兵装試験の時間です (とろろろ)
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試そう、兵装

「ふざけてる・・・」
半年前、第4兵装試験鎮守府に着任した彼は提督として執務室に座り呟く。
彼は、大本営が自分をここに着任させたことを恨んでいた。

彼は、艦娘の機械部分の技術者になる夢があった。技術者になって憧れの長門型1番艦「長門」の艤装開発に関わりたかった。
だが現実は厳しい。
彼には提督としての適性が出てしまった。
大本営の偉い方々は「技術系もできて提督もできるとか兵装試験もってこいだね」とノリノリで彼をここに着任させた。

彼の目の前の書類の山。どれもこれも実用化前のトンデモ兵器の試験依頼、端に書かれた「大本営より」の文字。思わず目をそらす。
保養を求めて隣に立つ艦娘、大淀を見る。
小さくガッツポーズをとり「がんばれ!」と囁く大淀。
可愛い 眼鏡よく似合う 一生見てれる 可愛い。

「どこから手、つけるの?」
見とれていると秘書艦、長門型2番艦「陸奥」が聞く。
「ん~とりあえず陽炎型にこの新型信管の魚雷試してもらうかな」
「あら、白露型じゃないのね」
「白露型って今、装甲材のテストしてなかった?」
「同時進行できるわよ?いいんじゃない?」
「つめこむのよくない」
「はーい」
「とりあえず陽炎、不知火、黒潮、秋雲を第1会議室へ。大淀、連絡お願いします。陸奥は依頼書のコピーを。」
「かしこまりました、提督」
「えぇ任せて!」

椅子から立ち、襟を整えPCを手に持つ。
深く一呼吸
「よし、始めるか!」




会議室に集められた陽炎型の4人、陽炎、不知火、黒潮、秋雲。

 

奥でPCから手を離し、好きに座れと手を振る提督。

綺麗な敬礼から用意された椅子に座る陽炎と不知火、黒潮。

一瞬遅れる秋雲。彼女は徹夜明けのようだ。

 

「えーと・・・今回集まって貰ったのは4人にやってもらいたい兵装試験依頼が来たからだ。陸奥、資料を。」

「はい」

先ほどコピーした依頼書等をまとめた資料を陸奥が配る。指先まで女子力が通ったかのような動きをする。それを秋雲がメモりながら見る。余念がない。

 

「司令、今回の魚雷ですが磁気信管という認識で間違いありませんか?」

資料を見ていた不知火が手を上げ発言する。

「うん、あってるよ。今回のは比較的敵に近い距離で作動するやつみたい」

「ほな、結構シビアに狙わんとなぁ」

「水雷屋の私たち向きの依頼ね!」

「てことは出撃増える・・・?」

ニンマリ微笑む黒潮と自信満々の陽炎、その横で青ざめる秋雲。

 

「試験内容としてはいつも通り。普段の哨戒、迎撃なんかで実際に装備して動いて貰う。各自レポートは帰還後1日以内に提出を。試験期間は来週初めより1ヶ月、不足データがあれば延長。必要項目は資料参照で。各自質問は?」

 

4人が顔を見合わせる。

「ありません。」

代表して不知火が答える。

 

「なにかあったらいつでも聞いてくれ。では解散!あっ秋雲は残るように」

「・・・え・・・」

心配そうな陽炎をよそに不知火がサッと立ち上がる。黒潮もそれに続く。「先部屋いってるね」と陽炎が一言残し3人共一礼して会議室から出る。何かを察した秋雲だけが残る。

「陸奥も戻っていいぞ」

「やだって言ったら?」

「戻って下さい」

「はーい」

 

「変なことしちゃだめよ?」と言い残し陸奥も退出する。

 

提督は秋雲に聞く。

「先生、新作の内容は?」

あぁやっぱりと秋雲が端末を取り出す。

「龍田さんと潜水艦たちのギャグもの、45Pの予定。フルカラーのつもりだったけど出撃増えちゃうからムリかなぁ」

「うっ・・・惜しいことしたなぁ・・・」

「まっお仕事だし仕方ないよね」

「完成したらいくつか購入させてもらうわ」

秋雲から渡された端末に映るサンプルを眺め提督が誓う。

「ご予約ありがとうございまーす。じゃあ完成まで待っててね」

先までとは打って変わって満面の笑みで手を振りながら端末を回収した秋雲が退出、最後に軽く片付けをした提督が退出して会議室は空となった。

 

 

 

提督が執務室に戻ると陸奥と大淀がソファに腰掛けコーヒー片手に会話をしていた。

足を組むのが絵になる陸奥とソファなんだからもっと寛ごうよと言いたくなるほどピシッとした大淀。

さながら圧迫面接のようだが会話は比較的温和なようだ。

 

「あっ俺も喉乾いた・・・」

「お姉さんの飲む?」

陸奥が飲みかけのカップを差し出す。

それを提督は恥ずかしげもなく飲む。

大淀も見慣れた光景であり、なんの感想もなくお茶請けのお菓子に手を伸ばす。

「あーーもう1杯!もうちょい甘めで・・・」

空のカップを見ながらあらあらと陸奥が組んでいた足を解く。

「じゃあ私のと提督の淹れてくるわね」

給湯室に陸奥が入り残される2人。

「提督、大本営に突き返す分の依頼書、後で纏めておいて下さいね」

「全部突き返したい・・・」

「あの・・・出来ればその・・・半分は受理して頂きたくて」

「善処します」

「大本営からの依頼ですよ?全部こなして頂くのがあなたの勤めです。大本営があなたを信頼して新兵器を預けたいと仰っているんですよ?それをあなたは毎回毎回突き返そうとして!毎回間に挟まれる私の身になってください。そもそもあなたは・・・」

スイッチの入った大淀のお説教を聞き流している提督。中々お菓子に手を伸ばせずにいた。

「はいはい。大淀ほどほどにね?」

「・・・わかりました。」

湯気とコーヒーのいい匂いが漂うカップを両手に陸奥が戻ってくる。

「はい、提督の分、砂糖マシマシよ」

「ありがとー」

陸奥が加わったことにより会話の焦点は仕事から日常へと変わる。

10分ほどの休憩だったが充分に仕事一辺倒の執務室にゆったりとした空気を与えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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シュミレーション

依頼受託から1週間~

ここは会議室の隣に設置されたシュミレーションルーム。
開発局から送られた試験兵装の情報を入れコンピューター上で様々な環境での「使ってみるとどうなるか」を見れるシュミレーターを備える。
そこにいる提督、陽炎型4人、計算担当の金剛型4番艦「霧島」が壁に掛かる大型モニターを見つめる。

今見ているデータは、気候などの条件すべてを同じにし魚雷のみを通常品から新型に変えた際、想定艦「巡洋艦」に対し各魚雷16発分発射の結果である。

「これさ・・・ダメなんじゃ・・・」
「そうですね司令。不知火としても実戦では使用したくありません。」
「直接ぶつければ問題ないんちゃう?」

モニターに出された数値、それを見た各々は頭を抱えた。
通常の魚雷では同一条件での16発で起爆地点に誤差はほぼ無いと言えるものだった。
だがこの新型魚雷、起爆地点がかなりバラつく。
撃って水面で起爆したものもあれば、ターゲットに当たって起爆なんてのもある。
「うちらこれ装備するん?」
「一応実戦でも見たい・・・かな」
「これ撃つ前に爆発すんじゃないの・・・」
そう言うと秋雲は、装備したくないと背を丸める。秋雲だけでない。正直ここにいる全員、装備を見送りたいのである。
「どうします?念のため火薬量を減らして装備してもらいます?」
霧島の一言に陽炎の頬が引きつる。
「万が一、誤爆しても致命傷にならない程度の火薬量で正確な使用感分かるか分かんないけど・・・やってみよう。陽炎たち、頼んでもいいか?」
手を合わせる提督。
「うちは、構わんけど・・・」
「不知火は司令に従います。」
「妹たちだけにやらせるのもねぇ」
「秋雲さんは辞めt「秋雲?」・・・やります・・・」
不知火に睨まれ秋雲も頷く。
「ありがとう・・・もしテストが危険と判断したら使用不可で大本営に送る。今から火薬少なくしておくので終わり次第4人は工廠で装備切り換え。明石に伝えとくからそうだなぁ・・・おおよそ20分後に工廠集合。霧島はデータを執務室に。あと念のため4人が出撃するとき付き添いを。各自解散」

それぞれが退出する。足取りの重い秋雲が出たのを見て提督が鍵をかける。

鍵とPCを霧島に預けた提督の足は、執務室ではなく工廠に向かっていた・・・





季節は1月・・・冬である。

当然寒い。ましてやここは日本の割と北側。しかも夕刻1900。雪こそ無いがかなり冷え込む。

そんな鎮守府の工廠にはだけたツナギにタンクトップの緑髪の女性とツナギの上から上着を羽織るピンク髪の女性、かなり厚着の男性が見える。

厳つい戦艦艤装の下に潜りながらピンク髪の女性、工作艦「明石」が声を張る。

「あっ夕張ー、14インチのレンチ2つとってー」

「こっち使ってるから1つモンキーでいい?」

「モンキーか・・・。提督の方はどんなですー?」

「こっち14インチメガネなら2本あるぞ」

「じゃあそっち貰いまーす」

「今やるぞー・・・ほれ受け取れ!」

「おっありがとーございます。あっそういえば魚雷の方、あと装備すればOKな状態ですよー。火薬ばっちり変えときました!」

着けていたゴーグルを外しサムズアップする明石。

明石達の仕事の早さに感動を覚えながら切り換え用の機械の調整を行う提督。

ナメたネジをバーナーで切り落とすを夕張。

機械好き達の楽園がここにあった。

 

満面の笑みを浮かべる3人、そこへ陽炎たちが浮かない顔で現れる。

「おっ!時間ぴったりだな。4人とも準備出来てるからそれぞれ艤装展開して魚雷の前に並んでくれ。」

4人が並んだのを見て提督が切り換え用の機械を操作する。

陽炎たちも不審がることなく切り換えを待つ。

複数のアームに艤装を繋ぎ、今装備している魚雷が発射管から外されていく。

提督が慣れた手つきで機械を操作し陽炎たちの艤装に先ほど「危ない」と評価した魚雷が装填されていく。

最後の秋雲に装填が終わり艤装が解放される。

それぞれ立ち上がり、軽く体を動かす。

「なーんか思ってたより随分軽いのね」

陽炎の感想にすかさずメモをとる不知火。

些細な感想、それですら貴重なデータとなる。

それを知っている、兵装試験を仕事とするここの艦娘たち。それの習性みたいなものである。

「そりゃ火薬抜いたからなぁ!」

つっこむ提督と4人がある程度感想を言い合った後、今後の確認を行う。

「予定だとこの後20:00から陽炎たちと霧島で近海の夜間パトロール。それぞれ合ってるか?」

4人が頷く。

「よし。それじゃあ会議室に移動を。霧島とルートに関してとテスト項目の確認しよう。」

「分かりました。では皆さん、いきましょう。」

なぜか陽炎を差し置いて不知火が3人を先導する。

妹の成長を喜ぶ反面、悔しさも感じ目を閉じ腕組みして頷く陽炎を尻目に移動を開始する2人と提督。

ハッと気付いた陽炎も会議室へと急いだ。

 




提督、陽炎たち4人が立ち去った工廠に悲鳴が響く。
ススまみれの夕張が整備していた妙高型艤装の影から慌てて出てくる。
「何今の声!大丈夫?明石!」
「ダメかも・・・」
「えっ!とにかく下から出てきて!」
ゆっくりと扶桑型艤装の下から出てくる明石。
「うわっ・・・タオルもってくるね・・・」
夕張がタオルを求めて立ち去る。

夕張が戻ってくるまでの2~3分ほど。
冷え込む工廠に1人、オイルを頭から被って虚空を見つめる明石だった・・・


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事務仕事は体が鈍るんですby霧島

船(この場合は戦闘艦)と艦娘は似て非なるものである。
特に違いが大きい箇所、その1つが体。
普通の船と違い艦娘には手足がある。追加の武器を持ったり、工具で直したりと艦娘に高い汎用性を与えている。
人間で言う格闘技を行うこともできる。
格闘向けの兵装も当然ある。天龍型や伊勢型のように標準で装備している艦娘もいる。
弾が尽きた時の最終手段としても火薬を使えないほど肉薄されても使える。
この兵装試験鎮守府では艦娘に実際の各種格闘技を教え、実戦での効果を見ている。
提督的には、艦娘の強靭な体から放たれる技の数々は充分に殺傷力があり敵に対し積極的に仕掛けて問題ないと評価している。
だが予想外もあった。金剛型の改二艤装。そこについている2枚の盾を鈍器と勘違いしている者がいた・・・


鎮守府を出撃して2時間ほど~

灯りがなければ何も見えないほど暗い海を陽炎たち5人は航行していた。

こんな視界のきかない夜にもパトロールを行わなきゃいけないくらいには日本海側は深海棲艦が出没するのである。

とはいえ殆どの深海棲艦は、「はぐれ」と言われる小規模な連中である。

本来ならいないことを祈るのだが彼女達は少し事情が違う。

今背負ってる魚雷を試さなければいけない。そのための標的がいる。彼女達の目は獣さながらに動き続けていた。

 

「2時の方向、結構遠く、僅かに白波!」

戦闘を走る陽炎が声を上げる。と同時に全員が索敵を強化する。

「いるわね・・・サイズ的に駆逐、多分イ級1隻」

電探から送られた情報を霧島が伝える。

「霧島さん!司令に入電、発見したって!」

「えぇ・・・司令、駆逐イ級と見られる敵艦を発見。数は1、対応を。」

僅かなノイズの後、提督が指示を出す。

「霧島主体で敵艦を無力化、その後魚雷の標的として使う。的に使えるくらいには元気残しとけ。霧島先頭で単縦陣、霧島に敵を引きつけろ。まずは武装解除だ、いいな」

「・・・了解」

それぞれが提督の指示に短く肯定を返す。

霧島が敵艦目掛け探照灯を照射する。

向こうも気付いたようだ。

陽炎たちは霧島の影に隠れその時を待つ。

まっすぐに突っ込む。徐々に距離が縮まる霧島とイ級。

(相手はイ級、それもはぐれで雷装なし。なら攻撃手段は非力な主砲と噛みつき・・・となると修理費より弾薬費の方がかかりそう・・・撃たないでおきましょうか。)

霧島は加速しながら考える。彼女は計算が得意だ。鎮守府の経理を任されるほどである。故についコストの計算をしてしまう。

距離的には撃てるのである。だが撃たない。彼女なりの節約をしてしまう。

イ級との距離はさらに縮まり大型砲の間合いを過ぎてしまう。イ級の主砲が霧島目掛け放たれる。霧島は金剛型改二艤装に付けられた2枚の盾を使い防御しつつ速度を何故か落とす。

主砲が有効でないと判断したイ級が口を開け噛みつきの姿勢をとり加速するのを見て霧島は盾を開き手招き、「来い・・・」と睨む。

それを理解してか否かイ級が歯をぎらつかせ飛びかかる。常人ならば気絶するほどの不気味さ、それを受けて霧島はにこやかに笑っていた。

瞬間、ドンっとイ級の体の勢いが左右からくる衝撃に殺される。

霧島の艤装に付けられた2枚の盾が閉じガッチリとイ級を挟んでいた。霧島が軽くズレた眼鏡を整えると腕をまくり、大きく開いたイ級の上顎と下顎をそれぞれ手で掴みさらに上下に開く。イ級も抵抗するが戦艦、しかも戦闘用にトレーニングを欠かさない霧島の腕力の前に為すすべなく顎が外れる。続けざまにイ級の主砲に手をかける霧島・・・

「せーの!」

ブチィッ・・・

イ級の主砲は呆気なく体から離れる。かろうじて動いているイ級を掴み後方・・・陽炎たちへと投げる。無事?に着水したイ級はチャンスとばかりに必死に逃げようとズタズタの体で泳いでいた。その速度は魚雷の標的として申し分ないモノ。

待ってましたと言わんばかりに陽炎、不知火の発射管から魚雷が放たれる。幾つかの水柱が上がり息も絶え絶えのイ級が残される。それを囲むように近づきメモをとる4人とハンカチで手を拭う1人。はたから見れば異常とも言える光景。だがイ級以外誰も疑問を抱かない。

彼女達からすれば被弾リスクを抑えつつそれなりにデータの取れるいいテストが出来たのである。ともすれば満足とすらとれる表情を浮かべていた。

「やはり起爆、バラつきますね・・・」

「流石にシミュレーターほど誤差は無かったけど・・・火力ひっく!どんだけ火薬量減らしたの?聞いてくればよかったなぁ」

「ねぇさんたち、次敵はんおったらウチと秋雲が撃つで」

「いいよいいよ~あたしの分姉さんたちにあげるよ~」

「いりません。秋雲、自分で使いなさい。」

「不知火って秋雲に厳しいよね~最近さ」

「不知火姉さん主役の本なんて描いてないのにさー」

通信端末をしまいながら霧島が4人に近づく。

「4人とも、メモ終わったらパトロール再開するわよ。イ級はこのまま鹵獲、私が引っ張るわ。」

「了解~」

4人がメモをとっている間に霧島は提督から事後の指示を受けていたようだ。

何事もなかったかのようにパトロールへ戻る5人。

あとのパトロールで接敵はなく黒潮と秋雲の2人は魚雷が誤爆しないことを祈りながら帰路へとついた。

 

 

 

 




霧島から送られてきたデータとそれとは別に送られてきた動画ファイルを見ながらコーヒーを啜る提督。
この魚雷のそれぞれの起爆がズレる原因を探ると共に映像に映る霧島の戦い方に若干引いていた。
(もうちょい穏やかなやり方あった気がするけど・・・霧島だしいっか・・・)
5人とイ級の戦闘。夜間でありながら鮮明にその映像を記録し送ってきた撮影班に通信を入れる。
「流石だな、夜なのにしっかり映ってる。これなら後の解析で充分役立つ。感謝するよ青葉!」
「感謝の気持ちはご飯でいいですよ!」
「戻ってきたら飯奢るぞ」
「おっ!いいカメラ用意した甲斐がありますね!」
陽炎たち5人の遥か後方、夜間迷彩のマントを被りカメラを構える少女が笑う。
彼女こそ、この兵装試験鎮守府影の功労者、撮影班班長の重巡洋艦「青葉」。提督含めた艦隊全員の弱みを握る少女である。


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調律の工廠

道具は使えば磨耗する。定期的な整備は必須と言える。
それが規格外の新兵器であっても・・・

つまり兵装試験鎮守府には新開発の兵装であっても整備する環境が必要となる。
故に工廠設備に関しての充実っぷりは圧倒的。
近隣鎮守府の艦娘の整備や改装依頼なんかも受けたりする。
第4兵装試験鎮守府も例外でなく依頼がくる。
界隈では結構評判らしくリピーターにご新規さんにとその頻度は高い。
工廠では明石をメインに夕張、提督の3人が作業を行うことになる。
機関、可動周り担当の明石、装甲、外観担当の夕張、制御系担当の提督と役割がキッチリ分けられている。
今現在では、妙高型1番艦「妙高」と扶桑型1番艦「扶桑」の艤装チューニングの真っ最中。
2人とも別の鎮守府所属であり1週間の泊まりこみで艤装チューニングを行っている。
整備や改装と違い艦娘への「艤装の最適化」に近いこの作業は、実際に艦娘を預かりある程度の動作からより自由自在に艤装を操れるよう調律するのである。
テスト毎に初期艤装の違和感が消えていくことに妙高、扶桑の2人は高揚感を覚えていた。
「明日で仕上がりますよ♪」という明石の言葉を信じ用意されたゲストルームで今晩も明かす。2人曰わく、明日がとても楽しみだ、と


明朝0500・・・

冬の寒さ染みる中、工廠端の仮眠室にアラームが鳴り響く。アラームが消え数秒、仮眠室入り口からジャージにサンダル姿の明石が起きてくる。

背を丸め手をさすり寒い寒いと呟きながらすでに点いている証明に目を細めつつ工廠入り口、大きなシャッターを開く。

「おっ明石、おはようさん」

シャッターを開ける音に反応してか工廠に鎮座する扶桑型艤装が提督の声で話かけてくる。

「提督~おはようございます。朝早いですねーふぁ~あ・・・」

主砲塔に囲まれた機関部にPCを繋ぎ出力制御系の最終チェックを行う提督。それを見つけ挨拶を返すも我慢できず天井へ伸びをする明石。

両手を上げたその一瞬、明石の両脇に左右から指が突き刺さる。

「っん!・・・ゆ~う~ば~り~ 」

「目ぇ覚めたかな~?明石ちゃ~ん?」

徹夜明けでテンションのおかしい夕張はそのまま仮眠室へと消えて行く。

あまりにも一瞬のことに明石は、仕返しという考えにいたることができなかった。

「妙高の方、最終チェック終わってるよ。顔洗って準備できたら接続作業の用意頼むわ」

仕事へと考えを戻される。

眠気と悔しさから若干皮肉混じりに答える明石。

「さっすが提督、お仕事早いですねぇ」

「まぁーね!夕張に叩き起こされて4時間前から作業してるからね!ハハッ」

提督も若干テンションがおかしいが隣にある妙高型艤装を見て理解する。仕事は完璧だ、と。

これなら妙高さんの驚く顔が見れる。楽しみが増えた明石は、ひとまず顔を洗って着替えることにした。

 

明石が作業に加わって1時間ほど。

制御の複雑な戦艦艤装に苦戦しつつ提督と明石の二人三脚で確実に出来上がっていく扶桑型艤装。

機関部に火をいれ、出力が綺麗に立ち上がるのを確認。ようやくの完成。提督がすぐに妙高、扶桑両名に連絡をいれる。

10分もかからず2人が揃う。

「明石、2人来たからそれぞれのとこで接続作業するから手伝ってー」

「はーい。妙高さんの方は用意できたのでこちらへ!扶桑さんは提督の方での作業になります。」

それぞれが位置につき作業が始まる。

5分ほどで作業完了、立って動かしてみてと笑顔の明石が妙高を立ち上がらせる。

艤装と接続し出力を上げた2人は、まずそのレスポンスに驚く。

早くも遅くもない。自分が思った通りに動く。そこに誤差がないのである。

次に砲塔などの可動箇所。また驚かされる。無骨な歯車の塊でありながらまるで自らの指が如く滑らかに動く。

最適な速度、重量、出力。思わず笑みが零れる。

「とりあえずはこれでチューニングメニューは終了!あとは無事に鎮守府に帰ること。一応こっちから護衛出すので昼の1300出発で。質問は・・・・・・ないか。それじゃ1週間お疲れ様!」

提督が締め2人がお礼にと頭を下げる。 

明石は、このやりきった感がとても好きだった。

それは提督も同じ。立ち去る2人を見ながらお互いの健闘を称える明石と提督。

今この場にいる全員が、着替えもせず仮眠室入り口に突っ伏して寝る夕張の事を忘れていた・・・

 

 




無事に鎮守府へと着いた妙高、扶桑は護衛についてくれた客船改装空母「隼鷹」と金剛型1番艦「金剛」を見送り自分たちの提督へ報告に向かった。
この明るさ、どこの鎮守府の隼鷹も金剛も似ていると感じた。実際のところ退屈な旅にはならなかったのも2人が賑やかにしてくれたからであろう。
執務室へとたどり着きドアをノック。秘書艦の「どなた?」と言う問いに扶桑が答える。
「扶桑並びに妙高、第4兵装試験鎮守府より艤装チューニング完了。只今帰還致しました。」
許可がおり執務室へ入る2人。
提督からの質問も程々に各々が感想を語る。
秘書艦の扶桑型2番艦「山城」は姉が変なことされてないか警戒しているようだ。
それを知ってか否か、想定以上の艤装の出来に柄にもなく上機嫌な扶桑は艤装をアピールしてくる。
妙高も提督へといつも以上に柔らかな笑顔を向ける。
「提督の言う通り、かなり刺激的な1週間でした。これからいっそうの活躍、期待していて下さいね。」

2人の様子を見て提督は安堵する。手元にある結構な金額の請求書も無駄では無かったな、と・・・


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撃つかどうかは3番砲塔に聞け

正午、鎮守府からそれなりに離れた海域に陸奥率いる第4兵装試験鎮守府第1艦隊第1遊撃隊はいた。
仮想敵となるダミーを海域に配置し実戦さながらに動く。
慣れない新兵器に苦戦しつつ性能評価を行う各々。
那智改二は改良型対空電探、隼鷹改二、瑞鶴は新規格カタパルト、潮と曙は新形状の煙突とそれぞれ実際に航行しながら使用感を確かめる。その中にあって唯一陸奥のみ兵装試験に関わっていなかった。
彼女は他5人の護衛兼試験観察担当として出撃している。
だから敵の出現があるまでは正直なところ暇を持て余していた。
そんな陸奥を見て電探感度を確認していた那智がふと陸奥の背中に主砲を向ける。とほぼ同時に陸奥の3番砲塔が那智へ向けられる。暇つぶしの冗談のつもりが陸奥から放たれる明確な殺意を感じ緊張が走る。何故分かった?と撃たれる!と。思わず身構え41cm砲の直撃を覚悟する。が砲撃等はなく陸奥がわざと煙突から出した排気が那智を襲う。
ゆっくりと振り返る陸奥。どこか妖艶に人差し指を唇に近付けながらクスッと笑う。
「あらあら・・・私は味方で呑み仲間よ、忘れちゃった?」
まるでこちらが見えていたかのように振る舞う陸奥に若干戦慄しながら改めて陸奥がここの鎮守府の最高戦力なのだと感じる。
あの一瞬、もし陸奥が敵なら・・・と考えるとゾワッとする。
「すまない、あまりにも旗艦殿が退屈そうだったからな」
「気をつけてよ?味方撃ちました!ってなったら軍法会議ものなんだから。ただ正直退屈ね。」
「受けれそうな依頼があればいいんだがな・・・」
「そんなのほとんどないのよねぇ。出来ることなら私だって新兵器使ってみたいわよ?」
無論長門型向けの兵装試験がない訳ではないが彼女にその指示がくることはない。
那智もそのことは理解していた。
3番砲塔を撫でる陸奥。
その表情は3番砲塔爆発事故の恐怖ではなく大切な宝物を愛でる子供のようであった。



艦娘には何百年も昔、自分たちがまだ船として人々を乗せ戦争していた頃の記憶がうっすらと残っている。

中には自分が沈むその瞬間を生々しくトラウマとして記憶している者もいた。

陸奥はその内の1人。

3番砲塔爆発事故により沈んだ戦艦陸奥の記憶が彼女を蝕んでいた。

何故か3番砲塔に集中する不備、それを気にするたびに陸奥は海に出ることが怖くなった。

そんなある日、彼女は41cm砲向けの対空弾の試験を行っていた。不安もあったがそれなりに順調に確実にデータが集まっていく。

そろそろ帰還かと僚艦に聞いた瞬間それが起きた。

陸奥の3番砲塔が爆発、隣接する砲塔を巻き込み大きな火柱を上げた。あまりに唐突な事態に僚艦だった那智と高雄は硬直。試験を青葉の映像越しに見ていた提督の消火という指示でようやく2人は動き出す。ある程度火が消えた後、陸奥の容態を確認。沈みこそしてはいないが大破状態、艤装はズタズタで爆発により片腕が吹き飛んでいた。全身にわたる火傷もありととても航行できるものではなかった。本人の意識もない。

幸いにもかなり近海での試験だったため鎮守府より明石がボートを引っ張り現地へ急行。ボート上で応急処置を行いつつ那智と高雄が牽引し鎮守府へと戻ることができた。

即座にドックへ運びこまれた陸奥には惜しみなく修復剤が使われ火傷や欠損箇所が回復していく。破損した艤装についても予備品を使用、彼女は一命をとりとめた。

修復完了とともに目覚めた彼女は意外にもあっさりとこの事を受け入れた。曰わく予感はしていたとのこと。

陸奥の目覚めを聞き飛んできた提督へ彼女は問いかける。

もう私は戦わない方がいい?と。

それは陸奥が選ぶことだと提督は告げ、強いて「選択肢は2つくらいかな」と

1つ目は、もし戦うことが怖いならば艤装を解除し普通の女性として鎮守府に勤務もしくは、人として世間に暮らすか。

2つ目は、もし戦いたいと思うなら心置きなく戦えるよう条件はあるが改修を行う。という2つ。

陸奥の内心は複雑であった。戦いたい戦艦としての自分とトラウマに悩む女性としての自分がせめぎ合う。

「私のこの3番砲塔の不安って機械的に直せるものなの?」

「直せる。」

「ならなんで今までその事提案してくれなかったの?」

「もしその改修するとなると陸奥の登録が「現地改修型」って扱いになる。そうなればもう通常の兵装試験はさせれない。それくらい大規模に改修する必要がある。命に関わらないうちは必要ないと思ったから提案しなかったんだ。申し訳ない・・・」

深々と頭を下げる提督。

少しの間があって陸奥が口を開く。

「もし兵装試験できなくなってもここの艦娘でいられる?」

提督が顔を上げ頷く。

「条件が2つある。私の改修、これ以上ないくらいに仕上げて。二度と3番砲塔爆発なんて起こさないように。それと私を秘書艦にして。私みたいな子出さない為に。艦隊をしっかり見渡せるように。」

「戦うことは問題ないのか?」

「あんまりないわよ・・・だってこんな事で引退なんて悔しいわ・・・」

陸奥の表情はなにか覚悟を決めたようであった。提督は罪悪感を感じながらも陸奥に誓う、完璧に仕上げると。

そうして陸奥の改修が始まる。

3番砲塔に対しての神経系の接続、エネルギー伝達等ほぼ1から作り直すに等しい作業を1ヶ月・・・組み上げられた陸奥用艤装が薄暗い工廠で威圧感を放っていた。仕様書には「陸奥用現地改修登録艤装」の文字。完全に規格外品となったこの艤装では正規の兵装試験はもう行えない。だがそれでもと海へ向かおうとする彼女にそれが取り付けられる。接続して気付く。

今まで3番砲塔にあった言葉にできないような不安感、それがない。彼女の精神的には恐怖はある。だが機械としての艤装には不安や恐怖を感じない。提督が持てる全てを費やして入念にこの陸奥のためだけに作った艤装である。その工程を陸奥はしっかりと見ていた。故に怖くない。これなら信頼できる。

しばらくは慣らしを行うがそこも陸奥と提督の二人三脚でこなす。

1週間ほど慣らし一切の不備なく初実戦を迎える。

そこで彼女は3番砲塔からの砲撃によって敵深海棲艦を沈めることに成功する。

喜びと共にトラウマを越えた達成感のようなものに包まれる。

3番砲塔を撫でると提督への複雑な感情が湧き上がる。

元々提督への信頼はそこそこあったが今回一連の提督の動きを見ていた陸奥は、結果として提督への信頼を強めた。2人の信頼の結晶と言えるこの艤装、特に3番砲塔は陸奥の中でかなり大切な存在となり彼女の支えと変化していった。




夕刻1700
出撃していた陸奥達第1遊撃隊から帰還の連絡が届く。
提督は港に出て無事に戻ってきた艦隊を迎える。
那智が疲れたような顔をしているが多分二日酔いであろう。
全員の帰還を確認し安堵したのもつかの間、補給その後のメンテナンスの指示を出す。
各々が補給へ向かう中、陸奥だけ提督へと足を向ける。
「3番砲塔含め艤装、今日もバッチリよ。」
艤装を出したままクルッと回って見せる陸奥。
満足気に補給へ向かう
過去の恐怖を乗り越えた今でも出撃後のメンテナンスを欠かさず提督に任せる。
彼女曰わく強さの秘訣は愛憎のバランス。
今の彼女は艦隊最強を欲しいままに艦隊のお姉さんとしてここ第4兵装試験鎮守府に君臨していた・・・


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魚雷、返却致します

午前1030~
執務室にて霧島並びに陽炎、不知火、黒潮、秋雲から提出されたレポートに目を通しながら提督は悩んでいた。
陽炎型4人に試験を任せた新型魚雷についてである。
何度か出撃中に使用することがありその際のデータと使用した本人達からの感想、提督の個人的な見解から皆1つの結論に到達していた。

これは実戦では使えない

起爆に関するバラつきは、まず無視できないレベルであり使用に伴うリスクが大き過ぎるのである。
それでありながら現行品の魚雷とコストが殆ど変わらないときた。
「うぅぅぅぅん・・・仕方ない・・・大本営には俺の方からこの事を伝えて試験の早期終了許可をとってみる。そしたら陽炎たちは魚雷を換装、次の試験に備えてくれ。」
嬉しそうな陽炎と秋雲、表情を変えない不知火、不満げな黒潮は各々の返しで了解を伝える。
「ん?次の試験て何になるんだろ?」
陽炎が疑問を抱く。
「次の試験は高感度ソナー、もしくは夜戦用のステルス装備だな。」
「夜戦用のステルス装備!いいね。」
陽炎の目が光る。不知火、黒潮も口角が上がる。秋雲だけ「まだやんのぉ・・・」と露骨にガッカリする。

「夜戦用ステルスってどんなの?」
陽炎が身を乗り出して聞く。
「光を吸収する素材を使ったマント状の装備だな。ベンタブラックだっけ?あの色。それと白波を消す足用外装で夜に見えないようにするってやつだ。」
依頼書と仕様書を陽炎たちに差し出す提督。
4人が2セットに纏められたら紙を囲む。
読み終えたのか提督の机の前に整列し直し敬礼。
「陽炎以下4名、本依頼お引き受け致します!」
漲るやる気に若干提督も押される。
「おう!ありがとう。詳しい内容は魚雷を換えてからにしよう。まだ魚雷の方が終わりになるかわからないし。」
「はい!」
夜戦用というワードを聞いた陽炎はテンション高めのまま姉妹達を率いて早めの昼食へと向かった。
「霧島、引き続き4人の補助頼めるか?」
「えぇもちろん!司令、お任せを」
「私からも頼むわね?あの娘たち夜戦ってなると張り切っちゃうから・・・」
「分かってるわよ、陸奥。私に任せなさい。」
陸奥と霧島の会話を聞きながら大本営へ伝える文章を考える提督であった。



2日後、午前0900~

 

件の魚雷試験、その早期終了が許可されたと連絡を受けた陽炎たちは意気揚々と執務室の扉を叩いた。

陸奥の声で「どうぞ~」と返事。比較的鎮守府内では豪華な扉を開け、全員が一礼をして入室する。

「魚雷換装の作業依頼に参りました!」

明るく告げる陽炎。直後にキョトンとする。

「あれ?陸奥さん、司令は?」

「提督なら近所の鎮守府で工廠作業の手伝いで出張よ?」

「えっ?嘘ぉ・・・じゃあまだ魚雷このまんまかぁ・・・」

「大丈夫大丈夫!提督からちゃーんと作業許可貰ってるから。明石にも伝えてあるみたいよ。」

「流石、司令はんやな!」

 

失礼しましたと陽炎たちが工廠へ向かう。

工廠では夕張が自分の工具に錆止めを塗っていた。

「あっ!夕張さーん!」

「ん?陽炎ちゃんたち、魚雷の換装?」

「そうそう!お願いできます?」

「待ってました♪・・・おーいあっかしぃっ!陽炎ちゃんたちきたよー」

工廠奥から明石が現れる。 

「はーい準備バッチリですよ。皆さん艤装だしてこっちにならんで下さい。」

明石と夕張が機械を操作し陽炎たちの魚雷が元に戻されていく。

「ついでに次の試験兵装もつけちゃいましょうか!」

明石の提案で形状の特定すら難しいほど黒いマントが陽炎たちに取り付けられる。足まわりにもカナードのようなものが取り付けられる。

「これが夜戦用ステルス装備ですか・・・」

不知火がマントの黒さに驚きつつ呟く。

確かにこれなら夜に視認は難しい。夜戦を得意とする水雷屋の火がつく。

嫌がっていた秋雲ですら笑顔でマントをヒラヒラと動かす。

そこに2つの影が迫る。

「1つ、みんなに伝えることがあるわ。4人の補助に私ともう1人神通に入ってもらうわ。」

霧島に紹介され川内型軽巡洋艦2番艦「神通」その改二が前に1歩出る。

「皆さん、よろしくお願い致します。」

丁寧に頭を下げる神通、それに合わせて陽炎たちも頭を下げる。

そして再度向かい合うと

「やった!神通さんと同じ部隊で出撃だ。」

「ご指導ご鞭撻よろしくお願いします、神通さん」

「神通はんでよかったわぁ」

と喜ぶ3人。

ただ1人、秋雲だけ複雑そうな表情を浮かべながら誤魔化そうとする。

それを見逃さない手練れの軽巡洋艦。

「私では何か不満ですか秋雲?」

「ひっ!?い・・・いや全然ないです・・・はい」

怪訝そうに秋雲を睨む神通。

その顔は完全に鬼教官のそれであり狼狽える秋雲をさらに追い込んでいった。

「ほどほどにね、神通。あくまで兵装試験が目的の部隊よ?」

「分かっています。でも弛んでる娘を見たらウズウズします・・・」

 

もう逃げ場はない。そう悟った秋雲はとなりで喜ぶ姉たちを困惑の目で見つめていた。

 

その頃、霧島と神通の改二艤装に夢中の明石と夕張だったが会話を終えた2人が一瞬放つ殺気に思わず距離をあける。

「あまり・・・ジロジロ見ないで下さい・・・」

恥ずかしそうな声とは裏腹に神通の顔にはお仕置きしなきゃ!という言葉が書かれていた・・・

 

 




「うーん・・・あんな黒いの夜に撮影できませんよねぇ・・・」
陽炎たちの様子を工廠外から見ていた青葉。
今は視認できても夜にあのマントは視認できない。
つまりは映像として残せない。
「まぁ写らないくらい凄いですよーってのもありかもですね!とりあえず司令に相談ですね!」
笑顔で写真を撮る青葉。本来、盗撮はしてはいけない行為だが彼女にはあまり関係ない。
ある程度撮り終えて帰ろうとした青葉はいつの間にか背後にまわった神通によって2時間近いお説教を受ける事となる・・・


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夜は危ないから灯りをつけましょう

夕刻1600
薄暗くなった港にならぶ6人の影。
白露型5人、白露、時雨、村雨、夕立、五月雨と重雷装巡洋艦「北上」は、いつも以上に丁寧に艤装の点検を行っていた。
ここ数週間、北上を旗艦にこの6人での出撃が多かった。
理由は白露型5人が試験している特殊防御兵装のデータ取りのため。5人が防御寄りになるため火力を補える重雷装巡洋艦の北上が加わってバランスをとる編成となる。
ただ今日これから行うのは出撃ではなく演習。
陽炎たち6人が、本格的に夜戦用ステルス装備の試験を行う前に北上たちと演習をして使用感を確かめることになった。
「なんかさぁ~負けたくはないよねぇ」
演習用の魚雷を確認しながら北上が誰となく話かける。
「夕立も負けたくないっぽい。けど・・・霧島いるのズルいっぽい?」
「確かに戦艦は驚異的だよね。けと僕は神通さんの方が怖いかな・・・」 
2人の話を頷きながら聞く北上と五月雨。
「作戦的にはさぁ~いつもどおり白露たち前にして守ってもらいながら突撃、あたしが魚雷でドーンとキメる、でいい?」
「了解!なら1番先頭は私で!」
「じゃあ並びは姉妹順でいい?」
村雨の問いに一同が頷く。
「まぁチーム北上の強さ、見せてあげましょー」
彼女達なりの気合いを入れ夜を待つ。
白露型5人の手には見慣れない小さな盾が取り付けられていた。



夜1930

 

鎮守府近海に2つの艦隊が並ぶ。

そのさなかであっても陽炎たち4人の姿は夜闇に見え隠れしていた。

「あれかなり見えづらいっぽいぃ」 

「電探使えばなんとかなりそうだけどね」

実際陽炎たちが装備している夜戦用のマントは視認こそしづらくとも電探等レーダー関連には普通に反応してしまう。

早速その事をメモする五月雨。片腕につけた盾を器用に机代わりに使いササッと書き終える。

緩やかな曲面を持つ40センチ四方くらいの盾、それと艤装の機関部をつなぐケーブルが白露たちの試験している兵装。

盾表面に磁場を発生させ実体弾を誘導、受け流そうという兵装である。今のところの評価は「それなりに使える」であった。実際に36センチ砲くらいまでなら問題なく受け流せる。ただ盾の当て方でその成功率が大きく変わったり、磁場の発生にかなりのエネルギーを消費したりと扱いにくい。

「受け流したのあたしに当てないでね?」

ゆっくりと航行しながら最後尾の北上が注意喚起する。

「多分・・・大丈夫だと思います!」

胸を張って答える五月雨。

どこかゆる~い空気感が漂う。

しばらくはお互いに航行して巡り会った瞬間から闘いとなる。

その瞬間は毎回唐突にくる。

ほんの一瞬、電探に反応があった瞬間全員の表情が変わる。

敵にバレぬよう探照灯はお互いつけていない。が電探にはそれなりに離れてT字になるよう航行する相手艦隊。

緊張が走った瞬間、相手艦隊の先頭をいく神通と恐らく最後尾の霧島が探照灯を照射。結構な距離があっても眩しさに一瞬反応してしまう白露たち。霧島が容赦なく砲撃する。とっさに盾を起動し防御の姿勢を整える。

「このまま霧島さんの間合い超えるよ!」

白露に続いて他4人が突撃。僅か後方で北上がその時を伺う。

が北上が気づく。

「まっず・・・みんな電探使えないよ!」

盾を起動した結果、磁場の影響か電探に大きくノイズが走る。

それでも探照灯を灯す神通と陽炎たち4人分の闇、その後方に霧島と相手艦隊の姿は捉えていた。

距離が近付き神通、霧島が探照灯を照らしつつ近接戦闘の用意を行う。まだ陽炎たちは撃ってきていない。

(こんなもんかな?)

1列になっていた白露たちの後方、北上が艦隊から飛び出し霧島に向け一気に加速する。

(ここからは重雷装巡洋艦の間合い!)

北上にとってはいつも通りの勝ち方。

だが今日は少し違う。

魚雷を放つ直前、背後に気配を感じ振り返った北上を闇から突如飛んできた無数のペイント弾が襲う。

「え?なにこれ・・・」

北上、轟沈判定。訳もわからぬまま立ち尽くす北上。

「もしかして電探封じてから陽炎たち別々に動いてた?」

闇を生かして艦隊を誤認させられた。自分の読み間違いにガックリする北上。仕方なく白露たちを見学する事になった。

 

いつもなら北上が魚雷を撃つタイミングだがその感じがない。おかしいと思った白露たちが列を崩す。

「夕立、五月雨は後方警戒、僕と姉さん、村雨はこのまま艦隊に突っ込むよ!」

時雨の指示に5人が動く。水柱を上げながら突撃する3人。そして後ろを振り返る2人。振り返った2人の目の前にそれぞれスパッツから伸びる白い足が飛んでくる。

「っん!」

「っい!」

顔面に膝蹴りを受け吹き飛ぶ2人、そこにペイント弾の追い討ちが容赦なく襲う。

夕立、五月雨轟沈判定・・・。

 

神通に時雨、霧島に白露、村雨で近接戦闘が行われる。

機動力と手数で有利な駆逐艦だが相手も相手。

神通、霧島は当鎮守府でもきってのインファイター。流石に強い。

時雨が大きく跳ね盾で殴るように神通の顔を狙う。それを身をかがめ後方へ流す神通。それを待っていたように時雨が膝で神通の顎を狙う。しかしその攻撃は神通後方の闇から叩き込まれた陽炎の拳によって止められる。姿勢を崩した時雨の鳩尾に容赦なく神通の肘が刺さる。時雨は気絶、一応は轟沈判定となる。

気絶した時雨を神通が抱え陽炎へと微笑む。暗くてよく分からないが多分陽炎も微笑み返しているだろう。

霧島側も秋雲、不知火、黒潮によりペイント弾まみれの白露、村雨が「えっ!何が起こったの?」と混乱している。

6対6で行われたこの演習は0対6という圧倒的な結果で陽炎たちの勝利となった。

 




演習が終わり港に戻った北上はとりあえずタオルでペイント弾を落としながら陽炎たちに話かける。
「あのマントすっごい見えづらいんだけど・・・よく連携とれたねー」
「事前にタイミングだけ打ち合わせていました。神通さん、霧島さんが囮となり隙を見て不知火たちが奇襲。そちらの作戦は霧島さんの読み通りでしたから。」
満足げに答える不知火にムッとしつつ北上は「次は負けないから」と時雨以外の白露たち4人を連れてシャワーへと向かった。


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赤城、食べます!

赤城改二・・・
その設計が公開されたとき誰もが驚いた。
「刀?・・・えっ・・・刀?かっこいい・・・」と
本来、空母対空母はかなりの遠距離戦。
艦娘でもそれは言える。
しかし格闘戦による艦娘の喪失が相当数あることも事実。
実際に空母艦娘が間合いに入られた際、軽巡洋艦などには勝てない場合が多く対策は急務と言えた。
状況をふまえ赤城改二の開発には近接防御兵装にいくつかのパターンを持たせ各兵装試験鎮守府にてデータを集めていた。
結果として第2兵装試験鎮守にて採用していた刀を装備させるに至ったが、各兵装試験鎮守の赤城には引き続き近接兵装のデータ収集が依頼されていた。


 

赤城改二の公開から1ヶ月程たったある日の1130ごろ。

第4兵装試験鎮守府、その空母寮に赤城と瑞鶴の姿があった。

「瑞鶴ちゃん?次の一射が当たったら間宮食堂のプリン奢ってくれますか?」

「いいですよ!そのかわり外したら私に奢ってもらいますから」

お互いに挑戦的な視線を交える。そのまま赤城は目を閉じ深呼吸。

赤城の深呼吸が終わるとその目は真っ直ぐに小さな的を見据えていた。

弓矢の訓練。彼女たち弓矢型の発着艦システムを持つ空母において必須の訓練。午前のプログラムが終わり昼時を迎え2人は昼食を午前最後の一射にかけていた。弓矢型空母の殆どは、いつもこうして食後のデザートなんかをかけては一喜一憂していた。

ゆっくりと弓矢を構え引き始める赤城。張り詰めた空気。

(お願い・・・外してぇ・・・今月ピンチだからぁ・・・でも赤城さんならワンチャン・・・)

固唾を飲んで見守る瑞鶴は変な汗をかきゾワリとしていた。

それと同時に勝てる可能性も見出していた。

 

「グゥウウウゥウウ・・・」

 

張り詰めた空気を裂くように赤城の腹が鳴り「限界です・・・」と赤城が腰砕けなる。

弓矢を置きその場に座り込む赤城。

笑顔の瑞鶴が駆け寄る。

「赤城さん!これは私の勝ち・・・でいいですか?」

「・・・」

返事はない。赤城の肩を軽く揺らし確かめる。俯いたままの赤城。

「えっ?赤城さん?大丈夫ですか?赤城さーん?」

それでも俯いたまま呼吸以外なんの反応もない。

「お腹空き過ぎて気絶しちゃった?」

瑞鶴がどうしたものか考えながら腰を下ろす。

目の前に座った瑞鶴に突如赤城の両手が伸びる。

いきなり両肩を掴まれた瑞鶴が驚いたと同時に赤城の口が動く。

「瑞鶴ちゃん・・・あなた確か七面鳥って呼ばれてましたよね・・・私、お肉とっても好きですよ・・・」

「えっ?いやあの~赤城さん?正確には七面鳥って艦載機のことで・・・」

「上半身は貧相ですけど・・・よく見れば美味しそうなお肉のついた下半身・・・」

ジットリと瑞鶴の身体を見つめる赤城から黒いオーラが立ち込める。

とっさに距離を離そうとした瑞鶴だが全く動けない。

「誰が貧乳ですか!いや赤城さん、冗談ですよね?てか力強い!全然動けないんだけど!」

カシュンッ・・・

赤城の艤装から駆逐イ級のような機械が展開される。

これこそが第4兵装試験鎮守府の赤城がテストしていた近接兵装、「対近接用大型粉砕プライヤー」。深海棲艦の口による近接攻撃を模して開発された大型艦向け兵装である。

両手で弓矢を操る空母の邪魔をしないよう赤城の口と連動して動作するそれは、もう1つの口と言えるモノであり消化等は出来ずとも食いちぎったり噛み砕いたりは出来るのである。

怯える瑞鶴のスカートを少し捲り露わになった太もも目掛けて歪な口が襲いかかる。

「っい!痛い痛い痛い!ちょっと赤城さんストップ!」

全く力を緩めない赤城にかなり危機感を感じた瑞鶴が叫ぶ。

「ちょっ翔鶴姉ぇ!痛い!助けてっ!翔鶴姉ぇっ!」

妹の悲痛な叫びを聞き休憩室にいた翔鶴と蒼龍が駆けつける。

「えっ!瑞鶴?赤城さん?どういうこと?」

「とっとりあえず赤城さんのコレなんとかして!」

翔鶴が赤城のそれを力いっぱい引き剥がす。

「っい・・・取れたぁいったいなぁもう・・・」

「プッ!七面鳥の踊り食いっ!アハハハハハ!」

笑いながら蒼龍が瑞鶴の太ももを治療する。

幸い歯型がついて赤くなる程度で済んでいたが、念の為に医務室へ運ぶことにした。

赤城の方は翔鶴が持っていた休憩室のお菓子を食べ落ち着いたのか艤装をしまい自責の念と戦っていた。

「私は・・・一体なにを・・・瑞・・・鶴ちゃん・・・そうだお昼・・・瑞鶴ちゃんが美味しそうに見えて・・・」

立とうとする赤城だが足元が覚束ない。ヨロヨロする赤城を翔鶴が支える。

「赤城さん、私なにか食べ物持ってきますから少し休んでいて下さい。」

そう言って休憩室に赤城を担ぎ込み寝かせた翔鶴が食堂へ向かい数分後・・・

 

ある程度空腹を満たした赤城は医務室のベッドに腰かけながら太ももを冷やす瑞鶴に深々と謝罪していた。

「ごめんなさい・・・まさかこんなになるなんて・・・本当にごめんなさい・・・」

どうやら赤城自身も意識が朦朧としていたらしくかなり混乱していたようだ。詳しくは翔鶴から聞いたらしい。

「いいっていいって!翔鶴型頑丈だから!駆逐とかだとマズかったけど・・・ほら顔上げてください!」

「ありがとう・・・瑞鶴ちゃん・・・」

うっすら涙を浮かべる赤城を瑞鶴が撫でる。

「一緒にプリン食べましょう?赤城さんの奢りで!」

「っ!えぇ・・・食べにいきましょうか」

 

足を冷やす瑞鶴をおぶった赤城は食堂に向かい医務室を後にした・・・

 




赤城改二が公開されるちょっと前・・・
第4兵装試験鎮守府から送られてきたレポートを見て開発局の職員たちは表情を険しくしていた。
近接兵装としては中々に優秀、頑丈であり盾としも使え試験を担当した赤城からの評価も上々。と高評価が書かれたレポートだが職員たちには最後の1文が気になっていた。
曰わく「赤城の食欲に反応して周囲の食べれそうなモノを追い噛みつこうとする動作が見られる。」とのこと。
「これは少し想定外の動作ですね・・・」
「元々、赤城という艦娘は食欲が強い。それの口と連動させているんだから食べ物を追うのは仕方ないか・・・」
「空腹時に暴走、友軍を補食なんてなったらまずいですよ。」
一同が沈黙する。
「一応引き続きデータは採ってもらうとして・・・正式採用はムリそうだなぁ」
この装備にロマンを感じていた開発者たちは第4兵装試験鎮守府から上がったこのレポートに落胆した。


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執務室と工廠は戦場

日も登ったばかりの0700

第4兵装試験鎮守府の執務室で提督と陸奥が仕事に終われていた。
ここの鎮守府は普通の出撃結果にプラスして試験データや艦娘それぞれから提出されるレポートなんかも纏めなければいけない。
現実問題、提督の睡眠時間はカラスの行水であり優秀な秘書がついていたとしても徹夜騒ぎになっていた。
先程までは大淀もここに混ざり作業していたが限界を迎えたのかメガネを掛けたまま目薬をさし「水滴が空中で止まった?!」などと言ったため、提督から仮眠とってこいと指示を受け今に至る。
一応0830から食堂での朝礼があり提督はそこで伝える情報なんかを纏める作業に入る。陸奥は引き続き夜戦組の陽炎たちから上がったレポートを要約しデータ表へフィードバック、提督が後で見やすいように仕上げる。
PCでスケジュールを確認しながら夜戦組からの引き継ぎを纏めていた提督だったが睡魔は確実に彼を蝕んでいた。
ウトウトとし始めた提督を見ていた陸奥がおもむろに近づく。
本来であれば「肩を叩く」や「声をかける」といった方法で提督を起こすのだろうが彼女は違う。
なんの躊躇いもなく提督の無防備な首に噛み付く。

「!!!!」

一瞬の事だったが激痛により睡魔が吹っ飛んだ提督は陸奥へ感謝を伝える。実際かなり痛いのだがまず感謝を伝えなければ容赦なくもう一撃くる。そう身体に覚え込まされたため感謝する。
それを見て陸奥が満足げにしているとアラームが鳴る。
示す時刻は0820。
2人は立ち上がり服装を整え食堂へと向かった。



0900

 

食堂での朝礼を終え執務室に戻った提督を迎えたのは爽やかに目覚めた大淀。

「次は提督か陸奥さんのどちらか仮眠どうぞ!」

「じゃあ提督、いってらっしゃい。」

「あっ・・・助かります・・・」

思わず敬語が出た提督がフラフラと執務室横の仮眠室へと向かう。

「んーーっ!提督起きてくるまでもう一踏ん張り頑張りましょうか。」

「無理はなさらずに。陸奥さんは夕刻に出撃控えてますから。」

 

スケジュールを見ながら各々仕事へ取り掛かる。

神通と陽炎の異様に熱の籠もった夜戦装備への文章を見ながら要点を纏める陸奥。仕上がった資料を大本営に送りつつ依頼の受託を行う大淀。

「そろそろ演習組からの映像上がってくるわね。」

「ばっちりこっちらで保存しておきますね。」

提督と陸奥もそうだが大淀と陸奥もなかなかの連携を見せる。

それでも減らない仕事たち。

執務室は今日も静かな戦場となっていた。

 

そんな時、工廠では明石が那智改二の電探感度の調整を行っていた。

「那智さん!こんなでどうですか?」

「うーん・・・感度が高すぎるのかノイズが走るな・・・」

「これ以上下げると実戦で機能するか怪しくなりますよ?」

 

昨日まではこんなじゃなかったんだが・・・と首を傾げる那智には思い当たる節なんて無かった。

明石にしてみても電探は提督の方が弄れるのでここまでくると提督待ちにならざる負えなかった。

「那智さん、提督待って直してもらいましょうか・・・」

「うーん・・・出撃までに間に合うといいが・・・」

那智の出撃は1300。それまでに直らなければ出撃において那智自身のリスクが高くなることと出撃してもデータがあまり参考にならないという問題があった。

 

(夕張に聞いたら「えっ?那智さん感度3000倍?」とか意味分からないこと言い始めましたし・・・提督寝てるみたいだしとりあえず陸奥さんに連絡してみますか・・・)

 

「あっ陸奥さん、明石です。」

 

「はいはい、どうしたの?」

 

「今那智さんの電探感度の調整してたんですけどノイズがひどいらしくって提督に見てもらいたくって・・・」

 

「今提督仮眠とってるから起きたら向かわせるわね。」

 

「ありがとうございます。じゃよろしくです。」

 

 

 

「那智さん、とりあえず提督起きたらこっち来てくれるみたいです。」

「ふむ、わかった。ならそれまで待つとしよう。」

「あっそれなら那智さんの改二艤装、ちょぉぉぉっと見てもいいですか!」

「構わないが・・・変なことするなよ?」

「えぇそれはもう!勿論です!」

 

興奮した明石が那智に怒られるまであと17分・・・

 




仮眠から起きた提督が工廠にいる那智の電探をチェックする。傍らには怒られて拗ねた明石。
「那智、明石原因わかったぞ・・・」
「ずばり提督、原因とはなんだ!」
「電探に異常はない!あるとすれば那智自身だ。」
「なっ!私自身?そんなバカな!」
「ことに那智、お前昨日何時まで呑んでた?」
「ん?昨日なら日付越える頃まで隼鷹の部屋で呑んで自室に戻ってからは缶チューハイ4つほどしか呑んでいないな・・・」
「飲み過ぎて頭痛とか大丈夫か?」
「頭痛?確かにあるが慣れてしまえばこれも楽しみだ。」
「それだよ・・・頭痛のせいで電探に変なノイズ入ってるように感じるんだよ・・・」
「「なっなんだって?」」

医務室にあった頭痛薬を飲んだ那智はいつも通りの電探に安堵しながら今日も晩酌のために海へ出るのであった。


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演習はデータ取りに最適ですね

1400
提督宛てに他鎮守府からの演習依頼が舞い込んだ。
「珍しいな。ウチに演習依頼してくるのなんて・・・うわっ同期じゃんこいつ・・・」
この鎮守府に演習依頼が来ることはかなり稀である。陸奥や大淀が驚いていることがそれを証明する。
「よし、おもっくそデータのない新兵器使いまくってボコボコにしてやろう!ついでにデータ取っとこ。」
笑顔の提督が依頼書の「許諾」に○をつけて大淀に渡す。

この鎮守府に演習依頼が来ない理由、その1つがデータのない新兵器を相手にしなければならないため、である。
基本的に兵装試験が終わったものなら各鎮守府にデータは配布される。ただ試験途中のものや実装不可と判断された兵装に関しては例外となる。そうなると取得できる情報量は開発当初の理論値程度であり、挑む側はかなりの不利を強いられる。それを楽しむ変態ならば良いが基本的に提督という生き物は自らの艦娘たちを勝たせてやりたいため兵装試験鎮守府には依頼したがらない。
今回、依頼してきた第18近海護衛鎮守府の提督は、こちらの提督と同期でありそれなりに交流のある鎮守府である。
なのでちょっと他鎮守府とは事情が違うのである。

「アイツの艦隊だと・・・多分水雷戦隊に高速戦艦を合わせた攻撃力と機動力のある編成だろうな・・・夜戦はしたくないな。」

「なら私が出て秒で終わらせましょうか?」

「いや、陸奥が出るとデータ取れないからな。昼戦向きな編成で速攻してみるか・・・」

そう言いながら提督が6人の艦娘を呼び出す。

・・・・・・・・・・・





1週間後~

 

第4兵装試験鎮守府近海に見える12の影。

天龍型1番艦「天龍改二」と暁、響、雷、電からなる普通な水雷戦隊+金剛型3番艦「榛名」の編成が第18近海護衛鎮守府の艦隊。

高練度な攻撃艦隊。連携も完璧にこなす当鎮守府最強の艦隊である。

ただ天龍たちは完全に相手の編成の訳が分からなくなっていた。それは彼女たちの報告を受ける提督も同じ。

「ねぇ・・・あの金属の塊ってなに?」

暁が誰となく問いかける。

「よく見ると上んとこから扶桑型の艦橋みたいなの出てるし位置的に山城じゃねーか?」

隻眼を凝らして天龍が答える。

鉄板のようなモノに囲まれている艦娘?を先頭に見たことのない手甲のようなものをつけた時雨と夕立、近接メインとなる短い戦闘距離でありながら空母の赤城と瑞鶴、最後尾には天龍が並ぶ。

 

「提督、榛名が主砲で牽制して天龍さん達が突撃でいいですか?」

「えぇ構いません。敵艦載機発艦までに一気に距離を詰めましょう。インファイトに弱い空母を優先して撃沈、あの塊は・・・後にしましょう。暁と響には時雨と夕立をお願いします。」

「了解!じゃいくぞお前ら!」

「うん!」

「понимание」

「響、作戦中は日本語でね?」

「了解なのです。」

「はい!榛名にお任せを!」

 

演習開始を知らせる空砲が鳴る。

と同時に金属の塊に火が点く。

「おいっアレ爆発すんじゃねーか!」

「とりあえず皆さんは突撃を!榛名、砲撃開始しまs電探に反応?艦載機?早すぎます!」

想定外のタイミングで発艦された敵艦載機に対空砲火をしつつ天龍たちは進む。

「・・・多分カタパルトかエレベーター・・・皆さん瑞鶴です。瑞鶴を優先して狙って。」

提督の指示に榛名が動く。異様に早い発艦は我々の知らない装備によるものと考え瑞鶴を狙う。

「赤城が撃ってこない・・・」

響が気付く。

「おっしゃ!ならチャンスじゃねーか!」

空母達に狙いを定めて加速しようとした天龍。その視界には異常な速さで真っ直ぐに突っ込んでくる金属の塊が写る。

とっさに天龍たちが砲撃する。だが弾をものともしないソレが零距離まで一気に飛び込んでくる。刹那、背後のブースターと装甲全てをパージ、中から伸びた色白い手が雷と電を掴み水面に叩きつける。

あまりのことに対応が遅れる天龍たち。

「こんなバカみたいな装備・・・不幸だわ・・・」

巨大な砲塔が火を吹く。

一瞬でペイント弾まみれになり轟沈判定となる雷と電。

次の動きをしない無防備な背中に容赦なく魚雷を放つ響。

「どうせもう弾入ってないのよね・・・フフフフ・・・」

虚空に笑う山城に撃沈判定が出る。

それを無視して4人は相手の懐へと飛び込む。

前に出てくる時雨、夕立に砲撃する天龍と暁。その弾は時雨たちの手甲に阻まれる。というより受け流されている。

「嘘でしょ!弾が誘導されてる!」

「なら直接ぶった切ってやるよ!」

天龍が抜刀、足の止まった夕立へ一閃するがそれを相手の天龍が受け止める。

「改二じゃねークセによぉ」

「うるせぇぶっ潰してやるよ!」

天龍2人が斬り合っている間に隙を見て響と榛名が空母連中に襲い掛かる。

「私、近接だめだから~」

そう言いながら下がる瑞鶴。構えをとって砲撃から近接の間合いに入る響、榛名。そこに立ちふさがったのは瑞鶴と同じく空母であり近接を苦手とする赤城であった。

赤城に掴みかかる榛名。

「響さん、瑞鶴さん任せました!」

「わかった・・・」

短く返答した響が瑞鶴へ向かうのを見ながら榛名が赤城を拘束。

がっちりと赤城の両肩を掴み主砲を向ける。

「榛名の勝ちです!」

その瞬間、赤城の艤装から伸びた駆逐イ級のような形をした4つの機械が榛名の砲塔に噛みつく。

「これは?!」

「榛名さん、すみません。今日の私、艦載機のかわりにこの子たちなんです。」

榛名の砲塔が金属の悲鳴を上げながら噛み潰されていく。

「いやっなんでっなんなんですかコレェ!」

戦闘力を奪われた榛名に続行不能の判定が出る。

 

時雨たちの強固な防御に苦戦しつつ魚雷は防げないことと攻撃力が低いことを見抜いた暁は2対1でありながらも有利に立ち回る。

弾で牽制し魚雷を放つ。これを繰り返してなんとか時雨を小破させていた。

だが敵に夢中になるあまり1つ失念していた。

大きく突撃してきた夕立をいなし夕立が体勢を崩した隙に魚雷を放とうとする。そこで暁は魚雷が尽きていることを知る。

「うわっ弾がもう・・・」

時雨と夕立はこれを待っていた。

暁は知らなかったが彼女たちは一方的な狩りが好きなのである。

今まで撃たなかった主砲や魚雷を一斉に撃ち始める2人。

「山城の仇だよ・・・暁!」

時雨の魚雷を受けた暁は轟沈判定。悔し涙を流していた。

 

天龍同士の斬り合いはやはり改二の方が強い。

「オラオラっ!足が止まってっぞ!」

「このヤロー、調子のりやがってぇ」

僅かではあるが確実に天龍改二が押していた。

何度目かわからない鍔迫り合い。だがこれが最後の鍔迫り合いとなった。

・・・ピシッ・・・

天龍改二の刀にヒビが入る。

「んな?!」

長年の相棒の突然の悲鳴に戸惑う天龍。

あれよあれよという間にヒビは広がり中程から刀がパキッと折れてしまう。

折れた刀と相手の折れてない刀を交互に見る。

「わりぃな天龍改二さん?オレのこいつ、お前のとちょーっと作りが違うんだわ。」

外見は殆ど一緒だが第4兵装試験鎮守府の天龍に与えられたら刀は従来品を改良した更新版。耐久性アップをメインに素材の変更と刀身断面が変更されたそれであった。

「まだオレらんとこまで回ってねぇヤツじゃねーかよ・・・」

ショックを隠しきれない天龍改二を時雨と夕立が襲う。

呆気なく撃沈判定が出てしまう。

そのまま1人になった響を瑞鶴以外の全員で挟撃、撃沈とした。

これにより本日の演習は第4兵装試験鎮守府の勝利できっちり夜戦前に終了となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




日も暮れ始めた1650

港に戻ってきた天龍たち第18近海護衛鎮守府の面々を迎えた提督はそのまま第4兵装試験鎮守府の工廠へと天龍と榛名を案内した。
ペイント弾を落とし工廠に入った天龍、榛名を迎えたのは第4の提督と明石、夕張そして新しい天龍の刀と榛名の主砲であった。
「丁度、更新時期だったから新しいのを用意して頂きました。」
「これって更新版のじゃねーか!いいのかよ!」
「悪かったなってのといいデータ取らせてくれたお礼だよ。それと同期のよしみってやつ。」

天龍は新たな刀を腰に携え折れた刀を自らの提督に渡す。
「提督、これ記念にとっとけ。」
天龍から刀を受け取った提督の横に砲塔を新しくした榛名が並ぶ。
「潰れた時はどうなるかと思いました・・・けど治ってよかったです!」

戻った天龍たちはすっかり綺麗にシャワーを浴びた暁たち六駆の面々に羨ましがられながら改めて挨拶を交わし第18近海護衛鎮守府への帰路についた・・・


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龍田さんブチ切れ案件

龍田は激怒した。
必ず、かの同人作家を除かなければならぬと決意した。
龍田には二次設定がわからぬ。
龍田は、普通な艦娘である。武器を振り、敵と遊んで(意味深)暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。


1150

 

秋雲の部屋のドアを叩くものが現れた。

昨日、ようやく完成した新刊「潜水艦がちょっと鬼門だわ///」を数冊配布してきたばかりであった。

(もう誰か感想言いにきたかな?今回の結構自信あるんだよねぇ・・・)

秋雲がノホホンと扉を開ける。

客人を見上げ言葉を失う。

一瞬固まる空気。

彼女は自分の無警戒さを後悔した。

そこに立つのは満面の笑みを浮かべている龍田。

(いやまだ配布してから早い・・・龍田さんには見られてないはず・・・)

「あのー龍田さん?どうしました?」

少し目を逸らしながら秋雲が問う。

「明日の偵察部隊の打ち合わせ場所、まだ伝えてなかったからね~。第2会議室に0930に集合よ~。」

秋雲は安堵した。返事と感謝を伝え扉を閉める。が閉まらない。龍田の足が見事に扉を止めていた。

「龍田さん?足が邪魔で閉めらんないですよ?」

恐る恐る龍田の顔を見上げる。

その顔に笑みなるものは何もなく、まるで秋雲を侮蔑するかのように見下していた。

「秋雲ちゃん?これ何かしら?」

龍田が差し出したもの。それは秋雲の新刊。

「それは・・・龍田さんと潜水艦たちの日常をおもしろおかしく描いた同人誌で・・・お読みになられました?」

「し~っかり読んだよ~秋雲ちゃんってと~っても絵が上手いのね~」

しゃべり方は変わらないのに一切表情が変わらない龍田に恐怖しつつも秋雲は内容を思い返す。

龍田が潜水艦にトラウマがあることを元ネタにした日常ギャグもの。テーマ自体は問題ない。現に龍田も許可をくれていた。

なら何がダメだったのか・・・秋雲は考える。深く深く考える。

そして結論に至る。

今回の同人誌中に出てくる龍田だが秋雲設定で「潜水艦に会うとショックでアヘ顔を晒してしまう」のである。

(あぁマズい・・・ついアヘ顔気合い入れて描いたからめっちゃ下品な感じに仕上がってたじゃん・・・)

この時点で秋雲は逃げ道の模索に脳を切り替える。

「秋雲ちゃん?どうしたの?キョロキョロして。もしかして私からどうやって逃げようか考えてる?でもね?・・・逃がさないから・・・」

冷や汗ダラダラの秋雲を追い詰めるように龍田が扉を引っ張る。

駆逐艦vs軽巡洋艦、ましてや相手はブチ切れ龍田。敵うはずもなく徐々に負け始める。

その時秋雲に名案が舞い降りる。

秋雲は押さえていた扉をパッと離す。突然力の抜けた扉に思わず姿勢を崩す龍田。その隙に秋雲は脱出。後も振り返らず全速力で逃走を図った。

振り返らなくたって分かる。追ってきている。

秋雲は逃げ込むに最適な場所を考える。

怒っている龍田を抑え込める人物・・・提督・・・陸奥・・・天龍・・・霧島・・・青葉・・・

この中で今回の事情を把握している人物・・・提督か青葉

信頼にたるのは・・・提督!

目指すは執務室。秋雲はただがむしゃらに足を動かした。

 

 

しばらくして執務室には提督と龍田、大淀の3人がいた。

大淀は書類に夢中。龍田は提督相手に問いかけていた。

「提督~秋雲ちゃんしらない?ここに逃げ込んだはずだけど・・・」 

「秋雲?秋雲なら部屋に籠もって創作活動してるだろ?」

「その部屋から逃げてここにきてるはずよ?」

「いや、しらないなぁ」

「とぼけちゃって・・・そうだ♪提督、秋雲ちゃんの居場所教えてくれたらパフパフしてあげる「そこの戸棚の裏です!」ありがと♪」

呆気なく龍田の策略にハマった提督により秋雲の居場所が割り出される。

必死の弁明も為すすべなく龍田のゲンコツ3発を受け秋雲は気絶した。




龍田と提督が向かい合う。
「さぁ約束のパフパフだぞ龍田!」
「は~いどうぞ・・・」
胸に手をあて龍田が構える。
徐々に近付く桃源郷に提督の息が上がる。
甘い香りに誘われ前へ前へ。
あと数センチ・・・のところで提督の首に激痛が走る。
思わず龍田を見上げる。が龍田からの攻撃ではない。彼女の手は自身の胸に添えられている。
なら・・・と薄れゆく意識の中である人物が思い浮かぶ。
(首に噛みついてくるの・・・陸奥しかいないじゃん・・・)
嫉妬深い秘書艦はそのまま気絶した提督を咥え、出てきた仮眠室へと戻っていった。
「あ~あ残念っ♪」と執務室をあとにする龍田。
執務室に残された大淀は空いた提督用の椅子に腰掛ける。
この上ない座り心地に感動しながら書類整理を続けることにした・・・


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まだ日も昇りきらない明朝0500頃

第4兵装試験鎮守府の駆逐艦寮、その入り口に1人の少女がいた。
長く流麗な金髪を揺らしながら赤い海軍指定長袖ジャージの裾を捲り大きく伸びる。
「んーーーっ!」
軽くストレッチを行い呼吸を整える。
「ふぅ・・・ふぅ・・・よし!」
彼女、駆逐艦「島風」は朝のランニングを日課として楽しんでいた。
彼女は元々他の鎮守府所属だったが整備性の悪さを理由に後方待機となっていた。そこに島風向けの機関のテストを行いたい第4兵装試験鎮守府から要望があり出向という形でやってきた。
彼女がテストした機関は従来型の出力特性を変更した仕様。
最高出力を追求した結果、低出力~高出力の変化が唐突かつ大きい相当にピーキーな機関となっていた。
テスト結果としては「実戦使用不可」であり、実際島風自身も上手く扱えず持て余すことになった。
だが高出力時の性能は高く島風もそこは高く評価していた。それを使いこなせない自分への不満すら見せる程に。
テスト終了時に「この機関を使いこなせるようになりたい」という島風たっての希望で第4兵装試験鎮守へ正式に転属、今に至る。
この朝のランニングも機関出力を使いこなす為のトレーニングとして提督から発案してもらったものになる。
鎮守府外周を指定された出力で指定された時間通りに巡るというもの。
最初は指定された通りなど全く無理だったが徐々に揃うようになり今ではこれを楽しみに朝を迎える程であった。
朝の鎮守府は静かである。それでも島風のように活動する艦娘も少なからずいる。
港でシャドウボクシングに汗を流す霧島、朝食用の食材を搬入する間宮と伊良湖、外のベンチで朝を迎えようとしている二日酔い那智。
戦いを忘れそうになる光景を流しながら島風は軽快に走る。
ふと手元の時計に目をやる。朝礼まで3時間ちょっと。着替えたりを含めて2時間半くらいは走れる、と考えながら島風は2周目に入ろうとしていた。




島風が5周目に入ろうとする時・・・空母寮では弓道場の清掃が行われていた。

「五航戦、床は任せました。」

「雑巾がけくらいみんなでやりましょうよ?」

加賀と瑞鶴が火花を散らしてにらみ合う。

「またやってますね。あの2人。」

「ほんと仲良しバカップルですよね。」

赤城と蒼龍が微笑ましそうに見つめる。

加賀と瑞鶴が言い争うのはいつものことなのだ。

他鎮守府からの転属組で練度の高い加賀と建造されたばかりの瑞鶴。2人は師弟関係であり同時に恋人とも言える仲である。

今は「五航戦」と瑞鶴とその姉翔鶴を一括りで呼んだが瑞鶴と2人の時は「あなた」と呼んでいたりする。

「床の雑巾がけは弟子の仕事ではないかしら?」

「いや、こんな広いんだからみんなでササッと終わらせましょうよ!ほら蒼龍もやりたそうに見てますよ!」

「うわっ夫婦喧嘩に巻き込まれた!」

「…///」

「加賀さんどうしてそこでほっぺ赤くするんですか!蒼龍も変なこと言わない!あぁ翔鶴ねぇ助けてっ・・・」

妹の叫びも虚しく翔鶴は黙々と窓を拭いていく。

「朝から賑やかやね~」

「たっくさぁ二日酔いのアタマにガンガンくるってーの」

「毎日毎日よく飽きないわよね。」

廊下掃除を終えた龍驤、隼鷹、飛鷹の軽空母3人が入ってくる。

「これで結局全員で雑巾がけ!までがいつもの私達ですからね。」

雑巾を絞りながら赤城がみんなを見渡す。

「赤城さんが言うならやむを得ません。五航戦、やりますよ。」

「ハナからそうしてればいいんですよー」

結局この場にいた正規空母全員で雑巾がけを終え朝礼へと備える空母寮であった。

 

 

島風の周回数が20を数えようとするころ。

提督私室に目覚ましのアラームがなり響く。

寝ぼけ眼のままアラームを止める提督。

そのまま横を向き隣人を起こす。

他の艦娘には絶対見せない寝間着姿の陸奥が一発伸びをキメる。

「んーーー・・・もう朝なのね・・・」

「もう日が昇ってる・・・」

つい4時間ほど前まで執務に明け暮れていた2人にはこの現実は残酷だった。

ベッドに腰掛けていた提督が陸奥の手をとり起こしてあげる。

すっぴんで寝癖がついた陸奥を見れるのは提督の特権である。

お互い寝ぼけたまま朝礼に向けて支度を始める。

「あっ提督、カチューシャ取ってー」

「ほれほれ。」

「ありがとっ」

普段カリカリと執務をこなす2人からは考えにくいほど間延びした空気が流れる。

慣れた手つきで化粧を整える陸奥に支度を終えた提督がコーヒーを差し出す。

それを飲み終えるころにはいつもの提督と陸奥へ完全に変化していた。

 

 




「おっ!提督っ陸奥さん、おはようございます!」
「あら?早いのね。」
「島風おはよう、今日もトレーニングか?」
「はい!これタイム表です!」
朝礼へ向かう道中、提督と陸奥を見つけた島風は笑顔でトレーニング中の計測タイムを纏めた表を見せる。
そこに記されたのは約100周分のタイムであり各周のタイム差は大きくても2秒ほどと見事に纏められていた。
「すごいな。この短期間でここまでタイム纏めるのか・・・というか100周以上この朝だけでしたのか!」
「いや~気付いたらこうなってました!」
島風がサラッとこなした偉業に驚きつつ食堂についた一行。
提督の挨拶から朝礼が始まる。
「皆さんおはよう!」
「「おはようございます!」」
1日の予定を読み終え連絡事項を伝える。
「本日、急ではあるがウチから他鎮守府へ出向していた雪風が帰ってくる。」
ざわつく食堂。
誰となく声をあげる。
「あの雪風が帰ってくる?すご・・・」
「雪風さんってあの有名な?」

この鎮守府所属の雪風、それは最新兵器を満載し他鎮守府へと出向きデータ収集を行う兵装試験のスペシャリストである。


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幸運は降ってくる

「司令、正午の定時連絡です。通常哨戒ルート敵影なし。ついでにそろそろ目標地点到達だよ。」
近海の哨戒へ出ていた陽炎から連絡が入る。
陽炎の「目標地点」という言葉に空気が引き締まる。
「各艦警戒を。どっからくるかわからんぞアイツは・・・」
陽炎、不知火、黒潮の3人と提督は僅かに緊張していた。
それは駆逐艦3人だけでの任務だからではない。
「対空レーダーに反応・・・民間の輸送機ですね・・・」
「ほな目標とちゃうな」
「いや・・・各艦備えろ・・・あの野郎まさかの空からだぞ・・・」
「空から?!・・・了解!不知火、黒潮は私の後方。目標と位置を合わせつつ移動開始。いい?」
「「了解」」

今この瞬間にこの平和な近海はピリピリとした戦場の空気を纏った・・・


10分程前・・・

「このマップ・・・ここの海域に降ろして下さい。」

上空を飛ぶ輸送機の中でパイロットに1人の少女が話かける。

「よろしいのですか?かなり鎮守府へは遠回りになりますが・・・このまま鎮守府へお送りしますよ?」

「それが申し訳ないんですがこの辺で待ち合わせしてるんです。」

「本機は水上機ではありませんから着水できませんよ?」

「構いません。この高度から降ろして頂ければ助かります!」

「この高度から?!確かに備え付けのパラシュートはありますが・・・」

「パラシュートは必要ないです。」

そう言うと少女は両足にとりつけた装置を自慢気に見せる。

「司令から貰った逆噴射装置です!万が一のためにって持たせてくれました!」

「いくら艦娘と言えどそれだけでこの高度から降下は無茶ですよ!パラシュートをご使用ください!」

「パラシュートなんて開いたら狙われちゃいます!それに大丈夫って確信あるんです!」

「・・・かしこまりました。あなたのご無事をお祈りいたします。」

そういうと何かを察したパイロットは輸送機を彼女が言う目標地点へと向かわせた。

数分後、降下用意を済ませマントを羽織った彼女へそろそろ着く事を伝える。

「こんなとこまでありがとうございました!ないすふらいとっ!でした!」

安全な近海とは言え海の上空を飛んでくれたパイロットにお礼を言うと彼女は開いたハッチからためらいなく飛び降りた。

 

その頃、海上では・・・

 

「輸送機から熱源の降下を確認・・・輸送機は離脱・・・間違いないわね・・・」

「サイン無かったら3人だからね。」

「ん~・・・おっ!照明弾撃ったみたいやで・・・1発や!」

「ということは陽炎を指名みたいね」

「あぁ~私かぁ~緊張してきた~」

不知火と黒潮は若干陽炎から距離を取る。

これから行われるイベントを見物客として見れるとなれば緊張も和らぐ。

陽炎は主砲を構え目標を待つ。

上空からマントをひらめかせて落ちてくる少女。それが射程圏内に入る瞬間に発砲。だが対象が速すぎて上手く当たらない。

(仕方ない・・・着水狙うか・・・)

あの速度なのだから着水は隙だらけになる。もしかしたら着水に失敗するかもしれない。どっちに転んでも勝機があると踏んだ陽炎は相手の着水に合わせる。

着水の瞬間、足の逆噴射装置を起動。盛大に水しぶきが上がり陽炎の狙いを妨げる。

本来なら着水なんてできない速度での着水。普通なら身体がへし折れている。だが水しぶきの中から少女が主砲を構えて飛び出してくる。

あの子なら着水は問題ない・・・と見物客2人は考える。なぜなら彼女には相当に高い実力と幸運の女神の唇を奪いにいくほどの強運が付いているのだから。

陽炎の砲撃を縫いながら不規則なジグザグを描くマント。

お互いが零距離まで接近したとき、お互いの主砲がお互いの眉間を捉える。

硬直する2人。ややあって陽炎が口を開く。

「この1ヶ月でまた強くなったね。お帰りなさい、雪風!」

「姉さんお久しぶりです!雪風、ただいま戻りました!」

1ヶ月ぶりの姉妹感動の再会。被っていたマントを脱ぎ幼さの残る少女が顔を覗かせる。

あどけない表情をした陽炎型8番艦がそこにいた。

 




「しれぇ!陸奥さん!雪風、新兵器の出向テストからただいま戻りました!」
執務室へ1ヶ月の出向から戻ったことを伝える雪風。
しっかりとレポートを提出しお土産の温泉饅頭を差し出す。
常に笑顔を絶やさない彼女に安堵しつつ迎えに出てくれた陽炎たち3人を労う提督だがあることに気付く。
「雪風、おでこにススが着いてるぞ。」
「えっ!ほんとだ!・・・陽炎姉さんでしょ!」
「司令、そこはシーっでしょ!」
仲むつまじい姉妹を見ながら補給と整備を言い渡す。
ハーイッ!と元気な返事をした雪風は陽炎と黒潮の手を引っ張ってドックへと向かった。とっさに雪風を避けた不知火は提督へ一礼、雪風たちを追うことにした。
「あ~ぁ相変わらず元気でなによりだな!」
「ほんとあの子が運に愛されてるのも納得だわ・・・」

執務室に30分ぶりの静けさが戻ってきた・・・


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呑み処「鳳翔」

「やっせっん!やっせっん!」
日も暮れ辺りが暗くなるころ川内は自分の艦隊を起こしに向かう。
彼女率いる水雷戦隊には綾波、敷波、曙、潮の4人がいるが長女の綾波は日暮れ前から武装のメンテを行っていたため起きており、今は川内の後ろをニマニマと笑いながら付いてきていた。
目指すは曙と潮の部屋。
扉の前に立ちインターホンを鳴らす。
「みんな起きてる?夜戦の時間が来たよ!」
部屋からバッチリ支度を整えた曙が姿を現す。
遅れて髪を整えながら潮も顔を出す。
「毎日毎日賑やかよね・・・」
「でもお陰で寝坊しないよ・・・」
苦笑いしながら2人の後を追う曙と潮。
ふと綾波が肩に担いだ武器が目に止まる。
(うわぁまたあれ使うんだ・・・)
同じような事を考える2人。
綾波が担いだいる武装は駆逐艦向けの実験兵装。
12cm砲を6つ束ね、さながらガトリングガンのようにした機関砲。
曙たちには重く反動も大きいため使っていないが綾波は使いこなしていた。満面の笑みで。しかも2つも。
たいそう気に入っているようで出撃前のメンテを欠かさない。

そうこうしているうちに敷波の部屋に辿り着いた。




川内達の艦隊が偵察に出て30分ほど

執務室では今日分の執務が終わりを告げようとしていた。

「ん~~…ふぅ…提督、私の方は終了したわ。」

「おぅお疲れさん、今日分はここまでだからのんびりしててくれ。大淀も終わり次第ゆっくりしてくれ~」

「かしこまりました提督!」

陸奥、大淀の順で仕事を上げていく。

「提督?お仕事終わったら1杯付き合わない?」

珍しく陸奥が提督を晩酌に誘う。

提督はあまり酒に強くないため少し考える。

「珍しいな・・・なんかあったのか?」

「それがね、隼鷹は遠征だし那智は明日早いからって寝ちゃったし1人なのよね・・・」

寂しげな表情を浮かべる陸奥。

「あぁ分かった。なら仕事終わり次第付き合うよ」

「じゃあ待ってるわね。あっ大淀はくる?」

「私はお酒は遠慮しておきます・・・すみません。」

「いいのいいの!気にしないでね!」

 

10分ほど経ち提督も執務を終わらせた。

上着を羽織り、座っている陸奥の手を取る。

「それじゃ向かいますか!」

「ついでにお夕飯も食べちゃいましょうか?ね!」

2人は夜の街・・・ではなく間宮食堂の一角、呑み処「鳳翔」へと足を運んだ。

 

 

「はぁぁ~このキンメ、自分で食べたいですねぇ・・・」

 

料理を仕込みながら鳳翔は食欲と戦っていた。

今日は近くの漁港からキンメダイを頂いたのでみりん焼きにしてお店の日替わり定食として出している。

あと2匹分のキンメダイを見つめながら余れば自分の口に入るため期待して閉店を待っていた。

今のところ、今日は鳥の唐揚げと焼おにぎりが多く出ているためこのまま行けばキンメダイは鳳翔の胃袋に収まるだろう。

そんな事を考えているとお店の扉が開く。

「鳳翔、お疲れ様ー。2人空いてる?」

来客に驚くこともなく対応する鳳翔。

「あら提督に陸奥さん、カウンターでもお座敷でもどうぞ!」

2人はカウンターに腰掛ける。

「あら、今日の日替わりキンメダイなの!じゃあ私これにするわ!」

目が輝く陸奥。「それと熱燗2つ」とお酒も忘れず頼む。

「じゃあ俺は・・・」

固唾を飲んで見守る鳳翔。キンメダイはあと1つ・・・注文があれば断れない。

 

「唐揚げ定食とお味噌汁、それと梅酒のソーダ割りで」

 

安堵ととも全身の力が抜ける。

「承りました。少々お待ち下さい。」

小さくガッツポーズしながら厨房で調理を始める。

カウンターでは2人が会話を続ける。

「提督ってお魚苦手よね。キンメ美味しいから食べてみる?」

「いや・・・匂いでNGだわ・・・やっぱトリカラ大正義だよ!」

「そのくせ鮭は大好きよね。」

「そりゃ鮭は白飯の大親友だぞ!そんなことよりいきなり熱燗2つもいくの?」

「慣らすには丁度いいでしょ♪ 提督こそソーダ割りだと呑み易いから呑みすぎて変な酔い方するわよ?」

「そもそもそんな呑まないから大丈夫だよ。」

久々の2人で晩酌。部屋でもそうだがついつい会話が盛り上がる。

そんなうちに焼き魚の香ばしい香りが漂う。

「うっ・・・この匂い苦手だなぁ」

「そう?私は今にもお腹が鳴りそうよ」

2人の会話は好きな魚から徐々に好きな料理へと変わり最終的には空母ヲ級の杖についてへと変わっていった。

 

そんな話しているうちに料理が出来上がる。

「お待たせしました。こっちが陸奥さんの分でこっちが提督の分。ごゆっくりお召し上がり下さい♪」

 

漂う香りが空腹を刺激する。鳳翔に礼を告げた2人は徳利とグラスを合わせると目の前の定食を貪った。

鮮烈に赤い焼き魚をおかずにご飯とお酒を楽しむ陸奥。

唐揚げを白飯に乗せ掻き込む提督。

しばらくして空腹が満たされた2人は酒をチビチビ呑みながら取り留めもない会話を続ける。

 

幾ばくかの時間が経ち・・・

赤い顔の2人はそろそろおいとまと席を立つ。

「あぁああぁアッタマいってぇぇ・・・」

「ほんと提督ってお酒だめねぇフフッ・・・」

アタマを抑える提督と上機嫌な陸奥はお支払いを終え提督自室へと帰っていった。

 

 

 




1人店に残る鳳翔はササッと日替わり定食の欄を書き換え、キンメダイの調理にかかる。
「~♪~♪~♪」
鼻歌を歌いながらご飯をよそいお味噌汁とお茶を用意する。
焼きあがったキンメダイをセットし今日の鳳翔の夕食が完成した。
1口キンメダイを食べ塩っ気があるうちにご飯も入れる。
「はぁぁあぁぁこれ!これです!美味しぃぃ・・・」
お味噌汁を流し込み改めて料理が出来ることに感謝する。
「ふふっ陸奥さんはやりませんでしたが・・・」
半分ほど余ったご飯にキンメを乗せ海苔を添える。
「やっぱりシメはこれですよね!」
キンメのあらから取ったお出汁をかけお茶漬けにする。
溶け出した脂がインスタントのお茶漬けとは格が違うことを感じさせる。
それを掻き込み至福を味わう鳳翔。
「あぁぁぁ幸せぇ・・・」
たっぷりと味わった彼女は明日の食材に期待しつつ食器を片付け始めた。


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それぞれと

凄まじい重さの多重装甲。ただの鉄板じゃない衝撃吸収材を含めて何層にもなった装甲を担ぐ山城。
敵の弾など無いかのように広い海を突き進み近距離からの35.6連装砲で仕留める。と同時に帰るべき鎮守府の灯りが見えてくる。
勝ち誇って拳を突き上げながら上陸。
山城の戦果を讃える仲間たち。
口々に「流石山城っ!」「うちのNo1は山城ね!」と拍手を贈る。
「ありがとう、ありがとう・・・あっ姉様!見ててくれた?」
「えぇ素晴らしい戦いだったわ。あなたが妹で鼻が高いわ!」
満面の笑みで歩く山城。「まずは艤装メンテね」とドックへ向かう。メンテのため艤装を降ろそうとしたその時

・・・ピキッ・・・

山城の腰に電流が走る。
「ッンン!イッタッ!痛い!腰、腰!」
バカに重い艤装を背負って戦ったせいか山城の腰が悲鳴を上げた・・・
その場に悶える山城。さっきまでいた仲間たちは何故かいなくなっている。
「助けてぇ姉様ぁ・・・」
絞り出す声も虚しく何の反応もなし。

痛みに耐えながら力を振り絞って叫ばねば。とっさにそう考えた山城は一気に空気を吸って腹に力を入れる。
そして・・・


「うわぁぁぁぁぁっ!」

叫びと共に上体をピシッと起こした山城。

そこはドックではなくベッド。

「夢ぇ?うぅ目覚め最悪よ・・・うっ寒っ・・・不幸だわ・・・」

下着姿の自分を確認して腰の痛みを感じながら状況を整理する。

さっきまでの光景が夢であったことに確証を得た山城は溜め息を吐きながら腰をさする。

「いったたた・・・うぅ湿布も剥げてるし・・・」

腰痛だけは現実。というより腰が痛かったからあんな夢を見たのだろうとまた溜め息を吐く。

たしかに山城は多重装甲の試験を担っているが腰痛の原因はそれだけではない。

そのもう1つの原因。隣で心地良さそうに寝ている下着姿の少女を見つめる。

「あぁあ、このマセガキめ・・・」

呟きながら軽く少女のほっぺをなでる。

「ん~やましろぉ・・・」

寝言でも山城の名前を呼ぶ。その幸せそうな顔にイラッときた山城。少女の額にそれなりに力を込めデコピンする。

 

「起きなさい!」

 

パーンッ!という音と共に少女の目がパチッと開く。

「ひぇ?ふぇ?えっ?や・・・山城?えっ?」

「今日は1回で起きれたわね、時雨。」

「あぁおはよう山城、いい朝だね・・・」

おでこをさすりながらゆっくり起き上がる時雨。

「次起こす時はできればもっと優しくがいいかなぁ・・・」

「贅沢言うな。毎晩毎晩あんな時間までぇ・・・あんたのせいでこっちは腰痛持ちなのよ!」

そう言いながら着替える山城。

昨晩のことを思い出しながら「ごめんごめん」と時雨も着替え始める。

「ったく・・・早く明石か提督に見てもらわないとね・・・」

 

支度を終えた山城が部屋の玄関でゆっくりと座りながら靴を履き時雨を待つ。

するとインターホンが鳴る。

「山城・・・起きてる?」

「はーい・・・って姉様!今開けますね!」

姉の登場に喜ぶ妹。喜びの余りサッと立ち上がる。

腰に走る電流。崩れるように座り込む。

「ああぁあぁ・・・」

「山城、大丈夫かい?」

「大丈夫なわけないでしょ・・・」

時雨が山城の代わりにドアを開ける。

そこには山城の姉、扶桑と駆逐艦「満潮」が立っていた。

「おはよう2人とも・・・山城?大丈夫?」

「うぅ姉様ぁありがとうございます・・・」

「山城の腰痛めるとかアンタどんだけよ・・・」

「いやぁなんでだろうね。」

扶桑の手を借りて立ち上がった山城に時雨が肩を貸す。

扶桑満潮ペアを先頭に食堂へ向かう一同。

ふと山城は満潮の首についた赤い跡に気付く。

(姉様の口紅・・・)

時雨も気付いたようで山城に微笑みかける。

「向こうもおんなじだね♪」

「いいからあんたもっと背高くなりなさいよ。ちょっと低いわ。」

時雨側に傾きながら歩く山城に「今すぐは無理かなぁ」と遠くを見つめる時雨。

 

食堂までの幸せな道のりをなんだかんだ堪能している2人であった。

 

 

 




「山城っ、これ骨逝ってるわ・・・」
レントゲンを見ながら提督が話す。
朝礼後、すぐに検査を行った山城だったが衝撃の報告に言葉を失う。
「あの多重装甲、そんな重たかったでしたっけ?」
コルセットなんかを用意しながら明石が提督に聞く。
「いや理論上は扶桑型なら不備なく使える筈・・・とりあえず原因解明は後にして一旦艤装降ろして治療に専念してもらうぞ。」
「はい・・・」
不幸だわ・・・と呟く山城に明石が治療を施す。
「提督~しばらくは扶桑さんだけで試験すすめます?」
「あぁそうしよう。原因もわかるかもしれないし。」
「わっかりましたー。じゃあ山城さんドックで艤装降ろしてましょうか!」
明石が車椅子を押しながら申し訳なさそうな山城がドックへと運ばれる。
試験のことを扶桑へ連絡し待合いにいる時雨へ伝える。
「元気なのはいいが程々にな?」
「わかったよ・・・」
「あと山城の付き添い、時雨やってOKにしといたぞ。涼風に礼言っとけ?」
「ありがとう提督!」

この判断が山城の回復をちょぉぉぉっと遅らせてしまうとは誰も考えていなかった。


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金剛型爆進!

「はあぁぁぁぁっ!」
快晴の海で2人の霧島が殴り合う。
至近距離で上がる水柱を掻き分けるように拳が振られる。
さながらボクシングだが決定的に違うのはリングではなく弾が飛び交う海上ということ。1対1ではないため一撃離脱のように殴っては離れ殴っては離れを繰り返す。
金剛型とその護衛の駆逐艦2人ずつの6vs6での演習。
両チームともそれなりにペイント弾を浴びながらも崩れない均衡に焦りながら戦っていた。

片や王道装備、片や試験装備。この不思議な演習はある鎮守府からの依頼で実現されている。




演習より1週間程前・・・

 

「うちに演習?また知り合いか?」

 

大淀から渡された演習依頼に目を通す。

そこに書かれた相手鎮守府の名前、「第7領海警備艦隊」の文字。

 

「知り合い?」

 

覗き込んだ陸奥の問に考え込む提督。その顔はまったく心当たりがないようであった。

大淀が第7領海警備艦隊の詳細を伝える。

 

「1年ほど前に設立されたところですね。たしか大本営属だった提督が就任していますね。練度的に近い金剛型がいる鎮守府へ依頼したかったようです。金剛型+駆逐艦2人での6対6を希望されています。引き受けます?」

 

「ん~・・・引き受けよう。陸奥、金剛型4人を工廠へ呼んでくれ。駆逐艦は俺の方で選定する。大淀は相手方に連絡を。」

 

「はいはい」

「かしこまりました」

 

こうして金剛型の兵装変更と駆逐艦を2人、不知火と雪風の陽炎型を選んだ第4兵装試験鎮守府は演習の日を迎えた・・・

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

今回、第4側の霧島は艦砲を持っておらず艤装から延びたアームは前面のシールドと両腕へと繋がりパワードスーツのようになっていた。艦砲を積まない分の重さをシールドの装甲厚に回せるため堅牢なソレに砲撃が有効でないと判断した相手霧島も殴り合いを選んだ。

そしてそれを中心に金剛型3人と駆逐艦が撃ち合う形となった。

第7側は王道の砲雷撃戦を展開、相手の出方を伺いつつ慎重に攻め込んでいた。対する第4側は試験兵装てんこ盛り。艦砲のない殴り合い特化霧島を筆頭に大きく炸裂する弾頭を用いた足止め特化の比叡、機動力に支障が出るほどの重装備金剛、想定よりかなり高速で動く榛名、そして海上迷彩のマントを纏った駆逐艦2人。

 

 

「Oh!弾がキレちゃったネー」

 

両腕の大口径単装砲を投げ捨て艤装のハンガーにぶら下がる30.5cm6連装機関砲を手にする。

その武器切り換えのタイミングを逃さず金剛の死角に回る比叡。

 

「隙だらけよ!第4のお姉様!」

 

比叡の主砲が放たれる。爆音と共に金剛目掛け弾が襲いかかる。すかさず金剛は取れる武器全てを比叡に向けて投げ盾のようにして下がる。爆発と黒煙を掻き分け比叡が追撃に入る。が黒煙から飛び出した小さな身体が比叡に組み付き自由を奪う。

 

「くっ・・・雪風ぇっ!」

「残念ですが・・・比叡さんはここで脱落です!」

 

比叡がハッとした瞬間、容赦なく首に手をかける雪風。

 

・・・ゴキッ・・・

 

しちゃいけない音がしたがそこは雪風。気絶にとどめる絶妙な力加減を見せる。

 

「Ok!!NiceLuckyGirl・・・次は向こうのワタsゴフェッ!!」

 

ほぼ丸腰の金剛に第7金剛の砲撃が刺さる。

お互いに金剛型1人を失い均衡が崩れる。

積極的に動いたのはお互いの榛名と駆逐艦。

第7は榛名をメインに駆逐艦2人、吹雪と睦月で3vs1を作って確実に仕留める作戦へ。手始めに比叡へと狙いを絞る。第4榛名が霧島へ意識を飛ばした瞬間を狙って比叡へ向けて突撃、反撃する姿勢を作らせずに懐へと飛び込む。

駆逐艦2人の雷撃をなんとか避けた比叡に榛名の砲口が向けられる。

 

「あの雷撃、避けない方が良かったかもしれませんよ?」

 

一斉射を浴びた比叡は大破。榛名は駆逐艦2人に指示をだそうと向き直ろうとしてとっさに回避行動を取る。

そこには大破して倒れる駆逐艦と相手方の榛名と雪風がいた。

牽制の砲撃を容易く避ける2人に勝ち目を見いだせない榛名は金剛の元へ移動し支援を求める。

 

「相手の榛名の動き・・・あきらかに普通より速いです・・・」

 

第7榛名が一瞬考えを巡らせた瞬間、第4榛名は異常な速度で間合いを詰める。

「っ!」

僅かに遅れた第7榛名へ第4榛名の速度に任せた頭突きが入る。

盛大な痛みと共に視界が揺らぐ。がお互いほぼ零距離、ここなら外さない。

爆音と共に痛み分けで大破した榛名2人。残るは、第7に金剛と霧島、第4に不知火と雪風、霧島。

砲撃が減り殴り合いがより激しくなる霧島たちを尻目に金剛へ襲いかかる駆逐艦2人。

機動力と小回りで金剛を攪乱するが戦艦の装甲を前に魚雷を持ってきていない雪風では火力不足。不知火も残魚雷数が1発という状況。ジリ貧で動き回る駆逐艦2人には体力と燃料の限界が近づいていた。

 

「ねぇさん!雪風がなんとか金剛さんの体勢を崩します。その隙に魚雷で頭部を!」

「チャンスは1度・・・頼りにしています、雪風!」

 

飛び込んできた不知火に金剛が砲撃を撃つ。

 

「くっ!ちょこまか動いてぇぇ!」

 

不知火の背後から飛び出た雪風が金剛に足をかける。

鮮やかな足技で金剛の姿勢を崩すもガッチリと金剛にアイアンクローをされもがく。倒れ込みもつれる2人へ不知火が魚雷を放つ。

金剛の頭頂部に直撃した魚雷で大破の判定がでる。

 

「ふぅ・・・雪風ありがとうございました。」

「えへへ・・・雪風もさっきの魚雷で大破貰っちゃいました・・・」

「不知火も燃料切れでもう動けません・・・」

 

海上に座り込む2人。その視線の先には楽しそう殴り合う霧島2人の姿があった。

 

 

 

 

 




日が暮れても殴り合う霧島を提督2人が止めに入って今回の演習はドローと判定された。
第7の演習海域で行われた為、第7警備鎮守府にて整備した第4一行は帰路へとついた。
不完全燃焼の霧島が暴れそうになったがそれをを金剛が上手く丸めこみモチベーション上げに成功。
その日のレポートは貴重なデータとなり戦艦娘用格闘兵装の開発へと繋がった。


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大淀データ管理帳

珍しく大淀は肩の力を抜いて机に向かっていた。
普段、大本営対応が多い彼女にとって提督から言い渡された「うちでいま試験してる兵装、ファイルに纏めて」という指示は気楽にできるモノだった。
慣れた手付きでパソコンを入力する姿は完全にOLだが、机から下は海軍指定の臙脂ジャージであった。
ある程度、まとめた所で内容を再確認する・・・


第4兵装試験鎮守府 現段階での試験中兵装一覧

 

駆逐艦

 

・吹雪、白雪、初雪、深雪

 

・12cm砲(第7次改装品)

 

駆逐艦主砲(12cm砲)での対空強化を行うため、発射機構改善と迎角、射程の拡大を行ったもの。使用感良好とのこと。

 

 

・白露、時雨、村雨、夕立、五月雨、涼風

 

・対弾誘導磁場発生装置

 

ドイツとの共同開発で完成した防御兵装。磁場を発生させ弾を誘導、直撃を避ける。使用時に電探等電子機器への障害発生を確認したが防御力は高く戦艦主砲も対応。駆逐艦サイズ以上の艦娘への転用へ期待。

 

 

・陽炎、不知火、黒潮、秋雲

 

・夜間迷彩ならびに白波対策形状艦首

 

ベンタブラックを用いて夜間での目視をほぼ無効化するマント状の兵装。波さえ立たなければ目視はほぼ不可能だが熱を集めてしまうので熱源探知に反応してしまう。

波への対策は艦首形状を変え白波を最小限とし対応。

 

 

・島風

 

・島風型向け機関(高負荷時出力優先仕様)

 

内燃機関の燃料マッピング変更や高圧縮化を行い、より高負荷時の最大出力を求めた仕様。低負荷時は従来型に大きく劣るが最大出力に向けてドカンとパワーが盛り上がるため扱い辛いとのこと。ただし島風の艦形を変えずに約2ノットの速力上昇を確認。

 

※綾波型の試験兵装は現地改修品が殆どのため省く

 

 

軽巡洋艦

 

・天龍

 

・新規格実体剣

 

天龍純正の実体剣の耐久性向上を目的に断面の変更等を行ったもの。現在、これから生産を行う天龍から随時こちらの仕様へと変更。

 

 

・大淀

 

・試しに前髪切ったんです!気付いてください!感想ください!

 

 

重巡洋艦

 

・那智

 

・高感度広範囲対空電探

 

従来型と比較しより高感度広範囲を索敵可能とした電探。

使用時に過剰な情報量が脳に送られるため頭痛を伴う。(そのため頭痛慣れしている那智にて試験)

期待通りの性能を発揮したが他艦娘へ応用可能かは要検討。

 

 

戦艦

 

・金剛

 

・手持ち火器携行ハンガーユニット 通称「鉄狼」

 

金剛型艤装の砲塔2つと交換することで運用可能なハンガーユニット。戦艦向けの手持ち火器(下記参照)を片側4つずつ携行可能。かなり重いとのこと。通称となる鉄狼は金剛が付けた愛称をそのまま使用。

 

(現在の装備火器)

対空6連機関砲×2

31cm長砲身ライフル砲×2

2連誘導弾発射装置×2

近距離向け拡散榴弾砲×2

 

 

・比叡

 

・広範囲拡散型榴弾(41cm砲用)

 

主に足止めを行うための戦艦主砲向け弾頭。着弾と共に超高温を発生させ敵機関へのダメージを狙う。直接の攻撃力は低く寒冷地ではほぼ無力となる。これを試験するため金剛型で比叡のみ41cm砲へ変更。

 

 

・榛名

 

・金剛型向け軽量装甲ならびに更新型機関

 

金剛型改二付属のシールドへ防御を依存しそれ以外を徹底的に軽量化することで機関出力を上げずに機動力を上げる装甲一式。それだけでも機動力は上がったが榛名は満足できず、次期生産型の機関(フリクション低減品)を使用しさらに機動力を向上。

 

 

・霧島

 

・戦艦向け関節補助艤装

 

艦娘の格闘能力を上げるために機関から直接出力を得て運用されるパワードスーツのような艤装。

パワーだけでなく運動能力も上がるため格闘戦は強くなるが装備の都合で主砲を外すため射撃能力が大きく弱体化する。

 

・扶桑、山城

 

・対要塞用突撃装備一式

 

全身を覆う大量の装甲と重くなった本体を強引に高速移動させるロケットブースターの装備一式。

移動しない目標物に対して非常に有効だが同時に装備できる主砲は1つのみなので火力が大きく落ちてしまう。

 

 

空母

 

・赤城

 

・対近接用大型プライヤー

 

空母の近接での撃沈率の高さから考案された近接防御兵装。

赤城の口と連動しておりその形状はさながら駆逐艦イ級。

赤城の食欲に連動してしまう欠点を持つ。

 

 

・翔鶴、瑞鶴

 

・稼働力強化型エレベーター

 

格納庫から甲板まで艦載機を素早く移動させるためのエレベーター。従来型比較で約17%ほど早く甲板へ艦載機を移動できる。

ただし各部品の寿命が短く定期的なメンテナンスが必要。

 

 

・飛鷹、隼鷹

 

・大型艦載機用カタパルト

 

飛行甲板の短い、もしくは速力の低い空母向けの兵装。

大型空母でのみ運用できたサイズの艦載機を発艦させれるほどの推力をあたえる。甲板の磨耗が激しい。

 

 

以上

 

なお上記試験に関して出撃毎に装備の変更等ある艦娘は省く

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「ふぅ・・・こんなものですね!」

確認を終えた大淀はファイルを端末に保存し提督への提出へそなえる。

(多分、まだ仮眠してますよね・・・)

前髪を弄りながらその時を待つ彼女。

(似合ってますよね・・・コレ)

まさかここから2時間も前髪を弄ることになるとは思いもしなかった。


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老兵、海原を往く

日本海側、比較的深海凄艦の襲撃の少ないエリア。
そこを管轄するとある鎮守府はかつてない危機に陥っていた。

「第2艦隊、修復と補給どれくらいだ!」
「あと半日ほど掛かります!」
「第1艦隊、再出撃致します!」
「ドック開けろ!第3艦隊戻ってくるぞ!」
「第4艦隊中破艦が半数超えました!」

この日、突如として深海凄艦の波状攻撃に晒されたこの鎮守府では艦娘のヘビーローテーションでなんとか壊滅を凌いでいた。
決して小さな鎮守府ではないが数で勝る相手に現状維持がやっと。ましてや岩礁を盾のように立ち回る深海凄艦に対して明らかにジリ貧。立地もあって近隣鎮守府からの支援も万全と言えず、虚しくも戦況は悪い方へと傾くばかりであった。

「提督、このまま攻撃が続けば約11時間後に1時間ほど艦隊のローテーションが切れます・・・」
「・・・っ!・・・潮時か・・・」
「許可さえ頂ければ私が出撃して時間を稼ぎます!」
「それはできない。大和、君の艤装は・・・」

この鎮守府所属の大和は、艦娘として前線立ってからすでに20年近くが経つベテラン。実力は十二分に高い。が裏を返せば20年前の規格で作られた旧式の大和となる。艦娘の進化、開発は目まぐるしく進む。その中で彼女の艤装は汎用品を除く殆どが廃盤。元々汎用品の少ない大和型艤装も相まって老朽化による性能低下が著しく後方での予備戦力兼秘書艦となっていた。

「たとえ旧式といえど大和型。1時間程度稼いでみせます。提督、許可を・・・」

戦況を考えれば情に流されず大和を出すのが提督の仕事だが、長年の相棒、ましてや伴侶の命を散らす指示など出せはしない。
だが1時間さえ稼げれば主力艦の修復が間に合うのである。
しかし現状の大和では1時間はおろか目標到達すら危ういほど性能が下がっていることは提督も大和も理解していた。

重く沈黙が流れ大和が礼をして作戦室を出ようというまさにその時。

「中将、第4兵装試験鎮守府からの返信です。」

大淀が作戦室へ駆け込んでくる。

「読んでくれ・・・」

「大和型ノ艤装、了承シマシタ・・・これは!」

「私の艤装?・・・まさか提督!」

「近隣鎮守府に腕のたつ技術屋がいたなぁと思ってな・・・ダメもとで頼んだんだ・・・」

数分後、鎮守府屋上に輸送ヘリと共に降り立つ影があった。






「接続良好・・・よし・・・いけます、大和さん。」

 

工廠内にて大和に新品の艤装が取り付けられていく。

 

「随分と形が変わっていますね・・・おまけに軽い・・・」

 

「申し訳ありません。うちで預かっていた試作品なのでだいぶ勝手が違うかと思います。」

 

「いえ・・・これで時間稼ぎになるなら!」

 

簡単な説明と調整を済ませて大和が着水する。

 

「改めて・・・約1時間。あなたの神経系が耐えれるギリギリの仕様です。貴重な試作品です。必ず持ち帰って下さい。」

 

「絶対に・・・帰ってこい・・・」

 

涙ぐむ提督を見つめながら大和が艤装の出力を上げる。

 

「・・・指輪を頼みます、中将・・・」

 

指輪を預けた大和は微笑み、久しい実戦へと戦艦大和として向かっていった。

 

 

20分ほど経ち敵との交戦が始まる。

改めて近海まで入られた事を痛感する。

敵艦載機からの至近弾には目もくれず敵主力へと突き進む大和。

 

「えっ・・・大和さん!どうして!」

 

「皆さんは撤退して補給を!ここは戦艦大和が稼ぎます。」

 

「でもあなたの艤装は・・・えっ!」

 

大和を見て2度驚く瑞鶴たちを下げ1人海原へ立つ。

決死の単艦突撃。それでも稼げるのは1時間。

 

(歴戦の戦艦・・・その最後がこれですか・・・)

 

虚しくもなる。だが顔を上げ敵を見据える。

頭痛に耐えながら主砲の照準を合わせ大きく深呼吸。

 

(せめて落とせるだけ落としますよ!お覚悟を!)

 

「戦艦大和、推して参ります!」

 

彼女の主砲が一斉に放たれる。

凄まじい爆音。だが大和はこんな甲高い音だったかと疑問に思った。

光輝く弾頭が大和の想定以上に真っ直ぐに、そして速く敵へ飛ぶ。

刹那、着弾せずそのまま貫通。狙った敵の後方の敵すら居抜き射線上にはまるで空間を切り取ったかのように大穴が開いていた。

 

「ん?」

 

思わず声が出る大和。

明らかに普通じゃない火力と弾速。

 

「ん?」

 

それは鎮守府でも起こっていた。

 

「特佐、大和につけた艤装は一体・・・?」

 

「大和型艦娘用電磁誘導式多段階加速砲・・・我々技術者はあれをレールキャノンと呼んでいます。ソレを扱えるだけの火器管制と機関を積んだのです。彼女の規格では1時間強で神経系の接続が不可能になってしまいますが1時間あれば充分かと。事前に説明したはずですが・・・」

 

目が点になる鎮守府一同。

 

 

「れーるきゃのん?この子って普通の主砲じゃなかったんですね・・・最近の艤装はハイテクですね・・・でもこれなら!」

 

疑問を抱きながらも大和は時間稼ぎから敵の殲滅へと目標を変え戦っていた。

 

そして修復の完了した艦隊が前線へ復帰。その頃には敵艦隊の2 /3程を大和が消し去るという状態。

制限時間を考慮して大和を下げても充分に前線を押し上げれる。

士気も上がった艦隊が前へ前へ突き進んでいた。

 

 

 

 

「すみません・・・身体が急に重たくって・・・」

 

鎮守府へ着くなり腰をついてしまった大和。

提督が駆け寄り抱きしめる。

 

「無事でよかった・・・ありがとう・・・ありがとう大和」

 

「提督・・・皆が見ています・・・」

 

大和の指に指輪をはめ、2人はあの男へと向き直る。

 

「あなたのお陰で助かりました。これで私はまた戦えます。」

 

「ちょっと待ってください!もう大和さんは戦えませんよ?」

 

「どういうことです?」

 

「もうあなたの神経系は艤装の使用に耐えれないんです。艤装を解除して生活する分には問題ないですが・・・この火器管制、滅茶苦茶に負担乗るんです。あなたはもう海に浮くことすらままならないですよ!」

 

驚く大和。若干ショックを受けつつ押し黙ってしまう。

 

「ならこれで秘書艦に専念できるな。改めてよろしく大和。指揮に戻るぞ。」

 

「前向きに考えよう」と提督に促されヨロヨロと立ち上がる大和。それを支える提督。

 

提督に肩を借りながら作戦室へと戻る2人。

 

「中将、後でラーメン、忘れないでくださいね。」

 

「少しは空気を読め・・・まぁありがとう・・・助かった。」

 

 

味方増援が来て勝利するまであと10分ほど・・・

 

 

 

 

 




「いいデータが取れた。中将には感謝しなければな!」

第4兵装試験鎮守府へ戻った提督はPCを見つめながらニヤニヤとしていた。

「うちに大和型がいればいいんだけどいないものねぇ・・・それにしても嫌なやり方したわね・・・」

提督の頬を指でグリグリしながら陸奥が絡む。

「結果として中将たち助けれたしイーブンてことにしとこうな。」

勝利の一報を聞いて喜ぶ間もなくレポートを纏める。

この鎮守府にとっては当たり前の時間が過ぎていった。


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