赤月の雷霆 (狼ルプス)
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第一話

一人の少年が竿と籠を持ち走っている。少年の名は桐生燐、農家の一人息子として生まれ、親からはたくさんの愛情を注がれて生きてきた。だが燐は、心に深い傷跡を残すことになる。

 

「父さん!母さん!ただいま!遅くなってごめん!今日もいっぱい釣れた……え?」

 

 

川へ魚釣りに出かけ、日が暮れる頃に、家へ帰ると、家族は死んでいた。辺りは血塗れで、家の中には人ならざる異形の存在がいた。

 

「父……さん、母さん………」

 

 

そして異形と目が合った燐は、その異形が、町で噂になっている存在“鬼”だと理解した。

 

「クヒヒヒ…丁度いい、餌がまた増えたなぁ、しかもガキ、肉は特に柔らかいからな」

 

 

突然、鬼が襲いかかってきた。親の死に呆然としていたのもあり、逃げるのが遅れた少年は、自らの死を悟った。

 

「(しまった!俺も殺される!)」

 

 

 

ドゴーン!

 

 

次の瞬間、雷の落ちるような音が響いた。いつまで経っても痛みがなかったので燐は目を開けると、鬼の頸がゴトリと鈍い音を立てて落ちた。頸を斬られた鬼の体は、塵となり、崩れながら消滅した。

 

「え…………一体何が?」

 

 

「無事か小僧?」

 

救ってくれたのは俺より少し背が小さく、右足に義足をつけていたお爺さんだった。

 

両親を埋葬し、話を聞くとそのお爺さんは鬼を殺す組織の人間であるらしい。しかし今は引退して育手として隠居をしているとのことだ。

鬼について聞くと、「人間を主食とし、人肉や血に対して激しい飢餓感を覚える」,「 身体能力については、人間を完全に圧倒し、年若い鬼でも容易く石壁を砕く程の怪力と、岩より硬い身体を有する」,「鬼としての年齢を重ねるほど(人を喰らうほど)力が上がっていき、一定を超えると血鬼術を行使できるようになる者もいる」といった事が分かった。

「鬼は、特殊な刀で頸を斬るか日光を浴びせないと死なない」,「その鬼の祖である鬼舞辻無惨が今も鬼を生み出している」という事も……。

そして、お爺さんは身寄りのない俺を引き取ってくれると言うのだ。迷惑をかけると思い断ろうとしたが、俺の心情を察してか頭をぐりぐりと乱暴に撫でてくる。

乱暴だったが、その手は温かく、俺は我慢していた涙を流し声を上げながら泣いた。

 

燐と老人は気づかなかったが、この時、燐の瞳に変化があった。瞳は赤くなり、瞳孔の周りには輪がかかり、更に黒の勾玉模様が三つできたのだ。

 

 

 

俺には二つの選択肢があった。お爺さんが言っていた鬼を殺す鬼殺隊に入るか、お爺さんの紹介で職に就くかだった。俺の答えは、既に決まっていた。

 

「俺は、鬼殺隊の剣士になります。」

 

燐は迷わずに答えた。そしてお爺さんは燐の表情を見て、うむ、と言う様に頷いた。

 

「そうか……お主の覚悟は本物みたいじゃな。名を聞かせてくれんか?」

 

「桐生 燐です。これからよろしくお願いします、えっと……」

 

「桑島 慈悟郎じゃ。これからは『師範』と呼ぶように!言っておくが、わしの修行は厳しいぞ?覚悟はできとるか?」

 

「はい!覚悟は出来ています!これから御指導よろしくお願いします、“師範”!」

 

 

俺は元鳴柱である桑島 慈悟郎師範に弟子入りし、鬼殺隊になるための特訓が始まった。……それから半年が経った頃の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よいか燐、お主は鬼殺の道を選んだ。今以上に辛いことや苦しいことが沢山ある。その中で心を折られるかもしれん。しかし、どんな事があろうとも……諦めるな」

 

師範の一言を噛み締めながら胸に刻む。諦めるな……か。俺はここで折れるわけにはいかない。

 

師範には大きな恩がある。修行内容はキツイが……やるしかないんだ、これが俺の選んだ道だから。

 

 

 

ここからは日記で修行内容を記そうと思う。俺は農家生まれだが、家系の事情で読み書きが出来る。因みに家系は父さんからの方だ。

 

 

 

○月♡日

 

師範の主な修行内容は、朝起きて基本的な体力づくりの走り込み。空気の薄い山中で死ぬほど走らされる。師範が良いと言うまで山を下ることは許されない。この広い山中、師範は走りが終わると俺を必ず見つけてくる。

加えて、鬼殺隊がほぼ習得している呼吸法を用いながらの集中力も求められるため、体力をごっそり持っていかれる。

 

 

 

数刻の時間をかけて走り込みを終えた後は、食事の休憩を挟んでから、木刀の素振り。

足の次に腕を痛めつけに来る。しかし、

 

「997!99──いてっ!」

 

「太刀筋が歪んどる!」

 

このように少しでも太刀筋が歪めば師範から拳骨が飛んでくる。師範の拳骨は凄く痛い。初めて殴られた時、「何で殴るのですか⁉︎」と聞いたら、「愛ある拳じゃ!」という回答を賜った。俺は「何故そこで愛⁉︎」とツッコんだ。疲労で太刀筋が歪み、師範から拳骨が落とされ、痛みで太刀筋がさらに歪み、また拳骨の繰り返しだった。

 

 

 

○月△日

 

ようやく素振りを歪まずに千回振れるようになった。

 

「999!1000!」

 

「ようし!更にそのまま1000回追加じゃ!」

 

「っ、はい!」

 

素振りが上手く行っても、回数を倍に追加される地獄が待っていた。

 

 

 

⭐︎月×日

 

今日から真剣をもっての修行に入る。刀を携え、いつものように山で走り込みをする。しかし刀を持った状態ではかなり走りづらかった。鞘を木々にぶつけてしまうので慣れるのに苦労した。

 

刀の握り方や振り方などを教わり、ある程度形になった後、刀を持って師範を斬るつもりで挑む。しかしあの小さな体のどこに力があるのか、俺は投げ技で倒され、やられるがままであった。しかし、やられ続けるうちにどんな状態でも受け身をできる様になった。

 

 

 

△月×日

 

今日から鬼殺隊に必須である特殊な呼吸法の鍛錬……“全集中の呼吸”というものを会得しないと話にならないらしい。また、師範が現役でも使用していた雷の呼吸という剣技や呼吸法を会得しなければならない。ただ人によって呼吸は適性があるらしい。

これが一番キツかった。肺なんて意識した事ないし、今までにないくらい肺は痛み、心臓はドクンドクンとうるさいくらいに聞こえる。しまいには耳から心臓が出てきそうな感覚だった。

 

師範の壱ノ型である霹靂一閃を見せてもらったが、雷が鳴り、まるで瞬間移動したかの様な動きだった。

見た当初は本当にお年寄りのお爺さんなのか?引退したのか、あの人?まだ現役じゃないの?と思ったくらいだが、あれでも現役時代より劣っていると言うくらいだ。未だ鬼殺隊の常識が身に付かない自分だった。

 

 

⭐︎月⭐︎日

 

鍛錬を始めてしばらく経ち、俺は鍛錬をする為、夜中に外出するが、何故か仕掛けられていた落とし穴に落ちてしまった。

 

「な、なんだこれ?」

 

そして師範に見つかり説教に加え拳骨をくらった。

 

どうやら隠れてやっていた鍛錬を怪しんだ師範が、小屋付近に落とし穴を作っていたみたいだ。俺は何度か鍛錬をする為、抜け出したが師範にはお見通しだったみたいで、鍛錬していた場所にいつの間にか待ち伏せされたり、小さな体に似つかわしくない圧倒的速さで俺を捕らえたりされた。

そして愛(拳骨)をくらう。

 

「全く、お主は……!真面目なのは良いが、休む時はしっかり休め。休むことも鍛錬の一つじゃ」

 

 

師範の言われた事に納得するしかなかった。人生経験の長さ故か、その言葉に重みを感じたのだ。そして、師範と話すときは必ず目を離さず、まっすぐに向き合って話す。

 

「……ごめんなさい、師範」

 

「わかればよい。ならばさっさと家に戻って寝ておれ」

言い終わると、杖で背中を叩かれた俺はきた道を師範と一緒に引き返していく。

 

 

 

 

 

「フゥー、ある程度形になってきたぞ」

 

燐は木刀を下ろし息を吐く。燐は師範に言われた様に休む時はしっかり体を休め、鍛えられる時は鍛錬をするようになった。

燐は現在雷の呼吸の六つの型全てを習得し、現在ある型を師範にばれない様に秘密に編み出している。

 

「(霹靂一閃は流石にまだ師範には程遠いが、やはり練度や場数もあるんだろうな。神速でギリギリ同じくらいだって言うのに、師範が神速を使ったら、一体どのくらいの速さなんだ?)」

 

時々、鍛錬内容が変わり、遊びであるような鬼ごっこをすることがあった。俺が逃げる方で師範が鬼……しかし初めてはほんの僅かな時間で捕まった。

 

あれは老人がするような動きじゃない、鬼殺隊だった人はみんな歳をとってもあんな感じなのだろうか。おかげで霹靂一閃の応用で移動技を習得できた。

 

 

最近思いついた個人鍛錬は、肺を鍛え、全集中の呼吸を持続している状態で、走り込みや素振り、腕立て伏せ、川で泳いだりしている。

なんと、これがかなりの効果があったのだ。最初は全集中を維持するのがキツかったが、やり始めて数週間も経てば長時間維持できるようになってきた。体力の向上や動きが今までより格段に上がってきているのがわかる。今は寝る時も常に維持できるようになり新記録を出している。

 

勿論、型の鍛錬は怠っていないし、師範との修行も手は抜いていない。

 

「(全集中を常時維持……なかなか良い効果だ。長く走っても疲れづらくなったし、技も長時間繰り出せるようになった)」

燐は瞑想をしながら全集中を維持しており、体中に空気を巡らす。

 

 

「ほぉ、瞑想か……感心じゃのぉ、燐」

 

「うわぁっ⁉︎し、師範⁉︎お、驚かさないでくださいよ!」 

 

 

慈悟郎の突然の声に驚き、燐は危うく全集中を乱す所だった。

 

「いやぁ、すまんすまん。しかし、ただ瞑想をしていただけではなかったようじゃが」

 

「は、はい!全集中を維持しながら瞑想をしていました」

 

「そうかそうか……ん?お主いま、全集中を維持していると?」

 

「は、はい、自分なりに考えて鍛錬をしていたので……もしかして、やってはいけないことでしたか?」

 

「いや、お主がやっていた全集中の維持は“全集中・常中”と言う。まさか独学でやり遂げるとは……!儂、驚いちゃったぞ」

 

「“全集中・常中”……」

 

「燐よ、今……どれくらい続いておるのだ?」

 

「えっと、昨日からです。寝ている時間を含め、今まで維持できています」

 

「一年でここまで……よし!燐、“これから”は指導を厳しくする。儂の全てを叩き込んでやるから覚悟せい!」

 

「えっ、本当ですか!?(『これから』?)」

 

「先ほど言ったように、今までの修行より何十倍もキツくなるぞ、良いか?」

 

「はい!覚悟の上です!必ずやり遂げて見せます!」

 

そして時は最終選別へと移る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二話

やぁ、諸君!儂は元鬼殺隊鳴柱 桑島 慈悟郎じゃ。

 

現役の時、片足を失い引退して今は“育手”として弟子を鍛えとる。

 

 

二年前、偶々通りかかった所、鬼の気配がし、急いで向かえば、一人の子供が鬼に襲いかかっておった。儂はその少年を助けた。それが、今修行をつけている桐生 燐との出会いじゃよ。鬼を斬った後、声を掛けたが、返事はなく、悲しんでおった。燐の家の中を見ると、そこには変わり果てた燐の両親の姿があった。

 

埋葬を手伝っている際、燐の瞳からは涙が出なかった。我慢やら現実を受け入れられないやらで、心を乱した状態だったのじゃろう。

 

儂は燐の頭を強引に撫でた。燐は感情が抑えられなくなったのか……やっと声を上げ大粒の涙を流し泣いた。儂は燐を抱きしめ、気が済むまで泣かせやった。

 

その悲しみが、前に進むための一歩となることを信じてな。

 

そして燐は、儂が与えた選択肢の中から迷わず鬼殺の道を選んだ。あの年でいい目をしておったのは今でも忘れはせん。

 

あれは……

 

 

 

 

 

 

 

 

決して消えない火の意志を宿した瞳じゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

稽古を始めてから一年近く、燐は着実に成長しておる。

 

現役の時の儂なんて、経験さえ積めば、いずれは追い抜かされることは間違いないじゃろう。儂の言ったことをしっかりと取り組んで真面目に鍛錬をしておる。

しかし真面目が故、無理をして身体を壊すことが心配じゃわい。以前は儂が止めるまで夜中抜け出して鍛錬をしておったわ。

 

燐は努力を怠らない。そんな姿勢に儂は感心するしかなかった。今までの奴は逃げ出す者ばかりじゃったが、此奴は逆じゃった。言われた事はしっかりやる。指摘したら、話はしっかり聞き、改善していく。

 

ある時、模擬戦で燐と相手をしており、何度も何度も燐は負けるが、それでも燐は、

 

「もう一本……お願いします!」

 

何度も立ち上がりしっかり食らいついてくる。

 

その姿勢がうれしくて、儂も現役の時を思い出し、取り組んだ。久しぶりに高ぶる感情に口角が上がるのが抑えられん。じゃが、気になることが一つだけある。

 

「燐の使う雷の呼吸の色、何故蒼色なんじゃ」

 

先ほどの打ち合いで、少し切れてしまった自分の羽織をみてそう呟いてしもうた。燐の放つ雷が通常の色と違うのじゃ。

 

雷の呼吸の適性があるのは確かじゃが、不思議で仕方がない。

 

燐は独自で全集中の呼吸・常中を行なっており儂を驚かせる。本当に良い弟子を持った。

 

前は、丸太を背負いながら素振り、走り込みや腕立て伏せをしていた時は驚いた。

それだけではない、燐自身、自覚をしていないが、太刀筋が速すぎるのだ。普通の者では目視できないじゃろう。

 

 

今の燐は柱以下か柱に近い実力者以外の剣士や鬼には無傷で勝利を収めることができるだろう。元とはいえ柱の儂と打ち合える時点で実力が高いことがわかる。子の成長とは早いものじゃ。

 

 

 

 

「燐の瞳が時折赤くなっているのは気のせいじゃろうか」

 

儂は、燐が素振りをしている姿を、お茶を飲みながら眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇二年後

 

 

 

 

 

「師範、お時間よろしいでしょうか?」

 

「ん?なんじゃ、燐」

燐が改まった雰囲気を出している。

 

「お見せしたいものがあります。いつもの場所に来てもらってもよろしいでしょうか」

いつもの場所とは、いつも修行をしている場所のことだ。何やら重要なことなのは確かだった。しかし慈悟郎は、この後驚く事になる。

 

 

 

 

そして目の前には大岩があり燐は刀を構える。見たところ普通では斬ることは不可能な岩だった

 

そして、

 

 

 

「雷の呼吸 漆ノ型」

 

両親を鬼に殺され、身寄りのない俺を無条件で弟子にしてくれた師範への恩返しの為、いつしか師範を超えるための型……

 

 

──雷切り

 

抜刀して斬りつける剣速重視の型…その剣速は優れた精密さを誇り、音を立てずに頑丈な大岩を容易く斬りつける。燐は刀を鞘に納刀すると雷鳴がなり岩が真一文字に斬れた。

 

師範は持っていた杖を離し、信じられない表情をしていた。

 

「し、信じられん……新たな型を生み出すとは!」

 

「自分だけの型を編み出してみました。師範に恩返しをする為、師範の教えられた事の全てを、この一振りに込めました」

 

師範に隠れて編み出すのは苦労した。手は傷だらけで、最初は慣れないことをしていたため身体中筋肉痛になったが、師範はその時は修行で出来た怪我だと勘違いしていたのが幸いだった。

 

「見事じゃ、燐。よくぞここまで頑張った」

 

師範は涙を流していた。ごつごつした手が俺の頭をぐりぐりと乱暴に撫でる。

指導の時はいつも殴っていたその手は、あの時助けてもらった時と同じでとても温かかった。俺も嬉しさのあまり涙がこぼれた。

 

 

この日、俺は全ての修行を終えた。

 

 

 

 

最終選別前

 

最終選別の準備の際、師範から刀身に黄色い稲妻模様のある日輪刀をもらった。この刀はあの日俺を助けてくれた時に使っていた刀らしい。

 

次に師範から風呂敷を手渡され、解くと師範と同じ三角模様の羽織があった。しかし師範と同じ黄色ではなく、羽織の色は白だった。

師範に色について聞くと、なんと俺の為に頼んでおいた羽織とのことだ。

凄く嬉しかった。大切な物がまた一つ増えた、大事にしていかないと。

 

 

 

 

 

 

そして出発前

 

「準備は出来たか……燐」

 

「はい…準備は万端です、師範。後は今まで教えてもらったことの全てを出し切るだけです。」

 

師範にもらった羽織を着込み、刀を腰に差し、最終確認をする。

 

 

「お主の実力であれば生きて帰れる確率は高いだろうが、じゃが…言わせてくれ。燐、必ず……生きて帰ってこい」

 

 

そんなふうに言われたら、俺が言うのはただ一つだ。

 

「はい、行ってきます…師範!」

 

燐は笑みを浮かべて藤襲山へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、藤襲山………」

 

 数時間後、燐はようやく藤襲山に辿り着き、設置されている階段を上っていた。

 

「凄い……これだけ咲いている藤の花は、はじめてだ。でも変だな……」

 

燐は幻想的な光景に目を奪われる。あたり一面凄い数の藤の花に驚きを感じる。しかしまだこの花が咲く時期は迎えていないのだ。一体、どうやって育てているのだろうかと考える。

 

「(確か藤の花は鬼除けの効果があるって師範が言ってたな。多分この量の藤の花だと、鬼にとっては牢獄になってるのか)」

 

藤の花が咲き乱れる石階段を上り切ると、そこには俺以外にも多くの人がいた。

 

歳は俺とそう変わらないぐらいの面子が、腰や背中に刀を携えている。一目で彼らも鬼殺隊への入隊志願者なのだと分かった。

 

「(それなりに鍛えているみたいだが、大丈夫なのか…こいつら?)」

 

全員を見渡し、俺はふとそんなことを考えた。

 

師範が言うには、鬼殺隊への入隊志願者は多いのだが、それでも志願者のうち大半は、この最終選別で落ちるそうだ。

 受かるのは二人か三人、酷い時は合格者が零人なんてこともあるらしい。

 

 

しかし数年前、一人の剣士を抜かし全員が生き残った異例もあったらしい。

 

 

ふと蝶みたいな髪飾りをつけた女の子が目に入る。燐の視線に気付いたのか頭を少し下げ会釈してしてくる。燐は突然のことだったが自身も会釈を返した。蝶の髪飾りをした女の子は周りとは違い強者の感じがした。

 

「(あの女の子、周りとは違って相当な鍛練を積んだのだろう……気配が違う)」

 

「(なんだろう、あの人…他の人と違って不思議な感じがするわ)」

 

 

 

 

 

燐は始まるまで柱に寄りかかり目を瞑り待っていた。

 

 

「──刻限になりました。では、まずご挨拶を。皆さま、今宵は最終選別に集まっていただき心より感謝を」

 

 

凛とした声を発しながら姿を見せたのは、日本人とは思えない美しい白髪と漆のような瞳を持ち天女の様な神秘的な美しさを纏う女性だった

 

 

 「この藤襲山には鬼殺の剣士様方が生け捕りにした鬼が閉じ込められておりますが、外に出ることはできません。山の麓から中腹にかけて鬼が忌避する藤の花が一年中咲き乱れているからでございます」

 

 「鬼が閉じ込められている」という言葉を聞いた途端、場の空気が一段と張り詰めたものになった。この場に居る大半は、鬼の脅威を、身を以て知っている者ばかり。だからこそ、緊迫した空気を出さずにはいられない、鬼という恐怖に打ち勝つために。

 

「そして、ここから先、藤の花は咲いておりません。故に鬼共がその中を跋扈しています。この中で七日間生き抜く──それが最終選別の合格条件となります」

 

 ガチャリとそこかしこから日輪刀の鞘を握る音がする。それから一人、また一人と歩を進めはじめる。

 

「では、ご武運を」

 

燐は、胸に手を当て、ゆっくり深呼吸を行い、

 

「よし……行くか」

 

大口を開けて待っている鬼の巣窟へと歩み始めた。

 

長い夜が始まる──

 

 

 

 

 

 

鬼が徘徊する山の中に入る前、藤の花を切り取り懐に入れ、危険地帯に足を踏み入れる。俺は身を隠しながら奥へと進む。

 

ここからは、油断は一切許されない。師範が言うには今の俺の実力で生きて帰ってこられる確率は高いだろうと言っていたが、慢心も油断もするつもりはない。

 

 

「人間だァーーー!!!」

 

 

走ってると、木の影から一体の鬼が不意打ちを仕掛けるかのように唐突に飛び掛ってきた。

 

 俺は敵意のある気配を素早く察知し余裕を持ち飛び掛ってきた鬼の攻撃を避ける。

 

 「大人しくクワレロォォォォォォ‼︎人肉ゥゥゥ!!」

 

 

飢えているのか、鬼は再び燐に向かっていく。

 

ここにいる鬼は皆、こんな感じなのだろうか。

 

数年前は怯えていただけだが、今は違う。

 

 

「害があるなら……斬る」

 

そして燐は前傾の居合の構えをとる。

 

シュゥゥゥゥウウッと燐は深く全集中の呼吸をする

 

「雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃」

 

 

一瞬で鬼との間合いを詰めて、すれ違い様に一閃する。燐は既に刀を納刀した時には、鬼は頸を斬られていた。シュウウウと、灰と化していく鬼を眺めながら彼は息を吐く。

 

 今までの師範との修行は一切無駄では無かったということを実感した。修行内容を思い出すと頭が痛くなる感覚がする。師範に毎回頭を殴られる光景が浮かんだ。

 

「ははっ、思い出すだけでも頭が痛いな。鬼を倒したからと言って気は抜けない、少し移動するか」

 

燐はその場から移動を再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は胡蝶 カナエ。私も今回の最終選別に参加しているけれど、

 

「……妙だわ」

 

さっきの場所よりも空気が違う。ここまで鬼を数体斬ったが、それ以降、鬼の姿を見ていない。

 

あまりに静かすぎて……

 

「(余計に気味が悪いわ)」

 

 

「ほぉ……今度は女か」

 

私は反射的に声がした方から距離を取り刀を構える。

 

 

すると現れたのは、大きな異形……肌は暗い緑色で、無数の手が頸を隠すように巻き付いているおぞましい姿をした鬼だった。

 

“手鬼”……そう言った方が正しいだろう。

 

 

 

明らかに人を食べた数が二人、三人じゃすまない。十以上は食べているのは確実と思える個体だ。 

 

「(この鬼はもう……話して仲良くできるような鬼じゃないみたいね。油断すればこちらがやられる)」

 

異形の鬼からその頸に巻き付いている手の数本が私に向けて射出された。

 

「(花の呼吸 伍ノ型・徒の芍薬)」

 

伸びた腕を斬りはらうが、向かってくる腕の数はどんどん増えてくる。私は迫った腕を回避して距離を取った。

 

 

「(腕の数が多すぎる……それに、再生速度が他の鬼と比じゃない。長期戦は避けた方がいいわね)」

 

 

「お前、やるなぁ。さっき一人食ったが、大したことなかったのになぁ」

 

「(落ち着け、鬼の腕はそこまで硬くはない。距離をとって伸びた腕を回避し続けると体力を消耗する)」

 あの手鬼の腕を掻い潜り、頸を直接斬りに行くのが得策だろう。

 

 

「女は肉が柔らかいからなぁ、楽しみだ。」

 

「(呼吸を乱してはダメ。奴の言葉に乗って取り乱せばこの鬼の思うつぼ)」

 

「鱗滝の弟子の姿がないからなぁ。今回も狐面の狩りを楽しみにしてたのに残念だぁ」

 

「(鱗滝?……おそらくこの鬼は、鱗滝という剣士にこの山へ閉じ込められた。そして鬼の言っていた『狐面』はその人の弟子、この鬼はそれを目印に今までその人の弟子を殺してきたの)」

 

流石の私も頭に来たけど、その感情を無理矢理抑え込む。そして全集中の呼吸を行った。

 

 

「(全集中・花の呼吸 陸ノ型・渦桃)」

 

踏み込むと、やはり手鬼は無数の手を私に向かって放ってきた。まず、私はその手を斬り裂く。

 

手鬼は大きいため、頸を狙って跳躍する。そして、空中で限られた中、体をひねりながら鬼の手を斬り落とす。

 

私は手鬼の腕を足場に利用し、遂に頸まで接近した。

しかし、私を捕まえようと更に他の腕を伸ばしてくる。

 

 

「(花の呼吸 弐ノ型・御影梅)」

 

自分を中心とした周囲に向けて、無数の連撃を放ち、数多の腕を斬り裂いた。

 

そして飛び上がり、鬼の眼前まで接近できた。

 

「(捉えた!)」

 

全集中

 

一花の呼吸 肆ノ型・紅花衣

 

 

 

完全に頸を斬れると思った刹那、私は別方向へ吹っ飛ばされてしまう。

 

「カハッ!?」

 

突然脇腹に衝撃が走る。衝撃の走った方を見ると、手鬼の手が地面から突き出ていた。

 

「(地面から腕を!?あの腕は地面すら移動出来たの!?)」

 

私は地面に落ち山の斜面を滑る。意識はあるけど、先程の一撃はかなり効いた。

 

 

「ゴホッ!ゴホッ!」

先程の衝撃でむせてしまう。その為呼吸が疎かになってしまった。

 

 

「(落ちつけ、呼吸を整えろ!刀は離していない。生きて……しのぶの元に絶対に帰るんだ!)」

 

「しぶといなぁ〜、だったらこれはどうだァ?」

 

「ッ!しまっ……」

 

いつの間にか伸びた腕が私の足をつかんでいた。

 

「それ、飛んでけ」

 

「…グッ!」

 

痛い。殴られた脇腹も、投げられて打ち付けた背中も痛い。

 

打ち所が悪かったのか、意識が朦朧とし始めた。

 

「う……ううっ」

 

身体が上手く動かせず、再び私の体が持ちあげられた。腕に力が入らず、刀を手放してしまう。地面を離れ、使うことすら適わない。

 

 

「頭を潰した後、腕と足を引きちぎって、少しずつ食べよう。」

 

手鬼はおぞましい笑みを浮かべる。鬼になる前は私達と同じ人間だったはずなのにどうしてこうなってしまったのだろう。

 

鬼と仲良くしたい……そんな考えを持っている私は鬼殺隊にふさわしくない人間なのだろう。

 

しのぶから怒られちゃうんだろうな、「もう、姉さんはいつも甘いんだから!」って。

 

 

「(しのぶ……ごめん。姉さん、約束守れなかった。ごめんね)」

 

 

私は死を覚悟した。

 

 

 

でも、

 

 

 

 

 

ドゴーン‼︎

 

 

雷が轟く音が辺りに鳴り響いた。

 

次の瞬間、青色の稲妻が迸り、私の腕を掴む鬼の手は一瞬にして斬り払われた。すると誰かから抱えられる感覚がした。

 

その手は安心するくらい温かかった。

 

「良かった……何とか間に合ったみたいだ」

 

目を開け、私を抱えた人物を見ると、安堵した表情で男の子が見つめていた。

 

この男の子は試験前に顔を合わせた、あの不思議な感じがした男の子だった。

 

近くで見ると、綺麗な黒曜石のような瞳だった。

 

 

そして彼は、私が無事なのを確認するとゆっくり降ろした。

 

「本当に異形の鬼みたいだな」

 

よく見るとこの人、汚れと傷がない。私でも一日で傷や汚れがあるのに、この男の子からはそれが一切ない。

 

「わざわざそっちから食われにくるとはなぁ……馬鹿な奴だ。お前も食えば少しは腹も膨れるか」

 

「お前にやられるつもりはない。この山から抜け出せずに、『主』を気取って慢心しているただの馬鹿にはな」

 

この状況で彼はあの鬼を馬鹿呼ばわりしている事に驚きを隠せなかった。

 

「はぁ!?殺す!!絶対に殺すぅぅぅぅ‼︎」

 

鬼の逆鱗に触れたのか、先ほどのように視界を埋め尽くすほどの手を彼に差し向ける。

 

私はすぐ落ちた刀を拾いを構えるが、

 

「お前は下がっていろ。後は俺に任せてくれ」

 

不思議と彼の言葉に安心する感覚がした。その場から距離を取り、遠くから見ていたが、彼の背を見ていると、何だが安心できた。

 

わからないけど、彼には、私を安心させる何かがあった。

 

 

すると、視界を覆うほどの無数の腕は一瞬の稲妻によりすべて斬り払われていた。

 

「えっ!?」

 

私は彼が何をしたのかわからなかったのだ。

 

彼を見ると、納刀された刀の柄を握っていた。

 

「(まさか、一瞬にして斬ったの⁉︎)」

 

 

「………」

 

シィィィィィィ

 

彼から、呼吸音が漏れ出る。

 

 

「雷の呼吸 壱ノ型」

 

 

「何なんだぁ、その赤い眼はぁぁぁ……決めた!お前はじっくり痛ぶってバラバラにして喰い殺してや……………る?」

 

赤い眼?彼の瞳は黒の筈。

 

前傾の居合の構えをし、瞬きをした瞬間、彼は私の目の前から姿を消した。

 

 

「霹靂一閃・神速」

 

 

声が鬼の背後から聞こえた。それと同時に、パチン!と納刀する音が聞こえゴトリと鬼の頸が落ちた。

 

「…………」

 

目を疑った。何が起こったかもわからなかった。一瞬にして姿を消し、鬼の頸を斬り落とした。速すぎて、彼の姿を視認することすらできなかった。

 

 

頸を斬られた手鬼は消滅し始める。

 

「な、何故だァッ⁉︎いつの間に俺の頸をォォ⁉︎俺の頸は無数の腕で防いでいた筈だ⁉︎」

 

 

頸を斬られた鬼は、体を灰にしながら嘆いていた。しばらく嘆いていると、静かになり、鬼は突然、彼に手を伸ばす。

 

彼は、鬼に近づき鬼の手を握った。握った彼の表情はとても優しくて、温かさを持っていた。

 

「大丈夫、君のお兄ちゃんは向こうで待っていてくれているはずだ。だから……だからもう怖がることはない、大丈夫だ」

 

 

消える寸前、手鬼の目からは涙がこぼれていた。そして、

 

「あ…りが……と…う……お兄ちゃん」

 

彼に感謝する様に、そう言ったのだ。この鬼も、きっと辛い過去があったのだと思うと、心が痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

鬼が消滅するのを見届けた後、彼を見ると…黒曜石のような瞳から、涙を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇燐視点

 

俺は鬼を斬りながら移動していた。正直言って拍子抜けもいいところだ、師範との修行がまだ辛いと思うくらいに……いけない、その気の緩みが危険なんだ。もっと気を引き締めないと。

 

すると周りから三体の鬼が襲いかかって来た。

 

「雷の呼吸 陸ノ型・電轟雷轟」

 

周囲にギザギザした青色の雷が無数の斬撃を繰り出す。鬼は斬られ灰となり消滅する。

 

刀を鞘に納め、周りの気配を探るが鬼の気配はしない。

 

 

すると、目の前に1人の参加者が絶望に陥ったような表情で走っていた。

 

「何で大型の異形がいるんだよ!!聞いてない、こんなの!!」

 

「大型の異形?おいお前、大丈夫か。何があったんだ?」

 

「こ……この先に大型の鬼がいるんだ! 距離はそう遠くないはず、お前も早く逃げたほうがいい!食い殺される!」

 

俺は他の参加者の指さす方向へと何も言わずに疾走した。高速で森の中を駆け巡る。

景色が高速で後方へと吸い込まれ続け、そして走り続けその景色は、見えた。

 

今にも異形の鬼に握りつぶされそうな、蝶の髪飾りをした少女の姿が、その少女が涙を流していた姿がはっきりと、見えた。

 

 

「雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃」

 

──八連

 

俺は一瞬にして異形の鬼に接近し、無数の手を斬り裂き、少女を抱え地面に着地する。

 

「良かった……何とか間に合ったみたいだ」

 

少女は俺を見つめていた。正直言うと、綺麗な子だなと思った。

 

あちらこちら傷だらけだったがかすり傷程度で済んでいる。俺は無事なのを確認すると蝶の髪飾りの少女をおろす。そして目の前にいる異形の鬼に目を向ける。

 

「本当に異形の鬼みたいだな」

 

不思議と頭はすごく冷静だった、おぞましい姿をしているのに恐怖は感じない。

 

「わざわざそっちから食われにくるとはなぁ……馬鹿な奴だ。お前も食えば少しは腹も膨れるか」

完全に舐められた言い方をされた。挑発のつもりだろうが、気配で何を考えているか丸分かりだ。

おそらく煽りに乗った拍子に呼吸を乱すつもりだろう。

 

それなら……

 

「お前にやられるつもりはない。この山から抜け出せずに、『主』を気取って慢心しているただの馬鹿にはな」

 

 

 

 

 

「はぁ!?殺す!!絶対に殺すぅぅぅぅ‼︎」

 

やはり煽られるのには弱かったようだ。異形の鬼は視界を埋め尽くすほどの手を俺達に差し向ける。蝶の髪飾の女の子は落ちた刀を拾い構えるが、

 

「お前は下がっていろ、後は俺に任せてくれ」

 

そう言うと、蝶の髪飾りの女の子は素直に指示を聞いてくれた。

 

「(……奴の腕の動きが正確に見える。どうやら手を自在に動かせるみたいだな。だが、対処できないほどではない)」

 

視界を覆うほどの無数の鬼の腕を俺は刀を抜刀しすべて斬り払って納刀した。

 

 

 

 

「お主の太刀筋は普通の者より速すぎるのじゃ。おそらく柱やそれに近いの実力者でしか目視は難しいじゃろう」と師範のお墨付きだ。

俺は無言で鬼を睨みつけながら全集中の呼吸を行う。

 

しかし異形の鬼は何故か俺の目が気に入らないのか怒っている様子だ。

 

 

「雷の呼吸 壱ノ型」

 

 

 

「決めた!お前はじっくり痛ぶってバラバラにして喰い殺してや……………る?」

 

 

 

「霹靂一閃・神速」

 

鬼の頸を斬り、納刀すると、鬼の頸に巻きついていた腕ごと落ちた。

 

 

 

 

「な、何故だァッ⁉︎いつの間に俺の頸をォォ⁉︎俺の頸は無数の腕で防いでいた筈だ⁉︎」

 

鬼は体が灰になるのが認められないのか嘆いている。頸を斬ってなお動いている。しばらく嘆いていたが、すると驚くほど静かになり、鬼は何かを思い出したかのような目をし、俺に手を伸ばしてくる。

 

今の異形の鬼からは邪悪な気配は感じられなかった。とても悲しくて、寂しそうな、兄を求めて泣きじゃくる子供のような気配だった。

 

「(そうだよな、鬼だって…元は人間だったんだ。この鬼もきっと、悲しい思いをしたんだろな…………いくら人に害をなす存在いえ、俺は……人を斬ったことには変わりはない、俺がこの鬼にできるのは)」

 

刀を納刀し、俺は鬼に近づき鬼の手を握った。握った鬼の手は、不思議と温かかった。

 

 

「大丈夫、君のお兄ちゃんは向こうで待っていてくれているはずだ。だから……だからもう怖がることはない、大丈夫だ」

 

 

俺がかけてやれる言葉はこれくらいしかなかった。目を開け消える寸前の鬼の目からは涙がこぼれていた。そして

 

「あ…りが……と…う……お兄ちゃん」

 

「ありがとう」と、言ったのだ。きっとこの鬼も、望まぬ形で鬼にされたのだろう。

 

お兄ちゃん……か

 

鬼は消滅し異形の鬼との戦いは終わった。しかし複雑な気持ちだった。

 

「あの……大丈夫?あなた…泣いてるよ」

 

「……え?」

 

すると蝶の髪飾りの少女が近づいて来た。俺は、瞳から涙が流れていることを少女に指摘されて気付き、袖で拭う。

 

「すまない、みっともない所を見せた。それよりお前は大丈夫なのか?」

 

「うん…私は大丈夫。私は胡蝶カナエ、さっきは助けてくれてありがとう」

 

「俺は桐生燐、呼び方は好きな方で構わない。俺は他の参加者からさっきの鬼の事を聞いてここまで来たんだ」

 

胡蝶を見ると何やら脇腹を押さえ込んでいて痛みを堪えていた。

 

「まさか脇腹をやられたのか、一旦移動する。動けるか?」

胡蝶が頷いてくれたので、少し移動し、応急処置を始める。

 

「他の女性の参加者がいれば良かったんだけどな……すまない」

 

「ううん……平気よ、ありがとう」

俺は目に見える傷がある場所に、師範からもらった傷薬を塗り、包帯を巻く。

 

「よし、とりあえず傷の処置はこんなものだろ…後は自分でやってくれ、それと…腕は動かせるか?」

胡蝶は腕を動かすが、少しキツそうだった。

 

「おそらく脇腹は打撲しているな……呼吸で何とかすれば問題はないが、余り長時間激しく動くのは無理そうだな」

 

「平気よ……打撲なんて修行していたときなんかよりはマシよ。このくらい一人で乗り越えなきゃ」

 

「そうか、だったからこれ……渡しておく。おそらく他の鬼には狙われないはずだ」

 

危険地帯に入る前に手折って懐に入れておいた藤の花を胡蝶に持たせる。

藤の花を持ち込む事は今回の選別で反則にはなるとは言っていなかったので持ち込んだのだ。これも生き残るための戦術だ。

 

「ありがとう…燐くん」

 

「おそらくお前なら、その状態でも生き残る事は出来るはずだ。辺りには鬼の気配はないが、一箇所に固まると鬼がその内集まってくる。俺はこの場から離れる。生きてたらまた会おう」

 

俺はその場から離れるが、内心かなり安堵もしていた。。一歩遅ければ彼女は死んでいたからだ。

 

「まだ始まって初日だ。油断せずに行こう」

 

しばらく走っていると数体の鬼が現れた。

 

「雷の呼吸 弐ノ型・稲魂」

 

一瞬で五連の斬撃を繰り出し鬼を斬り、そのまま止まらず走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……七日間

俺は無事に七日間生き残り、開始地点に戻る、そこには胡蝶と俺の二人だけしか集まっていなかった。おそらく他の参加者は鬼にやられたのだろう。俺に気がついたのか胡蝶が近づいてきた。

 

「燐くん!無事でよかった。あの時は本当にありがとう」

頭を下げて胡蝶がお礼を行ってきた。

 

「気にしないでくれ。胡蝶も無事で何よりだ。」

 

「お帰りなさいませ。ご無事でなによりです」

 

 俺たちの到着を待っていた白髪の女性が説明を始める。

 

「まずは隊服支給の為、体の寸法を測らせていただきます。その後は階級を刻む『藤花彫り』を──階級についてですが、十段階ございます。甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸……今現在の御二人は、一番下の癸でございます。それから、御二人の為に鎹鴉を……」

 

女性が手を叩くと、上空から二羽の鴉が下りて来て、胡蝶と俺の肩に留まる。

 

「鎹鴉は、主に連絡用の鴉でございます。任務の際は、鎹鴉でご連絡致します」

 

 

胡蝶の鴉は普通なのだが何故か俺の鴉は白色だ。

 

「あの、これは鴉……ですよね?何で俺だけ白なの?」

 

「では、こちらをご覧ください」

 

俺の質問は無視された。その後、鉱石の並べられた机に案内され、一列に並ぶ。鴉のことは一旦忘れておこう。

 

「こちらから刀を創る玉鋼を選んでくださいませ。鬼を滅殺し、己の身を護る刀の鋼は、ご自身で選ぶのです」

 

胡蝶と俺は長台の前まで移動し、鋼を見つめる。

 

 

「(どういう基準で選べばいいんだ?)」

 

俺はとりあえず勘で選んだ。

 

その後、胡蝶も玉鋼を選び、隊服を受け取って、最終選別は終わりを迎えた。

 

「(長いような、短いような七日だったな。師範との修行の成果を発揮できた。これからも精進しないとな)」

 

 

師範の家に帰るため来た道を歩こうとしたが、突如、羽織りの袖を胡蝶が掴んできた。

 

 

「?どうした……胡蝶?」

 

「燐くん……あの、また……会える?」

 

「まぁ……この先お互い生きていたならな」

 

そして胡蝶は嬉しそうに笑みを浮かべて「うん!」と返事をし、掴んでいた袖を離した。帰り際に胡蝶が振り向き「燐くん、またね!」と言ってきた。俺は「ああ、またな」と言い師範の家がある方向に歩き出す。

 

「(胡蝶 カナエ…か、何だが母さんに少し似ていたな)」

 

俺は師範のいる家まで、今回の選別の際の反省点を考えながら来た道を歩いていく。

 

「(あの時、異形の鬼は俺を見て“赤い目”と言っていた。まさかな……)」

 

 

そして師範の家に帰り着くと、師範が涙を流しながら抱きついてきた。

 

「よくぞ帰ってきた……燐!」

 

と言ってきた。俺も大きな声で

 

「ただいま!師範!」

 

と答え、俺も涙を流した。俺の最終選別は本当の意味で終わりを告げた。




燐の鎹鴉の色は白にしました。善逸がスズメだったのでちょっとオリジナルを加えました。

雷切りは八葉一刀流の紅葉切りを雷のバージョンにしてみました

ここで大正こそこそ噂話

燐は修行がない日、慈悟郎と会話をしていた時に、慈悟郎の事をうっかりお爺ちゃんと読んだことがあり、慈悟郎は「お爺ちゃんではない、師範じゃ」と指摘したが、慈悟郎は内心満更でもなかったらしい

師弟関係だが、燐にとっては祖父のような存在になっている。


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第三話

最終選別を終えて、十三日が経った。

 

「ふぅ、今日はこんなものだろう」

俺は最終選別を無傷で帰ってきた為、鍛練を続けている。帰ってきた翌日に知ったが、師範が言うには俺の雷の呼吸は幻視する雷の色が蒼色だったと言うのだ。師範が言ってるのだから本当だろうと納得した。鍛錬を終えた俺は木刀を持ち師範の家まで戻っていく。

 

師範の家へと戻ると、師範が誰かと話していた。

 

「師範、ただいま戻りました」

 

「おお、帰ってきたか。燐、お主の刀がようやく届いたぞ」

 

「えっ!本当ですか!?」

 

「ああ。此奴が届けてくれたのじゃ」

 

そう言って指をさしたのは、ひょっとこのお面を付けていた人だ。

 

なぜひょっとこ?

 

 

「はじめまして、私は今回担当させていただいた鉄穴森と申します。今日は燐殿の刀を届けにきました」

 

「桐生 燐です。この様な姿で申し訳ありません」

 

「いえ、構いません、あなたの事は慈悟郎殿から聞いております。真面目で素直な子だと」

師範は俺の事をそんな風に思っていたのか、なんだか少し恥ずかしい。

 

鉄穴森さんは木箱を俺の前で取り出し、蓋を開け、中から日輪刀を取り出す。

 

鞘の色は黒で、柄巻は紺色、刀を抜き放つ際には非常に握りやすい。

続いて刀……鯉口を切り、ゆっくりと抜き放つと、鉛色に鈍く光る刀身だった。

 

「さあ、色が変わりますよ」

 

日輪刀は、またの名を『色変わりの刀』と言う。刀を扱う者の呼吸にその色は左右される。師範が言うには、

 

炎の呼吸 赤色

 

水の呼吸 青色

 

風の呼吸 緑色

 

岩の呼吸 灰色

 

雷の呼吸 黄色

 

その他の色が出れば、この中の派生系の呼吸で色は違うらしい。

 

「(本当にこの刀の色が変わるのか?)」

と、疑念を持った。しかし、その疑念は一瞬にして晴れることとなる。

 

燐が日輪刀を掲げると、徐々に刀身に色が入り込む。刀の色は黒色に変わりそして刀身に蒼色の稲妻の模様が浮かび上がった。

 

「凄い……色が」

 

「これは……」

 

「ふむ……黒色、そしてこの模様……」

 

雷の呼吸の使い手だと黄色に変わるはずだが、燐の日輪刀の色は違った。全く同じ色に変化する日輪刀は無いとさえ言われる。

 

「慈悟郎殿……確認なのですが、燐殿は雷の呼吸使いなのですよね?」

 

「ああ。勿論じゃ」

 

「で、あれば……黄色やそれに近い模様に変わる筈です……燐殿の刀の模様は雷の呼吸の使い手にある模様ですが、この二色……蒼い稲妻模様は初めて見ました」

 

「燐、その日輪刀でお主の型を鉄穴森に見せてやれ」

 

「はい……わかりました」

 

慈悟郎の指示に従い外に出た燐は、抜き放った刀を構える。先には丸太を設置している。

 

 シィィィィィィィ。

 

燐は全集中の呼吸を行う

 

高められた集中力、燐の迫力に気圧された鉄穴森は、空気が震える感覚を身に覚えた。

 

「よく見ておるんじゃぞ、燐の太刀筋を」

 

「剣術に明るくない私でも、とても洗練された構えと分かります。いい絵ですねぇ」

 

「雷の呼吸 漆ノ型・雷切り」

 

この技による高速の抜刀術に、蒼色の稲妻が迸ると、設置した丸太が静かに斬り落ちた。

 

 

 

「……本当に蒼色の雷が。」

 

 

「(燐のやつ、あの時よりさらに技の精度を上げおった!)」

 

 

 燐の技は最終選別が終わってからも自身の鍛練を続けている為、精度を上げ続けている。

 

「すごい……この日輪刀、すごいです!手にすごく馴染む。こんなすごい刀を作った鉄穴森さんが俺の担当だなんて、本当に嬉しいです‼︎」

 

燐は鉄穴森に駆け寄り、嬉しそうに告げる。

 

「ありがとうございます。それが我ら鍛冶師の仕事ですから」

 

面で表情こそ見えないが、燐はその隠れた顔は満面の笑みだろうと想像出来た。

 

「燐、決して忘れるな。お主は独りでは無い……!どんなことがあろうとも諦めるな。お主は自分の信じた道を突っ走ればいい」

 

「私からも助言させていただきます。刀も物と同じで大事に扱ってもいずれは壊れます。その時はまた、私があなたの為に刀を打ちます。こんなことでしか燐殿を支える事は出来ませんが、その刀で、一人でも多くの人の命を救ってください」

 

「はい!」

 

燐は誓う。この刀で、悪鬼を滅してみせる、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は今小さな墓前にいる、もうここに戻ってくることもないかもしれないと思うから。

 

「父さん、母さん、来るのが遅くなってごめん。」

 

俺はあの日、鬼により両親を失った。しかもそれだけではない、あの時、母さんのお腹の中には小さな命が宿っていた。俺はその時、兄になれるのをすごく喜んだ。しかしそれは叶わず、子もろとも殺された、小さな命が始まりの呼吸をすることなく。

あの時、師範が助けてくれなかったら、今頃俺は鬼に食われていただろう。師範は選択肢を俺に委ね、俺は迷わず鬼殺隊の道を選んだ。

二人がどう思っているかはわからないが、生きていたら絶対反対しただろう。

 

「父さん、母さん、俺……鬼殺隊の剣士になったんだ。かなり危ない仕事だから、二人は反対するだろうと思うけど、これが俺の選んだ道なんだ。もう…同じ悲劇を繰り返さないために」

 しばらく燐は墓標に眠っている両親に言葉を続ける。そして、充分に言いたい事を伝えると立ち上がった。

 

「モウイイノカ?」

白鴉は空気を読んでその間何も言わず待っていてくれたのだ。

 

「ごめん、待ってくれてありがとう、鴉…どこに向かえばいい?」

 

 

「東二ムカエ!旅人ヤ商人ガ!忽然ト行方ヲ晦マシテイル!コレヲ調査スルノダ!」

 

「了解」

 

最後にもう一度、父さんと母さんの墓を振り返る。

 

「……いってきます」

 

 

それを最後に、俺はもう二度と後ろを振り向くことなく駆けだした。

 

ザァァア。

 

その時、ほんの少しだけ追い風が吹いた。

 

『『いってらっしゃい……燐』』

 

その風はどこか温かく、まるで父さんと母さんが俺の背をそっと押してくれたように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が鬼殺隊の道を選んだ選択を後悔する事はない……絶対に──




今回は短めです。

刀身の色は炭治郎と同じでその中に蒼色の稲妻模様が入った感じです




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第四話

「コノアタリニイルハズダ!」

 

「ありがとう、白」

一人の少年が森の中を進む。植物が多く茂っており、隠れるには最適な広さだ。まだ昼間だが、雲が覆っているため、日の光が遮られている。例え昼間でも活動をする鬼もいる。

 

「気配が近づいてきたな。このまま進めば奴がいる」

燐は鬼殺隊の中で、特殊な気配の感知に優れ、例え気配を消していたとしても、燐の感じる生き物がもっている特殊な気配までは消せない。

 

 

 「–––––ああ?なんだテメェ?」

 

森の中でも多少拓けた場所に、鬼は居た。

肌は浅黒く変色し、何本もの血管が浮かびあがる。手には凡そ普通の人には備わっていないような長い爪が微かな陽の光を反射し、口から覗く歯はギザギザと肉食獣を思わせる形状をしている。

 

「──見つけた」

 

かつて人だったものであり、今は人でないもの…鬼である。

 

「その格好……お前、鬼狩りだな?」

 

「そうだ。お前のその頸…斬らせてもらう」

 

「アッハッハ‼︎こいつは傑作だ!まさかお前、俺を殺せると思ってるのか!」

 

血のついた爪を長い舌で舐め回し、燐を威圧する。しかし燐の表情に変化は見受けられなかった。燐は鬼の持っているものに目を向ける。

 

 鬼の左手には、人の頭部が乗せられていた。口元は苦悶に歪められている。とても、人が死に際に浮かべる顔ではない。

 

 下卑た笑みを浮かべ、口元を三日月状に歪めた鬼は、何かを思いついたようにまた嗤う。

 

「そうだ!もしお前がその刀を俺にくれるって言うなら、見逃してやってもいいぜ?」

 

そう言い、燐の腰に指差す。

 

「……この刀か?」

 

「そうさ。それをこっちに渡すなら、お前を見逃してもやってもいい」

 

「そうか…」

 

燐は柄を右手で掴み、少し前屈みになりながら抜き放つ。シャリンと音を立てながら抜かれた黒の刀身に蒼色の稲妻模様が姿を現す。

 

「雷の呼吸 漆ノ型」

 

「あぁん?なんだぁ?––––––」

 

風が林を抜け、揺れた木々の間から木漏れ日が刀身に反射する。身体を右側に逸らし、刀を鬼から見えないよう脇に構える。

鬼と少年の距離は凡そ五丈程度、幾ら刀を抜いた所で一息に詰められる距離ではない。

 

「雷切り」

 

音を消し、一瞬ですれ違いに抜刀し斬撃を繰り出す。それから一拍遅れて、カサカサと落ち葉の上を何かが転がる音が響く。

 

「──はっ?」

 

鬼は頸を斬られ、鮮血を噴き出していた。何が起こったのか、何故自身が斬られたのか、茫然とした表情のまま鬼が固まる。

 

「い、痛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?ガハッ!」

 

自身の現状に頭が追いついたのか、声を上げる。燐は刀を、開いた鬼の口の中に差し込む。

 

「騒ぐな……悪鬼」

 

その目は赤く、そして冷たく、殺意しかなかった。 

 

 

「ヒィッ!何だよ!?お前は?!何なんだよ!?」

 

燐の瞳を見て鬼は恐怖に満ちている。

 

「俺が何か?お前がさっき言っただろう」

 

刀を鬼の口から抜く。

 

「鬼狩りだよ。名は桐生 燐、お前のような悪鬼を滅殺する剣士さ」

 

燐は鬼が灰になり消滅した後、近くにあった遺体の頭部を持ち上げる。まだ少女とも言える顔立ちだった。

 

「すまない」

 

伽藍堂になってしまった目を優しく閉じ、抱える。

 

燐は近くにあった遺体を火葬し、鬼による被害者を弔う。

 

 

 

 

しかし燐は自身の変化に未だに気づかないでいた。 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は桐生 燐、鬼殺隊・雷の呼吸使いの剣士だ。

 

最終選別から一年近くの月日が経った。

この半年で数十の鬼と十二鬼月の下弦を二体倒した。その功績で、『お館様』にお呼びされた。『お館様』とは、鬼殺隊の最高管理者であり、産屋敷の一族の97代目当主産屋敷 耀哉様のことである。異能とも言える程の強力な人心掌握術を駆使して鬼殺隊をまとめ上げ、鬼殺隊の主要戦力であり、我もアクも強い性格の『柱』達をも心服させるお方だ。

 

俺はお館様にお呼びされ、その時「鳴柱に就任して欲しい」とお館様自ら言われたが、俺は一度断った。鬼殺隊としてはまだ新人だった為素直に“はい”とは言えなかった。なので俺は「返答はまた一年後でよろしいですか?」と頭を深く下げながら伝えると、お館様は「わかった。一年後……いい返事を待っているよ」と言われた。癖の強い柱がお館様に心服する理由もわかる。

 

現在俺の階級は甲、鬼殺隊の一番上の階級だ。とは言っても半年以内に柱となる条件を満たしていたらしいが、俺はそんなこと全く気にしていなかった為、お館様に言われて初めて自分がやってきた事に気づいたのは秘密だ。まぁ、お館様には見破られているだろうが。

 

 

そして現在

 

「…な、何なんだこれは………夜なのに明るい……だと!?」 

 

 任務の終わりに、鎹鴉の白に導かれてやって来たのは東京……燐の知っている集落や町とはまさに別世界だった。日は完全に落ちているというのに昼間のように明るい。

西洋風の建築物と和風の建物が混在し建物も、今まで見てきたものよりも高いものが多い。

 

「(こ……このままだと、あまりの人の多さで酔ってしまう。人の通りが少ない場所に移動しないと)」

燐は人混みをかき分け、なんとか移動しようとするが、中々前に進めない。仕方なく道の端に寄り、歩いていると路地裏の通り道があった。

 

「しょうがない、人が多いよりはマシだ。」

燐は路地裏に入り進むと、暗い中、男女が接吻をしていた。

 

「んなぁっ⁉︎ご…ごめんなさい‼︎」

燐はその光景に頬を少し赤くして、急いで先程の道に戻る。

 

「ハァー、どうしようもないなこれは、仕方ない、このまま移動するしかないな……」

 

 

しばらく人混みの中を移動しやっと人気のないところまで移動ができた。はじめての都会で洗礼を受けて既に燐はクタクタだった。

 

「……やっと抜け出せた。くそ、まだ目眩がする。」

はじめての都会は驚くことばかりだった。田舎育ちの俺には少しキツすぎた。何度か行けば慣れるだろうか……。

 

──ギュルルルルルル

 

「(そういえば昼から何も食べてなかったな。)んっ、あれは……」

遠くに灯りが見え、近づくと移動式の屋台があった。みるとうどんの屋台だった。

 

「ちょうどいい…あそこで夕食を済ませるか」

燐は屋台に近づき看板にあるうどんの種類を見る。みると、やまかけ、きつね、たぬき、天ぷらなど種類がいくつかあった。食べたいものが決まりリンは屋台の主に声をかけた。

 

「すいません、きつねうどん一杯ください」

 

「あいよ!」

 

店主は手際よく準備を始める。さすが都会の料理人、腕が違う。水を汲み、設置された椅子に座り燐は水を一気に飲み干す。

 

「ハァー(最近仕事続きで中々休めないな、師範にも手紙を書く余裕もない)」

 

燐はうどんが出来るまでしばらくくつろいだ。この半年で彼は数々の結果を残している。鬼の討伐は勿論、十二鬼月の下弦を二体も葬っている。しかし、未だに上弦の鬼とは遭遇した事がない。そもそも上弦の鬼は遭遇事例が少なく、遭遇したとしても、命を喪う結果になると言う。生きて帰ってきただけでも稀だと言うくらいだ。

 

「(だからと言って、こんなことで音をあげるわけにはいかない。師範に聞かれたら拳骨を落とされる)」

 

 

 

 

 

「燐くん?」

 

「ん?」

 

突然自分の名前を呼ぶ女性の声がし、振り向くとそこには蝶の髪飾りをつけた少女がいた。俺はこの少女を知っている。

それは半年前のことだ。会ったのは一度だけだが、最終選別の時に一番印象に残っているあの子…….

 

「君、もしかして、胡蝶……なのか?」

 

「そうだよ!久しぶりだね、燐くん!」

 

やはり胡蝶だった。胡蝶は隣に座って懐かしむような表情をし、笑顔を浮かべた。

 

「何でここに?」

 

「帰りに偶々ここを通ったら、燐くんのその羽織姿が見えて、もしかしたらと思ったの」

 

「そうなのか。それよりよく覚えてたな、最終選別の時以来だろう?」

 

「その羽織を着ている人なんて、燐くんだけだと思うわ」

……確かに、白色の羽織に黒の三角模様の羽織を着ているのは俺だけだろう。それに、胡蝶はたった1人の同期だ。あの時生き残ったのは俺たち二人だけだったんだ。

 

「そういえば、その荷物は?」

 

「これ?薬や薬品よ。色んな所から掻き集めたの。私ね、最近できた治療所の代表なの。傷ついた人を助けたいなってお館様に頼んだら、屋敷を用意してくれてね」

 

「(そういえば、最近村田さんから治療所ができたって聞いたな。と言うか今まで治療所とかなかったのか、鬼殺隊は)」

 

数週間前に、鬼殺隊の先輩にあたる村田さんに話を聞いたのを思い出した。現在階級は俺より下だが、だからと言って威張るつもりはないし、村田さんは面倒見が良い人で敬意を持っている。

 

「きつねうどん、一丁出来上がり」

注文したきつねうどんが出来上がり、燐に渡す。

 

「ありがとうございます。久しぶりのまともな食事だ。いただきます!」

割り箸を割り、うどんの麺をすする。うん、出汁が利いて美味しい。しかし、胡蝶からの視線が気になる。

 

「なんだよ…」

 

「ふふ、美味しそうに食べるなぁって」

正直食べづらい。しかし麺は汁を吸って伸びる為早めに食べないといけない。俺はなんとか食べ終えることが出来た。

 

「ご馳走様でした。凄くおいしかったです」

 

「おう、ありがとよ、毎度あり!」

器を返却し代金を払い、胡蝶と共に屋台から離れる。

 

なんで胡蝶まで一緒に?

 

 

「胡蝶……何故ついてくる?」

 

 

「ふふっ、なんとなくよ。それより…燐くん、あなた最近隊士の中で噂されてるわよ」

 

「は……噂?何のことだ?」

 

いきなりの事で訳がわからなかった。俺、噂されていたのか。

 

「あらあら、やっぱり知らないのね。燐くん、あなたは半年で十二鬼月を二体も倒したんですもの、嫌でも噂にもなるわよ。燐くんが一番昇進が早くて柱に近いって知り合いの人が言ってたわ、確か一部の隊士からは“雷の剣聖”だって噂されているわよ。」

 

「何だよその異名は……まぁ噂は本当だよ。実際お館様から柱に就いてくれないかってお話を受けたしな。」

 

「……え?」

胡蝶の表情は一変して驚いている顔に変わった。

 

「ちょ、ちょっと待って燐くん、それ…本当なの?」

 

「ああ、本当だ。ただ、柱になれるのは嬉しいが、流石に素直に“はい”とは返事できなかったな。だからこの事は一年後まで先延ばしにしてもらったんだ。お館様には申し訳ない気持ちでいっぱいだ」

 

「そ、そうなんだ、やっぱり燐くんは凄いわね」

 

「俺なんて師範には遠く及ばないよ。俺は、もう、同じ悲劇を繰り返さないために剣士になったんだ。」

胡蝶は気を遣って追及はしてこなかった。すると頬に水が当たる感覚がした。

 

「……雨」

 

「そういえば、今日は雲行きがあやしかったからな。いつ降ってもおかしくないぞ、これは」

次第に雨粒は激しさを増し、雨が降り始める。

 

 

 

 

 

 

「くそ、降り始めたか!」

 

「燐くんこっち、このまま私の屋敷までついてきて!」

 

「はぁ?迷惑になるんじゃ…」

 

「いいの!このまま当たり続けると風邪をひいてしまうわ!私の屋敷はそう遠くはないから、それに燐くん、休む場所もないんでしょ?」

 

「……すまない、世話になる」

正直泊まる宿もなかったので少し離れた場所で野宿、もしくは宿を探して休むつもりだった。何で胡蝶が知っているのかわからないがとりあえず胡蝶の指示に従うことにした。

 

 

 

 

 

 

二人は急いでその場から駆け出し、屋敷へと向かう。

 



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第五話

雨が降り続く中、走り続けること数分、ようやく胡蝶の屋敷にたどり着くことが出来た。

 

「ここで待ってて、何か拭くものを持ってくるわ」

屋敷の玄関から胡蝶は奥へ入っていき、俺の羽織を持っていった。羽織のお陰で隊服はそこまで濡れはしなかったが、頭はびしょ濡れだ。

 

「大きな屋敷だな、治療所と言うだけの事はあるか」

この様な屋敷を見たのは初めてで、ましてや師範やお館様以外の家に入る事はなかったので少し気まずく感じる。

 

 

 

 

「誰よ貴方!?人の家の中で何してるの?!」

 

「ん?」

 

 背後から随分と鋭い声が上がった。

 

 

振り向けば、そこには胡蝶とよく似た少女…しかし似つかない不機嫌そうな顔を浮かべた少女が立っていた。

 

 

 

「いや、別に俺は怪しい者じゃ……」

 

「こんな夜遅くに言っても怪しさ満載よ! 何をしにきたのかは知らないけど、早々に出ていかないと痛い目に……って、その服の文字」

 

 警戒心剥き出しの少女は、俺の身に付けている服を見て、すぐに顔色を変えた。羽織を胡蝶に預けたので背中の[滅]の文字を確認できたのだろう。

 

「もしかして、あなた、鬼殺隊の人?」

 

「ああ……俺は胡蝶 カナエの案内でここまできたんだ」

 

「そうよ、しのぶ。この人は私が連れてきたの」

 

「……姉さん」

 

 戻ってきた胡蝶が竹織(タオル)を俺に手渡してくれた。俺は濡れた頭を拭きながら状況を把握する。

 

 この胡蝶に似た少女は、胡蝶を”姉さん”と呼んでいた。つまり、この少女は胡蝶の妹なのだろう……。

 

「しのぶ、この人は前に話した同期の桐生 燐くんよ」

 

「この人が?」

“しのぶ”と呼ばれた少女は信じられない目で俺を見つめていた。

 

「改めて、桐生 燐だ。夜遅くに突然申し訳ない」

 

自己紹介がおわると、雷が落ち、外は一瞬ピカッと明るくなる光景が見えた。先程の数倍以上に荒れ狂った天気に、燐は外での野宿は無理だと諦めている。

 

「しのぶ、今夜ね、燐くんをここに一晩泊めようと思うの。放っておくと何処かで野宿しそうなのよ」

 

「………すまない、今晩だけ世話になっていいだろうか?」

 

何故胡蝶は俺が野宿しているのを知っているんだ?千里眼でも持っているのか?

まぁ、藤の花の家で泊まった時を除けば状況的に仕方ないことも多かった。

 

「………はぁぁぁぁぁぁ。この天気じゃ仕方ないわね……。一応自己紹介するけど、私は胡蝶 しのぶ。胡蝶 カナエの妹です。もし姉さんや私に手を出そうものなら、切腹は覚悟してもらいますからね。わかりましたか?」

 

「わかった」

 

深くため息を吐いた後、胡蝶(妹)は手をシュッシュッと何かを下から突き上げるような仕草をする。俺は彼女の仕草が理解できなかったが、とりあえず、切腹は嫌なので返事をするしかなかった。

 

屋敷内に入り風邪をひかないために、胡蝶(妹)に今夜寝る部屋へ案内された後、屋敷の治療所内の風呂に入り、体を洗い湯船で体を温める。

 

「ハァー……あったかい、湯に浸かるのは数週間振りだ」

俺は冷たい川の水で体を洗うことが多い。藤の花の家で泊まった時に湯船に浸かる事はあるが殆どが野宿生活だからだ。

 

「(柱にもなれば屋敷をもらえると聞いたが、胡蝶の場合、医療関係でお館様が承諾したんだろうな、それにしてもあいつ、妹がいたんだな)」

俺に対しての警戒心は強かったが、その他を見るに、しっかりした子なのだろう。

 

「(胡蝶……俺は、お前が少し羨ましいよ。帰る家もあって、待ってくれる家族がいる。俺にも弟か妹がいたら……あんな感じなんだろうか)」

燐は想像してしまうのだ、もし家族を鬼に食われず子も無事に生まれ家族四人で過ごす光景を。しかしそれは一生叶う事のない願いなのだ。

 

「(過去はもう変えられないけど、未来なら変えられる……だよな、父さん)」

 

しばらく湯船に漬かった後、脱衣場内に置かれた寝巻きに着替え移動する。すると、ふすまの隙間から明かりが見え、二人の話し声が聞こえた。

 

 

「姉さん! 本当に大丈夫なの! ?姉さんと同い年の男を一晩泊まらせて!」

胡蝶(妹)は不満を胡蝶(姉)にぶちまけていた。やはりまだ俺に対して警戒しているのだろう。

仕方のない事だ。姉が、いきなり見知らぬ男を、ましてや知らせも無しに連れてきたら警戒するのは当然だ。

 

「あらあら。でもしのぶ、彼は悪い人じゃないのよ? 私なんて、最終選別の時に、燐君に助けられたから」

 

「え……それ、本当なの?」

 

「ええ、あの時は予想外のことが起きて強い鬼がいたのよ。その鬼に殺されかけて本当にダメかと思ったわ……。もし燐君がいなかったら、私は生きて帰れなかったと思う。今の燐君はあんな感じだけど、戦いになるとすごいわよ、私の中では……鬼殺隊上位の実力者よ」

 

「嘘……あの人が」

 

「しのぶも鬼殺隊になればわかるわ。彼の太刀筋…凄かったんだから。」

 

「そうだったんだ。私、あの人に酷いことを……」

 

 

「(……胡蝶、俺は、お前が思っているほどに強くはない)」

燐は既にその場から離れ寝床に向かう。燐の一日は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

「ここは……(俺が小さい時よく釣りに来てた川)?」

眠りについた燐は、どうやら夢を見ているようだ。

 

『ねぇ、父さんはなんでそんな簡単に魚を釣れるの?』

声をした方へ振り向くとそこにはまだ小さい頃の俺が釣竿を持って、父さんと釣りをしていた。

 

 

『はは…燐、これにはコツがあるんだ。いいか、まずは目を瞑るんだ、心を落ち着かせ、水の音に耳を澄ますんだ』

小さい燐は父の言う通りに目を瞑り水の音に耳を澄ませる。

 

『そのうち水の中を泳ぐ魚の動きがわかる様になる。今一匹が燐の竿に近づいてきた。餌に食いつこうか今迷っているんだ。』

 

「(懐かしいな、この時は、父さんだけがよく釣れて不思議で仕方なかったんだ)」

そして幼き燐は魚が食いつくのをじっくり待つ。  

 

『まだだ…いいか燐、魚が食いついた瞬間に竿を引き上げるんだ』

そして魚が食いついた感覚がして、幼き燐は一気に竿を上げる。先には魚が見事に餌に食いついていた。

 

『やったぁ!父さん!俺にも釣れたよ!』

 

『凄いじゃないか、燐!父さんはこれが出来るまで時間がかかったのに、もしかすると、燐には才能があるのかもな』

 

『ふへへっ』

幼い燐は父さんに頭を撫でられ嬉しそうに笑う。今となってこれが鬼殺隊として気配を探る技に繋がるとは思わなかった。

 

「そう言えば……父さんのご先祖様って何者なんだ?他にも教えてもらった技はあるが、よく考えれば、殆どが鬼狩りに戦闘に役立つものばかりだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇翌朝 

 

 

 チュンチュン

 

 

スズメの囀りを目覚ましに燐はゆっくりと瞼を開け目覚める。

 

「(朝……しかし、随分と懐かしい夢を見たな)」

 

 

閉じていた瞼を見開けば、見慣れない木製の天井が目に入る。思考を巡らせ状況を整理した。

 

「(そう言えば、そうだった……)」

 

俺は、胡蝶(姉)の気遣いで一晩この屋敷に泊まったことを思い出す。

 

燐は、立ち上がり、近くに畳んで置いていた隊服に着替える。脱いだ寝衣と布団を畳み終え、日輪刀を携え、目元を擦りながら、屋敷内を歩く。昨日は暗い中だったが、胡蝶(妹)の案内で大体の道は覚えている。

 

燐は外に出て、井戸を発見し、水を汲んで、顔を洗う。ぼんやりとした視界ははっきりと見え始めた後、日輪刀を抜く。刀身は漆黒に、その中には蒼色の稲妻の模様が映っている。燐は剣を構え素振りをはじめる。

 

これは慈悟郎との修行を終えた後でも燐の日課となっている。自身の木刀を持っていないため、毎朝、日輪刀で毎日素振りをしている。日が完全に昇るまで木刀を振り続けた。

 

「よし、素振りはこんなものか。次は……」

燐は辺りを見渡し、何かを探し始める。探すと枝が落ちていたので、燐は枝を拾うと、枝を高く投げ上げる。そして燐は目を瞑り刀の柄を握る。

 

燐は構え、目を瞑ったままその場から動かない。抜刀し、枝の真ん中を斬り、納刀する。燐にとっては普通の居合だが周りから見るとかなり早い太刀筋だ。枝は綺麗に真っ二つに斬れて地面に落ちる。

 

「太刀筋には異常無し」

燐は毎朝自身の太刀筋を確認している。少しでもズレがあれば歪んでいる証拠になるからだ。

 

「ね、ねぇ」

 

「ん?」

声のした方へ視線を向けると胡蝶(妹)が立っていた。

 

「すまない、起こしてしまったか?」

 

「い、いや、そう言うわけじゃないけど……あなた、いつから鍛錬をやってたの?」

 

「日が昇る前からだな。師範との修行で俺の日課になってる」

 

「そう……、朝ごはん…すぐに作るから、汗はちゃんと流しておいてください」

 

「わかった」

燐は汗を水で流し体を拭く。洗い終わると屋敷内に入り、ふすまの開いた部屋に入る。暫く待っていると、お盆に朝食を乗せた二人が姿を現した。

 

 目の前に置かれたのは、白米、鰊の塩焼き、味噌汁、漬物など、朝食ながらもしっかりとした料理だった。

 

「すまない、朝食まで用意してもらって」

 

「気にしないでください、一人だけ食べさせないわけにもいかないので」

 

「ふふっ、二人とも、挨拶しましょう」

 

 

「「「いただきます」」」

 

両手を合わせて一礼、俺は味噌汁を一口すする。

 

「………」

 

「これは全部しのぶが一人で作ったのよ~。凄いでしょう? しのぶは昔から器用で、人に教えるのも上手な………えっ?り、燐君……どうしたの?」

 

「桐生さん、なんで……泣いているんですか?」

 

「え?」

燐は自身の顔に手を当てると涙を流していた。それを見ていた胡蝶姉妹は動揺していた。

 

「……あ、れ……?俺によくもわからない。けど、この料理の味、母さんの作った料理と………同じ味だ。」

ポタポタと涙が落ち、燐は袖で涙を拭う。しかし涙は止まらず流れ続けていた。すると胡蝶(姉)は燐に近づき、背中を手でポン、ポンと、撫でる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう二度と味わうこともなかった料理に、燐は涙を流し続けた。

 

 

 

 

 



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第六話

朝食から数時間後、俺は今、屋敷の屋根の上で瞑想をしている……けど、集中できずにいた。

 

「……」

 

「ふふ」

 

胡蝶(姉)が隣でじっと俺を見つめているからだ。しかもかなり距離が近い。気が散って仕方ない。

 

「胡蝶、用があるならなんか言ったらどうだ?」

 

「あらあら、さっきはあれだけ可愛い顔していたのに」

 

「あれのどこが可愛いんだよ?正直情けない姿を見せたんだ、俺は」

 

あの後、かなり気まずかった。何とか食べ終えた俺は、何ごともなかったように澄まして、その場から逃げるように離れ、今に至る。羽織は洗濯してもらっているため、乾くまで時間がかかる。白からの報告は今の所ない為、待機している状態だ。

 

「カァー!カァー!桐生燐!次ノ任務ガクルマデ休暇ダ!」

噂をすれば、突如相棒の白が伝令に来た……と言うか休暇?

 

「え?休暇って……俺、全然動けるぞ?」

 

「ケケケッ」

 

「いや、ケケケッ…って!おい待て!詳しい説明をもう少し!」

白鴉は無視して飛び去っていった。

 

「…………はぁー、どうしたものか」

ため息を吐き、とりあえず瞑想の続きをする。休暇と言われても、釣り以外の趣味がないから、鍛錬に当てるしかないだろう。

 

「あのー、もしもーし?」

 

「(新たな型も試みているが……中々形にならない、まぁ、新しい型はそう簡単に編み出せるもんじゃないからな。地道にやっていくしかない)」

現在、雷の呼吸の新たな型を試しているが中々形にならない。雷は速さに重きを置いているため、力強い型は少ないのも理由の一つだ。

 

「ムゥー……きこえてるー、燐く〜ん?無視は悲しいな〜」

 

「(漆ノ型の雷切りは精密な居合技だ。それに、“あの力”を使いこなさないと)」

一度任務で漆ノ型を使ったことがあるが、それは静かな居合で雷の音が後から鳴っていたと、任務に同行していた隊士に言われたことがある。

 

「…ふー」

 

「わひぁっ⁉︎」

耳に息を吹きかけられ変な声を出してしまった燐は、隣を見返す。

 

「なっ、一体何を⁉︎」

 

「あらあら、可愛い声出しちゃって〜、でも無視するのがいけないのよ」

 

胡蝶は悪戯が成功した子どものような笑顔を浮かべた。白の伝令で、すっかり忘れていた。

 

「悪かったな、鎹鴉の伝令で少し考え込んでしまってな」

 

「その事なんだけど、燐君……もし燐君が良ければ私としのぶに稽古をつけてくれないかしら?」

 

「稽古?いや、別に構わないが……俺で大丈夫か?」

 

「うふふ、柱と同等の実力を持ってる燐君だから問題はないわ、この屋敷、実は道場もあるのよ」

 

「道場まであるのか……」

 

「ええ、主に怪我をした隊士がある程度治ったら機能回復訓練を行うの」

 

「なるほどな」

治療だけでなく、治った後に万全な状態まで回復させるのも一環らしい、詳しい内容は知らないが。

 

「案内するから、準備ができたら「いやあああああああっ!!」あら?」

突然しのぶの叫び声が聞こえた。燐はすぐさま屋根から飛び降り走り出し、悲鳴の聞こえた方へ向かう。

 

「今の悲鳴、もしかしたら……燐くんには言っておけばよかったわ、しのぶが、全体に毛の生えた動物が苦手だってこと」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!大丈夫か⁉︎何があった!」

怯えるしのぶを見つけた燐が、視線を先に向けるとそこには……。

 

「え………猫?」

燐はてっきり不審者がいるのかと思い駆けつけたのだが、彼女を見ると猫を見て怯えている様子だった。

 

「あ、あ、あ」

しのぶは身体を震わせて腰を抜かしている状態だった。燐は猫に近づき頭を撫でる。

 

「どうしたんだ、お前?何でここに?」

野良猫だが、かなり人懐っこいのかすごくおとなしい。

 

「ニャーン」

 

「迷い込んだのか……」

燐は猫の顎を撫でると、猫は気持ち良さそうな様子だ。しかししのぶは真逆でかなりの怯えようだ。

 

「は、早くその子を追い出してください!」

しのぶは狼狽えていた。燐はその様子が不思議で仕方なかったため彼女に問う

 

「どうしたんだよ?たかが猫だろ、なぁ?」

 

「ニャー」

 

「ほっ、本当に無理なんですよ、私!ここだけの話…こういう毛がボサボサな生き物が苦手なんです!」

 

胡蝶(妹)が涙目になりながら訴えるので、やむなく俺は猫を抱え屋敷内の外に出す。

 

「……これでいいか?」

 

「す…すみません、ありがとうございます」

胡蝶(妹)は礼を言ってくる。警戒はまだされているだろうがやはりしっかりした子だ。

 

「いや、大した事はしていない。苦手なのは仕方ない事だからな」

 

「そう言ってもらえると助かります。」

胡蝶(妹)は立ち上がり、服に付いた土を払う。

 

「ああ…そうだ、これから胡蝶の提案で稽古する事になったんだが、お前はどうする?」

 

「………はぁぁぁぁぁぁ」

は?なぜそこでため息をつく?

 

燐はおかしなことを言っただろうかと心配になる。しかししのぶが思ったのはそんな事ではない。

 

 

「ねぇ……桐生さん、”胡蝶”だと少し紛らわしくありませんか?」

 

「……え、何か問題が…」

 

「胡蝶って呼称だと、姉の方と区別がつかないでしょ? だから、名前の方で呼んでくれても構いません」

 

「いや、昨日知り合って間もない人を下の名前で呼ぶのは……」

 

「私が良いって言ってるんです!姉さんと一緒にいる時、どっちを呼ばれているかわからないんですからね」

俺は少し考え込んだが、結局彼女の言葉に従うことにした。

 

「わかった、”しのぶ”……これでいいか?」

 

「よろしい」

しのぶは満足したような顔をして頷く。

 

「俺は鴉からの伝令が来るまで休暇になったんだ。羽織が乾いたら出ていくつもりだったが、胡蝶が、しのぶや俺と一緒に鍛錬をしたいそうだ。」

 

「……姉さんが?」

 

「ああ……どの道暇になったから、胡蝶が提案してきたんだ。お前もやるか?」

 

「やります。鬼殺隊、しかも……『雷の剣聖』に稽古をつけてもらえるなんて滅多にありませんから」

この様子だと、しのぶにまで俺の噂は知れ渡っているみたいだ、おそらくは胡蝶がしのぶに語ったのだろうが。

 

「そんな大層な剣士じゃないんだがな……それは置いとくとして、道場まで案内してくれないか?胡蝶は気配からして既に移動しているしな」

 

「構いませんけど、気配…ですか?」

しのぶは訳がわからないと言う表情をしていた。いきなりそんな事を言われても理解は難しい。

 

「ああ、簡単に言えば気配を感知出来るんだ、俺。気配には人によって特徴もあるから、顔さえわかれば誰の気配かすぐにわかるからな」

 

「それは……鬼も感じとることが出来るんですか?」

 

「ああ、鬼は主に邪気を感じるからすぐにわかる。だから仮に鬼が人に紛れて変装していたとしてもすぐにわかる。まっ……これは父さんから教えられた技なんだけどな」

 

「桐生さんのお父さんに……ですか?」

 

「ああ…」

 

「その、桐生さんのお父さんは……」

 

「いないよ……俺の両親は、鬼に殺された。」

しのぶは顔を俯かせる。この反応だと、胡蝶姉妹も両親を喪ったのだろう。鬼殺隊は、鬼に大切なものを奪われた者が多い。先輩の村田さんもそうだ。

 

「とりあえずこの話は終わりだ。道場まで案内を頼む」

 

「はい、わかりました。道場は屋敷内とつながっているのでついてきてください」

 

「…了解」

 

しのぶに道場まで案内されると、胡蝶が木刀を持って鍛錬をしていた。道場に入り、向き合って正座をする。

 

「今日はよろしくね、燐君」

 

「よろしくお願いします」

 

「ああ、よろしく。始める前にいくつか質問をする。まずはしのぶ、お前……全集中の呼吸は出来るか?」

始める前に幾つか確認しないと鍛錬は始められない。いきなりきつい内容だったら話にならないからだ。しのぶはまだ正規の鬼殺隊ではないため、確認しないといけない。

 

「はい、一応それなりには、まだ呼吸剣技はイマイチですが」

 

「ありがとう。これなら教えられそうだな、二人に質問する。二人は……全集中を維持したままどのくらい保てる?」

 

「「え?/は?」」

胡蝶としのぶは目を丸くした。まぁ、普通ならそういう反応になるよな。俺の場合独学だったし。

 

「ちょ、ちょっと待って燐君、今……なんて?」

 

「ん?全集中をどのくらい維持できるかって」

 

「ちょっと待ってください!ただでさえ全集中の呼吸を行うだけでもきついのに、それを維持⁉︎冗談にも程がありますよ!」

 

「冗談で言っている訳じゃない。全集中を維持する状態を全集中・常中と言う。」

 

「……全集中・常中」

 

「この呼吸は、柱や階級の高い者の殆どが会得してる。覚えておいて損はないはずだ」

常中について説明すると、二人は納得するよう頷く。

 

「その前に、二人にはこれを使ってもらう」

燐はどこから出したのか瓢箪を姉妹に見せる。

 

「瓢箪?」

 

「普通の瓢箪ね。これをどうするのかしら、燐君?」

 

「その瓢箪を破裂させるんだ」

 

「「えっ……破裂?」」

 

流石姉妹、息ぴったりだ。

 

「ああ、破裂させるんだ。息を吹いて…」

 

「えっ!この硬い瓢箪を破裂させるんですか⁉︎」

 

「さ、流石に無理があるんじゃあ」

 

「こうでもしないと常中を会得できたかわからないからな。ただ…この瓢箪は普通の瓢箪より硬いからな、なんなら手本を見せるよ」

燐は二人が持っていた瓢箪を手に取り息を吹きかける。瓢箪はいとも簡単に破裂した。

 

「「…………」」

 

「こんな風に破裂させる事ができるんだ。今の俺くらいになると、これより倍の大きさの瓢箪を破裂させる事ができる。」

姉妹は呆然としている状態だ。目の前で常識外れな事をやれば無理もない。しかしこの二人ものちに常識離れをする事になる。

 

「とりあえず、まずは全集中を維持するためには肺を鍛えないといけない、そのため先ずは俺とお前達で鬼ごっこをする。俺が逃げる方で二人が俺を捕まえる方だ。」

 

 

「えっ?流石にそれは私達の方が有利なんじゃ…」

 

「安心しろ……今のお前達には絶対に捕まらない自信がある」

 

「舐めた事言って…、姉さんやろう!桐生さんに一泡吹かせてやりましょう!」

 

「あらあら、珍しくしのぶもやる気が出てるわね。」

 

 

 

 

 

 

 

こうして胡蝶姉妹の修行が始まった。




この時点で胡蝶姉妹の強化が始まります。しのぶは鬼殺隊に入る前には常中を会得しています。


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第七話

胡蝶姉妹に全集中・常中を教えて数週間経ったが、白からの伝令は無い。

正直言って、かなりの期間の休暇だ。結局一晩だけではなく数週間も胡蝶姉妹の屋敷に世話になってしまった。その代わり、稽古をつけた胡蝶姉妹の成長を見ることができたとも言える。

まずはしのぶ…木刀を使った稽古をした時に分かったことだが、しのぶはどうやら腕力が無く鬼の頸を斬れないようだった。

 

何か体に打ち込むような太刀筋だったので、気になった俺は聞き辛くも、しのぶに話を訊いてみた。どうやら目利きのよい育手も、鬼殺隊の道を諦める方向で……しのぶの心を折るつもりで指導していたみたいだ。

しかし、しのぶは鬼殺隊の道を諦めていない。そんな俺はしのぶの姿に正直尊敬した。カナエの話によるとしのぶは、鬼の嫌う藤の花を使った毒を作っているらしい。周りは「毒で殺せるわけがない」と馬鹿にされていたらしいが、正直俺は驚いた。

これが実現できれば鬼の頸を断たずして殺す事が可能だ。

 

 

 

 

それはある日のことだった。

 

「あの、桐生さん、どうして……どうしてそんなに真剣に私の事を指導してくれるんですか?」

 

「なんでって……急にどうした、しのぶ?」

 

「私、言いましたよね、鬼の頸を斬れないってことを。どれだけ研鑽しようと、どれだけ努力を重ねようと、私が鬼の頸を斬れる日は来ない。藤の花を使った毒だって、みんなから馬鹿にされた……!桐生さんも内心そう思っているんでしょ?毒で鬼を殺せるわけがないって……」

 

 

「……俺はそうは思わないな」

 

「……え?」

 

「正直、鬼を毒殺するなんて考えた事がなかったからな、でも、確かに鬼は日輪刀を使わないと殺せない訳じゃない……俺の父さんが言ってたよ、常識はいつか書き換わるものだって、固定観念に囚われたらいけないんだって。何度も失敗したっていい、けど、諦めるな、『失敗は成功のもと』って言うしな」

 

 

「………」

 

「それに、しのぶは俺やカナエには持っていないものを持ってる。お前が納得いくまで付き合ってやるさ。俺は、今しのぶのやっている事を素直に凄いと思うし、尊敬する」

 

俺は思っていた事をしのぶに伝える。この言葉に嘘偽りもない。しのぶはしのぶのやり方で前に進んでいる。

 

「っ、ぅ、ぅうぅぅうっ……」

 

すると、しのぶの目から涙が流れ、嗚咽を漏らし出した。

 

「………え、ちょっと⁉︎」

まさか泣かれるとは思わなかった。何か悪いことを言ってしまっただろうか?

 

俺は、自然としのぶの頭に手を置き、撫でていた。

 

「……っ…?」

 

「………」

 

無言のまま、しのぶの頭を優しく撫でる。

 

 

「………ふふっ、急にどうしたんですか?“燐”さん」

 

「いや…俺が何か不味いこと言ったかとおもってな、と言うかお前、今、名前で」

 

「だめでしたか?嬉しかったんです。あんな風に言われたのは初めてで」

 

この時、しのぶは気付いていなかったが、背後に隠れながら微笑ましく見守っていたカナエの姿があった。俺は特殊な気配を感知できるから、たとえ気配を消せたとしてもバレバレだ。

 

 

俺はこの日からしのぶを指導していた育手を後悔させてやろうと思った。稽古をしていく内にしのぶは自分だけの呼吸剣技を完成させた。

 

 

 

「蟲の呼吸 蝶ノ舞・戯れ」

 

しのぶの呼吸は蟲の呼吸……“水の呼吸”の派生から更に自身に適した形へと派生させた。鍛錬して気づいたが、しのぶは振る筋力が弱い反面、押す・突くといった筋力がずば抜けている。今ではその威力は岩を貫通する程である。

形になってきたものの、毒がまだ試作段階の為、検証の必要もあるが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次にカナエ、さっきからなぜ彼女を名で呼んでいるか気になっている方もおられるだろう。カナエが少し拗ねた様子で「しのぶだけ名前で呼んで不公平だ」と言ってきて、名前呼びを強要されたのだ。

 

 

「ほら、しのぶのように! ね? り・ぃ・ん君」

 

「い、いや…それは」

 

俺は最初同い年故か、カナエの事を呼び捨てする事に抵抗感があった。

 上目遣いでカナエに見つめられる……精神的にも詰め出したカナエの突然の行動に俺は戸惑いを隠せなかった。

 

 

「ねぇねぇ、ほらほら。名前を呼ぶだけなんだから」

 

「………………カナエ」

 

「もっと大きな声で!」

 

「……カナエ」

 

「もう一声!」

 

「“カナエ”!」

 

「うふふ、うんうん。カナエ大満足~♪」

 

 カナエは俺の頭を撫でて来た。内心心地良かったのは言葉にせず、俺はカナエの手を退ける。その後、満面の笑みでカナエは俺の両手を握って上下にぶんぶんと振った。俺は結局カナエに押し負けたのだ。

 

カナエは常中も会得し技の精度も上がってきた。今なら通常の鬼だったら問題なく倒せるだろう。

しかしカナエは鬼と仲良くしたいと言うのだ。正直耳を疑ったが、カナエの言っていることも理解できる。

 

鬼も元は人間だ。加害者であると同時に被害者でもある。鬼の祖たる鬼舞辻無惨という全ての元凶によって作り上げられている。

人食いの因果に囚われた者……しかし、その所業は決して許されるわけではない。鬼の中には自ら望んで餓鬼道に堕ちた同情もできない畜生にも劣る屑共もいる。俺はそんな鬼を何体も見て頸を斬ってきた。

俺は悪鬼には容赦しない。カナエの夢に賛同するが彼女みたいに出来そうにない。

 

 

俺はせめて、悲劇を繰り返させないためにも鬼を斬る。それが、今の俺にできる唯一の手向けだ……。

 

 

 

 

 

 

話は変わるが、数週間滞在している内に、屋敷に名前がついた。この屋敷は蝶がよく飛んでいたので“蝶屋敷”と命名したみたいだ。

 

 

 

「はっ!」

 

ここは蝶屋敷の道場だ。カナエとしのぶが同時に駆け出す。今の二人は木刀を持ち、俺を追いかけ回している。俺は腰辺りに鈴を二つ身に付けており木刀を逆手に持ちながら二人の攻撃を受け流す。今回は少しやり方を変え、鈴取りをしながら連携を取る訓練だ。二人の内一人が鈴を奪う事が出来たら二人の勝ちとなる。

 

 

「蟲の呼吸 蜂牙の舞い・真靡き!」

 

「花の呼吸 肆ノ型・紅花衣!」

 

 

 

二人が同時に斬りかかる。しかしその速さではまだ俺に攻撃は通らない。

 

 

「雷の呼吸 弐ノ型・稲魂」

 

 

俺は二人の攻撃を受け流し斬り伏せる。動きはだいぶ良くなったが、まだまだ足りない。

 

「そこまで!」

 

「はぁ…はぁ…はぁ」

 

「はぁ…はぁ、燐さん、私達はまだやれます」

 

「いや、そんな状態じゃいつまで経っても俺から鈴は取れない。二人ともだいぶ連携もとれて動きも良くなったが、まだまだ遅い。それじゃあ目利きのいい鬼には簡単に動きを捉えられてしまう。」

 

二人は肩で息をあげながら疲れ果てていた。長時間の間、鈴取りをしながら燐と相手にしていたが、型を使っても全て彼の速い太刀筋や抜刀術により封殺され攻撃すら当てられない状態だ。今の二人の実力は柱とまではまだ及ばないがそれでも強くなっている。

 

「今回はここまでだ。二人とも体を休めろ。休む事も修行の一環だからな」

 

最初の俺だったら他人の事を言えなかったろうな……この言葉は師範からの受け売りだ。休む時はしっかり休んで寝る時は寝る。俺は道場から出て屋敷内の縁側に腰を下ろす。

 

 

「フゥー……(あの二人、この短期間でかなり成長したな。始めた頃とは大違いだ)」

 

はじめは鬼ごっこからだったが、服にすらかすりもせずバテてしまっていた。しかし、常中を会得してからはどんどん動きも良くなっていき手加減した状態でやっと俺を捕まえられるようになった。

 

瓢箪も今では見事に破裂させることもでき、大きさも徐々に倍にしている。難易度を上げ木刀を使いながら二人を相手にしたが、まだまだ動きは俺から見ると遅いほうだ。

しかしそこらの隊士に二人は難なく勝てるだろう。今の二人が勝てない相手は柱くらいか。カナエも柱になり得る実力を持っているが、まだ条件を満たしていないのでしばらくは無理だろう。

 

 

 

「師範もこんな気持ちだったのかな……鍛えている相手が成長する姿がうれしく思う気持ちって」

 

師範は褒める時は褒めるし駄目だった時ははっきり言う人だった。

 

「まだ夕方までまだ時間があるな、…少し眠るか」

 

 

燐は目を瞑り仮眠をとる。すぐに寝息を立て眠りに入ったのだ。

 

 

 




大正こそこそ話

燐は小さい頃から擽られるのが苦手で、笑いすぎて酸欠を起こしたらしい。


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第八話

『♪〜♪〜』

歌声が聞こえる。とても安らぎを感じる。声のする方に顔を向けると小さい俺が歌っていた。

 

『うふふ、随分上手になったわね、燐」

 

黒髪で後ろに束ねた女性が、微笑みながら、小さい頃の俺に声を掛けた。

俺の母さんだ。

 

 

『お母さん!へへ、お母さんと一緒に歌ってたら歌えるようになっちゃった』

 

『燐は、お母さんの歌…好き?』

 

『うん!大好きだよ!だってお母さんの歌、お日様みたいに温かいんだよ!』

 

『ありがとう燐、私の歌はね、お父さんと巡り会わせてくれたのよ。お父さんは私の歌を綺麗だって言ってくれたの。私の歌を褒めてくれた男の人だけ、お母さんから贈る言葉があるの、受け取ってくれる?』

 

『…?、何?』

 

『燐、あなたを愛してる』

 

『……ふへへっ!俺も!お母さんが大好きだよ!」

 

互いに笑い合いながら抱き合う親子……その光景はとても幸せな気持ちに満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 

「……母さん」

 

 

燐は久々に言い表しがたい心地良さや優しい温もりを感じた。疲れを忘れてしまうほどに快調を感じている。

 

 目を開けると、目の前にはしのぶが少し驚いた様な感じで見つめていた。綺麗な姿勢で俺の頭を膝の上に乗せている。

 

「え……こ、これは一体?」

整理すると、俺はしのぶに膝枕をされている状態だ。どう対応したらよいかわからず無闇に動けずにいた。

 

「起きましたか、燐さん?」

 

「しのぶ、これは一体」

 

「縁側に来たら寝ていたんですよ、燐さん。声をかけようとしたらいきなり私に……」

しのぶの話によると、どうやら寝ていた際に偶然しのぶへもたれかかってしまったようだ。

 

「すまない、迷惑かけたろう」

 

「いつも稽古をつけてくれるんですから、これくらいどうって事ないです」

 

しのぶは笑顔で答える。俺もつられながら苦笑いしてしまう。

 

「そうか、今何時だ?」

 

「もう夕方です。今から夕食を作るので、それまでにお風呂には入っておいてください。」

 

「…わかった。そうするよ」

燐は立ち上がり風呂場に向かう。汗のかいた身体を洗い流し、その後はいつもの通り夕食だ。その食事の際、カナエが声を掛ける

 

「燐君、どうかしたの?」

 

「ん?いきなりどうしたカナエ」

 

「最近考え事をしてる様な感じがしたからどうしたのかな〜って」

 

「ああ…そのことか、最近雷の呼吸の新しい型を試しているんだが、中々形にならなくてな」

 

「新しい型…ですか」

 

「ああ、だが…新しい型はそう簡単に編み出せるものじゃないからな、二人に聞くが、今あるそれぞれの呼吸でどの型まであるかわかるか?」

 

「えっと…、炎は玖、水は拾、雷は陸、風は捌、私が使っている花は陸……」

 

「そうだな。だがカナエ、雷は今漆ノ型まである。その漆ノ型は俺が作った」

 

「え!?」

 

「師範の修行をつけてもらっている時期にな。最終選別前に完成させたから知らないのも無理はない」

 

 

二人は驚いている。基本となる呼吸で新たな型を作り出した者は長年いなかったからだ。

 

「ご馳走様でした。これ、洗って置いておくよ」

燐は食べ終わり部屋から退室する。しかし一瞬のことだったが、しのぶは燐の異変に気がついた

 

「しのぶ、どうかした?」

 

「さっき、燐さんの右眼…一瞬だったけど、赤目の黒の勾玉の形だったような」

 

「あらあら、どうしたのしのぶ、燐くんの瞳は黒色よ」

 

「そうじゃなくって!燐さん、最近右眼を気にするようになって……燐さんからは診察を頼まれたけど、異常はなかったの。私は疲れか鬼が原因かとおもったけど、鬼の毒は確認できなかった」

 

「きっと燐くんも疲れてるのよ。私達に毎日稽古をつけてるから少しばかり無理させちゃったと思うわ」

 

「そうなのかな?」

 

「きっとそうよ。そうだしのぶ!明日三人でお出掛けしましょう!」

 

「え?私と燐さんも?」

 

「たまには息抜きも必要よ。燐くんにお礼も含めて、ね」

 

「そうね、ああやって私のことも真剣に指導してくれた人、燐さんくらいだから……もし燐さんが指導してくれなかったら、蟲の呼吸は完成しなかったと思うし」

 

 

 

 

 

燐は食べ終えた皿を洗い終わった後、屋根の上で瞑想を行う。燐は、自分の身に違和感を持ち始めたのだ。

 

 

「(最近右眼が妙に痛む……)」

燐は最近右眼に妙な違和感を持っているのだ。

その為、瞑想にも身が入らない。

 

 

「(ダメだ、余計なことは考えるな。集中するんだ……集中!)」

 

燐は瞑想に集中する。空は綺麗な星空が広がり、月は三日月だ。辺りは静かで風も心地よい。

 

「(滞在して数週間、カナエは任務があったもののいい感じに鬼を倒せてる。目立った外傷もない。しのぶは、毒が完成してるがまだ検証が終わってないから選別に行かせるわけにはいかない)」

胡蝶姉妹と鍛錬をして交流も深めこちらもよい経験となった。指導する身として最初は不安はあったが上手く教えられることが出来たと思っている。

 

 

「……さん」

 

 

「(俺の中に眠るあの力は下手すると暴走する危険もある。場合によっては……)」

 

「…燐さん」

 

鴉から連絡もなく胡蝶姉妹に稽古をつける日々だった。お陰でいい経験にもなったが、あまりに長いと実戦の勘が鈍ってしまうのだ。

 

「…燐さん‼︎」

 

「わっ!?ってお前かしのぶ、どうした?」

 

「どうしたじゃありませんよ、何度も呼んでいたじゃないですか!本当に姉さんの言った通りでしたね。」

 

「すまない、どうもこう言う事に集中してると、な。それで、どうしてここに?」

 

「姉さんが明日お出掛けしましょうって言ってきたんです。たまには息抜きも必要との事です。」

 

「まぁ確かにここ最近鍛錬ばかりしていたからな、たまにはいいんじゃないか?姉妹水入らずで過ごして…」

 

「え?あの……燐さんも一緒のつもりで言ったんですけど」

 

「え、俺も?邪魔になるんじゃないのか?」

 

「お礼も含めてだそうです。私も燐さんにはお礼をしたいので」

 

「いや、別に見返りを求めてお前達に稽古をつけたわけじゃ…」

 

 

「―カァーッ! カァァ――――ッ! 伝令! 伝令! 桐生 燐! アスノ朝、西ヘトムカエ! 調査ニ向カワセタ隊員ガ十五名以上行方ヲ眩マセテイル! 原因ヲ解明セヨ!!」

 

突如白い物体――――白衣が伝令を大声で叫びながら頭上を飛び回る。そしてその内容を聞いて俺は息を呑む。

 

どうやら休暇は今日で終わりみたいだ。内容を聞けば不満の気持ちなど湧かない。

 

 

「そう言う事だしのぶ、明日は一緒に行けそうにはない」

 

「そう…ですか」

しのぶは少し落ち込んだような表情をする。俺は無意識のうちに顔に苦笑を浮かべながら、しのぶに近づき、

 

「許せしのぶ、また今度な」

 

右手の人差し指でしのぶの額を小突いて、そう締めくくる。これは、父さんが俺によくやっていた。何故俺がこんなことをしてしまったのか、自分自身わからない。ただ、しのぶを見ていたら、こうしたくなった。

 

一方しのぶは、今まで見たことのない燐の穏やかな表情と突飛な行動に、目を丸くして驚いていた。だが、何を言っていいのかも分からない。心の整理がつかないながらも、ただ一言、

 

「………約束ですよ」

 

それだけ言うと、足早に屋敷内へと戻っていった。

 

 

 

 

「戻るか……」

燐は屋根から降りて屋敷内に入る。設置された部屋の寝床に横になりそのまま燐は眠りに入る。

 

 

 

眠りついた燐が目を開けると真っ暗な空間に立っており、服は寝間着から隊服に変わっていた。すると光が覆い一瞬で闇を払う。闇の世界から光の世界へと変貌させたのだ。 

瞼から感じる光がやみ始めた所でゆっくりと目を開く。目を開いてみれば夜空が広がり、自分は平原の真ん中に立っていた。

 

「……なんだ、ここ?」

 

『ほぉ、面白い冗談を言うものだな、カグラ』

声のする方に顔を向けると男性と女性がいがみ合っていた。しかもかなりの威圧を放っていた。女性の瞳は変わった形をしていた。

赤い瞳で、瞳孔の周りには輪がかかり、その上に黒の勾玉模様が三つ配置されている。

 

『冗談でも何でもない!確かに私は鬼だが、心は人間だ。お前には勝てないかもしれない!けど…私は死なない!たとえこの肉体は滅んでも、私の意志を継ぐものが必ず立ち上がる!そして無惨、貴様を倒す!』

 

『意志を継ぐ者が私を倒す?くだらん、所詮は世迷言だ。』

 

『言っていろ!風巫女の剣聖を、甘く見るでないぞ!』

 

勾玉模様の目がさらに変化した。しかし燐が驚いたのはそれだけではなかった。

 

 

「なっ⁉︎無惨だと!まさかあいつが…、鬼舞辻 無惨!」

カグラと言う女性は、目の前の男を無惨と言った。その言葉に燐は驚きを隠せなかった。鬼舞辻 無惨、それは鬼の首領だ。

 

「(鬼舞辻 無惨……なんだこの気持ち悪い気配は?それにあのカグラって言う人も鬼なのか?何故無惨の名を口にしたのに呪いが発動しない?それにあの眼、父さんと同じ、いや、でも…形が違う)」

鬼は無惨の名前を口に出すと呪いが発動し、名を口にした鬼は強制的に死ぬ。なのにカグラと言う女性の鬼は呪いが発動しない。

 

 

そして二人の戦いに火蓋が切られた瞬間、再び暗闇に覆われた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

ーーーーーーー

 

ーーーー

 

 

「…ッ‼︎はぁっ…はぁっ、ゆ、夢?」

ガバッと勢いよく体を起こし荒くなった息を整える。あまりの威圧に呼吸を忘れ無呼吸の状態だった。燐はゆっくり深呼吸を繰り返し行う。しばらくして落ち着き内容を整理する。

 

「何だったんだあれは…グッ!」

今度は両眼と心臓あたりに激痛を感じ、押さえたが、すぐにそれは治った。

 

「はぁ…はぁ、左眼もかよ、なんなんだ…この痛み」

辺りはまだ暗く夜中だと分かる。月の位置からしてまだ数刻しか経っていないのだろう。

 

「(水、飲みに行くか)」

喉が渇いた燐は布団から出て台所に向かう。台所にたどり着いた燐は容器に水を入れ一気に飲み干す。使った容器を洗い、元にあった場所に戻す。

 

「(あれは一体なんだったんだ。なんで鬼同士が戦って?それにあの目……もしかして俺のご先祖様って)」

 

 廊下に出て、先程の夢について考察しながら部屋に戻っていた時のことだ。

 

 

 

「いやああああああああああああああああああっ!!!」

 

 

「ッ!?!?!?な、なんだ⁉︎」

 

 尋常では無い叫び声に、俺の頭の中に残っていた夢の内容は一片残らず吹き飛ばされた。

 

 俺は弾けるように走り出し、悲鳴の聞こえた部屋の戸を乱暴に開ける。

 

 その部屋は、胡蝶姉妹の寝室だ。障子の向こうには身体を震えさせながら縮こまり、カナエに抱きしめられるしのぶの姿があった。誰がどう見ても尋常じゃ無い。

 

「どうした!何があったんだ! 」

 

「燐くん……ごめんなさい。その、しのぶが、夢で……」

 

「お父さん……お母さん……!! あ、あぁっ、あ……」

 

 血を吐くような嗚咽、口から零れ出る言葉から、俺は大体の状況を察した。

 

 恐らく夢で見たのだろう、しのぶとカナエの両親が鬼に殺される、その瞬間を。

 

「……悪夢……か」

 

「うん……」

 

 俺は滞在している間、カナエからある程度二人の過去は聞いていた。姉妹二人だけでこんな大きな屋敷で暮らし、両方鬼殺隊を目指しているなどどう考えても嫌な想像しかないからだ。

 

「……鬼が、お父さんとお母さんを……、うぁぁあぁあぁっ!!」

 

「大丈夫よ、しのぶ。大丈夫、大丈夫だから……!」

 

「一人にしないでよぉ……! 姉さん、私を、置いて行かないでぇ……!!」

 

「しのぶ……」

 

「よくあるのか?」

 

「……うなされることは何度かあったけど、最近は落ち着いてきたの。今回は今までより酷い状態よ」

 

 

「お父さん、お母さん……ごめんなさい……! ごめんなさい……! 私、わたしっ……!」

 

「しのぶ、駄目よ、自分を否定しては駄目……」

 

「う、ぅぅううぅぅうぅうっ……!」

 

 それを必死で慰める二人の姿が居たたまれなかった。

 

「(こんなことしか思いつかない、でも、それでしのぶが落ち着くことができるなら)」

 

俺は無言で二人の傍に寄った。

 

「♪〜♪〜」

 

そして、歌い始める。ぎゅっと、震えるしのぶの手を握る、彼女の冷たさに震える心を、少しでも温める為に。

 

「……ぅ、うん」

 

「…………」

 

 

 カナエは突然の事に驚く。まさか燐が歌うとは思わなかったのだ。しかし少しして燐の歌を聞き魅了される。

 

「(とても、心が温かくなる歌声)」

 

歌う事数分、ようやく落ち着いたしのぶは優しい眠りに落ちてしまった。

 

「スゥ、スゥ…」

 

 

「良かった、落ち着いたみたいだ。」

 

「………」

 

「カナエ?どうしたんだ、ボーッとして」

 

「あっ…ご、ごめんね!あまりに綺麗な歌声だったから、驚いちゃった、燐くんが歌を歌えたなんて。」

 

「ありがとう。この歌は母さんが歌ってた歌なんだ。母さんの歌が好きで、一緒に歌っているうちに覚えたんだ」

 

「燐くんの、お母さんが」

 

「うん。俺も何か不安になった時とかに歌ってもらって、自然と落ち着いてた事があってな」

 

「そうなんだ」

 

「俺はそろそろ戻る。しのぶも落ち着いたしな」

 

「うん…ありがとう、燐くん」

 

俺は部屋に戻る為しのぶの手を離そうとするが

 

「いやだっ!」

 

「えっ?」

 

しのぶが何故か俺の手を握って離さない。それだけではなかった。俺を引っ張り抱きしめるのだ。

 

「えっ、ちょっ⁉︎しのぶ!」

 

「離れちゃ嫌……お父さん……!」

 

「…………はい?」

 

 しのぶは俺を引き寄せギュッと強く抱きしめる。少しだけ力を入れて解こうとするも、しのぶは力いっぱい抱きしめて全く離さない。それに、震えて涙まで見せられては強引な方法に出るわけにもいかない。

 

それに、女の子特有のいい匂いが…じゃなくてだな!まずい、非常にまずい!しのぶはおそらくこれは無意識な為、自分のやっている事に気付いていないはず。

どうしたらいいのかわからない状況に突然放り込まれた俺は、手で顔を覆う。

 

「……ごめんなさい、燐くん、少しだけしのぶの傍に居てあげてくれないかしら」

 

「……このままでか⁉︎」

なるべくしのぶを起こさないように声量は下げて言ったが、姉も姉で何言ってんだ⁉︎この状態を保つのは流石の俺もやばい。

 

「う、ぅん……」

 

「えっ……おい、待て!しのぶ、頼む、ちょっと待ってくれ!」

 

「あらあら、もう逃げられなくなったわね~」

 

 カナエは満面の笑みを浮かべているが俺は焦りの気持ちでいっぱいだ。しかし、しのぶは次に俺の腰に手を回してしっかりと掴まってしまう。

 

「(どうしてこうなった!?)」

 

燐は突然の悲鳴に駆けつけただけなのだ。しかし、こうなってはもう抜け出せない。

 

「燐くん、布団敷きましょうか?」

 

「……すまない……頼む(無理だな、この状態)」

 

結局諦めた。俺はしのぶに殴られる覚悟で、カナエの提案に頷くしかなかったのだ。

 

 それに、さっまでなかった眠気が再び俺を襲う。俺はカナエの敷いてくれた布団に横になりながら、俺の体を抱きしめているしのぶの寝顔を眺める。

 

普段見られない顔に燐は目を逸らしてしまう。燐もこう言った事に耐性があるわけではない。

 

この姉妹は俺と同じ、両親を目の前で失った悲しみを背負っている。

 

「おやすみなさい…燐くん」

 

「ああ…おやすみ」

 

俺は瞼を閉じ再び眠りに入るのだった。



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第九話

──チュンチュン

 

朝日が登り、スズメの囀りを目覚ましにしのぶはゆっくりと瞼を開けた。

 

「う、ぅん……ふぁぁぁ……」

 

 とても心地よい朝。陽だまりのような優しい温もりによって、しのぶは昨晩自身を苦しめた悪夢の痛みを忘れてしまうほどに快調を感じている。

 

「うふふ、姉さん。だらしない顔」 

 

隣を見れば、いつも通り姉のカナエが眠っていた。

 

 

気持ちよさそうに布団に包まりながら幸せそうな顔を浮かべて寝息を立てている。それを見てしのぶも思わず笑みを浮かべ、カナエの顔をそっと撫でた。

 

「…………あれ?」

 

 そこでしのぶは違和感に気付いた。自身を包む温もりの源、それが隣で寝ている姉のカナエのものであるとは理解した。しかし、何故か反対側からも同じような温もりが感じられた。

 

しのぶは喉を鳴らしながらギギギ……と恐る恐る振り向く。

 

 

そこには、何故か、見覚えのある人の寝顔があった。

 

 

「……………え、え、え?」

 

 状況が上手く呑み込めないしのぶは自分でも信じられない程震えている声を喉奥から漏らしてしまう。

 

「(…え?何?なんで? どうなっているの?どうして燐さんがここに?)」

 

 何も言えずに固まってしまったしのぶを他所に、隣で寝ていたカナエが目を覚ました。

 

「ふぁぁああぁあ……あら、しのぶ。もう起きたの? おはよ~う」

 

「(何が起こったの?夜の間に一体何が!?何がどうなったら燐さんが私の隣で寝てるのよ⁉︎)」

 

 寝起きという事もあるだろうが、混乱した頭をフル回転させたしのぶはおよそ数秒で最悪の予想を叩き出した。だが、燐はそんなことをする人ではないので即座に否定する。事情があると信じたかったからだ。

 

「姉さん……昨日、何があったの?」

 

 しのぶは顔を赤くし、目に少し涙を溜め、震える声で姉にそう問うた。しかし未だ頭が覚醒途中なのかカナエはしのぶの異変に気付かないまま、ホワホワと笑顔で返事をする。

 

「うふふっ、色々あったのよ。やっぱり燐くんは、凄かったわ」

 

「(色々って何? 何が凄かったの?)」

 

「しのぶも見てよ、燐くんの寝顔、真剣な表情が一変して子どもみたいな顔をしてて可愛いわ〜♪」

 

「姉さん!ちゃんと説明してよ!」

 

「シー!だめよしのぶ、そんなに大声出したら」

 

「……う、ぅん」

カナエは止めるが既に遅く、燐は目を覚ます。

 

「…… ふぁぁぁ、朝か?」

燐は目元を擦りながら周りを確認する。周りにはしのぶとカナエの姿が確認できた。

 

「…ほら〜、起きちゃった」

 

 

「………」

 

しかし目を覚ました燐は、夜中のことを思い出し座ったまま一瞬にして壁まで後退りする。燐は冷や汗がどんどん流れてくる。

 

「お、おはようございます」

燐はとりあえず朝の挨拶をするのであった。

 

「うふふ、おはよう燐くん、ぐっすり眠れたみたいね」

 

「あっ、ああ、しのぶもおはよう」

 

「おはようございます。燐さん、よろしければ昨夜何があったのか説明できますか?少しでも嘘を言うようであれば」

しのぶは笑顔で追求するが、目が笑っていない。何故か真剣をいつのまにか持っている。右手で刀の柄を握り、シャリンと刀身の半分だけ抜く。そして……。

 

「斬り刻みますよ?」

 

「は、はい。(どうする、下手に誤解を生むような言い方をすれば、俺はしのぶに殺されかねない)」

 

今のしのぶの威圧は誰か殺せそうなほどすごい。下手に嘘をつけば本当に殺されかねない。あれは状況が状況で仕方なかったとはいえ責任は俺にもある。

 

「カァーッ!カァァ――――ッ! 桐生 燐!準備ガデキシダイ、西ヘトムカエ! ムカウノダー!」

 

俺の鎹鴉・白、この白い鎹鴉の助け舟が出て助かった。

 

「しのぶ、すまない。俺は準備が出来次第すぐに出立する。説明は朝食の時で構わないか?」

 

「はぁぁぁぁぁぁ、わかりました。ですが!説明はきっちりとしてもらいますからね!」

 

しのぶは刀を鞘にしまうと、先程の威圧感は消え去った。燐はほっと胸を撫で下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………どうぞ」

 

「……すまない、ありがとう」

 

 現在しのぶと俺は、当然の如く気まずい雰囲気になっている。

 

 あの後、事情説明を行った結果、しのぶは納得してくれた。だが、それでも俺が胡蝶姉妹の寝る部屋で快眠していた事実は変わらない。

 

俺はしのぶから受け取ったご飯を受け取り、チラリと彼女の顔を見る。

 

 しのぶは石のように固まった無表情だったが、ほんの少し顔と耳が赤くなっている。

 

「……その、ごめんなさい。迷惑をかけしてしまって」

 

「しのぶが謝ることじゃない。俺が無闇にお前の手を握らなかったらあんな事にはならなかった。責任は俺にもある」

 

「それでも、本当にごめんなさい」

 

「俺の方こそ、すまない」

 

「二人ともそこまで!もう過ぎたことを言っても仕方がないわ。冷めないうちに食べましょう」

 

「そうだな……」

 

「うん、わかった」

二人は箸を動かし黙々とご飯を口に運ぶ。

 

俺は昨夜見た夢の内容のことを考えていた。カグラと云う鬼の女性の瞳のことである。

父さんは右眼だけだったのに対し、カグラは両眼とも変わった形だった。それもさらに別の形に変化させた。かつて父さんに、眼について聞いたことはあるけど話してくれなかった。今となっては知る術もない。

 

「そうだ!聞いてよしのぶ!燐くん、歌を歌うのが凄く上手なのよ!」

 

「……おい、やめてくれ」

 

「え、燐さんが?歌を?」

 

「そうよ、しのぶを落ち着かせたのも燐くんが歌ったからなの。私、思わず見惚れちゃった!」

 

「そうだったんだ(だからあの時、陽だまりような温かさを感じたのね)」

 

「燐くん!また歌ってくれないかしら?しのぶにも聞かせたいわ!」

 

「断る」

 

「え〜…….燐君の歌凄くいいのに」

 

「申し訳ないが、そう簡単に聞かせていいようなものじゃない。あの時はやむえなかっただけだ」

燐さんはなんだか少し怒っているように見えた。

 

「ね、姉さん、燐さん嫌がってるでしょ、あまりしつこいとよくないわよ」

 

「そ、そうね!ご、ごめんなさい、燐くん」

 

ついきつい感じに言ってしまった。俺は二人に世話になっている立場なのに、ましてや母さんの歌を聞きたいと言ってくれた人がいるんだ。

 

……仕方ない。

 

「……カナエ」

 

少しきつくいいすぎたと思った燐は、カナエを手招きする。カナエが燐に恐る恐る近づくと、

 

「許せ、カナエ…また今度、聞かせてやる」

 

右手の人差し指でカナエの額を小突く。父さんの受け売りだ。父さんは約束を守る人だから、俺は「許せ」の一言で諦めることしかできなかった。父さんの顔はその時、穏やかだった記憶がある。

 

カナエは、今まで見たことのない燐の穏やかな表情に驚いている。こんな燐の表情を、カナエは知らない。だが、何をどう言っていいのかも分からない。戸惑ながらも、カナエはただ一言。

 

「………約束……だからね。」

 

「ああ、約束だ。」

 

「…………」

しのぶはその行為に昨日の事を思い出し無意識に自分の手を額に触れる。  

 

「(なんだろう、この気持ち?燐さんのあの顔を見ると、鼓動が早くなる感じがする)」

しのぶは初めての感覚に考え込む。しのぶがこの気持ちに気がつくのはまだ少し先のことだ。

 

「そうだ、しのぶ。今、毒はどのくらい完成してる?」

 

「えっ、あっ、はい。今検証の必要な毒は三個あります」

 

「三個か、よし。その毒、俺が使って実験しても構わないか?」

 

「え?燐さんが?別に構いませんけど、なんで私の作った毒を」

 

「最終選別にぶっつけ本番で行かせるわけにもいかないからな。しのぶはまだ鬼殺隊じゃないから任務に同行させるわけにもいかない。何が起こるかわからないからな。だから俺が毒の効果を確かめてしのぶに報告するって訳だ」

 

しのぶは腕を組み考え込む。しばらく考え込み、しのぶは組んでいた腕を解く。

 

「わかりました。毒の検証、お願いしてもいいですか」

 

「ああ、任せろ。結果は鴉に書いた文を渡して知らせる」

 

「はい、それでお願いします。それから、二人も早く食べてくださいね。私、準備してきますから」

しのぶはいつのまにか食事を食べ終え、部屋から退室する。現在俺とカナエは二人の状態だ。

 

「燐くん、ありがとう」

 

「ん、いきなりどうした?カナエ」

 

「あなたが蝶屋敷に滞在して数週間だけど、しのぶ、少しずつだけどよく笑うようになったの。いつも硬い表情をしてたから姉として心配だったけど、燐くんがきてからは少しずつ、少しずつだけど、変わり始めてる。」

 

「確かにそうだな、俺が最初に来た時は警戒心も強かったし、訳のわからないことも言ってて、言葉もきつかったからな。でも、心の底から笑ったしのぶ、可愛いからな」

 

「うふふっ、そうでしょ!しのぶはとっても可愛いもの〜!」

 

「ふっ、さて、俺も準備するか。夜までには目的地に向かわないと」

燐は立ち上がり退室しようとするが、

 

「…ぐっ!」

 

突然胸に痛みを感じ右手を床につき、左手で胸を押さえる。その様子にカナエは燐に駆け寄る。

 

「燐くん⁉︎どうしたの!大丈……えっ?」

カナエは肩を上げながら息をしていた燐の両眼を見て言葉が続かなかった。リンの瞳は赤く、瞳孔の周りには輪ができ、その上に黒の勾玉模様が三つあり、髪の色も少し白く変化していた。

しかし、それはすぐに消え、元の瞳と髪に戻った。

 

「はぁっ…はぁっ、すまない、大丈夫だ」

 

「………」

 

「カナエ?」

 

「燐くん、その…さっき、髪色と瞳の形が」

 

「え?」

 

「燐くん、今回の任務、やめた方が…」

 

「……大丈夫だ。これくらいどうってことない」

燐は何ごともなかったように立ち上がり、準備をする為、部屋から退室する。しかしカナエは先程の燐の変化が気になった。

 

「(燐くんの変化、あれは一体なんなの?髪の色もそうだけど、あの眼、普通じゃない何かを感じた……)」

 

 

出立前、白色の羽織を着て、日輪刀を腰に差し、しのぶから藤の花の毒を受け取った。胡蝶姉妹は、燐を見送る為、蝶屋敷の前まで出てきた。

 

「わざわざ見送りなんて悪いな」

 

「私達が好きでやっているだけです。それとこれ、私達が作ったおにぎりです。任務の時に食べてください」

しのぶは風呂敷を燐に手渡した。

 

「すまない、助かる。」

 

「燐くん、本当に大丈夫?無理してるんじゃ…」

 

「さっきも言ったが、大丈夫だ。任務に支障はない。俺はそろそろ行く。二人とも、またな」

 

燐はその場から駆け出し振り向く事なく目的地に向かう。背が見えなくなるとカナエはしのぶに声をかける。

 

「しのぶ、どうしておにぎりを私達で作ったって言ったの?しのぶが作ったって言えばよかったじゃない」

 

「………………だって、はずかしかったから」

頬を赤くしたしのぶの言葉にカナエは胸をキュンとさせた。

 

「あ〜〜〜〜もう、しのぶにこんな顔させるなんて!燐くんに妬いちゃうわ♪」

 

「…やめて姉さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし胡蝶姉妹はこの時知る由もなかった、燐が瀕死状態で蝶屋敷に運ばれる事になると。



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第十話

蝶屋敷にから離れて数刻、現在燐は速度を落とし、目的地に向かっている。天気は爽快で雲ひとつもかかっていない。鬼が現れるのは夜だろう。

 

「白、後どのくらいで目的地につく?」

 

「コノ調子デイケバ夕方ニハツクハズダ!」

 

「夕方、ちょうどいいかもな。ん…この気配、もしかして!」

燐は走り出し気配の主の元に向かう。すると人影が見え来た。服の背には「滅」の字があり同じ鬼殺隊隊士だと確認できた。

 

「村田さん!」

 

「えっ、お前…燐じゃないか!どうしたんだ、こんなところで!?」

 

鬼殺隊の隊員村田さん、俺の先輩隊士だ。艶のある綺麗な髪が特徴だからすぐ分かった。 階級は『庚』、人柄も良く、面倒見の良い先輩だ。

全集中の呼吸は水の呼吸を用いているが、言葉足らずの知り合いより技量が無いためか、合同任務の時、日輪刀の色は薄すぎて分からず、型を使った際に周囲に見える水流も薄すぎて見えない。

 

「俺は任務で目的地に向かってる途中で……もしかして村田さんも同じ目的地なんですか?」

 

「お前もか?じゃあ今回はお前と合同任務になるのか」

 

「そう見たいです。ただ、今回の任務、異様にイヤな予感がするんです」

 

「やっ、やめろよな!お前が言うと本当に洒落にならん!?」

 

「ですが、現に鬼殺隊士が十五人以上消息をくらませている時点で、鬼にやられたと見てもいいでしょう。かなりの人を食ったか、下手すれば、“十二鬼月”の可能性もありますね」

 

十二鬼月、それは、鬼舞辻 無惨が選別した直属の配下で、“最強”の十二体の鬼のことである。

 

物事の常として鬼の素養にも優劣があり、優れた者はより多くの人間を喰らう事ができる。

これらの鬼は人喰いにより力を増すだけでなく、無惨から更なる血を授けられることにより加速度的に力を増す。

中でも十二鬼月は数百人の単位で人を喰らう素養があり、その力は通常の鬼殺隊士では文字通り刃が立たない。 そう、通常の隊士では、の話だ。

 

鬼は潜在的に強さへの渇望と、無惨への忠誠を刷り込まれている他、十二鬼月となった者には群れを作るなどある程度の自由が許されることから、十二鬼月に選別される事を至上の名誉としている。しかし、完全実力制のため選別された後も更なる力の鬼が現れ、席位を剥奪される個体もいるみたいだ。

燐も元とはいえ、十二鬼月だった鬼も何体か斬っている。そして文字の書かれていたであろう眼球には傷があり再生する様子もなかった。

 

「十二鬼月…、俺は遭遇したことはないけど、お前、半年でそれを二体倒したんだろ?俺、お前みたいに強くはないからな」

 

「俺はまだまだですよ。村田さんは村田さんなりに頑張ってるじゃないですか」

 

「ハハ、ありがとうな、強いお前にそう言ってもらえると気が楽になるよ。今回も頼りにさせてもらうぞ、燐」

 

「はい、期待に応えられるよう頑張ります」

二人は目的地に向かうため一緒に行動をする。しばらく雑談しながら進む。休日どう過ごしているかとかあいつがあんなんだとか至って普通の会話だ。燐にとってはこの会話も大切な時間の一つだ。

 

―ギュルルルルルル

 

「今、腹なったのお前か?」

 

「そう…ですね。日の位置からしてもう昼あたりですし」

燐は持っていた風呂敷から胡蝶姉妹が作ったおにぎりを取り出す。綺麗な形でとても美味しそうだ。

 

「村田さんもよければ食べます?」

 

「いいのか?じゃあ遠慮なく」

村田さんはおにぎりを一個手に取り口に運ぶ。俺もおにぎりを食べる。

 

「おっ、美味いなこのおにぎり!」

 

「(やっぱり懐かしいな、この味付け。おっ?このおにぎりは、具材が入ってるのか。しかもおかか)」

燐は母が作った味を思い出しながら食べていると、梅干し、高菜などいろいろあった。

 

「(あの二人に今度、甘味を差し入れよう)」

そう思いながら俺達はおにぎりをたいらげる。数個のおにぎりで腹が満たされた。腹は減っては戦はできぬって言うしな。

 

 

 

 

 

 

一人の男が夜の山中に立っている。周りの木々は鋭利な刃物で斬られ、周りは死体だらけで、乾いた血の海が残っている。

男は長い黒髪を後ろで縛り、六つ眼を持った異形の者……さらに額や首元から頰にかけて揺らめく炎のような黒い痣がある。

 そう、その男は人ではなく鬼……。

 

「来たか……」

 

鬼はゆっくり目を開ける。月明かりに照らされたその眼球には両目に“上弦壱”と刻まれている。

 

 他の十二鬼月とは隔絶した力を有するこの鬼は正しく無惨にとっての切り札である。その男が単独でこの山で待ち続けている人物がいる。最近噂になっている鬼狩り、鬼はその剣士に興味があったからだ。

 

「…お前を……待っているぞ…鬼狩りの雷霆…」

 

———————–––––

 

————————

 

—————

 

 

 

 

目的地の山にたどり着いた。日が落ち、辺りは暗闇に包まれる。山はやたら異臭が漂い鼻が曲がりそうだ。村田さんは慣れていないのか、少し顔色も悪い。鬼が行動出来る時間帯になった。勿論緊張感も高まる。

 

 

「なぁ、燐、本当に鬼はいるのか?一向に現れる気配はないぞ」

 

「いや、鬼の気配はあります。なので気は抜かないでください。そうだ、村田さん、少しお願いしてもいいですか?」

 

「なんだ?」

燐は懐から箱を取り出し村田に渡す。村田は突然のことに訳がわからず首を傾げる。

 

「燐、なんだなんだ…これ?」

 

「中身は、注射と数字の書かれた瓶があるはずです。瓶の中身は知り合いが藤の花で作った毒です。」

 

「え?毒?藤の花は鬼が嫌うだけだろ?」

 

「今回はその実験です。俺が鬼の動きを封じるので、村田さんはそれを使って鬼に毒を投与してください」

 

「あ、ああ……わかった」

 

村田は渋々とだが燐の頼みを聞き入れる。

できることなら全部やろうと思ったが、一人では限界がある。村田さんがいてくれて助かった。

 

「っ!村田さん、鬼が一匹、この先にいます。」

 鬼の気配を感知したところ、そう遠くはない。すると辺りは霧に覆われた。

 

 

「き…霧が突然!?」

 

「この感じ……血鬼術か!村田さん、警戒してください。いつ襲いかかってきてもおかしくありません」

 

「わ、わかった!」

村田も日輪刀を抜刀し警戒する。燐は目を瞑り意識を周囲に集中させる。鬼は気配は消しているものの、燐は感知出来る。

 

「(そこだ!)」

燐は刀の柄を握り全集中の呼吸を行う。

 

「雷の呼吸 肆ノ型・遠雷」

 

鬼に放射線状の斬撃を放ち、鬼の両足を斬り飛ばす。

 

「「えっ?」」

 

 

村田さんと鬼から素っ頓狂な声が漏れる。

 

 

「い、痛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

自身の現状に頭が追いついたのか、錆びれた金切り声を上げる。

 

「(十二鬼月……!)」

 

右目には下伍と確認できた。俺はそんなことを気に掛けず、続いて両腕を斬り飛ばして完全に達磨状態にした。

 

「ギャーーッ⁉︎何故だ⁉︎何故俺様の位置がわかっ…ハガッ!」

 

燐は刀身を鬼の口の中に刺し串刺し状態にする。

 

「口を閉じろ。お前みたいな雑魚が十二鬼月?弱すぎるにも程があるだろ。俺の考えが正しければ最近加入したばかりだろう。血鬼術で視界を眩ませていたみたいだが、俺にはお前の位置は丸わかりなんだ。悪いが、お前には少し実験に付き合ってもらうぞ」

 

村田は冷や汗を掻く。先程までの燐と全く別人に思えるくらいの変わりようだ。

 

 

「村田さん」

 

「っ!、なっ…なんだ!?」

 

「こいつが動けない間に、毒を投与してください。早くしないとまた再生して暴れますよ」

 

「わ…わかった!」

 

村田は先程燐に渡された注射器の入った箱を取り出し、鬼に投与した。

燐は症状を確認し、記録を取った後、再び違う薬を投与するよう村田に頼む。鬼が苦しんでも燐たちに罵倒の声を投げかけても無視だ。

 

「ま、まじかよ、鬼が苦しんでる!?」

 

「(成る程、壱の毒は再生を遅らせることが出来るみたいだな。弐は体の麻痺を確認……)」

 

燐は結果をしっかりと記録し鬼の症状を観察する。しのぶの作った三個の内、壱と弐の藤の花の毒は血鬼術を使える鬼でも死には至らないが効果は抜群だと分かった。個体差によって効果も確認したいが、鬼、しかも十二鬼月の鬼に有効だとわかっただけでも、しのぶにいい報告が出来る。

ある意味この毒は連携を取るときには有効だ。この鬼が突如牙を剥かないかだけ警戒しておく。

 

しのぶは薬学や医学に精通している。カナエも医学、薬学共に修めているが、しのぶには及ばないらしい。俺は蝶屋敷に滞在してる間、しのぶに医学に関する授業を受けたが、ある程度の事しか分からなかった。医学、薬学に関してしのぶは知識が豊富だ。

 

「なぁ、燐、この鬼どうするんだよ?」

 

「……後は楽にさせてやりましょう」

 

燐は日輪刀を逆手に持ち鬼の頸を斬る。斬られた鬼が消滅する際、燐は目を瞑り両手を合わせる。

 

俺は鬼を人として、弔う。例えそれが、人間だった頃に罪人であったとしてもだ。

 

「終わった…のか?」

 

「はい、終わりました。っ!この気配は、人の気配!」

 

「あ!おい、待ってくれ燐!」

リンはその場から駆け出し気配のある方へ向かう。村田も燐の後を追う。

 

そして、移動にかかった時間はわずか十数秒、軈て見えてきた。

 

 

「……っ⁉︎な、何だ…これ…一体何が」

 

倒れている無数の人が、無残に倒れていた。中には身体を真っ二つされた者や手足などを鋭利な刃物で斬られた者もいた。しかもこの場にいる人達は全て鬼殺隊員だ。

 

「はぁっ!はぁっ!やっと追いついた!お前早すぎなんだ……よ、なっ、何だよこれ⁉︎」

村田さんも追いつき周りの光景を目にし愕然とする。普通の人なら吐いてもおかしくない光景だが、二それなりに耐性はあるためは吐かずにすんだようだ。

 

 

「だ………だれ、か……い…ない…のか」

かすれた声が中から聞こえた。燐と村田はすぐに声の主を見つけ駆け寄る。

 

「おい!大丈夫か!俺の声が聞こえるか!」

 

「これは……かなりの重症だ。村田さん、急いで手当てを」

 

 村田は隊士を運びおろす。流れている血が、負傷している部分を見てよく判る。命があっただけ良かったとほっとする間もない。村田は布をすぐに出し止血を始める。

 

「村田さん、ほかの人達も確認しましたが、もう死んでからかなり時間がたっています。この人を急いで手当てしないと…」

燐はしのぶからもらった携帯用医療機器を懐から取り出し鎮痛剤を投与する。これなら多少の痛みは和らげられるはずだ。

 

「大丈夫ですか、俺の声が聞こえますか?ここで一体何があったんですか」

 

「う、うう……」

 

 生き残っていたのは、目の前にいる隊士一人だけだった。あの状態で生きているのが奇跡といえるほどだ。

 

「つた、えてく、れ……。この山に来た隊士はほぼ…… 全滅、させられた」

 

「っ……」

 

 それは被害はこの場だけではないと言う内容だった。

 

「じょ、……上……っ」

 

「無理に喋るな!?死ぬぞお前!」

村田さんはもう喋らないよう促すが負傷している隊士はそれをやめようとはしなかった。

 

「上弦の……鬼、が、この山にいる……。そいつは、俺達と同じ……呼吸剣技を使う」

 

「上弦の…鬼?」

 

 

「たの、む……。柱、を、よんでくれ、できることなら……にげろ。たの、む……」

彼は力尽き、開いた目を瞑った。

 

「お、おい!しっかりしろ!」

 

「気を失ったみたいです。応急処置をして、早く運ばないと」

気を失った隊士の応急処置をする為、この場から移動をする為立ち上がろうとするが、

 

「っ⁉︎村田さん!伏せてください‼︎」

突如、殺気を感じ村田に伏せるよう指示した。するとかなり早い攻撃速度と月輪の斬撃が合わさったような斬撃が飛んできた。ギリギリ回避できたが、辺りは木々は綺麗に斬り裂かれ、辺りは見渡しやすくなる。

 

「あ、危なかった。さっきの攻撃は一体……燐?」

 

「………っ」

リンは日輪刀をすでに抜いており構えている。村田もつられて燐の視線の先に目を向ける。

 

 

「今の斬撃……よく避けたな…褒めて遣わす」

月明かりに照らされ、影から姿を表す。長い黒髪を後ろで縛り、六つ眼を持った異貌の鬼だ。さらに額や首元から頰にかけて揺らめく炎のような黒い痣がある。

 

そしてその目には

 

「上弦の……壱⁉︎」

 

 

「…その通りだ…名を黒死牟…と言う…そう言う貴様は……鬼狩りの雷霆か?」

 

「鬼狩りの雷霆?」

上弦の壱、黒死牟は俺のことを「鬼狩りの雷霆」と言ってきた。訳がわからず口に出してしまうが黒死牟は答える。

 

「我ら…鬼の中では…貴様は……そう呼ばれている」

 

「上弦の壱…何故こんな所に貴様のような鬼がいるんだ?」

燐はいつでも動けるように神経を研ぎ澄ませる。今回ばかりは一筋縄ではいかないからだ。

 

「…お前を…始末するため……だが……個人的に…貴様に興味がある」

  

その言葉と共に黒死牟の姿は燐の視界から消えていた。

 

「くっ…!!」

 

 自身の視界から黒死牟が消えた刹那、鍔迫り合いになり刀身から火花を上げる。燐のいた場所からかなり押され地面がえぐれる。

 

「村田さん‼︎その人を連れて逃げてください!」

鍔迫り合いになりながらも村田に逃げるよう指示する燐

 

「お前はどうするつもりなんだ、燐‼︎」

 

「俺は…こいつと戦います!だから、早くその人を連れて逃げてください!」

 

「くぅ!わかった。死ぬんじゃないぞ!燐‼︎」

村田は隊士を背に背負いその場から走り出す。どうあがいても自分ではあの鬼に殺されてしまうとわかっていたからだ。

村田が離れたのを確認した燐は黒死牟から距離を取り全集中の呼吸を行う。

 

しかし先手を打ってきたのは上弦の壱の方だ。

 

 

「月の呼吸 壱ノ型・闇月・宵の宮」

異次元の攻撃速度と月輪の斬撃が合わさり燐に放たれる。

 

「(雷の呼吸 伍ノ型・熱界雷!)」

即座に体が反応し動いた。俺は下から上に斬り上げ、なんとか斬撃の軌道を逸らすことに成功した。

 

「(月の呼吸?聞いたこともない呼吸、まずいな…それに一撃でこの重さ…日が昇るまで持ち堪えられるか…)」

 

『諦めるな、燐‼︎』

 

「っ!師範?」

突然、頭の中に声が響いた。燐は幻聴だと思ったが確かに聞こえた気がした。

 

「(そうだよな、ここで諦めたら、何もかも終わりだ。師範、ありがとうございます!)」

燐は深呼吸をし腕、に力を込める。

 

「雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃・神速」

前傾の居合の構えから一瞬で敵と間合いを詰めて、すれ違い様に一閃する。 が、しかし、

 

「……ほぉ…見事な…居合いだ」

黒死牟は何ともない様子だった。しかも傷一つもついてはいなかった。一瞬だったが、俺の居合いの剣筋を受け流しやがった。

 

「お前に褒められても嬉しくはないな」

 

 そう言うと燐は刀を構える。対する黒死牟は上段の構えを取り、両者から今まで以上の剣気が迸る。

 

「…来い…鬼狩りの雷霆…」

 

「…行くぞ、黒死牟!」

 

二人の戦い、いや、生きるか死ぬかの殺し合いが始まった。

 



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第十一話

山から離れた場所、そこには二人の隊士がいる。一人はサラサラヘアーが特徴的な村田と、負傷している隊士だ。

殺し合いに巻き込まれることなく山から離れる事が出来た村田は、負傷した隊士の応急処置を始める。その際、村田は鴉を呼び寄せた。

 

「緊急伝令だ!上弦の鬼の壱が現れた!桐生 燐が一人で応戦中!至急応援を頼むと!」

 

「マカサレタ!」

村田の鎹鴉は飛び出す。その間、村田は負傷した隊士を治療しながら山の方を見る。

 

「(燐は今、上弦の壱と戦ってるのか、たった一人で……今の俺の実力じゃ足手纏いになる。無事でいてくれよ……燐!)」

 

 

 

 

 

 

 

上弦の壱…黒死牟との死闘を繰り広げる中、燐の身体からは血が流れている。重症までとはいかず、まだ動きが衰える気配はない。

 

黒死牟の動きは一切の無駄がない。正に“侍”そのものだった。

 

上弦の壱相手に日が昇るまで戦うなんて今の俺では不可能だ。ましてや逃げることも無理だろう。いや、俺は敵に背を向けるつもりはない!

 

 

 

「月の呼吸 弐ノ型・珠華ノ弄月」

 

斬り上げるげるようにして三連の斬撃を放ち、燐を取り囲む。

 

「(雷の呼吸 弐ノ型・稲魂!)」

燐は弐ノ型で、なんとか攻撃を受け流し回避するが、新たな傷ができるだけだ。

 

「(クソ!あいつ、あれだけの攻撃を仕掛けているのに平然としてやがる。流石上弦の壱だけのことはある。俺の攻撃が全く通用しない)」

 

距離をとっても黒死牟の技は簡単に届く。接近するしか手はない。

 

黒死牟から剣筋により生まれる無数の月の斬撃、それが上弦の壱の特異性だ。重症を負った隊士の情報通り、鬼にして全集中の呼吸の使い手なのだ。技の精度,速度,威力は他と比べ物にならないくらい脅威だ。

 

 

「(雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃・神速・五連!)」

 

 

俺の剣筋と抜刀術…霹靂一閃・神速の連撃から弐ノ型稲魂五撃を続けて放つ。

 

燐は、上弦の壱への攻撃の手を緩めない。剣を止める事なく高速の剣撃を放つ。

 

しかし、相手の攻撃は聞いたことのない呼吸…"月の呼吸“と言う剣技だ。血気術を混ぜているのか、攻撃範囲が広範囲の型であるため、鬼の剣戟が俺の体を傷つける。

 

刀を振るわずとも発生する斬撃を身をひねって躱し、刀をこれでもかと高速で振るった致命傷となり得そうな斬撃だけを防ぐ。雷の呼吸で最も手数の多い陸ノ型でも全て防げそうにはない……「今、ある型」での話だ。

 

ここまでの攻撃で、かすり傷を負わせるものの、上弦の鬼は今までの鬼より再生が早く一瞬にして治る。四肢の一つも奪えない。しかも相手は無数の斬撃を平気で使ってる。

 

燐の体から更に血が流れる。もはやまともに立っていられるのも時間の問題だ。

 

 

「……ここまで見事なものだ」

 

「はぁ…はぁ…はぁ」

 

傷はそこまで酷くはない、出血量は少ないが、出血箇所が多い。時間が経ち、貧血が起こり倒れてもおかしくはない。今の状況で止血の呼吸をさせてくれる程優しい相手ではない。

 

使うしかないか、漆ノ型を……。

 

 

シィィィィィィ

 

「(雷の呼吸 漆ノ型・雷切り!)」

 

 

「…っ⁉︎」

 

黒死牟は一瞬驚く程の、精密で神速かつ静かな抜刀術だ。この技により、すれ違い様に斬る。黒死牟の頸に傷を入れることはできなかったが、身体に傷を入れることができた。

 

 

「ほぉ… 雷の新たな型…か、私が戦った剣士で…雷の新たな型を生み出した者は初めてだ……ん?」

 

突如、黒死牟の両腕が落ちた。

 

「(今だ!)」

 

──雷の呼吸・六連!

 

両腕を斬り落とし、刀から手が離れた瞬間、壱ノ型からの陸ノ型まで連続に技を繰り出す。黒死牟の周りで一つ一つの技を放った。

 

連続で放ち続け、背後から斬りかかり稲妻の斬撃が迫る。しかし

 

「月の呼吸 伍ノ型・月魄災渦」

 

黒死牟から無数の斬撃が放たれた。燐は予想外のことに回避が出来ず、月の斬撃を受けてしまう。

 

「グッ⁉︎(こいつ…刀を持たずに斬撃を⁉︎)」

 

俺は黒死牟の斬撃を受け流すことができず、鮮血を散らしながら地に倒れる。

 

血溜まりが辺りに広がる。この状態で意識があるのが不思議なくらいだ。

 

出血量が先程の比じゃない。

 

ここまでしても、上弦の壱の頸に刃は届かない。

 

「先程は……見事な剣技だったが……痣も発現していない状態では……所詮こんなものか」

 

 

「(ッ!両腕がもう再生して……)」

 

黒死牟の両腕は既に再生していた。上弦の鬼の再生は瞬きする一瞬でできるらしい。

 

 

「(痣の発現?なんのことだ。しかし不味い、このままでは、死ぬ。出血も相当なもだ。やばい…意識が、遠退いて)」

 

 

『………約束だからね/ですよ』

 

ふと二人の声が聞こえた気がした。

 

 

「(ッ!……死ねない、こんな所で死んでたまるか!)」

 

俺には死ねない。二人に約束したんだ、“また今度”って。

ならば立て!このまま寝ていても死ぬ!!諦めるな、桐生 燐!!!立つんだ!!少しでもある可能性を信じて!!!

 

「…鬼狩りの雷霆…貴様…鬼に……なるつもりはないか?」

 

「は?何を…言ってるんだ、お前……?」

 

息も絶え絶えで、足も震える。この隙に止血の呼吸で、できるだけ出血を止める。

 

俺はまだ動ける。呼吸もできる。刀も振るえる。周りもしっかり見える。重症だが、だからと言って、退くわけにはいかないし、死ぬわけにもいかない。

 

 

「鬼狩りの雷霆……ここまでの打ち合い、この実力であるならばすぐに十二鬼月にも迎え入れられるだろう」

 

黒死牟が口を動かしている間に止血の呼吸を続ける。すぐに動けるよう体勢を整える。

 

「悪いが……お断りだ。鬼になるくらいなら戦って死んだほうが…マシだ。生憎俺は、爺さんになるまで生きたいんでな、鬼になる気はない」

 

「そうか……残念だ」

 

黒死牟は剣を構える。俺も全集中の呼吸を行う。

 

 

「(雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃!)」

 

「……ならば死ね」

 

月の呼吸 拾肆ノ型・兇変・天満繊月

 

攻撃範囲が更に広範囲になり接近はおろか、回避も非常に困難な斬撃が迫ってくる。

 

 

「(不味い!これじゃあ回避しようがない!くそ!ここまでか!!ごめん、カナエ、しのぶ、約束…守れない——!)」

不思議と燐の見ている世界はゆっくり動いているように見えた。もう死を受け入れようとしていたが、ふと頭の中の思い出が流れてくる。

 

 

———————–––––

 

————————

 

—————

 

『お父さん、逃げようよ!あいつ、最近町で噂になってる人食い熊だよ!」

 

なんだこれ……これは過去の記憶?周りは山中で雪が降り積もっていた。

そして少し離れた場所に父さん…桐生 未来が大きい熊と対峙していた。

しかも武器も何も持たずにだ。すると熊は父さんに襲いかかる。

 

『お父さん‼︎』

 

燐は食われると思い目を手で隠す。すると、

 

ドコン!と鈍い音が鳴り響いた。

燐は覆っていた手を退けると、熊は宙を舞っていた。父を見ると体勢から見て熊を片足で蹴り上げたのだ。

 

熊を蹴り上げ、宙に浮かせ空中に浮いた熊の背後を取り、回し蹴りで熊の脇腹を蹴る。その反動を利用して一回転し反対側から殴りかかって、熊の上に回り、熊の腹にまた回し蹴りを叩き込む。

 

熊は地面に叩きつけられた。熊はぴくりとも動く気配がない。

当時の俺は信じられなかった。熊を武器を持たずして圧倒した父の姿を見てその場で動けずただ驚いていた。

 

 

『燐!出てきていいぞ!』

燐に笑顔で顔を向け出てくるよう言ってくるが、燐は近づこうにも近づけなかった。

父の右眼は別の何かに変化していたからだ。赤い瞳に、瞳孔の周りには輪ができ、その上に黒の勾玉模様が三つあった。燐は未来に近づき、右眼を見ながら父に問いかける。

 

『お父さん、右眼が!』

 

『ん?ああ、燐は見るのは初めてだったな。この目は俺の先祖に代々伝わるものでな。ある条件で開眼する眼だ。燐も開眼したら教えてやるさ……あまりいいことじゃないんだがな』

最後の方は聞き取ることが出来なかった燐は首を傾げるが、父は右眼を元の目に戻し一息を吐く。

 

 

『さて!早くこの熊解体して、肉を持ち帰ろう!今夜は熊鍋だ!』

 

『うん!』

この時の父は、眼の事は少ししか話してくれなかった。

 

ある時のことだった。

 

 

『燐……お前、父さんの右眼、どう思う?』

家の縁側で父さんと話していた時だった。庭先には母さんが洗濯物を干している。

 

『んー?綺麗だと思う。だって赤いお月様みたいだから!』

 

『はは…赤いお月様か。……いいか燐、この眼は普通の眼じゃない。人生何が起こるかわからないし、父さんも色々あった。後悔したことやあの時ああしておけばよかったとか思ったこともある。でもいいか燐、過去は変えられないが未来は変えられる。お前がもしこの眼を開眼したら———」

 

 

この意思を、繋いでくれ、燐

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!」

 

燐は意識を眼に集中させると、両眼が父やカグラのように変化した。それに続き、リンは壱ノ型の呼吸から別の型の全集中の呼吸を行う。

 

シィィィィィィ

 

「(雷の呼吸 捌ノ型——)」

 

日輪刀を抜刀し刀身に雷が纏い、まるで鳥のさえずりの様にチチチチ・・・と音を発する。その新たな型名は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──千鳥!

 

 

 

 

そんな蒼い雷の刀身は月の斬撃を斬り裂き、雷を纏った刀を振るい、リンは黒死牟に接近する。

 

「(こいつ…私の斬撃を…斬り裂いただと⁉︎)」

黒死牟は動揺を隠せなかった。しかしすぐに切り替え、攻撃の手を緩めない。

 

「月の呼吸 陸ノ型・常世孤月・無間」

一振りで広範囲かつ縦横無尽に無数の斬撃を放つ。

無数の斬撃が迫る中、燐は赤い瞳で斬撃の軌道を見切り、月の斬撃を避ける。避けるのが難しい斬撃は千鳥で斬り裂いていく。

 

「(なんだ、この感じ……!?相手の動きがわかる。どう動いたらいいのか明確にわかる!)」

 

月の斬撃を掻い潜り黒死牟に迫っていく。

 

「(この男!陸ノ型を……当たらずに掻い潜ったのか⁉︎)」

 

「(こいつを今ここで倒す!この好機、逃すわけにはいかない!)」

 

黒死牟は焦り始め距離を取る。しかし燐はそれ許さず追撃する。

 

「(何故だ……!動きが急激に良くなってきている…なんなのだ……あの赤い瞳は!?)」

暗闇のためか燐の瞳は赤く発光している。今の黒死牟は目の前にいる剣士の赤い瞳が不気味で仕方なかった

 

 

「(月の呼吸 弐ノ型・珠華ノ弄月!)」

黒死牟は斬り上げるようにして正面に三連の斬撃を燐に放ち、月輪の斬撃で取り囲む。しかし……

 

燐の高速の雷刀の剣筋が黒死牟の月の斬撃を全て斬り裂く。

 

「(あいつの剣筋が見える。踏ん張れ!もう少しだ、もう少しで奴の頸に届く!)」

 

「(なんなんだ……一体なんなのだ…‼︎)」

 

 

 これにはさしもの黒死牟も驚愕を隠しきれない。先程までの状況が一気に逆転してしまったからだ。次の攻撃を放つことなく燐を鋭い六ッ目で凝視する。

 

 気に入らない……

 

 この戦いの果て、黒死牟が燐に抱いた感情だった。

 

 ここまでの黒死牟なら自身の攻撃をこれ程防いだ敵が居れば惜しみない称賛を送っていた。

 だが今の黒死牟にはそのような考えなど微塵たりともない。今、黒死牟に有るのは眼前の敵への怒り、

 

 そして、嫉妬だ。

 

 そして、今の燐の赤い瞳が……赤い月が照らしていたあの日、黒死牟が最も憎んだ剣士が鮮明に浮かんでくる。

 

————— おいたわしや…兄上

 

忌々しい… 忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい‼︎

 

数百の時を経てもお前は俺の記憶から消えぬのか……縁壱‼︎

 

 

「(っ!、なんだこれ……あいつから怒り?嫉妬?いろんな感情が混ざった気配が!?)」

燐は黒死牟に迫りながらそんな気配を感じた。しかし燐は止まらない。走り続け、剣を振るい、黒死牟に迫る。

 

 

──月の呼吸 玖ノ型・降り月・連面

 

しかし黒死牟は剣を振り、対象に降り注ぐような軌道の複雑かつ無数の斬撃を放つ。その影響で辺りは土煙が舞い、視界が防がれる。

 

 

「終わった……」

あの斬撃を避けたものは今までいない。黒死牟はこの場から去ろうとしたが、煙の中から何かが飛んできて黒死牟は反応できず足に刺さる。

 

「(これは…刃折れの刀身!?まさか!!まさかッ!!)」

黒死牟は煙の方を見ると中からゆらゆらと動く二つ赤い光が見えた。そして中から、黒紫の何かを覆い、髪の色が白に変わっていた燐が勢いよく飛び出てきた。飛び出た瞬間それはすぐに消え髪の色は戻った

 

「(信じられん…玖ノ型でさえも見切ったとでもいうのか⁉︎それよりも……一瞬だったが……何故奴から鬼の気配がしたのだ⁉︎)」

 

「おおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」

 

「クッ!月の呼吸 伍ノか…っ!(な、なんだ……体が動かん⁉︎)」

黒死牟は迎撃の為に、型を繰り出そうとしたが体を思うように動かすことができなかった。しかし黒死牟はすぐに原因を理解した。

 

「(この感じ……藤の花!まさか…先程の刃折れの刀身に毒を仕込んでいだとでも言うのか⁉︎……っ⁉︎)」

リンの雷の刀身が頸に迫り黒死牟の頸に剣が入る。

 

「(馬鹿な…こんな事が…認めぬ……認めんぞッ‼︎)」

 

「斬れろォォォォォォォ――――ッッ!!!」

 

刀身に雷の他、蒼炎が纏い、燐は剣を振り抜き、周りに蒼炎の雷が、円を作る。

 

 そして────

 

 

 

 夜空に、月明かりが照らす中、一匹の鬼の頸が鮮血と共に舞った。

 

 



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第十二話

現在燐はうつ伏せ状態で倒れている。黒死牟の頸を斬り落とした後、力尽き倒れたのだ。意識はあるが、その場から動けない状態なのだ。

 

「はぁ、はぁ……勝った、のか?」

黒死牟がどうなったか気になるが、体を動かすこともままならない状態だ。気配を探ろうにもそんな余裕は今の燐にはない。

 

「(とにかく止血だ……)」

燐は止血の呼吸を始め、血が多く流れている場所から止血をする。

 

「(まずい、呼吸は出来るが……もう体を動かすこともできない。一瞬だけアレを解放したから尚更だ)」

すると俺の前に鴉が降りてきた。しかしそれはただの鴉ではなく白色の鴉だった。俺はこの鴉を誰よりも知っている。

 

「燐!無事か⁉︎」

すると村田が燐の元に駆けつけたのだ。おそらく白に案内されたのだろう。

 

「村田、さん?」

 

「よかった!生きてる!って、お前その目どうした⁉︎それより鬼はどうなった⁉︎」

村田は燐の発光してる赤い目を見て驚きながら抱える。そして村田は燐の表情を見て確信した。

 

「お前、まさか倒したのか、上弦の鬼を⁉︎」

 

「はは、はい、ギリギリ、でしたけど、倒せました。」

 

「確かに……死んでる。鬼の体に頸はない」

燐は村田の言葉を聞き顔色を悪くする。

 

鬼の体に頸はない?消滅したの聞き違いか。

 

 

「村田さん……今、なんて?」

 

「え?確かに死んでるな……って!」

村田は振り向くと信じられないものをみてしまった。

 

 

 

先程倒れていた上弦の鬼の体が……”頭無し"に立っていたのだ。

 

 

 

 

「人間如きが、痣すら発現させてない者がよくぞここまでやってくれたものだ」

黒死牟は頭を再生しかけていて、口の方まで再生していたのだ。

 

「なんで……お前の頸は斬ったはずだろ⁉︎」

信じられない光景を目の当たりにしたが、何とか声を振り絞れた。

 

「何か勘違いをしているようだな……鬼は頸を斬り落とされれば死ぬと思っているようだが……例外もある、と言う事だ」

 

「(こいつまさか、頸が弱点じゃなくなっているのか⁉︎)」

まずい、もはやなす術もない。俺はもう動けないし村田さんじゃ勝つこともできない。

 

「燐、掴まれ!逃げるぞ‼︎」

村田さんはこの場から逃げるため動こうとするが、黒死牟は既に頭の半分まで再生していて俺達の姿を捉えていた。

 

「逃すとでも思うか?」

 

黒死牟は刀を持ち攻撃をしようと、剣を構えて技を繰り出そうとする。

 

「(こんな所で…こんな所で、死んでたまるかぁぁーーーっ!)」

燐は赤い瞳で黒死牟を睨むと、突如、黒死牟の体から黒い炎が燃え上がる。

 

「…っ⁉︎グァァァァァァッ‼︎なっ、なんだこれは⁉︎」

 

突然のことに村田は更に困惑する。そして、燐の瞳から血が流れ、そのまま力尽き、意識を落とした。

 

「(な、なんだかよくわからんが…逃げるなら、いまだ!)」

黒死牟が黒炎にもがいている間に、村田は燐を背負い離脱を開始する。燐は意識を失って、ぐったりしている。

 

この時、燐は気付いていなかった。

 

赤い瞳の勾玉模様が別の模様に変化していたことに……。

 

 

上弦の壱・黒死牟、鬼殺隊・甲・桐生 燐の戦いは、複雑な結果で終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

朝日が完全に昇り、なんとか日にあたる場所から離れた黒死牟は着ていた羽織を脱ぎ捨てなんとか炎上するのは回避できたが、その黒炎によって負った火傷がなかなか再生しなかった。

 

 

そして今ある場所で黒死牟は報告をしていた。

 

「黒死牟。貴様は鬼狩りの雷霆を始末する事も出来ず、取り逃して戻って来たというわけか?」

 

「…申し訳‥ありません…」

 

 目の前にいる男の名は鬼舞辻 無惨…千年以上前に、一番最初に鬼になった人喰い鬼の原種にして首魁だ。

拠点である無限城にて、黒死牟は頭を垂れ平伏し自らの主と対面していた。

 

「上弦の壱はいつからそこまで墜ちたのだ? 私は貴様を信用して確実に鬼狩りの雷霆を始末するために命令を出したというのに」

 

 主である無惨から黒死牟に注がれる視線には怒りも含まれていた。そして、心の底からの呆れと軽蔑も。

 

「貴様を信用し過ぎた私の間違いだったようだ。鬼狩りの一人の始末も貴様には荷が重かったのだろう」

 

「…ッ!!」

 

「何だ? 何か言いたい事が有るのなら言ってみせろ? 貴様は上弦の壱でありながら一人の鬼狩りの始末をしくじった。これに何か間違いでもあるのか?」

 

「…いえ…何も……間違ってはおりません…」

 

 黒死牟は歯を食い縛りながらも、無惨の言葉に平伏し続ける。

 

「…失せろ黒死牟。今貴様を見ていると虫唾が奔る」

 

「お待ち下さい……無惨様…お伝えしたい事が」

 

「私は失せろと言った。私の命令に逆らう気か?」

 

「鬼狩りの雷霆についての事です。今後我らにとって脅威的な存在になるのは確かだと……思われます。鬼狩りの頸よりとても貴重な情報……かと」

 

「ほぉ、ならばその情報を言ってみるがいい」

 

「はっ、鬼狩りの雷霆の瞳…両眼は…暗闇に光る赤い瞳…瞳孔の周りには輪があり、その上に三つの“黒の勾玉“がある模様へ変化しており……私の技を見切っておりました」

 

「黒死牟、貴様………今何と言った?」

 

「………無惨様?」

 

「赤く光る……瞳……黒の勾玉模様をした瞳だと…………!」

無惨の表情は、誰からも分かる様に怒りの表情に塗りつぶされていた。

 

次の瞬間、無惨から出てきた針が黒死牟の首に刺さる。

 

「ぐっ……!あがっ……!」

 

「私の血を更に与える。貴様ならすぐに順応するだろう……次は必ず鬼狩りの雷霆を始末してみせよ」

 

「ぎょ……御意」

無惨は三味線の音と共に黒死牟の前から消えた。

 

黒死牟は立ち上がり、その場から姿を晦ます。

 

「次こそは……必ず貴様を殺してやる……鬼狩りの雷霆‼︎」

 

六つの目を限界まで見開き、その心中に煮えたぎった怒りをあらわにする。

 

 

 

 

———————–––––

 

————————

 

—————

 

 

 

 

ポチャン

 

 

 

ポチャン

 

 

「っ!なんだ…ここ?」

響く雫の音に、燐は目を覚ました。辺りは暗闇に包まれ、自分のいる位置だけ水の波紋が広がり薄明るい青い水の空間が広がっていた。

 

「ここは一体、俺は……死んだ?」

 

「死んでおらん、“天照”を使った後、意識を失ったんじゃ……お主は」

状況を整理していたら誰かに声を掛けられた。振り向くと勾玉模様の入った白い羽織を身に着けた女性、そして瞳は……赤かった。

 

瞳孔の周りには輪がかかり、その上に黒の勾玉模様が三つあった。

 

 

「今まで魂の霊体として血縁者に数百年憑依してきたが、こうやって対話をするのは初めてじゃな……」

 

「貴女は……カグラ⁉︎」

俺は彼女の姿を見た途端名前を口に出す。夢で見た内容だっだが、衝撃が強かったので記憶に残っている。

 

「…⁉︎、お主…何故私の名を?」

 

「えっ、あ、いや、夢で…あなたが鬼舞辻 無惨と戦おうとした場面を見たから……」

 

「(此奴…私の記憶を……おそらく私の血を濃く継いでいるな。両眼を開眼しただけのことはある)」

 

「なぁ…ここは何処だ?なんで死んでいるはずの貴女が俺の目の前に?」

 

「そうじゃな、一応自己紹介するか。私はカグラ、一応鬼じゃ。ここはお主の空間、いわば内面の世界のようなものじゃ、お主の言った通り、私は生きている存在ではない。私は魂の霊体としてお主に宿っておる」

 

「え……霊体?宿ってる?魂?なんか気味が悪いな……数百年もそうしていたのか?」

幽霊や地縛霊の類と似ていて、燐は少し冷や汗をかいてしまう。

 

「私も好きでこんな存在になったわけではないわ。後一歩の所で無惨に勝てると思ったが、隙をつかれやられたんじゃ。いつのまにかこのような空間にずっとお主の先代から続いていたんじゃ。そして今世はお主じゃ」

 

「俺に?と言うか俺の先祖からって、じゃあ、前に宿っていた人は?」

 

「お主から言うと曾祖父さんじゃな」

曾祖父さん。俺には祖父母はいなかったからどんな人物かは知らない。俺が聞きたいのはそんな事じゃなかった。

 

「貴女にどうしても聞きたい事がある……俺の父さんもそうだったが、あの瞳は何なんだ?ただの変化するだけの眼じゃないだろ」

カグラは一変して雰囲気が変わる。先程との空気が変わり、緊張感が増した。

 

「その様子だと、お主、気付いているようじゃな。私の血、鬼の遺伝子を継いでいることに」

 

「……そうか」

不思議と驚きはしなかった。あの夢を見て何となくは察していたからだ。

 

「だからと言ってお主は鬼ではない。私の力を大きく継いでいるだけのこと、そうでなければ日の下には立てんからな」

 

「そうだな。次の質問だが、意識を失う前、村田さんに言われて気付いたが、なんで俺は貴女のように両眼が変化したんだ?」

燐は両眼を変化させ、カグラに問う。

あの時、戻ってきた村田さんが「その眼どうした」と言った。あの言い方だと、片目だけではない事が今ならはっきりわかる。

 

「その瞳の名は写輪眼。両眼開眼したのは、お主が私の力を濃く継いでいることもある。今までのやつは片目だけの開眼だった。しかし開眼しなかった者もいた。そしてお主は…私と同じ領域に辿り着いている。」

 

「同じ領域?どう言う意味だ?」

“同じ領域”という言葉、俺には訳がわからなかった。すると、カグラは瞳の勾玉模様を六芒星の形に変化させた。

 

「そ、その形は……」

 

「先程のやつよりも上の段階じゃ。そうじゃなぁ…万華鏡写輪眼とでも言おう。形は違うが、お主もできるはずじゃ、天照を使えたのがいい証拠じゃからのう」

 

「え……俺が?って言うか…“天照”って?」

 

「天照はこの瞳の状態で使える血鬼術の一つじゃ。ただこの瞳の開眼は条件があっての。お主は経験した筈じゃ。私はずっとこの中でお主を見守り続けた」

 

「その条件は……」

俺は息を呑み返答を待つ。しかし内容は残酷な物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最も親しい友を殺すこと」

 

「……⁉︎」

燐は頭に鈍器を叩きつけられたくらいの衝撃が走る。そして脳裏に、忘れたくても忘れられない友の姿が映る。

 

『ありがとな、燐……お前のおかげで、人として……心はここに置いていける』

日輪刀で胴体…正確には心臓に位置する場所を貫いており返り血が燐に付着する。そして彼は…日の光と共に消滅した。

 

 

「………っ」

 

「お主は気付いておらんようじゃが、写輪眼を開眼したのは、両親が殺された日。そして万華鏡写輪眼は……言わずとも分かるであろう」

 

「…ああ、分かってる」

燐の瞳からは涙が流れ、勾玉模様は別の形に変化していた。

ほんの数ヶ月前、俺は、戦いの果てに鬼化してしまった友を自分の手で殺した。鬼の血が入り込み鬼となってしまった人間を人に戻す方法は現段階では無い。

 

 

「そろそろ本題に入る。お主にはこの眼の能力、そして、私が使っていた呼吸も叩き込まなきゃいけないからのう。二度と言わんからしっかり覚えておくのだぞ」

 

「……っ、全集中を使えたのか、わかった……頼む」

 

燐は袖で涙を拭い、カグラに眼の力について説明を受ける。

この赤い瞳…写輪眼は相手の動きを模する。簡単に言えば真似ができるらしい。相手を幻術にかけることもできる。ただし対象が写輪眼の瞳を見ないと幻術にはかからないそうだ。

写輪眼は特に動体視力に優れ、見切りに秀でた性能を持つ。あの時、黒死牟の動きを見切れていたのはこの能力のお陰らしい。

 

万華鏡写輪眼は全ての面で写輪眼を凌駕するものであり、この形でのみ使用が可能となる能力もあるらしい。

先程カグラの言っていた天照などがそうだ。しかし今の俺では目に負担が大きいため使用回数は少ない方がいいとの事だ。

 

そしてカグラの使用する呼吸は鬼化状態でないときついということも。

 

「以上じゃ……何か質問はないか?」

 

「万華鏡写輪眼だが、天照以外に他に能力はあるのか?」

 

「まぁ、あるにはあるのじゃが、今のお主では負担が大きいからのう。時が来たら教える。他はお主自身で編み出すかじゃ、(まだ使いこなせてはおらんが、鬼の力を解放できているようじゃな。こやつ、将来とんでもない剣士になるぞ)」

 

「分かった。ありがとうな。色々と教えてくれて」

 

「……燐よ、お主に聞いて良いか?」

 

「…?なんだ」

カグラは少し複雑そうな表情で燐に問う。

 

「私は鬼じゃ……一人の男を愛し、子を身篭り、そしてお主の代まで続いた。人間ではないものがお主に混じってしまっている。私は、お主に不幸を与えたのかもしれ「“カグラ様”」…っ」

 

「貴女は無惨に言ったでしょう?『心は人間だ』って、俺は貴女を信じた。鬼であって無惨に立ち向かった貴女残した意思は、ここに残ってる」

燐は手を自身の胸にあてカグラに言う。カグラはそれを見て笑みを浮かべる。

 

「…そうか、今世は面白いことになるかもしれんな」

 

「あんまり期待はしないでくださいよ。それよりここからどう出ればいいんですか?」

 

「ここをまっすぐ行けば現実に戻れる筈じゃ。ただし……お主がこの空間にいる間は現実の進んでいる時間と異なる」

カグラ様は俺の背後を指差す。そして道を確認した後、ご先祖の方に顔を向ける。

 

 

 

 

「色々とありがとうございました」

 

燐は指差された方向に、現実世界の方に道を進み始める。

 

 

「(これからお主が、どの様に成長するか見せてもらうぞ……我が子孫よ)」

 

 

カグラは楽しみそうに笑みを浮かべ、内心で燐の成長を楽しみにしていた。

 

 



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第十三話

瀕死状態だった燐が蝶屋敷に運ばれてから四ヶ月経った……。

 

胡蝶姉妹が、村田と隠に運ばれた2人の内一人を見て、仰天した。二人の見知った顔だったからだ。身体中血塗れでいつ死んでもおかしくないくらいの重症だった。もう一人の隊士も重傷であるものの、村田や隠の応急処置の甲斐あって一命は取り留めた。しかし、燐は油断も許されない状態だった。

 

緊急手術により、なんとか一命をとりとめたが、治療を受けてから未だに目を覚まさなかった。村田から話を聞いたところ、十二鬼月…しかも最強と言われる上弦の壱と一人で戦ったとのことだ。

「燐が上弦の壱と一人で戦い、瀕死状態で帰ってきた。そして、未だ意識がまだ戻ってない」と鬼殺隊中に広まると、燐に関わっていた者達…音柱である宇髄 天元や炎の呼吸の使い手である煉獄 杏寿郎が蝶屋敷に見舞いに来た。村田は毎日見舞いに来ている状況だ。

 

 

「燐くん……目を覚まして」

 

カナエは未だに眠り続ける燐の手を握り、早く目を覚まして欲しいと祈っていた 。

 

「燐さん、まだ……起きないわね」

しのぶが水の入った桶を持って病室にやってきた。タオルを水に濡らし眠っている燐の額に置く。

 

「…うん、だいぶ落ち着いてきたから大丈夫よ」

 

「姉さん、ちゃんと寝てるの?任務が終わって夜遅くに帰ってきても燐さんのそばにずっといるでしょ?」

 

「しのぶこそ、私がいない時は燐くんのそばにいるじゃない」

 

「姉さんみたいに一晩中そばにはいないから」

 

「そう、しのぶは大丈夫?一日中薬や毒の研究してるじゃない」

 

「私は大丈夫……燐さんが実験に使った毒の成果を見てジッとしていられないの。いつか燐さんの隣で戦えるようになりたいから」

治療後、燐の着ていた服の懐から、毒の効果について書かれた資料が出てきた。しかも使った対象の鬼は十二鬼月の下弦の伍だ。

死には至らなかったが、それでもしっかり効果があると正確に記されていた。

 

「私の作った毒が十二鬼月に有効だって分かったからには、鬼が絶命する毒を完成させないと、燐さんの為にも」

 

そう言いながら、しのぶは燐のもう片方の手を握った。

 

「しのぶ……、気持ちはわかるけど、無理はしちゃだめよ」

 

「分かってるわよ……無茶はしない程度でやってるから」

しのぶはあれ以来、毒の成果を見て、あの時以上の物を作り出そうと試行錯誤を繰り返している。

 

「しのぶは、燐くんのこと、好き?そんなに頑張っちゃって」

 

からかい気味にカナエはしのぶに問いかけた。

 

「べ、別にそんなんじゃない!尊敬はしてるけど……姉さんこそどうなのよ?」

しのぶは否定するが、顔と耳が赤くなっており、嘘だとすぐにわかる。それくらいわかりやすいのだ。

 

「私は……好きよ……。違和感を持ったのは最終選別の後だけど、気持ちに気づいたのは、あの表情を見た時かしら。それに……いつも男の人を警戒していたしのぶが、『尊敬してる』なんて理由で男の子の手を握ってあげるかしら?」

 

「………」

 

「うふふっ、しのぶは嘘をつくのが下手ね」

 

一人の男性が恋人を共有するのは確かに一般的な恋愛ではない。戸惑う気持ちも分かる。しかし噂によれば音柱である宇髄 天元は奥さんが三人いると聞いた事がある。自分の感情だからといって簡単に整理できるわけでもない。

 

「お見舞いに来てくださった音柱様みたいな家庭もあるから、きっと大丈夫よ」

 

「そう言う問題じゃない!」

ついいつもの調子でしのぶは大声を出した。それが聞こえたのか、カナエが握っていた燐の手がぴくりと動いたようだ。

 

「……ぅぅ!」

 

手を握っていたカナエにはしっかりと握った感覚と声が届いた。姉妹は顔を見合わせて、パッと弾かれたように燐の顔を見る。

 

そして、閉じていた目が数度震え、燐の目はゆっくりと開く。視線を動かし目の前にいる人物を確認する。

 

「……カナエ、しのぶ……か?おはよう」

 

「燐さんっ!!」

 

四ヶ月の間、目を覚まさなかった燐が遂に覚醒した。

 

「っ、燐くん!!」

 

「……いたい、心配……かけて悪かったな…カナエ、しのぶも」

 

なんとか言葉に出すが喋るのがキツそうな様子だ。燐は、突然胸に飛び込んできた痛みを耐えなんとかカナエを受け止めた。カナエは涙を流しながら燐を抱きしめていた。しのぶも同様涙を流し両手でリンの手を握る

 

「心配したんですよ!本当にあの時……死んじゃうのかと思ったんですから‼︎」

 

「……約束を守れずに、死んでたまるかよ」

 

辺りを見渡して、蝶屋敷の病室にいる事がわかった。俺が意識を失った後、おそらく村田さんが蝶屋敷に運んでくれたのだろう。もし村田さんが戻ってきてくれなかったら俺は死んでいたかもしれない。

 

しかし問題はそこではない。

 

「あの、カナエ…すまないが…離れてくれないか?」

 

「いやだ……四ヶ月も……ずっと心配したんだから……」

 

「……カナエ…ホントに……離して……くれないか、そろそろ……げん……かい」

 

未だに胸元で泣いているカナエを離そうとするが思いのほか強く抱きしめていた。その為、今の燐にはカナエを引き剥がす力はない。

目を覚ましたばかりで傷が痛む燐にとってそれは地獄のような激痛が襲いピークを迎え力尽きた。

 

「ちょっ⁉︎姉さん!燐さん気を失ってるわよ⁉︎」

 

「えっ?キャァァァァァァッ!ご、ごめんなさい燐くん!しっかりしてぇ!」

この時、燐の口からは出てはいけないものがでてしまい、なんとかそれを引き戻すことに成功した。

 

この後、燐は一時間後に目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、危うく三途の川を渡りかけたよ。」

何とか目を覚まし、水を飲もうにも手は動かせずカナエに飲ませてもらう形で乾いた喉を潤し、やっと普通に喋れるようになった。身体中まだ痛むのはやむなしだ。

 

「ほ……本当にごめんね。嬉しくて…つい」

 

「気持ちはわかるけど…加減を覚えないとな。怪我人相手にあの行為は危険だぞ」

 

「大丈夫よ、燐くん以外にはしないから。本当に心配したのよ?落ち着くまではいつ死んでもおかしくない状態だったから、私、気が気じゃなくて任務には集中できないし、ふとした時に泣いちゃってたんだから」

 

「……すまない」

最初の方で恥ずかしいことを言っていた気がするが、カナエは気付いていないようだ。

 

「姉さん、空いた時間は燐さんの手を握ってたんですよ」

 

「そうなのか?ありがとう、カナエ」

 

「どういたしまして」

 

ちょっと顔を赤くして照れている。その表情に一瞬胸が高鳴った感覚がした。

 

「でもね、私だけじゃなくてしのぶもずーっと燐くんの手を握っていたのよ?薬の研究の時以外はここにいたんだから」

 

「そうだ、研究で思い出した。」

燐はしのぶの方に顔を向ける。そして手をなんとか動かし、しのぶの手を握る

 

「あ、あの…燐さん、急にどうしたんですか?」

 

「しのぶ、お前の作った毒が…俺を救ってくれたんだ」

 

「え……どう言う…意味ですか?」

 

「あの時上弦の鬼との戦いで、参の毒を使って一瞬だけ隙を作る事ができたんだ。倒せはしなかったけど、あの毒のおかげで俺は一度上弦の鬼の頸を斬る事ができた。あれがなかったら俺は死んでいた。しのぶの作った毒が、俺を救ってくれたんだ。ありがとうな…しのぶ」

 

あの時、一瞬とはいえ上弦の鬼にも通用した。しのぶがやってきた事は無駄じゃないと証明できたから、それがたまらなく嬉しいんだ。

黒死牟と鍔迫り合いになる前にすかさず参の毒を俺に渡してくれた村田さんの判断にも感謝してもし足りない。

 

「ど、どういたしまして。ふふっ、燐さんの力になれて…よかった」

しのぶもつられて笑ったのだ。

 

「あっ、すまない…そういえば俺、四ヶ月も寝てたんだよな?臭いよな、嫌だったろ」

俺は握っていた手を離しすぐに謝罪する。

 

四ヶ月も寝たきりだったため当然風呂にも入っていないから体は綺麗とは言えない。

 

「いやじゃないですよ。それに、毎日私と姉さんが体を拭いていましたから。あっ、もちろん男性の隠の方にも手伝ってもらいましたよ。」

 

……意識のない間に世話されていたと知って、少しの気恥ずかしさが生まれる。

 

やばい、すごく申し訳ない気持ちだ。

 

 

―ギュルルルルルル―

 

「…………」

燐のお腹から音が鳴り、更に恥ずかしそうに顔を赤くする

 

 

「うふふっ、しのぶ♪」

 

「わかった。簡単なもの、すぐ用意しますね」

しのぶはパタパタと病室から退室し、台所へと駆け出して行った。

 

「カナエ、お前は仕事は大丈夫なのか?看病してくれるのは有難いが、カナエ達にあまり迷惑をかけたくない」

 

「大丈夫よ。仕事は全部終わらせてやってる事だから」

 

カナエの顔は少し赤い。

 

なんだろう…カナエの気配が、何か言いたそうなような、緊張?不安?いろいろまざっているが、大丈夫か?

 

「カナエ……何か言いたいことでもあるのか?」

 

「え?きゅ、急にどうしたの、燐くん?」

 

「さっきからカナエからの気配が妙なんだ。実際どうなんだ?」

 

カナエの心臓が何倍も早く鼓動している感じがする。

 

「やっぱり、燐くんにはわかっちゃうか。言わなきゃ……いけない?」

 

 

蠱惑的な笑みを浮かべるカナエに俺はどきっとした。

 

「あ、ああ、ただ無理にとは言わない。何か悩み事があるなら相談してくれ」

 

 

「うん、それじゃあ」

 

何故かベットに乗り、カナエの顔が俺に迫る。近い…凄く近い、肌白い。燐の黒の瞳と違い綺麗な瞳が燐を近距離で見つめる。

突然の行為に燐の頬も耳も赤くなる。異性にここまで近づかれた事はないので緊張と恥ずかしさが増す。

 

 

「あ…あの、カナエ、ちか……」

 

俺の頬に柔らかなカナエの唇が触れた。

 

「燐くん………大好きっ!」

 

カナエはくしゃっとした笑顔で自身の想いを告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………………………………………………………………………え」



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第十四話

「はい…あーん」

 

「いや、あの…カナエ、食べさせてくれるのは有難いんだが…もう少し冷ましてから食べさせてくれないか⁈」

現在、俺はしのぶが作ってくれた雑炊を食べているが、まだ腕を動かせないので、カナエに食べさせてもらっている。これが熱いのなんの火傷してしまいそうだ。しのぶはそれを呆れた様子で見ていた。

 

あの時、まさかの展開でカナエから異性として告白されたが、突然の事で頭が真っ白になった。

 

———————–––––

 

————————

 

—————

 

 

「燐くん…あの、返事を…聞きたい…かな?」

 

「え、あっ…ええっ⁉︎好きって、カナエが……俺を?」

我に返り、聞き間違いかもしれないので一応確認をする。

 

「うん……私、燐くんの事が好き」

 

カナエの気配からして嘘は言っていない。顔と耳を赤くし恥ずかしながらも伝えてくる。

 

ど、どうする…、俺?こう言った事は教えてもらってない。確かに俺は、カナエに魅力を感じている。成り行きで数週間一緒に鍛練や生活を共にして、意識するようにはなっていた。

どうするどうするどうするどうする!?早く答えないと、勇気を出して告げてくれたカナエに申し訳ない!

 

 

『燐……迷った時は、行動して伝えるのも大事よ』

ふと、母さんの声が聞こえた気がした。

 

迷った時は……行動で示して伝える……。

 

「(ありがとう母さん、そうだよな、そんな難しく考えなくてもいいんだ。時には行動で示して、伝わることもある)」

燐は落ち着きを取り戻し冷静になる。そして俺はカナエをじっと見つめる。

 

「……カナエ」

 

「…っ!な、何」

カナエの瞳は少し潤んでいる、この感じは不安と恐怖な入り乱れている気配だ。だったら答えて安心させてやらないと。

燐はカナエに再度近づくように手招きをする。カナエは少し躊躇していたが俺に近づいてくれた。

 

燐はカナエの頭に手を回し、見つめ合うようにさせ、カナエの額に燐の唇が触れる。

 

「……っ⁉︎」

突然の燐の行動にカナエは先程よりも顔を真っ赤にさせもはやトマトのように赤い。

 

「俺も…カナエが好きだ。どんな相手にも優しい心を持っていて、花が咲くような愛らしい笑顔が、俺は…大好きだ」

 

「ッ……!!」

彼は矢継ぎ早に私への想いを語り続ける。もう既に心臓が煩いくらいドキドキしてる。これ以上何か言われたら、私……もう、もう無理ッ!

 

「ありがとう…カナエ。俺の事、好きになってくれて」

 

「ッ!?うううううっ……」

本当は抱きしめてあげたかったが、今は無理だ。カナエの頭に手を回した腕を動かせたのが不思議なくらいだ。

するとカナエはそれを察したのか、燐の背中に手を回す。先程とは違い優しくぎゅ~っと、燐を抱き締めた。

 

「カ、カナエ?」

先程とは違い体に痛みはなく、むしろ温かい。この感覚……懐かしい感じだ。

 

「ありがとう…燐くん。それから……おかえりなさい」

 

「ああ……ただいま、カナエ」

 

俺はカナエが言ったことを察し、言葉を返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

とまぁ、そんな感じでカナエと俺は恋仲になった。その後、しのぶが凄く複雑そうな雰囲気で入ってきた。あの気配だと何があったのかは大体は察したのだろう。

しのぶが作って持ってきた雑炊をカナエが食べさせてくれているが、相手に食べさせた事がないのかちょっと強引に食べさせようとしている。

 

「もう……見てられない!姉さん!私が燐さんに食べさせるから!なくなった水を汲みに行って!」

その様子を見守っていたしのぶはついに我慢できなくなり強引に皿を取り上げてカナエを退室させる。

 

「燐さん、ごめんなさい。姉さん、こう言ったことには不器用で」

 

「いや、大丈夫だ…。それより食事の続きを」

 

「あ、はい、わかりました。」

しのぶはスプーンを雑炊に入れ、掬いあげ少し冷ましてから燐の口に運ぶ

 

「はい、口を開けてください」

俺はそれを食べる。味もしっかりして美味しい。目覚めたばかりの体には優しい食事だ。

 

「(あれ?私…何気に燐さんと二人っきりに………まさか!)」

しのぶの脳内にカナエがにやにやと笑みを浮かべている姿が見えている。カナエから「しのぶ、頑張れ!」と言われているような気がした。

 

「(謀ったわね!姉さん!)」

しのぶはまんまとカナエの策に乗せられてしまい、青筋を浮かべ内心激怒している。燐に熱いまま雑炊を食べさせたのも、この為の演技だと気付いた。

 

 

「し、しのぶ…どうした、大丈夫か?」

 

「は、はい…大丈夫で……り、燐さん、両眼が」

しのぶは持っていたスプーンを手放し皿の上に落ちる、床に落ちなかったのは奇跡だが。燐の瞳が写輪眼に変化していたのだ。

 

 

「え……ああ、これか?この眼は……その「綺麗な眼」え?」

燐は無意識に変化させていた眼をどう説明するか考えていたが、突然しのぶが燐の眼前に迫り、赤い瞳…写輪眼をジッと見つめる。燐がしのぶの発言に驚いたのも無理はない。

 

しかしずっと見つめられるのも恥ずかしいのでしのぶに声をかける。

 

「あ、あの……しのぶ?」

 

「あっ……ご、ごめんなさい、物語にあった赤い月みたいな瞳だったから、つい……あの、燐さん、その眼は一体?」

 

「……そうだな、お前とカナエには話していたほうがいいかもしれないな…カナエが戻ってきたら話すよ」

カナエが来るまでの間、燐はしっかり雑炊を食べ終えた。

 

「お待たせ〜、遅くなってごめんね」

暫くして水を持って、笑顔で戻ってきたカナエは、先程と雰囲気が変わっていることにすぐに気づき、戸惑う。

 

「ど、どうしたのかしら?」

 

「カナエ、お前達に話しておく事がある。確認だが、屋敷内に俺達以外に人はいるか?」

一応内密にして欲しい内容なので蝶屋敷に鬼殺隊関係者がいないかだけは確認する。

 

「えっと、今蝶屋敷にいる人は私達だけよ。ニヶ月前燐と一緒に運ばれてきた隊士さんは復帰してるから……」

 

「わかった。今から説明『代われ、燐…私が説明した方がいいじゃろう』えっ、この声…」

カグラの声がした途端、燐は急に体をだらんと力が抜けたかのように顔を俯く。

 

「り……燐くん、どうしたの?」

 

「燐さん?」

 

「うむ…成る程、今世の宿主はこんな事ができるみたいじゃのう。やはりこの子は今までの者とは違うみたいじゃ」

顔を上げると調子を確かめるかのように手を握ったり開いたりする。

そして瞳は写輪眼、しかし勾玉模様ではなく六芒星の形だった。

 

「あなた……誰?燐くんじゃない!」

突然声も雰囲気も変わった燐に対し、二人は距離を取り警戒態勢に入る。それだけではない、今のカナエ達には、燐から鬼の気配を感じたのだ。

 

「安心しろ……とは言えぬか。信じられんかもしれぬが、敵対するつもりはない。我が名は“カグラ”、お主らの察しの通り、私は鬼だ。今は此奴の人格と交代しておる。此奴が産まれた時からずっと中にいたんじゃぞ?」

カナエはカグラから敵意を感じないため警戒はとくが、しのぶは警戒し続ける。

 

『ちょっとご先祖さま!急に何するんですか!?』

 

『すまんが、我慢してくりゃれ。話が終わったら元に戻す』

 

精神世界で燐はカグラに怒鳴っている。どうやら現実では燐の声は聞こえていないようだ。

 

「わかりました、貴女を信じます。ですが不審な行動をとった時は覚悟しておいてください」

 

「ね、姉さん…大丈夫なの⁉︎燐さん、鬼に乗っ取られているのよ!」

 

「しのぶ、カグラさんの話聞いた?この人は燐くんが産まれた時から中にいたって」

 

「ほぉ、お主、中々冷静な奴じゃのお。流石燐が認めた女だけはある」

燐(カグラ)はニヤニヤと笑みを浮かべ揶揄うように言う。

 

「うふふっ、褒め言葉として受け取っておくわ。それから、カグラさんは鬼と言ってましたね。どうして燐くんの中に?」

カナエは努めて冷静にカグラへ質問をする。見た目は燐だが、カナエは鬼と会話していることに内心心を躍らせているのだ。

 

「私は数百年前…鬼の首魁である鬼舞辻 無惨に敗れ、気づいたら魂の霊体となって、此奴の先祖から宿って来たんじゃ。私は桐生家の先祖でもある。この瞳がその証拠じゃ。…胡蝶カナエ、お主は燐が任務に行く前に見ているはずじゃ、この瞳を」

 

「ちょ、ちょっと待って、あんた今、鬼舞辻子 無惨と戦ったって……なんで鬼のアンタが鬼舞辻と戦ったの?」

 

「私を他の鬼共と一緒にするな……確かに私は鬼だが…心は人間だ。覚えておれ」

カグラから今にも押しつぶされそうな威圧を放ち、しのぶは冷や汗をかき息を飲む。無闇に手を出せば返り討ちに遭うのを本能で察したからだ。

 

「カグラさん、あなたは既に死んでいて、半分は幽霊みたいな存在ってこと?」

 

「簡単に言えばその通りじゃ。おそらく鬼舞辻が死なん限りこれは続くのかもしれんな」

燐(カグラ)はそう告げる。確証はないがカグラはそう思っていたのだ、鬼舞辻が死ぬまでこの連鎖は続いていくと。

 

「そろそろ本題に入るか。お主ら……この目について知りたいのじゃろ?」

燐(カグラ)は自身の目を指差し姉妹に問う。そして二人は頷く。

 

「よし、では話すが、あまりいい内容ではないぞ、無論、燐からは許しはもらっている。まずこの瞳の名はーーーー」

 

 

 

 

 

それから燐(カグラ)は写輪眼、万華鏡写輪眼などの自身がわかる限りで説明する。姉妹は写輪眼や万華鏡写輪眼の能力、燐がカグラの力を濃く継いでいること、開眼したきっかけなどを聞く。

 

「あの…その万華鏡写輪眼の開眼条件って……」

 

ふとしのぶが気になったことを質問をする。

 

「…自分の親しい者を、殺す事」

 

「「⁉︎」」

 

そして…万華鏡写輪眼の開眼を聞いた姉妹は驚愕した。

 

「じ、じゃあ…燐さんは…大切な人を殺した事が…」

しのぶは信じたくなかった。燐は万華鏡写輪眼を開眼をしていて、人を殺めたことに。

 

「…お主らは知らぬと思うが、燐にも親友と呼べるような友がいた。そやつは任務の際、厄介な鬼と遭遇し相討ちとなった。意識はあったものの、血が傷口に入り込み鬼と化してしまった。そうなってしまっては…もう分かるはずじゃろ」

姉妹は燐(カグラ)の話を聞いて納得せざる得なかった。鬼化してしまえば人肉や血に対して激しい飢餓を覚える。そうなってしまってはもう手遅れである。

 

「現状で鬼を人間に戻す方法はない。燐は選んだのじゃ、親友を人喰い鬼にしないために、人間として殺めることを──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇数ヶ月前

 

ある森の中に二人は対峙している。一人は白色の羽織を羽織った燐であり、もう一人は、同じ鬼殺隊の隊服を着ており、人の形は残っているものの“異形の形”に変わり果てていた。

 

「………雄一」

燐は手に持っている日輪刀を震わせながら相手に構えをとる。目の前には変わり果てた友の姿だった。

 

「グァー!!」

そして、雄一は燐に襲い掛かって来た。

 

「くっ!やめろ雄一!俺がわからないのか⁉︎」

 

燐は攻撃を躱すが、止まる気配はない。立て続けに襲い掛かり、燐を捕食しようと迫る。

 

「お前は鬼の心に負けるような奴じゃないだろ‼︎鬼なんかになるな!!しっかりしろ!」

 

「グオォォォォォォ!!!」

しかし声は届かず咆哮を上げながら襲い掛かる。鋭利な爪による攻撃を燐は刀で受け流す。しかしその攻撃が隊服の布を切り裂く。

 

「……っ、くそっ…くそっ!…くそっ!!もう…やるしかないのかよ‼︎」

 

燐は涙を流しながら両手を強く握る。刀を持っていない手は爪が食い込んだのか血を流している。

 

『…ったく、お前は少し表情が硬ぇんだよ!こう言う時は笑うのが一番なんだ!』

 

『いひゃいいひぁい!!はひひゅりゅんだ⁉︎(痛い痛い!何するんだ⁉︎)」

雄一と行動を共にした時間が鮮明と流れてくる。雄一は燐の頬を引っ張ら無理に笑顔を作らせる。暫くして雄一は頬を摘んでいた手を離す。

 

『確かにお前は強いかもしれんが、一人でやってくうちにいずれ一つや二つポキっと心折れちまうぞ。いいか燐、俺にとって柱ってのは…なった者が認められるんじゃない。仲間達から認められた者が柱になれるんだよ。いいな燐…仲間を忘れんなよ。俺は、お前を認めてるんだからな!』

雄一は笑顔でそう告げる。燐はその言葉に少し照れ顔を背ける。

 

『おお、なんだ燐、照れてんのか?』

悪戯のこもったような喋り方でニヤつきながら燐に問う

 

『……ほっといてくれ』

燐は否定する様子はなく雄一の言っていたことは素直に認めていた様子だった。

 

『はははっ!お前はホント素直だな!』

 

バシ!バシ!と背中を数回叩かれる。しかし悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

「グァーーーッ!!」

 

 

「(今の俺にはもう……これしか出来ない、今の雄一を)」

刀をしっかり握り脚に力を込め、瞳は変化し、その場から蒼い稲妻が迸り、一瞬にしてその場から消える。

 

 

 

 

グサッ!

 

 

 

 

 

──人間として…楽にさせてやることだ!

 

 

 

 

 

 

燐の日輪刀の刀身は、雄一の胸を貫いた。その為か、動きが止まり血を大量に口から吐く。

 

「……ッ、すまない…雄一」

涙を流し続けていると山影から日が昇り始める。雄一の身体は少しずつ消滅し始める。

 

 

「…ゴハァッ!……り……ん」

 

「…っ!雄一……?」

雄一から自分の名を呼ぶ声が聞こえた。今の雄一には鬼の気配が薄れている。雄一本人だ。

 

「燐……前に言ったよな?この先戦う時………絶対にしちゃいけねえことがある……それは……一人で死ぬことだ。心はどこへ行く?心はな…仲間にあずけていくんだよ」

 

雄一は燐の背中に手を回し感謝の言葉をかける。

 

「ありがとな…燐、お前のおかげで人として… 心は、ここに…置いていける」

雄一は日の光により消滅する。最後に見た彼の顔は……とても穏やかだった。

 

「……っ…ううっ」

燐は刀を手放し膝と腕を地面につく。燐の瞳は勾玉模様から別の模様に変化し、瞳からは先程とは比べ物にならないくらい涙が溢れ出てくる。

 

 

「う、ぁ、ぁ、うぁぁあぁあぁぁぁぁあぁぁあぁぁあぁぁああぁぁああああああっ!! 」

 

 

赤き瞳を持つ少年の哭き声が、日の下に響いた。

 

 

 

 

 

 

———————–––––

 

————————

 

—————

 

 

 

「これが…燐が万華鏡写輪眼を開眼したきっかけの出来事じゃ…」

 

「「……」」

姉妹は黙り込んでしまう。鬼化した友を、自分の手で殺した。鬼だからといって割り切れることじゃない。つい先程までは人間だった者が鬼化する。鬼殺隊である限り無いわけではない。

 

「お主達はそれでも、此奴のそばで支える覚悟はあるか?此奴は基本そういったことを表に出すような奴ではない」

 

カナエは顔を上げ自身の気持ちと覚悟を伝える。

 

「私は……燐くんが好きです!この気持ちに嘘はありません。燐くんを…ひとりぼっちになんて絶対にさせない!」

カナエの言葉に燐(カグラ)は納得したように笑みを浮かべる。

 

「そうか……お主はどうなんじゃ、胡蝶 しのぶ」

 

「私は……」

しのぶは考えこんだ。しのぶは燐の事を好いている。一緒に鍛練をしていくうちに彼に惹かれた。

 

頸を斬ることの出来ない私を満足いくまで指導してくれた。悪い時はしっかり指摘してくれる。私が後ろ向きなことを言っていた時にこんな事も言ってくれた。

 

『しのぶ……前にも言ったと思うけど、お前のやってる事、凄いと思う。だからお前は…自分の道を信じて突っ走ればいい。俺が背中を預けられるくらいの強い剣士になれ。何か困ったことがあればいつでも相談してくれ、愚痴でも構わんからな』

 

燐さんは笑顔で私の頭を撫でながら背中を押すように伝えてくれた。この時、燐さんの手はとても温かかった。

 

 

「私は…燐さんが……好きです。最初は尊敬してたけど、いつの間にか燐さんを好きになってた。私がやっている事を姉さん以外で初めて認めてくれた。だから私は、好きな人の前で情けない所は見せられない…!いつか燐さんの隣で、一緒に同じ歩幅で歩きたいから」

 

 

──確かにカグラ、君は人間ではないかもしれない。けど俺は…君の隣で同じ歩幅で一緒に歩く事はできる。

 

 

 

「ふふっ、そうか、それがお主の答えか、同じ歩幅を歩きたい……か、あいつと似たような事を言うな、お主」

燐(カグラ)の表情はどこか懐かしむような様子だった。姉妹はそれを不思議そうに見ていた。

 

「そう言うことじゃ燐、後の事は任せるぞ」

燐(カグラ)は瞳は黒色に戻り、先程から感じられた鬼の気配は消えた。

 

「………」

 

「えっと、燐くん…よね?」

 

「ああ……」

 

「良かった…元の燐さんに戻った」

二人は安堵した様子だったが燐は違った。

 

「あの…しのぶ、さっきの事なんだが……」

 

「え?さっきの事…ああ、あの事ですか…私は本気ですよ…そうでしょ、姉さん」

 

「ええ、しのぶの言う通りよ」

 

「お前ら…」

気配からして嘘は無い、二人とも本気で俺のことを……いいのだろうか、俺は、幸せになって

 

 

 

ーー良いんだよ……とっとと幸せになれや馬鹿野郎

 

ふとバシッと、雄一から背中を叩かれた感覚がした。

 

そうだよな、ありがとう雄一…覚悟を決めたよ

 

 

「こんな俺だが…よろしく頼むな、カナエ、しのぶ」

 



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第十五話

俺は胡蝶姉妹に想いを告げられ、付き合う事になった。俺が目覚めてニ週間、傷は眠っている間に治ってはいたが、筋肉が衰え中々思うように体を動かせない日々を過ごした。しばらくは筋肉の回復を目的に歩く事から始めたが一人では立つのが難しくしのぶに支えてもらいながら歩くのがやっとだった。

 

これが一週間ほど続きやっと一人で歩けるようにはなった。しかしまだ激しく動くのは禁止されている。しのぶによると、数カ月かけて元の状態に戻すらしい。

 

軽い走り込みなども出来るようになり、もう少ししたら機能回復訓練に入れるみたいだ。

カナエも仕事が終わり帰ってきたらよく会話をしている。俺は無理はしないように言ったが、好きでやってる事だからと笑顔で言い返され、何も言えなかった。気配からして疲れも窺えなかった。カナエも相当強くなっている証拠だ。心に余裕がある感じだった。

 

そして、カナエにも手伝ってもらいながら、身体の調子を確かめ、ようやく次の日から機能回復訓練に入れるようになった。

 

「あーっ、気持ちいい」

 

その夜、俺は蝶屋敷の患者用の風呂に入っていた。四カ月も意識はなく目覚めても身体をまともに動かせなかったので、ようやく入浴の許可をもらい久々に湯舟に浸かる。少しお湯をかけただけでもすごく極楽だ。

 

「(やっと次から機能回復訓練に入れる。早く元の状態に戻して、写輪眼の能力も試してみたい)」

次の日から燐はやっと機能回復訓練に入れる。しかし今の燐がどこまで衰えてしまっているかは訓練をしないと分からないため、少々不安もある。

 

「(そう言えば、俺、あの時……)」

黒死牟との戦いで雷の呼吸の新たな型…捌ノ型・千鳥を生み出した。それだけではない、写輪眼も既に開眼している事をやっと自覚できた時でもある。意識が戻った後、姉妹から告白され恋仲になったし、音柱様が聞いたら「派手にやるじゃねぇか」とか言いそうだ。

 

「(それに…あの力も使いこなさないとない)」

あの後、カグラ様と会話も出来る様になった。カグラ様によると、写輪眼以外で俺はある力を解放出来るそうだ。それを知ったのは一年前のこと……

 

『あの力は危険も孕んでおる。油断すると暴走するぞ?』

 

ある時、突然中から声をかけられ驚いた。どうやらカグラ様と俺は今までの憑依者とは違い、念で会話ができる様だ、基本カグラ様は眠っていることが多いが。

 

『わかっております。無理はしない。少しずつ慣らせていきますよ。勿論、写輪眼も使いこなせる様にしないと』

 

『わかれば良い……私はそろそろ眠る。気が向いたらこちらから話しかける』

カグラ様は、そう言った後、眠りについたようだ。俺は試しに何度か呼びかけたが返事は無かった。

 

「しかし……俺に恋人…か。守ってみせる、例えこの身が滅びようとも!」

燐は二人が守られる程弱くないのはわかっているが、やはり大切な存在が出来ると人は変わるみたいだ。

 

「(天元の言った通りだな。『大切な人が出来ると人は何かが変わる』って……今度天元にこの事報告し)「お邪魔しまーす」ブフゥーッ!!??」

 

突然服を着た状態でカナエが風呂場に入ってきた。俺は突然のことに吹き出す。

 

カナエは服を着ていたからまだ良いが、いや…問題はそこじゃない!俺、裸なんだぞ⁉︎

 

 

「何しに来た⁉︎」

燐は即座に腰にタオルを巻く。

 

「うふふっ、お背中流そうと思って♪ほら、背中向けて」

 

「いや…背中向けて、じゃない⁉︎俺は今裸だぞ!素肌丸出しなんだぞ⁉︎」

 

「いつかはお互いに見せることになるから…大丈夫よ、私達…恋人同士なんだから」

 

燐は、カナエの言葉に余計意識してしまうが、なんとか理性を抑えることに成功した。

 

湯気で見え辛いが、カナエも少し恥ずかしがっているようだった。

 

カナエの気遣いを無化にするわけにもいかないと思い、燐は息を深く吐く。

 

「わかった。背中…流してもらっていいか?」

 

「……!うん…!」

カナエは嬉しそうに顔をパァッとさせる。

 

そして、本当に背中をごしごしと洗い始めた。

 

「……大丈夫、燐くん、痛くない?」

 

「ああ…大丈夫だ。それにしても、よく入って来れたな、恥ずかしくないのか?」

 

「うん。服着てるけど、想像以上に恥ずかしいわね」

 

「……はは、だろうな」

そりゃそうだ。カナエは服を着てるのに対し俺はタオル一枚だ。するとカナエの手が止まり、俺の背中に触れてくる。

 

「カ、カナエ?」

 

「やっぱり燐くんの背中は大きいなぁ。見てると……とても安心する」

 

「安心って、たかが背中だろ?」

 

「ううん、そんな事ない。あの時、燐くんが、助けてくれた時もそうだった。あなたの背を見ていただけでも、何故か安心していた自分がいたの」

 

実を言うとカナエは、最終選別の時から燐を気にかけていたのだ。最終選別後、燐の姿を忘れないでいた。かけてくれた言葉もそうだが、どこか安心する様な背中だったのだ。

 

「……そうか」

 

「あらあら、燐くん、もしかして、照れてる?」

 カナエは悪戯じみた笑顔を浮かべる。俺はその言い方に少しドキッとした。

 

「……うるさい」

 

「うふふっ、そんな所も好きよ…燐くん…」

カナエは人差し指を背中を擽る様にうごかす。

 

「くふっ……!」

 

「……え?」

突然燐が笑い出した。カナエは突然のことに手を止める。燐は顔を真っ赤にしながら口を手で押さえるが既に手遅れである。

 

「………」

 

「もしかして燐くん……擽られるのが苦手なの?」

 

「………否定はしない。昔から苦手なんだ」

 

燐は否定せず、肯定する。

 

「(だ…ダメよ…ダメダメ、今、この場で擽っていけない)」

カナエは片方の手を燐に触れようとしたが、場所が場所のため燐を擽りたい衝動をもう片方の腕で、抑え込む。

 

背中を流したらカナエはそそくさと風呂場から出て行った。

 

 

「(危なかった。危うく理性が切れる所だった)」

 

なんとか難は乗り越え、とりあえず一安心した燐はその後湯舟に浸かる。

 

 

 

 

 

「フゥー、さっぱりしたぁ」

 

風呂をあがった後、水を飲みに行く為、台所にむかう。

 

「姉さんは馬鹿なの⁉︎」

 

 

「ん…?この声、しのぶか?」

 

燐は怒鳴り声がする方へ近づくと、カナエが居間でしのぶに正座させられていた。

気配を消し、話を聞いたが、俺が入浴していた際、カナエが入り込んだのがばれて説教を食らってるようだった。

まぁ、恐らく、石鹸の匂いとかでバレたのだろう。

しのぶは薬草を使った調合をしてるからある程度鋭い方なのだろう。

 

 

「(なんかごめんな……カナエ)」

 

内心カナエに謝罪し、そのまま離れ、燐は水を飲むことを忘れて、部屋に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

◇目が覚めて二ヶ月後

 

現在俺は蝶屋敷の道場にいる。

 

「では…今日から燐さんの機能回復訓練を始めます。」

 

「ああ…よろしく頼む」

 

 

今日から機能回復訓練を行う。その為、訓練内容の説明を、しのぶから受ける。

 

機能回復訓練…長い間動かさなかった体を動かし、鬼殺隊の仕事に復帰させるための訓練らしい。

 

しのぶから聞かされた内容は、まず最初に寝たきりで固くなった体をほぐし、その後に反射神経の訓練で、薬湯の入った湯飲みを互いに掛け合うもので、湯飲みを持ち上げる前に相手に湯飲みを抑えられたら湯飲みは動かせないらしい。

 

最後は全身訓練で、鬼ごっこをする。

 聞けば聞くほど、病み上がりにはちょうどいい訓練だ。良く考えられた内容だと感心した。

 

 

「では、早速ですが、始めたいと思います。」

 

「ああ、よろしくお願いします」

 

まずは柔軟から始める。相当固くなっているのか普段なら痛みはない部分が相当痛い。それをしのぶは笑顔で、容赦なく俺の身体を曲げる。

 

「相当固くなってましたね…燐さん」

 

「いてて、俺も…ここまでとは予想外だった」

 

 個人の鍛練をしようにも、まずは鈍った体を叩き直さなければいけない。今の俺の身体はガチガチだ。

 

「しのぶ、カナエは仕事か?」

 

「はい、姉さんは鴉から連絡が来て任務に出ました。最近姉さんも任務が増えてきて……無理しないといいんだけど」

 

「そうか…任務を任せられるってことは、カナエも強くなってる証拠でもあるが、確かに心配だな」

任務を任せられる事は上からも期待されているという証だ。しかし任務が立て続けにあると帰ってくる事も少なくなる為、しのぶはこの広い屋敷の中一人っきりの状態だ。正直あの事があったから不安だ。でも、もししのぶが不安な様子を見せたら、側にいてあげる事も俺の役目だろう。

 

 しのぶの容赦のない柔軟の次は薬湯の掛け合いだ。

 

「ブッ!」

 

「これで私が勝ち越しですね」

 

「ゲホ、ゲホ、ははは…まぁ、病み上がりの状態じゃこんなものだろ」

燐はビショビショで少し落ち込み気味だ。十本勝負をして結果は二勝八敗だ。しかし薬湯を恋人であるしのぶに掛けるのは凄く罪悪感があるから湯呑みを頭の上に乗せるという結果になった。

しのぶはそれに怒っていたが、理由を言うと顔を赤くしてそれ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 

鬼ごっこで全身訓練。

逃げ手はしのぶで、しのぶを捕まえるのが俺だ。全集中・常中も会得しているので年下だからと言って簡単な相手ではない。しかも今回は俺はかなり鈍ってしまっているのでどうなるかわからない。

 

「始めの合図はどうする?俺達二人だけしかいないだろ」

 

「いつでも大丈夫ですよ。今の燐さんに簡単に捕まる私じゃないので、それに、燐さんが意識のない間、何もしていなかったわけないじゃないですから」

 

「言ったな……こちらとて、鬼殺隊じゃ“雷の剣聖”なんて称号つけられてるんだ。絶対捕まえてやる」

 

対抗心が生まれ、もはや普通の鬼ごっこをするつもりはない。真剣勝負をするつもりで燐はいどむ。

 

「「っ!」」

二人同時に動き出し、燐はすぐさましのぶに接近し手を伸ばすが、しのぶはこれを飛び上がる事で回避する。少しの動きでもわかる、動きが以前よりかなり向上している。

 

「ふふ、これはほんの序の口ですよ。あら…ごめんなさい、確か病み上がりでしたっけ?これでも加減をしている方なのですが……“雷の剣聖”様?」

 

「……(しのぶ…こんな喋り方だっけ?)」

なんだが煽る様な感じに言ってくる。まぁ、鬼に言えば、乗るには乗るかもしれないが、燐には少し違和感があった。

 

「確かに病み上がりだが、負けるつもりはない。それにしても、お前も成長したな……動きが格段に良くなってる」

燐はしのぶの動きに驚き、指導している際の言い方になってしまう。

 

「…あ、ありがとうございます。って!なんで燐さんが指導してる側になっているんですか⁉︎」

 

「あはは、そうだな…さて、お喋りはここまでにして、続きを始めよう」

鬼ごっこを再開し、数刻してやっとしのぶを捕まえる事ができた。

 

 

 

「ハァー、疲れた」

燐は今日一日の機能回復訓練を終え、蝶屋敷の縁側に座っている。

 

「(今回の訓練で、俺も相当落ちぶれたな。早く元の状態…否、それ以上の力を付けないと、アイツには勝てない)」

燐は黒死牟との戦いで、色々とわかった事がある。いつかはアイツと決着をつけなければならない…そんな気がしてならない。今頃奴も力を着実に上げているはずだ、鬼は人を喰う数、そして鬼舞辻の血によって力をつける。

 

「(しのぶからは…日課にしていた鍛練も許可も出た。明日から早速…)「よぉ、久しぶりだな」うおっ⁉︎」

突如として、隣から話しかけられ驚いた。そこには、派手な格好をした隊士がいた。

 

「お前…天元じゃないか!久しぶりだな、どうしてここに?」

 

「お前が目を覚ましたって連絡が来たはいいが、中々来れなかったんだよ。んで、来たはいいが病室にいなかったわけだ。それで探したら縁側で寛いでるお前を見つけた……それよりも燐よぉ、お前ド派手な事をしたじゃねえか。上弦の鬼、しかも壱の奴と一人で戦って生きて帰って来たってな」

 

「いえ、毎度のことだが、俺よりお前の方がド派手だろう?」

 

「当然だ、俺は祭りの神だからな!」

 

祭りの神やら派手の発言の目立つ天元だが、普通にいい奴だし比較的に気安く話しかけることが出来た。

 

「そう言えばお……俺が寝込んでる間、柱に就任したんだってな。おめでとう、お前のことだから……祭柱か派手柱か?」 

 

「音柱だ‼︎お前ワザと言ってんのか‼︎」

 

「すまんすまん、わざとじゃないんだ。音柱様」

正直本当にそう思ったから言ってみたけど、どうやら呼吸の通り音柱の様だ。

 

「わかればいいんだよ。ったく、お前にとって俺はどんな人物像だよ」

 

「一言で言えば、『派手』」

 

「地味にそんまんまじゃねぇか!?」

見た目が派手だからそうとしか言いようがないからな、確か元は忍って言っていたが忍からかけ離れているくらい派手にやる奴だ。

 

「そうだ!天元に報告したい事があるんだ。俺、恋人が出来たんだ。二人…いるんだけどな」

 

「おお!お前中々ド派手にやるじゃねぇか!!で、相手は……?」

案の定やはりド派手と言って来た。まぁこの言い方は予想はできていた。

「この蝶屋敷の姉妹だよ。」

 

「………お前、あの女二人を手籠めにしたのか?」

 

「言い方ッ!まぁ告白して来たのはあの二人からなんだ」

 

「マジか、あの二人も派手にやるもんだなぁ」

天元も驚いている。一番驚いたのは俺自身だよ。二人揃って俺の事が好きだったなんて想像できるわけがない。

 

「天元はどうなんだ?嫁さんとは最近」

 

「おう、いつも変わらず派手に充実してるぜ!最高の嫁達だ」

 

「はは、相変わらず幸せそうで何より……ん?」

 

なんか、さっきの天元におかしな発言が、嫁達?

 

「天元…お前…さっきなんて言った?」

 

「ああ?派手に充じ「その後だ!」…最高の嫁達だ」

 

「確認するが天元………お前、嫁さんは一人だよな?」

 

まさかと思うが、嫁さんが数人いるなんて事はないよな。俺も二人の恋人がいるから人のことは言えんが。

 

しかし燐は天元の発言により今までで一番驚く。

 

 

「いや、俺は嫁が三人いる」

 

……………………………

 

「はぁっ⁉︎どういうことだ、初耳だぞ⁈」

以前燐は天元に奥方がいるとは話に聞いていた。しかしまさか三人いるとは思わなかった為、派手に驚いてしまう。

 

「おお、言ってなかったからな。しかし派手に驚いてんな、そうさ、命より大事な嫁達だ」

何だろう、今の天元、凄く男前だ。天元にとって、その人達が自分の命より大事な人か。

 

「……こ、これは流石の俺もド派手に驚いた。まさかここまで派手なことをするとは、凄いな天元」

 

「そうだろ、もっと俺を敬え!崇めよ!」

天元は凄くドヤッとした顔をした。さて雑談はここまでにして本題に入るか。

 

「天元、本当の要件はなんだ?ただ見舞いに来たってだけじゃないだろ」

気配でただ見舞いに来た感じではないのはわかっていた。

 

「そうだな…そろそろ本題に入るか、俺はお館様の指示でお前から上弦の壱の鬼について聞きに来たんだ。」

 

「お館様が?」

 

「ああ、そいつは鬼のくせに、俺らと同じ呼吸剣技を使うみたいじゃねぇか。っで、現場にいた隊士から話を聞いたはいいがすぐにやられて、情報が少なかった。んで…実際交戦したお前に聞きに来たってわけだ」

 

「分かった。知ってるだけの事は話す。正直信じられない内容になるぞ?」

 

燐は上弦の壱、黒死牟の詳細を天元に話す。鬼にして呼吸を使う鬼、俺達の知らない“月の呼吸”とやらを使っていて血鬼術混じりの型を放つ。そして極めつけは、頸を切斬っても死滅せず立ち上がったことだ。

知っている事を全て天元に話すと信じられないと言わんばかりの顔をしていた。

 

「おいおいマジか…頸を切ったのにか?本当かそれ、お前、よく生きて帰ってこれたもんだな」

 

「いや、村田さんがいなけりゃとっくに喰われてたよ。しかし、頭無しに立ち上がったのを見た時は戦慄したよ。あんな感情、初めて鬼を見た時以来のだ。あくまで推測だが、無惨はおそらく、頸を斬ったとしても死なない。上弦の鬼は俺達が考えてるよりも想像を遥かに超えている。常識の範疇に留まると、到底奴等を上回る事はできない」

 

「……実際上弦の壱と一人で戦って帰ってきたお前に言われると、派手に説得力があるな」

正直言って日が昇るまで戦うと言われると無理がある。上弦の力を上回る実力の持ち主か、柱が数人がかりで挑まないと不可能だろう。

 

 

 

特に黒死牟……あいつは柱が束に掛かっても勝てない。そんな気がしてしまった。

 

「……俺が知っている情報は以上だ。」

 

「そうか、こいつは今後派手に対策しねぇといけないな」

 

「……天元、お館様に伝えてほしい事がある。頼んでもいいか?手短に済ませる」

 

燐はあの戦いから決めていた事があった。

 

「あ?構わねぇが…内容は?」

 

「ありがとう……お館様に伝えてほしい内容は————」

 

燐は鬼殺隊当主である産屋敷耀哉に伝えてほしい事を天元に頼むと、彼は納得した様に目の前から消え、蝶屋敷から去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

燐は天元が去った後、縁側で空を見上げる。風が心地よく空も快晴だ。

燐は現在瞑想をしながら全集中・常中を維持している。先ずは常中を維持し身体を叩き直す。衰えた身体を元に戻し、型の調整の必要もある。

 

「(そう言えば俺の日輪刀…刃こぼれが酷くて意識がない間、鉄穴森さんが新しいのを届けてくれたってしのぶが言ってたな…すみません、鉄穴森さん、折角打ってくれた刀を駄目にしてしまって)」

燐は心の中で鉄穴森に謝罪する。

 

「燐さん」

 

「……ん?」

燐は目を開け、首を右に向けるとしのぶがお盆をもって縁側に姿を現した。

 

「しのぶか…どうした?」

 

「これ、よければ一緒にどうですか?」

しのぶはお盆を置く。器にはおにぎりが置かれていた。日の位置からしてもう昼あたりだ

 

「ああ…勿論構わないよ」

そう言いしのぶは俺の隣に座りおにぎりの乗った器を渡しお茶をいれる。

 

「ありがとう、しのぶ」

 

「お腹空かせていると思って作っておきました。残さず食べてくださいね」

 

「お前の作った飯を残してたまるかよ…」

 

「…だったらしっかり食べて身体も元に戻さないとですね」

 

「はは、だな…それじゃあ、いただきます」

燐はおにぎりを一口食べる。塩加減もいい感じで塩分を取るのにはちょうどいい味だ。一つあっという間にたいらげた。

 

「どうですか?味の方は」

 

「うん…塩加減がいい感じに効いて美味しかったよ」

 

「ふふっ、良かったです」

ふと、しのぶが笑った。そんなしのぶを見て俺は手をしのぶの頭に乗せ撫で始める。

 

「な…なんですか急に」

 

「しのぶは笑った顔が可愛いと思って」

 

「か、可愛いって、子どもの私なんかより、姉さんの方が」

 

「そんな事はない。カナエは花の様な笑顔が魅力だが、しのぶの笑顔は、陽の様な笑顔だ。俺はそんなしのぶの笑顔が好きだ」

 

しのぶは耳と顔を真っ赤にさせ、顔を背ける。

しのぶから恥ずかしさと嬉しさが混ざった気配を燐は感じた。

 

「よ、よくそんな言葉を平然と言えますね。だったら…証明してくださいよ」

 

「証明?何をだ?」

しのぶの言ったことがわからず、燐は首を傾げた。

 

「その……恋人としての証明ですよ。言わせないでください」

 

凄く指をモジモジした仕草で伝えてくる。……やばい、めちゃくちゃ抱きしめたい。

 

「えっと…すまない、具体的に何をしたらいいんだ?こう言うのはよくわからなくて」

 

「……」

しのぶは俺の手を額に触れさせた。言葉でこそ伝えないが、燐はその行為を理解した。

 

「ああ、そう言うことか」

 

「だ、だったらなんです……姉さんにはして私だけにしないなんて不公平じゃないですか」

しのぶは、恥ずかしがりながらも自分の気持ちを伝える。多分カナエの事だからしのぶに話したのだろう。

 

その姿に俺は見惚れてしまった。

 

「…しのぶ」

燐は右手をしのぶの頬に添える。しのぶは目を瞑り緊張した様子だっだが、嫌がる気配はない。

 

燐は顔をしのぶに近づけ…しのぶの額に口付けをする。

 

「……ッ!」

しのぶは一瞬身体をビクッとさせた。しのぶから顔を離れると、しのぶは顔を先程よりも真っ赤にして恥ずかしそうに照れている。

 

「ふっ、しのぶ」

 

「え?ちょっ…」

 

ぐいっと、しのぶを引っ張る。

足を少し開いてその間にしのぶを収める。いい感じにスポッとはまった。

 

「なっ、ななななにするんですか!」

 

「いや…なんかこうしたくなってな」

 

しのぶは騒ぐが、抵抗をする様子はない、俺はしのぶのお腹あたりに両手を回し、より密着する。恥ずかしいのかしのぶは黙り込んでしまった。

 

「しのぶはあったかいなぁ。昔、俺の両親がやっていたのを見ていたけど、実際やるとこんなに心地いいんだな」

 

「なんですか…それ」

しのぶは俺の手に触れ身体を俺に預けてくる。

そんなしのぶの姿を見た俺は、しのぶをより強く抱きしめた。

 

「燐さん…大好きです」

 

「ありがとう…俺も好きだよ」

 

俺は笑顔でそう答える。しばらく二人で笑いあい、会話を交えながら密着するのであった。




大正こそこそ噂話

燐の体は特異体質であり、鬼による毒の抗体を持っていて殆ど鬼の毒は効きません。
しかし鬼以外での毒は効きます。


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第十六話

燐が目覚めて三ヶ月半、現在蝶屋敷の道場で木刀を握っている。相手は胡蝶姉妹の二人だ。今回の訓練は最終確認…模擬戦で二人を相手にする。

二人の協力のおかげで、以前の実力を取り戻すことができた。機能回復訓練がない時は個人の鍛練をし、更に力をつけることができた。

 

「二人とも、模擬戦だからって遠慮はするな。俺がお前たちに稽古をつけてた時のように、殺すつもりでかかってこい」

 

「うん、わかってるわ。今の燐くんはあの時と同じ…いえ、それ以上の力をつけてるから油断するつもりはないわ」

 

「よろしくお願いします…燐さん」

 

「お前達も俺が稽古をつけていた時よりも腕をあげたからな…今回の俺は…一味違うぞ?」

 

燐は目を瞑り、目を開けると、瞳は写輪眼に変化していた。

 

「写輪眼……燐くん、今回はその状態でやるのね」

 

「ああ、この状態での戦い方も、身体に叩き込まないといけないからな」

 

木刀を構え、胡蝶姉妹と対峙する。構えた時点で模擬戦開始だ。

 

 

しばらく三人は動かず様子を窺っていたが、最初に仕掛けたのは、カナエとしのぶの二人だった。

 

「花の呼吸 肆ノ型・紅花衣!」

 

「蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞・複眼六角!」

 

二人が同時に燐に斬りかかる。しのぶは高速の剣技、カナエは前方に向けて大きな円を描くかの様に斬りかかる。

 

「(二人の動きが見える…この感覚、黒死牟と戦った時と同じ感覚)」

燐は回避の難しい二人の攻撃を難なく躱す。

 

 

「なっ、嘘!?躱した!?(一瞬にして見切ったていうの、初見でそんな事が)」

 

「しのぶ、ぼけっとしない!攻撃の手を緩めないで!」

 

「分かってるわよ!」 

 

「花の呼吸 伍ノ型・徒の芍薬」

 

カナエは九連撃の斬撃を放つ。

二人の動きは以前よりも上達し、技の精度も高くなっている。だが、それすら今の燐には見えている。

 

成る程、こんな感じになってるのか。よし、だったら少し驚かせるか。

 

「花の呼吸 伍ノ型・徒の芍薬」

燐はカナエの使っていた花の呼吸を使用する。

 

「え…!?」

 

突然の事に驚きカナエは目を見開く。カナエは後ろに後退し、態勢を立て直す。

 

「(なんで燐くんが…花の呼吸を…?)」

 

「蟲の呼吸 蜈蚣ノ舞・百足蛇腹」

しのぶは強烈な踏み込みと四方八方にうねる百足のような動きで敵を撹乱した動きで、深く沈みこみ、突きを放つ。

 

 

これが写輪眼……不思議な感覚だ。カグラ様の説明の通り、写輪眼の状態でいると、初見なのにカナエやしのぶがどうやって攻撃してくるか見切る事ができる。それに相手の動きや呼吸も含め模する事もいとも簡単に出来た。

 

「花の呼吸 肆ノ型・紅花衣」

 

「蟲の呼吸 蝶ノ舞・戯れ」

 

 

二人が合わせて呼吸剣技を放ってくる。しかし動きは見える。燐は確実な方法を考え全集中の呼吸を行う。

 

「全集中・雷の呼吸 捌ノ型」

 

木刀が雷が纏い、鳥のさえずりの様にチチチチ・・・と音を発する。

 

 

 

 

 

「千鳥!」

 

二人の技を千鳥で円を描くように一閃、二人の技を斬り裂く。そして二人の木刀は刃物で斬られたかのように見事に折れる。

 

勝負は燐の勝利で終わった。

 

「……嘘」

 

「燐くん…、捌ノ型って……」

姉妹は見た事のない型に驚きを隠せない状態だった。

 

「雷の呼吸の新しい型…千鳥、上弦の鬼との戦いで生み出したんだ」

 

「やられたわ…まさか新しい型を使ってくるなんて予想もしてなかった」

 

「燐さん…どれだけ強くなるんですか?」

 

「さぁな…自分でもわからない、初めて写輪眼の状態で模擬戦をしたが、要領は分かってきた。後は実戦で慣らしていくだけだ」

燐は眼を元の状態に戻す。

 

写輪眼の状態で戦闘がどれほど変わるか二人と訓練をして分かった。しかしこの眼を知っているのは胡蝶姉妹と村田だけだ。

 

「あの…燐くん、さっき私の花の呼吸を使っていたけど…その眼の能力なの?」

 

「ああ…そう言えば、言ってなかったな、写輪眼は見切りだけじゃなく、相手の動きを模する事ができるんだ。さっきカナエの花の呼吸を使ったのがそうだ。写輪眼の状態で初見で真似出来たのは自分でも驚いたが」

 

「もしかして、写輪眼の状態で他の呼吸剣技を見たらその型を使えるって事ですか?」

 

「多分出来るんじゃないか?まだやったことはないが、しかし複数呼吸を使うと肺に負担が掛かるかもしれないからな」

 

写輪眼にも限度がある。血鬼術などはまず無理で、自分以上の動きをする相手の動作を無理に模し、動くと体の負担は大きい。写輪眼は決して万能ではないのだ。

 

燐はそれはカグラの説明で理解している。

 

「(万華鏡の方も試してみたかったが、カグラ様の話じゃ使い方を誤れば相当危ない物なのは確かだからな。万華鏡写輪眼は今後鬼相手に使うか)」

燐は万華鏡写輪眼は今回は使わなかった。理由としては鬼と少し違うが血鬼術を使えるため人相手に万華鏡写輪眼は危険だと判断したのだ。

 

「燐さん…もう一度、お願いしてもいいですか?」

しのぶがいきなりもう一本手合わせをお願いしてきた。

 

「えっ、ああ…別に構わない。カナエはどうする?」

燐は写輪眼の件で、考え事をしていたため、少し返事が遅れるも、しのぶの頼みを承諾する。

 

「私も、もう一度だけお願いするわ。」

 

「わかった。だがその前に木刀…壊してしまったからな。すまない。今度弁償するよ」

予備はまだあるだろうが人の物を壊してしまったことに変わりないため謝罪する。

 

しばらく訓練は続き、カナエは少し相手にした後、審判に徹した。俺の動きを観察したいとのことだ。

 

今はしのぶと一対一で相手をしている。しのぶは何度も挑んでくるが、燐に攻撃を掠める事もできずにいた。動きと剣技は格段に成果が出ているが、これが何度も続き数刻は相手をしている。

 

「はぁ…はぁ……はぁ、もう一本!」

 

「なぁしのぶ…今回はここまでにしないか?流石に動きにムラが出始めてる。その状態で呼吸をするとその内倒れるぞ?」

 

「まだ行けます!もう一本……後、もう一本だけ!」

前から知っていたが、しのぶは少し負けず嫌いな所がある。もう一本と言って数十回付き合わされたことが何度もあった。

 

根性は認めるが、正直言って、このままやれば倒れるか怪我をしかねない。

 

「今日はここまでだ……いいな?」

 

「…うー、わかりました」

 

納得いかない様子だったが、しのぶは渋々とだが諦めてくれた。

 

「……しのぶ」

燐はしのぶを手招し、こちらに来るように促す。

 

そして近づいたしのぶを右手の人差し指で額を小突く。

 

「許せしのぶ……また今度な」

しのぶは、燐の穏やかな表情に頬を赤くし、この一言しか言えなかった。

 

「………約束ですからね」

 

「ああ…いつでも稽古つけてやる。だから今日は終わりだ……なっ」

俺はしのぶの頭を撫でる。

 

今のしのぶはホワホワしており気持ち良さそうに目を細める。

 

暫くしてしのぶは我に返り、手を強引に退けたが嫌そうな感じではなかった。

 

三人は道場を出た後、燐は縁側に向かい風に当たる。

 

 

「ふぅ(今日は目が一番疲れたな。慣れるまで写輪眼は訓練で多用していかないと)」

 

燐は目頭を押さえる。すると花のような香りがフワッとし、突然背後から“彼女”が俺を抱きしめてきた。

 

「カナエか…どうしたんだ突然」

 

「しのぶばかりずるい…私にも構ってよ、燐くん」

 

カナエは腕にさらに力を入れ俺をギュッと抱き締める。

 

「もしかしてカナエ……妬いてるのか?」

カナエは少しビクッとさせたがどうやら図星みたいだ。

 

 

「ははっ、カナエ」

俺はカナエの腕を少し強引に外し、カナエと向かい合い、抱きしめる。

 

「り、燐くん」

 

燐の胸元に埋まったカナエは突然の事で頬を赤くし、一瞬驚くが、直ぐに背中に手をまわす。カナエは愛おしそうな表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、な、な、目の前で何堂々やってるんですか、二人とも⁉︎そう言うのは他所でやってください!!」

お茶を持ってきたしのぶが顔を真っ赤にし怒鳴る。

 

「しのぶも混ざるか?」

 

「んなっ!だ…誰が混ざるもんですか!」

 

「うふふっ、さっきは頭を気持ちよさそうに撫でられていたじゃない。しのぶ…燐くんは私達の恋人でしょ。抱きしめ合うのも普通の事だわ♪」

 

「そう言う問題じゃない!」

 

———————–––––

 

————————

 

—————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果、座った状態で、燐がしのぶをあすなろ抱き、カナエは後ろから燐にあすなろ抱きになる形に収まった。

 

 

「どうしてこんな事に……」

 

「嫌だったか?」

 

「べっ、別に嫌と言う訳じゃ…」

 

「うふふっ、しのぶったら顔を赤くしちゃって可愛いわ〜」

しのぶはしのぶで燐の手を握っており、カナエは燐の肩の上に顔を乗せている。

 

「俺は幸せものだよ。目の前に大切な人がいる。手を伸ばせばいつだって届く距離にお前たちがいる。俺はそんなささやかなことが、何より愛おしい」

 

燐は優しい微笑みを浮かべた。

 

そして

 

「♪〜♪〜」

燐は歌を歌う。二人は突然の事で驚くが直ぐに燐の歌に聴き入る。

 

「(素敵な歌声…なんだか心がポカポカしてくる)」

 

「(燐くんの歌…とても優しくて温かい)」

 

数分歌った後、燐は歌い終わった。

 

「約束だったよな…お前達に歌を聞かせるの」

 

「約束…覚えてくれてたんだ。」

 

「当たり前だろ」

 

「正直驚きました。ここまでとは予想外でしたよ」

燐はあの時、また姉妹に歌を聞かせる約束をした。そして今は気分が良い状態で歌った。しのぶは燐の歌を聞くのは初めてだった。

 

 

「カナエには言ったが…この歌は母さんが歌っていた歌なんだ。俺も何回か聴いてたら歌えるようになってたんだ」

 

「…燐さんの、お母さんが」

 

「……そっか」

胡蝶姉妹にも自分の両親が鬼に殺されているのは話している。だからあえて二人は何もいわなかった

 

 

だから俺は…二人に伝えたい言葉があった。

 

「カナエ…しのぶ、鬼の血が混じっている俺を受け入れたお前達に、俺から贈る言葉がある、受け取ってくれるか?」

 

 

「……?なに、燐くん」

 

「どうしたんですか?急に…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、カナエとしのぶを……愛してる」

 

 

 

 

 

 

「「…………」」

予想外の言葉に二人は呆然とする。しかし二人はすぐに顔を茹で蛸のように真っ赤にした。

 

「り、燐くん…そ、それって」

 

「な、なな、なな…何とんでもないことさらって言っているんですか⁉︎」

 

 

「俺の本心だ、嘘偽りもない」

 

その表情は日輪のような微笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人は日が暮れるまで、互いに笑い合い、時には戯れ合う。その光景は言わずとも…幸せな気持ちに満ち溢れていた。



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第十七話

「ちくしょうちくしょうチクショォォォォォ!!」

 

尋常ではない速さで疾走する男がいた。何かから逃げる者は人ではなく、人を食らう悪鬼だ。人間の血肉を食料としてしか見なさない異形の化け物だ。それにも関わらず先ほどから汗を流しながら何かに全力で逃げ続けている。

 

「聞いていないぞ!なんで俺がこんな目に!よりによって…なんで奴がここにいるんだよ!」

 

 チチチチ!

 

鳥のさえずりのような雷が辺りに鳴り響き、青色の稲妻が迸る。

 

全力で逃げ続けた鬼の頸が鮮血と共に舞う。

 

そして鬼が最後に見たのは、白色の羽織を身に纏い、暗闇に光る赤い瞳で見つめる男だった。

 

「赤、月の………雷霆!」

 

鬼の頸は地面に落ち消滅していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

青年は刀についた血を払い、鞘に納める。

 

「今回も、話し合いできる様な鬼じゃなかったな」

青年は赤い瞳を元の瞳に戻す。周囲を見渡し、鬼がいないのを確認した後、気を楽にする。

 

 

「カァー!カァー!ゴ苦労ダ燐!任務ハコレニテ終了!帰還シテモ良シ!」

 

白色の羽な特徴な鴉が青年…燐の肩に乗り報告する。

 

「そうか…とりあえずひと段落はついたな」

 

 

 

 

 

この青年は桐生 燐、鬼殺隊“鳴柱”である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日から一年半の月日がたった、燐は背も伸び大人びた雰囲気が増していた。

一年半前に、燐は鳴柱に就任し屋敷を持つ様なり、担当警備区の見回りが主な仕事になった。

鬼からは鬼狩りの雷霆から赤月の雷霆と恐れられる様になった。

 

燐の持つ赤い瞳…写輪眼を見てそうつけられた。ただ何故赤月なのかは知り合いからは不思議がられることもあった。

写輪眼を知っているのは胡蝶姉妹と、お館様、村田と一部の隊士のみだ。

 

カナエも半年前には花柱に就任し、しのぶは鬼殺隊に無事入隊した。鬼を絶命させる毒を完成させ、順調に鬼を倒していくが、蝶屋敷での鬼殺隊の医師として活動していることが多いため、任務に行く事は少ない。

 

胡蝶姉妹との関係は変わらず仲は良好である。

 

柱になり、業務は多忙な為、中々会える機会も少なくなっている。会えたら会えたで、カナエは凄く甘えてくる。

 

しのぶは言葉には出さないが、燐がやる事には嫌がる様子はなかった。

 

 

そしてある日の事

 

「で?燐さんよぉ、お前あの二人とは接吻はもう済ませたのか?」

 

「ブフゥーッ⁉︎ゲホッ!ゲホッ!」

燐は口に含んでいたお茶を吹き出す。燐は帰る際、音柱である天元と会い茶屋へ訪れていた。

天元の突然の発言により燐は吹き出した後、むせるのであった。

 

「い…いきなりなんだよ天元」

 

「その反応、お前まさか…一年以上も付き合って接吻ですらしていないのか⁉︎」

図星である。

 

「地味な奴だな!そこは派手に接吻すればいいじゃねぇかよ!」

 

「派手に出来るわけがないだろ!ましてや見せつけてるお前とは違ってな!」

 

燐は天元の屋敷を訪問した際、三人の妻…須磨,まきを,雛鶴を紹介された。三人も天元と同じ女忍者(クノイチ)で、燐は話しているうちに天元のことを慕っているのを気配で感じ取れた。

三人とも個性的な女性で見て飽きなかった。

 

しかも天元は燐の前で須磨に接吻をかました、しかも舌を絡めさせながら。燐はその光景で、天元の屋敷から一瞬にして逃げ出した。

 

燐はいつかはカナエとしのぶともするかもしれないと想像力を膨らませてしまい、一週間の間、カナエとしのぶの顔をまともに見ることができなかったとか。

 

「だいたいな…他人の前で接吻なんてするなんてどうかしてるだろ。お前のせいでしばらくカナエとしのぶをまともに見れなかったんだからな。」

 

「ほほぉ、その言い方だと妄想したんだな…燐さんよぉ」

天元はニヤニヤしながら燐を揶揄っている。

 

「うるさい……ほっといてくれ、俺は帰るからな、後はよろしく」

燐は席を立ち茶屋から離れる。

 

因みに代金は天元に払わせるつもりだ。結構甘味も食べた為、

茶屋から離れた後、遠くから何か言っていたが無視する。

 

 

「数ヶ月ぶりだな…会うの(カナエとしのぶ、いるといいな)」

燐は少し上機嫌に、鼻歌を交えながら土産の甘味を買い、蝶屋敷に向かったのである。

 

燐にとって二人は「陽」のような存在である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燐は自身の屋敷を持っているが任務がない日は蝶屋敷に滞在していることが多い。一年前までは“お邪魔します”だったが、ある日を境に、蝶屋敷に寄る時は“ただいま”と言っている。

 

「ここは燐くんが帰る場所でもあるのよ。だから余所余所しくしないで良いのよ…燐くん」

 

その言葉が俺は嬉しかった。“ただいま”、これが言える事がどれだけ嬉しいか大切なものを失ってしまったからこそわかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

蝶屋敷につき、屋敷に入るが返事はない。いないと思ったが気配で二人がいるのははっきりわかる。

 

「…気配が一つ多い、お客さんでもいるのか?」

 

 

「姉さん…この子全然ダメだわ!」

 

「(しのぶは何を怒鳴ってるんだ?声の方からして……)」

 

燐は屋敷に上がり、声のした縁側へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「食事もそうよ、“食べなさい”って言わないとずっと食べない。ずっとお腹鳴らして」

 

「あらあら」

 

「こんなんでこの子どうするの?」

 

「まぁまぁそんなこと言わずに、姉さんはしのぶの笑った顔が好きだなぁ」

 

「今それは関係ないでしょ!自分の頭で行動できない子はダメよ…危ない!」

 

「まぁ…そうなんだけどね」

 

「一人じゃ何もできない、決められないのよ」

 

「じゃあ一人の時は…この硬貨を投げて決めれば良いわよ、ねぇーカナヲ」

カナエはカナヲと呼ばれた少女に裏,表と書かれた硬貨を手渡す。それでも少女は無表情だ。

 

「姉さん!」

 

「そんなに重く考えなくてもいいんじゃない?カナヲは可愛いもの〜!」

 

「理屈になってない!」

 

「きっかけさえあれば、人の心は花開くから大丈夫よ。カナヲも私達みたいに好きな男の子でもできたら変わるから大丈夫よ、ねっ…しのぶ」

 

「……それ言われると何も言えないじゃない」

 

カナエの言葉は近い将来、一人の日輪の少年により、現実となる。

 

 

 

「二人とも、入るぞ」

燐が縁側にやって来た瞬間、動きがピタリと止まってしまう。そしてカナエとしのぶと同じ髪飾りを付けた少女がポツンと座っていた。

 

「えっと、どう言う状況だこれは?」

 

燐に興味があるのかないのかどちらなのか分からず、キョトンとしたその視線と目が合う。

 

「あ!お帰りなさい、燐くん!」

 

カナエは燐に抱きついてくる。燐はカナエを受け止め、ギュッと抱きしめ返す。

 

「ただいま、カナエ。まず聞きたいんだが…その子は?」

 

「紹介するわ。この子はカナヲ、今日からここで一緒に暮らす事になったの。カナヲ、この人は私としのぶの恋人の桐生 燐くん。みんなで仲良くしましょう」

 

「いや…どう言う経緯でそうなった?」

 

燐は状況を理解できていない様子だった。いきなりカナエとしのぶと一緒に暮らす事になるのか分からないのも無理もない。カナヲは無表情だが、燐をジーッと見つめていた。

 

「はぁぁぁ、姉さん、いきなりそんなこと言っても分からないわよ。燐さん、私が事情を説明します。」

 

しのぶは燐がいない間の事情を説明した。見た時は、汚れや傷がひどく痣などもいくつかあったらしい、どうやら頻繁に大人に暴力を受けていたと見られた。

人買いに連れ歩かれているところを二人は保護したみたいだ。

 

当初は、ご飯を出してもらっても「食べなさい」と言われるまで行動できなかった。しのぶも手こずっていた様でカナエに不満を言っていたみたいだ。

 

 

「成る程な、本当にいるんだな…そんなクソな奴が」

燐は怒りが込み上がってくるが、やり場のない怒りを覚えても仕方ないため抑える。

 

 

「燐さんも姉さんに言ってよ、カナヲの事!」

 

「……そうだな」

 

燐はカナヲに近づき、姿勢を低くしてカナヲの頭に手を置く。カナヲは燐をじーと見つめ、目を合わせながら言う。

 

「しのぶ、こればかりは仕方ないとしか言えない。保護してまだ日は経っていないから、この子にとって初めての事だらけなんだ。物心がついた時から色々あったんなら、当たり前の事がすぐに出来るわけじゃない」

 

「燐さんまで」

しのぶは燐が味方だと思っていたが、言っていることも納得出来る言い方だった為強く言えなかった。

 

「だからさ、俺達がカナヲを導いていけばいい、カナヲが笑っていられるくらいの思い出をこれから作っていく。その内に普通のことも出来る様になる、未来に希望があれば、人は笑顔になれる。俺はそう信じてる」

 

全てがそうなるわけではないのは百も承知だ。だけど今は、この小さな少女に希望と言う光を与えていきたい。

 

 

「とりあえずカナヲについてはここまでだ。お土産買ってきたんだ、みんなで食べないか?」

 

「え! これって洋菓子、しかも結構高級なやつ!?いいんですか?」

 

「ああ。お金に関しては問題ないからな。使い道もそんなにないし」

 

燐は菓子入りの包みをしのぶに手渡した。

燐はお金はあまり使うこともなく溜まる一方で使い道がない状態だ。

基本的に食事や、二人と一緒に出掛けた時以外に使う事がない。 

 

カナエも中身を見て大層驚くも、二人が笑顔を浮かべると、燐の顔も緩んでいった。

 

 

「よし、カナヲも一緒食べよう、こう言うのはみんなで食べたほうが美味しいって言うからな」

 

 

カナヲは無表情だが、燐は少しだけカナヲの気配が揺らいだのを感じ取れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近い未来、燐はカナヲから”兄さん“と呼ばれるようになるのを、まだ知らなかった。



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第十八話

あれから一年

 

蝶屋敷も新たな住人が増え賑やかになってきた。

アオイ,きよ,なほ,すみ……この四人はカナエやしのぶが拾ってきた。鬼に親を殺され、身寄りがなかったり、鬼殺ができない隊士だったりする。

 

アオイは家事が上手く、しのぶと同様器用で、しのぶから教わった事は直ぐに出来る様になった。

 

きよ,なほ,すみは、患者の看病の他にも、機能回復訓練での訓練も担当している。

 

 

俺も四人が住むまで、カナエとしのぶの作業を手伝う事もあったが、その必要はなくなるかもしれない。

 

カナヲは変わらず無表情無感情だ。

 

命令や決め事では硬貨がないと決めることが出きない。

 

 

けど…カナヲは感情がないわけではない。顔には出てはいないけど、時折り楽しそうな気配を感じることがある。

表に出す事はまだできないが、少しずつ、カナヲは心を開いている。

 

偶に二人になる事もあり、何を話せば良いかわからなかった時、歌ったら、カナヲも俺の歌を気に入ってくれたみたいで、途中で歌うのをやめると袖を引っ張る事があった。

言葉こそ出さなかったが、もっと聞きたいというのはわかった。

 

その姿に燐はカナヲを優しく抱きしめた。無表情だったが、カナヲは嫌がる素振りは見せなかった。カナヲが戸惑っていた気配を燐は感じとれた。

 

 

 

 

  

 

 

兄妹ってこんな感じなのかな。

 

 

 

 

———————–––––

 

————————

 

—————

 

 

 

 

 

 

「………」

 

無言で燐は目を瞑っており、周囲に意識を集中させている。

 

燐は目を開けると、両眼は赤く、瞳孔の周りにできた輪の上に三つの黒の勾玉模様が浮かんだ。

 

その赤き瞳の名は写輪眼…燐が持つ特殊な瞳である。暗闇の為、赤い瞳は発光している。

 

腰に置いた刀に手をかける。

 

「雷の呼吸・捌ノ型」

 

 

 

「――千鳥」

 

背後に蒼い雷の一閃を鬼に叩き込み、電光石火な一閃を振るう。

 

無駄が一切ない洗練された斬撃だ。何もない所に叩き込んだかのように見えたが突如鬼は姿を見せる。

 

「がっ……!?」

 

 手足を断たれた鬼が地面に転がっていく。

 

「な、何故だ……!?何故正確に俺に攻撃を⁉︎ 俺の血鬼術でお前から姿は見えなかったはずだ……!?」

 

 右目に“下陸”と刻まれた鬼の顔は驚愕に染まっていた。鬼の血鬼術は自分の姿,気配を完全に消すもので、その隠形により鬼は多くの人間や鬼殺隊の隊士を喰らってきた。

なのに、目の前の男には通じなかった。

 

「姿を消していても、俺にはお前を視認することも感知することも容易い。斬り捨てることができない理由があると思うか?」

 

リンは写輪眼の状態で鬼を上から目線で睨み付ける。

 

「貴様…赤月の雷霆か⁉︎」

 

当然ながら目の前の鬼もまた燐のことは知っている。知らぬはずがない。

 

十二鬼月の下弦を容易く屠り、まして十二鬼月最強である上弦の頸を一度斬り落とした男だ。

その強さから十二鬼月を始めとした鬼は鬼無辻 無惨から直々に燐の抹殺が言い渡された。

 

 

「頸を斬る前に、お前に聞きたい事がある…上弦の壱、黒死牟は何処にいる?」

 

「知るものか……!知っていたとしても…貴様に話す訳なかろう!」

燐の質問は当然の如く拒否する。

 

「(この鬼は奴の居場所は知らない様だな)」

写輪眼で幻術を掛けようにも、情報がない為、嘘は言っていないと気配で直ぐにわかった。

 

鬼舞辻 無惨の事さえ聞こうとすれば、鬼は震えるほど無惨の事は死んでも話さない。仮に無惨のことを口にすれば無惨の呪いが発動し、喋った鬼はすぐに呪いにより殺される。

 

以前燐は幻術をかけた時、無惨の事を聞こうとしたら、名を口にした途端、鬼は無惨の呪いにより死んだ。

 

 

「そうか、だったらお前に用はないな」

燐は日輪刀を鞘にしまう。鬼はそれを驚愕の目で見つめていた。敵を前にして刀を納刀するのはあり得ない光景だった。

 

しかし燐は瞳の模様を変化させ、鬼を見つめる。

 

「天照」

 

「っ……⁉︎ぎゃあァァぁぁぁぁぁぁっ⁉︎あっ、アツイ!な、何だこれは⁉︎」

 

対象を燃やし尽くすまで決して消えない黒い炎を発生させる。 例えそれが鬼であっても。

 

天照は視界内に対象を捉えるだけで発動させることが可能で、その熱量は通常の炎さえ焼き尽くすほどに膨大だ。

 

強力だが、発動する度に血涙が流れる。現に燐の左眼は血涙を流している。

 

 

鬼は漆黒の炎により何も残らず燃え尽きた。燐はその場から離れるように歩みを始める。

 

「大分目に負担は無くなってきたが、これはどうにかならないのか」

 

燐は血涙を手拭いで拭き取る。使い始めた当初は目に痛みがあった。

しのぶと合同任務を一緒にした際、驚かれ、カナエからはかなり心配をさせてしまった。

 

『天照ばかりはどうにもならん。我慢しろとしか言いようが無いからのぉ……私だって使っていた度に流していたんだぞ』

 

「……わかってます」

 

『しかしお前の万華鏡写輪眼は少し特殊じゃ。恐らく私がお前の中に存在していることに関係があるかも知れぬな』

ここまで燐は機会があれば、万華鏡写輪眼の力を鬼に試していた。普通の人間である燐は力の代償で視力が落ちてもおかしくはなかったのだが、その気配は一向なかったのだ。

 

『(やはり鬼の因子を濃く継いでいることもあるかも知れぬな)」

 

燐は人間である反面、鬼の力を濃く継いでいる。その為、燐は写輪眼の状態であれば血鬼術も使える。

 

 

「んっ、あれは…ハクか? 何だか慌ただしいな」

 

燐の白い鴉が空中を旋回する。

 

「カァー! カァー! 桐生 燐!」

 

この様子だとよからぬ事があったのはすぐにわかった

 

――しかし、鴉の内容で燐に驚愕が走る。

 

「救援要請!コノ先ノ町デ花柱・胡蝶 カナエガ上弦ノ弐ト交戦中!、燐、即刻救援二向カエ!」

 

「なっ⁉︎カナエが!?」

 

「ソウダ!話デハ、カナリ押サレテイルミタイダ!」

 

「……ッ!」

燐は霹靂一閃の移動技を使い、その場から全力で駆け出す。

 

 

「(クソ!最悪だ!よりにもよってカナエが上弦の鬼と……!頼むカナエ、俺が来るまで……無事でいてくれ!)」

 

燐はそのまま電光石火の如く、カナエがいる場所へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日は月が辺りを照らし周囲がよく見える夜だった。

 

街の外れにある広場で、月の明かりに照らされ、二人の姿が見えてきた。

 

一人は白橡色の髪を持つ特異な容姿の男で、もう一人は、長い髪に、頭の左右に蝶の髪飾りを付けた燐の恋人の一人、胡蝶カナエだった。

 

カナエは体中に傷を負い、倒れ込み、満身創痍の状態だった。

 

鬼はゆっくりとカナエに近寄って行く。

 

 

雷の呼吸・壱ノ型

 

 

 

 

 

 

 

 

──霹靂一閃・瞬神

 

 

神速をも上回り、瞬間移動をしたかの様に駆け、鬼の腕を斬り落とし、燐はカナエを抱え鬼から距離を取る。

 

 

 

「りん、くん、燐くん…っ、燐」

カナエは涙を流し、俺の名前を何度も呼ぶ。

 

「無事で良かった……カナエ」

 

燐はカナエの額に自身の額を合わせ、カナエを安心させる

 

 

「速いねぇ、君、腕斬られちゃったよ」

 

 

「………」

 

「無視は酷いなぁ……それより邪魔をしないでくれない。せっかくその子を救済してあげるところだったの「黙れ」…ッ⁉︎」

 

燐は上弦の鬼に振り向き、殺せそうなほどの赤い目で睨む。

 

その瞬間、辺りの気温が一気に下がったかのような感覚に鬼は陥る。

原因は燐から発せられた殺気、まるで全てを凍てつかせる氷結のように、辺りを充満させる。

 

そして上弦の鬼は燐の瞳を見て思い出したかの様に口を開く

 

「その赤く光る瞳、“赤月の雷霆”!あのお方と黒死牟殿から話は聞かされたけど、まさか君だったんだね!」

 

「だったら何だ……屑野郎」

 

「屑はひどいなー、まず君を救済してからその子を救ってあげないとね」

 

上弦の弐はへらへらと薄ら笑いしながら呟く。対して燐は平静な面持ちだが、内心は腸が煮えくり返っている。

 

「げほっ!……燐くん、気を…つけて、あの鬼の氷の…血鬼術……呼吸をしちゃ……だめ」

 

「そうか……ありがとなカナエ。今はゆっくり休め、後は俺に任せろ」

 

「……うん」

 

「姉さんっ!」

しのぶが他の隊士と共に駆けつけ俺たちに近づく、カナエの状態を見てしのぶは今にも泣きそうだった。

 

「泣くのは後だ、しのぶ……カナエを今すぐ蝶屋敷へ、急げばまだ間に合う」

 

「…ッ、わかりました!姉さんは私達が運びます!」

しのぶは流れそうになった涙を拭いカナエをもう一人の隊士と一緒に抱える。

 

「逃すと思うかい?折角可愛い子が増えたのにさぁ」

 

上弦の弐は鉄扇を開く。

 

──血鬼術・散り蓮華

 

 

扇子を振るうとともに砕けた花のような氷を発生させる

 

『気を付けろ燐、カナエの言った通り、上弦の弍…童磨の血鬼術は呼吸で肺を酷使するお主ら鬼殺隊にとっては相性は悪い、慎重に行け』

 

氷の攻撃が迫って来る。カグラの忠告を聞いた後、燐は写輪眼を万華鏡写輪眼に変え、鬼に顔だけ振り向く。

 

 

「……天照!」

 

燐は天照を使い鬼の血鬼術の氷を溶かす。

 

「わぁっ!俺の氷が溶かされちゃった!それが黒死牟殿が言っていた消えない黒炎かぁ」

 

上弦の弐はにこにこと笑みを浮かべていた。瞳には感情が無く、まるで虚無。明らかに歪だった。

 

「お前には何を言っても無駄みたいだな……悪鬼」

 

燐は刀の柄を強く握り童磨を睨みつける。

 

しのぶはもうカナエを連れて離れていた。

 

『燐…日輪刀に向けて天照を使ってみろ』

 

 

『日輪刀に天照を?何故?』

 

『いいからやってみろ!説明は後でする!』

 

 

 

 

 

「天照!」

 

燐はカグラに言われた通り日輪刀に黒炎を纏わせる。

 

すると日輪刀の色が赫く変わり始めた。

 

「何だ、色が……赫く」

 

『上手くいったか。名付けるとするなら… 加具土命ノ剣と言っておこうか、あの馬鹿を思いっきりぶった斬れ!燐!』

 

 

 俺は奴を睨むが、童磨はニヤニヤ笑うだけだ。

 

「さっきから思っていたけど、さっきの子は君の恋人かな?──安心しなよ、君を救った後、あの子もちゃんと救済してあげるから」

 

 

「救済だと?… お前の救済は、殺戮の間違いじゃないのか…クソ野郎」

 

燐は黒炎を纏った赫い日輪刀を童磨に向けるよう構える。

 

 

「お前がどれだけ懺悔しようが……俺は一切情けはかけんぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





最初辺出た鬼の血鬼術はNARUTOの迷彩隠れの術が元になっています。




現在燐が使える瞳術

幻術

コピー(血鬼術不可)

天照

加具土命



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第十九話

一言言うと、取り敢えずクソ教組には容赦の慈悲もありません。






それでは第十九話をどうぞ!


「血鬼術・冬ざれ氷柱」

上方から巨大なつららを多数、燐に向け落下させる

 

気の抜けるような上弦の弐の掛け声とともに飛来するは氷の蔓と冷気だ。

 

「加具土命!」

 

燐は加具土命ノ剣で複数の黒炎の斬撃を放ち冷気を斬り溶かす。

 

今の俺と童磨の相性は最高にいい。奴の氷が紙切れみたいにたやすく斬れる。

 

燐は童磨に接近し右から左、また右へと天照を纏った日輪刀を鋭く振り、童磨はそれを数歩の回避運動のみで避けつつ、左右の扇を燐に負けず劣らず振るう。

 

「すごいねぇ、君ぃ、俺の氷が容易く斬られてる。それに、何で人間が血鬼術を使えるんだい?」

 

 

「話すとでも思うか?」

 

 

──雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃・加具土命

 

 

 

「それもそうだね…」

 

──血鬼術・凍て曇

氷の煙幕を発生させられたので、燐は一閃を途中で中断させ氷の煙幕から距離を取る。童磨は煙幕を利用し視界をくらませた。

 

『燐!わかっていると思うがあの煙幕に絶対接触するな!眼をやられるぞ!?』

 

「(……すみません。少し黙っててくれませんか、ご先祖?)」

 

燐は剣圧で氷の煙幕を弾き飛ばした。だが、その一瞬の間に童磨の姿が消えた。

 

「見えてんだよ!」

 

燐は気配を察知し、童磨の攻撃を体を曲げ回避し、左腕を斬り落とす。

燐は距離を取り童磨の様子を窺うと、ヘラヘラしていた顔が驚くほど変化していた。

 

「グッ!な…何だこの痛み、腕が燃えて…何で再生しないんだ!?」

童磨の左腕は燃え、激痛に耐えている様子だ。しかも腕は再生していない。上弦の鬼は下弦の鬼と通常の鬼とは違い再生は早いはずだ。

 

しかし童磨は再生する様子が一向にない。

 

「(奴の腕が再生しない…どう言う事だ?)」

 

『今お主が使っている赫刀に関係している。その状態で鬼に斬りつけると想像を絶するほどの激痛を鬼は味わう。それに加えて再生力を阻害する事もできる。時間が経てば再生するが、再生しないのは奴の腕が天照によって邪魔されているからじゃ』

 

 

「(まるで、自分も食らった事があるような口振りですね……)」

 

『まぁのぉ、数百年前、縁壱さんと手合わせした際、手も足も出ずに負けた。』

 

「(はっ!?貴女が?)」

カグラの実力は話で聞いた限り、鬼舞辻 無惨を追い詰めたと言うほどの実力者だ。

そんな存在が手も足も出ずに負けた。驚きを隠せなかった。

 

 

「(カグラ様を圧倒した剣士……一体何者なんだ?いや、考えるのはよそう。今はアイツを斬ることだけに集中しないと)」

 

童磨を見ると、奴は左肩を斬り落とし腕を再生させた。

 

「今のはかなり痛かったよ……斬られただけなのにさ。こんなの生まれて初めてだよ」

 

「…そうかよ、そいつは良かった……な!」

 

「…ッ⁉︎」

童磨は氷の壁を作ることにより黒炎を防ぐ。

 

「流石に今のは危なかったよ……危うく燃やされるところだった」

 

「流石上弦の鬼だけあって勘はいいみたいだな」

 

 

 燐は地を踏み一瞬で童磨の頸目掛けて刀を振るうが、童磨は扇で迎撃し刀と扇の鍔迫り合いになり火花を散らす。

 

 

「やっぱり速いねぇ…、油断するとすぐにやられちゃいそうだよ」

 

「そうかよ、だったらこいつはどうだ?」

 

雷の呼吸 参ノ型・聚蚊成雷・加具土命

 

 

――血気術 ・枯園垂れ。

 

 童磨が刀との競り合いを弾き、扇を振るうと、砕けた氷が広範囲に飛び散り燐の攻撃を防ぐ。

 

 

──雷の呼吸 弐ノ型・稲魂・加具土命

 

互いの攻撃の後、燐は立て続けに弐ノ型で童磨に斬り刻む。

 

童磨は燐の連撃に対し、扇で氷風を起こすが、燐は写輪眼で動きを見切る。かすり傷を負いながらも、後方に跳び回避する。

 

童磨は赫刀で斬られた傷口の再生に手間取っていた

 

「あの方の言う通り、君…危険だね。黒死牟殿が目の敵にするだけの事はあるよ」

 

 

「そうかよ」

 

「本気を出さないといけないかな…これは」

 

 ──血気術 ・凍て曇

 

童磨は扇を振るい、扇から冷気の煙幕を発生させる。そしてこの冷気の中はカナエがやられたように、人間の肺胞を壊死させることが出来る。

 

燐は写輪眼で見切り、即座に地を蹴り後方へ跳ぶ。

 

──血気術 ・蔓蓮華

 

 童磨が扇を振ると、童磨の周囲に生まれた無数の氷結の蔓が伸び、燐に襲い掛かる。

 

「雷の呼吸 陸ノ型・電轟雷轟・加具土命」

 

周囲にギザギザした雷のような無数の斬撃を黒炎を混じえながら繰り出し自身に向かってくる蔓を全て斬り落とす。

 

斬られた蔓は地に落ちると、天照の黒炎により溶けていく。

 

「これも斬り落とすとはねぇ」

 

「この際はっきり言うぞ…お前の血鬼術は俺には通用しない」

 

「アハハハッ!面白いこと言うね! だけど簡単には俺はやられないよ。あ、そうだ!いいこと思いついた!君が 死んでも寂しくない様に、さっきの蝶の髪飾りをした女の子達に君の死体を届けてあげるよ!その後はあの子達も君の元にちゃんと送ってあげる! そうすれば君たちは揃って救済されるよね!」

 

 

 

 

 

「………………………………」

 

 

ゴォッ!!!!!!!!!

 

 

 燐から凄まじい何かが赤黒色の溢れていた威圧、殺気────まるで、心臓を鷲掴みにされた……そんな錯覚に童磨は陥った。  

 

 

 

『っ⁉︎完全にキレよった。今のこいつには、何を言っても通じそうにないな」

 

 

カグラは精神世界で童磨を哀れんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燐は童磨を見据える―――――しかし燐の表情は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“無”だった

 

 

「もう黙ってくれないか?お前の声を聞く度、吐き気がする」

 

低い声と同時に、刀の炎は紅色と変わる。そして日輪刀を上段に構え、

 

「神鬼…合一!」

 

その言葉と共に、燐の髪は白に変化する。今までヘラヘラとしていた童磨はその顔には焦りの表情を浮かべていた。

 

 

 

この世で怒らせてはいけないものを童磨は怒らせてしまった。

 

「き、君は一体……何者なんだい?本当に……人間なのかい?な、なんで…君から鬼の気配が…」

 

 

童磨の言葉が続く中、燐から溢れ出る何かに冷や汗が止まらなかった

 

 

「お前の知っている柱の鬼狩りだよ……俺は」

 

燐から溢れ出てくる何かは、濃密に覆われていく。

 

 

 

「…………俺はもう、一切手を緩めんぞ」

 

 

そう呟いた燐の顔は、常人なら見ただけで殺せそうな無の表情を浮かべていた。

 

 

灰の呼吸 壱の型・螺旋撃

 

 

「―――――ッ!!?」 

 

一瞬にして童磨に接近し、灼熱の竜巻を発生させる。

 

童磨の身体はほぼ斬り裂かれ、白橡色の髪がその血で染まっていた。

 

 

 

「―――弐ノ型・裏疾風・双

 

 

ザシュッ!!!!

 

燐はそのまま次の技で、もう一人の残像を作りながら童磨の腕を斬り裂く。

 

 

「どうした、俺を救済するんじゃなかったのか?……」

 

そんな童磨に燐は手を止めることなく技を繰り出す

 

 

参ノ型・龍炎撃

 

 

燐はお構いなしに加具土命の炎を纏った刀を童磨に振り下ろす。

 

「グッ!」

 

童磨はこれ以上やられまいと扇を前に翳し氷壁を作るが、

 

相殺すると思っていた氷壁は燐の業炎の剣に斬り裂かれる。

 

「なっ⁉︎」

 

童磨は躱そうとするも、受けた攻撃の傷の再生が間に合わない。思うように動けない童磨に日輪刀は深く突き刺さる。

 

悲鳴を上げる事すらままならず童磨は地面に串刺しになる

 

「うぐぅ……ゴホッ……!!」

童磨は尋常ではない量の血反吐を吐き地面は血溜まりが広がる。

 

「こんなものか?カナエや他の人達が苦しんだ痛みは…こんなものじゃ済まないぞ!」

 

燐は童磨の文字の刻まれた眼球に赫刀の日輪刀を突き刺す。眼元は天照の黒炎により燃え広がる。

 

童磨は痛みにもがいていたが、こんな奴に同情のカケラはこれっぽっちもない。

 

 

「(まずい、これ以上持ちそうにない。頸を斬る前に、こいつから情報を出来るだけ炙り出さないとな)」

燐は写輪眼を使い童磨の片方の目を見つめ童磨の記憶を探っていく。

 

 

 

『俺は優しいから放っておけないぜ。その娘はまもなく死ぬだろう』

兄妹らしき人物に声を掛けていた。女の子は燃やされたのか黒焦げになっている。童磨はその兄妹に鬼の勧誘をしていた。

 

 

 

そしてその二人は上弦の陸へとなっていた。

 

 

「(成る程、こいつらは二人揃って上弦か)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごめんね伊之助。ごめんねぇ・・・』

 

遠くで一人の女性が“伊之助”と呼ぶ赤ん坊抱えながら謝っている声が聞こえた。

 

ずっと謝り続けながら赤ん坊を崖の上から川へと投げ落とす。そして母親は童磨により背中を斬り裂かれる。

 

女性は童磨により殺された。赤ん坊は川に落下し流されてしまった。

 

 

 

『こんな所から落っことしても助かるはずないのに、最期まで頭の悪い娘だなぁ…、母親に崖から落とされて死ぬなんて可哀想』

 

 

 

 

 

プツン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

童磨の記憶の中の最後の言葉に、燐の中に何かが切れる音が発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………地獄に落ちやがれクソ野郎」

 

燐は童磨の記憶を見た後、片腕で童磨の頭を鷲掴みにし一瞬手放した後、空高く高く殴り飛ばす。

 

 

灰の呼吸 陸ノ型・紅蓮刃!

 

燐は加具土命の赤黒い炎を混じりながら童磨に向けて斬撃を放つ。そして炎は燃え上がる

 

 

 

「(認めない。認めない。俺が彼奴に致命傷を与える事もできずに死ぬ?認めてたまるか!!)」

 

 

 

 

「燃え尽きろ!」

 

黒炎は更に激しく燃え上がり炎上する。燃え尽きる。

 

 

 

 

 

すると童磨が使っていた扇と塵へとなりかけの頭が落ちてきた。

 

 

「………」

 

 

「ははっ、俺は死ぬみたいだね。流石に黒死牟殿の様にはいかないか」

 

以前燐は上弦の壱、黒死牟の頸を斬ったことがある。

 

童磨もそうなる可能性にかけたが、そこまでの領域へは至る事はできなかったようだ。

 

 

「とっとくたばれクソ野郎、お前には地獄がお似合いだ」

 

童磨を燐は笑顔で冷たくいい放つ。

 

 

「(あー…やっぱり何も感じないや。死ぬ事に恐怖も感じないし、負けた事に悔しさも感じない。)」

 

 

『私は私だ。断じて貴様ら鬼と一緒にするな。何になろうとなかろうとも、私は…私であり続ける」

 

 

童磨は燐の姿が女性の姿と重なった。

 

童磨は残った目で燐の万華鏡写輪眼を見つめる。

 

「(ああ…そうか、此奴は…無惨様の記憶で見た裏切りの鬼の子孫……目がそっくりだ)」

童磨は死の淵に無惨の流れる血で、記憶が流れる。燐と同じ赤い瞳を持っていた。

 

そして童磨は塵へと成り果てる。

 

 

 

 

 

「終わった……」

 

 

燐は、童磨が消えたのを見届けた後、溢れ出ていた何かは静まり、髪は白から黒髪に戻り、写輪眼を元の瞳に戻す。

 

 

すると燐は力なく仰向けになる様に倒れた。

 

「あ、あれ?」

 

『当たり前じゃ、天照に加具土命、増してや鬼の力、神鬼合一まで使ったんじゃ…身体は疲労しきっている。しばらくはまともに動けないぞ』

 

「そうですか……これじゃあ誰か救援を待つしかないってことか」

燐はその場から一歩も動けず誰かが来るのを待つしかなかった。

 

 

 

 

 

「おい!無事か!無事なら返事をするんだ!」

 

ハキハキとした声が近づいてきた。

 

「俺は無事だ。相変わらず声は大きいな、杏寿郎」

駆けつけてきたのは炎の呼吸の使い手の剣士である煉獄 杏寿郎であった。

 

「うむ!無事でなによりだ燐!それより上弦の鬼はどうした?」

 

「そいつなら、今頃地獄にいるはずだ」

 

「よもやよもやだ…まさか一人で上弦の鬼を倒したのか⁉︎」

杏寿郎は驚いた様に声を上げる。

 

「まぁな…それよりも手を貸してくれないか?少し無茶しすぎてな…身体が思う様に動かせない」

 

杏寿郎は燐を背に抱える。

 

「相当無茶をした様だな、燐。それより急がなくてもいいのか?カナエ殿が重傷であろう」

 

「カナエなら大丈夫だ。しのぶ達が必ず救ってくれる。それに、俺が愛した女は……そう簡単に死なないさ」

 

「…うむ、そうであったな」

燐の瞳は確かな自信があった。杏寿郎は燐の言葉に納得する様に頷く。

 

 

「すまない杏寿郎、俺は少し……眠…る」

 

燐はそのまま戦いの疲れにより寝落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 

その瞬間、空から日が昇り始め、辺りを照らすのであった。

 




灰の呼吸について

燐が鬼の力を解放している時に使える呼吸。簡単に言えば八葉一刀流の鬼状態の技ををそのまま使用しているだけ。


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第二十話

 

「……ッ⁉︎」

 

目を見開き、視線だけを動かし、辺りを見渡す。辺りは暗く窓から月明かりが照らしていた。

 

「(……ここは…蝶屋敷か、そうか、俺はあの後……)」

 

 

 

『目覚めたか、燐』

 

「(カグラ様、俺…どのくらい寝ていたんですか?)」

 

『三週間は寝込んでおったぞ、全く……無茶しおってお主は』

 

「(三週間も…予想以上に力の解放に負担が大きかったみたいだな。カグラ様……カナエはどうなった?)」  

 

『安心しろ…あやつは無事じゃ。治療後、一週間で目を覚ました。しかし…胡蝶 カナエは、剣士としての命を失ってしまったがの』

 

 

 

 

 

 

「(……そうですか)」

 

 

カグラ様からの話によると、眠っている間も、俺の中から現実側の声は聞こえていたみたいだ。カナエは戦闘による外傷は酷かったものの治療に問題はなかった。しかし、童磨の血気術の影響で機能が大幅に低下してしまった肺だけはどうにもならなかったの事だ。

 

しかし日常生活を送る分には問題はない状態だと言う。

 

 

 

 

 

俺は命をかけて守ると誓ったのに、カナエを死なせかけた。

 

カナエだったら「気にしないで」と笑って許してくれそうだが、俺は自分を許すことができない。

 

 

 

 

 

 

「もっと強くならないとな」

 

そう言い、寝返りをした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………えっ」

 

 

燐は身体を右に向けると信じられない光景を見てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カナエが燐の目の前で、綺麗な寝息をたてて眠っていたのだ。

 

よくよく確認すると、カナエは俺の手をぎゅっと握っていた。

 

 

 

「(な、なんでカナエが俺の隣で寝ているんだ?って言うか……どう言う状況だこれは)」

 

 

突然の事に燐は状況が上手く呑み込めなかった。

 

 

「う、ぅん…」

混乱してる中、カナエが目を開け、互いの視線が見つめ合う状態になる。

 

「…燐……くん?」

 

「カ……カナエ、すまない、起こしてしまっ「燐くんっ!!」え?ちょっ…」

 

カナエは目を覚めた燐を見るなり胸に寄ってくる様抱きしめてきた。

 

 

「よかった……目が覚めて…よかった」

 

「カナエ…」

 

 

胸に飛び込んできたカナエを受け止めるとカナエは涙を流していた。

燐もカナエをぎゅっと抱きしめる。

 

「何泣いてんだよ……けど、お前が無事で本当によかった」

 

「燐くんが悪いのよ!だって……私が目を覚ましても燐くん、意識がなくて心配したんだから……!」

 

どうやらカナエは意識が戻っても俺が寝込んでいた事に相当心配していたみたいだ。

 

「それに関しては本当にすまない、ところでカナエ…お前は一応患者だろ?なんで俺の布団に寝ているんだ?」

 

「燐くんのそばに……居たかったから、だからお願い…強くギュってして」

 

カナエにそう言われ、顔が熱くなる感覚がした。恐らく俺の頬は赤くなっているのは間違い無いだろう。

 

「わかった……だったら何されても文句言うなよ…カナエ」

 

「えっ、燐くん…?」

 

燐は起き上がりカナエと正面と向き合う。カナエは白い肌を赤く染めながら燐の黒曜石の如き瞳を見つめる。

 

俺は構わず、そのままカナエを抱きしめ、自分の唇をカナエの唇に重ねた。

 

「ッ!?ん、ん~~~~~~!!」

 

 

腕の中でカナエは突然の事に少し力を込めて抵抗していたが、次第に力は弱まり、俺の背中に手を回し、カナエは目を瞑り俺の唇を受け入れた。

 

最初の数秒くらい唇が重ねるだけだったが、カナエは俺の口の中に舌を押し込んできた。

 

 

「んっ⁉︎」

 

突然の事に驚くが、俺は抵抗する事なくカナエを受け入れ、自身の舌を絡める。

 

 

「んっ……んぅ……」

 

「んっ、ふっ、んぁっ……」

 

 

何秒かそうして、俺は唇を離した。

 

 

 

何分、何時間にも感じた。

 

カナエは顔を真っ赤にして、俺にもたれ掛るように倒れる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「俺、接吻は初めてだから……その…」

 

「わたしもよ……………バカ」

 

二人は再び布団に入り、抱きしめ合いながら横になる

 

 

 

「好き…燐くん………大好き……」

 

 

「俺も、好きだよ……カナエ」

 

 

 

 

 

 

 

 

この時間は暫く続き、二人は眠りに入った。

 

 

 

———————–––––

 

————————

 

—————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さんったらまた病室から抜け出して……一番重症なのに自覚がないんだからもう…」

カナエの診察をしにきたのに、患者のカナエは病室にはいなかった。

 

しのぶは何処にいるかは見当がついているため、別の病室に向かっている。

 

「姉さん!また勝手に病室を抜け出して!これで三度目……よ?」

しのぶが向かった病室は燐の病室で目にした光景は、燐とカナエが向かい合い添い寝をしていた。

 

 

「な、な、なっ、二人とも何してるのよ⁉︎」

しのぶは抱きしめあって眠っている二人を見て声を上げる

 

 

「う、ぅん……ふぁぁぁ…… おはよう~しのぶ」

カナエは燐を起こさないように起き上がり目元をさすりながらしのぶに挨拶をする。

 

「また勝手に燐さんの病室に入り込んで!姉さんはまだ安静にしなきゃだめよ!それよりも……燐さん、意識戻ってるでしょ「シィー…起こしちゃダメよしのぶ」ムグッ!」

カナエはしのぶの口を手で押さえ人差し指を口の前で立てる。

 

 

「今はまだ寝かせてあげましょ。燐くん、私のために無茶したみたいだし、今はまだこの寝顔を見ていたいから」

 

カナエは燐の顔をそっと撫で寝顔を見つめる。その顔は普段の燐と違い、気持ちよさそうに布団に包まりながら眠っている。

 

 

「……姉さん、その首筋の痣……どうしたの?」

 

「えっ?あっ!いや…これは……その」

カナエは顔を真っ赤にし咄嗟に隠すがもう遅く、しのぶにはもう何があったか想像できてしまい顔を真っ赤にする。

 

 

 

「ありがとう……二人とも」

 

 

突然の寝言に二人は「夢の中の私達と何をしているのだろう」と思いながら燐を見つめる。

 

その寝言には何か特別な感情がこもっているように見えた。

 

そしてしのぶは呆れた様子で燐に顔を近づけた。

 

「起きろ寝坊助!」

 

 

「うわっ‼︎」

耳元で怒鳴り声を出したしのぶの声にバッ!と勢いよく起きる。

 

 

 

「三週間ぶりのお目覚めですね、燐さん。気分はいかがですか?」

燐はゆっくりしのぶの方に顔を向け、寝ぼけているのかじっとしのぶを見つめた。

 

 

「………天女?」

 

「…………へっ?」

 

「あらあら」

 

しのぶはまさかの一言に素っ頓狂な声を出し、カナエは笑みを浮かべる。

 

 

「ね……寝惚けないでください!」

 

「グッ!」

しのぶは燐の腹に手で突きを繰り出す。そして目を覚ました燐は第一にしのぶから説教を喰らった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの夜は色々あった。

 

 

まぁ……イロイロと……な。

 

 

朝は第一にしのぶの怒声により叩き起こされ、しのぶから手刀の突きを喰らい、朝から説教を喰らった、説教をしていたしのぶは顔を真っ赤にしていたが。

 

しのぶは何があったかは大体察していたようだ。きっかけはカナエの首筋に接吻の跡だろうな。

 

「(………強く吸い過ぎた)」

 

『中々激しかっからのぉ〜お主ら』

 

「(覗き見はよくないですよ、ご先祖さま!)」

 

 

しばらく俺とカナエはまともに顔を見ることができなかった。

 

お互い触れ合って気持ちを確かめ合った。

 

触れ合ったと言うが、決して一線は超えていない。

 

 

数週間後、カナエは機能回復訓練を行なったが、カグラの話した通り鬼殺隊の呼吸を行うのが困難になり、無理に全集中を行うと咳き込んでしまう状態だ。

しかし日常生活を送るのに支障はないくらいに回復した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が醒めて一週間後、燐は鴉からの連絡で、緊急柱合会議が行われる事を知り、産屋敷邸に訪れている。

 

 

柱合会議

 

鬼殺隊最高位の剣士である柱たちと鬼殺隊の当主によって、半年に一度行われる会議のことである。今回は緊急のため急遽集められた。

 

原則として柱以外の剣士はこの会議に参加することは認められず、逆に柱はよほどの理由がない限り会議を欠席することは認められない。

 

 この屋敷に六名の剣士が集まっていた。

 

 

 水柱・冨岡 義勇

 

 音柱・宇髄 天元

 

 岩柱・悲鳴嶼 行冥

 

 風柱・不死川 実弥

 

 鳴柱・桐生 燐

 

 

 いずれも鬼殺隊の頂点に相応しい実力を有する、または有していた剣士たちである。

 

 

 

「やぁ、よく来たね私の可愛い剣士たち」

 

 そして現鬼殺隊当主産屋敷 耀哉様が……彼の登場と共に剣士たちは皆一斉に膝をつき頭を垂れる。

 

 

 

「まずは燐、数百年の間、討伐の叶わなかった上弦の鬼を単独で討伐してくれたことは偉業と言える。本当によくやってくれた。ここにはいないけど、カナエにも伝えてほしい」

 

「ありがとうございます、お館様」

 

カナエの情報無しに童磨に勝つのは難しかったかもしれない、下手をすれば逃していた可能性もあった。

 

俺が勝てたのはカナエのおかげでもある。お館様も…それが分かっていた。

 

 

 

まず今回遭遇した上弦の弐について話を始めた。

 

血鬼術の強大さや、性格の異常さについて説明した。

 

上弦の鬼の情報は一年前に上弦の壱と遭遇した燐の説明によりあらかた上弦の鬼は普通の鬼とは違うのに理解はしている。

 

 

そして今回は、鬼殺隊の生命線である呼吸を封じるような血鬼術使いがいた事に他の柱は驚いている。

 

俺の場合はいつでも対処はできるが、炎の呼吸の使い手である杏寿郎が戦ったらどうなるか分からない。

 

 

その後も会議は続いた。

 

 

各自、担当区域に異常があった者は報告した後、会議終了した。その後他の柱からは色々質問攻めにあった。

 

まぁ、かすり傷は負ったがほぼ無傷に等しいくらいの状態だった為、信じない者もいた。

 

 

信じるか信じないかはそんな事はどうでもいい…俺は事実を言っただけだったが、不死川はその後俺にいきなり突っ掛かったので、師範直伝の愛ある拳で黙らせた。

 

 

 

 

頭にコブを作り、捨て台詞を言って帰ったが、いつもの事なのでもう慣れた。

 

 

『あやつ、相当不器用な奴だからのぉ』

 

「(それは言わない約束ですよ……確かに俺も同じ気持ちだがな)」

 

確かに性格はキツめだが、意外と面倒見のいい人物だ。

不死川が初めて柱として柱合会議に参加した時はお館様に大変失礼なことを言ったのは衝撃で今も覚えている。

 

その時、殺気を放って黙らせたが、お館様の一言で鎮め謝罪をした後、カナエからでこぴんをくらい注意された。

お館様は不死川と目を向き合って話し始めた。

 

その時のお館様の言葉に、節々に強い思いやりの気持ちを感じた不死川はお館様に対する視線が軟化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…上弦の強さは、やはり想像を超えるな、俺がこの力を持っていなかったら…生きていたかどうかも分からない。雄一、お前ならどうしていたんだろうな」

 

柱合会議を終え、帰りの道中、友に問いかけるように名を口にする燐

 

『燐、お前はお前じゃ』

 

「カグラ様?」

 

『何をしてもしなくても、何を持っていても、持っていなくても、どんな姿になろうとも…お前はお前じゃ、燐』

 

 

「俺は俺………そうですね」

 

燐はカグラ様の御言葉を胸に刻み込み、そのまま自身の屋敷である“鳴”屋敷に帰った。

 



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第二十一話

お館様からの計らいでしばらく休暇をいただいた。

 

上弦の鬼の討伐を会議で報告した後、お館様の鴉から手紙が届いたのだ。

内容は「しばらくの間ゆっくり休んでくれ」とのことだった。

 

「なぁ、しのぶ」

 

「なんですか?」

 

「こうやって二人で出かけるの…初めてじゃないか?」

 

「そう言われるとそうですね」

 

現在燐はしのぶと一緒に都会の街に買い物へ来ている。

 

「今まで出かけた時は、姉さんやカナヲ達も一緒でしたからね」

 

「そうだったな」

 

「姉さんもついていくなんて言っていたけど、まさか燐さんの一言で言うことを聞くなんて思いませんでした。あの時の姉さんはしつこいですからね」

 

「まだ療養中だからな。流石に無理をさせるわけにはいかない」

 

カナエはどうしてもついて行きたいと文句を言っていたが、右手の人差し指でカナエの額を小突き「許せカナエ、また今度な」と言うと、カナエは簡単に引き下がってくれた。

 

 

 「燐さん、目は大丈夫なんですか?煉獄さんに運ばれた時は目からの出血が酷かったんですよ。その様子だと視力の低下は見られないようですが」

 

「カグラ様も似たようなことを仰ってたな……万華鏡写輪眼は、人間が酷使すると視力が低下するってな。カグラ様の見立てだと、俺の体質は少し特殊らしい。流石に使いすぎると酷い激痛は来るんだけどな」

 

「……あまり無茶はしないでください。姉さんも私も心配なんですから」

 

「安心しろ、今後は十二鬼月か手強い相手にしか使わない」

 

 

「だったら何も言いませんが……」

 

最初会った時の威嚇していたしのぶが懐かしく思う。恋人になってからは丸くなった。カナエみたいに自分から甘えてくることはないが、しのぶはよく膝枕をしてくれる。

 

「ところでしのぶ、今日は何を買うんだ?」

 

「包帯の買い足しに、薬草や傷薬も必要です」

 

「要するに、俺は荷物運びって事だな」

 

「そんな所です。任せてもらっていいですか?」

 

「お安い御用だ」

 

「そうと決まれば、行きましょう!」

 

「ああ…わかった、っておい!」

しのぶに手をつかまれ、強引に引っ張られた燐は体勢を崩しかけた。

 

 

しのぶと手を繋ぎ、人通りの多い都会の街を歩く。数年前までは人混みの中で酔ってしまい目眩を起こしたものだが、何度か訪れるうちに、慣れたようだ。

 

しのぶとはぐれないようにしっかり手は繋いでいる。

 

しのぶの手はカナエとは違い、一回りほど小さく細かった。しかしその小さな手は驚くほど温かい。

しのぶが隣に並びながら会話に花を咲かせた。俺がいない時は、カナエに相変わらず俺以外の男がいっぱい釣れるだの何だの、まぁ、カナエは魅力的な美女だから仕方がないとはいえ不安だ。

 

けど、しのぶがいるから安心出来る自分がいる。

 

しのぶはしっかりしていて、言いたいことははっきり言ってくれるから自分も助かっている。

 

まぁ、怒らせると一番怖いのはダントツでしのぶだな、それに次いでカナエだ。

 

 

「燐さん、少しここで待ってもらえないですか?」

 

「ん?別に構わないが…どうした?」

 

「少し買い忘れたものが…すぐに戻ってきますから待っててください!」

 

 

 

蝶屋敷に必要な物は揃い、目的はすでに果たしたはずだが、しのぶは途中で一人何処かへ行ってしまった。

 

「仕方ない、近くの店を見て回るか」

燐はしのぶが来るまで、近くの店に置かれている品を見て回る。

 

 

「やっぱり都会なだけあって品揃えもいいな。ん?これは…」

 

燐は女性物の櫛が目に入った。柄は紫の綺麗な蝶と花の模様だった。

 

 

「綺麗な櫛だな、すいません……この櫛下さい。」

 

「はいよ。なんだい兄ちゃん、女にでも贈り物か?」

 

「そんな所です。代金はこれでいいですか?」

 

「はっきり言うな兄ちゃん、丁度預かったぜ」

櫛を買った燐は、包装された櫛を受け取り、懐に入れる。

 

 

「上手くいくといいな、兄ちゃん」

 

 

「?……はい」

店主の言っている意味がわからずとりあえず返事をして店から離れる。

 

 

「(前にカナエには簪を贈ったからな。しのぶ、気に入ってくれるといいな)」

 

『お主、それを渡す意味…わかっておるのか?』

 

「(ん?何か意味があるんですか?)」

 

『……いや、なんでもない。田舎育ちは純粋じゃと思ってな』

 

最後の方は何を言っていたかわからなかったが、燐は気にせずしのぶが来るのを待つ。

 

「ごめんなさい燐さん!お待たせしました!」

 

「いや…そこまで待ってはいないから大丈夫だ」

 

 

そして二人は、ある程度時間ができたので、二人で茶屋に寄り甘味を食べている。

 

 

「ん〜、美味しい」

 

「だろ?甘味に詳しい隊士から教えてもらったんだ。ここの茶屋のみたらし団子が美味しいって」

 

以前桜色の髪をした女性隊士から勧められ、一度一人で訪れた際に食べたがかなりの美味だった。燐もこの茶屋を気に入り、いつかはしのぶ達と訪れたいと思っていたほどだ。

 

「ふっ、しのぶ…餡が付いてるぞ」

 

燐は指でしのぶの口元に付いた葛餡を取ると、そのままペロッと舐めた。

 

「な、なななな、何するんですか燐さん!?」

 

「いいだろ別に。それとも……直接舐めて欲しかったか?」

 

「人がいる所で何言ってるんですか!?」

頬を赤らめながら怒鳴るしのぶも魅力のひとつだ。気配からすると内心嫌がってはいないのはすぐにわかったが口には出さない。

 

言ったら、しのぶの手刀を食らう羽目になるからだ。

 

「恥ずかしかったら、仕返ししたっていいんだぞ…?」

 

「言ったわね?絶対にギャフンと言わせてやるんだから!」

その後は雑談し、楽しい時間を過ごした。

 

そして日が暮れる頃、蝶屋敷までの帰路を二人は並び歩く。

 

「今日はありがとうございました、燐さん」

 

「礼はいい、俺もなんだかんだで楽しかったからな」

 

「ふふっ、そう言ってもらえると、こちらも誘った甲斐がありました」

 

二人で出かけるのも新鮮な感じだった。

 

 

「あっ、そうだしのぶ、これ…俺からの贈り物」

懐から包みに入った櫛を取り出し、しのぶに手渡す。しのぶは手渡された箱を開け中身を見る。

 

「これは…櫛」

 

「俺の気持ちと、まぁ…その他色々、しのぶには世話にもなってるし」

 

 

「ありがとうございます……燐さん」

 しのぶは照れながら受け取り、大事そうに櫛を見つめる。この様子だと気に入ってくれたみたいだ。

 

 

「それより燐さん、この櫛を大切な女性に渡す意味…知っていますか?」

 

「ん……なんだ?」

 

「未婚の男性が女性に渡すのは、愛の告白でもあるんですよ」

 

「……マジで?」

 

「マジです。」

燐は櫛を女性に贈る意味を聞いて、今になって恥ずかしくなり黙り込んでしまった。

 

「ふふっ、まさか燐さんも贈り物を買っていたなんて思いませんでした」

 

「え……?」

しのぶは持っていた風呂敷から箱を取り出し燐に渡す。

 

「…まさかしのぶも同じことを考えていたなんてな、開けてみていいか?」

 

「ええ、構いませんよ」

燐はしのぶから許可をもらい箱を開けると、中身は赤い月輪に黒色の蝶の模様が載った耳飾りだった

 

「耳飾り…お前、なんでこれを?」

 

「燐さん、一緒に街に出かけた時、耳飾りをよくみていたじゃないですか、だから私達と同じ蝶の柄の乗ったのを選びました。それに、その耳飾りの月の色…燐さんの写輪眼の瞳に似てたから」

 

 

「ありがとう、しのぶ……凄く嬉しい。大切にするよ」

燐は耳飾りを懐にしまいしのぶにお礼を言う。

 

 

「あっ、それと…贈り物は耳飾りだけじゃないんですよ」

 

「えっ…まだあるのか?」

 

「はい、取り敢えず目を瞑って少し屈んでもらっていいですか?」

燐はしのぶ指示に従い目を瞑り、少しかがむ。

 

「(一体何をするつもりなんだしのぶは、それに…なんだがいい香りが近付いているような)」

すると首に手を回され抱きしめられる感覚がし、そして唇には柔らかい感触がした。

 

「んっ⁉︎」

突然の事に燐は目を見開くと、しのぶは燐の唇に口づけをしていた。

 

燐は突然の事に硬直するが、しのぶは燐をぎゅっと抱きしめる。しばらくしてから唇を離し、頬を赤くしながら……

 

 

「これからも姉妹共々末長くよろしくお願いします、燐さん」

 

日輪の様な笑顔を見せる。

 

 

「……ったく、今その顔はずるいだろ」

 

燐はしのぶをぎゅっと抱きしめ返した後、蝶屋敷まで手をつなぎ合って歩いた。




しのぶが燐に贈った耳飾りは赤い月と黒色の蝶柄の耳飾りです




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第二十二話 

現在、燐は土産を手に持ち一人である場所に向かっている。

 

「(師範と会うのも久しぶりだな……それに、弟弟子達に会うのが楽しみだ)」

 

燐の師である慈悟郎との手紙のやり取りは時間がある時に行なっている。

 

最近では新たな弟子を二人鍛えており、燐は是非とも一目会いたくなって、慈悟郎のもとへ向かっている。

 

名は獪岳と我妻善逸というらしい。一人は真面目だが、少し人との交流に難があり、もう一人は性格が超後ろ向きだったりよく大声をだして騒いでいるとのことだ。

 

「(そう言えば俺、師範に恋人が出来た事こと手紙に書いてなかったな。来たついでに報告するか。二人もいるなんて聞いたらどんな反応するかな?)」

燐は鼻歌を交えながら、慈悟郎の住んでいる場所へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

「変わってないなぁ、ここも」

 

 

そして小さな家に着き、扉の前に立ち、扉を軽く叩く。

 

 

 

「あれ?返事がない。師範、いますか?燐です。桐生 燐です!」

呼びかけても返事がないため、燐は慈悟郎の気配を探る。

 

「(いた!師範はあそこにいる。それに近くにもう一つ知らない気配が…)」

燐は気配がした方へと足を運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「懐かしいなここも…よく師範に拳骨されながら指導されてたっけ」

 

燐は歩きながら辺りの風景をみて修行時代を思い出す。

 

 

最初は素人丸出しで、指摘されるたびに怒声を浴びたり拳骨をくらったり、死ぬ気で山を走らされたり、師範にはコテンパンにやられ続けた。

 

 

「(今となっては俺も鬼殺隊を支える柱の一人か。)雄一…お前がいたら、どんな言葉をかけてくれたかな」

 

雲がかかってきた空を眺めながら今亡き友の名を呟く。雄一は仲間の大切さを教えてくれた強い剣士だった。他の隊士からの信頼が厚く、頼りにされていた。

 

もし生きていれば今頃柱にもなっていたであろう実力の持ち主だった。

 

 

 

「おっ、師範だ。師範!ご無沙汰してます!」

燐は師である慈悟郎の後ろ姿を確認し、一気に駆け出す。

 

「ん?お主、もしや…燐か!」

 

「はい!桐生 燐です!お久しぶりです師範!お元気でしたか」

 

「ほほぉ!随分大きくなったではないか!見違えたぞ!!」

 

「ありがとうございます!これも師範のおかげです」

久しぶりの再会に慈悟郎は驚くも嬉しそうに歓迎してくれた。

 

「うむ、その様子じゃと鍛錬は疎かにしてはいないみたいじゃな」

 

「はい、日々精進しています。それよりも師範、どうしてこちらに?」

 

 

「ああ、そうじゃった、これっ!いい加減降りてこんか、善逸!泣くな!逃げるな!そんな行動に意味はない!」

慈悟郎の視線の先に向けると、木の上には、師範と同じ黄色い三角模様の羽織を着た少年が木にしがみつき泣いていた。

 

「善逸、降りて来い、修行を続けるぞ!」

 

「いやもう死ぬと思うので!これ以上修行したら死ぬと思うので‼︎そこのお兄さんも言ってやってよ‼︎」

 

 

「死にはせん!この程度で」

 

騒ぎ出す善逸はすごく喧しい。近くに行ったら、耳鳴りがしそうなくらいの汚い声量で喋る。

 

「師範、あいつが善逸…ですか?」

 

「ああそうじゃ、才能はあるんじゃがこの通りじゃ」

 

 

確かに、師範も苦労しそうだな。探ってみると変わった気配をしていた。

 

確かに弱気でうるさいが、純粋で綺麗な気配だ。

 

師範の目に狂いはない。本人次第で鍛え上げれば才能が開花するのは確かだ。

 

「善逸!こいつはお前と獪岳の兄弟子にあたる!つまり、儂の弟子じゃ」

 

「嘘でしょ⁉︎爺ちゃんの弟子⁉︎」

 

師範の事を爺ちゃん呼ばわり…違う意味でただ者じゃないな、この少年。

 

「いい加減降りて来い、馬鹿者!」

 

「爺ちゃん‼︎」

 

「師範と呼べい!」

 

何だろう二人の会話を見てるだけでもかなり面白い。見ていて飽きないな

 

「俺…爺ちゃんが好きだよぅ!」

 

はっきり言った。燐は慈悟郎をみると、まんざらでもない様子だった。

 

「(俺もうっかり師範の事を『お祖父ちゃん』って呼んでしまったことがあったけど、師範…こんな顔してたんだ)」

 

燐にとって慈悟郎は師であり祖父がいなかったリンにとってはおじいちゃん的な存在だ。

 

「師範、少し待ってもらってもよろしいですか?」

 

「ん、どうするつもりじゃ?」

 

「善逸と話してきます。何せ初めての弟弟子で楽しみにしていたので」

燐はその場から飛び上がり、一気に善逸のいる高さまで飛び乗った。

 

「ヒィッ!?あんたどうやってここまで⁉︎一瞬で!?飛んだの!ねぇ、飛んだの!?」

 

「それに関しては鬼殺隊だからとしか言えないな、取り敢えず自己紹介だ。俺は桐生 燐。師範の弟子でお前の兄弟子にあたる、よろしくな」

 

俺は泣いている善逸の頭を優しく撫でる。善逸は手を払う様子はなく大人しく撫でられていた。

 

「我妻 善逸っす。訳あって爺ちゃんに弟子入りしてるんだ。兄ちゃん、変わった音してるな。こんな音、今まで初めてだ」

 

「ん、音?」

 

「俺…生まれつきなのか聴覚が普通の人より優れてるんだ。あんたから別の音が聞こえ…今は寝てるみたいだけど」

 

「(こいつ、カグラ様の存在を……やっぱり師範の目には狂いはないな)ヘェー…凄いな、聴覚に優れている人なんてそうそういないぞ。それより師範の修行はどうだ?」

 

「『どうだ?』じゃないよ!?毎日地獄だよ、本当!いつか絶対に死ぬから!最近全く寝れてないし!爺ちゃんからは毎日の様に殴られるし!それに俺はな、もの凄く弱いんだぜ、舐めるなよ!」

 

「面白いところで威張るな……」

流石の燐も呆れていた。

 

「善逸、確かに師範の修行はきついかもしれない。けど、殺す気では指導しないさ…………多分」

 

「何その長い間⁉︎しかも多分って!やっぱりそのうち死ぬじゃん俺!イヤダァァァァァッ!!」

 

煩いな、頭にガンガン声が響く。逆に疲れないのが不思議だ。

 

よし、だったらこれだ

 

「なぁ善逸、一つだけいいことを教える」

 

「え??いいこと?」

 

「ああ、いつか師範からも同じこと言われると思うけどな。善逸、お前はさ……刀の打ち方って知ってるか?」

突然の質問に善逸はわからないと言う様に首を傾げる。

 

「まぁ……普通はわからないよな、今の時代、刀なんて持っていたら法律違反だし、時代遅れだからな。けど、刀はな、刀鍛冶師が魂込めて叩いて、叩けば叩くほど不純な物や余分なものを飛ばして、鋼の純度を高めて強靭な刃を作るんだ」

 

善逸は先程の喧しさはなく燐の言葉をしっかりきいていた。

 

 

慈悟郎は今の燐を若い時の自分を見ている様な感覚になっている。懐かしむ様にその様子を見守っていた。

 

 

 

 

「耐え抜いた日々は裏切らない。必ず報われる。強くなれる。逃げてもいい…泣いてもいいさ。けど…諦めないでくれ。才能で一番大切なのは持ってる型の数じゃない…大切なのは……決してあきらめないど根性だ。そして、善逸は善逸になりの、強い強靭な刃になれ」

 

 

「強靭な刃……俺、なれるかな?」

 

「鬼殺隊の柱の俺が言うんだ。人はきっかけさえあれば変われる。けど、今すぐ変われるわけじゃない、時間をかけてやっていけばいいさ。覚悟を超えた先に、希望はある」

 

善逸はいつの間にか泣き止んでおり俺の話を最後まで聞いてくれた。この様子だと、しっかり頭に刻んでくれたみたいだ。

 

 

「これ!いつまで待たせるつもりじゃ!?いい加減降りてこんか!」

 

「す、すみません、師範!今すぐ降ります!」

燐は慈悟郎の怒鳴り声で木から飛び降り地面に着地する。

 

 

「善逸!お前も降りてこんか!」

 

「わかったよ……爺ちゃん」

善逸は驚くほど素直に従いしがみついた木から降りようと離れようとした時、

 

 

ドォ!

 

 

落雷が突如、善逸が登った木に落ちた。

 

「なにぃぃーーーーっ⁉︎/善逸ーーーーーっ!!!」

 

流石の二人もびっくり仰天。善逸は身体から煙を上げながらそのまま地面へと落下していく。

 

「ッ!善逸!」

燐は落下してくる善逸を受け止め、なんとか地面に叩きつけられるのは回避できた。

 

その後、善逸の髪の色は黄色に変わり奇跡的に生きていたものの、意識は無く目覚めなかった。

 

 

その後は師範の家に急いで運び寝かせた。幸い軽度の火傷で済んだ為、しのぶが作った傷薬を塗り、軽い手当てはした。

恐らく一日は目は覚まさないだろう。

 

 

 

そして今は、

 

 

 

「クソッ!」

 

「息が上がってるぞ、呼吸を整えろ。取り乱せば動きは鈍くなるぞ」

 

「わかってんだよそんなこと!」

 

燐と獪岳は木刀を持ち、現在二人で鈴取りの鍛錬をしている。

 

「隙あり」

 

「あだっ!」

 

燐は獪岳の脳天に木刀を振り下ろし、まともに食らった獪岳は手で頭を押さえ痛みにもがく。

 

「筋はいいが、まだまだ動きは遅い。今の状態じゃ最終選別で不測の事態に対応出来ないぞ」

 

 

「ウルセェな!あんたに言われなくてもわかってんだよ!!」

 

 

「獪岳、お前はもう少し目上に対する言葉遣を学んだ方がいいな」

 

善逸を手当てした後、帰ってきたもう一人の弟弟子の獪岳と会った。弐から陸は使えるらしいが、流石に基本の型となる霹靂一閃を使えないのは痛手だ。

 

その為、交流を深める目的で、稽古をつけたが、話していると少し言葉使いに難があり、善逸の事をカス呼ばわり、人を見た目で判断する傾向や傲慢で独善的な所も見えて来た。

 

気配からしてあまり二人の仲はいいとは思えなかった。

 

 

「なぁ、獪岳、お前はなんで善逸の事をそんなに嫌うんだ?」

 

「あんな奴いるだけで邪魔だ。あんなクズは先生の時間の無駄なんだ「獪岳」ッ⁉︎」

燐は獪岳に向け威圧を放つ。それも本気の殺意を放つ。

 

「お前の言いたいことはわかった。けどな、そんな事を決める権利はお前にはない。決めるのは師範だ。そしてどうするかは善逸次第だ。時間の無駄?今やっている事は無駄だったて言いたいのか?」

 

獪岳はあまりの威圧に何も言えず冷や汗をかき、ただ目の前にいる燐に戦慄していた。

 

「獪岳、お前は確かに才能はあるし筋はいい。けど、今のお前に鳴柱になれるとは思っていない」

 

「なんだと!」

 

「雷の呼吸…始まりの型である壱ノ型を会得できない今のお前には無理だ」

 

霹靂一閃を会得できない者に柱の座を託すつもりは燐にはなかった。

 

「正直俺は、お前に期待してるんだ。獪岳、お前が満足するまで付き合ってやる。今から俺を殺す気でかかってこい」

 

「上等だ!絶対にその顔に吠え面かかせてやる!」

 

「その意気だ。きな」

 

俺は獪岳に出来るだけのことを教え鍛錬に付き合った。

 

結果は言わずとも俺の圧勝に終わった。獪岳が力尽きてしまい倒れた事で稽古は終わった。

 

後はどうするかは本人次第だが、出来る事なら善逸とは仲良くして欲しい。

 

 

 

 

 

「それでどうじゃった、獪岳の腕は?」

 

「筋はかなりいい方ですが…雷の基本となる霹靂一閃を使えないのは少々不安ですね。獪岳には出来るだけの事は指導しましたが、後は本人次第かと」

 

「そうか」

燐は疲労で倒れた獪岳を運んだ後、慈悟郎と桃を食べながら、獪岳との稽古の内容を話していた。

 

「そうだ師範、報告したいことがあるんです」

 

「ん、なんじゃ?」

 

「俺、 恋人が二人……出来ました。」

 

「ブフゥーッ!」

師範は飲んでいたお茶を勢いよく吹き出した。

 

「ゴホッ!ゴホッ!、り、燐よ…それはまことか?」

 

「は、はい…本当です。因みに二人は姉妹で、お恥ずかしながら、相手から想いを告げられました」

 

「な、なんと、にして燐、迷惑はかけてはおらんのだろうな?」

 

「それに関しては大丈夫です。今、すっごい幸せですから」

 

燐は幸せそうに笑みを浮かべる。それを見た慈悟郎はそれ以上追求はしなかった。

 

「そうか」

 

慈悟郎は燐を乱暴に頭を撫で回す。

 

燐は恥ずかしそうにも黙って慈悟郎に撫で回される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし燐はこの時知る由もなかった。

 

一人の弟弟子が歪んだ道へと歩んでしまうことを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ……知らなかった。

 

 

 




善逸の性格ってこんな感じで大丈夫でしょうか?

何か違うと思ったら遠慮なくご指摘お願いします!


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第二十三話

今話から原作に突入します

やっと炭治郎を出す事ができる。
何かおかしいところがあったら遠慮なくご指摘お願いします。

それでは第二十四話をどうぞ!



一人の青年が夜の街で、刀の柄を握り、佇んでいた。両耳には黒の蝶に赤い月模様のある耳飾りをつけており、明かりのない闇夜の中で瞳は赤く光り、その瞳の模様は異質だった。

 

瞳は赤く瞳孔の周りにできた輪の上に黒の勾玉模様が三つあった。

 

 

 

 

青年は一歩も動かず、周囲に意識を集中させる。

 

「その肉もらったぞ!鬼狩りの柱!」

 

青年の背後に現れたのは異形の存在、鬼である。血塗れの着物に口周りには血痕が付着しており、手の爪は刃物の様に鋭く、青年の背後に迫っている。

 

 

「…甘いな」

青年は一瞬にして鬼の視界から消え鬼の背後に回る。

 

 

「雷の呼吸・漆ノ型」

 

 シィィィィ、という甲高い呼吸音、既に抜刀している雷が

 

「――雷切り」

 

鬼に雷の斬撃を繰り出し鬼の四肢を切り裂きながら頸を斬り落とす。

 

 

しばらく嘆いていたが、次第に声は消え、鬼は跡形もなく消えさってしまった。

 

「ふぅ、此処らへんの鬼はこいつで最後か」

 

青年は周囲を見渡し、鬼の気配がないのを確認した後、納刀する

 

「(大分技の精度が上がった気がするな……しかし、灰の呼吸は元々カグラ様が使っていた剣術…鬼化しないと使えないのが痛手だな)」

 

カグラから教わった剣技は鬼の力を解放している間しか使えず、通常の状態で使うと咳き込んでしまう。

 

「カァ~カァ~!緊急伝令~緊急伝令~‼北北東、"那田蜘蛛山"ヘ救援要請!沢山ノ隊士ガヤラレテイルトノコト!十二鬼月の可能性アリ!燐!至急那田蜘蛛山へ急行セヨ!」

 

 

「(那田蜘蛛山…此処からだと急げばすぐに着く距離か)…了解、すぐに向かう」

 

 

 

青年の名は桐生 燐、鬼殺隊・鳴柱にして、鬼からも恐れられる“赤月の雷霆”の異名を持つ剣士だ。

 

 

 

そして今宵、鬼殺隊に新たな風が、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吹き荒れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇那田蜘蛛山

那田蜘蛛山に到着し、俺は森の中へと進んでいた。気配を探らずとも外からでもわかるぐらい、禍々しい雰囲気が伝わってきた。

 

森の中にはいくつもの蜘蛛の巣が張ってあり、邪魔をする。

 

 

「酷い臭いだ……」

 

辺りは異臭が酷く鼻をつまみたいくらいの匂いだが、燐は何度も人の屍を見ておりある程度の耐性は身についている。

 

白が言うには、先に隊士も数人きているようで、隊士を救援する為、燐は奥へと歩みを進めた。

 

 

俺が木々を掻い潜りながら進んでいると、猪頭の被り物を被った鬼殺隊士が約一間(二メートル)を超える鬼に首を掴まれている所を発見した。

 

 

「雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃」

 

燐は首を締めていた鬼の腕を斬り落とすと、猪頭の少年は斬りかかった。

 

 

 

  

 

 

 

(何だ?斬ったのかアイツ?)

 

 

「……」

 

 

──雷の呼吸 漆ノ型・雷切り

 

 俺は抜刀したついでに踏み込み、雷の斬撃を描き鬼の体を一刀両断すると、頸や手足を斬り落とされた鬼は力尽きたように消滅する。

 

 

それを見た猪頭の隊員は目を輝かせながら燐を見つめる。

 

 

「(視線が痛いな…あの猪頭、取り敢えず声をかけるか)」

 

 

だが、猪頭の鬼殺隊士はこう宣言した。

 

 

 

「俺と戦え、三角羽織!」

 

「……は?」

 

俺は思わず首を傾げてしまう。この状況でどうしてそうなったのか理解出来なかった。

 

「お前はあの十二鬼月を倒した!そのお前を倒せば俺が一番強い!」

 

 

「馬鹿なのか……お前」

 

「なにぃぃ!?」

 

 

「あんなのが十二鬼月なわけないだろう…それにお前、聞いていないのか?十二鬼月には眼球に数字が刻まれている。さっきの鬼に数字はあったか?」

 

 

「わかってるわ、そんなこと!俺だってそんな雑魚、十二鬼月だなんて思ってねぇよ!」

 

「(吐血するくらい首しめられてたのにそんな大声出して大丈夫なのか、ん?この気配は、しのぶと義勇か?なんで柱の二人が……それ程厄介な鬼がいるのか、この山は)」

 

「聞いてんのか、三角羽織!十二鬼月を相手にしているのは炭治郎だ!」

 

「はいはい、大人しくしてろ、猪君」

 

燐は紐を取り出し瞬時に縛り上げて木に吊るす。猪頭の隊員はその早い動きを捉える事はおろか縛られた事さえ気づかなかった。

 

 

「(ななな、何だこれ?ハエー、こいつかなり早いぜ!)」

 

 

「後で隠が来るからそこで大人しく待ってろ」

 

 

「んだと!こんなもんどうってことねぇわ!つか、縄解け!」

 

 

「あまり大声出すと喉潰れるぞ〜」

 

そう言い残し、小走りで去って行く。猪頭の声が辺りに響いたがしばらくして声は聞こえなくなった。

 

 

「(あいつの気配、急に静かになったな。忠告を無視するからだ)」

 

 

 

森の中が騒めいている。先程なかった大きな鬼の気配を感じる。

感じるからに十二鬼月で間違いないが、気配は上弦とは程遠い。

 

 

もう少しで対面出来る距離まで近づいて行く。

 

 

 

すると、1人の少年と鬼を見つけた。少年は切り傷だらけで倒れている。

 

そして近くにいた鬼が糸のようなもので少年を攻撃し囲んでいた。

 

 

俺は全速力で駆け抜け、刀を鞘から抜く。

 

 

「雷の呼吸 捌ノ型・千鳥」

 

 

少年を囲おうとしていた糸を全て斬る。そして、俺は少年の前に立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷の呼吸 捌ノ型・千鳥」

 

 

チチチ!

 

 

 

 

「(な、何だ‥‥鳥のさえずり?誰か来たのか‥‥もしかして、善逸か‥?)」

 

 

俺はそう考え、顔を上げる。

すると、そこには白の羽織に、黒の三角模様のある羽織の剣士がいた。刀は黒く、その刀身には蒼い稲妻模様があり、両耳には赤い月と黒い蝶が載った絵の耳飾りを付けていた。

 

 

「少年、無事か?」

 

 

「は、はい、あ、貴方は‥‥」

 

 

「俺は桐生 燐。応援に来た」

 

「お、応援‥‥」

目の前の剣士はさっきの糸を容易く斬り裂いた。それに、余り感じ取れないけど、この人の匂い、不思議な感じだ。

 

 

 

 

「次から次へと僕の邪魔ばかり‥!」

 

 

「………」

 

「ッ⁉︎その光る赤い眼、お前まさか…赤月の雷霆⁉︎」

 

 

「(赤い眼?さっき見た時は黒の瞳だった筈!?それにあいつから凄く動揺してる臭いがする!)」

先程の人が振り向いた時、少年が見た瞳の色は黒曜石のような黒い瞳だった。

 

 

「……」

 

 

 

「赤月の雷霆が何だって言うんだ!僕に勝てるはずがない!血鬼術 ・刻糸輪転!」

 

ま、まずい。あの硬さの糸を切るのは‥‥。

 

 

 

「雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃」

 

 

 

瞬きした途端、目の前にいた人は消え、下弦の鬼が放った血鬼術は目の前の剣士の一閃により全て容易く斬られた。

 

 

「……え?」

 

少年は驚愕するほかなかった。自身でも斬る事が出来なかった糸を容易く斬るだけではなく、一瞬にして音を消し去り消えたのだ。

 

 

 

「なっ!?何処だ!どこに行った!」

 

燐は下弦の鬼の背後に降り立っていた。

 

 

「(いつの間に!それに、あの速度の糸を斬ったとでも言うのか?)」

 

燐は刀を払うように振るい、納刀を始める。

 

「そんな筈ない!もう一度!」

 

累はもう一度血鬼術を放とうとするが、燐が刀身を鞘に納刀した途端、落雷の音が鳴り響き、累の頸が地面に落ちた。

 

「(え、なんで?僕の頸が切られた?)」

 

 

 

蜘蛛鬼は身体を死滅しながら、残った体を動かし必死で手を伸ばしている。

 

 

「(小さな体から抱えきれない程、大きな悲しみの気配‥‥あ)」

 

少年は鬼の背に優しく手を添えた。

 

そして鬼は完全に消滅した。

 

 

 

 

俺はそれを見届けた後、少年に近づく。

 

 

「お前は‥‥鬼に情けをかけるんだな。‥‥お前は鬼が醜いとは思わないのか?鬼は大切なものを容赦なく奪う奴らだぞ」

 

 

「鬼は‥‥人間だったから。俺達同じ人間だったんだから、鬼は醜い化け物なんかじゃない。鬼は虚しい生き物だ。悲しい生き物だ」

 

 

「そうか‥‥。お前、俺の嫁さんに似てるな‥‥」

 

 

「えっ‥‥‥」

 

 

「だが、気になることが一つ」

 

 

気になること、それは駆けつける前から感じたもう一つ気配だ。

 

 

「その下にいる鬼はどういうことだ?」

 

 

「い、いえ!違うくて!あ、違うくは無いんですが‥‥こいつは、俺の妹なんです!」

 

 

「そうか‥‥それは可哀想にな」

 

しかし、鬼がいる以上、即斬らなければいけない。

 

「だったら早く解放してやらないとな」

 

 

「くっ‥‥‥‥」

 

少年は妹を庇うように覆い被さり、鬼に刀を振るう、その途端燐の刀を持つ腕が突如止まった。

 

「(な、なんだ、動きが止まった?)」

少年が燐を見ると、片目は赤く六芒星の模様に変化していた。

 

「(この匂い、鬼の匂い⁉︎なんでこの人から突然鬼の臭いが…)」

 

 

 

 

 

「(なんのつもりですか?)」

 

『こ、この小僧の耳飾り……見間違えるわけがない、縁壱さんの耳飾り!』

カグラは動揺したかの様に言葉を荒げる。燐はカグラの珍しい反応に一瞬戸惑ったがすぐに切り替える。

 

 

「(今はそんな事関係ないでしょう!早くその子を楽にしてやらないと……っ!)」

 

 

突如誰かが接近し燐は攻撃を後方へ飛び上がる様に回避する。

 

 

どうしてこいつが‥‥?しかも‥‥この二人。いや、鬼を庇っている?

 

どう言う事だ?

 

 

 

「‥‥遅かったじゃないか、義勇‥‥というのはまず良い。何故鬼をかばう?」

 

 

燐は義勇に刀を向け、威嚇するように言葉をかける。

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 

「‥‥いつものだんまりか。これは立派な隊律違反だ。鬼殺の妨害だからな」

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

やはり喋らないか。

 

本当に口下手というか‥‥。それを直す気がないからか、周りからは誤解されやすいんだ。

 

 

「まあ良い。お前が鬼殺の邪魔をしようが俺はそこの鬼を……斬る!」

 

 

「‥‥…」

 

 

「正気か?柱同士の殺し合いもご法度だぞ!」

 

 

 

 

「‥‥‥?っ‥‥!」

 

空中から少年が庇っている鬼を狙うかの様に迫り、義勇は攻撃を受け流す。

襲撃者は空中でくるりと体勢を立て直すと、少年を見る。その女性は蝶を彷彿とさせる羽織を纏い、蝶の髪飾りを付けた小柄な女性だった。

 

「あら?」

 

「(だ、誰だ‥‥?)」

 

 

「冨岡さんと桐生さんが鬼の目の前で何をしているかと思えば、これはどういうことですか?冨岡さん?そんなんだからみんなに嫌われるんですよ?」

 

 

ゆったりとした口調で喋るこの女性──

 

そう、俺の嫁の一人、胡蝶 しのぶだ。

 

鬼殺隊を引退した時に『桐生』の名字を名乗るつもりらしい。

 

その為、しのぶの名字はまだ『胡蝶』だ。

 

 

 

 

 

「胡蝶か‥‥」

 

 

 

「冨岡さん、鬼を庇うとはどういう事ですか?しかも、見た感じ、桐生さんの邪魔をしているようですし?」

 

 

「(しのぶ……怒ってるな、今は何も言わない方が身のためか)」

 

 

「動けるか? 動けなくとも根性で走れ。そして妹を連れて逃げろ。この二人を相手に足止めは長くは保たない」

 

 

「は、はいっ!ありがとうございます。冨岡さん」

 

少年は竹を加えた鬼の少女を抱えその場から全速力で駆け出す。

 

 

「しのぶ、お前はあの二人を追ってくれ。義勇は俺が相手をする」

 

「わかりました。冨岡さんは任せます」

 

 

「‥‥行かせない」

 

 

ヒュン!

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥」

 

 

「お前の相手は俺だ義勇」

 

 

「……俺は、嫌われていない」

 

 

「…………」

 

俺は気配でなんとなく言いたいことはわかるため、義勇との仲はそんなに悪くない。しかし、言葉が足りずよく不死川が突っかかり問題を起こす。

 

「それを胡蝶にはっきりと言うべきだったな……」

 

悪いやつではないが、しのぶが腹を立てるのもわかる気がする。 

 

 

「まぁいい、お前には聞きたいことがあるからな。少しばかり強引に行かせてもらうぞ」

燐は瞳を写輪眼に変化させると、それを見た義勇は珍しく驚いた顔をしていた。

 

「その眼は…!」

 

「雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃」

 

勿論本気で斬り合うつもりはない。あくまで時間稼ぎだ。

 

「水の呼吸 拾壱ノ型・凪」

 

揺らぎのない水面のようになり、無拍子で剣を振る。普通なら太刀筋を目視するのは難しいが、燐は写輪眼の状態のため攻撃を受け流した後、後方へ回避する。

 

「拾壱ノ型?お前、いつの間にそんな型を」

 

「……今のは俺が自分で編み出した。本来の水の呼吸には存在しない型だ」

 

 

「へぇ、お前もただ鬼を斬っているだけじゃないみたいで安心したよ」

 

燐は刀を両手で構え、義勇も刀を構える。

 

義勇は駆け出し、燐を突破し、しのぶを追いかけようとするが、燐はそれを許さず、義勇の前に立ちはだかる

 

 

「水の呼吸 壱ノ型・水面斬り」

交差した両腕から勢い良く水平に刀を振るう。

 

 「(丁度いい。驚いた顔を拝めさせてもらおうか)」

 

燐はどう対応すべきか結論付けた。燐はさっそく行動に移る。

 

 

 

「水の呼吸 壱ノ型・水面斬り」

 

 

「な…!?」

 

その光景に義勇は目を見開く。

 

 「(…これは…水の壱ノ型、何故桐生が…!?)」

 

 二つの水がぶつかり合い、義勇は後ろへと下がり、ぎりぎりと手足を震わせながら心の中で言葉を紡ぐ。無表情だった義勇に驚愕の表情が浮かぶ。

 

「何故お前が…水の呼吸を?」

 

 

「伊達や酔狂でこんな目をしてないってことさ。お次はこいつだ」

燐は写輪眼を使い、義勇の使った水の呼吸を模したのだ。

 

 

「水の呼吸 漆ノ型・雫波紋突き」

 

 

「……っ⁉︎」

 

 

自分の太刀筋故、その動きを理解していた義勇はギリギリのところで躱し、上着を少し斬るぐらいに抑えたが、動揺はさらに大きくなる。

 しかも自身の勘違いでなければ一つ目の技の時よりもさらに、模倣にかかる時間が少なくなっている。

 

「(まるでもう一人の俺と戦っている感覚だ…)」

 

 相手はまるで鏡のように自身の動きを模倣してくる。

 

 「(今の俺では桐生に勝つのは不可能…)」

 

義勇は柱同士の稽古の時、燐には一度も勝てていない。ましてや十二鬼月最強格である上弦の鬼の単機討伐、そして最強の壱とも戦い、生還した実績を誇っている。

 

 

 

「伝令!伝令!伝令アリ!炭治郎及ビ鬼ノ禰豆子!拘束シ本部ヘ連レ帰レ!炭治郎、額ニ傷アリ!鬼禰豆子、竹ヲ噛ンデイル!」

 

上空を飛んでいた鎹鴉がそう叫んだ。

 

「そう言う事だ義勇、話は本部にもどってからだ。相応な罰は覚悟はしておかないとな」

 

 

「………」

 

 

二人は日輪刀に鞘に納刀し、本部に向かうため那田蜘蛛山を下る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、お前はあの兄妹とはどう言う関係だ?お前が鬼を庇うなんて正直信じられない」

 

 

 

 

 

「あれは丁度二年前・・・」

 

「簡潔に頼む」

 

義勇の長くなりそうな説明を燐に突っ込まれ、義勇はどうするか考え込む。

 



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第二十四話

『のぉ、お主は後悔しておらぬか、私と夫婦になったことを?』

日の当たらないところで、白髪の女性が赤子を抱いており、もう一人は赤子を撫でながら白髪の女性を見つめていた

 

『いきなりどうしたんだ、カグラ?前にも言ったはずだよ、後悔はない、君とこうやって家庭を築き上げて、とても幸せだって』

 

『しかし、私は鬼じゃ、日の照らす中では動けない。しかも人を喰らう汚物なのは知っておろう、私は家族を食らった……縁壱さんと会うまでは、自暴自棄になりながら鬼どもを殺していた』

 

『確かに、君の罪は…この先一生消えないかもしれない。けど、産まれてきたこの子に罪はない。僕はこの命がある限り、君とこの子と一緒に、同じ歩幅を歩きたい』

 

『輪堂……』

その光景は陽だまりのように温かった。輪堂と呼ばれた男性はカグラと赤子を一緒に抱きしめる。

 

 

 

嗚呼、なんて温かい。

 

 

「──、────ん、起きて、“燐”」

 

 

———————–––––

 

————————

 

—————

 

 

 

 

 

 

 

気づけば、燐が住んでいる鳴屋敷であった。この屋敷の周りは木の葉がよく落ちていた

 

「起きて貴方。柱合会議に遅れるわよ」

 

 

そして現在、燐の肩に手を置き、揺らしながら起こす女性──

 

彼女は桐生 カナエ、燐の奥さんである。

 

彼女は屋敷の近くにある木の根本で、愛おしい夫が体を預け眠っていたのを発見した。

 

「ん……んん、カナエ…か?」

  

瞼がゆっくりと開き目が覚める。上体をゆっくりと起こし眼元をさすった。

 

「…………ふぁ」

 

「ふふ、随分と熟睡していたみたいね。ほら……。」

 

「すまない、ありがとう」

 

カナエは燐の頭についた木の葉を落とす。燐は近くに置いていた羽織を着て、日輪刀を腰に身につける。

 

「燐、どうして……泣いてるの?」

 

 

「え………?」

風が吹き、この葉が舞う中、燐はカナエに言われ顔に手を触れると知らぬ間に涙を流していた。

 

 

自身も何故涙を流しているのか全く分からない。カナエからは、会議が終わった後、しのぶに診てもらった方がいいと言われた。

 

訳もわからず涙を流したくらいで診察はするつもりはない。

 

 

「この後、カナエは蝶屋敷に行くんだよな?」

 

「うん、まだ仕事が残ってるから」

 

「わかった。後で俺も行くよ、話によると善逸もいるみたいだからな、久しぶりに顔を見たいし」

 

「燐の言っていた弟弟子くん、他の患者さんの対応で見ることはなかったから、私も一目見ておこうかな」

 

「あまりお勧めはしないけどな……善逸の奴、かなりの女好きだって師範が言ってたから、俺に奥さんがいるのはあえて言わなかったんだ」

 

「うふふ、心配しすぎよ。私は桐生 燐の妻…桐生 カナエですから!流石に人妻に善逸くんは手は出さないわ」

 

「だと、いいけどな…」

善逸の事だから汚い高音を上げながら怒鳴ってくるのが目に見える。

 

 

「それじゃあ、行ってくる」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

 

屋敷から出て、産屋敷邸へ向かう。

 

 

 

 

目的地の屋敷に到着し、門をくぐり庭に小走りで向かうと既に柱が殆ど集まっていた。

 

 水柱・冨岡 義勇

 

 音柱・宇髄 天元

 

 岩柱・悲鳴嶼 行冥

 

 炎柱・煉獄 杏寿郎

 

 蛇柱・伊黒 小芭内

 

 風柱・不死川 実弥

 

 霞柱・時透 無一郎

 

 恋柱・甘露寺 蜜璃

 

 蟲柱・胡蝶 しのぶ

 

 

そして、彼等の前には額に痣がある青年・竃門 炭次郎が腕を拘束されて座っており話をしている最中だった。燐に気付いた柱の1人、炎柱となった杏寿郎が声をかけてくる。

 

「燐!久しいな!」

 

「ああ、久しぶりだな杏寿郎」

 

「元気そうだな、胡蝶姉妹と派手に順調か?」

 

「ああ、ド派手に順調だ。天元は?」

 

「おうよ!こっちもド派手に順調!困ったことがあったらなんでも相談しろよ、女経験は派手に豊富だからな!!」

久しぶりに会った杏寿郎と天元に挨拶を交わし、そのまま霞柱である無一郎に視線を向ける。

 

「(今回は雲を見上げているのか……時透。俺のことは忘れてはいるが、腕は確かなんだよな。けど……毎度思うが気配の流れがどことなくあいつに似ている)」

 

 

「やっときましたか。それに珍しいですね、あなたが最後に来るなんて」

 

「ちょとばかし寝過ごしただけだ、疲れがたまってるのかもな」

 

「全く、体調管理はしっかりなさってください。あの時みたいになりたくなければですけど?」

 

 

「……了解だ」

しのぶのこの威圧感のある笑顔が怖い。蟲柱としてのしのぶはカナエの様な口調で話している。その代わり、蝶屋敷では燐とカナエ、蝶屋敷の住人には素で喋っている。

 

ただ、本当にこの笑っている様で笑っていない黒い笑みが怖い。燐はある時、鬼の力を制御する鍛錬をした際、怪我を負い痩せ我慢をしたが、しのぶにバレてしまった。

 

 

『燐さん……顔色が悪くありませんか?』

 

『どこが?至って普通だ』

しのぶと会話をしている時、燐の違和感に気づいたしのぶは、燐に触れた。

 

『……ッ』

 

『……燐さん、腕を見せてください!』

しのぶは強引に燐の服の袖をまくると、その腕は酷い火傷の跡があった。

 

『火傷、なんで放って置いたんですか⁉︎』

 

『別にこれくらいどうって事ない、軽い火傷だ』

 

『軽い火傷で済ませる怪我じゃないでしょう!?こっちに来てください!手当てしますから!』

 

しのぶは燐を強引に診察室に連れて行き、怪我の手当を始める。

 

『全く……言ってくれれば手当てしましたのに、なんで言ってくれなかったんですか?あなたは冨岡さんと違ってしっかり診察は受けてくれるんですから』

 

『わざわざあいつを引き合いに出さなくても良いだろう?最近、お前も柱になって立場的に忙しいからな。余り迷惑はかけたくはなかった』

 

『これくらいどうって事ないですよ、それからもう一つ……』

 

『なんだ、まだ何かあるのか?』

するとしのぶは一瞬にして座っている椅子に燐を拘束した。

 

『お、おい……これはどう言うつもりだ?』

 

『以前カナヲから聞いたんです。“目から血を流しながら屋敷に入った”と。……どう言う事でしょうか?』

 

『……』

燐はしのぶの笑みに冷や汗を隠しきれなかった。無闇に発言すれば何をされるかわかったものではない。

 

 

『沈黙は肯定とみなします。万華鏡写輪眼は特訓で余り多用しない様にと、前みたいに倒れて寝込んでしまっていたのに何も学んでいませんね。姉さんと一緒にあれほど言いましたよね?』

 

『そ、その、試したい事が色々あってだな『言い訳は聞いてません』……はい』

 

 

『その為、約束を破った燐さんは罰を受けてもらいます』

 

 

『おい、何をするつもりだ?』

しのぶは燐に近づき指を動かし、脇に手を近づける。

 

『え?マジで?お、おい…やめアハハハハハ!や、ヤメテ!ダハハハハハ!』

 

俺はしのぶにくすぐられる。しのぶは意外とこう言った時には加虐嗜好がある。

 

蝶屋敷は燐の笑い声が響き渡った後日、笑いすぎて声を枯らし、喉の薬を処方された。

 

 

 

以降、燐は万華鏡写輪眼を使った修行は一時間と定められた。

 

 

 

 

 

 

 

「安心しろ、約束はちゃんと守っている」

 

「嘘はついてはいないみたいですね」

 

しのぶは燐を見つめ、言っていることに嘘がないと分かると離れる。

 

 

 

そして燐は悲鳴嶼に話しかける。

 

「お久しぶりです、悲鳴嶼さん、お元気でしたか」

 

 

「うむ、そちらも変わり無いようだな、燐」

 

 

鬼殺隊岩柱・悲鳴嶼行冥──カナエとしのぶの恩人である。

 

二人の話によると、鬼に襲われた際、救ってくれた上に鬼殺の道へと導いた人だという。

数珠をもって僧侶のようによく“南無阿弥陀仏”と唱える。

 

唐突に涙を流すし、体格は今まで見た事がないくらい大きく、一目見ただけでもすぐに分かる人だ。

 

カナエとしのぶの話を聞いた時、ぜひとも会いたいと思い、柱に就任した時、カナエから特徴を聞きすぐに分かった。

 

第一印象は、話しかけづらかった。気配でかなりの実力者だとすぐにわかったからだ。

 

勇気を出して話しかけたら思いの外話しやすく、いい人だった。もう少しきつい感じな人かと思ったがそうではなかったのだ。

 

俺が柱になった時には、すでに柱として鬼殺を行っており、その実力は柱の中で最高なのではないかと思われる。

 

任務は柱になっても一緒に行った事がない為、実際に戦闘しているところは見たことがない。

それでも悲鳴嶼さんは圧倒的な覇気を纏っている。

 

 

胡蝶姉妹と夫婦になった時は涙を流し祝ってくれた。

 

 

「燐、鬼の妹は人を食ってないとこいつは抜かしているが実際はどうなんだ。お前なら気配でわかるんじゃねぇのか」

 

 

「そうだな、ある程度、話は義勇から聞いてはいる。今から確認しよう」

 

周りは「あの冨岡が?」と言いたげな視線を義勇に向けているが仕方ない事だ。義勇は余り話さないし、無表情で何を考えているかは全くわからないのが主だ。

 

 

燐は炭治郎の前に行き、彼が見やすいように膝をつき屈む。

 

 

「竈門 炭治郎でいいよな?」

 

「は、はい」

 

「改めて自己紹介するが…俺は桐生 燐、鬼殺隊鳴柱を勤めている。義勇からお前達の事はあらかた聞いた。単刀直入で聞くが、お前の妹…竈門 禰豆子は、人を喰っていないのか?」

 

 

「禰豆子は… 人を食べてはいません! 禰豆子は人を守るために今まで戦ってきたんです!! 信じられないかもしれませんが…本当なんです!」

 

 

「……そうか」

近くにあった鬼の禰豆子が入っている箱に視線を移し気配を感じ取ったが、今まで感じた鬼の気配とは全く違った。

 

 

「(今まで感じたことのない気配、鬼と言う割には邪気を感じられない。義勇の言っていた“新しい風”とはこう言うことなのか)」

 

あながち間違いではないだろう。

 

「しのぶはどう思う?」

 

 

「私は、正直信じられないです。仮にもし本当だとしても、私達では判断しかねません」

 

「俺は信じるよ」

 

「なっ⁉︎本気なのか燐!」

 

「勘違いするな、『竈門の話を信じる』と言っただけだ。最終的にはお館様の判断に従う」

 

 

「……(この人……俺の話を聞いただけで禰豆子が人を食べて無い事を信じるんだ?それに…この人の匂い、初めて会ったはずなのに何か懐かしい、そんな感覚がする)」

 

他の柱もその事を聞いて燐に聞き始める。

 

「うむ、燐は冗談を言い奴ではないからな、しかしそれだけでは俺達は信じられないぞ?」

 

「それが事実かは今から始まる柱合会議で決まるだろう。それに、俺もお前らには隠してることもある……」

 

鬼の娘が入っている木の箱に視線をむけると、左手に箱を持っている不死川の姿があった。

 

「鬼を連れた馬鹿隊員ってのはそいつかいィ?一体全体どういう事だァ?」

 

「不死川…何やってるんだ?」

 

「見ればわかるだろォ鬼を連れた馬鹿隊員とこの鬼の処罰は俺達で十分だろうゥ」

 

「不死川…今すぐ刀と箱を下ろせ…勝手な事はするな」

 

燐の言葉を不死川は無視し、不死川は腰の刀に手を掛ける。

 

「鬼が鬼殺隊として人を守るために戦うだぁ? そんな事はなぁありえねぇんだよ!!」

 

勢い良く刀を抜き、箱へ突き刺すとボタボタと箱の底から血が垂れていく。それを見て、炭治郎は怒りに任せて立ち上がり、後ろに縛られているのにも関わらず突っ込んでいく。

 

「俺の妹を傷つける奴は! 柱だろうが何だろうが許さない!! 」

 

「ハッ! そうかい良かったなぁ!」

 

不死川が真っ向から突っ込んでくる炭治郎を容赦無く斬り捨てようと刀を構えるが、

 

 

 

 

 

 

 

 

燐が一瞬にして二人の間合いに入り込み炭治郎を頭を掴み押さえ込み、不死川の刀を素手で受け止める。

 

「なぁ不死川、俺は刀と箱を下ろせと言ったはずだ、それと竈門、気持ちはわかるが勝手な行動はやめろ……いいな?」

 

 

「「ッ⁉︎」」

 

炭治郎は今まで感じたことのない威圧に心臓を鷲掴みにされた感覚に襲われ、不死川は冷や汗をかくことしかできなかった。

 

 

「テメェ、その眼は…」

 

 

「お館様の御成です!!」

 

 

お館様の子どもの声が突如として響いた。

 

 

 

 

産屋敷 耀哉の到着を告げられ、柱たちはその場で片膝を突け、頭を下げる。

 

炭治郎は疑問符を浮かべる中、鬼の禰豆子の箱を奪還した燐が、炭治郎の隣で頭を下げるよう諭すと、炭治郎も急いで片膝を突き頭を下げる。

 

 

「よく来たね、私の可愛い剣士たち。今日はとてもいい天気だね。空は青いのかな?」

 

 襖を開け到着した耀哉がそう呟き、双子の手を取り歩む。

 

「顔ぶれが変わらずに半年に一度の柱合会議を迎えられたこと嬉しく思うよ」

 

お館様がそう呟き、双子に手を貸してもらって座布団に上に座る。

 

そうして始まった柱合裁判だが竈門兄妹を容認するお館様に、行冥,小芭内,杏寿郎,天元,不死川が反対意見を述べる。

 

 

お館様がやってくるなり、不死川を皮切りに炭治郎の件を説明して欲しいと言うとお館様は説明をし始めた。まず、お館様は炭治郎と禰豆子の事を知っていた。そしてそれを容認していて、皆にも認めて貰いたいと思っている。それには多数が反対した。

 

 

 

勿論、お館様はそれを承知していたからこそ禰豆子の為に命を懸けている存在がいる事を踏まえて、ある手紙を読み上げた。手紙の主は元水柱であり、義勇、そして炭治郎の育手である鱗滝 左近次という者からで、「禰豆子が人を喰わない強靭な精神力を持ち、鬼でありながら人としての理性を保っている。そしてもしも人を襲った時は竈門 炭治郎及び鱗滝、冨岡の三人が腹を切って詫びるtとの事だった。

 

そしてもう一つ。お館様が二人を容認して欲しいと願う理由がある。それは炭治郎が鬼達の元凶である鬼舞辻 無惨と遭遇している事だ。お館様曰く、鬼舞辻にとって禰豆子,炭治郎の両名は予想外の何かが起きているのだと考え、その尻尾を掴んで離したくないらしい。

 

 

「(まさか無惨と遭遇しているとはな……)」

 

『無惨が目をつけたのは恐らく小僧の耳飾りが原因じゃろう。縁壱さんは唯一無惨が恐れていた男じゃ。脅威にならないうちに始末しておきたいのだろう』

 

「(どれだけ強かったんだ…継国縁壱って剣士は)」

 

 

『同じ事を言うが、一人で十二鬼月を全滅させるほどの実力者じゃ。お主では到底及ばぬ』

 

燐は鬼殺隊の核となった始まりの呼吸である「日の呼吸」の使い手である事をカグラから聞いていた。

 

カグラから聞いた時、使っていた日輪刀は黒だったと聞く。

 

 

 

「(待てよ、もしかして…俺には二つの呼吸の適性があるのか…じゃあ、灰の呼吸はいったいなんなんだ…』

 

 

「人間ならば生かしておいてもいいが鬼はダメです!承知できない!」

 

そんな事を考えていると、不死川が自身の腕を刀で斬り、大量の血を流す。それを箱の上に翳すとボタボタと血が箱へと落ちていく。

 

「不死川、日なたではダメだ。日陰に行かねば出てこない」

 

伊黒の言葉に不死川は箱を持って、屋敷の中の日陰へと入り込んで箱を無理やり開ける。

 

「やめろ!! 禰豆・・」

 

 

「大人しくしてろ、竈門、信じてやれ…お前の妹を」

 

 

駆け寄ろうとする炭治郎だが、燐は炭治郎を止める。

 

過去に燐は鬼化してしまった友、雄一を殺めており炭治郎の気持ちは痛いほどわかっていた。

 

 

その間にも不死川の手によって箱から出てきた禰豆子は先程貫かれたせいで肩から血を流しながら不死川の血塗れの手を見て、呼吸を荒げた。

 

「禰豆子ぉぉ!」

 

炭治郎の叫びが禰豆子に届く。それを聞き、禰豆子は目を背けた。まるでそんなモノに興味など無いと言わんばかりにそっぽを向く

 

『ほぉ、たいしたもんじゃ』

 

「(カグラ様…恐らくこの後、貴女のことも明かすかもしれません。ご準備のほどを)」

 

『確かに、そろそろ潮時かもしれんな』

 

禰豆子が人を襲わないという証明が出来てしまい、今ここでの処罰は行われない事になった。

 

「十二鬼月を倒しておいで。そうすれば炭治郎の言葉の意味もきっと変わる」

 

「はい!禰豆子と共に鬼舞辻 無惨を倒し、悲しみの連鎖を断ち切る!」

 

 

「今は無理だから、まずは十二鬼月を倒してからだね」

 

 

「は……はい」

炭治郎はお館様に言われて余りの恥ずかしさで顔を赤く染めてしまっていた。

 

 

「でしたら、竈門君たちは私の屋敷でお預かりしましょう」

 

 しのぶは頷き、両手で手を叩き、隠を呼ぶと、隠たちは炭治郎と禰豆子を連れてこの場を去る。

 

 

 

炭治郎は逆らうように戻って来て実弥に頭突きをしたいと言っていた。

しかし、それは、無一郎に石を投げられ、手痛い一撃を受けて叶わなかった。

 

再び隠に連れて行かれ、炭治郎の姿が見えなくなった。本筋である柱合会議が行われる。

 

「お館様、発言の許可を」

 

「ああ、構わないよ…実弥」

不死川はお館様の発言の許可をもらい燐を睨む。

 

「桐生、テメェのさっきの目はなんだァ?あれは普通の目じゃねぇだろォ」

 

「……お館様」

 

「うん、そろそろ潮時かもしれないね。構わないよ燐、彼女を紹介してくれないかい」

 

「御意」

 

燐は目を瞑り、暫くすると眼を開き瞳の色は赤く、模様は六芒星の形に変化していた。

 

 

「おい燐、お前…その瞳は、しかも…この気配は」

 

「この場にいる耀哉殿としのぶ以外は初めましてじゃな…柱の諸君、我が名はカグラ…燐の中に宿る鬼じゃ」

余りの変化にしのぶ以外は一瞬にして警戒態勢に入り耀哉の前に守るように立つ。

 

 

「まっ、その反応は予想通りじゃ。安心しろ…私はお前達と敵対するつもりはない。むしろ「風の呼吸 伍ノ型・木枯らし颪」最後まで言わせんか…風の小僧」

 

不死川は日輪刀を抜き、燐(カグラ)に向け斬りかかるが、燐(カグラ)は不死川を睨みつけると、不死川は突如動きを止めた。

 

 

「(な、なんだ…体が全く動かせねェ、血鬼術か!?)」

 

「安心しろ、お主を傷つけるつもりはない…話をしたいだけじゃ、他の柱の方々も刀をお納めくださらんか」

燐(カグラ)は言うが、しのぶ以外の柱は刀を納める気配はない。

 

「みんな、刀を納めてくれ。カグラ、実弥にかけた術を解いてくれないかい。みんな、燐……彼女は鬼であるけど私達の敵ではない。何せ彼女は…桐生家のご先祖だからね」

 

「わかった」

燐(カグラ)は不死川にかけた幻術を解くと、不死川は飛ぶように後ろに退がる。

 

周りは「燐の先祖⁉︎」やら「鬼がか⁉︎」と言う驚きの言葉はあったが、お館様の一言で刀を納めた。

 

「しのぶちゃんはどうして冷静でいられるの⁉︎」

 

「私は燐さんと交際する前から知っていました。因みに蝶屋敷の皆はカグラ様の存在を知っています。燐さん自身存在に気づいたのは上弦の壱との戦いの後です。その時にお館様からはまだ言うべきではないと言われ今まで黙っていました」

 

 

「説明ありがとう、しのぶ、みんな…しのぶが言っているのは本当だ。燐は直ぐに私の元に訪れカグラの存在を明かした。そして彼女は…… 鬼舞辻を追い詰めた鬼でもある」

 

 

「ッ⁉︎」

しのぶ以外の柱は全員驚愕の表情になる。あの時透ですら表情を変えている。

 

「鬼舞辻を追い詰めただと⁉︎」

 

「じゃあお前は、鬼舞辻の能力を知っているのか⁉︎」

 

「話やがれ、テメェの知っている鬼舞辻の事をよぉ!」

 

不死川は燐(カグラ)に迫り胸ぐらを掴み、睨む。

 

「落ち着かんか…不死川 実弥。勿論そのつもりで私は出てきた。皆も聞いてくれ、私が知っている無惨の事を全て話す」

 

そして全員、屋敷内に集まり、燐(カグラ)は始まりの鬼、鬼舞辻 無惨について知り得る限りの事を柱の全員に説明する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よもや、長年姿を見ることがないわけだ。情報がないのも納得だ」

 

「空間を操る血鬼術…派手な術を使う奴もいるもんだな」

 

「自身の肉体の分裂、たとえ追い詰めたとしても逃げられてしまうのか」

 

無惨の能力に柱の全員が戦慄を覚える、例え追い詰めたとしても逃げられるのだから。

 

「ねぇ、あんたは鬼舞辻と戦ったって言うけど…結局は負けたの?」

 

「あと一歩の所まで追い詰めたが、不意をつかれやられた。私は無惨に取り込まれる前に、自身の術を自分にかけ取り込まれる前に自害したんじゃ。」

 

カグラは無惨に取り込まれる前に自身に天照を使い自害したのだ。もし取り込まれたら……無惨が写輪眼の力を使えるようになれば……さらに脅威になると考えカグラは自害を選んだのだ。

 

「それから気づかぬうちに燐の先祖の中に存在してきた。今まで干渉はできなかったが…燐に宿ってからはこうやって人格を入れ替えることもできるようになったと言うわけじゃ。実際の姿は燐しか知らぬ。私が知っている無惨については以上じゃ。何か質問はあるかの?」

 

燐(カグラ)は話を終え、他に質問がないか確認すると、一人手をあげている人物がいた。

 

「あ…あのぉ、カグラさんのその眼は桐生さんにも受け継がれているんですか?さっき不死川さんがその眼はと言っていたので」

質問してきたのは恋柱・甘露寺 蜜璃 、カグラの写輪眼が気になっていたようだ。

 

「ああ、この眼は私の血筋で燐まで受け継がれている。ただ、人間の血が混じっているせいか…先代は片目だけの開眼が殆どじゃったが、燐は私の力を濃く受け継いでいる為か…両眼開眼となっている」

甘露寺は「成る程」と納得したように相槌を打つ。

 

 

「私からは以上じゃ…後は燐に聞いてくれ。この状態でいられるのは限られているからのぉ」

燐(カグラ)の瞳は黒色の瞳に戻り、ふらついた所を、しのぶが支える。

 

「大丈夫ですか…燐さん」

 

「ああ…大丈夫だ…」

 

 

 

 

 

「すまない燐、無茶をさせてしまったようだね」

 

「謝らないでくださいお館様、これくらい大丈夫です」

 

 

 

 

 

 

 

 

この後会議は終了し、終わった後、天元と杏寿郎に今までカグラの事を内密にしていた事に殴られてしまったが、二人は俺の事を鬼としてではなく桐生 燐として信じてくれた。

 

竈門の妹はこれからの実績次第で考えを改めるらしい。

 

 

 

 

 

その後三人は天元の提案で燐の奢る形になり、遅くまで飲んだ為、燐は酔い潰れてしまい、二人は燐を抱え蝶屋敷へ運んだのだった。



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第二十五話

チュンチュンと、スズメの囀りを目覚ましに燐はゆっくりと瞼を数度震えさせながら開けた。

 

「う、ぅん…」

 

燐は起き上がると、服は隊服のままで布団の中にいた。

 

「この部屋……蝶屋敷か?うーん…頭いてぇ」

燐は昨日何があったか状況を整理した後、部屋から出て顔を洗う為屋敷内を歩く。

 

「あっ、燐さん…おはようございます」

 

「ああ、おはよう。アオイも朝早くからお疲れ様」

 

「いえ、これが私の仕事ですから」

 

彼女は神崎 アオイ、蝶屋敷で雑務をはじめ何事もテキパキとこなすしっかり者だ。

 

 

「いーやーだーーッ!! ! こんな苦い薬、飲みたくないよぉっ!」

突然近くの部屋からの叫び声に、燐は頭によく響いた。

 

「だ、大丈夫ですか燐さん?」

 

 

「あ、ああ…大丈夫だ。この叫び声は…」

 

「またあの人ですか…全く」

 

ガラッと病室の扉を開けると、中にいたのは4人だ。

 

全員、見覚えのある顔だ。

 

一人は弟弟子である善逸だった。

 

 

そしてその善逸に、すみが持っていた薬を、駆け寄ったアオイが押し付ける。

 

……弟弟子が迷惑を掛けているみたいだ。

 

そして、先日、裁判にかけられていた竈門と猪頭の少年がいた。

 

竈門は善逸を説得していて、猪頭は前に見たときと一寸違わぬ姿でベッドに横たわっていた。

 

 

「これすげぇ苦いんだけど!?辛いんだけど!?ていうか、薬飲むだけで俺の手と足治るの!?ほんとに!?」

 

「お、落ち着いてください善逸さん!」

 

「もっと説明して!一回でも飲み損ねたらどうなるの!?ねぇ!?」

 

「またあなたは騒いでる!静かになさってください!説明は何度もしたでしょ!いい加減にしないと刻みますよ!」

 

 

「(この様子だと精神面は余り変わっていないな…善逸)」

 

久しぶりの再会に燐は呆れている様子だ。

 

 

「(仕方ない、手助けしてやるか)」

 

燐は、善逸のベットの近くに寄る。善逸は燐の登場に驚いた様子だった。

 

 

「リン兄ちゃん!なんでここに?」

 

「久しぶりだな善逸…元気だったか?」

 

 

アオイの手から薬を受け取った。

 

「あ、あの」

 

「り、燐さん」

 

「ありがとうアオイ、すみ。薬は俺がなんとか飲ませておくから、後は任せてくれ」

 

「わかりました。では、あとはお任せします」

 

「よろしくお願いします…燐さん」

 

ちょっと疲れた様子のアオイとすみが部屋を出たのを確認して、善逸と向き合う。

 

「よし善逸、久しぶりの再会で悪いが、いい知らせと悪い知らせがある…どっちから聞きたい?」

 

少し善逸に圧を掛けながら問う燐は少しばかり機嫌が悪い、ただでさえ頭痛がする中、騒がれたらさらに辛くなる。

 

「えっと……いい知らせからお願いします」

 

 

 

「そうだな…まずはこの薬をちゃんと飲めたらお前の体は元通りになる。そして悪い知らせは……」

 

「わ、悪い知らせは…どうなるって言うんだよ」

 

 

「善逸、お前は────蜘蛛になる」

 

「…え?」

 

「もし薬を飲まなかったら」

 

「の、飲まなかったら?」

 

「お前の体内に残った鬼の毒が身体中を巡り…徐々に侵食していく……」

 

「ヒェッ」

 

「すでに縮んでいる腕がもっと縮んで………そして人の形は残らず……お前は」

 

 

「ぎゃああああああっ!イデッ!」

 

 

 想像して怖くなったのか、急に叫びだした善逸の頭に拳骨を喰らわせる

 

「薬、飲むよな?」

 

 

「いてて……でも、この薬すっごく苦いんだ」

 

「薬は基本苦い。だが効果は確かだ」

 

「………苦いんだよぅ」

 

 

「善逸、この薬を作ったのはしのぶだ。これはお前らの為に作った薬なんだ。ちゃんと飲まなかったら「しのぶさんが俺のために⁉︎…」五月蝿い!」

 

善逸は燐の持っていたコップを強奪し薬を口に流し込む。

 

 そして、引いたように様子を窺っていた竈門を見ると、目が合った。

 

「えっと」

 

「やぁ、調子はどうだ?」

 

「え、えぇなんとか」

 

「そんな緊張しなくてもいい。怪我の具合はどうだ?」

 

「はっ…はい!顎は少し痛みますが、昨日よりは大分良くはなっています。」

 

「そうか…そっちの猪頭くんは?」

 

「ダイジョウブ…キニシナイデ」

 

俺が聞いた彼の声は、聞き覚えのある威勢のある声ではなかった。

 

「……やっぱり喉潰れたか」

 

「桐生さんは猪之助を知っているんですか?」

 

「伊之助?そこの猪頭の事か?」

 

「はい、名前は嘴平 伊之助…俺と善逸の同期なんです。」

 

「(伊之助……もしかして…あの伊之助か⁉︎)」

燐は童磨の戦いで記憶を除いた時、伊之助と名前を呟いていた女性を思い出した。

 

 

「(とんだ巡り合わせだなこれは…生きていたんだな。伊之助のお母さん息子さんはちゃんと生きていますよ。あなたのやった事は、間違いじゃありませんでした)」

 

そして、三人の状態は

 

炭治郎 顔面及び腕・足に切創 擦過傷多数 全身筋肉痛 肉離れ 下顎打撲

 

伊之助 喉頭及び声帯の圧挫傷

 

善逸 一番重傷で、右腕右足の蜘蛛化による縮み・痺れ 左腕の痙攣

 

 

「おはよう、三人共!体調はどうかしら?」

 

「おはようございます!カナエさん!」

 

花のような笑みの女性が現れた。長い黒髪に蝶の髪飾りを付けた隊服の女性だ。

 

「は、はい!大丈夫です!えっと、あなたは?」

 

「桐生 カナエです、よろしくね、炭治郎君!」

 

「はい!よろしくお願いします!ん…………桐生?」

 

「うん、燐としのぶとは柱合会議で会ったんだよね。嫁で姉です」

 

「お嫁さんでお姉さん!」

 

「うん!燐のお嫁さんです!後、しのぶも燐のお嫁さんだからよろしくね!」

 

「え⁉︎あの人も桐生さんの⁉︎」

 

「そんなはっきりと言うなよ、恥ずかしいだろ?」

 

「うふふ、別に構わないじゃない。それより大丈夫?体調良くないみたいだけど」

 

「昨日飲みすぎてな…大丈夫、しっかり休めば良くなるから」

 

「後でお水持ってくるわ、それから朝ご飯…食べられる?」

 

「すまない…軽いもので頼む。何を作るかは任せる」

 

「わかったわ、すぐ用意するからね」

カナエは病室から退出し、姿を消すと燐は炭治郎達に向き気まずそうに口を開く

 

「えーとだなぁ、さっきカナエが言った通り…カナエとしのぶは俺の奥さんだ。炭治郎は柱合会議でしのぶと顔合わせしてるから知ってるよな」

 

「はい、確か蝶柄の羽織を羽織ってた人ですよね?」

 

「ああ…そうだ、二人共俺にとって「いいご身分だな惚気兄貴!嫁が二人⁉︎ふざっけんな!しかもあんな別嬪な女性が!」(やっぱりキレたか……)」

 

いきなり叫んだと思えば善逸が血涙を流していた。

 

「俺が必死になって戦ってる間に!兄貴は毎日アハハのウフフやってる間に俺は身体中傷だらけになってたんだぞ!あの時兄貴なんて言った!『強靭な刃になれ!覚悟を超えた先に希望はある!』なんて言ったあんたが毎日うきうきうきうきしながら過ごしてたのかよ‼︎俺の努力を返せよ‼︎」

 

善逸は急に興奮し出し、すごい汚い声量で叫ぶ。

 

「落ち着け善逸、声が大きい!他の患者の迷惑になるだろう」

 

「そんな事関係ないんだよ‼︎鬼殺隊はあなぁ‼︎お遊び気分で入るところじゃない‼︎土下座して謝れ‼︎切腹しろ‼︎」

 

 

 

プツン

 

 

 

「善逸…」

 

「なんだよ‼︎土下座する気になったか惚気兄貴‼︎」

燐の表情は善逸からは見えないが、燐は善逸に向かい合うと、真顔のままゆっくり目を合わせる。

 

「寝ろ」

 

「あ……」

善逸は燐の目を見た途端ベッドに倒れ、いびきをかきながら眠り始めた。

 

「ふぅ、取り敢えず静かにはなったか」

燐は写輪眼を使い幻術を善逸にかけた。

 

 

内容?それは聞かない方が身のためだ

 

 

「うちの弟弟子がすまん。二人とも一緒に行動してたんだろ?迷惑かけたな」

 

「あ、いえ、確かにおかしな事を言う事はありますけど…善逸はいざと言う時はすごく頼りになるんです!俺の命より大事な者を体を張って守ってくれたんです」

 

「…そうか」

この気配だと嘘はない。

 

善逸、俺が知らない所で強くなっているんだな。お前は逃げなかった。それだけでも十分すごいさ。

 

 

「あの、桐生さん…その眼は」

 

「ああ…これか、この眼は写輪眼と言ってな、俺の先祖から代々開眼する眼だ。お前は確か那田蜘蛛山で見てるよな?」

 

「はい、でも…俺が見たのと形が違うような…」

 

「お前が見たのは写輪眼であって俺の写輪眼じゃない。俺の中にいる鬼の眼だ」

 

「鬼?そうだ思い出した!「静かにな」ああ…すみません、今はしませんが、あの時桐生さんから鬼の臭いがしました。桐生さんって…鬼なんですか?」

 

竈門炭治郎、彼は鬼殺隊は中でも嗅覚が異常に鋭く、相手の感情も読み取れるくらいの離れ技を持つ。

 

「匂いでそこまでわかるのか…善逸といいお前といい、俺は人間だよ。俺の先祖が鬼だった。それだけだ」

 

「え⁉︎鬼がご先祖様ですか⁉︎」

 

「だから静かに、無理もないけど、これで二度目だぞ…お前が嗅いだ匂いは俺であって俺じゃない。俺の中にいる内なる鬼だ。」

 

「内なる鬼?」

 

「実際に紹介しようにも…今は寝ておられるからな、いつか紹介する。ご先祖も、お前に興味があるみたいだからな」

 

 

「え、俺にですか?」

 

カグラは眠っていることが多い為、起きている時間は少ない。日が昇っている時も人格を入れ替えられるし、鬼の気配は感じられるが俺の体は人間の為日の光に焼かれる事はない。

 

以前カグラ様の状態でいる間、鬼同様再生できるかと思い斬り傷を入れてみたが再生はしなかった。

 

これを偶然目撃したしのぶに、精神世界にいる自分共々一緒に叱られた。まさか精神世界まで届くとは……。

 

 

「さて、善逸の顔も見られたし…そろそろ行かないとな、お前達は当分の間傷を治すことに専念することだ」

 

「はい!」

 

「それから…呼び方は燐でいい、俺も炭治郎って呼ばせてもらう」

 

 

「わかりました、燐さん!」

 

 

素直なやつだと思いながら、燐はそのまま病室から退室し廊下内を歩く。

 

 

「(炭治郎はこれから問題はなさそうだが、二人はどうだろうな…機能回復訓練で心折れなきゃいいが…特に善逸は)」

 

顔を洗った後、燐は予備の隊服に着替えた後、顔を洗い庭で素振りを始めた。

 

「(新しい術はまだ未完成、それに…あの状態は体にも負担が大きい)」

 

燐は鬼の力のさらに先の状態を試みるが、威力は絶大で、未だ力の加減が上手くいかない。

 

 

「燐!朝ごはん…持ってきたわよ!」

 

「ああ!わかった!」

お盆を持ったカナエが縁側に来ており、燐を呼ぶ。お盆の上にはおにぎりが二つあり、水が置かれていた。

 

 

「さっき善逸君、叫んでたけど、何かあったの?」

 

「気にしないでくれ……聞いたら多分引く。アオイ達にも迷惑かけていたみたいだからな、かわりに後で謝りに行くつもりだ」

 

アオイから話を聞いたが、炭治郎が蝶屋敷に運ばれた際も叫んでいたようで苦労していたとのことだ。

 

「あっ、そうだ、カナヲが貴方を探していたわよ」

 

「カナヲが?」

 

「うん、気まずそうにだったけど…稽古をつけてほしいって言っていたわ」

 

「わかった。後で道場に来るように伝えておいてくれ」

 

 

「わかりました」

 

カナヲは初めの頃より感情は出せるようになり、俺の事をリン兄さんと呼ぶようになったが、未だ決め事を硬貨で決めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして燐の精神世界では……。

 

 

 

 

 

『無惨、お前との因縁が今代で終わるかもしれぬな。今の燐ならば……鬼の力を使いこなせるはずじゃ』

 

 



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第二十六話

「この空間…」

 

 気が付けば、そこにいた。辺り真っ暗な一面、水が広がり自身の立っている場所は波紋が広がり水面が薄蒼く照らしている。

 

 

「すまんの、何も言わずに意識をこの空間に連れて」

声のした方へ振り向くと黒い勾玉模様の入った白い羽織を身に着けた女性、カグラが立っていた。

 

「いえ…貴女がこの空間に呼ぶってことは何かあるんでしょう?長い付き合いだ。それくらいわかりますよ」

 

「話が早くて助かる」

 

「それで、内容は?」

 

「お主に、神鬼合一の更なる先に…今のお主なら使えるかもしれん」

 

「神鬼合一の更なる先…」

本来神鬼合一は燐の中に眠る鬼の力を引き出すためのもので、完全に解放出来ているわけではない

 

「ああ、しかし、神鬼合一よりも更に危険を孕んでおる。それでも良いか?」

 

「覚悟の上です」

燐は拳を掌に当て気合を入れるよう答える。

 

 

「そうか、だったら私の手を合わせろ、お主の中にある枷を外す」

 

「わかりました…」

燐はカグラと手を合わせると、燐から赤紫色の闘気が溢れ出て、それはしばらくすると静まっていく

 

「………」

 

「終わりじゃ…」

燐は目を開き手を握ったり開いたりと繰り返しながら状態を確認する

 

「なんだが、何かを外した気分だな…」

 

「その力をどう使うかはお主次第じゃ。私の用件は以上じゃ、現実に戻すからの」

 

カグラは印を組み、燐の意識は現実に引き戻される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チュンチュン

 

場所は燐の鳴屋敷の寝室、日の光が襖から差し込む。

 

「(…朝か、神鬼合一の更なる先…か、それにしても腕が痛いな、頭にも何か柔らかい感触が)」

燐は意識をハッキリさせたのち自身を確認すると両側に二人の人物が眠っていた。

 

一人は長い髪が特徴で、燐の腕に抱きついているのがカナエ、そしてもう一人は胸元に抱き寄せて眠っているのがしのぶだ。

 

二人は燐に抱きついた状態で添い寝をしていたのだ

 

「(そう言えばしのぶが珍しく俺の屋敷に泊まってたっけ、それと…どうするかこの状況、無闇に動けないな)」

 

燐はこの状況をどうするか考え込んでいた。夫婦になり三人で寝ることはあるがお互い忙しいため一緒に寝ることは少ない。

 

 

「ふぁぁああぁあ……あら、燐…起きてたの? おはよう~」

 

腕に抱きついて眠っていたカナエが目を覚ます。

 

「ああ、おはようカナムグッ!」

 

「あら、どうしたのそんな変な声出しちゃって……うふふっ、しのぶったら」

しのぶはカナエ起きて毛布がズレたため燐をさらに強く抱きしめる。

 

「ムグーッ!ムグー!(助けてくれ!息がしづらい!)」

燐は顔を真っ赤にさせながらカナエに助けを求めるがカナエは微笑ましく見ており助けてくれる気配がない。

 

しのぶは思いの外強く抱きしめており、振り解こうにも解けない、「これで本当に鬼の頸が切れないのか?」と疑問に思える。

 

そしてなんとか抜け出そうと動くが、

 

「…んあ」

何処か艶めかしい声を出すしのぶに燐の動きは止まる。

 

 

「(こんな時に限ってそんな声出すなよ!余計動けないだろ!カナエの助けも正直期待できない…なんとかして抜け出すしかなさそうだな)」

燐は抱きしめていたしのぶの手をなんとか離すことで脱出に成功した。

 

「タハァっ!はぁ……はぁ、危うく窒息するところだった」

 

「あらあら、朝から見せてくるわね…貴方」

 

「お前も微笑ましく見てないで助けろよな…本当に息出来なかったんだぞ」

息を整えながら起き上がるが、しのぶは起きる気配が一向にない。

 

「しのぶ…こんな状況でも寝てるな、相当疲れが溜まってるのか」

 

「そうかもしれないわね。最近鬼の毒に抗体を持った燐の血を使った毒を作っているみたいだし、試行錯誤繰り返していたわ」

 

「俺自身、しのぶの力になれるならいいが流石に頑張りすぎだな…しかし、こいつの寝顔…久しぶりに見るな」

 

「うふふ、燐は知らないと思うけど…しのぶ、一緒に寝ている時貴方の名前を呟く時があったのよ。その時の表情はとても幸せそうだったわ〜」

 

「あはは、どんな夢見てたんだ…しのぶの奴」

 

燐はしのぶの頭を撫で寝顔を見つめる。その顔はとても安らかで眠り姫と言うくらい綺麗だった。

 

「しのぶには悪いけど…そろそろ起こさないとな、しのぶ、そろそろ起きろ…朝だぞ」

 

「う〜ん」

しのぶは起きる気配はなく毛布を頭を隠す様に潜ってしまう。

 

「しのぶ〜そろそろ起きないと他の隊士に示しがつかなくなるわよ〜」

 

「姉さん…あと五分」

しのぶは起きる気配はなく二度寝をしようとする。

 

「起きろしのぶ、二度寝はよくない」

燐は強引に毛布を剥ぎ、しのぶは布団の中で猫の様に蹲っていた。

 

「(……猫)」

 

「あらあら、猫みたいに蹲っちゃてるわ」

 

「起きろしのぶ…仕事に遅れるぞ」

 

「あと一時間!」

 

「なんで時間が伸びるんだよ!いい加減起きないとぉっ!」

 

燐はしのぶに引っ張られお互い見つめ合う状態になってしまう。

 

「……え、燐……さん」

 

「やっと起きたな、おはよう…しのぶ」

燐はしのぶの額に口付けをする

 

「……!」

しのぶの目は開いており、寝ぼけていたが意識がハッキリとした途端、燐の行為に気づき、頬を赤くしながら燐を突き飛ばす

 

そして突き飛ばされた燐は壁に頭をゴンッ!とぶつけてしまう。

 

「ッ〜〜〜」

しのぶは突き飛ばした後、顔を真っ赤にしながら寝室から出る。

 

 

「り、燐…大丈夫?」

 

「……ああ、大丈夫だ」

突き飛ばされた燐は、壁に頭をぶつけてしまいコブを作っていた。

 

しのぶは鬼の頸が斬れない反面、押す力、突き技に関しては鬼殺隊上位に食い込む。

 

燐が写輪眼でしのぶの突き技を模した時、筋肉痛を起こしてしまうほどだ。

 

 

 

「取り敢えず朝飯準備してくる…カナエはしのぶを頼む」

 

「え、ええ…わかったわ」

 

 

 その日の桐生夫妻の朝は、賑やか?であった

 

 

 

 

 

        ◆    ◆    ◆

 

 

「ほら…受け取れ」

 

「ありがとう…燐さん」

 

 朝を迎えるがしのぶは気まずい気持ちでいっぱいだ

 

 あの後カナエはしのぶを慰め何とか落ち着いたが、それでも突き飛ばした事に罪悪感があるみたいだ。

 

 

 

 

因みに燐はある料理人に料理を教えてもらい料理ができる。

蝶屋敷で振る舞ったことがありみんな大好評だった。カナエとしのぶも驚いた様に食べてくれて美味しそうに食べる姿を見て、燐は料理を趣味の一つとしている。

 

 

 

 

 

「……その、ごめんなさい…頭、大丈夫ですか」

 

「平気だ。謝るのはこっちだ、幾ら俺の奥さんとはいえ、いきなり額に口付けなんてしたらそうなる」

 

「でも…」

 

「だから大丈夫だ、取り敢えず冷めないうちにに食べてくれ」

 

「…そうですね」

 

「ふふっ、じゃあ二人とも挨拶しましょう」

 

「「「いただきます」」」

 

 

両手を合わせて一礼。しのぶは味噌汁を一口すする。

 

「相変わらず美味しいですね」

 

「ええ、毎回思っているけど…女として負けた気分だわ」

 

「そうか?男もやれば料理も出来るもんだぞ……ズズ、おっ…今回も良い出来だな」

燐は味に満足した様に食事を口に運ぶ。

 

食事が終わり片付けが終わった後、燐はカナエとしのぶの髪の手入れをしている

 

「ふふっ、くすぐったいわ、燐」

 

「すまない、大丈夫か?」

 

「大丈夫よ…やっぱり燐は器用ね。初めてされた時が懐かしいわ」

 

燐は母によくやっていて手慣れた手付きで手入れをしていく。

 

「確かお前が珍しくボサボサになってた時だっけ?あれは凄かったな…所でカナエ…善逸達の様子はどうだ?そろそろ機能回復訓練はやっているんだろ?」

 

「えっと…炭治郎君は問題はないんだけど、善逸君と猪之助君がちょっと」

 

「当ててやろうか?カナヲに負け続けた結果、心が折れて参加していない…そうだろ?」

 

「うん、正解よ」

 

「やっぱりか…気持ちはわかるが精神面がまだまだ未熟だな」

 

燐は手を止めずカナエの髪の手入れをした後、顔を洗い終わったしのぶが部屋に戻ってきた。

 

 

「しのぶ…こっちに来い、髪…整えてやるから」

 

「……お願いします」

そして燐はしのぶの髪を手入れを始める。しのぶはカナエより短めだがそれでも結べるくらいには長い。

 

「しのぶは久しぶりにやるが…大丈夫か?痛くはないか?」

 

「…平気です」

 

「どうした…まだ突き飛ばした事気にしてるのか?」

 

  

「いえ…それもありますけど…燐さんは髪の長い女性の方が好みなんですか?」

 

「いや…俺は好きになった奴しか興味がないから髪なんて本人の自由だと思うぞ?しのぶはしのぶでいれば良い、俺はありのままのしのぶが好きだから」

 

「そ、そうですか」

 

「だが、無理してカナエの口調を真似する必要はないんだぞ?正直気味が悪い」

 

「気味が悪いは余計よ!悪うございましたね!」

 

「ははっ、しのぶはやっぱ可愛いなぁ〜、流石俺の妻」

 

「それ今関係ないですよね!」

 

「怒るなって……よし、終わりっと」

しのぶの蝶の髪飾りをつけ胡蝶姉妹の髪の手入れは終わった。

 

 

 

 

燐は道具を直している間に、二人は燐に聞こえない様に何やらコソコソと話し始める。

 

「姉さん…今伝えるべきだと思うわ」

 

「えっ…今⁉︎でも…心の準備がまだ」

 

「大丈夫よ、姉さん、燐さん…絶対に喜ぶと思うから」

 

カナエは緊張したかの様にあたふたしており燐は二人の様子に違和感を持ったのか手を止める。

 

 

「どうした二人とも……………?」

 

「ほら…姉さん」

 

「スゥー、ハァー、燐に……発表があります」

 

「……? どうしたんだ、改まって」

 

「はい、実はですね」

 

 一つ、息を整えながらカナエは──自分のお腹に、手を当てた。

 

「──赤ちゃんが……できました」

 

「────」

 

「先週、しのぶに言われて私も驚いたけど。まだお腹が大きくなるのはこれからなんだけどね」

 

「────」

 

「燐を驚かせたくて、何時言うか迷ってたんだけど……」

 

「────」

 

「燐? ……きゃっ!?」

 

燐はカナエに飛びつくように抱き着いた。

 

「……っ……っ」

 

 燐は瞳からぽろぽろと涙を流していた。二人は一瞬、瞳を見開いたが、カナエはすぐに燐を抱きしめ返した

 

「……もう、びっくりしちゃったわ」 

 

「それは俺の方だ。本当に驚いた。人生で一番驚いた……本当なのか、しのぶ?」

 

「ええ、本当ですよ。ねっ、姉さん」

 

「うん、本当よ。貴方と私の子よ」

 

「そうか……そうかぁ」

 

ぎゅっ、力強くカナエを抱きしめ、首筋に顔をうずめる。花のような香りがカナエからする。

 

カナエは燐の背に手を置き、ポン、ポンと、優しく叩く。

 

 

「俺に、子ども……俺が父親」

 

「うん……そうよ」

 

「ふふ、私達の旦那さまは…思いの外涙脆いみたいね。」

 

「嬉し泣きだ…いいだろ……別に」

涙を流しながらも、その顔は、笑顔で、嬉しさで満ち溢れていた。

 

「しのぶも燐の妻なんだからしのぶもお母さんでしょ」

 

「間違いではないけど……私が産むわけじゃないんだから」

 

「しのぶもいつかわかるわ……まだ先のことにはなりそうだけど」

 

「言わないでよ…恥ずかしいんだから」

 

 

桐生夫妻の間に…新たな命が宿った瞬間であった。

 



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第二十七話

今話は炭治郎の機能回復訓練での内容になります。


場所は蝶屋敷、怪我の療養中の炭治郎、善逸、伊之助、うち二人は機能回復訓練に努めている。

 

部屋に戻ってきた炭治郎、伊之助はしんどそうに死にそうな勢いで一緒に戻ってきた。

 

「ふ、二人とも………どうしたんだ?一体何があったんだよ?」

 

「ごめん」

 

「キニシナイデ」

 

善逸は心配になって声を掛けるが、今の二人には何も言う気力もなく布団にもぐりこむ。

二人は真っ白に燃え尽きていた。

 

 

そんなことが数日続いた。

 

そして、善逸もある程度回復した為、機能回復訓練に参加することになった。 

 

因みに機能回復訓練と言うのは、長い間、動かせなかった体を動かし、鬼殺隊の仕事に復帰させるための物である。

 

アオイから聞かされた内容は、まず最初に寝たきりで固くなった体をなほ,きよ,すみの三人がほぐす。

伊之助は被り物越しから涙を流していた。

 

その後に反射神経の訓練で、薬湯の入った湯飲みを互いに掛け合うもので、湯飲みを持ち上げる前に相手に湯飲みを抑えられたら湯飲みは動かせない。

 

最後は全身訓練の鬼ごっこ…アオイが初参加の善逸の為に些細を説明すると、善逸が手を上げた。

 

「あの…すみません、ちょっといいですか?」

 

「…?何かわからなかったところでも?」

 

「いやちょっと…こい二人とも」

 

「…?善逸?」

 

「行かねーヨ」

 

 

「いいから来いって言ってんだろうがァァァ!!」

 

急に怒鳴ったため、アオイを含め驚く中、善逸は炭治郎と伊之助を引っ張り外へと強引に連れて行った。

 

「正座しろ正座ァ!!この馬鹿野郎共」

 

「なんダトテメェ…」

 

善逸は伊之助を殴り飛ばす。全集中を含めていたため、伊之助は殴り飛ばされ壁に激突してしまう。

 

「伊之助ェー!なんて事するんだ善逸‼︎伊之助に謝れ‼︎」

 

「お前が謝れ!お前らが詫びれ!天国に居たのに地獄に居たような顔してんじゃねぇぇええええ!!!」

 

善逸の怒声が響き渡る。

 

「女の子と毎日キャッキャッキャッキャしてただけのくせして、何をやつれた顔して見せてたんだよ!土下座して謝れよ!切腹しろ!」

 

『なんてこと言うんだ!』

 

「黙れこの堅物デコ真面目が!いいか、よく聞け!女の子に触れれるんだぞ!体揉んでもらえて!湯飲みで遊んでる時は手!鬼ごっこの時は、体触れる!女の子一人につきおっぱい二つ、お尻二つ、太もも二つ!すれ違えばいい匂いがして、見てるだけでも楽しいだろうが!幸せ!!うわあああ幸せ!!」

 

善逸の魂の叫びの様なものが響き渡る。

 

そしてその叫びは、道場内にいた女性陣にまで響き渡った。

 

「(まさかここまでとは、燐さんの言った通りの人だったわ)」

 

 

時は燐が善逸に薬を飲ませた後に遡る。

 

 

『アオイ、善逸に薬はちゃんと飲ませておいたぞ』

 

『すみません燐さん、起きたばかりで手間をかけさせてしまって』

 

『気にしなくていい。暇な時は蝶屋敷の仕事手伝ってるからお安い御用さ。それと、アオイ、これから言うことをよく聞いてくれないか』

 

『はい…なんですか?』

 

『善逸はあんな感じだが実はかなりの女性好きだ。機能回復訓練の時はどうしても触れてしまうことがあるだろ?もし善逸が変なことを言う様であれば遠慮なく心折るつもりでやってくれ。気を遣う必要はないからな。妹同然のお前達に不快な思いをさせると流石に弟弟子でも見逃せない」

 

『は、はい…わかりました』

 

あの時の燐さんの声はドスの利いた声だった。さっきまた騒いでいたけど、燐さん怒らせたのかしら

 

 

カナヲを除き、三人娘達は凄く引き攣った表情になっていた。

 

「(遠慮する必要はなさそうですね。燐さん、助言ありがとうございます)」

 

その後、三人は戻って来ました。善逸さんは、なほ達の柔軟を痛がる様子もなく、受けて終始笑顔でした……。

 

 

炭治郎さんは「そんな邪な気持ちで訓練したら行けないと思う」と言ってました。

 

ごもっとも。

 

そして善逸さんとの湯呑みかけは善逸さんが一発で湯飲みの掛け合いに勝ちました。

 

それ自体よかったのですが、その直後、「俺は女の子にお茶をぶっかけたりしないぜ」っとカッコつけながら言って湯飲みの中の薬湯を掛けませんでした。あんな丸聞こえの大声で考えが筒抜けだったのに……怒りを抑えるのが大変でした。

 

「(燐さんの方がよっぽどマトモだわ)」

 

私が蝶屋敷で働く事になった当時、湯飲みの掛け合いを見せてもらい、実戦形式で燐さんとやる事になりました。当然の如く燐さんの反射速度は早く、「かけられる!」と思い目を瞑りました。すると薬湯の入った湯呑を私の頭の上に乗せた後、こう言ってくれたのです。

 

『すまないな』

 

何故か申し訳なさそうに丁寧に謝られた。その表情に少しドキッとしたけど、その直後しのぶ様が代わりにやる事になりました。何故かしのぶ様の圧が凄かったのは憶えてます。

 

当然の如く薬湯をかけられ続けびしょ濡れになりました。

 

 

話を戻して、鬼ごっこ……善逸さんの相手をしましたが、捕まえるなりいきなり抱きついてきたからボコボコにしてやったわ。

 

勝負には負けたけど戦いには勝たせてもらいました。

 

「(燐さんに善逸さんの事、報告しておこうかしら。それに…カナエ様、あの様子だとまだ燐さんに妊娠している事を報告出来ていないみたいですね)」

 

 

 

 

「ハクシュッ!」

 

「む、どうした燐!風邪か?」

 

「嫌……誰か俺のこと噂していた様な」

 

「胡蝶に薬をもらってきたらどうだ?」

 

「だから風邪じゃない、ほら……続きやるぞ杏寿郎」

 

「うむ!承知した!」

 

 

 

 

 

「雷の呼吸 伍ノ型・熱界雷!」

 

「炎の呼吸 漆ノ型・盛炎のうねり!」

 

 

どこかの柱二人は木刀を激しくぶつけ合い、汗を流していた。

 

 

 

 

 

伊之助と善逸は湯飲みの掛け合いと鬼ごっこに勝ったが、二人が順調だったのはここまでだった。

 

その後に二人の相手をしたのは、現花の呼吸の使い手の剣士、栗花落 カナヲである。二人はカナヲに勝てず見事薬湯をぶっかけられ続け、鬼ごっこでは触れる事すらできなかった。

 

それから五日間、全員がカナヲに負け続ける日々を送っており、負け慣れていない伊之助は不貞腐れてしまい、善逸は早々と諦め、二人は訓練に来なくなった。

 

最後まで残ったのは炭治郎一人……

 

そんな炭治郎も十日間負け続けて、少し精神的に疲れが見え始めるのであった。

 

 

「(何で勝てないんだろう?俺とあの子、何が違うんだ?)」

炭治郎は何故同期であるカナヲにあれほどの差があるのか考えるが、この五日間、いくら考えても答えは出てこなかった。

 

 

「あの…」

 

炭治郎が後ろを振り向くと、そこにはなほ,きよ,すみの三人が居た。

 

「うわっ!?居たの!?ごめん、気が付かなくて!」

 

「あの、炭治郎さん、これ、手拭い……」

 

きよは手拭いを炭治郎に差し出す。

 

「ありがとう、助かるよ!優しいね」

 

炭治郎はお礼を言って、手拭いを受け取り顔を拭く。

 

「あの……炭治郎さんは全集中の呼吸を四六時中やっておられますか?」

 

「……ん?」

 

「朝も昼も夜も、寝ている間もずっと全集中の呼吸をしていますか?」

 

「…………やってないです、やったことないです………そんなことできるの?」

 

「出来るわよ、実際現役だった頃の私もやっていたもの」

 

「あっ、カナエ様」

 

炭治郎は声のした方へ振り向くとカナエが炭治郎に近づく。

 

「えっ⁉︎本当ですかカナエさん!」

四六時中全集中の呼吸を維持できることを知ると、炭治郎は驚いている。

 

「本当よ、全集中の呼吸を常にすれば、基礎体力が飛躍的に向上する。この呼吸方を全集中・常中って言うの」

 

「全集中・常中」

 

「できる方々は既にいらっしゃいます。柱の皆さんやカナヲさんも」

 

「そうか……!ありがとう!やってみるよ!」

 

「うふふ、応援してるわ…炭治郎君!」



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第二十八話

炭治郎は現在全集中の詳細を聞き維持しているが、長く持たず膝をついて倒れた。

 

「(全集中の呼吸を長くやろうとすると死にそうになる………!苦し過ぎるし、肺も痛いし、耳痛いし、耳の近くで心臓がドクンドクンとしてる様な………)あっ!」

 

炭治郎は両耳を押さえて、何かを確認する。

 

「(びっくりしたーー!今、一瞬耳から心臓が出たかと思った!)」

炭治郎は涙目になりながら、状態を確認し何が駄目なのか考える。

 

「(全然駄目だこんな調子じゃ、困った時は基本に戻るんだ!!)」

 

炭治郎は身体を起こし、そのまま蝶屋敷の周りを走り回る。

 

「炭治郎さん、毎日頑張ってるね」

 

「うん」

 

「おにぎり、持って行ってあげよう」

 

「そうだね」

 

「後、瓢箪も」

 

 

炭治郎が十回ほど蝶屋敷の周囲を走りこんだ後、様子を見守っていたなほ,きよ,すみがおにぎりと瓢箪を持ってきた。

 

 

 

「瓢箪を吹く?」

 

「はい。カナヲさんに稽古を付ける時、しのぶ様と燐様はよく瓢箪を吹かせていました」

 

「へー、面白い訓練だね。音でも鳴ったりするのかな?」

 

「いいえ、吹いて瓢箪を破裂させてました」

 

「へぇー…………破裂?」

 

 瓢箪を吹いただけで破裂させるということに炭治郎はまたしても青ざめる。

 

「え?これを⁉︎この硬い瓢箪を⁉︎」

 

「はい、しかもこの瓢箪は特殊ですから通常の瓢箪より硬いです」

 

「(こんな硬いのをあんな華奢な女の子が!?)

 

「それは炭治郎さん用に小さいのを持って来たんです。だんだんと瓢箪を大きくしていくんです。カナヲさんが今破裂させてるのは、これです」

 

そう言って持ってきたのは、炭治郎が手渡された瓢箪より倍の大きさの瓢箪だった。

 

「(でっ……デッカ!?が、頑張ろう!!)」

 

 

 

 

 

それから十五日後……

 

炭治郎は肺も心臓も大分強くなり、全集中・常中も長く維持できている。

 

炭治郎は今日も蝶屋敷の屋根の上で瞑想を始める。

  

 

「(よし、体力もかなり戻ってきた。そして以前より走れるし肺も強くなってきたぞ、いい感じだ)」

炭治郎はここまで全集中の呼吸を維持し続け、自身の変化に手応えを感じ始める。ゆっくりと深く呼吸を行い指先まで空気を巡らす。

 

「(瞑想は集中力が上がるんだ、鱗滝さんも言っていた。鱗滝さ……)」

 

よくも折ってくれたな……俺の刀ァァ!!

 

「(すみません………鋼鐵塚さん)」

炭治郎は自分の刀を担当してくれた鍛冶師が包丁を構え、怒りのこもった声で迫って来た気がした。

 

「(凄い怒ってるだろうな、今刀を打ち直してもらってるけど…本当に申し訳ない…)」

この時、炭治郎や周りからは視認できないが、一匹の猫が、炭治郎を責める様な視線で見つめていた。

 

 

「(余計な事は考えるな!集中だ集中!呼吸に集中するんだ!!)」

 

「こんな時間まで精が出るな…炭治郎」

 

「うわっ!り、燐さん⁉︎」

突如隣に現れた来客に炭治郎は驚いた。燐は炭治郎の反応が面白かったのか笑みを浮かべ隣に座る。

 

「悪いな、突然声なんてかけて、それとほら、常中が乱れてるぞ」

 

「す、すみません!」

 

「何で謝るんだよ、それよりお前一人か?善逸と伊之助はどっかに行ったってカナエから聞いたが、寂しくないのか?」

 

「いえ!出来る様になったら二人にやり方教えてあげられるので!」

 

「ふ、真面目だな…お前」

 

「燐さん…何か良いことでもありましたか?」

 

「ん、何でそう思う?」

 

唐突な質問に一瞬だけ戸惑う燐に炭治郎は迷わず告げる。

 

「燐さんの匂いがなんだが嬉しそうな匂いがしてて・・・その、いつも物静かな匂いなんですけど、今は全く違うので」

 

「そこまでわかるのか、善逸と同じで誤魔化せそうにないな。実はな…俺、父親になるんだ。カナエが妊娠していてな」

 

「え⁉︎本当ですか!おめでとうございます!」

 

「ありがとな」

 

炭治郎は祝福してくれた。カナエから聞いたが、カナヲはカナエが妊娠している事を報告された時に「負担があると思われることは任せて下さい」と言ったそうだ。その時のカナヲの表情はカナエの妊娠を喜んでいるようだったと聞く。

 

燐は夜空を眺め、しばらく沈黙が続いたが、炭治郎は気まずくなったのか口を開く。

 

 

「あの…燐さん、一つ聞いてもいいですか?」

 

「ん、なんだ?」

 

「あの時、どうして俺の言葉を信じてくれたんですか?」

炭治郎にはわからなかった、あの時、他の柱達が信じない中、何故自分の言葉を信じたのか。

 

「柱合裁判の事か?そうだな…一言で言えば、お前達に賭けてみたくなった」

 

「え?かけ…ですか?」

 

「ああ、最初は義勇に聞いて半信半疑だったが、お前の妹の気配を感じて考えが変わった。義勇の言っていた“新たな風”、今ならわかる。お前達の存在は鬼殺隊を変えていく…そんな風に思えたのさ」

 

「…燐さん」

 

「前にも言ったが、お前はカナエに似てる。炭治郎ならカナエの夢を託せるかもな」

 

「カナエさんの夢…ですか」

 

「カナエはお前のように優しい女だ。鬼に同情していた。自分を殺そうとした鬼すら哀れんでいた。鬼と仲良くしたい、カナエの夢だった。しのぶも俺もカナエの夢を、せめて想いを継がなければならないと思っていた。けど、俺もしのぶもカナエみたいには出来ない。俺はせめて、鬼に悲しみを重ねさせないためにも鬼を斬る。それが…俺にできる唯一の情けだ」

 

俺はカナエじゃない、俺は…俺の出来る事をやる。しのぶも自分にしか出来ない事を進んでやっている。

 

「炭治郎、禰豆子はたった一人残った家族だ。守り抜けよ。お前は…俺と同じ事にならない様祈ってる」

 

夜風が吹くと同時に燐はその場から消える。去り際に残った優しく、そして少しだけ切ない匂いに炭治郎は

 

「はい…頑張ります。ありがとうございます…燐さん」

 

 

炭治郎は燐に礼を言い、再び瞑想を始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雄一…鬼殺隊は今、歴史の歯車が確かに動き始めた。お前も見守ってくれよな」

 

燐は蝶屋敷の縁側で月を眺めながら酒を飲んでいる。

 

「…燐さん」

 

「しのぶか…どうした」

 

しのぶは燐に近寄り隣に座る。

 

「竈門君と話していたみたいですね」

 

「なんだ…盗み聞きでもしていたのか?」

 

「話し声が聞こえただけよ」

しのぶは燐の肩に体を預ける様にもたれかかる。

 

「珍しいな…お前からそうやってしてくるの」

 

「たまには良いじゃない…、いつも姉さんばかりに構ってるんだから」

 

「なんだ…妬いてるのか?」

 

「…だったら何よ」

しのぶは少しふてくされながら頬を膨らませる。その姿に燐はキュンとしてしまいしのぶをギュッと抱きしめ見つめる。その距離は肌が触れ合う程近い。

 

「あ、あの…燐さん?」

 

「悪い、しのぶ…」

 

「え、え!ちょ…ちょっとまっ…んんっ!」

 

燐はそのまましのぶに近づき唇を重ねる。しのぶは突然の接吻で慌てていたが、燐はしのぶの背中に手を回し抱きしめる。しのぶは落ち着いたのか燐を受け入れ両手を頬にやる。

 

十秒ほどで終えた軽い接吻だったが、しのぶは頬を赤く染めて俯いていた。

 

「…はぁ、はぁ、少しお酒臭いです」

 

「うっ、すまない」

 

「ふふ、平気です。あなた以外の人だったら張っ倒していたところです。それから…私からも仕返しです」

 

「仕返し?って、え?しのぶ、何やってんの?」

 

しのぶは燐の首筋に顔を埋め強く吸い始める

 

「っ、しのぶ…何してんだ?」

 

「虫除けです。前に燐さんが他の女性と親しげに話していたところを見ていたので」

 

「それだけの事でか?結構強く吸ったろ?他の奴になんて言われるか」

 

「良いじゃないですか、夜を一緒に過ごしたと言えば、皆さん納得するわよ」

 

「揶揄われるのが目に見える……」

 

その後、燐はしのぶを座った状態でしのぶをあすなろ抱きし、密着し月を眺める。

 

 

 

 

その後、二人は一緒に寝た。朝一に善逸に首筋の跡を見られ騒がれたが慈悟郎直伝の拳骨で黙らせた。



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第二十九話

大変長らくお待たせしました。鬼滅の刃の連載が終了して今後の展開を考えていた為かなり遅くなりました。







それでは最新話をどうぞ!


あれから更に十日が経った。

炭治郎は全集中を睡眠中も維持する為、三人娘達に寝落ちた状態でも叩いてもらい攻撃を受けながらも維持する特訓もしていた。

 

炭治郎は今なら、全集中・常中が行けると思い、炭治郎は小さめの瓢箪を吹かせてみた

 

そして瓢箪がミシッミシッと音を立て始める。

 

「頑張れ!」「頑張れ!」「頑張れ!」

 

なほ,きよ,すみが炭治郎を応援する。

 

そして、とうとう瓢箪はバンッ!と大きな音を立てて破裂した。

 

「割れたーーーーー!!」

 

「キャーーー!」「わーーー!」「やったーーー!」

 

全集中・常中の会得が出来た炭治郎は、すぐに機能回復訓練で、カナヲに挑んだ。

 

鬼ごっこでは、汗を掻きながらだったが、見事カナヲの腕を掴み、湯飲みの掛け合いでは何十回と攻防を繰り広げ、見事勝利した。

 

その際、薬湯は掛けず頭の上に湯飲みを置くだけにしていた。これを見たアオイは燐と姿が重なり懐かしむ様に炭治郎を見る。

 

そしてカナヲは湯飲みの入った湯呑を乗せたままの状態でキョトンとしたままだった。

 

 

「どうやら常中は会得できたみたいだな…炭治郎、だが俺から見ればまだまだだ。」

道場の橋で燐が腕を組みその場に立っていた。

 

「燐さん⁉︎いつからそこに?」

 

「割と最初からいたぞ?」

 

「最初から⁈全く気づかなかった」

燐は気配を消し機能回復訓練を見守っていた。因みにアオイ,カナヲ,三人娘達はすでに気づいている

 

 

「それで、お前たちはどうするんだ?善逸、伊之助」

 

燐は気配で気づき入り口の前で、炭治郎の特訓の成果を見ていた善逸と伊之助に聞いた。

 

この二人はカナエとアオイの情報で今日までずっと訓練をサボっていた。

 

しのぶの話によれば、伊之助は裏山で動物相手に遊び、善逸は隠れて盗み食いとかしていたとか。しかも俺がしのぶ達のために買った菓子をつまみ食いしていた為、アオイから叱られていたらしい。

 

 

 

「全集中・常中は使うだけで基礎体力を上げることができる。はっきり言って、今の炭治郎の方がお前らより強いぞ。それなのに、お前たちはカナヲに勝てないからって理由で諦めるのか?情けないにも程があるぞ?それにお前らはそんな簡単に逃げるような腰抜けだったのか?」

 

二人に発破を掛けるつもりでそう言うとが、伊之助はワナワナと震え出した。

 

「ああ!!誰が腰抜けだ!!俺は山の王だぞ!!紋次郎に出来て俺が出来ねぇわけねぇだろうが!」

 

どうやら伊之助には効果覿面だったみたいだ。すると、誰かか俺の背を突いてきた。

 

「では、折角ですから、うちの旦那さんにやってもらいましょうか」

 

「俺が?」

 

「ほらほら、後輩達が期待してるんですから。ね?お願いします」

しのぶから上目遣いで見つめられながら頼まれた。

 

「……わかったよ」

 

そう言って俺をカナヲの前にまで移動させ、座らせる。

 

湯飲みには、既に新しい薬湯が用意されていた。

 

「それでは、カナヲ。本気でやりましょうか。燐さんも、遠慮なくどうぞ」

 

「はい」

 

「久しぶりによろしくな…カナヲ」

 

そう言って、俺達は湯飲みの掛け合いを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燐さんとカナヲが湯飲みの掛け合いを始めた。

 

燐さんは、現鳴柱で善逸の兄弟子にあたる人だ。勿論柱の為、全集中・常中が使えるし、経験も練度も俺達なんかと比べたら天と地の差だ。

 

いざ始まると、うん、凄いなんてもんじゃない。

 

凄まじくて、目が離せなかった。

 

掛け合いが始まったかと思えば、二人は目にも止まらぬ速さで湯飲みを掴み、相手の湯飲みを抑えていた。

 

速すぎて、所々で腕の残像が見える程だった。

 

なのに、二人は涼しい顔をしてやっているが、カナヲからなんだが真剣な匂いがする。

 

と言うより、俺の時よりカナヲの速さが速過ぎる。

 そして、それに付いていけてる……いや違う。この匂い、燐さんは本気でやっていない。カナヲに合わせて加減をしてる。しかもカナヲもどんどん早くなっていくが燐さんもそれに合わせてペースを上げて行ってる。

 

 

 「はい、そこまで」

 

どのぐらい時間が経ったのか分からなくなり始めた頃、しのぶさんが手を叩いて二人を止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カナヲとの勝負を終えると、しのぶは炭治郎の両肩に手を置き、善逸と伊之助に語り掛けた。

 

「これ以上は長くなりそうなので今回は引き分けとしましょう。さて、善逸君、伊之助君。今回炭治郎君が会得したのは全集中・常中と言う技です。全集中の呼吸を四六時中やり続けることにより、基礎体力が飛躍的に上がります。これは、基本の技と言うか、初歩的な技術なので、出来て当然です」

 

確かにこれが出来ないと、この先手強い鬼との戦いでうまく立ち回ることができない。

 

「まぁ、会得するには相当な努力が必要です。出来て当然ですけれども、仕方ないです。出来ないから。しょうがない、しょうがない」

 

「はぁーーーーん!!出来てやるっつーの!舐めんじゃねぇぞ!」

 

なるほど、やる気を引き出すためにわざとそう言ったのか。

 

相変わらず扱い上手いな……しのぶ。

 

「善逸君も。一番応援してますので、頑張ってください」

 

「あ゛ーーー!!ハイッ!」

 

善逸も手を握りしめて、一番応援してると言ってこれまたやる気を引き出していた。

 

その光景に燐は、

 

「ちょっと妬けるな………」

 

「…?何か言いましたか燐さん?」

 

「いや、なんでもない」

 

「あらあら、燐…もしかして妬いてる?」

声のした方に振り向くと頬に指が当たり、カナエがいた。

 

「カナエ、なんでここに…それよりも体調は大丈夫なのか?」

 

「まだ平気だよ、どうやら二人共やる気を出してくれたみたいね」

 

そんなこともあり、九日程掛かったが、善逸と伊之助は見事に全集中・常中を会得できた。

 

いろいろあったが、三人の機能回復訓練は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

三人が機能回復訓練を終えた翌日、燐は現在修行場所である岩壁に来ており、鳥のさえずりの様にチチチチと激しい音を鳴らし、大岩を斬り裂く。

 

 

「ハァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 

岩にめり込んだ左手は深く突き刺さり、大きな穴が開き岩はひび割れている。

 

「はぁ…はぁ、クソ…まだまだ威力が足りないな」

燐は今、天照を纏わせた日輪刀を使う鍛練をしている。額から汗が流れ、荒くなった息を落ち着かせながらゆっくりと呼吸する。

 

 

「はぁ…(使うだけでも体力の消耗が激しいな。神鬼合一と同時使用だと負担も大きい…)」

燐は手を膝に置き、呼吸を行うが疲労が窺える。

 

「(カグラ様が仰られた通り…使い続けないと慣れないな。更には“あれ”も使いこなさないといけないのに)」

カグラから鬼の力の枷を外さ!、神鬼合一の更なる先の力を解放できるが長く保たず意識を持っていかれかけるのだ。

 

そのため、上手く扱うには練度も必要だと判断した。

 

 

「そう言えば、カグラ様は常時写輪眼の状態だったな。普通の瞳で相手に使ったことなかったのか?」

燐は写輪眼から瞳を元に戻す。

 

近くの川で手を濡らし、傷薬を塗った後、水筒に入れていた水を飲み干した。

 

「ふぅ…だいぶマシにはなったが…やはり負担が大きいな。しのぶがなんて言うか……今日はここまでにしておくか」

燐は畳んで置いていた羽織を着て日輪刀をもち、蝶屋敷に戻ろうと足を進めた時、燐の白い鎹鴉があらわれ、周りを飛翔する。

 

 

『カァー!伝令!無限列車ニテ‼︎行方不明者四十人以上、隊士モ三人消息ヲ絶ッテイル‼︎炎柱・煉獄杏寿郎ト共ニ調査セヨ!』

 

「(列車?しかも杏寿郎と一緒にか、柱同士の任務となると…十二鬼月が絡んでる可能性があるのか)」

 

 

燐は羽織を着て、蝶屋敷から自身の鳴屋敷へと任務の準備をする為、駆け出した。



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第三十話

 

「もう大丈夫そうですね」

 

「ありがとうございます」

 

炭治郎は機能回復訓練を終え、しのぶの最後の検診を受けている。怪我が完治しているかの確認だ。

 

「ですが、くれぐれも無理はしないように。怪我と言うのは治りかけと、治った後が一番危ないですからね」

 

「はい、わかっています。」

 

「では最後に口を開けてください」

 

あーんと口を開けると、身体はもう大丈夫のようで問題なく終わった。

 

 

「うん、顎も問題はありませんね。」

 

「ありがとうございます。あ、そうだ。しのぶさん。一つ聞きたいことがあって。〝ヒノカミ神楽〟って聞いたことありますか」

 

「ありません」

 

「え!?じゃ…じゃあ火の呼吸とか…」

 

「火の呼吸なんてないです」

 

見事にバッサリ答えたしのぶだった。

 

「えっとですね、カクカクシカジカデ」

 

「ふむふむ」

炭治郎は最初から事情を説明した。

家に代々伝わる神楽で技が出せたこと。そこには火が見えたこと。

 炭治郎はあまり説明が得意な方じゃないため、苦労していた。しかし炭治郎はなんとか説明し、しのぶは根気強く聞いてくれた。

 

「──なるほど。事情は分かりました。何故か竈門君のお父さんは火の呼吸を使っていた。火の呼吸の使い手に聞けばわかる、と。成る程、火の呼吸はありませんが炎の呼吸はあります」

 

「え?、同じではないんですか?」

 

「私も仔細は分からなくて…ごめんなさい。ただその辺りの呼び方についてが厳しいのよ」

 

「そうですか…」

 

「もしかしたら…彼女なら何か知って…」

 

「え!いるんですか!火の呼吸について知っている人が」

 

 

「心当たりのある人は二人います。燐さんはちょうど炎柱の煉獄さんと同じ任務に出ています。鴉を使って連絡しておきましょう。煉獄さんに話を聞いてみるのもいいかもしれませんね。彼の使う炎の呼吸は長く継承の続く呼吸ですから。もしかしたら、火の呼吸やヒノカミ神楽についても何か知っているかもしれません。」

 

「そうですか!ありがとうございます!」

 

「それと竈門君、君は燐さんの中にいる存在には気付いていますか?」

しのぶは唐突に炭治郎に問うが炭治郎はそのことに心当たりがあった。

 

「もしかして…燐さんの中にいる内なる鬼の事ですか?」

 

「その様子だと竈門君には話しているみたいですね。燐さんの中にいる彼女なら、詳しい事も知っているかもしれません。何せ彼女は始まりの呼吸使いの時代にいた人ですから」

 

「始まりの呼吸……、そうですか、ありがとうございます、しのぶさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

炭治郎達が蝶屋敷を発つ時が来た。三人娘達は、炭治郎達のお別れを泣きながら惜しんでくれた。

 

また近い内に会いに来ると約束し、彼らは蝶屋敷を後にした。

 

善逸と伊之助も炭治郎と同行しており、善逸は指令も来てないのに蝶屋敷を出たことに声を荒げ怒っていた。

 

そんな善逸を宥めながらも、炭治郎達は駅へと向かった。

 

二人は任務の為に汽車に乗ってるらしく、炭治郎はこの駅から汽車に乗って煉獄と燐と合流する予定だ。

 

「オイ!なんだありゃ!なんだあの生き物!!」

 

さっきまで人の多さに驚き、大人しくしていた伊之助が大声を上げて騒ぎ出す。

 そして、伊之助の先には巨大な鉄の塊…汽車があった。

 

「こいつはアレだぜ……!この土地の主だ!この威圧感間違いねぇ!今は眠ってるようだが油断するな!」

 

「いや、汽車だよ。知らねぇのかよ」

 

「落ち着け!」

 

「いや、お前が落ち着け」

 

「まず俺が一番に攻め込む!」

 

「だから汽車だって」

 

「落ち着くんだ伊之助。この土地の守り神かもしれないだろ。それから急に攻撃するのはよくない」

 

「だから汽車だってこの天然水。列車分かる?乗り物なの、人を運ぶの」

  

「猪突猛進!」

 

伊之助が汽車に向かって頭突きをし始める。

 

「おいバカやめろ!恥ずかしいだろ!」

 

「何してる貴様ら!」

 

すると、騒いでた所為で駅員たちに見つかった。

 

「あっ!刀持ってる!」

 

「警官だ!警官呼べ!」

 

「ゲっ!やばいやばいやばい!」

 

善逸は汽車に頭突きを続ける伊之助の首根っこを掴み、駅員から身を隠す。

 

身を隠し、ほとぼりが冷めたのを確認して再び汽車の近くに向かう。

 

「政府公認の組織じゃないから堂々と刀を持ち歩けないんよホントは、鬼がどうのこうの言っても信じてもらえんし、混乱もするだろ」

 

「一生懸命頑張ってるのに……」

 

「まぁ仕方ねぇよ。とりあえず刀は背中に隠そう」

 

善逸の案に乗り、俺達は羽織の背中側に隠す様に刀を仕舞う。

 

伊之助は上半身裸なので、刀を背中に仕舞い、その上から布を羽織らせて誤魔化すことにした。

 

大勢で動くとまた目立ちそうなので、善逸に切符を買ってきてもらい、俺達は善逸が戻ってくるまで大人しく待つことにした。

 

数分後、切符を買ってきた善逸と合流し、汽車に乗り込む。

 

まだ騒ぐ伊之助を落ち着かせつつ、煉獄さんと燐さんを探す。

 

 

「炭治郎、リン兄ちゃんと煉獄さんはこの列車に乗ってるんだよな?リン兄ちゃんならわかるけど、炎柱の煉獄さんは知らないよ」

 

「うん。鴉からの連絡で聞いたから間違いないと思う。燐さんと煉獄さんの匂いは覚えてるから大丈夫」

 

車両内を歩き回り、燐と煉獄を探し、次の車両に入った時だった。

 

「うまい!うまい!うまい!」

 

凄い大きな声が聞こえた。声は列車の一角から聞こえ、炭治郎達はそこに向かう。

 

「うまい!うまい!うまい!」

 

「杏寿郎、確かに美味しいが…もう少し声を落としてくれ。他の乗客に迷惑になる。あむ」

 

「む!すまない燐!」

 

そこは大量の駅弁を一人で食べ、先程から「うまい!」と大声で連呼していた炎柱・煉獄 杏寿郎がいた。隣には同じく駅弁を食べている鳴柱・桐生 燐の姿もあった。

 

「ん?炭治郎に善逸じゃないか、どうした?そんな引きつった顔して?」

 

「あっ、いや、その、煉獄さんに用があって…」

 

「ああ、そう言う事。だが今の杏寿郎は話を聞かない。食べ終わってから聞いてもらっていいか?」

 

「は、はい、わかりました」

 

その後、弁当を食べ終えた後、杏寿郎の隣に炭治郎が座り、燐は向かいの席に座る。通路を挟んで向かいの席に善逸と伊之助が座った。

 

「うむ!そういうことか!だが、知らん!」

 

杏寿郎は、炭治郎からの話を聞き、そう答えた。

 

「ヒノカミ神楽と言う言葉も初耳だ!君の父がやっていた神楽が戦いに応用できたのはめでたいが、この話はこれでお終いだ!」

 

「え!?ちょ、もう少し……!」

 

「俺の継子になるといい!面倒を見てやろう!」

 

「待って下さい!そして、何処を見ているんですか!?」

 

「炎の呼吸は、歴史が古い!」

 

とうとうヒノカミ神楽と関係のない話をし始めた杏寿郎に、俺は苦笑する。

 

「(相変わらずブレないな… 杏寿郎は)」

 

「えっと、燐さんはヒノカミ神楽と火の呼吸について何か知りませんか?」

 

「ヒノカミ神楽…か、悪いな、ヒノカミ神楽は聞いた事はないが、ヒの呼吸は知っている」

 

「え⁉︎本当ですか!」

 

「ああ、炭治郎、最初に聞くが、お前の言っていた『ヒ』は何の字だ?」

 

「え、燃える火を書いて火の呼吸です」

 

「残念、俺の言っている“ヒ”は日輪の日を書いて日だ。日の呼吸は始まりの呼吸にあたる大業物だ」

 

「日輪の日…ですか?」

 

「そうだ、ただこれはカグラ様からお聞きした内容でな。俺は型の名前しか知らない。炭治郎の使ってるヒノカミ神楽の型の名前を教えてくれないか?」

 

「はい!わかりました」

そして炭治郎はヒノカミ神楽の型を燐に話すと、燐は驚きの表情になる。

 

「全く同じだ…型の名前も」

 

「これって……偶然でしょうか?」

 

「カグラ様に聞こうにも、今は寝てるからな。炭治郎、ひとつ聞いて良いか?“縁壱”って名前に心当たりはないか?」

 

「縁壱?」

 

「ああ、那田蜘蛛山ではじめてあった時、カグラ様がお前の耳飾りを見て動揺していてな。その時に『縁壱さんの耳飾り』と言っていた」

 

「えっと、この耳飾りは竈門家に代々伝わる家宝で、神楽も一緒で継承されてきたんです。縁壱って言う人の名前には聞き覚えはないです」

 

「そうか、竈門家と何か関係があるのは間違いなさそうだ。カグラ様は最近眠ってる事が多くてな…起きた時に聞いてみる」

 

「すみません、ありがとうございます」

 

 

そんな中、とうとう汽車が動き始めた。

 

「うおおおおお!すげぇ速ぇぇぇ!!」

 

汽車の速さに伊之助は大声を上げて、窓を開け、身を乗り出した。

 

「俺、外出て走るから!!どっちが速いか競争する!」

 

「危ないだろ馬鹿猪!馬鹿にも程があるぞ!」

 

そんな伊之助を善逸は全力で止めていた。

 

「危険だぞ! いつ鬼が出るかわからないんだ!」

 

「そうだぞ、気を抜くと死ぬぞお前ら」

 

 

「え? 鬼? 出るの? 」

 

「うむ!!」

 

「ああ、いるぞ」

 

 

「でんのかーーーい!! 嫌ぁぁーー!! 鬼のところに移動じゃなくてここに出るんかいい!! 俺降りる!!」

 

「観念しろ善逸、動き出した以上終点までは止まらないからな」

 

「嫌ぁぁぁ!!俺を守ってくれよリン兄ちゃぁぁぁん!」

 

「引っ付くな暑苦しい!それから鼻水を垂らすな!汚ない!!」

 

善逸は涙を流して燐に抱きつき混乱しているが、炭治郎に話しかける。

 

「煉獄さん。柱の煉獄さんと燐さんが出るってことは、そんなに危険な鬼なんですか?」

 

「うむ!短期間のうちにこの汽車で四十人以上が行方不明となっている!数名の剣士が送り込まれたが、全員消息を絶った!だから、柱である俺達が来た!燐によれば十二鬼月を視野に入れたほうがいいとの事だ!」

 

「はぁーーー!十二鬼月⁉︎なるほどね!俺、降ります!」

 

「だからもう降りられん。なんかあった時は守ってやるが、出来る事なら自分の身は自分で守れ、いいな?」

 

「なんでそんな冷静でいられるのさ異常者兄貴は⁉︎頼むよ〜!列車から降ろして〜!!」

 

「列車から飛び降りれば降りられん事はないぞ?善逸」

 

「俺に死ねと⁈」

 

「最悪骨は逝ってるかもしれんが死にはしないだろ」

 

必死で降ろしてくれと泣き叫ぶ善逸に燐は冷静に対応する。

 

そんな時、車両の扉が開き、痩せこけた駅員が現れた。

 

「切符を………拝見……致します………」

 

「なんですか?」

 

「車掌さんが切符を確認して切れ込みを入れてくれるんだ。炭治郎も切符を車掌さんに渡すんだ。ほら、善逸も席に戻って切符出しとけ」

 

そう言って燐と杏寿郎は切符を車掌さんに渡す。

 

炭治郎もそれに倣い、切符を差し出す。

 

「拝見しました…………」

 

俺たち全員分の切符を確認した車掌さんは、切れ込みを入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、車掌の言葉を聞く者は居ない。

 

車両に居た全ての人間が眠りに就いてしまったのだから。車掌はそれを確認してから、次の車両へ移動して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燐が瞳を開けると、ある場所に前に立ち尽くしてした。

 

「……ここは、川…か?何がどうなってるんだ」

 

 燐の呟きが、風と共に消え去っていく。辺りは綺麗な川が流れており、それは昔、燐の見慣れた風景だった。

  

そして次の瞬間、燐は目を丸くする。

 

「──久しぶりだな燐。まさかこんな形でお前にまた会うとは思わなかったがな」

 

 

「父……さん?」

 

声をした方へ振り向くと、そこには釣りをしている燐の父、桐生 未来の姿だった。



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第三十一話

「父さん…なのか?」

 

「おやおや、親の顔を忘れたのか?これが証拠になるかな?」

 

目の前で川で釣りをしていた父だが、疑問を払うように、右眼を写輪眼に変化させた。

 

「本当に、父さんなんだな?」

 

「だからそう言ってるだろ?こっちに来い。久しぶり話そう」

 

「あ、うん」

燐は未来に近づき隣に座り込む。

 

「ずいぶん大きくなったな、燐」

 

「もう二十一だ。そりぁ成長もするよ」

 

「はは、やっぱりお前の黒曜石の瞳は、母さんに似てるな」

 

「母さんは父さん似って言ってたけど」

 

「そりぁ俺の息子だからな、俺と母さんに似て当然さ……おっ、かかった!」

未来は竿を一気に上げ魚を釣り上げる。

 

「(妙だな、これは現実か?けど…俺は鬼殺隊の隊服を着てるし、日輪刀もある。確か車掌さんに切符を切られた途端に…)」

 

 

「燐、すまなかった。お前を一人にしてしまって、母さんを守れなくて、お前を兄ちゃんにしてやる事ができなくて…ごめんな」

父さんはいきなり謝ってきた。一人にしてしまった事にそして母さんを守れず無力だった自分に。

 

「謝らないでくれ父さん、確かに辛かったけど…全部が悪い方向に進んだわけじゃない。俺は今…すっごい幸せだがら」

 

「……燐」

 

「だがら父さんが謝る必要はないんだ。これも全部、元凶を産んだ鬼舞辻 無惨のせいだ」

 

「鬼舞辻 無惨?」

 

「父さん達を襲った化け物……“鬼”の始祖の名前だ」

 

「そうか…」

 

「それよりも、父さんに話したい事がたくさんあるんだ!」

 

「そうか、それじゃあ聞かせてくれ、あの後、お前はどの道を歩んだのかを」

 

「ああ、まずは俺の師匠の出会いから──」

 

 

 

その後、俺は父さんに命を救ってくれた桑島 慈悟郎師範のことや鬼殺隊、仲間達の事を話した。胡蝶姉妹の事も話し、その二人と結婚している事を話すと驚き、父さんは口をアングリしていた。でも父さんは涙を流しながら「おめでとう」と言ってくれた。

 

 

「それよりもっと驚く事があるんだ父さん」

 

「?なんだ?もうこれ以上驚く事はないだろう…?」

 

「カナエが妊娠してるんだ」

 

「なん… だとォ!?」

 

結婚した事を伝えた時以上に驚いてくれた。想像以上の反応に俺も笑ってしまった。

 

「本当だよ父さん、俺も父親になるんだ」

 

「本当なのか、燐?お前が父親に………ははっ、なんか父さん泣けてきたぞ、あんな小さかったお前が…父親か」

 

「それで父さんに聞きたい事があったんだ、父親ってどうしたら──」

 

『起きてください!』

 

その時だった。

 

突然、頭の中で誰かの声が聞こえた。

 

「父さん、なんか言った?」

 

「ん?いや、俺は何も言ってないが」

 

『早く目を覚ましてください!』

 

やっぱりだ。声が聞こえる。

 

 

この声は……炭治郎か?

 

『鬼の攻撃です!早く目を覚まさないと殺されてしまいます!早く起きてください、燐さん!』

 

「間違いない、これは炭治郎の声、それに鬼の攻撃?じゃあ、これは血鬼術?」

 

「どうやら現実はやばいみたいだな。お前を呼ぶ声が聞こえる……だが申し訳ないが、もうちょっとだけいてもらう。炭治郎とやら……」

 

「父さん?」

 

「今、お前は相手の術で作られた夢の世界にいる。だが俺は違う。万が一の事があった時、お前には幻術をかけておいた」

 

「幻術?いつから」

 

「お前が赤ん坊の時にだ」

 

「そんな時から⁉︎」

燐はまさか赤ん坊の時に父に幻術をかけられていた事に驚く。

 

「万が一俺の身に何かあった時、ある条件で発動する仕組みになってる。まさかこんな形で発動するとは思わなかったが」

 

「父さん…」

父さんは最後まで俺の事を守るつもりで、死んでもなお守り続けていた。

 

「あまり時間がないから手短に話す。お前を今から現実に戻す。これが父親として最後にしてやれる事だ」

 

「現実に?一体どうやって」

 

「俺の右眼を見ればいい、それだけだ。準備はできたか?」

 

「…父さん、最後に聞きたい、父親ってどうしたらいい?ちょっと不安なんだ、いい父親になれるか」

 

「それはお前次第、それだけだ」

 

「それだけ?もっといい助言はない…」

すると未来は燐の頭を撫でてきた。燐は突然の事に驚き、目を丸くする

 

「お前は俺の息子だ。お前ならきっといい父親になれるさ。俺も母さんも…お前を信じてる」

 

「…なんで、そんな自信を持って言えるんだよ?」

 

「子を最後まで信じるのが親ってものだ」

父さんは笑顔で言ってきたため、それ以上は何も言えなかった、父さんのこの言葉には嘘偽りもない本心だったから。

 

 

「さて、そろそろ現実に戻す。待っているんだろ?お前の仲間が。早く戻らないとな、準備はいいか?燐」

燐は日輪刀に触れ自信に満ち溢れた表情で顔を上げる。

 

「うん、出来てるさ」

 

「よし、始めるぞ」

未来は右眼を写輪眼に変え、燐の額に指を置き、燐は未来の右眼を見つめる。

 

「解!」

そう言った途端、あたりの景色は薄く消えかかり、互いの姿も消え始める。

 

「母さんには色々と伝えておく!だからお前は、自分で決めた道を…立ち止まらずに進め…覚悟を超えた先に、希望はある!」

 

「父さん……ありがとう、行ってきます!」

瞳に涙を流しながら、燐に別れを告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「燐さん!」

 

「炭治郎…か?そうか、戻ってこれたのか…俺は。お前も目を覚ましたんだな」

 

「はい!でも、煉獄さんたちがまだ………!」

 

炭治郎に言われ、杏寿郎たちを見ると、三人ともまだ眠っていた。

 

「俺達だけか、目が覚めたのか……」

 

「はい、後は禰豆子のお陰です」

 

「禰豆子の?」

 

「禰豆子の血鬼術で、俺の縄が焼かれてるんです」

 

見ると、俺の腕に結ばれていた縄があった。

 

恐らく、炭治郎の言った通り、禰豆子が炭治郎の縄を燃やし、その後なんらかの方法で目を覚ましたのだろう

 

「(父さん…ありがとう)」

 

燐は胸に手を当て未来に礼を言う。二人は座席の下に隠しておいた日輪刀を取り出し、腰に差す。

 

「この縄、斬ったらダメな気がする……」

 

「斬ってどうにかなるんだったら、苦労しないしな。恐らく、斬ったらヤバいだろう」

 

「禰豆子!三人の縄も燃やしてくれ!」

 

炭治郎に言われ、禰豆子は頷き三人の縄も燃やした。

 

「杏寿郎、起きろ!いつまで寝てるつもりだ!」

 

「善逸!伊之助も!起きろ!」

 

三人の体を揺するも、三人はまだ眠っていた。

 

「ダメだ、全然起きる気配がない」

 

「こうなったら、俺と炭治郎、禰豆子の三人で鬼を探して…っ!炭治郎!危ない!」

 

俺は咄嗟に、炭治郎の腕を掴み引き寄せる。

 

同時に、杏寿郎と繋がっていた女性が錐で炭治郎に襲い掛かった。

 

「何てことしてくれるのよ!あんたたちのせいで、夢を見せてもらえないじゃない!」

 

「(この気配、鬼に操られている風にも、鬼に脅されている風にも見えない。まさかこいつら、自分の意思で鬼に従っているのか?)」

すると他の人達も起き、それぞれの錐を持ち、俺達に近寄ってくる。

 

そんな中、やせ細った男の人と、涙を流して呆然としていた少女はただ黙って、立っていた。

 

「(他の二人には敵意がない、何かあったのか?)」

 

 

「アンタたちも!起きたなら加勢しなさいよ!結核だとか、死んだ家族に会いたいとか知らないけど、ちゃんと働かないなら、あの人に言って夢、見せてもらえないようにするからね!」

 

人の弱みや心に付け込んで、やらせていたのか。自分は手を汚さず、他人に汚いことをやらせる。

 

 

「夢の世界に、幸せも何もないんだよ」

そう言い、俺は、炭治郎と俺が繋がっていた二人を除いた他の三人を殴り、気絶させた。

 

「悪く思うな、暫く眠っててくれ」

 

全員を席に横にして、残りの二人を見る。

 

この二人からは殺気が感じられなかった。

 

だから、俺も炭治郎もこの二人だけは傷つける様な真似はしなかった。

 

「聞きたいことがあるんだ。彼女が言ってたあの人ってのは、鬼だな?」

 

そう聞くと、少女はこくりと頷いた。

 

「そうか……君の苦しみを俺は知らない。でも、その苦しみはいつか晴れる。だから、それまで生きるべきだ。勝手だろけど、生きてくれ」

 

少女にそう言って、俺は外に出ようとする。

 

「あの!」

 

すると少女が声を掛けてきた。

 

「私たちに、貴方たちの精神の核を壊せって言ってきた鬼は、汽車の上に居ます。先頭の車両です。それと、左目に、下壱って文字もありました」

 

「………そうか、ありがとう。後は俺たちに任せて隠れていてくれ。炭治郎!」

 

「はい!分かってます!禰豆子、この人たちを頼む!」

 

「ムー!」

 

「待ってください!」

俺と繋がっていた少女が俺を引き止めてきた。

 

「ありがとう。あなたと無意識領域で会った赤目の女の人、あなた達のおかげで私も前を向ける。」

 

「カグラ様が…」

 

カグラ様…。貴女が俺の精神の核を守っていてくれたのか。それに、目の前の少女を前に進むためのきっかけを作ってくれた。

 

「気を付けてね」

 

「ふっ、いい目をするようになったではないか…小娘」

 

「……え?」

燐の声は女性の声に変わり、少女が見た燐の瞳は、六芒星の形をした瞳に変わっていた。

 

燐はそのまま車両を駆け出し、鬼を探し始めた。

 

 

 

「(カグラ様…目覚めたのですね)」

 

『まぁの、起きてみれば周りの景色は変わるわ知らぬ小娘がいるわ…少しだけ話したら大変じゃったぞ』

 

「(そうですか、ありがとうございます…あの娘にきっかけを与えてくれて)」

 

『ふん、少しお灸を添えただけじゃ。それよりも、あの小僧達に任せてもいいのか?』

 

「(炭治郎は今伊之助と二人で本体の鬼を探しています。俺は乗客を守る事に専念する。今回は人質をとられてるとみてもいい、列車全体から鬼の気配を感じますしね」

 

カグラ様と会話を終えた俺は、後方へと向かう。



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第三十二話

現在燐は跳び込んだ各車内で、蠢く肉塊へ向かって刀を振るう。

 

「(列車自体が鬼だったのは驚いたが、やっぱり本体の頸を斬らないとどうにもならないな)」

しかし周りには乗客もおり、燐はなんとか乗客を落ち着かせた後、応戦する。

 

 

──雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃・十一連

 

技を放ち、肉塊を斬るが、すぐに車両に吸収されてしまう。

 

「(いくらやってもキリがない。体力を消耗していく一方だな。炭治郎、伊之助……上手くやってくれよ)」

気配を探ったが、二人が応戦しているのはすぐに感じ取った。後はあの二人が本体を斬るのを待つだけだが、思いの外てこずっているようだ。

 

「(杏寿郎も善逸も動いている。俺達の役目は、乗客を守りきることだ!)」

 

燐は刀を左手に持ち替え左手に雷を纏う。

 

そして青い雷がチチチチ!と音を鳴らしながら日輪刀に伝うように放電する。

 

「千鳥!」

刀を横に振るい、雷を針状に形態変化させ、広範囲に射出する。

燐は乗客に刀が当たらないように様に、車両を細かく斬り裂いていく

 

技の強化に手応えを感じた燐は車両を移動しながら肉塊を斬りつけていく。

 

「(天照を使いたいところだが、乗客がいるからこの方法は却下だ。なんとか凌がないとな)」

 

ギィヤァァァァァァァァッ!!

 

「ッ!なんだ⁉︎」

 

その時、凄まじい断末魔が車両全体を揺らした。そして無数の触手が乗客を掴むが、

 

──天照!

 

燐は伸びた触手のみ黒炎の炎で焼き尽くす。しかし数が数だけあって目の負担も大きかった

 

 

現在の鬼、十二鬼月下弦の壱の正体は列車そのものだ。彼がのた打ち回ればその分、列車全体も跳ねるのだ。

 

「くっ!(炭治郎達が鬼を斬ったのか⁉︎しかしまずい…このままじゃ列車が脱線する。それに、このままじゃ…)」

 

激しく揺れる列車に燐はなんとか体勢を整えるが、列車が脱線するのも時間の問題だ。このままでは乗客の命が失われてしまう。

 

燐は車両から外へ飛び出し、乗客を下ろし、すぐに脱線した列車に向かい刀を振るう。

 

「被害を最小限に抑える!……雷の呼弐ノ型・稲魂!」

 

燐は全力を込め技を放ち、汽車への衝撃を緩和させる。

 

手を止めるな!技を側に続けるんだ!!

 

(参ノ型 聚蚊成雷!遠雷!熱界雷!電轟雷轟!雷切り!千鳥!)」

 

燐は今使える技をすべて使い、汽車への被害を最小限へと抑えようとする。

 

 

「(なんとか気配で上手く当てられているが、視界がハッキリしない。これはまた暫くまともに見れないな)」

 

そう思った瞬間、巨大な爆発音とともに汽車が揺れた。

 

その音は断続的に響かせ、汽車はそのまま大きな被害なく倒れた。

 

「がっ!」

しかし燐は頭に何か強い衝撃がはしった。燐は受け身を取ることが出来ず地面に落下してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「う、ううっ…俺は、そうだ杏寿郎達は…痛っ!」

燐は意識を回復させると頭と胴体に強い痛みが走った。燐は額に手を触れると、手には自身の血が付着していていた。

 

「さっきの衝撃か…しかも肋にヒビが入ってるなこれは、とりあえずは止血だ」

燐は止血の呼吸で、頭から流れ出ていた血を止める。そして携帯していたしのぶ作の薬を塗り応急処置をする。

 

「(流石に肋の骨はどうにもならないな。後は杏寿郎達の安否だ)」

燐は意識を周囲に集中させる。

 

「(乗客はけが人はいるものの全員無事だな。後は杏寿郎達だ)」

燐は杏寿郎の気配を探ると背筋が凍る様な感覚に襲われた。

 

「ッ⁉︎この気配、黒死牟の時と同じ、まさか上弦の鬼か?なんでこんな所に?それに杏寿郎の気配が小さくなってる…まさか、押されているのか⁉︎」

 

燐はすぐに杏寿郎達の元に向かう、しかしその中

 

「(カグラ様!)」

 

『起きておる…状況は察しているが……』

 

「(ええ、上弦の鬼が出ました。しかも杏寿郎が押されてる。“あれ”を使います!)」

 

『馬鹿か!今のお主の状態で倒せる訳なかろうが!それにあの力は』

 

「(日の出まではなんとか持ち堪えてみせます!正直今の状態で倒すのはまず不可能です!)」

 

『ハァァァ、どうせダメだ言ってもやるんじゃろ?好きにしろ、あの二人に説教される覚悟はしておけ』

 

「(それは言わないお約束ですよ)」

燐は瞳を写輪眼に変え、杏寿郎の元へ向かう。

 

 

 

 

 

 

そして杏寿郎の元へ近づくとなんとか見えた光景は激しい攻防であった。杏寿郎の左目からは血が流れ落ち、衣服からも血が滲んでいる。

 

「雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃・舜神」

 

 

燐は一気にその場から消える様に加速し、鬼が杏寿郎の腹を貫く寸での所で腕を斬り落とした。鬼は突然の事に距離を取る。

 

「悪いな、杏寿郎、遅くなった」

 

「うむ、やっと来たか燐!死んだのかと思ったぞ!」

 

「カナエとしのぶを残して死ねるかよ。と言うかお前ボロボロだな」

 

「それを言うのならばお互い様だぞ!」

 

「列車の乗客を守る時にヘマしてな…柱として不甲斐ない」

 

燐はそのまま杏寿郎を追い詰めた鬼に目を向ける。

 

 

 

「────ほぉ、俺の腕を切るか、鬼殺の隊士。よもやお前も柱だったか?」

 

「だとしたらなんだ?」

 

桃色の髪、白い肌に走る黒い線の刺青、そして、瞳に刻まれる『上弦・弐』の文字。

 

よりによって弐か、あのクソ野郎と同じ数字か……

 

「今度は俺が相手してやる。こいよ…悪鬼」

燐は暗闇に光る赤い瞳で鬼を睨む。

 

「勾玉の様な形に、その赤く光る瞳、貴様…赤月の雷霆か?」

上弦の弐は俺の瞳を見てそう言ってきた。赤月の雷霆の異名は上弦の鬼にも知れ渡っているみたいだ

 

 

「まさかお前ら上弦の鬼にまで知れ渡っているとはな。俺も相当有名になったものだ」

 

「貴様は黒死牟を追い詰め、童磨を倒した男だ。知らない訳がなかろう」

 

「そうか」

燐は日輪刀を構え戦闘態勢に入る。しかし上弦の弐は笑みを浮かべた

 

「いい闘気だ…!今まで屠ってきたどの柱よりも洗練されている!至高の域に手を掛けているのか・・・!嗚呼、嬉しいぞ!童磨を殺しただけのことはある!俺はお前も気に入った!名を教えろ、もう一人の鬼狩りの柱!」

 

「鬼殺隊鳴柱・桐生 燐」

 

 

「鳴柱…雷の剣術使いを相手にするのは久しぶりだ!俺は、猗窩座だ。素晴らしい提案をしよう。お前も、鬼にならないか?燐よ…いや、鬼になれ!お前の強さにはまだ上がある!俺と共に更なる高みを目指そう!」

 

「断る…俺は人として生涯を迎えたいんでな。貴様らの様な鬼になるつもりはない」

 

「惜しい、鬼になれれば、百年でも、二百年でも鍛錬し続けられる。強くなれるなれるのだぞ?」

 

「俺には愛する人がいる、俺だけ長く生きても…幸せなんてないからな、俺は大切な人達と最後まで生きたい。お前にもいなかったのか?大切な人は」

 

 

「ふん、そんな下らないもの──」

 

いないと言おうとした猗窩座、しかし猗窩座はナニカを思い出しそうになった、遠い忘れたはずの過去の記憶を。

 

すると姿はハッキリしないがある人物の姿が思い浮かんだ。

 

 

「(なんだ…お前は、誰だ?)」

 

『狛治さん』

 

やめろ!

 

 

「っ、そんなもの、いるわけがないだろう?燐、お前も鬼にならないのなら殺す」

辺りは猗窩座の殺気により充満し、その場にいた炭治郎達は怯むが燐は冷静に猗窩座を見据える

 

 

「善逸!動けたら杏寿郎達を連れてできるだけ安全な場所まで連れていけ。伊之助と合流して共に残りの乗客の誘導を任せる。いいな?」

 

 

 「……わかった!リン兄ちゃん、無茶はしないでくれよ」

 

「誰にものを言ってんだ?死ぬつもりはない」

 

 

燐は自分の日輪刀を上段に構える。

 

「(なんだあの構えは?何をするつもりだ)」

 

 

「本当は……黒死牟にとっておきたかったが、そうは言ってられないからな」

 

燐はそのまま手を振り下ろし構えを取る。すると髪色は白く、瞳の結膜は黒く変化し、リンの周りには黒い何かが溢れ出る。

 

「「「「ッ……!!?」」」」

 その変化を見た瞬間、猗窩座も含めその場にいた全員の背筋が凍った。燐の突然の変化、瞳は黄色に変化し、結膜が黒く変色した。

 

鬼気解放!

 

だが、ただ白く変化したわけではない。燐の中に眠る鬼の力を最大限に引き出すための力だ





猗窩座が何故上弦弐かは、童磨をリンが倒した為、童磨より下だった上弦の鬼は壱ずつ上がっています



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第三十三話

大変お待たせして申し訳ございませんでした

戦闘描写にウルトラ苦戦してしてかなり遅くなりました。

余りいい出来ではないと思いますが、最新話をどうぞ!


燐の姿は変化した。瞳は写輪眼から黄色い瞳に変化し髪色は白に変わっていた。

 

『………』

燐の黄色の瞳が鋭い光を帯びて猗窩座を睨む。

 

 

「き、貴様、その姿は!?しかもこの気配…同族⁉︎何故貴様が鬼に!!」

 

『教えると思うか?それよりもどうした?今のお前から動揺の気配を感じるが』

今の燐を見ている善逸達は余りのことで動けずにいた。

 

「(な、なんだよあれ、リン兄ちゃん?けど、音はリン兄ちゃんの音だ)」

善逸は聴覚が通常の人より優れており、音を聞けばあらかた人や鬼が、何を考えているかわかる。しかし善逸は余りの燐の変化に動揺していた。

 

『善逸、早く行け。ここに居れば巻き添え喰らうぞ』

 

「っ!おい炭治郎、早く行くぞ!」

 

「あ、ああ」

炭治郎と善逸は意識を失った杏寿郎を抱え、離れていくが猗窩座はそれを許さなかったのかとてつもない速さで善逸達に迫っていく。

 

『何やってるんだ?お前の相手は俺だろうが』

燐は一瞬にして猗窩座の前に立ち、剣先を猗窩座の首元に突き立てる。猗窩座は刃が頸に入る瞬間ズサァァ、と後退した。

 

「(っ、なんだこいつ、あの距離を一瞬にして追い付いたとでも言うのか?)」

 

『何故手負いの者から狙うのか、理解できないな』

 

「邪魔になると思っただけだ」

 

 そう言ってから上弦の弐は、燐の問いに当たり前のことを聞いたたと疑問符を浮かべていた。

 

「……なぜお前は弱者を庇う。──オレからしたら、弱者は見たら虫唾が走る」

 

 

『お前の理屈も都合もどっちも知った事ではない。俺が護りたいから守る……それだけだ』

 

燐は刀に赤黒い何かを覆わせ構える。

 

『まだ名前はないが、天照よりも、かなりしっくり来る』

 

燐は大きく刀を振り下ろし赤黒い斬撃を飛ばす。

 

「(ッ⁉︎黒い斬撃を飛ばすだと!)」

猗窩座は迫り来る斬撃を回避し距離を取る。回避した猗窩座は斬撃が通った地面を見ると、大地が裂かれていた。

 

「(あの斬撃を食らうとまずい。確実に回避してやつを仕留めなけれ)『考える暇があるのか?』ッ⁉︎」

燐は猗窩座の背後に一瞬にして周り黒い斬撃を放つ。辺りは土煙が立ち、燐は距離を取る。

 

 

『グッ!(今の状態であまり多用するのはまずい。今は瞳術も使えない。この斬撃は打てて後二発、慎重に行かないと)』

燐は実際重傷である。頭の怪我に加え、肋骨は骨折、そして瞳術も使えない状態でまともに動けているのが奇跡と言うくらいだ。

 

『(ホントにギリギリもいい所だ。なんとか持ち堪ないと)』

そして土煙が晴れると、猗窩座は体中血を流しており腕は切断されていたが、なんともなかったかのように身体を再生させる。

 

「俺が鬼ではなかったら死んでいたが、一撃でここまでとはな、童磨を殺しただけのことはある!」

 

『咄嗟に血鬼術を発動させて俺の斬撃による痛手を軽減したみたいだな』

 

「今まで殺してきた柱たちにもお前のような奴はいなかったな。しかしやはりもったいない。同じく武の道を極める者として理解しかねる。選ばれた者しか鬼にはなれないというのに。──素晴らしき才能を持つ者が醜く衰えてゆく。貴様にそれがわかるか?」

 

『確かに、時間につれ人は衰えていく。だが、たとえ肉体は滅んでも、未来に自分の意思を残す事はできるんだよ!』

 

「そうか、ならば死ね、若く強いまま」

 

──術式展開 空式

 

 

──炎の呼吸 肆ノ型・盛炎のうねり

猗窩座は直線的に拳を虚空を打つ。燐は雷ではなく、炎の呼吸で、術の起動を見切り相殺していく。

 

 

『風の呼吸 壱ノ型・塵旋風・削ぎ』

凄まじい勢いで螺旋状に地面を抉りながら突進して斬り刻む。

 

猗窩座は身を捻り体勢を整え、風の斬撃を回避し着地する。柔軟さ、強さ、反射速度。上弦の鬼だけあって通常の鬼の比ではない。

 

 

「何故、お前が別の技を使っている?」

 

『手数は持ってる方なんでな』

 

「やはり素晴らしい!貴様はやはり鬼になるべき存在だ!!そんな紛い者なんかではなく、鬼となれ、燐!」

 

猗窩座は楽しそうに、嬉しそうに声を上げる。それは、自身の好敵手を見つけたように。燐はその言葉を聞き、握っている柄に力を入れる

 

『――なるわけ……ないだろっ!』

 

燐は声を荒げ、黒い斬撃を放つ。先程とは違い、一振りで無数の黒の斬撃が猗窩座に迫るが、

 

 

「砕式・鬼芯八重芯」

左右四発合計八発の乱打を放ち斬撃を相殺される。しかし全ては相殺出来ず、猗窩座の肩は深く斬り裂かれた。

 

『(後一発!使う場を考えねぇと)』

 

「鬼になれば、この斬撃の致命傷以外は掠り傷みたいなものだ」

 

 猗窩座は瞬く間に傷が治る部位を指差す。──そう。燐の黒い斬撃で傷付いた部位が、鬼の回復力で塞がっていたのだ。

 

 

『(こうなっては、距離を取って攻防をしていたらこちらが危ない!近距離で戦うしかない!)』

 

 

──雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃

 

 

燐は猗窩座と間合いを詰め鋭い剣技を繰り出すが、猗窩座は喜々とした表情でそれを拳で往なすか、弾き落としている。

 そして、猗窩座と一進一退の攻防は、少しでも反応が遅れれば致命傷になる。燐は猗窩座の動きを目で見切り躱していく。

 

 

「素晴らしい剣技だ!だが、鬼にならなければこの剣技も衰退し失われていくのだ!お前は悲しくないのか!」

 

『言ったはずだ!たとえ肉体は滅んでも、未来に自分の意思を残す事はできるってな!』

 

 

──破壊殺・乱式

 

──雷の呼吸 弐ノ型・稲魂

 

猗窩座の放った拳と燐の雷の斬撃が衝突し、凄まじい爆発音を放つ。

 

しかし、

 

「術式展開 脚式・冠先割」

 

『ッ⁉︎しまっーー』

…背後に回り込んだ猗窩座は燐を蹴り上げる。防御をとるも燐は吹き飛ばされてしまう。

 

 

「杏寿郎にも言ったが、生身を削る思いで戦ったとしても全て無駄なんだ、燐……お前が俺に喰らわせた素晴らしい斬撃も、先程のように完治してしまった。だがお前はどうだ──?」

 

 猗窩座が目にするのは、額からは目を開けることすらままらない量の血は流れ、右脇腹の骨が折れそこから血が滲み、額、頬は切り傷だらけで鮮血を流す燐だった。

 

 「鬼であれば、瞬きする間に治る。──そう、どう足掻いても人間では鬼に勝てない。お前は鬼に近い力を発揮しているようだが、再生能力はないみたいだ」

 

猗窩座は、燐を見下すように見る。しかし燐は、刀を構え口を開く。

 

『勝てるか勝てないかなんか、やってみなきゃ……わからないだろ』

 

猗窩座の額に青筋が浮かぶ。

 

「……ならばお前は強い人間だと言うんだな?」

 

「俺……は強くなんかない」

 

と言って頭を振る。

 

「俺は弱い人間だ。鬼の血を引いてるだけのただの人間で、一人じゃ何も出来ない。仲間がいたから……俺は強くなれた。俺には……護るべきものがあるから、戦えるんだよ!!」

 

燐の脳裏に過るのは、カナエとしのぶ、蝶屋敷に住まう皆と鬼殺隊の仲間達。みんなの助けがなければ、今ここに燐は居ないのだから。

 

 

 

 

『(心の火を燃やせ。杏寿郎……お前の力、貸してくれ!)』

 

 燐は刀を握り締め、心を燃やす。それは闘気となり空気を揺らす程だ。そして、燐は型を構える。

 

 

ーー灰の呼吸 捌ノ型・百鬼斬!

 

 

 燐の覇気に一瞬押されたのか、猗窩座の反応が遅れ、凄まじい直線的な加速に爆風と土煙が巻き起こる。

 

 

「破壊殺・滅式!!」

 

二人の技が衝突し、更に噴煙が巻き起こる。

 

 

 

 

土煙が晴れると、燐は猗窩座の背後におり、猗窩座の頸は斬れかかっていたが、両腕と体の半分以上左側が削がれていた。しかし、距離を取った猗窩座はすぐさま体を再生させようとする。

燐は顔を俯かせ、技の反動で動くことが出来なかった。

 

そして、猗窩座が体の再生を完了させたら最後、動けない燐は猗窩座の手によって殺されるだろう。

 右腕だけを再生し終えた猗窩座は、片足だけを踏み込み、燐の腹目掛けて拳を振るった。

 

貫かれると思ったその時

 

 

ガシッ!

 

「っ⁉︎な、なにっ⁉︎」

 

『待ってたぜ、この好機をな!』

燐は猗窩座の腕を掴んだ瞬間日輪刀に赤黒い何かを覆わせる。しかしその量は今までとは尋常では無かった

 

「くっ!離せ貴様ッ!」

猗窩座は燐の掴んでる手が予想以上に強く、払うことが出来なかった。直ぐに燐に攻撃を仕掛けようとするが燐に躱される。そして更には覆っている赤黒い光は強くなり、そして、

 

 

『喰らいやがれ…… 猗窩座ァァァァァァァァ!!』

 

 

燐は日輪刀を逆手に持ち替え、至近距離で猗窩座に刀を振り上げる。周りは黒い斬撃が広がり、辺りは爆風に覆われた。



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