ヨクバリス! ダイエット大作戦! (雪化粧)
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第一章『進め、ダイエット道!』
第一話『ヨクバリス、ダイエット大作戦!』


 ポケットモンスター。縮めて、ポケモン。この星に棲む不思議な不思議な生き物。

 その数は千を超えると言われている。彼らは海に、空に、大地に棲んでいる。

 そんなポケモン達と絆を深め合い、共に戦う人間がいる。

 人は彼らをポケモントレーナーと呼ぶ。

 

「出ておいで、ヨクバリスちゃん!」

 

 彼女もポケモントレーナー。名前はアリス。今日も相棒のヨクバリスとバトル&ゲット……、には行かないようだ。モンスターボールから飛び出したヨクバリスは普通のヨクバリスと比べると二回り以上も大きい。同世代よりも身長が低めとはいえ、トレーナーであるアリスよりも大きい。おまけにお腹がぶよぶよしている。メタボどころではないデブっぷりだった。

 

「キャーン! 今日も可愛いわ、ヨクバリスちゃん!」

 

 抱きつくアリスにヨクバリスはいつもの如く木の実を要求してくる。

 

「お腹が空いたのね! いいわ! 待ってて!」

 

 アリスは屋敷へ飛んでいく。お嬢様である彼女の屋敷にはヨクバリスの為に用意した木の実の部屋がある。

 ヨクバリス自身を入れてはいけないと父に厳命を受けているから一々取りに行かなければいけないけれど、愛するヨクバリスの為なら苦ではない。

 

「ほーら、美味しいオボンの実よ! たーんとお食べ!」

「バリス!」

 

 嬉しそうに頬を緩ませるヨクバリス。

 

「キャーン! 可愛い! もっと持ってくるわ!」

 

 次から次に木の実を持ってくるアリス。ヨクバリスは持ってこられる度に一つ残らず平らげていく。少なくなったらもっともっととせがむ。アリスはそれが嬉しくてたまらない。

 

「好きなだけ食べていいのよ! キャーン、可愛いわ! 食べてる姿が特に可愛い!」

「バリス!」

 

 両手で抱えきれない程の木の実を一気に口の中へ放り込むヨクバリス。すると、突然ヨクバリスは苦しそうな表情を浮かべて倒れてしまった。

 

「ヨクバリスちゃん!?」

 

 第一話『ヨクバリス、ダイエット大作戦!』

 

 目を回してしまったヨクバリスを泣きながら屋敷の主治医の下へ連れて行くと、主治医は言った。

 

「食べ過ぎですな」

「なぁっ!?」

 

 アリス、ショックを受ける。

 可愛いヨクバリス。食べる姿が特にチャーミング。そんなヨクバリスが食べ過ぎで倒れてしまった。

 

「わ、わたしのせいだわ!? うえーん、ヨクバリスちゃん! ごめんなさーい!」

 

 大泣きするアリスに屋敷中の使用人が大慌て。

 

「お、お嬢様! お気を確かに!」

「大丈夫! ヨクバリスちゃんは絶対良くなりますよ!」

「泣かないで下さい、お嬢様!」

 

 メイドのメイメイ、執事のフランツ、庭師のオリバが懸命に励まそうとするけれど、アリスの泣き声は更に大きくなっていく。すると、書斎で忙しく仕事を進めていたアリスの父、ゼノが駆けつけてきた。

 

「大丈夫か、アリス!?」

「お父しゃまぁぁぁぁ! ヨクバリスちゃんが! ヨクバリスちゃんがぁぁぁぁ!」

「どうしたんだ!? ヨクバリスちゃんに何があったんだい!?」

「食べ過ぎで倒れちゃったぁぁぁぁ」

「食べ過ぎ!?」

 

 ずっこけるゼノを慌てて執事のフランツが支える。

 

「ど、どういう事だ!? 説明しろ、アルフ!」

 

 ゼノが主治医のアルフを問い詰める。

 

「いえ、ですから! 食べ過ぎです! 体が大きくなり過ぎて動けなくなっているだけです!」

「どうすればいいのだ!? 娘が泣いているのだぞ! ヨクバリスちゃんをはやく治してあげなさい!」

「ダイエットです!」

「なぬ!?」

「ダイエット!?」

「そんな!?」

「無茶だ!」

 

 屋敷に住む誰もが知っている。ヨクバリスは名前の通り、とっても欲張りなのだ。我慢など絶対に不可能。

 しかも、主人であるアリスはヨクバリスを溺愛している。ヨクバリスに我慢を強いる事など絶対に不可能。

 

「ですが、これ以上太ると命に関わります!」

「命に!?」

 

 その言葉はアリスの耳にも届いていた。

 

「ヨ、ヨクバリスちゃんが死んじゃうの!? そんなのイヤァァァァァァァァァッ!!」

 

そのサイレンのような悲鳴に目を回していたヨクバリスが目を覚ます。

 

「バリ……ス」

「ヨ、ヨクバリスちゃん!」

「バリス」

 

 そして、手をクイクイと動かす。その仕草でアリスは何を言いたいのか理解した。

 

「木の実が欲しいのね!?」

 

 ヨクバリス。食べ過ぎて動けなくなっている癖に、更に木の実を要求。ゼノ達は顔を覆った。

 

「欲しいのね! そんなに欲しいのね!」

「だ、駄目です! お嬢様! これ以上食べさせると本当に命に関わりますぞ!」

「で、でも、ヨクバリスちゃんが!」

「ダイエットです!」

「ダイエット!?」

「そうです! ダイエットして、痩せれば! ヨクバリスちゃんもまたいつもみたいにいっぱい食べられるようになります!」

 

 ダイエット。それは辛く苦しい事。愛するヨクバリスちゃんには相応しくない事だとアリスは思った。

 だけど、ダイエットしなければヨクバリスちゃんが死んでしまう。

 アリスは泣いた。愛するヨクバリスちゃんに我慢を強いるなんて出来ない。辛い想いなんてさせられない。

 だけど、それ以上に死んで欲しくない。

 

「分かったわ!」

 

 アリス。今年で十歳の女の子。一念発起した。

 

「ヨクバリスちゃん!」

「バリス?」

「ダイエットするわよ!」

「バリバリス!」

 

 いやいやするヨクバリス。つい、甘やかしたくなる。だけど、アリスは我慢した。

 

「行くわよ、ヨクバリスちゃん! まずは庭を一周よ!」

 

 瞳を燃やしながら叫ぶアリスにヨクバリスは嫌そうな表情を浮かべる。そして、アリスが木の実をくれないならばとメイドのメイメイに木の実の要求を始める。

 

「ごめんなさい、ヨクバリスちゃん! でも、お嬢様が我慢している今、私も……、私もあなたに木の実はあげられないわ!」

 

 慚愧に堪えない表情を浮かべながらハンカチを噛み、そう叫ぶメイメイにヨクバリスはとっても嫌そうな表情を浮かべた。そして、今度はフランツに目をつけた。

 

「いけません! ヨクバリスちゃん! お嬢様が我慢しているのです! ここは耐えるのです! 明日の木の実の為に!」

 

 ヨクバリスのほしがる攻撃。フランツ、ついつい木の実をあげたくなってしまう。けれど、耐える。

 

「お嬢様とメイメイが耐えたのだ! これしきの事ぉぉぉぉ!」

 

 木の実をあげたい。甘やかしてあげたい。だけど、耐える。

 ヨクバリス、そんなフランツにちょっとドン引きである。

 

「ヨクバリスちゃん!」

 

 ちなみにヨクバリスちゃんと呼ばないとアリスが怒るので、この屋敷ではヨクバリスをちゃん付けで呼ぶ事が義務とされている。

 

「ダイエットですぞ!」

 

 主治医のアルフの叫びにゼノもうんうんと頷く。

 ここに来て、ヨクバリスは悟る。味方がいない!

 

「バ、バリス……」

 

 バリス、目標をアリスに固定。懇親の甘える仕草。これぞメロメロ攻撃である。未だ嘗て、アリスがこの攻撃に耐えられた事は一度もない!

 

「き、木の実……」

 

 けれど、食べさせるとヨクバリスが死ぬ。

 アリスは歯を食いしばった。

 

「ダイエットよ、ヨクバリスちゃん!」

 

 ガーンとショックを受けるヨクバリス。

 そして、腰にロープを括り付けられて、ゼノの手持ちポケモンであるカイリキーに引っ張られ、ヨクバリスは久しぶりに走った。そして、三歩進んで力尽きた!

 

「キャァァァァァァァ、ヨクバリスちゃん!!」

「リッキー!?」

 

 悲鳴を上げる屋敷の住民。

 そして、ウッソだろお前! と目を見開くカイリキーだった。

 

 ◆ 

 

 本日のダイエット! 庭をダッシュ、三歩分! 消費カロリー・微小!

 次回に続く!



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第二話『挑め! アスレチックコース!』

 ハートカンパニー!

 それはキャロルシティに本拠地を構えるルイス地方最大のカンパニーである。

 その業務内容は多岐にわたり、人やポケモンの美容に関する研究も行われていた。

 

「諸君! 緊急命令だ! 運動したり、食事制限をしたり、そういう努力をしなくても痩せられるグッズを作るんだ! 効果は即効性が望ましい! 無論、副作用があるのは論外だ! あと、美味しくない食べ物やクスリもNGだ! とにかく楽に! 気持ちよく痩せられるグッズを作るんだ!」

 

 社長のゼノの言葉に社員の多くが思った。

 

 ―――― そんな都合のいいもの作れるわけないだろ!

 

 ハートカンパニーではダイエットグッズも販売している。

 サプリメント、身につけるだけのダイエット器具、他にもいろいろだ。

 けれど、それらは真剣にダイエットしている人やポケモンを補助する為のものであり、楽に痩せられるものではない。

 

「社長! 急にどうしたのですか!?」

 

 専務が尋ねると、ゼノは言った。

 

「娘のヨクバリスが食べ過ぎで倒れてしまったのだ! 娘が悲しんでいるのだ! 一刻も早く解決してあげないといけないのだ!」

 

 社員一同、深々とため息を吐く。

 社長の娘に対する溺愛ぶりは周知の事実。

 この男、娘の為となればテコでも譲らない。

 

「し、しかしですね、社長。さ、さすがに何の努力もなしに痩せられるグッズとなると……」

「それでも作らねばならんのだ!」

 

 ゼノは叫んだ。

 その顔には悲壮な決意が浮かんでいた。

 

「な、何故ですか……?」

「ヨクバリスは……、アリスのヨクバリスは……」

「ヨ、ヨクバリスは……?」

「三歩以上歩くだけで疲れ切ってしまうんだ!」

「三歩!?」

 

 絶句する専務にゼノは語った。

 それは今朝の事だった。

 

 第二話『挑め! アスレチックコース!』

 

 ダイエット!

 それは修羅の道である。辛く厳しく耐え難い。多くの者が挑戦して、多くの者が挫折してきた。

 今、一人の少女と一匹のポケモンがその道へ挑む!

 

「ダイエットよ、ヨクバリスちゃん!」

「バリバリス……」

 

 一緒に寝ていたベッドにしがみついてイヤイヤするヨクバリスにアリスは「キャーン! 嫌がるヨクバリスちゃんも可愛い!」とついついメロメロになりかかる。

 ウルウルした瞳が反則級に愛らしい!

 

「お嬢様!」

 

 そんな時、庭師のオリバがやって来た。

 

「ヨクバリスちゃんの為のアスレチックコースが完成致しました!」

「まあ! すごいわ、オリバ!」

 

 アリスが駆け出す。オリバと一緒にやって来たカイリキーに持ち上げられてヨクバリスも運び出される。

 

「バリバリス!」

「リッキー!」

 

 嫌がるヨクバリス。聞く耳を持たないカイリキー。

 庭に飛び出すと、何という事でしょう! 

 美しく整備されていた庭園に巨大なアスレチックコースが築き上げられているではありませんか!

 

「すごいわ! とても昨日の今日で用意出来るものとは思えないすごいコースだわ!」

 

 寝ている間も特に工事の音などは聞こえなかった気がするけれど、アスレチックコースはたしかに存在している。つまり、何も問題はないのだ。

 

「さあ、ヨクバリスちゃん! このアスレチックコースでダイエットよ!」

「バリスゥ……」

 

 とっても嫌そうな表情を浮かべるヨクバリス。

 すると、カイリキーがヨクバリスをアリスの近くに降ろし、軽い準備運動を始めた。

 

「カイリキー! 挑戦するのね!」

「リッキー!」

 

 得意のポージングを決めるカイリキー。

 見事なサイドチェストだ!

 

「キャーン! 今日もキレてるわ、カイリキー!」

「リッキー!」

 

 アリスの歓声を受け、カイリキーはアスレチックコースを駆け抜けていく。まずは二十メートルの平坦をダッシュ! 続いて平均台を軽快なステップで走破! 飛び石渡りもチョチョイのチョイ!

 

「キャーン! 素敵よ、カイリキー!」

「バリス!?」

 

 アリスの黄色い声にヨクバリス、ショック!

 調子に乗ってフロント・ダブル・バイセップスを決めるカイリキーにグヌヌと嫉妬の視線を向けている。その視線を受け、カイリキー、懇親のドヤ顔を決めた!

 

「バリスゥゥゥゥ!」

 

 これにはヨクバリス、激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームである!

 

「ヨクバリスちゃん!?」

 

 立ち上がったヨクバリスにアリスが目を見開く。

 ヨクバリスはキリッとした表情をアリスに向けた。

 

「キャーン! なんて凛々しい顔なの! 素敵よ、ヨクバリスちゃん!」

 

 そんな一人と一匹の様子を見て、計画通りと悪い笑みを浮かべるカイリキー。

 密かにゴールへ到達していた。

 

「リキリッキー」

 

 やれやれだぜと言わんばかりに肩を竦めている。

 

 そして――――、

 

「ヨクバリスちゃん!?」

 

 ヨクバリス、スタート地点に向かうまでの四歩目で疲労困憊。もう動けないと座り込んでしまった。

 

「リッキー!?」

 

 そして、ウッソだろお前! と目を見開くカイリキーだった。

 

 ◆

 

「……というわけだ。アスレチックコースをオリバに作らせてみたのだが、コースのスタート地点に辿り着く事すら出来なかった」

 

 床に両手をついて絶望の声をあげるゼノ。

 社員一同、どんだけ太ってるんだと顔を引き攣らせている。

 

「なんでそんなになるまで放っておいたんですか!?」

「き、木の実を食べる姿が可愛いと娘が……」

「それで体を壊しちゃったら本末転倒でしょうが! いくらお嬢様が可愛くても、物事には限度があると教えてあげるべきでは!?」

「……だ、だって、アリスはヨクバリスに木の実をあげている時が一番幸せそうだから……」

「そのせいで悲しい想いをしているのは誰ですか!?」

「うぅ……」

 

 専務に説教されてヘコむ社長。社員は見てはいけないものを見てしまった気分に陥った。

 

「とにかく! ダイエットは一朝一夕では不可能です! 酷かもしれませんが、お嬢様には心を鬼にして頂く必要があります!」

「ア、アリスを鬼に!? そんなのイヤだァァァァ!」

「イヤでもお嬢様の為です! 社長も少しは子離れして下さい!」

「イヤダァァァァ!」

 

 社員達はそっと自分達の業務に戻っていった。

 

 ◆ 

 

 

 本日のダイエット! アスレチックコースのスタート地点までダッシュ、四歩分! 消費カロリー・微小!

 

 次回に続く!



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第三話『アリス、決意の時!』

 ダイエットグッズ! 

 それは多岐に渡る。人間用とポケモン用も合わせれば、それこそ星の数ほど存在している。

 ルイス地方最大のカンパニーの社長であるゼノはヨクバリスのダイエットの為に専用のダイエットルームを用意した。そこには所狭しとダイエット器具が設置されている。

 

「リババババババババババババ」

 

 カイリキーによって運び込まれたヨクバリス、早速ダイエット器具の一つである振動マシーンに乗せられてブルブルしている。

 タプタプと震える脂肪分。

 

「キャーン! ブルブルしているヨクバリスちゃんも可愛い!」

「リキリッキー!」

 

 自分で動く必要のないダイエット器具。これなら大丈夫だろうとカイリキーは安心しきっている。

 そして!

 

「バリスゥ……」

 

 ヨクバリスは目を回してしまった。どうやらブルブルに酔ってしまったようだ。

 

「イヤァァァァ、ヨクバリスちゃん!」

「リッキー!?」

 

 今日もまた、ウッソだろお前! と目を見開くカイリキーだった。

 

 第三話『アリス、決意の時!』

 

「ヨクバリスちゃん……」

「バリスゥ……」

 

 ヨクバリスは木の実を要求している。

 アリスはすぐにでも木の実の部屋からオボンの実を持って来てあげたかった。だけど、今のヨクバリスにはシェフのオリマーが考案したダイエットメニュー以外食べさせてはいけないと主治医のアルフからきつく言われている。

 

「……わたくし、ヨクバリスちゃんに木の実をあげたい!」

「バリス!」

 

 アリスの言葉にヨクバリスは喜色を浮かべる。

 

「だから、ヨクバリスちゃん!」

「バリス!」

 

 はやく木の実をくれと両手をアリスに向けるヨクバリス。

 その手をアリスは握りしめた。

 

「ヨクバリスちゃん、ダイエットよ!」

「バリス!?」

 

 木の実をくれるのだと期待していたヨクバリス、予想外の言葉に大混乱。

 

「このままだと、ヨクバリスちゃんに一生大好きな木の実をあげられない! そんなのイヤ!」

 

 ヨクバリスの手を離し、拳を固く握りしめる。

 いつもはおっとり気味な性格のアリス、愛するヨクバリスの為ならば熱血にだって目覚めてみせる!

 

「ヨクバリスちゃんだけに辛い思いはさせないわ!」

「バリス……」

 

 瞳をメラメラと燃やしながら決意を固めるアリスにヨクバリスは嫌な予感しかしなかった。

 

 ◆

 

「わたくし、旅に出ます!」

 

 夕食の席でアリスは宣言した。

 一瞬、場が静まり返った。そして、一気に爆発した。

 

「ど、どど、どういう事だい!?」

「お、お、お、お嬢様ぁ!?」

「おち、おち、落ち着いてください、お嬢様!」

「ちょちょ、ちょっ、待って下さいよ!」

 

 父のゼノ、メイドのメイメイ、執事のフランツ、シェフのオリマー、揃って大混乱である。

 

「十歳になれば大人の仲間入り! ポケモントレーナーとして旅に出る! それが世間様では当たり前と聞きます!」

「いやいやいやいや! 確かにポケモントレーナーとして旅に出る子もいるが、全員が全員じゃないぞ!」

「そ、そうですよ! 私だってメイドになるまで家から出た事なんて殆どありませんでしたよ!?」

「それはそれでどうかと思うが、旅は過酷なものです!」

「そもそも、どうしていきなり旅に出るなんて言い出したんです?」

「よくぞ聞いてくれました、オリマー! お父様達、一旦お口チャックです!」

 

 素直にお口チャックする一同を見回すと、アリスは言った。

 

「ヨクバリスちゃんのダイエットの為にわたくしも自分を追い込まなければならないのです!」

「いやいや、どういう事だ!?」

「お口チャック! まだ、話は終わってません!」

 

 アリスに怒られてシュンとなるゼノ。

 

「わたくし、お父様やメイメイ達のおかげで何不自由なく生きて来ました。そんなわたくしがヨクバリスちゃんに我慢を強いる資格なんてありません! フランツ、旅は過酷と言いましたね?」

「は、はい……」

「だからこそ、わたくしは旅に出るのです! もちろん、辛く苦しい道のりになる事でしょう。お父様達が居なければ、わたくしなんて非力な子供でしかありませんから……」

「お、お嬢様……」

 

 そんな事はありません! そうメイメイは叫びたかった。

 けれど、叫んでしまったらそれこそ止める理由を失ってしまう。

 

「『若い時の苦労は買ってでもせよ』という諺があります。ヨクバリスちゃんのダイエットを成功させる為にも、わたくしは艱難辛苦が必要なのです! ですから、お父様!」

 

 ゼノは泣いた。

 この世界では十歳で成人扱いとなる。まさに大人の仲間入りだ。けれど、実際に十歳で大人になれる者など殆どいない。

 だと言うのに、愛するヨクバリスの為に苦難を背負いたいと願う娘は初老に差し掛かる自分よりもずっと大人に見えた。それが誇らしくもあり、嬉しくもあり、同時に寂しくもあった。

 

「し、しかし、お嬢様! さすがに一人旅など認められません!」

 

 フランツが悲鳴のような声で言った。

 メイメイやオリマーもうんうんと頷いている。

 この屋敷の人間でアリスを大切に思わない人間などいない。この場にいない主治医のアルフや庭師のオリバもここにいたらメイメイやオリマーに倣っていた事だろう。

 

「分かっています! ですが、家の者と同行しては甘えてしまいます! だから、お父様!」

 

 アリスは一冊の本を取り出した。『ポケケツの全て!』というタイトルのポケモンのお尻の写真を集めた本だ。

 ワンパチのふっくらしたお尻の写真が表紙にデカデカと掲載されている。

 作者の名前は『ポケナー仮面』!

 

「ヨクバリスちゃんのダイエットを記録する為にも、このポケナー仮面様を雇って下さい! 彼に同行して頂きます!」



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第四話『初バトル! 初めてのライバル!』

 ポケモンバトル! 

 それは全世界の老若男女が熱狂するポケモン同士の決闘である! 

 今日も一人の少年がポケモンバトルの為に対戦相手を求めて住宅街を駆け抜ける! 

 

「おっ! ポケモントレーナー発見!」

 

 第四話『初バトル! 初めてのライバル!』

 

 トレーナー同士、目と目が合ったらポケモンバトル! 

 少年は早速腰に着けているボールホルダーから一番手のポケモンのモンスターボールを取り外す。

 

「バトルしようぜ!」

 

 少年の言葉に対戦を申し込まれた少女は不敵な笑みを浮かべる。

 

「望むところです!」

 

 マッチング成立! 

 互いのスマフォのポケモンバトル用アプリケーションである『バトルギア』に互いの名前が表示される。

 互いにポケモンは二体、バトルスタート! 

 

「行くぜ、グラエナ!」

 

 少年はグラエナを繰り出した! 

 その時だ。突然、物陰から何かが飛び出して来た。

 

「な、なんだぁ!?」

 

 一瞬、ポケモンかと思った。それほど、人間としては常軌を逸していた。

 筋肉モリモリのマッチョマンがピカチュウをモチーフにした仮面を身に付けている。そして、やたらと露出が多い。おへそや太腿が丸見えだ。

 

「へ、変態だぁぁぁぁ!?」

 

 カメラを構えてグラエナを撮りまくる謎の変態に対して、少年は悲鳴を上げた。

 

「変態ではない! 私の名前はポケナー仮面! ポケモンを愛するカメラマンだ!」

「いや、どう見ても変態だろ! なんなんだよ、お前!」

「彼はポケナー仮面様です! 決して変態ではありません! わたくしの旅の同行者です!」

「同行者!?」

 

 少女の言葉に少年はドン引きだ! 

 その間もポケナー仮面と名乗る変態はグラエナの撮影に勤しんでいる。

 

「なんて美しい毛並みなんだ! 丁寧に手入れを受けている証拠だな! 気をつけたまえ、アリスくん! グラエナは誇り高いポケモンだ! それ故に優秀なトレーナーにしか懐かない! 彼は強敵だぞ!」

「素晴らしいわ! まさにわたくしの初バトルの相手にピッタリです! 行きますよ、ヨクバリスちゃん! わたくし達のダイエット道はここからスタートするのです!」

「ダ、ダイエット!?」

 

 グラエナの毛並みを褒められたり、優秀なトレーナーと言われた事でちょっといい気分になっていた少年、アリスの言葉に大混乱だ。

 そして、そんな彼とグラエナ、ついでにポケナー仮面の前に通常のヨクバリスより明らかに巨大なヨクバリスが姿を現した。

 

「ヨクバリスか! 初バトルって言ってたけど、ポケモンバトルはいつでも真剣勝負だ! 手加減しないぜ!」

「アオーン!!」

 

 少年の闘志に応え、高らかに吠えるグラエナ! 

 ポケナー仮面は興奮のあまり鼻息を荒くしている。

 

「なんて勇ましいんだ! これは堪らん!」

 

 狂ったようにシャッターを切りまくるポケナー仮面だけど、少年の意識にゆらぎはない。彼の眼には相棒のグラエナと対戦相手であるアリスとヨクバリスだけが映っている。

 その姿をカメラのファインダー越しに見て、ポケナー仮面は少年の実力を見抜いた。初バトルを勝利で収めて幸先の良いスタートを切らせてあげたかったけれど、彼のような素質あるトレーナーと最初に巡り会える事も幸運な事だ。

 

「『美貌の四天王・リリアンのバトルでレッツダイエット!』曰く、一度のバトルは長時間の過酷な運動に勝ると言います! このバトルで頑張ったらご褒美に木の実をいっぱい食べさせてあげられるわ! だから、ヨクバリスちゃん!」

「バリバリス!」

 

 ご褒美という言葉にヨクバリスはやる気を見せる。

 すると、グラエナはヨクバリスを威嚇した! 

 

「バ、バリス!!」

 

 思わず縮こまるヨクバリス。

 

「ヨ、ヨクバリスちゃん!」

 

 怖がるヨクバリスにアリスは思わず駆け寄りそうになる。

 

「大丈夫!」

 

 そんな彼女をポケナー仮面が止めた。

 

「ヨクバリスを信じるんだ! 課題点はそれこそ山のようにあるが、トレーナーの力でヨクバリスの長所を活かせば勝機はある! ヨクバリスに木の実をいっぱい食べさせてあげたいんだろう? なら、君もポケモントレーナーとして覚悟を決めるんだ!」

「ポケナー仮面様……、はい!」

 

 モンスターボールに伸ばしかけていた手を固く握る。

 

「よく分からないけど、準備はいいか?」

「はい!」

「なら、こっちから行くぜ! グラエナ、かみつく!」

 

 トレーナーの指示を受けて、グラエナがヨクバリスに飛び掛かる。

 

「ヨクバリスちゃん! メロメロよ!」

 

 対して、ヨクバリスは得意のプリティポーズでグラエナをメロメロにしようとする。

 

「無駄だ! グラエナもオスだからな! そのまま行け、グラエナ!」

 

 突っ込んでくるグラエナにヨクバリスは恐怖の表情を浮かべる。

 甘やかされ続けて来たヨクバリス、攻撃を向けられる事に対する耐性が全く無かったのだ。

 

「ヨクバリスちゃん!?」

 

 グラエナがヨクバリスに噛み付いた! 

 ヨクバリスは怯んでしまっている。

 

「さ、そんな、ヨクバリスちゃん!?」

「落ち着け!」

 

 取り乱すアリスにポケナー仮面が叫ぶ。

 

「ポケモントレーナーたるもの、ポケモンがバトルフィールドにいる限り取り乱してはいけない! 弱音を吐いてもいけない! ポケモンが余計に不安を抱いてしまうからだ! さあ、次の指示を出したまえ! それとも、ここで諦めるのか!? 君のヨクバリスに対する愛情はその程度なのか!?」

「わ、わたくしはヨクバリスちゃんを愛しています!」

 

 ヨクバリスに痛い思いをさせてしまった事に涙を零しながら、アリスはヨクバリスに叫ぶ! 

 

「ジャイロボールよ!!」

「離れろ、グラエナ!!」

 

 ヨクバリスが回転を始める寸前、グラエナは距離を取った。

 すると、ヨクバリスは数回転の後に目を回して倒れてしまった。

 

「ヨ、ヨクバリスちゃん!?」

 

 慌てて駆け寄るアリス。

 

「じ、自滅か?」

 

 困惑しながらも少年は警戒心を解かない。

 ジャイロボールは鈍足であるほど威力を増す技だ。かみついた状態で受ければ一撃でやられていたかもしれない。

 まだ、彼女にはポケモンが残っている。油断は命取りだ。

 

「うぇぇぇぇん!! ヨクバリスちゃんがぁぁぁぁ!!」

 

 泣き叫ぶアリスに少年は罪悪感を覚えた。

 

「あっ、えっと……」

「そこまでだ、アリスくん!」

「ふえ!?」

 

 少年が声をかけようとすると、ポケナー仮面が割り込んだ。

 

「バトルはまだ終わっていない! ヨクバリスは私が看ている。だから、君はバトルを続けるんだ!」

「で、でも!」

「君はポケモントレーナーだ! このバトルは君が始めた事なのだ! ならば、最後まで戦い抜け! それが頑張ってくれたヨクバリスの為であり、君と戦ってくれている彼の為でもある!」

「あっ」

 

 ポケナー仮面の言葉によって、アリスは対戦相手の少年の事を思い出した。

 すまなそうな顔をしている彼を見て、アリスは自分のほっぺたをパンと叩く。

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 アリスは少年に頭を下げると、ポケナー仮面を見た。

 

「ありがとうございます、ポケナー仮面様! ヨクバリスちゃんをどうかお願い致します!」

「ああ、任せておきなさい!」

 

 そう言うと、ポケナー仮面は軽々とヨクバリスを抱えてバトルフィールドの外に移動した。

 残されたアリスは今一度ヨクバリスを見つめた。

 

「ヨクバリスちゃんはとても頑張ってくれたわ。次はわたくしの番! お願いします、カイリキー!」

「リッキー!」

 

 アリスが繰り出した二体目のポケモンはカイリキーだった。

 父であるゼノから預けられたポケモンだ。

 

「カイリキーか!」

 

 明らかにさっきのヨクバリスとは鍛えられ方が違う。少年はカイリキーから放たれるプレッシャーに鳥肌が立った。タイプの相性も不利だ。

 

「だからこそ燃えるってもんだ! だよな? グラエナ!」

「アオーン!!」

 

 少年とグラエナの闘気にカイリキーもまた滾っていた。

 社長になってからのゼノはあまりバトルの舞台に出なくなった。だから、これはカイリキーにとって久方振りのバトルなのだ。

 相手の少年はアリスと同い年くらい。まだまだこれから強くなっていくルーキー。けれど、素質は十分。相手にとって不足なし! 

 

「カイリキー、ばくれつパンチ!」

「避けろ!」

 

 襲い掛かってくるカイリキーから逃れようと体を翻すグラエナ。けれど、カイリキーは回避の先は踏み込んでいく。

 

「っ! バークアウト!!」

「ウォーン!!!」

 

 グラエナのバークアウトが炸裂する! 

 それでも、カイリキーは怯むことなく突き進んでいく! 

 

「リッキー!!」

 

 そして、カイリキーのばくれつパンチが炸裂した。

 効果は抜群だ! 

 

「グラエナ!!」

 

 グラエナは気絶した。

 少年は労いの言葉を掛けながらモンスターボールにグラエナを戻す。

 そして、改めてカイリキーを見る。

 すると、カイリキーも少年を見つめていた。

 来いと言わんばかりに手招きしている。

 

「言われなくても行ってやるぜ! 頼むぞ、ゲコガシラ!」

 

 少年が次に繰り出して来たのはあわがえるポケモンのゲコガシラだ。

 ゲコガシラはグラエナを倒したカイリキーを睨みつけている。

 

「ゲコ!」

「リッキー!」

 

 睨み合う二体。緊張感が走る中、少年が指示を飛ばす。

 

「でんこうせっか!」

「ゲコッ!」

 

 目にも留まらぬ速度でカイリキーに肉薄するゲコガシラ。

 

「インファイトで迎え撃って!」

「リッキー! リキリキリキリキリッキー!」

 

 懐に飛び込んで来たゲコガシラにインファイトを打ち込むカイリキー。

 

「ゲコガシラ!」

 

 少年が叫ぶ。

 

「ゲッコー!」

 

 ゲコガシラが応える。

 電光石火の速度を活かし、ゲコガシラは至近距離から繰り出されたインファイトを捌いていく! 

 

「つばめがえし!!」

「ゲコ!」

 

 インファイトは強力な技だ。けれど、強力な技には必ず威力に見合ったリスクがある。防御を捨てる事で得られた破壊力、それ故に発動直後は致命的な隙を晒してしまう。

 

「リッキー」

 

 お見事。そう讃えるかの如く、カイリキーは避ける素振りも見せず、ゲコガシラのつばめがえしを受け入れた。

 

「カイリキー!?」

 

 カイリキーは倒れた。

 

「勝負あり! このバトルは少年、シンの勝利だ!」

 

 ポケナー仮面がシンを讃える拍手を送った。

 そんな彼の脛を蹴っ飛ばすヨクバリス。

 

「悔しいかい?」

 

 ポケナー仮面がこっそり問い掛ける。

 ヨクバリスはそっぽを向いた。その視線は倒れたカイリキーの下は駆け寄るアリスに向いている。泣いているけれど、同時に「凄かったよ!」という声も聞こえる。

 こうして、アリスの初バトルは敗北で終わるのだった。



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第五話『旅の仲間!ポケナー仮面!』

「わたくし、ポケナー仮面様と旅に出ます!」

 

 アリスの言葉に執事のフランツは慌てた。

 旅をするにしても同行者は必須である。

 何しろ、アリスはハートカンパニーの社長令嬢である。そうでなくても10歳の女の子に一人旅などさせられない。

 そもそも旅になど出ないでほしいのだが、最低でも信頼のおける同行者が必須である。

 それなのにアリスはポケナー仮面なる怪しい人物を同行者に選んだ。

 

 ポケナー仮面! 

 

 それはアリスが愛読している写真集の作者である。

 行き過ぎたポケモン愛! 

 それが写真集の帯に記された彼のキャッチコピーである。

 彼の写真からはポケモンの魅力がこれでもかと伝わってくるとアリスは常々絶賛していた。

 ポケモンの技の発動の瞬間を収めた『受け手視点のポケモンの技全集』にはまるで実際に受けたかのようにリアリティがあり、フランツも感心した覚えがある。

 アリスのお気に入りである『ポケケツの全て!』も穏やかで撮影し易いポケモンだけではなく、凶悪ポケモンのギャラドスや警戒心が強くて直ぐに逃げ出してしまうケーシィ、伝説のポケモンのものまである。

 只者ではない。それは分かる。けれど、どうにも得体が知れない。

 まず、カバーに掲載されている自画像がおかしい。筋肉モリモリのマッチョマンがピカチュウを模した仮面を被り、やたらと露出の多い服とも呼べない何かを身につけている。

 それに経歴が一切不明なのだ。フランツは以前に興味本位で調べたことがあった。けれど、カメラマンである事以外の一切の情報が出て来なかった。

 怪し過ぎる。

 

「ポケナー仮面か……」

 

 ゼノは考え込むような仕草を見せる。

 即刻反対するものと思っていたフランツ達は困惑している。

 

「一応掛け合ってみよう」

「ご主人様!?」

 

 まさかのゼノの発言にフランツだけでなく、メイメイ達もショックを受けている。

 

「安心しなさい。彼の事は私が保証する。彼が受けてくれるなら旅立ちも許可しよう」

「お父様!」

 

 歓声をあげるアリス。対して使用人一同はあまりの事にゼノの正気を疑ってしまった。

 同行者を付けるにしても、あまりにも怪し過ぎる。

 

「お、お待ち下さい! 本気ですか!?」

 

 アリスを妹のように慕っているメイメイは焦ったようにゼノに詰め寄った。

 使用人としてはあまりにも無礼な振る舞いだが、ゼノは穏やかに微笑む。

 

「私の目利きは信用出来ないかね?」

「そ、そのような事は……」

「ならば信じなさい。もっとも、彼が話を受けてくれるかは分からないがね。何しろ、金では動かない男だからね」

 

 そう言うと、ゼノはポケナー仮面と連絡を取る為に書斎に向かってしまった。

 

「流石はお父様!」

 

 喜ぶアリス。

 対して、使用人達は不安そうな表情を浮かべた。

 

 第五話『旅の仲間! ポケナー仮面!』

 

 数日後、アリスの家にポケナー仮面が現れた。

 写真集の自画像そのままの格好だ。

 フランツは駆け寄ろうとするアリスを押さえ、メイメイは威嚇している。

 

「私はポケナー仮面! 君がアリスだね!」

 

 周りの事など一切気にする事なく、ポケナー仮面はアリスに歩み寄る。

 

「フランツ! 彼はわたくしが呼んだのです! 失礼な態度はお止しなさい!」

「お、お嬢さま……」

 

 ショボンと背中を丸めて眉をへの字にするフランツを背伸びしてなでなですると、アリスはポケナー仮面を見つめた。

 

「この度はわたくしの我儘にお付き合いくださり感謝致しますわ、ポケナー仮面様」

「……こちらこそ」

「え?」

「いや、何でもない。ヨクバリスのダイエットの記録だったね。任せてくれたまえ! 最高の瞬間を逃さずフィルムに収めてみせるよ!」

「はい! よろしくお願い致します!」

 

 こうして二人は出会った。

 使用人達の不安を他所に、ゼノはポケナー仮面を食事に誘い、アリスはポケナー仮面からポケモントレーナーのいろはを教わり、そして、夜が明けた。

 

 ◆

 

「ありがとうございました」

 

 カイリキーをモンスターボールに戻すと、アリスは対戦相手のシンに握手を求めた。

 昨日の敵は今日の友! 

 戦った後は健闘を讃え合うのがポケモントレーナーなのだ。

 

「こっちこそ、楽しいバトルだったぜ!」

 

 握手を交わすと、二人は互いのスマフォのアプリを使ってフレンド登録を行った。

 

「ポケモントレーナーは助け合い。困った事があったら言ってくれよ! じゃあな、アリス!」

「シンもお気をつけて!」

 

 そんな二人のやりとりをポケナー仮面は微笑ましげに見つめている。

 

「ポケナー仮面! アンタも元気でな! 変態とか言って悪かったよ。今度会ったらバトルしようぜ!」

「ああ、その時は受けて立とう!」

「へへ!」

 

 シンは去って行った。

 彼とのバトルは敗北に終わってしまった。けれど、勝利以上の意味があるバトルでもあった。

 

「さあ、冒険は始まったばかりだ! 我々も進むとしよう!」

「はい!」

 

 アリスは『美貌の四天王・リリアンのバトルでレッツダイエット!』を取り出す。

 現役の四天王が出版したベストセラーのダイエットハウツー本である。

 

「ダイエットと言えばジム通い! この本にも『ポケモンジムでレッツダイエット!』と書いてあります! ジムがどう言うものか見た事ないし、よく知りませんけどきっとダイエットにピッタリな施設なのでしょう! 行きますわよ、ポケナー仮面様!」

「ん、んー、まあ、痩せられるとは思うから行ってみようか!」

「はい!」

 

 何故か歯切れの悪い言い方をするポケナー仮面に首を傾げつつ、アリスは頷いた。

 本によればルイス地方には8つのジムがあり、その内の一つは隣町であるハンスシティにあるようだ。

 

「ですがその前に!」

 

 アリスはいそいそとバッグからオボンの実を取り出した。

 そして、モンスターボールからヨクバリスとカイリキーを繰り出す。

 

「二人共お疲れ様! よく頑張ったわ! ご褒美の木の実よ! たーんとお食べ!」

「リッキー!」

 

 嬉しそうに木の実に手を伸ばすカイリキー。

 ところが、

 

「バリス!」

 

 ヨクバリスがカイリキーの分まで木の実を奪い取ると、そのまま食べてしまった! 

 

「キャーン! 木の実を頬張るヨクバリスちゃんはやっぱり可愛いわ!」

 

 ウットリするアリス。

 

「おやおや」

 

 このままだと代わりの木の実を取り出してもヨクバリスが食べてしまいそうだ。

 ポケナー仮面はこっそりとカイリキーにオボンの実を渡した。

 

「私からですまないな。素晴らしいバトルだったぞ! ナイスバルク!」

「リッキー!」

 

 ヨクバリスに苦笑していたカイリキー、ポケナー仮面の言葉にサイドチェストで答えるのだった。



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第六話『ちょっと怖いジョーイさん!』

「さあ、ヨクバリス! 私に向かってのしかかりだ!」

「パリス!!」

 

 向かい合うポケナー仮面とヨクバリス、一人と一匹は技の練習に励んでいた。

 

「バリ! バリ、バリ……」

 

 ところがヨクバリス、のしかかりの体勢になっただけで疲れてしまったようだ。

 

「どうした、ヨクバリス! そんな事ではバトルで活躍出来ないぞ! アリスくんにカッコいい所を見せたくないのか!? カイリキーに負けてもいいのか!?」

 

 ポケナー仮面の挑発にヨクバリスの闘志が蘇る。

 シンとのバトルでヨクバリスは初めて負ける悔しさを知った。

 自分より活躍したカイリキーに対して嫉妬を覚えた。

 カイリキーの健闘を讃えるアリスに同じ言葉をかけて貰いたいと思った。

 

「パリス!」

 

 やはり、シンとのバトルは勝ち戦以上の意味を与えてくれた。

 ポケナー仮面は微笑むと、ヨクバリスののしかかりを受け止めた。

 常人ならば耐えられない衝撃が彼の全身を襲う。

 バラバラになりそうな五体、ヨクバリスののしかかりは並みのポケモンを一撃で仕留められるだけの威力を秘めていた。

 そんな一撃を受けて、ポケナー仮面は! 

 

「ウッホー!」

 

 なんと、歓声を上げている! 

 

「なんという威力だ! やはり、私の目に間違いは無かった! さ、最高だぁぁぁぁ!」

 

 近くを通りかかった人達は軒並みドン引きして早歩きで立ち去っていく。

 そんな中で、ヨクバリスのトレーナーであるアリスは押し潰されているポケナー仮面を心底羨ましそうに見つめていた! 

 

「キャーン! ヨクバリスちゃんに押し潰されるなんて、羨まし過ぎます!! 次はわたくし! わたくしの番ですわよ!」

「あっ、いや、アリスくんだと大事故になってしまうから……」

「そんな!? ポケナー仮面様ばかりズルいです!」

 

 むくれてしまうアリスを慰めようと口を開きかけるポケナー仮面、そこで気付く! 

 なんと、ヨクバリスは気を失っていた! 

 

「ヨ、ヨクバリス!?」

「イャぁぁぁぁ!? ヨクバリスちゃんがぁぁぁぁ!!」

 

 どうやら、のしかかりの反動で気絶してしまったらしい。

 二人は慌てて最寄りのポケモンセンターにヨクバリスを担ぎ込むのだった! 

 

 第六話『ちょっと怖いジョーイさん!」

 

「リハビリが必要です!」

 

 治療が終わった筈なのにジョーイさんがモンスターボールを渡してくれない。

 

「リ、リハビリ!?」

 

 穏やかではないジョーイさんの言葉にアリスが目を見開く。

 リハビリとは! 病気や怪我などで低下してしまった生物としての機能を回復する為の訓練である。

 太り過ぎているとは言え、ヨクバリスはまだ病気というわけではないと思っていたアリスは血相を変えて慌てた。

 

「ど、どういう事ですの!? まさか、訓練のダメージで!?」

「それ以前の問題です!」

 

 ジョーイさんは少し怒っているようだ。

 

「いくらなんでも、技の練習で気を失う程のダメージを負ってしまうのは異常です! 食べたがるものばかり与えて、ロクに運動をさせて来なかったのでしょう!? 身体の機能が健常なヨクバリスに比べて著しく低下しています! このままでは命に関わります!」

「ま、待ってくれジョーイさん!」

 

 顔をくしゃくしゃに歪めて泣くのを堪えているアリスを横目に見て、ポケナー仮面は慌てたようにジョーイの言葉を遮った。

 

「た、確かにヨクバリスを甘やかし過ぎた事は事実だ! だが、だからこそ、こうしてヨクバリスのダイエットの為に旅に出ているのだよ! だから、あまり頭ごなしに叱るのは……」

「今の状態でダイエットなんて不可能です!」

「ぬあ!?」

 

 ジョーイさんと言えば白衣の天使と呼ばれる存在だ。

 ポケナー仮面がこれまでに出会って来たジョーイさんは誰も彼もがその名に相応しい穏やかで優しい女性ばかりだった。

 けれど、このジョーイさんは違う! 

 その眼光はルガルガンの真夜中の姿並みに鋭く、幼い少女が相手でも手加減を知らない。

 ポケナー仮面はたじたじになっている。

 

「ダイエットは体に負荷を掛けます! 今のヨクバリスにはその負荷に耐えられる力すらありません! それなのに無理なんてさせたら、それこそダイエットのせいで死んでしまうかもしれません!」

 

 その言葉にアリスは堪え切れなくなり、涙を零し始めた。

 慌てて慰めようとするポケナー仮面だけれど、そんな彼に対してジョーイさんは怒りの矛先を向ける! 

 

「あなた!」

「は、はい!?」

 

 ビクッとするポケナー仮面。

 

「おかしな格好をしてるけど、その子の保護者なんでしょ!?」

「あ、えっと、まあ、そんな感じではあるのかな……。今は」

「だったら、あなたがしっかりしないでどうするんですか!?」

 

 ガミガミと叱るジョーイさん。

 その様はそのままヨクバリスの状態の深刻さを表していた。

 

「あ、あの!」

 

 アリスは涙を拭い、ジョーイさんに懇願する。

 

「リハビリって、どうすればいいんですか!? どうしたら、ヨクバリスちゃんを助けられますか!?」

 

 アリスの必死な表情を見て、ジョーイさんはポケナー仮面に対する説教をやめて彼女に向き直る。

 

「まずは一人で歩けるようにしてあげる事ね。それまでは体を支えてあげるの。あなた、旅をしているのよね?」

「はい……」

「目的地は?」

「ハンスシティに向かう予定でした」

「なら、『バトルギア*1』を停止させておきなさい。そして、ヨクバリスを支えながら歩かせるの。専用の施設もあるけど、ポケモンはそういうものを使うよりも自分の力で歩く方が効果的なのよ。とっても大変だけど、出来る?」

「やります!」

 

 熱意は伝わってくる。

 ヨクバリスの太り方は異常だ。こういう事例をジョーイになる為の学校で聞いた事がある。虐待紛いの甘やかし方が原因だ。

 だから、つい厳しい物言いになってしまった。けれど、彼女の愛情は本物らしい。

 この事態の原因は周囲の大人の問題だ。

 ジョーイさんはポケナー仮面を見た。

 

「ちゃんと見てあげてくださいね」

「……ああ、約束するよ」

 

 変な仮面を被っているから表情は分からない。けれど、その言葉には不思議な重みがあった。

 信じてもいい気がした。

 

「一応、ハンスシティにもポケモンセンターがあるけど、困った事があったら連絡してちょうだい」

 

 ジョーイさんは自分のスマフォを取り出して言った。

 

「きつい事ばっかり言ってごめんなさいね。大丈夫よ。あなたがヨクバリスちゃんをたいせつにおもっているのなら、ヨクバリスちゃんは絶対に良くなるから!」

「はい! ありがとうございます!」

 

 お礼を言うアリスに向けたジョーイさんの笑顔は白衣の天使に相応しい優しげな笑顔だった。

 

「ありがとう、ジョーイさん。あなたは素晴らしい方だ」

 

 ポケナー仮面はジョーイさんに頭を下げると、ヨクバリスをモンスターボールから出したアリスと共にヨクバリスを支えた。

 

「よーし! リハビリ頑張るぞ!」

「はい!」

「バリスゥ……」

 

 ヨクバリスは嫌そうな顔をしていたけれど、二人に支えられながらゆっくりと歩き始めた。

 一歩、二歩、三歩、倒れないままゆっくりとしたペースで歩き続けてポケモンセンターを出て行った。

 その後ろ姿を見送ると、ジョーイさんはハンスシティのポケモンセンターに勤める姉に連絡を入れた。

 

「いつになるか分からないけど、ヨクバリスを連れた女の子と変態仮面がそっちに行くから、出来る限りサポートしてあげてちょうだい」

 

 変態仮面についてツッコミたかったけれど姉妹の中で最も苛烈な性格の妹にそう言われては断れない。

 ハンスシティのジョーイさんはスマフォ越しに了解の旨を彼女に伝えた。

 

「頑張ってね、お嬢ちゃん」

*1ポケモンバトル用のアプリケーション



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第七話『参上!フェアリーテイル!』

「イチ、二! イチ、二!」

 

 アリスの掛け声に合わせてヨクバリスが歩く。

 故郷であるアンデルシティを出てからかなりの時間が経った。

 空はすっかり暗くなっている。

 

「そろそろ半分くらいだね」

 

 ポケナー仮面が言った。

 

「半分!?」

 

 丸半日も歩いて半分。

 疲れ果てている彼女には酷な事実かもしれない。

 ポケナー仮面は配慮を欠いていたと後悔し掛けた。

 けれど、彼の後悔はアリスの次の言葉によって形を変える! 

 

「凄いわ、ヨクバリスちゃん!」

 

 彼女は泣き言どころか、歓声を上げながらヨクバリスを抱きしめた。

 

「ここまで自分の足で歩いてきたのよ! わたくしのせいで大変だった筈なのに、よく頑張ったわ!」

「パリスゥ」

 

 彼女はヨクバリスの頑張りを讃えた。

 ポケナー仮面は彼女を侮っていた事に気付き、後悔した。

 彼女のヨクバリスに対する愛情は紛れもなく本物だ。ヨクバリスの為なら如何なる苦難も跳ね返す気概がある! 

 

「アリスくん。今日はキャンプをする事になる。野宿が嫌なら私のアーマーガアに一旦宿泊施設のある街まで送らせるが?」

「ありがとうございます、ポケナー仮面様。ですが、必要ありません。野宿は初めてですが、嫌だからやらないではヨクバリスちゃんに顔向け出来なくなりますので」

「そうか……、承知した。では、テントの設営を始めよう!」

「はい!」

 

 第七話『参上! フェアリーテイル!』

 

 アリスにとって、キャンプは初めての経験! 

 慣れた手つきのポケナー仮面を手本にしながら自分のテントを組み立てて行く。

 手先が器用な彼女は時間が掛かったものの、見事に一人でテントを設営する事が出来た。

 

「さて、次は食事の準備だ」

 

 ポケナー仮面はテントから少し離れた所に焚き火用の木の枝とまつぼっくりを集めていた。

 

「まずは焚き火の準備だ」

 

 ポケナー仮面は丁寧に焚き火の仕方をアリスにレクチャーしていく。

 ゼノの依頼を受けて彼女の旅に同行しているが、期間は決まっている。

 その期間までにヨクバリスが痩せられていなくてもポケナー仮面は本業に戻らなければいけなくなる。

 その時、アリスは素直に自宅へ戻るだろうか? 

 きっと、戻らない。

 彼女には確かな芯がある。ポケナー仮面が居なくなっても、ヨクバリスが痩せられるまでは一人で旅を続ける筈だ。

 だから、それまでに一人で旅が出来るようにしてあげたかった。

 

「ポケモンに人間と全く同じものを与えるわけにはいかない。一部は問題ないが、消化器官の問題もある。けれど、そこさえ気をつければ木の実以外にも食べさせてあげられるものがあるんだ。太りにくい料理のレシピ本を仕入れておいた。今日は野菜中心のカレーを作ろう」

「はい!」

 

 料理は科学だ。適当に作れば相応な物になってしまう。好き勝手にアレンジを加えれば味が混沌としてしまう。

 特にポケモンは味覚がそれぞれの種で異なる場合もあり、味見して美味しかったから大丈夫とはならないのだ。

 だから、レシピを丁寧になぞる事が大切だとポケナー仮面はアリスに教えた。

 一度言うだけで素直に納得して実践してくれる。それは彼女の美徳だ。

 

「アリスくん」

 

 カレーを作りながらポケナー仮面はアリスに語りかけた。

 

「君は将来の夢を持っているかい?」

「将来の……?」

 

 唐突な質問にアリスは首を傾げる。

 そんな事、今まで考えた事も無かった。

 

「もし、まだ持っていないのなら、この旅の間に考えてみたまえ。旅とは常に前へ進み続けなければいけないものだ。だから、立ち止まりそうになった時にそれでも自分を前に進ませてくれる動機が必要なのだ」

「前へ進む為の動機……」

 

 まだ、アリスには難しい話だった。

 けれど、彼女は難しいからと放り出す人間ではない。

 

「考えてみます!」

 

 それから二人はカロリー低めの野菜カレーを作った。

 焚き火を囲みながらポケモン達とカレーを食べるのはアリスにとって、凄く楽しい時間だった。

 ポケナー仮面のポケモン達はいずれも最終進化形態で強面揃いだからヨクバリスは少し怯えているけれど、カイリキーはすっかり意気投合している。

 

「キャーン! ピカチュウ! 可愛い!」

 

 ポケナー仮面のポケモンの中で唯一の未進化ポケモンであるピカチュウにアリスは歓声を上げた。

 すると、ヨクバリスは慌てたようにアリスに擦り寄った。

 ピカチュウは呆れた様子だけど、アリスは大喜びだ。

 ヨクバリスは困ったところもたくさんあるけれど、トレーナーのアリスにこれ以上ないくらい懐いている。

 二人はまさにベストパートナーだとポケナー仮面は思った。

 そして、夜が更けていく。

 

「ハンスシティの北には鉱山があるんだ。そこにはいわタイプやはがねタイプ、じめんタイプのポケモンが生息しているんだ」

 

 アリスが眠るまで、ポケナー仮面は寝物語として彼が経験した冒険譚を語り聞かせた。

 元々一人で眠る事に慣れているアリスだったけれど、ポケナー仮面の心遣いが嬉しかったし、見守られながら眠るのはとても心が安らいだ。

 

 ◆

 

 ハンスシティにはそれから二日後に到着した。

 さすがにお風呂に入りたくて仕方がなかったアリスの希望で即座に宿泊施設で部屋を取った。

 それから休み休みとはいえ歩き通しだったヨクバリスを診てもらうためにポケモンセンターに向かう。

 その道すがら、奇妙な集団が道を塞いでいた。

 

「あの方達は何をしているのでしょう?」

 

 なにやら揉めているようだ。

 

「近寄らない方がいい」

 

 ポケナー仮面が言う。

 そんな彼は街行く人達から白い目を向けられている。

 ヒソヒソと「何かしら、あの格好」とか、「変態かしら?」という声が聞こえてくる。

 

「へ、変態ではない! 私はポケモン愛に生きる男、ポケナー仮面だ!」

 

 その言葉に人々は更に距離を取る。

 

「そこのお嬢ちゃん! 危ないから変態から離れるんだ!」

 

 そんな言葉まで飛び出す始末。

 アリスは少しムッとした。

 

「ポケナー仮面様は変態ではありません!」

「いや、どう見ても変態だろ!」

 

 気づけば揉め事を起こしている集団よりも目立ってしまっていた。

 これは不味いとアリスと共に離れる事にしたポケナー仮面だが、少し遅かった。

 

「ポケナー仮面だとぉ?」

「うちらの前でポケモン愛を語るとか、いい度胸じゃないの!」

 

 ガラの悪そうな集団に絡まれて、さすがのアリスも怯えている。

 

「君達を挑発する意図はなかったんだ。勘弁してくれないか?」

「ざっけんな! ポケモン愛はオレ達『フェアリーテイル』のモットーだ! それを勝手に名乗られて黙っていられるかっての!」

 

 いきりたちながらモンスターボールを構えるフェアリーテイルの下っ端集団にポケナー仮面はやれやれと肩を竦めた。

 

「ヨクバリスを早くジョーイさんに診てもらわないといけないんだ。悪いが手加減は出来ないぞ」

「うっせー! 野郎ども、やっちまえ!」

 

 下っ端集団は一斉にモンスターボールを投げた。

 対するポケナー仮面は、なんと! 

 

「な、なに!?」

 

 下っ端集団が目を見開く。それもそのはず、彼はモンスターボールを手に取る事なく、丸腰でポケモン達の前に立ちはだかったのだ。

 

「ポ、ポケナー仮面様!?」

 

 これにはアリスもびっくりだ。

 

「さあ、覚悟してもらうぞ! うおおおお!!」

 

 そして、誰もが固まる中でポケナー仮面はポケモン達に向かって飛びかかって行った。

 

「今の私はポケナー仮面! ポケモン愛に生きる者だ!」



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第八話『到着、ハンスシティ!』

 壮絶な光景が広がっている。

 フェアリーテイルの下っ端軍団は予想外に強力なポケモン達を繰り出してきた。

 バンギラス。ギャラドス。オオスバメ。ドサイドン。メガニウム。キリキザン。ライボルト。リングマ。サーナイト。ローブシン。ムウマージ。カメックス。

 すべてが最終進化形態! 

 アリスのヨクバリスのような見た目だけではない。彼らの放つプレッシャーはその姿に相応しい実力を有している事を示している。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 そんな彼らであっても予想外……!

 ポケモントレーナーがポケモンを繰り出す事なく自ら飛び掛かってくる光景は予想外!

 一瞬、すべてのポケモンとトレーナーと観衆の思考が止まる。

 その間にポケナー仮面はバンギラスに肉薄した。

 そして、触れ合った!

 

「ギャオ!? ギャオォォォォ!?」

 

 それは未知の感触。

 それは魅惑の感触。

 

「ここか!? ここがいいのか!?」

 

 バンギラスの体に取り付き、その体を全身で弄る変態仮面!

 ギャラドスを筆頭に屈強なポケモン達が揃ってドン引き! 一斉に距離を取る。

 ポケモン達だけではない。彼らのトレーナーも、観衆達もドン引きしている!

 そして、その間にもバンギラスは未知の快楽に襲われ続ける!

 

「あぁ、これがポケナー仮面様の『ポケナースキンシップ』というものなのですね!」

 

 彼の著書の一つ、『ポケナースキンシップ』!

 それはポケモンとのスキンシップについて詳細に記された一冊である。

 実際にありとあらゆるポケモンと彼が触れ合う写真が説明と共に掲載されている。

 

「バ、バンギラス!?」

 

 バンギラスの目がハートマークになっている。

 なんと! ポケナー仮面はバンギラスをメロメロ状態にしてしまった!

 

「バンギラス! お前、オスなのに!?」

「いや、それ以前の問題でしょ!?」

 

 すっかりポケナー仮面に懐いてしまったバンギラス。

 その姿にギャラドス達は恐怖の表情を浮かべる。

 そして、ポケナー仮面は先頭に立っていたリングマに飛びかかる。

 そこから先は阿鼻叫喚、まさか仲間を攻撃するわけにもいかず、仲間がメロメロにされていく姿を彼らは黙って見ている事しか出来ない!

 

「いや、逃げろよ!!」

 

 自分の番を大人しく待っているギャラドスにトレーナーがツッコミを入れる。

 ところがギャラドス、逃げない!

 目の前で仲間がポケナー仮面に気持ちよくさせられている姿を見て、ちょっと期待している!

 そして、自分の番が巡ってくるとギャラドスはビタンビタンと気持ちよさそうに体をはねさせた。まるでコイキング時代を思い出すはねっぷりだ。

 

「も、戻れ、サーナイト!!」

「メガニウムも戻って!!」

「ああ!? キリキザンがぁぁぁぁ!?」

 

 キリキザンの目もハートマークに変わってしまった。メロメロになってしまったポケモン達に背を向け、ポケナー仮面は残るムウマージやローブシン、カメックスを見る。

 

「カ、カメェェェェ!?」

 

 カメックスは逃げ出した。

 

「ちょっ、カメックス!? せめて、モンスターボールに戻りなさいって!」

「ってか、アイツやべぇぇぇぇ!? マジな変態だぁぁぁぁ!!」

「うぇぇぇぇん、アタイのバンギラスがぁぁぁぁ!!」

「ギャラドス!! お前ってやつはぁぁぁぁ!!」

「とにかく逃げるぞ!!」

「ヒェェェェ!!」

 

 メロメロになってしまったポケモン達もモンスターボールに戻し、逃げたカメックスを追っていった仲間を追うようにフェアリーテイルの下っ端集団は逃げていった。

 自らのポケモンを一切使わず、相手に傷一つ負わせることなく敵を追い払ったポケナー仮面。

 彼の勇姿を見て、観衆達は逃げ出した。一目散に逃げ出した。声も発さず逃げ出した。

 近所の人々は一斉に窓を締め、カーテンを閉じ、鍵をかける。

 一瞬の内にゴーストタウンの完成である。

 

「キャーン! 凄いですわ、ポケナー仮面様!」

 

 ただ一人、アリスだけはポケナー仮面の勝利を讃えたのだった。

 

 第八話『到着、ハンスシティ!』

 

 道中、ちょっとしたアクシデントはあったものの、アリスとポケナー仮面はポケモンセンターに辿り着いた。

 入ってすぐ、彼らを見たジョーイさんは「本当に来た!?」と顔を引き攣らせた。

 妹の言っていた変態仮面、ちょっとだけ疑っていたのだ。

 

「ジョーイさん!」

 

 アリスはモンスターボールからヨクバリスを繰り出した。

 

「ヨクバリスちゃんを!」

「あっ」

 

 アリスの必死な顔を見て、ジョーイさんは変態仮面以外の妹の言葉を思い出した。

 

 ―――― 出来る限りサポートしてあげてちょうだい。

 

「すぐに診るわね!」

 

 詳しい事情は既に聞いている。

 太り過ぎたヨクバリス。そのダイエットの為に彼女は旅に出たらしい。

 けれど、ダイエット以前にヨクバリスはリハビリが必要な状態。

 だから、彼女達はここまで歩いて来た。

 

「まずは奥へ! タブンネ、受付をお願い!」

「タブンネー」

 

 相棒のタブンネに一旦受付を預けて二人と一匹を奥へ案内した。

 そこにはポケモンの治療機材が揃っている。

 ジョーイさんは早速ヨクバリスを検査用の機械の前に座らせた。モンスターボールから出て、ここまで歩くだけでも少し疲れてしまったようだ。

 だけど、咄嗟に支えようとした二人を振り払って、ヨクバリスは自分の足で辿り着いた。

 妹から聞いていた情報によれば数歩歩くだけで動けなくなる程だった筈だ。

 

「頑張ったのね」

 

 ポケモンは人間と比べて遥かに成長が早い。

 検査機で調べてみると、ヨクバリスの肉体は妹から転送されたデータとは比べ物にならない程改善されている。

 アンデルシティからハンスシティまでの距離をちゃんと歩き切った証拠だ。それも、ちゃんとアリスとポケナー仮面がヨクバリスを支えて足に負荷が掛かり過ぎないようにしていた証でもある。

 途中、モンスターボールに入れていたり、支えずに歩かせていたらここまでの改善は無かった。

 

「うん! 問題ないわ。ここまで改善されていれば、これからはちゃんとしたダイエットを始められる筈よ!」

 

 ジョーイさんの言葉にアリスは涙を零して喜んだ。

 ポケナー仮面はヨクバリスに「よくやった」と頭を撫でようとしてはねのけられた。

 そのヨクバリスは自分の足でアリスの下に向かった。

 三歩で動けなくなっていたヨクバリスが十歩歩いてアリスの前でドヤっている。

 

「凄いわ! 頑張ったわね、ヨクバリスちゃん!」

 

 アリスに抱きつかれて、ヨクバリスは笑顔になった。

 

「バリスゥ!」

 

 微笑ましい光景にジョーイさんとポケナー仮面はほっこりした。

 そして、アリスはヨクバリスを離し、拳を掲げた。

 

「それでは、いよいよジムに行きますわよ!」

「え?」

「あっ」

「バリス?」

 

 ハンスシティに来た目的、それはジムでのダイエット!

 

「ええ!? ジムに挑戦する気なの!?」

 

 ジョーイさんは目を丸くした。

 

「はい!」

 

 アリスは満面の笑顔で頷いた。

 

「……うーん、大丈夫かな?」

 

 ポケナー仮面は頬をぽりぽりと掻いた。

 

「バリス!」

 

 ヨクバリスはよく分からないけどアリスの真似をした。



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第九話『挑め、ハンスジム!』

 ポケモンジム! 

 そこはポケモントレーナーとしてバトルを究めんとする者達が集う場所。

 

「今こそ、我が力を示す刻!」

 

 右腕に包帯を巻き、眼帯を付けているパンク・ファッションの少女が今日も挑戦者と戦っている。

 彼女こそ、ハンスシティのジムリーダー。

 悪タイプを極めし者、ライザ!

 

「その雄叫びはあまねく者は屈服させる! いでよ、シャウトの帝王! タチフサグマ!」

「シャァァァァッ!!」

 

 ライザが繰り出したポケモンはタチフサグマ!

 ガラル地方で確認されたジグザグマの最終進化形態だ。

 

「頼むぞ、グラエナ!」

 

 対する挑戦者、シンのポケモンはグラエナ!

 

「ッハ! オレ様相手に悪タイプで挑むとはイカしてるじゃねーの!」 

 

 ライザは八重歯を剥き出しにしながら吠える。

 

「ッシャァァァァ! テメェを屈服させてやるぜ! タチフサグマ、クロスチョップ!」

「かげぶんしん!」

 

 第九話『挑め、ハンスジム!』

 

 ジムに向かおうとするアリスをジョーイさんは全力で止めた。

 

「いいですか? 人間が通うフィットネスジムとポケモンジムは全くの別物なんです!」

 

 アリスの旅の目的はヨクバリスのダイエット。

 対して、ポケモンジムはバトルを極める為の施設だ。彼女の目的にはそぐわない。

 その違和感からジョーイさんは彼女に詳しい事情を聞く必要があると感じ、彼女がポケモンジムをフィットネスジムと勘違いしている事に気がついた。

 

「で、でも、この本に!」

 

 アリスはジョーイさんに『美貌の四天王・リリアンのバトルでレッツダイエット!』を見せた。

 そこには『ダイエットにはジムがおすすめ!』と書いてあり、ハンスジムの写真も掲載されている。

 フィットネスジムではない。明らかにポケモンジムだ。

 

「……なるほど、これを真に受けちゃったのね」

 

 四天王・リリアン。その名前から女性と勘違いする人もいるが実際は男性である。

 巨漢で有名な現チャンピオンであるレイヴンに勝るとも劣らぬ筋肉を持ち、副業としてボディビルダーをしている。

 彼の著書はどれも筋肉の美しさを訴えるものであり、ダイエットと銘打っているが、アリスの持っている本も痩せるためというより肉体を鍛える為の方法が掲載されている。

 

「とにかく! 今のヨクバリスにジムへの挑戦は早すぎるわ。手持ちにカイリキーがいるみたいだからバッジを得る事自体は可能かもしれないけど、あなたの目的とはそれてるでしょ?」

「……はい」

「フィットネスジムなら隣のグリムシティにあるの。わたしとしてはそっちに向かう事を勧めるわ」

 

 ジョーイさんの言葉はもっともだ。ポケモンジムは過酷な戦いを強いられる。ハンスジムは『あくタイプ』のジムだから、カイリキーを使えば有利に戦える。

 けれど、アリスの相棒はあくまでもヨクバリスだ。それに、アリスの目的はバッジを得たり、チャンピオンを目指す事ではない。彼女はヨクバリスのダイエットの為に旅をしているのだ。

 だから、大人しくグリムシティに向かう方が賢明ではある。

 

「どうする?」

 

 ポケナー仮面が問う。

 彼としてはポケモンジムに挑戦する事も悪手ではないと考えている。

 一見温厚に見えるポケモンも本質は『戦う者』だ。ポケモンバトルが成立しているのもポケモンに宿る闘争心故だ。

 甘えん坊で『のんき』な性格のヨクバリスもシンとのバトルには比較的前向きだった。それに、カイリキーが自分よりも活躍していた姿に嫉妬していた。

 フィットネスジムでのんびりダイエットに勤しむのも悪くはない。けれど、ヨクバリスのモチベーションは上がらない。

 リリアンの本にも書いてある。

 

『ポケモンはバトルで磨かれる!』

 

 間違っていない。 

 ポケモンは戦闘経験を糧に成長する生き物だ。

 特殊なアイテムを必要とする者を除き、戦闘せずに進化するポケモンは存在しない。

 

「……ヨクバリスちゃん」

 

 アリスはジョーイさんでもなく、ポケナー仮面でもなく、ヨクバリスと向き合った。

 

「あなたはどっちがいい?」

 

 ポケナー仮面が気付いたヨクバリスのバトルに対する意欲を、誰よりもヨクバリスを見ているアリスが気づけないわけもない。

 グラエナと戦った時、威嚇に怯えても逃げなかった姿を瞼に焼き付けている。

 

「バリス! バリ! バリ、バリス!」

 

 ヨクバリスはシャドーボクシングを始めた。

 

「分かったわ」

 

 アリスはヨクバリスの手を取った。

 

「頑張りましょうね、ヨクバリスちゃん!」

「バリス!」

 

 決意を固める一人と一匹にジョーイさんは心配そうな表情を浮かべている。

 けれど、ポケモンジムとフィットネスジムの違いを理解した上で挑戦すると言うのなら止める気はない。

 そもそも、ポケモントレーナーのポケモンジムへの挑戦は推奨すべきもの。

 ポケモントレーナーとポケモンがポケモンジムに挑む。それは当たり前の事だからだ。

 

「わたくし、ポケモンジムに挑みます!」

 

 ◆

 

 ジョーイさんに道を教わり、アリスとポケナー仮面はハンスジムへ向かった。

 ハンスジムはシティの繁華街の中心部に存在している。

 芸術的なモニュメントが飾られた庭園を横切り、ジムの中へ入っていく。そこは赤絨毯が敷かれた豪奢な空間だった。

 

「あっ!」

 

 入って来た二人に一人の少年が反応する。

 

「アリスじゃないか!」

「シン!?」

 

 そこに居たのは初バトルの相手であるシンだった。

 

「アリスもジムに挑戦するの?」

「はい! シンも?」

「オレは丁度終わったところ」

 

 そう言うと、シンはドクロの形のバッジを見せた。それはハンスジムのジムリーダーに勝利した証であるハンスバッジだ。

 

「凄いわ! シンはジムリーダーに勝利したのですね!」

「グラエナとゲコガシラが頑張ってくれたおかげでね」

 

 シンの後ろの受付センターには大きなディスプレイが飾られていて、そこには歴代の挑戦者の名前が表示されていた。

 一番上は直前にジムを制したシンの名前が載っている。

 

「ジムリーダーに挑戦する為には受付を済ませた後、ジムチャレンジに挑戦するんだ」

「ジムチャレンジですか?」

「うん。ちょっとした課題を出されるから、それをクリアする。すると、ジムリーダーへの挑戦権を得られるんだ。このジムのジムチャレンジは迷路の中から『宝物』を手に入れる事。その宝物が挑戦権なんだ」

「楽しそうですわ!」

「ああ、楽しかったよ! ヨクバリスは鼻が利くポケモンだからきっとすぐに見つけられる筈さ。オレもグラエナのおかげであっという間に突破出来たよ」

 

 アリスは少しわくわくして来た。

 

「早速受付を済ませてきます!」

「うん。いってらっしゃい」

 

 アリスが受付に向かっていくと、シンはジムのガードマンに詰問されているポケナー仮面の下へ向かった。

 

「い、いえ、ですから変態ではなく……」

 

 どうやら変態と思われているようだ。

 

「……あの」

 

 一瞬、違うのか? と思ってしまったけれど、そっと胸の奥に仕舞い込んだシンはポケナー仮面に話し掛ける。

 

「おお、シンくんじゃないか!」

 

 助け舟が来た事に喜ぶポケナー仮面。

 

「どうも」

 

 シンはガードマンにポケナー仮面の身の潔白を説明した。

 格好が格好だけに苦労したけれど何とか解放してもらえた。

 その間にアリスはジムチャレンジの為の迷路へ入ってしまったようで見送りが出来なかった。

 

「いや、助かったよ。何故か変態と間違えられてしまってね」

「……た、大変だな」

 

 顔を引き攣らせながらシンは言った。

 

「それより、アリスはしばらく戻って来ないと思うし」

 

 モンスターボールをホルダーから外す。

 

「バトルしようぜ!」

「……ああ、いいだろう」

 

 ポケナー仮面はジムチャレンジの間の入り口に視線を送り、それからホルダーのモンスターボールを掴んだ。

 

「ジムのバトルフィールドを借りてくるよ」

「おう!」



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第十話『シンとポケナー仮面!』

 ハンスジムのジムチャレンジ!

 それはジム内に設置されている迷路の中に隠されたジムリーダーへの挑戦権を見つけ出すというもの。

 ジムリーダーのライザはモニター越しにチャレンジャーの奮闘ぶりを眺めている。

 

「ヨクバリス。それに、カイリキー」

 

 挑戦の受け付け時、チャレンジャーはスマフォのアプリを通してジムにトレーナーとしての情報を開示しなければならない。

 その情報はジムリーダーのみ閲覧可能で、その情報とジムチャレンジの取り組み方からバトルの組み立てを考える。

 

「太ったヨクバリスとやけにレベルの高いカイリキーか」

 

 よくある組み合わせだ。

 あの年頃の女の子が旅をするのは危険が伴う。だから、親や保護者が護衛の為のポケモンを用意するのは珍しい事ではない。

 彼女の『バトルギア*1』に記録されている戦闘履歴を見て確信する。あのカイリキーはその為のポケモンだ。

 

「さてさて、カイリキーを使われると厳しいな」

 

 タイプの相性が悪い。それに、あのカイリキーは強過ぎる。用意したトレーナーは相当な実力者なのだろう。

 勝つ事自体は出来る。けれど、これはジムバトルだ。ジムは挑戦者の成長の為の施設であり、ジムリーダーが勝利する為の場ではない。

 とは言え、身の丈以上のポケモンを使って力任せにジムを突破しても彼女の成長には繋がらない。それでは勝ったとしてもバッジを渡す事が出来なくなる。

 ジムバッジはトレーナーとしての成長の証なのだから。

 

「ここはBプランだな!」

 

 こういう時の為の試合方式がある。

 ハンスジムのジムチャレンジは一体のポケモンを選択して、そのポケモンと共に宝物を探すゲームだ。

 後出しになるが、ジムバトルにはそのポケモンを使わなければならないと言って、一対一のバトルを受けさせる。

 借り物ではなく、自分と相棒の力だけで困難に立ち向かう。それがトレーナーとしての躍進に繋がる筈だ。

 

「ッハ!」

 

 ヨクバリスと一緒に頑張って迷路を探索しているアリスを見つめる。

 お互いに信頼し合っている事が伝わってくる。

 ライザにとって、ポケモンバトルで一番大切な事は戦闘経験でも、戦略でも、技でもない。

 トレーナーとポケモンの絆の深さだ。

 信頼無きところに真の力は宿らない。

 それが彼女の持論なのだ。

 

「合格だ!」

 

 ライザはポケモンが大好きだ。ポケモンが大好きなトレーナーも大好きだ。

 そして、ポケモンバトルも大好きだ!

 

 第十話『シンとポケナー仮面!』

 

 迷路の中を進んでいくアリスとヨクバリス。

 罠があるわけでも、ジムトレーナーがバトルを仕掛けてくるわけでもない。

 只管根気と探索能力が試されるチャレンジだ。

 

「バリス! バリバリス!」

 

 ヨクバリスは鼻をふんふんしながら歩いていく。

 数歩歩いただけで動けなくなっていた頃から比べると素晴らしい成長振りだ。

 アリスはその姿を見ているだけで幸せいっぱいだった。

 

「キャーン! ヨクバリスちゃん、素敵よ!」

 

 そんなアリスの反応にヨクバリスもご満悦だ。

 もっともっと褒めて欲しい!

 ヨクバリスは見事に宝物を見つけ出してアリスが抱きつきながら『凄いわ! 頼りになるわ! 最高よ、ヨクバリスちゃん!』と言ってくれる光景を妄想して鼻息を荒くした。

 アリスがヨクバリスを溺愛しているように、ヨクバリスもアリスが大好きなのだ。

 

「バリス!」

 

 何もしなくても褒めてくれる。木の実をいっぱいくれる。

 だけど、頑張った後に褒められるとすごく嬉しい気持ちになる。

 シンとのバトルやアンデルシティからハンスシティまでの道のりを歩くリハビリを通して、ヨクバリスはそう学んだ。

 

「バリスッ!」

 

 ヨクバリスは地面をゴソゴソし始めた。

 なんと、宝箱を発見した!

 アリスはジムリーダーへの挑戦権を手に入れた。

 

「キャーン! 凄いわ、ヨクバリスちゃん!」

「バリス!」

 

 ドヤ顔を決めるヨクバリスを抱きしめるアリス。

 いよいよジムリーダーに挑戦だ!

 

「ジムリーダーに挑戦する前にポケナー仮面様に写真を撮ってもらいましょう!」

「バリス!」

 

 アリスはポケナー仮面を探す為に迷路を後にした。

 

 ◆

 

 アリスが迷路を攻略している頃、ポケナー仮面は駆け出しトレーナーのシンとバトルを行っていた。

 

「グラエナ!?」

 

 吹き飛ばされ、戦闘不能になるグラエナ。

 バトル開始から一秒しか経過していない。

 

「『であいがしら』だ。初手から速攻で仕掛けてくる相手に対抗する手段を身に着けておくといい。こうなるぞ」

「クッ……!」

 

 ポケナー仮面のポケモンはグソクムシャ。モンスターボールから飛び出すと同時に攻撃を仕掛けて来た。

 指示より前に行動してくるポケモン。たしかに、予め対抗策を練っておかないとどうにもならない。

 

「だけど、二度目はない! ゲコガシラ、でんこうせっか!」

 

 目にも留まらぬスピードでグソクムシャに接近していくゲコガシラ。

 けれど、あと一歩のところでグソクムシャの姿がかき消えた。

 

「ゲコ!?」

「ゲコガシラ!!」

 

 速攻を潰す為に発動したでんこうせっか。けれど、その選択は完全にポケナー仮面の狙い通りだった。

 

「素直過ぎるな。目には目を、速攻には速攻を。気持ちは分かる。だが、ありきたり過ぎる。言い方は悪いが誰でも思いつくものだ。当然、その対抗策に対する対抗策は準備しているさ」

「今のは……」

「『ふいうち』だ。来ると分かっている速攻に合わせる事など容易い事だ」

 

 シンはあまりの事に目眩を感じた。

 手も足も出なかった。

 

「アドバイスとしては、まず一つ、必勝の型を作る事だな」

「……必勝の型?」

「そうだ。今、私が見せた一連の流れ。一辺倒になってしまっては駄目だが、こういう決まった攻撃の流れを予め用意しておくといい。相手が思考するより先に仕掛ける事が出来る。そこから臨機応変に指示を下していき、バトルの主導権を握るのだ」

 

 今まで考えた事もなかった。バトルの組み立てはいつもバトルが始まってから行っていた。

 

「……ポケナー仮面。アンタ、一体……」

 

 格が違う。ジムリーダーのライザにも多少は感じていたけれど、ポケナー仮面は彼女と比べても桁違いだ。

 

「ポケナー仮面さ。ポケモンをこよなく愛する者。それだけだよ」

 

 ポケモンをこよなく愛する者。

 その割に、バトルの最中の彼は容赦も躊躇いもなく、とても冷酷に見えた。

 不思議な人だとシンは思った。

 

「あの……」

「いた! ポケナー仮面様!」

 

  シンが口を開きかけた時、アリスが現れた。

 

「おお、アリスくん!」

 

 ポケナー仮面はグソクムシャをモンスターボールに戻した。

 

「バトルをしていたのですか?」

「……ああ、ちょっとね。それより、チャレンジは終わったのかい?」

「はい! ヨクバリスちゃんが!」

 

 ジムリーダーへの挑戦権を見せるアリスにポケナー仮面は微笑んだ。

 

「凄いじゃないか! よし、写真を撮るからポーズを取ってくれたまえ!」

「はい!」

 

 アリスとヨクバリスが挑戦権の封書を掲げながらポーズを決めるとポケナー仮面は首から提げているカメラでカシャカシャと何枚も写真を撮った。

 その姿を見て、あまりアリスにバトルの時の姿を見せたくないようだとシンは感じた。

 

「……アリス」

「シン! わたくし達もジムリーダーに挑戦して来ますわ!」

「うん。頑張って!」

 

 考えても無駄だと感じて、シンはアリスの応援に専念する事にした。

 

「オレも観客席で見てるよ」

「絶対バッジを手に入れてみせますわ! ね! ヨクバリスちゃん!」

「バリス!」

 

 アリスとヨクバリスのやる気は十分だ。

 三人はジムバトルのフィールドへ移動した。

*1ポケモンバトルの為のアプリケーション



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第十一話『VS ジムリーダー・ライザ!』

 挑戦権の封書を持って受付に向かうと、ジムバトルのバトルフィールドへ案内された。

 大きな門を超えると、そこは暗闇の世界。アリスは少し怖くなった。

 そして、奥へ進むと入り口の門が閉じ、真紅の雷が次々に降り注ぎ、それが終わるとライトが点灯した。

 

「よくぞ来た! チャレンジャー!」

 

 闘争心を煽るBGMが流れ始め、バトルフィールドの奥から一人の少女が歩いて来た。

 彼女が歩く度、空間そのものが揺れる。

 

「我が名はライザ! ここ、ハンスジムのジムリーダー! 貴様を試す者だ!」

 

 バトルフィールドの周囲から一斉に打ち上げ花火が放たれた。

 アリスはすっかり演出に呑み込まれてしまった。まるで舞台や映画を見ているかのような気分だ。

 

「ルールは一対一のポケモンバトル! 繰り出すポケモンはジムチャレンジに使用したポケモンに限定させてもらう! 来るがいい、そして、その力を示して見せよ!」

 

 ライザがハイパーボールをフィールドへ投げる。飛び出してきたポケモンはモルペコだ!

 可愛らしい見た目にアリスは歓声をあげた。

 

「チャレンジャー! 貴様のポケモンを見せてみろ!」

「あっ、はい! いきますよ、ヨクバリスちゃん!」

 

 アリスがモンスターボールを投げる。飛び出してきたヨクバリスはやる気まんまんだ!

 

「いくぞ、バトルスタートだ!」

 

 第十一話『VS ジムリーダー・ライザ!』

 

 観客席でアリスのジムバトルを観戦しているポケナー仮面はライザの繰り出したポケモンに思わず感心していた。

 モルペコはでんき・あくタイプのポケモンだ。ヨクバリスとは互いに可もなく不可もない相性だ。

 そして、モルペコには特徴的な習性がある。

 

「やはり、優秀なジムリーダーだな」

「え?」

 

 ポケナー仮面の独り言はシンの耳に届いていた。

 

「ライザはよくチャレンジャーを見ている。そして、よく考えている。見ていたまえ、シン。あれがジムリーダーに選ばれる、超一流のポケモントレーナーの戦い方だ」

 

 その言葉と共にバトルがスタートした。

 シンは慌てて視線をバトルフィールドに戻す。

 

「オーラぐるま!」

 

 モルペコの体から雷のオーラが迸る。モルペコが走り始めると、オーラは回し車のように形状を変えた。

 

「ジャイロボール!」

「バリス! バリバリバリバリバリス!」

 

 ヨクバリスのジャイロボール!

 シンとバトルした時は使っただけで気を失ってしまった。

 けれど、アンデルシティからハンスシティまでのリハビリの成果がここに結実している。

 その回転によって、モルペコのオーラぐるまを弾き返した!

 

「ッハ! 良い判断だ! そして、それに応えたヨクバリスも見事だぜ!」

 

 アリスは無知なお嬢様ではない。ポケナー仮面や四天王・リリアンの著作を始め、様々なポケモン関連の書籍から知識を蓄えて来た。

 アリスは出来るお嬢様なのである!

 

「あれは!?」

 

 アリスは目を見開いた。モルペコの姿が変化したのだ。

 茶色や黄色の毛皮部分が黒と紫に染まり、その顔は怒っているような表情に変わった。

 

「モルペコには『まんぷくもよう』と『はらぺこもよう』にフォルムチェンジする『はらぺこスイッチ』っていう特性があるんだぜ!」

「まんぷくもようとはらぺこもよう……」

 

 フォルムチェンジは姿だけの変化に留まらない。タイプや性格まで変わるポケモンもいる。

 

「はらぺこもようのモルペコはあくタイプ! いくぜ、かみくだく!」

「モル!」

「ジャイロボール!」

「バリス!」

 

 モルペコのかみくだく攻撃をジャイロボールで弾こうとするヨクバリス。

 けれど、モルペコはジャイロボールの回転速度が増す前にヨクバリスの腕に牙を突き立てた!

 

「ッバリス!」

 

 それでも、ヨクバリスは怯まなかった。

 アリスが見ている。

 シンとバトルした時のカイリキーのように、アリスに『凄い』と言われたい。

 その思いがジャイロボールの回転速度を上げていく!

 

「モル!?」

 

 吹き飛ばされて地面を転がるモルペコ。

 その腹部のポケットのような袋からタネを取り出した。

 あれこそ、モルペコというポケモンが持つ習性であり、『はらぺこスイッチ』の『はらぺこもよう』から『まんぷくもよう』に戻る為のスイッチ。

 モルペコは腹部のポケットのような袋に電気でローストした種を常に隠し持っているのだ。

 

「あのタネ!」

 

 アリスは気づいた。そして、その事に気づいたライザとポケナー仮面は笑みを浮かべた。

 そう、彼女は理解したのだ。このバトルの勝ち筋を!

 

「ほしがる!」

「バリス!」

「モル!?」

 

 ヨクバリスの得意技!

 キュートでチャーミングな仕草でモルペコに近づいていき、戸惑っている隙にまんまと持っていたタネを奪い取っていく。

 

 ―――― この泥棒!

 

 モルペコは怒り心頭だ!

 

「奪われし怒りをその牙に! かみくだく!」

「モル!」

「タネをほおばるのよ、ヨクバリスちゃん!」

「バリス!」

 

 モルペコのかみくだくを受け止めながら、ヨクバリスは奪ったタネをほおばる。

 すると、かみくだくで受けたダメージはたちまちの内に回復し、同時に防御力も格段にアップした!

 

「モル!」

 

 ヨクバリスから離れると、モルペコはポケットから残っていたタネを取り出して食べて『まんぷくもよう』に戻った。

 

「ワイルドボルト!」

「ペコペコペコペコペコー!!」

 

 雷のオーラを纏いながらモルペコが迫ってくる。

 

「よく見て! のしかかりよ、ヨクバリスちゃん!」

「バリス!」

 

 ワイルドボルトはそのスピード故に避けるのは難しいが、そのスピード故に攻撃が一直線だ。

 ヨクバリスはアリスの言葉通り、モルペコをよく見た! そして、飛び上がった!

 ほおばるで上昇した防御力でワイルドボルトの雷に耐え、そのまま押しつぶす。

 

「ペ……、コォ……」

 

 太り過ぎなヨクバリスののしかかり、その威力は絶大だ。

 

「見事!」

 

 ライザは戦闘不能になったモルペコをハイパーボールに戻しながら言った。

 ヨクバリスの最後ののしかかり、あれはタイミングが命だった。一瞬でも躊躇えば失敗していた。

 あそこでモルペコを倒せなければ、ヨクバリスの勝機は格段に落ちて、大きなダメージを負っていた事だろう。

 ライザの用意した試練にアリスとヨクバリスは100点満点の解答を示した!

 

「チャレンジャー・アリス!」

 

 バトルフィールドを横切り、ライザはアリスの前に立った。

 腕に包帯を巻き、眼帯を着けて、パンク・ファッションに身を包む彼女の姿をアリスはカッコいいと思った。

 

「貴様の力を見せてもらった! そして、ヨクバリスもよく応えた!」

 

 アリスは顔を綻ばせた。ヨクバリスもふふんとドヤ顔だ!

 

「これは貴様等の絆の証だ! 受け取るがいい、ブーゼバッジだ!」

 

 それはシンがアリスに見せた物と全く同じものだった。

 アリスはハンスジムに勝利した証、ブーゼバッジを手に入れた!

 

「凄いわ、ヨクバリスちゃん!」

「バリス!」

 

 一人と一匹は抱き合い、そして、ジムバッジを掲げた。

 

「ブーゼバッジ、ゲットですわ!」

「バリス!」



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第二章『挑め、ポケモンコンテスト!』
第十二話『到着、グリムシティ!』


「おめでとう! アリスくん!」

 

 ポケナー仮面はジムバッジを掲げるアリスとヨクバリスをカメラに収めた。

 ハンスジムはジムリーダーであるライザの方針で比較的攻略の簡単なジムだ。

 けれど、十人が十人とも攻略出来るわけではない。

 

「見事だったよ!」

「ありがとうございます、ポケナー仮面様!」

 

 アリスにはポケモントレーナーとしての才能がある。

 ポケナー仮面は強く確信した。

 

「アリス達は次に何処へ向かうんだ? オレはラルフシティに向かう予定だけど」

 

 ハンスシティから最も近いポケモンジムは南のラルフシティにある。

 ラルフジムは『はがねタイプ』のジムだから、カイリキーと相性が良い。

 アリスの目的がジム巡りなら一緒に巡るのも悪くないとシンは考えていた。

 

「わたくしはグリムシティに向かいますわ!」

「グリムシティ?」

 

 ところが、アリスはポケモンジムのない東のグリムシティを目指すと言った。

 

「そこにフィットネスジムがあるとジョーイさんに教えて頂きましたの! それに、ポケモンと一緒に入れる温泉もあると聞きましたから、これは是非にと思いまして」

「そっか……」

 

 ちょっとガッカリしたシン。

 

「また、いずこかでお会いしましょうね! シン!」

「う、うん!」

 

 そのやりとりをポケナー仮面は微笑ましげに見つめ、こっそりとシャッターを切った。

 アリスの旅の思い出を記録する事、それは彼の大切な使命なのだ。

 出会いと別れは旅の必然。

 こうして子供は一歩ずつ大人に成長していくのだ。

 

 第十二話『到着、グリムシティ!』

 

 シンはアリスやポケナー仮面と別れた後、ラルフシティに向かう為に8番道路を進んでいた。

 ラルフシティは工業が盛んな街だけあって、付近にははがねタイプのポケモンが生息している。

 

「あっ! コマタナだ!」

 

 シンは慌てた。コマタナは進化系であるキリキザンを中心に群れを作る事が多く、敵対すると集団で襲いかかって来る事があるのだ。

 慌てて通り過ぎようとしたらコマタナと目が合ってしまった。

 

「うわっ!?」

 

 コマタナは問答無用でシンに襲いかかってきた。群れの仲間は周囲に見当たらない。

 

「……群れが集まると厄介だな」

 

 逃げても群れに情報が伝わって襲われる危険性がある。

 シンは覚悟を決めた。

 

「だったら、ゲットしてやるぜ!」

 

 グラエナは相性が悪い。

 シンはゲコガシラのモンスターボールを掴んだ!

 

「ゲコガシラ!」

 

 脳裏にポケナー仮面の言葉が蘇る。

 

 ―――― まず一つ、必勝の型を作る事だな。

 

 アリスのジムバトルを観戦しながら、シンは自分なりの戦いの型を考えていた。

 

「でんこうせっか!」

 

 まずは攻撃の起点を作る。ポケナー仮面のグソクムシャの『であいがしら』のように、相手が思考する前に速攻を仕掛ける。

 準備の整っていなかったコマタナはゲコガシラのでんこうせっかに不意を打たれた。

 

「みずのはどう!」

 

 畳み掛けるように『みずのはどう』を放つ!

 コマタナは避ける事が出来なかった。

 みずのはどうは飛ばした水に振動を加える技だ。その振動はコマタナの体を震わせ、頭を震わせ、混乱状態にした。

 

「今だ! モンスターボール!」

 

 シンの投げたモンスターボールはコマタナに命中した。

 コマタナはモンスターボールの中に吸い込まれ、数度の揺れの後にカチリとゲットが成功した音を鳴らした。

 

「よしっ! っと、まずは場所を移そう! 戻れ、ゲコガシラ!」

「ゲコ!」

 

 ゲコガシラをモンスターボールに戻すと、シンはグリムシティへ急いだ。

 

「へへっ! なにはともあれ、よろしくな! コマタナ!」

 

 ◆

 

 グリムシティはハンスシティの東に広がる火山地帯にある。

 効能豊かな温泉が有名で、別の地方から観光に訪れる人も多く、ハンスシティからはバスや登山鉄道も出ている。

 アリスとポケナー仮面はのんびり登山鉄道に揺られる事にした。

 

「見てちょうだい、ヨクバリスちゃん! 凄い景色よ!」

 

 二人が乗り込んだ登山鉄道の上等車*1は完全な個室になっていて、ポケモンをモンスターボールから出す事も許されている*2

 アリスは窓に張り付いて外の眺めに歓声をあげている。

 

「バリスゥ」

 

 対して、ヨクバリスはあまり外の景色に興味がないようだ。

 ジムバトルに勝利した御褒美として貰った木の実をちびちび齧っている。

 

「観光地だけあって、いろいろと娯楽施設が揃っているな」

 

 ポケナー仮面はグリムシティの案内パンフレットを広げながら向かう場所を吟味している。

 

「温泉だけでも十二箇所か! ほほう、温泉の熱を利用した農園で食べ放題のイベントか!」

「バリス!?」

 

 食べ放題のイベントという言葉にヨクバリスが反応した。

 

「……すまん。このイベントは先月で終わってしまったようだ」

「バリス!?」

 

 ヨクバリスはポカポカとポケナー仮面を叩いた。

 今のはポケナー仮面が悪い。アリスはやれやれと肩を竦めた。

 

「他にはどんなイベントがありますの?」

「いろいろあるみたいだよ」

 

 ポケナー仮面はアリスにパンフレットを渡した。

 

「丁度、花火大会が予定されているみたいだ。それに、ほのおタイプ限定のポケモン大会があるね。ポケモンバトルの観戦は良い刺激を貰えると思うよ」

「花火大会! わたくし、初めてですわ! それに、ポケモン大会にも興味があります!」

「バリス! バリス!」

 

 ポケナー仮面が紹介するイベントに興奮しているアリスの腕をヨクバリスが引っ張った。

 

「どうしたの? ヨクバリスちゃん」

「バリス!」

 

 ヨクバリスはパンフレットの写真を指し示した。

 そこには木の実の大食いコンテストのイベントが告示されていた。

 ヨクバリスはそのイベントに参加したいようだ。

 

「……ヨクバリスちゃん」

 

 ヨクバリスはジムバトルで頑張ってくれた。

 だから、出来れば好きにさせてあげたい。

 

「ごめんなさい。この大会には参加させてあげられないわ」

「バリス!?」

 

 アリスは断腸の思いだった。

 

「その代わり、こちらのコンテストに出てみません?」

 

 そう言って、アリスは隣に掲載されている写真を指差した。

 

「バリス?」

 

 それはポケモンコンテスト開催の告示だった。

 ポケモンコンテストとは、ポケモンの魅力を競い合う大会の事だ。

 かっこよさ、うつくしさ、かわいさ、かしこさ、たくましさの五つの部門に分かれ、優勝者には特別なリボンと景品が授与される。

 この大会の景品は『タラプのみ』を始めとした珍しい木の実の詰め合わせセットだ。

 お嬢様のアリスでも中々手に入れられない木の実もいくつか混ざっている。

 スポンサーはハートカンパニーのライバル企業であり、飲食業界で覇名を轟かせる『スペードカンパニー』だ!

 

「バリス!」

 

 ヨクバリスはやる気になっている。

 参加を決めると、アリスはスペードカンパニーの名前に目を留めた。

 

「リデルちゃんのお父様の会社がスポンサーなのね」

 

 アリスは幼馴染の少女の顔を思い浮かべた。

 頻繁に会えるわけではなく、父親同士も友好的な関係にあるわけでもない為、そこまで深いつながりがあるわけではない。

 けれど、アリスにとっては数少ない同年代の友達だ。

 

「会いたいな……」

 

 そして、登山鉄道はグリムシティに到達した!

 

 ◆

 

 グリムシティにあるスペードカンパニーの系列であるホテルの一室では一人の少女が胸を高鳴らせていた。

 今年で十歳になり、はじめてポケモンを持つ事が許された。

 愛するパートナーとコンテストに出場する事が彼女の幼い頃からの夢だった。

 

「キテルグマちゃん! 絶対優勝しましょうね!」

「クマー!」

 

 彼女はお嬢様のリデル。

 スペードカンパニーのご令嬢である。

 今、グリムシティを舞台に新たな戦いが始まろうとしていた!

*1上流階級の為の車両

*2ただし、室内に収まる大きさのポケモンに限られる



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第十三話『鍛えろ! フィットネスジム!』

「キャーン! ヨクバリスちゃん、可愛いわー!」

 

 アリスが歓声をあげる。

 グリムシティには温泉街が広がっていて、人もポケモンも浴衣に着替えて歩いている。

 アリスとヨクバリスも早速浴衣に着替えてみた。

 ヨクバリスの大き過ぎる体にもジャストフィットな浴衣を用意してくれた浴衣屋さんはまさしくプロだとポケナー仮面は思った。

 

「ポケナー仮面様は着ないのですか?」

「ん? ああ、そうだね」

 

 おへそと太腿が丸出しのセクシーファッションに身を包むポケナー仮面はどこに行っても注目の的だ。

 割れた腹筋に注がれる視線は正直気持ちいい。

 とは言え、TPOは弁えなければいけない。

 浴衣で歩く事がマナーならば、この鬼神が宿る背中を薄布で包む事も致し方のない事と割り切るべきだろう。

 

「よし、浴衣を着よう!」

 

 ポケナー仮面の決断に浴衣屋さんはホッとした。

 早速奥に引っ込み、筋肉もりもりマッチョマンの変態に似合う奇跡の一品を運んで来た。

 

「素敵ですわ! ポケナー仮面様!」

「っふ!」

 

 二人と一匹は浴衣姿になって街へ繰り出した。

 

 第十三話『鍛えろ! フィットネスジム!』

 

「ヨクバリスちゃん! 好きなのを選んでいいのですよ!」

「バリス!」

 

 アンデルシティからハンスシティまでのリハビリを終え、ハンスジムの攻略した事でヨクバリスは少しだけ痩せる事が出来ていた。

 暴飲暴食は相変わらずNGだが、多少の飲食は可能になっていた。

 屋台をはしごしながら目的地に向かって歩いていく。

 

「あそこだな」

 

 ポケナー仮面がパンフレットを見ながら言った。

 道の先に寺のような佇まいの建物がある。あれがハンスシティのジョーイさんが言っていたフィットネスジムだ。

 

「いくぞ、アリスくん! ヨクバリス!」

「はい!」

「バリスゥ!」

 

 フィットネスジムとは!

 健康維持や健康づくりの為の運動施設である。

 インストラクターの指導の下、日々、多くの人やポケモンが理想の自分を手に入れる為にトレーニングに励んでいるのだ!

 

「いらっしゃいませ!」

 

 受付を済ませるとすぐにインストラクターのお兄さんが来てくれた。

 

「やあ、こんにちは!」

 

 スポーツウェア姿の好青年だ。

 

「僕はロイド。よろし……ッハ!?」

 

 入会希望者であるアリスに目線を合わせて爽やかスマイルを浮かべていた彼の表情が固まる。

 彼の視線の先、アリスの真後ろには見惚れる程の腹筋と引き締まったハムストリングスがあった!

 

「なんて完成された筋肉なんだ!?」

「うぇあ!?」

 

 アリスはびっくりしてポケナー仮面のうしろに隠れてしまった。

 そして晒されるポケナー仮面の筋肉!

 ロイドの叫び声でトレーニング中の人々やポケモン達の視線も彼に注がれる。

 肩にちっちゃいジープを乗せているのかと思う程の僧帽筋!

 

「見ろ! あの仮面の男! 土台が違うよ! 土台が!」

「キレてる! キレてるわ!」

「まるで人体模型のようですわ!」

「あの背中を見て! まさに三角チョコパイよ!」

「あの腹筋! まさにグレネードじゃねーか!」

 

 あっという間にマッスル達に取り囲まれるアリスとポケナー仮面。

 

「何を言っているのかよく分かりませんが、ポケナー仮面様はすごいのですね!」

「っふ!」

 

 期待に応えるポケナー仮面。

 

「サイドチェスト!!!」

 

 その見事なサイドチェストにマッスル達は太陽の如き輝きを見た。

 

「う、美し過ぎるわ!?」

「あの腹斜筋で大根をすりおろしたいわ!」

「くぁー、ケツみたいな胸しやがって!」

「背中に羽が生えてる! 空も飛べそうじゃない!」

 

 その時だった!

 あまりの異世界感に怯え切ってしまい、アリスの背中に隠れていたヨクバリスがボールホルダーにセットされているカイリキーのモンスターボールに触れてしまった。

 開閉装置が開き、飛び出してくるカイリキー。

 その姿に……、世界が止まる。

 人としての完成形がポケナー仮面だとすれば、そのカイリキーの肉体はまさしくポケモンとしての完成形……!

 

「せ、背中に鬼神が宿っている!!!」

 

 その声にカイリキーはやれやれとバック・ダブル・バイセップスを披露した!

 

「あの背中、まるでクリスマスツリーじゃないの!?」

「あのケツ! グレートなケツプリだぜ!!」

「仮面の男がグレネードなら、あのカイリキーの腹筋はさしずめ板チョコだぜ!」

「いいえ、ちぎりパンよ!」

「あんな筋肉……、今日は眠れないじゃない!!」

 

 ポケナー仮面とカイリキーは頷き合う。

 この注がれる視線が与えてくれる快感に応えなければいけない。

 

「モスト・マスキュラー!!」

「リッキー!!」

 

 ポケナー仮面はモスト・マスキュラー、カイリキーはアブドミナル・アンド・サイ !

 一人と一匹が織りなすポージングはさしずめ一流の絵画のように完成されていた。

 アリスはよく分からないけどポケナー仮面とカイリキーが尊敬されている事に喜んでいる。

 ヨクバリスはガクガクと震えている。

 

 結局、マッスル達が落ち着いたのは一時間も後の事だった。

 

「やれやれ、このジム……、気に入ったよ」

 

 どうやら熱い視線や掛け声がすごく気持ちよかったようだ。

 ほとんど何を言っているのかさっぱり理解出来なかったけれど、ポケナー仮面が喜ぶのなら今後はもっと筋肉を褒めてあげる事にしようと思ったアリスだった。

 

 ◆

 

 いよいよトレーニングスタート!

 ポケナー仮面とカイリキーは注目を集め過ぎているのでアリス達と別行動を取る事になった。

 

「さて! それじゃあトレーニングを始めようか」

「はい! お願い致しますわ!」

「……バリス」

 

 スポーツウェアに着替えて張り切るアリス。対して、ヨクバリスのテンションは低い。

 さっきの異様な光景がトラウマになっているようだ。

 

「まずは軽めに準備運動から! いきなりハードなトレーニングを行うと筋肉を傷めてしまう可能性があるからね」

「はい!」

「……バリス」

 

 ロイドが近くのパネルを操作すると軽快な音楽が流れてくる。

 このジムでは体を動かす事が少しでも楽しくなるように工夫が凝らされている。

 

「体を捻って拍手を一回!」

「一回!」

「バリス!」

 

 準備運動も体全体を適度にほぐせるダンスだ。

 これが音楽と相まってすごく楽しい。

 イヤイヤだったヨクバリスもいつの間にかご機嫌だ!

 

「振り返って、いないいないばあ!」

「いないいないばあ!」

「バリスバリスバァリス!」

 

 なにより、アリスはヨクバリスと、ヨクバリスはアリスと一緒にダンスをする事が楽しくて仕方なかった。

 

「さて! 早速、上腕二頭筋を鍛えるダンベルカールから始めようか」

「ダンベルカール?」

「バリス?」

「コレだよ」

 

 ロイドはダンベルを運んで来た。アリスも見た事があった。

 

「筋肉は代謝を高めてくれる。代謝が高まれば脂肪が消費される。だから、ダイエットには筋トレが一番なんだ!」

「なるほど!」

「バリス!」

 

 アリスとヨクバリスはロイドが選んだダンベルを持って足を肩幅ぐらいに開いた。

 

「肩の力は抜いてね。背中は伸ばして、肘は動かさない! 少し回す感じで持ち上げてみて」

 

 言われるまま、アリスは少し回しながらダンベルを持ち上げた。

 

「バ、バリス!」

 

 ヨクバリスもアリスの真似をしている。

 

「次はゆっくりと下ろす。この時、肘は伸ばしきらないように注意が必要なんだ」

 

 最初の内は楽に出来ていたけれど、数をこなしていく内に腕が痛くなってきた。

 この痛みが重要で、筋繊維が切れている証拠らしい。壊して直す。それが筋トレの基本だ。

 

「バ、バリ、バリス……」

 

 渋い表情を浮かべるヨクバリス。

 とても辛い。だけど、やめない。

 隣でアリスが自分と同じ事をしている。同じくらい辛い筈なのに頑張っている。

 

「バリス!」

 

 頑張るヨクバリス。そんなヨクバリスを見て、負けていられないと頑張るアリス。

 ロイドは良いトレーナーとポケモンだと微笑んだ。



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第十四話『踊れ、ダンシング!』

 フィットネスジムでは数多くのトレーナーとポケモンがトレーニングに励んでいる。

 中にはポケモンコンテストに出場する『ポケモンコーディネーター』の姿もある。

 

「いくよ、イーブイ!」

「ブイッ!」

 

 少女、エリスもコーディネーターの一人だ。

 相棒のイーブイと一緒にグランドフィスティバルで優勝してトップコーディネーターになる事を夢見ている。

 

「イチ、ニ! イチ、ニ!」

「ブッイ! ブッイ!」

 

 コンテストは五つの部門に分かれている。そして、各部門で三つの審査を受ける事になる。

 いずれの審査も入念な準備が必要で、このジムにはその為の設備が揃っている。

 

「そこでターン!」

「ブイ!」

 

 軽快なステップを踏むエリスとイーブイ。

 二人は第二審査のダンスの練習に夢中だ!

 

「キャーン! とっても素敵ですわ!」

 

 ダンスのフィニッシュを決めるポーズを取ると、いつの間にかヨクバリスを連れた女の子がエリスとイーブイのダンスを見ていた。

 キラキラした目で見つめられて、エリスはちょっと気分が良くなった。

 

「い、一緒に踊ってみる?」

「是非!」

 

 試しに誘ってみると、女の子は嬉しそうに頷いた。

 

「ちょっと待ってて!」

 

 エリスは少し離れた場所にある棚から大きな絨毯のようなものを運んで来た。

 それは色分けされたマス目のあるビニール製のシートだった。

 シートにはリモコンのようなものが繋がっていて、エリスが操作するとマス目が光りだした。

 

「綺麗!」

「バリス!」

 

 女の子は歓声を上げる。

 初々しい反応にエリスはクスリと微笑んだ。

 

「これはダンスのステップを練習する為のものなの! アタシもずっと使ってたんだ! ミュージックを選んで……、よし! 音楽が鳴り始めるとマス目が光るから、そのマス目を踏むのよ!」

「はい!」

「バリス!」

 

 いざ、音楽をスタートさせようとして、エリスは手を止める。

 

「おっと、その前に! アタシはエリス! こっちは相棒のイーブイ! ポケモンコーディネイターよ!」

「ブイ!」

「ポケモンコーディネイター……。わたくしはアリスです! この子は相棒のヨクバリスですわ!」

「バリス!」

 

 自己紹介を終えると、二人と一匹はシートの上に立った。

 

「じゃあ、いくよ! レッツダンシング!」

「レッツダンシング!」

「ブイブイ!」

「バリス!」

 

 第十四話『踊れ、ダンシング!』

 

 インストラクターのロイドはやれやれと苦笑している。

 準備運動を終えた後、トレーニングの準備の為に一旦離れている間にアリスとヨクバリスはすっかりエリスやイーブイとのダンスに夢中になっていた。

 準備が無駄になってしまったけれど、楽しそうに踊っている姿を見ると何も言えなくなってしまった。

 

「……コンテストの資料でも用意しておこうかな」

 

 ロイドが資料を集めに行っている間もアリスとヨクバリスはステップの練習に励み続けた。

 準備運動の時のダンスも楽しかったし、エリス達とのダンスも楽しい!

 アリスはすっかりダンスが好きになっていた。

 

「楽しいね! 楽しいね! ヨクバリスちゃん!」

「バリス!」

 

 ヨクバリスとしては正直キツかった。

 だけど、アリスがあまりにも楽しそうだから、ついつい頑張ってしまった。

 

「ブイ!」

 

 イーブイはいち早くヨクバリスの様子に気がついた。

 ダンスの途中だったけれど、慌てて音楽を止める。

 

「イーブイ?」

 

 エリスはイーブイの突然の行動に驚いている。

 

「えっと……?」

「バリスゥ……」

 

 アリスも困惑していたけれど、すぐにヨクバリスがヘトヘトになっている事に気がついた。

 

「ヨ、ヨクバリスちゃん!?」

 

 座り込んでしまったヨクバリスにアリスは泣きそうになった。

 

「大丈夫、疲れちゃっただけだよ」

 

 すると、ロイドが人間とポケモン用のスポーツドリンクをそれぞれ運んで来た。

 

「ダンスは意外と体力を使うからね。君もしっかり水分を取って」

「は、はい……」

 

 アリスは自分の分を受け取りながらもスポーツドリンクをゴクゴク飲んでいるヨクバリスを見てしょげてしまった。

 ダンスに夢中になって、ヨクバリスの体調の変化に気づいてあげられなかった。

 

「ごめんね、ヨクバリスちゃん……」

「バリス!? バリス! バリス!」

 

 謝られて、ヨクバリスは慌てた。元気だとアピールしている。

 

「アリス。ヨクバリス」

 

 エリスはイーブイを抱えながら申し訳無さそうな表情を浮かべた。

 

「ごめんなさい。アタシが気づいてあげなきゃいけなかったのよ」

 

 エリスにとってもアリス達とのダンスはとても楽しかった。

 そのせいで注意が散漫になっていた。

 

「ブイブイ」

 

 イーブイはそんなエリスを励ますように手をポンポン叩いている。

 

「そんな! 違います! わたくしがヨクバリスちゃんのトレーナーなのですから、わたくしこそ一番に気づいてあげなきゃいけなかったのに……」

「バリス……」

 

 一転してお通夜のような雰囲気になってしまった二人と二匹。

 ロイドは手をパンパンと叩いた。

 

「そこまでにしておこう! トレーニングでオーバーワークになってしまう事は珍しくない。大切な事は次に同じ失敗をしない事だよ。ヨクバリスの体力を考慮して、楽しく踊ろう!」

 

 そう言うと、ロイドはアリス達にコンテストの資料を見せた。

 

「アリスさん、コンテストに興味はあるかい?」

「はい! 珍しい木の実が貰えるみたいなので、ヨクバリスちゃんと出場してみるつもりです!」

「そうなの!?」

「おっと、既に参加志望だったのか!」

 

 既に参加を決めていたアリスにエリスとロイドは驚いた。

 

「ヨクバリスちゃんは本当は大食い大会に参加したがっていたのですが……、ダイエット中なもので……。代わりに珍しい木の実を食べさせてあげたいのです!」

「な、なるほど……。木の実目当てかぁ……」

 

 珍しい木の実は良質なポロックの材料になる。だから、参加者にとっても嬉しいものだ。だけど、木の実の為に参加する人はあまりいない。

 みんなの目的はあくまでもリボンなのだ。

 エリスは苦笑した。

 

「アリスはアクセサリーを持ってるの?」

「アクセサリーですか?」

 

 アリスは自分の髪をまとめている大きなリボンに触れた。

 

「そうじゃなくて、ポケモン用のアクセサリーよ。コンテストの第一審査はアクセサリーを身に着けたポケモンの魅力をアピールするものなの。ポケモン自体の魅力だけじゃなくて、如何にその魅力を引き立てられるアクセサリーを着飾れるかが大事なのよ」

「ポケモン用のアクセサリー!? 可愛いヨクバリスちゃんがますます可愛く!? 欲しいです! アクセサリー!」

 

 食いつくアリスにエリスはクスッと笑った。

 

「オッケー! じゃあ、今からお店に案内してあげるよ! ポケモン達もヘトヘトだし、どっちにしてもトレーニングは切り上げないとだからね」

「はい! ありがとうございます!」

 

 ◆

 

 一方、その頃のポケナー仮面!

 

「いくぞ、カイリキー!」

「リッキー!」

 

 一人と一匹はベンチプレスで競い合っていた。

 飛び散る汗、躍動する筋肉!

 周りには人だかりが出来ていて、一人と一匹の一挙一動を舐め回すように見つめている。

 

「アハァ……」

「リッキィ……」

 

 見られる快感に酔い痴れ、筋肉の悲鳴に悦ぶ。

 そして、その姿に熱狂する人々。

 あまりにも異世界過ぎて、呼びに来たアリスの腕を掴んでエリスは街へ連れ出した。



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第十五話『襲撃! フェアリーテイルのクルエラ!』

 エリスに案内されて、アリスとヨクバリスはグリムシティ最大のアウトレットモールにやって来た。

 

「キャーン! 可愛いわ、ヨクバリスちゃん!」

 

 ポケモンのアクセサリー!

 その種類は多岐に渡る。

 種族によって姿形は千差万別であり、それぞれに見合ったアクセサリーが豊富に販売されていた。

 ヨクバリスはアリスがチョイスしたタキシードに身を包んでいる。

 シルクハットがとってもキュート!

 

「ジェントルマンよ! ジェントルマンだわ!」

「バリス!」

 

 心なしか、キリッとした表情を浮かべるヨクバリス。

 案内したエリスも思わずキュンとなった。

 ドレス姿のイーブイもちょっとキュンとなった。

 

「アリスちゃん、素質あるわね! ぽっちゃり系のポケモンにはふわふわしたアクセサリーが基本なのに、あえてのタキシード! フォーマルな格好がヨクバリスの可愛さを増幅してる! ギャップ萌えってやつね!」

「ブイブイ!」

 

 ヨクバリスの可愛さに二人と一匹はすっかりメロメロだ!

 

「バリス!」

 

 その反応にすっかり気を良くしたヨクバリス。

 調子に乗ってポーズを決めようとした。

 その時だ。

 ビリッ! という音が響いた。

 

「あっ」

「あら……」

「ブイ……」

「バ、バリス……」

 

 タキシードが破れてしまった。

 

 第十五話『襲撃! フェアリーテイルのクルエラ!』

 

 四天王・リリアン!

 ポケモントレーナーとしての実力はもちろん、ボディビルダーとしても有名な()である。

 更に、彼はポケモンコーディネーターしての顔も持っていた。

 

「うっふーん! 今回の大会も素晴らしいものになりそうね!」

 

 筋肉もりもりマッチョマンの変態がしなしなと歩きながら猫なで声で言う。

 隣を歩いているコンテストの主催者、ウォーカーは相変わらずだと苦笑しながら頷いた。

 

「グリム大会は四大大会の一つですからね。他地方からの参加者も多く、毎年盛り上がっていますよ」

「ジョウトやシンオウからの参加者は歴史が長い分ハイレベルだものね! カロスのパフォーマーも華やかに決めてくれるから好きよ、ワタシ」

「パフォーマーの二次審査と三次審査は毎回凄いですからね! 去年参加したイザベラさんとグレイシアのコンビのダンスと演技は今でも記憶に焼き付いていますよ!」

 

 リリアンとウォーカーが話しながら歩いていると目の前のフィットネスジムから一人の男と一匹のポケモンが飛び出してきた。

 

「ア、アウトレットはどこだ!? アリスくん! すぐ行くからな!」

「リ、リッキー!」

 

 ピカチュウの仮面を着けた半裸の男とカイリキーが走っていく。

 あまりの光景にウォーカーは固まった。

 そして、リリアンは……、

 

「あの筋肉……、もしかして……」

 

 彼は去っていく男の背中を視線で追った。

 

「やっぱり! なんで、こんな所にいるのよ!? まったく、レヴィを心配させて!」

「リ、リリアンさん? あの男を知ってるんですか!?」

「もちろんよ! 知らない筈がないわ。だって、彼は――――」

 

 ◆

 

 ポケナー仮面は慌てていた。

 彼はアリスの同行者なのだ。彼女の身の安全を護る義務がある。

 インストラクターのロイドによれば信頼出来るポケモンコーディネイターとアウトレットにアクセサリーを買いに行ったそうだが安心は出来ない。

 彼女はルイス地方最大の企業であるハートカンパニーの御令嬢なのだ。

 普通の女の子よりも余計に身辺の安全に気を配らなければいけない。

 

「なんという失態だ!」

 

 ルイス地方では『フェアリーテイル』を名乗る集団が暗躍している。

 彼らの主張は『ポケモン愛』。

 ポケモンを愛する者達が集う互助組織とのたまっている。

 けれど、その実態はどうにもきな臭い。

 何故か、決定的な証拠が見つかっていないが、彼らの仕業と思われるポケモンの誘拐事件やテロ行為が確認されている。

 そういう集団もいるからこそ、ポケナー仮面は彼女の身辺警護を依頼されたのだ。

 

「あっちだな!」

「リッキー!」

 

 カイリキーも焦っている。

 主人であるゼノから『くれぐれもアリスを頼むぞ』と言われていたのにアリスから目を離してしまった。

 アリスとヨクバリスにもしもの事があったらと思うと今にも泣きそうだ。

 

「急ぐぞ、カイリキー!」

「リッキー!」

 

 己の限界すら超えてグリムシティ内を疾走する一人と一匹。

 そして、彼らは辿り着いた。

 グリムシティの東に広がるアウトレットモール。

 

「あれは!?」

 

 ポケナー仮面は悲鳴を上げそうになった。

 最悪の予想が的中してしまった。アウトレットモール上空にカイリューとギャラドス、ボーマンダが旋回し、アウトレットモールの中心部から悲鳴が聞こえてくる。

 

「グソクムシャ! アーマーガア! ピカチュウ! 先に行ってくれ!」

「シャッ!」

「ガァァァァ!」

「ピッカ!」

 

 グソクムシャは中心部で起きたテロに動揺して右往左往している人々の頭上を超え、壁を走って奥へ進んでいく。

 ピカチュウはアーマーガアに飛び乗り、アーマーガアはこうそくいどうで旋回しているカイリュウ達の下へ向かっていく。

 

「カラマネロ! オレとカイリキーをサイコキネシスで浮かせて騒ぎの中心部へ向かえ!」

「ネーロ!」

 

 ポケナー仮面の四体目、カラマネロはサイコキネシスで自身とポケナー仮面、カイリキーの体を持ち上げると人々の頭上を超えていく。

 

 ◆

 

 ―――― それは数分前の事だった。

 エリスと共にショッピングに興じていたアリスとヨクバリス。

 次のお店に向かおうと『ワンダーランド』というお店を出た途端、目の前に一人の女性が現れた。

 辺りがやけに騒がしい。

 

「お嬢様、お迎えにあがりました」

「え?」

 

 アリスはキョトンとしている。

 

「知り合いなの?」

 

 エリスが聞くと、アリスは「知らない人です」と言った。

 

「……えっと、お父様のお知り合いの方ですか?」

「その通りです。私は『フェアリーテイル』のクルエラ。お嬢様をお連れするよう申し遣っております」

「フェアリーテイル……?」

 

 エリスは警戒心を顕にした。

 その名前は知っている。あまり良くない噂を聞く集団だ。

 

「で、でも、ヨクバリスちゃんのダイエットはまだまだこれからですし……」

「火急の用件なのです、お嬢様」

「……わ、わかりました」

 

 父の呼び出し。それも火急の用件とあっては断るわけにもいかない。

 スマートフォンで先に一報くらい入れておいて欲しかったと思いつつ、アリスはクルエラの手を取ろうとした。

 

「待って!」

 

 その手をエリスが掴んだ。アリスをクルエラから遠ざけて、睨みつける。

 

「あなた、本当にこの子のお父さんの知り合いなの?」

「ええ、そうですよ。急いでいますので、お嬢様を此方へ渡してくれません?」

 

 アリスは困惑している。

 けれど、エリスは更に強くアリスを掴んだ。

 

「『フェアリーテイル』って、エレノアシティでポケモン誘拐事件を起こした犯罪集団の名前じゃなかった?」

「それは誤解よ。警察だって、私達を逮捕していないでしょ? 証拠もなく、勝手な噂話が独り歩きしているだけよ」

「……その時、アタシの友達もいて、マリルを攫われかけたんだけど?」

 

 エリスが敵意を向けると、クルエラは舌を打った。

 

「なるほど……。なるほどね。穏便に済ませたかったのだけど、そうもいかないわけか」

 

 クルエラはスーパーボールをボールホルダーから外して言った。

 

「そんなに痛い目に遭いたいわけね! ガブリアス! りゅうせいぐん!」

「ガブッ!」

 

 スーパーボールから飛び出したガブリアスがエネルギーの塊を上空に放つ。

 突然の事態に周囲の買い物客は言葉を失った。

 悲鳴が響き渡る。上空で弾けたエネルギーが流星群のように地上へ降り注ぐ。

 

「イーブイ、スピードスターで撃ち落として!」

「ブイッ!」

 

 モンスターボールから飛び出したイーブイがそのままスピードスターを放つ。空中で殆どのりゅうせいぐんが誘爆した。

 

「へぇ、悪くないわね! そのイーブイ!」

 

 クルエラは残忍な笑みを浮かべた。

 

「だけど、レベルが違うのよ! ガブリアス、ドラゴンクロー!」

「ガブッ!」

 

 ドラゴンクローを発動するガブリアス。

 飛び出した瞬間にスピードスターを放ったイーブイは体勢を崩してしまっている。

 避けられない!

 

「シャァァァァ!!!」

 

 その時だった!

 彼方から猛スピードでグソクムシャが飛び掛かってきた!

 

「なっ!?」

 

 ガブリアスは咄嗟にグソクムシャへ攻撃対象を変えようとしたけれど、その時点でグソクムシャはガブリアスに肉薄していた!

 

「シャァァァァッ!!!」

 

 容赦なし! 躊躇いなし! 『であいがしら』が炸裂した!

 一撃を意識を刈り取られたガブリアスを見て、クルエラは焦りの表情を浮かべた。

 そして、そんな彼女に対してグソクムシャは既に飛び掛かっている。

 

「なんなの!?」

 

 ガブリアスをボールに戻す余裕などなく、クルエラは次のポケモンを繰り出した。

 飛び出してきたのはフライゴン。けれど、グソクムシャは止まらない。再びの一撃必殺! 『であいがしら』でフライゴンを瞬殺してしまった。

 そして、その間に上空から待機させていたポケモンを呼び寄せようとしたクルエラの眼にピカチュウの『かみなり』によって撃ち落とされるカイリューとギャラドス、ボーマンダの姿が映った。

 いくら高威力の技とはいえ、クルエラのポケモン達も並ではない。一撃で倒される事などありえない筈だった。

 それなのに、一撃すら耐えられずに沈んでいく。

 

「なんなのよ、あんた達は!?」

 

 クルエラは恐怖のあまり悲鳴をあげた。

 そして、最後のモンスターボールからオンバーンを繰り出すと同時に閃光弾を使った。

 眩い光に攻撃を放ちかけていたグソクムシャの攻撃が一瞬止まる。間違ってもアリス達に攻撃しない為だ。

 その間にクルエラはポケモン達をボールに戻し、オンバーンによって逃走を試みる。

 けれど、アーマーガアが彼女達の前に現れた。ピカチュウはすでに電気を放出している。

 

「わ、わたし、人間なんだけど……?」

 

 そんな事は関係ない。

 主人の敵となった貴様に容赦する理由など無い。

 

「うそ……」

 

 ピカチュウの『10まんボルト』!

 オンバーンとクルエラは意識を失った。

 

「……ほえー」

 

 アリスはポカンとした表情を浮かべている。

 エリスとイーブイもポカンとしている。

 そんな二人と一匹を護るようにグソクムシャとアーマーガア、ピカチュウは周囲を警戒し始めた。

 そして――――、

 

「おーい! アリスくん!」

「ポケナー仮面様!」

 

 変態が空から降ってきた。



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第十六話『ポケナー仮面の正体!』

 アウトレットモールのテロを聞きつけた四天王・リリアンはドンカラスに乗って急行した。

 逃げ惑う人々を見て、眉間にシワを寄せる。

 

「美しくないわね」

 

 リリアンは美しいものが好きだ。美しい光景が好きだ。

 恐怖に歪む表情は美しくない。

 人やポケモンの笑顔を奪った存在を許す事は出来ない。

 

「ワタシの目の届く範囲でふざけた真似は許さなくてよ!」

「カァ!」

 

 リリアンの意思を受け、ドンカラスは猛スピードでアウトレットモールの中心部へ向かっていく。

 

 第十六話『ポケナー仮面の正体!』

 

「……あら?」

 

 現場に辿り着くと、そこには見覚えのある人物とポケモン達がいた。

 

「あらあら、さすがね」

 

 ドンカラスから手を離し、地面に降り立つリリアン。

 目の前に立っているピカチュウを模した仮面を被った変質者。

 リリアンは彼を知っている。

 

「なるほど、慌てていた理由が分かったわ。テロを防ぐ為だったのね! イヤーン、素敵よ!」

「え? いや、そういうわけでは……」

「あら? 違うの? っていうか、あなたはここで何をしているの? レヴィが心配してたわよ? いきなり飛び出して行って、連絡もつかないって」

「す、すまない! だが、リーグまでには戻るから見逃してくれないか?」

「リーグまでって……、半年以上も? ちょっと、冗談じゃないわよ! あなたの仕事はバトルだけじゃないのよ?」

「それは分かっているのだが……」

 

 困り切っている。

 そんな彼にリリアンも困惑している。

 イカレタ格好をしている事にも突っ込みたいけれど、それよりも言動が普段の彼らしくない。

 

「あなた……、レイヴンよね?」

「今の私はポケナー仮面だ!」

「ポ、ポケナー仮面……?」

 

 あまりにもトンチキな名前にリリアンは目を丸くした。

 

「あ、あなた、頭でも打ったの?」

 

 むしろ、そうだと言って欲しい。

 

「あ、あの、ポケナー仮面様?」

 

 頭を抱えそうになっていると、幼い少女がポケナー仮面の後ろから顔を出した。

 変質者と少女。リリアンは真顔になった。

 

「……あなた、まさか」

「違う! 何を想像しているか察するが、違う! 色々と事情があるのだ!」

「あ、あの、あなたはポケナー仮面様のお知り合いの方なのですか?」

「え、ええ、そうよ」

 

 ポケナー仮面に対して色々と言いたい事はあったけれど、幼い少女を怖がらせる事は美しくない事だ。

 それはリリアンの美学に反する行為であり、リリアンは切り替える事にした。

 

「ワタシの名前はリリアン! このルイス地方の四天王が一人よ」

「リリアン様!? もしかして、『美貌の四天王・リリアンのバトルでレッツダイエット!』の!?」

「ええ、そうだけど……、読んでくれたの?」

 

 リリアンは少しびっくりしている。それは趣味で自費出版した本だけど、あまり反響がなくてガッカリしたものだ。

 

「はい! 愛読しております! わたくしがヨクバリスちゃんのダイエットの為に旅へ出る事を決意したのも、この本が切っ掛けの一つなのです!」

「そ、そうなの!?」

 

 旅に出る切っ掛けになった。

 その言葉はリリアンの心を大きく揺さぶった。

 なにしろ、旅とは過酷なものであり、旅に出るか出ないかは人生の中で最も大きな選択の一つだからだ。

 その切っ掛けを自分の本が作った。それは著者としての誉れと言っていい。

 

「う、嬉しいわ! あの、もし良かったら感想を聞かせてもらえないかしら……?」

「キャーン! もちろんですわ!」

 

 アリスがウキウキしながら感想を語ろうとすると、その前にポケナー仮面が咳払いをした。

 

「ポケナー仮面様?」

「な、なによ!?」

 

 ポケナー仮面はすまなそうな表情を浮かべている。

 

「いや、すまない。ただ、一先ず先に彼女を警察へ引き渡さなければならないから……、話は宿に戻ってからにしないか?」

「彼女?」

 

 リリアンはその時になって地面に伸びている女性の存在を認識した。

 

「……もしかして」

「ああ、フェアリーテイルだ。しかも、おそらくは幹部クラスだろう。ようやくシッポを掴めるぞ」

「ナイスよ、レイヴン」

「……ポケナー仮面だ」

「はいはい。ナイスよ、ポケナー仮面」

 

 呆れたように肩を竦めるリリアン。彼にポケナー仮面は言った。

 

「テレポートの対策をしてから運び出せ。カラマネロが張っているフィールドに何度か干渉してくる気配があった」

「……あなたのカラマネロ、貸してくれない? サーナイトをコンテスト会場の警備に置いて来ちゃってるのよ」

「分かった。あと、一つだけ……」

 

 ポケナー仮面はアリスに聞こえないように声を落として言った。

 

「もう、アリスくんの前でレイヴンとは絶対に呼ばないでくれ。あと、私の身分についても」

「……詳しい事情を教えてくれるのよね? じゃないと、ワタシ、あなたの事も連行しないといけなくなるんだけど……」

「わ、わかった。まあ、君になら話してもいいだろう」

「あら、素直ね」

「君の事は信頼しているからな」

「……まったく」

 

 リリアンは溜息を零した。

 そんな風に言われたら断れない。

 信頼には信頼で返す。それこそが美であり、彼の信条だ。

 

「えっと、アリスちゃん?」

「はい! アリスです! リリアン様!」

「後でお宿の方にお邪魔しても構わないかしら?」

「もちろんです!」

 

 リリアンはアリスがただの子供ではない事に気づいていた。

 普段、リリアンと初めて会話する人間は大人でも子供でも必ず変な顔をするものだ。

 だけど、彼女は自然とリリアンの在り方を受け入れてくれている。

 とても優しくて、とても器が大きい。

 自分の著書を褒めてくれた事を抜きにしても、リリアンはアリスを気に入った。

 

「……アリスちゃん。ポケナー仮面の事、どう思う?」

「とても素敵な方ですわ! ポケモンに対する愛情が誰よりも深く、そして、とても頼りになる殿方です!」

「あら、そうなの?」

「はい!」

 

 予想以上の高評価だ。しかも、ポケモンに対する愛情が誰よりも深いと言った。

 リリアンはポケナー仮面を見る。彼はどこか嬉しそうな表情を浮かべている。

 ただ褒められて喜んでいるだけ? それとも?

 リリアンはその辺りの事情も聞いておく必要があると感じた。

 

「じゃあ、ワタシは行くわ。後でね、アリスちゃん。ポケナー仮面も」

「はい! また後で!」

「またな、リリアン」

 

 リリアンはウインクするとポケナー仮面のカラマネロとフェアリーテイルの幹部であるクルエラを引き連れて去って行った。

 

「……それにしても、あのクルエラという方は何者だったのでしょう?」

 

 アリスは首を傾げた。

 普段はおっとりした性格の彼女でも、あのクルエラが悪意を持って近付いて来たのだという事は察していた。

 エリス達やポケナー仮面のポケモンが居なければ危険な目に合っていた事も……。

 

「フェアリーテイル。ハンスシティで会った連中の仲間さ。あまり良くない噂を聞く。近づかない方がいい」

「……はい」

 

 アリスとポケナー仮面は少し離れた場所でハラハラした様子で待っているエリスの下へ向かった。

 

 ◆

 

「それで? 話してくれるのよね! レイヴン!」

「ポケナー仮面だ! 何度も言わせるな!」

 

 エリスと途中で別れ、アリスとポケナー仮面は宿に戻って来た。

 アリスは緊張が解けたのか眠ってしまい、ポケナー仮面はグソクムシャに警護を任せ、訪ねて来たリリアンを出迎えた。

 

「アリスちゃんは寝てるんだからいいじゃないの。聞かれたくないのは彼女だけなんでしょ?」

「……ああ、そうだ。あの子はポケナー仮面としてのオレを認めてくれたからな」

 

 リリアンはポケナー仮面が淹れた緑茶を口に含んだ。

 苦い。

 

「……あなたの素顔はそっちなの?」

「分からないよ」

 

 ポケナー仮面は俯いた。

 

「分からないけど、彼女はオレが自費出版した写真集を買ってくれた! そして、ファンレターをくれたんだ! ほら!」

 

 ポケナー仮面は胸元からファンレターを取り出した。

 

「オレがポケモンを如何に愛しているかが伝わってくると書いてくれているんだ! だから、オレはこっそり何冊も写真集を作って、ゼノに頼んで彼女に読んでもらった! その度に……!」

 

 彼は涙を零していた。

 如何に嬉しかったのかが伝わってくる。

 

「……最強のチャンピオン。戦闘マシンと呼ばれるほど冷徹なタクティクスで無敗を貫く絶対王者。だけど、それは本当のあなたじゃなかった。その事を彼女は気づいてくれたのね」

「ああ、そうだよ。だから、あの子が旅に出ると聞いて、オレを同行者に選んだと聞いて、居ても立っても居られなくなった。レヴィにはすまないと思っているよ。でも、約束の時まで……、リーグまでは彼女を守ってあげたいんだ」

 

 リリアンは深々と溜息を零した。

 ポケナー仮面こと、チャンピオンのレイヴンとはそれなりに長い付き合いだ。

 それなのに、本当の彼に気づいてあげられていなかった。

 それはあまりにも美しくない。

 

「分かったわ」

 

 リリアンは言った。

 

「レヴィには黙っておいてあげる。それに、必要ならフォローもしてあげる」

「あ、ありがとう!」

 

 こんなに感情表現豊かな彼を見たのも初めてだった。

 

「それはそれとして、話は変わるんだけど、あの女が狙っていたのはアリスちゃんよね?」

「ああ、そうだ」

 

 一気に空気が張り詰める。

 

「オレが離れた隙を狙っていたらしい」

「……あの子、何者なの?」

「ゼノの娘だ」

 

 その言葉にリリアンの表情は険しくなる。

 

「あの子、家に戻した方がいいんじゃないの?」

「本人が望むならな。だが、あの子はヨクバリスの為に旅に出る事を決意した! ヨクバリスのダイエットが終わるまでは旅を続ける筈だ!」

「だとしても、あの子が危険に晒されるのよ!?」

「だから、オレがいる!」

 

 ポケナー仮面は言った。

 

「誰だろうと、アリスくんに危害は加えさせない!」

「……あの子にチャンピオンとしてのあなたを見せる事になっても?」

「その時が来たら、迷わない! オレは最強だ。フェアリーテイルが束になって掛かってきても一蹴してみせるさ」

「その言葉、違えるんじゃないわよ?」

「ああ、もちろんだ」

 

 その言葉にリリアンは微笑む。

 たしかにポケナー仮面が傍にいるなら下手に家へ戻すよりも安全だろう。

 彼の言う通り、彼に勝てる者など存在しない。

 十歳の時にリーグを制覇して、そのままチャンピオンリーグすら勝ち抜き、彼はチャンピオンの座を手に入れた。

 そして、それ以降は無敗のまま現在に至っている。

 

「……とりあえず、今日はお疲れ様」

「ああ、君も」

 

 お茶を淹れ直して、二人は湯呑で乾杯した。



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第十七話『集え、コーディネーター! ポケモンコンテスト・グリム大会!』

 フェアリーテイル襲撃事件から数日が経過した。

 あれから襲撃はなく、アリスはフィットネスジムに通いながらエリスとコンテストに向けた練習を続けている。

 

「いいよ、アリス! ヨクバリスも! ステップを踏みながら腕も動かして! ワン、ツー! ワン、ツー!」

「ワン、ツー! ワン、ツー!」

「バリ、ス! バリ、ス!」

 

 ダンスも大分様になって来ている。

 同じ曲を聞きながら同じ動きをする。それは不思議な一体感を生み出した。

 

「右に手を突き出して! 次は左!」

「右に! 左に!」

「バリス! バリス!」

 

 楽しい!

 前みたいにヨクバリスが倒れないよう気をつけながらアリスは夢中になって踊った。

 ヨクバリスもがんばって体を動かしている。

 いよいよコンテストは目前だ!

 

 第十七話『集え、コーディネーター! ポケモンコンテスト・グリム大会!』

 

 ポケモンコンテスト!

 それはポケモンの魅力を競い合う戦いである。

 ジョウト地方やシンオウ地方でも開催されていて人気を博している。

 

『さーて、いよいよ始まります! ルイス地方ポケモンコンテスト・グリム大会!』

 

 グリムシティのコンテストは『四大大会』の一つに数えられるほど大規模なもので、テレビの中継も行われている。

 観光地という事もあって、参加者の中には別地方からの飛び入りコーディネーターの姿もあった。

 

「いくわよ、トゲキッス! 絶対優勝!」

「がんばろうな、カビゴン! お前の魅力で会場はメロメロだぁぁぁぁ!」

「フッハッハ! 我がペンドラーのかっこよさにひれ伏すがいい!!」

 

会場の熱狂振りにアリスは目を白黒させている。

 

「うーん、濃ゆい」

 

 エリスは個性豊かなコーディネーター達を見て言った。

 誰も彼もが個性的な装いで、ポケナー仮面の変態ファッションが浮くどころか溶け込んでしまっている。

 ポケモンのキグルミを着た人もいれば、鋼鉄の鎧に身を包んでいる人もいる。かと思えば魔法少女のような格好の人もいた。

 

「わ、わたくし、地味だったでしょうか……?」

「いや、アリスちゃんも中々だよ……」

 

 エリスはアリスの装いを見ながら言った。

 旅に支障がないように色々と工夫を凝らされているけれど、アリスの服はどう見てもドレスだ。それも明らかに高級品と分かるもの。

 加えて、アリスには特別な存在だと感じさせる品のようなものがある。

 この場においてもアリスはダイヤモンドのように煌めいていた。

 

「問題はアタシだよ……。グリムシティのコンテストは派手って聞いてたけど、ここまでとはね」

 

 エリスの服装も地味というわけではない。コーディネーターとして、舞台に立つ為の衣装を着ている。

 けれど、個性という面では他と比べて明らかに劣っている。

 

「そんな事ありません! エリス様の服装はとても素敵です!」

「その通りだ!!」

 

 アリスの言葉に被せるようにペンドラーを連れた青年が現れた。

 突然の事にアリスとエリスは目を丸くしているが、そんな事はお構い無しで青年はエリスに言った。

 

「ようやく見つけたぞ、イーブイ使い! 我が名はレオン! そして、相棒のペンドラーだ!!」

「えっと、どうも……、エリスです」

「アリスです!」

 

 突然の自己紹介に面食らいながらもエリスとアリスは挨拶を返した。

 

「エリス! そして、アリス! その名を我が魂に刻み込ませてもらおう!」

「は、はぁ……」

「ありがとうございます!」

 

 アリスはさすがの器の大きさを発揮しているがエリスは引き気味だ!

 

「えっと……、アタシに何か用なの?」

「うむ! 先日のアウトレットモールでのテロ事件! その時、我は事件の渦中にいたのだ!」

 

 アウトレットモールのテロ事件。

 それはフェアリーテイルのクルエラがアリスを攫うために起こしたものだ。

 エリスはアリスが動揺するのではと思い、レオンの口を閉ざさせようとした。

 けれど、その前に彼は言った。

 

「あの時、我は動く事が出来なかった……」

 

 悔しそうに彼は言った。

 

「迫り来る『りゅうせいぐん』に対して、ペンドラーのモンスターボールを抱えながらガタガタと震える事しか出来なかった!」

「ドラァ……」

 

 青褪めるレオンを慰めようとしているのか、ペンドラーはレオンの肩に頭をすりすりさせている。

 

「我はかっこ悪かった! だが、エリス! 汝は違った! あの時、イーブイのスピードスターがりゅうせいぐんを尽く撃ち落とした光景を見て、そのカッコ良さに涙が出た程だ!!」

 

 アリスとエリスは別にレオンがかっこ悪いとは思わなかった。

 怖くて震えていたのは確かなのだろう。けれど、彼はモンスターボールを抱えながらと言った。

 彼に心底懐いているペンドラーを見ても分かる。彼は必死になってペンドラーを守ろうとしたのだろう。

 

「だが! 我はともかく、我のペンドラーはとてもかっこいいのだ!」

 

 一転して、レオンは自信満々に言い放った。

 あまりの切り替えの速さに『そんな事ないって!』と言おうとしたエリスと『レオン様はかっこいいですわ!』と言おうとしたアリスは口を開きかけた状態で固まった。

 

「エリス!!」

 

 レオンは言った。

 

「もし、汝が『かっこよさ』部門のリボンをまだ手に入れていないというのなら、是非! 『かっこよさ』部門に出場して欲しい! そして、我がペンドラーのかっこよさこそ最高なのだと証明させてくれ!!」

 

 あまりの事にエリスはおろか、アリスですらすぐに言葉を発する事が出来なかった。

 けれど、少しの空白の後、エリスはクスリと微笑んだ。

 

「『かっこよさ』のリボン、たしかにまだだよ」

「ならば!」

「オッケー!」

 

 エリスはイーブイをモンスターボールから出した。

 

「ブイ!」

「アタシのイーブイのかっこよさ、アンタに見せてあげるよ!」

「望む所! あの時の痺れるようなかっこよさに勝ってこそ、我がペンドラーのかっこよさはより確かなものとなる! フッハッハッハ! 楽しみにしているぞ、我がライバルよ!」

「あはは……、お手柔らかに」

「断る! 我は常に全力よ! 汝も全力で来るが良い!」

「はいはい」

 

 レオンが去って行くと、エリスはやれやれと肩を竦めた。

 

「勝手なヤツだねぇ。けど、嫌いじゃない。アタシもアリスちゃんと『かわいさ』部門に出る予定だったけど、今回は『かっこよさ』部門に出場するよ」

「はい! エリス様とレオン様の審査、観客席から見ています!」

「頼むよ! アタシもエリスの審査をばっちり見てるからね!」

「はい!」

 

 ◆

 

 一方その頃、ポケナー仮面はリリアンと共にいた。

 

「……出来ればアリスくんの傍にいたいのだが」

「悪いわね。ただ、この会場内はワタシのサーナイトとあなたのカラマネロの支配下にあるからどんな事態にも対処出来る。こうして二人で話すにはもってこいのタイミングよ。あんまり、あの子に自分の正体を悟らせる真似はしたくないんでしょ?」

「まあな……」

 

 万全を期している事が分かっていても、ポケナー仮面の心配は晴れない。

 傍にいれば絶対に守り切る自信があるが、離れていては守り切れたとしても怖い思いをさせてしまう可能性がある。

 あの子の心身に僅かたりとも傷をつけたくない。

 

「すぐに終わるわよ。とにかく、クルエラから得られた情報を伝えておくわ」

 

 フェアリーテイルのクルエラ。彼女は謎に包まれていたフェアリーテイルの真実に辿り着く為の鍵を持っている筈だとポケナー仮面は考えていた。

 

「生憎、彼女は幹部の一つ下。下っ端ではないけど、全てを知る事を許されてはいなかったみたい」

「……そうか」

「ただ、フェアリーテイルという組織の目的が判明したわ」

「それは?」

「『ポケモンとの一体化』よ」

「一体化……? どういう意味だ?」

「具体的な事は不明だけど、かなり大掛かりな計画が進行しているみたいなの。その為に資金が必要でアリスちゃんを誘拐しようとしたみたいね」

「……なるほど」

 

 ポケナー仮面はポケモンとの一体化という言葉を吟味した。

 

「確か、少し前のカロスリーグでポケモンとトレーナーが一体化するような現象が確認されたとレポートを見たが……」

「『絆現象』ね。当時のリーグ準優勝者の『サトシ選手』がゲッコウガを『サトシゲッコウガ』っていう特別な姿に変身させた事例。確かに一体化と言えなくもないわ。ただ、あれは発見されたばかりの現象よ? フェアリーテイルはその前から存在している組織だから、その線は薄いわね」

「そうか……」

「とにかく、これからも調査を進めていくわ。並行して、資産家達の身辺警護に人員を割かないといけないからすぐには難しいと思うけど、リーグが始まる前にはケリをつけるわよ」

「……ありがとう、リリアン」

 

 ポケナー仮面はリリアンの思い遣りに気づいている。

 リーグが始まれば、ポケナー仮面はアリスから離れなければいけなくなる。

 その時、まだフェアリーテイルが暗躍を続けていれば、彼女の意思がどうあれ、家に戻されてしまうかもしれない。

 戻されなかったとしても、彼女の身は常に危険に晒される事になる。

 だからこそ、リーグ前に決着をつけるとリリアンは言ったのだ。

 

「礼は不要よ、レイヴン。アタシはアタシの信条に従うだけだもの。まだ幼い女の子を誘拐しようとするなんて、美しくないにもほどがあるわ! 絶対に許さないわよ、あの外道共!!」

 

 ポケナー仮面はリリアンのあまりの迫力に若干怯えた。

 けれど、同時に安心感も覚えた。

 四天王・リリアン。

 美を追求する男。四天王の序列第二位。彼はこのルイス地方で三番目の強さを持っている。

 そして、彼は自分の言葉を違えない。それが美しさであり、彼の信条だからだ。

 

「アンタはアリスちゃんを守ってあげなさい。何があっても絶対に! ね? ポケナー仮面様」

「……ああ、絶対だ!」

 

 ポケナー仮面とリリアンは微笑みあった。



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第十八話『開催! ポケモンコンテスト!』

 グリムシティのコンテスト会場上空に花火が上がる。

 いよいよコンテストがスタートするのだ。

 コンテストにはランクがあり、『ノーマルランク』、『グレートランク』、『ウルトラランク』、『マスターランク』に分かれている。

 更に『かっこよさ』、『うつくしさ』、『かわいさ』、『かしこさ』、『たくましさ』の五つの部門にも分かれていて、コーディネイター達はそれぞれのランクの部門を選択してリボンを狙う。

 そのランクの五つの部門のリボンを手に入れれば上のランクに上がる事が出来る。

 そして、マスターランクのリボンを五つ集めれば、いよいよコーディネイターの最高峰である『グランドフェスティバル』に挑戦出来る。

 グランドフィスティバルの優勝者は『トップコーディネイター』と呼ばれている。

 トップコーディネイターの中には四天王・リリアンや最北のヘンゼルジムのジムリーダー・グレイも名を連ねている。

 

「うっふーん! フェアリーテイルの調査も大切だけど、このコンテストを成功させる事も大切! 未来のトップコーディネイター達の審査、楽しみだわ!」

「……グリム大会はすべてのランクの審査がありますから、少し大変ですけどね」

「いいじゃないの、グレイ! ここに集う者は誰もが美を追求している! 素晴らしいわ! 上を目指す子も、只管に自分のポケモンを伝えたがる子も、これからコーディネイターの世界に入る子も! 誰もが美しいわ!」

 

 リリアンの言葉にグレイはクスリと微笑む。この人程分かりやすい性格の人間もそうはいない。

 決して人を騙さず、そして、騙されない。

 コーディネイターとしても、人間としても、グレイは彼を尊敬していた。

 

「そうですね。みんな、美しい」

「さあ、始まるわよ!」

 

 第十八話『開催! ポケモンコンテスト!』

 

「急いでください、ポケナー仮面様!」

 

 アリスは戻って来たポケナー仮面と観客席へ急いでいた。

 アリスやエリスが出場するノーマルランクはコンテストの最初に行われる。

 更に、エリスとレオンの『かっこよさ』部門はトップバッターだ。

 既に開会式が始まっていて、エリスは既にスタンバイしている。

 

「す、すまない! えっと、Vip席はこっちだな!」

 

 アリスはお嬢様である。それもゼノが経営する企業はルイス地方最大手のハートカンパニー!

 当然ながら、アリスにはVip席が用意されていた。

 二人がVipフロアに辿り着くと、アリスは自分の席の扉を探した。

 Vip席は個室なのだ。

 

「えっと、こっちですわ!」

 

 近くの壁に掲示されていたマップを見て、アリスは急いだ。

 エリスの審査を見逃すわけにはいかない。レオンの審査もとても気になる。

 

「あっ、アリスくん!」

「きゃっ!」

 

 急にポケナー仮面がアリスを持ち上げた。

 曲がり角から人が現れ、あと少しでぶつかるところだったのだ。

 アリスとその人物はぶつからなかった。けれど、その人物の眼前にはポケナー仮面のほとんどパンツ同然の黄色いアンダーが現れ、悲鳴が響き渡った。

 

「きゃぁぁぁぁ!? 変態!!」

「ごはっ!?」

 

 アリスと同い年くらいの少女の鉄拳がポケナー仮面の大切な所を撃ち抜いた!

 急所に当たった! 効果は抜群だ!

 ポケナー仮面はアリスをよろよろと降ろすと、蹲って悶絶し始めた。

 

「ハッ! も、申し訳ありません! つい、咄嗟に! わ、わたくし、なんて所になんて事を!?」

「ポ、ポケナー仮面様!? 大丈夫ですか!?」

「……す、すまない。ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ……」

 

 あまりにも辛そうな姿に鉄拳少女はおろおろと狼狽え、アリスもあわあわと右往左往し始めた。

 それから三分ほど、ポケナー仮面は息も絶え絶えのまま苦痛に耐えた。そして、ようやく痛みが引いてきた。

 

「し、死ぬかと思った……」

「も、申し訳ありません!!」

 

 鉄拳少女は涙目になりながら謝った。

 

「い、いや、大丈夫」

 

 ポケナー仮面はあまり大丈夫ではなかったけれど、なんとか取り繕った。

 

「……って、あれ? もしかして、リデルちゃん!?」

「え? あっ、アリスちゃん!?」

 

 アリスは大きく目を見開いた。

 鉄拳少女の正体はアリスの幼馴染のリデルだったのだ!

 

「キャーン! 嬉しいわ! 会いたいと思っていた所だったの!」

「も、もしかして、アリスちゃんもコンテストに?」

「リデルちゃんも!?」

 

 歓声を上げるアリスに対して、リデルはあまり嬉しくなさそうだとポケナー仮面は思った。

 

「アリスくん。そろそろエリスくんの審査が始まってしまうぞ」

「あっ! そうでしたわ!」

「で、では、わたくしも席に戻りますね」

 

 リデルはそそくさと去って行った。

 

「わたくし、不躾だったでしょうか……」

 

 返事すら待たずに去って行ったリデルを見て、アリスは少しショボンとなった。

 

「そんな事は無いと思うが、人間関係というものは複雑だからな。それより、エリスくんの審査を見に行こうじゃないか」

「……はい」

 

 優しい言葉で誤魔化す事は簡単だった。けれど、ポケナー仮面はリデルがあまり友好的な態度ではなかった事を敢えて否定しなかった。

 十歳になったら旅に出る。それが慣例となっている理由はいくつかある。

 その内の一つが学校では学べない事を学ぶ為だ。

 旅に出会いはつきものだ。それが一期一会となるか、永遠の友情となるか、良からぬ関係となるかはその時々による。

 その経験は子供が大人になる為の大切な宝だ。

 リデルの態度もアリスの成長の糧となる。

 それに、アリスにはエリスという友がいる。クルエラに襲撃された時、彼女はグソクムシャが辿り着くまでアリスを守り通した。

 その後も悪の組織に狙われているアリスと変わらぬ友情を貫いている。

 彼女との友情という代え難い宝がある以上、多少の人間関係における艱難辛苦はむしろ歓迎すべき事だろう。

 

「ほら、もう開会式が終わってしまうよ」

 

 ポケナー仮面はアリスの背中を押してVip席へ入って行った。

 

 ◆

 

『それでは! これより『ノーマルランク』、『かっこよさ部門』の審査を開始致します! 出場者はポケモンを舞台の台座の上に出して下さい!』

 

 いよいよスタートしたコンテスト!

 最初の審査はアクセサリーで飾られたポケモンの素の魅力を競うもの。

 エリスのイーブイは紫のスカーフに紫のブローチ、それにいくつかの宝石を身に着けている。

 眼帯をしているグレッグルやら、王子様風な服を着ているイワンコなど、他の参加者達と比べると少し地味めな印象だ。

 けれど、エリスは絶対的な自信を持っている。イーブイのかっこよさは誰にも負けない。だからこそ、イーブイの魅力を最大限に引き出せるようアクセサリーは敢えて絞ったのだ。

 

「……さすがだ」

 

 出場するコーディネイターが多いため、審査はいくつかの組に分かれている。

 エリスをライバル認定したレオンは彼女の次の組だ。

 後ろから彼女のイーブイの晴れ姿を見て、気合を入れ直している。

 

「出番だ。征くぞ、我が最愛のペンドラーよ!」

「ドラッ!」

 

 レオンのペンドラーは全身にイナズマをイメージしたアクセサリーが飾られている。

 触覚の形を強調したファッションだ。

 レオンもエリス同様にあまり過剰な飾り付けはしていない。

 素のペンドラーこそ最高にかっこいいのだと確信している!

 

『さあ、これで一次審査が終了しました! 二次審査に駒を進めるコーディネイターとポケモンは此方だ!!』

 

 一次審査ではわざわざポイントを発表してはくれない。あとで希望すれば内訳を見せてくれるが、この場では進行が優先される。

 舞台の後方のモニターに二次審査へ進む事を許されたコーディネイターとポケモンの画像が表示されていく。

 ノーマルランクは最も人口が多く、百人以上も参加していたというのに、次へ進む事が出来るのは三十人のみ。二次審査ではそこから更に五人に絞られる。

 狭き門だけど、エリスとレオンはからくも一次審査を突破した!

 

『十分間の休憩時間の後、続いての二次審査が開始されます!』

 

 出場者達が奥へ引っ込んでいき、その間、舞台の後方のモニターには二次へ進んだポケモンの映像が流れ続ける。

 

「ポケナー仮面様! エリス様とレオン様が二次へ進みましたわ! どちらもかっこいいですわ!」

 

 アリスははしゃいでいる。友達とそのライバルの健闘が彼女の暗い気持ちを払拭してくれたようだ。

 

「エリスくんのイーブイならば当然の結果と言えるがね」

 

 ポケナー仮面は言った。

 グソクムシャが倒したガブリアスは決して弱いポケモンではない。

 けれど、エリスのイーブイは臆する事なく戦い、見事にアリスとエリスを守った。

 その『ゆうかん』さは立ち振舞にも現れている。

 

「イーブイは一般的に可愛いポケモンとされている。だが、彼女のイーブイは『かっこよさ部門』でこそ最大の魅力を発揮するタイプだ。リボンはいただきだな!」

「さすがですわ! でも、レオン様のペンドラーちゃんもすごくかっこよくて困っちゃいます! わたくし、どちらにも負けて欲しくありませんわ!」

「たしかに、あのペンドラーもすごくいいな! 遠目から見ても実に美しい。おそらく、とても大切に育てられて来たのだろう。けれど、『かっこよさ部門』よりも『うつくしさ部門』で輝くポケモンだな」

「まあ!」

 

 アリスは目を見開いた。

 実のところ、アリスもイーブイは『かわいさ部門』が最も得意なポケモンだと思っていた。

 だから、レオンは自分の得意な『かっこよさ部門』で挑んで来たのだと思っていた。

 

「レオン様はエリス様とイーブイちゃんの得意な部門で挑んで来たのですね!」

「そのようだな。よほどの自信か、あるいは……。いずれにしても、彼は良いコーディネイターのようだ。エリスくんも素晴らしいライバルを得たな」

 

 友を得る事ばかりが幸福ではない。

 アリスとヨクバリスがシンというライバルを得た事で多くの糧を得られたように、素晴らしいライバルを得られる事は正に値千金だ。

 

『それでは! 二次審査スタートです!!』

 

 二次審査が始まる。審査の内容はダンスだ!

 ノーマルランクは課題となる曲が決められていて、その曲とポケモンに合うダンスを踊らなければならない。

 五体ずつ審査が進められていく。

 

「いくよ、イーブイ! レッツ、ダンシング!」

「ブイ!」

 

 陽気な音楽が流れ始める。

 エリスのイーブイは舞台の上の台座に飛び乗り、フィットネスジムで練習していたダンスを踊り始めた。

 小さな台座の上を軽やかに跳ね回り、その魅力を遺憾なく見せつけている。

 

「キャーン! イーブイちゃん、とっても素敵ですわ!」

「ああ、なんとキレのあるダンスだ! 素晴らしいぞ!」

 

 アリスとポケナー仮面は歓声をあげている。

 彼らだけではない。他の四体と比べてもイーブイのダンスはキレキレだった。

 会場の視線を独り占めだ!

 

「フィニッシュ!」

「ブイ!」

 

 一度大きく跳躍すると、イーブイは音楽の終わりと共に華麗に着地してみせた。

 文句なし! 審査員達はイーブイの三次審査出場を決定した!

 

「見事! 次は我の番だ! 見ているがいい!」

 

 エリスの次の組であるレオンは戻ってくる彼女とすれ違いながら言った。

 

「見てるよ! 最高のダンスを見せてちょうだい!」

「ああ!」

 

 ペンドラーは初めから台座の上に乗って音楽のスタートを待つ。

 巨体であるペンドラーはイーブイと同じ様なダンスは出来ない。

 どんなダンスをするのかアリスとポケナー仮面は固唾を飲んでいる。

 

「レッツ、ダンシング!」

「ドラァ!」

 

 ダンスが始まった!

 舞台の上で体を伸び縮みさせ、時には丸くなり、その場で回り、ダイナミックなダンスを披露する。

 ペンドラーのダンスも会場の視線を独り占めだ!

 

「キャーン! ペンドラーちゃん、とっても素敵ですわ!」

「ああ、なんとダイナミックなダンスだ! 素晴らしいぞ!」

 

 さっきとコメントがほとんど同じだ!

 それほど、イーブイとペンドラーのダンスは甲乙つけがたい。

 審査員達も頷きあってペンドラーの三次審査進出を決定した!

 

『それでは、三次審査へ移ります!』

 

 二次審査で一気に五体に絞られ、最後は一体ずつが演技を見せる事になる。

 ポケモンの技を使い、如何に魅力をアピール出来るか。

 それが最後の審査だ!

 

「イーブイ、スピードスター!」

 

 エリスとイーブイはトップバッターだ!

 イーブイのスピードスターが舞台を輝かせる。

 

「続けてウェザーボール!」

 

 天気によって形を変えるわざ。

 会場は外も内も『晴れ』だ!

 ほのおの球が旋回するスピードスターの中心で破裂した!

 ダイナミックな光景に会場のテンションは高まっていく。

 

「ひみつのちから!」

 

 イーブイの体が輝き、その光はスピードスターとほのおの球を拡散させた!

 それはまるで花火のように美しく、会場のテンションは最高潮だ!

 

「イーブイ! とっておき!」

 

 ひみつのちからの輝きが更に強くなっていく!

 星と炎と光が更に会場全体へ広がっていき、イーブイの技は会場を完全に支配していた。

 

「……すごい」

 

 アリスはイーブイの演技に圧倒されていた。

 

「あ、ああ……。これは見事という他ないな」

 

 ポケナー仮面も感動のあまり言葉を失っている。

 ノーマルランクとは思えない華麗な演技だ。

 

「ウェザーボール、ひみつのちから、とっておき。どれも扱いの難しい技だ。それを完璧に使いこなしている」

 

 これがコーディネイター。

 これがコンテスト。

 アリスの胸は高鳴っていた。

 

『続きまして、レオン選手の審査です!』

 

 エリスの次はレオンの番だ。

 イーブイの演技を超える演技など想像もつかない。

 アリスは固唾を飲んでいる。

 

「ペンドラー! いわなだれ!」

「ドラ!」

 

 ペンドラーのいわなだれ!

 周囲に現れた岩をペンドラーは上空に放った。

 その暴挙に会場からは悲鳴が上がっている。

 

「ミサイルばり!」

 

 その岩をペンドラーはミサイルばりで撃ち落とした。

 破裂する岩塊が降り注ぐ中で、レオンは叫ぶ。

 

「つるぎのまい!」

 

 戦いの舞を踊るペンドラー!

 そのダイナミックな演技に会場はヒートアップしている。

 

「フィニッシュ! メガホーン!」

「ドラァ!!」

 

 最後の最後までダイナミックなペンドラーの演技にアリスは歓声を上げている。

 

「彼も見事だな。だが……」

 

 他のポケモン達の審査も終わる。

 そして、いよいよ結果発表!

 舞台の後方のモニターに五位から順番に名前と画像が表示されていく。

 三位までにエリスとレオンの名前はなかった。

 

「どちらが……」

 

 アリスはハラハラしながら二位の発表を待った。

 そして――――、

 

『一位と二位を発表致します! 二位はレオン選手とペンドラー! そして、栄えあるノーマルランクのかっこよさ部門優勝者はエリス選手とイーブイだ!』



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第十九話『挑め、コンテスト!』

 エリスはリボンを手に入れた。

 レオンはリボンを手に入れられなかった。

 嬉しい気持ちと悲しい気持ちが同居している。

 

「これがコンテストなのですね……」

 

 どんなに素敵な演技を見せても、勝者と敗者に分けられてしまう。

 それはとても残酷な事に思えた。

 

「これが勝負というものだ。勝利を求める限り、敗北を相手に押し付け続けなければいけない……。勝利に目が眩み、大切な事を見落としてしまうかもしれない。それでもポケモンバトルやコンテストが盛り上がる理由が分かるかい?」

「分かります」

 

 アリスは言った。

 

「だって、わたくしはこんなにもドキドキしていますから」

 

 誰よりも一番になりたい。

 その思いはトレーナーだけのものではない。ポケモン達も全力だった。

 だからこそ、見ている側に感動を与える事が出来る。

 もっと見たい。もっと感じたい。

 あの舞台に立ってみたい!

 

「次は君の番だ。ここで見ているよ。エリスくんやレオンくんも見ている筈だ。頑張りたまえ、アリスくん!」

「はい!」

 

 アリスはヨクバリスのモンスターボールを握りしめた。

 誰よりも愛らしくて可愛い相棒。

 その魅力をみんなにも知ってほしい。

 

「行ってきます!」

 

 第十九話『挑め、コンテスト!』

 

『さーて! いよいよ『うつくしさ部門』の審査も終了し、次は『かわいさ部門』です!』

 

 アリスは出場者の控室にいた。

 リデルの姿もある。話しかけようとしたら逃げられてしまった。

 とても寂しい気持ちになった。だけど、ここはコンテストの舞台だ。

 言葉が駄目でも、審査で今の自分を知ってもらう事が出来る。彼女の事を知る事が出来る。

 それが切っ掛けを作ってくれるかもしれない。

 

「行きますよ、ヨクバリスちゃん!」

 

 他の出場者達と共に舞台へ移動する。組分けは舞台に辿り着いた順番だ。

 アリスは二番目で、リデルは四番目。

 一番目の組が終わると、アリスは横のコーディネイター達と同時にモンスターボールを投げた。

 飛び出してくるポケモン達。

 ヨクバリスも台座の上に立った!

 

「キャーン! 素敵よ、ヨクバリスちゃん!」

 

 いろいろな思考が吹っ飛ぶ程の可愛さ!

 ヨクバリスの格好はアリスのお気に入りである紳士服だ。

 特注で破れてしまったものより丈夫な布を使っている。

 シルクハットも装備して、とってもチャーミングだ。

 

「バリス!」

 

 アリスは二次審査への進出を確信していた。

 こんなに可愛いヨクバリスちゃんが不合格な筈がない。

 すべての審査が終わると、アリスは余裕綽々な表情でモニターの自分とヨクバリスの姿を探した。

 ところが……、

 

「あ、あれ?」

 

 無かった。

 エリス達と一緒に頑張って練習したダンスを披露する為の二次審査へ、アリスとヨクバリスは進出する事が出来なかった。

 その事実を受け止めるまで、少し時間がかかった。

 

「……そんなヨクバリスで通るわけないじゃない。コンテストを馬鹿にしているの?」

 

 他の出場者達が戻っていく中で動けずにいたアリスへリデルが声を掛けてきた。

 その言葉はとても辛辣なものだった。

 

「ば、馬鹿になんて……」

「バ、バリス!」

 

 否定するアリスとヨクバリスにリデルは冷たい目を向けている。

 

「ポケモンはアクセサリーを飾る為のマネキンじゃないの。ポケモンそのもののポテンシャルが低ければ、どんなに高いアクセサリーを使っても一次審査を通る事なんて出来ないわ」

「ヨ、ヨクバリスちゃんはとっても可愛いです!」

「……あなたにとってはそうなのね。だから、そんなに太らせてるんだ……。最低だよ、アリスちゃん」

「さい……、てい」

 

 リデルは去って行く。アリスもよろよろと舞台袖に下がって行った。

 今にも倒れてしまいそうな彼女をヨクバリスが支えている。

 まるで、最初の頃と正反対の光景だ。

 

「……わたくし、本当に……、最低な事をしていたのね」

 

 アンデルシティのジョーイさんにも叱られた。

 ヨクバリスちゃんが可愛くて、欲しがるだけの木の実をあげて来た。

 明確に言われたわけではなかったけれど、それがどんなに罪深い事なのか薄々気づき始めていた。

 明確に最低という言葉を叩きつけられて、アリスはポロポロと涙を零し始めた。

 

「ごめんね……。ごめんね、ヨクバリスちゃん……」

「バ、バリス!? バリ! バリス!」

 

 泣いてしまったアリスにヨクバリスは慌てた。

 なんとか泣き止んでもらおうと渾身のラブリーポーズを決めてみる。

 いつもなら笑顔で抱きしめてくれる筈なのに、アリスは泣き止んでくれない。

 

「バリ……、バリスゥゥゥゥ!」

 

 ヨクバリスも悲しくなってしまった。 

 泣きじゃくるアリスを抱きしめながら泣き始めるヨクバリス。周りに人集りが出来始めていた。

 

「アリスくん! ヨクバリス!」

 

 誰かが慰めようと声を掛けようとしたけれど、その前にとんでもない格好の男が颯爽と現れた。

 

「大丈夫か!?」

 

 ポケナー仮面が声を掛けてもアリスは応えなかった。

 ヨクバリスも泣き続けている。

 そんなに負けた事が悔しかったのかと困った表情を浮かべるポケナー仮面。

 すると、そこにエリスとレオンもやって来た。

 

「ア、アリスちゃん!?」

「だ、大丈夫なのか!?」

 

 二人は泣いているアリスとヨクバリスに狼狽えている。

 

「と、とにかく、場所を移そう」

 

 ポケナー仮面はハイパーボールからルカリオを繰り出した。

 

「ルカリオ、ヨクバリスを頼む」

「ワウ」

 

 ルカリオはポケナー仮面の指示に頷くと泣きじゃくるヨクバリスを持ち上げた。

 自分よりも遥かに大きいヨクバリスを軽々運んでいく。

 

「とりあえず、宿に戻ろう。エリスくん、一緒に来てくれるかい?」

「もちろん!」

「わ、我も行こう! 泣いている少女を放っておく事など出来ない!」

「感謝する」

 

 ポケナー仮面はアリスを抱えて二人と共に宿へ戻っていった。

 

 ◆

 

 その姿をリデルは離れた場所で見ていた。

 

「……わたくし、間違った事は言ってないもん」

「クマー……」

 

 リデルのキテルグマは物言いたげに彼女を見つめている。

 

「行きましょう、キテルグマちゃん。二次審査が始まるわ」

「クマー……」

 

 キテルグマはリデルに追いつくと彼女を抱きかかえた。

 

「キ、キテルグマちゃん?」

「クマー」

 

 よしよしと頭を撫でると、そのまま舞台の方へ向かっていく。

 もふもふに包まれて、リデルの眉間からシワが消えた。

 

「……あんな風に言うつもりじゃなかったのに」

 

 幼馴染のアリス。

 嫌いなわけじゃない。

 ただ……、

 

「クマー」

 

 キテルグマは優しくリデルを撫でた。

 リデルはもふもふに顔を埋めた。



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第二十話『新たなる決意! 新たなる旅立ち!』

「……わたくし、ヨクバリスちゃんにとてもひどい事をしていたのです」

 

 宿に戻り、ポケナー仮面とエリス、レオンの三人が必死に励ましていると、徐々に落ち着きを取り戻したアリスが言った。

 

「ひ、ひどい事?」

 

 エリスは目をパチクリさせた。

 出会って間もない関係とはいえ、ダンスの練習を見ていればアリスとヨクバリスが如何に互いを大切に思っているかが伝わってくる。

 とてもアリスがヨクバリスに『酷い事』を出来るとは思えない。

 

「……もしや、餌の与え過ぎかい?」

 

 レオンは気づいたように言った。

 アリスは力なく頷いた。

 

「やはり、汝のヨクバリスを見た時から思っていたんだ。あまりにも太り過ぎている。たしかに、酷い事と言えばそうだな」

「ちょ、ちょっと、レオン!」

 

 エリスは慌ててレオンの口を閉じさせようとした。けれど、レオンはエリスを振り払った。

 

「彼女自身が理解している事だ。慰められたいとも思っていないだろう。これは単なる事実確認というものさ」

「だからって!」

「ストップだ、エリスくん」

 

 ヒートアップ仕掛けていたエリスをポケナー仮面が止めた。

 

「レオンくんの指摘通りだ。アリスくんはヨクバリスを甘やかし過ぎてしまった。だから、ヨクバリスのダイエットの為に旅をしているんだ」

「なるほどな。けれど、解せないな。旅の目的がそれなら……、言い方は悪くなるが、今更過ぎないかい?」

「レオン!」

 

 エリスはレオンを睨みつけた。

 そして、同時に気づいた。

 

「……誰かに指摘されたのね」

 

 レオンのようにハッキリとした物言いをする人間が『かわいさ部門』の出場者の中にいたのだろう。

 もしかしたら、彼女を責め立てたのかもしれない。

 

「わたくし、ヨクバリスちゃんが倒れるまでそれが悪い事だと気づきもしませんでした……。旅に出てからも美味しい木の実をいっぱい食べさせてあげたいって、ずっと考えていました……。わたくしはヨクバリスちゃんに対してどんなに酷い仕打ちをしていたのかきちんと理解していなかったのです……」

「ちょっと待ってよ! たしかに、太らせ過ぎちゃったのは良くないけどさ! でも、その事をちゃんと反省してるんでしょ? それに、ポケモンに美味しい木の実を食べさせてあげたいって、そんなの全然悪い事じゃないよ! だから、そんなに思いつめなくても……」

「待て、我がライバルよ! あまり無責任な事を言うな!」

「なっ!?」

 

 無責任と言われて腹を立てるエリス。

 

「ちょっと、それどういう事!?」

「そのままの意味だ! 実際にヨクバリスは倒れたのだろう? ハッキリ言って、それは虐待というものだ。ポケモントレーナーとして、やってはならないタブーだ!」

「だ、黙りなさいよ! そこまで言う事ないでしょ!?」

 

 ポケナー仮面は言い争う二人を見てやれやれと肩を竦めた。

 二人の意見は分かりやすい。

 エリスはアリスを見ている。

 レオンはヨクバリスを見ている。

 だからこその対立だ。

 

「……アリスくん」

 

 ポケナー仮面は片膝を床につけ、アリスに視線を合わせた。

 

「ポケナー仮面様……」

「レオンくんの言葉は正しい」

 

 その言葉にエリスはポケナー仮面を睨みつけた。

 

「ちょっと!」

「待つんだ!」

 

 ポケナー仮面を止めようとしたエリスをレオンが止めた。

 

「けれど、それは他人の目から見ての事だ。誰に何を言われたのかは聞かないよ。ただ、君が見るべきものは他でもない、ヨクバリスだ」

 

 ポケナー仮面はアリスの傍でショボンとしているヨクバリスに視線を向ける。

 その後を追うようにアリスもヨクバリスを見る。

 

「ヨクバリスは君の事が大好きなんだ。そして、君もヨクバリスが大好きな筈だ。それは絆を重視するハンスジムのジムリーダー・ライザも認めている事だ。彼女は絆無き者には絶対にバッジを与えない」

「ですが……」

「見るべきものは過去ではないよ、アリスくん。君の旅は未来の為のものだ。美味しい木の実をあげたい? いいじゃないか! その為のダイエットだ!」

 

 ポケナー仮面は言った。

 

「極論に聞こえるかもしれないけどね。他の者の言葉など、所詮は参考程度にしかならないんだよ。厳しい言葉も優しい言葉も君とヨクバリスがより良い未来を歩む為の道標でしかない。大事なのは君とヨクバリスがどうしたいかだ」

「わたくしとヨクバリスちゃんがどうしたいか……」

「バリスゥ……」

 

 アリスが手を伸ばすと、ヨクバリスはその手を抱きしめた。

 

「レオンくんの言葉を噛みしめるのもいい。けれど、まずはヨクバリスを笑顔にしてあげよう。ヨクバリスが一番欲しいものは何か分かるかい?」

「……はい」

 

 アリスはヨクバリスを抱きしめた。

 

「ヨクバリスちゃん、大好きよ」

 

 そう言って、アリスは微笑んだ。

 その笑顔を見て、ようやくヨクバリスも笑顔を取り戻した。

 

「バリス!」

 

 欲張りなヨクバリスの一番欲しいもの。

 それは木の実などではない。

 だからこそ、ヨクバリスはシンとバトルした。過酷なリハビリにも耐えた。ジムにも挑んだ。コンテストにも出場した。

 すべて、アリスの笑顔の為だ。

 

「……ちゃんと、アリスちゃんの事を考えてたのね」

 

 エリスは自分の腕を掴んでいるレオンに言った。

 

「我が考えていたのはヨクバリスの事だ。汝が彼女の事を思っていたように」

 

 その言葉にエリスは苦笑した。

 

 第二十話『新たなる決意! 新たなる旅立ち!』

 

 アリスとポケナー仮面はエリスと共にコンテストを最後まで見学していた。

 ノーマルランク、グレートランク、ウルトラランク、マスターランク。

 それぞれのランクの審査が一日ずつあり、閉会式は5日目の事だった。

 トップコーディネイターのリリアンとグレイによる演技で締め括られ、ポケモンコンテスト・グリム大会は終わりを迎えた。

 美を追求する四天王と氷のジムリーダーの華麗な演技はアリスの胸にしかと刻まれた。

 

「……わたし、またコンテストに出場します」

 

 アリスは言った。

 

「今度は一次審査で落ちないで、必ずリボンを手に入れる! だから、ヨクバリスちゃん! まずはダイエットよ! シンが言っていたラルフシティに向かいましょう!」

 

 今のままではコンテストに出場しても意味がない。

 アリスはリリアンの著書である『美貌の四天王・リリアンのバトルでレッツダイエット!』を抱きしめながら宣言した。

 

「バリス!」

 

 ヨクバリスもやる気満々だ!

 アリスを泣かせたコンテストへのリターンマッチに燃えている。

 エリスと共に過ごすフィットネスジムでの日々は楽しかった。けれど、ヨクバリスの体重はハンスジムに挑んだ時と比べて殆ど変化がない。

 リリアンの言う通り、ポケモンにとって一度のバトルは長時間の過酷な運動に勝る。

 

「アリスちゃん……」

 

 ジムを巡る事を決意したアリスにエリスは一抹のさびしさを覚えた。

 出来れば、もっと一緒にいたかった。彼女達とのダンスの練習やショッピングはとても楽しかった。

 だけど、エリスはトップコーディネイターを目指している。ジムを巡る彼女とは進むべき方向が違い過ぎた。

 ヨクバリスのダイエットが終わるまで足踏みしている余裕もない。

 

「アタシは先に進んでる」

 

 エリスは言った。

 

「アリスちゃんも絶対に追いついて来てね!」

「はい!」

 

 アリスとエリスは抱きしめあった。

 

「それからアリス様、レオン様に……」

「……うん。伝えとく」

 

 そんな二人のすぐ傍でヨクバリスとイーブイも別れを惜しみ合っていた。

 

「バリスゥ……」

「ブイ……」

 

 二匹は互いにとても親しくなっていた。

 ヨクバリスの肩に乗ってほっぺ同士をすりすりさせている。

 一緒に踊った思い出が二匹の心を包み込んでいた。

 

 そして、アリスとヨクバリス、ポケナー仮面の三人はグリムシティを後にした。

 次なる目的地は『はがねタイプ』のジムがあるラルフシティだ!

 

 ◆

 

「アンタは見送らなくて良かったの?」

 

 エリスはアリス達の姿が見えなくなってから現れたレオンに言った。

 

「……彼女には厳しい事を言ったからな。生憎と合わせる顔を持ち合わせていないのだ」

「『ありがとう』ですって」

「ん?」

「アリスちゃんからの伝言よ」

「……そうか」

 

 レオンはアリス達が去って行った方角を見つめた。

 

「いずれ、コンテストの舞台で相見えようではないか! 我がライバル、アリスよ!!」

 

 そんな彼にエリスは苦笑するのだった。



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第三章『征け、勇者ヨクバリス!』
第二十一話『到着、ラルフシティ!』


 グリムシティからラルフシティに向かうルートは三つある。

 一つ目はハンスシティまで戻ってから8番道路を北上するルート。はがねタイプのポケモンが生息している地帯で少なからず危険が伴う上に若干の遠回りになってしまう。

 二つ目は12番道路を北上してルイス地方の中心都市であるキャロルシティに向かい、そこから更に2番道路を南下して向かうルート。途中に危険を伴う場所はなく、最も安全なルートだ。ただし、一番遠回りなルートでもある。

 三つ目はヤーコブ鉱山を通るルートだ。ヤーコブ鉱山の出口はラルフシティの目の前にあり、一番距離が短くて済む。ただし、鉱山だけあって他のルートとは比べ物にならないほど危険だ。

 

「キャーン! とっても綺麗!」

「バリスゥ!」

 

 アリス達はヤーコブ鉱山を通るルートを選んだ。単純にアリスが鉱山を見てみたいと言ったからだ。

 三つのルートを提示したポケナー仮面としても止める理由はない。

 危険と言っても、それは並のトレーナーにとっての話だ。

 今でこそ珍妙な格好でアリスの同行者を担っているが、彼はルイス地方のチャンピオンだ。

 護衛としてグソクムシャを出しているだけで鉱山内のポケモン達は自分から身を隠す。

 ポケモン達をいたずらに怖がらせたくはないが、こういう場所には群れで動くポケモンもいる。

 群れに囲まれた状態ではアリスを護る為にポケナー仮面も本気の一端を見せなければならなくなる。

 避けられるリスクは避けるべきだろう。

 

「ポケナー仮面様! こっちの石、翠に光っています!」

「それはリーフの石になるものだよ」

「これが!?」

 

 アリスはまじまじとリーフの石の原石を見つめている。

 

「リーフの石はくさタイプのエネルギーが特定の石に集まって出来るものなんだ」

「じゃあ、この光が?」

「そうだよ。それがくさタイプのエネルギーなんだ」

「では、あの青い光の石はみずの石になるのですか?」

「そうだよ。あっちの赤い石はほのおの石だね」

 

 アリスが鉱山を見てみたいと言い出したのは、そもそもポケナー仮面が「少し危ないけど、ヤーコブ鉱山は一見の価値があるよ」とさりげなく誘導した為だ。

 その一見の価値の正体こそ、この進化の石の原石達だ。

 

「地下に行くほど石の純度は上がっていく。残念ながら、一般に開放されている区画の石は綺麗なだけで完全な進化の石になる事は滅多にないんだ」

 

 ポケナー仮面の解説を聞きながらアリスは色とりどりに輝く石をヨクバリスと共に見回している。

 連れて来て良かったとポケナー仮面は思った。

 グリムシティを出る時の暗い表情は完全に払拭されている。

 

「シャァァ」

 

 グソクムシャが何かを拾って来た。

 

「なんですの?」

 

 アリスが駆け寄ってくると、グソクムシャは体を屈めて彼女に持っていたものを手渡した。

 

「これって……」

 

 それは闇を閉じ込めたような黒い輝きを放つ石だった。

 

「『やみのいし』のようだね。グソクムシャがアリスくんにプレゼントだそうだよ」

「いいのですか!?」

 

 アリスが目を見開くと、グソクムシャはコクリと頷いた。

 

「ありがとうございます!」

「シャァ」

 

 グソクムシャは一鳴きすると持ち場に戻って行った。

 

「綺麗ね、ヨクバリスちゃん」

「バリス!」

 

 暗黒の光に見惚れるアリス。

 すると、彼女の前にふわふわと一振りの剣が飛んで来た。

 

 第二十一話『到着、ラルフシティ!』

 

「バリス!?」

 

 慌ててヨクバリスがアリスを庇う。

 グソクムシャも既に戦闘態勢に入っていた。

 

「ヒトツキだ。やみのいしに惹かれて来たのかもしれないな」

 

 ヨクバリスが威嚇しても鞘に刃を収めたまま襲いかかって来ない。

 

「バ、バリス……?」

 

 ヒトツキはヨクバリスを見つめている。

 

「ポ、ポケナー仮面様……?」

 

 アリスは困惑しながらポケナー仮面を見つめた。

 

「ヨクバリスが目的なのか……?」

「シャァァァァ!」

 

 グソクムシャは目にも留まらぬスピードでヨクバリスの背後に回るとアリスの下へ連れ戻した。

 ヒトツキはヨクバリスを追いかけるが、その間にグソクムシャが割り込む。

 

「シャァァァァ!」

 

 グソクムシャが威嚇するがヒトツキは気にした様子も見せず、真っ直ぐヨクバリスの下へ向かっていく。

 

「シャァ!」

 

 グソクムシャは判断を仰ぐかのようにポケナー仮面を見た。

 

「……襲いかかってくるわけでもない相手を攻撃するわけにはいかん。ここは逃げるぞ!」

「シャァ!」

「キャッ」

「バリス!?」

 

 ポケナー仮面はアリスを抱き上げ、グソクムシャはヨクバリスを持ち上げた。

 そのままスタコラサッサと逃げ出す。

 

「ツッキー!」

 

 当然のように追いかけてくるヒトツキ。

 

「こっちだ、グソクムシャ!」

「シャァァ!」

 

 アリスやヨクバリスを抱えていながら、ポケナー仮面とグソクムシャは実に速かった。

 

「ディグダグディグダグダグダグ!」

 

 ディグダの群れの頭上を飛び越え、

 

「サン!」

「パーン!」

「ンドンド!」

 

 サンドやサンドパンの集会を横目に見て、

 

「イワークッ!」

 

 イワークの背中を駆け抜け、

 

「キザン!」

「キリキリキリキリ!」

 

 キリキザン同士の決闘の間を抜け、

 

「ズバッ!」

「ゴルバッ!」

「コロロロロ!」

 

 ズバットやゴルバット、コロモリの襲撃を華麗に避け、

 

「アドス!」

「イトマ!」

 

 イトマルやアリアドスが張り巡らせている糸の結界の隙間を超えて、

 

「ま、まだ追ってくるのか!?」

「シャァァァァ!」

 

 それでもヒトツキは追ってくる。

 しかも、その後ろからディグダの群れやサンドの群れ、イワーク、キリキザン、ズバット、ゴルバット、コロモリ、イトマル、アリアドスまで追い掛けて来ている。

 

「何故!?」

「シャァァ!?」

「わかりましたわ!」

 

 アリスが叫んだ。なんと、彼女はポケナー仮面に抱っこされた状態で本を読んでいた!

 それはキャロルシティに研究所を構えるポケモン博士のイバラが書いたものだ。

 

「ヒトツキの進化系であるギルガルドはその霊力で人やポケモンを操る事が出来るそうです。嘗て、その力で王国を築き上げたギルガルドも居たそうです!」

「な、なるほどな! つまり、あのポケモン達はヒトツキに操られているというわけか! あれだけの数を……、とんでもない霊力だ!」

「シャァァァ!」

 

 迎撃するべきではないかとグソクムシャがポケナー仮面に問う。

 

「いや、出口は近い! 開けた場所に出たらアーマーガアで離脱する!」

「シャッ!」

 

 最短距離で出口に向かっていく。

 

「見えた! 外だ! アリスくん、すまないが落ちないように私にしがみついていてくれ!」

「はい!」

 

 アリスがしがみつくと、ポケナー仮面は右手をアリスから離してアーマーガアのボールを取った。

 

「出ろ! アーマーガア!」

「ガァァァァ!」

 

 ボールから飛び出したアーマーガアは宙返りする。

 

「アリスくん、ヨクバリスをボールに!」

「は、はい!」

「戻れ、グソクムシャ!」

「戻って、ヨクバリスちゃん!」

 

 二体をモンスターボールに戻すと同時にポケナー仮面は跳び上がった。

 すると足元にアーマーガアが体を滑り込ませ、二人を背中に乗せるとそのまま天高く舞い上がっていく。

 

「この高度まで上がればさすがに追ってこれないだろう」

「あのヒトツキ、何だったのでしょうか?」

「分からないが、ヒトツキは人に取り付き命を吸い取る。出来れば刀身を磨いてみたかったが……」

 

 アリスはヤーコブ鉱山の方角を見た。もう、かなり距離が離れている。

 アーマーガアの移動速度はとても速く、すでにラルフシティ上空まで来ていた。

 

「とりあえず、シティに降りよう。アーマーガア!」

「ガァァァァ!」

 

 アーマーガアが高度を落としていく。

 

「あっ!」

 

 アリスが声をあげた。

 

「どうしたんだい?」

「あそこ! シンがバトルしてます!」

 

 ポケナー仮面はアリスが指差した方向を見た。

 すると、そこには確かにシンがいた。

 

「どこでバトルをしているんだ!?」

 

 ポケナー仮面は思わず叫んだ。

 シンがバトルをしているのは一般人の立ち入りが固く禁じられている『モンスターボール工場』のパイプラインの上だった。

 

「い、今にも落ちそうですわ!?」

 

 あんな足場の不安定な場所でどうしてバトルをしているのかアリスには理解不能だった。

 

「状況はよく分からんが放っておけん! カラマネロ、サイコキネシス!!」

「ネーロ!」

 

 ポケナー仮面がハイパーボールからカラマネロを繰り出した。

 カラマネロはサイコキネシスを使ってシンとグラエナ、そして相手のトレーナーとサワムラーを空中に持ち上げた。

 

「シン!」

「なっ!? って、アリス!? それに、ポケナー仮面!」

 

 いきなり空中に持ち上げられたシンはパニックを起こしかけたけれど、すぐにアリス達に気づいた。

 

「シン! いくらバトルが好きでもそんな所で戦うのは危ないと思います!」

「えっ!? あっ、いや、オレだって好きでこんな所でバトルしてるわけじゃないぞ!」

「え? では、どうしてこんな所に?」

「あいつらがモンスターボール工場を占拠してるんだ! 報せが入ったのが丁度ジムバトルの真っ最中だったからジムリーダーのシドに協力を申し出たんだ!」

「工場を占拠だと!? まさか、お前はフェアリーテイルか!?」

 

 ポケナー仮面はカラマネロが浮かせているシンと戦っていたトレーナーを睨みつけた。

 

「クッ、離せ! この変態仮面!」

「だ、誰が変態仮面だ!」

「クソォ、これしきの拘束なんぞ……、サワムラー!!」

「ムラァァァァ!」

 

 サワムラーがサイコキネシスによる拘束を破ろうともがいている。

 けれど、カラマネロは余裕の表情だ。

 

「ネーロ」

 

 サワムラーを見下しながら嗤っている。

 ぐぬぬと悔しげな表情を浮かべるサワムラー。

 

「とりあえず地上に降りよう。カラマネロ、さいみんじゅつだ!」

「ネーロ」

 

 カラマネロのさいみんじゅつ!

 サワムラーとフェアリーテイルの下っ端は眠りに落ちた。

 

「……オレがすっごい苦戦した相手なのに」

 

 シンはちょっと悔しそうだ。

 

「さて、シドが潜入しているそうだが……、心配だな」

「お知り合いなのですか?」

「え? あっ、いや、そういうわけではないのだが……、彼は猪突猛進な性格だと聞いた事があるんだよ」

 

 ポケナー仮面は少し慌てた様子で言った。

 

「猪突猛進ですか?」

「ああ、とにかく馬鹿正直な男でね。工場を占拠するような相手だ。罠を仕掛けている可能性もある。彼の場合、その罠に真正面から飛び込みかねないんだ……」

 

 ポケナー仮面はかなり不安そうだ。

 

「た、大変です! 助けに参りましょう!」

「し、しかしな……」

 

 チャンピオンのレイヴンとしては悪の組織の蛮行を放置など出来ない。

 けれど、今の彼はアリスの同行者であるポケナー仮面だ。

 アリスを一人にする事も出来ないが、だからと言って、彼女を悪の組織が占拠している所につれていく事も出来ない。

 

「仕方がない! カラマネロ! サイコフィールド展開だ!! 工場全てを支配しろ!!」

「ネーロ!!!」

「工場全て!?」

「まあ!」

 

 カラマネロのサイコフィールド!

 アリスの前であまり本気を出す姿は見せたくないが、アリスを一人にせず、シドを救う方法は他にない。

 この場所から動かず、フェアリーテイルをすべて倒し、シドとモンスターボール工場を奪還する!

 カラマネロから放たれた紫の光が工場の敷地全体を覆い尽くした!

 

「や、やっぱ、スゲェ! ポケナー仮面、スゲェ!」

「さすがですわ、ポケナー仮面様! カラマネロちゃん!」

「そ、そうかい?」

 

 子供達に称賛され、ポケナー仮面はちょっとニヤついた。

 

「ネーロ!」

 

 さっさと次の指示を出せとカラマネロの叱責が飛ぶ。

 

「す、すまん! カラマネロ、サイコフィールドを介して、工場内のすべてのトレーナーとポケモンにさいみんじゅつ!」

「ネーロ!」

 

 カラマネロは邪悪に嗤う。

 嘗てカラマネロは、一つの都市を支配して、多くのトレーナーとポケモン達を隷属させていた。

 当時十歳だったポケナー仮面とグソクムシャによって討伐され、その実力に惚れ込んで彼の手持ちとなった。

 人もポケモンも己の掌中で踊る事しか出来ない。その久方振りの感覚にカラマネロは酔い痴れた。

 

「ネーロ!!」

 

 カラマネロのサイコキネシス。

 工場からさいみんじゅつによって意識を支配された人とポケモンが飛び出してくる。

 

「ネーロッロッロ!」

 

 地面に降ろすと、カラマネロはそのまま彼らを跪かせた。

 

「ネーロ」

 

 その様にシンはちょっと引いていた。

 これではどっちが悪党だか分からない。

 

「そこまでだ、カラマネロ。あんまり悪い顔してると……、分かるな?」

「ネロ!?」

 

 カラマネロはビクッとした。

 そして、残念そうにサイコキネシスとサイコフィールドを解除した。

 

「後はシドやジュンサーさんに任せよう」

 

 ポケナー仮面は眠っているシドを起こしに向かった。

 その間にアリスはつまらなそうにしているカラマネロの下へ向かう。

 

「お疲れさまです! すごくかっこよかったですわ、カラマネロちゃん!」

「ネロ? ネーロ!」

 

 カラマネロはドヤ顔を浮かべた。

 まあ? 当然ですけど? そんな表情だ!

 

「アリスもアリスでよくさっきの見て近づけるな……」

 

 シンはアリスの恐れ知らずなところを見て呟いた。

 正直、人間やポケモンを完全に見下していたさっきのカラマネロにはゾッとした。

 ポケナー仮面が止めなかったら、カラマネロは彼らに何をしていただろう?

 

「……やめやめ」

 

 シンは怖くなって考える事を放棄した。



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第二十二話『再戦、ライバル対決!』

 モンスターボール工場襲撃事件の数時間後、ラルフシティで宿を確保した後、ポケナー仮面はスマホでリリアンと連絡を取っていた。

 

『モンスターボール工場にフェアリーテイルですって!?』

「ああ、シドが先に潜入していて従業員は全員が無事だ」

『……偶然なのよね?』

「ああ、偶然だ。たまたまオレとアリスくんがラルフシティに向かったタイミングでフェアリーテイルがモンスターボール工場を襲撃したわけだ」

 

 ポケナー仮面の言葉にリリアンはスマホ越しに溜息を零した。

 

『……実際のところ、どう思ってるの?』

「クルエラが捕まった事で『人とポケモンの一体化』という目的がバレた事を奴らも理解しているのだろう」

『なるほど……。もう形振り構わないってわけね』

「バレたという事は隠す必要がなくなったという事でもあるからな」

『誘拐にテロ行為の数々。冗談じゃ済まないって事、分かってるのかしらね?』

「上はともかく下はそうでもないようだ。ジュンサーさんに確認してみたが、連中、上の命令に従っただけだと言っているらしい。自分達は悪くないと主張しているそうだ」

『……本気で言ってるの?』

「本気らしい。ジュンサーさんも困り果てていたよ。少し同情してもいたな」

『やらかした事が事だもの。落とし前はつけてもらわないと』

 

 リリアンは冷たく言った。

 

『……幹部はいなかったの?』

「ああ、その直属もいなかったようだ。カラマネロに一気に制圧させたから取りこぼしたという事も無いと思うが……」

『あなたのカラマネロから逃れられる人間なんて居ないでしょうし、取りこぼしは考えなくていいと思うわ』

 

 リリアンは『それよりも』と少し低いトーンで言った。

 

『あなた、これで連中の行動を二回阻んだ事になるわ。気をつけなさいよ? 多分、今度はあなたを標的にしてくると思うから』

「……ああ、肝に命じておくよ」

『本当に気をつけてよね? あなたの強さは天下一品だけど、倒す方法が無いわけじゃない。手段さえ選ばなければ……』

「分かっているさ」

『……また連絡を入れるわね。あと、一応レヴィにメールくらい寄越しなさい。ちょっと可愛そうになってくるくらいへこんでるから……』

「あ、ああ、分かった。その内な」

『まったく……。じゃあね、ポケナー仮面』

「ああ、またな」

 

 ポケナー仮面はスマホの通話を切った。

 

「……いざとなったらお前の力を借りる事になりそうだ」

 

 ポケナー仮面はハイパーボールを取り出して呟いた。

 グソクムシャ、ピカチュウ、アーマーガア、カラマネロ、ルカリオに続く彼の最後のポケモン。

 

「頼むぞ、ドラパルト」

 

 第二十二話『再戦、ライバル対決!』

 

 一方その頃、アリスはシンからラルフジムの話を聞いていた。

 

「それにしてもビックリしました! シンはとっくに次の街へ向かっている頃だと思っていましたので」

「ハンスシティのジムと違って、ラルフジムの難易度は桁違いでさ。ジムチャレンジを突破するだけで何日も掛かったんだ」

 

 限界突破!

 それがラルフジムのジムリーダー・シドが掲げる方針である。

 はがねタイプのエキスパートである彼は自身を挑戦者の前に立ちふさがる鉄壁の壁としている。

 

「『今の貴様では私に勝てぬ! 明日の貴様の力を今手に入れてみせろ!』って、そんな事言われてもなって思ったよ」

「明日の貴様の力……、ですか」

 

 たしかに無茶な事を言っている。けれど、シンはジムバトルに進んだ。

 

「シンは明日のあなたになれたのですね!」

「まあ……、そうなんだろうな。一歩先に進めた実感はあるよハンスジムでも思った事だけど、やっぱりジムリーダーってすげぇや」

 

 シンは言った。

 

「ちゃんとオレの事を見てくれてるって分かるんだ! オレが先に進むための道を教えてくれてる! 今のオレには絶対に出来ない事だ。だけど、オレだって、あんな風になりたい! ライザやシド、それに……」

 

 シンは拳を固く握りしめた。

 

「アリスもラルフジムに挑むんだよな?」

「はい! そのつもりです!」

「なら、ちょっと特訓しないか?」

「特訓ですか?」

「そうさ! オレなんてまだまだだけど、それでもバトルに関してはアリスより詳しいと思う。教えられる事があると思うんだ!」

 

 ジムリーダーに対する憧れからか、シンの瞳はキラキラと輝いていた。

 

「……そうですね。お願いします!」

「おう!」

 

 二人は宿のバトルフィールドへ移動した。

 

 ◆

 

「じゃあ、いくぜ! キリキザン!」

「キザン!」

 

 シンはキリキザンを繰り出した。

 

「キリキザン! シンの新しいポケモンですね!」

「ああ、コマタナを8番道路でゲットしたんだ。ラルフジムでキリキザンに進化した!」

 

 キリキザンは鋭い眼差しをアリスに向ける。

 けれど、アリスは怯まない。

 

「行きますよ、ヨクバリスちゃん!」

「バリス!」

 

 ヨクバリスは久しぶりのバトルに張り切っている。

 

「久しぶりだな、ヨクバリス!」

「バリス!」

 

 最初にシンとバトルした時、ヨクバリスは自ら発動したジャイロボールで目を回してしまった。

 だけど、ハンスジムではライザのモルペコ相手に見事な勝利を飾った。

 

「まずは今のお前の力を見せてもらうぜ! キリキザン、かげぶんしん!」

「キザン! キザ、キザ、キザ、キザン!」

 

 キリキザンが無数に分裂しながらヨクバリスを取り囲んでいく。

 

「バ、バリス!?」

「落ち着いて、ヨクバリスちゃん! 本物は一体だけよ!」

 

 アリスの言葉にヨクバリスは落ち着きを取り戻した。

 

「キリキザン、つじぎりだ!」

「キザン!」

 

 無数のキリキザンが一斉に動き出す。影分身の攻撃は実体がない為に当たらない。

 けれど、本物の攻撃は違う。

 

「嗅いで!」

「バリス!」

 

 ヨクバリスは鼻をヒクヒクさせた。

 そして――――、

 

「のしかかり!」

「バリス!」

 

 ヨクバリスは跳び上がった。

 

「キザッ!?」

 

 つじぎりをギリギリで躱され、キリキザンは動揺した。

 

「上だ、キリキザン! 避けろ!」

「キザァ!?」

 

 もう遅い。避けられないと高を括っていたシンとキリキザンの判断は致命的なまでに遅すぎた!

 

「バリス!!!」

 

 ヨクバリスののしかかり!

 こうかはいまひとつのようだが、キリキザンの体はその衝撃でマヒしてしまった。

 

「まずい! 離れろ、キリキザン!」

「キザ……」

「ジャイロボール!」

「バリス! バリバリバリバリバリバリバリス!!」

 

 マヒしているキリキザンの動きは鈍い。ヨクバリスのジャイロボールが急所にあたった!

 のしかかりと同様にこうかはいまひとつだ。

 けれど、確実にキリキザンの体力は削られている。

 

「……す、すごい」

 

 シンはアリスを甘く見過ぎていた。

 彼女の戦いのセンスはまさに卓越している。

 そして、ヨクバリスは彼女の意思に応えるために限界へ挑み続けている。

 

 ―――― 限界突破してみせろ、チャレンジャー!

 

 シドの言葉が脳裏に蘇る。

 

「限界突破。それはお前にとって当たり前の事なんだな、ヨクバリス!」

「バリス!」

 

 リハビリだって、バトルだって、コンテストだって、ヨクバリスにとっては大きな試練だった。

 けれど、やり抜いてきた。

 アリスが進む限り、ヨクバリスも進み続ける。

 

「特訓? 教える? 違う! 忘れていた! 間違えていた!」

 

 シンは好戦的な笑みを浮かべる。

 

「アリス! ヨクバリス! お前達は戦うべきライバルだった!」

 

 その言葉にアリスとヨクバリスは笑顔を浮かべる。

 

「行きますよ、シン!」

「バリス!」

 

 勝手に自分の方が格上だと思い込んでいた。

 穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。

 だけど、そんな事を気にしている余裕なんてない。

 

「キリキザン! 本気でいくぞ、ストーンエッジ!」

「キザン!」

 

 キリキザンが地面に刃を突き立てる。すると、次々に岩の刃がヨクバリス目掛けて突き上がっていく!

 

「エリスやイーブイとのダンスを思い出して!」

「バリス!」

 

 それはグリムシティでずっと練習していたダンスのステップ!

 コンテストでは披露する事すら出来なかったもの。

 

「なに!?」

 

 シンが驚愕する。

 ヨクバリスはストーンエッジを紙一重で回避していく。

 

「キザッ!?」

 

 狙いを定めようにも、そのステップはあまりにも不規則で捉え切れない。

 

「クソッ、つじぎりだ!」

「キザン!」

 

 キリキザンが飛びかかる。

 

「ヨクバリスちゃん、カウンター!」

「バリス!」

「なっ!?」

 

 ダンスの練習の副産物!

 新たに覚えたヨクバリスの技、カウンターがキリキザンに直撃する。

 こうかはばつぐんだ。シンのキリキザンは今度こそ戦闘不能になり気を失ってしまった。

 

「……ま、負けた」

 

 ゲットして日が浅いとは言え、ほんの少し前までまともに技を出す事さえ出来なかったヨクバリスに負けた。

 あまりのショックにシンは目の前が真っ暗になった。

 

「シ、シン? 大丈夫ですか?」

「……あ、ああ。ごめん、キリキザンをポケモンセンターにつれてかないと……」

 

 そう言うと、シンはキリキザンをモンスターボールに戻して走り去ってしまった。

 

「シ、シン!?」

 

 アリスは取り残されてしまった……。



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第二十三話『がんばれ、勇者ヨクバリス!』 

 走り去っていくシンを見て、アリスは胸が苦しくなった。

 彼に対して、悪い事をしてしまった。

 このバトルは特訓だったのだ。シンがアリスに技術を教える為のもの。

 キリキザンを戦闘不能にする必要はなかった。

 

「……シン」

「バリス……」

 

 シンはアリスにとって初めてのバトルの相手だ。

 初バトルの時から自分達がどれだけ成長したか見てもらいたかった。

 

 ―――― アリス! ヨクバリス! お前達は戦うべきライバルだった!

 

 その言葉がすごく嬉しくて、アリスは勝ちたくなってしまった。

 

「謝らなきゃ……」

 

 シンの親切に対して、後ろ足で砂をかけるような真似をしてしまった。

 許して貰えないかもしれないけれど、それでも謝らなければいけない。

 

「ヨクバリスちゃん、少し待ってて!」

「バリス!?」

 

 アリスはシンが去って行った方へ駆け出していった。

 

「バ、バリス!」

 

 ヨクバリスは慌ててアリスを追いかける。

 すると、宿の屋上からグソクムシャが降りて来た。

 

「シャァ!」

 

 グソクムシャはヨクバリスを抱えあげる。

 

「バリス!?」

「シャァ!」

 

 驚くヨクバリスに行くぞとばかりに一鳴きすると、グソクムシャはアリスを追いかけ始めた。

 ところが――――、

 

「フレフワン! トリックルーム!」

 

 突然、トリックルームが展開された。

 

「ムシャ!?」

 

 敵の姿は見えない。けれど、トリックルームの展開は明らかな攻撃だ。

 グソクムシャは判断を迫られた。

 

「ムシャ! シャァァァァ!」

 

 グソクムシャはヨクバリスをアリスが走って行った方角目掛けて投げ飛ばした!

 

「バリスゥゥゥゥ!?」

「シャァァァァ!」

 

 俊足のグソクムシャはトリックルーム内では鈍足になってしまう。

 けれど、鈍足のヨクバリスは俊足になる。

 ヨクバリスを行かせる事に不安がないわけではない。けれど、今は託す他ない。

 

「シャァァァァ……」

 

 そして、グソクムシャは静かに闘気を高めていく。

 主人の命令は絶対だ。アリスを守らなければいけない。それなのに、間抜けにも足止めを食らってしまった。

 必死に追いかけるヨクバリスを見て、ついつい連れて行ってあげようと思ってしまった。さっさとアリスに追いついて連れ戻せば良かった。

 これは己の判断ミスだ。それも、最悪の事態に繋がりかねないものだ。

 グソクムシャは己の不甲斐なさに怒りを覚えた。そして、妨害者にして襲撃者である敵に対して怒りを覚えた。

 

「シャァァァァァァァァ!!!」

 

 グソクムシャが雄叫びをあげる。

 それだけで野生のポケモン達は逃げ出した。逃げ出せなかったものは気を失った。

 物陰に隠れていた襲撃者とそのポケモンも恐怖で怯んでいる。

 フレフワンならばグソクムシャにアドバンテージを取れる筈と考えていた襲撃者は己の考えの甘さを呪った。

 あれはレベルが違い過ぎる。アリが人間に挑むようなものだ。手も足も出ない。見つかったら終わりだ。

 アロマベールで心を守られている筈なのに、向かい合う事なく心を折られてしまった。

 

「シャァァァァ……」

 

 グソクムシャが鳴くとフレフワンはガタガタと震えながら主人を見つめた。

 トリックルームを解除しなければ、周囲一体ごと薙ぎ払われる。

 あんな化け物の攻撃を受けたら、余波だけで戦闘不能にされる。

 それどころか……、

 

「ト、トリックルームを解除して……、フレフワン」

「フ、フレ……」

 

 トリックルームが解除される。グソクムシャは真っ直ぐに襲撃者とフレフワンの方を見た。

 そして、彼女達の頭上にアクアブレイクを放った!

 隠れていた木の上半分が消し飛び、そのまま奥の木も粉砕されていく。

 まるで『はかいこうせん』のように射線上のすべてを破壊し尽くしていく。

 その光景に襲撃者とフレフワンは気を失った。

 

「シャッ」

 

 グソクムシャは急いでヨクバリスを追いかけ始めた。

 

「シャァァァァ!」

 

 彼方から戦闘の音が聞こえてくる。

 がんばれ、ヨクバリス! すぐに向かうぞ!  

 そうグソクムシャは鳴きながら駆けていく。

 

 第二十三話『がんばれ、勇者ヨクバリス!』 

 

 グソクムシャのスピードを考慮して、襲撃者のフレフワンはトリックルームをかなりの広範囲に張っていた。

 おかげでヨクバリスは素晴らしいスピードで走る事が出来た。

 

「キャァ!」」

 

 アリスの悲鳴が聞こえた。

 

「バリスゥゥゥゥ!!」

 

 ヨクバリスは必死に手足を動かした。

 アリスがピンチだ! 助けなきゃ!

 その想いがヨクバリスのスピードを更に引き上げて、遂には背の高い男に羽交い締めにされているアリスの下へ辿り着いた。

 

「バリス!!」

「ヨ、ヨクバリスちゃん!!」

 

 ヨクバリスは激怒した。アリスが苦しそうな表情を浮かべていたからだ。

 

「なにやってんだオルトラ!! ったく、面倒くせぇ!! ハガネール!!」

 

 アリスを捕まえている男はスーパーボールからハガネールを繰り出した!

 

「そいつの相手をしてやれ! そんで、ピジョット!」

 

 男は更にピジョットを繰り出した。

 その背中にアリスを掴んだまま乗ろうとしている。

 

「バ、バリス!!」

 

 空を飛ばれたら追いかけられない。

 ヨクバリスはアリスの下へ向かおうとした。

 けれど、ハガネールが道を阻む。

 

「ネール!」

 

 ハガネールが襲いかかってきた!

 

「に、逃げて! ヨクバリスちゃん!」

「バリス!!」

 

 アリスの指示をヨクバリスは初めて拒んだ。

 

「黙ってろ!」

 

 男はアリスの口を塞ぐ。

 トレーナーの指示を受けられない。それはバトルの経験が浅いヨクバリスにとって致命的な事だった。

 それでも逃げない。怯まない!

 

「バリスゥゥゥゥ!!!」

 

 ヨクバリスはほしがる事も、甘やかしてもらう為に相手をメロメロにする事も忘れる事にした。

 そして、アリスを襲った相手に対する怒りを前歯に集中する!

 なんと、ヨクバリスは『いかりのまえば』を覚えた!

 

「ネール!?」

 

 ヨクバリスのいかりのまえばがハガネールに当たった!

 鋼の身体にヒビが入り、ハガネールは苦しみの声を上げる。

 

「ハガネール!?」

「バリス!! バリバリバリバリバリバリバリス!!」

 

 ヨクバリスのジャイロボール!

 こうかはいまひとつだ。

 ハガネールは怒っている。

 

「ガネール!!」

 

 ハガネールのヘビーボンバー!

 

「バリ!? バリィィィィ!!」

 

 ハガネールの超重量がヨクバリスにのしかかってくる。

 ヨクバリスは歯を食いしばりながらハガネールを押しのけた。

 

「むぐ! むぐぅぅぅぅ!」

 

 アリスは藻掻いている。

 ヨクバリスが頑張っているのに、自分が頑張らないわけにはいかない。

 必死に男の腕から抜け出そうとしている!

 

「おい、暴れるな!!」

 

 男はアリスを殴りつけた。

 

「バリ!? バリスゥゥゥゥ!!!」

 

 その光景を見て、ヨクバリスは怒りの雄叫びを上げた。

 そして、彼方から一筋の光が現れた。

 

「ガネ!?」

 

 襲いかかってきた光をハガネールは回避した。

 

「ツッキー!」

 

 それはヤーコブ鉱山で遭遇したヒトツキだった。

 ヒトツキはヨクバリスの前に移動して、その柄を差し出した。

 

「バリス!!」

 

 ヨクバリスは迷うことなくヒトツキを掴む!

 すると、ヒトツキはその身の青い布をヨクバリスの腕に巻きつけた。

 

「ツッキー!」

 

 なんと、ヒトツキの身体が光り輝き始めた!

 

「バリス!!」

 

 ヒトツキの身体が二つに分かれ、ヨクバリスのもう一方の手の中へ収まった!

 クロスする鞘はヨクバリスのお腹に甲冑のように装着される。

 

「ニダン!!」

「ギル!!」

「バリス!!」

 

 ヒトツキはニダンギルに進化した!

 

「な、なんだそりゃ!?」

 

 男は目を見開いている。

 あまりにも衝撃的な光景に動きを止めてしまっている。

 

「ネール!」

 

 ハガネールの攻撃! ロックブラストがヨクバリスを襲う!

 

「ニダン!!」

「ギル!!」

 

 ニダンギルがヨクバリスの身体を操っている。

 ヨクバリスとニダンギルのれんぞくぎり!

 降り注ぐロックブラストを斬りながら、ヨクバリスはハガネールに肉薄した。

 

「バリス!!」

 

 ヨクバリスが飛び上がる。

 浮かぶ事が出来るニダンギルがヨクバリスをサポートして、ハガネールの頭上を取った!

 

「ガネ!?」

「バリス!」

「ニダン!」

「ギル!」

 

 ヨクバリスののしかかり!

 こうかはいまひとつのようだが、その衝撃でハガネールはマヒしてしまった。

 

「ニダン!」

「ギル!」

「バリス!」

 

 ニダンギルのれんぞくぎり!

 ハガネールの身体を斬りつけていく。

 

「ガネ……」

 

 積み重なったダメージによってハガネールは意識を失った。

 

「なっ、嘘だろ!? クソッ、ジュラルドン! そのクソッタレなデブを叩き潰せ!!」

 

 クソッタレなデブ。その言葉にアリスは怒り心頭になった。

 そして、ジェラルドンを繰り出す為に一瞬緩んだ男の腕に噛みついた!

 

「イッテェ!? 何しやがる!!」

 

 男が怒る。

 けれど、その前にアリスはポケットから黒い石を取り出していた。

 ヒトツキがどうして現れたのか分からない。ただ、ヨクバリスと一緒に戦ってくれている。

 事実はそれだけで十分だった。

 

「ヨクバリスちゃん! ニダンギルちゃん! 受け取って!」

 

 アリスは『やみのいし』を投げつけた!

 

「こいつ! 何してやがる!?」

 

 男はアリスの髪を引っ張った。

 痛がるアリスにヨクバリスは更にボルテージを上げていく!

 

「バリス!!!」

「ニダン!!!」

「ギル!!!」

 

 ヨクバリスとニダンギルはアリスの投げたやみのいしに向かって走り出す。

 

「ジェラ!!」

 

 ジェラルドンのドラゴンクロー!

 

「ニダン!!」

「ギル!!」

 

 ニダンギルのてっぺき!

 ジェラルドンのドラゴンクローをその身で受け止めた。

 

「バリス!?」

「ニダン!!」

「ギル!!」

 

 心配するヨクバリスに不要と応えるニダンギル。

 

「バリス!」

 

 ヨクバリスはジェラルドンのドラゴンクローを受け止めたニダンギルの片割れを離した。

 そして、もう一方の片割れで落ちてくるやみのいしを斬り裂いた!

 

「ニダン!」

「ギル!」

 

 ニダンギルの身体が光り輝く!

 

「連続進化だと!?」

 

 暴れるアリスを捕まえながら男が目を見開いた。

 ニダンギルはギルガルドへ進化を遂げた!

 盾はヨクバリスの右腕に、剣は左腕に装着される。

 

「ギル!」

「バリス!」

 

 ギルガルドの刀身が輝き始める。

 

「バリス!」

 

 ヨクバリスとギルガルドの『せいなるつるぎ』。

 こうかはばつぐんだ!

 

「ジェ、ジェラ!?」

 

 ジェラルドンは倒れた。

 

「バリス!!」

「ギル!!」

 

 そして、その身体を踏み越えて、ヨクバリスとギルガルドはアリスと男に向かっていく。

 

「こ、この野郎! お前の主人がどうなってもいいのか!?」

 

 そう言うと、男はアリスの首を掴んだ。

 

「バリ!?」

「ギル!?」

 

 思わず動きを止めるヨクバリスとギルガルド。

 その姿にニヤリと笑みを浮かべる男。

 そして――――、

 

「シャァァァァ……」

 

 その男の腕を追いついてきたグソクムシャが掴んだ。

 

「なっ!? いつの間に!!」

「シャァ!!」

 

 グソクムシャは男をアリスから引き剥がした。

 

「バリス!!」

「ギル!!」

「ヨクバリスちゃん!! ギルガルドちゃん!!」

 

 ヨクバリスとギルガルドはアリスに抱きついた。

 涙を流す一人と二体。

 その姿を横目で見て、なんでギルガルドがいるのか不思議に思いながらグソクムシャは男の身体を地面に押さえ付けた。

 

「アリスくん!!」

 

 遠くからポケナー仮面が走ってくる。

 

「シャァ……」

 

 グソクムシャは小さく安堵の息を吐いた。



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第二十四話『邪悪』

「何をやってるんだ、オレは!!」

 

 ポケナー仮面は己の不甲斐なさを呪いながらアリスの下へ駆けていく。

 グソクムシャが放った殺気は建物の中にいても伝わって来た。

 宿内のポケモン達は恐怖のあまり狂乱し、トレーナー達も得体の知れない恐怖に身を竦ませていた。

 ポケナー仮面のグソクムシャはその身に纏う覇気だけで大抵の相手を戦闘不能にする事が出来る。

 それ故に普段は己の力を抑え込んでいる。その力の一端を解放する程の事態が起きた。

 

「無事でいてくれ、アリスくん!」

 

 戦闘音が聞こえてくる。

 遠目にヨクバリスが戦っている姿が見えた。

 

「ヨクバリス!!」

 

 ヨクバリスの必死な叫び声が聞こえてくる。

 甘えん坊でのんきな性格のヨクバリスが必死になる事態。

 シンが傍にいるからと油断し、誘拐未遂が起きたばかりだというのに一時(いっとき)でも離れてしまった事を後悔した。

 

「アリスくん!!」

 

 辿り着いた時には戦闘が終わっていた。

 ヨクバリスと、何故かギルガルドがアリスに抱きついている。

 一人と二匹は泣いていた。

 

「……アリスくん」

 

 ポケナー仮面は拳を強く握りしめた。

 怖い思いをした。もしかしたら、痛い思いをしたかも知れない。

 そんな時に浮かべる表情が怒りや悔しさなどであっていい筈がない。

 

 ―――― 笑え、ポケナー仮面!

 

 己の不安など表に出すな。

 ポケナー仮面は深く息を吸い込んだ。

 

「アリスくん!!」

「ポケナー仮面様!!」

 

 ポケナー仮面は安心させる為に笑顔を浮かべた。

 

「もう大丈夫だ! すまなかったね、怖い思いをさせてしまった!」

「……ポケナー仮面様」

 

 アリスは鼻を啜った。

 涙を零しながらヨクバリスと抱きしめ合っている。

 そんな彼女の頭を撫でながら、ポケナー仮面は「よく頑張ったね」と言った。

 

「ヨ、ヨクバリスちゃんと……、グス、ギルガルドちゃんが助けてくれたの……」

「バリス……」

「ギル……」

 

 ポケナー仮面はヨクバリスとギルガルドを見た。

 何が起きたのか詳しい事は分からない。

 けれど、一つだけハッキリしている。

 

「ヨクバリス。ギルガルド。よく主人を守ったな。凄いじゃないか!」

「バリス!」

「ギル!」

 

 ヨクバリスとギルガルドは微笑んだ。

 その笑顔がアリスにも元気を与える。

 

「本当にありがとう、ヨクバリスちゃん。ギルガルドちゃん。大好き」

「バリスゥ!」

「ギルゥ!」

 

 アリスの事は二匹に任せる事が最善だろう。

 ポケナー仮面は二匹の頭と柄を撫でると、グソクムシャの方へ向かった。

 グソクムシャはアリス達を怖がらせない為に殺意を抑えているようだ。

 けれど、拘束されている男にはグソクムシャの漏れ出す憤怒の感情が伝わっていたらしい。

 全身を小刻みに震わせている。

 

「グソクムシャ、ご苦労だったな」

「……シャァァァァ」

 

 グソクムシャは顔を背けた。

 労われる事を望んでいないのだ。

 アリスを守れと言われたのに守り切るどころか敵の罠に嵌ってしまった。

 己の不甲斐なさにグソクムシャは怒っている。

 

「……そうだよな。オレも自分の愚かさに腸が煮えくり返ってるよ」

「シャァァァァ……」

 

 グソクムシャはポケナー仮面に視線を向けると、小さく頷いた。

 

「ああ、三度目はない。次は絶対に守るぞ」

「グシャッ!」

 

 決意を新たに固めると、ポケナー仮面はグソクムシャが拘束している男に視線を向けた。

 そして、大きく目を見開いた。

 

「なっ!? 何故、お前が!?」

 

 その男をポケナー仮面は知っていた。

 彼だけではない。このシティの人間ならば誰もが知っている。

 

「シド!!」

 

 その男の名はシド。

 このラルフシティのジムリーダーだ。

 

 第二十四話『邪悪』

 

「……そ、その声! や、やっぱりだ! あの異常な規模のサイコフィールドといい! この化け物といい! アンタが例の変態仮面の正体だったわけだ! チャンピオン!」

 

 震えながらシドが叫んだ。

 

「シド……。そうか、そういう事だったんだな。モンスターボール工場の襲撃犯達の中に幹部の姿を見つける事が出来なかった。だが、確かに幹部はそこにいたわけだ」

 

 襲撃されたモンスターボール工場奪還の為に立ち上がった男こそ、他ならぬ襲撃の主犯だったわけだ。

 近くにグソクムシャが倒したのだろうピジョットがのびている。

 普段は移動にエアームドを使っている癖にピジョットを使って小賢しくも司法の目を欺こうとしたようだ。

 

「猪突猛進。そう言われるほど一本気で真っ直ぐだった筈のお前が……、何故だ?」

 

 ジムリーダーとしてもライザほどではないが優秀だった。

 シティの人々からも慕われている。

 

「……ウゼェ」

「なに?」

 

 シドは拘束されたままポケナー仮面の足元にツバを吐いた。

 

「始めは良かったさ。周りが認めてくれる事が嬉しかったし、モチベーションにも繋がった。けどよ、猪突猛進? 一本気? まっすぐ? ウザッてーんだよ、そういう押しつけが!」

「シ、シド!?」

 

 まるで鬼のような形相を浮かべるシドにポケナー仮面は目を見開いた。

 

「オレの事を知った風な口で語りやがって! オレの事が分かるのはオレだけなんだよ!」

「シド……、お前!」

 

 

 ポケナー仮面は腰のハイパーボールを掴んだ。

 

「そういう事か! カラマネロ!」

「ネーロ!」

 

 ポケナー仮面はカラマネロを繰り出した!

 カラマネロはサイコパワーによって見えないモノを見破った。

 

「サイコキネシス!」

「ネーロ!」

 

 カラマネロのサイコパワーがシドの頭の上に寄生していたポケモンを炙り出した!

 

「こいつは!?」

 

 ポケナー仮面はスマホのポケモン図鑑アプリを起動した。

 

『ウツロイド。きせいポケモン。ウルトラホールと呼ばれる空間の穴の先から現れたウルトラビーストの一体。理性を失わせる神経毒を持ち、人やポケモンに寄生して操る事が出来る』

 

 ウルトラビースト。アローラ地方で存在が確認された異世界のポケモンだ。

 ポケナー仮面にとっても初めて遭遇する相手だった。

 

「フェアリーテイルはウルトラビーストを使役しているのか……!」

 

 これまでフェアリーテイルの情報が謎に包まれていた理由も分かった。

 何も知らない人間がウツロイドに寄生されて操られていたのだ。

 もしかするとモンスターボール工場の襲撃犯達も操られていたのかも知れない。

 だから、自分は悪くないと無罪を主張しているのかもしれない。

 

「……カラマネロ、ウツロイドを支配しろ」

「ネーロ」

 

 ポケナー仮面の命令にカラマネロは邪悪な笑みを浮かべる。

 ウツロイドは逃げ出そうとしたけれど、カラマネロは回り込んだ。

 

「ネーロ」

 

 カラマネロのさいみんじゅつ!

 ウツロイドの精神がカラマネロによって侵食されていく。

 またたく間にウツロイドは自分の意思で動く事が出来なくなった。

 己以外の意思によって触手が動かされる。その恐怖にウツロイドは震えている。

 

「ネーロネロネロ!」

 

 カラマネロはウツロイドの恐怖する姿を見るのが楽しいようだ。

 もっと怖がらせたい。もっと震えさせたい。

 

「カラマネロ。それ以上はやらなくていい」

「ネーロ」

 

 カラマネロは不満そうだ。

 

「……そんなに満足したいのか?」

「ネ、ネロ!?」

 

 ポケナー仮面が手をわきわきさせるとカラマネロは首を横にぶんぶん振って大人しくなった。

 

「ウルトラビーストを使役するなど……、フェアリーテイルとは一体……」

 

 謎に包まれたウルトラビーストを使役するフェアリーテイル。

 その実体がますます分からなくなった。

 

「……あれ? オレ、一体……」

 

 ウツロイドが倒れたカラマネロに支配された事でシドも正気に戻ったようだ。

 

「いや、覚えてる……。オ、オレ、なんて事を……!」

 

 シドは青ざめた表情を浮かべている。

 

「落ち着け、シド」

「……チャ、チャンピオン。オ、オレ! とんでもない事しちまった!」

「お前はウツロイドに操られていただけだ」

「そんなの言い訳になるか!! あ、あの女の子の髪を引っ張ったり、く、首を締めようとしたり……、オ、オレ……」

 

 シドは罪悪感のあまり自分の胸を掻きむしり始めた。

 

「カラマネロ! シドを眠らせろ!」

「ネーロ」

 

 カラマネロはシドにさいみんじゅつをかけた。

 またたく間に眠りに落ちるシド。

 

「……なんという事だ」

 

 人を操り、罪を犯させる。

 あまりにも残酷な仕打ちだ。

 

「アリスくん……」

 

 フェアリーテイルの悪意がこれほどとは考えていなかった。

 今回の事で旅を続ける事が怖くなったかも知れない。それに、ヨクバリスは順調に痩せてきている。

 聞いてみよう。旅を続けるかどうか。

 もし、彼女が望むなら、ここで旅は終わりにしよう。

 ポケナー仮面は悲しげな表情を浮かべながら決意した。



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第二十五話『いざ、キャロルシティへ!』

 二度に渡る誘拐未遂。しかも、今回は暴力を振るわれた。

 十歳の女の子が経験していいものではない。

 

「……アリスくん」

 

 宿に戻った後、ポケナー仮面はアリスに問いかけた。

 

「家に帰るかい?」

 

 彼女が旅に出た理由は太り過ぎて身動き一つ取れなくなってしまったヨクバリスのダイエットの為だ。

 そのヨクバリスは操られていたとはいえ、本気のジムリーダーのポケモン達をトレーナーの指示を受けられない状況で打倒してみせた。

 まだ少し太っているが、十分だろう。節制した生活を心がければ過酷な旅を続けなくても痩せられる筈だ。

 

「家に帰れば、もう怖い思いをしなくて済む。ゼノの選んだ使用人達はいずれもツワモノ揃いだからね」

 

 老執事のフランツは二代前のチャンピオンだ。

 メイドのメイメイは『亡霊の館』で育ったゴーストタイプのエキスパートだ。

 シェフのオリマーや庭師のオリバ、主治医のアルフも本業とは別にトレーナーとしても名を馳せていた男達だ。

 そして、彼らを雇っているゼノ本人は現チャンピオン・レイヴンと同じ日に旅に出て、共にチャンピオンの座を争ったライバルだ。

 

「あの屋敷に戻れば……」

「イヤです」

 

 アッサリとアリスは言った。

 

「し、しかし、またフェアリーテイルが襲いかかってくる可能性も……」

「ポケナー仮面様」

 

 アリスは不思議そうに首を傾げた。

 

「どうして、わたくしがフェアリーテイルの為に旅を止めなければいけないんですか?」

「え?」

 

 ポケナー仮面は目を丸くした。

 そして、気がついた。

 

「……ア、アリスくん。君、怒っているのかい?」

「はい。当たり前です」

 

 ハッキリと言われて、ポケナー仮面はちょっと怯んだ。

 

「いきなり襲い掛かってきて、可愛いヨクバリスちゃんに暴言を吐いて、おまけにそんな人達の為に旅をやめなきゃいけない? そんなの冗談じゃありません」

「は、はい」

 

 心優しく、器も大きなアリス。

 そんな彼女故に怒ると怖い。ポケナー仮面はたじたじだ!

 

「……でも、それはわたくしの我儘だとも分かっています。だから、ポケナー仮面様に委ねます」

 

 アリスは言った。

 

「わたくしの旅がポケナー仮面様の迷惑になるのなら大人しく屋敷に戻ります」

「アリスくん……。まだ、君は私の事を信じてくれているのかい? 二度も君の誘拐未遂を許してしまった私を……」

「でも、ちゃんと助けてくれました」

 

 アリスは微笑んだ。

 

「グリムシティの時も、さっきもグソクムシャが駆けつけてくれて、そのすぐ後にポケナー仮面様も来て下さいました」

「アリスくん……」

 

 なんとも情けない話だ。こんな自分を信じてくれているアリスを自分は信じていなかった。

 

「……信じてくれるかい?」

「もちろんです! だって、ポケナー仮面様はわたくしのヒーローですから!」

「ヒーロー……」

 

 ポケナー仮面は自分の頬を叩いた。

 

「ポ、ポケナー仮面様!?」

「……ああ、分かったよ」

 

 驚くアリスにポケナー仮面は言った。

 

「誓おう。次は絶対に守ってみせる。ポケナー仮面の名に賭けて」

 

 行き過ぎたポケモン愛の男、ポケナー仮面。

 それはアリスの前でしか存在出来ない者。

 彼にとっての本当の自分。

 その名に賭ける事は本当の名前を賭ける事よりも重い。

 

「はい! お願い致します!」

 

 第二十五話『いざ、キャロルシティへ!』

 

「そうだ。これを渡しておこう」

 

 ポケナー仮面は銀色のバッジをアリスに渡した。

 

「これは?」

「ラルフジムに勝利した証、シュタールバッジだ」

「え? でも、わたくし……」

「シドからの伝言をそのまま伝える。『要らないかも知れないけれど、彼女のヨクバリスとギルガルドは見事に限界突破をしてみせた。だから、これを彼女に渡してくれ』との事だ。これはヨクバリスとギルガルドが君の為に頑張った証なんだよ」

「……ヨクバリスちゃんとギルガルドちゃんの」

 

 アリスはシュタールバッジを握りしめた。

 己を救う為に必死になって戦う姿が脳裏に蘇る。

 

「キャーン! あの時のヨクバリスちゃん! ほーんとにかっこよかったー!」

 

 ギルガルドを装備して、まるで物語の勇者様みたいだった。

 アリスはスマホで撮って待ち受け画面に設定した『勇者ヨクバリス(with ギルガルド)』の写真を眺めてほわーんとなった。

 

「……まさか、ヤーコブ鉱山で会ったヒトツキがヨクバリスと共闘した上にギルガルドまで連続進化するとはな」

「びっくりしたけど、とってもかっこよかったです!」

 

 ギルガルドは剣と盾の姿をしているが、あくまでも一体のポケモンだ。

 人やポケモンの装備品になるなんて話は聞いた事がない。

 ギルガルドは操られるモノではなく、操るモノだ。

 実際、ヒトツキはヤーコブ鉱山でポケモン達を支配していた。

 

「ヨクバリスが装備した途端、ニダンギルに進化したというし……。ヨクバリスには秘められた力があるのか……?」

 

 戦闘経験もなくポケモンが進化する事はありえない。

 そのありえない事が起きた。

 

「イバラ博士なら分かるかな……」

「ポケナー仮面様?」

 

 ついつい考え事に耽ってしまったポケナー仮面にアリスが首を傾げる。

 

「ん? ああ、すまない。それより、次の目的地を決めよう。キャロルシティに行ってみないかい?」

「キャロルシティですか? たしか、お父様の会社があるシティですよね?」

「ああ、そうだよ。それに、ポケモン研究所とジムがある。おまけにキャロルジムはダブルバトルの形式を取っているんだ」

「ダブルバトルですか?」

「要するに二体のポケモンを同時に出して戦う事だよ。ジムリーダーは双子のガイとフォークス。タイプはほのおといわ。ヨクバリスとギルガルドのコンビネーションを鍛える為にも丁度いいと思うんだ」

 

 ちなみにギルガルドはアリスが改めてゲットした。

 ポケナー仮面がモンスターボールをアリスに渡すとギルガルドは自分から開閉スイッチを押して中に入った。

 不思議な事にギルガルドのアリスに対するなつき度はヨクバリスに負けないくらい高い。

 

「なるほど! では、キャロルシティに参りましょう! 折角ですから、お父様やイバラ博士にもご挨拶致しましょう!」

「おや? アリスくんはイバラ博士を知っていたのかい?」

「直接お会いした事はありませんが、お父様がよく話して下さいましたの!」

「なるほど」

 

 考えてみれば当たり前の事だった。

 ゼノはルイス地方最大手のカンパニーの社長であり、ポケモン関連の商品も扱っている。

 同じ街に研究所を構えているポケモン博士と繋がりがないと考える方がおかしい。

 

「イバラ博士は数年前にアローラ地方から移ってきた人なんだ。優秀な方で、ポケモンの事を本当によく知っている。話を聞くだけでもポケモントレーナーとして良い刺激を貰える筈だよ」

「楽しみです!」

 

 アリスとポケナー仮面はキャロルシティへ向かう事を決めた!

 

 ◆

 

 そのままラルフシティを出ようとしたところでシンが追いかけてきた。

 

「おーい、アリス!」

「あっ、シン!」

 

 ドタバタしていたせいで彼の事を忘れていた。

 アリスは慌ててシンに頭を下げた。

 

「シン、ごめんなさい!」

「はぁ?」

 

 シンはいきなり謝られて驚いている。

 実は彼もアリスに謝ろうと思っていたのだ。

 

「な、なんで、アリスが謝るんだ?」

「だって……、特訓だったのにキリキザンちゃんを倒してしまったから……」

「な、なるほど……」

 

 シンは顔をヒクヒクさせた。

 聞きようによっては煽っているようにも聞こえる。

 ポケナー仮面は指摘するべきか迷った。

 

「そ、それこそ謝る事なんてないさ。オレの方こそ感じ悪かったよな? ごめん」

「いいえ! シンこそ謝る事はありません!」

 

 シンは目を見開き、そして苦笑した。

 

「……オッケー。お互い様って事にしとくか」

「そうですね」

 

 シンにつられてクスクスと笑うアリス。

 よく分からないけれど二人が仲直りしてくれたようでポケナー仮面は安心した。

 

「オレ、次はキャロルシティに行くんだけど、二人はどうするんだ?」

「まあ、奇遇だわ! わたくし達もキャロルシティに向かう予定なの!」

「そうなのか!? じゃあ、一緒に行かないか!」

「喜んで! シンと一緒だと旅がますます楽しくなりそう!」

「そ、そうか?」

 

 シンはちょっと赤くなった。

 ポケナー仮面は二人のやり取りを微笑ましげに見つめている。

 

「そうと決まったら出発するぞ。キャロルシティまでは一本道だがのんびりしていると日が暮れてしまう」

「はい!」

「おう!」

 

 新たにシンが仲間に加わり、三人はラルフシティを出発した。

 次はいよいよルイス地方の中心都市キャロルシティだ!



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第二十六話『ゼノとレイヴン』

 薄暗い部屋の中で三人の男女がスマホから流れてくる音声を聞いていた。

 

『……そ、その声! や、やっぱりだ! あの異常な規模のサイコフィールドといい! この化け物といい! アンタが例の変態仮面の正体だったわけだ! チャンピオン!』

 

 それはラルフジムのジムリーダーであり、ウツロイドに寄生されてフェアリーテイルの悪事に加担してしまったシドの声だった。

 

「チャンピオンだと!? おいおい、聞いてないぞ!」

 

 フェアリーテイルの幹部の一人、大男のサガは厳つい声を上げながらスマホを掴み上げた。

 

「……チャンピオンと戦うのはナンセンス。自殺行為でしかないわ」

 

 同じく幹部の一人であるアスラも鬱屈した声で言った。

 

「分かってるわ」

 

 チャンピオンの存在に怯えている二人に幹部の取りまとめ役であるタリーアも頷く。

 

「相手が悪過ぎる。一端、彼女の身柄の拘束は保留にしましょう」

「保留!? いくらなんでもビビりすぎじゃねーか? たしかに驚いたけどよ……」

 

 サガが言うと、アスラは彼の足を蹴っ飛ばした。

 

「……バカ。相手はチャンピオン。最強のポケモントレーナー。次元が違い過ぎるわ」

「バカって言うな! たしかに無敗のチャンピオン相手に真正面から突っ込んでいったら勝ち目なんてねーかもだけどよ、それこそ策を練れば……」

「……小細工で倒せる相手じゃない」

「なんでだよ!? チャンピオンだって人間だろ? 俺達と同じポケモントレーナーだろ!?」

「……同じじゃない。私、イーニッドシティに居たから知ってるもの」

「イーニッドシティ……?」

 

 サガが首を傾げるとタリーアが言った。

 

「ブライトシティの事よ。二十年前、異常なサイコパワーを持つカラマネロにシティを支配された事があるの。人もポケモンも操り人形となり、シティを奪還する為に組織された軍団や地方警察、国際警察は尽く返り討ちにされたわ」

「と、とんでもねーな」

「……そのとんでもないカラマネロを討伐したのが十歳の頃のチャンピオンよ」

「なっ……」

 

 アスラの言葉にサガは絶句した。

 

「そのカラマネロも今は彼の手持ち。シドに取り憑かせていたウツロイドも逆に支配されてしまったわ……」

「マジかよ……」

「……マジ。いずれ戦う事になるとしても、それは必勝を確信した時。準備だけは進めておきましょう」

 

 第二十六話『ゼノとレイヴン』

 

 キャロルシティ!

 そこはルイス地方の中心都市であり、都市内は四つのエリアに分けられている。

 ノースエリアは企業のビル郡が立ち並び、イーストエリアにはポケモン研究所やポケモンジム、トレーナーズスクールなどがある。

 ウエストエリアは住宅街であり、サウスエリアは商業施設が集められている。

 

「デケェ……」

 

 ノースエリアに君臨する一番大きなビル。

 それこそがアリスの父であるゼノが経営しているハートカンパニーの本社ビルである。

 シンはその威容に圧倒されている。

 

「旅に出てから一ヶ月、お父様はお元気でしょうか……」

「元気に決まっているさ。なにしろ、ゼノだからな」

 

 アリスとポケナー仮面が中に入っていく。

 

「えっと……、オレはジムの方に行ってるな!」

「え?」

 

 いきなり走り去ってしまったシンにアリスはキョトンとした。

 

「お父様にシンの事を紹介したかったのですが……」

「シンの立場だと気まずかったのかもしれないな。まあ、次の機会にしよう。それより、久しぶりの親子の再会だ。こういう時は笑顔が一番だよ、アリスくん」

「……はい!」

 

 ◆

 

 ハートカンパニー本社ビルの最上階、そこがゼノのオフィスだ。

 ゼノはデスクで写真立てを眺めていた。

 三つある写真。

 一つは子供の頃のゼノとポケナー仮面(レイヴン)が肩を組み合っている写真。

 一つは若かりし日のゼノとアリスに似た女性の写真。

 一つはアリスを肩車しているゼノの写真。

 

「……レイヴン」

 

 脳裏に浮かぶのはチャンピオンリーグの決勝戦だ。

 ゼノは当時、チャンピオンだった。前チャンピオンであるフランツを打ち破り、最強の座に君臨していた。

 しかし、それはレイヴン不在のリーグにおける仮初の最強だった。

 ゼノがチャンピオンになったポケモンリーグの一回戦の日、レイヴンはカラマネロに支配されたイーニッドシティの奪還に向かっていた。

 

 あれは一種の災害だった。一個人がどうにか出来る規模ではない。

 四天王エスティマによってシティ奪還の為に組織された軍団である『メルヒェン』に加えて、ルイス地方の警察組織や国際警察も動いていたから、ゼノは他人事のように思っていた。

 けれど、そのシティにはゼノの幼馴染のエミリアがいた。ゼノは知らなかった事だが、彼女の父親はメルヒェンに所属していて、その手伝いの為に彼女も奪還戦に参加していたのだ。もっとも、彼女は後方で支援活動を行っていた。だから、被害が及ぶ事など無い筈だった。

 しかし、カラマネロの力は多くの人の想像を遥かに超えていた。奪還戦に参加した者はエミリアを含めて一人残らずカラマネロに支配されてしまったのだ。数千を超える人とポケモンが支配され、支配されたジュンサーや国際警察の捜査官が偽の情報を流した事で援軍が来る事もなくなってしまった。そして、その絶望的な事態を人々は知る事さえ許されなかった。

 

 レイヴンは当時から頭角を現していた。

 旅の中でちょっとした事件をいくつか解決していた事もあって、ジュンサーの一人が彼に奪還戦の戦況が思わしくない事を伝えていた。

 彼もポケモンリーグに参加するつもりだったけれど、ジュンサーからの連絡が唐突に途切れてしまった事を不安に思い、イーニッドシティに向かった。

 そして、異様に静まり返ったシティを見て、奪還作戦は失敗したのだと確信した。

 

 彼は一旦戻って情報を警察に伝えようと思った。

 けれど、見てしまった。

 ゼノが『どうだ? 俺の幼馴染なんだけど可愛いだろ!』と見せてきた写真の女の子が虚ろな目で街を彷徨っている姿を。

 彼女がカラマネロに支配されてしまった事は明白だった。

 だから、彼はカラマネロを討伐する事に決めた。

 その時、急いで向かえばリーグに間に合っていた。それに、自分一人で向かうよりも一旦戻って警察やリーグの人間の力を借りる方が賢明だった。

 それでも、彼はイーニッドシティに潜り込んだ。

 迫り来る千以上の人やポケモンを退けながら中心部へ向かっていく。

 

 カラマネロはレイヴンの存在に気づいていた。だから、彼とそのポケモン達を仕留める為に全戦力を集中させた。

 けれど、皮肉な事にそれはレイヴンのポケモン達をより成長させる結果となった。

 潜入時には一歩届かなかった筈のグソクムシャとカラマネロの力量差が膨大な戦闘経験の獲得によって覆った。

 カラマネロは支配する者であり、戦う者では無かった事も要因の一つだった。グソクムシャの『であいがしら』から始まる必殺のコンボにカラマネロは倒れた。

 

 イーニッドシティの奪還によって、レイヴンは伝説となった。

 翌年のチャンピオンリーグで彼はゼノの前に立った。

 ゼノ自身を含めて、誰もが確信していた。

 

 これは新チャンピオン誕生の瞬間であると。

 

 結果は語るまでもない。カラマネロが加わった事で彼の実力は更に盤石なものとなった。

 ゼノのギャラドス、リザードン、オオスバメ、バンギラス、メタグロスは為す術もなく破れた。

 エースであるカイリキーだけは多少持ち堪える事が出来たけれど、カラマネロのサイコパワーには敵わなった。

 

「社長」

 

 物思いに耽っていると専務が入って来た。

 

「お嬢様と……、へ、変な仮面の男がエントランスホールで社長をお待ちです」

「すぐに行くよ。あと、変な仮面の男じゃない。彼はポケナー仮面だ!」

 

 今では知っている者も少ないマイナーな漫画雑誌。

 ゼノとレイヴンが幼少の頃に読んだ『それいけ、ポケモン仮面!』。

 主人公のポケモン仮面は困っている人やポケモンを助ける心優しいヒーローだ。

 最初に出会った時の事を今でも鮮明に覚えている。

 

『我が名はポケモン仮面! いざ、勝負!』

 

 そう言って、『ポケモンごっこのレイヴン』は勝負を仕掛けて来た。

 

「そうだ。彼は心優しいヒーローなんだ。昔も……、今も」

 

 ゼノはエントランスホールへ向かった。



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第二十七話『挑め、キャロルジム!』

 アリスとポケナー仮面はエントランスホールの一画に案内された。

 そこにはふかふかなソファーとガラスの机が置かれている。

 

「出て来て、ヨクバリスちゃん! ギルガルドちゃん! カイリキー!」

「バリス!」

「ギル!」

「リッキー……」

 

 元気よく飛び出してくるヨクバリスとギルガルド。

 対象的にカイリキーはなんだか落ち込んでいる様子だ。

 

「どうしたの? カイリキー」

「リッキー……」

 

 なんでもないと言わんばかりに頭を横に振るカイリキー。

 明らかに様子がおかしい。

 

「カイリキー」

 

 ポケナー仮面がカイリキーに話しかけた。

 

「リッキー?」

「前回の事は私に責任があるし、今回のケースは仕方がない。あまり気にするな」

「リッキー!」

「どうにもならない事で責任を感じても仕方がない」

「リッキー……」

 

 どうやら、カイリキーはアリスがフェアリーテイルに襲われた時に何も出来なかった事を悔やんでいるようだ。

 

「カイリキー……」

 

 アリスは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 あの時、カイリキーを出していれば事件はすぐに解決していた。けれど、アリスは動転していてカイリキーを繰り出す事が出来なかった。

 低レベルのポケモンならばモンスターボールから自らの意思で飛び出す事も出来る。

 けれど、一定のレベルを超えるとモンスターボールにはロックが掛かってしまい、自らの意思で飛び出す事が出来なくなる。

 カイリキーに非は一切ない。

 

「ごめんなさい、カイリキー。わたくしが悪いの……。あなたを頼れば良かったのに、動転していて……」

「リキ!? リキ! リッキー!」

 

 アリスに謝られて、カイリキーは慌てた。

 そんなつもりではなかった。ただ、己の不甲斐なさを悔いていたのだ。

 

「そこまでにしておこう」

 

 ポケナー仮面が言った。

 

「折角、ゼノに会うんだ。二人共、笑顔が大切だよ」

「……はい!」

「リッキー!」

 

 アリスとカイリキーが笑顔になるとハラハラ見ていたヨクバリスとギルガルドもホッとした表情を浮かべた。

 そして、エントランスホールに最上階から降りて来たエレベーターが到着した。

 チンという音と共に開かれた扉の先からダンディな眼鏡の男が現れる。

 彼こそ、アリスの父であり、カイリキーのトレーナーであり、ポケナー仮面の嘗てのライバルであるゼノその人だ。

 

 第二十七話『挑め、キャロルジム!』

 

「アリス!」

 

 ゼノはアリスを見るやいなや、それまでの落ち着いた雰囲気を一変させた。

 涙を滲ませながらアリスに駆け寄っていく。

 

「お父様!」

 

 アリスも鏡合わせのように涙を湛えてゼノの下へ駆け寄っていく。

 

「よく来たね、アリス! 大変だっただろうに!」

「へっちゃらでした! ヨクバリスちゃん達やポケナー仮面様が一緒でしたから!」

 

 アリスはポケナー仮面達の下へゼノを引っ張った。

 ポケナー仮面が軽く手を振ると、ゼノは嬉しそうに手を振り返した。

 それからアリスはここまでの旅のゼノに語った。

 

 旅立ちの日、シンとの初めてのバトル。

 ハンスシティまでヨクバリスと一緒に歩いたリハビリ。

 ジムリーダー・ライザとの初めてのジムバトル。

 グリムシティで出会ったポケモンコーディネーターのエリス。

 初めて参加したコンテスト。

 そこで再会した幼馴染のリデル。

 フェアリーテイルの襲撃。

 エリスが守ってくれた事とグソクムシャのかっこよさ。

 ヤーコブ鉱山でグソクムシャがやみのいしをプレゼントしてくれた事。

 ラルフシティのモンスターボール工場が襲撃されていて、カラマネロが頑張った事。

 シンとの特訓。

 再びのフェアリーテイル。

 そして、勇者ヨクバリスとギルガルドの大活躍!

 

 所々でゼノは青褪めたり真っ赤になったりと忙しかったけれど、最後までアリスの話を聞き続けた。

 そして、ヨクバリスの手を取った。

 

「ヨクバリスちゃん」

 

 ゼノはヨクバリスの頭を撫でた。

 

「よくアリスを守ってくれたね」

「バリス!」

「キャーン! 誇らしげなヨクバリスちゃんも可愛い!」

 

 ドヤ顔のヨクバリスにアリスがメロメロだ!

 

「……すまないな、ゼノ」

 

 アリスがヨクバリスを抱きしめている姿を尻目にポケナー仮面はゼノへ頭を下げた。

 

「どうしたんだい?」

「二度も彼女を危険な目に遭わせた……」

「……お前は相変わらずだな」

 

 ゼノは肩を竦めた。

 

「お互い、もう三十を過ぎているんだ。あんまり青臭い事を言うな」

「あ、青臭い……?」

「お前がアリスを守る為に全力を尽くしてくれている事は分かっている。それでも人間だからな。完璧とはいかないだろう。それでも、今ここにアリスを連れて来てくれた。それが全てだ」

「しかし……」

「ポケナー仮面」

 

 ゼノはやれやれと苦笑しながら言った。

 

「お前以上のガードマンは存在しない。強さだけじゃない。信頼に関してもだ。だから、アリスの旅立ちを許した。私はお前を信じているんだ。だから、これからもアリスを頼むよ」

「ゼノ……。ああ、分かった。任せてくれ」

 

 胸を張って言うポケナー仮面。

 ゼノは彼の瞳の輝きが嘗てのままである事を嬉しく思った。

 

「……頼むぞ、レイヴン」

 

 ◆

 

 ゼノは忙しく、ディナーを共にする約束をした後仕事に戻って行った。

 久しぶりの再会なのだし、もう少しゆっくり出来ないものかとポケナー仮面は思ったけれど、相手は大企業の社長だ。自分には想像もつかない重要な案件が山のようにあるのかもしれないと思い直した。

 

「とりあえず、ジムかポケモン研究所に行こうか」

「そうですね! シンがジムに行くと言っていましたし、わたくし達もそちらへ参りましょう」

「了解」

 

 二人はキャロルジムを目指して歩き出した。

 ジムはイーストエリアにあり、ポケモンスクールに通う子供達の姿が目立った。

 子供達はポケナー仮面の格好に好奇の視線を送っている。

 

「さて、おさらいしておこう。キャロルジムのジムリーダーは双子のガイとフォークスだ。息の合った二人のコンビネーションには学ぶ事がとても多い筈だよ」

 

 ダブルバトルは多くの大会で採用されている形式だ。それ故に多くの地方でダブルバトル専門のジムが用意されている。

 基本的に他地方のダブルバトル専門ジムはタイプを統一しているが、キャロルジムでは『ほのおタイプ』と『いわタイプ』に分かれている。

 

「今回のバトルで気をつけるべき事はなにか分かるかい?」

「ギルガルドちゃんがほのおタイプに不利という点ですね」

「その通りだ。だが、ギルガルドにはキングシールドという技がある。今のヨクバリスとギルガルドなら問題なく突破出来る筈だよ」

「はい!」

 

 ラルフシティではバッジこそシドから貰ったものの、結局ジム自体には立ち寄らなかったからアリスにとってこれがハンスジム以来の二度目のジムバトルとなる。

 ハンスジムは美術館のような雰囲気だったけれど、キャロルジムは老舗のデパートのようだ。

 実際、学生用の商業施設が入っているらしい。

 ジムの中に入っても学生達でごった返していた。

 

「こっちが受付だな」

 

 案内を見ながら受付に向かう。

 すると受付の上部に備え付けられている大画面にジムバトルの様子が映し出されていた。

 周りには観戦している学生達の姿がある。

 

「グラエナとゲコガシラだ!」

「いい組み合わせだね!」

「ガイ先生はギガイアスだ!」

「フォークス先生はウィンディね!」

「ウインディは珍しいね」

「相手がグラエナを使ってるからよ! それにゲコガシラがつじぎりを覚えてるかも!」

「そっか、『せいぎのこころ』!」

「フォークス先生のウインディはあくタイプの攻撃を受けると攻撃力があがるの!」

 

 学生達がガイとフォークスを先生と呼びながらバトルの分析を行っている様子だ。

 

「ガイとフォークスはポケモンスクールの講師でもあるんだ。こうして学生達がジムバトルを見学出来るようにもしている。これが意外にネックでね。チャレンジャーは衆人環視の中でもポテンシャルを発揮出来るかどうかを試されるんだ」

 

 ジムバトルを勝ち抜いた先にポケモンリーグがある。

 そこでは衆人環視の中でのバトルが余儀なくされる。

 その為、幾つかのジムではジムバトルを一種のイベントとして扱いチャレンジャーに慣れさせる為の工夫が凝らされている。

 

「なるほど!」

 

 アリス達も大画面の映像に意識を映した。

 ジムリーダーと戦っているのはシンだ。

 

 ◆

 

「グラエナ、バークアウトでウインディからギガイアスを引き離せ! ゲコガシラ、ウインディにみずのはどう!」

「乗ってやれ、ギガイアス!」

「なっ!?」

 

 ウインディとギガイアスの連携を初手から封じようとバークアウトで引き剥がしに掛かるグラエナ。

 その攻撃を受け入れ、ギガイアスは自ら吹き飛ばされた。

 

「ウインディ、しんそく!」

「ワオォォォォン!」

「ゲコッ!?」

「避けろ、ゲコガシラ!」

「遅い!」

 

 ギガイアスの行動にシンの注意が逸れた隙にウインディはみずのはどうを避けてゲコガシラに肉薄した。

 でんこうせっかを超える速度にゲコガシラは回避行動を取る暇さえなかった。

 

「ゲコォォォォ!?」

 

 吹き飛ばされるゲコガシラ。その先にはギガイアスが待ち構えていた!

 

「ボディプレス!」

「グラエナ、ギガイアスにシャド――――」

「しんそく!」

「ボーって、ああっ!?」

 

 吹き飛ばされ無防備になっているゲコガシラにギガイアスのボディプレスが迫り、援護しようとしたグラエナにはウインディのしんそくが襲いかかる。

 

「ワウッ!?」

「ゲコォォォォ!!」

 

 シンのポケモン達の悲鳴が響き渡る。

 ガイとフォークスの連携は完璧だ。ポケナー仮面のアドバイスによって身に付けた『後の先』の戦法を使う暇もない。

 流れるような連続攻撃にシンの判断と指示が遅れてしまっている。

 

「まだ行けるよな、グラエナ! ゲコガシラ!」

「ワオン!」

「ゲコッ!」

 

 当然という答えが返ってくる。

 ガイとフォークスはそんなチャレンジャーに笑みを浮かべる。

 ライザが勝ち筋を見つけられるように指導するように、シドが限界突破を求めるように、ガイとフォークスは逆境を撥ね退ける精神力を求める。

 

「ゲコガシラ、かげぶんしん!」

「ゲコ! ゲコゲコゲコゲコゲコ!!」

 

 ゲコガシラが無数に分裂していく。

 

「グラエナ、ウインディにかみくだく!」

 

 シンの指示に観客席がざわめいた。シンのジムチャレンジの間にガイとフォークスが生徒達で席を埋め尽くしておいたのだ。

 学生達にとっては勉強の為、チャレンジャーにとってはメンタルを鍛える為。

 学生達はシンがウインディの特性に気づいていないのではないかと議論を始めている。

 けれど、それは間違いだとガイとフォークスは察していた。

 すでにグラエナとゲコガシラは大ダメージを受けている。これ以上攻撃を受ければ攻撃力が上がらなくてもノックアウトしてしまう。

 だからこそ、もうウインディの攻撃力の増加を恐れる必要がないのだ。

 

「けど、ウインディの速度には追いつけない! しんそく!」

「そこだ、グラエナ! イカサマ!」

「ワウッ!」

 

 襲い掛かってくるウインディ。

 けれど、その攻撃は既に三度目だ。

 どんなに速くても、三度も見せれば攻撃の軌道が分かる。

 グラエナのイカサマ! 

 しんそくで迫るウインディの体を受け流し、体勢を狂わせて地面に叩きつけた。

 

「かみくだく!」

 

 大ダメージでよろけるウインディにグラエナが牙を剥き出しにして襲いかかる。

 

「ギガイアス、ロックブラスト!」

「じんつうりきで止めろ!」

「ギガ!」

「ゲコッ!」

 

 ギガイアスのロックブラストがグラエナに迫るが、ゲコガシラのじんつうりきが見えない力で受け止めた!

 

「フレアドライブ!!」

「ワォォォォォォ!!」

 

 グラエナが牙を突き立てる直前、ウインディの体が激しく燃え始めた。

 フレアドライブは自らの肉体すら焼いてしまう諸刃の剣。

 けれど、その火力によってグラエナは攻撃を中断せざるを得なかった。

 

「グラエナ!?」

 

 ウインディのフレアドライブがグラエナを襲った。

 

「グラエナ、戦闘不能!」

 

 イカサマを受けた事で攻撃力が増したウインディの強烈な一撃にグラエナはノックアウトしてしまった。

 このバトルでは交換が認められていない。

 シンの残る手持ちはゲコガシラのみ。一体で二体を相手にしなければいけない。

 まさに絶体絶命だ!

 

「諦めない。諦めてたまるか! 絶対勝つぞ、ゲコガシラ!!」

「ゲコッ! ゲコォォォォ!!!」

 

 その時だった。なんと、シンのゲコガシラの体が光り輝き始めた!

 

「なっ!?」

「ここで!?」

 

 ガイとフォークスも瞠目する。

 なんと、この土壇場でゲコガシラの進化が始まったのだ。

 ゲコガシラはゲッコウガに進化した!

 

「コウガッ!」

 

 シンのスマホにゲッコウガのデータが転送されてくる。

 みずのはどうはみずしゅりけんに変化した!

 

「ゲッコウガ……、お前ならやれる! みずしゅりけん!!」

「コウガッ!」

 

 ゲッコウガのみずしゅりけんがギガイアスとウインディの両方に襲いかかる!

 

「ウインディ、かえんほうしゃ!」

「ギガイアス、ロックブラスト!」

 

 ウインディとギガイアスがゲッコウガのみずしゅりけんをそれぞれ撃ち落とす。

 

「踏み込め、ゲッコウガ!」

「コウガッ!!」

 

 その間にゲッコウガはダメージを負っているウインディへ肉薄した。

 

「しんそく!」

「つじぎりだ!!」

「ワウッ!」

「コウガァ!!」

 

 しんそくの為に足に力を込めるウインディ。

 

「四度目だ。ゲッコウガを舐めるな!!」

「コウガァ!!」

 

 ウインディがしんそくの一歩を踏み出す直前、その進行方向にゲッコウガはつじぎりを置いた!

 すでに止まれなくなっているウインディは自らゲッコウガのつじぎりに飛び込んでしまった。

 

「ウインディ、戦闘不能!」

「なんと!」

 

 ガイはフォークスがウインディをハイパーボールに戻す姿を横目で見ながら驚いていた。

 進化したてはポケモンも自らの変化に戸惑うものだ。それなのにゲッコウガはトレーナーの指示を完璧に遂行してみせた。

 磨き上げられた技術! そして、それを実行する精神力!

 

「素晴らしい! 炎のように熱く! 岩のように硬い! その精神力、見事! だが、バトルは終わっていない! 最後まで気合を入れろ、チャレンジャー!!」

「おうよ!!」

「ギガァ!!」

「コウガ!!」

 

 息もつかせぬ攻防戦に観客席のボルテージも最高潮だ!

 

「ギガイアス、ストーンエッジ!」

「ストーンエッジを足場に飛べ!!」

「なんと!?」

 

 ゲッコウガは迫り来るストーンエッジを足場にして飛んだ。

 

「喰らえ、オレとゲッコウガの全力! みずしゅりけん!!」

「コウガァ!!」

「避けろ、ギガイアス!」

「ギ、ギガッ!」

 

 迫り来るみずしゅりけん。

 ギガイアスはストーンエッジを中断して必死に回避行動へ出た。

 

「逃がすな!!」

「コウガァッ!!」

 

 けれど、みずしゅりけんは弧を描きながら確実にギガイアスへ襲い掛かってくる。

 避けきれない! こうかはばつぐんだ!

 

「まだだ!」

 

 ガイが猛る。

 

「ギガイアス、チャレンジャーに我々の精神力(ちから)を見せつけろ! ロックブラスト!!」

「ギ、ギガッ!!」

「つじぎりだ!」

「コウガァ!!」

 

 放たれるロックブラスト。

 ゲッコウガはつじぎりで捌きながらギガイアスに迫る。

 

「これで終わりだ!」

「コウガァ!!」

 

 ゲッコウガのつじぎりがギガイアスの体を斬り裂く。

 ギガイアスは倒れ伏した。

 

「ギガイアス、戦闘不能! よって、チャレンジャー・シンの勝利です!」

「よっしゃぁぁぁぁ!!」

「コウガァァァァァ!!」

 

 白熱したバトルに観客席の学生達は総立ちだ。

 送られてくる拍手にシンは照れた様子もなくゲッコウガへ飛びついた。

 

「やったぜ、ゲッコウガ!」

「コウガ!」

 

 その一人と一匹の姿に拍手を送りながらガイとフォークスがジムバッジを手にやって来る。

 

「見事な勝利だ、チャレンジャー!」

「これがキャロルジムに勝利した証、ラーヴァバッジよ」

 

 フォークスからバッジを受け取るとシンはゲッコウガとハイタッチした。

 

「ラーヴァバッジ、ゲットだぜ!」

「コウガァ!」



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第二十八話『以心伝心! ヨクバリスとギルガルド!』

 シンのバトルを見つめながらアリスは拳を握りしめていた。

 その姿を見て、ポケナー仮面は思う。

 ポケモントレーナーには幾つかの傾向があり、その中でもアリスは間違いなく『戦う者』だ。

 バトルに対する意欲が高く、センスも良い。

 ジム巡りはあくまでもヨクバリスのダイエットの為であり、最終目標はコンテストに出場する事だ。

 けれど、彼女の本能は戦場を求めている節が在る。

 

「ポケナー仮面様?」

 

 もしかしたら、いずれ彼女と戦う日が来るかもしれない。

 

「……次はアリスくんの番だ。がんばりたまえ」

「はい!」

 

 ジムチャレンジに挑むアリスとヨクバリス、ギルガルドをポケナー仮面はカイリキーと共に見守った。

 

 第二十八話『以心伝心! ヨクバリスとギルガルド!』

 

 キャロルジムのジムチャレンジ! それはハンスジムとは全く異なるものだった。

 通されたのは円形の広場で、そこには三つの扉がある。

 トレーナーと二体のポケモンはそれぞれ別の扉を潜らなければならない。

 アリスと離れ離れになる事にヨクバリスとギルガルドは不安そうだ。

 

「ヨクバリスちゃん! ギルガルドちゃん! 離れていても、わたくし達は一緒ですよ!」

「バ、バリス!」

「ギ、ギル!」

 

 励まし合い、断腸の思いでそれぞれの扉を潜る。

 アリスが通されたのは大きなディスプレイの置かれた部屋だ。ディスプレイには地図が表示されていて、ヨクバリスとギルガルドの姿が映し出されている。

 トレーナーはここから指示を出し、二体のポケモンがそれぞれのルートの障害を突破出来るように導かなければならない。

 ポケモン達の方はトレーナーの指示を受けながら障害を乗り越えていくのだが、二つのルートはそれぞれが干渉し合う仕組みになっている。

 ヨクバリスが自分のルートで仕掛けを作動させるとギルガルドの方で仕掛けが動く。逆もまた然り。

 このチャレンジでは一人と二匹の信頼関係が試されるのだ。

 

「行きますよ、ヨクバリスちゃん! ギルガルドちゃん!」

『バリス!』

『ギル!』

 

 アリス達のジムチャレンジが始まった!

 

 ◆

 

 ヨクバリスは部屋に入った直後から密かに燃えていた。

 そこはいつかのアスレチックコースのようになっていたのだ。

 

「バリスゥ」

 

 あの頃のヨクバリスはコースのスタート地点に辿り着く事すら出来なかった。

 見事にコースを走破したカイリキーを褒めるアリスの姿が瞼の裏に焼き付いている。

 あの時の悔しさをバネにして、ヨクバリスは走り始めた。

 

「バリス!」

 

 最初は飛び石渡りだ。

 いきなりの難関だけど、ヨクバリスは果敢に挑もうとした。

 

『待って、ヨクバリスちゃん!』

「バ、バリス!?」

 

 アリスの声に止められて、ヨクバリスは慌てて足を止めた。

 すると、飛び石同士の間に広がっていた隙間が突如埋まってしまった!

 

「バリス?」

 

 首を傾げるヨクバリス。

 すると、不思議な事が起こった!

 

 ―――― ギル!

 

 ヨクバリスの目に別の光景が映り込んだのだ。

 

「バリス?」

 

 ギルガルドの声も聞こえた気がした。

 不思議に思ったけれど、どうしてか温かい気持ちになった。

 

『ヨクバリスちゃん! その先の大岩を動かして!』

「バリス!」

 

 埋まってしまった飛び石エリアを超えて、ヨクバリスは大岩の前に立った。

 かなりの重量だけど、ヨクバリスはゆっくりと押していく。

 

「バリィィィィ!」

 

 大岩の下には大きな穴が空いていた。どうやら滑り台になってどこかへ通じているらしい。

 

『ヨクバリスちゃん、ギルガルドちゃん! その穴を降りて!』

「バリス!」

 

 ―――― ギル!

 

 また、ギルガルドの声が聞こえた。

 

「バリス!」

 

 ヨクバリスはその声に応えながら穴を降りていく。

 

 ◆

 

「ギル!」

 

 ギルガルドは勝手に動き出した(・・・・・・・・)大岩の下の穴を降りていく。

 

 ―――― バリス!

 

 ヨクバリスの声が聞こえる。

 ギルガルドは嬉しそうに暗闇を突き進んでいく。

 暗闇が晴れると、そこは炎のフィールドだった。

 

「ギ、ギル……」

 

 ほのおタイプが苦手なギルガルドは尻込みした。

 

『大丈夫よ、ギルガルドちゃん!』

 

 アリスの声が聞こえてくる。

 

『ヨクバリスちゃん!』

 

 ―――― バリス!

 

 ギルガルドの視界に炎の道が映し出される。

 天井と両側の壁が炎によって満たされている。

 そこを視界の主が進んでいく。

 

 ―――― バリ! バリス! バリスゥゥゥゥ!

 

 難しい事など互いに分かっていない。

 ただ、この道を自分が進めばギルガルドの助けになる気がする。

 そんなヨクバリスの心がギルガルドに伝わってくる。

 

「ギルゥゥゥゥ!!!」

 

 ギルガルドはキングシールドを発動した!

 

『ギルガルドちゃん!?』

 

 ヨクバリスがゴールすれば、ギルガルドの道も開かれる。

 その事はギルガルドもなんとなく気づいている。

 それでも、ギルガルドは炎の道を突き進む。

 キングシールドによってダメージはない。けれど、はがねタイプのギルガルドにとって炎は脅威であり恐怖だ。

 それでも、ヨクバリスの道を作りたくて、ギルガルドは炎の道を走破した!

 

「ギル!」

 

 ―――― バリス!?

 

「ギル! ガルド!」

『ギルガルドちゃん……。よーし、あとちょっとよ! がんばって、二人共!」

「ギル!」

 

 ―――― バリス!

 

 ◆

 

 ゴールは近い。ギルガルドとヨクバリスは次々に仕掛けを攻略していく。

 アリスには分かっていた。

 ヨクバリスとギルガルドが互いの助けになりたくて自分のルートの攻略を頑張っているのだと!

 

「凄いわ! 凄い! ヨクバリスちゃん! ギルガルドちゃん!」

 

 その声をマイクは拾っていない。それでも二匹のポケモンには不思議と伝わっていた。

 

『ギルゥゥゥゥ!』

『バリスゥゥゥ!』

 

 いよいよ最終ステージだ。

 真っ直ぐな道を二匹のポケモンが駆けていく。そして、アリスの前の画面が天井に吸い込まれていき、目の前に扉が現れた。

 アリスが扉を潜ると右からヨクバリスが、左からギルガルドがやって来た。

 

「ヨクバリスちゃん! ギルガルドちゃん!」

「バリスゥゥゥ!」

「ギルゥゥゥゥ!」

 

 二匹に抱きつかれながら、アリスは『チャレンジャー・アリス! ジムチャレンジ成功! 目の前の扉を通って、ジムリーダーが待つバトルフィールドへ移動して下さい!』という音声を聞いた。

 

「ヨクバリスちゃん」

 

 アリスはヨクバリスのほっぺたを撫でる。

 

「ギルガルドちゃん」

 

 ギルガルドの鍔の部分を撫でる。

 

「よく頑張ったわね! 凄いわ!」

「バリス!」

「ギル!」

 

 ドヤ顔を浮かべるヨクバリスとギルガルド。

 二匹を再び強く抱きしめると、アリスは立ち上がった。

 

「行きましょう!」

「バリス!」

「ギル!」

 

 一人と二匹は扉を潜っていく。

 周囲にはグツグツと煮えたぎるマグマが流れ、採掘場のような雰囲気のバトルフィールドが広がっている。

 

「良くぞ参られた、チャレンジャー!」

「ジムチャレンジ攻略、見事也!」

 

 赤い髪の男女がバトルフィールドの向こう側に立っていた。

 男性の方はガイ。

 女性の方はフォークス。

 二人で一人のジムリーダーだ!

 

「我らは心を試す!」

「さあ、君の力を見せてくれ!」

 

 ハイパーボールを構えるガイとフォークス。

 

「はい! よろしくお願い致します!」

 

 アリスが応えると共にヨクバリスとギルガルドがフィールドに入っていく。

 

「いくぞ、ドサイドン!」

「いでよ、ゴウカザル!」

 

 ガイはドサイドンを、フォークスはゴウカザルを繰り出した。

 いよいよ、アリスにとって二度目のジムバトルが始まる!



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第二十九話『VS ジムリーダー・ガイ&フォークス!』

 第二十九話『VS ジムリーダー・ガイ&フォークス!』

 

「それでは! バトル・スタートです!」

 

 審判の声と共に観客席から歓声が上がった。

 いつの間にか観客席には学生達の姿が溢れかえっている。

 

「いきますよ、二人共!」

 

 けれど、アリスの意識は目の前のバトルに集中していた。

 ヨクバリスとギルガルドは注がれる視線と歓声にビックリしていたけれど、アリスの声で意識を切り替える事が出来た。

 

「バリス!」

「ギル!」

 

 ギルガルドがヨクバリスの下へ向かう。

 盾は右腕に、剣は左腕に、

 なんと、ヨクバリスはギルガルドを装備した!

 

「へえ、面白い事をするじゃないか!」

 

 ガイはワクワクした表情で言った。

 

「試させて頂こう! ゴウカザル、ニトロチャージ!」

「ウッキー!」

 

 最初に動いたのはフォークスのゴウカザル。

 炎を纏い、速度を上げながら襲い掛かってくる。

 アリスはゴウカザルとドサイドンを見比べた。

 ドサイドンは明らかに鈍足なタイプ。警戒するべきは飛び道具だ。

 ロックブラスト、がんせきほう、あるいはストーンエッジ。

 いずれにしても、今の距離なら放たれてから届くまでに時間が掛かる。

 ゴウカザルはわざわざ二対一の状況に自ら飛び込んできてくれたわけだ。

 アリスは一呼吸置いた。

 ギリギリまで引き付けてから叫ぶ!

 

「せいなるつるぎ! ジャイロボール!」

「ギル!」

「バリス!」

 

 ギルガルドの刀身に聖なる光が灯る。

 同時にギルガルドを握るヨクバリスが回転を始めた。

 

「ウキッ!?」

「躱しなさい!」

 

 刃付きの凶悪な独楽と化したヨクバリスとギルガルドにゴウカザルは慌てて回避行動に移った。

 

「そこよ! ラスターカノン!」

「ギル!」

 

 聖なる輝きがギルガルドの切っ先に集中する。

 無理な回避行動によって体勢が崩れたゴウカザルの背中にギルガルドのラスターカノンが突き刺さる。

 こうかはいまひとつだが、ゴウカザルの動きは鈍っている。

 

「ヨクバリスちゃん、のしかかり!」

「バリス!」

「逃げるのよ! ニトロチャージ!」

「進行方向にラスターカノン!」

「ウキャッ!」

「ギル!」

 

 飛び上がるヨクバリス。

 ゴウカザルはニトロチャージの体勢に入ったけれど、その眼前にラスターカノンが降り注いだ!

 

「ウキッ!?」

 

 一瞬の空白が明暗を分ける。

 もはや回避は間に合わない。

 

「バリス!」

 

 ヨクバリスののしかかりが決まった!

 

「ウキッ……、ギギ……」

 

 苦悶の表情を浮かべるゴウカザル。もはや体力は風前の灯火だ。

 

「10まんばりき!」

 

 トドメの一撃を繰り出そうとしていたヨクバリスとギルガルドにドサイドンが突っ込んでくる。

 

「速い!?」

 

 鈍重な見た目からは想像もつかない速度で迫ってくる。

 

「そうか、ロックカット! ギルガルドちゃん、キングシールドで防いで!」

「ギル!」

「サイッドーン!」

 

 間一髪、ヨクバリスはギルガルドの刀身を盾と一体になっている鞘へ納め、キングシールドを発動させた。

 ドサイドンの強烈な一撃をキングシールドは完全に無効化している。

 けれど、安心は出来ない。

 ドサイドンはゴウカザルが注意を引きつけている間に万全の態勢を整えていたようだ。

 

「燃え上がれ、ゴウカザル!!」

 

 そして、ドサイドンに気を取られている間にゴウカザルもギアを上げて来た。

 

「ウキャァァァァ!!」

 

 体に纏う炎が勢いを増している。

 

「しまった!?」

 

 アリスはゴウカザルが特性である『もうか』を発動させたのだと気づいた。

 二対一から二対二へ。しかも、相手は二体ともステータスを増幅させている。

 さっきまでの優勢が嘘のように、ヨクバリスとギルガルドは窮地に立たされてしまった。

 

「バ、バリス!?」

「ギ、ギル……」

 

 ヨクバリスとギルガルドは不安そうな声を上げた。

 けれど、アリスの意識はこの局面をどう乗り越えるかに注がれている。

 

「……あの子」

 

 そんなアリスの様子を見て、ガイは難しい表情を浮かべた。

 実の所、ガイとフォークスはアリスの事を知っていた。

 ハンスジムのライザは自分のジムに挑戦してきたチャレンジャーの情報をジムリーダー同士のコミュニティで紹介するスタンスを取っている。

 次に向かったジムでチャレンジャーが更なる躍進を遂げられるようにと。

 加えて、ラルフジムのシドからも連絡が来ていた。

 おかげで彼女が抱えてしまった問題点が見えた。

 楽しいばかりの旅では無かったのだろう。その為に彼女は大切な事を忘れてしまっている。

 

「一度負けておいた方がいいな」

 

 ジムリーダーの仕事はチャレンジャーに勝利する事ではない。けれど、負ける事でもない。

 チャレンジャーが勝てるラインを見定めてギリギリのバトルを行う。それがジムリーダーのバトルだ。

 けれど、ガイは方針を変えた。

 

「フォークス。少し本気でいこう」

「……了解」

 

 ジムリーダーの雰囲気が変化した事にアリスも気付く。

 

「ジャイロボール! ラスターカノン!」

「バリス! バリバリバリバリバリス!」

「ギル! ギルギルギルギルギルギル!」

 

 高速回転を始めるヨクバリス。ヨクバリスに装備されているギルガルドはその状態でラスターカノンを放った。

 本来は単体に対するラスターカノンが無差別な範囲攻撃に変わってゴウカザルとドサイドンを襲う。

 

「ドサイドン、『まもる』だ!」

「ドッサーイ!」

 

 ドサイドンはまもるの態勢に入る。ゴウカザルはその後ろに回り込む。

 迫り来るラスターカノンの嵐をドサイドンが受け止めた!

 

「ギルガルドちゃんを離して!」

「バリス!」

「ギル!」

 

 ギルガルドが凄まじい勢いで射出される。

 一瞬でギルガルドはドサイドンの背後に回った。

 

「ラスターカノン!」

「『ほのおのパンチ』で迎え撃って!」

「『いかりのまえば』!」

「しまっ!?」

 

 ギルガルドのラスターカノンをゴウカザルがほのおのパンチで迎え撃つ。

 しかし、それはアリスの狙い通りだった。

 最初、ゴウカザルがアリス達の意識を引き付けたように、ギルガルドがガイ達の意識を引き付けた。

 ジャイロボールからの射出というインパクトが本気を出したジムリーダーの意識すら奪ったのだ。

 その隙にヨクバリスがドサイドンへ肉薄した。

 ラスターカノンに対してまもるを使ったドサイドンはいかりのまえばに対応する準備が整っていない。

 ヨクバリスのいかりのまえばが決まった!

 

「なんて子だ!?」

 

 ガイは目を見開いた。

 

「落ち着いて! 彼女のポケモンは本気のシドを打倒してる! 忘れたの!?」

「そ、そうだったな……」

 

 戦歴は浅い。けれど、アリスのヨクバリスは弱いポケモンではない。

 今まで、ヨクバリスは自滅以外で負けた事など無いのだ。

 

「まずは一体落とす。ゴウカザル、インファイト!」

「ウキィ!」

「ドサイドン、ギルガルドにロックブラスト!」

「ドッサーイ!」

 

 ゴウカザルはギルガルドに背中を向けてドサイドンに噛み付いているヨクバリスに襲いかかる。

 慌てて口を離したヨクバリス。その隙にゴウカザルの背中を斬ろうとしていたギルガルドへドサイドンがロックブラストを放った。

 

「カウンター!」

「バリス!」

 

 インファイトは攻撃だけに意識を据えた捨て身の攻撃だ。

 それ故に動きは単調。

 グリムシティでエリスのイーブイと共に鍛えたステップでヨクバリスはゴウカザルの攻撃を避けた。

 そして、がら空きになっている懐へ拳を叩き込む。

 

「フレアドライブ!!!」

「ウッキャァァァ!!!」

「バリッ!?」

 

 その直前、ゴウカザルは己を燃やした。

 もうかによって跳ね上がった火力がヨクバリスを焼く。

 

「ヨクバリスちゃん!?」

 

 アリスは悲鳴を上げた。

 至近距離でもうか状態のゴウカザルのフレアドライブを受けてしまった。

 そのダメージは計り知れない。

 

「ウギッ……」

 

 最初に倒れたのはゴウカザルだ。

 すでにギリギリの状態だった為だろう。完全に意識を失っている。

 

「ゴウカザル、戦闘不能!」

 

 審判の声などアリスには届いていない。

 彼女の意識はヨクバリスに集中していた。

 

「ドサイドン! 10まんばりき!」

「ドッサーイ!」

 

 その隙をガイは見逃さない。

 ヨクバリスは未だに健在だ。ダメージは甚大でも、あれだけで倒せるほど、ヨクバリスという種族の防御力は低くない。

 だから、ここでギルガルドを落とす。

 

「ギル!?」

「ギルガルドちゃん!?」

 

 アリスの指示を受けられず、そして、自身もヨクバリスの身に起きた事でショックを受けていたためだろう。

 キングシールドを発動するどころか避ける事も出来なかった。

 はがねタイプが苦手としているじめんタイプの10まんばりきをまともに受けてしまい、ギルガルドは力なく地面に転がる。

 

「ギルガルド、戦闘不能!」

「あっ……、ああ……」

 

 アリスはショックを受けた。

 ギルガルドが倒れたのは自分のせいだ。ちゃんと指示を出してあげなかったせいでこうかばつぐんの一撃を受けさせてしまった。

 

「ヨ、ヨクバリスちゃん……。ギルガルドちゃん……」

 

 立て続けに起きたポケモン達の悲劇にアリスの目の前は真っ暗に……、

 

「バリス!!」

 

 その時だった。

 火傷を負い、瀕死寸前の状態のヨクバリスが声を張り上げた。

 ヨクバリスは涙をこぼしているアリスを見た。倒れたギルガルドを見た。そして、ギルガルドを倒したドサイドンを睨みつけた。

 

「バリスゥゥゥゥ!!!」

 

 ヨクバリスの怒りのボルテージは一気に最高レベルへ到達した。

 

 ―――― ごめんね……。ごめんね、ヨクバリスちゃん……。

 

 脳裏に蘇るグリムシティでの出来事。

 ヨクバリスに難しい事など分からない。それでもアリスが泣いた事は覚えている。

 

「バリス!! バリス!! バリスゥゥゥゥ!!!」

 

 ヨクバリスの体からオーラが放たれた!

 

「なに!?」

「波動!? いや、これは……」

 

 ガイはヨクバリスを見た。他の個体と比べて、明らかに大き過ぎる。けれど、それは食べ過ぎによるものらしいとライザが報告書に記していた。

 けれど、食べ過ぎで大きくなるにも限度がある。虐待紛いの食べさせ方をしなければ、あそこまでの大きさにはならない。

 だから(・・・)、彼女はヨクバリスのダイエットの為に旅に出たそうだ。

 

 それは真実なのか?

 赤の他人が上辺だけを見て判断した結果が『虐待により太り過ぎたヨクバリス』なのではないか?

 もしかしたら、あのヨクバリスは元々普通の個体よりも大きかったのではないか?

 今、ヨクバリスが放っているオーラはその証明なのではないか?

 

「……ぬしポケモン」

「え?」

 

 ガイの言葉にフォークスは目を見開く。

 

「聞いた事があるんだ。アローラではウルトラホールと呼ばれる異次元の力が流れ込む場所があり、その影響を受けたポケモンは特別な力を授かるらしい。そして、そうしたポケモンは群れのリーダーとなって『ぬしポケモン』と呼ばれるようになるんだ」

「……じゃあ、あのヨクバリスって」

 

 ヨクバリスはオーラを自分の中に取り込んだ。

 全てのステータスが二段階上昇し、ドサイドンへ向かっていく。

 

「サイッドーン!!」

 

 迎え撃つべく構えるドサイドン。

 

「バリスゥゥゥゥ!!!」

 

 ヨクバリスのいかりのまえば!

 けれど、その動きは単調過ぎた。ドサイドンはあっさりと回避し、その背中に10まんばりきを放とうとする。

 

「ヨクバリスちゃん!!」

 

 アリスの悲鳴が響き渡る。

 その悲鳴にヨクバリスは嘗て、同族達のリーダーとして敵と戦っていた頃の自分を取り戻した。

 若き同胞に挑まれた決闘で瀕死に追い込まれ、群れを追放され、彷徨い歩いた末に出会ったアリス。

 アリスに介抱され、甘やかされる内に『ほしがる』や『メロメロ』を覚えて忘れてしまった技。

 その技が今、蘇る!

 

「バリスゥゥゥゥ!!!」

 

 アリスを泣かせたくない。

 その思いは必殺の一撃を呼び戻した。

 ヨクバリスのギガインパクト!

 

「ドサッ!?」

 

 10まんばりきを受けて尚発動したヨクバリスの必殺技。 

 こうかはいまひとつだ。けれど、ドサイドンはすでにいかりのまえばを受けている。

 ダメージは甚大だ。

 

「ドサッ……、イドン!」

「バリッ……、バリス!」

 

 互いにギリギリの状態の二体。

 その姿にガイは感動すら覚えていた。

 ここまでトレーナーの為に必死になるポケモンを見たのは久しぶりの事だ。

 トレーナーが指示を出していない状態で、それでも必死に主人の為に戦っている。

 

「ヨクバリス! その精神に敬意を抱く! ドサイドン、10まんばりきだ!!」

「ドッサーイ!!」

 

 最後の攻撃だ。ドサイドンは決死の攻撃を繰り出してきた。

 

「バリ……、ス」

 

 けれど、その攻撃は届かない。

 当たる前にドサイドンが攻撃を止めたからだ。

 

「ドサ……」

 

 ドサイドンは握っていた拳を開き、ヨクバリスを抱きしめた。

 

「……ヨ、ヨクバリス、戦闘不能! よって、この試合はジムリーダーの勝利です!」

 

 審判すら呆然としていた。

 ヨクバリスはすでに瀕死の状態だったのだ。

 それでも、必死に立っていたのだ。

 

「……ヨクバリスちゃん」

 

 アリスは無我夢中でヨクバリスの下へ走って行った。

 近くで見れば、ヨクバリスのダメージの大きさがより明確に分かった。

 酷い火傷を負っている。

 10まんばりきを受けた所のダメージも酷い。

 

「ヨクバリスちゃん……」

「すぐにポケモンセンターに連れて行くぞ!」

 

 フォークスが駆け寄ってきた。

 アリスは動揺しきっていたけれど、必死に頭を働かせた。

 今、何をしなければいけないのか? そんな事は明白だ。

 

「すぐにポケモンセンターに連れて行くからね、ヨクバリスちゃん。ギルガルドちゃん」

 

 アリスは二体をモンスターボールに戻してフォークスに付き添われながらバトルフィールドを飛び出していった。

 残された観客席の学生達は今のバトルの衝撃に感想を言い合う事すら出来なかった。

 それほど壮絶なバトルだった。



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第三十話『かつて王と呼ばれていた甘えん坊』

 むかしむかしの話である。アンデルシティの西に聳えるアンデル・ベルク。その中腹に不思議な光景が広がっていた。

 たくさんのポケモンのたまごが並んでいる。どれ一つとして同じものはなく、親であるポケモンの姿もない。

 おまけにたまごの近くには奇妙な亀裂があった。

 虚空に浮かぶ奇妙な亀裂。そこから青白い光がたまごへ注がれていく。

 

「どうかね?」

「まだ時間が掛かるみたいですね」

 

 一組の男女が近くで話している。

 白衣の女性は書類を捲りながら男性に報告しているようだ。

 

「エーテル財団のDr.ザオボーの研究レポートを参考に作成したウルトラホール発生装置は順調に稼働しています。後はウルトラホールから注がれるエネルギーを受け続けた卵が孵化するのを待つだけです」

「そうか……」

 

 男の方は所狭しと並べられている卵を見回していく。

 すると、一つの卵がピクピクと動き出した。

 ピシピシと音を立てて割れていく。

 不思議な事に、卵の中から卵よりも大きなポケモンが這い出てきた。

 

「グルル……」

 

 ヘルガーだ。けれど、生まれたばかりにしては……いや、他の成熟した同族と比べても明らかに体が大きい。

 

「素晴らしい!」

 

 女は歓声を上げた。

 

「大成功です! 生まれた時から最終進化形態! 通常個体より二回り以上も大きな体躯! 間違いなく『ぬしポケモン』と呼ばれる特別個体と同等の存在です!」

 

 上気した顔でヘルガーに近づいていく女。

 ヘルガーは吠えた。

 生まれ落ちてからの数分のヘルガーの心は怒りで染め上げられていた。

 エネルギー波の影響なのか、ヘルガーは卵の状態から既に意識を持っていた。

 自分の肉体をいたずらに弄ばれた事を理解していた。

 

「グオォォォォン!!!」

 

 一切の容赦なく、ヘルガーはれんごくを女に向けて放った。

 

「あらあら」

 

 けれど、獄炎は女に届く事なく鎮火した。

 

「カメックス、ハイドロカノン」

 

 男はハイパーボールからカメックスを繰り出していた。

 れんごくをかき消したカメックスはそのまま砲身をヘルガーに向けている。

 放たれる究極奥義。

 こうかはばつぐんだ。ヘルガーは吹き飛ばされ、地面を転がった。

 

「次からは孵化直後にダメージを与えて暴れる前に収穫しましょう」

 

 女は困ったように手元の書類へ記述を追加する。

 そして、男はモンスターボールを構えた。

 それが何なのか、ヘルガーには分からなかった。

 けれど、カメックスがハイパーボールから飛び出してくる光景は見た。

 

「グルルルル……」

 

 今の状態では避けられない。

 あの中に閉じ込められたら終わりだ。

 次に生まれてくるポケモンは反抗すら許されないだろう。

 

「アオォォォォン!!!」

 

 ヘルガーはスモッグを周囲に撒き散らした。

 

「……逃がすな、カメックス」

「ガメェ!!」

 

 カメックスがヘルガーに迫る。

 けれど、その前にヘルガーの姿はスモッグに紛れた。

 そして、ヘルガーは最後の力を振り絞り、歩いていく。

 

「グォォォォン!!!」

 

 スモッグが晴れる寸前、ヘルガーは最大威力のれんごくを発動した。

 

「いかん!? カメックス、ハイドロカノン!!!」

 

 男はカメックスに迎撃を命じる。

 

「ガメェ!!!」

 

 迫り来るハイドロカノンにヘルガーは嗤う。

 そして、最後の瞬間までれんごくを発動し続け、ハイドロカノンの威力を下げ続けた。

 

「いけない! 卵が!」

 

 女が焦ったように叫ぶ。

 スモッグが晴れたのだ。ヘルガーは卵の山の前にいた。

 威力が落ちたハイドロカノンが卵の山を押し流していく。

 

「……狙ったのか」

 

 男は慄くように呟いた。

 ヘルガーは再び男に向かってれんごくを放とうとしたが、その前に気を失った。

 

「すぐに回収します!」

 

 女が走り去っていく。

 彼女は有能だ。すぐに全ての卵を回収するだろう。

 男はヘルガーに憐れみの眼差しを向けた。

 

「可哀想に……」

 

 そう呟くと、男はヘルガーにモンスターボールを投げた。

 

 第三十話『かつて王と呼ばれていた甘えん坊』

 

 ハイドロカノンによって押し流された卵の内、大半は白衣の女に回収された。

 けれど、幾つかの卵は奇跡的に魔の手を逃れていた。

 ある卵は付近を根城にしていたバンギラスの群れの庇護下に入り、ある卵は『じわれ』によって発生した断層の底へ落ち、ある卵は偶然通りかかったペリッパーに運ばれていった。

 

「バリス?」

 

 ヨクバリスはペリッパーの口の中で生まれた。

 

「ペリ!?」

 

 ペリッパーの口の中は大変な事になっていた。

 なにしろ、生まれたヨクバリスは通常個体よりもずっと大きい。

 慌てて吐き出したペリッパー。

 

「バリスゥゥゥゥゥゥ……」

 

 落ちていくヨクバリス。

 

「ペリ!? ペリィィィィ!!!」

 

 大慌てで追いかけるペリッパー。

 

「バリスゥ」

「ペ、ペリ……」

 

 間一髪!

 ペリッパー、ヨクバリスの救出に成功。

 口を傷めて産んだ子を危うく死なせる所だった。

 

「ペ、ペリィ……」

 

 けれど、あまり長くは飛べなかった。

 なにしろ、ヨクバリスは大き過ぎる。重さも見た目相応だ。

 よろよろと落下した先はアンデルシティの南に広がる森。

 背の高い木が空を隙間なく埋めている。

 暗闇を照らしているのは不思議なキノコだ。色とりどりの光を放っている。

 

「バリス!」

「ペリィ!?」

 

 ヨクバリス、初めて見る光景に興味津々の様子。

 勝手にとことこ走り出してしまった。

 ペリッパー、いつの間にやらお母さん気取り! 

 ちょっとお待ちよと慌ててヨクバリスを追いかける。

 

「バリバリス!」

「ペリィィィ!」

 

 一羽と一匹の旅は今始まった。

 

「バリス?」

「ガリス!」

「バリス!」

「ホシー!」

「バリバリス!」

 

 そして、一分後に終わった。

 

「バリス!?」

「ペリィ!?」

 

 なんと、そこはホシガリスとヨクバリスの生息域だったのだ。

 

「バリス……」

「ペリィ……」

 

 見つめ合うヨクバリスとペリッパー。

 一羽と二匹の間に数々の思い出が流れる。

 一緒に食事をした。一緒に眠った。一緒に……、一緒に……、

 

「バリスー!」

「ペリィ!」

 

 そんな事は無かったと思いだして、一匹と一羽はあっさりとお別れした。

 

「ガリス!」

「バリス!」

「バリバリス!」

 

 群れはヨクバリスを歓迎した。

 野生では強いモノが偉いのだ。通常個体よりも遥かに大きな体躯を持つヨクバリスはまたたく間に群れのリーダーになった。

 

「バリス!」

 

 ヨクバリスは甘い木の実が大好きだった。

 仲間と一緒に木の実を探して、見つけた木から根こそぎ木の実を奪っていく。

 時には他のポケモンの群れと戦う事もあった。けれど、ヨクバリスは誰にも負けなかった。

 森にはヨクバリスよりも強いポケモンがいなかった。

 だから、やりたい放題だった。

 

「バリス! バリバリス!」

「ガリス!」

「バリスゥ!」

「バリス!?」

「ホッシー!」

「バリバリ!」

「バリス?」

「バリバリバリスゥ!」

 

 お腹いっぱい食べて、眠りたいだけ寝て、追いかけっこをしたり、木登りをしたり、毎日が楽しさでいっぱいだった。

 けれど、終わりの日がやって来た。

 群れの中に見知らぬヨクバリスが紛れ込んだのだ。

 

「バリス?」

 

 新たな仲間を歓迎しようとしたヨクバリス。

 けれど、ヨクバリスはその手を払い除けた。

 固唾をのむ周囲のヨクバリスとホシガリス。

 

「バリス……」

 

 ヨクバリス、同族につれない態度を取られたのは初めてだった。

 ショック! お目々がうるうるしている。

 

「バリス!」

 

 ヨクバリス、なんと決闘を申し込んできた!

 

「バ、バリス!?」

 

 突然の事に動揺するヨクバリス。

 けれど、ヨクバリスには容赦がなかった。

 

「バリス!」

 

 そのヨクバリスはトレーナーに鍛えられた個体だった。

 そして、トレーナーに捨てられた個体だった。

 野生のままでは身につかない力と技でヨクバリスを攻め立てる。

 対するヨクバリスは同族を攻撃する事など出来なかった。

 我儘でやりたい放題だけど、仲間の事は大切だったのだ。

 気づけばヨクバリスはボロボロだった。

 仲間達が庇おうとしたり、助太刀しようとしたけれど、その仲間達が傷つく姿を見ると、ヨクバリスは泣きながら群れを去って行った。

 

「バリ……、スゥ」

 

 楽しい日々が壊れてしまった。

 瀕死寸前までダメージを受けていて全身が砕けそうなほど痛い。

 ヨクバリスは泣き叫んだ。

 

「まあ、大変!」

 

 そして、ヨクバリスは一人の女の子と出会った。

 傷を癒やしてもらって、食べたいだけの木の実を食べさせてもらえた。

 楽しい日々は再び戻って来た。

 仲間の事が恋しくなる事もある。だけど、ヨクバリスは新しい群れを手に入れた。

 

 ◆

 

「……バリス?」

「ヨクバリスちゃん!!」

「バリス!?」

 

 懐かしい光景が終わりを迎え、ヨクバリスは現実へ戻って来た。

 泣きじゃくるアリスにヨクバリスもぐずり始める。

 

「ギルゥ!!」

 

 その隣で寝ていたギルガルドも目を覚まして一緒に泣き始める。

 一人と二匹がわんわん泣くと、近くにいたカイリキーまで泣き始めた。

 護衛の為にいたグソクムシャとカラマネロは困り果て、ピカチュウが電話中のポケナー仮面を呼びに行く。

 

「あらあら、大丈夫?」

 

 そんな中、一人の女性が病室に入って来た。

 白衣を纏った綺麗な女性だ。

 

「……グス、あなたは?」

 

 アリスが涙を拭いながら問いかける。

 

「イバラ。ポケモン博士よ、お嬢さん」

 

 ポケモン博士のイバラ。

 数年前にアローラ地方から移ってきた研究者だ。



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第三十一話『ポケモン博士のイバラ登場!』

 ポケモンリーグ!

 それは最強のポケモントレーナーを目指す者達の到達点である。

 その頂に君臨する者を人々はチャンピオンと讃え、彼に匹敵する四人の実力者を四天王と呼んでいる。

 

「……グスン」

 

 そんな四天王の一人であるレヴィは机を涙で濡らしていた。

 

「……アンタ、今年で二十六歳でしょ?」

「リ、リリアン!? ちょっと、ノックして下さいよ!」

「したわよ!」

 

 彼の私室に入ってきたのは同じく四天王のリリアン。

 この地方におけるNo.2とNo.3である。

 

「そろそろシャキッとしなさい!」

「だ、だって、レイヴン様が行方知らずになってしまったんですよ!? リリアンは心配じゃないんですか!?」

「…………」

 

 リリアンは別に心配していなかった。何故なら、彼はチャンピオンの居所を把握しているからだ。

 

「リリアンの薄情者!!」

「薄情者とは何よ!? まだ何も言ってないでしょ!」

「うわぁぁぁぁん! レイヴン様、いずこにぃぃぃぃ!?」

 

 泣きじゃくるレヴィにリリアンはやれやれと溜息を零した。

 真面目で堅物な上にレイヴンを神聖視している彼に今の変態仮面姿を見せるわけにもいかない。

 とは言え、このままだとレヴィがダメになってしまう。

 

「……仕方ないわね」

 

 リリアンはこっそりと部屋を出てレイヴンに電話を掛けた。

 何回目かのコールで通話に応答した彼は妙にそわそわした声色だった。

 

『リリアン、何か用か!?』

「何か用かって、随分な言い草ね」

『す、すまん。だが、今は少し立て込んでいてな……』

 

 その言葉にリリアンの目が据わる。

 

「……また、フェアリーテイル?」

『いや、違う。アリスくんがジムバトルで負けて落ち込んでしまっているんだ! 今は傍にいてあげたいんだ!』

 

 リリアンは深く溜息を零した。

 どいつもこいつも……。

 

「ジムバトルは負けるのも経験の内でしょ! アリスちゃんの方はポケモン達に任せときなさいよ。護衛はつけてるんでしょ?」

『あ、ああ。グソクムシャとカラマネロとピカチュウに警戒させている』

 

 十分過ぎる……。

 一匹だけでも街一つを容易く制圧出来る猛者達だ。

 

「だったら、ちょっと時間をちょうだい」

『……わ、わかった。火急の要件なんだな?』

「そうよ。レヴィを慰めてちょうだい」

『レヴィ?』

「そうよ! アンタ、電話の一本くらいしときなさいよ! あの子ったら、毎日ベソかいてんのよ!」

『ぐっ……。けど……、その……』

「なによ?」

『正直……、ちょっと苦手で……』

 

 リリアンは眉間に青筋を浮かべた。

 

「苦手で、じゃないわよ! アンタの補佐として長年頑張ってくれてるパートナーでしょ!」

『そ、そうなんだが……、なんというか……、その……、下手に連絡を入れると連れ戻される気がするし……』

 

 情けない声で情けない事を言い出すレイヴンにリリアンは何度目かの溜息を零す。

 

「……アンタ、今年で何歳?」

『ぐっ……』

「三十歳よね? だったら、筋を通すくらいは出来るわよね?」

『……ぅぅ』

「アンタの事情も理解はしてるわよ? アリスちゃんの事も。でも、通すべき筋がある事を忘れるんじゃないわよ! あんまり美しくない事続けるなら、アタシ本気でキレるわよ?」

『わ、わかりました! すぐに連絡を入れます!』

「結構! 言ったからには行動しなさいよ? アタシ、ダブスタ野郎は嫌いなの。知ってるわよね?」

『サーイエッサー!』

 

 やれやれと肩を竦めながらリリアンは電話を切った。

 すると直ぐにレヴィの部屋から「レ、レイウン様!?」という叫び声が聞こえてきた。

 有言実行は実に美しい。リリアンはホッと笑みを浮かべた。

 

「まったく、世話のかかる子達なんだから」

 

 第三十一話『ポケモン博士のイバラ登場!』

 

 レヴィに謝り倒し、なんとか連れ戻されないように言い訳を重ね、自分の居場所がバレないように誤魔化して電話を切ると、ポケナー仮面はヨクバリスとギルガルドが眠っている病室へ戻って行った。

 すると、そこには見覚えのある女性の姿と彼女に縋り付くように眠るアリスの姿があった。

 

「イバラ博士!」

「シー。静かに」

 

 ポケナー仮面は慌てて口を閉じた。

 

「……この子、かなり参ってるわね」

「ええ、ジムバトルの敗北が堪えているようで……」

 

 ポケナー仮面が言うと、イバラはやれやれと首を横に振った。

 

「違うわ、レイヴン。この子はずっと前から心労を重ねていたの」

 

 イバラはアリスの頭を撫でながら言った。

 

「保護者を気取るなら、もっと良く見てあげなさい。私、ガイから連絡を受けたのよ。この子、まるで何かに追い詰められているように焦っているって……。それに、ポケモンが大好きな筈なのに、ポケモンよりも勝利に目がいってしまっているって」

「アリスくん……」

 

 ポケナー仮面は寝息を立てているアリスを見つめた。

 ヨクバリスやギルガルドも彼女を心配そうに見つめている。

 

「話を聞いたわ。フェアリーテイルに追われたり、色々な人に無遠慮な言葉を浴びせられたみたいね……」

「……わ、私は」

「別に自分を責めろとは言ってないわ」

 

 自責の念に駆られるポケナー仮面にイバラはにべもなく言った。

 

「反省しなさいと言っているのよ。それと、もっと早くにここへ来るべきだったわ」

「……それはどういう意味ですか?」

 

 イバラは言った。

 

「このヨクバリスは太り過ぎているわけじゃないのよ。こういう個体なの」

「太り過ぎているわけじゃない……? いや、しかし……」

「レイヴン」

 

 イバラは厳しい表情を浮かべて言った。

 

「大事な話よ。このヨクバリスは『ぬしポケモン』なの」

「ぬしポケモン!? それはアローラの……」

「そうよ。アローラ地方に存在する特別個体。他の地方では確認されていない種よ」

「……ヨクバリスはアローラに生息していない筈です。それに、ぬしポケモンがどうしてルイス地方に……」

「ヨクバリスだけじゃないのよ」

 

 イバラはスマホを操作して幾つかの写真をポケナー仮面に見せた。

 

「確認されているポケモンは他に二体。一体はアンデル渓谷に生息しているバンギラスの群れと共に行動しているジャラランガ。もう一体はエルマの湖で最近発見されたミロカロス。どちらも通常個体と比べて明らかに巨大なの」

 

 それからイバラはジャラランガとミロカロスの詳細なデータをスマホに表示させた。

 

「この二体からウルトラホールのエネルギー波が検出されているわ。そして……」

 

 イバラはスマホをヨクバリスに向けた。

 

「このヨクバリスからも」

 

 そう言うと、ヨクバリスのデータをイバラはポケナー仮面に見せた。

 

「……なんと」

 

 大き過ぎるヨクバリス。

 ポケナー仮面も太り過ぎが原因だと思いこんでいた。

 

「この子の巨体は彼女のせいばかりじゃない。まあ、一度倒れたのは食べ過ぎが原因で、彼女に全く非が無いわけじゃないけど……。でも、その為にいろんな人からいろんな事を言われたみたいね。不憫だわ……」

 

 ポケナー仮面は唇を噛み締めた。

 たしかに、旅の中でアリスはジョーイさんやコンテストのコーディネーターから厳しい事を言われていた。

 けれど、アリスは常に前を向いていた。

 

「……彼女の強さに甘えていた」

 

 辛くなかった筈がない。

 その事をもっと考えてあげるべきだった。

 

「色々と抱えている中でコンテストの一次予選敗退。そして、フェアリーテイルの襲撃。一度は捕まって、痛い目にもあわされたんですって? あなた、そんなの大人だってキツイって分からなかった?」

 

 ポケナー仮面は何も言い返す事が出来なかった。

 

「彼女は戦いに勝たなきゃいけないって脅迫観念じみた思いを抱いていたわ。コンテストで負けて、バトルでも負けたらって……。ヨクバリスがバトルで活躍する姿を見て、バトルでならヨクバリスを輝かせられると考えたのよ。だから、勝利が欲しかったみたいね。そして、そればかりに目がいって、ヨクバリスとギルガルドに無茶をさせた。そんな自分から目をそらす狡さも愚かさも無かったから、余計に背負い込んでしまっていたわ……」

「アリスくん……」

 

 ポケナー仮面は哀しそうにアリスを見つめた。

 何度目だろう。守ると誓ったのに、身も心も守れていない。

 最強のチャンピオンが聞いて呆れる。

 

「……私の研究所にいらっしゃい」

 

 イバラは言った。

 

「この子には休養が必要よ。それに、この子達やあなたにも」

 

 イバラはアリスの頭を優しく撫でた。

 

「可愛いポケモン達に囲まれて、いっぱい遊びなさい。それが今のあなた達に必要な特効薬よ」

「博士……、ありがとうございます」

 

 ポケナー仮面が頭を下げるとイバラは優しく微笑んだ。



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