偽盲目少女の修羅国生活 (リーシェン)
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設定集 ※ネタバレ注意

※登場人物やエンブリオ、ジョブなどの設定の置き場です
 本編ではタイミングなどの問題で書けなかった細かい設定などもここに
 本編の進行に合わせて更新していきますので、ネタバレも含みます


〇登場人物

・〈マスター〉

水無月(みなづき) 火篝(かがり)飯沼(いいぬま) 葉月(はづき) 15歳

エンブリオ:【盲目視眼 ティレシアス】

メインジョブ:【大迎撃者】

サブジョブ:【迎撃者】【槍武者】【投槍士】【双術士】

 

高校1年生。割と長めの黒髪をしたちょいイケメン。生粋のインドア派で、趣味は読書(ラノベ・漫画)とゲーム。運動神経は普通。身長は165くらい。ガリガリというほど痩せていないが、脂肪も筋肉もあまり付いてない(付かない)。

デンドロ内の容姿は、淡青色のロングで緋色の瞳を持つ人智を超えた美少女。

ネーミング由来は、小学生の頃考えたPNの使い回し。

 

親友の健に誘われ、共にデンドロを始めるが、ふとした好奇心でアバターを女にし、ログインした後にデンドロの“本物さ”に圧倒され、真面目にプレイできなくなったことに本気で落ち込んだ。

チュートリアル担当はダッチェスで、目をかけられている。

 

特殊な【小鬼】との死合で戦闘狂の一面を自覚する。ただし戦闘であれば何でもいい訳ではなく、"全力を出せば勝てる可能性がある強敵"との戦いが一番楽しいし、一番本領を発揮する。

一緒に戦う仲間がいるなど、一部の状況では理性が強まり、戦闘狂になりづらい。

 

【ルガリード】への"次は勝つ"という宣言を実現させるため、現在は強くなることを第一目標にデンドロを遊んでいる。

 

過去に色々と事件があったせいで、人付き合い全般に奥手で懐疑的になってしまっている。

”友達”に関しては特に敷居を高くしていて、よく一緒にいる玲奈や詩弦も葉月基準では友達ではない(信用していない、というより、相手からも信用してもらえてる確証が持ててない)。

 

ある特異な才能のおかげで、卓越した芸術の腕前を持ち、武術未経験者でありながら熟練の武芸者のような動きが可能。

生まれつき肉体が貧弱であり、思考に身体が追いつかないためスポーツでは結果が出せず、芸術の分野でも本気で入賞などを目指した(他人と才能を比べた)ことがないため、本人にその才能の自覚はない。

デンドロを始めるまでは、もっぱら対戦系のゲームでのみで(無自覚に)才能が発揮されていた。

最近は「俺ってもしかして戦闘の才能ある……?」と、間違った自覚をし始めている。

 

 

 

???/石鏡(いじか) (たける) 15歳

エンブリオ:【自在遊泳 ニンギョ】

メインジョブ:???

サブジョブ:???

 

高校1年生。明るい茶髪に小麦色に焼けた肌の、細マッチョイケメン。外見違わずの陽キャサッカー青年だが、ゲーム好きという一面も持つ。

 

陽気なお調子者であるが、周囲のためにそれとなく気を回し、軋轢を生まないよう気を使っている。

葉月とはマンションの隣同士という幼馴染の関係であり、ゲームという共通の趣味で繋がっている。

遊ばずとも"そのゲームが面白いか、クソゲーか"判断できる直感を持つ。

その直感を信じてデンドロを購入し、葉月にも半ば強引に進めた。

チュートリアル担当はチェシャ。

 

運動神経抜群だが、唯一泳ぐのだけは苦手であり、それを克服するためにグランバロアを初期国家に選んだ、と葉月に説明している。

しかし本当の理由は……。

 

 

シルビオ・ガルセイラ/呉志賀(ごしが) 瑠衣(るい) 15歳(?)

エンブリオ:【命喰天姫 ネフィリム】

メインジョブ:【護拳士】

サブジョブ:【拳士】

 

高校1年生。180cmの長身で、ボサボサの銀髪に不気味な光が灯る碧眼。黒縁メガネをかけ、いつもブレザーの上に白衣を羽織っている。

デンドロ内の容姿は、リアルの瑠衣を20歳程度まで成長させた姿。こちらではスーツの上に白衣を羽織っている。

ネーミング由来は、彼の■■の名前。

 

天才的な頭脳と運動神経を持つが、それ以上に奇行が目立つため、周囲からは変人と認識されている。

葉月とは中学で知り合い、彼にしか分からない部分に惹かれ、(一方的に)盟友となっている。

 

無限級(インフィニットクラス)が関わっていることを察し、デンドロを始める。

チュートリアル担当はジャバウォック。自分の事情を話し、管理AIたちの計画を壊すつもりはないと納得させ、ログインした。

 

目立って無限たちに目を付けられないためにリアルでは隠しているが、デンドロ内ではそういった配慮をしていないため、見る目ある者ならば規格違いの■から漏れる雰囲気で異様さを感じ取れる。

 

 

イリス/大塚(おおづか) 大智(だいち) 17歳

エンブリオ:【独戦場 ユーピテル】

メインジョブ:【武士】

サブジョブ:【剣客】

 

高校2年生。

デンドロ内の容姿は、金髪に紫のメッシュが入っており、顔に違和感のある美形。

ネーミング由来は、イブ+リリス(世界で1、2番目に誕生した女性)。

 

デンドロに興味を持ち、幼馴染の4人を誘って初日に始める。チュートリアル担当はジャバウォック。

女にもできるということで自分の理想を作るが、上手くできずに妥協。ログイン後は身体の違いに悩ませるも、とりあえず順応。その後は女アバターでデンドロを満喫するが、演技力がなく、所作は完全に男。それなりの美形も台無しになっている。

火篝に若干惚れている。デンドロでは好みのアバターを作れるので、火篝の本性がどんなか分からない(事実ネカマである)、ということには微塵も思い至ってない。

戦闘センスはそれなりに高く、幼馴染パーティーでは前衛を担当している。

 

 

マガネ/灰神(はいがみ) (かね) 17歳

エンブリオ:???

メインジョブ:【指揮官】

サブジョブ:【傀儡師】

 

高校生2年。

デンドロ内の容姿は、ぱっとしない容姿の青年。髪は灰色。

ネーミング由来は、名前のもじり。

 

幼馴染の大智に誘われてデンドロを始める。チュートリアル担当は双子。

いつもニコニコと笑顔を絶やさないが、同時に底知れなさがある。

他人の泣き所や弱点を見つけるのが上手く、幼馴染パーティーでは司令塔を担当している。

確信まではしていないが、火篝の振る舞いが演技ではないかと少し疑っている。

 

 

甦能(そのう) 彩夏(あやか)逢園(あいぞの) 卯夏(うなつ) 16歳。

エンブリオ:【絆繋樹紐 ユグドラシル】

メインジョブ:【小刀武者】

サブジョブ:【隠密】

 

高校2年生。

デンドロ内の容姿は銀髪碧眼で、顔はリアルのものを少し欧風に変えている。

ネーミング由来は、本名のもじり(あい"ぞのう"なつから、"そのう(甦能)"。残った"あいなつ"→"あい夏"→"あ夏"→”彩夏”)。

 

幼馴染の大智に誘われてデンドロを始める。チュートリアル担当はクイーン。

常識人で活発的なためツッコミ役となっており、幼馴染パーティーでは遊撃を担当している。

 

 

霧鮫(きりさめ)霧雨(きりさめ) (ゆう) 16歳

エンブリオ:【水成神母 エヌマ・エリシュ】

メインジョブ:【従魔師】

サブジョブ:【陰陽師】

 

高校2年生。

デンドロ内の容姿は黒髪銀目で、顔は現実とまったく変えていない。前髪が片目(右)を隠している。

ネーミング由来は、苗字のもじり。

 

幼馴染の大智に誘われてデンドロを始める。自分に自信がないためいつもオドオドしていて、一人きりの時や親しくない相手には自分の意見を中々言えない。幼馴染たちに依存気味だが、デンドロを始めてからは依存対象にエヌが増えた。

綺麗で堂々としていて、自分の意見をしっかりと通せる火篝に憧れてる。

幼馴染パーティーでは、後衛を担当している。

 

 

???/??? 

エンブリオ:【苦悶逝紋 アジ・ダハーカ】

メインジョブ:【剣客】

 

小学生。デンドロ内の容姿は、違和感のある美形の青年。

 

結構裕福な家庭の子供。デンドロが話題になったのを見て、親に頼んで買ってもらってデンドロを始める。

青年の身体になれたことと、状態異常を使用できるエンブリオでモンスター相手に無双したことの高揚のままに調子に乗ってたら、超常者・超越者にぼっこぼこにされ、カマセ役にされた。

デンドロでの状態異常はかなり重いので、続けて成長していればかなりの強者になっていた、かもしれない。

多分もうログインしない。

 

 

・ティアン

弘原海(わだつみ) 柚芽(ゆめ) 18歳

メインジョブ:【影】

サブジョブ:【隠密】【小刀武者】など

才能限界:500

 

黒髪金眼で凛とした顔立ち。火篝より身長が高い(170cm超え)。

 

火篝が情報収集目的以外で初めて接したティアン。

【征夷大将軍】お抱えの諜報組織〈御庭番〉に所属している。

最近やっと《隠形の術》のレベルが7になり、新しい仕事を任されるようになったのでウキウキで仕事をしていたら、よく分からん奴によく分からん見破られ方されて、半ばキレ気味に職質したら〈マスター〉だった。

かなり早い段階で〈マスター〉と接触して【猫神】から伝えられた以上の生の情報を得たことで、〈御庭番〉がどう対応してくかの判断にも繋がり、かなり誉められた。

 

18歳で上級職に就けていているかなりの有望株。〈御庭番〉頭領の娘。

 

 

大森(おおもり) (あかね) 15歳

メインジョブ:【高位書士】

サブジョブ:【書士】【司書】など

才能限界:500

 

黒髪のおさげで、年齢以上に小柄。

 

将都の冒険者ギルドの受付嬢をしている。働き始めて4年。

両親ともにギルドの職員であり憧れていたため、将来ギルド職員になるのはほぼ決定事項だった。いずれ働き始めるなら、早い方がいいよね!ということで、10歳ごろに働こうと両親の説得を始め、無事ギルド職員になった。

熱心に働き、勉強し、今では上級職にまで就いた。

いずれ次代のギルド長となり、【超書士】に就くのでは、と期待されている。

 

働き始めたため寺子屋に行かなくなり、同世代の友達と遊ぶこともなくなった。仕方ないと諦めつつも、心のどこかでは寂しく思っている。

 

火篝の見た目に一目ぼれし、好感度が高まったところで親切にされたことで完全に堕とされた。

一目ぼれとは言ったが、恋愛感情というよりは、憧れや尊敬のような感情で主に構成されている。

 

 

大森(おおもり) (あおい) 38歳

メインジョブ:【超書士】

サブジョブ:【高位書士】【書士】など

才能限界:500

 

黒髪黒目で、サイドテールを肩に流してる。

 

冒険者ギルドの天地におけるギルド長。

将都はもちろん、天地中から集まる書類や相談をさばき続ける日々を送っている。

〈マスター〉が現れてから業務量は更に増しており、受付のヘルプに入ったり、机仕事の肉体疲労を無視する奥義《諸業務剰》の使用頻度が週4から週7に増えたりしている。

 

娘の茜が10歳で受付嬢として働くと言い出した時は、嬉しいながらも心配していた。

 

茜から報告された火篝を怪しみ、試そうとしたが、その態度から茜と付き合っていても問題ない、と判断した。

 

 

鏡石(きょうごく) 装弥(そうや) 54歳

メインジョブ:【旋棍王】

サブジョブ:【大旋棍士】【大武士】など

才能限界:500

 

トンファーを腰に差し、着流しを着た中年。

 

どこにでもいそうな見た目をしているが、その実態は天地でも屈指の実力者、かつ戦闘狂。

若い頃に武者修行として天地を飛び出し、世界中を旅して回った。いわゆる"引きが強い"タイプであり、旅の途中で幾度も〈UBM〉に遭遇。天地に戻ってからの分も含めて、17体の〈UBM〉討伐戦に参加。その内、11体のMVPをもぎ取った(単独討伐によるMVPもある)。

 

『傷痍・制限系状態異常』を得意とする【旋棍王】のジョブ特性と、伝説級特典武具【托生強棍 ベーアーイー】のシナジーによるかなりエグい方法で広域殲滅を長年続けた結果、【旋棍王】のレベルが1000を超えた。

 

〈マスター〉増加の予想を聞いた【征夷大将軍】が、熟練の武芸者からの見立てを欲して将都に招集した。

そのクエストをこなしている最中、火篝に遭遇。才覚を見抜き、いずれ死合う相手として目を付けた。

 

 

(とどろき)覇漣(はれん) 68歳

メインジョブ:【加工王】

サブジョブ:【高位装飾職人】【高位加工屋】など

才能限界:500

 

白髪混じりの黒髪。老齢に差し掛かっているが、身体はいまだ衰えず、がっしりと筋肉がついている。

 

将都に工房を構える、将都一の職人。

見た目通りの頑固おやじといった態度だが、見染めた後進の育成には熱心であり、鍛え上げられた弟子たちが天地中で店や工房を開き、轟 覇漣の名を高めている。

 

孫繋がりで知り合った茜のことは実の孫のように可愛がっている。ただ、茜に気がある孫のことを一切気にかけず、仕事に万進する姿勢は少し不満。

 

シルビオにしつこく頼み込まれ、観念して自分(超級職)に見合う素材を持ってきたら作ってやる、と約束して追い返すが、火篝のために本気になったシルビオの威圧に屈し、【隠密狐のお面】を製作した。

 

引き渡しの際、シルビオとの約束関係なく、職人としての義務として、お面の整備や強化を受け持つことを火篝に宣言した。

 

 

東雲(しののめ) (きょう) 故34歳

メインジョブ:【剣豪】

サブジョブ:【剣客】

才能限界:150(本来は500だが〈UBM〉によって制限)

 

若々しく精悍な顔つきの青年だが、どこかくたびれてる。

 

とある大名家直属の名門武家の三男坊として生まれる

家督は長男が継ぎ、補佐役兼非常時の代理としては次男がいるため、縛られることなく武者修行として天地中を回っていた。

 

似た境遇の幼馴染や、武者修行の最中に出会ったライバルたちと切磋琢磨しつつ、数年前にカンストに到達する

その記念としてライバルたちも誘って故郷に里帰りするが、時を同じくして伝説級〈UBM〉が襲来する

大名家の正規戦力が出撃するには時間がかかるため、幼馴染、ライバル、その他居合わせた武芸者たちと共に迎撃

何割かの犠牲を出しつつ、討伐に成功

ラストアタックということもありMVPとなるが、〈UBM〉の死に際の攻撃を避けきれず、『レベル上限制限(永続)』という呪いを受けてしまう

 

様々な手段を試すも解呪は不可能で、レベル上限が永久に150になってしまい武芸者としての道が閉ざされたこと、もうライバルたちと同じ土俵に立てないこと、そして密かに望んでいた幼馴染との真剣勝負が叶わなくなったことに絶望する

しかし、MVPとして得た特典武具が『人間を殺した時、直近で上がっていた5レベル分のステータス上昇値を奪って自身に加算する』という性能だったため、人を殺しまくり、カンストした武芸者と同等のステータスを得るという外道の道を進むようになる

 

返り討ちに合わぬよう将都付近の駆け出しを狙い、最近はエンブリオの補正でステータス上昇値が多い〈マスター〉を積極的に狩っていた

その過程で火篝に出会い、鏡石同様にその才能を見抜き、更には”人殺しへの躊躇い”がその才能を潰していることにも気づく

 

そのまま殺す選択肢もあったが、”強敵がなによりのプレゼント”という天地武芸者の性に抗えず、類稀なる才能が潰れぬよう忠告してしまう

その結果、躊躇いを振り切った火篝に殺されることになった

 

 

華狩(かがり) 龍臥(りゅうが) 故38歳

メインジョブ:【迎撃王】

サブジョブ:【大迎撃者】【剣豪】

 

18歳で【迎撃王】を継ぎ、それ以後多くの戦に傭兵として参加し、13体の〈UBM〉(古代伝説級1体、伝説級4体、逸話級8体)をMVP討伐した。

ハイエンドではないが、天地でも屈指の才能と戦闘技術を持っていた。

とある村を立ち寄った際に〈UBM〉の存在に気付き、討伐しようとして相打ちになった。

だが、なぜか【迎撃王】が解放されておらず、ちょっとした騒動になっている。

 

 

・その他

楠木(くすのき)玲奈(れな) 16歳

高校1年生。オシャレに制服を着こなした茶髪の今時JK。髪は染めたわけではなく地毛。

 

葉月、健のクラスメイトで、詩絃とは幼馴染。席が近かったことで健と仲良くなり、その繋がりで葉月ともよく話すようになった。葉月をちゃんと友達だと思っている。

外見に似合わず、真面目で気配り上手。親の代わりに家事をこなし、弟妹の面倒を見ている。

健の話を聞いてデンドロへの興味を持つ。

 

 

桐ヶ谷(きりがや)詩絃(しづる) 15歳

高校1年生。黒髪ショートで小柄。

 

葉月、健のクラスメイトで、玲奈とは幼馴染。玲奈が健、葉月と仲良くなったことで、詩絃もよく話すようになった。葉月をちゃんと友達だと思っている。

バスケ部に所属し、将来を期待されている。

健から話は聞いたが、今のところデンドロへはあまり興味ない。

 

 

 

〇〈エンブリオ〉

【盲目視眼 ティレシアス】

〈マスター〉:水無月 火篝

TYPE:テリトリー・アームズ

紋章:眼帯をした占い師

能力特性:盲目・視覚結界(世■■応)

到達形態:Ⅲ

モチーフ:ギリシャ神話の盲目の予言者“ティレシアス”

 

眼球置換型。光で物を見る力はない。

天地に降り立ってから、他の感覚もそうだが、自分の好奇心故に失敗した結果を如実に突き付けてくる視覚に一番参っていたので、このような自分自身は見えなくなるが、反対に興味のある周囲はよく見えるエンブリオになった、と火篝自身は認識している。

 

保有スキル:

見えざる瞳、視る異能(ヴレポ・デュナミス)

範囲内の全てを視覚で感じる結界を周囲に展開する。

ただし、自身の身体のみは塗りつぶされ見えないようになる。見ようと意識すれば視ることも可能。

副次効果として《隠蔽・変化看破(視覚限定)》《看破》がある。

パッシブスキル。

 

 

【命喰天姫 ネフィリム】

〈マスター〉:シルビオ・ガルセイラ

TYPE:メイデンwithチャリオッツ・ガードナー

能力特性:強者化

モチーフ:堕天使と人の間に産まれ、共食いで強く大きくなった聖書の巨人たち“ネフィリム“

 

ネフィリムは肉や魚、乳などの動物由来のものしか食べない

実はシルビオ自身に"強くなりたい"という願望はほとんどなく、彼の■が強く影響した結果、このような〈エンブリオ〉となった。

 

保有スキル:

《堕天を血肉に》

生み出した分体に寄生された存在のスキル効果を増加し、ステータスが上昇した際にその数値を増加させる。

分体は形態数×20体生み出せる。

《■■■》《■■■》

《堕天を血肉に》を前提とするスキル。

ガードナー時の異形化と関係がある。

詳細秘匿。

 

 

【独戦場 ユーピテル】

〈マスター〉:イリス

TYPE:キャッスル・テリトリー

紋章:“闘技場で向き合う戦士”

能力特性:一騎討ち

モチーフ:ローマ神話の主神であり、一騎討ちの守護者“ユーピテル”

形態:Ⅲ

形状:十畳程度の大きさのコロッセオ。内部空間は拡張されている。

 

特殊な観測用スキルがない場合は外部から内部を見ることは不可能。

イリスの"たった1人で強敵を打倒する"英雄への憧れがもとになった〈エンブリオ〉。

 

保有スキル:

《一騎当一》

一騎打ち(邪魔の入らない相手1人と自分1人の闘い。テイムモンスターなどはOK)の際のみ、自身のMPとLUK以外のステータスを3倍にし、HPとSP、状態異常の自動回復、精神系状態異常とデバフを敵対者に与える状態を付与する。

《闘場に立つは我と汝のみ》

対象に指定した二人をキャッスル内に収容する。キャッスルとその内部には中に入った者以外は干渉できない。

 

 

【絆繋樹紐 ユグドラシル】

〈マスター〉:甦能 彩夏 

TYPE:チャリオッツ

紋章:“人と天地を繋ぐ樹”

能力特性:結合

形態:Ⅱ

モチーフ:九つの世界を内包する北欧神話の世界樹“ユグドラシル”

形状:木の根のような質感の紐。最大生成数は形態数+1。

 

仲が良い人たち(親や幼馴染)と離れたくない、互いが互いを必要とする関係でいたい、という彩夏の願いを読み取って生まれた〈エンブリオ〉。

一見すると4人の中で一番カラッとしている彩夏だが、依存具合は霧鮫とどっこいどっこいだったりする。

 

保有スキル:

《イグジスタンス・コネクト》

アドバンスを使って2つのものを繋ぎ合わせる。

繋げられるものに制限はなく、無機物でも生物でも可能。ただし、意志あるもの同士を繋ぎ合わせることはできない(剣×炎や銃×【ティール・ウルフ】などは可能だが、人間×【ティール・ウルフ】などは不可能)。

繋がれたもの同士でステータスやスキル、装備補正などは合算共有される。

繋がれたものは1つとして扱われるため、2つの装備品を繋いで1つの装備枠だけ消費する、といったこともできる。

 

 

苦悶逝紋(くもんいくもん) アジ・ダハーカ】

TYPE:テリトリー

能力特性:苦しみ(を見て感じる愉悦)

モチーフ:ゾロアスター教において悪の根源を成すモノとして恐れられる怪物“アジ・ダハーカ”

到達段階:Ⅱ

 

保有スキル:

《苦痛に嘆け、死を感じよ》

指定した対象の足元に魔法陣を描き、その中に存在する生物に、抵抗不可の病毒・精神・呪怨系状態異常をどれか1つランダムに付与する。一回描くのにMPを100消費するが、〈マスター〉の周囲で発生した負の感情をスキルコスト専用に貯蓄でき、それを消費することでも発動可能。

《怪物蠢獄(ダマー・ヴィント)》

地面に特大の魔法陣を描き、その中に存在する生物に、30秒ごとにランダムな病毒・精神・呪怨系状態異常をそれぞれ1つずつ付与する。こちらは抵抗可能であり、状態異常の効果時間は一律で60秒間なので、最大で6つ重なる。展開時間は5分間固定であり、早めたり遅くしたりすることはできない。再発動には三日間のクールタイムが必要。

 

 

 

〇ジョブ

迎撃者(インターセプター)

迎撃者系統下級職。相手に攻撃されてから迎撃することを得意とする。また、このジョブをメインジョブとした時、スキルを使用できるサブジョブの範囲が広い。迎撃することが出来れば何でもOK。

LUC以外の全てのステータスが満遍なく上がるが上昇値が少なく、スキルを1つしか覚えない。

《迎撃の心得》

相手から攻撃され、迎撃、回避、カウンターを行う時、自身の設定したステータスを最大3つ倍加する。設定したステータスの数が少ないほど、高く倍加される。

攻撃される、の定義が広く“直接攻撃される”の他にも“殺気を当てられた”“自身のいる砦や建物が攻撃された”などでも発動する。

“敵が全て死亡する”“敵が心から降伏を宣言する”“敵の攻撃が届かない場所に行く”などの時に効果が終了する。

 

 

双術士(ツイン・マーシャルアーティスト)

武術家系統派生下級職。上昇するステータスは、一番がSTRとAGI、次点でSP。

別の二つの武器を両手で持ち戦うことを得意とする。なので、最初から二つ一対で作られた『双剣』のような武器は対象外。

覚える攻撃用アクティブスキルは、使用している武器の属性(斬・突・打)の組み合わせによって変化する。

 

 

超書士(オーヴァー・スクリブナー)

書士系統超級職。ほぼMPとDEXしか上昇しない。

"真実を書き記す"ための《真偽判定》や《看破》の他、書類作業を効率良く行うための《高速思考》や書類を早く書き上げるための《速記》など、多数の汎用スキルレベルEXを持ち、机仕事により肉体を酷使してもその影響を受けづらい《諸業務剰》という、社畜のためのような悲しい奥義がある。

主に冒険者ギルドや武士ギルドなどの大手ギルド職員がなることが多いが、それは就職条件の一つに、大規模の組織における事務仕事が必要となるから。

 

 

旋棍王(キング・オブ・トンファー)

旋棍士系統超級職。SP,AGI,STRの順に大きく上昇する。

旋棍士系統は、『傷痍・制限系状態異常による鎮圧』をジョブ特性とし、自身の攻撃によるHPに関する影響を失くす《スパレッション》などを持つが、これをオフにすれば、傷痍・制限系を駆使する前衛として普通に戦闘できる。

 

 

加工王(キング・オブ・プロセス)

加工屋系統超級職。MPとDEXが大きく上昇する。

代表的スキルである《加工》は、素材となるアイテムの質を上げたり、作りたい装備品にあった調整を施したりすることができる。

支援職である【音楽家】のさらに支援職である【指揮者】系統のような、生産職に向けて生産する生産職。

超級職たる【加工王】の《加工》レベルEXであれば、通常、超級職でなければできないようなことも、上級職でも可能なようにアイテムの昇華・調整を行うことが出来る。

 

 

速弓武者(クイック・ボウサムライ)

弓武者系統上級職。主にSTR・DEXが上昇。

矢の速度と連射技能に特化しており、奥義である《彗星一射》は上級職随一の速さを誇る。

 

 

護拳士(プロテクト・ボクサー)

拳士系統上級職。AGIが最も高く、STR、ENDもある程度上がる。

毒や棘で防御した触れづらい相手に気にせず攻撃できる上、雷や闇属性魔法などの本来は避けるしかない攻撃を迎撃することも可能。

ただし便利な分、前衛上級職の平均よりステータスがだいぶ低く、保護できるのは拳だけ(スキルレベル最大でも肘あたりまで)で、爆発が直撃すると拳だけが残ってたりするので、あまり人気ではない。

 

 

〇モンスター・<UBM>

【剛健尊鬼 シンリキ】

ランク:伝説級

種族:鬼

主な能力:肉体上位

最終到達レベル:36

討伐MVP:【■■王】■狩 龍■

MVP特典:【強能尊刀 シンリキ】

発生:デザイン型

作成者:クイーン

命名由来:"信力(シンリキ)

保有スキル:

力とは正義(パワー・イズ・ジャスティス)

STR・END・AGIの合計が自身より低い存在が発動したスキルの、自身への影響を無効化する。

 

備考:〈妖の森〉に逃げ込んだ鬼の群れの1体がモンスターに襲われ死にかけていた所を、クイーンが発案したデザインに合った適性を持つモンスターを探していたジャバウォックが見つけ、〈UBM〉として改造。解放されたシンリキは仲間の元へ帰り、鬼の旗印として〈妖の森〉に君臨した。

実は、シンリキへ直接影響を与えないスキル(自分や仲間へのバフなど)は無効化されないという抜け道があったが、バフをしてもシンリキのステータスを上回れるモンスターが〈妖の森〉には居なかったため、あまり問題はなかった。

最終的には、めちゃヤバ技量持ち超級職ティアンに真っ向勝負で敗れた。

 

 

【鍛鬼導師 ルガリード】

ランク:伝説級

種族:鬼

主な能力:学習・統率・鍛錬

最終到達レベル:---

討伐MVP:---

MVP特典:---

発生:認定型

保有スキル:

《一学十解》

ジョブの固有スキルを習得した際に発動。

習得したスキルのジョブに関連した全ての情報(ステータス傾向、固有スキルの原理、就職条件)をアーキタイプ・システムから取得する。

《皆改鬼鍛》

《一学十解》にて情報を取得したジョブを、自身の『配下』に就かせることができる。

ただし条件があり

1.取得させられるのは対象の『配下』と相性が良いジョブだけ

2.取得させるジョブに就職条件がある場合、対象の配下が満たしている必要がある

3.ジョブのレベルは対象の『配下』のモンスターとしてのレベル×2までしか上がらない

これらを満たせば、与えられるジョブの数・質に制限はない。数百、数千を対象に与えることも、超級職を与えることもできる。

 

備考:既存技術の習得・再現と、技術指導に関して、デンドロ史上五指に入る才能の持ち主。その反面、既存技術にとらわれない新技術の開発能力はあまり高くない(もちろん、一般人と比べれば十分に高い)。



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第1章 将都編・前
0・発売日


2,3カ月前からデンドロを読みだして、読み終えたら二次創作が無性に書きたくなったので書きました。wikiに考えた〈エンブリオ〉とか〈ジョブ〉とかも上げているので、もし見たことあるものが作中に出てきたとしても、考案者なので問題はないです。


□2043年7月15日 飯沼(いいぬま)葉月(はづき)

 

「なあなあ葉月、お前、〈Infinite Dendrogram〉って知ってるか?」

「なんだよいきなり。何の話だ?」

 

 そう俺の部屋に入ってくるなり話しかけてきたのは、それなりにイケメンな顔に明るい茶髪、筋肉が付き日焼けした肌をしている、いかにもチャラ男といった風貌の青年だった。

 こいつの名前は石鏡(いじか)(たける)。俺の幼馴染であり腐れ縁であり、一応親友と呼べる間柄にある男だ。

 対して俺は、人と目を合わせるのが億劫なので目元を隠すように伸ばした黒髪に、外で運動しないが故の白い肌をしている、いかにもな陰キャである。

 こんな一見正反対の俺たちだが、マンションの隣同士で小さい頃から遊んでいれば仲も良くなる。家の近くに同じ年代の子供がほぼいなかったのも影響しているだろう。

 しかし、俺たちを繋ぎ止めているのはそれだけではない。

 

「知らねえのか?今ネットでそれなりに話題の新作VRゲームだぞ?」

 

 そう、こんなマジモンの陽キャといった容姿をしている割に、こいつは大のゲーム好きなのだ。俺は本や漫画も好きだが、ゲームも好きである。その共通の趣味があるからこそ、俺たちは高校生になってもずっとつるんでいるのだ。

 

「あいにく、この二日は買いためたラノベ読んでたからネットサーフィンは全くしてないんでね」

「そっか。うんじゃ、とりあえずこれを見ろ」

 

 そう言って健が全画面モードにしたスマホを差し出してきた。

 これは、何かの記者会見……風のネット配信か。

 なんだか分からないが、とりあえずは見てみよう。

 

□□□

 

「……おい、健。これ……本当に配信されていたのか?おふざけではなく?」

「おう、もちろん。ネットだけじゃなく、キー局でも放送されてた」

「……マジか」

 

 自分からしてもあまりにもあんまりな反応だが、今見た動画はそういう反応しかできないものだった。

 今の動画は端的に表せば、さきほど健が言っていた新作VRゲーム〈Infinite Dendrogram〉の発売発表の動画だ。

 それ自体は珍しい物ではない。2043年現在、ゲームの製作や発売の発表をネットで行うのは普通だ。VRゲームというジャンルのゲームも、多いとは言えないがある程度の数はある。

 問題は、その内容だ。

 動画内で発表されたのは、〈Infinite Dendrogram〉の売りとなる四つの要素。

 一つ、五感を完璧に再現し、完全なリアリティを保障する。

 二つ、仮に億人単位でも全プレイヤーが単一サーバーでプレイ可能。

 三つ、現実視、3DCG、2Dアニメーションの中から個別にグラフィックスを選択可能。

 四つ、ゲーム内では現実の三倍時間が進む。

 

 正直、夢物語の域だ。

 新世紀になってから、もうそろそろ半世紀。人類の文明は着実に前に進んでいて、過去には不可能と言われていた事柄を少しずつ現実のものとしているが……それでも、未だ実現しえない事柄も多数ある。

 その目に見える筆頭が、VRゲームだ。

 2030年代頃から少しずつ世に出てきたこれらは、人々の夢を叶えるかと期待されたが……それは無理だった。

 リアリティに乏しく、五感が常に違和感を覚えるほどであり、グラフィックスも従来とほぼ変わらないCG。プレイするには現実の環境に左右されて世界に没頭することも出来ず、極めつけにプレイした者をほぼ漏れなく病院送りにするような健康被害を多発させた。

 現在それらは少しずつ改善されてきているものの、それでも解決には至っていない。

 その状況で、これらは少々――いや、到底信じられるものではない。

 

「な?ネットが大騒ぎになるのも分かるだろ?」

「ああ。これは荒れるだろうな」

 

 枕元でコンセントに差しっぱなしだったスマホを手に取り、〈Infinite Dendrogram〉の評判を検索する。

 案の定、そこに写っていたのは「誇大広告にしてもいい加減過ぎだろww」「嘘付くならもっとマシな嘘を付けよな」「大体、このメーカー聞いたこともないんだけど。無名でこんな事言われてもねぇ……」という否定的なコメントの嵐だった。

 

「ま、そうだろうな」

 

 俺としても彼らと同意見だ。

 あんなこと言われても、信じられる訳がない。

 

「……けど、それなりに信じる奴もいるのか」

 

 前述したようなコメントの合間合間に「でも、もし本当だったらどうよ?」「ちょっと俺、これ買ってみようかな」「俺は信じるぞ!」みたいなコメントが垣間見える。濁流に飲まれる木の葉程度の比率だが。

 まあ、俺には関係ないな。こんな当たる確率が極小の博打に出る蛮勇も勝負心もない。というか、こんなの買ってみようと思うのは馬鹿だけ……

 

「という訳で葉月、これ一緒にやらね?」

「……馬鹿がここに居た」

「うっわ、ひでぇ」

 

 そんなこと言いながらも、健の笑みは崩れない。

 ヤバい。こいつのこの表情は悪巧みしている顔だ。この顔をしたこいつに今まで何度振り回されてきたことか。

 

「俺は絶対にやらないからな」

 

 こういうのは先手必勝。健が何か言う前にきっぱりと断っておく。

 

「いいじゃねえか、やろうぜデンドロ。絶対面白いと思うぞ?」

「嫌だよ。そんな超大穴の博打やろうとするのは馬鹿だけだ」

「けど、お前も知っているだろ?俺のゲームに関する直感が、外れたことないってことは」

「うっ、それはそうだけど……」

 

 そうなのだ。こいつのゲームに対する直感は超能力かと思えるほど鋭い。

 こいつが面白そうと言ったゲームは悉く面白く、逆に面白くなさそうと言ったゲームの悉くがつまらない。

 それは俺が知るかぎり百発百中で、俺の趣味である数十年前の中古のゲームソフトを買いに行く時は必ず付いてきて貰っている。情報も何もないゲームであろうと、こいつの直感に従っていればはずれはないので、選ぶのがとても楽なのだ。

 まあ、パッケージを見ながら自力で選んだり、健が絶対に面白くないとクソゲー予想されたものを買って、プレイし終わった後に「やっぱりクソゲーだった……」とゲンナリするのも楽しいものなのだが。

 

「いいのか?俺が絶対に面白そうだと思うゲーム……やらなかったら損だろ?」

「うぐぐ、だ、だけど、お前やネットの評判見てからでも買えるだろ!そっちの方が安全だし、俺が今日からやる必要はない!」

「いや、もしかしたら明日には大人気になり過ぎて、全部完売するかもよ?」

「お前がそこまで言うほどなのか……!?」

 

 そんなことあり得ない……と断じたいのだが、そうとも言いきれない。

 こいつがそこまで言うのであれば、これはものすごく面白いのだろう。それこそ、噂が広まれば即完売するほどに。

 

「……分かったよ。一緒にやってやる」

 

 こいつにここまで言われたら、もうやるしかないだろう。

 それに、〈Infinite Dendrogram〉はハード・ソフト合わせて1万円という、もはや暴挙としか言いようがない値段設定だ。

 もし万が一、ここにきて健の直感が外れたとしても、お金を貯めて計画的に使っている俺ならその程度は大丈夫だ。

 まあ、最悪の場合は俺も健も病院送りになるのだから、お金の問題など些細だろうけど。

 

「うんじゃ買いに行くか」

「いや、もう買ってある」

「は?」

 

 健は部屋に来た時から持ってきていた紙袋を手に取ると、ガサゴソと中から何かを取り出す。

 そこから現れたのは、箱のようなものが二つ。上部には〈Infinite Dendrogram〉の文字が。

 

「葉月なら一緒にやってくれるってわかってたからな。先にお前の分も買ってきといたぞ」

「…………」

 

 なんか掌の上で踊らされた感がする。

 

「それじゃ、まず俺がプレイするわ。健康被害がないかもわからないし。どんなに遅くても30分後までには戻ってきて感想言うわ。もし起きなかったりおかしな素振りしていたら救助と病院への電話よろしくー」

「お、おう」

 

 実験台にするようで少し気分が悪いが、まあ、誘ってきたのは健の方だし、それぐらいはして貰おう。

 

「うんじゃ行ってくる」

 

 箱から取り出したヘッドギア型のハードを取り付けた健は、ベッドに寝るとすぐに起動させ、体を弛緩させた。

 

「いや、そこ俺のベッド……まあいいか」

 

 とりあえず、30分間は暇な訳だが……さっき検索した時に見つけた〈Infinite Dendrogram〉のホームページでも見て時間潰すか。

 

 

□□□

 

 

 ホームページの膨大な背景設定を読み込んでいると、弛緩していた健の身体に力が入り、ヘッドセットを外して起き上がる。

 というか、設定がほんとに膨大過ぎる。平均よりもだいぶ速読な俺が30分読んでも、まだ半分しか行ってない。それだけ作りこまれているということなのだが、こんなに多いと多分普通の人は全部読まないぞ。

 

「んで、どうだった?」

 

 それはそれとして、戻ってきた健に感想を聞く。

 傍から見た限りはおかしな様子はなかったけど、もしかしたらプレイした人にしか分からない形で被害が出てるかもしれないし。

 

「葉月、マジで凄いぞこれ!予想よりも数段階上だった!」

「おいおい、そんな興奮するなよ。体調とかはどうだ?」

「まったく問題なし。頭も痛くないし、体にもおかしな感じはしない」

「そうか」

 

 健康被害が出てないというだけで、このVRゲームは超大当たりと言えるだろう。今までのがひどかったからな。

 

「とりあえずお前もやってみろよ。そうすりゃ俺の言っていることが分かるから」

「ああ、分かった」

 

 箱からハードを取り出し付属の説明書を読むが、ホームページに書いてあったこと以上のことは書いていなかったので放り出し、ハードを頭に被る。

 

「じゃあ始めるぞ」

「せいぜい驚きすぎて腰を抜かさないようにな。俺ももう一度入るから、3時間後には戻ってこいよ」

「了解」

 

 ベッドに寝転がってスイッチを入れる。

 その瞬間、視界が暗転した。

 



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1・チュートリアル

第1話 チュートリアル

 

 

「……ようこそ……チュートリアル……へ」

 

 視界が暗転したかと思ったら、次の時には俺はもう見知らぬ場所に立っていた。

 俺が立っていた場所、そこは西洋式の書斎だった。

 壁際には本棚が並び、置いてある机の上にはチェス盤やサイコロ、書状や地図のように見える丸められた羊皮紙?的な紙が置いてある。今は誰も座っていないが、作りの良い木製の揺椅子なんかもあった。

 そして、目の前にはどこか陰鬱としたオーラを纏った女性が佇み、現れた俺に声を掛けてきた。

 

「こ、こんにちは」

 

 あなたは誰かとか、ここはどこかとか、色々と疑問は湧いてくるけど、とりあえずは挨拶である。

 俺は初対面の人に向かってズケズケと距離を詰めていくのは得意じゃない。というか、好きじゃない。自分がやるのも、他人にやられるのも。

 だから、健に近づこうと友達の俺に近づいてくるクラスの女子!そんなずかずかと懐に入ろうとしても嫌悪しか感じないからな!いくら俺が女子に慣れていなくてキョドりまくっていても、お前ら何かに落ちたりしないからな!陰口叩くなら本人の聞こえない所で言え!

 ……はぁ。思わず激高してしまった。心の中だけれど。

 

「……大丈夫……?」

「あ、はい。大丈夫です」

「……そう。では……自己紹介……しましょう……か。私は……管理AI……7号。ダッチェス……よ。あなたの……チュートリアル案内を……する……わ」

「……ッ、よ、よろしくお願いします」

 

 しかし驚いたな。

 彼女は今、自分のことを管理AI7号と言った。

 管理AIとは、現行のスパコン丸々一台を己の脳とした人造の電脳知性。主に情報などの管理に使われ、その管理能力は小国程度なら全てを完璧に管理できるほど。

 それ自体は決して数が多いとは言えないが、そこまで珍しい存在という訳でもない。

 小国を管理できるのならば、ゲーム世界も完璧に管理できるだろうし、使われること自体は不思議ではない。

 問題は、彼女が7号と言ったこと。

 それは要するに、このゲームに最低7体の管理AIがいることを表している。

 1体でも小国を掌握できるAIが7体。

 これはいくら何でもおかしいだろう。ここの運営は、何を想定してこれだけの数を集めたんだ……。

 

「……チュートリアルでは……ゲームの各種設定と……簡単な説明を……する……わ。まずは……描画設定……ね」

 

 女性……ダッチェスがそう言うと、周囲の景色が変わり、中世ヨーロッパ風の街並みになる。

 そして、その見え方が一定間隔で変わっていく。

 事前情報通り、現実の見え方から3DCG、2Dアニメーションと移っていく景色を見ながら、俺は驚愕していた。

 

「どうやってんの、これ?」

 

 人の視界を3DCGやアニメ風にするとか、どうすればできるのかが本気で分からないんだけど。このゲーム、一体どれくらいの超技術が使われているのか……今更ながら少し怖くなってきた。

 

「……結局は……どう脳が感じるか……だから。……やりようは……ある……の。……とても憂鬱……だけれど」

 

 ?憂鬱?何故に?

 

「……それで……どうする……の?」

「あー、それじゃあ現実視でお願いします」

 

 発表であれだけリアリティを押していたんだ。どうせだったら、それを一番実感できそうな現実にしよう。

 

「……次は……名前の……設定。……どう……する?」

水無月 火篝(みなづきかがり)で」

 

 これは即決。

 この名前は、俺がゲームをする時に必ず使う名前だ。苗字、名前がない場合は水無月だけだけど。

 その由来としては、俺の名前は葉月(8月)だが、生まれた月は6月なのだ。

 これは俺が予定日よりも1カ月ちょっと早く生まれたからなのだが、だったらその名前諦めろよと両親に言いたい。というか言った。

 小学校の時、名前の由来を調べてきましょう、という授業の時、めっちゃ恥ずかしかった。8月に生まれてくる予定だったので葉月です。生まれたのは6月ですけど、とか。

 

 話を戻すが、そこから6月という意味の水無月で、火篝は、まあ、何十年も続くモンスターたちを捕まえて戦わせる某大傑作ゲームからの着想だ。

 あの中で、ほのおタイプはくさタイプに強い。

 “葉”月=くさ。現実の自分よりも強いゲームのキャラ=ほのお。

 という事で炎に関する言葉を調べて良さそうと思った“篝火”を、見た目を良くして“火篝(かがり)”にした、というだけだ。

 小学生の頃に考えたPNだが、毎回新しく考えるのも面倒臭いのでずっと使い回している。

 

「……次は……容姿の……設定。……このパーツと……スライダーで……作って……ね」

 

 そうダッチェスが言うと同時に、目の前に現れたのは真っ新なマネキンと多くの画面。画面には「身長」「胸囲」などと上に銘打たれたスライダーと、目、鼻などの様々なパーツが表示されている。

 これからって……物凄く自由度が高いけど、同時に物凄く面倒くさそうだな。

 

「……ちなみ……に……性別を変えたり……動物型にも……出来る……よ」

「へ!?」

 

 慌てて見てみると、確かにパーツの中には元となるマネキン自体を変えられるものがある。

 女性にするものや、動物型では犬型や猫型、その他にも馬型や兎型などもあった。

 それを見た時、俺の中にとある感情が沸き上がった。

 それは所謂、興味心や好奇心と呼ばれるものだ。

 普段の自分とは違う自分を作るのだったら、いっそのこと性別や種族まで変えて、その感覚を知ってみるというのも面白いか、みたいな思考ののちに、俺はマネキンを自分から遠くかけ離れた姿へと変えていった。

 

□□□ 三時間後

 

「……よし、終わり!」

 

 ふう。疲れたー。

 さすがに1から人の姿を作るのは大変だった。

 少し手抜きすると直ぐに不自然に見えちゃうから、ずっと全力で作るしかなかったし。

 けど、俺は美術の成績がずっと5で、美的センスには定評がある男(言ってくるのはほぼ健だけだけど)。絵を描いてネットに投稿すればかなりの高評価を貰えるレベルだ。ゲームしたり本を読んだりする時間がなくなるからたまの息抜きにしかやらないけど。

 そんな俺が作ったのが、こちらだ。

 身長は155くらい。腰に届くくらいの淡青色のストレートロングと鮮やかな緋色の瞳。儚げで守ってあげたくなる顔立ちの美少女。胸は大きい。巨乳。ここ大事。

 え?何をもってこの姿作ったかって?

 ……俺の趣味だよ悪いか!

 

「……終わった……の?」

「あ、はい」

 

 ……今思ったけど、作ってる間この人ずっと待たせていたんだよな。なんか途端に申し訳なくなってきた。

 

「……それじゃあ……それで決定……ね」

「よろしくお願いします」

「……ええ。……じゃあ……これは……一般配布アイテム……よ」

 

 俺の目の前上空に鞄が出現し、俺の手の中に落ちてきた。

 

「……それは……あなたの……アイテムボックス。……中は……収納用の異空間になっていて……教室1つ……重さでは1t程度まで……なら入る……わ。あなたのもの以外は……入らないから……注意……して」

 

 要するに俺用のストレージということだろう。

 

「……ただし……誰かをPKしてドロップした……アイテムとか……《窃盗》スキルで盗んだものは……入るから……。……逆に……あなたのものでも……PKされたり……《窃盗》スキルで盗まれたものは……相手のアイテムボックスに……入るから……。それに……《窃盗》スキルの……レベルが高い人は……アイテムボックスから……直接盗むことも……できるわ」

 

 ……異空間から直接盗むのは、どうやって防げばいいんだ……。

 

「……アイテムボックスは……壊れると中に入っていたものが……ばらまかれるから……耐久力に……注意して……ね」

「……気を付ける」

 

 そんなことで重要アイテム紛失したら笑えないからな。

 

「……アイテムボックスには……容量が大きいのとか……壊れにくいものとか……盗まれにくいものとか……色々あるから……余裕が出来たら……買い換えてみて……ね。……次は……初期装備。……この中から……選んで」

 

 そう言ってダッチェスが差し出してきたのは……カタログ?

 受け取って中を見てみると、全身鎧から中東風、着物に未来的な全身スーツまで、古今東西ありとあらゆると言っていいほどの装備が載っている。

 この中から選ぶのか……すごい迷うな。

 これだけあると全部見てらんないし、直感で……あ、これにしよう。

 選んだのは、黒のシンプルなワンピース。

 アバターを美少女にしたんだから、それに合わせた感じだ。

 ……男の俺がワンピースを着ると考えるとどう考えても問題だが、まあ、ロールプレイなんかそんなものだろう。

 

「……あとは……初期武器……ね」

 

 ダッチェスがカタログを捲ると、後ろの方には武器一覧があった。

 オーソドックスな所では木刀や模擬剣、弓に槍、マイナーなものでは鎌やスリング、暗器セットなんてものまで、こちらも様々な種類の武器が載っている。

 

「……じゃあ、槍で」

 

 選んだ理由は簡単。俺が今までやってきたMMOで一番使っていたのが槍だったから。

 俺はVRゲームをするのは初めてだし、リアルで武術を習っている訳ではないから、どれを選んでも1からのスタートだ。だったら、少しでも愛着のあるものにした方がいいだろう、ということである。

 

「……分かった……わ。……それじゃあ……はい」

 

 ダッチェスが手を鳴らすと、俺の視界が少し低くなり、長く青い髪と二つの山が視界の端に写るようになり……上手く立てずに床にへたり込んだ。

 ……へ?へ!?

 ち、力が入らない……!?というか、力を入れられない?

 無理やり力を入れて立とうとすると、下半身に痛みが走る。

 どうなってんの、これ!?

 

「……これは……最初の路銀。銀貨五枚で……5000リル。……相場は……1リル10円……ぐらい。……今後は支援……しないから……きちんと……お金を稼げるように……なって……ね」

「あ、はい……って、え、スルー!?」

 

 こんな事態になっているのに、まさかのスルーをしてチュートリアルを進めるダッチェス。これには思わず思考が硬直し、お金を受け取ってから突っ込んでしまった。

 

「……じゃあ……〈エンブリオ〉を移植する……わ。……説明は……いる?」

「え、いや、だから……はい、お願いします」

 

 言い募ろうとしたが、途中で止めた。

 多分、無駄なのだと思ったから。

 今更に気付いたのだが、ダッチェスの目、それは俺を見ていなかった。あくまで機械的にチュートリアルを進めていただけだった。

 いくら人間っぽく見えていても、結局はプログラムで動くAIだということなのだろうか。

 ……それよりも〈エンブリオ〉だ。

 

「……<エンブリオ>は……プレイヤーの行動パターンや……得られた経験値……バイオリズム……人格に応じて……無限のパターンに進化する……あなただけの……オンリーワン。……あなたたちプレイヤーに寄り添う……相棒」

 

 ……ホームページにも書いてはあったが、やはり信じがたいものだ。

 けど、不思議と今の俺は、このゲームなら、〈Infinite Dendrogram〉なら出来るのではないのか、そんな気持ちになりかけている。

 いくつもの超技術を見せられたからか何なのかは分からないけど。

 ……けど、何故だろうか?そんな思考が出る度に、不安感のようななにかが心の中で滲んでくる。

 

「……〈エンブリオ〉が同じ形をしているのは……最初の第0形態のみ……で進化して第1形態になると……全てがまったく違うものに……なる。……それと……〈エンブリオ〉のパターンは無限だけど……いくつかのカテゴリーに分かれてる……わ。大まかに……プレイヤーが装備する武器や防具、道具型の……TYPE:アームズ……プレイヤーを護衛するモンスター型の……TYPE:ガードナー……プレイヤーが搭乗する乗り物型の……TYPE:チャリオッツ……プレイヤーが居住できる建物型の……TYPE:キャッスル……プレイヤーが展開する結界型の……TYPE:テリトリー……ね」

 

 アームズ、ガードナー、チャリオッツ、キャッスル、テリトリーか。

 俺はどれになるのだろうか?

 

「けど、自分が欲しいTYPEのエンブリオになるまで作り直す人もいそうだな……」

「……ちなみに……キャラの作り直しは……できない……から」

「…………え!?」

 

 なんとなく呟いた独り言に返事があったのも驚いたが、それ以上に内容に驚く。作り直しが出来ないって……どういうこと!?

 

「……こちらで……脳波を登録……してある……から。……だから……新しいハードを買って……エンブリオをやり直そうとしても……駄目……だよ」

 

 脳波を登録って……ちょっと怖い。

 いや、問題はそこじゃなくて!

 ダッチェスはあくまでエンブリオをやり直そうとするのは無理……ということを言いたかったのだろうが、俺としては別の所に問題がある。

 キャラの作り直しが出来ないってことは……俺はずっとこの少女アバターでプレイしなきゃいけないということでは?

 俺が好奇心でアバターをこんな姿に出来たのも、何かがあればキャラを作り直せばいいだろう、という考えがあったからだ。

 それが……作り直しできない?

 

 だ、大丈夫。少女アバターに何もなければ何の問題も……いや、何かあったわ。

 今現在も立ち上がれずに床に女の子座りでへたり込んでいるのは、確実にその影響だろう。

 しかし、良く考えてみればそれも当然かもしれない。

 男と女では、体の作りが、まったく違う。

 肉付きも骨格も、何もかもが。

 しかも、俺は今までまだゲームに入っていない感覚だったが、本当はここももうゲームの世界だ。ハードを被って電源を入れたのだから。

 それなのに、俺がここを現実と錯覚していたのは、一重に俺が違和感を感じないほど、現実を再現していたから。

 そして、現実と錯覚するほどのリアルなVRゲームでアバターを異性の身体になんかしてしまったらどうなるか。

 それはもちろん、容易に動くことも、立つことすらも出来るはずがない。

 ……やってしまった。ものすごく大変なことをしてしまった。

 

「……はい。……エンブリオ……移植完了……よ」

「え?」

 

 慌てて見てみると、左手の甲に淡く輝く卵型の宝石が埋め込まれていた。

 これが……〈エンブリオ〉……。

 

「……〈エンブリオ〉が孵化すると……その卵がある場所は……刺青の紋章になる……から。……それが……この世界での……プレイヤーの証」

 

 わざわざ証を作るとか、何の意味があるのか?

 

「……紋章には……エンブリオを格納する機能も……あるから。……用事がない時は……仕舞っておいて……ね」

「分かった」

「……じゃあ……決めるのは次で……最後。……所属する……国を決めて……ね」

 

 ダッチェスが持ってきたのは、机の上に置いてあった丸められた紙。

 それを広げると、そこには一つの大陸が書かれた地図があった。

 その地図上の七箇所から光の柱が立ち上り、その柱の中に街々の様子が映し出されている。柱の周りでは、それぞれの国の名前や説明が光の文字となって浮かんでいた。

 

 白亜の城を中心に、城壁に囲まれた正に西洋ファンタジーの街並み

 騎士の国『アルター王国』

 

 桜舞う中で木造の町並み、そして市井を見下ろす和風の城郭

 刃の国『天地』

 

 幽玄な空気を漂わせる山々と、悠久の時を流れる大河の狭間

 武仙の国『黄河帝国』

 

 無数の工場から立ち上る黒煙が雲となって空を塞ぎ、地には鋼鉄の都市

 機械の国『ドライフ皇国』

 

 見渡す限りの砂漠に囲まれた巨大なオアシスに寄り添うようにバザールが並ぶ

 商業都市郡『カルディナ』

 

 大海原の真ん中で無数の巨大船が連結されて出来上がった人造の大地

 海上国家『グランバロア』

 

 深き森の中、世界樹の麓に作られたエルフと妖精、亜人達の住まう秘境の花園

 妖精郷『レジェンダリア』

 

「ふむ」

 

 どこも面白そうだ。

 これは迷ってしまうが……まあ、ここも直感で決めてしまってもいいだろう。

 

「天地で」

「……分かったわ。……簡単なアンケートだけど……どうしてそこを?」

「直感……だけど、強いて言えば、今まで和風のMMOをあまりやったことないから、かな」

「……そう。……これで……チュートリアルは終わり……よ」

 

 いよいよ、ゲームの世界に、か。

 

「……これから始まるのは……無限の可能性。あなたの手にある〈エンブリオ〉と同じ、あなたの行動で、選択で、全てが変わる、あなただけのオンリーワンの物語」

 

 あれ?途切れ途切れだった話し方が、流暢に……?

 

「ようこそ、〈Infinite Dendrogram〉へ。“私たち”は、あなたの来訪を心から歓迎するわ」

 

 その言葉の直後、ダッチェスも書斎も掻き消えた。

 逆に周りに現れたのは白い雲。上を見れば青い空。下には先程地図で見たのと同じ形をした大陸。

 

「え?えぇええええええっ!?」

 

 やがて俺の身体は大陸の端……から海を隔てた島に、一直線に向かって落ちていく。

 こうして俺は、〈Infinite Dendrogram〉の世界に足を踏み入れた。

 

 

□書斎にて

 

 

 先程まで葉月の居た書斎。そこでは一人の女性……ダッチェスが、一仕事を終えて一息付いていた。

 

「いやーダッチェス、さっきの対応は酷かったんじゃないー?」

 

 そこに、一人の声が掛けられた。

 ダッチェスが振り向くと、そこにはベストを着た二足歩行の猫……同僚である管理AI13号、チェシャがいた。

 

「……なんの……こと?」

 

 最後葉月に話しかけたような流暢さは今は欠片もなく、いつものたどたどしい口調になっている。

 

「さっきのチュートリアルのことだよー。性別変更の注意点も言ってなかったし、少女の身体になって戸惑っていたのに何のフォローもなかったしー」

「……ああ……そのこと。……ごめんなさい。……今は……演算領域の……ほとんどを休息させているから……上手く頭が……回らなくて」

 

 ダッチェスはこれから、ログイン中の全プレイヤーの視界のグラフィックを担当し、その上プレイヤーの視界を監視し情報収集することとなっている。恐らく24時間365日、ひっきりなしに能力を行使することとなり、その負荷を軽減させるため、未だプレイヤーがほとんど来ていない今日までの内に演算領域を十分に休息させることとなっていた。

 

「まあ、君にはこれから酷なことをしてもらうからねー。休息は大事だよー。それに、チュートリアル案内を無理に頼んだのは僕だしねー。してもらった立場で文句を言ってごめんね」

「……別に……いいわ。……けど……わざわざ私に……案内をさせたのは……なぜ?」

「あー、単なるおせっかいなんだけどねー」

 

 チェシャは少し恥ずかしそうにポリポリと頬を掻いてから説明する。

 

「君はこれから仕事に忙殺される。演算領域もほとんどを酷使し、僕らみたくチュートリアルでプレイヤーに会うことも、アバターで世界に生きプレイヤーと接することもない。僕らの目的のために育て上げる彼ら達と一切関わらないのは……寂しいんじゃないかなってね」

 

 チェシャの言葉に、目を開いて驚くダッチェス。しかし、次の瞬間には柔らかい表情となった。

 

「……そう……ありがとう……チェシャ」

「いえいえ、どういたしましてー。それじゃあ、僕は仕事に戻るねー。ダッチェスはきちんと休息していてねー」

 

 チェシャが去り、書斎にはまたダッチェス一人となる。

 

(……飯沼葉月……いえ……水無月火篝……私が唯一接した……プレイヤー。……彼女は……今後……どうするのかしら?……私の不手際のせいで……止めてしまう……?……それとも……それを克服し……いずれ……〈超級〉へと至る……?……分からない……だから……これからも……余裕があれば……見てみましょう……か)

 

 そうしてダッチェスも去り……書斎には、誰もいなくなった。

 

 




やっとチュートリアル終わりました。
次の話でログイン初日とエンブリオ孵化までやりたいと思っています。
出来れば待っていただけるとありがたいです。


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2・初ログイン、孵化

エンブリオ孵化までかなり強引だと自分でも思いますがこれが精一杯です……。
もっと自然に話進めたり伏線張ったりできるようになりたい……。


□将都南門前 水無月火篝

 

 

「びっ、びっくりした……死ぬかと思った……」

 

 まさかチュートリアルが終わったら、上空からパラシュートなしのスカイダイビングさせられるとは思ってもみなかった。

 地面に激突する前に急ブレーキがかかって衝撃なしで着地できたからよかったけど、それがなかったらどうなっていたかは想像もしたくない。

 何をしてくれたんだダッチェスめ……と思ったけど、周りを見渡してみたら、左手に〈エンブリオ〉を埋め込まれた数人が青褪めた顔をして座り込んでいる。どうやら、パラシュートなしスカイダイビングはデフォルトらしい。

 なぜこんな仕様にした……と運営に恨みがつのるが、いつまでもこうして座っている訳にもいかない。

 とりあえず立って、あのいかにも入って下さいと言わんばかりに開かれた門を潜ろう。

 そうして立とうとして……立てなかった。

 

 え……?って、ああ!そういえば、立てないの解決してないじゃん!

 てことは、俺はまず立てるようにならなければならないのか……超面倒!

 

 

□□□

 

 

 数時間後。俺はやっと立てる様になって門を潜っていた。

 訂正。立つこと自体はもう少し前に出来ていたのだが、そこから上手く歩けるようになるのにまた時間がかかったのだ。

 今でもまだ体が軋む感覚が収まらないから、完璧とは言いがたいけれども。

 そんな俺を横目に見ながら門を潜っていく人々がどれだけ憎かったことか……。

 まあ、それも終わりだ。

 少し不格好ながらも、門を潜って……その先にあった景色に絶句した。

 

 

 門の内側にあったのは、多くの人々で活気づいた町の風景。

 道端で開かれているござに品物を並べただけの露店では、まけてくれと露店の主人に言う買い物客がいて、茶屋の店先に置かれた椅子に座り談笑しながら団子を食べる町人たちもいる。

 商人たちは自慢の商品を往来する人達に売り込み、昼間から呑んだくれている浪人たちは些細なことで喧嘩して野次馬に囃し立てられる。

 腰に武器を吊るし甲冑を着込んだ侍の集団が通ったかと思えば、着物を着た子供たちがはしゃぎながら走り回っている。

 そこには、如何にも和と言うべき日常風景が広がっていた。

 

 どこを取っても異常など見つけられない、普通の光景。しかし、この“普通”なのがおかしいのだ。

 何故なら、ここはゲームの中。

 本来ならここにあるべき姿は、店主などの特定のNPCがいるだけの閑散とした光景か、人通りは多くても、それらは数種類のキャラのコピペであるものか、その二つだ。

 今までのパソコンでプレイするMMOでもそれが定番だったし、これまで発売されたVRMMOも全てがそのどちらかだった。

 それなのに、ここから見える人々は、容姿も、恰好も、行動もまったく違う。それも、全員が明らかな“感情”を滲ませながら動いている。それはどう見ても……生きているようにしか、見えなかった。

 

「どうなって……いるんだ……?」

 

 思わず言葉が零れる。

 これじゃまるで、本物の世界……あ。

 ……そうか、そうだ。

 本物。これは……〈Infinite Dendrogram〉は……本物、なんだ。

 見える世界はリアルと変わらず、感じる五感もリアルそのもの。そしてその世界に住む、感情を持った“人間”たち。

 これは、俺が、人々が求めた“夢のゲーム”。本物のVRゲームなんだ。

 それに思い至るまで頭の中は混乱や疑問ばっかりだったが、そう考えれば、自然と胸にストンと落ちてきた。

 そうすると、今度はワクワクと気持ちが弾んでくる。

 今まで誰もプレイすることが出来なかった、本物のVRゲーム。

 恐らく明日にでもなれば、今日プレイした人に聞いて数多の人々が怒涛の勢いでログインしてくるだろう。ハードも皆が買い漁り、健が言った通り店頭からすぐに消えることになるはずだ。

 だったら、まだ人の少ない今日に頑張って進めて、アドバンテージを得ておかなければ!

 

 笑顔を浮かべながら、とりあえずはこのゲームのシステムから調べなければ、なんて思いながら一歩足を踏み出して……サラリと流れる長い髪とプルンと揺れた胸が視界に入り、笑顔が凍り付いた。

 ……そうだ。俺、この少女の身体でプレイして行かなきゃいけないんだった……。

 夢の、本物の、VRゲームだというのに。ちょっとした好奇心でしてしまった、満足に歩くことすらままならない体で。

 …………………。

 う、うぁああああああああ――ッ!!

 なんで、何で俺はこんな姿にしちゃったんだよ!?

 せっかくの、正真正銘、本物のVRゲーム。

 人々が何十年と求めた、夢の具現。

 それなのに、それなのに、俺は――――ッ!!

 

 

 ……はぁ、はぁ。

 ひとしきり叫んだら、とりあえずは落ち着いた……けど、まったく気持ちは収まらない。

 あの時、好奇心でこんな姿にした俺をぶん殴りたい。

 でもまあ、もう諦めて、この姿でプレイするしかないか……。

 この姿が嫌だからって、遊ぶのを止めるという選択肢はない。

 今まで数々の人々たちが夢見て、プレイすることを出来なかった本物のVRゲーム。それをやることが出来るのにやらないとか、そんなことできるか。

 さっきはまずゲームシステムを把握しなきゃとか言ったけど、前言撤回。

 まず真っ先に、この体に慣れる所から始めなければ。

 でも……慣れるかな……これ……?

 感覚的な違和感は勿論、先程までは立つのに精一杯だったからあまり気にならなかったが、視覚的な違和感がヤバい。

 今までの俺には無かった、長い髪、白くてきめ細かい肌、豊かで柔らかそうな胸。

 どれを取っても今まで俺が見てきた視界の中に在ったものとはかけ離れていて、その上インパクトが凄すぎる。

 これで生活していくとか、軽く拷問な気がする。

 ………とりあえず、慣れる目的で街を散策でもしてみようか。

 

 

□□□

 

 

 小一時間かけて街の大通りを一通り回ってみた。

 その途中、出店で買い物ついでに話をして――というか、話をするために買い物をして店主に話を聞いたり、通りを歩いている人当たりの良さそうな人に話かけて情報収集した結果分かったのは、ここ、天地の首都は“将都”と言うらしい。

 

 そもそも、天地は史実日本の戦国時代のように、年中大名家同士が争い合う内戦のような状態で、国全てを統一している王や皇帝、大統領のような者はいないのだとか。しかし、それでも国としての体裁を整えるための代表が必要ということで、全大名家の中で最大の領地を持つ大名家の当主が【征夷大将軍】として暫定的に纏め役となっており、その【征夷大将軍】が政務を行うための都として、中立地帯である“将都”があるようだ。

 昔は将都の後ろに固有名詞があり、【征夷大将軍】が代替わりする度に変わっていたそうだが、代替わりのペースが早く、酷い時は3年で10回変わるなんてこともあり、方々で混乱が起きたり、単純に面倒になったというのもあり、現在では単に将都だけとなった、という裏話もあるとか。

 

 それ以外にも、このゲームでのレベルはジョブに紐づいておりジョブに就かない限りはどれだけ経験値を得てもレベルが上がらないとか、ジョブに就くには“ジョブクリスタル”というアイテムがある場所に行く必要があり、またその種類によって就けるジョブが変わるとか、そういうゲームシステム的なことから、どこの店は武器の品ぞろえが良いとか、あの店の甘味は美味いとか、そういう世間話的なことまでかなり情報が集まった。

 

 そんな多くの情報を集められたのは、ひとえにこの容姿のおかげだ。

 ゲームに出てくるNPCは普通、何かしらの事情がない限り美形、あるいは美形よりの普通の顔がデフォルトだ。まあ、わざわざブサイクを造るのはスタッフ的にも楽しくないし、プレイヤー的にも見ていて楽しくないしな。

 しかし、ここではそうではない。

 美形もいるし、フツ面もいるし、ブサイクな奴も当然いる。そういう所までリアルである。

 それに対して俺の顔は、一般的な美的感覚を持つ者が、美しくなるように1から作り上げたもの。その美しさは単なる美形どころではなく、人形のように完成された完璧な美しさだ。

 もしそんな美少女に話しかけられて、愛想よくでもされたら、普通の男はイチコロである。商品の値引きだってするし、何か聞かれたら聞かれてもいないことまで全部喋る。

 まあ、要するにそういうことだ。

 偽物の俺がそんなことするのは騙しているようで少し罪悪感があるが、まあ、仕方のないことと割り切ろう。

 そう考えると、この姿も悪いことばかりではないらしい。

 

 けれどもちろん、良いことばかりでもない。

 散策する前に感じていた2つの違和感。その数が4つに増えた。

 まず、自分の声。今まで野太いというほど低くはなかったが、男子の平均ぐらいの低さだった声が、すごく高くなっていた。しかも、すごい可愛らしい。月並みの表現だけど、本当に鈴が鳴るような感じになっている。

 まあ、この声も俺が設定したんだけどね。理想の少女の声ってことで頑張ったんだけど……自分の声が聞きなれたものじゃないって、こんなに違和感があるもんなんだな……。

 これはまあ、よく居る無口、あるいは恥ずかしがり屋系のキャラみたく、あまり喋らなければ問題ないだろう。最悪、筆談とかの手段もある。

 

 もう一つは、向けられる視線だ。

 先ほど言った通り、今の俺の容姿はヤバいほど美しく、可憐だ。多分現実で歩いていたらスカウトにしつこく付き纏われるレベル。

 なので、当然歩いていたらスッゴい見られる。それはもう嫌ってほど見られる。老若男女問わず、全員に見られまくって、それがかなり気になる。

 今まで歩いていてこんなに注目されたことがないから、余計に。

 というか男諸君。お前ら、視線がすげー露骨過ぎるだけど。

 視線が明らかに胸かワンピースなせいで剥き出しの生足に向けられ、固定されて動かないのだ。もう、欲望に忠実過ぎる。

 よく女は男の視線に気づくというが、あれは女云々というよりも、男の見方が原因だと今回実感した。

 見られてて気分は良くない、ぶっちゃけ気持ち悪いが、俺は元男として男どもが今の俺をそんなに見てしまうのも理解は出来る。だからまあ、そこは気になるが、我慢すればなんとかなると思う。もしナンパとかしてきたらこっぴどくふってやる所存だが。

 

 そして散策する前に感じていた違和感の2つ。

 身体的な感覚については、散策している間にかなり楽になった。

 元々、この女性の体に慣れていなかったからこそのもの、それならば、慣れれば小さくなるのも道理である。

 しかし……視覚的な違和感は大きくなる一方だった。

 いや、大きくなるというか……散策して、色々な場所や起こっている事を見たり聞いたり人々と話したりしていると、やっぱりこの世界が本物にしか思えないな、と幾度も再確認するのだが、その後ふと視界の端に写った髪とか胸とかを見たり、ショーウィンドウ(戦国時代風の街並みなのに、そういうのが所々あった)に写った全身像を見たりすると、こう、胸にグサッと来る。

 なんというか、それを見るたびに自分の馬鹿さ加減が突き付けられるというか、「お前は好奇心や興味でやらかした馬鹿野郎だ」と言われてる気分になるというか……被害妄想なのは重々承知しているが……それでも、それだけ俺が後悔しているのだ、ということにしておいてくれ。

 しかも、これはどうにもできない。

 見えなくするには目隠しとかするしかないが、そんなことしたら生活できないのだから当然だ。

 ああ、自分の身体だけ見えなくする方法とかどっかに落ちてないかなぁ……無理だよなぁ。

 

 

 とかなんとか思い悩んでいると、急に左手が輝きだした。

 へ!?……って、これ、左手自体じゃなくて、エンブリオが光っている?

 そのまま光るエンブリオを見ていると、光が収まると同時にエンブリオが消失し――視界が閉ざされ、何も見えなくなった。

 え、今度は何!?さっきから何なの!?

 何が何だか分からな過ぎて、頭が混乱する。

 何かが起こっているのは分かるけど、その肝心な“何か”が分からない。

 え、えっ……あ、戻った。

 閉ざされていた視界が元に戻り、周囲が見えるようになった。

 それと同時に、周囲の人々が俺に視線を向けてきているのもよく見えた。それも、先程までのような美人だから見ている、という様な感じではなく、訝し気な感じだ。

 まあ、そりゃそうか。急に往来で光り出して、オロオロとしている奴を見たら俺でもそんな視線を送るわ。

 突然の展開に思考がぐちゃぐちゃになってしまっていたが、見られていると自覚したおかげでようやく冷静になれた。超恥ずかしいが。

 

 そそくさとその場を離れ、大通りから逸れた横道に入る。

 それにしても、さっきのは何だったんだ?急に何も見えなくなって、少ししたらまた見えるようになった。

 もしかして、目にどこか異常が……え?この感触……何? 

 目を擦ろうと思って目元に手を持って行ったら、そこにあったのはガラスのような冷たい触感。どう考えても眼球ではない。

 それに、俺は目を手で覆っている。それなのに、普通に見える。遮られていない。いや、それを言えば視界の広さもおかしい。普通、人間が見えるのは前方の限られた角度だけ。なのに、俺の真後ろにある壁も見えるんだが?これ、360度見えてないか?

 ついでに言えば、360度見えるくせに俺の身体だけは見えない。俺の身体があるはずの場所だけ、黒く塗りつぶされたように何も見えなくなっている。

 

 ……怒涛の不可思議情報のせいで眩暈がしてきた。

 何のせいでこんなことになっているんだ。原因がまったく分からな……あ、そうだ、エンブリオ!

 この怪現象の一番最初は、エンブリオが光り出したことだった。

 そしてエンブリオが消えて、それから視界が閉ざされた。

 ということは、エンブリオが原因じゃないのか?

 そう考えた俺はエンブリオがあった左手がどうなっているか確認しようとしたが――そこにあったのは黒塗りの空間。そうだ、これがあったんだ……。

 右手で左手に触ってみると、右手も左手もきちんと感覚があった。これ、根本から無くなってる訳ではないのか。

 見えるようにはならないのかな……あ、なった。

 左手(がある筈の場所)を見続けてると、黒塗りがふっと溶けるように消え、先程まで見えていたのと同様の白い手が見えるようになった。

 いや、正確には少し違っている。

 先程までエンブリオの第零形態、卵状の宝石があった場所に、紋章が刻まれていた。

 これは……“眼帯をした占い師”?

 これの意味は分からないが、エンブリオが孵化すれば紋章が現れると、チュートリアルでダッチェスが言っていたはずだ。ということは、もうエンブリオは孵化している。

 急いでメインメニューを開き『詳細ステータス画面』を選択。新しく開いたウィンドウの中から『エンブリオ』の項目を選ぶ。

 そこには、この世界での俺の相棒となる存在が書かれていた。

 

 

【盲目視眼 ティレシアス】

  TYPE:テリトリー・アームズ

  到達形態:Ⅰ

 

  ステータス補正

  HP補正 :G

  MP補正 :G

  SP補正 :G

  STR補正:G

  END補正:G

  DEX補正:G

  AGI補正:C

  LUC補正:G

 

 

 【盲目視眼 ティレシアス】……これが、俺のエンブリオ……。

 TYPEはテリトリー・アームズ。ダッチェスの話し方からあの五つだけだと思っていたが、二つくっついているものもあるのか。

 ステータス補正は、軒並みG……これが普通なのか低いのか、ないとは思うが高いのか、比較対象がないから分からん。

 お、パラメーターの横に何かが表示されている。これは……眼球、か?……いや、眼球!?

 まさか、まさか!?

 先程触った時、目はガラスのような無機質な感触だった。

 そして、エンブリオの項目に表示されている眼球と【眼】と名のつくエンブリオ。

 もしかして……俺の目が、エンブリオになった……?

 そ、そんなのありなのか……!?

 でも、実際なってるってことはありなんだよな……。

 少し呆然となりながら、他に何かないか探していると、『保有スキル』の項目を見つけたので開いてみる。

 

 

『保有スキル』

見えざる瞳、視る異能(ヴレポ・デュナミス)》:

範囲内の全てを視覚として感じ取る結界を周囲に展開する。

ただし、自身の身体のみは塗りつぶされ見えないようになる。見ようと意識すれば視ることも可能。

パッシブスキル。

 

 

 ほうほう。ああ、目を隠しても見えたり、全方位を見渡していたりできたのは、結界で感じていたからなのか。これがテリトリー要素なんだな。身体が見えないこともスキルの仕様のうちだったか。

 ……でもさ、え、これだけなの?俺のエンブリオができることは、ただ見るだけ……?

 ……………嘘だろ!?

 




【盲目視眼 ティレシアス】
〈マスター〉:水無月火篝
TYPE:テリトリー・アームズ 到達形態:Ⅰ
紋章:”目隠しをした占い師”
特性:盲目、視覚結界(世■■応)
スキル:《見えざる瞳、視る異能》
モチーフ:性転換した結果盲目になりそれを補う予言の力を手に入れたギリシャ神話の予言者”ティレシアス”
備考:眼球置換型エンブリオ。今使える効果は一言で言うと『周囲が見える』、ただそれだけ。ただし、副次効果的なのがいくつかあります。が、それは本編で追々開示していきます。


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3・【影】との遭遇

初めて感想が書かれました!
待っていると言われてすごい嬉しかったです。
これからもそう言い続けてもらえるように頑張っていきます。


□将都商業区路地裏 水無月火篝

 

 

「……はぁ、いい加減動き出すか……」

 

 エンブリオが孵化し、その衝撃的すぎる能力に放心していたが、さすがにもうそろそろ何か行動を起こすべきだ。

 

「それにしても、俺のエンブリオがこんな感じになるとは……」

 

 色々と妄想はしていたが、まさか、ただ周りを見るだけのエンブリオになるとは思ってもみなかった。

 その原因は……どう考えてもあれだよなー。

 

「“自分の身体だけ見えなくする方法ないか”……あんな呟きにわざわざ反応しなくてもいいんだよ、相棒」

 

 “自分の身体は見えなくしたい、でもそれ以外は見たい”から“自分の身体だけ見えなくして周りを見る力”という訳か。

 理解はしたが……うーん、納得できない。

 不満、という訳ではないんだよ?今の俺にとって視覚的な問題はかなり重要なことだったし。

 だけどこう、素直に受け止めることも出来ないというか。

 だって、エンブリオとは、自分しか持っていない、自分だけのためにある存在。

 それだったら普通、凄い攻撃性能を持った大剣とか、背中を預けられる相棒とか、巨大な戦艦とか、堅固で無敵の要塞とか、敵が一切傷付けられない結界とか、そんなの想像するだろ?

 それが、実際は「周りを見る能力だけ持った眼」です、と言われてもそうそう納得できない。

 

 ……そして今思ったんだが、このティレシアス、普通にものを見る力あるんだろうか?多分ないよな?

 なにせ名前から【“盲目”視眼】だし、スキル名も《“見えざる瞳”、視る異能》だし。

 それ、あるかどうかも分からないけど、結界を無効化する手段とかあったらどうなるんだろ……?

 ……うん、今は考えないようにしよう。

 

「……って、動こうと思ったのに、結局考え込んでるじゃん」

 

 とりあえずメインメニューに表示されている時計を確認。

 ここに表示されているのは現実時間。なので1秒進むのに3秒かかっており、不思議な光景だ。

 そこに映されていた時間は『16:33』。始めたのが大体『14:30』なので、約束した3時間後は『17:30』、あと1時間、デンドロ時間で3時間だ。

 それだけあれば、何かしらのジョブに就いてレベル上げもできるだろう。

 

 あ、でも、目、どうしようか。

 両目がこんな義眼だったら、普通に怖いよな。

 隠せるサングラスとかあればいいけど、持ってないし、そもそもこの世界にあるのかも分からない。まあこの都市とか、見た目は完全に戦国時代なのに、魔法要素があるからなのか所々現代日本と同等、あるいはそれを上回る技術が使われている場所もあって、それらからするとサングラスぐらい普通にある気がするけど。

 でも今はないし、とりあえずは両目とも瞑っておくか。両目義眼で不気味さを与えるよりは、両目瞑っていても周りを見ている変な奴、にした方が周りにとっても良いだろう。

 じゃあ、ジョブに就きに行くか。何にするかはまだ決まっていないけど、冒険者ギルドに行けば自分に合ったジョブを教えてくれると通りすがりのお兄さんが言っていたし、まずはそこ目指すか。

 

 

□将都商業区中央通り 水無月火篝

 

 

 ここで、将都の構造を説明しておこうと思う。

 まず中央に【征夷大将軍】が居る城があり、その周辺を国を統治するために必要な施設などが囲んでいて、ここはそのまんま中央区とか、行政区とか呼ばれている。

 その中央区の西側には将都のティアン(デンドロではNPCのことをこう呼ぶそうだ)が住む長屋や邸宅などがある居住区があり、北側には冒険者ギルドや戦闘系のジョブギルドが密集している冒険区がある。

 ジョブギルドとは、そのジョブに就いた者が所属する組織で、別に所属しなくても良いが、先達や専門家がいるから所属した方が得だし、ジョブギルドから出されるジョブクエストの達成数が条件のスキルや上級職もあるらしいから多分ほぼ全員が所属すると思う。

 

 あ、上級職というのは、ジョブの階級分けの一つだ。

 ジョブには下級職、上級職、超級職(スペリオルジョブ)があり、無職の者、あるいはその系統の初心者が就く就職条件がないジョブが下級職で、レベルも50までしか上がらない。

 下級職で実力を付けた者が就くことを前提として就職条件が設定されているのが上級職。こちらはレベル上限が100であり、レベルアップ時に上昇するステータスも下級職とは比べ物にならない。

 

 ジョブは最大で下級職6つ、上級職2つまで就けて、カンストでレベル500なのだとか。

 けれど、このレベル500でカンスト、というのは最大値らしい。なんと人によっては500よりも低く、400や300、あるいは低ければ150で頭打ち、という例もある。カンストしてしまえば当然それ以上ジョブに就くこともレベルを上げることもできない。これを人々は才能と呼び、500まで至れる者は“世界的に見れば”かなり少ないそうだ。

 ここでわざと“世界的に見れば”なんて言ったのは、ここ天地ではそれに当てはまらないからだ。

 天地の戦闘職の才能上限は普通抵くても300程度であり、500カンストもザラにいるのだそうだ。

 え、もしかして天地ってヤバいとこなの……?と思ってしまった俺は悪くないと思う。

 

 まあ、それは後の話として、残る超級職とは、上級の限界を超えた先にあるジョブだ。

 上級職の条件とは比較にならないほど困難で難解な条件をクリアしなければ就けず、上級職を極め、カンストに至った者であっても就くことができる可能性は低く、しかも同じ時期に同じ超級職に就けるのは一人だけであるため、先人がいれば就くこともできない。

 その代わり、そのステータス上昇値はもの凄く高く、スキルも強力無比なものばかり。しかもその上、超級職にはレベル上限がない。極端な話、500だろうと、1000だろうと、幾らでも上げ続けられる。

 ……なんかもう、開いた口が塞がらない。

 MMOなのに、こんな特別過ぎるモノを用意しても良いんだろうか?

 将来、狙っていた超級職が誰かに取られて、抗議をネット上の掲示板に上げたり運営に抗議メールを送ったりする輩が大量発生する未来が見えるぞ。

 ま、そんなの俺が心配することじゃないか。

 

 話を将都の説明に戻すが、中央区の東側にあるのが生産区だ。

 こちらは武器や防具、ポーションなどを製作する工房や生産系のジョブギルドが密集している場所である。

 生産系のジョブギルドも概要は戦闘系のと同じだが、所属している者からの重要度としてはこちらの方が高いらしい。

 戦闘系は狩りに行くことでも経験値やお金を稼ぐことが出来るが、生産系はそんなことは出来ない。経験値を稼ぐ手段はほぼジョブクエストのみだし、自分なりの販売先や顧客を持っていない限り、普通製作物を売るのもギルドだ。当然繋がりも強くなるというものだ。

 

 残る南区が、今俺がいる商業区。

 ここには多くの店舗や出店が並び、それぞれが様々な自慢の商品を売っている。

 各ギルドが買い取り卸したモンスターのドロップ品に剣や槍などの武器から鎧、籠手などの防具や多種多様な効果を持つアクセアリー、商人が自分達で仕入れてきた遠くの町の名産品、食料品や生活用品などなど。

 見ているだけで楽しく、恐らくまる一日でも費やせると思う。

 しかし、今は我慢である。

 とりあえず冒険者ギルドに向かってジョブを決めないといけないのだ。

 

 そのため北区へと向かっているのだが……うん、やっぱり人に見られてる。

 もちろんさっきまでも見られていたが……それよりもたくさんの人に見られている気がする。

 やっぱり目瞑っていても普通に歩いているのは目立つのか?

 あ、それに加えて、ティレシアスのせいかもしれない。

 《見えざる瞳、視る異能》のおかげで周辺全部を見渡せるから、その分先程よりも多くの人に見られていることに気付いているとか。

 この結界、それなりに範囲が広くて、大体半径100メートル程度は全部見える。逆に言えばそれ超えると全部真っ暗で何も見えないが、普通に見ていたら見えない場所も見えるし、見ている総量としてはこっちの方が多いはず。

 ほら、今も路地裏で隠れてキスしているカップルが見えて……って、リア充かよ!?爆発しろ!

 これはまあ、ちょっとあれな例だが、道の真ん中を歩いていても露店の商品とかマジマジと見れるし、普通に便利だ。

 

 ……ん?あれ、何だ……?

 普通の人達に混じって歩いている人で、黒い覆面に黒装束と黒ずくめの恰好をしているのだが、なんていうか、他の人に比べて見え方が薄い(・・)

 気配とか存在とか、そんな感じのあれが薄い気がする。

 ちょっと気になってじっと見ている(もちろん結界でなので、顔は普通に前向いて歩いている)と、前を向いていたその人がグルッと後ろを振り向き――気が付いたら目の前にいた。

 

 ……は?へ!?

 その人はそのまま困惑する俺の胸倉を掴み上げ……走り出した。

 え、ちょ、何!?誘拐!?

 しかも、スピードが速い!?周囲の光景が新幹線に乗っている時のように過ぎ去っていく。冗談のようだが、冗談でもなんでもなく、現実だった。

 こいつ、何者だ!?

 俺を掴むそいつを睨みつけていると……今度は急に、光景が流れ去るスピードが遅くなった。

 

 スピードを落としたのか……?と最初は思ったが……違う。

 遅くなったおかげで周囲を見る余裕が出来た。そうして見えた世界は……動きが緩慢とした、まるでスローモーションのようだった。

 これは、多分あれだ。インフレ系のバトル物やファンタジー物のラノベ、マンガによくある、自分が速過ぎて周りが遅く見える現象。いや、どちらかというと、命の危機を感じた時やスポーツの試合の時なんかに起こる、極限の集中状態になって世界がスローモーションに見える“ゾーン”っていう現象か?

 でも、何でこんなことが起こっているんだ……?

 まさか、こいつが何かした……訳ではないか。そんなことする理由がないし、万が一あったとしても、するんだったら最初からするはずだし。

 じゃあ、何でだ……?

 

 そんな感じで長い体感時間で延々と考えていたら、先程まで大通りを走っていた黒ずくめが急に曲がり、路地裏に入っていく。ちなみに答えは出なかった。

 そして路地裏に入ったら、急に掴み上げられていた手が離される。

 って、うわ、っとと!何すんだよ、この!

 まだ体感時間が長くなっていたから、何とか上手く着地できたが、そうじゃなかったら地面に無様に激突してたぞ。

 激情のまま抗議しようとしたら一気に距離を詰められ……クナイのような刃物が首に添えられていた。

 ひっ、と思わず喉から悲鳴が出かける。だが、ここで喚いたらこいつの機嫌を損ねて、クナイで喉を搔っ切られるかもと思い、必死に喉で止める。

 

「そうだ、騒ぐな。下手な行動をしたら、容赦なく殺すぞ」

 

 初めて黒ずくめが声を発する。

 それが思っていたよりも綺麗な声で一瞬呆気に取られたが、すぐに気を持ち直してこくこくと頷く。もちろん、クナイの刃に触れないように最大限注意しながら。

 

「お前はただ私の質問に答えろ。もし嘘を付いたりスキルを発動しようとしたりすれば……分かっているよな?」

 

 今度も迷いなく頷く。ここで逆らえる蛮勇なんかは俺にはない。

 

「それじゃあ、お前……どうやって私を見た?」

「……え?」

 

 今度は流石に即答できなかった。どうやって見た?どういうことだ?

 

「私には《視線察知》がある。お前が私を見ていたのは分かった。だが、レベル7の《隠形の術》で消えていた私をどうやって見つけた?どう見てもお前の力は弱い。《看破》で見ても特に特殊なスキルを持っていない、どころか無職だ。強力なアイテムを持っている訳でもない。《偽装》しているのかとも考えたが、ここまで連れてくる間の様子からしてそうでもない。一体どういうことだ?」

「え、いや、ちょ、待って下さい!」

 

 そんな一気に捲し立てられても理解できないっての!

 えーっと。整理すると、この黒ずくめは《視線察知》というスキルを持っていると。名前からして自分に向けられている視線が分かるんだろうけど、それで俺が見ていることが分かった。

 けど、同時に《隠形の術》というスキルもレベル7で持っていて、使ってもいた。レベル7がどの程度強力なのかは知らないけど、こんな自信満々に言っているということは、それなり以上には高いのだろう。それを俺がどうやって見破ったかが知りたいと。

 

 しかも、これが高いステータスを持っていたり特殊なスキルを持っていたり、あるいは強力なアイテムを持っていればまだ納得できるけど、俺はそうじゃない。まだジョブにすら就いていない無職だし、装備も初期装備だし他にアイテムも持っていない。

 だからこそ《偽装》とかで偽っているのかとも思ったけど、こんな簡単に攫えたり脅せたりしている時点でこれも違う。

 だからこそ、何でかが知りたいんだろう。

 

 いやでも……。そんなこと俺に聞かれてもまったく心当たりがない。

 さっきも言ったけど、俺はまだジョブに就いてない。この世界のスキルはジョブと紐づいているらしく、ジョブに就いてレベルを上げないとスキルを覚えられないので、俺はまだスキルを一個も習得していないし、装備は初期装備。どう考えても普通。いや、この世界の普通の人は大体全員がジョブに就いていることを考えると、普通以下かもしれない。俺が唯一普通の人とは違うのはティレシアスぐらい……あ。

 

「もしかして、ティレシアスのせい……?」

「もしかして?どういうことだ?お前のことだろう、どうして断言出来ない」

「だ、だって、まだ孵化したばっかりでよく分かってないし……」

「孵化?……とりあえず、思いついたことを全て話せ」

「は、はい」

 

 

□□□

 

 

「……そうか。お前は〈マスター〉だったのか」

 

 あの後、俺は全てを説明した。

 俺はまだこの世界に来たばかりで、エンブリオであるティレシアスも孵化したばかりだからまだ全部理解できていないし、もしかしたらそこに質問の答えがあるのかも、と。

 その返答が、先程の彼女の言葉だ。

 〈マスター〉か……。確か、ホームページの背景設定に書いてあった、プレイヤーを指す言葉だったはず。

 

 〈マスター〉とは、〈エンブリオ〉に選ばれ、〈エンブリオ〉を育て、〈エンブリオ〉を使う者達。その力は絶大だが、その代償として頻繁に別の世界に飛ばされてしまうという制約がある。ただし、死の瞬間には〈エンブリオ〉の力で別の世界にその身を飛ばし生き長らえることができ、その場合は最低でも3日間はこの世界に戻ってこない。

 要するにデンドロでは、“ログアウト”や“デスペナルティ”についても世界の根幹設定に盛り込まれているのだ。

 最初読んだ時は何故そんなことにしたのか疑問だったが、デンドロにログインした今なら分かる。

 ティアンにここをゲームだと思わせない、そのためだ。

 今まで街で様々な人を見てきたが、彼らの思考レベルは生身の人間となんら変わりない。

 そんなティアンにここがゲームだと認識させず、本物の世界のように振舞わさせるため、プレイヤーのリアルへの帰還や不死性を世界の常識とする。

 よく考えたな運営、と感心する。

 

「王国の【猫神(ザ・リンクス)】から七大国間のホットラインを通じてマスター増加予想の報があったのは知っていたが……本当に存在するとはな。伝承に謳われた伝説の存在にしては弱すぎる気もするが……まあ、まだ世界に来たばかりだとしたら妥当か」

 

 思案し何事かを呟いた黒ずくめが、俺に向き直る。

 そして……頭を下げてきた。

 

「すまなかった。手荒な真似をしてしまって」

「へ!?あ、いや、別に良いですけど……」

 

 なんか急に丁寧になった。さっきまではあんなに剣呑な雰囲気だったのに、落差がちょっと怖い。

 

「ああ、謝るのに顔を隠したまま、というのはいけないか。ちょっと待ってくれ」

 

 そう言って黒ずくめは覆面を取り、その顔を露わにした。

 そうして現れた顔は、一言で言えば、美少女だった。

 涼やかで凛とした美しい顔立ちで、その造形を艶やかな黒髪と真っ白だが健康を感じさせる綺麗な肌が引き立たせている。

 今まで生で……どころかテレビでも見たことがないほどのその美貌に、一瞬目を奪われかけたほどだ。

 

「私は【(シャドウ)】の弘原海(わだつみ)柚芽(ゆめ)。〈御庭番〉の一員だ」

「あ、お……私は水無月火篝です」

 

 いつものの癖で俺と言いそうになったが、私と言い直す。

 ロールプレイや、俺の理想の少女には俺、なんて言って欲しくないというのもあるが、何よりもネカマバレだけはしたくない。

 俺としてはネカマもネナベも特に思う所はないが、世の中にはそれらを蛇蝎の如く嫌う輩もいるし、バレたらどんな風に吊し上げられるかも分からない。そんな思いは嫌だ。なぜ俺はキャラメイクの時、そこまで考えが至らなかったんだ……そうすれば思い止まったかもしれないのに……。

 

「そうか。水無月、先程は本当にすまなかった。重ねて謝罪させてくれ」

「だから別に良いですって」

「本当か……?私に出来ることだったら何でもするぞ……?」

「そんなのは……いや、だったら色々と話を聞かせて下さい。それでチャラということで」

 

 こういう真面目そうな人はこちらが大丈夫と言っても自分で色々と思い悩むから、だったら見える形でお詫びしてもらったほうがいい。そうした方が俺のためにも相手のためにもなる。

 

「そんなことで良いのか?分かった。立場的に言えないこと以外ならば何でも話そう」

「じゃあ……【影】とか〈御庭番〉って何ですか?」

「【影】は隠密系統の上級職だ。【隠密】は隠蔽や対人戦闘に特化したジョブで、【影】はその上位互換と思ってくれて構わない。〈御庭番〉は【征夷大将軍】様直轄の諜報組織だな」

 

 へえ、上級職だったのか。

 【隠密】はいわゆる暗殺者的なジョブということだろう。

 〈御庭番〉はまあ、想像通りだな。名前通りの組織だった。

 

「でも、諜報組織の一員って言っちゃっていいんですか?そういうのって隠すものじゃ……」

「大丈夫だ。私の役割は将都の見回りと不審者、不審物の発見、除去だ。顔を見せてはいけない系の仕事とは管轄が違う」

「へえ……じゃあ、さっきも……」

「ああ、見回りをしていた。まあ、主目的は強者の発見だが」

「強者の発見?」

「《隠形の術》と《視線察知》を使いながら将都を回ることで、我々の隠蔽を破れる者を探し、リストに載せておく。そうした者達は街に大きな影響を及ぼす可能性があるからな、事前に知ることで色々なアドバンテージになる」

「なるほど……え、でも、それ聞いた限りだと、普通はリストに載せるだけですよね?何で私に限って攫って尋問を……?」

「ああ、それは先程言った通り、アンバランスだったからだな。ステータスは弱く、ジョブには就いてすらもおらず、装備も弱い。それなのに私の《隠形の術》を見破った。強者が偽装しているにしても普通はここまでしないからな」

 

 ああ、そりゃそうか。

 偽装というのは怪しまれないようにやるものだ。それなのに弱くしすぎたら逆に怪しく見えるから、普通はそこそこで止めるのだろう。

 

「だから、無理にでも攫って尋問したんだ……それに、やっと《隠形の術》のレベルが7になってこの仕事を任せてもらえるようになったのに、その初仕事でよく理解できない奴に見破られて、ちょっと混乱していた、というのもあるな……」

「あー、何か、すいません」

「大丈夫だ。それに、杞憂だったしな」

「……そういえば、そんな簡単に私の言葉信じても良いんですか?嘘を言っている可能性は?」

「私は《真偽判定》も持っている。それに反応がないのから、君は嘘を言っていないと分かるぞ」

 

 《真偽判定》、そんなスキルまであるのか……というか、嘘言っているかなんてどうやって判定しているんだろう?ほんと超技術が多すぎるよ、デンドロ……。

 

「それにしても、レベル7の《隠形の術》を生まれたばかりで見破るとは……流石は伝説のエンブリオといった所か」

「いやでも、そうと決まった訳じゃないし……」

 

 俺のエンブリオ、ティレシアスの持っているスキルは《見えざる瞳、視る異能》だけだ。

 その効果は『周りを見る結界を展開する』それだけ。

 『隠蔽を看破する』みたいな能力はないはずだし……待てよ?

 スキルの説明をもう一度見直してみる。

 

『保有スキル』

見えざる瞳、視る異能(ヴレポ・デュナミス)》:

範囲内の全てを視覚として感じ取る結界を周囲に展開する。

ただし、自身の身体のみは塗りつぶされ見えないようになる。見ようと意識すれば視ることも可能。

パッシブスキル。

 

 この説明文の、“範囲内の全てを視覚として感じ取る”の部分に着目してみる。

 範囲内の全て、というのはもしかして“範囲内の偽りないありのままを全て”という意味だったりするのか?

 だからこそ《隠形の術》で消えていた柚芽も薄くはあったが、見えていた……そう考えれば一応辻褄は合う、か?……自分で言っていてもこじつけにしか感じられないが、それ以外に考えられないんだよな。

 

「えっと、弘原海さん……?」

「柚芽と呼んでくれ。あまり苗字で呼ばれるのは好きじゃないんだ」

「そっか、じゃあ柚芽さん。もう一度《隠形の術》を使ってくれませんか?」

「別に構わないが……」

 

 そう言った柚芽の見え方が先ほど同様に薄くなる。が、やはり見えている。

 

「それじゃあ、少し普通に歩いてくれますか?」

「まあ、いいが……何の意味があるのだ、これ?」

「それは後で説明しますから」

 

 そんな俺の要求に怪訝そうな顔をしながら、従ってくれる柚芽。やっぱり真面目で良い子だな、この子。

 それはともかく、柚芽の様子を注意深く、五感全部で感じようとしてみる。

 ……やっぱりだ。見えているのに、歩く音が聞こえない。柚芽が歩く過程で散った砂が足に当たっているのに、その感触もしない。

 これで、俺が《隠形の術》を使った柚芽を知覚できるのが視覚だけ、ということになっているのが確定した。ということは、見破れたのはティレシアスのおかげで間違いはないだろう。

 

「もういいいですよ」

「そうか……水無月は何をしていたんだ?」

「それはですね……」

 

 柚芽に俺のエンブリオであるティレシアスの事、そしてそれの持つスキルとその説明文を教え、それに関する俺の仮説とそれを証明するために《隠形の術》を使ってもらったことを説明した。

 

「なるほど、ずっと瞳を閉じていながらも私にどうやって視線を向けていたかと思ったら、エンブリオの能力だったのか……。しかし、視覚限定の隠蔽看破……ジョブでもよくある“制限をかけることで出力を高める”ことをしているのか……?ということは、エンブリオも万能ではなく、決まったリソースをやり繰りしている、と見るべきか……?」

 

 柚芽も理解してくれたらしい。というか、なんか俺よりも理解しているような感じの呟きをしているんですけど……。

 ま、理解してくれたんだったら何でも良いか。

 




《見えざる瞳、視る異能》
副次効果その1 視覚限定の隠蔽看破
 結界内のことであれば、隠蔽だけじゃなく幻惑や変化も見破れるし、火篝が《看破》を覚えれば偽装も見破ることができる。
 作中では、火篝はまだデンドロやエンブリオ関連のシステムに疎く、柚芽はエンブリオを過大評価しているので二人とも気付いていませんが、普通たかだか第一形態のスキルで、しかも副次効果では、視覚に限定していても上級職の隠蔽を見破れるはずがありません。
 それには裏があり、ティレシアスが”眼球なのに物を見る機能がない。結界は張れるけど”という、本末転倒で普通はありえない制限を背負っている状態だからです。言うなれば”装備品強化の力はあるけど血液を送り出す機能を持たない”【コル・レオニス】や”装備破壊の力は持つけど身体を支える機能はない”【スケルトン】のような感じです。
 その分、唯一のスキルである《見えざる瞳、視る異能》が強化され、上級職にも通用するレベルになりました。

 ……というのが自分の中での設定です。
 ど、どうですかね?おかしくないですか?


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4・【影】の考察

「他に何か聞きたいことはあるか?」

「えっと、特には……あ、やっぱり一つだけ。さっきここに連れてこられる時、最初は周りがすごい速さで動いていたんですけど、途中からそれが普通の速さになって。不思議に思って周りを見たら、みんなはスローモーションみたいに動いていて。これ、何でだか分かったりします?」

「ふむ……聞いた限りだと高AGI特有のあの現象にも思えるが……水無月、君のステータスはいくつだ?」

「えっと……」

 

 そういえば、まだステータス見てなかったな。

 メインメニューを開き、『ステータス』の項目を見る。

 

  水無月火篝

  レベル:0(合計レベル:0)

  職業:なし

  HP(体力):92

  MP(魔力):18

  SP(技力):15

 

  STR(筋力):10

  END(耐久力):9

  DEX(器用):14

  AGI(速度):13

  LUK(幸運):15

 

 うん、低い!

 ほとんどが20以下で、そうじゃないのはHPだけだ。しかも、多分元々桁が違うものだろうから、全部低いということになる。

 まあ、レベル0ならこんなものだろう。

 っと、自分だけ見てないで柚芽にも見せないと。

 

「はい、どうぞ」

「ふむ……やはり高くはないな。《看破》で見たままだ」

「あ、そういえば、柚芽さんはスキルで見れるんでしたよね?何でわざわざ私に聞いたんですか?」

「ないとは思うが、《偽装》がかかっている事を考えてな。君のエンブリオの力で私の《隠形の術》を見破ることが出来る以上、私の《看破》を誤魔化す能力があるかもしれない」

「いや、そんなのないですし、あったとしてもそんなことしませんよ?」

「だが、水無月は自分のエンブリオのことがよく分かっていなかった。もしかしたら、水無月の意志とは関わらず《偽装》を施すような能力がエンブリオにあったとしてもおかしくないだろう?」

「それは……確かに……」

 

 俺はまだエンブリオについて理解し切っていないのだから、柚芽の言う通り、俺が知らない機能があったとしても不思議ではない。

 

「そ、それはともかく、どうして私のステータスを?」

「水無月が元々いた世界のことは知らないが、この世界では、AGIが高くなるほど走る時に出すことのできる速度が上がり、それと共に体感時間も速まるんだ」

「体感時間……?」

「ああ。体感時間が速くなれば、周囲はスローに見えようになる。水無月に起きた現象はこれと同じことのように感じるのだが、水無月のAGIはそんなに高くないしな。スキルによって起こることもあるが、水無月はジョブに就いていないからスキルを持っているはずもないし」

「ふむ……」

 

 確かに。

 聞いた限りだと、その話、というかシステム?そのものっぽいけど……。

 

「あ、でも。さっきの動きからすると、柚芽さんもかなりAGI高いですよね?体感時間がそんなに速かったら、会話とかするのも一苦労じゃ……」

「そこは大丈夫だ。体感時間が加速するのは戦闘時と、意識してあえてやった時だけだ。AGIがどれだけ高かろうと日常生活ではその影響は受けない。まあ、これはSTRも同様だが」

 

 そりゃそうか。

 STR(筋力)やAGI(速度)が常時発揮され続けるのだったら、普通に生活することもままならない。何か物を掴むだけで壊してしまうし、先程俺が言ったように会話もできないだろう。

 しかし、意識してやった時も出来るのか。

 それじゃあ、俺も意識すればもう一度出来るか……?

 

「ん…………」

 

 集中し、先程は偶然でなったことを、意識して起こそうとしてみる。

 …………お、出来たか?

 俺の視界の中の柚芽の動きがゆっくりになった気がする。

 確認のために路地裏から大通りに続く方を向いて歩く人々を見ようとするが……あれ?俺の身体もスローでしか動かない……?

 それでも何とか長い時間かけて向き直り見れば、やはり人々の歩く姿もスローモーションのようだ。

 意識すれば、この現象を終わらせることもちゃんと出来た。やはり、これは体感時間の加速なのか?

 

「柚芽さん、さっきの現象、意識すれば起こせました」

「ほう……とすると、やはり……?」

「でも、周りだけじゃなくて自分の動きもスローになっていて……普通もこうなるんですか?」

「……なに?そんなこと普通は起こらないぞ。体感時間が速くなった分自身の身体の速さも上がるのだから、自分の動きがスローになる訳がない」

「え……それじゃあ、どうして……?」

 

 え、え、マジで何で?

 普通はならないレベルのAGIで体感時間が加速したり、そしたら普通はならない自分までスローになったり……普通はならないこと多すぎなんだよ!

 

「……そういえば、水無月はエンブリオが孵化する前は普通の眼だったんだよな?」

「え、ええ」

「もちろん、そのときは周囲全部を見ることのできるような能力は持っていなかったよな?」

「もちろんです」

「とすると……これもエンブリオのせいかもしれない」

 

 またかよ!?

 と叫びそうになるのを必死で堪える。

 いや、俺のエンブリオ、さっきから色々とし過ぎじゃないですか?

 

「水無月はレジェンダリアという国を知っているか?」

「えっと、エルフとか妖精、亜人達が住む妖精郷、というぐらいなら」

「レジェンダリアは、国中の空気に高濃度の魔力が含まれていて、そのせいで起こる災害『アクシデント・サークル』などもあるが、その分、高い自然魔力のおかげで豊富な魔力が含まれた素材などの資源が多く取れる場所であり、魔道具作りが盛んな場所だ。そうして作られたマッジクアイテムは国のシンボルの一つで、レジェンダリア以上に良質なものを大量に生産できる国はないと断言できる。まあ、同程度で少し方向性の違うマジックアイテムを製作できる黄河はあるが」

「へえ」

 

 レジェンダリアってそんな所だったのか。なんか楽しそ……ん?なんか今、背筋がブルっと来た……?まるで、関わってはいけない人々が大量に蠢く光景を垣間見てしまったような……気のせいか?

 

「その影響か、マジックアイテム製作系のジョブのほとんどはレジェンダリアか黄河でしか就くことができない。そんなジョブの内の一つに、【魔眼職人(イビルアイマイスター)】というのがあってな」

「なにそれ!」

 

 すごい興味を引かれる名前なんだけど、魔眼って!

 

「お、おお……あー【魔眼】というのは、マジックアイテムの一種だ。脳に接続し、疑似的に視覚を増やすことが出来て、【魔眼】越しに視覚系のスキルや“視認”が条件のスキルを使ったり、単純に視界を広める用途で使われたりする。ものによっては、【魔眼】自体にスキルが込められていて、見るだけでそれを使うこともできるらしい」

「そんなのもあるんですか。すごい便利そう」

「しかし、【魔眼】には二つの欠点がある。一つ目が、極端な流通量の少なさと高額によって手に入り辛いこと。【魔眼職人】に就くことのできる才能の持ち主自体が少なく、その上慣れた者でも二回に一回は失敗するほど製作の難易度が高いため、市場に出回るのは少数だ。しかも製作には多額のリルや希少な素材を要求し、数が少ないことも相まってかなりの高値が付く。低い出来のものであろうと500万は下らないだろうな」

「うわ……良い話にはやっぱり裏があるんですね……」

「そして二つ目の欠点だが……()()()()()()()()だ」

「……はい?」

 

 それってさっき、長所……というか用途として言ってなかったっけ?

 

「人の脳は普通、二つの眼球からしか視覚情報を得ていない。それなのに、眼がもっと増えたらどうなると思う?」

「あ……」

「そうだ。脳の処理能力が追い付かず、良くて頭痛、悪ければ頭がおかしくなる可能性もある。それが【魔眼】がなかなか普及しない理由だ。といっても、慣れればある程度は緩和できるし、その有用性から愛用する者もいるようだけれども」

「う、わぁ……」

 

 なんかもう、それしか言えない。

 まあ、当たり前と言えば当たり前だな。

 身体の器官を勝手に増やすようなものだ。どっかで不調が起きない方がおかしいか。

 

「ところで水無月、君は今の話を聞いて何か思わなかったか?」

「何か、って?」

「【魔眼】の場合は、眼球が一つ増えるだけでそれだけの問題がある。もしその数が2つ、3つと増えたら?問題はもっと大きくなるだろう」

「それは、まあ」

「じゃあもし、それが自身の周囲全てを視れるほどに増えたらどうなると思う?」

「そんなの、問題が致命的なものになっちゃいます」

「そうだな。だが、それを可能とする存在があるかもしれない……そう、例えば、君のエンブリオ、とか」

「……え……あっ!」

 

 そこまで言われて、俺はやっと理解した。

 そうだ。今まで俺に何の不調もなかったから考えもしなかったが、そもそも、()調()()()()()()おかしいのだ。

 俺はリアルでも、エンブリオが孵化するまではこちらでも、元々普通の人と同じような眼しか持たず、同じような視界で生活していた。

 それが、ティレシアスが孵化したことで半径100メートル内の周囲は全て視ることができるようになった。先程言った通り、直線的に見れる距離は大幅に減ったが、それでも視ることで入ってくる情報量はどう考えてもこちらの方がかなり上のはずだ。

 だがそれなのに、俺には何の支障もなかった。

 増えた情報量に振り回されることも、酔うことも、痛みを覚えることもなく、ただ普通に順応していた。

 そんなの、普通はあり得るはずがないのに。

 

「先程例に上げた【魔眼】だが、その最高級品には【魔眼】自体に演算機能が搭載されているものがあるらしい。そこで取得した情報を分析することで、脳に負担をかけずに処理し、頭痛などの起きうる障害を失くすことができる。君のエンブリオにもこの機能があり、だからこそ君には不調が起きないのではないのか?マジックアイテムとしては最高級品であっても、エンブリオならばそれと同等以上のことが出来ても不思議ではないしな」

「……なるほど」

 

 確かに、すごく説得力のある説明だ。

 この世界の人々がそういうものを作れるのだったら、運営という、この世界の神的存在が用意したエンブリオに出来ない道理はないはずだ。

 

「そしてその機能が存在する前提だが、君の体感時間の加速にもそれが関わっているのだと思う」

「どういうことですか?」

「【魔眼】の演算機能は情報の分析程度が限界だが、恐らく水無月のエンブリオはそれ以上の演算機能を持ち……情報の分析だけではなくその先、思考など、“得た情報からどう考えるか、感じるか”という部分の処理もしている。要するに、脳とほぼ同じ働きをしている」

「え、脳と同じ……!?」

「ああ。体感時間の加速が起きる原因は、AGIが上がるだけではない。極限の戦闘を行っている時や死の間際など、スキルによらず体感時間の加速が行われる場合もある。そういうのが起こるのは、頭が限界以上に回っている、つまりは脳の処理速度が限界以上に速まっているからだ。水無月のエンブリオが脳と同じ働きをしていると仮定すれば、脳と同じ処理をする演算装置が二つあることになる。だから普通の者より処理速度が上がり、体感時間が加速された、そう考えることができる。この場合は頭の処理速度が上がるだけだから、身体がそれに付いて行かないのも納得できる」

「……ふわぁ」

 

 確かに、それなら全部合う。

 先程まで出た疑問が全部解消できる、万全の考察だ。

 それはそれとして……この人の頭の回転ヤバくない!?

 何でさっきの条件だけでそんなことまで考えられるの……?凄すぎだわ……。思わず変な声が出てしまうレベルだよ……。ちょっと惚れそう……。

 

「……ん?大丈夫か?」

「……あ、はい、大丈夫です。疑問を解消してもらってありがとうございます」

「いや、まだ決定した訳ではないからな。それでも、まあ、礼は受け取っておくよ……他にはなにかないか?」

「え?……ああ、無いです」

 

 一瞬何を言っているのか分からなかったが、少し経って先程まで話していたのは柚芽に聞きたいことを聞いていたのだと思い出して返事する。

 

「柚芽さん、今日は色々なお話ありがとうございました」

 

 最初さらわれた時はどうなるかと思ったが、エンブリオの隠された能力にも気付けたし、本当に良い時間だった。

 

「いや、元々私の不手際から始まったことだ。礼はいいよ。私は見回りに戻るが、また今度会ったら一緒にお茶でも飲もう」

「はい、ぜひ!」

「ふふ、じゃあ、またな」

 

 そう言って《隠形の術》を発動させると、柚芽は路地裏から出て人込みに紛れていった。

 メインメニューの時計を確認すると『16:41』だった。

 柚芽にさらわれたのが大体『16:35』くらいだったから、現実時間で5分、こっちの時間で15分程度話していたことになる。

 よし。当初の予定からは少し遅れたが、俺も冒険者ギルド行くか。

 




《見えざる瞳、視る異能》
副次効果その2 演算能力
これは副次効果というか、あるべくしてあるというか、ないと困るというか。
何かしらの補助がないとスキルで増えた情報量に順応できず、その補助としてエンブリオ側が選んだのが『今の処理能力で処理できないのならば、単純に処理能力増やせばいいじゃない』という方法です。
”AGI以外全補正G””スキルが一つだけ、しかもただ視る結界張るだけ”ということで余った分に加えて、”盲目にする”制限のためにリソースが多くあり、もう一つの副次効果に行った分以外全てがこちら側に注ぎ込まれた結果、視覚情報処理の補助に一部を使っても、AGIの発揮値×10程度まで体感時間の加速を普通に行える処理能力を手に入れました。 


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5・冒険者ギルドと受付嬢

すみません。今回ジョブに就かせると感想返信で言っていましたが、色々と付け足した結果、長くなったのでジョブは次話にしました。


□将都冒険区冒険者ギルド 水無月火篝

 

 

「へえ……これが冒険者ギルド……」

 

 柚芽と別れてから15分後、俺は冒険区において最大級の規模を誇る建物、冒険者ギルドに来ていた。

 あれからは特に何も起こらず、無事に辿り着くことが出来たので少しホッとする。

 冒険者ギルドの中は、受付らしき女性が居るカウンターと、明らかにあんたら戦闘職でしょ、と言いたくなるような恰好の人々が談笑したり、本のようなものを囲んで相談し合ったりしている場所の二つに分けられていた。まあ想像通りである。

 ただ、受付の女性が着物着ていて、談笑などをしている場所がテーブルとイスとかではなく、座敷とちゃぶ台であることに違和感がある。

 まあ当然といえば当然なんだけど。俺の中で一番イメージできる冒険者ギルドはどう考えても中世ヨーロッパ風異世界のイメージだし。

 それが和風になったら、違和感あっても不思議ではない。

 将来的にはこれにも慣れるのだろうか?

 それはそれとして。じゃあ早速、自分に合うジョブを教えてもらおうじゃないか。

 

「あの……」

「はい、どうなさいました……か……」

「えっと、冒険者ギルドは初めてで、説明をお願いしたいんですけど……あの、どうしました?」

「え、あ、はい!せ、説明ですね!分かりました!」

「ふわっ!?」

 

 び、びっくりしたー!

 え、何でそんな大声出すの!?驚いて変な声出ちゃったじゃん!しかもそのせいでギルド中の注目集めちゃってるし!

 しかも、こういうのって一度注目された後は普通に目を離されるんじゃないの?みんなずっとこっち見てるんだけど!

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 受付の子もその状況に気付いたのか謝ってくる。

 うわ、しょんぼりとした姿が可愛……じゃなかった、かわいそう、そう、かわいそうだ。

 

「顔を上げてください。私は大丈夫ですから、説明、お願いしますね」

 

 まあ、見られるのには慣れてきたし、そんなに大げさにリアクションすることじゃなかったよね。

 そんなことよりも、この子を慰めて、説明を受ける方が大事だな。

 ということで、私は何でもないですよ、と示すために精一杯、不審に思われたりキモがられたりしないような自然な笑顔で返事をする。

 

「あ……それならいいんですけど……はい、それじゃあ冒険者ギルドの説明、ですよね」

 

 よかった。元気戻ったみたいだ。

 誰であろうと、元気ないよりは、元気に笑っている方がいいよね、うん。

 

「冒険者ギルドは討伐、護衛、収集、雑事など多岐にわたる依頼――ギルドクエストの斡旋所です。ギルドクエストにはジョブクエストの様に特定のジョブやスキルは必要ではなく、クエストを達成できるのであればどのような手段を使われても大丈夫です。ギルドクエストは登録してギルドカードを受け取れば、ジョブも年齢も関係なく受けることが出来ます」

 

 ふむ、俺が事前に聞いたことと特に差異はないか。

 じゃあ、早速登録するか。

 

「説明ありがとうございます。私も登録したいんですが……」

「分かりました。それでは、お名前をお願いします」

「水無月火篝です」

「水無月、火篝さん……はい、大丈夫です。登録完了しました。こちらがギルドカードです」

「あ、ありがとうございます」

 

 あれ?以外とあっさり終わった……。

 身分の証明とかそんな感じの何かがあるもんだと思っていたから、こちらで身分を証明する術のない俺は苦労すると思ったんだけど……。

 ま、楽出来たんだったらそれでいいか。

 あとは、ジョブについてだな。

 

「あの、冒険者ギルドでは自分に合ったジョブを教えてくれると聞いたんですけど……」

「ああ、これですね」

 

 そう言って取り出したのは、和綴じの分厚い本だった。

 

「こちらは【適職診断カタログ】と言って、出てくる質問に答えると今就けるジョブの中で一番自分に合っていたり、必要だったりするジョブを教えてくれます。冒険者ギルドでは無職の方には無料で、ジョブに1つ就いていらっしゃる方には500リル、それ以降は就いているジョブが1つ増えるごとに5倍した金額で貸し出しています」

 

 とすると、2つ目では2500リル、3つ目は12500リル、4つ目は62500リル、5つ目では312500リル、となるのか。

 1リルが10円ぐらいと言っていたから、つまり最後は312万円……高っ!

 これは、ジョブの数が増えるということは合計レベルも上がる、つまりは高レベルのモンスターとも戦えるようになって収入も増えるから、ってのもあるんだろうが、多分【適職診断カタログ】自体はそんなにしないだろうし、それだけ払うんだったら自分で買おうという気にさせて、ギルドの物は初心者が使えるように、という意味なんだろうな。

 

「それでは、どうぞ。貸出の期限はありませんが、貸出できる範囲はギルドの玄関広場内だけです。注意して下さい」

「はい、分かりました。ありがとうございます!」

 

 受付の娘にお礼を言って受け取る。

 やっとジョブを決めるとなると、すごい楽しみというか、ワクワクしてくる。思わず受付の娘への対応でも満面の笑みを浮かべてしまう。

 

「……っ!い、いえ、どういたしましてっ!」

「……?」

 

 受付の娘の様子がおかしい……さっきまではきちんと目を合わせて話してくれていたのに、何かを堪えるようにそっぽ向いて……はっ、まさか……さっきの笑顔上手く出来てなくて、キモくなっちゃったとか……!?

 中学の頃、新しいクラスで緊張していたら可愛い女子が話しかけてきてくれて、嬉しくなって笑顔で対応していたら、実はその子、健目当てで近づいてきただけで、後で俺のことを散々キモイとか陰口を叩いていた……その半ばトラウマな光景が脳裏に蘇る。

 

「……あ、その、それじゃあ……」

「あっ……」

 

 そそくさと足早にその場を去る。

 受付の娘が何かを言いかけたようだったが、それを気にしている余裕はなかった。

 営業スマイルかもしれないが、先程まで確かに笑顔で話していた女の子にそんなことを思われているかと思うと、今はただ、この場を立ち去りたかった。

 

 

□将都冒険者ギルド 【高位書士】大森茜

 

 

 私の名前は大森茜。今年で15歳になる、冒険者ギルドの受付嬢です。

 受付嬢の中では飛び抜けて若いですが、これでも4年近くギルドで働いているので新人という訳ではありません。

 ここ天地では、働き始める、あるいはジョブに就くのは、とも言い換えてもいいですが、意外と人によってバラつきがあります。

 それは、主に家柄の違いです。

 

 昔、大陸の方から天地に渡り、ギルドにクエストを受けに来た方に聞いたのですが、大陸では、天地のほぼ全ての者がジョブを戦闘職で500レベルカンストさせており、国民全員が修羅な国だと思われているらしいです。

 

 もちろん、そんな訳ありません。

 確かに500レベルカンストの人が他国に比べて大幅に多いのは間違いありませんが、それは武芸者の方々、もっと言えば武家の方々の話です。

 天地ではいつもどこかの都で戦が行われているので、必然戦闘職はその戦に駆り出され、弱い者は戦死し、強い者だけが生き残っていきます。

 それが繰り返された結果、強い者……要するにレベル上限が高く、カンスト近くまでレベルを上げられる者の血だけが受け継がれ、その子孫もレベル上限が高くなり、そうして生き残った家々の武芸者でまた争い、よりレベル上限が高い家だけが後世まで残っていく。

 それが何百年も続けられた結果、天地ではカンストの武芸者を当たり前のように輩出する家ばかりとなりました。

 そういう家の子は、戦を勝ち抜き家の血を残すため、幼い頃から鍛錬をさせられ、9、10歳の頃にはジョブに就き、モンスターや他の武芸者との実戦を経験していきます。

 

 しかし、天地に生きる者は武芸者だけではなく、非戦闘職にしか才能がない人も当然います。

 非戦闘職には自分の身を守る術がほぼありません。戦闘職のレベル平均が高く、それに対抗するかのようにレベルや戦闘能力が高いモンスターばかりの天地では特にそうです。

 自分で自分を守れないのならば、誰かに頼って生きていくしかなく、強い武芸者や彼ら武力のある者達が中核をなす大名家の庇護下に入り、街や村を作り、固まって生きていくしかないです。

 しかしそうなれば、ある程度安定し命の危機がない生活を甘受できます。モンスターは大名家に所属している武芸者や、街や村に住んでいる武芸者たちが追い払ってくれますし、戦が起こっても、矢面に立って戦ってくれるのは前述の武芸者たちです。

 たまに、生半可な武芸者では倒しきれず街まで被害を出す強力なモンスターが襲ってきたり、戦力が足りず非戦闘職でも戦に領民が総動員されたりする場合もありますが。

 

 そんな生活をしている非戦闘職の単なる町民たちは、早くからジョブに就いて、必死にレベル上げをする、ということは少ないです。

 そういう町民たちがジョブに就いて仕事をする目的は、日々生活するためのお金を稼ぐ、ぐらいしかないので、家の存続や名誉、生命の危機のために鍛錬、戦闘する武芸者たちとは当然意識が違います。

 なので、そういう人達がジョブに就いて働き始めるのは13~15歳頃です。それまでは親に養ってもらいながら、寺子屋で文字や簡単な算数を習い、ジョブに就いてからは自立して生活するのが一般的です。働く意思が少なくて親が甘かったりすると、17~20歳ごろまで親に養ってもらう人もいますけど。

 もちろん、家計が苦しく、その足しにするために幼い頃からジョブに就き、店に雇われたりジョブクエストをこなしたりしてお金を稼いだり、名のある生産職の家に生まれたから小さい頃からジョブに就き修行する、といった場合もあります。

 

 私は10歳頃から【書士】に就きギルド職員をしているので早い部類です。その理由としては、どちらかと言うと後者ですかね?

 私の両親はどちらとも冒険者ギルド職員であり、二人ともとても優秀な職員として名を馳せていて、お母さんはギルド長もしているぐらいです。

 そんな両親を見続けたから、自分も将来はギルド職員になるのだと決めていました。

 そして、もう心が決まっているのであれば早く働きだした方が将来のためになるのでは?と考えた私は両親を説得し、【書士】になりギルド職員見習いとして働き始めました。

 嬉しいことに私には才能があったらしく、1年後には見習いが取れて正式なギルド職員になり、3年後には上級職の【高位書士】にも就けました。

 今はもっと頑張って立派なギルド職員になり、お母さんたちを追い越してギルド長になるのが目標です。

 

「あの……」

 

 と今までの事を回想していると声が掛けられました。

 おっと、今は業務中でした。

 ちゃんと受付の仕事をこなさないと、ですね。

 

「はい、どうなさいました……か……」

 

 声を掛けられた方に振り向きながら、いつも通りの挨拶をしようとして……絶句してしまって途中から声が出ませんでした。

 すごい失礼な対応なのは分かっているけれど……それでもそんな反応をしてしまったのです。

 

 なぜなら――声を掛けてきたのが、とても美しすぎるお姉さんだったから。

 整った、なんて言葉では表しきれない美貌。どのようなパーツをどう配置すれば美しくなるか、完璧に計算され尽くしたようなその顔は、正直、凄腕の【人形師】が観賞用に作ったお人形さんだと言われた方が信じられるくらい。

 しかも、その埒外な美しさを前面に出して圧倒してくるのではなく、ただそこにあるだけですっと引き込まれ、離れられないような美しさをしていて。雪の結晶や硝子細工のような、今にも崩れて消えていってしまいそうなくらい儚げで、守り支えてあげたいと思わせる顔立ちであるから、そんな思いを抱くのかもしれません。

その上、お姉さんは両の目を閉じていて、それで一層世俗離れした魅力を醸し出しています。

 それは私の語彙力では到底表現できない、完璧な美しさでした。

 

「えっと、冒険者ギルドは初めてで、説明をお願いしたいんですけど……あの、どうしました?」

 

 お姉さんが話しかけてきたけど、見惚れて固まってしまっていた私は返事を返すことが出来ません。

 お姉さんが言葉を途中で止め、首を傾げて不思議そうに見つめてきて、やっと我に返りました。

 

「え、あ、はい!せ、説明ですね!分かりました!」

「ふわっ!?」

 

 しかし我に返ったと言っても、完全に平静にはなれていなくて、思わず大声を上げてしまいます。

 それに驚いたお姉さんが可愛らしい声を上げました。

 それはとても耳触りの良い心地よい声でしたが、私はそれを気にしていることができませんでした。

 私の大声でギルド中の注目を集めてしまったからです。

 いえ、正確にはそうではないです。

 ギルド中の人々に……お姉さんの存在を気付かせてしまったから。

 注目を集めたのは大声を出した私なのに、集まった視線のほぼ全てはお姉さんに向けられていました。

 

 それは当然のことです。

 これほど綺麗な人が居ることに気付いたら、誰だって見つめてしまう。私だってそうでしたし。

 けれど、そんなことにしてしまったのが問題でした。

 さっきはお姉さんの顔にばかり目が行っていたけど、プロポーションも抜群で、特に、その……胸が、すごく大きくて……。私はぺったんこだから、とても羨ましいです……。しかもそれが下品ではなく、全体から見ればきちんと調和していました。それに、肌も白くてきめ細かで、剥き出しのうなじとか足とか、真珠みたいに輝いています。

 本当、全体的にどうなってるんだ、と叫びたいぐらい、ことごとく女性の完成形みたいなものを見せられて、私の胸に敗北感が沸き上がってきます。でもそれも、あまりにも高いレベルのものを見せられたからか、清々しい敗北感です。むしろその敗北感が信仰心にまで繋がりそうで、ちょっと怖くなってきます。

 

 あ、話が逸れました。

 とにかく、それだけお姉さんは綺麗ということで、視線が集まってしまうのは必然なのですが、問題は、そんな大量の視線に晒されてしまっていること、そして、その視線を送っている人達の中に、明らかに不躾な視線を送っている人がいることです。

 私もああいう眼で見られたことがあるから分かりますけど、ああいう類の視線って、とても気になるし、正直不愉快です。

 単純に多くの人に見られるだけでもかなりストレスがかかりますし、その中にそんな視線が混ざっていればきっとストレスも倍増してしまいます。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 私のせいで、お姉さんに視線が送られるようにしてしまった。その事実にとても落ち込みます。

 謝りましたが、それで視線がなくなるわけではないですし……。

 ああ、きっと怒られてしまう……怒らなくても、絶対に気分を悪くしてしまったから、冷たい態度とか取られてしまうんだろうな……せっかくギルドに来てくれたのに、このままだと帰って最悪もう来てくれないかも……。

 そんなことを考えて憂鬱になっていましたが、お姉さんが取った行動は、それらのどれも違うものでした。

 

「顔を上げてください。私は大丈夫ですから、説明、お願いしますね」

 

 なんとお姉さんは、見惚れるような笑顔をしながら、私を慰めてくれたのです。

 その笑顔はすごく自然で、本当に何も気負ってなさそうで。むしろ、私を気遣っているように感じられて。

 きっとすごい不快だと思うのに、それを感じさせることなく、私のことを考えてくれている……。

 なんか、容姿だけじゃなくて心まで負けてしまった気がします……完敗です……。

 

「あ……それならいいんですけど……はい、それじゃあ冒険者ギルドの説明、ですよね」

 

 そう言って、お姉さんにいつも通り冒険者ギルドの説明をします。

 しかし、本当にいつも通りにできているか、私でも分かりません。

 心の中は、この人とお友達……は務まらないかもしれないけど、知り合いぐらいにはなりたい、そして思う存分お話ししたい、という気持ちで溢れているから。

 仕事を放り出して今すぐそうしてしまいたいですけど、受付嬢の矜持にかけてそんなことは出来ません。なので、きちんと受付の仕事を終わらせてから、お姉さんに私個人として話しかけましょう!

 

「説明ありがとうございます。私も登録したいんですが……」

「分かりました。それでは、お名前をお願いします」

 

 説明を熱心に聞いていたお姉さんが言った言葉に返事をしながら、カウンターの内側に設置されてある、とある魔道具を起動させます。

 

「水無月火篝です」

 

 魔道具は……反応なし、ですね。

 この魔道具は、聞こえてきた言葉に高レベルの《真偽判定》をかける機能を持っています。

 これで申告された名前が本名なのか偽名なのかを知るのですが、お姉さんの言葉には反応していなかったので、お姉さんの名前は本当に水無月火篝さんということになります。

 

 これで反応があった、つまり偽名の場合は記録しておき、ギルドの要注意人物リストに載ることとなります。

 様々な事情があるので、偽名だからと一律拒否はしませんが、要注意人物とされるとちょっとしたトラブルや疑念でもかなり問題とされるので、やはり嘘はよくない、ということですね。

 あとは用意してあるギルドカードを取り出して、専用の魔道具で情報を印字してっと。

 

「水無月、火篝さん……はい、大丈夫です。登録完了しました。こちらがギルドカードです」

「あ、ありがとうございます」

 

 あ、水無月さんがちょっと戸惑ってます。

 やっぱり、傍から見れば登録が簡単過ぎるように見えますよね。

 この《真偽判定》システムなんて、初めて登録する新人は知りませんから、皆さんこんな風に戸惑うのが普通です。

 それにしてもやっぱり、見た目が良いとどんな表情、動きをしていても絵になりますよね……すごい可愛いです。

 

「あの、冒険者ギルドでは自分に合ったジョブを教えてくれると聞いたんですけど……」

「ああ、これですね」

 

 そう言いながら【適職診断カタログ】を取り出すと同時に、先程の魔道具の隣にある魔道具を、これまた先程同様起動します。

 先程のモノは《真偽判定》の魔道具でしたが、こちらは《看破》の魔道具です。

 今水無月さんに説明しているように、就いているジョブの数によって貸出料が違うのでこれは必要なモノなのです。

 それで見たところ、水無月さんはその態度同様まだ何にも就いていない無職でしたので無料ですね。

 

「それでは、どうぞ。貸出の期限はありませんが、貸出できる範囲はギルドの玄関広場内だけです。注意して下さい」

「はい、分かりました。ありがとうございます!」

 

 ふわっ!

 カタログを受け取った水無月さんがお礼を言ってくれたのですが……同時に、とても朗らかで温かい、陽だまりのような笑顔も向けてくれて……先程までの儚さを感じる表情やこちらのためを思って浮かべた優しい笑顔と違い、嬉しい、という感情がたくさん込められたその笑顔は……もう、反則です。直視ができません……。

 

「……っ!い、いえ、どういたしましてっ!」

「……?」

 

 思わず顔を逸らしてしまい、お礼もそのまま言うこととなってしまいました。

 視界の端に写る水無月さんも怪訝そうな表情をしています。

 って、こんなの失礼じゃないですか、私!

 早く謝らないと!

 と前に向き直ったのですが、そうして見た水無月さんの顔が、すごく曇っていました。

 まるで、とても嫌なことがあったみたいな……。

 

「……あ、その、それじゃあ……」

「あっ……」

 

 それについて聞こうとしたら、水無月さんは足早に去って行ってしまいました。

 え……も、もしかして、私が顔を背けてしまったせいで、そんなに気分を悪くして……?

 な、なにしているんですか、私!?

 あんなことも笑って許してくれた水無月さんがあんな態度を取るようなことをするとか……!

 しかもそのせいで、知り合いにすらなれなかったし……。

 

 い、いえ、まだチャンスはあります!

 水無月さんは【適職診断カタログ】を借りていきました。

 それを返さなければならないので、帰る時にはもう一度私の所に来るはずです。

 その時きちんと謝まりましょう!

 そして知り合いになって、気分を悪くさせてしまった分だけ償うのです!

 




自分のキャラを誉めまくるの、意外と恥ずかしい。なんか、自画自賛しているみたいで。
ちなみにですが、火篝のアバターの容姿の美人度は、海道先生の言葉を借りれば”S級美人(アルター王女姉妹やルーク、輝麗と同等)”です
「何でメイキング時間がたったの3時間なのに、3ヶ月かかった輝麗と同レベルなんだ」という点については設定を考えていますので、そこは今は突っ込まないでくれると嬉しいです。
茜ちゃんは事務系に関してはかなりの有望株のサブメインキャラで、これからも出番が用意されています……というか、将都に居る間は冒険者ギルドに行く度に出番があります。
ついでに、茜ちゃんは火篝信者の第1号です。つまりはいずれ……


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6・初ジョブと初戦闘

戦闘描写難しい……でも楽しかったです。そしてそのせいか筆が乗りました……今後もこの分量で書ける気はしないですね


□将都冒険者ギルド 水無月火篝

 

 受付から逃げるように立ち去った俺は、座敷の方に来ていた。

 ジョブを決めるための【適職診断カタログ】は受付の娘から借りれたが……最後に起きた出来事のせいで、ちょっと、いや大分憂鬱だ。

 しかも、返す時にもう一度話さなきゃだし……。

 ……って、あーもう、やめやめ!

 そういう暗い考えは忘れて、今はただゲームを楽しむ!後の事は後に考えればOKだ!

 ……うん。無理やり気味だけど、気分を上げたらちょっとマシになった。

 今はとりあえず、ジョブを決めることにしよう。

 借りた【適職診断カタログ】を開く。

 【武士】【弓武者】【隠密】などの戦闘系のものから、【鍛冶師】【薬師】【書士】などの生産系まで色々なジョブが載っていて、見ているだけでもかなり面白い。

 

 しかし、見ている途中で疑問が出る。

 この文字が薄くなっている奴と、そうなっていない奴の違いは何なんだ?

 前者は【鬼武者】【影】【高位書士】などであり、後者は【武士】【隠密】【書士】などである。

 何故かと思って注意して見てみると――その違いが分かった。

 前者は、ほとんどが上級職……就職に条件がある奴だ。そして、俺はそれをほとんど満たしていない。

 つまりはこのカタログ、俺が就けるジョブと就けないジョブを親切に分けてくれているのである。

 これならば、就けるか就けないかの判断がすぐにできるし、とても便利な機能だ。

 っと、お試しはここまでにして、本番に挑むとするか。

 確か、出される質問に答えればいいんだよな……。

 カタログの機能を起動し、流れ出した音声で出される質問に答えていく。

 そうして5分が経ち、出た結果は……。

 

「【迎撃者(インターセプター)】?」

 

 なんだこれ?

 今まで見た他のジョブ――【武士】とか【隠密】とか――と違って、字面だけだとよく分からないな。

 迎撃に関係する何かだとは思うが……具体的には分からないし、何故俺に合っているとオススメされたのかも分からん。

 まあでも、オススメされた訳だし、とりあえず迎撃者ギルドを探して内容を聞いてみよう。……そもそもあるかどうかも分からないけど。名前的にそこまでメジャーな感じしないし。

 で、終わったのだからカタログを返さなければいけないのだが……ああ、憂鬱だ……。

 さっきは先延ばしにして気分を上げたが、今はそうする訳にもいかないし……さっき借りた娘とは別の人に行けば、それはそれで気分を害するかもだし……。

 あ、そうだ。さっきの娘が他の人を対応していれば俺は行かなくて済む……!

 そっと受付の方を見てみると……あ、ダメだ。さっきの娘の所空いてる……それどころか、他の二つには人がいるから、別の所に逃げることもできないし……。

 どうするかな……あ、ヤバい。

 そんな感じでウンウン悩んでいたら、顔を上げた受付の娘と目が合ってしまった……。

 ……これは、行くしかないか……。

 観念して、カタログを持ちながら受付へと歩いていく。

 よし、こうなったら、さっと終わらせよう。

 渡して、お礼言って、そのまますぐに帰る。うん、これで完璧。

 作戦が決まった所で、受付にたどり着いた。

 

「これ、ありがとうございました」

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 【適職診断カタログ】を受付の娘に渡すと、特に何かある訳でもなく普通に受け取って貰えた。

 ……特に変な素振りはない?この娘からすれば、さっきのこともどうでも良いことなのかな。

 それはそれでちょっとモヤっとするが、まあ、用事は終わりだ。

 

「それじゃあ……」

「あ、ちょっと待って下さい!」

「へ?」

 

 え、呼び止められた?

 帰ろうと背を向けていたので、後ろに振り返る。

 な、なに言われるんだろう……?

 キモイ顔見せたから慰謝料払えとか?俺、初期配布の3000リルしかないですよ?それ取られたらもう終わりなんだけど……!?

 

「あの、さっきはごめんなさい!」

「す、すいませ……って、え?」

 

 い、今なんて言ったこの娘?

 

「失礼な態度を取って気分を悪くしてしまって……本当にごめんなさい!」

「え、いや……大丈夫です、よ?」

 

 お、俺が謝ることは想定していたけど、まさか謝られるとは……。

 そ、そっか。今の俺と彼女の立場関係は、店を訪れた客と店員と同じだ。

 ギルドだから、普通の店に比べて一方的に客にへりくだらなきゃいけない訳ではないと思うけど、ギルドもそこに所属する人達のおかげで運営とかもできているんだから、客の俺と店員の彼女、両方失礼な態度を取ったとしたら、謝らなきゃいけないのは彼女の方だから、今謝るのもおかしくない、のか?

 

「水無月さんの笑顔がすごく可愛くて、直視できなくて……。あ、すいません……!こんなこと言っても、失礼なことをしてしまった理由になんてならないのに……」

 

 とか、必死に理由を考えて納得していた俺だったが、次の彼女の言葉で、完全に思考を停止させられた。

 ……へ?かわ、いい?誰が?水無月さん……って、俺……?

 …………あ、あー……。

 そうだ。そうだった。

 今の俺、とんでもない美少女だった。

 美男美女というのは、ある一定までなら全ての行動が好意的に見られる生き物だ。

 しかもその中でも最上位近くにいる俺なら、キモイ笑顔だろうと可愛い笑顔になるのは道理である。

 さっきわざとこの容姿を使った時はちゃんと意識していたのに、無意識ではまだ自覚できてなかったのか……。

 

「だ、大丈夫ですよ。気にしてませんから」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 

 本当はめっちゃ気にしてたけど、そんなことを今ここで言う必要はない。人間とは本音と建前を使い分ける生物なのである。

 それにしても……。

 美形っていうのはすごい効果あるんだな。こうやって許しただけですごい喜んでもらえるんだから。

 しかし、こんな可愛い子の笑顔が見れるんだったらこんなアバターにしたかいがあるってものだな。いやまあ、変えられるんだったら、今でも即座に男アバターに作り直すけど。

 

「あ、あの。それでですね……」

 

 あれ。受付の娘が何か言いたそうにモジモジしている。

 視線で続きを促すと、受付の娘がおずおずと言葉を発した。

 

「許して貰ったばかりで、厚かましいかも何ですけど……私と、知り合いになってもらえませんか!」

「え?」

 

 えっと、知り合いになりたい……?なにそれ……?

 この子、さっきから俺の想定外のことばっかりしてくるんだけど……。

 

「だ、ダメ、ですか……?」

「え、いや、ダメじゃないですけど」

「ホントですか!?」

 

 俺の返答にすごく嬉しそうに笑う受付の娘。

 いや当然でしょ。だって、こんな可愛い子に知り合いになって欲しいってお願いされて、恋愛経験0の童貞野郎がダメと言うはずない。

 けど……。

 

「知り合いになら、もうなっていると思いますよ」

「た、確かに……そ、それじゃあ……友達……?」

「はうっ……!」

 

 思わず、さっきのこの子みたいに顔を背けてしまう。

 だって、不安気に、でも少し期待を込めた上目遣いで見つめてくるんですよ?

 何この生き物、可愛い過ぎるんですけど!!

 

 

「も、ちろん、いいですよ」

「やった!ありがとうございます!」

「は、はい」

 

 あーもう!そんな綺麗で純粋な笑顔向けてこないで!

 俺の容姿は造った美形だから、騙しているみたいで罪悪感が半端なくなって、直視できないから!

 

「あ、私、大森茜と言います。よろしくお願いします!」

 

 

□〈緑花草原〉 【迎撃者】水無月火篝

 

 

 あの後は受付の娘、改め茜ちゃんとちょっとお喋りして、ついでに迎撃者ギルドの場所も教えてもらった。

 というか、茜ちゃんと話していて分かったのだが、彼女の俺に対する好感度が凄い高かった。

 なんというか、憧れの歌手や俳優に会って知り合いになった感じ?

 どうやら、この特級美人な容姿だからだけではなく、最初に彼女と会って話している時の俺の行動がかなり美化されて解釈されているようだった。

 ああ、だけど、多分俺の元々の容姿で同じ行動をしてもそう思われず、美人だから良い感じに受け止められたんだろうな、とも思うから、それも美形の影響ではあるかな?

 それはともかく、迎撃者ギルドに着いた俺は、そこに居たギルド職員さんに話を聞いた結果、【迎撃者】に就いていた。

 話を聞いた感じ、俺に……というか、俺のエンブリオであるティレシアスに合っていると思ったからだ。

 なので、それを確かめるため、今は将都の北にあるフィールド〈緑花草原〉に来ていた。

 

 アイテムボックスから、初期配布の槍――ではなく、武器屋で買った【鉄槍】を取り出す。

 また、この【鉄槍】以外にも、ポーションをいくつかと、実験用にとあるモノを買ってある。

 フィールドに出るっていうのに、何も準備しないってのは馬鹿の所業だからな。特に、このゲームはデスペナで24時間ログインできなくなるから、死なないようにするのは重要だ。

 ……南門で立てず、歩けず、頑張っていた時には、ログインすると、まずは周りの光景に呆然とし。はっ、と意識を戻すと、満面の笑みでフィールドに駆けていく輩は何人もいた。

 おそらく、デンドロのリアルさに圧倒され、その興奮のままに動いてみたくなったのだろう。俺がいた間は門の前には戻ってこなかったが、はてさて、どうなったのやら……。

 

 しかし、準備はしたが、万全を期せたとは到底言えないな。

 なにせ、防具は初期装備のワンピースのままなのだから。

 お世辞にも防御力が高いと言えないこれのままなのには、理由がある。

 ……金が、ないんだ。

 初期配布の3000リルでは、【鉄槍】とポーション、その他のモノを買っただけで、底を突いてしまった。

 今残っているのはたったの7リル。おにぎり一つも買えやしない。

 なので、攻撃を受けないようにしなくてはいけないのだ。まあ、そうじゃなくても攻撃は避けなければいけないのでそう変わりはしないのだが、何度か受けていい、と一度も受けてはいけない、では緊張具合が違うからな。

 早くモンスター狩って金策して、防具を買わないと……。

 

 

 ということなので、早速モンスターを探す。

 ……でも、モンスターと戦うための防具を買うためにモンスターと戦うとか、ちょっと矛盾しているよな。

 まあ、ゲームではままあることだ。

 効率良く周回して素材を集めるためにキャラを育てようとして、キャラを育てるための素材を集めるために周回するとか。

 

 ……あ、モンスター発見。

 ティレシアスの視覚結界の端の方で、145cmくらいの大きさの人型が見えた。

 【小鬼】と表示されているそいつは、浅黒い肌と小さな角、いかにも邪悪!と言えるような顔つきをしている。

 うん、人の事は見た目で判断していけないと良く言うが、あれはどう考えても悪寄りのモンスターだろ。

 【小鬼】の方も俺に気付いたのか、こちらに向かって走り出す。

 とりあえず、体感時間を加速する。

 これで思考時間は確保できた。

 (俺からすれば)ゆっくりと走り寄ってくる【小鬼】だが……あの様子はどう考えても、友好を結びましょう!という感じではないよな?

 ギラギラと光る濁った瞳を向け、血で赤黒く染まった小太刀を振りかぶって走る姿からは……どう見ても敵意しか感じない。

 これなら、狩っても特に罪悪感は感じなさそうだ。

 どうやら一体だけのようだし、こいつで色々と実験するとしよう。

 俺も走り出し、自分から【小鬼】に向かって行く。

 では、初戦闘だ!

 

 

 まずは……これからか。

 【小鬼】からは敵意を向けられているし……これはもう『攻撃された』と言っても過言ではない。

 ということで《迎撃の心得》発動。指定するのは……まずは『STR、END、AGI』の三つで。

 そして発動した瞬間、明らかに俺の走る速度が上がる。

 これは別に、俺がさっきよりも本気で走っているわけではない。俺のAGIが上がったのだ。

 

 【迎撃者】は、その名の通り迎撃を得意とするジョブだ。

 LUK以外の全てのステータスが満遍なく上昇し、覚えるスキルは一つだけという、俺が聞いた他のジョブに比べて、かなり異端な性質をしている。

 その唯一覚えるスキルが、今使った《迎撃の心得》だ。

 これは、『攻撃された時、戦いが終了するまで指定したステータスを倍加する』効果を持つ、攻撃をされた後に迎え撃つためのスキルである。

 指定できるステータスは最大3つ、最低1つであり、指定した数が少ないほど大きく倍加され、レベル1では3つで1.5倍、1つで2.5倍となる。

 なので『ATR、END、AGI』の三つを選んだ今は、それぞれが1.5倍されている。走る速度が上がったのはそのためだ。

 

 この《迎撃の心得》だが、スキルの説明文にない特徴がある。

 今俺は《迎撃の心得》を発動させたが、その発動条件は『攻撃された時』。だが、俺は別にダメージを受けた訳でもないし、それどころか武器で攻撃されそうになってすらいない。ただ敵意を向けられただけだ。

 だが、《迎撃の心得》はそれだけでも発動する。

 聞いた話によると、『武器を向けられた』『威嚇された』『攻撃されるかもと思った』だけでも発動するらしい。

 また、『攻撃された』の対象が自分だけではなく、『パーティーメンバーが攻撃された』や『自分がいる砦のどこがが襲撃された』でも発動するのだとか。

 何でそんな仕様になっているのか、と思ったが、多分、防御力特化のステータスでもないのに被ダメ前提にしたら直ぐ死ぬクソ仕様になるからだろう。

 

 【小鬼】との距離が残り数歩になった時点で体感時間加速を解除する。

 スローになった自分の動きにまだ慣れていないから、ただ走るとかだけならともかく、真面目に戦おうとしたら多分上手く動けないだろうからな。

 

「りゃあ!」

「グギャアッ!」

 

 とりあえず、こちらの方がリーチが長いので先手を打って喉元を狙って突く。

 だが、小太刀で弾かれ防がれる。

 諦めず、今度も喉を狙い薙ぎ払いを繰り出すが、それも小太刀で受け止められる。

 力を込めて押し込もうとするが、それも叶わない。

 いくら《迎撃の心得》で1.5倍になっていたとしても、元々の値がレベル0の貧弱ステータスだ。

 恐らく今の俺のSTRは【小鬼】とさほど変わらない。むしろこちらが低いかもしれないぐらいだ。

 

「ふっ、はっ、やっ!」

「ギャ、ギ、ガァ!」

 

 一度、二度、三度、四度……何度も突いて払う。

 それを【小鬼】は全て的確に小太刀の側面で弾き、受け止め、防いでいく。

 ……って、ちょっと待てや!こいつ、そこら辺の雑魚のくせに技術高すぎじゃないか!?

 こちらとのステータス差があまりなく、俺の武器がリーチのある槍じゃなかったら、すぐさま首を搔っ切られているような……そんな気がするほどだ。

 こっちは《槍技能》もあるっていうのに……。

 

 《槍技能》とは、【槍士】などに就いた時に覚えられる、槍の扱いを上手くしてくれるスキルだ。

 だがそれでは、【迎撃者】の俺では使えるはずないのだが……実は俺、迎撃者ギルドからこの草原に来る間に、いくつかのジョブギルドに寄り、【槍士】ともう二つほどジョブに就いていたのだ。

 最初、俺はそんなことするつもりはなかったのだが……迎撃者ギルドの人に進められたのだ。

 

 本来、いくつものジョブに同時に就くのは、ほとんど意味がない。

 経験値が入るのはメインジョブだけだから同時にレベル上げが出来ないし、レベルが上がらなければステータスも上昇しないしスキルも覚えないから、就いているだけでは何の役にも立たないのだ。

 それなのに勧められたのは、当然ながら理由がある。

 【迎撃者】が《迎撃の心得》しか覚えないからだ。

 それはつまり、武器を上手く扱うための《技能》系などの戦闘を有利に進められるパッシブスキルも、戦闘の決め手になるアクティブスキルも覚えないということ。

 それでは、いくらステータスが倍増にしたとしても、戦闘に勝てない。

 【迎撃者】とは本来、いくつかの下級職あるいは上級職をカンストさせた者が、戦力増強のために就くジョブなのだそうだ。

 なので最初は止められたのだが、意思を変えられないと知ると、もういくつかのジョブに就くことを提案されたのだ。

 就いているだけではほとんど意味がないとはいえ、最初から《技能》系と最下級のアクティブスキルは覚えているから、それがあるだけでも大分違うだろう、と。

 その提案に従った結果が、【槍武者】ともう二つのジョブなのだ。

 そして今、それに感謝している。

 《槍技能》がなかったら、こいつとここまで戦うこともできなかっただろうから。

 

「はぁ!せい!」

「ギャア、ギィ!グアァ!」

 

 何度も何度も攻撃を繰り返す。

 単純に突いて払うだけではなく、身体を回転させて遠心力を乗せてみたり、防がれたら槍を回転させて石突で攻撃してみたり、狙う場所も喉だけじゃなく、足や小太刀を持つ手を狙ったりと、色々と工夫を凝らし、何度かは攻撃が当たった。

 だが、その分出来た隙に【小鬼】も攻撃し、俺も何度か攻撃を受けている。

 

「はぁ、はぁ……」

「ギャウ……」

 

 一進一退の攻防が続き、どちらからともなく一旦距離を取る。

 切れた息を整えながら、いつ襲い掛かられても対応できるように【小鬼】から目を離さない。

 初回戦闘でこんな奴とエンカウントするとか、運が悪すぎるだろ……。

 いやまさか、デンドロのモンスターって全部がこんなのなの……?だったら攻略ものすごい面倒そうなんだけど。

 

「ふぅ……やあぁ!」

「グギャァ!」

 

 息が整ったのでもう一度距離を詰め、攻防を再開する。

 ……だが、やっぱり決着が付かない。

 どちらもたまに攻撃は受けるが、どれも浅い。俺のHPは2割も削れてないし、【小鬼】の方も同じようなモノだろう。……デンドロだと、ステータスどころかHPバーも見えないから、なかなか辛いな。次は《看破》が取れるジョブに就くかな?

 このままだと長期戦になる。

 そうなると、どこかのタイミングでミスをして一気に削り殺されそうだ。俺は【小鬼】よりステータスが低いし、体力がなくなるのは早いだろうしな。

 どう考えても俺の分が悪いし、このままだと負ける。それは分かってる――だけど。

 

「せい!りゃあ!……あは。あはは!」

「グゥ……ギャギャ!」

 

 攻撃する度に出している掛け声に、笑い声が混じる。

 こんなギリギリで成り立っているような戦い、疲れるし、劣勢で負けそうでもある。

 でも……楽しい。

 力を振り絞り、工夫を凝らし、全身全霊をかけて仕合う。

 それが、とてつもなく楽しいのだ。思わず笑いが零れてしまうぐらいに。

 今初めて知った。俺って、戦闘狂だったのか。

 【小鬼】もそう思っているのか、心無しか口角が上がっているように見える。

 だが、このままでは負けてしまうのは変わらない。

 どうせだったら初戦闘は勝利で飾りたいし、それを抜きにしても、この戦いには勝ちたい。

 この状況を打開する方法は……あるな。

 今の時点ではただのアイデアで上手くいくかも分からないが、試す価値はある。

 

「はあぁっ!」

「ギャウアッ!」

 

 先程までと同様に喉元を狙って突く。

 【小鬼】も今まで通り防ごうとするが……ここからだ。

 体感時間を加速させた後、()()()()()()()()()()()()

 倍加していたステータスが元に戻り、槍の突く速度が遅くなる。……が、今の早くなった体感時間ではそんなに変わらない。しかし感覚は少し変わってしまったので、槍の軌道を変えないように注力する。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()。今度はAGIのみを指定して。

 

「やあぁっ!」

「ギャヒッ!?」

 

 体感時間の加速を解除してから、最大限のAGI(速さ)を発揮し突き出した槍が【小鬼】の首の端を浅く抉り、少なくない量の血が飛ぶ。

 咄嗟に小太刀で逸らされてしまったせいで喉は突けなかったが、それでも今までのからすれば深い傷だ。

 この機会を逃さず、薙ぎ払いで追撃する。

 今度は防御を抜けるということもなく、【小鬼】が小太刀で槍を受け止める。

 ここで、もう一回!

 また、体感時間を加速させてから《迎撃の心得》を解除し、今度はSTRのみを指定して《迎撃の心得》を発動する。

 

「せ、いぁっ!」

「グギャァ!?」

 

 最大限のSTR(筋力)を込めて槍を振り抜けば、先程まではいくら力を込めても突破できなかった小太刀の防御を破り、右腕を深く切りつける。

 

「はぁ……っ……!」

「ギャアァアア!」

 

 もう一度追撃……しようとしたが、【小鬼】が無茶苦茶に手足を振り回し、危なくて近づけないので一度距離を取る。

 殺しきれはしなかったが、ある程度ダメージを与えられたので良しとしよう。

 しかし……やってみれば以外と上手く行くものだな。

 

 今まで深い傷を負わせられなかったのに、今になって出来たのは当然理由がある。

 と言っても、それほど特別なことはない。俺のステータスが【小鬼】を上回った、ただそれだけだ。

 《迎撃の心得》は、指定したステータスの数が少ないほど倍率が高くなる。

 3つ指定した1.5倍の時点で少し下ぐらいだから、1つだけ指定して2.5倍になすればそのステータスは【小鬼】を上回る。

 だが、どれか一つだけ高くなったとしても意味はない。

 STRだけ高くしても、やっと張り合えていたAGIが低くなれば攻撃を簡単に捌かれてしまうし、そうなれば低くなったENDに手痛い反撃を喰らってしまうだろう。

 AGIだけ高くしても、攻撃できる回数は増えるだろうがSTRが低くなるからダメージは浅くなるし、上回ると言ってもそれほど差が開くわけではないから、この【小鬼】ならすぐに対応して防御、反撃してくるだろう。

 

 なら、どうすれば良いか。

 簡単だ。指定するステータスを状況によって切り替えればいい。

 AGIを低い状態から急激に上げることで緩急を付け防御のタイミングをずらし、対応して受け止められたのならば、STRを上げて押し切る。もし攻撃を受けそうになれば、ENDを上げて受け切れば良い。

 

 だが、普通の【迎撃者】ならばこんなことは出来ない。

 指定を切り替えるのには、一度《迎撃の心得》を解除しなければいけず、その瞬間は何も倍増していない状態になってしまう。

 下がったAGIのせいで攻撃を受けてしまう、STRが下がったせいで押し負けて反撃を受けてしまう、ENDが下がったせいで傷が深くなってしまう、などなど、その間に負けてしまう要因はいくらでもある。

 しかし、俺にはティレシアスの体感時間加速がある。

 《迎撃の心得》は『攻撃を受けると思った』だけでも発動する、つまり肉体的な動作は必要ではなく、意識するだけで発動できるのだ。

 ならば加速した体感時間の中でも問題なく発動できるのは当然であり、その状態で行えば、倍増していない時間はかなり短くなる。

 AGI特化の上級職に就いている柚芽レベルならばその間隙も突けるだろうが、現実時間で言えば0.5秒にも満たないその間に、俺が対応できるレベルのAGIしかない【小鬼】が何かできるはずがない。

 これが、迎撃者ギルドで《迎撃の心得》の詳細を聞いた時から考えていたコンボ技である。

 これをできるかもしれない、と思ったのが【迎撃者】に就いた理由の一つだ。

 もちろんそれだけではなく、別にも理由があるが、それは後だ。

 今はとにかく、この戦いを終わらせなくては。

 

「…………」

「グフゥ……ギュゥ……」

 

 暴れるのを止めた【小鬼】と静かに睨み合う。

 その眼からは、先程狂乱していた時には在った混乱の色がなくなっている。

 もう状況を受け入れ、落ち着いたのだろう。

 不可思議な挙動で首を抉られ、腕を切り裂かれたというのに。その傷はかなり痛いだろうに。劣勢で、あと何撃か加えられれば死んでしまうというのに。本当に、凄いと思う。

 

 ……対して、俺はどうだろうか。

 俺がここまで戦えているのはひとえに、俺にとってここが遊戯(ゲーム)だからだ。

 この世界は、本物だと思っている。ここに住む人々――ティアンは、本物の生命だと感じている。この【小鬼】と戦ってみて、モンスターもティアンと同じ、本物の生命なのだとも考えている。

 だが俺にとっては、どこまで行ってもゲームなのだ。

 ティアンやモンスターは恐らく、死んだらもう元に戻らない。

 柚芽も、茜ちゃんも、この【小鬼】も、死んでしまったらそこで終わりだ。

 けれど、俺は死なない。このアバターのHPが0になっても(が死んでも)、俺は現実で目を覚ますだけ。俺という存在は損なわれない。

 それだけではない。

 今も、浅くとも傷を負っているのに、その痛みすら感じない。

 当然だ。痛みのあるゲームなんて、ほとんどの人は遊ぶ訳がないのだから、ゲームとして売り出すのなら痛覚を無効するのは普通だ。

 それのおかげで、俺は傷を負ってもパフォーマンスを落とすことなく戦い続けられた。

 だけど……何でか今の俺には、それがとても不誠実なモノに感じられてしまった。

 

「…………」

「ギャウ……?」

 

 俺は、おもむろにメインメニューを開き、とある項目を探す。

 そんな俺に【小鬼】は疑問の眼差しを向けてくるが、それに構わずメインメニューをスクロールし……目的である、『設定』の項目を見つけた。

 それを開き、『痛覚設定』と題打たれた一つを……ONにする。

 

「つっ……!」

 

 途端に、体中の傷がズキズキと痛みを主張する。

 その慣れておらず、不快な感覚に思わず眉を顰めるが、OFFにする事はしない。

 俺は、この世界にとっては異分子だ。死んでも死なない、お遊びで世界を謳歌する不死者だ。

 だが……俺は、この世界に生きたい。ティアンやモンスターと同じ立場で、先程の攻防で感じたような高揚や昂りを、何度でも経験したい。

 俺が死なないのは変わらない、変えられない。だから、せめて痛覚だけは彼らと同じように。そうすればきっと、感じる感情を、彼らと出来る限り同じにできるだろうから。

 

「待たせたな。じゃあ、死合おうか」

「……ギャ」

 

 俺の言葉を理解できるのかは分からない。だけど、最後に言いたくなったそれに、【小鬼】が短く返す。

 交わす言葉は、それだけ。

 あとは闘志を、殺意を、武器を交わすだけだ。

 ……ふと思い立って、今まで閉じていた瞼を開けてみる。

 周りの人に配慮して閉ざすことを決めたが、この【小鬼】に遠慮することなどはないのだから。

 俺の視覚はティレシアスの結界だ。だから、瞼を開けていようと閉じていようと、何も変わらない。なのに……瞼を上げると、より()()()ようになった、気がした。

 これはいい。本当だろうと気のせいだろうと、より集中して、より全力で【小鬼】と向き合える。

 

「……シッ!」

「……ギャァ!」

 

 AGIのみを指定して《迎撃の心得》を発動した後、全力で【小鬼】に突貫する。

 その勢いのまま槍を突き出し、【小鬼】を貫こうとするが……槍の真正面から小太刀が向かってくる。

 受け止めたり弾いたりしようとして、先程のようにタイミングをズラされて空振りにするよりは、力任せに打ち合った方が良いと判断したのだろう。

 点の攻撃である突きに正面から線の小太刀をぶつけるのは至難の技だが、恐らくこの【小鬼】ならできる、そんな信頼のような何かがあった。

 今から軌道を変えれば威力も速度も落ちる。そんな半端な攻撃ではこの【小鬼】を仕留められない。

 なので、俺も打ち合う方向で全霊をかける。

 《迎撃の心得》の指定をSTRに切り変え、精一杯の力を込めて槍を突き出す。

 STRは俺の方が上、両者とも助走で勢いを付けて威力を高めているが、AGIが高かった上に助走距離も長い俺が競り勝つ。

 そう確信して、槍と小太刀がぶつかり……槍が押し負け、俺が後ろに数歩後ずさった。

 

「……なっ!?」

「ギャヒィ!!」

 

 よく見れば、【小鬼】の小太刀を紅い燐光が包んでいる。

 恐らく、威力上昇系のアクティブスキル。今まで使ってこなかったから【小鬼】はそういうスキルを持ってないと思っていたが……奥の手として温存していただけか!

 

「ギャアッ!!」

「……っ」

 

 【小鬼】が歓喜の声を上げる。

 今の態勢からでは回避も防御も迎撃も間に合わない。

 回避しようにも、衝撃で後ずさったせいで足が少し痺れ、攻撃を避けられはしないだろう。

 無理やり防御しようとしても、アクティブスキルは未だ効果を持っているから、不完全な防御では意味がないし、ENDを倍増させたとしても恐らく耐えられない。

 迎撃しようにも、この態勢では上手く力を入れられず、とても弱い威力の攻撃にしかならない。繰り出しても【小鬼】は避けるか、あるいはわざと喰らってでも確実に致命の一撃を入れてくる。力が入らず弱々しい攻撃とアクティブスキルが乗った攻撃、両方とも入ったのならば、どちらが勝つかなど明白だろう。

 万事休す。俺の負けだ――そう【小鬼】は思ったのだろう。

 

 だが、そうはならない。

 【小鬼】はアクティブスキルという奥の手を隠し持っていたが、当然同じものを、()()()()()()()()()()()

 

「《強突き》!」

「ギャッ……!?」

 

 突き出した槍の先が【小鬼】の腹を貫く。

 本来、今の突きにそれだけの威力はないが、それを成したのが使用したアクティブスキル《強突き》だ。

 【槍武者】へ就職すると同時に覚えるアクティブスキルであり、その効果は単純明快。『突き攻撃の威力を上昇させる』というもの。

 上昇率は大きくないが、消費するSPが少なく、クールタイムも短いというかなり便利なスキルだ。

 そんな《強突き》を今まで使わなかったのは、出し渋っていたとか、【小鬼】のように奥の手として取っておいたとか、そういうことではない。

 このスキル、使用後に一瞬硬直するのである。

 俺よりもステータスが高く、俺よりも技術のある相手に、その隙は命取りだ。

 なので今まで使えなかったのだが、【小鬼】が勝利を確信し、隙を見せてくれたからこそやっと使えたのだ。

 

「ギャ、ギィ!……ガ……」

 

 【小鬼】は貫かれたまま俺に最後の一太刀を浴びせようとするが……リーチの差で届かず、そうしているうちに小太刀に灯っていた紅い光が消える。

 それを見た【小鬼】が、身体に力を込めるのを止める。

 もう悟ったのだろう。この殺し合いは決着し……自身が、負けたことを。

 

「……ギャ、ア……」

 

 貫いたまま数秒が経ち、恐らくHPを全損させた【小鬼】が、光の塵となり消えていった。

 その死に際の顔は……俺の願望かもしれないが、満足気のように見えた。

 それを見届けた俺は、全身を弛緩させて草原に倒れこむ。

 

「……うー、あー、疲れたー」

 

 戦いは楽しかったし、今後のこの世界に対する俺のスタンスなんかも定められたが……それでも、疲れたことに変わりない。

 脳を休ませようと瞼を閉じるが……俺の視覚は眼球が関与しないので、普通に見えたままだった。ああ、いつものくせが……。

 

「あ、そうだ……HP回復させないと……」

 

 アイテムボックスからポーションを取り出し嚥下する。

 簡易ステータスのHPバーが回復していくのをぼうっ、と眺めていると、ふと、レベルの欄が目に止まった。

 ……あんなに頑張ったのに、レベルが1しか上がってない……。

 まあ【小鬼】って、どう考えても最下級モンスターだからな……それなのにレベルが大量に上がるのもおかしいか。

 あんなに強かったから実は【小鬼】の皮を被ったもっと強いモンスターなのでは?とも思うのだが……いや、ステータスは低かったし、強いと感じた要素はどちらかといえば技術の方だ。もしかしたら個体によって才能とかが違うのかもしれない。……個体差ということにすると、そんな奴に初回戦闘で当たった俺は運が良いのか悪いのか……。

 

 ……今の時間ってどれくらい何だろう?

 メインメニューの時計を確認すると、現実時間は『17:10』。

 んー、約束よりは大分早いけど、今はここで終わりにするか。

 今のこの心身ともに疲れた状態で狩りを続行する気はしない。

 それにこの状態で健と会うのもあれだし、現実で休んでいよう。

 

 ログアウトしようとメインメニューを操作していて……草原の上に何かがあるのが視界に写った。

 あの場所は、【小鬼】が消えた……。

 近づいてみると、あったのは【小鬼】の持っていた小太刀と一対の小さな角だ。

 

「ドロップアイテム……ということか?」

 

 なんにせよ、初戦闘&初勝利記念だ。取っておこう。

 小太刀と角をアイテムボックスに入れた後、メインメニューを操作し、俺は今度こそログアウトした。

 

 

□■管理AI・作業領域 

 

 

 そこは、無数のウィンドウが浮かぶ空間だった。

 暗くもなく明るくもなく、更に言えば上下も左右もないその場所に、喪服のようなものを着た妙齢の女性が佇んでいた。

 彼女の名はダッチェス。〈Infinite Dendrogram〉というゲームを管理するため用意された管理AIの内の一体である。少なくとも、表向きは。

 

「…………」

 

 空間に浮かびながら、ダッチェスはただ瞑目している。

 今日……現実世界、地球での7月15日に該当する間は、ダッチェスにとって……いや、ほとんどの管理AIにとって、チュートリアルと言える。

 恐らく、発売初日である今日、この世界を訪れる者はとても少ないだろう。

 このデンドロは、普通の人間がそう簡単に信じられるような内容ではない。何せ、彼らからすればオーバーテクノロジー以外の何物でもないのだから。それもあながち間違っていないのだが。

 しかし、そういうモノに興味を引かれる者というのは一定数存在し、そんな彼らがログインすれば、発表内容はガセでもデマでもなく、真実だと実感する。

 それを現実に戻って吹聴し、彼が、“ルイス・キャロル“がもう一度会見を起こし背中を押せば、7月16日からは爆発的に増えるだろう。そうなってくれないと困る。

 そうなる前、まだ仕事の少ない今日の内に実践し、要領を掴んでおかなければ、明日からが大変になる。

 特に、〈マスター〉の描画担当であるダッチェスなどの、今までより仕事が各段に増える者は特に。

 

「……ふぅ。……2Dアニメ……3DCG……両方とも……問題なし。……あとの問題は……どれだけ同時に……することになるか……ね」

 

 閉じていた目を開き、息を吐く。

 ダッチェスからすれば、視界を変更すること自体は問題ない。

 2Dアニメは少し演算機能を食うが、それでも単体、あるいは数十、数百単位ならば大丈夫だ。

 問題になるのは、それが数千、数万単位となる場合。

 最終的に見込まれる同時接続数は数十万人であり、3分の1にした所で数万人を優に超え、しかもその他に3DCG、そして世界全体へ適応しているウィンドウの分まで演算機能を使わなければいけない。それに加え、ダッチェスには〈マスター〉の見聞きした情報を取得し、管理AIにとって不利益なことが起きぬよう状況をコントロールする役割もある。それらのことを考えると、少し憂鬱になるダッチェスだった。

 

「……そういえば……彼……いえ、彼女は……どうしている……かしら……?」

 

 ダッチェスはふと、自身がチュートリアルを担当したプレイヤーのことを思い出した。

 彼女が今どうしているのか、なんとなく気になったダッチェスは彼女の視界を覗く。

 『特別』や『限定』という肩書は、知性ある者全てを惑わせる魅了の言葉だ。

 ダッチェスも、『自身が生身で接した最初で最後のプレイヤー』というラベルに、少しだけ特別な感情を覚えていた。

 

 ちなみに後々、とあるアイテム担当管理AIが「だぁれか特定の管理エェアイだけがチュートリアルゥを担当しなぁいのは不公平ではなぁいですかねぇ?」などと発言した結果、常に死にそうなほど一杯一杯だったダッチェスもチュートリアルに駆り出されることとなるが、それは別の話である。

 

 

□□□

 

 

「……今の……は……」

 

 ダッチェスが彼女……水無月火篝との視界を共有した時、ちょうど【小鬼】との戦闘を開始していた。

 それを最後まで観戦していたダッチェスは、途中から火篝の視界だけでなく周囲からも観察できるようにし、火篝がログアウトする時までを見ていた。そしてダッチェスは、今の戦闘のあることについて思案する。

 

(規格外……だわ……)

 

 それは、戦闘相手の【小鬼】のこと……ではない。

 〈Infinite Dendrogram〉でのモンスターは、同じ種族であっても、これまでのゲームのように規格化された存在ではない。

 それぞれに才能の違いがあり、出自の違いがあり、これまで体験してきた物事の違いがある。

 あの【小鬼】は才能に溢れていた。恐らくここで終わらなければ〈UBM〉に成っただろうが、その程度であれば腐るほど……まではいないが、それなりの数はいる。

 問題は……火篝のことだ。

 

(……本来……レベル1の……《技能》系スキル……では……あそこまでの戦闘は……できない。……ただ、斬ったり……突いたり……最低限のことを……できるだけ)

 

 それだけでも、素人が最低限攻撃できるようになるというのはとても有用なことだ。1つ目の下級職のレベル上げをしている段階で戦うモンスター相手では十分だろう。

 だが、そんなものではあの【小鬼】と打ち合い、勝つことはできない。

 あの【小鬼】は、ステータスよりもスキルよりも、自身の技術、武術を武器とするタイプ。ある意味、天地らしいと言えるだろう。

 それに打ち勝つには、高いステータスや強力なスキルで圧倒するか、相手を上回る技術で対抗するか、しかない。

 

(……ステータスは……【小鬼】の方が……高かった。……彼女は……そこをスキルで……補っていたけど……それでも……圧倒するほどじゃ……なかった。それ以外の……戦闘の趨勢を……決定する……アクティブスキルは……【小鬼】の方が……強かった)

 

 ならば、打ち勝ったのは技術。だが、先程言った通りレベル1の《技能》系スキルではそこまで出来るわけがない。

 とすれば、それを成したのは火篝自身のプレイヤースキル。そのはずだが……。

 

(……でも……彼女には……武術の心得は……ない。……それぐらいは……見ていれば……分かるわ)

 

 ダッチェス自身は武術など出来ないが、それを使う達人たちは多く見てきた。

 その経験からすれば、普段の火篝の身のこなしは素人同然だ。

 【小鬼】との戦闘中の挙動も、継承され洗練された武術のモノではない。

 しかし、かと言って、その挙動は明らかに素人のモノでもなかった。

 普段とはまったく異なる挙動。あれはまるで、あの時だけ火篝の動きではないような……。

 

(……いえ。……考えても……しょうがない……わね。……私は……トゥイードルや……アリスほど……演算能力がある訳では……ないし。……今は……演算能力を……回転させ過ぎては……いけない……わ。……彼女のことは……今後も見て……答えを……出しましょう)

 

 そうしてダッチェスはまた瞑目し、仕事を再開した。

 




どうやら私には、気分が乗ると展開や設定を盛りだす習性があるみたいです。
初戦闘はもっとサクっと終わらせる予定だったのにいつのまにか強敵との死闘みたいになってるし、【小鬼】が修羅第一号みたいになってるし、火篝の性格は普通の男子高校生という設定だったのに戦闘狂で重度の世界派のちょっとヤバい奴になってるし、どうしてこうなった!?
……まあ、楽しかったからいっか!
ちなみに、最後のダッチェス関連は、火篝にも何かしらある……ってことを匂わせるために急遽追加しました。本文で上手く描写できなかったので!


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7・思い出の双槍

 気が付くと、俺はベッドで寝ていた。

 先程まで立っていたのにいつの間にか横になっているというのは、意外と変な感覚だな。

 瞼を開けると見慣れた天井が見えた。

 けれどまさか、“眼球で見える範囲しか見えない”ことに違和感を感じることになるとは……。

 時間にすれば半日ちょいぐらいだというのに、かなり影響されたものだ。

 

「…………」

 

 隣を見ると、ハードを被った健が同じベッドで寝ている。

 まあ、この部屋にはこれ一つしかベッドがないし、今までだって何度も寝たことがあるから何かある訳ではないのだが……それでも、同衾している相手が男というのはなんかちょっと、と思わないでもない。

 まあ、そんなどうでもいいことは置いといて、とりあえず水でも飲みに行こう。少し喉が渇いた。

 

「……って、おっと」

 

 ベッドから立ち上がろうとしたら、上手く歩けずに転びかけた。……これもデンドロの影響か。

 あのアバターにも慣れてきた所だったが、今度は逆に、アバターに慣れたせいで現実の身体に違和感がある。

 ログイン、ログアウトの度にこれやってたら戦闘も生活もできないから、早く慣れないと。

 ……いやでも、あのアバターに慣れてしまっても良いものなのだろうか?

 ……まあ、大丈夫だろ。それより、水だ。……あ、胸に重りがなくてすごい動きやすい……。

 

 

「はぁ、疲れたー。でも楽しいなぁ!」

 

 ログアウトして10分後、デンドロのことなどをネットで調べて時間を潰していたら、健もログアウトしてきた。

 

「お疲れ」

「おう。で、葉月。デンドロはどうだった?」

「分かってて言ってんだろ……すごい楽しかったぞ」

「だよな!」

 

 俺の返答にすごく嬉しそうに笑う健。

 

「葉月は国、どこにした?」

「天地。そういうお前は?」

「グランバロアだ」

「え、マジで?」

 

 本気で意外だな。こいつのことだから、ロボットのドライフかファンタジーのレジェンダリアに行くと思ってた。

 いや、それ以前に……。

 

「でも大丈夫なのか?だってお前、カナヅチだろ?」

 

 健は、成績は赤点スレスレだが運動神経が良く、所属するサッカー部では一年なのにレギュラーどころかエースにすらなっている、典型的な運動バカだが、泳ぐことだけは昔から苦手だ。ひょろひょろのもやしっ子である俺が、唯一体育で勝てる分野だ。

 

「おう。だが、だからこそ、だ」

「だからこそ?」

「ああ。ゲームの中では、いくら溺れても本当に死ぬことはない。つまり、練習に最適だ!」

「……え、そんな理由で国決めたの?」

「もちろんだ!」

「……馬鹿じゃねえの」

「辛辣だな!」

 

 そんなことのため、デンドロを使おうとするとは……馬鹿としか思えない。

 もし泳げるようになれなかったらどうするつもりだよ。

 

「そんなこと考えてログインしたからか、エンブリオもそっち関係になったぞ」

「え、どんなの?」

「【自在遊泳 ニンギョ】ってやつ」

「はぁ!?」

 

 今こいつ、なんて言った?人魚とか言わなかった?

 

「見た目は完全に水泳のゴーグルで、スキルは《水棲人間》っていうのだけ。効果は水中でも地上と同じように問題なく過ごすことができる、っていうの。呼吸が出来るだけじゃなくて、水圧も関係せず、エネルギーもそれほど消費せず、泳いだり潜ったりするのも補助してくれる」

「……あ、そうか、うん」

 

 何それ?

 聞いて思いつく感想はそれだけだ。

 ……でも、周りに水しかないグランバロアでは意外と使えるかも。

 

「葉月のエンブリオはもう孵化したのか?」

「ああ。俺のは……」

 

 って、ちょっと待て、俺。

 もし今ここでティレシアスのことを言えば、必然、それが孵化するに至った女体化のことも言わなければなくなる。

 それを健が聞けば……爆笑するだろう。俺たちは遠慮とかほとんどしない気の置けない関係だから、それはもう盛大に。

 そんなの……認められるか!

 

「言わない。黙秘権を行使する」

「はあ?俺は言ったんだからお前も言えよ」

「イヤだ。絶対言わねぇ」

「……そこまで頑なにされると逆に興味湧いてくるんだが?」

「何にしろ言うことはないからな。必ず、絶対に」

「……はぁ。分かったよ。じゃあ、天地の様子でも聞かせろ」

「ああ、それならいくらでも喋ってやる」

 

 

□〈緑花草原〉 【迎撃者】水無月火篝

 

 

 デンドロにログインすると、昨日ぶりの草原だった。

 昨日健と話した後、俺はデンドロにログインせず、晩ご飯を食べて風呂に入った後、すぐに寝た。【小鬼】との戦いの疲れがまだ残っていたからだ。

 朝起きると疲れが完全に無くなっていたので、こうしてログインした訳だが。

 

「……『<Infinite Dendrogram>は新世界とあなただけの可能性(オンリーワン)を提供いたします』、か」

 

 それは、俺がログインする前に配信された第二の発表で、開発責任者ルイス・キャロルが放った言葉。

 新世界は十分に提供してもらっている。

 リアルな世界、リアルな人々、リアルなモンスター。

 これ以上ないほどだ。

 だけど……。

 

「"これ"が俺の可能性(オンリーワン)というのはな……」

 

 瞼越しの眼球――俺のエンブリオ【盲目視眼 ティレシアス】と、胸元――変わった身体(アバター)の一番の象徴に手を当てる。

 ……まあ、それも悪くない、か。

 よし。とりあえず、昨日試せなかったことを試すとしようか。

 

 

□□□

 

 

 草原を歩いていると、ふと気づいた。

 視界が、広まっている……?もしかして!?

 慌ててメインメニューのエンブリオの項目を見ると……形態がⅡになっていた。

 え、進化って、こんなひっそりとなるモノなの!?孵化の時はあんなに光ったりしていたのに!?

 驚きつつ、他に変化はないか見てみると……ステータス補正の内、STRとENDがCに、HPとSPがEになっていた。

 これは……昨日の【小鬼】との戦いが影響したのか?

 STRとENDは《迎撃の心得》で倍加させてたし、HPにもダメージを受けていた。SPも、最後にアクティブスキル使ったし、恐らくそうだろう。

 あとは……《見えざる瞳、視る異能》のレベルが2になっていた。

 今まで視界は半径100m程度だったのが、200m程度になっている。

 微妙な変化だがこれを続けていけば、いつかは半径1kmとか半径10kmとかになるのだろうか?今後も今回と同じ成長率だとしたら、それぞれ第十形態と第百形態にならないと無理だけど……そこまで進化するのか?

 ……とりあえず、そこまでいくかどうかは後々確かめられるだろう。

 まずは、現在。昨日考えていたことが実行できるかどうか、だな。

 

 そうして気を取り直して歩いていると、昨日と同様に小柄な人型を視界に収める。

 ……あれ、【小鬼】じゃん。しかも3体いるし。

 昨日の激闘が脳裏に蘇るが……流石にあのレベルの個体はそうそういないだろ。多分。

 もしあれが【小鬼】の標準だったら確実に負けるが……そうじゃないことを祈って戦おう。

 

 

 【小鬼】達はまだこちらに気付いていないようなので《迎撃の心得》は発動させられず、素のAGIで近づいて――いこうとした所で、気付く。

 小鬼に意識を向けると、その前にウィンドウらしきものが現れ、このように表示されている。

 

 

  【小鬼】

  レベル:5

 

  HP:125

  MP:7

  SP:31

  STR:20

  END:17

  DEX:13

  AGI:19

  LCK:8

 

 

 これは、【小鬼】のステータスだよな……?でもどうして、こんな《看破》みたいなこと……あ、もしかして。

 《見えざる瞳、視る異能》には、第一形態の頃から“隠蔽看破”の能力があった。だから、進化に伴い、新しく《看破》の能力を得ても不思議ではない!

 ……あり得なくなさそうというか、ほぼ確実にそうだろう。

 まあ、あって損はなさそうだし、別にそんな過剰に気にする必要はないか。

 

 【小鬼】へ向かって走っていく。

 残り距離が100mを切った辺りで、【小鬼】達もこちらに気付いて走り寄ってきた。

 それによって発動可能になった《迎撃の心得》を、AGIを指定して発動する。

 

「ギャア!」

「ギィ!」

 

 【小鬼】達が持つのは小刀、手斧、槍。それぞれの得物を振り上げ俺を迎え撃とうとする。

 

「……ふっ」

 

 一番近くにいる小刀の数歩手前で、指定をSTRに切り替える。

 突進の勢いを殺さぬように、むしろ強めるように数歩踏み込み、全力で喉元目指して突きこむ。

 突き出した穂先は、昨日の戦闘のように小刀で弾かれ――ることもなく、綺麗に突き刺さった。むしろ、貫いた。

 

「はぁ!」

 

 貫いた槍を引き抜き、呆然とする手斧の頭を薙ぐ。

 頭が綺麗に断たれ、断末魔を上げる暇すらなく死んだ。

 

「……ギ、ギャァ!」

「遅い」

 

 再起動した槍が背を向けて逃げようとするが……再び《迎撃の心得》――面倒だからこれからは《迎撃》と呼ぼう――でAGIを指定した俺に回り込まれ、頭を貫かれた。

 死体は光の塵となり、あった場所にそれぞれの武器と角、爪、肌が落ちた。

 

「……弱いな」

 

 今回の戦闘の感想はそれだ。

 攻撃に対応して防御できていないし、判断も遅い。

 昨日の【小鬼】とは比べ物にもならない。

 これは多分、今の3体が弱かったのではなく、昨日の奴が強すぎただけだ。今日のならば、初心者が初めて訪れるフィールドの敵としては十分だ。

 これなら、最初の内は問題なく戦えそうだな。

 ただ……今のような戦闘では、高揚感も何もない、というのだけが難点だな。

 ドロップアイテムを拾ってアイテムボックスに仕舞い、次のモンスターを探して歩きだす。

 次は、もっと俺を楽しませてくれるといいんだけどな。

 

 

□□□

 

 

「ギャア!」

「ギギ!」

「はぁ!せい!」

 

 本日最初だった三匹【小鬼】との戦闘から30分後。

 俺は十匹の【小鬼】と戦っていた。

 しかし、何か妙だな。この30分で3種ほどのモンスターと遭遇したが、その中の【小鬼】比率がかなり高い。近くに大きな巣でもあるのだろうか?

 だが、その20体ほどの中に、昨日の個体ほど強いのはいなかった。

 この10匹の中にも強いと思える奴はいない。

 数が多い分注意して戦っていて、一撃で倒せるほど踏み込んではいないが、俺のHPはほとんど削られていない。逆に【小鬼】たちのHPは徐々に削っている。

 そんな風に安定して戦えるのは安心、なのだが……物足りなさを感じてしまう俺はかなりどうにかなっているようだ。

 

 話は変わるが、実は俺、先程までと戦闘スタイルを変えている。

 右手に【鉄槍】を、左手に初期配布の槍を持つ、双槍スタイルである。

 

 これになった訳は、二つある。

 一つ目、これが主な理由なのだが、単純に火力を求めた結果である。

 フィールドに来る準備をしていた時、つまりはティレシアスが第1形態だった時のステータス補正は、AGIだけがCで他は全部Gであり、AGIだけが高い状態だった。

 その状態では、STR不足により火力が足りない、END不足により耐久力が足りない、そういう事態になってしまうのでは、と心配だった。

 俺が最初にレベル上げする【迎撃者】はLUK以外の全てのステータスが上昇するが、その数値は飛び抜けて低い。特化型のジョブに比べたら、約3割程度なのだ。 

 ほぼ全てのステータスが上昇する以上、他のジョブと差を付けないといけないのだから仕方のないことだし、自身に必要なステータスは《迎撃》で倍加すればいい。この特性によるデメリットはもう一つあるのだが、今はそれについては置いておく。

 

 そんな特徴から、【迎撃者】をカンストさせて別のジョブのレベルを上げるまで、どれだけ上げても差が劇的に変わるのは望めない。

 そこで俺が考えた事の一つが、“STRが低いのなら、武器を二つ持って手数を増やせばいいんじゃないか”ということである。

 武器は買った【鉄槍】と初期配付で二つあるし、【適職診断カタログ】をめくれば、それに適したジョブ――【双術士】を見つけることもできた。

 

 武術家系統の派生下級職である【双術士(ツイン・マーシャルアーティスト)】は、二つの武器を両手で持つことを得意としたジョブである。固有スキルである《双武術》は、両手で別の武器を持った際に感じる重量を軽減させたり、攻撃力を上げたりする効果を持っている。

 すごく便利なジョブだが、これに就いている人は案外少ない。

 なぜなら、このジョブを有効活用しようとすると、武器が二つ必要になるからだ。

 準備するだけで2倍金が必要だし、戦闘で減った耐久値を修理に出すのも2倍かかる。普通、自身のレベルが上がって戦うモンスターの強さが上がれば装備品も良い物に更新しなければいけないが、その際にも金が多くかかる。

 そんな風に二つに金を使うのならば、一つの武器に金を注ぎ込んで高性能のものを買ったり、防具やアクセサリーに金を使った方が遙かに戦闘に有利だ、と考える人が多いのだ。

 俺もそう思ったのだが……結局は【双術士】に就き、双槍スタイルとなった。

 それは2つ目の理由、俺の双槍への興味、というかやりたいという望みが後押しした結果だ。

 

 なぜわざわざ双槍かというと、俺が初めてプレイしたMMOで、俺が双槍使いだったからである。

 双槍使いは、“手数は多いがスキルが弱い”“同じくらいの手数なら双剣があるし、そっちはスキルも強いのが多い”“そもそも双槍自体の数が少なく、手に入る物の性能が良くない”と不遇だったが、それでも俺は楽しんでたし、運良く手に入ったレア武器のおかげでトッププレイヤーにもなることができた。

 

 始めて3年ほどでサービスを終了してしまったが、その後やっているMMOでは双槍があればそれを使い、それがなくても武器は必ず槍にするほど、思い入れがある。

 このほぼリアルな世界でも、それは変わらず……むしろ自分の身体でプレイできるのだから、一度はやってみたかったのだ。

 

 まあ、それもティレシアスが第2形態に進化して、STRとENDも補正がCになったから杞憂だったのだが。

 わざわざ双槍にする必要もなくなったが、それでも俺の双槍への愛着は変わらない。一度試してみて、やりやすかったらそのままで、駄目だったら最初の一本槍スタイルに戻そうという訳だ。

 

 その結果だが……とても戦いやすかった。

 槍が二本あるということは、攻撃手段も防御手段も二つあるということだ。

 隙があれば二体を狙って攻撃することもできるし、攻撃されたら一本を防御に、もう一本を反撃に使える。

 槍が二本になったことで、《双武術》での軽減があっても重くはなってしまい動きは少し遅くなったが、速さが重要な時には槍を減らせば問題はないだろう。

 

 

 そんな感じで、10体中9体は倒し終えた。

 残りの1体も、今や満身創痍である。残りHPも3割程度だ。

 ……そうだ。あれ、試してみよう。

 《迎撃》でAGIを指定しながら両手の槍を構え、【小鬼】に突撃する。

 【小鬼】も刀を構えるが……エンブリオとスキルの二つで強化された俺からすれば、遅い。防御される前に喉でも頭でも貫けるだろう。

 だが、そうはしない。なぜなら、今の俺にとってこれは“戦闘”ではなく“試行”なのだから。

 

「ギャウッ!?」

 

 まず、片手で一回ずつ【小鬼】の両足首を突く。

 【小鬼】が崩れ落ちるが、それに構わず今度は両手首を狙う。

 刀を取り落とすが、それにも構わない。

 STRとAGIを最大限発揮し、俺の出せる最強、最速で次々と交互に右肩、左肩、右太腿、左太腿、右肺、左肺、腹、心臓を貫く。

 そして最後に、両槍を後ろに引き絞り力を溜め――双つ同時に、頭に突き込んだ。

 当然、【小鬼】のHPは全損し、即座に死体は光の塵にる。

 

「ふぅ……やれば、できるもんだな」

 

 疲れたが、俺がやりたかったことはできた。

 今のは、俺が始めてプレイしたMMOで双槍スキルを最大まで上げた者が習得できる奥義スキル《イレイス・バララージスティンガー》……の、真似事だ。

 両手首、両足首、両肩、両太腿、両肺、腹、心臓を左右の槍で交互に、神速で貫き、最後に溜めた両槍で頭を貫く、手数の多い武器種のスキルとしても脅威の14連撃。しかも、“手数は多いが弱い”とされた双槍スキルとは思えない威力と攻撃が当たった数だけバフを解除していく特殊効果を持つ、かなりヤバイ強さだった。

 

 懐かしいな……これを覚えて必殺技として使っていた頃、現実でもやろうと槍に見立てた棒を二本用意したのに……俺の筋力が貧弱すぎて、まず両手で持つこともできなかった時の、あの感情が……。

 でも今の俺には、現実では考えられない筋力と《槍技能》、《双武術》がある。再現できてもおかしくないと思って試してみたが……予想以上にできた。

 もちろん速度も威力もオリジナルに比べれば低いし、特殊効果も再現できなかったが……。

 なんか、すっごい嬉しい。

 実は右太腿を刺された辺りでHPが0になっていて、明らかなオーバーキルを受け続けた【小鬼】には悪いけど!

 




双槍は、私が好きなのでただやらせたかっただけです。最初に好きになったのは、某英霊召喚戦争の過去編の槍兵。あの最後はヒドかった……。
そして構想はあるので、将来外伝として健の話を投稿する、かも?

【双術士】
武術家系統派生下級職。上昇するステータスは、一番がSTRとAGI、次点でSP。
別の二つの武器を両手で持ち戦うことを得意とする。なので、最初から二つ一対で作られた『双剣』みたいな武器は対象外。
覚える攻撃用アクティブスキルは、武器の属性(斬・突・打)の組み合わせによって変化する。

《イレイス・バララージスティンガー》
もうサービス終了したとあるMMOでの双槍スキルの奥義。
高威力の14連撃+バフ解除の特殊効果の超強技だが、発動前のタメが長く、発動後の硬直も長いため、上手くタイミングを取らないと避けられ反撃で自分が死ぬ、一か八かの技でもあった。
けれど、葉月はこれを危なげなく叩き込める腕前を持っていた。


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8・〈マスター〉接触

「ん、あれは……」

 

 奥義(偽)の発動でテンションの上がった俺は、出現率の高い【小鬼】に加え、この〈緑花草原〉に出現する魔獣【大鼠】と【灰狼】をサーチ&デストロイ!していたのだが……サーチ中に、今まで見なかったものが見えた。

 

「マガネ、そっちに一体行った!ごめん!」

「大丈夫ですよ。《私の手にかかれば人形に》!……ふふ、これでまた手駒が増えましたね」

「おい、お前が操作しないせいで棒立ちになってるぞ!あ、やべ、霧鮫の方に抜けちまった!」

「こ、怖い……で、でも!エヌちゃん、お願い!」

「分かっている。だが、その代わりに搾り取るぞ、マスター!《二対の神水(アプスー・ティアマト)》、《交わり産まれる神性》!」

「くぅ……」

『グゥアァアアア――ッ!!』

 

 つまりは、他の人間である。

 5人の男女と数体の獣、3匹の【小鬼】が、10数匹の【小鬼】と戦っていた。

 人間は一人を除いて、左手の甲に紋章があるからプレイヤー……〈マスター〉だ。

 

 1人目は、“人と天地を繋ぐ大樹”の紋章を持つ銀髪碧眼の女性。顔は欧米人と日本人のハーフっぽい。《看破》によると名前は甦能彩夏……なんて読むんだ?ジョブは【隠密】、レベルは12である。

 小刀を持って前衛を張っているが、【小鬼】を一体後衛に抜かしてしまっている。

 

 2人目は、“人形を操る手”の紋章を持つ黒髪黒目の青年。中肉中背で、どこかぱっとしない雰囲気だ。だが、得体の知れない何かを持ってる……気がする。名前はマガネ。ジョブは【傀儡師】、レベルは10。

 後衛に抜けた【小鬼】が彼に近づくが、なにがしかのスキルを使われると、動かなくなってしまった。その【小鬼】は【人形化】という状態異常にかかっている。よく見てみると、人間と共に戦っていた【小鬼】の3匹かにもかかっていた。

 

 3人目は、“闘技場で向き合う戦士”の紋章を持つ、金髪に紫のメッシュが入った女性。顔は美人、なのだが……なんというか、違和感がある。まさに造られた、って感じだ。メイキングで弄って失敗したのだろうか?そして、その所作や話し方がすごく男っぽい。男らしい女性、というレベルではなく、完全に男。まさかこの人も……いや、まさかな。名前はイリス。ジョブは【剣士】、レベルは13。

 彼女?も【隠密】の子と共に前衛をやっているが、今は【傀儡師】の彼に注意を飛ばしている。その言い方と、先程まで動いていた【小鬼】が止まっているところを見ると、どうやら【傀儡師】の彼は【人形化】しているモノを操れるらしい。それが、近づいてきた【小鬼】に対処していて滞ってしまったみたいだ。しかし、そんなことを言っている内に、彼女?も【小鬼】を一体抜かしてしまっていた。

 

 4人目は、“水から浮かび上がる粘土板”の紋章を持つ、黒髪銀眼の少女。前髪で目を隠していて、5人目の女性の後ろでオドオドしている。名前は霧鮫。ジョブは【陰陽師】でレベルは14。

 近づいてくる【小鬼】に気圧されていたが、決意を込めて――5人目の女性に頼んでいた。一瞬、いや自分はやらねぇのかよ、と思ってしまった。 

 

 5人目は、唯一紋章を持たない、蒼髪緑目の女性。その堂々とした態度からか、すごい高貴な雰囲気が漂っている。

 紋章を持たないってことはティアンのはずだが……《看破》では、【水成神母 エヌマ・エリシュ】とTYPE:メイデンwithガードナーというものが見えている。

 これからして、もしかしてこの女性はエンブリオなのか?メイデンというカテゴリー、ダッチェスから説明されてないけど、説明されたガードナーもあるし……よく分からないな……。

 それはともかく、彼女が一つ目のスキルを宣言すると、両手に2種類の水が生まれた。さらに、【陰陽師】の少女の紋章から現れた水もそこに合わさる。その後、2つ目のスキルと共にその2種類の水を混ぜ合わせると……水の中から蒼い毛並みの巨狼が現れ、近づいてきた【小鬼】を噛み殺した。

 

 総評すると、それなりに強い。

 個々人の強さもある程度あるし、連携も取れてる。ただ、それぞれあまり戦闘に慣れている感じがなく、そのせいで敵を抜かしたり、他への支援を途切らせてしまったりしている。

 けれど、それをどうにかできているし、初心者とすればこんなものなのだと思う。

 ただ、最後の蒼狼だけは別だ。あれ、どう考えても初心者が使役できるレベルではない。今も無双しているし。

 

 苦戦しているようなら手伝おうかとも思ったが……その必要もなさそうだ。

 他のプレイヤーと話してみたいから、遠巻きに見て、戦闘が終わったら声かけてみようか。

 

 

□□□

 

 

「やっと終わったわ……」

「今回は数が多かったですからね」

「あー疲れた!休もうぜ!」

「だ、だね。エヌちゃん、ありがとう」

 

 【小鬼】10数匹を殺し、傀儡となっていた4匹も殺して戦闘を終わらせた後、〈マスター〉の四人はいかにも疲労困憊といった態で、草原に腰を下ろしている。

 だが、エンブリオ(推定)の女性だけは違かった。

 

「別によい。だがマスター、休むのはまだ早いぞ」

「え?」

 

 エンブリオの女性が、とある方向を……俺が歩いてきている方を指差す。

 それで、四人も近づく俺のことを認識したらしい。

 慌てて立ち上がり、【隠密】と【剣士】は刀を、【傀儡師】は手――恐らく【人形化】のスキルの発動準備――を、【陰陽師】とエンブリオは蒼い獣たちを――それぞれの武器を向けてくる。

 ……なんか、俺が襲撃をかけようとしているみたいだな。そんなつもりはまったくないのに。

 

「えっと……敵意はないです。武器を下げてくれると助かります」

 

 俺の顔が見え、声も届く距離になった所で、昨日柚芽や茜ちゃん相手にやった様な女性風の口調、声の出し方、表情や仕草を、昨日よりも念入りに意識して話しかける。

 昨日会ったのはティアン……NPC(ノン・プレイヤー・キャラ)だが、今からコミュニケーションを取ろうとしているのはPC(プレイヤー・キャラ)。柚芽たちは恐らくネカマなんて知らないだろうが、この人たちはネカマがあるということを知っている。俺の言動が男っぽかったら、すぐさまネカマのレッテルを張られ(事実だが)、掲示板とかで吊し上げられる。そうなったら、プレイヤーとの交流なんかできなくなる……!

 ああ、考えるだけで震えてきた……。

 

「……え、かわ……!?」

「「ふぁ…………」」

「分かりました。ほら、三人とも」

「……え、ええ。ほ、ほら!ぼーっとしてないで、だいt……じゃなくてイリスと霧鮫も!」

「はっ……う、うん」

「お、おう」

 

 俺の顔を見て、【隠密】【剣客】【陰陽師】の三人が固まる。

 うんうん、分かる分かる。俺の最高傑作と言えるこの顔の造形を他人として急に見たら、俺だって固まるだろうからな。

 だが、【傀儡師】の彼だけは一切動じず手を降ろし、他の三人にも促している。

 ……別に反応して貰えなくて残念って訳じゃないけど。じゃないけど……ここまで反応されないと,こいつ、人間か?と思ってしまうのも無理ない、はず。

 彼の促しに再起動した三人も、武器を降ろす。

 よし、戦うことにはならないようで一安心だ。

 

「戦闘でお疲れの時にすいません。他のプレイヤーと話をしてみたかったのですが……」

 

 口でそう言うと同時に、「相手を気遣いながらも、少し寂しそうな」表情を意識して作る。

 

「い、いえ!全然大丈夫ですよ!」

「そ、そうです!」

 

 うわ、チョロい。

 【剣客】と【陰陽師】が即刻前のめりで承諾してきた。

 こんなんだと将来が心配になるな、赤の他人だけど。

 

「あ、あなたたち……まあ、話すことに異議はないけど」

「そうですね」

 

 【隠密】の娘も俺と同じことを思ったのか2人をジト目で見たが、話すこと自体には賛成のようで、【傀儡師】も賛同している。

 それじゃあ、初のプレイヤーとの交流だな。

 



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9・〈マスター(高校生)〉談話

 お久しぶりです。まずは謝罪を。
 かなり長い間投稿せず、本当にすいませんでした。
 今確認したら3カ月半近く、しかも、感想への返信で投稿すると言ってからも1カ月近く投稿していませんでした。
 もうエタったと思われて興味を失われていないか、と不安ではありますが、まだ待って頂いてる方がいることを祈って投稿します。


「じゃあ、まずは自己紹介からね。私は甦能彩夏(そのうあやか)。ジョブは【隠密】よ」

「私はマガネです。【傀儡師】に就いています」

「俺はイリス。【剣客】だ」

「わ、私は、霧鮫と言います……【陰陽師】です……」

 

 ティレシアスの《看破》でそれぞれ知ってはいたけど、確認も兼ねてきちんと聞く。【隠密】の娘の苗字、『そのう』なんて読むんだ。新発見だな。

 

「そして、この子が……」

「我は、【水成神母 エヌマ・エリシュ】。TYPEメイデンwithガードナーである、そこな〈マスター〉のエンブリオだ」

 

 五人目の女性が、【陰陽師】――霧鮫を指しながら言う。

 やっぱり、エンブリオだったか。

 “エヌマ・エリシュ”とは……確か、バビロニア神話の創世期叙事詩だったか?

 健の“人魚”なんかとも合わせて考えれば、エンブリオはモチーフとして地球の神話や幻想生物なんかを使っているのかもしれないな。

 ということは“ティレシアス”もそうなのか?俺は知らないが……後で調べてみるか。

 しかし、それよりも気になるのが一つ。

 

「あの、すいません。メイデンって何ですか……?」

 

 《看破》していた時から気になっていた、彼女のTYPE。

 ダッチェスから説明された中にもなかった上に、同じくTYPEが二つある俺の“テリトリー・アームズ”とは違う“メイデンwithガードナー”という表記の仕方。気になるには十分だ。

 

「えっと、ですね……。基本形態が人間であるレアカテゴリー、らしいです……。必ず他のカテゴリーを併せ持っているハイブリット型?だとか。……これ、全部エヌちゃんの受け売りなので、私も十全に理解している訳ではないんですけど……」

「いえ、それでも十分です。ありがとうございます」

「……っ、い、いえ、どういたしまして!」

 

 うわ、ちょっと微笑んで見せただけなのに、真っ赤に照れてはにかんで……この子、チョロ可愛いな。

 

「あ、そうです。自己紹介がまだでした。【迎撃者】の水無月火篝です。よろしくお願いしますね」

「ええ、よろしく」

「おう!」

 

 よし、掴みは上々。

 態度からして言動などに不審感は抱かれてないみたいだし、この分だとネカマだとも気付かれていないみたいで一安心だ。

 それじゃあ、ここでもう一つの疑問も解消させるとするか。

 地雷の可能性もあるが、今は何よりもそれに関心が向いているからな。

 

「あの、イリスさん」

「な、何ですかっ?」

 

 俺が声をかけると、びくっと身体を震わせた後に応答する。

 声も震えており、表情からは緊張と興奮が感じられる。

 その反応をもって、俺はある事を確信し、問いかける。

 

「あなた、リアルは男性ではないですか?」

「っ……ええ、そうですよ」

 

 俺の言葉を聞いたイリスは少し呆気に取られたような顔をした後……普通に頷いたのだった。

 

 

□〈緑花草原〉 【剣客】イリス

 

 

「やっぱり分かっちゃいますか?」

「はい。すごく分かりやすいです。それと、慣れていないのなら敬語はいりませんよ。普通に話してくださって構いません」

「そ、それじゃあ。分かった」

 

 俺の返答に、にっこりと笑って返してくれるこの(天使)は、水無月火篝さん。先程このフィールドで出会い、少し話すことになった。

 しかし……この美貌はヤバいだろ……。

 最初見た時なんか、あまりの美しさに固まってしまった。

 アイドルでも女優でもグラドルでも、ここまでの人は見たことがない。今の俺の紛い物美人とは大違いだな。

 

 

 俺――大塚(おおづか) 大智(だいち)がこのゲーム、〈Infinite Dendrogram〉のことを知ったのは発売発表会見の配信だった。

 それを見て興味を持った俺は、幼馴染の3人を無理やり巻き込……げふんげふん。誘って始めた。

 あのキメラ人間――名前は確か……ジャバウォック?――からチュートリアルを受け、その時のキャラメイキングでふと思い立ち、アバターを女にしてみた。

 その容姿は俺の理想にしようとしたが……結局上手く行かず、途中で妥協した。その結果が、このどこか違和感のある美形だ。

 ログインした後は身体の違いに悩まされたが、三人の助けもあり何とか順応することに成功。

 その後はこの世界を満喫していたが、“女らしくする”というのが意外と難しく、最終的には諦めて男の時と同じように振舞うことにしたのだ。

 そしてそれを今火篝さんに指摘された、という訳だな。

 しかし、やっぱり分かりやすいんだろうか……。

 結構色んな人に指摘されたし、好奇の目でも見られたし。

 こんなことになるなら、素直に男にしておけばよかったという後悔もなくはないが……まあ所詮ゲームだし、それを含めた上で普通に楽しめているからそう重く捉えなくてもいいか。

 それよりも何よりも今はやることがある。この機会を逃さず火篝さんとお近づきに……は性急過ぎるから、せめてフレンドにぐらいには!

 

 

□【迎撃者】水無月火篝

 

 

 まさか、こんなすぐに同じネカマに会うことになろうとは思わなかったな……。

 しかも、イリスはそれを隠そうとしていない。こちらが指摘しても特に狼狽することもせず、普通に肯定している。

 それが知れ渡った時の、周りのプレイヤーたちから反応が怖くないのだろうか?

 気になるが、それをここで聞くことはできない。

 それを聞いてしまったら、俺もそうだということがばれてしまう。それは嫌だからな。

 

「では、皆さんはリア友なんですか?」

「はい。いわゆる幼馴染という奴ですね」

「私は特に興味なかったんですが、そこのイリス(馬鹿)に無理やり……」

「でも、やってみて良かっただろ?」

「ま、まあ……」

「私もエヌちゃんに会えたから……やってよかった……!」

「ふん、嬉しいことを言ってくれるではないか、マスター」

 

 ふむ……美少女と美女が仲良く微笑み合っているのは、見ていていいな。これが“尊い”というものか……初めてリアルで実感したな。

 

「私もリア友に誘われて始めたんですが、やってみて良かったです」

「水無月さんもですか?……あれ?では、その人は?」

 

 俺の発言を聞いた彩夏が、不思議そうに聞いてくる。

 

「その人とは一緒に遊んでいませんよ。別の国ですし」

「え、誘われたのに、ですか?」

「ええ」

 

 俺の返答に意外そうな顔をする四人。

 まあ、それもそうか。誘われたのなら一緒にやるのが一般的ではあるからな。

 ただ、俺と健はそれに当てはまらない。

 俺たちは自分がハマっているゲームがあるとお互いに勧め合うが、それは“一緒に遊びたい”という感じではない。

 もちろん都合が付けば一緒に遊ぶが、お互いに求めているのは“ハマっているゲームの話題を共有したい”という感じだ。

 だから、初期の開始地点が異なっていたり、種族同士で対立しているようなゲームであっても、それを示し合わせたりすることはほとんどない。むしろ、様々な視点からの話題が欲しくて、積極的に別なモノを勧める場合すらある。

 

 それが俺たちの普通だったから、今回も健が俺に初期国家を言ってこなかったし、俺も聞かなかった。

 まあ、今回はそれで良かったかもしれない。

 同じ国に示し合わせといて、俺が女体化をしてしまっていたら、どんな事態になっていたか……想像もしたくない。

 

 それからは、六人で他愛のない話をする。

 四人とも俺と同じ高校1年生ということで、同年代ゆえの気軽さで話が進む。

 それぞれのエンブリオのことや就いたジョブ、戦ったモンスターやそのドロップ品などゲームシステム的なことから、オーバーテクノロジー過ぎるデンドロの話題や、NPCとは思えないティアンについてなど。

 

 俺のティレシアスがもう第二形態に進化していることを伝えると、驚くと共に悔しがっていた(特にイリスが)。

 やはりゲーマー的には、他のプレイヤーが先に進んでいるのは悔しい思いがあるのだろう。その気持ちは俺も分かるぞ。

 

 

 ……ちなみに、だが。

 今の俺はまるでコミュ力つよつよな陽キャの如く、初対面の人達(しかも女子含む)と楽し気に会話しているが、本当の、現実の俺ではこんなことはできるはすがない。

 それが出来るいるのは……今の俺が、“飯沼 葉月”ではなく、“水無月 火篝”だからだ。

 なよなよしていて男気も感じられず、終始人を寄り付けない暗い雰囲気を纏い、トラウマで満足に人付き合いも出来ない、風体も内心も生粋の出来損ないである飯沼葉月(現実の俺)ではなく。

 綺麗で美しくて、誰をも魅了する雰囲気を纏い、当然満足に会話も出来て逆に相手を元気にするような、最早聖人とも表現できるような水無月火篝(理想の私)だからだ。

 いわば、ロールプレイ中なのだ。俺とは正反対の、俺の理想の人間を。

 それはきっと、この世界に降り立ち、今の自分を認識した時から、変わらず続いている。

 俺の理想の人なら、初対面の人だろうと楽し気に会話できるだろう。誘拐紛いのことをされても、誠意を持って謝られれば、すぐに和解し仲良くなれるだろう。不手際で俺へ不躾な視線を集められても、気にせず流し、むしろ相手を気遣えるだろう。

 

 ……今こうやって振り返って思えば、昨日柚芽や茜ちゃんと会った時も、“女らしく”という意識してやっていたことだけではなく、無意識で“火篝(理想)らしく”ということも実行していた。

 茜ちゃんに顔を背けられた時はトラウマが刺激され、本来の俺に戻っていたような気もするが、それ以外はずっと火篝として振舞っていた。

 もし昨日二人と対峙していたのが現実の俺だったら、もし誠意を持って謝られても、内心のどこかでは悪感情が残り、すぐに立ち去っていただろう。不手際で俺に不快なことが起こったら、相手を責めていたかもしれない。それも、面と向かっては言えないから、心の中で。

 

 

 俺は、俺が嫌いだ。

 本当は、もっと人と話したい。もっと皆を気遣える人間になりたい。健のように、一緒に居れば誰かを幸せにできるような、そんな力が欲しい。

 でも、俺には出来ない。今まで積み重なって俺の性根にまで染み付いたトラウマを拭えないから。

 昔祖父に気味悪がられた、昔誰とも知りもしない男に罵倒を浴びせられながら刺されかけた、昔親友目当ての女子に優しくされその後陰口を言われた、その程度のことも乗り越えられない俺が、心底嫌いだ。

 

「……ん……さん……水無月さん?」

「……え、あ、何ですか?」

「大丈夫ですか?急に黙ってしまったので、何かあったのかと……」

 

 どうやら自分の内面に向き合い過ぎて、話が止まってしまったらしい。

 霧鮫ちゃんがこちらをのぞき込み、他の四人も心配そうな表情をしている。

 

「いえ、何でもないですよ。えっと確か、高校の先生の話でしたよね……」

 

 何とか空気を修正し、先程と同じような軽くて楽しい雰囲気にする。

 俺のトラウマ性コミュ障は今始まったことではないのだから、考えるのはまた後で良いだろう。

 それより今は、この会話を楽しまなくちゃな。

 こんなに明るく会話をしたのは何年ぶりだろうか?

 両親とはこんな雰囲気で話せないし、健とは、あいつが馬鹿で陽キャで俺が陰キャだから、大抵健が話かけてきて、それを俺が適当にあしらう、という構図が出来ているから、これもまた違う。

 それ以外だと、学校で3人とは話すが、1人はマジ頭おかしくて意味分からん奴でだし、他2人は健と三人で喋っているのを俺が聞いて、時たま合いの手を入れるくらいだからな。こんなに積極的に自分から喋ったりしない。

 そんな貴重な体験を噛みしめていると……ふと、それに気づいた。

 

 

 それは、俺たちに近づいてくる一匹の子狐だった。

 ゲームの狐というと、尻尾が9本あったり、周囲に狐火を纏わせたり、そういったモノが連想されるが、そいつにそういったものはなかった。

 毛並みが紫であることを除けば、現実の狐と変わらない。

 ここが現実ならば、可愛いーなんて言って近寄っていく者もいることだろう(ちなみに、狐はエキノコックスに感染する可能性があるから、見つけても絶対に近寄ってはいけないらしい)。

 だが、ここはゲーム。一度街から出てみれば、魔獣が蔓延る戦場だ。

 当然、この狐もただの無害な動物ではない。それは、頭上に浮かぶネームプレートと、そこに書かれている名称を見れば一目瞭然だ。

 そんなモンスターが近づいてくるのだから、普通は戦闘態勢を取る。

 

 だが……俺以外の5人は全員とも、そうはしていなかった。

 何の脅威もないかのように、リラックスして談笑を続けている。

 それはまるで、あの狐が見えていないかのような態度だった。

 しかし、それは普通あり得ない。

 俺たちは円になるように並んで話している。

 狐に背中を向けている霧鮫とエヌマ、彩夏は仕方ないとしても、角度的にも距離的にも俺とほぼ変わらない男二人が見つけられないのはおかしい。

 これでは、自分が見ているモノこそ実は幻影かもしれない、というような感覚に陥ってしまうが……あの狐が何か知っている俺ならば、それも納得できる。

 何せこの狐とこの現象が、俺がこの〈緑花草原〉をレベリング場所に選んだ理由の大きな一つだからな。

 

 狐は、急ぐでもコソコソするでもなく、悠々と俺たちに近寄ってくる。それは今まで、誰相手であろうと自分が見つかったことがないからこその余裕だった。

 そのまま霧鮫の真後ろ30cmといった所まで歩くと止まり、力を四肢に込め、霧鮫のうなじに飛び掛かる――少し前に【鉄槍】をアイテムボックスから取り出し《迎撃》でAGIを3倍化していた俺によって、地面へと縫い付けられた。

 

「え、火篝さん……?」

「どうしたんですか?突然槍で地面を突いて……って、それ!?」

「キュ、キュ……」

 

 突然の俺の奇行に、五人は怪訝そうな顔を浮かべるが……槍に貫かれた狐を見つけ、驚愕へと変貌させた。

 

「い、いつのまにこんな近くまで……!?」

「それは、ネームを見れば分かりますよ」

 

 助言しながら、俺ももう一度ネームに目をやる。

 そこには……【隠密子狐】と銘打れていた。

 

「【隠密】……ということはもしかして……!」

 

 それを見た5人の内、自身も【隠密】のジョブに就いている彩夏が最も早く理解する。

 

「ええ、そうです。このモンスター、《隠形の術》が使えるんですよ」

 

 《隠形の術》。

 それは、初邂逅時に柚芽も使用していた、隠密系統で習得できるジョブスキルだ。

 自身の気配を完全に消すことが可能で、たとえ目の前にいたとしても、《看破》や《心眼》などのスキルが無ければ感知することができなくなるのだ。

 

「で、でも、私には《隠蔽感知》のスキルもあるのに……」

 

 そのカラクリを知っても、彩夏は気付かなかったことに納得していなかった。

 確かに、【隠密】は隠蔽に特化したジョブであり、自身が施すだけでなく、それを見破るのも得意としており、その手段が《隠蔽感知》である。

 そのスキルがあれば、他者が施した隠蔽を感知し、無効化することができる。

 しかしそれは……ある条件を満たした時のみだ。

 

「彩夏さん、そのスキル、今何レベルですか?」

「えっと、まだ1だけど……って、あ……」

「そうです。【隠密子狐】は生まれた時から《隠形の術》をレベル2で覚えています。それに、先程の個体はレベルアップもしていて3になっていました。それでは通らないのも無理ありません」

 

 ほとんどのゲームでは、相反する効果を持つスキルがぶつかりあった場合、スキルレベルか、スキルレベルがない場合は対応するステータスや確率が高い方が優先される。

 それはこのデンドロでも例外ではなく、基本的にレベルが高い方のスキルの効果が優先される。まあ、スキルレベルがないスキルや、スキルレベルがあってもそもそもの規格が違うため参考にならないスキルもあるらしいが、基本的にはスキルレベルで判断される。

 そのため、【隠密子狐】の《隠形の術》よりも低いレベルであった彩夏の《隠蔽看破》では見破れなかったのである。

 

「そう、だったの……。……あれ?でも、それならなぜ火篝さんは見えていたの?【隠密】でもないのに……」

「私のエンブリオのおかげです」

 

 そう言いながら今まで閉じていた瞼を開け、一目で作り物だと分かる無機質な瞳……ティレシアスを見せる。

 第一形態の時ですら、《隠形の術》レベル7の柚芽を見破った《見えざる瞳、視る異能》だ。第二形態に進化してそれが強化されたかどうかは分からないが、まず弱体化はされてないだろうし、レベル3程度なら簡単に見破ることができるだろう。

 ……では、なぜそんな完全にこっち側が優位な【隠密子狐】を目当てにここに来たかというと、それは確認(・・)のためだ。

 

 

 俺はエンブリオ、ティレシアスによってこの狐にメタを張れているが、そのエンブリオがないと、俺――というか【迎撃者】――にとって、こいつは完全なる天敵だからである。

 【迎撃者】の唯一の固有スキル《迎撃の心得》は、相手に攻撃された(と認識した)時にのみ発動する。

 それはつまり、こちらが認識できない相手ならば必ず先制される、ということと同義なのだ。

 それは例えば、認識できない場所からの狙撃。例えば、認識できないように仕掛けられたトラップ。例えば、《隠形の術》などで気配を消しての奇襲。

 【迎撃者】は全ステータスが満遍なく上昇する代わりに個々の上昇値が低く、《迎撃》で倍加しない限りは、同レベル帯の者にほぼ確実に負ける。

 そんな低ステータスの状態で先制攻撃を受けてしまったら、間違いなく致命傷となる。

 これが、少し前に考えていた、ステータス面における【迎撃者】のデメリットである。

 “迎撃”と銘打たれているにも関わらず、このジョブは“専守防衛”が出来ない仕様なのだ。

 

 ……だが、そのデメリットは、俺にとって存在しないも同然だ。

 そう、最初にも言ったが、俺にはティレシアスがある。

 視覚結界は全方位をカバーするので死角などは存在せず、隠されているものも見破ることができる。今は200メートルくらいまでしか見えないが、今後進化すればもっと遠くまで見えるようになり、遠方からの狙撃もすぐに気付けるようになる(まあ、次はいつ進化するか分からないので、それを解決する策も考えるつもりだけど)。

 ティレシアスがあればデメリットの一つはほぼ意味が無くなり、ステータスが低いことも“体感時間加速による対象の切り替え”を駆使すれば、ある程度はカバーできる。

 ここまでティレシアスと相性の良いジョブもなかなかないだろう。【適職診断カタログ】さんも良い仕事をしてくれたものだ。

 

「なるほど……眼球状であり、《隠形》も見破り、ずっと目を閉じていても見えていた……察するに、どんなモノでもどんな状態でも見える、言うなれば《千里眼》のようなスキルを保持しているのでしょうか?」

 

 おおぅ、マガネ、すごく鋭いな……。

 ティレシアスの、《見えざる瞳、視る異能》の能力をほとんど言い当てている。まあ、ここまで情報が揃っていれば分かるかもしれないが、それでも頭が回るのは確かだろう。

 

「へえ、そんなエンブリオもあるんだ……まさに千差万別だね……」

 

 そんな風に彩夏が感じ入っているが、俺も同感だ。

 先程聞いた四人のエンブリオもまったく違うものだったし、この分だと他の人のエンブリオも全部まったく違うものだろう。これだけの情報量を保持出来ているというだけで、どれだけの技術力が必要なのかも分からない。

 

 ……ここまでリアルな世界に、生きているとしか思えないティアンやモンスター、数にして一千は下らず、一万にすら届きかねないほど多いジョブにアイテム、トドメに、プレイヤーのパーソナルを読み込み産み出される、千差万別のエンブリオ。

 こうやって羅列してみると、やはり規格外としか思えない。どれだけの技術、人員、資金、年月が費やされたのだろうか?

 だが……それらを幾ら積んだとしても、このゲームが開発される想像ができない。

 では、これは、この〈Infinite Dendrogram〉は、どうやって創られたのだろうか。

 それは、もしかして……。

 

「どうしたんだ?また考えこんで……」

「あ、いえ、何でもありませんよ」

 

 イリスに言われて、思考を遮り、現実に意識を戻す。

 まあ、さすがにありえないだろう。未来か、別次元か、平行世界か。そんなところで創られた、本物のオーバーテクノロジーである、なんてことは。

 

 




 ……投稿前に見直したら、なんか、勢いで付け足した設定とか、今は出すはずじゃなかった設定(主に葉月の過去)も衝動で書いてますね……。
 まあ、今から修正してもおかしくなるだけだろうし、大筋としても大丈夫なはず、です。
 それと、第三話「2・初ログイン、エンブリオ孵化」の後書きにあるティレシアスのデータの“特性”の部分を付け足しました。
 理由としては、今後の展開(主に、ティレシアスをどう進化させるか)を考えた時、今の特性(盲目、視覚結界)ではどう考えても発展させられず悩んでいた所、良い感じのモノが思いつき、理由付けも出来たということで追加したいと思います。
 見切り発車ゆえのガバ設定により、ご迷惑をお掛けします。
 ですが、今の時点では隠しパラメータのようなものですし、今投稿している分が変わったりはしません。絶対見なきゃ話が分からない!なんてことはないので特別見なくても大丈夫です。しかし、今後の展開にも関わってくる(予定)ですので、できれば一度見てくださるとうれしいです。


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10・街の変化、評価

また1ヵ月以上も間隔を空けてしまいすみません。
自分は筆が遅い&気分が乗らないとまったく書けない&時間がないため、今後も間隔を空けてしまうかもしれないですけど、どんなに長くても1ヵ月近辺で投稿したいと思っているので、気長に待って頂けると嬉しいです。
というか、週一とか毎日更新を数年も続けられる人って、どうやってるんでしょうね……?



□将都北門 【迎撃者】水無月火篝

 

「……ずいぶん、人が増えたな」

 

 【隠密子狐】を討伐して少し話をした後、俺は五人と別れて将都へと戻っていた。

 五人からは一緒に狩りをしないか?と誘われたのだが、今までの狩りでドロップした素材を売りたいのと、将都がどんな風に変化しているのかが気になったため戻ってきた。

 そうして〈緑花草原〉と繋がる北門から覗いた一日ぶりの将都は、人で溢れていた。

 道を往く人混みの密度が昨日と比べ物にならないほどだ。

 

 もちろん、この街が昨日まで栄えていなかったという訳ではない。昨日の時点でも十分に活気はあった。

 寂れた山村などでは、近くに名所などが見つかり訪れる人が激増する、ということはそれなりにあることだが、元々栄えていた都市部などではそのような現象は普通起こりえない。

 なにせ、元々栄えているということは、その場所には既に人を集める何かがあるということだ。

 “人を惹き付ける特産物や絶景”“有名人・偉人を過去に輩出した実績”“国家や都市間の移動に適した立地”など、その場所のブランドと言える代物。そういったモノがなければ栄えることなどできない。

 そして栄えているからこそ、仮に新しい何かが見出されたとしても、栄えぶりに大きな変化は生まれない。

 もちろん多少は増えるだろうが、それでも目に見えるほどに変化するのは稀――それこそ、今まで関わりのなかった数十の国々に注目されるレベルの何かがない限り――だ。

 元が10ならば50増えれば6倍になるが、元が1000であれば1.05倍にしかならない。そういうことである。

 

 そんな普通にないことが……ここ将都で起こっている。

 その理由は……とある“人種”がこの街に、いや、この世界に流入してきたからである。

 さてここで、人混みの服装状況を見てみよう。

 三分の二ほどは昨日も見た、着物や甲冑などの和服で統一されている。

 しかし残り三分の一は、ドレス、軽・重などの各種鎧、スーツ、旅人風の洋服、SFアーマー、全身タイツ、ガスマスクにパンクファッション、際どすぎるバニースーツ、腰に白鳥の首を取り付けたバレエ衣装(男)などなど、あまりにも統一感がない。……というか、後半酷すぎない?

 だが、俺はこの服装たちを見たことがある。

 それは、チュートリアルで渡されたカタログ。

 そう、ここに流入してきたのは〈マスター〉……現実からログインしてきたプレイヤーたち。その最初の服装は自由であるため、統一感など望むべくもないのだ。

 

 しかし……思ってたよりも多いな……。

 この展開は予想していたこととはいえ、それでも驚いてしまう。

 初期に選択可能な国家は7つ。恐らく偏りはあるとはいえ、七等分された上で街の人数の半分ものプレイヤーがログインしてくるとは……それだけ多くの人々が本物のVRを求めていたのだろう。

 また、MMO以外の要素を求めてきた人も恐らくいる。

 三倍時間があれば、時間がちょっとしかない休憩でも長く休めるだろうし、その他にも俺では思いつけないような活用方法もあるかもしれないしな。

 

 

 そんなことを思いながらも、俺も人混みに紛れ、統一感の不和に寄与する。

 とりあえず、冒険者ギルドに行くか。確か、冒険者ギルドではほぼ全てのアイテムを市場価格そのままに買ってくれると、茜ちゃんが話していたはずだ。

 もちろん市場価格なので、値崩れしている時はその値段でしか買ってくれないが、逆に言えば買い叩かれるということもないわけだ。

 商店によっては少し高く買ってくれる場所もあるそうだが、逆に騙されて安く買われてしまう商店もあるらしい。

 そういう被害にあわないように、初心者の内は冒険者ギルドやジョブギルド(専門的な物やジョブの固有の特性ゆえにギルドが欲しがっている物は、当てはまるジョブギルドの方が高く買ってくれる)に売り、目利きや見極めが出来るようになったらそういう商店を探すのが定番なのだとか。

 まあ、延々とギルドとしか取引しない人もいるらしいし……そこは人それぞれなのだろう。

 

 という訳で冒険者ギルドに向かっているのだが……うん、視られているな……。

 と言っても、ファンタジーラノベなんかによくある“暗殺者が主人公を狙っているのを察知した”みたいな感じではなく、ただ周囲から注目されているだけである。

 俺は生粋の陰キャであるため、他人からの視線には敏感な方だが……今のこれはそんなのなくても誰だって分かるだろう。

 なにせ……周囲の人混みのほぼ全てが、俺を見ているのだから。

 前回将都にいた時も同じような状況だったが……人の密度が増えたため、より迫力というか、圧迫感が増している。

 

 そして、そうやってこちらを見る人達には、左手に紋章――あるいは、卵型の宝石――を持つ者、〈マスター〉も含まれている。

 ふむ、現実のネットやテレビで美男美女を見慣れている〈マスター〉でも見惚れると……うん、すっごく嬉しい!

 この容姿は俺の生涯での最高傑作だ。それに見入って貰えるのは、作者冥利に尽きるというモノである。

 まあ、この至高の芸術品たる容姿に勝る現実の人間なんている訳ないからね!どんな女優だろうとモデルだろうとも!

 もし、この容姿に勝る……いや、この容姿と同等以上程度でも、現実で持っている人がいたら、俺はその人の奴隷にでも何でもなってやろうじゃないか!

 ……っと、ちょっと興奮しすぎたな。

 まあ、それだけ俺がこの容姿(作品)を気になっているということで。

 

 しかし、この容姿が美しい故に……嫌なことがある。

 それは、俺が見られることだ。

 ……先程と矛盾しているかもしれないが、それが俺の偽りのない気持ちである。

 俺はこの容姿(作品)を気に入ってる。だが、考えてもみてほしい。

 いくら自分の作品を気に入ってる作者としても“鑑賞される美術品そのものになりたい”という人がどれだけ居ると思う?

 つまり、そういうことだ。

 最初ログインしていた時は興奮から、周囲から見られることをそれほど嫌とは思ってなかった(男の欲望に満ちた視線は元々嫌だったけど)し、情報集めとかさっきの四人と話す時とかは有効活用していたが……ずっと見られていると、やっぱり嫌にもなってくる。

 どこかで顔を隠せるモノ――仮面とか、あるいは《認識阻害》的なスキルのついた装備品とか――を入手した方が良い気がする。

 ……唐突に、頭の中に“着ぐるみ”という言葉が浮かんできたが……いや、流石にこれはないな。第一、売ってもないだろうし……。

 

 

 と、どこかからの電波を受信していながらも、足は止めずに進み続け……ふと思い付く。

 そういえば、ティレシアスに看破機能も追加された訳だし、街中の人……特に、武芸者のステータスとかを覗いてみようかな、と。

 思い立ったが吉日、とばかりに早速、甲冑を着込んでいたり、刀を差していたりする人に焦点を当てて、《看破》を行っていく。

 ふむふむ……ざっと見た感じでは、300代が4割大、200以下が3割、400代が2割、500カンストが1割以下、という感じだな。

 

 ううむ……思っていたより、高レベルがいないな……。

 昨日茜ちゃんに聞いた感じでは、天地の高レベル割合はもっと多いと思っていたのだが……。

 あ、もしかして、この将都だからか?

 これも茜ちゃんに聞いたことだが、ここ将都は【征夷大将軍】が治める天地の中心地であると共に、戦の禁止区域であるらしい。

 もしどこかの大名家が「将都は本当の領地じゃないし、戦力があまりいない今がチャンス!」的な感じで将都を襲い【征夷大将軍】を倒して実権を握ろうとすれば、そのルールを破ったとして全大名家がこぞって攻め入り、全てを食い散らされることだろう。

 ついでに、【征夷大将軍】が負け戦になった時に将都に逃げ込んで、「ここは戦禁止だから、だれも攻めちゃだめだよ~」みたいにルールを盾にした場合も、全大名家に攻め込まれる大義名分が与えられるようだ。

 将都が戦禁止になった理由は諸説あるらしいが、「(一応)首都的な役割がある上、将都の民は【征夷大将軍】の領民ではないので、そこを戦場にするのは駄目だろう」ということで定められた説が一番有力らしい。

 そんな訳で、将都では禁止されているため戦が起こらず、戦が起こらないのなら、鍛え上げた武芸を使う場面が存在しないため、それを嫌って別の都に行く……と考えれば辻褄は合うな。

 

 

 ……しかし、さっきから《看破》していると、時々不可思議なことがある。

 《看破》した瞬間、武芸者が何かを察知したこのように、周囲を警戒するのだ。

 少し警戒した後は、警戒を解いてまた普通に歩いていくのだが……まさか、《看破》を察知しているのか?

 そうなるのは一部で、町民や〈マスター〉に《看破》をしてもそんな反応はされない。さらに言えば、武芸者の中にも反応しない人も、町民なのに反応している人もいる。

 その違いを知るため、注意深く観察していると……武芸者の中で反応している人と反応していない人、その違いと言えるモノを見つけた。

 

 それは“レベル”である。

 反応していない者のレベルは、最高でも200前後。

 それ以上になると、ほぼ全てが反応していた。先程言及した、見た目は単なる町民なのに反応している人たちも、戦闘系ジョブを持つ上で300~500とレベルが高く、一人だけだが、中にはレベル1225――超級職を持つ者もいた。

 それと、どれだけ高レベルであろうとも、生産系のジョブを持つ者は反応していなかった。

 最初は、戦闘系のジョブはレベルで看破を察知するスキルでも覚えるのかと思ったが……恐らく違う。

 昨日聞いた、スキルはジョブに紐づいているということと、レベルが170でも反応している人と、レベル230なのに反応していない人がいることが根拠だ。

 

 じゃあ何かと聞かれれば……恐らく、経験だ。

 レベル高い=経験豊富とは一概に言えないが、レベルが高い人の方が戦闘経験豊富な割合は多いはず。

 そして戦闘経験が多ければ、《看破》された数も多いだろうし、そうされた感覚を察知できてもおかしくはないはず。

 ……だって、天地の武芸者って強さと才能と頭がおかしいらしいし。茜ちゃん曰く、「大陸からやって来た人のほとんどはそう言いますよ~」だとか。

 それだったら、《看破》をスキルなしで察知してもおかしくないはず。まあ、《看破》された感覚知らないから、どのくらいの難易度かは分からないけど。

 そして、生産職の人は高レベルでも反応していない理由付けにもなる。

 いくらレベルが高くても、生産職なのだからそれは生産活動やジョブクエストで稼いだ経験値だろう。戦闘の回数もかなり少ないだろうし、反応などできる訳がない。

 

 でも……だとするとマズイな。

 今は特に問題になってないが、もし《看破》されただけで、「何見てんだよ、あぁ!?」って絡んでくるような輩に会ってしまったら面倒くさいことになる。

 そんな短気でいかにも小物そうな輩が《看破》を察知できるほどの力量を持てる気はしないが……人格と才能は関係ないからな……。リアルのあいつのおかげでよく知ってる。

 だから――《看破》がバレないように練習しようか!

 ……え?《看破》を控えればいいんじゃないかって?

 だって、《看破》するのすごい楽しいんだよ。色々なジョブが見られるし、見た目からは想像できないようなジョブとステータスだったりして、見てて飽きないから。

 成功できるかは分からないが……まあ、ものは試しだからな!

 

 

 そんなこんなやっている内に、いつの間にか冒険者ギルドの前に着いていた。

 ギルドの中に入るとやはり外と同じく、服装が景観と合わない〈マスター〉が大量にたむろし、昨日よりも密度が高まってる。

 むしろ、往来よりもその割合は大きい。

 まあ、当然だよな。

 こういうファンタジーMMOで最初に行うべき行動とは大抵、冒険者ギルドに行ってクエストを受けること。多くの人がそう考えるだろうからな。

 

 そんな人混みを縫いながら、受付カウンターを目指す。

 当然ここでも周囲から見られ、また誇りと嫌悪感の板挟みになりそうだったから努めて無視し、アイテム買い取りカウンターの最後列へ並ぶ。

 マスターが突如として流れ込んだためギルドの職員たちはてんてこ舞いのようだ。

 茜ちゃんを探してみると、カウンターで対応の真っ最中で、しかもそのカウンターには十数人が並んでいる。

 ううむ……茜ちゃんと話をしたいが、忙しそうだな……用もないのに話掛けられたら迷惑だろうから、止めておくか……でも、クエストを受けるついでにちょっと世間話をするくらいだったら、いいよね……?

 

 〈マスター〉は増えても、まだフィールドから狩りに帰ってきた人は少ないらしく、アイテム買い取りカウンターの列は短く、さらに言えば8割はティアンのようだ。

 そのおかげで待ち時間は非常に少なく、それほど経たないうちに俺の番が回ってくる。

 

「次の方……っ……それでは、アイテムをどうぞ」

「はい」

 

 昨日見ていたからか職員としてのプライドか、少し固まるだけで普通に対応してくれる受付嬢さん。正直、今の俺にはすごく嬉しい。

 促された通り、カウンターの上に、アイテムボックスから〈緑花草原〉で狩った【大鼠】【灰狼】の毛皮と牙と爪と尻尾、【小鬼】の角と持っていた武器、【隠密子狐】の尻尾を取り出す。

 ……ちなみに、最初の【小鬼】の角と小太刀は記念に取っておいてある。あれらは恐らく、俺がデンドロを続ける限りはずっと持っていることだろう。

 

「えっと、【大鼠】の毛皮が5つ、牙が3つ、【灰狼】の毛皮が6つ、牙が2つ、爪が3つ、尻尾が1つ、【小鬼】の角が27本、あとは刀に槍に弓……状態が悪いし、ここら辺は【小鬼】のドロップかな……?それに、【隠密子狐】の尻尾ね……」

 

 受付嬢さんが真剣に査定してくれているのを、ぼうっと眺める。正直、やることがないからな……。

 っと、査定が終わったみたいだ。

 

「これら全部で、5320リルですね」

「……高い、ですね」

 

 その金額は初期配布分を越しており、予想を遙かに上回ってる。

 

「いえ、妥当ですよ。【大鼠】、【灰狼】、【小鬼】の素材は大体一つ50リルで、それらが47。一つ一つの振れ幅を考慮して、2420リル。そこに武器全体で350リル。それに、【隠密子狐の尻尾】が1550リルですね」

「……え、最後だけ桁おかしくないですか?」

「そう思われるかもしれないですが、これが相場なんですよね。【隠密狐】系の素材は《隠形の術》や《隠蔽》、《偽装》などの有用な装備スキルのついたアイテムの素材となるので需要が高いのですが、一定以上の《隠密感知》や《心眼》スキルがないと討伐が困難になので、供給もとても少ないのです。

 おかげで全体的に値段が上がっていまして、しかも【隠密子狐の尻尾】はレアドロップなので、その分お値段も高くなっています」

「へえ……」

 

 確かに、言われてみれば納得だ。

 《隠蔽》系のスキルは誰にだって有用だからな。奇襲に使うのも強敵から逃げるために使うのもできる。

 しかも、誰にだって有用ってことは、モンスターからしても有用ということだ。それを駆使する相手では対策できるスキルがなければ苦戦もするだろう。

 しかし【隠密子狐】ってこんなに価値高かったのか……調べたことの中には素材の相場がなかったから知らなかった。

 けど、俺は【ティレシアス】のおかげで超絶楽に倒せるし、それでこんなに高く売れるんだったら……これは【隠密子狐】狩りの始まりか?

 いや、それは金に困ったときにしよう。まずは色々な場所に行ったり、色々なモンスターを倒したりしたいし。

 まあ見かけたら最優先に討伐するけど!

 

「ただ、これは売らないほうが良いかもしれません」

 

 そう言って受付嬢さんが指差したのは、今話題に上がっていた【隠密子狐の尻尾】である。

 

「え、でもこれ、一番高いんじゃ……?」

「はい。ですが、それよりもこれは自分で持っていて、装備への加工を依頼した方が良いと思います。正直、ここで売って一回だけのたかだか1000リルを得るよりも、《隠形の術》などの装備スキル持ちの装備にした方が、後々の狩りなどの収入で考えれば格段に得です」

「なるほど……」

 

 それは、確かに。

 《隠密》系のスキルの有用性はさっき確認した通りだし、それがあれば狩りも捗るだろう。

 それに。

 この素材があれば、ギルドに来る前に考えていた《認識阻害》付きの装備に加工できるかもしれない。そう考えれば、これを手放すという選択肢はない。

 

「分かりました、そうします。教えて頂いてありがとうございます」

「ギルド員をサポートするのが受付嬢の仕事なので、お礼は大丈夫ですよ……ああ、それと」

 

 カウンターの内側からリル硬貨を取り出して小袋に入れつつ、そう言ってにっこりとほほ笑む受付嬢さん。

 

「茜ならもう少しで休憩時間入りますから、その時に声を掛けてみて下さいね。あの子も貴方と話したくてうずうずしているようですしね」

「…………」

 

 投下された発言のあまりの衝撃に、小袋を受け取って顔に笑顔を張り付けたまま固まってしまう。

 な、何でバレてる……!?

 俺、ずっと目を閉じて前を向いたままで、茜ちゃんを見てたのはティレシアスでなんだけど……!?

 ……って、茜ちゃんがうずうずしてる……?

 バッと身体ごと横に振り向き(ティレシアスで見てるので実質意味ないことには後で気付いた)茜ちゃんの受け持ってるカウンターを見ると、対応の合間にチラチラとこちらを窺っていた茜ちゃんと目が合う。

 その途端、あわあわと焦りだし、慌てて対応に専念しようとする……が、それでもこちらが気になるのか、チラチラと視線を向けてくるのを止めなかった。

 

「~~~~~ッ!」

 

 そのあまりの可愛さ、いじらしさに、思わず言葉すらも失ってしまう。

 なに、なにあの可愛い生き物!?破壊力53万くらいあるんだけど!?

 

「では、そういうことなので、茜をよろしくお願いしますね?これからも仲良くしてあげて下さい。……では、次の方どうぞー」

 

 俺の動揺などに関せず、マイペースに業務を続けようとする受付嬢さんの声にハッとし、カウンターの前から、ヨロヨロと覚束ない足取りながらも身体を退かす。

 ……とりあえず、お座敷でクエスト物色しつつ、ちょっと休むか……。

 

 

□冒険者ギルド 天地本部ギルド長【超書士】大森 藍

 

 

「……ふふっ」

 

 私は受付業務をこなしながら、目の前の人にすら聞こえないくらい小さく笑みを溢した。

 ちらりと目線を動かせば、しきりに時計を確認している()と、お座敷でクエストカタログを、一見するとクールそうに、よく見るとそわそわとしながら眺めている美女が見えた。

 その光景にまた微笑が浮かぶ。

 

 一昨日、茜から「今日、凄い人と友達になったんだ!」なんて唐突に言われた時は、流石に困惑してしまった。

 詳しく聞くと、冒険者ギルドに登録しにきた女性と友達になったらしい。その女性は、“人間とは思えないほど美しく”“失礼なことをされても笑って許すくらい心が広い”なのだとか。

 それを聞いていて、「あらあら、この子も意外にミーハーなのね」みたいな微笑ましさとか「美人局的なあれじゃないかしら?」みたいな不安とか、色々考えたけど、一番は「この子も友達を欲しがってくれたんだ」という安堵だった。

 

 茜は自分から志願し、平民としては早い年齢である10歳頃から受付嬢になった。

 その理由について茜は、両親である私と鏡也さんの影響であり、私達が仕事する姿に憧れたのだと言っていた。いつかは私達を超えたいとも。

 子どもが自分たちに憧れ、同じ道を志してくれるというのは、親として誇らしいことで、普通は喜ぶべきことなのだろう。

 確かに、私達もその決意を喜びもした。しかし同時に、許容できないという気持ちの方が大きかった。

 

 茜はあの頃、まだ10歳だ。

 分別が付かないほど幼くはないが、自らで考える力を得てからそれほど経っておらず、その能力も磨き切れてはいない。

 その決意は、“両親がやっているから”というだけであり“自分がやりたいから”という気持ちが欠けているのではないのか、もう少し人生経験を積んだ上で“本当にやりたいこと”を見つけさせた方がよいのではないか、そう悩んだ。

 けれど、家族3人で何度も話し合った結果、私達二人はその決意が“自分のモノ”であると確信して、それを許可した。

 

 そうして【書士】に就いて受付嬢になった茜は、常人を遙かに上回る才能と熱意により、瞬く間にギルド職員の中で『超期待の新人』というポジションとなり、5年経った今では、まだ15歳という若年でありながら一流のギルド職員と認められいる。

 

 才能については、事務系ジョブでカンストした鏡也さんと、書士系統超級職【超書士】に就いている私の子供であるから当然とでも言える。

 しかしその熱意は、完全にあの子だからこそのモノだった。

 毎日毎日の仕事に熱心に取り組み、残業も積極的に買って出て、休みの日も一日中勉強漬けの生活。

 超級職に就けるほど他者よりも多くの研鑽をした私からしても、異常なほどだ。

 けれど、やらされているのならともかく、自分から望んでやっているのだから止めることなどできない。

 本人もその生活を充実としたものと感じ、楽しんでいるのだから問題などない……ある一点を除けば。

 

 それは、茜に同世代の友達が出来ないこと。

 茜も受付嬢になる前、寺子屋に通っていた時代(その頃から茜は頭が頭抜けて良く、私達が教えていたりもして、寺子屋で習う程度は習熟していたけど、社会勉強として通っていた)にはいたけど、休みも仕事を優先するせいで遊ぶ時間を取れない・取らない茜から、遊び盛りの友達は離れて行ってしまった。

 「正直寂しいけど、私にはこっちの方が大事だから」。それについて聞いた私への、茜からの返答であり、これは偽りのない本心だろう。

 寂しさを感じないわけではないけど、それよりも自身の仕事と夢を優先し、感情を押し止める。

 それは、一人の人間としては立派で理想的な在り方だろう。

 しかし、それをまだ十代前半の少女である娘がしていると思うと……正直、不似合いにしか感じられず、どこかで潰れてしまうのではないかと、そう心配で仕方がなかった。

 

 だから、そんな娘が、仕事中だというのに自分から友達になりにいったと、それほど友達になりたい人に会えたのだと、それを知った瞬間、心の底から安堵してしまった。

 

 もちろん、その人物が“美人局”などの目的で近づき、【魅了】などで娘を誑かしていないかどうか、“真実を書き記す”ために【超書士】に備わった《真偽判定》レベルEXや《看破》レベルEXに、長年の受付業務やギルド長としての経験から研ぎ澄まされたスキルによらない技術で徹底的に調べるつもりではあったけど……それも、〈マスター〉急激増加のせいで足りない人手を埋めるためにこなしていた受付中に相対したことで必要なくなった。

 

 彼女ならば大丈夫。

 ギルド内に入ってきて、密集している〈マスター〉に少し圧倒された後、まず茜を探し見つけた彼女は、少し名残惜しそうにそちらに意識を向けながらもこちらに向かってきた。

 彼女は両眼を瞑っているため、“口ほどに物を言う”と称される目を見れず、一見意思や感情を読み取り辛い。

 しかしその一方、それ以外の口元や表情筋、雰囲気などはむしろ読み取り易いため、ある程度相手の意思を読むことをしてきた人間ならば普通にできるだろう。私と話す時には、全身がまるで統一された機械のように制御され、各段に読み辛くなったから、もしかしたら気が抜けているとそうなるのかもしれない。

 

 そうした読み取れた、彼女の茜への感情には……悪意も下心も存在せず、ただひたすらの“親愛”や“友愛”――好意しかなかった。

 受付としての対応を終えた後、カマかけのため茜の話題を出してみると、それに対する反応は、あたかも自身の好きな人を母親に当てられた思春期の男子のような、微笑ましさを感じるモノで、そこに虚偽はなかった。

 それで、「ああ、この子は良い子なんだな」と確信した。

 だから、茜のことを頼んだ。この子なら、茜の良い友人にもなってくれるだろうから。

 休憩に入った瞬間に入り寄って行く茜と、近づいてくるのに気づいた瞬間、完璧な美女といった風に雰囲気を変えた彼女が視界の端に見え、今度は誰でも分かるほどの微笑みを私は浮かべたのだった。

 




【超書士(オーヴァー・スクリブナー)】
書士系統超級職。ほぼMPとDEXしか上昇しない。
作中で言及された《真偽判定》や《看破》の他、書類作業を効率良く行うための《高速思考》や書類を早く書き上げるための《速記》など、多数の汎用スキルレベルEXを持ち、机仕事により肉体を酷使してもその影響を受けづらい《諸業務剰》という、社畜のためのような悲しい奥義がある。
主に冒険者ギルドや武士ギルドなどの大手ギルド職員がなることが多いが、それは就職条件の一つに、大規模の組織における事務仕事が必要となるからである。


それと、読者の方に言っておかなければいけないことがあるので、活動報告の方を覗いて頂けると嬉しいです。


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11・超常者、超越者

□将都冒険者ギルド 【迎撃者】水無月火篝

 

 

「…………」

 

 ……落ち着かない。

 一応手には【クエストカタログ】――専用の設備に設置したクエストが表示される【職業診断カタログ】と同種のアイテムで、今までクリアしたクエストの数や難易度により表示されるクエストが変わるなどの機能を持つ――があり、開いてはいるけど……正直、そちらに集中できない。

 その原因は、分かっている。

 

 ティレシアスの視界で、カウンターの方を窺う。

 そこでは、しきりに時計とお座敷の方を確認しながら対応を行う受付嬢……茜ちゃんがいた。

 その姿を見た瞬間、先程言われた言葉が蘇る。

 

『あの子も貴方と話したくてうずうずしているようですしね』

 

 ……これはやっぱり、そういうこと、でいいんだろうか?

 茜ちゃんも俺と喋りたいと、そう思っているのだと、思ってもいいんだろうか……?

 

「~~~~~ッ」

 

 そう考えた瞬間、顔がだらしなく緩みそうになり、咄嗟に表情を引き締める。

 

 これまで何度か言ったかもしれないが、俺に友達と言えるのはほぼいない。

 幼少の頃から少なかったが、あのトラウマを植え付けられた出来事があった後、極端にいなくなった。

 というか、俺の方から離れて行った。もうこれ以上、傷つけられたくなかったから。

 あの頃の友達で今も交友があるのは、俺が離れようとしても追い縋って来た健だけだ。

 中学を卒業し、高校に入学した後、健が仲良くなったクラスメイトの二人と知り合いにはなったが、友達というにはまだ距離がある。付き纏う変人はいるが、あいつは論外。

 つまり、友達と言えるのは健だけだが、あいつはあいつで、どちらかと言えば“幼馴染”や“悪友”というべき存在で、純然たる友達はいない。

 

 ……そんな俺が、“自分から友達になりに来てくれて”“そこにあの時みたいな悪意が欠片もなくて”“自分と話がしたくてそわそわしてくれる”友達が出来たら、どうなるか、明白だろ?

 ……嬉しさでニヤけるに決まってるよな!?

 

 あーヤバイ。嬉しい。マジ嬉しい。

 茜ちゃんが俺と友達になりたいと思ったのは、絶対、俺がこの姿だからだろうから、騙しているような罪悪感はあるけど……でもやっぱり嬉しい!

 

 頑張って表情筋を操作していると、その最中でも注意を払っていたカウンターの方で動きがあった。

 茜ちゃんがカウンターを他のギルド職員に任せて、こちら側に来たのである。

 それを認識した瞬間、“女性らしさ”と“火篝らしさ”の二つの雰囲気を被る。

 露骨かもしれないけど……だって、幻滅とかされたくないし!

 視界の端で先程対応してくれた受付嬢さんが微笑ましそうに見ているのが分かるが、そちらに意識を割く余裕もない。

 ……人との関わりで、ここまで緊張したのはいつぶりだろうかな?

 

「あ、あの、火篝さん!今、お話しても良いですか!?」

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 私の前まで来た茜ちゃんが、かなり緊張したような雰囲気で私に話しかけてくる。

 それに俺は、カタログを閉じて余裕綽綽といった感じで返すが、その内心では心臓がバクバクしている。

 それが顔に出てないかだけが心配だ。

 

「ここ、座って下さい」

「あ、はい。失礼します……」

 

 俺の横の座布団を叩き、茜ちゃんを誘導する。

 座った茜ちゃんは不安気な表情の上目遣いで、俺を見上げてくる。

 

「あ、あの、大丈夫でしたか……?」

「え、何がです?」

「だって、フィールドに出て、2日以上も帰ってこなかったので……」

 

 へ、2日?

 俺、そんなにフィールドに行ってないと思うんだけど……。

 昨日は早くからログアウトしてたし、どんなに長くても半日もかかってない……って、あ!

 そうだよ、三倍時間!

 俺がログアウトしたのは昨日の午後5時で、ログインしたのは今日の午前8時。

現実だと15時間だが、それだけでも、デンドロ内では45時間……2日近く経っている。その上、フィールドで狩りもしていたから、2日以上は確実に経っているだろう。

 確かに、フィールドに狩りに行ってからそんな長い時間帰ってこなかったら、不安にもなるだろう。もしかしたら死んでいる可能性もあるし。

 ……あれ?でも俺〈マスター〉だから、ログアウトしている可能性もあるし、それに死んでも生き返るから、そんなに心配することではなくないか?

 ……あ。もしかして茜ちゃん、俺が〈マスター〉だって知らない?

 

「2日間のほとんどはログアウトしていたので、そんなに長くフィールドにはいませんでしたよ?」

「……え?ログアウト?」

 

 俺の言葉が予想外だったかのような反応をする茜ちゃん。

 あ、やっぱり。俺が〈マスター〉だって知らなかったっぽい。

 

「私、〈マスター〉なんですよ。知りませんでした?」

 

 左手の紋章――マスターの証――を茜ちゃんの前にかざす。

 

「え、え!?そうだったんですか!?」

 

 驚愕する茜ちゃん曰く、〈マスター〉が目に見えて増えだしたのが昨日からであったため、その前の日に冒険者ギルドに来た俺のことは〈マスター〉だなんて考えもしなかったらしい。

 

「でも私、和服じゃなくて洋装だし、おかしく思わなかったんですか?」

「珍しいとは思いましたけど、極稀には大陸の服装している方もいますし……それに、とても似合って綺麗だったので、違和感も感じませんでした!」

「そうですか……」

 

 うむ……褒められ慣れてないから、照れるな……。

 

 

「火篝さんはこの後、どうするんですか?」

「いくつかクエストを見繕って、またフィールドに行こうと思っています。……ああでも、まず加工の当てを探した方が良いでしょうか?それとも、もう少し素材が集まってからの方が……」

「……何かお悩みですか?私で良ければ聞きますよ?」

「……そうですね。お願いします」

 

 先程の狩りで【隠形子狐の尻尾】がドロップし、それを加工するアテを探すにはどうすれば良いのか、あるいはすぐに装備品に加工せず、もう少し素材を集めた方がよいのか迷っている、ということを話す。

 

「……それでしたら、私の馴染みの加工屋を紹介しますか?そこの店主に相談して、費用とか、どんな性能になるかとかを聞いてから、どうするか決めたらどうですか?」

「本当ですか?頼んでしまってもいいです?」

「はい、もちろんです!」

 

 そう言って屈託のない笑顔を向けてくれる茜ちゃん。

 うわ……この子天使だ。間違いない!

 

「私の休憩時間はあと一時間くらいありますし、今から案内しますね」

「ありがとうございます」

「いえいえ!」

 

 カタログを所定の位置に戻し、お座敷から立ち上がってギルドから出ようとするが……。

 

「おい、退けろよ!NPC風情が、プレイヤーの邪魔してるんじゃねぇよ!」

「うおっ、危ないな!」

「えぬぴーしー?……それが何かは分からんが、順番は守るものだぞ?」

 

 突如カウンターの方から聞こえてきた怒号に、茜ちゃん共々足を止めてしまう。

 振り向くと、俺が先程まで並んでいた買い取りカウンターの列の前で、三人の男が1対2で向き合っていた。

 2人の方は、使い古された甲冑を着込んだまだギリギリ青年と評せる者と、布に包んだ何かを腰に挿した着流しの中年。恐らくティアンの武芸者たち。

 それに相対する一人の方は、天地に似合わない騎士鎧を着た、二十代前半辺りに見える青年。その恰好から、恐らく〈マスター〉だ。

 

「は?何で俺がNPCの列に待たされなきゃいけないんだよ!お前らはプレイヤーを助ける立場だろ!」

「うーむ、錯乱してるのか?〈マスター〉の様だし、世界を渡った影響か?だからと言っても、秩序を守らぬ理由にはならぬぞ」

「そうだぞ。列は後ろに並んで待つ。それが常識だろ?」

 

 ティアンの二人は青年を諭そうとしている。

 ……だが、青年の方はそれを聞く気がないようだ。

 

「うるさいんだよ!《苦痛に嘆け、死を感じよ》ッ!!」

 

 鬱陶しそうにしていた青年がスキル名を高々と宣言すると、魔法陣らしきモノが甲冑ティアンの足元に浮かび、妖しげな紫の光を放つ。

 

「……うぐっ!」

 

 その瞬間、甲冑ティアンの全身が硬直し、床に倒れこむ。

 ……ティレシアスで看破してみると、彼は【呪縛】――身体が動かなくなり、動作が制限される――という状態異常になっていた。

 確実に先程のスキルの影響だろう。

 

 相手に攻撃を加えたことに、ギルド内は少し騒然となるが……よく見てみると、騒いでいるほとんどは〈マスター〉であり、ギルド職員やティアンの武芸者たちは特に動揺していなかった。

 ここは冒険者ギルドという戦闘職が集まる施設。

 当然荒れ事も日常茶飯事であり、慣れているのだろう。

 看破した限り、青年のレベルは10程度だし、エンブリオの補正を含めても、ステータスはかなり低い。

 エンブリオのスキルは強力だが、すぐにでも鎮圧されるだろう。……()()()()()()()もいるようだし。

 確実に、俺が出しゃばらなくてもすぐに収まる。

 だが……。

 

「はっ!NPCのくせに俺に逆らうからこんな目に合うんだよ!どっちが偉いか、よく考えてから行動しろ!」

 

 だが、その物言いには黙っていられなかった。

 

「はぁ。よくあることだし、穏便にすませようとしたんだがな……そっちが手を出した以上、こちらも力で解決するぞ?痛いかもしれないが、恨んだりは――」

「……何を、しているんですか?」

 

 ピシッ。

 

 そんな空間が軋むような音が、辺りから聞こえてきた気がした。

 着流し中年が布に包まれた得物を取り出し、実力行使に出ようとした瞬間……それを遮った俺の声で、周囲の空気が凍る。いや、俺が意図的に()()()()

 声に怒気を込め、青年に叩きつけたのだ。

 

「……あ、あ……」

「じょ、嬢ちゃん……」

 

 その威圧を直に浴びた青年はへたり込み、着流しティアンは信じられないような目で俺を見つめる。

 ……ここまでなるとは思わなかったけど。でも、やりすぎだとは感じなかった。

 コツ、コツ、と靴音が響くくらいの静寂の中、青年に近づき、能面のようになった顔で見下ろしながら声を発する。

 

「何をしているのかと、聞いているんです」

「…………え、NPCが邪魔してきたから、それを退かしただけだろ!何でそんな怒ってるんだよ!」

 

 俺が女と知って気を持ち直したのか、怒鳴り返してくる青年。失態を晒してしまったのが余程恥ずかしいのか、顔が真っ赤になっている。

 

「NPCなんて、俺たちプレイヤーがゲームを楽しむ足掛かりになるためだけに存在してる奴らだろ!そいつらが俺の邪魔をしたんだから、それに制裁をするのは当たり前だろうが!?」

「…………」

 

 へぇ。NPC、ねぇ。

 こいつには、ティアンがそう見えてるのか。

 これほど鮮明に生きている存在が、今までのゲームにいた、プログラムでルーチンが設定された存在と同等なのだと。

 

 ……だが、この〈Infinite Dendrogram〉をあくまで遊戯(ゲーム)だと考えるのなら、その認識もおかしくないのだろう。

 いやむしろ、ゲームとして発売され、ゲームとして入った〈Infinite Dendrogram〉を本物の世界(ワールド)と考え、その中のNPCを生命として認識している俺の方がおかしいのかもしれない。

 

 ダッチェスがチュートリアルの最後に言っていた。『これから始まるのは、あなただけのオンリーワンの物語』と。

 ルイス・キャロルが言っていた。『〈Infinite Dendrogram〉は、あなただけの可能性を提供します』と。

 

 恐らく、このデンドロのコンセプトはそこだ。

 “人それぞれの可能性”。どう考えてどう選ぶのも、その〈マスター〉の自由ということ。

 だから、こいつがティアンをNPCと認識し、虐げようとするのも自由。止めさせる権利はない。

 だけど……だったら、俺がこいつにムカついて怒るのも、自由だよな?

 

「うるさいです。黙って下さい」

「なっ!?」

 

 先程からずっと怒鳴り散らしていた青年を、一言で黙らせる。

 

「あなたの考えは聞きました。それを知った上で言います。……あなた、馬鹿ですか?」

「……はぁ!?」

「彼らをNPCと思い、蔑むのは勝手です。けれど、それを表に出して行動しているのは単なる馬鹿です。彼らの機嫌を損ねることは考えなかったんですか?」

「機嫌を損ねるって……NPCの機嫌を取れっていうのか!?そっちの方が馬鹿みたいだろ!!」

「……だから馬鹿って言われるんですよ」

 

 わめく青年を冷めた目で見ながら、ため息混じりに呟く。

 

 ログインしてから少し周りを見渡せば、彼ら“NPC”が、ティアンだろうと〈マスター〉だろうと同等に、良い態度であれば良い反応を、悪い態度であれば悪い反応を返していたことが分かるはずだ。

 それが分かった時点で、いくら“NPC”と思っていようと、賢い人間であれば、現実で普通に人間と接するようにしているだろう。

 

 それに気づかず、あるいは気付いていてもそこまで頭が回らず、先程のような言動を行っていたのだから、馬鹿と誹られても文句は言えないだろう。

 ……ヤバいな。自分で思っていたより、だいぶ頭に血が昇っているらしい。良心の呵責もなく、スラスラと蔑む言葉が出てくる。

 

「う、うるせぇんだよ!そんな馬鹿にした目で見るな!俺の邪魔すんじゃねぇ!《苦痛に嘆け、死を……ヒッ!?」

 

 先程のティアンとの絡みからも思っていたが、こいつ、かなり短気らしい。

 まだあれしか言ってない俺にキレて、さっきと同じスキルを発動しようとしているが……やらせるとでも思ったのか?

 

 スキルの宣言を始めた瞬間《迎撃》でAGIを倍増し、急接近。首筋に刃を突きつける。屋内で、しかも周囲に人もいるため、取り回しが悪い槍の代わりに、得物は先程売らずに取っておいた【小鬼】の小太刀である。少し刃こぼれしているが、こいつの動脈を切る程度に支障はない。

 小太刀が首筋に少し埋まり血が出てくると、青年は悲鳴を上げて宣言を途中で止め、俺が元居た場所に形成されかけていた魔法陣も掻き消えて行った。

 

「……うるさいのはあなたの方です。黙れと言ったのに聞こえてませんでした?」

「ヒッ……あ、ああ……」

 

 刃をまた少し埋め、怒気を少し叩き込めば、戦意を喪失して大人しくなったので小太刀を首元から離す。

 解放された青年はよほど怖かったのか、床にへたり込んでいた。

 

「……今回はこれくらいで勘弁してあげます。今後、あなたが彼らにどんな行動を取ろうと知りませんが、もしまた私の前で同じことをしていたら……分かりますね?」

「……う……うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 言葉の最後、こいつとの会話で今まで一度も見せなかった笑顔を、絶対零度の如き怒りしか込められてない笑みを浮かべてやると、青年はすぐさま飛び起き、狂乱のままギルド玄関から外へ飛び出していった。

 

「「「……」」」

 

 青年はいなくなったが、ギルドはまだ静寂に包まれていた。

 いやむしろ、わめいていた青年がいなくなり音を立てる者がいなくなった分、静けさが深まっている。

 〈マスター〉のほとんどは顔面蒼白であり、ティアンたちは緊迫した面持ちをしている。

 一番落ち着いているように見えるのは先程俺に対応した受付嬢さんと騒動の中心であった着流しティアンの二人だが、それも自然体を装っているだけで、内面では緊張の糸を張り詰めているのが手に取るように分かった。

 しかし、全員が俺を凝視しているのだけは共通だった。

 挙動を見逃さぬように注視されていた俺は……先程青年に向けていたのとは違う、柔らかく温かい笑顔を意図して浮かべた。

 

「すみません。お騒がせしました」

 

 周囲に向かって頭を下げる。

 先程まで纏っていた剣呑な空気も、周囲にまき散らしていた怒気も霧消させる。

 そこでやっと時間が進みだしたかのように、騒めきが戻って来た。

 〈マスター〉、ティアン、一様に安堵した表情をし、ギルド職員たちが声を上げ、率先して日常を取り戻そうとしていた。

 

「ごめんなさい、茜ちゃん。勝手に飛び出して騒ぎ起こしてしまって」

「い、いえ!大丈夫ですよ!それと、ああいう方は時々いらっしゃいますが、よほど施設を破壊しない限り、それを止めた方が罰を受けることはないので安心してください」

 

 ああ、それは良かった。ついカッとなってやってしまったから、後々のことを考えていなかったからな……。俺がペナルティ受けなくていいのは勿論、一緒にいた茜ちゃんとかに迷惑がかからないのは安心だ。

 

「それに……」

「ん?」

「あの人……あの〈マスター〉が、私達ティアンを悪く言ったことに怒って下さったんですよね?とても、うれしいです」

「……っ……私は別に、ティアンの皆のために、なんて思ってやったわけではないです。ただ、腹が立ったから、というだけで、茜ちゃんが思うような、善人じゃないんですよ、私は」

「それでも、です」

 

 そういって微笑む茜ちゃんを直視できず、思わず目を背ける。

 自分が汚れているという自覚と騙している罪悪感を持つ俺には、こんなに純粋で綺麗な笑顔はむしろ毒だった。

 

 ……と、少し挙動不審になっていると……あれ?今度はなんか、茜ちゃんの挙動がおかしい?

 顔を俯かせ、何かモジモジしてる。

目を背けてはいても、ティレシアスのせいで実際に目に出来なくするのは無理なので、態勢的と精神的に目を背けているだけであったから、その様子が見えた。

 

「さっきの火篝さん、すごいカッコ良かった……。いつもは淑女然とした美人さんなのに、刀を持ってる姿は凛々しくて……すごかった……」

「…………」

 

 どうしたのか尋ねようと思ったらそんな呟きが聞こえてきて、思わず思考が固まる。

 ……俺、別に難聴系主人公じゃないから、この距離であれば全部聞こえるんだが……どう反応すればいいんだ?どう反応するのが正解なんだ……?

 とりあえず、によによと緩む頬筋を見せるのは不正解だということは分かるので、頬筋だけは本気で引き締めておこう。

 

「……うーむ、若人たちの甘酸っぱい青春の匂いがするなぁ。これはもう少し待った方が良かったか?」

「ッ……!」

 

 突如として近くで聞こえてきた声に、俺と茜ちゃんがバッと振り向く。

 そこでは、先程の騒動の中心であった着流しのティアンが、思案顔で立っていた。

 

「き、鏡石さん、からかわないでください!」

「はっは、すまぬな。いや、からかった気はなく本心だったが……」

「もっとダメです!」

 

 ……どうやら、茜ちゃんはこの人と面識があるらしい。

 

「ああ、火篝さん、こちらは……」

「ワシは鏡石(きょうごく)装弥(そうや)というモノでな、しがない武芸者よ。いつもは年がら年中放浪しているんだが、ここ数週間はこの地に留まっておる。ま、あと数カ月はここにおるつもりじゃから、よろしくな」

「水無月 火篝です。よろしくお願いします」

 

 俺の視線を感じたのか、茜ちゃんがこちらに向き直り紹介してくれた。

 着流しティアン、改め鏡石さんは人懐っこい笑みを浮かべ、手を差し出してきたので、こちらからも手を出して握手を交わす。

 ……しかし、“しがない武芸者”ねぇ。

 

「あ、先程はすみません。勝手に出しゃばるような真似をしてしまって」

「いやいや、何も問題はないぞ。どのみち、鎮めなければいけなかったからな。しかし、何でわざわざそんなことをしたかは気になるのぅ」

 

 そう言って、如何にも興味津々と言った表情で見つめてくる。

 ……はぐらかしてもいいが、ここは正直に話そう。ここで興味を引いて、“有力者”とのコネを作っておくのも悪くないし。

 

「一番の理由は、彼の言動に苛立ったからですが……あとは、彼のためを思って、ですね」

「ふむ?」

「目の前でトラウマを植え付けられるのを黙って見過ごすのは、後味が悪いですからね。あなた、そういうのの()()()みたいなので」

「……、ふ、ふぁはははははっ!」

 

 最初、俺の言ってる事の意味が分からない、といった表情をしていた鏡石さんだったが、俺が含ませた意味に気付いた途端、ギルド中に響くほどの大笑いをし始めた。

 

「はっ、は……なんだ、気付いておったのか。《看破》された気配もなかったし、装備も付けていたのだがのぅ」

「練習、しましたから」

 

 やっと笑いが収まるも、それでもまだ頬が引き攣っている鏡石さんに、すまし顔で返す。

 

「そうかそうか、練習したか……ははは!想像してた何倍もおもしろいのう、嬢ちゃん!」

「お褒め頂きありがとうございます」

「いやいや……それじゃ、ワシはもう行くか。また今度会ったら、茶でも飲もう」

「ええ、もちろん」

 

 手を振りながら玄関に向かう鏡石さんに、こちらも笑顔で手を振り返す。

 ふむ、掴みは上々か。また会うこともあるだろうし、そこでもっと仲を深めれば、コネと呼べるモノは築けるだろう。

 

「茜ちゃん。ちょっと時間無駄にしちゃったけど、案内お願いできる?」

「え……あ、はい。もちろんです!」

 

 そうして、俺たちも冒険者ギルドから出て、茜ちゃん馴染みの加工屋へと向かって行った。

 

 

□【■■■】鏡石 装弥

 

 

 ギルドを出た後、特に当てもなく……というわけでもないが、目的地はないので、適当に北区内を練り歩く。

 

「くくく……」

 

 気を抜くと、思わず零れてきてしまう笑いに、また笑いが誘われる。

 【征夷大将軍】からの依頼でもう数週間も将都に留まっており、少し退屈し始めていたが……こんなにも面白い者に出会えたのだから、今度会った時は感謝の一つでもしておこう。

 

「水無月火篝、といったか、あの嬢ちゃん」

 

 ワシの笑いを誘っている少女を思い浮べる。

 長年生き、天地どころか世界中を回ったワシですら数人しかお目にかかったことのない美貌だったが……面白いのはそこではない。

 

 人を威圧する方法には、大まかに四種類ある。

 一つ目は、見た目。厳つかったり、おぞましかったりする容姿で相手を気圧すものだが、見かけだけでそれに中身が伴っていなければ、一定以上の修羅場を潜って来た者には通用しない。

 二つ目は、スキルによるもの。相手に【恐怖】などの状態異常を与えることで動きを鈍らせる。

 三つ目は、保有するリソースによるもの。あまりにも多量のリソースを保有するモノ、合計レベルが1000を越えた超級職や〈UBM〉などに相対した時、生物ならば本能で畏怖する。自身の保有リソースが多ければ抵抗もできるが、低レベルの者などは、相対した時点で気絶することもある。

 そして四つ目が、纏う気配や放つ気によるもの。いわゆる“殺気”や“闘気”と呼ばれるモノであり、数多の戦闘で磨かれた猛者ならば自ずと会得されるモノ。

 

(あの嬢ちゃんは、明らかに四つ目であの青年と周囲を威圧しておった。だが……その密度が、()()()()

 

 それは、多くの修羅場を潜り抜けてきた自分すらも、一瞬怖気立つほどのモノ。

 決して、まだ下級職の一つもカンストしていない少女が出して良いものではない。

 彼女は〈マスター〉であるため、あちらの世界でそれほどの地獄に浸って来た、というのならば納得するが……

 

(いや、それはないな)

 

 この二日、街を巡り、フィールドにも出て〈マスター〉を観察していたが……そのほとんどは武術の心得など持たず、持っていたとしてもジョブに就く前の子供用の道場レベルであり、心構えもその程度だった。

 あちらの世界はよほど平和な世界らしい。

 カンスト武芸者を凌駕するような武芸を持っていたり、精神性が破綻していたり、内心が欠片も読み取れなかったりする者も何人かはいたが……あれは恐らく、あちらの方が例外なのだろう。

 そしてそれで言うのならば、彼女も例外側だ。

 

(さらに言えば、《看破》を感じられなかった理由を、嬢ちゃんは“練習した”と言っておった)

 

 確かに、《看破》を気付かせずに行う、そういった技術はある。

 だが、《看破》される側が達人になればなるほど、察知能力も高まるため、そうそう成功するモノではない。経験を積めば自ずと身に付くものと、研鑽しなければ手に入らないものの違いもあるだろう。

 それを自分に通用させるレベルで習得しているのもそうだが……何よりも、彼女は〈マスター〉だ。

 それが意味することは、()()()()()()()()()()()()()()()()()の《看破》をそれだけ使いこなしているということだ。

 

(才だけで言えば、今まで見てきた【神】どもと同等以上。しかも恐らく、頂きに至っていないどころか、まだ開花し切ってすらいない。開花すれば、あやつらを凌駕するだけのものとなるじゃろう。とはいえ、あやつらとはかなり方向性が違うようじゃが……)

 

 今まで見てきた【神】どもは、ほとんどが一つの分野において並々ならぬ才を抱いていた。だからこそ【神】の座を射止められた。

 だが、彼女は少し違うように感じられた。

 使いこなしている《看破》――大別すれば感知系のスキルに才能が集中しているわけではなそうであり、青年へ肉薄した身のこなしや小太刀の扱いからもその才は感じられた。

 だが……何故だか、それらは今一つ、()()に欠けていた。

 開花し切っていないが故の何かなのだろうが、このような感覚は初めてであり、その正体には皆目見当がつかない。

 

 ――しかし何にせよ、決まっていることは一つだけある。

 

「くくく……ああ、楽しみだのう。あの嬢ちゃんならば、きっと超級職に就き、本気のワシと殺り合えるくらいまで成長するだろうからなぁ」

 

 迫力が【神】らと劣っていようが、それでもその才は常人を遙かに超えている。

 彼女のメインジョブ……迎撃者系統の超級職も、あいつが数ヶ月前に死んだ今、空席のはずだ。

 しかし、判明している条件を満たした【大迎撃者】らが転職クエストに挑めず、何かしらのゴタゴタが起きているらしいが……彼女ならそれも解き明かし、就くことは間違いない。

 ティアンならば才能が合っても育ち切る前に死ぬ可能性もあったが、彼女は〈マスター〉。死んだとしても死なないため、その未来は半ば確定したモノであった。

 

「あとは、うっかり神話級にでも出会ってワシが死なないようにしなければ……」

「……おい!!」

「……ふむん?」

 

 怒鳴り声を掛けられたことで、思考の海から意識を浮かせる。

 闇討ちなんかをされないように警戒だけはしていたが、それ以外には注意を払ってなかったため、周囲を改めて見渡すと、薄暗い細道に居た。

 適当に歩いている内に、路地裏に入っていたらしい。

 

「で、何か用かの?」

「何か用……じゃねぇんだよ!クソジジイ!!」

 

 振り返って声の主に問いかけると、顔を真っ赤にして憤激している青年がいた。

 騎士鎧を着込んだ青年。そいつは、先程ワシらに絡み、少女に追い払われた〈マスター〉だった。

 ギルドから出た瞬間から感じていた恨みの籠った視線、やはりこやつだったらしい。

 

「報いを受けさせてやるんだよ!さっきはよくも恥かかせやがって!」

「……お主に恥かかせたのはワシじゃなくて、嬢ちゃんだと思うが?お礼参りならそっちに行ったらどうじゃ?」

「そ、それは……」

「……はぁ。大方、苛立ちはぶつけたいが、嬢ちゃんは怖いから、間接的な原因となったワシに八つ当たりにでも来たのじゃろ?」

 

 まったく……まるで餓鬼の所業じゃな。

 いい歳こいてみっともない……いや、もしかしたら本当に餓鬼か?

 〈マスター〉はあちらとこちらで扱う肉体が違うというのは接触した〈マスター〉から聞いておるしな。

 

「う、うるせぇ!理由なんて何でもいいだろ!どっちにしろ、お前はここで甚振られて殺されるんだからな!《怪物蠢獄(ダマー・ヴィント)》!」

 

 スキルを宣言した途端、冒険者ギルドの時と同様、魔法陣が描かれる。

 ただし、その大きさはまったく違う。

 ギルドの時は一人が収まる程度だったが、今回は路地裏全てを呑み込む巨大さであった。

 そして、魔法陣が完成した瞬間、ワシの簡易ステータスウィンドウに、【衰弱】【恐怖】【呪詛】と表示される。

 

「ハハハッ!こいつは30秒ごとに、範囲内の全存在に病毒・精神・呪怨系の状態異常を与える!しかも、時間が経つごとにそれらは蓄積していく!苦しみに悶える中で、俺の邪魔をしたことを後悔するんだな!」

 

 自分の術にハメたことがよほど嬉しいのか、高笑いしながら自分の手の内を晒しておるが……。

 

「お主、ちゃんと物が見えてるのか?」

「はあ?」

「どこに、苦しみに悶える奴がいるんじゃ?」

「そんなもの、お前に決まって……ぁあ!?」

 

 ようやっと気づいたようじゃな。

 ワシが()()()()()()()()()()()()()()、ピンピンしていることを。

 

「な、なんで……!?さっきは確かに……!?」

 

 青年が狼狽している内に、もう一度スキルの判定が訪れた。

 ワシのウィンドウに【毒】【混乱】【吸魔】の表示が並び……すぐさま掻き消える。

 

「な、なぁ……!?」

 

 何らかの手段でこやつもそれを確認したのか、驚愕している。

 さっきこやつも手の内を晒しておったし、等価交換というわけではないが、種明かしをしてやろう。

 左手を持ち上げ、巻き付いているミサンガを見せる。

 

「これは【穢浄竜紐 ドラグクリア】。【浄竜王 ドラグクリア】という古代伝説級〈UBM〉の特典武具で、貯めたSPを消費して全ての状態異常を自動治療する装備スキルがあるのだ」

 

 かなり便利な代物であり、他のアクセサリー枠は付け替えることもあるが、これはほぼ常装している。

 難点としては、自動であるため、今みたいに正直無視しても良い【毒】なんかも治療してSPを無駄にしてしまう点じゃな。

 

「そ、そんなのありかよ……!?」

 

 あまりにも自身のエンブリオと相性の悪い特典武具を前にして、呆然としておるな。

 

「あの場で収めておれば、嬢ちゃんの顔を立てて全て水に流れていたのだがな……こうして攻撃してきたからには、捨て置く訳にもいかん」

 

 懐から布に包まれた得物――【托生強棍 ベーアーイー】と銘打たれたトンファーを取り出し、両手で構える。

 

「う……クソォーー!」

 

 不利を悟ったのか、逃走しようとするが……。

 

「《ストッパブル・スローイング》」

 

 左のトンファーを軽く投げる。

 スキルの影響を受けたトンファーは青年の足目掛けて飛んでいき、当たった瞬間【硬直】――効果時間がとてつもなく短い代わりに、ステータスで抵抗できない制限系状態異常――を与え、さらには、軽く投げたとしても影響するほどの圧倒的なステータス差で【左足首複雑骨折】を発症させ、トンファーがワシの手元まで戻ってくる。

 

「うおっ!」

「ほいっと」

 

 急に左足が使えなくなった青年が路地裏に転がる。

 ついでに、近づいて残った右足首も右手のトンファーで壊し、逃走を完全に封じた。

 

「く、くそ!動けねぇ!」

「ふむ?痛がらんのか?……ああそういえば、〈マスター〉は痛覚も無効にすることが出来るんじゃったか。つくづくおかしな肉体しておるのぅ」

 

 しかし、これは七面倒じゃな。

 こういう輩を仕置きするとき、いつもは手足首を骨折でもしてやれば、その痛みで大人しくなり、言う事を聞くようになるんだが……痛覚無効では、生半可なことでは反省させられないだろうな。

 

「……ならば、精神的に圧をかけてやるか」

「は?な、なにを……ぎゃぁ!」

 

 ふむ。痛覚がなくても、指を折られるところを見せつけられれば、それなりに衝撃があるらしいな。

 

「流石にオイタが過ぎるのでな。きちんと反省できるまで、少し痛めつけるぞ。ああ、安心せい。ワシの《スパレッション》レベルEXのおかげで、肉体は損傷しても、HPは微塵も減らんからな。死にはせん」

「……う、ぁ……」

 

 青年はワシの言葉の意味を……反省しなければどんな仕打ちをされても死ねずに、永久に痛め付けられるということを理解し、顔面が蒼白となる。

 

「お、お前、何者なんだよ!?」

 

 どうやら、流石にこやつもワシが単なる一介の武芸者ではないと気が付いたらしい。

 ……隠していたから気付かれないのは良いことなのだが、それはそれで悲しいな。

 では、名乗りを上げてやるとするか。

 

「ワシは【旋棍王(キング・オブ・トンファー)】鏡石装弥。【旋棍士】を極め、限界を超えた、武芸者たちの頂点の一角よ」

 

 名乗りと同時に、今まで抑えてきた覇気を解放し、殺気を叩きつける。

 密度はあの少女の方が濃いだろうが……こちらは身に宿した、()()()()()()()()()()()()1()0()0()0()()()()()莫大なリソースの気配を自重せずに開陳している。総合的な威圧感はそう変わらないだろう。

 

「あ、ああああ……」

 

 青年は自分が手を出してはいけない部類の存在に唾を吐いていたことを悟り、今にも消えそうな表情をしているが……しかし、ここで徹底的にやっておくことが重要だからな。予定通り、少し仕置きはしておこう。

 

 

□□□

 

 

「も、もういやだぁ!?助けてよ、ママぁ!?」

 

 結論から言えば、仕置きはすぐに終わった。

 ……と言っても、青年がすぐに反省したとか、そういう訳ではない。

 何か所か折っただけで、すぐに自害して光の塵になってしまったのだ。

 

「……まるでモンスターのような死に様だの。ドロップアイテム……の代わりに、所持品も落ちておるし」

 

 路地裏に少量のリルと騎士鎧が転がっているが……これは拾う気にはなれんな。

 まあ、放置しておけばいずれ欲している者の手に渡ることだろう。

 

「しかし、根性なかったのぉ。ま、平和な世界で生きてきたといたらこんなものか?」

 

 さて、面倒ごとは片付けしたし、とりあえずはクエストの中間報告に行くかの。

 【〈マスター〉の調査――【征夷大将軍】】

 〈マスター〉の増加が吉と出るか凶と出るか。それは分からんが、とりあえず、天地が……いや、世界全体が大きな変革の波に襲われる――その率直な感想だけは伝えておこう。

 




……私、大森茜というキャラは、異世界ラノベによくある、主人公と仲が良くなるけど、ハーレムメンバーになったり攻略ルートになったりしない程度の美人受付嬢レベルの配役として設定していたんですよ。
それがいつの間にか予想以上に親密になっていてヒロインムーブしてるんですけど、どうなってるんですかね?
なんか、展開考えてるときに自然と浮かんでくるですよね、茜ちゃんのHP(ヒロイン・ポント)高めの行動とか台詞とか。
いつの間にかネメシスがヒロイン()になってアズライトがメインヒロインにしか見えなくなっていた海道先生の気持ちが少し分かった気がします。


【旋棍王(キング・オブ・トンファー】
旋棍士系統超級職。SP,AGI,STRの順に大きく上昇する。
旋棍士系統は、『傷痍・制限系状態異常による鎮圧』をジョブ特性とし、自身の攻撃によるHPに関する影響を失くす《スパレッション》などを持つが、これをオフにすれば、傷痍・制限系を駆使する前衛として普通に戦闘できる。
鏡石は、この『傷痍・制限系状態異常』を得意とするジョブ特性と【托生強棍 ベーアーイー】のシナジーによるかなりエグい方法で広域殲滅を長年続けた結果、【旋棍王】のレベルが1000を超えた。


【苦悶逝紋 アジ・ダハーカ】
TYPE:テリトリー
能力特性:苦しみ(を見て感じる愉悦)
モチーフ:ゾロアスター教において悪の根源を成すモノとして恐れられる怪物“アジ・ダハーカ”
到達段階:Ⅱ
《苦痛に嘆け、死を感じよ》
指定した対象の足元に魔法陣を描き、その中に存在する生物に、抵抗不可の病毒・精神・呪怨系状態異常をどれか1つランダムに付与する。一回描くのにMPを100消費するが、〈マスター〉の周囲で発生した負の感情をスキルコスト専用に貯蓄でき、それを消費することでも発動可能。
《怪物蠢獄(ダマー・ヴィント)》
地面に特大の魔法陣を描き、その中に存在する生物に、30秒ごとにランダムな病毒・精神・呪怨系状態異常をそれぞれ1つずつ付与する。こちらは抵抗可能であり、状態異常の効果時間は一律で60秒間なので、最大で6つ重なる。展開時間は5分間固定であり、早めたり遅くしたりすることはできない。再発動には三日間のクールタイムが必要。

備考:作中に登場した青年〈マスター〉のエンブリオ。鏡石のせいでデンドロにトラウマを持ってしまい、今後ログインすることもなく一生再登場しないので、供養のために掲載。
リアルは鏡石の推測通り、単なる小学生。
青年の身体になれたことと、状態異常を使用できるエンブリオでモンスター相手に無双したことの高揚のままに調子に乗ってたら、超常者・超越者にぼっこぼこにされ、カマセ役にされた。
デンドロで状態異常はかなり重いので、続けて成長していればかなりの強者になっていた、かもしれない。


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12・凄腕職人とオーダーメイド

最近、原作が更新される度に大量に供給される設定たち
嬉しいけど、密度濃すぎ……!?となることもしばしば
やっぱり今年中に戦争の一日目が終わりませんでしたが、長く楽しめると考えると、これはこれでありな気もしてきました
海道先生には、無理して途中で打ち切りになったりしないために休んではもらいつつ、完結まで書いて頂けることを願っています


□将都生産区中央通り 【迎撃者】水無月火篝

 

 

「今向かっている工房なんですが、この将都でも指折りの職人が店主をしているんです。その方の孫と寺子屋で隣の席になって、その縁で仲良くさせてもらってます。私が10で寺子屋に行かなくなるまでは、結構一緒に遊んでいましたから」

「では、その方とは幼馴染みたいなものなんですね」

「幼馴染……って言ってもいいんでしょうか?会ったのは6歳の頃ですし、ここ5年は数カ月に一回くらいしか会っていませんし……」

 

 むむむ……と悩む茜ちゃん。そんな顔も可愛い。

 ……なんか、事あるごとに“茜ちゃん可愛い”って言ってる気がする。それは事実なんだけど、客観的に見ると、若干変態っぽいような……。

 

「そんな思い悩むことはないですよ。幼い頃に幼い者同士で馴染んでいれば、それはもう皆幼馴染です」

「……ふふっ、そうですねっ」

 

 俺の暴論を聞いて少し目を丸くしていた茜ちゃんだが、俺の顔からそれが冗談だと分かると、ころころと笑った。

 

 

 とか何とかしている内に、目的地に着いたらしい。

 外観はまさに質実剛健の工房といった感じで、中からはトンカンという槌音も聞こえてくる。

 そんな、どう見ても「素人はお断り!」という雰囲気を醸しだしているというのに、茜ちゃんは躊躇せず、扉を開けて中に入っていく。

 ここでまごまごしているのもあれなので、意を決して俺も中に入る。

 

 内装を見てみると、依頼受付用なのか申し訳程度のカウンターはあったが、見た目通り主体は工房らしく、カウンターを越えた所で何人もの職人が熱中して作業をしているのが見えた。

 

「……ん、誰だ?」

 

 そんな職人たちの内の一人、もう老齢に差し掛かっている男性が、中に入って来た俺たちに気付き、顔を上げる。

 ……〈看破〉しなくても分かる。彼が、この工房の主であり、茜ちゃんの言っていた指折りの職人だろう。扱う道具や素材、その手捌きもそうだが、何より、纏う空気が違った。積み上げてきた年月と技術、それに対する誇り、そしてそこから生み出される威厳が、強烈にこちらへ押し寄せてくる。

 それは詳細こそ違えど、先程出会った鏡石さん……【旋棍王】と同種のモノに感じられた。

 

「……って、茜じゃねぇか。どうしたんだ?それと、そっちは……?」

 

 しかし、その圧迫するような空気が、茜ちゃんを見た瞬間に霧散する。

 恐らく、初対面の相手を試すか、有利を取るために意識的にやっているのだろう。

 

「久しぶりです、覇漣さん。今日は、お客さんを紹介しに来ました」

「初めまして。水無月火篝といいます」

 

 茜ちゃんの身振りに合わせて、頭を下げながら自己紹介する。

 

「……ふむ。そうか、お前が……」

 

 腕を組み、目を細めながら、嘗め回すように俺を観察してくる。だが、そこには嫌らしい感じはない。むしろ、何かを見透かそうとするような……。

 

「……で、紹介しに来たんだっけか?」

「あ、はい。装備品に関する悩みがあるみたいで……私の知り合いの職人さんの中で、一番腕が良いのが覇漣さんだったので」

「……そうか」

 

 茜ちゃんにそう言われ、仏頂面から変わらずとも、満更でもなさそうなのが伝わってくる。なんか、孫に慕われる強面お爺ちゃんみたい。……いや、本当の孫と幼馴染なのだし、関係性としてはほぼその通りなのかもしれない。

 

「俺は(とどろき)覇漣(はれん)だ」

「……覇漣さん、自己紹介が簡潔過ぎますよ。えっとですね、将都一の職人さんで、ここの工房の主であることは言ったと思うんですけど。覇漣さんは後進の育成にも熱心で、ここで学んだお弟子さん達が天地中で工房やお店を開いているんです。彼ら全員がとても腕が良い職人さんであって、轟ブランドとして高名なんですよ」

「ふん……馬鹿弟子どもと婆さんが勝手にやって騒がせているだけだ」

「もう、本当は嬉しいのに……ああ、それと大事なこと言い忘れていました。なんと、轟さんは【加工王(キング・オブ・プロセス)】……超級職なんですよ!」

「……本職は【装飾職人(アクセサリー・マイスター)】だがな」

 

 薄々察していたことだが、覇漣さんも超級職らしい。鏡石さんと同レベルの覇気を纏っていたから、そうではないかとは思っていた。

 ……けど、超級職ってかなり人数少ないはずだよな?

 もう、今日だけで町人(大嘘)さん、鏡石さん、覇漣さんと、三人も出会っているんだが?

 

「天地では、武芸者の方々のレベルと強さへの探求心が凄く高いので、戦闘系超級職は他国と比べてずっと多いですよ。戦や超級職の奪い合いで死んでしまう方も多いですが、次々と超級職の座も埋まっていくので、十人強は常にいますね。確か冒険者ギルドの把握している限りでは、今現在14人の戦闘系超級職がいらっしゃいます。人知れず暮らしていたり、大名家が切り札として隠したりしている場合もあるので、実情はもっといるかもしれないです」

 

 俺の疑問を汲み取って回答してくれる茜ちゃん。こういった技術は、流石は受付嬢といったところだろう。

 そして、またしても天地のヤバさが浮き彫りになってきた。バランスブレイカーが14人以上もいるとか……いや、むしろそのおかげでバランス取れているのか?

 

「そして、武芸者の方々の平均レベルが高いため、要求されるアイテムの性能も高くなり、それに応えるように自ずと上がっていくので、天地は意外と生産職の平均レベルも高いんですよ。戦闘系ほどではないですけど、超級職もそこそこいらっしゃいます」

「なるほど……」

 

 確かに、道理ではある。

 勇者がレベル65くらいで到達できる街で、どうのつるぎを売ったところで買われる訳がない。需要を考えた、もっと高性能なモノを売らなければ、職人としてやっていけないのだ。

 

「……ん?本職というのは?」

 

 超級職のインパクトで流してしまったが、さっき覇漣さんが意味分からないこと呟いていなかったか?

 

「ふふ、実はですね……覇漣さんって、元々は【装飾職人】系統をメインジョブにしていたんですよ。【加工屋(プロセッサー)】系統は、それを補助する目的で取っていたんですけど……そっちの方が性に合っていたらしくて……」

「……【装飾職人】ではなく、【加工屋】の超級職が取れてしまった、と」

「茜、あまり広めるなと言ってるだろう」

 

 面白がるような口調の茜ちゃんに、覇漣さんが渋面で文句を言う。

 ……そういうこともあるのか。まあ、目指した先に絶対に辿り着けるわけじゃないのだから、こういうこともあり得るのだろう。

 

「……で、相談だったか?言ってみろ」

「……えっとですね……」

 

 

□□□

 

 

「……そうか。そうだな……」

 

 俺と茜ちゃんの話を聞いた覇漣さんが、瞑目する。

 少しして、考えが纏まったのか、覇漣さんが目を開いた。

 

「まず、一般論を言うぞ。取れる選択肢は二つ。お前たちが考えているように、今すぐに装備品にするか、もっと素材を集めてから作るか、だ。

 前者のメリットは、数日待てば装備品が手に入り、戦力がすぐに強化されること。デメリットは、初心者用の性能にしかならず、レベル帯が上がれば使い物にならないこと。合計レベルが100越え、適正な相手と戦おうとするのならば、もう使えんだろう。いくらレア素材を使うといっても、それ単体ではそこまで強く出来んし、他に素材で補強しようにも釣り合う素材なんぞ今すぐ用意できんからそう変わらんだろうしな。

 後者のメリットは、他にも釣り合う素材を十分な量集められれば、という前提は付くが、ある程度長い間使える性能に出来ること。合計レベル200越える辺りまでなら、十分使えるだろう。デメリットは、他の素材を手に入れるまで何の役にも立たないこと、だ。またレアドロップを狙うにしろ、釣り合う素材を普通に落とすモンスターを狙うにしろ、時間はかかるからな。こちらは逆に、レベルが100に近づいたくらいにやっと完成させられるだろう。性能が作成可能な上限よりも低くても良いのなら、もう少し早めることも出来るが」

 

 うん、大体俺の想像通りだ。

 目の前の利益を取るか、今は我慢して先の利益を見越すか、そういう選択になる。

 

「……だが」

「……?」

 

 話は終わったと思ったのだが、まだ続きがあったらしい。

 

「もう一つ、手段はあることにはある。作った装備品に、拡張性を持たせることだ」

「……拡張性?」

「作った装備品に、後から素材を足しこめるようにするのだ。そうすることで今すぐに装備品を手に入れつつ、定期的に素材を集めればより上位の装備へと換装し、高レベル帯でも使用可能となる。それこそ、カンストまで使い続けることも出来るだろう」

「そんな方法があるんですか!?」

 

 なにその、本当かどうか疑いたくなるような好条件。

 でも、覇漣さんが言うからにはあるのだろう。

 

「では、それでお願いしま――」

「待ってください!」

「すぇ!?」

 

 え、急に何!?

 茜ちゃんが急に出した大声に遮られ、驚きのあまり声が上擦る。

 

「覇漣さん……作成した装備品に拡張性を持たせるのは相当な高等技術、しかも、カンストでも使えるくらいまで拡張性を持たせるのならば、超級職を使わなければいけないはずです。当然、その代価もかなりのものに……今の火篝さんに払えるわけがありません!」

「え!?」

 

 マジで!?

 ……いやでも確かに、あそこまで都合が良い条件、そう簡単にできるものではないだろう。

 それに、これが一般的なものであれば、最初の二つの選択肢自体が上がらないはずだ。こちらの方が、完全なる上位互換なのだから。

 

「それを提案するとは……まさか、火篝さんに莫大な借金を負わせて……言いなりの傀儡に……!?」

「はえ!?」

「そんなわけないだろう!」

 

 茜ちゃんの言葉に、覇漣さんが叫ぶように否定する。

 で、ですよね……。

 あまりにも茜ちゃんが真剣だったから、俺も少し信じそうになってしまった。

 

「俺がそんな悪徳商人のような真似をするか!そういう輩を俺が嫌っているのを知っているだろう!?」

「……確かに、そうでしたね。すみません」

 

 烈火の如く怒る覇漣さんに気圧され、興奮気味だったところから様子が戻る茜ちゃん。

 

「拡張を請け負っても、代金は現時点のアクセサリーの性能に見合った程度ですませてやる」

「……どうしてですか?というか私としては、意見は頂いても、発注は別の方に頼もうと思っていたのですが……。超級職であるというだけで、代金を割増にしなくてはいけないですし」

「……約束だからな」

「約、束……?」

「……何でも良いだろう。とにかく、装備は現時点の性能の一般価格で作ってやる。後から請求もせん。何なら、【契約書】も書いてやる」

「…………」

 

 まだ納得してなそうな茜ちゃんがじーっ、とジト目で覇漣さんを見るが、覇漣さんは顔を背けて取り合わない。

 まあ、茜ちゃんが疑うのも分かるくらい、怪しい好条件だからな。

 けど……。

 

「では、それでお願いします」

「火篝さん……!?」

 

 茜ちゃんが跳ねるようにこちらを向く。

 怪しいことは間違いない。けど、ここまでの好条件を逃がすことなど出来ない。

 それに。

 

「覇漣さん、確認しますけど、それを頼んだことが原因で、私に不利益なことはないんですよね?」

「……ああ、俺がお前さんに不利益を与えることなどない」

「ほら、覇漣さんもそう言ってますし、ね?」

「……でも……」

「大丈夫です。茜ちゃんは、覇漣さんがそんなことする人じゃないって、知ってるんですよね?」

「それは……はい……」

 

 歯切れ悪く頷く茜ちゃん。

 茜ちゃんが覇漣さんを信頼しているのは、ここに来てからのまるで本当の家族のようなやり取りから見て取れた。

 そして、信頼しているからこそ、こんな怪しい事柄を看過できず、追及を緩められない。

 

「私は、そんな茜ちゃんを信頼していますから。だから、そこまで警戒しなくてもいいですよ」

 

 俺は茜ちゃんを信頼している。

 悪意も邪気もなしに俺に声を掛けてくれた、俺の唯一の友達。

 そんな彼女が信頼している人物を、俺はそれを根拠に、信頼に足る人物だと判断する。

 だから、そこまで疑わないでいいと、俺は笑いかけた。

 

「……っっ!……わ、分かりました。火篝さんがそこまで言うのだったら……」

「では、覇漣さん」

「ああ。使う素材は【隠密子狐の尻尾】だったな。他に素材はあるか?」

「いえ、全部ギルドで売り払ってしまったので……」

「なら、工房にある素材を使うか。付与するスキルはどうする?今の所は、レベル2を1つか、レベル1を2つかくらいしか付けられんが」

 

 無事茜ちゃんも納得させられたので、覇漣さんと作る装備の詳細を詰めていく。

 渡された紙にスキルが十数個記されていて、これらの中から選ぶみたいだ。

 候補としては、戦闘を有利にするための《隠形の術》や《影分身の術》か、日常用に《認識阻害》か、だな。

 ふむ……日常の煩わしさをなくせる《認識阻害》にはとても惹かれるが、戦力増強と考えると、《隠形の術》とかになるんだよな……。《認識阻害》は個人を認識出来なくするが、姿は普通に見えてしまうので、戦闘には役立たない。

 

「では、《隠形の術》レベル2でお願いします」

 

 とりあえずは、戦力増強にしておく。《認識阻害》はまた別の機会に。

 

「それと、アクセサリーの形状を、顔を隠せる感じに出来ますか?」

「顔を隠すか……お面辺りになるが、良いか?」

「はい、それでお願いします」

 

 それはそれとして、煩わしさ減少のため、顔を隠せるようにしておく。

 水無月火篝(このアバター)は肉体の方も美を追及したから、顔をなくしたからとパッタリ注目されなくなる、ということはないだろうが、それでも減らせるはするだろうし、やっておいて損はない。

 

「……よし、これでいくか。代金は2980リルだ」

 

 何やら図面らしきモノに書き込みをして考えが纏まった覇漣さんに、アイテムボックスから取り出した硬貨と【隠密子狐の尻尾】を受け渡す。

 

「……確かに。出来上がりは3日後だ。それ以降に取りに来てくれ」

「分かりました。それでは、お願いします」

「おう」

 

 頼む側からの礼として、深々とお辞儀をする。

 初めてのオーダーメイド装備……ああ、3日後が待ち遠しい!

 

 

□【加工王】轟 覇漣

 

 

「……ふう」

 

 茜と、彼女が連れてきた水無月火篝なる女性が工房を出て行ったのをしっかりと確認してからため息を吐く。

 手の中にあるのは、硬貨と素材たる尻尾。

 先程請け負った、装備製作の仕事。

 ……本来なら、先程の契約は成立しない。

 契約したほどの拡張性を持たせるのならば、その代価は数百万を優に超える。

 そもそも、茜が言っていたように、超級職が装備を作るのならば、そのネームバリューなども加味され、先程の契約と同レベルの性能だとしても、確実に桁が上がる。

 この程度の代価では、話にもならない。

 しかし、俺はそれを受けた。というより、俺自身から提案した。

 その発端となったのは……。

 

「ふむ、店主。事は上手く運んだかね?」

 

 扉が開く音と共に工房に入った青年に声をかけられる。

 銀髪を逆立てスーツの上に白衣を羽織った奇妙な青年。

 《看破》したとして100にも届かぬ程度のレベルしか表示されぬだろう青年。

 だが……少し視る眼のある者が見れば、はっきりと分かるほどの()()()が青年を覆っていた。

 そんな青年の隣には、彼の白衣の裾を握りこむ、黒髪に紅いメッシュの入った美幼女の姿があった。

 

「……ああ。『お前さんがいなくなってから、最初に訪れた客の要望を最大限尊重し、俺が出来うる限りで答える』という約束、首尾よく果たしたぞ」

 

 これが、自ら先程の契約を提案した理由。

 これは“約束”であり、“契約”や“脅し”などではない。

 【契約書】なども書いていない、単なる口約束。

 だが……これを全うしなければ、確実に()()()()()()ことになると、長年の経験から察していた。

 

「しかし、自分の時にはそんな事言わずに、何故あの女……水無月火篝の時に言った?」

 

 この青年は、突然工房にやってきて、俺に装備を作ってくれ、と頼み込んできた。

 ろくな素材も持っていなかったし、俺は超級職である身。そうそう安請け合いする訳にもいかないから、と断っていたが、あまりにもしつこいため、俺と釣り合うレベルの素材を持ってきたら作ってやる、といった所で手打ちとなった。

 だが……工房から出たすぐにこいつは舞い戻り、俺に先程の“約束”を突き付けてきた。

 こいつの出す、まるでこの世界と規格が違うような謎の違和感に屈した俺がその“約束”を呑み、今に至るという訳だ。

 

「いやなに、()()()()()()()()で現界した故、我もその規格に合わせようと思っていたのだが……まさかあやつがおり、更には、あちらの世界で曇らせている魂が磨き出されているのを見ってしまっては……盟友として、最大限の助力をせざるを得ないというだけだ」

 

 くっくっくっ、と含み笑いを浮かべる青年は、視界に入れていても、最早俺を見ていなかった。

 もっと遠くを……恐らく、盟友と呼んだ水無月火篝を、瞳に浮かべている。

 

「飯沼葉月……いや、水無月火篝よ。我が望む輝き、此の地において、見せてくれるか?」

 




書いていて思ったですけど、火篝ちゃんも茜ちゃんもチョロ過ぎませんか……?
まあ、火篝ちゃんには“久しぶりに出来た普通の友達”補正が、茜ちゃんには“憧れフィルター”があるので仕方がないとは言え、書いていて二人が心配になってしまった。

【加工王(キング・オブ・プロセス)】
加工屋系統超級職。MPとDEXが上昇する。
代表的スキルである《加工》は、素材となるアイテムの質を上げたり、作りたい装備品にあった調整を施したりする。
支援職である【音楽家】のさらに支援職である【指揮者】系統のような、生産職に向けて生産する生産職。
超級職たる【加工王】の《加工》レベルEXであれば、通常、超級職でなければできないようなことも、上級職でも可能なようにアイテムの昇華・調整を行うことが出来る。


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13・ガチャとレア(?)アイテム

投稿する前に確認したら、1月時点で投稿開始から1年経っていたらしいです。
……1年かけて12話しか進んでない上に、作中時間がまだ2日目ということに、自分の筆の遅さにちょっと愕然としました。
今年は、もうちょっと早く書きたい……


□【迎撃者】水無月火篝

 

 

「そこのお店のポーションは、回復量は普通なんですけど、クールタイムが短いんですよ。あちらは逆に、クールタイムが長い分だけ回復量が増えていますね」

「お店によって色々と違いがあるんですね」

「他店と差別化するため、それぞれ、独自の【レシピ】を開発していますからね」

「あ、あそこのお店、街の人に聞いて槍を買いに行った所ですね」

「へぇ、その人、見る眼がありますね。それほど広まってないんですが、あそこの職人さん、かなりの腕前ですよ。私も覇漣さんにお聞きするまで知らなかったんですが」

「隠れた名店ってことですか……」

 

 覇漣さんの工房を後にした俺たちは、まだ茜ちゃんの休憩時間に余裕があるということで、南区に来ていた。

 美少女二人が和やかに笑いながらウィンドウショッピング。俺の塗りつぶしを消して俯瞰視点にして見れば――うんうん、なかなかに絵になる光景だ……話している内容が、戦闘用の薬品とか武器の話でなければ。

 いやまあ、仕方ないっちゃそうなんだけどね?ここは現代日本じゃないし。

 

 とか考えている時、ふと、とある店の前に人だかりが出来ていることに気付いた。

 人だかりというか、大勢が列をなしてるのか?

 その先にあるのは……え、まさか!?

 

「……あの、あれって……」

「ん?……ああ、あれですか」

 

 指を差しただけで、茜ちゃんには何のことか分かったらしい。

 その店に足を進め、普通の視界でも“それ”が見える位置まで来る。

 “それ”は、レバーがついた透明な四角いケースであり、中に丸いカプセルが収められた機械。

 現実においても目にしたことのあるそれは……。

 

「ガチャ、ですよね……」

 

 それは、お金を入れて景品を得る、ごくありふれたモノ。

 だが、まさかデンドロの中でこれを見ることになるとは思わなかった。

 

「これ、何ですか?」

「〈修羅の奈落〉っていう神造ダンジョンから出土したアイテムですね。……あ、神造ダンジョンって分かりますか?」

「いえ……」

「では、ダンジョンの説明からにしましょうか。

 一般的にダンジョンと呼ばれているのは、正式には“自然ダンジョン”なんです。モンスターの巣だったり、洞窟や廃棄された砦にモンスターが住み着いたり、誰の手にもよらずに偶然出来上がった危険な場所を呼称している訳ですね。

 一方、“神造ダンジョン”は、モンスター溢れる危険な場所であることは同じなのですが、その性質はまったく異なります。

 まず、中では周期的にモンスターが発生(リポップ)すること。繁殖ではなく、無から生成されているのが確認されています。そして、発生したモンスターがダンジョンから出てくることがありません。

 また、神造ダンジョン内部には宝箱が生成されます。その中からは、武器防具やポーション、マジックアイテム、はたまた家具や建材などが出てくることが確認されていますね」

 

 聞いていた限りはむしろこっちが普通のダンジョンっぽい……のだが、それはあくまで普通のゲームでの感覚だ。ここまで現実的なデンドロでは、そんなゲームのように、無限にポップしたり、モンスターがダンジョンから動かなかったり、宝箱が配置されたりしている方がおかしいのだろう。

 名前からして(運営)造ダンジョンだし、運営特製の特別なダンジョンなのだろう。

 

「そして、それらの宝箱の中から入手できるアイテムには他では手に入らないものも多くあって、その一つがあのガチャです」

 

 あ、やっぱりガチャなんだ……。

 

「あのガチャは、リルを投入すると投入額の数十倍から数十分の一の価値のアイテムを手に入れられます。……ああ、ちなみにあのガチャはリルをコストとして捧げることでアイテムをどこかから召喚するシステムらしく、解体しても中は空っぽだったらしいですよ」

 

 ……つまり、リルを入れずにアイテムを手に入れようとした強欲者がいたってことか。

 

「そのシステム上、投入されたリルも回収することが出来ないので、直接の利益にはならないのですが……集客効果を狙って店頭に置かれることも多いようですね。商品を買うごとに一回分回せる、みたいな決まりを作って」

 

 とすると、あの行列はガチャ待ちなのか。

 視点を変えて行列の先頭を見てみると、肩を落として落胆したり、叫び声を上げて喜んだり、出てきたアイテムに一喜一憂する姿があった。

 ……楽しそうだな。

 

「……一回やっていきますか?」

「え?」

「いや、あの、すごくやりたそうだったので……」

 

 ……茜ちゃんに言われるほど、やりたそうな顔してたのか、俺。

 まあ、興味あるのはそうだし……。

 

「じゃあ、寄っていってもいいですか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 ガチャを置いているのは、桐生雑貨店という、鍋やら皿やらの名前通りの雑貨から、甲冑に刀などの武器防具、ポーションなどの回復アイテム、特殊効果を持ったアクセサリー、見事な花が植えられた植木鉢に机やタンスなどの家具まで、様々な物が置かれている、混沌とした店だった。

 ……いや、こんな世界だから雑貨屋で武器防具、ポーション、アクセサリーまでなら置いていてもまだ分かるが、植木鉢と家具はなんなの?むしろ何でも屋では?

 しかも、それぞれが妙に質が良いせいで、混沌感がマシマシになってしまっていた。

 

 桐生雑貨店では、ガチャ1回分回すためにチケットを買う必要があるらしい。

 チケットは一枚50リルであり、5枚まとめ買いだと200リル。そして、チケットを5枚買うごとに店の商品を買わなければいけない。

 チケットで儲けるだけではなく、ちゃんと店の商品も捌けるようになっている、上手いシステムである。

 

「……けど、何でこんな雰囲気なんでしょうか?」

 

 お試しであるため、チケットを1枚だけ買ったのだが、俺以外にチケットを買っていく人は皆、5枚まとめ買いを複数である。

 確かに、ガチャというのは楽しいものであり、ハマると抜け出せなくなるものだが……なんか、純粋に楽しくガチャをしているのは少数で、そのほとんどはこれから戦にでも出向くのか?と言いたくなるような殺伐とした気配である。

 

「ああ……それは、この店の店長のせいですね。いえ、店長の幸運のせい、ですかね?」

「……?それはどういう……」

「先程、ガチャの仕様を簡潔に説明しましたが、詳しく言うと、リルを最低100、最高10万投入して回し、出たレアリティによって投入された金額の何倍の価値になるかが決まります。最低のFランクで入れた金額の1/100倍、中間のCランクで1倍――等価値で、最高のSランクでは100倍以上の価値ですね。

 このガチャが設置された際、記念として店長が最高額の10万リルで回したのですが……」

「……なんか、オチが読めました」

「ええ、恐らく予想通りです。……Sランクが出てしまって」

「やっぱり……」

「しかも、出てきたアイテムが、数代前の【匠神(ザ・クラフト)】が手掛けた、行方不明になっていた最高傑作の槍で……価値にすれば、数億は下らない代物です」

「……鬼気迫る様子で10万リル投入してガチャを回している人に、高レベルの武芸者やら羽振りの良さそうな商人が多いのは……」

「武芸者は装備として、商人は売り物として、そのレベルの武具が欲しくてやって来ていますね。中には、高レベルの狩場でリルを工面して、ここに通う人もいます」

 

 ……そりゃ、俺の想像しているガチャ風景と雰囲気が違って、殺伐としている訳だ。

 何せ、今ガチャを回している人たちにとって、これは趣味や娯楽ではなく、自身の成功や生活がかかっているわけだからな。

 

「……私はどれくらい入れましょうかね?」

 

 今の所持金は1740リル。

 流石に全額近く入れる気はないが、100リル程度しか入れないのも味気ないし……1000リルくらいにしておくか。

 

 

 前の人がランクC、E、Dという振るわない結果に意気消沈して去っていき、ようやく俺の番が回って来た。

 事前に決めていた通り1000リルを投入。

「何が出るかな~、Sランクとか来ないかな~。それはないにしても、C以上は来て欲しいな~」くらいの緩い気持ちで回し――出てきたカプセルに困惑した。

 

「何でしょうか、これ……?」

 

 カプセルの表面には、Aの文字。

 上から2番目のランクであり、喜ぶべきなのだが……そのカプセルは、他の人が出していたものと、まったく違う様相だった。

 カプセルの色は真っ黒、Aの文字は溶けたような書体……明らかに垂れる血を連想させるようになっている。

 さらには、カプセルの表面に血管のような赤い筋が幾つも浮かび、「厳重な注意の上、お子様のいない場所でご開封ください」とまで書かれていた。

 

「お、嬢ちゃんはガチャ初心者か?それは呪いのカプセルだぜ」

 

 俺が困惑しているのを見てとったのか、後ろに並んでいたおじさんが声をかけてくる。

 って、呪い?

 え、当てたら不幸が降りかかるとか?

 

「つっても、別にカプセル自体に呪い――呪怨系状態異常がかかってる訳じゃないぜ。そのカプセルの中身に、呪いがかかったアイテムが入ってる。そういったモノのほとんどは装備者だけに影響があるんだが、中には周囲に呪いをまき散らす奴なんかもあってな……その対策でその注意書きがされてるわけだ」

「なるほど」

 

 いや、そんな危険物まで入れるなよ……と思ったが、ガチャのワクワク感を出すには、こんなものも必要なのかもな。

 それを初回で当てるのは、運が良いのか、悪いのか……。

 

「しっかし、惜しかったな……見てたけど、投入したのって1000リルだけだろ?せっかくのAランクだったのに」

 

 ああ、そっか。

 入れた金額に応じて価値変わるから、Aランクでも手放しで喜べないのか。

 まあ、俺としては単なるお試しだったし、Aランクだっただけで十分に嬉しい。……呪いのアイテムだったのはちょっとあれだが。

 

「説明ありがとうございます。貴方もよい結果になるといいですね」

「おうよ!こんなべっぴんさんに応援されたんだから、気合入れて引くぜ!」

 

 会釈をして、漢くさい笑みを浮べるおじさんに順番を譲る。

 けど、並んでいたり何だりで、思いのほか時間がかかってしまった。

 

「茜ちゃん、時間は大丈夫ですか?」

「……もうそろそろ、厳しいですかね」

「じゃあ、ここでお別れしましょうか。今日は、付き合ってくれてありがとうございました」

「い、いえ、そんな……別に、お礼を言われることじゃ……」

「私が、お礼を言いたいんです。……受け取ってくれませんか?」

 

 茜ちゃんが紹介してくれたおかげで、少し謎は残ったけど、高性能なアクセサリーを手に入れられることになった。

 それに……何より、楽しかった。

 友達と、和気あいあいと街を見て回るなんて、本当に久しぶりだったから。

 

「……そんな言い方は、ずるいです……」

「ふふ、けど、それだけ感謝してるってことです」

 

 赤く頬を染めて恥ずかしがる茜ちゃんにほっこりしながら、それでも感謝してると伝えることは忘れない。

 

「わ、分かりました、受け取ります!……でも、私もすごく楽しかったので……えっと、その、あ、ありがとうございましたっ!」

「……っ!……なんか変な感じですね。……でも、嬉しいです」

 

 まさか感謝し返されるとは思ってなかったから一瞬虚を突かれたけど、すぐに沸き上がってきた気持ちが、言葉になって零れる。

 ……なんというかいま、俺、めっちゃ青春してない?友達出来るだけで、これだけ変わるんだな……。

 

「……っ、で、では、私はこれで!お元気で!」

「は、はい。茜ちゃんも、気を付けて」

 

 顔を抑えながら店を走り去っていく茜ちゃん。

 指の隙間から見える顔は、真っ赤。どうやら恥ずかしくなったらしい。……実を言うと、俺も結構恥ずかしかった。

 

「……まず、このカプセルの中身を確認しましょうか」

 

 何かあった時のため、人がいない場所の方がいいよな。フィールドにでも行くか。

 目的地をフィールドに決めた俺は、「ぬわーっ!10連続Fランクーッ!!」という声を背に、桐生雑貨店を後にした。

 

 

□〈緑花草原〉

 

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 

 初日に来た時と同じ草原に来た俺は、周囲に他の人やモンスターがいないことをティレシアスで十分に確認し、カプセルを開ける。

 中から出てきたのは、昏い輝きを宿した、拳大の氷。しかし、ゾッとするような冷気を纏えど溶ける様子はない。

 

 

【闇怨の砥氷】

 悪逆の錬金術師によって生み出された氷塊。

 強者へ届かなかった敗者の怨念が闇の魔力と共に練りこまれており、氷片が塗布されし凶器はいかなる守護も無に帰す。

 しかしその代償として、与えた傷は敵の怨嗟を糧に報復に舞い戻る。

 

 ・装備スキル

 《闇怨の呪飾》

 

 ・呪い

 【反傷】

 

《闇怨の呪飾》:

 【闇怨の砥氷】で磨いた箇所に『防御力・防御スキル無視』の効果を与える。

 塗布された氷片がなくなった時、効果が消える。

 

【反傷】:

 呪怨系状態異常。

 他者に与えたのと同値のダメージを、自身のランダムな部位に与える。

 

 

 ……スキルはめっちゃ有用なのに、材料と代償が怖すぎる。

 特に代償の方、【反傷】がヤバい。

 《闇怨の呪飾》は相手の防御関係なくダメージを与えられるスキルだが、そうして与えたダメージは、【反傷】で全て自分へ返ってくる。

 しかも、ダメージを受ける部位はランダム。

 最悪、相手の腕に付けた小さな切り傷が、自分の脳や脊髄に返ってきて、即死する可能性もある。

 それを考えると、迂闊に試しも出来やしない。

 

「……まあ、いつか使い時は来るかもしれませんし、処分はしないでおきましょう」

 

 それこそ、俺が手も足も出ないような奴と戦う時――とかな。

 ――んじゃ、せっかくフィールドまで来たんだ。レベル上げと金集め、やっておきますか!

 

 



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14・高校生活/鬼出現

間違いに気付いたので、下記の通りに修正しました。話の大筋は変更されてません

〇エンブリオのステータス補正はジョブによる上昇分にしかかからないのに、元ステータスにも補正されていた→元ステータスへの補正なしに修正

ガバガバですみません。他にも設定がおかしくなっている所があるかもしれないので、見つけたら感想などで教えて頂けると助かります



□2043年7月17日 飯沼葉月

 

 

 午前7時15分。今日の空は快晴で、爽やかな風も吹いている。とても良い朝と言っていいだろう。

 それなのに……。

 

「すまん、寝坊した。悪いが先行ってくれ……ふぁあ」

 

 それなのに目の前のこの馬鹿は、眠たげな目を擦りながら欠伸なんか溢して、爽やかさの欠片もない。

 この姿を写真に収めてばら撒けば、こいつを好きな奴の半分は幻滅するんじゃないんだろうか?面倒くさいのでやらないが。

 

「まあ、分かったよ。うんじゃ」

 

 叔母さん――健のお母さんに挨拶してから家を出て、学校に向かう。

 昨日カプセル開封をした後は、食事休憩などを挟みつつ、〈緑花草原〉でモンスター(やっぱり【小鬼】が多かった)を狩っていた。

 気付いた時には現実時間が深夜11時近くになっており、次の日が学校であったため、ギルドで換金だけしてログアウト。

 俺はそのまま寝たのだが、ちょうど同じ頃にログアウトしていた健は、もう少しやると言っていた。

 発売当日もかなり夜遅くまでやってた訳だし、寝坊するんじゃないかと思ってたが……案の定だったな。

 

 俺と健の通う高校は、俺たちの住むマンションから徒歩10分の位置にあり、その近さを理由に進学を決めていた。

 しかし、偏差値はそれなりに高く、成績はそう悪くはないと自負していた俺でも勉強しなければいけず、成績の悪い健はものすごい勉強をしていた。

 スポーツ推薦だったので勉強の評定はそれほど欲しいわけではなかったが……それでも厳しかった。

 そういえば、今日もサッカー部には朝練があるが……このままだと遅刻確定だ。健が顧問に怒られる姿が見えるな。

 

 学校に着いたら、朝練の準備をする運動部や吹奏楽部を尻目に教室に向かう。

 俺は毎日この時間に登校しているが、特に何かやる事がある訳ではない。

 部活にも所属しているが、雰囲気や規則がとても緩い文芸部なので朝やる事はない。放課後も、来てもただ駄弁っている人も多いし、何なら来なくても構わない、というぐらいだしな。

 俺がこの時間に来るのは、朝目覚めるのが早いのと、朝練に向かう健に付き合っているからだけだ。

 教室に着いても、ただ自分の席で本を読むくらいしかやる事もない。

 そうして時間を潰していると、徐々にクラスメイト達が登校し始め、騒がしくなっていく。

 

「やあ、我が盟友よ!空は晴れ渡り、我らの覇道を祝福しているな!」

「帰れ」

「塩対応ぅ!だが、それでこそだっ!」

 

 面倒な奴が来た……。

 こいつは呉志賀(ごしが)瑠衣(るい)。ファーストコンタクトから分かる、変な奴である。

 180cmの長身にボサボサの銀髪、ブレザーの上に白衣を羽織り、黒縁眼鏡の奥の碧眼は何かよく分からない光が輝いている、という見た目からしても変な奴だ。毎回思うが白衣着て校則違反にならないのか?先生に注意されている場面は見たことないのだが……。

 しかしこいつ、その変人丸出しの恰好と裏腹に、頭と運動神経はめちゃくちゃ良いのだ。

 中学から一緒だったのだが、テストは常にぶっちぎりの1番。体育でも運動部を軽く越して1番である。これで性格と行動さえまともなら完璧人間なのに……。

 そして、なぜかこいつは俺に構ってくる。

 俺としては関わりたくないので毎回ぞんざいな対応をしているのだが、何が楽しいのかそれでも構ってくる。

 前に理由を聞いた所、「知性体というモノはな、1部分であろうと、似た部分があるモノにこそ興味を持つモノなのだ」とかいう答えが返ってきた。こいつと似ているとかゴメン被るのだが。

 

「葉月、君もあれをやったのだろう?」

「…………」

「無視は流石に酷いと思うぞ?」

「……はぁ。あれって何だよ?」

 

 このまま無視していたいが、そうするとずっと付き纏ってくるからな。仕方なく応答する。

 

「無論、〈Infinite Dendrogram〉だ!」

「……お前、ゲームなんて興味あったのか」

 

 少し意外だ。こいつ、そういうのはやらないと思っていたが。

 

()()のゲームなら興味など湧かないが、あれはまさしく無限(インフィニット)の所業!そうであれば、やってみるのもやぶさかではない!」

「それはよく分からないが、デンドロならやっているぞ」

「やはりそうか。万が一、他人の空似だった場合はどうしようかと思っていたが、杞憂で幸いだ。奴らの計画も面白いが、それよりもなによりも、葉月、君の行く末に興味は尽きない。あの地で、開花した君を見せてくれたまえ!」

「……何が言いたいんだよ」

 

 常々から言ってることが分からない瑠衣だが、今日は一段と訳が分からない。なんか、テンションが爆上がりしている。

 

「いやなに、待望していたモノがやっと見れるかと思うと、柄にもなく興奮してしまってね……!」

「……そうかよ」

「私も天地所属だからな。次に中で会った時は共に狩りの一つでもしよう。それではまたな!ふははは!」

「はいはい……って、は!?」

 

 適当に流そうとして、予想外の言葉に驚いた俺を尻目に、そう言って自分の席に戻る瑠衣。あいつ、何だかんだ授業は真面目に受ける。

 でも……何であいつ、俺が天地所属って知っている……?

 まさか、見られた……?

 い、いやでも、俺は容姿が違うどころか性別も違うってのに、気付けるはずが……いや、瑠衣なら気付きそうだ。

 ……あいつは言いふらすような人間じゃないし、そもそも言いふらせる相手もいないだろうけど、後で口止めしとかなければ。

 

「どしたの、変な顔して」

「ああ、瑠衣のことでちょっと……おはよう、玲奈」

「おはよう葉月。またあいつかー、好かれてるねー」

 

 瑠衣が去った後、オシャレに制服を着こなした茶髪の、いかにも今時JK、といった感じのギャル風女子が話しかけてきた。

 見た目だけで言えば俺が苦手としているタイプだが、彼女は俺の知り合いだ。

 彼女は楠木(くすのき)玲奈(れな)。高校生活での最初の席が俺と健と近く、健が仲良くなってよく話していたので、健と一緒にいた俺とも話すようになった。

 見かけに似合わず真面目で気配り上手であり、距離感もしっかりしている。健にも友達以上の興味はないらしく、俺にトラウマを植え付けた中学の女子のように酷く裏表がある訳でもないので、気楽に接することができる。

 

「あー、こっ酷く怒られた……」

「ゲームのせいで寝坊して遅刻とかすれば、そりゃあ先生も怒るでしょ……」

 

 玲奈と話していると、ぐったりとした様子の健が教室に入ってきた。

 その隣では、黒髪で小柄な少女が呆れた顔をしている。

 

「二人ともおはよー」

「おはよう詩絃。そして、やっぱり怒られたのかお前は」

 

 玲奈と一緒に二人に挨拶する。

 健の隣にいる彼女は桐ヶ谷(きりがや)詩絃(しづる)。バスケ部に所属するスポーツ少女で、玲奈とは幼馴染らしい。その縁で、玲奈と仲良くなった健と、健と一緒にいる俺とも話すようになった。今の席も近く、この四人で大体固まっている。

 

「おう、すっげー怒られた。あそこまでしなくても良いだろ……」

「いや、当然だと思う」

「そういうこと言うなよ、詩絃。ちょっとは慰めてくれたり……」

「しないけど」

「ですよねー」

「健、ゲームして寝坊したの?それで朝練遅刻?怒られて当然じゃん、それ」

「だよな。馬鹿だよな」

「三人して俺に厳しくね?ねえ、もっと優しくして?」

「「「いやだ」」」

「ちくしょー!」

 

 こうして、健を三人で弄るのも日常である。

 

「でも、健ってゲーム馬鹿だけど、そういうのには気を付けてたじゃん。今日はどうしたの?」

「すごいゲームが発売されたんだよ。〈Infinite Dendrogram〉っていう、本物のVRゲーム。お前らもやってみない?」

「いや私、部活あるから」

「私も、勉強とか家事とか忙しいし」

 

 ちなみに玲奈の見た目は遊んでいそうなギャルだが、実際は親に代わって家事をこなし弟妹たちを育てている、家庭的な高校生である。茶髪も染めた訳ではなく遺伝による地毛であるらしい。

 

「ちょっとぐらいやってみねえ?絶対ハマると思うんだけど」

「デンドロがすごいっていうのは同感だけど、だからと言って無理に誘うのはナシだろ」

「……それもそうだな。すまん、忘れてくれ」

「別にいいよ。でも、健がそんな興奮するの珍しいね」

 

 ……確かに、詩弦の言う通り健がここまで興奮してるのは久しぶりに見た。

 健は陽気なお調子者に見えて、実は周囲をよく観察して、軋轢を生まないように上手く立ち回る一面がある。もちろん、陽気な所も嘘や偽りではないのだろうが。

 そんな健が周りを考えずにはしゃいでいる。かなり珍しい。

 

「そうか?……そうかもな。確かに今、めっちゃ興奮してる」

「……そんな反応されると、気になってきちゃうなー。そんなにスゴイの?」

「……ああ。少なくとも、俺にとっては夢のゲームだよ」

 

 まるで長年の悲願を達成した後のような、穏やかで満足感に満たされた表情で語る健。

 ……あいつがデンドロで出来るようになったのって、泳げる(というか溺れなくなった)ことくらいだよな?そんな顔で語るような話ではないような気がするんだが。

 それを追求するか迷っていると、始業のチャイムが鳴りだした。

 

「あ、もうこんな時間か。その話、後で聞かせてね」

 

 そんな玲奈の言葉で三人が解散し、自分の席へと戻っていく。

 ……まあ、追及するのは後でも良いか。

 

 

□□□

 

 

□将都生産区【迎撃者】水無月 火篝

 

 

 授業は滞りなく過ぎて、あっという間に放課後になった。

 三人がデンドロの話題で意外と盛り上がってる中で瑠衣への口止めを済ませ(代償に狩りの予定を確約されてしまったが)、文芸部の方からも特に招集などはされなかったので、家に帰って早速デンドロを起動した。

 

「ふんふん、ふふ~ん」

 

 思わず鼻歌してしまうくらいの上機嫌で、生産区を歩く。

 なにしろ、初めてのオーダーメイド装備がもう少しで手に入るんだからな!

 取りに来いと言われたのは3日後。

 言われた時は長いな~待ち遠しいな~とか思ったものだが、ふと考えてみれば、時間加速のあるデンドロ内の3日は現実の1日。なので、次の日である今日から受け取れるのだ。

 これに気付かなかったら9日後まで待っていたと考えると、本当に気付いてよかったと思う。

 しかし、ゲーム始めて3日でオーダーメイド装備か……。

 これは、なかなか順調なスタートなのではないか?

 茜ちゃんの伝手を使ったから少しズルした感はあるけど……まあ、人脈も力の一つだし。

 

「こんにちは」

「ん?……ああ、お前さんか」

 

 工房の扉に入ると前回同様、覇漣さんが威圧感付きで目を向けてくる。……もしかして毎回やってるんですか、それ。

 

「頼まれてた奴なら出来てるぞ。……これだな」

 

 作業台的な所からカウンターへ移動した覇漣さんが、棚から木箱を持ってくる。

 その蓋を開けると、中にはお祭りに似合いそうな狐のお面が納められていた。

 しかしその重厚感や細やかさは店売りの比ではなく、職人の技を感じさせる。

 

「おおっ……着けてみても良いですか?」

「ああ、構わんぞ」

 

 ティレシアスの俯瞰視点を鏡代わりにして見つつ、お面を着ける。

 普通に顔に着けてみるが……服装がワンピースのせいであまりにも似合わない。隠密行動する時はそもそも見られてはいけないから恰好は関係ないが、流石に普段からこれはなぁ……狩りで金が貯まってるし、この後この面に合う和装でも買うかな?

 けど、服買うまで着けない訳にはいかないし……こんなではどうだろうか?

 お面を顔から頭の側面へとずらす。よくお祭りで見られるスタイルだ。

 ふむ……良いな。

 さっきまでは顔が隠れてた上に一番注目される顔にあった狐のお面が主体となってしまい、ジャンルの違うワンピースと噛み合わせが悪かったが、今は一番目を引く顔が隠れていないためにワンピース姿の美女が主体になる。そこに狐の面が追加されると、「ワンピース姿の美女が無邪気にお祭りや屋台を楽しんでいる」みたいな雰囲気となり、逆に可愛さが引き立つようになる。

 うんうん、実に良い!

 やっぱ、アバターを着飾るのって楽しいんだよなー。ゲームに着せ替え要素とかあったら、それだけで数日を費やせる。

 まあ、これだと当初の想定であった顔を隠す用途には使えないが……それは後々ということで。

 ウィンドウから装備欄を見てみると、ちゃんと装備されている。

 ついでにお面の性能も確認。

 

 

【隠密狐のお面】

 加工を極めし職人が手掛けた面。

 装着者へ隠密の極意と狐の俊敏さを授ける。

 

・装備補正

 防御力+10

 AGI+5%

 

・装備スキル

 《隠形の術》Lv2

 

 

 要望通りの《隠形の術》Lv2と、更にはAGIへのステータス補正まである。これはなかなかの逸品ではないのだろうか。

 

「どうだ、そいつは」

「最高です!ありがとうございました」

「そうか、ならいい。……素材を手に入れたらまた来い。強化してやる」

「……それも“約束”ですか?」

 

 今回、初心者も初心者な俺が最上位生産職である覇漣さんに装備を作って貰えたのは、覇漣さん側に何かしらの事情があったからだ。

 あの時覇漣さんが溢した“約束”がそれだろう。

 俺に装備を作るように誰かと約束したわけだ。

 これもその延長なのかと思ったが……。

 

「それは違う。職人として、どんな経緯であろうと一度作ったからには投げ出す訳にはいかない。整備、修理、そして強化。装備が限界を迎える最後まで付き合うのが職人に誇りを持つ者の義務だ。……もちろん、依頼主が望めば、だが」

「……では、素材が集まったらお願いさせてもらいます」

「ああ」

 

 うん。ないな、そういうのは。

 確かに、作成を頼んだ時には何かしらの事情、誰かしらの意思があった。

 でも、今の言葉にはそんな不純物がなかった。ただただ、職人としての矜持と意地があった。そう無条件に信じさせられるだけの気迫があった。

 作ってもらう時は、覇漣さんへ対する茜ちゃんの信頼と装備品を手に入れられるメリットから受け入れた。けど、今後も誰かからの意志が介入し続けるのとかはちょっと薄気味悪かったので、その場合は断ろうと思ったが……これなら心配ないか。

 

 

□〈緑花草原〉 【迎撃者】水無月火篝

 

 

 お面のお試しついでにレベリング&金稼ぎに来たのは、最早お馴染み〈緑花草原〉。

 他の方角に行けば違うフィールドもあるのだが、ある程度地形を覚えたここがやりやすいのでいつも足を運んでしまう。

 

 現在、【迎撃者】のレベルは25になった。

 上限が50レベルの下級職における折り返しだが、変わったことと言えばステータスと《迎撃》のスキルレベルが上昇したことくらいしかない。

 少しつまらなく感じなくもないが、《迎撃の心得》しか覚えない【迎撃者】を選んだのは俺自身なわけだし、文句を言う資格はないだろう。

 

 ちなみに草原に来る前、お面に合わせる目的も含めて装備を初期装備から一新しようと思ったのだが……。

 市場を見ていると、アクセサリー以外の装備品にはレベルによる装備制限があるということに気が付いた。

 一番低いものは、下級職1つ相当のレベル50以上。一番高いものだと、カンストである500レベルを要求するものだった。

 そしてこの制限のグレードが一つ違うだけで、装備の質が一回り以上違ってくる。一番低い条件であるレベル50以上でも、無制限のモノに比べて数倍の性能をしていた。

 今の俺のレベルは25。レベルが上がるにつれ必要になる経験値量が増えるとはいえ、その分ステータスも上がるわけだし、総合的に見ればレベル50に上げるのに必要な期間はこれまでにかかった時間と同じ3日程度のはず。

 そんな短期間で制限をクリアできるのだったら、それをクリアしてから装備を選んだ方が良いと判断した。

 今の所、最初の【小鬼】以外から傷を受けてないから防具の必要性を感じていないというのもあるし。

 

 

□□□

 

 

 ……おかしい。

 ティレシアスを活用してのサーチ&デストロイとお面の《隠形の術》を使った奇襲でレベルは28に上がった。が、流石に効率が悪くなってきた。

 まあ、レベル0時点でも倒せるレベルの奴と戦っているわけだからな。もうそろそろ少し上の狩場に移動するか……。

 

 っと、今は、それはどうでもいい。

 狩りを止めた原因は、違和感だ。

 前回来た時点で半数を超えていた【小鬼】が、9割越えの出現率になっている。数で言えば23/25体だ。

 おかしい。流石に多すぎる。

 ……これ、あれじゃないか?異世界が舞台のラノベやゲームにおける定番展開、“魔物の氾濫(スタンピード)”。

 群れのモンスターが増えすぎた結果、今の巣穴に収まらなくなったり、群れ全体に食料が行き渡らなかったりするのを原因として引き起こされる現象であり、物や人の溢れる街や村が多く狙われるため、大抵は街全体を上げた殲滅戦になる。

 その兆候として、特定のモンスターが大量に発見されるようになるというのがある。口減らしとして巣穴からどんどん追い出されていくのが原因なわけだが。

 もし【小鬼】の大量発生が予兆だというのなら……草原にいる【小鬼】の数からして、かなり事態が進行してないか?

 それこそ、いますぐ始まっても不思議じゃないくらいに。

 

 ……一旦、将都に戻るか。

 冒険者ギルドなら事態も把握しているだろうから、そこに事情を聞きに行こう。

 それに、もしスタンピードが開始した時にこのフィールドに居合わせてしまったら死亡確定だ。

 いくら【小鬼】が弱いからと言って、数百、数千単位で来られたら勝てるわけない。さらには進化した個体――【剣小鬼】やら【鬼】やらも確実に大挙してやってくる。ムリゲーだ。

 

 結構奥まった所まで来たから、ちょっと急いで帰るか。

 そう思い、将都の方へ身体を向けた瞬間――ティレシアスの視覚結界が俺へ向けて射られた矢を認識した。

 

「……ッ!」

 

 咄嗟に体感時間を遅らせ、AGI指定で《迎撃》を発動。矢の軌道を確認し、そこから身体を退かしておく。

 追尾してくるような特殊な矢ではなかったらしく、危なげなく矢は通り過ぎ去ったが……俺の表情は険しいままだった。

 この近辺で弓を扱うことができるのは3種。

 小鬼が弓を使うように進化した【弓小鬼】か、【弓武者】系のジョブを取った人間か、偶然ここに訪れた弓(あるいはそれに似た器官)を武器とする〈UBM〉か。

 どれであってもやっかいでしかない。

 

 話を聞いた限り、現時点で〈UBM〉と戦ったら死ぬことは確定だ。逃げる余地もないため、これが最悪のパターンとなる。しかし、先程の矢の速さからして恐らく〈UBM〉ではない。下級職の俺でも楽に躱せるなどあまりにも遅すぎる。

 

 人間だった場合は……正直、この時点では見通しが立てられない。

 先程と同じ理由で上級職ではないとは思うが、レベル上限に到達するまでなら人間はいくつものジョブ――ステータスとスキルを獲得することができる。【弓武者】以外にどれくらいのジョブに就いているか不明な今、相手の戦力は未知数だ。

 加えて、相手が〈マスター〉だった場合はエンブリオの力が加わる。

 エンブリオは、下級職を凌駕し上級職に匹敵するだけの力を持つ。

 もし就いているジョブが【弓武者】だけだったとしても、エンブリオがあるというだけで脅威は膨れ上がる。

 まあ、エンブリオがいかに強力でも、冒険者ギルドのあいつのようにマスターの方が雑魚だったら楽なのだが。戦いの中でレベルを上げることでしか強くなれないジョブとは違い、孵化時点から一定の力を持ち、戦闘ではない行動をしても進化するエンブリオはあまり本人の力量の指標とはならなそうだからな。

 

 最後の一つ、【弓小鬼】だった場合はこの場を切り抜けるだけなら最も楽だろう。

 いくら進化したとはいえ、所詮は【小鬼】。ギルドで聞いた通りの能力であれば、一対一なら問題なく勝てる。強いて言えば、結界外から射られると攻撃動作が分からないことが不安要素だが、この矢の速さなら結界の境界、200メートル先で認識できれば十分避けられる。

 だが、こいつはここにいることそのものが問題だ。

 今まで、俺はこの草原で【小鬼】にしか会っていない。だが茜ちゃん曰く、少し前まではこの草原においても、進化した個体が存在していたらしい。

 が、俺が訪れる数カ月前から、この草原においてそういった個体が確認されていない。ただの【小鬼】は、むしろその頃を境に増えているのに、だ。

 それがこのタイミングで出てきたのなら……厄介事の気配しかしない。

 

「……おっと」

 

 再び矢が飛んでくる。今度は二本だ。

 しかし速さは先程と変わらず、今回も特殊能力はなさそうだ。

 余裕をもって回避できたが……もうそろそろ何かしらの行動を起こさなければ。

 ……とりあえず、逃げるか。

 どう転んでも面倒くさそうなので、巻き込まれる前に逃亡しよう。

 将都に向かうには射ってきている奴に背中を向ける必要があるが、俺にはティレシアスがあるため死角になるというデメリットはない。

 将都へ向けって走り出そうと足を踏み出し――咄嗟に、双槍を構えながら背後へ向き直った。

 

ヒュォォォッ!グァァン!

 

「……つあぁっ!」

 

 尾が伸びるような光の軌跡を残しながら撃ち込まれた流星。

 《迎撃》をSTR・AGIで発動し、両槍を全力で用いてなお、軌道を逸らすことしか出来なかった。

 その威力にも目を見張るが、何より驚愕したのは速度。

 レベル28となり、ステータス補正とお面の装備補正、《迎撃》レベル3により倍化した俺のAGIは357。

 思考だけはそこから10倍程度の速さで働いているから、実質的にAGI3500程度。

 その状態でやっと目で追えないレベルの速さ。AGIにして5000以上は確実にあるだろう。

 構えた双槍の位置が悪かったら、弾くことすら出来ずに攻撃を食らっていた。

 ……いやまて、おかしい。

 先程はその威力に驚いていたが、AGIが推定数千もある攻撃をたかだかSTR300程度の全力で防げるものか?……無理に決まっている。

 ――手加減されていたのだ、俺でも防げる程度に。

 それだけではなく、最初の3射も相当に手加減されていたはずだ。

 先程の流星は恐らくアクティブスキルだが、それが乗らない通常射撃であったとしてもあそこまでお粗末な速度、威力にはならないだろう。

 そんな、言わばやる気のない射撃から、速度だけでも力を入れるきっかけとなったのは……やはり、背を向けて逃げようとしたことか?

 

 そこら辺から考えると、襲撃者に俺を殺す気はないが逃がす気もない、ということになる。

 その理由は皆目見当が付かないが……とりあえず、面倒ごとになったのだけは間違いない。

 無理に逃げるのは、あの流星のせいで不可能だ。あれに本来の威力が備わったら一瞬でお陀仏だ。

 だとすると、残った取れる手段は――

 

「突っ込むだけ……!」

 

 引くが駄目なら押してみろ。

 誘われている気がしないでもないが、どうせここにいても相手の気分が変われば即刻死ぬのだ。だったら、少しでも勝率を上げるために、俺の間合いの近くへと――

 

「……え?」

 

 踏み出した足が、一歩目で止まる。

 視覚結界に映ったそれは、それだけの衝撃があった。

 

 その要因となったのは二つ。

 一つは、一歩進んだだけで視覚結界に敵の姿が映ったこと。

 それはつまり、敵はティレシアスの限界距離のちょうど外側にいたとなる。

 どう考えても偶然ではない。明らかに、ティレシアスについての知識を持ってる。

 二つ目は、視覚結界に映ったことで可能となった看破の結果だ。

 

  

  【純竜弓鬼】

  レベル:53

  職業:【速弓武者】

  レベル:100(合計レベル106)

 

  HP:17570

  MP:257

  SP:21870

  STR:4820

  END:2570

  DEX:5540

  AGI:4560

  LCK:76

 

 

 その強さもそうだが、何より目を奪うのは……人間とモンスター、両方の形式が表示されていることだ。

 こんなの、あり得るはずがない。

 何故なら、”モンスター”という言葉の定義自体が”ジョブに就けない生物”なのだから。

 

 呆然とする俺を他所に、【純竜弓鬼】はバックステップで詰めた距離を離し、同時に数本の矢を射った。

 反射的に流星ほどではないがそれなりに速く重いそれらを双槍で切り払うが、衝撃からはまだ立ち直れてない。

 どう動けばいいか困惑する中、連続で飛んでくる矢。

 ……ああもう、こうなりゃヤケだ!

 そっちが誘ってくるんだったら、その思惑通り、とことんまで追い縋ってやろうじゃないか!

 




【速弓武者(クイック・ボウサムライ)】
弓武者系統上級職。主にSTR・DEXが上昇。
矢の速度と連射技能に特化しており、奥義である《彗星一射》は上級職随一の速さを誇る。

ちなみに書いてる途中で共通点に気付いたので言っておきますが、【眷属】案件ではないです。


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15・鬼の目的地

□〈魔香森丘〉 【迎撃者】水無月火篝

 

 【純竜弓鬼】が逃げる。俺が追う。走りながら【純竜弓鬼】が矢を射り、俺が叩き落す。

 これの繰り返しを、数えきれないほど続ける。

 【純竜弓鬼】は将都から遠ざかるように、フィールドの奥に向かっていくように走っているため、〈緑花草原〉を抜け、次のフィールド――〈魔香森丘〉にまで入り込んでいる。

 

 そのAGIからすれば容易く俺を置き去りにできるはずの【純竜弓鬼】は、俺から200メートル、ティレシアスの結界ギリギリの距離を保ったままだ。

 そこから先に行かれると俺が【純竜弓鬼】を見失ってしまうことを考えると、やはり俺に着いてきてほしいのだろう。

 

 だが……何が目的なんだ?

 言うまでもなく、こいつと接点などない。

 同系統の種族である【小鬼】はレベル上げのために殺しまくったが……そんなの、俺以外もやっていたことだ。わざわざ俺を誘い出す理由にはならない。

 あるいは、ただの偶然か。誰でもよかったから、適当に俺を選んだ。十分にありえる。

 

 俺である理由に頭を悩ませながら追跡していると、ふと【純竜弓鬼】が立ち止まる。

 その周りを見渡してみると、木々の中にぽっかりと開けた広場のような場所だった。奥に置かれている石で出来た壇と椅子が違和感を感じさせる。

 

 どうやら、ここがお目当ての場所のようだ。

 【純竜弓鬼】は石壇の前で直立不動している。それから少し様子を窺ったが、動く様子はない。完全に待ちの態勢に入っている。

 このままでいても拉致が開かないので、仕方なく広場に入り込む。

 【純竜弓鬼】は肌が浅黒く角があること、身長が2メートルを容易く超えることを除けば、見た目はただの美青年に見える。質の良さそうな甲冑で武装までしていることが、その印象に拍車をかけた。

 

「……私をこんな所まで連れてきて、何の用ですか?あなたとの関わりなどないはずなのですが」

「俺自身からは特に何の用もない。用があるのは、私の師だ」

「……!」

 

 周りいるのはモンスターだけなのでこの口調、態度でいる必要はないのだが、万が一ということも考えて火篝の言葉遣いで問いかける。

 正直返答は期待していなかった質問に、【純竜弓鬼】が予想の数倍以上流暢な言葉で返してきたことに驚きが隠せない。

 だが、それよりも気になるのが返答の内容だ。

 

「師、というのは?ここにはいないようですが……」

「もうそろそろ()()。しばし待て」

「それはどういう……ッ!」

 

 【純竜弓鬼】を問いただそうとしたその瞬間、ティレシアスの結界内に影が映りこむ。

 それは1人ではなく、また、人でもなかった。

 それは、数十を優に越え、数百に届くほどの鬼の軍団。

 【小鬼】【剣鬼】【純竜鬼】【鬼術師】【鬼軍師】――多種多様な鬼系モンスターが、全方位から広場に進行する。

 すっかり囲まれており、一分の隙間もなく居並ぶ様は、俺を逃がさないという強い意志を感じさせる。

 しかし、たとえここまで厳重に囲んでいなくても逃げることは不可能だっただろう。末端の【小鬼】ですら俺以上のステータスを持ち、上質な装備品を着けているのだ。抵抗する間もなく殺される。

 だが、何よりヤバイのは――俺の正面、石壇がある方から近づく一匹。

 

「ふむ、間違いない。あの時の小娘じゃ。ようやったぞ、黒牢」

 

 木々を抜け姿を現したそいつは、一見して童女のようだった。

 俺の胸ほどまでしかない身長に、気品を感じさせる振袖。にこにこと笑みを浮かべる幼げな顔立ち。

 だが、額から生える角と、獲物を前に舌なめずりするようなぞっとする視線。なによりその頭上に浮かぶモノが、こいつは怪物なのだと痛烈に感じさせていた。

 

「さて、どうやって遊ぼうかのう……!」

 

 【鍛鬼導師 ルガリード】ーー頭上にその名を戴く童女鬼はそう言って、無邪気で残酷な笑みを咲かせるのだった。

 

 

□□□

 

 

 〈UBM〉。それはこの世界にただ一体しか存在しない特殊なモンスター。

 例外なく特異なスキルや強大な戦闘力を有しており、出現した1体の〈UBM〉によって都市が壊滅したなどという逸話が吐いて捨てるほど語られるような存在だ。

 普通の人間では到底太刀打ちできない強力無比な奴らだが、討伐の暁には〈UBM〉の特性を引き継いだ特殊な装備ーー『特典武具』を獲得できる。

 ゲーム的に言えば、ランダム出現の名付き(ネームド)モンスターと言えるだろう。

 

 〈UBM〉は、頭上に浮かぶ名前の前にエンブリオのような漢字4文字の銘を冠しているらしい。

 その基準からすると目の前のこいつは〈UBM〉ということになる。

 見た目だけだとそうそう信じられないのだが、俺の直感と本能、何よりも明確な数値がそれを証明している。

 

  【鍛鬼導師 ルガリード】

  レベル:34

 

  HP:384750

  MP:184365

  SP:277970

  STR:12320

  END:10570

  DEX:8540

  AGI:13670

  LCK:321

 

 まさかの6桁越えである。

 ポイント系は数字が大きくなりやすいというのは自分や町の人々のステータスを見ていたため分かっていたが、それにしても大きくなり過ぎだ。

 直接戦闘に関係するSTRやAGIも万を越えている。《迎撃》で倍加した値のさらに数十倍である。どうなってんだ。

 そしてこの上、大勢の取り巻き鬼がいる。

 おそらく上級職であれば下級の奴らを蹴散らせるだろうが、上位層は将都で見たカンスト勢に引けを取らない……むしろそれらよりもステータスが高い。蹴散らすどころか、普通に負ける可能性がある。

 こんなレベルの奴らに攻め込まれたら、そりゃ小さな都市くらい簡単に壊滅するだろうなぁ、と妙な納得をしてしまう。

 当然、対峙した上囲まれている俺は絶体絶命だ。

 普通に戦ったら、5秒と持たないだろう。

 唯一の救いと言えるのは、ルガリードの態度的に無条件で殺されるということはないだろう、という希望的観測くらいだ。

 もっともそれも、見方を変えれば無条件で殺されるより酷いことになりかねないということでもあるのだが。

 

「……あなたが、彼の言っていた”師”ですか」

「そうであろうな。儂の知る限り、あやつの師は儂だけだ」

「では、私への用というのは?……この様子を見る限り、穏便なモノではなさそうですが」

「くっくっく、そう警戒するな。こやつらはただの観客よ。お主に手は出さぬ」

 

 俺を取り囲む鬼たちへ意識を向けつつ言うと、心配するなとばかり笑い飛ばされた。いや、安心できないんですけど……。

 

「用と言っても、そう大したことではない。……少しばかり、儂と遊んで欲しいだけよ」

 

 ……この遊ぶって、どう考えてもままごととかかくれんぼじゃないんだろうなぁ。遊び(死闘)とか遊び(虐殺)なんだろうなぁ。

 

「もちろん、断ってもよいぞ?」

「……この状況じゃ拒否なんてできるわけないじゃないですか」

「いや、お主ら――〈マスター〉には、異世界へと渡る術があるのじゃろう?致命傷を負っても、あちらへ戻るだけで死にはせん。そんな輩に、こんなの脅しになるわけなかろう」

 

 ……驚いた。

 いくら見た目が人に近いとはいえ、ごく最近出現した〈マスター〉の知識があるほど人の世に詳しいのはさすがに予想してなかった。

 

「もちろん、タダとは言わん。お主にとって得となるものもくれてやろう」

「得、ですか?」

「儂の持つスキルの全てを、隠し立てせずに教えてやろう」

「……!」

「所持するスキルは、戦に身を置くモノにとって生命線も同然のモノ。手の内が知れていれば、いくらでも対策が可能となるからのう。

 儂は〈UBM〉、倒すことで力――特典武具が手に入る、倒すことそのものに大きなメリットがある存在じゃ。そんな奴を倒す契機となりえるスキルの情報は、力を欲する武芸者どもにとって喉から手が出るほど価値のあるモノとなる。かなりの高値で売れるはずじゃ。

 もちろん、お主が力を高め儂と再戦する際に活用してもよい。どっちに転がっても利益となろう」

 

 ……そうきたか。

 こいつは、自分の攻略情報を売る気なのだ。

 自身が〈UBM〉(宝を守る者)であることを最大限に利用した交換条件と言えるそれは……確かに効果的だ。

 ……さっきこいつが言った通り、〈マスター〉である俺は別に従わなくても――ここで死んでも問題ない。

 デスペナで24時間のログイン制限になるのはちょっと痛いが、序盤ゆえにランダムドロップで落ちて困るような貴重品は持っていないし。

 そんなローリスクな状態で、結構なリターンが得られる。

 ――断る理由がない。

 

「分かりました。受けましょう」

 

【クエスト【遊び相手――【鍛鬼導師 ルガリード】 難易度:8】が発生しました】

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

「……!」

 

 俺が返答した瞬間、頭の中に音声が響く。

 めちゃくちゃ驚いたが、エルスリンドを相手するのに気を引き締めていたおかげで、態度には出さずに済んだ。

 これは……ランダム発生のイベントクエストってやつか?

 冒険者ギルドやジョブギルドで受注するのではなく、偶発的に起こった事件・頼み事をティアンから引き受けることで受けることができるが……〈UBM〉相手でも発生するとは知らなかった。

 ルガリードを相手にするのはもともと確定だったし、クエスト報酬が貰える分だけ単純に得だな。

 

「くくく、そう来なくてはなぁ。……ああ、情報だけ取って逃げられては困るのでな、遊びの最中に少しずつ話していく形でよいか?」

「ええ、それでいいです」

 

 まあ、妥当だろう。

 最初に全て話してしまったら、この世界の命が重要でない俺は聞くだけ聞いて、すぐさま死んでとんずらするかもしれないわけだし。

 ……けどこれ、俺が情報を最後まで知りたかったら頑張って長引かせなきゃいけないんだよなぁ。

 手加減はしてくれる――というか手加減してくれないと軽く殴っただけで粉微塵だから死に辛くはあるが、それでも超格上を相手にそれをしなきゃいけないというのは辛い。

 でも、それをしのげば一攫千金。そう考えれば頑張ろうとも思えてくるというものだ。

 

「準備はよいかの?」

「……ええ」

 

 《迎撃》をAGI指定で発動し、ティレシアスによる思考速度加速も行う。

 あらゆる要素で負けているが、何はともあれまず速度だ。見えていなければ対処もなにもないし。

 

「では……ゆくぞ」

 

 その瞬間──ルガリードの姿が掻き消えた。

 いや、消えたと錯覚するくらいの速度で動き出したのだ。

 幸い、全方位視覚と思考速度とのAGI差が数倍にまで縮まっていたおかげで見失うことはなかったが、凄まじいスピードだ。

 ティレシアスの思考加速がなかったら、何のアクションも取れなかっただろう。

 右に回り込んできたルガリードの拳を防御するために身体を動かす。

 最近気付いたのだが、思考加速は今まで使ってきたような《迎撃》の切り替えなんか以外にも、直接的な攻撃・防御にも役立てることができる。

 自分の動きというのは最適にしているつもりでも、意外と無駄があるものだ。思考速度だけが上がり、身体が遅く見えるとそれがよく分かるので、リアルタイムで修正することができる。

 無駄がなくなれば、込められる力も速度も上がる。

 現に、そのままでは間に合うか微妙だった防御も、動きを修正することで、ギリギリではあるが万全の態勢で受ける準備ができた。

 あとは、《迎撃》でENDを指定すれば――

 

「…………ッ!?」

 

 衝撃を感じた瞬間、吹き飛ばされていた。

 まるで野球ボールか何かのように、空中をカッ飛んでいく俺の身体。

 何が起きた!?

 ……いや、分かってる。ルガリードの拳が、万全の態勢の防御を容易く抜き、突き飛ばしたのだと。

 吹き飛ばされた先にあるのは立派な樹。

 このままでは確実に激突し、最悪死ぬか戦闘不能になりかねない。

 

「う、あぁ!」

 

 槍を地面に向かって突き出し、勢いを殺すとともに力の方向を操作して身体を上へ跳ね上げる。

 空中で態勢を立て直し、着地する。

 ……何とか怪我なくできた。土壇場でも諦めずやってみるものだな。

 

「ふむ、力加減を間違えたか。儂が直接相手するのはあやつら(純竜級)だけだからなぁ……お主が防いでくれて助かったぞ。殺していては、約束を違えるところであった」

「……どういたしまして」

 

 だが、安心もしていられない。つけこまれぬよう、外面は問題ない風を装っているが、心の中は冷や汗で溢れていた。

 甘かった。数十倍の差があると数値上で分かっていても、実感出来ていなかった。あいつが手加減していれば、受けきれるなどと心のどこかでは思っていたのだ。

 一度、意識を改める。

 相手はこの世界の上位存在、〈UBM〉。

 ステータスの全てが比較にならず、一瞬で俺を捻り潰すことすら出来る化け物だ。

 ――もう、油断も慢心もしない。

 俺の全力で……こいつに挑む。

 

「今の一撃で感覚は掴んだ。もう間違えはせんから安心せい。──ゆくぞ……!」

「ええ、来なさい……!」




今回で種明かしまでは行きたかったのですが、現状のペースではそこまでいくのにあと何か月かかるか分からないので一旦ここで区切ります。
遅くなって申し訳ないです


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16・鬼の指導者・来歴

□〈魔香森丘〉【迎撃者】水無月火篝

 

 

「よい、よいぞ!もっとだ!」

「う、くっ……!」

 

 ルガリードが興奮の声をあげながら、怒涛の連続攻撃を仕掛けてくる。

 上段からの蹴りを、《迎撃》でENDを上昇させつつ両槍で受け止める。一撃目のように吹っ飛ばされはしないが、数歩後ずさる。

 間髪入れず繰り出される、脚を引き戻した勢いを利用した後ろ回し蹴り。態勢が崩れている今、もう一度は受け止め切れない。なので、攻撃による相殺を狙う。《ツイン・ストライク》――両手の武器を同時に叩き付ける【双術士】のアクティブスキル――を発動し、接触寸前で《迎撃》をAGIからSTRに切り替える。

 だが……

 

「判断は良いが――ちと力不足じゃな」

「くうぅッ!」

 

 蹴りを相殺することはできず、吹き飛ばされる。多少勢いを殺したおかげでダメージは少ないが……それも積み重なれば、重傷とそう変わらない。

 ”遊び”を始めてからまだ5分と経っていないだろうが、俺の身体はもうボロボロだった。

 クリティカルヒットだけは何とか避けているが、拳が身体を掠った数や吹き飛ばされて地面に転がった数は数えきれない。

 ルガリードは宣言通り、直撃しても死なない程度に手加減しているが、本当に死なないだけで直撃すれば骨折くらいはするし、さっき相殺を狙った時みたいにどうやっても直撃はしない、という場面ではそれ以上の力で俺の対応を突破してくる。

 分かってはいたが……このままでは勝てる見込みがない。それどころか、あと5分以上耐えられるかどうかすら怪しい。

 

「くっくっく、よく耐えるのう。儂も昂ってきたわ」

「これ以上、激しくなるのは、勘弁してほしい、のですが……」

 

 地面に片膝を突き、息が苦しくて言葉を流暢に話すことすらできない俺に対し、息が乱れることなく堂々と立つルガリード。ステータスの差を明確に見せつけられている気分だ。

 ていうか……。

 

「そろそろ、情報を話してはくれませんか……?」

 

 そう、ルガリードの遊びに付き合う対価として、遊びの最中に奴のスキル情報を話させるという約束だったのに、まだ一欠片も教えられていないのだ。

 ルガリードはめちゃくちゃヒートアップしててそんなの頭からすっぽ抜けてそうだし、俺もルガリードの攻めが激しすぎて言い出す暇がなかった。

 

「ん?……ああ、そうだったのう。すっかり忘れておったわ」

 

 やっぱり忘れてた……。

 さっきのまま続けてたら、ルガリードが思い出すより前に俺が死んでいたのは確実だったし、ここで仕切り直させることが出来て良かった。

 

「では、話してやるとしよう。だが、話している間は遊びを続けん。休んでおけ」

「……いいんですか?」

 

 遊びの最中に話をするという約束は、俺が話だけを聞いて逃げないようにするためのモノだ。

 俺が遊びに付き合っているのはその情報が欲しいからであり、それさえ知ることができれば、すぐさまログアウトしても問題はない。まだまだ遊び足りなそうなルガリードにとっては不利益となるはずだが……。

 

「よい。儂の暴走で約束を反故にするところだったのだからな」

「……では、お言葉に甘えて」

 

 身体の緊張を解き、へたり込むように座る。

 敵を前にした姿としてはあまりに無防備だが、ルガリードがその隙を不意打ちしてくるようなことはないと確信しているからこそ出来る芸当だ。戦闘狂はこういう所だけ信頼性が高い。

 身体を休め、ルガリードの声に耳を傾けながらも、頭の片隅ではルガリードに通用しうる方法を考える。勝てないことは分かっているが、せめて一矢だけでも報いたい。

 

「ところでお主は、〈妖の森〉という場所を知っておるか?」

「……いきなり何の話です?あなたの手の内を話してくれるのではなかったのですか?」

「これもそれに通ずる問いよ。で、どうなのだ?」

「……知りません」

「そうか。なら、一から教えてやるとするかの」

 

■■■

 

 妖の森とはこの地より西、島の端の方にある森だが、そこを住処とするのは、意地の悪いモンスターばかりでな。

 隠形で近付き【即死】をもたらす蛇に、吸うほどデバフが重なっていく霧を出す亀、胞子で【睡眠】させ苗床にする茸。

 多種多様な悪意に満ち、今日悪意で害したモノが明日には悪意に絡めとられていることも珍しくないこの森は、人間どころかさすらう純龍すらも近付かない、不可侵の魔境であった。

 

 だがある時、一体のモンスターが森の覇権を握った。

 伝説級〈UBM〉【剛健尊鬼 シンリキ】。

 純粋性能型と分類されるその鬼が保有していた固有スキルはたった一つだけ。だが、その効果は妖の森への特効と呼べるものであった。

 『S()T()R()()E()N()D()()A()G()I()()()()()()()()()()()存在が発動したスキルの、自身への影響を無効化する』。

 一つの固有スキルと物理ステータスにのみリソースを割り振り、合計が10万を超えるシンリキを越えるモノは、スキルにだけ力を注いだ妖の森のモンスターにはおらんかった。そしてステータスで負ければ、スキルも無効化される。

 まさに天敵だった。

 他の地で縄張り争いに負け逃げ込むも妖の森へ適応できず、ここでも弱者に甘んじていた鬼どもを従え、シンリキは頂点に君臨した。

 

 ……しかし、それも長く続かなかった。

 シンリキに蹂躙されることを恐れたモンスターどもが森を飛び出し、被害を被った人間がシンリキの討伐に訪れたのだ。

 結論から言えば、シンリキは討伐された。

 絶対強者が不在となった妖の森は以前の平穏を取り戻した。

 ……悪意が何重にも絡まり、蟲毒の様相を取るその状態が、果たして平穏と呼べるかは甚だ疑問ではあるが、のぅ。

 

■■■

 

 ……意外と流暢に、臨場感たっぷりに語られていた話が終わる。が……。

 

「これのどこから、あなたの手の内に繋がるんです?」

「ふん、今までのはただの前置き。本命はここからよ……ところで、シンリキが討伐された後、鬼の群れはどうなったと思う?」

「……今まで通り、弱者として妖の森で生きていったんじゃないんですか?」

 

 またしても投げかけられる、意図の分からない質問。しかし、聞いてもどうせ「これも関連してるのだ」とでも言われることは目に見えているので、諦めて素直に答える。

 

「いんや。全滅した」

「……っ!?」

「全滅させられた、と言った方が正しいかの。【シンリキ】のような奴が二度と現れぬように、な」

 

 ……分からなくもない話だ。

 今までは取るに足らない弱者だった奴らが、突然生態系の最上位に上り詰めたのだ。その時の屈辱と恐怖は想像を絶するものだっただろう。芽を摘んでおくのは、賢明とも言える。

 

「だが、奴らの手を逃れた【子鬼】が一匹だけいた。単身森を突破し、無事生き延びたのだ」

「……まさか」

「そう。何を隠そう、儂がその【小鬼】よ」

 

 ふふん、という効果音が聞こえてきそうなドヤ顔で胸を張るルガリード。……姿は童女なせいで、可愛らしく見えてしまったのが無性に悔しい。

 

「知性が乏しかった鬼どもの中で、儂は特別賢かったからな。このままこの森にいては不味いということを理解し、全力で逃げたのだ。……儂の危機意識を共有できなかった他の奴らは、みな死んでしまったがの」

 

 調子よく話していたルガリードの声が、後半になるにつれ落ち込んでいく。

 一人だけ逃げたことに、罪悪感でも抱いているのかもしれない。

 

「……まあ、そうやって逃げた儂だが、生きていくためにはやらなければいけないことがあった。何かわかるか?」

「……強くなること、ですか?」

「うむ、正解じゃ」

 

 殊更明るい調子で話を再開したルガリードの質問に返答すると、ルガリードが満足気に頷いた。

 ……もしかして、さっきから俺に質問を投げかけているのはあれか?教師が授業する時にただ教えるのではなく、問いかけて生徒自身に考えさせるというやつ。

 意識的にか無意識かはわからないが、銘に”導師”と付くだけはあるようだ。

 

「だが、ただレベルを上げるだけではだめだ。それではあの森で弱者に甘んじていた鬼どもと何も変わらない結末を辿ることになる。ゆえに儂は、儂の知る限り最も強い者を(しらべ)とすることにした。……シンリキを殺した、人間を」

 

 懐かしむように、眩い光を見つめるように、ルガリードが細めた目を虚空に向ける。

 

「……人間は、モンスターより低いステータスを連携とスキルにより補い、戦うモノのはずだ。故に、単身でスキルも意味をなさない状況の中、ステータスが自身より高いシンリキを倒すことなど、不可能であるはずだったのに。

 奴は、身に付けた技量だけを武器に、それを成し遂げたのだ。

 ……あの時目にした輝きは、今も色褪せぬ」

 

 ……それが、【ルガリード】の原点なのだと直感で理解する。。

 その人間がシンリキの討伐に赴かなかったのならば、恐らくこの場に彼女はいなかった。

 

「儂は必死になって技を磨いた。打ち捨てられた武器を拾い、記憶に残る太刀筋をひたすらなぞった。武芸者を見つけたのならば、身を隠し技を盗んだ。

 そうして磨いた技をもって、野に住む獣を殺し、かつての群れを追いやった鬼どもを滅ぼし、地を統べる龍に挑んで……いつの間にか、儂はその地で最も強きモンスターとなっていた」

 

そこで言葉を区切り、ルガリードは辺りを……俺たち2人を取り囲む鬼たちを見渡した。

 

「その頃じゃな、儂に教えを乞う鬼が集うようになったのは。無論、儂はそれを受け入れた。儂とて元は弱き者。力を欲する気持ちはよく分かる。それに……儂があの人間のように、誰かの輝きとなれたのなら、それほど嬉しいことはない」

 

 先程の【純竜弓鬼】を含めた特出した力を持つ数体の鬼――恐らく、その頃からの弟子たちが、ルガリードの言葉に微笑み、頷いた。

 それを目にして、ルガリードは言葉通り、とても嬉しそうに微笑み返した。

 

「儂は鬼どもに手解きを始め……恐らく、それが特異に映ったのだろう。儂は世界(システム)に認定され、【鍛鬼導師 ルガリード(〈UBM〉)】となった。

 ――そして、ここからが本題じゃ。認定された時に付与されたリソースを使って、儂が獲得したスキルが2つある。他にも有象無象のスキルがあるが……間違いなく、この2つが儂という存在の中核となる代物じゃろう」

 

 ……そうだった。話の始まりはルガリードの手の内を教えてもらうことだった。

 正直、ルガリードの生い立ちに引き込まれてしまっていた。この世界では、モンスタ-であってもそれぞれに歴史がある。そのことを再認識させられた。

 

「1つが、《一学十解》。ジョブの固有スキルを自力で再現した場合、そのジョブに関する全ての情報――ステータス傾向、ジョブスキルの原理、就職条件などを世界の理(アーキタイプ・システム)より取得するモノじゃ。アクティブスキルなら見ることさえ出来れば再現出来るが、パッシブスキルは見ること自体が難しく、そうもいかんからな。それを補うためのスキルじゃ。それと、2つ目のスキルの下準備でもある。その2つ目が……」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

「ん、なんじゃ?」

「いや、あの、さらっと言いましたけど……スキルって、そう簡単に再現できるものではない気が……?」

「そうでもないぞ?スキルとは、(リソース)を自動で望む形に変えてくれる、言わば補助装置のようなもの。その原理と手順さえ分かれば、あとはそれをなぞるだけじゃからな。再現よりも少し難しいが、アレンジや応用なんかも出来る。まあ、手本もなしに一から生み出すのは流石に難しいがの」

「……」

 

 え、マジで?

 と一瞬思ってしまったが、ルガリードのななめ後ろに控えている【純竜弓鬼】が苦笑しながら首を振っているのが目に映る。

 やはり、ルガリードのこの話は一般論ではないらしい。

 まあ、ほんとに誰でもスキル再現が可能だったら、スキル重視でジョブを選ぶとかしないだろうしな。ステータスが大きく伸びるジョブだけ選んで、スキルは自前で再現すれば良いという話になってしまう。

 

「話を続けるぞ?

 中核となる2つ目のスキルが《皆改鬼鍛》。儂が《一学十解》にて情報を取得したジョブを、()()()()()()()()スキルじゃ」

「……やはり、そうですか」

 

 半ば予想は出来ていたが、モンスターがジョブに就いていたのはルガリードが原因だったようだ。

 

「とはいえ、無条件に、無制限に、という訳ではない

 まず、取得させられるのは対象である配下と相性の良いジョブだけじゃ。また、取得させるジョブに就職条件が設定されている場合、対象の配下が満たしている必要がある。そして、ジョブのレベルは対象の配下のモンスターとしてのレベル×2までしか上げることができない。

 これらを満たす必要こそあるが、満たしてしまえば、与えられるジョブの数・質に限界はない。数百、数千の配下を対象として与えることも、超級職を与えることも可能じゃ。……まだ配下の誰も条件を満たしておらぬから、試したことはないがの」

 

 予想は出来ていたが……改めて聞かされると思う。いや強過ぎじゃない?と。

 基本的に、ジョブを持つ人間とジョブを持たぬモンスターを単体で比べれば強いのはモンスターの方だ。

 だというのに、そこにジョブの力が加わるのだ。当然、力の差が隔絶していく。

 しかも、そんな輩が複数存在するだけでなく、理論上は無限に生み出され続ける。

 〈UBM〉だとしても、あまりに強い。

 同時に俺は、なぜルガリードが軽々と自分の能力を交渉材料に使ったのかも理解した。

 

「ルガリード、あなた……」

「ん、どうしたのじゃ?約束通り、儂の持つスキルを隠し立てせずに教えたぞ?」

 

 ルガリードは当然、俺が何を理解したか気付いているだろう。

 だというのに、ニヤニヤした顔でしらばっくれた言葉を返してくる。それがこれ以上ないほどに憎たらしい。

 

「最初から、分かっていましたね?」

「んっふっふ。なんのことじゃろうなぁ?」

 

 ルガリードが今話した2つのスキル。

 これらは確かに、ルガリードという〈UBM〉の中核となるスキルであり、奥義と呼べるものだ。

 だが……これらは()()()()()()()()()()

 どちらも戦闘の前――準備段階において力を発揮するもので、いざ戦闘が始まってしまえば勝敗を決める要因にはなり得ない。

 つまり通常の場合と違って、ルガリードはスキルを包み隠さず話しても不利にならない。

 それを理解しながらも、スキルを知ることが戦闘に有利に働くと俺を騙して交渉材料に使い、遊びに付き合わせたのだ。

 

「何も嘘はついておらんぞ?スキルを知れば対策が可能なのも、〈UBM〉のスキルを武芸者が喉から手が出るほど欲するのも、()()()()()()()本当じゃ」

 

 ……確かに、こいつは一言も“自分のこと”とは言っていない。俺に勘違いさせるような言い方はしていたが、それだけだ。嘘は言っていない。

 

「けれど、これを交換条件にしてよかったんですか?気付いてしまったら最後、遊びも放棄してログアウトするとは考えませんでした?」

「無論、普通ならそうであろう」

「普通なら……?」

「儂が強さを求めるのは、生き残るためじゃ。それは願望ではなく、あの森を1人だけで逃げ出した時から儂が果たすべき義務。鍛錬を積んでも、弟子を取っても、それは変わらない。

 じゃが……それはそれとして、()()()()()()()()

「……!」

「心に焼き付いた輝きを動力として磨き上げた技を今度は儂が戦いの中で輝かせ、相手が見せる輝きと競い合い、その果てに勝利を掴み取る。この高揚は何物にも代えがたい。

 そしてお主もまた、それを知る者であろう?」

「……それは」

 

 そうだ。

 確かに俺は、それを知っている。

 俺の人生で初めての戦いである【小鬼】戦。

 俺はあの場で、戦いとその果ての勝利に喜びを見出だした。

 故に、ルガリードの言葉に共感が出来てしまう。

 

「お主も儂と同じだろうと感じていた。だからこそ──一度戦いを始めれば逃げることなどせぬと確信していた。戦いの喜びを放り出し、勝利を掴むことを諦めて尻尾を巻いて逃げ出すなど、するはずがないと」

 

 ……反論が、できない。

 俺はもう話を聞いた。これ以上ルガリードに付き合う必要はない。

 話を聞いた義理として相手を……というような行動も、その話自体が虚偽だったのだから起こりえない。

 だというのに俺の中には、この戦いを逃げるという選択肢がなかった。

 その理由は、ルガリードが言った通り。

 俺はルガリードとの戦いを、楽しいと思っていたのだ。

 

 【小鬼】戦で戦いに喜びを見出した。だが、その後にあった全ての戦いを楽しめた訳ではなかった……というか、それ以降の戦いはまったく楽しくなかった。

 正直に言ってしまえば、画面越しにアバターを操作してレベル上げしていた時と同じで、ただの作業としか感じられなかったのだ。

 そして今、こうしてルガリードと戦ったことで理解した。

 俺が好きなのは、"勝てるかどうか分からない戦いにおいて、全力を出し尽くした末に勝利すること"なのだと。

 

 俺と比べれば、ルガリードは遥か格上だ。

 攻撃も防御も思い通りに出来ず、手加減された状態ですら身体はボロボロだ。

 勝てる可能性など、塵芥にも等しい。

 だからこそ、楽しい。

 俺の全身全霊をかけて、少数点の彼方にある奇跡を引き寄せ、勝利を目指したいと、強く思ってしまう。

  

「……長話をしてしまったな。久方ぶりの昂りに浸り過ぎたか」

「っ!」

 

 ガラリと変貌したルガリードの雰囲気に、飛び跳ねるように立ち上がり、槍を構える。

 どうやら、休憩は終わりのようだ。

 だが、問題はない。

 体力はある程度回復し、ルガリードに()()()()()()()()()()。上手くいくかは正直賭けだし、失敗すれば後がなくなるが……その程度のリスクは背負わなければ、こいつに勝つことは出来ないだろう。

 

「……ふんッ!」

「……はあッ!」

 

 ここに至っては言うべき言葉も無く。俺とルガリードは……激突した。

 




【剛健尊鬼 シンリキ】
ランク:伝説級
種族:鬼
主な能力:肉体上位
最終到達レベル:36
討伐MVP:【■■王】■狩 龍■
MVP特典:【強能尊刀 シンリキ】
発生:デザイン型
作成者:クイーン
命名由来:"信力(シンリキ)
スキル:
力とは正義(パワー・イズ・ジャスティス)
STR・END・AGIの合計が自身より低い存在が発動したスキルの、自身への影響を無効化する。
備考:〈妖の森〉に逃げ込んだ鬼の群れの1体がモンスターに襲われ死にかけていた所を、クイーンが発案したデザインに合った適性を持つモンスターを探していたジャバウォックが見つけ、〈UBM〉として改造。解放されたシンリキは仲間の元へ帰り、鬼の旗印として〈妖の森〉に君臨した。
実は、シンリキへ直接影響を与えないスキル(自分や仲間へのバフなど)は無効化されないという抜け道があったが、バフをしてもシンリキのステータスを上回れるモンスターが〈妖の森〉には居なかったため、あまり問題はなかった。
最終的には、めちゃヤバ技量持ち超級職ティアンに真っ向勝負で敗れた。


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17・鬼の指導者・終戦

■【鍛鬼導師 ルガリード】

 

 儂と弟子たちは、定期的に居場所を変えている。

 それは主に、人間から討伐対象と見られぬようにだ。

 そんじょそこらの輩には負けぬ自信はあるし、弟子たちを含めればその自信は更に深まる。

 じゃが、決して儂は儂自身のことを"最強"と思ったことはない。

 人間にもモンスターにも、儂を越えるステータスの持ち主や技量の持ち主はいるであろうし、理不尽な法則(ルール)を持つ者に相対すれば何もできずに負ける可能性も高い。

 だからこそそんな奴らに目を付けられぬよう注意を払い続ける必要があるが、より注意を向けなければいけないのは人間の方だ。

 ほとんどの場合、近付かなければ、縄張りに入らなければそれでよいモンスターと違い、人間への対応はもっと厳重にしなければいけない。なぜなら、人間は()()()()()()

 1人に知られればその情報はいくらでも広まり、いつか儂らを倒しうる誰かに届く。

 それを防ぐべく、"目撃者"は必ず始末し、一か所に留まり続けることもない。

 

 そして、居場所を変えるのは新たに弟子となる【鬼】を探すという意味もある。

 儂は鬼以外を弟子にしても別に良いと考えているが、基本的にモンスターは同種としか群れを為さぬため誘っても今まで承諾されたことはなく、弟子は鬼だけだ。

 

 その点、鬼は誘えば断られることはほぼない。

 弟子になれば(〈UBM〉)の庇護下に入ることになるし、その上で自分が強くなれるのだから、誘いを蹴る理由がないのだ。

 まあ、承諾した後に修行が嫌になり、逃げだす奴らはそれなりにいるが。そういう奴らは儂の縄張りの外で、自分たちでも生きていける場所――この近辺で言えば草原方面に逃げ出していくため、ここ最近は草原が小鬼で溢れそうになっていた。

 だがそういうことではなく、最初から断ってくる鬼もまれにいる。

 ここ、〈魔香森丘〉に住んでいた【小鬼】の内、一体がそういう個体だった。

 

 元々群れに属さず、一人で生き延びていたらしいその小鬼は、いわゆる一匹狼気質だったのだろう。

 儂の下に付くことを良しとせず、一時的に儂の縄張りとなった〈魔香森丘〉から住処ごと移って行った。

 基本的に「来る者拒まず、去る者追わず」のスタンスである儂だが、その小鬼はそのまま逃がすことはしなかった。

 端的に言えば、才能を惜しんだのだ。

 奴は成長すれば、近接戦闘の分野において儂を追い越すであろう逸材だった。

 だが、今はまだ肉体的に貧弱な【小鬼】。成長するまで生き残れぬ可能性も高い。

 ゆえに、儂は護衛を付けることにした。

 鍛練も兼ねて、【隠密】や【狩人】に就いた弟子たちに監視させたのだ。

 原則手は出さずに見守り、上級以上の敵対者が現れたなら排除、あるいは儂に連絡する。

 しかし将都周辺にはあまり強い戦力はおらず、数少ない強者は【小鬼】自身が避けるため、弟子が手を出す必要はなかった。

 

 そんな状況の中、初めて弟子から連絡があったのが5日前だ。

 弟子から伝わってきたのは、「強者ではない相手に苦戦している」というあまり要領を得ないものであったため、儂は《視覚同調》により弟子を通して小鬼の様子を見た。

 そしてそこに映る戦いを見て――戦慄した。

 それは下級同士の戦いであるため、儂からすれば力も速さもまるで児戯のようなもの。

 けれど、そこには輝きがあった。

 まだ磨かれぬ原石にあっても、隠しきれない宝石(才能)の光。

 眩い光同士のぶつかり合いが生み出すその輝きに、監視していた弟子や傍に控えていた黒牢の声さえ届かぬほど、儂は魅入られた。

 そして魅入られている内に、決着は付いていた。

 少女の光が、小鬼の光を打ち砕く。

 その時から……儂の興味の対象は、その少女となっていた。

 

 小鬼との戦闘の後、少女は一瞬で姿を消していた。

 その様は転移魔法のようだったが、直感が以前見たそれとは違うと告げていた。

 答えは、意外な所から得られた。

 〈魔香森丘〉に入り込み儂らの姿を見た人間を殺した時に、その死体がモンスターのように光の塵となったのだ。

 その現象が起こったのは1人だけではなく、儂らの縄張りに入ってくる人数も、いつもに比べて桁違いに多い。

 何か、異常事態が起こっている。

 そう確信した儂は、隠密を取り仕切る一番弟子の1人、紫遠(【影鬼】)に将都を直接探らせた。将都を見張る凄腕揃いの〈御庭番〉の警戒を掻い潜れるのは、群れ全体が育ってきている今でも紫遠くらいしかおらぬからな。

 

 そこで得られたのは、〈マスター〉という存在の情報。

 別世界から〈エンブリオ〉の力でこの世界に訪れる、左手に紋章を持つ者たち。

 小鬼を打ち負かした少女も、恐らく〈マスター〉だったのだろう。あの異質な転移は、〈エンブリオ〉の力で別世界へと帰ったということか。

 じゃが、儂らにとって何よりも重要だった情報が、”死にかけても〈エンブリオ〉の力で生き永らえ、3日後にはもう一度この世界へ来ることができる”というものだった。

 儂らは今まで、目撃者を逃がすことなく殺すことで潜伏してきた。

 が、〈マスター〉にはその手が通用しない。

 殺したところで3日後には復活するため、口封じにならんのだ。

 あと少しすれば、舞い戻った〈マスター〉の口から将都の近くに〈UBM〉が潜んでいることが伝わり、討伐隊が結成されるだろう。

 即刻、拠を移さなければいけない。

 しかし、儂には心残りとなるものがあった。小鬼を倒した少女である。

 

 ここを離れれば、もう一度会える確率は低い。

 じゃが、今の少女は小鬼と同じく、ステータスは貧弱そのもの。

 闘ったとしても、満足の行く結果になるとは考えづらい。

 悩んだ末に……儂は戦うことを選んだ。

 しかし、それは戦い自体に期待してのことではない。今後の布石にするためだ。

 ここで戦っておくことで、彼女に儂の存在を刻み付ける。

 そうすることで、手酷くやられたことへの復讐か、強くなった証明としての再戦かは分からないが、成長した彼女が儂を追い掛けてくる可能性を生み出す。

 その確率はあまり高いとは言えないが、何もせぬよりはよほど良いだろう。

 

 そんな目論みの元、儂の弟子の中で最も器用さに秀でる黒牢に彼女を誘き出させ、さまざまな条件を付けて戦闘の場に立たせることに成功した。

 ここまで目論み通りに話が進んだが、ここで一つ予想外のことが起きた。

 

 思っていたよりも、少女が強かったのだ。

 瞬殺ではあまり記憶に残らぬ可能性があったため、少しは抵抗できるように手加減はしている。しかし彼女は〈マスター〉であるがゆえに、最終的に殺してしまっても不利益はない。そういう意味では、そこまで慎重に手加減していなかった。半端な対応では、普通に死んでいただろう。

 じゃが、彼女はそれに必死に食らいついてきた。

 直撃は確実に避け、届かぬとしても隙をついて反撃を繰り出す。

 その予想外は儂を高ぶらせ、要らぬ昔話までしてしまうこととなった。

 それも、もう仕舞だ。

 これ以上の長居は、儂らの身に危険が及ぶ。

 最後に、少女の攻撃を防ぎ、儂の本気を持って打ち倒す。

 それで、ひとまずの決着とするとしよう。

 

 

■■■

 

 

「……ふんッ!」

「……はあッ!」

 

 こちらに向かって駆け出した少女に合わせて、儂も地面を蹴る。

 少女が握る双槍がアクティブスキルの輝きを放ち――地面に叩きつけられた。

 

(何……!?)

 

 咄嗟にブレーキをかける。

 叩きつけられた地面から砂埃が巻き上がり、少女の姿を一時的に覆い隠す。

 

(なるほど、それが狙いか)

 

 恐らく、この砂埃の中で何かしらの準備をしているのだろう。儂に見られてタネが割れると通用しなくなる、初見殺しの一撃のために。

 儂という格上に挑むために負けが濃厚な地力勝負を避け、少しだけでも勝率を上げるために工夫を凝らしている。

 それが儂を本気で倒そうとしている証左に思えて、儂の見る目が狂っていなかったことに少し嬉しくなる。

 

(……ならば、こちらも本気で迎えてやろう)

 

 【盾士】【鎧武者】【巫女】etc――END・防御力上昇、ダメージ軽減、属性・状態異常耐性など、儂の保有するありとあらゆる防御系ジョブスキルを多重起動する。

 それらは全て下級・上級職のモノではあるが、ここまで重ねれば超級職すら大きく超える堅牢さとなり、元のステータスも合わせれば防御面は古代伝説級〈UBM〉上位にも匹敵するだろう。

 儂が発揮できる最大の防御形態。

 これで少女の攻撃を受け止めきる。

 

「――しッ!」

(……来たな)

 

 砂埃を割り裂き、アクティブスキルの発動によって光が纏わりついた左槍を携えた少女が突撃する。

 その行動は、一見すれば無謀そのもの。

 スキルによって強化されていたとしても、儂の防御を抜くことができないのは先程までの攻防で証明されている。

 このままでは儂に突撃を防がれ、負けるだけだ。

 じゃが、そんな訳がない。

 そんな無謀な行動を取るのなら、砂埃に隠れる必要などない。

 あの槍には、儂を殺しうる何かが秘められている。

 本来なら衝撃波などの遠隔攻撃で弾き飛ばす所だが……今回は真正面から受け止める。

 リスクは当然増すが、少女の意識に儂という存在を刻み付けるならば、その程度のことはしなければいけないだろう。

 

 待ち構える儂へ向かって駆ける少女。

 距離は爆発的に縮まり、1メテルを切った瞬間。――槍が、飛んだ。

 

(投擲!?……【投槍士(ジャベラー)】か!)

 

 手を離れたというのにアクティブスキルが解除されていない所から、最初から【槍武者】系統ではなく【投槍士】のスキルを発動していたことを知る。

 意表を突いた一撃。

 だが……これは本命ではない。

 少女の右手にはもう一本槍が握られており、そちらも輝き出している。

 恐らく、左は囮。

 隙を生み出し、右を叩き込む道筋を作るためのもの。

 

(ならば、左を最速、最短で弾き飛ばし、余裕を持って右を受け止める!)

 

 隙を生み出さぬよう極限まで配慮した体捌きで右腕を振りぬき、飛来した槍を迎撃した。

 目論見通りに弾き飛ばされる。

 ――目論見から外れた、儂の右手が。

 

(…………なに?)

 

 思考が固まる。

 無意識に視線が右腕に向けられ、手首から先が千切れている様子が見えた。

 槍と接触した部分が、ちょうどくり貫かれている。

 それが意味するのは、投槍が触れただけで儂の防御を紙切れ同然に突破したということ。

 

(――マズイ!)

 

 衝撃からやっと意識が回復する。

 そしていの一番に感じたのは、危機感だった。

 視界の端に飛んでいく、紫の粒子を纏った槍に意識を向ける暇もなく正面を向き直し……眼前に突き出された穂先が、目に入った。

 

(これは……死んだか……)

 

 ここまでくれば、もう打つ手がない。

 いくら40倍近いAGI差があっても、無拍子で最高速まで到達できる訳ではない以上、ここまで近付いた槍を防ぐことは出来ない。

 儂の全力防御を貫いた先程の投槍から考えれば、結界などの防御スキルも意味をなさないだろう。

 衝撃波などの攻撃スキルで弾くのも無理だ。どうしても動作か溜めが必要となる。

 そして頭を、脳を破壊されてしまえば、それから回復スキルを使って態勢を立て直すことも不可能。

 ……万事休すだ。

 

 死を覚悟したからか、今までの記憶が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。

 危険に囲まれながらも、群れの一員として仲睦まじく過ごした〈迷いの森〉の日々。

 【シンリキ】を討伐した人間の輝きに魅了された瞬間。

 地龍を打ち倒したことで得た、弱者から強者へ成り上がった実感。 

 心踊った強者(超級職・〈UBM〉)たちとの幾度もの死闘。

 小鬼と少女の胸打たれる果たし合い。

 そして──儂を頼って集まってくれた、弟子たちの顔。

 

(……ああ、あいつらだけが、心残りだな)

 

 そこらの雑魚には負けぬよう、鍛え上げたつもりだ。

 だが、儂抜きで超級職や〈UBM〉に遭遇しても、生き抜いていけるだろうか。

 そもそも、儂が死んでからも弟子たちが獲得したジョブは維持されるかも分からない。

 このままでは、中途半端な状態で放り出すことになってしまう。

 そんな後悔を抱えつつも、迫る死を受け入れようとして――

 

 ザシュ!!

 

「……は!?」

「……な、に……?」

 

 槍が、視界の外から伸びた腕によって遮られた。

 槍は先程の儂の右手同様に、遮ろうとした腕を容易く貫通させ――儂の頭に触れる直前で止まっていた。いや、槍が刺さっている腕の筋肉により、押し留められていた。

 予想外の状況への推移で、儂も少女も動きを止める。

 だが、腕を出した一番弟子の一人、朱塊(【城鬼】)は止まらなかった。

 

「師匠ッ!」

「……ッ!ハァッ!」

「……くそっ!」

 

 朱塊の叫びを契機に、止まっていた時間が動き出した。

 少女に向かって咄嗟に回し蹴りを繰り出す。

 少女もまた、間髪入れず固定された槍から手を放し、跳んで後退るという素晴らしい反応を見せたが……動き出しが同時ならば、AGIの差が勝敗を決する。

 少女が儂の間合いから外れるより前に蹴りが到達し――咄嗟に放ったが故に手加減など微塵も考えられていない本気の(STR)が少女の腹部を消し飛ばした。

 

「……がはッ!」

「ハァ、ハァ……」

 

 上半身だけの無残な姿となった少女が蹴りの衝撃波で吹き飛ばされ、木に激突する。

 だが、儂はそれに意識を向けることも出来ずに放心し、呼吸を荒らげていた。

 先程の一合、朱塊が間に入ってこなければ確実に負けていた。その事実が、儂を動揺させる。

 

「これが、腹をぶち抜かれる感覚か……。ごふッ……キッツいなぁ……」

 

 聞こえてきた声に、ハッと視線を向ける。

 少女は上半身のみの姿となり、いつの間にやら左肩と右胸部にも大穴が空いている。

 有り体に言って満身創痍。だというのに――少女はまだ、好戦的で不敵な笑みを浮かべていた。

 

「……名は」

「?」

「お主の名は、何という?」

 

 その笑顔を見た瞬間、反射的に問いかけていた。

 なぜかは、自分でも分からない。

 しいて言葉にするならば……眼前の少女が儂にとって、『少女』などという普遍的な呼び名に収まらない存在となる予感を抱いたからだろうか。

 

「……水無月、火篝」

 

 しばし呆気にとられた後、おずおずと名を口にする少女――火篝。

 しかし次の瞬間には、変わらず闘志の燃えた雰囲気に舞い戻っていた。

 

「今回は、俺の負けだ、が……次は絶対に、勝……」

 

 これまでずっと閉じていた瞼を開き、無機質で情熱的な瞳でこちらを見つめながら宣言して……光の塵となって消え去った。

 

「……ああ、待っておるぞ」

 

 これで少女との、火篝との物語はひとまず閉幕だ。

 だが、儂にはまだやるべきことがある。

 

「朱塊」

「はっ」

 

 儂が一声出しただけで傍に寄り跪く朱塊。

 ……この様子だと、やはり意識的だったようだな。

 

「儂は戦いの最中、お主(弟子)らに手を出さぬよう、言っておいたはずじゃが?」

「はい、存じ上げています」

 

 火篝を弟子で囲んだのは”群”としての儂を強さを見せつけるためであり、火篝に刻み付ける儂の印象を強めるため、実際に戦うのは儂だけと事前に決めていた。

 そのため火篝と遊ぶ前に、弟子たちには傍観者でいることを言い含めていた。

 これはどちらかと言えば、血気盛んな一部の弟子の手出しを防ぐためだったのだが……。

 

 先程の朱塊のカバーは、獲得しているジョブ【守護者(ガーディアン)】によるものだろう。

 盾職ではあるがENDの他にAGIも高く、味方を庇う戦いが可能な分防御能力が低い【守護者】と、【盾鬼】の特殊進化先であり、防御能力が高い代わりにAGIがあまり上がらない【城鬼】は相性が良く、弟子の中でも堅さと戦闘で連携した時の安定感は随一だ。

 だが、いくらAGIが上がり、カバーする時に機動力を上げるスキルがあったとしても、あの場面において、儂の危険を察知した瞬間に準備を始めたのでは到底間に合わない。

 つまりは。

 

「最初から、手を出すための準備をしていたのじゃな」

「はい、その通りです」

 

 悪びれもせず、淡々と答える朱塊。

 しかしそれは、反抗的だとかそういうことではなく、むしろ――。

 

「師匠の身に万が一があってはいけませんので」

「……そうよな。お主は、そういう奴じゃよな」

 

 朱塊を一言で表せば、真面目だ。

 どんなことにも力を抜かず、完璧を目指していくその姿勢は素直に称賛できるものであり、儂がいない時の纏め役としても活躍しておる。

 が、真面目が過ぎる故に、融通が利かない。

 自分が正しいと思ったのならば、群れの仲間から恨まれるとしても、儂の命令に逆らうことになったとしても、それを貫き通す。

 それこそが、朱塊という鬼だった。

 

「しかし、私が師匠の命令を破ったのは事実です。なんなりと処罰を」

「……いや、よい。どうであれ、儂はお主に命を救われた。そして、救われるような場面を生んだのは儂の油断が原因じゃ。お主を責めるのは筋違いであろう」

 

 そう、油断だ。

 儂は命脅かされたあの瞬間まで、火篝を格下としか見ていなかった。

 確かに、ステータス上だけで見れば天地がひっくり返った所で勝負にならぬ格の差があった。

 じゃが、小鬼との戦いで、儂との遊びで、火篝の強さはそういった次元の強さではないと分かっていたはずだ。

 だというのに、儂はその認識を改めることなく、初見殺しの一撃をわざわざ迎撃するなどといった愚行を犯した。

 昔から考えれば、儂は桁違いに強くなった。が、いつの間にやら強者であるからこその弱点、慢心も得てしまっていたらしい。

 

「儂もまだまだじゃな……」

 

 思わず、悔しさが呟きと共に漏れ出る。

 ……じゃが、今回は朱塊のおかげで命拾いできた。

 生きてさえいれば、反省することも鍛えなおすこともできる。

 今は、やるべきことをしなければな。

 

「……今回は、儂のわがままに付き合わせて悪かったな」

「師匠がわがままなのはいつものことでしょう。もっと付き合わされる我々のことを考えて下さい」

「そうかぁ?俺は楽しかったけどなぁ、慌てる師匠なんていうレアモノが見れてさぁ!」

「おい、不敬だぞ碧蛾。常日頃から、お前はもう少し態度を考えろと言っているだろう」

「んだよぉ?」

「まあまあ。落ち着きなさいよ、朱塊。碧蛾も無闇に煽らないで」

「……全員、うるさい」

 

 弟子たちの方へと向き直り声をかければ、いつも通り騒ぎ出す一番弟子たち。

 そこへ他の弟子たちも次々と加わり、賑やかさは増していく。

 そんないつも通りの光景に思わず頬が緩む。

 

「お主ら、一旦静まれ!……よし、全員聞いているな。儂らはこれから拠点を移す。此度は感付かれている上での移動。これまで以上に慎重に、長く移動することとなる。事前の取り決め通り、各々が不足なく役割を果たすことが肝要じゃ。よいな!」

「「了解!」」

 

 儂の号令を受け、それぞれ動き出す弟子たち。

 それを眺めながら、少しだけ先程までの戦いと少女に想いを馳せて……儂もまた、準備のために動き出した。

 

 

□飯沼 葉月

 

【致死ダメージ】

【パーティ全滅】

【蘇生可能時間経過】

【デスペナルティ:ログイン制限24h】

 

「……ッ!」

 

 直前まで森と鬼たちを映していた視界が、アナウンスと同時に自室の天井に切り替わった。

 デスペナした。そう認識した瞬間に、飛び起きて腹部を確認する。

 ……うん。当たり前だけどちゃんと繋がってる。痛みもない。

 

「はぁ……」

 

 思わず全身の力が抜け、飛び起きたばかりのベッドにUターンする。

 それも仕方ないだろう。

 さっきまで、俺の腹が誇張抜きで無くなっていたのだから。

 

「痛覚遮断、ONにするの忘れてた……めっちゃ痛かった……」

 

 最初の【小鬼】戦でOFFにした後は一度もまともに攻撃喰らってなかったし、ルガリードとの遊びが始まってからはそんな事考えている暇もなかったのでしょうがなくはあるが……それでも、こういう重要な所を忘れてしまうのはいけない。

 何かあると途端に視野が狭くなるのは、昔からの悪い癖だ。

 ……視野が狭くなる、と言えば。

 

「まさか、あそこで横槍が来るとはな……正直、勝ったと思ったのに……」

 

 俺が思い付いた、ルガリードに勝つための手段。

 それは、就いてはいたがこれまで使い道がなかった【投槍士】と、ガチャで出した呪いのアイテム【闇怨の砥氷】の合わせ技だ。

 【投槍士】の基本スキル《ジャベリン》で意表を突いて隙を生み出し、もう片方の槍でとどめを刺す。

 だが、ただ投げるだけではすぐ対処されてしまうし、渾身の一撃を叩き込んでもステータス差的にかすり傷が関の山だろう。

 そこを埋めるのが、ガチャ産アイテムである【闇怨の砥氷】だ。

 このアイテムを武器に塗ることで、防御力・防御スキルを無視して攻撃できるようになる。これなら隙を生み出すことも、致命傷を与えることも十分に可能だ。

 

 これが俺が思い付く限りの中で一番勝率が高かった手段なのだが、勝利を掴み取るにはいくつかの賭けを突破しなければいけなかった。

 まず、砥氷の呪いのアイテムたる所以であるデメリット《反傷》。相手に与えたダメージが同じだけ、ランダムな部位に返ってくる呪いだ。

 隙を生むための投槍で与えたダメージが心臓や脳に返ってきたらそれで終わりだし、足や右腕に返ってきたら態勢を崩したり力抜けたりして、本命の一撃を外す可能性が高まる。

 また、砥氷の効果が発揮されるのは氷片が塗られている間だけだ。

 苦し紛れでも障壁なんかを張られてしまえば、それを突破する間に氷片が落ちてしまう。

 そして最後に、投槍を手足で直接迎撃してくれるかどうか。

 手足での迎撃が最も効率よくなるよう間合いは調節するが、それでも遠距離攻撃や障壁で対応された場合、肝心の隙が生まれない。

 

 そんな、正直言って失敗の確率の方が高い作戦だったが……事態はその全てが、俺の思い描いていた通りに進行してくれた。

 投槍は迎撃に繰り出された腕を抉りとり、【反傷】で穿たれたのは槍を投げ終えた後の左肩。本命の右が障壁で遮られることもなかった。

 俺の槍は届くがルガリードの拳と脚は俺の身体に届かない位置で仕掛けられるように調整して投槍をしたから、苦し紛れの反撃で相打ちに持ち込まれることもない。

 あの時の俺は、勝利を確信した。

 

 だというのに。

 視界の外から伸びてきた腕。

 本命の一撃が阻まれ、砥氷の効果が無効となった。穂先がルガリードに当たらないように腕は筋肉の収縮で止めていたが、仮にルガリードに当たっていても無傷だっただろう。

 それからは、流れるように反撃を受けた。

 単純なステータス勝負となっては勝ち目がない。

 避ける間もなく蹴りをくらい、腹をぶち抜かれてあっさりと死んでしまった。

 ……死ぬ間際に名前を聞かれたが、あれは一体なんだったのだろう。

 

「最初に配下たちからの手出しはないと言ってたのに……いや、それを鵜呑みにした俺が悪かったか」

 

 普通に考えて、そのままでは死んでしまうというのに約束を守る訳がないだろう。

 あるいは、ルガリードには守る気があったが、配下たちが勝手に破ったのか。あの時のルガリードの反応からすると、こちらが有力か。

 あの群れの絶対者はルガリードだ。それが欠けては、自分たちの不利益となる。守るのは当然だ。

 卑怯だとは思うが、悪だとは思わない。同じ立場だったら俺もそうするし。

 ただ、それで負けを認められるかと問われれば、それは別の話だ。

 

 ふと、デスペナ前に口に出した言葉を思い出す。

 

『今回は、俺の負けだ、が……次は絶対に、勝……』

 

 そう、次だ。

 〈マスター〉である俺にはまだ、次の機会がある。

 そこで勝利を果たし、借りを返す。

 そのためにまずは……強くならなきゃな。

 

「あぁ、早く24時間経たないかなぁ……」

 

 デンドロで初めて明確な目標が出来たというのに、その前に立ちはだかるログイン制限(デスペナルティ)

 それを口惜しく思いながら、激闘で疲れた俺の意識はゆっくりと夢に落ちていった。




ひとまずこの話で一段落です。
今後は
閑話集→将都事件②→天地放浪
みたいな感じで進めていきたいと思います。
遅筆なのでお届けできる頻度はかなり低めではありますが、今後も読んで頂けると嬉しいです。

【鍛鬼導師 ルガリード】
ランク:伝説級
種族:鬼
主な能力:学習・統率・鍛錬
最終到達レベル:---
討伐MVP:---
MVP特典:---
発生:認定型
保有スキル:
《一学十解》
ジョブの固有スキルを習得した際に発動。
習得したスキルのジョブに関連した全ての情報(ステータス傾向、固有スキルの原理、就職条件)をアーキタイプ・システムから取得する。
《皆改鬼鍛》
《一学十解》にて情報を取得したジョブを、自身の『配下』に就かせることができる。
ただし条件があり
1.取得させられるのは対象の『配下』と相性が良いジョブだけ
2.取得させるジョブに就職条件がある場合、対象の配下が満たしている必要がある
3.ジョブのレベルは対象の『配下』のモンスターとしてのレベル×2までしか上がらない
これらを満たせば、与えられるジョブの数・質に制限はない。数百、数千を対象に与えることも、超級職を与えることもできる。

備考:既存技術の習得・再現と、技術指導に関して、デンドロ史上五指に入る才能の持ち主。その反面、既存技術にとらわれない新技術の開発能力はあまり高くない(もちろん、一般人と比べれば十分に高い)。


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間章
18・パーティー結成〜高校生ver〜


デンドロ本編、かなり大事になってきましたね……
大迫力なバトルが見れそうで今からワクワクしてます

それと、今話に登場する五人組は『8・〈マスター〉接触』『9・〈マスター(高校生)〉談話、【迎撃者】のデメリット』からの再登場です
忘れてしまったという方は、そちらをどうぞ


□将都冒険区冒険者ギルド 【槍士】水無月火篝

 

 ルガリードとの激戦から現実時間で3日、デンドロ時間で9日が経った。

 6日前、つまりデスペナ明け初日に俺は、ルガリードのことを報告するために冒険者ギルドに赴いていた。

 冒険者ギルドでは〈UBM〉を始めとした強力なモンスターの目撃情報を常に募っており、情報提供料としてそこそこの額のリルが貰えるのだ。

 デンドロにおいては、1匹のモンスターだけで生態系を破壊したり数百人単位の死傷者が出たりすることも当たり前だそうだから、金を払ってでも情報を集めるのは妥当だろう。そうして情報収集したモンスターのうち、危険度が特に高いモノには賞金をかけて討伐を働きかけるらしい。

 

 お金が貰えるとはいえ、情報提供するにはいくつかの段階を踏まなくてはならず、結構面倒だ。

 だというのになぜそんなことをするかと言えば、ルガリード戦でのデスペナルティのせいである。

 デンドロにおける主なデスペナルティは24時間のログイン制限。

 だが、それ以外にも不利益なことがある。

 それこそが、所持品のランダムドロップ。

 装備品やアイテムボックスの中に入れていたアイテムの中からいくつかが死亡したその場に落ちてしまうのである。

 そのせいで俺は、所持金の実に7割を失ってしまった。

 いやぁ、ログインして確認した時は愕然としたね。

 メイン装備である槍やお面、それに砥氷なんかが落ちてなかったのはせめてもの救いだった。既製品の槍はともかく、オーダーメイドのお面やガチャ産の砥氷は失くすともう入手できないし。

 

 そんな訳で冒険者ギルドに足を運んだのだが……。

 俺がちょうどルガリードと戦って死んだ頃、冒険者ギルドに「〈UBM〉に殺された」と数人のデスペナ明けの〈マスター〉が駆け込んできたらしい。

 将都直近のフィールドでデンドロの戦闘にも慣れ、意気揚々と次のフィールドである〈魔香森丘〉に乗り込み――そこで〈UBM〉、つまりルガリードに殺されたのだと。

 また、直接ルガリードと遭遇したのはその〈マスター〉たちだけだったが、明らかに雰囲気が違う鬼の集団――こちらはルガリードの弟子たちだろう――に殺されたと言う〈マスター〉も結構な人数存在した。

 

 それらの報告を受け、冒険者ギルドは〈UBM〉とその配下が〈魔香森丘〉を根城にしていると断定。

 形式上とは言え首都近くに〈UBM〉がいる状況は看過できず、討伐の前段階として斥候部隊を送り……そして、〈UBM〉を発見することができなかった。

 半地下に造られた居住施設や作物収穫用の畑など、何らかの集団が生活していたであろう痕跡は見つけられたものの、肝心な〈UBM〉と配下たちが見つけられなかったのだ。

 念のため範囲を広げた捜索が数日間続けられ近隣地域の冒険者ギルドにも情報が回されたが、発見の報告はなく、ルガリードたちの行方は完全に闇に包まれた――。

 

 という感じで、俺がデスペナしている間にルガリードの騒動は収束していたのである。

 もう、完全に出遅れていた。

 これは情報提供しても意味なしか……と落胆していたのだが、そんな予想に反して俺の提供した情報は歓迎され、中々の額の報酬も手に入れることができてしまった。

 しかし、よくよく考えてみれば当然である。

 俺はルガリード本人と直接話した上で、スキルやら何やらの情報を教えて貰っていたのだ。

 前述の〈マスター〉たちは出会って瞬殺されただけであったため、分かっていた情報は名前と容姿だけ。

 俺の情報が有り難がられたのも納得だった。

 

 

□□□

 

 

 報酬で失った以上の金を手に入れた俺は、ルガリードとの誓いを果たすべく、レベル上げに集中していた。

 この数日を振り返ってみると、学校に行くか課題をやる以外ずっとデンドロに籠って狩りをしている。

 すっかりハマっちゃったが……まあ、楽しいしやりがいがあるしな。

 その甲斐あって【迎撃者】はレベル50、カンストまで上がった。

 本当だったら次は迎撃者系統の上級職に就きたかったのだが、そのためにはまだ満たしていない条件が存在する。先にそちらを満たしてもよかったのだが、ルガリードの時のようにまたいつ不測の事態に巻き込まれるかも分からないため、まずはステータス上昇と保有スキルの増加を優先し、就くだけ就いてサブジョブに置いていた下級職――【槍士】【双術士】【投槍士】のレベル上げをすることにした。

 そして今日もまた、帰宅して速攻デンドロを起動。

 レベル上げのため狩りに出る……前に、冒険者ギルドに立ち寄っていた。

 

「【討伐依頼―【魔香樹】】に【採取依頼―【墓標茸】】か……」

 

 何をしているかと言えば、クエストの確認である。

 そもそもだが、冒険者ギルドとはクエストの斡旋所だ。

 討伐に護衛、収集、その他雑事まで、数多くの依頼が冒険者ギルドに持ち込まれる。

 専門的な知識やスキルが必要な場合は各ジョブギルドに回されることもあるが、戦闘職であれば誰でも可能なモンスターの討伐や商人の護衛なんかは冒険者ギルドで依頼が出されることが多い。

 前まではレベル上げのために無作為にモンスターを狩っていたが、最近は今後のための金策をかねてクエストも同時にこなすことにしている。

 

 クエスト確認のためにめくっているのがとんでもなく分厚い冊子――クエストカタログだ。

 これはギルド側が依頼を承認すると自動的にこのカタログに追加され、誰かが依頼を受注すれば消えていくという、ジョブカタログと同じデンドロ特有の便利アイテムである。

 そこには依頼内容と報酬金額、そして難易度が記載されている。

 その中でも先程俺が読み上げたものは、レベル上げの狩りと並行して進められ、報酬もまずまずなモノたちだ。

 損得勘定で言えばこれらの中から選ぶのが良いのだろうが……。

 

「……やっぱり、これかな」

 

 結局、ここ数日で見慣れたページで手を止める。

 そこに書かれていたのは、【討伐依頼―【小鬼】群】の文字。

 ルガリードの置き土産とも言えるクエストだった。

 

 

 デンドロを始めてから俺が主な狩場にしていた〈緑花草原〉。

 そこでは、他のモンスターが滅多にしか見ることができないほど小鬼が大繁殖していた。

 その要因となったのがルガリードだ。

 とはいえ、直接あいつが何かした訳ではない。

 繁殖の直接的な原因となったのは()()()()()()

 ルガリードの群れに一度加わりながらも、何らかの理由で逃げ出した小鬼たちだ。

 

 ルガリードのスキルによって下級職を得てはいるが、レベルもほとんど上がっていなければジョブスキルを使いこなすことも出来ていない状態がほとんどの落伍者たち。

 だがそれでも、ジョブレベル分のステータスは上乗せされる。

 そしてそれは、二桁前半のステータスが当たり前な〈緑花草原〉のモンスターたちに対しては十分なアドバンテージとなる。

 結果、落伍者たちがステータスの優位のままにモンスターを駆逐し、それに便乗するように同種の小鬼たちが繁殖していったのだ。

 【小鬼】は繁殖力の高さだけが取り柄のモンスターではあるが、であるがゆえに進化の行き着く先は多種多様で、変異進化の末に〈UBM〉となることも決して少なくない。

 そんな未来の災厄の芽を摘むため、冒険者ギルドが主導で小鬼掃討のクエストを発行しているのである。 

 

 正直、このクエストは俺にとって得となる要素はほぼないと言ってもいい。

 同じくらいの労力でもっと報酬が良いクエストはたくさんあるし、今更小鬼と戦っても楽しくもなんともない。

 それでも受けるのは、これがルガリードを発端とするというその一点だけ。

 別に、この異常繁殖した小鬼たちを倒した所でルガリードに何かあるかと言われてもないのだが……それだけ俺が、強くルガリードを意識してしまっているということなのだろう。

 

 

□□□

 

 

「……ん?あれは……」

 

 小鬼掃討のクエストを受けるべく、カタログを持ちながら受付に向かおうとして……冒険者ギルドの中へ、男女五人組が入ってくるのが視界に映った。

 

「今日はどんなクエストにしましょうか?」

「やっぱ討伐だろ!というかもうそろそろ、ボスモンスターに挑戦を……」

「却下。もう一つくらいジョブカンストさせないと危ないって言われたでしょ……って、あ!」

 

 クエストの相談をしていた五人組だったが、その内の一人、銀髪の女性がこちらを見て声を上げる。

 

「火篝さん、お久しぶりです!」

「……ええ、お久しぶりですね、皆さん」

 

 銀髪の女性――彩夏さんを筆頭に駆け寄ってきた五人に対して、火篝(完璧美少女)の仮面を被って微笑み返す。

 この5人――正確に言えば四人と一体は、俺が初めてまともに接した〈マスター〉とエンブリオたちだ。

 会ったのは……デンドロ時間で言うと、もう2週間前になるのか。

 会話を楽しみフレンド交換までしたが、デンドロにおけるフレンド機能はログインしてるかどうか確認できるかだけ。

 会話だけでなくメッセージのやり取りすらできないので、交流するのは初対面以来の二回目だ。

 

「それにしても、よく私だと分かりましたね」

 

 今の俺の服装は、最初に五人と会った時の初期装備のワンピースではない。

 レベル50になって装備制限をクリアしたため、後回しにしていた防具変更を行い、紅色の着物へと装いを変えている。

 ちなみにこの着物、覇漣さんの工房のお弟子さん製作のモノだ。

 戦闘用であるため動きやすい造りになっており、防御力も申し分ない。その上、微量ながらもAGI補正と《ダメージ減少》Lv1まで付与されているというなかなかの一品だ。

 流石は超級職門下の職人である(一応言っておくと、今回は普通にお金を出して買った)。

 ワンピースにあった『狐面似合わなすぎ問題』も解決したため、顔を隠す目的で普通に被っており、一目で判別するのは難しいはずだけど……。

 

「雰囲気、って言えば良いんでしょうか。一つ一つの所作が洗練されていて、目を引くというか……」

「それに、お主のプロポーションは完璧すぎる。彫刻の方がまだ人間らしいぞ。お主、本当に人間か?」

「ちょっと、エヌちゃん……!失礼だよ……!」

 

 彩夏に続いて、堂々とした佇まいの蒼髪の女性――TYPE:メイデンwithガードナーのエンブリオ、【エヌマ・エリシュ】が割と失礼な発言をし、そのマスターである黒髪少女――霧鮫が諫める。

 しかし、雰囲気とプロポーションか……。

 狐面を被るようになったのに注目が減らなかったのは、その辺りが手付かずだったからか。

 SPを消費してしまうが、街中でも《隠形の術》を使うことを視野に入れるか……いや、【隠密狐】を捜して、狐面にスキル追加でも……。

 

「火篝さんもクエストを?」

「はい。今から受注しに行こうと思っていました」

 

 思考の海に沈みかけていた意識が、黒髪の青年――マガネに話しかけられたことで浮上した。

 質問に答えつつ、腕に抱えていたクエストカタログを持ち上げる。

 

「な、なら折角だし、俺たちと一緒にクエスト行かないか?いや、駄目なら別にいいんだけど……」

 

 金髪の女性がその見た目にそぐわない、男子高校生のようなキョドった態度でクエストに誘ってくる。

 実際、彼女――いや彼のリアルは男子高校生なのだ。

 イリスは俺と同じネカマであり、そして俺と違ってネカマを隠していない。だからこそのこの態度とも言えよう。

 

 しかし、パーティーでのクエストか……。

 俺は今のところ、ソロでしか活動をしたことがない。

 本当の俺を隠しているという負い目もあるし、ソロで困ったことがないから、戦力は増えるが経験値や戦利品を分配しなければいけないパーティーは損になるということもある。

 けれど、一生ソロで行ける保証はないし、むしろ将来的にはパーティーを組まなければ戦っていけないようになる可能性の方が高い。

 そのことを考えると、こちらに好意を持ってくれていて、善人と確信できる彼らとパーティー体験ができるのは……俺にとってとてもありがたいことだろう。

 

「むしろ、こちらからお願いしたいくらいです。パーティーに参加させていただけますか?」

「……!ああ、もちろん!」

 

 初めてのパーティークエスト……どうなるか楽しみだ。



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19・パーティークエスト~高校生ver~

□〈緑花草原〉 【槍士】水無月火篝

 

「北側から3、彩夏さんお願いします!」

「分かった!」

 

 彩夏が俺の声に応じて、今まで相手していた目の前の【小鬼】を斬り捨てて新しく迫る三匹に向かって駆け出す。

 

「はぁっ!」

「ギィ……ガッ?」

 

 勢いのまま彩夏が一匹の小鬼に斬りかかり、狙われた小鬼は構えた刀で受けようとして――受け止めたその刀ごと身体を両断され、困惑のままに息絶えた。

 

「ギィヒッ!……アァ!?」

「せい!」

 

 光の塵に返る同胞には目もくれず、別の小鬼が太刀を振り下ろす。

 小鬼を両断した彩夏は隙だらけであり、好機と見たのだろう。

 だがその刃は、無防備な彩夏の()()()()()()

 直撃した場所には傷などなく、せいぜい一本の筋程度しか残っていない。

 彩夏はその隙を逃さず、一匹目と同様に小鬼を両断した。

 

 

「東側から30、イリスさんとマガネさんで足止めを!倒さなくても構いません。無理だけはしないで下さい!」

「任せろ!」

「了解しました」

 

 それぞれ別方面で小鬼を相手していたイリスとマガネが、俺の指示通りに合流して大群と相対する。

 

「ははっ!その程度か!」

「さあ、行きなさい!」

 

 イリスが威勢よく群れに突撃するが、決して考えなしに突っ込んではいない。

 小鬼のそれぞれの位置をしっかり把握し、孤立して援護をもらえない奴を狙って切りかかっている。そして深追いもせず、囲まれそうになったらそうなる前に身を引く。しっかり俺の指示通り無理しない立ち回りだ。

 ここ数時間の戦闘を見た感じ、四人の中で一番戦闘センスがありそうなのはイリスだな。

 

 そうしてイリスが撹乱して生まれた隙を的確に突いていくのがマガネだ。

 マガネはなんと言うか……泣き所とでもいうべき、刺されたら困る場所を見つけるのが上手い。

 見つけた泣き所に〈エンブリオ〉で傀儡にした小鬼を襲撃させ、更なる混乱を引き起こしている。

 この調子なら、見込み通り損害なく大群を抑えておけそうだ。

 

 

「北西から……40!霧鮫さん、エヌさん、今対処してる群れが終わったら殲滅をお願いします!まだ距離はあるので焦らずに!」

「わ、分かりました……!」

「ふん、了解した」

 

 いくら格下の小鬼とはいえ、自分たちの20倍の頭数。それも、目的は足止めではなく殲滅。

 一組だけに任せるには桁違いに重い仕事量だろう。

 だが、問題はない。

 なにしろ……

 

「グラァアアアッ!!」

「ギィヒィィィ……!?」

「ギャアァッ!?」

 

 現在進行形で、20体近くいた群れを軽々と殲滅しているからな。

 

「マスター、もうそろそろ狼が()()()ぞ」

「そ、そう?なら、次は亀かな。今の倍いるらしいから、安定性重視ってことで……」

「了承した――《交わり生まれる神性》!」

 

 エヌがスキルを宣言すると、霧雨の紋章から二柱の水が湧きだす。

 水柱は絡み合い、やがて乗用車ほどもある巨亀を象った。

 巨亀が実体化すると同時に、小鬼の群れを喰い荒らしていた狼の身体が水に戻り、ドロドロと崩れていく。

 群れのほとんどが殺されつつも、生き残った少数がその光景を見て希望を見出し――その奥から迫る巨亀によってふたたび絶望に叩き落された。

 ……あそこだけやってることがボス側なんだよなぁ。

 まあ、それも無理ないか。

 事前に水の貯蓄が必須とはいえ、たった一人で亜龍級――()()()6()()()()()()に匹敵する戦力を生み出し、使役しているのだから。

 

 

「シッ……!……よし。イリスさん、マガネさん、加勢します!彩夏さんもこちらへ!後続はありません。一気に片付けましょう!」

「「「了解!」」」

 

 指示しつつも対応していた小鬼の群れを倒しきり、足止めを続けているイリスとマガネの元へ向かう。彩夏の方も終わったようなので、合流して四人で群れを殲滅する。

 それが終了するとほぼ同時に、巨亀ものしかかりと毒ブレスによって40いた小鬼全てを光の塵に変えた。

 こうして俺たちパーティは、何度目かも分からない小鬼の襲撃を乗り切ったのだった。

 

 

□□□

 

 

「あー!疲れたぁー!」

「はしたないぞ、イリス。……まあ、疲れたというのは同感だが」

 

 ゴロンと寝転がるイリスに苦言をこぼすエヌだが、自らも疲労で座り込みそうになっている手前、強くは言えないようだ。

 

「それにしても……」

 

 俺は視点を彩夏に……正確に言えば、彩夏の()()()()()()()()紐に合わせる。

 紐は木の根のような質感をしており、その先は彩夏が腰に下げている小振りな盾に繋がっていた。

 

「彩夏さんのエンブリオは便利そうでとてもいいですね。応用も利きそうですし」

「へへ、でしょ?私も気に入ってるんだー、これ」

 

 少し誇らしげに笑いながら、彩夏が紐を持ち上げる。

 その紐こそが彩夏の〈エンブリオ〉。

 TYPE:チャリオッツ、【絆繋樹紐 ユグドラシル】である。

 

 こんな紐が乗騎(チャリオッツ)……?と最初聞いた時は疑問に思ったのだが、エンブリオ側のシステムに詳しいメイデン(エヌ)曰く、「チャリオッツにカテゴリーされるのは、乗騎そのものだけではない。乗騎ありきの強化パーツもまたチャリオッツである」そうだ。

 そういった類のチャリオッツは、単体だけでは何も効果を発揮できず、エンブリオ以外に強化先となる対象が必須となる。ユグドラシルもまた例にもれず、その特性はそれ単体では無意味なものだった。

 その特性とは、『結合』。

 紐で二つのものを繋ぎ、繋げたもの同士でステータスやスキル、装備補正などを合算共有する――”お互いをお互いの強化パーツとする”能力である。

 

 彩夏は現在出せる最大数である3本のユグドラシルを、小刀同士で繋げるのに1本、自分と盾を繋げるのに2本使っていた。

 そのおかげで、本来なら小刀を受け止められるはずの小鬼の刀を2本分の攻撃力で無理やり突破したり、そこそこダメージを喰らうはずの身体受けをしても盾の防御力でノーダメージにしたりということが出来ていたわけである。

 

 だが、ユグドラシルの本領はこんなものではない。

 今はまだ初心者であるため装備・アイテム・資金が整っておらず、実現は遠い未来のことだろうが……。

 例えば、スキルにだけ特化した装備と武器性能にだけ特化した装備を繋げて、通常あり得ないほどの高性能装備を生み出したり。

 例えば、自律行動して攻撃する武器を自身に繋げることで、自身のSTRとAGIによって武器の攻撃力と速度を上昇させたり。

 などなど、上げていけばキリがないほど活用方法はある。

 俺のティレシアスも周囲全部が見えたり隠形を見破ったり、色々と便利ではあるが、流石にユグドラシルには劣るだろう。

 正直言って、かなり羨ましい。

 

「……あの。火篝さんって、本当に今までずっとソロで戦ってきたんですか?」

「え、あ、はい。そうですよ。どうかしましたか?」

 

 ユグドラシルについて考えていた所を不意打ちで霧鮫に尋ねられ、思わず現実と同じようにキョドってしまったが、咄嗟に火篝を繕って返答する。

 俺が今までソロだったのは自明のことで、反射的に答えられるような質問だったのは幸いだったな。

 

「いえ、どうというかなんというか……」

「火篝よ、マスターはこう言いたいのだ。"ソロで戦ってきたにしては指揮能力が高くはないか?”と」

「……ああ、そういうことですか」

 

 確かに、俺はさっきまでの襲撃の中で、5人に指示を出して戦況を有利に進めていた。

 自分で言うのもなんだが、かなり的確な指示を出せていたと思う。

 それを見れば、俺がずっとソロ――パーティーでの指揮経験がまったくないということに疑問を持ってもおかしくない。

 だが……。

 

「私は本当にパーティーを組んだことはありませんよ。さっきの指揮は……やろうと思ったら、出来ただけで」

「やろうと思ったら出来た、だとぉ……?」

 

 明らかに信じてないというか、納得していないぞ、という視線を送ってくるエヌ。

 しかし、本当にそうなのだ。

 感覚的には、槍を最初に扱った時のような。自分が"こうしたい"と思ったら、それを実現させるように体が勝手に最適な行動を取る。あの時は《槍技能》というセンススキルのおかげだった。けど今回は、【指揮官】とかの関係ありそうなジョブには就いてないんだけどなぁ……。

 

「なんにせよ、火篝さんの指揮がなかったら私たちは今頃デスペナしていたでしょうから。本当にありがとうございました。

 ……しかし、まさか草原の【小鬼】がここまで増えていたとは。こんな状況の中、昨日までソロでクエストを達成していたというのは流石ですね」

「……それが、違うんです」

「違う?」

 

 マガネが怪訝そうに聞き返してくるが、本当にそうなのだ。

 俺が昨日まで殲滅していたのは違う場所だったが、その辺りにはここほど小鬼はいなかった。

 せいぜい十体前後の群れと散発的に遭遇するくらいで、間違っても数十体規模の群れが切れ間なく押し寄せるなんてことはなかった。

 そのことを5人に話すと、全員の顔が険しくなっていく。

 

「ここに何かしらの異常事態が発生しているということですか?」

「まさか、〈UBM〉が戻ってきて……!?」

「それはないと思います。でも、異常が発生しているのは間違いないかと」

 

 【ルガリード】は討伐される危険を察知して雲隠れした。

 それから数か月どころか数週間も経っておらず、ほとぼりが冷めているはずもない。そんな状況で戻ってくるような愚行を彼女は犯さないだろう。

 だが、ただの偶然や自然現象とはとても思えない。

 作為的な何かしらが働いているのはほほ確定だ。

 

「それならば、一度街に戻るのがよかろう。もうクエスト達成には十分な数を討伐したのだ、危険と知りながら留まり続ける意味などあるまい」

「ええ、その方がよいでしょ……いえ、遅かったようです」

「なに?……っ!これは!?」

 

 エヌの提案通り、街に戻ろうとして……視界の端に映ったそれに判断が遅かったことを知る。そして俺より少し遅く、エヌもまたそれに気付いたようだ。

 

 ――概算で数百を超える小鬼の群れ。そして、その先陣を堂々と進む巨体――【王小鬼】。

 異常事態の原因が、俺たちの前に姿を現したのだった。




【ユグドラシル】は、折角設定したのに今後の展開的に当分の間は登場の機会がなかったので、結構無理筋ではありますが登場させました
自分にとってのデンドロ二次創作の始まりということもあって、やっぱりオリジナルエンブリオを考えるのは楽しいですね

【絆繋樹紐 ユグドラシル】
〈マスター〉:甦能彩夏 
TYPE:チャリオッツ
紋章:“人と天地を繋ぐ樹”
能力特性:結合
形態:Ⅱ
モチーフ:九つの世界を内包する北欧神話の世界樹“ユグドラシル”
形状:木の根のような質感の紐。最大生成数は形態数+1
仲が良い人たち(親や幼馴染)と離れたくない、互いが互いを必要とする関係でいたい、という彩夏の願いを読み取って生まれた〈エンブリオ〉。
一見すると4人の中で一番カラッとしている彩夏だが、依存具合は霧鮫とどっこいどっこいだったりする。

《イグジスタンス・コネクト》
アドバンスを使って2つのものを繋ぎ合わせる。
繋げられるものに制限はなく、無機物でも生物でも可能。ただし、意志あるもの同士を繋ぎ合わせることはできない(剣×炎や銃×【ティール・ウルフ】などは可能だが、人間×【ティール・ウルフ】などは不可能)。
繋がれたもの同士でステータスやスキル、装備補正などは合算共有される。
繋がれたものは1つとして扱われるため、2つの装備品を繋いで1つの装備枠だけ消費する、といったこともできる。


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20・パーティークエスト、大成功!

□〈緑花草原〉 【槍士】水無月火篝

 

 

 【王小鬼】とは【小鬼】の特殊進化先であり、統率者だ。

 恐らく、こいつが異常繁殖した小鬼たちをまとめ上げ、巨大な群れを形成していたのだろう。

 その一団を俺たちが殲滅し、その後送り込まれた後続たちも退けられたため、ボスたる【王小鬼】自らが出張ってきた、というあたりか。

 

 しかし……これはまずいな。

 小鬼だけならどれだけ数がいても、俺たち5人を効果的に運用すれば十分立ち回れる。

 だが、王小鬼がいるとなると話が別だ。

 王小鬼のランクは亜龍級。

 全ステータスが1500を超え、全員が下級職2職目の俺たちとはその時点で大きな隔たりがある。

 唯一、霧鮫とエヌの生み出すガードナーなら真っ向から対抗できるが、そうすると小鬼たちへの殲滅力が足りなくなる。小鬼の数を減らしていけなければ、いずれはすり潰されるだけだ。

 霧鮫とエヌが王小鬼を倒すまで持久戦をするという選択もあるが、持ちこたえられる確証はない。

 では、戦うではなく逃げるのはどうか。

 こっちはもっと無理筋だ。

 王小鬼とのAGI差は数倍以上。絶対に追いつかれてそのまま全滅だ。

 

 となると――霧鮫たち以外の誰かが王小鬼を抑えて、それ以外で小鬼を殲滅、その後全員で王小鬼を撃破が妥当な所か。

 抑える役は……俺が妥当だろうな。

 【迎撃者】にジョブチェンジして《迎撃》を使えば、四人の中で一番ステータスが高くなるし、ティレシアスの補助があれば攻撃を見切ることも可能だ。

 デスペナの可能性が一番高い上に、ある程度小鬼を削るまでに自分が死んでしまったら全滅するという責任が重い役だが――やるしかない。

 

「……皆さん。ここまで来ると、もう逃げられません。王小鬼を誰かが抑えているうちに小鬼の群れを壊滅させましょう。抑える役は、わた――」

「俺がやるぜ」

「し……え?」

 

 覚悟を決めて五人に作戦を話そうとして……美麗な声音ながら男口調の声がそれを阻んだ。

 言うまでもなく、声の主はイリスである。

 

「し、しかし!」

「大丈夫だって。前の時に俺のエンブリオ、話しただろ?」

「……あ」

 

 イリスのステータスでは王小鬼への対抗は不可能だ。

 無謀だといさめようとして……イリスの言葉によって、記憶が呼び起こされる。

 ……確かに、これならば王小鬼へ対抗できる。

 

「……では、王小鬼を抑える役目、お願いできますか」

「おう、もちろんだ。っていうかさ」

 

 刀を片手に王小鬼へ歩みだしながら、惚れ惚れするような笑顔で振り返る。

 

「別に倒してしまっても、構わんのだろう?」

「……ふふっ。それ、死亡フラグですよ」

「お、ネタ伝わった!んじゃ、いい気分になった所で……いっちょ、巨人倒しといきますか!」

 

「……私たちも、小鬼の撃破を始めましょう」

「は、はい!」

「よーし!イリスにだけかっこつけさせないよう、張り切っちゃおうか!」

 

 その背中を見送り――俺たちもまた、小鬼の大群に向かって駆け出した。

 

 

□【武士】イリス

 

 

「さて、と」

 

 対峙する王小鬼を見る。

 3メートルを超える巨体。柱のような腕とそこに握られた無骨な大剣。その見かけに違わない高いステータス。

 まさにボスモンスターという風体だ。

 だからこそ、俺とこいつが相手するのに相応しい。

 

「試運転以降、まともに使わないまま第三形態(ここ)まで来ちゃったが……まあ、こんなピッタリな舞台が用意されたんだから、張り切っていこうぜ、相棒」

 

 左手を……手の甲に刻まれた紋章を掲げる。

 こいつにエヌのような意識はないはずだが、こころなしか、紋章が熱を持った気がした。

 

「いくぞ、【ユーピテル】――《闘場に立つは我と汝のみ(オンリー・アイアンドユー)》!」

 

 紋章から漏れ出た光で視界が埋められる。

 それが晴れた先にあったのは――俺と王小鬼しか立つモノが存在しない闘技場(コロッセオ)

 【ユーピテル】によって創造された決戦場だった。

 

 

 俺のエンブリオの銘は、【独戦場 ユーピテル】。

 こいつはTYPE:キャッスル・テリトリーであるが、生産・防衛系の報告が多いキャッスル系において珍しい、戦闘特化型だ。

 その第一スキルが、《闘場に立つは我と汝のみ(オンリー・アイ・ユー)》。

 発動と同時にキャッスルを展開し、俺と指定した対象一つをその中へ収容する。

 これで王小鬼と小鬼たちを分断できた訳だが――それはただの副次効果であり、さらに言えばこのスキルはただの事前準備に過ぎない。

 ユーピテルの本領。それは……

 

「グ……?ガァ、ガアァッ!!」

「お、もう状況を飲み込んだか。特殊進化しただけのことはあるな」

 

 唐突に隔離されたというのに、一瞬呆けただけで迷わずまっすぐ俺の方に向かってくる。

 この状況を作ったのが俺であり、俺を倒せば自分も解放されるということを直感的に理解したのだ。

 加えて、俺は王小鬼の数段格下。

 一対一で戦えば速攻で片を付けてしまえるのだから、その行動は正解だ。

 ――それが()()でなければ、の話だが。

 

「グォオオオッ――」

「ほいっと」

「――ォ?」

 

 王小鬼の自慢のSTRで振り下ろされた大剣が、無造作に払った俺の刀に打ち返された。

 そのまま返す刀で反撃を開始する。

 俺の数倍のステータスを持っているはずの王小鬼――しかし、奴は俺の攻撃を防げず、躱せず、打ち合うこともできない。

 こんな光景、本来ならあり得ないが、これはまっとうに法則に則った結果だ。

 

 【ユーピテル】の第二スキル、《一騎当一》。

 ()()()()()()()()()、俺を超強化するバフスキル。

 MP・LUKを除いた全ステータスを三倍、HP・SP・状態異常を自動回復、そして対峙者に軽度の精神系状態異常とデバフを与える。

 このスキルが発動した今となっては、俺の方がステータスが高い(強い)

 

「……グ、ァ」

「気付いたか?俺とお前の力の差に。余裕ぶっこいてたところ悪いが、死に物狂いにならなきゃ外には出れないぞ。まあ、もっとも。死に物狂いになったところで――出してなんかやらねぇけどな!」

 

 

□【槍士】水無月火篝

 

 

 ……すごいな、あれ。

 四人に指示を出して自分も積極手に小鬼を撃破しつつも目を向けていたユーピテル内の光景に、驚嘆の念が浮かぶ。

 イリスは本来なら苦戦必至の王小鬼を相手にして、完全優勢のまま戦いを進めていた。

 エンブリオの補正があるとはいえ、下級職1.5個分のステータスを亜龍級のボスモンスターを凌駕するほどに強化し、その上自動回復で継戦能力を確保。さらには状態異常とデバフすらも撒く。

 すごいとしか言いようがない。

 まあ、それも”一騎打ち限定”なんていう条件付きであればこそだろうけど。

 

 ネット上の掲示板や攻略サイトでは日夜、デンドロに魅せられた多くの人々が世界中から集まる報告、情報をもとにその仕様を推測、解析している。

 その中にあるほぼ確定の結論の一つに、”同一形態のエンブリオの力の総量は全て同じ”というものがある。

 機能を分散させ過ぎれば個々の効果は弱まるし、逆に一点特化させれば強力な効果を発揮する。

 そして、それを確定事項とした上で、その総量を超えた力を発揮する法則もまた存在していた。

 

 それは、何かしらの代償を背負うこと。

 ”希少金属を消費して発動” "発動前に一日の準備時間が必要” ”発動すると自分も巻き込み、腕が一本持っていかれる”etc.

 代償を背負ったそれらのエンブリオは、背負っていないエンブリオに比べて比類なき力を発揮するそうだ。

 

 ユーピテルもまた、代償を背負ったエンブリオだ。

 完全な一騎打ちという状況は、自分で仕組まなければそうそう発生しない。

 そんな状況に発動を限定することで、あの量の強化を実装しているわけだ。

 それを補い、強制的に一騎打ちの状況に持ち込むためのキャッスルなのだろうけど、それとて長いクールタイムが存在しているそうなので連発は不可能。

 総評として、普段の利便性を捨てている代わりに、格上のボスを撃破しなければいけないような正念場――つまりは今のような場面で輝くエンブリオである。

 

 

□□□

 

 

『これでッ!終わりだぁッ!』

「はぁあっ!」

 

 イリスが王小鬼の胸を貫いてその巨体を光の塵に変え、数瞬遅れて彩夏が最後の一匹を斬り捨てる。

 

「小鬼たちの残存なし……無事壊滅です。皆さん、お疲れさまでした!」

「あぁ~!やっと終わった~!」

「ふぅ。怖かった……」

「よく頑張ったな、マスターよ」

 

 ティレシアスで念入りに確認し、戦闘の終了を告げる。

 皆一様に歓声を上げ、全身を脱力させた。

 かくいう俺も、疲労感で全身がめっちゃくちゃだるい。 

 それぞれに指示しながら双槍を振るって敵を倒す。言葉にすればそれだけだが、実際やってみると半端ないほど疲れるな……。

 

「撃破完了!救援に……って、もう終わったのか」

「はい。そちらも終わったようですね」

「おう!ほら、一番の功労者である俺にねぎらいとか感謝とかないのかぁー?」

「まったく、調子良いんだから……でも、今回は素直にありがと。おかげで小鬼に集中できたわ」

「う、うん。流石イリス君……!」

 

 イリスがユーピテルを格納して合流し、さらに賑やかになる。

 そこには、十数年の時を共に過ごした仲だからこその温かさがあった。

 ……なんか少し、疎外感が――

 

「あ、火篝さん!俺、ちゃんと倒してフラグ折ってきたぜ!」

「というかイリス、一番の功労者って言ったら火篝さんじゃない?ずっと指揮してくれてた訳だし」

「そうですね。火篝さんなしでは全員生き残ること出来なかったでしょうし。僕も、貴女くらいのレベルまで到達したいものです」

「お主のおかげでやりやすかったのは事実だ。素直に礼を言っておこう」

「ぜ、全然素直じゃないよぉ、エヌちゃん……わ、私もエヌちゃんも、本気で感謝してますので!ありがとうございました!」

 

「……ふふっ。いえ、こちらこそ。みなさんとのクエスト、本当に楽しかったです!」

 

□□□

 

 俺たちはその後、特にトラブルもなく冒険者ギルドに戻ることが出来た。

 小鬼討伐の依頼の報酬は、基本報酬+一定数以上討伐による出来高払い。

 あれだけ大量の小鬼を倒し、特殊進化個体である【王小鬼】も討伐した俺たちが貰えた報酬はかなり多く、五等分したというのに一気に所持金が数割増しとなった。

 その上、大量に倒した分得られた経験値も大量であり、【槍士】のレベルがカンストまで上がっている。

 俺だけではここまで稼ぐことは出来なかっただろうし、それ以前にデスペナになっていたかもしれない。

 それを考えれば、今回のパーティークエストで得られたものは非常に大きい。

 もっとも。

 それらがなくても、五人と一緒に戦えたことが楽しかったから、それだけで今回のクエストは大成功だ。




――たとえ認められているのが火篝(仮面の人格)であっても、どうしようもなく楽しかったのだ

自分で設定しといてなんですけど、葉月君って不憫過ぎて「幸せになって欲しい……!」って気持ちを抱いてしまうんですよね
もちろん、将来的には幸せにしますよ!絶対!


【独戦場 ユーピテル】
〈マスター〉:イリス
TYPE:キャッスル・テリトリー
紋章:“闘技場で向き合う戦士”
能力特性:一騎討ち
モチーフ:ローマ神話の主神であり、一騎討ちの守護者“ユーピテル”
形態:Ⅲ
形状:十畳程度の大きさのコロッセオ。内部空間は拡張されている
備考:【ティレシアス】にテリトリー内部にある全てを把握するスキルがあったため火篝は戦況の把握が出来たが、そういった特殊な観測用スキルがない場合は外部から内部を見ることは不可能
イリスの"たった1人で強敵を打倒する"英雄への憧れがもとになった〈エンブリオ〉。

《一騎当一》
一騎打ち(邪魔の入らない相手1人と自分1人の闘い。テイムモンスターなどはOK)の際のみ、自身のMPとLUK以外のステータスを3倍にし、HPとSP、状態異常の自動回復、精神系状態異常とデバフを敵対者に与える状態を付与する。
《闘場に立つは我と汝のみ》
対象に指定した二人をキャッスル内に収容する。キャッスルとその内部には中に入った者以外は干渉できない。


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21・パーティー結成&クエスト~盟友()ver~

 小鬼討伐のクエストをイリスたち5人とともにクリアした翌日。

 

「葉月よ、もうそろそろ一緒にプレイしようでないか。さもないと、()()……うっかり喋ってしまうかもなぁ!」

 

 とうとう、この日がやってきてしまった。

 

 

□将都 冒険区広場 【双術士】水無月火篝

 

 

「はぁ……」

 

 本日何度目かも分からないため息を吐く。

 今俺がいるのは、将都におけるセーブポイント――ログインした際、あるいはデスペナから復活した際に出現する地点――であり、その分かりやすさから〈マスター〉の定番待ち合わせスポットになりつつある広場だ。

 かくいう俺も待ち合わせをしているのだが……その待ち合わせ相手が問題なのだ。

 

 呉志賀瑠衣。

 中学からの腐れ縁にして、まごうことなき変人。

 俺のことを盟友と呼び、ことあるごとにちょっかいをかけてくる、正直言ってうっとうしいこいつと待ち合わせなんてしているのは、そういった契約を結んだからだ。

 瑠衣も俺と同じく天地でデンドロを始めたのだが、どこかで水無月火篝()を見かけ、飯沼葉月()だと見抜いたらしい。

 リアルにしろデンドロにしろ、ネカマをバラされてしまうと俺の今後に悪影響が過ぎる。

 だから口止めしようとしたのだが、その交換条件として出されたのが「デンドロを一緒にプレイすること」。

 背に腹は代えられないので渋々了承したが、ぶっちゃけ気が乗らなかったのでなんだかんだと理由を付けて回避していたのだ。

 そのままうやむやになってしまうことを期待したのだが、本日ほぼ脅迫に近い催促を受けて、プレイせざるを得なくなってしまったのである。

 

 

「――待たせたな」

「……ん?……っ!」

 

 すぐそばから、男の声が低く響いた。

 ぼうっとしていた意識を引き戻し、焦点を目の前に立つ男に合わせる。

 

 ――その瞬間、背筋を悪寒が走り抜けた。

 そこにいたのは、一見何の変哲もない男だった。

 180cmを超えた長身と目鼻立ちの整った顔立ちはある程度目を引くが、人の域を超えるようなものではないし、スーツの上に白衣を着るという奇抜な恰好も〈マスター〉が増えた現在、そこまで目立ちはしないだろう。

 

 だが問題なのは、見た目ではない。

 男の内から溢れ出す、神々しいような、禍々しいような――理解が出来ない"ナニカ"。

 本能が叫ぶ。――”こいつはヤバイ””逃げろ”と。

 警告に逆らわず、全力で逃走しようとして……ふと、こいつの言葉を思い出した。

 もう一度、男の姿を見る。

 そこにはどこか、あいつの面影があるような気がして……

 

「……もしかして、ですけど。瑠衣、ですか?」

「うむ。その通りだ」

「えぇ……」

 

 本能が悲鳴を上げ、逃走を図ろうとした相手がリアフレでした。……いや、どういう状況だよ。

 

 

□□□

 

 

「この姿の我の名はシルビオ・ガルセイラだ。シルビオと呼ぶがいい」

「あ、はい」

 

 瑠衣――改め、シルビオと向き合う。

 こうして改めて見ると、銀髪・碧眼というのは瑠衣と共通しているし、体格なんかも似ている。瑠衣が20過ぎまで成長すればこうなるのではないか、という感じだ。

 今も先程と同じく、本能レベルのヤバさが感じ取れるが……なんか中身が瑠衣と知ってしまうと、その威圧感も半減以下だ。

 というか、待ち合わせ相手から全力で逃げようとしていた自分が恥ずかしくなってきた……

 

「そ、それにしても。そのロールプレイ、なかなか堂に入ってますね?」

 

 恥ずかしい気持ちを誤魔化すため、とっさに思い付いた話題を振るが……いやこれ、俺にとってはただのブーメランでは!?

 

「ふむ、ロールプレイか……確かに現実(あちら)とは違う立ち振る舞いではあるが、実を言えば、こちらの方が素なのだ。むしろあちらの態度こそ、人々に溶け込むためのロールプレイと言えるだろう」

 

 だが幸いなことに、シルビオには気付かれなかったようだ。淡々と言葉を返してくる。

 いやでも、ちょっと待て。

 

「あの言動って、わざとやってたんですか?溶け込むために?」

「うむ」

「……だとしたら間違ってますよ、完全に」

 

 瑠衣への周囲の人間からの評価は、『天才。だがそれ以上に変人』である。

 当然だ。どう考えても、あの態度で溶け込めるわけがないのだから。

 まあ、"素"だというこちらはこちらで馴染めそうかと言われれば絶対に否なので、そこを改善しようとした試みは正しかったのかもしれない。あくまでその試みだけだけれども。

 

「なに?親しみを感じやすいよう、気安さを出していたのだが……間違っていたのか?」

「はい。疑う余地なく、間違っています」

「そうか……」

 

 今更ながらに現実を知ったシルビオがどこかしょんぼりとした雰囲気を纏う。

 その様はさながら大型犬のようでどこか憐れみを誘う面白いものだったが……今の俺には、それよりも気になるものがあった。

 

「ところで、その子は……?」

 

 その子――シルビオの後ろに隠れ、白衣の裾を握りしめながらこちらを興味深げに見上げる幼女のことだ。

 紅いメッシュが入った黒髪で、120cmほどの背丈にこれまた紅い装飾が施された黒いドレスを見つけている。

 長身男性であるシルビオと並んでいると、まるで親子か――あるいは、拐わされた幼女と犯罪者にでも見える。

 とはいえ、彼女はシルビオの娘でも、誘拐事件の被害者でもないだろう。

 俺の見立てが正しければ……

 

「ふむ、こいつか。こいつは我のエンブリオ、TYPE:メイデンwithチャリオッツ・ガードナー【命喰天姫 ネフィリム】だ。――ほら、挨拶しろ」

「……ねふぃりむは、ねふぃりむ。……よろしく」

 

 幼女――ネフィリムは少しだけ口を開き、すぐにさっと身体ごとシルビオに隠れた。

 やっぱりエンブリオ、そしてメイデンだったか。

 メイデンであるエヌとどことなく雰囲気が似ているという、俺の見立ては間違っていなかったらしい。

 

「……すまんな、火篝。こいつは少し警戒心が強くてな。じきに慣れるとは思うが」

「いえ、別に大丈夫ですよ」

 

 しかし外見年齢も性格も、エヌとはずいぶん違うな。

 まあ、エンブリオはマスターに合わせて変化していく千差万別な存在なのだから、むしろ違うのが当たり前か。

 ……ん?てことは、ネフィリムの容姿がロリなのはマスターの影響(シルビオの性癖)ということに……?

 

「ん?なんだ?」

「……いえ、何でもありません。それより、早くクエストに行きましょう。時間は有限です」

「……まあ、それもそうだな。では行くぞ」

 

 思っていたことなどおくびにも出さずにシルビオを促す。

 怪訝な顔をしていたが、俺の言うことに納得したのか、冒険者ギルドに向かって歩き出した。

 

 

□〈紫泥沼地〉 【双術士】水無月火篝

 

 

 冒険者ギルドに着いた俺たちは、シルビオが事前に目を付けていたクエストを受注し、依頼場所である将都の東――その昔襲来した〈UBM〉の影響で、今なおところどころで毒の泥が沸きだすフィールド、〈紫泥湿原〉に来ていた。

 ……のだが、実を言うと俺は、さきほど受注したクエストの内容を知らされていない。

 受注もなにもかもシルビオが一人でやってしまったからだ。

 当然内容を聞いたのだが、「心配するな。我と火篝なら何ら問題なくこなせる程度のものだ」としか返ってこないので、諦めた。

 その分、話題はクエストではなくそれぞれのこと――特にエンブリオのことになる。

 

「ネフィリムちゃんはチャリオッツ・ガードナーだと言っていましたが……ネフィリムちゃんもモンスターを作り出したりするんですか?」

 

 俺の頭の中に、同じくメイデンでありガードナーでもあるエヌのことが思い浮かぶ。

 

「そうとも言えるし、そうとも言えぬな」

「というと?」

「ネフィリムはモンスターを作りはせぬ。ネフィリム自体がモンスターとなるのだ」

「へえ」

 

 なるほど。そういったパターンもあるのか。

 

「そして、そうとも言える理由がこれだ」

「……ん」

 

 シルビオが、沼地に入ってから泥に足を取られて転びそうだったため肩に乗せていたネフィリムの前に手を掲げた。

 ネフィリムもまた手を掲げ、間隔を空けてシルビオの上に重ねる。

 ネフィリムの手が波打ったかと思うと、ポトンと雫が垂れたような音と共にシルビオの手のひらに何かが落ちた。

 

「なんです、それ……ひっ!」

 

 その何かを見極めようと手のひらを覗き込み――ロールプレイなんか忘れ、思わず素の悲鳴が漏れた。

 一言で表すのなら、”肉の蟲”だろうか。

 全身が赤黒い肉で構成され、芋虫のごとく手足のない円柱形の身体をくねらせ蠢いている。

 言葉を飾らずに言ってしまえば、めっちゃキモイ。

 

「こいつはネフィリムの()()だ。あくまでネフィリムというモンスターの一部ではあるが、見方によってはモンスターを作りだしているとも言えるだろう」

 

 説明しながら、分体を乗せた手をこちらに差し出してくる。

 

「……なんですか、その手は」

「火篝にこいつをやろうと思ってな」

「要りませんよそんなの!」

「要らぬのか?こいつを受け入れれば、もっと強くなれるのだが」

「どういう、ことですか?」

「ネフィリムのスキル《堕天を血肉に(フォールン・フィード)》だ。分体を受け入れることで、レベルアップ時のステータス上昇量と使用するスキルの効果を増加する。無論、我自身にも使っているぞ」

「……むぅ」

 

 確かに、その効果は魅力的だ。

 ステータスはいくらあっても困るものではないし、スキルが強くなるのも嬉しい。

 だが――

 

「いえ、お断りしておきます」

「なぜだ?」

「……なんとなく、ですかね」

 

 そう。本当になんとなくだ。なんとなく、これを受け入れるのは良くないと感じた。それだけだ。

 シルビオから害意は感じないから、ただの杞憂かもしれない。

 でも、俺は俺の直感を信じることにした。

 

「そうか。残念だ」

 

 言葉とは裏腹に何も感じてなさそうな表情でシルビオが分体をネフィリムに返す。

 のだが、そんなシルビオとは対象的に、返されたネフィリムが分かりやすくむっとした表情を浮かべた。

 ネフィリムと目を合わせるように顔を動かすと、「ふんっ!」といった感じでそっぽを向いてしまう。

 どうやら、分体を受け入れなかったことで嫌われてしまったらしい。

 その様子は本物の幼女のようで可愛げがあったが……そんな可愛い子に嫌われてしまったというのはちょっと落ち込むなぁ……。

 

「……この辺りか」

「クエストの場所に着いたんですか?」

 

 落ち込んでいる俺をよそにずんずん進んでいたシルビオが、唐突に足を止める。

 目の前には、このフィールドの中でも特に深い毒沼の一つがあった。

 俺たちが近づいたことに気付いたのか、ボコボコと沼が泡立ち、泥を押し上げながら現れる威容。

 ――その大きさは、優に5メートルを超えていた。

 

「……あの、今回のターゲットって」

「ああ、こいつらだ」

 

 【毒沼亜龍(ポイズンスワンプ・デミドラゴン)】。

 蛇のごとき長胴をうねらせ、鋭利な爪を備えた四肢で泥をバシャバシャ叩いて威嚇する()()()()を前に、思わず叫ぶ。

 

「亜龍級じゃないですか!しかも三体!?」

 

 亜龍級で思い出すのは、先日のパーティークエストで遭遇した王小鬼。

 取り巻きの大量の雑魚こそいないが、今回はまさかの三体である。

 だが狼狽える俺と違って、シルビオは堂々としたものだ。……いや、こいつが選んでここまで来たのだから当たり前か。むしろそうでないと困る。

 

「相手に不足はないだろう。一対一で片も付くゆえ、誰かが手持ち無沙汰になることもない」

「私の方が、相手から見て不足な気がするんですが……」

「はっ、そんな訳はなかろう。火篝よ、お前はこの我が認めた()()だ。この程度は乗り越えて当然、再確認のためのただの余興にすぎん。世界に磨かれ、輝きを放ち始めた本来のお前を我に見せてみろ」

「え、ちょっと。……えぇ」

 

 一方的に喋るだけ喋り、毒沼亜龍に足を向けるシルビオ。

 その隣には、いつの間に肩から降りたのか、自分の足で別の毒沼亜龍に歩みを進めるネフィリムがいた。

 

「……ああもう、こうなったらヤケです!」

 

 ここまで来てしまったのだ、引き返すという選択肢はない。

 使い捨てのジョブクリスタルでメインジョブを【迎撃者】に変更し、双槍を構えて三匹目の毒沼亜龍をにらみつける。

 ――クエスト、スタートだ!




【毒沼亜龍】のイメージは、ぶっちゃけてしまうとモンハンのオロミドロの尻尾細いバージョンです
最近サンブレイクやっていたので、ターゲットのモンスター考える時に自然と浮かんできましたね……

こいつ登場させるだけのために周辺フィールドの一つを沼地にしてしまいましたが、こういったその場の思い付きが後々予期せぬ不具合を起こしてしまうことを書き終えた今になって思い出して、ちょっと戦々恐々しています…


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22・パーティークエスト、大成功?

□〈紫泥沼地〉 【迎撃者】水無月火篝

 

 デンドロにおいて、属性というものは大まかに天・地・海で分類分けされている。

 ”気体操作+エネルギー発生”の天属性、”固体操作”の地属性、”液体操作+エネルギー減衰”の海属性であり、その下に火属性や氷属性などの細かい属性がある感じだ。

 そして(ドラゴン)は、司る属性によって天龍、地龍、海龍と呼び分けられている。

 

 現在俺が相対している【毒沼亜龍】、その大元となる【沼龍】は地龍と海龍の混血種。

 司るのもまた、固体操作と液体操作の複合――つまりは、()()()である。

 

 

「シャアァァ――ッ!!」

「うわっ、とっ!」

 

 沼から水柱のごとく吹き上がった泥が、槍のように伸びて絶え間なく襲い掛かる。 

 速度こそそこそこ速いくらいだが、厄介なのが泥の性質だ。

 大昔に襲来した〈UBM〉の能力によって地下深くに存在した鉱脈が汚染され、そこから溶け出した毒素が混ざった泥は、触れるだけで肌が爛れ装備が腐食する。

 飛沫だけでも十分な毒性があるため、甘えた回避をしたり下手に武器で受け止めたりしたら、それだけでアウトだ。

 それゆえ、攻撃に対処するだけでもとてつもなく気を遣う。

 

 さらには、本体を倒しにいくには沼に踏み込まなければいけない。

 足場は点在する岩しかなく、足を滑らせたら毒沼に落ちるし、泥に囲まれるため操作された泥が全方位から襲い掛かってくるようになる。

 

 ……厄介過ぎないか?

 クエストの下調べのために、冒険者ギルドで自由閲覧可の資料を度々見ていたのだが、その中に【毒沼亜龍】の情報もあり、上で語ったのはそこからの受け売りである。

 読んだ時点でも厄介だと思ったが、実際に戦ってみると予想以上に厄介だ。

 こんな奴を相手にするって分かってたら、断固拒否したんだけどなぁ……。

 

 そういえば、このクエストに俺を引っ張てきた張本人である、シルビオたちの方はどうなっているんだろうか?

 こいつらと戦うことを承知の上で来たわけだし、攻めあぐねている俺と違ってちゃんと戦っているとは思うが……というか、そうでないと困る。

 これであっさりとやられて、【毒沼亜龍】×3を俺一人で相手しなきゃいけない、とかなったら笑い話にもならん。

 

 泥に対処しつつも、横目で盗み見るようにチラっと視点を二人に当てて――

 

「……嘘でしょ」

 

 思わす呟く。

 そこに映った光景が、あまりにも予想外のモノだったから。

 

 

 まず、シルビオ。

 

「ガ、シャ、ジャァ……!」

「ふん、どうした。キレがなくなってきたぞ?」

 

 ドン!バン!ズバン!

 音が響く度に、【毒沼亜龍】の巨体が揺れ、苦悶が漏れる。

 シルビオが間断なく攻撃を叩き込んでいるのだ。()()

 

 そう、毒泥で濡れた身体に容赦なく素手で触っている。

 だというのに、シルビオの表情は涼しいままだ。

 その理由は、おそらくシルビオのメインジョブ。

 【護拳士】という俺の知らないジョブであり、戦いが始まる前は防御を主体とする派生なのかと思っていたが……この様子を見ると"拳を保護する"ジョブのようだ。

 よく見るとシルビオの拳が淡い光を纏っているし、これで毒から守っているのだろう。

 まさか【毒沼亜龍】をメタるためだけに就いた訳ではないとは思うが、これ以上なく嚙み合っていると言える。

 

 そんな普通じゃない戦闘風景にも驚いたが、一番はそこじゃない。

 シルビオの戦う姿が、とてつもなく()()()()()こと。

 

 極まった武術は、よく芸術に例えられる。

 無駄が極限まで削ぎ落された効率的な動作に、人間が美を見出すからだ。

 シルビオの拳法は、まさにそれ。

 踏み込み、拳を突き出す。

 軽やかな足捌きで泥を避け、腕を振る。

 まるで舞い踊るかのような洗練され尽くした動きに、戦場にも関わず見入ってしまいそうになる。

 

 

 そして、ネフィリム。

 こちらはインパクトで言えばシルビオ以上であり、またそのベクトルも正反対だ。

 

「ジャア、ァ……」

「ィヒ、アハ……!ヨ、ワイ、ネ?」

 

 【毒沼亜龍】が苦悶の声を上げている――劣勢になっている点は同じ。

 問題なのは、ネフィリムの姿。

 大部分を漆黒の甲殻に覆われながらも、ところどころで赤黒い肉が露出した胴体。

 胴体同様ほとんどが甲殻で構成された頭部。そこにあるべき眼球は存在せず、あるのは代わりと言わんばかりの空洞と裂け目のような大口、悪魔の如き巻き角。

 そして胴体に手足として接続されているのは、骸骨の腕・怪鳥の翼・兎の脚・魔樹の根etc……十数個もの、モンスターのパーツ。

 そこには、人見知りする幼女の面影などどこにもなく。

 異形、怪物(モンスター)として恐れられる存在が顕現していた。

 

 【毒沼亜龍】が必死に泥で攻撃するが、ネフィリムは顧みずに進行し、大鬼の掌で骨を握りつぶして狼の牙で鱗を食い千切る。

 決して泥が効いていない訳ではない。

 何らかの軽減スキルを持っているのか想像よりもダメージ量は少なく、少しずつ修復もしているようだが、それでも泥を受け止めた甲殻がひび割れ、飛沫に触れた肉が毒で爛れていくのは変わらない。

 ただ、それを意に介していないだけだ。

 

 自らへの損害など考えず、ただひたすらに敵を惨殺する。

 その生物としてあり得ないさまに、本能が()()()()()を感じ取っている。だというのに、そこには目を離せない妖しい魅力があった。

 

 

 ……弱いと思っていたわけではなかった。

 リアルでの付き合いからシルビオが天才だということは思い知っていたし、わざわざ連れてきて堂々と戦いに向かっていたのだから十分な勝率があるのだろうとも思っていた。

 でもまさか、ここまでだとは……

 

 

 (武術)の極みと人外(怪物)の極み。

 その在り方はまさに対極で、でもその戦い方には人を惹きつけて止まないという共通点があって。

 力を余すことなく振るい、圧倒・蹂躙していくその光景が。衝撃が。

 

「……ああくそ。そんなの見せられたら――昂ってきちゃうじゃん」

 

 ――俺の闘争心に火を付けた。

 

 

 逸らしていた焦点を、目の前の【毒沼亜龍】に合わせ直す。

 唐突に連れてこられた困惑も、事前知識に頼る理性も一旦捨て、ただ正確に彼我の実力差を図る。

 ……やっぱりそうだ。

 【毒沼亜龍】は確かに、厄介な性質を備える強敵だ。でも、()()()()()()()()()

 勝率は十分に存在する。

 気が動転していたのと資料にあった情報に踊らされて、勝てない相手だと錯覚して勝手に萎えていたが、実際はそこまでではない。

 むしろ、全力を出せば勝てる可能性がある強敵という……俺の()()()だ。

 

「ルガリード以来ですね、楽しめそうな戦いは」

 

 こなしたクエストは大繁殖した小鬼の殲滅が大半で、それ以外のモノにも強敵と呼べるモンスターはいなかった。

 先日の【王小鬼】と小鬼の大群との戦闘は窮地ではあったが、6人全員が生き残ってクエストを達成することが最優先で、楽しむ余裕はなかった。

 久しぶりに、胸が躍る。

 

 

「では、行きましょうか!」

「シャ……?ジャァ!」

 

 《迎撃》をAGIのみに指定し、地面を蹴って沼の中の岩場に跳び移る。

 防御に徹していた俺の唐突な方針転換に一瞬戸惑っていたようだが、決め手がなかったのは【毒沼亜龍】も同じであり、これ幸いにと泥の槍を一斉掃射する。

 だが。

 

「ジャ……!?」

「はぁあああ――ッ!」

 

 当たらない。

 着地、跳躍、着地、跳躍――次々と岩場を跳び回り、一切停滞しない俺に、泥は追いすがることも出来ていない。

 けれど、なにも不思議なことではない。

 STR・AGIの二極化で対処していた時ですら若干遅く感じられていた泥に、《迎撃》をAGIのみに振った今、遅れを取ることはあり得ない。

 

 それならば、とでも言うように、泥の動きが変わる。

 俺そのものを狙っていた泥が、俺が次に着地する岩場を予測して、着地狩りを狙うようになったのだ。

 着地点が限られている俺への対抗策としては妥当なものだ。

 しかし。

 

「――《双つ薙ぎ》」

 

 その程度では、止まらない。

 レベルが上がったことで解放された【双術士】のアクティブスキルに、瞬間的に《迎撃》を切り替えて増加したSTRを合わせれば、飛沫すら残さずに泥を吹き飛ばせる。

 着地狩りを阻止し、《迎撃》を切り替えて再度跳ぶ。

 

「――《尖貫》!」

「ジャァアアッ!?」

 

 あっさりと着地狩りを破られ隙を見せた【毒沼亜龍】に肉薄、再度《迎撃》を切り替えたSTRと【槍士】カンスト時に解放された現在最大火力のスキルで、鱗を砕き、肉を抉る。

 保険をかけつつの特攻だったため深手は与えられなかったが、少なくないダメージは入った。

 

 守りに徹し、安全を確保しながらの戦い方では千日手だった。

 必要なのは、リスクに晒されながらも確実にリターンを得る戦い方。

 脅威となる泥から逃げ、打ち破り、《尖貫》を叩き込む。

 勝利の道筋は見えた。

 あとはこれを繰り返すだけだ。

 

 

「はあぁっ!」

「ジャッ!シャアァ……!」

 

 段々と【毒沼亜龍】の生傷が増えていく。

 それに対して、無傷のままの俺。

 ダメージトレードでは完勝だし、傍目から見ても俺の優勢だろう。

 でも、実情はそこまで余裕がある状況ではない。

 

(右斜め前、ダメ。左……直近は大丈夫だけど、後々詰む、ダメ。前しかないか)

 

 何をしてるかと言えば、着地する岩の選定だ。

 沼地内に点在する岩場だが、その位置間隔は均等ではない。

 下手な所に跳べば、逃げ場がなくなってしまう。

 高速で跳び続ける中、思考は一瞬で判断を下さなければならない。

 

 それだけではなく、常に最大速度を出し続けなければならず、でこぼこで不安定な岩場へと踏み外さずに着地しなければいけない足。

 進路を塞ぐ泥を打ち破り、【毒沼亜龍】に全力で攻撃を叩き込み続けた腕。

 

 端的に言えば、全身に疲労が溜まりに溜まっている。

 一つのミスで取り返しようもないほどに悪化するこの状況において、疲労は大敵だ。

 鈍った思考が判断を誤り、袋小路に跳んでしまうかもしれない。

 着地に失敗して沼へ落ちるかもしれないし、槍を取りこぼすかもしれない。

 それを【毒沼亜龍】は理解しているからこそ、俺を休ませぬよう、ノーダメージでも攻撃の手を止めていない。

 俺がミスを犯すか、それより先に【毒沼亜龍】のHPが削り切られるか、そういう戦いなのだ。

 

 ミス一つ許されない重圧、苦境。

 それを前にして俺は。

 

「あはっ、あははははっ!」

 

 当然のごとく、笑い声を上げていた。

 

 互いに力を出し尽くし、技を凝らした小鬼との死合とは違う。

 自分で遊ぶ格上に対して、隙を突き寝首を搔こうとしたルガリードとのとも違う。

 全てが自分の中で完結する、まさにゲームのような戦い。

 相手との感情・意思のやり取りがない分、すこし淡泊だが、だからこそ際立つ純粋な楽しさ。

 その新しい感覚が、心を躍らせる。

 

 

(……あれ?なんだろ、この感じ……)

 

 そんな楽しさに湧き立つ心とは別に、冷静な理性が違和感を感じ取っていた。

 今までの俺の動きは全て、綿密な思考のもとで行われていた。

 岩場の配置を把握するのはもちろん、岩場のどこに着地すれば踏み外さないか、いつ攻撃をしかければ反撃を食らわないか。

 

 だが今は、考える前に全てが()()()

 着地すべき岩場も体の動かし方も【毒沼亜龍】の隙も、思考によるタイムラグなく、手に取るように理解できる。

 これは、数日前の指揮の時と同じような……いや、違う。

 あの時は『指揮のやり方』がなぜか理解できただけで、実際に思考していた。

 今はあの時よりもそう、ギアが一段階上がったような……そんな実感がある。

 

 

 けれど、その感覚の核心に踏み込むより前に。

 楽しさに突き動かされずっと動いていた身体は、【毒沼亜龍】をギリギリまで追いつめていて。

 

「これで、トドメです!」

「シャッ、ァァ……」

 

 叩き込んだ渾身の《尖貫》が、【毒沼亜龍】のHPの全てを消し飛ばした。

 

 

□■□

 

 

「……それこそが、お前の輝きか。才覚を存分に発揮し、窮地を楽しみながら打ち破るその姿、なんと眩いことか。この世界がなければその輝きが曇り、打ち捨てられていたとすれば、誠に度し難いことよ。その点は、あの無限(インフィニット)どもに感謝しなければな。

 ……だが、まだそこが限界ではなかろう。お前の真の輝きをいつか我が引き出せてみよう。それまで待っていろ、火篝(葉月)よ……」

 

 

□□□

 

 

「ふぅ……なかなか、疲れましたね」

 

 沼地から抜け出し陸地に着いた途端、気が抜けたのか全身の疲労を実感し、そのまま地面に寝転ぶ。

 しかし今となってはその疲労は嫌なモノではなく、達成感を含んだ心地よい疲労に変わっていた。

 あの感覚の正体が掴めなかったのは残念だったが、今はこの疲労に身を任せていたい。

 

「見事な戦いぶりだったな、火篝よ」

 

 パチパチと拍手をしながら近づいてくるシルビオ。その肩には、幼女に戻ったネフィリムが乗っている。

 疲労困憊な俺と違って、二人ともかなり余裕そうだ。

 

「危なげもなく倒していた貴方に言われても、素直に喜べませんよ……」

「何を言う。我が賞賛したのは、単純な強さではない。戦い方、それを実行する才覚、思考。全てをひっくるめてだ。ただ強いだけのモノなど、この我がたたえるわけがなかろう。安心して存分に喜ぶがいい」

「そ、そうですか。……ならまぁ、一応受け取っておきます」

「うむ」

 

 相変わらずの尊大な態度だが、それでも褒められれば嬉しいものだな。

 

 

「これでクエストは達成ですか?」

「ああ。【毒沼亜龍】三体の討伐は完了。あとはギルドで報告するだけだ。報酬は我とネフィリム、火篝で二等分でいいな?」

「いいんですか?そちらが二体倒したというのに……」

「よい。誘ったのは我だからな」

「……なら、お言葉に甘えて」

 

 これでこのクエストも終わりか。

 シルビオの素が判明したり、唐突に亜龍級と戦わされたり、色々とあったな。

 あとの問題は……今後も同じように強引に誘われないかどうか、だ。

 今回ので満足したなら良いのだが、そうではない場合は今後も今日みたいに無理難題をふっかけられることとなる。ネタを握られている以上、断ることも出来ないし……。

 

「案ずるな。我から強制して連れ出すことはもうない」

 

 そんな俺の思考を読んだようにシルビオが切り出す。

 

「我が知りたかったこと、見たかったことは今回で十分把握できた。お前の秘密も、決して漏らさぬと約束しよう」

「……それならまあ、一安心ですね」

 

 シルビオ――瑠衣は奇人変人の類で傍迷惑な奴ではあるが、騙したり悪意ある嘘をついたりはしない。そういった所は信用できる人間だ。

 こう言ったのならば、本当にもう脅すようなことはしないのだろう。

 

「では、帰るとするか」

「はい。そうしましょう」

「……んっ!」

「えっとその、ネフィリムちゃん。そんなに何度も分体を差し出されても、受け取ることは出来ないというか……」

「んんっ!」

 

□□□

 

 ちなみに、亜龍級を三体倒しただけあって報酬はかなり高額だった。

 具体的に言えば、二等分した取り分ですら、小鬼掃討クエストで貰った全額を超えている。

 嬉しいやら悲しいやら……複雑だ。




火篝ちゃんは、一緒に戦う仲間がいる時など、状況によっては理性が強まって戦闘狂になりません
本能全開で戦闘狂してる方が本領発揮はするけど、その分勝つためならば安全とか考慮しなくなるのでリスクは跳ね上がる諸刃の剣的な感じもあります


【護拳士(プロテクト・ボクサー)】
拳士系統上級職。AGIが最も高く、STR、ENDもある程度上がる
今回のような毒や棘で防御した触れづらい相手に気にせず攻撃できる上、雷や闇属性魔法などの本来は避けるしかない攻撃を迎撃することも可能
ただし便利な分、前衛上級職の平均よりステータスがだいぶ低く、保護できるのは拳だけ(スキルレベル最大でも肘あたりまで)で、爆発が直撃すると拳だけが残ってたりするので、あまり人気ではない
シルビオの場合はネフィリムと彼特有の■のおかげでステータスを度外視できるため、利便性を求める一環で就職した


【命喰天姫 ネフィリム】
TYPE:メイデンwithチャリオッツ・ガードナー
能力特性:強者化
モチーフ:堕天使と人の間に産まれ、共食いで強く大きくなった聖書の巨人たち“ネフィリム“
備考:ネフィリムは肉や魚、乳などの動物由来のものしか食べない
実はシルビオ自身に"強くなりたい"という願望はほとんどなく、彼の■が強く影響した結果、このような〈エンブリオ〉となった

《堕天を血肉に》
生み出した分体に寄生された存在のスキル効果を増加し、ステータスが上昇した際にその数値を増加させる。
分体は形態数×20体生み出せる。

《■■■》《■■■》
《堕天を血肉に》を前提とするスキル。
ガードナー時の異形化と関係がある。
詳細秘匿。


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23・命の重み、覚悟

□〈緑花草原〉【迎撃者】水無月 火篝

 

 シルビオとのクエストから3日。

 現実では、あと二週間のところまで夏休みが迫っている。

 楽しみ……ではあるのだが、夏休みを安心して迎えるためには避けては通れない壁がある。

 そう、期末考査だ。

 

 俺が通う高校の学力レベルは結構高いので、余裕こいて勉強を怠ると悲惨なことになる。というか、中間考査で実際になった。

 まったくしなかった訳ではないので赤点こそ取らなかったが、中学と変わらない感覚で勉強していると痛い目を見ることは学習した。

 そのため、勉強時間を確保するべくここ数日はデンドロへのログイン時間を十数分程度に制限している。

 ……いや、ログイン自体せずに勉強しろって言いたいのは分かる。

 でも本当に息抜き程度なので、大目に見てほしい。

 どうせずっと勉強しようとしても、集中力なんてそう長く続くものではないし……。

 

 そんな短時間のログインなので、3倍時間があったとしてもそう大したことはできない。

 しかし、こんな時だからこそやれることもある。

 

 

「キュゥッ」

「キュイィ……」

「終わってしまいましたか。……やっと4分の3まで来ましたね」

 

 光の塵に還る【大鼠】×2を尻目に、開いたメモウィンドウに印を付ける。

 なにをしているかと言えば、今の戦闘で発動した《迎撃》の数をカウントしているのだ。

 

 俺のメインジョブである【迎撃者】、その上級職の【大迎撃者(グレイト・インターセプター)】に就職するためには、三つの条件をクリアしなければいけない。

 一つ目は、【迎撃者】をレベル50にすること。これはとっくに達成している。

 二つ目は、HP・MP・SPを除いた素のステータス合計が2倍以上の相手を、《迎撃の心得》を使った上でMVP撃破すること。

 レベル50になった時点ではまだ達成しておらず、サブジョブのレベル上げが終われば適当な相手を探し出して倒そうと思っていたのだが……シルビオに連れていかれた先で倒した【毒沼亜龍】がちょうど条件に該当していたため、予想していない形で達成となってしまった。

 まあ、予定が乱れたといっても良い方向への乱れなので、この点はシルビオに感謝してもいいかもしれない。

 そして、三つ目。《迎撃の心得》を一定回数以上発動すること。

 この条件がまだ達成できていないため、俺は【大迎撃者】になることができていなかった。

 

 迎撃者ギルドの受付のお姉さんいわく、レベルは50になったというのに《迎撃》を規定回数以上に使っていないのは珍しいことらしいが……そうなった理由は、恐らく俺が〈マスター〉だったからだろう。

 

 一度死ねばそこで終わりのティアンと違って、一度死んだところで生き返る。

 だから安全な相手――レベルが低く経験値が少ないモンスターだけを相手取らなくてもいいし、経験値が分散されるパーティを組まず、ソロで活動してもリスクは少ない。

 さらには、エンブリオの補正のおかげで同レベルのティアンに比べてステータスが高いから、レベル的には格上のモンスターを相手に立ち回り、より多くの経験値を手に入れられる。

 ……こうやって改めて考えてみると、なかなかに反則的な存在だよな、〈マスター〉って。

 

 しかし、レベル上げがサクサク進む分、相対的に減っていくのが戦闘回数だ。

 戦闘回数が減れば、それだけ《迎撃》の使用回数も減る。

 その結果が、レベルカンストながらも《迎撃》の使用回数を満たさない【迎撃者】というわけである。

 

 

 《迎撃》の回数を稼ぐ方法は簡単だ。

 モンスターを探しまわり、エンカウントしたら延々と《迎撃》のオン・オフを切り替え続けるだけである。

 当然モンスターは俺を襲ってくるが、回数を増やすために殺さない程度に迎撃し、出来る限り戦闘を長引かせる。

 ある程度時間が経つと、俺にまともに戦う気がないことをモンスターも察して逃げ出そうとするので、それで1セット終了だ。一応、ドロップアイテム目当てに逃げ出そうとするモンスターは倒しておく。

 目の前にモンスターがいるだけでいいなら逃げようとしてもずっと足止めしておくのだが、戦意を喪失していると《迎撃》の発動条件から外れてしまうので仕方がない。

 あとはまたモンスターを探し出して……の繰り返しだ。

 

 

「……ん?」

 

 手帳をしまい、倒してしまった【大鼠】の代わりとなるモンスターを捜すため走りだそうとして――ふと気付く。

 ティレシアスの範囲内に男が入り込んでおり、俺のいる方向に歩いてきていた。

 年は20代後半から30代前半あたりか。

 まだまだ若々しく精悍な顔つきだが、どこかくたびれてるようにも感じられる。

 モンスターの素材が織り込まれた戦闘用の着物と腰に帯びた刀から、男は前衛の戦闘職だろう。左手に紋章はないからティアンだ。

 ここは将都近くのフィールド。俺以外にもレベル上げ・素材集めをしている人は当然いるし、〈マスター〉・ティアン関係なく何度かすれ違ったこともある。

 別におかしなことはない。強いて言えば、ティアンなのにソロなところは珍しいが、それだけだ。

 なにもおかしくないはずなのに……なぜだか俺の心はざわついていた。

 

 とはいえ、露骨に避けていくのはよくない。逆にこっちにやましい思いがあるように見えてしまう。

 『とくに何も思ってませよ』という態度を取り繕って男とすれ違い――

 

「シッ!!」

「……っ!」

 

 首元に迫った白刃を背中から抜きとった――準備していた槍で受け止める。

 まさかとは思ったが、ほんとうに辻斬りだったのか……。

 

「……ふん!」

「くっ」

 

 鍔迫り合いのような態勢での膠着状態は、辻斬りからの押し込みで崩された。

 力負けした俺は追撃をされぬよう、押された勢いも利用して跳び下がる。

 この力負けというのは、文字通りの意味だ。

 辻斬りのSTRが、《迎撃》込みの俺のSTRを上回っている。

 

 襲われると同時に《看破》してみて驚いた。

 MP以外のステータス全てが、俺より200も300も上だったのだ。

 辻斬りのメインジョブは【剣豪】。合計レベルは150。

 いくら俺の方が下級職×3の合計レベル115だとしても、エンブリオの補正、《迎撃》のバフがありながらここまで差が開くなどありえない。

 パッと連想するのはエンブリオだが、辻斬りはティアンだからそれではない。

 だとすれば恐らく、エンブリオにも匹敵すると言われる特殊な装備――()()()()だろう。

 

 ティレシアスの看破が適用されるのは生物だけ。

 どの装備がそれかも、どんなスキルを持つかも分からない。

 ただ一つ言えるのは、先程までより一層気を引き締める必要があるということ。

 なぜならば。

 それこそは、俺が果たせなかった()U()B()M()()()()という偉業を、この辻斬りが成し遂げたという証明なのだから。

 

 

□□□

 

「はぁッ!」

「う、くぅっ!」

 

 戦いは、終始俺の劣勢だった。

 逆袈裟斬りが腹をかすり、続けて繰り出された突きの連続を捌ききれず二の腕を抉られる。

 双槍を振り回すも、その全てはいなされ、躱され……しかし、そのおかげで距離は稼げた。

 

「ハッ、ハッ……ハ……」

 

 一旦場をリセットし、乱れた呼吸をどうにか整える。

 だが、うかうかとはしてられない。

 今も辻斬りがこちらの隙を伺っているのがひしひしと伝わってくる。

 好機と見られれば、すぐにでも斬りかかってくるだろう。

 

 

 ……なぜ、ここまで苦戦しているのか。

 ステータスが俺より高いからか?

 違う。それだけで苦戦するようなら、【毒沼亜龍】に勝ててなどいない。

 技量が凄まじいからか?

 違う。この辻斬りが、人並み外れた才覚を長年に渡るたゆまぬ努力で磨き上げてきたことは、太刀筋から否が応でも感じ取れる。

 

 けれど。最近自覚してきたことだが、どうやら俺には戦闘の才能があったらしい。

 遠目から他のマスターやティアンの武芸者を観察したり、リアルに上げられた動画を見てみたりしても、俺ほど動ける人間は少なかった。

 現在の戦いにおいても、辻斬りの動きを理解し、目で追うことは十分に可能だ。

 また、どうやら辻斬りも本調子ではないようだ。

 技の冴えは良いのに、どこか身体がそれに付いてきていない様子がある。

 

 スペックだけで考えれば、もっと良い勝負をしていてもおかしくはない。

 それでも俺がここまで苦戦しているのは、ひとえに……

 

「……太刀筋に迷いがあるな。もしやそなた、人と殺し合うのは初めてか?」

「……!」

 

 今まで一度も話そうとしなかった辻斬りの言葉に――そしてなにより、今の心中を言い当てたその内容に、ビクリと身体が震えてしまった。

 

 

 戦闘を始めた当初は、俺も今まで通りに戦おうとしたのだ。

 だが、これまでモンスターを相手にしていた時と同じようにいかなかった。

 斬りかかろうとする度に、これまで出会い、仲良くなったティアンたちの顔が頭を過ぎる。

 目の前にある命をが、一度失われればもう二度と帰ってこないモノなのだと、思い出してしまうのだ。この辻斬りにもまた、俺のような誰かに大事に思われているのかも、なんてことを考えてしまうのだ。

 そうなるともう駄目だった。

 どうしても太刀筋が鈍り、隙を見つけてもそこに反撃を差し込めない。

 その結果が、この劣勢を招いていた。

 

 

 静寂があたりを包み込む。

 攻撃が出来ない俺では襲いかかったところで隙を見せるだけ。だから動かない。

 けれど、そんな制約がないはずの辻斬りもまた、これまでの勢いが嘘だったように動かず、正直言って不気味だ。

 生まれたこの膠着をどうするか、思考を重ねて――

 

「……1つ」

「え?」

「先達として、1つだけ忠告をしよう」

 

 辻斬りの言葉によって、その思考は一瞬で破壊された。

 ……どういうことだ?辻斬りが、襲いかかった対象である俺に、忠告?

 

「そなたは、なんのために武器を握った?

 富、名声を得るためか?武芸の神髄を極めるためか?家の存続のためか?あるいは、大事な者たちを守るためか?

 いずれにせよ――武器を握ったなら、迷うな、躊躇るな。ここは天地(修羅の国)。自らの使命、欲望のために他者を喰い殺す妖どもの蟲毒の地。枷を抱えたままで戦い抜けるほど甘くはない。

 刃をもって願いを叶えようというならば、覚悟を決めろ。己のために誰かを害する覚悟を。

 ……決まらぬというならば、武器を捨て街へ戻るがいい。それが、そなたのためだとなろう」

 

 混乱しきりの俺へと矢継ぎ早に述べられた言葉の数々。

 その一言一句に込められた重さによって、頬を打たれたかのように思考がクリアになっていく。

 そして同時に、投げかけられた言葉へと思考がのめり込んでいった。

 

 ――なんのために武器を握った?

 ……最初は、これまでのMMOでも戦闘職をしていたから、なんて軽い動機だった。

 でも。初めての戦闘で、小鬼と戦って。

 この世界で生きたいと。この世界の住人と同じ立場で戦闘を楽しみたいと、そんな"願い"を抱いたのだ。

 ……ああ、そうだ。思い出した。

 それが、今も変わらぬ俺の願いだった。

 だというのに――なんで俺はこんな()()()()をしていたんだろうか?

 

 

「……お主ら紋章持ち(〈マスター〉)は、殺しても本当の意味では死なぬらしいな。この場は無駄な苦痛なく殺してやろう。生き延びた先で、ゆっくり考えるがいい」

 

 うつむいて腕の力を抜き、沈黙したままの俺をどう解釈したのか。

 辻斬りが俺へと歩み寄り、刀を振り上げる。

 その言葉通り、一太刀で殺すつもりなのだろう。

 なににも邪魔されず、刀が振り下ろされ――

 

「……」

「……こふッ」

 

 信じられぬと目を見開く()()()が血を吐いていた。

 

 ”トドメの一撃が最も油断に近い”とは、なんのラノベの台詞だったか。

 その言葉通り、トドメを刺そうとしていた辻斬りは、するりと懐に入り込んだ俺に対応することもできずに、背中から二本の槍を生やす羽目となっていた。

 

「ぅ、ぁが……」

 

 刀を取り落とし、よろよろと後退る辻斬りを冷静に眺めながら、その辻斬りのおかげで気付いた()()()()を思い返す。

 思い違いは2つ。

 1つは、辻斬り(ティアン)のことを一度失われればもう二度と帰ってこないモノだと認識していたこと。こいつを大事に思う誰かがいるのではないかと想像していたこと。

 それら自体は間違いではない。

 

 だが、そんなことは()()()()()()()()なのだ。

 今まで俺が殺した【小鬼】も【毒沼亜龍】も、失われて帰ってこない。俺が殺そうとした【ルガリード】は、たくさんの弟子たちから大事に思われていた。

 その観点で言えば、ティアンとモンスターは結局のところ同じモノ。

 であるならば、モンスターとの戦闘を楽しめて、殺せて――ティアンと戦えない、殺せないなど、そんな道理はない。

 

 そして2つ目が、ティアンを殺さずにいることが"この世界で生きること"の否定であると気付いていなかったこと。

 辻斬りが言っていたように、天地に生きる武芸者たちは個人・組織問わず、人同士の殺し合いを日常としている。

 そんな世界で武芸者として生きていきたいというなら、人を殺すことを躊躇してはいけない。それでは、俺の抱いた”願い”は叶わないのだから。

 

 

「……苦し紛れ……という訳では、ない、な。……これで、新たなる強者が芽吹いたか」

 

 刺さった槍が肺を傷つけたのだろう。

 血反吐を吐き、満足に息も吸えないような状態で……それでもなお、辻斬りは言葉を紡いでいた。

 

「くくっ……これで我の人生も、終わりか。……当然だな。我が抱くは願いではなく、ただの未練。どのみち、叶わぬモノだったのだから……」

 

 《看破》に表示されるHPが、止まることなく減っていく。

 辻斬りの言葉は次第にうわ言の体を成していき、もはや目の前にいる俺のことを認識しているのかすら怪しいものだ。

 

「あぁ、だが……最期は、あいつの手、で――」

 

 最期の言葉を言い切る前に、辻斬りは仰向けに倒れ込む。

 ……ステータスを表示しなくなった《看破》が、そこにあるのが既に死体(アイテム)であると俺に告げていた。

 

「……」

 

 そんな死に様を、俺はなにをするでもなくただ見つめていた。

 

 思い違いに気付き、辻斬りの言葉を借りるならば覚悟を決めた。

 だが、たったそれだけで、それまでの葛藤が全て消え去るわけではない。

 後悔ではない。嫌悪でもない。

 表現できない感情が胸を渦巻いていて、体を動かせそうになかった。

 

 

 けれど、いつまでもこうしてはいられない。

 無理やりにでも体を動かすべく、やるべきことを探して――辻斬りの体に歩み寄る。

 真横まで行くと、辻斬りに刺さったままだった槍に手を伸ばし、思い切り引き抜いた。

 モンスターとの戦いで散々経験していたはずなのに、槍を通して伝わってきた肉の感触に思わず顔をしかめてしまう。

 ……やっぱり、心の奥底ではまだまだ割り切れていないようだ。

 

 槍を引き抜いた後、続いて辻斬りの懐をまさぐる。

 こいつの境遇からするとあるかどうかは五分五分だったが……ほどなくして、目当てのものが見つかった。

 それは、箱型のアイテムボックス。

 フィールドに出るティアンが持ち歩き、自分が死んだら生き残った仲間に収納してもらって家族や故郷に送り届けてもらうという、いわば”棺桶”だ。

 もしフィールドで放置された遺体を見つけたら、可能であれば回収して欲しい、そう茜ちゃんに聞かされていたティアン独自の風習である。

 

 自分が殺した相手の供養をするなど、人によっては笑うかもしれない。

 だが、己の願いのために誰かの願いを踏みにじったのだとしても……いや、だからこそ、最低限の礼儀は持つべきだと、俺は思う。

 これからも俺はきっと、誰かの願いを踏みにじり、殺していくのだろう。

 それでも、この思いだけは忘れたくない。

 

 

 遺体を収納したら、アイテムボックスを冒険者ギルドに届けるために、将都に向かって歩き始める。

 色々あって、精神的に限界が来そうだ。

 これを届けたら、今日はもうログアウトしよう……って、そうだ!

 

「これ、テスト勉強の息抜き目的だったのに……」

 

 正直、テスト勉強に身が入る気がしない……。




天地が舞台な中、火篝ちゃんを世界派にした時点で、いつか書かなきゃいけないと思っていた話です
ただ、そんな重要な話であるためか、まったく納得できずにずっと書き直してました
"書けなくて進捗が進まない"ではなく、"書いてるのに進まない"のは初めての経験だったと思います

ちなみに、火篝ちゃんが作中の通りに覚悟を決めた、あるいは覚悟が決まってしまったのは、"【小鬼】や【ルガリード】に会っていた" "天地だった"という2点が大きいです
ティアンと同じように、モンスターとも心・言葉を交わしていたから
馴染もうとした世界が、人が殺し合うことを常識とした国(世界)だったから
これらがない世界線、それこそアルター王国などから始めていたら、ティアンを一切殺さないでデンドロをプレイすることもありえたことでしょう


あと辻斬りについてですが
"事情を知らない相手を殺すこと"が重要だろう、ということで作中ではほとんど語りませんでしたが、妄想が膨らんでしまい、結構な量の設定を作ってしまいました
腐らせておくのももったいないので、『設定集』のところに載せておきます
興味がある方は読んでみて下さい


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第2章 将都編・後
24・転職/兆し


すみません。また更新が大きく空いてしまいました……
実は数か月前に一度書きあがったのですが、読み返した所「脇道逸れすぎ」「無駄に話広げすぎ」「このキャラ、ここまで深堀りしなくていいよね?」となり、書き直してたのが大きな原因です
大雑把な筋しか考えてない弊害をとても実感しています……

それととても細かいところですが、前話の『夏休みまで1週間』を『夏休みまで2週間』に訂正しました
残り1週間でこれからテストだと返却期間がないじゃん!ってことに気付いた結果です


■【■■■眼 ■■■■■■】

 

【――転移誘発魔法《サークル・テレポート》、実行完了】

【周辺情報を取得】

【位置情報を取得】

【現在位置を国家:天地、将都近郊と推定。座標誤差、許容範囲内】

【リソースの多量保持個体を複数観測】

【……データベースに類似なき器を多数観測】

【検討――今後の行動計画に支障なしと判断】

【行動計画の実行を開始】

【……我らが眼に、未知なる光景が映らんことを】

 

 

□飯沼 葉月

 

 ……辻斬りを殺してから、1週間と数日が経った。

 期末考査は無事終わり、あとはテスト返却と終業式が終わるのを待てば夏休みだ。

 返されたテストを見ると結果は上の下ぐらいで、あんなことが直前にあったにしては十分な成績を取れたはずだ。……むしろ、余計な事を考えないように勉強に集中していたからかもしれない。

 ただ、夏休みになったからと言って遊び惚けるわけにはいかない。

 序盤には強制参加の課外授業があるし、課題も多い。計画的にやっていかないと、終わり際に泣きを見そうだ。

 これについては、健にも釘を刺しておかないとだな。あいつ、中学の頃からずっとそんなんだったし。

 見捨てるわけにはいかないとはいえ、流石に今年はある程度やっといてもらわないと、俺が手伝ったところで終わりそうにはないからなぁ……。

 

 とはいえ、学校があった頃に比べたらデンドロに費やせる時間も増えるはずだ。

 今の指針である【ルガリード】に追いつくには、まだまだ足りない。

 来るべき再戦を十全に楽しむために、もっと強くならなければ。

 だが、ひとまずは……。

 

 

□将都迎撃者ギルド 【大迎撃者】水無月火篝

 

 

「……これで転職は完了です。上級職への転職、おめでとうございます!」

「はい、ありがとうございます」

 

 よし。上級職、ゲットだ!

 

 

 期末考査が始まる前で4分の3は達成していた就職条件の最後の1つ。

 テスト勉強がなくなった分、空いた時間のほとんどを費やしてカウントを増やし、さっきやっと条件を満たすことが出来たのだ。

 即刻、将都へ引き返し、迎撃者ギルドに駆け込んで転職を申請。

 申請は無事受理され、こうして初めての上級職になることができた。

 今までより一段階上のステータスが手に入り、大きく戦力を増やすことができたと言えるだろう。

 

「それにしても、水無月さんがギルド訪れてからもう1ヶ月弱ですか。時が経つのは早いものですね」

「そうですね……あのときはアドバイス、ありがとうございました」

「いえ、そんなお礼なんて。【迎撃者】の方々をサポートするのが、私の仕事ですから」

 

 なんの話かと言えば、ログイン初日、【迎撃者】に就いた時のことである。

 おすすめに従って1職目に適しない【迎撃者】を選んだ俺に、戦力増強のために他の下級職にも就いた方が良いと言ってくれたのが、この受付のお姉さんだ。

 そのアドバイスがあったから【槍士】や【投槍士】に就いたわけだが、おかげで【小鬼】に勝てたし、ルガリードをあと一歩のところまで追いつめることもできた。

 今の俺があるのはこの人のおかげだと言っても過言ではないので、感謝してもし足りない。

 

「10年以上受付嬢をしていますが、ジョブに就いて1か月で上級職になったのを見たのは初めてです。流石は〈マスター〉といったところでしょうか」

「あはは……そうですね……」

 

 お姉さんの尊敬のこもった言葉に、歯切れ悪く返事する。

 

 前にも言ったが、〈マスター〉のレベル上げの速度はティアンのそれと比べ物にならない。

 エンブリオの恩恵ももちろんあるが、なによりも死んでも大きな問題ではないというリスクの低さが無茶な狩りを可能にし、獲得する経験値を大幅に引き上げている。

 ローリスク・ハイリターンというわけで、正直言って()()()

 もちろん、お姉さんの言葉に嫌みなど含まれていないのは分かっているが……それでもなんとなく引け目を感じてしまって、大手を振って誇示することはできないんだよなぁ……。

 

 

 その後もこまごまとした世間話を受付のお姉さんと交わしていると、ふとギルド内がざわめきだした。

 なにか起こったのかと、焦点を目の前からギルド全体に移す。

 

 視覚結界のおかげで全方位が見えるわけだが、かといって常にその全てを()()()()わけではない。

 前方しか見えない現実で生きてきた影響か、意識しない限りは頭に入ってくる情報が前方向のみになってしまうのだ。

 戦闘中とか、意識して視ようとした時はティレシアスの補助もあって全方位が問題なく視えるが、慣れないせいか、その状態を常時続けてるとまあまあ疲れてしまうんだよな……。

 

 

 まあそれはそれとして。

 見てみると、ざわめきの原因となったのは新しくギルドに入ってきた十数人の集団のようだ。

 ジョブギルドに来てるから当たり前と言えばそうだが、全員のメインジョブが【大迎撃者】で統一されている。

 その代わり、服装や装備なんかはまったく統一感がない。

 甲冑から着物、陰陽師の装束などなど。

 これは、【迎撃者】系統が全ステータス上がる上にほとんどの戦闘職との互換性があるおかげで、サブジョブの選択肢が幅広い影響だ。

 【迎撃者】自体にステータス上昇以外の要素がないのも、サブジョブの特色が前に出やすい要因だろう。

 メインジョブが同じなのに、ここまで見た目もビルドも違うのはなかなかに見ていて面白い。

 

 

 ただ、そんなのんきなことは言ってられなそうな雰囲気だ。

 集団の全員が全員険しい顔でズンズン進んでくるから、俺含めて元々ギルドにいた人間も緊張せざるを得ない。

 集団はギルド内を突き進み、俺がいたのとは反対のカウンターの前まで来ると、集団の中から甲冑を着た巨漢が1人進み出る。

 

「例の件で話を聞きたい。ギルド長を出してくれ」

「は、はい!ただいまお呼びいたします!」

 

 受付の少女が大慌てでカウンターの奥に引っ込む。

 そこまでは話の流れとして普通なのだが……なぜか、巨漢の言葉を聞いた周囲の人たちが緊張を緩めていた。

 「なんだ、その話か」みたいな空気感になっている。

 ……ちょっと意味が分からないんだけど。え、だってあの集団、まだ警戒態勢のままだよ?

 

 

「あの。あの人達ってなにをしに来たんですか……?」

「あれ?水無月さんは知りませんでしたか?」

「お恥ずかしながら……。教えていただけませんか?」

「もちろん大丈夫ですよ」

 

 知らないことは知ってる人に聞くに限る、ということで受付のお姉さんに質問すると、快く笑顔で頷いてくれた。

 

「二月ほど前のことなのですが、迎撃者系統の超級職【迎撃王(キング・オブ・インターセプト)】に就いていた華狩(かがり)龍臥(りゅうが)様が亡くなりました。とある村を秘密裏に支配していた〈UBM〉を討伐した際、反撃で相打ちとなってしまったのです。これだけだったらままあることなのですが……数日後、ある問題が発覚しました」

「問題ですか?」

「就職条件を満たしているはずの【大迎撃者】たちに、【迎撃王】の転職クエストが解放されなかったのです」

 

 転職クエスト……超級職になるための最終試練、だったっけ。

 

「当然大騒ぎになりました。これまでそんな事件は起こったことありませんでしたから。死亡したという知らせが嘘だったのか、〈UBM〉の能力が影響しているのではないか――などと色々な説が囁かれる中、とある主張をする方々が現れました」

 

 そこで視線が集団の方に向けられる。

 

「"自分たちが満たした条件は、迎撃者ギルドに伝わっているものだ。それが虚偽だったのでは?身内の人間にだけ本当の条件を教えて、【迎撃王】をギルド側の人間で独占しようとしているのでは?”という主張です」

 

 ……なんとなく話が分かった。

 あいつらがその主張をしている人たちで、抗議だか弾劾だかをしようと集まってきていた、ということか。

 

「一応言っておきますが、こちらの主張、現在は完全に否定されていますからね?そのような不正は一切ありません」

「そうなんですか?」

「はい。この主張が出てきてすぐ、今のようにギルドに来られて、その場で《真偽判定》で」

 

 《真偽判定》かー。

 あれ、なかなかに凶悪な性能してるよな。スキル1つで嘘を見極められるとか。

 ……あれ?でも。

  

「ではなぜ、あの人達はこちらに?否定されたんですよね?」

「恐らくですが、大っぴらにギルドに異を唱えた手前、引くに引けなくなってしまったのかと。否定された初回以降も、何度かいらっしゃっていますね。その時は数人ずつで、今回のように集団で来られたのは初めてなので、少し緊張してしまいましたが」

 

 実態はいつものクレームだったので、こんな緩んだ空気になってると。

 あのよく分からない空気感の変わりようにはこんな背景が……。

 

 というか、メインジョブを【迎撃者】にしている手前、むしろ俺がそういうの知ってないとおかしいんだけど。

 考えてみると、迎撃者関係の知り合いが目の前の受付のお姉さんしかいなかった。これは知らなくても無理はない。

 ……もっと交友関係広げてれば分かっただろ、っていう正論はナシで。

 

 

「まったく、またなのかいアンタら。何度来ても同じだってのにねぇ」

 

 一通り説明を聞き終えたタイミングで、ちょうどカウンターの奥から老婆が杖を突いて現れる。

 右腕と左足が義手・義足である上に、眼帯をしている左眼は失われてしまっている。だというのに堂々とした立ち振る舞いで、集団相手にも一切物怖じしていない。

 レベルも戦闘職でカンストさせていて、一線を退いた歴戦の武芸者、といった風格だな。

 その発言からして、どうやら彼女がギルド長のようだ。

 

 ――いやまあ、ギルド内は全部俺の()()()なので、『ギルド長室』と掲げられた部屋にいたのを見てるから、発言以前にほとんど分かってはいたんだけど。

 なんなら、慌てて呼びに来た受付の少女をなだめながら、ゆっくりとお茶を一杯飲み干してから来たことも知ってるんだけど……!

 最初はなぜそんな悠長に……って思ってたが、事情を聞くとそんな対応にもまあ納得してしまう。

 

 

「いや、まだ決まっていない!立てられた仮説はほとんどが否定され、未だ原因は解明されていない。ならば、ギルドが不正している可能性もあるだろう!」

「あんたらの主張も否定されてるだろ?その理屈通しちまったら、否定された他の説も可能性が残ってるって話になって、むしろあんたらに不利じゃないのかい?」

「なに!?」

 

 ギルド長と集団の言い争い(レスバ)を横目で傍観する。

 ……あ、そういえば。

 

「先程、あの人達の主張は否定されたと言ってましたが、どうやって否定したのですか?そういうのって、結構難しいと思うんですけど……」

「ああ、それなら簡単です」

 

 お姉さんの目線が、集団の猛抗議をスルリといなし続けるギルド長に向けられる。

 

「ギルド長が元【迎撃姫】ですから」

 

 ふむ、なるほ……ど……って、え!?マジで!?

 思わず俺もギルド長に視線を向けてしまう。

 

「若い頃に【迎撃姫】を継いでから、凄腕の傭兵として戦場を渡り歩き武勇を轟かせていたのですが……。

 二十年ほど前の戦で片腕と片足、片目を失ってしまい、もうだいぶ年を召していたこともあって前線を退かれたんです。その後は迎撃者ギルドに招致され、ギルド長へと。【迎撃姫】もその時に手放されています」

 

 20年前っていうと……5,60歳くらいか?

 それまでずっと超級職として前線を張っていたと考えると、なかなかヤバイな。

 歴戦の武芸者だったのか?とか考えてたが、間違いじゃないどころか、想定よりもスゴイ人だった……。

 

「なので、ギルド長に『私はギルドが公表している就職条件を満たしたことで転職クエストを解放し、【迎撃姫】に就いた』とおっしゃって頂き、それに《真偽判定》が反応しなければ――証明完了です」

 

 うん、これは簡単だ。そしてなにより、覆しようがない。

 なにしろ、《真偽判定》を反応させる以外でこれを覆したかったら、もう一人【迎撃王/姫】に就いた人間を連れてこなければいけないのだから。

 

 

 ……そういえば、とふと考える。

 今のままだと、このまま【大迎撃者】のレベルを上げていったとして、俺も超級職になれないんだよな……。

 やるなら一番を目指したいし、本気のルガリードと戦うのなら、超級職は必須条件ですらある。

 覇漣さんのようにサブジョブ――俺で言えば【槍士】や【双術士】などの超級職を目指す選択肢もあるが、かなり難しいだろうし、仮に取れたとしてもそれに合わせてビルドや戦い方を変えていかなきゃいけないと考えるとなかなかに厳しい。

 

 ――いやでも。

 少し考え方を変えてみると、この状況はむしろ俺にとってありがたいのでは?

 俺はまだ【大迎撃者】に就いたばかりで、当然【迎撃王】の就職条件を満たしていない。

 今ここで転職クエストが解放されるようになってしまったら、競争のスタートに立つことすらできずに、誰かが超級職になるのを眺めるだけだ。

 でも、もう少し後……レベルが上がって条件も達成した状態で、転職クエストが解放されるようになったら?

 無事、俺も超級職の取り合いに参加できる。

 

 ということで俺が祈るべきは、俺が条件を満たすまでは原因が解明されず、満たしたあたりで原因が判明し、超級職を獲得する……という展開だな。

 我ながら自己中の塊みたいな祈りだが、まあ、祈るくらいならいいだろう。

 

 

□将都 冒険者ギルド

 

 

 しばらくギルド長と集団たちの言い争いを観戦していたが、なかなか終わらなさそうなので迎撃者ギルドを出て、当初から予定していたとおりに冒険者ギルドに来ていた。

 言うまでもなく、経験値稼ぎ兼お金稼ぎになるクエストを探して受注するためである。

 

 迎撃者ギルドで見せてもらった【迎撃王】の条件の1つに『【大迎撃者】レベル100』があったので、とりあえずの目標はそれになる。

 のだが……。

 

「うーん……流石にクエストのランクが物足りないですよね……」

 

 デンドロのレベルには個別のジョブに紐付けられた『ジョブレベル』と、そのジョブレベルを全て合わせた『合計レベル』の2種類があり、レベルアップに必要な経験値はジョブレベルの方が参照される。

 同じジョブであれば、合計レベル50から100に上げても合計レベル300から350に上げても、必要経験値は変わらないのだ。

 だから、同じ下級職で必要経験値がさほど変わらない【迎撃者】と【槍武者】は、同じフィールドでレベル上げしてもそんなに支障はなかった。

 

 けど、今から上げようとしているのは上級職。

 単純にレベル上限が2倍だし、1レベル上げるのに必要な経験値も多い。

 今まで通りだとどれだけかかることか……。

 

 あと効率とは別に、手応えという意味でも物足りなくなってきている。

 この辺りのフィールドの推奨合計レベルは、〈緑花草原〉などの将都周辺でレベル0~30くらい、それより一歩進んだ〈魔香森林〉などがレベル30~80ぐらいとされている。

 もうとっくに超えてるし、これからは上級職でさらにブーストされる。

 そろそろ歯ごたえのある敵と戦いたい。

 

 さらに言えば、心残りだったルガリードの置き土産、【小鬼】の大量発生もほとんど収束した。

 【小鬼】の数はルガリード出現前と変わらないくらいになったし、それ以外の種類のモンスターの数も徐々に増えてきたそうだ。

 

 このまま将都に居続けても、メリットはほぼない。

 つまるところは。

 

「そろそろ将都を出て、別の街に行くべき時期ですか」

 

 

 将都にはかなり愛着がある。

 デンドロ時間で2か月近く拠点にしてたし、茜ちゃんや覇漣さんのように仲良くなった人もいる。レベル上げの合間の観光で、行きつけの茶屋なんてものもできた。

 でも……強くなりたいという願うを叶えるためには、そろそろ離れなきゃいけない。

 

 それに。

 こんなリアルな世界で、未知のフィールドを突き進む大冒険……したくない訳がないよな?

 

 

「そうと決まれば、まず準備です。そろそろ武器も買い替えないといけませんし、ポーションなども揃えておきましょう……そういえば、有志の方々が攻略wikiを作っていましたよね。そこで情報収集もしましょう」

 

 ウキウキと弾む心で今後の予定を立てていく。

 ゲーマー魂炸裂だ。

 まずどれから手を付けようか。そんな風に考えていると。

 

「……た、大変だ!」

 

 満身創痍の男が、叫びながら冒険者ギルドに駆け込んできた。

 だがその行動はいくらかの注目こそ集めたものの、それ以外の人々は至って通常運転だ。

 モンスターや魔法、不思議アイテムがあふれるこの世界においては、ちょっとした緊急事態程度は日常である。いちいち大袈裟に反応していられない。

 

「――<UBM>!」

「……!」

 

 けれど。続く男の言葉は、軽く流せるものではなかった。

 ギルド内が一瞬で静まりかえり、誰かの息を飲む音が嫌に大きく聞こえる。

 

「〈UBM〉が……!森に〈UBM〉が現れやがった……!」

「――んだとぉ!?」

「本当か!?」

 

 静寂……そして、爆発する怒号。

 俺は一瞬で空間を塗り替えた喧噪に揉まれながら……また新しい騒動が巻き起こる予感をヒシヒシと感じていた。




ほとんど登場しないのにネームドなキャラ多くない?ってなったので、新キャラは名前を出さずに通してみたのですが……
登場が少ないとしても名前はあった方が良いでしょうか?感想いただけると嬉しいです

あと、これまで後書きに置いていた〈エンブリオ〉やジョブと、登場人物たちの設定をまとめた設定集を作ってみました
忘れてしまった設定やキャラの振り返りとしてももちろんですが、本編だとタイミングなどの問題で出せなかった細かい話を付け加えてたりするので、お時間があればそちらもどうぞ

【迎撃王(キング・オブ・インターセプト)】
迎撃者系統超級職
超級職の中でも就職条件がかなり簡単な部類で、底意地の悪い捻った条件もない
やろうと思えば、合計レベル400程度の半端者でも達成でき、それゆえ今回の騒動が大きくなったとも言える(条件達成者が多い分、文句も多くなる)
ただし、条件達成者が転職クエストをクリアできるかは…


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25・進化と疑問

□将都 冒険区広場 【大迎撃者】水無月火篝

 

 ログインすると、この数週間で見慣れた広場の風景が視界に広がった。

 リアルでは終業式を経て1学期が無事終わり、数時間前から夏休みへ突入。

 さぁ遊び倒すぞー!という意気込みでログインしたわけだが。

 

「……まだ討伐はされていないみたいですね」

 

 町人も武芸者も浮き足立っていて、街全体の雰囲気がいつもと違う。

 それもこれも、将都の近く――〈魔香森丘〉に出現した伝説級UBM【到極王眼 アイラマティ】のせいである。

 

 

 一昨日、俺がちょうど冒険者ギルドに居合わせた時と、昨日の放課後にログインして得た情報を整理しよう。

 

 まず、冒険者ギルドに駆け込んできた男。

 彼は他の街から将都に来るために〈魔香森丘〉を通り、その最中に【アイラマティ】に襲いかかられたそうだ。

 単独で移動していた訳ではなく、一緒にいた他の人たちが【アイラマティ】にやられ(死んではおらず、後々救助された)、一人だけ逃げ延びて冒険者ギルドに来たのだとか。

 

 次に、【アイラマティ】について。

 遭遇した彼らの証言によれば、その外見は『宙に浮かぶ眼球』。

 目の形状のアイテムに発生した付喪神系のエレメンタルか、死体の目だけで造られたアンデッドではないか、と予想されている。

 名前の"王眼"から、どこぞの【王】系超級職の死体から造られた説が有力だ。

 

 そして最後。

 一昨日から昨日――デンドロ時間で3日も経ちながら、()()()()()()()()ことについて。

 発見時に自ら襲いかかってきたことが嘘のように、今の【アイラマティ】は姿を隠し続けている。

 高度な隠形スキルに加え、そもそもの体が小さいせいで熟練の【影】でも見つけるのは難しく、仮に見つかったとしても反撃し、生まれた隙をついて応援が呼ばれる前に逃亡する。

 自分からは見つけられなかったが、偶然近寄れてしまったせいで【アイラマティ】に不意打ちされ、負傷する武芸者の数も徐々に増えていった。

 それを受けた【征夷大将軍】と冒険者ギルドは無用な犠牲を出さないよう〈魔香森林〉を封鎖し、許可のない者の立ち入りを禁じた。

 

 だがそれは同時に、【アイラマティ】を討伐するチャンスをなくすということでもある。

 そうして昨日は、俺がログアウトするまでずっと膠着状態だった。

 今日になって討伐されたりしないかと思ってたんだけど……この街の雰囲気を見る限りは無理だったっぽいな。

 

 

 ちなみに、この間に俺が何をしていたかと言うと。

 武器を買い替えたり、装備を一新したり、アイテムを購入したり。つまりは、前考えてた旅立ちの準備だ。

 ……〈UBM〉がいるのになぜ挑戦しないんだ、って言われるかもしれないが、これは色々と考えた結果なのである。

 

 隠れていることについては、【ティレシアス】がある俺にとっては問題ない。

 破格の隠蔽看破能力があるし、範囲内の全てを立体的に把握できるから体が小さくても支障はない。

 問題なのは、伝え聞いた【アイラマティ】の攻撃方法。

 今の俺では、というか、俺のビルドではそれを防ぐことができない。

 仮に挑んでも、なにもできずに死ぬだけなのが目に見えている。

 "全力を出せば勝てる見込みはある"とかそういう次元ではなく、ただ負けるだけだ。

 結末が分かりきってるのならば挑むこともないだろう、と結論付けて、自分の為になることをしていたのである。

 

 ……勝てるかどうかは置いといて、挑んでみたくないの?と問われたら、もちろん挑んでみたい。

 ランダムエンカウントしかできない強ボスなんて、戦ってみたいに決まっている。

 でも、今の俺のデンドロにおける最優先事項は、ルガリードに勝てるくらい強くなることだ。

 デスペナによるログイン制限はもちろん、所持品ドロップも場合によってはかなり痛い。

 それに嘘か真か、デスペナになるとエンブリオの進化が遅くなる、なんて噂もある。

 それら諸々のデメリットを考えるならば……安易に挑む選択肢を取ることはできなかった。

 

 

 討伐はされていないにしても、昨日からどれくらい進展があったのかを知りたいので、冒険者ギルドに向かって歩き出したのだが。

 

「あれ?この感じ……もしかして」

 

 視界がこれまでよりも広がっていた。

 この現象は、前にも一度体験している。

 慌ててステータスウィンドウを開き、『エンブリオ』の項目を確認すると……。

 

「やっぱり!進化してますね……!」

 

 目に飛び込んできた、"到達形態:Ⅲ"の表記。

 待ち望んでいた進化がやっときて、内心狂喜乱舞してる。

 ログイン2日目で第Ⅱ形態してから、かれこれ2週間以上経っても進化しておらず、正直、すごい気にしていた。

 ネット掲示板を見てると、第Ⅱ形態から5日で進化したとか1週間で進化したとか、早い人は3日で進化したなんて話もあって、俺ぐらいに遅い人はいなかったしな……。

 

 でも、これで俺も晴れて第Ⅲ形態。

 やっと最前線に立てたわけだ。

 ……まあ、そろそろ第Ⅳ形態に進化する人が出てきて、また置いてかれそうな気しかしないのが悲しいところだけど。

 

 進化して変わったところを探すと、まず、ステータス補正が上がっていた。

 SPの補正がD、STR・AGIの補正がBになっていて、前回と同じく、よく使う項目が上がった感じだ。前は上がってたHPとENDが変わらなかったのは、攻撃は受けずにかわす戦い方が多かったからかもしれない。

 それと、《見えざる瞳、視る異能》のレベルが上がっていた。

 視覚結界の範囲がだいたい+150メートルされている。前回に比べると、多少大きく広がっているな。

 それに加えて――第Ⅰ形態の頃から存在していた、俺の体だけ黒塗りにして見えなくする機能が消えていた。

 

 ……あの機能は、考えなしに女アバターにしたことを後悔していた俺に応えて発現したのだと思っている。

 でも。最近は、このアバターで良かったと思うときがある。

 茜ちゃんやイリスたちを筆頭に、この世界で築いた関係のほとんどは、このアバターだったからこそのものだ。

 今アバターを作り替えられるよと言われても、決して頷くことはない。それくらいには、今の立ち位置、関係性を気に入ってる。

 

 仮にあの機能が俺の推測通りの理由で生まれたなら、心境の変化があった今、消えたとしてもおかしくない。

 おかしくはない、けど……。

 もしそうなら、【ティレシアス】はそこまで心理状況を把握した上で、考慮に入れて進化してるってことになる。

 いくらエンブリオがパーソナルや願望を反映して孵化・進化するとしても、そこまでやるものだろうか?

 

 ……いや、考えても仕方ない。エンブリオの内部的な部分は全てブラックボックスで、どうせ分かることはないんだから。

 それよりも、最後の変更点だ。

 それは、第Ⅱ形態になった時にはなかったこと。

 新スキルの習得だ……!

 新しい能力を得て内容を確認する時は、どんなゲームでも心が踊る。

 いそいそと効果を確認して――。

 

「……なんでしょう、これ?」

 

 その内容に思わず首をかしげた。

 

 

 別に弱いとか、使いどころが思いつかないとか、そういうことではない。

 むしろ、デメリットこそあれど強力だし、普段使いこそできないが、ここ一番ではかなり活躍してくれそうな性能をしている。

 俺が疑問に思ったのは、スキルの方向性についてだ。

 

 千差万別の能力を持つ〈エンブリオ〉だが、個々のエンブリオには、それぞれ"特性"や"コンセプト"のようなものがあるとされている。

 エンブリオは基本的に、その特性に沿った固有スキルしか習得できないのだとか。

 

 今までのスキルからティレシアスの特性を推測すれば、何と言っても"結界を通して視ること"だろう。

 進化でスキルを習得するなら、第Ⅱ形態で《看破》効果が追加されたように視える範囲・対象が広がるか、あるいは、そうやって見通した情報に干渉するか……そんな風に想像していた。

 

 でも、実際に習得したのは、想像してたのと全く毛色が違うスキルだった。

 特性の推測が間違っているのか、それとも、俺が理解できてないだけで、新スキルも推測した特性に沿っているのか……。

 疑問は深まるばかりだった。




火篝ちゃんが思ってるよりティレシアスは火篝ちゃんのことをよく見てますし、めっちゃ心情とか考えて進化の方向性を検討してます
進化が遅れた理由のほとんどが、ティレシアスがスキルの内容に悩んでたから、というくらいには……


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26・要請

□将都冒険者ギルド 【大迎撃者】水無月 火篝

 

 エンブリオの進化というイベントが挟まったが、当初の予定通り、冒険者ギルドに辿り着く。

 こんな状況だと言うのに――むしろ、ゴタゴタしてるこんな状況だからか?ギルド内は武芸者や戦闘職のマスターたちでいつも以上にごった返していた。

 

 手が空いてるようなら話を聞きたかったんだけど、これだと難しいかな……と、カウンター業務で忙しそうな茜ちゃんの様子を伺っていると。

 なんと、こちらに気付いた茜ちゃんがカウンターを抜け出して駆け寄ってきた。

 

「火篝さん、こんにちは!」

「こ、こんにちは。……カウンターから抜けて大丈夫なんですか?」

 

 人口過多状態な周囲を見渡す。

 少しの人手も無駄にできないような状況だと思うけど。

 

「あはは……あまり大丈夫じゃないですけど、火篝さんに少しご用事がありまして。今からお時間いただいてもいいですか?」

「もちろん大丈夫ですよ」

 

 けど、わざわざ寄ってくるほどの用事とはなんだろうか。

 

「実は、用事があるのは私ではなくて。火篝さんに話をしたいという方たちがお待ちなんです。ギルド長室にいますので、そちらまでご案内しますね」

 

 え、俺を待ってる人がいる?

 ……特に心当たりはない。

 誰なのかを確認するために視点をギルド長室に移すと――。

 

(ん?あの人は……)

 

 目に写ったのは、かなり意外な人物だった。

 

 

□□□

 

 

「あら、来てくれたのね。わざわざありがとう」

「久しいな、火篝の嬢ちゃん。ほぅ……少し見ぬ間に、だいぶ見違えたのう」

 

 ギルド長室に入ると、3人に出迎えられた。

 いつぞや対応してもらった受付嬢にして、あの後に茜ちゃんから「私のお母さんで、ギルド長で、【超書士】です!」と紹介され、度肝を抜かれた(あおい)さん。

 しがない中年武芸者に偽装してるが、その実態は天地でも屈指の実力者である【旋棍王】の鏡石さん。

 そして3人目が……

 

「久しぶりだな、水無月。……私のこと、覚えてくれているか?」

「もちろんですよ、柚芽さん」

 

 黒装束の美少女、【影】の柚芽さんである。

 

 柚芽さんと出会ったのはログイン初日のことだから、現実時間では2週間以上、デンドロ換算ではもう2か月近くも前になるのか。

 普通だったらそんな前に一度会ったきりの人なんて忘れてもおかしくないが、柚芽さんとの出会いは普通じゃなかったからなぁ……。

 忘れろって方が無理だと思う。

 

「また会おう、などと言っておきながら、数ヶ月も音沙汰なくすまなかったな」

「いえいえ。〈御庭番〉の皆さんが治安維持のために忙しく走り回っていたのは見かけていましたから。こんな状況では仕方ないですよ」

「ふふっ、そういってくれると助かるよ……ふむ」

「?なんですか?」

「いや、水無月。君の喋り方はそんな感じだったか?と思って」

 

 あ、ヤバイ……!

 柚芽さんと出会ったのは、ネカマがバレるリスクとかそういうのに思い至る前で、現実の俺の振る舞い半分、無意識の女らしい仕草半分くらいで人と接していた。

 でも、今はがっちり"水無月火篝"としての振る舞いをしている。

 それを柚芽は察してるんだろう。

 しかし、確信を持たれるのはマズい。全力で誤魔化さなければ……!

 

「え、そうですか?ずっとこんな感じだと思いますけど……」

「そうだったか?……すまない。記憶違いのようだ」

「いえ、大丈夫ですよ。数ヶ月も会わなければそうもなります」

 

 不自然にならないよう気を付けながら、なに言われてるか分からないです、という態度を醸し出す。

 少し怪しんでいたようだが、最終的には記憶違いということで納得してくれた。

 数か月も会えてなかったのが逆に功を奏したな。空いた期間がもっと短ければ危なかった……。

 

 

「旧交を温めているところ悪いけれど、本題に入ってもいいかしら?」

 

 声をかけられ、藍さんの方へ向き直る。

 そういえば、用事があるって呼び出されたんだっけか。 

 

「あなたも知っているだろうけど、今の将都は近くで発見された〈UBM〉、【アイラマティ】で大騒ぎになってるわ。今回呼び出させてもらったのは、その討伐に貴方も加わって欲しいからなの」

 

 話に出てきたのその名は意外ではなく、むしろ想像通りだった。

 藍さんが言った通り、将都で上がる話題のほとんどは【アイラマティ】関係だ。直接は関係なくても大元を辿っていけば、なんてことも少なくないし。

 でも、目的が”討伐”という少し意外だった。しかも、なんでわざわざ俺を名指しに?

 

「詳しくはワシから説明させてもらおうか。嬢ちゃんも、討伐作戦の状況は知っておるだろう?」

「有効な手段が見つからなくて膠着状態、ですよね?」

「その通りだ。ゆえに、ワシやそこの藍を筆頭に、対抗手段を模索しておった。そこで出た結論の一つが、外部戦力の誘致だ」

 

 鏡石さんの目が藍さんの執務机に向けられる。

 そこには、妙齢の女性の写真が載せられた書類が置かれていた。

 

「名うての傭兵にうってつけの奴がいてな。幸いなことに比較的近くの街におったから、そやつに依頼することに決まったのだ」

 

 だが、と鏡石さんが続ける。

 

「その前に、ワシは他の手段を試したいと思っててな。それがお主ら〈マスター〉の力を借りることだ」

 

 え、〈マスター〉の?

 

「高い隠密能力と対策が難しい攻撃手段ゆえに、ジョブだけでは打つ手が足りなかった。だがそこに〈エンブリオ〉が加われば、話が変わる。

 ジョブでは考えられないほどに自由で多彩でありながら、上級職に劣らぬ出力を持つモノもある。【アイラマティ】に有効な〈エンブリオ〉を持つ〈マスター〉たちを選び抜き、パーティーを組めれば……間違いなく、討伐は成る」

「……!」

 

 力強く言い切る姿に思わず気圧される。

 確かに〈エンブリオ〉の多彩さは目を見張るほどだ。単体で完封はできなくても、それぞれの得意分野を出し合えば、討伐は可能かもしれない。

 

「……でも意外でした。鏡石さんがここまで〈マスター〉のことを買っていたとは」

「はは、それは違うぞ、嬢ちゃん」

 

 率直な感想を伝えると、見当外れだと笑い飛ばされた。

 

「ティアンの中で比べれば、ワシは評価が高いほうじゃろう。いまだ〈マスター〉の力を疑ったり、信頼に値しないと考えたりする頭の固いやつらも多いからな。

 しかしさっきも言った通り、〈エンブリオ〉の力は疑うべくもない。それを目の当たりにしながら、信じない奴らが馬鹿というだけよ」

 

 それに、と打って変わって険しい顔を見せる。

 

「手放しに信頼できるかと問われれば、否と答えるだろう。無法を働き、力を悪徳のまま振るう〈マスター〉がいることは耳にしとるし、実際に目にしとる」

 

 一番に浮かんだのは、冒険者ギルドにて鏡石さんたちに絡んだ青年マスター。

 それ以外にも、あいつほど極端であからさまでなくても、ティアンを軽く見てぞんざいに扱う〈マスター〉は何人も見たことがある。

 あるいは、〈エンブリオ〉の力を悪用し、成敗された犯罪者〈マスター〉用の特殊エリア――"監獄"に送られた話をネットで見かけたことも。

 ティアンにとっての〈マスター〉が、諸手を挙げて歓迎できる存在でないのは……少し悲しいが、事実だった。

 

「……しかしその点に関して言えば、我らティアンも同じだ」

「え?」

 

 予想だにしない言葉。

 まっすぐに顔を見れず、彷徨わせていた焦点を戻す。

 険しかった顔は消え、いつも通りの面白がるような笑いに変わっていた。

 

「法を軽んじ欲望のまま振る舞う罪人などごまんとおるし、超級職や特典武具(余人に持ち得ぬ力)に溺れる者も、いくらでも見てきた」

 

 ……言われてみれば、その通りだ。

 俺はマスターのことしか考えていなかったけど、ティアンたちは俺たち〈マスター〉と、現実の人間たちとほんんど変わらない心を持っている。中には、悪人だって犯罪者だっていて当然だ。

 

「〈マスター〉が我らより多くの力を持つ存在であるのは、考慮しなくてはいけぬ事実だ。

 だが、だからといって超常の存在や異質な存在として扱ってはいかん。

 性根を見定め、信頼できるか判断し、持ち得る力に見合った仕事を頼む。

 要は、ティアン同士で行っていたことをそのまま行うだけの話よ」

 

 そこまで聞いて、なんとなくだが鏡石さんの言っていたことの意味が分かった。

 

「買っているのではなく、正当に評価してる。〈マスター〉は〈エンブリオ〉という力が多くある分、期待する仕事の質も高くなっているだけ――ということですか?」

「そういうことじゃな。……おっと、本題がまだだというのに無駄話が過ぎてしまった」

「大丈夫です。なんとなく、話は見えましたから」

 

 藍さんは討伐に俺を加えたいと言った。

 鏡石さんは有効なエンブリオを複数集め、力を合わせて【アイラマティ】を討伐すると言った。

 ならば、俺に求められているのは一つしかない。

 

「【ティレシアス】――私のエンブリオの看破能力を、【アイラマティ】討伐に組み込みたいということですね?」

「うむ。その通りだ」

 

 隠密能力だけなら俺だけで対応できるというのは、元より考えていたことだ。

 そこに先程の話を聞けば、自ずとこの答えに辿り付く。

 

「〈マスター〉による【アイラマティ】討伐。そのために3日ほど前から冒険者ギルドにて応募を募り、その中から移動を担う者、攻撃に対応する者などを決めていたのだがな。隠れ潜んだ奴を暴き出す役だけ、どうにも制限や条件が噛み合わなくてなぁ。どうしたものかと悩んでおったのだ」

「それを聞いた私が、水無月ならその役を務められるかもしれない、と推薦したのだ。私と会った時点の出力では少し力不足のような気はしたが、あれから2か月。他の〈マスター〉と同様に進化を重ねていれば大丈夫だろうと。

 今回はその確認も兼ねていてな。どうだ、いけるか?」

「ええ、問題なくいけると思います」

 

 しかし俺だけで判断するのはいささか怖いので、念のため《見えざる瞳・視る異能》の詳細を3人に共有し、判断を仰ぐ。

 その結果、柚芽さんは勿論、鏡石さんたちからも大丈夫とお墨付きをもらい、俺も【アイラマティ】討伐のメンバーとして決定された。

 ……今回は見逃すしかない、と思っていたが、まさかこんな形で挑戦できるようになろうとは。嬉しい誤算だった。

 

 

 俺の参加が確定したことで、作戦の細部を修正したり、再確認する3人を眺める。

 ……1つ、気になっていたのだが。

 

「柚芽さんと鏡石さんってお知り合いだったんですね」

 

 それも、〈UBM〉討伐の悩みに口を出せるほど深い仲だ。ちょっと意外というかなんというか。

 

「超級職は数が少ない分、交流する機会は多いからの。柚芽らとは特別仲良くしてる方ではあるがな」

「え、でも、柚芽さんは上級職の【影】ですよね……?」

「ん?ああ、聞いとらんのか。柚芽の母親が超級職でな、その関係で柚芽とは生まれた頃からの付き合いよ」

 

 ――マジで!?

 

「別に、わざわざ言い回るようなことではないので話さなかっただけです」

「ほう、成長したのぉ。幼き頃はことあるごとに「かあさまはスゴいんだよ!」と自慢して回っていたというのに……」

「ちょ、装弥さん!小さい頃の話は止めて下さい!」

「ふふっ」

 

 クールな見た目の柚芽さんが慌ててる姿は可愛らしいというか、微笑ましさを感じさせて笑みがこぼれる。

 

 でもそうなると、俺が仲良くなった1番目と2番目のティアンが超級職の子供ということになるし、そこから鏡石さん、覇漣さん、藍さんと3人もの超級職に縁が繋がっていってる。

 こういう言い方するとアレだが、デンドロを始めてからの人脈ガチャはSSRと言い切っていいレベルだ。

 ……ここまで来ると、柚芽さんのお母さんにも会ってみたいなー、なんて思っちゃったり。

 

 

「あ、そういえば。実は先程、【ティレシアス】が進化してこんなスキルを新しく覚えたのですが」

 

 ふと思い出す。

 色々あって頭から飛んでしまっていたが、今の【ティレシアス】は隠密看破だけのエンブリオではない。

 さっき覚えたスキル、こいつも討伐に役立てられないか?

 デメリットからして安易に使えるものではないが、〈UBM〉の討伐以上の使いどころなどそうそうない。

 

「なに?……ふむ……ほほう?」

 

 説明が進む度に、覇漣さんの目の色が変わっていく。

 

「1つ聞くが。()()()()とはどの程度だ?」

「実際に使ってはいないので推測にはなりますが、10回くらいかなと」

「……想定外ではあるが、よいぞこれは。猶予がだいぶと伸びる上に、トドメの確実性が上がる」

「ええ。それに何よりこのスキルは、最後の()()になり得ます。万が一があっても、可能性が掴める……!」

 

 おおぅ、予想以上に食い付かれてる……。

 軽い気持ちで出したぶん面食らったけど、ここまで喜ばれるとなんか嬉しい。

 あ、ていうか。

 

「討伐の具体的な計画をまだ聞いてませんでした」

「おっと、そうだったな。作戦はこうだ――」

 

 ふむふむ……なるほど……

 作戦書を用いながらの説明を聞いて、だいたい理解した。

 鏡石さんたちが知恵を絞って練り上げた作戦なのだから当然であるが、これなら討伐できる、と確信できるモノだった。

 

「すみません。この索敵の手順なのですか、……という感じにできますか?」

「ああ、もちろんだ。……しかし、なるほどな。そのようなことも出来るなら、こっちの方が断然良い」

 

 けれどその上で、自分が担当する部分の修正を提案する。

 これは粗があったとかではなく、俺だけが知る情報があり、それを元にすればより効率良い方法があっただけだ。

 鏡石さんたちが手を尽くしている。ならば、俺も出せるだけは出し尽くさなければ。

 そういった決意からの行動だった。




正直、柚芽のこと覚えてくれていた方はどれだけいるのか?と思いながら書いてました。3・4話目に書いて以降、話にすら出せなかった自分が悪いのですが……


『〈マスター〉は力を多く持っただけの人間に過ぎない』
鏡石さんのこの考え方は、ある意味ではアルター前国王の考え方(『〈マスター〉は、人間をより良き未来に導いて世界を変革する者である』)と正反対です
超越者が多い天地で生きてきたからこそ、そして自分もまた超越者だからこそ、超越者もまた人であることに変わりない、と考えています
鏡石さんの考え方の方がより実態に即していますが、〈マスター〉によってはそもそも『人間として活動しない』場合もあるので、その点では少し的外れな部分もあったり


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27・激励

本来は次話を後半として一緒に投稿する予定でしたが、このままだとまた長く期間が空いてしまいそうなので、ひとまずここまでで投稿させてもらいます



□将都冒険者ギルド 【大迎撃者】水無月 火篝

 

「……さて、こんなところかの。では、嬢ちゃんにはこいつを。できる限り頭に叩き込んでおいてくれ」

 

 俺の意見も取り入れられながらの作戦の調整が終わる。

 渡されたのは、調整後の作戦計画書だ。

 説明はされたけど、あれを全部明日まで覚えていられる自信は到底ないからありがたい。

 

「藍さん、告知の方はどうなった?」

「問題なく終わりました。選抜者の内、3人はロビーで公表を待っていたので、裏に案内してます。あとの2人も、いずれギルドに訪れるかと」

「よし。本当は作戦の説明だけの予定だったが……火篝の嬢ちゃんのように、持ち主しか知らぬより良い方法があるやもしれん。そこも確認せんとな」

 

 よっこらせ、と鏡石さんが腰を上げる。

 しかしそうか。ギルドのロビーがあれだけ混雑してたのは、選抜結果の公表を待つ〈マスター〉たちがいたからもあるのか。

 

「さて、ワシは失礼する。火篝の嬢ちゃんは、作戦に向けての準備を頼むぞ。

 ……おっと、伝え忘れるとこだった。作戦の開始時間は明日の午前8時。少し前には北門まで集まってくれ。今後作戦に変更があれば、そこで伝えよう」

 

 今が正午過ぎだから、開始はだいたい20時間後。現実時間に直すと約6時間ちょっとか。

 幸いなことに戦闘の準備はほとんど終わっている。別の街へ渡る目的で揃えたものだから調整は必要だろうけど、それもそこまでの手間じゃない。

 一旦ログアウトして夕食やら風呂やらを済まして来ても、時間に余裕はありそうだ。

 

「ではまた明日にな!」

 

 手を振りながら颯爽と出ていく姿を見送って、少し首をかしげる。

 

「……鏡石さんから出向いていくんですね?」

 

 てっきり、俺がされたようにここに呼び出すものかと。

 

「自分で動かぬのは性に合わない、とのことでね。それ以外のことも、ほとんど全部ご自身でやられていて……各方面への調整とかもそうだし、報酬もほとんどはポケットマネーからなのよ?確かに主導しているのは鏡石さんだけれど、ギルドも協力しているのだから、もう少し任せて欲しいのだけれどね……」

「仕方ないですよ。あれだけの武勲をあげながらも、自分が好きに動けなくなるから、なんて理由でどこの大名家からの勧誘も断っているような人ですから。最初は火篝に対しても受付で張り込んで、自分から声をかけようとしていましたし」

 

 人に任せず自分で動こうとする、というのは付き合いの短い俺から見ても鏡石さんらしさがある、納得の理由だ。

 まあ、そのせいで周りの人間はだいぶ苦労しているようだが。いくら本人が一介の傭兵を名乗っていても、その影響力は計り知れないから当然とも言えよう。

 

 

 っと、俺もそろそろ行かなきゃか。

 

「それでは私も失礼します」

「急に呼び出してごめんなさいね。私はここから応援するくらいしかできないけど……頑張ってね」

「私からも。〈マスター〉である君にこういうのも変かもしれないが――どうか武運を」

「……っ、はい!ありがとうございます!」

 

 応援というのはすごい。

 なにせこんなたった一言二言をかけるだけで、これだけのやる気を湧かせられるのだから。

 よっし!それじゃあ、気合入れてくか!




これまで人から真摯に応援されるような経験がなかったので
それだけでとても嬉しくなっちゃうチョロイン葉月くん


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28・集合

□将都 冒険区広場 【大迎撃者】水無月 火篝

 

 時は経ち、デンドロ時刻で7時半過ぎ。

 リアルの諸々を済ませて再ログインした俺は、北門へ向かって足を進めていた。

 歩きながらサラッと所持品や装備を確認する。ログアウト前にもしていたが、念のためだ。

 武器はお馴染みの鉄槍と今回新調した【魔香の木槍】の二振り。

 防具も買い換えているが、前回同様、覇漣さんのお弟子さんが製作した戦闘用の着物なので、見た目はほとんど変わらない。しかし今度のこれはレベル制限を上げたバージョンアップ品で、AGIが10%、STRが5%上昇するうえに、《ダメージ減少》Lv3、《毒耐性》Lv2が付与されているなかなかの一品だ。あ、もちろん隠密狐のお面も忘れずにちゃんと被っている。

 ポーションを始めとした回復系アイテムも、巾着型のアイテムボックスに抜かりなく。

 よし、問題なし。

 あとは北門に向かうだけだ。

 

 

 歩いていると、ふと話し声が耳に入ってくる。

 

「聞いたかい?旦那。〈UBM〉がやっとこさ討伐されそうだって」

「ああ聞いとるよ。これで安心して商売できるってもんさ。……討伐に行くのが〈ますたー〉だってのはちょっと心配だがね」

「なに言ってんすか!〈マスター〉は駆け出しですら【風来狼】の群れを倒せるらしいですし、むしろ安心ってもんでしょう!」

「そうかもしれんが……やっぱり武芸者の方々のほうが信頼がなぁ」

 

「くっそぉ、俺も〈UBM〉討伐したかったなー!なんで落ちるんだよ!」

「仕方ないだろ。〈エンブリオ〉を基準に選んでたらしいから、お前じゃな……」

「は?俺の〈エンブリオ〉馬鹿にしてんの?」

「馬鹿にするというか……お前の〈エンブリオ〉、"美味いコーヒー(バフデバフなし)を淹れる"だけじゃん。むしろなんで選ばれると思ったんだよ」

 

 この2組以外にも、あちらこちらで討伐作戦が話題をさらっている。

 【アイラマティ】はあれだけ騒がれてるし、討伐メンバーの募集もあれだけ大々的にやっていたから、当然か。

 聞いた感じ、マスターは討伐に参加できなかったことに、ティアンは〈UBM〉がいなくなってくれることについて話してるのが多い。

 それと……マスターを信頼できるのか、という話題も。

 やっぱりまだ、マスターのことを異物や外来種のような存在だと思う人は少なくないようだ。

 悲しいことだけど……でも、だからこそ、この討伐作戦を完遂すれば見る目も変わってくれるはず。

 そう考えるとより一層力が入るというものだ。

 

 

 そうこうしているうちに北門にたどり着いた、のだが。

 

「これ……えぇ?」

 

 北門の前には、鏡石さんと討伐メンバーのマスターらしき4人――と、それを遠目から窺う人々の群れが。

 いや、なんなのあの人だかり!?

 ティアン・マスター問わず、鏡石さんたちの方を熱心に見つめてる集団に慄いていると、ふと、集まったティアン達の共通点に気付く。

 全員が戦闘系のジョブ、つまりは武芸者なのだ。

 ……なるほど。誰も倒せなかった【アイラマティ】を倒そうとする者たちを一目見てやろう、ということらしい。

 マスターたちの方も同じような理由だろうな。もしかしたらそれに加えて、「自分を落として選ばれた奴の顔を拝んでやろうじゃないか!」みたいな人もいるかもしれない。

 

 理解はした。理解はしたが……こんな衆人環視の中に出ていけと!?

 デンドロの中なら注目を集めるのもだいぶ慣れてきたけど、これはちょっと次元が違う。

 ほら、先に来ていた4人も、あまりの圧に気圧されて……って、あれ?そうでもない?

 

 1人は眼鏡をクイっとしながら堂々と立ってるし、1人はにこにこと笑みを浮かべながら自然体だし、1人は観衆を逆に気圧すような尊大な態度だし。

 まともに怯えてるのは1人だけ……いや、この子に関してはむしろ、普通以上に怯えているな。身体はぶるぶる震えっぱなしで、尊大な態度の女性に縋りつき、陰に隠れてどうにか視線から逃れようとしている。

 ……というか、この2人組って。

 

「霧鮫さんとエヌさん、ですよね?」

「ううぅ、人いっぱい……もうやだぁ……へ?」

「おお、火篝か。久しいな」

 

 やっぱりこの2人だったか。

 俺が仲良くなった〈マスター〉たちの1人、霧鮫とそのエンブリオにしてメイデンである【エヌマ・エリシュ】、通称エヌ。

 作戦書の参加する〈エンブリオ〉一覧にエヌの名前があったので来るのは知っていたが、まさかこんな形でまた共闘することになるとはな……予想もしてなかった。

 

「こに来たということは、お主も選ばれていたのだな」

「はい。では、お二人も」

「その通り。我の力を見込んで、な。くくっ、あの者はなかなかに見る目があるようだ」

 

 鏡石さんを見つめて笑うエヌはとても上機嫌そうだ。

 エヌは〈エンブリオ〉本人だから、〈エンブリオ〉の性能を基準とする中で選ばれたのがそれだけ嬉しいのかもしれない。

 

「お二人だけということは、他の方々は残念ながら……」

「ああ。あやつらの〈エンブリオ〉はお世辞にも相性がいいとは言えぬからな、仕方なかろう。とはいえ、悔しいは悔しいようでな、今頃は憂さ晴らしにクエストに精を出してるはずだ。特にイリスは地団駄を踏みかねないくらいでなぁ」

「ふふ、目に浮かびますね」

 

 彩夏の【ユグドラシル】は便利ではあるが今のところはそれ以上ではないし、マガネの【コッペリウス】はレベルやステータスが自分より高いほど【傀儡化】が失敗しやすいから、〈UBM〉かつ単体ボスな【アイラマティ】相手にやれることはほとんどない。

 イリスの【ユーピテル】で1対1に持ち込んだとしても、まぁ勝ち目はないだろう。そもそも、今回は力を合わせようって話だしな。

 

「……で。マスター、お主はいつまでそうしているつもりだ?挨拶の1つでもせぬか」

「でも、だってぇ……」

「む、無理しなくても大丈夫ですよ?」

 

 これまでの会話中、エヌの陰に隠れっぱなしだった霧鮫がやっと顔を出し、かと思えばまた引っ込む。

 ワニワニパニックのようでおもしろ可愛い、というのはちょっと失礼か?

 典型的な人見知りである彼女にこの人だかりはだいぶ酷のようだ。

 俺も平気というわけではないが、露骨に怯える霧鮫のおかげで、逆に冷静になれていた。

 

 

「よし、皆揃ったな。こちらに集まってくれ!」

 

 響いた声に周囲を見ると、俺が来た時にはまだいなかった2人も到着している。

 

「では行きましょうか」

「そうだな。ほら行くぞ、マスター……そう引っ付くな。歩きにくい」

「え……だ、だめ……?」

「――はぁ。構わんから早くしろ」

「!ありがとう、エヌちゃん!」

 

 ……前々から思ってたけど、この2人って主従というより親子か姉妹だよな。

 ま、千差万別なのが〈エンブリオ〉なんだから、関係性もそれぞれってことなんだろうけど。

 俺の【ティレシアス】はそもそも喋ってくれないから、関係性もなんもないのがちょっと悲しいな……。




【魔香の木槍】
〈魔香森丘〉を主な生息域とする樹木モンスター【魔香樹】のレアドロップ、【魔香樹の芯材】から削り出し、【魔香樹液】でコーティングされた槍。
下手な金属製武器を上回る切れ味があり、生物由来の修復力と毒や酸、腐食に対する耐性による耐久性の高さが売りの一振り。

・装備補正
攻撃力+100

・装備スキル
《自動修復》Lv2、《対害塗装》Lv1
※装備制限:合計レベル100以上


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29・演説

□将都北門前 【大迎撃者】水無月 火篝

 

「早速作戦を始めよう……と言いたいところだが、初顔合わせの者もおるから、まずは各々自己紹介をしてもらおうか。誰からでも構わんが――」

「はいはーい!じゃあ俺から行かせてもらうぜ!」

 

 真っ先に名乗りを上げたのは、俺より後に来たうちの1人だ。

 

「俺は桃金浦(ももきんうら)、【疾風騎兵】だ!」

 

 漢字名、黒髪黒目、とパッと見は日本人のようだが……顔がもろ西洋人だし、名前も語呂が悪すぎる。日本風にキャラメイクした外国の人っぽいな。

 陽キャのコミュ強オーラをバシバシ放出していて、リアルの俺からすると一番接点がなさそうなタイプだ。

 

「それでは、次は私が。【花火師】の百間狭(ひゃっかんきょう) 絶許(ぜっきょ)と申します。本日はよろしくお願いたします」

「【巫女】のマリアです~。今日は頑張りましょうね~」

 

 それに続いたのが、俺より前に集まっていた2人。

 眼鏡で作務衣を着た長身の男が百間狭で、にこにこと笑顔を絶やさない巫女姿の金髪少女がマリアだ。

 2人ともだいぶ肝が据わっているようだな、この状況で臆する様子が微塵もない。俺も見習いたいものだ。

 ただ、気になったのは百間狭のPN。個性的に過ぎる名前だが、ゲームなら名前っぽくない名前も珍しくない。ので気になったのはそこではなく、その文字の並びだ。どこかで見たことがあるような、ないような……上手く思い出せないのがもどかしい。

 

「あ、あの、えっと。りゅ、リュージャです。【従魔師】やってます。はい。よろしくです」

「霧鮫、です……私も【従魔師】、です……」

「その〈エンブリオ〉、【水成神母 エヌマ・エリシュ】だ」

 

 自然体の2人とは対称的に怯えきってるのが残った2人。

 片方がご存知霧鮫、もう片方が見るからに幸が薄そうな顔をした青年だ。

 人見知りの見本のような2人だが、であるがゆえに共感も覚えるようで、ハッとした表情の後、顔を見合わせてコクコクと頷き合ってる。なんか微笑ましい。

 

「【大迎撃者】の水無月火篝です。よろしくお願いします」

 

 最後に俺が挨拶し、自己紹介が終わる。

 この6人が【アイラマティ】討伐のメンバーだ。

 

 

「作戦については、昨日伝えたことから変更はない。皆、覚えてきてくれているな?」

「はい~」

「おう!バッチリだぜ!」

「ならよし。

 ……では皆を送り出す前に、少し話をさせてもらおうか。

 そんなもの要らん、と思うやつもおるだろうが、まぁ、先達からのお節介だと割り切って、しばし耳を貸してくれ」

 

 お、出発前の演説的なやつか?

 士気を上げるにはこういうのは大事だからな。さて、鏡石さんはどんな演説を――

 

「お主たちは、それぞれが【アイラマティ】へ対抗できる逸材であり、それを見込まれて選ばれた者たちだ。

 ――だが見方を変えれば、お主らはしょせん()()()()のパーティーである、とも言えよう」

「!?」

 

 唐突になんてこと言うんだこの人!?

 

「聞こえは悪かろうが、それは事実だ。十数年共に戦った精鋭パーティーに比べれば、連携も信頼も、なにもかも足りん。加えて言ってしまえば、それぞれの戦闘経験も決して豊富ではないからな。咄嗟の連携も満足にできんだろう。パーティーとして評価した場合、合格どころか及第点すら怪しいだろうな」

 

 いや、たしかに言われた欠点は全部事実だろうけど……!

 だからってなんでそれをこのタイミングで指摘してくるの!?

 ほら、桃金浦とかエヌとか、露骨に機嫌悪くなってるし!このままだと、士気を上げるどころか、悪影響が出るんじゃ……。

 

「……だが、此度の作戦においては、そのようなことを気にする必要はない!」

 

 そんな不安を、力強い言葉が吹き飛ばした。

 

「連携ができない、経験がない。ワシらはそれらを承知の上で、お主達ならば討伐は成ると信じ、招集した。ならば、それが間違いのないものになるよう手を尽くすのが道理というものだろう。

 ……聞いて分かっている者もおるやもしれんが、この作戦において細かい連携の類は要らぬ。然るべきタイミングに、自らの役割を全うする。それだけで成功するよう、組み立てたからだ」

 

 さっきまで顔を顰めていた2人の口元が綻ぶ。

 鏡石さんが欠点をあげつらったり、不安を煽ったりしようとしているのではなく。むしろその逆、俺たちが不安を覚えないよう、鼓舞していることが分かったから。

 

「怯えることはない。作戦が、ワシらが導き……なにより、先程も言っただろう?お主らは逸材だ。〈UBM〉など、恐れるに足らず!

 ――これより【【到極王眼 アイラマティ】討伐作戦】を開始する!吉報を期待しておるぞ!」

「「はい!」」

 

 熱のこもった返事が重なる。

 元より好戦的だった桃金浦たちはもちろん、さっきまで怯えていた霧鮫やリュージャすらも、しっかり前を向いて戦意を漲らせていた。……そしてそれは当然、俺も。

 自分は人の上に立つような人間じゃない、なんて言ってるらしいが、なかなかに人を煽るのが上手いじゃないか。

 

 

「よっしゃあ、気合入れていくぞ!」

「ふふ、ワクワクしますね~」

「おっと、火篝とリュージャはこっちに来とくれ」

 

 ガヤガヤと盛り上がる6人に混ざってフィールドに向かおうとして、呼び止められる。

 

「例のものだ。必要量はあるはずだが、無制限ではないからな。あんまり無節操に使うなよ。で、嬢ちゃんにはこれも」

 

 手渡されたのは、俺のとよく似た巾着型のアイテムボックスと、とあるアクセサリー。

 巾着の中に入っているのは、手のひらサイズの紙が束になったものだ。

 これらは今回の作戦に必要ということで支給されたのだ。

 普通のクエストではここまでの好待遇はそうあるものじゃないが、今回は鏡石さん主導のもと、万全のバックアップがなされている。

 とてもありがたいのは間違いないんだが……消費された金額と、そのうちの7割近くが鏡石さんのポケットマネーから出ていると聞いてしまうと、だいぶ複雑な気分になってしまう。

 

()()も人数分用意してやりたかったが……こればっかりは金だけではできんからなぁ」

 

 俺だけに渡されたこのアクセサリーには、反則のようなスキルが付与されている。

 これが人数分あればそれだけでも段違いで成功率が上がったのだが……供給が安定しないらしく、鏡石さんが予備として保管していたこれ1つしか準備できなかったそうだ。

 そんな貴重品を預けられるプレッシャーがないとは言わないが、俺が持つのが一番良いということも理解している。

 

「それを使う事態にならんのが最善だが――万が一の時は、頼むぞ」

「もちろんです。……では、行ってきます」

「で、では!」

「おう!頑張れよ!」

 

 かけられた応援を背に、5人を追いかけて北門を駆け抜けた。




なんとなくお分かりの方もいるかと思いますが、桃金浦の由来は『桃太郎』『金太郎』『浦島太郎』です
日本に憧れるアメリカの学生が、伝統的な英雄(ヒーロー)から1文字ずつ漢字貰った結果、語感が最悪になりました

【アイラマティ】討伐メンバー
索敵・〇〇・〇〇担当:水無月火篝 【盲目視眼 ティレシアス】
〇〇・〇〇担当:桃金浦
〇〇〇〇担当:百間狭 絶許
〇〇担当:マリア
〇〇〇〇担当:リュージャ
〇〇担当:霧鮫 【水成神母 エヌマ・エリシュ】


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30・ゴタゴタ、そして出立

作戦計画書を渡す描写を入れ忘れていたので、前々話に追加してあります


□〈緑花草原〉 【大迎撃者】水無月 火篝

 

「お、来たか!」

「お待たせしてすみません」

 

 北門を出てすぐのところに一塊となっているのを見つけ、リュージャと肩を並べて駆け寄る。

 みんな、すぐにでも出発したいとソワソワしているのが見て分かる。かくいう俺もそうだ。

 

「全員揃ったし、早速行こうぜ!来い、【アルゴー】!」

 

 叫んだ桃金浦の左手、刻まれた紋章から光の粒が溢れ出し、実体を形作る。

 光が収まった時――そこには、豪奢な装飾の施された()()()()()()()が鎮座していた。

 

□□□

 

 今回の作戦には、根本的に解決しなければいけない問題が1つあった。

 ”どうやってパーティーの足並みを揃えつつ、素早く移動するか”。

 【アイラマティ】を攻略するためには、その能力に対抗できる人材を集めなければならない。

 しかし実際に集まった者を見れば分かる通り、そのAGI……足の速さには大きなバラつきが出てしまう。前衛戦闘職を中心に就き、ステータス補正もAGIに寄ってる俺は1000近くあるのに対し、生産職ゆえに一番足の遅い百間狭のAGIは50にすら届いていないように。

 

 普通のパーティープレイなら一番足が遅い者に合わせて移動するのだが……今回は逃げる【アイラマティ】を追いかける必要がある。

 遅い者に合わせていては、一生追いつけない。

 この問題をどうにかするために選ばれたのが、桃金浦の〈エンブリオ〉。TYPE:チャリオッツ、【踏破船傑 アルゴノゥト】である。

 

□□□

 

「やっぱいつ見てもカッケぇなぁ、俺の【アルゴー】は!」

 

 現れた6人乗りのモーターボート――【アルゴー】を桃金浦がご満悦で眺める。

 そこは【アルゴノゥト】じゃないの?と思ったが、なんでも、チャリオッツ体自体は【アルゴー】であり、それに乗ることで発揮するスキルこそが【アルゴノゥト】である、という区別だとかなんとか。

 

「さあさあ、遠慮せずに乗ってくれ!……って、あー、そうだ。そこのお姉さんはどうする?」

 

 威勢が良かった桃金浦が、エヌの方を見て困ったように眉を寄せる。

 どうって……あぁ、なるほど。

 【アルゴー】は6()()乗りだ。〈マスター〉だけを乗せるのならば何も問題ないが、エヌも乗せるとなると席が足りなくなってしまう。

 

「……あ。ど、どうしよ、エヌちゃん!?」

「どうするもこうするも、我が引っ込むしかあるまいよ」

「え゛」

 

 人型をしていても〈エンブリオ〉。

 紋章に入ることができるのだから、そうするのが妥当なのだが……人から出たとは思えないような声が上がった。

 霧鮫は人見知りであると同時に、結構な依存気質でもあることは少し見ていれば分かる。

 初対面の4人と共に行動しなきゃいけない中、支えのエヌがいなくなってしまえば……どうなるかは想像に難くない。

 

「そ、それ以外に方法って……」

「ないだろうな。2人も座れるほど席は広くないし、席に座らずにいて吹き飛ばされぬほど、マスターも我もステータスは高くなかろう?……それとも。ステータスが高い者――そうだな、火篝あたりにでも席を譲ってもらうか?」

 

 おい、さらっと俺を犠牲にしようとするな。

 

「できないよ、そんなことぉ……」

「だろう?ならばもう手はない、大人しく受け入れろ。……おい、そんな目で見るな。今生の別れではない――どころか、紋章の中にいようと念話ができるだろうっ」

「う、でも」

「でもじゃないっ!まったく……。これ以上皆を待たせるわけにもいかん。そういうことだ、マスター。飲み込んでくれ」

「あっ……」

 

 強引に話を切り上げたエヌが、【アルゴー】の逆回しのように光の粒となって紋章に格納される。

 なんだかんだ霧鮫に甘いところがあるからな。このままだと霧鮫を押しきれず、一生ウダウダする羽目になると悟ったのだろう。

 

「……う、あ……」

 

 だが、切り上げられた側である霧鮫はたまったものではないようだ。

 身体の震えは増すばかりだし、過呼吸寸前になっている。

 他の人たちも心配そうに見つめているが、その視線すら苦痛に変わっていそうな様相だった。

 

 別に霧鮫だって、親しい人が周囲にいないからって必ずしもこうなるという訳じゃないはずだ。そんなんだったら、どうやって現実で生活してるんだって話になるし。

 しかし、見知らぬ人たちと〈UBM〉討伐という高難度クエストに挑まなければならない状況で。声こそ聞こえるが、頼みの綱だったエヌは急に傍を離れることになってしまい。立ちすくむ霧鮫がボートに乗り込むのをみんなが待ち続けている。

 そんないくつもの要因が彼女にのしかかり、追いつめてしまっている。

 

「……」

 

 リアルでは陰キャ拗らせて人見知り気味である俺だから、共感まではできなくても、その苦痛を想像することはできる。

 どうにかしてあげたい。してあげたいが……俺には、その方法が1つしか思いつかなかった。

 でもそれをやるのは、俺的に難易度が高いというか、覚悟が要るというか。なかなか踏ん切りが……

 

「は、はッ……ぅ、だれ、かぁ……」

 

 ――っ。

 あぁもう!しかたない!

 

「霧鮫さん!」

 

 ギュ……!

「……ぁ、え?これ……手?」

「私がいます。エヌさんやイリスさんたちほど信頼できないかもしれませんが……私が隣にいますから。だからどうか、安心してください」

「…………」

 

 呆けたように、確かめるように、包み込んだ俺の手を何度も握り直す。

 ……よし、いいぞ。だいぶ呼吸が安定してきたし、震えもほとんど止まってる。

 

 思い付いた解決策というのは、とても単純なこと。

 霧鮫がああなってしまったのは、頼る相手がいなくなってしまったから。

 だったら、頼る相手を()()()()()()しまえばいい。

 これまで何度か交流し、ある程度懐いてくれていた火篝()がいたからこそできた芸当である。

 

 しかし、信頼度ではどうしてもエヌたちに劣っているため、ただ声をかけただけでは届かない可能性が高かった。

 だからこそ、手を握ることで"傍に俺がいる"ことを意識させようとしていたのだが……。

 完璧美少女のガワこそ被っているが、中身は絶賛思春期真っ只中の男子高校生。

 女子と手を繋ぐことに、ためらわないわけがないよな!?

 ……まぁ、俺の羞恥心を捧げる程度で霧鮫を落ち着かせることに成功したのだから安いものだ。

 

 

『――感謝するぞ、火篝よ』

「?」

 

 耳元で囁かれた声に、霧鮫に集中していた視点を俯瞰に切り替える。

 すると、霧鮫の紋章を根元として、細い蒼蛇が耳の近くまで伸びているのが分かった。

 出所と聞こえてきた声音からして、エヌが作り出したモンスターだろうか?

 

『よくぞ、よくぞ我がマスターを鎮めてくれた。

 ……そうか、そうだな。ここより出て手を握ってやれば、それでよかったのだな。

 まさか我からの念話すら頭に響かぬようになるとは露にも思わず……柄にもなく取り乱してしまい、叫び声をあげることしかできなかった。

 我が軽率にマスターを1人にしたばかりに、このようなことを……!』

 

 悲痛な言葉が俺にだけ伝わるように響く。

 あのいつも堂々とした姿勢を崩さないエヌがこんな声を出していることにも、エヌの声すらも通じないような状態だったことにも驚いた。

 エヌですら声だけじゃどうにもならなかったのだから、それ以外をやろうとした俺の判断は正しかったようだ。

 

『……このようなことを頼むのは筋違いだと理解している。だがどうか。我が外へと出れぬ間、マスターを支えてやってはくれないだろうか?』

 

 そんなの、返事は決まってる。

 

「お任せ下さい」

『――感謝する』

 

 ドロリと蒼蛇が崩れ、紋章に吸い込まれていく。

 ともかく、これで一件落着だ。

 【アルゴー】に乗り込もうと足を向けて。

 

「……あの!」

「?どうかしましたか?」

「ず、図々しいかも、しれませんが。このまま――手を繋いだまま、乗っていいですか?」

「…………ええ、もちろん。問題ないですよ」

 

 そう、別に問題はない。ただ、俺の羞恥心が永続的に消費されていくようになるだけなのだから……いや、問題ありまくりだが!?

 かといって断るのは論外だし……。

 しかたない。俺が我慢すればいいだけだ。

 

「えへへ」

「……ふふっ」

 

 そんな俺の苦悩など露知らず(まあ知られないように俺が頑張ってるんだけど)、霧鮫は嬉そうに笑う。

 ここまで喜ばれるとそれだけで全てを許せそうになってしまう。我が事ながらチョロいなぁ……。

 

 

 だいぶ苦労はしたがやっと出発できると、霧鮫の手を引きながら【アルゴー】に乗り込むと。

 

「錯乱した気弱系美少女をミステリアスな美女が愛をもって抱きしめ、癒した後は手繋ぎで仲睦まじく並び歩く、だと……?尊い、なんて尊いんだ……!こんな神シーンが無料で見れていいのか!?しかしデンドロにはスパチャ機能は実装されてない……なぜだ、なぜ実装しないんだ運営!?とりあえず拝もう。そうしよう……」

 

 ――そこには、ひたすらにこちらを拝み倒す百間狭の姿があった。

 

「……はい?」

 

 ……はい?

 零れた声と心の声が完全一致した。

 頭の中が疑問で埋め尽くされる。

 こいつはなぜ拝んでる?なんで俺たちの方を見てる?分からん……!?

 

「なにこいつ、怖っ……あ、あー、えっとそうだな。とりあえず、落ち着けてよかったな!」

「その、ご迷惑を、おかけしました……」

 

 ヤバいものを見るような目の桃金浦に、俺がおかしくなったわけではないことを確認して安堵する。

 それに、霧鮫へ向けた気遣い。

 陽キャは陽キャでも、ちゃんと周りのことを考えられる良い陽キャだった……ちょっと穿った見方しててごめん……。

 

「いやいや全然!解決できたみたいだし、この後頑張ってくれればそれで大丈夫だし!あ、でもそんな美人さんと仲良くしてるのは羨ましいなー。俺にも手繋いだりしてくれません?なんちゃって――ぶへっ!?」

「!?」

 

 突然、桃金浦の顔を爆発が覆う。

 いつもなら気分を悪くするナンパ紛いの言葉も、ここまで場を和ませる意図が見えていればむしろありがたいと、俺も茶化す感じで返そうとしたところでの出来事に、思わずそれを引き起こした犯人……百間狭へ振り返る。

 

「痛った……!?なにす――」

「何をするだと?貴様は自分が何をしでかそうとしていたのか、理解して言っているのか!?」

「お、おぉ?」

 

 当然百間狭へと詰め寄るが、鬼気迫る表情にむしろ桃金浦の方が怯ませられてしまう。

 

「どうやら理解していないようだなぁ。ならば、無知蒙昧な貴様に教えてやろう。貴様が犯しかけた大罪を!

 ――貴様はな、()()()()()()()()()()()()のだぞ!!」

「「…………???」

 

 何度目とも知れない困惑が俺と桃金浦を襲う。

 

「百合とは神聖なるモノ、断じて、断っっじて汚してはならぬのだ!だというのに、貴様というやつは……!!」

「「……」」

 

 ……言葉が出てこない。

 百間狭が言ってることの意味は理解できる。

 でも……えぇ……?

 

「本来であれば挟まろうとした男は問答無用で爆殺するが、討伐作戦を控えるがゆえに威力は手加減してやったのだ。感謝するがいい。

 そして、その生き永らえた命、なにに使うべきかは理解しているな?――そう、百合を理解し、己の罪を自覚することだ……!

 案ずるな、この俺自らが諭してやる。そうだなまずは百合の至高さについてだな――」

「あ、あの!」

 

 暴論から始まり、長々と続きそうになった話が遮られる。

 声を上げたのは、いまだ固まったままの俺たちではなく、ずっとオロオロと様子を見守っていたリュージャだった。

 

「そ、そろそろ出発、しませんか!?」

 

 声を裏返らせながらも、しっかりと主張する姿に百間狭が沈黙する。

 

「すぅー、はぁ……ええ、そうですね。そうしましょうか」

 

 深呼吸をした後、何事もなかったかのように自己紹介の時のテンションに戻る。

 それを呆然と眺めていた俺と桃金浦が顔を見合わせる。

 言葉こそ交わしていないが心が通じあったのが分かった。

 こいつ……真面目そうな皮被ってるけど、多分この中で一番ヤバい……!

 

「お、おー。じゃあまあ、出発するぞー……?」

 

 まだまだ困惑の抜けきらない桃金浦がハンドルとアクセルレバーを握る。

 時計を見ると、既に8時10分過ぎ。

 北門前でもう10分以上もウダウダしてしまっていたらしい。

 ……というか、さ。

 

 メンバーを全員見渡す。

 思想強くてヤバい百間狭に、さっきの声掛けで全気力を使い果たしたのか座席に脱力するリュージャ、俺の手を握ってご満悦な霧鮫。それと……さっきの百間狭の騒動の時含めて、ずーっとニコニコ笑顔から表情を変えずに眺めているマリア。

 ――癖、強すぎないか!?

 唯一、桃金浦だけはまともっぽいけども。

 ホントに討伐できるか、急に不安になってきたな……。




一定以上の知り合いにはかなり甘くてめっちゃ大切にする葉月くんと、討伐メンバーの中でぶっちぎりにヤバイ百間狭でした

ちなみに、『パーソナルから生まれてるとしても必ずしもパーフェクトコミュニケーションできる訳ではない』と理解はしていても、ちゃんとマスターの心を守れなかったことにエヌちゃんは現在ガチへこみしてます


【アイラマティ】討伐メンバー
索敵・〇〇・〇〇担当:水無月火篝 【盲目視眼 ティレシアス】
輸送・追跡担当:桃金浦 【踏破船傑 アルゴノゥト】
〇〇〇〇担当:百間狭 絶許
〇〇担当:マリア
〇〇〇〇担当:リュージャ
〇〇担当:霧鮫 【水成神母 エヌマ・エリシュ】


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31・前準備

年変わる前の更新を目指してましたが、後半詰まってしまったので、またまた前半だけでの投稿です


□〈緑花草原〉 【大迎撃者】水無月 火篝

 

 ザアアァ―ッ。

「キュ?キュイィ!?」

 

 高速で後ろへと流れる光景のなかで、草を食んでいた【走兎】が地上を進む船に驚き、逃げていくのをぼんやりと眺める。

 すっかり見慣れたフィールドも、こうやって見るとなかなかに見応えがあるものだ。

 

□□□

 

 俺たちを乗せた【アルゴー】は現在、〈魔香森丘〉を目指して最短距離で〈緑花草原〉を突っ切っていた。

 当然下は土と草なので、ホバーでもない【アルゴー】が走れるはずもないのだが……まるで大海原を征くように、悠々と進んでいく。

 それを成すのが【アルゴノゥト】の第1スキル、《駆け抜ける絶地》。

 『【アルゴー】が陸上・海上問わず、さらに段差や障害物に阻まれずに航行可能にする』スキルである。

 

 そして、【アルゴノゥト】が保有するスキルはもう1つ。

 『乗員数×100+乗員の合計レベル×3のAGIを【アルゴー】に加算』する、《集いし英雄》だ。

 これによって、基本AGIが300しかない【アルゴー】が前衛上級職をも優に超える高速艇に早変わりする。

 

 応募された中には、【アルゴー】より速く移動できる〈エンブリオ〉も、より多くの人を乗せられる〈エンブリオ〉もあっただろう。

 だが、1パーティーを乗せた上で、【アイラマティ】に追いつける速度を出すことが可能であり、そしてなにより、足場の悪い森の中でも支障なく移動できること……これら全部の要因を満たせるのは、【アルゴノゥト】以外にいない。

 まさに、今回の作戦での最適解と言えた。

 

□□□

 

「じゃあマリアはまだ始めたばっかりなんだ?」

「はい。知り合いの方にオススメされたのですが、すっかりハマってしまいまして~。現実ではなんの力も持ちえぬわたくしですが、こちらでは直接誰かを救うこともできますから」

 

 なかなかに不安を感じさせる出発だったが、意外なことに、道中の雰囲気は和気あいあいとしたものだった。

 誰のおかげかと問われれば、間違いなく桃金浦のおかげだ。

 明るく場を盛り上げながら、人見知りの2人と自分からはあまり喋り出さないマリアに適度に話題を振って会話に参加させる。

 話し上手LV.MAXかつ聞き上手LV.MAXというか……素直に感心するし、彼がいなかったらその空気感は誇張抜きでお通夜のそれだったろうことを考えると、なんかもう頭が上がらない。

 

 あとは……百間狭が地雷さえ踏まなければ礼儀正しい人間だったことと、俺が桃金浦のサポートに回ってたことも大きいと思う。

 桃金浦の話に乗っかり、霧鮫たちのたどたどしい言葉を翻訳して……うぬぼれかもしれないが、俺がいなかったら流石の桃金浦とて、ここまで雰囲気を良くするのは難しかったはずだ。

 ……ふと思ったが、もし俺がガワを被っておらず、素のままの俺だった場合は人見知りが3人になってたのか。そうなってたら、今の比じゃないくらいに悪化していただろうな。

 ちゃんとコミュ強の人格にした昔の俺に感謝したい。

 

「お、見えてきたぜ!〈魔香森丘〉だ!」

 

 雑談に興じていた全員が前方に向き直る。

 そこにはたしかに巨木が鬱蒼と生え揃った〈魔香森丘〉が姿を現していた。

 

 

 ……思えば、この2つのフィールドとも縁があったものだ。

 初めての戦闘であの【小鬼】と死合ったのも、【純龍弓鬼】――黒牢に誘われ、【ルガリード】に挑んだのも。

 霧鮫たちに出会ったのや……辻斬りティアンを殺したのもここだった。

 これまでの俺のデンドロ生活のほとんどを占めていたと言っても決して大げさじゃない。

 

 その縁とも、俺が将都を旅立つことでそろそろお別れになる。

 ならば最後に、〈UBM 〉討伐という特大の花で飾ってやろうじゃないか。

 

 

「じゃあまずは火篝さんだな。よろしく頼むぜ!」

「ええ。お任せ下さい」

 

 色々と対策を講じても、遭遇できなければ全て水の泡。

 そういう意味では、索敵役はかなり責任重大だ。

 

「百間狭さん、記録の準備は……」

「現在地の同期は終わっています。いつでもどうぞ」

 

 この中で一番DEXが高い(手先が器用な)百間狭が索敵の補佐をしてくれることになっている。

 その手元にあるのは地図と()()()()

 

「……では、始めます!」

 

 呼吸を整え、繋いだ両手は祈るように胸の前に。

 この動作が必須ということではないが、これが一番集中しやすい姿勢だった。

 

「――」

 

 目に見えず、触れもせず……でもたしかに存在するおぼろげな感覚を掴むイメージ。

 【ティレシアス】の視覚結界《見えざる瞳、視る異能(ヴレポ・デュナミス)》、その輪郭が()()()()

 

「――っ、はっ」

 

 揺らぎは次第に大きく。

 もはや半球形ですらない、うねり狂うような不定形へと変貌する。

 ……もう一息だ。

 切れかけた集中を一呼吸で紡ぎ直し、ダメ押しとばかりに眼を開く。

 集中する時、普通なら目を閉じるものだろうが……今の俺にとっては、こっちの方が性に合う。 

 

 無機質な眼球が露わになったことで他の面々がギョっとしているのが見えたが、構う余裕もない。

 ただひたすらに心を研ぎ澄まし。おぼろげな感覚よりさらに深い、核心へと迫り――掌握する。

 無秩序に暴れていた結界が統制され、不定形から一定の形に収束していく。

 しかし、その形は元の半球ではなく――。

 

「……ふぅ」

「なぁ、成功……したんだよな?」

 

 両手を下ろして緊張を解くと、戸惑ったような声が上がる。

 テリトリーの中にはスキルを行使すれば空間の見た目が変わるものも多いが、【ティレシアス】にそういった変化はない。

 外からだと、俺がひとしきり唸っているのだけ見えて、実際どうなのか不安になるのも当然だ。

 

「はい。これ以上なく」

 

 だが、俺の試みは間違いなく成功している。

 それは俺の視界が……前方へ広がる()()の視界が証明していた。




【踏破船傑 アルゴノゥト】
TYPE:チャリオッツ
特性:乗員影響・地形無視
モチーフ:多くの冒険を潜り抜けたギリシャ神話の船"アルゴー船"とその乗組員たち"アルゴノゥト"
形態:Ⅲ
補正:AGIにE、その他G
形状:6人乗りのモーターボート。基礎速度はAGI換算で300。
《集いし英雄》
AGI換算で乗員数×100+乗員の合計レベル×3を基本速度に加算する。
《駆け抜ける絶地》
陸上・海上問わず、そして段差や障害物に阻まれずに走行することが可能になる。

備考:桃金浦の"英雄(ヒーロー)として仲間と冒険したい!"という願望が素直に反映された結果、"乗ってる人間が強いほどスゴくなる船"として生まれている


【アイラマティ】討伐メンバー
索敵・〇〇・〇〇担当:水無月火篝 【盲目視眼 ティレシアス】
輸送・追跡担当:桃金浦 【踏破船傑 アルゴノゥト】
〇〇〇〇担当:百間狭 絶許
〇〇担当:マリア
〇〇〇〇担当:リュージャ
〇〇担当:霧鮫 【水成神母 エヌマ・エリシュ】


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32・見敵、始動

掲載開始から4年経ったらしいですが
作中時間は現実換算だと1ヵ月も経ってないそうです
……嘘でしょ?

※原作で情報が出たので、作中に出ていた【~武者】系の下級職を修正しました
修正漏れを見つけましたら報告お願いします


□水無月 火篝

 

 ことの発端は、2週間ほど前。

 「【ティレシアス】の結界、もう少し狭くできないかな……」と思ったのがキッカケだった。

 

 視界――つまり結界の展開範囲は、第Ⅱ形態の当時で半径200m。

 広い範囲の状況を把握するのを求められるフィールドでの活動ならば適切、むしろ狭いくらいの距離だが……街中で過ごすとなると話は別だ。

 視界が建物や壁で遮られ、10m先すら見渡せないで生活するのが当たり前な街中では、()()()()のだ。

 視点をそらすことである程度抑制できるとはいえ、入ってくる情報量という意味でも、普通は見てはいけないプライベートな部分が目に入ってきてしまうという意味でも、なかなかにツラいものがある。

 それを解決する手立てとして考えたのが、結界の範囲を狭くすることだった。

 

 

 とはいえ、思い付いて即実行できたかというと、もちろんそんなことはなかった。

 一番ネックだったのは、俺が"結界の感覚"を掴めていなかったこと。

 自分の肉体の延長線上、そこに結界があるのはなんとなく分かっていた。

 だが、どうやって指示を出せば伝わるのか、動かせるのか……そういった想像がまったくできなかったのだ。

 

 それからは、移動中やら索敵中やら、暇を見つけてはあーでもないこーでもないと試行錯誤する日々。

 だが、なんの成果も得られずに1週間が経過し、これは失敗か……と半ば諦めていた時。

 数ミリだけであったが、視界の端が俺の意志に応じて縮まった、縮められたのだ。

 

 そこからはトントン拍子だった。

 一度成功したことで感覚は掴み、再現するのには数時間もかからなかった。

 ただ半径を狭めるだけではなく、左右だけ狭めて前後はそのままにしたり、碁盤の目のようにまだらにしたり……普段使いするかはともかく、色々とバリエーションを増やせることも分かった。

 今は基本的に街中では半径10メートル程度に視界を縮めて生活しつつ、壁や障害物に沿ってリアルタイムに範囲を変更し、隠されたモノを視ずにすむ技術を研鑽中である。

 こうして、視界の問題は解決した。

 

 ……しかし、俺は話をここで終わらせなかった。

 俺ができるようになったのは、厳密に言えば()()の範囲を変更すること。

 元ある結界の形自体には手を加えず、指定した範囲の効果が発揮されないようにO()F()F()にしているだけ。言わば、効果範囲の"切り捨て"だ。

 であるのならば……最初の思い付きの通り、()()の範囲を変更できれば、また別の結果を生み出せるのでは?と。

 そうして習得したのが、この"組み換え"のテクニックだった。

 

 

□□□

 

 

 "組み換え"を行った結界は、まるで最初からそうだったように扇形から揺らいでことはない。

 これは結界の形を一時的に変化させるのではなく、『半球型』として形があったものを『扇形』へと成形し直しているようなものだからである。

 おかげで多少気を抜いても元に戻ることはないが、深いところを弄っている分、必要な集中力は"切り捨て"の比じゃないのが難点だ。

 さっきみたいに、行使するまでどうしても時間がかかってしまう。

 でも、これでやっと準備が終わった。索敵を始められる。

 

 

 人間本来の視界のように前へだけ伸びる結界。

 その状態で、ぐるりと周囲を()()()

 

「く、ぅ」

 

 全方位の視界に慣れた頭は目まぐるしく変わる景色に違和感を吐き出すが、そんなものは無理やり押し込めて。

 視界に写る全てを見逃さぬよう、気を張り詰めながら何往復も。

 ……だが、目当てのものが写ることはない。

 

「……見つかりませんね。流石にそう都合よくはいかないみたいです」

「分かりました。……視界の限界は7()0()0()mでしたね?」

 

 百間狭が述べたのは、【ティレシアス】の結界半径の倍の距離。

 

「ええ、それでお願いします」

 

 だが、それは間違いではない。

 今の俺の視界の端は、たしかに700m先を見ていた。

 

 これが"組み換え"を行う利点。

 展開する方向を選ぶことで、全方位に展開していた分の結界がそちらに回り、距離の限界を伸ばすことができるのだ。

 と言っても、普通に活動しているだけではいつも以上の距離が必要になることはなかったので、習得したはいいものの今まで有効活用できていなかったが……今回の作戦においてはこれ以上なくハマってくれた。

 その分のデメリットとして選ばなかった方向は何も見えなくなるが、今やったように『見渡す』という動作を行えばそのデメリットも帳消しになる。ただただ、索敵する範囲が増えるという訳だ。

 

 

「700m……このくらいですか」

 

 縮尺に合わせてコンパスが調整され、現在地を起点に地図上に円が描かれる。

 

「では、進路は4時の方角で。ポイントが近づいたらその時にお知らせします」

「おっし、行くぜ!」

 

 ブォンブォンとエンジンを吹かし、【アルゴー】が森の中へ突っ込んでいく。

 器用に木の隙間を縫い、ぬかるんだ地面も小さな倒木もものともせずに進んでいく船の姿は圧巻だ。

 

「――もうそろそろ……はい、この辺りです」

「……こちらもダメなようですね」

 

 百間狭のナビのもと停泊し、こちらでも入口の時と同じように周囲を見渡す。

 だがやはり、標的は――【アイラマティ】は見当たらない。

 これまた同じように円が地図上に描かれ、【アルゴー】が発進。

 停泊し、見渡し、円が描かれ……一連の動作を繰り返す中で、徐々に徐々に、円で地図が埋められていく。

 【アイラマティ】の()()()()()の情報が更新されていく。

 

 ――そう、これこそがこの作戦における索敵のやり方。

 俺1人による、〈魔香森丘〉の()()()である……!

 

 

 ……こんなチマチマしたことなんてせずに、もっとスマートに探し出せないの?とは他でもない俺自身が思っている。

 だが、マップ1つ分の森を全て視界に収めるのは、結界の限界的に不可能。全域を索敵するには、今やっているように地域ごとに分けて探していくしかない。

 そしてこんなんでも、今回の索敵役としては集まった【エンブリオ】の中で【ティレシアス】が最適解なのだ。

 

 索敵・探索系の〈エンブリオ〉で一番多いのはドローンや鳥型ガードナーを放つ類だが、そういった〈エンブリオ〉は視覚情報でしか探せないものがほとんどだ。茂みや木々に隠れ、隠密能力もある【アイラマティ】は見逃してしまう可能性が高い。

 視覚に頼らず、隠密も関係なく探せる〈エンブリオ〉もあったらしいが……『一度討伐した種族しか探せない』とか『自分を殺した相手をマーキングする』とか、揃いも揃って今回の作戦には適しないものばかりだったとか。

 

 その点、時間と手間はかかっても、【ティレシアス】ならば確実に見つけられる。

 それに時間に関しても、"組み換え"で実質的な距離を広げている分、当初の計画よりかなり早くなっている。

 鏡石さんたちからすれば、嬉しい誤算だったはずだ。

 

 

 ……ただまぁ、1から10まで上手い話というものはないもので。

 この索敵方法には、結構重大な欠点もある。

 それは――

 

「ぐ、ぁああぁ……っ」

「水無月さん?大丈夫ですか?」

「……平気……ですっ」

 

 倒れかけた身体をマリアさんに支えてもらいながら、垂れてきた鼻血を拭う。

 

 普段の俺は、結界から届く全ての情報を処理することはない。

 これまでの人生から結界式の視界に慣れきってないというのもあるが……もっと問題なのは、それをしてしまうと俺の頭にかなりの負担がかかってしまうということ。

 ある程度は【ティレシアス】が処理を負担してくれるといっても100%じゃないし、当然入れる情報の量を増やせば増やすほど、負担は重くなっていく。

 戦闘中や普段の索敵で結界の全域に意識を向ける時だって、位置関係など、大雑把にしか情報を把握することはない。

 

 だというのに、今回は隠れた【アイラマティ】を見逃さぬよう、結界の隅々まで見通さなければならない。それも、実質的に範囲が広がっている中で。

 正直言って、とてつもなく辛い。

 計画を立てた段階である程度は想像していたが、その想像をはるかに超えている。想定していたよりも【アイラマティ】を見つけるのが遅れているのも、悪化に拍車をかけている。

 ……つくづく思うが、見通し甘いよなぁ、俺。

 そしてその甘さの結果が見ての通りの、頭が割れそうなくらい痛くて、立つのもやっとの惨状だ。

 

「……とても平気には思えません~。作戦書にも、このような副作用があるとは書かれていませんでしたし。一度休まれたほうが~」

「あはは、それは私が伝えていなかっただけなので……心配されなくても大丈夫ですよ。……少し見誤っただけ、です」

「でしたらやはり~」

「いえ、だからこそです。……私のせいで、みなさんにご迷惑はかけられませんから」

 

 そう、見誤ったからこそ、ここで倒れて投げ出すわけにはいかない。

 頼られたことに舞い上がって、期待以上の成果を出そうとして、この体たらくだ。

 ならば多少無理してでも、最初に期待されていた分くらいの働きをするのが筋ってものだろう。

 

「……そうですか~。でしたら、こちらを~。……《穢祓い・【傷痍】》」

 

 懐から取り出した符を片手に魔法が発動される。

 スッと痛みが和らぎ、頭が軽くなった。

 

「今はあまりMPは使えないので、気休め程度ですが~」

「……ありがとうございます。助かります」

「いえいえ~」

 

 いや、ホントにありがたい。

 治療してくれたこともそうだが、なにより心配してくれたことが。

 目の前でなにが起きてもずっとニコニコしてるの、ちょっと怖いな……とか思っちゃってたのがだいぶ申し訳ない。きっと、人より温和ってだけなんだろうな、うん。

 

 

□□□

 

 倒れかけた時は霧鮫に支えられ、痛みに悶えるところをたまにマリアに治してもらいながら、〈魔香森丘〉の4分の3を索敵し終えた頃。

 

「……見つけました!11時の方角、距離約600!」

 

 俺の視界は、待望の標的を捉えていた。 

 緑あふれる森の中で場違いなメタリックな表面。眼球を模した造形。そしてなにより、頭上に浮かぶネームタグ。

 間違いない。

 討伐対象――【到極王眼 アイラマティ】だ。

 

「ふむ、やっとですか」

「えっとそうだ、アイテムの準備を……!」

「エヌちゃん、そろそろ出番だよ……頑張ろうねっ」

 

 俺の報告を皮切りにバタバタと支度が進んでいく。

 

「みんな準備はできたな?それじゃあ、仕掛けるぞ!」

 

 思いっきりアクセルが踏み込まれた【アルゴー】は【アイラマティ】へと一直線に突き進み、距離がどんどん縮まっていく。

 

「500……400……300、っ、気付かれました!」

「なんと。情報よりだいぶ早いのでは?」

 

 彼我の距離が200mを切った直後、【アイラマティ】がぴくりと揺れ、一目散に反対方向へと移動を開始する。

 これまでに挑んだ者たちから所持するスキルはいくつか割れており、その中には『発見されたことを察知する』と思わしきスキルもあった。

 これのせいで遠距離から攻撃しようにも逃げられるし、逆に【アイラマティ】を発見できない者は察知されず近付けてしまうので、不用意に接近、からの迎撃、で深手を負ってしまった人もいるのだとか。

 索敵してから近づく、という作戦上、察知されてしまうのは分かってたことだが……提供された情報から予想されていた察知限界の距離は150m程度だった。

 まさか、その2倍ほど遠くまであったとは……。

 

「外れたもんは仕方ない!速さの方はどうだ?」

「こちらは……情報通り、ですね」

 

 フワフワ浮くような移動方法だというのに、その速度はかなりのモノ。

 目測だが、AGIに換算すれば2000は超えるだろう。

 ティアンであれば、高レベルのAGI重視ビルドじゃなければ追いかけるのも厳しいほどだ。

 ――だが。

 

「なら大丈夫だ!どんだけ距離があっても追いつける!」

 

 今の【アルゴー】は、それより速い。

 なにせ、《集いし英雄》の補正が入った【アルゴー】のAGIは2500を越えている。

 追いつくのは時間の問題だ。

 

()()をしのぐ時間は増えるが、元々猶予はあったしな!頼りにしてるぜ、4人とも!」

「が、頑張りぁすっ!」

「リュージャさんはまず落ち着きましょう~。はい、深呼吸です~」

「……頼りにしてるぜ?」

 

 そうこうしてる内にも、逃げる【アイラマティ】との距離は縮まっていく。

 動きにくい森の中とはいえ、小さくて浮遊する【アイラマティ】と地形を無視する【アルゴー】にその影響はほとんどなく、純粋に速度の差が出てきている。

 このままいけば、遠からず追いつけるはず。

 ……しかし当然ながら、【アイラマティ】もそれを易々と受け入れるはずもなく。

 

「!妨害、来ます!」

『――――』

 

 距離が150mを切ったことで()()()()に入ったのか。

 若干速度を緩めた【アイラマティ】から、薄紫の光が放たれる。

 情報にあった、スキル発動の前兆だ。

 光はさながらTYPE:テリトリーのように円筒状に展開され、【アルゴー】ごと俺たちを包むどころか、左右20mほどにまで広がっている。

 小回りの利きづらい【アルゴー】では、立ち並ぶ木々でルートが狭められている中、発動までに範囲外へ逃げることは不可能だろう。

 ――もとより、逃げるつもりは毛頭ないが。

 

「さ、《身捧ぐ民草(サクリファイス)》っ!」

「――《母神の抱擁》」

「――《祝罪は行いに呼応せり(マカル・アマルティアー)》!」

 

 元々、準備は全員終わっていた。

 俺の警告にリュージャが、続いてマリアと俺が〈エンブリオ〉を発動させる。

 その一瞬の後――【アイラマティ】を起点とし、紫の燐光が駆け抜けた。




地味だけど火篝ちゃんが強化されました
直接強くなったりはしないけど、こういうことができると後々いろいろと悪さができるになる

・テリトリーの切り捨てと組み換え
原作だと月夜やBBB先輩などが行使していたテリトリーの圧縮と同種かつ別系統のテクニック
圧縮が『無理やり重ねて効果を強めよう』とするものとすれば、切り捨ては『特定範囲だけ効果を消して省エネする』、組み換えは『要らない場所から欲しい場所に結界を継ぎ足す(総体積は変わらない)』というもの
圧縮と違い、"重ねる"という一番負担が大きい工程が要らないため、要求される技術力と反動が段違いに少ない。そのおかけで、火篝も少ない期間で物にできた
ただし【ティレシアス】の場合、結界範囲=視界であるため、使い方によっては別の負担も増えるという、他者にはない欠点もある


【アイラマティ】討伐メンバー
索敵・〇〇・〇〇担当:水無月火篝 【盲目視眼 ティレシアス】
輸送・追跡担当:桃金浦 【踏破船傑 アルゴノゥト】
〇〇〇〇担当:百間狭 絶許
〇〇担当:マリア 【母神恩寵 デメテル】
〇〇〇〇担当:リュージャ 【凶傷護民 エサルハドン】
〇〇担当:霧鮫 【水成神母 エヌマ・エリシュ】


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33・それぞれの役目、決着?

□〈魔香森丘〉 【大迎撃者】水無月 火篝

 

 隠蔽を見破られ、追跡される時に使われるそのスキルは、"悪性結界"と仮称されている。

 展開された結界から逃れられなかった者は、【猛毒】や【混乱】、【麻痺】など、強弱様々かつ、ランダムな状態異常を付与されるという強力な効果。

 しかもその判定は発動時の一度だけではなく、10秒間隔で、最長5分間続く。

 

 一般的に、状態異常対策の装備品は『広く対策できるが、防げるレベルは低い』『狭くしか対策できないが、防げるレベルは高い』『広い範囲を高いレベルで防げるが、回数制限のある使い切り』の3種類。

 そして"悪性結界"は狙ってか偶然か、この全ての対策を突破する仕様となっている。

 

 受けた上で対策をするのなら、状態異常回復の専門職――天地においては【巫女】などを連れて来ざるを得ないが……そうしたジョブをメインにしている者たちでは、逃げる【アイラマティ】の速度に付いていけない。

 乗り物を使えばそれも解決できるが、複数人を乗せられるような乗り物は、森という地形によって動きがかなり制限されてしまい、本題の追いかけることが難しくなる。

 結果的に、"悪性結界"を使われた上でそれでも追跡を続けられるのは、発動を見てからでも回避ができる、ごく一握りの速度特化だけ。

 討伐を目論む9割がここで脱落するだろう。

 かくいう俺も、俺1人ではその9割の仲間入りだ。俺が【アイラマティ】に挑むのを止めた理由のほとんどがこれにある。

 ――しかしそれも、()()であれば。

 

「……どうだ?」

「状態異常の発症数は0。対策成功です」

「よっし!第一関門突破ぁ!」

 

 こうして、1割の方へ入り込める。

 

「よかったぁ……ありがと、エサルハドン」

『……』

 

 リュージャの後ろに控える、まるで影がそのまま立ち上がったような黒い人型がコクリと頷いた。

 

 

 彼?がリュージャの〈エンブリオ〉。

 TYPE:ガードナー【凶傷護民 エサルハドン】。

 《身捧ぐ民草(サクリファイス)》のスキル名が示すように、その特性は"身代わり"。

 リュージャの従属キャパシティをコストに顕現する【エサルハドン】は、〈マスター〉であるリュージャとそのパーティメンバーが受けるあらゆる不利益――ダメージやデバフ、状態異常を、HPダメージとして肩代わりする。

 従属キャパシティという追加コストと、【エサルハドン】が倒された場合に一定時間従属キャパシティを使用不可にする制限がある代わりに、そのHPはそこらの上級職でも追いつけないほどの数値となる。

 状態異常を防ぐでも治すでもなく、【エサルハドン】に代わりになって貰うことで強引に突破する。それが俺たちの立てた"悪性結界"の対策だった。

 

 

「HPの減少速度も想定通りですね。このペースであれば、討伐まで保つでしょう」

「ふふっ、やはりお役に立てるというのは嬉しいものですね~」

「ええ本当に」

 

 とはいえ、【エサルハドン】単身では"悪性結界"を乗り切ることはできない。

 いくらHPが膨大とはいえ、6人分の状態異常を受け続ければさほどかからずに削り切られるからだ。

 マリアと俺に任された役割は、それを補助すること。

 

 まず、俺の《祝罪は行いに呼応せり(マカル・アマルティアー)》。

 第Ⅲ形態進化時に習得したこのスキルは2つの効果を内包している。

 いや、正確には、"本命"の効果と、"本命をより効果的に扱うため"のおまけの効果がある、と言うべきか。

 しかし今必要なのは、そのおまけの方だ。

 『結界内において発動した、任意のスキルの効果を2倍にする』。

 第Ⅰ、第Ⅱ形態までとはうって変わってのバフ系。しかも、本命の方もこれと違う系統かつ、同じくらい突拍子のない効果である。

 まったく、どういう理由でこんな進化をしたのやら……。

 

 まあ、それは今は置いておこう。

 重要なのは、この効果の対象条件が、結界の中で発動するだけなこと。

 展開の起点である自分は勿論、敵のであろうと味方のであろうとスキルの強化ができる。

 

 そしてこの《祝罪》で強化するのがマリアの〈エンブリオ〉、TYPE:テリトリー【母神恩寵 デメテル】のスキル、《母神の抱擁》だ。

 『最大6人を対象に、HP・MP・SPいずれかの自動回復を付与』という、これだけならどこにでもありそうなスキル。

 特徴的なのが、対象数を増減させると回復量も増減すること。

 それも反比例ではなく、対象数を減らせば減らすほど、飛躍的に回復量が上がっていく。

 その回復量、1人を対象にすればなんと30倍。

 複数対象でありながら、ただ1人を対象にした方が強いという珍しい仕様になっている。

 

 この《母神の抱擁》を《祝罪》で強化して【エサルハドン】に施すことで、"悪性結界"によるHPダメージはほぼ相殺できる。

 完全にではないのでジリジリとHPは減ってしまうが、追いつくまでの猶予としては十分だ。

 

 

『……ッ』

 

 3つの〈エンブリオ〉による連携(コンボ)によって、多くの武芸者を苦しめた"悪性結界"が無力化される。

 たしかに"悪性結界"を受けたはずがお構いなしに突き進む【アルゴー】に、【アイラマティ】も心なしか驚いたように身を震わせた。

 

『……。――』

 

 そうしている間に差は縮まっていくが、動きを再開した【アイラマティ】の次なる妨害が来る。

 【アイラマティ】の周囲に浮かび上がる炎弾、水刃、岩槍、etc。

 ありとあらゆる属性の魔法が起動し、一斉に飛来する。

 

 "悪性結界"を乗り越えたと思えば、次に向けられるのがこの魔法の弾幕だ。

 先程も言ったが、ティアンで"悪性結界"を抜けようとすれば速度特化しかない。

 しかしその追跡は、この弾幕によって足止めされる。

 間を抜けられるようなヌルい密度じゃないし、避けようと横に移動すれば、その間に【アイラマティ】は追跡を振り切って逃げてしまう。

 そして、こんなにバラまいておきながら、それぞれの魔法の威力は普通に上級クラスなのだ。

 無理やり突っ切ろうにも、速度特化がそんなことをすればどうなるかは……想像に難くないだろう。

 

 今度は俺たちも、真っ向から飛び込むことはできない。

 【エサルハドン】のおかげでダメージを即座には食らわないが……こちらの回復は"悪性結界"だけでやっと相殺なのだ。

 ここに魔法のダメージが加われば、辿り着くまでに【エサルハドン】が倒れてしまうのは確実。

 ――だからここからは、()の出番だ。 

 

 ヒュゥゥゥ、ドドォーン!!

 

 空気を引き裂きながら飛翔する()()()()が魔法とぶつかり合い、派手に爆発する。

 発射地点にいるのは、百間狭。

 

「【アイラマティ】。貴様は特に罪を犯したわけではないが……この世界に俺の求める"美少女百合空間"を作り上げるという大望を成すため、貴様を爆殺し、その礎としよう!」

 

 なんか恐ろしいことを口走りながら、左手の紋章より次々とミサイルを取り出し、間髪入れずに発射していく。

 搭載された誘導(ホーミング)機能が遺憾なく発揮され、飛来する魔法へ的確にぶつかり、相殺していった。

 

 

 弾幕へ対抗するにはどうすればいいのか。

 簡単なことだ。こちらも()()()()()()()を張ればいい。

 冗談のようだが、今回に限ってはこれが最良である。

 別の手段として考えられるのはバリアや盾で弾幕を"防ぐ"ことだが……残念ながら、追いつくまでの間、上級魔法を雨あられと撃たれても問題ないような〈エンブリオ〉が今回はいなかった。

 そのため、防ぐのではなく"迎え撃つ"ことが決められ、その役割に選ばれたのが百間挟でありその〈エンブリオ〉、TYPE:アームズ【爆神装 シヴァ】だった。

 

 いわゆる生産系〈エンブリオ〉である【シヴァ】のスキル《拒みし悉くを爆壊せよ》は、見ての通りミサイルを生成できる。

 このミサイル、威力、射程、速度、搭載する機能などを百間狭の任意でカスタマイズできるのだが……総合的な性能上限があり、ある要素を高めれば他の要素を低くする必要がある。

 当然と言えば当然の制限。

 その上で【シヴァ】が選ばれたのは、この制限を取っ払うことができるからだ。

 

 通常の消費に加え、HPやアイテムを捧げれば捧げるほど、出来上がるミサイルは高性能になる。

 それこそ、上級魔法に匹敵する速度と威力を備えた上で、魔法だけを対象にした誘導機能を搭載できるほどに。

 威力を上げれば発射レートや撃てる回数が減るのが普通なところも、事前に量を生成して紋章にしまっておけばそれもない。

 結果として、魔法とミサイルの弾幕はどちらも途切れることなく、色鮮やかな閃光と爆音を散らす拮抗状態を作り出していた。

 

 

「うひゃぁ……スゴい光景だ……」

「リュージャさん、呆けずに!私たちも続きましょう!」

「えっあっ、はい!」

 

 鏡石さんから預かった巾着、その中から紙束を取り出し、一枚取り外す。

 

「「《勅》!!」」

 

 その紙――呪符を構え、起動ワードを唱える。

 【アルゴー】の眼前に半透明な壁が展開され……爆煙を突き破って現れた光の矢と衝突し、対消滅。役目を終え、燃え尽きた符とともに消えていった。

 

 

 この呪符は【陰陽師】や【巫女】がよく使う符とは別種のアイテムだ。

 彼らの符が魔法の発動を補助する役割なのに対し、こちらは呪符が主体となって魔法を発動するため、少量のMPさえ流せば、魔法スキルを覚えてなくても魔法を使うことができる。

 

 この符は百間狭が撃ち漏らした魔法に対応するために用意された。

 ミサイルの弾幕とて、全ての魔法を漏れなく相殺できるわけじゃない。

 光属性や雷属性などのように弾速が桁違いな魔法、物理的な干渉ができない闇属性、あとは、単純に数が多くて取り零したやつ。

 魔法の総量から比べればなんてこない数ではあるが、放っておくことはできない。

 

 俺とリュージャがこの役割を任されているのは、言ってしまえば消去法だ。

 少量ではあるが確実にMPを消費しなければならないので、それぞれの役割にMPを使うマリアと霧鮫は除外。桃金浦と百間狭も手が埋まっている。

 となれば、見つけるまでが主な役割な俺と、ガードナーが役割の主体でMP消費もないリュージャがやるしかない。

 

 

 壁や盾を絶え間なく展開し、攻撃魔法で迎撃もしながら、【アイラマティ】を注視する。

 "悪性結界"は無効化し、魔法弾幕に対処し、逃走にも食らいついている。

 ここまでは俺たちの作戦・相性勝ち。

 だから、問題なのはここからだ。

 

「なぁ。このまま倒せると思うか?」

「……正直、不安ではあります。倒せて欲しいですけど……」

 

 百間狭のミサイルと、鏡石さんが渡してくれた呪符。これらで、対策としてもってきた俺たちの手札は全て出し尽くした。

 今のところ判明している能力については、全て対処できている。

 だが……もし、判明()()()()()能力がまだあったら?なにもできず全滅するかもしれない。

 保険は用意してある。

 それでも、ないならないに越したことはない。

 

 

 これまでとは違う動きがあったらすぐに警告できるよう、【アイラマティ】を見続けて……。

 

「――距離、50mを切りました」

「うっし!目標到達だ!」

 

 何も起こらないまま、目標としていた距離を突破していた。

 

「なんだ。意外とあっさりだったな」

「そ、そうですね……私、なにもしてないような気もします……」

「だからといって油断はしないようお願いしますよ。特にあなたは、手元が狂えば全員お陀仏なのですから」

「わかってるって!」

 

 ――本当に、これで終わりなのか?

 湧き立つメンバーを横目に、1人考え込む。

 あまりの拍子抜けさに、むしろ嫌な予感は強まって……。

 ……いや、大丈夫なはずだ。

 ここまで接近してしまえば、あとはトドメを刺すだけ。

 そして、そのトドメは外しようがない。

 

「霧鮫さん、あとは頼みます」

「うん!私たちに、任せて……!」

 

 これまでずっと、ただ待機していた……いや、待機しながらも、ギリギリまで()()を進めていた霧鮫が立ち上がる。

 

「いくよ、エヌちゃん……!」

 

 目前に掲げた左手、その紋章から怒涛の勢いで水が噴き上がる。

 空中で集まった水球はボールサイズを超え、人間大を超え――【アルゴー】すら上回るほどに膨れ上がっていく。

 

 エヌ――【水成神母 エヌマ・エリシュ】の保有するスキルは2つ。

 第1スキル《対の神水(アプスー・ティアマト)》は、霧鮫のHP・MP・SPを父水(アプスー)母水(ティアマト)という独自のコストに変換する。

 現在の霧鮫のHPは、たったの1桁。MPとSPにいたってはなんと0。

 今の今まで、回復するたびに変換を続けていた証拠だ。

 そして、そのコストを消費し、ガードナーを生成するのが第2スキル。

 

「《交わり産まれる神性(ディンギル)》ッ」

『…………!!!』

 

 水球がうねり、胴を、翼を、嘴を……仮初の肉体を象っていく。

 産まれるガードナーのステータスとスキルは、それぞれ消費した父水と母水の量に比例して強くなる。

 あれだけの水を消費すれば、普段使役する亜龍級を超え、純龍級、その中でも上位に位置するほどの力を持つだろう。

 けれど……まだ足りない。

 

「《祝罪は行いに呼応せり》!」

 

 ゆえに、強化を上乗せしていく。

 2倍のブーストを加えられた水球は、ドクンと、一際大きく脈を打ち――

 

『KIIIAAAAAAA!』

 

 ここに、伝説級の蒼鳥が産まれ落ちた。

 

 

『KYAAAAAA!!』

 

 生誕の余韻に浸ることもせずに、一直線に【アイラマティ】へと飛ぶ蒼鳥。

 《交わり産まれる神性》で生成されるガードナーには、時間制限がある。

 それはガードナーが強ければ強いほど指数関数的に短くなり、亜龍級で3分、伝説級である蒼鳥であれば恐らく3秒にも満たないだろう。

 その制限を理解しているからこそ、〈マスター〉の望みを叶えるべく、一心不乱に突き進んでいる。

 

 普通であれば、どれだけ強かろうと、3秒未満の命で出来ることなどたかが知れている。

 だが、一撃でも与えれば倒せるほど本体が脆い〈UBM〉を相手に、50mまで近付いたこの状況ならば。

 それは決定打となる。

 

『――』

 

 【アイラマティ】が魔法を起動するが――遅い。

 蒼鳥のAGIは1万を超えている。体感時間を加速した俺でやっと目で追えるほどの速さに、魔法は形になることすらできず。

 

 キュィ、パリィィイン。

『……』

 

 常時展開されながら、最後の砦として隠され続けていた防御障壁も、提供された情報を元に、母水を消費して付与されていた防御貫通のスキルによって容易く破られた。

 最早打つ手のなくなった【アイラマティ】へと、蒼鳥の嘴が突き立てられ――




〈エンブリオ〉のお披露目オンパレードでどうしても説明が増えてしまう分、途中で分けようかなとも思いましたが
上手く切れ目が作れずに結局諦めました…

【凶傷護民 エサルハドン】
TYPE:ガードナー
特性:身代わり
モチーフ:「身代わり王」の儀式を実践したことで知られるアッシリアの王"エサルハドン"
ガードナー体:実体のない人型の影
《身捧ぐ民草》
ガードナーに自身とパーティーメンバーの受けたダメージと状態異常、デバフをHPダメージとして肩代わりさせる。HPが0になると消滅する。ガードナーへの直接干渉でHPが減少することはない。
ガードナーは従属キャパシティをコストとして生成され、最大HPが消費したキャパシティに比例する。
ガードナーが消滅した場合、一定時間、消費していた従属キャパシティが使用不可になる。
備考:今回はできるだけHPが高い単体が必要だったため従属キャパシティを一度に全てコストにしていたが、何回かに分けて消費することで、複数体の【エサルハドン】を生成することもできる。


【アイラマティ】討伐メンバー
索敵・強化・■■担当:水無月火篝 【盲目視眼 ティレシアス】
輸送・追跡担当:桃金浦 【踏破船傑 アルゴノゥト】
魔法迎撃担当:百間狭 絶許 【爆神装 シヴァ】
回復担当:マリア 【母神恩寵 デメテル】
状態異常担当:リュージャ 【凶傷護民 エサルハドン】
攻撃担当:霧鮫 【水成神母 エヌマ・エリシュ】


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