】による動体視力強化で銃弾を視認し、安置を見つけ出す。

銃弾を避けたら、今度は近接で襲い掛かってくる機械兵を、武器を短剣に持ち替えて応戦する。時には弱点らしき部位を一閃し、時には蹴飛ばして銃弾から身を守る盾にし、時には【サンダーボール】で大ダメージを与えつつ動きを止める。

そうして、10分ほどその攻防を続けたところで、追加分はすべて倒した。

 

「こいつをくらえ!」

 

俺はボムアローを3本つがえて、2代目に放つ。すると、2代目のHPをさらに3分の1削ったところでまたバリアが張られて、これ以上ダメージをあたえられなくなる。

なるほど。段階的にHPを削っていくタイプのボスなのか。

となると、これが最後になるのか。

そして、最後に出てきたのは、高さが3m以上はある、重厚な装甲に包まれた機械兵が10体。

 

「あ、これ、マジでやばい奴だ」

 

平凡な俺のステータスでダメージを与えられない場合、問答無用で詰んでしまう。

さらに、動きは見た目通り遅いものの、両腕にはガトリングが、両肩には砲台が取り付けられており、火力面もかなりやばいことになっている。

ぶっちゃけ、すでに逃げ帰りたくなってきたが、ここで諦めるわけにはいかない。

 

「すぅー、はぁー・・・すぅーーー」

 

俺は装備を弓矢に変えてから1度深呼吸をして、さらに息を深く吸い込み、勢いよく駆け出した。

機械兵も俺に狙いを定めてガトリングを乱射するが、俺の速度に銃口が追い付いていない。

俺だって、壁走りができるシオリほどではないが、それなりに速い方だ。ガトリングを避けるくらいなら、なんとかなる。

俺はそのまま機械兵の頭上に飛び上がり、素早く矢を3本つがえて放つ。そして、ダメージの確認もせずにさらに3本つがえて、同じ機械兵に放つ。

矢を3本つがえて放つのに、約1秒。それを、飛び上がった10秒間連続で繰り返した。

結果的に、弱点だった関節部にも何本か当たって、HPは半分ほどになっていた。

途中で何かスキルを取得していたが、確認する余裕はない。

 

「さぁ、かかってこいよ・・・!」

 

俺は意地でも目的の物を手に入れるために、戦意を丸出しにした笑みを浮かべて改めて機械兵に相対した。




キリがよかったので、途中でぶった切りました。

ちょっとした独自解釈ですが、メイプルが戦ったのは初代に残留していた意志のようなもので、機械を生み出し続けているものとはまた違う存在だと認識して、こんな感じにしました。
アニメだと、本物とドンパチやってた感じですが、自分はあくまで原作と書籍に沿って書いているので、こんな感じでも大丈夫だと思いました。


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VS2代目・機械神 2

「はぁ、はぁ・・・っし、ここまできたぞ・・・!」

 

10体の重機械兵と戦い始めて十数分、ようやく残りの機械兵が2体になった。

ここまで減らすまで、ひたすら走ったりバク転なんかもしながら躱したりと動きまくったおかげで、随分と疲労がたまってきた。さらに、右腕を酷使した影響で、すでに右腕がプルプルと震えて狙いを定めるのが難しくなっている。なんとか意地で矢を構えてはいるが、いつまで保つかもわからない。

だが、あと4回同じことを繰り返せば、機械兵はすべて片付く。

そう思っていたが・・・その認識は甘かった。

突如、2代目のコアが輝きだして、新たな機械兵を生み出しやがった。

しかも、それは人の形をしておらず、

 

「ど、ドラゴンって、冗談キツイぞ・・・」

 

現れたのは、全長20mほどのドラゴンの姿をしたロボットだ。

さらに、ドラゴンは両手で2体の重機械兵を掴むと、重機械兵の形がガシャガシャと変形していき、最終的にはドラゴンが武装するような形で一体化した。名づけるなら、機械竜といったところか。

 

「コレコソ、我ノ最高傑作デアリ、最強ノ僕!無力ヲ嘆キナガラ、大人シク果テルガイイ!!」

「くそったれ・・・!こうなったら、とことんやってやるよ!」

 

俺も覚悟を決めて、疲労がたまった体に鞭を打って動き始める。

 

「もう1回頼むぞ。クローネ、【覚醒】!」

 

俺は再び指輪からクローネを呼び出す。

 

「クローネ、【ストライクバード】!」

 

俺がスキルを叫ぶと、クローネの体が光に包まれ、急加速して機械竜に体当たりした。

今度は風の刃による広範囲攻撃ではなく、突撃による一点攻撃を選んだ。

あれが2代目の奥の手なら、VITも並ではないだろう。おそらく、半端な範囲攻撃ではダメージを与えるのも難しいはずだ。

機械竜のHPバーを確認すると、僅かしか削れていなかった。だが、メイプルほどの理不尽防御ではない。

それに、的がでかくなったのは、俺としてもありがたい。

 

「【ピアーシングアロー】!」

 

俺は両手の機関銃や翼のレーザーを避けながら矢を3本つがえ、防御貫通スキルも使用して放った。

直撃した矢は、クローネの【ストライクバード】よりは削れたが、1本あたりのダメージはやはりそこまで多くない。

ここで時間をかけるのは避けたいところだったが、ふとあることに気づいた。

この機械竜、両腕や翼の兵装を使っているが、背中からは何も出てこないし、何かがあるようにも見えない。

これは、試す価値があるかもしれない。

 

「クローネ、【巨大化】!」

 

俺はクローネを巨大化させて、機械竜の頭上を旋回させ、俺からタゲが外れたタイミングを狙って【ワイヤーアロー】を駆使しながら機械竜の背中によじ登る。

 

「よし、ビンゴ!」

 

やはり、背中には一切の武装がなく、ミサイルのようなものが飛び出してくる素振りもない。さらに、頭を向けてブレスのように太いレーザーを放つものの、両腕や翼に取り付けられた兵器は頭上まで上げられていない。

やはり、この機械竜は横方向への制圧力はなかなかのものだが、縦方向の射角は甘い!

普通なら、空を飛ぶアイテムが普及しているなら対空も意識していそうな気がするが、ここではあのアイテムが使えないのか。まぁ、こいつが生み出したものらしいし、そういうこともあるかもしれない。

そして、俺のクローネは上空でもそれなりの機動力が確保できる。レーザー1本くらいなら、当たる方が難しい。

俺は再び【ワイヤーアロー】を使いながら上昇し、クローネの背中に飛び乗る。背後からレーザーが迫ってくるが、クローネのスピードにまったく追い付けていない。

ここからは、ただの作業になっていった。休憩をはさみながら、機械竜をちまちま狙撃するだけの、簡単なお仕事だ。

休み休みで矢を射るおかげで、僅かに痙攣していた右腕もだいぶ回復した。

【黒竜ノ息吹】も発動したおかげで、機械竜のHPの減りは最初と比べ物にならない。

そこで、余裕もできたことだから、さっき取得したスキルを確認する。

 

【速射】

矢を1本放つと、連続して矢が放たれるようになる。後に放たれた矢の威力は1本目の矢の威力の50%になる。

後から放たれる矢の本数は、10レベルごとに1本増える。

取得条件

10秒の間に、矢を15本射る。

 

なるほど、【拡散】の効果を弱くした代わりに、クールタイムがなくなって使い勝手もよくなった感じか。今の俺のレベルは54だから、【古代の護石】と合わせて9本追加されることになるのか?

ものは試しにと、矢を1本構えて使ってみる。

 

「【速射】!」

 

最初に放たれた矢は真っすぐに機械竜に向かって飛び、後に続くようにして9本の矢が順に放たれていく。後から放たれた矢は、最初の矢と比べると弾道がぶれているから、正確性はそこまでなのだろう。

今度は、矢を3本つがえてスキルを使ってみる。

すると、きちんと3本分の【速射】が発動し、計27本の矢が追加された。

そして最後に、もっともやばいであろう組み合わせで使ってみる。

 

「【速射】!【目覚めの奇跡】、【拡散】!」

 

俺はボムアローを3本つがえ、【速射】と【拡散】を同時に使った。

結果、放たれた矢すべてにスキルの効果が上乗せされ、まさに爆発の絨毯そのものを生み出した。

えっと、【古代の護石】込みで【拡散】で150本、【速射】で9本追加の10本、それが3セットだから・・・4500本のボムアローが襲い掛かった、ってことか。そのうちの4050本は威力が半減しているとはいえ、数が数だ。

当然、機械竜は跡形もなく消えた。

 

「バカナ、バカナ!アリ得ヌ!我ガ最強ノ僕ガ破壊サレルナド!マシテヤ、我ガ破壊サレルナド!!」

 

見てみれば、2代目のHPもすでに削り切っていた。とんだ巻き添えがあったもんだ。

 

「ダガ、我ガ力ハ、我ガ意志ハ、決シテ消エヌ!我ノ存在、貴様ニ刻ミ込ンデヤル!!」

 

2代目はそんな断末魔を響かせながら、青白い光をまき散らしながら爆発した。

そこでクエストクリアの表示が現れ、スキル【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】の取得を知らせた。

 

機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)、ね・・・ちょっと意味合いが違くないか?」

 

たしか、舞台装置みたいな表現だったと思うが・・・まぁ、ゲームで細かい元ネタの設定を考えても仕方ないか。

とりあえず、今日は疲れたからこの辺りで切り上げて、スキル確認は明日にしよう。




【速射】については、fateシリーズのアーチャーがよくやってる謎連射を参考にしました。
1本放っただけなのに、複数本飛んでくるとは、これいかに。
ケイローンなんて、それこそ機関銃みたいなことになってましたからね。

何気に、ここのスキル名に悩みました。
最初は【機械神Ⅱ(ツヴァイ)】にしようと思ったのですが、これだとスキルランクみたいになってしまうので、初代「機械の神」と2代目「機械によって作られた神」という意味合いになるように考えました。


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情報合戦

翌日、俺は【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】の効果を確かめた。

簡単に言えば、MPを消費して機械兵や兵器を生み出せるスキルだ。

生み出す種類によって消費するMPが異なり、中には2代目戦の最後に出てきた機械竜もあった。俺の場合、MAXでも1回出したらMP切れになってしまうが。

また、生み出した兵器や機械兵はインベントリにしまうことができず、兵器は残弾がなくなったら、機械兵はHPが0になったら壊れるということだった。

どちらもバリエーションが豊富で、兵器はレーザーガンからロケットランチャー、果てはミサイルポッドまであり、機械兵は俺が遭遇した通常型や重機械兵はもちろん、偵察機用の鳥型ロボットや装甲車みたいな乗り物もあった。まぁ、こっちはクローネがいるから、使う機会はめったにないだろうが。偵察機はともかく、乗り物に関しては、なくても移動には全く困らないし。

好都合だったのは、兵器類は残弾さえなくならなければ、いくら乱暴に使っても壊れることはない、ということだ。これなら、ガンカタも問題なくできるというものだ。習ったことないけど。

とりあえず、試したいことはあらかた試して、ギルドホームに帰還した。

 

「ただいま~っと」

「お、クラルが帰ってきた」

「お、おかえりなさいです、クラールハイトさん!」

 

中では、シオリとモミジが座ってくつろいでいるところだった。モミジに限っては、未だに緊張気味だけど。

 

「それで、成果はどうだ?」

「ばっちりやで!レベルもそうやけど、スキルもいろいろとやばいのがそろっとるからな」

「へぇ。参考までに、聞いてもいいか」

「は、はいっ、わかりました!」

 

声を若干上ずらせながら、モミジは今までの成果を報告してきた。

 

【暗殺者】

相手が自分の存在を認識していないときに攻撃すると、10%の確率で攻撃に即死効果を与える。

 

【霧の都Ⅰ】

自分の周囲に霧を発生させる。霧の発生範囲は自身を中心に半径レベル×5m。

 

【闇夜の使者】

暗所にいると、自身の体を闇に溶け込ませる。

 

この3つが、シオリとのレベリングで手に入れたとのこと。

ちなみに、【霧の都】は水魔法を取得していることが前提条件とのことだった。それに、スキルレベルがあることから、スキルレベルが上がったら霧にも何かしら効果を付与できるようになるかもしれない。

もうさ、これなんてアサシンだよ。

さらに、もともと持っていたスキルも見せてもらった。

その中でもやばいのは、この3つか。

 

【凪】

スキルの使用中、自身の発生する音をすべて無くす。1分経つごとにMPを1消費する。

 

【忍びの心得】

プレイヤーやモンスターは、自身に焦点が合いづらくなる。投擲アイテムの効果が上昇する。

 

【忍術Ⅳ】

忍術に属するスキルを使えるようになる。これらのスキルは、街の中でも使える。

 

もうね、うん、運営はどうしてこんなスキルを取り入れたんだ?特に後ろ2つ。

ちなみに忍術というのは、アニメとか漫画にあるような派手なものではなく、どちらかと言えば現実のものに近い諜報系のものがそろっているということだった。影分身とか身代わりの術はあるようだが。

ていうか、

 

「こんなスキル、どこで手に入れたんだ?」

「え、えっとですね、モンスターと戦うのが怖くて、隠れてコソコソしてたら、いつの間にか・・・」

 

なんだよ、この子も十分メイプルの系譜じゃねぇか。

だが・・・うん。悪くないな。

 

「隠密系のスキルが揃っていて、今回のレベリングで攻撃系のスキルも手に入れた。なら、イベントでは大いに活躍できそうだ」

「あ、ありがとうございます!」

「ふふん、モミジちゃんはうちが育てたんや」

 

シオリが自慢げに胸を張っているが、無視してさっそくモミジに指示を出す。

 

「モミジ。さっそくだが、できるだけ他のギルドの情報を集めて来てくれないか?」

「情報、ですか?」

「あぁ。特に、【集う聖剣】と【炎帝ノ国】を頼む。俺たちでもやばいとしたら、その2つだ」

「はいっ、わかりました!」

 

モミジは元気よく返事をして、ギルドホームを飛び出していった。

 

「なぁ、クラル。別に情報収集なんてせぇへんでも、うちらなら勝てるんとちゃう?」

 

シオリは、俺たちの実力なら問題ないのでは、と言うが、そう簡単な話ではない。

 

「たしかに、俺たちならそうだろう。だが、他はそうも言ってられない。特に、メイプルは良くも悪くも注目されている。相手がどういう対策をとっているか、というのも把握しといた方がいい。俺たちだって、必ずしも揚げ足をとられないとも限らないしな。それに・・・」

「それに?」

「向こうが、どれだけ俺たちのことを()()()()()()()()も重要だ。なるべく相手を勘違いさせたままにさせるためにも、相手が何を勘違いしているのか、何を知らないのかを把握するのも悪くない、というかメイプルには必須だ」

「あ~、なるほどなぁ」

 

メイプルのスキルは、初見殺し、奇襲という面では強いが、逆に言えばタネが割れてしまえば効果は半減する。【暴虐】だって、1日1回の制限と防御貫通攻撃をしまくれば倒せるという弱点があるし、あのような姿・・・いや、もはや形態と言うべきか。まぁ、その形態があると分かってしまえば、動揺した隙を突くことも難しい。

だから、できれば情報をミスリードさせれば尚いいのだが、それはゆくゆくモミジに頼もう。

そのことを話していると、メイプル、サリー、ユイ、マイがギルドホームに帰ってきた。

 

「おっ、おかえり。どこに行ってたんだ?」

「ちょっと散歩にね。あっ、そうそう。報告しておきたいことがあるんだけど」

 

そう前置きして、お出かけの最中にメイプルたちを尾行していたフレデリカと遭遇したこと、【炎帝ノ国】か【集う聖剣】、あるいはその両方の情報を渡せば【決闘】するという条件を出し、【炎帝ノ国】の情報を得たうえでサリーがフレデリカと決闘したこと、そこである程度虚偽の情報を与えたことを説明された。

 

「なるほど・・・手間が1つ省けたな」

「と、言うと?」

「フレデリカは第2回イベントで、ペインたちとパーティーを組んでいたところに遭遇した。十中八九、【集う聖剣】に所属しているだろう。ペインたちに偽の情報を流せたのは大きい。それに、俺とシオリはペインとドレッドと戦ったことがあるし、もう1人の主力プレイヤーとも遭遇している。モミジにも情報収集に行かせたことだし、戦略の幅が広がりそうだ」

 

そう言いながら、俺は今後の方針を頭の中でまとめていく。

 

「うわ・・・クラルの顔が今まで見たことがないような悪人面に・・・」

「これが、悪だくみをしとる時のクラルや。黒いオーラが駄々洩れになっとるで・・・」

「ま、まぁ、味方なら頼もしいんじゃない・・・かな・・・」

「「こ、怖いです・・・」」

 

女性陣からはあんまりなことを言われたが、この程度でへこたれる俺ではない。

【集う聖剣】と【炎帝ノ国】とは、ぜひ楽しく遊んでもらうとしよう。




モミジちゃんには忍者属性になってもらいましたが、どこぞのチャクラ使いとかなんでも書いてある古事記の世界の住人ではなく、フツーの現実よりの忍者にしてみました。
ていうか、そうしないと「引っ込み思案な性格の小柄少女が大軍相手に無双する」とかいう訳の分からないことなってしまうので。
まぁ、試しにfateのアサシン勢を意識して書いてみましたが。
【霧の都】とか、完全にジャックをリスペクトしましたし。


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作戦会議

サリーからフレデリカのことを聞いた後、すでに運営から第4回イベントの通知が来ていることを教えられた。【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】の確認に気を取られ過ぎて、うっかりスルーしていたようだ。

第4回イベントの内容は、次のような感じになった。

 

・イベントは時間加速有りの5日間、自軍のオーブを防衛しつつ敵軍のオーブを奪う奪取&防衛戦。

・ギルドの規模を20人以下を小規模、21~50人を中規模、51人以上を大規模として区別する。

・自軍オーブが自軍にある場合、6時間ごとに1ポイント、ギルド規模小の場合は2ポイント加算される。

・他軍オーブを自軍に持ち帰り、3時間防衛することで自軍に2ポイント、また奪われたギルドがマイナス1ポイントされる。このとき、ギルド規模小に奪われた場合はマイナス3ポイント、ギルド規模中に奪われた場合はマイナス2ポイントされる。また、奪ったオーブはアイテム欄に入る。

・他軍オーブはポイント処理が終わり次第元の位置に戻され、防衛時間3時間以内に奪還された場合、ポイントの増加や減少はない。

・同じギルドメンバーの位置と自軍のオーブの位置は、ステータスと同じくパネルに表示されるマップで確認することが可能。

・ギルド規模が小さいほど防衛しやすい地形になる。

・ギルドに所属していないプレイヤーは参加申請をすることで複数作成される臨時ギルドのどれかに参加可能。

・死亡すると、回数ごとにステータスに制限がかかる。

1回死亡はステータス5%減、2回死亡はさらに10%減、3回死亡はさらに15%減、4回死亡はさらに20%減、5回死亡することでリタイアとなる。死亡回数が4回時点で、ステータス50%減となる。

・同じギルドから奪えるオーブは1日に1つきりで、プレイヤーが全滅したギルドからはオーブが発生しなくなる。

 

まとめると、こんな感じだ。

 

「なるほどな。一応、少人数ギルドにも救済措置はあるのか」

「うちは今11人だから、小規模になるね」

「防衛場所は当日までわからないが・・・それはともかく、死亡回数はできるだけ3回、いや、2回までに抑えたいな。メイプルは滅多に倒されないにしても、マイとユイ、シオリはステータス値が高い分、影響を受けやすい。問題は役割分担だが・・・うん、なんとかなるか」

「なんとかなるもんなの?」

「それに関しては、メンバーが集まってから説明する。あっ、参謀は俺がやってもいいか?」

「頼むわ」

「私もいいよ!」

「「わ、私たちも大丈夫です!」」

「は、はい!問題ありません」

「むしろ、これ以上にないくらい頼もしいわ」

 

俺が参謀役に収まったことになんの反論もなかったから、このことを他のメンバーにもメッセージで伝え、ギルドホームに集まってもらうことにした。

 

 

* * * * *

 

 

数十分後、カスミ、イズ、クロム、カナデ、モミジも集まり、作戦会議を開くことになった。

 

「さて、これから第4回イベントについての作戦会議を始める。基本的に作戦の立案は俺がやるが、他に意見は?」

 

念のために確認したが、やはり反対意見は出なかった。

 

「それじゃあ、まずは役割分担から話す。まず基本的に、防衛はメイプル、ユイ、マイ、カナデ、イズの5人、それ以外は攻撃だ。だが、全員には原則、攻撃と防衛両方をこなしてもらうことになる」

「質問!攻撃と防衛の切り替えはどういうタイミングでやりますか!」

「他のギルドから奪ったオーブの防衛の時だ。本当は攻撃と防衛できっちり分けたいところだが、人数が少ないからそれは諦めよう。それと、モミジにはイベント当日も基本的には諜報を頼みたい」

「諜報と言うと、他のギルドの位置を調べるということですか?」

「そうだ。規模もそうだが、できればギルドの名前が分かればベストだ。とはいえ、あくまで安全第一でな。もちろん、イベントが始まるまでの情報収集も頼む」

「はいっ!」

 

モミジは俺の指示に元気よく頷く。

ついで、俺は他のメンバーに視線を移す。

 

「細かいことはまた後で詰めるとして、今後の予定について話していきたい、が・・・悪い。先にイズに聞きたいことがあるんだが・・・」

「まぁ、そうなるわよね」

 

俺の言葉に、全員の視線がイズに向く。

そう、イズの装備が変わっていたのだ。

前のつなぎのような作業着ではなく、古びてところどころ焦げ跡のある茶色のロングコートに大きめのゴーグルと、焦げ茶色のブーツを身に付けている。

ていうか、昨日までは普通の格好だったよな?今日になって何があったんだ?

 

「えっとね、第3層にある新しいダンジョンって知ってる?」

「あぁ。たしか、プレイヤーメイドの装備にもスキルを付与できるようになるアイテムがあったんだったよな?」

 

そのおかげで、俺はまだ行ったことはないが、生産職しか入れないということもあって、連日生産職がそのダンジョンでアイテム採取に勤しんでいるということらしい。

 

「それでね、最初はメイプルちゃんたちのモンスターを借りようと思ったのだけど、待ちきれずに1人で行っちゃって・・・」

「・・・それで、結果的に1人で初挑戦のボスを撃破、その装備を手に入れた、と」

 

つまり、ユニーク装備というわけだ。

もうさ、聞くだけで怖いんだけど。生産職のユニーク装備とか、想像できない。

案の定、イズからもたらされた説明はとんでもないものだった。

まず、ゴールドを一部の素材に変換できるようになり、さらに身一つで工房を使用可能、あげくに新たなアイテムを作れるようになった、ということらしい。

あー、もう。どんどん【楓の木】から普通プレイヤーがいなくなって・・・いや、イズは生産職に限れば異常枠に片足突っ込んでいたか。

とはいえ、戦力強化であるのは間違いない。

なにせ、その場で爆弾なんかのアイテムを生産してぶん投げることで、支援枠なのに攻撃に貢献できるようになってしまったのだから。

それに、他のプレイヤーでは生産できないようなアイテムをどこでも作れるようになるというのも、かなり心強い。

 

「それなら、イズにはとことんアイテムを作ってもらうことになるのか。必要な素材やゴールドなんかも、できる範囲で俺たちもサポートするし」

「そうね。そうしてもらえるとありがたいわ」

 

イズの提案に、全員が快くうなずく。

最近は装備の調整をしてもらうことも少なくなったが、それでもイズの作ったアイテムや装備の世話になっているメンバーも多い。むしろ、素材集めだって以前からしていたことだ。断る理由もない。

そして、今後の予定と本番の細かい作戦の打ち合わせも終えて、俺たちはそれぞれの役割を果たしに行った。

俺、シオリ、カスミ、クロムは、ギルドメンバーのステータスを底上げするためのドロップアイテムを集めに。

サリーは、長時間の活動の訓練に。

ユイとマイは2層の目立たないところで連携の練習に。

カナデはイズからの頼まれごとであるポーションの素材集めに。

モミジはひたすら他の主要ギルドの情報を集めに。

メイプルは例外的に、自由に動いてもらっている。なにせ、AGI0のせいで素材集めは苦手だし。

また、カナデは俺の知らないところでまた新たなスキルを取得したということだった。

その名も【魔導書庫】。スキルを魔導書に変換して保管するスキルで、【神界書庫】のスキルも保存できるということらしい。

 

そんなこんなで、それぞれのやるべきことのこなしていき、ついに第4回イベント当日になった。

今回のイベントはスケジュールに恵まれ、メンバーの全員が参加している。

 

「目指すは上位で!」

「「「「「「「「「「異議なし!」」」」」」」」」」

 

メイプルの号令に俺たちも力強く返し、第4回イベントの開催が告げられるとともに光に包まれて転移されていった。




ギルドの規模ってこれで合ってましたよね?
なにぶん、手元に資料がないもので・・・。

カナデとイズの強化が後付け感満載になってしまいましたが、許してください。
この進め方だと、どうしてもこういう感じになってしまいました。


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第4回イベント1日目・1

俺たちが飛ばされたのは、洞窟の中だった。

道が3本に分かれており、俺たちが今いる広間にオーブと台座があった。

俺、サリー、シオリでそれぞれの道を確かめると、1つは水場があって行き止まり、1つは特に何もない行き止まり、最後の1つが外に通じる出入り口だった。

これなら確かに、格段に防衛しやすいだろう。

 

「それじゃあ、まずは打合せ通りに」

「えぇ、わかったわ」

「おう、予定通り行こう」

「任せとき」

「わ、私も頑張りますっ!」

 

時間が惜しい中、さっそく攻撃組5人と偵察役のモミジは洞窟から出て行った。

 

「クローネ、【覚醒】、【巨大化】」

「フウ、【覚醒】、【巨大化】」

 

俺とシオリはさっそくモンスターを巨大化させ、その背中に乗った。

俺は上空からの偵察で、シオリはフウの【嗅覚強化】で、それぞれギルドを見つけやすい。

それに、俺とシオリは1人だけでも十分ギルド1つくらいなら戦える。だから、あえて攻撃組を俺、シオリ、その他3人の3つに分けたのだ。

とはいえ、俺は上空からという都合上、どうしても中規模以上を相手取るのがメインになるだろう。

あるいは、オーブを集めたギルドからまとめて横取りするか。

なんにしても、できるだけ早くモミジの情報が欲しいところだ。

 

「さあて、どこかちょうどいいところはないかなっと・・・」

 

【千里眼】も使って、どこに他のギルドの拠点があるか、何人が防衛をしているかを確認していく。

だが、やはり上空から探せるというのはでかくて、10分くらいでちょうどいい中規模ギルドを見つけた。

 

「見っけた。よし、近くにメンバーはいないようだし、【速射】、【拡散】!」

 

俺はマップで巻き添えが出ないか確認してから、さっそく敵陣にボムアローの雨を降らせた。

次々に襲い掛かる4500の爆発する矢の絨毯爆撃に対応できるはずもなく、敵ギルドはあっさり壊滅した。

 

「さて、もらうぞっと」

 

俺は地面に降りてから悠々とオーブを回収し、再びクローネの背中に乗って上空に飛び上がる。

今度は、先ほどよりもスピードを落とし、敢えて敵の攻撃が届く位置を維持する。

 

「おっ、来た来た」

 

すると、オーブを取り戻そうと20人弱のプレイヤーが俺を追いかけてくる。

それを俺は引き離さない程度のスピードで逃げる。

そうすれば、

 

「お、始まった始まった」

 

俺の眼下では、別のギルドのプレイヤーと遭遇して戦闘を始めていた。

こうしてひきつけていけば、ギルド同士のつぶし合いを誘発できる。

さらにラッキーなことに、そのギルドの拠点も近くにあった。

せっかくだし、あれももらうとしよう。

【拡散】は使ってしまったから【速射】だけで対応するが、それでも十分敵を倒せる。

とはいえ、矢だけでは時間がかかる。

だから、さっそくだがあのスキルを試してみることにする。

 

「【創造(クリエイト)】」

 

俺が呟いたのは、【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】を発動するための言葉。そして、作り出す武器をイメージすると、俺の手元に2丁の拳銃が現れる。

機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】で兵器や機械兵を生み出す際、イメージによる生成とメニュー画面による選択の2種類があるのだが、俺はイメージによる生成を徹底的に鍛えた。そのおかげで、乱戦状態でもすぐに武器を作り出せるくらいにまで上達した。まぁ・・・化け物形態を操るメイプルほどではないかもしれないが。

それはともかく、俺は余計な思考を振り払って適当な高さから敵オーブの真ん前に飛び降りる。

 

「来たぞ!一斉にかかれ!」

 

俺が着地するタイミングを見計らって、20人ほどのプレイヤーが俺に襲い掛かってくる。

だが、

 

「出直してこい!」

「「「「ぎゃあーーーー!!」」」」

 

レーザーガンによる射撃で一気に4人片付ける。さらに、遠くから魔法や弓矢で攻撃をしてくるプレイヤーに精密射撃を、剣や槍なんかで襲い掛かってくるプレイヤーには銃による殴打と蹴りをお見舞いして倒していく。

あっという間に、防衛に回っていたプレイヤー20人を全滅させた。

 

「オーブをもらって、っと。クローネ、降りて来てくれ!」

 

上空に退避させていたクローネを呼び戻して背中に乗り、また上空へと飛びあがる。

しばらくは、この繰り返しになるだろうな。とりあえず、5つくらい集めてから戻ることにしようか。

 

「はぁ、結局は作業ゲーになりそうだな・・・まぁ、俺たちが勝つにはこうするしかないわけだが」

 

動員できる人数が少ない俺たちの勝ち筋は、速攻からの逃げ切りしかない。だから、できるだけオーブを集めておきたいところだ。これは、作戦会議の時にも話したことだ。

ただ、そうなると少し心配な人物が出てくるのだが・・・できるだけ、フォローを入れるようにしよう。



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第4回イベント1日目・2

今回から、ちょくちょく俯瞰視点も混ぜていきます。
基本的に、クラル視点とシオリ視点以外は俯瞰になると思います。


「ヒャッハー!もっとかかってこんかーい!」

「このっ、止まグエッ!?」

「クソがっ、おい!こっちに応援をガッ!?」

 

うちは、さっそく見つけた小規模ギルドを潰しとるところや。

フウの索敵に引っかかったプレイヤーを狩りながら、1人と敢えて逃がして見つけたギルドや。これくらいならどうってことあらへん。むしろ足りんくらいや!

 

「ん?なんや、もう終わりか?」

 

気付けば、拠点内のプレイヤーは全滅しとった。

いつの間にこんなことになったんやろ?

 

「まったく、張り合いがあらへんなぁ・・・お?モミジちゃんからや」

 

オーブを回収すると、ちょうどモミジちゃんからメッセージが届いた。

内容を読むと、うちからほど近いところに中規模ギルドがあるってことやった。

 

「ナイスや、モミジちゃん!んじゃ、フウ!さっそく行くで!」

 

フウの背中に飛び乗って、モミジちゃんからのメッセージ通りの方角に走らせた。

フウの背中からの攻撃でも【疾風】の効果が乗ることがわかったから、対多数相手ならこっちの方がやりやすい。

それに、巨大化したフウなら、1歩の距離は断然うちよりも長いから、結果的にこっちの方が速かったりするんや。

今回も、走り始めて5,6分くらいで目的のギルドにたどり着いた。

 

「て、敵襲!白い狼です!」

 

それなりにフィールドで乗っていたから、うちがメイプルちゃんと同じように白い狼を使役するということはバレとる。それはクラルの黒鷲も同じや。

だから、メイプルちゃんやサリー、他のメンバーはできるだけローブで顔を隠すようにしとるけど、うちとクラルだけは攻撃の時はローブで顔を隠さないようにしとる。

そのおかげで、うちには追手は少ない。

べつに顔を隠して、奪うときと防衛するときの2回やっつけてもええんやけど、たくさんポイントを稼ぐなら、なるべく他のギルドには長生きできる選択肢をとってもらおうってことになった。

これもクラルの作戦なんやけど、作戦会議の時、終始クラルが悪人面で作戦立案と進行をしとったから、基本的にクラル以外の全員がドン引きしながらの作戦会議になった。本人がそのことに気づいとらんのか気づいたうえで無視しとるのかはしらんけど。

 

「んじゃ、おとなしくオーブを寄こしぃ!」

 

無作法に敵ギルドの陣地に乗り込んだうちは、槍を左右に振るいながらプレイヤーを倒していく。正面の槍が届かない範囲は、フウが噛み千切ったり前足でお手して踏みつぶしとるおかげで、楽に敵の守りを突破できた。

 

「これはもらうで。ほんじゃな!」

 

さっさとオーブをもらったうちは、さっさと敵ギルドの拠点を後にした。

クラルはできるだけ序盤で稼ぎたいって言うとったから、まずは10個くらい稼いどくか!

 

 

* * * * *

 

 

【楓の木】の攻撃組、特にクラールハイトとシオリが無双している中、モミジは足早に移動してマッピングに努めていた。

 

「ふぅ。これで半分くらいかな」

 

イベント開始から1時間。シオリとのレベリングで得たステータスポイントの多くをAGIに割いたこともあって、すでに参加ギルドのうち半分の場所を把握していた。そのうちの何か所かは、マップで最も近いメンバーにメッセージを送って知らせるようにしている。

 

「ここから先は、私たちの拠点からも遠くなっちゃうけど・・・私は見つからないようにするだけなら問題ないし、他の皆さんの移動も、フウとかクローネがいるから大丈夫だよね」

 

クラールハイト直々のお願いということもあって、モミジは張り切りながらも思考を冷静に回していた。

すると、モミジがいる枝の下に3人のプレイヤーがやってきた。どうやら、攻撃組のようだ。

 

「うん・・・せっかくだし、聞いてみようかな」

 

そう言って、モミジはスッと立ち上がった。

今までのレベリングでモミジはシオリと共にいたが、それによって戦闘に対する恐怖感情をある程度克服できた。

いや、克服したというのは、少し違うかもしれないが。

 

「【凪】」

 

モミジは自らの音のすべてを消してから、3人組の背後に降りたった。

 

「失礼します」

 

そして、相手には聞こえない謝罪を呟いて、後ろから短剣を1人の首に突き立てた。

メイプルの【毒竜】に次ぐ効果を持つ毒の短剣の被害に遭ったプレイヤーは、なすすべもなく光に変わった。

 

「なっ、どこだ!?」

「まさか、伏兵!?」

 

残った2人のプレイヤーは、音もなく仲間が死亡した事実に動揺を隠せず、足元にしゃがみこんだモミジを見失っていた。

 

「えいっ」

 

その隙をついて、モミジはイズ特製の麻痺効果付きの短剣を振るい、2人のプレイヤーを拘束した。

 

「「えっ?」」

「【解除】」

 

モミジが【凪】を解除すると、そこで初めて2人のプレイヤーはモミジの存在に気が付いた。

 

「なっ、いったいどこから!?」

「えっと、すみません。あなたは別にいなくてもいいので」

「ぎゃっ!?」

 

動揺するプレイヤーの疑問には耳も貸さず、あくまで淡々と毒ナイフを突き立てて、光へと変えていった。

残されたプレイヤーは、ただのゲームであるはずなのに、背筋に走る悪寒が治まらなかった。

 

「えっと、すみません。ギルドの情報を教えてくれませんか?」

「なに、をっ・・・言うわけが・・・」

 

一見、可愛らしいと思える微笑みを浮かべながら、有無を言わさぬ口調でギルドの情報を引き出そうとする。

が、当然、相手も素直に「はい、そうですか」と応じるはずはない。

だが、

 

「教えてくれませんか?」

「だから、教えるはずは」

「教えてくれませんか?」

「このっ、しつこ・・・」

「教えてくれませんか?」

 

ただただ無機質に、モミジは質問を続ける。

麻痺が解けそうになっても、再び麻痺をかけなおすため逃げることもできない。

 

「教えてくれませんか?」

「わ、わかった・・・」

 

結局、謎の圧力に押されて自分のギルドの情報はもちろん、知りうる限りの他のギルドの情報を引き出した。

そして、あらかた聞きたいことを聞き終えたモミジは、にっこりと笑い、

 

「なるほど、ありがとうございました」

 

お礼を言ってから、なんのためらいもなく毒ナイフを振り下ろした。

【楓の木】の諜報員であるモミジは、『戦うのが苦手なら、戦わずに相手を倒せばいいじゃない』の精神をシオリとのレベリングで手に入れた。結果、スキルと相まって、クラルやシオリ、サリーでも知覚するのが難しい、破格の暗殺者にもなった。

もしこの光景をサリーやクロムが見たら、頭を抱えてしまうだろう。

事実・・・

 

 

* * * * *

 

 

「・・・見ちゃいけないものを見てしまったかもしれん」

 

少し遠出してギルドを探していたら、ちょうどモミジが尋問しているところにでくわした。

幸い、俺は空を飛んでいたから、モミジには気づかれなかったようだが・・・。

正直、頭を抱えずにいられなかった。




可愛い童顔美少女に、笑顔で刺される。
これってありですか?
自分は、わりとありな方です。
笑顔で見送ってくれるならうれしいです。それが可愛い女の子ならなおさら。
まぁ、ヤンデレとかメンヘラは勘弁ですが。

*【自白強要】に説明を付け加えました。
精神操作のスキルはさすがに問題があると指摘されたので、大幅に制限をつけました。
*【自白強要】を消去しました。
とある方の作品を見て、やはり個人情報に直結しかねないスキルは消した方がいいと判断しました。


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第4回イベント1日目・3

「ふぅ、集めた集めた」

 

攻撃を始めてから2,3時間くらい経過したあたりで、俺はいったん襲撃をやめて帰路についた。

この時間で集めたオーブの数は、およそ10個。最初は5個くらいでいいやと思っていたが、思いのほかモミジからこき使われた結果、この数にまで膨れ上がった。

いや、情報を教えてくれるのはいいけどさ、ちょっと張り切り過ぎじゃないかな?7個くらいはモミジの情報で手に入れたやつだし。むしろ、4個目からは全部モミジからの情報だし。

さらに言えば、ついさっき、すべてのギルドの位置を把握したからいったん拠点に戻るというメッセージが届いた。これ、ステータスポイントをAGI多めに振っているな。

さすがにシオリのようにはならないだろうが、諜報員としてはこれ以上にないくらいの人材だろう。

 

「さて、そろそろ帰ろうか・・・」

 

クローネを拠点の方向に向けようとすると、微かに爆発音が聞こえた。

爆発音がした方を見ると、局所的に爆炎が上がっているところだった。

俺はまさかと思いながらも【千里眼】で確認すると、思った通りのプレイヤーだった。

 

「【炎帝】のミィか」

 

第1回イベントで4位に入り、派手な火魔法とそのスキル名から【炎帝】と名付けられた赤髪の女性プレイヤーだ。

特徴は、今も行っている火魔法による範囲攻撃。NWOでは珍しく一つの属性のみを選択して極めた魔法使いで、【炎帝】というスキルによってさらに威力が上がっているという話だ。

そして、【炎帝ノ国】というNWOの二大ギルドのギルドマスターでもある。

まず間違いなく、NWOで両手の指に入る実力者だ。

どうやら、他ギルドのオーブを奪っている最中らしい。

そして、その近くにサリーの姿を発見した。

 

「念のため、サポートしておくか。【創造(クリエイト)】」

 

俺は【漆黒の弓】を消し、【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】でスナイパーライフルを生み出した。

普段なら【漆黒の弓】を使うところだが、今の俺とミィの距離は1㎞近くある。弓では弾速が足りない。

俺はクローネの背中の上で膝立ちになって、スナイパーライフルを構えた。

ちなみに、スコープはつけてない。スコープよりも裸眼の方が優れているから、ある意味当然ではある。

そこで、俺が照準越しにミィの姿を確認したのと、サリーがオーブを奪ったのは、ほぼ同時だった。

狙いを定めるよりも早く、ミィは1人でサリーの後を追いかけていった。

一瞬、他のプレイヤーを狙ってオーブを奪おうかと思ったが、すぐに向かうには遠い。諦めてミィに狙いを絞ることにした。

ちょうどサリーが朧のスキルで姿を消して姿をくらまし、ミィの追跡を振り切ったところだった。

とりあえず、ここで戦力を削っておこうと引き金に指をかける・・・が、なにやらミィの様子がおかしくなってきた。

最初は必死にサリーを探していたのが、次第に勢いがなくなっておろおろとし始め、最終的に涙目になってその場にうずくまってしまったのだ。

その姿は、モミジに勝るとも劣らない、気弱な少女そのものだった。

・・・おかしいな?モミジからの情報だと、溢れるカリスマでギルドメンバーからも信仰に近い、高い支持を得ているという話だったが・・・。

 

「・・・今回は特別だ」

 

なんだか見てはいけないものを見てしまった気分になり、今回は特別にミィを見逃すことにした。

とりあえず、このことは俺の胸の内にしまって、シオリには絶対に言わないようにしよう。

 

 

* * * * *

 

 

「戻ったぞー」

「あっ、クラル!おかえり!」

「お疲れさまや、クラル」

 

拠点に戻ると、メンバー全員が揃っている状態だった。

 

「クラル、収穫はどんなもんや?」

「中規模ギルドを中心に、ざっと10個ってところか」

「あれ?もうちょっと多いと思ったんやけどなぁ」

「いくつかの大規模ギルドは見逃したからな。ちなみに、シオリの方は?」

「うちは、小規模ギルドを中心に10個や」

「なるほどな。まぁ、最初にしては上々だろう」

 

スタートダッシュとしては、まず間違いなくいい方だろう。

 

「クラル、これ。モミジがマッピングしてくれた地図」

「お、ありがとうな」

「えへへ、お役に立ててよかったです」

 

偶然見てしまった尋問現場には敢えて触れず、モミジを褒める。

ちなみに、すでにサリー、クロム、カスミでオーブを8個奪っており、3個は防衛に成功したということだ。

 

「さて、基本的に叩き潰してから奪って来たとはいえ、サリーたちが盗んだっていうオーブを取り返しに来る輩も来るころか・・・いや、さっそく来たな」

 

外につながる通路の奥から、およそ50人ほどの足音が聞こえる。おそらく、複数の小規模ギルドが手を組んだのだろう。

それを説明すると、クロムから呆れの視線を向けられた。

 

「まったく・・・何をどうすれば、そこまで推測できるんだ?」

「俺は耳がいいからな。足音でだいたいの人数は把握できるし、それだけ分かれば状況も把握できる」

「・・・普通、聞こえたところでそこまでわからないと思うんだが・・・いや、もう今さらか」

 

途中からメイプルに向けるような態度を向けられて軽く傷ついたが、わりと事実だから否定できない。

だから、話題をすり替える。

 

「それより、この11人で戦うのは初めてか」

「全員が戦闘に関わるのは、これが初めてかな?イズさんとか」

「そうやな。というか、基本8人パーティーやから、このイベントが終わったら、次はいつになるかわからんで」

「なら、この貴重な機会を楽しむとするか」

 

俺がそう言ったと同時に、通路からプレイヤーがやってきた。

そして、目の前に存在する26個のオーブに目が釘付けになる。

これらを奪うことができれば、上位入賞も夢ではないだろう。

・・・奪うことができれば、だが。

 

「メイプル。いつもの」

「りょうかーい、【身捧ぐ慈愛】!」

「はい、【ヒール】」

 

【身捧ぐ慈愛】によるHP減少をカナデが回復してカバーする。

相手も俺たちに向かってくるが、ここから始まったのは俺たちによる蹂躙だ。

まず最初に、ユイとマイによって轟音とともにはじけ飛び、

それを抜けて直接オーブを狙ってもイズによる爆弾の雨で爆発四散し、

それを無理やり抜けてもカナデとモミジが麻痺させてサリーとシオリがとどめをさし、

逃げようとしたプレイヤーは俺が背中からスナイパーライフルで撃ち抜き、

最後の抵抗にメイプルを狙ったプレイヤーも、最近取得した防御貫通を無効化するスキルによってはじかれ、ユイとマイの大槌によって粉砕された。

これで、むやみに俺たちのところに攻めては来なくなるだろう。

こうして、俺たちは1日目の夜を迎える。



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第4回イベント1日目・4

25個のオーブを防衛した後、俺は早めの休息に入った。

なぜなら、なるべく夜中に襲撃をしていきたいからだ。

人数が少ない関係上、オーブ集めの効率は大規模ギルドには敵わない。

だから、オーブを奪いやすいギルドが残っているうちに、できるだけポイントを稼いでおきたい。

メイプルはあくまで上位入賞が目標だが、俺とシオリはあくまで1位を狙っている。

すでに俺とシオリで20個集めたが、後半はどうなるかわからない。

今日の目標としては、できるだけもう20個集めたいところだ。そうすれば、トップ3はほぼ確実だろう。

そんなことを考えながら、奥のスペースで4時間ほど仮眠をとった。

 

「クラル、時間や」

 

不意に、シオリに揺さぶられて起こされた。

 

「もうそんな時間か」

「回復は十分みたいやな。攻めに行くん?」

「そのつもりだ。俺の装備は、むしろ夜の方が活きるしな」

 

俺の装備もクローネも、主な色は黒だ。うまく夜の闇に紛れることができるだろう。

 

「とはいえ、近くで奪えるオーブも少ないだろうし、防衛のこともある。3時間くらいで戻るつもりだ」

「わかったで。んじゃ、うちもおやすみや」

 

そう言って、シオリはすぐに寝転がって寝息を立て始めた。

相変わらず、寝るの早いな。

どうでもいいことを考えながら、オーブのある広間に出る。

 

「あっ、クラルくん!おはよー」

「おう、起きたぞ。んじゃ、早速だがオーブの奪取に行ってくる。3時間くらいでもどってくるから」

「はーい」

 

それだけ言って、俺は洞窟の外に出てクローネの背に乗って飛び立った。

今回はモミジの情報をもとに製作したマップがあるから、迷わずにオーブの奪取に動ける。

とりあえず、手ごろな中規模ギルドから奪おうか・・・。

そう思ってクローネを飛ばすと、到着したギルドに見覚えのあるプレイヤーが襲撃しているところだった。

 

「なるほど・・・ま、悪いタイミングでもないか」

 

俺は矢を3本つがえ、ある程度地面に接近してから飛び降りた。

 

「なっ、新手だ!」

 

俺に気づいたプレイヤーは声を張り上げるが、他はそれどころではないらしく、警告に返事を返す余裕もないようだった。

 

「大人しくくたばっとけ、【速射】」

 

俺は矢でハチの巣にして仕留めてから、オーブを奪った。

 

「おい!オーブが奪われてっ、ぎゃあ!?」

 

オーブを取られたことに気づいたプレイヤーが振り向くが、それは致命的な隙となって、そのまま光へと消えていった。

そして、今しがたそいつを斬り伏せたプレイヤーが、俺の前に立つ。

 

「・・・まさか、ここで会うことになるとはね。クラールハイト」

「俺も意外だったさ、ペイン」

 

そう、俺の狙っていたギルドを襲っていたのは、ペイン率いる【集う聖剣】のメンバーだった。

他のプレイヤーは俺を倒そうと武器を構えようとしたが、ペインが片腕を上げて制止させた。

 

「これまた意外だな。このオーブを奪わないのか?」

「君に奪われる可能性を考えるなら、ここで手を出さない方がいいと思っただけさ」

「利口だな」

 

俺の挑発に後ろのプレイヤーはわずかに殺気立つが、ペインは気にせずに会話を続ける。

 

「それで、このまま見逃してくれるのか?」

「それもそうだけどね、先に言っておきたいことがあるんだ」

「なんだ、それは。宣戦布告か?」

「そうだ」

 

俺の冗談交じりの言葉に、ペインは真顔で頷いた。

 

「僕たちは、必ず君たち【楓の木】を攻めに行く。その時まで、楽しみにしていてくれ」

「・・・なるほど。そいつはいい。ぜひ、楽しみにさせてもらう」

 

俺はペインの戦線布告を受けて、犬歯をむき出しにして笑う。

わざわざ、向こうから挑戦しにきてくれるというのだ。歓迎しない手はない。

 

「なら、次にお前と会うのはその時になるかもな」

 

そう言って、俺は猛スピードで飛翔するクローネに飛び乗って、その場を後にした。

 

「さて、楽しみができたな・・・まずは、5つをノルマにしようか」

 

高鳴る鼓動を感じながら、俺はオーブ奪取に精を出した。

 

 

* * * * *

 

 

4時間後、結局オーブを7個集めた俺は、そこで拠点に戻った。

 

「戻ったぞー」

「あっ、クラル!おかえり!」

「「おかえりなさい、クラールハイトさん!」」

 

広場にいたのは、メイプルとユイ、マイだけだった。

 

「他のメンバーは?」

「奥でカナデとクロムさんが寝てて、シオリちゃんはついさっき起きてオーブ集めに行っちゃったよ」

「ったく・・・そう言えば、サリーはまだ戻っていないのか?」

 

少なくとも、この広間にはいない。だが、奥で休憩しているわけでもないらしい。

 

「うん、まだ戻ってきてないみたいだけど・・・あっ、サリーからメッセージだ」

 

そう言って、メイプルがサリーから届いたというメッセージを見ると、顔色を変えた。

 

「どうした、メイプル?」

「く、クラルくん、これ!」

 

メイプルが俺に画面を見せると、そこには、

 

『多分死ぬ。ごめん。』

 

とだけ書かれていた。

おそらく、相当の窮地なのだろうことがわかる。

 

「は、早く助けに行かないと!」

「待て」

 

焦るメイプルに俺は制止の声をかけ、僅かに思案する。

サリーの窮地。疲労しているとはいえ、サリーが死を覚悟するほどの相手は多くない。最低でも、実力を伴った大規模ギルドだと考えた方がいいだろう。

そして・・・いいことを思いついた。

横では、メイプルたちが俺の顔を見てビクンッ!とふるえていたが、俺はそれに構わず、すぐに行動に移った。




免許合宿で初めての路上を夜中に走って、心も体も割とボロボロな状態で書きました。
がちがちに緊張して、街灯少なくいのが心臓に悪くて、なぜか左のわき腹よりの肋骨が痛くなってしまって・・・。


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第4回イベント1日目・5

ちょうどクラールハイトが拠点に戻った頃、サリーは絶体絶命の状況に陥っていた。

上位入賞のために無理を承知でオーブを10個ほど集めたサリーだったが、長時間集中していたせいで索敵の精度が落ちてしまい、知らないうちに囲まれてしまったのだ。

その数は100を超える。

サリーを包囲したのは、フレデリカを指揮官とした【集う聖剣】のプレイヤー。

サリーは、都合がいいと戦闘を開始した。

なにせ、【集う聖剣】にはダミーの情報を流してある。それなら、上手く戦えるはずだと踏んだのだ。

また、限界状態を超えたからか、感覚は今まで以上に研ぎ澄まされ、重かったはずの体も軽くなっている。ギリギリのカウンターも、遅くなった世界の中で容易に決まっていく。

さらに、ドレッドと戦った際に得た恐怖センサーも、今やドレッドよりも上手く扱えていた。

だが、それでも30人が限界だった。

サリーを追ってきたプレイヤーが第3勢力となって包囲に加わった段階で、急に足の動きが止まって、ガクンと膝から崩れ落ちたのだ。

その時に放たれた追撃はなんとかしのぐことができたが、もはや体は少しも動かず、相手もわずかばかりの油断もない。

 

「次は負けないから」

 

それは、サリーなりの負け惜しみだった。

 

「【多重炎・・・」

 

フレデリカがとどめを刺そうと詠唱を唱えようとした、その時だった。

 

「フレデリカさん!上です!」

「【速射】」

「っ、【多重障壁】!」

 

突如降り注いだのは、矢の雨。

フレデリカは咄嗟に詠唱を切り替えることで防げたが、サリーにとどめを刺すことはできなかった。

そして、サリーを救ったのは、

 

「よう。ずいぶんとボロボロだな」

 

漆黒の弓を構える、クラールハイトだった。

 

 

* * * * *

 

 

ぶっちゃけ、かなりギリギリだった。

サリーからメッセージが届いてから、速攻でクローネに乗ってここまで来たのだが、あと一歩遅かったらやられていた。

 

「く、クラル?」

「ったく、無茶しやがって。いっちょ叱られてこい!」

「えっ、ちょっ、きゃあ!?」

 

俺は問答無用でサリーの首根っこを掴み、思い切り上空に放り投げた。

何人かのプレイヤーが無防備になったサリーを狙おうとしたが、その前にクローネがサリーを回収した。

そして、一緒に来た人物がサリーを一喝した。

 

「もうっ、サリー!無茶しちゃだめだよ!」

「ちょっ、メイプル!?」

 

そう、今回はメイプルも一緒に連れてきたのだ。

メイプルの【身捧ぐ慈愛】があれば、クローネが落とされる心配はない。

 

「メイプル!いったんサリーを頼んだぞ!・・・さて」

 

メイプルに声をかけてから、俺はフレデリカに視線を向けた。

視線を向けられたフレデリカは、ビクンッと体を震わせて杖を構えた。

 

「ず、ずいぶんと余裕だねー?メイプルが一緒じゃなくてもよかったのかなー?」

「別に?お前ら相手なら、俺1人で十分だ」

 

俺の挑発に、俺を囲むプレイヤーがにわかに殺気立つ。どうも、俺の言葉が気にくわないようだ。

この挑発は、モミジからの情報を聞いたうえで放ったものだ。

 

『【集う聖剣】における、クラールハイトさんの認識ですが、やはり弓使いというくくりで見ているようです。クラールハイトさんの第1回イベントの表彰での発言もあって、ペインさんを倒したのは不意打ちによるまぐれ、人数で囲って近づけば倒せると考えているようです。それは、ペインさん以外のほぼ全員に見られます』

 

モミジの情報通り、向こうは俺を()()()()()だと勘違いしてくれているようだ。

であれば、その勘違いの代償を払ってもらうことにしよう。

 

「【創造(クリエイト)】」

 

俺は詠唱を呟いて、拳銃に片刃の刃がついたガンブレードを両手に持って構えた。

未知のスキルに、相手は動揺する。

その隙を見逃すほど、俺は優しくない。

 

「せっかくだ。お前たちで対ペインのウォーミングアップをするとしようか!」

 

俺は獰猛に笑い、敵陣のど真ん中に突撃した。

 

 

* * * * *

 

 

「うわっ、始まった・・・」

「うん。どうなるんだろうね・・・」

 

上空からクラールハイトの様子を見る2人は、ドキドキしながら見守っていた。

最初は 防衛をほっぽり出したメイプルに混乱していたサリーは、クラールハイトの指示だと聞いて「あっ、またなにか悪だくみを思いついたのか」と納得した。

だから後は、クラールハイトの方の心配をするだけなのだが・・・

 

「まぁ、大丈夫だよね?」

「たぶん、そうね」

 

2人は大して気にしていなかった。

なにせ、以前のオフ会の時、2人は動画で知ったのだ。

クラールハイトが残した伝説の1つを。

それは、とある剣戟アクションVRの大会で優勝したクラールハイトが行ったエキシビションマッチ。

その内容は、1000人組手。言葉通り、1000体のモブと一斉に戦うというものだ。

さすがの開催者や観客も、「クリアできるか」ではなく「何体倒せるか」とか「いつまで耐えれるか」といったものがほとんどだった。

なにせ、このゲームにNWOのような攻撃スキルはなく、すべて己の腕1つでプレイするゲームなのだから、どうあがいても体力がもつはずがないのだ。

()()()()()()()()()()()

クラールハイトも、その例外の1人であり、あろうことか、ただ1度のダメージも受けずに1000人組手をクリアした。

これには運営や観客も絶句し、その時にクラールハイトが得た称号が、そのゲームにおける二つ名となった。

その名も、【一騎当千】。

クラールハイトは、それこそスキルも使わず、ただの1人で1000人の敵を相手取れるのだ。

そんなクラールハイトにとって、プレイヤーとはいえ百数十人はごく少ない数でしかない。

かかった時間は、およそ30分。

その30分で、フレデリカを除いたすべてのプレイヤーが全滅した。

 

 

* * * * *

 

 

「ちっ、逃がしちまったか」

 

最後に残っていたプレイヤーを撃ちぬいたところで、フレデリカがその場にいないことに気が付いた。

一応、逃げる足音がしたプレイヤーも撃ちぬいたから、討ち漏らしはいないと思っていたが、ぎりぎり耐えられたか。

本音としては倒しておきたかったが、仕留め損ねたものはしょうがない。

大人しく帰ることにしよう。

それに、戻ったら()()の報告も聞いておかないとな。



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第4回イベント1日目・6

ちょうどクラールハイトとメイプルがサリーの救出に間に合った後、【楓の木】の拠点近くに、闇に紛れて1人のプレイヤーが様子をうかがっていた。

 

「ったく、フレデリカめ、面倒ごとを押し付けやがって・・・」

 

それは、【集う聖剣】のメンバーであり、ペインに次ぐ実力を持っているドレッドだ。

元々、【楓の木】の拠点の場所はわれており、偶然そこに近かったドレッドが、フレデリカからのメッセージを受けてオーブを奪いに来たのだ。

ドレッドもぼやいてはいるが、メイプルがいないとなれば襲わない理由も少ない。

 

「さて、まずは中に入って、本当にメイプルがいないか確認してから・・・」

 

さっさとオーブを奪うため、入り口に一歩足を踏み出そうとしたドレッドだったが、不意にその動きを止めた。

 

「お、おったおった。クラルの読み通りやな」

 

後ろから声をかけられ、振り返ってみれば、そこには槍を肩の上に乗せて両腕をかけているシオリの姿があった。

 

 

* * * * *

 

 

「てめぇ、オーブを奪いに行ったんじゃなかったのか?」

「いや~、クラルからメッセージがきてな。それで急遽戻ったんよ」

 

オーブを奪いに外に出て、オーブを3つ集めたところで、クラルからこんなメッセージを受け取ったんや。

 

『釣りの時間だ。餌は俺たちのオーブ』

 

これを読んで、うちはクラルが何らかの事情があって、そこであえてメイプルを外に連れ出して、そこを狙いに来たプレイヤーを返り討ちにしろっちゅー指示を察した。

てゆーか、マイちゃんとユイちゃんも危険にさらされることになるんやから、向かわないわけにもいかへん!

まぁ、まさかそのプレイヤーがドレッドやとは思わんかったけど。

 

「んじゃ、こうして会ったことやし、さっさと死に戻りしてもらうで」

「くそっ、運が悪いな・・・ここは、素直に逃げるとするか。【超加速】!」

 

自分の不利を悟ったんか、ドレッドは迷わずに逃げの手を打った。念入りに【超加速】まで使って。

でも、

 

「遅いで!」

「なっ、嘘だろ!?」

 

今のうちなら、【超加速】を使わんでも余裕で追いつける!

 

「うちから逃げれるとは思わんことや」

「・・・あぁ、そうらしいな」

 

ドレッドは、もはやあきらめ気味にため息をついた。

それでも、短剣を構えたままなのは、最後の意地ってやつか。

 

「だが、覚えていろよ。次は、本気でお前らを、メイプルを狩りに行くからな・・・!」

「はっ、何をぬかしとるん?うちらが負けるわけあらへんやろ!」

 

ドレッドの最後の宣戦布告を聞いてから、うちは一気にドレッドに詰め寄って・・・躱させる間もなく、ドレッドを光に変えた。

 

「ふー。さて、もっかいオーブを奪いに行く気にもならへんし、もう戻ろか。それに、後でクラルから詳しいことを聞かんと」

 

何があったのか気になりつつも、うちはクラルにドレッドを倒したっちゅーメッセージを送って、洞窟の中に入った。

 

 

* * * * *

 

 

「まったく、サリーは無茶しすぎだよ」

「・・・ごめん」

「クラルくんにもシオリちゃんにも、迷惑をかけることになったんだよ?」

「・・・うん。クラルも、ごめん」

 

拠点までクローネの背中に乗って戻る最中、サリーはメイプルに頬をぐにぐにと引っ張られながら説教を受け、謝罪の言葉を口にしていた。

基本的には、サリーの方がしっかりをメイプルを引っ張っているイメージがあったから、こういうのも新鮮だな。

 

「気にすんな。さっき、シオリからのメッセージを確認したが、どうやらドレッドが釣れたみたいだ。だから、結果オーライだ」

 

予定にない指示だったものの、シオリがきちんと俺の意図を察してくれて助かった。

 

「まぁ、シオリからは盛大にいじられることになるだろうがな。それくらいは我慢しろよ」

「うん・・・」

 

サリーにしては本当に珍しく疲れ切っているようで、さっきから短く相槌を打ったり謝るだけだ。

相当、無茶をしたらしい。

 

「・・・おっ、そろそろ拠点につくぞ」

「おー、やっぱりシロップよりも速いね!」

「むしろ、鷲より速く空を飛ぶ亀とか、恐怖以外の何物でもないんだが・・・」

 

ただでさえ浮遊要塞と化しているのに、それが高速飛行浮遊要塞に進化するとか、俺でも失神する自信があるぞ。

ちょっと怖い未来を想像しながらも、クローネを地面に下ろして指輪に戻す。

 

「さて、と。サリー、立てるか?」

「うーん、ちょっときついけど、大丈夫・・・」

 

サリーはそう言うものの、足取りはフラフラとしていて危なっかしい。

ったく、しょうがないな。

 

「よっと」

「ちょ、ちょっと!クラル?」

 

見かねた俺は、サリーをおんぶして背中に背負った。

サリーは目を白黒させて、なんとか降りようとするが、STRは俺の方が上なのと、すでに疲れ切っていることもあって、ずいぶんと弱々しい。

 

「お前は、もうちょっと休め。その様子だと、かなり無茶してオーブを集めたんだろう?」

「うっ・・・」

「ここは大人しく背負われとけ。あぁ、寝る前にオーブは出しておいてくれよ」

「うん。じゃあ、これ・・・」

 

そう言って、サリーはインベントリを操作して、オーブを取り出した。

地面にころころと落ちたオーブは、およそ10個だ。モミジの地図があったとはいえ、かなりの数だ。

 

「お前、そこまで無理することもなかっただろうに・・・」

「でも、これで上位は、確実、だから、余裕を持てるし・・・」

 

よほど疲れているのか、すでに言葉が途切れ途切れだ。

 

「ったく、オーブも受け取ったし、眠いならさっさと寝ろ」

「うん、あとは、よろしく・・・」

 

それだけ言って、サリーは寝息を立てながら眠りについた。

 

「サリー、ぐっすりだね」

「やれやれ・・・」

 

そもそも、サリーに変に無理をさせないために俺とシオリで奔走したわけだが、これじゃあ本末転倒だ。

肩を竦めながら歩いていると、オーブのある広間についた。

中には、シオリにユイとマイが談笑していたが、すぐに俺たちに気づいた。

 

「おっ、クラル!おかえり・・・って、なんでサリーを背負っとるん?」

「あぁ、実はな・・・」

 

疑問符を浮かべるシオリに、さっきまでのことを説明すると、シオリはあきれ顔になった。

 

「なんや、そんなボロボロになるまで頑張るて・・・ちょっと張り切りすぎとちゃうん?」

「次からは無茶をしないように、ってメイプルが言い聞かせたからな。たぶん大丈夫だろう。それでなんだが・・・」

 

俺はオーブを台座に設置してから、メイプルの方に向き直った。

 

「帰りがけに空から観察していたんだが、思った以上にギルドのつぶし合いが激しい。だから、朝から次のプランに移行するぞ」

「っ、いよいよ、だね!」

 

俺の指示に、メイプルがやる気をみなぎらせる。

そのプランの名を、メイプル解放策。メイプルを防衛という枷から解き放って、オーブを奪わせに行くというものだ。

実際にイベントをやってみて、オーブは盗むよりも正面から徹底的に叩き潰して奪った方が、追手が少なくなりやすい。今のところ、それができていたのは俺とシオリだけだったが、防衛役に回っていたメイプルにもそれができる。

今日のところで、俺たちのところが危険だと十分にわからせることができただろうから、メイプルがいなくても防衛には問題ないはずだ。

 

「それにあたって、メイプルのスキルを1つ解禁する。基本的には、【捕食者】で対応してくれ」

「わかったよ!」

「それじゃあ、出撃のタイミングはこのオーブを防衛してからだな。俺は、サリーを奥に寝かせてくる」

 

そう言って、俺は水場がある方の行き止まりに向かって、サリーを横にさせた。こっちなら、今はサリーだけだから、ゆっくり休めるだろう。

さて、また朝から働きづめになるな。




今までモミジのことをジャック呼ばわりしましたが、これだとクラルはケイローン、シオリはアキレウスとクーフーリンのハーフって感じですね。

さて、ちょっとラブコメさせましたが、本格的にラブコメさせるかはまだ未定です。
ていうか、防振り自体、そういう作品じゃないですし、ちょっと気が引けると言うか・・・。
まぁ、今後の展開次第では、ラブコメさせることになるかもしれません。

ちなみに、防振りの文庫9巻でサリーのちょっと頬を染めながらの笑顔の挿絵を見てきゅんとなったのは、自分だけではないはず。


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第4回イベント2日目・1

夜が明け、朝日が昇る直前に俺、シオリ、メイプルで外にうって出た。

最初に俺たちだけで飛び出したのは、俺たちが奪った計20個のオーブの防衛と、早朝の奇襲のため。夜が明けて夜襲の心配がなくなったと気が抜けやすい時間帯だ。

そして今回は、モミジをメイプルのサポートとして同行させた。とは言っても、シロップには乗らずに地上を走りながらの同行だが。

理由としては、メイプルの姿を見た途端に自軍のオーブを抱えて逃げないとも限らないからだ。

AGIが0のメイプルにとっては、広範囲攻撃の手段を持っているとはいえ、早い段階でオーブを持ち逃げされたら致命的だ。

だから、AGIがそれなりに高く、諜報と暗殺に特化したモミジを同行させることで、それらの取り逃がしをできるだけ抑えようというのだ。

とはいえ、メイプルの枷もある程度は取り払っているし、まずは中規模を中心に襲わせるつもりだから、今はまだモミジの出番はないだろうが。

また、サリーは一度眠ったきり、朝になっても起きる様子がなかった。あの調子なら、起きるのは昼頃になりそうだ。

基本的に、俺たちは3方向に分かれて進んでいるから、鉢合わせることもないだろう。

 

「んじゃ、いつも通り、まずは10個からいくか。今回は、手ごろな大規模ギルドも狙ってみよう」

 

大規模ギルドと言っても、突出して強いのは【集う聖剣】と【炎帝ノ国】だけだ。他のところなら、俺もシオリもなんとでもなる。メイプルは、封印されている攻撃手段が多いから、そこまではいけないだろうが。

その代わりに、俺は【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】の兵器で存分に暴れることにしよう。

これも、布石の内の1つだ。

 

 

* * * * *

 

 

「う~ん、すごいことになっています・・・」

 

メイプルとの同行を命じられたモミジは、少し離れたところからメイプルの戦闘の様子を【遠見】で見ていたが、とんでもないの一言だった。

メイプルに防御貫通スキル以外のダメージが通らないこともそうだが、メイプルの【毒竜(ヒドラ)】は【毒無効】でしか完全に無効化することができず、逃げようと思ってもシロップの【大自然】で捕らわれてしまっては逃走は至難の技だ。

クラールハイトから取り逃がしを倒すように言われたものの、今のところ6つ、すべて全滅させてからオーブを奪っている。

正直言って、今のところモミジはやることがなくて、割と暇を持て余してた。

今のところモミジがやったのは、メイプルに数回、襲うギルドの様子を教えたくらいだ。

役割的には、やることがないのはいいことでもあるのだが、やはり何もしないというのも落ち着かないものだ。

どうしたものかと悩んでいると、モミジの足下を5人の女性プレイヤーが慎重に進んでいた。その視線は、主に空を飛んでいるメイプルに向けられている。

【忍術】スキルによる【聞き耳】で会話を聞くと、どうやら、あわよくばメイプルが襲っているところからオーブを横取りしようとたくらんでいるらしい。

モミジからすれば、果たして本当にできるのだろうかと首を傾げてしまうが、だからと言って放置するのもよくはない。

相手は5人。隠密専門のモミジには少し多いが、対処できないこともない。

モミジは、この5人のプレイヤーの対処を決めた。

 

「【霧の都】、【凪】」

 

まず初めに、自身を中心に濃霧を展開した。範囲は、メイプルが襲っているギルドと被らないくらい。ついで、自らの音をすべて消し去る。

突然現れた濃霧に、5人のプレイヤーは困惑しながらも立ち止まり、背中を預け合って陣形を組む。

それが、運の尽きだった。

 

「えっ?」

 

まず最初に、1人のプレイヤーが膝から崩れ落ちた。モミジが足を【麻痺の短剣】で斬りつけた結果だ。

2人のプレイヤーが麻痺を解除しようとしゃがみこんでポーションを取り出そうとしたところで、声を上げる暇もなく光となって消えた。【猛毒の短剣】による毒のダメージと、【暗殺者】による即死効果がはたらいた結果だ。

敵の姿が見えないことに焦りと恐怖を感じたもう2人のプレイヤーは、麻痺によって動けないプレイヤーを見捨てて霧の外に出ようとしたが、置いていかれたプレイヤーがその姿を確認できなくなったところで、激しい爆発音が聞こえ、巻き込まれた2人のプレイヤーは吹き飛ばされながら光となって消えた。これも、イズ特製の爆弾で、【忍びの心得】によってダメージが上昇したこともあり、2個だけで倒すことができた。

 

「な、なに、なんなのよ、これ・・・」

 

残されたプレイヤーは、まるでB級ホラーのような展開で、それでも決してぬぐい切ることができない恐怖を感じ、何が起こったのかわからないまま、喉に短剣を突き立てられ、光となって消えていった。

そうして、敵にトラウマを植え付けたであろうモミジは、一仕事終えた作業員のように汗を拭うジェスチャーをした。

 

「ふぅ、上手くいってよかったです・・・あれ?新しいスキル?」

 

何かスキルを得るようなことをした覚えはなかったモミジは、いったんそのスキルを確認した。

 

【ジャック・ザ・リッパー】

【ジャック・ザ・リッパー】に属するスキルを使用できるようになる。

取得条件

誰にも正体を悟らせずに、5人の女性プレイヤーを連続で倒す。

 

どうやら、複数のスキルが内包されているタイプのスキルだったらしく、ぱっと見ではこれだけしかわからなかった。

 

「う~ん、ちょっと気になるけど・・・メイプルさんと一緒に戻ってから、皆さんと確認しよ」

 

未知のスキルである以上、ギルド内では情報を共有しておこうと、頭の片隅にこのスキルのことを置いておきながら、引き続きメイプルのフォローに動いた。




本当はもう少し先で出そうかと思っていましたが、結局待ちきれずに追加してしまいました、真“ジャック・ザ・リッパー”スキル。
詳しい説明は、次回にということで。
近いうちに、風魔小太郎のスキルも追加したいな・・・。
マルクス絶対殺すガールになる未来が見えますが。
それと、セイバーとアサシンを履き違えている方々は、たぶん出そうにないですかね・・・。
即死スキルも、すでに持っていますし。


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第4回イベント2日目・2

イベント2日目も昼過ぎに差し掛かった辺りで、サリーは洞窟の奥でむくりと起き上がった。

起き上がって、自分が眠る前のことを思い出し、

 

「ぅぁぁぁぁ・・・・・・!」

 

顔を赤くして羞恥に悶えた。

 

(ちょっと待ってちょっと待って。私、クラルにおぶってもらった挙句、しがみついたりしなかった?思い切り体重預けてなかった?ていうか結果的に胸を押し付けるような感じになってなかった!?)

 

基本的に、一時期テストの成績が危ぶまれたくらいにはゲームに生活を割いているサリーであるから、色恋なんかも特に意識することはなかったし、親しい異性というのもいなかった。

そのため、無茶が祟って疲れ切っていたとはいえ、あのように異性に体を預けるなんていう経験は皆無なのだ。

 

(なんか、私がクラルに背負われた時、メイプルがやけにニコニコしてた気がするけど、べつにそういうわけじゃないよね?)

 

サリーはクラールハイトも昨日のことを意識しているのではないかと思っているが、当人はまったく気にしていない。

というのも、サリーがゲームに青春をささげていたように、クラールハイトも武術とゲームに青春をささげていたようなものなので、サリー以上に色恋沙汰について意識することがなかった。おそらく、シオリという異性に慣れてしまっているから、というのもあるだろうが。

サリーはこのまましばらくの間はのたうち回っていたい気分だったが、マップを確認すると、オーブを奪いに出たクラールハイトとシオリはすでに戻っており、メイプルとモミジも拠点に向かっている最中だとわかったので、いつまでもここにいるわけにはいかないと、なるべく自分を落ち着かせてから広間へと向かった。

 

 

* * * * *

 

 

「おっ、起きたか」

 

オーブの防衛がてら待っていると、奥からサリーがやってきた。

 

「どうだ、疲れはとれたか?」

「え、えぇ、大丈夫よ」

 

サリーは問題ないと頷いてが、視線が若干俺からずれている。

俺、なんかやったっけ?

まぁ、それよりも、今は現状の報告からか。

 

「一応、俺とシオリで10個ずつ奪って、今防衛しているところだ。まぁ、取り返しに来るところはほとんどいないが」

「むしろ『どうぞ持って行って下さい。だから殺さないで!』みたいなところもあったな。まったく、張り合いがあらへんわ。どのみち全滅させるのには変わりないっちゅーに」

 

ずいぶんと容赦ないな。俺も同じだけど。

ペインからの宣戦布告を受けてから、体のうずきが治まらないんだよな。

サリーは俺とシオリの発言に軽く引きながらも、今度は鞘や刃を眺め続けているカスミの方に視線を向けた。

 

「それで、カスミは・・・」

「あぁ、【崩剣】とやりあって、勝ったものの装備を全部ぶっ壊したようでな。イズに新しい装備を作ってもらってからは、ずっとあんな感じだ」

 

【崩剣】は【炎帝ノ国】所属のトッププレイヤーで、第1回イベントでは7位だった実力者だ。

そんな相手との戦闘だったのだから、それなり以上に熾烈なものだったのだろう。

そんなことを話していると、メイプルとモミジが戻ってきた。

 

「ただいまー!オーブ9個手に入れてきたよ!」

「おう、さすがだな」

 

サリーがボロボロになりながら持ってきたのと近い数を奪いながらも、メイプルはピンピンしている。

まぁ、そうなるように予定を組んだわけだが。

問題なくオーブを奪って来たメイプルに感心していると、モミジの方から声をかけられた。

 

「あっ、すみません。実は新しいスキルを取得したんですが、よくわからなくて・・・なので、ちょっと確認してもらってもいいですか?」

「よくわからないスキルって・・・いや、わかった」

 

こういうときは、たいていろくなことにならないのだが、もしかしたらイベントでの勝敗を分けるかもしれないから、意を決してステータス画面をのぞき込む。

 

【ジャック・ザ・リッパー】

【ジャック・ザ・リッパー】に属するスキルを使用できるようになる。

 

【情報遮断】

使用中、プレイヤーに姿を認識されても正常に知覚できなくなるようになる。1分ごとにMPを5消費する。

(例・たとえ自身の姿を見ても、黒い靄に覆われた物体にしか映らない)

 

【簡易治療】

対象のHPを自身のDEX分だけ回復させる。

 

【霧の都Ⅹ】

自分の周囲に霧を発生させる。霧の発生範囲は自身を中心に半径レベル×50m。

霧に状態異常を付与できる。対象は使用者によって選別可能。

 

聖母解体(マリア・ザ・リッパー)

通常より強力な短剣の攻撃を放つ。

以下の条件を1つ満たすごとに威力は2倍され、すべて満たすと確定で即死効果を付与する。

・時間帯が夜、あるいは洞窟などの暗闇の中である。

・対象が女性あるいは雌(プレイヤー、モブ問わず)である。

・霧が発生している。

 

 

「「「「うわぁ・・・」」」」

 

説明文を読み終えた辺りで、全員がドン引きの声をあげていた。

いったい、どんなことをすればこんな凶悪なスキルを取得できるんだ?

いろいろと問い詰めたいことはあったが、ふとあることに気づいた。

 

「ん?【霧の都】ってすでに取得してたよな?」

「あれ?そういえば、スキル一覧から【霧の都】が消えています」

「たぶん、【ジャック・ザ・リッパー】の方に統合されたんとちゃう?ほら、カナデの杖みたいな」

「あぁ、それはたしかに、あるかもね」

 

カナデの【魔導書庫】は、【神界書庫(アカシックレコード)】を持っている【神々の叡智】と1つになって使えるようになっているらしいから、それと似たようなものなのかもしれない。

ただ、様々な条件が必要とはいえ、確定で即死はやばくないか?

対プレイヤーなら、無類の強さを発揮するな。

 

「・・・まぁ、強化されたことに変わりないから、これからも活躍を期待しているぞ」

「はい!」

「さて、それじゃあ今後の方針だが・・・上から見た限り、ギルド同士のつぶし合いが激しくなっている。そろそろ脱落するプレイヤーも増えてくるだろう。そこでだ、今度はユイとマイも外に出てもらう」

「え?」

「私たちも、ですか?」

「あぁ。ここを攻めるプレイヤーもかなり減ってきたし、メイプルもそろそろ攻撃が厳しくなってきただろ?」

「うーん、たしかにそうだね・・・あっ、そっか!」

 

俺の確認にメイプルは頷き、さらに俺の意図も察したようだ。

 

「ユイとマイなら、十分メイプルの負担を減らせる。もちろん、モミジの同行も変わらず同じだ。出撃はこのオーブを防衛してから。場所は・・・」

 

俺が指示した場所に4人は驚いていたが、それでもやる気をみなぎらせた。




こんな感じで大丈夫でしたかね?
正直、ちょっと強すぎる気がしなくもないですが、ジャックならやっぱりこれくらいなきゃダメな気もしましたので。
霧のやつも、被り解消のために、ちょっと無理やり感は否めませんが、できるだけ違和感が生じないような設定にしました。

まぁ、どうせさらに強くなっていく予定なので、これくらいなら大丈夫ですよね、やっぱり。


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第4回イベント2日目・3

オーブを29個防衛した俺たちは、再びオーブの奪取へと向かった。

だが、今回の出撃はメンバーを大きく変えた。

まず、メイプルとモミジのメンバーに、新たにマイとユイを加えた。

その上で向かわせるのは、【炎帝ノ国】だ。

そろそろ本格的に、大規模ギルドへ侵攻しておきたい。

その上でメイプルたちをNWOの2大ギルドの1つである【炎帝ノ国】に向かわせたのは、相性がいいからだ。

【炎帝ノ国】にも第1回イベントの上位プレイヤーが4人揃っているが、あくまでその特徴は広範囲攻撃が2人と後方支援が2人。メイプルの防御を貫く手段はかなり限られる。少なくとも、メイプルの防御を貫くような即死攻撃は存在しないと断言できる。

ギルマスであるミィも、職業は魔法使い。通用する手があるとすれば、せいぜい閉じ込めてからのスリップダメージくらいだろう。

その時は、メイプルに【機械神】を使っても構わないと言ってあるから、やられる可能性は低い。

・・・にしても、作戦会議の時はビビったな。まさか、メイプルが俺の【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】と似たようなスキルを手に入れていたとは。俺のと違うのは、装備を壊すことで武装を展開すること。まぁ、メイプルの装備は【破壊成長】がついているから、デメリットとしてまったく機能しないどころか、メイプルの装備の耐久力をさらに上げる手段の1つになってしまっているわけだし。

まぁ、それは置いておくとして、もう1つ。

今回は、俺とシオリでタッグを組むことにした。

攻めに行くのは、【集う聖剣】だ。

ペインから宣戦布告を受け取ったとはいえ、向こうから攻めてくるのを待つだけというのは礼儀に反するというものだろう。

徹底的に叩き潰すために、俺とシオリはかなり気合が入っている。

シオリが地上から、俺が空からというのは変わらないが、出し惜しみも容赦も一切しないと決めていた。

そして、拠点を出発してから20分ほど。【集う聖剣】の拠点の近くまでやってきた。わりと早い段階で俺たちの接近を把握していたようで、すでに迎撃態勢に入っている。

こういうときは通信会話なんかができれば便利なんだろうが、NWOにそんなものはない。

仕方なしに、俺はシオリにメッセージを送った。

 

『俺たちで全滅させるくらいの勢いでいくぞ』

『了解や。任せとき!』

 

シオリからの返事に俺は笑みを浮かべた。

さて、俺たちで蹂躙劇を始めるとするか。

 

 

* * * * *

 

 

この時、【集う聖剣】の防衛に残っていたのはフレデリカとドラグだった。

すでにペインにクラールハイトとシオリが接近している旨のメッセージは送っており、あわよくば救援に来てもらおうとたくらんでいたのだが、

 

「フレデリカ。ペインはなんて?」

「・・・どれだけ急いでも、30分はかかるって。けっこう離れたところまで進んでたみたい」

「・・・30分、もたせられると思うか?」

「いや~、無理でしょ~・・・」

 

なにせ、サリーを助けに現れた際、100人以上のプレイヤーを30分足らずで全滅させたのだ。今、防衛に回っているプレイヤーも、100人くらいしかいない。

さらに、それに加えてシオリもいるということなのだから、30分はおろか、下手をすれば10分も耐えられないかもしれない。

 

「最悪、ここでやられるくらいなら、オーブは向こうに渡して、私たちだけでも逃げていいってさ」

「むしろ、ほぼほぼそうなりそうじゃね?」

 

そういうドラグの視線の先には、クローネの上でミサイルポッドを構えるクラールハイトの姿が。

 

「・・・うん、逃げよう!」

「ていうか、なんであんな物騒なもんがあるんだよ!聞いてねぇぞ、あんなの!」

「そんなの、こっちだって知りたいよー!【多重加速】!」

 

悪態をつきながらも、逃走に入るまでの動作にまったく無駄がない。さりげなく、フレデリカもAGI上昇のバフがかけられる。

そして、2人が逃走を始めたのと、クラールハイトからミサイルが放たれたのは、ほぼ同時だった。

大規模ギルドのハンデである、オーブが防衛に向かない平地などの場所に発生するというわりをもろにくらった形で、次々と地上に爆炎の花を咲かせる。

シオリは、着弾地点の間を縫うようにしながらオーブへと接近し、通り掛けにすれ違ったプレイヤーを倒していく。

その頃には、フレデリカとドラグ以外のプレイヤーも生存のために逃走を始めた。

逃げる間際に、フレデリカがペインからのメッセージをそのまま他のギルメン全員に送ったからだ。

ただでさえ初日に打撃を受けたのに、これ以上余計な消耗をするわけにはいかないと機転をきかせた結果だ。

そのおかげで、まんまとオーブを奪われてしまったものの、この侵攻で倒されたプレイヤーは30人ほどで済んだ。

それでも、これが誤魔化しができないほどの敗走であることは、【集う聖剣】のすべてのプレイヤーの誰もが認識したことだ。

事実上、NWOの2大ギルドの1つである【集う聖剣】は、たった2人のプレイヤーにいいように蹂躙され、あっさりとオーブを奪われた。

 

 

* * * * *

 

 

「ちっ、だいぶ逃げられたな」

 

けっこうミサイルをばらまいたはずなんだが、フレデリカの防御とほとんどのプレイヤーが逃走に徹したことで、思ったより【集う聖剣】のメンバーを仕留められなかった。

いっそ、ここで追撃してもいいのだが、あまりやりすぎると肝心のペインたちが攻めてこなくなる可能性もあるから、ここいらで我慢することにしよう。

地上に降りると、ちょうどシオリがオーブを回収したところだった。

 

「オーブは奪えたけど、なんかパッとせぇへんなぁ」

「たぶん、ペインからオーブは捨てても構わないって指示があったんだろう。ずいぶんと思い切りがいいことだ」

 

もちろん、ただの憶測でしかないが、慎重派であるだろうペインなら十分にあり得る。

 

「ま、もらえるものはもらっておくとして、さすがにこれだと消化不良だ。また10個集めてから戻るぞ」

「はいは~い」

 

俺は再びクローネの背に乗って飛び上がり、シオリもフウに乗って森の中へと走っていった。

この後、俺とシオリは決めた通りオーブを9個集めてから、拠点に戻っていった。




油断すると、クラルとシオリのスキルの一部の出番がまったくなくなってしまいます。
クラルの【魔弾の射手】とか、シオリの【大樹の怒り】とか。
僕としては、もういっそ出番がないならないでいいやってなっていますが。


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第4回イベント2日目・4

クラールハイトとシオリが【集う聖剣】を蹂躙した頃、同じくメイプルたちも【炎帝ノ国】との戦闘は佳境を迎えていた。

シロップから堂々と降り立ったメイプル、マイ、ユイは【トラッパー】ことマルクスの仕掛けた罠を真正面から突破した。

途中から救援に間に合ったミィによるメイプル対策の炎の牢獄も、【機械神】を使用したことで破られてしまい、ミィの苦し紛れの自爆も効かなかった。

【炎帝ノ国】を壊滅させ、オーブを奪おうと拠点を進んだ3人だったが、

 

「あれ?」

「ど、どういうことですか?」

「・・・・・・オーブを持って逃げた?」

 

拠点はすでにもぬけの殻で、肝心のオーブもなかった。

このミィの悪あがきによって、最悪の事態は回避することができた。

・・・そう思っていた、【炎帝ノ国】は。

 

「まぁ、モミジちゃんがいるから大丈夫だよね?」

「はい!そうですね!」

「それなら、私たちは他のギルドを倒していきますか?この辺りには、ちょうどいいギルドがいくつかありますから」

 

結局、クラールハイトの予想通りだったと、3人は慌てることなく、さらりと恐ろしい計画を立てて実行に移していった。

 

 

 

そんなことも知らず、オーブを持って逃げる役割を任された女性プレイヤーは、3人の護衛とともに何とかして拠点から離れることができた。

 

「はぁ、はぁ、ここまで来れば大丈夫か?」

「あぁ。仮に見つかっても、なんとか逃げ切れるはずだ」

「そうね。それなら、このオーブをすぐにミィ様のところに・・・」

 

そこまで言って、女性プレイヤーは周囲の異変に気付いた。

 

「ね、ねぇ。どうして霧が立ち込めているの?」

「そういえば・・・ここって、そういう地形だったか?」

「いや、少なくとも、昨日はそんなことはなかったはずだが・・・」

 

4人は困惑を隠せずに立ち往生するが、すぐに次の異変が起きる。

 

「ともかく、早くミィ様のところに・・・え?」

「おい、どうし、なにっ?」

「ちょっ、待てよ!」

「いったい、なにがどうなって・・・」

 

突然、4人に麻痺のデバフがかかり、地面に崩れ落ちてしまったのだ。

おそらく、この霧が原因なのだろうと推測したが、動かせない体ではメッセージで救援を呼ぶことも逃げることもできない。

いったい、誰の仕業なのか。

その答えは、すぐにやってきた。

 

「ふぅ。初めて使ってみましたが、けっこう使い勝手がいいですね、これ」

 

かろうじて動く首を動かして声のした方を向くと、そこにはぼんやりと浮かぶ人影が立っていた。

言わずもがな、モミジだ。

4人がぼんやりとした認識できないのは、【情報遮断】による効果だ。

これによって、相手はモミジの姿を認識することができない。

そのおかげで、【情報遮断】を使っている間は【暗殺者】の即死効果も簡単に発動するようになった。

また、【霧の都】に状態異常を付与できるようになったおかげで、毒や麻痺はもちろん、速度低下などのデバフもかけられるようになった。今付与しているのは、麻痺効果だ。

さらに、このスキルの凶悪なところは、霧の中にいる間は状態異常にかかり続けることにある。

そのため、一度麻痺になってしまったら、実質脱出は不可能となるのだ。

 

「それにしても、まさかあんな広範囲に罠を用意してあったとは思いませんでした。それも、1つの罠を避けても、近くにあるもう1つの罠を踏むように仕掛けている。【トラッパー】の異名を甘く見ていました。まぁ、おかげで新しいスキルも手に入れられたわけですが」

 

この4人を追跡しようとした時、モミジはマルクスによる罠にかかってしまったのだ。

幸か不幸か、植物のツタによる拘束であったため、すぐに短剣で斬り落とすことで事なきを得たが、そこでモミジは【忍術】のスキルレベルが上がり、新たなスキルを取得した。

 

【破壊工作】

仕掛けられている罠の位置を察知・解除できるようになる。また、特定の種類の罠を扱えるようになる。

 

このおかげで、他に仕掛けられている罠の位置がわかるようになり、すぐに追いつくことができたのだ。

 

「試したいことも試せて、予想外の収穫も得られて満足しましたし、もうオーブはもらいますね」

 

そう言って、モミジは無慈悲にナイフを振り下ろし、1人、また1人とプレイヤーを光へと変えていく。

そして、最後に女性のプレイヤーが残ったところで、モミジは残りのスキルを使った。

 

「【聖母解体(マリア・ザ・リッパー)】」

 

放たれたのは、光る2本の短剣による瞬間6連撃。

なすすべもなく切り裂かれた女性プレイヤーは、光となって消えてオーブを落とし、モミジはそれを拾い上げた。

 

「ふぅ。なんとかクラールハイトさんの指示通りに動けて良かったです」

 

今回はうまくオーブを奪うことができたが、もともと【遠見】で確認してから行動に移ったため、かなりきわどい部分はあったが、それでも役割を果たせたことに、モミジは満足した。

 

「それで、メイプルさんたちは・・・近いギルドの襲っているのかな?早く届けにいかないと」

 

シオリによる魔改造とメイプルに似た天然によって強者と言える領域に踏み込んだモミジだが、直接的な戦闘力はやはり低いため、すぐにオーブをメイプルに渡すために、【情報遮断】を解除してから【凪】を発動し、メイプルたちのもとへと向かった。




この時のモミジのイメージには、アニメ「暗殺教室」の2代目・死神の黒っぽい靄になっているやつですね。
あれ、現実でできるようなものなんですかね?
いや、それを気にしたら、そもそも殺せんせーが生まれるはずもないわけですが。


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第4回イベント2日目・5

2日目も、そろそろ日が落ちてきた辺りで、俺とシオリは引き上げることにした。

拠点に戻ると、すでに俺たち以外は全員集まっていた。

 

「クラルくん!シオリちゃん!おかえりなさい!」

「あいよ」

「ただいまぁ、メイプルちゃん!」

 

メイプルの迎えの言葉に、俺は簡単に、シオリは盛大に抱きついて返した。

 

「さて、メイプルたちの方はどうだった?」

「うんっ、モミジちゃんのおかげで、【炎帝ノ国】のオーブを奪えたよ!」

「はい。【ジャック・ザ・リッパー】がかなり役にたちました」

「それとですね、他のギルドのオーブも奪ってきました」

「これを守りきれば、順位は2位になります!」

 

どうやら、結果は上々のようだ。

 

「そうか。俺たちも、どうにか10個ほど奪ってきたからこれで【集う聖剣】にかなり近づくな」

 

今のところ1位は【集う聖剣】だが、俺とシオリでぶんどった分も含めれば、【集う聖剣】との差は一桁になる。

だが、懸念材料がまったくないわけではない。

 

「うーん、【炎帝ノ国】が周りを襲ってくれれば、俺たちとしても楽なんだが・・・さすがに、オーブを奪われたままだと動くに動かんか」

 

今回、【炎帝ノ国】は適当に壊滅させた後で、他も中・大規模ギルドを潰してもらおうと思っていたのだが、どれだけ早くても、動くのはオーブが戻ってからになるだろう。

メイプルたちのおかげでかなり戦力を削れたとはいえ、オーブを奪われたとなれば慎重になるはずだ。

必要なら、明日は俺とシオリで突いてみるのも1つの手ではあるが、もう夜になってしまう。【炎帝ノ国】について考えるのは後回しだ。

 

「まぁ、今はオーブ集めについて考えるか。だいぶ差が縮まるとはいえ、やっぱ効率では負けてしまうから、少しだけ奪いに行こう。メンバーは、俺、シオリ、イズ、カナデ以外だ。チームは、1つはサリー、マイ、ユイ、モミジ。もう1つはメイプル、クロム、カスミだ。だが、数は集まらなくても構わない」

「どうして?」

「俺とシオリでいろんなところを見たんだが、すでに小規模ギルドはかなり消えてるし、中規模ギルドでも脱落するところがでてきた。すでにオーブがないか、いっそギルドそのものが消えている場合もある。だから、目安としては、4時間くらいで戻って来てくれ」

「わかった!」

 

メンバーは全員、俺の指示に頷くが、シオリが手を挙げて質問してきた。

 

「1つええか?今回、なんでうちとクラルは休むん?ついさっきまで、ずっと出張っとったやん」

「1つは、俺たちが威嚇材料になって防衛が楽になるから。もう1つは、体力温存だ」

「なんでや?」

「おそらく、【集う聖剣】は今夜やってくる」

 

俺の言葉に、全員に緊張が走る。

なぜ、そう言い切れるのか。俺は理由を説明した。

 

「まず、このオーブを防衛した段階で、俺たちと【集う聖剣】の差はかなり縮まる。それを、向こうが黙って見てるままだとは考えにくい。それに、俺とシオリで蹂躙してやったから、リベンジに燃える奴らも少なからず出ているだろう。そして、向こうは暴れまわっている俺たちが少なからず疲労していると考えているはずだ。向こうから攻めてくると言った以上、この機会を見送るとも考えにくい。だとするなら、ペインたちが来るのは今夜、それも日付が変わる直前といったところだろう」

「・・・なるほどな。だから、うちとクラルは早めに休んどくっちゅーことか」

「向こうはメイプルも狙っているみたいだが、なんなら俺とシオリで散らしてやるくらいの気概でやるさ。それに、おそらくだが向こうは少なからず俺たちの情報を握っている可能性が高い。もしかしたら、メイプルたちが【炎帝ノ国】を襲撃したところを情報収集部隊が見ていたかもしれない。そうしたら、メイプルの制限も、マイとユイの攻撃力も知れ渡っていると考えた方がいい。そうなったら、かなりの戦闘力減だ。だが・・・」

「うちとクラルなら、多少知られたところで問題ない、ってことやろ?」

「あぁ、そういうことだ」

 

もちろん、来るのがペインたちトップ勢だけとも限らないから、少なからず戦闘は起こるだろう。

それでも、ペインやドレッド辺りは俺とシオリでどうとでもすればいい。

 

「だから、少しの間はみんなで頼む」

「うん、任せて!」

「たしかに、言われたらその通りね」

「っつーか、実際その方がいいだろうな。取り巻きなんかは、俺たちに任せてくれ」

 

これについても、全員から同意を得ることができた。

 

「まぁ、休むって言っても基本的にはここにいるから、防衛については心配しないでくれ。それじゃあ、頼んだぞ」

「わかった。じゃあ、いってきます!」

 

メイプルの元気な挨拶と共に、オーブを奪いに行くために外へと出て行った。

さて、それじゃあ俺は瞑想でもして体力回復に努めるとするか・・・。

 

「で?クラル君?クラル君はサリーのことをどう思っているのかしら?」

 

そう思っていたら、ニマニマ顔のイズにそんなことを尋ねられた。

ていうか、

 

「どうしてサリーがでてくるんだ?シオリとなら何度もあったが」

「あら、気づいてないのかしら?」

「イズ、クラルにそういうのを期待したらあかんで。こいつ、鈍感もええところやから」

 

なぜか、シオリからもディスられてしまった。

俺はカナデに助けを求めようと視線を向けたが、カナデはどちらかと言えばイズ側の人間のようで、イズの背中に隠れてムフフと言わんばかりに笑っていた。

結局、メイプルたちが戻ってくるまでに十分休むことはできたものの、妙にやるせない気分になった。




クラルの頭脳がさえわたります。

さて、実はですね、ここまで書いておきながら、クラルとサリーの関係をどうしようか、かなり持て余しています。
くっつけるにしても、どのタイミングにするかは未定ですし、どんなイベントを用意すればいいかもまったく考えておりません。
下手したら、6層とかその付近までおあずけになるまであります。
何が言いたいかと言うと、もしクラル×サリーを期待している方がいらっしゃるのなら、気長に待っていてくださいということです。


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第4回イベント2日目・6

メイプルたちが出かけてから、ちょうど4時間後、再び全員が集まった。

 

「ただいまー!どうだった?」

「おかえり、メイプル。どうだったも何も、平和そのものだったぞ。なにせ、俺とシオリの姿を見ただけで逃げ帰るからな」

「いっそ、暇って言うても過言じゃないくらいやったな」

「不謹慎ではあるけど、あながち間違いじゃないよね」

「2人に見られた途端に、きれいに回れ右して出て行くものね。楽と言えば楽だったわ」

 

カナデとイズが付け加えたように、俺とシオリの姿を見ただけで諦めて帰っていくため、ほとんど何もすることがなかった。

休めたのはいいことなのだろうが、俺とシオリは鬼か何かかよ。

 

「そういうわけで、俺たちはなんともなかったわけだが、そっちはどうだ?」

「う~ん、クラルくんの言ってた通り、オーブがないことがほとんどだったかな」

「私たちも、結局2個しか奪えなかったしね」

 

そう言って、サリーはオーブを台座に乗せた。

 

「やっぱりか・・・実はな、たしかに襲われはしなかったんだが、来た回数はけっこう多かったんだよな。マップを見ても・・・もうだいぶやられている。たぶん、奪われては全力で奪い返すを繰り返して、死亡回数が加速しているんだろうな。このままのペースだと、実質的に3日目か4日目くらいで終わりそうだ」

 

結局、俺の見込みは間違っていなかったようだ。

それに、やはり俺とシオリで攻めないと、他のギルドに足で負けてしまう。

とりあえず、明日はまた俺とシオリで攻めに行くことにして、

 

「なら、次は【集う聖剣】待ちだな。できるだけ、この広間で休んだり、装備やスキルの確認をしておいてくれ」

 

俺の号令に全員頷き、各々スキルや装備の確認をしたり、仮眠をとるなどして休憩を取り始めた。俺とシオリも、皆の休憩を妨げないように、オーブを防衛できるように武器を構えた。

さて、こっちはできるだけ万全の状態で迎え撃ってやる。

だから、来るなら来い、ペイン。

 

 

* * * * *

 

 

「・・・来たか」

 

2日目もあと10分くらいで終わるかという時間に、最後の来客の足音が聞こえ、俺は立ち上がった。

俺の呟きに、全員それぞれの武器を構える。

現れたのは、およそ30人のプレイヤー。その中には、ペイン、ドレッド、フレデリカ、ドラグの姿もある。

 

「ようやく来たな、ペイン」

「あぁ。宣言通り、勝てると踏んだ上で挑みに来た」

 

俺の挨拶に、ペインも軽く応じる。

 

「お~、昨日ぶりやな、ドレッド」

「正直、俺はあまり気乗りしなかったんだが・・・昨日の借りは返させてもらう」

 

シオリが二ッと笑うと、ドレッドはめんどくさそうにしながらも油断なく短剣を構える。

 

「やっほー、昼はよくもやってくれたね~。私も、まんまとオーブを奪われた借りは返すよ」

「ここなら、あんときのミサイルなんかも使えないだろうからな。悪く思うなよ」

 

やはりオーブを奪われたことを根に持っていたフレデリカとドラグは、いつでも始める用意ができている。

最初はにらみ合っていた俺たちだが、戦いは俺とペインがほぼ同時に踏み込んだのを合図に始まった。

 

「【創造(クリエイト)】」

「【多重加速】!」

 

俺は両手にガンブレードを持ち、フレデリカによるサポートでペインはさらに加速した。

ペインは下段に構えた長剣を切り上げて俺の武器を弾こうとしたが、俺は弾かれた勢いを円運動に変えて、逆にペインに右手の銃剣を振り下ろす。

だが、ペインはその動きを予知していたかのように受け流し、必殺のカウンターへとつなげる。

その一撃を俺は左の銃剣で受け止め、受け流しつつ銃口をペインに向けて発砲する。

ペインは俺の銃撃を体をひねることで躱し、後ろに回り込んで長剣を振り下ろす。

俺も勢いに身を任せて体を回転させて、ペインの攻撃を逸らしながら回転を続ける。

それを、幾度も続ける。目まぐるしく回転する視界の中で、はっきりとお互いを捉えながら、倒すために武器を振るい続ける。

 

「ははっ、すげぇな。剣戟でここまでやりあったのは、お前が初めてだ、ペイン」

「それはお互い様さ。俺も、剣の間合いで一撃もいれられないなんて、君が初めてだ」

 

激しい剣戟を交わしながら、余裕を崩さずに会話をするが、それでも不利なのは俺だ。

ペインは、ほとんどのステータスを高いバランスでそろえているが、俺はHPとVITには少しも振っていない。

何回も攻撃する必要がある俺と違い、ペインはスキルを用いない普通の攻撃でも一撃当てるだけで倒せる。

精神的負担で言えば、圧倒的に俺の方が重い。あまり長引かせると、いつボロが出てくるかわからない。

だから、まったくの互角ではダメなのだ。

となると、第1回イベントの時と同じように、流れを一気に俺に傾けさせる何かが欲しい。

そのためにも、まずはひたすらここを耐える。

一瞬、メイプルの方に避難しようかと考えたが、ちらっと見ればすでに【身捧ぐ慈愛】は解除されている。やはり、対策済みだったようだ。

ここからどう流れを変えるべきかを考えていると、その時はすぐにやってきた。

俺の左手に持っているガンブレードが、弾切れで消滅するという形で。




ようやくここまで来ました。
自分でも楽しみにしていたシーンなので、できるだけ気合を入れて執筆していきます。


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第4回イベント2日目・7

クラルとペインが同時に踏み込んだ一拍後、うちもドレッドに向かって突っ込んだ。

 

「そんじゃ、もっかい死に戻ってもらうとするわ!」

「悪いが、何度も同じ手を喰らう俺じゃねぇよ・・・!」

 

真っすぐに突き出した槍を、ドレッドは軽く躱した。

それでも追撃を仕掛けようとドレッドの方を向いたら、すでに10人のプレイヤーに囲まれとった。

 

「これは・・・」

「お前の力について、何も考えていないと思ったのか?お前と戦うのは、これで3回目だ。偵察班の報告も合わせれば、どういうスキルを持っているのか、想像がつく・・・お前は、走っている間しかまともに攻撃できないんだろう?」

 

ドレッドの言う通り、うちの能力は速くなるにしろ攻撃するにしろ、『走り続ける』のがキーになる。

逆に言えば、走っていない状態のうちは非力でしかない。

だからこそ、最初からうちを走らせないようにするために、あらかじめこの包囲を作っていたっちゅーことか。

 

「俺は、サシでやり合うことにこだわりはないからな。確実に、お前を潰す」

「・・・ははっ、こりゃ、一本取られたなぁ」

 

ここが狭い洞窟の中っちゅーことを逆に利用された。

すでに2回勝っとるからって、油断しとったなぁ。

まぁ、

 

「それでも、うちを倒すには足りひんで」

「ぬかせ!」

 

うちの言葉と強がりと捉えたんか、うちを包囲していた1人のプレイヤーが襲い掛かってきた。

でも、

 

「遅い!」

「なっ!」

 

うちは身をひるがえして攻撃を避けて、槍を薙ぎ払った。

さすがに倒すことはできひんかったけど、多少のダメージは入った。

たしかに、うちは走り続けなきゃ攻撃できへんけど、足が速いっちゅーことは、逃げ足も速いってことや。

足の速いうちは、逃げに徹すればだれにも捕まえられへん。

穴はすぐに埋められるから、包囲から脱出することはできへんけど、これくらいの攻撃をさばくくらいなら余裕や。

うちはステップを刻みながら、槍をドレッドに突き付ける。

 

「ほら、うちを仕留めるんやろ?さっさとかかってこんかい」

「・・・ちっ、面倒なことになりやがったな。だが、どのみち逃がさねぇよ!」

 

ドレッドが叫びながらうちに攻撃を仕掛けてくる。

思い返せば、こうしてドレッドの攻撃を真っ向から立ち向かうのは、これが初めてやな。

こっからが踏ん張りどころや。

せいぜい、クラルの要望通りに踊るんやな・・・!

 

 

* * * * *

 

 

「うぅ、こういうのは苦手です・・・」

 

戦いが始まった直後、モミジは極限まで気配を消して、広間の隅で機会をうかがっていた。

戦闘に参加していないのは、もちろんクラールハイトからの指示だ。

 

『モミジは遊撃を頼む。隙が見つかり次第、隠密しつつ援護してくれ』

 

たしかに、モミジのスキルであれば1回くらい攻撃しても位置はバレない。

とはいえ、戦況はかなり激しいものになっている。それをかいくぐりながらの援護は、モミジからすればかなり難しい。

だが、

 

「ですが、やらないわけにはいきませんよね・・・」

 

「クラールハイトさんからの指示とは言え、やっぱり嫌だなぁ・・・」などと愚痴をこぼしながらも、モミジは戦場を俯瞰する。

今のところ、メイプルの【身捧ぐ慈愛】は解除されているが、それでもクロムがいい仕事をしているため、マイとユイを守り切れている。今はまだ攻撃手段が限られているメイプルも、カスミ、サリー、カナデによって十分カバーできている。

それでも、あと一歩を押し切るのが難しいのは、

 

「やっぱり、フレデリカさんの援護が・・・」

 

フレデリカによる、的確なサポートによる部分が大きい。

ほぼフレデリカ1人による支援のおかげで、サリーたちが攻め込みにくくなっている。

ならばやはり、この場で狙うべきはフレデリカだ。

とはいえ、そのフレデリカにも最低限の護衛がついている。どのように護衛の隙をついて、フレデリカを仕留めるべきか。

どうすべきか思考を回すモミジだったが、すぐに違うことに意識を奪われた。

クラールハイトのガンブレードの片方が消滅したのだ。

それでもクラールハイトは、即座にもう片方のガンブレードで迎え撃とうとするが、それもすぐに弾き飛ばされてしまう。

モミジがまずいと思ったときには、すでに遅く。

ペインの長剣は、まっすぐクラールハイトへ向けて振り下ろされ・・・。




今回は短めで。
ようやく免許合宿が終わったので、次からはもう少し内容を詰め込むことができると思います。
まぁ、まだ平針が残っているんですがね。


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第4回イベント2日目・8

左手のガンブレードが消え、その隙を見逃さずにペインが左から長剣を斬り上げる。

それでも、なんとか右手のガンブレードを左手に投げて持ち替えたが、しっかりと握る前に弾き飛ばされてしまった。

 

「やべっ」

「【断罪の聖剣】!」

 

無防備になった俺に、ペインは光り輝く剣が俺に向かって振り下ろされる。

長剣は、振り下ろされる勢いのまま俺に迫り・・・

 

 

 

「なんてな」

 

ペインがスキルを発動することを見越した俺は、剣の軌道を見切って最低限の動きで躱し、逆にペインの懐に潜り込んだ。

 

「なっ!」

「悪いが、ここは俺の距離だ」

 

スキル発動中で動けないペインが、俺の動きに対応できるはずもなく、俺は拳を握り締めてペインに連打を見舞う。

顎、頭部、肘、腕、膝、胸、腹へと拳を叩き込みながら、なんとか距離をとろうとするペインの逃げ足を読んで肉薄し、俺を弾き飛ばそうとする蹴りや長剣の初動を潰す。

あくまで銃や弓矢を使わず、スキルも伴わない素手による攻撃だからダメージはそこまで高くないが、その代わりペインは逃げることも攻めることも叶わない。

神崎流“火砕流”。相手の動きの一手先を読んで潰しながら何もさせず、自分の攻めだけを成り立たせる剛の型。俺が最も得意な技でもある。

当然、現実でやろうものなら大けがは必至だから、VR内でしかやったことはないが。

 

「このっ、【超加速】!」

 

埒が明かないことを悟ったのか、ペインはAGIを上昇させて逃げようとするが、

 

「逃がすかよ」

「! しまっ・・・」

 

度重なる連撃で膝をつきそうになるほど体勢が低くなったことによって、鎧にあるマントが地面につきそうになっているところを踏みつけて、完全に俺から逃がさないようにした。

そこからは、ずっと俺のターン状態でひたすらペインをボコボコにし続けた。ペインもマントを踏まれているせいで満足に立ち上がることもできず、近すぎるせいで剣も振るえない。

他のプレイヤーは何とかしてペインを助け出そうとするが、

 

「おっしゃー!暴れたるで!」

 

注意が俺とペインに向けられたおかげでシオリの包囲網に乱れが生じ、シオリは包囲から抜け出すことができた。

一度包囲から抜け出してしまえば、あとはシオリの独壇場だ。

俺に近づこうとするプレイヤーを、片っ端からなぎ倒していく。

そして、確定耐えスキルが発動するのも構わずに殴り続け、とうとうペインのHPが0になり、光となって消えた。

 

 

* * * * *

 

 

「おいおい!あいつは弓使いじゃなかったのかよ!!」

「いや、銃とか使ってた時点でおかしかったがな・・・」

 

ペインが倒されたことによって、他の【集う聖剣】のプレイヤーに少なからず動揺が走る。

当然、その隙を突くようにしてサリーやカスミたちが他のプレイヤーを倒し始めた。

ここに来て、フレデリカも撤退を決め込む。

 

「あーもう!さっさと逃げて・・・って、なにこれ?」

 

フレデリカが辺りを見回すと、いつのまにか広間は霧に包まれていた。

厳密には、霧に包まれているのはフレデリカだけなのだが。

そして、メイプルたちが【炎帝ノ国】を攻めた時に発生した霧の報告を思い出し、まずいと思ったときには、もう手遅れだった。

 

「【聖母解体(マリア・ザ・リッパー)】」

 

フレデリカの背後から、赤く輝く2本の短剣が襲い掛かり、すべての条件がそろったモミジの【聖母解体(マリア・ザ・リッパー)】は、確定耐えスキルすらも貫通してフレデリカを光へと変えた。

 

「【暴虐】!」

 

フレデリカの支援がなくなったことでガクンと動きが鈍くなったドレッドとドラグに、メイプルがクラールハイトから使用が許可されたスキルを発動し、巨大な悪魔となって2人を掴み上げた。

 

「マジかよ!?おい!?」

「あー?・・・まだ変形・・・?」

 

2人は絶望と困惑の表情を浮かべ、ドラグはそのまま捕食されてしまった。

 

「いっそ、安らかな気持ちだ・・・」

 

ドレッドも、目を閉じながら諦念と共にメイプルに捕食されてしまった。

これで完全に指揮系統が潰れてしまい、残っていたプレイヤーも1人残らず死に戻りした。

 

 

* * * * *

 

 

「ふぅ。何とか、誰も死なずにすんだか」

 

【集う聖剣】を1人残らず殲滅したのを確認して、俺は大きく息を吐きながら、思わず地面に座り込む。

なんとか勝てたとはいえ、さすがにペインの相手はだいぶ疲れた。

 

「お疲れさまや、クラル」

「クラル、お疲れ様」

「っと、ありがとな、2人とも」

 

そこにシオリとサリーが近づいてきて手を差し出してきたから、俺もそれを掴んで立ち上がった。

 

「は~、マジでやりやがったな。傍から見てても冷や冷やしたぞ」

「それでも、あれだけの相手に誰1人も倒されずに勝てたというのは、これ以上にない大金星ではあるな」

 

その後ろから、クロムとカスミが感心半分呆れ半分の声音で近づいてきた。

 

「だが、今夜はこれからだ。予定よりだいぶ前倒しになったが、次の段階に進むぞ」

 

俺の指示に全員頷き、モミジとシオリ以外の全員がメイプルの背中に、モミジとシオリはフウに乗り、夜の森へと駆け出した。




ふと思ったんですけど、この辺りだと原作では盾を持っていることになってますけど、アニメでも文庫の挿絵でも防振りらいんうぉーずでも盾を使っている描写が全くないんですよね。
そもそも、長剣に盾って(個人的には)ミスマッチですし。
なので、ここでは盾を持っていない体で展開を進めました。


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第4回イベント3日目・1

【集う聖剣】を返り討ちにした後、俺たちは化け物形態のメイプルとフウの背中に乗り、他のギルドを襲撃して回った。

目的は、ポイントでリードを奪うことと大規模ギルドの壊滅をできるだけ早めること。

化け物形態になったメイプルは、人の姿を犠牲にして機動力を得たため、それなりに多くのギルドを襲うことができた。

この形態のメイプルの最大の利点は、黒い体のおかげで夜の奇襲がやりやすいことと、見た目のインパクトがでかすぎて防御貫通スキルを使うという思考に追いつく前に倒せることだ。

とはいえ、当然メイプルだけでオーブを奪えるというわけでもない。

だから、俺たちもメイプルの背中に乗って移動しながらプレイヤーを倒していった。

俺も、【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】でミニガンを作り出して援護をした。

試しにと使ってみたが、たまにはこんな感じで弾幕を張るのも悪くなかった。

襲うギルドや撤退のタイミングに関しては、俺が指示を出してメイプルを動かした。

おかげで、奪ったオーブの量ももちろん、多くのギルドを壊滅させていった。

そんな破壊の大行進を終わらせたのは、朝の6時ごろ。奪ったオーブを台座に置いて、ひとまず作戦は終了した。

 

「んじゃ、メイプルはお疲れ様だな。ゆっくり休んでいてくれ」

「うん。ちょっと、奥の方で寝てくるね。何かあったら起こしに来てくれたら・・・」

「あぁ、大丈夫だ」

 

そう言うと、メイプルは人の姿に戻らずに奥に引っ込んだ。

1日に1回しか使えない変身だから、元に戻るのは惜しい。

 

「さて、後はこのオーブを防衛するだけだな」

「でも、大丈夫なの?けっこう大規模ギルドのやつも混じっているけど・・・」

 

俺たちが奪ったオーブは10個。そのうち7個が大規模ギルドのものだ。

普通に考えて、危なくなったら、自軍のオーブだけ持って奥に避難した方が確実ともいえる。さすがに、ここまで来て俺とシオリの姿を見ただけで逃げるようなことはないだろうし。

だが、問題ない。

 

「防衛は、こいつらにも任せればいい。【創造(クリエイト)】」

 

俺は【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】を発動して、大量の機械兵を生み出した。

その数、およそ50。そのすべてが銃器を装備している。

あくまで量産型だからHPはそこまで高くないが、銃で牽制できるから問題ない。

 

「これで、大規模ギルドが来てもかなり楽に戦えるだろう」

「いや、なにしれっと一人軍隊しているんだよ」

「メイプルでだいぶ麻痺してきたが、クラルも十分おかしい側の人間だったな・・・」

「まぁ、ありがたいって言えばありがたいけどね・・・」

 

ずいぶんな言われようだが、あながち否定はできない。

まぁ、トッププレイヤーは何かしら理不尽なものを持っているということにしておこう。

このスキルが、その範疇に収まるかどうかは別にして。

 

 

 

結果的に言えば、オーブは問題なく防衛できた。

これは、思った以上に機械兵がいい仕事をしてくれたのが大きい。多少減ったところで、そのころには補充分の機械兵を生み出すMPは回復しているし、イズ特製のMPポーションもあるから、ほとんどMPに困ることはなかった。

仮に機械兵の集団を突破しても、俺たちで十分対処できる数でしかないから、特に危うい場面もなかった。

それに、防衛の手間がかなり省けたことでだいぶ体力を回復できて、オーブが元のギルドに戻るころにはメイプルも奥から出てきた。

 

「もう大丈夫なのか?」

「うん!クラルくんたちが頑張ってくれたおかげで、いっぱい休めたし!」

「そうか。それなら、モミジは偵察を頼む。大規模ギルド同士で争っているようなら・・・」

「うん、私とカナデ、メイプルも連れてね」

「うん、わかってる」

「その時は任せて!」

「あぁ。それじゃあ、モミジ、頼んだぞ」

「はい!」

 

モミジに指示を出すと、モミジも元気よく返事をして、外に走り出した。

さて、モミジからメッセージが来るまで、もう少し休むことにしよう。

 

 

* * * * *

 

 

「それにしても、クラールハイトさんはすごいです・・・」

 

大規模ギルドの集団を探しながら、モミジは先ほどの戦闘を思い出していた。

特に、クラールハイトの活躍には目を見張るものがあった。

クラールハイトが【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】で生み出した機械兵は大雑把な動きは制御できるらしく、クラールハイトは敵部隊の弱いところを的確に見つけ出し、機械兵をぶつけて潰していった。

それだけなら軍師のように見えるが、クラールハイトの強みはほぼすべての間合い、状況に対応できること。

近距離はガンブレードや体術で圧倒し、中・長距離は弓矢や銃撃で寄せ付けない。相手が圧倒的に多くてもすべてを返り討ちにし、仲間の防衛には機械兵を生み出すことでサポートする。

まさに、まったく隙がないと言える。

もちろん、HPとVITをまったく強化していないという弱点はあるが、超聴覚を持っているクラールハイトの裏をかくことは至難の技だし、真っ向勝負でも近距離の間合いの引き出しが圧倒的に多いクラールハイトに分がある。

そして、今回のイベントでそれを思い知らされたプレイヤーたちの間で、シオリ共々ある二つ名で呼ばれ始めているのだが、それは本人たちの知るところではない。

そうこうしているうちに、モミジはすでに戦闘が始まっているところを見つけた。

そこでは、炎がプレイヤーを蹂躙し、爆炎による圧倒的な機動力で攻撃を躱すプレイヤーの姿があった。

 

「【炎帝ノ国】・・・うん、ちょうどいいかも」

 

さっそくモミジは、クラールハイトにメッセージを送り、全員でモミジの元に集合することになった。




考えてみると、【楓の木】の面々って、二つ名らしい二つ名を持っているプレイヤーっていませんよね。
形容しようがないメイプルはともかく、カスミやクロムなら何かしらあってもいいような気はしますがね。
機会があれば、こっちで勝手に考えてみちゃいましょうか。


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第4回イベント3日目・2

モミジからのメッセージを受けて、俺たちは全員でモミジのいる地点に向かった。

そこでは、すでに【炎帝ノ国】が複数の大規模ギルドに襲撃されているところだった。

 

「お~、すごいことになっとるなぁ。これ、【炎帝ノ国】は全滅するんとちゃう?」

「それで、どっちを攻撃するんですか?」

 

シオリがずいぶんと楽しそうに戦場を見渡し、モミジが俺に作戦を尋ねてきた。

俺も、どうするかはすでに決めている。

 

「【炎帝ノ国】に加勢する形で、他の大規模ギルドを殲滅する。【炎帝ノ国】にはまだ頑張ってもらわなきゃいけないし、ここで俺たちでつぶし合うのも良くない。ここで一時、共闘するとしよう。俺とシオリで奥をやる。他のみんなは手前をやってくれ。それじゃあ、行くぞ!」

「「「「了解!」」」」

 

号令をかけ、俺とシオリはクローネに乗って奥に進み、他のメンバーもメイプルの背中に乗って向かっていった。

俺とシオリは、クローネのおかげで難なく裏に回ることができた。

 

「そんじゃ、存分に暴れるぞ」

「よっしゃ!任せとき!」

 

気合十分に、シオリも強く意気込んでクローネから飛び降りた。俺も、クローネを戻してから、シオリの後に続いて飛び降りた。

今回は、最初から切り札を切ることにする。

 

「【創造(クリエイト)】!」

 

俺が【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】によって生み出したのは、対2代目機械神でも現れた、巨大な機械竜だ。

その威容に他の全てのプレイヤーの動きが止まり、機械竜のレーザーや砲撃によって吹き飛ばされ、光となって消えていく。

俺も、【魔弾の射手】で片手剣を2本取り出して両手に持ち、敵陣のど真ん中に突っ込んで斬り伏せていく。

機械竜に意識を向けがちになっているプレイヤーも、シオリが死角から槍を振るって狩っていく。

だが、50人ほど斬り捨てたあたりで、ふと視線を感じた。

気配を感じた方を振り向くと、そこには光る長剣を持ったローブの男が、俺に鋭い視線を向けていた。

ローブで顔を隠しているものの、あの長剣からして、まず間違いなくペインだ。どうやら、この騒ぎに乗じてライバルを減らしに来たらしい。やはり、考えることは同じなようだ。おそらく、他のメンバーも来ているはずだ。

このタイミングで出てきたのは、俺の機械竜とメイプルの【暴虐】でいい具合にプレイヤーが集まってきたからだろう。

であれば、俺も出し惜しみはしない。

 

「【創造(クリエイト)】!」

 

イズのMPの回復が超上昇するポーションをあらかじめ使用して、普通のMP回復ポーションによってMPがMAX近くまで回復した俺は、さらにもう一体の機械竜を生み出した。

さらに、ダメ押しでMPポーションを連続で使って、様々な機械兵を計100体を生み出した。さっきまでの防衛のような量産型だけでなく、重機械兵や上級機械兵も混じっており、混乱しきっているプレイヤーは成すすべもなく蹂躙されていく。

 

「ちょっ、クラル!【炎帝ノ国】のプレイヤーも巻き添えくらっとるけど!?」

「トップ勢以外は誤差だ、誤差!」

「ひどっ!ってゆーか、うちも動きづらいんやけど!」

「だったら、他の空いてるところに行けばいいだろ。ちょうど左右が少ないぞ。メイプルのところは地獄絵図だからな」

 

今、メイプルたちがいるところはサリーとカナデの【幻影世界(ファントムワールド)】によって、全部で7体の悪魔が戦場を蹂躙していた。3分間だけの地獄とはいえ、かなりの数のプレイヤーが巻き込まれることだろう。

 

「あーもう!この鬼!人でなし!言われたとおりにするけど!」

 

シオリも、文句を言いながらも素直に俺の指示に従ってくれた。プレイヤーを倒しながら、外周に回って両サイドにいるプレイヤーに狙いを変えた。おかげで、プレイヤーの減り方がさらに加速した。

ペインの方も、狙いを俺からシオリの逆サイドに変えたため、メイプルの【幻影世界(ファントムワールド)】が切れるころには、だいぶ余裕ができるようになった。

その辺りで、俺は今後の予定に思考を割いた。

おそらく、ここでの戦闘だけでも、それなりの数のオーブを手に入れることができるだろう。

【炎帝ノ国】も、これ以上オーブの奪取と防衛に動くことはできない。おそらく、この後にできるだけ他のギルドを潰すことで、10位以内に入れる確率を少しでも上げるはずだ。

そうなれば、後の問題は【集う聖剣】だけだが、昨夜の襲撃のおかげで、それなりに点差をつけて俺たちが1位になった。

それに、このままのペースでギルドが減っていけば、おそらく生き残ったギルドが10個以下になるのも時間の問題だ。そうなったら、上位10位は報酬が変わらない以上、他のギルドもオーブの奪取には消極的になるだろう。

であれば、俺たちの勝利は、よほどじゃない限り揺らがないはずだ。

もちろん、ペインとかフレデリカあたりがムキにならないとも言い切れないが、それ以外のプレイヤーは俺たちに散々にやられたのだから、積極的に動くことはないはずだ。

となれば、やはりここが最後の戦場になるだろう。

だんだん少なくなっていくプレイヤーを見てペインも撤退を決め込んだようだし、もうひと頑張りといくか。



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第4回イベント3日目・3&終了

ようやくすべてのギルドの撤退が終わったころには、残っていたのは俺たちと【炎帝ノ国】のトップ4人だけだった。

メイプルの【暴虐】は解除されているのとクロムがボロボロ気味ではあるものの、それだけで脱落者もいないし、他は割と余裕があった。

それに対し、ミィたちの方はすでに満身創痍で、さらにギルドメンバーもほとんどリタイアしているようだった。

そんな状態では当然、俺たちと戦うことはできない。

それは向こうも分かっていたようで、俺たちとミィたちの中央にあるオーブを回収することもなく、爆炎に包まれてどこかへと消えていった。これは俺たちを巻き込むためのものではなく、ここから緊急離脱するためのものだったようで、遠目だが回復されながらも宙を飛んでいる4人が見えた。

【炎帝ノ国】のトップ陣の1人であるミザリーは、【聖女】の二つ名で呼ばれている回復役(ヒーラー)だからこそできた、とみるべきだろう。

それを見届けてから、俺たちはオーブを回収して、クローネとシロップの背中に乗って拠点へと戻った。

 

 

 

* * * * *

 

 

拠点に戻ってオーブを台座に置いてから1時間ほど。

襲撃もまったくなく、比較的平和に休憩していたが、ふとランキングを見るとすごいことになっていた。

 

「おぉ、これはこれは・・・」

「クラル、どうかしたん?」

 

俺の反応が気になったのか、シオリが俺に近づいて尋ねてきた。

 

「あぁ、これを見てくれ」

 

俺は開いている画面をシオリに見せる。シオリの後ろには、いつの間にかメイプルとサリーもいたから、見やすいように画面を少し大きめにした。

そこには、すでにいくつかの大規模ギルドが壊滅していることが示されていた。

見せている間にも、また1つのギルドが消えた。

 

「たぶん、【炎帝ノ国】が暴れているんだろうな」

「そうなん?」

「あの状態じゃ、いくらなんでも2日以上戦い続けるのは無理だ。だから、できるだけライバルを減らして、後は運頼みってところだろう」

 

すでに上位10位以内で、かつそれを実行できる殲滅力があるなら、悪くない手だ。

とはいえ、少数で大規模ギルドを襲うのはそれなりに負担がかかるし、やられるたびにステータスも下がっていく。そう長くは続かないだろう。

 

「それでも、ここまで暴れるのは、さすがの一言だけどな。殲滅力に関しては、まず間違いなくメイプルよりも上だな」

「そうだね。私は【暴虐】だと、上手く轢かないといけないし・・・」

 

実際、メイプルの【暴虐】によってひき殺されたプレイヤーは、そこまで多くない。せいぜい、偶然連続で轢かれた不運なプレイヤーくらいだろう。

それに、メイプルのスキルの強みは初見殺しにあるため、今ある分はあらかた知れ渡ってしまったから、不意を突くような戦法はもう使えない。

それに対し、ミィはただ火力を押し付ければいいから、効率で言えばメイプルよりも数段上だし、今回の対メイプルで覚えたらしき自爆飛行も合わされば、短時間で複数の大規模ギルドを壊滅させることも不可能ではない。

そして、その展開は俺たちにとってもありがたい。

 

「たぶん、【炎帝ノ国】が全滅する頃には残りは10個以下になっているだろう。そうなれば、順位がほぼ確定して無理に攻める必要もなくなる」

「ってことは、うちらもこれで打ち止めっちゅーことか?」

「今あるオーブを守りぬけば、まず上位10位以内は確実だし、この点差ならよほどじゃない限り【集う聖剣】にも抜かれない。とりあえず、もう外に出る必要はないな」

「そっか~、ようやっと終わりか~・・・」

 

俺がそう言うと、シオリは地面に大の字になって寝転がった。

フウに乗っていたとはいえ、今回で一番走ったのはシオリだ。スキルのおかげで肉体的な疲労は少ないだろうが、それでも精神的な疲れはあるのだろう。

他のメンバーにも終了ムードが流れ始めたが、ここでだらけ切ってしまうのも良くはない。

 

「メイプル。念のために、道を【水晶壁】で塞いでおいてくれ。俺も機械兵をだしておく」

「うん、わかった」

 

メイプルに最後の指示を出し、俺も久しぶりにしっかりと睡眠をとった。

 

 

 

4日目の早朝。

ランキングを確認すると、すでに残りのギルドは6つで、そのすべてが上位10チームだった。

つまり、これで実質的に第4回イベントは終了したということだ。

 

「まだ時間は余っているが、これならもうお疲れ様でいいか」

「そうやなぁ。報酬が変わらん以上、また頑張ることもあらへんやろ」

 

シオリの言う通り、もうどこかのギルドがオーブを奪いに行くようなことはないだろう。

平和なのはいいのだが・・・ちょっとした問題がある。

 

「そうなると、だいぶ暇になるな・・・」

「そうやな・・・」

 

こうなると、丸2日暇になってしまう。

もともと、こんなに早く終わることを想定していなかったため、今回ばかりはメイプルも暇つぶしセットを持っていない。

そうなると、どうやって時間を潰そうか・・・。

いっそ、もう一回ペインのところにタイマンを挑みに行こうか?どうせやることもないし。でも、あまり手の内を見せすぎるのもな・・・。

とりあえず、なんとなくでクローネを呼び出したが、肩に乗せるだけで、特に何かをするわけでもない。

マジでやることがない・・・。

 

「あっ、そうだ!」

 

どうしたものかと悩んでいると、何やらメイプルが「閃いた!」と言わんばかりに立ち上がった。

 

「どうしたんだ?」

「ちょっと待ってて。【発毛】!」

 

すると、いきなりメイプルは羊毛の塊になった。

 

「【武装展開】!」

 

いったい何をしでかそうとしているんだ?と疑問に思っていると、今度は羊毛の中からにゅっとレーザー砲なんかの武装が飛び出してきた。なぜか、前後に2本ずつ。

 

「マイちゃん!ユイちゃん!これ持って!」

 

今度は、マイとユイを呼び出した。

すると、マイとユイはなんとなくやりたいことがわかったのか、頷きあってメイプルの元に近づいた。

それぞれメイプルを挟むように並ぶと、ガシッとレーザー砲を掴んで、神輿よろしくと言わんばかりに持ち上げて、拠点の中を歩き回り始めた。

 

「・・・まぁ、うん。本人が楽しいならいいや・・・」

 

その光景を、俺は極力何も考えないようにしながら眺めた。

だって、考えたら負けだと思うし。

 

 

* * * * *

 

 

第4回イベントも終わりの兆しを見せると、観客席のエリアでは今回のイベントについて話し合っていた。

話題に上がるのは、やはり活躍したトッププレイヤーたちだが、その中でも特にクラールハイトとシオリについての話題が熱くなっていた。

なにせ、【楓の木】の中ではメイプルと違って、イベント中はずっと他のギルドを攻めていた分、キル数もメイプルより多かった。

この2人について話し合う中で、自然と2人の二つ名が浸透するようになった。

 

クラールハイトは、あらゆる武器・アイテムを駆使し、優れた知恵と戦略でメンバーを動かし、勝利へと導いた。

すなわち、【賢者】と。

 

シオリは、白い狼の毛皮を身に纏い、白い狼と共に戦場を駆け巡り、数多のプレイヤーを蹂躙し、狩っていった。

すなわち、【白狼】と。

 

この二つ名は、【聖剣】や【炎帝】に負けず劣らずの知名度を誇り、すでに【魔境】と呼ばれ始めている【楓の木】の中で初めての二つ名持ちということで、あらゆる意味で警戒されるようになり、他のメンバーの二つ名についての議論の種火にもなった。




まずはクラルとシオリに。
気が向いたら、他のメンバーも考えようかなと。


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つながり

4日目と5日目は、メイプルの神輿以外は特に何事もなく過ぎ去り、運営の終了の知らせと共に俺たちは通常のフィールドへと転移された。

転移してから数秒後、俺たちの目の前に結果発表を告げるパネルが開かれた。

そこに表示されていた順位は、

 

「すごい!1位だよ!」

「まぁ、狙っていたからな。とはいえ、これで一安心だな」

「落ち着いとんなぁ。もっとはしゃいでもええんとちゃう?」

 

シオリの言う通りかもしれないが、もともと何かにはしゃぐ性分でもないしな。

それに、10位以内に入れば報酬は変わらないし。

そんなことを話している間に、最高ランクの報酬が表示された。

まず、ギルドメンバー全員に銀色のメダルが5枚と、何かの気の札が1枚。ギルドマスターであるメイプルには、設置すると全ステータスが5%上昇するギルド設置アイテムが贈られた。

気になるのは、この木の札だ。

 

「【通行許可証・伍】・・・なんや、これ」

「次の階層で必要になるアイテムみたいだが・・・まぁ、細かいことは今、考えなくてもいいだろ」

 

ちなみに、木の札には下に小さく自分の名前も彫られており、貸し借りができないようになっている。

 

「何はともあれ、こうして無事に終わったわけだが・・・せっかくだし、打ち上げでもやるか?」

「あっ、いいね!それ!」

「なんや、珍しいな。クラルから、そういう提案すんの」

「ギルメン全員で頑張ったのは、これが初めてだからな。1位にもなったし、記念にいいと思ったんだが・・・」

「いいんじゃない?」

「あぁ、俺も異論はない」

「私もだ」

「「はいっ、いいと思います!」」

「なら、料理を作るのは私ね。【料理】スキルも最大まで上げてるし」

「私も、いい食材を探します!」

「じゃあ、全員で集まれる日を確認して、それぞれで準備しよっか」

 

俺の提案は快く受け入れられ、数日後に打ち上げを行うことになった。

俺もDEXはそれなりに上げてるし、せっかくだから俺も【料理】スキルを取得してみようか。

 

 

* * * * *

 

 

打ち上げ当日。無事、全員で集まることができ、それぞれ準備を進めていたのだが・・・

 

「・・・なぁ、メイプルはまだ戻ってこないのか?」

「・・・まだね。やっぱり、私も一緒について行った方がよかったかな・・・」

 

メイプルが「何か買ってくるよ!」と言って飛び出したきり、なかなか帰ってこないのだ。

メイプルを1人にした場合、たいてい碌なことがおきない。

たとえ、それが打ち上げのための買い物だとしても、微塵も油断できないのだ。

やっぱり、俺かサリーで探しに行こうかと話していると、ギルドの扉が開いてメイプルが帰ってきた。

さぁ、今度は何があったのか・・・

 

「ただいまー!」

「おう、おかえり、メイプル。それで、後ろのみんなについて聞きたいんだが・・・」

 

メイプルの後ろには、【集う聖剣】と【炎帝ノ国】のトップ4人ずつが並んでいた。

いや、まじで何があった?

割と本気で疑問に思っていると、メイプルが明るい調子で答えた。

 

「外で出会って話してたら、流れでフレンドして貰えたから招待したから?あれだって、えっと、強い人同士の繋がりを持つみたいな?私も強い人になってきたんだよ!」

「あぁ、うん、そうか・・・」

 

もうすでに、十分強いんだけどな。

ていうか、メイプルがこの8人とフレンド登録をすると、いろいろな意味で違ってくるんだが・・・。

もうさ、メイプルがラスボスでいいだろ。俺の脳裏に玉座に座るメイプルが浮かんで離れないんだが。

とはいえ、もともと11人だったから、8人増えたところで定員に問題はない。

イズも、突然のゲストに対応して、料理を追加で作り始めた。

そういえば、

 

「考えてみれば、ペインとはけっこう会ってるが、まだフレンド登録はしてなかったな」

「言われてみれば、たしかにそうだな。せっかくだし、ここで登録するかい?」

「親しい間柄とも違うが・・・まぁ、これも何かの縁だろうしな」

 

ペインとは、これからも良きライバルでいたいし、フレンド登録するのも悪くないか。

そう思ってペインとフレンド登録したところで、ようやく料理が出そろった。

 

「んじゃ、メイプル。音頭を頼むぞ」

「えっ!わ、私!?」

「そりゃ、そうだろ。【楓の木】のギルドマスターだし」

「わわっ、え、えっと、第4回イベント、お疲れ様でした!乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」

 

こうして、総勢19人の打ち上げが始まった。

しばらく食事を楽しんでいると、運営からメッセージが届いた。

内容を確認すると、どうやら第4回イベントのハイライトのようだ。

 

「せっかくだし、ギルドのモニターで見るか?」

「そうだね。みんな、同じ動画みたいだし」

 

メイプルが立ち上がってギルドのモニターをいじり、動画を再生した。

とはいえ、動画に映るのは、ほとんどここにいるメンバーだ。

ペインが映ったかと思えば、今度はサリーと俺、フレデリカのシーンになった。

 

「あー・・・これ、あの夜の・・・」

「どうせなら、あそこでフレデリカも仕留めたかったんだがなぁ」

「さらっと怖いこと言うねぇー!?」

 

動画を見返すと、どうやら確定耐えスキルで難を免れたらしい。くそ、あそこは2連射にすべきだったか。

あの時の反省をしていると、今度はサリーが挑発気味にフレデリカに話しかけた。

 

「まぁ、私ももうちょっと元気だったら、フレデリカもいけたんだけどなぁ」

「そんな簡単にはいかないけどねー」

「じゃあ後で一回どう?」

「いいよー!?今度は当てる!絶対当てる!」

 

まんまとサリーの挑発に乗ったフレデリカは、決闘の約束をした。

あぁ、これあれだ。後で戦闘パターンを分析されるやつだ。

そんなことを考えていると、今度はメイプルが映った。

 

「まだ人型なんだな」

「7匹になるんだろ、知ってるぜ」

「思い出すだけでつらい・・・」

 

これに、ドレッドとドラグが遠い目になり、マルクスが突っ伏した。

まぁ、この3人は特に化け物メイプルにしてやられたからな。マルクスに至っては、トラウマを植え付けられているみたいだし。

すると今度は、俺とペインの一騎打ちの場面が流れ始めた。

 

「改めて見るとわかるが・・・どっちも動きが人間をやめてるな」

「ペインの斬り返しもそうだが、クラールハイトもどういう体幹と平衡感覚を持ってるんだよ。ていうか2人とも、あれだけ回転していると目が回らないか?」

「別に?」

「慣れればどうにでもなるさ」

 

ペインの言う通り、この辺りは感覚よりも慣れでどうにかなる部分だ。

だが、そうなると、

 

「ここで聞くのもなんだが、もしかして、ペインは剣道かなんかを習ってたりしたのか?」

「まぁね。そういうクラールハイトも、武術の経験が?」

「俺の場合、実家が道場だからな。体術とか、かなり身近だったし」

 

どうやらお互い、武術の経験者だったようだ。

道理で、スキルを使わなくても動きに無駄がないわけだ。

俺たちのカミングアウトに、周りもなぜか納得の表情をしていた。

 

「なるほどな。道理で・・・弓使いなのに、素手であんなに強いわけだ」

「ていうか、弓使いのやることじゃないだろ。銃を使っていたことといい、機械の兵隊を生み出してたことといい、弓使えよ」

 

ドラグの言うこともその通りではあるけど、ずいぶんな言い方だな?

弓使いが素手で殴り倒して何が悪いんだ?

そんなことも話し、最後の方でクロムが【カバームーブ】による変態機動と超回復力によってマイ、ユイ、イズ、カナデの4人を守り切った映像が流れた際は、「比較的まともだったのに・・・」みたいな視線がクロムに注がれた。

やったな、クロム。お前も俺たちの世界に足を踏み込んだぞ。

ハイライトがだいたい終わったあたりで、ペインが今後のことを意気込んだ。

 

「なに、次は勝つさ。負けたままでいるのは嫌いなんだ。それに、スキルも確認できた」

「いや、俺はともかく、メイプルは無理なんじゃないか?ちょっと目を離すと毛玉になったり悪魔になったりするんだぞ?」

 

少なくとも、俺はメイプルの初見殺しで動揺したことはない。

 

「少なくとも、メイプルの行動予測については、俺はもう諦めた」

「・・・まぁ、メイプルについては、予想外になれる必要はあるね。でも、まずは君だ、クラールハイト」

 

ペインの宣言に、俺も牙を剥くようにして笑う。

 

「あぁ、いつでも受けて立ってやるよ」

 

シオリに誘われる形で始めたゲームだが、存外、長い間楽しめそうだ。




fateシリーズでもアーチャーの弓は飾り。
これ基本。


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暇つぶし

イベントが終わってから数日、俺は暇を持て余していた。

というのも、第4層の追加までまだ日があるというのもそうだが、これといった目的や目標といったものがないのだ。

スキルも充実しており、装備やアイテムもこれといってほしいものはない。

ふらっと雑貨屋を見て回ったりしているが、そもそも俺はそういう類にまったく興味がわかない性分だ。

一応、外にモンスターを狩りに出かけたりするが、それこそ暇つぶしのようなものだ。

どうしようかと悩んでいたが、ふとあることを思い出した。

 

「そう言えば、あれ使ったことなかったな。空飛ぶやつ」

 

この階層の1番の売りである、空を飛べるアイテムを一度も使ったことがなかった。

考えてみれば、空を飛ぶのはクローネで間に合っていたし、メカメカしいものも【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】で慣れてしまっていた。

どうせこの階層でしか使えないし、試してみるのも悪くないだろう。

思い立ったが吉日ということで、さっそく俺はそのアイテムが売られている店に向かった。

ちなみに、シオリは使っていないらしい。

本人曰く、「そんなものを使うより、自分で走った方が速いからいらん!」ということらしい。

それもそうだよな。シオリには障害物とかも関係ないし。

・・・そう言えば、第4回イベント以降、なんか俺とシオリに二つ名が付けられたんだよな。

俺が【賢者】で、シオリが【白狼】だったか。

この二つ名は、一昨日にはギルドの全員に知れ渡ってしまった。

そして、俺はかなり笑われた。

主に、「武闘派なのに【賢者】ってwww」って感じで。

まぁ、それについては、俺も同じことを考えたけど。俺自身、そこまで【賢者】ってイメージが湧かない。

なんか、あらゆる装備やアイテム、優れた知能を持っているから、とかなんとかってことらしいけど。

逆に、シオリはまさに見た目通りのイメージ通りってことで、本人もわりと満更でもない様子だった。

俺も、笑われるくらいなら、それくらいシンプルな方がよかったよ。

まぁ・・・見た目は中二病心にあふれた装備だから、痛い二つ名を付けられるよりかはマシだったかもしれないが。

ついでに、俺とシオリ以外のメンバーにも何かしら二つ名を付けようと考えているスレも見つけた。

たしかに、まだ新人だったメイプルはともかく、第1回イベントで上位だったクロムとカスミにはまだなかったから、今さらと言えば今さらなのかもしれない。

ただ・・・メイプルに関しては、まぁ泥沼化している。

なにせ、二つ名というのは一言でそのプレイヤーの特徴を表すものなのだが・・・メイプルを一言でって言うと、かなり難易度が高い。

まぁ、毒竜に始まって、天使になったり、悪魔になったり、機械を生やしたりしているプレイヤーを、果たしてなんと呼べばいいのか。それに、また新しいスキルを手に入れないとも限らないし。

・・・とりあえず、平穏な二つ名が付けられることを祈ろう。

そんな、微妙な心境になっていると、いつの間にか空を飛ぶ機械を売っている店に着いた。

中に入って、置いてある商品を見て回る。

空を飛ぶ機械と一口に言っても、その形状は様々で、初心者用のロケットベルトや上級者用の靴型、1人乗り用のコンパクトなものから複数人用の車のようなものまで、多岐にわたる。

その中から、俺は迷わずに靴型のものを買った。

俺自身、体幹には自信がある。安全に気を付けつつ慣らしていけば、すぐに使いこなせるようになるだろう。

まずは試しに、練習場のようになっている街のすぐ外の広場のような場所に行ってみた。

そこにはすでに、機械の練習をしているプレイヤーが大勢いたが、俺が広場に入ると、途端に注目され始めた。

まぁ、第4回イベントが終わってまだ数日だし、こうなるのも当然だろう。

周りの視線を気にしないようにしながらも、俺は機械を装着した。

操作方法は、足に力を入れる要領で調節するらしい。

試しに、まずは少し力を入れると、ふわりと浮き上がって足が地面から離れた。

 

「お、おぉ、なんか不思議な感じだな」

 

クローネの背中に乗って空を飛んだことは何回もあるが、自分で空を飛ぶとなると、また違う感じがして面白い。

ただ、バランスをとるのにかなり神経を使う。こうして浮遊しているだけでもいっぱいいっぱいだ。

とはいえ、すぐにコツを掴んで、30分くらいで苦なく移動できるくらいには上達した。

さて、これからは、もっとアクティブに動けるように練習するか。

 

創造(クリエイト)

 

まずは両手にガンブレードを持ち、足に力を入れてみる。

もちろん俺の体は急上昇し、3秒ほどで力を抜く。勢いが弱まったところで体を回転させ方向転換し、再び足に力を入れて今度は急降下する。

今度はすぐに力を抜いて、地面に激突する3秒前くらいにまた体を回転させて、一瞬だけ全力で力を入れる。

そうすることで俺は5mほどの高さまで跳躍し、飛び上がっている最中に回転しながら銃剣を振るう。

上昇しきったところで回転をやめて、その場に浮遊した。

・・・うん、楽しいわ、これ。

こういう立体機動も、新鮮で面白いな。

今度は、森の中で試してみようか。このまま飛んでいけばいいし。

 

 

 

そんなこんなで、第4層が追加される1週間前まで、俺はひたすらこの機械で遊びつくした。

おかげで、そこそこ経験値も稼げたよ。




新たに兵長属性が追加されそうになってしまった・・・。
この階層限定なので、今回限りになるでしょうが。


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第4層

第4回イベントが終わってから1ヵ月と少し。ようやく第4層追加の日がやってきた。

 

「ふぅ。これで、この機械ともさよならか」

「結局、クラルが一番楽しんどったもんなぁ」

 

シオリの言う通り、この1ヵ月の間だけで見れば、【楓の木】の中では断トツで空飛ぶ機械を使っていた。

そして、いつの間にか動画が取られていて、NWO内で少し話題になったりした。

あまり周囲を見ていなかったからわからんけど、もはや一種の見世物みたいになっていたらしい。

当然、投稿者には許可を出していたのだが、まさかここまで話題になるとは思っていなかった。

だが、それも今日で終わりだ。

・・・・・・。

 

「・・・やっぱ、たまには3層に戻ろうか・・・」

「いや、どんだけハマっとんねん」

 

シオリの呆れた声もなんのそのだ。それだけ気に入ったのだから、別にいいだろう。

まぁ、冗談だけど。

さすがに、この立体機動に慣れて地上戦で感覚が抜けきらずにミスを犯すくらいなら、ここでスッパリ諦める。

 

「それよりも、さっさと3層のボスに向かうか。今日は、誰かいるかな?」

「どうやろな」

 

そんなことを話しながら拠点の扉を開けると、そこにはメイプルとサリーがいた。

 

「あっ、クラルくん!シオリちゃん!」

「おう。2人は、これからボスか?」

「うん、ちょうど行こうとしたところ。2人も?」

「ついさっき、そのことを話しとったところや。なら、この4人で行こか?」

 

普段はサリーにライバル心を向けがちなシオリだが、まったく協力しないわけではない。

一緒にボス攻略をするくらいなら、どっちかが誘ったりする。

 

「うーん、正直、メイプルだけでも十分な気はするけど・・・まぁ、人手が多いに越したことはないか」

「よし。それじゃ、この4人で行くとするか。あ、メイプル。移動は頼んだぞ」

「うん、任せて!」

 

こうして、俺たち4人で3層のボスを攻略しに行くことになった。

道中、他のプレイヤーの注目の的になったのは言うまでもない。

 

 

* * * * *

 

 

【暴虐】状態のメイプルの背中に乗って、戦闘もメイプルに任せきりにして進むことしばし、ボス部屋に到着した。

だが、俺は、どうにもに気になることがあった。

 

「うーむ・・・」

「? どっかしたん、クラル?」

「いや、ふとな、運営は何かメイプル対策をとってたりしないのか、と思ってな」

 

メイプルを注目しているのは、プレイヤーは当然のことだが、それは運営も同じはずだ。

そして、運営がメイプルに対して何も対策をとっていないのは、果たしてあり得るのだろうか。

だが、今さらメイプルの天敵らしい天敵というのも、あまり思い浮かばないわけで・・・。

 

「まぁ、その時は俺たちでなんとかすればいいか」

「それもそうやな。細かいことは後でええやろ」

 

幸い、メイプルの弱点は俺たちで十分補える。

気を取り直して、俺たちはボス部屋の中に入った。

現れたのは、高さが4,5mほどの鋼でできたゴーレムだ。なんとなく、第2回イベントでやり合ったやつを思い浮かべる。中身のやつな。

 

「朧!【幻影世界(ファントムワールド)】!」

 

サリーは、第4回イベントでも使った魔法でメイプルを4体に増やした。

カナデがいない分、数は少なくなるが、それでも十分だ。

そして、ゴーレムの攻撃はメイプルにダメージを与えられない。

もう安心だと判断したのか、サリーとシオリは地面に座り、朧とフウの頭を撫で始めた。

そこで俺は、俺の勘が間違っていなかったことに気が付いた。

 

「おい、2人とも。早く立て」

「え?」

「どうしてなん?」

「ゴーレムのHP、まったく減っていない」

「「えっ!?」」

「サリー!シオリちゃん!クラルくん!どうしよう!?」

 

そう、これこそが運営のメイプル対策だった。

メイプルのSTRは基本的に0だし、【暴虐】を使用しても50しか上がらない。

そして、STR50という数字は、ある程度のVITがあれば十分耐えられてしまう。

それが、金属でできたゴーレムならなおさらだ。

もちろん、ゴーレムがメイプルを倒すことはできないが、逆もまた然りだ。

つまり、メイプルの天敵というのは、超高火力の攻撃ではなく、高耐久高体力を持つ同じ個性だったのだ。

これは、俺も盲点だった。

この作戦を思いついた運営も、だいぶ意地が悪い。

ただ、幸いと言うべきか、ゴーレムの動きは遅いし、図体もでかい。

 

「というわけだ。シオリ、やれ」

「まったく、仕方あらへんなぁ!【超加速】!!」

 

気合一拍の後、シオリの姿が掻き消えた。

この時点で、シオリのAGIは2000近い。もはや、俺やサリーでも目で追うのはほぼ不可能だ。

当然、鈍間なゴーレムではシオリの動きについて行けるはずもなく、槍を数閃しただけで、ゴーレムはHPを全損して光となって消えた。

 

「やっぱ、シオリはメイプルとは違った意味でチート臭いな」

「言ってみれば、移動中に限ればマイとユイの上位互換なわけだしね」

 

NWOの中で最も速く、なおかつ高速移動中はマイとユイのSTRを軽く上回る。

これは、メイプルとはまた違った理不尽さでもある。

 

「よし、これで終わりや。メイプルちゃん、もう出ていてもええで」

「ありがとう、シオリちゃん!」

 

戦闘が終わったタイミングで、化け物の腹の中からメイプルが現れた。

なんとか慣れてきたが、メイプルに染まりつつあるとも言える。

そもそも、他のプレイヤーからすれば、俺たちも似たように映っているんだろうが。

 

「んじゃ、早く行こうぜ。どんなところか、気になってしょうがない」

「そうだね、早く行こう!」

「よっしゃ、メイプルちゃんはうちが背負ってあげるで!」

「ちょっと、私たちを置いていかないでよ」

 

少しはしゃぎながら第4層に向かうと、まず最初に見えたのは夜空と、赤と青に輝く2()()()()()だった。

さらに進むと、そこにあったのは建物の全てが木造で、いたるところに水路が張り巡らされ、提灯のようや明かりが淡く光を灯す和風の街並みだった。

よく見ると、街の中心にはひときわ大きい木製の塔がある。

 

「おぉ、すごいなぁ!めっちゃ綺麗やん!」

「へぇ、和風の街か。3層の機械の街も好みだったが、やっぱこっちの方が落ち着くな」

 

俺の実家も、中はそれなりにリフォームされているものの、基礎的な部分はやはり和風建築だ。だからか、この街並みも思ったよりしっくりきた。

 

「んじゃ、さっそく探索に行くとするか。まずはギルドホームからだな」

 

逸る気持ちを押さえながら、俺たちはギルドホームへと向かった。




自分は、傍から見る分には純和風は好きな人間です。
実際に住むとなると不便なところもあるでしょうが、旅行で泊まるなら旅館とかが好きですかね。


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モフモフ

ギルドホームの中に入ると、畳が敷かれていたり囲炉裏や火鉢がインテリアとして置かれていたりなど、4層の雰囲気に合うような和風のもので溢れていた。

あらかた確認し終えたところで、他のメンバーが全員ログインしていることに気付いた。

 

「メイプル。他のみんながログインしたみたいだ」

「じゃあ、手伝いに行かないと!えっと・・・」

「悪いが、メイプル1人で頼んでもいいか?定員的にも、役割的にもな。その間に、俺とシオリ、サリーで探索を進めるから」

「うん、わかったよ!」

 

メイプルは元気よく頷き、3層へと戻っていった。

 

「それじゃ、別々に動くか?」

「それがいいんじゃない?見た感じ、けっこう広そうだし」

「むしろ、全員でやった方がえぇ気もするけどな」

 

シオリの言う通り、今回の街はかなり広い。

おそらく、この通行許可証の数字が正しければ、まだここから5つ先、あるいはそれ以上あることも考えられるのだ。

下手をすれば、今行ける分でも今日中に探索しきるのは無理だ。

 

「ならいっそ、しばらくは自由行動にして、数日後に情報共有することにするか」

「それでええんとちゃう?」

「そうね。せっかくだし、じっくり見て回ろっか」

 

サリーとシオリも、俺の意見に異論はないようだった。

それからメイプルにこの旨のメッセージを送り、俺たちはそれぞれ街の中へと駆け出していった。

 

 

* * * * *

 

 

とりあえず、まずは今持っている許可証で進める限界まで進んで見た。

この街にはいたるところに鳥居が設置されており、それぞれに<壱><弐>と数字が書かれた木の看板が取り付けられていた。

今の段階で行けるのは<伍>の鳥居までで、<陸>の鳥居の先には行けない。

そして、見た限りは奥に行くほど良いなアイテムやスキルに巡り会える可能性が高くなっている。

とはいえ、今日はまだ初日。本気で探索するのは、また後日でいいだろう。

今日のところは、この世界観を満喫することにしよう。

 

「なら、まずは服からだな」

 

世界観に入りこむには、まずは格好から。

適当に服屋を探し、そこで服を購入した。

購入したのは、俺が実家で部屋着に使うような、無地の浴衣だ。予備に袴も買っておくことを忘れない。

 

「はぁ~。やっぱ、こっちの服装の方が落ち着くな」

 

別に今の装備が気に入らないわけではないが、やはり普段着ているような服の方が落ち着く。

ついでに、浴衣に合わせた下駄と袴に合わせた足袋も購入した。

一通り買って満足した俺は、カランコロンと下駄を鳴らしながら探索を始めた。

俺が目を付けたのは、大通りに面した場所ではなく、裏路地だ。

こういう和風建築の街は、裏路地こそ風情を感じると言うものだ。

それに、マイナーなところに隠れたスキルやアイテムがあるとも限らない。

僅かな期待感を胸に、気の向くままにあっちへこっちへと裏路地をさまよった。

 

「・・・ん?」

 

どれくらい歩いただろうか。ふらふらと歩きまわっていると、ある看板が目についた。

 

【ふわふわふれあいルーム】

 

「ふむ・・・」

 

俺は看板にかかれている文字を凝視し、全力の索敵で周囲にプレイヤーがいないことを確認してから、扉を開けて中に入った。

店番のNPCに入場料を払って奥に進むと、そこにはふわふわと宙に浮かぶ何匹ものネコの姿があった。

俺は席に座り、近寄ってきた1匹の猫をそっと抱いた。

 

「・・・はふぅ」

 

俺は思わず至福の息を吐き、頬を緩ませる。

何を隠そう、俺は人並みには可愛い動物が好きだ。

というのも、実家が行政からの依頼で捨てられて野良化した犬や猫を保護しているのだ。

具体的な活動は餌やりや予防接種などで、その分の費用は行政からおりている。

そんな環境で育ったこともあって、鍛錬の合間に犬猫とふれあうことも多かった俺は、こういうモフモフの動物が好きだ。

これを知っているのは、同じく俺の実家でモフモフをあやかっているシオリくらいだ。

別に、恥ずかしいというわけでもないのだが、クラスなんかで俺がどう思われているのかはわかっているつもりだからこそ、こういうところを見せるのは憚られるのだ。

だが、今ここには俺しかいない。

せっかくの機会、存分に楽しんで・・・

 

「ふわぁ!モフモフがいっぱい・・・あ」

「んぁ?・・・あ」

 

突然、変な叫び声が聞こえたと思って顔を上げたら、そこには【炎帝ノ国】のギルドマスターであるミィが、頬を紅潮させ、瞳をキラキラさせながら猫を眺めていた。

だが、すぐに俺に気付いたミィは、1つ咳ばらいをして気を取り直した。

 

「ごほんっ・・・奇遇だな、クラールハイト」

「それで隠せてると思ってんの?」

 

俺のツッコミに、ミィは瞳に涙をにじませてしゃがみこんでしまった。

どうやら、かなり恥ずかしかったらしい。

 

「あ~、うん、別に恥ずかしがらなくてもいいぞ。似たような醜態は第4回イベントでも見た。あの時は、サリーにオーブを持ち逃げされてべそかいてたよな」

「言わないで!ていうか、見てたの!?」

 

それはもう、1㎞先からばっちりと。

 

「うぅ~、まさか、こんなところでバレるなんて・・・でも、それを言ったらクラールハイトも意外だよね?」

「自覚はある」

 

そりゃあ、銃剣振り回しながら敵に突っ込むやつが、頬を緩ませて猫を愛でているとか、目を疑うこと間違いなしだろう。

 

「俺の場合、特別隠しているわけではないが・・・そっちは大変そうだな?」

「うん。最初に演技を始めたら、なんだか引っ込みがつかなくなっちゃって・・・」

 

原因が自分にあるとはいえ、だからといって素の自分を見せるのは恥ずかしいから、半ばやけくそ気味に演技を続けることになった、ということか。

 

「まぁ、このことは誰にも言わないでおくから、心配すんな。もちろん、ここのこともな」

 

特に、シオリに知られたらどうなるかわからない。

 

「ありがとう。私としても、その方が助かるよ」

 

こうして、俺は図らずもミィと秘密を共有することになった。

人生、何が起こるかわかんないな。




本来は前回の後書きに書けばよかったのですが、忘れてしまっていたのでここで書かせていただきます。
防振りアニメ、続編制作決定おめでとう!!
放送がいつになるかはわからないものの、マジで楽しみです。


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剣士

ミィと意外な出会いをしてから2日後。俺は路地裏の探索を進めていた。

ちなみに、通行許可証のレベルを上げるには、おつかいクエストをこなす必要がある、そのため、AGIが0のメイプルとユイ、マイには少々きついものになっている。

逆に、持ち前のAGIであっちこっち回っているシオリとはそれなりのペースで進めており、すでに<陸>の鳥居を開放していた。

この調子なら、1週間ちょっとで<玖>か<拾>の鳥居までたどり着けるかもしれない。

この段階で、シオリにはできるだけ早く先の鳥居まで解放してもらうことにした。

かくいう俺は、今回はゆるーく進めていた。

というのも、この街が予想していたよりもはるかに広いのだ。

1つのエリアをとっても、裏路地を含めれば、到底1日では探索しきれない。

だから、通行許可証のレベル上げは観光の合間にこなすことにした。そもそも、そこまで急ぐ理由もないし。

そんな俺の格好は、街にいる間はだいたい浴衣に下駄のスタイルだ。たまに袴と足袋に変えて、見た目重視で刀を腰に差す。

技術的には使えるとはいえ、長剣系のスキルはまったく取得していない俺が装備しても、ほとんど意味はないが。

むしろ、弓矢のままでも弓道っぽく見えるから、そこまで違和感が出るわけではないが、やっぱり刀の方が映えるんだよな。

それに、どうせこの街にいる間だけの服装だ。深いことは考えなくてもいいだろう。

今回は、袴のセットだ。

ギルドホームで着替えてから外に出ると、不思議と注目されない。

たぶん、あの黒い装備一式がトレードマークになっているからか、あるいは眼帯がないからか。

いずれにしろ、あまり注目されないのは都合がいい。

 

「んじゃ、今日はどの辺りに行こうかなっと・・・」

 

マップを見ながら、俺は今日の行き先を決める。

普通なら大通りに沿って移動するんだろうが、俺はあくまで裏路地に絞る。

少し悩んだが、今回は<伍>の鳥居のエリアで未探索の場所を歩き回ることにした。

大通りから離れると、そこはプレイヤーやNPCの喧騒が聞こえなくなり、聞こえるのは俺の足音と風の音、そして時折聞こえる小鳥の鳴き声だけだ。

だが、しばらく歩いていると、ギルドホームやNPCの店でもないのに、中に入れる民家があった。

そもそも、この路地裏は入れる建物が極端に少ない。あるとすれば、【ふわふわふれあいルーム】のような、マイナーな店くらいだ。

まさか、何かクエストを受けられるのか。

そう思った俺は、迷わず中に入った。

そこは道場のようになっており、入ってすぐにそれなりの広さがある運動場が目に入った。

 

「ほう、このような辺鄙な場所に来客とは珍しい」

 

すると、不意にどこかからか話しかけられた。

声のした方を振り向くと、運動場に面した縁側に腰まで届く長髪をポニーテールのようにまとめた青年が、あぐらをかきながら俺を見ていた。服装は、俺が身に付けているのと似た袴だ。

 

「悪いな。見ての通り、客をもてなす用意はしていないのだが、せっかくだ。上がってお茶でも飲んでいくといい」

 

青年はそう言って、俺の返事を聞かずに道場らしき平屋の中へと入っていた。

 

「・・・いったい、何があるっていうんだ?」

 

これから何が起こるのかはまったくわからないが、このまま帰るのももったいない。お言葉に甘えるとしよう。

俺も、青年の後を追うように平屋へと上がった。

しばらく進むと、客間のような部屋に案内された。中央には囲炉裏もある。

 

「少し、ここで座って待っていてくれ。すぐに用意する」

 

言われたとおりに、俺は囲炉裏の前に置かれていた座布団の上に座った。

少し待つと、俺の前に緑茶と饅頭が置かれた。

 

「つまらないものだが、食べてくれ」

「どうも。いただきます」

 

お礼を言いながら、俺は饅頭を口に入れた。

うん、うまい。少し濃い甘さだが、緑茶を飲むことでちょうどいいくらいになる。

青年が言った通り、特別美味いというわけではないが、慣れ親しんだ味という意味では、なかなか悪くない。

お茶と饅頭を堪能した後で、俺はとりあえず尋ねてみた。

 

「ふぅ。それで、どうして俺を招き入れたんだ?」

「・・・ついて来てくれ」

 

すると、青年は再び立ち上がって、部屋の外に出た。

再び青年の後ろをついて行くと、今度は道場に案内された。

そこで最初に目に飛び込んできたのは、刃の長さが1mはありそうな刀だった。

そこで俺は、この青年の正体を察した。

“物干し竿”と呼ばれる通常よりも長い刀を使用する有名な剣士など、1人しかいない。

俺がその正体に驚いている間にも、青年はその刀を手に取り、鞘から引き抜いて俺に向き直り、名を名乗った。

 

 

 

「私の名は佐々木小次郎。いざ、お相手していただこう」

 

 

その言葉の後、俺の前にクエストのパネルが現れた。

 

クエスト【佐々木小次郎の挑戦】を受けますか?

 

「はっ、やるに決まってんだろ!」

 

俺はためらいなくYESを選択し、自分の刀を抜きはなった。




やっぱ、このお方はいなきゃダメですよね。
要望も多かったので、やはり登場させました。
ただ、ここに来てNWOの武器変更のシステムがまったくわからないというのが問題になってきまして・・・。
最初に選択した武器しか使えないのか、複数の武器を使えるのか。武器の変更に特別な手順が必要なのか、そうでないのか。その辺りの情報が、まったくないんですよね。
今作では「武器変更は自由で特別な手順も必要ない」という設定でいきますが、いずれ原作でそれについての言及がされたら、その設定に合わせるつもりです。


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佐々木小次郎

「では、こちらからいくぞ」

 

先に仕掛けてきたのは、小次郎の方だった。

一瞬で間合いを潰し、物干し竿を振りかぶる。

 

「よっ、と!」

 

俺も刀で攻撃を受け止め、柔らかく受け流し、返す刀で袈裟斬りにする。

俺はもともと体術をメインに習っていたが、剣術も多少かじっている。そこに神崎流の動きを合わせれば、たいていの剣術家なら対等に戦える。

だが、相手は日本でも有名な侍。

この程度で斬られるほど、弱いはずがない。

 

「良い動きだ」

 

俺の袈裟斬りは、素早く戻された物干し竿で受け止められていた。

動きが速い。間違いなく、AGIは俺よりも上だ。

それに、刀の冴えも尋常ではない。ここまでの腕は、ペイン以来か、あるいはそれ以上だ。

だが、だからこそ滾る。

おそらくだが、小次郎のHPやVITはそれほど高く設定されていない。数撃で倒せるだろう。

それでも、その数撃が遠い。先ほどのカウンターが完璧に決まったにも関わらず受け止められていたことからも、それが分かる。

剣術だけで見れば、俺よりも数段上か。

ステータス、技術の両方を上回られては、俺としても危ういか。

 

「まぁ、それでも勝たせてもらうけどな」

 

これほどの剣客、NWOにも数えるくらいしかいない。

思う存分、楽しむとしよう。

だから、今度は俺から仕掛けた。

 

「はぁ!」

「ふっ」

 

俺の乱撃を、小次郎は事もなげに防ぐ。

ただ斬りかかるだけでなく、突きも交えてランダムなモーションで刀を振るっているが、まるで分かりきっているかのように的確にはじいてくる。

はじかれた衝撃を乗せて刀を振っているから反撃はされないが、決定打を入れることができない。

だから、少し姑息な手を使うことにした。

 

「しっ!」

「なにっ」

 

剣の間合いからさらに半歩踏み込み、脛に思い切り下段蹴りを叩き込んだ。

この世界のNPCに脛を蹴られていたがる奴がいるのかはわからないが、それでもバランスを崩すことに成功した。

その隙だらけの体に、俺は刀を振り下ろす。

 

「せぁっ!」

「くっ!」

 

それでも、小次郎を殺しきることはできなかったようで、半分ほどHPを削られながらも、コマのように体を回転させて俺から離れた。

 

「なるほど。私に傷をつけた者は、お前が2人目だ」

 

1人目はおそらく、宮本武蔵のことを指しているのだろう。であれば、ここにもどこかに宮本武蔵がいるのか。

 

「だからこそ、お前をこの奥義で斬り伏せてみせよう」

 

そう言うと、小次郎は物干し竿を水平にして構えをとった。

これから放たれるのは、神速の斬り返しである【燕返し】だろう。

その太刀筋は、あまりの鋭さに刀が3本に見えるという。

使わせてしまったら、まずやられかねない。

だが、だからこそ挑みたい、その最強の剣技に。

 

「来い!」

 

俺もまた、刀を水平に構える。

緊張の糸が張り詰める中、先に仕掛けたのは小次郎だった。

 

「【秘剣・燕返し】!」

 

スキルの名前と共に、俺に向かって3()()()()が振り下ろされる。

普通なら、為すすべなく斬り伏せられるだろう攻撃を前に、俺は冷静に軌道を見切って対処する。

まず、上段から振り下ろされる一の太刀を体を右にずらして回避する。

続いて、逃げ道の先から振り下ろされる二の太刀を刀で打ち払う。

最後に、横から薙ぎ払われる三の太刀を柄で受け止める。

残るのは、すべての攻撃を捌かれて無防備になった小次郎だけ。

 

「佐々木小次郎、討ち取ったり!」

 

その隙を見逃さずに、俺はさらに踏み込んで刀を一閃し、残りのHPを削り切った。

 

「・・・見事だ」

 

斬られた小次郎は、血を流すでもなく、だがポリゴンとはまた違う光を傷口から溢れさせている。

 

「・・・私は、実体を持たない亡霊のような存在だ。だからこそ、この刀と私の技を受け継ぐにふさわしい人物を待っていた」

 

そう言うと、小次郎は俺に物干し竿を自身の足下に置いた。

 

「お前は、我が刀と技を受け継ぐにふさわしい人物だ。ぜひ、戦いで役立ててくれ」

 

その言葉を最後に、小次郎は光となって消え、クエストクリアの画面が出てきた。

 

「・・・なんつーか、しんみりさせてくるな」

 

まさか、こんなイベントがあったとは。

とはいえ、戦利品はありがたく貰おう。

先ほどまで小次郎が立っていた場所まで近寄り、しゃがみこんで物干し竿を手に持った。

俺のインベントリに収まったのを確認してから、性能を確認する。

 

備前長船長光(びぜんおさふねながみつ)

【STR+30】【AGI+15】

【秘剣・燕返し】

【破壊不能】

 

【秘剣・燕返し】

3回同時斬撃を放つ。使用可能回数は1日3回。

 

「ありゃ?もしかして、ユニークシリーズの類か?」

 

【破壊不能】があるのを見て、まさかと疑ったが、この武器の説明欄にユニークシリーズの説明はない。

もしかしたら、他にも似たようなイベントがあるのかもしれない。

おそらくだが、強大な敵に勝利することで強力な装備を得られるイベントが用意されているのだろう。

確証はないが、その可能性は高い。

 

「せっかくだし、シオリにちょうどよさそうなイベントでも探すか・・・」

 

ぶっちゃけ、シオリには必要なさそうな気もするが、俺が新たな装備を手に入れたと知ったら欲しがるに決まっている。

この街に図書館や情報屋の類があるかは知らないが、探してみるのもいいだろう。




今回は、刀と燕返しだけ授ける形にしました。
やっぱ、そっちの方が佐々木さんっぽかったので。
それと、カスミのやつも初見1発クリアしたら、もっとやばい奴がもらえたんですかね・・・。


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意気投合

佐々木小次郎を倒してから数日後、俺たちは全員で集まって情報交換をしていた。

とはいえ、これだけの広さを誇るだけあって、その情報量もバカにならない。

一応、カナデとモミジのおかげでかなりの情報を共有できたが、すべてを参考にするのは難しそうだ。

また、フィールドに現れるモンスターなんかは妖怪のような類が増えており、それに伴って魔法を使うモンスターも増えてきた。

そんな中、シオリはもうすでに<漆>の門を開放したらしく、ついでにそこにある店やアイテムなんかも確認してくれた。

そこまで話して、シオリが俺に話題を振ってきた。

 

「それで、クラルは何か収穫はあるん?ずいぶんと満喫しとるみたいやけど」

 

シオリの視線は袴を身に纏う俺の格好に向けられている。

 

「俺は主に、大通りから離れた裏路地を探索していたんだが、けっこう隠し要素が多いイメージがあった。こいつも、そこで手に入れたし」

 

そう言って、俺は腰にさしてある『備前長船長光』を引き抜いた。

 

「へぇ、これって物干し竿ってやつやろ?こんなのもあるんか」

「ずいぶんと強い剣士がいてな。そいつに勝ったら貰った」

「ちなみに、名前はなんていうん?」

「佐々木小次郎」

「・・・あぁ、いかにもやばい名前が・・・」

 

俺の出した名前に、シオリが遠い目をする。

だが、他の面々は違うことが気になるようで、クロムが代表して聞いて来た。

 

「ていうか、クラールハイトは弓使いだろ?刀なんて扱えるのか?」

「べつに、問題ない。これくらいなら、スキルやシステムアシストがなくとも使えるからな」

 

さすがに、初めての物干し竿なだけあって感覚を掴むのに苦労したが、自分のものにできた。

それに、ここだけの話、この刀にはさらにギミックがあったのだが、それはここで言わなくてもいいだろう。

 

「そういうわけだから、余裕ができたら裏路地なんかも探索するといいんじゃないか?」

「そうね・・・強力な装備やスキルが手に入る機会があるなら、たしかに行かない手はないね」

 

サリーも、新たな戦力強化の可能性があるというだけあって、少しやる気になったようだ。

それじゃあ、最後に、

 

「んで、メイプルは何かあったか?」

「私は即死効果を手に入れて着物買ったよ!」

「よし、メイプルの話は後にしよう」

 

これ以上話そうと思ったら、俺の胃と心臓にダメージが入ってしまう。先にまとめから話しておこう。

 

「それでだが、俺たちは他のプレイヤーと比べて、街の中央部まで行けたよな?」

 

まず最初に、この街での探索は通行許可証がなければ話にならない。

そして、通行許可証のレベル上げはそれなりに苦労する。

 

「じゃあ私達の通行許可証は凄いってこと?」

「少なくとも、他のプレイヤーよりもアドバンテージがあるのは確かだな」

 

他のプレイヤーが踏むべき工程をすっ飛ばすというのは、かなりでかいことであるのに間違いない。

その後、俺たちはどこにどういうクエストがあったのか話し合ったが、メイプルが即死効果を手に入れたというクエストに行きたがる人物はいなかった。

だってさ、壺の中で酸やらなんやらを吐いてくるモンスターを殲滅するとか、絶対に行きたくない。

あと、俺のクエストも行きたくないって言われた。

3回同時に斬ってくるような奴と戦いたくないって。

そして、一通り情報交換も終わり、ひとまずは解散ということになったのだが、終わった直後にカスミから声をかけられた。

 

「クラールハイト、少しいいだろうか」

「あぁ、俺は構わないが、どうした?」

 

何か、他に気になることでもあったのか。

そう思っていたが、どうやら俺が思っているのとは少し違ったようで、

 

「クラールハイトは、こういった和風のものが好きなのか?」

「そうだな、リアルの実家が和風建築だから、こっちの方が落ち着くってのはあるな。それがどうかしたか?」

「・・・こっちに来てほしい」

 

言われるがままについて行くと、ギルドホームにおけるカスミの自室に連れてこられた。

 

「カスミの部屋がどうかしたのか?」

「まずは、これを見てくれ」

 

そう言うと、カスミは自室の扉を開け放った。

そこには、

 

「おぉ、すげぇな・・・」

 

部屋のいたるところに、この階層の物であろう陶器や刀が置かれていた。

 

「カスミって、こういうのが好きだったんだな」

「あぁ。このことは・・・」

「みんなには内緒、だろ?」

 

カスミとしても、何かにのめりこんでいる姿を見られるのは恥ずかしいだろう。

それはわかるのだが、

 

「なら、なぜ俺には見せたんだ?たしかに、俺もこういうのはどちらかと言えば好きだが・・・」

 

俺も、ちょいちょいこの街の骨董屋で買い物をしている。

とはいえ、カスミのように爆買いしたわけではなく、あくまで部屋を魅せるオブジェクトとして厳選し、置き場所や向きなんかもこだわった。

だが、ここでいきなり秘密を共有するようなことはないのだが・・・。

 

「あぁ。だから、手分けしてこの街の骨董屋を網羅しないか?2人でなら、効率もよくなるだろうし、通行許可証のレベルも上げやすいはずだ」

 

カスミの提案に、俺も心が揺れた。

もともとゆったりと探索するつもりだったが、先の門にはさらなる骨董が隠されていると考えると、それを確認したくなった。

もしかしたら、俺の部屋をさらに彩る骨董にも巡り会えるかもしれない。

そうなれば、話は早い。

 

「わかった。ぜひ、協力しよう」

「あぁ。こちらこそ頼む」

 

俺とカスミは、ガッと熱い握手を交わし、それぞれ街の中を奔走することになった。



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変化

カスミと意気投合してから数日、時間があるときはお互いに通行許可証のレベルを上げる手伝いをしたり、時には小物なんかを買う資金を集めたりしていた。そのおかげで、俺とカスミはこっそり通行許可証を<陸>にしていた。

唯一、勝手に俺の自室に入りこむシオリは変化に気付きつつあるようだったが、「まぁ、クラルが好きそうなものが多いからな~」と、深く詮索しないでくれたのは助かった。

それに、シオリの方もかなりはかどっているようで、<捌>まで解放していた。

 

「こういうおつかい系はシオリの独壇場とはいえ、よくここまで進めたな」

「すごいよ、シオリちゃん!」

「たしかに広いけど、これくらい、うちならすぐや」

 

この作業スピードに、誰もが賞賛したり感嘆する。

まず間違いなく、鳥居を最も早く進めているのはシオリだ。

この調子なら、<玖>の鳥居を開放するのも、そう遠くない。

 

「そんじゃ、うちはもう行くわ。頑張れば、あと1時間ちょいで鳥居を開放できるやろうし」

「マジか」

 

まさか、そこまで進んでいるとは思っていなかった。

本当に、頼もしい限りだ。

 

「それなら、俺も出かけるとするか。俺も、早く先に進みたいしな」

「なんなら、後でクラルが好きそうな店をチェックしとくわ」

「頼む」

 

そう言うと、シオリは足早にギルドホームから出て行った。

俺も、今回は1人で探索をする。

というのも、今日は気分的にあそこのモフモフに行こうと思ったのだ。

最初に行った時以来、いろいろとあって行く機会を見失っていたから、気分転換にいいだろう。

それに、メイプルが即死効果をゲットしたという衝撃が未だに抜け切れていないというか、その分の癒しがほしいし・・・。

そんなことを考えながら、格好を外出向けの袴+刀に変えて、街の中を歩いた。

ぶっちゃけ、すでに今の格好の俺も出回ってしまっているのだが、気が楽なことには変わりない。

それに、敢えて俺について行って、一緒に裏路地に入って行くようなもの好きもいないから、【もふもふふれあいルーム】に行く分には問題ない。

道を思い出しながら裏路地を歩き、【もふもふふれあいルーム】と書かれた看板の扉に入る。NPCに入場料を払って中に入ると、そこにはすでに先客がいた。

 

「あっ、クラールハイト」

「なんだ、ミィも来てたのか」

 

ちょうど、ミィが猫と戯れているところだった。

何気に、こうして会うのはあの時以来か。

 

「クラールハイトも来たんだ?」

「あぁ、気分転換にな。メイプルが、また変なスキルを取得しちまったから・・・」

「えっと・・・お疲れ様?これ、はい」

 

ミィも、第4回イベントでメイプルのスキルの洗礼を受けている。だからこそ、俺の複雑な内心もわかるのだろう。

自分が撫でていた猫を、そっと俺に渡してくれた。

 

「ありがとよ・・・はぁ~、癒される・・・」

「それで、参考までに、どんなスキルか聞いてもいい?」

 

ぶっちゃけ、ここでミィにメイプルの情報を渡すというのも、それなりに問題ではあるが、すでにミィと秘密を共有している仲だし、極端にメイプルの戦力を削るようなものでもない。

詳細を伏せれば、まだいいか。

 

「なんか、即死効果を手に入れたと」

「えぇ・・・」

 

俺の簡単な説明に、ミィがドン引きする。

即死効果というのは、それだけで強力だ。少なくとも、対プレイヤーか対雑魚であれば、メイプルの攻撃力の低さが関係なくなったと考えられる。

もちろん、どのような即死攻撃かは教えないが。

ちなみに、メイプルが得た即死効果というのは、毒攻撃全般に付与されるものということらしい。

つまり、広範囲攻撃である【致死毒の息】や【毒竜】でできた毒沼なんかにも即死効果がのるから、やろうと思えば辺り一帯を即死エリアに変貌させることが可能になってしまったわけだ。

これ、ペインは近づけなくね?

一応、ペインも広範囲攻撃を持っているとはいえ、それだとメイプルの装甲を貫くには足りない可能性もある。

ペインが本格的にメイプルに挑戦するのは、まだまだ先になりそうだ。

そんなこんなで、ミィとの会話に花を咲かせていると、突如、すぐにわかる地鳴りが発生した。

 

「ちょっ、なんだこれ!?」

「わわわっ!?」

 

慌てながらも猫をしっかり抱えていると、地鳴りはすぐに治まった。

そして、運営からメッセージが届いた。

 

【プレイヤーが初めて<玖>の鳥居を突破したため町が本来の姿を取り戻しました。またこれによりアイテム、クエストが追加されました】

 

言われて、ふと店の中を見渡すと、店員のNPCが猫娘のように、猫耳や髭を生やし、目も縦に割れていた。

 

「ちょっと、外に出て確認してみるか」

「あっ、私も行く」

 

さすがにただ事ではないと、ミィもすぐに変装を解き、立ち上がって外に出た。

大通りに出ると、明らかに異なる点があった。

それが、NPCのほとんどが鬼などの妖怪に変わり、あちこちに読めないような字で怪しげな薬なんかが売られるようになっている。

 

「・・・なるほどな。あそこの猫が宙に浮いていたり、外のモンスターが妖怪っぽいのが多いと聞いてはいたが、まさか街自体が妖怪の街だったとは・・・」

「おそらく、この妖怪と呪術の街こそが、4層の真の姿ということだろうな。だがしかし、いったい誰が・・・」

 

人目があるということで、すぐに演技を始めたミィだが、俺は心当たりがあった。

 

「間違いなく、シオリだな。早ければ1時間で解放できるとは聞いていたが・・・」

 

シオリの働きが速かったのか、俺たちが思っていたより時間が経つのが早かったのか。たぶん、後者だろう。

俺たちも十分驚いたが、変貌させた張本人であるシオリは、さらに驚いていそうだな。

 

 

* * * * *

 

 

「なっ、んや、これ・・・びっくりしたわぁ・・・」

 

<玖>の通行許可証を持って鳥居をくぐったら、いきなり街が様変わりしてびびってもうた。

べつにうちは、妖怪とかお化けの類は平気やから大丈夫やけど、単純に地鳴りと突然の変化にびびったわ。

まぁ、新しいNPCに害はないみたいやし、次の門や。

幸い、場所はわりと近い。

鳥居に近づくと、鳥居の隣に立て札があった。

 

【次代の主は赤鬼の角、龍の逆鱗、天の雫を持つ者に託す】

 

なにやら、今までとはちょっと違う感じがするけど・・・。

まぁ、がんばって探してみよか。




最近、ちょっとマンネリ化し始めてきて、危機感を覚えてきた自分がいます。
もう少し面白いネタを思いつきたいところなのですが、今の段階だとまだ・・・。


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変身

シオリが<玖>の鳥居を開放してから、しばらく後、俺も頑張って通行許可証を<漆>にまで上げた。このまま頑張れば、2週間以内に<玖>まで上げることができるかもしれない。

ちなみに、シオリは次の素材集めに行き詰っていた。

話によると、次の鳥居の解放には赤鬼の角、竜の逆鱗、天の雫が必要だという。

だが、探し始めたはいいものの、街の中の店にはそれらしき物は置いておらず、フィールドに探しに行こうにも情報がまったくない。

だから、俺やカスミ、ペインあたりが<玖>の鳥居にたどり着いたら手伝ってもらうつもりだと聞いた。それまでは、店の方をぐるぐる回っている、とも。

まぁ、シオリも鳥居の解放に明け暮れて、あまり観光できていないようすだったから、たまにはいいだろう。

そして、しばらくの間、カスミとは別行動をとることになった。

なにやら、今までにないくらい強いモンスターを見つけたとのことで、その攻略に集中したいと言われた。

あのカスミがその日のうちに倒せなかったということらしいから、よほど強いのだろう。

とりあえず、しばらくは1人で探索しようか。

今回はフィールドに出るから、【備前長船長光】はそのままに、防具を黒竜一式にした。

このまま外に向かおうとしたのだが、その前に知ったプレイヤーと遭遇した。

 

「クラールハイト」

「おっ、ペインと、ドレッドもいんのか」

「奇遇だな」

 

後ろから声をかけられて振り向くと、ペインとドレッドが俺の方に近寄ってくるところだった。

 

「俺たちはこれから、通行許可証のレベル上げに行くところなんだが・・・」

「俺もだ。だったら、一緒に行くか?人数は多い方がいいだろ」

「あぁ、構わないよ」

「俺もだ。欲を言えば、支援役が1人欲しいところだが・・・」

 

たしかに、今の俺たちでは基本的に攻撃役(アタッカー)しかいない。

だが、俺の方は今はカナデはいないし、ペインたちの方もフレデリカは来れないらしい。

 

「どうしたもんか・・・いや、回復できる奴ならいるな」

「そうなのか?」

「あぁ、ちょっと待ってろ」

 

そう言って、俺は目的の人物にメッセージを送った。

それからおよそ10分後。

 

「クラールハイトさーん!」

「おう、モミジ!こっちだ、こっち!」

 

俺が呼び出したのは、斥候役のモミジだ。

 

「あ?その子はたしか、例のくノ一少女だろ?回復なんてできるのか?」

「えっと、気休め程度ですが・・・」

 

モミジの【簡易治療】はDEX分しか回復できないが、このパーティーなら気休め程度の回復で十分だ。

それに、回復ポーションもそれなりに用意してあるから、そこまで心配しなくてもいいだろう。

さらに言えば、【霧の都】で状態異常の援護もできるから、それなりに支援役もできるのもモミジの長所だ。

そういうことで、俺たちは目的の場所に向かった。

 

 

* * * * *

 

 

「そう言えば、今さらではあるが・・・」

 

少し歩いたところで、ドレッドが忘れていたと言わんばかりに俺に尋ねてきた。

 

「クラールハイト、お前、どこでそんな武器を手に入れたんだ?ていうか、装備して意味あるのか?」

 

ドレッドが言っているのは、俺の背中にかけている【備前長船長光】のことだろう。

 

「街の中のイベントで、偶然手に入れた。スキルを度外視すれば、使うには問題ないぞ」

 

NWOでは基本的に、初期装備を決めたら、アカウントを作り直さない限りはそれを使い続ける。なにせ、1つの武器でもスキルを手に入れるのに、それなり以上に時間がかかるし、スキルを手に入れたことにはその武器に慣れているから、他の武器に乗り換えることもまずない。

さらに、俺みたいに2種類の武器を装備しても、武器スキルのレベルは片方しか上がらない。

むしろ、俺みたいに複数の武器を使いこなす方が異常なだけだ。

 

「それになぁ、刀に限れば、他のゲームで散々システムアシストなしで使って来たから、これくらいは今さらなんだよな」

「・・・さすがは、【賢者】ってところか」

「その呼び方はやめてくれ」

 

またシオリから「脳筋賢者(笑)」とか言われるから。

そんなことを話しているうちに、目的の洞窟にたどり着いた。

ここには、野盗まがいの小鬼のモンスターが現れるのだが、そいつが低確率で落とすアイテムが素材として必要なのだ。

 

「さて、こっからだな」

 

そう言って、俺は背中に背負っている【備前長船長光】を抜いた。

すると、俺の体が一瞬、ほのかな光に包まれる。

 

「これは、ちょっと驚いたな・・・」

「おい、なんだよ、その格好」

「わわわっ、お侍さんの格好です!」

 

3人が驚いているのは、刀を抜いた俺の姿が変わっていたから。

今の俺は、クエストで戦った佐々木小次郎そのままの姿になっているのだ。

【備前長船長光】を抜刀すると、自動的にこの姿になる。逆に、納刀すれば元の姿に戻る。

あくまで見た目が変わっただけなため、他の装備のスキルは問題なく発動する。

 

「クエストで戦った、剣士の霊・・・か、なんかの姿だ。刀を抜くと、勝手にこうなる」

「ほんと、【楓の木】は面白いやつばっか見つけてくるな」

 

ドレッドの言葉に、俺も思わずうなずく。なにせ、カスミも面白そうなイベントを見つけたばっかだし。

 

「まぁ、メイプルに慣れるための予行演習とでも考えておこうか」

「いや、メイプルはこれの比じゃないんだが・・・」

 

この世界に、天使になったり悪魔になったり機械を生やすメイプル相手に、初見で動揺しない奴なんているのか?

少なくとも、【楓の木】にはいない。相対したミィやペイン、ドレッドも、がっつり動揺して負けてしまったプレイヤーの代表格だし。

 

「まぁ、メイプル対策は違うときにするとして、きたぞ」

 

洞窟の奥から、刀を振りかぶって俺たちに向かってくる小鬼がでてきた。さらに奥には、札を持った術師の小鬼も控えている。

とはいえ、俺たちならてこずることもない奴らばかりだから、あっという間に殲滅する。

 

「ふぅ。さて、そろそろ・・・」

 

素材も必要数集まったから、もう戻ろうかと思ったが、ここで予想外のことが起きた。

突然、地響きが起こり始めたのだ。

 

「な、なんですか!?」

「こいつは、足音だ。奥からなんか来るぞ」

「そんな情報、聞いた事ねぇぞ?」

「おそらく、ここのモンスターを一定数倒すと現れる、エリアボスなのだろう」

 

ペインの推測が当たりなのかハズレなのかはわからないが、強力なモンスターであることには変わりないはずだ。

 

「そういえば、ペインとドレッドと一緒にボスを攻略するのは、これが初めてか?」

「言われてみれば、たしかにそうだな」

「むしろ、戦ってばっかりだったな」

「この3人なら、負ける気がしません!」

 

しれっと自分を戦力外通告したのは気にしないが、モミジの言う通りだ。

初めてのメンバーでのボス戦に胸を躍らせていると、洞窟の奥から地響きの主が現れた。

洞窟の奥から現れたのは、3つの首を持った大鬼だった。




ちょっと今回から、投稿頻度を減らすことにしました。
具体的には、2日に1回くらいですかね。
今もこのペースだと、ちょっとネタに困ってきてしまうので。


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燕返し

洞窟の奥から現れた5mほどの三つ首の大鬼は、異様の一言だった。

頭が3つあるのもそうだが、両手に持っている武器が武器だ。

右手に持つ大太刀は普通だが、左手に持っている木剣には卒塔婆のように文字が書かれている。

 

「作戦はどうする?」

「この面子だと、各自突っ込むしかねぇんじゃねぇか?」

「どうやって突撃するか、ということだろう」

「とりあえず、私は後ろから援護します」

 

攻撃役3人に斥候1人だと、やることがかなり限られてくる。

これならいっそ、メイプルを誘った方がよかったかもしれない。

だが、俺たちで作戦を考えていたら、先に大鬼が攻撃を仕掛けてきた。

左の木剣を大きく後ろに振りかぶると、突然木剣が炎を纏った。

 

「やべっ、散開!」

「わかっている!」

「言われなくとも!」

「はっ、はいぃ!」

 

やばいと判断した俺の指示を聞くまでもなく、ペインとドレッドもその場から飛びずさる。

次の瞬間、大鬼が木剣を振り下ろし、さっきまで俺たちがいたところは炎に飲み込まれた。

 

「なるほどな。物理攻撃と魔法攻撃を両方こなすモンスターってことか。ここまでバランスのとれたモンスターも珍しい」

 

今まで相手してきたモンスターは、基本的に物理か魔法のどちらかしか攻撃手段がなかったが、両方を使いこなすモンスターは初めてだ。

だが、大柄なだけあって、動きはさほど速くない。

 

「俺が右から攻撃するから、ペインとドレッドで左から攻撃して、できるようなら、その木剣を壊してくれ!」

「了解した!」

「破壊判定があればいいけどな!」

 

ドレッドの言うことも尤もだが、確かめないよりはマシだろう。

それに、他の雑魚敵にも武器破壊の判定があったから、ボスのこいつにもできる可能性はある。

 

「モミジは背後から攻撃を仕掛けてくれ。状態異常は効果は薄いだろうが、ないよりはマシだ!」

「わ、わかりましたぁ!」

 

モミジも、シオリとのレベリングの甲斐あって、なんとか戦える状態を保てている。

幸い、あの大鬼のヘイトはモミジに向けられていない。これなら、十分に戦えるだろう。

俺も、まずは【備前長船長光】を納刀し、すぐに【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】でアサルトライフルを生成して中距離からの攻撃を始めた。

ペインとドレッドも、それぞれ至近距離まで近づいて木剣や大鬼にダメージを与える。

 

「くそっ、木剣に破壊判定はねぇ!」

「だが、接近すれば魔法攻撃はしてこない。このまま押し切るぞ!」

 

ペインとドレッドは、木剣が破壊不可能だと分かると、今度はペインが魔法を撃ってくるパターンを見切って、魔法攻撃を封殺した。

 

「うぅ、またイズさんに製作を頼まなきゃいけません・・・」

 

モミジは、状態異常のナイフではなくイズ特製の投擲武器を駆使して攻撃し、上手く大鬼の死角を移動することで大鬼のタゲから外れる。

このまま上手くいけばいいのだが、こういうボスはHPが一定値以下になれば行動パターンが変わるもの。油断はできない。

そして、この大鬼も例外ではなかった。

HPが半分を切ると、俺たちから距離をとって力を溜め始めた。近づこうにも、大鬼も周りに紫炎の壁が現れて先に行けない。

 

「なんだか、嫌な予感がすんな・・・」

「それよりも、今、気づいたことがあるんだが・・・」

「奇遇だな、俺もだ」

「な、なんですか?」

「あの大鬼の後ろを見てみろ」

 

今、大鬼が力を溜めているその背後、そこには、槍、手斧、メイス、杖が壁にかけられていた。

そのどれもが、あの大鬼が片手で持つのにちょうどいいサイズだ。

 

「あそこに4つの武器がある。そして、あの大鬼は三つ首。ここまできたら・・・」

「ま、まさか・・・」

 

モミジが、顔を真っ青にして大鬼の方を見る。

 

「「「グゥアアアアアア!!」」」

 

その直後、大鬼の方から新たに4本の腕が生え、壁にかけられている4つの武器を持った。

これで、6本の腕に6つの武器を持っていることになる。手数は単純計算で3倍だ。

 

「まさか、阿修羅をモチーフにしていたとはな・・・」

「ちょちょっ、どうするんですか!?」

「どうするもなにも、ごり押しするしかないだろ」

「くそっ、マジでフレデリカを連れて来ればよかったな・・・」

 

俺の方も、本格的にメイプルを誘わなかったことを後悔してきたよ。

だが、ここで弱音を吐いても仕方ない。

・・・そういえば、さっきまでの攻撃で、大鬼は顔への攻撃が最もダメージが通っていたな。そして、最低でも1つの首を、攻撃をくらわないように守っている節があった。

 

「ペイン、ドレッド、できるだけあの大鬼をひきつけてくれ。俺は、あの三つ首を()()()攻撃してみる」

「はぁ?」

「本当に、そんなことができて・・・いや、それよりも、勝算があるのか?」

「賭けだが、最低でも1つの首を守るように動いていた。試す価値はある」

「なるほどな・・・そういうことなら、任せとけ」

「あぁ。その代わり、クラールハイトも頼むぞ」

「わかっている・・・それじゃあ、いくぞ」

 

掛け声をかけて、俺は【備前長船長光】を抜刀し、大鬼に向かって疾駆した。

大鬼は、雄たけびを上げながら俺に向かって武器を振り下ろすが、ペインによって逸らされたり、ドレッドによってバランスを崩されて外れる。モミジも、苦無を投擲してできるだけ注意を散乱させる。

しびれを切らした大鬼は、俺に向かって思い切り大太刀を振り下ろしてきた、

それこそ、俺の狙い通りだった。

 

「はぁっ!」

 

ガァン!

 

俺は大太刀をギリギリで避けて、地面に振り下ろされた大太刀を思い切り踏みつけた。

それは、僅かな時間しかもたない、顔まで続く大太刀と腕の橋だ。

他の腕の動きはいっさい見ずに、思い切り大太刀と腕の上を走り抜ける。

そして、一気に大鬼の顔面まで近づき、

 

「【秘剣・燕返し】!」

 

1日3回限りの、同時三連続斬撃を放った。

斬撃は狙いたがわず大鬼の3つの首を同時に斬り裂いた。

すると、大鬼はすべての武器を手放し、腕を顔に当てて苦しみ始めた。

 

「ここが攻め時か!【断罪の聖剣】!」

「【クインタプルスラッシュ】!」

「【霧の都】!【聖母解体(マリア・ザ・リッパー)】!」

 

この隙を見逃さず、ペインたちはそれぞれの持つ高火力スキルをたたきつける。

俺も、抑える手の指の隙間を縫うように攻撃し、弱点に斬撃を当て続ける。

腕を増やした代償なのか、先ほどよりも速いペースでHPは削れていき、あっという間にHPは0になった。

 

「ふぅ、思ったより楽勝だったな」

「あの、クラールハイトさん。このパーティーだと当然だと思いますけど・・・」

 

たしかに、NWOでもトップに入るプレイヤーが集まったわけだから、野良湧きのボスくらいならどうにでもなるか。

そして、ボス限定の装備品が落ちていた。

 

『阿修羅の数珠』

【HP+100】【STR+20】【INT+20】

 

「う~む・・・いらんなぁ」

「あ~、クラールハイトさんなら、そうかもしれませんね」

 

効果自体は破格の性能だが、俺はHPが上がったところであまり意味はないし、最近は魔法を使うこともないからINTも腐ってしまう。

俺が持ったところで、焼け石に水だろう。

 

「こいつは、カナデへの土産にするかな。INTも上がるし」

「ずいぶんと贅沢なことだな」

 

モミジと話していると、ドレッドとペインも近づいてきた。

 

「俺たちは、ありがたく使わせてもらう予定だぜ」

「まぁ、他の装飾品との兼ね合いになるだろうけどね」

 

どうやら、この2人は2人ですでに強力な装飾品を身に付けているらしい。

かくいう俺も、チートレベルの装飾品2つにテイムモンスターの指輪という超がつく贅沢仕様だからな。ステータスアップだけだと物足りない。

結局、この日はこのまま街まで戻って解散となり、【阿修羅の数珠】もカナデに渡してログアウトした。




コロナの影響でずっと家の中にいるせいで、なかなかいいネタが思い浮かばない・・・。
後書きすら思い浮かばなくなりかけた時点で、かなりやばいですね。
リフレッシュの手段が絶望的に少なくて、頭の回転が悪くなっている気がします。
やばいときは文章を書く気すら起きなくなりかねないので、適度に頭をほぐしながら活動していけたらと思います。


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露呈

「は~、やっとだ」

 

ペインたちと大鬼のエリアボスを倒してから数日後、ようやく<捌>の鳥居を開放することができた。

これで、シオリの待つ<玖>の鳥居まであと1つだ。

ちなみに、そのシオリは完全に休憩モードに入っていて、買い物なんかを楽しみ始めた。

というのも、<拾>の鳥居の先は、あの街の中央にあった塔くらいしかなく、必要素材の情報も碌にないから、いったん鳥居の解放は後回しにするということだった。

素材集めで暴れまわったから、ゴールドには困らない様子だったし、息抜きも重要だから、俺も構わなかった。

なんならいっそ、()()を紹介しようかとも思ったが・・・

 

「まぁ、やめた方がいいか」

 

俺は今、<捌>の鳥居を開放した自分へのご褒美として、【もふもふふれあいルーム】に訪れていた。

シオリも俺の家にしょっちゅう遊びに来ることもあって、俺と同じか、あるいはそれ以上に可愛い動物が好きだから、きっと気に入るだろう。

だが、それだとミィの素顔がバレる可能性もあるわけで。

正直、俺としてはミィをシオリの毒牙にかけたくない。

それは、第4回イベントで偶然、ミィの可哀そうな姿を見てしまったという後ろめたさもあるが、シオリは可愛い動物よりかは美少女の方が好きだから、ところかまわずミィに抱きつきに行きかねない。

そうなったら、すでにカリスマ溢れる実力者として通ってしまっているミィの体面に少なからず影響が出るのは想像に難くない。

だから、内心ではシオリにばれないか冷や冷やしながらも、常連としてここに通っている。

 

「ふぅ・・・至福だ・・・」

 

モフモフの可愛い猫を撫でていると、いい意味で体から力が抜けていくのを実感する。

この一時があれば、メイプルやシオリのトンでもスキルや、シオリの突拍子な行動が相手でも頑張れる気がする。

そんな時間を過ごしていると、誰かが入店したことを知らせる鈴の音が聞こえた。

俺以外でここに来る人物は限られている。

 

「あっ、クラル。来てたんだ」

「おう、ミィ」

 

俺と同じくここの常連になっているミィとは、すでに俺を略称で呼ぶようになるくらいには打ち解けていた。

最低でも3,4日に1回は会ってれば、こうなるのも時間の問題だっただろうが。

 

「今日はどうしたの?」

「通行許可証が<捌>になったから、頑張った自分へのご褒美って感じだな」

「おー、すごいね!」

「このペースなら、1週間以内には<玖>の鳥居まで行けそうだ」

 

恒例となった、猫を撫でながらの世間話に花を咲かせるが、この時の俺は完全に失念していた。

あらゆるトンでもイベントを引き寄せた()()()()()()()が、ここを嗅ぎつけないわけがないと。

 

カランカラン

 

「ん?」

「? クラル?」

「いや、誰か入ってきたんだが・・・」

 

まさか、俺と同じように、徘徊していたら偶然ここにたどり着いたプレイヤーがいたのか。

だとしたら、いったい誰だと思ったら・・・

 

「あれ?クラル君も?」

 

入ってきたのは、意外そうな表情を俺に、ちょっと申し訳なさそうな表情をミィに向けたメイプルが立っていた。

俺は思わず頭を抱え、ミィは猫でスッと顔を隠した。

 

 

* * * * *

 

 

とりあえず、メイプルも座らせて話を聞くと、どうやらミィが変装して裏路地に入って行くところを、偶然見かけてしまったとのことだった。

今のミィは白髪ロングに青と白を基調にした装備にしているが、変装前の姿を見られたなら関係ないし、たとえ変装しても顔は変わらないから、知っている人物が見ればすぐに気づく。

そして、こっそり変装する場面を目撃してしまったメイプルは、せめてそのことを謝ろうと中に入ったところ、俺ともばったり出くわした、というわけだった。

考えてみれば、第4回イベントの打ち上げ以降、メイプルとミィはわりと打ち解けていたみたいだったから、こういうこともありうるということだったか。

 

「それにしても、クラル君も、こういうところが好きだったんだ?」

「特別隠しているわけじゃないんだが、第4回イベントで無双したり【賢者】と呼ばれ始めた手前、これを知られるのも恥ずかしくなってな・・・それに、実家にも犬猫はけっこういるし」

「えっ、そうだったの?」

「いるのは裏庭だから、メイプルが知らなかったのも仕方ないことだ」

「えっ、メイプルとクラルはリアルで会ったことがあるの?」

 

俺とメイプルの会話から、ミィがそこが気になったのか、会話に割り込んできた。

 

「あぁ。第2回イベントの後に、俺の家でサリーやシオリと一緒にオフ会をしたんだ」

「へぇ、そうだったんだ」

 

そんなことを話していると、メイプルが改まってミィの方に向き直った。

 

「それはそうと、ごめんね。勝手に後をつけたりして・・・」

「いいよいいよ。それに・・・同性の子にも、誰かには知ってもらいたかったし。やっぱり、演技し続けるのは大変だから・・・あはは・・・」

「本当、ごめんね。お詫びっていうか・・・何かできることがあったら言って!」

「・・・じゃあ、この後ちょっとモンスターを倒すのを手伝ってくれたり・・・」

「うん、いいよ!」

 

とりあえず、今回の件はこれでチャラ、ということらしい。

 

「それなら、クラル君はどうする?」

「そうだな・・・せっかくだし、一緒しようか」

 

ということで、この後、この3人で素材を集めに行くことになった。

その前に、モフモフの猫を堪能することになったのは言うまでもない。




今回はすでに構想があった、というか基本的に原作沿いだったので、すぐに書けました。
あと1,2話くらいは、1日で投降できそうです。
その後はわからないですが、なんとなくは何を書くかも決まっているので、1日で投降できれば投稿するつもりです。


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天の雫

しばらくモフモフを堪能した後、演技モードに入り直したミィとメイプルと共に街の外に出て、クローネの背中に乗って目的の場所である小さな廃村に向かった。

 

「よっ・・・と。【炎帝】!」

 

目的地にたどり着き、ミィはクローネから降りてグッと背伸びをすると、代名詞にもなっているスキルを発動した。

それを合図に、空中に青い人魂が現れた。

この人魂は、見た目通りに炎に対して高い耐性を持っているため、ミィだけでは厳しいところもあるのだが、

 

「【創造(クリエイト)】」

「【身捧ぐ慈愛】!」

 

そこは俺の銃撃とメイプルの守護によってカバーした。

メイプルの強みは、貫通攻撃かよほど強力な攻撃でない限り、俺たちも防御や回避を考える必要がないということだ。そのため、俺たちも攻撃に専念することができる。

事実、人魂を殲滅するまで、俺とミィは一切防御行動も回避行動もとらなかった。

 

「ふぅ、あらかた終わったか」

 

モンスターを狩りながら移動し、湖まで進んだところで俺たちは気を抜いた。

 

「これは・・・勝てないわけだ」

 

後ろでは、ミィが観念したようにつぶやいた。

味方として一緒にプレイしたことで、改めてメイプルの規格外さを実感したのだろう。それに、俺が含まれているかは知らないが。

 

「ありがとう、2人とも。ごめんね、かなり付き合わせちゃった・・・」

 

時計を見れば、もうすぐ日付が変わろうとしている。

夜から始めたとはいえ、終始余裕をもっていたから、ついつい続けてしまったから、仕方ないと言えば仕方ないだろう。

それだけ、メイプルがいる恩恵は大きい。

 

「ううん、いいよいいよ!」

「俺も構わない。だが・・・そろそろ、切り上げる時間だな」

「そうだね・・・私も、眠くなってきちゃった」

「本当ありがとう、私も終わろうかな。いつもより張り切って攻撃したから疲れたかも」

 

そろそろ解散しようという流れになったが、ここでメイプルがふと思いついたように提案してきた。

 

「そうだ!じゃあ、最後にもう一度癒されていく?」

 

そう言って、メイプルは立ち上がって少し離れたところに移動したかと思ったら、メイプルの全身が羊毛に包まれた。

 

「中へ入ってきてー?」

「えっ、中と言われても・・・う、う~ん・・・」

 

ミィは、遠慮がち、というか恐る恐る羊毛に触れて、そのまま中へと潜り込んていった。

 

「クラル君は~?」

「俺はいい・・・外で待ってる」

 

さすがに、女子2人の空間に割って入るほど、俺は野暮でもないし、そんな度胸もない。

よっぽどのことがない限りは大丈夫だろうが、念のために外で警戒にあたることにした。

中からは満足気なミィの呟きと満足そうなメイプルの声が聞こえるから、さぞかし平和なのだろう。

そんな状態のまま十数分経過すると、なにやら変化が起こった。

 

「ん?」

 

俺は目を閉じたままメイプルの羊毛にもたれかかっていたのだが、なにやら浮遊感、というより上に引っ張られる感覚を覚えたのだ。

目を開いて下を見ると、俺と羊毛が宙を浮かんでおり、湖の中央まで移動させられていた。

メイプルとミィも、毛玉から顔を出してその様子を見た。

 

「ちょっ、ど、どうなってるの!?」

「わからない!」

「何かしらのイベントの可能性が高い!メイプル、いざってときは頼む!」

 

メイプルに指示を出している間も俺たちは移動させられ、湖の中央から10mほど上昇したところで、俺たちは水柱に飲み込まれ、すぐ後に光に包まれて転移された。

 

「・・・敵はいない、か。とりあえず、羊毛はどかすぞ」

 

俺は周囲にモンスターがいないことを確認してから、【毛刈り】でメイプルとミィを解放した。

 

「ありがとう。それで・・・ここ、どこ?」

「えっと・・・雲の上?」

 

ミィの言った通り、俺たちが踏みしめているのは土ではなく、ふんわりと柔らかい雲だった。

2人は地面の様子が気になっているようだったが、俺は空を見上げていた。

 

「2人とも、空を見上げてみろ」

「空?・・・わぁ」

 

メイプルとミィが上空を見上げると、そこには満点の星空が広がっていた。

 

「すごい星・・・」

「うん、綺麗。星が降る夜って、こういう夜なのかな?」

 

2人はきれいな星空に目を奪われていたが、ずっとこのままというわけにもいかない。

 

「2人とも、天体観測はそれくらいにするとして・・・まずは進んでみるか?」

「うん・・・そうだね。もう1度来る方法もよくわからないし・・・」

 

俺の提案にメイプルもミィも頷き、なんとか登れそうな少し低い雲の壁の向こうへと進んでいった。

そうして進むと、2人ギリギリ通れるような幅の、雲でできた真っすぐな道が現れた。

おそらく、この先に何かがあるのだろう。

俺たちはメイプルを先頭に、雲の道へと足を踏み出した。

次の瞬間、

 

「っ、メイプル、上だ!」

「上?・・・【身捧ぐ慈愛】!」

 

メイプルは一度解除した【身捧ぐ慈愛】を再使用し、俺とミィを守った。

上から降り注いできたのは、何かしらの光る物体だ。

俺たちはメイプルに守られながらもバックし、道から出て避難すると、それも止んだ。

 

「ミィの言う通り、星降る夜だった・・・」

「物理的に降ってくるなんて、思わないって・・・」

「いやぁ、このゲームの運営ならやりかねないだろ」

 

NWOの運営の遊び心による悪ふざけは、メイプルが取得したスキルが証明している。

そんな運営なら、物理的に星を降らせるくらい、やってもおかしくはない。

 

「とりあえず、メイプルなら耐えられるみたいだから、このまま先に進んでみるか」

 

メイプルとミィも俺の言葉に頷いて、再びメイプルを先頭にして先に進んだ。

降り注ぐ星がメイプルに当たっては弾かれるが、俺たちにダメージはない。

 

「サリーとかなら、全部避けちゃうのかな?」

「いや、流石に・・・」

「たぶん、サリーならいけるんじゃないか?俺もできそうだし」

 

俺から見たサリーの実力なら、たぶんできるはずだ。サリーの回避術は、第4回イベントを経て、さらに磨きがかかっているし。

そんなことを話しながらも、俺たちはなんなく道を渡り切った。

その先には、雲の壁と横穴があった。

ここにきて帰るという選択肢はもちろんなく、俺たちは中へと入って慎重に進んでいった。

終着点はすぐそこで、そこには雲の器に糸のように垂れる光が注がれていた。

 

「へぇ・・・」

「おお・・・」

「これ・・・」

 

三者三様の反応をしながらも、たまった光に触れてみると、あるアイテムを取得した。

 

「【天の雫】?」

「使い道は・・・ちょっと分からないみたい、でもいいものじゃないかな?素材とかかも」

 

ミィはそんな予想をするが、俺には心当たりがあった。

 

「なるほど、これのことか・・・」

「クラル君?」

「クラルには、なにか心当たりが?」

「シオリから聞いた<拾>の鳥居の解放条件の1つに、【天の雫】という言葉があるって聞いた。たぶん、これのことだろう」

 

まさか、ここにきて<拾>の鳥居の解放アイテムを手に入れるとは思わなかった。

さっそく明日、シオリに教えることにしよう。

その後、他にもらえるアイテムはないことを確認してから、俺たちは元の場所に戻ってログアウトした。

 

ちなみに、俺は帰り道はメイプルの手を借りずに星を避けて進んだのだが、2人から信じられないようなものを見る眼差しを向けられて、少し傷ついたのはここだけの話だ。

俺からすれば、メイプルの方がよっぽど信じられないのに。いろんな意味で。




家にこもってばっかで暇だな~と思ってたら、安倍総理の例のインスタがニュースで報道されているのを見て、喧嘩売ってんのかって思いました。
自分はインスタとかツイッターみたいなSNSはやってないので、この報道で初めて知りました。
百歩譲って犬を撮影するのはいいんですが、新聞読みながらコーヒーブレイクとか舐めてるんですかね?
自民党内からも呆れられているあたり、そろそろ政権変わりそう。


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妖の宴

俺が【天の雫】の情報をシオリに伝え、さらに数日経って<玖>の鳥居を開放したプレイヤーが増えてくると、他の必要素材の情報も出回るようになっていった。

ちなみに、【天の雫】の取得について俺たち【楓の木】と【炎帝ノ国】は過程をすっ飛ばして入手方法が判明したのだが、メイプルのいない【炎帝ノ国】では当然のように流星地帯を抜けることが困難だったのだが、【楓の木】はメイプルのおかげで全員が簡単に取得できた。サリーとシオリに関しては、メイプルの守護がなくても、自力で避けていたが。

他の2つのアイテムも、ソロでは取得が難しいことから、まず先に通行許可証のレベルを上げることに専念してもらうことにした。

その間、他のメンバーよりも早く<玖>の鳥居まで解放した俺、シオリ、カスミは、暇な時間を街の探索に充てていた。

そして、俺はある装備店を訪れていた。

というのも、店員の後ろにあるポスターに、大きくこう書かれていた。

 

【装備を5点以上ご購入の方に特典】

 

その特典がなんなのかは、すでに知っている。情報掲示板で確認して、ここに来たのだ。

俺はそこで装飾に仕えそうな刀なんかを中心に5つ購入すると、1つの巻物を渡された。

 

【クイックチェンジ】

セットしておいた装備に装備を変更する。もう一度使うことで元の装備に戻る。

 

「よしよし、これで問題なく使えるぞ」

 

このスキルの巻物こそが、俺が求めていたものだ。

このスキルさえあれば、【漆黒の弓】と【備前長船長光】をすぐに変えることができるから、戦略の幅が大きく広がる。

さっそく、フィールドに出て試してみようか。

そう思って街の外に向かおうとしたのだが、ふと足を止めた。

 

「ん・・・?」

 

俺が足を止めたのは、何の変哲もない小道の前。

その奥から、僅かにだが声が聞こえる。

会話などではなく、なにやら騒いでいるような感じだ。

もしかして、なにかしらのイベントなのか。

そう思い、小道を進んだ。

すると、

 

「・・・音が止んだ?」

 

小道に入ってから数メートル進んだところで、音は止んでしまった。

念のために先に進むが、たどり着いたのは何の変哲もない空き地だ。

もしかしたら、俺の気の性だったのかもしれないが、俺の耳に狂いも間違いもない。

おそらく、何かがあるはずだ。

その何かはわからないが、なんとしてでも確かめたい。

だが、俺では無理となると・・・。

 

 

* * * * *

 

 

翌日、

 

「うぅ、来てしまいました・・・」

 

クラールハイトが見つけた小道の前に、モミジが身を小さく縮こませながら立っていた。

なぜここにモミジがいるのかといえば、クラールハイトの指示だ。

なにせ、モミジはNWO内でも数少ない【気配遮断Ⅹ】の持ち主で、隠密系のスキルも多い。

そんな隠密特化のモミジなら、そのいるかもわからないNPCの眼を欺けるかもしれない、ということだ。

もちろん、他にイベントのフラグが必要な可能性もあるから、行ってダメだったら他の手段も試してほしいとも言われた。

万が一に戦闘になった場合も考慮し、アイテムも万全の状態で、モミジは例の小道の前に立っていた。

【聞き耳】も使って耳を澄ますと、本当にわずかにだが、たしかにどんちゃん騒ぎの音が聞こえる。

そんなモミジの内心は、すでに帰りたい気持ちでいっぱいだった。

なにせ、もともと戦闘が苦手なモミジは、ホラーの耐性もそこまで高くない。

ホラーに対する免疫が皆無なサリーほどではないにしても、基本的に自分からお化け屋敷ようなところに首を突っ込むことはないくらいには苦手だ。

とはいえ、この階層のモチーフはあくまで妖怪と呪術がメインなため、極端に怖いイベントはないだろうと考えているが、それでも怖いものは怖い。

最悪、最低限の情報を得たらすぐに戻ればいい。

そう言い聞かせて、モミジは小道へと足を踏み入れた。

クラールハイトが小道に入ったときは数メートルで音が止んだという話だったが、モミジは10mほど進んでも音は止まない。それどころか、近づいた分、音が大きくなってきた。

クラールハイトの予想通り、モミジの【気配遮断Ⅹ】は有効だったらしい。

それでも、モミジの足が小刻みに震えるのは止められないが。

慎重に先へと進んでいくと、奥から聞こえる声もはっきりとしてきた。

 

「ほらほら!もっと飲め飲め!」

「ぎゃはははは!!」

(これは・・・宴会?)

 

あまり品のあるような声ではないが、内容から察するに酒の席であるのは間違いないだろう。

いったい、奥で何が行われているのか。

恐怖心の中に好奇心が芽生え始めたモミジは、その正体を探るためにさらに進んでいく。

そして、奥の空き地にたどり着くと、そこでは、

 

「今宵は特別じゃ!もっと飲むがよいぞ!」

 

額から2本の角を生やした少女が、巨大な杯を片手に酒をふるまい、それを中心としてあらゆる妖が宴をしているところだった。




今回はモミジちゃんの強化案です。
鬼っ子でアサシンとなれば、誰なのかは予想できるでしょうね。
実は、もともとは考えていなかったんですが、“宵の月夜”様の『現実の分まで』の9話を読んで「鬼っ子・・・FGO・・・アサシン・・・閃いた!」となりました。
こう言ってはなんですが、思いつくきっかけになった“宵の月夜”様に感謝を。
どのような強化をされるかは、次回、次々回をお楽しみに。


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酒呑童子

「な、なんか、すごいことに・・・」

 

隠れながら見ていても、小鬼や大鬼、化け狐、猫又など、多種多様な妖怪が集まって酒を飲んでいる。

そして、

 

「さぁさぁ!今宵は妾の気分がよいからな!好きなだけ飲むがいいぞ!」

 

妖怪たちの中心となって酒をふるまっている、メイプルと同じくらいの背丈の女鬼。

この鬼の存在感が、モミジの直感に警戒信号を発していた。

もしかしたら、階層ダンジョンのボスに引けをとらないかもしれない。

だが、このままこの場から離れてもいいものか、モミジは悩んでいた。

もともと、ここにはクラールハイトの指示で情報を集めに来たのだ。戦闘が嫌だからといって、何も調べずに帰るのもよくない。

 

「すぅー、はぁー・・・」

 

モミジは通路の方を向いて、ゆっくり深呼吸し、気持ちを整えてから宴の中に入ろうとした。

すると、

 

「むっ、誰じゃ!」

 

踏み込む前に、女鬼に存在を気取られた。

ビクッとして振り向くと、女鬼はもちろん、他の妖怪たちも全員、モミジのことを見ていた。

 

(あっ、終わった・・・)

 

この時、モミジは死を覚悟した。

だが、モミジの絶望と裏腹に、女鬼はまじまじとモミジを見つめ、他の妖怪たちを下がらせた。

 

「ふむ・・・おい。場所を空けて、妾のところに来させよ」

 

女鬼がそう言うと、他の妖怪たちは大人しくその言葉に従い、左右に分かれて女鬼まで続く道を作った。

今のところ、敵意らしい敵意も感じなかったから、モミジも大人しくその言葉に従い、おずおずと歩きながら女鬼のところまで近づいた。

 

「さて、まずは自己紹介といこうか。妾の名は酒呑童子、この街を統べる鬼の孫娘じゃ」

 

これを聞いたモミジは、街の中央にある塔を思い出した。

おそらく、街を統べる鬼とやらは、そこにいるのかもしれない。

だが、今この場では必要のない情報であるため、その思考を頭の隅に置いて酒呑童子を真っすぐに見据えた。

 

「この宴は、妾が集めた酒を、この街の妖怪たちに振舞うために開いているのじゃが、妾と同じくらい飲めるものがおらんくてな。最近は飽き飽きしてきたのじゃ。そこでじゃ。本来であれば、妾の宴を見た人間は殺さなければならぬのだが、妾のとっておきの酒をすべて飲み干すことができれば、今回のことは水に流し、なおかつ友好の証をやろう。どうじゃ?」

 

そう言うと、モミジの前にクエスト画面が現れた。

クエストの名前は、【酒呑の試練】。

とりあえず、戦闘にならなかったことにホッとし、迷わずにYESを選んだ。

すると、酒呑童子は手を叩いて誰かを呼び寄せた。

 

「よし、それでこそじゃ。おい!あれを持ってこい!」

 

そう言うと、奥から大鬼が巨大な盃を持ってきて、そこに酒呑童子が樽から酒を注いでいった。

最終的には、およそ二升ほどの酒がそそがれた。

 

「これをすべて飲み干してみせよ。制限時間は5分じゃ」

 

酒呑童子の横に砂時計が置かれ、それがひっくり返された。

おそらく、砂が落ちきる前に飲めということだろう。

まずモミジは、注がれた酒の匂いを嗅いだ。

臭いを嗅いだ限りは、それなりに上等な日本酒であることがわかる。

ちなみに、NWOでは酒も販売されているが、システムで酔いつぶれるようなことはない。せいぜい、ほろ酔い程度で止まる。

だが、このクエストの内容からすれば、限定的にその制限が外されているのだろう。おそらく、脳に支障がでない範囲でなら酔ってしまうとモミジは考えた。

普通に考えれば、1発でアルコール中毒になるか、肝硬変になってしまうだろう酒の量だが、VR内であれば、少なくとも臓器の異常は考えなくてもいい。

そして、

 

「では、いただきます!」

 

一切のためらいもなく、モミジは盃に口を付けた。

そして、ぐびぐびと日本酒を流し込んでいく。

常人であれば、すでに酔いつぶれるだろう量を飲んでも、モミジの表情はほとんど変わらない。

実はモミジには、クラールハイトたちにでさえ隠していることがある。

それは、実はモミジはれっきとした社会人であり、酒にすこぶる付きで強いのだ。

二升の日本酒であれば、モミジからすれば普通に飲める量でしかない。

もちろん、健康のことを考えて、一気飲みするようなことはしないが。

そして、モミジは5分どころか3分足らずで、すべての酒を飲みきってしまった。

 

「ふぅ、ごちそうさまでした。おいしかったです!」

「おぉ、すごいではないか!他の者たちは、半分も飲めずに潰れてしまうのじゃがな」

 

酒呑童子は不甲斐なさげに他の妖怪たちを見渡すが、普通に考えて日本酒を二升飲んで平然としている人物は化け物でしかない。

 

「さて、約束したからな。お主に友好の証をやろう」

 

そう言うと、酒呑童子は懐から瓢箪の水筒を取り出した。

 

「鬼の持つ瓢箪はな、無限に酒が湧く魔法の瓢箪なのじゃ。これはその中でも特別なものでな、これを飲めば一時的に妾の力を扱うことができる。お主なら、有効に使えるじゃろう」

 

【酒呑童子の瓢箪】

この瓢箪の酒を飲むと5分間、酒呑童子の力を得ることができる。

使用可能回数は、1日5回。再使用可能時間は1時間。

 

【酒呑童子】

すべてのステータスを【+50】する。

酒の匂いを嗅がせたプレイヤー・モンスターに酩酊状態を付与する。

 

「あっ、ありがとうございます!」

「では、行くがよい。またいつか、共に酒を飲もうぞ」

「はい!」

 

酒呑童子からプレゼントを受け取ったモミジは、足取り軽く小道から抜け出し、今日のところはログアウトした。




合法ロリで蟒蛇って、謎の魅力がありますよね。

今回のスキルは、ちょっとFGOのものから外れたものにしましたが、その分モミジの強化の幅はさらに広がりました。


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鬼っ娘

モミジに例の依頼をした翌日、さっそくモミジが小道の先にあったものの報告をしたいということで、さっそくギルドホームで合流した。

 

「こんにちは、クラールハイトさん」

「おう。んで・・・それが収穫か?」

 

モミジの腰には、昨日にはなかった瓢箪がぶら下がっていた。

十中八九、この瓢箪が小道の先にあったものか、あるいはクエストの報酬ということだろう。

 

「はい。【酒呑童子の瓢箪】という装飾品で、実戦ではまだ試していないんですよね」

「ちょいちょい。酒呑童子?そんな大物がいたのか・・・」

 

酒呑童子と言えば、日本の三大妖怪に数えられる、日本ではトップクラスで有名な鬼だ。その名前を冠するモブがいたとは・・・。

 

「それで、条件とかはわかったのか?あと、あの奥では何があったんだ?」

「条件の方は明言されていなかったんですが・・・たぶん、【気配遮断】のレベルが高くないと受けられないんだと思います。それで・・・」

 

モミジの説明では、あの小道の奥では酒呑童子が中心となった宴会が開かれており、それは人間に知られてはならないというものらしい。おそらく、【気配遮断】のレベルをその鬼たちに気付かれないところまで上げられなけれいけないということだろう。

その奥で受けたクエストは【酒呑の試練】といい、制限時間内に二升の日本酒を飲み干さなければならないというものとのことだった。

ていうか、ちょっと待て。

 

「え?モミジってお酒を飲める年齢なのか?」

「・・・これでも、れっきとした成人です」

 

ちょっと目を逸らしながらのカミングアウトに、俺はちょっとした申し訳なさを抱いた。見た目で年齢を判断して、まさしく年下への対応をしてしまったのか・・・。

だが、モミジとしては気にしていないということらしい。どちらかと言えば、慣れたという方が正しそうだが。

それに、VRMMOなら見た目はともかく、年齢で困ることも少ないし、むしろ大人だと知られる方が気まずいから、同じように接してほしいと頼まれ、俺も頷いた。

話を戻すと、そのクエストをクリアして手に入れたのが、モミジが腰にぶら下げている瓢箪で、中に入っている酒を飲むと5分間パワーアップするということらしい。

パワーアップの内容は、全ステータスが50上昇し、酒の匂いを嗅がせたプレイヤー・モンスターに酩酊状態を付与する、というものらしい。

 

「酩酊状態?そんな状態異常、聞いた事もないんだが・・・」

「えっと、【酒呑童子】限定の状態異常で、効果は全ステータスが50ダウン、幻惑、アイテム使用不可ってあります」

「なるほど・・・酒に酔うっていうよりは、完全に二日酔いだな」

 

つまり、酩酊状態にかかると、コンディションが強制的に絶不調になり、アイテムによる回復もできない、と。

しかも、5分間だけとはいえ、モミジの全ステータスが50も上がるということは、相手の全ステータスが相対的に100も下がったようなものだ。

とうとうモミジは、タイマンでもある程度は戦えるスキルを手に入れてしまった、ということだ。

 

「それで、ですね。このスキルの感覚を掴みたいので、これから訓練場まで一緒してもいいですか?」

「俺としては、あまり心臓に悪いようなスキルはお断りしたいんだが、確かめないわけにもいかないしな。わかった」

 

さっそく、俺とモミジは訓練場に向かい、他に誰もいない環境になってから、モミジは瓢箪に口を付けてグイっと傾けた。

 

「ふぅ、これもおいしいですね・・・? どうしたんですか?」

 

モミジは酒の感想を口にしていたが、俺としてはもっと他のことが気になっていた。

 

「いや・・・ちょっとこれを見てくれ」

 

俺は、俺自身が佐々木小次郎に変身してしまったときから、、他の誰かが見た目が変わるようなスキルか装備を手に入れたときのために、ダンジョン攻略の時以外は手鏡を持ち込むようにしている。

そして、それが役立ってしまった。

今のモミジは、額から二本の角が生えており、瞳孔も縦に割れていた。さらに、両手の甲からは紫炎が揺らめいており、目の下には赤い隈が伸びている。

【酒呑童子】って、見た目が変わる類のスキルだったのかよ・・・。

モミジも、まじまじと自分の姿を見ている。

 

「と、とうとう私も見た目が変わってしまいましたか・・・」

「普通に考えれば、見た目が変わる方がおかしいんだがな・・・まぁ、メイプルよりはマシだと考えることにしよう」

 

さすがに、あれと同レベルの変化は、そうそうは起こらない・・・はず。

それはそうと、酩酊状態の確認をする。

というか、モミジが近づいただけで、ほんのり酒の香りが・・・

 

「っ!?」

 

気付けば、俺の視界はぐにゃりと歪んでおり、片膝と片手を地面につけていた。体も、やたらと重く感じる。

 

「あぁ、これが酩酊状態ってことか・・・意識ははっきりしているが、平衡感覚がまったく掴めないな・・・」

 

立とうと思っても、足が上手く地面を踏みしめることができない。

それに、効果時間はデバフにしては10秒とそこまで長くないものの、蓋があけっぱなしなら近づくだけでも効果を発揮するらしく、モミジが近づいてくる今の状態だとタイマーが0になってもすぐに元に戻ってしまう。

 

「モミジ。いったん離れてくれ。効果範囲がどれくらいかも把握しておきたい」

「は、はい!」

 

俺の指示通り、モミジはいったん俺から5mほど距離をとった。

すると、酩酊状態のタイマーが0になったら酩酊状態が解除された。

 

「なるほど、そこだと大丈夫なのか・・・少しずつ近づいて来てくれ」

「はい」

 

モミジがじわじわ俺に近づいてくると、3mほどで微かな臭いと共に再び視界が歪んだ。

だが、先ほどよりかは効果は軽く、なんとか立つことはできた。

 

「ふむ、幻惑状態の効果は距離が近いほど高くなる、と・・・他にも、いろいろと試してみるか」

 

この後しばらく、俺とモミジは【酒呑童子】の効果の確認を続けた。




感想欄でもちらっと触れましたが、飲酒については、飲めない自分はともかく、ルールを守れば全然かまわないと考えている人間です。
ただ、たてコン(研究室紹介的な食事会)で、1人の先生がでかめの缶ビールを4,5本くらい開けてたのは、いかがなものかと思いました。
まぁ、酒を飲むのはね?べつにいいんですよ。自分もちょっと飲みましたし。
ただ、中盤あたりから完全に酔っぱらいのテンションで、紹介どころではなかったのはどうなのか・・・。


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竜と鬼

モミジと【酒呑童子】の確認をしていると、シオリからメッセージが届いた。

 

『今、どこにおるん?』

 

「モミジと訓練場にいるぞ、っと」

「誰からですか?」

「シオリからだ。あいつの方から用事があるときは、たいてい碌でもないことばかりなんだが・・・」

 

とはいえ、極端な無茶ぶりをしてくることもないが。

返信してから少し待つと、再びシオリからメッセージが送られた。

 

『せっかくやし、<拾>の鳥居のアイテムを集めへん?』

 

「あぁ、そういえば、シオリはまだ集めてなかったか」

 

シオリの通行許可証のレベル上げは、<玖>の鳥居を開放したあたりで止まっていた。

その後は、ひたすら4層の街を楽しんでいたわけだが、そろそろ再開する気になったらしい。

それなら、ちょうどいい機会か。

 

「シオリから<拾>の鳥居解放の素材集めに誘われたんだが、せっかくだし行くか?【酒呑童子】を実戦で試すいい機会になるし」

 

幸い、再使用可能時間の関係でまだ2回しか使っていないから、ボス戦で使う分とシオリに紹介する分でちょうどだし、明日は休みだから多少遅くまでやっても問題ない。

モミジも、せっかくだからと一緒に行くことになった。

本当は、メイプルたちも誘いたいところだが、他の面々はそれぞれで忙しそうだし、クリア自体は俺とシオリだけでもどうにでもなる。

そうと決めた俺は、シオリに参加する旨と集合場所のメッセージを送り、モミジと共に向かった。

 

 

* * * * *

 

 

シオリとは街の出入り口付近で合流した。

そこで軽くモミジの【酒呑童子の瓢箪】について説明し、人気のないところで鬼娘姿のモミジを紹介してから出発した。

先に見せたのは、本番でいきなり見せてそっちに気をとられるのを防ぐためだ。シオリの速度だと、少しの余所見が大事故につながりかねないから、必要な措置でもある。

まず最初に向かったのは、竜の逆鱗を落とすボスがいる高山だ。

なぜこっちが先なのかと言えば、モミジの【酒呑童子】のお披露目は地上戦でやりやすい赤鬼相手にしようと決めたのだが、シオリに見せたことで1時間のインターバルができてしまった。それを消化するために、まずは竜から討伐することにしたのだ。

まぁ、どのみち俺の独壇場になるのは変わりないが。

 

「んじゃ、さっさと終わらすか。【クイックチェンジ】」

 

転移用の魔法陣を前に、俺は気だるげにつぶやきながら装備を【漆黒の弓】に切り替えた。

 

「早よ終わらせてなぁ~。うちは早くモミジちゃんが活躍する場面を見たいんや」

「えっと、頑張ってください!」

 

ちなみに、シオリにはモミジの年齢のことは伝えていない。

瓢箪の中身が酒だということも、「VRだから大丈夫だろ」で済ませた。

実際、NWOでは飲酒に関しては年齢で強制的に設定がわけられており、未成年でも問題なく飲める仕様になっている。

とはいうものの、酔えないと分かっていて購入するようなもの好きは、俺は見たことはないが。

そんなどうでもいいことを考えながら、俺たちは魔法陣の上に乗った。

転移された先は、色彩に乏しい荒野のど真ん中。

その遥か上空に、目標である真っ白い竜が飛んでいた。

通常であれば、低空飛行状態でない限り攻撃が届かないため、攻撃が届くところまで降下してきたら攻撃を叩き込むのがセオリーになっているが、俺にかかれば関係ない。

 

「【速射】」

 

俺は矢をつがえ、【黒竜ノ眼】によって未来位置を確認してから、そこに向かって矢を放つ。

そうすれば、矢は吸い込まれるように白竜へと飛翔し、全弾命中してHPを2割ほど削った。

 

「う~ん、最大威力でもこんなもんか」

「普通に考えて、この距離であのダメージはおかしいんやけどな」

 

シオリの呆れたような声を聞き流しながら、次の矢をつがえる。

今度は3本だ。

 

「【速射】、【拡散】」

 

さらに【拡散】も添えれば、たとえ全弾命中しなくてもかなりのHPを削れる。

矢の嵐が収まれば、白竜のHPはあと3割ほどしか残っていない。

 

「んじゃ、これで終わりだな。【速射】」

 

最後に、俺は矢を2本つがえ、白竜がこっちに近づいてくる前に放った。

そうすれば、白竜はこちらに一切近づくことなくHPが全損し、光となって消えていった。

 

「お疲れ様やな、クラル」

「ぶっちゃけ、ほとんど疲れてないけどな。俺、3回しか撃ってないないんだが」

 

最大効果の【黒竜ノ息吹】なら、俺の攻撃は実質【STR 220】相当になる。

マイユイやシオリの【疾風】に比べれば見劣りするが、3人と違って連撃や絨毯爆撃になると考えればそれなりに強い。

そんなこんなで、俺たち3人分の【竜の逆鱗】を手に入れ、元の山の山頂に転移された。

 

「さて、あとは赤鬼の方だが・・・【酒呑童子】、使えるようになってるか?」

「えっと・・・移動時間も考えれば、ちょうどだと思います」

「なら、ちょっとゆっくり向かってもええかもなぁ」

 

予想よりはるかに早く討伐してしまったことから、今度はクローネに乗らずに歩きながら向かうことになった。

最近はフィールドではクローネに乗って移動することがほとんどだったから、逆に新鮮に感じたな。

 

 

* * * * *

 

 

歩きながら移動したことで、目的地である木造の社につくころには再び【酒呑童子】が使えるようになっていた。

 

「それじゃあ、ここではモミジがメインになってやってみるか?」

「はい。1人でどれだけ戦えるか、自分でも確認してみます!」

「ムリはせんでえぇからな?ダメやったらすぐにうちらに言うんやで?」

 

シオリの心配の仕方が完全におばちゃんのそれだが、俺としても同じだったからツッコまないでおく。

必要なことを確認してから、俺たちは魔法陣の上に乗った。

転移されたのは、洞窟の中の広間で、それなりに大きい造りになっている。

奥には、最後の目的である赤鬼が立っていた。

その姿を見て、モミジは意を決して瓢箪の酒を飲んだ。

そうすると、モミジの額から2本の角が生えて瞳孔が盾に割れ、紫炎と赤い隈も現れた。

 

「では、いきます!」

 

掛け声をひとつ、モミジは赤鬼に突っ込んだ。

赤鬼は金棒を振り上げるが、振り下ろすよりも先にモミジが瓢箪から酒をぶちまけた。

酒をもろに浴びた赤鬼は、体をよろめかせながら膝をつき、金棒も地面に下ろしてしまった。

 

「ふ~ん?単純に酔ってるってわけじゃなさそうだな?」

「たぶん、酒呑童子のお酒やから、鬼には効果が増すんとちゃう?」

「その可能性はあるか」

 

あるいは、モミジがあらゆる妖が酒呑童子のお酒に群がっていたと言っていたことから、この階層の妖系のモンスターにはさらに強力になるのかもしれない。

そうこうしているうちに、モミジは【霧の都】で毒を付与した霧を発生させて、赤鬼に継続ダメージを与えながら、自らも【聖母解体(マリア・ザ・リッパー)】などでダメージを与えていく。

鬼の方からも拳が放たれるが、ただでさえ動きが緩慢になっているのにモミジに当たるはずがなく、赤鬼の拳は虚空を空ぶる。

とはいえ、たとえ赤鬼のステータスが下がって、モミジのステータスが上昇しているとは言っても、もともと諜報向きのスキルやステータス構成だったことから、モミジだけで【酒呑童子】の効果時間内に倒しきることはできなかったが、それでもモミジ1人でHPを4割近く削ったのは大したものだろう。

 

「モミジ、よくやった!後は戻ってシオリに任せろ!」

「モミジちゃん!お疲れさまや!あとはうちに任せとき!」

 

シオリはそう言うと、モミジが戻ってくるよりも先に赤鬼に突撃し、あっという間に残りのHPを削り切った。

 

「す、すみません。倒しきれませんでした・・・」

「いやいや、1人で4割削っただけでも大したもんだ。これで、モミジも本格的に戦力として数えられるようになったな」

 

【ジャック・ザ・リッパー】だけでも十分な殺傷性を手に入れたモミジだったが、直接戦闘でもある程度戦えるようになったのは大きい。

また明日、他のメンバーにもこのことを教えておこうと心に決めながら、赤鬼の角を手に入れた俺たちは今日のところはこれで解散した。




近接ばかりが目立ってきたクラルに、長距離狙撃の機会を与えました。
こうも多才だと、出番をつくるのも大変ですね。
なんでもできるということは、それだけ必要な出番の種類も多くなってきますから。


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白鬼

翌日、シオリとモミジと共に<拾>の鳥居の解放に必要な素材を集めた俺は、さっそく<拾>の鳥居を開放して先に進んだ。

正直、情報がないまま進むというのは気が進まない部分があるが、だからといって情報が出るまで待つというのもプライド的に嫌だ。

それに、今のところすでに出ている情報を頼りに探索してばっかりだったから、たまには自分が先駆者になってやろうではないか。

そう意気込みながら、俺は鳥居をくぐって塔の中に入り、上へと登っていった。

 

「今のところ、なにもないな・・・」

 

紫の炎が灯された廊下と階段をひたすら進んでいくが、今のところ敵もギミックもなにもない。

そのまま行けるところまで進んでいくと、ぴったりと閉じられた襖が現れた。

何かがあるとするなら、おそらくこの先だろう。

 

「よし・・・いくぞ」

 

俺は深呼吸を1つして、襖を開け放った。

中は畳が敷かれた広間になっており、その先には真っ白い袴と着物を身に纏い、白髪に額から2本の角を生やした大鬼が座っていた。

見た目で言えば昨日の赤鬼に近いが、身長が4mくらいの筋骨隆々とした赤鬼と比べれば、こちらの方が身長も2mほどと人の見た目に近い。

おそらく、この鬼が今の街の主で、この街の酒呑童子の父親ということになるだろう。

 

「おぉ・・・?まさか人間が来るとはな」

 

白鬼は、そう言うと立ち上がり、俺の方に近づいてきた。

赤鬼より小さいとはいえ、その迫力は赤鬼に勝るとも劣らない。いや、あの赤鬼はもちろん、今までに戦ったどの相手よりも手強いと、俺の本能が訴えていた。

 

「持ってるか。ならついて来い」

 

俺が3つのキーアイテムを持っていることを確かめると、白鬼は元居た場所に戻り、床に魔法陣を書いて消えていった。

 

「・・・っし」

 

俺も気を引き締め、魔法陣の上に乗った。

転移されたのは、白竜戦に似た荒野で、白鬼も転移場所から少し離れたところに立っている。

 

「さて、人が来るとは思わなかった。人の身で主となるにふさわしい力があるのか、試させてもらう。俺を倒せ。できれば、次の主の座はお前にくれてやる」

「・・・【創造(クリエイト)】」

 

戦闘になる可能性も考慮していた俺は、戦闘が始まる前に拳銃を2丁生成した。

 

「さぁ、やろうか、人間」

 

白鬼がそう言うと、白鬼の左手から白い光が弾け、次の瞬間には弓が握られていた。腰には矢筒もある。

 

「なんか、嫌な予感がするな・・・」

 

俺は警戒心をMAXにしながらも、油断なく白鬼を見据える。

次の瞬間、俺の視界に写っていたのは、矢の嵐だった。

 

「ちょおっ!」

 

突然の攻撃に、俺はその場で迎撃するのではなく、横っ飛びに回避する選択をとった。

着地してからも、俺は立ち止まらずに走る。

俺が回避してからも、白鬼は矢を射る手を止めない。

丁寧なことに、狙いは常に俺の進行方向に定めており、1本放つごとに20本の矢の嵐が襲い掛かってくる。

間違いなく、俺が弓矢で多用している【速射】と同じ類のスキルだ。

そして、俺の【速射】と同じと仮定すると、矢の本数から白鬼の強さはレベル100相当と推測できる。

たしかに埒外なモンスターは偶に出てきたが、さすがにこれは度が過ぎてないか!?

俺もバク転や宙返りなんかで回避しつつ拳銃で反撃するが、手数が違い過ぎるのと相手も避けるせいでまともに当たらない。

 

創造(クリエイト)!」

 

俺はこのままではじり貧と判断し、躊躇なく機械竜を生み出した。

攻撃は当たらずとも、盾としては使えるはず。

そう思ったのだが、

 

「はははっ!面白いではないか!」

 

白鬼の哄笑とともに、機械竜は3射で破壊された。

いったい、どういう攻撃力をしてるんだよ!?

これは、遠距離で撃ちあっては埒が明かない。

 

「【クイックチェンジ】!」

 

俺は矢の雨を避けながら、武器を【備前長船長光】に切り替えた。

 

「なるほど。なら、俺もこうしよう!」

 

すると、白鬼は弓と矢筒を消し、再び白い光が弾けたかと思うと、今度は刀を手に持っていた。

これは、武器ごとに戦い方が変わるやつだな?

だとしたら、接近が楽になって助かった。

 

「このまま押し通る!」

 

俺もすかさず抜刀し、いっきに接近する。

白鬼は、刀の間合いの外なのに振りかぶっていたが、直感で思い切り右に跳んだ。

白鬼が刀を振り下ろすと、刀がグンッと伸長し、さっきまで俺がいたところを切り裂いた。

その隙に俺は白鬼に十分に接近することができ、白鬼に斬りかかる。

とはいえ、やはり白鬼もただ者ではないようで、2回斬ったころにはすでに刀を元の長さに戻して俺を迎え撃った。

だが、

 

「ふっ」

「むぅ!?」

 

白鬼の斬撃は、1太刀に限れば佐々木小次郎よりも速いが、軌道も見切りやすく逸らしやすい。

俺は白鬼の斬撃を逸らしながら回転し、その円運動も斬撃に乗せる。

神崎流“円虎”。合気の理合いを応用した技だが、VRゲーム内でもしっかり機能してくれたようだ。

このままいけば、白鬼を倒せるかもしれない。

そう思ったが、

 

「人間・・・なかなかやるな!!」

キィンッ!

「んな!?」

 

白鬼のHPが半分を切ったところで、いきなり動きが変わった。

攻撃を逸らされた直後に引き戻し、俺の攻撃を防御した。

それにとどまらず、白鬼を中心として白く輝く光が渦を巻き、地面近くには風が吹き荒れる。

 

「さぁ・・・いくぞ、人間!」

 

声を響かせると同時に、刀を力任せに振って俺を弾き飛ばした。

その衝撃だけで、俺のHPが全損して【空蝉】が発動した。

 

「ちょっ、これはシャレにならんって!」

 

俺は悪態をつくと同時に、運営の意図を察した。

これはおそらく、俺とシオリを意識して作られた節がある。

俺とシオリの弱点は、超高火力と広範囲攻撃。避けることも受け止めることもできない攻撃に対しては、俺たちは無力なのだ。

今まではそういうモンスターは出てこなかったから高をくくっていたが、まさかここに来て出てくるとは思わなかった。

ともかく、刀で受け止めることができないのなら、遠距離攻撃に切り替えるしかない。

 

「【創造(クリエイト)】!」

 

俺は【備前長船長光】はそのままに、【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】で拳銃を生成した。

これなら、遠距離の打ち合いにならずに、一方的に遠距離から攻撃できる。

【空蝉】のAGI上昇が乗る1分間が勝負だ。

そう思ったのだが、

 

「えぇ・・・」

 

俺の目の前に現れたのは、炎でできた巨大な竜に、数えきれないほどの炎弾。

これは・・・

 

 

 

「詰んだ」

 

 

その一瞬後、俺は為すすべなく爆炎と業火に飲み込まれた。

少し経って、俺は街へと転移された。

ひとまず、まずはアイテムを確認する。

幸い、キーアイテムも含めてなくなっているものはなかった。一度鳥居を開放すれば、何度でも挑戦できるということだろう。

それを確認してから、俺は大きく息を吸い込み、

 

 

 

「ちっくしょーーーーーー!!!!」

 

 

他のプレイヤーの目も憚らずに、思い切り叫んだ。

後に聞いた話では、街のどこにいても俺の声が聞こえたという噂が流れたらしいが、初めての敗北に比べれば些細なことだ。




たまにはこういう展開も悪くないんじゃないですかね。
それに、運営もクラルとシオリ相手にやられたままというのも、ちょっと物足りないでしょうし。


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挫折

「・・・・・・・・・」

 

ギューーーーーー

 

「え、えっと、大丈夫?」

 

あれから数日後、俺は【ふわふわふれあいルーム】にて、ミィに心配げな声をかけられながら、ただただ猫を顔にうずめながら抱きしめていた。

白鬼に挑戦したあの時から、試行錯誤を重ねてトライ&エラーを重ねてきたものの、まったく勝てる兆しが見えなかった。

HPは簡単に半分まで削れるものの、その後がどうしようもできなかった。

ある程度は削れるものの、結局物量と威力に押し負けてしまう。

レベルアップの時に得たステータスポイントをAGIに振って、2層で【超加速】を習得しても、攻撃範囲からギリギリ逃げ切れずに被弾してしまう。

紫炎竜の攻撃も継続ダメージのものがほとんどのせいで、【空蝉】がまるで機能しない。

紫炎竜の射程外から攻撃しようにも、俺以上の手数で押し切られてしまう。

接近戦を仕掛けようにも、並外れたSTRとAGIによって、受け流しきれずにダメージを受けてしまう。

つまるところ、まったく打つ手がなかったのだ。

ここに来て、俺は人生で初めての“挫折”を味わった。

それこそ、ここではもちろん、リアルでもモフモフによる精神回復に頼ってしまうレベルで。

ついでに、ミィの気遣いも身に染みる。

シオリには半ばムキになっている俺の姿を見て爆笑されたし、他のメンバーも気持ち距離をとって、気まずげに声をかけるのがほとんどだったし。

余談だが、カスミもボコボコにやられて心がぽっきり折れており、シオリは俺とカスミからの情報を聞いて攻略を断念した。

一応、他にも挑戦したプレイヤーはいるが、やはりことごとく負けているらしく、ペインやドレッドも例外ではないようだった。

ここにいるミィは、まだ挑戦していないようだが。

 

「・・・・・・なんとか、すこし」

 

俺はひとしきり猫を抱きしめたことで、なんとかしゃべれるくらいには回復した。

 

「それにしても、そんなに強いの?」

「あぁ。自分のスキルをコピーして、紫炎で再現して攻撃してくるのがマジでやばい。なにせ、俺の機械竜がそのまんま相手になるようなもんだし、クローネで空に逃げても、白鬼が空を飛んで追いかけてくるわ、避けるスペースがないくらいの弾幕で撃ち落としてくるわで、マジで心が折れた・・・」

 

あの白鬼が強いというのもそうだが、俺やシオリ、サリーのような回避特化のプレイヤーには特にキツイ。あまり上げていないVITやHPのせいで、ほぼすべての攻撃が即死級になるし、そもそも広範囲攻撃のせいで避けることすらできない。

サリーはまだそこまで鳥居を進めていないが、すでに自分では勝てないと公言している。

 

「ミィで例えるなら、自分のより強力になった【炎帝】が、絶え間なく襲ってくるようなもんだからな・・・パターン化や耐久でどうにかなる相手じゃない」

「あ~、それはたしかに、厳しいかも・・・」

 

俺のたとえに、ミィも嫌そうな顔で頷いた。

ミィも炎使いであるから、炎のダメージは他のプレイヤーよりは抑えられるだろうが、やはり素の耐久力に難があるから、火力でごり押すのは現実的ではない。

まぁ、それを言えば、

 

「あの白鬼の攻略自体、現実的かどうか怪しいんだがな・・・」

 

一応、ミィのような魔法使いなら遠距離攻撃もできて攻撃に対処しやすいことから戦いやすいとされているが、勝てるかどうかは別だ。

 

「クラルは、その白鬼の攻略方法、どう考えているの?」

「そうだな・・・」

 

それは、掲示板でもいろいろと議論されている話題だ。その内容も、ある程度把握している。

その上で答えるなら、

 

「それこそ、今の上限以上のレベルに上げてから挑むしかない、と思う」

「でも掲示板だと、どこかに弱体化のフラグがあるかもって言っているけど?」

「俺は、その可能性は低いと考えている。他のRPGなんかの裏ボスでも、弱体化の要素はなくて、レベルを限界まで上げることでなんとか倒せるってやつもいるくらいだしな。あの白鬼も、それと同じ類だと考えている」

 

一応、モミジが会った酒呑童子なら何かあるかもしれないが、酒呑童子に会うには高いレベルの【気配遮断】が必要になるから、現実的とは言い難い。

 

「俺の今後としては、ステータスポイントをSTRとAGIに重点的に振って、レベルを100近くまで上げてから挑戦しようと考えている。それでも、勝てるかどうかはわからないけどな・・・」

 

MPは【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】で必要になるが、消費MPが最大の機械竜を出せるくらいで十分だし、魔法もめっきりつかわなくなったからINTも腐る。

DEXも今の値で十分だから、これからはより攻撃面を強化していくことにしよう。

だが、

 

「・・・メイプルなら、あるいは・・・」

 

幸い、白鬼のVITやHPはそこまで高くない。メイプルの【暴虐】でも十分にダメージを与えられるだろう。

それになにより、正面戦闘においてメイプルが負ける姿を想像することは、俺にはできない。

メイプルが<拾>の鳥居にたどり着くのはまだ先だろうが、もし白鬼に挑んだのなら、そのときは結果を聞いてみよう。




ちなみに自分は、強い裏ボスと言われたらドラクエ8の竜神王やエスタークを思い浮かべます。
特にエスタークは、確定即死攻撃がある時点で頭おかしいんじゃないかと。
まぁ、他の死にゲーには腐るほどいますけどね、トラウマレベルに強いボス。


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第5回イベント

12月の第1週に、第5回イベントが開催された。

内容は、第3回イベントと似たようなフィールド探索型で、特定のモンスターを倒してポイントを競うものだ。

ただ、今回はクリスマスを意識しているのか、フィールドには雪が降っており、地面も白く染まっている。

この状態は、12月いっぱいは続くということだった。

このイベントでは、例によってシオリが大暴れしているようで、このペースなら個人成績は1位は確実だろう。

俺の方は、ポイント稼ぎはほどほどに、今回のイベントで現れるモンスターの中で最も出現率が低いのを狙うことにした。

というのも、そのモンスターは低確率でレアドロップを落とすということで、それを狙うことにしてみたのだ。

もしそれを手に入れたら、内容を確認してから続けるか切り上げるかを決めるつもりでいる。

それに、ミィにはあぁ言ったが、やはりどこかでスキルを見つけて早く白鬼に挑戦したい。

俺だって人よりは負けず嫌いだから、このまま負けっぱなしで放っておくつもりは、もちろんない。

まぁ、それを見つけることができないでいるのが現状なわけだけど。

俺の希望としては恒常的にステータスが上がる類のスキルが欲しいのだが、やはり簡単には見つからない。

いっそ、シオリの【疾風】を俺も取得すればいけるかもしれないが、それで勝ったとしてもシオリの手を借りたみたいで納得できない。

だから、俺は俺のスキルを見つけようとして、見つけられないままでいるわけだが・・・。

 

「はぁ・・・」

 

俺はため息をつきながら、目についたモンスターを片っ端から撃ちぬいていく。

今回のイベントではポイントは意識しないとはいえ、やはり経験値の足しにはしておきたい。

憂鬱な表情をしながらモンスターを殺戮する姿は、他から見ればドン引きものかもしれないが、白鬼の敗北に比べれば、たいていのことはどうでもよく感じそうだ。

 

「お~お~、ずいぶんな様子やなぁ」

 

そう思っていたら、後ろから声をかけられた。

正体は、槍を肩に担いだシオリだ。

 

「うちにも気づいとらんかったやん。そんなに悔しかったんか?」

「お前も、戦えばわかる。あいつの理不尽さがな・・・」

 

たしかに、あまり足音に注意をはらっていなかった。

それくらい、俺の頭の中は『どうやって白鬼を倒すか』で埋め尽くされていたわけだ。

 

「ていうか、シオリならワンチャンやれるんじゃないか?範囲攻撃も、シオリのスピードなら余裕で避けれるだろうし」

「それはそうかもしれへんけど、その炎って少しの間残るんやろ?一周回ってダメージ受けそうや。それに、スキルをコピーするっちゅーなら、その白鬼がうちと同じくらい速くなったらめっちゃやばいやん」

 

言われてみれば、白鬼がスキルをコピーすると言うなら、シオリのスキルもコピーされる可能性があるのか。

HPが半分切った時点の覚醒で、白鬼のステータスはかなり上昇していた。それがAGIに限ってはシオリのスキルで強化されるとなったら、シオリでも難しいか。

それに、あの白鬼のめんどくさい点は、しっかりとこっちの攻撃を避けようとしてくることだ。シオリの強みは、相手が知覚できないスピードで一撃必殺の攻撃を与えることができるところだが、逆に言えば、相手がシオリのスピードに対応できるのであればその強みも半減になってしまう、ということでもある。

今まではプレイヤーではそんな化け物はいなかったが、それがモンスターとなって現れた形になったわけだ。

そんなことを話していたら、白鬼の倒し方から意識が戻ったからか。

ここから離れた場所でひと際重い足音が聞こえた。

 

「・・・この足音、あのモンスターか」

「? あのって、どのモンスターや?」

「今回のイベントのレアモンスター」

「あぁ、あれか」

 

シオリも、俺の言葉でわかったようで、ポンと手を叩いた。

俺は手に持った拳銃を消して、足音の鳴る方へ向かった。

そこにいたのは、高さが4m以上もある巨大な雪だるまだ。

石の目と口に人参の鼻があり、木の枝の腕には袋を持っており、頭には赤い帽子をかぶっている。

このモンスターこそが、今回のイベントで最もポイントを得られるモンスターで、低確率でレアドロップを落とすのだ。

そして、倒すのにはあまり苦労しない。

 

「【ファイアボール】、【速射】」

 

このモンスターは、火属性の魔法に極端に弱く、初級の魔法でも数発で倒せてしまう。

俺の場合、【魔弾の射手】で【ファイアボール】をつがえ、【速射】で弾幕を張れば速攻で倒せる。

だから、発見さえすれば倒す分には問題ないのだが、

 

「ちっ、落とさなかったか」

 

今回は、レアアイテムをドロップしなかった。

 

「うわっ。今のクラルの顔、めっちゃイライラしとる感じやで」

「別に、イライラしているってほどでもないんだがな」

 

まだイベントはあるとはいえ、終わるまでには手に入れておきたい。

とはいえ、俺の耳にかかれば発見も用意で、2日後には無事に手に入れることができた。

 

「さてさて、と。何かな・・・」

 

【プレゼントボックス】

12月25日以降、1週間使用可能。中身はランダム。

 

「12月の25日・・・あぁ、クリスマス・・・」

 

言われてみれば、サンタの格好をした雪だるまだからな。こんな感じのアイテムなのも当然と言えば当然なのだろう。

とりあえず、雪だるま狩りはこれで終わることにして、今度はスキル探しに精を出すことにした。




最近になってPCの麻雀を始めました。
定石通りにやってるはずなのに、下振れが多くて勝てません。


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大狼

「ふぅ、やっと落とした」

 

クラルと白鬼の話をしてから5日後、うちもようやく雪だるまのレアドロップの【プレゼントボックス】をゲットした。

別に探すのは苦やあらへんのやけど、倒すのがとにかくしんどかった。

なにせ、火属性の魔法はべらぼうにダメージ入るけど、それ以外の攻撃はほとんど通用せぇへんから、殴ることしかうちには相性が悪すぎた。

最低でも5発は当てなきゃいかんとか、とちくるっとるやろ。

でも、メイプルちゃんは即死攻撃を持っとるから、情報がなくて【機械神】を使わんくても倒せそうやなぁ。

・・・そういえば、あのレーザーって属性とかあるんかな?見た目は雷か光っぽいけど。

そんなことを考えながら、次のモンスターを探しとると、

 

オォーン・・・

 

「ん?遠吠え?」

 

どこかからか、狼の遠吠えが聞こえた。

今、フウは指輪の中なんやけどな。

方向的には、森のさらに奥の方やな。

まぁ、最近は同じモンスターを狩ってばっかやったし、気分転換にはなるか。

それに、もしかしたらフウにいいことがあるかもしれへんし。

うちは道中のモンスターを狩りながら、遠吠えのした方向に走っていった。

少し走ると、峡谷になっているところに出てきた。

崖の上には、何匹かの狼がうちを見とる。

ただ、敵対モブやないみたいで、うちに襲い掛かってくる感じはせぇへん。

 

「とりあえず出しとこか。フウ、【覚醒】」

 

何があるかわからへんから、念のためにフウを出した。

周囲を警戒しながら先に進んでいくと、行き止まりになった崖の真ん中あたりに大きめの洞穴があった。足場のためか、出入り口付近が周りよりも前に突きでとる。

ただ、うちやと登るのに苦労しそうやな。

 

「フウ、【巨大化】!」

 

せやから、うちはフウを巨大化させてその背中に乗った。

 

「よっしゃ、頼んだで、フウ!」

「ワオォン!」

 

うちの号令でフウは思い切り飛び上がって、崖を蹴りながらあっという間に足場に飛び乗った。

こういうの、すごいファンタジーっぽくて好きやわ。

無事に足場に飛び乗ったうちらは、フウを元の大きさに戻して洞穴の先に進んだ。

しばらく歩いていると、広間になっとる空間に出た。

 

「む?・・・人間が来るとは、珍しい」

 

奥を見ると、そこには巨大な白い狼が横になっとった。

横になっとるから詳しくはわからんけど、巨大化したフウよりもさらに二回りは大きくて、たぶん全長は5,6mくらいはあるかもしれへん。

尻尾も、フウと違って二股に分かれとる。

 

「それに、私の眷属を従えているとは・・・ただ者ではないようだな」

「えっと、あんたの名前は?」

 

うちが尋ねると、大狼はうちの方を見て口を開いた。

 

「私の名はカムロ。すべての狼の長であり、神でもある。外にいる狼は、すべて私の家族であり、眷属でもある。むろん、お前が従えている、その狼もな」

「は、はぁ・・・」

 

なんか、思っとったよりすごい狼やった。

つまり、狼の中で一番偉いってことやろ?見るからに強そうやし。

思った以上のスケールの大きさに、うちが思わず気圧されとると、またカムロの方から尋ねられた。

 

「それで、その狼の名はなんと言う?」

「あ、えっと、フウって言います」

「フウか。いい名だ。それに、強い力を感じる・・・その子であれば、私の力を授けるにふさわしい。・・・・・・オオオォォン!!」

 

カムロが一息吸うと、その場で遠吠えした。

すると、フウの周りに光が降り注いで、少しだけ大きくなった。

大型犬ほどやないけど、中型犬と大型犬の中間くらいの大きさや。

同時に、うちの画面に通知が出てきた。

 

【フウは【眷属召喚】を取得しました。】

 

なんやこれ?

【眷属召喚】って、明らかに強そうな名前やけど。

 

「その子には、私の力の一部を授けた。お前とその子の意志によって、私の眷属を呼びだすことができる。よく使ってくれ」

「あっ、はい」

 

フウの上司的な存在なこともあって、つい敬語で返しながら、うちは洞穴を後にした。

 

「ふぅ・・・さて、どんな感じなんやろな」

 

うちは一息ついてから、【眷属召喚】の性能を確認した。

 

【眷属召喚】

自身のステータスの半分の値の狼を2体召喚する。

 

この自身ってのは、フウのことやろな。

単純に手数が3倍に増えるっちゅーのは強いんやけど、ステータスが半分かー・・・AGIはともかく、STRがネックになりそうやな・・・。

いやでも、【スピードシェア】で上昇した分のAGIなら、多少STRが低くても問題あらへんか。

なんにせよ、今日のところはこのスキルを試していこか。

それに、うまく使いこなせれば、もしかしたら化けるかもしれへん。




なんかこれを書いていたら、シオリがもののけ姫のコスプレしてるみたいに見えてきました。
ていうか、よくよく考えてみたら、白狼の毛皮と槍とか完全にサンですよね。

ちょっと趣向を変えて、シオリではなくフウの強化にしてみました。
とはいえ、テイムモンスターの強化フラグはすでに原作で別にあるので、それとは違う感じに仕上げました。
一応、狼型モンスターの強化フラグ、くらいに考えてください。


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クリスマスパーティー(NWO)

『みんなでクリスマスパーティーをやろう!』

 

メイプルからそんなメッセージを送られたのは、今日のことだった。

どうやら、メイプルが昨日思いついて、イズとも協力して用意したらしい。

あいにく、昨日は俺もシオリも用事があってログインできなかったし、聞いたところでは素材はすべてメイプルが1人で集めたということらしい。

運悪くログインできなくて手伝えなかったことを若干申し訳なく思いながらも、イズによってローストチキンやアイスケーキなど、様々なクリスマス料理が並べられていく。

俺が参加していないのは、単純に【料理】のスキルレベルが足りなかったからだ。

まぁ、戦闘職の俺がガチガチに料理できるというのもおかしい話ではあるが。

次々とテーブルに並べられていく料理を眺めながら、俺はあることを思い出した。

 

「そういえば、うちももうすぐクリスマスパーティーをやる時期だなぁ」

「あ、言われてみればそうやな」

「なに?どうしたの?」

 

俺の呟きとシオリの同調が聞こえたのか、メイプルが話しかけてきた。

 

「いや、うちの道場は、毎年クリスマスに門下生たちと一緒にクリスマスパーティーを開いているんだ。参加料は必要だが、いろいろと料理もイベントも用意するんだ。俺も手伝わされるんだよな」

「そうなんだ。シオリちゃんは?」

「こいつは、基本的に会場で楽しんでばっかで、準備も片付けも手伝わん」

「うちは客人やから、参加する必要はあらへんも~ん」

 

質が悪いのは、母さんがそれを許容していることだ。理由は、シオリが今言った通りだが。

そこで、俺はあることを思い出した。

 

「あぁ、そうそう。母さんがな、メイプルとサリーも、もし都合がよかったら参加してもいいって言ってたんだ。参加料無しで」

「えっ、本当!?」

「なんか、ずいぶんと気に入られとるで?オフ会のときしか会うてへんのに」

 

それを言えば、シオリも数回会ったら似たような感じになったけどな。

可愛い女の子にはとことん甘いあたり、母さんも俺からすれば難物だ。いっそ女の子を産めばよかっただろうに。

 

「そういうわけなんだが、どうだ?」

「う~ん、あとで家族に聞いてみるよ。サリーも、同じ感じになるかな?」

「私が何?」

 

ちょうどいいところに、サリーが俺たちのところにやってきた。

サリーにも同じことを説明すると、

 

「私は、一応聞いてみるけど、たぶん大丈夫かな。特に予定があったわけでもないし。ていうか、たしかその日は両親が仕事だったはずだし・・・」

 

どうやら、サリーは共働きの家系らしい。なんか、申し訳ないことを聞いてしまったな。

 

「っと、悪い」

「いや、べつにいいよ。その代わりに、別の日に全員で外食に行くって決めてたし」

「そっか、サリーは行くんだ・・・なら、私も行けるように相談しようかな」

「それなら、明日くらいまでに連絡を送ってくれ」

「は~い」

「わかったわ」

 

たぶん、2人とも来そうな気はするが。

 

「4人とも~、準備終わったわよ~!」

 

ちょうど俺たちが話し終わったタイミングで、イズから呼び出された。

どうやら、すべての料理が並んだようだ。

 

「んじゃ、メイプル。はやくしろ」

「えっ!?えーっと・・・さ、サリー?こういうときって、なんて言えばいいんだっけ?」

「え!?何か言うつもりで立ったんじゃないの!?」

 

メイプルの場合、何も考えずに立ったって方が正しい気がするが。

 

「うー・・・!メリークリスマス!来年もよろしくお願いしますっ!」

 

クリスマスというよりは大晦日に近いが、時期的にはあながち間違ってないし、大晦日に集まる予定もないから、別にいいだろう。

メイプルの声に俺たちも合わせて、クリスマスパーティーが始まった。

 

「おっ、上手いな、これ」

「えぇ、どれも自信作よ。でも、この食材もイベントが終わると当分手に入らなくなる思うと悲しいわ・・・」

 

たしかに、これだけおいしいのに次は来年くらいになると考えると、寂しいものがあるな。

とはいえ、

 

「だが、念に一度のイベントだからこそ美味しいと考えれば、それはそれでいいんじゃないか?」

 

クリスマスに限らず、特別な日は年に一度だからこそ特別なのであって、何度もあっては飽きてしまうだろう。

俺がそう言うと、他のメンバーもうんうんとうなずいていた。

それは、シオリも同じなのだが、

 

「ま、攻略以外に楽しみを見つけるのも、醍醐味の1つやもんなぁ~?」

「・・・それもそうだが、なぜ俺を見る」

 

それも、どこか面白がるような感じで。

 

「いやいや、この層に来てから、クラルが単独行動する機会が段違いに増えとるからな~。なにか、うちらに隠しとる楽しみでも見つけたんかと思ったんやけど・・・」

「・・・まぁ、この刀もそうやって見つけたようなもんだがな」

 

今の俺は、和装に【備前長船長光】を装備した格好だ。

路地裏探索は俺の趣味嗜好でやったようなもんだから、間違いではない。断じて、【ふわふわふれあいルーム】のことを指しているのではない。

それに、

 

「それを言ったら、モミジの方がよっぽど・・・」

「はぁ~、おいしいです!お酒ともよく合いますね!」

 

モミジの方は、料理を食べながら瓢箪の酒をあおっていた。

モミジが実は成人しているというのは、すでにメンバーの知るところとなってしまった。

なぜなら、攻略に関係ないところでも瓢箪の酒を飲んでいるから。

最初はメイプルたちは「リアルでは飲めないからテンションが上がっているのかもしれない」と考えていたようだが、それにしては反応がおっさん臭いというか、普段から飲んでいるような口ぶりだったことからシオリが問い詰めたところ、渋々白状した。

とはいえ、これまで通りに接してほしいというモミジの要望も通ったため、一概に悪いことばかりではないだろう。

だが、

 

「でも、クリスマス料理なら、やっぱり日本酒よりもワインの方がいいんですけどね~。それに、適度に酔えないというのも、少し残念ですし・・・」

 

完全にタガが外れているのか、アルコールは入っていないはずなのに、モミジの口数がいつもよりも倍増しで増えている。

たぶん、モミジはリアルの方でもお酒を飲んでクリスマスを過ごすことになるんだろうな。

家族か恋人と一緒なのかは、敢えて聞かないでおくが。




普通に考えたら、同年代で男:女=1:3のクリスマスパーティーとか普通にハーレムリア充ですね。
メイプルもサリーもシオリ(設定上)もかわいい少女ですし。


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クリスマスパーティー(リアル)前編

「透!そっちの飾りつけ終わったら、料理を運んで!」

「わかってる!」

 

NWOでメイプルたちとクリスマスパーティーをした数日後、俺は実家でのクリスマスパーティーの準備に追われていた。

一応、暇な門下生の中でも任意で手伝ってもらってはいるが、なにせ用意する人数が人数だ。人手はいくらあっても足りない。

ていうか、数十人のパーティーを10人未満でその日のうちに準備するって、普通に考えてバカじゃねぇの?

そりゃあ、パーティーを開く場所が普段使っている道場で、前日にも稽古はあるから仕方ないとはわかっている。

わかっているが、もっと他にやりようがあったんじゃないかと思わずにはいられない。例えば、前日は屋外での練習や鍛錬をメインにするとか。

とはいえ、そんな泣き言を言っている暇もなく、準備組はあっちへこっちへと動き回っている。

 

「おぉ~、だいぶ仕上がっとるなぁ」

 

準備が8割くらいまで進んだところで、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「透~、楓ちゃんと理沙を連れてきたで~」

「お、おじゃましまーす・・・」

「おじゃまします」

 

栞奈の後ろには、本条がおずおずと、白峰が自然体で挨拶をしてきた。

今回のパーティー、無事に本条と白峰も参加することができた。

どうやら、2人の親御さんにもそれなりに信頼されているようで、二つ返事でOKだったとのことだった。

一応、男の俺もいるんだが、今回は主に子供たちに向けてという色合いが強いというのもあるだろう。

 

「2人とも、いらっしゃい。それで、ちゃんとプレゼントは用意してきたか?」

「うん、来る前に買ってきたよ!」

「もらった人が喜ぶかは、わからないけどね」

 

今回のパーティーのイベントの1つに、参加者全員で行うプレゼント交換がある。もちろん、俺も栞奈も用意している。

父さんと母さんは「若者のプレゼント交換に水を差すのは悪いから」と基本的に参加しないが、パーティーが終わったら2人でこっそりプレゼントを交換しているのを俺は知っている。本当に、仲がいい夫婦なことだ。

 

「それじゃあ、プレゼントはそこのツリーの絵の下に置いておいてくれ」

 

今回はクリスマスパーティーという名目だが、さすがに道場内にでかい木を入れるわけにはいかないため、いつも巨大なクリスマスツリーの絵を壁にぶら下げている。

小さなツリーはいくつかテーブルの上に置いてあるし、これで十分だろう。

 

「透!ぼさっとしてないで・・・って、あら。楓ちゃんに理沙ちゃん!いらっしゃい!」

「花梨さん!お邪魔してます!」

「今回は招待してくださって、ありがとうございます」

 

女子3人と話していると、道場の入り口の方から母さんが顔を出してきて、本条と白峰がぺこりとお辞儀をした。

そういえば、準備もあと少しだったな。

 

「母さん、あとはどんなもんだ?」

「あと1回で運べるくらいの量よ。だから、早く来なさい」

「へいへい」

 

あきらかに、本条たちと俺とで扱いが違う。

家族と客人っていう立場の違いもあるだろうけど、俺にももうちょっと優しくしてもいいんじゃないか?

まぁ、文句は言わないけど。怒った母さんは怖いし。

 

「えっと、神崎君、私たちも手伝おうか?」

「いや、いい。むしろ、本条たちを手伝わせたら俺がどやされる。だから待っててくれ」

「そ、そうなんだ・・・」

「そんじゃ、うちらは向こうの方に行こか」

「花梨さんの料理、楽しみだわ」

 

女子たちは女子たちで楽しそうだなぁ。羨ましい。

 

「透、早く手伝いなさい!」

「・・・うす」

 

ちょっとくらいなら、泣いてもいいよな?ていうか泣きそう。

 

 

* * * * *

 

 

「それにしても、すごい量だね。これ全部、花梨さんが用意したのかな?」

 

パーティーが始まるまで、まだ少し時間があるから、うちらは道場の隅で話しながら待っとった。

遠目で透がどやされるのが見えたけど、どんまいや。

花梨さん、明らかに年頃の男の子と女の子で態度が違うからなぁ。

男の子に特別厳しいわけやないけど、あきらかに女の子に甘い。

ついでに言えば、透を容赦なくこき使う。

それはさておき、楓ちゃんの問い掛けにうちも答える。

 

「さすがに、花梨さん1人でこの量は用意できへんて。料理ができる人とかも手伝っとるんよ」

「それって、神崎君も?」

「そうやなぁ。というか、透はけっこう料理できるで?」

「え?そうなの?」

 

どうやら、透がリアルで料理できるとは思っとらんかったらしい。

まぁ、NWOやと食材やなくてプレイヤーとかモンスターばっか斬っとるから、仕方ないって言えば仕方ないんか?

 

「花梨さんから、いろいろと叩き込まれとるんよ。ほら、毎年準備しとるし」

「あ~、言われてみればそうかもね。ということは、神崎君の手料理も食べられるってことかな?」

 

楓ちゃんの無邪気な言葉に、理沙がピクッと反応した。

それには気づかないふりをしつつ、うちはちょっとニヤつきながら話した。

 

「言うても、味付け自体は花梨さんが決めとるけどな。せやから、他とはそこまで変わらんと思うよ?」

「・・・どうして、それを私に向けて言うの?」

「いやぁ~、別に~?」

 

理沙のぶっきらぼうな言葉に、うちは意味ありげに返す。

 

「悪い、待たせた」

 

そこで、ちょうど準備が終わったらしい透が駆け寄ってきた。

 

「やっと終わったん?」

「あぁ。後は始めの挨拶をするくらいだな。ほら、始まるぞ」

 

透の視線の先に目を向けると、プリントのクリスマスツリーの前に透のお父さんがマイクを持って立っとった。

 

「今年も集まってくれてありがとう!今日はぜひ、楽しんでほしい。それでは、メリークリスマス!」

「「「「メリークリスマス!!」」」」

 

クラルのお父さんの掛け声に子供たちが大声で返して、クリスマスパーティーが始まった。




クラルとサリーの距離感を決定しました。
とりあえず、「たまにラブコメるけどくっつかない」、「サリーも少しは意識してるけど、恋愛までには発展しない」、「あくまで仲のいい友達同士」って感じで。
やっぱ、それくらいの方がちょうどいいと思いました。


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クリスマスパーティー(リアル)中編

パーティーが始まってからは、各々が思うように時間を過ごしていた。

ある者たちは大勢で談笑しながら料理を楽しんだり、ある者たちは少人数で静かな時間を過ごしていたり。

かく言う俺は、前者に近い。

といっても、話しているのは基本的にいつもの面子だが。

 

「はぁ~、やっぱ花梨さんの料理は美味いわぁ~!」

「本当においしいね!私、チキンの丸焼きなんて初めて食べたかも!」

「本当にね。ていうか、いったいどこから用意しているのよ・・・」

「なんか、懇意にしている農家さんとかから譲ってもらってるらしいで。せやろ、透?」

「・・・あぁ、そうだ」

 

付け加えれば、話しているのはほとんど女子たちで、俺はほとんど会話に入れていないが。

俺としては他のテーブルに行きたかったりするのだが、他の奴らがいらん気を回して「どうぞごゆっくり~」みたいな感じで早々に隔離しやがったから、微妙に行きづらい。

話を振られることはあっても、自分から話したりできないおかげで、なかなかに居心地が悪い時間を過ごしている。

いっそ、勇気を振り絞ってこの輪から抜け出すか・・・いや、この3人がそれを許してくれるかどうか・・・。

そう思っていたが、意外なところから救いの手が差し伸べられた。

 

「みんな、家内の料理を楽しんでくれて何よりだよ」

「あ、父さん」

 

俺たちの方に話しかけながら近づいてきたのは、俺の父親であり、神崎流の現師範でもある神崎(まこと)だ。

 

「わっ、神崎君のお父さんですか!?」

「は、はじめまして!」

「なに、緊張しなくても大丈夫ですよ。栞奈ちゃんも、今年もいらっしゃい」

「お邪魔してます、おじさん。それはそうと、透にビシッと言ってやってくださいよ。透ったら、さっきからなんも話そうとせんくて」

 

どうやら、俺が黙りっぱなしなことが気になっていたようだ。

本条と白峰も、うんうんとうなずいている。

 

「なんだ、せっかく女の子3人とご飯を食べているのに、お前は何もしゃべっていないのか?」

「女の子3人が相手だから、会話に入れないんだよ」

 

別に俺は陰キャでもコミュ障でもないが、そうでなくてもハードル高くないか?仮に会話に入ったとしても、それはそれで「空気読めない奴」みたいになりそうだし。

その俺の言い分に、父さんはこれみよがしにため息をついた。

 

「はぁ~。情けないぞ、透。お前も男だと言うなら、女の子たち相手に場を盛り上がらせるくらいのことはできなきゃ、話しにならんぞ。そんなんじゃ、合コンに行っても周りから浮くぞ?」

「高校生相手に合コンの話をされても困る」

 

早くても大学生になってからの話だよな、それ。

 

「別に合コンに限定しなくても、彼女を作るには楽しい雰囲気作りが重要だ。それができなきゃ、いつまで経っても彼女ができないぞ?あぁ、できないから浮いた話の1つもないのか」

「余計なお世話だっての」

 

ついでに言えば、その前提に『男女比が1:3』という事実も付け加えて考えてほしい。まさか、ハーレムを希望してるわけじゃないよな。

まぁ、

 

「それにな、そういうのにはあまり興味ない」

 

異性の相手は栞奈で多少は慣れているものの、すでに親戚と変わらない距離感だし、今さら恋愛感情云々を言われてもわからない。

それよりも、武術の指導をしたりNWOで暴れる方が、俺としてはよっぽど面白い。

そんな俺の率直な言葉に、先ほどよりも深いため息をついた。

 

「はぁ~~~~・・・。お前な、女の子に興味がないとか、まさかそっちなのか?」

「んなわけねぇだろバカ親父」

 

言いがかりも甚だしいわ。

 

「それならいいんだが、実はこの中で誰かと付き合ってたりとかしないのか?」

「ない」

「即答か・・・ん?」

 

俺の言葉に呆れていた親父が、何かに気付いたような視線を向ける。

その先にいたのは、白峰だ。

心なしか、棘の含んだ視線を俺に向けている。

俺、なんかやったっけ?

たしか、第4回イベントでちょっとおぶったくらいだと思うが。

 

「白峰さん、でしたね?この愚息と何かありましたか?」

「いえ、別に・・・」

「理沙、ゲームの中ですけど、神崎君におんぶされたんです」

「ついでに、そのまま寝とったな」

「ちょっ、楓!栞奈!」

 

本条と栞奈のカミングアウトに、なぜか白峰が慌てる。別に、積極的に隠すことでもないと思うが。

だが、父さんは何か思うところがあるのか、にやりと笑って再び俺の方を向いた。

 

「ほう、どういうことだ?」

「別に、大した理由じゃない」

 

そう前置きして、第4回イベントでサリーが無茶をして、眠気と疲労でふらふらになっていたところを俺がおぶって運んだと説明した。

俺の説明を聞いた父さんは、わかったと言わんばかりに頷いた。

 

「なるほどなるほど。そういうさりげない優しさを見せるとは、透もようやく人並みに気遣いができるようになってきたな」

「俺が元から気遣いできないみたいに言われるのは遺憾なんだけど」

 

別に、そういうのは狙ってないし、俺が外道みたいな言い方されるのは納得できない。

と、俺は思っているのだが、

 

「いや、前はもっと気遣っとらんかったやろ。中学時代に告白されたときも、『興味ないから』ってばっさり振って、さっさと帰ってもうたし。あの子があの後泣いとったのを、うちと他の女子たちで慰めたんやで?」

「え?そうなの?」

 

何それ聞いてない。

たしかに、そんなことがあった記憶はあるが、そんな泣くようなことか?

 

「幸い、その子はすぐに立ち直ったんやけど、あの後のフォロー、だいたいうちがしたんやで?透が冷たい奴認定されそうになっとったのも、うちが抑えたわけやし」

「そうだったのか?」

 

なんか、俺の知らないところでいろいろなことが起きてたんだな。

 

「せやから、おじさんの言った通り、透もようやっと気遣いができるようになったってわけや。まぁ、前がひどすぎたっちゅーのもあるけど」

「お前が世俗に興味がないのはわかっているし、それを改めろと言うつもりもないが、気配りができてこそ一人前の人間だというのは覚えておけよ」

「わかったよ・・・」

 

言っていることは尤もだが、クリスマスパーティーに言うことじゃないだろ。

 

「おっと、せっかくのパーティーなのに説教じみたことを言ってしまったな。では、俺はそろそろ退散するとしよう。白峰さんと本条さんも、ぜひ楽しんでいってください」

 

そう言って、親父は大人たちの集団に戻っていった。

・・・なんか、今年のクリスマスパーティーは疲れてばっかりだな。




子供の時に、大勢のクリスマスパーティーなんてやった記憶がないんですが。
子供の時、幼稚園のイベントでなんかやった記憶があったような、なかったような、ってくらいですね。
それ以降は、家族でちょっと豪華な料理を家で食べるのがもっぱらですし。
なので、クリスマスに彼女とデートしたり、大勢で盛り上がったりしないんですよね。
まぁ、それを言ったら、自分は彼女を作る気もなければ、ぞういうパーティーに積極的に参加することもないんですが。


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クリスマスパーティー(リアル)後編

父さんと栞奈から思わぬ説教をもらった後、俺もできるだけ会話に参加するようにした。

どのみち、女子3人に引っ張られた感じは否めないが。そもそも、この3人の仲がよすぎるんだよ。

栞奈と白峰とか、最初に会った頃は人前で喧嘩し合う間柄だったじゃん。

あれか?一緒に戦ううちに仲良くなった感じか?

あと、俺が作った分の料理も好評だった。

父さんとか母さんの変な計らいで、俺たちのいるテーブルにある料理は半分くらいが俺が作った分だったのだが、本条も白峰もおいしそうに食べてくれた。

基本的な料理の技術は母さんから叩き込まれたから、おいしそうに食べてくれて嬉しい限りだ。

そうして、1時間ほど料理を食べたところで、とうとうメインイベントがやってきた。

 

「それでは時間になりましたので、これより恒例のプレゼント交換を始めます!」

 

このパーティーで行うプレゼント交換には、2つのブースが用意されている。

1つは、2人か3人であらかじめ約束して、その人たち同士でプレゼントを交換するところ。

もう1つは、そこにいる全員のプレゼントを集め、ランダムに集めたプレゼントを配るというものだ。

俺たちは前者の方で、メンバーは俺、栞奈、白峰、本条だ。

この面子になったのは、単純に栞奈が本条のプレゼントを欲しがったからで、実質的に俺と白峰、本条と栞奈でプレゼントを交換しあうようなものだ。

俺としては、白峰相手に何をプレゼントすればいいのかてんでわからないからいい迷惑なのだが、最終的に栞奈に押し切られた。

ということで、昨日は放課後に1人で白峰のプレゼントを探すことになり、手探りで良さそうなものを選んだ。

ぶっちゃけ、白峰が気に入ってくれるかはわからないが・・・。

なんとなく落ち着きがなくなりながら、俺は自分のプレゼントを探して手に取った。

さて・・・

 

「栞奈。なんだよ、そのでかいの」

 

栞奈のプレゼントだけ、他と比べて大きかった。

さすがに背丈を超えるようなことはないが、1m近い大きさだ。

いったい、本条に何を用意したんだよ。

 

「別に、変なものやあらへんよ。たぶん」

「最後のその一言で、一気に不安になったんだが・・・」

 

栞奈のたぶんほど、不安を煽る言い方もないと思う。

まぁ、少なくとも、本条が本気で嫌がるようなものは贈ったりしないと思うが・・・。

様々な不安を覚えながらも、俺はプレゼントを手に取って白峰と本条を探す。

 

「あっ、神崎君!栞奈ちゃん!」

「2人とも、お待たせ」

 

思ったよりも早く向こうが見つけてくれて、俺たちはできるだけ邪魔にならない場所に移動した。

 

「わわっ、栞奈ちゃんのプレゼント、すごい大きいね!」

「ていうか、私たちのが小さく感じるわね・・・」

 

パッと見、白峰と本条ののプレゼントは小物のサイズだ。

ていうか基本的に、他のプレゼントもせいぜい大きめの封筒くらいのサイズだから、全体的に見てもシオリのプレゼントは際立っていた。

 

「さて、ひとまず先に、シオリのプレゼントから見せてもらおうか。じゃないと、俺たちが安心してプレゼントを交換できない」

「そんな言い方せんでもええやん。でも、ふっふっふ~、驚くことなかれや。んじゃ、楓ちゃん!さっそく開けてな!」

「う、うん、わかったよ!」

 

若干身構えながら、栞奈は包装を解いていく。

 

「わ~!すごい可愛い」

「あぁ、なるほど。テディベアか」

 

中から出てきたのは、箱のサイズとほとんど同じくらいのテディベアだった。

道理で、ここまででかくなるわけだ。

だが、

 

「これ、けっこういい値段したんじゃないか?俺はそういうのはわからないが、数千円はくだらないと思うんだが・・・」

「それは大丈夫や。実はネットで探しとったんやけどな、クリスマスキャンペーンで安売りしとったのを見かけて、それで買ったんや。せやから、金額の心配はせんでええから、可愛がってな!」

「うん!ありがとう!」

 

栞奈からのプレゼントに、本条はテディベアをギュッと抱きしめて満面の笑みを浮かべながらお礼を言った。

顔をうずめているあたり、すでに気に入っているようだ。

 

「それじゃ、栞奈ちゃんも私のプレゼントを開けてみて!」

「ありがとな~。どれどれ・・・」

 

栞奈も本条に言われて、できるだけきれいに包装を解いていく。

 

「お~!ええなぁ~!」

「えへへ~、可愛いでしょ~」

 

栞奈へのプレゼントは、花の飾りがついたヘアピンだった。

サイズは比較にならないとはいえ、一目でそれなりにいいものだとわかる。

 

「オフ会の時に会ったときも思ったけど、栞奈ちゃんってあまり、おしゃれしてるって感じじゃなかったから、似合いそうなの選んだんだ~」

「い、意外と痛いところを突いてきたな・・・でも、ありがとな!絶対に大事にするわ!」

 

本条がさらっと言ったように、栞奈は他の女子と比べて服装とかアクセサリーには無頓着だ。最低限の肌の手入れはしても、化粧はからっきしだし。

それでも一部の男子から人気があるのは、ひとえに栞奈の快活さからくるものだろうが、やはり見た目に気を付けた方がいいとは俺も思う。

 

「それじゃあ、次は俺だな。ほら」

「あ、ありがとう」

 

今度は俺が白峰にプレゼントを渡した。

白峰は若干緊張しながらも受け取り、中からプレゼントを取り出した。

 

「これは・・・?」

「本条と被った部分はあるが、見ての通り髪飾りだ」

 

俺が用意したのは、水色をベースにしたクリップの髪留めだ。

白峰はリアルの方でもそれなりに髪を伸ばしていて、いつもは白いリボンでまとめているが、これなら外出以外でもいろいろな場面で使えるだろうと思って選んだ。

もちろん、ところどころに花の意匠があるから、白峰がつけても違和感はないだろう。

 

「ありがとう。嬉しいわ」

「気に入ってくれて何よりだ。なにせ、女子にプレゼントだなんて初めてだったからな・・・」

「え?そうなの?」

「神崎君って、栞奈ちゃんにプレゼントを渡したりしなかったの?」

 

白峰と本条から、そんな質問を投げかけられたが、

 

「いや、()()だぞ?基本的にゲームを送って、一緒に遊ぶのがほとんどだった」

「ソフトだけやなくて、コントローラーなんかもあったな。まぁ、透からのプレゼントで、女の子向けのものはあらへんかったなぁ。うちもそれで満足しとったし」

「「あぁ~」」

 

俺と栞奈の説明に、2人も納得の声を上げた。

俺と栞奈は基本的にゲームで繋がっており、だからこそプレゼントなんかもゲーム関連がほとんどだ。

もちろん、俺たちがお金を出していたわけじゃないから、俺や栞奈の贈り物というよりは、それぞれの親からの贈り物という方が近いが。

そういうわけで、女の子らしいプレゼントは白峰相手が初めてなのだ。

ちなみに、白峰も筋金入りのゲーマーだから、最初はゲーム関連のものを選ぼうかと思ったのだが、それを母さんに相談したら「少しはない頭を捻ろ、バカ息子!」と本気の拳骨を落とされた。殴らなくてもいいのに。

一応、今回の髪留めは母さんのOKをもらったから、これで叱られるようなことはないはずだ。

俺からもプレゼントを渡し終えて、最後は白峰だ。

 

「じゃあ、神崎君。はい、これ」

「ありがとうな。どれどれ・・・」

 

白峰から小さめの箱を渡された俺は、箱を開けて中身を確認した。

 

「へぇ~、腕時計か」

「どうかしら?」

 

中に入っていたのは、黒をベースにした腕時計だった。それも、スポーツタイプのものだ。

 

「いや、これは嬉しい。最近、今まで使ってたやつが壊れたから、ちょうどよかった」

 

俺は朝なんかは家の周りを走りこんだりするのだが、時間を確認できるように腕時計を身に付けていた。

タイマー機能なんかもあって便利だったのだが、最近になって数字や文字が映らなくなってしまい、止むを得ず捨てたのだ。

こういうのは、しっかりしたものを買おうと思うと、それなりにいい値段がするから、なかなか手を出せないでいた。

だから、このタイミングでこれをプレゼントされたのはかなりうれしい。

 

「よかったわ。まぁ、栞奈から話は聞いてたんだけどね」

「え?そうなのか?」

「せや。うちがアドバイスしたったんよ」

 

いつの間にプレゼントの相談をするくらいに仲良くなったんだ?いや、仲良くしてくれる分にはありがたいけど。

 

「まぁ、何はともあれ、ありがとうな。マジでうれしい」

「どういたしまして」

 

俺が礼を言うと、白峰も微笑みながら返してくれた。

こうして、俺の実家でのクリスマスパーティーは平和に終わっていった。




女子からプレゼントをもらいたい・・・!
いえ、わかっているんです。陰キャが女子からプレゼントをもらうだなんて高望みだって。
そもそも、今の外出ができない環境で彼女が作れるわけがない。
そういう意味でも、早くコロナが収まってほしいものです。

自分は子供の頃、薬局のポイントかなんかで今話くらいのクマのぬいぐるみをもらったりしました。
ああいうでかいぬいぐるみって、謎の包容力がありますよね。
自分も、当時はよく抱きしめたものです。

余談ですが、最近になって荒野行動を始めました。
今のところの最高成績は、シングルで5位2キル、スクアドで1位1キルです。
スクアドに関しては、完全に他の方々が頑張ってくださって、自分はあまり活躍できなかったので、威張れるものではないんですよね。
そもそも、まだ始めたばかりとはいえ、1試合で3キルを超えたことがないという・・・。
せめて、4キルくらいはして一桁になりたい・・・。


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クリスマスパーティー その後

クリスマスパーティーも無事に終わり、俺は栞奈たちをそれぞれの家(白峰と本条は駅まで)に送ってから、俺も家に戻って片づけを手伝った。

もちろん、規模が規模だから、片付けになっても人手が足りない。

だから、毎年クリスマスパーティーが終わったら、参加者総出で片づけを手伝うことになっている。

片付けだけ子供たちも手伝うことになっているのは、準備と比べても簡単な作業が多いからというのと、参加者からのささやかなお礼のようなものだということらしい。

とはいえ、俺が戻るころにはあらかた終わっており、俺がやったことはと言えば洗った食器を棚にしまったくらいだ。

まぁ、その食器だけでもかなりの量があるわけだが。

 

「はぁ~、終わった終わった」

 

結局、すべての片付けが終わったのは11時近くになってしまった。

 

「お疲れ~。それじゃ、さっさと風呂入ってきな」

「は~い」

 

母さんから雑な労いの言葉をかけられつつも、俺は風呂をすませた。

 

「ふぅ・・・」

 

ベッドに寝転がりながら、俺は右腕を正面にかざした。

そこにあるのは、今日、白峰からもらった腕時計だ。

ためしに付けてみたのだが、なかなかにフィットして多少動かしても違和感を感じない。これなら、ランニングの時にも問題なく使えそうだ。

 

「んじゃ、もう寝て・・・あっ、そういえば」

 

1日を終えて寝ようとした直前に、NWOでもクリスマスプレゼントがあったことを思い出した。

第5回イベントで現れた雪だるまを倒した時に取得した、あのプレゼントボックスだ。

一応、今日から1週間の間に開けることができるが、せっかくだしクリスマスの今日に開けてみようか。

どうせ、またすぐに忙しくなるし。

思い立ったが吉日ということで、俺はさっそくゲームを起動してNWOにログインした。

 

「さて、と。それじゃあ、さっそく・・・あ?」

「おっ、やっと来たか」

「さっきぶり、クラル君!」

「けっこう遅かったわね」

 

さっそくインベントリからプレゼントボックスを出そうとしたら、すでにシオリ、メイプル、サリーがギルドホームの中で待っていた。

 

「なんだ、わざわざ待ってたのか」

「待ってたのかって、ちゃんとうちからL〇NEで送ったはずやで?」

「あ~、悪い。片付けやってたから見てなかった」

「あっ、そうだったんだ。お疲れ様」

「ていうか、片付け終わってすぐに来たの?」

「片付けてから風呂入って寝ようと思ったけど、プレゼントボックスの存在を思い出してログインした」

「なんや、どのみちログインはしたんか」

 

俺もなかなか、NWOにどっぷりハマっているように思えるな。

まぁ、それを言ったらいつも最前線を行くペインの方が、よっぽどやりこんでいるともいえるが。

 

「それで、メイプルとサリーもプレゼントボックスを?」

「えぇ、そうよ」

「せっかくだから、皆で開けようって話になったんだ」

 

なるほどな。

それで、わざわざ俺も待っててくれたのか。

 

「それなら、今日はもう遅いし、早く開けるとしようか」

「せやな。そんじゃ、せーので開けよか!」

「うん、わかった!それじゃあ、いくよ?」

「「「「せーの!」」」」

 

俺たちは掛け声をかけながら、一斉にプレゼントボックスを開けた。

 

「これは、スキルの巻物だな」

「クラルもか?」

「私もだよ」

「私も同じよ」

 

中を開けてみると、中身は全員スキルの巻物だった。

ランダムじゃなかったのか?いや、さすがにスキルまで一緒とは限らないか。

 

「それなら、それぞれ確認してみるか」

 

【氷獣】

氷でできた獣を生み出すことができる。

消費MPは生み出す種類によって変わる。

 

【氷纏撃】

発動すると、武器による攻撃に氷属性を付与する。

また、氷によって形状を変化させることができる。

 

【氷柱】

消費MP3で破壊不能な氷の柱を1本生み出す。最大5本。

1分経過で消滅。

 

【凍てつく大地】

自分を中心として半径5メートル以内の地面に接触しているプレイヤーまたはモンスターを発動から3秒間移動不能にする。

3分後再使用可能。

 

上から順に俺、シオリ、サリー、メイプルだ。

 

「なるほどな~。メイプルのはシンプルに強力だし、俺とシオリ、サリーも応用が利くスキルって感じだな」

「私のは、強そうなモンスターは凍らせちゃえばいいってことだね!こう、ぱぱっと!」

「まあそうだね。それでいいと思う。私も、MPを管理するようにした方がいいかな」

「うちは、あまりMPは気にせんでもええかな。というか、なくても関係あらへんし」

「まぁ、そうだろうな」

 

たしかに、今はもはやシオリの目の届く範囲すべてが間合いになりつつあるから、多少リーチを伸ばしたところで大差はないだろうな。

 

「俺のも、使えると言えば使えるが、完全に【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】の下位互換になりかねないしな・・・」

 

まぁ、細かいことは実際に使いながら試していくしかないか。せっかく得たスキルだから、ちゃんと使う機会は用意したい。

 

「おっけーおっけー!じゃあ今年はこれで終わりかな」

「ん?そうなの?」

 

どうやらメイプルは、今年はNWOにログインするつもりはないようだ。

 

「少しずつ課題終わらせないとだし、1月になったすぐも忙しいし・・・ちょっとの間やらないでいるかな。サリーもちゃんと課題やらないとだよ?」

「私はもう終わらせたからね、遊ぶよ?」

 

どうやらサリーはゲームを存分にやるために、冬休みに入ってすぐに課題を終わらせたらしい。

でもたしか、最初は成績が危うくてゲームを禁止されたって聞いてんだがな?やる気の出し方がばらついているな。

 

「2人はどうなの?」

「実は俺たちの高校、あまり課題はでないんだよな」

「勉強は自分たちでやれって方針やから、下手な課題は出さないんや」

 

俺たちの通う高校はそこそこの偏差値で、勉学においては自主性を重きにしている。

だから、長期休みの課題も少なければ、成績もほとんどテストの結果で付けられる。

そんなんだから、俺たちはそれなりにゲームをする時間は確保できる。

まぁ、

 

「俺の場合、正月辺りが地獄なわけだがな・・・」

 

幸か不幸か、俺の呟きは3人には聞こえなかったようで、俺のことはあまり気にしないで話していた。

今日はいろいろとあって疲れていた俺は、今日はさっさとログアウトしてから就寝した。




何気にシオリのスキルを考えるのにてこずりました。
魔法をほぼ使わない、MPもあまりないシオリに有用なスキルって、けっこう限られてしまいますからね。


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新年(前編)

クリスマスパーティーから数日、俺は毎年の恒例になっている修羅場に遭遇していた。

 

「透さん!追加の材料持ってきました!」

「サンキュ!焼きそばはいかがですかー!」

 

道場から少し離れたところにある寺の敷地内で、俺は鉄板の前でひたすら焼きそばを作っていた。他の場所では、クレープやお好み焼きなど、様々な屋台を開いている。

これもまた、クリスマスパーティーと同じくらい恒例になっているイベントで、正月には道場の大人・学生組でこの寺で屋台を出すことになっている。

なんか、この屋台も重要な収入なんだとか。ぶっちゃけ、屋台で稼げる額って大したことない気がするけど。

ちなみに、俺が母さんから料理を教わったと言うか教わされた理由の半分くらいはこの屋台だったりする。

そして、恒例になっているからなのかはわからないが、意外と売れる。たぶん、母さんんのレシピが効いているんだろうな。

 

「すいません!焼きそば3つお願いします!」

「ありがとうございます!焼きそば3つ入りましたー!」

「へいへい!焼きそば3つあがり!」

 

俺は武術の鍛錬で身に付けた洞察力と直感で注文数を予想しながら、絶えずに材料を追加しながら焼きそばを作っていく。

中学生になってから始めたのだが、ずいぶんと慣れたものだ。

 

「いや~、やっぱり透さんがいてくれて助かります!」

「こちとら、母さんにしごかれたからな!これくらい捌かないと怒鳴られる!」

 

料理に限って言えば、母さんって父さんよりもスパルタなところあるからなぁ~。

教え方が厳しいというか、ノルマがやたらと高い。

何も聞いてない状態でサバを30秒以内に三枚おろしにしろって言われたときはマジで耳を疑った。

まぁ、そのおかげで客観的に見ても料理上手の部類に入ったわけだけど。

ちゃんと小遣いもでるから、文句があるわけでもないけど。

もはや考え事をしながらでも勝手に手が動く境地になっているのは、幸とみるべきか不幸とみるべきか。

そんなことを考えながら客と焼きそばをさばいていると、いつもの声が聞こえてきた。

 

「お~、今年もやっとるなー!」

「栞奈、今は話しかけないでくれ。まじで忙しいから」

「釣れんこと言わんで、もうちょい話してや」

 

今の俺が大変なことくらいわかるだろうに、栞奈はそれでも話しかけるのをやめない。

 

「それに、せっかく2人も来たんやで?」

「あ?2人?まさか・・・」

 

俺たちの共通の知り合いで2人となれば、だいたい予想がつく。

そして、すぐにその答えはやってきた。

 

「神崎くん!あけましておめでとー!」

「あけましておめでとう、神崎くん」

 

栞奈の後ろから、本条と白峰が顔を出した。

 

「また栞奈が誘ったのか?」

「そんな人を黒幕扱いするなんて、ひどいと思わんのか?2人とは偶然会っただけや」

「私たち、初詣は毎年ここに行くんだ」

「それで栞奈と偶然会って、神崎くんが屋台を手伝ってるって聞いたから様子を見に来たのよ」

「なんだ、そういうことだったのか」

 

ここに来て初めてその事実を知ったのは、偶然顔を合わせなかったからか、単純にあまり記憶に残っていなかったからか。

 

「それはそうと、冷やかしに来ただけなら早く帰ってくれ。今はマジで忙しいから」

「せやなぁ。せっかくやし、うちらも買っとくわ。3つちょうだいな」

「はいよ。3つな」

 

注文を受けた俺は、さっさと焼きそばを3パック詰めて3人に渡した。

お代は栞奈がまとめて払い、あとで2人の分を受け取ってから食べ始めた。

 

「うん、相変わらずうまいわ!」

「そうだね!」

「他のところと違って、まったく油っぽくないわね」

 

白峰が若干他の屋台をディスっているが、母さんが監修したレシピと比べたら仕方ないことだ。

 

「あら、3人とも!いらっしゃい!」

 

栞奈たちが俺の作った焼きそばに舌鼓を打っていると、屋台の後ろから母さんが顔を出してきた。

 

「花梨さん、あけましておめでとうございます」

「「あけましておめでとうございます」」

「あけましておめでとう。うちの焼きそばはおいしかった?」

「はい!とてもおいしかったです!」

「それはよかったわ」

「それで、母さんはどうしたんだ?」

 

脱線しかけているところを俺が無理やり修正すると、母さんは「そうそう」と俺に話題を振ってきた。

 

「栞奈ちゃんたちが来たならちょうどよかったわね。もう透は上がっていいから、あとは4人で楽しんできなさい」

「わかった。んじゃ、お疲れさん」

「はい、お疲れさまでした!」

 

俺は一言入れてから、屋台の裏から外に出て着替え、栞奈たちと合流した。

 

「それで、これからどうする?ぶっちゃけ、お参りはもうやっちゃったんだよな」

「それはうちらも同じや。せっかくやし、他の屋台も回らへん?」

 

栞奈の提案によって、俺たちは遊戯系の屋台を中心に見て回ることにした。




中途半端ですが、このあたりで。
ちなみに、自分は初詣は神社派です。
というか、実家近くにお寺がない。


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新年(中編)

「それで、まずはどこ行く?」

 

並んで歩いていると、本条が俺に尋ねてきた。

ちなみに、左から俺、白峰、本条、栞奈の順番だ。

 

「それなんだがな、先に行きたいところがあるんだ」

「おっ、いつものやな」

 

俺の言葉をいち早く理解したのは栞奈だ。

本条と白峰は首を傾げている。

 

「いつものって、なに?」

「行けばすぐにわかる。たぶん、いつもの場所だと思うが・・・」

 

そう言いつつ、俺は迷いなくある場所へと向かっていった。

数分ほど歩いたところで、目的の屋台を見つけた。

 

「おっちゃん、来たぞ」

「おっ、来たか!神崎んところのせがれ!」

「ここって、型抜き?」

 

俺の目当ての屋台とは、この型抜きのことだ。

 

「ん?そっちの2人は初めて見る顔だな」

「あぁ、簡単に言えばゲーム友達だ。偶然会って、一緒に回っている」

 

型抜きのおっちゃんに軽く事情を説明すると、俺を見るおっちゃんの目に嫉妬の炎が。

 

「なんだなんだ。いつの間にお前さんは女子を侍らすようになったんだ、え?浮いた話なんて何一つ聞いとらんのに」

「だからって嫉妬されても困るんだが・・・どちらかと言えば、栞奈と母さんが気に入っているって方が正しいんだがな」

「ねぇねぇ、神崎君。この人誰?」

 

俺とおっちゃんが話していると、本条が横から尋ねてきた。

そう言えば、まだおっちゃんを紹介してなかったな。

 

「この人は型抜きのおっちゃん。暇な時間を見つけては機械をいじっている農家なんだとさ」

「なんか、型抜きの型を作る機械を自作したからって、屋台を開いては型抜きで荒稼ぎしとるんよ」

 

ちなみに景品は現金で、難易度ごとにもらえる額も異なる。

すると、栞奈の説明を聞いたおっちゃんが、思い切り栞奈の言葉を笑い飛ばした。

 

「がははっ!荒稼ぎなんて言い方はよせよ!それを言ったら、そこのせがれの方がよっぽど荒稼ぎしてるだろうが!」

「え?」

「そうなの?」

 

おっちゃんの言葉に、本条と白峰がバッと俺の方を振り向いた。

 

「まぁな」

「ついでに言えば、ここだけやなくていろんなところで荒稼ぎしとるで」

 

そのおかげで、出禁とまではいかなかったものの、俺に関しては挑戦していいのは1回だけという暗黙の縛りが設けられた。

というより、2回以上やろうものなら店員から「出禁にするぞ」という圧を出すから、俺が大人しく身を引いているだけだが。

そういうこともあって、一部の屋台では俺にギャフンと言わせるものを用意しようと躍起になっているところもある。

このおっちゃんも、その1人だ。

 

「それで、今回はどんなものを用意したんだ?」

「おう、今回は自信作だぞ?といっても、俺が作ったわけじゃないがな?」

「は?なんだそりゃ」

「へっへっ、これだ!」

 

そう言っておっちゃんが取り出したのは、アニメのキャラクターのシルエットを模したものだった。しかも、ツインテールでポーズ付きの。

 

「おい、ちょっと待て。物理的に作れるものじゃねぇだろこれ。ていうか、なんでおっちゃんがこんなの用意したんだ?」

「おうよ。実はな、つい最近雇ったバイトの兄ちゃんが機械に強くてな。それで作ってもらったのさ!」

「あぁ、なるほど・・・」

 

要するに、オタクの業から生み出された一品ということか。

オタクというのは、ある時には半端ない技術と集中力を見せることがあると聞くが、この型もそれによって生み出されたということか。

 

「うわぁ。すごい細かいよ・・・」

「これ、本当に成功させる気があるのかしら?というか、いったいどれだけ時間がかかるのよ・・・」

 

本条と白峰は、あまりの精巧さにいっそ呆れ気味だ。

 

「ど、どうするん?さすがに時間がかかりそうやけど・・・」

 

栞奈も若干ドン引きしながら、俺に問いかけてきた。

 

「・・・おっちゃん。これをクリアしたら、どれだけもらえる?」

「こいつは今までの中でも、特に難しいからな。5000でどうだ?ま、とても成功できるとは思わんけどな!」

 

「がっはっは!」と笑いながら豪語するおっちゃんを横目に、俺はジッと出された型を見る。

 

「・・・わかった、やってやろう」

「と、透?さすがに、これは無理とちゃうか?」

「そ、そうだよ。これやってたら、他の屋台を見る時間がなくなっちゃうし・・・」

「お金は私たちも用意してるから、ここで無理する必要はないと思うけど・・・」

「大丈夫だ。5分で終わらせる」

 

俺の宣言に、今度はおっちゃんが正気を疑うような視線を向けてきた。

 

「おいおい、さすがにそれは無理なんじゃないか?今までだって、最低でも10分は使ってたじゃないか」

「ふっ、甘いな、おっちゃん」

 

俺は鼻で笑いながらおっちゃんの方を向いて、

 

「いったい俺が、いつ本気を出したと思っていた?」

「なん、だと・・・?」

 

おっちゃんがテンプレ通りの返しをした中、俺は財布から1回分の200円を渡し、型とつまようじを受け取った。

 

「それで、どうするん?」

「黙って見てろ」

 

そう言いながら、俺は全神経をつまようじの先と型に集中させる。

全員が固唾をのんで見守る中、俺はピッとつまようじを一閃した。

この時点では、まだ外見に変化はない。

栞奈たちが首を傾げているのも気にせず、俺は同じようにつまようじの先をシュッシュッと動かす。

それをしばらく続けること、およそ5分。

俺はつまようじを動かす手を止め、つまようじの向きを逆さにして持ち、型の中央にコンと当てた。

 

それだけで、くり抜く部分以外のところがさらさらと崩れ去り、きれいな型が現れた。

 

「「「は?」」」

 

本条と白峰、おっちゃんは、何が起こったのかわからずにポカンと口を開けているが、栞奈だけは俺が何をしたのかわかったようで、顎に手を当てながら解説を入れた。

 

「なるほどなぁ。外側の部分だけ先に削って脆くして、残りの部分が崩れない程度に振動を与えたんやな」

 

感心しきった栞奈とは裏腹に、おっちゃんの顔はあり得ないと言わんばかりに唖然としている。

完全に呆然自失としているから、俺がおっちゃんをゆすって起こした。

 

「おーい、おっちゃーん。これでいいよな?」

「はっ!あ、あぁ、これは文句なしだな・・・」

 

そう言いながら、おっちゃんは手に取るのも恐ろしいと言わんばかりに上から見るだけで確認を済ませ、俺に5000円を渡した。

 

「んじゃ、またな」

「おう・・・」

 

完全に意気消沈してしまったおっちゃんを尻目に、俺たちは屋台が多く並んでいる通りに向かった。

 

「・・・神崎君のすごさが、改めてわかったよ・・・」

「そう、ね。本当に規格外なのね・・・」

 

後ろでは本条と白峰が戦慄の視線を俺に向けていたが、俺はなるべく無視するようにして歩いていった。




あっちこっちのネタを使ってみました。
この作品、自分はとても好きです。

ちなみに、自分は型抜きをやったことは一度もありません。
まぁ、手先は不器用な方なので、あったとしてもやらないと思いますが。

それと、これを書いた時に調べて知ったのですが、型抜きの型を作っている会社は1社だけなそうな。
あれ?このおっちゃん、実はリアル異常枠?


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新年(後編)

型抜きのおっちゃんから今回の資金である5000円をふんだくってから1時間ほど、俺たちは思う存分に屋台を遊びまわった。

その結果、

 

「ふぅ、大量大量」

「今年もえらい儲けたなぁ」

 

俺があらかじめ用意した大きめの袋に、景品がこれでもかと詰め込まれている。

モデルガンからゲームソフトのような高価なものから駄菓子のような子供向けの安価なものまで、その種類は多岐にわたっている。

俺の荒稼ぎを目の当たりにして、本条と白峰は途中あたりから瞳から色が消えていた。

 

「なんか、最初は神崎君がすごいって感じだったけど・・・」

「途中から、栞奈も同じような感じになったわね」

 

どうやら矛先が俺だけじゃなくて栞奈にも向いたようだ。

 

「え~?そんなにドン引くほどやないやろ」

「いやいや、射的とか、神崎君と協力撃ちなんてしてたよね。ていうか、やろうと思っても普通できないよね」

「あと、イカサマを見抜いて軽く恫喝してたりもしたわよね。けっきょく通報してたけど」

 

本条が言ってたのは、射的で俺と栞奈が同時に発砲して大きめのひよこクッションを落としたことを言っているのだろう。

あぁいう巨大な景品には、重心を狙って同時撃ちすれば意外といける。栞奈もこういう屋台はノリノリで参加するため、俺と共に技術と磨いた結果だ。

白峰が言っているのは、クッションをゲットしたのとは別の射的と宝釣りだな。

小さい的を狙って棚から落とす類のものだったのだが、コルクの弾の跳ね返り方と的の倒れ方がおかしかったから店員さんを揺さぶって、その結果、的の裏にテープを張って的が絶対に落ちないようにしていることが判明した。

店員さんは景品を1つ上げるから通報しないで欲しいと言われたが、景品をもらった後にしっかり通報させてもらった。

宝釣りの方は、栞奈が紐の束の部分と景品の繋がり方がおかしいことにいち早く気づいて店員さんに問い詰め、そこでも束に高額景品の紐がないことが判明。こちらも景品をぶんどった後で通報した。

協力撃ちはともかく、イカサマ破りはちょっと心外だな。

 

「別にいいだろ。これもバイトのうちだ」

「バイトって?」

「主催者から頼まれてるんだよ。こういうイカサマをやってる屋台がないか確かめてくれって」

「給料はでぇへんけど、そこの屋台で景品をぶんどっても見ないふりをしてくれるって話や」

「「はぁ・・・」」

 

俺と栞奈の説明に、2人は気の抜けた息を吐く。

実はここで警備をしている警察官と道場つながりのよしみで、たまにこういう依頼を受けることがあるのだ。

だから、俺と栞奈はこういう悪徳屋台を軽く脅しては景品をぶんどり、警察に引き渡している。

 

「まぁ、ぶっちゃけ、稼ぎ過ぎても消費に困るんだけどな」

「普段使わんもんばっかやしなぁ。ゲームはともかく、モデルガンってどうすればえぇねん」

 

こういうのって子供は喜ぶんだろうけど、高校生にもなれば処理に困る。

基本的に俺も、ここで手に入れた分は売って小遣いの足しにすることがほとんどだし。

それを言ったら、どうしてやるんだという話になりかねないのだが、

 

「まぁ、小遣い稼ぎと考えればちょうどいいよな。別に転売してるってわけじゃないし」

 

買ったものを高額で売りさばいているわけじゃないから、セーフなはず。

元値よりちょっと低いくらいでも、十分利益になるわけだしな。

あと、実は悔しがる店員を見るのがちょっと楽しかったりするのだが、それは言わなくてもいいか。

 

「まぁ、そろそろ持ちきれなくなってきたし、これを置いてから今度は食べ物の屋台をまわることにするか」

「それがえぇか。んじゃ、さっさと行こか。ほら、2人もいくで」

「う、うん」

「え、えぇ」

 

ドン引きしている2人をなるべく気にしないようにしながら、俺は道場の方で決めてある荷物置き場に今日の収穫を置いて、食べ物の屋台を見に行った。

 

 

* * * * *

 

 

透が荷物を置いてから、うちらはいろいろな屋台を見て回った。

 

「おい、透!こっちの甘栗買ってけ!今年のくりは美味いぞ!」

「おっちゃん、くりの旬は秋だぞ。それで今美味しいって言われてもなぁ。まぁ、買うけど」

「毎度!」

「ほら透ちゃん!うちのたこ焼きも買っていきな!」

「悪い、うちでもたこ焼きは出してて、もう食っちゃったんだ」

「あらま、それは仕方ないね。だったら、今度うちの店で食べに来な!サービスしてあげるから!」

「あぁ、覚えてたら行くよ」

 

その道中、透は屋台の人(主におっちゃんやおばちゃん)からひっきりなしに声をかけられとった。

 

「なんか、すごい人気だね」

「神崎君って、気遣いできない人間じゃなかったっけ?」

 

理沙の割とひどい正論にうちは噴き出しそうになりながらも、その辺りのことを説明した。

 

「それはそうなんやけどな。それでもやっぱ、透は人気なんや。たしかに問題を起こしかけたこともあるんやけど、それ以上に尊敬されたりすることの方が多いんやなぁ」

 

祭りの治安を守るなんて、そんな大仰なことやあらへんけど、結果的にみんなが祭りを楽しめる環境を作っているっていうのには変わりあらへんし、強い透は一種のヒーローみたいなもんなんやな。

屋台の変な挑戦状と暗黙の縛りも、出禁にしない裏を返せば透に楽しんでほしいってことやろうし。

今となっては、ささやかやけど気遣いもできるようになった分、さらに株が上昇してる感じもするし。

 

「そういうわけやから、もしかしたら2人もなんかサービスされるかもしれへんな」

「えっ、本当!?」

「虎の威を借る狐みたいになっちゃうけど、もらえるものはもらっちゃいましょうか」

 

その後は、透の威厳もあっていろんな人からサービスを受けながらも屋台を楽しんでいった。




今回はあっちこっちの同時撃ちと暗殺教室の業の恫喝(合法)です。
実際、こういうイカサマとその処罰ってあるんですかね?
少なくとも、自分は現場を目撃したことはないですね。
まぁ、普通なら「屋台はそういうもん」って割り切って通報しないことがほとんどだとおもいますが。


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第4層ボス

1月も半ばになった頃、とうとう第5層が実装された。

特にサリーが楽しみにしていたようで、実装当日、少し早めに俺とシオリがログインしたときにはすでにギルドホームで待っていた。

そして、サリーや俺たちと同じことを考えていたメンバーがほとんどだったようで、続々とメンバーがギルドホームにやってきた。

 

「おお、全員揃った!」

 

気付けば、()()()()のメンバーが集まった。

だが、1人いない。

 

「サリー、メイプルはどうした?」

 

そう、メイプルがまだ来ていない。

てっきり、メイプルもログインするものだと思っていたのだが・・・。

その答えは、サリーからすぐに出された。

 

「あぁ・・・メイプルは、インフルエンザにかかって・・・今年も。いつものことだから」

「いつものようにインフルにかかっているのか・・・」

 

元気の塊であるメイプルが毎年インフルエンザにかかっているというのも、なんだかなぁ。

ちゃんと予防接種とかしてるのか?いや、メイプルなら「痛いのは嫌だ!」って言って拒否していてもおかしくないかもしれない。ゲーム内でも痛いのを嫌ってVIT極振りにしてるわけだし。

そこで、メイプルラブなシオリが「それなら!」と腰を上げた。

 

「それなら!うちらもメイプルちゃんのお見舞いに・・・」

「メイプルの家がどこにあるかわからんだろ。ていうか、インフルがうつるかもしれんから却下だ」

「ぶぅ・・・うちはメイプルちゃんが心配なだけやのに・・・」

「そういう話は後でしよう」

 

俺たちだって暇なわけじゃないし、いきなりメイプルの家に押しかけても迷惑だろう。いや、俺は基本的に押しかけられた側だけど。

 

「それで、今日のところはどうする?一応、メイプルがいなくてもクリアはできるだろうが・・・」

「メイプルさんは・・・何人か都合がつけば、それで十分でしょうか?」

「そうだね。なら、今いるメンバーだけで先に進もうか」

 

結局この日は、メイプルを除くメンバー全員で挑むことになった。

とはいえ、それでも1パーティーに収まらないから、俺とシオリ、それ以外で別れることになった。

俺と栞奈なら、たいていのボスは行けるだろうしな。

 

 

* * * * *

 

 

ダンジョンまでの道のりは、俺のクローネとシオリのフウの背中の上に乗って移動した。

それでも10人近く乗せて移動するのは難しいと思っていたのだが、フウがこの階層で覚えたという【眷属召喚】を【巨大化】を使った状態で使用したことで、フウの半分ほどのサイズの眷属狼が2匹召喚されて、余裕をもって移動することができた。

道中のモンスターは当然のように相手にならず、ダンジョンに到着したのはすぐだった。

ここからは、俺たちは別々で行動することになる。

ダンジョン内のモンスターは、物理攻撃に耐性を持っているモンスターがほとんどだった。中には物理無効のモンスターもいたが、そいつらは俺がレーザー銃で撃ちぬいて、物理軽減のモンスターはシオリで一撃で倒せるから、大して苦にはならなかった。

そうして、割とすぐにボス部屋にたどり着いた。

 

「さて、対策はどうしようか」

「いつも通りでええんとちゃう?よほど面倒やない限り、うちが速攻でつぶしたるわ」

「それもそうだな」

 

シオリのスピードは、ちょっとやそっとのデバフではほとんど意味がないし、ボスで物理を無効化するような鬼畜条件は出さないだろう。

俺とシオリは軽く打ち合わせをしてから、ボス部屋の扉を開け放った。

部屋の奥にいたのは、艶のある黄色い毛並みの九尾の狐だった。

 

「んじゃ、やるか」

「はいよ!」

 

戦闘が始まって早々に、シオリは超高速移動で姿を消し、俺は拳銃を両手に生成して牽制の射撃を放った。

俺の銃撃は九尾の胴体に当たり、注意が俺に向けられる。

 

「【クイックチェンジ】」

 

それを確認した俺は、すぐに装備を変更して【備前長船長光】を抜刀した。

九尾は噛みつきや爪攻撃、尻尾の薙ぎ払いで攻撃してくるが、俺はそのすべてを避け、時には刀で逸らす。

そうしている間にも、シオリのAGIはさらに上昇していく。

 

「お~い、そろそろいいんじゃないかー?」

「わかったで!【樹海顕現】!【超加速】!」

 

それなりに【速度中毒】によってAGIが上昇したシオリは、さらに【超加速】によってAGIを上昇させ、それに加えて【木の女神の加護】を発動させるために【大樹の怒り】で森林を生み出した。

急に現れた森林に九尾がたたらを踏み、その一瞬の隙が命取りとなった。

 

「そこ!」

 

シオリが九尾とすれ違いざまに槍を一閃し、九尾はHPを全損させて光となって消えていった。

 

「ふぅ、楽勝やったな」

「こんなもんだろ。ほら、階段が出てきたから登るぞ」

 

勝利の余韻に浸るでもなく、俺たちはさっさと先に進んだ。

ふと、俺はサリーたちが大丈夫か気になったが、マイとユイがいるしモミジで動きを止めるのも簡単だろうから、問題はないか。




わりと久しぶりな感じのゲームメイン回でした。
なんやかんや言って、7話ぶりですか。
一応、「クリスマスパーティー その後」ではログインしてますが、スキル確認して終了しただけですし。

『メイプルちゃん、リアルでも「痛いのは嫌だ!」を貫いている説』を自分は推します。
それならそれで子供っぽくて可愛い。


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第5層

九尾の狐を倒して階段を上ると、その先にあったのは純白の世界だった。

 

「ん?なんやこれ。雪?」

「それにしては弾力がある。これは・・・雲だ」

 

そう。第5層は、天空に浮かぶ巨大な雲の上だった。

地面もふわふわの雲でできており、街の壁や道なんかもすべてが真っ白、濁りは何一つない。

これもまた、現実では再現することができない、ファンタジーの王道の1つと言えるだろう。

 

「なるほど。空島っちゅーことか」

「その言い方はどうかと思うが・・・どうやら、全部が柔らかいわけじゃないようだ」

 

試しに建物の壁に触れてみたら、帰ってきた感触は磨かれた大理石のようにつるつるしている。

 

「とりあえず、まずはギルドホームを確認するとして・・・フィールド探索は、今日のところは近場で済ませるか」

「え?どうして・・・あ~、こりゃ走りづらいわ」

 

そう呟くシオリの視線は、足元の雲に向いている。

こうもふわふわな地面は俺やシオリも初めてだから、特にシオリはこの感覚に慣れておかないと大事故を起こしてしまいかねない。

俺やサリーはシオリほどではないが、回避のタイミングが狂ってしまうという点では気を付ける必要がある。

まぁ、俺なら今日1日である程度アジャストできるだろう。

そんなことを話しながら、俺たちは第5層のギルドホームにたどり着いた。

やはりというか、ギルドホームも真っ白な雲で作られており、中に入るとテーブルやいすなんかも白いから、若干遠近感を掴むのに苦労する。

俺とシオリでしばらくギルドホームの確認を進めていると、サリーたちもやってきた。

 

「あっ、クラル、シオリ。もう来てたんだ」

「おう、そっちも終わったか」

「さすがにユイちゃんとマイちゃんがおるから、ちょっとくらい遅くなってもしゃーないか」

 

機動力という面では、俺とシオリはユイとマイを抱えたサリーたちよりも圧倒的に上だ。

むしろ、ギルドホームにいる間にやってきたのだから、かなり早い方だろう。

 

「それで、探索はどこまで?」

「まだこのギルドホームだけだ。それと、今日のところは外の探索は近場にしておこうってシオリと話した。この地面だしな」

「あぁ、それはたしかに」

「ふかふかで、つい飛び込んでしまいそうですけど、歩く分には少し苦労しますからね・・・」

 

高機動組であるサリーとモミジは、俺の意図にすぐ気づいたようだ。

 

「それで、街は手分けして探索するか?第4層の街よりは断然狭いだろうが・・・」

「まぁ、今回は好きに回っていいんじゃない?これくらいの広さなら、さすがに今日1日で回り切れないってことはないだろうし」

 

カナデの提案によって、街の探索は各自好きなようにすることになって、すぐに一時解散してそれぞれ街の中を見に行った。

 

「ふぅ。それにしても・・・」

 

辺りを見回せば、目に映るのはすべてが白。

こうも単色の景色ばかり続くと、目がちかちかしてくる。

建物の一部には色がついていたりするが、それでも大部分の色は白だ。

 

「もうちょっと色彩が欲しいところだが・・・ん?」

 

何かないかきょろきょろと辺りを見回していると、1つの屋台を見つけた。

 

【雲菓子屋】

 

「くもがし?綿菓子じゃなくて?」

 

いや、辺り一面雲しかないから、そんなもんだろうが。

見つけたのも何かの偶然だと思って、俺は1つ買ってみることにした。

思ったより味にバリエーションがあり、少し悩んだが無難にイチゴ味を選んだ。

少し待ってから出されたのは、ぱっと見は棒付きの綿菓子だが、祭りの屋台で見る普通の綿菓子よりも弾力があり、何よりサイズがけた違いにでかい。高さ50㎝、直径50㎝の円錐くらいの高さがあるぞ。

こういうの、テレビで見かけた都心の店のやつくらいしか見たことがない。

さて、味の方はいかがか。

 

「はむ・・・うまいな、これ」

 

綿菓子よりも断然弾力があり、口では割けなくて噛み切らなきゃいけないのだが、口の中で噛むとすぐに溶けてイチゴの甘みと酸味が口の中に広がる。

味は普通においしいくらいだが、食感が面白くて癖になりそうだ。

 

「む?クラールハイトではないか」

 

食べ歩きしていると、第4層で見知った顔に会った。

 

「おっ、ミィも来てたのか」

「あぁ。それはそうと・・・それは、どこで買ったんだ?」

 

どうやら俺が食べている雲菓子に興味津々らしい。

口調はカリスマモードを保っているが、明らかに目がキラキラしている。

 

「向こうの雲菓子屋ってとこで買った。食感が面白くてけっこう美味いぞ」

「そうか。感謝する。ではな」

 

そう言って、ミィは若干小走りになりながら雲菓子屋の方に向かった。

 

「後で、メイプルにも教えてやるか。こういうの好きそうだし」

 

まずは第5層に来てもらう必要があるが、メイプルなら問題ないだろうし、インフル完治の祝い代わりとしては十分だろう。

ちなみに、俺が持っている棒の部分はスティック菓子になっていて、最後まで楽しめるようになっていた。

これ、暇なときに家で再現できないか、母さんに聞いてみよう。




もちろん、例の巨大綿菓子を参考にしてみました。
いわゆる原宿レインボーってやつですね。
自分は食べたことないですが、一時期話題になったのは知っています。
雲→綿菓子で思い出しました。
雲菓子、これは自分も食べてみたい。


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観光

俺たちが第5層にたどりついてから数日後、インフルから復活したメイプルも攻略したようで、偶然第5層に来たばかりのメイプルとギルドホームで遭遇したのだが。

 

「マジか・・・」

「うはぁ、相変わらずぶっ飛んどるなぁ・・・」

「とっても疲れたけどね~・・・」

 

どうやらメイプルは第5層の街の中央にある塔が階層ダンジョンだと勘違いしていたようで、勘違いしたままあの白鬼に挑んで勝利したということだった。

俺でも手が付けられなかったというのに、あれを倒したのか・・・。

正直、これを「まぁ、メイプルだから」で片付けるのには骨が折れるな・・・。

 

「それで、何か収穫はあったのか?」

「うん。【百鬼夜行】っていう、2体の鬼を召喚するスキルが・・・あっ」

「ん?どうした?」

「そういえば、フレデリカにこのスキル見せちゃった・・・」

 

どうやら、さすがのメイプルでもあの白鬼はかなり疲れたようで、それでうっかりフレデリカに見せてしまったようだ。

 

「疲れてて何も考えてなかったよー」

「まぁ、それくらいならいいだろう。元々悪魔を召喚できるんだ。それが鬼に変わっただけだと考えればいいだろう」

 

そもそも、モミジも鬼に変身できるんだから、今さら鬼を召喚したからなんだと言うんだ。これくらいならまだ普通だ。

 

「それで、今日はこれで終わるのか?」

「うん。さすがにへとへとだよ~・・・そういえば、2人はもう5層は探索したの?」

「そこそこな。どうせなら、面白そうなところを紹介しとこうか?」

「おねがい」

 

メイプルに頼まれて、俺は今まで見つけた中でメイプルに興味がありそうなものをピックアップした。

 

「今のところだと、街の中に【雲菓子屋】っていう屋台があって、そこで買える雲菓子が結構うまい。それと、フィールドに出る必要があるが、入道雲っぽいダンジョンの先に【天まで届けシャボン玉】っていう白い花のアイテムがあって、1mくらいのシャボン玉を出せる。あとは・・・」

 

正直、フィールドの方に面白みが多い階層だから、探索のモチベーションが低くなっているメイプルには向いていないかもしれないが、それでも面白そうだし教えておくか。

 

「ここから少し離れたところに、でかい城のダンジョンがある。まぁ、ダンジョンと言っても、あくまでフィールドの一部みたいな感じで、出てくるモンスターも弱い。内装もきれいだから、観光にはちょうどいいんじゃないか?」

「ふーん。うん、それなら、また今度行ってみようかな」

 

メイプルも俺の情報は参考になったようで、礼を言ってからログアウトした。

それを見届けてから、俺は思い切りテーブルに突っ伏した。

 

「あ"~・・・まさかとは思っていたが、マジであいつを倒すとは・・・」

「まぁ、メイプルちゃんなら十分あり得るからなぁ。さすがに苦戦したみたいやけど」

 

ここまで来ると、あれだけのボスを相手に勝てたメイプルを称賛するべきか、むしろメイプルをギリギリまで追い詰めた白鬼に頭を抱えるべきか、悩むところだ。

ただ、やっぱりどこかに弱体化のフラグがあるような気がする。

あるいは、モミジが会ったという酒呑童子がキーかもしれない。

 

「今度、モミジと少し話し合ってみるか。現状、酒呑童子に会えるのはモミジだけだし」

「相談するのはええけど、負けず嫌いもほどほどにするんやで」

 

シオリから呆れの言葉を頂戴しながらも、俺とシオリも今日のところはログアウトした。

 

 

* * * * *

 

 

メイプルが第5層に到着した数日後、メイプルはギルドホームでサリーと少し話した後、クラールハイトから紹介された場所を見て回ることにした。

 

「雲菓子屋、雲菓子屋・・・あった!」

 

雲菓子屋は街のマップにも表示されているため、迷わずにたどり着くことができた。

メイプルは試しにプレーンを買ってみることにした。

 

「それじゃあ、いただきます!はむっ・・・ぅ~、おいしぃ~!」

 

詳しい味は聞いていなかったが、独特の食感はメイプルも気に入ったようで、あっという間に1つ食べきってしまった。

その後、メイプルは追加でチョコ味を購入し、食べ歩きながら街の外へと向かった。

今度の行き先は、フィールドにあるという城だ。

入道雲の方は、中がアスレチックみたいになっていると聞いて行く気が起こらなかったため、観光にちょうどいい城に行くことにしたのだ。

移動はシロップの背中に乗って飛んでいったので、道中で苦労することはない。

10分ほど空を飛んだところで、目的の場所にたどり着いた。

 

「おぉー!すごいよ!」

 

メイプルの目の前に現れたのは、某夢の国に出てくるような西洋風の巨大な白で、手入れされているのか廃虚のように崩れたところもない。

地上には、それなりの数のプレイヤーがメイプルを見上げている。

クラールハイトはただの観光名所として紹介したが、実は城の中にはランダムで宝箱が配置されており、極々稀にレアアイテムを手に入れることもできると話題になっている。

もちろん、観光名所としても側面もあるので、カップルらしき2人組もちらほらいる。

 

「よっと。ありがとう、シロップ!」

 

地上に降り立ったメイプルは、シロップを指輪の中に戻して城の中に入った。

 

「わぁー、すごいきれい!」

 

城の中は磨かれた大理石や窓ガラス、金属器などで光り輝いており、メイプルも目をキラキラさせながらあっちへこっちへとふらふらさまよう。

時折、騎士甲冑のモンスターが現れるが、【滲み出る渾沌】の悪魔だけで十分対処できたため、ほぼストレスもなく探索で来た。

荘厳な城の中で2体の悪魔を従えながら歩くメイプルは、傍から見たら違和感の塊でしかないが、当の本人が気にするところではない。

そんなこんなで、自由気ままに探索していたメイプルだったが、ふとある扉に視線が引きつかれた。

 

「なんだろう、ここ」

 

興味に引かれるままにその扉を開けると、そこには10人以上は座れそうな巨大な円卓が置かれていた。

何があるのだろうと、メイプルが部屋の中に入った途端、

 

バタンッ!

「きゃっ!?」

 

急に扉が閉まり、円卓の上に置かれているろうそくに火が灯った。

 

「なになに!?」

 

突然の事態にメイプルは慌てるが、事態はメイプルを待ってくれなかった。

突如、円卓の中心から光があふれ出し、メイプルは光に包まれてしまった。




そろそろ原作キャラの強化をしてみたくなったので、まずはメイプルから。
もちろん、ゆくゆくは他のキャラも強化していくつもりですが、さすがに1つの階層で一気に追加するのは無理があるので、ちまちま追加していくつもりです。
まずは、3,4人くらいでしょうか。
もちろんオリキャラたち、特にモミジちゃんの強化もこの階層のどこかでするつもりです。

メイプルに毒されつつあるクラルくん。
そもそも当人が異常枠なので、人のことを言えないわけですが。


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円卓の騎士

光が収まったことを感じたメイプルは、ゆっくりと目を開けた。

 

「えっ・・・?」

 

目を開けると、目の前には先ほどまでは誰もいなかったはずの円卓に12人の騎士らしき人物たちが座っていた。

もちろん、目の前にいる人物たちが誰なのか、メイプルが知るはずもない。

そのはずだったが、12人のうちの1人の女性に視線が固定された。

厳密には、その人物が持っている剣に。

 

「あれって、もしかして・・・」

 

その人物が持っていたのは、黄金に輝く西洋剣。

それは、ゲーム関連の知識に疎いメイプルでも名前は聞いたことがあるものだった。

 

「エクスカリバー、だよね」

 

エクスカリバー。

それは王を選ぶ選定の剣であり、それを引き抜いた人物はただ1人しかいない。

アーサー王。

メイプルの目の前にいる人物こそが、世界で最も有名な騎士王である、アーサー王なのだ。

そして、メイプルはなぜここに転移されたのかを考えようとするが、ふと椅子が1つ空いていることに気付いた。

 

「来てくれたか」

 

だが、それについて考える前に、アーサー王に声をかけられた。

 

「えっと、気づいたらここにいただけなんですけど・・・」

 

自分の意志で来たわけではないとメイプルは主張するが、相手はNPC、メイプルの訴えを聞き入れるはずもなく、話を進めていった。

 

「そなたをここに呼んだのは他でもない。我々は最後の席に座る者を探しており、そなたにその資格があると見込んできてもらったのだ」

「は、はぁ。そうなんですか・・・」

 

「いえ、そんなこと知りません。今聞きました」とメイプルは内心で抗議したが、真剣な表情のアーサー王を前にしてそんなことも言えず、曖昧に頷くにとどめた。

内心は帰りたい一心のメイプルだが、頼まれたことは断れない性格であるため、なかなか断れないでいる。

 

「この席には、ある呪いがかけられている。それに打ち勝つことができれば、そなたを最後の円卓の騎士として歓迎しよう」

 

アーサー王がそう言うと、メイプルの前にクエスト画面が現れた。

クエスト名は、【円卓の試練】。13番目の席の呪いに打ち勝つことが条件だ。

 

「う~ん、どうしよう・・・でも、座るだけなら大丈夫だよね?」

 

悩んだ末、メイプルは「ダメージは受けないだろうし、毒も耐性があるから大丈夫!」と結論付けて、YESを押した。

 

「感謝する。では、その空いている席に座ってほしい」

 

アーサー王に促され、メイプルはおっかなびっくり座った。

次の瞬間、椅子から黒い腕が生え、メイプルの腕や脚を掴んだ。

 

「えっ、なにこれ!?」

 

突然の事態にメイプルは驚愕するが、抵抗する間もなくメイプルは謎の空間に引きずり込まれた。

 

「ちょっ、なにこれ!」

 

黒い腕はすぐに消えたが、メイプルが引きずり込まれたのはすべてが真っ黒の広大な空間で、遥か上に元の場所らしき光が見えるが、浮かぶこともできないため抜け出すことはできない。

 

「う~、ただの観光のつもりだったのに・・・」

 

思えば第4層でも、観光の最中に怪しげな老婆によって壺の中へと引きずり込まれ、毒のせいでせっかくの和服を溶かされたな~、と遠い目をしながら、メイプルはあたりを見回した。

今のところ、周囲は黒い半球形の空間が広がっているだけで何もない。

とはいえ、さすがのメイプルも何かが来るということは予測できる。

そして、その『何か』はすぐにやってきた。

 

「ヴぅ、ア"ァ・・・」

 

不意に背後から苦しそうな呻き声が聞こえ、バッ!と振り向くと、そこには黒い人型の塊が、腕を伸ばしてゆっくり近づいているところだった。

 

「たぶん、敵だよね?【武装展開】」

 

とりあえず、友好的には見えないため、メイプルは【機械神】でレーザー砲を展開し、銃口を黒い人型に向けた。

容赦なく引き金を引けば、人型は頭部を貫かれてあっさりと消滅した。

だが、周りをよく見れば、暗闇に溶け込むようにして無数の人型が出現しており、ゆっくりとだが確実にメイプルへと近づいていた。

 

「う~ん、前の虫と違って、弱いけどいっぱいでてくるのかな?【全武装展開】!」

 

だいたいのクエストの仕組みを理解したメイプルは、すべての武装を展開して宙に飛び上がった。

だが、結果的にそれは失敗だった。

 

ガッ!

「えっ!?なに!?」

 

いきなり背後から腕や肩を掴まれたメイプルは咄嗟に振り向くと、空中からも黒い人型が出現していた。

 

「ちょっ、それは聞いてないよ~!」

 

上空からの襲撃を予想していなかったメイプルは必死に振りほどこうともがくが、STRが0のメイプルでは抜け出すことができるはずもなく、どうしたものかと考えていたが、あることに気付いた。

 

「あれ?もしかして、掴んでくるだけなのかな?」

 

メイプルを掴んだ人型は、ただそれだけで、追加の攻撃もなければ、さらに引きずり込もうともするわけでもない。

実は、この黒い人型は、1体あたりのHPは高くないものの、対象をつかんでいる限り高威力の魔法ダメージを与え続けるという特性を持っており、それが全方位から絶え間なく襲い掛かってくるという凶悪なクエストのはずなのだが、メイプルは当然のようにそのダメージを無効化し、人型もそれ以外の攻撃手段を持っていないため、結果的にただメイプルが掴まれているだけという状況になったのだ。

とはいえ、メイプルがこの拘束から抜け出せないという現状は変わりないのだが、そこでメイプルはふと閃いた。

 

「よし!そのまま掴んでいてね~。【攻撃開始】!」

 

メイプルは天井の人型に掴まれているのを利用して、飛行用の武装を攻撃にまわし、眼下にいる人型にむけて絨毯爆撃を行った。

動きが緩慢な人型にこれを躱すせるはずもなく、下にいる人型はものの数分で全滅した。

次に、側面にいる人型に狙いを定めて引き金をひき、同じ要領で全滅させた。

最後に、メイプルのすぐ近くにへばりついている人型には、

 

「【ブレイク・コア】」

 

白鬼戦で耐えれることが証明された自爆攻撃で、自らをも巻き込んで人型を吹き飛ばした。

 

「ぶぇっ!」

 

自爆によって吹き飛んだメイプルは、爆発の衝撃で地面にたたきつけられた。

ダメージこそないものの、顔面から衝突したため変な声が漏れた。

 

「いた・・・くはないけど、これで終わりだよね?」

 

まさか、最後に強力なボスが出てきたりしないかと身構えたが、そんなこともなく、メイプルの周囲に無数の光の粒子が漂いはじめ、それがメイプルを抱えて光が差している出口へと運んでいった。

 

「よくぞ呪いを打ち破った」

 

光から抜けると、メイプルはいつの間にか最初の椅子に座っており、アーサー王が称賛しているところだった。

 

「約束通り、そなたを円卓の騎士として迎え入れよう。その証として、そなたにはこれを授ける」

 

そう言うと、アーサー王は自身の背後に立てかけられていた大盾を持ち、メイプルの元に運んだ。

 

「呪いに打ち勝ったそなたなら、これを使いこなせるだろう。その心構えを、ゆめゆめ忘れないように」

 

そう言ってメイプルに盾を渡すと、それが最後の言葉だったかのように、アーサー王や他の騎士たちは光となって消えていった。

最後に残ったのは、メイプルと渡された大盾、クエストクリアを知らせる画面だけだった。

 

「う~ん、結局なんだったんだろう?」

 

いろいろともやもやは残ったものの、考えても分からないからと受け取った大盾を確認した。

もらった大盾は黒い十字の交差点に白い円の盾が重ねられており、中央には血のような赤い紋様が刻まれている。

次に、メニュー画面を開いて大盾の性能を確認した。

 

【円卓の盾】

【VIT+50】【破壊不能】

いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)

再来せし騎士の国(レ・ヴィンズ・ブリテン)

 

いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)

1日1回発動可能。

使用者を始点に半径5mの城壁を生成し、範囲内のパーティーは外部からのダメージを受けない。

また、使用者の受けるダメージは3倍になるが、受けたダメージに応じてカウンターの砲撃を放つことができる。

 

再来せし騎士の国(レ・ヴィンズ・ブリテン)

12人の騎士を召喚できる。

騎士は1人につき1日1回しか召喚できない。

また、1日に1回、1時間全ステータスを半減させることで300人の騎士兵団を召喚することができる。

 

「う~ん。強いけど、デメリットも大きいなぁ・・・あとで相談してみよっと」

 

気を取り直したメイプルは、取得した大盾をインベントリにしまい、今度こそはと観光のために歩き始めた。




自身の厨二力をふりしぼってもう片方の名前を考えていたら、投稿が予定時間より少し遅れてしまいました。

いっそペインにエクスカリバーを持たせたらやばそう。
ただでさえエクスカリバーみたいなことしているのに、それがさらに強化されるとか。

クエストの内容自体は、原作(円卓の方)的にはこじつけな部分はありますが、これくらいがちょうどいいんじゃないかと思いました。
一応、知らない人のために説明すると、キリストと12使徒をモチーフにしている円卓の13番目の席は裏切者のユダの席であるため、マーリンによって座ると呪われるようになっているとのこと。そのため、呪いを恐れた者たちは誰もその席に座ろうとしなかったところを、ガラハッドは自ら座りに行って呪いに打ち勝ち、円卓の騎士に迎え入れられたそうな(byウィキ、諸説あり)。
それを考えると、自分から座りに行ったガラハッドはマジで変態ですね。

今回のクエストでは、fateみたいな聖杯のヘドロをイメージしたものにしてみました。
そっちの方が、fgoクロスオーバーっぽいですしね。
まぁ、メイプルちゃんならマジもんの聖杯の泥をかぶっても無傷で耐えそうですが。

さて、例の大盾を手に入れましたね。
マシュのスキルを手に入れたというのはもちろんですが、地味に大盾4枚体勢ができるようになったというのも、個人的に大きいかなと。
スキルに関しては、メリットもデメリットも両方強めにしてみましたが、よくよく考えればメイプルの場合、デメリットがそこまで機能していないという。
受けるダメージが3倍になったところで元のダメージが0なら意味がないですし、ステータス半減も1万が5000になっただけで十分硬いですし。
下手したら、またナーフしなきゃいけない・・・。

*【円卓の盾】に【破壊不能】を追加しました。


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円卓の盾と黄金の聖剣

「あっ、クラルくん!」

 

ある日、いつものようにギルドホームに顔を出したら、メイプルが声をかけてきた。

それなら、まぁいつものことなのだが・・・

 

「おう。それで、そこで突っ伏してる2人はどうしたんだ?」

 

テーブルの方に目を向けたら、そこには暗い空気を醸し出しながらテーブルに突っ伏しているサリーとシオリの姿があった。

似たような光景は何度か見たことがあるが、こういう場合・・・

 

「えっとね、この前、新しい装備を手に入れて、それを見てもらったんだけど・・・」

「・・・あぁ、またか」

 

やっぱり、またトンでもスキルを引っ提げてきたか。

いや、逆に考えれば、これもいつものことと言えるか?ついこの前、【百鬼夜行】を引っ提げてきたばかりだが・・・。

 

「それで、どういうものなんだ?」

「えっとね、これだよ」

 

そう言って、メイプルはインベントリから見たことがない大盾を取り出した。

黒い十字架に白い円卓をかたどった見た目で、それだけならまだプレイヤーメイドでも見かけそうな感じだが・・・。

 

「どういう性能なんだ?」

「えっとね・・・」

 

俺の問い掛けに、メイプルがザックリながらも新しい大盾の性能を説明し始めたのだが・・・

 

「メイプル、お前はいったい、どこまで・・・」

 

結局、俺もこっちの2人みたいにテーブルに突っ伏すことになってしまった。

もうさ、運営はどうしてこういう装備を実装しちゃうんだよ。悪ふざけは身を滅ぼすってメイプルで学んでいないのか?

 

「・・・それで、試してみたのか?」

「ううん。それはまだ。せっかくクラルくんが紹介してくれたところで見つけたから、初めて使うときはクラル君も一緒がいいかなって」

 

無邪気な笑みを浮かべながらの言葉に多少は癒されるが、回復量がダメージに追いついていない。

メイプルは一体、どれだけ俺の胃と心臓を破壊すれば気が済むんだ・・・。

とはいえ、ここでメイプルの提案を突っぱねるわけにもいかない。

 

「わかった。それなら、さっそく行ってみようか。・・・お前らはどうする?」

「・・・行くわ」

「・・・できるだけ、早い段階で確認しときたいしな」

 

サリーとシオリも、このまま蚊帳の外にいるよりかは一緒に行くようで、のろのろとした動きながらも立ち上がった。

いろいろと不安になりながらも、俺たちは今回のスキルの試運転にちょうどいい場所を探した。

この第5階層は、雲の上ということで森のような視界を遮るのにちょうどいい場所が少ない。それに加えて、今回得たスキルは見た感じ、それなりに広範囲に効果を及ぼすようだから、ちょうどいい場所はかなり限られてくる。

結局選んだのは、雲の盆地のような場所のど真ん中だ。ここなら広い場所も確保でき、周囲の雲を登られない限りは他プレイヤーの目に入らない。

モンスターが少ないこともあって、基本的にプレイヤーはあまり来ない。

ここなら、問題なくメイプルのスキルを試せると思ったのだが・・・

 

「ん?クラールハイトに、メイプルたちも、どうしたんだ?」

「・・・それは、どちらかといえばこっちの台詞なんだがな。ペイン」

 

なぜか、こんな辺鄙な場所にペインが1人で剣を振っていた。

だが、持っているのは見たことのない黄金の長剣だ。

 

「ていうか、なんだそれ?」

「これか?これはだな・・・」

 

まさか、ペインも何か変な武器を手に入れたのか、そう警戒して尋ねたのだが、ペインが口を開くよりも先にメイプルが指を差して叫んだ。

 

「これってもしかして、エクスカリバー!?」

「メイプルは、これを知ってるのか?」

 

ペインが思わずメイプルに尋ねると、例の円卓に座っていたアーサー王が持っていた剣とうり二つなことから、まさかと思ったらしいが、当たりだったらしい。

 

「これは、あの城のクエストで手に入れたものだったんだが・・・まさか、メイプルも?」

「えっと、私はこれなんだ」

 

そう言ってメイプルは、インベントリから【円卓の盾】を取り出した。

 

「俺たちがここに来たのは、こいつの性能を確かめるためだったんだが・・・」

「そうか・・・それなら、俺もこの【エクスカリバー】の性能を見せるから、その大盾の性能を見せてもらってもいいか?」

 

思わぬペインからの申し出に、俺は少し迷った。

ペインの手の内を知れるのはまたとない好機だが、だからといってメイプルの手の内を晒すのも気が引ける。

とはいえ、それを考えるのは俺じゃなくてメイプルだ。

 

「メイプルは、どうしたい?」

「私は・・・はい。いいですよ!」

 

メイプルも、ペインの新しい武器の出所が同じクエストだからか、その申し出を受けることにしたようだ。

にしても、同じクエストなのに報酬が違うのか・・・もしかして、ステータスとか武器で変わるのか?メイプルはVIT極振りだから大盾なのも頷けるし、ペインも長剣でなおかつ【聖剣術】があるから、エクスカリバーが報酬でも不自然ではない。

1人納得していると、まずはペインが性能を見せた。

 

「【風王結界(インビジブル・エア)】!」

 

ペインがスキル名を叫ぶと、【エクスカリバー】が透明になって見えなくなってしまった。

 

「なるほど、武器を隠せるのか」

「それ以上のことは教えないけどな」

 

それもそうだろう。自分からデメリットを話すはずもない。

とはいえ、武器が透明になるのはシンプルに強いな。

ペインの口ぶりから、何かしらのデメリットがあるようだが、よっぽどでない限り気にならないだろう。

初見で間合いを計れないのは、それだけでアドバンテージになる。

 

「【解除】」

 

ペインが違うスキルを唱えると、再び黄金の刀身が現れた。

 

「あとは、これで終わりだな」

 

ペインがそう呟くと、エクスカリバーを体の前で垂直に構えたと同時に、刀身が輝き始め、ペインの周囲に無数の黄金の光の粒子が浮かんできた。

 

「【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】!」

 

スキル名を叫ぶとともにペインがエクスカリバーを振りぬくと、放たれたのは黄金の光の砲撃。

その先にある程度モンスターが歩いていたが、それらすべてを消し飛ばして閃光が駆け抜けていった。

閃光が止むと、光に包まれた範囲にいたモンスターはすべてが消え去っていた。

 

「なるほど。とうとうお前も範囲殲滅を獲得しちまったか。ミィでもあるまいし」

「それを言ったら、クラールハイトだって同じようなことはできるじゃないか」

 

たしかに、俺も似たようなことはできるな。

ペインと違うのは、俺が上空からの爆撃に対して、ペインは直線状の砲撃だってところか。

それにしても、あの城でここまで武器を手に入れることができるのか・・・ちょっと興味が湧いたが、俺には【備前長船長光】があるし、騎士だと言うなら弓矢があるとは考えづらいか。

それは、シオリも同じだな。西洋の片手持ちの突撃槍ならあるかもしれないが、両手持ちの槍があるとは考えにくい。そして、シオリのSTRだと片手持ちの突撃槍は装備できない可能性もある。

残念だが、こればっかりは俺とシオリは諦めようか。

 

「すごいです、ペインさん!」

「これくらいなら、メイプルもできると思うけどな・・・それじゃあ、今度はメイプルの番だな」

 

ペインの新しい装備を見せてもらったから、約束通り、今度はメイプルが新しい装備を見せる番だ。

 

「それじゃあ、まずは、【いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)】!」

 

メイプルがスキル名とともに大盾を地面に振り下ろすと、メイプルを基点として、俺たちを囲むようにして高さ4mほどの円形の城壁が現れた。

メイプルはちょうど門の位置に立っており、城壁を包むようにして青いオーラのドームが覆っているから、おそらく上からの攻撃も防げるのだろう。

 

「これはまさか、城壁の中にいるパーティーを丸ごと守れるのか?」

「実際はそれだけじゃないが・・・HPを消費する必要がないってのも、【身捧ぐ慈愛】より優れてるよな」

 

その代わり、こっちは1日に1回しか発動できないが、カウンターもできることを考えれば、デメリットを差し引いても強力すぎる。

 

「それじゃあ、クラルくん。試しに攻撃してもらってもいい?」

「はいはい、っと。んじゃ、まずはパーティーから抜けて・・・」

 

俺はメニュー画面を操作しながら、いったんメイプルたちのパーティーから抜けて城壁の外に出た。

メイプルからおよそ50mくらい離れたところで振り返り、【ボムアロー】を3本つがえた。

 

「【ピアーシングアロー】」

 

さらに防御貫通のスキルも使用し、メイプルに向けて矢を放つ。

放たれた矢は狙いたがわずメイプルに直撃し、次の瞬間、俺の眼前に光の壁が迫ってきた。

 

「【超加速】!」

 

俺は咄嗟にAGIを上昇させてその場から退避した。

規模はペインの【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】よりも狭いが、攻撃側の威力次第ではさらに威力が上がるのだから、末恐ろしい限りだ。

 

「お~!すごい!とてもかっこいいよ!」

「メイプルが気に入ったようで、何よりだ・・・」

 

俺がメイプルたちのところに戻ると、メイプルは新たなスキルの使い心地に興奮していた。

対するペインは、軽く頬を痙攣させながら分析していた。

 

「なるほど、広範囲カバーに加えて、カウンターもできるのか・・・しかも、カウンターの攻撃は盾から直接放たれるから、近接攻撃や隙の大きい砲撃は危険か」

「さっそくシミュレーションか?」

「まぁな。そのための提案だったわけだし。まぁ、さすがに思ったよりも凶悪な性能だったが・・・」

「何を言っているんだ?まだあるぞ?」

 

隠してもいいのだが、ペインが2つ見せてくれたのだから、こっちも2つ見せなければ不公平というものだろう。

メイプルも俺の言葉に頷いて、もう一つのスキルを発動した。

 

「【再来せし騎士の国(レ・ヴィンズ・ブリテン)】!」

 

次の瞬間、。メイプルを中心として横並びに12人の騎士の影が現れ、さらにメイプルの背後に同じ甲冑を身に纏う騎士の影たちが出現した。

おそらく、【再来せし騎士の国(レ・ヴィンズ・ブリテン)】を最大展開させたものがこれなんだろうが・・・想像以上に圧迫感がすごい。

300人のモブ騎士はともかく、12人の円卓の騎士たちの存在感は半端ではない。

中には、エクスカリバーを持ったアーサー王さえいる。

そして、他の騎士たちも1人1人がアーサー王に引けをとらない強者ばかりだ。

実際のステータスはどれくらいかわからないが、これを召喚できるってのはやばすぎだろ・・・。

さすがのペインも、これには完全に硬直してしまった。

 

「これは・・・どうすればいいんだ?」

「どうしようもなくね?」

 

一応、この状態だと1時間全ステータスが半減するが、それでも貫通スキル以外でメイプルの守りを抜くのは困難だし、そもそも並みのプレイヤーだと蹂躙されて終わりだ。

俺としても、ペインとメイプルの真っ向勝負には興味があるが、ペインには悪いけど、やっぱり俺にはメイプルが負ける姿が想像できない。

結局この日は、そのまま街まで戻ってペインに雲菓子をおごって解散した。

ペインがエクスカリバーで得た自信をメイプルが粉々に吹き飛ばしたみたいで、ちょっと気の毒だったし。




前回言ったこともあって、いっそペインに持たせることにしました、エクスカリバー。
まぁ、【楓の木】だけ強化を集中させるのもあれですし、多少はね?
それでも、メイプルの方がやばく見えてしまう不思議。

こうなったら、いつかはミィの強化も考えないといけない。
でも、FGOで炎系って、太陽系込みになるとぶっ壊れが多すぎるんですよねぇ・・・。
カルナとかケツァルコアトルとか、どっちもやばすぎる。
しかも武器がミィにそぐわない。
方や槍、方やプロレスもどきですからねぇ。
fate設定だと天照=キャス狐もなしではないんですが、ミィの場合こじつけ感が半端ない。

それと、【円卓の盾】に【破壊不能】を追加しました。
やっぱり、これがなきゃですよね。


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マーリン

「へ~、そんなことがあったんだ」

 

メイプルとペインの新たなスキルを目の当たりにした翌日、そのことを昨日いなかったメンバーに話したところ、案の定「またか~」な大人勢と「すごいです!」と興奮するユイマイ、いつもの反応のカナデに分かれた。

だが、カナデとしては他のことが気になったようで、顎に手を当てながらたずねてきた。

 

「そう言えばさ、円卓の騎士のクエストなら、あの人はいなかったのかな?」

「ん?あの人?」

「ほら、1人いたじゃん。魔術師の人がさ」

「あぁ、マーリンか」

 

マーリン。

円卓の騎士に置いてアーサー王と同レベルで名を知られている魔術師だ。アーサー王に選定の剣を抜かせた張本人で、剣術や治政術なんかを教えた人物でもある。

厳密には、たしか人ではなく半分は夢魔だったはずだが。

そんな円卓の騎士、特にアーサー王と関わり深い人物なら、いてもおかしくはないだろうが・・・

 

「だが、マーリンはたしかどこかしかに封印されたんじゃなかったのか?」

 

文献によって細かい違いはあるが、基本的に封印されるというオチは変わらないはずだ。

であれば、あの円卓にいなかったとしてもおかしくはない。

 

「もしかしたら、この階層のどこかに封印されている可能性もあるが、今のところ、そういう情報はどこにもないからなぁ・・・」

「逆に言えば、情報を探せば見つけられるかもしれないってことだよね」

 

たしかにそうかもしれないが、だからと言って見つけられるものかね。

 

「よしっ。それじゃあ、ボクはさっそく図書館に行ってくるよ」

 

だが、カナデはやる気になったようで、さっそく立ち上がって図書館へと向かっていった。

その背中を、俺は微妙な表情で見送った。

 

「まさか、カナデも何かとんでもないスキルを手に入れて戻ってきたりしてな」

「クロム、笑えない冗談はやめてくれ」

 

ただでさえペインとメイプルがとんでもないスキル、というか装備を手に入れたばかりなのに、カナデまで何か手に入れて戻ってくるとか、マジでパワーバランスが崩れるぞ、おい。

とりあえず手に入れるなら、せめて穏便なスキルであってほしい。これ以上、この階層で俺の胃と心臓を破壊するようなスキルは持ってきてほしくないものだ。

 

 

* * * * *

 

 

さっそく第5層の街の図書館に入ったカナデは、例の城にまつわる文献を中心に探して読み漁った。

文献を読み解くと、やはりマーリンに関わる文章がちらほら出てきて、少なくともマーリンが存在しているということは明らかになった。

だが、それだけだ。

マーリンという人物がアーサー王を導いたとか、円卓の椅子に施された呪いはマーリンによるものだということは書いてあっても、マーリンが今どこにいるかという情報はまったく載っていなかった。

 

「う~ん、これは難敵だね」

 

カナデは人より優れた記憶能力を持っているが、イコール情報収集能力が優れているわけではないし、整理するにしてもそれなりに時間がかかる。

それに、図書館の本はすべて読めるというわけではないが、読める分だけでも相当の量があるから、1日ですべて読みきるのはほぼ不可能だ。

 

「そうだなぁ・・・今日のところはもうログアウトして、ネットで調べてみようかな?」

 

調べるのは、NWOの円卓の騎士もそうだが、現実のマーリンの情報も含まれている。

そこである程度情報を絞ることができれば、それなりに時短できるはずだ。

そう考えたカナデは、本を元の場所に戻してからログアウトした。

その数日後、少し間を開けてからログインしたカナデは、再び図書館で目星をつけた本を探した。

今のところ、カナデの中での有力候補は2つに絞られていた。

1つは、『アーサー王の死』内で書かれた大きな石。

この雲の世界に石があるかはわからないが、史実を再現したのであれば可能性はあると考えた。

そこで、フィールドに存在する大きな石に関する文献を探したが、結局それらしきものはなかった。

そこで、今度はもう1つの候補を重点的に探した。

そして、それは当たりだった。

 

「・・・あった」

 

カナデが見つけたのは、『妖精郷 アヴァロン』と記された本だ。

あくまで創作物の内容でしかないが、マーリンは質の悪い妖精によってアヴァロンの塔に幽閉され、マーリンは自ら塔を封印したというエピソードがあった。

原作とはかなり違う部分があるが、ゲームらしいという意味では十分にあり得る。

そして、その本を読んだところ、マーリンがそこにいるという文章はなかったものの、アヴァロン自体はこの階層に存在し、行くこともできることが判明した。

他の本も探して読んだことで、アヴァロンの行き方も目星がついた。

 

「それじゃあ、さっそく行ってみようか」

 

有力な手掛かりを手に入れたカナデは、新たなスキルの取得できる可能性に心を躍らせながら、アヴァロンに行くための準備を始めた。




続いてカナデの強化に入ります。
カナデさんにはマーリンさんの力を授けることにしました。
強力な味方バフのキャスターと言ったら、やっぱりこの人しかいないですからね。


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花園

アヴァロンへの入り口がある場所は、フィールドの端にある小さな花畑。

この階層はフィールドの外に出ると落下死する判定になっており、よっぽどのことがない限り近づくプレイヤーはいない。

 

「ここだね。よし・・・」

 

念のため、周囲にプレイヤーがいないことを確認してから、カナデはアヴァロンへの扉を開くための合言葉を口にした。

 

「星の内海。物見の台。此より先は全てを癒す理想郷。罪なき者のみ通るがいい」

 

カナデが合言葉を言い終えると、花畑の中心に転移の魔法陣が現れた。

カナデはためらうことなく魔法陣の上に乗り、光に包まれて転移された。

転移されたのは、小さな浮島だった。

遠くにアヴァロンである大きめの島が見えるが、橋も舟も見当たらない。

それなりに距離も離れているため、【水泳】のスキルレベルが低いままのカナデでは途中で溺れてしまうだろうことは容易に想像がついた。

だが、カナデの表情には焦りも困惑もない。

 

「なるほどね、これが“妖精のいたずら”ってことか」

 

アヴァロンとは妖精によって成り立っているものであり、そのため外部からの侵入者は基本的に“いたずら”によって追い返されてしまうらしい。

こうしてアヴァロンにたどり着けないようになっているのも、そのいたずらの一環なのだろうと、カナデは納得していた。

そして、カナデはすでにどうすればいいか見当がついていた。

この浮島は、先ほど転移された小さな花畑と同じであり、カナデは一か所だけ花の色が違うことに気付いていた。

カナデがその花を摘み取ってアヴァロンの方角に投げると、花は真っすぐに島へと向かっていき、花が通った後は虹色の橋がかかった。

 

「お~、メイプルが見たら喜びそうだね」

 

最近、白鬼戦で探索のモチベーションが著しく下がっているメイプルに見せてあげればと思い、写真を撮ってから橋を渡った。

一瞬、渡っている途中で落とされたりしないか心配になったが、カナデの通った後がカナデのスピードに合わせてゆっくり消えていくだけでその心配はなさそうだとホッと息を吐きながらも、自分のペースで長い道のりを歩いていった。

道中ではイルカのような海生哺乳類やカモメっぽい鳥たちの歓迎もあり、カナデはメイプルへのお土産代わりにと写真を撮っていく。

そんなこんなで、ゆっくり歩くこと数十分、ようやくアヴァロンにたどり着いた。

 

「お~、これはすごいね!」

 

アヴァロンは見渡す限りすべて花で埋め尽くされており、あちこちで妖精が飛び回ったり遊んだりしている。

カナデ自身も興奮しながら写真を撮っていると、遠くに塔らしい建物があることに気付いた。

 

「あそこかな?」

 

他には何もないことから、マーリンがいるとすればあの塔しかない。

期待を胸に、カナデは塔に向かって歩き始めた。

その道中も、写真を撮ることは忘れない。

しばらく歩き、ようやく塔に近づくと、そこでもまた立ち往生することになった。

塔は完全に浮遊しており、下部は結晶の柱のようになっていて登ることもできない。

それなりに高さもあるため、【フレアアクセル】あたりを使っても届くかは微妙なところだ。

さらに言えば、今回は先ほどのようなヒントになるようなものもない。

 

「うーん・・・あれ?何これ?」

 

塔の周りをぐるぐる回っていると、土台のある所に10×10の正方形のマス目が描かれていた。

これが塔に登るための鍵かもしれないと、カナデは重点的にそのマス目を調べることにした。

だが、マス目に触れたところですぐに変化が現れた。

触れたところからいきなりマス目が光りだし、そこから10×10×10のルービックキューブが出現した。

 

「あ~、なるほど。これを解けってことね」

 

それなら話が早いと、カナデはさっそくルービックキューブを手に取ってガチャガチャと回し始めた。

色の位置を瞬時に記憶し、始めから解き方が分かっているかのように色を合わせていく。

カナデにとってルービックキューブは、たとえマス目が増えても解き方が確立されている遊びで、手順は多く複雑になるが、10×10×10のルービックキューブなら問題ないレベルだった。

 

「よし、できた」

 

ルービックキューブを解き始めてから10分弱、カナデはあっさりとルービックキューブを完成させた。

集中可能な時間ギリギリだったとはいえ、ある程度解き方が確立したルービックキューブだったこともあって、そこまで疲労することもなかった。

カナデがルービックキューブから手を離すと、ルービックキューブはぷかぷかと浮かんでマス目が書かれていた壁面に近づき、まるで鍵穴に鍵を指すかのように溶け込んでいった。

すると、地面に再び魔法陣が現れた。

 

「さすがに、これで終わりだと思いたいね」

 

浮島に来てからの情報はなかったこともあって、若干慎重になりながらも魔法陣の上に乗った。

再び転移の光に包まれると、転移されたのは建物の中らしき場所だった。

というのも、壁も窓もなく、円状に手すりに囲まれているだけの簡素な場所で、どちらかといえば外に近いからだ。

 

「よくここまで来たね」

 

不意に、正面から声をかけられた。

前を向くと、いつからそこにいたのか、白を基調としたローブを身に纏った白髪の青年が立っていた。

 

「私の名前はマーリン。ここで世界の行く末を見ている魔術師さ」

 

自己紹介によって、目の前にいるのが目的の人物であることを理解したカナデは、黙ってマーリンの話に耳を傾けた。

 

「さて、ここまで来た君には何かしらご褒美をあげたいが、生憎、ずっとここにいる身だからね。してやれることは少ないんだ。だから、君には私の力の一部を授けよう」

 

マーリンがそう言うと、突然周囲に花びらが舞い上がり、カナデの体を包み込んだ。

だが、それもわずかな間で、花びらの奔流はすぐに治まった。

 

「君に私の魔法を授けた。叶うなら、自分のためではなく、大切な誰かのために使ってほしい」

 

その言葉を最後に、今度は視界が埋め尽くされるほどの花びらがカナデを覆い、気づけば転移される前の元の小さな花畑にいた。

周囲に誰もいないことを確認してから、カナデは自分のステータス画面を開いて新しい魔法を確認した。

 

永久に閉ざされた理想郷(ガーデン・オブ・アヴァロン)

発動者を中心とした半径10m以内のパーティーにHP自動回復・MP自動回復倍加・全ステータス1.5倍を付与する。

この効果は、範囲内にいる間は永久に持続するが、範囲を出たら1分で効果は消滅する。

 

効果は仲間のバフ。それもかなり強力だ。

もちろん、相応に消費MPも大きいが、それに見合った内容だ。

支援役としてさらに強化されたことに、カナデは満足げに大きくうなずいた。

 

 

 

「あれっ!?写真が1枚もない!」

 

この後、撮った写真を確認したらすべてなくなっていて、メイプルに見せれなかったと軽く落ち込んだのだが、それはまた別の話である。




最初は合言葉をマーリンの詠唱の丸パク・・・リスペクトにしようかと思ったのですが、それだとアヴァロンではなくマーリンの本質になってしまうため、部分的に抜粋するに留めました。
次に強化を施すのは、第6回イベントが終わってからになりますかねぇ。

余談ですが、一番マス目の多いルービックキューブは33×33×33だそうな。
画像も見てみましたが、いっそ置物ですよね、あれ。
絶対に解かせる気がない。
しかも何が凄いって、それが手作りってことですよね。
10日近くかけて作った制作者さんはマジですごいと思います。


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近況・2

「はぁ・・・おいし」

 

ある日の第5層の街の中央広場にあるベンチで、俺は雲菓子(バニラ味)を片手に食べながら黄昏れていた。

というのも、先日、マーリンを探しに行くと言ったカナデが、目的を果たしたうえで強力な魔法を引っ提げて戻ってきた。

自動回復+MP回復量増加+全ステータス強化を範囲内にいるパーティーメンバーに永続付与とかそれだけで頭おかしいし、範囲から出ても1分は効果が続くって、完全にどうかしてる。

その分、お花畑の間違い探しに10マスルービックキューブと常人からすればクリアさせる気が無いような難易度になっているようだが、相手が悪かった。4桁のミルクパズルを解くことができるほどの圧倒的な記憶力を持っているカナデからすれば、十分攻略できるはずだわな。

別にな、ギルドメンバーが強化される分には構わないんだけどさ、もう少し落ち着いた幅にしてもらえないかな?ただでさえメイプルだけでもお腹いっぱいなのに、ペインとカナデもこの階層で飛躍的な進歩を遂げている。

そうなると、まだこれといった収穫がない俺が出遅れているようにも言えなくもないが、それを言ったら今までが早すぎただけだとも言える。

だからと言って、このまま置いていかれっぱなしなのも癪だ。

幸い、もうすぐ第6回イベントが始まる。ついさっき、その情報が公開された。

内容は第2回イベントのような専用マップ内の探索。

第2回イベントと違うのは、時間加速や対人要素がないこと、イベントマップに入るには専用のアイテムを使用すること、専用マップ内では回復手段がいっさい使えないことだ。

とはいえ、回復禁止に関してはそれほど問題ない。たいていの攻撃を受けたら即死するわけだから、回復なんてあってないようなもんだし。

報酬は、貴重な素材やスキル。ただ、見た感じメインは素材のようだ。

今回のイベントは、メイプルは特に有利だろう。【身捧ぐ慈愛】は使いにくくなるが、他プレイヤーと比べてほとんどダメージを気にする必要がないというのはかなりでかい。

探索に重要なAGIが0なのも、【暴虐】である程度解消できる。

ただ、モチベーションの問題は知らん。

最近は復活してきてるっぽいが、マップに入るためのアイテムを【暴虐】なしで集める気になるのかはなんとも言えない。

それに、イベントマップはジャングルのようだから、【暴虐】状態では行けないところがある可能性もある。

俺としても、【黒竜ノ息吹】がほぼ活用できないのは痛い。

こういうとき、障害物はいっさい関係ないシオリと、多少の障害物ならどうにでもなるサリーが羨ましい。

ミィなんかも、ジャングルなら障害物は丸ごと焼き払うこともできるだろうから、楽なほうだろう。

俺なんて、射線が通らないと死活問題だからな・・・。

 

「む?クラールハイトではないか」

 

そんなことを考えていたからか、ミィが横から声をかけてきた。

一応、ミィも割と数少ない俺を略称(愛称ともいう)で呼ぶ人物だが、人目のある今はフルネームで呼ぶと決めてあるらしい。

 

「そんなところで雲菓子を食べて、いったいどうした?」

「ちょっと現実から目を逸らしつつ、次のイベントについて考えていた」

「現実逃避については置いておくとして・・・そう言えば、もう発表もされていたな。クラールハイトは参加するのか?」

「もちろんだ。素材とかがどの程度役に立つかはわからんが、やっぱスキルは気になる」

 

メイプルやペイン、カナデのことを考えればなおさらだ。

とはいえ、どのようなものがあるかは、実際に探索して見ないとわからない。念入りに探索と情報収集をするべきだろう。

こういうときは、大規模ギルドの情報収集量が羨ましくなる。

人数が少ないと、やっぱり量は限られてくるし。

 

「んじゃ、俺はさっさとこれ食べて、フィールドにでも出ることにするか」

「レベル上げでもするのか?」

「それもそうだが、俺もそろそろ新しいスキルが欲しくなってきたからなぁ。行けるところは確かめる」

「なるほどな・・・だが、その口ぶりだと、メイプルはすでに新しいスキルを手に入れたということか?」

「あっ」

 

しまったな、つい口が滑ってしまった。

まぁ、内容までは言ってないから、まだセーフだ、セーフ。

 

「・・・詳細は黙秘するが、だいたいはそんなところだ。ついでに言えば、ペインも新しい武器を手に入れてたぞ」

「ほう?それについて教えてもらっても?」

「もちろん・・・と、言いたいところだが、メイプルのスキルを見せるっていう交換条件で見せてもらったから、『はい、どうぞ』というわけにはいかないな」

「そうか。生憎と、私もまだ新たなスキルは手に入れていないからな。今日のところは諦めるとしよう。運が良ければ、第6回イベントで見れるかもしれないからな」

「それがいい」

 

第6回イベントではPVP要素はないから、鉢合わせたプレイヤーと即席のパーティーを組んで協力することもできる。そこで、ペインの【エクスカリバー】を見れる可能性は0ではない。

 

「そんじゃ、俺はもう行く。もし第6回イベントで遭遇したら、その時は協力しあおう」

「あぁ、こちらこそ、その時はよろしく頼む」

 

ミィと軽く口約束をしてから、俺は雲菓子をすべて食べて立ち上がり、その場を後にした。

・・・ミィにはあぁ言ったが、やっぱ先に図書館に行こう。そこで、円卓の騎士の情報をできる限り集めておくか。




間を挟んでから次のイベントにいきます。

それと本編にはまったく関係ない話ですが、荒野行動で初めて1位を獲得できました。
やったぜ。


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第6回イベント クラル・1

2月になって、第6回イベントが開催された。

サリーやカスミ、クロムらゲーマー組はもちろん、メイプルも初日から参加するようで、ギルドホームに入ると、ちょうどサリーがメイプルに今回のイベントを説明しているところだった。

 

「あっ、クラルくん!シオリちゃん!」

「やっほー!メイプルちゃん!」

「よっ。メイプルも参加するのか?」

「うん!」

 

どうやら、モチベーションの問題は今のところ問題ないようだ。

割と気分屋なメイプルのモチベーションがいつまで続くのかはわからないが、何も収穫がない、なんてことはないだろう。

 

「それなら、俺も張り切っていかないとな。PVP要素はないとはいえ、やっぱ収穫は欲しいし」

「そうやな。うちも、いっぱい走り回るで!」

「取り過ぎには注意しろよ」

 

さすがに、第2回イベントの時みたいに報酬が有限なんてことはないだろうが、それでもポップの時間を考えれば俺たちの分も残してほしい。

今のシオリなら、その気になったら1日でマップを踏破できるだろうからな・・・。

 

「そんじゃ、まずはマップに行くためのアイテム探しだな。すべての層のモンスターからドロップするみたいだから、俺たちなら入手できないことはないだろうな」

 

その俺たちの中に、メイプルは含まれないが。

メイプルの鈍足ばっかりはどうしようもないから、仕方のないことでもある。

 

「そういうわけだから、一足先に行ってくる」

「あっ、ちょい待ち!抜け駆けは許さへんで!」

「お前から抜け駆けできるわけないだろうが、バカ」

 

むしろシオリよりはやく出発しても、追い越される未来しか見えない。

抜け駆けがダメだと言ったら、シオリなんて抜け駆けし放題だろうが。

 

「んじゃ、行ってくる」

「メイプルちゃんも頑張ってな!」

 

そう言って、俺とシオリはイベントマップに行くためのアイテムを入手しにフィールドに出た。

 

 

 

「ちょっ、待て!もうちょいスピード落とせ!」

「嫌や!早いもの勝ちやも~ん!」

 

結局、シオリに先を越されることになってしまった。

ていうか、よくもそんなんで抜け駆け禁止とか言えたなぁ、おい。

 

 

* * * * *

 

 

シオリが真っ先にフィールドに向かっていき、その後を追うようにして俺もフィールドに出てからクローネを呼び出して背中に乗り、上空からモンスターの群れを探すことにした。

視野が広い分、効率ではシオリにアドバンテージを得られる。

 

「おっ、いたいた」

 

さっそく、20体ほどのちょうどいい蝶のモンスターの群れを発見した。

普段なら数が多いだけの旨味が少ないモンスターだが、今回は当たりだ。

 

「【速射】」

 

さっそく俺は爆発矢を3本つがえ、蝶の群れにむけて放った。

放たれた爆発矢の雨によって、この1発で蝶の群れは全滅した。

そして幸運なことに、この1発目で目当てのアイテムが出現した。

 

「よし、今日はラッキーだな」

 

俺は他のプレイヤーに取られる前に、クローネに急降下させて緑色の結晶を拾い上げた。

この緑色の結晶が、今回のイベントでマップの移動に必要なアイテムだ。

本来は低確率でのドロップなのだろうが、20回ほどチャンスがあったと考えればいいだろう。

 

「んじゃ、さっそく行くとするか」

 

幸先のいいスタートに少し興奮しながら、俺はインベントリから緑の結晶を使用した。

すると、俺の体を光の渦が視界を遮り、収まった頃には木や草がうっそうと生い茂ったジャングルに立っていた。

同時に、俺の目の前にメニュー画面が現れた。

 

『おめでとうございます!あなたが最初にイベントマップにたどり着きました!記念として、特別なアイテムを進呈します。』

『【神秘の地図】を取得しました』

 

「あ?地図?」

 

運営からの連絡では、マップはないという話だったはずだが・・・。

ともかく、効果を確認しておこう。

 

【神秘の地図】

使用すると、1分の間だけアイテムやスキルが表示されたマップを表示する。1度使用すると消滅する。

 

つまり、1回だけ迷わずにアイテムを取得することができるということか。

1分限りとはいえ、なかなかぶっ壊れじゃないか。

それなら、さっそく使わせてもらうことにしよう。

早めにアイテムの内容を確認したかった俺は、速攻で【神秘の地図】を使用した。

すると、俺の視界の右上にマップが表示された。

そこには、俺を中心とした100mほどの地形とアイテムらしきマークが記されている。

マップを見た限り、アイテムのある場所はそれなりに限られているようだ。

今回のマップの広さがどれくらいなのかはわからないが、第2回イベントと同じくらいと考えればこんなもんか。

とりあえず、まずは手近なところにあるアイテムを取りに行こうか。

幸い、俺もカナデほどではないが、記憶力には自信がある。いくつか位置は覚えたから、忘れていなければそこも取りに行こう。




さーて、ネタを考えなければ・・・。
ぶっちゃけてしまうと、今まで以上にぶっつけ本番で書いています。
今まではある程度構想がある状態で書いていましたが、今はある程度の構想すらない状態です。
なので、もしかしたら間をあけながら投稿することになるかもしれません。


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第6回イベント クラル・2

「ふぅ、こんなもんか」

 

アイテムがある場所をある程度記憶した俺は、近いところから順に回収しにいった。

成果としては、まずまずといったところだ。

 

【黄金の琥珀】

ギルドホーム設置アイテム・ジャングル限定アイテム。

ギルドホームに設置すると、獲得ゴールドが5%上昇する。

 

【百薬の苗】

ギルドホーム設置アイテム・ジャングル限定アイテム。

ギルドホームに設置すると、すべての状態異常を回復できるアイテム【百薬の樹液】を生成する木が育つようになる。

 

【力の砥石】

生産職専用ギルドホーム設置アイテム・ジャングル限定アイテム。

このアイテムを使用すると、耐久値の回復量が10%減少する代わりに、24時間の間【STR+20】を付与する。

 

【サンフルーツ】

食材・ジャングル限定アイテム。

使用すると、5分間の間【火耐性大】【火属性攻撃強化】を付与する。

 

導虫(しるべむし)

近くにアイテム・宝箱があると反応する。

距離に応じて反応の強さが変化する。

 

個人で使う分には、断然【導虫】だろう。

【導虫】は蛍のような光る昆虫で、近くにアイテムか宝箱があると点滅してプレイヤーに教えてくれる便利アイテムだ。アイテムが近くなるにつれて、早く点滅するらしい。

装飾品だからどれか1つを外さなければならないのだが、最近使う機会がめっきり減った【目覚めの奇跡】を外すことにした。

戦闘時はともかく、探索で【目覚めの奇跡】を使うことは滅多にないし、【拡散】で仕留め損ねることもなくなったから問題ないと判断した。

【導虫】は方向こそわからないものの、距離がある程度わかるだけでも十分だ。

他のアイテムでは、設置アイテム3つはどちらかといえば他のメンバーに役立つ感じだ。

状態異常とデバフを無効化できる俺にとって【百薬の樹液】は不要だし、【力の砥石】はイズにしか使えない。【黄金の琥珀】も、金策という意味ではイズの【天邪鬼な錬金術師】のフォローにちょうどいい感じだ。

【サンフルーツ】は・・・機会があれば、ミィと物々交換しよう。カナデは支援がメインだから、使ってもそこまで変わらないだろうし。

今のところの総合評価としては、ギルドの役にはたったという感じだが、俺個人の観点では微妙なところだ。

もっとこう、ソロの戦闘で役立つ何かが欲しい。

せめて、俺が記憶した中では最後のところで、なにかしら収穫は欲しいものだ。

 

「えっと、たしかこの辺りだな」

 

若干危うくなりつつある記憶と【導虫】を頼りに、索敵もぬかりなくしながらアイテムがある場所についた。

俺の記憶が正しければ、この辺りにあるはず。【導虫】の反応からしても、付近にあるのは間違いない。

とはいえ、どこもかしこも木ばっかだから、見つけるのには苦労しそう・・・。

 

ザッ

「ん?」

 

周辺を探そうと足を踏みだしたら、足音に違和感を感じた。

何やら、硬いものの上に土とかを乗せたような、そんな感じの・・・。

 

「まさか・・・」

 

まさかと思いつつ、足元の土を払ってみると、そこには石でできたハッチのような扉があった。

 

「やっぱりな・・・ふんっ」

 

やはり思った通りだったと、持ち手の部分を持って扉を開けた。なかなかの重さだったから、もしかしたらSTRもそこそこ要求されるのかもしれない。

中を覗いてみれば、けっこうな深さの狭い階段があり、最低限の光源しかないこともあって奥の方はそこそこ暗い。

まぁ、俺は【千里眼】のおかげで昼間と同じくらい見えるけど。

ちらちらと念のため他のプレイヤーがいないか確認してから、中に入ろうと・・・

 

「・・・出てこい。いるのはわかっている」

 

入ろうと思ったのだが、背後に誰かの気配を感じて後ろを振り向いた。

誰なのだろうと思ったのだが、割とすぐにわかった。

なにせ、本人は木の後ろに隠れているつもりなのだろうが、赤いローブの端っこが隠しきれていない。

向こう・・・ミィも観念したようで、あっさり木の後ろから現れた。

 

「偶然だな、クラールハイト」

「今更、装えると思ったか?」

 

なんか、偶にメイプルが見せるドジに通じるものを感じた。

あくまで本人は真面目なんだけど、結果的にかわいらしい失敗になっている・・・みたいな。

 

「一応言っておくと、俺たちの他にプレイヤーはいないから」

「そ、そっか・・・」

 

他にプレイヤーがいないことを聞かされると、ミィは肩の力を抜きつつも、若干申し訳なさそうに話しかけてきた。

 

「それで、わざわざ隠れることもなかったと思うが?」

「えっと、なんかクラルがコソコソしてたから、隠れた方がいいかなって・・・」

 

・・・そう言われると、俺の方に非があったという風に思えなくもない気がするが・・・考えすぎか?

たしかに、他のプレイヤーがいないか確認してたのはたしかだし。

 

「まぁ、それだったら一緒に行ってみるか?なにかしらあるのは間違いないだろうし」

「えっと、いいの?」

「どうせソロ攻略中だったから、1人増えようが問題ない。むしろ、誘った俺が言うのもなんだが、ミィの方こそいいのか?他のメンバーがいるもんだと思っていたが・・・」

「今は別々に動いているところだから、大丈夫だよ。合流も、できればいいなって程度だし」

「それもそうか」

 

今回のイベントは、スタート位置はすべてバラバラで、パーティーを組んでいても同じ位置に転移されない。

マップもないから、最初から合流は諦めたようだ。

とはいえ、イベント期間が進んで大体の地形が把握されたら、合流に向けて動くこともできてくるだろうが。

 

「なら、一緒に行ってみるか」

「うん。よろしくね」

 

こうして、図らずも初日でミィとした「もし遭遇したら協力し合おう」という約束が果たされることになった。




アイテム探索系のスキルは地味にありがたい。
夢島ゼルダの貝がらセンサー然り、ドラクエのとうぞくのはな然り、痒いところに手が届く優れもの。
NWOでは職業の概念が薄いため、装飾品という形で出してみました。


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第6回イベント クラル・3

「あぁ、そうだ。忘れないうちに出しておくか」

 

俺とミィの2人で階段を下っている途中で、俺はインベントリから【サンフルーツ】を取り出した。

 

「なにそれ?」

「【サンフルーツ】っていう食材アイテムだ。効果は火属性攻撃の強化と火耐性の増加。俺たちの方だと活かせるやつがいないから、交換条件でやろうと思ってな」

「へぇ~、それは嬉しいんだけど・・・今、渡せるような収穫はないよ?」

「別にそんなのは後でいいし、ぶっちゃけ、持ち逃げされてもそこまで痛くないから」

「そう。じゃあ、良さそうなものが手に入ったらあげるね」

「おし、交渉成立だな」

 

商談成立ということで、ミィに【サンフルーツ】を渡した。

 

「さて、今日のところはどうしようかな・・・ぶっちゃけ、収穫はもう十分だから、ここのアイテム次第で帰ろうか・・・」

「ちなみに、大丈夫な範囲でいいけど、何が手に入ったの?ていうか、クラルの周りにいる虫も、ここのアイテム?」

「あぁ。この虫は周囲にアイテムや宝箱があったら知らせてくれる優れものだ。他には、武器の攻撃力が上がる砥石に、取得ゴールド増加のインテリアと状態異常回復アイテムを生産する木の苗。だいたいこんなもんだ」

「えっ!?さすがに多すぎない?」

「偶然、一番最初にフィールドに入った記念品として、少しの間アイテムの位置を移すマップをもらってな。できる限り記憶して、順番に回った結果だ」

「へぇ~、運がよかったんだね」

「俺だって、まさか蝶の群れを1回吹き飛ばしただけで手に入れられるとは思ってなかったからなぁ・・・逆に言えば、運が良すぎたとも言えるか」

 

こんな感じで、奥に何があるのかまったくわかっていない状態だが、まったりと会話しながら奥へと進んでいく。

だが、おそらく半分ほど進んだところで、急に変化が訪れた。

 

「えっ、な、なに!?」

「これは・・・」

 

俺たちは特に何もしていないはずなのに、松明が急に普通の炎から紫の炎に変わったのだ。

後ろを振り向けば、松明の色が変わっているのはもちろん、いつの間にか入り口の扉は真っ黒い闇に覆われて見えなくなっていた。

 

「・・・もしかしなくても、思った以上にやばいところに来ちまったな、俺たち」

「ねぇ、今からでも戻ることって・・・」

「無理だな。入ってきた扉が、俺の【千里眼】でも全く見えない。入り口そのものがなくなったと考えた方がいい」

 

仮に確かめに戻るにしても、あの闇がどのような影響を及ぼすのかがわからない以上、やはり戻るのは得策ではない。

警戒心を引き上げながら、それぞれ武器を持って階段を下りていく。

松明の色が変わってから数分後、ようやく階段の一番下の扉へとたどり着いた。

 

「さて・・・開けるぞ」

「う、うん!」

 

俺とミィは決心を固めてから、2人で同時に扉を開け放った。

扉を開けた先に会ったのは、すべてが禍々しい紫で覆われた半球状の空間で、中央には紫の光があふれている穴があった。

まず間違いなく、真ん中の穴から何かが出てくる。

そう思った直後、中央の穴から光が噴き出した。

 

「えっ、なになになに!?」

「武器を構えろ!何か来るぞ!」

 

完全にパニックになっているミィをな叱咤しつつ、俺もすぐさま戦闘態勢をとった。

紫の光の奔流から最初に現れたのは、複数の巨大な紫の大蛇。次いで、紫の髪に2対の黄金の翼を携えた女性が姿を現し、最後に紫の蛇の下半身が現れた。

その半人半蛇の姿を見て、俺は世界的にも有名な女神の名が思い浮かんだ。

他の神々から迫害され、あらゆる英雄がその女神を討ち取ろうとし、そのことごとくを返り討ちにした邪神。

 

「まさか・・・ゴルゴーンか?」

 

俺たちの前に現れたのは、真正の英雄殺しの女神だった。




今回は短めで、次は本気を出します。
どうしようか悩んだ挙句、やっぱ出すことにしました。
こうなると、例のあの人のことも気になるでしょうが、もう少しお待ちください。


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第6回イベント クラル・4

「何者だ?」

 

あまりの異様さに動けないでいると、ゴルゴーンの方から俺たちに反応を示してきた。

 

「なんだ、小さな人間が2匹だけではないか。私を討ちに来たというのであれば、拍子抜けもいいところだ」

 

俺たちとしても来たくて来たわけではないのだが、NPC相手に言っても仕方のないことだとわかっているから、先の言葉を待つ。

 

「だが、貴様らも私のことを化け物だと言うのなら、石となって朽ち果てるがいい!」

「っ、避けろ!」

 

叫び声と共に目が光った瞬間、俺はミィを突き飛ばして俺もミィとは反対側に飛びのいた。

次の瞬間、俺とミィの間に紫の閃光が奔り、閃光の通った後がコンクリートのような灰色の石に変わっていた。

 

「まさか、石化するの!?」

「どのみち、当たらない方がいいな。俺が前にいって斬るから、ミィは後ろから援護を頼む!回復できないから、攻撃は絶対にくらうなよ!」

 

目の前の敵がゴルゴーンだと確信し、警戒と作戦指示を同時に出しながら、俺も抜刀してゴルゴーンに接近した。

 

「噛み千切ってくれる!」

 

だがゴルゴーンも髪が変化している蛇を操って俺にけしかけてきた。

 

「危なっ!」

 

間一髪、体を捻って避けることができ、すれ違いざまに長刀を一閃した。

俺としてはダメもとだったが、意外にもその一閃で蛇は両断されて無力化することができた。

しかも、ほんのわずかだがゴルゴーンにダメージが入っている。

 

「なるほど、取り巻きの蛇は1発でやれるのか」

 

取り巻きの蛇にはHPバーが見えないから、破壊不可オブジェの扱いかと思っていたが、むしろ逆だったようだ。

であれば、やることは決まっている。

 

「ミィ!できるだけ周囲の蛇を狙ってくれ!」

「無茶を言わないでよ!」

 

俺のオーダーに、ミィは文句を言いながらもできる範囲で応えてくれ、俺を阻もうとする蛇を迎撃してくれた。

とはいえ、俺を巻き込まないようにしているため、どうしても打ち漏らしはでてくる。

だが、圧倒的に数が少なくなった今なら、すべて斬り伏せながら近づくことができる。

 

「小賢しいっ!」

 

そしたら、今度はゴルゴーンの苛立ちの声と共に、蛇からもさっきと同じような紫の閃光が放たれた。

とはいえ、本体が放つものよりも範囲は狭いため、体を捻ったり、その勢いを利用したバク転なんかで回避できる。

ミィの支援もあって簡単に本体に近づいた俺は、蛇を足場にしながら跳びまわって長刀で斬っていく。

やはり蛇を攻撃するよりもダメージが入るようで、みるみるうちにHPバーが減っていく。

 

「おのれ、子虫の分際で!!」

「おわっ!」

 

HPが7割をきったところで、ゴルゴーンがその巨体をうねらせて俺を弾き飛ばした。

俺は受け身をとったおかげでダメージはなかったが、せっかく詰めた間合いを離されてしまった。

 

「ちっ、こっからが本番か。ミィ、HPは?」

「大丈夫。ヘイトがクラルに向いてたから、あまり減ってないよ」

 

近距離で張り付いた俺にゴルゴーンのヘイトが向いていたおかげで、ミィの方にはあまり蛇が来なかったようだ。

だが、ここからはそうもいかないだろう。

その証拠に、

 

「塵も残さず消し去ってくれる!」

 

ゴルゴーンの髪から生まれる蛇が先ほどまでの2倍以上にまで増え、やたらめったらと閃光を放ち始めた。

ここまでされたら、俺はともかくミィがすべて避けるのは難しいかもしれない。

こうなったら、

 

「くそっ。悪い、ちょっと失礼するぞ!」

「えっ?わわっ!?」

 

俺は一言謝罪を入れてから、無理やりミィをおんぶして走り始めた。

幸い、魔法使いであるミィの装備は比較的軽いものが多いため、俺のSTRでもミィを背負いながら普段と変わりない速度で走ることができる。

とはいえ、さすがにこの状態でアクロバットをするのは難しいが。

 

「ミィっ、このまま魔法であいつを攻撃してくれ!」

「わ、わかった!さっきのやつも使うね!」

 

俺の指示に頷いたミィは、無差別広範囲攻撃である【炎帝】を使わずに、先ほど俺があげた【サンフルーツ】も使用して、通常の炎魔法をメインに使用してゴルゴーンにダメージを与える。

ゴルゴーンの物量に任せた無差別砲撃もかなりの脅威だが、巨体故に動きは遅いし、隙間も多い。

足下に気を付ければ、攻撃をすべて躱すことも十分可能だ。

このまま走り続けなければいけないのはきついが、たまにシオリのスピードに付き合わされることもあって、VR内での体力もそれなりに向上した。今のペースなら、ゴルゴーンが倒れるまで走り続けることも十分可能だ。

そして、走り続けること十数分、ゴルゴーンのHPが後一撃で倒せるところまでになったところで、再び行動が変化した。

 

「おのれおのれおのれ!こうなれば、我が身を異形に落としてでも貴様らを殺してくれる!!」

 

ゴルゴーンがそう言うと、紫の蛇を引っ込めたて自らに集中させ、紫の巨大な物体のような姿になり果てる。

だが、頭部だろう部分には穴が空いており、そこから眩いほどの光があふれ出てくる。

 

「っ、【創造(クリエイト)】!」

 

それを見て、俺の直感がけたたましく警報を鳴らし、それに従って【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】で巨大な両手に盾を持った機械兵を俺たちの前に出した。

 

「溶け落ちるがいい!【強制封印・万魔神殿(パンデモニウム・ケトゥス)】!!」

 

その陰に隠れるのと、ゴルゴーンの成れの果てから閃光がほとばしったのは、ほぼ同時だった。

閃光は盾に直撃し、それでも俺たちもろとも破壊せんと言わんばかりに勢いを強め、機械兵は押し戻され盾にひびが入り始めてきた。

 

「やばいやばい!ミィ!早くとどめを!」

「ちょっと待って!MP回復がまだ!」

 

俺たちとゴルゴーンの間に機械兵を挟んでいる以上、曲射弾道か直接ダメージを与えられる攻撃手段がほしいところだが、ミィは度重なる攻撃でMP切れだし、俺も攻撃の範囲外に機械兵を生み出すことができない。

そして、機械兵の盾は、もって後数秒。ミィのMP回復を待つ時間はない。

 

「くそっ、こうなったら、イチかバチかだ!【クイックチェンジ】!ブラックスピア!」

 

賭けに出なければいけないと判断した俺は、【クイックチェンジ】で装備を弓矢に変更し、【魔弾の射手】で念のためにとイズから譲ってもらった攻撃力の高い槍を取り出して弓につがえた。

そこから、さらにダメ押しでスキルを発動していく。

 

「【ピアーシングアロー】!【速射】!【拡散】!」

 

機械兵ごと貫くために防御無視のスキルを発動させ、少しでも当たる確率を上げるために矢を増やすスキルも重ね掛けし、機械兵を巻き込むようにしてゴルゴーンに放った。

 

「いっ、けーーーーーーー!!!」

 

放たれた槍は、まず機械兵に直撃し・・・そのまま貫通して、ゴルゴーンに襲い掛かった。

 

「ァァァアアアアアアア!!!」

 

貫通した槍はその大部分がゴルゴーンへと突き刺さり、閃光が収まった時にはすでにゴルゴーンの姿はなかった。




本編とは関係ないですが、自分はすでに「冠位時間神殿ソロモン」のアニメが待ち遠しくなっています。
でも、まずはその前に「神聖円卓領域キャメロット」の映画をやるんですよね。
それも見たいと思っていますが、個人的にはこっちでも翁が一番気になりますね。

いい加減【備前長船長光】って打つのがめんどくなったので、これからは長刀で統一しようと思います。


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第6回イベント クラル・5

ゴルゴーンが消滅したのを確認した俺たちは、疲労が重なってドサッと床に座り込んだ。

 

「はぁ、はぁっ、ミィ、大丈夫か?」

「う、うん。HP的には・・・」

「そうか・・・俺も、似たようなもんだ」

 

今回の戦いでは、ゴルゴーンからダメージを受けるようなことはなかったものの、最後が心臓に悪すぎた。

まさか、あんな隠し玉があるとは思わんって・・・。

 

「ブラックスピアは・・・あぁ、やっぱ壊れちまったか」

 

やはり300倍の消耗には耐えられなかったようで、インベントリからブラックスピアの名前は消えていた。

一応、イズにも1発で壊れかねないことは話した上で、イズも了承して俺にくれたものだが、やはり1回で壊れてしまうと申し訳なく思ってしまう。

いっそ、【破壊不能】持ちの武器があればいいのかもしれないが、そんな贅沢なことも言ってられない。

やっぱ、割り切るしかないんだろうなぁ・・・。

 

「あっ、クラル!宝箱が出てきたよ!」

 

思わずぼうっとしていると、ミィから声をかけられた。

ミィが指を差す方を見れば、宝箱が2つ現れていた。

おそらく、今回の報酬だろう。

 

「さて、なかなか厄介なボスだったんだ。報酬も期待していいんだろうな」

「かもね」

 

宝箱の中身に思いを馳せながら、俺とミィは宝箱の前に立って、同時に開けた。

結果として、俺とミィの中身はスキルの巻物だった。

 

「スキルって。もしかして・・・」

「とりあえず、取得してから効果を確認しよう。俺が先にやる」

 

若干躊躇するミィに変わって、俺が先にスキルを取得することにした。

開いた巻物は消えて、スキル【ゴルゴーン】の取得を知らせるメニュー画面が現れた。

それを見てから、俺は【ゴルゴーン】の効果を確認した。

 

【ゴルゴーン】

使用するとゴルゴーンと同じような姿に変身し、【ゴルゴーン】に属するスキルを使用できるようになる。

使用可能回数は1日1回。

 

「ゴルゴーンと同じような姿に変身って・・・」

「ま、まさか、あんな女の人みたいな?」

「・・・とりあえず、今ここで使ってみるか」

 

説明文に不安しか感じないが、使わずに眠らせるのも惜しいから、ミィ以外の人目がないここで確かめることにした。

 

「【ゴルゴーン】」

 

俺がスキル名と唱えると、俺の体が黒い光に覆われ、すぐに解かれた。

視線は・・・変わっていないから巨大化とかはしていないな。

足元も・・・蛇になっているわけでもない。

と、なると・・・

確かめにインベントリから手鏡を取り出そうと操作していると、ミィから遠慮がちに声をかけられた。

 

「く、クラルくん」

「ん?なんだ?」

「その、髪と目が・・・」

「髪と目?」

 

やっぱ、そっちが変化したのか。

とはいえ、いったいどうなっていると・・・

 

「・・・なんだこりゃ」

 

手鏡で自分の顔を確認すると、俺の髪が黒い蛇に変わっており、目も瞳孔が縦に細い長方形のような形になっていた。

よく見れば、爪も鋭いものに変わっている。

だが、見た目の変化らしい変化といえばこのくらいだ。

 

「まぁ、こんなもんか」

「なんか、落ち着いてるね?」

「そりゃあ、メイプルのとんでも変身と比べればな・・・」

「あー・・・」

 

あっちは天使になったり悪魔になったりだから、相対的にマシに見えてしまう。

ミィも俺の言葉に納得したのか、曖昧な声を上げながらも【ゴルゴーン】を取得した。

 

「私はどうなるかな。【ゴルゴーン】!」

 

もはや興味すら持っているようにスキルを唱えると、今度はミィは赤い光に包まれ、髪の蛇も赤色になっている。

 

「なるほどなぁ。髪の色によって変わるのか。これはこれで面白いな」

 

少なくとも、一様に紫になるってよりは、多様性があっていいと思う。いや、俺とミィ以外に誰か取得するのかは知らんけど。

それと、地味ではあるが全ステータスが20上がるようで、デメリットも特にないようだった。

まぁ、見た目の変化は思ったより・・・

 

「ん?どうしたの?」

 

引き続き効果を確認していた俺の動きが止まったのを不審に思ったのか、ミィが尋ねかけてきた。

俺は、少し悩んだものの、あまり受け止めたくない事実を告げることにした。

 

「えっとな、スキルであれみたいなでかい姿になれるらしいぞ、なんか」

「え?」

 

俺もまさかとは思ったが、今のうちに確かめるだけ確かめておかねばと、渋々使うことにした。

 

「【変転の魔】」

 

スキル名を呟くと、再び俺の体が黒い光に包まれ、次の瞬間には俺の視点が目算で5,6mほどになっていた。

 

「ちょっ、クラル!なにそれ!」

「これが、さっき言った化け物の姿に変身するスキルだが・・・なるほど、こんなことになるのか」

 

見た目で言えば、ゴルゴーンの最初の姿がまんま俺に置き換わったようなものだ。

というか、下半身が蛇になっているから、動くのがむずい・・・。

 

「ねぇ、それってどういう効果になっているの?」

「えっと、HPは10000で固定、すべてのステータスが100上昇するけど受けるダメージも2倍。この形態で死亡するとデスペナが2倍、任意で解除もできるけど、その場合はすべてのステータスが1時間半減する」

 

要するに、メイプルの悪魔がさらに強力になったけどリスクもバカにならない形態、ということか。

ついでに言えば、髪の蛇はMPを消費することで取得している魔法の属性を纏わせることができるようだ。威力は、魔法のスキルレベルに依存するようだが。

なんというか、どうして俺の取得するスキルはピーキーなやつが多いんだ?

もっと使いやすいやつがいいんだが・・・。

 

「ちなみにだが、あいつが最後に使ったあの攻撃も使えて、使用した場合は【ゴルゴーン】を強制解除、ステータスもきっちり1時間半減するとさ」

「うわぁ・・・取得しといてなんだけど、私は使わないかも・・・」

「俺も、使うとしてもタイミングは考えないとな・・・」

 

一応、人型状態でも一部のスキルは使えるが、強力なものはやはり化け物形態でしか使えない。

それと、この説明文で石化の状態異常のことも書いてあった。

どうやらINT依存の拘束系状態異常のようで、相手よりINTが高いほど拘束時間も伸びるということだ。

とはいえ、俺たちが使う分には石になるわけではなく、あくまで体が動かなくなるだけのようだ。

効果を一通り確認したところで、俺は【ゴルゴーン】を解除して地面に降り立った。

ミィも解除したところで、いったん落ち着いて話し合った。

 

「さて・・・このスキルを教えてやるかどうかだが・・・」

「うーん、教えるのはいいけど、取得はおすすめしない、かなぁ。そもそもこの空間を見つけるのが難しいし、ボスもかなり強い。仮に取得できても、こんなリスクのあるスキルなんて使いたがらないだろうし」

「俺の方も、こういうスキルを取得したって程度に収めるか・・・他のプレイヤーに知られる分にはいいが、絶対にメイプルには取得させないようにしよう」

「あ、あはは・・・」

 

【ゴルゴーン】というスキル自体INTとMPに依存気味なスキルとはいえ、メイプルが【変転の魔】を使おうものなら【暴虐】よりも手が付けられないことになる。

 

「それで、この後はどうする?」

「俺はここで出る。ステータスが半減しちゃってるし」

「私も、今日のところは疲れちゃったから、もういいかなぁ。でも、クラルくんへのお返しも探したいし・・・」

 

まだ気にしてるのか。律義と言うべきか、考えすぎと言うべきか。

 

「別に焦らなくても、今回のイベント期間内じゃなくてもいいって」

「う~ん、わかった。でも、この借りは必ず返すからね」

「へいへい」

 

あくまで借りの返済を頑なに譲らないミィに苦笑いを浮かべながらも、俺とミィはイベントエリアから出て、街に戻ってから分かれた。




多分、死にスキルとは言わないまでも、初期に出たスキルより影が薄くなりそう。
でかくなるってだけで、クラルのスタイルとはかみあわないですからね。
とはいえ、さすがに封印しっぱなしてのもあれなんで、最低でも5層内で1回は出したいところ。


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第6回イベント シオリ・1

「さて、今日もやるで!」

 

イベント2日目。

結局、昨日はうちは目的のアイテムが手に入らんかったから、昨日は満足にイベントを楽しむことができんかった。

しかもや、今日ログインしてクラルと話したら、なんか1発目で落とした挙句、やばいスキルを習得して戻ってきたって報告しよった!

それで、うちとクラル、偶然その場にいたユイちゃんマイちゃん、メイプルちゃん、サリー、クロムで試しに見たんやけど・・・なんか頭が蛇になって、目もちょっと変わったのはビビったなぁ。しかも、さらに形態を残しとるって言うとったし、クラルもだいぶ人の道を踏み外してもうたなぁ。

まぁ、他にもみんなのためになるアイテムもゲットしてくれとったから、あまりいじるわけにもいかへんかったけど。

そういうわけやから、今日はなんとしてでもイベントエリアに行かなあかん!

そう意気込んで、さっそく走りやすい4層以下でひたすらモンスターを狩りまくったんやけど・・・

 

「なんでや・・・なんで1個もでぇへんのや・・・!」

 

もう1時間くらい狩ってるのに、一向に出る気がせぇへん・・・。

これ、あれか?うちの運が丸ごとクラルに奪われとるんとちゃうか?

ここまでくると、ちょっと運営の悪意を疑うてまうけど・・・さすがに、それはあらへんか。

考えてみれば、うちがくじ引きとかみたいな運ゲーで、クラルはおろかクラスメイトにすらボロ負けしとるし・・・。

う~ん、うちもメイプルちゃんみたいなゲームラックが欲しいなぁ~。クラルくらいやん、がっつりメイプルちゃんの恩恵授かっとんの。

とりあえず、この辺りはあらかた狩り尽くしてもうたから、また違う場所に行かな。

 

「そうやなぁ・・・いっそ、5層に行ってみよか」

 

一応、階層ごとのドロップ率は同じなはずやけど、気分や、気分。

それに、苦手やからって放っておくわけにもいかんし・・・。

そうと決まったら、さっそく行こか。

うちなら、走ってすぐ・・・。

 

「やぁ!」

「ん?」

 

走ろうと思うたら、近くの方で誰かが戦っているような音が聞こえてきた。

さっきまでへこんどったから、うっかり見落としとったか。

しかも、聞こえてきた声的には女の子っぽい!

これは、助けに行かざるを得ない!

幸い、すぐそこやったこともあって、すぐに現場にたどり着いた。

そこでは、黒いローブを身に纏って紫の刃の大鎌を振り回す女の子の姿があった。

いや、大鎌だけやなくて、鎖分銅まで振り回しとる。

たぶん、分類としては大鎌か鎖鎌のどっちかやと思うんやけど、そんなんあったっけか・・・。

それはさておくとして、女の子は大量の人魂に囲まれとった。たぶん、一網打尽を狙って下手に集め過ぎたんやろうな。

ただ、女の子の方も上手く戦っとって、だんだん数は減っとる。

ただ、やっぱ数が多すぎるせいで、全部は捌ききれとらんみたいやった。

現に、後ろから近づいてきとる人魂に気付いてない。

 

「危ない!」

 

うちは女の子が攻撃されそうになったタイミングで、茂みから飛び出して人魂を薙ぎ払った。

・・・べつに、ギリギリのタイミングを狙ったわけやないで?ここで好感度上げとこうとか思っとらんからな?

女の子も、それで襲われそうになっとったことに気付いて、後ろを振り向いてうちの方を見た。

 

「あなたは・・・」

「話は後や!まずは、こいつらを片づけるで!」

 

うちも話したいのはやまやまなんやけど、さすがにこの大量の人魂を放っとくわけにもいかんから、グッと堪える。

でも、早く話すためにさっさと終わらせるで!

 

「フウ、【覚醒】!【スピードシェア】!【眷属召喚】!」

 

うちはフウを出して、【眷属召喚】でさらにもう2体の狼を召喚した。

フウと同じ白い毛並みの狼は、フウ自身よりは弱いけど、人魂相手なら攻撃力は問題あらへん。

眷属の方は半分になったとはいえ、うちのAGIの恩恵を受けた3匹の狼が人魂を蹂躙して、ものの数分で30以上はいた人魂がいなくなった。

 

「ふぅ~、やっぱ、手数が増えるのは強いなぁ」

 

フウと眷属の火力は高いとは言えへんけど、それでも圧倒的なスピードで連続で攻撃してくれるから、むしろおつりが出るくらいやな。

これでようやく女の子と話ができると思って振り返ろうと思うたら、なんかすごい勢いでうちの横を通り過ぎていった。

 

「・・・あれ?どったん?」

 

もしかして、うち、初対面で嫌われてもうた?

一瞬、そんな不安に駆られたけど、そういうわけやなかった。

女の子が向かった先には、イベントマップに行くための結晶が2つ落ちとって、女の子はそれを拾って片方をうちに差し出してきた。

 

「これ、どうぞ」

「ええの?」

「はい。助けてくれたお礼です。では、私はこれで・・・」

「ちょい待ち」

 

いきなりどこかに去ろうとしたのを、うちは咄嗟に腕を掴んで引き止めた。

さっそく話そう思うたのに、これでどっか行かれたらそれこそショックや。

 

「ここで会うたのも何かの縁やろうから、もうちょっと話をせぇへん?」

「・・・わかりました」

 

うちから見た女の子の第一印象としては、どことなくそっけない感じがした。

引っ込み思案というわけでもなさそうやし、そういう性格なんかな?

 

「そういえば、名前はなんて言うん?」

「・・・アナです」

「アナちゃんやな。うちは・・・」

「シオリさん、ですよね?知っています」

 

ありゃりゃ、知っとったか。うちも有名になったなぁ。

 

「それで、話とはなんですか?私とは初対面ですよね?」

「いや、単純に話がしたかっただけやで。うちは、アナちゃんみたいな女の子は大好きやから」

「そうですか。では、私の方から話したいことはないので、これで・・・」

「だから、ちょい待ってって」

 

なんや、つれないなぁ。子犬みたいに怯えたりはしゃいだりしとったモミジちゃんの方が何倍も可愛げがあるで。

とはいえ、このままやと話すらままならないし・・・。

 

「せや、せっかくやし、街の喫茶店まで行かん?うち、アナちゃんともっとおしゃべりしたいし。もちろん、お代はうちが払うから」

「・・・わかりました」

 

心なしか、うちのおごりってところに食いついた気がせんこともないけど、この際は構わん。

こうして、うちはローブを羽織った女の子をお持ち帰りすることに成功した。




ゴルゴーンを書いたら出したくなったので、今さら感のある新キャラ登場です。
もちろん、見た目と名前が同じなだけで、オリキャラとして扱っていきます。
ぶっちゃけ先のことは考えてませんが、なるように面白くしていくつもりです。


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第6回イベント シオリ・2

そのままアナちゃんをお持ち帰りしたうちらは、4層の和風喫茶に入って、席に座っていくらか注文した。

アナちゃんが高額なやつばっか頼んどったけど、誘ったのはうちやし、手持ちはそれなりにあるから目をつむるとしよか。

 

「それで、アナちゃんやっけ?いろいろと聞きたいことがあるんやけど、ええか?」

「はい、どうぞ」

 

うちから見た感じ、アナちゃんは感情の起伏が乏しいってゆーか、表現の仕方が事務的って感じがする。

でも、食べ物を待っている今は気持ちウキウキしてるようにも見えるから、好きなことには感情が表に出るのかもしれへん。

それを念頭に置いて、聞きたいことを聞いていこか。

 

「まずは、その武器なんやけど、なんの種類なん?」

「これですか?武器ジャンルで言えば大鎌になります。まぁ、かなりマイナーなので、シオリさんでも知らないのは仕方ないかもしれませんね」

 

やっぱりというか、大鎌って武器みたいやけど、少なくともうちは他に使っとるプレイヤーは見たことあらへんで。

 

「へ~、なんでそんなマイナーな武器を使おうと思ったん?」

「単純な話、誰も使わない武器を使ってみたかったからですね。それに、慣れれば使いやすいですよ」

 

アナちゃんはなんでもないように言うとるけど、うちからすればすごいの一言やった。

実は、うちも1回だけ鎖鎌を使ったことがあるんやけど、片手サイズでさえうちには持て余し気味やったし、クラルでさえも「積極的に使おうとは思わんな」って断言しとったくらいや。

それに対して、さっきの戦闘でも見た限り、アナちゃんは自分の身長よりもでかい巨大な鎖鎌を、それこそ手足のように操っとったから、どれだけ練習したかがよくわかるわ。

 

「それで、次やけど、アナちゃんはどっかギルドに所属しとるん?」

「いえ、どこにも所属していません。私は、基本的にソロプレイですから、パーティーを組むのも稀ですね。第4回イベントだって参加してませんし」

「へぇ~、そうやったんや」

 

アナちゃんほどの腕なら、いろんなギルドから引っ張りだこやと思うんやけどなぁ。もしかしたら勧誘は受け取ったかもしれへんけど、それも断ってたんやろな。

それでも、やっぱ理由は気になるわ。

 

「でも、なんでギルドに所属しとらんのや?アナちゃんくらいなら、引く手あまたやと思うんやけど」

「・・・リアルの話になってしまうんですが、私は学校ではけっこう人気なんですよ。それで、学校ではいつも大勢の人に囲まれてしまうので、ここでは1人でいたいんです」

「なるほどなぁ・・・」

 

そういうアナちゃんの気持ち、うちも分かる気がする。

うちも、ゲームではリアルと違うものを求めたりすることもあるからなぁ。

それに、アナちゃんの性格的に、たぶん人づきあいが苦手なんやろな。

・・・あかん、ついアナちゃんを抱きしめたい衝動に駆られそうになったけど、いきなりアナちゃんに嫌われるのは嫌やからグッと堪えな。

せやけど、せっかくやし仲良くなりたいなぁ。

こうなったら、

 

「せや!せっかくやし、うちと一緒にイベントを回らへん?」

「え?でも、配置場所はランダムですよね?」

「うちの優秀な戦略家が、ざっくりとした地図をすでに作ってくれとるんや」

 

実は昨日、クラルがイベントマップ一番乗りの報酬でゲットした特別な地図の地形をある程度覚えとったみたいで、簡単な地図を作ってもらったんや。

本当に、どこに何があるかって程度の簡単な地図やけど、待ち合わせをする分には十分や。

 

「アナちゃんにもコピーを渡すから、これで一緒にやれるで」

「・・・べつに、百歩譲って一緒に探索するのは問題ないのですが、そんな簡単に貴重なものを渡してもいいんですか?それ、公式の情報はもちろん、下手をすれば大型ギルドでさえ、今は持っていないかもしれないのに」

 

アナちゃんの言う通り、この地図はクラルの一番乗り報酬を元に作った地図やから、まだマッピング途中やろう他のギルドやプレイヤーは持っとらん。その気になれば、高額で取引することも可能やろな。

せやけど、うちは、

 

「えぇねん。アナちゃんには特別や」

「・・・何でですか?」

 

アナちゃんは、うまい話があるわけないって警戒しとるけど、うちもそっと解くように話しかける。

 

「そうやなぁ、勘、やな」

「勘、ですか?」

「せや。うちの勘は良く当たるんや。そのうちが、アナちゃんに渡しても大丈夫やって言っとる。それに、アナちゃんもこれを悪用する気はあらへんやろ?」

「それは・・・はい」

 

うちの指摘に、アナちゃんがちょっと顔を赤くしながら視線を逸らした。

その反応を見て、抱きしめたい衝動を抑えながらも最後の一押しを加えた。

 

「それに、うちはアナちゃんにもっと楽しんでほしいんや。せやから、まずはうちと一緒にやらへん?それで、もしよければ、うちのギルドにも来てや。きっと歓迎してくれると思うで?」

「・・・わかり、ました。考えておきます」

 

アナちゃんも、顔を俯かせながらも頷いてくれた。

これで交渉成立や。

また後で、クラルにも紹介しとかな。

そんなことを話しとるうちに、頼んだ品がやってきた。

 

「おっ、頼んだお菓子がやってきたで。まずはこれを食べよか」

「はい。そうですね」

 

気を取り直したアナちゃんは、フォークを手に取ってケーキとかパフェを食べ始めた。

心からおいしそうに食べるアナちゃんにほっこりしながら、うちも自分の頼んだケーキなんかを楽しんだ。

 

 

 

 

この後、アナちゃんがさらに追加で注文してうちの財布に無視できないダメージを与えたんやけど、必要経費として割り切ることにした。

これは必要なダメージなんや。ぐすん。




実際のところ、鎖鎌って実用性ってあったんですかね?
使いやすさで言えば、他にもっといいやつなんていっぱいありますからね。


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第6回イベント シオリ・3

喫茶店で会計を済ませた後、アナちゃんとフレンド登録してから地図のコピーを渡して、イベントマップに転移した。

うちが転移された場所は集合場所から1㎞くらい離れたところで、アナちゃんから送られたメッセージにはアナちゃんはすぐ近くみたいやった。

うちから誘っておいてアナちゃんを待たせるわけにもいかんから、うちはさっさとその場から移動した。

今回のイベントマップはジャングルやから、【白狼の疾駆】も【木の女神の加護】も発動して最初からそれなりにスピードが出る。

結局、走ってから1分足らずで集合場所にたどり着いた。

集合場所には、すでにアナちゃんが待っとった。

 

「ごめんなぁ、待たせてもうて」

「いえ、大して待ってないので、気にしないでください」

 

おぉ!今の会話、なんか恋人っぽい感じや!

まぁ、アナちゃんの場合は限りなく本心というか、言葉通りの意味やろうけど。実際、待ったって言うても1分も経ってないわけやし、むしろ1㎞先から来たって考えれば早すぎるしな。

さすがに、初対面で和気あいあいってわけにはいかへんかぁ。

 

「そんじゃ、どこに行こか?一応、この地図にもまだ載ってないところはあるし、マップ埋めがてら探索ってことでええ?」

「私は構いません」

 

アナちゃんは短く返答して、移動を始めてからは基本的に無口で前だけを見ながら進んでいった。

・・・なんか、アナちゃんの反応がぜんぶ淡白で、ちょっと寂しい。

【楓の木】のメンバーやと基本的ににぎやかやし、メンバーの中で一番大人しいモミジちゃんも最近は打ち解けて仲良くしゃべったりするし、クロムやカスミも落ち着いてはいるけど、それでも会話が途切れるなんて警戒しとるとき以外は稀や。

せやから、こうして黙りながらの探索は何気に初めてとちゃうか?

これが素なのか、それともゲーム内でのロールプレイなんかはわからんけど、うちとしては、もうちょっと打ち解けてほしいんやけどなぁ・・・。

 

「シオリさん」

「ん?なんや?」

「あそこ」

 

1人で勝手に悶々としとると、アナちゃんから声をかけられた。

アナちゃんが指を差した先には、ちょっと大きめの洞穴があった。

地図を確認すると、ちょうどクラルが書いてない部分やった。

 

「ふ~む、鬼が出るか蛇が出るか、って感じやな」

「ジャングルですから、蛇ではないですか?」

 

あくまでたとえの話やったんやけど、クラルはゴルゴーンとやり合ったって言うとったし、あながちあり得るなぁ。

それに、映画でもジャングルに蛇が出てくるのは鉄板やし。

でもうち、でかい蛇はあまり得意やないんやけどなぁ・・・ちっさいのは平気なんやけど、ホラー映画に出てくるみたいな、人を丸呑みできるくらいのサイズはちょっと・・・。

とりあえず、ちょっと身構えながらもアナちゃんと一緒に洞穴の中に入った。

ただ、洞穴の中には松明が置いてあって、奥からもどんちゃん騒ぎするような音が聞こえてくる。

 

「少なくとも、蛇って感じはせぇへんな」

「でしたら、意外と鬼だったりしないでしょうか?」

「いやぁ、鬼っちゅーよりは部族的なやつとちゃう?」

 

うちの偏見やけど、ジャングルの中の部族って変な踊りジャングルの中の部族って変な踊りとかやっとるイメージがある。

ただ、友好的とも限らんし、カニバルの可能性も考えて慎重に進んだ。

近づくにつれて、どんちゃん騒ぎの音も大きくなってきた。

ちょうど曲がり角になっているところの先から音が鳴っているみたいやったから、アナちゃんとうなずきあって、そっと曲がり角から中を覗いた。

うちらの視線の先にあったのは、上半身裸の男たちが大きな焚火を中心に変な踊りをしとるところやった。

・・・なんか、予想以上のものやなくてつまらんわ。




お知らせ、というほどでもありませんが、最近になって本作の執筆が自分の中でちょっとマンネリ化してきたこともあって、投稿ペースを少し落として新作の執筆に充てようと思っています。
ぶっちゃけ、マンネリ化してからの新作執筆は前にも経験があるので、これが続くのは執筆作品が増えすぎるという点であまり良いとは言えないのですが、たぶん3作をループして作ればちょうどいい感じになると思うので、新作執筆はやります。
本作の投稿頻度としては、今のところ週に1回のペースを予定しています。

*文章がループしているという報告が複数寄せられたので、急ぎ修正しました。
途中で「あれ?やけに文字数が多いな?」とは思ったんですが、特に変な操作はしていなかったので見逃していました。
報告してくれた読者方、ありがとうございます。


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第6回イベント シオリ・4

「あれは、なんでしょうか?」

「さぁ・・・」

 

アナちゃんがうちに問いかけてきたけど、うちもなんて言えばええのかわからんかった。

だって、傍から見ただけやと、ただただ踊ってるようにしか見えへんから、それ以上のことはなんも言えへんもん。

あの踊りにどういう意味があるかなんてわからんし、どっからどう見ても怪しいから進んで話を聞きに行こうとも思わん。

ただ・・・よくよく見ると、焚火の中に骨っぽいものが見えるような見えないような・・・。

これは、あれやろ?なんかの動物の骨やろ?決して、人の骨とかやないんやろ?

目の前の異様な光景に、ちょっとうちもあと一歩を踏み出せへん・・・。

とまぁ、うちはけっこうためらってたんやけど、

 

「ここでうじうじしていても仕方ありません。先に進みましょう」

「あ、ちょっ、アナちゃん!?」

 

アナちゃんはこういうのに物おじしないタイプやったみたいで、1人先に進んでもうた。

うちも慌てて後ろからついて行った。

 

『・・・、・・・。』

『・・・!・・・!』

 

そこで部族っぽい男たちもうちらに気付いたんやけど、何をしゃべってるのかは聞き取れんかった。

完全にうちの知らない言葉やったけど、それでもなんとなくは何を話しとったのかは察した。

だって、ぞろぞろと石の槍とか弓矢とかを持ってうちらに近づいてきたし。

 

「どうやら、敵対モブだったみたいですね」

「冷静な分析はええけど、アナちゃんはもうちょい様子見って言葉を覚えような!」

 

まさか、うちがクラルから注意されとることを、他の誰かに注意することになるとは思わんかった。

いや、うちも普段は先手必勝を心がけてるんやけどね。さすがに、こんなあからさまに怪しい部族っぽい連中を目の前にして何も思わないわけやない。

むしろ、アナちゃんはなんも思わんかったんかな?まさか、うちよりも好戦的やったり?

とはいえ、始まってもうたもんはしゃーない。

うちも槍を取り出して、駆け出した。

幸い、部族の連中の個々のステータスはそこまで高くないみたいで、早い段階でワンパンできるようになった。

うちの方はもう余裕になってきたから、アナちゃんの方の様子も見てみた。

やっぱ、自分から不遇な武器を使っているだけあって、PSもなかなかのもんやった。

見た感じスキルは使ってる様子はあらへんのに、自分の体ごと回転させて円運動も合わせて斬りつけて、投擲する鎖分銅も正確に敵に当てとるし、体術スキルも取っとるのか、鎌を投擲してから素手でもやり合っとった。

ていうか、あの鎖分銅ってどこまで伸びるんや?少なくとも50mくらいは伸びとったけど。

そんなこんなで、数の暴力で襲ってきた部族の連中も、うちとアナちゃんによってあっちゅうまに片付いた。

 

「う~ん、思ったより強くあらへんかったなぁ」

「単純に、相性の問題では?シオリさんはむしろ、一対多数向けのステータスですし」

「あー、言われてみればそうかもなぁ」

 

実際、うちの苦手な部類は一撃か数発で倒せない耐久お化けか、走る隙がないくらい密な包囲網くらいやからなぁ。

ちょっとやそっと数が多いくらいなら、むしろすぐに数を減らせるし。

 

「そういうアナちゃんは、1対1が得意なん?」

「いえ、特に得意というのはないです。どれも同じくらいこなせることができるって感じですね」

 

たしかに、今くらいは対処できとったけど、最初に会ったときはだいぶ危なかったからなぁ。

 

「っと、それよりもや。そのアナちゃんの鎖分銅って、どこまで伸びるん?うちが見た限り、けっこうリーチあったけど」

「ステータス依存です。実はこれ、偶然ボス級モンスターがドロップしたものでして、装備スキルもあるんですよ」

「それが、鎖分銅のリーチを伸ばすやつってことやな」

 

ステータス依存かぁ。どのステータスかはわからんけど、場合によっては100mくらい伸びるかもしれへんなぁ。

 

「それよりも、宝箱が出現しましたから、早く確認しましょう」

「あ、ほんとや」

 

焚火の方を見てみたら、いつのまにか宝箱が置いてあった。

あの中身が、ここの報酬ってことやな。

 

「それじゃあ、開けるで」

「はい、お願いします」

 

うちは宝箱に手をかけて、アナちゃんに確認をとってから開けた。

中に入っとったのは、スキルの巻物やった。

 

「なんや、スキルなんか。まぁ、装飾品やと枠が圧迫するから、別にえぇんやけど」

「ただ、効果はよく確認した方がいいですね」

 

とりあえず、取得するかは中身を見てからやな。

 

【贄と怨霊の連環】

任意で2つのステータスを選択し、モンスターかプレイヤーを倒すごとに片方が上昇、片方が低下する。

効果の最大値は100。

納刀、ログアウト、死亡によって効果はリセットされる。

 

なるほど、デメリットのあるステータス増加っちゅーことか。

ていうか、思った以上に禍々しい名前やな。なら、焚火の中にある骨は・・・いや、考えんようにしとこ。

それに、うちなら取得しといて損はあらへん。

 

「よっしゃ、うちは取得しよ」

「私は、やめておきます。犠牲にできるステータスがないので・・・」

 

まぁ、アナちゃんみたいな正統派ステータスならそうなるやろうな。

でも、うちならAGI上昇とINT低下にすれば、まったく問題あらへん。

にしても、

 

「う~ん、正直、クラルに取得させたい気はするなぁ」

「クラルさんに、ですか?」

「うん。だって、クラルのVITは0やし」

 

今のところ、クラルが死亡したのは例の白鬼だけで、それ以外はペインですらクラルを倒すに至っとらん。

とはいえ、アナちゃんからもらうのは気が引けるしなぁ・・・。

せやから、やっぱこの話はなしで・・・

 

「それでしたら、私は構いませんよ?」

「え?そうなん?」

「使えないスキルの巻物を持っていたところで、どうしようもありませんから」

 

本人からあっさり許可をもらったってことで、時間があるときにギルドホームでクラルに渡すことになった。

アナちゃん曰く、

 

「クラルさんからすれば、私は見ず知らずのプレイヤーですからね。せめて、直接会って渡しておきたいです」

 

ってことらしい。

アナちゃん、真面目ちゃんなんやなぁ。

これは、クラルに会うときが楽しみや。




最近、といっても先月末の話なんですが、ボーダーランズというFPSゲームの詰め合わせがスイッチで発売されたのをきっかけに購入してドはまりしたので、その中に出てくるスキルを参考にしてみました。
ちなみに、ゲームの方だと威力上昇に加えてブレもひどくなる仕様なので、跳弾するスキルがあっても自分にはあまり使いこなせませんでした・・・。


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第6回イベント 間話

イベント開始から3日目、シオリから会わせたい人がいるからとギルドホームで待ち合わせることになった。

これは、あれか?またどこかで美少女を捕まえたのか?

シオリが美少女好きだからか知らないが、なぜかシオリはかわいい女の子をよく引き寄せる。

こう言っちゃなんだが、メイプルやサリーも客観的に見て可愛い部類に入るしな。

幸い、今日は日曜日、時間には余裕がある。

ギルドホームに向かう途中で雲菓子を買いつつ、ギルドホームの椅子に腰かけてシオリを待つ。

シオリが来たのは、俺がギルドホームに着いてから5分後くらいだった。

 

「やっほー、待たせてもうた?」

「気にすんな。アイテムを整理して待っていたところだ」

 

昨日はイベントマップから帰ってからそのままログアウトしちゃったからな。暇つぶしも兼ねて売る分とギルメンにあげる分、自分で使う分でわけていた。

まぁ、自分で使う分はあまりないけどな。プレイスタイルが尖っているせいで、有効活用できるアイテムや装備品がそこそこ限られちゃうんだよな。

 

「それで、会わせたい奴がいるって?」

「そうなんよ。アナちゃん、こっちや」

「失礼します」

 

シオリが名前を呼びながら手招きすると、黒いローブに身を包んだ紫髪の少女が現れた。

 

「紹介するで。昨日会った、大鎌使いのアナちゃんや」

「大鎌?そんなの使ってる物好きがいたのか」

 

正直、鎌を使うくらいなら斧の方が断然使いやすいし、形状の問題でたたきつけることもできないから威力ものりにくい。

だから、俺も最初の初期装備選択では最初から除外したし、他で大鎌を使っているプレイヤーも見かけたことがない。

一応、掲示板を見る限りは興味本位で使ってみたプレイヤーもいたみたいだが、その使いにくさからほぼほぼキャラを作り直したみたいだった。

だが、アナは見た限り俺たちとほとんど変わらないレベル帯のように見える。

というより、第5層まで来ている時点でそれなりにプレイしているのはたしかだ。

まさか、そんなマイナー武器でここまでやりこむとは。

 

「初めまして。シオリさんがほとんど言ってしまいましたが、大鎌使いのアナです」

 

そんなアナちゃんは、丁寧にお辞儀して挨拶をしてきた。

 

「あぁ、どうも。弓使いのクラールハイトだ。親しい奴はクラルって呼んでる。付け加えるなら、最近は弓だけじゃなくて刀も使っているな」

 

むしろ、ここ最近は弓を使う機会がめっきり減ってしまった。

だって、近距離は長刀が活きるし、中・遠距離も【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】で対応できちゃうからな。

弓を使うのは、【拡散】や【速射】で上空から広範囲爆撃をするときくらいで、戦闘の最中に弓を取り出すことは少ない。

実際、弓よりも銃の方が攻撃の出だしが早いから、しょうがないことではあるけどな。

 

「それで、わざわざ俺に用ってなんだ?」

「はい。実は昨日、シオリさんと一緒にイベントマップに行ったんですが、その時に私にはあまり活用できないスキルを取得したので、せっかくならクラールハイトさんにあげようと思ったんです」

「ふ~ん?ちなみに、どんなスキルなんだ?」

「これはですね・・・」

 

アナからスキルの説明を聞いた限り、たしかに一般のプレイヤーにはあまり縁がない、ペインのようなごく一部の上級者か俺らみたいな異常プレイヤー向けのスキルと言える。

 

「だが、いいのか?たしかに、俺は一般プレイヤーからすれば有名人だろうが、今日が初対面だぞ?」

「気にしないでください。クラールハイトさんのためというよりは、シオリさんへの恩返しのようなものなので」

「え?そうだったん?」

 

どうやら、シオリは詳しいことまでは聞かされていなかったようだ。

どういうことか尋ねると、もともと昨日、シオリに危ないところを助けられたのがきっかけで一時パーティーを組んだようで、イベントアイテムのお裾分けで済ませようとしたものの、シオリから喫茶店での奢りと今回のパーティーの提案もされたことから、さらに何かしらお礼をするべきだと考え、シオリが「クラルによさそう」と言っていたことからも、この発想になったということらしかった。

なんというか、生真面目が服着て大鎌背負ってるみたいな感じだな。

 

「なんや、そこまで気にせんでもよかったのに」

「お世話になった人に何かしらお礼をするのは当然です」

「うちに直接ってわけやないけどね」

 

むしろ、シオリに何か直接いるか?美少女と一緒にいるだけで満足する奴相手に。

 

「まぁ、そういうことなら遠慮なくもらおう。とはいえ、俺もただとは言えないから、いくらかゴールドは出そう。そうだな、そのスキルの相場なら・・・10万が妥当か?」

「そ、そこまではいいです」

「いや、それくらいの価値はある。少なくとも、俺からすればな」

 

デメリット有りのステータスバフといえ、俺からすればデメリットはあってないようなものだ。純粋にステータスを100上げることができるスキルと考えれば、むしろもう少し多めに払ってもいいくらいだ。

とはいえ、本人はデメリットありきと考えているようだから、ある程度抑えめにしといた。

 

「そうですか。なら、これで商談成立ということでいいですか?」

「あぁ、構わない」

 

こうして商談は成立して、俺はアナに10万ゴールドを渡してスキルの巻物を受け取った。

そして、その場で巻物を開いてスキルを取得した。

 

「ふむ・・・これで、広範囲爆撃の重要性が上がったな」

 

このスキルは、討伐数が100になってからが本領を発揮するだ。逆に言えば、どれだけ早く100体倒すかによって後の展開が変わってくる。

とはいえ、俺のスキルってステータス上昇の類が少ないから、シオリほど劇的に変わるってこともないだろうな。

 

「それじゃあ、私はこれで」

「おう、もてなしてやれなくて悪いな」

「構いません。それでは、失礼しました」

 

最後まで淡々とした口調で、アナはギルドホームから出て行った。

 

「・・・なんというか、ザ・真面目って感じの子だったな」

「そうやなぁ。でも、喫茶店でスイーツ食うてるときは可愛かったで?」

「そんなことは聞いてない」

 

そんなことに興味あるのはシオリだけ・・・いや、ワンチャン、イズも興味を持ちそうだな。シオリの影に隠れているが、イズも立派な美少女好きだし。

俺も、イズが時折、自分で制作した服なんかをメイプルたちに着せるのを見たことがある。というか、見させられた、という方が正しいかもしれないが。

まぁ、それはさておきだ。

 

「それじゃあ、俺は行ってくる」

「せやな、うちも行こ」

 

今日もまた、イベントでアイテムを荒稼ぎすることにしよう。




つい最近、投稿ペースを落とすと言ったばかりなのに、突然ですが第6回イベントを区切りとしていったん投稿を中断しようと思います。
なぜかと言われれば、単純にモチベーションが低下してきたからです。
ここ数か月、防振りの原作の方が更新される兆しが見えず、こっちでもなかなか面白いネタが思い浮かばなくなってきたことから、防振り原作の投降再開かアニメ2期開始までを目安に更新を停止することにしました。
本作を楽しみにしている読者には申し訳ありませんが、モチベーション低下による話の質の低下を天秤にかけて、このような判断をしました。
今後の予定としては、今話に加えてモミジ編を数話、イベント終了という流れにするつもりです。
もちろん、モチベーションが戻り次第復帰するつもりなので、それまで待っていただければ幸いです。


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第6回イベント モミジ・1

第6回イベントもいよいよ最終日、おそらく【楓の木】の中で最もせわしなく動いているであろうモミジは今日もイベントマップに入っていた。

というのも、モミジは自分の足で調べたり情報掲示板を見たりして、どこで、どのようなアイテムやスキルがあるかをマップにまとめていたのだ。

その情報をもとに、クラールハイトたちはギルドホームに必要だったり各自で気になったアイテムを効率的に集めていた。

もちろん、クラルやシオリが取得したような特殊なものは例外だが、それら以外ならほとんど網羅しているため、モミジこそが陰の立役者と言えた。

そんなモミジも、そろそろ自分の分も何かアイテムかスキルが欲しいと思っていた。調査がてら取得したアイテムも多いが、モミジがフル活用できるようなものはあまりなかった。

もちろん、モミジの持っているスキルが特殊過ぎて他とのシナジーが生まれないというのもあるが、単純にモミジ1人では取得できないものが多かった、というのが大きい。

なにせ、モミジは隠密特化。【酒呑童子】があるとはいえ、純粋な攻撃役(アタッカー)と比べれば戦闘力はそれほど高くなく、さらに制限時間も付いている。

そのため、1人では本腰を入れて探索することができないでいたのだが、今回は運がよかった。

 

「あっ、いたいた。カスミさん」

「あぁ、来たか、モミジ」

 

今日は運よくカスミと一緒にパーティーを組むことができ、攻撃力不足を解消することができた。

 

「今日はありがとうございます、カスミさん」

「気にしなくていい。私たちも、モミジの情報には世話になったからな。最後くらいはこうして手伝わせてくれ」

 

正直なところ、カスミはもう十分なほど成果を挙げているが、義理堅い部分があるカスミは自分からモミジの探索の手伝いを申し出たのだ。

モミジも二つ返事で了承。こうして2人で探索することになったのだ。

 

「それで、モミジは何を狙っているんだ?」

「そうですね。できれば、新しい短剣が欲しいところです。正直、今のままだと力不足なところがありますから」

 

今まで諜報・隠密担当だったモミジだが、【酒呑童子】によるステータス強化が見込めるようになってからはできるだけ攻撃力のある状態異常武器を探していた。

だが、現在装備している二振りの短剣もイズが仕上げた上物であり、相談した際もこれ以上の強化は腕が鳴るが難しいと言われた。

そうなれば、モンスタードロップで期待するしかないのだが、モンスタードロップの状態異常武器もやはり攻撃力が低いものが多く、モミジの期待に沿えるものはなかった。

だが、今回のイベントの情報でモミジの期待に沿うかもしれない情報を発見していた。

それは、とあるダンジョンで攻撃力の高い状態異常武器が手に入るといったものだ。

掲示板では、状態異常武器の中では攻撃力は高いものの、通常の武器よりは低く状態異常の効果も高くないことから、あまり重要視されていなかったが、モミジからすればこれ以上にないチャンスだ。

 

「幸い、だいたいの場所も把握していますから、さっそく行きましょう」

「あぁ、だが、私は場所を知らないから案内を頼む」

「わかりました」

 

カスミとしてはあまり縁のない類なこともあってそのような情報を知らなかったため、モミジの先導で目的の場所に向かうことになった。

しばらく歩いているうちに、周囲の風景が変わってきた。

先ほどまではジャングルと言ってもまだ明るかったが、今は薄暗くなって木々の色調も暗いものが増えてきた。

その光景に、カスミは見覚えがあった。

ここは、他と比べて状態異常を扱うモンスターが多く出てくるエリアだ。

毒や麻痺、デバフはもちろん、今回限定の特殊な状態異常もある、厄介なエリアだ。

カスミも状態異常の無効化や耐性のスキルは持っているが、その限定状態異常が【耐性・無効化スキル無効】というもので、ごくまれに現れるフィールドボス級のモンスターがそれを使う。

それを自身の周囲一定範囲にフィールドとして展開するため、そのボス級を倒すためには嫌でも近づく必要がある。そこにボス級自身が他にも様々な状態異常を扱うため、非常にストレスがたまる相手だ。

そのため、状態異常を対策しているベテランプレイヤーでも積極的に探索しようとは思っていなかった。

だが、そのようなフィールドだからか、質のいい状態異常のアイテムが手に入るため、対人対策や一部ボス対策のために、このエリアに挑むプレイヤーは一定数いた。

今回の情報の発信源も、そのようなプレイヤーの1人だろう。

 

「しかし、攻撃力の高い状態異常武器か。だいたいの数値はわかっているのか?」

「詳しい数値まではわかりませんでした。ですが、STRの上昇は確認しています。あと、状態異常の効果は他と比べて半減してしまうみたいですね」

「なるほどな・・・たしかに、一般には需要があるとは言い難いか」

「かくいう私も、使い分けになりそうです」

 

実際の効果が分からない以上、取得してから確認するしかない。もし性能がモミジの求める水準に届かなかった場合、状態異常用とは別に攻撃用の短剣を用意することになる可能性が高い。

それもこれも、まずは手に入れてからだ。

 

「着きました。ここです」

 

しばらく歩き、2人はようやく目的の場所である廃村に到着した。




後々にスキルを奪うボスが出てくるんですから、これくらいはありですよね。
無効スキル貫通なんて、される側からすれば鬱陶しいことこの上ないですが。
自分はそれをプリコネで実感しています。


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第6回イベント モミジ・2

「ふむ、廃村か。そういえば、シオリも洞窟の中に集落を見つけたと言っていたな」

「たぶん、ここと同じような場所がいくつかあるのでしょう。掲示板によると、ここで手に入る地図でアイテムが隠されている場所がわかるみたいです」

 

辺りをキョロキョロと見回すカスミに、モミジが目的のアイテムを手に入れる方法を説明した。

 

「なるほど。まずは地図を探す必要があるのか」

「地図を探して、そこからさらにお宝探しですからね。地図も1人1つしか持てないので、手間がかかります」

 

軽く愚痴をこぼしてから、モミジとカスミは手分けして廃屋を物色し始めた。

廃屋の中はまるで戦いの後のように物や家具が散乱していることから、おそらく集落同士の戦争によって滅ぼされたのか、盗賊団に襲われたのか。詳しいことはわからないが、凄惨な末路を辿ったのだろう。

ゲームとはいえ、モミジは思わず黙祷をささげ、その後すぐに割り切って、遠慮なく中を物色し始めた。

地図以外にもポーションを始めとした様々なアイテムが落ちているが、どれも効果が弱いため、ストレージを圧迫する分はその場で捨てながら物色を続けた。

しばらく物色を続けていると、モミジは床下の物置を発見した。

 

「たぶん、この辺り・・・あった」

 

できるだけわかりづらそうなところを重点的に探すと、狙った通りに地図があった。

実際は他にも箱に入った筒状の紙の束があったのだが、少しでもいいものがほしいモミジはレア武器狙いで回りくどい探し方をしたのだ。

だが、

 

「なにこれ・・・血で見えないし・・・」

 

せっかく苦労して見つけた地図は、血で汚れてかなり見にくくなっていた。辛うじて武器の場所はわかるが、他の見えない部分が多すぎて見つけるのに苦労しそうだった。

モミジは簡単に予想できる苦労にため息を吐くが、その分強い武器が手に入るかもしれないと気を取り直して廃屋の外に出た。

カスミはすでに見つけていたようで、待ち合わせ場所にしていた広場に立っていた。

 

「すみません、カスミさん。遅くなってしまいました」

「いや、私も大して待っていないから気にするな。こういう宝探しのようなものは、どうにも苦手でな」

「そうでしたか・・・じゃあ、まずはカスミさんの地図から探しましょう。私のは、けっこうわかりにくいので」

「わかった」

 

ひとまずわかりにくいモミジの分は後回しにして、まだわかりやすそうなカスミのものから探すことにした。

カスミの地図にあった場所は、この廃村から徒歩で数分ほどの場所にあるところだった。

隠し場所も簡単で、木の洞の中に隠れるように箱が置いてあった。

 

「普通なら、他のプレイヤーに丸見えなのだろうがな」

「たぶん、地図を持っていなきゃ見えないんじゃないですかね?」

 

あれこれと推測してはいるが、どうせ今日が最終日なのだからとそこまで考えることもなく箱を開けて中を確認した。

 

【毒戦士の槍】

【STR+50】【毒攻撃Ⅲ】

 

「うわ、槍・・・」

「短剣ではなかったな。それに、情報通り毒の効果も高くない」

 

モミジは自身が使わない武器だったことに落胆し、カスミも淡々と評価を口にした。

 

「すまないな。短剣の地図ではなくて」

「それについては、カスミさんを責めるつもりはありません。そもそも、地図はランダムで入手できるものですから」

 

地図を手に入れたからと言って、目的の武器が手に入るというわけではない。地図の段階では内容はわからず、宝箱を開けて初めて中身が分かるようになっているのだ。

 

「こうなったら、私の地図に賭けるしかありませんか」

「なに、これでダメだったら、また廃村に行って地図をとればいい。それよりも、今度はモミジの地図を確認しよう」

 

落ち込むモミジにカスミが励ますように声をかけ、次の隠し場所に向かうように促した。

それで気を取り直したモミジも頷き、自身の地図を開いた。

変わらず血で潰れて見づらいが、かろうじて場所を確認することはできる。

 

「どこかわかるか?」

「えっと・・・ここから北ですね。歩いて5分くらいでしょうか」

「そうか、思ったより近かったな」

「はい、ただ・・・」

「ただ?」

 

隠し場所が分かったのに歯切れが悪いモミジを怪訝そうに見ると、モミジは言いにくそうにしながらどこにあるか話した。

 

「ここ、例のフィールドボスが出てくる可能性があるんですよね」

「そうなのか・・・」

 

ここのフィールドボスは、できる限り戦いたくない相手だ。ただでさえ回復ができないのに、状態異常を無効化するスキルを貫通して毒や麻痺などをばらまくのだから、厄介のこと極まりない。

だから、行きはフィールドボスが現れるエリアを迂回したのだが、これはフィールドボスと戦う羽目になる可能性もある。

 

「・・・迷っていてもしかたありません。さっさと取りに行きましょう」

「あぁ、そうだな」

 

ここでうじうじしても仕方ないと、覚悟を決めて隠し場所に向かった。

少し歩くと、さらに森の様子が変わった。

草や木々の葉の色が毒々しい紫色になり、咲いている花も禍々しいものが多い。

早く宝箱を確認しようと早歩きになりながら隠し場所に向かうが、ここでアクシデントが起きた。

 

「あれ?」

「どうかしたか?」

「隠し場所はこの辺りなんですが・・・あれ」

 

モミジがそう指さした先には、明らかに掘り返された跡があった。

 

「場所は、この辺りで間違いないのだな?」

「はい。そのはずですけど・・・」

 

まさか、すでに他のプレイヤーに取られてしまったのか。

そう思ったのだが、考える暇はなかった。

 

「ゲエェ~~~・・・」

「っ、カスミさん!これって!」

「あぁっ、悪い予感が当たったようだ!」

 

突如として聞こえた蛙の鳴き声に、モミジとカスミが警戒レベルをマックスに引き上げた。

それもそのはずだ。

ちょうど、2人の目の前に現れた、全身からあらゆる毒液を垂らしている虹色の蛙こそが、このエリアでも最凶のエリアボス、デスフロッグだった。




今回の内容は次につなげるためにあっさりめにしました。
そして、あと2、3話ほどで投降を一時中断するつもりです。

デスフロッグ、安直な名前ですが、ヤドクガエルみたいなもんだと割り切りました。
あれだって、毒矢に使われたからヤドクガエルって命名されたわけですしね。
プレイヤー絶対殺す蛙ならこんなもんでちょうどいいでしょう。


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第6回イベント モミジ・3

「カスミさん!」

「あぁ!」

 

普段はコンビを組むことが少ない2人だが、念のためデスフロッグと遭遇した場合の対処については確認をとっていた。

ひとまず、カスミとモミジで挟み込むように移動し、カスミは【身喰らいの妖刀・紫】を抜刀、モミジはアイテムポーチから苦無を取り出した。

モミジのアイテムポーチには、普段からイズ特製の飛び道具が大量に敷き詰められている。

今回は、このような場合を見越して爆発系など攻撃重視のものを持ち込み、状態異常はほとんど持ってきていない。

このデスフロッグには一切の状態異常が通じない上に、受けた状態異常の攻撃が強化されてしまうからだ。

だから、装備してきた短剣も状態異常の効果はない。

とはいえ、どのみち今のモミジは戦力になるとは言い難い状態だ。

 

「それでは、頼みます!」

「あぁ、任せろ!」

 

デスフロッグは状態異常に特化したフロアボスであり、そのためかHPは他と比べて低い。短期決戦に持ち込むべく、即座に攻撃を始めた。

モミジの苦無投擲による爆発にデスフロッグはひるみ、その隙を突いてカスミが爆発の隙間をかいくぐって攻撃を加えていく。

 

「ゲエエエエ!!」

 

開幕速攻の連撃にデスフロッグは苦しそうに唸り、全身から黒い霧を噴出した。

この霧こそが、耐性・無効系スキルを無効化する特殊攻撃だ。

 

「モミジ!」

「わかっています!」

 

カスミの飛びずさりながらの呼びかけに反応したモミジは、投擲アイテムを使用するペースを上げた。さっきまではカスミが攻撃するためにスペースを空けていたが、カスミが近づけない今はそのことを気にする必要もない。

カスミも霧の外に身を置きながら、自身も霧の外から爆弾を投擲する。自分で攻撃するよりはダメージは少ないが、近づけないのだからしょうがない。

動きは遅いデスフロッグは碌に躱すことができず、そもそも爆発によって身動きがとれないため、どんどんHPを減らしていく。

手持ちの爆弾がなくなるころには、デスフロッグはすでに虫の息だった。

 

「【紫幻刀】!」

 

そこにダメ押しで、カスミの持つ最大火力の攻撃を叩き込み、あっという間にデスフロッグのHPを0にしてしまった。

 

「・・・なんというか、思った以上にあっけなかったですね」

「あぁ。これも、イズの爆弾のおかげだな」

 

今回、厄介であるはずのデスフロッグを完封で来たのは、ほぼほぼイズの爆弾のおかげだ。

さらに改良が施されたらしい爆弾は、ダメージはもちろんだが爆風の範囲も向上しているため、霧の範囲外からでも余裕で爆風が届いたのだ。

 

「イズさんには、何かしらお礼を渡した方がいいかもしれませんね」

「本人は今までのイベントで手に入れたアイテムで満足していたが、他にも差し入れを入れてやるべきだろうな」

 

ギルドの縁の下の力持ちであるイズにはお礼をすることが決まったところで、今度はモミジがカスミを見下ろした。

 

「それにしても、話は聞いていましたが、本当に子供の姿になるんですね」

「・・・ステータスも一時的に下がってしまうからな。報酬を確認したら、私は抜けさせてもらう」

「はい、わかりました」

 

カスミの言葉に頷きながら、モミジはデスフロッグが倒れていた場所に向かう。

そこには、2振りの短剣が落ちていた。

 

【劇毒の短剣】

【STR+20】【AGI+20】【劇毒】

 

【劇毒】

10%の確率で、強力な毒ダメージを与えつつ、効果時間内に徐々に最大HPを減少させる状態異常を付与する。

減少した最大HPは死亡か1時間経過によって解除される。

この効果は耐性・無効スキルによって防がれない。

 

【黒死の短剣】

【STR+20】【AGI+20】【黒死】

 

【黒死】

10%の確率で、相手を麻痺状態にしながら継続ダメージを与える状態異常を付与する。

この効果は耐性・無効スキルによって防がれない。

 

「お、おぉ・・・これはすごいですね・・・」

 

STR値が高めの短剣を狙おうと思ったら、まさかの超強力な状態異常を持っているものを手に入れることになった。

おそらく、デスフロッグが食べたことで性能が強化されたのだろう。

一通りの性能を説明し終えたところで、カスミはなんと言えばいいのかわからないような、微妙な表情になった。

 

「私が言えることでもないんだが・・・やはり、このギルドにはまともなプレイヤーはいないのかもしれないな」

「それ、本当にカスミさんが言える立場じゃないですよね」

 

【楓の木】内では比較的まともなカスミでさえ、今は小さな子供の姿と化しているのだから、ブーメランもいいところだ。

 

「それで、モミジはどうする?」

「そうですね・・・少し、ここでこの武器の性能を確かめてみようと思います」

「わかった。では、失礼する」

 

そう言って、カスミは光に包まれてイベントマップから出て行った。

一応、街の中で入ったから、マップに降りてすぐにモンスターに襲われるということはないだろう。

それでも、プレイヤーからの好奇の視線にさらされることになるだろうが。

 

「それじゃ、こっちはこっちで確かめたいこと試してみよっと・・・せっかくだし、プレイヤーも狙ってみようかな・・・」

 

本来はPvP要素はないイベントなのだが、この辺りはシオリの教育とメイプル譲りのリアルラックの賜物と言うべきか。

翌日、第6回イベント最終日に多くのプレイヤーが原因不明の突然の死にみまわれ、様々なところで原因の討論が行われたが、それがモミジの新しい武器の試運転であったことに気付いたプレイヤーは()()()()いなかった。




web版防振り、言ってる傍から更新再開しましたね。
まぁ、こちらは予定通り一時更新停止しますが。

カエルで強いやつって考えて、トリコのGODを思い出しました。
登場前のシルエットでなんとなく「カエルっぽいな~」なんて思ったらマジでカエルでビビったのは懐かしい思い出です。

考えてみれば、モンハンX・XXの二つ名リオレイアの劇毒も毒無効で無効化しきれなかったことを思い出しました。
モンハンは3DSのやつしかやったことがないんですが、4Gが一番楽しかったですね。
ただし極限化、てめぇはだめだ。特にラージャン。


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第6回イベント 終了

「はぁ~、終わった終わった~」

 

第6回イベントが終了した後、ギルドホームでシオリが椅子の上で背伸びしながら満足そうにしている。

 

「ずいぶんとご機嫌だな」

「そらそうやで。アナちゃんと一緒にイベントマップに行ってからは、けっこうアイテムを落としてくれたからなぁ。収穫もがっぽりや」

 

初日は数を狩っているにまったくドロップしないと嘆いていたシオリだが、あれ以降はそれなりにイベントマップに行けたらしい。

たぶん、シオリの物欲センサーがアナと会ったことで弱まったんじゃないか、それ。

俺から見ても、シオリは他より物欲センサーが強い部類だし。

むしろ、今までの強運が異常だっただけだ。

今回の場合、目的のクリスタルを求めていたことで物欲センサーが発動して、アナと遭遇したことで満足して物欲センサーが弱まった、ってところか。あと、スキルを手に入れたことも含めて。

 

「あっ、クラルさん、シオリさん」

 

そんなことを話していると、モミジがギルドホームにやってきた。

その腰には、見たことのない短剣が2本ぶら下がっている。

 

「モミジ、その短剣はどうしたんだ?」

「これですか?最終日にカスミさんに手伝ってもらいつつ手に入れたんです。とても強いんですよ」

 

どうやら、最終日にモミジも満足のいくものをゲットできたようだ。

モミジは情報面でギルドにかなり貢献してもらったから、いいものを手に入れれたようでなによりだ。

 

「それで、どんな武器なんだ?」

「えっとですね・・・」

 

若干興奮気味なモミジから武器の説明が出てきたんだが・・・案の定というべきか、やばい類だった。

状態異常耐性・無効スキルを貫通するだけでも強いのに、効果がえぐすぎる・・・。

これだと、俺やシオリは当然だが、メイプルも簡単に倒せてしまう。

メイプルの強みは圧倒的な防御力だが、【毒竜】によって毒を無効化するため実質的な攻撃手段は防御貫通スキルしか存在しない。

だが、装備抜きでHPが初期値のままだということは固定値ダメージにも極端に弱いということでもある。

【身捧ぐ慈愛】発動のための【大天使】シリーズがあるとはいえ、それでも強力な固定ダメージには弱い。

モミジの武器は、そんなメイプルに絶大なアドバンテージを持っている、メイプル殺しに限りなく近いものだ。

ついでに言えば、メイプルはプレイヤースキルも乏しいからモミジの不意打ちを事前に察知することも難しいだろう。

心の底から、モミジが【楓の木】に所属していてよかったと思う。

 

「お、クラルとシオリに、モミジも。どうしたの?そんな微妙な表情で」

「あぁ、サリーか」

 

そんなことを考えていたら、サリーもやってきた。

そこでサリーにもモミジの収穫を話したところ、俺と同じような微妙な表情になった。

 

「それ、クラルが言えた口じゃないと思うけど・・・」

「・・・ごもっともで」

 

ただ、理由は違ったようだ。

たしかに、俺もとうとう人間の領域から外れちゃったからなぁ・・・。

それと比べれば、モミジの激強装備なんてかわいらしいもん・・・いや、焼け石に水か。

 

「そういうサリーはどうなんだ?」

「私は、それなりに成果はあったかな」

 

そういうサリーの表情は、随分と満足げだ。この様子だと、何かしらいいスキルか装備を得られたようだ。

 

「うちもそれなりってところやな」

「あぁ、あのスキルな」

「あのスキルって?」

 

そう言えば、【贄と怨霊の連環】のことはサリーには言ってなかったか。

このスキルの詳細をアンのことも交えて話すと、スキルの方に反応を示した。

 

「なるほどねぇ・・・そういうスキルなら、私も欲しかったかも」

「あぁ、そういえば、サリーもVITとは無縁だったか」

 

かなりピーキーなスキルだからと【楓の木】内では特に報告しなかったが、スタイルが俺に近いサリーには言ってもよかったな。

 

「あっ、みんなー!」

「今度はメイプルか」

 

そんなこんなで話していると、狙ったかのようにメイプルがやってきた。

 

「みんな、何の話してるの?」

「第6回イベントの収穫について軽く」

「ちなみに、メイプルちゃんはなんか収穫はあったん?」

 

シオリは興味津々といった様子だが、俺からすれば戦々恐々なことこの上ない。

わずかに身構えつつもメイプルの報告を待つと、すでに微妙な表情になっていた。

 

「う~ん・・・そんなになかったよ。途中からは普通にこの階層を探索してたから」

「あ~、言われてみれば、メイプルちゃんにはきつかったもんなぁ」

 

言われてみれば、AGIが0のメイプルにはフィールドに行くためのアイテムをゲットすることが難しいから、今回のイベントの参加は消極的になるか。

内心でほっと一息つくが、その判断は早かった。

 

「それなら、この階層だとなんかあったん?」

「それならあったよ!」

「お、どんなの?」

「玉座!」

「え?」

 

満面の笑みを浮かべながらの回答に、途中から会話に参加したサリーは動きが停止した。

それはシオリとモミジも同じで、俺は思わずテーブルに突っ伏した。

 

「・・・ごめん、もう1回言って?」

「? 玉座!」

「そっかぁ・・・」

 

俺の内心も、サリーの何かを諦めたかのような一言と同じ感じだった。

とりあえず、これはメイプルからもいろいろと話しを聞かなければならない。

・・・やっぱ、メイプルと比べれば、俺の変化なんて可愛らしいもんだな、うん。




皆さんは物欲センサーで苦労したことはありますか?
自分はモンハン4gで80%で手に入る目的の部位破壊限定素材を4,5回くらい連続で外したことがあります。
あれは精神的にきつかった・・・。

それでは、宣言した通り一時投稿停止いたします。
ここで宣言することでもありませんが、念のため。
いつ頃復帰するかは未定ですが、たぶん1,2か月を目安にしますかね。


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再会

「はぁ~~~~~・・・・・・」

 

第6回イベントが終わって少し経った後、俺はギルドホームのテーブルに突っ伏していた。

というのも、

 

「なんか・・・すっげぇ疲れてる感じ・・・」

 

攻略や探索のモチベーションが、今までにないレベルで低下していた。

もちろん、今までも休憩を挟むことがなかった、というか4層の【ふわふわふれあいルーム】でがっつり休憩を挟んでいたが、5層に来てからはその機会もかなり減っていた。

探索もそうだが、雲の足場に慣れるために多めに戦闘をこなしていたというのもある。

さらに言えば、第6回イベントでもほとんど休みなしだった。

そのつけが、第6回イベントが終わった今に回ってきたって感じか。

そんな感じでだらけていると、ベルの音と共にドアが勢いよく開かれた。

 

「よっしゃ来たでー!・・・って、なんや。珍しく、えらくしおれてんなぁ、クラル」

 

騒がしい声と気配と共に現れたのはシオリだった。

 

「あぁ・・・なんて言うんだろうな。なんか、やる気が出ないと言うか、やけに疲れていると言うか、そんな感じだ」

「あ~、なるほどなぁ。たしかに、ここ最近のクラルは頑張りっぱなしやったからなぁ」

 

俺の返答に、シオリは妙に納得していた。

 

「だって、第6回イベントの時も働きっぱなしやったやろ?4層の白鬼の時から気を張り詰めっぱなしやったから、イベントが終わって気が抜けたんとちゃう?」

「そんなの、俺も言われずともわかっているわかっているんだが・・・どうしたもんかと思ってな」

 

ほぼ習慣的にログインしたはいいものの、結局やる気も起こらず暇を持て余しているのが今の俺だ。

 

「せっかくだし、しばらくは休暇と称して観光に行こうかとも思っていたんだが、どうしたものかと思ってな・・・」

「観光やったら天空城があるやろ?」

「それもそうなんだが、俺の経験上、絶対に観光で済まない」

「あ~・・・」

 

メイプルと知り合ってから、メイプルの謎ラックが俺にも影響を与えているのか、なんでもないところでイベントが発生する事態がしばしば起こっている。

そのメイプルがトンデモイベントを起こした場所に行くとか、絶対に俺にも何かが起こるに違いない。

俺には、その確信がある。

 

「そういうわけだから、今日のところは街をぶらつくくらいにするし、少しの間はログインを控えるかもしれん」

「それでええと思うよ。たまにはそういうのも悪くあらへんとちゃう?」

「あぁ」

 

シオリと話しているうちに予定がまとまった俺は、そのまま立ち上がって当てもなく街をぶらつくことにした。

とはいえ、4層と比べれば5層の街はそこまで広くない。

結局、雲菓子を買い食いして適当にぶらつくだけで終わりそうだ。

 

「あ、クラールハイトさん。お久しぶりです」

 

中央広場のベンチに座って雲菓子を食べていると、後ろから声をかけられた。

振り向くと、そこにはアナの姿があった。

 

「奇遇ですね。まさか、ここでまたお会いするとは思いませんでした」

「おう、アナか。まぁ、奇遇・・・って言えば奇遇か。普段ならフィールドにいるわけだし」

「今日はどうかしたんですか?」

「どうにも?ただ、イベントが終わって燃え尽きた感があるから、しばらくはログインを控えるかこうしてだらけていようかと思ってるだけだ」

「なるほど・・・では、ここで会えたのはちょうどよかったですね」

「どういうことだ?」

 

ここで俺に会って、何か都合のいいことでもあるか?

 

「実はですね、私も【楓の木】に所属しようかと思いまして」

「へぇ、そうなのか。だが、無理はしなくてもいいと思うぞ?」

「別に無理をしているわけではありませんよ。でも、1ヵ月ほど所属して空気が合わなかったら、脱退するかもしれませんが」

「それくらいでいい。シオリにもちょうどいい飴と鞭になるだろうしな」

 

そのまま【楓の木】に所属し続けるならそれでよし、もし抜けたとしても多少はシオリにもいい薬になるだろう。

 

「はい。そういうことですので、私をギルドメンバーに登録してもらってもいいですか?」

「わかった。そういうことなら、俺も立ち会おう」

 

雲菓子を一気に口の中に押し込んで、俺は立ち上がった。

ついさっき出たばかりのギルドホームに、アナを連れて戻る。

ギルドホームに入ると、イズが何やら作業をしていた。

 

「おう、イズ。何やってるんだ?」

「いろいろとアイテムの用意をね・・・って、その子は?」

 

そういえば、イズはまだアナに会ったことがなかったか。

 

「アナっていう大鎌使いで、第6回イベントの時にシオリが知り合った。ここに来たのは、アナを【楓の木】に登録するためだ」

「なるほど、そういうことだったのね~」

「はじめまして、アナです。イズさんの名前は、イズさんが【楓の木】に所属する前から聞いていました」

「あらあら、私もあの時からけっこう有名人だったしね~」

「最近は、俺たちの中でも装備の整備を頼むことが少なくなってきたからな。1人増えたところで問題ないだろ?」

「そうね。メイプルちゃんとかサリーとかクロムとか、ユニーク装備で装備が消耗することがないし、最近はアイテムを作ることの方が多くなってきたくらいよ。まぁ、私の本職はむしろそっちなんだけど、武器の整備はもちろんだし、なんなら新しい装備の相談でも・・・」

「それはまたの機会にしてくれ。今はアナの登録が先だ」

「あっと、それもそうだったわね。それじゃあ、アナちゃんも、これからよろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

 

丁寧にあいさつをしたアナをモニターまで案内し、アナを【楓の木】に登録した。

 

「さて、まずは1週間を目安に、だな。これからよろしく頼む」

「はい、よろしくお願いします」

 

改めて、アナに歓迎の言葉を贈った後は、ギルメンにアナが【楓の木】に所属することになった旨を伝えた。

とりあえず、真っ先に返信が来たシオリの反応が凄かった、とだけ言っておこう。




どうも、お久しぶりです。
およそ1ヵ月ぶりですね。
控えめな文章量と内容で復活しましたが・・・気を休めるどころか、結果的にさらに頭を悩ませることに・・・。
主に天空城と【ラピッドファイア】のせいで。
いや、天空城はまだいいんですよ。
【ラピッドファイア】の2人が、もろクラルとキャラが被ってしまっているというか、「2人でプリキュア」ならぬ「2人でクラールハイト」な感じになってしまったというか・・・。
それに、一部のスキルもちょっと区別化する必要がでてきちゃいましたからね。
ここでは、【拡散】と【矢の雨】、【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】とリリィの召喚系スキルを考察も交えて区別化しようと思います。

“【矢の雨】は【拡散】よりも矢の数は多いが、1発あたりの威力は減衰する。【拡散】は矢の数は【矢の雨】よりも少ないが、矢の威力減衰はない。”

“リリィの召喚系スキルは兵隊に限るが、召喚数は圧倒的に多い。多分、時間経過でMPを消費するタイプ。【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】は兵装も召喚可能で、兵隊の質はこちらが上。種類ごとによる召喚時のMP固定消費”

とりあえずは、こんな感じですかね。
他にもいろいろとツッコみたいスキルはありますが、今のところはこの辺にしておきます。
それと、すごい個人的な要望なんですが、防振りのスキルの種類がシャレならないほど多くなってきて、細かい説明がないスキルも数多くあるので、どっかで“スキル全集”的なものを書いてほしいですね。
というか、作者さんもどれだけ把握してるか謎。


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第5層ボス

3月の初め頃。ようやく第6層が実装された。

すでに先遣隊からボスの情報は出ているため、俺たちも攻略することになった。

そして、

 

「そういや、俺とモミジはアナと一緒に戦うのは、これが初めてだな」

「はいっ。よろしくお願いしますね、アナさん」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

今回は、俺、シオリ、モミジにアナを加えたメンバーで行くことになった。

アナの戦闘は、機会に恵まれなくて俺とモミジはまだ見ていない。

これが初めての共闘だ。

 

「さて、今回のボスは雲でできたクラゲ、状態異常を何種類か使うようだ。物理攻撃は有効、俺たちにはあまり関係ないが、防御貫通攻撃も無しとのことだ」

「う~ん、メイプルちゃんがおったら楽なんやけど・・・」

「もうすでに行ってしまいましたからね」

 

俺たち以外の8人は、すでに階層ボス攻略に出発している。

俺たちもなんとか集まれたものの、少し乗り遅れてしまった。

 

「別にメイプルを待ってもいいが、さすがに往復は時間がかかるに決まっているし、待つのも癪だ。このメンバーで行こう。幸い、ボスはそこまで火力は高くないみたいだから、よほど油断しない限り死なないだろう。ていうか・・・」

「うちがさっさと終わらせてもええしな」

 

単純な火力で言えば、シオリはユイとマイと同等以上。シオリに頼んでさっさと終わらせるのも1つの手だ。

なんなら、飛行型なら俺の弓矢も存分に活躍するし。

ただ、

 

「そうなると、モミジとアナの出番はほぼなくなっちゃうんだよな・・・」

 

俺とシオリで出番を独占するのも、俺としては忍びない。

だから、2人もできるだけ戦えるようにしようと思ったんだが・・・

 

「気にしないでください。それが一番有効なのは、私も分かっていますから」

「私も、楽できる分には構いません」

 

モミジは全面的に俺の提案を受け入れ、アナも「むしろ楽させてください」と言わんばかりの態度のようだ。

そこまで言うなら、俺も気兼ねする必要はない。

 

「そんじゃ、方針も決まったことで、さっそく向かうか」

「よっしゃ!」

「はい!」

「はい」

 

三者三様に返事をして、俺たちはダンジョンに向かった。

 

 

* * *

 

 

クローネとフウの背中に乗って移動した俺たちは、あっという間にダンジョンにたどり着いた。

そして、前衛にアナ、中衛に俺とシオリ、後衛にモミジという隊形になった。

 

「ボスはお2人に任せるので、道中は私たちに任せてください」

 

とはアナの弁だ。

さすがに、全部を俺たちに任せるようなことはしないつもりだったらしい。

まぁ、そのつもりになれば俺だけでもシオリだけでも道中は蹂躙できるからな。

そういうことで、サイドから近付いて来た分だけ俺が撃ち落とすことになったわけだが・・・

 

「・・・アナ、めちゃくちゃ強くないか?」

「そうやなぁ・・・確実にイベントの時より強いわ」

 

アナが鎖鎌によるリーチをふんだんに使った広範囲殲滅で、ほとんどのモンスターを俺たちに近づけさせなかった。近くの敵を大鎌で刈り取るのはもちろん、鎖分銅による中・遠距離攻撃から大鎌の投擲からの鎖分銅による広範囲攻撃によって俺たちの担当する分まで根こそぎ倒していった。

モミジの方も、イベントで手に入れた短剣が猛威を振るっているおかげで単独で複数のモンスター撃破できているが、撃破数は圧倒的にアナの方が上だ。

 

「すごいなぁ、アナちゃん。いつの間にこんなことができるようになったん?」

「シオリさんと一緒に探索した後です。あの後、私だけでも対多数戦闘が行えるように練習しました」

「なるほどなぁ・・・」

 

やはりと言うか、アナは努力を積み重ねるタイプの一般的なプレイヤーのようだ。断じて不可思議行動からのとんでもスキルのコンボをかます大盾使い(誰かさん)や圧倒的PSで始めた時から理不尽回避しまくる短剣使い(誰かさん)とは違う。使う武器はマニアックだが、最近【楓の木】に失われかけてた、限りなく平凡に近いプレイヤーだ。まぁ、俺も盛大に人のことは言えないが。

それはともかく、絶対に最後の良心であるアナを脱退させるわけにはいかない。

 

「シオリ、絶対にアナをギルドから逃がすような真似はするなよ」

「わ、わかったて」

 

ひとまず、一番原因になりうるシオリに小声で忠告をしておいた。

そんなことを話しているうちに、あっという間にボス部屋までたどり着いた。

 

「この面子だと、バフはかけられないか・・・」

「いや、いらへんやろ」

「そりゃそうだが、お前だって一撃離脱が基本だから結局時間がかかるだろ」

 

走っている最中しかろくに攻撃できないシオリは、攻撃しては離れてを繰り返すため、一撃で仕留められないボス相手には多少てこずってしまう。

そう思っていたが、何やらシオリには秘策があるようで。

 

「ふっふっふ、それは前までの話や。今のうちは、一味違うで」

「なんだ、そうなのか?」

「どうせやから、うちだけで終わらせたるわ」

 

何やら自信満々なようなので、ひとまず最初はシオリに任せることにした。

そして、ボス部屋に入ると、雲でできた部屋の天井が膨らみ始め、その部分がちぎれて触手が生えてきた。

あれが、今回の階層ボスか。

 

「んじゃ、さっさと終わらせてくれよ」

「はいはい、うちに任しとき!【超加速】!」

 

そう言って、シオリは目で追いきれないほどのスピードで疾駆した。

あっという間に距離を詰めたシオリは、触手を駆け上ってあっという間に本体に近づいて攻撃した。

だが、今まではそこから離脱していたが、今のシオリは離脱せずにクラゲに張り付き、そのまま連続で攻撃し始めた。

その圧倒的な暴力を前に、結局クラゲは10秒足らずで倒された。

クラゲを倒し終えたシオリは、俺たちの前に立ち止まってドヤ顔を決めた。

 

「どや。これが進化したうちの戦い方や」

「なるほどな。あのスピードで小回りを利かせるようにしたのか」

 

おそらく、カーブの直前に足を地面にグリップを利かせるようにして深く踏み込み、できる限り慣性に抗うことであの小回りを実現したのだろう。

結局、こいつもこいつでどちらかと言えば努力はする人間だってことだな。

 

「結局、俺は何もしないまま終わっちまったが・・・まぁ、楽できたくらいに考えるか。さっさと第6層に向かおう」

 

ぶっちゃけ、ちょっと暇だったのは否めないが、たまにはこういうのもいいだろう。

そう思いなおすことにして、第6層に続く道を進んだ。

しばらく歩き、新たな階層に出口をくぐった。

 

「おぉ~・・・」

「なるほどな。こう来たか」

 

俺たちの前に広がるのは、一面に広がる荒野に連なる墓標に、霧がかった薄暗いエリア。

第6層は、ホラーチックな階層だった。




台風が接近して気圧が低いからか頭痛がやばい・・・。

【楓の木】ほぼ唯一の完全な良心枠、アナ。
たぶん、アナちゃんを劇的に強化する機会は少ないと思います。
あくまで、完全な良心枠を目指すつもりなので。

シオリの攻撃は、ダンまちの外伝の方でフレイヤ・ファミリアの猫がやってたのをモチーフにしてみました。
fateでもそうですけど、最速キャラは槍使いが鉄板なんですかね?
他のそう言うキャラを知らないのでなんとも。


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第6層

ボスを突破してから街に向かう道中、俺は念のためにあることを確認しておいた。

 

「ちなみに、この中でホラーがダメとか苦手だったりする人は?」

「うちはよゆーや」

「少し苦手ですが、倒せるなら別に」

「私は全然」

 

どうやら、ここにはホラーに耐性がまったくない人物はいないようだ。モミジだけ少し脳筋理論が入っているが、頼もしいことに変わりはない。

 

「そういうクラルさんはどうなんですか?」

「俺も全然。ていうか、シオリとよくゾンビゲーやってたから」

 

なんだったら、嬉々としてゾンビを殲滅してたよ。

 

「となると、後は他のメンバーがどうかだが」

「大丈夫なんじゃないでしょうか?あまりそういう話は聞いてませんし」

 

たしかに、クロムやカスミ、イズは熟練ゲーマーだし、カナデやユイマイもどちらかと言えばそう言う雰囲気を楽しむ節もあった。

メイプルも、まぁダメージが通らないなら平気そうだし、サリーだっていろいろとゲームをやりこんでる・・・。

 

「・・・」

「ん?どうしたんや、クラル?」

「いや、なんでも」

 

シオリに曖昧に返したが、思い返してみれば、前のオフ会の際に俺の部屋にあるゲームをやろうってなった時に、例のゾンビ系ゲームに手を伸ばしかけたところでサリーがビクンッと肩を震わせていた気がする。あの時はそういう気分じゃなかったから選ばなかったが、もしかしたら、サリーは実はホラーが苦手だったりするのだろうか?

なんか気になるし、後で本人かメイプルに聞いてみよう。

そんなことを考えながらも、街に到着した。

やはりと言うか、外観はどれも廃屋のようにボロボロだ。いや、いっそ廃虚そのものと言っても過言ではないか。

そして、やはりと言うべきか、ギルドホームも外観はかなりボロボロだった。

 

「さ、さすがに内装は大丈夫だよな?」

「いや~、大丈夫やと思いたいな~・・・」

「シオリさんも、ちょっと自信なさげじゃないですか」

「とにかく、入ってみないことにはわかりません」

 

アナの言う通りだ。

だから、意を決して扉を開け放った。

中は、今まで通り住みやすい快適な空間が広がっていた。

さすがに、中までボロボロの廃屋状態にするほど運営も鬼畜ではなかったらしい。

あと、意外にもメイプルたちよりも俺たちの方が早かったようで、他に姿はない。

考えてみれば、【暴虐】を使っていないメイプルは圧倒的に鈍足なのに対し、俺たちは移動も攻略の最中もサクサク進んだから、攻略スピードに差が出るのも仕方ない話ではあるか。

 

「それじゃあ、これからどうするん?」

「今まで通り、下調べからだな。俺は、ここで他のみんなを待ってる」

「わかったわ。ほんじゃ、2人も行こか」

「はい!役に立つ情報を集めてきます!」

「私は、適度に見て回るくらいにしておきます」

 

そう言いながら、3人は6層の街に消えていった。

3人が出て行ってから待つこと十数分、メイプルたちもギルドホームにやってきた。

 

「わっ。クラル君、もういたんだ!」

「まぁな」

「さすがだなぁ。先に行った俺たちよりも早く攻略するとか。そんなにアナちゃんは強かったのか?」

「あぁ。なんというか、クロムとかカスミとか、ペインに近い堅実的な強さだった。それでいて、努力を怠らない」

「なるほど。そりゃあ最高だ」

 

クロムも、ちらりとメイプルを見てからそんなことを言うあたり、これ以上心臓とか胃とかに負荷をかけないアナの存在は大きそうだ。

 

「それで、他の3人は?」

「街を見に行った。俺もこれから出かけようと思う」

「そうか。んじゃ、俺もギルドホームの中を見て回るとするか」

 

クロムも、他のメンバーに少し遅れてロビーから出て行った。

だが、俺はまだ動かない。

それを不審に思ったのかは知らないが、サリーが話しかけてきた。

 

「えっと、クラル?出かけるんじゃなかったの?」

「あぁ、これから出かけるつもりだぞ?だが、今とは言ってない」

「そう・・・」

 

そう言って、じっと俺の眼を見るサリー。

俺も負けじとサリーの眼を見据える。

そんな謎のにらみ合い・・・というか、何かを懇願するかのようなサリーに対して、俺はただただ無表情でサリーを見ているだけだが。

さすがにこれ以上は他の誰かが戻ってくるかもしれないから、俺から先に折れることにした。

 

「それじゃあ、そろそろ行くとするか」

「そっか。じゃあ、いってらっしゃい」

「あぁ。それとな、別に無理してまで見栄を張る必要はないと思うぞ?」

 

そう言うと、ビクッ!とサリーの肩が震えた。

 

「・・・もしかして、知ってる?」

「知ってるというか、気づいてた。前のオフ会で、俺がゾンビゲームに手を伸ばそうとしたときにあからさまに怯えてたし」

「ぐっ、あの時か・・・ちなみに、シオリは?」

「バレてないだろう。サリーの方は見てなかったし」

「そっか・・・じゃあ、7層が実装されたら戻ってくるから・・・」

 

今まで相当無理してたのか、サリーは力のない笑みを浮かべながら逃げるようにログアウトしていった。

 

「クラル君って、案外いじわるだったりするのかな?」

「俺にまで遠慮しなくていいっていう親切心のつもりだったが・・・逆効果だったか?」

「たぶん」

 

そうか、結果的には、ただサリーに無理をさせてしまっただけになってしまったか。

もう少し気を遣うようにしよう、うん。

 

 

* * *

 

 

サリーへの気遣いを考えるようにした後、俺も6層の街を見て回ることにした。

とはいえ、建物のほとんどが廃屋であるせいか、ホラーに耐性のある俺でも少し気が滅入る。

それに、

 

「っ・・・またか。鬱陶しいな・・・」

 

廃屋を通り過ぎるたびに、首筋を生暖かったり冷たかったりする風が撫でるのが鬱陶しい。

街の中だから気にする必要はないと思うようにしているが、どうしても気になってしまう。

 

「やっぱ、モンスターもアンデッドとかがメインになるんかね・・・」

 

店を確認してみれば、除霊の札や清めの塩みたいなアンデッド特攻らしきアイテムもそれなりにあった。

 

「ゾンビとかスケルトンはともかく、ゴースト系とか物理が効かなさそう・・・ん?そう言えば・・・」

 

ふと、今装備している長刀に目を向ける。

こいつを手に入れた時に戦った佐々木小次郎も、どちらかと言えば幽霊に近い存在だった。

だとすれば、あれと同じような存在が他にもいるのでは?

 

「ふむ・・・怪しいところを徹底的に洗ってみるか」

 

5層では、飛躍的な成長やスキルの取得はなかった。

だから、そこでの遅れを取り戻すくらいのものは手に入れなければ。

 

「まずは、こことここ、あとここも・・・」

 

まずは、何かありそうなところに目星をつけよう。

それから、しらみつぶしに探していこう。




ツイッターで予告しそびれました。
元々投稿できると思っていなかったんですが、思ったより手が動いて完成したので投稿しました。

とりあえず、クラルとシオリを含めた4人ほどを強化する予定。
たぶん、気まぐれで追加することになるとは思いますが。


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戦場巡り

翌日、ひとまずは地図を買って、気になる場所をしらみつぶしにマークした。

廃墟のある場所とか、戦場っぽい平野とか。

この階層は、ホラーと一括りに言っても和風も洋風もある。4層の関係か街には和風は少ないが、フィールドには両方が入り混じっている状態だ。

その中でも、特に和風っぽいところを探してみる。

 

「さて、と。最初は・・・この辺りに行ってみるか」

 

まずは、比較的近い丘に行ってみることにした。

説明文には、武士が戦をした跡だと書いてあるが・・・。

洋風建築があるのに武士が出てくるとか、さすがに無理があるんじゃないか?

 

 

* * *

 

 

とりあえず、割とどうでもいい疑念は頭の片隅に追いやりつつ、目的の平野にたどり着いた。

ちなみに、今の装備は黒竜一式だ。ゴースト系は物理が効きにくいから、【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】を活用できるこっちにした。

まぁ、今のところは結局スケルトンとかゾンビ系が多いけど。

しかも、設定に忠実なのか、丁寧に甲冑まで着てるし。

 

「はぁ、結局こっちか。【クイックチェンジ】」

 

さっさと武装を変えて、まとめて斬り伏せる方向にチェンジした。

なんか100体辺りから数えるのをやめたけど、それくらいには大量に湧いた雑魚モンスターを倒し続けた。

ていうかさ、明らかに数が異常じゃね?絶対、1人に襲わせる量じゃないって。

まぁ、俺としては物足りないけど。

 

「さすがだな、クラールハイト」

 

モンスターもわかなくなって一息ついたところで、後ろから声をかけられた。

振り向いてみれば、ペインが拍手をしながら俺に近づいて来ていた。

 

「なんだ、のぞき見してたのか」

「偶然見かけただけさ。それにしても、いったい何体倒したんだい?俺が見始めた時からカウントしても、100体以上は斬っていたと思うが」

「さぁな。俺も100体から数えるのやめたし。でも、気づけば30分経ってたからな~・・・下手すれば300超えるかも。あ、レベルも上がってる」

「なるほどな・・・そういえば、こんな話を知らないか?」

 

なんだ?俺が掲示板を見た限りは、そんな話はなかったと思うが。

 

「俺のギルメンからの情報なんだけどな、フィールドのいたるところに、異様にモンスターの数が多いエリアがいくつかあるらしいんだ。ここも、その1つだ」

「へぇ・・・となると、ペインがここに来たのはそれを確認するためか」

「そういうことだ。そして、それは当たりだったようだな」

「俺なら、木偶がいくら出て来てもどうとでもなるが・・・最低でも100以上のモンスターが一か所に出てくるってのは不自然だな。なにかイベントがあると見てもいいか。言い値を払うから、今の段階で判明してる場所を教えてもらっても?」

「そうだな・・・10万Gでどうだ?」

「・・・そこで遠慮なくぶんどるあたり、ペインもちゃっかりしてるな。払うけど」

 

幸い、俺一人で金を大量に使うことは少ないから、10万くらいなら簡単に払えるくらいの蓄えはある。

その場で10万G、即金で支払って、情報をもらった。

その情報によると、ここの他にあるのは、ここから近い順に川辺、平野、山の中で、偶然にもそこは戦いがあったというテキストがある場所だ。

 

「ふむ・・・とりあえず、片っ端から行ってみるか。俺の方でも、何かあったらメッセージを送ろう」

「助かる」

「情報、ありがとな」

 

ペインに情報の礼を言ってから、俺は近くの川辺に向かった。

 

 

* * *

 

 

その後、俺はペインの情報通りの場所に向かった。

川辺では小舟の集団と出くわして、舟に乗ったモンスターの矢の雨を回避しつつ【機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)】のミサイルランチャーで爆撃してまとめて吹き飛ばした。

平野では、馬(ゾンビのように体が腐っていた)に乗った騎兵をこれもミサイルランチャーで爆撃した。

うん、文明の利器のありがたみがよくわかる。

どれだけ数を揃えても、相手に遠距離の攻撃手段がなかったら、こっちは兵器で遠距離から一方的に攻撃できるからな。弓矢程度なら当たる方が難しいくらいだし。

そして、最後は山を登りながら、僧兵のような格好と武器のモンスターを片っ端から斬り捨てた。

やっぱりと言うかなんというか、モンスター程度じゃ数を出されてもちょっと物足りないなぁ。

ペインの方が、よっぽどやりごたえがある。

もちろん、白鬼は別で。

ただ、なぎ倒しながらもなんか既視感を覚える。

戦場の場所と言い、襲ってくるモンスターの格好といい、まさに日本の戦国時代そのものだ。

もっと言えば、こんなシチュエーションで戦をした武将がいた気がする。

それが誰だったか、あと少しで思い出せそうなんだが・・・。

それを考えているうちに、山の頂上にたどり着いた。

 

「うわ・・・なんだ、これ」

 

そこでは、立派な木造建築が燃え盛っており、中から燃えている人間が出てきている。

このゲーム、全年齢対象だったよな?

俺でも軽く吐き気がこみあげてくるんだが。

だが、これではっきりした。

僧兵に、山の中の建物の焼き討ち。さらには、今までの戦場の状況。

こんなことをしたのは、俺の知る限り1人しかいない。

次の瞬間、通知音と共にメッセージが届いた。

 

【EXダンジョン・安土城への挑戦権を獲得しました】

 

そんなメッセージと共に、マップにダンジョンの場所が表示された。




えぇ、ここまで来れば、もう誰かおわかりですよね。
明らかにやばいことになりそう。

くっそどうでもいいことなんですけど、頭の中でペインをイメージしようとするとにじさんじの某英雄が思い浮かんでしまうのは自分だけなんでしょうか。
金髪騎士ってだけで問答無用で脳内変換しちゃいそう。


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織田信長

「安土城、ね。やっぱりそう来たか」

 

この城にいる武将なんて、1人しかいない。

さらにEXダンジョンという響きからしても、4層の白鬼と同じ気配を感じる。

仮にそうだとしたら、白鬼のリベンジ前にちょうどいい挑戦になるかもしれない。

 

「場所は・・・少し遠いな。クローネ、【覚醒】、【巨大化】」

 

俺はクローネを呼び出して背中に乗り、安土城のある方向に向かった。

しばらく移動するが、城らしきものはどこにも見えない。

・・・いや、

 

「石垣は見えるな。地面に降りろってことか」

 

まぁ、上空から城に侵入して過程をすっ飛ばすわけにもいかんか。

もしかしたら、入ったらすぐに戦闘になるかもしれんけど。

実際にどうなるかは、実際に降りて入ればすぐわかることだ。

クローネに指示を出して、いったん石垣の近くに降りた。

すると突然、俺たちの周囲に霧が立ち込め、視界が閉ざされてしまった。

だが、霧自体はすぐに風に流されるように消えていった。

そして、霧が晴れた先にはいつの間にか立派な城が建っていた。

 

「お~、すげぇ~。これって、実際に安土城をモデルにしてるんかね?」

 

別に俺は日本の城に詳しいわけじゃないからわからんけど、一番上とか金でピカピカに光ってるし、本当にそうなのかもしれん。いや、知らんけど。

とにもかくにも、まずは試しに中に入ってみよう。

 

「失礼するぞ、っと」

 

立派な門をくぐり、城の敷地内に入った。

次の瞬間、

 

「敵襲ー!であえ、であえ~い!」

 

ホラーゾーンにしてはずいぶんと場違いな声と共に、甲冑を身に纏ったゴーストが多数出てきた。

 

「ここで来るのか・・・【クイックチェンジ】、【創造(クリエイト)】」

 

即座に黒竜シリーズに変えて、両手に拳銃を持って迎え撃った。

幸いと言うか、武士ゴーストの体力はそこまで高くないようで、【黒竜ノ息吹】によるダメージ補正がなくても十分返り討ちにできたし、城と言うには大した防衛設備もなくて不意打ちも少ない。

とはいえ、なかなか狭い場所に大勢で来られるから、なかなかにめんどくさい。

そうして、めんどくさい敵襲を返り討ちにしつつ進み続けること30分ほど、

 

「ふぅ、やっとここまで着いた」

 

MPポーションをあおりながら、ようやくたどり着いた城への入り口を見る。

さすがに4層の塔のようにでかい門があるわけではなく、普通のサイズの2枚扉だ。

 

「すぅ~、はぁ~・・・たのもー!」

 

深呼吸を挟んでから、俺は思い切り扉を開け放った。

中に入ると・・・そこにはただ広い空間だけがあった。

所々に支柱があるが、家具や飾り物はないに等しい。

ただ、奥を見れば、荘厳な腰かけとそこに座っている黒髪の女性の姿があった。

なぜか、纏っているのは軍服だが。

 

「む?なんじゃ、お主は?」

 

とりあえず近づいてみると、相手の方から話しかけてきた。

 

「気づけば、外にいた兵たちもほとんどがやられているようじゃな・・・お主も、わしの首を狙いに来た口か?」

 

別にそういうわけじゃ・・・いや、そうだな、うん。

ただ、相手が女性だったことにちょっと困惑してただけで。

ていうか、女性と言っても少女くらいの年齢にしか見えないんだが。

 

「ふん、今さら逃げようと思っても無駄じゃ。わしの城に攻め入って、兵たちを大勢殺したのじゃ、ここで逃がすわけがなかろう」

 

少女がそう言うと、俺が入ってきた扉が勢いよく閉じられた。

 

「わしは第六天魔王、織田信長。せいぜい足掻いてみせよ」

 

少女・織田信長がそう言って立ち上がった途端、信長の周囲に数十丁の火縄銃が現れ、俺に照準を定めた。

 

「やばっ」

「鉄砲隊、放てい!!」

 

信長の号令と共に一斉に放たれた銃弾を、なんとかその場から飛びのいたことで躱した。

ていうか、信長が女なことといい、身に着けている衣服が近代の軍服っぽいことといい、マジで何がどうなっているんだ?

これを考えたクリエイターは、いったいどこの世界線からこの信長を持ってきたんだよ!

だが、それはともかくとして、やはりというかこの信長はトンデモなかった。

数十丁の浮遊する火縄銃を自在に操り、発砲しても即座に次の火縄銃を召喚、攻撃の手を一切緩めない。

たしか、長篠の戦でも3丁の火縄銃をサイクルすることで装填の隙を減らした戦法をとってたよな。これも、それをモチーフにしてるのか。

だが、白鬼と違って面の制圧じゃなくて点の制圧だから、なんとか避けれているし、回避の合間に攻撃することもできる。

その甲斐あって、わずかずつだが信長のHPも削れている。

とはいえ、こんな動きはそう長くは続かない。

さっさと倒してしまいたいところだが・・・

 

「はっは!なかなかやるではないか!」

 

そう思っていた矢先に、信長が哄笑した。

どうやら、次の段階に入るようだ。

 

「ここまで生き残るとは、なかなかしぶとい。じゃったら、わしも出し惜しみはしてられんのう」

 

その言葉に、俺は背筋がひやりとする。

 

「【三千世界(さんだんうち)】」

 

信長の言葉と共に、さらに火縄銃が数を増やす。

だが、数百を超えてもまだなお増え続ける火縄銃に、さすがの俺も冷や汗を流す。

そういえば、長篠の戦で使われた火縄銃の数は・・・

 

「3000丁・・・」

 

俺の前に、究極の数の試練が降り立った。




ちょうどこれ書いてるときにスマブラSPの新キャラ参戦の動画やってて、マイクラが出てきておもくそビビりました。
まぁ、自分はやってないんですけどね、スマブラSP。
本体と有料コンテンツで高すぎるんじゃ。


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グダグダ

「しゃあない・・・【黒竜ノ眼】」

 

目の前の理不尽ともいえる光景に、俺は今まで使わなかった、いや、使うかどうか考えたことすらなかった『黒竜ノ眼帯』のスキルを発動した。

元々、相手の動きの僅か先の未来を見ることができるスキルだが、そんなスキルを使わなくても相手のわずかな挙動からスキルで見れるよりも先の未来を予測することができたから、最近は存在することすら忘れかけていた。

唯一、白鬼では使うかどうか一瞬考えたが、そもそもの攻撃範囲が未来を見ても意味がないレベルだったから、結局使わずじまいだった。

だが、今回は白鬼の時のような面ではなく、あくまで点の集合にすぎない。

さすがに数が多すぎるが、そこは甘んじてシステムに頼ることにしよう。

【黒竜ノ眼】を発動し、俺の視界がモノクロに塗りつぶされた次の瞬間、3000丁の火縄銃が一斉に火花を噴いた。

弾丸の軌道が赤い軌道となって俺の視界に映る。

どうやら、ダメージ判定のある部分は赤く表示されるようだが、それ以外はモノクロのままなようで、微妙に信長を視認しづらい。

とはいえ、その程度で見失うほど俺も間抜けではないが。

スキルによって示される赤い軌道からさらに逆算して、安置を一瞬で看破、そこに飛び込むように移動しながら俺も信長に銃口を向ける。

飛び込みながらの体勢で連続して発砲すれば、さすがに全弾ではないにしても1,2発くらいは当たってくれる。【黒竜ノ息吹】の効果も乗ってくれるおかげで、その1,2発でも十分にダメージを与えてくれる。

自在に動く空中を飛び回る火縄銃は背後や頭上からも狙おうとするが、できるだけ限界まで後ろまで下がっているためにその数は少なく、飛行の音と直感で十分に対処できる。

 

(にしても、これは【拡散】取得のときを思い出すな)

 

あの時も、全周囲から放たれる矢を回避し続けた。

あれとは数と弾速が比較にもならないし、俺からも攻撃する必要があるが。

だが、俺のステータスやPSもあの時とは比較にならない。

そのおかげというべきか、体感でおよそ30分ほどで、信長のHPバーは残り1割ほどになったところで、火縄銃がすべて消えた。

 

「はっはっは!面白い、面白いぞ!!ならば・・・」

「悪いが、これ以上は付き合うつもりはない」

 

おそらく第3形態があるんだろうが、俺としてはこれ以上付き合いたくない。

両手の拳銃を捨てて『漆黒の弓』を取り出し、久しぶりに爆弾矢を3本つがえる。

 

「【速射】、【拡散】」

 

放たれた矢は無数に分裂し、炎を纏い始めた信長に襲い掛かる。

 

「【目覚めの奇跡】」

 

さらに、1日に一度発動できる装飾品によって、スキルのクールダウンを0にする。

 

「【速射】、【拡散】」

 

発動中は無敵の可能性も踏まえて、一拍おいてからさらに爆弾矢を3本つがえて放つ。

再び爆炎に包まれ、警戒しながら煙が晴れるのを待つと、そこにはなぜか服を着ていない信長が倒れていた。

幸か不幸か、致命的な部分は見えないようになっていたが。

とはいえ、どうやら倒せたようだ。

とりあえず、何かしらイベントがあるかもしれないと思って近づこうとしたが、

 

「・・・え?」

 

俺が一歩踏み出したところで、そのまま信長は光の粒子となって消えてしまい、元々信長がいた場所には、今回の報酬らしき宝箱が現れた。

 

「・・・もしかして、1発目の時点で倒せてたのか?」

 

それで、2発目を放って待っている最中にイベントが進んで、俺が台詞を聞くこともなく消えてしまった、と?

 

「・・・なんか、すまなかったな」

 

なんとなく悪いことをしてしまった気分になってしまったが、覆水盆に返らず。過ぎてしまったことは仕方ないと宝箱を開けることにした。

 

「中身は・・・まぁ、なんとなく予想はついてたけどな」

 

『魔王の軍帽』

【STR+30】【DEX+20】

【第六天魔王】【破壊不可】

 

『魔王の軍服』

【STR+30】【VIT+30】

【魔王のカリスマ】【破壊不可】

 

『魔王のブーツ』

【AGI+20】【VIT+20】

【天下布武】【破壊不可】

 

『火縄銃』

【STR+50】

三千世界(さんだんうち)】【破壊不可】

 

【第六天魔王】

1日に一度発動可能。MPをすべて消費し、5分間、最大半径100mに継続ダメージを与える炎のフィールドを展開する。

 

【魔王のカリスマ】

MPを消費することで魔王の軍勢を召喚することができる。また、召喚系のスキルの消費MPが2分の1になる。

 

【天下布武】

敵の【神秘】によってダメージが変化する。【神秘】のレベルが高いほどダメージ倍率が高くなり、最大3倍になるが、【神秘】のレベルが低い相手へ与えるダメージは減少し、最低で2分の1になる。

 

三千世界(さんだんうち)

1日に一度発動可能。3000丁の空飛ぶ火縄銃を召喚する。一度に出現する数は任意で変更できるが、火縄銃は1発撃つと消滅する。

 

「はぁ~・・・どうしよ」

 

ていうか、戦国時代の武将モチーフなのに軍服ってのはどうなんだ?

防具は別に弱くはない・・・いや、癖は強いか。完全に相性ゲーになっちゃうし。

【神秘】がなんなのかは要検証だが、装備する分には問題ない。

問題は武器の方だ。

【漆黒の弓】は遠距離で必須だから外すわけにもいかないし、【備前長船長光】だって近接には不可欠だ。

だからといって、そのままほったらかしにするにはもったいないし・・・。

 

「・・・あっ」

 

そこでふといいことを思いついた。

少し手間はかかってしまうが・・・うん、やって損はないだろう。




短いかつ簡単だけど許して・・・。
次こそ、次こそはどうにかクオリティを上げるようにするから・・・。

*サブタイを「時代錯誤」から「グダグダ」に変更しつつ、魔王シリーズに【破壊不可】を追加しました。


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二刀?流

「ふぅ、取れた取れた」

 

織田信長を倒した後、俺はその足で第1層のダンジョン、“毒竜の迷宮”へと向かった。

その理由は、とあるスキルの習得のためだ。

 

「あの時、メイプルからある程度話を聞いておいてよかったな」

 

【破壊王】

両手の装備スロットを必要とする武器が片手で装備可能になる。

 

取得条件

規定時間以内にダンジョンをクリア。要求【STR】100以上

 

【破壊王】は、ユイとマイが2本の大槌を持っているからくりのスキルだ。

あの時は詳しい取得条件は聞かなかったが、レベリングのためのボス周回と2人のSTRの極振りでなんとなく条件は察していた。

そして、わざわざこのスキルを取得するために、俺は初めてステータスポイントの振り直し機能を使い、STRが100になるように振った。

おかげでMPは200くらいまで下がり、INTも0になったが、最近魔法は滅多に使わないし、召喚系スキルの消費MPも半分になったから大して問題はない。それに、これからのポイントを振り直せばいいだけだし。

このステータス初期化の機能、言葉で言うのは簡単だが、これを使うには5000万ゴールドとかいうバカげた金が必要になる。

そのため、初心者救済とはとても言い難く、ここまで稼げるようになるとそもそもスタイルが確立されていることから、滅多に使うプレイヤーはいないらしい。

下手をすれば、俺が初めて使ったプレイヤーになるんじゃないか?

普段からほとんど金遣いをしない俺でも、第4層の拠点の自室の置物をいくつか売ってようやく用意できた額だし。

だが、その甲斐あって、俺は長刀と火縄銃の二刀流?銃刀流?を実現することができた。

スキルを取得できたことだし、さっそく装備してみよう。

 

「・・・ん?なんだこれ?」

 

そう思って装備欄を開くと、【備前長船長光】に見覚えのない欄があって、開いてみると容姿変化の有無が設定できるようになっていた。

装備を変える機会がほとんどなかったから、まったく気づかんかった・・・。

とりあえず、容姿変化の機能をオフに設定し、火縄銃を装備してから運営からの通知を確認してみると、第6層追加のところに目立たない程度にその報せが載っていた。

どうやら、一部の容姿を変更する装備にこの設定が追加されたらしい。

一部と言うのは、俺の長刀みたいに顔も含めて完全に容姿が変更するやつに限られていて、たぶんカスミの奴には適用されていないっぽい。

おそらくだが、プレイヤーの判別を考えてのアップデートなのだろう。

装備に限定されているのは、メイプルのあれがあるからだろうな。

あの姿は知れ渡ってるから不意打ちにはならないとはいえ、ただステータス上げて人の姿のままよりかは、でかくなって腕とか増えた方が強い・・・強い、か?

まぁ、ああいう変身が前提になっているスキルもあるから、誰かわからなくなるような奴だけ調整するだけで十分なんだろうな。

それはさておき、

 

「はぁ・・・疲れた・・・」

 

あのアホみたいな弾幕を気合とスキルで躱して、その直後に毒竜攻略RTAをしたもんだから、さすがに疲れた。

ついでに、試しに【三千世界(さんだんうち)】も使ってみたが、これもこれで制御がきつくて、一度に自在に動かせるのは30が限界だった。ただ、システムで決められた動きならいくらでも動かせるみたいで、最終的に毒竜は2000丁の一斉射で倒せた。

この日は最終的に、第6層に戻ってからログアウトして終了した。

 

 

* * * * *

 

 

翌日、装備を魔王シリーズにして街を歩いていると、意外なプレイヤーに会った。

 

「お、メイプル・・・と、サリー?」

 

サリーのホラー嫌いは、俺は詳しくは知らないが相当なはず。

なのに、なんで今日に限ってここにいるのか。

 

「あっ、クラル君!」

「あ、クラル・・・」

 

無効も俺に気付いたようで、駆け足で近寄ってきた。

メイプルは相変わらず元気そうだが、サリーは明らかに無理をしている。

 

「わっ、何、その装備!?刀に銃まで持ってるよ!」

「あぁ、昨日ちょっとな・・・それは後で話すとして、サリーはどうしてまた?」

「それが・・・」

 

少し間をおいてから話し始めたサリーの説明は、なんてことはないものだった。

要するに、すでに掲示板に公開されている魅力的なアイテムやスキルの誘惑に抗えなかった、というわけだ。

特に狙っているのは、低確率でアイテムの効果を2倍にするスキルと、空中に透明な足場を1つ作ることができる靴らしい。

そして、その誘惑に抗えずに来てみたものの、フィールドに出てすぐに無理だと悟って、誰かに手伝ってもらおうとしたところにメイプルと合流した、ということだった。

メイプルも、特にやることはないためOKしたということだ。

 

「なるほどなぁ・・・俺も興味あるし、新しい装備も試したいから手伝うとするか」

「え?いいの?」

「構わねぇよ」

 

俺の言葉に、主にサリーが安堵の息を吐いた。

とりあえず、これで攻撃と守備でバランスがよくなったからだろう。サリーがどこまで機能するかもわからんし。

あと、こうもしおらしいサリーはなんだかんだ言って初めて見るから、機会があれば面白半分でからかってみるか。




なんか、FGOだけじゃなくて戦国BASARAの信長みたいになっちゃった。
BASARA信長の装備でFGO信長の能力を持ってるとか、もうわけわかんねぇなこれ。
いや、FGOの信長も圧切持ってるけど、半分飾りと言うか、本人の物とはいえ博物館からの盗品だし。
ていうか、宝具が強すぎて使う機会がほとんどない。
一方的に撃ちまくれるのに自分から近付く意味ないし。

容姿変更のやつは、だいぶこじつけ感というかご都合主義なところがありますが、せっかく信長装備を着せたのと大きめの変化なのにカスミよりも言及がなくなってしまったので、それっぽい理由をつけて追加することにしました。


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屋敷探索

街の外に出た後は、シロップの上に乗って移動することになり、巨大化させたシロップの上にメイプルが【身捧ぐ慈愛】を使用したあと、玉座を設置してから移動した。

ちなみに、この玉座は【天王の玉座】というスキルらしく、玉座から発生するフィールドの内側だと一部のスキルが封印され、ついでにメイプルに自動回復がつくらしい。封印されるスキルの種類は具体的にはわからないが、なんだが悪い感じのスキルが封印されるらしい。それは使用者も適用されるようで、メイプルも【毒竜】とか【滲み出る渾沌】が使えなくなるらしい。

幸い、俺の方は封印されて困るようなスキルは封印されなかった。

その道中で、俺は昨日ゲットした装備について話していた。

 

「へぇ~、あの信長さんがでてきたんだ~」

「あぁ。今まで使う必要がなかったスキルを使わされて、俺としては少し悔しいが」

「いやいや、3000丁の火縄銃の攻撃を全部躱しきるなんて、それこそすごいと思うよ」

「まぁな。それで・・・サリーは大丈夫なのか?」

 

俺とメイプルが話している間、サリーは一言も話さずにうずくまっていた。

ここまでくると、しおらしいというより、もはや弱々しい。

 

「う~ん、ダメージは私がいるから大丈夫だと思うけど・・・」

「まぁ、いざというときは俺たちでどうにかするかッ」

「あっ!」

 

言い終える直前、サリーの目の前に青白い顔をした女性が浮かんでいるのが見えて、メイプルが思わず声をあげた。

 

「え?なに・・・」

 

メイプルの声に、サリーは思わず顔を上げてしまい、その結果、サリーの顔にスッと手を伸ばそうとする女性の幽霊を間近で見てしまって・・・

 

「動くな!」

 

マズイと思った直後、俺は腰から火縄銃を早撃ちのように構え、サリーの顔の横スレスレに銃弾を通して幽霊に当てた。

幸い、サリーは俺の指示にビクッ!と震えながらも従ってくれたおかげで、サリーに銃弾が当たることはなかった。

そこでようやく復帰したサリーは真っ先にメイプルに飛びついた。

 

「あ、っあれ!だ、駄目でしょ!」

「う~ん、けっこう近くに湧いてくるんだな~。しかもまだいるし」

「でも、玉座のおかげでただ触ってくるだけだから、安心できるね!」

 

そう言っている間にも新しい幽霊が現れて、辛そうな呻き声をあげながら近寄ってきた。

実害がないとはいえ、サリーの精神的な被害と【天下布武】の実証を考慮して片っ端から火縄銃で撃ち抜いていく。

だが、効果のほどはまだ何とも言えない。

 

「多分だが、こいつらはモンスターじゃなくてNPCかギミックに近いな。どれだけ撃っても倒せないし、なにせHPバーがない。接触判定はあるみたいだが、ダメージ判定はないし追い払うくらいしかできないな。いや、【天下布武】だからこそなのか?【クイックチェンジ】」

 

ためしに黒竜シリーズに装備を変えて弓矢で攻撃してみると、放たれた矢はスッと幽霊を通り抜けて、幽霊もそのまま近づいてきた。

 

「ふむ?【創造(クリエイト)】」

 

今度は【機械仕掛けの神《デウスエクスマキナ》】で拳銃を作り出して発砲すると、今度は幽霊は消えていった。

 

「なるほど。MPを使った物理以外の攻撃手段なら倒せるのか?いや、やっぱり追い払っているだけか?」

 

その後も、マフラーで完全に顔を隠したサリーを尻目に、目的地に着くまでの間、幽霊に関する分析を続けた。

 

 

* * * * *

 

 

それからしばらく進んで、ようやく目的地である洋館にたどり着いた。

その周りは他と比べて霧が濃く、全体をはっきり確認するのは難しい。

 

「クラル君!ここでいいのかな?」

「あぁ、そのはずだ。サリー、着いたぞ」

「・・・何もいない?」

「いない」

 

そう言うと、サリーはわずかにマフラーをずらして隙間から下を確認した。

 

「うん・・・大丈夫、合ってる。よし・・・よし!行く!」

「じゃあ降りるよー」

 

メイプルがゆっくりとシロップを下ろし、サリーの手を引いて降ろした。

俺も周囲を警戒しながら、最後にシロップの背中から降りた。

メイプルは玉座を消してからシロップを通常のサイズに戻し、サリーもさすがにマフラーを解いて元の姿に戻った。

 

「それで、クラル君はけっきょくその格好で行くの?」

「あぁ。どうやら、あの幽霊に【天下布武】は有効らしいからな」

 

今の俺は魔王シリーズを身に纏っている。

道中でも長刀で幽霊を撃退できることは確認しているため、たぶんこの階層にいる間はだいたいこの姿のままだろうな。

その横で、サリーはひたすら自己暗示をしていた。

 

「一回駄目だと思ったら無理・・・心を無にする、無にする・・・」

「行くよ?サリー」

「ま、待って。まだ心の準備が・・・」

「・・・昔、1時間かかっても準備が終わらなかったのを知ってるから、私は心を鬼にします!」

 

そんなことがあったのか。これは貴重なことを聞いた。

そんなことを考えていると、メイプルは武装を展開して、サリーの裾をガシッと掴んだ。

 

「クラル君も掴まって!」

「はいはーい」

 

なんとなく、これからメイプルがやることを察した俺は、大人しくメイプルの腕を掴んだ。

その直後、メイプルは武装を爆発させて、その勢いで洋館に突っ込んだ。

 

「豪快にお邪魔しまーす!」

「ああああああああっ!!」

「うおっ、危なっ!」

 

危うく手を離しそうになってしまったが、ここで意地でもメイプルの腕を掴み続けた俺は、素直に褒められてもいいと思う。

そうして、洋館の中に入ると、俺たちの背後で扉がバタンッと閉まった。

 

「っとと・・・相変わらず無茶苦茶な・・・」

「はーい、サリー立って立って!目的のものがあるんでしょ?」

「あ・・・うん。メイプル・・・離れないでね」

「もちろん!」

 

とりあえず、サリーのsan値はメイプルのおかげで保たれているようだ。

改めて辺りを見渡してみると、入り口から見て正面と左右に扉が1つずつ。階段もあることから、2階もあるらしい。

 

「なるほど、随分と広いな・・・そういえば、ここのスキルの取得条件ってなんだったっか」

「え?知らないの?」

「ぶっちゃけ、取る予定のなかったスキルだし。サリーは・・・」

「・・・そういえば、ちゃんと調べられてなかったかも」

 

どうやら、恐怖心のせいか情報収集に漏れがあったらしい。

むしろ、漏れた部分が多すぎる気もするが。

 

「なら、1回全部見て回るか?」

「うーん、そうだね」

 

俺の意見にメイプルが賛同すると、今度はサリーがブンブンと首を横に振ってきた。

 

「ちゃんと調べてから来ようよ。そうしよう?今このまま探索しても効率が悪いし、モンスターも弱くはないよ。戦闘回数も増えるだろうし、最短距離を確認してから・・・」

「いや、ここを出たとして、もう1回来れるのか?」

「うっ」

「ていうか・・・出れないみたいだし」

「えっ!?」

 

俺が試しにドアを開けようとすると、鍵がかかっているかのように硬く閉ざされていた。

 

「多分、スキルを手に入れるかここで死ぬかでしか出られないんだろう。こういうの、本当にホラーっぽいな」

「一度入ったら出られない、ってやつだね」

「そこから脱出するのが映画の定番だが・・・まぁ、ここは諦めて探索しよう。幸い、俺がいれば幽霊はどうとでもなるし」

「うん・・・」

 

俺の正論にサリーも折れて、大人しく探索することになった。

 

「それで、メイプル。どっちに行く?」

「私が決めていいの?」

「こういう時は、メイプルに任せた方がいいかと」

「う~ん・・・じゃあ、私の勘で右!」

 

とりあえず、俺が右手に長刀を、左手に火縄銃を持って前衛兼斥候として前に進み、後ろをメイプルとサリーがついてくる。

右の扉をゆっくりと開けて中を見て、敵がいないことを確認する。

 

「よし、何もいないな」

 

扉をくぐって廊下を進んでいくと、左に曲がれるポイントがいくつかあり、さらにどこかの部屋に繋がるだろう扉も複数あった。

 

「さすがに広いな・・・」

「どこから行こうかな・・・うわっ!」

 

メイプルの叫び声を聞いて振り向くと、メイプルとサリーの足下に無数の透けた白い手が現れており、2人の体を掴もうとしていた。

いや、気づけば俺の足下にも同じように白い手が現れている。

さらには、メイプルたちの方に道中にも現れた女性の幽霊が壁から現れた。

 

「このっ!」

 

2人の援護にまわりたいところだが、ここは仕方なく自分の方を優先し、長刀で切り払っていく。

この白い手もHPバーがないことから倒すことはできないようだが、なんとか追い払うことはできた。

メイプルたちの方も、メイプルの武装のおかげで切り抜けられたようだ。

 

「ふぅ。よし!もう大丈夫だよ?」

「うん・・・メイプルと一緒でよかった」

「急いで探索して帰ろう!」

 

あらら、もう半分くらい心が折れちゃってる。

ここにシオリがいなくてよかったな。

とりあえず、今は先に進んで・・・

 

「んなっ」

 

前を向こうとした瞬間、俺たちの足下が鈍い青色に光った。

直感的に、これは転移の光だと悟り、メイプルたちの方に駆け寄ろうとしたが、距離を取り過ぎたせいで間に合わない。

サリーなら、あるいはメイプルを避難させて自身も逃げることができただろうが、サリーは今それができるコンディションではない。

光は大きくなり、ついに光に包まれた俺たちはどこかへと飛ばされてしまった。




amazonでswitchのゲームをあさっていたら、金色ラブリッチェ(エロゲー)がswitch版で発売されることを知ってびっくりしました。
動画で「いい話やな~」「面白いな~」って見てはいたんですが、値段的な問題で買ってなかったんですよね。
発売日はまだ先ですけど、いっそ買ってしまおうか・・・。


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救出

「・・・さて、困ったぞ」

 

光が収まると、長テーブルが置かれた食堂らしき場所にいた。

結局、まんまと分断されて1人になってしまった。

いや、俺が1人になっても大して問題はない。

本当に問題なのは、

 

「サリー、大丈夫なのか?」

 

この階層のパターンから考えて、誰かと一緒に転移される、なんて甘いことはないだろう。

おそらく、サリーとメイプルも分断されていると考えていい。

となると、見た限り超がつくレベルでホラーが苦手なサリーが、果たして無事でいられるのか。

最悪、ログアウトするという手段もあるが。

そう考えていると、ピコンと音を立てて、サリーからのメッセージが送られてきた。

内容は、ログアウトできないから助けてほしいというものだった。

 

「・・・無理か」

 

前に情報掲示板を見たときに、一部にログアウト制限がかかるという情報があった。おそらく、サリーがいる場所もそこだろう。

そして、そこで徘徊しているモンスター。そいつらにダメージ判定はないが、触られるたびにAGIが減少していき、0になったら即死攻撃が飛んでくる、という厄介な性質を持っている。

とはいえ、普通に気を付けつつ動き回れば大して問題にはならないし、メイプルも【天王の玉座】があれば死ぬことはない。

ただ、サリーがその普通のことができない精神状態にあるのは火を見るよりも明らかであって。

 

「・・・さっさと探してやるか」

 

そう言いながら、後ろから起き上がってくる気配を感じた場所に向かって、振り向かないまま火縄銃で撃ち抜いた。

振り向いてみると、黒い人影らしきものがちょうど消滅しているところだった。

人影が消滅した直後、扉からガチャリと鍵の開いた音が響いた。

 

「なるほど。こいつらには【天下布武】の効果はでかいみたいだな。まさか1発で沈むとは。んで、閉じ込められたら、十中八九こいつらが出てくると」

 

冷静に分析を続けながらも、まずは例のログアウト制限のあるエリアを探すところから始めようか。

 

 

* * *

 

 

クラルとメイプルにメッセージを送った後、サリーは机の下に隠れていたのだが、メイプルの返信の着信音に驚いたことで物音を立ててしまい、近くにいた幽霊に位置がバレて慌てて逃げだしたものの、極限の恐怖でまともに逃げることができず、何度も幽霊に掴まれた影響で下がったAGIのせいでさらに感覚が狂って回避の精度が下がり、最終的にクローゼットに引きこもる頃には、AGIは0になっていた。

もはや今のサリーに自力で脱出するという選択肢はなく、クローゼットに隠れていることと、返信はいらない旨のメッセージをクラルとメイプルに送った。

それからしばらくして、ようやくサリーにとっての救いがやってきた。

クラルから、おそらく近くまで来たこと。そっちで自分を確認したら、弱くてもいいからノックをして知らせてほしいというものだった。

それとほぼ同時に、この部屋に近づいてくる足音が聞こえた。

 

「あ、足音・・・!クラル?」

 

サリーは早く助かりたいがために、また、入ってきたのがクラルであると思い込んでしまったがために、そっとクローゼットの扉を開けた。

それが間違いだった。

 

「ぁ・・・」

 

入ってきたのは、先ほどまでサリーを追いかけてきた幽霊で、不運にも、ばっちりと目が合ってしまったのだ。

 

「ひっ・・・!」

 

慌ててクローゼットを閉めるものの、時すでに遅く、足音はだんだんサリーのいるクローゼットに近づいている。

 

「や、やだ、やだ!」

 

なんとかして扉を抑えようとするが、震える手ではそれもうまくいかず、ゆっくりと開かれていく。

そして、ゆっくりと開かれた扉の隙間から、幽霊の暗い眼窩がサリーを覗いた。

 

「あ・・・」

 

その瞬間、サリーから一切の力が抜けて、クローゼットの床にぺたんと座り込んでしまう。

その間にも扉は開き切ってしまい、幽霊がゆっくりと手を伸ばす。

 

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

 

サリーは逃げることもできず、意味のない謝罪を繰り返し、

 

「【三千世界(さんだんうち)】!」

 

その直後、サリーの目の前で、幽霊が数多の銃弾に貫かれた。

 

 

* * *

 

 

「っと、このあたりか」

 

こまめにインベントリを開きながら探索して、ようやくサリーがいるだろうログアウト制限のエリアにたどり着いた。

 

「返信はいらないって言ってたが・・・一応、送っておくか」

 

これで、少しは精神的にも楽になるだろう。

あるいは、メイプルも近くにいるかもしれない。

 

「さて、クローゼットの中ってことらしいが・・・どこだ?」

 

とりあえず、限界まで耳を澄ませてサリーの気配を探る。

そして、駆け足で進んでいると、不意に声が聞こえた。

 

「・・・やだ、やだ」

 

微かに聞こえた弱々しい声は、明らかにサリーのもので、同じくらいの場所に足音も聞こえた。

この2つの意味するところは、どう考えても・・・。

 

「っ、やべぇ!」

 

床を砕く勢いで蹴りつけ、即座に声の聞こえた場所に向かう。

幸い、すぐ近くだったようで、バンッ!と扉を開け放つ。

そこにいたのは、泣き顔になって怯えているサリーと、どこからどうみてもおどろおどろしい幽霊で。

 

「【三千世界(さんだんうち)】!」

 

即座に空を飛ぶ火縄銃を召喚し、30丁ほどで乱れ撃つ。

幽霊は呻き声を上げて後退し、顔を両手で覆って動きを止めた。

 

「【超加速】!」

 

次いで、AGIを上げて一気に接近し、お姫様抱っこの要領でサリーを抱き上げて、その場を脱出した。

 

「っと、大丈夫か?」

「うっ、ううぅ・・・クラルぅ~・・・」

 

ようやく助かった安堵から、サリーは涙を流しながら俺の胸に顔をうずめて、さらにしがみついてきた。

とりあえず、目先の脅威は去ったが・・・。

 

「・・・さて、どうしたものか」

 

こうもしがみつかれると動きにくい。

とりあえず、幽霊はまだしばらく牽制できるし、メイプルに場所を伝えて待機してるか。




何気に初めて使った特殊タグ。
これからは使えるときは使ってこうかな。

いきなりですが、この作品の投稿に間を空けることになるかもしれません。
UAが伸びなかったりweb版防振りの更新が止まったりでモチベーションが(ryってのもありますが、なんとなく気分転換にまた新作を書こうかなと思いまして。
内容はまだ未定です。というか、書きたい原作が多かったり、なんならオリジナルも挑戦してみようかという考えもあったりで、どうしようかはっきりとは決まってないんですよね。
それでも、多分これを投稿した後は間を空けることになると思います。
とは言っても、長期的に投稿期間を空けるわけではなくて、あくまで投稿頻度をおとす程度ですが。


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脱出と夜更かし

「あっ!サリー!クラル君!」

「メイプル!早く玉座を!」

 

しばらく幽霊を【三千世界(さんだんうち)】で釘付けにしていると、ようやくメイプルと合流できた。

メイプルが急いで近づき、【天王の玉座】を出して即死を無効にした。

 

「ふぅ、助かった・・・サリー、少しは落ち着いたか?」

「・・・・・・うん」

 

サリーの返答がいやに遅い。だいぶ消耗したようだな。

たぶん、恐怖が限界値を振り切っていたとはいえ、男の俺に思い切り抱きついたことが恥ずかしいのかもしれないが。

 

「それで、まだいる・・・?」

「いるなぁ」

「うぅ・・・早く、どっか行って・・・」

 

まだ微妙に恐怖が残っているようで、まだ怯え気味だな。

だが、こうも密着されると動きにくいし、そもそもメイプルはどうやって・・・あっ。

 

「・・・なぁ、メイプル。この上に玉座を乗せることはできるか?」

「え?どうだろう・・・わからないけど、とりあえずやってみよう!」

 

飛行している火縄銃を並べて即席の板を作り、その上にメイプルの玉座を置けるか試してみることにした。

幽霊は他の火縄銃で足止めしつつ、メイプルは【天王の玉座】をいったん解除し、火縄銃の板の上に展開するように発動した。

結果、目論見通り玉座は火縄銃の上に乗っかり、メイプルが座っても俺の方で移動させることもできた。

 

「よし、上手くいったな。それじゃあ、さっさとここから脱出するぞ。サリーはしっかり掴まってろ」

「う、うん・・・」

 

サリーをお姫様抱っこに持ち替えてから、俺も火縄銃の上に立ってバランスをとった。

 

「よし。それじゃあ、いくぞ!」

 

サリーを抱えながら、火縄銃を操作して一目散に出口へと向かう。

途中、狙いを変えた幽霊の被害に遭ったプレイヤーの悲鳴が聞こえたが、聞こえなかったふりをして無視する。

道を覚えていたのと意外と火縄銃飛行が速かったこともあって、あっという間にログイン可能なエリアにたどり着いた。

 

「無事に脱出できたな。追手の類もなさそうだ」

「そ、そう・・・ありがとう、クラル、メイプル」

「気にするな」

「えへへ、私は最後しか役にたてなかったけどね・・・」

 

サリーから礼を言われて、俺は特に気にするでもなく返し、メイプルは出遅れたことが気まずいのか曖昧な笑みを浮かべつつも素直に受け取る。

すると、

 

「ひっ・・・!」

「んっ!」

「うおっ!?」

 

突然、背後から白い腕が現れて、寒気と共に俺たちを背後から抱きしめた。

突然のことで一瞬動きが止まるが次にスキル獲得の通知がでてきた。

 

「【冥界の縁】・・・例のアイテムの効果を2倍にするやつだな」

 

効果を確認してからメイプルとサリーの様子を見ると、どうやら同じスキルを習得したようだ。

スキルに書かれているフレーバーテキストには、「時折背後からそっと手を貸してくれる誰かとの奇妙な縁」という言葉がある。

 

「・・・そんな縁いらないよ」

「まぁ、あって困るものじゃないけどな」

 

サリーは嫌そうに顔をしかめるが、俺としては協力してくれるのなら別にかまわない。

さて、

 

「それで、サリー。この後の探索は・・・」

「ログアウトする。帰る」

 

尋ねるまでもなく、即決でサリーが答える。

メイプルも予想はついていたようで、小さく手を振った。

 

「だよね。じゃあ、バイバイ!」

「今日はありがとう。埋め合わせは必ずするから」

「いいよいいよ。今までいっぱい手伝ってもらってたし!ようやく1つ返せたかなーって」

「俺の方も、新しい装備の使い道を再確認できたからな。これだけでも手伝った甲斐があった」

 

俺とメイプルが気にしなくていいと笑顔で答えると、サリーも表情が少し明るくなった。

 

「ありがとう。じゃあ、7層が追加されたときにでも」

「そう言って、また戻ってきたりして」

「しないよ・・・さすがにね」

 

今回で6層は絶対に無理だと再認識したのか、そう答えたサリーはそそくさとログアウトして帰っていった。

 

「さて・・・俺たちはどうしようか?」

「う~ん、いい時間だし、私はもう終わろうかな?」

「それなら、俺もログアウトしようか。他にも火縄銃の面白い使い方を編み出したいし」

 

そう言って、俺とメイプルもその場でログアウトして帰った。

 

 

* * *

 

 

ログアウトしてから、理沙はずっと落ち着かなかった。

寝汗がひどくて風呂に入ろうかと思ったが、なんだかその気になれなくて晩御飯を先に食べることにした。

1階では理沙の母が晩御飯の準備をしていたが、途中で急用が入ってしまって家から出て行った。父は仕事の関係で帰りが遅くなると聞いていた。

テレビを見ながら、1人晩御飯を食べていたが、箸の進みは遅く、足とふらふらと揺れて落ち着きがなかった。

晩御飯を食べ終わって、他にやることもなくなり、あとは風呂に入るくらいなのだが、

 

「ちょっと・・・怖い・・・」

 

6層での探索の影響で、今の理沙はどうしても恐怖を拭えない状態になっていた。

扉やカーテンを隙間なく閉め、ソファーにおいてあるクッションを抱きしめて縮こまるが、一向に落ち着かない。むしろ、より鼓動が速くなっているいる気さえする。

 

「・・・そうだ!」

 

そこで、あることを閃いた理沙は、スマホを持って風呂場に向かった。

衣服を脱いで湯船につかり、持ってきたスマホで電話をかける。

その相手は、楓だ。

以前にも同じようなことがあったのだが、その時は楓と電話することで幾分か落ち着きを取り戻すことができた。

だから、今回も楓を頼ろうとしたのだが・・・

 

「あ、あれっ?出ない・・・どうしようっ・・・」

 

いつもなら数コールで繋がるはずの楓が、なぜか電話に出てこない。

サリーは知りようがないのだが、この時の楓は携帯を充電しており、さらにイヤホンをつけて音楽プレーヤーで音楽を聞きながら勉強していたため、携帯のコールに気付いていなかった。

さらに軽くパニックになった理沙の頭からは、もう少し待ってから電話をかけなおすという選択肢は消え去っており、他の誰かに電話をかけようとする。

だが、両親は仕事中であり、他に連絡先を交換している異性は栞奈くらいしかいない。

だが、栞奈にホラーが苦手なことを知られたくない理沙は論外だと切り捨てる。

そうなると、他にこの時間帯に電話をかけれるような人物は1人しかいないわけで。

 

「・・・すぅー、はぁー・・・よしっ」

 

深呼吸をして覚悟を決めた理沙は、ある人物に電話をかけた。

 

 

* * *

 

 

プルルルル、プルルルル

 

「んぁ?なんだ?」

 

食事も風呂も済ませて、自室で手持ち無沙汰な時間を過ごしていると、不意に誰かから電話がかかってきた。

誰からだ?とは思いつつも、なんとなく相手は察していた。いや、その予感が当たってほしいとは思ってないけど。

着信相手を確認すると、携帯に表示されている名前は『サリー』だ。

ちょっと逡巡したが、ここで放置するわけにもいかないと電話に出た。

 

「・・・もしもし?」

『あ、神崎君?今、大丈夫?』

「大丈夫だが・・・ん?なんか声が響いているっていうか、まさか風呂に・・・」

『待って!それ以上何も言わないでっていうか考えないで!!』

「お、おう。わかった」

 

まさか、風呂に入ってるのか?

一瞬、白峰の裸を想像しそうになり・・・慌てて頭を振ってその想像を振り払った。

 

「っていうか、何で俺なんだ?本条はどうした?」

『楓にもかけたんだけど、なんでか電話にでなくて・・・』

「・・・まさか、変な気を遣ったとかじゃないよな」

 

たしかに、何度か本条が俺とサリーを見て微笑ましいというか、ちょっとニヤニヤした笑みを浮かべることはあったが、だからってここで放置するか?

 

「ていうか、同性なら栞奈が・・・」

『バカにされたくないからヤダ』

「だよな」

 

俺も言っておいてなんだが、「え?なに?お化けが怖くて電話をかけたん?うはははは!笑えるー!!」ってこれでもかとバカにする栞奈がくっきりと脳裏に浮かび上がった。

だとしても、風呂入った女の子が同年代の男に電話をかけるのはいかがなものかと思うが・・・。

それはさておき、理由は察しているが、とりあえず尋ねてみる。

 

「んで?改めて、なんで俺に?」

『・・・実は、今、家に誰もいなくて』

「おう」

『ちょっと・・・心細いというか・・・』

「だろうな」

『しょ、正直・・・怖いからっ・・・電話続けていい?』

「・・・まぁ、しゃーないか」

 

今のサリーを無責任に放り出すのは、男としてちょっとない。

お望み通り、サリーの話し相手になることにする。

 

「にしても、まさか楓にも似たようなことをやったのか?」

『えっと・・・うん。小学校のころに、今みたいにおふ・・・から、かけることはなかったけど、次の日に楓が寝不足になるまで話したことがある、かな』

「小学校って・・・まったく成長してないな?」

『うっ・・・それは、言わないで・・・』

 

白峰も自覚はあるのだろう。気まずそうに声をすぼめる。

 

「それなら、軽いホラーゲームで慣らしたりするのはどうだ?栞奈はともかく、本条は喜んで協力しそうだが」

『う~ん・・・ちょっと、考えさせて』

 

前向きとは言い難いが、選択肢の1つとして保留することにしたようだ。

その後も他愛無い話を続けて、白峰がベッドに潜り込むころにはだいぶ落ち着いたようだ。

 

『ありがとう。おやすみ、神崎君』

「おう。気にするな・・・とは言わんぞ?さすがにそれなりの埋め合わせを要求する」

『うっ・・・』

「ふっ、冗談だ。おやすみ、白峰」

 

それだけ言って、俺は電話を切った。

俺も、白峰と電話をするうちに眠くなってきた。

もう、寝よう・・・。

 

 

 

プルルルル、プルルルル

 

電気を消し、目を閉じて少し経ったところで、再び電話がかかってきた。

相手は考えるまでもない。

 

「白峰・・・」

『ごめん・・・本当、ごめん、神崎君・・・』

 

まじで埋め合わせを要求してやろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ~・・・」

「なんや、あくびなんて珍しいなぁ~。夜更かしでもしたん?」

「あぁ、ちょっとな・・・」

 

結局、白峰の電話は夜遅くまで続いて、俺もしっかり寝不足になった。

はぁ・・・こんなことになるとは・・・。

 

 

* * *

 

 

「ごめんね、理沙!理沙の電話を無視しちゃって・・・」

「いや、その、大丈夫よ。なんとかなったから・・・」

「なんとかって、誰に電話を・・・もしかして」

「言わないでいいからっ!」




やっぱりクラルとサリーをイチャイチャさせたくなったので、「くっつかない程度のラブコメ」を「くっつくか、くっつかないか、微妙なラインのラブコメ」にすることにします。
推しキャラとオリ主をイチャイチャさせて何が悪い。

それと、突然ですが本作を一時投稿停止にしようかなと思います。
Twitterでハーメルン運営のツイートに原作別の検索頻度ランキングが出てきたんですが、防振りがまぁまぁ順位が低くて、この調子だとUAが伸びそうにないと考えまして。
なので、しばらく「弓兵と槍兵を人外にして魔境に放り込んだ結果」を投稿停止にしようかと思います。
いつ再開するかは未定ですが、たぶん防振りアニメ2期が放送されるタイミングになるかと。
防振りは面白いので、アニメ放送で復活できるポテンシャルは十分秘めていると思うのでね。


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