キャロルちゃんといっしょ! (鹿頭)
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導入編
前略、見た目幼女のヒモになりまして。


適合者になったのでこれが初投稿です。


「……おい、寒いぞ」

 

「そりゃこんなだだっ広い空間にコタツ置いてもねぇ…」

 

 チフォージュ・シャトー。

 夜ごと悪徳に耽った忌城の名を冠した巨大装置だとかなんとか。

 そんな縁起の悪い建物の大広間、そのど真ん中に置かれたコタツを挟んで座っているこの少女が、どこぞより横取りしつつも、遠大な計画のためにそれはそれは長い時間をかけてコツコツ作って来たそうだ。

 

「お前がこんな代物を用意させたんだろ!?」

 

「そうだったっけ……?キャロルがなんか無いかって聞いてきたから…」

 

 冬だし季節感のあるいい感じのモノ、と言う実にアバウトな命題に適当にコタツを上げてみたら、錬金術だか、なんだかでこんな物が出来上がっていたのだ。

 錬金術ってすごい。

 

「う、うるさいっ!寒いんだからお前がオレを暖めろ!」

 

「そんな無茶な……」

 

 傲岸不遜なおひめさまが無茶を振って来たかと思えば、そのままおもむろにコタツ布団をめくり上げると中へと潜っていった。

 

「あのー、キャロルさん?」

 

「……なんだ」

 

「どうして、そこなんでしょうか」

 

 背中を丸めコタツに包まり、顎を天板に付けていた所に、向こうから潜り込んできたキャロルが身体を押し退けて、膝の上に収まってしまった。

 

「錬金術は愚か、何も使えないお前に出来る事などそれくらいだろう?」

 

 我が身体を座椅子か何かの代わりにしていたキャロルは、不敵な笑みを浮かべながら此方の顎をその細い指でなぞる。

 それに思わず心が揺れ動きそうになったのを隠すよう、努めて平静を装いこう言った。

 

「それ、自分で「だまれっ」あたっ」

 

────錬金術使った方が速いじゃん。

 そんな一言は、顎を指で突き上げられた為に、言の葉が紡がれる事は無かった。

 

 所で────キャロル・マールス・ディーンハイムと出逢ったのは、いつだっただろうか。

 

 細かい事は自分でもよくわかっていない為に割愛するが、気が付けば辺りに聳え立つ建物は、より一層馬鹿みたいに高くなり、明らかに世界の技術レベルが跳ね上がった気がしたと思えば。

 

 昨日まで影も形もなかった筈の……と言うよりは画面の向こうの存在の筈のツヴァイウィングのプロモ。

 大型モニターが告げる、これまた居ないはずのノイズの情報。

 

 その時、どういう訳だかモブに厳しい世界(戦姫絶唱シンフォギア)に来てしまった事を悟り、絶望したのはいい思い出になるのだろうか。

 

 最も、その直後更なる絶望を叩き込まれる事になったのだが。

「転移?して即ノイズって、呪われてるのかも……とか言ってる場合じゃない!!!!」

 

 突如として湧き出てきた特撮怪獣のパチモン見たいな造形の連中は、辺りに居た人々を物言わぬ炭素の塊にへと無慈悲に変えながら、辺りを破壊していた。

 辺りは蜂の巣を突いたように騒がしくなり、皆が皆方々の程にバラバラに散っていく。

 だが、ノイズは人間よりもずっと優位に立っている。

 そうこつしている間にも、辺りは一緒に逃げていたであろう何処かの誰かの残骸が徐々に拡がりつつあった。

 

「や、ばい、息っ……が」

 

 こんなふうに、走ったのはいったい、いつの頃だったか。

 

 シェム・ハだかカストディアンだか神様だか何だか知らないが、特典なんて都合の良いモノはくれなかったらしいのは、少しの酷使にも耐えられないこの脆弱な肉体がはっきりと告げていた。

 

 大通に転がる人だったモノを避ける様に。

 出来るだけ、他の人と固まらないように。

 意地汚く打算めいて路地裏を右に左に駆け回っていた。

 生憎、全く土地勘なんてそんなのは無いが──だとしても、道路をあのまま走っているよりはマシだ。

 

 狙い通りに数が少なくなったとは言え、ノイズは変わらず追いかけてくる。

 

 途中何度も転びそうになりながら、或いはゴミ箱やらある物を薙ぎ倒しながら、必死に、必死になって走り続ける。

 

 だが、道という道は真綿で首を締める様に阻まれていき、遂には袋小路に追い込まれたネズミのように、選べる道が限られていった。

 

「──クソッ」

 

 主だった道はもうノイズに埋め尽くされている。きっとおそらく、今走っているその先にも、ノイズは居るのだろう。

 

 それでは駄目だと更に更に道を選び走り続けて────

 そこで。

 そこで、信じられないモノを、見た。

 

「キャロ、ル……?」

 

 ツヴァイウィングが健在な今。

 天羽奏が生存している今。

 そこには、此処には、居ないはずの────。

 

 

「おい、貴様」

 

「!」

 

 目の前に捉えていたと思っていた影は無く、背後から何処か威に満ちた声が響く。

 

 振り返ると、そこには少女が立っていた。

 

 背後から差し込む光に照らされたその光景は、今でも忘れられない。

 

「今、オレの名前を言ったな?」

 

 錬金術師としての格好を含めても、見た目は幼気な少女だ。

 だが身に纏う風格は尋常ならざるモノを素人目にもはっきりと感じさせる。

 自然と、自分の腰が地べたに下りていた。

 

「何故知っている? 答えろ」

 

 泰然と歩みを進めるキャロル。

 恐らくは返答次第では───しなくても殺すつもりなのだろうか。

 

 想い出でも頂かれる、のだろうか。

 それはそれで───いや、待っている結末は死、なのだけれど。

 

 ────それは、いやだ。

 

 まだ何も出来ていない。

 せっかく、違う世界に飛び込むなんて、非日常を味わえていると言うのに。

 虚しく、無意味に、何も見る事なく、何一つこの世界のあり様を知る事なく死ぬのか。

 

 それは、嫌、だから。

 

「…未来を、知っていると言えばっ」

 

 絞り出す様に。

 詰まった栓を抜くように、吐き出す言葉に。

 

「……!?」

 

「君は、信じるか?」

 

 己を賭けた────。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぃ…おい!聞いているのか!?」

 鋭いキャロルの声で現実に戻ってきた。

 目線も、声音も事実咎めているのだろう事を窺わせる。

 素直に謝ろう。

 それが一番だと思った。

 

「んー?あぁ、ごめん。この世界に来た時の話を、思い出してた」

 

「……何?どうしてまた」

 

「……よくもまぁ信じたと言うか、受け入れたと言うかって思ってさ」

 

「『万象黙示録』『チフォージュ・シャトー』。流石にもしや、とも思ったさ。それでも、いささか荒唐無稽だったのは否めなかったが」

 

 実際、あの時のキャロルはまるで喋るこんにゃくを見るかの様な目付きだったのを、今でも良く覚えている。

 本当にこんにゃくなのかはともかく、兎に角、そんな胡乱な目付きだったし、正直、あのまま消炭にされるかと思った。

 

 

「とは言え、立花響…だったか。アイツが装者と適合するまでは判断を保留していた。まぁ、パヴァリアの連中の情報だけでも十分ではあったが」

 

「あの時、殺さなかったのは?」

 

「お前の様なケースは初めてみたからな。想い出を吸い取ってやっても良かったが……まぁ、お前が余りにも必死だったからな。少しは情けをかけてやろうと思っただけだ」

 

「気味が悪くは…なかったのか? その……」 

 

「原作、だったか? ……まぁ偶々平行世界の記録を受信したとか、そこら辺の例、まぁ、自動書記の同類みたいなものだろう。そうかんがえると、あり得なくはない」

 

 卑屈になっていく此方を意にも介さず、なんて事もない様に答えるキャロル。

「音楽家の俗に言う『降りて来る』ってヤツ……おい、前に言わなかったか?」

 

これはきっと、彼女の優しさなんだろう───と思った時だが、何やら急な事に雲行きが怪しくなってきてしまった。

 

「……そ、そう言われれば、あったような…なかったような?」

 

「───ほう? 覚えてなかった、と?」

 

……どうやら虎の尾を踏んでしまったらしい。

このままでは酷い目に遭う──!

 

 

「えっいやあのそのですね、覚えているのと知識として紐付けで引っ張り出せるのとはまた違ったですね、別に忘れてたとかじゃなくて」

 

 内心、いや、実際に変な汗をかいている。

 兎に角切り抜けねば、と言葉を重ねていくのだが、言葉というものは不思議なもので、重ねれば重ねるたびに、胡散臭く、陳腐になっていく。

 

「はぁ。……まぁいい。今のオレは機嫌が良いからな。ありがたく思え」

 

 改めて体重を預けるキャロル。

 その様子に一息つけ、思わず頭を撫でそうになるのをそっと堪えた。

 

「ははーっ、ありがたき幸せー」

 

「まるで伽藍堂だな。気持ちはどこいったんだ、おい」

 

「……こうして生きてるのはキャロルのお陰だからさ。本当に感謝してるよ」

 

 

「当たり前だ! ……お前みたいな世界の異物に…か、寛容なのは……オレくらいだろうしな

 

「うん。最初に出逢えたのが、キャロルで良かった」

 

 事実、他の人だったら、どうなっていたのだろうか。

 

 転移か転生かは判らないが、外からやってきたという事実をひた隠しにして生きていかなくていい。

 自分を偽る事なく生きていけるのは、紛れもなくキャロル本人の性格に起因している。

「……ふ、ふざっふざけるな!そっ、その想い出ごと焼却してやる!」

 

 だからこそ、素直に感謝しているのだが、どうもこのお姫さまは気に食わなかったらしい。

 

「えぇっ!?なんたるご無体!?ヤメッ…ヤメロー!」

 

 

─────────────

 

 

「まーたやってますよマスター方。よくもまぁ飽きませんねぇ」

 

「地味に騒がしい…」

 

「まあまあ、よろしいんじゃなくって? マスター、楽しそうですわ」

 




ヒモ野郎
気がついたらモブに厳しい世界に来てしまった男。
原作はXVまで履修済み。
なんの特典らしいものもない事に絶望どころか命の危機がマッハだったが、年齢詐称錬金術師と出会う事で難を逃れる。
仮に特典があるとしたらこの出会いかもしれない。
原作知識と口先八丁で今まで(無印初期)までキャロル相手に媚に媚びまくって生き残ってきたヒモ。
ゆるされない。

キャロル・マールス・ディーンハイム
世界絶対分解する系ガール。
戯れに外に出てみれば未来を知ってるとか観測次元から来たとか抜かすよくわからないナマモノを拾ってしまったかわいそうな子。
世界に対する認識がドライだった為にSANチェックに成功した。
たやマさんならこうはならない。
内心では、こいつだけはまぁ分解から除外しておこうとかなんとか思う位には気に入っている。
コタツなんて必要ない
実際には、想い出集めに支障を来たすくらいには気に入っている。
最近父親の夢を見たとかなんとか。

下手に未来を知ったせいで、本気でエルフナインをどうしようか物凄く悩んでいる。
取り敢えずあの全裸は機を見て焼却するつもり。

オートスコアラー達
敬愛するマスターがよく判らんヒモを拾ってきた事に最初は憤りとナマモノの殺害を企てていたものの、マスターが笑い始めた辺りでやめた。
全ては主の幸福の為に。

シュレディンガーの奏さん
生きているかもしれないし、死んでいるかもしれない。
もし仮に生きているとしたら、誰かの介入があったかもしれないし、なかったかもしれない。

続きはSAKIMORI語検定に受かってから


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地雷を踏んだり直したり

「こうして観ると滑稽だな」

 

錬金術か何かを応用し、空中に映し出された遥か遠くの激戦を、いつからか定位置となった男の膝の上で、煎餅片手に観戦していたキャロルがおもむろに呟いた。

 

フィーネの目論見は成就し、カ・ディンギルが起動。

──月を破壊し、バラルの呪詛を解く。

 

全ては想いを伝える為の行動だったのだが、バラルの呪詛とは呪詛に非ず。

人類を防る為の祝福であった上、巫女の想いは届いていた。

知らずは当人なるばかりとは言え──千年単位の拗らせなのだから、滑稽極まりない。

 

その上、失敗したのだから。

 

バラルの呪詛の真実を聞き、フィーネの動機を知ったキャロルはそう思っていた。

 

「いやぁ、アレはエンキさんサイドにも色々と問題があったから……」

 

「まぁ良い、目的は達成した。それよりもだ……おい、アイツはなんなんだ」

 

先程まで素手でフィーネを圧倒していたOTONAの事について尋ねるキャロル。

あんな大立ち回りを見せられれば、疑問しか湧かないのは当然の帰結だった。

 

「うん? 二課の司令でめっちゃ強い人」

 

「ふざけるな! なんだあいつは!? 本当に生身の人間なのか!!?」

 

───はい、彼はOTONAです。

この感想は余計な混乱を招くだけなので、発言する事なく心の中だけにグッと押しとどめた。

 

「………最優先で対策を練った方が良さそうだな」

 

「あ、時と場合が重なるとノイズも倒せる様になるからあの人」

 

「オレはそんなデタラメ認めんぞ!?」

 

根本条件が違うから、無いとは思うけど。

そんな事を言おうと思ったが、頭を抱えるキャロルが可愛らしかったので、つい悪戯心が湧き、黙っている事にした。

 

 

「……ルナアタック、か。土壇場になった立花響は厄介だな」

 

ひとまずよくわからない理不尽は置いといて。キャロルは、いずれ立ちはだかるかも知れない相手を見据える。

 

「立花響だし、それくらいの事はするで……いふぁいんひゃけど」

 

彼の過去の知識を元に成り立っている、立花響に対する信頼が不思議と気にくわないキャロル。

不躾な発言をした座椅子の頰をおもむろに引っ張った。

 

「知らんな」

 

手を離したキャロルは、苛立ちを抑える様に煎餅を噛み砕いた。

 

「……で、三ヶ月後、だったか? 次に話が動くのは」

 

「あー、そうそう、その辺りで確か翼とマリアのライブがあって、ドカンってなる筈」

 

「………ふむ」

 

ノイズの混乱に乗じてある程度の想い出集めは進んでいる。

 

装者達が精神的に不安定なこの時期にエルフナインを投入するのも一考の余地はあるかも知れない──

そう考え、計画の修正をするべきかと思案を巡らせるキャロル。

しかし、思考はすぐさま打ち切られる事になる。

 

生フランメ聴いてみたいな……

 

その一言が、彼女の逆鱗に触れたからだ。

 

「っっっ!!!」

 

彼女は自身の逆鱗に触れた愚者を振り向きざまに床に叩き伏せ、その胸倉を掴み上げた。

目は見開かれ、呼吸が荒くなっている。

今にもその喉笛を喰いちぎりそうな勢いだ。

 

逆鱗──確かに、逆鱗なのだろう。

 

 

「……よりによって、装者共の歌が聞きたいだと!?」

 

以前の当人で有れば、触れられようが気にする事の無かったという一点を除けば、の話だが。

 

「ふざけるなっっっ!!!」

 

久しく来る事の無かった感情の発露。

 

世界への怨みこそ有れ。

奇跡と片付けた大衆への怒りこそあれ。

だけど。どうしてこんなカタチで怒りが込み上げて来るのか、今のキャロルはよくわかっていなかった。

 

「お前とはっ!オレが望む時に必要なだけ知識を吐き出す、そう言う契約だ!!」

 

目線に力があるならば、とうに死んでいるのではないだろうかと思わせる、燃えるような鋭い眼光。

この時キャロルは、衝動のままに動いていた。

 

「お前の立場を一度ハッキリさせておく必要がありそうだな…」

 

胸倉を摑むキャロルの手に一層の力が入り、彼女の背後には錬金術の方陣が浮かび上がり始める──!

 

「キャ、ろる…っ」

 

「──!」

 

呻くような声と、苦悶に満ちた表情に、キャロルはふと我に帰り、自然と手が離れてしまった。

 

「……クソっ」

 

バツが悪くなったキャロルは、逃げる様にその場を後にした、その時。

 

「…………だったらっ!」

 

キャロルの腕は握られていた。

以前の彼女なら、腕を払いのけて終わる。

しかしそれをしなかった。

 

 

「キャロルの歌が聴きたい!」

 

「オレの歌だとぉ!?」

 

 

続く二の句に反応しきれなかった、というのもあったが。

 

「オレ、の歌は…高く…たかっ…高く……」

 

先程までの意気軒昂はどこへ行ったのか。

キャロルは、言葉を上手く伝えられず──

 

「たかく…つ………ばっ、ばばばばかぁ!!」

 

伝えるべき言葉の代わりに、平手を以って頰に季節外れの紅葉を咲かせてしまった。

 

どこかで、従者達が肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 

「テメーはバカなのか!?バカだったなぁ!?」

 

茹でダコの様になりながら何処かへと行ってしまったキャロルと、入れ違いでやってきたガリィ・トゥマーンはすぐさま耳を引っ張った。

 

「いたたたたたたた!離して!わかってるわかってます!今回の件は10-0でコッチが悪いって理解してますからぁぁぁ!!」

 

「わかってねーから言ってんだよっ!」

 

耳を限界まで引っ張ってから離すガリィ。

その結果、解放された耳は真っ赤に染まっていた。

 

 

「ひさびさに命の危機だった…ハァ」

 

「ったく……アナタのそーゆーところ、本当気に入らないんですけどぉ」

 

「そうでもしないと生きてけなかったんですぅー」

 

キャロルに戯れに拾われてから、こうした気の緩み──言ってしまえば、『うっかり』による失敗は少なくない。

とは言え、ここまでの規模は流石に初めてだったが。

 

 

「予備知識がなければ今頃幽霊ですものねぇ、アナタ」

 

「本当。最初に出逢ったのが、キャロルじゃなかったらと思うとゾッとする」

 

「……だったら不用意な発言を控えろっつーの!!!」

 

「ああっ、耳がぁ!」

 

 

再び耳を引っ張られた。

いろんな意味でとても痛かった。

 

 

「はぁ……ほらよ」

 

ひとしきり耳を引っ張り終えたガリィが、徐に何かを取り出した。

どうやら、テーマパークか何かのチケットの様だ。

 

「どうぞマスターと行ってきてくださいな。それで機嫌は……そんなに変わんないか」

 

「どうやってこれ…」

 

「ちゃんと真っ当な手段のものですよーだ」

 

ガリィの発言の前にたぶん、ってついてないだろうな、と不安になったのは、そっとしまっておいた。

 

「ありがとう、ガリィ」

 

「はー、そういうのいいんで。早くマスターの所へ」

 

手を追いやる様にひらひらと振るガリィに手を振り返しながら歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「……な、何の用だ?」

 

キャロルが、他人の目を気にする様になったある時から時々籠る様になった部屋。

しかし、どういうわけだか鍵の類は基本的にかかっていない。

とは言え礼儀としてノックすると、おずおずとした声音が返ってくる。

 

「いや、その……こんなの、あるんだけど…」

 

そういってしずしずとキャロルの前に差し出す、二枚のチケット。

一瞬、呆気に取られたキャロルは、チケットと差し出した本人と何度か交互に視線を行き来させると、やがて溜息を吐いた。

 

「ハァ……ガリィの差し金だな? アイツは本当に……」

 

本当に勝手なマネをする。

 

以前の自分だったら、その事に腹を立てていたのだろうが、今では呆れながらも受け入れていた自分がいる事には、気づいてなかった。

 

「……何故ガリィだと?」

 

「お前が外に出れるわけ……」

 

そう言いかけて、ふとある事に気付いた。

 

「な、なぁ……やっぱり、外に出たかったりするのか……?」

 

そう言えば、アイツが外に出た事有ったか?

戯れに拾ってから、外に、チフォージュ・シャトーの外から出た、出した想い出が無い。

 

忌々しい障害物となるだろう装者達の歌を聴きたいと呟いていたのも、それが原因なのではないか。

 

ふとキャロルは、自分の行いに不安を抱いた。

 

「うーん、そりゃそろそろ外には出てみたいけど……うん。キャロルと一緒がいいかな」

 

「わ、オ、オレと…? そ、そうか……」

 

そんな彼の言葉に、抱えてた不安が何処かへと去り、酷く上機嫌になったキャロル。

 

「それなら……ガリィの思惑に乗ってやらん事も…ない……が、今日は駄目だっ!」

 

「ん? 何か都合が悪いのかい?」

 

「そ、そうだ。今度にしよう。今は日の巡りが悪いから、な、うん」

 

酷く柄にもない様な事を言っている事に、彼女は気づいていない。

むしろいろんな所から勇気を振り絞っている。

 

「か、代わりと言ったら、なんだが……」

 

消え入りそうになりながら、口籠もりそうになりながらも、ゆっくりと、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

 

「オレの歌を…聞かせて、やる、から」

 

「…………ほんとに?」

 

「と、とくべつなんだぞ!? オレの歌はっ……たっ、高くつくんだからなっ」

 

鏡がもしもあるならば、真っ赤になった自分が写し出されているだろう。

 

今までに無い感情に振り回されているが、それがなんだか、無性に心地よく感じるキャロルだった。

 

 

 




反省しない野郎
つい、うっかりでキャロルの機嫌を損ねる事が珍しくない。
それでもこうして生きているのは、味気ないサプリ的なアレそれではなく、せめてマトモな食事を摂りたいと図々しくも抗議し、ならば勝手に作れと用意された調理器具一式と食材を使ってご飯を作り、作り過ぎてしまったから食べてくれと無理矢理おさんどんをする事で好感度稼ぎをしていたから。
なお本人は博打に近い打算でやっていた模様。
ぜひともしんでほしい。

ほだされてしまった錬金術師
図々しくも抗議するナマモノに最初は殺意が湧いたが、そう言えば人間だったこいつと渋々要求を飲んでしまったのが運の尽き。
頼んでもいないのに料理が運ばれ、もちろん殺す勢いで堅く断ったが脳裏に何故か浮かんだ遠い日の記憶と、あーだこーだと言いくるめられる事によって食事をする事になった。ご飯は絶対残さない系のいい子。
本当に機嫌が良い時、二人分の料理をするとかなんとか。

ガリィ・トゥマーン
苦労人。
最近、こっそり始めたバイト先で労働権なるものの存在を知ったとかなんとか。

手を絶対繋ぎたいガール
ルナアタックの英雄にしてガングニールの装者。
ひょっとしたら、融合症例第一号ではないかもしれない。


次回から装者出したい…


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キャロルとおでかけ

「成長した姿じゃないと、お前に面倒があるかも知れんから、合わせてみたんだが……ど、どうだ?」

 

そのままの格好で行ったら確実に職質からの逮捕ですよー? マスターではなく彼が。とガリィに言われた結果、迷う事なく大人の姿で行くと決めたキャロル。

 

服装もそれに合わせ、いつもの赤いワンピースをベースとして、新たに繕っている。

 

「うん、とても似合ってるよ」

 

「そ、そうか。なら……いいんだ」

 

そんな一言にキャロルは機嫌を良くした。

 

「ほ、ほら、早く行くぞ」

 

その甲斐あってか、手を握れと伸ばす。

キャロルの実力ならば、手を握らずとも転移は可能だが。

そうはしないことは、彼女の機嫌の良さを如実に表していた。

 

 

足元で法陣が煌めき、つい先程まで見えていた景色が入れ替わる。

 

警戒網……まで大層なレベルではないが、監視カメラの類に映らない程度の距離へ転移してから、目的地へと歩くこととしている。

 

その間、繋がれた手は解かれる事はなかった。

 

 

 

「ひさびさに他の人間を見た気がする……」

 

目的達成の為か、どこかへと出かけるキャロルとは違い、長い事チフォージュ・シャトーの中に居た。

それに加え、毎日が休日の様な生活を送って居た為、もはや曜日感覚もマトモに備わっていなかった。

 

「悪かったな」

 

それを皮肉と取ったキャロル。

拗ねているのか、睨む様な目つきになっている。

 

「だからこそ、キャロルと一緒に来れたのが嬉しい」

 

そう言ってそっと手を握り直した。

 

「…………」

 

キャロルはしばらく俯いたままだった。

 

 

 

 

 

「オレはこの手のはよく知らないからな。細かい事は……お前に、任せる」

 

なんとか再起動したキャロル。

しかし、長い年月の間、こう言った場所に来た経験などなかった。

なので恐らくは行った事があるだろう、彼に任せることにした。

 

 

「りょーかい」

 

などと軽く言ったものの、キャロル・マールス・ディーンハイムは異端技術を操る錬金術師である。

ジェットコースターなどの絶叫系に乗った所で自前で出来るのではないか?

 

そんな事を深く考え過ぎた結果、二人で乗るタイプのモノを中心にチョイスしていった。

 

 

 

もし、ここにガリィが居たら迷わず頰をつねりあげつつ右に左に三回転はさせていただろう。

が、この遊園地は国内最大級の規模を誇っていたので、深く考え過ぎた男でもキャロルを思う存分に連れ回すことが出来た。

 

ガリィはこうなる事を予想していたのだ。

当然、後でつねられる事になるが、今は知る由もなかった。

 

 

「観覧車か……」

 

ある程度回り、キャロルもキャロルでどれに行きたいか、などと引っ張り回せるくらいに余裕が戻ってきた。

そんな頃合いに、観覧車に乗ろうと思った。

が、待ち時間が長いからか、それなりの長さの列が出来ていた。

 

「混んでい……む……!?」

 

そんな時、キャロルは背中が何者かに押される感覚を覚えた。

と言うよりはぶつかった、と言った方が正しい。

 

「ごっ、ごめんなさいっ!」

 

すぐさま勢い高く、謝罪を示される。

だが、その活発な声の主は、忘れるはずもない。

ガングニールの()()()、立花響だった。

 

「す、すみません」

 

適合者の隣にいる少女がこちらに向けて詫びる。後にシェム・ハの憑座となり得る可能性を持つ少女、小日向未来だと言う事をキャロルは認識した。

 

 

「…………いや、良い」

 

なぜ此処にいるのか。

そう言った有形無形の疑問を全て捩じ伏せて、漸く振り絞った言葉だった。

 

「えーと、では!」

 

「失礼しました……! こーら響!? ちゃんと前見てなきゃダメでしょ!?」

 

とは言え、現時点ではまだ敵対している訳では無い。

特に何事もなく去っていった。

 

「おい」

 

「知らんがな」

 

どう言うことか、誰も理解は出来ていない。

唯一知識がある者でも、わかる事は、三ヶ月に渡る行動制限は今回、存在していないっぽい、と言うことだけだった。

 

そんな、時。

 

 

「あらぁ、随分と楽しそうにしちゃってるじゃない?」

 

 

予期せぬ来訪者が現れた。

 

「………カリオストロ」

 

「このコ、もしかしなくてもキャロルちゃんのコレ?」

 

いつもより露出度控えめの、マトモな服を着た、元詐欺師にして、錬金術師である、カリオストロ。

先程の装者との件も相まって、キャロルの機嫌はジェットコースターの様に急転直下していた。

 

「つまらん御託は良い。何の用だパヴァリア光明結社」

 

「もー、つれないわね」

 

もしも人目が無ければこの場で消し炭にしていたであろう。

それを物語る様に眼光は鋭く、語気には力が宿っていた。

 

その事を理解しているからか、カリオストロは不敵な笑みを浮かべながら言った。

 

「あーしが何を聞きたいのか。それがわからない貴女ではないでしょ?」

 

「さあな。貴様らの下らん事情など、興味などありはしないからな」

 

不機嫌になったキャロルに茶番に付き合う余裕はないし、答える気もない。

 

 

「あーもー、いけずねぇ。最近、動きが鈍いんじゃないかしら?」

 

「貴様らが勝手に手を貸してるオレの計画に、口を出す権利があるのか?」

 

カリオストロは、否。

パヴァリア光明結社は、キャロルの計画である、《万象黙示録》が進んでいるのかを問うている。

 

キャロルの錬金術に目を付けたパヴァリア光明結社───アダム・ヴァイスハウプトがその知識と引き換えに、死亡者のごまかし、資材の提供といった計画の《支援》をするものだ。

 

「でも、やっぱり気になるものじゃない?」

 

その支援先の動きが滞っているとなれば流石に話が変わる。

とは言え、本気で世界を解剖されたら困るのもまた事実。

 

故に、コレは彼──彼女の個人的な興味が強く現れている。

 

 

「装者共が揃うその時を待っている。今はそれだけだ」

 

「ふーん……ま、いいわ。面白いものも見れたし、ね?」

 

そういって、カリオストロはキャロルの隣にいる男の胸板をつつーと指でなぞる。

 

「勝手に触れるな!」

 

それを見たキャロルはカリオストロの腕を力の限り払い除けると同時に、男の肩を引き寄せ、数歩下がってから、カリオストロの足元に今すぐにでも殺してやろうと法陣を展開する。

 

「……あら、ごめんなさい。そろそろ邪魔者は退散するわね」

 

カリオストロは焦った。

少しからかおうとしたつもりが、藪にいる蛇を突いてしまったからだ。

 

「じゃあねー!」

 

流石に人目をはばかる事を考えなくなるほどの怒りを見せるキャロル相手では確実に分が悪いのは自分であると、カリオストロは足早に去って行った。

 

「チッ……気分が悪いっ、帰るぞ」

 

姿が見えなくなったのを確認したキャロルは、そのままその場所を後にした。

 

 

 

「あら、お帰りなさいましマス……あら、どうかなさいまして?」

 

帰ってきた主を出迎えたのは、ファラだった。

しかし、その不機嫌な様子に疑問を覚える。

 

「会いたくない相手に会っただけだ。……少し一人にしてくれ」

 

姿を元に戻した玉座の主は、従者諸共引き下がらせた。

 

 

 

 

「おい、お前、地味に何をやった」

 

「いやいや、何にもしてないって」

 

「ここ最近で、マスターが不機嫌になると言えば、必ず貴方が何かした時ですもの」

 

下がったレイアとファラが、同じく下がり、かつ先程まで自らの主と時間を共にしていた人物に、必ず何かコイツがやった、と確信めいたものを持ちながら問いただし始めた。

 

「少しは自分たちのマスターの言葉を信じたらどうなの……?」

 

自分に対するオートスコアラー達の信用の無さに、心の中で涙を流しつつ、先程有った出来事を訥々と話し始めていった。

 

 

「そういう訳でしたか……」

 

「これでこの件に関しては地味に収まったわけだ」

 

話を聞いた二人は得心を得たと言った表情で頷いた。

 

「そうですね」

 

心が傷ついた男は投げやりに呟いた。

 

 

 

 

 

 

「あっ、あの!」

 

二人に解放された後、暇を持て余すままにシャトーをふらついていた。

果てがあるのか判らないくらいだだっ広い廊下をとぼとぼと歩いていると、突然背後から声が叩いて来た。

 

 

「…………エルフナイン」

 

キャロルによく似た、けれども少し違うこの子。

だが実際にこうして面と向かう機会は初めてだった。

 

「いきなり声をかけてすみません! 実は、お願いがあるんです!」

 

「お願い?」

 

「キャロルを止めて欲しいんです!」

 




信用のないヒモ
なんとなく好感度稼げているのはわかっているが、どの程度かわからないので本人は綱渡りしている感覚で生きている。
などと言い訳をつけているが単なるヘタレである。
最近、見知らぬおっさんに殴られた夢を見た。

自分の気持ちがよくわかっていない錬金術師
どうしてこんなに感情に振り回されるのかと疑問を抱いている。
最近、なぜだかふと怖くなる事があるらしい。
そんな時には人肌くらいの喋る抱き枕を召喚している。

オートスコアラー達
実はヒモ野郎の事は信頼している。当然悪い意味である。

ビッキー
ついに出て来た原作主人公。
この世界線では融合症例では無くなったので、後々ハードモードが自動的にやってくる事を彼女はまだ知らない。

カリおっさん
もしかしたら、ヒモを三人で飼ってる世界線があったかもしれないが、そうなった場合早々に全裸が敵になるのでやっぱりハードモード。
しかしSANチェックに失敗しそうなのでストレスフリーなヒモ生活はいかない。

あや…エルフナイン
決してボクはダジャレを言ったりはしないんです!
本当なんです! 信じてください!


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止まらない歯車

──キャロルを止めて欲しい。

 

開口一番にエルフナインはそう言った。

 

「ボクには、どういう経緯で貴方がキャロルの計画に協力しているのかはわかりません」

 

──エルフナインとは今の今まで交流はなかった。

 

記憶が転写されているのならば、とは思っていたが、そもそもなかった。

後々の事を考えると、無い方がキャロルにとって都合が良いのだろう。

 

「ですが、それでも貴方は優しい人だということくらいはわかります!」

 

真っ直ぐに見据えるエルフナインの目は、弱々しくも確固とした決意に満ちていた。

 

「だからこそ、キャロルを、キャロルの万象黙示録を止めていただきたいんです」

 

「それは………」

 

「《万象黙示録》が完成すれば、貴方だってタダじゃ──」

 

「済まない、かもね」

 

「お願いします!貴方の話なら、キャロルもきっと話を聞いてくれるはずです!」

 

「そりゃあ、聞いてはくれると思うけど…」

 

 

キャロルを止めたくないかと聞かれたら、そう言うわけではない。

 

──ただ。

 

彼女の、数百年にも渡る怨讐が。

高々、自分との数年で止めれるのか?

 

それ程までの価値が、自分には有るのか?

そんな事を思うと、一歩も動けなかった。

 

 

「な、なら、せめて、キャロルに、パパの遺した──」

 

「駄目だエルフナイン。それを語る権利は自分にはない」

 

「え……?」

 

「……そっから先はね、エルフナイン。君自身がキャロルに語るべき内容なんだよ」

 

「──どうして」

 

「どうしてですか!?どうして、そこまで知っているのに……」

 

信じられない、といった表情を見せるエルフナイン。

 

「───初めてキャロルと出逢った時ね」

 

それに返答する様に、ゆっくりと男は口を開いた。

 

「……」

 

「ノイズに追われててさ、無我夢中で逃げてた先で、偶然、キャロルを見つけて。……そん時は何とか生き残りたかったからね、あーだこーだ言って、なんとか助けてもらった」

 

「キャロルが……」

 

「まぁ、色々有ってね。……それがどう言う意図であれ、結果こうして生きている」

 

正直この世界に来てから直ぐにキャロルに保護されたから、世界とかあんまり実感がないんだよね。

 

とは流石に口が裂けてもエルフナインには言えなかったが。

 

 

「それに、身寄りなんてもんも無いからね。キャロルだけが、唯一なんだ」

 

「だから、キャロルのやりたい事に力を貸す理由なんて、それで十分だよ」

 

 

キャロルが、父親から託された命題。

 

『世界を識れ』

 

その真意こそは判らないが、それに対してキャロルが出すかもしれない解答を知っている。

 

エルフナインが出した解答を知っている。

 

知っているから。

 

その答えはきっと、《奇跡》の様なモノだから。

 

自分の様な異邦人が勝手に騙ってはいけない。

それこそ、彼女に対する最大の侮辱なのだと、そう考えている───いや。

 

結局の所、つまりは。

 

臆病者なのだろう。

 

キャロルとの関係を、崩したくないから、壊したくないから、前に進む事なくただ彼女の過ちを肯定している。

 

侮辱だのなんだのと、小綺麗なお題目で誤魔化しながら。

 

───そうだ、自分は知っている。

彼女へ提示すべき答えを。

 

本当に彼が伝えたかった、命題を。

 

 

 

だけど。

 

 

 

エルフナインの手を取ることは出来なかった。

 

「うぅ……どうしても、ダメですか」

 

僅かに涙目になりながら上目遣いで見つめるエルフナイン。

 

「ごめんね、エルフナイン」

 

そういって、頭をくしゃりと撫でた。

 

 

 

 

どこかで抗議する様な怒号が響いた気がしたが────きっと、幻聴だろう。

 

 

「………すみません、ご迷惑をおかけして」

 

「それくらいは構わないさ」

 

応援できる立場ではないけれど。

彼女の幸福を祈るくらいは良いだろう。

 

「さて、そろそろ良いかな。これ以上はお互いにとって良くないんじゃないかな」

 

そう言って手を下ろす。

 

「あ、あのっ!」

 

「うん?」

 

「ボクは諦めませんっ! きっと、きっとキャロルを止めてみせます!」

 

なんとも答えにくいので、苦笑して誤魔化した。

 

 

 

 

 

エルフナインと別れた後、キャロルのいる方面に向かいながら、ブラブラと歩いてた。

 

 

 

 

 

「おやまぁ、随分と楽しそうでしたねぇ」

 

いきなり背後の耳元で囁かれ、凄く驚いた、が。

 

「……盗み聞きとは良くないな」

 

自分でも驚く程に冷静に振る舞うことが出来た。

自分でも余裕がない程考え込んでいたらしい。

 

「いえいえ、偶々聞こえて来たんですよぉ」

 

「……そっか」

 

「どちらへ?」

 

「キャロルのところ。そろそろ良いでしょ」

 

「止めにでも?」

 

「いや、まさか」

 

「あっそう。まぁ、貴方がそれで良いなら良いんですけど」

 

ガリィはそういうとひらひらと手を振りつつ、何処かへと滑っていった。

 

 

 

「……本当、残念」

 

その言葉は、誰に向けてだったのだろうか。

 

 

 

 

「…………」

 

玉座に座るキャロルは、この場に踏み入れた者を睥睨した。

しかし、固く閉ざされた口を開く事はない。

機嫌が悪そうだと、誰かが思った。

 

「…………」

 

そのまま真っ直ぐ進んだ男は、キャロルの座る椅子の横にもたれかかる様に座り込んだ。

 

「…………オレは」

 

沈黙を破ったのは、キャロルだった。

 

 

「お前から《失敗に終わった》話を聞いた」

 

現に、パヴァリア光明結社統制局長、アダム・ヴァイスハウプトはキャロルの《万象黙示録》が失敗する前提で事を進めている。

 

キャロルも、その事を織り込み済みで利用し利用される形で接している。

 

「だからこそ、ヤントラ・サルヴァスパを確保出来たのは僥倖と言える。コレはお前の情報あっての成果だ」

 

深淵の竜宮の位置を割り出すのに、電力供給の優先情報がいるなら、カ・ディンギルの混乱に乗じて割り出せない?

リディアンへの電力供給は途絶するワケだし。

 

そんな思いつきを採用した結果だった。

 

──エルフナインは、まだその事を知らない。

計画は、最早呪われた譜面を織り上げるのみなのだ。

 

 

「厄介な存在となるだろう立花響ではなく、天羽奏がそのまま装者であり続ける様に動いたのは……大失敗したがな」

 

絶唱を使わない程度に、と密かにあの時支援していたのだが。

土壇場でギアが解除、それをたまたま掴んでしまった立花響が……とは思わず。

まるで何かの修正力が働いてるかの様に、纏ってしまった。

 

それどころか、数年分の経験値を積ませる結果となってしまったのは、苦い想い出だと思う。

 

「オレは──奇跡など存在しない事を証明する為に、万象を解剖しようとしている。……まぁ、 お前なら知ってるかもしれないが」

 

事実、その本質は復讐にある事を、知っていた。

 

「だが、お前は違う。 あの時死にたくなかったという理由から、情報を対価として保護を求め、オレはそれに応じた……」

 

そういうと、キャロルは口を閉ざしてしまった。

 

「……キャロル?」

 

 

「なぁ、お前にとって───」

 

 

その先の疑問をぶつける勇気をキャロルは持っていなかった。

───何かが決定的に変わってしまう。

 

うまく躱されたとしても、その何かが、元に戻る事はない。

そんな呪いの様な確信があったからだ。

 

 

「──いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

この数百年間、ずっと、ずっと燃やして来たのに。

 

想い出なんて、焼き尽くせば良いのに。

あるだけ、辛いだけなのに。

 

───どうして。

 

「……装者共が揃い次第、計画を最終段階へと進める」

 

あの日の忌まわしい想い出は、辛いだけだったのに。

 

───どうして。

 

「………お前は」

 

今の、この瞬間(トキ)の方が。

 

───どう、して。

 

「普段通りにしていろ。……それでいい」

 

こんなにも苦しいんだろう。

 

───ドウ、シテ。

 

 

答えは、出なかった。




踏み出せなかった臆病者
この時、エルフナインのお願いを受ければ、一歩踏み出せば、何かが変わっただろう。
有り体に言えばルート分岐である。
だがその話はここで終わったのだ。ざんねん!

見つけられなかった少女
答えが意外と近くに転がってた事に気づいていれば、何かが変わったかもしれない。
でもね、パパそう言う意味で言ったわけじゃ(ry

機嫌が悪かったのは、エルフナインのせいである。

水のオートスコアラー
何かが変わる事を一番期待していたかもしれない。
とは言え、自分から動くワケもないが。

エルフナイン
キャロルを止めなきゃいけない。
その思いから出奔の準備を進めていた時、見覚えのない人間を見つけた。
キャロルの態度から、もしかすると…? と思っていたけどダメだったかわいそうな子。
もうちょっとあのヒモを理解して殴れば上手くいったかもしれない。

次からGX編ナリよ


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GX編
奇跡の■■■


──燃える。

───燃える。

────焼き尽くす。

 

 全てを燃やすあの業火。

 あの悍ましく、消えてしまえば良い想い出を、否が応でも眼前に突きつけられて。

 

 少女はただ、泣いていた。

 

「そんな所に居たら危ないよ!?」

 

 快活な声が背中にぶつけられ、キャロルは現実に引き戻された。

 声の主は、シンフォギア装者、立花響だった。

 

「チッ…!」

 

「パパとママと逸れちゃったのかな? そこに居たら危ないから、お姉───」

 

 この子、何処かで会った様な───ふとした拍子に、既視感に襲われる。

「黙れ」

 

 一言そう吐き捨てたキャロルは、腕をぐるりと回し、幾重にも重なる翠色の方陣を映出する。

 

「───!」

 

「キャロル・マールス・ディーンハイムの錬金術は──世界を壊し、万象黙示録を完成させる」

 

「世界を…!?」

 

「オレが奇跡を殺すと言っている」

 

 その言葉に立花響が驚くのも束の間。

 響に向けられた翠の竜巻が荒れ狂い、響を中心として、無残に大地を抉った。

 

「何故シンフォギアを纏おうとしない。何故戦おうとしない」

 

「闘うよりも───」

 

 ふらつきながらも立ち上がり。

 

「わかり合いたいっ!」

 

 そして、目の前の少女を見据える。

 

「それにキャロルちゃん! わたしたち、何処かで会ったりしてないかな?」

 

「…………」

 

「きっと、何処かで会った事あると思うんだ、わたしたち。だって、初めて会った気がしないんだ」

 

 ───認めたくないが、事実だった。

 

 キャロルの体躯の大きさが今と違うとは言え、一瞬とは言え、彼女達は出会っている。

 

 そしてその事実は、キャロルにとって大きな不都合となる。

 

「───だったら」

 

 足元に土の魔法陣を創出。

 続け様に両腕を振り上げ、頭上高くにも展開する。

 敵を粉砕する為に。

 

「だったら戦ってみせろっ! 立花響ッ!」

 

「それにっ! ……さっきのキャロルちゃん、泣いてた」

 

「!」

 

「だったら、闘うよりも先にその訳を聞かせてよ!」

 

「お前が……!」

 

 逆鱗に触れられたキャロルは、怒りに任せ指を弾き、法陣に土の元素の概念を付与し展開。

 

「お前如きが踏み込むなぁぁぁぁ!!!」

 

 大地ごと抉り砕き、響を吹き飛ばす───!

 

「父親に託された命題だ。お前にだってあるはずだ」

 

 キャロルは、説いた。

 世界を滅ぼすのは、この為だと。

 

 ────だが。

 

 

「───うん、あるよ」

 

 土煙の中、立ち上がりしっかりと大地を踏む。

 

「!」

 

「ちょっと頼りないけど……お父さんから託された想いは、ちゃんとこの胸にある」

 

 あくまで、キャロルと向き合おうとするガングニールの()()()である、立花響は───

 

「だからね、聞かせて欲しい。本当に、キャロルちゃんのパパは、そんな事を願ったのかな」

 

 辿()()()()()()()()()()()

 

「ッッッ!!!」

 

 キャロルは奥歯が噛み砕けそうな程に怒った。

 忿怒した。

 激怒した。

 憤怒した。

 憤激した。

 血が頭に登る様な感覚───

 コイツだけは生かしては置けないと、そう思った。

 

 例え今、呪われた譜面が無くとも、立花響(コイツ)だけは今ここで───!

 

 左手を虚空に向けて水平に伸ばした、その時。

 

「ちょーっと遊び過ぎじゃありません? みっともないですよ、マスター?」

 

 従者が冷や水をかける。

 余りに加熱し過ぎた主の冷静さを取り戻しに来たのだ。

 

「………ガリィか」

 

「はぁい、貴女のガリィちゃんでーす」

 

 けらけらと笑う彼女の様子は、微塵もそうは感じさせない。

 だが間違いなく彼女は主の事を思うて動いていた。

 

「相変わらず良くも回る舌だ……採集はどうだ」

 

「ミカちゃんを動かすにはあとちょっとですかねぇ。ま、順調ですよぉ」

 

「そうか。起動出来る最低限で良い。……帰るぞ」

 

 主の言葉を聞いたガリィは懐からテレポートジェムを取り出すと、自らの足元へ落とす。

 すると足元に、明るい紫色の、幾何学めいた紋様が浮かび上がり、姿が掻き消えた。

 

 それを確認したキャロルも、また後に続く。

 

「───次は、ちゃんと聞かせて」

 

 不快な雑音を耳にしながら。

 

 

 

「クソっ!!!!!」

 

 玉座の間に戻るなりキャロルは叫んだ。

 

「……随分荒れてるね」

 

「うるさいっっっ!!!」

 

 心配そうな声を一喝すると、そのまま腕を強引に引っ張り、自分の玉座に腰を力づくで降ろさせると、自分はその膝の上へと座った。

 

「………オレは今気分が悪い」

 

 他者の温もりに、幾分か冷静となり、キャロルは自らを客観視できるまでに落ち着いた。

 

「そっか」

 

「アイツに……立花響にオレの心を土足で踏みにじられた」

 

 いや、記憶の限りではあんな覚悟決まってなかった筈だけど──

 なんて事を考えていたが、流石に、今のキャロルに言えなかった。

 

「……ガリィはミカの起動を最優先に。ファラとレイアは適度に装者共を突きつつ、後は好きにしろ。ダインスレイフの準備が出来るまでは、な」

 

 エルフナインがダインスレイフの欠片を手に此処を出奔したまでは順調。

 後は向こうのイグナイトモジュールの完成を待つばかりとなる。

 

「オレは少し寝る……お前も寝て良いぞ」

 

「いやあの、すみません。背もたれめっさ硬いんですけど」

 

「知らんな……」

 

 そうして、キャロルは微睡みの中へ誘われた。

 

 

 




パーフェクトビッキー
ツヴァイウィングのライブ以降からノイズと戦う装者。
色々と二課が手を回した為、虐めは早々に収束し、家庭環境が良好。
奏さんから(勝手に)受け継いだ思いとギアを胸に今日もみんなと手を繋ぐためにたたかうぞ!
手を握らない奴は開かせるまで!
でも戦いたくない!とか抜かす世紀末覇者。
おかしい。


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差異

「ミカはくっつきたいんだゾ! なんで逃げるんだゾ!」

 

「その勢いで来られると死んじゃうから!」

 

 正規の予定を早め、ミカ・ジャウカーンが起動した。

 それはいい。

 それは構わないのだが、キャロルが私用で外した途端に現在進行形で追いかけ回されている。

 抱きつかれるならまだしも。

 その立派な手で挟もうとするのは、流石にいただけない。

 

 

「装者やOTONAとかと違って普通の人間だから! そんな勢いよく手を振り回さないで!」

 

 上半身と下半身が永遠の別れを告げそうだからと逃げながらも必死に訴える。

 

「ムムム…軟弱なんだゾ……」

 

 必死の叫びを理解してくれたのか、動きを止めるミカ。

 

「仕方ないな、ゆっくりくっつくんだゾ」

 

「えっ」

 

 そういうとミカは、とてとてと歩み寄ると、自分の顔をこちらのお腹にすりつけてきた。

 ……なんだか、ネコみたいだ。

 

 とは言え、走り疲れているので、立っているのは疲れる。

 なので、ミカの肩を掴んで引き下げながら座り込む。

 ミカはそれに合わせるように膝の上で丸くなりはじめる。

 

 やはりネコか何かを抱いている気分になる。

 気がつけば思わず頭を撫でていた。

 

「ム……あったかいんだゾ」

 

 そういうとミカは満足気に目を閉じた。

 

 ───以前に、オートスコアラーは眠るのだろうかと考えた事がある。

 だとしたら、一体彼女達はどんな夢を見るのだろうか。

 それはきっと、あたたかいあの日の想い出なんじゃないかな。

 そんな事に想いを馳せていると──

 

「……おい、お前は何をしているんだ」

 

「キャロル……!?」

 

 背後から、とてもよく聞き慣れたキャロルの声が。

 いつ間に戻ってきたのだろうか。

 そして、見るからに不機嫌のド頂点みたいな顔は一体どうした事だろう。

 冷水を浴びせられたような感覚と、変な汗が吹き出るのを覚えた。

 

「あ!マスターだゾ!」

 

 キャロルに気づいたミカが勢いよく上体を起こした。

 

「マスターも一緒に来るんだゾ!一緒にくっつくんだゾ!」

 

「…………」

 

 沈黙するキャロル。

 眉間にシワがより始め、だんだんと歯を食い縛り始めている。

 経験則からして、こうなったキャロルが黙り込むと起きる事は(こっちにとって)ロクな事ではない。

 

 

「失礼ながらマスター」

 

 ファラだ。

 今の今までガリィと一緒に傍観しては微笑んでいたファラだ。

 そんなファラがいつの間にやらキャロルの側に来て、一言言った。

 

「お顔が凄い事になってますが」

 

「なってない!」

 

 ──いや、今のキャロルは自分のキャパオーバーで一杯一杯な顔をしている。

 とは言えファラの一言で、先程までの何処か張り詰めた空気が霧散したのは、ありがたかった。

 

「地味にイヌ……いや、ネコ…か?あれは」

 

 レイアだ。

 特段、命懸けの鬼ごっこに反応していなく、何やら「こうか…? いや、こう、か……?」とポーズを決めながら自分の世界に入り込んでいたレイアだ。

 そんなレイアは、やはり自分の感想を呟いていた。

 

「いちいちそんな事を気にせんでいい!」

 

 

「そりゃあ、自分の一部分があんなだって見せられれば凄い顔にもなりますよねぇ、マスター?」

 

 つつーとスケート選手のように滑り寄ってきたのはガリィ。

 ファラと一緒に腹抱えてゲラゲラ笑ってたガリィだ。

 そんなガリィはキャロルの耳元で囁くように告げていた。

 

「お前が言うなぁ!」

 

 全くもってその通りである。

 自分の深層心理の中にこんなのが入って……

 いや待て、ミカはキャロルのオートスコアラー。

 

 つまりは──あーいや、こんな素直じゃないけどいっつもくっつかれてる様な……?

 

「マスター? 来ないのかー?」

 

「うるさいッ! そこはオレの場所だ! そこを退けミカ!」

 

「えー、イヤなんだゾ」

 

「あらあらマスター。ミカちゃんに嫌われちゃいましたね」

 

 キャロルの周りをくるくる周りながら、ニヤニヤしたガリィが呟いていた。

 

「お前ら…!」

 

 よく見る、いや、よく見なくても下に伸ばされたキャロルの手は握られ、拳がつくられてる。

 その上目を閉じている、かなり限界が近いとみた。

 で、あるのならば。

 

「──おいで、キャロル」

 

 空いている手をキャロルに向けて伸ばした。

 するとキャロルはこちらに勢い良く歩み、いや走り寄り──

 

「………誰が行くかこのバカぁ!」

 

 綺麗な紅葉が頰に咲いた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「──やっぱり、どこかで会った事ある気がする」

 

 立花響は風鳴翼、雪音クリスと三人で話していた。

 オートスコアラーの襲撃後、響以外の二人はギアを破損してしまい、戦う事が出来なくなった。

 

それでどうするか、という会議──といっても、そこまで高尚なものではないが。

一段落し、小休憩中となった頃の事。

 

立花響は今さっき思い出したように呟いた。

キャロルとの邂逅が、今でも脳裏に焼き付いて離れない。

 

「またその話か? お前も好きだなぁ」

 

雪音クリスは呆れ返った。

事実あれから、響がその事を思い出すたびに聞かされていた。

最早飽きない道理は無いし、事実聞き飽きていた。

 

「だってクリスちゃん、わたしの名前知ってたんだよ!?」

 

「だーっ! オメェの名前なんて知ってる奴は知ってるだろ! 相手は敵だぞ、て・き」

 

「まぁ雪音も落ち着け。立花もその辺にしろ」

 

 風鳴翼が二人の間に割って入る。

 

「いやいや先輩。コイツのノーテンキさに呆れてんだ、あたしは!」

 

「なっ!ノーテンキってなにさ!わたしだってちゃんと考えてるよぉー!」

 

 クリスの反論に、響が火を付けた様に言い返す。

 

「おー言ってみろ言ってみろ、ちゃんとした根拠があんなら、な!」

 

 ならば、とクリスは響を煽り立てる。

 いい加減にしろと思っていたというのも手伝い、売り言葉に買い言葉になっていた。

 

「───あの時、キャロルちゃんは否定しなかった」

 

『だったら戦ってみせろっ! 立花響ッ!』

 

 キャロルの叫びが頭の中で木霊する。

 名乗っていないのに、名前を呼んでいた。

 だったら、と言っていた。

 

「つまりこれは、わたしとどっかで会ってるーってことなんじゃないかな!?」

 

 この事も相まって、響の中では、半ば確信めいて固まっていた。

 

「…………」

 

「な、なぁ雪音。これは……」

 

 その事を聞いた二人は、響の発言に分がある事を理解し、お互いに顔を見合わせた。

 

「どぁったらどーしてそれを先に言わねぇんだ!!!余計な恥をかいちまったじゃねぇか!!!」

 

 とは言え、その事を今の今まで忘れていたのは響だ。

 クリスが八つ当たりするのも無理はない。

 

「うわーん!ごめんなさいクリスちゃーん!!!」

 

 考える事が面倒になった翼は、ただ苦笑する事にした。

 

 

 

「──成る程な。確かに、ありえそうな話ではある」

 

 大事な事を、(本人的には)やっとの思いで思い出した響。

 報告を受けた、S.O.N.G司令風鳴弦十郎は、響の違和感が腑に落ちたと言わんばかりに頷いた。

 

「でもー…どこで会ったか、ぜんぜん覚えてないんですよねー…あはは…」

 

 響は乾いた笑いをあげた。

 

「やっぱダメじゃねーか」

 

「ダメダメデース…」

 

「響さん…」

 

 苦言を呈したクリス。

 先輩に続けと言わんばかりに、率直な感想を述べていく、切歌と調。

 

「うぇっ!? ちょっと酷くない!?」

 

 響は抗議した。

 

「……とは言えそれが事実なら、敵の根拠地も掴めるのでは…」

 

「いえ、チフォージュ・シャトーはこことは違う位相に在りますので、難しいかと……」

 

 弦十郎の側に控えていた緒川の言はエルフナインによって否定された。

 

「こちらから乗り込む事は不可能、ってワケね…」

 

 愚痴をこぼす様に呟いたマリア。

 それが呼び水となったのか辺りに、膠着した雰囲気が漂いつつあった。

 

「ボクも正確な座標はわからず……すみません、お役に立てず……」

 

「エルフナインは悪くねぇよ。悪いのはこのバカだ」

 

 立てた親指で響を指すクリス

 

「もー…さっきからひどいよクリスちゃーん」

 

「気のせーだ」

 

 とは言うが、響の気のせいではない。

 少し前の件がクリスの中で尾を引いているのである。

 

「──とにかく今は、破壊された翼くんとクリスくんのギアの改修が最優先だ。それまでは響くんに負担を強いる事となるが……」

 

 弦十郎は話の流れを断ち切り、纏めに入った。

 

「はい! わたしは大丈夫です!」

 

「ぼ、ボクも頑張ります!」

 

「おう、頼むぞ!二人ともっ」

 

 響、エルフナインの意気込みに雄健に返す弦十郎だった。

 

 

 

 

 

「お久しぶりですねぇ、立花響さん」

 

 立花響が、小日向未来達と歩いていた時を見計らったのか。

オートスコアラー、ガリィ・トゥマーンは堂々と正面から声をかけてきた。

 

 

「ガリィちゃん…!」

 

「あたりーぃ。ま、なぁんにもでませんけど」

 カラカラと不気味に笑ってから。

 

「準備はいいですかぁ?」

 そう言って挑発するガリィ。

 

 

「話を聞かせてはくれない、のかな」

 

「そんな寝ぼけたこと言ってると、何もかも失いますよぉ?」

 

「──うん、そうなのかもね」

 

「……はぁ?」

 皮肉で言ったつもりが、肯定されるとは思わずに面を食らう。

 

「《誰かと手を繋いでわかり合う》ってことは、とっても難しいんだ」

 

「!」

 

 その言葉は、何故だか酷く悍ましく聞こえた。

 理由は、わからない。

 

 以前あの時。

 自らの主が本気で目の前の敵を屠ろうとしかけたワケを、ガリィようやく理解した。

 

「けどっ、わたしは諦めたくないんだ」

 

「──あっそう」

 手を翳し、青色の光が六角形を描いて灯し、物理法則に干渉する。

 中空の水分を凝固させ、無数の氷塊を創出させた。

「もう良いから、死ねや」

 その一言と共に、当初の目的も忘れ、ただひたすらに置かれた不快の種を打ち砕かんと一気に飛ばす──! 

 

 

「Balwisyall nescell gungnir tron…」

 

 響は聖詠の勢いそのままに氷塊を吹き飛ばし、芯を据えて構えた。

「だからっ!後で話を聞かせてもらいます!」

 

「そうこなくっちゃ!」

石をばら撒き、アルカ・ノイズを展開するガリィ。

 

「はあっ!!」

 響は現れたノイズ達に肉薄する。

 殴り、蹴り飛ばし。

 時には肘打ち、膝蹴りを。

 

 風鳴弦十郎の教えを駆使し、次々とノイズの攻撃に触れる事なく、水が流れる様に撃破していく。

 

(何コイツ…!?)

 ──刹那にも満たない、思考と言う名の僅かな隙。

 

「せやぁ!」

 そこを見逃す響ではなかった。

 

「チッ…ィ!」

 コンマ数秒の差で障壁展開が間に合う。

 響のジャブは防がれ、反撃する形でガリィは氷柱を突き刺すも──

 

(当たらないっ!?)

 

「てやっ!!!」

 

 響は逆に放たれた氷柱を逆に掴み、支点とする事でガリィに回し蹴りを放つ。

 その一撃は──

 

「……は?」

 

 ガリィの障壁を砕くには十分。

 ばりん、と氷を割り砕いたような音が、鳴り響いた。

 

「はぁぁぁぁ!!!!」

 

 ──そして。

 勢いそのままに顔面目掛け、再び蹴り込みを放った。

 

「───!!!」

 驚愕。

 

 そう例えるしかないだろう。

 障壁を破られたと言うことは。

 彼女の、立花響の一撃は、呪われた旋律が無くとも。

 ガリィの機能を粉砕するには充分過ぎるほどなのだから。

 

 

「────なんちゃって」

 

「え……」

 響の脚に伝わってきた感触は、物質のそれでは無かった。

 ガリィの姿がぽしゃん、と水にほどけたからだ。

 

 

(いやぁ…危なかったわ。まさかダインスレイフ無しに障壁ブチ抜くだなんて)

 

 先程まで写っていたのは虚像──!

 真実なるガリィは木陰に隠れていたのだ。

 

 とは言え、ガリィ自身、危機だったのは否めないが。

 

「ざんねんでしたーぁ!」

 

 ガリィは勝利を確信し、立花響に接近。

 自らの手に纏わせた氷針で、そのギアを今にも割り砕こうとした、その時。

 

「──甘いんだよッ!」

 

「!!?」

 ガリィが響のギアペンダント目掛けて伸ばした氷は、驚くべき事に。

上から真っ二つに、()()()()()()によって、へし折られていた。

「な……」

 勝利を確信したハズの笑みは、道化の様に歪んでいた。

 

「危ないところだったな」

 

「どうしてここに!?──奏さんッ!」

 

「偶々通りかかったんだよ」

 

 奏はアームドギアを肩に担ぐと、カラカラと笑った。

 

「い、いや、どうしてギアを…だ、第一、どこからLiNKERを…?」

 

「ん? ああ、パクってきた」

 

「パクって……ってえぇ!?」

 

 あっけらかんにいう奏に、響は驚きを隠せない。

「まー、細かい事は気にすんな。 奴さんの前だよ」

 奏はガリィに穂先を向けた。

 

「ちっ…!」

 せめてもの時間。

 平常心を保つ僅かな時間を確保したいガリィ。

 思考にノイズが走っている事を自覚しているからだ。

 

 その為に追加でアルカ・ノイズを呼び出そうと懐に手を入れようとしたその一瞬。

 

「油断禁物だなっ!」

 

【LAST∞METEOR】

 担いだ槍を勢い良く回転させる。

 回された穂先から生み出されるのは──風。

 風は激しく渦を巻き、やがて──荒れ狂う竜巻となってガリィに襲いかかる。

 

「な──」

 僅かな隙間に付け込まれた。

 

 まずいまずいまずい!!!

 

 彼女の思考はますます硬直化していく。

 思索を巡らす時間すら無い。

 

 このままでは。

 

 本懐を遂げる前に───

 

 

《状況が変わった。戻れ、ガリィ》

 

 主命により半ば強制的に冷静さを取り戻したガリィはすぐさま跳びのく。

 

 今の状況下、ガリィがここで破壊される可能性は非常に高い。

 それを良しとしないキャロルの判断だ。

 

「ざーんねんだけど、帰っちゃいますからぁ」

 いかにも不満そうに言うが、内心は冷や汗ものだった。

 兎にも角にも、ガリィは足元にテレポートジェムを落とす。

 落下地を起点として術式が展開され、ガリィの姿は消えてしまった。

 

 

「あぁ!おい!逃げるな……ったく」

 風が消えた後も、奏はこれ見よがしに槍を回した後、憤りをぶつける様に地面に突き刺す。

「ひさびさに暴れられると思ったんだけどなぁ…」

 深い溜息を吐くと、ギアを解除した。

 

「すみません、奏さん…」

 

 同じくギアを解除した響。

 自らの危機に割り込まれていなければ、事実としてギアを破壊されていただろう。

 

 とは言え、彼女に負担を掛けたのも事実で。

 その事が、響の心にモヤをかけた。

 

「謝ることはない、悪いのはあたしだ。

それに、あんまり根を張るといつかの翼みたいになっちゃうぞー?」

 

 響の頰をむにむにと引っ張る奏。

 

「つふぁささんみらいにれすか」

 

「そうだ。ま、気にすんなって」

 

《そうだぞ響くん。だが奏、お前は後で説教だ》

 

 見計らった様に通信を入れる弦十郎。

 その声音は、奏の行動に呆れ返った様子だ。

 

「な?」

 

「あ、あはは…」

 

 響は、苦笑いしかできなかった。

 

 

 

 

 

「ちょっとマスター!? なんなんですかあの連中!?ガリィちゃん聞いてませんけど!?」

 

 ジェムで帰ってくるなりキャロルに詰め寄るガリィ。

 

「いや、流石に予想の範疇を超えていた」

 

 膝の上に座っているキャロルが、先程に意外だったと漏らしていたのを、覚えている。

 ──だが。

 

(あの場では纏わないはずだった)

 

 立花響は。

 手を繋ごうとする立花響は。

 

(ギアを纏う訳が、なかった)

 

 だが、現実は纏ったどころか。

 ガリィが水の虚像を作れなかったら、と思うほどに追い詰めていた。

 たしかに、ガリィはスペック上ではオートスコアラーの中では一番下だ。

 だが、イグナイトのチカラ無しにアルカ・ノイズに攻撃される事なく、ガリィの攻撃を受ける事なく。

 あそこまでの大立ち回りをやってのけた。

 

「立花響、か。全く……おい、どうした?」

 

(天羽奏の存在は──いや、そもそも家庭環境からして異なる。だがそれにしたって……)

 

 2年だ。

 2年の歳月に、いじめではなく、二課としての経験が加わるだけで。

 あんなにも変わるものなのか?

 あんなにも、違ってしまうもの……なのか?

 

 で、あるならば。

 

 この膝の上に座っている、腕の中に収まっている彼女は、一体、どこまで───

 

「おい、おいっ!」

 

「──あ、ああ、ごめん」

 

 キャロルに肩を揺さぶられ、現実に引き戻された。

 

「ちょっと、考え事を、ね」

 

「……最近多いな」

 

「そう、かもね」

 

 事実だった。

 エルフナインとの一件があってから、ずっと似た様なモノばかり考えている様な気がする。

 答えは、出ているはずなのに。

 どうして、こんなにも自問自答の堂々巡りを繰り返しているのか自分でもわからない。

 

「……オレで良ければ…なんだ、聞いて…やる」

 

「ありがとう、キャロル。でも、こればっかりは自分で考えないと、いけないから」

 

「──そう、か。ならいい」

 少し不満そうなキャロル。

 でも、キャロルに言うわけには、いかなかった。

 

「……うん。ありがとう」

 言える筈、なかった。




深く考えて過ぎている男
大体何か考えている。
大抵は下らない内容である。
もっと素直に生きればいいのに、とガリィは思っている。

モヤモヤしている少女
考えている男の様子を見るとモヤつきを覚えているし、何について悩んでいるのか教えてくれないことにもモヤモヤしている。
最近、TS野郎が通信でからかってくるのに酷く憤りを覚えている。

生きていた天羽奏
キャロルが介入した結果、絶唱顔を晒さなくて済んだアイドル。
謎の地割れが起きてノイズが吸い込まれて行った。
決してRN式なんたらを纏ったOTONAが助けた訳ではない。
ないったらない。
適合係数の原因不明の急激な低下によってビッキーにギアを奪われてしまったが、たやマさんから奪うことに成功したバーロー。
おくすりはおまもり。

ビッキー
ほんらいの主人公力(ぢから)のつよさをいい事にかってにうごくぞ!
希望の未来へレッツゴー!
手を繋ぐ気がない奴は繋ぐ気になるまでOHANASHIすればいいと教えたバーローがいるらしい。

でもなーパヴァリア組はなーどーすっかなー


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行き着いてしまった答え

玉座の間に、声が響き渡る。

 

「ヤントラ・サルヴァスパも有る、フォトスフィアも入手した」

 

キャロルは、そういう気分からなのか、珍しく単体で玉座に座っていた。

 

とは言えいつもの座椅子は横に所在なさげに座っているのだが。

 

「呪われた旋律の準備も整った」

 

融合症例が存在しない以上、暴走現象は起きてはいない。

だがキャロルは理論こそ全く不明だが、暴走状態が存在する、という事は知っている。

 

その知識は、エルフナインにも当然に転写されている。

 

立花響のギアの破損が出来なかった為、《Project IGNITE》の成立は危ういかと思ったが、奏の乱入が無かったら破壊されていたであろう、という一点から成立していた。

 

「ミカ、お前は適度に暴れ装者共を引き寄せろ。呪われた旋律が到着次第、オレが行く」

 

「はーいだゾ!」

 

「後の三人はレイラインの解放を同時進行で進めろ」

 

「了解しましたーぁ」

「承った」

「畏まりました」

 

従者に勅令を発した終えたキャロルは、視線を横にする。

よく見ると、いつもよりも元気がない様に見える。

キャロルはふしぎと機嫌が悪くなった。

 

「お前も好きにしろ。シャトーの外には出られないが、な」

 

「キャロル」

 

いつになく真剣な表情。

いや、以前に一度似た様な顔つきを見た気がしていた。

 

「……なんだ」

 

「ちゃんと、帰ってきて」

 

初めて出逢った時に見たあの必死な顔。

それにそっくりだ。

キャロルは合点がいったが、それはそれとして機嫌が戻る訳ではなかった。

 

「……………ああ」

 

 

 

 

その後、キャロルは目論見通りに、流れ通りに敗北。

呪われた旋律をその身に刻みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、世界をバラバラにしようとするの?」

 

そうとはつゆ知らず。

立花響は尚も対話を諦めない。

 

目の前に倒れ臥す少女は、あんなにも楽しそうだったのに。

どうしてなのだろう。

響は疑問を抱えていた。

 

「………キャロルちゃんにだって、大切な人が居るんだよね。それなのに──」

 

伸ばした手は、虚しく払いのけられた。

 

「……忘れたよ」

 

吐き出す様に、喉から絞り出した声は酷く痛ましく。

 

脳裏に燻る忌々しい想い出も。

全て力と変えた。

 

消えてしまえば良い。

全て、何もかも。

 

 

───けれど。

 

 

『なんだ、これは……』

 

『いや、思ったより自分の胃袋を過信しちゃってね。作り過ぎちゃったから、食べてくれるとありがたいんだが』

 

『……必要ない』

 

『まぁまぁ、そう言わずに。置いとくね』

 

『おいっ、要らないと言ってるだろう! ……ったく』

 

『…………まぁまぁだな』

 

アイツを拾ってから少しして、勝手に作り過ぎたと言って半ば無理矢理押し付けられた料理。

この身体にはもはや不要なのだが、棄てるのもどうかと思い。

 

でもやっぱり、自分が作った方が絶対おいしいに決まってる──なんて事を思い出して。

 

(クソっ…こんな時に……!)

 

負ける為に戦っていた。

故に相当数の想い出が残っているのは理解できる。

だけど、どうしてこのタイミングでこの想い出が頭を過るのかわからない。

 

オレは、わたしは。

世界を滅ぼすと、奇跡を殺戮すると誓ったのだ。

 

 

「キャロルちゃん…世界をバラバラにした後は、どうするの?」

 

「あと……?」

 

あと。アト。後?

後って、なんだろう。

アイツは、何を言っているんだ?

 

 

「あの時のキャロルちゃん、すっごく楽しそうだった。一瞬だったけど、ううん。一瞬だったからかな。よく覚えてるよ」

 

 

「バラバラにしちゃったらもう、そんなかけがえのない時間だって過ごせない。大切な人の所に帰ることだって───」

 

 

「かえ…る……」

 

そう、だ。

以前、アイツに帰りたくはないのか、と聞いた事があった。

 

 

『帰れるなら、一回くらいは帰りたいかな』

 

 

そういって、笑ったあの顔が気に入らなくて。

 

 

 凄く、寂しそうに見えた。

 

 

「だからね、キャロルちゃん」

 手を伸ばした立花響の声。

 誰かと手を繋ぐ事の大切さは知っている。

 とっくの昔に何となく気付かされた。

 

 

『もっと、世界を識るんだ』

 

 

 

 父親の命題。

 最期に本当に、言いたかった事。

 あの頃のわたしには、ほんとの意味なんて、全然思いつきもしなくって────

 

 

───そうだ。

 

どれだけ不合理で不条理で意味不明な過程を辿っていたとしても、結果だけは虚偽ではない。

ここへ来た瞬間の記録だって残っている筈。

だったら、世界を再構成してそのエネルギーを費やせば、過程を省いて逆回しする事だって。

 

「万象黙示録は、世界を分解して解析する」

 

 

その後には何も残らない。

そうやって、奇跡など存在しないと証明する筈だった。

 

わたしの、世界に対する復讐だった。

 

だけど、あの人はついてきてくれた。

わたしが何も考えてなかった事も知っていて。

わたしがやりたいからって、ついてきてくれていた、異世界からのマレビト。

 

 

それなのに、未だに何もしてあげれてない。

 

だったら、これくらいはしてあげたい。

その位はしたって良い。

 

それが、彼がくれたひと時への、報酬だ。

 

 

だからわたしは────

 

彼を救いたい(■■を起こす)

 

 

 

「立花! 下がれ!」

 

様子見に徹していていた風鳴翼が叫ぶ。

防人として培われていた経験が瞬時に反応したのだ。

 

「翼さ───」

 

何事かと振り返ろうとしたその時、立花の身体は宙に舞っていた。

 

「テメェ!!」

 

その瞬間雪音クリスが引き金を引く。

しかし、キャロルは障壁を貼ると───

 

「また会おう、シンフォギア」

 

懐から取り出したテレポートジェムを地面に落とした。

 

「わたしにはやる事が出来た」

 

そう言うとキャロルの姿は消えてしまった。

 

 

 

「チッ……!結局こーなんのか」

 

クリスは吐き捨てるように言った。

 

「諦めろ、立花」

 

所在なさげに掌を見つめる響に対して、翼が言う。

 

「……翼さん」

 

「あれは、覚悟を決めた者の眼差しだ。最早対話は不可能だと思った方が良い」

 

翼の言葉に、響はショックを受けた。

 

自分の言葉が、彼女の何かを後押ししてしまったと悟ったからだ。

 

「キャロル、ちゃん……」

 

 

 

 

 

従者達は驚愕した。

 

玉座の間に、キャロルが戻ってくる事は無い、そう思っていたのだ。

だが、現実は違った。

 

「予備躯体に移行はしなかったのですか?」

 

「必要な材料は揃っている……っ」

 

痛みを堪えながら、キャロルはファラの質問に返した。

 

「……躯体の負担を度外視してまで急がなければいけない理由はない」

 

錬金術を用い、錬成した液体を傷口にかける。

傷口が塞がると共に痛みが引いていき、キャロルの表情も険の取れたものになっていく。

 

「そう、ですか」

 

「マスターがそうお考えならば」

 

ファラとレイアが恭しく引き下がる。

 

だが、キャロルは真意を明かしていない。

 

想い出を焼却する以上、次の躯体で装者共を焼却した際、抱いた目標を忘れていたら、彼を送り返せなくなるからだ。

 

そうなるんだったら、この躯体を決戦に使い、そうして次の躯体で存分に進めれば良い。

 

しかしその事を話すのは恥ずかしかったのである。

 

「……おい、アイツはどうした」

 

そんな送り返す筈の人物が居ない。

それどころか、ガリィもミカも見当たらなかった。

 

「先程迄は居たのですが……ついさっきふらっと何処かへ…」

 

ファラが答えた。

幽霊が居たらあんな感じなのだろうかと。

 

「ガリィとミカは?」

 

「ミカは彼について行って、ガリィはミカに派手に引き摺られて行きました」

 

レイアが答えた。

あの光景は愉快だったと。

 

 

「……そう、か」

 

居場所がわかった所で一安心したキャロルは、空中に無数の六角陣を投影し、ガリィの元へ繋げた。

 

《ガリィ》

 

《なんですかぁ…マスター……》

 

映し出されたガリィの様子は、どこか虚ろだった。

 

《……疲れてるようだが、どうした》

 

《ミカちゃんが……》

 

《………そうか》

 

その一言で、何となく何が起きたかを察したキャロルは、深く追求はしなかった。

 

《アイツは何処だ》

 

《あぁ、マスターのひきこもり部屋ですよ》

 

《ひきこもってなんか居ない!……まぁいい、わかった》

 

そう言うと、キャロルは足取り軽く目的地まで向かった。

 

 

「……キャロル?」

 

信じられぬものを見た。

と言わんばかりに眼を見開く姿は、どこか滑稽だった。

 

「なんだ、その顔は。随分と酷いぞ」

 

そう言うと、呆然としている男の両頬に手を添えた。

 

「しっかりしろ。お前がそんなだと、わたしも辛い」

 

「……ごめん。 そうだね、ご飯でも作るよ」

 

「じゃあ、わたしも作る」

そう言って、キャロルが笑う。

 

「……おっけー、じゃ今日は───」

 

 

 

 

 

 

夜、なのだろう。

正確な時間はよくわからないが。

キャロルを寝かしつけてから、色々と考えていた。

 

キャロルの予備躯体が余った。

つまり、だ。

仮にシンフォギアに負けたとしても、キャロルが生きている可能性が見えてきた。

 

この事は嬉しい出来事である、のだが。

 

……キャロルは、万象黙示録の後の事を考えていなかったから、ここまでの事ができた。

 

なら戦後はどうなる?

果たして平穏無事にいられるか?

 

マリア達F.I.S組は米国の仄暗い事情があったからこそ。

エルフナインはキャロルに利用こそされていたが、基本的に装者へ献身的だったことで、何事も無かったことにはなっているが……

 

 

──どう考えても、無理では?

 

 

余りにも万象黙示録で起きた犠牲が大きすぎる。

 

この腕の中で眠る彼女に及ぶ責は途方も無い。

 

 

 

 

どうすれば────いや、案外、簡単な事だったか。

 

 

 

 

 

 

「ガリィ、ガリィー、おーい」

 

こっそりとキャロルの元を抜け出し、玉座の間に移動し、ガリィの前に立った。

 

「なんですかぁ、こんな夜中に。しかもマスター放っておいて」

 

動き出したガリィが、訝しげに見つめる。

 

「頼みが、あるんだ」

 

「……へぇ」

 

ガリィは面白そうに口角を上げた。

 

「パヴァリア光明結社と話がしたい」

 

「────は?」

 

 

 

 

 

事情を説明すると、罵倒にありとあらゆる罵倒を重ね、終いにはキャロルに告げ口しようとするガリィ。

 

それを足を引っ張り引き摺られながら拝みに拝み倒し、渋々ながら連絡を取って貰い、コンタクトを取ることに成功した人物は、カリオストロだった。

 

と言うよりは、一度彼女…に存在を認識されていると言うのが大きかったし、何より都合が良かった。

 

運良く、直接会っても良いと言われ、ガリィの手を借り、カリオストロと会ったのだった。

 

「で、あーしに相談って?」

 

挨拶もそこそこに、カリオストロが本題に入る。

 

「まず、だ。貴女方──いや、アダム・ヴァイスハウプトは、キャロルの万象黙示録が失敗する前提で動いている、と言う前置きの元に」

 

誰だコイツ──似合わぬ口振りで話す男に対してガリィは引いた。

 

とは言え本人的にはキャロルと初めて出逢った時にはこんな感じだったのだが。

 

「そして、月の落下を隠蔽したパヴァリアの情報操作能力を見込んで交渉がしたい」

 

「へぇ……」

 

面白そうなものを見つけたとカリオストロは口角を上げた。

 

「で、何が目的?」

 

「万象黙示録失敗後、キャロル・マールス・ディーンハイムに対して国連、その他の諸国が追求するであろう責任を、こちら一人に向けて欲しい」

 

 

「────はい?」

 

カリオストロは閉口した。

 

もっと、こうなんか探って欲しいとか、聖遺物が必要だとか、その手の方向性を期待していた分、とてつもない方向性から思いっきりタックルかまされた気がした。

 

それは少し前のガリィも同じだった。

 

 

「………ホント、なんて言うか」

 

そうして、幾ばくかの思考停止を経て、カリオストロ辛うじて絞り出した結論は。

 

「男ってバカよね」

 

その言葉にガリィは深く頷いた。

 

「貴女も元は男だったのでは……?」

 

「もー!女のコに対してそんな事言うと、嫌われちゃうぞ?」

 

軽口に軽口で返すと、真剣な顔つきに戻り。

 

「ま、確かにあーし達なら、過程を無視して全責任を追っかぶせるコトくらいは出来るわ」

 

その言葉が聞きたかった。

逸る気持ちを抑え、カリオストロの次の言葉をじっと待つ。

 

「で、あーし達にメリットは?」

 

───来た。

 

ここからが本番だ。

少なくとも、カリオストロは交渉のテーブルに就いた。

だったら、後は出し惜しみ無しだ。

 

 

「アダム・ヴァイスハウプトの正体、でどうかな」

 

「…………何ですって?」

 

カリオストロは目を細めた。

 

「何ならその真の目的、でも」

 

「……………」

 

カリオストロは真偽を測りかねていた。

目の前のバカが切って来たカードが鬼札と言うには、余りにも荒唐無稽で、強力だったからだ。

 

そもそも、自分達が知らない統制局長の正体と来た。

怪しさの塊にしか見えなかった。

 

「怪しいのはわかりますとも」

 

すわ心を読んだのかと言わんばかりに、丁度良いタイミングで口を開いた男に対し、カリオストロは警戒心を強める。

 

「とは言え、だ。キャロル・マールス・ディーンハイムが何の利益も無しに人一人飼うと思いますかね?」

 

その言葉に、ほぞを噛む思いだった。

そうだ、たった一人で世界を壊そうとした女が今はどうあれ、他者を側に置くにはキッカケが必要だ。

 

つまり、コイツの喋っている事は───

 

「………申し訳ないけど、あーし一人じゃ判断できないわ」

 

「すると?」

 

「サンジェルマンと話をしてちょうだい」

 

このまま一人で聴くと、飲み込まれてしまいそうな気がしたカリオストロ。

目の前の男より長く生きている自負はあった。

それでも、異質なモノを感じさせてならなかったのだ。

 

 

 

「…………」

 

カリオストロに事情を説かれ、訝しみながらも話を聞きに来たサンジェルマン。

 

そして、開かれた口から飛び出た言葉は、頭を抱えさせるには十分過ぎた。

 

「……今の今まで、私達すら掴めなかった情報だ」

 

辛うじて弾き出した思考は、事実の再確認だった。

荒唐無稽と断じるには、余りにもアダムの行動は怪し過ぎたし、何より先史文明が関わっているのならば、あのデタラメな魔力量も頷けると言うもの。

 

「この際、情報の出所は無視しよう。先史文明の事をなぜ知っているのか、というのも疑問は尽きないが……」

 

彼女には目の前の男の話を否定する判断材料が存在しなかった。

真実なのだろう、と思ってしまった。

それ故に、落胆も激しい。

 

つまりは、アダム・ヴァイスハウプトに裏切り続けられていたという事に他ならないから。

 

「道理で、キャロルの寵愛を受ける訳だな」

 

「……それで、受けてくれるんでしょうね」

 

サンジェルマンの呟きを無視して本題に入ろうとする。

彼にとって、それが一番重要だからだ。

 

 

「その前に一つ、聞かせて欲しい」

 

 

それを制するサンジェルマン。

彼女にとっても、また重要な事があるからだ。

 

「何ですか?」

 

「キミにとって、キャロルは何だ?」

 

キャロルの万象黙示録が失敗して、且つ生存していた場合に生じるであろう責任を肩代わりしたいと、言ってきた男だ。

 

尋ねずとも分かりきってはいたが、ある種の儀式として、尋ねたかったのだ。

 

「──大事な、大切な恩人ですよ」

 

その言葉には、万感の想いが籠っていた。

キャロルに救われなかったら、あの時にとうに炭になっていた。

一度捨てた様な第二の生。

だからこそ、彼女のために。

 

「そう、か」

 

サンジェルマンはフッと笑った。

 

「──良いだろう、確かに承った」

 

そういうと踵を返すサンジェルマン。

 

「……ありがとうございます」

 

その背中に、感謝の意を打つけ、深々と礼をしていた。

 

 

「ではな、幸運を祈る」

 

そういってニヤリと笑うと、何処かへ行ってしまった。

 

「ま、全部あーし達に任せなさい」

 

サンジェルマンを見送ったカリオストロが微笑んだ。

 

「じゃ、また会いましょうね」

 

そういうとカリオストロはこの場を後にした。

 

「ホント、バカですよねぇ」

 

待ちに徹していたガリィが口を開いた。

 

「改めて見てもホントバカ。もっと上手くやれなかったんですかね」

 

「……これしか思いつかなかった」

 

そう言うと息を深く吐き出した。

この場には、どこか感傷的な雰囲気か流れている。

 

「ああ、そう言えばガリィちゃん、一番乗りにする事にしましたから」

 

「……寂しくなる」

 

「歌に合わせてくるくる踊って、そうして笑って散っていく。それがアタシ達ですもの。気に病む事はありませんよ」

 

わざとらしく、氷上を滑るように回ってみせるガリィ。

 

「じゃ、戻りましょっか。バレちゃっても困りますし?」

 

そういうとテレポートジェムを二つ、地面に落とした。

 




やっちまったヤツ
キャロル生存フラグが立ったんですね?やったー!
しかし現実は非情なので(たぶん)めっちゃ人死んでるじゃん…
と思ったバカはキャロルの責任を被る事を決意。
取り敢えず裁ける対象有ればなんとかなるだろ、それにその頃にはエルフナインから答え聞いてるからモーマンタイネと軽い気持ちでいる。
実際その通りなのだが、キャロルがとんでもない方向性に答えを導き出してしまった事を、彼は知らない。

命題の解答者
奇跡を肯定する事に成功した錬金術師。
ちがう、そうじゃない。
しかしそれでも答えは答えである。
でもね、パパそんな風に(ry
もしもこのままバカの計画通りに進んだら、間違いなく世界は滅びる。慈悲はない。

ざんねんなビッキー
後一歩でパーフェクトコミュニケーションだった。
おしい。

サンジェルマン
全裸の真実を知ったがバラルの呪詛の真実は聞かされていない為SANチェックに成功した。
知っていたらたぶんそうはならなかった。

カリおっさん
ちっちゃい錬金術師が飼ってる燕が想像上にアホだった件
これからどんな顔してからかえばいいのか解らなくて困っている。

きたないアダム
きれいなアダムだったらよかったのに。
知らない間に計画がバラされてる愉快な全裸。
彼の明日はどっちだ。


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時には想い出話を

キャロルが何やら考えるのに一人にして欲しいと言う。

 

やる事も無く、暇を持て余していたので玉座の間の床に座り、天井に向かって登る青い光を眺めていた。

 

この場には自分と、活動を一旦停止しているミカだけだった。

 

「地味に浮かない顔だな」

 

ぼーっとしていたら、背後から声をかけられるまで、この場に誰かが来ている事に気付かなかった。

ゆっくり首を回して、声の主を確認してから、口を開いた。

 

「レイア……珍しいね」

 

「それはワタシのセリフだ」

 

そういうとレイアは座りこそしなかったが、隣までやって来た。

 

「一人で黄昏てるとは、地味に珍しい」

 

「キャロルは……なんか忙しいみたいだからね」

 

「それでここ、か」

 

レイアが光が登るばかりとなった台座を見つめてそう言った。

つまり、ガリィは使命を果たしたという事。

 

「わかっているけど、ね」

 

それでも、数年間積み重ねた末の寂しさは拭えない。

頭では、これが流れなのだと理解しているのだが。

 

「……ガリィから、お前が地味に企んでいる事は聞いている」

 

だがレイアの一言で寂しさは何処かへ吹き飛び去った。

 

「何してくれちゃってんのアイツ」

 

そう言えばガリィは性根が腐ってた───

なんて事を思い出しつつ、変な汗が吹き出したのを感じた。

 

「マスターには報告しないから安心しろ」

 

「え、あっうん…ありがと」

 

ホッと一息吐いていいのかわからない。

レイアが知っているという事は他の子も知っているワケで……。

なんとも言えない気分だった。

 

「……先を知るというのは、派手に面倒だな」

 

困ったものを見るように、憐れむようにレイアが見つめている。

 

「でも、お陰でここに居る。悪い事だけじゃなかったかな」

 

「──そうか」

 

その答えに満足したのか、レイアは微かに微笑んだ。

 

「あらあら、レイアとお馬鹿さんとは、随分と珍しい組み合わせですわね」

 

「ファラか」

 

レイアと話し込んでいると、これまた人数が増える。

ちょうど、何かおかしな枕詞をつけながらやって来たのはファラだった。

 

「えっ何そのお馬鹿さんって」

 

「ガリィから聞きましたわ」

 

察するには十分な一言だった。

 

「そうですか……」

 

あのニヒルな笑みがありありと目に浮かび、思わず天を仰ぎ見た。

 

「本当、マスターの計画が失敗する前提で動くだなんて。当初の私達でしたら即刻その場で始末していましたわ」

 

「ファラに派手に同意だ」

 

「……そうですかい」

 

「マスターが貴方を拾ってきた時は本当、何事かと思いましたわ」

 

 

 

 

 

装者がどの程度がこの目で見てみたい。

 

そう言って一人で出かけていったと思えば、見慣れぬ人物を連れて帰って来た自分達の主。

 

 

「もー、犬や猫じゃないんですからぁ、へんなの拾ってこないでくださいよ」

出迎えたガリィが軽い口調で咎めた。

 

「協力者だ。万象黙示録を進める上でコイツの知識は有益だと判断した」

 

「そんなにですかぁ? とてもそうは思えませんけど」

 

「追い追い説明する。取り敢えず適当な部屋でも当てがっておけ」

 

「はーい、ガリィちゃんにおまかせです!」

 

主の言葉に真っ先に反応したガリィ。

 

「オラ、付いてこい」

 

可愛らしく返事をしたのだが、すぐさま態度を一変させると男を連れて行った。

 

「マスター、ご説明を」

 

それを見送ると、レイアが主の意図を問うた。

 

「曰く未来を知る、異界からの来訪者だ」

 

「は……?」

 

 

キャロルは肘掛に腕を乗せ、頬杖をつきながら、先程の出来事を思い返す。

 

 

「未来……だと…?」

 

「そうだ、未来だ」

 

──未来を知っている。

 

自分の名を知っていた人物は、続け様にそう言った。

 

「……何を世迷言を」

 

良くは判らないが、不確定要素は潰しておきたい。

そう思い、伸ばした手の先に灯る術式を展開しようとした時に、そいつはこう叫んだ。

 

「万象黙示録は、このまま行けば必ず失敗する!」

 

「ッ!!」

 

「言っただろう、未来を知ってると」

 

「………」

 

「何なら、今現在はパヴァリアの支援を受けつつ建造しているチフォージュ・シャトーだって、肝心要のトリガーパーツが足りずに困っている」

 

「───もういい」

 

狂人、或いはパヴァリアの──まぁ、どこぞで情報を仕入れた木っ端だろう。

展開していた術式の光を一層強くし、吹き飛ばそうとしたのだが。

 

「待て待て待て待て待て、早まるな早まるな、別に止めようとかそう言うアレじゃない、寧ろ協力しようとだね、いやさせて下さい」

 

「はぁ?」

 

「未来の知識を提供する。その代わりに、身の安全を保証してもらいたい」

 

するとどうだろう。

意外な事に命乞いをして来たのだ。

オレの計画に協力すると言って。

 

「身の安全、ハッ……世界を壊すと知っていてか」

 

実に滑稽だった。

ノイズから逃げていたと言うのに。

この期に及んで、ましてやオレの計画を知っておいて参画したいとは。

 

道化としか思えなかった。

この後に続く言葉を聞くまでは。

 

「自分の世界じゃないんでね、特に思い入れもないさ」

 

「……何?」

 

異界からの来訪者、か。

確か、そんな平行世界を結ぶ聖遺物が有ると言うのを聞いた事がある。

目の前のコイツも、その口なのだろうか。

 

「こっちの世界じゃ、この世界はアニメの中の出来事として認識されていた」

 

「…………?」

 

何を言っているんだコイツは。

怪しい、怪し過ぎる。

 

「そんな目をするのはわかる。だったら、そうだな……キミの造ったオートスコアラーは自分の思考パターンを……」

 

「わかったわかった!よせそれ以上は!」

 

オレとした事が小っ恥ずかしくなり思わず制止してしまった。

どこまで知っているんだかわかったもんじゃない。

 

ものすごく怪しいが…未来から来た……或いは未来を観測していた世界から来たと言う可能性は高いだろう。

 

「しかし、万象黙示録が成功した世界線は見た事がない。だが、ここのキミは失敗の原因を知れる訳だ」

 

「────」

 

成功した例が無い、確かにコイツはそう言った。

……嘘では無さそうだ。

 

それが余計に腹が立つ。

 

成功し得ていない何処かの自分に腹が立つ。

 

その上コイツの態度がでかいのも気に食わない。

なんなんだ一体、頼んでる側だろうに。

 

一方的にこちらを知られていると言うのは、ここまで形勢を不利にさせるのか。

……それもそれでムカつく。

 

 

「どうかな、悪くはないと思うが」

 

「だが、今一つ判らぬ」

 

───正直。悪くはない。

今までの話を踏まえると、未来の知識を得る事は悪くはないと思う、が。

 

「お前の要求は身の安全の確保だ。オレの万象黙示録に協力するのとは矛盾しているだろう」

 

「……キミの成し得る事を見てみたい。そう思った事が有った。そしたらその機会が転がって来たんだ。なら、わかるだろう?」

 

「───ハッ」

 

その答えは、とても意外で。

なんだか不思議と愉快な気分だった。

 

「面白いッ、良いだろう! 気に入った。お前の口車に乗せられてやろう」

 

だがここで釘を刺しておく必要がある。

 

「が、だ。お前はオレの求める時にのみ情報を吐き出せ。お前の余計な知識に、誘導されぬとは限らんからな」

 

未来……オレの事をどこまで知っているのか判らぬが、余計な事を知っていてもおかしくはない。

 

始末しても良かったが。

それを差し引いても異なる位相に有る世界からの来訪者。

 

万象を暴く錬金術師としては、サンプルとして興味深い存在だった。

 

それに、ノイズから逃げ出すだけしか能のない人物だ。

用済みとなれば、どの様にも扱える。

まぁ、精々利用させて貰うとしよう。

 

そんな事に思案を巡らせていると。

 

「───ああ、もちろん」

 

そう言ってそいつは手を伸ばして来た。

 

「………?」

 

その瞬間は意味がわからず呆気にとられたオレは、少しの間固まっていただろうか。

それから少しして、握手を求められているのだと言う事を理解した。

 

迷ったが───

 

拒否する理由も特に見当たらない。

一応の契約の証として、差し伸べられた手を握った。

 

 

 

と、そんな事がさっきあったのだが。

 

何となく、ワケを説明するのが面倒になって。

 

「………まぁ、怪しい素振りを見せたら始末しろ」

 

その程度の指令を下すに収めたキャロルだった。

 

 

 

 

 

 

「───まぁ、怪しい素振りを見せたら殺せとは言われてたがな」

 

「ええ、貴方はガリィに感謝するべきでしてよ?」

 

「ガリィに?」

 

「そうだ。お前がわざと多く作った料理をマスターに振る舞ったり、玉座でうたた寝てる時に想い出に魘されてるマスターを起こしに行ったり、その他諸々事あるたびにちょっかいかけたり……派手に怪しさしかなかったぞ」

 

「本当、露骨過ぎましたわよ貴方。まぁ……それに引っかかるマスターもマスターですが」

 

確かに、用済みになって簡単に始末されまいとキャロルからの印象を良くしようと動いていた事はあった。

 

時々、ふらっとちょっかいを掛けにくるガリィが、思いついたように助言をするのを聞きつつとは言え。

 

そこまで効果があるとは思っていなかったし、そもそも命の危険があった事は気づいていなかった。

 

「ガリィの意見を聞きたい所だったな、ここは」

 

「ええ、きっと面白いお話が聞けたでしょうに」

 

……あの時はなりふり構わずだったから、周りが良く見えていなかったが、冷静に考えるとかなり怪しい。

 

ガリィの事だ、本人は面白がりながらだったのかもしれないが、結果として守られていた事になる。

 

「ガリィ……」

 

今ここに、本人が居ないのが悔やまれる。

 

 

「ムムム…みんなして思い出話、ずるいんだゾ……」

 

ファラとレイアが笑えない話で盛り上がっていると、今の今まで動かなかったミカがおもむろに口を開いた。

 

「ミカが起動したのは最近だから、とっても羨ましいんだゾ」

 

「あなたは燃費が悪いですもの、仕方がありませんわ」

 

羨むミカをレイアが宥める。

とは言えレイアもミカの気持ちは理解していた。

 

「だから、 ミカもそろそろ行かないといけないんだゾ」

 

そして、今はもう想い出を供給出来るガリィがいない。

ミカの時間は刻一刻と過ぎていく。

その事を彼女も理解しているのだろう。

 

「けど……もうちょっとだけ、マスターやみんなと遊びたかったんだゾ」

 

今の彼女の中では、使命感と寂しさがぐちゃぐちゃになっていた。

 

「だからせめてくっつくんだゾ……」

 

そう言って台座から降りたミカは、胸板に顔を押し付けるように、ひしと抱きつく。

おかげで抱きつかれている側は髪が鼻を掠めてくすぐったい。

 

「どういう理屈なのかしら……」

 

その光景にファラが呆れる。

抱きつかれている当人も同じ感想を持った。

 

「ミカは最後に起動したからな。その分マスターの潜在意識が地味に反映されているんだろう」

 

冷静に自分の所見を述べるレイア。

腕を組み頷いている辺り余程自信があるらしいが。

 

「潜在……いや、結構…」

 

潜在意識というか、顕在的と言うか。

とりあえずその考察は間違っているのではないだろうか、と聴かされた人は思った。

 

「マスター御自身ではそんな事しているつもりはなかったのだろう」

 

「なるほど……」

 

「なにがなるほどだ!」

 

ファラの言葉に思わず唸っていると、どこからかやって来たキャロルが抗議の声を上げていた。

 

「あ、マスターなんだゾ! いつから来たんだゾ?」

 

「お前が抱きついた辺りだ! ……まったく」

 

ため息をつきながらミカを引き剥がしにかかるキャロル。

しかしミカは中々剥がれない。

 

「………」

 

剥がれない事にイライラし始めるキャロル。

ミカはキャロルの様子を伺いつつも、離れようとする気配は感じられない。

 

「………!」

 

やがて引き剥がす事を諦めたキャロルは、男の背後に回り、頭を掴みゆっくりと床に下ろすように引っ張りつつ、床に正座した。

 

引っ張られるに任せ身体を倒していくと、頭がキャロルの太ももの上に乗っていた。

 

「……本題に入る。歌女共が気づいた様だ」

 

「と、言いますのは?」

 

ファラが真意を問う。

 

「ヤントラ・サルヴァスパ。フォトスフィア。全てこちら側に確保されている、という事だ」

 

「……ではどうするので?」

 

レイアが尋ねる。

 

「各地に分散して装者をおびき出し、使命を果たせ。その後直ぐにチフォージュ・シャトーを都庁上空に転移させ、計画を実行する」

 

「そっか、いよいよなんだね」

 

「ああ、全て終わらせる」

 

キャロルが何となしに言う。

 

「パパを殺した世界も、不条理な奇跡も何もかも壊して───わたしは掴んでみせる」

 

けれど、続く言葉のその意図がわからなくて。

 

「───ありがとう」

 

「キャロル?」

 

そう言って、キャロルは掌上に術式を灯し、彼の目を覆った。

 

「何…を……?」

 

「ふふ、大丈夫だよ」

 

すると襲ってくる強烈な迄の睡魔。

それに抗える筈もなく。

 

「起きる頃には、全部終わってるから」

 

そんな言葉を聞いた様な気がして。

世界は暗く染まっていった。



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流し流され容疑者X

 意識が、浮上する。

 

 最後の記憶は確か、彼女の花の様なかんばせと───いや、今はそれよりも。

 

 一体、何をされたんだ?

 

「………ぅ…」

 

 瞼を貫く光から逃れようと身体を動かそうとしたが、それは叶わなかった。

 

 動かなかったからだ。

 

 どうやら、自分の身体は縛り付けられているらしい。

 

「…………」

 

 ここはどこなのだろう。

 キャロルは、彼女はどうなったのだろうか。

 装者達に負けたのであれば、此処は──

 

「目が覚めたか」

 

 炭酸飲料の栓を開ける様な音と、金属が擦れた音の後に、力強い足音。

 それは、やけに文明の進んだ様に感じさせる音と、それに、一方的にだが、聞き覚えのある声。

 

 起こすぞ、と言う声が聞こえると、言葉通りに自分の身体が機械的に起こされるのを感じる。

 

 眩む眼を堪えて目を開けると予想通り、と言うべきか。

 赤シャツを見に纏った、筋骨隆々とした漢が立っていた。

 

「……風鳴、弦十郎」

 

「知っていたか。なら紹介は要らないな」

 

 彼との間を隔てる様な鉄格子は無い。

 完全に身動きが取れないから、その必要も無いという事だろうか。

 

「随分と手荒い歓迎じゃないか」

 

 状況は完全には把握出来ない。

 だが、拙い目論見は成功までかは不明だが、まずまずの結果を残していると言える。

 

「上の命令だ。現在、君にはどう言うわけだか、今回の件の首謀者としての容疑がかかっているからな」

 

 全く、と溜息を吐く弦十郎。

 当然の反応だろう。

 彼らS.O.N.G.は実際にキャロルと戦って、万象黙示録を止めた側だ。

 

 突然湧いて現れた自分の様な存在に容疑そのものが掛かっている事態、鼻持ちならないだろう。

 

 

「一応確認しておきたい。キミは人間だな?」

 

「ああ」

 

「戸籍を含め、一切の経歴が我々ですら掴めなかったからな、一応の確認だ」

 

 当然だろう。

 こことは違う世界から来ているのだから。

 寧ろ、戸籍があったら此方としても驚く。

 

「そうか……なら、キミの置かれた状況は理解しているだろうか」

 

「ああ、勿論だ」

 

「───ならどうしてこんな真似をしたんだ!」

 

 室内全体に轟く様な、凄まじい声。

 風鳴弦十郎は怒りを露わにしている。

 予想外の行動に出られたので、心の準備もしていないし、拘束されてるので耳も物理的に塞げない。

 

 真っ向から風鳴弦十郎と言う男と強制的に向き合わされている。

 素直に、気合負けしそうだった。

 

 

「本当に彼女の事を思っているならっ!信じているなら、止めるべきだっただろうよ!」

 

「………エルフナインから聞いたか」

 

 返答こそ無かったが、此方を見据えるその目が、暗にそうだと主張していた。

 

「今のお前の現状こそ、彼女に対する裏切りだと思わないのか!?」

 

「……キャロルは今どうなっている?」

 

「答える必要はない」

 

「なら、エルフナインは元気か?」

 

「それも、答える必要はない」

 

「なら此方も答える気はない」

 

「………そうか、気が変わったら答えてくれ」

 

あっさりと踵を返し、退室していく風鳴弦十郎の背中を見送る中。

ふと、ガリィにあらん限りの罵倒をされた事を思い出していた。

 

『マスターを泣かせたら殺しますから』

 

 オマケに、そんな事を言われたっけ。

 結局、泣かせるもなにも無くなってしまったのだけれど。

「キャロル……」

 

 キャロルは今、どうしているのだろう。

 流れが変わらないのであれば、想い出の大半を失っているだろう。

 

 だが、躯体が一つだけ余っていた。

 

 運が良ければ、キャロルとはもう一度逢えるかもしれない。

 けれど自分がここにいる以上、既に躯体は回収されているかもしれない。

 

 そうなれば……どうなるんだ?

 

 あれこれ考えていると、思考を中断せざるを得なくなった。

 

 またもや何者かが訪れてきたからだ。

 

「君は………」

 

「ど、どうも……」   

 

 扉が開いたその先に居たのは、ビッキーこと、立花響だった。 

 正直な所、虚を突かれた思いだ。

 

 てっきり、忍者の緒川あたりがあらゆる手段で情報を吐き出させるのかと思っていた分、尚更だ。

 

「こんな所に何の用だい?」

 

「話を……しにきました」

 

「……ふむ。話、ねぇ」

 

 我々の間には接点は何も無い。

 

 無理矢理にこじつけても、一度だけ、何時ぞやの遊園地の際に身体がぶつかった時だ。

 

一体、何を話すのかと思うが───

 

「キャロルちゃんが、世界をバラバラにしようとした理由、知ってますか」

 

「……………」

 

 立花響の質問の意図を捉えかねる。

 何故、そんな事を聞くのだろう。

 

 彼女は、キャロルは父であるイザークに託された《世界を識れ》と言う命題を曲解し、世界を分解する事だと考えた。

 早い話が、世界への復讐だ。

 

 しかし、立花響がこうしてここにいると言う事は、キャロルを打倒せしめている訳で。

 

 今更聞く理由が───

 

「貴方のためだったんだと思います」

 

「─────は?」

 

 

 

 

 

「キャロルちゃんのパパの託した想いはそんな事じゃ──」

 

 ダウルダヴラに、ガングニールが訴えかける。

 そうではない、と。

 親ならば、子には託すべき思いがある。

 

 ましてや、それが最期の言葉なら。

 

 立花響は、そう言うつもりだった。

 そう自分自身も聞いたからこそ、伝えたかった。

 しかし───

 

「パパを殺したこの世界を赦せ、とでも言う気か? ハッ、エルフナインにでも聞いたか?」

 

 全く意に返さないどころか、寧ろ呆れ返っているキャロル。

 そんなのは聞き飽きた、と言わんばかりだ。

 

 響は、目を見開き戸惑った。

 

 

「復讐の為に世界を壊した所で、後には何も残らない。だからこれはオレの自己満足だと、そう言いたいのか?」

 

「違うよキャロルちゃん!わたしが言いたいのはそう言う事じゃ───」

 

「誰かと手と手を繋いで分かり合う、か?」

 

「────」

 

 絶句。

 

 自分が信ずる信条に、エルフナインから聞いた話。

 

 響は伝えればそれで状況が良くなると思っていた。きっと分かり合えると、思っていた。

 そうでなくても、なにかのキッカケにさえなれば、と。

 

「………パパなら、きっとそれでも赦せと言うんだろう。まぁそれでいいさ、それでな」

 

 でも彼女は、キャロルは大事な事に気付いていた。

 とっくのとうに、気づかされていたのだ。

 

 

「だが───()()()にはやらなきゃいけない事がある」

 

「それはどう言う───」

 

「答える気はないッ!この感情はわたしだけのものだ。他の誰にもくれてやるつもりは無いわぁ!」

 

キャロルは背後に四大元素(アリストテレス)の術式を展開する。

 

「御託はいい。さっさと掛かってこい、シンフォギア!」

 

 世界を壊し、愛に嘆く歌が、此処には有った。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 話を、聞いた。

 聞いてしまった。

 

「どうしてそんな事をキャロルちゃんが言ったのか、わかりますか?」

 

「───そんな事……わかんねぇよ…!」

 

 呆然とした。

 茫然とした。

 愕然とした。

 唖然とした。

 

 ───慟哭、した。

 

 辿り着いていたんだ。

 

 彼女は命題の解答に辿り着いていた。

 その上で、彼女は世界を壊す事を選択していた。

 

 ───させてしまった、のだろうか。

 

 何処かで、何かを致命的に間違えていたのだろうか。

 

 だとしたら、一体───?

 

 

 

「……キャロルちゃんの事、大切に思ってたんですね」

 

 響はそう言うと、ポケットからハンカチを取り出した。

 

「涙、拭けませんもんね」

 

 響は頬を止めどなく伝う雫を拭ってくれた。

 身動きが取れない身とは言え、少し恥ずかしかった。

 

「キャロルには、命題の答えに気づいて欲しかった……けど」

 

 少ししてから、響に向ける訳でもなく、独り言の様に呟いていた。

 

 そこに辿り着かなければ、彼女が救われない。

 彼女の時が止まったままなのだと、そう勝手に考えていた。

 

 成功したらそれはそれで良し、失敗したら───万に一つかも知れないけど、そこから、ゆっくりと話せれば。

 

「キャロルのことをわかってる様で、全然わかってなかったみたいだ」

 

「そんなの、当然ですよ」

 

「え?」

 

「わからないから、言葉を交わして、話し合って、いつか、人と人とが手を繋ぐ奇跡を起こすんですよ、わたし達は」

 

「───そっか、そうだったな」

 

 要は───もう少し、キャロルと向き合うべきだった。

 ただ、それだけ。

 それだけの事だったのだ。

 

 結局は、自分が臆病なだけで、逃げていた。

 その事を、改めて突きつけられた。

 

「うん、ありがとう。お陰で視界が開けた。まぁ……遅かったんだけど」

 

  キャロルはちゃんと前に進めていた。

 なら、大丈夫だ。

 その為に、ここに居るんだ。

 拾って貰った命を、彼女の為に使う為に。

 

 だからこそ、キャロルには無事であって欲しい。

 

 と言うからシャトーはどうなったんだ。

 

 躯体の行方さえ判れば、少しは心休まるんだが。

 

 

「お礼って言ったら変だけど……そうだね、聞きたい事あるかい? まぁ、言える範囲で答えよう」

 

 勿論、風鳴弦十郎だったらこうはいかないだろうが。

 少しでも情報を引き出したいと言う浅ましい打算だ。

 

「うーん……あっ、ハイ!」

 

 元気に手を上げる響。

 

「キャロルちゃんと出会ったきっかけってなんですか!」

 

 うん、無理な気がする。

 話の流れが、どう足掻いてもソッチの方に掘り下げが入るだろう。

 

 とは言え、この事は隠す程の事ではない。

 正直に言っても良いだろう。

 

「ノイズから逃げ回ってたら偶々会った」

 

「えっ、そうなんですか?」

 

「そそ、色々言って……保護して貰ったのがきっかけかなぁ」

 

 本当懐かしい。

 よくもまぁ、上手くいったと我ながら褒め称えたい位だ。

 

「色々?」

 

「んー、そこは言えないなぁ」

 

 原作知識とか。

 

 キャロルは特に気にする事はなかった。

 錬金術師であると言う事。

 世界を壊し、万象の摂理を暴こうとしている事を踏まえて交渉材料になる、と思った……いや、結構土壇場で口が滑った気がする。

 

 では装者はどうなのか、と考えると、リスクが高い。

 

 言えるわけがない。

 

 

「ふむふむ、所で聞きたいんですけど」

 

「ん?」

 

「キャロルちゃんって……どっちの姿が本当なんですか?」

 

「さぁ?」

 

「えー、わかんないんですか?」

 

「曰く完璧以上に完全、らしいからねぇ。そういうのとか関係無いんじゃない?知らないけど」

 

出会った時のキャロルの心は、あの時に止まったままだっただろうが。

 

「うーん、よくわからないってのがわかりました!」

 

「じゃあ、次は────」

 

 

 

 

 

 

 

「け、結構……聞くじゃないか……」

 

 ……根掘り葉掘り聞かれた。

 会ってからどれくらいの付き合いだとか、オートスコアラー達の事とか。

 特に、好きになったきっかけ、これが一番困った。

 

 どんな言葉を言い繕うとも、答えた瞬間終わりだもの。

 キャロル、見た目ちっちゃいし。

 

 と言うよりは、好きとかそう言うあれと言うよりは、大切な恩人とか、そう言ったアレであってだな……

 

 そんな事をアレこれ言っていたが、響が終始笑顔だったのが、なんとも不気味だった。

 

 

「いやぁ、だーれもそう言う話しないんで……つい」

 

「……出会いとかなさそうだもんねぇ、装者」

 

「そうなんですよ!」

 

 食い気味に前のめりな姿勢を見せる響。

 急に叫ぶのでびっくりした。

 

「翼さんはまぁ緒川さんが居るとして……マリアさんとかどうするのかなーとか思ったり考えたりするんですよー!」

 

 随分と失礼な事を言うじゃないかこの子。

 いや、確かにマリアさんは最年長だけれども。

 

「だからといってねぇ……そんな事を話すかね、普通」

 

「んーまぁ、おにーさんは良い人だから大丈夫です!」

 

「それ、根拠全然無いじゃん、大丈夫?」

 

「本当に悪い人は他の誰かををいい感じに騙して、自分じゃなにもしないんです。おにーさんは違うじゃないですか」

 

「ずいぶん具体的だね……まぁ良いけど」

 

 具体的にはすてきな帽子を被った全裸とか。

 

 アイツはともかくとして、パヴァリアの三人はどうしているんだろう。

 

 もう関係ない事かもしれないけれど、ただ一言礼は言っておきたかったな。

 

「他にも色々聞きたいんですけどー、時間も時間なんで、そろそろお暇しちゃっても……」

 

「そんな一々出るのに聞かなくて良いから……ってか、まだ聞く気だったのか」

 

 一体これ以上何を聞き出す気なんだ、彼女は。

 戦慄を覚えるとはまさにこの事なのだろう。

 

 出会ったばかりの寝てるキャロルの頬をつついていたのを、ガリィに見つかった時以来の感情だ。

 

 ガリィこれは違うんだ、キャロルが魘されてる様だったから……

 

 うっ、頭が。

 

 本当に魘され始めたから良……くはないな。

 

 

「えへへ、じゃ、また来ますねー!」

 

「また来るのか……マジかよ」

 

 もう来なくて良いよ、ホント。

 

 

 

 

 

 




容疑者X
成し遂げたぜ。
目論見通りに捕まる事に成功した模様。
尚、どうやって拘束されたかは本人良くわかってない。

ビッキー
一定以上好感度を上げると強制で393とのフラグが立ちます。
気をつけようね!

たやマさん
気づかぬ間に流れ弾を喰らう。
ホントどうするんでしょうね彼女。

アンケート
護国風鳴ルートには突入しなかった。ざんねん!


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AXZ…?編
容疑者X、がんばります


 キャロルは一体どうなったのだろう。

 

 どういう理由かは知らないが、拘束が解け、ある程度自由な身体となった今でも、チフォージュ・シャトーを含め、情報が入ってくる事はない。

 確か躯体が余っていた筈だが……無事、なのだろうか。

 

 しかし──こうも律儀に三食忘れずに飯が出てくるものだと思う。

 こちとら無国籍無戸籍容疑者の三拍子揃っているというのに。きっと、メイビー。

 

 こくれんのじんけんいしきはこんな怪しい奴にも適応されるのかと思ったのだが、ウェル博士は聖遺物扱いで閉じ込められてた事を思い出した。

 

 所で彼は現在どうなって……まぁ、どうでも良い事か。

 

 そんな最中に失礼します、とどこか礼儀正しそうな男の声が聞こえたと思えば、扉が開いた。

 

 こんな状況の人間に一体何を失礼する事があるのだろうかと思いつつも、どんな奴が来たかと目を凝らせば、そこに立っていたのは緒川慎次。飛騨ニンジャのエントリーだ!

 

「こうして一対一で面と向かうのは、初めてですね」

 

「……それで、どの様な御用件で?」

 

 挨拶もそこそこに、本題へ入れと促す。

 此方には話す事などもう……いや、結構あるな。

 情報の確度を度外視すれば、多少の差異はあれども抱えている情報はそれこそ未来を知ると同義。

 風鳴弦十郎は無理に吐かせる様な、そんなマネはしない、と言うことに関しては信頼がおける。

 

 なんの根拠も無いのだけれど。

 

 が、しかしだ。

 ニンジャの情報入手源はわからない。

 ひょっとしたら、裏ではこそこそと凄惨悪辣極まりない方法で情報を得てるのかもしれない。

 この場で怪しげな薬漬けにされてもおかしくは無いかも知れない。

 

 ───痛いのは嫌だし怖いものは怖いからやなんだけどねッ!

 

 

「そう身構えなくても大丈夫ですよ」

 

 そんなこちらの内心を察したのか、苦笑しながら両手を軽く上げて見せる緒川。

 

「少し、ご協力頂きたい事がありまして」

 

「協力? だから、以前も言った様に異端技術の類は何も───」

 

「そちらの真偽はさて置き、詳細は追って説明しますので。どうぞ此方へ。ですが、手錠はさせて貰います。申し訳有りません。

 

「…………」

 

 発言する間も無く、やたらごっつい手錠を嵌められ、ついてくる様に促される。

 どうやら信用はされていないらしい。

 とは言え拒否権そのものは存在しないも同義なので、促されるまま歩いていく。

 

 道行の途中、床やら壁やら、前の世界より文明レベルが高いと言うことをしみじみと実感する。

 

 一体何に使っているのか判らないけど、兎に角高い建物とか普通に有った様な気もするし。

 その景色なんてあんまりよく見た事ないからしらないけど。

 

 後は……皆同じ制服を着ている、と言う事。

 なんだかんだで、チフォージュ・シャトーに長いこといたお陰で、マトモに人に関わっていないし、外も見ていない。

 そんな事もあってか、S.O.N.G.に来てるんだな、と自然と気分が高揚する。

 

 まぁ、全員ここの職員なのだから当然と言ってしまえばそれまでなのだが。

 

 後はそうだな、他の装者でも拝めたらまぁバチバチに拘束されていた分の代金が返ってくるってものだが────

 

「あ!!!見るデス調ぇ! アレがマリアが言ってたろりこんデース!」

 

「───うん?」

 

 廊下中に響く程の大きな声に振り返ると、ビシッと指をこちらに向けている少女がいた。

 

金髪緑眼に、特徴的な、バッテンの髪飾り。

 よく見なくても、暁切歌だと判る。

 

 ザババの鎌の方、迷ったら切ちゃんって言っとけとかなんとか。

 ───とまぁ、それは置いとくが。

 

 アレは一体どういう事なんだろう。

 

 いや、ちゃんと聞き取れているし意味も当然わかるのだが、頭のどこかが理解したくないと叫んでいる。

 

 

「ダメだよ、切ちゃん」

 

 暁切歌の隣にいた黒髪ツインテな少女、月読調が切歌の腕を引っ張りながら咎めている。

 

 そうだ、もっと言ってやれ───と思ったのは、僅かなひと時に終わった。

 

「人を指さしたらいけないって、マリアに言われたでしょ」

 

 違う、そうじゃ……いやそうなんだけど。

 だが、そう言うことでは決して無い──

 

「ごめんデス、調……」

 

 うん、やっぱり切ちゃんは素直で良い子だ、所でどうするんだこの状況。

 

 そうしている間にも、周りの職員の目の色が完全に侮蔑を含んだものに変わっていくのが感じられる。

 

 これで正式に犯罪者───いや、そう言う方面は予想してなかったんだけど。

 事実、いかに実年齢が異なろうと、彼女の見た目は幼い。

 彼女達がそのような不名誉極まりない結論に至ったとしても、無理はないだろう。

 

「でも、響さんは違うって言ってなかった? 切ちゃん」

 

「んー、それはそうなのデスが……じゃあ! 直接聞いてみるデスよ!」

 

えっ、なにそれこわい。

 

「ろりこんさんろりこんさん! ろりこんさんはろりこんデスか?」

 

「違います」

 

「えぇっ!? じゃあマリアが嘘つきになっちゃうデスよ!?」

 

 ────孔明の罠だッ!

 

 助けを求めて緒川さんの方を向くと、そっと顔を逸らされる。その時、ニンジャは肝心な時にやくにたたない事を悟った。

 

「そんな……!」

 

 青ざめた顔をしている調だが、青ざめたいのはこっちの方である。

 

 「ちょっと二人とも!? 何やっているの!!?」

 

 突如響いたのは凛とした声。

 声の主の事は、とっくの昔に知っていた。

 

「「マリア!?(デス!?)」」

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

 (おそらく)アガートラームの装者である彼女は調と切歌の二人に対し叱りつけてから、此方へと近づいて来る。

 

 

「二人に近づかないで貰えるかしら」

 

 目の前に、二人との間に壁になる様に立ち塞がった彼女は、威嚇する為か此方を力強く睨み付けて来る。

 

 無理よ!とかたやマさんのイメージが強い彼女だが、調と切歌の為ならオカンになったり出来るそんな歌姫。

 

 だが、こちらにもこっちの言い分が有るのだ。

 何せ公衆の面前で盛大に侮辱されたのだ。

 例え、彼女達に悪気が無かったとしても、これを看過してしまえば、大変な事になるのは自明なのだ。

 

「いや、さっきか───」

 

「もう結構よ。元々お人好しとは言え、響だって誑かした貴方の話を聞くつもりはないッ」

 

「たぶっ……」

 

 取りつく島もないとはこの事だった。

 今のマリアには対話をする気すら無いし、その上響を誑かしたと思い込んでいる。

 

 とうぜんそんなじじつはない。

 

「すみません、マリアさん。この後、彼には用事がありますので、ここら辺でよろしいでしょうか」

 

 置き物同然だった緒川。

 否、置き物に徹する事で割り込む隙を窺っていた忍者緒川。

 割り込んでも問題ないタイミングにすかさず斬り込む。

 

 ボロクソにされている今、素直にありがたかった。

 

「……ええ。調や切歌に二度と近づけないようにしてもらえるかしら」

 

「ははは……善処します」

 

 緒川は苦笑いをしてからこの場を切り上げると、再び付いて来るよう促す。

 これでようやく当初予定していた道へと復するのだった。

 

 

 

「随分と嫌われたもんだなぁ」

 

 特にマリアさんに。

 

 彼女の歌は、ファンと言えばファンの部類に入る位には好きだ。

 それ故に、この嫌われ様には苦虫を噛み潰した思いにはなる。

 まぁ、こんな得体の知れないヤツを調と切歌みたいな子に近づけたいかって言われると、彼女の気持ちは理解出来るが。

 

「ええ、その様です……と、そろそろ着きます」

 

 緒川はそう言って、扉の前に立ち止まり、此方の方を向いた。

 

「この先で見聞きした事は一切の漏洩を禁じます。違反した場合、には………そうですね。早い話が、僕と風鳴司令以外の方に許可なく話さないで頂ければ」

 

 違反も何も、逮捕軟禁されている状態でこれ以上何が有るのだろうか。

 彼もそう思ったらしく、途中で口籠っていた。

 とは言え、この先には一体何が有るのだろうか。

 

「はいはい、わかりましたよっと」

 

「………この先は、キャロルさんの病室です」

 

「─────っ」

 

 ああ、なんだ、そういう事だったか。

 そういう事、だったのか。

 

「今の彼女は、重度の記憶障害に陥っています。自分が何者でさえも判らない状態です」

 

 ……原作通り、と言った所か。

 やはりこうなった、と思うし、装者達ちょっと強すぎないか、と理不尽さに愚痴りたくなる。

 準備は完璧だったろうに。まぁ、正確な戦況の推移を知らないから、なんとも言えないが。

 

「………どうなるんだ、キャロルは」

 

「今は何とも言えません」

 

「……そうかい。所で、これ外れないの? 流石に、どうかと思うんだけど」

 

 これ見よがしに腕を上げる。

 

「………僕の監視の元、と言う条件でしたら構いませんが」

 

「じゃ、良いわ」

 

「そうですか」

 

 こちらの即答に苦笑する緒川。

 例え監視の目があったとしても、せめて直接的な人の目だけは避けたいのは、当然だろう。

 

「さて、入っても?」

 

「どうぞ、15分だけですが」

 

「どうも」

 

 プシュ、と炭酸が抜ける様な音がして扉が開く。

 開けた景色。

 その向こうに───ベッドに横たわるキャロルの姿を見る。

 

 胸の奥からこみ上げそうになるものを抑えつつ、ゆっくりと部屋の中へと入って行く。

 

 扉が閉まる音を背にした時に、起きていたのか、起こしてしまったのか。

 キャロルの目が開かれ、こちらを向いたと思えば、ゆっくりと身体を起こした。

 

「やぁ、起こ…し………」

 

 一言、軽く詫びるつもりだった。

 そこから、話を始めていこうと思っていた。

 けど、抱きついて来たキャロルに、自分の頭は真っ白になって、途中まで紡いでいた言葉も止まっていた。

 

「あいたかった───」

 

「キャロ…ル……?」

 

 信じられなかった。

 まさか、そんな事が有るとは、恥ずかしい話、予想もしていなかったからだ。

 

「自分の事も、ここがどこかも、何も解らないっ、けどっ……キミの事は……キミだけはっ……!」

 

「キャロル………」

 

 この時ほど、手錠の存在を恨めしく思った事は無かった。

 

 

 

 

「…………覚えてた、な」

 

 思いがけなかったキャロルとの再会に、戸惑いながらも、素直に嬉しかった。

 15分後に愚図るキャロルを宥めすかす事になったのは非常に大変だったが。

 

 緒川さんが天を仰いだのは何気に貴重だったかも知れない。

 

「まぁ…こちらとしては有り得なくはない、

と思っていましたが……記憶の大半を失っても、今の今まで隠し通す辺り、聡明なのは変わらない様で」

 

「……こんな事までして、何が言いたいんだ。流石に気付く」

 

 目的が無ければ、リスクを度外視してまでキャロルに会わせたりなんかしない。

 実際、覚えていた記憶がある事を黙っていたくらいだ。

 

「これは僕の推測ですが、貴方はここでは無い別の世界から来た。違いますか」

 

 思わず舌を巻く。

 いや、ギャラルホルンとか言う便利アイテムが存在する以上、その様な結論に至っても可笑しくはないが。

 

「どうしてそんな結論に?」

 

「国籍戸籍、その他一切の経歴が不明。ですが何本かの映像がヒットしまして。一つだけ、貴方が最初に確認できた映像は、一切の前触れもなく、突然姿を表しています」

 

「合ってる」

 

「……やはりそうでしたか」

 

「しかし特段聖遺物の反応などは観測されていません。ですが、どんな手段で異世界から来たにせよ、キャロルへ交渉手段となり得る何かを持っていた」

 

「あー、未来の情報?」

 

「未来……ですか」

 

「そう、未来さ。そこそこ役に立った」

 

「どうやら、貴方はここと近しい世界から来た様ですね」

 

 ───全然違うんですけど。

 とは言っても、本当の事はキャロル以外に言う気は無いし、このまま勘違いしてくれるのならそれで構わないので、黙るけれども。

 

「そんで、何が言いたいのさ」

 

「無理にとは言いませんが、出来れば話して頂きたく思います」

 

「んー、話してもいいけどねぇ……メリットなく無い?こっちに」

 

「無理に、とは言いませんよ」

 

「そうだなぁ、気がついたら深淵の竜宮から無くなってたモノがあるんじゃない?」

 

「!」

 

「これくらいのレベルのモノなら結構あるけど」

 

「…………」

 

 緒川の顔付きが変わった気がする。

 

 少なくとも、実力でどうこうしようと言う訳ではないのは、事実と見ても良いのかもしれない。

 本題を提示しても良さそうだと見えた。

 

「キャロルの安全の確証と引き換えでどうかな」

 

「自身の事は良いと?」

 

「お、それもあったか。じゃあそれも」

 

 やはり交渉の余地はあった様だ。

 まぁ、切ちゃん曰く、底抜けにお人好し揃いらしいからね。

 今はそれがとても有難いのだが。

 

「そうですね……司令に判断を仰ぎます」

 

「色良い返事を期待します」

 

 

 

 

「それで、未来の情報と来たか」

 

 そんなに待つ事もなくやって来た風鳴司令。

 ちょっと早過ぎるような気がするのは、元々予定していた、とかだろうか。

 

「アンタが来たって事は、飲むって事で良いのかな?」

 

「こちらの管理下、と言う条件付きだ。それ以上は譲らん」

 

 ───決断が早い。

 

 どうやら元々予定していたの見て間違いないらしい。

 ただ、今の状態のキャロルを保護して何のメリットが有るのか、とは思うが。

 お人好しなのか、エルフナイン辺りがなんかしたのか、或いはその両方か。

 

 どちらにせよ、かなり好都合なのは間違いない。

 

「………君達S.O.N.Gが次に対峙するであろう、アダム・ヴァイスハウプトの目的だけど───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「やれやれ、随分と嫌われたものだね」

「お陰で僕が直接動かないといけなくなってね。まぁ…それじゃあちょっと手が足りないからわざわざ僕が君を確保してあげたんだ」

「少しは感謝してほしいくらいさ……ねぇ?」


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容疑者、社会復帰する。

「……全く厄介なモンだな」

 

 一通りの話を聞き終えた風鳴弦十郎は、大きな溜息を吐くと、腕を組んだ。

 

 男の話す内容は荒唐無稽では合ったが、何処か真に迫った力を持っている。

 ────否。

 事実として、あり得る未来なのだから、当然だった。

 

「なぁ……帰りたいとは思わなかったのか?」

 

 弦十郎の率直な感想だった。

 

 彼は此処とは異なる世界から来て、凡そ数年に渡っている。

 誰も自分の事を知らない。

 自分が知っていた場所とは違う。

 

 そんな中、故郷に帰りたくなるのは間違いないのだ。

 

「まぁ…一度くらいは帰りたいと思わなくはなかったけど」

 

「そりゃそうか。いや、悪い。聞くべきじゃなかったな」

 

 今の弦十郎にはかつて、キャロルが言っていた事が頭を過っていた。

 

 『やらなきゃいけない事が有る』

 

 それは、もしかすると、彼を元の世界に返す事だったのではないのか?

 

「別に気にしてない。第一、帰れたとしてキャロルはどうなるんだよって話だ」

 

「そうとう大事な様だな」

 

「当たり前だ。それを抜きにしたって、今の状態で置いてくとか人間の所業じゃねぇだろ」

 

「それもそうだな」

 

(考えすぎの様だな)

 弦十郎は自らの推測を否定した。

 本人の意思を抜きにしてやる事は無いだろうよ、と考えるに至ったからだ。

 

「と、だな。ここまで話させてなんだが、今回の事件は【完全聖遺物の偶発的暴走】と言う形になっていた、様でな」

 

 聞くべき事は聞いた。

 これからの事を話し始める番だろう。

 とは言っても、少し複雑な事情がそこには横たわっていて、弦十郎ですら上手く言い難いのだが。

 

「はい?」

 

()()()()()()()のは最近らしくて、な。それと同時にお前宛に『冷や冷やしたか?ザマァみろ、と言うワケダ』と言付かっているが……意味が判るか?」

 

「普通に私怨だと思う」

 

「……あまり怨みを買うのは感心せんぞ」

 

 あっけらかんに答えるその様子に、さしもの弦十郎も顔を顰めるのであった。

 

「わかってるよ」

 

 とは言え、情報の信頼性の確保のために、今まで敢えて伏せさせて貰ったから、強くは言えなかった。

 

「それとこちらの管理下に置くのは事実だ。……被害が出ている事を忘れるなよ」

 

「ああ───わかっている」

 

 釘を刺す弦十郎に対して、真剣な面持ちで答えた。

 

「……元々」

 

「エルフナインくんが、お前達のことを気にかけていてな」

 

「……エルフナインが?」

 

「ああ」

 

 事実だった。

『ふたりをどうにか助けられませんか……?』などと訴えて来たのだ。

 

 彼女が訴えるまでもなく、いつの間にやら無罪に仕立て上げられていたのだが。

 

「エルフナインは元気ですか?」

 

「ああ、元気だ。後で話をすると良いさ」

 

「そのつもり…なんですがね。マリアさんから、ちょっと嫌われているもんで、多分真っ向からじゃ多分割り込まれたりする…かなぁ」

 

「本当か?」

 

 すぐ様後ろに控えていた緒川に確認を取った。

 

「はい。間違い、ないかと……僕個人の感想としては、まぁ無理もないかと」

 

「むぅ……成る程、な」

 

 その言葉に見える事情をなんとなく把握出来た分、頭を抱えたくなった。

 

「わかった。手配しよう」

 

 ともあれ、彼女が危惧するような人間ではないだろう───

 ここ最近の彼とのやり取りと、今までやってきた事を併せて、弦十郎はそう結論している。

 

「ああ、それと───」

 

 

 これで、仮にマリアが想像している様な人間だったら、自分が責任を執る覚悟だ。

 

 

 

「ようこそ、S.O.N.G.へ」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「それに当たって聞きたいんだが、チフォージュ・シャトーでは何をしていたんだ?」

 

「え?」

 

『ようこそS.O.N.G.へ──』

 全く予想外の言葉の後に手錠が外れた。

 いや、本当にどうしてそうなったのか、全く判らない。

 精々保護観察処分とか、軟禁に近い待遇とかだと思っていたのに。

 

「いや、何。似た様な分野の配置について貰おうと思ってな。ああ、戸籍国籍はこちらで手配しておくから安心しろ」

 

 有難い。

 至れり尽くせりで非常に有難い、のだが……だが。

 

「………です」

 

「何?」

 

「ヒモです……」

 

「すまない、聞こえなかった。もう一度───」

 

「ヒモで…すみません……」

 

「─────マジ?」

 

 空気が、凍りついた。

 予想通り過ぎて涙すら出てこない。

 

 代わりに視界が霞んで来たが、決して泣いてないているわけではない。

 

 いないのだ。

 

「はい……」

 

「おい、緒川ッどうすんだッ、予想すらしてなかったぞ……?」

 

「え、いや…えっと………」

 

 緒川さんが困っているとか、何気に貴重なシーンを観ているのではないだろうか。

 そう思う、そう思わないとこの空気に自分が耐えられない。

 

「あの、錬金術等は……」

 

「才能ないってキャロルからハンコ押されてて……」

 

「ま、前の世界では何を……」

 

「もう何年も前の事だから全然覚えて……」

 

「お前さんどうやって生きてきたんだ!?」

 

「捨てられない様に頑張ったんだよ!!!」

 

 手で顔を覆う。

 自由になった腕の初の仕事がこんな事になるとは、もしも腕に意識があるなら思っていなかっただろう。

 実際、思っていなかった。

 

「ヒモかぁ……」

 

 先程よりも大きく、深い溜息を吐く弦十郎。

 緒川は何やら考え込んだまま帰って来ていない。

 

「対面上渉外…には出来んからな……」

 

 寧ろ怪しさの塊でしかない奴をそんなとこに配置したら頭を疑う。

 

 とは言え、個人的な意見としては命をベットに交渉するのは慣れっ子になってしまったから、経験という点で、渉外になるんだったら、有難いが。

 

 だがその手のは緒川さんの仕事───

 

「───良しッ!男に後退の二文字は無いッ!お前を俺が鍛え上げてやるッ!」

 

「えっ?」

 

 えっ?

 

「安心しろ、俺達を信じて着いてくれば、お前は旧二課職員と遜色ない様になるさッ!」

 

 両肩をがっしりと摑む最強のOTONAは、圧がとてもすごい。

 

 とても、すごい。

 

「緒川、お前は事務の教育を頼む」

 

「どの位まで仕上げますか?」

 

 いつの間にか思考が帰ってきた緒川はとても頼もしく、そして物騒な事を言う。

 

「一先ず最低限の仕事だけはこなせる様にするのが優先だ。十…いや、一週間で行くぞ」

 

「任せて下さい」

 

 控えめに言って無理では?

 いや、事務はきっと忍術かなんかに教育のノウハウがあるからすんごい頑張ればついていける様になっているのかもしれないが。

 

 どうして身体を鍛える事になっているのだろう。

 

 認めざるを得ないが、キャロルのヒモだった奴が───

 

「……あの、キャロルはどうなるんで」

 

「その辺は暫くはエルフナインくんが面倒を見ると名乗り出てくれているから、安心していいぞ」

 

 それは良かったと胸を撫で下ろすが、どうして鍛える事になっているのか、それがわからない。

 

「良しッ!じゃあ早速始めるか!」

 

「はい?」

 

 

◆◆◆

 

 

「なんでこんなことしてるんだろ」

 

 よくわからん映画的カンフーの修行。

 アレは映画であって現実でやるもんじゃないな、と思うんだ。

 

 『震脚は踏み込みが大事だッ!』とか言って地面に穴を開けないで欲しい。

 

 『わかりました師匠ッ!』とか平然とついてこないで欲しい。

 立花ちゃんヤバ過ぎるわ、なんだあの体力、バケモンかよ。

 

 走り込みに関しては、ミカと鬼ごっこ(命がけ)してたからまぁ、なんとかなんとか付いてこれたが。

 

「ったく、会いたくなるじゃないか」

 

 ガリィ、レイア、ファラ、ミカ。

 ───まったく、キャロルだけ生きていれば、なんて思ってたけど、大間違いだったようだ。

 彼女達との想い出も、自分を構成する一部で、大切なものだった。

 

 

「と言うか、どうやって行けばいいんだよ……」

 

 晴れて?自由の身になった事によって、艦内に個室があてがわれた。

 外だと保安上の問題が生じるかららしい。

 

 本来なら一人一人部屋となるのだが、以前のオレ様キャロルなら兎も角、現在の状態では精神衛生上よろしくない、と言うことで相部屋になっている。

 

 因みにやましい事をすれば本気の一撃をお見舞いするから安心しろ、との事だった。

 

 それにしたって、居住区が何処か全くわからない。

 一度道案内して貰うべきだったと反省している。

 特訓の後、さっさと離れたいからって、馬鹿な事をしたものだ。

 

「あの……」

 

「は…い……?」 

 

 声に応えようと振り向くと、目に映ったのは特徴的な橙色系統の髪に、碧眼。

 ややあどけなさを残しているが、それは以前会った女性を嫌でも思い起こさせる容姿だった。

 

「道に…迷ったんですよね?」

 

「え、は、はい…」

 

 こんな所で会うとは、ここに居るとは、全く想定していなかった。

 と、とは言え…ギャラルホルンが有るから、別に居てもおかしくは……ない、だろう。

 

 それに気付いてからは、いつも通りの平静さを取り戻した。

 

 とは言えなんか大人びている気がするのは、気のせいだろうか。気のせいだろう。

 

 

 

「───って区間に行きたいんですが」

 

「それ……方向逆、ですよ?」

 

「えっ、嘘」

 

「本当です。ここを回れ右して、まっすぐ進んでから────」

 

「すみません、助かります」

 

 一通りの案内を受けた礼を述べる。

 彼女の説明は実にわかりやすく、それでいて丁寧だった。

 

「いいえ、困った時は、お互い様ですから」

 

 次は迷わないでくださいね、と言う声を背に教えてもらった方向へと進む。

 

 優しい人だった。

 どうせ姉からの情報と一致したら避けられるのだろうが。

 早い所マリアさんの誤解を解かねばならぬと決意した。

 

 

「よし、ここだな」

 

 彼女の説明を受けてからは迷う事なく目的地に着いた。

 改めて彼女の親切さに胸を打たれつつ、何やら近未来的なパネルに手を翳して扉を開けた。

 

 部屋の中は、割と広く、改めてこの潜水艦基地の大きさを思い知らされた。

 

 それでもシャトーよりは小さいが。

 

「おそい! なにをしてたの?」

 

 部屋の中へと入っていくと、先に居たキャロルが口を尖らせていた。

 

「ごめんごめん、道に迷ってさ」

 

 嘘を吐く必要なんて無いので、頭をかきながら、正直に話す。

 

「違うよ。ただいまでしょ?」

 

「───ただいま」

 

「うん、よろしい」

 

 このやり取りに満足そうなキャロル。

 それだけでなく、自分もなんとも言えない充実感を覚えていた。

 

「で、今まで一体何してたの?」

 

「走らされてた」

 

「なにそれ?」

 

「いやね、さっきまで…道に迷うまでは風鳴司令…わかる?」

 

「うん、わかるよ」

 

「まぁその人に引っ張られてな、走らされてねぇ」

 

「ふぅん、大変だったんだね」

 

「そうそう、ペース落ちるとさ、後ろから追っかけてきてさぁ……」

 

『どうしたッ! 響くんは女の子だぞッ! 悔しくないのか!?』

 

『装者、じゃねぇか!無茶を…言うなぁ!』

 

『無駄口を叩けるならまだいけるなッ!ペース上げるぞッ!』

 

『むりです』

 

『頑張ってくださいッ!あと少しですよ!」

 

『むり』

 

 なんで息ひとつ上がってねぇんだあいつら。人間じゃねぇだろ。

 

 ……それを踏まえて思うに、ミカはかなり手加減してくれてた様だ。

 

「追い、かけっこ………」

 

「そそ、こっちはそんな感じ。キャロルはどうしてた?」

 

「わ、わたし?わたしはね───あっ」

 

「ご飯食べてないの?」

 

「……うん」

 

 話の途中でかわいいお腹の音が聞こえてきたと思えば、どうもまだ食事を摂っていなかったようだ。

 

「エルフナインと行ったとてっきり……」

 

「誘われたんだけどね、断ったんだ。いっしょに、食べたかったから」

 

 食堂で司令と食べたんだけど……とは言わない、言えなかった。

 その場には響も居た、なんてもっと言えない、言わない。

 

 こんなかわいらしい事言われてそんな事言えるだろうか。

 

「……ごめんね、遅くなって。行こっか」

 

「うん!」

 

 

◆◆◆

 

 

「あっ、ろりこんさんじゃないデスか!」

 

 キャロルの手を引き、食堂へと向かっていく途中に、背後からとんでもない声のかけられ方をする。

 

「ろり……え?」

 

「キャロル、頼むから気にしないで、ね?」

 

 今のキャロルにそんな言葉の意味を教えるわけにはいかないのだ。

 少しは切歌も気を遣って頂きたいものだ。

 

「むむ、キャロルも一緒なんデスね」

 

 そういうと切歌はてくてくと近寄ってくる。

 

「……色々あったと思うけどこれからよろしく頼むね」

 

「なるほどー、やっぱりそうなったんデスねぇ」

 

 近寄ってきた切歌に挨拶をすると、腕を組みながら得意げにうなずく。

 

「お陰で大変だけどね……色々と」

 

「んー、まぁこれから頑張って行けばいいデスよ!」

 

「はは、ありがとう」

 

 切ちゃんはいい子だなぁ、と心があたたまった。

 

「で、二人はこれから何処へ行くんデスか?」

 

「ん? キャロルがまだなんも食べてないって言うから、食堂にでもって」

 

「それは奇遇デス!」

 

 切歌は、胸の前で手を合わせた。

 

「ちょーどアタシもおなかぐーぐーはらぺこりんなことデスし、一緒に行くデスよ!」

 

「えっ、きゃっ、ちょ、ちょっと!?」

 

 そういうと切歌はキャロルの空いていた方の手を取った。

 

「いいじゃないか、行こっか」

 

 やや強引だが、いい機会だった。

 食堂で風鳴司令と立花響と相席していた時は、面子も面子なので、特に反応はなかったが、キャロルだとまた違う。

 

 いくらお人好し揃いのS.O.N.G.でも、複雑な感情を持つ職員がいるかもしれない。

 そういった面では、切歌が、シンフォギア装者が一緒に居てくれるのは心強かった。

 

「………ありがとう」

 

「デス? なんの事デスか?」

 

「いや、何でもないさ」

 

「デス?」

 

 結論、切ちゃんはいい子だ。

 

 

◆◆◆

 

 

「いやぁ、まさか調の分までお菓子買ってくれるなんて……なんだか悪いデスねぇ」

 

 切ちゃんのお陰でキャロルが浮く事がなかった御礼も兼ねて、艦内にある売店でお菓子を買ってあげていた。

 

 お金は支給された端末に『プレラーティが済まなかった』と言うメールと共に送られてきたもの凄い数の0が付いた電子通帳からなので、何も問題はない。

 

風鳴司令に発覚したら速攻で取り上げられる予感がするのは、気のせいだろうか。

 

「マリアさんには内緒だぞ。……なんか嫌われてるから」

 

「ろりこんのお兄さんは悪い人じゃないんデスけどね」

 

「普通にお兄さんにしてもらえない?」

 

「その、ろりこん?ってなんなの?」

 

「じ、じつはアタシもよくわかってないデス……」

 

 えっ、そうだったの?と驚愕したのも束の間。

 

「ま、怪しいモンねぇ、アンタ。仕方ないさ」

 背後から声がかけられた。

 ここの人間は後ろから声をかけるのが好きらしい。

 

「奏さんデス!?」

 

 天羽奏。

 ツヴァイウィング……なのかは判らないが、元ガングニールの装者にして、立花響を装者にしない為に(大失敗したが)あの日のライブの際に裏工作をする事で、キャロルが命を救った人間だった。

 

「よっ、こうして会うのは初めましてかな? あたしは天羽奏。よろしく」

 

「よ、よろしく……」

 

 差し伸べられた手を恐る恐る握るキャロル。

 歌姫との握手は貴重だから、という理由ではないが。

 

「ど、どしたんデスか?」

 

「いやぁ、食堂でたまたま姿を見つけたモンだから、さ。つい尾けちゃって」

 

「マジかよ」

 

「ま、マリアが言う程極悪人ってワケじゃなさそうだけどね」

 

「普段どんな事言ってんですかあの人」

 

「まーまー、お母さんは過保護なんだよ、許してやってくれ」

 

 けらけらと笑う奏。だが、こちらとしては笑い事ではない。

 

「とは言っても、理解は出来るんだけどね……」

 

「おいおい、自覚あんのかよ」

 

「そりゃね。ま、誤解を解く努力は続けるつもりだけど。と言うか何とかして解かないと立場がヤバイ」

 

 そうでなくても切歌と調の一件で職員達から白い目で見られたというのに。

 

「あはははは!!! 全然説得力無いけどな!!!」

 

「そこは目をつぶってくれ…」

 

 大笑いする奏。

 まぁ…キャロルの手を引き、理由はどうあれ切歌にお菓子まで買い与えているのだ。

 説得力は……悲しい事にないかもしれない。

 

「ねぇ、嫌がってるから笑わないで」

 

「ん? あー……すまん」

 

 キャロルの抗議を受けて奏が謝意を伝える。

 別に当然な気がするので、仕方のない事だと思っていたが、麻痺していたのだろうか。

 

 とは言えキャロルが不快になってしまった事は事実だ。

 やはり早急に事態の改善を図らねばならないと改めて決意した。

 

「ああ、そうそう。切歌の事、マリアのやつが探してたぞ」

 

「マリアがデスか?」

 

 ふと思い出したように奏が切歌へ伝えた。

 それは先に伝えるべきなのではないか、と思ったが。

 

「ああ。ついでだし、あたしと行くか」

 

「了解デース! あっ、えっと…」

 

 片手に下げたお菓子の入った袋と、此方を交互に見合わせる切歌。

 

「ああ、あたしが買った事にするよ。それで良いよな?」

 

「うん、問題ない」

 

 そんな切歌を助ける様に奏が提案をしてくる。

 マリアさん対策としては助かるので、素直に受け入れた。

 

「ありがとう」

 

「いいさ別に。あたしは何もしてないんだからさ」

 

「それでもさ」

 

「はは、そうかい。んじゃ、またな」

 

そうして、奏は握り拳を軽く此方の胸元に当ててから、手をひらひらと振り、切歌と共に去っていった。

 




ヒモを卒業(してない)人
さらにタチのわるくなったヒモ。
マリアさんは間違っていない。
OTONAはOTONAなので更生させようとしている。

キャロル
かわいい。
オレとわたし、ロリと大人の4通りの組み合わせが存在する。
かわいい。

切ちゃん
かわいい。
装者の中では一番優良とか言われてたりとかなんとか。
マリアさんが一番危ないと思っている子。
おやのこころこしらず。


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ヒモ、監視される

「むむ……やはり、距離が近い……」

 

 風鳴翼は物陰に潜んでいた。

 彼女がそんな事をするのには、防人として、奏の相棒として正しいワケが有る。

 

 

「なー先輩、なにやってんだ?」

 

「きゃっ!?」

 

 突如背後から声をかけられた翼は、思わず素の自分が表に出てしまった。

 

「ゆ、雪音か。驚かせるな」

 

 慌てて背後を振り向いた先に立っていたのは、自らの後輩にして、同じく防人(と勝手に本人が思っている)足る雪音クリスだった。

 

「いや、驚いたのはアタシの方なんだが」

 

 主に先輩の驚き方で、とは口に出さなかった。

 

「んで、こんな所でコソコソ何してんだよ、先輩」

 

「あの男を見てくれ、雪音」

 

 翼が指差した先は、今何かと話題の人物だった。

 

「ん?……あのロリコン野郎がどーしたってんだよ?」

 

 ───キャロルのヒモ。

 

 その情報は最早S.O.N.G.職員全員の知る所であり、風鳴弦十郎は持ち前のお人好しを発揮し、更生の為に彼を受け入れたのだ──と言う事になっていた。

 

 そして、当然クリスもその認識である。

 

「奏が近くに居るだろう?」

 

「……それがどうしたってんだ?」

 

 つい先程まで、彼はその弦十郎にみっちりとしごかれていた。

 とは言え特訓なので、弦十郎の弟子である響と、ついでに巻き込まれた奏も参加していた。

 

 なおヒモの体力は奏より低かった。

 

「近いだろう雪音!距離が!近い!」

 

「ンなもんどうだっていいだろ!?」

 

 実際、距離は常識的な範囲なのだが───

 奏が歌姫、つまりアイドルである事。

 

 男がいたいけな少女のヒモと言う軟弱かつ下劣(翼視点)である事。

 

 そもそも翼が奏には自分の素を曝け出せる位に心を通わせているという点だろう。

 

「良くない! 奏が、奏が…あの男の毒牙に!! あぁ…落ち着け私っ、常在戦場常ざ…ああいや、落ち着いてる場合ではっ」

 

「いやアイツ、ロリコン野郎だろ?」

 

 一部職員の噂だと、キャロルが万象黙示録なんか企んだのは、誑かされた結果だとかなんとか。

 そんな話をクリスは聞いていた。

 

「だが立花はキャロルはもっと大きかったと言っているぞ!?」

 

「あー、そこで気にしてんのな、先輩」

 

「ああ」

 翼の懸念も一理あるかもしれないとクリスは思った。

 

「でもまぁ見ろよ、バカが来たぞ」

 

 クリスが指差す先には、飲み物を持ってやって来た響。

 実際はジャンケンに負けて飲み物を三人分取りに行く事になっていたのだが、そんな事をつゆとも知らぬ翼は───

 

「なっ!? 立花に飲み物を取りに行かせるとは……!よもや誑かされた後ではないのか!?」

 

 当然ドツボに嵌った思考を繰り返すのだった。

 

「あーダメだこりゃ」

 

 クリスは翼のことをあきらめた。

 

「雪音ッ!友の危機に心動かぬとは見損なったぞっ!」

 

 クリスの両肩を掴み、息がかかるのではないかと思うくらいの距離と圧力で顔を覗き込む。

 風鳴の一族を知る者は、その剣幕は正しく風鳴の血統だと思うだろう。

 

「あのな、先…パイ」

 

 クリスは翼の顔を力一杯に押し除けた。

 

「アイツはバカだけど、バカなりに人を見る目はある。アイツが懐くって事は少なくとも悪い奴じゃあないんじゃねぇか?」

 

 クリスは響を信頼している。

 それ故の判断だった。

 

「む……そう言われると、だな」

 

 響の誰とでも手を繋ごうとする癖は当然翼も知っているし、人を見る目が無いわけではないだろうと言う事は、わかるのだが。

 

「奏ぇ……」

 

 奏が誑かされた(と勝手に思い込んでいる)今、翼には余り重要な要素ではなかった。

 

「あーもう勝手にやってろッ! アタシは行くからなッ!」

 

 付き合ってられない、とクリスはその場を後にするのだった。

 

「ったく……………ん?」

 

 そう遠くない距離、クリスは似た様な光景を目の当たりにした、してしまった。

 

「……な、なぁお前、そこでなにを」

 

「ひゃあっ!?」

 

 背後から声をかけられた事で驚き、飛び上がってしまったのはマリアだった。

 

「く、クリス…!あなただったのね……もう、驚かさないで」

 

「あーハイハイすまんすまん。聞きたくねーけど、ここでなにしてんだよ」

 

 クリスはどうせ似た様な理由なんだろうなぁ……と思いながらマリアに尋ねた。

 

「あの男が切歌や調に近づかない様に見張ってるの」

 

「あ、そう。頑張れ」

 

 やっぱりか、とクリスはその場を後にした。

 

 

「待ちなさいッ!既に響は誑かされたのよ!? それで良いのクリス!」

 

 その場を後にしようとしたクリスの腕をがっしりと掴み、引き摺り戻す。

 

「だー! なんなんだアンタら年長組は!揃いも揃って馬鹿だったのか!? 馬鹿なんだな!? ンなもんおっさん達に任せりゃ良いだろ!?」

 

「それじゃあ遅いのよ!!! 第一、あんな得体の知れないヤツを受け入れるだなんて……!」

 

 

「何と戦っているか知らねーけど、頑張れよ」

 

 マリアが自分の世界に入ったので、これ幸いにそそくさのその場を立ち去ろうとするクリス。

 

「あら…アレは……な"っ"!!!!???」

 

 マリアが突如として歌姫が、年頃の女性がしてはいけない叫びを上げた。

 

「あー? あー、お前の妹か」

 

 一応振り向いたクリスが見たのは、マリアの妹であるセレナ・カデンツァヴナ・イヴが三人に合流した挙句、件の男と何やら(マリア視点で)親しげに話している様子だった。

 

「どーすん……」

 

 あんな声を上げたのだ、マリアは何かするに違いない、と思ったクリスはその旨を問おうと声をかける、が……

 

「気絶してんじゃねーか……」

 

 マリアは自らが目撃した光景の衝撃の余り、立ちながらにして意識を失ってしまっていた。

 

「……ほっとくか、あたしには関係ねーし」

 

 実際関係ない。

 

「ったく……はぁ……」

 

 それ程遠くない距離、三度として見たくない人影をみたクリスは一体どんな厄日なのだろうと思った。

 

「……あ? エルフナインか、どうしたんだ?」

 

「クリスさん!」

 

 翼やマリアのポンコツフランメとは違い、背後から声をかけても驚かずにちゃんと反応したエルフナインに、自分でも判らないが少しだけホッとしたクリス。

 

「えっと、その……」

 

「まーた監視とか言いださねぇだろうな」

 

「監視…ですか? そんなことしてません!」

 

 よかったと安堵するクリス。

 何故安堵しなければならないのかは、本人にも判らない。

 

「んじゃ、なにやってんだ?」

 

「その……キャロルが元気にしてるかとか、一番身近な視点から聞きたいんですけど……なかなかタイミングがつかめなくて…」

 

「そんなん、話に行けば良いんじゃねーか、直ぐそこなんだしよ」

 

「それは…そうなのですが……」

 

「だー! どいつもこいつもめんどくせー事しやがる!」

 

 身をよじらせ、俯き加減になりながら声が段々と小さくなるなるエルフナインに、今まで溜まりに溜まったストレスが発露したクリス。

 

「行くぞエルフナイン!」

 

「えっ、わっ…く、クリスさん!?」

 

 エルフナインの腕を乱暴に、それでいて下手に傷つける事なく掴むと、エルフナインが目的としている人物の元へと手を引き歩き出した。

 

「あの、マリアさんが…」

 

「気にすんな」

 

「あの、翼さんが…」

 

「アレも気にすんな」

 

 道中、気絶していたり自分の世界に入ったりしているオブジェを通り過ぎながら。

 

 

「ん? あっ!クリスちゃんにエルフナインちゃんだ!」

 

 近づいてくるクリスとエルフナインに真っ先に気付いたのは響だった。

 

「こんにちは。お二人はどうされたんですか?」

 

 声をかけたのはセレナだった。

 

 一体いかなる理由で彼女がこんな所に居るのか、先程から見ていたクリスは気になった。

 

「どーしたのはお前の方だよ…いつの間にコイツと知り合ってたんだ?」

 

「以前、道に迷っていた時に案内したんです。とは言っても、こうして話をしたのは今日が初めてでして……」

 

 それだけの事で気絶したマリアは完全に飛ばしすぎだな、と内心呆れたクリス。

 

「んで、アンタも井戸端会議に参加しに来たのかい?」

 

「そんなんじゃねーよ。エルフナインがソイツに用があるんだと」

 

 からかい半分の奏の言葉を流したクリス。

 

「ふーん。だってさ……あちゃー、寝ちまってるよ。ま、疲れてるし無理も───」

 

 奏が呆れながら苦笑しているが、一方でその様子を見ていたクリスは───

 

「おい、起き、ろッ!」

 

 思いっきり寝ている男の両頬を挟むように叩いた。

 

「クリスちゃん!?」

 

「やるねぇ」

 

「わっ……痛そう…」

 

 突然の光景に三者とも驚きを隠せなかった。

 

「っんぁ!!? 何すんだガリィ!!」

 

「なーに寝ぼけてやがるんだ」

 

「いひゃいんれすけろ……」

 

 盛大な寝ボケをかました男は、自分の頰を叩いた女に頰を引っ張られ、上手く言葉を発せなかった。

 

「おいよく聞け寝坊助、エルフナインがお前に用があんだ」

 

「あー…成る程?」

 

 頰を摩りながら漸く状況を把握したのか、エルフナインとクリスへ交互に視線を回していた。

 

「それとお前ら、アレなんとかしてくれ、頼むから」

 

 そんな男には目もくれず、クリスは物陰に潜んでいるつもりの装者達を指差し、奏とセレナにどうにかする様にと促した。

 

「あー….翼」

 

「マリア姉さん……」

 

 二人とも苦笑いしながら、それぞれの下へと歩いていった。

 

「おいバカ、飯奢ってやるからちょっと付き合え」

 

「えぇ!? 嬉しいけどさっき食べたばっかりだから……」

 

 二人が歩き出したのを見届け、そのまま返す刀でクリスは響に珍しい提案をする。

 だが響は空腹ではなかった。

 

「……じゃあアイスでもなんでも奢ってやるよ」

 

「ホント!? わーい!」

 

 とは言え年頃の少女にとっては、お菓子スイーツの類は別腹だったので、効果は覿面だった。

 

「………ありがとね」

 

 三人をわざわざこの場から離れさせようとするその意図に気付いた男はクリスの方を見つめながら礼を呟いた。

 

「チッ……」

 

 とは言え、エルフナインの為にしたのであって、クリスの中では男は未だ信用ならない人物だ。

 そんな人物に意図を悟られたクリスは苛立ちからか、舌打ちをしながらその場を響と共に去っていた。

 

 後に残されたのは、エルフナインとの二人だった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

「………」

 

「………」

 

 残された二人。

 とは言え、長い事二人の間に会話はなく、気まずい沈黙が続いていた。

 そもそも、二人が最後に話したのは以前、弦十郎の手配の下に行われた面会だった。

 

 その時も元気だったか、など当たり障りのない事だった。

 

「あの……」

 

 沈黙を最初に破ったのはエルフナインの方からだった。

 

「……うん?」

 

「キャロルは……どうしたんですか?」

 

「ああ、検査だってさ。想い出の焼却、なんてどんな負担がかかってるか判らないから万全を期して、らしい、けど」

 

「けど?」

 

「弦十郎さんは兎も角、キャロルの頭脳に用が有る連中は多い。今回だって、立ち合いたいくらいだった」

 

 自嘲する様に口角を上げながらエルフナインの方を向いた。

 

「……ダメだったんですか?」

 

「『実年齢は兎も角、今のキャロルは見た目相応の精神年齢だから、少しは近しい精神年齢の子との交流も必要だろう。お前抜きでな』って弦十郎さんがね。……どうも、暁切歌と月読調も定期検査が被ってた…いや、被せたのかな?」

 

 まぁザババの二人が一緒なら悪い様にはならないだろう、という確信めいたものがあったから、素直に引き下がっていた。

 キャロルはごねたが。

 

「なるほど……」

 

「あとは『さぁ、その時間を利用して特訓だッ!』とか言われてさ……身体はボロッボロだよ」

 

「あはは……」

 

「………ごめんね」

 

「えっ!? いや、つまらない訳じゃなくてですね」

 

「………実はさ、キャロルの戦闘の顚末を知らないんだ」

 

 苦笑いしたエルフナインは、慌てて否定したが、彼の意図する所はそこではなかった。

 

 懺悔にも近い独白。

 

 あの日、彼は眠らされていたのだ。

 他ならぬキャロルの手によって。

 その結果、今でもどの様な経過でキャロルの万象黙示録が粉砕されたのかを、知らずにいた。

 万象黙示録とは言ったが、──キャロルは違う()()()を目論んでた。

 それすらも、正確な事を知らずにいたし、実際に相対した装者達もわからなかった。

 

「立花響から断片的に聞いた話からは、キャロルはどうも命題にたどり着いていたっぽいってのは、知ってんだけどね……」

 

「……はい。確かに、キャロルはそんな事を言ってました」

 

「いやー、全くわからん! ホント、いつ気づいたんだろうね! ねぇ、心当たりあったりしない?」

 

「貴方が判らないなら、ボクにはとても…」

 

「そっか、残念」

 

 残念には見えない口振りで流した。

 もとより、知っているとは期待していなかったと言うのもあるだろう。

 

「………この状況に置かれているのは、キャロルが負けた時の事を考えて動いてたからだ」

 

 その為にパヴァリア光明結社──正確には、接触する事の出来たカリオストロとサンジェルマンの二人に渡りをつけた。

 

 とは言っても、当初の意図する方向性とは違い、彼女達の好意で、背負う筈だった罪すらも()()()()事にされているが。

 

 一人蚊帳の外に置かれたプレラーティがドッキリを仕掛けていたのは、記憶に新しい。

 

 

「だけど、それと同時に成功させる為にキャロルが準備を全て済ませていたのも知っている」

 

 ヤントラ・サルヴァスパも、フォトスフィアも、自分が提供した情報を下に盗み出す事に成功していた。

 

 ダインスレイフの呪われた旋律を刻んだ後、直ぐ様世界を分解する為の邪魔が入らぬ様にオートスコアラー達を分散配置して、装者達を遠くへ引き離してもいた。

 

「──だが結果は敗北だ。何故だ、どうして負けた? どうやって負けたんだ、キャロルは」

 

 そこまでやっても、シンフォギア装者の前に倒れていた。

 こうしてこのS.O.N.G.に居ることは、キャロルは少女達の胸の歌に破れ去っていた、という事に他ならない。

 

「知りたいんだけど……弦十郎さんには、まだ聞きづらくて、ね」

 

 そう言うと改めてエルフナインの方を向き直してから口を開いた。

 

「教えてくれないか」

 

「……ボクが知る限りでいいのなら」

 

 エルフナインは、些末を語る為にゆっくりと口を開いた。




ズバババン!
奏が生存している為、奏関連の事になるとポンコツ度が急上昇、SAKIMORIとしての仮面が外れ、一人の風鳴翼に戻れる。
お陰で過保護と依存と邪智が捗り、全くそんな事実は無いのだが、奏が誑かされそうだと勘違いしている。
響は(翼の中では)誑かされた、もうダメだ。

私はピンシャン!
過保護なオカン。 
調と切歌には緒川さんとの(勝手な)約束通り、ロリコン(マリア談)は(自分から)近いてないが、それでも信用ならないので、見かける事が有れば監視を実施している。
今回それが仇となった。

金子さんなワケダ
サンジェルマンとカリオストロが自分の城を奪った合法幼女のよくわからん燕に誑かされたのを恨んでいる。
とは言え彼が齎らした情報は全裸への反旗を翻すには十分だった為、S.O.N.G.を勝手に巻き込んだドッキリをしかける程度に留めたワケダ。
と言うかどうしてその場に呼ばなかったワケダ


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残響、では無く──

みなさんはオレキャロルとわたしキャロルどっちが好きかな?
ぼくはどっちもすき


「都庁上空に未確認建造物出現!」

 

 藤尭の報告に司令部は蜂の巣を突いた様な騒ぎになった。

 

「クソッ!幾らなんでも早すぎるッ!」

 

 弦十郎は狼狽した。

 残る三機のオートスコアラー達を装者達が撃破した直ぐ後の事だったからだ。

 

「一番近いのはッ!」

 

「響ちゃんです!」

 

 弦十郎の問いにオペレーターの友里が答えた。

 その報告を聞くと直ぐ様判断を決めた。

 それ以外に選択肢がないからだ。

 

「響くんッ!他の装者達が来るまで持ち堪えてくれッ!」

 

《了解ですッ!》

 

 

◆◆◆

 

 

 

「───来たか」

 

「キャロルちゃんッ!」

 

 キャロルはチフォージュ・シャトーを背に、誰よりも速く決戦の地に辿り着いたガングニールを睥睨する。

 

 

 ───油断はしない。

 どんな不条理すらも踏み越えられる可能性を考慮し、オートスコアラー達には必要最低限の想い出を。

 身体に回す想い出も最小にする為、姿は幼い頃のままだった。

 

「お願い聞いてッ!」

 

 響は叫ぶ。

 未だ解り合えると。

 そして、恐らくこれが最後の希望かもしれないと思い。

 

「キャロルちゃんのパパの託した想いはそんな事じゃ──」

 

 親ならば、子には託すべき思いがある。

 ましてや、それが最期の言葉なら。

 

 立花響は、そう言うつもりだった。

 そう、自分自身も聞いたからこそ、伝えたかった。

 しかし───

 

「パパを殺したこの世界を赦せ、とでも言う気か? ハッ、エルフナインにでも聞いたか?」

 

 全く意に返さないどころか、寧ろ呆れ返っているキャロル。

 そんなのは聞き飽きた、と言わんばかりの彼女の様子に、響は戸惑った。

 

「復讐の為に世界を壊した所で、後には何も残らない。だからこれはオレの自己満足だと、そう言いたいのか?」

 

「違うよキャロルちゃん!わたしが、わたしたちが言いたいのはそう言う事じゃ───」

 

「誰かと手と手を繋いで分かり合う、か?」

 

「───そうだよ!」

 

「だろうな」

 

 目を閉じたキャロルは響の言葉を肯定した。

 それを受けた響の表情が、明るくなりかけるも──

 

「………パパなら、きっとそれでも赦せと言うんだろう。まぁ、それでいいさ」

 

 彼女に託された命題の意味に気付かされていた。

 気付いていたキャロルは誰かに語る様に、告げる様に呟く。 

 それは響に対してのものではなかった。

 

「だが───()()()にはやらなきゃいけない事がある」

 

 目を開けたキャロルの眼は、みなぎる決意に溢れていた。

 

「キャロルちゃん、それはどう言う───」

 

 その様子を不審に思った響はキャロルに真意を問うも。

 

「答える気はない。この感情はわたしだけのものだ。他の誰にもくれてやるつもりは無いッ!」

 

 そう言うとキャロルは自らの背後に四大元素から成る術式を次々と展開した。

 

 

「───御託は良い。さっさとかかって来い!シンフォギア!」

 

 四大元素を背に、世界を壊し、ただひとりを救う歌をキャロルが叫び歌う。

 

「キャロルちゃん……」

 

 相対した響は、キャロルの胸の歌の示す所をなんとなく悟っていた。

 

「ちょっと痛いけど、我慢して、ねッ!」

 

 最早、対話の余地は無い。

 ならば、拳で語り合うまで。

 弦十郎から受け継がれるその教えを、鍛え上げた技と共に奮い歌う───!

 

「はぁッ!」

 

「そんなもの効かぬ!」

 

 キャロルは響の一撃を防ぎ、振り払うと背後から炎、風、地、水の属性に照応した砲撃を次々と放った。

 

「くっ…!」

 

 響は途中身体に何度も砲撃を翳めながらも再び肉薄していく。

 

「だったらッ!効くまでッ!何度でもッ!」

 

「効かぬと──言っているッ!」

 

 響の拳をダウルダウラの弦を操り縛り止めると、響の四肢へと弦を回し宙えと縛り上げる。

 

「糸が!?」

 

「このままバラバラにしてくれるッ!」

 

 大気を掴む様にキャロルが腕を動かすと、それに伴って響を縛り上げる弦が四肢を引き裂かんと軋みを上げる───!

 

「…ぁあっ…ぐっ……!」

 

 呻く響。

 その様子を見ても一切手を緩める事なく念には念をと弦を増やして行き───

 

「させるかッ!」 

 

【千ノ落涙】

 

 空より降り注ぐ剣の五月雨が友の危機を救われんと、響を拘束する弦を切り裂いた。

 

「大丈夫かッ!立花ッ!」

 

「翼さん!」

 

 おっとり刀で駆けつけた翼は響を担ぐと距離を取るため後退した。

 

「ふん」

 

 その様子を見たキャロルは直ぐ様次の攻撃を放たんと土の術式を構え、地面に向ける。

 

「よそ見をしている暇が有るとは───」

 

「……なっ」

 

「───思えないな」

 

 文字通りに。世界を引き裂く音がして。

 大地に亀裂が入り、破れた。

 

「大地が割れただとッ!?」

 

「翼さんッ!」

 

 突然足場を失った二人はそのまま吸い込まれる様に落ちていく。

 

 しかしそのままで終わる翼ではない。

 直ぐ様脚部から火を吹き出し、響を抱え、宙を舞う事で共に逃れようとする。

 

 だが───

 

「そのまま潰れろッ!」

 

 キャロルはダウルダウラの弦を引き裂いた大地の両端に飛ばし付けると、二人を擦り潰す為に引っ張る。

 

「念には念をだッ!」

 

 そのまま二人の頭上に氷の礫を生成し、装者を穿たんと落とし放った。

 

「翼さん。飛行任せましたッ!」

 

「承知!」

 

 響は翼にちょうど肩車される形になり、降り注ぐ氷の雨を拳で割り砕いていく。

 

「ならこれはどうだ?」

 

 キャロルが指を鳴らすと氷の礫は全て火球へと変わる。

 

「──えっ」

 

「ブラフに決まっているだろうに、まったく」

 

 氷ならまだしも、焔を触る事は不可能。

 よって、氷を殴り割ろうと振り抜いた拳は、焔の中に突っ込む事になる。

 

「そのまま燃え尽きろ」

 

「うわぁぁぁぁ!!!」

 

 装者二人が炎の中に吸い込まれていくのを見届けたキャロルは、そのまま油断する事なく大地を閉じた。

 

「まずは───何ッ」

 

 油断、慢心の類を捨てて確実に葬り去る為、だったが。

 二人の健在を目視し、狼狽る。

 

「響さんッ!翼さんッ!」

 

「間一髪デース!」

 

「調ちゃん! 切歌ちゃん!」

 

「助かったぞ月読!」

 

 炎に紛れて調がヨーヨー型のアームドギアを投げ入れ、二人に巻きつけるとそのまま引き上げていたのだ。

 それに加えて切歌も居る。

 

 これで装者側の戦力は四人となった。

 

「チッ…忌々しい」

 

 想定より速い到着にキャロルは内心ほぞを噛んだ。

 

「あたし達も──」

 

「!」

 

「居るわッ!!!」

 

 背後からクリス達が移動手段に使っていたミサイルを含めた銃火器や、アガートラームの短剣の弾幕がキャロル目掛けて襲い掛かる。

 

「舐めるなッ!」

 

 直ぐ様半身を取り糸や錬金術を駆使して弾き、落とし、防ぐ。

 

「ま、そう簡単にはいかねーか」

 

 クリスが響達の元へと降り立ちそう言った。

 

「ええ、だけどこれで全員よ」

 

 マリアが改めて短剣を構え直す。

 

「ちょうどいい───纏めて処分するとしよう」

 

 そう言ったキャロルは空へと浮かび上がると、想い出を力と換え天上高く火の玉を作り上げる。

 

「なっ……」

 

 それは誰の驚きだったろうか。

 膨張し、収縮を繰り返す火の玉を見て、それが単なる火の玉では無い事を悟ったからだ。

 

「嘘デス…よ」

 

「太陽……?」

 

「そんなバカなッ」

 

「おいおい、冗談だろ?」

 

「キャロル、ちゃん───」

 

「黄金錬成には少し足りんがな。とは言え、充分だろう」

 

 莫大な量の魔力にモノを言わせた、アダムの黄金錬成───10万トンにも及ぶツングースカ級とは行かないが───小型の太陽と呼ぶにはふさわしい程の偉容を誇っていた。

 

「燃え堕ちろ」

 

 装者目掛けてヒを墜とした。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal…」

 

「絶唱、か」

 

「Emustolronzen fine el baral zizzl…」

 

 その歌は終わりの歌。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal…」

 

 戦姫達の幕引きの歌だ。

 

「Emustolronzen fine el zizzl……!」

 

 とは言え、十分な要素を満たせば、この上ない対抗手段となるのは間違いない。

 

 この段階での絶唱は、とって当然の手段と言える、が───

 

 

「忌々しい──だが」

 

「も、もう一つ……?」

 

「冗談キツい、デスよ……」

 

 先程と同じ質量を誇る塊が、もう一つ装者達の頭上には聳えていた。

 

「何のために加減したと思っている」

 

 幾らキャロルのフォニックゲインが、一人で70億の絶唱を凌駕すると言えども限度がある。

 とは言え、このキャロルは装者達を滅ぼすには十分な量を備えているのだが。

 

「───終わりだ」

 

 再び、先程の焼き回しの様に手を振り下ろした。

 

 

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal…」

 

「立花ッ!?」

 

 翼は驚愕した。

 立花響が再び絶唱を歌い始めたからだ。

 

「Emustolronzen fine el baral zizzl…」

 

「死ぬ気かお前ッ!?」

 

 クリスが叫ぶ。

 そうするのは理解出来るが、そうではないだろう、と思っているからだ。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal…」

 

「幾らなんでも無茶よ!止めなさい立花響ッ!」

 

「響さん……」

 

「無謀にも程があるデェス……」

 

「Emustolronzen fine el zizzl……!」

 

 響は、絶唱を歌った。

 

「───だとしてもッ!」

 

 歌い上げた響のその表情には、みなぎる決意が。

 

「わたしはッ!」

 

 ───思いが。

 

「絶対にッ!」

 

 ───勇気が。

 

「諦めないッ───!」

 

 ───希望が、あった。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 火球目掛けて飛び立つガングニール。

 

「ハッ、高々一人の絶唱で何が───」

 

 それを嗤うはダウルダウラ。

 だが嗤いは止まる。

 聞いてはいけないモノを聞いたからだ。

 

 聞くはずのないものを聞いたからだ。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal…」

 

「なっ、誰だッ!」

 

 響の叫びに呼応する様に、突如として響き渡る歌。

 

「Emustolronzen fine el baral zizzl…」

 

「まさか、そんなッ!?」

 

 先に気づいたクリスが叫ぶ。

 そんなはずは無い。

 彼女が、こんな所にいる筈が無いのだ。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal…」

 

 この場に集いし()()()の戦姫。

 

「Emustolronzen fine el zizzl……!」

 

 神獣鏡の装者、小日向未来だった。

 

「ひびきぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 

 彼女の絶唱が、響のものに伴ってフォニックゲインを底上げしていく。

 

 立花響は、太陽を殴り堕とした。

 

「────馬鹿な」

 

 茫然と立ち尽くすキャロル。

 

「み、未来!?どうして!!?」

 

《それはこの僕のお陰ッ!》

 

「なっ、Dr.ウェル!? 何故ここにッ!?」

 

 響の問いに返ってきたのは、通信回線から割り込んだウェル。

 思わぬ人間の登場にマリアは真っ先に声を上げて驚愕した。

 

《世界の危機と言うだから力を貸せ、なんて言うモンですからねぇ! この僕がッ!未来さん専用のLiNKERを急拵えしたってワケですよッ!》

 

「それがどうして未来さんがギアを纏う事になるんデスか!?」

 

「───愛ですよ」

 

「何故そこで愛ッ!?」

 

「未来、どうして───」

 

「響ばかりに負担をかけて、私は指を咥えて見てるだけなのは、嫌だったから───」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

『お前には奏くんのLiNKERを作って貰いたい、Dr.ウェル』

 

『ふぅん? それで僕をここに出したってワケですか』

 

 フロンティア浮上未遂事件───

 その首謀者として長らく本部の収容所に入っていたウェル博士が、風鳴弦十郎の求めに応じ呼び出されていた。

 

『ああ、嫌な予感がする。出来る事ならしたくはないが……少しでも戦力は増やしておきたい。世界の危機、なのでな」

 

 弦十郎はその場にいた天羽奏をチラリと見た。

 ──今、この場にいるのは、風鳴弦十郎に緒川慎次。エルフナインにセレナ・カデンツァヴナ・イヴ。天羽奏と小日向未来だった。

 

『世界の危機と来たかい。良いね』

 

 満足そうにニンマリと笑うウェル。

 

『だけど確か、天羽奏のLiNKERは残ってるんじゃあ無かったのかい?』

 

『だが、従来の物だと負担が大きいのでな。そこでお前の力を借りたい訳だ』

 

『成る程、ね』

 

 ウェルは奏の方をジロリと見た。

 確かに、【あなたに優しい】LiNKERならギアのバックファイアを最小限に抑える事が出来るだろう。

 

『そんな事より──小日向未来ゥ、ユーが装者になっちゃえよ!』

 

 だがウェルは奏の方には目もくれず、ウェルは小日向未来に向かって高らかに提案した。

 

『なっ!? お前何を言って──』

 

 それには弦十郎も面を食らった表情になるが。

 

『出来るん、ですか?』

 

 彼女の意思は堅かった。

 

『勿論』

 

 ウェルは肯定する。

 

『私でも、響やみんなの力になれるんですか』

 

『勿論だとも。何故ならキミにはこのドクターウェルがついているんだからねッ!」

 

 自分が居るから問題ないと、小日向未来の願いを肯定する。

 

『何バカなことを言っているんだッ!第一、ギアが───』

 

『神獣鏡』

 

『!』

 

『あるんだろ? F.I.S.から回収したヤツがさぁ!』

 

『あるにはあるが…』

 

 神獣鏡。

 確かに、一連の事件の後に武装集団フィーネと名乗る連中──正確には、マリア達から回収していた。

 

『元々、僕の計画ではそこの小日向未来に装備させる予定だったのさッ! 立花響がまるっとおじゃんにしたけどねッ! 全くとんだ笑い話さッ!』

 

『そうだったのか!?』

 

 幼体とは言え、ネフィリムを一撃で粉砕する力。

 ツリー襲撃から、小日向未来を拉致同然にマリアが保護したと思えば、何処からか居場所を嗅ぎつけてきた響によって隠れ家は急襲。

 

 それによってフロンティアは浮上する事はなかった。

 数年の修行を弦十郎の下で積んでいた立花響にとって、然程脅威ではなかったのだ。

 

『兎も角ッ!レシピはこの僕の頭に入っているから、いつでも作れるさ』

 

 実際、響が突入してこなければ洗脳なりしてギアを纏わせていただろう。

 最も、そうはならなかったのだが。

 

『だが、未来くんには戦闘経験が──』

 

『良いじゃん、やらせてあげなよ』

 

『奏!?お前……』

 

 意外にも、奏がウェルの案に賛意を見せた事に、驚きを隠せない弦十郎。

 

『友達が戦ってんのに、自分だけ指を咥えて見てるだけってのは、ホントに辛いモンさ』

 

『奏さん……』

 

『それに、コイツの作るえーと…【あなたに優しい】LiNKERだっけ? それがないと、現場に出せないくらい、ボロボロなんだろ?』

 

『まぁ、な』

 

『だったらさ、あたしの代わりに行かせてやってくれよ、おっさん』

 

 奏は笑顔で未来の肩に手を添えてから。

 

『頼む』

 

 真剣な顔つきで弦十郎に頭を下げた。

 

『私からもお願いしますっ」

 

『……セレナくん』

 

『私は姉さんに任せきりですけれど……私も、未来さんの気持ちはわかります、から』

 

 セレナが奏に続いて未来の背中を押した。

 

『だが了子のメモじゃ、神獣鏡のギアは最弱──』

 

『ノンノン! そこじゃない! あの女がそんなザコわざわざ作る訳が無いッ!』

 

 弦十郎の意見を一蹴したウェル。

 

『どう言うことだ?』

 

『数を揃えることが大事なのさッ!』

 

 彼もまた、別の手段で真理に辿り着いていた者である。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「だけど、神獣鏡は───」

 

《そうッ!最弱のギアッ!》

 

 ウェル博士はマリアの言葉に被せて叫び、握り拳を作った。

 

《ですが───》

 

「────ふざけるなっ」

 

《どうやら()()()()()。その意味はあった様ですねぇッ! いやぁ、流石僕ッ! フィーネ程度が意図する事など手にとる様にわかるゥー!!!》

 

 その握り拳は謂わば勝利宣言。

 ウェルはニンマリと人の悪い笑みを浮かべた。

 

 装者達のバラルの呪詛が解けてない今、自力でエクスドライブになる事は不可能。

 

 ────だが、今この場にはフォニックゲインが充分すぎる程に充満している。

 

《今ですよお子ちゃま達ッ!胸の歌を高らかに!歌い上げると良いッ!》

 

 よって、エクスドライブの成立は必然となる───!

 

「ガングニールッ!」

 

「アメノハバキリ!」

 

「イチイバル!」

 

「シュルシャガナ!」

 

「イガリマ」

 

「アガートラーム!」

 

 そして───

 

「シェンショウジン───」

 

 この七つのシンフォギアは、七つの惑星と七つの音階に照応し、世界と調和する音の波動こそが統一言語。

 

 七人の歌が揃って初めて踏み込める神の摂理。

 

 例え呪詛が解けて無くとも──之は地上に再演された統一言語。

 

 集いし七つの音階が織りなす彼女達の歌に世界を救えぬ道理は、最早存在しない──!

 

「エクスドライブッッッッッッッ!!!」

 

「ふざけるなぁぁぁぁぁ!!!」

 

 元々、キャロルはフィーネの作り出したギアが7つ揃えて初めて真価を発揮する事は辿り着いていた。

 

 それに加えて彼から聞いていた、実際に七つ集めた彼女達がなし得た事。

 

 その知識が有るからこそ、この状況はほぼ詰みにさえ近い事を薄々感じている。

 

「認めん、認めないッ!こんな事で、こんな所でッ!!!!!!」

 

 激昂し、絶望しかかったキャロルは、その感情すらも燃料と換える。

 

 自分の持ち得るありったけの想い出を力と換え、挙げた諸手が天高く顕現させるは、この世の全てを呑み込み、破砕せんと渦巻く暗黒天体。

 

「そんな奇跡は殺すッ!認めないッ!そんな事でわたし(オレ)の───」

 

 

 

「わたし、の───」

 

 なんだっけ。

 

 一体、わたし(オレ)は何をしようとして………?

 

 

「これが私達の───」

 

「絶唱だぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!」

 

 全てを包み込む光の前で、キャロルの脳裏に浮かんだのは。

 

 『───■■■■■』

 

誰かが自分に託した思いと。

 

 

 『キャロル───』

 

 ───自分が■■■、彼の事だった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「いや勝てるかこんなん」

 

 ふざけんな、無理ゲーだろこんなん。

 エルフナインから話を聞いた率直な感想だった。

 

「アームドギアが七つ揃ってんじゃあなぁ……」

 

「その、七つ揃う、ってなんなんですか? ウェル博士に聞いても『おこちゃまには教えてあげませんよーぅだ!』とかでして……」

 

「七つの惑星。七つの音階。それらに照応する七振りのアームドギアは、七つの調和となって世界を繋ぐ統一言語になるって訳さ」

 

(ってかウェル博士…お前すげぇな)

 

「シンフォギアに、そんなチカラが……!」

 

「まぁ元々はフィーネがなりふり構わず統一言語を蘇らせようとしたのがキッカケだしねぇ」

 

「そんな事を知っていただなんて……凄いです。ボクもまだまだたくさん勉強しないと……!」

 

「えっ? ああ、いや。キャロルが、ね」

 

 実際、七つ揃える事が重要なのは辿り着いていたから、あながち間違いではない。

 

 だが。

 統一言語が地上に再現されたなら、それは即ちシェム・ハ復活のカウントダウンに他ならないのである。

 

 いやでも、バラルの呪詛解けてる子居なくない?

 どういう風に復活するんだろう。

 

 

 ここへ来て、解らない事が急に怖くなった。

 

「……ってかアイツ(ウェル)ここに居たんだ、全然知らなかったわ」

 

「基本的に研究室に籠りっきりで出てこないそうなので……」

 

「へぇ……」

 

 それ、本来キミもだぞ、エルフナイン。

 そう言いたくなる気持ちを、グッと堪えた。

 

「……兎に角、聞かせてくれてありがとう」

 

「いいえ、このくらいは」

 

「さて、そろそろ検査も終わる頃か」

 

 立ち上ると、腕を上げ伸び上がった。

 

「どう、来るかい?」

 

 エルフナインに手を向けて尋ねた。

 

「えーと…ボクは、遠慮しておきますね」

 

「キャロルの事が気になって話しかけて来たのに?」

 

「それはそう、ですけど……」

 

「いえ、やっぱりボクは遠慮しておきます」

 

「そっか」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「お疲れ、キャロル」

 

「うん、退屈だった」

 

「そ、そっか」

 

 検査が終わったキャロルを迎えに行くと、ドアから出てきた彼女から辛辣な言葉が返ってきた。

 病院の類が面白い訳もないから、当然かもしれないが。

 

「あれー、おかしいデスねー、ろ…おにーさんが居るなら、マリアが居てもいいと思うんデスが…」

 

 続いて出てきた切歌が辺りを見回しながら首を傾げた。

 一瞬不名誉な何かが聞こえたが、余計な波風を立てたくないので、聞き流した。

 

「本当だね、切ちゃん。確かに、居てもおかしくなさそうだけど……」

 

 調が一瞬こちらの方を見てから言った。

 どうして一瞬見たのかは、わからないが。

 

「そのマリアなら、さっきセレナが担いでどっか行ったけど……」

 

「そうなの?」

 

 だがマリアさんの行方なら知っていた。

 クリスに文字通り叩き起こされた(らしい)後、動かなくなったマリアをセレナが運んで行ったのを目撃している。

 

「なんか、うん。よくわかんないけど」

 

「そうデスか……」

 

「残念」

 

 切歌と調が落ち込む。

 その様子が見ていて居た堪れないので、声をかけようと口を開いた時だった。

 

「ねぇ、セレナってだれ?」

 

 キャロルが笑顔で尋ねてきた。

 その時、ふとキャロルを怒らせた時の事を何故か思い出した。

 

「セレナはマリアの妹デェス!」

 

「私たちにとっても、大切な家族なんだよ」

 

「ふーん」

 

 キャロルの問いに切歌と調が答えた。

 何故だか助けられた気がしたのは、気のせいだろう。

 

「それより、マリアが来ないんだったら、ふたりで行くとしますデスかね、調」

 

「うん、切ちゃん」

 

「ではではー、お先に失礼するデス!」

 

「じゃあね」

 

 手を振り去っていく二人を同じく手を振り見送った。

 

「で、いつ知り合ったの?」

 

「……何が?」

 

 話が終わっていなかった。

 この背筋が張り詰める様な気分に、何処となく懐かしさを感じて、嫌に寂しくなった。

 

「セレナって人と」

 

「あー…道に迷ってた時に、案内してもらったのよ」

 

 事実だ。

 あの時彼女に声をかけられていなかったらもう少し遅れていただろう。

 

「本当に迷ってたの?」

 

「本当だって。キャロルに嘘ついた事あるか?」

 

「でも黙ってた事はあったじゃん」

 

「そんな事───キャロル?」

 

 思わず目を見開いた。

 そんな事は今の今まで一つしかない。

 ()()()

 キャロルに黙って、パヴァリアに渡りを着けた時の唯一無二の一回きり。

 

 それが、どうして──

 

「なに?」

 

「それ……いつの話?」

 

 思わず震えそうになりながら尋ねる。

 思い出しつつ有るのだろうか。

 

 確かに、断片的な想い出のカケラをでっち上げてキャロルの擬似人格をエルフナインが構成し得た事を考えると、戻っていても然程は───

 

「えっ? えーと……」

 

 考え込むキャロルは、次第に困った表情を浮かべる。

 

「なんで……だろ。どうして…そう思ったんだろ、わたし」

 

「キャロル……」

 

 込み上げる思いに耐え切れずに、彼女を抱きしめていた。

 

「………?」

 

 腕の中できょとんとした表情を見せるキャロル。

 その様子に胸が締め付けられるような気分になった。

 

「……帰ろっか」

 

「……うん」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

───夢を見た。

 

 古いランタンが、誰かの横顔を照らしている。

 木の窓から外を見上げると、宝石箱の様な星々が煌いていて。

 今日もアルカナの夢物語を語り聴かせていた。

 明日も良い日になると、そう信じて。

 

 ───夢を見た。

 

 

 幼き少女は哭いていた。

 目の前に天高く立ち昇る業火は、魂すらも焼き尽くすようで。

 

 『世界を識りなさい』

 

 その一言が、やけに耳に残っていた。

 

 

 ───夢をみた。

 

 気紛れに降り立った、あちこちに炭が転がる街。

 そこで出会った人間は、本当に変だった。

 

 『未来を知っている』

 

 なんて、そんな奇妙な事を言っていて。

 

 

 ───夢を見ていた。

 

 あの日の想い出を燃やし尽くす業火。

 『世界を識れ』

 同じユメ。

 あの日と変わらない言葉が耳に残っていて。

 途中に目を開けると、拾った男が肩を揺さぶり、心配そうに見つめていた。

 

 ───夢を、みた。

 

 勝手に持って来られた料理。

 要らぬと打ち捨てようとして、あの日の柔き思い出がふと過り。

 渋々口に運んでも、やっぱり自分の方が上手に決まっていて。

 それ見てニヤつく青い従者が気に食わなくって。

 

 ───夢を、見ていた。

 

 また、同じユメ。

 変わらない地獄。

 

 世界を識れと言った、かの日と変わらない命題。

 あの日のまま泣き叫ぶ少女に、天舞う灰は何も残さなかった。

 

 目を開けると、変わらず此方を心配そうに見つめていた人。

 

 その日はなんだか寂しくて、側に居ろよと手を引いた。

 

 ───ゆめをみた。

 

 帰れるなら、帰りたいと、微笑む貴方を見てられなくて。

 オレは、わたしは。

 

 

 

 目を開けた────

 

 

 

 

 

「………っ」

 

 頭がガンガンしている。

 なんなら、身体の節々の反応もぎこちなくて、酷く不快だった。

 

「オレは……いや、此処は…?」 

 

 辺りを見渡すと、見慣れたシャトーではなく、暗く、見慣れない部屋。

 

 外から月明かりが差し込み、照らされた調度品の数々は気品を讃えていて、持ち主は裕福である事を伺わせる。

 

 

「やぁ、お目覚めかい」

 

 暗がりの中から足音がする。

 月の光が人影に差し込み、映し出されたその姿は。

 

「お前はっ……!」

 

 ───アダム・ヴァイスハウプト。

 現パヴァリア統制局長にして、完全と完成していたが故に打ち捨てられたら人形が、はだけたバスローブ姿で立っていた。

 

 どうしてここに居るのか。

 一瞬、疑問に思うが、キャロルの聡明な頭脳は忌々しい結論に早々に達していた。

 

「睨まないでくれないかな。わざわざ拾ってあげたんだよ、このボクが」

 

「……誰が頼んだんだ、そんな事」

 

 償却したはずの想い出が存在している事を鑑みるに、装者達に負けた後、目の前のコイツが態々新規躯体を拾った事になる。

 

 幾らパヴァリアから支援を受けていたとは言え、そんな事は依頼すらしていない。

 

 仮に頼むとしたら、候補は一人だけいるのだが。

 

「いいや? 頼まれてないよ。誰にもね」

 

「……何?」

 

「面倒な事になってね、色々と」

 

 やれやれ、と両手を上げて溜息を吐くアダム。

 最も、目の前のコイツがそんな事を考えているとは思えないが、とキャロルは思った。

 

「どうも、何をしようとしているのか、まで把握されたっぽくてね。ま、ボクが嫌われてるのは元々だけど」

 

 アダムは、棚の上に置いてあったデカンタから、よく冷やされたグラスへとワインを注ぐと、「呑むかい?」そう言って空のグラスをキャロルへと向けた。

 

「誰がお前なんかと呑むかッ」

 

 あいつとならまだしも、こんな奴の酒を飲むなんて、とキャロルには到底考えられなかった。

 

「あ、そう。でね、ボクの計画はパァ。困った事にね。そこで、手伝って貰おうと思ってね。君に」

 

 キャロルの拒絶を特に気にする事無く、近くに有った椅子にゆっくりと腰掛けると、一人優雅に器を傾けるアダム。

 

「勝手にやってろ。貴様の夢に付き合う気は無い」

 

「困るんだよ、それじゃね。ホラ、君だって七人のシンフォギアに負けただろう? 統一言語が再現されて、ね」

 

「……シェム・ハか」

 

「知っていた様だね、やっぱり」

 

 アダムは口ではそう言うが、驚いた素振りは一切見せずに手の中でグラスを回していた。

 

「シェム・ハに対抗する為にも、必要なんだよ神の力が」

 

「下らん。そんなものは装者にでも任せれば良い」

 

 そう言ってキャロルは立ち上がり、飛び立とうと窓辺に手を掛けた、その時。

 

「その装者達の所に──キミの愛しの彼は居るのさ。知ってるかい?」

 

「────!」

 

 その言葉はキャロルをその場に留まらせるには余りにも効果的だった。

 

「どう言う……事だ」

 

 キャロルは髪の毛が浮き上がりそうな程頭に血が上っていた。

 自分が敗れた事は把握している。でなければ、こんな所にはいるわけが無い。

 

 八つ当たりに近しいが、それでも激昂せずにはいられなかった。

 

「答えろッ! ヴァイスハウプト!」

 

 キャロルは手を翳し四大元素の術式をアダムに向けた。

 それでも全く動じる事なく、余裕を持ってアダムは口を開く。

 

「彼が回収されてね。勿論キミが敗れた後、シャトーからさ」

 

「チッ…!」

 

 ワインを燻らせながらゆっくりと語るアダムの姿に、一層の苛立ちを感じながらもキャロルはじっと堪えて話を聞いていた。

 

「それに、彼に及んだと聞いているよ。キミの起こした事件の責任追及が」

 

「────な」

 

 キャロルは、言っている事が理解できずに頭が真っ白になった。

 

「それに、その件どうも関わっているらしいんだ、ボクの部下がね」

 

 そう言って補足すると、またワインを口に運ぶアダム。

 

「…………そうか」

 

 怒りが回りに回ってどうにかなりそうだった。

 アダムの話は何処まで信用していいのかはわからない。

 そもそもいずれは燃やさなければならないとも考えていた存在だ。

 

 とは言え、助けられたのは事実なのだから、錬金術師としては、借りは返さねばならないだろう。

  

 少しばかりの冷静さを取り戻したキャロルは、そう結論付けた。

 

「で、ヴァイスハウプト。オレに何を求める」

 

「そうだね、君には────」

 

 予定調和とばかりに話す口は、不敵に歪んでいた。

 

 

 

 

 

 




アダム・ヴァイスハウプト
「人間? ああ、侮ってはいないよ。僕はね」

オッス、我シェム・ハ!
ひょっとしたら出番がないまま終わるかもしれない候補筆頭。
だって未来ハさんじゃないですしおすし。
なお出たとしても集いし七つの音階に叩きのめされる模様。

ふたりはキャロル!
ふたつぶでにどおいしい。
正妻戦争待ったなし。
なおオレの方が想い出の量が万全な模様。
どうするわたし。


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意外な再会

すまない、正妻戦争は次なんだ。


「アンティキティラの歯車が盗まれた? えぇ…なんで……」

 

 ある日の事だった。

 キャロルがいつもの検査だとかで不在の中、単独で風鳴司令に呼び出された。

 一体何事かと出向いてみれば、これだった。

 

「これを見てみろ」

 

 そう言ってモニターに表示された映像には、コマ送りの様な一瞬の暗転の後、真ん中に安置されていた歯車が消えていた光景だった。

 

「…………バルベルデの像は?」

 

「異常無し、と現地の調査官から連絡が来ている」

 

 本当かよ、と内心思う。だが、アダムにそんな器用なマネも、しようと思う気もないはずだ。

 それこそがアダム・ヴァイスハウプトの筈だ。

 

「仮に、歯車を盗んだ連中の狙いが神の力だとして、だ」

 

「かも知れないけど、歯車には別の用途もあるからなぁ…」

 

「別の用途?」

 

「400年前にフィーネが天のレイラインのエネルギーを応用して聖遺物の起動を試みているし、知識の限りじゃ天のレイライン以外にも、シェム・ハ復活の為に利用されている、から……」

 

「完全聖遺物の起動、か」

 

「多分、ね。フィーネが居ればもうちょい分かりやすいのかも知れ───」

 

 ここまで言いかけて、肝心な事に気付いてしまった。

 この世界、どうもフロンティアは浮上していないらしいのだ。

 

 まさか、まさか、とは思うが。

 

「な……いけど…」

 

「どうした?」

 

「……舌が回らない……飲み物無いです?」

 

「む、水でいいか? 少し待て」

 

「助かり、ます……」

 

 そう言ってから、風鳴司令が持ってきた水に口をつける。

 そうやって誤魔化したのには理由がある。

 

 もしも、仮に、未だフィーネがイガリマで消滅していないとして、態々叩き起こす必要があるのか。

 

 そんな事したら確実に問題が発生する。

 そしてこれは誰も得しない結果を招くだろう。

 

 要は、自分の勝手な想像でみんなを混乱させたくない、という事にしたのだ。

 

「んっ、流石に知ってるだけだとここが限界ですかね」

 

「そうか…で、やはりパヴァリア光明結社によるものだと思うか?」

 

「それはわからない。幹部三人には動機はもうない筈だけど……」

 

 アダムの計画は全て喋っている。

 そのお陰で、現在いろいろと楽しく過ごせているのだ。

 

「……聞けるかなぁ」

 

「は?」

 

「メールメール…あった、これか」

 

 いつか、彼の支給端末に勝手に送られてきたメール。

 送り主は暗号化されているのか、捨てアカウントなのか、無茶苦茶だった。

 

「返信で届く、か?」

 

「お前、いつの間にそんな事を……」

 

 呆れる風鳴司令を横目に、文字を打ち込んでいく。

 

「《アンティキティラの歯車が盗まれたんですけど知りませんか》っと…送信」

 

 返信にはあまり期待していないけれど。

 

「これで向こうに伝われば儲けもっ、おぉう」

 

 なんて言ってあるそばから、端末が掌の中で震え踊っている。

 画面には不在着信の四文字が表示されている。

 

「出ますよ?」

 

「……あ、ああ」

 

「……もしもし?」

 

 少し離れた壁際にもたれかかりながら、電話に耳を澄ませる。

 

「───ああ、私だ」

 

 電話越しの人間の声から察するに、サンジェルマンだろう。

 

「まさか、返信したら届くどころか即掛かってくるとは思わなかったけど……」

 

「余り我々を舐めないで貰おう、とでも言っておこうか」

 

 国連に多大なる影響力を及ぼせる錬金術師は、異端技術のみならず、現代技術にも通じているのだろう。

 いや、どちらかというと表裏一体だろうかと、S.O.N.G.の内装を見て思い直す。

 

「で、盗んだの?」

 

「いや、その件に関しては我々は一切関知していないし、我々が実行した訳でもない」

 

「まぁ、そうだよね」

 

「ああ。だからこそこうして連絡させて貰っている」

 

「アダムの動きは?」

 

「変わらずだ。そもそも自分から動くとも思わないけど」

 

 酷い言われようである。

 だが事実なのだから仕方がない。

 

「……あの全裸って別口に自由に動かせる部下居たりしない?」

 

「そんな話は聞いた事ないが……探って見よう」

 

「無理はしないで」

 

「心配は無用。奪ってしまった命への責任を果たすまでは倒れない」

 

「………貴女は強いな。サンジェルマン」

 

 万象黙示録で犠牲者が出ている、とは聞いている。

 だが別に、その犠牲者の顔も名前も性格も何も知らないので、実感がない。

 

 それは未だに、変わらない。

 

 

「こっちは……実感ないってのにさ」

 

「……万象黙示録、か。君の感覚を肯定はしないが、理解は示そう」

 

「サンジェルマン……」

 

 そう。

 この世界は、そう言う世界なのだ。

 

 偶々、今回の件の揉み消しに成功しているだけ。

 偶々、そう言う立場に居ただけ。

 偶々、キャロルに出逢えた。

 だから、本来あの場で炭素の塊になる筈だったこの身は、こうしてこの場に立っている。

 

 だからこそ、こんな真似をした。

 結果的に偶々運が良かったから、サンジェルマンや風鳴弦十郎の好意がこうしてもう一度チャンスを得ている。

 

 ───ああ、そうだ。

 やるべき事は変わっていない。

 キャロルに誓ったその日から、変わっていなかったのだ。

 彼女の為にこそ、拾われた命は使うべきなのだ、と。

 

 

「いや、ありがとう。お陰で目が覚めた」

 

「そうか。なら良───」

 

「ちょっとちょっと、酷いじゃないのあーしをほっといてサンジェルマンとおしゃべりだなんて!」

 

「また置いてかれたワケダッ!今度こそソイツに文句を言いたいワケダッ!」

 

「ねぇ最近キャロルとはどうなの? どこまでいっ──」

 

「あっ切れた」

 

 何やら電話越しがにわかに騒がしくなったと思えば、ガチャリと切られてしまった。

 

 

 

「……ま、いっか」

 

 抗議者と出歯亀だったし。

 端末をポケットにしまい、再び風鳴司令の下に近寄って報告をする。

 

「とりあえず知らないそうです」

 

「色々と突っ込みたいところは有るが……」

 

「まぁ…アダムが独自で動いているかもはしれないけど……」

 

「しれない、ではなくあらゆる可能性は考慮すべきだろう。こっちでも調査は続ける」

 

「なるほど…わかりました」

 

「悪かったな、呼び出して。これで終わりだ」

 

「はい」

 

 そう言って風鳴弦十郎は司令部を退出するのを見送った。

 

 

「どう思う?」

 

 件の男が居なくなったのを確認すると、虚空に向けて話しかける。

 この側からみれば狂人の光景。

 

 するとどうだろう。

 虚空だと思われていた場所は突如として人の形を取り始め、ぬっ、と浮き出てくるように忍者が現れたのである。

 

「判断に困ります」

 

 突如現れた緒川は困った表情を浮かべていた。

 

「キャロルさんに関しては、間違いなく記憶障害ですから、シロと言っていいでしょうが……」

 

「ああ」

 

「そもそも内通者はここで連絡を取りません」

 

 正論だった。

 

「だよなぁ……」

 

 弦十郎はこめかみを揉んだ。

 

「……とは言え、アイツに対する職員からの不信感は募る一方だからな」

 

 常に(見た目は)幼げな少女を連れている男を警戒しない程、ここの職員の倫理は誤ってはいないと言う証左でもあるが。

 

「事実として、聖遺物の盗難事件が多発。第一彼自身にも第三国経由で多額の資金が流れている痕跡も見られています」

 

「まぁ…なんか、金は生活費な気がしないでも無いんだよなぁ……ヒモだし」

 

「押さえますか?」

 

「いや、俺に案がある。そっちは任せてくれ」

 

「わかりました」

 

「それにしても、だ。困ったもんだな」

 

「と言いますと?」

 

「マリアくんだよ。ったく」

 

「……最初の悪評は痛かったですね」

 

 あの男はロリコンである───

 

 調と切歌を───護らねばならぬ。

 ロリコンの襲来(マリア視点)により内なるオカン力を解放全開してSAKIMORIに覚醒(翼視点)したマリア。

 

 調と(特に)切歌が件の男をマリアの教えによって、ろりこんさんと呼ぶ光景をS.O.N.G.職員達は見ていたのだ。

 

 一度定まった評価は中々変えがたい。

 

 

「全くだ。気持ちは分かるんだがなぁ…」

 

「実際、その………ヒモ、同然の生活を送っていましたし….その、キャロルさんの見た目も相まって……」

 

 言葉を濁そうと本人は努力しているつもりだが、全く出来ていない緒川。

 弦十郎も全くそれに気付いてない。

 

「悪い奴じゃ無いんだよなぁ……でなけりゃ、響くんが先ず気にかけんだろう」

 

「奏さんからも悪い話は聞いてませんし……」

 

「ハァ……頭が痛いな」

 

「そうですね……」

 

 二人のため息は、どこまでも長かった。

 

 

◆◆◆

 

 

「すみません風鳴司令! そろそろ外に出たいんですけど! よろしいでしょうか!」

 

 『そろそろ外が見てみたい』だなんて可愛らしい事をキャロルが言うのだもの。

 そりゃ当然、風鳴司令だろうが突撃しに行くと言う話だった。

 

「良いぞ」

 

「えっ」

 

 余りにあっさり許可するので、拍子抜けしてしまう。

 

「ただし、3つ条件があるがな」

 

「ですよねー、その条件とは一体?」

 

「さしあたっては先ずお前の口座の差し押さえだ」

 

「……はい?」

 

 バレている。

 何でか知らないがサンジェルマン経由で届いたキャロルの保有資金の存在がバレている。

  キャロルのだから全くと言って良いほど手をつけていないのに。……何故だ。

 

「お前の更生の為に一時的にだ。一銭たりとも手をつける気は無いから安心しろ」

 

「え、いや、何の話……」

 

「ならこの話は無しだ」

 

「わかりました出しますよッ!」

 

「一応、職員なんだから、ちゃんと手前の稼ぎで生きていける様にならなきゃな。ああ、小遣い程度の支出は今回に限り認めるぞ」

 

 うんうん、と頷く弦十郎。

 まともな事を言っているのは明らかに向こうなので何も言う事が出来ない。

 

「ああ、はいそうですか……で、2つ目は」

 

「普通に位置情報の開示だ。何かあっても困るしな」

 

 これは装者なら全員やっている事だ。

 何も言う事はなかった。

 

「……で、最後は?」

 

「エルフナインくんを連れてってやれ」

 

「それくらいなら、お安い御用で」

 

 

 

◆◆◆

 

 

「あれ? エルフナインちゃんにキャロルちゃんにおにーさん! どうしたんですか?」

 

 いつものように手を大きく振って元気な響。

 キャロルとエルフナインを連れてすわ外に出ようとしたら、向こう側から歩いてきたのを見つけたと言う訳だった。

 

「えっと……?」

 

「未来。アレだよ。この人がキャロルちゃんの。前に見たことあるでしょ?」

 

「い、いや、覚えてないな……」

 

 やや遅れて背後から姿を見せたのは、小日向未来だった。

 何気に、これで装者達を全員見る事に成功したのだった。

 

「で、どうしたんですか?」

 

「外出許可降りたのよ」

 

「おー!それはおめでとうございます!」

 

「えっと、おめでとうございます……?」

 

 響に合わせて未来まで祝意を述べている。

 素直で良い子なんだな、と思った。

 

「あ、そうです! 一緒にカラオケでもどうですか!」

 

 響がそんな事を提案してきた。

 正直、キャロルとエルフナインの二人から兎も角、流石にその空間に入りたいとは思わない。

 

「えっと、響、流石にそれは……」

 

 未来が苦笑いしながら響を諫める。

 その調子で頼むぞ、と思っていたら。 

 

「へー、何? 面白そうな話してんね、アタシも混ぜてよ」

 

「か、奏さん!?」

 

 響達の背後からぬっ、と現れた天羽奏。

 混ぜてよ、とはどういう事なのだろう。

 

「アタシも偶には好き勝手に歌いたくってね、いいよな?」

 

「も、もちろんですよ奏さん!一緒に行きましょう!」

 

 響が興奮した様子で頷く。

 ファン心理的に気持ちは痛い程理解出来るその様子だが、今は本当に胃が痛い。

 

「えっと……」

 

 未来がこちらの方を見つめてくる。

 

「……構わない」

 

 キャロルが返事をした。

 キャロルが行くというのなら行くしかないのだろう。

 正直な所は行きたくないが。

 

「はい、キャロルが行くなら、ボクも行きます」

 

「んじゃ決まりだね。ああ、それと念の為に───」

 

 

◆◆◆

 

 

 奏の提案で、緒川さんが着ているようなビジネススーツを着ている。

 確かに、これなら最悪事務所の人間だと言い張れば、スキャンダルは回避出来るだろう。

 逆に目立っているような気しかしないのだが。

 

 兎にも角にもやってきてしまったカラオケ店。

 入って即退店したくなった。

 

 キャロルはキャロルだし、エルフナインは少し違うが問題ない。

 だけど流石に装者3人の中に放り込まれるのは違うと思う。

 段々と締め付けるように痛みを増す胃に、心の中の風鳴司令に祈らずにはいられなかった。

 

「えっと6…あいや、7人で」

 

「七人?」

 

「見てみな」

 

 そうやって握り拳に立てた親指で奏が指し示したのは、サングラスに帽子のいかにも怪しい青い髪の女性(SAKIMORI)が外で見張っている光景だった。

 

 ………まさか、これって。

 

 

 

「いやー、贅沢だねアンタ。自慢じゃないけどアタシらのライブチケット、喉から手が出る程欲しい人居るってのにさ」

 

「……本当にな」

 

 キャロルとエルフナインの二人が歌っている光景を目にしながら、いつの間にか隣に座っていた奏の会話に付き合う。

 

 チフォージュ・シャトーにいた頃には想像も出来なかっただろう。

 

 『わたしはっ!奏が毒牙にかかってないか心配で……ッ!』と、あらぬ勘違いをしている翼を奏があの手この手で言いくるめた後、そのままツヴァイウィングの二人でデュエットすると言う夢の様な光景だった。

 

 立花ちゃんの興奮がそれはそれは凄まじかった。

 横に座っていた未来さんが引く位には盛り上がっていたと思う。

 

 キャロルの手前、目に見えて反応する事はしなかったが、内心言い尽くせない感動を覚えている。

 

「それにしちゃ浮かない顔だね」

 

「まぁ、色々あって」

 

 歯車の行方もそうだ。

 段々と時代は把握しきれなくなって来ている。

 知っていた事がいつの間にか知らない事へと変わりつつある。

 これが不安と言わずになんと言うのだろうか。

 

 まぁ、その他にも歌いながらこちらを見つめるキャロルの顔がだんだん険しいものにと変化していったり。

 奏のその隣のSAKIMORIから感じられる殺気に肌がひりついているのだ。

 浮かない顔にもなる。

 

「へぇ? キャロルには言えない事かい?」

 

 揶揄うように顔を近づける奏。

 

 それに合わせる様に、奥の翼さんの持っているコップにひびが入る。

 それを目の当たりにした未来さんの顔が引きったり、キャロルの歌声が聞き覚えのある力強いものに変わっていっている。

 

 正直胃が限界なのでもうやめて欲しい。

 

 

「……もしも、これから起こる事が分かってたとして、ある日突然分からなくなったら、どう思う?」

 

「はー、そりゃキツいね」

 

 こちらの問いかけに合わせて元の距離へと戻っていった奏。

 正直に話した方が一番手っ取り早く終わる気がしたが、正解だった様だ。

 それよりキツいのは今の状況じゃ。

 

「もしも、だけどな」

 

「んー、そうだなぁ…」

 

 奏は少し考えてから「どうもしないさ」と言った。

 

「どうもしない、ねぇ」

 

「いい事も悪いこともさ、わかんないもんじゃん普通」

 

 その通りだった。

 わからない事が不安で仕方が無かったけど、今更なのだ。

 

 寧ろ、これだけ変わっているんだ、わからないのも当然だ。

 

 何を下らない事で悩んでいたのだろう。

 

 

「わかりきってりゃ人生楽しくないだろ?」

 

 

「ああ──その通り、その通りだったよ」

 

 奏の言葉で当面の悩みは晴れた。

 誰かに相談すると言うのはいい事だ。

 何かたいせつななにかを失った気もするが。

 

 

「ホラ、マイク持ちな。次一緒に歌うぞ」

 

「えっ」

 

「な? 人生わからないだろ?」

 

 マイクを向けてにかっと笑う奏に、思わずドキッとさせられた。

 これがトップアイドル……すごい。

 

「ダメっ奏! 貴女にそんな事させられないッ!」

 

「次はわたしとッ!その次もわたしッ!」

 

「奏さーん!わたしとも歌いましょうよー!

 

「響は私と、でしょ?」

 

「あの、みなさんで歌えば良いのでは……」

 

 

◆◆◆

 

 

「胃が痛い」

 

 あれから何曲が過ぎた後、適当に理由をつけて部屋からの脱出に成功し、人気の無い外の空気を堪能していた。

 

 無理矢理自分を誤魔化していたが、これ以上は無理だった。

 

「あの空間はキツいって……」

 

 装者四人と同じ空間ともなると流石に空気が甘ったるくて辛いし、ちょくちょく響や奏がちょっかいかけて来るのはツライ。

 

 その度にキャロルの顔が曇るのは辛い。

 

 未来さんやら翼さんが殺気を飛ばすのはもっと怖い。

 

 よく分かっていないエルフナインはそのままでいてくれ。

 

「ガリィのちょっかいが懐かしい」

 

 あの頃は、ガリィにこむら返り起こさせられたり、お腹冷やされて風邪ひかされたり、服を全て裏返しにされたり。

 時には一緒にキャロルにちょっかいをかけに行ったりもした。

 

「そうですねぇ、そろそろ寂しくなりますよねぇ」

 

「うん……」

 

 思えば、キャロルとあんな風に話せるようになったのは、ガリィのお陰だった。

 

『マスターに料理のひとつでも振る舞えばどうですかぁ?』と言われたのもキッカケの一つだったか。

 

 ファラやレイアからは怪訝な目で当時は見られても、ガリィの入れ知恵だと分かると放って置かれたっけ。

 あれ、ひょっとして今生きてるのって結構ガリィのおか───

 

「ガリィ!!!?」

 

「そうですよぉ〜ガリィちゃんで……あらら」

 

「本当にガリィ……なんだよな?」

 

 気づけば、ガリィに抱きついていた。

 人形特有の感触と、オートスコアラーたるを物語るような生気の無さを確かめる。

 

「そうですよぉ。ですからミカちゃんみたいにくっつかないでくださいな。いい加減鬱陶しいんだよッ!このグズッ!」

 

「ああ…その態度! ガリィだ…!」

 

 顔を手で押し除けるように掴みながら罵倒するその素振りが堪らなく懐かしい。

 

「なんだよその基準!いいから離れろって…あーもう、ったく……」

 

 諦めたのか力を抜くガリィ。

 ガリィには悪いが、もう少しそのままでいてもらおう。

 

「仕方ないですねぇ……」

 

 ため息をつく様な素振りのガリィに抱きしめ返され、暫くの間、頭を撫でられていた。

 

 

◆◆◆

 

 

「落ち着きましたかぁ?」

 

「まぁ、うん……なんだろう、ごめん」

 

 嬉しさの余りに少し泣いていた気がする。

 

「本当だよボケ」

 

「……でも、どうして?」

 

 当然の疑問だろう。

 つい先程までは再び会えた喜びが自分を圧倒していたから気にすらしなかったが、一体全体どう言う理由でまた稼動しているのだろう。

 

 

 

「マスターがガリィ達を修復したんです」

 

 

「────」

 

 絶句する。どう言う事だ?

 あり得ないだろう、それは。

 だって、キャロルは、キャロルは───

 

「実際、マスターを見たらガリィちゃんびっくりしましたし。ガリィが驚くんだから、アナタが驚くのは当然ですよぉ」

 

「いや、待てガリィ。キャロルは───」

 

「マスターが()()。いや、ホントどうしよって感じ」

 

「────嘘、だろう?」

 

「いやですねぇ、ガリィは嘘なんてつきませんよぉ」

 

 そんなバカな話があるはずがない。

 第一、キャロルは一緒にS.O.N.G.に居る。

 

「平行世界の、か? だろう?」

 

「いいえ。ちゃーんとアナタの事を覚えてるマスターですよ」

 

「な……」

 

 ますます混乱する。

 どう言う事だ、キャロルが二人いるってのか、訳がわからない。

 一体、何が───

 

「───予備躯体か」

 

「せいかーい! いや、ぶっちゃけアタシもよくわかってませんケド」

 

「…………その、キャロルは何処に?」

 

「マスターから装者共に囚われの身になっているアナタを連れて来いッ!なんて言われて来たんですけどねぇ………いざ見てみりゃその装者達と結構楽しくやってるってアハハハハハ!!!」

 

「いや……別にそう言う訳じゃ……」

 

 ケタケタ笑うガリィの言葉を否定する。

 決してそう言うのではない……はず。

 

「もー、贅沢な人ですねぇ。そんなんだからマスターのヒモなんですよ」

 

「ヒモじゃ……ごめんなんでもない」

 

 ガリィの言葉が辛辣では無いと感じてしまったのは、なぜだろうか。

 

 

「ただ、面倒臭い事にですねぇ、現在のガリィちゃんはあっちのマスターもマスターとして認識しちゃってるんですよぉ」

 

「はぁ」

 

「ですのであっちのマスターに『やめて!』って言われたらやめなきゃいけないんですね」

 

「はぁ」

 

「ま、こっちのマスターに報告したらそうならない様に調整してくれるとは思いますが……」

 

「はぁ」

 

「ねー、旦那さまぁ〜」

 

「ハァ!?なんだ突然ッ!?」

 

 ガリィとは思えぬ、猫撫で声でしなだれかかって来た。

 不気味で鳥肌が立ちそうだ。

 一体全体何がどうなっているんだ、今日はイベントデーなのか?

 

「ぶっちゃけどっちのマスターに付くとかメンドクセェんで、どーせ取り合いになんだろうし? ならアンタに付いてた方がお得なわけよ」

 

「………あ、そう」

 

 納得いかないが納得のいく説明だ。

 この後待ち受ける運命がなんとなく想像出来てしまう分、尚更だった。

 

「ま、そう言う事ですから。これからもよろしくお願いしますね? ダンナサマ♡」

 

「よ、よろしく……」

 

 ガリィを知ってる人が見たら驚く事間違い無いような、とびっきりの笑顔だった。

 

「えぇ…と、取り敢えず戻ろう……」

 

 

◆◆◆

 

 

 

「おいおい、随分長……オイ、なんの冗談だ?」

 

 もう少しで探しに行くところ、と考えていた所に、件の男が見覚えのある敵を引き連れて戻ってきた。

 

「が、ガリィ!?」

 

 エルフナインが驚愕する。

 

「オートスコアラーだとッ!?」

 

 一瞬慌てたが、すぐに防人としての精神を取り戻し、ギアペンダントを携える翼。

 

「うっそ、どうしてここに!? 確か、マリアさんが……」

 

 響は驚くも、ギアペンダントを携える事はしなかった。

 本人のカンが大丈夫だと告げていたからだった。

 

「お久しぶりですねぇみなさま方。あの時はどうもありがとうございましたぁ〜」

 

 ケタケタと笑いながら瀟酒にスカートの裾を摘んで軽く上げるガリィ。

 

「マスターもお久しぶりです。お元気そうで何よりですねぇ」

 

「…………」

 

「あらら、無反応。随分と想い出を焼却してるご様子で。これは大変ですねぇ…」

 

 キャロルの反応が無いのは当然と割り切るガリィ。

 

「ガリィ、貴女がどうしてここに?」

 

「エルフナインも変わらずですねぇ……見てわかんねーのか? ま、わかんないですよねぇ……」

 

「話が読めねぇぞ!最初っから説明しやがれ!」

 

 奏が怒る。

 彼女は一度ガリィと槍を交えているのだ。

当然の反応と言えるだろう。

 

「じつはキャロルがもうひとり、そのキャロルがガリィを再起動」

 

「は……?」「何ッ?」「キャロルが…?」「うそぉ!?」「えっと…」「………」

 

「だよねぇ、なるよねぇ……」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

《ええと、つまり、ガリィくん。キミはこちらに付く、と言う事で良いんだな?》

 

 取り敢えず、説明は風鳴司令に報告を兼ねて行われた。

 報告を受けた時の風鳴司令が、通話口越しでもわかる程か混乱していたのを覚えている。

 

「正確にはマスターのヒ……ヒモにですケド」

 

「直せてねぇよ」

 

《まぁ、なんだ。そう言う事なら……歓迎しよう》

 

「アタシが言うのもなんだけどよ、そんなんで良いのかよS.O.N.G.は」

 

《昨日の敵は今日の友。手を取り合い解り合えるのなら、それに越した事はないだろう》

 

「あーハイハイ、そう言う甘ちゃん組織なんですね、ガリィ把握ー」

 

《その甘さは、大事にしていきたい所だ》

 

 ガリィの呆れも理解はできるのだが、実際その甘さにキャロル共々助けられている。

 

 いや、ひょっとしたら慢性的な戦力不足に陥っているだけかも知れないけど。

 

「ふぅん。ま、そうでもなきゃ、今頃マスター共々生きていませんもんねぇ。そこは感謝しますよ」

 

 

《礼には及ばん。俺達が何かした訳じゃないからな》

 

「……ああ、そんな事もありましたっけ」

 

 懐かしい。

 パヴァリア…引いてはカリオストロに会いに行った時の事だろう。

 その記憶はガリィの中にはまだ存在していた様だ。

 

《ではな、他の連中にも話を通さなきゃならないからな》

 

「はいはーいっと」

 

「にしても、驚いたぜ……」

 

 奏が複雑そうに呟く。

 

「二人目のキャロル、か」

 

 翼が奏に続いた。

 

「なんだか、ふくざつなよかんがするね未来」

 

「あはは…そうだね響……ごめん、ちょっとわからないな…」

 

 よく事態をつかめていない様な響に、未来だった。

 

「キャロル……」

 

 心配そうにキャロルを見つめるエルフナイン。

 けれども、予想に反してキャロルは落ち着いていた。

 

「………行こう」

 

 キャロルは決意を込めて呟くと立ち上がった。

 

「何処に?」

 

()()()のところ」

 

「どうやって?」

 

()()()。あなたなら、出来るでしょ?」

 

「もちろんですよぉ、マスター」

 

 恭しくお辞儀をするとガリィは懐から小さい瓶の様なモノを出した。

 それを見ると、見慣れた物体が握られていた。

 テレポートジェムだ。 

 

「待って、一緒に行かせて欲しい」

 

 キャロルとガリィが転移を始める前にそう言った。

 キャロルはこちらをじっと見つめている。

 

「頼む」

 

「………わかった」

 

 息が止まりそうな程、痛い沈黙が暫く続いてから、やっと口を開いた。

 

 

「おいおい、そんな事───翼?」

 

 意外にも、翼が奏の肩を掴んで止めた。

 

「征かせてやって、奏」

 

「翼、お前、どうしてそんな───」

 

「私にも嘘はついていない事くらい判る。ならば、キャロルにとっては宿業因果の如しなのだろう」

 

「……礼は言わない」

 

「構わない。キャロル、決着をつけて来い」

 

 翼はキャロルの肩に手をかけてそう言った。

 

「じゃ、行きますよ」

 

「ボクも行きますッ!」

 

 土壇場にエルフナインが叫んだ。

 

「もー、早くしてくださいよー」

 

 ガリィが手招きすると、エルフナインがジェムの作動範囲内まで入って来た。

 

「守れないけど、いい?」

 

「勿論です」

 

 キャロルの問いかけに力強く、決意を込めて頷いた。

 

「結構」

 

 ガリィの手から離れたジェムの器が割れる音がして、目の前が光に包まれた。

 

 

 

「ねぇ、未来。あれってさ、翼さんいい感じな事言ってるけど、おにーさんが居なくなるからってテキトーに言ったんじゃ」

 

「静かにね、響」




奏さん
動かしやすいからってこき使ってたらなんか勝手に動き始めて困惑している。ヒロイン力が高い様に見えるのは気のせいだろうか。
でもヒモを飼ってるイメージが……いや意外と…


サンジェルマンさん
力だけの無能な頭に変わって部下を抑え込める位には優秀なひと。
それだけにヒモを飼ってそう(ド偏見)
ただなぁ、飼ってたら飼ってたらでなぁ、二人がなぁ

未来さん
響をヒモにして飼っててもおかしくない。


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正妻戦争

最終回(ではない)です。
だってまだ色々のこって…


 かつての呪われた忌城を冠する場に、よく似ている。

 ここを訪れた男は、そう思った。

 

「遅かっ───な」

 

 中央に座する少女は、驚愕の色でその表情が染まっていた。

 

 当然だろう。

 

 エルフナインとも違う。

 そこには、自分と全く同じ姿形をした存在がいたのだから。

 

「………チッ、ヴァイスハウプトめ。ワザと黙っていたな」

 

「…………」

 

 まるで鏡合わせの様なふたりは、静かに視線を交差させた。

 

 

「まぁ良い。どういうつもりで連れて来たかは知らぬが──早くこっちに来い」

 

 少女は男に向けて手を伸ばした。

 だが、男の足が前に出る事は、なかった。

 

 その様子を見た少女は、深く溜息を吐いた。

 

「やめておけ。想い出の大半を焼却して、自分の事すら覚束ないだろう?」

 

 泰然と語る少女の言葉は、事実だった。

 

 

 

 

「そんな護られるだけの存在になんの価値がある。お前の事をわかってやれるのはオレだけだ」

 陽が東から昇る事が当然だと、言わんばかり。

 少女の言葉には、絶対の自信が篭っていた様に、見えた。

 

 ()()()()()()()()()()()、とも言っているかの様でもあった。

 

 

「わかったら、さっさとオレの側へ戻ってこい」

 

 

 

 

「──ね、面倒臭いでしょ?」

 

 キャロルの話がひと段落した後、ガリィが耳元で囁いた。

 

「どうすれば良いんだ……」

 

 頭を抱える。

 どうすれば良いのか全然思い浮かばない。

 キャロルは本当にふたり居たし、なんなら空気は既に最悪だ。

 

「チッ……そんなにそいつが気になるか? 勘弁してくれ、全く」

 

 勘弁して欲しいのはこっちの方だ。

 確かに、側のキャロルの事は気になる。

 だが同時に、目の前の傲岸不遜なおひめさまキャロルの事だって、同じくらい気にしている。

 

 動けない、動けようはずもない。

 

「ガリィ、連れて来い」

 

「えぇ〜どうしましょう? ガリィ困っちゃう」

 

 ワザとらしく、とぼけたマネをするガリィ。

 ガリィに命令したキャロルは、その様子に少し苛ついていた。

 

「御託は良い、さっさと連れて来い」

 

「そうはいいましてもですねぇ、マスター。当の本人の意思を無視して()()ガリィは動けませんので」

 

「なッ……ガリィ、お前裏切る気かッ!?」

 

「いやですねぇ、マスター」

 

 目を見開き、身を乗り出したキャロルに、ガリィはいつもの様なあくどい笑みを浮かべた。

 

「こんな状況どっちに付いても面倒いんで、マスターの! 旦那サマに付いた方がマシって話ですよぉ」

 

「だっ……そ、そういう問題じゃないわッ!」

 

 頰を赤く染めてガリィを怒鳴りつけるキャロル。

 だが、少し機嫌が良さそうでもあった。

 

「ま、まぁ……百歩譲って赦すとする、が」

 

 キャロルは少し目を閉じ、冷静さを取り戻してから、目を開け、ゆっくりと視線を動かした。

 

「エルフナイン、お前は何をしに来た」

 

「ボクは……見極めに来ました」

 

「見極める? ハッ、随分と偉くなったモノだな、エルフナイン」

 

 呆れたと言わんばかりに肩を竦める。

 事実呆れているのだろう。

 

 だが、エルフナインの言葉は中身の伴ったものだ。

 その事に気づかないキャロルではないだろう。

 

「それは錬金術師としての性か?」

 

「いいえ。ボク個人としてです」

 

「………そう、か」

 

 キャロルの問い掛けに目を逸らす事なく真正面から答えたエルフナインの様子に、キャロルはそれ以上、言葉を投げかける事は無かった。 

 

 次なる事こそが、最も重要だと。

 そう言えるから、構っている余裕がそれ以上無かったからかもしれないが。

 

「───さて」

 

 キャロルは鏡を見つめる様に、もう一人の自分とも言える存在を見据える。

 

「実に奇妙な光景だ」

 

 悍しい物を見てしまったかの様に吐き捨てる様な言い方をするキャロル。

 

「オートスコアラーの様にオレ自身の人格の一部が元になる訳でもなく──」

 

 ゆっくりと立ち上がり、此方へと歩みを進める。

 

「エルフナインの様に独立している訳でもない」

 

 語る様に話しながら、キャロル達の距離はちょうど、相手の姿がはっきり見える間合いまで近づいていた。

 

「ましてや平行世界のオレでもない、か。全く、ヴァイスハウプトめ、余計な事をしてくれたものだ」

 

 心底忌々しそうに顔を歪めるキャロルからは、ヴァイスハウプト、と言う言葉が出てきた。

 一体、何が理由でアダムはそんな事をしたのだろうか。

 

「フン、まあ良い。……アイツは今のお前には勿体無い。返してもらうぞ」

 

「いやだ、と返すさ」

 

 相対する二人のキャロル。

 

 今の今まで口を開かなかった方のキャロルが初めて明確に拒絶の意思を示した。

 

「───だろうな、気持ちは判るぞ」

 

 フッと口角を吊り上げて。

 

「だからこそ、お前にだけは渡したくないのだッ!」

 

 そう叫んだキャロルの身体が光に包まれて───そして。

 

「ラピス・フィロソフィカスの……ファウストローブ…!」

 

 四大元素(アリストテレス)を示すスペルキャスターがキャロルの周りに浮いている。

 

 それは、錬金術の秘奥にして、前の世界では【エレメンタルユニオン】と。

 そう呼ばれていたモノそのものだ。

 

「ああ、そうだ。幸か不幸か、資材だけはあったのでな。いつかのお前の話を元に仕立ててみた」

 

 こちらの呟きを拾ったキャロルは、何処か満足気でもあった。

 

「余り実力行使はしたくないのだがな。致し方あるまい」

 

 腕を振るうと、四大元素の術式が背後で煌めく。

 

「キャロ──!?」

 

 これに慌てて止めようと駆け出すも、キャロルは、左手を真っ直ぐ横に伸ばして静止しようと───否。

 

「塵と燃え尽き───何?」

 

 突き出した左腕は、()()()()()を掴んでいた。

 

「えっ……」

 

「うそ……」

 

「あらまぁ」

 

 その光景を見ていた者は、銘々の驚きを漏らしていた。

 

 それを気にする事もなく、キャロルは摑んだ竪琴を掻き鳴らす。

 

 辺りに美しい音色が響くと、たちまちに弦が飛び出し、掻き鳴らしたキャロルの身体に巻き付き、ローブを形成していく。

 

 最後に被された帽子には、四大元素の輝き。

 彼女の身は、紛れもなくダウルダブラのファウストローブを纏っていた。

 

「ダウルダブラ……道理で使えぬ筈だ」

 

 忌々しそうに吐き捨てた、ラピスを纏うキャロル。

 こちらも驚いている。

 自分の事すら覚束なかったはずなのに、いったい、どうして───?

 

「いつの、間に……」

 

「ウェル博士って人のおかげでね、ある程度はかき集めてたんだ」

 

「マジかよッ!? アイツそんな事してたのか!?」

 

 恐らくは、ダイレクトフィードバックシステムだろう。

 成る程、キャロルの検査の頻度が多い筈だ。

 

 そんな危険な事をしていたとはウェル博士め、許せぬ。

 

 まぁ、キャロルの記憶がちょこちょこ戻っているのは事実なのだし、それで勝手に打ち消すが。

 いややっぱり許せない。

 後で一発お見舞いしてやろうか。

 

「お陰で、()()の使い方、思い出している」

 

 ダウルダブラを纏ったキャロルは、ニヤリと不敵に笑った。

 

「ハッ!ダインスレイフの呪われた譜面が──あらゆる不浄を焼き尽くすラピスの輝きに勝つ事が能うなどと思い上がるなッ!」

 

 辺りに浮かぶスペルキャスターが高速で回転したかと思うと、輝きが一層強くなり、今にもエネルギーを放とうとしているのが、素人目にも見てわかる。

 

「待てッ!待ってくれッ!」

 

 そう言うことではない。

 キャロル達の殺し合いを見に来たのではない。

 急いで止めようと、二人の間に割って入ろうと走る。

 

「そうです!そんな事間違っていますッ!」

 

 エルフナインも続く様に叫び、後に続く。

 

「ガリ……チッ、お前達ッ!近寄らせるなッ!」

 

「はーい! なんだ、ゾ!」

 

 突如として割り込む様に上から降ってきたミカに足を引っ掛けられる。

 

「おっとだゾ」

 

 地面から足が離れ、背中の衝撃を覚悟したが、ミカの二の腕の部分で支えられるとゆっくりと地べたに寝かされ、そのまま上に覆いかぶさられる様に乗っかられた。

 

「っ……ミカ!どいてくれ!」

 

「危ないから、あたしに大人しくくっつかれてるといいんだゾ」

 

 そう言うと両手を地面に刺して、胸板の上に頭を乗っけて、磔の様な格好になってしまった。

 

「ガリィ! 引き剥がせないのか!?」

 

「いやムリゲー」

 

 

 

 

 

「キャろ…っ!?」

 

「貴女は下がっていなさいな、エルフナイン」

 

 エルフナインがキャロル達の元へと駆けようとするが。両肩を背後から掴まれて引き戻される。

 

「ファラ……!」

 

「お前の出る幕は派手に存在しない」

 

「レイアまで…」

 

 レイアがエルフナインの前に立ちはだかる。

 キャロルの下へは、誰も近づけない。

 

 

 

 

「なんでだよ! そこで諦めんなよ!」

 

「いやいや、テメェあたしとミカの性能差知ってて言ってんだよな?」

 

 仕事をしないガリィ。

 だがここは巫山戯ている場合ではなく、本気で何とかしないと不味い。

 

 とは言え確かに性能差の問題無くしてガリィを動かせない。

 

 

「クソッ……ミカッ!どいてくれ…退けッ!」

 

 上でビクともしないミカに向かって怒鳴る。

 

 普段ならそんな事はしないが、ここはどうしても、退いてもらわねばならないからだ。

「久々に会えたのに……そんなにあたしがキライだったのかだゾ?」

 

 なんてこった、精神攻撃を仕掛けてきやがった。

 

 

「………いや、そうじゃなくてだなミカ。今すぐキャロル達を止めなきゃ行けなくてだな」

 

 目尻を下げ、如何にも悲しそうで、このまま身を委ねそうになる愛嬌があった。

 

「うげぇ…ミカちゃん、中々エグいですねぇ…」

 

 ガリィはせめて引き剥がそうとする素振りを見せてから感想を述べてくれ、話はそこからだろうと思った。

 

「あたしはオマエの事好きだゾ? だから、こうして傷つけないように、ぎゅっとしたいの我慢して頑張ってるんだゾ……?」

 

 身体こそ、べったりとくっ付いているが、その立派でカッコいい手で傷つけない様に腕が伸ばされている。

 

 確かに、ミカなりの配慮を感じられる。

 

「ミ、ミカ……」

 

「どうしても、イヤなのか……?」

 

 そう言うことではない。

 間違いようもなくそう言うことではないのだが、今のミカには何を言っても通じない。

 

 だけど、前に進むしかないのだ。

 

「退けてほしい」

 

「………わかったゾ。なら、せめてぎゅっと抱きしめて欲しいんだゾ」

 

「ああ、分かった」

 

 ミカの要望通りに、その身体を抱きしめる。

 

「…………」

 

 離してやると、ミカは名残惜しそうにその場から身体を退けていった。

 

「いやぁ、大変でしたねぇ旦那様?」

 

「人事だと思って……」

 

 ミカが離れた途端に戻ってくるガリィ。

 本当、なんといい性格していることか。

 

「まぁ、アレじゃあ近寄れねぇけどな」

 

 ガリィが示す先は、酷い光景だった。

 

 

 錬金術が織り成す四大元素の高エネルギー砲が飛び交い、弦が辺り一面を斬り裂き、熱線が辺りを焼き払う。

 また、重力砲とも言える一撃が空間を歪ませる事もあった。

 

 それはさながら宇宙戦争の様相だった。

 

 お互いの事情が事情だけに、想い出の消費を避けている様だ。

 

 お互いの手の内は全て割れている千日手。

 とは言え、いつ拮抗が崩れてもおかしくはなかった。

 

 

「呪われた旋律による高火力、か。忌々しい」

 

 ダウルダブラを見に纏うキャロルは、想い出の量が不十分だ。

 とは言え、その肉体はダインスレイフの呪われた譜面。

 世界を壊す歌を歌い上げるのは造作もない。

 

「だが──ラピスの輝きの前にいつまで続くかッ!」

 

 ダインスレイフの呪いを浄化するはラピス・フィロソフィカスの輝き。 

 

 幾ら高火力による遠距離砲撃が在ろうとも、想い出が不十分と言う条件が重なる以上、ダウルダブラのキャロルはじわじわと追い詰められていく。

 

 事実として、こうしている間にも幾度となく攻撃の直撃を喰らっている。

 

「───だとしてもッ!」

 

 爆煙を殲弦で引き裂いたキャロルは自らを鼓舞する様に吠え叫ぶ。

 かつて自らを打倒せしめた、少女の歌に肖ったのか───否。

 

「彼とずっといっしょに居たのはわたしなんだッ! ()()()()()()()()()()のお前なんかに───!」

 

 それは最も強い、最悪の否定。

 

 自分こそが正である。故に滅びろ、と。

 

 そしてそれは、対する少女にとって、致命の一言だった。

 

 

「───れッ」

 

「黙れ黙れ黙れだまれだまれだまれだまれぇぇぇぇぇぇッ────!!!」

 

 彼女の──キャロルの言葉は正しかった。

 

 とある世界、残響の歌が響いた時。

 ()はキャロルの再誕と称したが、厳密には異なる。

 あれなるはエルフナインがその身に残る想い出を寄せ集めた擬似人格であって、魂までは復活を遂げていなかった。

 

 それと同じ。

 仮に記憶も肉体も同一だとしても、同じ魂は存在しよう筈もない。

 彼女は、平行世界から来た訳ではないのだから。

 

 

 

 

 

「あちゃぁ、言っちゃいましたねぇ……」

 

 キャロルの発言を聞いていたガリィが苦々しい顔で呟いた。

 

「ガリィ……?」

 

 だが、それが良くわからない。

 聞こえていた。

 意味も理解している。

 だけど、自分の中の何かが、否定したがっていた。

 

「当たり前でしょう? あたし達の様な人形なら兎も角、同じ世界の同じ生物が、複数存在するワケないじゃないですかぁ」

 

 当たり前だ。

 それが自然の摂理。

 

 この世界では、魂の移行こそフィーネが成し遂げているが、魂の複製なんて偉業は起きていない。

 

「そんなっ…そんな事って……」

 

 エルフナインが瞳を潤ませる。

 泣きたいのはこっちも同じだ。

 

 魂の在処を言うなら、当然今まで一緒に居て、現在ダウルダブラを纏っているキャロルを優先すべきなのだろう。

 

 だけど、どっからどう見ても、どう考えても彼女もキャロルなんだ。

 

 彼女には出会った時の想い出も共に過ごした記憶もあって、姿形もよく見慣れた、いつものキャロル。

 

 

 魂が違うから君はキャロルじゃないので、退いてくれなんて、そんな酷い事言える訳がない。

 

 

 

 

 

「エルフナイン、貴女もそのくらい気づいているでしょう?」

 

「だからって、そんな酷い事……!」

 

 とうとう涙を流すエルフナイン。

 

「本来はそうならない様になっていた。けれど、なってしまったものは仕方がないのですわ……」

 

「アタシらも派手に混乱している」

 

「………どう、したら」

 

「さてな……このまま、決着するのを地味に見守るしかないだろう」

 

 

 

 

 

「消えろ消えろ消えろッ!!! 燃えて一切消えてしまえッ! オレの前から居なくなれッ───!」

 

「それはお前の方だッ!!!」

 

 

 

 

 

「うわぁ、派手ですねぇ。アタシ達の事、見えてないんじゃないんですかね」

 

 互いに鬼気迫る勢い。

 最早被弾すら意に返す事なく術式を展開し続けている。

 その上、所々跳弾や躱された攻撃が此方の方へと向かって来る様になっている。

 

「アタシがいなかったらみんなバラバラだゾ!」

 

 ミカが度々流れ弾に一撃を与えて掻き消す。

 

「本当、少しは考えて欲しいものですねぇ」

 

 ガリィは頰に手を当てて小首を傾げて、いかにも困ったと言う素振りをしてから、此方の方を向いて。

 

「それで、どっちにするんですかぁ?」

 

「何、を──」

 

「決まってるじゃないですかぁ、マスターですよぉ」

 

「……冗談じゃない」

 

「ええ、だからガリィは貴方についたんですよ」

 

 何でもない風にガリィは言う。

 それが当然なのだと、そう言われてる感じがして。

 

「お前……!」

 

「ガリィは貴方の選択を尊重します」

 

 一瞬、怒りが込み上げるも、ガリィは真剣に此方のことを見つめている。

 これでも、ガリィなりに悩んだ末の結論なのだろう。

 託される方は、堪ったモンじゃないが、それでもやらねばならない。

 

「…………そうか」

 

 足を踏み出し、歩き出す。

 進むべき場所は決まっている。

 

「おや、どちらへ?」

 

「決まっているだろ、キャロルの所だよ」

 

「そうですかぁ」

 

 ニヤリと笑ってから。

 

「お供致します、旦那様」

 

 後ろに控える様にガリィは付き添う。

 

「慣れないなぁ……」

 

 瀟酒で淑然としたガリィの様子はきっとこれからも慣れないだろう。

 

 

「ガリィと大人しくしていろ」

 

「退いてくれ、レイア」

 

 目の前に立ちはだかったのはレイア。

 時期にファラも止めにくるのは間違いないだろう。

 

「近寄らせるな、とのマスターの御命令だ」

 

「そこを頼む、レイア」

 

「駄目だ」

 

「そこを何とか」

 

「派手に危険だ……認める理由がない」

 

「だったら───レイアに護って欲しい」

 

 あのまま頼み込んでも押し問答のまま続くだろう。

 それよりは彼女にも味方になってもらいたい。

 安易な計算だが、ガリィが出来るんだから、出来ない事はないだろう。

 

「…………」

 

「一緒に、来てくれ」

 

 レイアと真正面から向き合い、彼女の眼をじっと見据える。

 値踏みする様な視線の後、眼を閉じたレイアは右手で頭を掻く様な仕草をした。

 

「……まぁ、こうなることは地味に予想していたさ」

 

 レイアはそう言うと踵を返す。

 

「……マスターを頼む」

 

「任せて、レイア」

 

「あらあら、悪い子達ですわね」

 

「……通してくれ、ファラ」

 

 予想通り、ソードブレイカーを此方に向けたファラが引き留めにかかる。

 

「ここは通しませ……冗談ですわ。構えないでください、二人とも」

 

 ガリィが氷塊を、レイアがコインを携える様子に対してか、ファラはあっさりと剣を下ろした。

 

「良いのか?」

 

「いいえ。ですが、共に行ってはならない、とは言われてませんもの」

 

「!」

 

「ガリィに出来て、私達に出来ない道理は有りませんわ。それと、仲間外れはイヤですわよ」

 

「ごめん……いや、ありがとう。ファラ」

 

「ええ」

 

 礼を言うと、ファラはにこやかに微笑んだ。

 

 これで、オートスコアラーの面々の協力を得る事が出来た。

 後は、目の前で宇宙大戦争を繰り広げている二人を止めるだけだが。

 その前に、不安そうに此方を見つめる、エルフナインだ。

 

「ボクは……」

 

「大丈夫。任せてよ、エルフナイン」

 

 そう言って、彼女の頭を撫でた。

 

「そんな残酷な事……任せるなんて」

 

「そうじゃないそうじゃない。ふたりとも何とかする、して見せる」

 

「本当に、本当に……!何とかなるんですか!?」

 

 前のめりになるエルフナインを安心させるために、微笑んで見せる。

 

「手と手を取り合う奇跡、だろ? 起こして見せるさ。みんなでな」

 

「みんなで……?」

 

 ───勝算は、ある。

 だが、これにはみんなの協力が必要不可欠だ。

 自分だけでは決して出来ない。

 と言うより、一人であんな所の渦中に突っ込むなんて絶対に無理だ。

 

「良しっ、ミカ!」

 

「お? やっとアタシの番が来たんだゾ! アタシも仲間外れはもう御免なんだゾ……」

 

「あのふたりの間までぶん投げてくれ」

 

 まずそうしないとあの中に割り込めないだろう。

 

「ちょっ!? お前バカか!? 本気で死ぬぞ!!?」

 

 驚愕したガリィが胸倉を掴んできた。

 解っている。

 だが、ここで命の一つ賭けずして、二人を止める事など能わないだろう。

 

「出来るか?」

 

「当然なんだゾ! でも、ガリィの言う通り、死んじゃうんだゾ……」

 

「………そこはなんかうまい感じに護って欲しいんだけど」

 

 心配そうに項垂れるミカの姿に狼狽る。

 死んだらそれこそ、ふたり仲良く万象を分解しかねない。

 情けない事ではあるが、守って貰わないと話が始まらないの、だが。

 

「それなら、ボクに考えがあります」

 

「お?」

 

「錬金術を応用して、ギアの改修の際に見た、シンフォギアの各種防御システムを擬似的に再現すれば……なんとか、一撃凌ぐ事なら出来るかもしれません」

 

 エルフナインの腹案は、最善では無いものの、現在の状況下に於いては理想的なものだった。

 

「何言ってんのか全然わかんないけど、出来るの、エルフナイン」

 

「はい。ボクが術式を組み立てますので、みんなはそれに力を貸してください!」

 

 エルフナインの話は理解出来ないが、一撃凌げるなら十分だろう。

 目的は二人を打ちのめす事ではなく、二人を止める事。

 割り込む事さえ出来れば、後は説得してみせる、しなければならない。

 

「チッ…しくじったら承知しねーぞ!」

 

「ああ……任せた」

 

「頼みましたわよ、エルフナイン」

 

「おー、持ってけーだゾ!」

 

「ありがとうございます! よし、これなら……!」

 

 エルフナインが中空に映し出した術式に、オートスコアラー達が力を注ぎ込む。

 術式が一瞬七色に光り、身体に見えない膜の様になって張り付く。

 

「………おぉ」

 

「出来ましたッ! 後は!」

 

「合図はこっちで出す! ミカ! 頼んだ!」

 

「任せるんだゾ!」

 

 錬金術で作った足場がミカの右手に投影される。

 

「軌道の修正は私にお任せを」

 

「頼んだ」

 

 ファラが指を鳴らすと風のカーテンが全身に纏わり付く。

 

「後は前方進路の確保を頼むッ!」

 

 辿り着く迄に被弾したら防護壁が無意味になる。

 だからこそ、攻撃手段を持ち得ない身では、みんなの力を借りたかったのだ。

 

「りょうかーい!」

 

「───ええ」

 

「ああ……任せろ」

 

「わかったんだゾ!」

 

 四人は絶対の自信を持って承諾した。

 

「良し…一か八か……思い出せ思い出せ…風鳴司令のラッシュを……あれに比べればマシ、アレに比べればマシ……」

 

 『響くんとは良く対打をしているが、お前もやって見るかッ!』とか意味不明な事を言われ、訳のわからん速度のラッシュ。

 

 あの時よりは────!

 

「───見えた」

 

 飛び交う熱砲線は、遅く見える。

 

「今!」

 

「おっしゃあー! いくんだ、ゾ!」

 

 ミカが合図に合わせてキャロル達の丁度中央目掛けてブン投げた。

 ファラが操る風の力で、加速に益々の勢いがつく。

 

「危ない、危ない」

 

 目の前に近づいて来る光線に向かって氷の塊が直撃する。

 

「それッ!」

 

 さらに、飛び交う瓦礫の破片を凄まじい速さでコインが砕き破っていく。

 

 

 

「キャ、ロ、ル────!!!」

 

 

「────な」「ええっ!?」

 

 思いっきり叫ぶ。

 目の前の二人はそれぞれが凄まじい熱量を誇る小型の太陽を形成している最中だった。

 

「止められ───」「マズっ───」

 

 キャロル達の焦った顔。

 此方に気づいた以上、先ずは第一段階終了と言った所だろう。

 後は───

 

「今ッ!」

 

「ええ──ッ!」

 

「派手に行くッ!」

 

「みんなの力を合わせるんだゾ!」

 

【 Elemental Burst 】

 

 水、風、土、火。

 四つの元素が混ざり合い、混沌を織り成し高質量のエネルギー塊となって、ふたつの太陽の元へと放たれる───!

 

 

 

 

 辺りは、眩い閃光に包まれた───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───生き、てる、な…はぁ……」

 

 五体が動く感覚に。

 目の前には──キャロルが居て。

 

 辺りはめちゃくちゃだが、作戦は、成功した模様だ。

 

「巫山戯るなッ!!!」

 

 激昂したキャロルに思いっきり頰を張られる。

 

「っ………」

 

「何故そんな真似をしたッ!どうしてそんな馬鹿な真似をしたッ!」

 

 胸倉を掴まれ、揺さぶられる。

 

「オレは…ッ! オレは………」

 

 キャロルは、遂には涙を流して縋り付いてきた。

 

「………どいて。そこは、わたしの席」

 

 煤だらけになったキャロルが、横から歩み寄って来る。

 その身にはもう、ダウルダブラは纏っていない様だった。

 

「お前なんか───わっ」

 

 引き剥がそうと彼女の肩を掴んだので、その腕を掴んで、逆に引っ張り、抱き寄せる。

 

「………バカ、だからさ。魂とか、記憶がどうだとか、そんな事言われてもさ、困るんだよね」

 

 自分に置き換えて、考えた。

 もう一人の自分が居て、自分が本当の自分だと主張して、キャロルの側に居るのだ。

 

 そう考えると、ぶっ殺したくなる気持ちもわかるし、気がどうにかなりそうだった。

 

「身体も一緒で、記憶も心も一緒。でも魂だけが違うって言われてもさ、難しい」

 

 ────でも、そうではない。

 

「そんな……」

 

「……ひどい事言ってるのは、自覚している」

 

 これから取る選択は、最低の選択なのかもしれない。

 だけど、それしか取る気はなかった。

 

「もう二度と離すもんかッ!」

 

「万象黙示録の時どんな思いをしたかッ! 心配で心配で仕方がなかったッ!」

 

「オートスコアラーは居なくなるッ!しまいにはお前も居なくなるッ! そんな事判ってたさ! 判ってて協力してたんだからッ!」

 

「だけど……ッ…目の前からもう誰も喪いたくないんだよ……!」

 

「…………」「…………」

 

 泣いていた。

 ここに来て、初めて本気で泣いて、本気で思いの丈をぶつけている。

 実に身勝手で、醜く我儘な思いだ。

 それでも、どちらか一人を選ぶなんて出来なかった。

 

 

 

「………オレはな、お前を元の世界に還してやりたかった」

 

「────え」

 

 キャロルが、ぽつりと打ち明けた。

 そんな話、今の今まで聞いたことが無かっただけに、驚きが隠せない。

 

「うん。キミがさ、一回は帰りたい、って言った時。すっごく寂しそうで、さ」

 

「そん……いや、そうだった、かもしれない」

 

 一度、確かにそんな事を聞かれた。

 

 その時の事を覚えていたのか。

 

 その時そんなに、自分は寂しそうな顔をしていたのか。

 

 

「……だからオレは世界を分解、解析する事で、お前がこの世界に来た時の現象を突き止めようとした」

 

 告解する様に話すキャロルの表情は判らない。

 それでも、暗く沈んだように話している事はわかっていた。

 

「そうすれば、分解した世界を注ぎ込んで、お前を還してやる事だって出来ると、考えた。………失敗、したがな」

 

「……そんな事、を」

 

 

 これには、どんな言葉を返せばいいのか解らない。

 間違いなくキャロルは、こっちの事を想ってやった事だったからだ。

 

 だから、今度はこっちの番。

 二人に向けて、思いを。

 

 真正面から、真っ直ぐにぶつけるんだ。

 

 

「そんなの───キャロルが、キャロルさえ居てくれれば、それで良いんだ。それでよかった! それ以外の何も要らなかった!」

 

「なら……どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ」

 

 咎める様なキャロル。

 

 だが、あの時は仕方がなかった。

 多少のキャロルへの恐怖も有していたからだ。

 

「だって、そんな事言ったら……キャロルに、捨てられるか、殺されるかと思って」

 

「………まぁ、やったかもしれんな、当時のオレなら」

 

 ぽつりと溢す言葉。

 

「だから……回りくどい事しか出来なかったんだ」

 

 パヴァリアまで遠路遥々ガリィに力を借りて渡りをつける事になった。

 

「そう、だったんだ」

 

 キャロルが、優しい口調で呟いた。

 

「……ふふ、なんだか。バカみたいだね、わたし達」

 

「……バカだったんだ。とびきり、な」

 

 ふたりのキャロルは、ここへ来て初めて笑いあった。

 

「それで、両方抱きしめて、どっちを離すんだ」

 

「離さない。二度と離すもんか。同じ事を言わせないでくれ、キャロル」

「なお───オレをキャロルと呼ぶんだな、お前は」

 

 乾いた様に笑ってから、キャロルは、自嘲するかの様に、訥々と語った。

 

「そこのわたしからしたら、自分と同じ誰かが動いているんだ。……心底、気味が悪かったろうさ」

 

 事実、最初にここに来た時、一緒に来たキャロルは、ロクに喋っていなかった。

 

「………自分は自分だと言う想い出がある。パパとの想い出も、お前との日々も鮮明に思い出せる…だから、こそ……」

 

 泣きじゃくりながらも、懸命に言葉を紡いでいる。

 自分と言うアイデンティティの崩壊。

 それは一体どれ程辛い事なのかは判らない。

 だけど、見た目も想い出も同じ彼女を、キャロルと呼ぶ以外に知らない。

 

 安心させる様に、強く抱きしめて、囁いた。

 

「これから、みんなで一緒に想い出を作っていけばいいさ。そうだろう、キャロル」

 

「そう、か。───そう、だな」

 

 腕の中で、キャロルは心から安らいだ様に、穏やかに笑った。

 

 

「欲張り。ふつう、そういうのはどっちか選ぶもんだよ?」

 

 口をすぼめたキャロルが脇腹を軽く抓る。

 痛くはなかった。

 本当に軽く、甘える様だった。

 

「………ごめん。謝れない」

 

「なにそれ。おかしなの。でも、そんなわがままなキミを、ゆるしてあげる」

 

 くすくす笑って、それから。

 満面の、可愛らしい笑みを見せて。

 

 

 

 

「だって、キミの事が────」

 

 

 



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戦後処理は前途多難

「好きにすると良い、君は」

 何処かの場所、グラスを燻らせながら事の顛末を()()()を使って見ていた男はそう呟いていた。

「揃えてくれたからね、必要なものは」

 その傍らには──ヤントラ・サルヴァスパ。
 あらゆる機械群を己の意思で動かす事が可能となる聖遺物にして、シャトーから片手間に回収したキャロルの予備躯体とは異なり、彼の()()の品であった。

「修復もできた、お陰でね」

 装者達との激闘の余波で、損傷が著しかったが、力で従わせた結社の人間に聖遺物を持ち出させ、修復をさせていた。

 それは己が計画の為。

 かつて己を選ばなかった創造主への復讐の為。

「……越えてみせるさ、アヌンナキを」

 その顔は、何処までも決意に満ちていた。





「──す「好きだ」

 

 キャロル達を力いっぱい抱きしめていたが、オレな方のキャロルは両腕を器用に引っ張り出すと、もう一方のキャロルの口を手で思いっきり塞いで、そんな事を真っ直ぐに言った。

 

「例え、上っ面だけの想い出に起因するとしても、オレに渦巻く感情は否定したくない」

 

 彼女の様子は自分の感情を改めて確認する様だった。

 

「それに、これから共に想い出を紡いでいくのだろう?」

 

 両手を頰へ添えられる。

 キャロルは頰に添えた左手をゆっくりと後頭部へ回していく。

 

「手初めにっぐッ、ふぁひをふふひはま」

 

 気がつけばキャロルの口には糸の束が猿轡の様に噛ませられていた。

 

「それだけは ぜったいに ゆずらない」

 

 右に抱えているキャロルがやっていた様だ。糸の束だと思っていたのは、もしかしたらダウルダブラの弦、の様なものなのだろう。

 とは言え、それを抜きにしても眼が据わっていて少々心配になる。

 

「むぐっ……んッ!」

 

 キャロルは掌に術式を燈し、轡糸を力任せに引きちぎった。

 

「はぁ……お前は暫く二人きりだったのだから、少しくらい譲れ」

 

 弦を引きちぎったキャロルは、これ以上争ってられるか、とばかりに溜息を吐いた。

 

「……やだ」

 

「…ん?」

 

 キャロルは拒否の意思を見せたが、この手の意思表示にしては珍しく、頰を染めまるで蚊の鳴く様な声だった。

 

 提案した方のキャロルは、何かに気付いた様で、おもむろに片眉を吊り上げていた。

 

「まさか、とは思うが。もしやお前──」

 

「それ以上喋ったらお前を一片残らず分解する」

 

「ほう? やはり図星だったか。上等だ。やれるもっ──」

 

「……言ったそばから喧嘩しないでくれ」

 

 殺伐とし始めた二人を止める為に、少し強めに抱きしめ直す。

 

「頼むから、ね」

 

 二人の耳元で囁く。

 

 ……なんだか自分が酷く下衆に思えて来た。

 これから、もっと苦労するのだろうと思うと、頭が痛い。

 

「………」「………」

 

 二人は何も喋らなかった。

 

 とは言っても、大人しくしてくれているから、ひとまずこの場では収まってくれるだろう。

 

 

「いやいや〜大変ですねぇ、ダンナサマ?」

 

「……茶化さないでくれ、ガリィ」

 

 つつー、と氷上を滑る様に態々目の前に来たガリィは、開口一番そんな事をぬかしていた。

 

 とは言え、無事だったのは何よりだ。

 

「まぁまぁ良いじゃないですかぁ」

 

 そんなガリィは頭をボタンを押す様にポンポンと叩いてきた。

 

 こ、この野郎、他人事だと思って……!

 

「よかった! 無事だったんですね!」

 

 エルフナインの声が背後から聞こえてきた。

 声の大きさから察するに、それなりに距離があった様だ。

 

「うん、無事。みんなは?」

 

 駆け寄って来ていた彼女に、頭を軽く後ろに傾げて返した。

 別に手を上げても良かったんだけれど、両手はキャロル達で埋まっている。

 

 ……今のタイミングで離したら何が起きるかちょっと考えたくなかったのもある。

 

「派手に無事だ」

 

「ここに」

 

 レイアとファラがそれぞれ答える。

 

「アタシも無事だゾ〜! でも、ちょっとお腹すいたんだゾ……」

 

 ミカの発言に疑問を覚えた。

 

「そういえば、オートスコアラーって今どうやって動いてるの……?」

 

 普通なら想い出なのだろう。

 だが、S.O.N.G.で死者が出たなんて話は聞いた事がなかった。

 ならば、違うエネルギー源が存在して然るべきだろう。

 

「……ラピス・フィロソフィカスのエネルギーだ」

 

 その問いにはオートスコアラーを再起動させたキャロルが答えた。

 

「設計思想的には、やはり想い出の方がエネルギー効率的には良いんだがな」

 

「ふーん…便利なんだねぇ」

 

「現代における錬金術の極点の一つだぞ。便利でなくてどうする」

 

 確かにそうだ。

 いや、本当にそうなのか?

 詳しい原理はわからないから、なんとも判断し難いのだが、本当にそう言うものなのだろうか。

 

「それに……いや、なんでもない」

 

「いやいや、そこで切らないでよ。気になるじゃないか」

 

「………ラピスの光はあらゆる不浄を祓うからな。呪われた旋律をその身に刻む事は能わないのだ」

 

「………それって」

 

「ああ。やるつもりだった、が……その、お前がオレだけ居れば良い、なんて言うから……」

 

「そんな事、誰も何もひとっことも言ってないよ? 大丈夫?」

 

 今まで静かに話を聞いていたキャロルが急に言葉の刃を放った。

 

「む、なんだお前。生きていたのか。黙り呆けているからてっきり──わっ」

 

「……だからやめろ、二人とも」

 

 流石に判る。

 これは、アレだろう。

 どっちか少しでも優遇したら、直ぐにでも爆発する、アレだ。

 嫌な事実を悟ったものだ。

 

「御歓談の中ですが……これからどうするつもりだ?」

 

 実に良い頃合いにレイアが割り込んだ。

 

「ええ、私としてもその点は気になりますわ」

 

 ファラがレイアに同意する。

 取り敢えずこの後どうするか、は自分のの中にあった。

 でも、それより先に聞いておきたかったことがある。

 

「……そもそも、ここ何処なんだ?」

 

「そうだな、概ねお前の知っているシャトーに近い何かと言う理解で構わない」

 

「近い何か?」

 

「現実のシャトーを動かすにはリスクが高いからな。別位相のチフォージュ・シャトーを擬似的に時空をズラして展開している。オートスコアラーの起動にも最適だったからな」

 

「んー……すごそうだけど、何言ってんのかわかんないや。みんなわかんの?」

 

「一応ね」

 

「当然だ」

 

「ええ、もちろん」

 

「んー、アタシは詳しい事はわかんないゾ」

 

「ボクは、大体理解出来ますね」

 

「すごいな、みんな」

 

 錬金術を使える様になるとこんなSFチックな説明が理解できる様になるのだろうか。

 

 羨ましい限りだ。

 

 と言うか、そもそもなんでそんなまどろっこしい事をして……ああ、もう一回やるつもりだったって言ってたな。

 

 ───でも、どうやって?

 

 

 

「そんなんだからお前は錬金術の才能が無いんだ」

 

「いや…そう言われても……」

 

 世界が違う。

 

 だから錬金術は出来ないし、ギアは纏えないのは性別違うから当然として、飯食って映画見て風呂入って寝ても強くはならないのだろう。

 

「本当。せっかく教えてあげようと思っても、全然ダメじゃん、もう」

 

「ハッ、お前に教える程の知識が残っているのか?」

 

「うるさい」

 

「ま、まぁ…とりあえず、S.O.N.G.に一回戻らないとなぁ」

 

 また空気が殺伐としてきた。

 こう言う時は、言い争いが始まる前にさっさと話題を変えるのがいちばんだ。

 

「……何?」

 

 眉間は寄り、眼光は鋭く、一気に剣呑な雰囲気にキャロルはなった。

 

 とは言え、この反応は予想していた。

 

「あー、あのね。今S.O.N.G.の職員って事になってるんだよ」

 

「……ハァ?」

 

 本気で何言っているのかわからない、と言った表情だか、無理もないだろう。

 

「悪い様にはならないとは最初っから思ってたけど……まさか、S.O.N.G.に入る事になるとは……」

 

 小細工もしてたし。

 とは言え、風鳴司令の好意による所が大きいだろう。

 

 ひょっとしたら、エルフナインや立花ちゃん辺りも関係しているんだろうか。

 

「……どこまでもお人好し集団だったか」

 

「お陰で助かったけどね」

 

「まぁ良い、一度戻るなら好きにしろ。ジェムは渡しておくから、必ず帰ってこい」

 

「えっ、キャロルは来ないんですか?」

 

 エルフナインが驚き叫ぶ。

 

「誰が行くかッ! オレの記憶ではつい最近装者共に打ち負かされているんだッ!」

 

「ふーん、そっか。それなら仕方ないね。ここで待っててね」

 

 話を黙って聞いていたキャロルが今までの光景からは不気味な程の素直さを見せる。

 

「おい待てッ! お前もアイツらの一員になっているのかッ!?」

 

「うん、そうだよ。あーあー、ざんねんだなぁ。でも、わかるよ。行きたくないもんね」

 

 我が意を得たりと言わんばかりに笑みを浮かべながら、キャロルはもう一人の自分とも言える存在を煽っている。

 

 とは言っても、先程の一触即発核戦争見たいな空気とは違った。

 

「じゃあ、ふたりで戻ろっか……ね?」

 

 軽く小首を傾げて微笑むキャロル。

 

「え、あのボクも──むぐっ」

 

「命が惜しけりゃ黙ってろって、な?」

 

 背後では何やら物騒なやり取りが聞こえている。

 エルフナイン、置いてかないから大丈夫だよ。

 言葉にはしないけど。

 

 

「誰が───誰がお前と二人きりになどさせてたまるものかッ!!!」

 

 煽られたキャロルは吠えた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「言いたい事や聞きたい事は山程有るが……よく来てくれた」

 

 あれから、結局全員でS.O.N.G.本部内に転移を果たした。

 その時は、何事かと慌てて武装し駆けつけた職員達に囲まれたりもしたが。

 

 臨時の職員証を見せたり、顔見知りの装者のみんなもいた事から、事無きを得たのだった。

 

「フン、勘違いするな。コイツが行くと言うから仕方なく足を運んだまでだ。お前らと馴れ合うつもりは無い」

 

 この場には司令と、ふたりのキャロルも合わせて四人がいる。

 

 オートスコアラーの四人は、別に聞くことがあるそうだ。

 とは言っても、エルフナインが一緒に居るはずだから、特段の心配はしていない。

 

 

「構わんさ。それより、だ」

 

 キャロルとの挨拶もそこそこに、風鳴司令はこっちを向いて、力強く両肩を掴んで。

 

 

「よく戻ったッ!」

 

「え、あっはい」

 

急に大きな声を出され、咄嗟にどう返して良いのか判らなかった。

 

「いやぁ、てっきりな、戻ってこないもんだと思っていてな。……俺は俺が情けない」

 

 そう言うと肩から手を外した風鳴司令は姿勢を正し。

 

「───済まなかった」

 

 頭を下げた。

 

「い、いやいや。あの、司令。許すも何も、そんな事される覚えはないんですが……」

 

「いいや、男が男を一度信じると決めた癖に、それを疑ったんだ。男としてなんらかのケジメはつけなきゃならんだろうよ」

 

「そう、ですか……」

 

 突然の出来事と、そんな大層な事に心当たりは無い。

 慌てながらやめてくれと否定する。

 

 だが、それでもと頭を下げる風鳴司令は、頭を下げていると言うのに、なんだかカッコよく見えた。

 

「そう言う事なら、そう、ですね。これからもよろしくお願いします、司令」

 

「! ああ、勿論だッ!」

 

 頭を上げて力強く肯首した風鳴司令。

 

 だが、その時第六感はなんか失敗した気がする、と告げていた。

 

(失敗したって顔してる……もう、空気に流されやすいんだから)

 

(アレはやらかしたって顔だな。オレには判るぞ)

 

「……所で、だ。気になっていたんだが、どう言う理屈でまた、その…二人になっているんだ?」

 

 風鳴司令の疑問は当然だった。

 なんなら、自分も実の所よくわかっていなかった。

 

「あの男……アダム・ヴァイスハウプトのせいだ」

 

「何?」

 

「基本的にはオレが死ぬ前か異変が生じた時に予備の躯体に乗り換えるんだが……」

 

 ここに来てからは一度も乗り換えている所を見た事はないが。

 原作ではそうだった様な気がするし、キャロルが言うんだからそうなんだろう。

 

「あの男は自分の膨大な魔力で強引にオレを起動させた様でな」

 

 細かい事とか出来ない癖して大抵の事は出来る奴だそうだし。

 そんな芸当が出来てもおかしくはないのだろう。

 

「それに、バックアップされていた想い出の転写は正常に為されていたからな。まさか、前の躯体が生きているとは思わなかったさ」

 

「それは───」

 

「さてな。オレ自身、あの時の少女(わたし)とそこの()()が同一なのかは考えたくないな」

 

 フィーネのリインカーネーションとは似て非なる存在。

 それが、想い出の転写。

 魂の概念が存在するこの世界では、そう言った、別の問題が生じている。

 

 それを踏まえると、シンフォギア作ったり錬金術の原型仕立ててみたり転生したりと、なんだかんだでフィーネは凄い人なんだよな、と思う。

 

 肝心のバラルの呪詛は盛大にすれ違いしてたけど。

 

「まぁ…コイツはそんなのどうだっていい、なんて抜かしてたがな」

 

「へぇ、そうなのか?」

 

 片眉を釣り上げた風鳴司令がこっちに目線をやった。

 

「はい」

 

「成る程、な」

 

 司令は得心したとばかりに頷いていた。

 

 

「それと、アダム・ヴァイスハウプトに起動させられた、と言っていたが……どうやって離反したんだ?」

 

「離反も何も元々あの男の下についた覚えなど無い」

 

「む、どう言う事だ?」

 

「アイツは部下に離反されてな。お陰で目当ての物が手に入らなかったから代わりに取ってこさせようと、オレを動かした様だ」

 

「目当ての物?」

 

「歯車だ」

 

「何だとッ!?」

 

「…………」

 

 キャロルの話はやっぱりか、と言った感じだった。

 

「錬金術師の基本は等価交換だ。仕方がないだろう。まぁ……あの男は押し売りだったが」

 

「ま、まぁ…神の力だったら、ガングニールで何とかなりますし……」

 

 コレは不味いと話に割り込む。

 

 これ以上キャロルに喋らせると一体何が出てくるか判らないし、どうなるかも判らなかった。

 

「なんなら、アームドギアが七振りあるんで……まず負けないと思うんですがね」

 

「随分と勝手に信頼してくれるな、お前は」

 

 風鳴司令は眉間に寄ったシワを解しつつ、溜息を吐いた。

 

「そりゃあ、立花響だからあいたたたっ」

 

「無性に腹が立った」「同じく」

 

「ごめん」

 

 両側から脇腹を二人につねられた。

 

 それを見ていた司令は、苦笑いしてから、口を開いた。

 

「……この話はこの場から持ち出す事を禁じる」

 

「!」

 

 風鳴司令の発言は、意外な物だった。

 

「その代わり、全面的な協力を約束して貰うぞ、キャロルくん」

 

 成る程、そう言う事か。

 所謂司法取引に近い物で、なんてことのない、S.O.N.G.職員になっていた時と同じ手口だ。

 

「妥当な所だな。良いだろう」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 兎にも角にも、これで少しは安心できそうだ。

 

 

◆◆◆

 

 その後、キャロル達はエルフナインが使っていた一室を改造しにいくとかなんとからしい。

 

 同行したかったが、『今日から普通に働くぞ。何、困ったら緒川か藤尭に聞け』とのありがたーいお言葉。

 

 よって、色んな人から色んな小言を貰いながら、今の今まで触り慣れない液晶を弄り回したり書類と睨めっこをしていた。

 

 まぁ、それでも少しはわかるもので、この組織が装者を如何に最大限にバックアップ出来るかってのに全力が注がれれて、こ、これが装者本位制……! なんて思ったものだった。

 

 正直これなら走ってた方がマシだと思うんですよ。

 

「疲れた……」

 

 休憩時間に椅子に廊下でぽけーとしていると、何やら聴き馴染みのある声が。

 

「あ!おにいさんじゃないデスか!」

 

 元気よく手を振ると、切歌は駆け寄ってきた。

 

「おや、久々。調ちゃんとは一緒じゃないんだ」

 

「おにいさんがキャロルと一緒に居ないのとおんなじデース!」

 

「……なるほどね」

 

 と、適当に相槌を打ったがどう言う事なのかよくわからない。

 

 調は仕事……なのだろうか。

 

「……なんだか、お疲れみたいデスねぇ」

 

「みたい、じゃなくて疲れてるのよ」

 

「ほほーう、なるほどなるほどー。それはいい事を聞いたデス」

 

「何がさ……」

 

「そんなおにいさんにはあたしがアイスを奢ってあげるデス!」

 

 一瞬、何を言っているのか判らず、少々考え込んでしまった。

 

「……いやぁ、大丈夫だよ。他の職員はふつーにやってる事なんだしさ」

 

 あの上なんか潜入任務したり制圧したりするんでしょう?

 

 バケモンだよ、アイツら。

 

 その癖して死ぬときは直ぐ炭になったりするから、本当嫌だ。

 

 

「むむむ! 人の好意はちゃんと受け取らなきゃいけないんデスよ?」

 

 頰を膨らませて抗議する切歌。

 つついたらどうなるんだろう、と魔が刺したが、後でどんな事が起きるか計り知れない。

 

 余裕で理性が勝った。

 

「む、そう言われると……わかった。そこまで言うなら、奢ってもらおうじゃないの」

 

「ふふーん、このアタシにドンと任せるデスよ!」

 

 アイス一本でもこんなに元気な切ちゃんに、ほっこりした気分になった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 疲れてるんだから、という理由で切歌がわざわざ買ってきてくれたのだが。

 彼女が手に持つアイスは一つ。

 

 徐に包紙を剥がすと、パキッとふたつに割って、差し出した。

 

「どーぞデス!」

 

「これって……」

 

「分けっこするのがいちばん美味しいんデス!」

 

「そっかぁ」

 

 相手が切ちゃんなので、深い事は考えずに有難く受け取った。

 それにしても、キャロル達に見られたらとんでもない事になりそうだ。

 

「いやぁ、それにしてもデスねー」

 

「うん?」

 

「さっき、エルフナインから聞いたんデスけど……いやぁ、おにいさん頑張ったみたいじゃないデスか!」

 

「え? あー……聞いたの?」

 

「もちろんデェス!」

 

 ……なんだかすごく恥ずかしい。

 

 切ちゃんが知ってるって事は結構な人数が知っているかもしれない、って事で。

 

 それに、エルフナインがどこまで知っていて、どこまで話しているのかも知らないわけで。

 

 考えただけで顔に熱を帯びてくるのを感じていた中に、人の気配を感じた。

 

「……切ちゃん、そこでその人と何やってるの」

 

「デス? おおー、調じゃないデスか!」

 

 いつの間にか真横に立っていた調。

 その目は虚だった。

 

 もしかしたらここで殺されるのかも知れないと思わせる位、暗い、昏い目だった。

 

「何、やってるの?」

 

「おにいさんにアイスを奢ってあげてるんデスよ」

 

「どうして?」

 

「それはおにいさんが頑張ったからデスよ!」

 

「なにを?」

 

「キャロルの為に命懸けデスよ!」

 

「……そうなの?」

 

 ア、アイスを奢った理由が変わっている……!

 

 それは突っ込むと藪蛇だろうから、深くは考えないが。

 兎も角、調の目に光が戻って来ているように見えた。

 

 調にはエルフナインは話してないのか、それともその場に居なかったのか。

 

 早い所口止めをしに行きたい所だが。

 

「いやぁ、羨ましいデスなぁ、あたしもそんなおっきな恋愛してみたいデスねぇ……」

 

「ダメ!!!」

 

「なんデスとぉ!? なんでデスか調ぇ!」

 

「……えっと、私達にはそう言うのは…まだ、早いと思うな……」

 

 ──今すぐ帰りたい。

 

 口止めなんてもうどうでも良いから、この謎の空気から早く抜け出したい。

 

 

「そうデスかねぇ? おにいさんはどう思うデスか?」

 

 なんでこっちに振るんだ最悪だよちくしょうめッ!!!

 切歌の向こう側にいる、調からは殺意が籠もった視線を送られている。

 

 下手に答えると不味い、非常に不味い。

 

「んー…そうだねぇ」

 

 此処で早くない、と言えば調に殺される。

 遅い、と言ったら……判らない、どうなるんだ。

 

 とは言え、どの道保護者のマリアさんにも……こ、これだッ!

 

「男だからねぇ、女の子の事情はあんまり判らないなぁ。マリアさんにでも聞いたらどうだい?」

 

「なるほどー、そうするとしますデスよ!」

 

 ───計画通り…!

 今日は最高に冴えている日だ。

 

 冴えなければ死んでいたの間違いかも知れないけれど。

 

「…………そうだね、切ちゃん」

 

 何とかこの場を切り抜けた安堵感でいっぱいだ。

 だから調の目が未だに虚なのには気付いていない。

 気づかないったら気付いていない。

 

「んー、アイス食べたらなんだかお腹がへりんこデスよ……」

 

 どう言う理屈なんだろう、それは。

 全く判らないが、それが切ちゃんなのだろう。

 

「じゃ、じゃあ切ちゃん、いっしょに食べに行こう」

 

「そうするデェス! あ、おにいさんもどうデスか?」

 

 だからこっちに振るな。

 ほら、また調の目が完全にオケラか何かを見る目になっている……!

 

 

「……いや、キャロル達と食べるよ」

 

 キャロル達がどうしてるか知らないけど。

 まぁ、これくらいの言い訳の出しにするくらいなら、彼女達も許してくれるだろう。

 

「そうデスか! じゃあ、ここらでお別れデスね! 行くデスよ調ぇ!」

 

「うん、行こう切ちゃん」

 

 元気よく手を振って調と共に去っていった切歌。

 後に残されたのは───

 

「やばっ、アイス溶けてる……」

 

 いつまにか手に持つアイスが溶け、手に垂れていたのだった。

 床に垂れる前に、顔を上に向け、飲み干す様に食べる。

 とは言え手には付いている。

 

「ティッシュかなんか持ってたっけ……?」

 

 汚れていない方の手でポケットを探っていると、横から手が伸びてくる。

 

「……どうぞ」

 

 有難い事にポケットティッシュだ。

 誰だか判らないが、親切な人だ。

 

 此処は、お言葉に甘えて───

 

「返さないで結構よ」

 

「あっ、はい。ありがとうございます」

 

 親切な人の正体は、マリアだった。

 

 親切かと思えば、これは冥土の土産と言う奴なのだろうか。

 確実に切歌達とのアレそれを見ていた、訳であって───

 

 しかしマリアは予想に反し、それ以降喋る事なく黙って隣に座った。

 

「…………」

 

「…………」

 

 沈黙が続く。

 実に気まずい沈黙だった。

 席を立ちたかったが、マリアの方がチラチラ此方を見ては逸らすと言ったのを繰り返している。

 

 流石に、罵倒の類をしに来た訳じゃない事はわかった。

 

「…………」

 

「……………その」

 

「はい?」

 

「……………」

 

 マリアが沈黙を破ったと思えば、また彼女は黙りこけてしまう。

 良い加減にしろ、とも思ったが。

 

 どこか不安そうな顔を見せる彼女の前には、黙ってこの場に留まる他無かった。

 

「……………」

 

「…………ごめんなさい」

 

「………えっ?」

 

 彼女が口にした言葉は、意外にも謝罪の言葉だった。

 驚愕の余りに、理解が追いつかない。

 

「貴方の事。よく知りもしないで……勝手に決めつけてたわ」

 

「……えっと、どう言う」

 

「エルフナインから……聞いたわ」

 

 いや、アイツめちゃめちゃ喋るじゃん。

 すんごい恥ずかしいんだけど。

 そういうのはガリィの役目じゃないのかと内心呆れる。

 

 語り部がエルフナインな分、どう辞めてもらおうか悩む所だ。

 

「………本当に、キャロルが大切なのね」

 

「ああ」

 

「てっきり、タチの悪いロリコンだと思ってたわ。いや、今でも少し思ってる」

 

「そ、そうですか」

 

 正直な事はいい事なのだが、少しはオブラートに包んで欲しい所ではある。

 

「許せ、なんて言わない。貴方には酷く当たってしまっていたもの。……ただ、謝っておきたかっただけ。私のエゴよ」

 

 

 以前──と言っても、もう結構前な気がするが、彼女の歌が好きだった身としては、悲しいものはあった。

 だからこそ、この機会と言うのは正しく良い機会で。

 

「……じゃあ」

 

「後で──!」

 

 立ち上がり背を向ける彼女に思いをぶつける。

 

「後で、サイン下さい。ファンなんですよ、マリアさんの」

 

 そう言ったとき、振り向いた彼女の顔はきょとんとした表情になってから、実に凛々しい笑みを浮かべて。

 

「────ええ、今度のライブのチケットと一緒で良いかしら?」

 

「是非」

 

「結構。でもあの子達には近づかないでね」

 

「自分から一度も近づいた覚え無いって何度も言ってるでしょ!?」

 




ふたりはキャロル!
オレとわたしで二度おいしい、がコンセプト。
魂の概念が存在する世界だが深いことは考えてはいけない。
オレキャロルはもう一度黙示録もとい帰還計画をやる気満々であった。
それを知ったヒモは集いし七人の装者をどうやってぶちのめすのかと甚だ疑問を抱いている。
わたしキャロルが仮にやるとしても、恐らくは自分も一緒に行く事を願うだろう。そしてそれは現在のオレキャロルも例外ではない。
険悪な様に見えるが、実際の所どうなのかはヒモと言えどもわからない。

オートスコアラー
前のマスターと再起動させたマスターの命令系統が一緒に並立している為にヒモを旦那様と仰がなくてはマトモに動けなかったかわいそうなコ達。
だがガリィはオレキャロルを弄れる為にノリノリでやっている模様。
わたしキャロルは平然と受け入れる為面白くない。
ミカは余り気にせずみんななかよくしたいと思っているゾ!
レイアは主が健在ならそれで良いので、惰弱なヒモを護らねばならぬとなっている。
透明になったりと諜報が得意なファラは、ヒモのS.O.N.G.内の立場を把握すると、エルフナインにキャロルズを止めた時の話をする様にと提案した。

マリアさん
ヒモ野郎がキャロルの為に命を賭けた事に、キャロルを誑かした上級ロリコンだと毛嫌いしていた事が恥ずかしくなった。
ヒモがファンだと知った時は一瞬何を言われたのか理解できなかった位驚いた。
なおその事を知った奏はヒモをシバきに行った。
ちなみにセレナがヒモと話した事が有ると言う事実は記憶から消されている。

アダム・ヴァイスハウプト
キャロルがヒモ一人の為にその計画が歪んだ事を学んだ彼は、愛や好意の類いはいとも簡単にナニカを歪めると判断。
それによって、バルベルデの像、即ちティキによる神門開放ではなく、別の手段による開放を模索する事となった。
そしてアダムは七つの音階──即ち、完成された統一言語の前には今の自分ですら無力だろうと言うことも同時に突きつけれた。

その事から彼は、図らずとも初めての挫折を経験する事になった。
よって、彼は並び立つのではなく、超えることを目指す。
それは、完全と完成していると言えるのだろうか。


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困ったダンナサマ

(たぶんバレないだろう……)

ところで「金色に輝く想い出」あんな事を公式でやっていいのかとぼかぁ、ぼかぁ

筆が滑った気がするヨシ!


 明くるいつかの日。

 

 マリアさんからチケットとサインを本当に貰えたのだった。

 

 何分、キャロルに出逢ってから随分と経っている。

 記憶が彼方の向こうへ行きつつあったが、それでも前の世界から憧憬があったチケット。

 その上、正真正銘のマリアさんだ。

 

 抑えきれない嬉しさがこみ上げてきたものだった。

 

 その上、ご丁寧に三人分。

『流石に全員分確保ッ!と言う訳にはいかなかったわ。ごめんなさいね』とはマリアさんの言葉。

 

 どうやらオートスコアラーの分も用意しようとしていたらしい。

 律儀というか、なんというか。

 

 一先ず持って帰ろう、という事で通路を暫くの間、浮き足立ちながらも歩いてた。

 

 すると、だ。

 

 突然、背後から伸ばされる手。

 

「えっ」

 

 驚きの声こそ出ていたものの、突然の事に身体が反応せずに硬直したままだ。

 チケットはするりと取り上げられてしまった。

 

「……コレはどう言う事だ?」

 

 よく聞きなれた声だ。

 何とも間の悪い事に。

 手の主はキャロルだったらしい。

 

 雰囲気や声からして【オレ】の方だ。

 

 今の彼女は、いつもの見慣れた小さな姿では無く、大人になった姿に白衣を纏っている。

 

 なんでも、装者達を始めとする面々はどうしてもキャロルの見分けがつかないらしい。

 

 どうにかしてくれ、との強い要望によって想い出に余裕のある方のキャロルが大人の姿を取っているのだとか。

 

 基本的に職員からはキャロルさんとキャロルちゃんで呼び分けられているそうで。

 

 『でもやっぱり呼び慣れませんねぇ〜』とはビッキーの言だ。

 

 個人的にはどっちがどっちかはなんとなく判る上に部屋じゃ、ふたりとも見慣れた小さい姿。

 どの道頼み込めばどっちの姿にもなってくれるから、正直どうでも良いのだが。

 

 

 

 

 そんなキャロルは、怒りが混じった、蔑む様な目をくれつつ、左手を白衣のポケットに突っ込み、右手で件ほチケットと色紙をひらひらと振っていた。

 

 絶体絶命、命の危機…は今更ないだろうが、兎に角ピンチなのだ。

 

「それは……マリアさんのサイン色紙と…今度のライブのチケットです、ハイ」

 

「そうか。不要ないな」

 

 そういうや否や、火の赤い術式が紙を包む様に燈る。

 

「キャ、キャロルッ!?ちょっとまっ、待って!?」

 

「なんだ。言い訳くらいは聞いてやる」

 

「その……せっかく貰っ──」

 

「装者の歌なぞ聞かせるわけないだろう」

 

 言い訳を聞く、とは言うものの、言い終わる前に却下を被せてくるキャロル。

 これは不味い。

 せめて、最後まで聞いてもらわないと、とても困る──!

 

 気を取り直して、口を開いた。

 

「あのねキャロ───」

 

 ハズ、だったのだが。

 

「オレでは…不足か?」

 

「え」

 

「……オレでは不足なのか、と聞いている」

 

 ぷい、と顔を横に逸らしながらキャロルはそう言った。

 吸い込まれる様な白い肌には朱が刺し、彼女の碧眼はちらちらとこちらと目線を合わせては外す事を何度も繰り返している。

 

「歌が聞きたいと言うんだったら、オレが幾らでも歌ってやる…から。その……行くな」

 

 今までこんな彼女の様子は見たことが無い。

 正確な事を上げればあるにはあるのだが、あくまでそれは小さい姿の話。

 それはそれでとても可愛らしく、なんでもしたくなったのだが。

 

 ……今目の前に立っているのはそうではない。

 

 妙齢の女性(実年齢はともかく)とも言うべき姿のキャロルが、童女と変わらぬ振る舞いで引き止めて来るのだ。

 

 これはこれでとてもよい──。鼓動が勝手に速く打ち鳴るのを抑えられない……のだが。

 

「……あのね、キャロル」

 

「な、なんだ……?」

 

「三人分あるんだよね。チケット」

 

 そう、三人分が刻印されている。

 

 この様子だとキャロルは恐らく一人で行ってくる物だと思っているのだろうが、それは違う。

 元々、三人で行こうと誘おうとしたのであって───

 

「…………は?」

 

「だから、その。キャロルも行かないかって話をしに───」

 

「───誰が行くかッ!!!」

 

「わっ」

 

 キャロルは持っていたチケットと色紙を顔面目掛けて叩きつけると、姿を縮ませながら行きながら何処かへと走り去っていった。

 

「えっ、あっキャロル!? ちょっと待っ……むぅ」

 

 さっさと話さなかったのが悪いのか、碌に確かめもせず早とちりしたキャロルが悪いのか。

 この場合は話さなかったこちらの落ち度だろう。

 

「………あと二人分、どうしよ」

 

 

◆◆◆

 

 

「──で、このガリィちゃんを誘いにきたって訳ですかぁ」

 

「そう言うわけ───」

 

「イヤミかテメーッ!?」

 

「あっ、はいすみません。いや知ってるけど! 知ってるけど他に居ないの!」

 

「ハァ!? ミカは兎も角ファラもレイアだって居るだろ!?」

 

 ……ガリィに声をかけるその前に既に誘いに行っている。

 ガリィはマリアさんに一応撃破された身だ。

 その点を踏まえたのだが。

 

『……地味に遠慮しておく』

 

 レイアからは断られ。

 

『その、剣ちゃんのでしたら是非ともご一緒させて頂いたんですが……』

 

 ファラにも断られ。

 

『すみません、ボクは響さん達と行きますので…』

 

 頼みの綱のエルフナインは既に先約があった。

ミカはおててがおててなので安易に連れ出せないので声をかけていない。

 後でこの埋め合わせはしておこう。

 

「みんなには断られたんですぅ……」

 

「……だからと言って、よりによってアガートラームの装者のライブに誘うか普通」

 

「ホントごめんなさい」

 

 床に頭を擦り付けて深く詫びた。

 

 ……どっちか片方のキャロルだけを連れていくと後々血の降る未来が待っている。

 そうならない為にキャロルは誘わず、しかし一人で観に行って不興を買わない様にする。

 両方しなくてはならないライブとはいったい何なのか。

 浮気をバレない様にする輩の気持ちは、かくの如きかと思ってしまう。

 

 いや、もしかしなくてもこの状況はまずいのでは無いのだろうか、と冷たい床で冷やされた頭で思った。

 

「ハァ……ったく。困った旦那様ですねぇ」 

 

 しゃがみ込んだガリィに頭をぽんぽんと軽く撫でる様に叩かれた。

 

「でも。ガリィちゃんは行きません。もうこりごりですよぉ。アイツの歌なんて」

 

「そっ、か」

 

 ──断られてしまった。

 

 聞いてダメ元、と言う所はあったから、仕方ないとは思うが。

 一抹のやるせなさから天井を見上げた。

 

「そんなに見たいモンなんですかねぇ……」

 

 やれやれ、と言わんばかりに諸手を上げるガリィ。

 

「うん……それに、貰った義理もあるし」

 

「そんな義理なんてドブに棄てちまいましょうよ〜」

 

 そう言うとケタケタと笑った。

 

「お前何言って……」

 

 いや、そう言えばそう言う奴だったな、と思い直す。

 この程度でどうこう言っててはこっちが持たない。

 

 持たないはず、なんだけど。

 

 

「ね、旦那様。ここから出て行きません?」

 

「………え?」

 

 ガリィはそう言うと優しく抱き締めてきた。

 自分の鼓動が彼女に反響して、うるさく伝わって来る。

 

オートスコアラー(ガリィ達)がいて、マスターがいる。……まぁなんか増えてますけど。でももう寂しくないじゃないですか」

 

 耳元で本当に優しく囁くガリィ。

 思わず頷いてしまいそうになるほどに。

 

「それにどーせこんな所居たってロクなこたぁありませんよ。良い様に使われるだけです」

 

「………そう、かな」

 

 ──そうかも知れない。

 それは前から思っている事だった。

 と言うより、労働しないヒモ人生に慣れすぎていて──

 

「ヒモに戻るのか…ッ!?」

 

 気分は落雷。

 社会復帰?をした矢先に、こうも容易くヒモに戻る機会が転がってくるとは。

 

 しかし、それは人間としてどうなのか。

 

「……今更すぎやしねーか?」

 

「あ、はい」

 

 心の声のつもりだったが、十分に漏れていたらしい。

 耳元から離れたガリィがジト目で睨んでくる。

 

「んんっ、兎に角……」

 

 空気が変わってしまったから、あのテンションのまま話す事は困難と言えるから、こうなるのも無理は無い。

 

「…………」

 

「…………」

 

 しばしガリィと見つめ合う。

 冷静になって考えると、距離が少し離れたらこの状況はとても照れくさい。

 

 それに、こんな所を誰かに見られでもしたら、と思うと。

 

「ね、旦那様」

 

 ゆっくりと、眼を瞑った彼女の顔が近づいてくる。

 

「え…ちょっ」

 

身じろぎすると、ガリィの腕は追いかけてきて、離さないように絡みつく。

 

 いよいよ、となって───額がこつん、と付けられた。

 

 

「………えっ?」

 

「おやおや〜さてはキスでもされると思いましたか?」

 

「えっ、まぁ。うん」

 

「イヤですね、そーんな事するわけないじゃないですか、気持ち悪い」

 

「そ、そっか。びっくりし───」

 

 

 

───────

────

──

 

 

 

「あの、ガリィ! ……あー、ごめん何だっけ、何話そうとしたんだっけ」

 

「イヤですねぇダンナサマ。マスターといっしょにライブ行きたいから説得して欲しいって頼んできたんじゃないですか〜」

 

「えっ? そう…だっけ?」

 

「よしてくださいよ〜この歳でボケても面倒見たかありませんって」

 

「あー、そうだった様な……?」

 

「そうですよぉ。ま、説得は任せてくださいな。どーせ、早とちりしちゃったもんだから素直になれなくなっただけでしょうし。ささ、猫かぶってる方のマスターを誘いに行っちゃってください」

 

「ホント!? ありがとう、助かるよ!」

 

「えぇ、ガリィちゃんにおまかせ! ですよ?」

 

 

 




「あ、あわ、あわわわわ……」

「あれ? エルフナインちゃん? そんな慌ててどうしたの?」

「ひぃっ!? ひ、響さん!!? ボクはなにもみてません、みてませんからーッ」

「え? な、なんの話エルフナインちゃん!? ちょっと? ちょっとー!?」


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