アイエスどうでしょう (フレイア)
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ランダム・ポストカード


 ぶっちゃけこの台詞を言わせたいがために書いた感はある


 

 3年生になったIS学園最後の夏。この時期になると大半の生徒は進路が決まっており、ひと段落ついて友達と最後に長い夏休みを満喫しようと遊びに出かける子も多い。

 かく言う代表候補生も例外ではなく、セシリア・鈴・シャルロット・ラウラの4人はどこかに旅行でも行こうと話を進めていた。

 

 しかしそこで待ったをかけたのはドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒ。一夏や箒、更識姉妹など日本に住んでいる友達と違い外国籍の彼女達は卒業すれば離れ離れ。代表候補生、ゆくゆくは国家代表になるであろう4人が一同に会する機会が減るのは目に見えていた。

 

「ただ旅行するのではなく、一生忘れられない旅にしたい」

 

 そう宣言し、ラウラが鞄から取り出したのは写真が印刷されたはがき、所謂『絵ハガキ』と呼ばれるものだった。それも大量に。

 困惑する3人に対しラウラが行なった説明曰く、まずこの大量の絵ハガキの中からランダムで1枚を引き、その絵ハガキに描かれた場所に行くというもの。例えば東京タワーが描かれていたら東京タワーに、首里城が描かれていたら首里城に、という具合だ。

 完全に某伝説のバラエティ番組のパクリ、そうでなくてもユーチューバーが企画しそうな案だったが、普通に面白そうだと意外にも受け入れられた。

 

 そうと決まれば善は急げ。元々近いうちに旅行に行く手筈は進めていたため翌日から絵ハガキの旅はスタート。

 ちなみにこの旅をするに当たってラウラは事前にセシリアに協力を仰ぎ、セシリアと共に旅行を計画、日本全国から集めた絵ハガキは実に1000枚以上、1ヶ月間悩みに悩んで選りすぐりの50枚をピックアップしていた。

 

 第1回のセレクト、鈴が引いたのは茨城県潮来の十二橋を行く娘船頭さんが描かれた絵ハガキ。

 思っていたより地味、それもだいぶ近場なのが出たせいでトーンダウンしていた4人だが、結果的に普段乗る機会がない屋形船のクルージングに満足した。

 そして第2回のセレクト、鈴に代わってセシリアが引くことになったところから、今回のお話しは始まる———

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、お望みの場所はありますの?」

「僕はやっぱり温泉かな」

 

 少々ヘトヘト気味なシャルロットが答える。

 

「あるのよね?この50枚の中に」

「無論だ。特に鈴、今から行って1番丁度いいのがある。博多の中洲の夜景だ」

「良いじゃないそういうの待ってるのよ」

 

 ラウラとて意地悪ではない。ちゃんと旅を楽しみたいと思っている以上当たりは多く入っている。とはいえやはりネタ的なのやハズレ枠もある。セシリアはとある1枚の絵ハガキのことを頭に思い浮かべる。

 

「アレもあるのですよね?」

「何がだ?」

「………IS学園」

 

 実は何故かは分からないがラウラが取り寄せた絵ハガキの中にはIS学園の風景を写したのも数枚あり、そのうちの1枚がこの中に紛れ込んでいるのをセシリアは知っていた。

 

「抜いたでしょうね?出たらその時点でこの旅終わりよ?いやその感じだと入ってるわね」

 

 明後日の方向を向き口笛を吹くラウラに鈴は溜め息をつく。

 

「セシリア大丈夫、自信ある?」

「自信ですか?今更自信があると思いますの?」

 

 そう言いながらセシリアは絵ハガキの束を探っていく。当然のことだが全て裏返されているため、文字通り勘を頼りに引き当てないといけない。

 

「これは少しツルツルしていますわね。これにしますわ」

「いい?大丈夫?」

「えぇ。わたくしが選んだのはこちらです」

 

 絵ハガキの束からツルツルしているという理由で選んだ1枚を引き抜く。問題は表に描かれた風景、さてその風景はというと———

 

「「あっはっはっはっは!!!!!!」」

「ゔゔ〜〜〜…!」

「ははは…」

 

 ラウラとシャルロットは腹を抱えて爆笑。鈴は唸りながら頭を抱え、引いた本人は乾いた笑みを見せるしかなかった。

 そう。お察しの通り、セシリアが引いたのはまさかのIS学園が描かれた絵ハガキ。最凶のジョーカーを『ツルツルしている』という理由で選んだ結果がコレである。

 

「これ………これ、どこ?」

「これは…………日本ではありませんわね」

 

 爆笑から抜け出し、何とか言葉を絞り出そうとしたシャルロットと精一杯のボケをかましたセシリア。

 

「もう私頭の中真っ白なんだが?」

「どっ…どうするのよこれから。真っ白になってる場合じゃないわよ!?大変なことになったわよ!?」

「まさか本当に引くなんて思わないだろう!?」

「大体なんでこんなの入れておくのよ!そんな真っ白になるくらいなら!引く人がいるんだってここに!ツルツルしてるんだって、ツルツルしてるからって引いちゃったんだから!」

 

 肩を叩かれたセシリアは死んだ魚のような目で苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

「で、マジでどうすんのこっから。こうなることは考えてはいたんでしょ?」

 

 数分言い争ったのち、一旦落ち着いて仕切り直そうと鈴が切り出す。

 

「わたくし思ったのですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 鈴はその発言に耳を疑う。

 

「ゑ?それは何…?行くってこと?」

「えぇ、これはあくまで中継地点の1つということで………」

 

 鈴は「マジかぁ…」と空を仰いだ。それはつまり旅は続行することを意味していた。

 

「いやいやいやいや恥ずかしい!恥ずかしいってそれは!さすがに学園には戻れない!あれだけ勇んでいったのに日帰りはあまりにもあんまりよ!?みんな思い込んでるからねあたし達が次帰ってくるのは数日後だって!」

 

 鈴のマシンガントークに笑いが止まらない3人。ひとしきり愚痴を吐き終えたのを確認し、ラウラが「…さて」と呟く。

 

「決まったな。帰るぞ、学園に」

「えっ…!?はぇ……っ!?」

「いや違うな、学園行くぞ」

「そんなバカな…………………」

 

 こうして一旦引き返すことになった4人はバスや電車を乗り継いでIS学園に向かう。余談だが車中で鈴は無表情のまま座席に座っていた。

 

「帰ってきたな」

「帰ってきちゃったわね…」

 

 夜、朝意気揚々と出発したはずのIS学園の正門前に4人は舞い戻っていた。苦笑を浮かべる表情には疲労感が漂っている。

 

「いや帰ってきたわけじゃないわね。これはあくまで旅行中、そうでしょ?」

「そうだな、鈴の言う通りだ」

「じゃあ早く宿探そっか。僕もうヘトヘトだよ」

「シャルロットの言う通りよホテルの方取らないと。そしてこの辺の名物を晩ご飯に」

「名物といえば本島の方に旨いラーメン店があると聞いたぞ。モノレールで1本だ」

「いいじゃないの〜」

 

 晩ご飯はアレにしようか宿はどうしようかやいのやいのと語り合う3人を尻目に、ラウラは会話を遮るように咳払いをする。

 

「いいかよく聞け。このまま黙って寮に戻るぞ」

 

 分かっていた。分かっていた展開だが、それでも笑わずにはいられなかった4人は全員破顔した。

 

「一時解散だ!明日も朝は早いぞ」

「いやー自信がない。明日も来れる自信ないわ」

 

 弱気な姿勢を示す鈴に「何をいう」とラウラは絵はがきの束を見せる。

 

「まだまだ厳選された50枚の絵はがきがあるんだぞ」

「じゃあまず部屋に戻ったらもう1度再考することを薦めるわ。やるからねセシリアは?マジで」

「本当にお願いします。横浜とか江ノ島は無しにしてくださいな」

「明日も日帰りとか嫌だからね?鎌倉の大仏とかもNGだから」

「無論だ。私としても企画倒れはごめんなのでな」

 

 話が纏まり、はぁと溜め息をついたセシリア達は学生寮へと向かった。

 

 

 

 

「おはよう諸君。今日もいい天気だな」

「おはようございます…」

 

 朝6時、IS学園学生寮入口。昨日と同じ時刻同じ場所に鈴、セシリア、シャルロット、ラウラは集結していた。ラウラはシャキッと元気一杯だが他3人には明らかな疲労が見え隠れしていた。

 

「あの、出発する前にさ、昨日帰ってきてからあたしが体験した話していい?」

「唐突ですわね。何かあったのですか?」

 

 昨日は学生寮に戻ってからは各々部屋に戻っていった。シャルロットとラウラは同室ゆえに共に行動していたがセシリアと鈴は1人で部屋に戻ったという。

 

「部屋に戻る途中さ、千冬さんにあったのよ。廊下でバッタリと」

 

 学生寮の管理人も兼任している千冬が寮内の見回りを行なっていることは4人の間では日常茶飯事だ。

 このことを知らずに夜中友達の部屋に遊びに行った新入生が、廊下の角から不意に現れた見回り中の千冬と出会ったという恐怖体験が今でも語り継がれている。

 

「千冬さんびっくりしててさ。『なんだもう帰ってきたのか?数日いないんじゃなかったのか?』って。それであたしは説明するわけよ、色々理由があってこうこうこういうことがあったから戻ってきたんです」

 

 「そのあとなんて言われたと思う?」と前置きし、鈴は昨夜千冬に言われた台詞を言ってみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『なんとかインチキできんのか』」

 

 

 

 

「あはははははははははは!!!!!」

 

 ブリュンヒルデ。戦乙女。鬼軍曹。敬愛すべき教官。IS学園教師として厳格な千冬からは到底考えられないパワーワードに全員爆笑、言われた鈴本人もその時のことを思い出して笑うが込み上げていた。

 

「『なんとかならんのかそれくらい。おかしなヤツらだな』って言われたわよ」

「確かにそれは織斑先生が正論ですわね…」

「誰が聞いたってそうよ、4人で仲良く旅をしてさ、別に誰からもインチキを責められるわけでもない。これを引いたから戻ってきたんですって。『全てが分からん』」

 

 千冬に言われたトドメの一言がまたツボに入り笑みが止まらない4人。

 

「名言ですわね…。それぐらいインチキできんのか」

「みんな思ってる直接言われはしなかったけどティナもきっとそう感じてるわよ。実はあの時学園が写ってるやつ引いちゃったんだけどそれだと旅にならないから改めてもう1回引いたのよ、でも全然いいわけじゃん」

「誰も気にしてないよね僕らがこんなことやってるの」

 

 シャルロットの正直すぎる言葉にそれを言っちゃあおしまいだろ。という返しが頭を駆け巡ったが、今更言ったところで何にもならないので押し黙る。

 

「あ、そうそうセシリア」

 

 絵はがきをぴらぴらと揺らしながら、鈴はセシリアへ視線を移す。

 

「はい?」

「もう引かないでね」

「えっ?」

 

 一瞬だけ面食らった表情を浮かべたが、すぐに察して苦笑するセシリアであった。



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対決学園 セシリアvsラウラ

 臨海学校にて行なわれたセシリアとラウラによるかき氷早食い対決。ラウラ有利と見られていた戦いをなんとセシリアが制した。

 あれからおよそ4か月、すっかり秋が深まり冬が近づいてきていたある日、セシリアはラウラから「話がある」と呼び出された——


短編で連載してたのをシリーズ化してみました。基本1話限りの単発です



 

 

「お話ってなんですの?」

 

 2時間目と3時間目の間の休み時間、次の授業の準備を進めていたセシリアの元にラウラがやってきた。曰く「話がある」というわけらしい。

 やけに神妙な面持ちのラウラが口を開く。

 

「うむ。いきなりだがセシリアよ、お前甘い物は好きか?」

「…はい?」

「だから、甘い物は好きか?と聞いているのだ」

「…………」

 

 神妙な面持ちで話し出したと思ったらなんてことのない内容にセシリアは思わず素っ頓狂な反応を見せてしまった。

 

「え、えぇ。甘い物は好きですわ」

 

 10代の少女で甘い物が好きじゃない子は居ないと思う。ラウラは2、3度頷いたのちセシリアの顔を見る。

 

「なるほどなるほど、それなら良い勝負が出来そうだな」

「?????」

「では、お願いするぞ」

 

 何のことですの?セシリアがそう問いかけようとした時、ラウラは右手を掲げ、パチンと指を鳴らした。

 すると教室の扉を開けて簪が入ってくる。簪は徐ろにセシリア達の元へ歩み寄っていき、手提げ鞄の中から巻物を取り出して勢いよく開いた。

 

「や……やぁ〜やぁ〜、セシリア〜オルコット〜…!」

 

 簪は巻物に書かれている文を読み上げていく。しかしかなり恥ずかしいのか、顔を真っ赤にさせている。

 

「ほ、本年7月…!わ…忘れもしない、臨海学校1日目、海の家でのかき氷対決…!」

「ぷっはっはっはっはっはっはっは!」

「そんなことありましたわね…」

 

 鈴が吹き出し、セシリアは苦笑いを作る。

 1学期にあった臨海学校、1日目は自由行動ということで各々海へ繰り出し泳いだりビーチバレーをしたり目一杯楽しんだ。

 そんな一幕の中でラウラがたまたま近くにいたセシリアへ挑んだのが、かき氷早食い対決なのであった。

 

「貴殿の堂々たる戦ぶり…!堂々たる勝利…!敵ながら、天晴れであった…!」

 

 力が入りすぎてガチガチになっている簪の横で相変わらず鈴は腹を抱えながら爆笑。恐らく、簪が読み上げている箇所の先に書かれている部分を読んだのだろう。

 

「しかし…ッ!このままおめおめと引き下がっているわけにはいかない…!よって、ラウラ・ボーデヴィッヒは…セシリア・オルコットに、再戦を申し込むことを、今ここで宣言する…」

「は、はい!?」

「あっはっはっはっはっは!」

 

 ラウラからの唐突な宣戦布告にセシリアは目を白黒させている。鈴は相変わらず以下略

 

 教室がどよめく中、簪は顔を両手で覆いながらそそくさと教室から出て行ってしまったが、全く気にしていないラウラはセシリアの方へ身体を向ける。

 

「というわけでだセシリア、やるぞ、再戦」

「いやいやいやいや」

「なんだ?覚えていないとは言わせんぞ。私はしっかりと覚えている。あの敗北を」

 

 実はかき氷早食い対決、なんとラウラが負け、セシリアが勝ったのだ。

 もっとも前者が日陰で食べ、後者が日向で食べていて自ずとセシリアの方が溶けるのが早かったという要因があるにしろ、ラウラはこの敗戦に言葉にできないほどショックを覚えた。

 ちなみに観戦していた鈴は「セシリア勝った!セシリア勝った!」と大はしゃぎしていた。

 

「いやショックってアンタあの後すぐケロっとしてたじゃないの!」

「だが心の奥底ではずっとこの機会を待っていたのだ。ドイツに帰国した時にはクラリッサを始めとした隊員達とソーセージ早食いをやって勝って、学園では一夏とハミルトンに焼きそばとステーキで勝った」

「あれこのためのフラグだったのか!?」

 

 焼きそば早食い対決に心当たりがある一夏がツッコミを繰り出す。この時は男性と女性という肉体的な差があったため接戦だったがギリギリのところでラウラが競り落とした形で勝利を収めている。

 

「全ては今日のため。私はずっと待っていたのだ。どうするセシリア、受けるか受けないか、答えは2つに1つだ」

 

 強者のオーラを発するラウラを前にしてセシリアは暫し考え込む。やがて頭を上げ、キッとラウラを見据えて言い放つ。

 

「いいでしょう。このセシリア・オルコット。その勝負受けて立ちますわ!!」

 

 ラウラは口角を緩ませ、不敵な笑みを浮かべた。

 

「フッ、そうでなくてはな」

 

 教室内から喝采が巻き起こり、早速どっちが勝つか、誰に賭けるかなどザワザワと話し合いが始まる。

 

「それで、そのかき氷対決はいつ執り行いましょう?」

「いやさすがに今の時期にかき氷はキツい」

 

 今は11月、かき氷はとっくのとうにシーズンオフ。キッパリと言い切ったラウラにかき氷でリベンジをすると思っていたセシリアは少し肩透かしを食らう。

 

「確かに今の季節にかき氷はねぇ、それで?他に候補はあるの?」

「心配いらん、では、お願いします」

 

 ラウラの合図と共に再び簪が教室へ入ってくる。今度はリコーダーを取り出しピィーと鳴らしたが音が上がってしまった。

 

「やぁ〜やぁ〜、セシリア〜オルコット〜…!」

 

 さっきよりかは流暢に喋る簪を見て、鈴は「あーこれは吹っ切れたわね」と解説を入れる。名前を呼ばれたセシリアはどこかげんなりとしている。

 

「またわたくしですか…」

「再びかき氷で、という気持ち、痛いほどよくわかる…」

「いや別に思ってな——」

「しか〜し…!今はかき氷は売っていない…そこで…!」

 

 簪は手提げ鞄から1枚のプリントを取り出す。

 

「ソフトクリーム…?」

「あっ………はははははは…」

 

 セシリアの目線がプリントに書かれている内容にいく一方で、鈴は巻物に書かれている内容を先読みして肩を震わせながら笑いを堪えている。

 

「対決時間は明日のお昼…レゾナンスにある店でセシリア・オルコットとラウラ・ボーデヴィッヒには……

 

ソフトクリーム…3本…「3本!?」早食い対決を執り行うことを今ここに宣言する…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ、とんでもないやつ引き受けちゃったわね」

「…………」

 

 翌日、やってきた対決日。鈴の隣に座るセシリアの空気はどんよりと重い。対するラウラは自信満々とばかりに脚を組んで椅子に座る。

 

「ルールは理解できたか?」

「いや、理解できたかじゃないのよ。なんでアンタとセシリアの対決にあたしを巻き込むのよ」

「こっちだって簪を使うんだ。お互い様だろう」

「勝手に巻き込んどいて何言ってんのよ」

 

 現在鈴、セシリア、ラウラ、簪がいるのはレゾナンスの一角。ラウラに連れてこられたシャルロットもいる。

 

 ルールは単純、相手よりいかに速くソフトクリーム3本、バニラ味とブルーベリー味、ミックス味を食べ切るかだけ。すでに店へ許可の方はラウラが取っている。

 

「味の順番はどうするの?」

「特に決めていない、どの味からいっても大丈夫だが、買うのは必ずこの3種類だ」

「例えば間違えてバニラ→バニラ→ブルーベリーになっちゃったらダメなの?」

「ダメだ。ミックスが入っていないからな」

「じゃあ…間違えて買ってきちゃった場合…4本…」

「4本……」

 

 絶対間違えない下さい、とセシリアが鈴に目で訴える。

 対決の場所はレゾナンス内にある店ではなく、モールの外にある広場。セシリアとラウラは広場にて待機、開始と共にセシリア陣営の鈴とラウラ陣営の簪が店までダッシュで行きソフトクリームを購入、また広場に戻ってきて大将に渡す、このリレー形式を計3回繰り返す。

 一通りの説明が終わったところで、簪がポツリと小声で呟く。

 

「持ってきてる途中にソフトクリームがポトっと落ちるなんてことも…」

 

 聞き捨てならない台詞を聞き逃さなかったラウラが簪をギロリと睨む。

 

「…ないようにしろよ」

「う、うん…」

「そうなった場合は買い直しでしょ?」

「無論だ」

 

 また、副将は大将が食べ切るまでソフトクリームを買いに行けない、食べきったかどうかは口を開けて判断する。ちなみ審判に指名されたのはシャルロットである。

 

「勝手に巻き込まれて勝手に副将だなんだにされて、こんな長い距離3往復させられるあたしの身にもなりなさいよ」

 

 鈴がボヤく一方で大将の2名、ラウラ陣営の簪は気合いを入れるように息を吐く。

 

「ここまできたら負けられませんわ」

「簪頼むぞ、勝てばお前が欲しがっているアニメグッズとやらを買ってきてやる」

「うん…勿論…」

 

 セシリア、ラウラ、簪の顔に緊張が走る。

 そしていよいよスタート、ギャラリーが固唾を飲んで見守る中、スターター兼審判役のシャルロットが合図を出す。

 

「位置について……」

 

 シャルロットの合図で鈴と簪はスタート位置につく。

 

「なんなのこの妙な緊張感…」

 

 鈴と簪がその時を待つ中、ついにシャルロットが「スタート!!」と叫んだ。

 掛け声と共に2人は猛ダッシュでレゾナンス内に向かう。

 

「いけ!簪いけ!」

「鈴さん!頑張って下さい!」

「簪あれは本気だぞ!」

 

 一歩リードしたのは簪、その後僅差で鈴が続く。

 やがて2人の姿が見えなくなり、広場には大将同士が残される。

 

「コレどっちか先に来るかで展開大きく変わると思うなぁ」

 

 実際シャルロットの言う通りで、この対決、どちらが先に店に辿り着き注文を行い、ソフトクリームを買うかが勝負の行方を握っている。

 

「1分経ったな…」

「ドキドキしますわね……あっ!!」

 

 1番にやってきた人物を見てセシリアが声を上げる。1番最初にソフトクリーム(バニラ味)を持ってきたのは鈴だ。

 

「はいセシリア!」

 

 鈴がソフトクリームをセシリアに渡す。その時数秒遅れて簪も到着。セシリアが食べ始めたところでラウラにもソフトクリーム(ブルーベリー味)が行き渡った。

 

「あのね…はぁ…はぁ、着いたのは簪さんの方が早かった」

 

 息を切らしながら鈴は状況を伝える。

 

「でも、出されたのは明らかにバニラの方が早かった!」

「なるほど…!そこも攻略ポイントだったか…!」

 

 ブルーベリー味のソフトクリームを頬張りながらラウラはホゾを噛む。

 

「それで恐いのはね、やっぱ日曜だから人が——」

「あっ」

 

 その時、不意にラウラが頭を抑えてしゃがみ込む。シャルロットが心配そうに駆け寄るが鈴は苦笑いを見せる。

 

「大丈夫ラウラ!?」

「ラウラ早くも頭がキンキンしてるわね」

 

 どうやら冷たい食べ物を早食いしてるからか頭にきてしまったらしい。夏のかき氷対決でも見た光景である。

 

「でもセシリアはまだ大丈夫!セシリア次ブルーベリー!?ミックス!?」

「ミックス」

「おっけい!」

 

 対するセシリアにはまだキンキンはきていない。この辺りになるとセシリアとラウラが戦い、鈴が実況をするという構図が出来上がり始める。

 

「ただやっぱりラウラの勢いが凄い!もうセシリアに追いつきそうだもん!」

 

 見るとラウラのソフトクリームはあっという間にコーンだけになり、相手が追い上げてきていることに危機感を覚えたセシリアがスピードを速める。

 そしてラウラがあと二口あたりというところでついにセシリアが最後の一口を口の中に放り入れた。

 

「これ飲み込んだらスタート!?」

「うん」

 

 一応の確認をシャルロットに取った鈴がいつでもダッシュできるように身構える。

 

「ふぁい!!」

「おっけい!」

 

 そしてセシリアが最後の一口を飲み込み鈴の掌を叩く。鈴はよし来たと言わんばかりにレゾナンスへと猛ダッシュしていく。

 

「やばい…ラウラ、頑張って…!」

「あ″あ”!!」

 

 少し遅れてラウラも1本目を完食、バトンを渡された簪も猛ダッシュでレゾナンスへ向かっていく。

 

「凰のやつも何だかんだで楽しんでるだろアレは」

「にしても…これは中々キツいですわ…!」

 

 猛ダッシュでレゾナンスへ走っていった鈴と簪の姿を思い返したラウラがふと「あ」と口を開く。

 

「簪にミックスって言うの忘れたなぁ…まぁまぁ大丈夫だろう。まさか続けてブルーベリーを買ってくるなんてヘマはしないはずだ」

 

 嫌な予感を感じたラウラは言い聞かせるように言葉を発する。

 

「あっ速い」

「何!?凰もうきたのか!?」

 

 そこへミックス味のソフトクリームを買ってきた鈴が到着。控えめなガッツポーズを作りながらセシリアは鈴からソフトクリームを貰う。

 2本目を買いに行った時はそう差がなかったはずの両チームであったが、今やセシリア・鈴チームが断然リードを誇っている。

 

「簪ぃぃぃぃい!簪ぃぃぃぃい!!それにしても遅すぎるだろアイツ何をやってるんだ!?」

 

 すでに鈴が広場に到着してから1分が経過し、セシリアのソフトクリームも着々と減っていっている。

 あまりの遅さにラウラが憤慨している中、何かに感づいた鈴が息を整えながらレゾナンスの方を見つめる。

 

「この遅さはねぇ、簪さん落とした可能性あるわね」

「あっ……?冗談だろ…?」

 

 戦前、簪が何気なく呟いた一言を覚えているだろうか?あの時簪は『持ってきてる途中にソフトクリームがポトっと落ちるなんてことも』と言った。

 嫌な予感がひしひしと湧いてくるラウラを尻目にセシリアはソフトクリームを攻略していく。

 

「これは遅すぎるわね」

「遅いよな…。あぁもうセシリア食べちゃったぞ」

 

 セシリアのソフトクリーム(2本目)が残り後僅かになるが、まだ簪の姿はない。

 

「何してんだ簪…」

 

 あまりの遅さに怒り以上に困惑を覚え始めた辺りでようやく簪がやってきた。

 

「ラウラ…………」

 

 大事そうにソフトクリーム(ミックス味)を持ってくる簪。しかしその間にセシリアは2本目を完食する。

 

「もうセシリア2本目食べ終わったぞ!」

「鈴さん!」

 

 セシリアからのタッチを受け取り、鈴がスタートを切る。そして鈴と入れ違いになるように簪がやっとラウラの元へ辿り着いた。

 

「ラウラ…ごめん…………」

「なんだ!?」

「落としちゃった…………」

「バ カ も の !!」

 

 想定していた中で最もやってはいけないことをやらかした簪は今にも泣きそうになっている。

 ラウラは俯く簪にお叱りのカミナリを落としてソフトクリームに食らいつく。

 

「落としたって…お前……」

「ごめん…ホントにごめん…」

 

 実は簪、持ってくる途中で躓き、誤ってソフトクリームを落としてしまったのだ。

 そのままにして新しく買いにいくにも行かず、近くのインフォメーションでティッシュを借りて大急ぎで落とした床を拭き、また大急ぎで買い直してきたのだ。

 

 これにはさすがのラウラもガッカリしたのか、心なしか少し肩を落としている。

 

「落としたってか…お前…」

「大丈夫…まだ分からない…。食べ終わるまで分からない…!」

「そのくらい分かっているさ」

「大丈夫だよ…、鈴もきっと落としてるから…」

「いや見ろアイツ歩いてきてるから」

 

 ラウラが顔を向けた先にはラスト3本目+αを買い悠々と歩いてくる鈴がいた。

 

「もう1本ありますけどアレは自分用なのでしょうか…?」

「鈴もちゃっかりしてるね…」

 

 セシリアとシャルロットが解説する中怒涛の勢いで2本目をかっ食らったラウラが簪の手を叩く。

 すれ違った簪を見ながら鈴は3本目のソフトクリーム(ブルーベリー味)をセシリアへ渡して自分用に買ってきたストロベリー味のシャーベットアイスを食べ始める。

 

「途中の道に明らかに何かを落として慌てて拭いたような痕跡があったわ」

 

 鈴がそんなことを伝えた僅か1分後、簪がラス1のソフトクリームを持って広場へ戻ってきた。先程の不祥事を挽回するほどのスピードにラウラも若干興奮しながら「簪速いぞ!」と叫ぶ。

 

 そこからは逃げ粘るセシリアをラウラが猛追する熾烈なデットヒート。簪が「頑張れ…頑張れ…」とエールを送り、鈴が「ラウラは身体を揺らしてリズムにのりながら食べてる」と解説をいれる。そして、ついに最後の一口が飲み込まれた、勝者は————

 

 

 

 

「セシリアの勝ちーーー!!」

 

 鈴が歓喜し、セシリアは両腕を上げ勝利の美酒を味わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっち側の敗因はラウラというより簪さんの……」

「ごめんなさい…」

 

 あれがなければ恐らくラウラは勝っていたと思うと、どこか複雑な心境になる。ガチで落ち込んでいる簪を励ますように鈴はおちゃらける。

 

「落としたやつ乗っけて食わせればよかったのよ」

「やってみたけど…色々ダメだなって良心が押しとどまって…」

「お前やったのか???」

「うん、でもどう見ても落としたのバレちゃうし埃ついてるし、何より人間としてダメだと思って……」

「はっはっはっはっは、貴様は…」

 

 ラウラは高笑いしながら簪の身体に蹴りを食らわせる。

 

「悔しいなぁ…。簪!次がいつになるかは分からないが、次は勝つぞ!」

「うん…!」

「もういいっての」

 

 新たな決心を秘めて前を歩くラウラと簪へ鈴がボソッと静かにツッコミを入れた。

 



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腹を割って話そう

 ある冬の日、IS学園に雪が降り積もった。ある者には懐かしく、ある者には人生初の雪なだけに皆大はしゃぎで雪を楽しんだ。

 凰鈴音もまた一夏達と雪合戦を心ゆくまで楽しんだ1人。そんな彼女は夜ティナ・ハミルトン達と一緒にゲームを楽しみ、寝るときにはすっかりヘトヘトになっていた。

 少々身体が怠いのを気にして風邪薬を飲んだ彼女は午後10時に寝床についた。しかしそれから2時間後の午前0時、日付が変わった頃、彼女の部屋をノックする音が響いた…………



 

 

「あたしとティナはもう電気を消して寝てたのよ!」

 

「寝てたな。確かに寝てたな」

 

 午前0時50分頃、すっかり皆寝静まった中、ベッドの上で横になりながら鈴は眼前で椅子に腰掛けているラウラとシャルロットに怒号を飛ばす。怒号を浴びた前者は笑いを堪え、後者は苦笑いを浮かべている。

 

「そこに!なんか知らないけど出来上がった陽気なアンタが!ドンドンドンってノックしてきて、何よって言ったら「寝てるのか?」って入ってきてそこに座ったと思ったら電気をつけてぇ!腹を割って話そうって言い出したんじゃないのよ!!」

 

要するに、寝ていた鈴のもとへラウラが乱入してきたわけである。

 

「じゃあイチから説明してあげるわよ、今日ここで何が起こったのかを。

 

あたしは今日アレよ、雪が積もった校庭を見ながら「みんなで雪合戦しない?」って言って陣頭指揮を執りながら雪合戦していたあの赤組大将よ。あの後雪合戦も終わってお風呂に入ってご飯を食べて、その後あたしはティナ達に誘われてゲームをしたのよ。そりゃあもう盛り上がったわよ。

 

そしてやっと寝れると決まったのが12時よ、あたしが寝ようと思ったの12時よ?いい?12時にあたしは布団に入って寝ようとしたのよ?すると現れたのがこのラウラなのよ!!

 

なんの気か知らないけどラウラが現れてぇ…あたしは別に何も思ってないのに、腹を割って話そうと!コイツはあたしの部屋に乱入してきたわけなのよ!」

 

「はははははは!!」 

 

ラウラの笑い声の中、鈴のボヤきはますますヒートアップしていく。

 

「確かに色々思うところはあるし敵対もしたけど、少なくとも今のあたしには別にアンタに対してわだかまりも何も持ってないわよ。普通に仲が良いと思ってるしIS乗りとしても尊敬してるし頼りになる仲間よ。アンタと腹を割って話すことなんて何もない。

 

ところがラウラは腹を割って話そうと言ってあたしの部屋に居座って、時計見なさいよ12時52分よ。もうかれこれ1時間近く離れようとしないのよ。

 

それであたしは再三帰れって言ってるわけなの」

 

「ふふふふふふふふ…………」

 

「大事な友達へ向けてあたしはさっきから「帰れこのバカ!即刻帰れ!!」って罵声を浴びせてるにも関わらず帰らないのよ!」

 

鈴の目線は何故かビデオカメラを回しているシャルロットへと向けられる。

 

「そしてあたしは一縷の望みを懸けて、このラウラと同じ部屋に住んでるルームメイトのシャルロットに今電話をしたわけよ。ラウラが全然帰らないから連れて帰ってくれって言ったらそのシャルロットはなんて言ったと思う?

 

「そっかぁ鈴も大変だねぇ、分かったじゃあカメラ回そっか」て言ってぇ!それでシャルロットは今ビデオカメラを回しているわけなのよ!おかしいのよこの2人はぁ!!あたしは寝かしてって言ってるの!?分かる!?寝かせてって!言ってるの!!

 

明日ね、正確に言えば今日よラウラよく聞いて?今日あたしはISを使った朝の訓練の許可が下りてるの。そのためにあたしは少なくとも明日5時に、起きなくっちゃいけないのよ。この時点であたしの睡眠時間はあと4時間よ、もう1つ言っておくわあたしは風邪を引いてるの!」

 

鼻をズズッとかみながら鈴は笑っているラウラを睨みつける。

 

「あたしは今具合が悪いの熱があるの。なのにこのラウラは大爆笑しながらまだあたしと腹を割って話そうとしてるのよ!!」

 

鈴のボヤきも終わり、ここにきてようやくラウラの言い訳タイムがやってくる。

 

「私が言いたいのはだな、明日朝5時に起きなくてはいけないという確認にきたんだ」

 

「あーそうそうわかったわかったそうよねうん」

 

「明日朝5時だぞ、寝坊すると教官が怒るぞ」

 

「うんそうねそれならそうだって言ってくれればいいのよ、何もあたしと腹を割って話そうと息巻いて入ってこなくてもいいわけでしょう!?」

 

「明日5時起きだから決して寝過ごさないように言いにきたんだ」

 

「そうよ〜」

 

「そしたらだ。なんかお前が私とこう…腹を割って話そうと———」

 

「違うでしょそれは全く違うでしょ!?」

 

 

〜10分経過〜

 

 

「いい?ある女の子がよ?夜中の12時によ?明日朝5時に起きなきゃいけない子によ、その子は。そしたら12時になっちゃってて寝ようとしてるところに腹を割って話そうと言って入ってきた子が1時間居座ったのよ。

 

その子に「帰れ!!」と言ったことは別になんっっっっの不思議もない!」

 

「いやだからだな、凰が怒ってないという言葉を聞いたら私は———」

 

 

〜5分経過〜

 

 

「分かったわ。あ、あたしは明日5時に起きるのね?」

 

「5時起きだ」

 

「え?じゃあてことはもうあっ……あーもうあと4時間ね」

 

 鈴が時計を確認すると、時刻はとっくのとうに午前1時を回っていた。

 

「これはまずいわね、これは申し訳ないわね」

 

「だから早く寝ろって言いにきたんだ」

 

「5時だから、アンタは早く寝なさいってことを12時から1時までのおよそ1時間語ってくれたのね?あ、うん。今やっと分かったわ」

 

「そうだ。そこを心配していたんだ、明日5時にはアリーナにいないと、もしも仮に約束の5時に遅れて———」

 

 

〜40分経過〜

 

 

「…もう、話すことはないか?」

 

「そうね。大分教えてくれたおかげでね」

 

 心なしか鈴の顔には疲れの色が見えている。

 

「では頑張れよ」

 

「勿論よ、そのためにもあと3時間たっぷり寝てやるんだから」

 

 とてもたっぷりとではない皮肉を吐きながら鈴は布団を首下まで羽織る。

 ラウラとシャルロットも「おやすみ」と言い、電気を消して部屋を退出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜深夜2時半〜

 

 

「あれ?どうしたの…………?」

 

「ぷくくくくくく……」

 

 電気がパッと点く。ティナが頭まで布団を被り鈴が目を開けると、そこには自室へ戻っていったはずのラウラとシャルロットが含み笑いを浮かべながら立っていた。

 

「あっ、鍵持ってっちゃった?」

 

「スマン、凰の部屋の鍵と我々の部屋の鍵を間違えて持っていってしまった」

 

「あーそれはダメよぉドジねぇラウラも」

 

「いやー全くだハハハ」

 

 

〜5分経過〜

 

 

「帰りなさいよ!!」

 

「帰りなさいよじゃないだろう!!」

 

 喧嘩勃発。

 

「だから凰の部屋の鍵と我々の…」

 

「嘘ついたって無駄な———」

 

 

〜10分経過〜

 

 

「トランプでもあればねー、楽しくやれるんだけど」

 

「そうだなぁ。トランプがあればなぁ」

 

 一瞬で仲直りした鈴とラウラ。すると鈴は何かを思いついたように呟いた。

 

「…セシリア何してんのかな」

 

「あ…」

 

「ちょっと腹を割って話したいかなぁなんて」

 

 

 

 

〜深夜2時50分〜

 

 

「凰すまない、さっきセシリアと話したいと言っていたから連れてきた」

 

 鈴が重たい瞼を擦り目を開くと、ラウラとシャルロットに連れられてきたセシリアが眠たそうに立っていた。

 

 

〜5分経過〜

 

 

「まぁセシリアとこうして話せる機会なんて早々ないからね」

 

「わたくしも鈴さんと中々こうやってお話が出来ることはありませんわ」

 

 

〜更に5分経過〜

 

 

「セシリアの話はまだいいにしてもだ、さっき鈴言ってただろう?寝られないと…」

 

「あっはっはっはっはっはっはっは……!」

 

 ラウラの手に握られているケースを見て鈴は大爆笑して布団に突っ伏する。それは先程鈴が言っていたトランプだった。

 

「ホラ、持ってきてやったぞトランプ」

 

 ちなみにこのトランプ、一夏の部屋から拝借したものである。

 

 

〜10分経過〜

 

 

「トランプしようってあたしが言い始めたんだから」

 

 鈴はセシリアと2人でババ抜きに興じていた。

 

 

〜さらに10分経過〜

 

 

 ババ抜きも終わったところで、鈴がポツリと一言本音を漏らす。

 

「寝よっか」

 

「寝るか……」

 

「セシリアごめんね、なんか急に起こしたりして」

 

「そうですわね…折角寝ていたのに。ラウラさんがノックしてきて何の用なのかと」

 

 セシリアも退室しようかとしていた時、再びあの話題がぶり返してくる。

 

「凰が私に言いたいことがあるからと腹を割っ「腹を割って話そうって言ってるわけ」

 

 ラウラの台詞を遮るように鈴が割り込む。

 

「セシリアねぇ、ラウラがあたしの部屋にきたの12時よ」

 

「あははは…」

 

 セシリアは苦笑するしかなかった。

 

 

〜5分経過〜

 

 

「腹を割って話すことなんかないわよ、話はもう終わってるのよ。出ていきなさいよ!

 

「はっはっはっはっはっは」

 

 鈴が吼え、ラウラが笑う。板挟みになっているセシリアは縮み込むばかりだ。

 

「鈴さん、トランプはいいのですか?」

 

「トランプなんかやりたくないわよこんな夜中に!!」

 

 鈴の怒りのボルテージが沸々と上がっていくのを感じ取ったラウラはさすがにマズいと退散の準備を始める。

 

「凰すまない、さすがにやりすぎた。我々も帰るぞ」

 

「そうよホントに帰って、2時間しかないから睡眠時間。箒もごめんね起こしちゃって」

 

「シャルロットが訪ねてきた時は何事かと思ったぞ」

 

 セシリアと同じく叩き起こされた箒は呆れ果てながら鈴達を見やる。

 

「ところで鈴よ、何か不満があると聞いたのだが…」

 

「あのね違うのよ箒、聞いてあのねぇそういえばねぇ、12時よラウラが部屋の扉を叩いたのは!だからおかしいの、ちょっと後で千冬さん辺りに言い聞かせてもらった方がいいと思うの」

 

「それはそれとして、やはり不満があるのなら全部言ってしまった方がいいのでは」

 

 しかし鈴は箒の言葉に大袈裟なくらいに首を横に振る。

 

「いやいやいやいやないないないない。あたしはみんなが大好きだし朝寒い中5時に起きて訓練するのにも何の不満もないの。何も問題ないの問題ナシ!問 題 ナ シ !

 

 深夜テンションのせいかどこか吹っ切れた鈴は止まるところを知らずに語り続ける。

 

「なんか色々スッキリした気がする。問題ナシ、オールクリア、ノープロブレムよ」

 

「凰…顔が問題ありの顔になっているが…」

 

「何が?全然問題ないわよ?あたしはこうなったらとことんアンタのおふざけに付き合う構えよ」

 

 瞬間、ヒュッとラウラが息を吸い込む音が聞こえた。しかしその次に浮かべたのは不敵な微笑みだった。

 

「……言ったな?」

 

「あ、ちょっと待って今のタンマ待ってタンマ!」

 

「では、おやすみなさいだ。2時間たっぷり寝て良い夢見ろよ?」

 

「待ってその顔やめなさいって!ちょっとぉ!!」

 

 鈴の叫びは閉められた扉によって遮られ、ラウラ達は各々自室へと戻っていった。時刻にして午前3時の出来事であった——

 



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輪を描こう

 

 

ラ「うーむ暑いなぁ…雨降ってきたし」

 

寝袋に包まったラウラがボヤく。

 

鈴「アンタもっと下がれないわけ?」

 

ラ「何がだ?」

 

鈴「ちっちゃいんだからさぁ」

 

ラ「なんだと!?もうギリギリだろう足がぁ!」

 

鈴「シャルロッ…」

 

シ「何?」

 

ラ「シャルロットもう少し向こうには…」

 

シ「行けないよ荷物があるんだからさぁ」

 

鈴「荷物荷物うるさいのよ」

 

ラ「荷物なんか外出せばいいだろう」

 

シ「雨降ってるでしょー?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

鈴「荷物たってどうせそれ防水のリュックでしょ?最近の防水加工舐めるんじゃないわよ」

 

ラ「これ寝返り打てないぞ!」

 

テントの中では左からセシリア、鈴、ラウラ、シャルロットの計4人で寝ているのだが、元々2人用のテント+4人分の荷物があるためぎゅうぎゅう詰めになっていた。

 

鈴「寝返りなんか打ったらアンタ大変よ、寝返り打つ時はセシリアから順番よ」

 

ラ「はははははは…」

 

シ「僕とセシリアなんてのははじでさぁ…」

 

ラ「まだ端の方がいいぞこれ」

 

鈴「いいよずっといいよ何言ってんのよ。まだアンタの隣なんかテントだからいいわよ、私の隣なんかチビよ?

 

ラ・シ「あははははははは!!」

 

鈴「最悪よもう」

 

ラウラとシャルロットは思わず爆笑してしまう。

 

鈴「まぁシャルロットの隣もチビだけどさ。セシリアなんかはいいわよ隣があたしだもん。ファンのみんなは羨ましがるわよ?あたしだって隣はいいわよセシリアだもん、なんか良い匂いするもん。隣は何よチビだもん

 

ラ「あーっはっはっはっはっはっは」

 

この時、シャルロットは鈴だってチビじゃんと思ったのは内緒である。

 

ラ「んーーーふふふふふふ…」カチッ

 

ラウラが口元を抑え笑みを浮かべる。と、突然テント内で『ペシッ』という音が響いた。

 

鈴「叩いたわねアンタ!」

 

ラ「何がだぁ!?」

 

鈴「ついにアンタ…この…狭いテント内でアンタついに……暴力を!

 

 

しかしラウラはあくまで己の行為の正当性をアピールする。

 

ラ「蚊がいたのだ。仕方なかろう」

 

鈴「蚊なんていないでしょ」

 

鈴のほっぺを叩いた張本人であるラウラは相変わらず「ふふふふ」と笑いを堪えている。

 

鈴「あーーもうセシリア聞いてよ遂に叩いたわよ。冗談じゃないっての……」

 

ラ「こうなるともう絶対寝れないな私。というより凰、貴様は絶対に寝させないぞ

 

鈴「はははははははは!」

 

それから2時間後の午前0時。日付が変わっても相変わらず3人はボヤき続けていた。

 

鈴「なんだってこんな雨降ってる中でビバークよ。もっといい島あるでしょ?」

 

ラ「あるがそうなると広くなるだろ?」

 

鈴「『輪を書く』なんて……」

 

ラ「『輪を書く』というのが大事なのだ」

 

鈴「なんでよ?歩ければいいんでしょ?輪を書く必要あるの?」

 

ラ「セシリアに言ってくれ」

 

一同の注目はセシリアへ向けられるが、消灯してからこっち、3人がボヤき続ける中1度たりとも目覚めず、今もピクリとも動いていない。

 

鈴「……死んでるんじゃないの?」

 

ラ・シ「はははははははは!」

 

ラウラとシャルロットが笑う中、セシリアの寝袋がもぞもぞと動く。

 

セ「んぅ…なんですの?」

 

鈴「起きてるセシリア?」

 

ラ「死んでくれたら死んでくれたでいいぞ」

 

鈴「なんだってアンタそんなこと言うのよ」

 

ラ「広くなるだろう」

 

ラウラのあんまりな発言にテントの中に笑いが響く。

 

鈴「絶対死んじゃダメよ。死んだら外出されて終わりよ」

 

シ「もう早く寝なよ明日早いんだから」

 

ラ「だから寝れないと言っているだろう!!

 



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king of Midnight Bus

タイトル通り


 

 春休み、鈴とセシリアの元にインフィニット・ストライプスからモデルの依頼が届いた。撮影場所は福岡県博多は天神、5月号のメインに据えたいのだという。

 その話を聞きつけたラウラとシャルロットが一緒に同行したいと連絡してきたので鈴がインフィニットストライプス副編集長の渚子に確認を取ったところ、同行オーケー、なんなら一緒に撮影に参加してほしいとの返事を貰った。

 

 出発前、集合場所の東京駅にて、ラウラが不敵な笑みを浮かべて1枚のボードを取り出し鈴に1個のサイコロを渡した。

 ボードには6つの選択肢が書かれており、ラウラ曰く

 

「何に乗って行くかはそのサイコロで決める」

 

 ラウラに散々文句を言った鈴は渋々サイコロを投げた。サイコロの目は6と出た。

 1と4の目が出れば新幹線で博多、2と5が出れば飛行機で福岡空港。言うなればこちらは当たりである。何故なら3と6には

 

【深夜バス はかた号】

 

 と書かれていたからだ。

 はかた号というのは、東京の新宿からその名の通り博多までを結ぶ深夜バスで、運行距離はおよそ1100キロ、所要時間は驚異の14時間越え。故に『キング・オブ・深夜バス』の異名を取る深夜バス界の風雲児である。

 

 翌朝博多に着いた時には生まれて初めての深夜バスに打ちのめされたのか鈴とセシリアはまさに疲労困憊という様子だった。

 逆にラウラとシャルロットは普段味わえない深夜バスを楽しみぐっすり寝たこともあって、比較的元気な状態で九州の地に足を踏み入れた。

 

 それでも初めての九州ということもあり4人のテンションは上がり、撮影が始まるまでの間は散策などをして博多を満喫。撮影の方もバスで溜まった疲れを感じさせることなく無事に終わらせた。

 

 夕方、博多駅前にて日帰りだということを惜しんでいる鈴の元にラウラが近寄る。嫌な予感を覚えた鈴に、案の定ラウラはサイコロを渡した。

 さらにボードの選択肢も変わっており、それぞれ

 

【1.GOマイホーム 山陽・東海道新幹線で東京へ直行

 2.なにわでんがな難波で1泊 新幹線で大阪

 3.快適な空の旅を 福岡空港から飛行機で羽田

 4.海の上で優雅に 新門司港からフェリーで東京

 5.いっそ博多で泊まってしまおうか

 6.キングオブ深夜バス はかた号復路編】

 

 の6つが候補に挙がっていた————

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄まじい6択できたけどさぁ…」

 

 うんざりとした様子で鈴はボードに書かれた6択へ目を通す。

 1は当初の予定通り新幹線で学園へ帰るパターンで、2〜6はラウラとシャルロットが決めたのだろう。大阪に寄り道するか、飛行機を使うか船を使うか、あるいはここで一泊するかだ。

 

「なんでまたコレを入れるわけ?」

 

 しかし最後の6番目が気に入らない。鈴はボードの1番下に書かれた欄を叩きながらラウラを睨む。

 

「いや、ネタとして面白いから」

「アンタねぇ…」

 

 つい昨日乗ったばかりのキングオブ深夜バス。撮影の時こそ疲れを感じさせない動きを見せたが実際身体は相当くたびれていた。14時間バスの座席に縛り付けられる経験などあるわけないので無理はない話である。

 

「危なっかしいわよ!言っとくけど普通にこういうの出るわよ!?」

「大丈夫だよ鈴、6を引かなければいいんだから」

 

 シャルロットが柔和な笑みを浮かべる。

 

「…アンタ4出したら船首でラウラと一緒にタイタニックやってもらうからね」

「はっはっはっはっは」

 

 ラウラが笑う。

 

「まぁとにかくだ凰。正直に言おう、我々が1番望んでいるのは2と5だ」

「あたしもよ。当たり前じゃない」

「すでに宿と旨い店はピックアップしてあるから楽しみにしていろよ」

「こういう時のラウラはホント頼りになるわね」

 

 この場にいる全員博多か大阪での一泊を待ち望んでいる。そして、それを叶えてくれるか否かは鈴の一振りにかかっている。

 

「では、運命の一投、頼むぞ!水炊き食べるぞ!!」

「任せなさい!!」

 

 後半はラウラの本音が出た気がした。

 天国か、地獄か。運命のサイコロタイムが幕を開けた。

 

「何が出るかな何が出るかな?そりゃっ!」

 

 鈴が高らかとサイコロを天へ向けて投げると、放物線を描いて落下していく。しかしそこへ予想外の横槍が入った。

 

「おっ!?」

「あっ!?」

 

 なんとセシリアがボードを使ってサイコロを弾き飛ばしてしまったのだ。「つい…」と詫びを入れるセシリアを他所にラウラと鈴は地面へ落下したサイコロを確かめる。

 

「おあぁ!!?」

「あっ……………」

 

 上を向いたサイコロの目は6。つまり……

 

「深夜バス…………はかた号……」

 

 頭が真っ白になったシャルロットがポツリと呟く。同じく呆然としているラウラとセシリア、そして目を見開いて尻餅をつく鈴。

 

「う、う…うう嘘でしょぉぉぉぉお!!?」

「嘘でしょ……」

 

 鈴もセシリアも、まさか本当に出すとは思っていなかったラウラも状況が読み込めず呆然としたままサイコロを見る。しかし何度見てもサイコロの目は6、深夜バスはかた号復路編決定となってしまった。

 

「鈴さん……何か出てますけど…」

「鼻水出ちゃった……」

 

 鈴は尻餅をついたまま鼻を拭う。

 

「ごめん。ごめん間違えた、間違えた間違えた、振り方間違えちゃった。ごめん、ほんとにごめんなさい……」

 

 ようやく立ち上がったが、若干涙目になっているのが一層悲壮感を漂わせている。

 

「今からの…乗りますの…?バスに…?」

 

 時計を確認したセシリアが声を震わせる。

 

「…すぐそこから見える博多バスターミナル18時40分発だから、あと1時間半ほどだな」

「うわぁ…………」

 

 夕方5時、鈴はこの日一番の不機嫌顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 18時40分。ついにその時がきてしまった。

 鈴ら4人は既にシートに座っている。予約制であったが、たまたま空きがあった。完全個室のプレミアムシートの真後ろにある4つのシート、前からそれぞれラウラとシャルロット、セシリアと鈴という配置だ。

 

「重苦しいわね…」

「誰に怒られるわけでもなくヒソヒソ話しになってしまいますわね…」

「喋ってるのはあたし達だけよ」

「ラウラさんはここの4席を取れて喜んでいましたが…」

「取れなくてよかったのに…」

 

 座席はほぼ満席。ラウラ曰く、偶然ここの4つを取ったグループがキャンセルをしたらしくそこを上手く突いて席を取れたのだと言う。余談だが鈴は乗車前「乗りたくないわねー」と口走っている。

 

「これでも前よりは格段にマシになったとバスターミナルで出会った酔っぱらったおじさまは言ってましたけど」

「わたくしと鈴さんにはキツいです」

「なんであの2人(ラウラとシャルロット)は平気なのかあたしには謎でしょうがない」

 

 バスはすでに出発し、次のバス停へと向かっている。

 

「あとはどれだけ我々に休息を与えてくれるのかと…」

「もうそろそろ車内放送が入ると思うぞ。その段階で向こうはどういう作戦を立てているのか…」

「どういう管理体制であたし達を新宿まで護送してくれるのかしら、興味深いわね」

 

 バスが信号に引っかかり止まる。鈴は運転席を見る。

 

「もし休憩を取らないようであるならあたしは運転手を首を締めるわ」

 

 「こうガッと締めて休ませなさいよ!ってね」とジェスチャーを作る鈴に思わずラウラ達は吹き出す。近くに座っていた客もまた一連の会話を聞いていたのか笑いを堪えている。

 

「皆さまこんばんわ」

 

 ここでアナウンスが入り、鈴とセシリアは何となく「こんばんわ」とお辞儀をする。

 

「数多くある移動手段の中から、はかた号をお選びいただきありがとうございます」

「ドウイタシマシテ」

「このバスは新宿行きでございます。お客様の休憩ですけど、山口県佐波川サービスエリアでの休憩となります」

 

 鈴が口を開けて「おぉ」と唸る。

 

「なお佐波川を出発いたしますと消灯となります。次のお客様の休憩は明日の朝になります」

 

 ここらで鈴の表情の雲行きが怪しくなってくる。文字に起こすなら「…!?」というリアクションだ。

 

「新東名高速道、静岡県静岡サービスエリア」

「静岡……………?」

「従いまして、佐波川を発車しましたら次の静岡までお客様一切休憩ございません」

「…………………」

 

 ラウラがプクク…と口元を押さえながら鈴を見ると何やら顔を顰めて怒っていた。

 

「途中何度かバス停車いたしますが、これはお客様の休憩のためではございません。乗務員の交代ならびに車両点検のための停車でございます」

 

 乗務員がアナウンスしてる間ずっと顔を顰めている鈴にラウラは苦笑いしながら「凰おさえろ…」と諫める。

 

「えーそれと恐れ入りますが、通路側に荷物を置いているお客様、通路側から荷物を引っ込めていただきますようお願いします」

「「!?」」

 

 鈴とセシリアは慌てて自分の席の間に置いてある袋へ目を向ける。ちなみにだが、他に通路に荷物を置いている客はいない。

 

「人が通る時に通れません。足で蹴飛ばす場合もございますので——」

 

 明らかに自分達のことだと気付いた鈴は反射的に袋を引っ掴む。完全に怒った鈴は袋がガサガサ音が出るのを気にならないほどにくしゃくしゃに握る。まさに激おこプンプン丸という表現が的を得ていた。

 

「面白くなってきたじゃないの」

 

 その後、バスは最初の休憩地点である佐波川サービスエリアを出発。しばらくすると消灯時間となり、カーテンを閉められたところで4人はゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこ見たんだ今……」

 

 翌朝、静岡サービスエリアにて。ラウラは鈴とセシリア、特にセシリアの変わり果てた姿に絶句していた。

 4人の中で1番最後に目覚めたラウラが後部座席の鈴とセシリアの方を向くと、コテンパンにやられた鈴が掛け布団に包まっていた。

 

「おはようございます……」

 

 もはや廃人と呼ぶにふさわしいセシリアが力なく立っていた。なにせラウラが声をかけるまでセシリアは虚ろな眼差しで遠くの何かを見つめていたのだから。

 

「セシリアお前少し…老けたか…?」

「かもしれませんわね…」

 

 鈴とシャルロットが吹き出す。セシリアの目の下にはうっすらと隈が見え、心なしか肌も荒れている気がする。

 

「イギリスのお嬢様なのよセシリアは。それがこんな…」

「往路ではもう少し元気だったんだけどね…」

 

 完全にやられたセシリアの容姿を眺めながら鈴は息を飲む。シャルロットも昨日の朝のことを思い出しているが、彼女も呂律がちょっぴり怪しい。

 セシリアは重苦しい溜め息を吐き出す。

 

「あのですね…これは言っておきますけど作り話ではごさいませんわ…。わたくし昨日の夜夢を見ました」

 

 鈴が爆笑し、ラウラも笑いながらセシリアに問いかける。

 

「なんの夢を見たんだ…?」

「何と言ったらいいのでしょうか…お尻のお肉が取れる夢ですわ」

『あっはっはっはっはっはっはっは!!!』

 

 とんでもない内容に全員大口開けて腹を抱えて爆笑の渦を起こす。

 

「どういう夢なのさそれ…あはははは…」

「本当なんです…痛いんです…」

「尻の肉が…取れる…はっはっはっはっは」

「まごうことなき事実ですわ…ははは…」

 

 3人が爆笑する間もセシリアは自身がバスの中で見た夢の内容を解説する。

 

「こんな大きな塊で、もうぼろんぼろん取れていって」

「はっはっはっはっはっはっは…!!」

「ダメだよセシリア座りすぎだよ…」

 

 シャルロットが労るようにセシリアの肩を叩くと「うぅ…」と泣き顔になる。

 

「あたしもねぇ、寝れなかったからもう座るところを枕にしてさ。足入れるところあるでしょ?あそこに身体全部埋めてこうやって寝てたわよ」

 

 身振り手振りで説明していく鈴に「すごいですわね…」とセシリアが若干引いている。

 

「さながらハムスターのようにね」

「僕もその光景見たよ。深夜の2時3時頃」

「見たでしょ?あたし気づいたもの(あ、シャルロットが見てる)って」

 

 シャルロット曰く、本当に座るところを枕にして身体を丸めて寝ていたのだとか。

 

「なんでそうなったんだ…」

「もう座って寝れないもん。でも1時間でやめたわ、それ以上やったら身体壊れるから」

 

 確かにさっきからちょいちょい鈴は背伸びをして背中を正している。そうこうしているうちに休憩時間も終わり、バスに戻らなくてはならなくなった。

 

「身体バキバキなところ悪いが…そろそろバスの方に」

「あーーーー戻りたくないわねーー」

「あと3時間ぐらいだから頑張ろうよ」

 

 憂鬱なままバスに向かう鈴を元気づけようと後ろからシャルロットが声をかけるが、鈴はキッとシャルロットを睨みつけた。

 

「その3時間がキツいんだっての!」

 

 その後はかた号は途中渋滞に巻き込まれ、定刻より70分遅れでやっと新宿に着いたのはまた別の話。なお新宿に着いた時には鈴も完全にやられてセシリアと同じく廃人と化していたことをここに記しておこう。

 

 

 





鈴「」
セシリア「」
箒「2、3日見ないうちに随分とまたやつれたな……」

ラ「軍の訓練と比べれば、あのシートに14時間縛られることなど大したことはない」
シ「僕は疲れ以上に終始ずっとワクワクドキドキだったから…」
一「お前ら逞しすぎじゃね?」


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本当は恐いセシリア

お気付きかと思いますが元ネタは水どうではありません

デモカキタカッタンダモン、シカタナイジャナイカ


「ごめん、それは訳あってまだないの」

「まだないの…?」

 

 開口一番、鈴は谷本にそう詫びた。

 

 状況を説明すると、近いうちにある簪の誕生日のために何か短編ドラマでもやろうという企画が持ち上がり、話し合いの結果、セシリアが監督で鈴が脚本を担当することとなった。

 しかし誤算があった。想像以上に鈴が遅筆だったのだ。この日が台本締切日であるにも関わらず、まだ半分も書けていない有様なのである。

 

「例えばね癒子、めだかに空は飛べる?野球選手に水球をやれと言っているようなものよ」

 

 よく分からない理論を言い始めた鈴に谷本を始めとした企画参加者から冷ややかな視線が浴びせられる。

 

「あたしは4番バッターのつもりで頑張ってきたけどね、それがいきなり水着を渡されてゴールを決めてこいって言われてもねぇ」

 

 ちなみにそれぞれ役割が振られたのは1か月前である。谷本の表情にさすがに冗談が言える雰囲気じゃないと悟った鈴に焦りが生まれ始める。

 

「例えば、例えばだけど今月末までにはなんとか…」

「うーん…待って来月の頭かなぁ」

 

 徐ろに立ち上がった鈴は床に膝を置き正座をする。

 

「もう少し!もう少し時間を頂戴!ガチで頭下げるから!そしてもう1つお願いが…!」

 

 谷本らが破顔、鈴は恥を捨てて眉間を床につけて土下座をした。

 

「セシリアには黙っていてもらいたい!!」

 

 ただでさえこういった遅れには一段と厳しく対処するセシリアにこんな不手際が知らされたら一大事である。何せ遅刻癖があるオルコット家の優秀な使用人がクビ一歩手前までいったという逸話があるほどだ。

 

 

 

 

 2週間後、土下座で約束した2回目の締切日の放課後。鈴はセシリアがいないタイミングを狙って谷本達の前で正座をしていた。

 

「ごめんなさいとしか言いようがない…」

 

 結局、台本は2週間前の進捗から僅かしか書けていなかった。

 

「体力の限界なの、何にも出てこないの」

 

 鈴の頭の中はもはや空っぽ。谷本らも鈴を脚本に据えたことに若干後悔していた。

 

「明日には…明日にはなんとか読めるものを用意するから!」

「約束だよ?」

「絶対、絶対なんとかするから!」

 

 この日はこれで終了。鈴は台本が書かれたノートを大事そうにしまって自室へ直行していった。しかし鈴は知らなかった、さすがの谷本達も不満の限界だったことを。

 

 そして翌日、3回目の締切日。この日は鈴にプレッシャーをかけるべく、谷本の判断で彼女が今現在最も恐れるセシリアにも同席してもらうこととなった。

 

「……………」

 

 放課後、セシリアを前にして鈴は絶望に染まり切った表情を浮かべて机に突っ伏する。

 

「いやぁ〜ドウシテコンナニカケナインダロウナァ〜」

 

 瞬間、セシリアの表情が変わった。

 

「今、鈴さんの口から聞き捨てならない言葉が…開口一番驚くような言葉が出てきましたが……。鈴さん?どういうことですか?」

「」

(あ……笑ってる)

 

 苦笑いで一応笑顔ではあるが、その目は全く笑っていない。クラスメート曰く、この状態のセシリアはマジで怒っていて、かなり恐いのだ。鈴がセシリアには黙っていてほしいと言っていたのもこれが理由である。

 

 結局この日も台本が上がることはなく、台本の方は2週間前に谷本が事前に一夏に依頼し昨日書き上がったセカンドプランを採用することとなった。簪の誕生日までに短編ドラマは無事完成し、ドラマを見た子からの評価は良好で大成功を収めた。

 そして鈴はこの後、クラスメートが見ている前でセシリアからこっぴどいお叱りを食らうこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 簪の誕生日パーティーから暫くして、好評だった短編ドラマの第二段を制作する企画が持ち上がった。

 第二段の監督と脚本はセシリアと一夏となり、一応ドラマ本編は完成した。

そして今回、新たにイメージソングも作ることになったのだが、イメージソングの作詞・作曲を担当するのは自ら名乗りを上げた鈴だった。ちなみにだが一応セカンドプランを本音に担当してもらうことになった。

 

 しかし、台本の時と同じく鈴の遅筆は変わらず、案の定最初の締切日はとうに過ぎているのにも関わらず未だに難産から抜け出せていなかった。

 

 

 

 

「もう何週間になるかな。延期、延期って…」

 

 食堂のベンチシートで項垂れる鈴に谷本は呆れ果てる。最初と2回目の締切日からもう2週間も過ぎており、ドラマに入れられるか分からないところまで追い込まれていた。

 さすがに焦りと不満のピークに達していた谷本達は現状を打破するため、ここでなりふり構わね裏技に打って出ることにした。

 

「今までずっと、セシリアさんには言わないで黙っててって言われてたけど…」

 

 谷本が何を言いたいのか察し、鈴は頭を抱える。

 

「ずーっとずーっと言われてきたけどさ…」

 

 セシリアの恐ろしさは前回の台本の際に身に染みて実感している。そんな彼女に少しでも作業の遅れがバレたら鈴の身は大変なことになるのは確実。

 その実状を熟知する谷本達は、出来る限り鈴を庇い、ギリギリまでセシリアに内緒で作業を進めてきた。

 しかし、この期に及んでまだ下手な言い訳を繰り返す鈴に不満が頂点に達し、堪忍袋の尾が切れた谷本はついに『あの手』を使うことを決めた。

 

「さすがにここまで待って出来ないと、頼るとこはそこしかないかなぁって」

「ちょっ…!ちょちょちょちょっ!?」

 

 ポケットからスマホを取り出す谷本に、鈴は慌てて駆け寄る。

 

「ちょちょちょちょちょちょちょ!違う違う違う違う!!」

 

 何が違うのか分からないが、とにかく鈴は谷本からスマホを奪い取ろうと必死に腕を伸ばす。このままだと確実に鈴は地獄を見る。

 すでに谷本はセシリアへと連絡を入れようとしている。鈴は本気で焦りながら慌てふためく。

 

「違う違う違う待って待って!!あホラ財布財布財布財布!!あとアレだお金だ」

 

 買収でもするつもりなのか、鞄の中から財布を取り出して残額を確認する。しかしこの時点で谷本達はセシリア側についていてそれ相応のギャラが支払われることが確定していることを鈴は知らない。

 

「うーん、留守電だねー」

 

 谷本が肩を落とす。丁度放課後の訓練を行なっている時間帯だったことを思い出し鈴はホッと安堵した。

 そこへ一連のやり取りを眺めていた箒が近寄り、谷本へこう声をかけた。

 

「留守電に入れてしまえばいいのではないか?」

「それもそうだね。箒さんナイス」

「ちょっ!?」

 

 箒の助言を聞いた谷本は早速セシリアへ留守電を残していく。

 

「もしもしセシリア?訓練お疲れ様〜。実は鈴さんの件でちょっと相談があって———」

 

 鈴はあたふたしながらスマホを取り出し、どこかへと電話をかけようとする。

 

「鈴、それは明らかに手遅れだと思うが…」

「もし時間があったら、後で電話を貰えたらと思います」

 

 谷本がスマホを耳元から離す。これで時限爆弾はセットされたと言っていい。

 

「ちょっと待ってよ…今のが何か分かる?」

「なんだ?」

「デューク東郷への電話よ今のは!殺人依頼よ!?」

 

 箒と谷本は思わず吹き出す。一方の鈴は突然の事態にパニックに陥っている。

 

「びっくりするすっごい裏技出すわね…!」

「凄いな…」

「鈴さんの件でお話しが…ありますって…」

 

 そう遠からず訪れる絶望を前に鈴は頭を抱える。

 

「何がアレって今時LINEだチャットだじゃなくて留守電で残すとこよね……。これでもう癒子に電話きたら終わりよ。セシリア絶対キレるからもう」

 

 箒も台本でのセシリアの様子を知っているため、「まぁな…」と頷く。

 

「何よこの憂鬱な週末は……」

 

 箒も谷本もハハハと笑うが、内心ではしっかりと「自業自得だ」とツッコミを入れる。

 

「凄まじい最終手段に打って出たわね…」

「本気だってことだよ」

「鈴、心なしか顔少し白くなったか…?」

「あーあたし知らないわよ。数え歌になったって知らないから」

 

 ふらふらと自分の机に戻った鈴はダラリと椅子へ崩れ落ちる。

 

「で、じゃ、じゃ、でじゃあちょっと待ってくれる?このままだとあたし完璧に怒られるから。え、何あたし、あたしまず何したらいい何からやればいい?何やれば怒られずに済むの?」

 

 完全にパニック状態な鈴は空っぽになった頭をフル回転させながら状況を打開すべく箒達へ訊ねるが、今の鈴に失望の念を抱いている彼女達からしたら『早く曲を作るか素直に怒られろ』以外の答えを出すつもりは毛頭無い。

 

「いやもうどうしよ…親通して話した方がいいんじゃないかしら」

 

 ぷっ、と箒がつい吹き出す。

 

「親を通すな…」

「正式に謝るならそっちの方が早いんじゃないかなー。そうしたらセシリアも怒るに怒れないと思うし」

 

 追い込まれるあまり支離滅裂なことを口走ったおよそ15分後、ついに谷本のスマホに着信が入った。

 

「鳴った!」

 

 教室にいる全員の注目が谷本へと向けられる。鈴がガタッと立ち上がる。

 

「着信見せて!えっ誰!誰!?」

「セシリア・オルコット」

 

 凰鈴音、地獄行き確定。

 

「あ、もしもしセシリア?お疲れ〜」

 

 電話に出る谷本の横であっち行ったりこっち行ったり、カバンを頭の上に乗せて悶える鈴に箒や相川が苦笑いを浮かべる。

 

「鈴が壊れた…」

「鈴さん壊れちゃったよ…」

 

 鈴が壊れて迷走し続ける間も谷本はセシリアへ事の一部始終の報告を続ける。

 

「えーとね、実は鈴さんのことでちょっと話したことがあるんだけど」

『話したいこと、ですか?わたくしに?』

「イメージソングの件でさ。今までその、セシリアには黙っていてほしいって言われてきてて」

『あぁ……』

 

 詳細に伝えられていく一部始終を前に焦るばかりの鈴が突っ伏し土下座をする。その様を箒が笑い交じりで「最上級の土下座だな…」と憐む。その姿はまさしく悪事がバレた時の子供のそれである。

 

「言わないでほしいと、セシリアにはあまり相談をしないできたんだけど————」

『そうでしたか。谷本さん達には多大なご迷惑をおかけしましたわ。本来であればわたくしが直接そちらへ出向かなければならないのですが————』

 

 

 

 

 数分後、報告を終えた谷本はすっかり青ざめた鈴の姿を見て苦笑する。

 

「電話終えたよ」

「うん……」

「言伝があるんだけど、聞く…?」

「うん……」

 

 鈴は力なく頷く。

 

「来週の火曜日までに曲が上がらなかったら…えーと、そのまま伝えるね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚 悟 し と け

 

 

 

 

だってさ」

「ははははははははは!!」

 

 笑いながら崩れ落ちる鈴、それを見てまた笑う箒と谷本達。これはまごうことなき事実で谷本は一切嘘をついていない。何せ

 

『鈴さんにはそうですわね…覚悟しとけ、と伝えておいてください』

 

 と電話口で言われた谷本は背筋が震え上がるほど恐い思いをしたのだから。

 

「短くとも重みのある言葉だな…」

「短かったけど言伝でした」

「それを聞いてこの世界に残った者はいないという…あの言葉、覚悟しとけ…!

 

 しかしセシリアがキレるのも無理はない話だろう。前回の台本の件から何も学ばず作詞作曲に立候補し、案の定締切を守らず遅れに遅れ、挙句下手な言い訳を今日まで繰り返していたとついさっき聞かされたのだから。

 もしもセシリアと同じ立場だった自分も怒ると谷本は確信を持って言えるほど、ここまでの鈴は擁護できない有様なのだ。

 

「あーもうダメだぁ。あたしの人生は今ここで終わるのよぉ…」

 

 この日はカンペキに凹んだ鈴。そして谷本は確信した、あぁこれは火曜にも間に合わないな、と。

 案の定火曜日に間に合わなかった鈴の曲は当然不採用。またしてもセカンドプランでお願いしておいた本音が作詞作曲した曲が使われることとなった。なお曲は面白かった。

 

 

 

 

 ここからは谷本達がのちに鈴から直接聞いた話である。

 台本の時と同じように鈴は再びお叱りをもらうことになったのだが、鈴の土下座を「今はそんな形式美は必要ありません」と一蹴したセシリアは『締切厳守』と書かれた誓約書を手渡した。

 さらに誓約書への印鑑を拒否したセシリアは鈴へ指印をしろと要求。指印を押そうとした鈴だったが、ただの朱肉に付けた指印に怒りが収まらなかったセシリアはニコッと笑みを浮かべながらこう言ったという。

 

 

 

 

「当然、血印で押してくれますわよね?」

 

 この言葉に心底震え上がった鈴は言われるがままに右手親指に針を刺し、血を滲ませた血印を押してやっと許されたらしい。

 多少誇張はあるだろうが、鈴の様子から見てほぼ間違いないと察したクラスメート達は暫くセシリアには逆らえなかったという。

 




元ネタ
( https://sp.nicovideo.jp/watch/sm17200410 )

ミスター恐すぎる()


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ザ・ドキュメント

 

『こちらラビット4、所定位置へ到着』

『同じくラビット2、配置につきました』

『キャロル1、ただ今よりターゲットとの接触に図りますわ』

 

 車の中に積まれた無線機から数人の声が聞こえる、その声はまだあどけない少女のそれだが、状況は至ってシリアスである。

 

「よし、これよりキャロル1はターゲットへ接触を図れ。他の者は暗号文が読まれるまでその場で待機だ」

 

 所謂ロケバスと呼ばれる車の助手席で白銀の髪を靡かせた少女、ラウラ・ボーデヴィッヒは腕を組んでその時を待つ。

 無線機から『ヤー』と返事が聞こえ、ラウラは静かに口角を釣り上げた。

 ラウラの膝の上に乗せられた書類の束。その表紙にはこう書かれていた。

 

 

【凰鈴音に題する 拉致計画実行書】

 

 

 作戦はこうだ。

 今日、鈴はルームメイトのティナ・ハミルトンならびに数人の友人を連れ、中学時代の友人と遊ぶ約束をしている。この辺りは悪友である弾と数馬からしつこく「女の子紹介してくれ」とせがまれ、渋々数人ピックアップしたらしいがそれはどうでもいい。

 ゲームセンターだったりで楽しんだ一向が次に向かったのはカラオケ。友人達に囲まれた密室という逃げ場のない空間から、彼女を連れ出すのが今回の計画である。

 

 一向は14時にカラオケに入ったことは確認済み。作戦は、カラオケも盛り上がりを見せるであろうタイミングの14時51分、暗号文が書かれた用紙の到着を合図に決行される。

 暗号文は次の通り

 

【アメフトには気をつけろ

 

  キックオフがせまってる】

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ次誰歌う〜?」

「はい!御手洗数馬いきまーす!」

「おっしゃーいったれ数馬ァ!!」

 

 鈴は久々に介する中学時代の友人達とカラオケで盛り上がっていた。IS学園の子とも仲良くやれているので今回の交流会は大成功といっていい。

 しかし、鈴は知る由もなかった。キックオフは、すぐそこまで迫っていることに。

 

 

 

 

『こちらラビット1、各員所定位置への配置完了。いつでもやれます』

「よし。キャロル1、ターゲットへの接触を図れ」

『わかりましたわ』

 

 

 

 

14時51分 作戦決行

 

「いややっぱ数馬はオンチよね」

「何言ってんだよ歌は魂で歌うもんだろうが」

「出た数馬の屁理屈」

「そんなんだから上手くならねーんだって」

「うるせぇ!泣くぞ!」

『あはははははははははははは』

 

 自身に迫ってきている魔の手のことなど全く知らない鈴は低得点を出した数馬をからかったりしてご満悦の様子。

 その時、不意にドアが開き、1人の少女が入ってきた。

 

「じゃあ次はあたしの番ね。今度は自信ある曲を選ぶ………ってアレ?なんでセシリアがここにいんのよ?」

「ごきげんようですわ、鈴さん」

 

 鈴は最初、自分達のいる部屋に入ってきた少女がセシリアだということに気づかなかった。

 突然の金髪美少女登場に数馬を始めとした友人の盛り上がりっぷりはうなぎ上りの様相を呈している。

 セシリアと面識がある弾は鈴に訊ねる。

 

「鈴、お前セシリアさんも連れてきたのか?」

「はぁ?知らないわよ、なんにも教えてないもの。で、何の用なの?」

 

 セシリアは何も言わず、左手に持っていたプリントを鈴に手渡した。

 

「何?何?何を読めって…?セシリアが持ってきたけど…」

 

 セシリアが右手に構えているビデオカメラが気になった鈴は手渡されたプリントに目を通す。

 

「えーっと?なになに…?

 

【アメフトには気をつけろ

 

  キックオフがせまってる】…?」

 

 書かれている文章の意味がわからない鈴は首を傾げる。もっと言えば手渡してきたセシリア以外全員同じリアクションをしている。

 

「これ何?なんでこれを読むわけ?」

 

 セシリアも首を傾げる。

 

「何がなのよ!なんで今この場でこんな怪文書読ませるのよ!」

 

 セシリアが取っている不可解な行動にボヤく鈴はまぁいいとプリントを置いて曲を選んでいく。

 

「じゃあ気を取り直していってみようかし何がなのよ何なのよアンタら!!!!」

「なになになになに鈴何やったのよ!?」

「知らないわよ何なのよ一体!」

 

 鈴が突然こう叫び、ティナが困惑するのも無理はない。何しろいきなり軍服を着込んだドイツ軍特殊部隊『シュヴァルツェア・ハーゼ』の一団がドアを開け放って入ってきたのだから。

 ちなみにこの時、セシリアはラウラへとライブ配信を行なっており、その映像を見てラウラは車の中で「はははっ」とほくそ笑んでいた。

 

「何してんのよアンタらホントに!なんであたしを持ち上げてんの!?なんであたしがこんなこと実況してんのよ!?」

 

 隊員に持ち上げられた鈴(とついで感覚で連行されていくティナ)はされるがままにカラオケルームから出され、店の外へと連れて行かれてしまう。

 店の外からも鈴の叫び声が聞こえ、あまりに突然の出来事にぽかんと呆然としている弾達にセシリアは苦笑いを浮かべる。

 

「皆さまには大変なお騒がせとご迷惑をおかけしましたわ。インフィニット・ストライプス誌の仕事のため、あの2人は連行いたしました」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっははははははははは!!わはははははははははは!」

 

 鈴とティナの元に、心当たりがありすぎる高笑いが響く。

 

「コラ!そこの助手席のやつ!コラァ!あははじゃないってんでしょ!!」

 

 口調が変わるぐらいに喚く鈴はティナ共々後部座席に押し込まれる。

 

「あっはっはっはっはっはっはっは!」

「待ちなさいよコラァ!出てきなさいよムカつくのよ!」

 

 ドアが閉められてもなお鈴は喚き、ラウラは高笑いをする。巻き込まれたティナは頭が真っ白になっているのか視線を右往左往させている。

 

「アホじゃないの?」

「凰」

「なにが」

「仕事だ」

「うるさいわ!!!!」

 

 助手席にいるラウラへキレている鈴だが、運転席で笑っている渚子のことには気付いていた。ラウラの言う『仕事』がインフィニットストライプス関係であることも何となく察することができた。

 

「む、隣にいるのは2組のティナ・ハミルトンではないか?」

 

 ラウラが鈴の隣にいるティナに気付く。

 

「そうよあたしのルームメイトよ」

 

 鈴の横で呆然としているティナはいつもの活発さが嘘のように身を縮こませていた。

 

「あの、私関係ない…」

「いや、済まないがもう成り行きだから一緒に行くぞ」

「はぁ!?成り行きもクソもないわよ!」

「え?え?え?え?え?」

 

 あまりの急展開に頭がついていけないティナは困惑しきっている。

 

「あ、待てハミルトン!もう閉めたから!」

 

 ラウラの制止を無視したティナはドアを開けて外へと出ようとするが、待機していた隊員によって無理矢理車内に押し戻される。

 

「アンタ達あたしのルームメイトに何してんのよ!」

 

 しかし鈴とティナの抵抗虚しくドアは無情に閉められる。

 

「凰、凰」

「なに?」

「もう、観念しろ」

「いや……観念してじゃないわよ…」

「まぁまぁまぁまぁ行こうではないか」

「仕事たって何するのよぉ!」

「これから楽しい仕事が始まるぞ?嬉しいだろ〜」

「うるさいわよ!!」

 

 段々事態を飲み込み始めてきた鈴と対照的にティナはまだ呆然しきっている。

 

「びっくりしたか?」

 

 ラウラがニヤける。

 

「はぁ?」

「ふふ、びっくりしただろう」

「びっくりしたじゃないわよ!大体ね!カラオケからここまで長いのよ!」

 

 鈴が喚いていると、仕掛け人として動いていたセシリアが戻ってきた。

 

「皆さまお疲れ様ですわ」

「おう、お疲れ様」

『お疲れ様です!』

 

 車に乗り込んだセシリアへ黒うさぎ隊は総出で敬礼する。

 

「さぁ、行きますわよ」

「行こう行こう」

 

 勿論、鈴もティナもこれからどこへ行くのかは知らない。

 

「見事な働きだったぞクラリッサ。これは報酬だ。受け取ってくれ」

 

 ラウラは窓を開け、クラリッサにポチ袋を渡す。中身はメンバー全員に当てた報酬金と渚子のコネで手に入れたクラリッサが行きたいと言っていたイベントのチケットだ。

 

「はっ!ありがとうございます隊長!」

「私からの礼だ。慰安旅行、楽しんでこい」

「わたくしからもお礼申し上げますわ。皆さんありがとうございました」

「いや、ありがとうございましたうるさい!こら黒うさぎ!!」

 

 黒うさぎ隊隊員に見送られながら、車は出発していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 カラオケ店から出発して10分。鈴はすっかりいつもの調子を取り戻していたが、鈴とセシリアに左右を囲まれているティナは気が気でないのか落ち着かない。

 

「だって怪我したもんあたし」

「はははははははははは!」

「どこですの?肘ですか?」

「そうそう肘痛くってさぁ。やっぱ拉致と言われるならどっか1つは怪我しないと!いやぁ〜拉致してくれたわねぇ〜」

 

 快活に笑う鈴とラウラ。

 

「凰分からなかっただろう?」

「分かんなかったわねぇ〜【アメフトには気を付けろ】って言われてもさ何かと思っちゃってさぁ」

 

 からからと笑う鈴の横でようやくティナがポツリと呟く。

 

「荷物置きっぱなしなんだけど…」

 

 若干怒っているティナの言葉に車内は笑いに包まれる。セシリアが気休めに「大丈夫ですわ」と声をかける。

 

「あたしもすっかり油断してたわね」

「え?鈴知らなかったの?」

「知らないわよ」

 

 鈴はキッパリと言い切る。

 

「あたしはねぇ〜アイツらの制服を見てピンときたわね。あ、これはひょっとしてって」

「もうそこで気付いていたのか」

「運ばれてる途中で(ははーん、ラウラの仕業ね)と」

 

 鈴の独白にラウラとセシリアは笑うのをやめれず破顔していく。

 

「すごいわよねぇ、カラオケ店出て前の信号渡るところだから、50メートル離れたところから笑い声が聞こえてくるもの」

 

 「はははははは!」と鈴は大口を開けて高笑いの真似をする。

 

「いやでもある意味真相が分かってホッとしたわよ」

 

 安堵の表情を見せる鈴の言葉の意味を察してラウラは苦笑いを浮かべる。

 

「なるほど、本当の事件かと思ったわけか」

 

「そうそう」と、鈴は頷いたところでラウラが話を戻して言う。

 

「よし、では今から向かうぞ。仕事は始まってるぞ、大変だぞ」

「帰してよ」

「あははははは!そりゃ、だよねぇ〜」

 

 ぼやくティナに鈴が同情するがその顔は笑っている。

 

「私面白いこと喋れないわよ…?」

「アンタばかねぇそんなこと心配する必要なんにもないのよ?面白いこと言わなきゃなんて考える必要ないの」

「そうなの?」

 

 ティナがそう聞くと、助手席にいるラウラが言う。

 

「そうだぞハミルトン。喋らなくても大丈夫だから」

「黙ってればいいの?」

「黙っていればいいさ。ちゃんとソレは用意してある」

「ティナさんの役割はちゃんとありますわ。無意味に連れていくわけではないのでご安心を」

「そ…そうなの?」

 

 ソレが何かも知らない以上、ティナは一体なんの仕事をさせられるのか不安が消えることなく頷くだけ。隣で微笑むセシリアが甘い言葉を囁く悪魔にも見える。

 すると誰かの携帯が鳴る。どうやら鈴のらしくポケットから携帯を取り出す。

 

「あ、ちょっと待って電話きたわ」

「きっと鈴さんといた人達からですわね」

「心配かけちゃったからさ〜」

 

 おちゃらけた調子で鈴は電話に出る。

 

「あ、もしもし?あのね弾あたし拉致されたから!!」

『ははははははははは!!!!』

 

 今頃電話の向こうで心配している弾達はずっこけていることだろう。車は高速に乗り何処かへと向かっていった—————

 

 そしてこの事件がティナ・ハミルトンにとって人生のターニングポイントとなり、のちに母国アメリカで一躍スター女優へのし上がることとなったのは、また別の話。

 




こちらも↓
https://twitter.com/fureiamohumohu/status/1227531604513280001?s=21


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対決学園 セシリアvsラウラR3 前


久々のどうでしょう。ちなみにR2の方はオリジナルということで本編にあります


 

 

 そもそものきっかけは臨海学校の初日に行なったかき氷の早食い対決、結果的にわたくしの勝利にはなりましたが自分自身あれはフロックだと思っています。

 

 その後もわたくしはラウラさんに挑まれる形でソフトクリームや寿司など多種多様な食べ物で勝負をしてきました。戦績はわたくしが負け越していて、何れも完敗。たまに勝つこともありましたが、ほとんどが辛勝。パートナーが足を引っ張ったりアクシデントが起きたりと自分の実力で勝ったことがありません。

 

 誇れるところなのか分かりませんが、ラウラさんと戦っていくうちにわたくしも早食いのペースにはだいぶ慣れました。それでもラウラさんには敵いません。

 ラウラさんは軍人で『早く食べる』のには慣れています、何より甘い物での強さは最強クラス。わたくしも甘いスイーツは好きですが早食いとなると話は別です。こちらが胃もたれを起こしてる間にラウラさんはケーキをペロリと食べ終えてしまいます。

 

 最初はラウラさんのお遊びに付き合わされてると思いながら早食い対決を受けて立ってきましたが、やはり勝負は勝負。最近は負けると普通に悔しくてたまりませんし、是が非でもラウラさんに勝ちたいと思い始めてきました。何より仲間と一緒に本気でふざけることがとても楽しいのです。鈴さんには呆れられましたが……。

 

 前回の勝負のあとに、

 

「今度はそちらが選んでも構わん」

 

 と言われ、わたくしのチームがコミッショナーとなりました。これまでの戦いは全てラウラさんが先手を取ってきて、自ずとラウラさんに有利なステージで戦ってきました。

 そんな中で巡ってきたコミッショナー任命、この千載一遇のチャンスを逃すつもりは毛頭ありません。

 

 ラウラさんに隙などありません。普通の食べ物で挑んでも返り討ちにされるのは目に見えています。出来るだけラウラさんが苦手そうな食べ物を、少しでもわたくしが有利になるようにしなければと密かに悩んでいました。

 そんな時ですわ、あの情報を手に入れたのは———

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当ですの?それ」

「多分そうだと思うよ」

 

 この日、セシリアの元にある意味今1番手に入れたかった情報が入った。

 

「ラウラさんは酸っぱい物が苦手。間違いないのですか?」

「だから多分ね。デュノアさんと話してた内容だけしか知らないけど」

「なるほど……」

 

 今1番手に入れたかった情報、それは『ラウラが苦手な食べ物』。その有力な情報を持っていた生徒にセシリアは密かにコンタクトを取った。

 聞くところによるとラウラとシャルロットが朝ご飯を食べている時の会話を偶然聞いた生徒がいた。彼女が言うに2人は

 

「ラウラ、梅干し食べないの?」

「むぅ…食べれないことはないのだが…」

「もしかして、酸っぱいのダメ?」

「好きか苦手かで言えば、苦手ではある」

 

 と話し合っていたらしい。

 

 

 

 

(これはかなり有益な情報ですわ…)

 

 セシリアは確かな手応えを得ていた。何よりその時の話し相手がシャルロットなのも大きかった。ラウラはシャルロットとはルームメイトでその仲の良さはセシリアもよく知っている。親友同士の他愛のない会話故に信憑性もまた大きい。

 

「問題は何で挑むか、ですわね……」

 

 酸っぱい食べ物といっても色々ある。梅干しやレモンを使った食べ物もそうだ。あまり酸っぱすぎる物を選んで自分も食べられないとなっては本末転倒、今回はより一層慎重に食べ物を選ばなければならない。

 

「梅干しは確定として…あとはどうしましょう…」

 

 酸っぱい食べ物を検索してみるとスーパーに売ってある何種類かグミ系のお菓子がヒットした。だがグミではいくら酸っぱい物が苦手なラウラでもあっさり食べてしまう。

 どうしたものか、と考えを巡らせる頭を気分転換させるためにセシリアはテレビをつける。数人のタレントが街を散策するという人気旅番組である。

 

『いやぁ〜やっぱり川越にきたら菓子屋横丁に行かないとですね』

 

 ふと、タレントの1人が呟いたワードにセシリアは眉をひそめる。

 

「菓子屋横丁…?」

 

 テレビの方へ注目すると、タレントの一行が大通りから横道へと入っていく。石畳で舗装された道の周りのは昔ながらの家屋が並んでいる。レトロな面持ちを醸し出すお店の店頭に並ぶ商品にセシリアは目を輝かせた。

 

「これですわ!!」

 

 セシリアはすぐに菓子屋横丁について調べ始める。検索にかかった情報を一通り精査していったセシリアの表情に一筋の光明が射していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、IS学園の屋上でいつものようにみんな+楯無という面子でお昼ご飯を食べようとする中、ラウラは悶々としていた。

 発端となったのは朝のSHR後、授業の準備を進めているところへセシリアが

 

「今日のお昼は、屋上でご一緒に」

 

 と言ってきた。普段屋上で食べる時の提案は大体一夏からで、その度に期待して行ってみたら案の定みんないるということが恒例で毎回裏切られてきたお昼休みだが、今回に限ってはいつものメンバー全員がセシリアから誘いを受けたのだ。

 そんなセシリアだが、まだ屋上には来ていない。「教室に忘れ物をした」と言ったきりどこかへ向かって行ったのだ。

 

「しかし解らん。セシリアからしたら我々に内緒で一夏だけを誘うこともできたはず。なのに何故…」

 

 この場にいる全員、セシリアの行動に違和感を覚えている。一夏も「セシリアからなんて珍しいな」と言っていた。

 箒の言う通り、他の皆に内緒で一夏だけを誘うことも充分できるし、ヒロインズ全員はそう感じている。普段なら、の話だが。

 

 実を言うと、ラウラはセシリアの行動におおよその見当をつけていた。今日の相手は一夏ではない、自分だ。

 

(前回の勝負から2週間と少し。時期的には何ら不思議ではない)

 

 セシリアは確実に今日勝負を仕掛ける気だろう。そしてタイミングは今、恐らく勝負に使う食べ物を取りに行っているはず。

 故にラウラはまだ持参した弁当に手をつけていない。ふと見ると鈴、シャルロット、簪の3人も弁当箱を開けていなかった。前回の勝負に立ち会った彼女達のことだ、なんとなくだが察しがついているのだろう。

 

「あれ?食わないのか?」

 

 弁当箱を開けようとしない面々に不思議がった一夏が訊ねる。

 

「あぁ、どうせならセシリアを待ってからにしようとな」

 

 勿論嘘だ。今回のコミッショナーはセシリアと鈴。何がくるか分からない以上、無駄に腹を膨らませるわけにはいかない。鈴たちも同じである。

 

「そっか、それなら俺たちも待つとするか」

「それにしても遅いな。どこまで取りにいったのだ?」

 

 勝負のことを知らない一夏と箒もセシリアを待とうと弁当を置く。

 妙な空気が立ち込める中、鈴がラウラに耳打ちする。

 

「ねぇ、セシリア何持ってくると思う?」

 

 ソワソワした様子の鈴に、ラウラは引っかかりを覚えた。

 

「ん?お前とセシリアが選んできたのではないのか?」

「知らないわよ。セシリアからはなんにも聞かされてないし、あたしも勝負のこととかすっかり忘れてたもの」

「嘘ではないだろうな?」

「嘘じゃないわよ。嘘ついて何になるのよ」

「甘い物じゃない可能性も…」

「あるよね。コミッショナーはセシリアだし、てか僕でもそうするよ」

 

 簪とシャルロットも交えてヒソヒソと話し合う4人に一夏と箒が首を傾げる。

 と、屋上の扉が開く音が耳に入る。

 

「お待たせしましたわ」

 

 少し遅れて聞こえてきたセシリアの声に反応した4人は、次の瞬間これ以上ないほどの乾いた笑い声を上げた。

 

「あっ……」

「待て、なんだそのデカいのは」

 

 皆の視線がセシリアに注がれる。正確に言えば腕で携えている紙袋と、やたらと細長い物体に。それも2本ある。

 

「ラウラさん」

「な、なんだ?」

「この2週間、わたくしはずっと考えてきました。どうしたらラウラさんに勝てるのか?細かい情報を収集したおかげで打開策を見出しましたわ。ラウラさんはいつも『自分が好き』なもので勝負を仕掛けてきましたわね?」

「あっ………」

「この日のために、わたくしも策は練ってきましたわ。そしてようやく1つの結論に至りました。

 

 

 

 

『ラウラさんが苦手なジャンルで戦えばいい』と!」

 

 そう言うとセシリアは紙袋をレジャーシートの上に置く。全員呆気を取られるが、一夏と箒、それ以外とはリアクションが違う。

 紙袋の中身は全て食べ物。なのだが、ラウラは気付いてしまった。この中に甘い物が1つもないことを。

 

「そ…そうか。う、うむ、なるほど、セシリアの決意はよ、よくわかった」

「ラウラあんた明らかに狼狽てるけど」

「それより、そのデカいのはなんなのだ?それが1番気になる」

 

 一際異彩を放つ細長いお菓子、セシリアはそれを構えて「ふふん」と笑う。

 

「ふ菓子、ですわ」

「ふ、ふ菓子だと…?」

 

 元々ふ菓子は江戸時代から存在している物だが、皆がよく知る駄菓子としてのふ菓子の登場は昭和になってから。砂糖や飴が染み込ませてあり、60、70年代の子供にとっては慣れ親しんだ、まさしく駄菓子屋の顔。

 ラウラやシャルロットもレゾナンス内のお菓子コーナーでふ菓子を見たことはあるが、今セシリアが携えているものは明らかに普段から見知ったサイズではない。

 

「セシリア、もしかして川越に行ったか?」

 

 特大ふ菓子に心当たりがある箒がそう聞くと、セシリアは「ええ」と頷いた。

 ラウラは素早く自身のスマホで【ふ菓子 川越】と検索をかける。

 

「………」

 

 やがてスマホを静かに置き、盛大に溜め息をつく。鈴と簪も横で頭を抱えている。

 それもそのはず、埼玉県川越市にある松陸製菓が作るふ菓子は『日本一長いふ菓子』として特に有名な駄菓子である。全長は95センチとぶっちぎりで長い。

 

「日本一長いふ菓子って…あたしに何も知らせずにそんな…」

「わざわざ現地に赴いて買ってきたのか…」

「何が恥ずかしいって持って帰る時ですわ…電車を利用しましたのでとにかく目立って目立って…」

「いいわよそんな話は。で、こっち何よ」

 

 鈴が別の紙袋を開けると、中から饅頭が入っている箱が出てきた。

 

「何これ、饅頭じゃん」

「十万石まんじゅうですわ。でもこれは勝負には関係ありませんわ。ただのお土産です」

 

 「大宮駅で買いましたの」と付け加えてセシリアは十万石まんじゅうを仕舞う。少しラウラが残念そうな表情を浮かべていると、また違う食べ物が出てくる。

 

「次はこれですわ。瓶ラムネという駄菓子ですわ」

「あ、懐かしい」

 

 セシリアが取り出す駄菓子に一夏を始めとした日本勢はついつい反応してしまう。彼らにとっても駄菓子というものは子供の時から親しんだ食べ物。無理もない話なのだ。

 

「それはなんだ?中になんか入っているのか?」

「中にラムネの粉が入っていますわ。酸っぱいわけ

「………」

 

 セシリアは袋の中から瓶ラムネを数本取り出す。

 

「4本あるのか?」

「4本ありますわ」

「1人1本ずつか?」

「1本ずつですわ」

「うーーーん………」

 

 唸るラウラのリアクションを面白がっているセシリアが次の駄菓子を取り出す。

 

「こちらは花丸せんべいですわ」

「それはどういうものなのだ?」

「普通のせんべいですわ。それにこの、ジャムを…」

「なるほど、付けて食べるわけだな?」

「そうですわ。そしてこのジャムが、梅ジャムと言いまして」

「ふふふふふふ……」

 

 どう考えても嫌な予感しかしないワードに思わずラウラは苦笑する。そして予想通り2度目の「酸っぱいわけ」が刺さる。

 

「いやしかし黒みつ付きと書いてあるから、黒みつでもいい…」

「………………」

「あ、あぁ〜買ってきたのかぁ」

「勿論、別に買ってきてありますわ」

 

 少し余裕が無くなり始めてきたラウラを嘲笑うかのように、ジト目を浮かべるセシリアが何も言わずに梅ジャム数袋を置く。

 

「そして大将戦はやはり、最後はデザートということで………」

 

 デザート、という単語にラウラの気持ちは僅かに持ち直す。

 

「お、デザートがあるn………か………」

「丸々1パックですわ」

 

 自身のメンタルにトドメを刺さんとばかりに取り出された梅干しに、ラウラだけでなく鈴と簪も苦笑する。

 

「ラウラさんにはこれを全て食べると」

「なっ!?これを全部だと!?食べたことないぞこんなに!」

「選んでも構いませんわ。どちらかを、そちらかこちらか」

 

 案の定別の梅干しが登場し、ラウラにはもう笑うしか選択肢がなかった。

 

「これ、私1人、大将だけでか?」

「そこはやはり大将戦ですので」

「お前も食べるんだぞ…?」

 

 震えた声を絞り出すラウラに、セシリアはきっぱりと言い放つ。

 

「承知していますわ。だからこそ梅干しを持ってきたのですから」

 

 間違いなくセシリアは勝ちに来ている。梅干し丸々1パックという重荷を自分から背負っていく辺り、本気であることが窺える。

 

「でも1人はキツいんじゃないかな…」

「簪もそう思うか?」

「うん、だってこれじゃあこっちの負けが目に見えてるし…」

「よく言ってくれた簪。これは卑怯だぞセシリア!」

「いやいやいやいやいや…」

 

 不満を垂れるラウラ組。そこへセシリア組の鈴が待ったをかける。

 

「あんた真夜中に奇襲までして、何この期に及んで卑怯って言ってんのよ?卑怯もクソもないわよ。うちの大将は常に劣勢に立たされてたんだから」

 

 「そうかそうか」とラウラが頷く。会話についていけない一夏と箒を置き去りにしながらまだまだ白熱の議論は続く。

 

「鈴、うちの大将だって甘い物に関してはハンデを背負ってきた」

「そうだ。1粒食べていいとか、そういうもあったっていいだろう」

「そうねぇ…」

「ちょっとくらいハンデを…」

「そりゃそうだ」

「えー?どうするセシリア、アイツらなんか言ってるけど」

 

 鈴の問いに、セシリアは黙ったまま答えようとしない。数秒の間沈黙が続いたのち、セシリアの沈黙の意味を汲み取った鈴は決断した。

 

「うん、ノーだ」

 

 瞬間、その場にいる全員から爆笑が起こるのであった。

 



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別れは突然に

 まさか2か月も間が開くとは…

 今回は短編が2つ、対決学園の続きではないお話です。そして今話のセシリア達は20歳ぐらいです。


「嫌な予感がする」

 

 開口一番、ラウラが言う。

 

 

 

 

 IS学園を卒業してから数年。祖国での仕事が落ち着いたある時、セシリアはラウラから

 

「あの4人で旅行にでも行こうではないか」

 

 と誘われた。言わずもがな『あの4人』とはセシリア、鈴、ラウラ、シャルロットのことである。

 他の3人もすでに承諾しており、セシリアも丁度スケジュールが空いていたため行くことになった。

 

 行程はまずイギリスにあるオルコット邸を起点として、ユーロトンネルを通りフランスに上陸。『どうせなら長く旅を楽しみたい』という思いからあえてスイス・イタリア経由と遠回りして、南フランスの田舎町にあるシャルロットの生家を終着点とする中々大規模な旅となった。

 

 数日前、一行はオルコット邸を出発。フランスに向かう道中でラウラが立ち寄ったお土産店でプーさんの風船を買っていた。

 その後はフランスはパリで一泊し、スイスに入国。【アルプスの少女ハイジの家】を見物して、その日は東へ舵を取りリヒテンシュタインという小さな国で一泊。

 そして日が明け3日目、スイスとイタリアの国境へ向かう途中、事件は起きたのであった…………。

 

 

 

 

「なんかモノが落ちてきたような…ドンって音がしたわよね?」

「うん。でもなんともないよ?」

 

 鈴もシャルロットも先程起きた事態に戸惑いを隠せない。

 というのもイタリアへ向け走行している最中、突然車内に『ドン!』という強烈な音が響いたのだ。運転していた鈴は慌てて路肩に車を停め、全員外に飛び出し周囲を確認したのだが、車の外観には全く変化がない。

 

「わたくしは落石があったのかと思いましたが…」

「もしくは道に落ちてた石か何かを踏んでぶつかったのかなって思ったけど、どうもそういう原因じゃ無さそうだし…」

 

 改めて車のボディを見やる。どこか凹んだわけでもないし、キズがついたわけでもなくセシリアと鈴が唱えた説は考えにくい。

 

「1つ考えられることがある」

 

 真剣な面持ちで、ラウラはトランクに手を置く。

 

「この中に、私の愛しのプーさんがいる」

 

 ラウラがイギリスで買ったプーさんの風船は、移動中は車のトランクの中に仕舞われていた。

 

「それでここからが本題なのだ。気圧の関係でまさかとは思っているのだが…」

「この辺りは標高2000メートル超えてるからね……」

 

 平均標高は1307メートル、国土のおよそ2割が標高2000メートル以上という高山地帯にあるのがスイスという国だ。

 そして気圧は高度が高くなり空気が希薄になればなるほど低下する。高山でお菓子の袋が膨らむのはこの気圧の変化によるもの。ラウラ達がいる位置は標高2000メートルの高地、風船の中に詰まっているヘリウムガスが気圧の変化で膨張するには充分すぎる高度。つまり、

 

()()()()………()()()()()()()()()()()

「忘れちゃいけないのは、リヒテンシュタインでオヤジがプーさんをパンパンにしてくれたってことよ」

 

 旅の途中、リヒテンシュタインで出会った玩具屋を経営する気さくなおじさんの手により、長旅ですっかり萎み切っていたプーさんは空気を入れられ再び浮く力を取り戻していた。その時、おじさんはプーさんをめちゃくちゃパンパンにしていた。

 

「では、見るぞ…」

「プーさんが無事であることを祈っていますわ…」

 

 意を決してラウラはトランクに手をかける。セシリア達が固唾を飲んで見守る中、ラウラはゆっくりと、僅かにトランクを開け覗き込み———

 

「あ」

 

 バンっ!トランクを閉めた。確実に、ラウラは何かを見た。

 

「どうしたの?」

「あ、ラウラまさか…」

 

 頭を抱え項垂れるラウラにシャルロットが声をかけ、その様子に全てを察した鈴は苦笑いを浮かべる。

 ラウラが重苦しい動作でトランクを全開にする。そこには………

 

 

 

 

 

 

 

「プーさぁぁぁぁぁぁあん!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ………生地に大穴が開いたプーさんが無残な姿で横たわっていた。

 

「プーさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあん!!」

「プーさん…」

「ああああああ………」

 

 皆が吼え、セシリアも色んな意味で言葉を失う。すっかり平らに変わり果てたプーさんを持つと、なんとも言えない気持ちが込み上げてくる。

 ぺしゃんこになったプーさんを見て、セシリアはどこか清々しい様子で語りかける。

 

「でもどこか、いい死に…、いい顔をしているではありませんか」

「顔は変わらんぞ」

 

 ラウラの冷静なツッコミに、セシリアは苦笑いを返す。

 

「笑顔で死んでいったわよ…」

「満足そうなお顔ですわ。嬉しかったのかもしれませんわね」

「嬉しかった、か…」

 

 意気消沈したラウラは、プーさんを眺めながらポツリと漏らす。

 

「ここまでこれてね…」

「イギリスから、フランスを経てスイスにまで来たのですから」

「ラウラ。プーさんはね、イギリスから出たことなかったんだよ」

 

 諭すように語りかける仲間に、ラウラは静かに顔を上げる。

 

「できることなら、ドイツの土を踏ませてやりたかった」

「そうね、踏ましてあげたかったわね…」

 

 フッ、とラウラは微笑みを浮かべる。

 

「まぁずっと浮いてるから踏むことはないんだが」

『あはははははははははは!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たまにはこういう旅もいいものですね」

「どうかしらね」

 

 くすりと微笑むセシリアに、鈴が素っ気なく返す。

 休暇を使って日本に訪れた彼女達は本来なら京都を観光するつもりだった。しかし今セシリアと鈴は何故かカブに乗り、2人の後を追いかける車にはラウラとシャルロットが乗車している。ちなみにラウラが運転。

 これも例に漏れず京都観光は3人が策した嘘っぱち。またもや騙された鈴はラウラの提案した西日本〜九州走破の旅に付き合っているのだ。城崎温泉、鳥取砂丘と廻り現在は山口県に向けて走行中。

 

「だいたいアンタらいいわよね、車でさ。こっちかなりつらいのよ。ラウラが言い出しっぺなんだからラウラもカブ乗りなさいよ!」

 

 後方を追走するラウラ達に鈴がボヤく。カブ組2人には無線を預けているため鈴のボヤきは運転席のラウラに届いている。

 

「仕方ないだろ。この車にはお前らの荷物も土産も入っているのだぞ。それに車の免許持ってないのだろう?どのみち車には乗せられん」

 

 互いに20代前半、この面子で車の免許を持っているのはラウラとシャルロットだけだ。

 

「だったら助手席に———」

「つべこべ言わず走れ。今日中にはどうにか山口県に入るぞ」

 

 これ以上言っても仕方ないと、鈴は運転に意識を切り替える。

 なんだかんだで旅を続けて3日目。鍛えている分体力はまだ余裕があるが、500キロにも及ぶカブでの長距離移動に鈴はそれなりにへばってきていた。

 対するセシリアはまずカブに乗ることが新鮮で、温泉や砂丘を廻ったりしたお陰で結構楽しんでいる。

 

「それにしても鈴、その荷台のやつ揺れてるな」

「そうでしょ?この張子の虎、1万5000円ぐらいするから」

 

 鈴のカブの荷台に積まれているのは出雲の民芸品としても知られる張子の虎、それなりにお値段が張っており、1万もはたいた。

 

「わざわざこれを留める金具だって買ったんだからさぁ」

「虎もどこか、のどかに揺れてるね」

「そう?」

 

 助手席に座るシャルロットが張子の虎に目をやりながら言う。

 

「あぁ、随分気持ちよさそうだぞ」

 

 風に吹かれて、張子の虎の首がゆらゆらと揺れる。

 

「まぁ〜虎もお店にいるよりか、カブか何かに乗せられて走ってる方がいいに決まってるじゃないのー」

 

 「そうだな」とラウラも朗らかに言う。しかしこの時、のちに悲劇が起きることを彼女達は知る由もなかった。

 

 のどかな風景に目をやりながら走ること幾分か。天気も快晴で気分が良いのか鈴とセシリアは鼻歌を口ずさんでいる。だが、2人の後を追走する車に座しているラウラとシャルロットは張子の虎に起こった悲劇を目の当たりにする。

 

「あれ…ちょ、ラウラ!?」

「あっ、あっ!」

 

 一瞬の出来事だったが、2人は決して見逃さなかった。

 前を走る鈴のカブ、その荷台に積まれていた張子の虎の首が、振動による拍子で道路に落下してしまったのだ。

 咄嗟にハンドルを左に切り、落下した首を避けたラウラは異変に気付いていない鈴とセシリアに無線を送る。

 

「鈴、セシリア。少しストップだ」

『え?』

『どうかしましたか?』

「近くに停まっておいてくれ」

『分かりましたわ』

 

 ラウラの指示通り、2人は近くの路肩にカブを停める。そして少し遅れて車も到着。バツの悪そうな笑みを浮かべたラウラとシャルロットが降りてきた。

 

「鈴ちょっとこれ…外させてもらってもいいか?」

「えっ?」

「外させてもらっていいかな?」

「え?いや、突然なんで?」

 

 いきなり虎を外すと言われ、鈴は疑問をぶつける。対するラウラとシャルロットは変わらず気まずげに張子の虎を見やる。

 

「いや、その…首が…」

「首が無くなってしまったのだ」

「首がぁ!?」

 

 ラウラから告げられた衝撃の事実に鈴は目を見開き、張子の虎を見るや「あああ!?」と声を上げる。

 

「あ!?いやいやええ!?何よぉぉ…!」

 

 鈴はカブから降り、改めて首が無くなった張子の虎を見る。

 

「やはりその、首振りだから、ここしか固定できてないから恐らく揺れか何かで落ちてしまったのだろう」

「運が悪かったんだよ、虎さんは」

 

 予想外のハプニングに絶句していた鈴だったが、なんとか落ち着きながらラウラにあることを確認しようと歩み寄る。

 

「あれ、じゃあさ…勿論見つけてくれたのよね?」

「何を?」

「首を」

 

 首が無事な可能性に縋る鈴だったが、ラウラは苦笑しながら首を横に振る。

 

「無かった」

「無いの!?首無いの!?是が非でも探してきなさいよ!!」

「いやもう無いんだって鈴!もう無いの!」

 

 シャルロットから強めの口調で諭され、鈴は口ごもる。

 

「というわけでこれは撤去するぞ。虎というのは、ホントに呆気ないものなのだな…」

「こういう風になっちゃうんだよ…虎っていうのは」

「呆気なく終わるのだモノというのは」

 

 意味不明な理論を語りながら虎を取り外すラウラとシャルロット。しかし、ここまで静かに様子を見てきたセシリアが何かに気が付いた。

 

「あの…ラウラさん…?それは一体…」

 

 セシリアが指摘した先には、ラウラの手に握られている何かの破片があった。指摘されたラウラはギクっと目を逸らし、破片に目がいった鈴は張子の虎に起こった最悪の事実を知ることになる。

 

「いや…これ…」

「これ何よ…?」

 

 困惑を隠せない2人に、ラウラは笑みを浮かべているが明らかに目は泳いでいる。

 ラウラから破片を取り上げた鈴はポツリと呟く。

 

「これ虎じゃないの?ねぇ?ラウラ?」

「違う………」

 

 力なく答え、鈴から破片を取る。

 

「これ虎じゃないよ」

「これはその………道路に落ちてた」

「ええ!?」

「…もう1回見せなさいよ」

「ダメだよ鈴!」

 

 鈴がまた取り上げようとするがラウラとシャルロットも抵抗する。

 

「見るな!見たらダメだ鈴!!」

「これあたしの虎じゃないのアンタ!!」

「違うって!」

「あたしの虎でしょコレ!だってヒゲじゃないのよコレ!こっちは目じゃないの!」

 

 落下した首の破片を見せつけながら鈴は捲し立てる。

 

「アンタあたしの虎轢いたのね?」

「……………はい?」

「アンタ轢いたんでしょ!?」

「我々ではないぞ!!」

「あたしの虎を!」

「我々じゃない…!」

 

 色々おかしくて笑ってしまっているラウラだが、虎の首を轢いたことは頑として否定する。何故かセシリアも大爆笑しカオスな状況に。

 

「轢く………」

「鈴、虎のことは忘れてくれ…」

 

 張子の虎に起こった惨劇に、鈴はよろめきセシリアも「酷すぎる…」と言葉を失う。

 

「これだけは分かってほしいが、虎を轢いたのは我々ではない。我々はしっかり避けたしドライブレコーダーにもその記録は残っているはずだ。避けたが後ろから何台もきてたから…。大きいトラックも通っただろ?」

 

 弁解するラウラの様子からして、本当にしっかり避けたのは事実なことはなんとなくカブ組2人も察した。だが同時に納得いかない考えが鈴の頭をよぎっていた。

 

「じゃあアンタ達あれよね?」

 

 鈴はジト目で睨む。

 

「な、なんだ?」

「あたしの虎がよ、大きなトラックに轢かれる様を黙って見てたのね?」

「黙ってなど見てはいないぞ!」

「勿論ね!まだ彼の生死が確認できるのであればアンタまず道に出てってさ、止めるのが人間よ!?」

「いや私が現場に行った時はもう、もう逝っていた………」

 

 ラウラから力弱く発された残酷な一言に、鈴は悲しげな表情を作る。

 

「もう逝ってたの…?」

「だってヒラヒラ飛んでたもん。転がってなかったもん」

 

 更に残酷な事実がシャルロットから告げられる。

 ラウラの指示によって撮影された十数秒の動画には、大型トラックが通り過ぎる度に空を舞っている首の破片が映っていたという。

 あまりに哀愁漂う動画に、何呑気に撮ってんのよ、というツッコミすら口に出せず鈴とセシリアはその事実を受け入れた。

 

「いいな…?直せるものなら直すぞ私だって。張子を作ったことなどないさ、無いけど精一杯やるぞ」

 

 破片を持ちながらそう言うラウラの姿がそれはそれは痛々しく写った。

 首の破片を手に取った鈴は、消えるような声で呟いた。

 

「彼は新聞なのねぇ………基本的には…」

 

 どんよりとした空気に似合わない迷言にラウラは笑いながら「そうだな…」と答えた。

 その後も止まることなく山口へ向けて旅路を続けていったが、車に乗るラウラとシャルロットから、鈴の背中はどこか寂しげに写ったそうな……。



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#対決学園 セシリアvsラウラR3 後

 お久しぶりです。


 

「おかしいよ!」

「おかしくないわよ!」

 

 副将同士で口論が起こるが、それを制したのはラウラだった。

 

「いや、いい簪。ハンデは要らん」

 

 ラウラがニヤリと不敵に笑う。

 

「これで私が勝ってみろ、もう奴らは勝てないぞ?酸っぱいものでもダメかぁ、となるぞ?」

「じゃあハンデは無くていいわね?当たり前だけどさ」

「あぁ、無くていい。簪、見てろよ」

 

 ラウラの宣言に、鈴とセシリア、簪も不敵な笑みを浮かべるのであった。そして終始、一夏と箒は会話から置いていかれていた。

 

「ふ菓子は1本丸々だとごちゃごちゃしてアレだから半分ずついこうか。で、まずあたし達副将が食べて、その後に大将が」

「承知した。残りを食べればいいのだな?」

「そうね。これが無くなった時点からこのラムネに入っていくっていう」

 

 鈴はルール説明をしながらシートの上に置かれた駄菓子の山の中から瓶ラムネを取る。

 

「これは食べ方があってね。中に粉が入ってんのよ」

 

 瓶ラムネを上下に振ると、シャカシャカと音が鳴る。

 

「こうストローを刺して、中の粉を全部吸ってもらうから」

「まず吸うのか?容器ごと直接かぶりつくのではなく」

「吸うわよ。粉が全部無くなったなー、ってタイミングで殻を全部食べると」

 

 続いて取り出されたのは花丸せんべい、そしてラウラ1番の懸念材料、梅ジャム。

 

「1つ間違えないでもらいたいのは、あくまでメインは梅ジャムを食べることですので」

「その辺の食べ方は自由で構わないな?」

「はい。まず梅ジャムを全部先に飲んで頂いてせんべいを食べる、というのも作戦の1つですわ」

 

 その後のルール設定で、さすがに1人ではキツいということで花丸せんべいと梅ジャムはチーム2人が共同で参戦することも決定。

 

「そして、これが終わったところで」

「大将戦。梅ジャムを食べた勢いで流れ込んでもらうわよ」

 

 大将戦に選ばれたのは勿論梅干し。大将1人で約30個全部食べるという、まさに至極の対決となっている。

 

「では、まずどれくらい酸っぱいかを確かめてもらうために」

 

 セシリアはラウラに渡された梅干しの容器を開け、蚊帳の外に置かれている一夏と箒に目を向ける。

 

「一夏さん、箒さん。少し試食してみてくださいな」

「え?いいのか?」

「なら、頂こう…」

 

 一夏と箒はそれぞれ梅干しを1個ずつ手に取って口の中に入れる。

 

「昔ながらの漬け方らしいですわ」

「見るのも嫌だな………」

 

 一夏と箒がうんざりとした表情で愚痴るラウラを横目に梅干しを味わっていると、「おおっ…」「うーん……」と唸り、苦笑いを浮かべる。

 2人のリアクションから、相当酸っぱい梅干しであることを瞬時に察したラウラが作り笑いを見せる。

 

「どうした…?」

「ラウラ、セシリア。この梅干しは遊びのない梅干しだ…」

「よくあるだろ?甘い梅干しとかカツオ風味とかそーいうちょっとした工夫が施されているやつ。この梅干しはそういった遊びが一切ないぞ」

 

 つまり、普通に、ガチで酸っぱい梅干しである。昔ながらは伊達ではない。そんな梅干しを早食いで30個となると塩分摂取がとんでもないことになりそうだが、お互い引くに引けないところまで辿り着いていた。

 

「分かった。ということでセシリア早くやろう。もう私は正直耐えられん」

「お昼休みも限られてるし、ちゃっちゃとやっちゃおうか」

 

 対決する4人はそれぞれ半分に分けられたふ菓子を片手に持つ。スタートの音頭を取る箒は「ごほん」と咳払いをする。

 

「準備はいいか?」

「はい」

「えぇ」

「うむ」

「うん…!」

「ではいくぞ…………構え!!」

 

 鈴、簪はすぐにかぶりつけるように、ふ菓子の先端を口元に近づける。

 一夏も固唾を飲んで見守るが、今この時においては、彼の視線が気にならない程に4人の集中力、戦いに勝つという意識は極限状態にまで達していた。

 

「よーい……………始めッ!!」

「よしいけ簪!」

 

 こうして、対決学園何戦目か分からない戦いの火蓋が切られた。

 

 

 

 

「あーっ!もっさもさするコレ!」

「水、水………」

 

 鈴、簪の2人はほぼ同じタイミングでふ菓子をかっ食らう。が、思うように喉を通らない。冷静に分析していたラウラはその理由を見極めていた。

 

「これは水分だな…」

 

 ふ菓子はただでさえ口の中の水分を持っていかれる上に、水分補給は自販機で買った缶のお茶1本のみ。鈴も簪も早々にお茶を流し込んでいくが、これが後々展開を大きく左右することになる。

 

「飲み込め飲み込め、簪慌てる必要はない。無くなってから入れればいい、慌ててはダメだ!そうだいいぞいいぞ!」

 

 ふ菓子を口いっぱいに含んだ簪がコクコクと首を縦に振り、ふ菓子とお茶を交互に口に入れていく。

 

「鈴さんその調子ですわ!」

「ふんがっが!」

「簪!簪!焦るな、焦るな!アイツは絶対に自滅する!」

 

 お互い大将直々の激を飛ばされながら、一心不乱にふ菓子を減らす。

 

「ははははははは!アイツ噴き出したぞ!今だ簪!リードを広げろ!そうだ一定のリズムを刻んでいけ!」

 

 噴き出して動きを止めた鈴を尻目に、簪はどんどんふ菓子を食らう。

 

 しかし簪の攻勢に対してある懸念を抱いている人物がいた。一夏と箒、審判であるシャルロットだ。

 彼らが気になったのは簪のお茶の量だ。お茶は1人につき1本支給されていて、それ以上はない。しかもまだせんべいに梅ジャム、梅干しとお茶を使うべき大物を残している。水分を消耗するふ菓子をどれだけお茶を残した状態で食べ切るかが、ある意味この戦いの行く末を分けることになる。

 鈴はお茶を飲み込む量を少なくした上でふ菓子を食している。しかしここまで簪はハイペースでお茶を飲んでいた。見立てが正しければ、簪が飲めるお茶の量は既に半分を切っているはず、大丈夫なのだろうか?

 

 そんな懸念も露知らず、「どこを見ていますの…」とセシリアからツッコミをもらいながら簪は爆進、少し遅れて鈴が続く。

 

「勝ってるぞ!飲め飲め飲め!いいか、私は梅干しが食えん。だからここでリードを取るんだ」

 

 そしてついに簪のふ菓子があと一口で食べ切れるサイズになる。

 

「いいぞ焦るな簪、そこで最後だゆっくり食えばいいんだ」

 

 最後の締めとばかりに流し込んだお茶と共に飲み込んだ簪が「あ!」と口を大きく開ける。この合図がテレマークとなる。

 合図を貰ったラウラが食べ始めたと同時に鈴もセシリアへバトンタッチ。これでもまだほぼ互角。

 

「セシリア、これ給水ホント大事だから」

「私はもうお茶が全部無くなった」

「は!?」

「あははははは!」

 

 簪の口からさらりと戦局を左右する爆弾発言が投下され、鈴は爆笑、ラウラは一瞬狼狽たが食らう速度は緩めない。

 

「かなりの給水が必要よこれは。あっでもセシリア早い早い!あははははは!」

 

 普段の振る舞いからは想像もできない齧り付きでラウラを追うセシリア。そんな追撃を振り切らんとばかりにラウラも一定のペースでふ菓子を食べ続けていく。

 

「あたしまた恐いよ、ラウラ笑わなくなってきたよ」

「どこ見てんのそれ…?」

「ホントどこ見てんのもう虚空見てるんだけど」

 

 鈴と簪の解説が入る中、一歩先をいっていたラウラが口を開けて「はい!」と叫ぶ。それと同時に簪は瓶ラムネを開封、中身の酸っぱい粉をストローで吸い始める。

 

「さぁセシリアはテレマークがつくのか!」

「吸え吸え吸え、大丈夫だ、リードをとっていけ」

「はい!!」

「はい!テレマーク!」

 

 少し遅れて鈴も瓶ラムネを吸い始める。しかしその酸っぱさに「うわっ…!」とむせてしまう。

 

「どうだ!?どうだ簪!頑張れ!頑張れよ!焦る必要はないぞ。無くなったか?」

 

 粉を無くなったことを確認した簪は首を小さく縦に振る。

 

「よし食え食え食え簪!!でもお前お茶ないって言ってたよな…?」

 

 ラウラからの捲し立てに応えるように簪は一心不乱に瓶ラムネの容器へと齧り付いていく。簪のお茶が尽きたという不安要素が心配だが、現状その不利を感じさせないスピードで瓶ラムネを頬張っていく。

 

「リードはしてる…リードはしてる」

「あ」

「よしいいぞ!!」

 

 テレマークを合図にラウラが瓶ラムネの封を切る。それから少し経って鈴も完食、セシリアも瓶ラムネに取り掛かる。

 

「あはあはあは…!!」

 

 しかしラウラが瓶ラムネの酸っぱさにむせて足が止まる。シメたとばかりにセシリアが猛追。結果、先に粉を吸い切ったセシリアがここにきてラウラ達から初めてリードを奪う形になった。

 

「それ無くなったらこれ(梅ジャム)に団体戦で挑めるわけだからね!いいわよセシリア!リードしてるリードしてる!」

「まずい…リードがあまり広がってない」

 

 ラウラが思ったより瓶ラムネに苦戦したためかセシリアにリードを詰められ、2人はほぼ同時のタイミングでテレマーク、ついに両チームが並んだ。

 

「どうするラウラ!」

「ジャム!ジャムいけ!自分で食え!自分で食え!自分で食え!」

 

 次の食べ物は花丸せんべいと梅ジャム5袋、梅ジャムが曲者である以上拮抗した戦いになると思われた。

 だが大勢の予想に反して、1人の人物が覚醒を遂げる。それに最初に気付いたのはシャルロットだった。

 

「セシリア全部ジャム食べてる!」

「あははははは!セシリア直でジャム食べてるはははははは!!」

 

 何とセシリアは梅ジャムを花丸せんべいに付けることをせず、直で吸って食べる作戦に出たのだ。これには鈴も大爆笑、ラウラと簪、ギャラリーの一夏達も呆気を取られて固まっている。

 セシリアの覚悟に怯んだもののすぐさま追いつかんと3人は曲者梅ジャムに食らいついていく。

 

あぁ酸っぱい!酸っぱいぞコレ!」

「すっぱーい!!」

「簪!せんべい全部私が食べるからジャム食べてくれ!」

「えぇ!?」

 

 予想を超えた酸っぱさにラウラはとうとう梅ジャムを全部簪に擦りつけ、自分は花丸せんべいを食べる作戦に打って出る。

 

「いや酸っぱいわよコレ!セシリア酸っぱいってコレ!」

「あぁ!ああああっ!!」

「酸っぱい酸っぱい酸っぱい!!」

 

 その酸っぱさに鈴と簪が悶絶する横で1人黙々と食していたセシリアは再び梅ジャムを直吸いで口に入れていく。それも1袋だけでなく一気に3袋も。

 

「簪、ジャム全部食え」

「んんんんんんんん!!」

「わたくしはジャム無くなりましたわ」

「ははははははははは!!」

 

 1人で梅ジャム4袋完食という荒業を成し遂げたセシリアにもはや笑うしかない鈴。

 

「いいな、ジャムだけ食え」

「何なのこれ…」

「簪、ジャム無くせ早く」

「んんん…」

 

 簪へ対するブラックすぎる無茶振りに鈴とセシリアが苦笑いを浮かべる。そんな中ようやくラウラ・簪ペアも梅ジャムを完食、花丸せんべいに取り掛かる。

 

「全然すぐ終わらないじゃないかコレ、すごい沢山あるぞ!」

 

 思ったより枚数が多い花丸せんべいに毒づきながらも先程の梅ジャムとは違ってスピードを上げて食していく。

 

「やばいな…」

「ウチら勝ってるわよリーダー!」

「まずい!無くなったぞ向こう!」

 

 ついにセシリア・鈴ペアが花丸せんべいを完食。鈴のテレマークを合図に最終戦、梅干しの蓋をセシリアが開けた。

 

「いけるいける!勝てる勝てる!もらったわよこの勝負!!」

「あっ!」

「無くなった無くなった!大将梅に入った!」

「いけラウラ!頑張って!」

「あっはっはっはっはっはっはっは!!」

 

 ラウラも最後の梅干しを怒涛の勢いで口の中へと押し込んでいく。

 

「無言です!無言ですラウラ!」

 

 喧しい外野(主に鈴)に目もくれず死に物狂いで梅干しを頬張っていたラウラだったが、ついに決定的な瞬間が訪れた。

 

「ぐああああああああああ!!!!」

 

 ラウラが目にしたのは、セシリアの梅干しがあと1個になった瞬間だった。敗北を突きつけられるには充分すぎる決定的な一撃に表情が歪む。

 

「あははははは!ラウラの顔が苦痛に歪んでいます!!ラウラの顔が…!苦痛に…!」

 

 完全に手が止まったラウラを他所に、セシリアが最後の1個を悠々と口へ運んでいく。

 

「あーセシリア食べたセシリア食べた!」

 

 そして最後の1個を充分に堪能したセシリアは静かに、高らかに宣言した。

 

「ごちそうさまでしたわ」

「しゅーーりょーーー!!!!」

 

 鈴の終了宣言を前に、ラウラは朦朧としたまま俯いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」

「やったああああああああああ!!」

 

 魔神ラウラを撃破した喜びに沸くセシリアと鈴。セシリアからガッツポーズが出る一方ラウラは敗北の悔しさから自身の膝を叩く。

 

「これはやっぱアレよねー。梅までにリードできなかったのがつらかったわね、見てた感じあのせんべいに手こずってた感あるわ」

「そうだなぁ………でもそれ以上にあれだな」

 

 喜びから落ち着いた鈴が冷静にラウラ達の敗北を回顧していく。鈴の回顧を聞いていたラウラは横にいる簪を見てボソッと呟く。

 

「お茶飲みすぎだなぁ…」

「いやだからふ菓子のところでお茶を使い果たしたことが敗因よね」

「簪は序盤でお茶を飲みすぎたなぁ…」

「ラウラ、私だけに責任なすりつけるのは良くないと思う」

「何だと?」

「『梅ジャムだけ食え』はさすかに酷い」

「はははははは!」

「梅ジャム5つはキツかった…」

「そうか……私としたことが明らかに作戦ミスだったか」

 

 早々に簪のお茶が底を尽きたこと、酸っぱい物が食べれないラウラの無茶振り、それらが巡り巡った結果この敗戦に繋がってしまった。

 

「済まない簪、私は大量の梅を前に自分を見失っていた」

「初めて見たよあんなに弱ったラウラ」

「これがあんこ団子なら私はいくらでも平らげてやるぞ。それこそ一坪ぐらい食べてやるさ30坪ぐらいの家建ててやるさ」

 

 「でもこれは食べれなかったな…」と空になった梅ジャムやせんべい、梅干しの容器をしみじみと眺める。

 

「——でもまた簪を投入して負けたな私…」

 

 ラウラは頬杖をつきながら簪へ不満を吐く。レゾナンスでのソフトクリーム戦の時のようにこれまでも何度か取りこぼしているが、大体原因は簪だった。

 

「お茶飲み干しちゃったのがもう、ね」

「お茶飲み干したのはさすがにな…」

 

 「うーむ…」と暫く考え込んだ末、ラウラは1つの結論に至り、簪にそれを告げた。

 

「簪、お前もう出なくていい」

「えっ!?」

「これからは私が1人でセシリアと戦る」

「ははははははははは!!」

 

 ラウラの下した決断に目を見開く簪、それを見て爆笑する鈴、その光景を何が何だかといった様子で見つめる一夏らギャラリー。そんなこんなで、今日も何でもない日常が過ぎていくのだった。



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#瞬間爆速彼女

コイツハヤッテハナラナイコトヲオカシタ
元ネタ https://m.youtube.com/watch?v=A6dLqSi4p0I


 

 某日。IS学園の学生寮にて。場所は凰鈴音とティナ・ハミルトンの部屋。

 

「よいしょっと」

「その一言いる?」

 

 部屋にはルームメイトの鈴とティナ、そして2人に呼ばれた谷本の3人が用意された椅子に座っていた。

 

「えーと…あれ何しようとしてたんだっけ」

「いやいや鈴さんが呼んだんだからね?」

「あ、そうだ。今度の週末シャルロットの誕生日なのよ」

「そういえば来週だったね」

「それでみんなで誕生日パーティーをやろうって話になって、あたし達も何か用意しようってことになったのよ」

 

 去年は色々立て込んでて出来なかったシャルロットの誕生日パーティー。鈴達も2年にあがり多少の余裕が生まれたということで、今年こそやろうという流れになった。

 

「じゃあ早速準備に取りかかるわよ」

「おっけー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ結局もう用意してるんだけどね」

「あぁ言った!言っちゃったよこの人」

 

 

 部屋の隅で山積みになっている品々。先程買ってきたシャルロットへのプレゼント候補と、ついでに自分達用のお菓子などなど。

 

「後悔してる?」

 

 ニヤけながら鈴が聞く。

 

「後悔は…………すっっっっっごいしてる」

「多分これからの人生考えてもトップレベルで酷い買い物したと思う」

 

 普段買い物といえばショッピングモールのレゾナンスが最適なのだが。今回は3人が前から1度は行ってみたかったというコストコで買い物をしてきた。

 コストコはアメリカが発祥の会員制の倉庫型店で、日本では27店が展開されている。取り扱う品物がとにかく幅広く、美術品やソーラーパネルまで何でもござれなことで広くその名が知られている。

 

 なお、鈴もティナも谷本もコストコの会員じゃないため、会員だという山田先生について行く形で買い物を済ませた。

 

「まずこのぬいぐるみね」

「可愛い〜」

「可愛いのこれ…?」

「なんで買ったん」

 

 青色の熊のぬいぐるみを枕元に置き、鈴は再び溜め息をついて椅子に座る。

 

「…………なんかもう、一つ一つ紹介するのも怠いし腰重くなってない?」

「ははは…」

「朝集合してからもう10時間以上動きっぱなしだったもんね」

「もう立ち上がりたくない…」

 

 この日は朝から約半日近くコストコを始めスーパーマーケットなどを転々と休みなく動き回っていたため、3人はすっかり疲労困憊であった。

 

「これは良いでしょ!ホラ!キッズ大喜びのブロック!」

「見たいわねー、このブロックで作るサグラダファミリア」

 

 なんて雑談を楽しみながら、ティナはもう用済みとばかりにブロックの入った容器を横に置く。

 

「…ティナ、頑なに開けないじゃん」

 

 お次は谷本が買ってきた品を紹介する番が回ってきた。谷本が買ったのは何故か1キログラムもする巨大サーモンだった。

 

「これねー、買うの夢だったんだー。私サーモン大好きだからさ」

「へぇ〜。じゃあ夢叶ったんだ」

「叶ったんだぁ〜」

 

 谷本は笑顔を浮かべたまま、鈴の顔を見つめてこう言った。

 

「ありがとう。支払ってくれて」

「ぶはっ!!」

 

 これを聞いた鈴とティナは思わず吹き出し大爆笑。手で膝を叩いたりのけぞったり、大口開けての大爆笑である。

 

「なま…生々しいんだよ言い方がぁ!ははははは!!」

「ありがとう、支払ってくれてって…!言い方も、支払ってくれてって言い方やめて!ははははは…!」

 

 笑うの波も落ち着いたところで、気を取り直して品物紹介に戻る。次は鈴の番だ。

 

「あたしが持ってきたわよ。いくよ!?デカイよ!ハイ、パンオショコラ〜〜」

 

 鈴が買ってきたのはパンオショコラというフランス生まれの菓子パン。それが24個入っており中々のボリュームとなっている。

 

「ビッグマシュマロ〜!!」

「イカれてんの?」

 

 そしてティナが買ってきたのは直径5センチ、手の平並みの大きさを誇る巨大マシュマロ。その名も【キャンプファイヤージャイアントロースターマシュマロ】、ちなみにアメリカのお菓子だ。

 

「甘い!もう匂いが甘い!」

「どれどれ……うわあああああ!!!!」

 

 更に匂いも強烈で、袋越しでもその甘さを嗅覚で感じ取れるほど。先に嗅いだティナに習って鈴も鼻を近づけてこの絶叫。

 一旦落ち着いたところで、鈴がパンオショコラの容器を手に取ってポツリと呟く。

 

「じゃ、各々担当する?」

「あははははははははは!!」

「そうだねー」

「違う違う!ごめん許して!」

 

 パンオショコラの鈴とサーモン1kgの谷本は問題無さそうだが、匂いからして激甘のビッグマシュマロのティナにとっては地獄でしかない。

 

「もう甘いもの要らないって」

 

 そう言いながらティナの目はどこか死んでいる。谷本もまた然り。何せここにある品物は全て自分達が買った物。つまり次に鈴が何を持ってくるか必然的に察せてしまうのだ。

 

「えーと、まずね?まずスニッカーズ1020グラム」

「あははははは!!」

「ブラックサンダー840グラム、ポッキー28袋入り(業務用)、たべっ子どうぶつビスケット50袋」

「「あっはっはっはっはっはっは!!」」

 

 次々に鈴がテーブルに置いていくお菓子を前に、夜8時だと言うことを忘れてティナも谷本も笑いが止まらない。

 

「トリュフチョコレート」

「ミルクチョコレートぉ〜」

「死んじゃう死んじゃう」

「死んじゃう、私達死んじゃう」

「でこれがバケツHARIBOね」

「やばいやばいやばい」

「あぁ〜恐ろしいわね私達が買ったもの」

 

 糖尿病まっしぐらの怒涛の甘味ラッシュに買った張本人3人も最早笑うしかない。だが次に谷本が持ってきたお菓子はこれ以上の大爆笑を巻き起こせる逸物だった。

 

「「あっはっはっはっはっはっは!はっはっはっはっはっはっは!!」」

 

 鈴とティナの大爆笑に迎えられながら谷本が持ってきたのは、特大の箱に入れられた巨大な卵状のナニか。そのあまりの大きさと重さに、テーブルに置く時【ドスンっ】と音がしたほどだ。

 

「イカれてるって!イカれてるってこれ!」

「ジャイアントイースターエッグだよ!」

「ヤーバいってこれ!ヤバいこれ、はははははは!!」

「これ何?チョコエッグ…みたいなやつ?」

「チョコエッグ、チョコエッグ」

「ゴリッゴリのチョコよ」

「6キログラムのチョコ!」

「「あはははははは!!」」

 

 その正体は超巨大チョコエッグ。その名もまんま【ジャイアントイースターエッグ】。

 チョコエッグといえば、皆一度は見たことがある卵状のチョコレートの中に玩具が入っているというチョコ菓子で、食玩ブームの火付け役にもなった愛すべきお菓子だ。

 しかし今目の前にあるそれは普段目にする物と明らかにサイズが一線を画している。そして値段も化け物で、2万以上する。

 

「ちなみに、こっちが別の店で買った普通のチョコエッグなんだけど…」

「あれ?チョコエッグこんなちっちゃかったっけ?」

 

 鈴が持っている通常サイズのチョコエッグと比べてみると、まさに月とスッポン。6キログラムのチョコエッグの規格外さに変な笑いがこみ上げてくる。

 

「誰コレ買ったの」

 

 今一度巨大チョコエッグに目を向けて、谷本が探るように訊ねてきた。

 

「ハイ!私見ました!」

 

 バッと手を挙げたのはティナだった。谷本と鈴の目線が向けられる中、ティナはコストコでの一部始終を思い返す。

 

「あのー、私と癒子が『あったら面白いけどねー』って話してたのよ。そしたら鈴がスーッと持ってきて、ハイって…」

「はい!異議あり異議あり異議ありです!」

 

 すかさず鈴が手を挙げて反論していく。

 

「確かに持ってきたのはあたしなのよ!で、あたしはティナの顔を見たわ!そしたらティナが———」

 

 鈴が徐に首を上下に振るジェスチャーを見せるとティナは思わず苦笑いを浮かべる。

 

「もうね、うんうんが凄かったのよ!『あーオッケオッケ全然いいよ、なんなら私が全部食べるわよ』みたいな!」

「違う違う違うアレは『いいんだね?本当にいいのね責任取れるのね?』のうんうんだから!」

 

 また言い争いが始まるが、生憎ここにはストッパーとなるべき人物などいない。つまり全員ボケ担当なためとりあえず気が収まるまでこのやり取りは続いていくわけだ。

 

「これ買ったせいでね!通る客全員に見られんのよ!みんな『アレ買う奴いるんだ…』って目で見てくんのよ!」

 

 実際この巨大チョコエッグをカゴに入れて店内を歩く時の注目度は半端じゃなかった上に、同行していた山田先生からも心なしか距離を置かれた気がする。

 

「てかこの中どうなってるんだろうね…」

「マジでどうなってるのか凄く気になる…」

 

 そして何が気になるかと言われれば当然このチョコエッグの中身である。一般的なチョコエッグにはフィギュア入りのカプセルが入っているが、コレの中身に関しては全く想像がつかない。

 まだまだ品物紹介は続く、何故買ったのか分からないカラーボールや、箱に印刷されている画像に映る子供と鈴たちとの年齢差がありすぎるプレイマット。

 

「これも何故買ったランキング上位に入りそうなやつなんだけどー…。えーっと【オープンクローズLED】」

「「ははははははははは!!」」

 

 などなど、シャルロットへの誕プレ選びという当初の目的を完璧に忘れたその場のノリだけで購入してしまった品が出てきた。

 

 一先ず品物紹介に一区切りをつけてから改めて自分達が買った品々を見返す。その殆どがお菓子、しかもチョコなど甘い物ばかり。眺めているだけで胃もたれしそうになる。

 

「あーそういやさ、コストコで有名なティラミスのケーキあったじゃん」

 

 話は変わってケーキの話題。鈴が言及しているのはティラミスのケーキ。買いはしなかったが、コストコと言えばコレ、という代名詞だ。

 

「アレあたし欲しかったなぁ」

 

 今回シャルロットの誕生日パーティーを企画するにあたって、用意するものは担当で分かれている。そのためケーキ担当は別の人が担っていた。ちなみに鈴ら3人はお菓子や飲み物担当だ。

 

「癒子が、駄目だって言いました。他の人が買ってくるからケーキは要らない。死ねって言われました」

「言ってない!言ってないよそんなこと!」

「あはははは!あー、アンタそう言われたの?あたしコストコで喋るなって言われたんだけど」

「だから言ってないから!」

 

 その後も時間は過ぎていき、落ち着いてきたところで鈴が、「折角だしなんか食べてみない?」と提案。全員賛成して、とりあえずミルクチョコレートを食べてみることに。

 

「あっ甘い」

「甘い、甘いねー」

「うん美味しい。甘い」

「うん………もう要らない」

 

 ミルクチョコレート実食、終了。

 

「じゃあそろそろラストいく?」

 

 言いかけたところで、鈴が笑みを溢す。

 

「……いやあのさ、ラストいくじゃないのよ。あたしら今日食べたのチョコ3つよ?」

「じゃあこのビッグマシュマロいく?」

「ビッグマシュマロ…まぁ1個ぐらいはいいんじゃない?」

 

 そんなこんなでビッグマシュマロを開封することに。

 

「嗅いでみる?ホラ、嗅いで」

 

 ビッグマシュマロの袋を持ったティナが開封口を鈴に近づける。軽い気持ちで匂いを吸い込んだ鈴に強烈な甘ったるさが襲いかかる。

 

「ゔあああああああ!!!!」

「え”っ”へ”!!!!」

 

 とても少女とは思えない野太い声を上げて鈴は顔を歪める。鈴に続いて嗅いだ谷本も強烈な匂いに顔を歪め、鼻を抑える。

 そして3人は匂いを我慢しながら実食へ。

 

「あっ!でもこのマシュマロ美味しいよ!」

「意外とイケる、美味しい!」

「うん、美味しい!」

「………」

「………」

「………」

「あたし1個でいいわ」

「私も1個で充分かな」

「以下同文」

 

 ビッグマシュマロ実食、終了。

 

 

 

 

「ちょっとさ…さすがに気になってしょうがないから…やる?メインイベント」

「…やっちゃう?」

 

 今は夏休みということで、先生こそいるものの管理は普段よりぬる目になっており、多少の夜更かしは別に問題はない。とはいえもう深夜、残りの紹介はまた明日やろうとお開きにしようとした時、チラッとあるものに目をやった鈴がそう呟いた。

 あるものとは、言わずもがなこの部屋で一際異彩を放つ巨大チョコエッグのこと。そして鈴が言うメインイベント、それつまり『巨大チョコエッグの開封』を指していた。

 

「はい、せーの…!」

 

 さすがに6キログラムという破格の重量を誇るチョコエッグ。鈴一人で持ち上げるのは厳しく、ティナと二人がかりで漸く箱から取り出すことが出来た。

 

「あれ?鈴なにしてるの?」

 

 鈴が席を立ち、先程机の上に置いておいたオープンクローズLEDをいじり始める。チョコエッグを抑えている谷本とティナが様子を伺っていると、鈴の操作によって【CLOSE】と表示していたLEDが【OPEN】へと切り替わった。

 

「おお……」

「オープン……!」

 

 オープン表示に切り替えたところで、いよいよ開封に移る。

 

「あたし抑えとくから」

「いくよいくよ…うわぁぁぁぁ……!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ……………!」

 

 包装紙を破いていくと、中から巨大なチョコエッグ本体が姿を現した。いざこうして本体のチョコ部分を見ると、その迫力は計り知れない。

 

「これホントにデカいわね…」

「なんか、前テレビで見た塩釜の開封みたいな……」

 

 そこへ谷本がゴムハンマーを持ってやってくる。ゴムハンマーを受け取った鈴の表情には相当な緊張感が見てとれる。

 

「………ホントにやるよ?」

「い、いいよ…!」

「早くやってよ…!」

「ホントにやるからね?」

「早くしてって…!」

「もったいぶるね〜」

 

 チョコエッグを両脇から抑える谷本とティナもまたかなり緊張していた。

 緊張状態がピークに達しようとした時、鈴はゴムハンマーをチョコエッグの頂点に振り下ろした!

 

 

 

 

 カーーーン

 

 

 

 

「ああ〜…」

「あー…」

「………」

 

 カーンという音と共に思わず変な声を漏らすティナと谷本。暫し静寂が3人の間を流れた後、鈴が苦笑しながら口を開く。

 

「なんか、お寺。お寺みたいな…カーン!って…」

「ふふふふふふ……」

「はははははは……」

「次は強パワーでいくわよ」

「あぁ〜恐い」

 

 変な空気をリセットするためテイク2。今度はさっきより力を込めてゴムハンマーを振り下ろした。

 

 カーーーン!

 

「あぁ〜〜〜〜!」

「はははははははは!!」

「鐘なのよ」

 

 巨大チョコエッグが想像以上の強度を誇ることが分かった上で仕切り直しのテイク3。

 

「いくよ!」

 

 鈴は2回目の時よりゴムハンマーを大きく振りかぶり、一気に振り下ろした。

 

 カーーーン!!

 

「あぁ〜〜はははははははは、鐘ぇ……!」

 

 どう叩いても鐘の音にしか聞こえず、ティナは妙なツボにハマる。

 テイク4。今度は鈴からティナにバトンタッチすることに。

 

「弾け飛ぶかも知れないからね?」

「いいわ、きなさい」

「いくよ!」

 

 カーーーン!!

 

「「あはははははははははは!!!!」」

「鐘なのよ」

 

 ちなみにテイク5もティナが叩いたが、その時も鐘の音が鳴るだけでヒビは割れず、また3人は爆笑しながらその場で崩れ落ちた。

 テイク6。ここで谷本にバトンタッチ。彼女もまた鈴やティナと同じように鐘の音を鳴らしたわけだが、ここで変化が現れ始める。

 

「あ、でも」

「さっきよりイイかも」

 

 谷本が叩いた時、カーーーンに重なるように僅かにではあるものの『パキッ』という音が聞こえたのだ。そして2、3回連続してゴムハンマーを打ち込んだ時、それは起きた。

 

「あ、ああああああ!!」

「空いた空いた空いた!」

 

 パキッと音が響いた後、チョコエッグの天辺にはゴムハンマーの口径と同じサイズの穴がポッカリと空いていた。

 

「みんなの力で穴が空いたわ…」

「スゴい…」

 

 穴も空いたところで、いよいよメインイベントはクライマックス。後は中に何があるのか確かめるだけ。その前にティナが穴に向かって「おーい!」と叫んだのだが、もの凄く反響して笑いを誘った。

 

「見える?」

 

 スマホのライトで覗き込む鈴に、ティナが訊ねる。

 

「見える」

「何いる?」

「………………………空よ」

「ふっ…はははははははははは…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「………あの、鈴?」

「じゃ、そういうわけだから」

「待って待って待って待って!!」

 

 時は変わり、シャルロットの誕生日当日。みんなから沢山お祝いの言葉やプレゼントを受け取り、パーティーを楽しんでいる最中、鈴から突然こんな提案がされた。

 

「あたし達から素敵なビデオがある」

 

 と。どんなムービーを撮ったのか興味津々なシャルロットはあっさりとこの申し出を快諾。そして視聴終了後、呆然と固まった。

 察しのいい人は気付いたことだろう。そう、今までの鈴とティナ、谷本らのやり取りは全て事前に撮影・編集され、この日のために綿密に準備をしてきた動画だったのだ。

 

「待って!ねえ待って!無理だから!ボクあんなの食べれないから!」

「ゴールデンエッグ様の、おなーりー」

「待って!鈴ちょっと待って!?てゆーか本当にデカいねコレ!!」

 

 大爆笑に迎えられながらティナと谷本が持ってきた巨大チョコエッグに皆思わず度肝を抜かれる。

 女子2人がかりでやっと箱から取り出された巨大チョコエッグはシャルロットの目の前にドスンと置かれた。

 

「こちら、6キログラムあります」

「そんなこと言われなくても知ってるよさっき見たもん!!」

 

 ニコニコ微笑んでいる鈴に若干キレ気味に受け応える。

 

「癒子からのLINEで見たけど、この目で見ると凄いね」

 

 そう話すのはオランダ代表候補生であるロランツィーネ・ローランディフィルネィ。みんなからはロランという愛称で呼ばれている銀髪の子で、ふとしたことがキッカケで鈴、ティナ、谷本と仲良くなった。

 

「ロラン、1回やってみる?」

「良いのかい?ならお言葉に甘えて」

 

 ゴムハンマーを手に持ち、ロランはチョコエッグの頂点にハンマーを振り下ろす。

 

 カーーーン!

 

「ふふふふふふ…!」

「やっぱり鳴るんだこの音…」

「ね?鐘でしょ?」

 

 お約束を果たし、次にゴムハンマーはシャルロットの手に渡る。みんな固唾を飲んで見守る中、シャルロットは恐る恐るハンマーを下ろす。

 

 カーーーン!

 

「あ、ああああああ!!」

「いったいったいった!」

 

 チョコエッグの表面に上から下へと現れたヒビに支えていたティナと谷本は目を見開き声を上げる。

 

「生まれる…!」

「生まれるよ、生まれちゃうよぉ!」

「割るわよ!?いい!?」

「神の子が生まれる…!」

 

 鈴は穴に指を入れ、左右に引き剥がすように力を込める。すると巨大なチョコエッグは大きな音を立て、真っ二つに割れた。そしてその中身はと言うと…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カラ」

 

 無論全員大爆笑。鈴は二つに割れた内の小さい方をロランに手渡す。

 

「ロランはこっち。で、割った本人のシャルロットはこっちね」

「あっはっはっはっはっはっはっは!!」

 

 その後、二つに割れたチョコエッグは全員で食べ、結局食べ切れない部分は溶かしてチョコソースにしたりココアにして飲んだりと形を変えて食していくことになった。

 そして他の食材やグッズ。サーモンは買った谷本が責任もって完食、お菓子も他の子に配ったり間食で少しずつ食べ、オープンクローズLEDはインテリア、カラーボールはなんとなく置いておくという理由で鈴とティナの部屋に、プレイマットは親戚に小さい子がいるという生徒に譲った。



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