このすば戦記 (Tver)
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誰にだって手違いはあるもの
□□□知覚外領域□□□
本当に人間共には呆れたものだ。
年々その数は増加しているというのに、信仰心は薄れてゆくばかり。
昔は私に語りかけ、そしてたまには、私の声を聞くことが出来る者もいたというのに、そういう者がいなくなって久しい。
どうしたらよいものか。
ふむ、そういえば、信仰心の欠けらも無い奴を、過酷な環境下に送るという試しをしておったな。
そいつは今どうなっただろうか。
恩寵すら与えたのだ。
信仰心が芽生えておっても良い頃合いだろう。
少し干渉し、精神をこちらに呼んでみるとするか。
□□□とある場所□□□
おはようからおそようまで、一日中銃弾と砲弾が飛び交うのが、ライン戦線である。
今朝隣にいた戦友が、その日の暮れには、物言わぬ死体になっている等、日常茶飯事だ。
人的資本と資源の浪費ぶりには、憤りを覚えざるを得ない。
だがしかし、軍人というものは、命令に従い、敵を殲滅し、任務を全うするものであり、かく言う私も帝国軍人であり、給料を貰っているからには、給料分の仕事はせねばなるまい。
まぁいかささか働きすぎな気もするが。
本日も私は、我が第二〇三航空魔道大隊を率いて任務を遂行し、丁度後方基地に帰還したところだった、はずだ。
そのはずだったのだ。
基地に帰還し、部隊を解散させ、配給のK-brotを受け取り、報告書等の仕事を済ませようと、そうしようとしていたところだったのだ。
だが、現状を確認すればどうだ?
気づいた時には、後方基地はどこにもなく、音すら無い、無の空間に私はいるではないか。
どうして、どうしてこなった。
思わず叫びそうになるのを、堪えることができるぐらいには、まだ冷静さを保てていることを喜ぶべきか。
後方基地が敵の砲弾に吹き飛ばされて、気がつく前に運悪く死んでしまったとでもいうのか?
まさか、そんなはずはありえない。
後方基地は隠匿されていたはずであり、仮に凡その位置がバレていたとしても、観測手なしに、命中させるなど、ほぼ不可能だ。
こんな後方まで敵観測手を侵入させるほど、帝国軍は間抜けではない。
ではなぜか。
いくつもの可能性を仮定し、それを否定していくうち、冷静さを取り戻す。
そしてある可能性が頭をよぎる。
真っ先に思いつくべきだった可能性。
一番現実的ではないが、一番納得のいく可能性。
この可能性を思いつかなかった、数瞬前の自分を撃ち抜いてやりたい。
これは十中八九、存在Xの仕業だ。
私をこのような姿で、くそったれな世界に送り込んだ上に、恩寵と嘯いて、私の精神を汚染するだけに飽き足らず、このような強硬な手段に打って出た訳か。
冷静さを取り戻した私の思考は、素早く状況を把握し、そして悟る。
これは好機だと。
どういう訳か知らんが、私がこの空間に来る直前まで持っていた持ち物は一緒にこの空間に持ち込めたらしく、愛用している短機関銃をしっかりと担いでいる。
帰還直後だったこともあり、予備弾倉は少々心もとないが。
その他には拳銃と、ポケットに突っ込んでいたK-brotまである。
K-brotはともかく、これだけあれば忌々しい存在Xに、一泡吹かせることも出来るに違いない。
いつもはくるみ割り人形や、兵士の死体に乗り移り、幻覚のように現れる存在Xだが、この異様な空間はおそらく、現実世界とは異なる、奴の世界。
この奴の世界で、存在Xに直接銃弾を打ち込んでやれば……
不敵な笑みを浮かべるターニャの隣に、淡い光が現れるのは、そのすぐ後だった。
□□□ライン戦線・後方基地□□□
任務を終え、後方基地に帰還したばかりのヴァイス中尉は、辺りをキョロキョロとしている、セレブリャコーフ少尉を見かけ、声をかけた。
「セレブリャコーフ少尉、どうしたのだ?探し物か?」
「はっ、ヴァイス中尉。探し物といいますか……」
私が近づいてくるのにも気付かない程に、何かに夢中になっていたセレブリャコーフ少尉は、私が声をかけると、少し驚きつつもその佇まいをなおし、返事をする。
だか、少し歯切れが悪い。
「その、ヴァイス中尉、少佐殿をお見かけになりませんでしたか?」
「少佐殿をか?」
セレブリャコーフ少尉の言う少佐殿とは、我が第二〇三航空魔道大隊の大隊長である、ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐のことだ。
「はい、少尉殿に確認して頂きたいものがあり、先程から探しているのですが……」
「帰還後はたいてい、報告書等の作成をされているはずでは?そちらは確認したのか?」
「はい。ですが、どこにもいらっしゃられなくて」
少尉殿が、黙ってどこかに行かれたことなど、今までに一度もなかった。
どこかで行き違いになっているだけか?
どこに行かれたのか考えていると、丁度同大隊の中隊長である、ケーニッヒ中尉とノイマン中尉が通り掛かる。
「お前達、少佐殿を見かけなかったか?」
「少佐殿でありますか?いえ、私は」
「私も見かけておりませんが、少佐殿がどうかされたので?」
中隊長である、この2人にも何も言わずに消えたとなると、これは大事かもしれん。
いや、何かの抜き打ちか?
とりあえず今すべきことは…
「ケーニッヒ、ノイマン!大隊を緊急招集だ!セレブリャコーフ少尉は、もう一度少佐殿と入れ違いになっていないか確認を。大隊招集後、誰も少佐殿の居場所を知らなければ、全員で捜索する!」
「「「はっ!」」」
何事もなく、杞憂に終わればいいのだが。
ヴァイス中尉は切にそう願った。
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この騒がしい日常
カズマは混乱していた。
なぜならば、目を開けると、エリス様ではなく、銃をこちらに向けて構える、軍服を着た幼女がそこにいたからである。
□□□アクセル近郊□□□
「わあぁぁぁぁ!カズマさん!カズマさーーん!!」
「お前ってやつは!どうしていつも余計なことばっかりすんだよ!このバカがぁぁ!」
俺達は只今、絶賛魔物に追いかけられていた。
原因は、俺の後ろを泣きながら走っているアクアだ。
こいつはいつも余計なことをしてトラブルを持ち込んでくる。
「カズマ!つべこべ言わずに走るのです!じゃないと追いつかれてしまいますよ!」
「お前はどうしてこう大事な時に、魔力切れになってるんだよ!」
「仕方ないじゃないですか。カズマが中々屋敷から出たがらないせいで、最近爆裂魔法が打てずにうずうずしてたのですよ!」
「だからって、初っ端に何も無い平野で、魔法を打つバカがどこにいるんだよ!」
爆裂魔法を放ち、魔力切れで俺に背負われているのがめぐみん。
短気の爆裂魔で、今日の冒険もこいつに無理やり連れてこられたのだ。
「よし!ここは私が残って奴らを引きつけよう!お前達はそのまま逃げるのだ!」
セリフだけ聞けばかっこいいが、顔を見れば、頬を赤らめハァハァと興奮している、この変態ドMクルセイダーがダクネスだ。
攻撃はスカのポンコツのくせに、防御力だけは一級品のダクネスだが…
「流石のお前でもあの数はやばい!後ろをキョロキョロせずに前だけ見て走れぇ!」
アクアの使った魔物寄せの魔法が、相当強力だったのか、たまたま近くに沢山いたのかは知らないが、やばい数の魔物が追ってきている。
だから冒険は嫌だったのだ。
折角、屋敷を手に入れ、借金も返済し、大金を手に入れたのだから、これからはテキトウに商品開発でもして、自堕落な生活を送る予定だったのに!
そうこう考えているうちにも、魔物は徐々に迫ってきている。
このままでは追いつかれるのも時間の問題だ。
「あー!くそ!だから冒険は嫌なんだよ!おいダクネス!めぐみんを頼む!」
「分かったが、どうするつもりだ?囮になるつもりなら、私がやるぞ!?」
「カズマさんのへっぽこステータスじゃ、囮になった瞬間に死んじゃうわよ?」
「うっさい!誰が囮なんかするもんか!いつも通りクリエイトウォーターとフリーズのコンボで、あいつらを足止めするんだよ!分かったら前を向いて走り続けろ!」
俺はそう言うと、ダクネスにめぐみんを預け、後ろを振り返り、手を魔物達に向けて───
「あ、カズマ。横から魔物が──」
めぐみんのその言葉を最後に、俺の意識は失われた。
□□□天界□□□
────あー、俺はまた死んだのか。
だから冒険は嫌だったんだ。
あいつら俺の死体を回収して、上手く逃げられ──
「おい、貴様は何者だ。存在Xの仲間か?」
……………え?
俺、死んだはずだよな?
じゃあこの聞き慣れない声は一体………
俺はぼんやりとする意識を素早く覚醒させ、目を開ける。
そこは見慣れた死後の世界で、いや死後の世界を見慣れるのもどうかと思うが、見慣れたところだった。
だがしかし、いつもと違うものが……いや、人が……いや、幼女がこちらに銃を向けて──
「っておい!そんなものこっちに向けんなよ!危ないだろ!え、エリス様!エリス様!助けてください!幼女に殺される!」
「うるさい、喚くな。私は、貴様は何者だと聞いているのだ!」
何この幼女、怖い。
誰だよ幼女に、銃なんか持たせたやつは。
ていうか、幼女ってこんな喋り方だっけ。
ていうか、幼女ってなんだっけ──
「エリス様ぁぁ!!」
「喚くのをやめんか!」
「か、カズマさん……。一体その子は?」
「エリス様!」
エリス様の声が聞こえ、声がした方を向くと、椅子の後ろに隠れたエリス様がいた。
え、ってか、エリス様もこの幼女のこと知らないの?
「エリス様!どうして天界に銃を持った幼女がいるんですか!どうにかしてくださいよ!」
「私だって知りませんよ!カズマさんがどうにかして下さい!」
「ほう。ここやはり天界なのか。そして貴様がこいつの言うエリス様とやらだな。つまり貴様がこの空間の主、存在Xということだな!」
そう言うと幼女は、俺に向けていた銃口をエリス様の方に向ける。
今にも引き金を引きそうだ。
「おい、ちょっと落ち着けよ。一体エリス様がお前に何をしたって言うんだ?」
「貴様には関係の無い話だ。私が存在Xに報いるこの時を、一体どれだけ待ちわびたことか…。邪魔をすると言うならば、貴様も容赦はせんが?」
銃口はエリス様に向けたまま、幼女は俺のことを睨みつける。
え、ほんとに怖いんだけど。
その目つきは、およそ幼女がしていい目つきではない。
しかし、このまま黙っていれば、エリス様が撃たれてしまう。
そんなことを許してはいけない。
エリス様は、あいつら残念ヒロイン達とは違って、王道の正統派ヒロインであり、駄女神とは違う、本物の女神様なのだ。
俺は佐藤和真、やればできる男だ。
「とりあえず銃をおろして、話し合いをしないか?何があったかは知らないが、エリス様は、人の死に方を笑って傷つけるような女神と違って、本当に心優しい人なんだ。いつも俺のことを温かく迎えてくれて、傷ついた心を癒しくれる、そんな素晴らしい人なんだ!だからお前の言う存在エックス?は知らないが、きっと人違い、いや神違いだ」
椅子の後ろから顔だけ覗かせているエリス様は、俺の言葉を肯定するように何回も首を縦に振っている。
幼女はというと、そんなエリス様と俺を交互に見つめ、一つ長い溜息をはき出す。
緊迫した気配が消えたような気がするが、誤解を解くことが出来たのだろうか?
すると幼女は、俺に視線を戻し……、憐れみのような目で俺のことを見つめていた。
「貴様もマッドと同じように、神と嘯くやからに精神を汚染され、信仰心を植え付けられた被害者だったか。憐れなものだな」
「いやいやいや、ちょっと待てよ。確かにエリス様のことは好きだけどさ、別に信仰心とかはないぞ?俺、無宗教だし」
「え!?」
「なんだ、話が分かるやつじゃないか。それならそうと早く言ってくれればいいものの」
「いや、そっちが聞く耳持たなかったんだろ!」
「いやいや、これは済まないことをした。だがまさかこんな所で無宗教の者と出会えるとはな」
「まぁ、俺の生まれ故郷のお国柄ってやつだ」
「ほぅ、実に興味深いな。一度貴殿の生まれ故郷とやらについて───」
『カズマーー!リザレクションはかけてあげたから、エリスに扉を開いて貰いなさーい』
いつも通り間の悪いタイミングで声をかけてくるアクア。
まぁ無事に俺の死体を回収してくれたみたいで安心したが、今はそれどころではない。
「悪いんだけどー、今ちょっとごたついてるからー、もう少し後で蘇るわー」
『はぁ!?あんたちょっと何言ってるのよ!』
「き、貴様…、一体誰と話しているのだ?」
俺とアクアの会話に驚いたのか、そこには先程の鋭い目付きをした顔ではなく、年相応の驚いた顔をした幼女がいた。
まぁ確かに、急にどこからともなく声が聞こえてきたらビビるよな。
でもこれをどうやって説明したら良いものか。
「えっとこの声はな、そのあれだ───」
俺がなんとか説明しようと試みていると、不意に後ろから背中を押された。
それは幼女も同じようで、押された先には、見慣れた扉が既に開いていた。
俺と幼女は、逆らうことも出来ずにその扉に吸い込まれていく。
「カズマさん!その子のこと少しの間よろしくお願いしますね!私の方で色々と調べてみますので!」
エリス様のその言葉を最後に、俺の意識はだんだんと失われていく。
えっ、調べてみるって、その間この幼女は俺に丸投げ?
そりゃないですよぉぉ、エリス様ぁぁぁ!
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人は見た目で判断しない方がいい
励みになります!
最後を少し変更。
□□□アクセル近郊□□□
「────────ね!」
「いや!────────って!」
ターニャの意識は酷く混濁していた。
その齢故に、起床時にしばらく意識がハッキリとしないことは、たまにあるが、それでも軽い判断なら出来るほどであり、これほどまでに酷いものでは無い。
そんな意識が混濁している中でも、ターニャはあることに気がつく。
少々、周りの話し声が騒がしいことに。
戦時中のため、怒号が飛び交うことはしばしばあるが、そのような場合は、往々にして非常時か緊急事態である。
だからこそ、ターニャは直感的に失態だと感じる。
なぜならば、非常時の場合、本来であれば、上官である自分がいち早く詳細を把握し、対処せねばならないからだ。
ターニャは、これ以上失態を重ねないためにも、意識回復に務めつつ、出来る限り聞こえてくる声を聞き取ろうとする。
「まさ───てくる───リニートね!」
「だ─────だって!」
ターニャは聞き慣れない単語に少し困惑する。
「reneet」とは一体何を意味するのか。
自分に聞かされていない、コードか、はたまた暗号か。
ただターニャ自身、いくら参謀本部直轄の部隊とはいえ、自分に知らされていないものなど、珍しくもないだろうと判断し、続きに耳を傾ける。
「────ない──した」
「わた───なっ─ぞ」
「さす──し──擁護───せん」
「だか───いって──だろ!────ゆんゆん──い─んだ?」
「た──まとおり────ゆんゆんが────撃退──てくれ──んだ」
「そ──たすかったよ」
聞き取れた部分が少なく、状況を把握しかねているターニャだが、「reneet」に続き、「yunyun」というまたしても聞きなれない言葉に少し困惑する。
しかしすぐに、「撃退」と聞こえたのを思い出し、「yunyun」というのは、帝国軍の新たな部隊コードのようなものでは無いかと推察する。
フェアリーやピクシーなどと付けられ、辟易としたこともあったが、「yunyun」よりかはマシだな、などと考えているうちに意識がクリアになってきているのを感じ、次の瞬間には、瞼が少し開く。
少し開いた瞼から差し込む光で加速度的に意識がハッキリとしていき、すぐに視界が明瞭となる。
だがしかし、視界が明瞭になったが故に、ターニャはさらに混乱することとなる。
ターニャが目にしたのは、木々の緑、そしてその上に広がる澄んだ空。
一見普通とも思えるが、そうではない。
ライン戦線は、その戦闘の苛烈さ故、緑は失われ、空も硝煙が立ち昇り、一面灰色の世界なのだ。
ではここは一体どこなのか。
それを考え始めたターニャの思考は、声をかけられることによって遮られた。
「良かった、目が覚めたようだな」
ターニャは自分の置かれている状況に困惑しつつも、あくまで冷静さは保っていた。
魔道大隊の大隊長を務める実力は伊達ではなく、並大抵のことでは冷静さを失うことは無い。
しかしながら、声をかけてきた者を確認するために上体を起こし、その者を目視すると同時に、自分の中で保っていた冷静さが失われるのを感じた。
あるのは困惑のみ。
自分は今、祖国の存亡をかけ、他国と銃器、大砲、戦車、航空機、更には戦艦を用いて、戦争をしていたはず。
だと言うのに、目の前の金髪の女性は鎧に剣と、まさに女騎士と称するに相応しい格好をしているではないか。
時代錯誤もいいところだ。
一体何世代前のパラダイムを生きているのだ?
「あっちにいる男に何かされませんでしたか?」
女騎士の存在だけでも冷静さを失い、困惑していたターニャだが、次に話しかけてきた者の格好を見ると、困惑の度合いはさらに増してしまった。
女騎士の次は、魔法使いか。
とんがり帽子に片手には杖。
魔法使いと言わずして、なんと言うことができるだろうか。
まるでファンタジーの世界だな。
「この子どうしたのでしょうか?」
「ふむ、突然のことでまだ混乱してるのやもしれんな」
そこでターニャは、自分のことを案じて声をかけてきた2人のことを、困惑のあまり無視していたことに気づく。
未だに状況を掴めていないが、おそらく介抱してくれたと思われる人達には、お礼を言わねばとターニャが口を開こうとした瞬間、それは3人目の者がやってきたことで阻まれた。
「いや、そいつそんな年相応の神経してないから大丈夫だと思うぞ。さっきも話したけど、天界でのこいつ本当にやばかったんだからな?」
「なんだ、まだこの幼い女の子が“じゅう”なる武器をエリス様に突きつけたと言うのか?にわかには信じ難い話だ。それにエリス様がお前にこの女の子を預けたというが、本当に預かったのか?やはりどこからか攫ってきたのではないだろうな?」
「だから違うって言ってるだろ!誰が好き好んでこんな可愛げのない幼女を攫うかよ!お前からも説明してくれよ……っておい!」
そう呼びかける男の声はターニャには、届いてはいなかった。
ターニャは、先刻その男が口にした「天界」という言葉を聞き、そこから何か大事なことを思い出せるのではと、思考を巡らせていたのだ。
自分が置かれているこの訳の分からない状況を全て説明出来る、何か大事なことがあるはずだと。
そしてすぐに頭の中でパズルのピースがはまったかのような感覚と共に、全てを思い出す。
そうだ、自分はいつの間にか天界に飛ばされ、そこで存在Xと思しき存在と対峙していたのだと。
しかし不意をつかれ、そこにいる男と共に……
ターニャは自分の迂闊さに呆れつつも、どうにかしてあの場所に戻ることを決意する。
そうと決まれば、ターニャのとるべき行動は1つ。
同じくあの場にいた、そこの男から、何をしてでもあの場所への行き方を聞き出す。
そう何をしてでもだ。
まぁあのような腑抜けた顔をした男であれば、銃を突きつけてやれば、とそこまで思考していたターニャはあることに気がつく。
銃がない。
天界では所持していたはずの、短機関銃も拳銃すらなくなっていた。
おそらく気絶している間に奪われたのであろう。
優しい顔をしつつ、武器はしっかりと奪うとは強かなやつらだ。
幸いなことに演算宝珠は奪われてはいなかったので、術式を発現させることはできそうだが、やはり武器がほしいところである。
ここは慎重に行動せねばなるまい。
「貴殿らには私が気絶していた所を助けられたようだな、感謝する」
「ダクネス!この子が立ちましたよ!」
「おお!立ったな!それに言葉遣いもしっかりとした子だな!」
「だからこいつなら大丈夫だっていってるだろ」
なんだろうか。
私は馬鹿にされているのだろうか。
確かに見た目は幼女で、その身体能力も年相応のものなのだが。
ターニャは見た目のコンプレックス故、少々苛立ちを覚えるが、ぐっと堪えて平常を装う。
「ええと、私の持ち物があったと思うのだが、それをお返し願えないだろうか?」
「あぁ、銃のことか?起きた途端にまた銃を構えられたらたまったもんじゃないから一応外しておいたんだけど、その様子だと大丈夫そうか」
そう言うと男は、後ろにいる別の女性2人の元へ向かう。
しかし直ぐにその男の様子が変わり、2人の女性のうち、青髪の女性が、慌てたような反応をしていた。
その様子が気になり、ターニャもそちらに行くことに。
「待ってカズマ!これにはふかーいふかーい訳があるの!」
「私は触らない方がいいって止めたんですけど、アクアさんが大丈夫だって……」
「ゆんゆんは悪くない。悪いのは全部こいつだ!お前これどうすんだよ!」
「どうかしたのか………ね……」
そこでターニャが目にしたのは、バラバラに分解された短機関銃だった。
メンテナンスのために分解することは、よくあるのだが、分解するには専門の工具が必要であり、また、魔導師用の銃故に、精密なパーツも多く、間違ってもこんな野原で分解して良いものではない。
「こっちのちっちゃい方は何もしてないから!これで許して!ね?」
青髪の女性は、私が来たことに気づくと、そう言いながら、あまり悪びれた様子もなく分解されずにすんだ拳銃を私に差し出した。
開いた口が塞がらないとはこのことか、と自分の中で理解出来てしまうほど、驚きのあまり口を開けて固まってしまった。
ターニャはそれ程までに、目の前の光景を理解出来ずにいた。
いや、理解したくなかった。
なぜ目の前の女は、人の物を壊しておいて、このような態度をとることができるのか。
ターニャはアクアの悪びれない態度を見れば見るほど、腹の底からフツフツと込上げてくる怒りの感情を抑えることが出来ずになり、直に頭の中でプツンと何かが切れた。
「き、貴様!!貴様は一体何をしたのか分かっているのか!?何なのだその態度は!貴様のその腐りきった根性を、今から私が叩き直してやる!そこになおれ!!」
アクアはそのターニャの怒気のこもった言葉を聞き、「へ?」と顔を引き攣らせていただけだったが、次にターニャが、「さっさとなおらんか!」と言い放った瞬間、地べたの上で、正座になる。
その後、ターニャによる説教がしばらく続いたが、カズマ達は黙ってそれを眺めるだけだった。
──────────────
(おまけ)
ターニャが目を覚ますまでの会話
「やっぱりカズマさんはロリコンだったのね!」
「いや!ロリコンじゃないって!」
「まさか、天界から幼女を連れてくるなんて、さすがロリニートね!」
「だから違うんだって!」
「見損ないました」
「私も見損なったぞ」
「さすがの私も擁護できません」
「だから誤解だっていってるだろ!ていうか、なんでゆんゆんがいるんだ?」
「たまたま通りかかったゆんゆんが、魔物達を撃退してくれたんだ」
「そうだったのか、助かったよ」
異世界かるてっと2が、もうすぐ放送開始ですね
私も楽しみで楽しみで笑
あ、ただ、既にお気づきと思いますが、この作品は異世界かるてっととは無関係、カズマとターニャは初対面の設定ですので、悪しからず
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怠け者と働き者は相容れない
アクアの部分を少し変更しました。
□□□アクセル□□□
アクセルの街。
この街の周辺は、比較的弱い魔物が生息しており、それ故に、駆け出し冒険者達が集まる街として有名である。
かく言う俺も、転生した際に、この街に降り立ち、この街から俺の冒険は始まったのだ。
…………と言っても、最初は生活するだけでも一苦労で、色んなバイトを転々としつつ何とか食いつないでいたのだが。
初めてクエストに挑戦した時には、カエル相手に大苦戦し、仲間が集まったと思ったらポンコツばかりで。
そんな駆け出し冒険者の街の最初のクエストですら、まともにこなせなかった俺達だったのだが、何故かこの街にやって来た魔王軍の幹部や大物賞金首を討伐し…………
今や屋敷持ちの大金持ちの勝ち組にまで登りつめたのだ!
ここまで来るのに、どれだけ苦労したことか………、と俺の壮大なお涙必須の物語を語るのはまた今度にして、とりあえず今言いたいのは、この街はそれほどまでに濃い時間を過した街であり、俺の第二の故郷と言っても過言ではないほどなのである。
そんな住み慣れた街をいつも通り歩いているだけなのだが、今日はとても居心地が悪い……というか、周囲の視線が痛い!
どうして俺がそんな目にあってるかと言うと、原因は今俺の隣を歩いているこの幼女である。
この幼女、ターニャ・フォン・デグレチャフ……、長いからターニャと呼ぶが、ターニャは、見た目だけ見ればまるで人形のように整った顔立ちをしており、そんな幼女を俺みたいな冒険者の出で立ちをした男が連れていたら、注目を集めるのは当然だ。
それに恐らく、ターニャが、金髪に碧眼という、この世界における貴族の特徴を持っているということも注目を集めている原因だろう。
くそ、こんなことになるなら、ターニャにこの街を案内する役を誰か他のやつに任せるべきだったか。
まぁ、エリス様に託された手前、屋敷に招いて面倒を見るつもりではいるが、本当にこいつ面倒を見る必要があるのだろうか?
いや、正直あまり招きたくなかったのだが、ダクネスとめぐみんがどうしてもと言って聞かなかったのである。
ターニャも、俺の屋敷に来ることを少し嫌がっていたようだったが、あの2人に押し切られたらしい。
ダクネスとめぐみんが言うには、こんな子供を1人にさせる訳にはいかない、だそうだ。
至極真っ当な意見で、俺もターニャがごく普通の幼女なら賛成なのだが。
ターニャには、見た目以上に、何か感じるものがあり、放っておいても、大丈夫なんじゃないかと、そう思えてならない。
ただ正直に言うと、俺の本能の部分がなぜだか、ターニャに忌避感を覚えており、あまり関わりたくないのだ。
今更だけど、改めて本当に屋敷に来るのか確認しておこうかな。
ターニャ自身あまり乗り気じゃなかったようだし……。
「お前本当にうちの屋敷に来るのか?嫌だったら他に宿をとってもいいんだぞ?その分の金ぐらいなら用意してやるからさ」
「私としてはあまり他人の世話になりたくなかったのだがね。ただ、今持っているものと言えば、拳銃にあとは………、このK-brotぐらいか。一口どうだ?食べてみるか?」
「なんだよK-brotって。パンか?まぁくれるって言うなら一口………ってまず!なんだよこれ、パサパサじゃねぇか!」
「ははは、まずいだろ。とまれ、こんなものしかないものでね。今回はお言葉に甘えてさせて頂くことにしよう。それにダクネス殿とめぐみん殿にあれだけ言われればそうせざるを得まい」
結局ターニャは屋敷に来るようだ。
それにしてもさっき貰ったK-brotってパン、食べれたもんじゃなかった。
この歳で軍服着て、あんなパンを食べてるってことは、ターニャはやっぱり別の世界から………
そして恐らくその世界では……、いや今考えるのはよそう。
それよりも他のやつらは大丈夫だろうか。
まぁ心配なのはアクアだけだが。
ちなみに他のやつらはと言うと、ダクネスは今日の夕飯の買い出しに行った。
何でも、ターニャの歓迎会を行うらしく、豪勢な夕飯にすると張り切っていた。
一応俺、今日死んだばかりで、その日に祝い事をするのはどうなのかと思うが、そんな些細なことは口にしないのが男ってもんである。
………決して豪勢な夕飯が食べたいから黙っている訳ではない。
心配してるアクアはと言うと、分解したターニャの銃を袋に包んで、先に屋敷に帰っている。
別れ際、ターニャに声をかけられたアクアは、背筋をピンと伸ばし、敬礼のようなポーズをしていた。
恐らくターニャにこってり絞られて、これ以上怒られたくないから、真面目になったのだろうが……、敬礼をしようとした時に、銃を包んだ袋を落としそうになっていたからなぁ。
真面目にやっても失敗するのがアクアだから心配なのだ。
めぐみんとゆんゆんは、ギルドに向かった。
めぐみんは、今回のクエスト報告に、ゆんゆんは、ギルドに用事があるらしい。
ゆんゆんがついてくると知った時のめぐみんは、物凄く嫌そうな顔をしていたが、あの2人はあれで結構仲がいいからな。
あ、そう言えば今回のクエスト、「近くの森で頻発する火事の調査」は失敗ということになるのか。
まぁ今回は仕方がなかったということで。
冒険もまた暫くはせずに、屋敷でのんびりと過ごすことにしよう。
クエスト失敗といえば、ウィズに初めて会った時のクエストも失敗に終わったんだっけか。
あれからウィズとの付き合いも長いしな、街の案内がてらウィズの店にも寄っていくか。
それはそうとこの幼女、さっきからずっとキョロキョロしてるな。
「さっきからずっとキョロキョロしてるけど、そんなにこの街が珍しいか?」
「いやなに、少々文明の程度の低さに驚きつつ、明らかに私の世界には存在しないものを見て、私のいたところとは別世界なのだなと納得していたところだよ」
「まぁやっぱりお前は、この世界の人じゃないよな。もしかしてだけどさ、その軍服に銃、それにさっきのパンといい、お前のいた世界では戦争でもしてたのか?」
「まぁ概ねその通りだな。正直一刻も早く元の世界に戻りたいのだが………。それにしてもやはり貴殿には少々興味がある。屋敷に着いたあかつきには、色々とお聞かせ願おうか」
「俺に答えられることなら、お手柔らかにお願いします………」
この幼女が俺に一体どんな興味をもち、俺になんの質問をするのか、少し恐怖しつつ、俺は街案内の最後として、ウィズの店に向かった。
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この素晴らしい世界を見て幼女は何を思う
□□□アクセル・裏通り□□□
ターニャは今、隣にいる男、サトウカズマに連れられ、このアクセルという街を案内してもらっていた。
その際にターニャが目にしたものは、まさにここが異世界だということを証明するものばかり。
女騎士の格好をしたダクネスに加え、魔法使いの格好をしためぐみんを見た際に、少々その可能性を疑いはしたが、よもやそんなことはあるまいと、その可能性を否定していた。
しかし、まさか本当に異世界だったとは。
一度経験していなければ、簡単には信じることは出来なかっただろうな、などと思いつつ、決して何度も経験したいものでは無いな、とターニャは心の中で呟く。
ターニャが最初に見たのは、この街、アクセルを囲うようにしてそびえる外壁。
そしてその外壁を潜り、その先に広がっていたのは、中世を彷彿とさせるような街並みだった。
帝国の首都、ベルンよりも時間の流れが緩やかなのではないかと、錯覚させる程、穏やかな空気が漂う街。
街中には機械のようなものは一切なく、おそらく通信機器の類もないのだろう。
もちろん自動車なんてものは存在せず、往来を走るのは馬匹のみである。
産業革命が起こったターニャのいた世界には、もはやこのような街は存在しないだろう。
長距離通信は当たり前、移動も列車や自動車などが一般的である。
逆にそれらがない世界など考えたくもない。
通信機器なくして、統率の取れた作戦行動をすることは厳しく、列車やトラックなくして、どうして前線に安定した物資供給を行えるだろうか。
まぁ未だに線路の敷設が間に合わず、馬匹に頼らざるを得ない場合もあるにはあるのだが。
どちらにせよ、この街の文明はそれほどまでに遅れている。
あくまで、私のいた世界基準だが。
ただ、文明の発展は必要にかられて生じるものであり、その多くの場合は戦争である。
前世での私の記憶がそれを証明している。
必要は発明の母とはよく言ったものだ。
ここまで文明が発展していないのは、平和な証左か、はたまた、機械のようなものに頼らない、別のベクトルに文明が発展しているのかは、現時点では分からない。
文明以外の部分で決定的だったのが、ヒトならざる種族、エルフの存在だ。
ヒトではないと言ってもその姿は、ほとんどヒトと同じなのだが、特徴的なのはその尖った耳だろう。
前世の知識として、フィクションの中に登場する存在だという程度には知っていたが、まさかこんなところで実際に目にするとは、人生とは何があるか分からないものである。
まぁあの耳が、つけ耳だという可能性もないではないが、そのような馬鹿げたことをする奴はいまい、とターニャは勝手に決めつけていた。
とまれ、ここが異世界だと分かり、ターニャは、このサトウカズマらの屋敷に世話になるという判断はあながち間違ったものではなかったなと改めて感じていた。
ここが元いた世界であれば、どうにか連絡手段と移動手段を手に入れ、帝国に帰国すればよかった。
何か問題が生じたとしても、演算宝珠と拳銃があればどうになると確信しており、最悪の場合は帝国軍人だということを盾に解決すればいい。
むしろ一番の問題は、帰国後である。
何か上手い説明を考えねば、任務を放棄し戦線から離脱したということで、銃殺されるのがオチだろう。
いや、この問題は、現状でもつきまとうものか。
帰る方法も問題であり、帰った後も問題か。
まさに八方塞がりだな。
兎も角にも、まずは帰還方法を探る必要があり、そのためには、この男から天界について聞かねばならない。
しかし、この男にはしばらくやっかいになる予定であるからして、強硬な手段をとる訳にもいかず、一先ずは様子見をしているところだ。
「さっきからずっと険しい顔してるけど、どうしたんだよ。ってかその顔まじで怖いからやめておいた方がいいぞ」
「おっとこれは失礼。少々考え事をね。それにしてもこのような表通りから外れた所に貴殿の案内したいという店があるのかね?」
「あぁ、もうすぐそこだぜ。あ、店に入ったらあまり店内のものに触らないことをおすすめしておくよ。あとは仮面を付けた大男には注意しろよ。まぁそっちの方は注意した所で無意味だけどな」
「……肝に銘じておこう」
店のものに触れるな?
仮面の大男に注意しろ?
こいつは一体、今から私をどこに連れていくつもりだ?
「まぁそう固くなるなよ。別に注意しろとは言っても、直接的には害はないし、見知った仲だしな。それにそいつは兎も角、店主の方は優しい人だからさ」
「そうは言ってもな、仮面の大男などと、いかにも怪しげな風貌を聞いてしまえば、警戒するなと言う方が無理な相談だとは思わないかね?」
「まぁそれもそうか。おっと、着いたぞ。ここがその店、ウィズ魔道具店だ」
「ほぅ、ここが……」
ターニャの目にはこじんまりとした、一軒の普通の店にしか見えなかった。
しかし先程のサトウカズマの発言。
固くなるなと言われはしたが、仮面の大男と聞いて警戒しない方が無理だろう。
知人とのことで、少しは安心もできるが、それにしてもなぜ仮面などをつけているのだ?
この世界にはそのような風習でもあるのか?
ターニャは理解に苦しむと共に、警戒したことに越したことはないとして、いつでも拳銃を抜けるように身構え、店に入ることにした。
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仮面の悪魔にご注意を
皆さんみましょう!笑
□□□ウィズ魔道具店□□□
「いらっしゃいませー、あらカズマさん!」
「よぉ、ウィズ。店の方は今日も……相変わらずのようだな」
店に入ると、そこには様々な商品が所狭しとおいてあり、一見しただけでは、どのような道具なのか分からないものばかりであった。
そのような商品がたくさん並ぶ店の一番奥のカウンターと思しき場所に座っている女性が一人。
この女性が先程サトウカズマが言っていた、店主のウィズのようだ。
年齢は20前後と言ったところだろうか?
確かに優しいと聞いていた通り、人あたりの良さそうな雰囲気をしている。
サトウカズマもウィズとは、親しげに話しているところを見ると、彼はこの店の常連のようだ。
「今日は珍しい方をお連れになっているんですね。そちらのお子さんは?」
「あぁこいつは──」
「私はやむをえぬ事情よりカズマ殿の屋敷にしばらくお世話になります、ターニャ・フォン・デグレチャフです」
「あら、これは丁寧にどうも。私はこの店の店主のウィズです。よろしくお願いしますね」
ターニャが少し前に出て、簡単な挨拶を行い、手を差し出すと、店主であるウィズも軽く挨拶を返し、差し出された手を握り握手を交わす。
「随分と冷え性のようですね?」
握手を交わした際に、ターニャは思わずそう口にしていた。
ターニャが握ったウィズの手は、それほどまでに冷たかったのだ。
「こういう体質なんですよ。冷たかったですか?逆にターニャさんの手はとても温かかったですよ」
ターニャは、ウィズの手の冷たさに、少し引っかかりを覚えたが、本人が体質だと言っており、さらに自分の手を温かいと言って微笑んでくれている姿を見て、些末なことだと思い、それ以上深くは考えなかった。
「まぁそういう訳で、しばらくこいつを預かることになったから、この街を案内してたんだ」
「そうでしたか。ターニャさんみたいな年頃の女の子がカズマさんのお屋敷に来るとなると、アンナさんもきっと喜びますよ!」
「アンナさん?私はてっきり貴殿ら4人で住んでいると思っていたのだが、他に同居人がいるのかね?」
「えっと……それは……」
ターニャの質問に対し、カズマの返答はとても歯切れの悪いものだった。
その歯切れの悪さに、聞いてはいけない類のものだったか?と思案するが、そうであれば、サトウカズマとの付き合いが長いであろうウィズが、嬉嬉としてその事に触れるはずもない。
そんなターニャの疑問に答えてくれたのは、ウィズだった。
「アンナさんというのは、カズマさんが住んでいらしてるお屋敷に住み着いているゴーストのことですよ。ゴーストといっても、冒険話が好きで、少しイタズラ好きですが、基本的には無害なので心配はいりませんよ?」
「……ゴースト。そのような霊的な存在までこの世界には存在するのか。いやはや、この世界はまだまだ分からないことばかりだな」
「正直俺もゴーストはみたことがないんだよな。アンデッドの類はみたことがあるから、ゴーストがいても不思議じゃないんだけどなぁ。たまにアクアが誰もいないところに向かって話しかけていたのは、てっきり俺達を怖がらせようとしてるのかと思ってたけど、ウィズが言うなら本当にいるのか……」
「まぁ、ゴーストは普通の人には見えませんからね。アクア様はアークプリーストだから姿が見えているのでしょうね」
ターニャはウィズの話を聞いていて、ふと感じたことがあった。
ゴーストは普通の人には見えない………。
しかし先程までのウィズの話し方からすると、ウィズにはゴーストが見えているようだった。
つまりそれは、自らを普通の人ではないと、言っているようではないかと。
ここに来て、ウィズと握手した時の、引っかかりを再び思い出す。
あの時に感じた、引っかかりは一体何だったのかと。
しかしその事について、深く考える前に、カズマが口を開き、ターニャを思考の世界から呼び戻した。
「そういえば、バニルのやつはどこに行ったんだよ。あいついつも、俺らが来るタイミングを見計らったように入口で待ち伏せて、俺達に嫌がらせしてくるくせに、今日はどうしたんだ?」
「カズマ殿、そのバニルというのは?」
「あぁ俺が来る前に注意しろって言った仮面の大男の事だよ。てっきりすぐに出てくるかと思ってたんだが」
「あぁ、バニルさんは、今はその、私が仕入れた商品の返品作業を────」
ウィズがそこまで言ったところで、ターニャは背筋に寒気を感じ、それと同時に今まで誰もいなかったはずの場所に気配を感じた。
咄嗟に振り返るとそこにいたは、顔半分を不気味な仮面で覆った大男が、口を不敵に歪めて笑っていた。
「フハハハハハ!!どうした、我輩のことが恋しくなったのか?今のハーレム要員に飽き足らず、このような幼女まで屋敷に連れ込もうとしている小僧よ」
「だ、誰が連れ込もうとしてるか!預かっただけだわ!ってかお前どっから現れたんだよ!普通に出てこいよ!」
「ふむ、連れ込むも預かるも大差はあるまい?それにしてもそこの男に世話になる憐れな娘よ。貴様にはこの子供に大人気のバニル仮面をくれてやろう。早速街の子供らに自慢してきてもよいぞ?」
ターニャは、全く動けずにいた。
目の前にいる仮面の大男、バニルはその腰を折り、その顔をターニャの顔に突き合わせ、自分が付けている仮面と似たような仮面をターニャに差し出し、静止しているが、その仮面を受け取るための手すら動かすことが出来ずにいた。
一体こいつはいつからそこにいた?
確かに誰もいなかったはず。
にもかかわらず、気づいた時にはそこにいたのだ。
ターニャ自身、少し気を抜いていた自覚はあったが、それでも簡単に背後を取られるほど腑抜けていた訳ではなかった。
だがしかし、警戒心が引き上げられると共に、目の前にいる存在の異様さも感じ取っていた。
どうして、この街に入った時に気付けなかったのだと、後悔してしまう程に………
それほどまでに強力な魔力反応をこの男からは感じる。
このバニルという男は一体何者なのだ……
ターニャがそのように困惑している間、最初のうちはなぜ仮面を受け取らないのだろうかと、不思議そうな雰囲気を醸し出していたバニルであったが、次第にその視線はターニャの姿ではなく、その奥を見透そうとしている瞳へと変わっていた。
しばらくの間その膠着状態が続き、それが5秒か10秒か、はたまた、1分程続いたのか、時が止まったかのように静止していたが、バニルが、上体を反らし、仮面を抑えながら高笑いを始めると共に、それは崩れた。
「フハハ!フハハハハハ!何とも数奇な人生を歩んでいる幼女よ!何かあると思ったが、まさかここまでとは!!おっと失礼、幼女ではなく“男”であったな」
ターニャはその瞬間、さっきまで動けなかったのが、嘘かのような反応速度で、拳銃を抜き、バニルに向けた。
「男!?お前まさか、ターニャくんだったのか?」
「うるさい!貴様は黙ってろ!」
「はい?!」
うるさい奴は黙らせたところで、この仮面の男は今何と言った?
間違いなく“男”と、そう言ったのである。
自分の前世がサラリーマンをしていた男だなんていうことは、ターニャがもといた世界でも誰にも話しておらず、もちろんこちらの世界に来てからも話してなどいない。
こちらの世界で話したのはせいぜい、ターニャがいた世界のことだ。
もちろんその事がバレたところで、生命に関わるようなことではないが、そんなことは問題ではない。
誰も知るはずもない、誰にも話していない自分の秘密を何故こいつはしっているのか、その事が重要なのであり、ターニャの本能に近い部分が、こいつを警戒しろと警鐘を鳴らしている。
「貴様は一体何者だ。どうしてその事を知っている」
「お初にお目にかかる、我輩はこの世の全てを見通す大悪魔、バニルである。我輩の目は全てを見通す故、我輩の前では秘め事なぞ無意味だと思った方がよいぞ?」
ゴーストの次は悪魔ときたか。
この世界は些か得体の知れない存在が多すぎはしないか、そう思わずにはいられなかった。
豊かな緑に、中世の街並み、更にはヒトならざる存在。
この世界にターニャは随分と驚かされ、そして注意が散漫となっていた。
異世界へ来てしまったとは言え、まだ前線を離れてから一日と経っていないにも関わらずこの体たらくぶりとは。
ターニャは自分の愚かさを呪いつつ、今の自分のような部下がいれば、間違いなく、再教育または、銃殺としているだろう。
それ程までに愚かだったのだ。
どうしてこのような化け物がいることにもっと早く気付かなかったのか、それも2人も。
「ウィズと言ったか?貴様も何者だ?どうして貴様のような奴がこんな所で店を営んでいる」
「えぇ!わっ、私ですか!?」
惚けているようだが、バニルの登場により引き上げられた、ターニャの警戒心は、バニルの異様さと共に、ウィズの異様さも感じ取っていた。
今は気の抜けたような顔をしているが、それでも感じ取れる魔力反応は、バニルと同等。
そして今のターニャは、思考をフル回転させており、ウィズと握手を交した際に感じ取った引っかかりの正体が何だったのか、既に気づいていた。
ウィズの手の冷たさ、最初は冷え性かと思ったが、それは違う。
あの冷たさは、戦場で何度も触れてきた、死んだ者の冷たさだ。
死人のような冷たさに、悪魔を名乗るものと同等の魔力、そして先程のゴーストの話をしていた時のサトウカズマの話を合わせると………
「貴様はアンデッドの類であろう?人ならざるものがここで何をしている」
「どうして私がリッチーだと分かったのですか!?た、確かに私はもう人ではありませんが………、私はただ…」
人でないことを認めたようだが、相手の正体を見破ったとしても、現状に変わりはない。
目の前には化け物が2人。
後ろにはサトウカズマか……
ターニャは、そこでふと思った。
サトウカズマは、この化け物達の正体を知っていたのだろうか、と。
知らなければ、ただの間抜けだが。
バニルの時然り、ウィズの時然り、こいつらが正体を口にした際、特に驚いたような反応はしていなかった。
つまり、敵は3人と考えるのが順当か。
私はこの男に騙され、ノコノコとこんな所までついてきてしまったのか。
「サトウカズマ、貴様私を嵌めたな?このような所に連れてきて、一体何が目的だ?もしや、私の銃を分解したのも、私から主要武器を奪うためか……?さては貴様ら、存在Xの差し金か!?」
「どうしてそうなるんだよ!というかそれは、被害妄想が過ぎるぞ……」
「ふむ、我輩としても、神と名乗るものの手先と間違われるのは、心外であるな。我ら、悪魔族は神の敵対者であるからして、むしろお主とは良い関係が築けると思うのだが?神を自称する輩に弄ばれし者よ」
神の敵対者?
確かにクソッタレな神を名乗る奴の敵対者であれば、喜んで迎え入れるが、悪魔信仰をするほど、落ちぶれてなどいない。
だが、しかし、こいつらから敵意を感じないのも、また事実。
こいつら一体何なのだ。
「なぁ、ターニャさんよ。いいから一度銃を下ろして、話を聞けよ。エリス様の時もそうだけど、1人で突っ走りすぎだぞ?俺もウィズも別にお前に危害を加えるつもりはないよ。確かにウィズは人では無いかもしれないけど、誰にでも秘密の1つや2つぐらいあるもんだろ?バニルも信用出来ないのは認めるけど、こいつも人に危害を与えるような奴じゃねぇよ。そうだろ?」
「フハハハハハ!いかにも。人はいつ誰が極上の悪感情を生み出すか分からないからな。そのような者達をどうして我輩が危害を加えようか!」
「だそうだ」
信用は出来ない………が、敵ではないか。
確かに、見知らぬ環境故に、少々過剰反応しすぎたやもしれん。
ターニャは、警戒心を抱きつつも、構えていた拳銃を下ろし、話を聞くことにしたのであった。
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ぼっち少女はやっぱりぼっち
□□□ライン戦線・後方基地□□□
現在、ライン戦線後方基地は、異様な緊張感に包まれていた。
もちろん、この後方基地は、前線及び、本国と連絡を取り合い、後方支援を行っているため、常日頃からある程度の緊張感は、張り詰めているが、それでもこの日の緊張感は異様なものであった。
それも、上官から即応体制を整えろといった、命令も何もなかったにも関わらずである。
そうだと言うのに、後方基地に詰めている、兵士の一人一人が、自身の持ちうる限りの緊張感をもって、仕事に取り組んでいた。
このような事態の原因は、ある一人の兵士が、同僚にあることを伝えたからであった。
その兵士曰く、『帰還したばかりの魔導部隊の様子が、慌ただしい。もしかしたから何かあるのかもしれない』と。
この話は、閉鎖環境である後方基地では瞬く間に広まったのだ。
もし慌てていたのが、ただの歩兵部隊の兵士であったり、他の魔導部隊であったならば、話はここまで大きくならなかったかもしれない。
ただ、今回慌てていたのが、あの第二〇三航空魔導大隊の魔導師であったのが、話が大きくなってしまった原因でもあった。
かの部隊は、南、北、そしてこのライン戦線でも、その実力を発揮している精鋭中の精鋭なのだ。
しかるに、話はあっという間に広まった。
話を聞いた者は、有事に備え、聞いていない者でさえ、周りの空気に触発され、緊張感を高めた。
かくして、この後方基地での、異様な緊張感は生まれたのであった。
そして、後方基地の緊張感が異様な高まりをみせていた、丁度その頃、共和国軍の魔導部隊が、ライン戦線後方に空挺降下を決行。
その部隊は、副次的目標である、その後方基地を目指していた。
しかし、視認できる距離まで接近したところで、基地の警戒度の高さに作戦を断念。
主目的に即時作戦を移行したことは、共和国軍の一部のものしか知らないことであった。
□□□アクセル・ギルド□□□
ギルド。
それは、冒険者のための施設であり、ここでは、クエストを受けたり、報酬を受け取ったり、はたまた、仲間を集めたりと、冒険者達にとって、活動の中心となる場所である。
併設されている酒場では、冒険者達が、その日の報酬を片手に、仲間達と飲み食いをしている。
今日も今日とて、冒険者達が酒を飲み、騒いでいるが、それを横目に見ながら、めぐみんとゆんゆんは、ギルドの受付へと向かっていた。
「ねぇ、めぐみん?あの女の子どこから来たんだと思う?」
「そんなこと私に聞かれても、分かるわけないじゃないですか」
「あんたねー、もう少し真剣に考えなさいよ」
ゆんゆんの問いに、テキトウに答えていためぐみんだったが、頭の中では、色々と考えを巡らせていた。
あの女の子、ターニャと名乗るその子は、突然現れた。
それは、もはや見慣れてしまった、カズマを蘇生する時のこと。
アクアが蘇生魔法をかけ、カズマに声をかける。
ここまではいつも通りだったのだが、その後、いつもとは違い、カズマの身体が光を放ち始めたのだ。
一瞬目の前が真っ白になったかと思うと、次の瞬間には、カズマの隣に、ターニャが横たわっていたのだ。
整った顔立ちに、見慣れない服装、年齢は自分より少し幼いぐらいであろう。
そんな少女が現れた時、一番最初に口を開いたのはアクアだった。
『カズマさんが、天界で幼女を誘拐してきちゃった』
その言葉を皮切りに、どうすればいいのか、皆がみんな慌てふためいてしまい、その騒ぎはカズマの目が覚めるまで続いてしまった。
カズマ曰く、『天界でエリス様から預かった』だそうなのだが、あのターニャという少女は、一体何者なのだろうか。
「─────だと私は思ってるんだけど………、ってあんた人の話聞いてないでしょ!」
「はい?何か話していたのですか?てっきり私は独り言かと。それよりもどうして私についてくるのですか?ギルドに用事があるのでしょう?そちらを済ませてはどうですか?私は受付に行きますので。まぁさしずめ、ギルドでの用事というのは、いつも通りギルドの隅で独り、食事をしながら、周りの冒険者の観察をすることだと思いますが」
目の前の涙目になっている彼女、ゆんゆんは私と同じく紅魔族なのだが、変わった性格をしており、常にぼっちだったせいか、今でもそれをこじらせている。
恐らく、私についてきたのも、ターニャの歓迎会に誘って欲しいからだろう。
まったく、来たいなら来たいと、自分から言えばいいものを。
まぁ今回は同級生のよしみで、特別に誘ってあげようか、とめぐみんが声をかけようとしたその時には、
「よ、用事は終わったから、私はもう宿に帰るからぁぁ!!」
と叫びながら、ゆんゆんは、ギルドを後にしていた。
前半部分の最後、主目的というのは、アレーヌのことですよね
まぁ無理があるかなと思いつつ、書きたかったので書きました
後悔はしてません
なので、無理があるだろと思っても、大目に見てください…
あ、アレーヌまで話は展開していきませんので、悪しからず
※3話の最後と、4話の一部を変更しました。大きな変更ではないので、特に物語に影響はありません。
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2人の転生者
□□□屋敷□□□
「これは………、美味いな」
ターニャが、霜降り赤蟹を食べた時の最初の感想が、それだった。
霜降り赤蟹は、俺達がこの屋敷に引越した際に、ダクネスの親父さんが贈ってきてくれたもので、どうやらダクネスは、あの時の味が忘れられずに、かなり奮発して今日の夕食のために買ってきたくれたのだ。
ウィズの店で、あれだけ殺気を放っていたターニャも、霜降り赤蟹の前では、年相応の顔をしている。
ウィズの店で、ターニャを落ち着かせた俺は、ウィズとバニルについて、知っていることを話した。
ウィズとバニルが、魔王軍幹部であるということを。
もちろん、ウィズは、名ばかりのなんちゃって幹部であり、人に危害を加えたことがないということ、そして、バニルも、先日俺達のパーティが討伐し、今は幹部では無いということも説明した。
それを聞いたターニャは、どちらかと言うと、俺達のパーティが一度バニルを倒したということに驚きつつも、2人の強さについて納得し、敵ではないということを理解してくれた。
まぁ、ターニャにとって、重要だったのは、自分の敵かどうかであり、魔王軍の幹部とか、人類の敵だとかは、どうでもいいようだったが。
なにはともあれ、ターニャの誤解を解いた俺達は、長居しすぎたということもあり、ウィズの店を後にした。
そういえば、店を出る時、バニルがターニャに、何か伝えていたが、何を伝えていたのだろうか。
それにバニルのターニャが男だという発言についても、どういう事なのか未だ分かっていない。
結局、バニルのせいで、ターニャの謎が増えてしまったのだが………、今はそんなことよりもだ、目の前の蟹が大事なのだ!
何をそんなに興奮しているかと言うと、俺は以前霜降り赤蟹を食べた時に、一つだけやり残したことがあるのだ。
それはそう!カニミソ酒!
カニミソが少し残ったカニの甲羅に、お酒を流し込んで、それを炭火で少し温める。
そして丁度いい温度になったところで、それをグビっと。
前回は特殊な事情により、飲むのを我慢したが、今回は何のしがらみもなく────
「カズマ殿、先程私が伝えたことを留意しながら、飲んで頂けると助かる」
酒瓶を片手に、ウハウハしていた所に声をかけてきたのは、隣に座っているターニャ。
こちらに視線を向けずに、自分は蟹を食べながら言い放ったその言葉だが、言外に、留意せずに飲めばどうなるか分かっているのであろうな?と言っているような圧力を感じる。
俺はその言葉に一瞬背筋に寒気が走る。
危ない、忘れていた……。
ターニャが言っているのは、食事前のことだろう。
『食後に話がしたい。酒を飲むのは構わんが、飲みすぎて潰れることのないように』
このように伝えられていた。
だがしかし、もしカニミソ酒を一口でも飲んでしまえば、恐らくもう止めることはできないだろう。
とは言っても、霜降り赤蟹など、今度いつ食べれるか分からない代物!
「カズマさん、飲まないのだったら、先に頂くわよ〜」
俺がグダグダと悩んでいるうちに、酒をアクアに取られてしまった。
アクアは俺から取った酒を、甲羅に流し込み、少し温めると、それを一気に呷る。
くそぉ!美味そうに飲みやがってぇ!
「アクア!今度は私に貸してください!私ももうすぐ大人です。なので、お酒の一つや二つ飲んでもいいですよね!?」
「ふふふ、そうね。とうとうめぐみんも大人な女性の仲間入りをする時が来たようね」
「おい、アクア。渡してはいけないぞ。めぐみんもめぐみんだ。めぐみんはまだやはり子ども…なの…だから──」
「おい!今私のどこを見て子どもだと言ったのか聞こうじゃないか!何ですか!この無駄な贅肉がつけば大人なのですか!」
めぐみんはそう言いながら、ダクネスの胸をひっぱたいていた。
いいぞーめぐみん、もっとやれー。
「めぐみん殿、少し落ち着いてはどうかね?ダクネス殿も貴殿の身を案じてのことだ。それに酒というのは、思っている程美味しくなかったりするものだぞ」
「ほぅ、ターニャはえらく大人びていますねぇ?その口ぶり、まるで自分は飲んだことがあるかのようではありませんかー?」
「わ、私は、経験則ではなく、あくまで一般常識を──」
「今日はとことん飲むわよぉ!!!」
アクアお前は毎日飲んでるだろ!!
───────
─────
───
─
結局、一滴も飲まずに、自室に戻ってきてしまった。
くそ!せっかくの霜降り赤蟹だったのに!
俺が悔しがっていると、扉がノックされる。
「カズマ殿、入ってもいいかね?」
「あぁ、いいぞ」
入って来たのはもちろん、ターニャ。
俺はベットに腰掛けたまま、ターニャに椅子をすすめる。
酒を飲まなかったからには、根掘り葉掘りこいつについて聞くことにしよう。
目の前の椅子に座ったターニャは、一見しただけでは、やはりただの幼女だが、内に一体何を秘めているのか。
「まさか、一滴も酒を飲まずに自室に戻るとはな。少々感心したぞ。私はてっきり貴殿が酔いつぶれて、私が酔いを覚まさせる必要があると踏んでいたのだがね」
「あぁ、めちゃくちゃ飲みたかったけどな。そんなことより、わざわざ時間を設けるってことは、色々と聞けると思っていていいんだよな?例えば、バニルの言っていた男ってのは、どういう意味なのか、とかよ」
「もちろん、私もその心づもりだ。あぁ、ただ私から一つ先に聞きたいことがあってね」
「なんだよ」
そういえば、昼間、アクセルを案内している時も、俺について聞きたいことがあるって言ってたな。
俺が一体何だと言うのか。
「サトウカズマ、貴殿は、いや、お前は日本人なのか?」
「…………え?今日本人って言った?どうしてお前が日本人を…、というかどうして俺が日本人だって?」
「やはりそうか、日本人だったか」
「おい、一人で納得してないで、ちゃんと説明してくれよ」
「これは済まない。いやなに、簡単なことさ。私も日本人なのだ。まぁ元ではあるがね」
「いや、ちょっと待てよ!俺お前みたいな幼女がいる、日本なんて知らないぞ。それ本当に同じ日本か?」
「だから元だと言っているだろ?私はね、もともと日本でサラリーマンをしていた、ただのしがない男だったのだよ」
それからターニャは、全てを話してくれた。
ある日、電車に轢かれて死んでしまい、存在Xによって、ターニャの姿で、別の世界に転生させられたこと。
その世界では、戦争が勃発し、ターニャも兵士として戦っていること、等々。
そんな、俺の異世界転生より、はるかにハードモードな話を聞き、俺は一言。
「その帝国って、ドイツじゃね?それってまずくないか?」
「ふはは、やはりそう思うか。私も自国の地理と情勢を知った時には、大戦前にタイムスリップでもしたのかと疑ったものさ。それに帝国だけではなく、周りにもフランスのような共和国、イギリスのような連合国、ソ連のような連邦国、アメリカのような合衆国もあれば、イタリアのようなイルドア国もあるのだ。これからの事を嫌でも想像してしまったが…、私の知っている歴史が、あの世界でも繰り返されるとは限るまい?」
「まぁそうだけどさ、俺の異世界転生もなかなかなものだと思っていたんだけどなぁ、ターニャ……、あれ?でも俺より歳上だよな、ってことはターニャさん?それともデグレチャフさん……」
「今まで通りターニャで構わんよ。なんせ、今は見ての通り子供なものでね。そんなことよりも今度は、カズマ、君の話を聞かせてくれないか?あとは、天界についても聞きたいのだが、そうだな、コーヒーでも飲みながらじっくりと聞きたいものだね」
「しょうがねぇな。コーヒーはないけど、紅茶ならあるから、淹れてきてやるよ」
「ほぅ、紅茶があるのかね。コーヒーでないのが、正直残念ではあるが、私は無類のカフェイン好きでね。少々味にはうるさいのだが、期待して待っておくことにしよう」
そういうターニャの言葉は、本当にカフェイン好きなのだろうと窺えた。
よし、ダクネスが起きていたら、ダクネスに紅茶を淹れさせよう。
そう考えながら、カズマは自室を後にしたのであった。
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幼女の穏やかな朝
今回は短めです
□□□屋敷□□□
柔らかな陽射しが、窓から差込み、ターニャの目を覚ます。
ターニャは、ゆっくりと起き上がり、状況を確認する。
そして安堵した、静かで、穏やかで、見慣れない部屋だと。
ターニャは、昨晩、これはただの夢で、目が覚めると塹壕にでもいるのではないかと、疑っていた。
まぁ、夢にしては少々この世界はキャラが濃すぎるか、と心の中で自嘲の笑みを浮かべつつ、ベッドから降り、部屋をでた。
向かうのは居間である。
ただ、居間へ向かうのも一苦労だ。
別に苦という訳では無いが、ただでさえ屋敷が広く廊下が長いというのに、自身の歩幅のせいで、より長く感じてしまう。
それにしても大きな屋敷だなと、ターニャは思う。
貴族の別邸だとしても不思議はないこの屋敷は、冒険者などという不安定な職業に就いている彼らには不釣り合いなものでは無いかと思われた。
だがしかし、ターニャは一つ思い出す。
彼らはあの化け物じみた、いや、実際に化け物である、あのバニルを倒した冒険者であるということを。
人は見た目で判断してはいけないと言うが、彼らはその典型例なのかもしれない。
ターニャは、その典型例がより身近にあるなどとは思い至らず、カズマらのことを考えていると、不意に鼻腔をくすぐるとても良い香りが漂ってきているのに気がつく。
それは居間に近づけば近づく程強くなり、ターニャは心を踊らせていた。
それはこの屋敷にはないと聞いていたもの。
それはターニャが、飲みたいと欲していたもの。
そうコーヒーだ。
それも香りからして代用コーヒーといった粗末なものではなく、むしろ真逆の上等なコーヒーのそれ。
ターニャは思わず早足になり、その香りを追っていると、気付けば居間についていた。
そこにいたのは、まるで貴族かのようにカップを傾け、優雅にコーヒーを飲んでいるダクネスだった。
「誰かと思えば、ターニャか。おはよう。随分と朝が早いのだな。うむ、とてもいい心がけだ」
「おはようございます、ダクネス殿。いや、身についた習慣というのは、簡単には抜けないもので」
ターニャは礼儀的に、ダクネスに返答しつつ、ダクネスの目の前の席に座る。
より一層強まるコーヒーの香り。
ダクネスは、カップに口をつけ、それを飲む。
ターニャは思わず、そのカップを目で追ってしまい……、ダクネスと目があってしまう。
「どうした?コーヒーが珍しいか?」
「いえ、そういう訳では。ただ、カズマ殿から、コーヒーはこの家にはないと聞いていたもので」
「あぁ、カズマか。あいつは酒か紅茶ぐらいしか飲まないからな。かく言う私も普段は紅茶派なのだが、たまの朝にコーヒーが飲みたくなるのでな、少量だが備えているのだ。良ければターニャも飲むか?」
「よろしいので!?……あぁ、これは申し訳ない」
ターニャは願ってもない問いかけに、勢いよく返答してしまい、ダクネスを驚かせた。
ただ、ダクネスも一瞬驚いたが、直ぐに優しい微笑みを浮かべる。
「あぁ、もちろんだとも。砂糖とミルクもたくさん入れてやるぞ」
「感謝します。あぁただ、砂糖とミルクは結構。コーヒーそのものの味わいを楽しみたいもので」
ダクネスはまたも驚かされてしまう。
自分でさえ、コーヒーには、砂糖とミルクを少量入れるのに、自分より幼い少女が、ブラックで飲むのかと。
ただ、それも人の好みだろうと、快く承諾し、コーヒーを淹れに向かう。
ターニャは、心の高まりを抑えられずにいた。
まさか朝からコーヒーが飲めるとは思ってもいなかったのだ。
柔らかなベッドで、心地よい朝日を浴びながら起床し、本物のコーヒーを飲みながら、ゆっくりと朝を過ごす。
まさに自分が夢見た暮らしではないだろうか。
そんなことを考えつつ、ダクネスが淹れて持ってきてくれた、コーヒーを一口一口、ゆっくりと味わい、口に広がるその芳醇な香りを楽しみながら、朝を過ごしたのであった。
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幼女とロリっ子と時々ドM
□□□アクセル近郊□□□
「『エクスプロージョン』────ッッッ!!!」
めぐみんがそう言い放つと同時に、数十メートル先にある大岩が跡形もなく消し飛び、そこにはクレーターだけが残っていた。
ターニャ・フォン・デグレチャフは、驚きを隠すことが出来ず、目を見開いたまま、固まってしまう。
どうしてこのような状況になっているかと言うと、めぐみんに日課についてこないかと誘われたのだ。
モーニングコーヒーを楽しんでいると、起きてきためぐみんに誘われ、ダクネスと共に、アクセルから少し離れたここまで来たというわけだ。
ダクネス曰く、めぐみんの日課に他の人がついていくのは、いつもの事だそうだ。
「どうです?ターニャ。これが人類最大にして最強の攻撃魔法、爆裂魔法です!」
「いやこれは……、実に素晴らしいな」
この魔法を放っためぐみんの言葉に、ターニャはただ相槌を打つしかできなかった。
その威力は、ターニャ率いる第二〇三航空魔導大隊による一斉射撃よりも凄まじいもののように見えた。
ターニャが、エレニウム九十五式を用い、精神を汚染されつつ、最大火力の爆発術式を放ったところで、その威力に勝てるかどうかも怪しい程。
そもそも、ターニャがいた世界と、こちらの世界では、魔力が存在することは同じだが、その運用方法はまるで違う。
ターニャの世界で、魔力はより科学的に、科学に関連付けられて運用されている。
そして専ら対人用の軍事利用という方向に発展を遂げた。
一方、こちらの世界ではどうか?
こちらの世界では、主に初級、中級、上級魔法、あとは神の力を借りるという神聖魔法もあるようだが…、主にその3つに分けられる。
そして中級、上級となると一般的には対モンスター用の攻撃魔法として運用され、その力はより自然的なものだ。
例えば上級魔法にもなると、雷を落としたり、竜巻を起こしたりと、自然現象を発生させることができる。
つまり、ターニャの世界での魔導師は、ヘリコプター程度の兵器としての役割が関の山だが、こちらの世界の魔法使いは、一人で自然災害を引き起こせるという訳だ。
このような魔法の知識は、昨晩、カズマから聞いていた。
その際に天界の行き方も聞き、死ぬと行ける、むしろ死なねば行けないと言われ、天界に行くことは諦めていた。
ともあれ、こちらの世界の魔法について聞き、実際に見たターニャは、感服していた。
これだけの高威力のものを、精神汚染などというリスクなしで使えるのかと。
ターニャは、銃弾や砲弾が飛び交う世界で実際に戦争を経験して尚、人類最高の文明の利器は、シャベルだと信じて疑っていなかったが、こちらの世界の魔法を自分の世界に持ち込むことが出来れば、シャベルをも凌駕するのではないかとすら、考え始めていた。
しかしその考えは、リスクについて聞こうと、クレーターからめぐみんの方に視線を向けた時に、直ぐに消え去った。
「めぐみん殿、爆裂魔法が凄まじいのは分かったが、何かリスクが………、どうして倒れているので?」
「爆裂魔法は、その威力故、消費魔力もまた絶大なのです……」
「……つまりは魔力切れか」
「ダクネス、早くおぶって下さい。ずっとうつ伏せなのも辛いのですよ」
そう言うめぐみんをダクネスは、手馴れた手つきで、背負う。
その姿を見て、ターニャは、めぐみんが一人では日課に行かない理由が分かった。
そして、あれだけの高威力の魔法は、それに伴う魔力を消費するということが判明した。
魔力の運用は、魔導師にとって一番重要なことであり、魔力切れで倒れるなど論外である。
もし、そのような者が自分の大隊にいれば、問答無用で敵陣に取り残して、いや、敵に捕まり、情報を吐かれても厄介なので、頭に銃弾を一発プレゼントするだろう、などと考えつつ、やはり最高の文明の利器はシャベルであるという考えに、より確信を持つ。
しかし一方で、何故このパーティは、あれだけ暮らしに余裕のあるパーティになれたのだろうかという疑問が生まれた。
いや、とそこでターニャは自分の考えを否定する。
例え、勝手に他人の物を壊すバカや、一発で倒れてしまうような魔法を使う魔法使いがいたとしても、戦闘になれば、勝手なことをせず、周りをサポートしたり、他の魔法を使い、戦って───
「なぁ、めぐみん。日課で撃つ分には構わないが、やはり、冒険の時のために、何か別の魔法を」
「いやです」
前言撤回。
この分だと、あのバカもの、アクアも戦闘になったところであの調子なのだろうなと思い、何故このパーティは上手くいっているのかという疑問にさらに拍車がかかった。
「さぁ!ダクネス!早く屋敷に帰りましょう!そして今日も豪華な夕食にしましょう!」
「分かった、分かったから!頼むから上で暴れるのはやめてくれ!めぐみん、お前本当に魔力切れで歩けないのだろうな?」
「もちろんですとも。魔力切れで一歩も歩けません。そんなことよりも、ターニャ!今日は何か食べたいものはありますか?」
「いや、私は客人の身。食事に関しては全て貴殿らに任せるよ」
めぐみんに声をかけられ、ターニャの思考は、このパーティに対する疑念から、この世界の食事に関することに切り替わった。
昨晩、屋敷で蟹を食べた感想は、美味、その一言に尽きる。
ターニャとして生きてきた中で一番美味であったかもしれないと思えるほど、美味だったのだ。
なので、実際に食事に関しては彼らに任せるつもりでいたのだ。
できれば何か甘味はないか等と考えつつ、話題が今晩の食事になった、その時だった。
そいつは、けたたましい叫び声と共に現れた。
「一体何ですか!?」
「あれは、一撃熊だ!」
「一撃熊……?」
なんだその物騒な名前は、などと思いつつ、ターニャは叫び声のした方に目を凝らす。
するとそこにいたのは、まだ少し距離はあるが、ターニャが知っている熊という生物より、一回りは大きいであろう獣が、一心不乱にこちらに向かって駆けていた。
「どうしてあいつはこちらに向かってきているのだ!」
「恐らく、めぐみんの爆裂魔法で、眠っていたところを叩き起されでもしたのだろうな」
「何を呑気に分析しているのですか、ダクネス!私はもう今日は魔法を使えません!そんなこと言ってないで早く逃げますよ!」
「いや、めぐみんを背負いながらに加え、ターニャもいるとなると、逃げ切るのは厳しいだろう。ここは私に任せろ!ターニャ、めぐみんを頼むぞ」
そう言うとダクネスは、背負っていためぐみんを、ターニャの傍らに置くと、少し頬を紅潮させ、一撃熊の方へ走って向かっていった。
その姿を見て、ターニャは確信した。
このパーティは、彼女、ダクネスによって支えられているのだろうと。
一撃熊に向かう際に見せたあの頬の紅潮は、恐らくあの魔物との戦闘に対する喜びから。
つまり、彼女は、自分が率いる大隊連中と同種、バトルジャンキー、戦闘狂の類だろうと、ターニャは判断する。
なるほど、だからこのパーティは成り立っていたのだろう。
バカと一発屋を抱えていても、ダクネスが全て倒せてしまう、いや、倒してしまうのだろう。
ターニャの考えが正しいことを証明するかのように、置いていかれためぐみんも、特に心配している様子もない。
あの容姿で、バトルジャンキーとは、本当に人とは分からないものだな、などと考えつつ見ることができたのは、最初の数分間だけだった。
最初はよかった、いや、よく見えた。
あの巨体から放たれる一撃を、剣で受け止め、それを弾き、反撃する。
しかし反撃叶わず、剣は空を切り、再度熊の攻撃を受ける。
この調子を繰り返していたのだが、しばらくしてからターニャは、異変に気づいた。
ダクネスの動きが少しぎこちなく、そして攻撃は、躱されるでも、受け止められるでもなく、ただただ、毎回空を切っていた。
バトルジャンキーとして、わざと戦闘を長引かせているのかなどとも考えたが、それにしても攻撃がスカばかりだ。
なぜ攻撃を当てないのか……、いや当てないのではなく、当たらない?
そう気付いたと同時に、ダクネスの動きのぎこちなさの正体にも気付く。
それは、避けられるだろう攻撃も、避けずに、むしろ剣で受けようとしていたのだ。
この2点に気がついた時、ターニャの中で、とある考えが浮かぶ。
自分で考えておきながら、にわかには信じ難いものだったが、このパーティのメンバーであるなら有り得るなと、ターニャは思った。
そしてそれが正しいのであれば、少しの間でも同種だと考えてしまった、自分の大隊連中に謝罪せねばなるまいと思いながら、ターニャは拳銃を抜く。
そして、あまり使いたくはなかったなど思いつつ、貫通術式を込め、ダクネスと一撃熊が距離をとった一瞬をつき、銃弾を一撃熊の眉間にお見舞いした。
ターニャの目論見通り、魔物と言えど、頭を撃たれては死んでしまうらしく、発砲音と共に、頭を撃ち抜かれた一撃熊は、その場に倒れ伏した。
突然の事で、何が起きたのか理解できなかったダクネスだったが、ターニャが何かを構えている姿を見て、彼女が何かしたのであろうと気付き、剣を収めて、そちらの方へ向かう。
「せっかく一撃熊の重い攻撃をたのし………、コホン、いや………、助かった。礼を言うぞ」
「今楽しんでいたと言ったのか?」
「言ってない」
カズマ、もう少しパーティメンバーは考えて選ぶべきだぞと、心の中でターニャは呟いた。
記念すべき10話ということで、ここまで読んで下さった皆さん、ありがとうございます
恐らくこの辺りが折り返しで、あと半分か少し超えるぐらいだと思います
一応最後は考えてあるので、そこまでゆるーくつきあって頂けたらと!
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朝はお静かに
□□□屋敷□□□
パッパパッパラッパラッパパッパラッパパー
パッパパッパラッパラッパパッパラッパパー
「起きろ!!のろま!」
寝かけた俺の脳にガンガンと響く騒音、もといラッパ。
俺は思わず飛び起き、騒音の元凶に文句をいいつける。
「おい!五月蝿いぞ!今何時だと思ってるんだ!近所迷惑も考えて、外で吹いてこいよ!」
俺がそう文句をいいつけた先にいたのは、扉開けそこに呆れた様子で立っていたターニャだった。
「き、貴様……、一体どのような体内時計をしているのかは知らんが、今はもう昼だ。それに近所迷惑などとほざきつつ、外で吹いてこいとは、どういう了見だ?」
「冷静なツッコミどうもありがとう、ターニャさん。そんなことより、どこからそんなラッパ持ってきたんだよ?ていうか、どうしてこんなことするんだ?軍隊でもあるまいし、そんなラッパで起こさないで欲しいのだけど」
ターニャが、この屋敷に来て一週間。
エリス様から頼まれたということもあり、不自由させることはなかったはず。
他の奴らも、ターニャとはある程度仲良くなったみたいだ。
めぐみんの日課にも度々ついて行っているみたいで、むしろめぐみんが、ターニャの拳銃がカッコイイとうるさいぐらいだ。
ダクネスはダクネスで、ターニャのためにコーヒーの豆ばっか買ってくるようになり、紅茶の茶葉が不足して困っている。
そう言えば、最近アクアをみないな。
いつもなら、俺が夜食を食べる時に、酒を飲んでるか、一緒に夜食を食べたりしていたのだが、ここ数日は姿をみなかったな。
まぁとりあえず、ターニャに何か不満を感じさせる要素はなく、このような暴挙にでられる理由が見つからない。
「このラッパは、アクア殿から借りたものだが、それよりも佐藤和真。貴様は今、どうしてと聞いたのか?どうしてだと?それは愚問だな。私も客人の身として、あまり口を出すつもりもなかったのだが……、貴様の生活は目に余るものがある。自堕落すぎるのだ。働け!働くからこそ、休養があり、生活があるのだ!」
「なんだそんなことかよ。全力で断る。そもそも俺はこんな屋敷を持つぐらい金には困ってないんでね。それにこれからも商品を開発して、俺は不労所得だけで、自堕落に生きていくんだ!」
「呆れたものだな。高校生程度が大金を得てしまうと、こうも堕落するものか。商品開発とはいうが、それも結局は前世の記憶、二番煎じであろう?貴様の力で、金を稼ぎ、それで生活をしようとは思わないのか?」
「思わない!」
俺はそう言うと、布団を被り、中に籠った。
これは、無理やり俺を冒険に連れ出そうとするダクネスやめぐみんから、自分の身を守るために取得したスキル……ではなく、ただただ、布団の中に籠っただけなのだが、これにより何度も抵抗に成功している。
まさか、ターニャがあのようなことを言い出すとは思ってもいなかったが、この守りにはいってしまえば、どうもできまい。
「私に対してそこまで反発するか。このように反発されるのはいつぶりだろうか?士官学校時代か?いや、ラインでも反発するバカがいたなぁ。貴様もそいつらと同様に処分してやりたいところだが……、あいにく私は貴様の上官ではない。故に少し方法を変えるとしよう」
ターニャから放たれる言葉が、物凄く怖いんだけど!
俺は今から何をされるんだ!?
というか反発した奴らは一体何をされたんだよ!
俺は震えながら、声を絞り出し、抵抗を試みる。
「何するかしらないけど、俺に酷いことしていいのか!?俺はこの屋敷の主だぞ!」
しかし抵抗むなしく、
「そのような木っ端貴族みたいな言葉で私がひくとでも?聞くに耐えんな。さぁアクア君、そこで引きこもっている男に労働の大切さを教えてあげるのだ」
「はっ!」
俺が布団から少し覗くと、そこにいたのは、綺麗な敬礼をしたアクアだった。
まさに挙動は兵士のそれ。
そしてアクアは、小さく何かを唱えると、こちらに向かってきた。
こいつ支援魔法を自分にかけやがった!
「おいアクア!何手懐けられてるんだ!なぁやめてくれよ?俺とお前の仲だろ!?」
俺の呼び掛けにアクアは耳を貸さない。
さすがに支援魔法で強化されたアクア相手だと、分が悪すぎる。
かくなる上は、最終手段だ。
「アクア!今俺の言うことを聞いてくれたら、今度うまい酒をたらふく奢ってやる!」
「…………」
アクアの動きがとまった!
やはり酒には勝てないようだ。
このままアクアをこっちに────
「アクア君?まさか禁酒という私との約束を放棄するつもりかね?まさかそのような事はないだろうね?」
そのターニャの言葉で、止まっていたアクアが再び動き出す。
アクアが禁酒を約束するだなんて!?
ターニャは一体何をしたんだ!?
それよりも!
「アクア!まて、とまれ!アクア?あ、アクアぁぁぁぁ────」
その後何があったのかは、語ることは出来ない。
ただ、俺の悲鳴と共に、幼女の嗤い声が、響いたということだけ伝えておこう………。
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人の根性はなかなか変わらない
□□□ギルド□□□
「あーイテテ」
俺はわざとらしくそう言いながら、大きく肩を回す。
その声はギルドの喧騒にほとんど飲まれてしまうが、俺の周りにいる奴らには聞こえているはずだ。
「どうした、肩が痛むのか?日頃寝てばかりいるものだから、身体が固まってしまったのではないか?」
これが、俺の皮肉を皮肉と分かっていながら、笑顔で皮肉を返してくる幼女、ターニャである。
本当に可愛げのない幼女だ。
エリス様、俺はいつになったらこの幼女から解放されるのでしょうか。
「それにしても、カズマが一週間で屋敷から出てくるとは驚きだな」
「そうですね。いつもなら、あと一週間、いや二週間ほど籠っていてもおかしくありませんからね」
「俺だって出たくてでたんじゃねぇよ」
そう、本当なら今日も屋敷で英気を養う、もとい自堕落な生活を送っていたはずだったのだが………
恐らく、出会った頃から感じてたターニャに対する忌避感の正体はこれだったのだろう。
あいつは、生真面目すぎるのだ。
主に労働に対して。
俺と性格が合わないのは当然のことなのだ。
それにしても、俺と似たような考えのアクアを手懐けるとは、予想外だった。
今もターニャの斜め後ろに控えるようにして立っている。
「なぁ、どうやってあのアクアをこんな風にさせたんだよ」
「なに、少し労働の大切さを教えてやったまでだ。一ヶ月で使える部下を育成するより容易い事だったよ」
「お前の部下の心中をお察しするよ……」
労働の大切さをねぇ。
金持ちになって、自堕落な生活の楽しさを覚えたあのアクアに、そう簡単に教えられるものなのだろうか。
まぁもちろん言葉による教育だけでは、なかったのだろうが。
それでも、人に何を言われようが、変わらないのがアクアである。
ここは一つ、かまをかけてみるか。
「なぁアクア、お前その兵隊ごっこを楽しんでるんじゃないのか?」
「…………」
今こいつ、肩がビクッてなってなかったか?
俺は疑いの目でアクアを見つめ続ける。
「ジーーーーー」
「─────プイ」
あ!こいつ顔を逸らしやがった!
やっぱりアクアは、どこまでいってもアクアで、今も遊びの一つだったのか。
ということは、あと三日、いや二日ほど続けばいい方か?
なにあともあれ、あのターニャですら、アクアの根性は変えれなかったようだ。
「ターニャさん、あんたの教育はどうやらあいつには届いてなかったみたいですよ」
「……そのようだな。これは部下を育てるより大変な事だと訂正する必要があるかもしれんな」
アクアをそう簡単に変えられれば、俺も苦労はしなかっただろう。
俺はアクアがいつものアクアだということに少し安心しつつ、同時に、ターニャをもってしても、アクアを変えることは出来ないという事実に、アクアはどうしようも出来ないのかという諦めにも似た感情が芽生えた。
「ターニャ!こっちですよ!」
俺達がアクアについて話している内に、めぐみんとダクネスは先に、受付までいってしまったらしい。
今日ギルドに来た目的は、クエストを受けるということと、もう一つ、ターニャの冒険者登録だ。
なんでも、いつまでも他人の世話になっている事が許せないらしく、自分で生活費を稼ぎたいそうだ。
幼女は他人の世話になるべきだと思うのだが、ターニャの中身を知っているだけに、そう思う理由は分からなくもない。
それでも、俺なら甘んじて世話になるだろうから、やっぱりターニャとはつくづく性格が合わないなと感じるばかりである。
それにこの世界の冒険者は、せちがないから他のバイトとかで稼いだ方がいいと伝えたのだが、どうやら冒険者、とりわけ魔法に興味があるらしく、冒険者になることを譲らなかった。
であるならば、特に反対する理由もなく、冒険者登録に来た訳だが、
「お姉さん、こいつの冒険者登録頼むよ」
「えっと……カズマさん?どなたの冒険者登録ですか?」
「だからこいつのだって」
俺はそう言いながらターニャの頭の上に手を置く。
ターニャの身長は低いが、それでも受付のお姉さん、ルナから見えないわけではないだろう。
「私の頭の上に手を置くとはいい度胸だな?」
俺はその声を聞くやいなや、手をどけ、横目でターニャを確認する。
ターニャも横目で俺のことを見ているようだが、その目つきはかなり鋭い。
あまりにも置きやすい位置だったので、つい置いてしまったが、ターニャの機嫌をかなり悪くしみたいだ。
「悪かったって、こうした方がお姉さんも分かりやすいと思ってさ」
「あのーカズマさん、そちらの女の子を冒険者に?いくらカズマさんとは言っても、そのような少女を冒険者にするというのは………」
ルナからこんな少女を無理やり冒険者にさせようとするなんて、みたいな非難の視線を浴びせられる。
まぁ普通に考えたら非常識なのは十分に分かる。
さてどうしたものか。
「受付のお姉さん!ターニャはそんじゃそこらの幼女とは違うのです!なんとあの一撃熊を一人で倒すことができるのです!」
「めぐみんの言っていることは本当だ。もしターニャがいなければ、私は今頃……、今頃……カズマ!私は今頃どうなっていたのだろうか!?」
「しらねぇよ!ていうか一撃熊を倒したなんて初耳なんだけど!?ホントなのか?」
「あの熊のことか?あれならまぁ一発撃ち込んでやったが──」
「一撃熊を一撃で!?その話が本当なのであれば、冒険者になることを許可しても良いかもしれませんね」
ターニャがいつの間にか討伐していた一撃熊のおかけで、無事に冒険者登録はできそうだ。
ただ、拳銃って熊を倒せるほどの威力あったっけ?
そんな疑問を俺が抱えつつ、ターニャが魔道具に手をかざしていた時、不意に視界の隅で、手をこまねき、俺を呼んでいる人影を見つけた。
何故こちらに来ないのか、不思議に思いつつも、俺は人影の方に向かい、彼女の後をついて行くことにした。
□□□ギルド・裏手□□□
「こんな所まで呼び出して、どうしたんだよクリス」
「えっと、人がいない方がいいかなぁって思ってさ」
俺のことを呼んでいたのはクリス。
ダクネスの友達で、俺もいくつかスキルを教えて貰ったりした仲だ。
「そう言えばここって、俺がクリスのぱん───」
「あぁぁぁあー!もうその事は言わないで!」
「何だよ。勝負をしかけてきたのはクリスの方だろ?」
「そうだけど!私も反省して、もうあんなことはしてないの!」
そうここは、俺がクリスとスティール勝負をした場所である。
こんな所まで呼び出して一体何の用なのだろうか。
「そんなことよりも!今は大事な話があるの!私はね、敬虔なエリス教徒で、よく教会に行くんだけどね、たまにエリス様の声が聞こえる時があるの。で、今朝も聞こえて、カズマくんを教会に連れてきて欲しいって」
「え!?教会に行けばエリス様とお話できるの!?」
「今回はね!?エリス様も何か用事があるみたいだし、本来であれば忙しいから、敬虔な信者でも滅多に声は聞こえないんだよ!ところでキミは、エリス様に呼ばれることに心当たりはあるの?」
「エリス様とお話できるのかぁ、え?心当たり?心当たりと言えば……」
多分ターニャの事だろうな。
もしかしたら、ターニャを元の世界に返す方法がわかったのだろうか?
やっと俺はあの幼女から解放されるのか!?
「まぁ心当たりは、あるにはあるな。今日は冒険に行くだろうから、明日にでも教会に顔をだしてみるよ」
「なるべく早く行くようにしてね」
ターニャもなるべく早く帰りたいだろうし、明日の朝にでも教会にいくか。
「こんな所にいたのか。あー、………お邪魔だったかな?」
そう声を掛けてきたのは、ターニャだった。
どうやら登録を終わらせ、俺のことを探しに来たみたいだ。
何やら少し誤解しているようだが。
「別に密会ってわけでも───」
「私はしっかり伝えたからね!ちゃんと教会まで行ってね!それじゃ!」
ターニャが来るやいなや、クリスはそう言い残し、立ち去ってしまった。
まるで何かに怯えているかのようだったが……
「やはりお邪魔してしまったかな?」
「だからそんなんじゃないって!それよりも登録は済ませたのか?」
「あぁ先程済ませたところだ。どうやら私にはウィザードという職業に適性があったみたいでな。魔法とやらに興味があったのでな、丁度よかったよ」
「それは良かったな。ところで他の奴らは?」
「めぐみん殿達には、今日受けるクエストを選んでもらっているところだ」
「あいつらだけでクエストを選んでるのか!?」
俺はターニャの言葉に一抹の不安を覚えつつも、とりあえずやばいクエストを受ける前にめぐみん達と合流するために、少し急いでギルド内に戻って行った。
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天敵との命をかけたクエスト
□□□アクセル・近郊□□□
塩漬けクエストを選びそうだった馬鹿どもをギリギリで止めることができた俺は、ターニャもいるということで、初心に帰ることにした。
つまり、カエルの討伐である。
カエル、もといジャイアントトードは、その巨体故に人すら丸呑みしてしまうが、金属類を嫌うため、鎧を着ていれば食べられることも無く、比較的安全に討伐できるため、初心者向けのクエストなのだ。
「よしじゃあ今からカエルの討伐をするけど、今回ターニャは少し離れた所で俺達の動きを見ておいてくれ」
「見学ということか。本来であれば、そのような配慮は無用だと言いたいところだが……、私も冒険者としては教えを乞う立場だ。従うとしよう」
「そうしてくれ。一撃熊を倒せるとは言え、それは拳銃を使ってだろ?ウィザードとしては初心者だし、うちに魔法使い職がいないせいで、俺の初級魔法しか習得できてないしな」
「今少し聞き捨てならないことを言いませんでしたか?このパーティには、私というアーク・ウィザードがちゃんといるじゃありませんか」
「お前はただの爆裂魔だろ」
「そうですか!ではその爆裂魔の凄さをたっぷりと味あわせてあげますよ!」
「おまっ!ちょ、イタタタタ!」
「私はとりあえずあちらに向かっておくぞー」
めぐみんが俺に飛びかかってくる中、ターニャは俺の指示通り、少し離れた丘へ向かう。
俺はめぐみんに飛びかかられながら、ターニャともう1人丘へ行こうとする人影を見つけた。
「おいアクア。お前何しれっとターニャについて行こうとしてるんだ?お前はこっちだろ?」
「…………」
俺の問いかけに、アクアは無言の微笑みを返してくる。
「何言ってんだこいつ、みたいな顔をしても無駄だぞ。お前はこっちに来て一緒に討伐するんだよ!」
めぐみんが空気を読んで、どいてくれたおかげで、動けるようになった俺は、アクアの元まで行き、首元を掴んで無理やり引きずる。
「いーやーよ!いや!なんだかとても嫌な予感がするの!また食べられて粘液まみれになりそうな気がするの!」
アクアは、今まで黙っていたのが嘘かのように暴れだし、抵抗を始めた。
しかし俺は問答無用でアクアを引きずる。
「少し確認したいのだが、今から討伐するのは、弱い魔物ではなかったのか?」
アクアの異常な抵抗を目にしたターニャが、不思議に思ったのかそのような質問をしてきた。
確かに、こんな嫌がり方をしていれば、不思議に思うのも無理はない。
「あぁ、初心者向けの魔物だよ。だから安心して見ていてくれて大丈夫だぞ」
「そうか。悪い、手間を取らせた」
そう言うと、ターニャは一人、少し離れた丘へ再び歩みを進める。
さて、ここからは俺らの見せどころである。
「それでカズマ、今回はどのような作戦でいくのだ?」
「正直、カエル相手に作戦も何も必要ないと思うんだが……。そうだな、まずめぐみん、向こうで集まってる三匹を爆裂魔法で頼めるか?」
「お安い御用です!カズマが爆裂魔呼ばわりしたその威力をとくと見せてあげますよ!」
「おう頼んだぞ!ダクネスは、めぐみんが詠唱している間、念の為カエルが寄らないように注意しておいてくれ」
「いつも通り盾役という訳だな。必要とあらばこの身を盾に………」
「……とりあえず任せた。アクア、お前はめぐみんの近くで待機だ。それから爆裂魔法を放っためぐみんの回収な」
「それだけでいいの?てっきりカズマさんのことだから、囮でもやれ!って言い出すと思ってたんですけど」
「さすがにそんな鬼じゃねぇよ。俺は少し離れたところで、周りを俯瞰しつつ、弓でサポートでもするから。じゃ各自位置についてくれ」
俺のその言葉で、めぐみんは詠唱の準備に、ダクネスはカエルとめぐみんの間に立ち、アクアはめぐみんの少し後ろに向かう。
そして俺は、全体が見えるように少し離れた場所へ。
俺が位置に着いた頃には、めぐみんの詠唱が終わったようで、杖を目的のカエル三匹に構えていた。
「『エクスプロージョン』─────ッッッ!!!」
めぐみんがそう唱えると同時に、カエルを中心として爆発が起こった。
上空に爆炎が立ち上り、爆風が駆け抜ける。
カエルが標的だったとは言え、今回の爆裂は中々のものじゃないだろうか。
95点はあげてもいいかもしれない。
「どうです!?カズマ!今の爆裂は!」
「良かったんじゃないかー」
「そうでしょう、そうでしょう。カエルなんて私の相手にならないのです。さぁアクア、早く私を回収して下さい。…………アクア?」
めぐみんは、爆裂魔法を放ち、魔力切れで倒れているせいで、状況が分かっていないらしい。
親切な俺は状況を教えてあげることにした。
「アクアなら、お前の爆裂魔法の衝撃で、土から出てきたカエルに食べられたぞ」
「な!?」
俺の位置からは、しっかりとアクアの真後ろからカエルが出てきて、アクアが一言も声を出す間もなく、食べられるところがみえていた。
「ダクネス!ダクネスはどこですか!?」
「ダクネスなら、剣を捨ててカエルを追いかけまわしてるよ」
俺の位置からは、しっかりとダクネスがカエルに相手にされずに、剣まで捨てて追いかけている様子がみえていた。
「カズマ!早く私を!すぐ後ろにカエルが迫っている気がします!そんなところに───ムグッ」
「俺が食べられたら、誰がお前達を助けるんだよ。ってもう聞こえてないか」
そう、これは全て計画通り。
めぐみんの爆裂魔法につられて、新手のカエルが出てくるなんて何度も経験したことだ。
幸いカエルは、食べている時は動きが止まるため、そこをついて倒す。
新手も三匹だけなので、アイツらが足止め……、まぁ一匹は追いかけ回されているが、当分こちらにはこないだろう。
その間にアクアとめぐみんを食べているカエルを討伐するとしよう。
「カズマ、少し聞きたいのだが、これが普通の冒険者なのか?」
そう尋ねるのは、いつの間にか俺の近くまで来ていたターニャ。
あまりの惨状に不安になったのかもしれない。
まぁ誰でもこんな状況は、普通には見えないだろう。
「まぁ、俺達にとってはいつも通りかな」
「なるほど、俺達にとっては、か。ならば最後まで見届けるとしよう」
そう言い残すと、ターニャはもといた場所に戻り、俺はアクアとめぐみんを食べているカエルの下へと向かっていくのであった。
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常識なんて犬も食わない
ターニャの初クエスト。(見学のみ)
カズマの経験則に基づく、効率的作戦によりクエスト達成。
重軽傷者:0名 粘液まみれ:2名
□□□ギルド□□□
「もーやってられないわ!酒よ酒!今日はたくさん飲むわよ!」
そう言いながらアクアは既に、ジョッキを呷り、酒で喉を潤していた。
「今朝は禁酒をしていると聞いた気がしたんですけど、いいんですか?ターニャさん」
カズマはそんなアクアを横目に、ターニャへと疑問を投げかける。
「私とて、丸呑みされたその日に禁酒を求める程、鬼ではないさ。そもそも私が禁酒を求めたのは、働かずして酒を飲み、怠惰な生活を送っていたからだ。しっかりと労働をする者に対して、飲酒や娯楽を辞めるように強要するつもりは微塵もないよ」
そうですかいと、空返事を一つ返し、カズマもクリムゾンビアを一口飲む。
ターニャ達一行は、クエストを終え、報告と共に夕食を食べるためにギルドへ来ていた。
しかしそこでターニャは、一つ驚くことになる。
それはこの街の名物が、カエル肉だということ。
それもただのカエル肉ではなく、今日クエストで討伐した、ジャイアントトードなる魔物のカエル肉なのだ。
それを唐揚げにして食べるのが、この街では普通らしく、確かに軽く周りを見渡すだけでも、それらしいものを食べている人を見つけることは出来た。
それにターニャとて、特段カエル肉が嫌いな訳ではなく、食用のカエルが存在していることも知っている。
なので、薦められるのであれば、もちろん食べるが、そのサイズ、人間を簡単に丸呑み出来るほどの巨体故に、少々の忌避感を覚えたターニャは、一応の付け合せとして、野菜スティックも一緒に注文した。
しかしその忌避感は直ぐになくなった。
カエルの唐揚げが運ばれ、カズマ達がなんの躊躇いもなく食べる姿を見て、ターニャもカエル肉に齧り付く。
瞬間口の中に広がるのは、肉厚なカエル肉から溢れる肉汁。
外の衣はカリッとしており、思わず、二口、三口と頬張ってしまう。
それはまさに名物の呼ぶに相応しいものだった。
「その様子だと、カエルの唐揚げを気に入ったようだな」
そう話すのは、自身もカエル肉を片手に持ちながら頬張っているカズマ。
「あぁ、この街の名物というのも納得だ。ただ、私にとっては少しばかり大きすぎるがね」
このカエルの唐揚げがこの街の名物たる所以は、味だけではない。
それは安価でボリューミーなところである。
ギルドの食事は、たいていが冒険者向けのため、ほとんどの場合は喜ばれるが、ターニャの場合はそうではなかった。
それもそのはず。ターニャはその齢故に、体躯も人より小さい。
なれば、胃袋も小さいのは当たり前のことであり、そんなターニャにとって、冒険者向けの食事はいささか、多すぎるのである。
また、日頃より油物に慣れていないターニャにとっては、胃もたれを起こすには十分なものであり、直ぐに付け合せで頼んでおいた、野菜スティックが恋しくなるのは必然なことであった。
箸休めとばかりに、野菜スティックへ手を伸ばすターニャ。
色々な種類の野菜がスティック状にカットされており、一瞬どれを食べようか悩むが、結局一番手前のものを摘む。
………が、その摘もうとした指は空をきった。
確かに摘んだと思ったその野菜スティックは、まるで摘もうとした指を躱すかのように動いた……ようにターニャの目には見えた。
もちろんそんなはずがある訳もない。
「こちらの世界に来てから、なかなか快適な生活を送れていると思っていたが、存外疲れが溜まっているのかもしれんな」
誰に言うでもなくそう一人呟くと、一度、目を擦り、再び野菜スティックへと手を伸ばす。
しかしながら結果は同じ。
またもやターニャの指は空をきった。
一度ならず二度までも同じことになり、さすがに原因は自分でなく、野菜スティックの方にあるのではないかと、観察するも、特に変わったところは無い。
そんなターニャの悩みを知ってか知らずか、伸びてくる手が一つ。
「食べないのなら、一つ頂きますね」
そう言いながら、机を軽く叩き野菜スティックを何事もないかのように一つ摘み、食べるめぐみん。
「おい、めぐみん。人のものを食べるだなんて行儀が悪いぞ」
そんなめぐみんに注意するのは、ダクネス。
しかしめぐみんは、何処吹く風と野菜スティックをポリポリと食べる。
「いや、気にしないでくれ。どうせ一人では食べきれんからな」
「ほら、ターニャもこう言ってますし」
「はぁ、すまんなターニャ。……その食べきれないのであれば、私も一つ貰ってもいいだろうか?」
ターニャがもちろんと答えると、ダクネスもテーブルを軽く叩くと、その後野菜スティックに手を伸ばし、口へと運ぶ。
その様子を見て、ターニャも再度、野菜スティックへ手を伸ばすが、やはり摘もうとした指は空をきる。
二度ならず三度までも、掴み損なったターニャは、まるで野菜スティックにコケにされているかのように感じ、苛立ちのあまり身体をワナワナと震えさせてしまう。
後一歩のところで叫び声を上げそうだったが、文明人であるターニャの理性がそれを留めた。
そしてこの世界とは別の常識を知っているであろう、隣の男に問いかける。
「カズマ、この世界の野菜は、もしかしてだが、動いたりするか?」
「何言ってんだよ、新鮮な野菜は動くに…………」
そこまで言うとカズマは、言葉を詰まらせた。
不思議に思い、ターニャがカズマの顔を覗くと、そこには青ざめたカズマの顔があった。
「……すまない、ターニャ。俺はこの世界に長くいたせいで毒されてしまったようだ。野菜が動くなんて普通ありえねぇよな……、ハハハハ」
「ということはやはり……?」
「あぁ、この世界の野菜は……、動く」
その後ターニャは、カズマから野菜スティックの食べ方、机を軽く叩き、野菜を怯ませたところで摘んで食べることや、この世界の野菜について、収穫前の野菜は人に食べられまいと、襲ってくることなどを聞き、野菜スティックが動いていたように見えた自分が正常だったことに安心しつつも、野菜という食べ物に恐怖心を抱いたのは言うまでもない。
バナナチョモランマの乱に巻き込まれて、投稿が遅れました。
………というのは冗談です。
あ、バナナチョモランマの乱というのは歌で、まだ聴いたことがなければYouTubeで是非聴いてみてください。
アニメの幼女戦記が好きな方には、特にオススメしておきます。
というのはさておき、今回投稿が遅れたのは、単に春休みになり、登下校という執筆時間が失われたわけでありまして……
ただ、幼女戦記12巻が先日発売されて、読んでいるうちに、書かねばと思い至り、現在に至ります。
次話はもう少し早く書いてみせます(予定)
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教会は祈るところです
□□□エリス教教会□□□
ターニャの初クエストを終えた次の日。
俺はクリスに言われた通り、エリス教の教会に来ていた。
クリス曰く、エリス様が俺を呼んでいるらしい。
「死なずしてエリス様とお話ができるだなんて……!」
俺はそんな期待を胸に抱きつつ、教会の扉を開け、中に入る。
本来クエストを行った翌日は、屋敷でゴロゴロするに限るが、今日はエリス様と話した後にゴロゴロすると決めたのだ。
……ただ、実際に教会に来てみたものの、どうすればエリス様とお話できるのか。
やはり教会らしく、片膝をつき、祈りを捧げるのか?
『エリス様。言われた通り、佐藤和真が来ましたよ』
傍から見れば、俺も敬虔な信者のように見えるのだろうか等と考えつつ、数秒待ってみるが、特に何も起こらない。
今になって、教会に行ってどうすればいいのかをクリスに聞いておけば、良かったと後悔していたその時だった。
『……フフフ、ちゃんと敬虔な信者のように見えますよ?』
「エリス様!?」
俺はその聞こえてきた……というよりも、頭に直接響いたような声を聞いて、思わず声をあげてしまった。
それは紛うことなきエリス様の声だったのだ。
『カズマさん、カズマさん。そこは教会ですよ?教会ではお静かにして下さいね?それに声を出さずとも、先程みたいに心の中で念じてくれれば、私にはちゃんと聞こえていますので、安心して下さいね』
その声はやはりエリス様だったらしい。
突然声をあげた俺を不審な目で見てくるエリス教のプリーストの人に、俺は軽く会釈をして誤魔化しつつ、今度は言われるがまま、心の中でエリス様に話しかける。
『本当にエリス様なんですね!?死なずしてエリス様と話ができるだなんて……俺感激です!』
『今回だけ特別ですよ?本来であれば無宗教で信仰心のないカズマさんに私の声を届けることなんてありませんからね?』
この前俺が天界で話したことを少し根に持っているらしいエリス様は、そんな恨み言を口にするが、そういうところがやはりこの世界のヒロインだと、俺は改めて実感した。
『俺……エリス様の為なら、毎日でも教会に通って祈ります!』
俺の軽口は、しかしながら、エリス様に軽く流されてしまう。
『そんな無理はなさらなくていいのですよ?それよりも、そろそろ本題を話しましょう』
『エリス様がそういうのなら……、ターニャのことですよね?』
『はい、その通りです。あれから私の方で色々と調べてみて分かったことがあるのですが………、聞いて驚かないで下さいね?』
『あいつが異世界人ってことですか?』
『はい、そうです。彼女はいせか………って、えぇぇ!?知っていたのですか!?』
『えぇ、まぁ。ターニャを預かったその日に聞きましたよ』
俺がそう答えると、小さなため息が一つ聞こえてきた。
『……そうだったのですね。私が何日も調べたことを………、いえ、まぁ知っていたのであれば、話が早いですね。彼女を元の世界に返す方法についてです』
『返す方法も分かったんですか!?』
さすがは本物の女神といったところか。
どこぞのポンコツ女神と違って、仕事が早い。
『結構頑張ったんですからね?ただ、返す方法と言っても具体的には分かっていないのですが……』
『と言うと?』
その後エリス様は、ターニャの元の世界への返り方を教えてくれた。
なんでもターニャは、なぜだか分からないが、異世界の神と微弱にも繋がっているらしく、もしその繋がりを強くすることができれば、その力によって元の世界へ帰れるのではないだろうか、とのことだった。
「神の繋がりって……、確かに具体的には全然わかんねぇなぁ。まぁ一応、ターニャには伝えておくか」
俺は教会を出て、せっかくなら外泊でもしようかと悩んだが、まだ午前中だったことを思い出し、やっぱり屋敷へ帰ることにしたのだった。
前話の後書きの宣言通り、なるべく早く投稿出来たことを嬉しく思います。
………はい、短いですよね。
今に始まったことでは無いので、お許しを……。
次話も早めに投稿出来ると思います。(多分)
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ギルド受付の悩み
カズマがエリス教の教会に行き、エリス様とお話しした。
□□□ギルド□□□
カズマがエリス教の教会に赴いていた頃、ギルドの受付、ルナはいつも通り仕事をこなしていた。
朝一番のクエストの受付、前日のクエスト達成率の計算など、朝からすることは多い。
他にも───
「よぉ、ルナ。なんかワリのいいクエストねぇか?」
荒くれた冒険者達の相手も彼女の仕事だ。
「ダストさん、胸ばかりをジロジロと見るのはやめてもらえますか?」
「そんな冷てぇこと言うなよ。減るもんじゃあるまいし。それよりもクエストだ、クエスト。なんか受けただけで大金が貰えるクエストとかねぇのか?」
このダストという冒険者は、アクセルの街でも有名なチンピラ冒険者で、今回もそのようなクエストはないと分かっていながら、暇つぶしにやって来たのだろう。
「そのようなクエストはありません。そんなことよりもダストさん。そろそろギルドの酒場に溜まったツケを────」
「おっと、もうこんな時間か!俺は用があるから今日は帰らせてもらうぜ!」
そう言うとダストは、足早に受付から離れ、ギルドの扉へと向かう。
しかしながら、ダストが扉へとたどり着く前に、その扉が勢いよく開かれる。
「こんなところにいたのね、ダスト!」
扉を開けたのは、ダストの冒険者仲間である、ウィザードのリーン。
その表情は酷く険しい。
「げ!リーン!?」
「あんた、今日という今日は、溜まった借金を返してもらうからね!」
リーンに追いかけられたダストは、ギルドの裏口から出て行き、ギルドは静けさを取り戻し───
「クリムゾンビアもう一杯!」
「こっちにも持ってきてくれ!」
静けさを取り戻すことはなかった。
まだ朝だというのに、否、もう朝だというのにギルドの酒場には少なくない冒険者が酒を飲んでいる。
普段であれば、この時間にはほとんど人が居なくなっていたのだが、最近はこの時間になってもまだ酒を飲んでいる冒険者が増えてきたのだ。
それもこれも、ここ始まりの街アクセルには不釣り合いな大物賞金首の討伐が関わっている。
魔王軍幹部や機動要塞デストロイヤーを討伐したこの街の冒険者は、例年になく懐が温まっており、クエストに行く必要がないのだ。
更には何故か「働いたら負け」などという、風潮が広まっており、この街のクエスト達成率は落ちていく一方なのだ。
このままではギルド上層部から睨まれ、ルナ達ギルド職員の減俸の可能性もあり、ルナは非常に頭を悩ませていた。
「はぁーーーー」
ギルドの現状に深い溜息をついたルナは、その目の端でギルドの扉が開かれるのを捉えていた。
そこから入ってきたのは、荒くれた冒険者が集まる冒険者ギルドには縁のないような、小さな体躯をした幼女だった。
その姿を見るやいなや、ルナは受付から離れ、その幼女の元へと向かう。
「ターニャさん、わざわざ足を運んで下さり、ありがとうございます」
ターニャは小さくお辞儀すると、ルナと挨拶を交わす。
「私とて一冒険者の身。ギルドからの呼び出しとなれば赴くのが当然です」
ルナは軽く挨拶を交わしただけだが、改めてターニャの知能の高さを思い知った。
紅魔族という生まれつき知能が高く、アークウィザードの素質がある種族がいるが、彼らと違い、礼儀正しく品性がある。
幼女なのだが、その年の差を感じさせない程である。
「それはそうと、今日はどのような要件で?」
ターニャに要件を問われたルナは、ターニャについての考察をやめ、要件を話始める。
「ターニャさんを見込んで、お願いがあるのです」
ルナがターニャを呼んだのは、このギルドの現状を変えるため。
ターニャという幼女に望みをかけたのだ。
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悪魔からの贈り物
□□□ウィズ魔道具店□□□
ターニャが扉を開けると、紫色の衣服に身を包んだ店主が朗らかな笑顔で出迎える。
「いらっしゃいませ。あら、ターニャさん。今日はお一人なんですね」
ウィズの出迎えに対し、ターニャは軽く挨拶を返す。
この店の店主、ウィズは一見人の良さそうな顔をしているがその正体は人ではなく、リッチーである。
過去の過ちを戒め、警戒を怠ることのなくなったターニャには、その人間離れした魔力が、ひしひしと伝わっていた。
しかしながら問題が一つ。
それはこの店の近くに来るまで感じていたもう一つの魔力反応を捉えることができないことである。
「ウィズ殿、一つ伺いたいのだが、バニル殿はどちらに?」
ターニャの質問に対し、ウィズは特に何かを答えることはなく、キョトンとした表情を浮かべるだけであった。
ターニャは、何故ウィズがそのような反応をしたのか一瞬考え込むが、直ぐにその答えに気づいた。
「ギルドから厄介な仕事を頼まれた憐れな者よ!我輩ならずっと貴様の後ろにいたのだが、気づかなかったのか?フハハハハハハ!」
ターニャの質問に対し、ウィズがあのような反応を見せた答えは単純、ウィズの視界では、バニルをしっかりと捉えており、どこにいるのかという質問の意図が分からなかったのである。
「バニル殿、いちいち私の後ろに立つのはやめてもらえないだろうか?」
「ふむ、確かに貴様からは我輩好みの悪感情は得れそうにないか」
「ついでに言わせてもらうと、私の頭の中を勝手に覗くのもやめて頂きたいのだが?」
「我輩を何の悪魔か忘れたのか?世の中を全てを見通す悪魔であるぞ?」
バニルはそう言うと、ターニャの顔に仮面をつけた顔を近づける。
「やはり貴様は中々興味深い。どうだ我輩と契約をせぬか?あの成金小僧よりも儲けさせることを約束するぞ?」
「生憎だが、私は神はもちろん悪魔を語る輩も信じないと決めているのでな」
「あんな奴らと同列に考えられるの些か癪ではあるが、仕方がなしか」
バニル残念そうな表情を浮かべつつも、まるでその回答は想定内だと言いたげな表情を浮かべ、どこからともなく小さな何かを取り出すと、それをターニャに向けて放り投げる。
ターニャは反射的にそれを受け取った。
「これは………」
「それはこの世に一つしかない携帯ストラップ型ミニバニル人形であるぞ!まぁこの世界には携帯なぞないのだがな!フハハハハハハ!」
ターニャの手元にあるのはまさに、ターニャが前世でいくつも見てきた携帯ストラップそのものであった。
「どうしてこれを私に?」
「それを持っていれば、貴様にふりかかる不都合を一つだけ取り除くであろう!大事に持っておくがよいぞ?」
ターニャは不審に思いつつも、それを懐にしまい、ウィズ魔道具店を後にした。
それを見送る、ウィズとバニル。
そしておもむろにウィズが口を開いた。
「バニルさん、あの人形あげちゃってよかったんですか?魔力をかなり込めて作っていたみたいですけど」
ウィズの言葉に、バニルは何も答えず、ターニャが出ていった扉をそのまま見つめている。
「………バニルさん?」
しばらくしてから、ゆっくりとバニルはウィズの方に振り返る。
その目不審に紅く光っていた。
「時に貧乏店主よ。我輩がポーションを仕入れるために金庫にしまっていた金をどこにやったのだ?」
「そういえば!この前とてもいい魔道具を見つけたんですよ!それの購入資金に使わせて頂きました!」
とてもにこやかに笑うウィズに対し、バニルの目は更に紅く光る。
「……えっと、バニルさん?そのどうして殺人光線の構えを?バニルさん?ば、きゃぁぁぁぁぁ!!」
その後しばらく、ウィズの悲鳴が響き続けた。
来週も週末に投稿できるように頑張ります。
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チンピラ冒険者の悲劇
□□□アクセル□□□
彼は走っていた。
走り、そして恐怖していた。
どうしてこなってしまったのかと。
「くそ、全部あいつのせいだ!」
金髪のチンピラ冒険者は一言、悪態をつくとこの状況を変えられるかもしれない、唯一の男の元へむかうのであった。
□□□アクセル・屋敷□□□
俺は考えていた。
考えながら、耳を塞いでいた。
どうすれば、この見てくれだけは良い、ポンコツ2人を黙らすことを出来るだろうかと。
「カズマ、そろそろクエストに行きませんか?」
「そうだぞ、全く家から出ずに、ゴロゴロとしているだけではないか」
たった数日部屋に篭っていただけで、この騒ぎだ。
「かれこれ1週間も部屋に篭もりっきりじゃないですか」
数日ではなく、1週間だったみたいだが、大した差ではない。
それに篭もりっきりではなく、ちゃんと外に出掛けている。
「夜中に屋敷を抜け出して、酒を飲み歩いているのは、出掛けているうちには、はいらないぞ」
一瞬俺の思考が読まれているのかと動揺したが、冷静な俺は平常心を取り戻す。
そして、俺はこの状況を打破すべく、2人の矛先をもう1人のサボり魔に変えるべく、誘導する、
「俺じゃなくてまず、ソファーでずっと寝転がってるアクアを説得しろよ」
しかしながら俺の作戦はすぐに失敗する。
「既に説得済みだ。だが、アクアも頑なに冒険に出ようとせずに困っているのだ。それでカズマの力を借りようとだな」
確かにアクアを動かすためには、テコを持っていくより俺が行った方が早いだろう。
しかし、俺も自分の部屋を出る気はない。
「ターニャがいる間は、あんなに素直に冒険に行っていたのに…。どうしてしまったのですか!?」
「ターニャがいたから、仕方がなく行ってたんだよ!毎日毎日ラッパを吹かれて起こされてたらそりゃ行きたくなくても行くしかないだろ!」
「いきなり怒鳴られるとは………。知らないうちにストレスを抱えていたみたいですね。ね、ダクネス……、ダクネス?」
「はっ、いや、理不尽に怒鳴られるのもいいものだなと…」
若干1名興奮しているやつはおいておき、いきなり怒鳴ってしまったことを後悔しつつも、しかしながら、ラッパで起こされる生活を思い出すと、自分の不満も妥当なものだと納得する。
そんなラッパで起こしてくるターニャが、何やらギルドの仕事を手伝うらしく、住居もギルドが用意してくれたところに移ると言い残し、この屋敷から出ていったのだ。
そして俺は、ラッパで起こされ冒険に無理やり連れていかれた日々の疲れを癒すべく、今に至るのだ。
なので俺はもう暫くは、屋敷を出るつもりはない。
その決意をめぐみん達に伝えようとした時、屋敷の扉を激しく叩く音が聞こえ、すぐに聞きなれた声が聞こえてきた。
「おいカズマ!いるんだろ!?どうにかしてくれ!」
□□□アクセル・ギルド□□□
「ねぇカズマ。私凄く嫌な予感がするんですけど」
そう呟くのは、俺の後ろに隠れてコソコソしているアクアだ。
こいつを屋敷に1人置いてくるのは不安だったので、無理やり連れてきたのだが、いきなりフラグを立てられると、連れてきたことを後悔してしまう。
「カズマ、お前だけが頼りだからな。しっかり頼むぞ」
そして俺の後ろに隠れているやつがもう1人。
「なんでお前まで俺の後ろに隠れてるんだよ!」
「そりゃなんでたって、あいつにみつからないようにだな───」
俺の後ろに隠れているダストが、なにやら説明をしている最中に、さらにその後ろから、聞き覚えのある高い声が聞こえてきた。
「これはこれは、カズマではないか」
その声は聞き間違えることの無い、ターニャの声だった。
俺はその声を聞き振り返る。
すると、俺の後ろにいた2人は瞬時に、振り返った後の俺の後ろに回った。
「よぉ、ターニャ。元気そうだな」
「そういうカズマは、相変わらず屋敷に篭もりっぱなしのようで?」
俺は少し動揺したが、話題を変え、本題に入ることにした。
「そういえば、なんだかギルドがお前のせいで大変な事になってるって聞いたんだが、一体何をしたんだ?」
「大変なこと……?私はあくまで、ルナ殿に頼まれた事を遂行したまで。むしろ今の方がクエスト達成率もあがった。そんなガセを吹聴するのは一体どこのどいつ………あぁ君か、ダストくん」
「ひぃっ!」
ターニャに睨まれたダストは、まさに蛇に睨まれた蛙。
俺を盾にして、背中に隠れる。
どうやらダストも、相当トラウマを植え付けられたみたいだ。
「違うんだカズマ!こいつが来てから、最初は新人冒険者だけだったが、次第に俺の飲み仲間や、ついにはキールまでもが変わっちまったんだ!」
「私は働くことの意義と大切さを教えたにすぎん。そんなことよりもカズマ、その後ろに隠れているやつを私に引き渡してくれ」
「おいカズマ!俺の事を見捨てたりしねぇよな!?」
俺はターニャとダストを交互に見やる。
そして───
「おいカズマ!このやろう!おめぇなんてダチでもなんでもねぇ!」
俺はダストを引き渡し、ギルドを後にした。
「ねぇカズマさん?もし私だったらちゃんと庇ってくれてたわよね?………どうして何も答えてくれないの?ねぇカズマさん?カズマさぁぁん!!!」
隣で喚くアクアを無視しながら、俺はもう暫く屋敷で閉じこもっておこうと決めたのであった。
このすば原作、最新巻にして最終巻が発売されましたね。
昨日気づいて、今朝にはもう2週目を読み始めました。
カズマ達の掛け合いがおもしろすぎて、終始にやけがとまりませんでした、という報告だけ残しておいて、後書きとします。
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帝国の龍-1
□□□アクセル・屋敷□□□
誰かが俺の部屋に近づいてくる足音がする。
足音から察するに、おそらく目的地は俺の部屋。
大方、めぐみんかダクネスのどちらかが、俺を冒険に連れていこうとやってきたのだろう。
今日はどうやって追い返してやろうかと考えつつ、俺は布団にもぐり防御体勢を整えた。
そして案の定ドアノブに手がかかり、部屋に入ってきたのは───
「カズマ!冒険に行くわよ!」
俺の予想に反し、青髪の自称美人プリーストのアクアだった。
「どうしてお前が来るんだよ!お前はこっち側のはずだろ!?」
「はぁ?あんた何馬鹿なことを言っているの?私達は冒険者なんだから、冒険に行くのが当たり前でしょう!」
普段のアクアであれば、こんなことは言い出さない。
間違いなく何か裏があると気づいたが、その答えは遅れてやってきためぐみんとダクネスによってすぐに判明することになった。
「ターニャが居なくなってから、散財のしすぎでお小遣いが底をついたみたいですよ」
「今日は3対1だぞ。これでも冒険に行かないと渋るつもりか?」
ダクネスの言葉を聞き、俺は1度布団の中に戻り、大きなため息をついた。
そして、布団からでて、
「しょうがねぇなー」
一言そう言い、冒険の準備を始めるのであった。
□□□アクセル・ギルド□□□
俺達は今、クエストを探すために掲示板の前に立っていた。
俺はとりあえず新人冒険者向けのクエストを探し、いつも通りカエルの討伐クエストを取ろうとした時、その隣にいつもは見かけないクエストを見つけた。
「新人冒険者対象冒険訓練クエスト?」
俺のつぶやきを聞き、他の皆も興味を示したのか、俺が手にした依頼書を覗き込む。
その依頼書には、こう書かれていた。
『新人冒険者対象
新人冒険者3~5パーティで行う
アクセル近郊の森のとある地点まで進み、そこで夜営した後、アクセルへ帰還
クエスト達成条件:参加し帰還すること
その他、道中倒したモンスターに応じ別途報酬有り
担当官及び中級冒険者同行
※中級冒険者は、別に募集用紙有り
依頼主:アクセルギルド 補助職員 ターニャ・フォン・デグレチャフ』
「参加するだけで報酬が貰えるなんて、お得なクエストね」
アクアの呟きに誰もが頷く。
「俺らの時もこんなクエストがあればなぁ」
俺はそう言いながら、冒険者になりたての頃を思い出していた。
冒険者といいつつ、土木工事をしたり、クエストを受けてみたら、巨大カエルに追いかけ回されたりと、ろくな思い出がない。
……だが少し待てよ。
このクエストの発注はギルドではなく、ターニャだ。
おそらくろくなクエストじゃなさそうだ。
「それもそうですけど、私達はもう立派な冒険者です!どうせならこっちの新人冒険者に同行する中級冒険者用のクエストを受けてみてはどうですか?」
そう言いながらめぐみんは、中級冒険者用の募集用紙を俺に手渡す。
それを受け取ると、ほぼ同時に後ろから声を掛けられた。
「そちらのクエストは今朝、定員が集まり出発したばかりなので、現在は受け付けておりませんよ?」
声を掛けてきたのは、受付のお姉さん、ルナだった。
「そちらのクエストは、好評で募集をかけるとすぐに定員が埋まってしまうんです。なので早めの受付をオススメしていますが………」
そこまで言うと、ルナは言葉を詰まらせた。
何やら少し気まずそうだ。
「どうかしたのか?」
「……その、カズマさんのパーティが中級冒険者として同行されるのはちょっと……」
俺はそこまで聞いて、ルナが何を考えているのかを察した。
中級冒険者の役割は、言わば護衛だ。
そんな護衛に、爆裂娘やドMクルセイダー、ましてやトラブルを持ち込む駄女神がついて、新人冒険者達を守れるわけがない。
俺はそっと中級冒険者用の募集用紙を掲示板に戻した。
そして改めて掲示板を見回し、ある事に気がついた。
「なんだかクエスト少なくないか?」
「確かにそうね。あのデュラハンが来た時程じゃ無いけれど少ないわね」
俺達の疑問に答えてくれたのは、ルナだった。
「申し訳ありません。現在多くの冒険者方が積極的にクエストに取り組んでおりまして、どんどんクエストがなくなっていってるんですよ。それもこれもターニャさんに仕事を頼んでからのことでして、ギルドとしては嬉しい限りです」
いつもの営業スマイルとは違い、今のルナは心から微笑んでいるかのようにみえた。
実際ギルドを見渡すと、いつもは飲んだくれしかいない酒場も、今は情報交換や作戦会議など、活気に溢れている。
「そういえば、貴族の間でも話題になっていたな。最近アクセルの街の冒険者が活躍していると。いつもは怠けきっているこの街の冒険者が本当にここまで活発に働いているとは、信じ難いものだ」
ダストが、皆変わってしまったと騒いでいたが、特に問題はなさそうだ。
まぁダストには居心地がわるいだろうが。
ギルドが変わったとしても、俺たちに出来ることは変わらない。
なので、俺はアクアが持っている白狼の討伐クエストを取り上げ、当初の予定通り、カエルの討伐クエストを取る。
その時だった。
ギルドの扉が勢いよく開かれ、そこから見知った冒険者、テイラーが酷く慌てた様子で飛び込んできた。
「誰か!プリーストはいないか!?仲間が重症なんだ!」
俺はその言葉を聞き、すぐにアクアを引っ張ってテイラーの元へ向かう。
するとそこに居たのは、酷い火傷を負ったダストだった。
テイラーは近寄った俺に気づいたようだ。
「カズマ!いたのか!カズマのところのアクアさんに治療を頼めないか!?」
「もちろんだ!頼んだぞアクア」
俺はそう言うとアクアの方に振り向く。
アクアは自信たっぷりの顔をしている。
こいつであれば間違いなく治療できるだろう。
「しょうがないわねー。それじゃ治療してあげる代わりに、私のことを崇めること。もちろんパーティ全員でね?それからそれから───」
俺は調子に乗っているアクアを引っぱたき、ダストの元へ放り投げる。
アクアは涙目になりながらこちらに何かを訴えつつ、ダストの治療を行った。
アクアが魔法をかけると、みるみると火傷は治っていき、すぐに元の状態へと戻った。
さすが女神なだけはあって、こういう所は頼りになる。
「ダスト!ダスト!」
治療を終えたダストに、冒険者仲間のリーンが駆け寄る。
リーンの呼び掛けの甲斐あってか、ダストは微かに反応を示し、次第に目を覚ました。
「はっ!俺は一体!?あ!さっきまでいた巨乳のねーちゃんは!?」
ダストが目を覚まし、飛び起きたかと思うと、突然そのような事を口走る。
回復に安心しつつ、起きた瞬間にリーンに殴られ、また気絶してしまったダストには同情する。
「それで一体何があったんだ?」
俺はダストの回復に安心していた、テイラーに話を聞くことにしたのであった。
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