とある魔術のボンゴレX世 (メンマ46号)
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禁書目録編
謎の匣兵器来る!


リハビリがてらに投稿。今のところ続く予定は無い。どう収集付けて良いか分かんねえもん。


 返ってきたテストは全部赤点。体育の授業では何も無い所でこける。帰り道では犬に吠えられ追いかけられる。今日も今日とてダメダメライフを送った沢田綱吉ことツナは自宅に帰って来たらまっすぐに自分の部屋に入る。

 

「はぁ〜あ、今日もまたダメダメライフだった」

 

 虹の代理戦争以降、特に大きな戦いが起きる事もなく、ヴァリアーとのボンゴレリング争奪戦の時から戻りたかった平和な日常が続いていた。

 先日はツナをボンゴレファミリー10代目ボスに教育する為に来た家庭教師(かてきょー)のリボーンからツナをボンゴレ10代目ではなくネオ・ボンゴレⅠ世(プリーモ)(ボンゴレ10代目と同義)にするという宣言の元、ツナの教育の継続が決まった……というくらいか。結局はいつもの日常だ。

 

 いつまでもこんな平和な日常が続けば良いなと心から思う。思うのだが………。

 

(リボーンのスパルタもそうだけど、このテストの事、もうバレてるよな〜…。って事は今日の夜もまたネッチョリスパルタ勉強……嫌だーーーー!!)

 

 そう。今日返却されたテストはいつものように赤点。リボーンがそれを把握していないはずがない。ツナの予想通り、今夜はネッチョリとスパルタ学習が待ち受けているだろう。

 

「憂鬱だ…」

 

「なら日頃からちゃんと勉強しやがれ!」

 

 ツナの情けない呟きと同時に背後から重い蹴りが炸裂する。ツナの後頭部にその足の土踏まずが見事にフィットした事でその痛みにツナは悶える。

 犯人は当然リボーンである。ツナのテストの点はやはり把握していたようで呆れながら腕組みをして倒れるツナを見下ろす。

 

「いででで…!!」

 

「そんな情けないお前には夜と言わず今からネッチョリ勉強させてやるぞ」

 

「ね、ネッチョリやだあぁぁぁっ!!」

 

 リボーンに服の襟を掴まれ引き摺られるツナ。ネッチョリから逃れようとジタバタともがくが勝てる訳もなくズルズルと引き摺られ、足が通学鞄にぶつかり、倒れて中身がドサドサと出て来る。そしてその中に見慣れない…しかし見覚えのある立方体が紛れていた。

 

「……あれ?」

 

「どうしたツナ?」

 

 その立方体に気付いたツナはもがくのを辞めてそちらに視線を向ける。リボーンもツナの様子に気付き、引き摺るのを辞めて手を離す。

 解放されたツナは鞄…そこから出て来た立方体を手に取った。

 

「これ…(ボックス)兵器?」

 

 匣兵器ーーーそれは以前ツナ達が10年後の未来に行った際に知り、手に入れた武器。リングから出した死ぬ気の炎を注入する事で開く事が出来る兵器で詳細は省くがパラレルワールドの自分と意識などを共有出来る白蘭の能力によって生み出されたものだ。

 この匣兵器は10年後の世界でこそ、マフィア界などで流通しているが、それは10年後の話。この時代ではまだ殆ど出回ってはいないものだ。もしかしたら元アルコバレーノであり、匣兵器の開発者の一人であるヴェルデが既に開発し、流通させている可能性も無くはないが。

 

 ツナ自身、未来での戦いで匣兵器を手に入れ、ミルフィオーレファミリーとの戦いで活用したが、この時代に帰る際に未来のヴェルデの技術によってそれは“アニマルリング”なるコンパクトな形で持ち帰った。そしてそのアニマルリングはシモンファミリーとの一件でボンゴレⅠ世(プリーモ)の血を媒体にして原型(オリジナル)のボンゴレリングと融合を果たし、VG(ボンゴレギア)という新しい形で持っている。

 

 つまりツナは今、匣兵器を持ってはいないのだ。ましてや彼の鞄からそんなものが出て来るはずがない。

 

「どうしてこんなものが……」

 

「この時代でも未来の記憶を手に入れたヴェルデの手で匣兵器は作られてそんなに数は多くはねえが出回ってはいる。ヴァリアーなんかもそれを元にタルボに頼んでリングを作ったみてーだしな」

 

「……獄寺君のかな?それが間違って俺の鞄に入っちゃったとか」

 

 真っ先に挙げられた可能性はツナの親友の一人であり、右腕を自称する嵐の守護者、獄寺隼人が何らかのルートで手に入れたものが、何かの拍子にツナの鞄に混入してしまったのではないかというものだ。

 

「取り敢えず開けてみたらどうだ」

 

「えぇ!?まだ獄寺君のかも分からないし、そんな勝手に…」

 

「獄寺ならお前が開けても怒らねーだろ」

 

「そういう問題じゃないだろ!?それに何が入ってるかも分からないし……」

 

「本当ダメツナだな。中身を確認する意味でも開けろって事だ。獄寺のじゃねーなら、何か他にトラブルの元になるかもしれねー。そういうのはちゃんと把握しろ」

 

 それにツナの大空属性の死ぬ気の炎ならば全ての属性の匣兵器を開匣する事が可能だ。もしかしたら大空の七属性以外ーーー大地の七属性や夜の炎の匣兵器も作られていれば大空の死ぬ気の炎でも開けないかもしれないが。

 

「わ、分かったよ……」

 

 ツナは自分のVG(ボンゴレギア)、大空のリングver.X(イクス)を取り出して指に嵌める。ボンゴレリングから形が変わってしまったが、ツナのVG(ボンゴレギア)はリングのままだ。ならばこれまで同様に匣兵器の開匣には問題無く使える。獄寺などはリングからバックルに形状が変化してしまった為、匣兵器を開くには新たに別のリングを用意する必要があるようになってしまった。

 

 それを考えると、尚更これが獄寺のものとは思えなくなる。

 

「じゃ、じゃあ開けるよ」

 

「さっさとやれ」

 

 リングに炎を灯し、ツナは匣へと死ぬ気の炎を注入する。少なくともボンゴレ匣を開匣するには十分な炎圧だ。

 そして匣はツナの炎によって開き……

 

 

 ツナの部屋全体に白く眩い光が行き渡った。

 

 

「え?」

 

「!?」

 

 その光にツナは包まれ、リボーンは圧倒される。開けば強い光を放つ匣兵器など見た事が無い。それを差し引いても懐中電灯の類いの匣ではないのは明らかだった。

 その場で開匣を指示したのは間違いだったとリボーンはこの瞬間悟った。

 

 

 そして光が収まったその後には……

 

 

 沢田綱吉はもうそこにはいなかった。

 

 

 当然あの匣兵器もそこにはなく、何故かツナの鞄まで消えている。

 

 

「ツナ……!」

 

 

 一人残されたリボーンは拳を固く握り、己の短慮を呪った。

 

 

****

 

 

「……来たか。大空のボンゴレリングを持つ者よ」

 

 薄暗い部屋の中、巨大な水槽の中で上下逆さまに浮かぶ『人間』が呟く。そして目の前にいる人間が動こうとすればそれを制止する。

 

「奪って来る必要は無い。ボンゴレリングは我々には使用は出来ないし、使う必要も無い。(トゥリニセッテ)の一角が()()()()にあるというのが重要なのだ。じきに六人の守護者達もこちらへ呼び寄せる」

 

 その者の説得が効いたのか、水槽の前に立つ者は立ち止まる。

 

「まずは幻想殺し(イマジンブレイカー)との邂逅を見ようじゃないか」

 

 

****

 

 

 上条当麻は不幸な人間だ。彼を知る者の大半は揃ってそう言うだろう。

 

「暑い……」

 

 夏休み初日の朝はうだるような熱気に包まれた灼熱の部屋で目覚めた。夏だというのに部屋のエアコンは機能していない。

 

「げっ、エアコン壊れてら。昨日のビリビリの雷のせいか?」

 

 上条はエアコンの壊れ具合を見て原因にアタリを付ける。昨晩のとある不幸な出来事という大きな心当たりが彼にはあった。

 そして昨夜の雷で壊れたのはエアコンだけではない。それは冷蔵庫の中身が全滅している事を意味していた。

 

 試しに冷蔵庫を開けて中にあった焼きそばパンの匂いを嗅げば酸っぱく吐き気を催す香りが漂う。

 朝食の為に出した非常食のカップ焼きそばを流し台に全てぶちまけてしまい、財布を探している内にキャッシュカードを踏み砕き、担任から「上条ちゃーん、バカだから補習でーす」とラブコール。

 

「……不幸だ」

 

 補習に向かう為に着替えた上条は気晴らしの為に布団でも干そうとベランダへ向かう。

 

「空はこんなに青いのにお先は真っ暗。つか、いきなり夕立ちとか降ったりしねぇよな…?」

 

 自身の不幸体質を鑑みれば布団を干した日に限って雨が降ったり、ベランダから布団が落ちて汚れたり……なんて事はザラだ。

 不安に駆られながらも意地でも気持ちを入れ替えようと上条は窓を開く。

 

「うん?もう干してある?」

 

 そして窓を開けた先にあるベランダには、

 

 白い修道服を来た銀髪のシスターと、夏だというのに長袖のワイシャツとセーターを着込んだ茶髪のツンツン頭の少年が並んでそこに干されていた。何故か少年の方の前…ベランダの内側には彼の物と思われる通学鞄が置いてある。

 

「え?え!?ええぇっ!!?」

 

 驚きのあまり布団をその場に落としてしまい、愕然とする上条。

 

「女の子に……中学生…?何でこんな所に……?女の子の方の服は……シスターさんか?」

 

 そして驚きの声によって眠っていた意識が刺激されたのか、茶髪の少年が寝苦しそうにしながらその目を開く。

 

「う…うん……?」

 

(中学生の方が目を覚ました…。女の子の方は……外国人だよな?茶髪の人!貴方が英語が出来る人だと信じます!)

 

 取り敢えず彼らが何者なのか云々は置いといて、シスターの方とどう話せば良いのか分からなかった上条はもう一方の干されていた少年に希望を見出す。

 そんな上条の切実な願いなど知る由もない彼は意識を覚醒させると腹部にのし掛かる圧迫感に対し、苦しそうに顔を歪める。

 

「……ここは?」

 

 腹部への圧迫感に苦しみながら少年ーーー沢田綱吉は前方を見た。そこにはベランダ前で愕然とする上条が立っていた。

 そしてツナは下を見て横を見る。見た所今自分がいる場所はベランダなのは分かった。そして今自分は布団のように干されている事も。

 

「「………」」

 

 暫くの沈黙。

 

「あの……どうしてそんな所に干してあるのか聞いても?」

 

「いやその……俺に聞かれても……」

 

 当事者なのだから答えて欲しい。そう思った上条は間違っていないだろう。一方ツナもこの状況を良く分かっていないので、彼を責める事も出来ない。

 だがふと我に返る。今自分はどのような状況にいるのか。

 恐る恐る後ろを見てみれば真下に道路が広がっている。七階建てのマンションのベランダにツナは引っかかっているのだ。

 

「ひいいぃぃぃぃぃぃっ!!!」

 

「うおっ!?ど、どうしたいきなり!?」

 

 我に返ったツナは当然ビビる。一歩間違えれば地面に真っ逆さま。潰れたグロデスクなトマトの出来上がりの一歩手前だ。

 高い場所から落ちる恐怖でツナはジタバタともがく。パニックになってそれが潰れたトマトへの道だという事に気付いていない。

 

「た、助けて!落ちる!落ちちゃう!!」

 

 泣きながら目の前にいる上条に助けを求めるツナ。パニくるツナを見て、その言葉を聞いて、上条はフリーズしていた思考が漸く動き出す。下手すればこのまま落ちて死んでしまう状況にあると気付いたのだ。

 上条はどうにかジタバタするツナの手を掴んで引っ張り、ベランダへと上げる。

 

「だ、大丈夫か……?」

 

「ゼェ…ゼェ……あ、ありがとう…。死ぬかと思った……!」

 

 本気で怖かったのだろう。ツナはまだベランダに干されていた経緯を語れる状態ではないようだ。ツナから話を聞くのは後にしようと考えた上条はシスターの方へと視線を向ける。

 するとシスターの方もみっともなく喚いたツナの叫び声で目覚めていたのかじっと上条を見ていた。そして上条がこちらを見たら口を開いた。

 

「おなかへった」

 

「……は?」

 

「おなかへった」

 

「もしもし?」

 

「おなかへったって……言ってるんだよ?」

 

 外国人なのに思いっきり日本語を話している事に驚きつつも、ベランダに干された状態での第一声がこれである事に更に驚く上条。ツナはまだツッコミを入れる程の余裕は無く、頼りにならない。

 

「えっと…あなたはひょっとして、この状況で自分は行き倒れですとか…仰りやがるつもりでせうか?」

 

「倒れ死にとも言う」

 

「……」

 

 対応に困っているとシスターは上条に可愛らしい笑顔で話を続ける。

 

「ねえ!お腹いっぱいご飯を食べさせてくれると嬉しいな!」

 

(……この子には何処か遠い所で幸せになって貰おう)

 

 面倒事の気配を何となくキャッチした上条は先程冷蔵庫から取り出して投げた……腐った焼きそばパンを取り出す。いつの間にか復活していたらしいツナは一目でそれが腐ったものだと理解したのか、上条に口を挟もうとする。

 

「え、あの…まさかそんな明らかに腐ったものを食べさせる気じゃ…「ありがとう!そしていただきます!」」

 

 ツナの言葉は最後まで続かなかった。言い終える前にシスターが焼きそばパンにかぶり付いたからだ。上条の手諸共。

 数秒後、青空に上条の悲鳴が響き渡ったが、不幸でも何でもなく自業自得だった。

 

****

 

「はぐっ…あむっ…美味しー!」

 

 それから暫く。上条の部屋に上げて貰ったシスターとツナ。シスターは先程の焼きそばパンでは足りなかったようなので、上条に野菜炒めをご馳走になっており、ツナは何故か一緒にあった自分の鞄の中身を確認していた。

 

VG(ボンゴレギア)にXグローブ、死ぬ気丸…… X BURNER用のコンタクトディスプレイもちゃんとある!良かった…のかな?)

 

 取り敢えずいきなり戦闘に巻き込まれてもちゃんと戦える準備だけはある。常日頃からリボーンに持ち歩くように言われていたのがここに来て幸いした。

 

(あの匣兵器は見当たらないけど……)

 

 はっきり言えばツナは今すぐにでも帰って寝たかった。しかしここに来た原因と思われるあの匣兵器が無い為に帰れない。

 

「美味しい!美味しいよこれ!」

 

「そ、そうですか…」

 

 因みに上条が彼女に食べさせているのは冷蔵庫が壊れた事で全滅した野菜をヤケクソで適当にぶち込んだ野菜炒め()()()である。それを輝いた瞳で美味しいと言われては罪悪感がのしかかる。

 

「アレだよね!さり気なく疲労回復の為に酸っぱい味付けしてるとこがニクいよね!」

 

「酸っぱい味付け…?」

 

「うぐっ…!無理してこんな不味そうなものを全部食べなくても……」

 

「不味そうなんかじゃないよ!私の為に無償で作ってくれたご飯だもん!美味しくないはずがないんだよ!」

 

 キラキラと純真無垢な瞳でそんな事を言われては上条の顔はどんどん青くなってしまう。そんな上条の気持ちを超直感で察してしまったツナは何とも言えない表情になってしまう。それが更に上条の罪悪感を刺激する。

 

 罪悪感に耐え切れなくなった上条はシスターから皿を掻っ攫い、野菜炒めモドキを一気に平らげた。そして倒れた。

 

 

閑話休題。

 

 

「でさ、何でウチの部屋のベランダに干されてたわけ?お前ら」

 

「落ちたんだよ。本当は屋上から屋上へ飛び移るつもりだったんだけど」

 

 上条は漸く本題に入った。何故彼らはベランダに干されていたのか。その問いに対し、ツナより先にシスターが答えた。

 

「飛び移る!?」

 

「ここ八階建てだぜ!?」

 

「仕方が無かったんだよ。追われてたからね」

 

 追われていた。そう聞いた瞬間、ツナも上条も息を呑んだ。彼女にもただならぬ事情があるのだと分かってしまった。そんな二人の様子を気にする事なくシスターは続ける。

 

「そんな事より自己紹介しなきゃね!私の名前はね、インデックスって言うんだよ?」

 

「インデックス?ってどう聞いても偽名じゃねーか。なんだインデックスって!目次かお前は!」

 

(…え!?インデックス?目次?どういう事なのーー!?)

 

 英語が苦手である上条でもインデックスという単語の意味を知っていたが、日本語すら危うく、英語が苦手どころか論外なツナは言葉の意味すら分からず困惑する。

 

「うーん、禁書目録って事なんだけど…あ!魔法名なら「あーもういいや、先にお前の話を聞こう。名前は?」」

 

「あ、沢田綱吉です。さっきは助けてくれて、ありがとうございました」

 

「うん。君は凄え良い人だ」

 

 ただ自己紹介と一緒に先程のお礼を言っただけなのに、ここまで持ち上げられるのは変な気分だ。

 

「で、何でお前はウチのベランダに?」

 

「……実は俺も良く分からなくて」

 

 ツナはどうして良いのか分からず、近くに頼れる家庭教師(かてきょー)のリボーンや友達である獄寺や山本達もいない為、上条に頼るしか道は無かった。それ故に出来るだけ正直に覚えているまでの経緯を語る。勿論マフィアや死ぬ気の炎、匣兵器の詳細などはどうにか隠して。

 

「……で、その匣を開けてみたら光って気付いたらベランダにいた…と」

 

「……はい」

 

 自分で語っておきながら訳が分からない。死ぬ気の炎や匣兵器などの事を知らない一般人に話しても下らない妄言と一蹴されるのが目に見えている。

 しかし上条…否、この街の人間は違った。

 

「何だろうな?その匣。空間移動能力者(テレポーター)の仕業か?」

 

「え?」

 

 何と上条は真剣にこんな馬鹿げた話を聞いて考えてくれているのだ。これにはツナも驚きを隠せずに思わず身を乗り出して聞いてしまう。

 

「し、信じてくれるんですか!?こんな話!」

 

「そりゃそうだろ。その手の超能力なんてこの“学園都市”じゃ珍しくも何ともないからな。…って、もしかしてお前学園都市の外から来たのか?」

 

「学園都市……?」

 

 まだツナーーー沢田綱吉は気付いていない。今彼がいるのは彼の知る世界ではない事に。彼にとって全くの未知なる場所ーーー異世界である事に。




ちょっとリボーンともう一名が上手く書けてないかな…?

一応この後の流れ的には神裂戦の後にリボーンと連絡が取れてインデックスの記憶を消さなくて良い事が分かったり、ツナのファインプレーで上条さんが記憶喪失にならなかったり、一方通行と妹達の話では上条さんではなくツナが戦ったり…とか考えてます。そう至る経緯は全然考えてないけど。というか一方通行とツナを絡ませたいだけ。

因みにその場合美琴はツナに惚れるルートになるけど、私はツナ京が大好きです。

獄寺や山本が来るのは一方通行と戦った後かな…?


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科学の街来る!

没題『とある魔術の浅蜊十代』

本題も没題も読みはボンゴレデーチモです。
続き書きました。けどいつ投げ出すか分からないので短編扱いのままです。
続いても大覇星祭ら辺の後にオリジナルやって強引に終わらせようかな…って感じです。

タグを何度書き直しても「家庭教師ヒットマンREBORN!」の!マークが認証されない。!マークを消して検索しないとREBORNのタグには引っかからない。どうなってるの……。


 学園都市。それは東京西部に位置する、最先端科学技術を研究・開発している完全独立教育研究機関である。

 総人口230万人。その八割が学生。その実態は投薬や生体刺激、あるいは催眠暗示によって人為的に超能力を開発するという飛び抜けた研究を行っている。

 能力の発現は個人の資質によるところが大きいものの、一通りの時間割り(カリキュラム)をこなして行けば大抵の生徒はスプーン曲げの一つくらいは出来るようにはなる。

 

 一大能力の開発機関。それがこの学園都市の裏の顔だ。

 

 

「……とまあ、こんな感じの街なんだが」

 

「……すみません、ちょっとまだ良く分からないです」

 

「まぁ仕方ねえよ。これまで学園都市の外で暮らしてたんだろ?それがいきなりあんな所に飛ばされちゃパニックになって頭の中に説明が入らなくてもしょうがない」

 

 上条からの学園都市とその内部で行われている超能力開発についての説明を受けたツナだったが、上条が判断した状態に加え、お世辞にも頭が良いとは言えない彼には難し過ぎたようで、いまいち理解し切れていない。

 

「まぁ今は学園都市や超能力にお前が開けた匣の事は置いておこう。さてと…待たせたな。次はえーと、インデックス?で良いのか?お前の話の続きを聞こう」

 

「むー。待ちくたびれたんだよ。私の話を途中で強引に打ち切ってこの人の話になってこの街の説明になっちゃうし」

 

「ご、ごめんね…。えっと…インデックス…さん?」

 

「なんで二人とも疑問形なのかな?」

 

 インデックスという名前が本名だとは思えない上条とそれに釣られたツナの呼び方に不満気なインデックスだが、今は自分の置かれた状況を説明するのが先決だと思い、続ける。

 

「私が追われていた理由はね、私が持ってる10万3000冊の魔導書が狙いだと思う」

 

「魔導書?」

 

「10万3000冊?」

 

 インデックスの話を聞いては見たが、突然出て来た言葉は魔導書だの10万3000冊だのといまいちピンと来ない単語と数。頭上にクエスチョンマークを浮かべる上条とツナを置いてインデックスは続ける。

 

「うん。エイボンの書、ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)、死者の書…代表的なのはこういうのだけど」

 

(全然分からねー!!俺がおかしいの!?)

 

「……中身はともかく、お前…手ぶらにしか見えないんだけど」

 

 早速話に着いて行けなくなりかけているツナと何が何だか分からないなりに何も持っていないように見えるインデックスを指摘する上条。インデックスはむくれながら上条に反論する。

 

「ちゃんと持ってるよ!10万3000冊!」

 

「10万3000冊って……何処かの倉庫の鍵でも持ってんのか?」

 

「何処にもそんな本無いと思うんだけど…」

 

「まさか馬鹿には見えない本だとか言うんじゃないだろうな?」

 

「馬鹿じゃなくても見えないよ。勝手に見られると意味が無いもの」

 

 インデックスの主張はそれはそうかもしれないが、いまいち要領を得ない。上条もツナもインデックスの説明の意味を理解出来ずに困惑するしかない。

 

「で、誰に狙われてる訳?」

 

「魔術結社だよ」

 

「「……はい?」」

 

 インデックスから出た単語は先程上条がツナにした説明は正反対なオカルト用語だった。

 

「はぁ?魔術?」

 

「あれ?日本語がおかしかった?魔術(マジック)だよ。魔術結社(マジックキャバル)

 

「それって…信仰宗教か何かか?」

 

「そこはかとなく馬鹿にしてるね?」

 

 どうにも胡散臭いものを見る目になった上条とそれを察知したインデックス。そしてそれまであまり発言してこなかったツナがおずおずと上条に尋ねる。

 

「あの…上条さん、この街って超能力の研究してるんですよね?その……魔術なんてのもあるんですか?」

 

「そんな訳ないだろ?」

 

「むー!魔術はあるもん!」

 

 ツナの質問をあり得ないと一蹴する上条。あっさりと魔術を否定した彼に対してインデックスもムキになって主張する。そんなインデックスに上条は怠そうに応える。

 

「ごめん、無理だ」

 

「?」

 

「俺も色々異能の力は知ってるし、沢田がここに飛ばされた匣についてもある程度推測は出来たけど、魔術は無理だ。さっき沢田に説明した通り、この学園都市じゃ超能力なんて珍しくとも何ともねぇからな。科学の力で誰だって『開発』出来ちまう」

 

「超能力は信じるっていうのに魔術は信じないなんて変な話!あなたもそう思うでしょ!?」

 

「んなっ!?ここで俺!?」

 

 ツナからすればどちらも訳が分からないので信じる信じない以前の話である。分かる事と言えば上条もインデックスも…()()()()()()()()()()()()()()()。それだけだ。

 

「じゃあ魔術って何だよ?何ならいっちょ見せてみろよ」

 

 信じて欲しいなら見せてみろと気怠そうに要求する上条。するとインデックスの顔は少し曇る。

 

「……私には魔力が無いから使えないの」

 

「使えないんじゃ魔術なんかあるかどうか分かんないだろうが!沢田もそう思うよな!?」

 

「えぇ!?また俺!?」

 

 超能力の方も実際に見せて貰えなければツナには分からないのだが。

 

「あるもん!魔術はあるもん!」

 

「……ま、俺にも生まれた時からの妙な能力(ちから)はあるんだけど」

 

「「妙な能力(ちから)?」」

 

 ツナもインデックスも上条に視線を向ける。上条は信じて貰えないだろうな…といういつもの慣れた感覚と共に右手をヒラヒラと振って二人に見せ付ける。

 

「この右手…幻想殺し(イマジンブレイカー)ってんだけど、この右手で触れた異能の力なら超電磁砲(レールガン)だろうが、多分神の奇跡だって打ち消せます。はい」

 

「は、はぁ……」

 

 ツナは乾いた返事を返す事しが出来なかった。人工的な超能力だの魔術だの言われてもピンと来ない中、そんなあっさりと神の奇跡を消せるとか言われても更にピンと来ない。そもそも超電磁砲(レールガン)って何だ。この街で開発されるという超能力の事だろうか?超能力でなくとも科学の用語などツナにはさっぱりだが。

 

 一方インデックスは上条の話を聞いて鼻で笑った。

 

「ぷっ!」

 

「何だその怪しい通販観てるみてーな反応は!お前ももうちょっとリアクションしろよ!」

 

「だって〜、神様を信じてもいなさそうな人に神様の奇跡だって打ち消せますなんて言われても〜」

 

「ぐ…ムカつく…!こんなインチキ魔法少女に小馬鹿にされるとは……!!」

 

「インチキじゃないもん!」

 

「じゃあ何か見せてみろよ!それを右手でぶち抜きゃあ、右手の事だって信じるしかないよな!?」

 

「良いもん!じゃあ見せてあげる!これ!この服!」

 

 売り言葉に買い言葉。インデックスは立ち上がり、己の着ている修道服を上条に見せ付ける。

 

「これは『歩く教会』っていう極上の防御結界なんだから!」

 

「何だそれ。さっきから訳分かんない専門用語ばっかぶち込んで来やがって。意味分かんねーよ」

 

「むきーー!!」

 

 ただ主張しただけで上条が納得するはずもなく、軽くあしらわれるインデックス。遂にキレた彼女は上条家の台所にダッシュ。そのまま棚を開けて包丁を取り出した。

 

「んなーーーー!?包丁っ!!?」

 

「おいいぃぃぃっ!!待て待て早まるなー!!」

 

 刃物を取り出されてはツナも上条も震え上がる他無い。ブチギレたインデックスが包丁で全く魔術を信じようとしない上条とついでにツナを刺し殺しに来たのかと思い、逃げ出そうとする。

 

「論より証拠!この包丁で私のお腹を刺してみる!」

 

「何言ってんのーーーー!!?」

 

「何だよそれ!?」

 

 どう考えても自殺行為なそれはどんな馬鹿でもやろうとはしないだろう。しかしインデックスは魔術の証明の為にそこまで身体を張ろうとする。幾ら何でもそんな事普通するか。

 

「これは教会として必要最低限の要素を詰め込んだ服の形をした教会なんだから!包丁で刺したくらいじゃ傷一つ付けられないんだよ!」

 

「だ、だからってそんな事出来る訳ないでしょ!!?」

 

「それで試しにグッサリ刺す馬鹿はいねぇよ…」

 

 インデックスの主張を鵜呑みにしたとしてもそんな事を実行出来る人間などまずいない。その上それを提案されている二人は超が付く程のお人好し。例え何があろうともそんな事の為に人を刺せる訳がない。

 

「心配いらないんだよ!これはトリノ聖骸布をコピーしたものだから、強度は絶対なんだよ!物理、魔術を問わず全ての攻撃を受け流し、吸収しちゃうんだから!!」

 

「……つまりあれだ。それが本当に魔術で異能の力だってんなら、俺の右手が触れただけで木っ端微塵って訳だな?」

 

「君の力が本当な・ら・ね♪」

 

 相手の主張は信じないのに自分の話が信じて貰えない事でムキになっている上条とインデックス。そんな二人の威圧感にツナは圧倒されるも、二人の話を聞いた上で彼の中にあるブラッド・オブ・ボンゴレによる超直感が改めて告げている。

 

 どちらも本当の事を言っていると。

 

「上等だごらあぁっ!!そこまで言うならやってやろうじゃねえかぁぁぁ!!!」

 

 遂に堪忍袋の尾が切れた上条はその右手をインデックスの着ている修道服に向けて伸ばす。

 

(……あれ?二人共本当の事を言ってるなら、本当に上条さんの右手が触れた時点でインデックスさんの服は木っ端微塵になるんじゃ……)

 

 そして上条がインデックスの肩に手を置いた。

 しかし何も起こらない。

 

 

 暫しの静寂。

 

 

「あれ…?」

 

「別に何も起きないんだけど?ふふーん!」

 

 上条はインデックスの言う魔術を。インデックスは上条の言う幻想殺し(イマジンブレイカー)を嘘っぱちだと言おうとしたその瞬間……

 

 

 インデックスの修道服がビリビリに破け、この部屋一帯に舞った。

 

 全裸のインデックスを残して。

 

 

「んなーーーーーーーーー!?」

 

 それを見てしまった上条は顔を赤らめ、ツナは顔を真っ赤にして叫びながら少なくない量の鼻血を噴き出した。思春期でウブな男子中学生にはお子様体型と言えど同年代(と思われる)の女の子の裸姿は刺激が強過ぎたようだ。

 

 数秒後、全ての事態を理解したインデックスによって上条の身体全体に渡って彼女の歯型が刻まれるのであった。不幸でも何でもなくやはり自業自得である。彼が少しでも魔術の話を真剣に聞き、歩み寄っていれば回避出来た未来だった。

 

 

****

 

 

「ったく、あちこち噛み付きやがって。大体何で俺だけなんだよ。沢田だって見たじゃねえか」

 

「お、思い出させないで……」

 

 身体中に刻まれた歯型の痛みを摩って引かせようとする上条と未だに顔を真っ赤にして鼻にティッシュを詰め込むツナ。ツナが噛み付かれなかったのは実行犯が上条である事と、その時には既にツナは鼻血を出してぶっ倒れていたのも大きいだろう。

 

 そしてインデックスは上条のベッドの上でタオルケットに包まって身を隠しつつ、四散した『歩く教会』だった布を集めて何やら元に戻そうと奮闘していた。

 

(は、話しかけられない……)

 

 あんな事があっては碌に口も聞けないだろう。普通に気不味いし、ツナにだってそれなりのデリカシーはあるのだ。しかし上条にはツナでも持っているようなデリカシーはなかった。

 

「合宿の時の蚊かよお前は。……まぁさっきのは俺が悪かったよ。だから……ってうわっ!?」

 

(普通に話しかけたこの人ーーーー!!!)

 

 あろう事か自分で彼女を裸にひん剥いておきながら平然と話しかけたのだ。ツナもドン引きである。当然インデックスは近くにあった目覚まし時計を上条に投げ付けてクリーンヒット。

 

「あれだけの事があったって言うのにどうして普通に話しかけられるのかな?」

 

「あ、いや…俺だって大変ドギマギしてるというか……何というか」

 

「馬鹿にして!もうっ!」

 

 そんなグダグタな空気の中、ツナと上条にある確信が生まれていた。上条の右手にインデックスの修道服が反応した事がその服に異能の力が宿っていたという事ーーーつまり、魔術の存在が証明されたという事。

 

「出来たっ!」

 

 タオルケットを投げ捨て、インデックスは安全ピンで無理矢理繋ぎ止められた修道服を着込んでドヤ顔をして立っていた。帽子は被り忘れているが。

 

「何だ?そのアイアンメイデン…」

 

「日本語では針の筵と言う!……はあぁぁ」

 

 やはり大切にしていたものなのか、『歩く教会』が破壊された事はそれなりに心的ダメージが大きいようだ。

 そして上条はハッとして携帯電話を取り出して時間を確認する。

 

「あっ、そうだ!補習!俺、これから学校行かなきゃなんねーんだけど……お前らどうすんの?ここに残るなら鍵渡すけど」

 

「良い。出てく。いつまでもいると連中ここまで来そうだし、君達だって部屋ごと爆破されたくはないよね?」

 

 そう言ってインデックスは玄関に向かって行く。釣られて上条とツナも玄関へ向かう。

 

「おい!待てよ…どわっ!?」

 

「一人じゃ危ない…ってうわああっ!?」

 

 すると上条が何もない所で転び、それにつまづいてツナも転ぶ。その勢い余って上条は自分の携帯電話を踏み潰してしまう。ツナはツナで思いっきり床に顔面を叩きつけてしまう。

 

「……不幸だ」

 

「いてて…」

 

 その様子を見てインデックスは何か思ったのか口を開く。

 

「君の右手、幸運とか神の御加護とかそういうものを纏めて消してしまっているんだと思うよ?」

 

「は?」

 

「へ?」

 

「その右手が空気に触れているってだけで、バンバン不幸になっていくって訳だね♪」

 

(この子笑顔で何言ってんのーーー!?てゆーかこの人悲惨過ぎるんですけどーーーーー!!?)

 

 上条がツナ以上の不幸体質なのは何となく感覚的に理解出来ていたツナだが、思った以上に悲惨だった。

 

「……!!不幸だ……!!」

 

「何が不幸ってそんな能力(ちから)を持って生まれて来ちゃった事がもう不幸だよね!」

 

(追い討ちやめてあげてーーー!!)

 

 上条は打ちひしがれるものの、すぐに顔を上げてインデックスに尋ねる。

 

「お前、ここを出てどっか行く宛でもあるのかよ?」

 

「ここにいると敵が来るから」

 

「「敵?」」

 

「この服は魔力で動いているからね。それを元にサーチかけてるみたいなんだよ。でも大丈夫!教会まで逃げ切れば匿って貰えるから!」

 

「ちょっと待てよ!それが分かってて放り出せるかよ!」

 

「そうだよ!それなら俺も一緒に…」

 

「じゃあ、私と一緒に地獄の底まで着いて来てくれる?」

 

 その言葉に上条とツナは押し黙る。分かってしまった。これ以上は踏み込んで来るなと拒絶されている事が。

 

「それじゃ」

 

 二人が何か言う前にインデックスはそそくさと玄関の扉を開けて外に出て行ってしまった。上条はそんなインデックスにせめてとでも思ったのか、走って行く彼女に向かって叫ぶ。

 

「困った事があったら、また来て良いからなー!」

 

「うん!お腹減ったらまた来る!…うひゃああっ!?何これ!?」

 

 インデックスは周りを取り囲んだ電動掃除ロボットに驚きながらも階段を降りて行った。

 上条はインデックスの後ろ姿を見送るとツナに視線を向ける。

 

「さて沢田…お前は……」

 

「すいません、俺も行きます!」

 

 ツナは上条とインデックスのやり取りの間に部屋に置いてあった荷物を回収にしていたのか、並盛中の通学鞄を肩にかけて、何故か鞄の中に入っていたと思われる運動靴を手に持っていた。

 

 ツナは急いで玄関で靴を履いて出ようとする。勿論上条は一応は引き止めようとする。

 

「って、お前の方は行く宛あるのか?」

 

「家に電話してみます!後は友達とかと連絡を取ってみます!」

 

 ツナは鞄から虹の代理戦争が終わった後、暫定的に次期ボンゴレ10代目である事から何かあった時の為にという全く嬉しくない理由で父である沢田家光から持たされた携帯電話を取り出して上条に見せる。

 

「そ、そうか…」

 

「それと…俺、インデックスさんを追ってみます。あのまま放っておけないですし……。と、とにかく助けてくれてありがとうございました!」

 

 あまり使いたくない手段ではあるが、場合によっては9代目やリボーンに頼んでボンゴレでインデックスを保護して貰う事も視野に入れてはいる。

 上条にお礼を言ってツナも同様に部屋から出て行く。上条はそんなツナを見送りつつ、先程のインデックス同様に叫ぶ。

 

「インデックスにも言ったけど、何か困ったら来て良いからなー!」

 

「はい!本当にありがとうございました!」

 

 そう言ってツナはインデックスを追って階段を駆け下りて行くのだった。上条はツナがドジな事は何となく見抜いていたので、階段で転げ落ちたりしないだろうな…と心配しつつ、部屋に戻る。

 

「お人好しな奴だな……。ってそうだ!補習!」

 

 そして彼もまた、夏休みの補習の為に学校へ向かうのであった。




続くなら絡みが確定しているリボーンキャラと禁書キャラ
笹川了平&削板軍覇

「俺の名は笹川了平!座右の銘は『極限』だぁぁっ!!」
「中々根性入ってんじゃねぇか!俺は削板軍覇!好きなものは『根性』だ!!」
「うむ!極限に気合いが入っているではないか!ボクシングをやらんか!?」

かなり気が合いそうです。


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電撃姫来る!

サブタイでバレバレ。


 ツナはインデックスを追う傍ら、家光から貰った携帯電話を使い、連絡を取ろうとする。相手は勿論家庭教師(かてきょー)であるリボーンだ。あの匣兵器を開いた時も一緒にいたリボーンならば既に自分を捜索してくれているはずだ。

 

 しかし何度かけ直しても繋がらない。ならば他の誰かに頼ろうと考えて携帯電話に登録してある知り合いに片っ端から電話をかける。

 獄寺隼人、繋がらない。山本武、繋がらない。笹川了平、繋がらない。ディーノ、繋がらない。入江正一、繋がらない。古里炎真、繋がらない。家や母である奈々の携帯にも電話をしてみたが繋がらない。

 

 苦肉の策としてあまり連絡したくは無かったが、父親の家光に電話してみる。しかしやはり繋がらなかった。ここまで来れば誰に連絡を取ろうとしても繋がらないだろう。

 

(雲雀さんとかなら風紀委員会の良く分からない情報網とかで連絡出来そうだけど、その雲雀さんの電話番号とか俺知らないんだよなぁ……)

 

 ツナの雲の守護者である雲雀恭弥の連絡先はツナの携帯電話には登録されていない。そもそも群れるのが嫌いなあの男がツナ達に連絡先など教えてはくれないだろう。風紀委員以外で知っているとすればそれこそやはりリボーンやディーノくらいだろう。

 結局インデックスも見失い、誰とも連絡が取れない。客観的にもツナは詰んでいた。

 

 そもそもなんなのだこの学園都市とやらは。いくらツナが社会情報に疎いと言ってもそんな大々的に人工的な超能力を開発している都市など聞いた事が無い。そんなものがあればリボーンが何かしらの形でツナの耳に入れているだろうし、確実に「ツナを立派なボンゴレ10代目にする」という名目の元、一悶着起こすだろう。

 

 周りを見てみれば制服を着用した学生ばかりで大人が殆ど見当たらない。上条から人口の八割が学生だとは聞いていたが、やはり何処か寂しい光景に思えた。

 

(暑い…。………暑い?)

 

 強い日差しと蒸し返る熱気の中、ツナはこの気候に違和感を覚える。そもそも今の季節は秋ではないか?夏休みが終わった後、六道骸が起こした黒曜中とのトラブルやヴァリアーとのボンゴレリング争奪戦、未来でのミルフィオーレファミリーとの戦い、継承式とシモンファミリーとの一件を経て、虹の代理戦争が起きた。

 

 中々濃い中学生活を送っているが、これらの出来事は僅か4ヶ月にも満たない。代理戦争が終わってもうすぐ冬が訪れようとしていた矢先に学園都市に来たらまるで夏のような気候になっている。

 

 それに自分があの匣兵器を開いたのは学校から帰った放課後。そして上条当麻の部屋のベランダに干されていたのは朝だった。

 

(飛ばされてからずっと寝てた…?でもそんな感じ全然しないし、昨日の夕方からベランダにいたなら上条さんだってもっと早く気付くよな……?)

 

 今自分に起きている事と自分の認識に何か大きなズレがある。それも致命的なまでの。似たような時間のズレには覚えがある。白蘭の一件で10年バズーカで未来に行けばそこは正確には10年後ではなく、9年と10ヶ月程後の未来だった。

 アレはあの時代の(トゥリニセッテ)…中でも縦の時空軸を司るボンゴレリングが既に破棄されていた事に加え、アルコバレーノ達が死んでいた事による(トゥリニセッテ)のパワーバランス崩壊が原因だった。

 嫌な思考の渦に呑まれそうになる中、ツナは強引に思考を打ち切り、インデックス捜索を続ける。

 

「……それにしてもこの街ってどれくらい広いんだろう?すぐ迷子になりそうだな……っ!」

 

 呟きながら気付く。インデックスを見失い、仲間達と連絡を取れず、広くて複雑な造りをしているこの街を一人で彷徨っている現状。そして思えば上条のマンションへの戻り方も分からなくなっている。

 

(俺、今迷子じゃん!!)

 

 漸く己の現状を理解したツナは途方に暮れる。インデックスを心配出来る立場じゃない。リボーン達と連絡が取れなければこの広い学園都市の何処に行けば並盛に帰れるのかも分からない。

 一旦上条の所に戻ろうにもマンションの場所がもう分からない。分かっても補習だと言っていた為、今部屋にはいないだろう。

 

「はぁ…」

 

 どんよりとしながら溜め息を吐く。まさかここまで色々な事が裏目に出るとは。闇雲にインデックスを探しても見つからないだろう。

 

「どうしよう……」

 

 インデックスを効率的に探す方法はある。(ハイパー)死ぬ気モードになって空を飛んで上空から探すのだ。

 しかし目立つ。物凄く目立つ。額と両手から炎を噴出して空を飛ぶなんて少なくともツナの知る常識の範疇ではビックリ人間だ。この学園都市が超能力を開発している。ならば人に見られても死ぬ気の炎を超能力だと主張する手もある。とは言っても学園都市の超能力がどんなものか分からない以上、この手段は避けたい。

 

 とぼとぼと落ち込みながら歩いていると周囲からゾロゾロと多くの足音が聞こえて来た。

 

「…?」

 

 ふと顔を上げて周囲を見てみればストリートギャングのような格好をした男達ーーー所謂不良が四人でツナを取り囲んでいた。

 

「………え?」

 

「見かけねえ顔だな。制服も何処のか分からねえ」

 

「良いカモだと思ったんだがなぁ、金もあんま持ってなさそうだぞこの中坊」

 

「まぁいざとなりゃあサンドバッグにでもすりゃ良いさ」

 

「んなーーーーーーーーーー!!?」

 

 まさかの学園都市に来て早々に四人の不良に絡まれてしまった。しかも目的はカツアゲ。下手をしなくても殴ってストレスを発散しようとしている者までいる始末。

 

「オラ、ガキ…有り金全部出しな」

 

「えぇ…いやその……」

 

 顔を真っ青にして何とか見逃して貰えないかと考えるツナだが、テンパっている上に口も上手く回らない。元々並盛でも良く不良に絡まれてボコられる事など日常茶飯事だった。獄寺がいれば彼がどうにかしてくれたが、そんな事は学園都市の人間には関係ないし、獄寺は今ここにいない。

 

「ビビってるビビってる。こりゃあ高レベルの能力者って訳でもなさそうだな」

 

「大方無能力者(レベル0)…どんなに良くても低能力者(レベル1)ってトコだな」

 

「何でも良い。取り敢えずボコる」

 

(何でいきなりこんな目に遭ってんの俺ーーー!!?)

 

 強いて言うなら弱そうだから…である。

 ツナは友達や仲間の為なら死ぬ気になって戦える。喧嘩だってマフィアのトップクラスの実力者やマフィア界の掟の番人と張り合えるレベルに強くなれる。

 しかし自分の事となると話は別だ。その辺のチンピラどころか碌に鍛えていないインドア系の同級生にだって手も足も出ずにボコボコにされるレベルで弱い。自衛の為だけに死ぬ気で戦う事は出来ないのだ。

 

 チワワすら怖がる中学生は日本中探してもツナ以外にはいないだろう。

 

「取り敢えず……ぶち殺せえぇぇっ!!」

 

「ひいいっ!!お助けーーー!!!」

 

 バットや自前の能力と思われる火炎を振りかざしてツナに襲い掛かる不良達。ツナは泣きながら猛ダッシュ。運動音痴の足で投げ切れる訳がないのだが、とにかく逃げる。

 

「だ、誰か助けてえぇぇっ!!」

 

 逃げ回り、数分もしない内に追い付かれ目の前に拳が振り下ろされようとした時、ビリビリとした電撃と共にその声は響いた。

 

 

「たった一人に寄って集って……気に入らない事してんじゃないわよっ!!」

 

 

 一閃。不良の拳がツナに当たるよりも早く、強烈な電撃が不良達に纏めて直撃した。

 

『あばばばばばばばばばっ!!!?』

 

「へ?」

 

 突如不良達に炸裂した電撃。その威力は傍目から見ても強力なものであり、ツナの記憶に残る雷使い……6弔花、電光のγ(ガンマ)やヴァリアーのレヴィ・ア・タン、そして20年後のランボなどといった強者達を彷彿とさせるには十分な威力だった。

 

「あんた、大丈夫?」

 

 ツナが驚きで尻餅をつき、黒焦げにされた不良達を見て愕然としていると、後ろから女の子の声が聞こえて来た。それは間違いなくツナにかけられた言葉であり、思わずツナも振り向いた。

 

 そしてそこにいたのは何処かの学校の制服を着た茶髪の美少女だ。年齢はツナと同じくらいだろうか。身長は少しばかりツナより高いが思わず見惚れてしまう程度には整った容姿をしている。タイプこそ違うがツナの想い人である笹川京子に並ぶ美少女である事は間違いないだろう。

 

 だが同時に超直感が告げていた。先程の電撃はこの少女によるものであると。それを察知したツナの反応は……、

 

「ひいぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

「ええっ!?」

 

 ーーー当然ビビる。得体の知れない上にあれ程までに強烈な電撃を何の躊躇いもなく人にぶっ放す人間など危険人物以外の何者でもないのだ。

 

「ご、ごめんなさい!よく分からないけどごめんなさい!!」

 

「え…ちょっと!?」

 

 ツナは助けて貰ったお礼を言う事すら忘れて、震え上がった足で立ち上がり、とにかく目の前の危険人物から逃れようと取り敢えず謝りながらおぼつかない足取りで走り出そうとする。その反応に困惑する電撃少女だが、ツナはそれに構わず逃げようとしてーーー、

 

 何もない所で足と足を引っ掛けてすっ転ぶ。

 

 それで終わるだけでなく、無理に走ろうとした反動で前方に身体が吹っ飛び、その先にあった空き缶などを捨てるゴミ箱へと思っ切りダイブした。

 

 ドンガラガッシャン!!!

 

 大きく痛々しい音が響いた事で少女は思わず目を瞑り、身を強張らせる。そしてゆっくり目を開けばゴミ箱にダイブした事でぶっ倒れ、多くの空き缶やペットボトルの山に埋もれるツナの情けない後ろ姿がそこにはあった。

 

「……えー」

 

 

****

 

 

「これで良し!」

 

「あ、ありがとう……。さっきも助けてくれて……。それと怖がって逃げようとしてごめんなさい……」

 

「良いのよ、それくらい」

 

 結局その後、空き缶とペットボトルの山から救出されたツナは先程の少女から近場の公園のベンチで傷の手当てを受けていた。とは言っても偶々持ち合わせていた絆創膏を腕に貼って貰っただけだが。

 

(それにしても物凄いチキンねこいつ……)

 

 だがこの少女からのツナへの第一印象はチキンで決定してしまった。事実ではあるが。

 

「私は御坂美琴。あんたは?」

 

「あ、沢田綱吉…です」

 

(綱吉……徳川の五代将軍と同じ名前ね。……随分と名前負けした奴ね)

 

 軽く自己紹介を交えつつ、少女ーーー御坂美琴はツナにある程度の評価を付ける。現時点ではかなり低いが。

 話している内にツナはふと気になったのか先程不良達を倒した電撃について尋ねてみる事にした。

 

「あ、あの…御坂さんがあの不良達をやっつけてくれたんだよね?」

 

「ん?そうよ。あの程度の雑魚、私なら一瞬よ」

 

「ざ、雑魚……。あの電撃ってやっぱり御坂さんの…その、超能力ってやつなの?」

 

「そうだけど……、常盤台の超能力者(レベル5)超電磁砲(レールガン)って言えば聞いた事あるでしょ?」

 

「……ええと、知らない」

 

「あれ?」

 

 超電磁砲(レールガン)という単語はこの街に来てから聞いたような気はするが、他の単語に関しては全く分からない。すると今度は美琴の方からツナの事が気になったのか、尋ねて来る。

 

「あんた何処の学校?そんな制服、この辺じゃ見ないけど」

 

「並盛中の二年なんだけど……分からないよね」

 

(中二…って、同い年だったんだ。背も私より低いから一つ下かと思ったんだけど……)

 

「並盛中……聞いた事無いわね。……ん?もしかしてあんた、学園都市の人間じゃないの!?私の事も知らないし、超能力についてよく分かってない感じだし!」

 

 ツナとの会話の中で得た少ないヒントからツナが外部の人間である事を即座に見抜いた美琴。ツナは彼女の勘の良さに驚きながらも先程上条にしたのと同じ説明を始める。勿論マフィアや死ぬ気の炎については上手く省いて。

 

「空間移動の能力かしら……?」

 

 ツナの説明を聞いて美琴は上条と同じ結論に至ったのか、そう言って考え込む。やはりこういった現象についてはこの街の人間に聞くのが一番なのかもしれない。

 しかしその原因が匣兵器ともなれば話は別だ。確実にマフィア側の領分である上に未来では白蘭がチョイスの為に用意した超炎リング転送システムなどというものもある。あの匣兵器は白蘭のあの装置を匣としてコンパクトにしたものではないだろうか。

 

(でもそうなるとまた白蘭が(トゥリニセッテ)を狙ってるって事にならないか〜?もうそんな事しない……と思いたいけど)

 

 それに白蘭の仕業ならばこんな街にツナを飛ばす必要など無いだろう。まずは何らかの方法でマーレリングの封印を解く所から始めるはずだ。

 

 ツナが考え込み、悩んでいると美琴は良い案を思い付いたとばかりにある提案をしてくる。

 

「ねえ、帰れなくて困ってるなら学園都市の理事に連絡してみたら良いんじゃない?」

 

「へ?」

 

「私の友達が風紀委員(ジャッジメント)をしてるから、その子の所属してる支部を通して上に掛け合ってみるのよ。あんた能力の開発も受けてないんでしょ?それだったらちゃんとした検査を受けて問題無かったら家に帰して貰えるはずよ」

 

「じゃ、じゃっじめんと…?」

 

「外じゃ言い方が違うのかしら……?要は風紀委員よ」

 

(風紀委員って……雲雀さんみたいな人がいるって事!?)

 

 ツナのイメージする並盛中の風紀委員会と美琴の言う風紀委員(ジャッジメント)は全く違うものではあるが……どちらも一般的な風紀委員とは大きくかけ離れたものである為、わざわざ訂正する必要もないだろう。訂正出来る人もこの場にはいないし。

 

(雲雀さんみたいな人に会わなきゃ帰れないのか〜。やだな〜。咬み殺されたくないし……)

 

 そんな事を考えていたツナだが、ふと思い出す。そもそも何故こうして学園都市の中を歩いているのか。

 

「あ、あの!その話なんだけど、一旦保留にして貰えないかな!?」

 

「え?何で?帰りたいんじゃないの?」

 

「そうなんだけど、俺と同じでこの街に迷い込んじゃった子がいるんだ。その子の事も見つけて、一緒に街から出してあげないと!」

 

「あ、そういう事ね……。それじゃあその子が見つかったら風紀委員(ジャッジメント)に連絡するって事で良いの?」

 

 学園都市から出なければならないのは何もツナだけではない。魔術師とやらに追われているインデックスもだ。インデックスは教会に逃げなければならないはずだし、こんな科学の街に宗教の教会があるとは考え難い。

 

「うん。だからその子を見つけてからその支部って所に行くね!御坂さん、色々ありがとう!助けてくれて!それじゃあ!」

 

「あ、うん。じゃあね」

 

 もう一人の迷子を探して去って行ったツナの後ろ姿を見て美琴は興味深そうに呟く。

 

「ふーん。ただのチキンかと思ってたけど、思いやりはあるのね」

 

 御坂美琴の中で沢田綱吉の評価が少し上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、風紀委員(ジャッジメント)の支部の場所教えるの忘れてた」

 

 

****

 

 

 ツナを見送った後、美琴は公園を出て寮に帰ろうと歩き出す。色々とあって彼女は夜通し街を回っていたのだ。そして偶然不良に襲われていたツナを発見し、助けるに至った訳だ。

 しかしそんな彼女の前に突如人が現れた。それに関して美琴は驚きはしない。瞬間移動の能力など見慣れているし、その能力者は自分の友人なのだから。

 

「黒子!」

 

「お姉様!」

 

 黒子と呼ばれた美琴と同じ制服を着た少女は瞬間移動先に美琴を見つけると即座にその手を取った。

 

「丁度良かったですわ」

 

「ちょ、ちょっと?私寮に帰って寝たいんだけど……」

 

「問題が発生しましたの」

 

「へ?」

 

 黒子はそう言うと有無を言わせずに美琴と共に瞬間移動を発動する。そして彼女達の姿はこの場から消えた。彼女達には彼女達で何やらキナ臭い事情があるようだが、それはまた別の機会に。




正直美琴と一番絡ませたいキャラはランボだったり。


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魔術師来る!

なんだか全然サブタイに困らない。


 美琴と別れた後、ツナは一日を通してインデックスを街中駆け回って探したが結果は芳しくなく、見つける事は叶わなかった。

 気付けばもう夕方だ。昨日…かどうかは分からないが、並盛中での昼休みに弁当を食べてから今に至るまで何も食べていない。ツナは空腹に耐えながらも街を彷徨い歩く。

 

「はぁ…何やってんだろ、俺」

 

「あれ?沢田じゃん」

 

 一人で落胆していると後ろから知っている声が聞こえてきたので振り向けばそこには上条当麻が立っていた。

 

「あ、上条さん…」

 

「家族や友達と連絡取れたのか?」

 

「いや、それがその……」

 

 偶然自分を見つけてくれた上条にツナは朝別れてからの出来事を話した。家族とも友達とも連絡が取れなかった事、インデックスを見失ってしまった事、不良に絡まれて御坂美琴に助けて貰い、今後の方針について提案して貰った事、そしてその提案にインデックスも便乗させて貰う為に再び彼女を探し始めた事。

 

「……なるほどね。それにしてもあのビリビリと会ったのか」

 

「ビリビリ?」

 

「ああ、俺そいつとは知り合いだからさ。良く勝負しろーって突っかかって来るんだよ。俺の右手で電撃が消されるのが気に食わないんだとさ」

 

(なんだかそれだけじゃない気がする……)

 

 美琴が多少荒っぽい性格をしているのは何となく理解していたが、話が通じる相手だ。本当にそれだけの理由で上条にそこまで喧嘩を売ったりはしないだろう。少なくともツナはそう考える。

 しかし考えても結論が出ない事でもあるので、それについて考えるのはやめる。

 

「まぁそういう事なら仕方ねぇか。それなら暫くうちに泊まったら良いじゃん」

 

「え?」

 

「まぁちょっと狭くても良いならだけどな」

 

 上条当麻はツナの置かれた現状を知ると何の躊躇いも無く、自分の家に泊まれば良いと言ったのだ。これには驚きを隠せない。

 勿論ツナは上条の家に泊まるのが嫌な訳ではない。むしろ頭を下げて頼み込もうとすら思っていた。不良に襲われたばかりで野宿をする度胸などツナには無いし、そんな中で頼る事が出来る相手は上条だけだった。

 しかし困ったら来て良いと言っても一応の線引きはあるはずだ。昨日今日知り合ったばかりの相手を家に泊めるなど抵抗があるのが普通だ。ツナの家はマフィア関連の居候が多数いるが、彼らが家に住み着いたのは大らかで来るもの拒まずな母、奈々の存在が大きい。

 

 だが上条は躊躇わずに泊まったら良いと言ってくれたのだ。部屋の狭さを自嘲するかのようにそれでも良いならという話だが、泊めて貰う立場のツナはそんな事はとやかく言えないし、言う気も無い。むしろ右も左も分からない街の中ではかなりの好条件と言えた。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

(なんて良い人なんだ!山本のお父さんにだって並ぶんじゃないか!?)

 

 ツナは上条の優しさに感激して、目に涙を浮かべながら礼を言う。

 

「ははっ。そんなに畏まらなくて良いって」

 

 上条は朝、インデックスを心配して彼女を追ったツナをお人好しと言ったが、彼もまたツナと同じようにかなりのお人好しだった。

 

「それにインデックスの事なんだけどさ、あいつ…歩く教会だっけ?そのフードを俺の部屋に忘れてったろ?だからあいつもフードを取りに俺の部屋に戻って来るんじゃないかな?」

 

「あ…そういえば」

 

「インデックスと合流したら、今後の事について話し合おうぜ。俺もあいつの事は放っておけねぇし、お前の事だってそうだ」

 

 上条は上条で今日一日ずっとツナとインデックスを気にかけてくれていたらしい。とりあえずはインデックスが戻って来る事を期待するのと夕飯の為に上条の部屋へと向かう二人。

 

 八階建てのマンションの七階という中々階段を登るのが面倒な階に位置する上条の部屋。一応この寮にもボロっちいがエレベーターはある。しかし不幸体質な上条がそれを使えば途中でエレベーターが停止して長時間脱出不可能……などの不幸が起こる……事もなく普通に起動した。

 

 そして部屋のある七階に辿り着いた二人は上条の部屋の目の前で電動清掃ロボが複数稼働しているのを発見する。

 

「ん?清掃ロボット…?」

 

(あんなロボットが普通にいるなんてやっぱり凄い街だなぁ。モスカみたいなのがいなきゃ良いけど……)

 

「ったく…人の部屋の前で何掃除してんだ?酔っ払いがゲロ吐いたとかじゃないよな……?」

 

「あ…」

 

 嫌な想像が上条の脳裏に過ったが、その直後に清掃ロボが取り囲む人影を発見する。ツナもそれに気付いたようで少しだけ嬉しそうな表情を浮かべた。

 複数の清掃ロボが取り囲んでいたのは廊下で眠るインデックスだったのだ。やはり上条の予想通りに忘れたフードを取りに来たか、腹を空かせてやって来たかだろう。

 

「やれやれ……何というか、不幸だ」

 

 そんな事を呟く上条だったが、表情だけでもう世話を焼く気は満々で、それが不幸だとこれっぽっちも思ってなどいない事は超直感など無くてもツナには分かった。

 

(……やっぱり凄く良い人だ。上条さん)

 

 上条とツナは眠るインデックスの元に歩き、取り敢えず起こそうと話しかける。

 

「おいインデックス、こんな所で何やってるんだよ?沢田がお前の事心配してずっと探してたんだぞ?」

 

「こんな所で寝てたら風邪引いちゃうよ?ほら、起きて……」

 

 眠るインデックスの身体を揺さぶって起こそうとする上条とツナ。しかし二人ともインデックスに触れた瞬間にその手に違和感を感じた。生暖かい液体がその手にべっとりと付着した感覚に襲われたのだ。

 

「……何だよ、これ…!!」

 

「血……!?」

 

 真っ赤に濡れた自分達の手を見た後、すぐにうつ伏せに倒れるインデックスの姿を確認してみれば背中に大きな切り傷が刻まれ、少なくない量の血が流れ出ていた。

 

「しっかりしろ!インデックス!!」

 

(こんな時……お兄さんがいれば……!!)

 

 インデックスの容態を見て上条はとにかく話しかけ、ツナの脳裏には想い人、笹川京子の兄であり、ツナの晴の守護者である笹川了平の存在が浮かぶ。彼の持つ波動、晴属性の死ぬ気の炎の性質、“活性”の力…それも彼のVG(ボンゴレギア)による照射があればこのような重傷も瞬く間に治癒出来ただろう。

 しかしここに了平はいない。ツナは晴属性の炎は使えない。今インデックスを助ける手段がツナには無かった。

 

「どうしたんだよ!?一体、どこのどいつにやられたんだ!?お前!!」

 

 上条の叫びに答えたのはツナでもましやてインデックスでもなかった。

 

「うん?僕達『魔術師』だけど?」

 

 答えたのはいつの間にか二人の後ろに立っていた男だった。煙草を咥え、2mをも超える長身、神父を思わせる漆黒の修道服、赤い髪に、左右十本の指に嵌められた銀の指輪、耳には毒々しいピアス。極め付けは右目の目蓋の下に刻まれたバーコードの刺青。

 

 その男を見た瞬間、上条もツナも息を飲んだ。何もかもが異質だった。神父とも不良とも付かない異質な男を見て理解してしまった。名乗らなくても分かる。

 

 

 これが……『魔術師』だと。

 

 魔術師の男は背中から血を流して倒れ伏すインデックスを見て呟く。

 

「うん?うんうんうん、これはまた随分と派手にやっちゃって……神裂が斬ったって話は聞いたけど、まぁ、血の跡がついてないから安心安心とは思ってたんだけどねえ」

 

 魔術師の言動からインデックスは別の場所で斬られて、ここまで逃げて来た。そしてこの場で力尽きてしまった事が分かった。

 

「なんで…!」

 

「ここまで戻って来た理由?さあね?忘れ物でもしたんじゃないのかな?」

 

「「!」」

 

 上条とツナは魔術師の言う忘れ物……『歩く教会』のフードを連想する。魔術師も同じ考えだったのか、二人に問うように話す。

 

「昨日はフードがあったはずなんだけど、あれってどこで落としたんだろうね?」

 

 二人は悟る。つまり魔術師はフードに残った魔力をサーチしてここに来たのだと。上条が右手で触れていないあのフードには魔力が残っている。だからインデックスは赤の他人である二人をーーー正確には上条を巻き込まない為に危険を冒して戻って来た。

 

 その結果がこれだと。

 

「……バッカ野郎が…!!」

 

 上条かインデックスに向かってそう言うと同時にツナは怒りを滲ませた瞳で魔術師を睨んだ。

 

「何でこんな酷い事を……!!」

 

「うん?うんうんうん、やだなぁ、そんな事を言われても困るんだけどね。ソレを斬ったのは僕じゃないし、神裂だって何も血塗れにするつもりなどなかったんじゃないかな。『歩く教会』は絶対防御として知られているからね。本来ならあれぐらいじゃ傷一つ付かないはずだったのさ。……全く、何の因果でアレが砕けたのか。聖ジョージのドラゴンでも再来しない限り法王級の結界が破られるなんてあり得ないんだけどね」

 

 魔術師の言っている事の殆どはツナには分からなかった。『歩く教会』の事は上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)によるものだが、それ以上にこの魔術師とその仲間がインデックスを傷付けた事だけは確かだ。ならば今ツナがするべき事は一つだけだった。

 

「何でだよ…!俺は魔術なんてメルヘン信じらんねぇし、てめーら魔術師みてーな生き物は理解できねぇよ。けど…お前達にだって正義と悪ってもんがあるんだろ!?こんな小さな女の子を寄って集って追い回して、血塗れにして…!!これだけの現実(リアル)を前にまだ自分の正義を語る事ができんのかよ!?」

 

「……言いたい事が済んだならどいて欲しいなぁ。ソレ、回収するから」

 

 上条の言葉に眉一つ動かさない魔術師はインデックスを指差し、まるで物を扱うかのように言い切った。

 

「回…収……?」

 

「そう。回収だよ、回収」

 

「い、インデックスを物みたいに!!」

 

「……正確にはソレの持っている10万3000冊の魔導書だけどね。ああ、注意したまえ。君達程度の人間だったら、一冊でも目を通せば廃人コースは確定だから」

 

 ツナの非難する声にも耳を貸さずにマイペースに話す魔術師。目の前の脅威からインデックスを守るべく上条とツナは立ち塞がる。

 

「ふざけんな!大体、そんなもんどこにあるってんだ!!」

 

「そうだよ!本なんて一冊も持ってないじゃないか!追い回す理由なんて…「あるさ。ソレの頭の中に」……!?」

 

 ツナの言葉を遮り、魔術師は語る。10万3000冊の魔導書の正体を。

 一度見たものを一瞬で覚え、一字一句を永遠に記憶し続ける能力、完全記憶能力。インデックスは世界各地に封印され、持ち出す事の出来ない魔導書をその目で記憶してその頭の中に保管している生きた魔導書図書館。それがインデックスの言う10万3000冊。

 

 あまりにスケールのデカい話にツナは絶句する。覚えた記憶のせいでその身柄を狙われる。それも恐らく自分の意思ではなく、強制的に覚えさせられたもの。こんな理不尽があって良いはずがない。

 

「ま、ソレ自身は魔力を練る事ができないから無害なんだけど、その10万3000冊は少々危険なんだ。だから魔術を使える連中に連れ去られる前に……こうして保護しにやって来たって訳さ」

 

「ほ……ご……?」

 

「そうだよ。そうさ。保護だよ。保護」

 

 魔術師の言い分にツナは怒りを抱えながら叫ぶ。

 

「こんなに酷い事をする奴が保護なんて言っても、そんな話信じられる訳ないだろ!?」

 

「君、頭悪いね。さっきも言っただろう?僕達もそこまでする気は無かったって。『歩く教会』がそんな事になっていたのは僕達にとっても予想外だったんだ。それさえ無事なら結果は違っていた」

 

 今度はツナの言葉に淡々と答えながら魔術師は咥えている煙草を強く吸ってからまた視線をインデックスに向ける。

 

「……話を戻すけど、ソレにいくら良識と良心があったって、拷問と薬物には耐えられないだろうしねえ。そんな連中に女の子の身柄を預けるなんて考えたら、心が痛むだろう?」

 

 どの口が言っているのか。ツナはそう思った。

 そして魔術師の話を黙って聞いていた上条は遂に怒りを抑えられなくなり、拳を握り締めて右手で魔術師に殴りかかった。

 

「てめえ…!何様だあぁっ!!」

 

 しかしその拳は簡単に躱され、上条の叫びの答えと言わんばかりに魔術師は名乗る。

 

「ステイル=マグヌス。と名乗りたいところだけど、ここはFortis931と言っておこうかな。日本語では『強者』といったところかな。ま、語源はどうだって良い。魔法名だよ。聞き慣れないかな?」

 

 魔術やそれを扱う魔術師の存在を今日知ったばかりの上条とツナにそんな質問をするのは意地が悪いだろう。だがそんな事はステイルという魔術師には関係ない。

 

「僕達魔術師って生き物は名前を名乗ってはいけないそうだ。古い因習だから理解できないけど。重要なのは魔法名を名乗り上げた事でね……」

 

 ステイルの視線が上条に向いている間にツナは自分の鞄に手を伸ばし、必要なものを取り出す。流石にコンタクトディスプレイをセットする余裕は無いが。

 この魔術師からインデックスを守る。今すべき事はそれだけだ。

 

「僕達の間ではむしろ……()()()かな?」

 

 魔術師の纏う雰囲気が変わった。確かな殺気が込められた雰囲気の中、ステイルは火の点いた煙草を廊下の外……空中へと投げ捨て、詠唱を始める。

 

ーーー炎よ、

 

 途端に凄まじい熱気と共に巨大な火炎が燃え上がる。その全てがステイルの掲げた右掌に収束し、渦巻、巨大な火球として爛々と輝いている。

 

((これが……魔術……!!?))

 

 ステイルがそれを上条に向けようとしている事は分かり切っていた。上条は異能の力を打ち消す己の右手に視線を向ける。

 この右手が魔術などという得体の知れないものに通用するのか……その答えが出なかった。超能力を消した事は何度もあっても……自分は今日魔術の存在を知ったばかりなのだ。

 幻想殺し(イマジンブレイカー)は異能の力なら一撃で打ち消せる。だが上条はまだ超能力以外の異能の力は知らない。

 

ーーー巨人に苦痛の贈り物を

 

 考えている間にステイルの炎の魔術が上条を襲い、上条はその火炎に呑み込まれた。

 

「か、上条さん!!」

 

「やり過ぎちゃったかな?まあ良い、次は君だ」

 

 ステイルは上条の死を確信したようだが、ツナは違う。上条は死んでなどいない。そう超直感が告げていた。そもそもあの一撃で死んでしまうなら、ツナが先に割り込んで助け出していただろう。

 

「勝手に殺した気になってんじゃねーよ…!」

 

「!?」

 

 黒煙の中から響いた声がステイルを驚愕させる。そこから出て来たのは無傷の上条。上条は自分の右手を眺めながら一人納得する。

 

「そうだよ。何をビビってやがんだ…。インデックスの修道服をぶち壊したのだってこの右手だったじゃねえか……」

 

「くっ!ならば…!!先に君だ!!」

 

 あの炎を無傷で乗り切った上条を見てステイルは上条をただの能力者ではないと理解した。ならば得体の知れない上条よりも先に本当に大した事なさそうなツナに狙いを定める。

 

(この学園都市の人間ならば何らかの能力を持っているはず…!組まれたら厄介だ……!!)

 

 さっさと片付けておくに越した事はない。その考えは戦う上では間違ってはいないだろう。だがツナからすればそもそも根底からこの魔術師は間違っている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ステイルの炎の魔術がツナに向けられる。ツナの真後ろにはインデックスがいるが、それを理解していないステイルではないだろう。インデックス()()は無事で済むように出力を調整している。

 

「沢田!!」

 

 だがステイルも上条も気付いてはいなかった。いつの間にかツナの両手には、27という刺繍が施された毛糸の手袋が嵌められている事に。

 

「お前達に……これ以上、好き勝手はさせない」

 

 その瞬間、ツナの額に橙色の鮮やかな炎が灯った。ステイルの魔術による炎よりも遥かに鮮やかで美しい炎。

 そして毛糸の手袋は赤い鎧のような装飾のグローブへと変化し、ツナがその左手をステイルの放った炎の魔術に向けると……

 

 それを押し返すかのように橙色の……大空属性の死ぬ気の炎が噴出され、炎の魔術と衝突した。

 

「「!?」」

 

 驚愕するステイルと上条。そんな二人に構う事なく、ツナは炎の出力を上げ、まるで受け止めるかのように死ぬ気の炎が魔術の炎を包み込み、()()()()()()()()()()

 これこそが大空属性の死ぬ気の炎の持つ性質、“調和”の力。周囲にある物体や地形に同化させる性質。

 ツナは剛の炎を右手に纏い、石化した炎を拳で木っ端微塵に砕く。

 

「な、なんだ……?お前!!何をした!!?」

 

「何の事だ」

 

「とぼけるな!!何だその炎は!?僕の炎を打ち消し、石化させた……!?お前は一体何なんだ!?」

 

「お前に教える必要はない」

 

 ツナの変化に戸惑っているのはステイルだけではない。上条もだ。今日会ったばかりの相手だが、ツナの人柄は短い時間だけで窺い知れた。臆病で優柔不断で……それでいて優しく温かい。

 だが今目の前にいる額に炎を灯すツナは違う。それらが失われた訳ではないが、雰囲気がまるで違う。まるで二重人格であるかのようにーーー違う。

 

「さ、沢田……お前……」

 

「どうした。インデックスを助けるんだろう。だったら俺達のするべき事は一つだけだ」

 

「あ、ああ!!」

 

 口調も雰囲気も顔付きも違うが、他者への思いやりは変わっていない。ツナに今自分がやるべき事を示された上条はステイルを睨む。

 幻想殺し(イマジンブレイカー)の宿るその右手を握り締めて。

 

「何者なんだ…!こいつら……!!」

 

 一人の魔術師は己を挟んで前後に立つ上条当麻と沢田綱吉を見て確かな焦りと脅威を感じていた。




最初は敢えて今回の(ハイパー)死ぬ気モードはVG(ボンゴレギア)無しのノーマル状態のXグローブにしようかと思いました。VG(ボンゴレギア)は鞄の奥底にあって取り出すのが間に合わないとかそんな理由で。
武器そのものを過去のスペックにしてXANXUSとの戦いからの成長振りを今一度示したいと思ったので。

けど流石に人の命がかかっている状態でツナが不完全な装備で挑むかと言われたら絶対にあり得ないので結局普通にVG(ボンゴレギア)を使わせた訳よ!


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右手の一撃来る!

前回の投稿からのお気に入り登録の勢いが凄え。高評価も多い。
改めてハイパーツナの人気を思い知りました。


「ちっ…!」

 

 ステイルの舌打ちが炎の燃え盛る音に掻き消される。そんなステイルの焦りなど知った事ではないとばかりにツナと上条はステイルを倒すべくそれぞれ死ぬ気の炎を纏う両手と幻想殺し(イマジンブレイカー)を宿す右手を構える。

 そしてステイルは上条の右手を注視する。先程炎から無傷で生還した上条とその本人の言葉から真相を暴いたのだ。

 

「……やっと分かったよ。『歩く教会』が誰に破壊されたのか」

 

 あの右手には魔術を打ち消す力がある。故に防御結界の『歩く教会』も破壊されてしまったのだと。

 

(……だが、より得体が知れないのはこっちだ)

 

 ステイルは上条からツナへと視線を移す。戦う力など微塵も感じさせなかった先程と違い、鎧のようなグローブを身に付け、額に炎を灯すその顔は驚く程に凛々しい。明らかに戦い慣れしている。

 ツナは右手の掌をステイルに向け、左手で右腕を固定するように掴み、右の掌から死ぬ気の炎の塊を撃ち出す。

 

「ちっ!考える暇も与えてはくれないか!!」

 

 ステイルはその掌に留めていた魔術の炎をツナの放った死ぬ気の炎の塊にぶつける。

 正面衝突する炎と炎。しかしツナの死ぬ気の炎の勢いとパワーはステイルの魔術による炎を軽く凌駕しており、5秒にも満たない時間で死ぬ気の炎の弾丸は魔術の炎を突き破り、ステイルへと迫る。

 

「ぐっ!!」

 

 威力を増強した新たな炎を呼び出し、盾とする事で死ぬ気の炎を防ぎにかかるステイル。しかし目の前の脅威に付きっ切りになれば背後の脅威が動く。

 

「おおおっ!!」

 

「…っ!君の相手をしている余裕など無いんだがね!!」

 

 背後から幻想殺し(イマジンブレイカー)を宿した右手で殴りかかって来た上条に応対すべく、右手で魔術を放出しながら左手で上条の拳を捌く。直接触れてしまえば死ぬ気の炎を防いでいる魔術まで消えかねない事を理解しているが故に上条の右手首を掴む。

 しかし次の瞬間、大空の七属性の中でも随一の推進力を持つ大空属性の炎で高速移動したツナの膝蹴りを横面にモロに喰らい、ステイルは階段の設置してある廊下の端まで吹っ飛ばされた。

 

「があっ…!!?」

 

 これがツナの狙い。敢えて()()()()()炎の弾丸でステイルを足止めし、その隙を上条に突かせ、ステイルの気が逸れた瞬間に飛び蹴りを叩き込んで後方へ吹っ飛ばす。

 (ハイパー)死ぬ気モードとなったツナならば死ぬ気の炎でステイルの魔術を正面からぶち破って倒す事も可能だ。だがそれをすればこのマンションの被害も大きく、何より上条を巻き添えにしてしまう可能性も高い。だからこの位置関係を修正する必要があった。

 

 上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)による盾とツナの死ぬ気の炎による矛。これらが揃い、並び立てば余計な被害を出す事なく、目の前の敵を鎮圧出来る。ツナはそう考えた。

 

「……ははっ、沢田……お前、凄いな」

 

「それは後にしてくれ。奴はまだ戦える」

 

 ツナの戦闘能力に戦慄する上条だったが、ツナはステイルから目を離さない。出来れば今の蹴りで気絶して欲しかったが、曲がりなりにも魔術師というのは精神力がそこらのチンピラマフィアとは訳が違うようだ。

 それにツナと上条はあくまでインデックスを守り抜く事が勝利条件。敵を殺せば良いステイルとは違うのだ。

 一方ステイルもツナを見る目が先程とは明確に変わっていた。少しでも気が緩んでいれば今頃自分は気を失い、最悪の場合は殺されていたという嫌な確信があった。

 

(間違いない…!優先して殺すべきなのはあいつの方だ!!)

 

 最初は魔術を無効化し、『歩く教会』まで破壊してしまう上条と得体の知れないツナで先にどちらを始末すべきかステイルは迷っていた。しかし今の攻防で確信する。どう考えても額に炎を灯すこいつの方が圧倒的に脅威だと。

 

 故に決意する。全力を以ってあの二人を消し去ると。幸い二人して甘い性格をしているようだ。あの右手と炎の力で10万3000冊は守り抜いた上で死んでくれるだろう。

 

「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ、それは生命を育む恵の光にして邪悪を罰する裁きの光なり」

 

 蹴られた痛みに耐えながら詠唱を始めたステイルにツナと上条は警戒を高める。いっそ詠唱を言い終える前に炎を飛ばすなり、高速移動で炎を纏ったパンチを繰り出すなりして阻止しようかとも思ったが、ステイルがツナを得体が知れないと考えるのと同様にツナからしてもステイルの扱う魔術は得体が知れなかった。詠唱を途中で邪魔をすれば不発で収まるのか、魔術師でさえ予想外な暴発をしてしまうのか……超直感を以ってしても何が起こるのか答えは出なかった。

 

 故に様子を見る。こちらには魔術を打ち消せる上条がいる。取り返しのつかない程の事にはならないはずだ。

 

「それは穏やかな幸福を満たすと同時に冷たき闇を滅する凍える不幸。その名は炎。その役は剣!顕現せよ!!我が身を喰らいて力を為せ!!」

 

 先程までとは比較にならない熱量。炎の勢いは増していき、近くにあった上条の部屋のドアノブや表札を一瞬にして溶かしてしまう。

 そして炎は骨格を得たかのように形を創り、獣の如く呻き声を上げる。

 

「“魔女狩りの王(イノケンティウス)”……その意味は『必ず殺す』だ……!!」

 

 熱風が吹き荒れ、火花が飛び散る。人の形をした炎は腕を振るって上条とツナを消し炭にしようとその手を差し向ける。それを上条はその右手で振り払い、幻想として殺してみせる。

 

「邪魔だ!」

 

「これは長引かせると不味いぞ」

 

 上条の右手で消し切れなかった分の炎はツナが両手から噴出させた柔の炎を広範囲にカバーして防ぎ、空気に溶かすように消し去る。

 一先ず“魔女狩りの王(イノケンティウス)”とやらは凌いだが他にどんな魔術で来るか分からないのが厄介だ。ステイルの使う魔術が炎だけとは限らない。炎が通用しないのなら他の手段で来るのはある意味当然の事。

 

(もう一度隙を作って、フルパワーのパンチで気絶させる……!!)

 

 拳に力を、炎を込めながらツナはステイルを睨む。そして“魔女狩りの王(イノケンティウス)”の炎を消した事で手応えを感じている上条を見て、口元が歪み、邪悪な笑みを浮かべたのをツナは見逃さなかった。

 その瞬間、撒き散らされた火の粉が集まり、そこから“魔女狩りの王(イノケンティウス)”が復活した。

 

「な!?」

 

「くっ!!」

 

「フッ…」

 

 三者三様に驚愕し、焦り、嗤う。

 復活した“魔女狩りの王(イノケンティウス)”は右手に炎で作られた十字架を握り締める。完全に虚を突かれた上条を燃やそうと“魔女狩りの王(イノケンティウス)”が襲い掛かる。防御するだけの咄嗟の判断が出来なかった上条を守るべく、ツナは両腕のVG(ボンゴレギア)のグローブから柔の炎を大量に噴き出して両腕を交差して軽々と振り下ろされた炎の十字架を受け止めた。

 摂氏3000℃という規格外の熱量を耐えられるのは死ぬ気の炎と(トゥリニセッテ)の力あってこそだろう。

 

「ぐうぅっ!!」

 

「沢田!!」

 

 防御手段は他にもあったが、それを使う暇は無かった。包み込む事も石化させる事も出来ない。炎の威力が先程の魔術とは別格なのだ。大空属性の死ぬ気の炎で防いでも拮抗させる事しか出来ない。いや、剛の炎に変えて出力を上げれば押し切れるだろうが、その代わりにこのマンションが崩壊し、上条とインデックスを巻き添えにしてしまう。

 

「今助ける!」

 

 上条も右手を突き出して炎を消し始める。()()()()()()()()()()()()()()()が“魔女狩りの王(イノケンティウス)”の勢いは急激に衰え、ツナは出力を上げる事なく、剛の炎にするだけで押し切り、反動で自身も少し退がりつつ、跳ね除ける事が出来た。

 

「ありがとう、助かった」

 

「助けられてるのは俺の方だ」

 

 互いに礼を言って再び復活した“魔女狩りの王(イノケンティウス)”、そしてその後方に立つステイルと相対する。

 

「けどアレは何だ?俺の右手でもお前の炎でも消えないなんて……」

 

「……恐らく、消せてはいる。だが消したすぐ側から復活しているんだ。どういう魔術かは分からないが、上条さんの右手で大元を消せば……」

 

「先にあいつを倒すしかないって事か……」

 

 上条の疑問の答えをツナは超直感で導き出した。ステイルを倒さない限り、この魔術は止まらない。そうアタリを付けてステイルへと狙いを定める。

 

(Xカノンで……)

 

 “魔女狩りの王(イノケンティウス)”をぶち抜いてそのままステイルに直撃させて気絶を狙う。勿論“魔女狩りの王(イノケンティウス)”はすぐ復活するだろうが、操る魔術師が気絶していれば意味が無いはずだ。ツナがその灼熱の炎を抑えている間に上条が右手で大元の魔術を消してしまえば良い。

 ステイルに照準を定め、Xカノンを撃ち出そうとした時、二人の背後から今朝聞いた声が聞こえた。

 

「ルーン……」

 

「インデックス…!?」

 

 背中を斬られた事で今尚倒れているインデックスが虚ろな目をしながらも口を開いた。

 

「神秘、秘密を指し示す24の文字にしてゲルマン民族により、2世紀頃から使われる魔術言語で古代英語のルーツとされます」

 

「目が覚めたのか…!?いや、違う……?」

 

 明らかに朝に見たインデックスとは雰囲気が異なる。口調も何処か機械的で話しているというよりただ事実の羅列を並べているだけに思える。全く感情を感じられない。

 

「“魔女狩りの王(イノケンティウス)”を攻撃しても効果はありません。壁、床、天井……辺りに刻まれたルーンの刻印を消さない限り、何度でも蘇ります」

 

 余計な情報を漏らされたステイルは舌打ちをし、上条は戸惑いながらインデックスに確認を取る。

 

「インデックス…なのか?」

 

「はい。私は『イギリス清教内 第零聖堂区 必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の魔導書図書館です。正式名称は『Index-Librorum-Prohibitorum』ですが、呼び名は略称の『インデックス』で結構です。現在、『自動書記(ヨハネのペン)』を起動しています」

 

(この状態も何かしらの魔術なのか……?)

 

 インデックスの変化も気になるが、その口調から齎された“魔女狩りの王(イノケンティウス)”の情報も気になった。彼女が語るそれは間違いなくこの状況の突破口となる。

 だからツナは迷わず叫ぶ。

 

「アレの倒し方を教えてくれ!!」

 

「先程も言った通り、辺りに刻まれたルーンを消す事です」

 

「いや君達には出来ないよ。この建物に刻んだルーンを完全に消滅させるなんて、君達には絶対に無理だ」

 

 インデックスのアドバイスにステイルが口を挟む。しかしツナにはそれが何処か虚勢を張っているように見えた。確かにそれをされない自信はあるのだろう。しかしツナと上条というある種のイレギュラーを前に絶対に出来ないとは言い切れない心情がある。

 

「灰は灰に……塵は塵に!吸血殺しの紅十字!!」

 

 “魔女狩りの王(イノケンティウス)”が再び炎の十字架を振り上げると同時にステイルの両手から交差した炎の斬撃のような魔術が放たれる。当然上条は右手、ツナは死ぬ気の炎で防ぐ。

 

「このままじゃ本当に押し切られて死ぬ……!!」

 

「早くその刻印とやらを見つけて消さないと……!!」

 

 ステイルの出した炎の斬撃は上条が右手で消したが、ツナは死ぬ気の炎で十字架を受け止め続けている。勿論先程同様に上条が右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)で加勢して“魔女狩りの王(イノケンティウス)”を消し去る。

 

「……上条さん、少しあいつの気を引いてくれないか」

 

「え?」

 

「機動力には自信がある。このマンションに仕込まれたルーンの刻印とやらを見つける事自体はすぐにできるはずだ」

 

「分かった!頼む!こっちは任せろ!」

 

 即答。上条は詳細を聞く事なくツナの言葉を信じた。だがツナの狙いをステイルが阻もうとする。

 

「そんな事、させると思うのかい!!」

 

 “魔女狩りの王(イノケンティウス)”を差し向けてツナを抑えようとするステイル。しかしそれを上条が右手で受け止めて防ぐ。

 

「早く頼む!そう長くは持ち堪えられない!!」

 

「ああ!」

 

 ツナはそのまま横へ……腰壁を足掛けにして廊下の外側、つまり空中へと飛び出した。

 

「「!?」」

 

 上条とステイルは驚愕する。ツナが飛び降り自殺同然の真似をしたからーーーでなく、そこから炎でホバリングをして空中を浮遊しているからだ。

 

(どれだけ汎用性が高いんだ……!!)

 

 一方でツナはマンションの外側から他の階に目を向けると上条達がいる真下の階の廊下にはそこら中に妙な文字が記された大量の白いカードが雑に貼り付けてあるのを発見した。

 

「……なんて杜撰な仕込みなんだ」

 

 ステイルがルーンの排除はツナ達にはできないと言ったのは見つけられないからではなく、この量をどうにかできるはずがないという事だったのだろう。だからと言ってここまで丸分かりにするのは杜撰という他なかった。でも正直助かったとも思う。壁にナイフか何かで直接ルーンを刻まれていたら、そこを一つずつ破壊するしかなかった。人が住む以上、迷惑以外の何物でもない。

 だがこれだけの数だ。他の階にもカードはあるだろう。

 

「ルーンは見つけた!今破壊する!」

 

「頼む!」

 

 上条にルーンの発見を伝え、ステイルに右手を向けて炎を纏う事で牽制する。ルーンを排除しようとしてもその途中に魔術で遠距離攻撃されては溜まったものではない。

 

 ツナはそのルーンが刻まれたカードを纏めて処理する為に己のVG(ボンゴレギア)、大空のリングver.Xに死ぬ気の炎を注ぎ込む。

 

「頼む…!ナッツ!!」

 

「ガウッ!」

 

 ツナの左腕の上にちょこんと現れたのはツナの相棒とも言える天空ライオン(レオネ・デイ・チエーリ)のナッツだ。

 

「……何だ?アレは?」

 

「猫…?」

 

 ステイルと上条はツナの左腕の上に現れたナッツを見て怪訝な顔をする。ツナと同じ色の炎を纏ってはいるが、ライオンと言うには子供でビジュアル的なインパクトも無い。ライオンではなく猫だと勘違いするのも無理はないだろう。

 だがその小さな体に恐るべき力を秘めているのが(ボックス)アニマルなのだ。

 

「GURURU……GAOOOOOOOO!!!」

 

 ライオンとしての呻きの後に来た遠吠え。もはや咆哮と言っても過言ではないその叫びば大空属性の死ぬ気の炎を帯びている事で“調和”の性質を持つ。それによってステイルのローブと各階に貼り付けられたルーン魔術のカードまでもが一斉に石化した。石化した事でカードに書いたルーンも消えてしまった。

 その影響で“魔女狩りの王(イノケンティウス)”は目に見えてその燃え盛る炎も熱量も衰え始める。

 

「なん…っ!?だと……!!?」

 

 あんな猫の叫び一つであれだけの数のルーンのカードを全て処理したというのか。驚愕と焦りがステイルを支配する。

 

 そしてそれを見た上条の行動は早かった。即座に幻想殺し(イマジンブレイカー)を以って“魔女狩りの王(イノケンティウス)”を消し去り、ステイルに向かって行く。

 

「イノケンティウス…!!いのけん…てぃうす…!!い、いや…は、灰は灰に、塵は塵に…!!」

 

 上条が振り上げようとした右拳をガードしようと構えるものの、石化したローブが重く、固まっているが故に腕を動かせない。何より、今この瞬間になってツナに蹴られた痛みで表情が歪む。詠唱して魔術で上条を迎撃しようとしても全てが遅い。

 

 上条の中で今朝インデックスに言われた拒絶の言葉がフラッシュバックする。

 

(地獄の底まで着いて行きたくねぇなら、地獄の底から引き摺り上げてやるしかねぇだろ!!)

 

 そして上条はステイルの顔面目掛けて、思いっきり右手を振り抜いた。

 

 上条は思う。

 

 幻想殺し(イマジンブレイカー)なんて右手があったって『異能の力』しか消せず、不良の一人も倒せず、何の役にも立たない。

 

 テストの点も上がらず、女の子にもモテない。

 

 だけど、右手はとても便利だ。何せ、目の前のクソ野郎を思いっきりぶん殴る事が出来るんだからーーーー…。




ところでナッツなら大空属性の“調和”があるから美琴の電磁波の影響を受けないと思うんですが、どうでしょう?


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癒しの魔術来る!

今回結構好き嫌い分かれると思います。


 ツナと上条がステイルを倒して暫く。上条の暮らす学生寮から火炎が立ち昇っているのが通りすがりの学生に発見され、通報。消火の為の消防車や万一を想定しての救急車が上条の学生寮前に集められた。

 

 何故か……というより、上条やツナも知らない事だが、ステイルが人払いの魔術を使用していた為、学生寮には他に誰もおらず、それによって怪我人や要救助者は一人もいなかったのが不幸中の幸いだった。

 

 高校の学生寮が火事という事で現場付近には少なくない数の野次馬が集まっており、そんな有象無象の野次馬の中に御坂美琴がいた。

 

「お姉様ー!」

 

「ん」

 

 美琴に対して猫撫で声でそんな呼び方をしてくる相手は一人しかいない。それが誰なのかを瞬時に理解した瞬間、その人物ーーー白井黒子は美琴の腕にまるで恋人のように抱き付いた。

 

「まぁお姉様!まぁまぁお姉様!補習なんて似合わない真似していると思ったら、夜遊びの為の口実だったんですのね」

 

 後輩が百合全開で失礼な事を言って来たと感じた美琴は反論をしようとするも黒子に論破されてしまう。

 

「……ねぇ黒子、何処をどう見たらこの私が夜遊びしているように見えるわけ?」

 

「決まっています。こんな場所を通って学校から寮に戻るのはどう考えても遠回りですもの」

 

「ちょっと用事があったのよ!それより、あんたこそーー…あ」

 

 苦し紛れな反論を続けようとしたところ、黒子が風紀委員(ジャッジメント)である事を思い出す。それを肯定して黒子は自分がここにいる理由を話し出す。

 

「そうですわお姉様。わたくし、風紀委員(ジャッジメント)のお仕事でここに参りましたの。あの出火の原因、どうやら能力者の仕業らしいですわよ」

 

「ふーん、じゃあ犯人は発火能力者(パイロキネシスト)かな?」

 

****

 

 ステイルを撃破した後、ツナと上条は騒ぎになった現場から離れて近くの公園の水道場に足を運び、インデックスの介抱をしていた。背中を斬られているが故に下手に寝かせる事も出来ないので、座らせる形になってしまっているが。

 

 倒したステイルはあの場に放置した。いくら悪党とはいえ、必要以上に痛め付ける事も無い。騒ぎになっているが、仲間の魔術師が回収するだろう。

 

 勿論魔術師に追われるレーダーとしての役割を持つ彼女のフードも持って来ている。これがあってはまたあの寮に魔術師が来てしまう。そうなれば本当に無関係な学生が遭遇してしまうかもしれない。

 

 とは言っても上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)でフードにかけてあった『歩く教会』という魔術も消し去ってしまったが。

 

「か、上条さん!早く病院に連れて行かないと…!」

 

「ああ…。けどこいつ、学園都市(ここ)のID持って無さそうだしな……。入院なんかしたらあっという間に情報が漏れる。そうなったら……」

 

「……病院に魔術師が乗り込んで来る」

 

 そうなってしまえば多くの患者や医師、無関係の人々が魔術師の脅威に晒される。事情をよく知りもしない上条とツナをその場にいたからという理由で殺しにかかって来たような奴だ。口封じに大量虐殺など当たり前のようにやるだろう。

 

「けどこのままじゃインデックスは死んじまう……!くそっ、どうすりゃあ……」

 

 インデックスの背中の傷は深いが、決して複雑なものではない。晴属性の死ぬ気の炎による“活性”の治癒ならばかなり効果が見込めるだろう。それこそ大空の波動で開いた本来の力を発揮出来ない晴の匣兵器でも充分だ。

 だがここに無いものを欲しても仕方がない。

 どうしたものかと考えていると目を覚ましたインデックスが今にも消え入りそうな声で口を開いた。

 

「……二人共、どうかした?顔色悪いけど……」

 

「インデックス!」

 

「人の心配してる場合か!早くその怪我なんとかしねーと!!」

 

「大丈夫…だよ。とにかく血を止める事ができれば……」

 

 そう言ってフラつき、倒れそうになるが上条がそれを抱き止めて何か手段が無いか問う。

 

「お、おい!お前の持ってる10万3000冊の中に傷を治すような魔術はねーのかよ!?」

 

「ある…けど、君達には無理……」

 

 上条の問いにインデックスは「ある」と答えた。しかし続いたのは不可能という答え。ツナと上条はすぐにその理由に行き当たった。上条の右手、幻想殺し(イマジンブレイカー)だ。どんな魔術をやろうともこの右手がそれを消してしまうのだと。

 

 だが同時にもう一つ可能性を見た。例え上条が無理でもツナがやれば良い。ダメツナなんて呼ばれる程の勉強も運動もダメダメな劣等生だが、それでもやるしかない。魔術なんて今日初めて存在を知ったような力でもそれで人の命が救えるなら、ツナしかやれる者がいないなら、死ぬ気でやって何がなんでも助けてみせる……と。

 

 ツナの考えを察したのかインデックスはふるふると横に首を振るう。

 

「この人の右手のせいじゃないよ。確かに私が術式を教えて完全に真似できたところでこの人の右手はそれを消しちゃうと思う。けど一番の問題はそこじゃないの。超能力っていうのが、もう…駄目なの」

 

「「!?」」

 

「魔術っていうのは君達のように才能のある人間が使う為のものじゃないんだよ。才能の無い人間が、それでも才能のある人間と同じ事がしたいからって生み出されたのが……魔術」

 

「何だよそれ…。全然意味分かんないよ!」

 

「つまり、俺はこの右手、沢田はあの炎があるから駄目って事か?というかそもそも、能力開発の教育課程(カリキュラム)を受けているこの街の学生には……」

 

「うん。魔術は使えない。もしかしたら死んじゃうかもしれない」

 

 上条はインデックスの話から大体の事は理解したが、ツナにはまだ理解が追い付かない。時間をかけて二人の会話を必死に噛み砕き、何となくこの街の超能力を開発するのに必要な課程をこなした者はそれが魔術の使用を阻害する……という事は分かった。

 

 だがツナはそんなものを受けてはいない。というか、死ぬ気の炎は能力でも何でもない。

 だからツナは意を決して口を開く。

 

「ね、ねぇ……もしかしたら、教えて貰えれば俺は使える…かもしれない…!」

 

「な!?お前今の話聞いて無かったのか!?炎の能力者のお前には魔術は…「死ぬ気の炎は能力じゃないんだ!!」…っ!?」

 

 インデックスの説明を聞いた上でのツナの発言に上条はもう一度説明をしようとしたが、ツナは真剣な目で死ぬ気の炎と超能力としての炎は全く異なるものだと主張する。上条は思わず気圧されてしまう。

 

「能力じゃないって……実際にお前の炎はあいつの魔術に……あれ?」

 

 ツナの言葉に上手く納得出来なかった上条は先程の戦いを思い出しながら、ある疑問が浮かんだ。

 あの時、ツナは死ぬ気の炎を纏ってステイルの炎の魔術、“魔女狩りの王(イノケンティウス)”による炎の十字架を受け止めていた。そこを上条が右手で敵の炎を一緒に受ける事で消した。

 だがあの時……ツナの炎にも上条の右手は触れていたはずだ。なのにツナの炎は部分的にも消えた様子は無かった。そのまま炎を出し直す事なくスムーズに戦闘を続行していた。

 

 幻想殺し(イマジンブレイカー)で消えなかった炎。

 

(つまり……つまり沢田の炎は、異能の力じゃ……ない?)

 

 魔術とは異なる力ではあるが、異能の力ではない。

 

 ツナは学園都市の学生ではない。つまり能力開発を受けていない。原石と呼ばれる超能力もあるが、そういう力も幻想殺し(イマジンブレイカー)は消してしまう。

 

「まさか……本当に……?」

 

「確証はないけど……もしかしたら……」

 

 上条に説明はしていないが、もしかしたら…という意味ではもう一つ根拠はあった。それはツナの中に流れる大空属性の死ぬ気の炎の波動。“調和”の特性。

 調和とは全体の均衡(バランス)が保たれ、矛盾や綻びのない状態。前例として別属性である大地属性の死ぬ気の炎をツナが取り込んでも問題無く使用出来た。ならば大地属性以上の異物である魔術を扱っても大空属性の死ぬ気の炎があれば問題無いのではないか。例え死ぬ気の炎が超能力同様に魔術の邪魔になっても大空の炎だけは別なのではないか。ツナはそう考えたのだ。

 

 勿論それが都合良くツナの予想通りに上手く行く保証は無い。かなりリスキーな賭けになるだろう。だが自分の命可愛さに目の前で死にかけている人間を助けないなどという選択肢はツナの中には無かった。沢田綱吉という人間はとても優しい人物なのだ。

 

「沢田、今あの炎を出せるか?」

 

 最後の確認なのか、上条の問いにツナは言葉ではなく、行動で答える。真剣な表情で頷いてから右手に装着した大空のリングver.Xから純度の高い大空属性の死ぬ気の炎を出した。

 

「わっ!?」

 

 弱々しく驚くインデックスの声が心に痛む。すぐにでも治療しなければ死んでしまうかもしれない程に衰弱している。

 

 上条は右手を出して直接死ぬ気の炎に触れる。手が燃えるかもしれないという考えが今の彼の頭の中から抜けていた。それ程までに目の前の可能性にすがりたかった。

 

 幻想殺し(イマジンブレイカー)が触れても、死ぬ気の炎は…消えない。

 

 それは即ち、死ぬ気の炎は異能の力ではない事を証明していた。

 

「……!」

 

「え?」

 

 インデックスは状況が呑み込めていないので、能力らしき出現の仕方をした死ぬ気の炎が上条の右手で消えない事に驚く。

 

「インデックス!今すぐその傷を治す魔術のやり方を沢田に教えてくれ!沢田なら魔術を使えるかもしれない!!」

 

「え?え?」

 

「インデックス……」

 

 先程の説明を聞いたにも関わらず魔術のやり方を教えて欲しいと言う上条とツナを前にインデックスは混乱してしまう。あの炎が上条の右手で消えなかったのと魔術の使用に問題ない事に何の関係があるのか理解出来ない。

 しかしそんな混乱はゾッとする程真剣でありながら、全てを包み込める程に安心出来るツナの優しい目によって取り払われた。

 

「俺を……信じて」

 

 インデックスは、黙って頷いた。

 

****

 

 血が足りない状態ながらもインデックスは近くにあったテーブルベンチの上に背中から流れる血で必死に魔法陣を描いた。それから近くから適当に拾ってきた石ころや木の破片などをその上に並べ立てる。

 

「じゃあ、私の言う通りにしてね?ちゃんとやれば中学生にだってできるから」

 

「うん」

 

「それと……身体が壊れそうになっても途中でやめたりできないよ?それでもやるの?」

 

「やるよ。友達の命を助ける為に死ぬ気になれないんじゃ、強くなった意味がない!」

 

 インデックスは一応の忠告をして、「やめるなら今だ」と告げる。しかしツナの意思は変わらない。勉強も運動も出来ないダメダメな中学生でも、それでも今魔術を使ってインデックスを助けられるのがツナだけならば死ぬ気で魔術を成功させてみせる。普段のヘタレで自信の無い態度とは一変して死ぬ気で魔術に取り組み、インデックスを助ける事だけを考えている。

 

「……俺に何か出来る事は無いか?」

 

「ううん、とうまは離れてて。その右手が魔術の邪魔をしちゃうから」

 

 自分に出来る事を問う上条に少し申し訳なさそうにインデックスは距離を取るように指示する。上条は少しやるせなさそうな顔になるが、今は離れる事が最善と考えて10m程距離を取る。

 

「手順を踏み間違えちゃうと、あなたの神経回路が焼き切れちゃうかもしれないから。死んじゃうかもしれない」

 

「うん……。魔術なんだからリスクがあるのは分かってるよ」

 

 確かにツナとて死にたくはない。だがそれ以上に失敗して自分が死ぬどころかインデックスを助けられない方が怖い。

 

「天使を降ろして神殿を作るから、私に続いて唱えて欲しいかも……」

 

「て、天使……?わ、分かった」

 

 それからインデックスは傷の痛みに耐えながら喉から綺麗な音色を唱える。ツナも音楽には自信が無いけれど、出来る限り慎重に綺麗な唄声を出せるように喉から声を出す。

 

 それを三回程繰り返すと、ツナとインデックスが座るテーブルベンチ周辺が大きく揺れる。

 

「じ、地震!?」

 

「違うんだよ…。テーブルの上に作った神殿とリンクしたんだよ。この一帯で起きた事はテーブルの上でも起きて、テーブルの上で起きた事はここでも起きるの……」

 

 慌てるツナにインデックスは辛そうにしながら説明する。その様子を見てツナは気合いを入れ直す。目の前でインデックスが辛い思いをしているのに自分がパニックになってどうする。

 

「金色の天使を思い浮かべて…。体格は子供で二枚の羽を持ってる美しい天使の姿を……」

 

「天使……?」

 

 漠然と天使と言われてもツナにはあまりイメージが浮かばない。そんなツナを見てそれを察したインデックスは詳しい解説を加える。

 

「本当に天使を呼ぶ訳じゃないの。術者になったあなたの意思で天使の形を作るの……」

 

「俺の意思で天使の形を……作る」

 

 そこまで言われてツナは己の意識に直感を集中させる。天使のイメージを自分で作っても良いのなら、ツナの知る者達から姿を借りれば良い。

 

 真っ先に思い浮かんだ天使の姿は……かつて突如としてツナの前に舞い降りた、羽がない天使(リボーン)

 

 するとツナとインデックスの前にリボーンと同じような容姿に二枚羽の生えた赤ん坊が具現化される。

 

「形の固定化に成功したんだよ……。あと少しだから……」

 

 インデックスは先程のように喉から美しい唄声を出し、ツナは天使としてイメージしたリボーンの姿を維持しようとイメージを強めて固定する。目を瞑って連続してリボーンの姿をイメージし続ける。

 

 するとツナは気付いていないが、テーブルに並べた石や木片がドロドロに溶け始めている。そして二人の前にいるリボーンの姿をした天使は羽を羽ばたかせてキラキラした粉をインデックスに振りかけ、天に昇るように消えていった。

 

 その神秘的な光景を上条は右手が邪魔にならない程度の遠くから見ていた。ただただその光景に圧倒された。

 

「……凄えよ。沢田」

 

 そしてその光が止めば未だにイメージし続けているツナと先程よりかは楽になったり様子のインデックスがそこに座っていた。

 

「……ほぅっ」

 

 力尽きたかのように倒れそうになるインデックスをツナが抱き抱える。そしてその様子を見た上条が魔術が終わった事を理解して駆け寄って来た。

 

「だ、大丈夫!?」

 

「……治すには、自分の体力が要るだけ。怪我そのものは塞がったから平気」

 

「せ、成功したんだ……。良かったぁ…」

 

 見れば背中の傷は綺麗さっぱり消えており、修道服に染み付いた血も消えている。体力はごっそり持っていかれたようだが、一先ず命の危機は乗り切ったと言えるだろう。

 

「……本当に魔術が出来ちゃったね。ありがとね」

 

「うん……。正直全然実感沸かないけど」

 

「とうまも……ありがとう」

 

「……俺は何もやってねぇよ。何も……出来なかった」

 

「それでも……ありがとう」

 

 消え入りそうな声でそれだけ言って、インデックスは目蓋を閉じて眠りについた。余程に疲れてしまったのだろう。

 それから眠るインデックスを見て上条もツナも暫く黙り込んでいた。沈黙を破ったのは上条だった。

 

「沢田、お前は凄えよ……。魔術師相手にあれだけ戦えて、初めてだってのに魔術まで使ってインデックスを助けちまった……。それに比べて俺はこんな右手があっても、女の子一人助けられねぇ」

 

「上条さん……」

 

「こんな右手だけじゃ、何も守り切れねえ…。俺はお前の炎みたいな、ちゃんと戦えて、誰かを守れる力が欲しいよ……」

 

 決して嫉妬で言っている訳ではない。ただ、己の無力を嘆いていた。ツナには上条の力を欲する言葉を否定する事は出来ない。ツナの力もまた仲間達を守る為に身に付けたものだったから。

 だけど上条の事を肯定する事は出来る。

 

「でも俺は……上条さんに何度も助けて貰ったよ。魔術師との戦いでもそうだし、上条さんがいなかったらベランダから落ちて死んでたかもしれない。一人でこの街に放り出されて上条さんが手を差し伸べてくれて……本当に嬉しかったんだ!見ず知らずの俺を助けてくれる本当に優しい人に会えたから!!」

 

「沢田……」

 

「インデックスだってそうだよ!上条さんはその右手で俺とインデックスを助けてくれたじゃないか!上条さんがその右手が無力だと思っても、俺は思わない!上条さんがいてくれたから、俺もインデックスもこうしてここにいられるんだ!だから……」

 

 必死で上条を肯定する言葉を探すツナ。そんなツナの様子を見てツナの言いたい事を理解した上条は少し頬を緩めて笑う。

 

「ははっ……。そっか。……ありがとな。こんな俺でもお前とインデックスの助けになれてたんだな」

 

「上条さん……」

 

 上条は何処か吹っ切れた笑顔を浮かべてツナに右手を差し出す。

 

「無理してさん付けしなくて良いぜ。敬語も上手く言えないだろ?途中から抜けてるぜ」

 

「え…、あ!」

 

「ははっ。今気付いたのか。上条で良いぜ…って言いたいけど、歳上を呼び捨てにすんのも苦手そうだな。そうだな……下の名前の方でも良いぞ」

 

「え、えっと……それじゃあ、当麻君って呼ぶね。俺の事もツナって呼んで欲しい!友達は大体皆そう呼んでるから!」

 

 そう言ってツナも右手を差し出し、上条の右手を握る。互いに腹を割って本音を話せるように……そう思いを込めて二人は握手を交わした。共に魔術師からインデックスを守る為に。

 

「改めてよろしく、当麻君」

 

「ああ。よろしくな、ツナ」




原作程出血が深刻化する前にどうにか治療したので『自動書記(ヨハネのペン)』の出番は無し。

ツナに魔術なんか使わせるな!とか言われるかもしれませんが、「才能の無い人の為の力」っていうのは劣等生なツナにも当て嵌まると思うんですよね。死ぬ気の炎は覚悟によるものですし、戦闘に関しては修行や経験。超直感は血統ですから才能以前の話です。

死ぬ気の炎は生命エネルギーを圧縮したものだから異能の力ではありませんし、魔術を使える要素は揃ってるはず。魔力に関しても生命力を変化させたものですから問題ないはずですし。

それにタイトル的に一回くらいツナが魔術やらないとタイトル詐欺になると思ったんです。

それでも不快に思われる方もいるでしょう。勿論ツナが魔術を使うのは今回が最初で最後です。何卒ご容赦お願い致します。


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打ち明ける時来る!

サブタイ変更しました。


 魔術師を退け、インデックスの傷を治してから一夜が明けた。今ツナと上条とインデックスの三人は上条の高校のクラス担任である月詠小萌という教師の家に滞在していた。

 

 あの後、上条の暮らす学生寮は火事騒ぎによって閉鎖されるような事こそ無かったものの、銀髪のシスターを連れて入るには目立ち過ぎる上に今後の魔術師の襲撃を考えると一旦別の場所へと身を隠すべきだという結論に至り、また何かあった時、魔術を使う必要があってその時ツナが居合わせない可能性も考慮して、この学園都市の能力開発を受けていない人間ーーーつまり教師の元へと転がり込む事になった。

 

 夜中に突然上条が見知らぬ人物二人を連れて泊めて欲しいなどと言った時には小萌先生とやらは面食らっていたが、それでも部屋に上げてくれた事は感謝してもし切れない。……し切れない、が…

 

 はっきり言って彼女の部屋は散らかり放題で汚かった。ビールの空き缶やヘビースモーカー丸分かりの大量の使用済み煙草。この煙草の量には未成年にも関わらず喫煙する獄寺さえドン引きだろう。

 

 ツナの部屋も大概散らかっていて汚いが流石にこれには及ばない。むしろこの部屋を見てツナは「今度母さんにちゃんとした片付け方を教えて貰おう」と強く思った程だ。駄目な大人の一例が少年を一つちゃんとした大人へと歩ませた。

 

 そして朝……

 

「ていうか、何だってビール好きで愛煙家で大人な小萌先生のパジャマがお前にピッタリ合っちまうんだ?ったく、年齢差いくつなんだか」

 

 上条の指摘にインデックスはムッとする。あの針の筵と化した修道服ではいかんだろうとインデックスは小萌のパジャマ(うさ耳付き子供用)を借りているのだがそれが上条の指摘通り、ピッタリサイズが合ってしまっている。

 ツナが小萌と最初に対面した際にはどう見ても小学生にしか見えない大人に愕然としたものだが、ツナはツナで赤ん坊なのに世界最強の殺し屋で家庭教師なリボーンや屈強な軍人でありながら赤ん坊のコロネロなどのアルコバレーノの面々を目にして来たので、ビジュアル的なインパクトとしてはそこまで驚きもしなかった。なのでそういう大人もいるものだと納得した。………納得、したのだ。先述した彼女の暮らしぶりには本気でドン引きしたが。ちゃんと整理整頓を心がけようと思う程に。

 

「見くびらないで欲しいかも。私も流石にこのパジャマじゃちょっと胸が苦しいかも」

 

「なっ!?そ、その発言は舐めているのですー!」

 

「えー…でも〜」

 

「でも、何なんですか?」

 

「別に〜?」

 

「私、大人なんです〜!」

 

 どっちもどっち。五十歩百歩。そんな言葉が似合う光景だ。上条とツナはその様子を微笑ましげに見ていたが、そこで小萌はこの二人としては非常に困る質問をする。

 

「ところで上条ちゃん!結局この子達は上条ちゃんの何様なんですか?」

 

「………弟&妹」

 

(当麻君、誤魔化し方がお兄さん並に滅茶苦茶だーーーー!!!)

 

「大嘘にも程があるのです!モロ銀髪碧眼の外国少女と上条ちゃんとは似ても似つかない茶髪の男の子です!」

 

 当然、すぐバレる。上条とツナとインデックスが兄弟などと言われてもまず信じては貰えないが、これが京子や山本ならば誤魔化せそうな気がしたツナであった。

 

「……義理と腹違いなんです」

 

「変態さんです?」

 

 呆れたような目で上条を見る小萌。誤魔化し切れないと悟った上条は小萌がツナとインデックスの詳細を問う理由を尋ねる。

 

「先生、一つだけ聞いても良いですか?」

 

「です?」

 

「事情を聞きたいのは二人の事を学園都市の理事会なんかに伝える為ですか?」

 

「です。上条ちゃん達が一体どんな問題に巻き込まれているか分からないですけど、それが学園都市の中で起きた以上、解決するのは教師の役目。大人の義務です」

 

 小萌の言った事は至極真っ当ではある。ツナ自身、最初はインデックスを見つけ次第、昨日知り合った美琴を通じて風紀委員(ジャッジメント)に事情を説明し、学園都市から出られるよう理事会に掛け合って貰うつもりだった。

 しかし今それを望まぬ形で成し遂げてしまえば、上条とツナ、インデックスは離れ離れになる。インデックスを守る為に力を合わせると決めた上条とツナが分断されるという事は魔術師の脅威が大きくなる事を示している。せめてインデックスが奴らから完全に逃れられるまでツナも学園都市から出る訳にはいかなくなったのだ。故に報告されては困る。

 

 小萌は座りこむ上条の前でしゃがみ、目線の高さを合わせて真剣に話す。

 

「上条ちゃん達が危ない橋を渡っていると知って、黙っている程先生は子供ではないのです」

 

「……先生が赤の他人だったら遠慮なく巻き込んでるけど、先生には借りがあるんで、巻き込みたくないんです。だから……」

 

「むぅ。何気にカッコいい台詞を吐いて誤魔化そうったって、先生は許さないですよー」

 

 上条が要は詮索しないで欲しいと告げると小萌は立ち上がり、玄関へと向かって行く。

 

「あれ?何処へ?」

 

「執行猶予です。先生、スーパーに行ってご飯のお買い物して来るです。上条ちゃんは沢田ちゃんと一緒に先生が帰って来るまでに何をどう話すかきっちり整理しておくですよ」

 

「お、俺も…?」

 

「それと」

 

「それと?」

 

「先生、お買い物に夢中になってると忘れるかもしれません。帰って来たらズルしないで上条ちゃん達から話してくれなくちゃ、駄目なんですからね……?」

 

 それは暗に言いたくないなら詮索はしないという事だった。

 それだけ言って玄関へ向かい、そのまま買い物へと出て行くのだった。そんな小萌の後ろ姿を見送った三人は少し緊張が解けたのか、思い思いに話し出す。

 

「凄く良い先生だね」

 

「うん。それに素敵な人かも」

 

「小萌先生の事か?……けど、これ以上先生は巻き込めないな。身を隠したいってだけで勝手に押し掛けちまって……魔術師に狙われるかもしれねぇってのに」

 

 ツナはこれまで碌でもない教師(根津、リボーンなど)にしか会わなかった事も大きいのか、少し感動までしている。しかしこれ以上巻き込めないのも確かだ。三人で魔術師との戦いを切り抜けなければならない。

 

(あ〜!獄寺君や山本、お兄さんとかがいてくれたら〜!!あのステイルって奴にも仲間がいるみたいだし……せめてリボーンと連絡が取れたら何か良い作戦とか立てられるかもしれないのに……)

 

 やはり現状では全く未知なる敵にたった三人で立ち向かうのは無理がある。それこそツナの仲間達がここに来てくれれば百人力なのだが、何故か全く連絡が取れない。そもそもあの匣兵器を開匣して何故かこの科学の街、学園都市に飛ばされて、それとは真逆のオカルトな存在の魔術師と戦う事になったという一連の流れが改めて考えて意味が分からない。

 

「あの魔術師とまた戦う事になる前に何か有利に立てるようにしないとな……。となると戦力の増強か?こういう事件に巻き込んでも問題ない奴……青髪ピアスか、あのビリビリ中学生か。ツナも強いしあの炎は凄え。それに魔術も使える。やれる事はあるはず……」

 

 上条は上条で何やら今後の事について考え込んでいる様子。すると今度はインデックスが二人ーーー特にツナに真剣な目で話しかけた。

 

「つなはもう魔術を使っちゃ駄目」

 

「「え?」」

 

 ツナは問題なく魔術を使用出来る。二人のその考えを否定するインデックスはその理由を語り始める。

 

「魔導書っていうのは危ないんだよ。そこに書いてある異なる常識や違える法則、そういう『違う世界』の知識って善悪の前にこの世界にとっては有毒なの」

 

「有毒?」

 

「で、でも魔術師は普通に……」

 

「魔術師は宗教防壁で脳と心を守ってるの。でもこの世界の人間が違う世界の知識を知るとそれだけで脳が破壊されてしまうから……」

 

「破壊って…魔術はそういうもんなのか」

 

「も、もしかして俺…自分で思ってた以上に危ない橋渡ってた……?」

 

 相変わらずインデックスの説明は難しくてツナにとっては要領を得ない部分も多いが、その危険性と深刻さは伝わって来る。インデックスは少し恐れが入った瞳で上条とツナを見る。

 

「知りたい?私の抱えているもの、本当に知りたい?」

 

 不安そうなインデックスを見て上条は少し困ったような笑みを浮かべて口を開く。

 

「なんていうか、それじゃあこっちが神父さんみてぇだな」

 

「……本当、とうま…懺悔を聞く神父さんみたい」

 

 そんな上条の顔を見てインデックスは少し顔を赤らめながらも話し始める。まずは基本的な事を教える為に問う。

 

「十字教なんて元は一つなのに、どうしてこんなに分かれちゃったんだと思う?」

 

「う〜ん、そりゃあ……」

 

「意見の対立…とか?」

 

「つなの言ってる事にちょっと近いかも。正確には宗教に政治を混ぜたからだよ。それで分裂し、対立し、バラバラの道を歩く事になった。同じ神様を信じているのに」

 

 それを聞いてツナはかつてのボンゴレⅠ世(プリーモ)D(デイモン)・スペードの決別を思い出す。弱き民を護る為、ボンゴレを自警団としての平和路線へと進めようとしたジョットと弱き民を護る為、敢えて強大な力を持つ巨大マフィアとして存在自体を争いの抑止とする路線を行こうとしたD(デイモン)

 

 その意見の食い違いとジョットの進めようとした道が裏目に出てしまったが故にD(デイモン)の恋人、エレナの死を引き金にシモンファミリーの迫害などといった悲劇が生まれてしまった。ボンゴレの設立目的、掲げた信念は同じだったというのに。

 

 恐らくインデックスの言う話はそれに近い。

 

「それぞれが個性を手に入れて、独自の進化を遂げたんだよ」

 

「個性ねぇ…」

 

「私の所属するイギリス清教は……イギリスは魔術の国だから魔女狩りや宗教裁判、そういう対魔術師用の文化が異常に発達したの。だからイギリス清教には特別な部署があるんだよ。魔術師を討つ為に魔術を調べ上げて対抗策を練る。必要悪の教会(ネセサリウス)

 

「ネセサリウス…?」

 

「だけど汚れた敵を理解すれば心が汚れ、汚れた敵に触れれば身体が汚れる。その汚れを一手に引き受ける部署。その最たるものが……」

 

「10万3000冊…」

 

「魔術っていうのは式みたいなものだから、上手に逆算すれば相手の攻撃を中和させる事もできるの。世界中の魔術を知れば世界中の魔術を中和できるはずだから私には10万3000冊の魔導書が…」

 

「「叩き込まれた」」

 

 ここまでの話は上条は勿論、ツナにも理解出来た。しかし納得は出来ない。何故インデックスがそんな役割を押し付けられなければならないのだ。何故インデックスがそんなものを覚えさせられなくてはならないのだ。酷い話である。

 

「そんなに危ねえもんなら読まずに全部燃やしちまえば良いじゃねぇか」

 

「そうだよ。そうすればこんな争いなんて……」

 

「重要なのは本じゃなくて中身だから、原典を消してもそれを伝え聞かせちゃったら意味がないの。それに原典の処分は人間には無理。正確には人の精神では無理なの。どうしようもないからこそ、封印するしか道がなかったんだよ」

 

 魔導書の方はある意味ではマーレリングに近い。(トゥリニセッテ)の一角だから壊す訳にもいかない。白蘭のようにパラレルワールドの自分と繋がれる者による悪用を防ぐ為にアルコバレーノの手で封印するしかなかった。

 

「つまり、連中はお前の頭の中にある爆弾を手に入れたいって訳だな」

 

「10万3000冊は全て使えば例外なく世界を捻じ曲げる事ができる。私達はそれを魔神と呼んでるの」

 

 それを聞いてツナも上条も黙り込んでしまう。インデックスは暗い表情を浮かべて二人の顔色を窺ってしまう。だが次の瞬間には上条がすぐに口を開いた。

 

「てめえ、そんな大事な話……何で今まで黙ってやがった!!」

 

 インデックスはその迫力に驚いて思わず布団で顔を隠しながら恐る恐る語る。

 

「だって…信じてくれると思わなかったし、怖がらせたくなかったし……それに、あの…嫌われたく……なかったから」

 

「ざけんなよてめぇ!舐めた事言いやがって!必要悪の教会(ネセサリウス)?10万3000冊の魔導書?とんでもねぇ話だったし、聞いた今でも信じられねぇ!!だけどな……」

 

 上条はゆっくり座って先程とは打って変わって優しげな声音で続ける。

 

「たったそれだけなんだろ?」

 

「え?」

 

「そうだよ。インデックスがどれだけの重荷を背負ってるのかは俺達には全部は分からない。けど、それで嫌いになったりしないよ。もう俺達は友達なんだから」

 

 上条に続き、ツナもインデックスを肯定する。インデックスは10万3000冊を記憶した自分を汚れた存在だと語るが、二人からすれば本を沢山覚えただけ。むしろインデックスがそんなに汚れていると言うならツナはもっと業の深い人間という事になるだろう。

 

「見縊んなよ。たかが本を大量に覚えた程度で俺達が気持ち悪いとか思うとか思ってんのか?ちったあ俺達を信用しやがれ。ツナなんか昨日の朝から、お前が心配で一日中お前を探し回ったくらいなんだぞ」

 

「ちょ、当麻君、それ今言う必要あるかな……?」

 

「まぁ、なんだ……。人を勝手に値踏みすんなってこった」

 

 少々小っ恥ずかしそうにするツナと不器用にもインデックスを受け入れる旨を述べる上条。そんな二人を見てじわじわと嬉し涙が込み上げてくるインデックス。人に受け入れて貰える事がこんなに嬉しいとは彼女も思ってもいなかったのだろう。

 

 上条は泣きそうなインデックスを軽くデコピンで止める。

 

「ほら、俺はこの右手があるから魔術師なんて敵じゃねぇし!ツナもあの炎があるしな!」

 

「でも、補習があるから学校に行かなきゃならないって……。つなは心配して探してくれたのに」

 

「……それでツナ、お前にも聞きたいんだけど」

 

「あ、逃げたんだよ」

 

「……うん、これだよね」

 

 痛い所を突かれ、露骨に話題転換する上条。インデックスはジト目で見つめるも彼女もまたツナの事が気になっていたので耳を傾ける。

 

 ツナはもう覚悟は決めていた。全てをちゃんと話すと。何故かは自分でも良く分かってはいない。だけど目の前にいる二人、上条当麻とインデックスには嘘を吐きたくはなかった。

 ツナはリングを嵌めた右手を二人の前に掲げ、死ぬ気の炎を灯した。

 

「これが俺の力、死ぬ気の炎」

 

「「死ぬ気の炎?」」

 

「これは覚悟の力で引き出せる、生体エネルギーを圧縮したものでね、物を燃やす力は無いけど物理的な破壊力と、独特の性質を持っているんだ。その中でもこれは大空属性の死ぬ気の炎なんだ」

 

「属性って事は他にも種類があるのか」

 

「うん。大空の七属性を初めとして、色んな属性があるんだ。俺が使えるのはこの大空属性だけなんだけどね」

 

 それからツナは話した。大空を初めとした天候になぞらえた晴・嵐・雷・雨・霧・雲といった大空の七属性とその性質、対となる大地の七属性。死ぬ気の炎を灯すリング。それらを知り、扱うようになった経緯……つまり自分がイタリアを拠点とする世界最大のマフィア、ボンゴレファミリーの10代目ボス候補である事。それに付随してこれまで経験して来た戦い。未来の世界の匣兵器。

 

 流石に(トゥリニセッテ)の詳細、復讐者(ヴィンディチェ)、夜の炎、白蘭とパラレルワールドと言った複雑だったり、流石にマフィアと無関係の人間に話すのは不味い情報については適当に伏せておいたが。

 

 最後にこの学園都市に来る事になった要因である匣が前述した匣兵器である事。

 

 それらの話を聞いている間、上条とインデックスは黙って頷いていた。

 

「……ある意味、インデックスと魔術の話並に壮大な話だな。死ぬ気の炎か……生体エネルギーを圧縮……確かに異能の力とは言えない気がするな。俺の幻想殺し(イマジンブレイカー)でも消えなかったのも納得いく」

 

「でもつながマフィアのボスって……似合わないかも」

 

「俺だってマフィアのボスを継ぐなんて絶対やだよ。大きな権力もお金もいらないよ。自分が楽しいと思える幸せがあれば良い。俺はちゃんと就職して、ほどほどに稼いで……」

 

 京子ちゃんと結婚する事が夢なのに……と言いそうになったところで口をつぐむ。流石に人前で好きな人と結婚したいなんて言うのは恥ずかしい。

 

「すると昨日の魔術で見せた天使の姿の元になった赤ん坊ってのが……」

 

「うん。俺の家庭教師になったリボーン。やることなす事いつも滅茶苦茶だけど、あいつのおかげで俺は変われた。何をやってもダメダメだった俺にちゃんとした友達が出来て、毎日が楽しくなったのはやっぱりリボーンのおかげなんだ」

 

 ツナはマフィアのボスになる事は嫌がっているものの、ツナをボスに育てる為に来たリボーンには深く感謝しているのが、上条には強く印象に残った。

 

 きっとまだ全ては語り切れていないだけで、大切な思い出や絆が沢山あるのだろう。漠然とそう思った。

 

「なあ、昨日のあの猫がツナの匣兵器って奴なんだろ?ちょっと見せてくれよ」

 

「あ、うん。本当はライオンなんだけど……ナッツ!」

 

「ガウッ!」

 

 ツナの呼びかけと注入された死ぬ気の炎に応じてVG(ボンゴレギア)からナッツが飛び出て来る。顔の周りに燃え盛る炎がライオンのたてがみを再現しており、言われてみれば子供であるが確かにライオンだと上条とインデックスは納得する。

 

 しかしナッツはまじまじと見つめて来る上条とインデックスの視線に気付くとギョッとして怯えるようにツナの顔面に飛び付いた。

 

「ギャウ!」

 

「わっ!」

 

「え?ど、どうしたんだ?」

 

「怖がってる…?」

 

 ナッツはビクビクしながらツナの後ろに回り込み、恐る恐る顔を出して上条とインデックスの様子を窺う。

 

「う、うん…。こいつ、戦う時はそんな事ないんだけど、普段は滅茶苦茶臆病なんだ……」

 

「……なんか、ツナと丸々同じだな」

 

「ペットは飼い主に似るって聞いた事あるんだよ」

 

 ナッツの性格や考え方はツナの心を写し取っている。つまり普段のヘタレでチキンな性格と死ぬ気になった時のギャップもそのままにツナのものをコピーしていると言っても過言ではない。

 これまでナッツが初対面で心を許し、懐いた相手はツナ自身が最初から共感と親近感を抱いていたツナの親友の一人、古里炎真くらいだ。

 

 キラキラした目で見てくるインデックスに対し、ツナを通して害は無いと理解したナッツは恐る恐る近付き、インデックスに撫でられる。少しぎこちない様子だが、この分ならそう時間はかからずに懐くだろう。流石に炎真の時程早く、強くは懐かないだろうが。

 

 

 そんな中、上条の頭の中である懸念が生まれていた。

 

 

 ツナの語ったマフィアが使用する死ぬ気の炎。学園都市の書庫(バンク)にも絶対に載っていないであろう力だ。

 

 話を聞いて死ぬ気の炎が異能の力ではない事は良く分かった。だからこそ、学園都市側が知れば碌でもない事になる事が予想出来た。それこそ、超能力を使う学園都市と未知の力である死ぬ気の炎と匣兵器とやらを使うボンゴレファミリーとやらを中心とするマフィア同盟との間で戦争が起きかねない事態になるのではないか。

 

 ツナの話を聞く限り、世界最大のマフィアの10代目ボス最有力候補に手を出すとはそういう事だと分かってしまった。

 

「死ぬ気の炎…か」

 

 インデックスと魔術師の他に解決しなければならない事が増えたという事に上条だけが気付いていた。




天空ライオンの匣はコピー不可能で四つしかないらしいですけど、その内の二つがXANXUSのベスターとツナのナッツ。片方ライガーになっちゃうけど。

残り二つは何処の誰が所有してるのだろうか。地味に気になる点ではあります。ディーノの匣アニマルは天馬、白蘭は白龍だからなぁ……。

二つ余ってんのに何でリボーンの二次創作で使い手がいないんだろ?オリジナル属性の守護者だとしても大空の波動持たせりゃ良いのに。

この小説で独自設定で出そうかな。持たせるなら……ユニ?


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第二の刺客来る!

 ツナ達がいる小萌のアパートより600m程離れた雑居ビルの屋上でステイルは傍にいる仲間と共に双眼鏡で彼らの様子を見ていた。

 

禁書目録(インデックス)に同伴していた少年二人の身元を探りました。……禁書目録(かのじょ)は?」

 

「生きてるよ。だがそうなると向こうにも魔術の使い手がいるはずだ」

 

 ステイルと会話する仲間は女性だった。腰まで届く程に長い黒髪をポニーテールにして、腰には2m以上の長さの日本刀を差している。服装はジーンズの左脚がばっさり切られ、白い半袖のTシャツは何故か脇腹の方で布を縛ってヘソだしをしているという珍妙なものだ。ステイル同様、側から見れば変人でしかない。

 

「それで神裂、あいつらの力は一体何なんだ?」

 

「それですが、少年達の情報は特に集まっていません。少なくとも二人共魔術師や異能者の類ではない……という事になるのでしょうか」

 

「何だ?もしかしてあいつらがただの高校生と中学生とでも言うつもりかい?やめてくれよ。僕はこれでも現存するルーン24字を完全に解析し、新たに6文字を開発した魔術師だ。何の力も持たない素人が裁きの炎(イノケンティウス)を退けられる程、世界は優しく作られちゃいないし、片方に至っては魔術の炎を石化させたり、裁きの炎(イノケンティウス)を掻き消したり、一瞬でルーンを全て消し去る不気味な炎を使うんだぞ?」

 

 煙草をふかしつつ、不機嫌そうに昨日の戦いについて語るステイル。魔術を打ち消す上条と魔術を凌駕する炎を使うツナの存在。あれらが一般人扱いされるならば日本はまさしく神秘の国だ。

 

「そうですね。むしろ問題なのはあれだけの戦闘能力を持っておいて、片方はただの喧嘩っ早いダメ学生扱いされ、もう片方は()()()()()()()()()()()I()D()()()()()()()()()()……という事です」

 

 この学園都市は超能力者量産機関という顔を持つ。五行機関と呼ばれる組織であり、魔術と科学に分かれているとはいえ、ステイルも神裂も事前連絡を入れてあらゆる許可を取っている。学園都市への出入り、都市内の学生に関する情報の閲覧…など多岐に渡る。

 

「情報の意図的な封鎖かな。しかも禁書目録の傷は魔術で癒したときた。神裂、この極東には他に魔術組織が実在するのかい?」

 

 二人はツナと上条は五行機関とは別の組織を味方につけていると睨んだ。他の組織が二人の情報を徹底的に消していると勘違いした。……ツナに関しては強ち勘違いとも言い切れないのだが。

 

「この街で動くとなれば、何人も五行機関のアンテナにかかるはずですが。……敵戦力は未知数、対してこちらの増援は無し。難しい展開ですね。最悪、組織的な魔術戦に発展すると仮定しましょう。ステイル、貴方のルーンは全て謎の炎による石化で無力化された、と聞いていますが」

 

「その点ばかりはあの炎の詳細が分からない以上、対策が限られてくる。今度は建物のみならず、周囲2kmに渡って結界を刻む。使用枚数は16万4000枚、時間にして60時間程で準備を終えるよ」

 

 ツナの大空の炎による調和…それに伴う石化の範囲は分からないが、ステイルはステイルなりに対策を講じていた。それは同時にもし大空の炎が2kmもの範囲をも問題にしないというのなら、ステイルは絶対にツナには勝てないという事を指しているが。

 

 そういう意味でも敵の戦力が未知数だという事実はこの二人の魔術師にとって大きな痛手だった。

 

「……楽しそうだよね」

 

 不意にステイルは600m先で談笑しているであろう上条達に視線を向けて呟いた。寂しそうに、悲しそうに。

 

「本当に楽しそうだ。あの子はいつでも楽しそうに生きている。……僕達は一体いつまでアレを引き裂き続ければ良いのかな」

 

「複雑な気持ちですか?かつて、あの場所にいた貴方としては」

 

「……いつもの事だよ」

 

 

****

 

 三日後の夜、インデックスの傷が完治した事もあり、上条、ツナ、インデックスの三人は桶とシャンプーなどの石鹸類を持って銭湯に向かっていた。

 あの後、小萌は宣言通り忘れたのか、敢えて触れなかったのかは分からないが何の事情も聞かずにアパートに泊めてくれた。上条の学生寮は敵にマークされているので戻る訳にはいかなかったのでありがたかった。

 

「おっふろっ、おっふろっ、おっふっろ〜♪」

 

「なんだよ、そんなに気にしてたのか?正直匂いなんてそんな気になんねーぞ?」

 

「当麻君、そういう事じゃないと思うよ」

 

「とうまは汗かいてるのが好きな人?」

 

「そういう意味じゃねえっ!!」

 

 相変わらずデリカシーゼロの上条。ツナは軽くツッコミを入れつつも彼自身も少し楽しみではある。以前兄弟子のディーノやランボなどの居候達と銭湯に行った事を思い出す。ディーノのせいで家の風呂が壊れたのが原因ではあるが。

 頓珍漢なやり取りに苦笑しつつも三人は楽しそうに銭湯へ向かう。

 

「とうま、つな」

 

「何?」

 

「何だよ?」

 

「何でもない。用がないのに名前が呼べるって、なんか面白いかも」

 

 本当に楽しそうにしているインデックスを見て上条もツナも複雑そうな顔になる。インデックスはこんな風に心が安らげる事がこれまで無かったのだろう。だからこそインデックスは二人に対して尋常ではない程に懐いていた。

 

「ジャパニーズ・セントーにはコーヒー牛乳があるって、こもえが言ってた。コーヒー牛乳って何?カプチーノみたいなもの?」

 

「カプチーノ?」

 

 インデックスの問いかけにツナが逆に首を傾げてしまう。ツナにはそういったコーヒーやカフェオレなどの知識は殆どない。家庭教師のリボーンはエスプレッソしか飲まないし、ツナ自身そういったものには全然興味が無かった。

 

「……んなエレガントなもん、銭湯にはねえ。あんま期待を膨らませるな。んー、けどお前にゃデカい風呂は衝撃的かもな。イギリスってホテルにあるみたいな狭っ苦しいユニットバスがメジャーなんだろ?」

 

(そう言えばディーノさんも初めて銭湯に行った時はランボみたいにはしゃいでたな。イタリアの方はどんな感じなんだろ?)

 

 しかしインデックスは本当に良く分からないという感じで小さく首を傾げた。

 

「んー?その辺は良く分かんないかも。私、気付いたら日本(こっち)にいたからね。向こうの事はちょっと分からないんだよ」

 

「ふぅん、何だ。通りで日本語ペラペラなはずだぜ。ガキの頃からこっちにいたんじゃ、お前殆ど日本人じゃねーか」

 

(アレ?でもランボやフゥ太はイタリアで暮らしてたのに日本語ペラペラだよな……?イーピンは最初は中国語だったけど、最近はカタコトでも日本語も喋れるように……)

 

 5歳のランボやそれよりちょっと歳上なフゥ太は生まれもツナの家に来るまでの育ちもイタリアだ。当然、イタリア語も喋れる。そして日本に来て日本語も不自由無く喋れている。対してツナは普通の日本語でも怪しい点が多く、英語など論外。つまり言語能力に限り、フゥ太やイーピンはともかく、アホ牛と称されるランボにまでもツナは大きく劣っていた。

 

 因みに嵐の守護者兼親友の一人、獄寺は出身国のイタリア語は勿論、日本語や英語も堪能。部下がいなければへなちょこな兄弟子ディーノも同様。ボンゴレの独立暗殺部隊であるヴァリアーに至っては七ヶ国語はマスターしていなければ入隊すら出来ない。

 

(アレ!?何だか泣きたくなってきたーーー!?)

 

 気付きたくなかった真実に気付いたツナはどんよりとしながらインデックスの話に耳を傾ける。

 

「あ、ううん。そういう意味じゃないんだよ。私、生まれはロンドンで聖ジョージ大聖堂の中で育ってきたらしいんだよ。どうも、こっちに来たのは一年くらい前…らしいんだね」

 

「「らしい?」」

 

 曖昧な話に上条もツナも眉を顰める。そして次にインデックスの口から放たれた一言によって冷や水を浴びたような気分になった。

 

 

「うん。こっちに来た時……一年くらい前から、記憶がなくなっちゃってるからね」

 

 

 生まれて初めて遊園地に来た子供のように笑うインデックス。彼女の笑顔を見て上条もツナも何も言えなくなった。その裏にある焦りや辛さが見て取れてしまったから。

 

「最初に路地裏で目を覚ました時は自分の事も分からなかった。だけど、とにかく逃げなきゃって思った。昨日の晩ご飯も思い出せないのに、魔術師とか、禁書目録(インデックス)とか、必要悪の教会(ネセサリウス)とか、そんな知識ばっかりぐるぐる回っててて、本当に怖かった……」

 

「……じゃあ、どうして記憶をなくしちまったかも分かんねーって訳か」

 

「そんな……」

 

 上条やツナには心理学といった記憶に関する学問の知識はないが、大方の予想は付いてしまう。記憶を失う程に頭にダメージを受けたか、心の方が耐えられない記憶を封印してしまったか。

 

「くそったれが……」

 

「酷い……」

 

 上条とツナにはある種別々の怒りが沸いていた。いや、完全に違う訳ではない。ツナはこんな女の子をそこまで酷い目に遭わせた魔術師に対する怒りを抱いた。勿論上条にもそれはあるが、それ以上にインデックスが異常に上条やツナに懐いたり、庇う理由が分かってしまったから。

 記憶を失ってから漸く巡り会えた最初の知り合いが()()()()()()()()()()()()。それだけだ。

 上条はそれを嬉しいとは思えなかった。

 

「むむ?とうま、なにか怒ってる?」

 

「怒ってねーよ」

 

「違うよ、当麻君が怒ってるのはインデックスにじゃなくて……」

 

「じゃあつなに?」

 

「いや、それも違くて……」

 

「なんか気に障ったから謝るかも。とうま、なにキレてるの?思春期ちゃん?」

 

「……その幼児体型にだけは思春期とか聞かれたくねーよな、ホント」

 

「む。何なのかなそれ。やっぱり怒ってるように見えるけど。それともあれなの?とうまは怒ってるふりして私を困らせてる?とうまのそういう所は嫌いかも」

 

 どうにもギクシャクしてきた空気をどうにかしようとツナが必死にあれこれ頭を働かせようとしてもどんどん空気が悪くなってくる。そして上条は決定的に空気を悪化させる一言を言ってしまう。

 

 

「あのな、元から好きでもねーくせにそんな台詞吐くなよな。いくら何でもお前にそこまでラブコメいた素敵イベントなんぞ期待しちゃいねーからさ」

 

 

 空気が静まり返った。

 

 流石に超直感が絡まなければ勘の鈍いツナにも分かってしまう。これは上条が悪い。

 

「とうま」

 

 インデックスは胸の前で両手を組んで、上目遣いの目尻に涙を浮かべそうな表情になって、下唇を噛み、上条の名を呼んだ。

 

「だいっきらい」

 

 頭のてっぺんを丸噛りにされた上条の断末魔が夜の学園都市に響き渡った。

 

****

 

 インデックスは一人でさっさと銭湯に向かってしまった。

 とはいえ、猫みたいに後からトボトボ来る上条とツナの姿を確認してまた少し離れて先に銭湯に近付くというやり取りを繰り返していた。

 

「さっきのは当麻君が悪いよ。ちゃんとインデックスに謝った方が……」

 

「分かってるよ……」

 

「記憶が無いのもきっと本当に辛い目に遭ってきたんだ……。もうそんな目に遭わないようにせめて俺達であの魔術師を何とかしないと。でもその前にこっちで揉めてちゃあ……」

 

 ツナは説教をしているつもりはあまり無いが、上条は歳下に噛み付かれた後、また別の歳下に諭される形で説教を受けているという結構精神的に辛い状況に立っていた。いつものように「不幸だ…」とでも呟きたくなるものだが、そんな気にすらなれない。

 

「でも実際どうすんだ?インデックスを日本のどっかにあるイギリスの教会に連れて行ったらあいつはそのままロンドンの本部に飛ぶって事になるけど。そしたらもう俺達の出番なんてねぇぞ。そうしなきゃ、延々と魔術師に追われる事になるし、あいつの後を追ってイギリスまで飛ぶのも違えだろ?」

 

「う…。確かにそれっきりになりそうだな。でもここまで来たらそれだけで終わるのも何だかなぁ……」

 

 上条に今後インデックスにしてやれる事を大まかに説明されるとツナは考え込む。ツナはインデックスが魔術師に狙われる根本を解決しないと気が済まないのだろう。今後一切、彼女が傷付くような事にならないように解決したいのだろう。本当にお人好しな奴だと心から思う。

 

 上条からすれば背負っている問題はインデックスの事だけではない。ツナもまた訳も分からず見知らぬ土地である学園都市にやって来たのだ。しかも詳しい話を聞けば死ぬ気の炎やら、世界最大のマフィアの次期ボス最有力候補だという。そんな人間が本当にただの偶然でこの街に突然来るだろうか。

 

 学園都市には碌でもない奴らがいる事を上条は知っている。この街の闇を知っている。ツナの死ぬ気の炎というエネルギーを狙ったのか、それともマフィア、ボンゴレファミリーのボス候補そのものを狙ったのか。それは分からないが、まず間違いなくツナは学園都市の闇によってこの街へ拉致されたのだと上条は推測していた。匣兵器とやらもマフィアから情報を盗めばこの街の科学力を以ってすれば製作可能だろう。そこに空間移動能力者の力をどうにかして組み込めばツナの話と辻褄も合う。

 

 上条からすればツナもインデックスも住んでる世界、立ってる場所、生きてる次元、何もかもが違う人間。

 

 上条は科学(ESP)の世界に住んでいて、インデックスは魔術(オカルト)の世界に生きていて、ツナは裏社会(マフィア)の世界で過ごしている。

 

 本当にバラバラの世界。陸と海と空みたいに決して交わり合わない。超能力も魔術も死ぬ気の炎も……あるべき場所が違う。

 

「あれ?」

 

「ん?」

 

 不意にツナも上条も素っ頓狂な声を出した。

 現在午後八時。まだ人がそこら中にいるはずの時間帯なのに、辺りは森のように酷く静まり返っている。

 思えばインデックスと三人で歩いていた時から誰ともすれ違っていない。

 

 周囲を確認しても車道には車の一台も走らず、そこら辺にある大手のデパートには誰も出入りしていない。

 

 

「ステイルが人払いのルーンを刻んでいるだけですよ」

 

 

 突如として聞こえた女性の声。二人はそれまで気付けなかった。超直感を待つツナでさえも、気付けなかった。

 

 その女は物陰に隠れていた訳ではない。背後から忍び寄った訳でもない。10m先の車道のど真ん中に悠然と立っていた。

 

「この一帯にいる人に『何故かここには近付こうと思わない』ように集中を逸らしているだけです。多くの人は建物の中でしょう。ご心配はなさらずに」

 

 コイツはヤバイ。

 

 超直感も何も関係無く、悟ったツナは指に嵌めていたVG(ボンゴレギア)の上にXグローブを装着し、死ぬ気丸を飲んで額に死ぬ気の炎を灯す事で(ハイパー)死ぬ気モードになった。

 上条も目の前の女の危険性を理解しているのか、右拳を握り締める。

 

 女は上条に目を向けて口を開く。

 

「神浄の討魔、ですか。良い真名です」




ツナの当て字が思い付かなかったのでこの場ではスルー。何か良いのあったら教えて下さい。


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真実への入り口来る!

 ツナと上条の前に現れた魔術師と思われる女は緊張した様子を見せず、まるで世間話でもするかのように話を振って来た。それが一層不気味さを際立たせていた。

 

「……テメェは」

 

「神裂火織、と申します。出来ればもう一つの名は語りたくないのですが」

 

「もう一つ?」

 

「魔法名とやらか」

 

「ええ」

 

 (ハイパー)死ぬ気モードになっていたツナは先程とは打って変わって冷静に神裂の言葉の意味を理解して確認を取る。それを肯定した神裂を見て上条も結論付けた。

 

「て事は何か、テメェもステイルと同じ魔術結社とかいう連中なんだな」

 

「……?ああ、インデックスに聞いたのですね?」

 

 上条もツナも答えない。10万3000冊を欲するが為にインデックスを追い回し、記憶喪失にまで追い込んだ連中に話す事など無い。

 

「率直に言って、魔法名を名乗る前に彼女を保護したいのですが」

 

 ステイル曰く、魔法名とは殺し名。敵を殺すと決めた時に名乗るものらしい。つまりこの女には今の所、自分達に対する殺意は無いのだろうか。ツナは彼女の一挙一動に気を配りながら考える。

 

「……嫌だ、と言ったら?」

 

「仕方がありません。名乗ってから、彼女を保護するまで」

 

 瞬間、強い衝撃が地震のように二人の足元を震わせた。爆発でも起きたかのような感覚。視界の隅で夜空の向こうが夕焼けのように橙色に輝き始めた。数百m先で巨大な炎が燃え広がっていた。

 

(ステイルか!!)

 

「インデックス……!!」

 

 ツナも上条もこの爆発の犯人に瞬時にアタリを付けた。あの炎を使う魔術師だ。上条は反射的に炎が燃え上がった爆発現場の方角へ視線を向ける。

 次の瞬間には神裂による斬撃が襲いかかってきた。

 

 それを“見透かす力”、超直感で察知していたツナが両腕の死ぬ気の炎を広範囲に広げ、壁を作る事でガードした。炎越しに空気そのものを引き裂くような衝撃が伝わってくる。まともに食らっていれば身体がバラバラになっていただろう。いや、自分達の後方にある建物などまでも軽く切断されていたかもしれない。

 大空属性の“調和”があるからこそ、この斬撃を空気に溶かすかのように無力化出来た。彼女の太刀筋ならば雷属性の“硬化”や雨属性の“鎮静”までも突破したかもしれない。

 

 女の細腕であんな大太刀を瞬時に振り回せるものなのか。今の斬撃が魔術ではなく、腕力によるものならばS(スペルビ)・スクアーロにすら匹敵しかねない。

 

 遅れて斬撃に気付いた上条に対し、神裂は何処までも冷静に告げる。

 

「隣に彼がいて助かりましたね。本来私から注意を逸らせば、辿る道は絶命のみでした。次からはやめて下さいね」

 

「……ッ!」

 

 上条は動けなかった。自分が今ここに立っているのはツナが死ぬ気の炎で攻撃を防いでくれたから。いや、今の口調からすればもしかしたら最初はわざと外してくれたかもしれないが、どっち道、敵の規格外さ、非常識さを見せつけられるだけに終わっただろう。

 

 刀を鞘から抜き、再び納める瞬間は上条どころかツナにも見えなかった。

 

「もう一度、問います。魔法名を名乗る前に、彼女を保護したいのですが」

 

 神裂の声には淀みが無い。この程度で驚くな。あの斬撃を防いだ程度で驚かない。そう言っているように上条には聞こえた。

 

「な、なに、言って……やがる。テメェを相手に、降参する理由なんさ…「何度でも、問います」…!?」

 

 ほんの一瞬、神裂の右手がブレる。風が唸り、恐るべき速度で上条とツナを台風の目にして巨大な竜巻が巻き起こる。地面も、街灯も、一定間隔で並ぶ街路樹がまとめて切り裂かれる。工業用の水圧カッターでも使ったかのようにあっさりとスパスパ切れる。

 

 宙を舞うコンクリートの欠片が二人に向かって飛んでくる。そして七つの直線的な『刀傷』が平たい地面の上を何十mに亘って()()()()()()()()

 

 

 

「ナッツ、形態変化(カンビオ・フォルマ)防衛モード(モード・ディフェーザ)

 

 

「GAOOOOOOOOO!!!」

 

 

 全てが過ぎ去ろうとする前に、ツナの声が響いた。いつの間にかツナの肩に乗っていたナッツが雄叫びと共に光り輝く。そして次の瞬間、地面に襲い掛かろうとしていた『刀傷』と上条とツナにぶつかろうとしていたコンクリートの欠片も全て届かなくなった。

 

 上条は勿論、神裂までもが目を見開く。ツナの肩に乗っていたライオンの幼体は姿形を変えて、黒きマントが斬撃も飛び散る破片も全て防いだのだから。

 

 これこそが全てに染まりつつ、全てを飲み込み、包容する大空。

 

 Ⅰ世のマント(マンテッロ・ディ・ボンゴレ・プリーモ)

 

 大空属性の“調和”で先程同様に神裂の攻撃を全て無効化し、炎で物理的にコンクリートを防いだのだ。この巨大なマントで上条も周囲の地面も守り、ツナは真っ直ぐ神裂を見る。

 神裂もまた、頬にタラリと少し汗を掻いてツナを見ていた。

 

「私の七天七刀が織り成す『七閃』の斬撃速度は、一瞬と呼ばれる時間に七度殺すレベルなんですがね。人はこれを瞬殺と呼びます。あるいは必殺でも間違いではありませんが……、これを防ぎますか」

 

 いくら直接二人を狙わなかったとはいえ、どんな形であろうとこれが防がれるとは夢にも思わなかったのだろう。本格的に神裂から見たツナという存在が明確な脅威となってきた。負けはしないだろう。だが目の前の少年を相手にするには魔法名を名乗らなければならないかもしれない。

 

 ステイルが負ける訳だ。この少年は強い。修羅場を潜った数も両手の指では足りないだろう。隣にいる少年も中々に厄介な能力を持っているが、この少年、沢田綱吉ならば単独でも大した労力もかけずにステイルを打倒して見せたはずだ。

 

 上条は目の前で繰り広げられる攻防を見ている事しか、いや、殆ど目で捉える事も出来なかった。この魔術師も、ツナも……上条とは真の意味での戦闘経験がまるで違う。上条は無言で右手を押し潰す勢いで握り締める。

 確かに戦闘では上条は何の役にも立てないかもしれない。だがそんな理由でツナに任せっきりにも出来ない。共に戦うと、インデックスを守ると決めたのだ。あの速度と威力、そして射程距離。恐らくあの斬撃には魔術という名の『異能の力』が関わっている。ならば、あの太刀筋そのものに触れる事が出来れば、決定的な隙があの女に生まれる。ツナならばそれを決して見逃さずに敵に決定打を与えてくれるだろう。ただ右手で殴るだけの上条には決定打は与えられない。だがツナがそれを叩き込むだけの隙を生み出す事くらいならば出来るはずだ。

 

「絵空事を」

 

「…!?」

 

「……」

 

 上条の思考が遮られた。

 

「ステイルから話は聞いています。貴方の右手は何故か魔術を無効化する。ですが、それは貴方が右手で触れない限り、不可能ではありませんか?」

 

 触れる事が出来なければ上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)は何の意味も持たない。速度もそうだが、変幻自在な神裂の七閃とやらは狙いを先読み出来なければ、七つの太刀筋によって上条の腕は輪切りにされてしまう。

 上条は知らない事だが、ツナが神裂の七閃を先読み出来たのは見透かす力、超直感あってこそだ。

 

「幾度でも問います。魔法名を名乗る前に彼女を保護させてもらえませんか?」

 

「断る」

 

 神裂のプレッシャーに押し潰されそうになっていた上条に代わり、ツナが拒絶の意を伝えた。神裂は顔色一つ変えないが、上条は呆然としてツナを見た。

 

「インデックスは俺達の友達なんだ。そのインデックスを傷付けるような奴に、彼女は絶対に渡せない」

 

「……!」

 

 マントを羽織り、眉間に皺を寄せながら断言した。上条が力の差を前に愕然としている中でツナは決して退く姿勢を見せない。戦い慣れしているから……そんな理由ではない。眉間に寄せられた皺を見て上条は分かってしまう。ツナは戦いを忌み嫌っている。それでも拳を振るうのは友達や仲間を守りたいから。これまで上条が拳を握ってきた理由と同じだ。

 

 なのに何故自分は敵が強いというだけで圧倒されそうになっているのか。自分より強い相手など慣れっこではないか。普段のツナは今の自分よりも簡単に怖がるような人間だ。それが何故この敵に臆せず挑めるのか。簡単だ。友達を守りたいから。何処までも上条と同じだ。

 

「ははっ…、そうだよ。恐れる事なんてねぇじゃねえか…」

 

「……?」

 

「……覚悟は決まったようだな」

 

「ああ。死ぬ気でこんな幻想をぶち殺してやる!」

 

 友達を守る。それだけで良い。それだけで上条を奮い立たせてくれる。

 

「何が貴方達をそこまで駆り立てるのかは分かりませんが……」

 

 一連の様子を見ていた神裂は呆れ…いや、むしろ哀れみの色が込められた溜め息を吐き出し、静かに七天七刀の柄に触れる。

 

 七閃。

 

 風の唸りと共に砂埃が上条とツナの眼前で八つに切断される。地面が砕かれ、コンクリートや木の欠片が細かく二人に飛び掛かる。

 ツナは再びマントを翻し、全てを包み込み、“調和”と柔の炎で無力化する。どれだけ速かろうがやっている事は魔術を使った居合斬りのはずだ。右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)でその速度をどうにかすれば良い。そう考えてツナのマント越しに上条は隙を窺う。しかしその前にツナに右手首を掴まれ、止められる。

 

「!?ツナ、どうして止め……」

 

「良く見てみろ。これはあの刀を振ったからでも魔術の効果でもないようだ」

 

「!?それって…どういう……!!」

 

 ツナの言葉に従い、目を凝らして神裂のいる方を見る。するとツナの死ぬ気の炎に照らされた事で初めて見えるようになった、光を反射している糸のようなものがあった。蜘蛛の糸のようにも見えるそれは、七本の鋼糸(ワイヤー)

 

「……見抜きましたか」

 

「なんてこった……魔術なんて使ってなかったのか、あいつ」

 

 あの馬鹿長い刀は飾り……いや、こちらを騙す為のもの。幻想殺し(イマジンブレイカー)であれを消そうとしても消えはしない。あの鋼糸(ワイヤー)が上条の右手に食い込んでバラバラにしていただろう。

 

「ワイヤーの使い手には覚えがある。奴とは全く違う用途での使い方だったが、お陰で気付けた。それにステイルはともかく、他の魔術師が全員魔術一辺倒で戦うとは思えなかった。当麻君の右手は例外だとしても、他の魔術で自分の魔術を無効化された場合も考えられる」

 

「貴方は戦いというものを嫌という程理解しているようですね。先程も言いましたがステイルから話を聞いていたので、そちらの少年を相手にするには魔術ではなく、別の力を使うのはある意味当然です。重要なのは力の量ではなく、質。ジャンケンと同じです。グーはパーには勝てませんから」

 

「……」

 

「それから、私は自分の実力を安いトリックで誤魔化している訳でもありません。この七天七刀は飾りではありませんよ。七閃を潜り抜けた先には真説の『唯閃』が待っています。それを何となくでも理解しているから貴方は七閃を防いでも反撃には来ない。違いますか?」

 

 神裂は己の実力と語ると同時にツナが今一踏み込んで来ない理由を推測する。上条もツナも相手取るには相当厄介な相手であると認めている。だからこそ話を続ける。唇を噛んで。

 

「それに私はまだ魔法名を名乗ってすらいません。名乗らせないで下さい、少年達。私はもう二度とアレを名乗りたくない」

 

 殺したくない。そう言っているに等しかった。悲しそうに告げる彼女を見て上条の握った拳が震える。目の前の魔術師はステイルとは違う。敵を殺すのを躊躇っている。その気になればツナはともかく上条などすぐに殺せるのに、躊躇っている。()()()()()()()()()()()()()()()()()』だ。

 

「何でだよ?何でこんな事してんだよ?そんな事が言えんなら、分かってんだろ?寄って集って女の子が空腹で倒れるまで追い回して、刀で背中斬って……そんな事、許されるはずないって、分かっちまってんだろ?」

 

「……」

 

「知ってんのかよ。アイツ、テメェらのせいで一年ぐらい前から記憶がなくなっちまってんだぞ?一体全体、どこまで追い詰めりゃそこまで酷くなっちまうんだよ……」

 

 返事はない。だが彼女の瞳は一層、悲しみが増していた。

 

 その時ツナはある違和感に気付いた。上条が指摘した通り、神裂の言動と行動は口封じや目的の為なら非の無い人間を殺す事も良しとするステイルとは明らかに違う。

 神裂は上条の右手の弱点しか突いていない。上条には無理でもツナが防げる攻撃しかしていない。

 

「……違う」

 

「…?」

 

「さっきはインデックスを傷付けるような奴に彼女は渡せないと言ったけど、それは違う。違ったんだ」

 

「……?何が違うというのですか?」

 

 ツナは相変わらず眉間に皺を寄せながら神裂を見つめる。額に灯っていた死ぬ気の炎は次第に鎮火していき、橙色に輝いていた瞳も元の鮮やかな茶色に戻っていた。

 

「貴女はそんなに悪い人じゃない」

 

「…!」

 

 弱々しくもまっすぐな瞳で見つめられた神裂は何故か……一歩だけ、後ずさった。ずっと押し込めていた感情の檻が壊れてしまう。そんな気がした。

 

「貴女はインデックスの背中を好き好んで斬り付けるような人じゃない。ステイルの言った殺し名を名乗りたくないって言ったのもそうだけど……」

 

 ツナの中では既に神裂はある人物と重なっていた。顔は怖いけど、暖かくて、子供に好かれて、他人を傷付ける事に罪悪感を抱いて、目を閉じてしまう。本当は誰よりも優しい用心棒。

 

「ステイルから話を聞いていたのなら、貴女程強い人なら……俺の炎なら貴女の技を防げる事くらい、最初から分かってたはずだ。攻撃を受けている中でおかしいと思ったんだ。冷徹ぶってて、ちょっと怖いと思ったけど、貴女は本当は俺の友達やうちにいる子供みたいに、あったかい人だ」

 

 ツナの言葉に上条もハッとする。ステイルから話を聞いた上で、神裂はツナの炎で防げる攻撃しかしてこなかった。穏便に済ませたいからでもあったのだろうが、そもそも彼女が本当に目的を…インデックスの保護という名目の拉致を優先するのならば交渉なんかしない。彼女が離れたこの隙を狙って攫えば良い。

 

 インデックスの背中にしたって、アレは『歩く教会』がインデックスを守ると確信していたはずだ。ステイルはインデックスが傷を負ったのは予想外だった。『歩く教会』がインデックスを守れなかったのは上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)というある種のイレギュラーがあったから。

 

 彼女は……初めからインデックスを傷付ける気など無かった。

 

「貴女は最初から見たくなかったんだ!敵とか味方とか関係ない……人が傷付くところなんて、見たくなかったんだ!!」

 

 ツナの言葉で神裂の本心を完全に理解してしまった上条は先程よりも遥かに悲しそうに、悔しそうに感情を彼女へとぶつける。

 

「……何でこんな事してんだよ?俺はさ、自分(テメェ)の命張って、死にもの狂いで戦おうとして、たった一人の女の子を守るどころか、別の誰かに守られてばっかの負け犬だよ!インデックスがテメェらに連れ去られようとしてんのをツナが止めようとして、それを指咥えて見ている事しか出来ねー弱者だよ!」

 

 神裂は何も言わない。否、何も言えない。ただただ己の心へと迫って来る二人の少年を前に困惑し、決壊しそうになる心を抑えようと必死で胸に手を当てる。

 

「だけどアンタは違うだろ!?そんな力があれば誰だって守れるのに、何だって、誰だって…救えるのに!!何だってこんな事しなくちゃならねぇんだよ!!?」

 

 上条は悔しかった。守りたいものを守り抜ける力がある人間が、望まずに女の子一人を追い詰めなきゃならない事が。追い詰められている女の子も、そうしなきゃならない目の前の女も……誰も救い出せない自分が……

 

 

 

 悔しかった。

 

 

 

「……」

 

 沈黙に沈黙を重ね、神裂は漸く口を開いた。震える声が上条とツナの心を揺るがす。

 

 

「……私だって、私だって本当はこんな事したくなかった!!!!!」

 

 

 ツナに胸の内を見透かされ、上条の言葉が胸に刺さった事で神裂の瞳が潤んだ。泣きながら膝から崩れ、縋るように告げる。

 

「けど、こうしないと彼女は生きていけないんです!死んでしまう!!」

 

「「!?」」

 

 泣きながら神裂は二人に告げる。

 

「私の所属する組織の名は、あの子と同じ、イギリス清教の……必要悪の教会(ネセサリウス)……」

 

 残酷な真実への入り口を。

 

「あの子は……インデックスは私の同僚にして、大切な親友なんです……!」




勝てんのかとかどう退けるのかとかそんな事ばっか考えてたけど、そもそもツナが間に割って入れば会話とか流れ次第では誰も怪我しない面子じゃね?と思ったからこうなった。

というか、ねーちんはなんかランチアと似てるような気がしたので、初見では無理でも攻撃を防いでいるうちにツナはそこんとこ気付きそうだなーって。


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ちゃおちゃお来る!

 あの後、インデックスの強い希望により、当初の予定通り一応は銭湯に行き、汗を流したものの、帰って来てから上条とツナは思い詰めた雰囲気を醸しながら小萌の部屋で暗い顔をしていた。

 上条は窓から夜空を見上げ、ツナは部屋の壁に寄り掛かって体育座りをしている。

 

 インデックスは一足先に布団に入り、スヤスヤと寝息を立てている。穏やかに眠るその姿が二人の心を痛めた。

 

 あと少しの時間で、それは消えてしまうかもしれないのだから。

 

 ツナは似たような事を以前に経験している。虹の代理戦争で知ったアルコバレーノの世代交代だ。あの件はおしゃぶりに大空の七属性の炎を灯し続け、尚且つ如何なる時もおしゃぶりを守れるだけの強さを兼ね備えた世界最強の七人がアルコバレーノに選ばれ、おしゃぶりの寿命故に先代は切り捨てられてしまうというものだったが、おしゃぶりに代わる器に七属性の炎を灯し、それを復讐者(ヴィンディチェ)達が夜の炎の力で維持しながら永久に守り続ける役割を買って出た事により、解決した。勿論リボーン達当代のアルコバレーノは呪いを解かれ、命の危険も無くなった。

 

 しかしこの方法をツナが思い付き、実行する事が出来たのはバミューダ達からアルコバレーノの歴史とおしゃぶりの詳細という真実を教えられ、自分達が死ぬ気の炎についてしっかりとした知識を持ち、あらゆる人々の協力があったからこそだ。あとはランボのちょっとした気紛れか。

 

 今回のインデックスの件では脳や魔術に関する知識も、協力してくれる人材も、何もかもが足りていない。

 

「……どうすれば良いんだ」

 

 悲痛な声を絞り出して、ツナは俯いた。

 

****

 

 時は少し遡る。

 

 神裂の言葉に上条とツナは絶句する。意味が分からなかった。言葉の意味が分からなかった。

 インデックスは魔術師に追われてイギリスの教会に逃げようとしていたのに、その追手が同じイギリスの教会に所属する人間だった。しかも親友だったという。前提からしてあり得ないものだった。

 

「完全記憶能力、という言葉に聞き覚えはありますか?」

 

「ああ、10万3000冊の正体、だろ。……全部、頭の中に入ってんだってな。言われたって信じらんねーよ。一度見たものを残さず覚える能力なんて。だって馬鹿だろアイツ。とてもじゃねーけど、そんな天才には見えねえよ」

 

 驚愕しつつも、軽口を織り交ぜて答える上条。ツナには上条の言葉が説明や確認ではなく、上条自身にそうだと言い聞かせているように思えた。

 

「……貴方達には、彼女がどんな風に見えますか?また、どう思ってますか?」

 

「ただの、女の子だ」

 

「大切な友達だよ」

 

 神裂は上条の答えに疲れたような顔をして、そしてツナの答えによって瞳に一層悲しみを宿らせてポツリと言った。

 

「ただの女の子が一年間も私達の追撃から逃れ続ける事ができると思えますか?ステイルの炎に私の七閃と唯閃……魔法名を名乗る魔術師達を相手に、貴方達のように異能に頼る事なく、私のように魔術にすがる事なく、ただ自分の手足だけで逃げる事が」

 

 不可能だ。ツナとて死ぬ気の炎無しで戦う事も逃げる事も出来ない。自分は何の力も無しに魔術を使う連中を相手に逃げ続ける。そんな事は不可能だ。加えてインデックスはコロネロのような軍人でも、ヴァリアーのような特殊部隊の人間でもない。下手したらツナよりも不利な条件を背負っているかもしれない。

 

「たった二人を相手にするだけで、貴方達の知る有様です。必要悪の教会(ネセサリウス)という『組織』そのものを敵に回せば、私だって一ヶ月も保ちませんよ」

 

 上条も漸くインデックスという少女の本質を知った。上条が幻想殺し(イマジンブレイカー)という能力を持っていてもそれは不可能。なのに彼女は何の異能もなく、それをやってのけていた。

 

「アレは紛れもなく天才です。扱い方を間違えれば天災となるレベルの。教会(うえ)が彼女をまともに扱わない理由は明白です。怖いんですよ、誰もが」

 

「……それでも、アイツは人間だよ。道具なんかじゃねえ。そんな呼び名が、許されるはずねぇだろ!!」

 

「そうだ……そんな事は貴女が一番分かっているはずだ!貴女はそいつらとは違う!インデックスの為を思っている!親友だったんだろ!?」

 

 上条とツナの訴えに神裂は頷く。二人の主張は当然のものだ。自分も同じ気持ちなのだから。

 だからこそ伝えなくてはならない。残酷な真実を。

 

「そうですね。……その一方で現在の彼女の性能(スペック)は私達凡人とほぼ変わりません」

 

「……?」

 

「どういう事…ですか?」

 

 

 

「彼女の脳の85%以上は禁書目録(インデックス)の10万3000冊に埋め尽くされてしまっているんですよ。残る15%を辛うじて動かしている状態でさえ、私達凡人とほぼ変わらないんです」

 

 

 

 その話を聞いてツナは猛烈な違和感を覚えた。彼女は嘘を吐いていないのだろうが、違和感があった。

 上条はその違和感に気付いていないのか、話を続ける。

 

「……だから何だよ。アンタ達は何をやってんだよ?必要悪の教会(ネセサリウス)って、インデックスの所属している教会なんだろ?何でその教会がインデックスを追い回してる?何でアンタ達はインデックスに魔術結社の魔術師だなんて呼ばれてんだよ。……それとも何か?インデックスの方が俺達を騙してたって言うのか、アンタは」

 

 そんなはずはない。単に上条やツナを利用したいのなら、わざわざを上条を助ける為にフードを取りに戻り、背中を斬られるなんて危険を冒す理由などない。

 

「……多分、それは違うよ当麻君。インデックスは嘘なんて吐いてない。インデックスは一年前から記憶が無い。この人の事が分からなくてもおかしい話じゃない」

 

「ツナ…そうか、記憶喪失……!」

 

「そちらの少年の言う通り、彼女は嘘を吐いてはいません。貴方も知っているように何も覚えてないんです。私達が同じ必要悪の教会(ネセサリウス)の人間だという事と、自分が追われている本当の理由も。覚えていないから自分の中の知識から判断するしかなくなった。禁書目録(インデックス)を追う魔術師は、10万3000冊を狙う魔術結社の人間だと思うのが妥当だ……と」

 

 確かにそうだ。記憶が失くなってしまえば残ったものを頼りに判断する。当たり前の事だろう。しかし明らかにおかしい点がある。

 

「けど、待てよ。待ってくれ。言ってる事おかしいだろ。インデックスには完全記憶能力があるんだろ?だったら何で忘れてんだ。そもそもあいつは何で記憶を失っちまったんだ?」

 

 

 

「失ったのではありません。正確には、私が消しました」

 

 

 

 真夏なのに空気が凍り付いたような感覚だった。どうやってと問い質す必要など無い。魔術だ。そして神裂が魔法名をもう二度と名乗りたくないと言った理由も分かってしまった。

 

「どうして……どうして!アンタはインデックスの仲間…それも親友だったんだろ!?それはインデックスからの一方通行じゃねえ、アンタの顔見てりゃ分かるよ!アンタにしたってインデックスは大切な友達なんだろ!?だったら、どうして!?」

 

 インデックスに向けられた笑顔を思い出しながら上条は問い詰める。あの笑顔はこれまでの寂しさの裏返しでもあったはずなのだ。だからこそ、神裂の行動が分からなかった。

 

「そうしなければ、ならなかったからです」

 

「何でだよ!?」

 

「そうしなければ、インデックスが死んでしまうからですよ」

 

 再び空気が凍り付いた。真夏の熱気が一気に引いたような気分だった。まるで死体になったような…そんな……。

 

「言ったでしょう。彼女の脳の85%は10万3000冊の記憶の為に使われている、と。たたでさえ、彼女は常人の15%しか脳を使えません。並の人間と同じように『記憶』していなければすぐに脳がパンクしてしまうんですよ」

 

 告げられた真相に対して上条はまず始めに『否定』しながら思考を巡らせようとする。

 

「そ、んな……だって、だっておかしい。お前だって……残る15%でも俺達と同じだって…」

 

「はい。ですが、彼女には私達とは違うものがあります。完全記憶能力です。そもそもそれが何か分かりますか?」

 

「一度見たものを絶対に忘れない能力…だろ」

 

「では、『忘れる』という行動はそんなに悪い事ですか?人間の脳の容量(スペック)は意外に小さい。人間がそれでも100年近く脳を動かしていられるのは『いらない記憶』を忘れる事で脳を整理しているからです。貴方達だって、一週間前の晩ご飯なんて覚えていないでしょう?誰だって、知らない内に脳を整理させる、そうしなければ生きてはいけないからです。ですが、彼女にはそれができない」

 

 上条の表情がどんどん青くなっていく。ツナは上条同様に青ざめていながら何処か冷静に考えていた。

 

 おかしい。やはり違和感がある。()()()()()()()()()()()()()()()()()。それに彼女自身が気付いていない。

 しかし分からない。その違和感が何なのか。そこを見つける事が出来ない。原因は恐らく、ツナ自身の無知だ。

 

「『忘れる』事のできない彼女の頭ではあっという間にどうでも良いゴミ記憶で埋め尽くされてしまう。元々残る15%しか脳を使えない彼女にとって、それは致命的なんです。自分で『忘れる』事のできない彼女が生きていくには誰かの力を借りて『忘れる』しか……」

 

「……いつまでだ?アイツの脳がパンクするまで、あと……」

 

「記憶の消去はきっかり一年周期に行います。()()()()()()()()()。早過ぎても遅過ぎても話になりません。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 神裂がそう言った瞬間、ツナの中でパズルのピースが揃ったような気がした。超直感が告げていた。おかしいのはここだと。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

「ツ、ツナ…?」

 

「……何かご不明な点でも?」

 

 これまで黙り込んでいたツナが話を遮って来た。上条は戸惑い、神裂は何か聞きたい事があるのだろう程度に思っていた。

 

「つまり神裂さんの言う、インデックスの脳の15%って、きっかり一年って事?」

 

「はい」

 

「それで10万3000冊は85%……それもきっかりこの割合なんだよね?」

 

「それが、どうしたのですか?」

 

 ただ確認を取っているだけ。少なくともこの時はそう思っていた。次に出る言葉を聞くまでは。

 

 

 

「一年が15%で、10万3000冊が85%って……その数字は、どうやって出したの?」

 

 

 

「……え?」

 

 質問の意味が分からなかった。神裂にとっての大前提。その成り立ちについて聞かれた。思考が停止する中、隣でそれを聞いていた上条はハッとしてから口を開いた。

 

「確かに……たった一年で15%も脳の容量を使っちまうってんなら、単純に計算しても完全記憶能力者ってのは……

 

 

皆……6、7歳で死んじまうじゃねーか……けど、アイツどう見ても12年以上は生きてるだろ。そんな小せえ頃からずっと記憶を消していてもそれをしながら10万3000冊を覚えたってのか?一年の時間と魔導書の内容とをきっちり分けて?人間の脳の容量(スペック)が思ってるより小さいってんなら、そんな事普通出来ねえだろ」

 

「それだけじゃない。言葉とかも……本当に10万3000冊で85%、一年で15%使ってるなら、喋り方も歩き方も覚えられないじゃないか……」

 

 次々と出て来る85%と15%を否定する要素。神裂はそれを聞きながら頭の中が真っ白になっていく。

 思えば一度でもこの前提を疑った事があったか?『上』に言われた事を鵜呑みにして、自分で医学方面で人の脳について調べた事があったか?

 何故一年が15%と言える?10万3000冊が85%という事実について、上辺のものではなく、ちゃんとした説明を聞かされた事などあったか?

 

(まさか……まさか…まさか!!!)

 

 神裂の顔色は先程の上条とは比べ物にならない程に酷いものだった。それを信じたくはない。これまで信じていたものを疑いたくはない。だがそれでも『可能性』が目の前に転がり込んで来てしまった。

 

「……私達は、騙されていた………?」

 

 既に上条とツナも同じ結論に至っていた。まだちゃんと調べなければ分からない事も多いが、現状ではその可能性が非常に高い。神裂がこれまで聞かされ、信じ、二人に説明した話はおかしい所だらけだったし、矛盾点すらあった。神裂もツナの指摘と上条の考察を聞いた事でそこに納得してしまった。

 

 神裂はフラリ…と立ち上がると二人に背を向ける。

 

「三日後……このままならば彼女の記憶を消さなければなりません。それまでにはまた改めて伺います」

 

「……けど、お前…」

 

「分かっています。一年を境に彼女を襲う激痛が……脳のパンクによるものでないのなら、人為的に……魔術で仕組まれたものに違いありません。人の脳が貴方達の言う通りなら……私はその術式を暴いて何としても彼女を救い出します。

 

けど今は……人の脳についても、その魔術についても……調べる時間が欲しい……!!」

 

 幸いここは科学の街、学園都市。人の脳に関する研究は山のようにある。ならばこの前提の真偽を確かめる事くらいはできるはずだ。

 突風が吹き荒れるような衝撃と共に神裂はその脚力で跳び上がり、彼方へと姿を消して行った。

 

 上条とツナは去って行った神裂が立っていた場所を暗い表情で眺めた後、先に銭湯に向かっていたインデックスを追って、走り始めた。

 

****

 

 あの後、インデックスはステイルの追跡を逃れている最中だった。二人に追い付いた後、ツナは(ハイパー)死ぬ気モードとなり、上条と共にステイルと交戦。

 

 戦いは一方的なものだった。ステイルが炎の魔術を使おうとツナの死ぬ気の炎と上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)の前には歯が立たず、“魔女狩りの王(イノケンティウス)”は使う前にナッツの雄叫びでルーンを消され、ある程度の手加減をしていたとはいえ、格闘戦ではステイルではツナに太刀打ち出来るはずもなく、押されていた。

 

 圧倒的に分が悪い中、恐らくは神裂だろうーーー仲間から何かしらの魔術で連絡を受けた事で、ステイルは炎の魔術で壁を作り、視界を塞いで撤退して行った。

 

 こちらがインデックスの事を知った上で、これまでのステイルの行動、言動から敵である自分達が説明をした所で聞く耳を持たないか、信じて貰えないと勝手に決め付け、この場では撃退した。争いに良いも悪いも無いが、何とも後味の悪い事をした。インデックスにはまだ知られるべきではないと判断したのも理由ではあるが。

 

 今頃ステイルも神裂からインデックスの記憶の件を、残酷な『可能性』を聞かされているだろう。

 

 スヤスヤと寝息を立てるインデックスの顔を見てツナは溜め息を吐いてしまう。あとほんの数日でインデックスは記憶を消さなければ生きていけなくなる。

 あの時のツナの指摘から生まれた疑惑が正しい保証など無い。合っていたとしてもインデックスを縛る魔術の詳細が分からなければ解決出来ないかもしれない。情報も人手も……圧倒的に足りない。

 

 

 インデックスの為に上条とツナに何が出来るのか。そう考えてもまるで答えが出ない。超直感も分からなかったりそもそも知らなかったりする事にはいまいち役に立たない。

 何か思ったのか上条が夜空を見上げたままツナに声をかける。

 

「……取り敢えず、明日病院に連れて行ってみるか。脳医学の事とか俺もあんま知らねーけど、良い医者は知ってるから、まずは確認を取ってみようぜ」

 

「……うん」

 

 学園都市のIDを持たないインデックスを病院に連れて行く事はリスクが大きいがそうも言っていられない。

 まずは完全記憶能力と人の脳についてしっかり知る事が大切だ。この街は人の脳を介して超能力を生み出すという研究をしているらしい。ならばある程度の事は分かるはずだ。

 

『何辛気臭え顔してんだ、ツナ』

 

「え?」

 

 考え込んでいるとふと普段から聞き慣れた声がいつもの調子でかけられた。上条にも同じ声が聞こえたようでツナと同時にその声がした方向へ振り向く。

 

 そこには黒いボルサリーノの赤ん坊がツナのヘッドホンが置かれたちゃぶ台の上で腕を枕にして足を組み、黄昏ていた。多少透けているのが少し気になるが。

 

「こ、この赤ん坊って……まさか!」

 

「リ、リボーン!?」

 

『ちゃおっス。見ねえ内にまた何かに巻き込まれたみてーだな、ツナ』

 

 見た目はちょっと変わった赤ん坊。しかしその実態は世界最強の殺し屋でツナの頼れる家庭教師。その名はリボーン。

 戸惑う上条とは対照的にツナにはこの赤ん坊が誰よりも輝く希望の光に見えた。




獄寺がいたら騙されてる事にすぐ気付くという意見がありましたが、全くもって同感です。だからこそ、まだ呼べませんが。
次回はボンゴレサイドについて……書けたらいいな。


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希望の活力来る!

ちょっと今回の話は自分でも無理矢理かな?と思います。特に前半から中盤にかけてのリボーン。
いずれ大幅に書き直すかも?


「リ、リボーン!?」

 

「この赤ん坊が例の家庭教師……!?」

 

 突如小萌の部屋に現れ、ちゃぶ台の上で寛いでいたリボーンを発見したツナと上条は愕然としながらリボーンへと視線を向ける。リボーンは上半身を起こすと変わらずちゃぶ台の上にて胡座をかいて話し始める。

 

『おいツナ、お前今何処にいる?このボロっちい部屋はなんだ?』

 

「え!?何処って……お前今ここにいるじゃないか……」

 

『よく見てみろ。今の俺はホログラムだぞ。メローネ基地の時と同じだ。ヘッドホンを介して通信をしているに過ぎねえ』

 

 それを聞いてツナは未来に行った時の事を思い出す。メローネ基地でスパナに捕まった時にもリボーンは非7³線(ノン・トゥリニセッテ)によってボンゴレアジトから出られないが故に同じようにツナのヘッドホンを介してホログラムを投影して連絡を取っていた。

 言われてみればリボーンの姿は少し透けている。

 

『それでツナ、お前は何処にいるんだ?何に巻き込まれている?そこのそいつは何者だ?』

 

「え、えっと……」

 

 ツナは話した。あの匣兵器を開いたら学園都市という科学的に開発する超能力の研究機関の街にいた事。そこで出会った上条当麻という少年とインデックスという少女について。そしてそれを発端に始まった魔術師達との戦い。そしてインデックスの背負う宿命。そこに見つけた矛盾点。とにかく学園都市に来て起きた事、聞いた事、知った事。全てだ。

 

 

 そして学園都市に来てからの最大の疑問……ツナが並盛にいた時期は秋頃のはずなのに、この学園都市は7月下旬である事。

 

 

 その後、学園都市という機関についてはツナよりもそれを詳しく知っている上条が説明した。

 

『……人の脳を弄って人工的に超能力を開発する学園都市、そんな街は聞いた事がねーぞ。それに魔術とそれを使う魔術師……必要悪の教会(ネセサリウス)……どれもこれも眉唾物でどうにも胡散くせーな』

 

「うっ…、そりゃあ……俺だって最初聞いた時は訳分かんなかったよ。でも実際超能力も魔術も見ちゃったから……」

 

「……これ、一般常識のはずなんだがなぁ」

 

 リボーンもツナも学園都市の事を全く知らない。リボーンは赤ん坊なので見た目的にそれが当たり前なのだろうが、ただの赤ん坊ではないのが丸分かり故に上条も判断に困る。

 

『胡散くせーとは言ったがお前の話を信じねーとは言ってねーぞ。お前がそんなくらだねー嘘を吐くとは思わねーからな』

 

「リボーン……」

 

 ツナとリボーンのやり取りを見て上条は少しだけほっこりする。リボーンは見た目は赤ん坊だが、精神的にはかなり老成している。この二人には相応に培ってきた絆があるのだろう。

 一方でリボーンはツナから聞いた超能力と魔術という異能の力はやはり胡散臭いとは思いつつも、学園都市の超能力の方は似たような例が近くにあった為、どうにか噛み砕く事が出来ていた。

 

『それでお前達が今直面している問題についてだが、それを聞いた限りで言えば…そうだな、インデックスが完全記憶能力のせいで死ぬ事はあり得ねぇ』

 

「「!!」」

 

 ツナと上条はリボーンにインデックスの抱える問題……人の脳と完全記憶能力について相談をしていた。一刻も早く答えが欲しかった。見た目は赤ん坊なれど見た目通りの存在ではない事は分かり切っていた為、リボーンの返答に喜びを露わにした。

 

『そもそも人間の脳ってのは140年分の記憶が可能なんだ。それを一年で15%だの言ってんのがもうあり得ねーぞ。完全記憶能力者は確かに珍しいがそいつらが態々定期的に記憶を消さなきゃ生きられねーなんて事もねぇ。それに人の記憶ってのはそれぞれ入れ場所が違うんだ』

 

「入れ場所?」

 

『その魔導書とやらの知識を入れるのは“意味記憶”、これまでの思い出なんかを入れるのは“エピソード記憶”、歩き方や言葉なんかは“手続き記憶”って具合にな。だから例え10万3000冊の本を丸々覚えた所で思い出を消さなきゃならねーなんて事は絶対にねぇ』

 

 言葉に詰まる事なく断言するリボーン。彼は医者ではないが、最早そんな肩書き云々など関係無くツナも上条も確信していた。インデックスの記憶消去を強制し、命を脅かしているのはステイルや神裂の上にいる必要悪の教会(ネセサリウス)の者達。及びその者達が仕込んだ魔術だと。

 

「とにかく、記憶を消さなきゃ生きられないなんて事は無いんだな」

 

「神裂さんは調べ終わったらすぐに来るはずだし……インデックスに仕掛けられた魔術の情報待ちになるかな……」

 

 インデックスの命が危機に瀕しているという状況には変わらないが、やはり脳が記憶に耐えられないという話は魔術師達の嘘だったという事が分かり、ツナも上条もホッと一息吐く。

 

 しかしここでリボーンが上条に視線を向けて口を開いた。

 

『上条当麻、おめーなら確実にインデックスを救えるはずだぞ』

 

「……え!?」

 

『ツナから聞いた話の通りならお前の右手は超能力も魔術も打ち消せる。なら、インデックスに仕掛けられた魔術だって例外じゃねぇはずだぞ』

 

「……」

 

 幻想殺し(イマジンブレイカー)。上条の右手に宿る能力(ちから)。まだ概要しか聞いていないリボーンだったが、彼の頭脳は並の人間どころか学者をも凌駕する。そんな彼がこの答えを導き出せるのはある意味当然だった。

 

『その右手で何処を触れば魔術が解けるのかはまだ分からねーだろうが、自分のやるべき事は分かっているな?』

 

「……ああ」

 

『ツナ、おめーもだぞ。学園都市の事はこっちでも調べてみる。いずれはこっちからその街へ行く方法を見つけるから、今は思う存分戦え。インデックスを助ける為にな』

 

「うん」

 

 リボーンからの激励に上条とツナは頷く。するとホログラムのリボーンの姿は徐々に掻き消えそうになり、音声にもノイズが発生する。

 

『……そろそろ通信も限界みてーだ。上条当麻、ツナを頼むぞ』

 

「分かった」

 

 上条の了承を聞くとリボーンは満足そうに笑い、通信は途切れた。

 

****

 

 -並盛町、沢田家

 

 ツナのヘッドホンへの通信が終わると、ずっとパソコンで通信の為の作業をしていた入江正一はぐったりした様子でだらける。一応言っておくがここはツナの部屋だ。

 

「はぁ〜…やっと上手く行った。綱吉君も無事みたいで良かったよ……」

 

「正一、お前はツナと話さなくて良かったのか?」

 

「少しでも気を抜いたら即座に通信が途切れそうになってたからそんな余裕は無かったよ。それに綱吉君も僕やスパナ、ジャンニーニが協力してた事くらいは分かるんじゃないかな?」

 

 あの日、ツナがあの匣兵器を開いて姿を消してから、9代目の指揮の下、ボンゴレファミリーはすぐにツナの捜索を始めた。

 その中には勿論ツナの守護者達、友人であるシモンファミリーの面々や兄弟子ディーノのキャバッローネファミリー。ボンゴレの門外顧問機関、CEDEF(チェデフ)も含まれている。

 

 母親である沢田奈々にはいつもの如く家光のツッコミどころ満載な嘘で誤魔化している。天然な性格故にそれで誤魔化しは利くがいつまでもそのままという訳にはいかない。

 

 ボンゴレを指揮する9代目は多くの人員を割いて世界中に情報網を張ってツナを捜索。それでも一向に手掛かりが掴めない中、ツナと一緒に消えた彼の荷物……その中でも独自の通信機能を持つX BURNER用のヘッドホンへと通信を行い、漸く連絡が取れたのだ。

 

「……けど、この通信に反応した座標軸……これは地球の何処にも該当していない。どういう事なんだこれは……」

 

「……上条当麻って奴が言うには学園都市は日本の東京付近にあるそうだが……」

 

 そんな街や機関は聞いた事が無いし、そんな街の存在が秘匿出来る訳がない。しかも上条から聞いた話によればごく普通に世間に浸透している一般常識の類いらしい。すぐ分かるような嘘を吐くとも思えない。

 

「………パラレルワールドにならそんな街があるのか?」

 

 真っ先に浮かんだ可能性。人工的な超能力や魔術が確立されたもしもの世界ーーーパラレルワールド。かつて白蘭が何万通り以上に存在するそこの自分自身と知識、思惟を共有してあの未来での出来事が起こった。

 ツナがそれらの条件を満たすパラレルワールドに飛ばされた……それが真っ先に出た仮説だ。

 しかしその説は正一が否定する。

 

「パラレルワールド……10年バズーカでも使わない限りそんな所に行けるとは思えない。それにこうしてリアルタイムで通信が出来てしまったのなら、それも違うはずだ」

 

 パラレルワールドそのものを移動する事は白蘭であってもまず不可能だ。10年後の未来では彼は雷の真6弔花として他のパラレルワールドに存在する白蘭自身を呼び寄せたが、彼の持つパラレルワールドの知識でその為の技術を最先端の物として確立させても失敗に終わった。それで得た成果がGHOST。パラレルワールドの白蘭は他者の死ぬ気の炎を無差別に吸い尽くすだけの化け物となってしまった。その上その白蘭のいたパラレルワールドが丸々滅んでしまうというオマケ付き。

 

 ツナがそんなパラレルワールドに飛んでしまったのなら、間違いなくGHOSTの時以上の災厄がその瞬間にこの世界で起きていただろう。勿論ツナ自身無事には済まなかったはずだ。

 

「となると、その学園都市とやらが存在する場所は……」

 

「まず考えられないような答えだし、逆にどうして通信出来たのか分からなくなるけど……綱吉君が体験した並盛(ここ)と学園都市の時期のズレも肯ける。未来に行ったり、パラレルワールドの存在が実証されている以上、絶対に有り得ないなんて事も無いと思う」

 

「………異世界、か」

 

 自分達で導き出しておきながら馬鹿馬鹿しい答えだと思う。しかしこれ以上しっくり来る答えが存在しないのもまた事実。ツナや彼と行動を共にしている上条当麻という少年が嘘を吐いていれば話は別だが、それならリボーンがすぐ気付くだろう。ホログラム越しでも相手の顔も見えたのだから。

 

「……今回のツナ失踪…いや、誘拐はその学園都市とやらの上層部が関わっていると見て間違いねーだろうな。異世界という線が当たっているなら、そこまでする狙いは……ボンゴレリングか」

 

「その可能性は高い。(トゥリニセッテ)はマーレリングが封印され、おしゃぶりが復讐者(ヴィンディチェ)の管理下にあり、唯一奪取出来る可能性があるのはボンゴレリングだけだ。もしかしたら今回通信出来たのもボンゴレリングのおかげかもしれないな……」

 

「正一、お前は獄寺達に連絡を入れろ。俺は9代目に報告する」

 

 とはいえ、これを聞かせた所で彼らに納得して貰うのは容易ではないだろう。リボーン自身、納得など出来ていないのだから。

 せめてあの匣兵器が再び目の前に現れ、解析出来れば何か分かりそうなものだが。

 

「それにしても学園都市か。そこでは子供を集めて人工的に超能力を発現させているのか……」

 

 リボーンはそれを聞いてエストラーネオファミリーというマフィアを思い出した。あのマフィアは何処からか子供を攫っては非道な人体実験を繰り返していた。その産物が黒曜の者達。六道骸の右目に宿る六道輪廻の能力や城島犬の獣人化能力などだ。

 超能力を手に入れた子供達を集めて何やら良からぬ事を企んでいるのではないかとすら思う。

 

「……」

 

 ふとリボーンは先程から視線を向けられていた窓の方を見やる。そこから見える先には一羽の雀がちょこんと止まっていた。先程からこちらの会話を盗み聞きしていたのは分かっていた。その上で敢えて聞かせていた。

 

 

 学園都市について聞いて、彼がどう反応を示すのか少しばかり興味があったから。

 

 

 雀の瞳は右だけ赤く、『六』の文字が刻まれていたが、次の瞬間にはそれが消えて雀は空へと飛んで行った。

 

****

 

 

 

「……やはりリボーンにはバレていましたか」

 

 黒曜ランドに構える一味の根城にて雀への憑依を解いた六道骸は黒字で『六』という漢数字が刻まれた赤い右目を爛々と輝かせながら呟く。そんな彼の両耳には霧のイヤリングver.Xという彼専用のVG(ボンゴレギア)が装着されている。これこそが彼がボンゴレ10代目霧の守護者であるという証明なのだが、彼にその気は一切無い。強力な武器、手札として手元に置いているだけだ。

 先程までの沢田家でのリボーンとツナの通信とその後の入江正一とのやり取りをその辺の雀に憑依する事で盗み聞きしていたのだが、当然リボーンにはバレていた。その上で敢えて無視されていた。

 

「さて、人工的な超能力を開発する都市に魔術……そして異世界……そんな場所に本当に沢田綱吉が飛ばされてしまったのか甚だ疑問ですが……」

 

 骸がこんな形で情報収集をしていた理由は簡単。突然消息を絶ったツナの行方を追う為。ボンゴレ10代目であるツナの肉体を乗っ取り、マフィア間の抗争、それによる全マフィアの殲滅という野望を未だに諦めていない骸にとってもツナにいなくなられる訳にはいかない。

 もし本当に異世界に行ってしまったのなら、連れ戻す必要がある。

 

「……この見覚えのない匣兵器が沢田綱吉の元にも出現し、これを開いた事で飛ばされたというのなら、介入する手段は既にあるという事ですか」

 

 そう告げる骸の目の前にはあの日ツナの鞄から出て来た謎の匣兵器と酷似した匣兵器が置かれていた。尤も、酷似しているだけでそれそのものではない。ツナが開いた匣兵器を見ていない骸には分からない事だが。

 これは間違いなく、話に出た学園都市とやらの科学者がツナとは別に骸をその街へ呼び寄せる為に送り込んで来たものだろう。

 それにしても少し概要を聞いただけで胸糞悪い気分になる。かつて自分達が人体実験を受けさせられたエストラーネオファミリーを思い出させる街だ。

 実際にツナを拉致している時点で少なくともその街の上層部はあの腐れマフィアと同類と見て良いだろう。

 

「クフフ……未来の記憶を頼りに手に入れたコレのテストとしてトマゾ8代目辺りでも潰して抗争を起こそうかと思っていましたが……、丁度良い。学園都市とやらを最初の標的にしましょう」

 

 暗い空間の中、一人でぶつぶつ呟いて悦に浸っている骸は他者から見ればただの危ない人だが、それらを差し引いても無視出来ない要素が彼にはあった。

 彼の右手の人差し指と中指には青い宝石のような装飾と、人の眼球のようなデザインをした二つのヘルリングが嵌められていたのだから。

 

「他の守護者達の元にもいずれ同じような匣兵器が届くでしょう。僕がこれを開くのはボンゴレがそれらの解析を済ませ、彼らを送り込んでからでも遅くはない……」

 

 クフフ……と嗤い声を暗い空間の中で響かせる六道骸。かつてマフィアの人体実験に苦しめられた術士がその同類達に鉄槌を下す日は……案外近いのかもしれない。




何故かヘルリングは上条さんの右手で壊せる気がする。

骸はここで出さなかったら出ないまま放ったらかしになる気がしたのでここで出しました。


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始める時来る!

所々、ちょっとツナが空気気味になっているような……。でもラストはビシッと決めます。


 -7月25日

 

 神裂の襲撃とリボーンとの連絡から約一日が経過した。

 あの後、しっかりと休養を取った上条とツナはインデックスに事情を悟られぬように入念に注意を払い、彼女を病院へと連れて行き、上条と何かと縁があるらしいカエルのような顔をした医師に完全記憶能力と人間の脳について詳しく尋ねた。

 

 結果はリボーンの話と同じ。インデックスが生きていく上で記憶を消す必要は無い。彼女の命を脅かしているのは完全記憶能力ではなく、彼女の10万3000冊を使った反逆を恐れた必要悪の教会(ネセサリウス)上層部による魔術であると断定。

 

 だがインデックスの何処にそんな魔術が仕掛けられているのかが分からない。故にツナも上条も神裂の訪問を待っていた。

 現在インデックスは夕飯を食べて眠くなったのか、布団の上でウトウトしている。というか眠りにつく寸前だ。

 

(あと二日ちょっと……それまでにインデックスを縛ってる魔術を何とかしないと……)

 

(けど、俺の右手で何処に触れれば消せるのか皆目見当がつかねえ……)

 

 やはりそういったものを見つけるのは魔術師の領分なのだろう。それに最悪なパターンとして考えられるのはインデックスの命を脅かす魔術が、ステイルの“魔女狩りの王(イノケンティウス)”のように永続して復活するような魔術だった場合だ。幻想殺し(イマジンブレイカー)で一度に消し切れないならば厄介な事この上ない。魔術師でなければ解除する条件も分からない。

 だからこそ、専門家(魔術師)不在の状況では下手に手出しは出来ない。

 

 徐ろにツナは並盛中の制服のセーター(レオン産)の内ポケットに入れていた御守りを取り出した。赤い糸で『安全必勝』と綴られており、中央にはデフォルメされたマグロが刺繍してある。

 ヴァリアーとのボンゴレリング争奪戦の際、想い人である笹川京子(と友人のハルなど)がツナの身を案じて、ツナの為に手作りしてくれた御守りだ。尤も、ツナの為だけではなく、山本や獄寺にも作ってはいたが……。何かしらの大きな戦いの度にツナはこれを内ポケットに入れて願掛けする事で心の支えとし、戦い抜いて来た。今回も同じだ。

 

(京子ちゃん…!インデックスを助ける為に……力を、気持ちを貸して……!!)

 

「上条ちゃーん、沢田ちゃーん!お客さんですよー!」

 

 そんな中、この部屋の家主である小萌の声が響いた。その瞬間、二人の表情は強張る。この学園都市において上条とツナの共通の知り合いなど数える程度しかいない。インデックスと小萌の他には、例の魔術師二人くらいだ。厳密にはもう一人いるが、今回の件には関係無いのでそれはどうでも良いだろう。

 

「……来たか」

 

 玄関に向かえばそこには小萌の他に必要悪の教会(ネセサリウス)の魔術師である神裂火織とステイル=マグヌスがいた。二人して変わらずの仏頂面だったが、その瞳には悲壮感が漂っていた。

 

「えーと、このお二人は上条ちゃんと沢田ちゃんのどういうお知り合いなんです?」

 

「悪い、小萌先生……ちょっと話し込んで来るから、インデックスの事頼みます」

 

「あんまり遅くならない内に戻りますから……お願いします」

 

 小萌の質問に答える訳にはいかず、上条とツナは真剣な表情で魔術師達を見ながら、部屋で眠るインデックスを彼女に託し、場所を変える為に歩き始めた二人の魔術師の後をゆっくりと着いて行くのだった。

 

****

 

 場所を変え、とある高校の学生寮、上条当麻の部屋に彼らは来ていた。話し合いの場としてここを選んだ理由は特に無い。強いて言うならばこの街の学生などに魔術の事を聞かれる訳にはいかないので、屋内が望ましい。それだけの理由だった。

 

 最初に口を開いたのは神裂だった。

 

「……貴方達の言う通りでした。人の脳は私達が聞かされ、思い込んでいたよりもずっとスペックが高く、140年もの記憶が可能であり、これまで生きてきた『経験』と魔導書の『知識』を格納する場所は全くの別……私達は間違った認識の元、消す必要の無いはずの彼女の記憶を消し続けていたんです」

 

 これについては上条とツナも調べがついていたので、驚きはしない。しかしこの事実によってインデックスを救おうとしていたのに逆に見たままの通りに傷付け続けていただけだった事を一層自覚してしまった神裂とステイルの顔は悲惨なものだった。

 

「……」

 

 ツナはそんな二人の顔を見て何も言えなくなってしまった。ツナもこの二人がインデックスの記憶の問題のように、アルコバレーノの世代交代という問題に直面した。しかしツナは頼れる仲間達と共に全てを解決した。解決出来た。

 だからこそ何も言えない。悲劇を自力で回避出来た人間では、悲劇を避ける事が出来ず、己の手で実行してしまった人間にかける言葉を見つけられないのだ。

 

「……僕達は何の為に、嫌われ役を引き受けてまで彼女を苦しめていたんだろうね。それが彼女の命を守る為だと自分に言い聞かせて来た。だがそれすら偽りだった」

 

 初めて出会った時の見下した態度は見る影もなかった。これまで自分達がしてきた事は何だったのか。インデックスを傷付け、追い回し、関わってきた者達を理不尽に傷付け、殺し、挙げ句の果てに一年ごとに記憶を消して、『殺して』きた。

 

「あの子の記憶を消せば、()()()()()命を助ける事ができる。僕はその為なら誰でも殺す。いくらでも壊す!そう決めていた!ずっと前に……!!」

 

()()()()()、だぁ?」

 

 ステイルの言葉に堪忍袋の尾が切れた上条は彼の胸倉を掴み、顔を少し近付けて怒鳴り散らした。

 

「ふざけやがって!そんなつまんねえ事はどうでも良い!理屈も理論も後悔もいらねえ!!たった一つだけ答えろ魔術師!!」

 

 打ち拉がれるのも、奪ってきた記憶と命を悔やむのも後回しだ。今ステイルや神裂がするべき事、心から望む事は上条の言う通り、たった一つだけのはずだ。

 

「テメェはインデックスを助けたくないのかよ!?」

 

 魔術師の吐息が停止した。

 

****

 

 それからの彼らの行動は早かった。インデックスを救う為、彼女を縛る術式の正体を暴く為に小萌のアパートにとんぼ返り。

 上条とツナが帰って来たタイミングで小萌は銭湯に向かうつもりだったらしく、その準備をしていた。今が小萌を巻き込まないチャンスだと察知した上条達は怪しまれないように快く彼女を送り出した。

 

 その後すぐに上条達は布団で眠るインデックスの身体を揺さぶって起こす。意識を覚醒させたインデックスは少し眠そうに目元を手でゴシゴシと掻くと上条とツナ、そしてその後ろにいる魔術師二人の姿を視認する。

 

「……とうま!?つな!?何で魔術師と一緒にいるの!?」

 

 当然、上条とツナがこれまで10万3000冊を目当てに自分を追い回していたと認識している相手と行動を共にしている事に驚愕するインデックス。ステイルも神裂も心苦しそうな表情になってしまう。

 

 どう説明したものかと思い悩む上条だったが、真っ先にツナがインデックスの前にしゃがみ込み、目線を合わせて口を開いた。

 

「あのね、インデックス……落ち着いて聞いて欲しいんだ」

 

 彼女が大怪我をした時、ツナが癒しの魔術を使う時と一緒だった。ゾッとする程に真剣でありながら、優しく暖かく、安心させてくれるツナの瞳の前にインデックスは黙って頷いた。

 

 全ての真実を打ち明けた。インデックスが一年前から記憶喪失になってしまっていた理由。神裂とステイルがインデックスの親友だった事。記憶を消さなければ生きていけなくなっていた事。それらが全て教会の上層部に仕組まれていた事。インデックスを救う為に力を合わせる事にした事。証拠として過去に撮影したと思われる神裂とインデックスのツーショット写真も見せた。端が所々ヨレていた。神裂がインデックスとの思い出を馳せては握り締め、泣いていたのが見て取れてしまう。

 

 一気に許容範囲をオーバーする情報を次々と告げられた事でインデックスは困惑していた。しかし次第に呑み込めてきたのか、話の途中からチラチラとステイルと神裂に視線を向け始めていた。

 

 優しく諭すように話すツナの口調によって大分落ち着いていられたのか、全てを話し終える頃には表情に陰りこそあったが、全部受け止められていた。

 

 話が終わると同時にインデックスは神裂とステイルに向き合い、しどろもどろになりながらも、頭を下げて開口一番にこう言った。

 

「ごめんなさい……」

 

「「……え?」」

 

 

 

「覚えてなくて……ごめんなさい……」

 

 

 

 

 神裂火織の目からぼろぼろと涙が溢れ出た。

 心から申し訳なさそうに謝るインデックスを見て、堪え切れなくなって嗚咽を漏らして泣いていた。彼女には何の罪も無いのに、記憶を消したのは……酷い事をしたのは自分達なのに。なのに彼女に謝らせてしまった。

 ステイルもまた、煙草を吸う事すら忘れて俯いていた。彼の胸中もまた、罪悪感と悲しみでごちゃごちゃになってしまっているのだろう。彼の足元に一筋の雫が落ちたのをツナは見逃さなかった。

 

 神裂を泣かせてしまった事でインデックスはオロオロしている。

 

 上条は怒りに震える。右の拳を握り締め、インデックスとステイル、神裂の仲を引き裂き、数え切れない程の悲劇を生み出した必要悪の教会(ネセサリウス)上層部への怒りに震えていた。

 

 一刻も早くインデックスを解放しなければならない。こんな事はもう二度と繰り返してはならない。

 

 

 一通り泣いて神裂が落ち着いたのを見て、上条達はインデックスを縛る術式を調べ始めた。

 主に身体チェックをする事になったが、そこは同性である神裂が風呂場に彼女を連れてチェックする。

 とはいえ、昔から一緒にいた彼らが気付かなかったのだ。そう簡単に分かる場所に仕掛けられてはいないだろう。

 

「………ありました」

 

 暫くしてインデックスを連れて風呂場から出て来た神裂は、三人に術式発見の報告をする。どうやら元々アタリは付けていたようで、脳に魔術を仕込む事と、普通に生活していれば人がまず見る事が無いという条件を満たした場所はほぼ一箇所しか無かった。

 

「インデックス、口を大きく開けて下さい」

 

「……うん」

 

 あーん、と口を開くインデックス。神裂に促されて順番にインデックスの口内を見る上条達。ツナもまたインデックスの口の中を見て、喉の奥にある刻印を確認した。

 

「……これが、インデックスを……」

 

 神裂は怒りで歯を軋ませる。親友を苦しめていた元凶が自分達の頭であり、当の本人は何食わぬ顔でインデックスにこんな仕込みをしていたのだ。

 

「後はこれを壊すだけだな……」

 

 上条がインデックスの目の前に立つ。上条の右手、幻想殺し(イマジンブレイカー)でこの魔術を打ち消す。それでインデックスを救い出す。今はそれだけを考える。

 インデックスは少しだけ不安そうに上条の顔を見る。

 

「とうま……」

 

「そんな顔すんなよ……。これが終わったら、皆で焼肉でも食いに行こうぜ」

 

「……うん」

 

 大きく開いたインデックスの口の中へ上条はその右手をねじ込む。男子高校生の手の大きさ的に少しばかりインデックスは苦しそうだが、耐える。もう何一つだって忘れてやるもんか。そんな想いを抱いて、耐える。

 

 そして彼女の喉奥にあった刻印に幻想殺し(イマジンブレイカー)が届き、触れた。

 

 バギン!と上条の右手が勢い良く後方へと吹っ飛ばされた。右手は強い衝撃を受けてジンジン痛むが、そんな事は気にはならない。

 目の前の異質な光景に目を奪われていたから。

 

 先程まで意識がハッキリしていたはずのインデックスの両目が静かに開き、その眼球は赤く光る。眼球の中に浮かぶ、血のように真っ赤な魔法陣の輝きによって。

 

(……意識が、ない…?)

 

(不味い…!)

 

 毛糸の手袋を嵌めたツナと右手を構える上条はそれぞれ別の点に注目する。インデックスの意識が既に無い事を悟るツナと魔術を察知する上条。上条は本能的に右手を前に突き出し、それと同時にインデックスの両目が真っ赤に輝いて爆発が巻き起こった。

 

「ーー警告、第三章第二節。Index-Librorum-Prohibitorumーーー禁書目録(インデックス)の『首輪』、第一から第三まで全結界の貫通を確認。再生準備……失敗。『首輪』の自己再生は不可能、現状、10万3000冊の『書庫』の保護の為、侵入者の迎撃を優先します」

 

 のろのろと人間らしくない動きで立ち上がるインデックス。神裂とステイルは愕然としているが、ツナも上条もこの状態には覚えがある。アレは初めてステイルと戦った時の変化だ。確か『自動書記(ヨハネのペン)』と名乗っていたはずだ。

 

 爆発自体は上条の右手の力で打ち消された。しかし問題はそこではない。

 

「な、何故……インデックスが魔術を……!?」

 

「あの子は魔力を練れないはず……!!」

 

 そう。神裂とステイルが呟く通り、魔術を使えないはずのインデックスが魔術を行使している。上条とツナに初めて出会った時も彼女は魔力が無いから魔術を使えないと述べていた。だが目の前で彼女は魔術を使っていた。

 

「……そういやぁ、聞いてなかったっけか。能力者でもないお前が一体どうして魔力がないのかって、理由」

 

「……教会の嘘。インデックスの記憶の秘密を知った人間がそれを解こうとしたら抵抗するように魔術を仕込まれていたんだ。インデックスの魔力は……全部それに使われていた……!!」

 

 ツナが直感した仮説に上条も頷く。付け加えるとすれば『口封じ』も兼ねているのだろう。

 インデックスを弄ぶ上層部の魔術師への怒りに燃える中、ツナは冷静にポケットから死ぬ気丸を取り出した。

 次から次へと新たな真実が明らかになり、呆然とする魔術師二人に上条が一喝する。

 

「ボサッと突っ立ってんじゃねえ!!これで全部分かっただろ!!インデックスを助けるにはお前達の力も必要なんだ!!」

 

 いくら異能の力を、神の奇跡すら打ち消す右手があっても全ての魔術に的確に対応する事は出来ない。専門家の知識と助言が必要だ。

 

「テメェら、ずっと待ってたんだろ!?インデックスの記憶を奪わなくて済む、インデックスの敵にならなくて済む、そんな誰もが笑って誰もが望む最っ高に最っ高な幸福な結末(ハッピーエンド)ってヤツを!!」

 

 インデックスの顔の前に現れた魔法陣から魔術が発動され、不規則な起動の弾丸が発射される。しかしそれは吸い込まれるように上条の右手へと次々と着弾しては砕けるように消えていく。

 

「ずっと待ち焦がれてたんだろ、こんな展開を!英雄がやってくるまでの場繋ぎじゃねぇ!主人公(ヒーロー)が登場するまでの時間稼ぎじゃねぇ!他の何者でもなく他の何物でもなく!テメェのその手でたった一人の女の子を助けてみせるって誓ったんじゃねぇのかよ!?」

 

 凄まじい反射神経で襲い来る魔術を幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消し続ける上条。

 

「ずっとずっと主人公(ヒーロー)になりたかったんだろ!絵本みてぇに映画みてぇに、命を賭けてたった一人の女の子を守る、()()()()()()()()()()()()()()()()!だったらそれは全然終わってねぇ!始まってすらいねぇ!!ちっとぐらい長いプロローグで絶望してんじゃねぇよ!!」

 

 必死の防御を続けていても語るのをやめない。例え上条が一人でインデックスを救い出せたとしても、それでは意味がないのだ。彼らが自ら立ち上がらなければ。

 

「手を伸ばせば届くんだ!()()()()()()()()()()()()()!」

 

 魔術師二人の瞳が揺れる。上条の必死の訴えにこれまで押さえ付けてきた激情が刺激される。カードを手に取った。刀の柄を握り締めた。

 

「ーーーーFortis931!!!」

 

「ーーーーSalvere000!!!」

 

 我が名が「最強」である理由をここに証明する。

 

 救われぬ者に救いの手を。

 

 魔法名を名乗った。だが名乗った理由はこれまでとは違う。相手を殺す為でも、友達の記憶を消す為でもない。たった一人の女の子を救う為に。

 

 だが魔術や技を行使する前にインデックスが先手を打った。魔法陣から放たれた魔術は複数の曲がる光線を穿つ。上条の右手で打ち消し切れないようにする為の範囲攻撃だ。

 

 それらが三人に着弾する前にそれを阻むべく橙色の炎が燃え盛った。

 

 壁のように立ち塞がる炎と衝突した事で魔術の光線は空気に溶けるかのように自然に、極自然に消えていく。まるで空気そのものと『調和』したかのように。

 

「当麻君…」

 

 暖かい熱気が上条達の周囲に漂う。この熱が…熱を放っているものーーー死ぬ気の炎が彼らを守っているのだと気付くのにそう時間は掛からなかった。

 

「俺もいる」

 

「ツナ!」

 

 上条の隣には初めて共に戦った時のように、額に大空属性の死ぬ気の炎を灯し、VG(ボンゴレギア)の装備である赤い鎧のようなグローブを身に付けたツナが立っていた。その橙色に輝く瞳はまっすぐに『自動書記(ヨハネのペン)』を起動させているインデックスを見ている。

 

「助けよう。インデックスを」

 

「……ああ!!」

 

 上条当麻と沢田綱吉。二人の主人公(ヒーロー)が交差する時、悪しき幻想から、たった一人の女の子を助ける為の物語が始まる。




原作禁書より二日程早く決戦開始。

ラストは原作REBORNのD(デイモン)戦開始のツナとエンマを意識しました。

REBORNキャラと禁書キャラでペアを組ませてみるのも面白いかも。上条さんとツナみたいに。


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幻想殺し来る!

禁書目録編、ラストです。


 上条当麻と沢田綱吉。並び立つ二人の主人公(ヒーロー)は『首輪』によって操られているインデックスを解放すべく、その足を一歩前へ踏み出す。

 ステイルと神裂も遅れを取らずにルーン魔術のカードと大太刀を手にインデックスを見据える。

 

「俺の右手をあの魔術に叩き込む。その為の道を作ってくれ……」

 

「分かった。あの範囲攻撃は俺達が何とかしてみせる」

 

「最悪君達は死んでも良い。だがあの子だけは絶対に救い出せ。失敗するのだけは絶対に許さないからな」

 

 インデックスを救う為に上条は右手を構え、ツナは死ぬ気の炎を纏い、ステイルはカードを手に持ち、神裂は刀の周囲にワイヤーを張り巡らせる。

 するとインデックスは即座にまた別の魔法陣を眼前に展開させる。それを見た神裂とステイルの顔色が変わる。

 

「っ!?『竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)』!?そんなものまでっ……!!」

 

 放たれた光に対して上条が即座に右手を繰り出して打ち消しにかかる。それは直径1mものレーザーに近い。純白の光と右手が衝突すると熱した鉄板で肉を焼くような音が響く。

 痛みや熱さはないが、ホースで放水した水が壁にぶつかって弾かれるように光は幻想殺し(イマジンブレイカー)とぶつかってから四方八方へと飛び散る。

 

 ステイルの“魔女狩りの王(イノケンティウス)”のように消してもキリがない。むしろ異能を打ち消すはずの上条の右手が押されている。処理が追いつかないのだ。

 

(単純な物量だけじゃねぇ……ッ!光の一粒一粒の『質』がバラバラじゃねえか!!)

 

 もしかしたらインデックスが使っている魔術は複数のものを同時に使っているものなのかもしれない。何とかしなければ。上条が思考の渦に呑まれかけている中、魔術師が動いた。

 

「『七閃』ッ!!!」

 

 神裂の張り巡らせたワイヤーがインデックスの足元の畳をひっくり返し、彼女の顔の向く方向を上へと逸らした。それによってインデックスの『眼球』に連動する事で顔の前に展開されていた魔法陣から発せられる『竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)』は天井を突き破って遥か上空へと続く光の柱を立てた。

 上空の雲が引き裂かれ、もしかしたらその上の人工衛星まで木っ端微塵にしたかもしれない。

 

 突き破られた天井から木片が落ちてくる事はない。しかしその代わりなのだろうか。光の柱と同じ純白の色をした綺麗な羽がヒラヒラと何十枚も落ちてきた。まるで雪のように。

 

「それは『竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)』……。伝説にある聖ジョージのドラゴンの一撃と同義です!いかなる力があるとはいえ、人の身でまともに取り合おうと考えないで下さい!」

 

「それの破壊力はさっきの光にも劣らない…!当たればあの子を救うも何も……全てが頓挫すると思え!!」

 

 部屋一帯に舞い散る白い羽はユラユラと隙間風に揺れながら落ちる為、上条も回避の為に小刻みな動きを余儀なくされる。しかし『自動書記(ヨハネのペン)』に操られているインデックスがその隙を見逃すはずがない。直に『竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)』を当てようと上条へと照準を合わせる。

 

「くっ……!」

 

「この羽は俺が処理する」

 

 上条の隣を強い熱気が一瞬にも満たない時間で駆け抜けた。

 

「超滑空ーーーX(イクス)ストリーム!!!」

 

 その瞬間、この狭い部屋の中で大空の炎が一帯に振り撒かれ、渦巻く。その炎の主は当然ツナだ。大空の七属性随一の推進力とこれまでの戦闘経験から得た機動力と細かな動きによって散らばる白い羽を一つ残らず死ぬ気の炎で包み込み、空気と『調和』させて空気に溶けるように消失させた。一枚足りとも接触する事なく全ての羽を無力化したのだ。

 ツナはその為の飛行コースをこの狭い部屋の中で『直感』したのだ。これこそブラッド・オブ・ボンゴレによる超直感の為せる(わざ)だろう。

 

「行け、主人公(ヒーロー)!」

 

 ツナ(大空)の激励に応え、上条当麻(ヒーロー)は突き進む。羽が全て消えた事で頭上に注意を払う必要は無い。目の前の幻想(魔術)ぶち殺す(打ち消す)事に全力を注げる。

 

「ーーー警告、第六章第十三節。新たな敵兵を確認。戦闘思考を変更。戦場の検索を開始……現状、最も難度の高い敵兵の認識を更新。『上条当麻』から『沢田綱吉』へ変更。結論、『沢田綱吉』の破壊を最優先します」

 

「させねぇよ。お前だってそんなの望んじゃいねぇだろ」

 

 その時には既に上条はインデックスの目の前へと迫っていた。魔法陣の照準はツナに向いているがその眼前には上条の右手が迫っている。

 光の羽は覚悟の炎によって全て消え去った。目の前にはたった一つの想いすら利用され、糸で操られる一人の少女。

 

 なら、後はその少女を解放するだけだ。

 

(この物語(せかい)が、神様(アンタ)の作った奇跡(システム)の通りに動いてるってんなら……!!)

 

「まずは、その幻想をぶち殺す!!」

 

 突き出した右手がインデックスの眼前に展開された魔法陣を破壊する。そのままの勢いを保って上条の右手はインデックスの顔に触れる。その瞬間、幻想殺し(イマジンブレイカー)が更に何かを破壊した。

 

「ーーー警、こく。最終……章。第、零ーーー……。『 首 輪、』致命的な、破壊……再生、不可……消」

 

 ブツン、とインデックスの口から発せられた声は……『自動書記(ヨハネのペン)』の声は消えた。

 光の柱も、魔法陣も消えた。

 突き破られた天井から差し込む月明かりが倒れるインデックスを抱き留める上条を照らす。

 

 月明かりに照らされる中、インデックスはゆっくりと目蓋を開いた。

 

「……とうま?」

 

 この日、上条当麻達は邪悪な幻想を殺し、インデックスを『救った』。

 

****

 

 -7月27日。

 

「やっきにっく、やっきにっく、やっきにく〜♪」

 

 ツナが学園都市にやって来てから約一週間を迎えようとしていた。

 学園都市の第七学区にて昼間からルンルン気分でスキップをしながら進む白い修道服を来たシスターの後ろを黒いツンツン頭の少年と茶色のツンツン頭の少年がゆっくりと着いて行く。

 

 二人の少年、上条当麻と沢田綱吉は上条が左手で持つ九枚程の手紙をツナが隣から覗き込む形で読んでいた。

 差出人の名は、ステイル=マグヌス。

 

『親愛なる上条当麻と沢田綱吉へ。』

 

 のっけから心にも思っていない挨拶、むしろこれは嫌味から始まる文章だった。これには上条もツナも微妙な顔をする。

 

『挨拶は無駄なので省かせて貰うよ。全くよくもやってくれたなこの野郎とでも言いたい所だけど、その個人的な思いの丈をぶつけてしまうと世界中の木々を残らず切り倒しても紙が足りなくなるのでやめておくよこの野郎』

 

(滅茶苦茶この野郎って書かれてるーーー!!インデックスを縛ってた魔術を壊すのはステイルも同意してたのに!?)

 

 一応は共闘して共にインデックスを救ったというのに手紙越しのこの態度。恐らく顔を合わせれば容赦なくまた炎の魔術をぶつけてくるのではないだろうか。

 もしかしたら自分(ステイル)ではなく、上条とツナが彼女を救った事が彼としては腹立たしいのかもしれない。いや、もしかしたらあの場で彼はほぼ何も出来なかったという事も影響しているのだろう。

 しかもその後に続く七枚の便箋、つまり計八枚の手紙は似たような内容で上条とツナに対する罵倒や罵声ばかりがつらつらと並べられていた。

 

(なんでこんなボロクソに言われてんの俺達ーーー!?)

 

 見てみれば隣の上条も果てしなく微妙な顔をしている。いや、よく見れば若干キレてる。ここまで言われ放題ならステイルは手紙を途中で破り捨てられても文句は言えないだろう。多分。

 

『取り敢えず、必要最低限の礼儀として、()()()()()()()君達にはあの子と、それを取り巻く環境について説明しておく。あの後貸し借りとか言われても困るしね。次に君達と会う時は敵対する時と決めているから。

 上条当麻の右手だけでは不安なので、君達が寝ている間に魔術師(ぼくたち)もあの子にかけられた魔術の後遺症なんかを調べてみたけど、問題はなさそうだ。上のイギリス清教の下した判断は、表向きなら『首輪』の外れたあの子を大至急連れ戻すようにって感じだけど、実際には様子見というのが正しいかな。僕個人としては、一瞬一秒でもあの子の側に君達がいる事は許せないんだけど』

 

 文章の節々に毒が混じっている事が気になるが、ひとまずツナはホッとする。イギリス清教がインデックスを連れ戻すとなればまた同じように彼女に『首輪』を付けるだろう。

 

『教会が用意した自動書記(ヨハネのペン)とはいえ、あの子は10万3000冊の魔導書を用いて魔術を使った。そして自動書記(ヨハネのペン)が破壊された今、あの子は自分の意思で魔術を使えるかどうか。もし仮に自動書記(ヨハネのペン)を失った事で『あの子の魔力が回復した』のなら、僕達も態勢を整えないといけない。

 まぁ、魔力の回復なんてあり得ないとは思うけど、注意するに越した事はないって所だね。10万3000冊を自在に操る『魔神』ってのはそれぐらいの危険があるって事かな。

 因みにこれは別に諦めてあの子を君達に譲るという意味ではないよ?僕達は情報を集め然るべき装備を整え次第、再びあの子の奪還に挑むつもりだ。寝首をかくのは趣味じゃないので、首は良く洗って待っているように』

 

(さらっと殺害予告されたーーー!!)

 

『最後に、沢田綱吉へ。

 イギリス清教では上条当麻よりも君の方が危険視されていると伝えておく。何でなんて思うなよ?異能の力を打ち消す右手を持つだけの上条当麻と何から何まで得体の知れない炎を自在に操り、神裂相手に無傷で渡り合える君、どちらが警戒されるかなんて明らかだろう?

 

 P.S.

 それとこの手紙は読み終わると同時に爆発するようにしておいた。真相を究明したとはいえ、「賭け」を強行した罰だ。その自慢の右手か両手、指一本ぐらい吹き飛ばしておきたまえ』

 

 手紙の最後にはステイルお得意のルーン文字が刻まれていた。

 瞬間、クラッカーみたいな破裂音と共に小規模の爆発が巻き起こる。さながらツナの守護者である獄寺のダイナマイト一本程度の威力だが、人に大怪我させるには普通に充分な威力だ。

 

「んなーーー!?」

 

「……あっの、野郎〜〜!!」

 

 爆発の衝撃でツナは後方にぶっ飛び、背中をアスファルトに打ち付ける。上条は咄嗟に右手を出して爆発を打ち消すが、ステイルに対する怒りで顔を歪ませていた。

 

 上条は仰向けに倒れたツナに手を差し伸べ、ツナもまたそれを掴んで起き上がる。そもそも今回の「賭け」はステイルも同意して臨んだはずだが。

 

「起きたらステイルも神裂さんもいなくなってて、手紙が残されてたと思ったらこれかぁ……」

 

「あの野郎……本っ当にムカつくな……!!」

 

 右拳を握り締めて手紙の残りカス…というより燃えカスを睨む上条。数秒してから二人揃って溜め息を吐いた。

 

「つなー!とうまー!早く早くーー!!」

 

 すると先にスキップしながら進んでいたインデックスがはしゃぎながら戻って来た。早く焼肉が食べたいのか、それとも三人で食べるのが楽しみなのか。それは分からないが彼女の笑顔を見て思う。

 

「……守れて良かった」

 

「……だな」

 

 まだ魔術師達との因縁の全てにケリが着いた訳ではない。それでもインデックスは笑って生きていく事が出来るようにはなった。今はただそれだけで良い。

 

「だけどよ、ツナ……」

 

「うん……」

 

 問題はインデックスのシスターらしからぬ暴食具合だ。彼女の食欲は並のフードファイターを凌駕しており、いくら食べ放題の焼肉と言えど出禁や追加料金の請求などの金銭トラブルが考えられる。だがそれでも彼女は絶対に遠慮などしないだろう。彼女は食欲に忠実だ。貪欲なまでに。それはこの一週間で良く分かった。

 

(多分バジル君やらうじさんより食べるよな……。インデックスのお腹ってどうなってんだろう……?てゆーか、俺も当麻君に負担かけちゃってるよな……?)

 

(これから二人養っていくって事になるよな……?ツナはともかく、インデックスの食費はヤバいぞ……!!上条家の家計はどうなっちまうんだ……!!!)

 

 となると少しでも費用を浮かすべく、上条とツナは食事を自粛しなくてはならないかもしれない。折角の焼肉なのに。

 二人は溜め息を吐いて口を揃えて言った。

 

「「……不幸だ」」

 

 学園都市の空の下、嘆く少年達の姿があった。しかし、呟きの内容とは正反対に、彼らの表情は清々しいものだった。




Q.何故上条さんを記憶喪失にしなかったの?

A.上条さんが嘘吐いても超直感持ってるツナは見抜いちゃうので、後腐れなく元の世界に帰れなくなる。


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隠し弾1
新たな事実来る!


今回と次回、前後編に分かれます。

作中の日付を変更、調整しました。原作とあるの時系列的に矛盾が発生するので。


 -7月30日

 

 この日、ツナは学園都市の中を散策していた。上条は夏休みの補習の為に学校に行っており、その留守の時間で何か上条の手伝いが出来ないかと相談した結果、上条が補習に行っている間、日用品の買い出しを頼まれたのだ。夕方には食材の特売の為に改めて上条と共にスーパーに行く事になっているが、これを機に学園都市の中を見て回ると良いとも言われたのだ。

 

 因みにインデックスは上条の部屋でグータラしている。それで良いのかシスター。

 

「………」

 

 日用品を買い終えて上条の部屋にそれらを置き、散策を再開したツナは自動販売機の前で固まっていた。正確にはその自販機で売られているジュースのラインナップを見て絶句していた。

 

 いちごおでん、手作り風 冷た~い おしるこ「粒入り」、ヤシの実サイダー、きなこ練乳、黒糖サイダー、濃厚ひやしあめ「黄金蜂蜜入り」、黒豆サイダー、ウィンナーソーセージ珈琲、ザクロコーラ、熊のスープカレー、霞、甘蕉茶(バナナ茶)、うめ粥、超健康補助飲料 ガラナ青汁、西瓜紅茶、決闘牧場特産 カツサンドドリンク、山芋DRINK、ホットおしるこ、レインボートマトジュース、フィジョアサイダー青汁、練乳サイダー、ハバネロパイナップルジュース、凝縮栄養飲料 SURVIVAL+1、etc……。

 

 簡単に言えば変だった。飲み物がとにかく変だった。訳の分からない組み合わせ、嫌がらせと言わんばかりの合わない飲み物。(多分)夏なのにあったかいであろう飲み物。はっきり言って不味そう。何故商品として成立しているのかが分からない。

 ツナは知らない事だが、この学園都市では無数に存在する大学や研究所などで作られた商品の実地テストとして、 街の到る所に実験品が溢れている為に普通の町とは異なるとんでもない商品が販売されているのだ。つまりこれらの飲み物はその一部でしかないのだ。

 

(な、なんなのこれ!?何でこんなゲテモノが自販機で普通に売ってる訳!?こんなの飲む奴なんていんの!?あっ、しとぴっちゃんなら飲みそう……)

 

 こんな明らかな地雷臭のする飲み物など好んで飲む者などいない。そう思ったが直後にクラスメイトであり、友人であるシモンファミリーのSHITT・P!なら飲みかねない事に気付く。彼女の思考は大概色んな意味で並外れており、お弁当に餡子を詰め込んだだけ……なんて事も平然とやって、普通に食べるのだから。

 

 山本武などもこれを見たら「ハハハ!面白え!」で済ませるかもしれない。そう考えるとそこまで変でもないような気が……いや、やっぱり変だ。絶対に変だ。

 

「やっぱり変だよこの街……。リボーンもこの街の事知らないみたいだし……」

 

 インデックスを救い出してから暫くして、昨日の夜、やっとまたリボーンと連絡が取れた。インデックスの件を報告した後、リボーンからもたらされた情報によれば、学園都市などという機関は日本には存在しないはずだという事。当然これには上条が反論したが、ツナにはどちらも嘘など吐いているようには思えず、結局何も分からないまま終わった。

 

 むしろ気になったのはリボーンは何かに気付いてはいたが、確信を持てない故に黙っているように思えた事だ。ツナはリボーンすら良く分かっていないのなら…とそれを指摘はしなかったが、やはり気になってはいた。

 

(向こうは10月でこっちは7月…あ、もうすぐ8月か。一体どうなってるんだ?)

 

 この学園都市という街は傍から見ておかしい所ばかりだ。この自販機といい、街の外ーーー並盛とのズレといい。

 

「ちょっと、何自販機の前でボサッと突っ立ってんのよ。買わないならどいてくれない?」

 

「あ、すみませ……あ」

 

「ん?……あんた、こないだの」

 

 何やらこの自販機であの変なジュースを買うつもりらしい少女にどくように告げられたツナは反射的に謝りながら身を引こうとする。しかしその少女の顔を見て止まってしまう。理由は簡単。顔見知りだからだ。

 

「えっと……確か、御坂さん…だっけ?」

 

「そうよ。あんたは……沢田綱吉、だったわよね?」

 

 御坂美琴。ツナが学園都市に来たその日、上条とインデックスの次に出会った少女。不良に絡まれていた所を助けて貰った事が出会いであり、上条から聞いたところ、彼女はこの学園都市でも七人しかいない超能力者(レベル5)の序列第三位に君臨する発電能力者(エレクトロマスター)なんだとか。この街やこの街で開発されている超能力について殆ど知らないツナにはその価値がいまいち良く分からないが。

 

 あと夏休み(らしい)だというのに制服を着ているのも良く分からない。この時間帯に出歩いている事から補習ではなさそうだが。文化系の部活帰りとかだろうか。

 

「そう言えばあんた、風紀委員(ジャッジメント)の支部に行ってないでしょ?」

 

「あ…。ごめん、色々あってすっかり忘れてた……」

 

「そんなこったろうと思ったわ。まぁ私もこの街の事を碌に知らないあんたに支部の場所教えてなかったし」

 

 美琴に学園都市から出る為の手続きの提案をして貰ってから、ツナはインデックスを探して街中を歩き、漸く見つけたと思ったら上条と共に魔術師との戦いに発展したのだ。忘れても仕方のない事ではある。

 

「てゆーか、あれから一週間以上経つけど……寝泊りとかご飯とかどうしてた訳?」

 

「あ、それならこの街に来て友達になった人がいたから、その人の部屋に泊めて貰ってるんだ。前に言った俺と同じでこの街に迷い込んじゃった子も一緒にいるよ」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

(こいつ、案外コミュ力あるわね……。会ってすぐ部屋に泊めて貰えるレベルに仲良くなれるって……。それともその人がかなりのお人好しだったとか?)

 

 ツナの話を聞いて美琴は内心驚く。いくら何でも初対面の人間を自宅に連日泊まらせる人間はまずいないだろう。それでもそれが実現するという事はツナの交渉力…というより、信頼される人間性が凄いのか、相手がかなりのお人好しか……それぐらいだろう。

 

「まぁ良いわ。前に提案した件であんたの事ちょっと探してたのよ。この後一緒に風紀委員(ジャッジメント)の支部に来てくれる?」

 

「あ、うん…。それは良いけど……」

 

「……?何よ?」

 

「いや、その自販機のジュース、買うの?変なのしか無いと思うんだけど……」

 

「ああ、あんたは学園都市の外から来たばかりだから知らないのか。この街じゃこういうある種のテスト商品なんかが溢れてんのよ。いちごおでんとかは本当に不味いけど、ヤシの実サイダーなんかは結構イケるのよ?」

 

 美琴は最初、この自販機の飲み物を買うつもりでツナに話しかけて来た。しかしご覧の通り、そのラインナップはゲテモノ揃い。それを平然と飲むつもりの美琴にツナは少し引いていた。

 そしてツナがそこをどいたら美琴は自販機の前に立ち、何故か準備運動として二、三回軽く跳び跳ねてから即座に回し蹴りを自販機にぶち込んだ。

 

「ちぇいさーーー!!!」

 

「んなーーーーー!?」

 

 飲み物を買うはずが自販機を蹴っ飛ばすという暴挙。突然の意味不明な破壊行為に愕然とし、ドン引きするツナ。すると数秒遅れて、ガコン……と自販機の取り出し口にジュースが下りてきた。

 

「……あちゃー、ザクロコーラかぁ。ヤシの実サイダー狙ってたんだけど、コレってギャンブル要素強いのよねぇ。きなこ練乳とか出ないだけマシだけど」

 

「え、ええぇ……」

 

 ドン引きである。そらもうホントにドン引きである。女の子が自販機蹴っ飛ばしてタダでジュースを掻っ払う。普通に泥棒だし、下手すれば器物損壊で捕まるだろう。

 

(やっぱり学園都市って変だよ!この子も例に漏れず変だよ!)

 

 流石に学園都市に迷い込んだ人間の前で……というより普通に人前でするべき事ではなかった事に気付いたのか美琴はジュースを飲み始めてからハッとしてツナに視線を向けるともう一度自販機を蹴ってもう一本飲み物を取り出す。出て来たのはいちごおでん。

 

 美琴はそれを「満面の笑み」でツナに差し出した。

 

「飲みなさい」

 

「え?」

 

「飲みなさい」

 

「でもこれ泥棒…」

 

「飲みなさい」

 

「いちごおでんは不味いって…」

 

「飲め」

 

「………はい」

 

 美琴の行動の意味。それは明らかに口封じであった。同じ盗品を無理にでも飲ませる事で罪の意識で相手を縛る。最後の方では頭上に電撃をチラつかせていたので、ただでさえビビリなツナはその剣幕に押された上に、以前黒焦げにされた不良達の姿と電撃をバカスカ放たれたという上条の話を思い出し、自らもその二の舞を踏む事を恐れ、涙ながら悪に屈した。

 

(うう……何でこんな事に………)

 

「これであんたも共犯ね♪」

 

 そしてこのいちごおでん、普通にゲロ不味い。ビアンキのポイズンクッキングに比べれば遥かにマシではあるが、不味いものは不味い。

 

****

 

 その後、ツナは美琴に連れられて風紀委員(ジャッジメント)の第一七七支部に来た。美琴曰くここで彼女の友人が働いているらしい。

 

「おーっす黒子。初春さんもこんにちは」

 

「お姉様!」

 

「あ!御坂さん、こんにちは」

 

 支部とやらに入ると美琴と同じ制服を着たツインテールの小柄な女の子とそれと同じくらいの身長の頭に花飾りを乗せたセーラー服の女の子が出迎えた。

 そしてそれとほぼ同時にツインテールの方が美琴の右腕にさながら恋人のように抱き着いた。

 

「まぁお姉様!黒子の事が恋しくなって!?黒子はいつでもお姉様の愛を受け入れますことよ!」

 

「ええい!ひっつくな!今日来たのはこいつの事よ!こいつ!」

 

 美琴はしがみ付いて来た黒子という女子を引き剥がし、ツナに人差し指を向ける。

 

「こちらの殿方…ですか?」

 

「前に言ったでしょ。この街に迷い込んだ沢田綱吉って奴」

 

「まぁ!この殿方が例の……」

 

 どうやら既に話は通してあるらしく、黒子と呼ばれた女子生徒はツナの前に来て自己紹介を始める。

 

「初めまして、わたくしはお姉様の露払いをしている風紀委員(ジャッジメント)の白井黒子といいますの」

 

「あ、沢田綱吉です……(露払い?)」

 

(ふむ……。殿方にしては可愛らしい顔立ちをしておりますわね。それも相まって気弱でヘタレな印象を受けますの。お姉様に手を出す可能性は低いと見て良いでしょう……)

 

 挨拶混じりに初対面で割と散々な評価を下されるツナ。しかもそれが大体合っているのがまた何とも言えない。

 

「それでは沢田さん、貴方を取り巻く現状についてご説明させて頂きますの」

 

「俺を取り巻く現状……?」

 

 初春というもう一人の風紀委員(ジャッジメント)が出してくれたお茶を飲みながら指定されたソファーに座り、テーブルを挟んでツナ、美琴、黒子、初春で本題に入る。初春はノートパソコンを開いて何やら作業をしているが、一先ずは黒子の話に集中する。

 

「まず貴方は妙な匣を開いた結果、いつの間にやらこの学園都市に来ていた。そうですわね?」

 

「あ、うん……。それでもう10日近く経ってるんだ」

 

「その匣の詳細についても気になりますが、こちらではまだ掴めていません。ですが、妙な事に貴方がこの街に来たと思われる7月20日から既に貴方には学生IDが発行されておりますの」

 

「え?」

 

 黒子から告げられたIDの発行という事実。科学だけでなく、そういったアカウントなどの知識にも疎いツナは話を理解し切れない。それを知ってか知らずが初春がもっと分かりやすく簡潔に述べた。

 

「つまり沢田さんは既にこの学園都市の学生っていう扱いを受けてるんですよ。だから最初に言っちゃうとこの街から出られません。家にも帰れません。その手続き自体が出来ないんです」

 

「え?……えええええっ!?な、何でーーーー!!?」

 

「こちらが聞きたいくらいですの」

 

「一応9月から私と同じ柵川中学校に通う事になってますけど……」

 

「じょ、冗談じゃないよ!そんなの困るよ!」

 

 帰れないとなればこの街の学校に通わなくてはならない。つまりは転校しなくてはならないのだ。

 

 転校などツナは微塵も望んではいない。並盛中学校ではクラスメイトや多くの他の生徒、挙句には一部の教師からすらも『ダメツナ』と馬鹿にされてはいるが、それでも山本や獄寺達という大切な友達がいる。笹川京子という好きな女の子もいる。家にはマフィア関係者とはいえ、ランボやイーピン、フゥ太、ビアンキなどの居候、母である奈々、家庭教師(かてきょー)のリボーン……家族もいるのだ。

 

 そんな大切な人達と離れ離れになるなど……ツナには受け入れられない。

 しかし今の発言は学園都市の学生である美琴達……それも転入予定とされている学校に通う初春の前で言う事ではないと気付いたツナは慌てて釈明を始める。

 

「あっ、ごめん……そういう意味で言ったんじゃないんだ……」

 

「分かってますよ。やっぱりいきなりこんな事になったら受け入れ難いですよね」

 

「『記録術(かいはつ)』を望んで受けた訳でもないのに、こんな事になったらそりゃパニックにもなるわよ」

 

「……お気の毒ですが、こうなってしまえばわたくし達には何も出来ませんの。書類上では、無能力者(レベル0)という事になっていて、一応は奨学金も出るようになっていますから、生活は保証されていますの」

 

 どんよりと沈んだ表情になったツナを見て流石に不憫に思ったのか、美琴は少し考え込む素振りを見せてから冗談めかしてツナを元気付けようと口を開く。

 

「いっそ開き直ってあんたも能力の開発受けてみたら?ホラ、案外凄い能力が開発できちゃうかもよ?」

 

「ええっ!?そ、それって脳みそ弄るんでしょ!?怖いしやだよ!!」

 

 上条からこの街の能力開発についてある程度聞いていた為、ツナは即答で拒否。そんな人体実験紛いの事を軽い気持ちでやってしまうこの街の人々の気が知れない。これは本気でそう思う。

 

(やっぱりチキンねこいつ……)

 

(殿方なのにチキンですの……)

 

(チキンですね)

 

 彼女達のツナに対する評価はチキンで確定した。この街では5〜6歳の幼い子供でも能力開発をしているのだ。14歳のツナがそれにビビるというのは彼女達の視点や価値観で見ればチキンという評価になるのはある意味では当然だった。

 

「それに……それをやっちゃったら、いよいよ本当に帰れなくなる。皆に……会えなくなるから」

 

 ツナは理解していた。美琴が言ったように開き直って能力開発を受けてしまえば後戻りが出来なくなると。まだ学園都市の事については知らない事も多いが、能力者になった人間がそう簡単に学園都市から出して貰えるとはとても思えない。下手したら一生この街に縛られて生きていくのではないかとすら思える。

 だからこそ、帰れる可能性に一縷の望みをかけて、能力の開発を受ける事を拒んだ。

 

 特別な能力なんて別にいらない。皆と笑って生きていけたらそれで良い。

 

 それがツナの考えであり、これまでの戦いを経験して来たからこその結論でもあった。

 

 そんなツナの考えを理解したのか、美琴達が能力開発についてそれ以上何かを言う事は無かった。

 

「それで次に聞きたい事は……」

 

「え、まだ何かあるの?」

 

「ええ。風紀委員(ジャッジメント)として、事情聴取と確認は怠れませんの。とは言ってもこれが沢田さんに直接関係あるのかはわたくし達では判断し切れませんが……」

 

「沢田さんが学園都市に来て、IDが発行されたのと同じタイミングで書庫(バンク)に複数のIDが発行されているんです。そのIDに該当する人達の姿はまだ学園都市の方で確認されていなくて、その人達について何か心当たりありませんか?」

 

「俺の他にも勝手にここの生徒にされちゃった人がいるのーーー!?」

 

 哀れな子羊は自分だけではなかった。同類がいる事に喜べば良いのか、その人達を哀れめば良いのかツナには分からない。

 初春がノートパソコンで作業していたのはその情報を画面に映し出す為だったらしい。そして画面をツナに開示してその人物達について知らないか尋ねてくる。

 

 

 

 

 画面を見てツナは絶句した。

 

 

 

 知っているどころではない。これまで共に過ごし、死線を越え、笑い合ってきた者達だ。そのID情報にはその者達の顔と名前がはっきりと記されていた。

 

 ・獄寺隼人

 ・山本武

 ・笹川了平

 ・雲雀恭弥

 ・六道骸

 ・クローム髑髏

 ・古里炎真

 

 ツナの仲間達(ファミリー)だった。いや、正確には炎真はシモンファミリーであり、ボンゴレではないが、友達であり仲間である事に変わりはない。ボンゴレの守護者という括りで見ればランボの顔写真と名前の無い事も気になったが、よく見れば端の方に『ゲストID』という括りでインデックスと共にランボの顔写真と名前が並んでいた。インデックスの方は何故かネギを握り締めているが。

 シモンからは何故炎真だけなのかも疑問だし、クロームに至っては何故か『六道凪』という名前表記にされている。

 

 

 分からない事だらけ。しかしはっきりしている事もある。

 

 

(俺だけじゃない……!皆が……この街に狙われている!?)

 

 

 背筋がゾッとした。これを見る限り、いずれ獄寺達もこの学園都市に来るという事だ。いや、あの匣兵器で呼び寄せられる。拉致される。

 ツナと仲間達を狙う黒幕も目的も分からない。やはり狙いはボンゴレリングだろうか。

 

「沢田さん……?」

 

 首を傾げる初春にツナは声を絞り出して答える。言うべきか迷ったが、少なくとも彼女達に裏は無いと『直感』できたから。

 

「皆……俺の友達と、先輩…だよ」




取り敢えず、今回書庫(バンク)に名前が挙げられたREBORNキャラはいずれ学園都市に来ます。

ツナの美琴への認識
良い人だけどわりと危険人物


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予期せぬ襲撃来る!

後編が思ったより長くなったので前回含めて前・中・後…と分けました。


 美琴達に連れられて学園都市の中を歩くツナを遠くから観察する者がいた。その人物はツナの姿を見るとギリ……と歯軋りをして、己の右手の指に嵌めてあるリングに左手を添えた。

 

「ボンゴレ10代目……沢田綱吉……!!!」

 

 その人物の目には強い敵愾心が宿っていた。まるで自身とツナが不倶戴天の敵であるかのように。

 

****

 

「ここのクレープ美味しいのよ」

 

「お姉様、本当はこの間のストラップに続いてゲコ太シールがお目当てでは?」

 

「そ、そんな訳ないでしょ!?」

 

(……何やってんだろ、俺)

 

 ツナは美琴に連れられて黒子や初春達と共に学園都市のクレープ屋に来ていた。

 あの後、仲間達がこの街の上層部に狙われている事を知り、顔面蒼白になったツナを気遣い、美琴の発案でまだこの街の事をあまり知らないツナを案内しようという事になったのだがそれがツナの気晴らしになるかと言えば微妙なところである。因みに黒子と初春はパトロールも兼ねている。

 

 しかし言われれば無下にできない……というより断れない性格のツナはズルズルと引き摺られて学園都市の移動クレープ屋のある広場まで連れて来られていた。

 お金は(かなり気が引けたが)上条や小萌から少しだけ貰っている為、クレープを買うくらいなら問題は無い。

 

「特典のゲコ太シールです!」

 

「げ、ゲコ太…?何それ…?」

 

 適当にチョコとクリーム、苺をトッピングしたクレープを買ったら『ゲコ太』なるカエルのキャラクターのシールをおまけで貰ったツナだが、当然こんなキャラクターの事は知らない。明らかに幼児向けのキャラクターだし、ツナの趣味ではない。

 

(ランボにあげたら喜ぶかな……?)

 

 一瞬ランボにあげるという選択肢が浮かんだが、自由奔放で破茶滅茶な彼の事だ。そこら中にシールをベタベタと貼り付ける迷惑行為をするだろう。よってその選択肢はすぐ様排除。イーピンは興味を持たないだろうからフゥ太にでもあげる事にした。それまで失くしていなければの話だが。

 

「ゲコ太シール、終了でーす」

 

 ツナがクレープとシールを受け取り、美琴の番が来た瞬間、店員が列に並んでいる子供達(美琴含む)にシールの品切れを告げる。瞬間、美琴は膝から崩れ落ちた。

 

「うわっ!?何!?」

 

「あぁ…あ………」

 

 絶望したような表情の美琴を見てツナは仰天するも、その視線がクレープ屋の看板にある『ゲコ太キャンペーン』なる文字に向けられている事に気付いた。

 

(……もしかして、御坂さんはこのキャラが好きなのかな?)

 

 このキャラクターについて知らない自分が適当に他の誰かにあげるより、それが好きだという人に渡した方が良い。そう思ったツナは美琴にゲコ太シールを差し出す。早速フゥ太にあげるという予定は崩れた。

 

「はい」

 

「え?」

 

「あげるよ。俺このキャラの事、良く知らないし……御坂さんは好きなんでしょ?」

 

「良いの!?」

 

 凄まじい速さでツナの手にあるシールを掴む美琴。それに驚きながらも頷くツナ。美琴は感極まった様子でシールを受け取り、キラキラした目をツナに向けて礼を言う。

 

「ありがとーーー!!」

 

 

 

「……何だかデジャヴですね」

 

「佐天さんとストラップの時と同じですの」

 

 ゲコ太のシールを手に入れてルンルン気分になっている美琴を眺めていたが、ツナは美琴に対して抱いていたイメージが少し崩れていた。

 

「なんか……思ったよりも……」

 

「常盤台のエースともあろうお姉様が、このようなお子様趣味なのはわたくしもどうかとは思うのですが、一向に聞き入れては貰えず……」

 

「ああ、そうじゃなくて……」

 

「?」

 

「俺、御坂さんは良い人だけど、もっとこう……怖い人だと思ってたんだ。初めて会った時も助けて貰ったとはいえ、凄い電撃を容赦なく不良達にお見舞いしてたし……。でも全然そんな事なかったよ。超能力が使えて、少し荒っぽいところがあるだけで……マスコットキャラが好きな、全然普通の女の子だった」

 

 ついでに言えば上条から聞いていた彼を追いかけ回して電撃をぶっ放すという話が怖い人というイメージを後押ししていたのだが、そんなのは御坂美琴のほんの一面に過ぎないのだと分かった。

 その本質は可愛いものが好きで、心優しい何処にでもいる普通の女の子だとツナは思った。

 

「沢田さん……」

 

 学園都市の外から来たとはいえ、能力者に対して『普通の人』という認識を持ったツナも大概変わった価値観の持ち主と言える。高位の能力者は嫉妬や憧れなどの感情を抱かれやすく、周囲の人が遠巻きにしてしまう事も多い。

 その上超能力者(レベル5)ともなればそれはより一層激しくなる。学園都市に七人しかいない上に隠しても隠しきれない人格破綻者というレッテルまであるのだ。

 

 美琴だけは超能力者(レベル5)の中でもまともな人物とされているが、それはあくまで他の超能力者(レベル5)六人に比べて……という意味だろう。彼女自身、他の人間を遠慮なく能力で攻撃したり、カッとなって物を壊す事は珍しくないのだから。

 

 故に初春も黒子も周りに近寄り難く思われがちな美琴を学園都市の人間ではない、つまり能力開発を受けていないツナにそういった一面を見た上で『普通の人』だと言って貰えた事が嬉しく思えた。

 能力ではなく、美琴本人を見て貰えたのだから。

 

「あ、そういえばこの街の学生って、皆超能力者なんだよね?白井さんと初春さんはどんな超能力を持ってるの?」

 

「その認識は少々誤りがございますの。超能力者と呼ばれるのはこの学園都市に七人しかいないお姉様含むレベル5のみで、他は無能力者(レベル0)から始まり、低能力者(レベル1)異能力者(レベル2)強能力者(レベル3)大能力者(レベル4)と大別され、その大半が……」

 

(なんかいきなり授業みたいになったーーー!!)

 

 この街と能力者について詳しく知らないツナに黒子は補足を入れ始める。この街で生活していくにはその辺の知識も必要だろう。ツナからしたらいきなり過ぎて訳が分からないが。

 

 それからクレープを頬張りつつ、美琴達はツナに街中を案内して回る。美琴行きつけのゲームセンターだったり、花の綺麗な公園だったりと中学生として割と飽きないチョイスではあった。

 

「あ、私ジュース買ってくるわね」

 

「……ではわたくしはちょっとお花を摘みに行ってきますの」

 

「え!?どうしたの急に?てか、花壇の花って勝手に取っちゃ駄目なんじゃ……」

 

「違いますよ沢田さん、女の子がお花を摘むっていうのは……「初春、余計な事は言わない事をお勧めしますわ」きゃん!?」

 

 美琴が飲み物を買い(自販機を蹴り)に行き、その後の黒子の発言に驚くツナに初春が補足を入れて、黒子に折檻された。ついでと言わんばかりに初春はズルズルと引き摺られていく。

 ポツン…とツナ一人が残された。だが、色々と考える時間を貰えなかったツナとしては今一人になれたのは少しだけ有り難かった。

 

(獄寺君や山本……お兄さんに雲雀さんに骸、クロームとランボと炎真まで……皆がこの街に狙われてる。多分あの匣兵器がいずれ皆の元にも……リボーンからそれで俺がいなくなった事は聞いてるだろうから、罠だと分かってても絶対開いて来ちゃうよな……)

 

 仲間の誰かと立場が逆ならツナだって迷わずそうするだろう。仲間の為なら命だって懸けられる。だが今この立場にいるツナだからこそ、まずは仲間達自身の安全を優先して欲しいと思ってしまう。

 魔術師との戦いでは獄寺達に加勢して欲しいと思ったが、この学園都市が敵ならば話は別になってしまう。

 

「……ハァ」

 

 思わず溜め息を吐いてしまう。帰る方法も分からず、仲間達が罠と知ってこちらに来るのを止める手立ても無い。守りたい仲間を守れない。

 どんよりと沈んだ気持ちになる中、近くから子供の泣く声が聞こえて来た。

 

「うわあぁぁん!ゲコ太風船がぁ〜!!」

 

「しょうがないよ。諦めなよ、届かないもん。取れる能力も無いし」

 

「いやいやいやだあ〜!!」

 

 ぼろぼろと涙を溢して泣きじゃくるランボとそう変わらない歳であろう少年とその兄らしきフゥ太と同じ位の年齢と思われる少年がいた。どうやら弟がゲコ太の風船を何かの拍子に離してしまったようで、そのまま浮いて木に引っかかってしまったらしい。

 

 兄に宥められるもぎゃあぎゃあと泣く弟。

 

 ツナにはそれが何だかリボーンにボコボコにされて泣くランボと、それを仕方なさそうにあやすフゥ太に見えた。

 

「……ん?」

 

 泣いていた弟の方がその様子を眺めていたツナの姿を見つけると何故か一直線にこちらに駆けて来る。少年はツナの元に来るとぼろぼろと泣きながらツナの服の裾を掴んで、木に引っかかる風船に指差し、泣きついて来た。

 

「風船取っでえええ!!」

 

「うええ!?な、何で俺!?」

 

「こ、こら!……ごめんなさい、いきなり……」

 

 近くに自分よりずっと身長の高い(同年代と比べたら低いが)ツナが現れた事により、風船が取れるのではないかと思ったようで、必死になって縋り付いてきたのだ。兄の方にいきなりこんな頼みをした事を咎められるも涙目で「取って欲しい」と訴える弟の視線に耐えられず、結局ツナは風船回収を引き受ける事になってしまった。頼まれたら断れないランキング1位は伊達ではない。

 

 風船の引っかかった木をツナはどうにかよじ登る。運動も勉強もダメツナと呼ばれる程にできないツナだが、以前ヴァリアーとの戦いに備えてリボーンの指導による崖登りの修行を死ぬ気でこなした彼にはこのくらいの木ならある程度は普段のダメダメ状態でも登れるようにはなっていた。あまり使いどころのないスキルだが、こういう時にはそこそこ役に立つようだ。

 

(ったく、こっちの気も知らないで……泣きたいのは俺の方だってのに……)

 

 心の中で悪態を吐きつつも、やはり泣いてる子供の頼みを無下にはできない。ツナは風船の引っかかっている枝に向かって慎重に渡っていく。これで枝で引っ掻いてしまい、風船が割れてしまうなんて事態になってしまえば最悪だ。あの子供は更にギャン泣きするだろう。

 

「ん……あとちょっと……取れた!……うひゃああっ!?」

 

 木の枝と葉に阻まれながらもどうにか身を乗り出して手を伸ばす事で風船の糸を掴んだツナ。しかし身を乗り出してやっていたが故に取れた拍子に足を滑らせて地面に真っ逆さま。そのまま背中を打ち付けてしまった。それでもツナは風船の糸を離しはしなかった。

 

「いてて……」

 

「お兄ちゃん、だいじょうぶー?」

 

「う、うん…。何とか……ほら、風船取れたよ……」

 

「わ!ありがとぉ!」

 

「あ、あの……弟がいきなり我儘言ってごめんなさい。それと……ありがとうございます」

 

 ツナが取った風船を受け取り、無邪気に喜ぶ弟と、申し訳なさそうにしながら礼を言う兄。ツナは気にしないでと優しく言って、改めて礼を言って去っていく兄弟を見送った。

 そしてドジを踏んで自分が痛い目に遭いながらも、子供の風船を取ってあげたツナの様子を初春と美琴、黒子は遠くから温かい目で見守っていた。

 

「……沢田さんって優しい人ですね」

 

「そうね。初めて会った時から思いやりのある奴だったし」

 

「素行に問題は無さそうですわね。まぁチキンでしたからあまりその辺の心配はしてませんでしたけど」

 

 三人は少しだけツナへの『チキン』という評価を改める。沢田綱吉という人間はとても優しい人物だと。そうしてまだちょっと身体が痛いであろう彼に手当てをする為、駆け寄って行った。

 

 

 

「まだまだ他にも面白いところは沢山あるけど、今日のところはこの位で良いかしら」

 

「そうですわね。いきなりそう多くの物を見せても混乱してしまうでしょうし」

 

「今度は佐天さんも誘って行きましょう!」

 

「……ありがとね。学園都市の案内までしてくれて」

 

 半分は彼女達自身が遊びたい気持ちもあったのだろう。しかしそれでもこの学園都市に実質閉じ込められてしまったツナの今後の為に手を尽くしてくれたのは有り難かった。

 そして日は暮れ始め、周りには他に誰もいない。黒子と初春の風紀委員(ジャッジメント)の仕事が残っており、ツナも上条と待ち合わせている事もあり、そろそろこの公園で解散しようかという流れになった時、事態は動いた。

 

 

 黒子と初春がいなくなったのを見計らい、物陰に隠れてツナ達の様子を伺っていた人物が炎圧を感知できるツナにすら気取られぬ一瞬の間にリングに炎を灯し、匣兵器へと注入し、開匣した。

 

 

「じゃあ、俺もここで。待ち合わせもあるし」

 

「そう?じゃあまたね」

 

「うん。また……」

 

 

 ドオォォォン!!

 

 突如ツナと美琴の真後ろに何かが落下し、アスファルトを砕いた。凄まじい轟音がした事で思わず咄嗟に二人は振り向いた。

 

「……え?」

 

 ツナはその姿を視認した時、思わず目を疑った。しかし同時に超直感は“アレ”は己の知る“それ”だと伝えていた。

 それは、2m越えの体躯。全身真っ黒な重装備。

 初めてそれを見たのはヴァリアーとのボンゴレリング争奪戦での事。10年後の未来においてもあらゆる種類が立ちはだかり、道を塞いだ。ツナの中でトラウマにならなかった事の方がおかしい程の存在。旧イタリア軍によって開発された人型兵器。

 

(モスカ……!?)

 

 紛う事なき、モスカがそこにいた。種類はツナの知るもののどれとも異なるようだが、それは間違いなくあのモスカだった。

 モスカの機体から発せられる機械音と共に起き上がり、こちらに向いてきた。

 

「いきなり何?ロボット…?何だか知らないけど……襲って来るなら、ぶっ壊して……っ!?」

 

 美琴が電撃を放とうとした瞬間、モスカの機体に備えられていたスピーカーから少し小煩い程度の高音が鳴り響いた。以前ツナが戦ってきたモスカにはこんな雑音はなかった。

 愕然としながらツナはモスカを見据える。

 

(な、何でモスカがここに…!?)

 

 少々耳障りなノイズを発しているが、そこは大した問題ではない。問題は何故ここにモスカがいるのか。何故このタイミングでここに来たのか。目的は何か。

 次の瞬間、美琴が顔を苦痛に歪めて膝を突いて頭を抱え始めた。

 

「み、御坂さん!?」

 

「な、何よこれ……!?頭が……!!こ、これじゃ演算……できな…い」

 

 息も荒い。明らかに異常事態だった。この場で体調が正常なのはツナだけ。どう見てもあのモスカが美琴の不調に影響しているが、どうすれば良いのか分からない。

 するとモスカの首が動き、こちらに視線を向けてきた。そして右手を美琴へと向け、パカリと指から射撃口が開いた。そこから藍色の炎を纏った弾丸が連射された。

 

(霧属性の炎……!?)

 

「このっ……!!」

 

 美琴も自分が狙われている事に気付いたのか、己の周囲に電磁波を発生させて即席の防壁を作り出した。普段の彼女からは考えられない程に弱々しい電撃であるが、隣にいたツナもその盾の範囲内に入る程度の規模はある。

 

 しかし霧の炎の弾丸はそれをいともたやすく貫通して爆破。美琴はその炎圧によって後方へと吹き飛ばされる。身体を何度も地面に打ち付ける。

 

「きゃあああっ!?」

 

「御坂さんっ!」

 

 それでも美琴は頭痛に悩まされながらも足が覚束なくとも立ち上がり、駆け出してモスカに立ち向かう。その手にはやはり弱々しいが、電撃を迸らせ、モスカに向けてぶっ放した。

 

「あんたね……!私を狙うだけじゃなく……私の友達まで巻き込んでんじゃないわよっ!!」

 

 しかしその弱体化した能力ではモスカを破壊するのに充分な威力には到底届かず、放出された霧の炎と衝突し、押し負けて消失してしまった。本来霧属性の炎は炎による直接的な攻撃ではなく、その特徴である“構築”の力で幻覚を生み出して戦うという使い方が正しい。勿論死ぬ気の炎である以上、霧属性の炎にも熱や物理的な破壊力は備わっているが、この使い方は大空や嵐、雨といった属性での戦いに良く見られるものだ。

 モスカは美琴の電撃を防ぐだけに留まらず、背中と足に装備されていたターボを起動して彼女を押し潰さんと超速でタックルを仕掛けた。

 

(やられる……っ!?)

 

 あまりの速さに避けられない事が分かってしまった。電撃で防げるだけの威力も出せない。衝突を覚悟し、美琴は目を閉じて身体を強張らせる。生物がダメージを受けると分かった時に本能的に取る行動だ。

 何もしないよりはマシだが、それでも大怪我は免れられない。誰もがそう考えるだろう。

 

 しかしいつまで待っても衝撃は来なかった。美琴は恐る恐る目を開けると目の前には異様な光景が広がっていた。

 

「……え!?」

 

 ターボ全開でこちらにすっ飛んでくるモスカと、そのモスカを左手のみで受け止めて微動だにせず、額に橙色の炎を灯すツナがいた。いつの間にやら両腕に赤い鎧のようなものまである。

 美琴の視点ではツナはこちらに背を向けているが、後ろからでもよく見ればツナの額部分に炎があるのがチラリと見えた。

 しかし炎の有無に関係なく、美琴にはツナが先程までとはまるで別人に見えた。

 

 ツナは困惑する美琴に構う事なく、凛々しく目の前のモスカへと告げる。

 

「お前の相手は俺だ」

 

 そう告げたツナは大空属性の死ぬ気の炎を纏った右拳を無理にでも前に進もうとするモスカへと叩き込んだ。




なんか、佐天さん出せませんでした。

時系列的に美琴、まだキャパシティダウンの詳細、知らない…よね?


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まだ見ぬ脅威来る!

元々長くなったのを分けたからそこそこ早く投稿できました。


 御坂美琴は目の前の光景が理解出来なかった。

 

 突如として自分達を襲って来た謎のロボット。そのロボットの出現に伴い、強烈な頭痛に悩まされ、満足に演算ができなくなった。

 そんな中、自分の窮地を救ったのは額に炎を灯し、クールな雰囲気を醸し出すツナだった。

 

 能力開発を受けていないはずの彼が何故、額と両腕に炎を灯しているのか。何故雰囲気が先程までとまるで違うのか。何故、あれだけのスピードとパワーを併せ持つ大型ロボットの突進を片腕で止められるのか。

 

 モスカの突進を片手で受け止めて微動だにしない理由はかつて10年後の未来でミルフィオーレファミリーのメローネ基地で戦った『一番槍(アラッタッコ)』の異名とミルフィオーレ随一の突破力を持つ突撃兵、デンドロ・キラムという男の雷槍(ランチャ・エレットリカ)を正面から受け止めた時と全く同じだ。

 

 (ハイパー)死ぬ気モードとなったツナ自身の脚力もあるが、右手の甲から薄く放射され、目視さえ難しい柔の炎が支えとなっているのだ。

 真後ろにいる美琴ですら、それに気付いていない。それどころではないというのもあるが、美琴が炎の余波を浴びて火傷しないよう、ツナが死ぬ気の炎を絶妙にコントロールし、熱を極限まで下げているのだ。

 

「お前の相手は俺だ」

 

 そう告げるとツナは大空属性の死ぬ気の炎を纏った右拳をモスカに叩き込み、進行を完全に止める。そして間髪入れずにモスカを抑えていた左手にも大空属性の死ぬ気の炎を纏い、左手を振り上げる。その圧倒的なパワーに押されてモスカは後方へと一気にぶっ飛ばされた。

 

「あ、あんた……その炎……」

 

「悪いが話は後だ。まずはアレを何とかする」

 

 以前の上条同様、美琴は驚愕し、疑問を抱く。

 能力者でないはずの彼が何故あんな炎を使えるのか。良く見れば額にも炎が灯っている。雰囲気も先程までとはまるで違う。

 

「行くぞ」

 

 瞬間、ツナの姿がその場から消えた。

 

「えっ!?」

 

 まるで瞬間移動のように姿を消したツナ。美琴が驚くのも当然だ。側から見ればツナは高レベルの発火能力者(パイロキネシスト)。しかし今の移動は空間移動能力者(テレポーター)にも見える。

 実際には死ぬ気の炎の推進力を使った高速移動なのだが、彼女がそんな事を知る訳もない。

 

 肝心のツナはモスカの背後に移動しており、死ぬ気の炎を纏った両手で手刀を繰り出し、モスカの両腕を一瞬で斬り落とした。

 次にモスカの外殻を成す鉄の機材一つ一つを死ぬ気の炎の熱で溶かし、取手を作って一枚ずつ丁寧に力づくで引き剥がしていく。モスカの頭部が動こうとすれば頭上に回り込んで踵落とし。

 

 モスカも黙ってやられる訳はなく、機体から銃口を展開し、ツナに霧の炎の弾丸を乱射する。ツナはその全てを躱すか、己の炎で防ぐ。躱した弾丸は特に誰かに被弾する事もなく、地面を砕く。

 

 10年後の世界ではモスカは基本的には無人で死ぬ気の炎のみを動力源としていた。しかしヴァリアーのゴーラ・モスカのように人を閉じ込めてその人の持つ死ぬ気の炎を無理矢理吸い出して動力源とするモスカもまだあるはずだ。他にも虹の代理戦争でヴェルデが搭乗して操縦するG(グリーン)・モスカなる機体まである。

 

 中に人がいれば、またリング争奪戦の時の9代目の悲劇の二の舞となる。それだけは絶対に避けなければならない。

 だからこそ、外殻を丁寧に壊し、剥がす事で中にいる人間の身を無事に、それでいてモスカを行動不能にするという解決方法を取った。

 

 その様子を信じられない目で見ていた美琴はあまりの光景に少し混乱してしまう始末だ。

 

「あ、あいつ……あんなに強かったの?その辺の不良にビビり散らしてたのに……。それにあの炎……能力の開発は受けてないんでしょ?」

 

 その上、美琴は何故か能力を使えないのにツナは使える。能力開発無しで能力を使えているという事実。美琴の中にある仮説が生まれた。

 

「あいつまさか、『原石』の能力者なの……!?」

 

 これ以外に納得のできそうな答えを彼女達は持ち合わせてはいなかった。

 

 『原石』…… 学園都市のような人工的な手段に頼る事なく超能力を発現させた天然の異能者の事を示す。彼らの能力を羨み、それに追いつこうとした者達が作り上げた技術が魔術である。

 極めて希少な存在であり、その総数は現在判明している限りで世界に50人程しかいないとされる。

 

「……佐天さんが好きな都市伝説程度にしか思ってなかったけど、まさか実在するなんて……まさか学園都市が無理にあいつをこの街に置いたのって……!?」

 

 当然、ツナは『原石』と呼ばれる能力者ではないのだが、死ぬ気の炎の事を知らない彼女が、能力開発を受けていないツナがその力を振るうところを見てしまえばそんな勘違いをしてしまうのも仕方のない話ではある。

 

 ツナの猛攻を受け、崩壊寸前のモスカ。ツナはツナでモスカと戦う内に超直感でこのモスカの構造を把握する。

 

(……中に人はいない。純粋に死ぬ気の炎のみで動いている。このまま壊しても問題は無いが……)

 

 壊し方が中途半端であればかつてのゴーラ・モスカのような暴走をしかねない。あれは意図的なものだったが、このモスカも意図的にせよ、偶然にせよ同じ事にならないと限らないのだ。

 

(ここはバーニングアクセルで一気に……!!)

 

 ナッツを呼び出そうと考えた瞬間、機体の何処かにギミックとして隠されていたらしいレーザー砲が飛び出て来た。やはりその照準は何故か能力を満足に使えないばかりか動くのも辛い状態になっている美琴に向けられている。

 そしてモスカは躊躇なく霧属性の炎による極太レーザーを発射した。

 

「ちょ…!!」

 

 美琴は電磁バリアを生成しようと手元に電気を集中させるが、やはり頭痛で演算が阻害され、上手くできない。

 

(まずい……!!)

 

 何故かは分からないがあのロボットは自分を狙っているのだ。このままではまともに防ぐ事もできずにやられる。

 

「させない」

 

 だがそのレーザーが彼女を焼く事は無かった。大空の七属性の中でも随一を誇る大空属性の炎の推進力によって美琴の前に再び高速移動したツナが割って入り、その額の炎がノッキングする。

 右手の掌と左手の甲を相手に向けて組み合わせ、四角形を作る独自の構えを取り、霧の炎のレーザーを受け止めた。いや、それどころか吸い込んでいる。

 

「死ぬ気の零地点突破・改」

 

 死ぬ気の炎の属性を問わず、それを吸収し、ツナ自身の力に変換する技。それによって霧の炎のレーザーを吸収して美琴を守ったのだ。

 そして今のレーザーは動力源だった霧の炎をほぼ全て費やしたものだったらしく、モスカはガス欠を起こし始めていた。今なら暴走の危険もなく壊せるだろう。

 

「これで終わりだ」

 

 そう判断したツナは一気にモスカとの距離を詰め、吸収した炎をありったけ注ぎ込んだ死ぬ気の炎を纏った右拳を振り下ろし、叩きつける事でモスカを粉砕した。

 機体を砕かれた事でモスカは活動を停止し、先程から絶えず鳴り響いていた高い雑音も消えた。

 

 すると苦痛で歪んでいた美琴の表情は次第に緩み、頭の痛みも引いていく。

 

「……あれ?なんか、もう平気だ」

 

 モスカの破壊と同時に美琴は頭痛が消えたようで、何事もなかったかのように立ち上がる。しかし本人も良く分かってないようでどうにもスッキリしない様子だった。

 

 ツナは彼女が無事である事を確認すると、額の死ぬ気の炎を鎮火して(ハイパー)死ぬ気モードを解く。

 

「……ふう。取り敢えず無事で良かったよ」

 

「ってそうだ!あんた、あの炎の事、詳しく説明しなさい!!」

 

「え!?えっと…その……」

 

 早速美琴はツナに突っかかり、ツナは慌てて何か言い訳をしようとするが、その前に二人はある事象を目にする。

 

 破壊されたモスカの機体から藍色のエネルギー、つまり霧属性の死ぬ気の炎が噴き出て来たのだ。

 

「!?今度は何!?」

 

 美琴の疑問の言葉に答える気は無いと言わんばかりに霧の炎はモスカを包み込み、空気に溶けるようにモスカの残骸の姿を消していく。その光景にツナは見覚えがあった。

 

(これって……術士の仕業!?)

 

 骸などの術士がその場を穏便に去る際に己の行方を掴ませない為に幻覚で己の姿を消して追跡を防ぐ常套手段だ。(ハイパー)死ぬ気モードならば超直感も相まってその幻覚を見破り、隠蔽を防ぐ事もできたかもしれないが、既に死ぬ気モードを解いてしまったツナにそれはできず、モスカの姿が消え、実際にこの場から失くなるのを見ている事しかできなかった。

 

****

 

「で、説明してくれるかしら?あの炎の能力について」

 

「え、え〜と…その……」

 

 胡散臭いものを見る目で美琴はツナに問い質す。それは勿論ツナの死ぬ気の炎についてだ。モスカの方はどうやら美琴を狙っていたと判断しているようで、関連性を聞かれる事は無かった。

 

「うう……」

 

「あんたって『原石』の能力者なのよね?学園都市に引き留められたのもそれが原因じゃない」

 

(なんか変な勘違いされてるーーー!?『原石』って何ーーー!?)

 

 意味の分からない専門用語を出されても答えられない。この街の超能力だって大して知らないのに。返答に困っていると美琴は嘆息しつつも、詰問をやめる。

 

「……ま、もうそんなの良いわ。あんたの能力が何であれ、結果的には助けて貰ったんだし」

 

 美琴は助けて貰ったから…と死ぬ気の炎について追及するのをやめたようだ。しかしあのモスカの狙いは本当に美琴だったのか疑問が残る。本当に美琴を狙っていたならツナがいるタイミングで死ぬ気の炎を動力源とするモスカを起動するのはどう考えても悪手だろう。モスカを知っているのなら、ツナの事だって知っているはずだ。ご丁寧に霧属性の炎の“構築”による隠蔽工作までしているくらいなのだ。

 これを踏まえるとむしろ敢えてツナの実力を見る為に用意されたように思える。

 

「そんな事より!あんた、私と勝負しなさい!!」

 

 美琴はツナの思考を遮ってビシッと人差し指を突き出してツナに宣戦布告。数秒間ツナは何を言われたのか理解できずに固まっていた。

 

「………んなーーーー!?」

 

「この頃張り合いある相手がいなかったのよね……。『原石』のあんたの炎とこの街で開発した私の電撃、どっちが強いか勝負といこうじゃない!」

 

「な、なんでそうなるのーーー!?」

 

 どうやらツナの死ぬ気の炎と戦闘力に目を付けたようで、美琴は好戦的な笑みを浮かべて身体に帯電させながらジリジリとツナににじり寄っていく。モスカとの戦いで行動不能になった憂さ晴らしも兼ねているのかもしれない。

 

「ちょ、待って!俺全然強くなんかないし、さっきのだってぐ、偶然?色々跳ね返っちゃっただけで……!!」

 

「嘘が下手くそね…!そんな言い訳が通じると本気で思ってるのかしら?それとも二重人格なんて言うつもり?」

 

 美琴は戦闘時と180度違うツナの様子に訝しみつつも本質的には普段と死ぬ気の時に何も変わりない事を何となく見抜いていた。

 どうやってこれを回避しようかと足りない頭を最大限稼働させてツナは必死に逃げようとする。が、美琴は逃す気は無いようで、より電撃を強くして迫る。

 だが天はツナを見捨てはしなかった。()()()を連れて来てくれたのだ。

 

「お!やっぱりツナじゃねーか。街の中は一通り見れたか?」

 

「あ!当麻君!」

 

「あ、あんたは……!」

 

 遠くからツナを発見したらしい補習帰りの上条がにこやかに鞄片手に近寄って来たのだ。ツナは上条に助けて貰おうと考え、美琴は上条を見つけるとますます好戦的な表情になる。その明晰な頭脳がこれまでツナに聞いた断片的な話からツナと上条の関係性を導き出したのだ。

 

「た、助けて当麻君!」

 

「助けてって……何か困ってんのか?」

 

「まさかあんたもここに来るとはね、ここが会ったが100年目よ!」

 

「おま……ビリビリ中学生!」

 

「だから私の名前は御坂美琴だっつってんでしょうが!いい加減覚えろ!!」

 

 初っ端から失礼な呼び名を使われた美琴は出会い頭に電撃を繰り出し、上条は咄嗟に右手でそれを打ち消した。美琴はそれを見て舌打ちする。

 

「相変わらず忌々しいわね!けど、まさかこいつを部屋に置いてるお人好しがあんただったとはね。丁度良いわ!こいつと一緒にあんたも勝負よ勝負!」

 

「またそれかよ!?……つーか、何でツナまで?……まさかお前ビリビリの前で死ぬ気モードになったんでせうか!?」

 

「色々あって……てゆーかどうしよう!?このままじゃ俺達……!!」

 

「と、とにかく逃げるぞツナ!特売に間に合わねえ!!」

 

「う、うん!」

 

「逃がさないわよ!二人纏めて黒焦げにしてやるわ!!」

 

 こんな時に頼りたい風紀委員(ジャッジメント)はこの電撃娘(ビリビリ)を止める為にここに来てはくれない。来たところで止められる可能性は限りなく低いが。

 飛来してくる電撃の槍から逃げながら上条とツナは走り出す。当然、あの言葉を叫びながら。

 

「「不幸だあぁぁぁっ!!」」

 

 特売には間に合わなかったそうな。

 

 因みにその日の夜、ツナにも学園都市による奨学金が出る事を知った上条は家計的な理由で泣いて喜んだとか。

 

****

 

 ビリビリと電撃を放つ美琴から逃げる上条とツナの様子を遠目から見ていた者達がいた。その内の一人は先程までツナを観察していた人物だった。

 

「……アレがボンゴレ10代目沢田綱吉。いやぁ、強いぜい。超能力者(レベル5)でもあの第三位程度じゃ相手にならないかもにゃー。直接戦いたくはないぜい。俺じゃ瞬殺されちまう」

 

「……当然だ。ボンゴレ…奴の強さは俺の方が良く知っている」

 

「さっすが、()()()()()()の言う事は違うにゃー」

 

 一人は金髪にグラサンのアロハシャツという不良全開の胡散臭い格好をした少年。その隣に立つツナを観察していた人物ーーー黒髪の少年は手元にある匣兵器を見て感慨深そうに口を開く。

 

「しかしモスカを匣兵器にしてしまうとはな。多少の情報と機体を提供しただけでこんな物を造り上げるこの街の科学力は大したものだ」

 

(……とはいえ、流石に解体する事を目的としたボンゴレの攻撃を受けては使い物にならなくなったがな)

 

 金髪の少年はポケットから黒髪の少年に借りたと思われるリングを一つ取り出すと指に嵌めて力を込める。しかし何も起こらない。

 

「つってもお前らにしか意味はねーけどな。俺は何度やっても指輪に炎なんて出せねーぜい。指輪の種類を何度変えてもな。『覚悟』は負けてねーつもりだが、やっぱ生まれた世界が違うからかにゃー?」

 

「だからこそ、あのお方はこのプランを立てたのだろう。お前達に炎が灯せるのなら、ボンゴレを呼び寄せる意味は無い」

 

 グラサンの男は死ぬ気の炎を灯す為のリングをもう一人の男に返すと興味深そうにツナに再び視線を向ける。

 

「けど、いずれ奴とその守護者には捕獲命令が下るんだろ?一回…いや、もう一人を含めると二回も負けたのにできるのか疑問だにゃー」

 

「……奴らに敗れたのは俺であって俺ではない。奴に敗れた『俺』は、仕えるべき神を間違えたのだからな」

 

 黒髪の少年はそう言って、腰に下げた剣に手を添えた。




次回から吸血殺し編。一応ね。


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吸血殺し編
変な巫女来る!


実は盛夏祭の話もやろうかと思いましたが、特に書く事も無いのでやめました。精々インデックスを探して美琴に話しかけるのを上条さんからツナに変更するくらいしか思いつかなかったんです。その為だけに書くのもねぇ……。

一応「そんな事もあった」程度の設定で。当日ツナが何してたのかは知りませんが。

追記

この吸血殺し編が終わった後に書きました。時系列的には吸血殺し編の前でややこしい事になってますが。


 -8月8日

 

 この日、上条はツナとインデックスを連れて街中を歩いていた。何でも高校から出された補習課題の為の参考書を買う必要があったようで、三人でその本を探しに本屋へと行っていた次第だ。

 無事にツナがその参考書を見つけ、買う事はできたのだが、上条はその参考書の値段に納得いっていない模様。

 

「まさか参考書如きが3600円もするとは……不幸だ」

 

「とうま、3600円あったら何ができた?」

 

「言うなよ……」

 

「つな、3600円あったらとうまに何ができたと思う?」

 

「ええ……俺だったら安いゲーム買っちゃうけど」

 

 上条の部屋の本棚には漫画ばかりあったが、ツナはそういった娯楽は漫画を読むのではなくコンピューターゲームをするタイプだ。特に音ゲーや落ちゲーが好きだったりする。

 ツナにも学園都市の学生IDが発行された事で無能力者(レベル0)相当ではあるが奨学金が出て、三人の生活は金銭的な融通が多少は利くようにはなったが、それでも余裕がある訳ではない。主にインデックスの食費が原因で。故に無駄遣いはできない。

 ツナ自身、学園都市に来てから衣服は並盛中の制服(レオン産)しか無かったが、先述した理由であまり服も買えず、上条が中学生の頃着ていたが、寮の移動に伴って処分するのを忘れていた服を借りているのだ。それでも小柄なツナには少しサイズが大きい。

 

「というか、当麻君の友達とかに同じ参考書持ってる人はいなかったの?その人から借りれば……」

 

「俺の友達に真面目に参考書買ってる奴なんてまずいねーよ。いても俺の不幸で借りたもんが破けたり濡れたりして結局弁償する事になる。それが分かってる奴はそもそも貸してなんかくれねーし。……不幸だ」

 

 自分で言ってて悲しくなった。

 上条の通う高校は能力開発において特に優秀という訳ではないらしく、無能力者(レベル0)なんてザラであり、低能力者(レベル1)異能力者(レベル2)すらかなり希少らしい。先日黒子に聞いた話によればそもそも学園都市の学生の六割が無能力者(レベル0)らしいが。

 

「それでとうま、3600円あったら何ができた?」

 

「いやだから聞かないでくれって!分かってんよ!日頃から勉強してりゃあ態々参考書を買わなくとも済む事だって!てか今日のインデックスさんはどうしちゃった訳!?言っとくが3600円あってもそれ全部をアイス代に当てたりはできませんからね!?」

 

「む」

 

 炎天下の中、上条の参考書捜索の手伝いの為に歩かされて冷たい物を食べたかったらしいインデックスは少々ご立腹の様子。何故アイスを食べたいのか分かるのかと言うと彼女はさっきからずっと新しいアイス屋の看板をチラチラも見ていたからだ。ツナはどちらかと言うと昼にそうめんでも食べたいと思っていたが。

 

「私は一言足りとも、暑い、辛い、バテたなんて言ってないよ!まして他人のお金を使いたいとも考えた事も無いし、結論としてアイスが食べたいなんて微塵も思ってない!」

 

「分かったよ。素直にエアコンの効いた店の中でアイス食いてーと言えば良かろう」

 

「とうま!この服は主の御加護を視覚化したものであって、私は一度足りとも不便だとか、暑苦しいとか、ああ鬱陶しいなとか思った事はないんだから!」

 

(ほとんど本音だーーー!!)

 

 というか、『歩く教会』が上条の右手によって破壊されて機能しなくなったので、それによってインデックスのぶちまけた本音に関係する類いの耐性というか防護が失くなったのだろう。

 

「因みに私は修行中の身だから、一切の嗜好品の摂取は禁じられているんだよ!」

 

「えっ、シスターってそんな制限あったの?」

 

「あー、なんか俺も聞いた事あるな。宗教上の理由で食べられないものがあるとかなんとか……。インデックスの場合は神に仕えるなら、贅沢すんなってとこか?」

 

 宗教の事に疎いツナと上条は首を傾げながら確認し合う。しかし上条の言う、シスターは贅沢するなという話が本当なら普段の暴食具合はそのルールに引っかからないのだろうか。ツナはそう思ったがやはりその辺の知識に乏しい為、分からない。

 

「ま、そんな理由があんならやめとくか。禁止されてるもんを無理して食べる必要もねぇし、そろそろ昼だから帰ってそうめんでも食おうぜ」

 

「そうだね。冷たいものなら、何もアイスじゃなくても良いし」

 

 暑いからとっとと帰ろうムードになる上条とツナだが何やら慌てた様子のインデックスが二人の肩を掴んで目をキラキラさせながら続ける。

 

「確かに禁じられてるけれども!しかし!あくまで!完全なる振る舞いを見せる事はまだまだ難しかったり、難しくなかったり!この場合、誤って口の中にアイスが放り込まれる可能性も無きにしもあらずなんだよ、とうま!つな!」

 

「え…でも、修行中なら尚更そうならないようにしないと駄目なんじゃ…「何か言った?つな?」ひいぃぃっ!な、何でもないです!!」

 

 インデックスの見苦しい言い訳に対してツナはそれなりに痛いところを突くが、ギラリと鋭い歯をチラつかせて威圧するインデックスに震え上がって黙らされた。

 

 噛みつき攻撃をチラつかせるインデックスの脅迫(交渉)により、件のアイス屋に行くか行かないかで上条とインデックスは揉める。すると、別方向からとある二人組がやって来た。

 

「お、カミやん。それに綱吉君ぜよ」

 

「あ、土御門さん……と、えっと」

 

 話しかけてきたのは金髪にグラサン、アロハシャツというかなり胡散臭い格好をした少年と青い髪とピアス、そして180cm程の長身が特徴の少年だった。金髪の方は上条のクラスメイトであり、隣の部屋の住人である土御門元春だ。先日ツナも知り合った。しかし青髪の少年の方は知らない。それを察した上条が軽く紹介してくれる。

 

「こいつは青髪ピアス。土御門と同じで俺のクラスメイトだ」

 

「よろしゅうな。えと…綱吉君やっけ?」

 

「あ、はい。よろしくお願いします…」

 

(青髪ピアスさんか……、なんか見た目通りの名前だな……。てか親はどんなセンスしてんのー!?名字はともかく名前にピアスって……)

 

 どう考えても本名ではなく、見た目から取ったあだ名なのだが、何故かツナは“青髪ピアス”を彼の本名だと思ったようだ。普通超直感が無くともすぐ分かる事である故か、かつて世界最強の殺し屋がその身にかけられた呪いを一時的に解いた時のように、超直感は仕事をしなかった。

 

(てゆーか、なんか土御門さんって苦手なんだよな〜。胡散臭いし、ちょっと怖い格好してるし……。何処となくDr.シャマルみたいな感じが……それは青髪さんもだけど)

 

 正直、この二人はいずれこの町に来る事になるであろうクロームには会わせたくない。勿論想い人の京子と友達のハルにも。そうでなくとも獄寺がこの二人に対してイラついてダイナマイトを投げ付けたり、雲雀が咬み殺しにかかったりする気がする。

 

「で、そっちのシスターちゃんは誰ぜよ?」

 

「僕も気になってたんよね。結構可愛い顔しとるやないの〜」

 

(間違いなくシャマルの同類だーーー!!)

 

 特に青髪ピアスはドンピシャだ。二人は早速インデックスに目を付け、青髪ピアスに至っては身体をクネクネと気持ち悪く動かしてインデックスに纏わり付いている。

 

「……この子、もしかして女装少年ってオチやないの?女の子にしちゃペッタンコ過ぎるし〜」

 

「む!」

 

(この人色々と失礼過ぎるー!!ある意味シャマルよりも酷え!!)

 

 直接触れようとしないだけシャマルよりも変態性は劣るかもしれないと思ったが、その分初対面の女の子の胸元をガン見してサイズを判断するのはシャマルとは別ベクトルの変態である証拠だった。

 インデックスも流石に男の子疑惑には頭に来たのかビギリ、と血管がブチ切れるような音がした。

 

「おい!いくら幼児体型だからって言って良い事と悪い事が……」

 

(あ、地雷……)

 

 青髪ピアスの失言に上条が更に失言を重ねるという大ポカをやらかした。その瞬間、彼の背筋に強烈な寒気が走り、ゆっくりと振り向けばシスターらしい慈愛に満ちた笑顔を浮かべるインデックスがいた。

 

「とうま、私はイギリス清教に属する修道女です。悔いがあるなら今の内に聞いてあげても良いんだよ?」

 

 遠回しに告げられた脅しという名のおねだりはシスターらしからぬ欲に塗れていた。

 

****

 

 あの後インデックスの怒りを収める為にアイス屋に行けば休業しており、アイスを諦め切れないインデックスに何とかファーストフード店のシェイクで妥協させた上条とツナ。何故か着いて来た青髪ピアスと土御門に上条がセットを奢る事になったが。流石に不憫に思ったツナも少しだけ負担した。

 

「シェイク♪シェイク♪シェイクが三つ♪」

 

「悪いにゃー、カミやん!綱吉君!」

 

「ゴチになりまーす!」

 

 自分の不幸体質を知って平然と奢らせる彼らは本当に友達なのだろうか。というか殆ど初対面の中学生にすらタカるんじゃねぇ。上条はそう思った。

 

「不幸だ……」

 

「えっと当麻君……。ど、ドンマイ?」

 

「ツナだけが俺の味方だ……。ありがとな」

 

 涙目になりながら選んだ一番安いセットを手にツナと上条はハンバーガー屋の階段を登る。二人の背中からは哀愁が漂っていたが、まあそんなの気にする人なんていないよね。

 

「てゆーか席空いてるかな?この店、今混んでるけど……」

 

「そうだな……。五人だからテーブル席じゃなきゃ座れねーし」

 

 先に二階に上がっているインデックス達を探しつつ、席が空いていないのではないかという予想に一憂していると、インデックスの元気な声が聞こえてくる。この様子だと丁度空いてる席があったのだろうか。

 

「とうまー!つなー!こっちだよー!」

 

 インデックスの呼びかけを聞いてツナと上条はそちらの方向へと進む。しかしそのインデックスと青髪ピアス、土御門がいるテーブル席の方を見て揃ってギョッとする。

 

 その席には既に先客がいて、しかもその先客は巫女服を着ており、死体のようにダレていたのだ。変な要素が凄く目立つ。

 インデックスは店員に言われて相席を彼女に頼んだようだが、無反応の為、了承したと見なし、もう勝手に向かい側に座っている。彼女には危機感が無いのか、それとも博愛主義が極まっているのか、はたまた何も考えていないのか。

 

(何じゃこりゃーー!?)

 

(また変な人ーーー!!)

 

 テーブル席でぐてーっと突っ伏している巫女さん。怪しい。怪し過ぎる。上条の不幸アンテナはコレに関わってはならないと告げ、ツナの超直感がスルーすべしと直感する。

 対面する巫女さんとインデックス、それを感極まった様子で眺める青髪ピアスをほっといて上条とツナは小声で話し合う。

 

「帰ろうぜツナ。アレに関わるぐらいならインデックスに噛み付かれた方がマシだ。土御門と青髪ピアスはほっとけ」

 

「う、うん…。そうだね」

 

(ああいうのって絶対碌でもないオチがついてるんだよなぁ〜。ハルとかも変な格好して良く騒ぎ起こしてたし……てゆーか学園都市って本当にこんな人ばっかり!?)

 

 何としても知らんぷりを貫く事を決めた二人の主人公(ヒーロー)。正直全然カッコ良くないが、一般的な視点では極普通の反応でもある。

 しかし既に座席に座っているインデックスをシェイクを飲み終わる前にここから連れ出す事は不可能に近い。涼しい店内で座れるという状況を奪おうとすれば彼女は遠慮なく上条に噛み付いた挙句、結局ここから移動はしないだろう。

 

「く、ーーー」

 

 すると今度はピクリと巫女さんの肩が動き、言葉を紡ぐ。それを見て上条もツナも思わず足を止めて次の言葉を待ってしまう。

 

「ど、何処か苦しいの……!?」

 

 根が優しいツナは思わず、巫女さんの心配をして話しかけてしまう。しかし返ってきた言葉はあらゆる意味で予想外のものだった。

 

「ーーーー食い倒れた」

 

 何だってこんな俗っぽいお店に巫女さんがいて、その巫女さんがテーブルに突っ伏して、あまつさえそんな台詞を投げかけてくるのか。

 超直感を以ってしても答えなど導き出せなかった。

 

 土御門、青髪ピアス、インデックスは揃って上条へと視線を向ける。

 

「な、何だよ?」

 

「カミやん、話しかけられたからには答えてやらなっ!」

 

「そうだよとうま。見た目で引いてはいけません。神の教えに従い、あらゆる人に救いの手を差し伸べるのですなんだよ。アーメン」

 

「な、ばかっ!ふざけんな!何で俺なんだよ!?つーか今のはツナの質問への答えなんじゃねーのかよ!?」

 

「ふざけてんのはどっちなんだって話なんだぜい、カミやん。綱吉君は真っ先に巫女さんを心配したんだぜい?なら今度はカミやんが力を貸してやるってのが筋だにゃー。それとも中学生に全部押し付けるつもりなのかにゃー?」

 

「いや、その中学生にハンバーガーの代金負担させたお前らが言うんでせうか!?ここは公平にじゃんけんだろ!?ってかインデックス、始めっから俺が負けると思ってんだろ?テメェ神妙な顔して十字切ってんじゃねぇ!!」

 

(いやこれ生贄押し付け合ってるだけじゃん!!)

 

 何とも醜い争いが繰り広げられ、結局上条がじゃんけんで一人負けして生贄となった。彼は何処までも不幸であった。

 

「あの……食い倒れたって、何?」

 

「……1個100円のハンバーガー、お徳用のクーポンが沢山あったから」

 

「うん」

 

「取り敢えず30個程頼んでみたり」

 

「何で!?」

 

「お徳過ぎだ馬鹿」

 

 彼女の思考回路がツナには全く分からない。何故そんな食い切れない数を無駄に頼んで苦しみ、お金も無駄遣いするのか。

 一方で上条のツッコミにショックを受けたらしい巫女さんはガーンという擬音が聞こえそうな暗いオーラを漂わせてピクリとも動かなくなった。無言だからこそ、何だかとても傷付いたのが良く分かる。

 

「……やけ食い」

 

「へ?」

 

 ツナの疑問というかツッコミに対する返答なのか、ハンバーガーをそんなに沢山注文した理由を告げる巫女さん。すると何なのかやけ食いしての現状まで話し始める。

 

「帰りの電車賃、600円」

 

「で、電車賃?」

 

「只今の全財産、500円」

 

「……その心は?」

 

「買い過ぎ、無計画」

 

「……」

 

「だからやけ食い」

 

 つまり沢山あるクーポンを使い切りたい一心でハンバーガーを30個注文し、後になって電車賃が足りなくなった事に気付いた。故に注文したハンバーガーをやけ食いしていた。そういう事だろう。

 

(無計画以前の問題だーーー!!この人、俺が会った人の中でもトップクラスに変な人だったーーー!!)

 

 帰りの電車賃の事を視野に入れずに買い物をする人など小学生でもそうそう見かけない。ましてや彼女は見たところ上条と同年代だ。それなのにそんな考え無しの行動をするのは頭のネジが外れていると判断されても仕方ない。

 ツナの知人の中でもそんなミスをするのは内藤ロンシャンや城島犬くらいだろう。

 

 馬鹿だという感想を呑み込みつつ、上条は自分の意見を述べる。

 

「ってか、お前500円分でも電車乗れば良いじゃん。そうすりゃ歩く距離は100円分なんだし。それ以前に電車賃ぐらい誰かに借りられないのか?」

 

「おお、それは良い案」

 

「おお!別嬪さんぜよ!」

 

 すると巫女さんはここに来て初めて顔を上げた。黒い瞳と髪、日本人としての白い肌が際立つ美人であった。思わずツナは少し顔を赤くしてしまう。というか隣で青髪ピアスが勝手に彼女の写真を撮っている。その内捕まるんじゃないだろうか、この変態。

 しかしやはり彼女はツッコミ所が満載であった。期待の眼差しを込めて上条を真っ直ぐに見ていたのだから。

 

「な、何故上条さんを見るんでせうか!?ってか期待の眼差し向けんじゃねえ!!」

 

「100円、無理?」

 

「無理。貸せないものは貸せない」

 

「……チッ、たかが100円も貸せないなんて」

 

「……たかが100円も待ってねーのはどこの馬鹿だオイ」

 

 舌打ちして嫌味を遠慮なく言い放つ巫女さんと若干キレかけている上条。すると巫女さんは標的(ターゲット)変更。青髪ピアスと土御門は変態で受け付けないのかスルー。インデックスは見るからに金を持っていないので居ないものとして見て、見るからに人が良さそうで押しに弱そうなツナに目を付けた。

 

「100円、無理?」

 

「お、俺ー!?」

 

「無理?」

 

「えっと、俺も……」

 

「無理?」

 

「あんまり…無駄遣いはできなくて……」

 

「無理?」

 

「奨学金もあまりなくて…」

 

「無理?」

 

「その…「無理?」……」

 

 ジーっと見つめ続け、食い気味に尋ね続ける。やがてその視線に耐え切れなくなったツナは泣きそうになりながら財布を取り出し、なけなしの百円玉を出そうとする。頼まれたら断れないランキング1位は今日も断れなかった。

 

「待てこら!歳下の中学生にタカってんじゃねえ!!」

 

 すかさず上条が止めに入る。正直このツナの状態を見ていられなかったのだろう。

 

「貴方が貸してくれないから、彼が犠牲になった」

 

「カミやん、こんな気弱な中学生に払わせて恥ずかしくないんか?」

 

「全くだぜい。不幸不幸って言っときながら貧乏くじは歳下に押し付けるのはどうかと思うにゃー」

 

「とうま!つなにばっかり甘えてちゃ駄目なんだよ!」

 

「え!?上条さんが悪者!?つーか土御門に青髪!お前らにだけは言われたくねえーーー!!」

 

 ここぞとばかりに静観を決め込んでいた土御門や青髪ピアス、インデックスにまでマジトーンで責め立てられる上条。何故彼がこんな扱いを受けるのか。その答えは彼が不幸だからに他ならない。

 

「と、とにかく!上条さんは貸せないし、だからってツナにもタカるんじゃねえ!」

 

「カミやーん、何でそんな素の返事ができんねん。そないな美人を前にしたら普通ドギマギしてまともな受け答えできなくなるのが負け犬の運命やろがーっ!綱吉君なんかそのテンプレ通りやんか!ちっとは見習わんかい!!」

 

「それって俺は負け犬って事ですかーー!?」

 

 青髪ピアスが地獄の底から搾り出すような声を発し、同時にナチュラルにツナをディスる。ツナはガーンと擬音が鳴るようなショックを受けるが、普段が『ダメツナ』故に反論できない。実際巫女さんの素顔を見てちょっとドキッとしてたし。

 

「……美人に免じてあと100円」

 

「うええ!?」

 

 美人というワードを利用し、巫女さんはまたしてもツナに100円を強請る。話していてもアレコレ理由を付けて断る上条ではなく、完全に押しに弱いと判断したツナ一人に狙いを絞ったようだ。

 

「いい加減しろ悪女!自分の顔を売ってお金にする……ましてや歳下の中学生にタカる性悪女は美人なんて呼べませんっ!つーか仮にも巫女さんが押しに弱い子の良心につけ込むじゃありません!」

 

「私、巫女さんではない」

 

 上条がツナの優しい心につけ込む巫女さんに説教をかましていると、何とその巫女さんが色々な前提を覆す発言をした。思わずこの流れを見て楽しんでいた青髪ピアスと土御門まで驚く始末。

 

『へ?』

 

 何と、彼女は巫女さんではないらしい。

 

「えっと……巫女さんじゃないなら、貴女は一体…?てか、何でそんな格好……」

 

 取り敢えずツナが気になった点について指摘してみると彼女は驚くべきビックリ発言を返してきた。

 

「私。魔法使い」




青髪ピアスとグロ・キニシアって変態同士で中の人同じ……。


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三毛猫来る!

「私。魔法使い」

 

 巫女さんの格好をした少女の言葉に真っ先に反応したのはインデックスだった。彼女の名乗りが気に食わなかったのか、それともインデックスの知る魔術師としての何か触れていたのか。それは本人にしか分からないが、とにかく食い付いた。

 

「魔法使い〜!?魔法使いって何!?曖昧な事言ってないで、専門と、学派と、魔法名と結社(オーダー)名を名乗るんだよ、お馬鹿!」

 

「ちょ!?インデックス!?」

 

「?」

 

「大体、そんな格好するんだったら、せめて東洋系の占星術師くらいのホラをふかなきゃ駄目なんだよ!」

 

「……じゃあそれ」

 

 よりにもよってインデックスの出した例えで妥協した。適当過ぎる上に魔術関連を馬鹿にしていると感じ取ったインデックスはブチギレ寸前である。

 

「きぃぃ〜っ!!」

 

 どうにも魔法使いを名乗る巫女さんもどきはインデックスの神経を逆撫でしてしまうようで、このままでは色々と分かっていない偽巫女にインデックスがオカルトの何たるかを叩き込もうと10万3000冊はともかく、魔術サイドのあらゆる事柄を吹聴してしまいかねない。

 故に上条はこの辺で無理にでも会話を打ち切ろうと割り込む。

 

「と、とにかく、そこの巫女さんが巫女さん改め魔法使いなのは良く分かったから……!!ちょっと、黙ってて…」

 

「むむ!?とうま!私の時とは明らかに態度が違うっぽいんだよ!」

 

 上条は面倒事を避けたい故に話を打ち切りたいだけなのだが、そんな事インデックスが分かる訳もなく、矛先が上条へと向かう。

 

「私の時は本物って証明するのに服まで脱がされたのに!」

 

「え!?どういう事やカミやん!?」

 

「インデックス!その話は色々と不味いからー!!」

 

 その話に変態の青髪ピアスが食い付き、今度は上条に突っかかるインデックスをツナが諫めようとする。当然、彼の顔は真っ赤だ。初めて会った日、上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)でインデックスの『歩く教会』を破壊し、彼女が真っ裸になった光景を思い出してしまったのだろう。

 

 しかしその時だった。ツナは周囲から不気味な気配をいくつも察知し、固まる。突然固まったツナの様子を疑問に思った上条達がツナに視線を向けて、次の瞬間には周囲をスーツの男達が取り囲んでいる事に気付いた。

 

「……誰ぜよ?このおっちゃん達」

 

 その上、ファーストフード店で他の客もわんさかいるのに誰も気にした様子が無い事も気になった。

 徐に似非巫女が席から離れ、スーツの一団の中の一人に話しかける。

 

「あと100円」

 

「んなっ!?この状況になってタカるのーー!?しかも知らない人にーーー!?」

 

「違う。塾の先生」

 

 電車賃の100円を今度は怪しさ満点の知らない人に強請ったのかとツナが突っ込んでしまうが、返って来た返答は顔見知りという事実だった。

 

「塾の……」

 

「先生?」

 

 コクリ、と頷くと巫女さんの格好をした自称魔法使いの少女はゆっくりと歩き、去って行く。塾の先生と称されたスーツの一団もそれに続いて去って行った。

 

「けど何で塾の先生が生徒の面倒見んねんなぁ。電車賃まで。小学校の生活指導やないんやし」

 

「それに……何であんなに沢山……」

 

 青髪ピアスとツナの疑問は尤もだった。100歩譲って青髪ピアスの疑問は何かしらの事情があるとしても、塾の先生だというのなら、迎えは一人で充分のはずだ。

 

****

 

 あの後、昼食を店のハンバーガーで済ませ、青髪ピアスと土御門と別れた上条、ツナ、インデックスは上条の学生寮への帰路に着いていた。そんな中、上条は深い溜め息を吐いていた。

 

「とうまとうま、どうかした?」

 

「お前が服脱がされたなんて言うから、青髪ピアスも土御門も変に食い付いて来て大変だっただろうが。それに周りの人の視線も……ツナもいるとはいえ、一緒に住んでる事がもしバレたら……」

 

 しかも『男子寮』に『こっそり小さな女の子と』である。

 上条は確実に奴らにリンチされるだろう。思春期のモテない男子高校生は他人のキャッキャウフフな幸せを許さない。実際にはそういう展開でなくても疑わしきは罰せよの精神で潰しに来るだろう。モテない男とはそういう生き物(修羅)なのだ。

 

「むー、だって……」

 

「ツナにも人生の先輩として、上条さんが君が長い人生を生きていく上で非常に役立つ智見を伝授してあげましょう。覚えておきなさい、女の子との繋がりはあまり大っぴらにするもんじゃないんだ」

 

「人生相談!?」

 

 14歳のツナに15歳の上条がそんな先輩風を吹かせても大して威厳も無いが、上条は初めて会った時からツナにはある種のシンパシーを感じていた。勉強が出来ない事も然り、女の子にモテない事も然り、万一に女の子とお近付きになれる機会があれは周囲の男の嫉妬を買って潰されそうな感じも然り。

 

 まぁ上条は本人が自覚してないだけで、その人柄から凄まじくモテるから普通の人がこんな事を聞かされたら殺意が芽生えるだけなのだが。

 ツナもツナで普段はそのダメっぷりからモテないが、男女やその種類を問わず一度好意を寄せられたら相手は忠犬になったり、将来の嫁発言をされたりとその勢いは結構凄い。

 

 そんな感じで大して有り難くもない教えを聞かされていると、何やらちょっと離れていたらしいインデックスが大声で呼びかけてきた。

 

「とうまー!つなー!」

 

「「ん?」」

 

「ねぇ、見て!ねー!」

 

 インデックスが指差すものは街中に植えられた木の下に置かれたダンボール。ご丁寧に『どなたかもらってください』という張り紙まである。

 そしてその中にいるのは幼い三毛猫だった。

 

「ミャー」

 

「猫だ……」

 

「捨て猫…か」

 

「とうまー、ねぇ…」

 

「駄目」

 

 言わずとも分かる。インデックスはこの捨て猫を飼うつもりだと。なのでそれ以上言う前に上条は拒否。理由は色々とあるが、猫を飼う余裕など今の上条家には無いのだ。

 

「まだ何も言ってないんだよ!」

 

「飼うのは駄目!」

 

「何で!?どうしてスフィンクス飼っちゃいけないの!?」

 

「もう名前付けてる!てゆーか猫にスフィンクス!?」

 

 スフィンクス。エジプト神話やギリシア神話、メソポタミア神話などに登場するライオンの身体と人間の顔を持った神聖な存在あるいは怪物である。ぶっちゃけ結構怖い。

 勿論そんな事ツナは詳しくは知らないだろうが、大体そんなイメージを持っている。しかし実は猫にもスフィンクスという名の品種は存在する。まぁエジプト関連としての名前を差し引いても別の猫の品種名を三毛猫に付けるのはセンスがズレているが。

 

「もう名前付けてんじゃねーよ。しかもスフィンクスって……。それに学生寮はペット禁止なの」

 

 三毛猫の飼育を拒否されたインデックスは頬を膨らませて上条に断固抗議する。

 

「つなだってなっつがいるんだよ!なっつは良いのにどうしてスフィンクスは駄目なの!?」

 

「ナッツは匣アニマルだろうが!ツナの炎があれば餌代もかからねぇし、排泄もしねぇし、ペットには属さねえ!!」

 

「やだやだー!つなとなっつみたいに私もスフィンクスといたいんだよー!だから飼うのー!!」

 

 取り敢えずそれっぽい理由を並べてライオン(ナッツ)が部屋にいるのは良くて三毛猫(スフィンクス)を飼うのは駄目だと突っぱねる上条と駄々をこねるインデックス。

 因みに上条自身、ちょっとナッツを気に入っていたりする。最近はツナだけでなく、インデックスと上条にも懐いて可愛いのだ。動物には噛み付かれたり、引っ掻かれたりする事の多い上条にとって顔や身体をスリスリして甘えてくれるナッツは癒しだった。死ぬ気の炎によってポカポカと暖かいのは夏でも気にならない。冬にはナッツを抱き締めて暖を取るのも悪くないとも考えている。

 

「飼う飼う飼う飼う〜!!」

 

「駄目なものは駄目!」

 

 ぎゃあぎゃあと喚き立てるインデックス。すると三毛猫改めスフィンクスは体重を一方にかけ、ダンボールを傾けて脱出。そのまま逃げてしまった。

 

「ああ!スフィンクスー!」

 

「あ〜あ、ビビって逃げちまったじゃねぇか……」

 

「とうまとつなのせい!」

 

「俺も!?」

 

「ジャパニーズ三味線って猫の皮剥いで貼り付けてるんでしょ!?この国は猫に対して酷い事ばっかり!!」

 

「それを言うならテメーの国だって狐追い回してるじゃねーか!!」

 

 むくれながらインデックスはスフィンクスを追いかけようとスフィンクスが逃げた方面へトテトテ歩いていきつつ、日本の猫に対する仕打ちを糾弾し、上条はイギリスの狐狩りを指摘する事で反論する。

 

「な!?狐狩りは伝統と誇りの……」

 

 どちらも動物に対する仕打ちという意味では同じである。

 しかしインデックスは反論中に言葉を止め、別の事を呟き始めた。それは“魔術”という異能に深く関わりのある彼女だからこそのものだった。

 

「……何だろう?近くで魔力の流れが束ねられてる。……属性は土。色彩は緑、この式は……ルーン?」

 

「……ルーン?」

 

 インデックスは周囲を探り始め、ツナはインデックスの呟きからある魔術師を連想した。

 インデックスはその魔力の元が気になったのか、三毛猫が逃げた方へと走って行く。

 

「おい!インデックス!?」

 

「誰かが魔法陣を仕掛けてるっぽい。とうまとつなは先に帰ってて!」

 

 有無を言わせず一方的にそれだけ告げてインデックスは行ってしまった。魔法陣が仕掛けてられているのなら、万一に備えて上条の右手が必要な気がするが、彼女にも魔術が使えないなりにどうにかする術があるのかもしれない。

 

「帰っててと言われてもなぁ……」

 

「やっぱり追った方が……ルーンって言ってたし多分、その魔法陣を仕掛けたのって……」

 

 

「へえ?相変わらず腹立たしい位に勘が良いね沢田綱吉」

 

 

 背後から近付いてきたその声に上条もツナも聞き覚えがあった。生涯で初めて出会った魔術師のものだ。二人はゆっくりと振り返るとそこには赤い髪と右目の下のバーコード、そして2m以上の長身を持つ魔術師、ステイル=マグヌスがいた。

 

「ステイル!!」

 

「久しぶりだね。上条当麻に沢田綱吉」

 

「ステイル……お前……!!」

 

 仮にも魔術師が学園都市で大っぴらに出歩くものか?そんな疑問が上条の中に浮かぶ。ステイルもそれを察したのか嘆息して答える。

 

「人払いのルーンを刻んでいる。ここには僕と君達しかいない。それにしても挨拶も無しか。うんうん、僕達の関係はこうあるべきだ」

 

「……インデックスを必要悪の教会(ネセサリウス)の所に戻しに来たのか?」

 

 ツナはステイルの威圧感に押されそうになりながらも警戒し、尋ねる。既に手には毛糸の手袋(Xグローブ)を嵌めており、死ぬ気丸も手袋越しに握り締めている。以前ステイルは去り際に残した手紙でインデックスを連れ戻す旨と上条とツナに対する殺害予告まで出しているのだ。この警戒はある意味当然と言えた。

 

「いや、それでも良いんだけど……今回は別件さ。ああ、あの子に関しては心配いらない。魔力の流れを見つけて調べに行っただけだ」

 

 『別件』とやらも気にはなるが、取り敢えず今回はインデックスがイギリス清教の元へ連れて行かれる心配は無いらしい。『首輪』の件であれだけ酷い事をした連中の元にむざむざインデックスを戻らせるつもりはツナにも上条にも一切無い。また何かされるに決まっている。

 とにかく今の短い説明でステイルとも今回は争う必要がないと直感したツナは目に見えて安心して、緊張を緩めてしまう。そんなツナの雰囲気に上条も流され、何処かヘラヘラしたような……そんな空気になり始めていた。

 

「……で、それなら俺達に何の用なんだ?」

 

「Don’t smile with everything. Are you ready the die?」

 

 英語なので何を言っているのかは上条にもツナにも分からなかった。しかしステイルの表情とこれまでの関係性、以前残された手紙から彼が自分達に悪感情を抱いている事は分かっていた。故に今の言葉も悪意に満ちている事は理解出来た。

 

 次の瞬間、ステイルは炎の魔術を発動し、上条とツナに向けて解き放った。

 

「うおっ!?」

 

「んなっ!?」

 

 上条は咄嗟に右手を前に突き出して魔術を打ち消す。ツナは上条が先に動いた事から特に何かする事もなかったが、流石にこれには驚いたようだ。

 

「っ!!いきなり何すんだテメェ!!!」

 

「そうだよ、二人共その表情……。上条当麻と沢田綱吉とステイル=マグヌスの関係はこうでなくちゃ。たった一度の共闘くらいで日和って貰っちゃ困るんだよ」

 

「お前、相っ変わらずムカつくな……!!」

 

「お互い様さ」

 

「何をしに来たんだよ……!!」

 

 ツナは再び警戒しながらステイルの目的を尋ねる。するとステイルは懐から大きな封筒を取り出した。

 

「内緒話だけど?」

 

「内緒話だぁ?」

 

「受け取るんだ」

 

 ステイルが封筒を掲げるとその中身と思われる書類の束が彼の周囲に円状に広がり、風のように回り出す。回るだけで一向に上条の手元にもツナの手元にも来ない。受け取れと言っておきながら。

 

「三沢塾って進学予備校は知ってるかい?」

 

「え?その紙渡してくれないの……?」

 

「そこ、女の子が監禁されてるから」

 

「「監禁!?」」

 

 ツナの言葉を無視してステイルは話を始める。無視された事にショックを受ける前にも衝撃的な事実を聞かされ、このまるで意味の無さそうな魔術お披露目へのツッコミが頭から吹っ飛ぶ。

 

「どうやら今の三沢塾は科学崇拝を軸とした似非宗教と化しているらしくてね。教えについてはともかく、その三沢塾が乗っ取られてしまったのさ。今度は正真正銘、本物の魔術師……いや、正確にはチューリッヒ学派の錬金術師がね」

 

「本物?」

 

「錬金術師?」

 

「ああ、胡散臭い響きだとは僕でも思うよ」

 

 錬金術という単語に上条もツナも頭に疑問符を浮かべた。魔術の一種なのだろうが、どう違うのかいまいち分からない。

 

「錬金術師の名前はアウレオルス=イザードという」

 

「あるおれうす……?」

 

「アウレオルスだ。頭だけでなく耳まで悪いのかい?沢田綱吉」

 

 上手く聞き取れない……というか言いづらい名前だとツナは思った。何というか、ごちゃごちゃしている。

 

「三年前から行方を眩ませていてね。三年間何処で何をやっていたのか……それがひょっこり戻って来たって訳だ」

 

「……何の為だよ?」

 

「そう。重要なのはその理由さ」

 

 ステイルの手元に回転寿司ばりに回っていた資料が戻って来る。結局上条もツナも目を通していない。何の為にあんな事をしていたのだろうか。

 

「奴の目的は三沢塾に捕らえられていた吸血殺し(ディープブラッド)なのさ」

 

「ディープ…ブラッド?」

 

「それって……何?」

 

「その子が持っている、ある生き物を殺す為の能力さ」

 

 それを聞いてツナの背筋に悪寒が走り、鳥肌が立った。殺しの為の能力。そんなものが目的ならばその錬金術師とやらの目的もそれを使った殺しという事になる。いや、三沢塾とやらもその能力を使って殺しをしていたのだろう。

 

「……何だよ?ある生き物って」

 

「呼び方は色々だけど、簡単に言えば吸血鬼の事だよ」

 

「「吸血鬼ぃ!!?」」

 

 良く漫画や小説といったサブカルチャーで登場する怪物の類いだ。創作上のものとして認識していたが、そんなものが本当に実在するのか。

 だがそれを言えば魔術だってそういうカテゴリーだ。何よりツナは以前幽霊に遭遇した事すらある。

 

「そんなの本当にいるのか?」

 

「僕達魔術師でさえ、詳細は掴めていない。だが吸血殺し(ディープブラッド)とは即ち、吸血鬼を殺す力だ。ならばまず吸血鬼と出会わなければならない。その為にはまず吸血殺し(ディープブラッド)を抑えておくに越した事は無いんじゃないかな?」

 

 上条は吸血鬼の存在を疑問視するがそもそも上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)だって超能力や魔術といった“異能の力”が無ければ成立しない能力だ。ならば吸血殺し(ディープブラッド)という存在自体が吸血鬼の存在の裏付けとも言えてしまう。

 

「……で、結局何が言いたいんだ?」

 

「僕はこれから三沢塾に特攻をかけて、吸血殺し(ディープブラッド)を連れ出さないと不味い状況にある」

 

「いや、それは分かったけど……」

 

「分かってないね。君達も一緒に来るんだよ?」

 

 至極あっさりととんでもない爆弾発言を落とした。

 

「はぁ!?」

 

「何で!?」

 

「拒否権は無いと思うよ。君達が従わなければ君達の傍にいる禁書目録(インデックス)は回収。という方向になるから」

 

「「!!」」

 

 それはつまり先程ツナと上条が危惧したインデックスの再度傀儡化という事だ。10万3000冊の為にその記憶と人生を犠牲にする事を強いられる。

 

必要悪の教会(ネセサリウス)が君達に下した役は禁書目録(インデックス)の裏切りを防ぐ為の足枷さ。だが君達が従わないのなら効果は無い」

 

「テメェ、本気で言ってやがんのか?それ」

 

「ステイル……お前はそれで良いのか?」

 

 ステイルとてインデックスがこれまで苦しむ姿は何度も見てきたはずだ。そしてそれから彼女が解放される事を願っていた。なのにまた彼女に『首輪』を付ける選択肢を許容しているのが理解できない。

 

 ステイルは少しだけ複雑そうな表情を見せてから二人に背を向ける。

 

「……好きにすると良い。選ぶのは君達だ」

 

 それだけ言ってステイルは去って行った。上条もツナも彼の後ろ姿を見てやるせない想いを抱くのだった。




アウレオルスとツナ、どんな絡みを入れるべきか……。


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新たなリング来る!

遅くなりました。リアルの方で中々時間も取れず……


 ステイルからの協力要請を受けた後、上条、ツナ、インデックスの三人は上条の学生寮へと戻って来ていた。

 

「はぁ……ん?」

 

 ステイルに聞かされた話の事を考え、気が重くなっていたツナはインデックスの修道服の腹部が何やらモゾモゾと蠢いているのに気付いた。

 

「インデックス?」

 

「お前、その腹どうした?」

 

 遅れて気付いた上条もインデックスの腹部について指摘し、インデックスは目線を逸らしながら下手くそな口笛を吹いて誤魔化そうとする。

 

「……何を隠してる?」

 

「え?な、何も隠してないよ?天にまします我らの父に誓って、シスターさんが嘘を吐くはずがないんだから」

 

 そう言った瞬間、インデックスのモゾモゾと動くお腹の辺りから「みー」という猫の鳴き声が聞こえてきた。

 

(言ってるそばから嘘吐いてるーー!!シスターなのにそれで良いの!?)

 

「ぐるあっ!!テメェの信仰心はその程度か思いっきり誓い破ってんじゃねーか!!何でもいいからさっさと服ん中に隠した野良猫出しやがれ!!」

 

 そういえばステイルの件の前にインデックスは猫を拾えという結構キツい要求を上条にしていた。ルーン魔術を追っていたはずの彼女だが、いつの間にか目的が猫の保護に切り替わっていたようだ。

 

「む。と、とうま、つな。この服は『歩く教会』って言うんだよ?」

 

「だから何だ」

 

「てゆーか、当麻君の右手で壊れたよね?」

 

「例え壊れてしまっても教会は迷える子羊に無償で救いの手を差し伸べるのです。よって路頭に迷ったスフィンクスは教会の手で保護しました。アーメン」

 

「「……」」

 

 上条の頬が引きつる。ツナはインデックスの主張という名の屁理屈に愕然とする。上条はブチ切れ爆発を我慢しながらインデックスへの反論に出る。

 

「で、お前その中で野良猫飼ってくんだな?よし分かった。で、猫用のトイレの砂はやっぱり襟元からザザーッと流し込みゃ良い訳か?」

 

(当麻君キレてる……)

 

「な、なっつと一緒につなのリングの中に……!」

 

「いや無理だからーー!!」

 

 このリングはそんな便利な収納アイテムではない。というかあんだけ熱弁してたくせに猫の扱いそれで良いのかシスター。

 それに元々が匣兵器だったものをアニマルリングにしてボンゴレリングとボンゴレⅠ世(プリーモ)の血と合わせ、三位一体にしたのがVG(ボンゴレギア)だ。後付けなどできない。

 

「計画性ねぇなお前!生き物の命を扱う責務ぐらい考えろー!」

 

「家族と思って飼えば大丈夫なんだよ!つなとなっつを見て!」

 

「ナッツは匣アニマルだから色々と違うだろが!!」

 

 インデックスは事あるごとにナッツを引き合いに出す傾向にあるが、そもそも天空ライオン(レオネ・ディ・チェーリ)であるナッツは他の動物とは色々と前提が違うのだ。

 

 結局、飼うと言って聞かないインデックスに上条が折れた。

 

「………仕方ないから、飼って良し。ペット禁止だからバレないようにな」

 

 そんな一言で涙さえ浮かべそうな程に喜ぶインデックスの顔が見れればそれもまた良いかなと、上条は思ったが……。

 

「ああ、天にまします我らの父よ、貴方の温かな光が非情で残忍で冷血でサディストで蛇みたいな目をしたとうまにもようやく届いたみたいです。一匹の野良猫、その無垢なる魂をお救い頂いた御恩は一生忘れません」

 

(いや、当麻君にお礼言わないどころかディスってるしーーー!!)

 

 インデックスの言動に色々とツッコみたいが、まずはこれだけハッキリ言おう。礼を言う相手を間違えている上に罵っている。本当にそれで良いのかシスター。

 

 

****

 

 

 その後、ツナが9月から学園都市内の中学校に通う事になったという話を利用して、二人でその手続き関連の為に出掛けるとインデックスを誤魔化して部屋を出た。

 

 寮の部屋を出ると待機していたらしいステイルが通路に何やらカードをペタペタと貼り付けていた。何故かツナにはその姿がシールをそこら中に貼って悪戯するランボと重なって見えた。煙草を吸う様は獄寺に近いか。

 

「何やってんだお前。近所迷惑だろうが」

 

「これ、ルーン魔術だよね?」

 

 ツナはカードに刻まれたルーンを見て尋ねる。ステイルは上条とツナ、双方の質問に対して淡々と答える。

 

「見ての通り、結界を張りこの場に神殿を築いている。僕達が三沢塾にかまけてる間に他の魔術師が禁書目録(インデックス)に手出ししないなんて確約は無いからね。ま、気休めとは思うけど“魔女狩りの王(イノケンティウス)”を置いておけばあの子が逃げ出す時間くらいは稼いでくれると楽観してみるよ」

 

「……そんなもん置くくらいなら、俺とお前の二人だけで三沢塾に行って、その間ツナにインデックスを守って貰えば良いじゃねーか。あの炎の巨人よりツナの方が断然強えんだから」

 

 それに、ここに“魔女狩りの王(イノケンティウス)”を配置するという事はステイルの強力な手札が一つ減るのだ。不完全な実力しか出せなくなるくらいなら、最初から戦力を分けるべきではないのか。上条はそう思った。

 

 しかしステイルとしてはツナの実力を知っていても、上条やツナにインデックスの事を完全に任せるのは不服なようだ。

 

「……言っておくけど、あれは決して僕の実力が沢田綱吉に劣るという訳ではないからな。あの訳の分からない炎の効果を把握さえすれば……」

 

「お前結構ボコボコにされてたよな?つかどっち道その“魔女狩りの王(イノケンティウス)”、ツナに二回負けてんじゃん」

 

「ぐっ…!と、とにかく!この一枚を貼れば結界の準備は完了だ。僕達も本題の三沢塾に向かう。……全く世話の焼ける。魔術師を退ける為の結界だというのに、余り強力過ぎるとあの子に気付かれてしまうんだから」

 

 もう敵対しておらず、インデックスもステイルの事情を把握しているとはいえ、それと何もかもを明かして巻き込むというのは別の話だ。

 しかしそれでも本人にバレないようにと言えど、インデックスを堂々と守れるという事実があるからかツナにはステイルが少しばかり嬉しそうに見えた。

 

(もしかしてステイルって……)

 

 その様子を見て直感の優れているツナにとある疑念が生まれた。そういった話題に馴染みが無ければ『少し考える』という事をせずにストレートに尋ねてしまうのだが、ツナ自身、そういった話題で(主にリボーンに)弄られて色々とキツい経験をした為、言葉を呑み込む。

 

 しかし上条は平気でその辺を踏み抜く。

 

「お前、インデックスが好きなの?」

 

「ぶっ!!?」

 

(普通に聞いたこの人ーーー!!!)

 

「そういやツナも手作りの御守りとかよく握り締めてるよな?もしかして好きな子とかが作ってくれたのか?」

 

「んなーーー!?」

 

(俺にも流れ弾が来たーー!?てゆーか見られてたーー!!)

 

 何故このタイミングでツナにも飛び火するのか。いや、ある意味で極自然な流れなのだが、正直恥ずかしくて堪らない。今後絶対に上条の前で京子の名前を出してはいけない。上条に知られたが最後、一切の悪気がなくツナの恋愛事情についての情報が拡散してしまう気がした。

 

 下手をすれば死ぬ気弾による暴走状態(死ぬ気モード)から来たパンツ一丁での京子への告白の事すら知れ渡ってしまうのではないか。何故かそんな気さえしてきた。多分京子はその辺忘れていると思うが。……忘れていると良いなぁ。

 

「な、何をいきなり言い出すんだ君は!!あ、アレはあくまでも守るべき対象であり、決して恋愛対象にはーーーッ!!」

 

 そしてステイルときたら完全にバレバレである。ステイルはインデックスに惚れている。ツナでも分かる。

 とまあ、空気を読まない上条のせいで少々取り乱したステイルだが、気を取り直して今回の任務の話へと強引に話題転換する。

 

「……殺し合いなら三沢塾に潜む錬金術師を仕留めてからだ。それと言い忘れてたけど、吸血殺し(ディープブラッド)の本名は姫神秋沙だ。これが彼女の顔だ」

 

(何でいきなり殺し合いとか言ってんのーーー!?もしかして俺達口封じに殺されるのーーー!?)

 

 そう言ってステイルが投げ渡した写真は上条とツナの二人の前で停止した。そのまま空中で止まっているのを見るに、ルーンが刻んであるのだろう。

 物騒な能力を持つ能力者の顔はどんなもんかと二人は写真を見た。そして絶句する。

 そこには昼間出会った自称魔法使いの巫女さんの顔があった。

 

「……当麻君」

 

「ああ……」

 

 手持ちの金がほとんどなく、あんなファーストフード店にいたのは身の着のまま逃げ出して、交通機関を乗り継いで金を減らし、逃げるお金も尽きてしまったからせめて最後にお腹いっぱいに食べて思い出を作ろうとしていたのではないか?

 

 あの時、ツナに強請った100円があれば、三沢塾から逃げ切れたのではないか?

 たった一つの願いだった。それを阻んだのは誰か?

 

『だから、やけ食い』

 

 彼女の言葉が二人の脳裏に過ぎる。

 姫神秋沙は『塾の先生』という名の三沢塾の追手に取り囲まれた際、抵抗の一つもせずに連行されて行った。死に物狂いで逃げ出しておいて、連れ戻される事を良しとするはずがない。

 普通の人間ならまた逃げ出すはず。

 

 一人で無理なら周りに助けを求める。だが助けを求めるという事は、助けを求めた他人を巻き込むという事だ。

 

 上条は何も考えられなくなるぐらいに苛立つ。そんな少女を物みたいに扱い、監禁する三沢塾、それを横取りしようとこれまた物扱いする錬金術師、そして彼女の持つ吸血殺し(ディープブラッド)の能力を……いや、彼女を吸血殺し(ディープブラッド)という力としてしか見ていないステイル。

 

 そして何より上条やツナを庇って自分で自分の退路を絶った姫神秋沙。いや、ツナを庇うのは良い。どういう理由にせよ、彼は一度は彼女に100円を払おうとした。だがそれを阻んだのは上条だ。彼女は自分を助けてくれようとした人間だけでなく、絶望させた人間までを助ける為に死に物狂いで逃げ出した三沢塾に連れ戻されたのだ。そんなのは間違っている。

 

「くそったれが……!!」

 

 一方でツナは上条程複雑には物事を考えてはいなかった。この街で開発している超能力の事なんて未だに良く分からないし、まして魔術なんて尚更分からない。

 

 けど分かる事もある。吸血殺し(ディープブラッド)という能力だけを見て、誰も彼女本人を……『姫神秋沙』を見ていない。そしてその能力だけに目を付けて自分勝手に利用しようとしている。どうしてそんな酷い事ができるのだ。三沢塾も、錬金術師も。

 

 故に彼の中にある感情はただ一つ。

 

「助けなきゃ……!!」

 

 上条もツナもやりたい事は同じ。たった一人で苦しめられているであろう女の子をどうあっても助け出す。

 

「行くぞ、ツナ」

 

「うん…!」

 

****

 

 -並盛、沢田家

 

「ざっけんな!最低10日だと!?」

 

 銀髪の少年、獄寺隼人は目の前にいる小太り低身長の男性、ジャンニーニの胸倉を掴み上げ、壁に叩き付ける。

 

「匣兵器の解析だけで何でそんなにかかるんだよ!未来と違って匣についての十分な情報が今のボンゴレにはあるはずだろうが!!」

 

「し、しかし今回10代目を拉致したと思われる学園都市によって送り込まれた転送用の匣兵器には未解明な部分も多く、その上開匣後に消えてしまうという問題もクリアしなければ……」

 

 ツナが謎の匣兵器によって学園都市に飛ばされて約二週間。ツナのX BURNER用のヘッドホンとの通信を介して学園都市の情報を集めつつ、こちらから学園都市へ行く方法を模索していたボンゴレファミリーだったが、やはり異世界故に中々その手掛かりが掴めずにいた。

 

 そんな中、ようやく獄寺の元に件の匣兵器が届いたのだ。ツナの元にも同じ匣兵器が届き、学園都市からは既に獄寺達ツナの守護者の存在がマークされている以上、この匣兵器が学園都市行きの片道切符である事は間違いない。

 

 しかし同時にこれはボンゴレが唯一持つ学園都市への手掛かりでもある。獄寺の元にこれが届いたと言えど、そのまま獄寺が開匣してしまえば獄寺が学園都市に行ける代わりに匣兵器そのものがツナの時同様に消えてしまうだろう。それでは結局手掛かりが得られない上、援軍を送る事も連れ戻す事も叶わなくなる。

 

 獄寺自身、それは分かってはいるのだが、ツナへの強過ぎる忠誠心故にまずは自分がボスの守護者として、そして右腕として一刻も早く学園都市に行くべきだと主張していた。最優先はツナの安否を直接確認し、守る事。解析ならば後から送られてくるだろう同じ匣兵器でもできるはずだと。

 

「落ち着けって獄寺。逆に言えば10日ちょっとで何とかできるって事じゃねーか」

 

「うむ。たったの10日だ。騒ぐ事もあるまい。沢田ならば極限に耐え凌げる期間だ。頼れる味方もいるのだろう」

 

「何でてめーらはそんなに能天気なんだ野球バカに芝生頭!その学園都市ってのは10代目を拉致したんだぞ!いつ何をされるか分からねー以上、一刻も早く俺達の手で救出するべきだろうが!!」

 

 山本と了平が獄寺を宥めようとするが、やはり獄寺は頭に血が上って冷静に意見を聞き入れるのが難しいようだ。何より、獄寺としてはツナの近くにいる上条当麻という高校生も信用できるのか怪しいと考えている。かなり疑心暗鬼になっている。

 

 しかし、彼らが学園都市に行くには他にも問題があった。

 

「獄寺、少し頭を冷やせ」

 

「リボーンさん……!」

 

 すると何処かに出掛けていたはずのリボーンが神妙な雰囲気を醸しながら短く告げた。世界最強の殺し屋であり、ツナの家庭教師(かてきょー)であるリボーンの言葉だからこそ、獄寺は瞬時に息を呑み、押し黙った。

 

「ボスがいねぇ今、守護者の統率が取れてねーのは問題アリだな」

 

「うぐ……」

 

「ジャンニーニに当たっても時間の短縮はできねーぞ獄寺。むしろ作業が遅れるだけだ。何より今のお前達には例の匣を開ける為のリングが無い」

 

「そ、それは…!!」

 

 そう、今の10代目ボンゴレファミリーには強力なリングが無い。継承式の際に起きたシモンファミリーとの事件により、原型(オリジナル)のボンゴレリングをVG(ボンゴレギア)としてver.アップさせた為にツナ以外の守護者達のリングは全く別の形へと変わってしまったのだ。

 

 バックルやネックレス、バングルでは匣兵器を開匣する事はできない。

 

 かと言ってすぐに調達できる程度のリングでは精製度も良くてDランク程度のものしか無いだろう。それでは未来での戦いや、虹の代理戦争などで成長した今の獄寺達の波動に耐えられずに砕けてしまう。炎を灯し、匣を開くのも一回切りだ。10年後の雲雀という実例が既にある。

 学園都市に行くだけならばそれでも良いだろう。しかし向こうからこちらに帰って来る手段を向こうで手に入れるにしろ、こちらで開発するにしろ、それが匣兵器になる可能性は高い。その為の匣兵器を何らかの方法で手に入れられたとしてもそれを開けるリングが無くては意味が無い。

 

 獄寺はSISTEMA C.A.I.に使う雨、雲、晴、雷の属性のリングがあるが、やはり彼には嵐属性の強力なリングが必要だ。

 

「だがそこは心配いらねーぞ。近い内に9代目から届くはずだ。新しいリングがな。俺はその為に9代目と連絡を取っていた」

 

「新しいリング?」

 

「ああ。今のお前達の炎に耐え、砕ける事なく死ぬ気の炎を灯せるリングはそうそうねぇだろう。ボンゴレリングやマーレリングに続いて強力なリングと言えば、ヴァリアーリングとかだ」

 

 ヴァリアーリング。その名の通り、ヴァリアーの幹部七人が使うリングを示す。つまりそのリングの保持者はXANXUS達だ。勿論リングとしての性能も精製度Aランクという破格のリングだ。

 聞けばそのヴァリアーリングもまた、VG(ボンゴレギア)同様にタルボの手で彼等の保有する匣兵器と融合し、新生(ニュー)ヴァリアーリングとして生まれ変わったのだとか。

 

「ん?もしかしてスクアーロ達にヴァリアーのリングを貸して貰えるのか?」

 

「……10代目を助けに行くって理由じゃなくても奴らが貸してくれるとは思えねー」

 

「確かにタコ(ヘッド)の言うように、極限に頼みを聞いてくれるとは思えんぞ」

 

 山本はヴァリアーから新生(ニュー)ヴァリアーリングを借りて匣を開くのかと思ったようだが、ツナを殺したがっているXANXUSがそんな話を容認する訳が無いし、獄寺の言う通り、そもそも自分達のリングを如何なる理由でも他者に貸し与えるような連中ではない。尤も、ボンゴレそのものの危機であれば話は別かもしれないが、それも手を貸すという話でリングそのものは貸してくれないだろう。

 

「そのヴァリアーリングを作った原石をお前達は知っているか?」

 

「いえ…聞いた事無いっスけど……」

 

「極限に知らんぞ」

 

「ボンゴレⅡ世(セコーンド)が遺した至宝……『虹の欠片』だ」

 

 それについては山本や了平は勿論、獄寺も知らない。代々ヴァリアー幹部が継承していた宝ではあるのだが、その詳細が外部に出回るはずもない。

 

「つまり、俺達学園都市ってとこに行くのに使うリングはその欠片で新しく作ったリングなのか?」

 

「半分正解だ、山本」

 

「しかしリボーンさん、『虹の欠片』はヴァリアーリング製造に使われたと……」

 

「何も『虹の欠片』はヴァリアーリング製造に全て使い込まれた訳じゃねえ。ちゃんと『虹の欠片』そのものは少しだが余ってるんだ。特に雲属性の分はな」

 

 ヴァリアーは現在雲属性の幹部がいない。それ故、雲属性のヴァリアーリングは製造されていないのだ。

 ともかく、精製度Aランクのヴァリアーリングと同じ材料を使って作られるリングならば今の獄寺達の波動にも耐えられるだろう。だが了平はその話の中に少し気になる点を見つけた。

 

「しかし赤ん坊よ、他の属性に関しては余っている『虹の欠片』は僅かなのだろう?いくら原石が上質でもほんの少しだけでは雲雀の分以外、強いリングは作れないのではないか?」

 

「極限に問題ねぇぞ了平。余りの『虹の欠片』はあくまで混ぜ物だからな。そのリングの核になっているのはお前達も良く知っているボンゴレリングだ」

 

『!?』

 

 ボンゴレリングが核になっている。リボーンはそう言ったが当然獄寺達は耳を疑う。そんな事はあり得ないと彼ら自身が良く知っているからだ。

 

「な、何を言ってるんスかリボーンさん!?ボンゴレリングはあの継承式で俺達のVG(ボンゴレギア)に……!!」

 

 獄寺の言う通り、ボンゴレリングは今やボンゴレ10代目とその守護者達の専用シリーズ、VG(ボンゴレギア)として生まれ変わっている。なのに何故その新しいリングの核がボンゴレリングなのか。

 

「そうだな。ボンゴレリングは継承式で砕け、シモンリングに対抗する為にVG(ボンゴレギア)にver.アップした」

 

「だがボンゴレリングは(トゥリニセッテ)の一角……。あの時タルボが言ったように、もしVG(ボンゴレギア)へのver.アップが失敗すれば(トゥリニセッテ)バランスが崩れ、未曾有の事態も考えられた。

 

だからこそ、タルボは砕けたボンゴレリングの全てをVG(ボンゴレギア)の原石にはせず、破片を少しだけ残していたんだ」

 

『な!?』

 

 これまで知らされなかった真実。確かにタルボがVG(ボンゴレギア)の原石を彫金した際に破片を取り分けていても不自然ではないが。

 

(トゥリニセッテ)バランスを保つ為の保険だ。お前達がver.アップに失敗した時の為、原型(オリジナル)のボンゴレリングの一部の破片とヴァリアーリングを作って余った『虹の欠片』を使って新たなリングを作っていたんだ。流石に炎の出力は原型(オリジナル)には及ばねえが、ハーフリングに分割できた頃の借りの姿のボンゴレリングを上回る力を持つリングとしてな」

 

 つまりはボンゴレリングのスペアとして製造されたリングという事だ。ある意味では当然の保険だろう。ボンゴレリングが完全に壊れてしまえば世界そのものの危機なのだから。

 

「そのリングは現在、9代目とその守護者が保持している。まだツナがちゃんとボスを継いでねぇからな。ボンゴレ本部にもリングの力による戦力が必要だった」

 

 これも当然だろう。現ボンゴレの全指揮権は未だ9代目にある。その9代目ファミリーを差し置いて暫定10代目ファミリーの彼等がリングを保持している現状が特殊なのだ。

 ならばせめてそのリングは9代目とその守護者が持つべきだという事になる。

 

「まぁ俺も今回の件で初めて聞かされたんだがな」

 

「つまり、リボーンさんが言う俺達が学園都市に行く為に使うべきリングが……」

 

「ああ、Ⅰ世(プリーモ)原型(オリジナル)のボンゴレリングの破片とⅡ世(セコーンド)の至宝、『虹の欠片』が合わさったニューリング。

 

その名も、ネオ・ボンゴレリングだ」




実際タルボもそれくらいの保険はかけてそう。てかかけなきゃ不味くね?
ヴァリアーリングの原石である『虹の欠片』については独自解釈。原石を丸々リングに加工は流石にしてないと思う。一応Ⅱ世(セコーンド)の遺産でもあるし。
虹の代理戦争ではヴァリアーリング7つあったけど、多分アレだ。雲属性はマーモンの幻覚。雲の幹部いないのと予算(マーモンの全財産)を他の六つにふんだんに使う為、雲のリング製造はケチったけど一応揃ってないと格好付かないからとかそんな理由だ多分。
一応フランの分で霧二つとかも考えたけど、霧のネオ・ボンゴレリングを作る為の『虹の欠片(霧)』が失くなりそうだから没にした。
これほぼリングもVG(ボンゴレギア)も無いクロームの為の設定だし。

Q.そのリング、元の世界に置いておくべきじゃね?

A.未来ではボンゴレリング破棄されてたし、その未来に持ってった事もあるから、ある程度の期間は大丈夫じゃね?


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三沢塾来る!

今回は単純にラストシーンの台詞を最後に持ってきたかったが為に書いた話です。


 三沢塾に向かう最中、ツナと上条はステイルから今回の敵と思われるアウレオルス=イザードについて説明を受けていた。

 

「奴自体は大した事はないが、吸血殺し(ディープブラッド)を押さえつけるだけの『何か』を持っていると考えた方が良い。考えたくはないが、吸血殺し(ディープブラッド)を使ってあの生き物を飼い慣らしているかもしれない」

 

「そ、それって本物の吸血鬼って事……?」

 

「あくまで可能性の話だけどね。僕も実物を見た事は無いが、恐ろしい存在である事は君達でも分かるだろう?」

 

 吸血鬼なんてホラーな存在が実在する事に顔を青くするツナ。しかし上条はステイルの言い分に納得できなかった。状況はかなり特殊ではあるが、ステイルが敵そのものを二の次に考えているのは間違っている気がする。

 

「おい、そんなんで大丈夫なのか?吸血鬼だの吸血殺し(ディープブラッド)だのってのがどんだけイレギュラーなのか知んねーけど、優先すんのは敵の大将だろ?火事場の喧嘩だって、火の海ばっかに気を取られてたら相手にぶん殴られるぞ?」

 

 上条に言わせれば自分と同じでいまいち敵の事を理解できてないツナはともかく、ステイルがこの調子では非常に不安だ。

 しかしステイルはつまらなさそうに淡々と答えた。

 

「ん?ああ、それなら気にする事は無いさ。アウレオルスの名は一流だが、力は衰えているからね。そもそも魔術世界において、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え?」

 

「占星、錬金、召喚。これらは君達で言う国語、数学、歴史なのさ。国語の先生だって何も全く数学を勉強しない訳じゃないだろう?魔術師を名乗る以上、一通りは全部かじってみて、それから自分に合った専門を見つけるのは基本だよ。それでもアウレオルス=イザードが錬金術師と呼ばれているのは、単にそれ以外に能がないからだ」

 

「……」

 

 魔術の事は正直今でもツナには良く分からない。けど、ステイルの認識はどこか酷くズレているような気がした。一方的にそう決め付けているような、周囲に同調してそれが当たり前だと思い込んでいるような……そんな気がした。

 

「それに、そもそも錬金術にしたって完成された学問じゃないからね」

 

 そんな事を言われても、上条にとって錬金術とは『十六世紀に盛んに行われた詐欺行為』だのといった歴史年表みたいに知識や、後は精々有名なコンピューターゲームに登場する別の物質同士を掛け合わせて新しいものを作るというものだ。他には漫画で出てきた特定の物質を別の物質に作り変えるといったところか。

 

「錬金術とはヘルメス学って学問の亜流さ。一般には鉛を金に変えたり、不老不死の薬を調合したり……というイメージが強いが」

 

「……何となく分かるような?漫画とかでそーゆーの見た事あるし」

 

「まぁその程度の認識で良いだろう。だがそれは実験に過ぎない。科学者だって法則なんかを知りたいから試験管と睨めっこをするのであって、試験管の中で何かを作る事が目的って訳じゃないだろう?それと同じだね。錬金術師の本質は創る事ではなく、知る事なのさ」

 

 それを聞いて漫画やゲームで抱いていた錬金術のイメージが一気に壊れた気がするツナであった。上条は上条でアインシュタインの相対性理論や核爆弾の事から学者という生き物が酷く傲慢な存在に思えてきてしまう。

 

「錬金術師には公式や定理を調べる先に究極的な目的が存在する。ーーー世界の全てを頭の中でシミュレートする事さ。世界の法則を全て理解すれば頭の中でそれを完全なシミュレートする事ができる。勿論膨大な法則の一つでも間違っていれば、それだけで頭の中は歪になるけどね」

 

「何だそりゃ?偽装能力(ダミースキル)の事か?」

 

(どうしよう、どんどん話に着いていけなくなってきた……)

 

 世界の全て理解するという事だろうか?そんな事人間に可能なのか疑わしい。そういう事も知っていそうな人物としてチェッカーフェイスが挙げられるが、彼とてそれが可能だとは思えない。それが可能ならアルコバレーノのおしゃぶりの保持の為の人柱など最初から存在せず、既に現在の方法で維持されていたはずだ。

 

「けどそんなもん、何の役に立つんだ?天気予報みたいに未来を知る為の計算機械が欲しいのか?」

 

「いいや違うね。仮に自分の頭の中に思い描いたモノを、現実世界に引っ張り出せたらどうなると思う?」

 

「え?」

 

 それはつまり想像を具現化するという事だろうか?近いもので言えば術士が使う霧の炎や砂漠の炎による幻覚だろうか。ヴェルデの開発した幻覚を本物にする装置や10年後の骸が用いていた実体を持つ幻覚、有幻覚ならばよりそれに近づくとは思う。

 だがステイルが言っているのはそういう事ではないはずだ。

 

「魔術において、想像を現実に持ってくるというのはそれ程珍しくもない。簡単な話、神や悪魔を含む世界の全てを己の手足として使役する事ができるのさ」

 

「ちょ、ちょっと待って。話がでか過ぎない?そんな事……」

 

「勿論とても難しい。世界には数え切れない程膨大な法則がある。その内一つでも間違いがあれば頭の中に世界を生み出す事はできない。歪な世界は歪な翼と同じ。召喚した所ですぐに自滅し消え去るのが道理さ」

 

 その辺はプログラムと同じなようだ。どんな優れたプログラムでも一行の書き忘れやミスがあればエラーが起きて正しく動作はしない。

 

「けどそれって逆に言えば完成したら手の打ちようがねーじゃねーか。世界の全てが相手なんて、そんなの絶対勝てないぞ」

 

「!!」

 

 上条の言葉にツナは大きく肩を震わせた。上条の言っている事の意味からステイルの話の本質を超直感で理解したからだ。

 

 世界の全てにはそこで暮らす自分自身も含まれている。

 

 ツナが例え死ぬ気の到達点になって錬金術師に挑んでもそっくりそのままのコピーを出されたりすれば決着が付かないし、そもそもツナ自身が操られたり、力を制限されたりすれば敗北は必至だ。

 

 だというのに、それをツナや上条よりも理解しているはずのステイルには不安は無かった。

 

「だから大丈夫だと言った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「は?」

 

「例えば世界の全て……砂浜の砂粒一つ一つから夜空の星々の一つ一つに至るまで、その全てを語ってみろと言われたら、君達なら何年かかる?100年や200年では済まないと僕は思うけどね」

 

「……あ」

 

「そういう事さ。呪文自体は完成しているけど、それを語り尽くすには人間の寿命は短過ぎる。その為に色々努力してはいるみたいだけどね。例えば呪文から無駄な部分を省いて少しでも短くしようとしたり、あるいは100ある呪文を10ずつに区切って親から子、子から孫…と少しずつ詠唱させたりね」

 

 けどそれも成功した試しは無いらしい。それはツナにもすぐに分かった。完成された呪文に無駄な部分など最初から存在しない事くらい予想がつくし、呪文を区切ってもそんなやり方では伝言ゲームのように正しく伝わらないのが関の山だ。

 

「だが逆に言えば寿命を持たない生き物ならば長過ぎる呪文だって詠唱できる」

 

「……そこで吸血鬼なんだ」

 

「そういう事さ。今回あの生き物はそういう意味で魔術師にとって立派な脅威なんだ」

 

 吸血鬼に寿命が存在しない事には驚きではあるが、魔術は一般的な理解から程遠い力だ。まだまだ驚きに溢れた世界なのかもしれない。

 吸血鬼を手に入れる目的は分かっている答えの証明。それができないのは学者にとって相当な苦痛なのは上条にも分かる。

 

 人外の力を魔術に組み込めばそれが叶うのなら、手を出す者も出てくるだろう。

 

「けど、そんな事の為に監禁なんて……」

 

「……!」

 

 姫神秋沙はその目的の為に監禁されている。それがツナには許せなかった。目的の為に人を苦しめ、気持ちを踏みにじって良いはずが無い。アウレオルスという錬金術師が非常に身勝手な人間に思えてくる。かつての骸や白蘭に重なる邪悪さを感じてしまう。

 

「正義感は立派だけど、こんなのは魔術の世界じゃごくありふれたものに過ぎないよ」

 

 最近でもインデックスが10万3000冊の為に苦しめられていたのだ。魔術の世界にはある意味マフィア以上にドス黒い闇が蠢いているのかもしれない。

 

「まぁ錬金術は確かに脅威ではあるけど今のアウレオルス=イザードにそれは使いこなせないさ。奴にできるのは精々物作り。舞台となる三沢塾を要塞化し、侵入者を拒む無数のトラップを用意するのが関の山さ」

 

 それにもしかしたらそのトラップさえ問題にはならないかもしれないとステイルは考える。未だに詳細は分からないが、沢田綱吉の炎……あの炎の力で沢田綱吉が呼び出したと思われる猫は無数のルーンを無効化した。試してみれば要塞化した三沢塾も無力化できる可能性はある。……とそんな風に考えていた。

 

「やけに自信たっぷりだけど、お前…そのイザードって奴と知り合いなのか?」

 

「そりゃそうだ。僕も奴も同じ教会の人間だからね。僕はイギリス清教で奴はローマ正教。宗派は違うが顔見知りだよ。友達じゃないけどね」

 

 魔術師を殺す為に魔術を学ぶという必要悪の教会(ネセサリウス)は正直本末転倒な気もするが、ステイル曰く自分達は例外中の例外らしい。

 そしてそれに対するアウレオルスは特例中の特例。簡単に言えば教会の為に魔道書を書き記す人間。要は知識だけ膨大に持っているが実戦にはてんで向いていない。その癖その立場故に権力は強い。

 

 そんな風に語るステイルだったが上条とツナは微妙そうな顔になる。なんというか、ステイルはアウレオルスを見下しているかのように語るが……

 

「お前、アウレオルス=イザードは実力的にはたいしたことないとか散々言うけど……」

 

「偉い人達と肩を並べているんだよね?それが気に喰わないみたいに言ってて……その……」

 

「お前ひょっとしてそいつに嫉妬してんじゃねーの?」

 

「……つまり君達は僕に喧嘩を売っていると、そう意訳して構わない訳かな?」

 

 頭に来るのは図星だから。リボーンがいたらそう言って煽っていただろうな……とツナは現実逃避する。

 

「殴り合いは大変結構だけど相手間違えんなよ。ここだろ?戦場は」

 

 三人が足を止めると夕焼けに照らされるビルがそこにあった。どうやら話している内に三沢塾に到着したらしい。

 

「しかしまぁ、変な形したビルだな。土地区画整理法に違反してんじゃねーの?ま、そんな事はどうでも良いんだけど」

 

 12階建てのビルが四棟あり、十字路を中心に構えられるそれは空中の渡り廊下を歩道橋のように道路を跨いでビル同士を繋げていた。

 だが見る限りではそれ以外おかしな部分は無い。科学宗教なんて変テコなイメージなど沸かないし、あくまで普通の進学予備校にしか見えない。

 

「取り敢えず最初の目的地は南棟の5階、食堂脇だね。隠し部屋があるらしい」

 

「隠し部屋?」

 

「ああ。恐らく中の人間には気付かせない造りになっているとは思うけどね。あのビル、子供が並べたみたいに隙間だらけなのさ。図面を見て確かめただけでも17箇所。一番近いのが南棟5階の食堂脇って訳」

 

「ふぅん。そんな怪しい忍者屋敷には見えねーけどな」

 

 だがそういう場所なら超直感が役に立つかもしれないとツナは思う。幻覚や嘘、本質を見抜く事に長けた超直感なら隠し部屋を見つける事もできるはずだ。

 

「あのビルに怪しい所は見当たらない。専門家の僕がキチンと見ているのにね。見つけられないだけで沢山の地雷が埋まっているのか、それとも本当に何もないのかそれさえも掴めない」

 

「んな所に迂闊に足を踏み入れて大丈夫なのかよ?」

 

「大丈夫なはずがない。けど入るしかないだろう?僕達の目的は救助であって殺しじゃない。いやビルごと炎に包んで良いっていうなら、僕だって大助かりだけどね?」

 

「「いや良い訳ないだろ!?」」

 

 仮に目的が姫神秋沙の救出でなく、アウレオルスの抹殺だとしてもツナと上条は絶対にステイルを止めるだろう。人を殺して良い訳がないし、ビルごと燃やして関係無い人を巻き込むなど論外だ。

 

「てかまさか正面からお邪魔すんのか?もうちょっと策とかねーのか?気付かれないように侵入する方法とか、安全に敵を倒す方法とか!」

 

「そうだよ!絶対待ち伏せに遭うじゃん!!この中要塞化してるなら下手すりゃ蜂の巣にされるよ!!」

 

「何だ。それなら君達は何か得策を持ち合わせているのかい?」

 

「ふざけんなよ!?テメェ本当にこのまま特攻かます気か!?ようはテロリストが立て篭もってるビルに正面から突撃するようなもんだろ!安物のアクション映画だってそんな事しねぇよ!事前に策の一つや二つ練ってくるモンだろうが!?」

 

 テロリストの立て篭り現場に正面から突撃。普通ならまずやらないだろう。例えどんなに馬鹿な奴でも。

 

(クロームがいてくれたら幻覚で姿を隠すくらいはできると思うけど……)

 

「どうしようもないさ。ルーン魔術を刻めば気配を断つくらいはできても、僕が魔術を使った痕跡となる魔力だけは誤魔化せないのさ」

 

「は?」

 

 ちんぷんかんぷんな二人にステイルは溜め息を吐きながら説明を始める。特異な右手と高い戦闘能力に目を付けて今回は協力させるが、魔術に関しては素人な連中と組むのはこれっきりにしたいと心から思う。

 

「君達は魔力という言葉に馴染みがないようだから説明するけど、例を挙げれば赤絵の具一色の絵画があったとしよう」

 

「いやそれ絵画じゃなくない!?」

 

「聞く耳は持たない。この赤絵の具はあのビルの中に充満しているアウレオルスの魔力だ。この赤一色の絵画の中に僕の青絵の具を塗り付けたら誰だって気付くだろう」

 

「あ、そっか…」

 

「え?ツナお前、今ので分かったの?」

 

「むしろ何故君は分からない」

 

 ツナだって死ぬ気の炎の炎圧を感知できる。D(デイモン)・スペードとの戦いにおいても奴が大空と大地を除く12属性それぞれの死ぬ気の炎を放っている事はすぐに分かったし、なんなら夜の炎の炎圧だって感知できた。

 死ぬ気の炎の属性を直接視認せずとも炎圧の感知で識別できるのだ。魔術に使う魔力で同じ事ができてもおかしくはない。ステイルの言っている事はこれらの死ぬ気の炎の属性と炎圧の感知を魔力に置き換えたようなものだ。

 

「……良く分からんが、つまりお前は歩く発信機デスか?」

 

「そんなもんだが君よりマシさ。君の幻想殺し(イマジンブレイカー)は赤絵の具をごっそり拭き取っていく魔法の消しゴムだよ?自分の絵画がどんどん虫食いされていけば異常に気付くだろう。僕の方は魔術さえ使わなければ異常は感知されないし、沢田綱吉の炎は能力だから使っても奴に感知される心配は無い。だが君の場合は異常が常時ダダ漏れじゃないか」

 

「じゃあ何か?ツナはともかく俺達二人は腰から発信機ぶら下げてる状態で、何の策も持たずにテロリスト満載のビルん中に正面からドアベル鳴らしてお邪魔しろと!?」

 

「その為に君達がいる。蜂の巣になりたくなければ魔術攻撃は君の右手、物理攻撃は沢田綱吉の炎で防ぎ切れ」

 

 完全にツナと上条に丸投げするステイル。こうは言ってはなんだが、完全にお荷物である自覚はあるのだろうか。

 

「んなーーーー!?」

 

「ふざけんなよこの野郎!?テメェの無策のツケが全部俺達に回ってるだけじゃねーか!!」

 

「あっはっは。これは面白い事を言う。あんな錬金術師如き、策など『竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)』すら防いだ君の右手とその羽をも無力化した沢田綱吉の炎があれば十分さ。ああ、神裂から聞いてるよ?『七閃』をも防ぐ程のマントも出せるんだってね?範囲攻撃もこれで凌げる訳だ。ああ、その時は君は少し離れてくれよ上条当麻?君の右手で沢田綱吉の炎まで無効化されたら困るからね」

 

「こ、このクズ野郎!ツナに守って貰う気満々じゃねーか!しかも自分だけ!!ちょっとは自分でどうにかしようとは思わねーのか!!」

 

「神裂との戦いで彼に守られてばかりだった君に言われたくはないね。大体こっちに頼られても困る。魔女狩りの王(イノケンティウス)もあの子を守る為に使ってるし、今回僕の手持ちは炎剣一本しかないんでね」

 

「うるせー!俺はあの時も役に立とうとはしてたっつーの!てかお前マジで無策で来たのかよ!?」

 

「と、当麻君、落ち着いて!!」

 

 ギャアギャアと口喧嘩…というより上条が一方的に吠えているのだが、とにかくそれを鎮めようとツナが割り込む。

 

「じゃあどうする?君はここでお留守番でもしてるのかい?沢田綱吉は吸血殺し(ディープブラッド)を助けるつもりみたいだから、引く気は無いようだけど?」

 

「……!」

 

 上条は入り口を見て拳を握り締める。あんな所に入りたくはない。当たり前だ。罠が張り巡らされており、殺される危険がある所に行きたい人間なんていないだろう。ツナだって本音を言えば帰りたいはずだ。

 

 だが駄目だ。一人の女の子が吸血殺し(ディープブラッド)なんて名前を勝手に付けられて閉じ込められているなんて、そんなのは許せない。

 上条の答えはツナと同じ。それを改めて理解したツナはまっすぐ上条を見て言った。

 

「行こう。当麻君」

 

****

 

 自動ドアを潜り抜け、ビルの中に入った三人は普通にロビーを行き来する塾の生徒とすれ違う。向こうだって塾生全てを把握などしていないし、部外者だとバレても入校の受付をしに来ただけとも言い訳はつく。

 

(俺とツナはともかく、コレが受験生って面とは言えねーけど)

 

 香水臭く、髪を赤く染めてピアスと指輪を無駄に装飾しているステイルにジト目を向ける。ツナもVG(ボンゴレギア)となった事でド派手になったリングを右手に嵌めてはいるが、ステイルに比べたらそれ程おかしくもない。

 

 取り敢えずまぁ、進学予備校として不審な点は特に見当たらない。そこに在籍する生徒や三沢塾の職員にも特におかしな所は無い。

 

 だからこそ、ぽっかりと空いた一点だけが妙に浮かび上がった。

 

 妙なロボットが壊れた状態で壁に寄りかかっていた。それを周囲の人々は特に気にした様子もなく、無いものとして誰も気に留めない。

 

「……ツナ?」

 

 だが隣を歩いていたツナだけは顔を真っ青にしてそれを凝視していた。良く見れば少し身体が震えている。彼は学園都市の外から来たからロボットなんて特に見た事も無いのかもしれないが、この反応はいくら何でもおかしい。気になった上条は尋ねてみる事にした。

 

「どうしたんだよ?確かにロボットなんて物珍しいかもしれないけど、ここは学園都市だぜ?科学の街なんだし、そんなおかしくも……いや、魔術側の奴が根城にしてるのに壊れた状態で放置されてんのも変な話だけどよ」

 

「……違う。違うよ当麻君……あれは、あれは……!!」

 

 今にも吐き出しそうなくらいに顔を青くするツナ。しかしその先の言葉を述べたのはステイルだった。それもまるで何でもないように。

 

「アレはただの死体さ」




なんか進むのめっちゃ遅いな……。いや今回は自業自得だけど。


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吸血殺し来る!

この章、ほぼほぼノープランで始めたので、決着シーン以外ほとんど決まってなかったりする。


「死体……だって?」

 

 ワナワナと震え、戦慄する上条の問いに顔を青くしたツナがゆっくり頷く。ステイルは大して動揺していないようで、つまらなさそうに煙草を吸い、煙を吐き出す。

 

「施術鎧による加護と天弓のレプリカ……恐らくローマ正教の十三騎士団だろう。裏切り者の首を取りに来たは良いけど、その様子じゃ全滅みたいだね。全く、騎士団はイギリス清教の十八番だというのに、下手に盗作するからそういう事になる」

 

 手も足もひしゃげ、交通事故のようにボロボロになった金属の塊。中身は潰されて赤黒い液体……血を流している死体。鎧を着て死んでしまっているのは上条にも理解できた。

 

「……酷い」

 

「何を驚いているんだ?ここは戦場だろう?死体の一つや二つ転がっていても何も不思議じゃない」

 

 分かってはいた。敵は上条達侵入者を殺す為の罠を張っているとステイルから事前に聞かされていた。刃を向ける敵と話し合いで解決できるなんて思っていなかったはずなのに。

 

「くそ……ったれが!!」

 

「待って当麻君!この人、まだ息をしているよ!」

 

 ツナの言葉を聞いて上条は鎧の隙間に耳を当てる。すると僅かに空気の漏れる音が届く。その事実に対して幸運を噛み締めると同時にこの有り様では下手に動かせないと気付く。

 

「……救急車を呼ばねーと」

 

「で、でも周りの人はどうして反応一つしないの!?目の前で人が血を流して倒れてるのに……認識できないように魔術が働いているって事!?」

 

「やはり勘が良いね沢田綱吉。そういう結界なんだろうさ。コインで言うなら表と裏だね。ここはコインの表の住人、つまり何も知らない生徒達はコインの裏である魔術師の存在に気付く事ができない。そしてこれだけ騒いでいながら周りの人間に反応一つされない僕達もまたコインの裏扱い。何も知らない生徒達に干渉する事ができない。見なよ」

 

 説明するステイルがエレベーターから出て来た女子生徒の足元を指差すと、床を浸す赤い血が水溜りのようになっている上を彼女は極自然に歩く。

 水上歩行をしているかのように歩く彼女の靴裏にはその血は一滴も付着しない。

 

「……そんな」

 

 ステイルは冷静にエレベーターのボタンを押すなりして確認を取る。そして自分がボタンを押しても何も反応が無い事から現状を悟る。

 

「僕達もこの死体も気付かれない。救急車を呼ぶのも恐らく無理だろうね。というかそもそも僕達は自分の力でドア一つ開ける事もできなくなったらしい。建物そのものはコインの表みたいだ。出入り口の自動ドアも同義だから、閉じ込められたようなものだね」

 

「……」

 

 結界と言われても上条にはあまり馴染みのない言葉だ。しかしそれが魔術という異能の力ならばそれこそ彼の出番のはずだ。

 上条は幻想殺し(イマジンブレイカー)で結界そのものを打ち砕くべく、右拳を思いっきり床へと叩き付けた。

 

「……みぎゃあああっ!?」

 

「君は何をやってるんだ。沢田綱吉ならともかく、君が拳で床を砕ける訳がないだろう」

 

(いや俺も死ぬ気にならないと無理だけど……)

 

 硬い床で拳を痛めてのたうち回る上条にステイルは呆れて溜め息を吐く。上条が何を試そうとしたのかくらい見当が付く。そしてそれが成功しなかった理由も。

 

「恐らく僕の魔女狩りの王(イノケンティウス)と同じ原理さ。魔術の核を潰さない限り、この結界を破れない。そして定石(セオリー)だけど……核そのものは結界の外に置いてあるんだろうね。内に閉じ込めた人間が万に一つも逆転出来ないように。いや、まいったまいった」

 

「そんな……」

 

「……畜生、じゃあどうすんだよ。目の前に傷付いた人がいるってのに医者を呼ぶ事も外に運び出す事もできないのかよ……」

 

 ツナはX BURNERで空間ごと結界を吹き飛ばす事も考えたが、ステイルの言葉に準じて考えればコインの裏となっているツナが何をしてもこの建物に干渉はできない。

 いや、上手くいったとしてもその瞬間に建物だけでなく、ここにいる人達までもX BURNERやその余波で吹き飛ばされてしまうだろう。

 

「別段何もする必要もない。そいつはもう死んでるよ」

 

「馬鹿言ってんじゃねーよ!ちゃんと息確かめろ!まだ生きてるだろうが!!」

 

「そうだね。心臓が動いているという一点のみならそれはまだ生きている。けれど、折れた肋骨は肺を突き破り、肝臓は潰れ、手足の大動脈はとうに破れている。……これはもう助かる傷じゃない。こいつの名前は死に体だよ」

 

 確かにこれではこの場に了平がいたとしても、晴の“活性”の力でも助けられないだろう。それ程までに複雑で深い傷だ。特に肋骨が肺を突き破っているという点が絶望的だった。“活性”はあくまでも“活性”。修繕や修復ではないのだ。

 

「「……!!」」

 

「何をそんな顔をしている?本当なら一目見ただけで分かっていただろう?特に沢田綱吉」

 

 上条にもツナにもステイルがどうしてこんなに冷静でいられるのかが分からない。どうしてこんなにも冷徹な対応ができるのか。

 

「……ナッツ!」

 

「ガウ!」

 

 しかしそれでも手は尽くすべきだ。ツナはリングに炎を注入してナッツを呼び出す。そして現れたナッツに視線を向ければナッツも頷く。

 ナッツの雄叫びで大空の“調和”をこの建物に浸透させるのだ。コインの表と裏という仕切りを“調和”で失くして、結界による認識阻害と不干渉を解除できないだろうか。

 

「GAOOOOOOOOOO!!!」

 

 波紋のように橙色の光が周囲に広がった。同時にこれまでコインの裏を認識していなかった生徒の一人が驚きの声を上げた。

 

「……うわっ!?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、なんか今……目の前に壊れたロボットがあったような……」

 

 効果が出たのは一瞬。次の瞬間には結界は正常に機能し、塾生は今見た本来の光景を目の錯覚か何かと判断してしまったようだ。恐らくはステイルの言う建物の外にある核が結界の効果を元に戻したのだろう。

 

「ツナ、今のは……」

 

「何をしたのか知らないが、今回それはもうするな。死体に気付かれたら大騒ぎになるぞ。そうしたらもう姫神秋沙の救出どころじゃなくなる」

 

「……」

 

 結局、大空の“調和”でもどうにもできない。目の前で死にかけている人を助ける事もできない。

 

「死人には身勝手な同情を押し付けられるだけの時間もない。死者を送るのは神父(ぼく)の役目だ。素人共は黙って見ていろ」

 

 妙な気迫を発するステイルに気圧されて上条もツナも一歩下がってしまう。同時に気付く。彼の背中には確かな怒りが纏われていた。普段の皮肉な態度からは想像もつかないが、それは紛れもなく魔術師ではなく、神父としてのステイル=マグヌスのものだった。

 

 それからステイルがした事は何も特別な訳でもない。ただ一言、外国語で何かを言っていた。上条にもツナにも意味は分からなかったが、目の前の『騎士』には通じたのか、ステイルに向かって右手を差し出し、彼も似たような言語で何かを言う。それに対し、ステイルが頷くと彼の全身から緊張が解けたのか、差し出された右手が落ちた。

 

 『騎士』は……息を引き取った。

 

 ステイルは神父として、最後に胸の前で十時を切った。

 

「行くよ。戦う理由が増えたみたいだ」

 

****

 

 一行は目的であるビルのあちこちにあるであろう隠し部屋を探索していた。

 先程の騎士の件で気が滅入っていたが、それはまた別の問題に直面していた。

 

「いつつ…」

 

「足が……」

 

 コインの裏と表に分断された影響で、床を踏んだ衝撃が全て自分達の足に跳ね返るのだ。あまりにも硬すぎる床を歩く為に普段よりも疲労のペースが何倍にも跳ね上がっていた。これは自分達が『裏』で、建物が『表』である故に起きてしまう現象らしい。

 

 するとふと上条が思い出したかのように口を開く。

 

「電話はどうなってんだろうな?」

 

「へ?」

 

「いや、コインの裏表の話。電話もやっぱ通じなくなってんのかな……と」

 

 言いながら上条はポケットから携帯電話を取り出し、迷わず電話をかける。この状況で無関係の他人にかけるわけもないから、恐らく相手はインデックスだろう。

 

「てゆーか、電話をかけたら気付かれたりしないよね?」

 

「確かに……」

 

「さあ?けど、どの道僕達の侵入にはもう気付いてるだろうね。正面突破だし」

 

「じゃあ何で連中襲って来ないんだよ?」

 

「さてね。余裕なのか一撃で速やかに必殺したいのか。ま、あの錬金術師の事だ。大方、僕達の反撃を封殺する為に色々下準備でもしてるんだろう」

 

 そんな予想が付いていて何故こんなにも余裕なのか。そして暫くコールを鳴らすとようやくインデックスが電話に出たようだ。上条はツナにも聞こえるようにスピーカーをONにする。

 

『ひゃっ、ひゃい!こちあのこちら、「Index-Libror…じゃないっ、違うです、こちらカミジョーです、あのはい!もひもひっ!』

 

 滅茶苦茶テンパっていた。いくら何でも普段のダメダメなツナでもやらかさないミスを連発していた。

 

「……一つ聞くけどらお前ひょっとして電話に出るの初めてか?」

 

『ひゃいっ!?って、あれ?この声とうまだ。あれ?電話の声ってみんないっしょ?』

 

 ごんごん、という音が響く。恐らくインデックスが不思議に思って受話器を叩いている音だろう。

 

「インデックス、機械の調子が悪いと感じたからって無闇に叩くな。何だかそれおばあちゃんがテレビとか直すやり方とそっくりだぞ」

 

『……おかしい。こんな馬鹿な台詞吐くのはとうま以外にありえないのに』

 

(インデックスって、当麻君の事どういう風に思ってるんだろう……)

 

 とにかくインデックスは電話を使うのはこれが初めてらしい。もしもしという言葉を知っている辺り、見たり聞いたりした事くらいはあったようだが。恐らくは鳴り止まない電話のコールでオロオロして、仕方なく意を決して受話器を取った……という所か。

 魔術のスペシャリストらしいが、科学方面では一般常識も分からないそのちぐはぐな姿にツナは思わず顔を暗くする。どうにも微笑ましいが、それは一年前からそれ以前の記憶が無いインデックスの歪みを垣間見た気がした。

 

『それでとうま、わざわざ電話なんて大袈裟で仰々しく面倒臭くて心臓に悪いものなんか使ってどうしたの?なんかよっぽど困ってる事でもあるの?つなは一緒じゃないの?』

 

(物凄い言い草だーー!!電話ってそんな大層なものじゃないよね!?)

 

『もしかして冷蔵庫の中にラザニア三つあったけど、もしかして二つはとうまとつなの分!?』

 

「全部食ったんかい。まあ良いけど」

 

『あっ!冷蔵庫の中にプリンがあったけど……!』

 

「食ったんかい!食ったんだな食ったんだろ三段活用!」

 

『だって一個しかなかったんだもん!』

 

「お前は家主に対する思いやりの気持ちとかないのか!?ちょっとはツナを見習えよ!ツナなんか慣れない家事を必死に手伝おうと四苦八苦してんだぞ!?その姿勢だけでお涙頂戴モノだってのに、お前ときたら寝て食って遊んでばっかじゃねーか!!それはツナへのご褒美に買っておいた黒蜜堂の一個700円のプリンだぞ!」

 

(え、俺になのー!?)

 

 どうやら上条はツナに労いの意味を込めてちょっとお高いプリンを用意してくれていたらしい。その気遣いは嬉しいのだが、世話になりっぱなしの身としてはとても申し訳なく思えてしまう。家事手伝いだって他にできる事がないからやっている事であってご褒美や見返りを求めての事では断じてない。そこまで神経図太くないのだ。

 

「……あー、すまねぇなツナ。折角のプリンが」

 

「い、いや!俺は気にしてないから!それより…」

 

「そ、そうだな。まぁ良いや。完全に脱線してた。とにかく電話が繋がるなら良しとしとく」

 

『?とうま、なんか用事があったんじゃないの?つなも一緒なんでしょ?』

 

「うんにゃ、電話が繋がるか確かめただけ。切るぞ」

 

『???』

 

 何がなんだかよく分かってないのだろう。インデックスが首を傾げているのが目に浮かぶ。上条はちょっと彼女をからかいたくなったのか、少しニヤリと笑ってから口を開いた。

 

「あ、そうそう。知ってるかインデックス?電話って1分話すと一日寿命が減るらしいぞ?」

 

 ぎゃわー!という叫びと共にいきなり電話が切られた。最後の音から察するに受話器を叩き付けたらしい。

 

「……単純な奴」

 

「当麻君、今のはちょっと……」

 

「良いんだよ。それより……って何だよステイル」

 

 ジトリ…と物凄く何か言いたそうな顔をしてこちら見ている魔術師が一人。和解しているとはいえ、かつて今上条やツナがいた場所にいたステイルからすれば何気ないこのやり取りも複雑な気持ちになってしまうのだろう。

 

「いや別に」

 

 そこからステイルは仰々しく、これから戦うのに女の子と電話していた事に対して嫌味を長ったらしく述べてくるが、彼の事情を知る二人は甘んじてそれを受ける事にした。

 

****

 

 それから三人は五階の食堂付近で隠し部屋の捜索を始めた。しかしコインの裏表で仕分けられている以上、部屋を移動するのだって、『表』に属する塾生達が扉を開け、通る時に一緒に潜り込むしかない。

 

 幸い学生食堂にドアの類いはないが、人の波に呑まれないように気をつけなければならない。どうやらぶつかったりしたら、こちらが一方的に押されてしまうらしい。

 

 学食をはじめとして調理室なども覗いてみたが、特に怪しい所はない。仮に隠し部屋が見つかっても干渉できない以上、入れないのだが、場所だけでも確認はしておきたい。もっと広範囲を捜索するべく三人は食堂を出ようとしたが、その瞬間事態は動いた。

 

 食堂にいる80人近い生徒達全員が上条へ視線を集中させた。

 

「「え?」」

 

「ま、ずいかな。……第一チェックポイントを通過したようだ」

 

「あ、え?」

 

「どういう…事?」

 

「二人共呆けるなよ。コインの表にいる人間に、コインの裏にいる魔術師が見えるはずがないだろう。隠し部屋の近くにはこんな具合に自動の警報を設置しているのか」

 

 ツナは辺りを見回し、違和感を感じた。80人程の生徒達は間違いなく上条を眺めている。先程まで受験生らしく勉強に関する会話をしていたが、それらしいものは一切が消え、棒立ちして無機質な瞳で上条を見ている。

 同様の事に上条も気付いたのか、ぐるりと辺りを見回した。

 

「まさか……!」

 

「この人達……全員が魔術師!?」

 

 コインの裏を認識できるのは同じコインの裏の存在。そこに属するという事は魔術師である事を意味する。

 そしていきなり生徒の一人が意味の分からない詠唱を始める。80人もの人間がそれに続いてバラバラの詠唱を口ずさむ。それがどういうものかは分からないが、かつてステイルも似たような流れで炎の魔術を行使していた。

 

 生徒の一人の眉間からピンポン球程度のサイズの青白い光球が発生した。それが宙を舞い、床に落ちるとまるで強酸のように煙を上げた。

 

「そら、最強の盾(イマジンブレイカー)!君の出番だ!!」

 

「はぁ!?こんなもん、いちいち相手にしてられっか!?」

 

 上条はツナの腕を引っ張り、出口へ走る。上条を盾にする気満々だったステイルは少し慌てながら遅れて二人の後を追って食堂を飛び出した。

 

「おい、逃げるな!何の為の盾なんだ!その右手ならどんな魔術だって防げるだろうに!盾を使わず無防備な背中を見せるだなんて気が触れてるのか君は!?」

 

「人を盾にして良くそんな事言えるなテメェ!大体質はともかく量が絶望的なんでせうよ!あんなもん右手一つで対処できるか!!…って、来たあぁぁぁっ!?」

 

 上条の右手は多対一ではとことんまでに不利だ。故に逃げの一手なのだが、どうやら敵の魔術には追尾性能があるらしく、光の球体は大量にこちらへと押し寄せてくる。

 

「ナッツ!形態変化(カンビオ・フォルマ)防御モード(モード・ディフェーザ)!!」

 

「ガウッ!!」

 

 しかしこの劣勢はすぐに覆された。上条に引っ張られながらいつの間にか死ぬ気丸を呑んで(ハイパー)モードになっていたツナがナッツを呼び出し、上条の手を振り解いて光球の大群の前に立つ。

 

「ツナ!!」

 

「猫がマントに変化しただと!?」

 

 Ⅰ世のマント(マンテッロ・ディ・ボンゴレ・プリーモ)にナッツを変化させ、襲い来る魔術全てをそのマントで受け止めて大空の“調和”で空気と一体化させ、ゆっくりと消し去る。何度もマントを翻してそれを繰り返し、攻撃の雨が止むまで“調和”し続けた。その光景をステイルと上条は絶句して見ていた。

 

 攻撃が終わるとツナはマントをナッツに戻し、ナッツをVG(ボンゴレギア)の中へと戻らせた。

 

「……終わったぞ」

 

「さ、サンキューツナ。助かったぜ」

 

「……そういえば、そんなのもあるんだったね。うっかりしていたよ」

 

 神裂からマントの事は聞いていてもナッツの詳細を未だ知らないステイルは形態変化(カンビオ・フォルマ)を初めて見る為、驚きを隠せないがそれ以上に先程の生徒達の事を思い返して舌打ちをする。

 

「ちっ、それにしてもレプリカとはいえ『グレゴリオの聖歌隊』を作り出すなんて、少しアウレオルス=イザードを見縊っていたかもしれない」

 

「それはどんな魔術なんだ?」

 

「元はローマ正教の最終兵器さ。3333人の修道士を聖堂に集め、その聖呪(いのり)を集める大魔術。太陽の光をレンズで集めるように、魔術の威力を激増する事ができるんだ。ここにあるのはレプリカとはいえ

生徒の数は2000人程度だったか。この国には塵も積もれば山となるって言葉があるけど、これは正にそれの具現だね」

 

 その言葉に上条はギョッとする。魔術に関してはあまり深く理解できないが、要は多勢に無勢。2000以上の敵にたった三人で立ち向かうという事。完全にリンチである。

 

「そんなもん、まともにやって勝てるはずねーじゃねーか!建物の中で2000人相手の鬼ごっこなんて捕まるに決まってんだろ!」

 

「それはまだ決まっていない。『グレゴリオの聖歌隊』は2000人もの人間を同時に操らなければ成功しない。その同調(シンクロ)の鍵となる核を破壊すれば『グレゴリオの聖歌隊』は食い止められる」

 

 相変わらず上条には分からないがとにかく核とやらを破壊すれば良いらしい。それは恐らく魔術だろう。ならば幻想殺し(イマジンブレイカー)で何とかできるはずだ。

 

「行くよ」

 

「待て」

 

 ステイルの言葉に従い、歩き出そうとする上条。しかしツナが待ったをかけた。見れば(ハイパー)モードを維持したままだ。いつ襲われるか分からない事から(ハイパー)モードのままでいるのは分かるが、何故彼はここで引き止めるのか。

 

 何故汗を流しながらゾッとした表情をしているのか。

 

「ステイル、『グレゴリオの聖歌隊』は2000人を()()()()()()()()()んだな?」

 

「……ああ」

 

「当麻君、この街の学生はみんな能力の開発を受けている。そうだな?」

 

「あ、ああ。けどそれが……っ!?」

 

 ツナの確認に二人は肯定の答えを出す。何故そんな質問をするのか上条には分からなかったが、気付いてしまった。

 この塾にいる学生は全員学園都市の能力者のはずだ。魔術を行使していたから魔術師だと思ったが、()()()()()()()()()()()なのだ。

 

「ま、まさか……!?」

 

 その知識は禁書目録(インデックス)の少女から。能力者は魔術を使えない。かつて告げられた事実を思い返す。回路が違うだのなんだのと詳しい理屈は未だ良く分からないが、魔術を無理に使用した能力者には激しい肉体の損傷と死のリスクが伴う事は知っている。

 

「ああ……。つまりアウレオルス=イザードは、()()()()()()()使()()()()()()んだ……!!」

 

 自分で言っていて血の気が引いた。下手をすれば他人の肉体を乗っ取り、傀儡とする六道骸の行いを上回る非道ぶりにツナは思わず歯軋りをして下唇を噛む。

 同時にワナワナと震える上条の怒りが爆発する。

 

「ふざけやがってド外道が!!!」

 

「これ以上、彼らに魔術を使わせてはいけない。幸い向こうもコインの裏という扱いになるなら、当麻君の右手で解除したり、打撃で気絶させる事もできるはずだ」

 

 上条とツナは頷き合い、引き返そうと走り出す。ステイルはそんな二人を止めようとはしない。元々存在が発信機になる上条を囮にするつもりで連れて来たのだ。ツナを盾に使えそうにないのは惜しいが、向こうから『グレゴリオの聖歌隊』の対処に向かってくれるなら構わない。

 

「なら僕は僕で好きにやらせて貰おうか」

 

****

 

「罪を罰するは炎。炎を司るは煉ご…」

 

 詠唱の途中でツナが少女の首筋に手刀を叩き込む。そして上条が右手で頭に触れると、パキン……と何かが砕ける音が鳴る。これで解除はできたとは思うが、『グレゴリオの聖歌隊』には核があるとステイルは言っていた。もしかしたら核を破壊しない限りは何度でも『グレゴリオの聖歌隊』として操られてしまうのかもしれない。

 

 だが気絶させる事はできた。ならば暫くは大丈夫だと思いたい。

 

「……くそっ!!」

 

「酷い……!!」

 

 二人の顔は晴れない。今気絶させた少女は能力者なのに無理に魔術を行使したからか、頬がまるで皮膚の裏に爆竹を仕込み、爆発させたかのように抉れていたからだ。

 

(とにかく、操られている人達を全員止めないと……!当麻君の右手で核を壊さない事には安心できないが……)

 

 少女を廊下の隅で仰向けに寝かせる。もっと安全な場所に運びたいが、それは結界のせいで叶わない。

 それを歯痒く思っていると何かが迫ってくる感覚を二人は感じ取った。振り向けば例の光の球の魔術が洪水のように二人へと迫っていた。

 

「クソが!考える時間もくれねぇってか!!」

 

「あの魔術を凌いだらその先にいる人達を気絶させる!行くぞ!」

 

「ああ!」

 

 上条が右手を前に出し、ツナがマントを構える。魔術を迎え撃とうとしたその時、理解し難い光景が目に映った。

 

 時間が止まったかのように光球の魔術が空中で停止したのだ。

 

「……あ?」

 

「これは……?」

 

 そして停止した球体は次々まっすぐ床へと落ちてそのまま消えてしまう。訳が分からないでいたら、近くの階段下から足音が聞こえてきた。もしやステイルが核を破壊したのかと思い、振り向いて階段下を見てみれば予想外の人物がそこにいた。

 

 まるで井戸の底から外の光を見上げるかのように、救出対象である『吸血殺し(ディープブラッド)』と呼ばれた少女、姫神秋沙が立っていた。




やってる事は黒曜編の骸もある意味似たようなもんですが、人数の規模が違い過ぎる……

実際に気絶させられるかはちょっとアレですが、大空の“調和”って事で……


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錬金術師来る!

大変お待たせしました。中々書く時間も取れず。
だからなのか少し出来を悪くというかちょっと違うように感じてます。もしかしたら後で大幅に追記・修正が入るかも。

ところでリボーンととあるのクロス小説が増えてるけど、禁書目録サイドで書いてるの私だけで他みんな超電磁砲サイド。何故だ……やっぱツナ達と同年代の美琴の方が絡ませやすいのか?
ツナは上条さんとも結構相性良いと思うんだけどなぁ…。


 使い終わった炎剣が消えた。

 

 ステイル=マグヌスは壁に埋め込まれた『グレゴリオの聖歌隊』の核を魔力の感知により特定し、壁の隙間から炎を流し込む事で破壊した。『コインの裏表』で仕切りを作ろうと、ほんの僅かな歪みからできた隙間に炎を流し込めば核の破壊はさほど難しくはない。

 

 結果、ステイルは『グレゴリオの聖歌隊』を食い止めた。

 

「……それにしても血路とは、また見ない間に錬金術師も歪んだものだ。血路とは他人ではなく己を切り開いて作るものだろうに」

 

 能力者が魔術を行使すれば『回路』の違いによって魔力が暴走し、全身の血管と神経がズタズタに引き裂かれる。現にこれまで接触した塾生達はそれによって倒れている。もう動かない者すらいる。

 

 

 こうして考えるとステイル自身、少々あの二人……特に沢田綱吉に毒されたかと思えてくる。

 

 通路の向こうから足音が聞こえてきた。極自然に歩くその様は焦りも殺意も無い。絶対的な自信の元に歩んでいるのがステイルには分かった。

 

「自然、『偽・聖歌隊(グレゴリオ=レプリカ)』を使えば何処に潜んでいようが『核』の元までおびき出せるとは思っていた。当然、侵入者は()()だったはずだが……もう一人はどうした?現然、貴様の使い魔は『偽・聖歌隊(グレゴリオ=レプリカ)』に呑まれたのか?」

 

「呑まれてくれてたら大助かりだけどね。生憎、アレは想像以上にしぶといんでね。それと使い魔と呼べる程可愛らしいものでもない」

 

 どうやら、奴は沢田綱吉には気付いていないようだ。魔力を持つ訳でもなく、オートで魔術を勝手に消してしまう訳でもないあいつはやはりこの錬金術師の感知の対象外のようだ。こういう時に能力者は意外と役に立つとステイルは思う。

 

「それで、戦闘向きでもないお前が僕を招き寄せるとはどういうつもりなんだい?お前じゃ僕を足止めする事すらできないと分かっているだろう?それとも何かい?今日は何十もの魔道具を隠し持っているのかい?」

 

「……」

 

 錬金術師が前線に立つには何十何百という魔道具に頼ってようやく、目の前にいるステイルクラスの力を出せるのだ。

 

「何とか言ったらどうなんだい?アウレオルス=イザード」

 

****

 

「見た目が派手なだけ。傷は酷くない。手当すれば平気」

 

 『吸血殺し(ディープブラッド)』姫神秋沙はのんびりとした声でそう言った。しかしそう判断された少女はズタボロだ。破れた皮膚はビニールのようにへばり付いているだけに見える。

 

「こんなに傷だらけなのに平気だと…?」

 

「そ、そうだよ!コイツこんなに血塗れじゃねーか」

 

「皮膚を剥がされた事で毛細血管が傷ついてるだけ。動脈を切られたらこれでは済まない。噴水みたいに血が出る」

 

「……医者でもないのに何故断言できる?」

 

 ツナは眉間に皺を寄せて姫神を訝しげに見る。口先八丁で適当な事を言っている訳ではなさそうだが、それでもこれだけの怪我をした人を前に大丈夫だという言葉を鵜呑みにはできない。

 

「血の流れについてなら。私は他の人より詳しい」

 

 その一言で上条はギョッとした。同時に彼女の能力について思い出した。それが何か彼女の知識に関係しているのかもしれない。

 

「手伝って」

 

 姫神は躊躇なく怪我をした少女の服を脱がせ始める。いくら服も血塗れとはいえ、思春期の男子二人の前でうら若き乙女の服をひん剥くのは些か不味いような気もする。

 

「な、何を!?」

 

「うわっ、ちょ…」

 

「狼狽ない。怪我人に失礼」

 

 怪我を見てそんな反応をした訳ではないが、よくよく考えればこの状況で乙女の裸を意識する方が不謹慎かもしれない。

 そこから先はまさしく医師や救急隊員の仕事振りだった。ハンカチを使っての的確な止血。手首の出血はハンカチで押さえても止まらないので上条のベルトで腕ごと締め付けて動脈の流れを止める。裂けた腹は怪我をした少女の髪の毛と裁縫セットの針で強引に縫い止めた。

 

 プロ並の医療技術を前に呆然とするだけで上条にもツナにも何もできなかった。いつの間にかツナは死ぬ気モードを解いて姫神の指示に従って腕や足を持ち上げたり、上条も傷口をハンカチで押さえたりと本当に小さな事をしただけだった。

 

「とりあえず。おしまい。止血は完了。血液の凝固時間は15分。それで傷は塞がる。けど消毒が不完全。二時間くらいは安全。病院に連れて行って処置し直した方が確実」

 

 命は助かったが、身体は酷いものだ。全身が血塗れのボロボロ。何も知らずに魔術を使わされた結果、命以外の全てを失くしたと言っても過言ではない。

 ここまでボロボロでは晴の炎による“活性”でもどこまで治せるか……。

 

「やれる事はやったし、あとは学園都市(ウチ)の医療技術に頼るしかないってとこか」

 

「整形手術なら平気。お尻の皮膚を張れば治る」

 

「てか、お前凄え腕前だったな。無免許の名医さんですか?」

 

「医者じゃない。私。魔法使い」

 

 ファーストフード店でも聞いたフレーズだ。何故頑なに魔法使いを自称するのか気になったツナだが、今はそれどころではない。この女子生徒は勿論、今も尚操られて魔術の行使を強制されている能力者達がいるのだ。

 

「当麻君、この後どうしよう……」

 

「一旦帰ろう。操られてる人を助けるとしてもこんな所に怪我人を置いておけないし、外に救急車を待機して貰った方がやりやすいかもしれないし」

 

「うん。それはいい。怪我人は一人じゃない。予め救急車を用意しておけば病院までの時間をある程度短縮する事もできる」

 

「……他人事みたいに言ってんなよ。お前も帰るんだろが」

 

「?」

 

 姫神は心の底から不思議そうに上条を見た。長い間続いた監禁生活が逃げるという発想すら彼女から奪ってしまったのだろうか。

 

(……あれ?でもそうだとしたら昼間あんな店にいる訳ないし、電車賃をタカったりしないよな……?)

 

「だからこんな所に押し込められてねーで、外に出ようって言ったんだよ。ってか、その為に俺達は態々来てんだぞ?」

 

「何で?」

 

「何でって、理由がなきゃ人を助けられないのか?」

 

 姫神はただ呆然としていた。理由がなくても人を助けるという上条の言葉にこれまでの固定概念でも壊されたのか。そして次第に上条を見る彼女の顔は赤くなっていった。

 

「けど私は……」

 

 姫神が何かを言おうとした時に、事態は動いた。階段の方から何かをズルズルと引き摺るような音が聞こえた。荒い息遣いからは憎しみや怒りのようや負の感情が読み取れた。

 

「くそっ、くそっ!断然、何だこの重さは!たかが材料の癖に足を引っ張るとは…!くく、足、か。足を引っ張ると来たかアウレオルス=イザード!今の自分(オマエ)に引っ張る足もないだろうに!あは、あはは!どいつもこいつもあいつも馬鹿にしおってからに!必然全て溶かし尽くしてくれる!」

 

 支離滅裂で常軌を逸した内容。明らかにイカレた思考の持ち主だった。白いスーツを着た緑の髪の外国人が、左腕と左脚を切断され、金色な変な棒を傷口に無理矢理突き刺して義手義足として使っていた。

 痛みも苦しみも感じているようには見えない。しかしあまりに痛々しい姿に思わずツナは軽く悲鳴を上げてしまう。

 

「ひっ…!」

 

 だがその人物そのものよりも遥かに気になるものを彼は引き摺っていた。血塗れでボロボロの状態になった学生達だった。

 

「おい…お前、何を引き摺ってんだ……?」

 

「は、何だこれは?何故『ここ』にいる、少年達?『こちら』にいるべきは魔術師のみだろう?貴様らも侵入者か?あの炎の顔見知りか?否、そもそも侵入者は二人だったはずだ」

 

 炎とは恐らくステイルの事だろう。そしてこの男はステイルと交戦した結果、これだけの満身創痍となった。それは分かる。しかしこいつは上条の疑問に答えてはいない。

 

「何を引き摺っているのかって聞いてんだよ!!」

 

「当然、ただの材料だ。錬金には材料が必要なんだ」

 

 アウレオルスを名乗る男の言っている事が一瞬良く分からなかった。しかしこの男は己の手で引き摺る血塗れの少年少女を何と言ったか、そしてその意味はツナにも理解できた。

 

「材、料……?」

 

 命ある人間を“材料”と呼称したのだ。魔術を無理矢理行使する操り人形にするだけではなく、この後更に悍しい何かをするという事だ。

 

「だから何故材料など見る?おかしい、貴様らは今もこのアウレオルス=イザードの瞬間錬金(リメン=マグナ)に照準を定められているというのに。私は完璧なはずだ。どうしてそれほどの余裕がある。私に何か落ち度でもあるのか」

 

「な、何を言ってるんだ!?関係無い人の命を何だと思ってるんだ!?」

 

「蓋然。関係無いのなら、どうなっても構わないだろう?」

 

 自然に。当たり前の常識を語るように。錬金術師はそう言ってのけた。それを聞いたツナは血の気が引いた。そして彼を心底非難する目でポツリと呟く。

 

「そんなの……おかしいよ」

 

「何がおかしい?我が錬金術の材料となる栄誉をくれてやったというのだ。これくらい……」

 

「許せる訳ないだろこんな事!!姫神さんが……この塾に通ってる人達がお前に何をしたっていうんだ!!こんな事をする為にお前は魔術師になったのか!?」

 

「全然。私は魔術師ではない。錬金術師だ」

 

「そういう問題じゃないだろ!?」

 

 アウレオルスの言っている事はただの屁理屈だ。魔術師と錬金術師の違いなどこんな悪事を正当化する理由になどならない。

 優しいツナには耐えられない。他人の都合で無関係の人間が理不尽に命を使い潰されるなど絶対に許せる事ではない。

 

「必然。どうしても為さねばならぬ悲願がある。その為なら、誰の命を犠牲にしようとも構わん!!」

 

 アウレオルスは残った右腕の袖から黄金の鏃を放つ。鏃はアウレオルスの周囲を高速回転し、彼の引き摺っていた血塗れの生徒達を貫いて黄金の鎖が結界のように広がる。

 そして鏃に貫かれた生徒六人はその瞬間にドロドロと溶解し、黄金の液体へと変えられた。

 

「なっ…、テメェ!自分が何やったのか分かってんのか!?」

 

「当然、絶命!」

 

「なんで……なんでこんな酷い事ができるんだよ」

 

 ()()()()()()、黄金の液体は宙へと舞い上がり、津波のように襲い掛かってくる。強い熱気を持っている事からかなりの高温なのも分かってしまう。

 

 上条は一か八かにかけて溶金の液体に右手で触れる。幻想殺し(イマジンブレイカー)が作用して、なんとか元の人間に戻せないか。そう思ったのだ。

 

「……!」

 

 結果は失敗。金に触れた事で異能の力は打ち消されたが、人間の姿に戻りはしない。いや、それだけではなく上条の右手は鏃によって付けられた傷と金そのものの高熱により、無視できないダメージを負ってしまう。

 

(当麻君の右手で触っても元に戻せないのか!?)

 

 既に金に変化したという事象は上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)でも取り消せはしないという事。“材料”呼ばわりされ、血みどろにされた上、生徒達は人生も身体も、命さえも……何もかもをこの錬金術師に奪われたのだ。

 無力に打ち拉がれる時間などない。上条の眼前にはアウレオルスの金による攻撃の第二波が迫っている。

 

 迫り来る金の鏃。上条は痛みを堪えてもう一度右手を突き出そうとする。しかしそれよりも早く、ツナが前に出て、その右腕の上にナッツが現れた。まだ死ぬ気モードにはなってはいないが、リングに炎を灯してナッツを呼び出す事はできる。

 

「ナッツ!形態変化(カンビオ・フォルマ)防御モード(モード・ディフェーザ)!!」

 

「ガウッ!!」

 

 Ⅰ世のマント(マンテッロ・ディ・ボンゴレ・プリーモ)にナッツを変化させ、襲い来る金の鏃を全てそのマントで受け止めて大空の“調和”で石化させる。そしてマントを翻して石と化した鏃は床に散る。

 

(……ごめん。助けられなくて……俺には当麻君みたいな力は無いから、元に戻せない……!!)

 

 心の中で助けられなかった三沢塾の生徒達に謝る。上条にどうにも出来なかった以上、ツナにはどうする事もできない。せめて上条がこれ以上傷付かないように守る事しかできない。

 この戦いが終わったらインデックスに彼女の持つ魔道書の知識と魔術で何とか彼らを元に戻す事ができないか相談してみるしかない。

 

「……悄然。なんだそれは?そちらの少年の右手も興味深いが、そのマントもまた不可思議なものだ」

 

 瞬間錬金(リメン=マグナ)は僅かにでも傷付けたものを即座に金へと変える。にも関わらずツナのマントには一切の変化はなく、それどころか金の鏃の方が石化した。本来の効果とはまるで違う結果となった事にアウレオルスは少なからず動揺する。

 ツナが範囲攻撃を防いだ事、大空の“調和”にアウレオルスが興味と疑問を抱いた事で攻撃は一旦止まる。上条はそれを見逃さない。渾身の右拳でアウレオルスを殴り飛ばそうと一歩を踏み出そうとした時、ツナが待ったをかけた。

 

「当麻君……俺がやる」

 

「!?」

 

 ツナは上条より余程戦い慣れしている。これまでマフィアのボス候補として嫌でも戦わざるを得なかった事は聞いている。いや、聞かなくとも分かる。ステイルと戦った時も、神裂との戦いでも……ツナは常に眉間に皺を寄せていた。本当は戦いたくなどないのだと分かっていた。

 そんな戦いが大嫌いなはずのツナがそんな事を言ったのが上条には俄かに信じられなかった。

 

「こんな酷い奴には負けられない……!」

 

 ある意味ではかつての六道骸を上回る非道。骸は他人の身体に憑依し、壊れる寸前までその肉体を酷使しようとも、人の命までは奪わなかった。潰さなかった。勿論使える駒を減らしたくないという合理性を優先した考えだったのかもしれない。

 

 けれど目の前の錬金術師は違う。己の目的の為ならば無関係の非の無い人間の命を使い潰す事など何とも思っていない。それに上条当麻をこれ以上傷付けさせなどするものか。

 

「こいつだけは、この手で止めたいんだ!!」

 

 沢田綱吉はヒーローになんてなれない男だ。彼の家庭教師(かてきょー)を務めるリボーンはかつてそう言った。今も尚、そう言うだろう。しかし上条当麻はそうは思わない。

 

 沢田綱吉は死ぬ気丸を呑み込み、その額に死ぬ気の炎を灯した。

 

「今すぐこんな事はやめろ」

 

「断然。先程も言ったが我が悲願の為ならば他者などどうなっても構わん」

 

「何を言っても止まるつもりはないようだな」

 

「当然」

 

「やめる気が無いのなら、ここでぶちのめすだけだ」

 

 アウレオルスはツナの額に灯った死ぬ気の炎を見て怪訝な顔をする。恐らくはこの街の能力者なのであろうとアタリをつけていたが、何か妙だと朧気ながらに感じ取ったのである。

 

「炎…か。ステイル=マグヌスの炎とも違うようだな」

 

 だがツナのターンはまだ終わってなどいない。あれだけズタボロな状態で、あそこまで杜撰で己にダメージしかない義手義足でも戦える男だ。一撃で沈めるしかない。

 

「ナッツ!形態変化(カンビオ・フォルマ)攻撃モード(モード・アタッコ)!!」

 

「ガウッ!!」

 

「ナッツはマント以外にも変化できるのか!?」

 

 Ⅰ世のマント(マンテッロ・ディ・ボンゴレ・プリーモ)を見た事はあっても形態変化(カンビオ・フォルマ)の詳細についてまだ詳しくは聞いていない上条はナッツが他にも変化を持っていた事に驚く。

 

 その昔、ボンゴレⅠ世(プリーモ)が全身の死ぬ気の炎を拳一つに集中させた究極の一撃を放った時、彼の持つグローブの形態も変化したと言われる。

 即ち、ツナがそれを使用すればツナのフルパワーの攻撃、X BURNERに匹敵するパワーの拳になるという事だ。

 

 これこそが歴代ボンゴレボスの中でも最強と謳われたボンゴレⅠ世(プリーモ)の誇った必殺の拳。

 

 Ⅰ世のガントレット(ミテーナ・ディ・ボンゴレ・プリーモ)

 

「自然、なんだそれは?猫が…「お前に教える必要はない!」…っ!」

 

 ツナの右手の甲を起点に死ぬ気の炎が集まり、球状に纏められ、小さく圧縮される。そしてそれを拳を振り抜く事で打ち出した。

 

「ビッグバンアクセル!!!」

 

「は、愉快。はは、愉快!面白いぞ少年、それは一体いかなる神秘だ!その籠手を寄越せ!この魔術医師にその全てを解き明かさせよ!」

 

 アウレオルスは右手を水平に振るう事で金の鏃を無数に放ち、ツナのビッグバンアクセルと正面から衝突させる。そのまま突き進んでアウレオルスに直撃し、爆発しようとする。

 しかしアウレオルスの錬金術との衝突のせいか、いくらか威力と勢いが弱まっており、元々小さく圧縮されていたのもあって、アウレオルスはギリギリで身を捻り、躱してみせる。

 だがそれは全てツナの狙い通りだった。アウレオルスがビッグバンアクセルの対処に気を取られている隙に死ぬ気の炎の推進力を使い、彼の死角に回り込んでいた。

 

「なっ…」

 

「終わりだ」

 

 いくらアウレオルスが満身創痍でも戦える相手とはいえ、Ⅰ世のガントレット(ミテーナ・ディ・ボンゴレ・プリーモ)によるビッグバンアクセルを真正面から喰らえば無事には済まない。だからこそ、敢えてギリギリの対処が可能な威力に絞り、隙を作る為のフェイクとして使用した。溶金による範囲攻撃はこの狭い廊下で炎の推進力を使った高速移動をするにはあまりに相性が悪かったから。

 

 ツナは死ぬ気の炎を纏った左手の手刀をアウレオルスの首筋に叩き込み、そのまま彼を後方へと思いっきりぶっ飛ばした。

 

「ぐはあっ!!?」

 

 ツナの強烈な一撃にノーガードで直撃し、ぶっ飛ばされて壁に叩き付けられたアウレオルスは思考する暇もなく、意識を手放した。

 だが、彼が意識を手放す直前に姫神が呟いた。

 

「かわいそう。気づかなければ。アウレオルス=イザードでいられたのに」




「ダミーなのに台詞おかしくね?」と思うかもしれませんが、その辺は次回にて。ツナと会話した事で出ただけの台詞なので。

威力を抑えたのでバーニングアクセルではなく、ビッグバンアクセル。実際どう違うんだこの技。ボンゴレリングの枷のあるなしによる威力の増減しか分からん。響きだけならビッグバンアクセルの方が強そう。

よってX BURNER級の威力はありません。というか原作からして明らかにX BURNERの方が強い。

ステイルの戦闘シーンはほぼカット。やっぱりツナが戦う所を描写しないと。

早く守護者達をとある世界に呼びたい……。


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真の目的来る!

姫神の台詞で色々と迷いました。ちょっとコレジャナイ感あるかも。
案外早く投稿できた事に自分でも驚き。


 学生寮の一室にてインデックスはある問題に直面していた。拾ってきた三毛猫、スフィンクスは元は飼い猫だったらしく、可愛げがないのだ。毛糸の玉を投げても追いかけず、名前を呼んでも無反応。極め付けはご飯を食べようとすると横取りしてくるのだ。これは非常に深刻な問題である。

 

 上条に作って貰ったご飯を横取りされるのはこの食欲魔人にとって致命的なダメージとなり得る。

 

 そんな訳で風呂場でスフィンクスを洗うなりして躾を施している最中なのだ。

 

(……けど、とうまとつなはどこ行ったんだろう?)

 

 ツナの中学転入の手続きをしてくるとは言っていたが、具体的な場所と時間は教えて貰っていない。電話の際にも上条がツナの為に買ったプリンを勝手に食われておいて、結局は「まぁいいか」で済まされた。ツナはともかく、上条があんな軽い説教で済ますだろうか。自分ではなく、他の人の為に用意したのなら尚更である。

 

 上条当麻は基本的に自分が嫌だと思う事は絶対にしない。それをやりたくないから別の解決作を自分で用意する程だ。にも関わらずスフィンクスやプリンの事を立て続けに見逃すのはおかしいではないか。

 インデックスは決意を固めて『歩く教会』を着込み、玄関のドアへ向かう。上条とツナが何をしているのか問い質しに行くのだ。

 

 だが、直後に二人が何処にいるのか分からない事に気付く。電話という手段は使い方が分からないから論外。しかし別の点に活路を見出す。

 

 壁に魔術師ステイル=マグヌスが使用するルーンカードが貼り付けてあった。これはインデックス一人を置いてけぼりにして知らない所で何かが動いているという証拠。ステイルが元々記憶を失う前の自分の大切な友達だったのなら尚更だ。ステイルはインデックスを守る為にこのカードを配置したのだ。

 

 だがインデックスはただ守られるだけなんてまっぴらごめんだ。上条もツナもステイルも自分を大切に思う故に守りたいのはなんとなく分かる。だが大切なものを守りたいのはインデックスも同じ。インデックスにはその手段がある。10万3000冊の魔道書の知識を持ってすれば彼らと肩を並べてそこに立てるのだ。

 

 この知識があればステイルのカードを元に彼の居場所を魔力で特定できる。そこには上条とツナもいるはすだ。

 

 今度はただ守られるだけじゃない。守り合う為に一緒に戦おう。

 

 インデックスは戸締りも忘れて戦場へと駆けた。

 

****

 

「勝った……のか?」

 

 上条が疑問混じりに呟く。四肢の内、二つが欠ける程に満身創痍だったとはいえ、ここまで手早く瞬殺してはあまり実感が沸かない。いや、それ程にツナが強いとは未だ思っていなかったのかもしれない。

 

 アウレオルスを気絶させたのにツナは何故か(ハイパー)死ぬ気モードを解かない。姫神に視線を向けて先程の一言の真意を問う。

 

「姫神さん、気づかなければアウレオルスでいられたとはどういう事だ?こいつはアウレオルス=イザードじゃないのか?」

 

「…… アウレオ「そいつはアウレオルス=イザードじゃない。自分をアウレオルスだと思い込んだ哀れな人形さ」」

 

 ツナの疑問に答えたのはいつの間にかこの場に来ていたステイルだった。アウレオルスを追って来たのだろうか。

 

「強いて言うならアウレオルス=ダミーといったところか」

 

「だ、ダミー?」

 

 ステイルに齎された答えに動揺するツナと上条。そして追い討ちをかけるかのように姫神も頷く。

 

「アウレオルス=イザードの影武者。本物に会った事があるから分かる。本物は無闇に人を殺さない」

 

 本物は無闇に人を殺さない。その一言を聞いてツナは安心すると同時に途轍もなく嫌な気分になる。本物はこんな非道を行わなくても目の前にいるアウレオルス=ダミーによって人が血塗れにされ、殺されたという事実は覆らないのだ。

 

「そいつは本物のアウレオルス=イザードに作られた警備装置だ。予め情報を入力(インプット)されただけの偽物(ダミー)故に本物が己の信念をねじ曲げてまで行おうとする予想外(エラー)を理解できない。実際『吸血殺し(ディープブラッド)』で吸血鬼を求める目的なんか自分じゃ何も理解していなかった」

 

「で、でもあいつは為さねばならぬ悲願があるとか言ってたぞ!?」

 

「あるだろうね。本物のアウレオルスには。けど、あのダミーはそれが何なのかは言ってなかっただろう?自分(ダミー)じゃ分からないけど認めたくないから必死に誤魔化してたのか、悲願がある事だけは一緒に刷り込まれていたのか…それとも本物のアウレオルスを殺して自分が本物に成り代わりたくなったのかもね」

 

 今となっては何もかも意味がないけどね…とステイルは煙草の煙と一緒に吐き捨てた。

 あれだけ感情を剥き出しにしていた男がそもそも人間ですらない。造られた存在。あまりにも哀れで、悲しく思えた。

 同時にツナにはアウレオルス=ダミーの姿が最期まで白蘭を盲信しながらもその白蘭に切り捨てられて死んでいった幻騎士と重なって見えた。

 

「どの道、本物のアウレオルス=イザードはこんなに弱くはない」

 

「……」

 

「さっさとこのダミーを消して本物のアウレオルスを見付けないとね」

 

 そう言うとステイルはルーンを刻んだカードを取り出して魔術を発動。炎剣を出現させて容赦なくアウレオルス=ダミーに振り下ろしてトドメを刺した。炎剣によってそれはただの消し炭と化した。

 あまりに自然な流れでそれをやってのけた故にツナも上条も一連の出来事が終わってからでないと動き出せなかった。

 

「ステイル!」

 

「何だ?まさか殺す事はないとでも言いたいのかい?逆だ。ここで消してやる事こそがこのダミーへの救いなのさ。自分が偽物である自覚すらなく、それを知って自棄を起こして人を殺した。何よりアウレオルス本人が消してしまえばそれまで。何処までも哀れでならない。この先もダミーである事に悶え苦しむくらいならここで終わらせてやるのがこいつの為だ」

 

 ステイルの言葉に二人は何も反論できない。アウレオルス=ダミーのした事は許せないし、同情できる程に彼を知っている訳ではない。けれどもステイルの考えにも納得はできなかった。

 

「……取り敢えず、一旦帰ろう」

 

「アウレオルスは自分の目的以外に興味はない。帰るなら止める事はないはず」

 

「ちょっと待てよ。お前も一緒に帰るんだろ?あいつの目的が吸血殺し(おまえ)である以上、アウレオルスが俺達を見逃すはずねーだろ」

 

「そうだよ。だって…「何で?」……何でって…」

 

「『見逃すはずがない』ではなく。『お前も一緒に帰る』という所に対する疑問」

 

「え?」

 

 ツナも上条も絶句する。姫神はこの三沢塾から脱走する気がないのだ。

 

「勘違いしないで欲しい。私も私の目的がある。ここから逃げる事じゃない。ここでなければできない目的。違う。あの錬金術師がいなければ不可能な目的というのが正解」

 

 姫神の言葉には迷いがない。アウレオルスと知り合いであるようだが、監禁した者とされる者の間に連帯感が生まれてしまっている。心理学ではそういうケースもあるようだが、それとは違うとツナの超直感が告げていた。

 

「……どんな目的があっても、アウレオルスはお前の事なんか仲間だなんて思ってねーよ。仲間を監禁して立て篭もるなんてありえねーだろ」

 

「それはこの三沢塾が乗っ取られる前の話。元々、私がここでどんな扱いをされてたか聞く?何の為に建物のあちこちに隠し部屋があるのかとか。きっと君達…特に茶髪の君には耐えられない」

 

「「……」」

 

「あの錬金術師が来てからはそれはもう使われていない。私はただここにいるだけ。外に出ないのは不用意に結界(ここ)を出れば。アレを呼び寄せるから」

 

 このビルは吸血鬼を呼び寄せない為に偽装された結界らしい。吸血鬼を殺す力である吸血殺し(ディープブラッド)は彼らを倒すのみならず、甘い匂いで招き寄せる。招き、集め、殺す。極彩色の食虫植物のような一連の役割が吸血殺し(ディープブラッド)という力の本質だという。

 

「吸血鬼。それがどんな生き物か。知ってる?」

 

 知る訳がない。物語で出てくるような人を襲い、首に噛み付いて血を吸い尽くす人に似た怪物。そんなイメージしかない。そもそも実在するなんてツナも上条も微塵も思っていなかった。

 

「私達と。何も変わらない。泣いて。笑って。怒って。喜んで。誰かの為に笑い。誰かの為に行動できる。そんな人達。だけど私の血は。そんな人達を殺す。理由はない。そこにいるから。例外はなく。特例もなく。泣いて。笑って。怒って。喜んで。誰かの為に行動できる。そんな人達を。ただ一度の例外もなく。ーーー()()()()()()()()()

 

 血の滲むような言葉だった。楽しかった思い出を、全て自らの手で砕いてしまった者の声だった。彼女の過去は朧気ながらに理解したが、その時の心情は想像を絶する。

 

 学園都市は能力を取り扱う場所。それ故にこの能力の秘密や正体、消す方法を掴めるかと思った。しかし最先端の科学力でもそれは叶わなかったという。

 

「私はもう。殺したくない。誰かを殺すくらいなら。私は自分を殺してみせると決めたから」

 

「で、でも!」

 

「何も言わないで欲しい。それに悪い事ばかりでもない。アウレオルスはもっと簡単な結界を作る事もできると言った。『歩く教会』と呼ばれる。衣服の形をした結界。それを着れば。私はもう街を歩いても吸血鬼を招き寄せる事もないはずだから」

 

 『歩く教会』。インデックスが来ているあの修道服だ。上条の右手で木っ端微塵になってしまったが、本来刀で斬られても無傷で済むというあの服ならば確かに彼女の吸血殺し(ディープブラッド)をも抑え込めるのかもしれない。

 

「私には私の。アウレオルスには彼の目的がある。私達は。お互いがいなければお互いの目的を達成できない。だから平気。アウレオルスが自分の願いを叶えたいと思う限り。私に危害を加える事はできない。君達がこの戦場から三人で帰りたいと言うなら。私は君達に助力する。アウレオルスに話をつける」

 

 ツナも上条も何も言えなくなった。姫神の苦悩は分からない。だけどアウレオルス=ダミーのした事から本物のアウレオルスを野放しにもできない。自分が何をするべきか、それが分からない。

 いや、ツナは超直感で最も合理的な答えは分かっていた。しかしそれで良いのか。それを実行したところで全て丸く収まる訳ではないのではないか。そう思えてしまう。

 

 姫神は『歩く教会』が欲しい。ならばインデックスやステイルに頼んで作って貰えば良いのではないか。『歩く教会』が手に入るのなら別にアウレオルスに協力する必要はないはずだ。

 

 しかしそれで姫神本人やアウレオルスが納得するかと言われれば話は別だろう。目的の物を他の人がくれたから、はいさようなら。これではあまりにも不義理だ。少なくとも日本人の精神性としてはこれは褒められたものではない。それによってアウレオルスは更に非道な行いをするかもしれない。

 

 ツナの考えなど知る由もなく、姫神から一通り話を聞いた上条は姫神にある確認を取る。

 

「一つ聞かせてくれ。初めて会った時から吸血鬼を呼びたくないってんなら、お前はなんで三沢塾の外に出て食い倒れてたんだ?」

 

「簡単。アウレオルスが私を必要とするのは吸血鬼が欲しいから。私が常に結界の内ににては。吸血鬼を招く事はできない」

 

「けどそれじゃお前の目的と正反対じゃねーか。お前は吸血鬼を傷付けたくねーんだろ?だったら吸血鬼を呼べなんて命令は……」

 

「そう。けどアウレオルスは約束した。吸血鬼は欲しいけど、絶対に傷付けないって。彼らには協力して欲しいだけなんだって」

 

「……何だよ。てっきり俺達はお前が命からがら三沢塾から逃げ出したんだと思ってた」

 

「疑問。私が逃げていると。どうして君達はここまでやって来る?」

 

「助ける為に決まってんだろ。そんもんに理由なんてあるか」

 

 不貞腐れたように話す上条の顔に、姫神は目を丸くする。

 

「それは不思議。けど大丈夫。私は閉じ込められている訳ではないから。だから君達は安心して帰っても問題ない。アウレオルスは言った。助けたい人がいるって。けど自分一人の力じゃどうあがいても駄目だって。彼らの協力が必要だって。だから私は約束した。私はアウレオルスを助ける為に。殺す為でなく助ける為に。生まれて初めてこの力を使うんだって「やっぱり駄目だ」……?」

 

 姫神の主張に意を唱えたのはこれまでずっと黙って話を聞いていたツナだった。見れば(ハイパー)死ぬ気モードも既に解けている。そしてこれは決して頭が良いとは言えないツナが彼なりに必死に考えて出した結論だった。

 

「姫神さんの気持ちは分かったけど、やっぱり俺は納得できない」

 

「何故?」

 

「アウレオルスが姫神さんの言った通りの奴だったとしても、()()()()()()()()()()()()()()()じゃないか」

 

「っ!」

 

「どんな目的があったって、偽者がやった事だからって、アウレオルスがこの塾に通っているだけの関係ない人を酷い目に遭わせている事だけは間違いないんだ!」

 

 操られて能力者なのに無理矢理魔術を使わされた者。目の前で殺され、溶金に変えられた者。ロビーで誰にも気付かれずに殺された騎士。少なくともアウレオルスは自分の目的の為に他人を犠牲にしているのだ。

 

 ダミーが勝手にやった事ではない。少なくとも本物のアウレオルスならそれを止める事くらいできたはずだ。止めなかったのなら、それはアウレオルス本人の意思。

 

「……それは」

 

「自分の目的の為なら……自分の大切な人を助ける為なら代わりに他の誰かが痛い思いをしても良いの!?そんなのおかしいよ!!」

 

「……」

 

 ツナの真剣な主張を聞かされた姫神は何も言えなくなってしまった。言われなくても分かっているのだ。偽者がやったとはいえ、それを作ったのはアウレオルス本人。ならば偽者に殺された人はアウレオルス本人に殺されたも同然だ。

 もう吸血鬼を殺さない為。そう言い訳して姫神は偽者が無闇にやった事と目を逸らしていたのだ。

 

「でも……約束。したから……それに『歩く教会』が貰えないと。私は……」

 

 ここでこれまで沈黙を貫いていたステイルも横槍を入れる。どちらにせよ、ここで姫神に三沢塾に残られては困るのだ。

 

「悪いけど、そうはいかない。アウレオルスの目的が何にせよ、イギリス清教の必要悪の教会(ネセサリウス)としてはそれを阻止してアウレオルスを拘束しなくてはならないからね。君には僕から上にかけあって『歩く教会』を手配する。それで良いだろう?」

 

「……良くない。私はこれまであの錬金術師にここに匿って貰っていた。なのにそんな形で裏切るのは駄目」

 

「なら仕方ない。力づくで連れ出すだけだ」

 

 ステイルはルーンカードを取り出して姫神に歩み寄る。そして何処か遠い目をしながら淡々と告げる。

 

「それにアウレオルスの助けたい人については予想はついている。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「唖然。それはどう意味か聞かせて貰いたいものだな」

 

 背後から聞き覚えのある声が聞こえた。これはアウレオルス=ダミーと同じ声だ。しかし言葉とは裏腹にステイルを見下した雰囲気が声から滲み出ている。

 

「ようやく本物のお出ましか」

 

「姫神の血は私にとっても重要なものだ。むざむざ貴様らに渡すつもりもないので回収に来た次第」

 

 そこにはダミーと違い、傷一つない本物のアウレオルス=イザードがいた。しかしダミーと瓜二つな彼の姿に今更上条もツナも反応など示さない。そんなものよりも遥かに目を引く人物が彼に抱えられていたから。

 

「「インデックス!?」」

 

 アウレオルスに抱えられているのは留守番をしているはずのインデックスだった。意識は無い。

 

「眠っているだけだ。錬金術は当然として、薬物の類いも使用してはいない」

 

「テメェは何がしてぇんだ!人を助けたいとか言いながら他人を平気でぶっ殺しやがって!インデックスまで誘拐しやがって……!」

 

「インデックスに何する気だよ!?塾の人達だけじゃなく、インデックスにも酷い事するつもりなのか!?」

 

 いや聞くまでもない。10万3000冊の魔道書。それがアウレオルスの狙いだと思ったツナはもう一度死ぬ気丸を手に、(ハイパー)死ぬ気モードになろうとする。

 しかしその前にステイルが驚きの一言を放つ。

 

「お前の目的はインデックスを救う事だろう?」

 

「「!?」」

 

 驚くツナと上条にステイルはおさらいして語る。禁書目録という役割を押し付けられた少女の悲しき過去を。二人がこれまで目を向けてこなかった側面を。

 

「上条当麻、沢田綱吉。インデックスは一年置きに記憶を消さなければならない少女だった。一年置きに人間関係をバッサリ更新して、彼女の隣には一年置きに新しいパートナーが立っていた。今年は君達。二年前は僕と神裂」

 

「ま、まさか……」

 

「そう、こいつは三年前の…インデックスの先々代のパートナーさ。役割は『先生』だったかな?」

 

 ツナは超直感で察してしまった。アウレオルスの悲願を。そして先程ステイルが言った言葉の意味を。

 そしてそれは絶対に叶わない願いである事も。




インデックスが捕まるシーンと外に出て振り出しに戻るくだりはカット。このまま決戦に入ります。良い加減吸血殺し編が怠くなったのもあります。

一応言っとくと前回のラストでツナがダミーを倒したからこうなりました。もし倒さずに原作通りにダミーが逃げてステイルが別の場所でまた接触…とかやってるとツナがダミーをダミーと知らず病院に連れて行く為に姫神を上条さんに任せて一人で追跡し、三人バラバラになり、上条さんとステイルが原作通りに追い出されます。そしてもう一度塾に来た時点で既にツナとインデックスの二人でアウレオルス倒してましたってオチになります。ただし姫神は死ぬ。その理由は次回にて。

現れた時点でインデックスを抱えてる理由?アレだよ、ツナがいる分のバタフライ効果(震え声)

上条さんの活躍が減ってるっつーか、今んとこ単に姫神にフラグ立てただけになってる……。ノープランで始めるとこんな事になるのか……


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黄金錬成来る!

連続投稿。0時にも出す予定です。あくまで予定。


 アウレオルス=イザードはかつてのインデックスのパートナー。その事実を聞かされたツナは最悪の予想を直感してしまった。

 

 ステイルと神裂は忘れられてもインデックスを大切に想っていた。ならばアウレオルスもそれは同じはず。そしてインデックスとの関係の修復を望むはずだ。

 

「じゃ、じゃあ姫神さんに頼んで吸血鬼を呼び寄せる目的って……」

 

 ツナが彼の目的を察した事に気を良くしたのか、アウレオルスは少々得意気に語る。

 

「吸血鬼にはあるのだよ。どれだけ多くの記憶を取り入れても、決して自我を見失わん『術』が。仮にそれが人の身に不可能であるのなら、人の身から外すまで」

 

「……インデックスを吸血鬼にするつもりなの?」

 

 やっぱりだ。アウレオルスはあの残酷な真実に気付いていない。だからインデックスを吸血鬼にして無限に記憶してもパンクしない身体にしようとしているのだ。

 

「待てよ!そんな事をしてもインデックスが喜ぶわけねぇだろ…!テメェの我儘をインデックスに押し付けてんじゃねぇ!!」

 

「くだらん。それこそが偽善。この子は最後に告げた。決して忘れたくないと。教えを破ろうがこのまま死のうが、胸に抱えた思い出を決して忘れたくないと。指先一本動かせぬ体で、溢れる涙にも気付かずに、笑いながら告げたのだ」

 

 アウレオルスは僅かに歯を食いしばった。

 しかしだからといってインデックスを吸血鬼にはさせない。上条とステイルはアウレオルスからインデックスを奪還する為に走り出そうとする。

 

「話は終わりだ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 劇的な変化が起きた。インデックスを取り戻そうと走り出した上条とステイルはアウレオルスとの距離を詰められない。走っても走ってと目の前の距離が縮まらないのだ。

 上条は咄嗟に右手に視線を向けた。幻想殺し(イマジンブレイカー)。異能の力ならば神の奇跡でも打ち消せる右手。

 

(それで……一体、何を殴れば良いってんだ!?)

 

 ステイルと上条はアウレオルスに近付けない。

 そんな彼らの真横を熱い熱風が駆け抜けた。それはアウレオルスも例外ではなく、その腕に抱えていたインデックスの姿がそこから消えた。

 

 そしてアウレオルスの背後では再び死ぬ気の炎を額に灯したツナがインデックスを抱き抱えて立っていた。

 

「……!?」

 

 アウレオルスはあり得ないものを見る目でツナを見る。インデックスを奪われた事に憤る前に、ツナのやった事が彼は信じ難いものだった。ツナはそれよりもインデックスの身を案じる。

 

「しっかりしろ!インデックス!」

 

「つ…な……?」

 

 身体を軽く揺さぶられてインデックスは目をゆっくりと開き、意識を覚醒させる。そしてツナの姿を確認したら辺りを見渡して上条の姿も発見し、ふわりと笑う。

 

「とうまも……いるんだね。良かった」

 

「インデックス、何があったんだ?どうして奴に捕まっていたんだ?」

 

「ステイルの魔力を辿って……三人を探しに来たら、あの人に見つかったの。……つな、あの人の使ってる術……金色の、アルス=マグナなんだよ」

 

「何だと!?」

 

 インデックスの助言聞いて驚愕するのは錬金術に関する知識のないツナや上条ではなく、それを十分に知るステイルだ。

 

「な、何だよ…そのアルス、マグナ…ってのは」

 

「この塾に来る道中に話しただろう。自分の頭の中に思い描いたモノを、現実世界に引っ張り出すのが錬金術の究極的な目的だと」

 

「はぁ!?時間かかり過ぎてできないんじゃねぇのかよ!?」

 

 要は世界の自分の思い通りに動かす術という事だ。道中でのステイルの説明を思い出し、上条とツナは戦慄する。もし本当にこの話が本当なら勝機が見出せなくなる。

 何より先程、いや今尚アウレオルスに近付けない理由もこれで説明できてしまう。

 

「ふん。黄金錬成(アルス=マグナ)など錬金術の到達点に過ぎん。確かにその到達は困難を極めるとされるが、到達点である以上は道を進んで行けば自然と辿り着けるのは道理だろう」

 

「馬鹿な。黄金錬成(アルス=マグナ)は理論は完成しても呪文が長過ぎて、100年や200年の何月で完成させられるはずもない!呪文はこれ以上短くする事はできないし、親から子へ、子から孫へと作業を分担しても伝言ゲームの要領で儀式が歪んでしまうはずだ……!!」

 

「意外に気付かんものだな。100年や200年では儀式を完成できない。確かに一人で行えばな。伝言ゲームのように儀式が歪む。道理だが、何も一子相伝にする必要もあるまい」

 

 インデックスは忌々しそうに回答する。

 

「『グレゴリオの聖歌隊』だよ。2000人もの人間を()()()()()呪文を唱えさせれば、作業の速度は単純に2000倍。仮に400年かかる儀式だったとしても、これなら僅か70日で完成させられるもん」

 

「実際には呪文同士をぶつける事で更に相乗効果を狙ったがな。僅か120倍程度の追加速度では成功とは言い難い。この三沢塾の中でしか効果も発揮できん」

 

「120倍……半日で済ませたのか!?だがここは能力者達の集まりのはずだ!『グレゴリオの聖歌隊』などを使えば回路の違う奴等は体が爆砕して……」

 

「だから何故気付かんのだ。()()()()()()()()()()()()。あの生徒達、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 空気が凍り付いた。インデックスは軽蔑の眼差しをアウレオルスに向けた。アウレオルスはその視線に心を痛めながらも今は雌伏の時だと己に言い聞かせる。

 

 ……大丈夫だ。全てを思い出せば、彼女は必ず振り向いてくれるはずだ。

 

 つまりは『グレゴリオの聖歌隊』として操り、黄金錬成(アルス=マグナ)を完成させ、その上で黄金錬成(アルス=マグナ)で復活させてまた同じ事を繰り返してきたという事だ。

 

「直せば良い……?そういう問題じゃないだろ……!お前には人の痛みが分からないのか!?どうしてこんな酷い事ができるんだ!?」

 

 吐き気を催す程に邪悪で醜悪なアウレオルスの性根にツナはかつて骸に抱いたものよりも遥かに強大な怒りを抱く。

 しかしアウレオルスにツナの言葉など届かない。そもそもツナの意見など聞くつもりもない。そしてそれ以上に気になる事もある。

 

「悄然。何故君には何も影響がない?」

 

 そう。ツナには何の影響も出ていないのだ。上条とステイルには出た影響がツナには無い。アウレオルスは近付かせないように黄金錬成(アルス=マグナ)を行使した。死ぬ気の炎による推進力で滑空したとはいえ、走るのではなく飛ぶからというのはアウレオルスに近付けた理由にはならない。

 

「……」

 

 ツナはその瞬間に出た直感を無視してアウレオルスの質問にも答えない。こんな男の疑問に答えてやる義理などない。真面目に取り合う気にもなれない。

 

 だがこれではまるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるようにも思える。先程の高速移動は文字通り世界を思い通りにするアウレオルスの黄金錬成(アルス=マグナ)を無視したとも取れるのだ。

 

「ならば質問を変えよう。何故私を止めようとする?ステイル=マグヌス、貴様がルーンを刻む目的、それこそ禁書目録(インデックス)を守り助け救う為だけだろうに。少年達もまた、禁書目録(インデックス)を救う事そのものには異議はないはずだ」

 

「さっき僕が言っただろう?インデックスを救うのに今更君は必要ないと。ああ、君はそれがどういう意味か聞かせてほしいと言ったな」

 

 そんな事はあらゆる意味で分かり切っている。一つはこんな非道を許せないから。そしてもう一つは……。

 ステイルは煙草を吸い、一息吐いてから呆れたように告げる。インデックスに関するもう一つの残酷な真実を。

 

「簡単だよ。インデックスは既にここにいる二人……上条当麻と沢田綱吉の手によって救われている」

 

「は…?」

 

 アウレオルスにはステイルの言葉の意味が分からなかった。いや、分かりたくなかった。

 

「だから、インデックスはとっくに救われているんだ。君ではなく、今代のパートナー達によってね。君にはできなかった事を、こいつらは成し遂げてしまったんだよ」

 

 アウレオルスはツナと上条を交互に凝視する。インデックスを抱き抱える沢田綱吉という存在が、どうしようもなく癪に障った。

 

「ほんの10日程前だったかな。ああ、君が分からないのも無理ないね。何せ三年もあの子の側を離れていたんだ。今の彼女が実は既に救われてるだなんて情報、伝わるはずもない」

 

「馬鹿な…」

 

「ああ、信じられない気持ちは分かるよ。何せ僕は直接それを見たのに未だ信じられない。いや、信じたくない、かな。その前に全ての真実を打ち明けたにも関わらず、あの子はこっちを振り向かずに今のパートナーと共にいる事を選んだ。その事実を叩き付けられたからね」

 

 そうだ。インデックスは目を覚ましてすぐに沢田綱吉と上条当麻の事を確認した。二人を見て、ふわりと笑った。自分が捕まっていた事も気にせずに。

 アウレオルスはそれを認めたくないが故に必死で否定する。

 

「馬鹿な!ありえん!一体いかなる方法にて彼女を、禁書目録(インデックス)を救う方法がある!?人の身で、それも魔術師でもなければ錬金術師でもない人間に何ができるというのだ!?」

 

「それはイギリス清教の沽券に関わるから黙秘するけど、そうだね…こいつ…上条当麻の右手は幻想殺し(イマジンブレイカー)と言う。簡単に言えば上条当麻が人の身に余る能力の持ち主だって事さ」

 

 愕然とするアウレオルス。これまでの全てを彼は否定された。

 意味なんてなかった。ローマ正教を裏切り、世界を敵に回した事も。自分の目標の魔法名を捻じ曲げて、吸血鬼を探す為に地位と名誉を捨ててまで世界中を放浪した事も。

 何もかも無意味な事だった。彼のした事全てに意味なんてなかった。

 そしてステイルは決定的な一言を述べた。

 

「ご苦労様。君はローマ正教を裏切って三年間も地下に潜っていたらしいけど、全くの無駄骨だよ。努力が報われなかった痛みは分かるが気にするな。今のあの子は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「ーーーーは、はは」

 

 乾いた笑いが虚しく響く。

 

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

 

 狂った笑い声が廊下に響く。上条は悟った。もうこいつは戻れない。自分を支えてきた全てを破壊されたのだから。

 アウレオルスの狂い振りに怯えたのか、インデックスは自分を抱えてくれているツナに身体を寄せて、彼の服を強く掴む。その瞳に映るアウレオルスにはもう決して向けられる事のない感情と共に。

 

「つな……」

 

「っ!ぅう、うぅうううううううっ!!」

 

 それがアウレオルスの砕けた心を刺激する。自分の全てを失い、かつての仲間達を全て敵に回してまでたった一人の少女を助けようとした。そんな少女は既に赤の他人に助けられていた。彼女の為に全てを捨て去った自分はただの一度も視野に入れずに。

 

 何故貴様らなのだ。そこに立つべき者は自分以外にありえない。あって良いはずがない。

 悪いのはインデックスではない。私からインデックスを奪った……こいつらだ。ならこいつらがいなくなれば思い出さずとも全てを知ったインデックスは私の元に帰ってくるはずだ。

 

 身勝手な結論を出したアウレオルスはこれまた身勝手な決断を下した。上条当麻と沢田綱吉が死ねば良いと。

 

 そんな事をすればインデックスは悲しみ、そして自分を絶対に許さないという事すら今のアウレオルスには分からなかった。

 

「倒れ伏せ!侵入者共!!」

 

 アウレオルスの怒号と共に上条とステイルは凄まじい重力に身体を押さえ付けられ、床に叩き付けられた。

 

「とうま!ステイル!」

 

「当麻君!……やめろアウレオルス!」

 

「……何故貴様には効かぬ?まぁ良い。まずはこちらだ。……は、はは、あはははっ!!簡単には殺さん!!じっくりと私を楽しませろ!!私は禁書目録(インデックス)に手をつけるつもりはないが、貴様らで発散せねば自我を繋げる事も叶わんからな!!」

 

 八つ当たり。自分でそう言ってるようなものだ。アウレオルスは懐から細い鍼を取り出して首筋に当て、突き刺した。そして鍼を横合いに投げ捨て、上条を睨む。

 ツナはこのままでは上条がやられる事を察し、掌をアウレオルスに向けて死ぬ気の炎の塊を射出しようとした。

 

「待って」

 

 ツナとアウレオルスの間に姫神秋沙が立った。それはツナとアウレオルス双方への静止。

 上条は右手を如何にか動かして自身の身体の何処かに触れさせようてする。

 

「姫神さん……」

 

 姫神はこれ以上アウレオルスに道を間違えさせない為、自分を心配してくれた上条達を助ける為に対話を求めようとした。

 しかしアウレオルスが求めたのは姫神ではなく、吸血殺し(ディープブラッド)だ。インデックスの救済が叶わなくなった以上、彼が『手段』に気を配る必要など何処にもない。

 次のアウレオルス=イザードの一言が時間を止めた。

 

「邪魔だ女。ーーーー死ね」

 

 その一言で姫神秋沙は死んだ。

 

 傷はなく、出血もなく、病気ですらない。この場にいる者達が知りうるあらゆる死因のどれにも該当しない。ただ、死んだ。悲鳴すら上げずに魂がない抜け殻になって死んだ。

 

「姫神さん!!」

 

「っけんじゃねぇぞ、テメェ!!」

 

 幻想殺し(イマジンブレイカー)黄金錬成(アルス=マグナ)を打ち消し、動けるようになった上条は崩れ落ちる姫神の身体をどうにか両手で抱き止めた。

 その瞬間、パキン…と何かが壊れた。

 

 そして弱々しくも姫神秋沙の鼓動が再び右手から上条に伝わってきた。蘇った。そうとしか表現できない現象だった。意識はないがじき目覚めるだろう。

 

「な、我が金色の錬成を、右手で打ち消しただと?ありえん、確かに姫神秋沙の死は確定した。その右手、聖域の秘術でも内包するか!」

 

 上条は答えない。そんな理屈なんてどうでも良い。単なる偶然だ。『死ね』という命令を右手で殺しただけの話なんて本当にどうでも良い。

 上条当麻は目の前の男が許せない。

 アウレオルスのやった事は全部許せない。だが何より一番許せないのは自分を大切に想ってくれた人を殺した事だ。

 

 同情する点はある。インデックスに忘れ去られ、インデックス以外の全てを切り捨ててまで彼女を救う手段を探しても先を越され、何もかも全てが台無しになった。

 例え一番大切な人を目の前で奪われても、行き場のない自分を責める事すらできない怒りに苛まれても、自分の事を本当に想ってくれた人に対して、その怒りを押し付け、自分一人だけ満足しようだなんて思考回路は絶対に認められない。

 

 姫神秋沙はアウレオルスに協力しなくても『歩く教会』を手に入れる方法を得たにも関わらず、最後までアウレオルスに協力しようとしていたのだ。それが彼に果たすべき義理であり、返すべき恩だったから。

 

「良いぜ、アウレオルス=イザード。テメェが何でも自分の思い通りにしなきゃ気が済まねえってんなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!!」




前回のツナとインデックスで倒せちゃうってのはこれが理由です。ツナを黄金錬成で気絶させて追い出せないから。後はインデックスのアドバイスを素直に聞いて大空の“調和”と組み合わせて倒すだけです。
ただし姫神は死ぬ。上条さんいないから。それとも時間経っても右手触れれば蘇生可能?

Q.結局何故ツナに黄金錬成効かないの?

A.そもそもこの世界の人間(正確には物質)じゃないからアウレオルスのシミュレートの対象外。ツナと死ぬ気の炎についてシミュレートし直せば効くんじゃない?詠唱以外に具体的に何やるのか知らないけど。
仮に窒息しろと言ってもツナの首を絞める感じに考えると作用しない。ツナの体内にある酸素が消えるように考えれば酸欠に陥る。つまりは直接作用させるのではなく、別の物を介してやればOK。やり方次第。


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死ぬ気の零地点突破来る!

三連続投稿。吸血殺し編、ラストです。次がいつになるかは未定。

ちょっと長いので無理矢理纏めた感有り。


「赫然…!!貴様らだけは絶対に許さん。我が屈辱の全てを味わわせた上で殺してやる」

 

「俺もお前を許さない」

 

 ツナは冷静にアウレオルスへの怒りを述べる。向こうが感情的だからこそ、ツナは冷静に戦える余裕が少しだけ生まれた。

 

「お前の怒りの理由は分からなくもない。自分の手でどうしても助けたかったインデックスを俺達が先に助けたら、やり場の無い怒りを抱えてしまうのかもしれない……」

 

 アウレオルスも必要悪の教会(ネセサリウス)の被害者だ。インデックスに10万3000冊の魔道書の暗記を強要せず、記憶を蝕む『首輪』なんてものをつけたりしなければそもそもこんな事にはなっていないのだ。

 

「だけど、お前がこれまでしてきた事は話が別だ」

 

 しかし、その後の事はアウレオルス自身が選んだ道。決して許されないと分かっていながらこんな非道をした者をツナが許せるわけがない。

 

「例えインデックスを助ける為だとしても、それは他の人を犠牲にして良い理由にはならない!!」

 

 能力者に魔術の詠唱をさせ、挙句姫神を八つ当たりで殺した。アウレオルスのやった事は決して許される事ではない。償わせる。殺すのではない。生きて傷付けた人達への償いをさせなくてはならない。

 

 何処までも利己的で他者を顧みない魔術師、そして錬金術師という生物にツナはどうしようもない怒りを抱く。インデックスの記憶を蝕んだ必要悪の教会(ネセサリウス)だけではない。恐らく魔術の世界には他にもドス黒い闇が数え切れない程に蠢いているのだろう。

 

「動くな」

 

 その一言でアウレオルスとツナを除く全員が一切の身動きを封じられる。まずは上条を殺すべく、アウレオルスは先程の姫神蘇生から導き出した仮説を語る。

 

「真説その右手、私の黄金錬成(アルス=マグナ)も例の外に洩れず打ち消すらしい。ならばこそ、右手で触れられぬ攻撃なら打ち消せんな?」

 

 この短時間で上条の右手の弱点を見破った。その事実に上条はドキリとする。

 

「銃をこの手に。弾丸は魔弾。用途は射出。数は一つで十二分」

 

 アウレオルスが右手を横へ振るとその手には剣に似た形の暗器銃が出現した。

 ツナはインデックスを抱えたまま上条とステイルの前に高速移動する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 火薬の破裂する爆発音が響く。瞬間錬金(リメン=マグナ)を遥かに凌駕する速度で魔弾が次々と炸裂する。

 ツナは黒いマントを広げてインデックス、上条、ステイルを包んだ。

 Ⅰ世のマント(マンテッロ・ディ・ボンゴレ・プリーモ)。大空の“調和”の性質を持つマントで攻撃を全て受け止め、上条達を守る。

 更にアウレオルスの左右の手に五丁ずつ剣の形をした仕込み銃が具現化され、乱射された。その全てをボンゴレⅠ世(プリーモ)のマントの力で防いでいく。

 

 人間の動体視力を超えていても意味はない。ツナは全て『直感』して防ぎ、躱す。魔術であろうと錬金術であろうと、それが人の手によるものならばブラッド・オブ・ボンゴレが齎す超直感で全て対処できてしまう。

 

「もうこんな事はやめろ!こんな事したって、いや…こんな事したらインデックスはもうお前を受け入れられなくなる!」

 

 インデックスはツナのマントの中で上条にしがみつき、迫る魔弾に怯えながらもアウレオルスを睨む。狂ったように嗤うアウレオルスが怖かった。かつて自分の『先生』だったという男が平然と人を目的の為に使い潰し、殺している事が悍ましかった。それでもこの男を止めなければならないから決して目を逸らさない。

 

「貴様に何が分かる!私は彼女を救う事が全てだった!それを奪われた!何も知らぬ所で!知らぬ間に!それさえ無ければ私が救っていたはずなのだ!!」

 

「だからって……そんなやり方で助けて貰ったって、インデックスが喜ぶわけないだろ!他の人を犠牲にするやり方で助けられた事を後でインデックスが知ったら、インデックスは二度と心から笑えなくなる!!」

 

「ならば知らなければ良い!貴様らがそれを台無しにした!!」

 

 話は平行線。ああ言えばこう言う。アウレオルスの現状は正にそれだった。自分の思い通りにいかないから、我儘で癇癪を起こして当たり散らす子供そのもの。

 

 上条達を守る為、彼らの側を離れられないツナは遠距離攻撃を仕掛ける。右手のXグローブから死ぬ気の炎を射出する。マントの方に炎を割かねばならぬ故にD(デイモン)・スペードをも仕留めた時程の威力は出ないが、攻撃を止めるくらいはできるはずだ。

 

「Xカノン!」

 

「消えよ。少年の炎」

 

 アウレオルスの言葉に対し、死ぬ気の炎は消えず、そのままアウレオルスに直撃し、後方へと吹っ飛ばして壁に叩き付けた。

 

「がはあっ!?」

 

(やはりだ…!コイツだけじゃない!コイツの炎にも黄金錬成(アルス=マグナ)が効いていない!?)

 

 理屈は分からない。()()()()()()()()()()()()()()()()黄金錬成(アルス=マグナ)が通用しないとはどういう事なのか。

 それを明確に思考にする前にアウレオルスは首筋に鍼を指して思考を切り替える。

 

(直接仕留められんのなら、別の物を介すれば良い!!)

 

「感電死!」

 

 ツナの頭上に落雷が落ちた。しかしそれすらもツナは直感し、落雷が落ちる前に頭上に手を向け、死ぬ気の炎を放出し、大空の炎で雷を受け止めた。そして大空の“調和”の力で雷を空気に溶かす。それをアウレオルスは忌々しそうに睨む。

 アウレオルスの意識が上条からツナに向いた事で魔弾での攻撃が一旦止んだこの隙をツナは見逃さない。ナッツをマントから元の姿に戻す。

 

「ナッツ!」

 

「ガウッ!GURURU……GAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」

 

 ナッツが叫べば向けられた銃は全て石化して、重力に従って床に落ちた。だがナッツの“調和”の咆哮は上条とステイルにも影響を及ぼしていた。

 

 ピクリと動く指先。ステイルと上条は金縛りが解けている事に気付いた。二人は何故…とは考えない。口より先に身体を動かす。上条はインデックスの頭を撫で、怯えを取り払い、ステイルは咄嗟に炎剣を出してアウレオルスにそれを向けた。

 

「!?何故…いや、消えろ炎よ!」

 

 アウレオルスはステイルが動いた事に一瞬驚愕するも、それより先に黄金錬成(アルス=マグナ)でステイルの炎の魔術を消失させる。

 

(やはりステイル=マグヌスの炎は消える……。だが沢田綱吉の炎は消えぬ……これは一体……っ!!)

 

 ステイルの炎に気を取られ過ぎていた。ステイルの炎に隠れて上条がこちらに全力疾走し、距離を詰めていた。

 上条を止めようとしても時既に遅し。上条の右拳がアウレオルスの横っ面を捉えた。真横に殴り飛ばされながらもアウレオルスは自分でも驚く程冷静に沢田綱吉と二人の違いを分析していた。

 

 冷静に考えろ。あの少年は炎で雷をガードしたのだ。つまり、雷が直撃していれば死んでいたという事だ。

 頬を殴られて倒れ、立ち上がる。身体の痛みはあるが心に比べれば大した事はない。それよりも沢田綱吉と黄金錬成(アルス=マグナ)にあるズレを知る事が大切だ。

 

「釈然。……完全に効かぬわけではないようだな」

 

 あの炎を使えなくする事はできないだろう。しかし直接作用させる事はできずとも、間接的に追い詰める事はできる。

 アウレオルスはまた鍼を取り出して首筋に差し込んで捨てる。その様子を見てツナは眉を潜める。

 

 あの鍼はなんだ?さっきから何故そんなものを自分の身体に刺す?何かの治療?いや、そんなのは黄金錬成(アルス=マグナ)を使えば済む事だ。ならば何の役割がある?

 そんな疑問の答えはこれまでインデックスとステイルから齎された情報を元に超直感が導き出す。

 

(インデックスやステイルが言っていた事から考えて、奴をどうにかするには……思考を封じるしかない)

 

「動くなっ!!」

 

 再び上条とステイルの身体が停止する、まずはツナを何とかしなければならないと考えたアウレオルスは二人の動きを止めて後回しにする事にした。

 だがツナはそんな思惑など知った事ではない。すぐ様アウレオルスの眼前に迫り、鳩尾に強烈な一撃を加えた。アウレオルスは痛みに悶えるも、激情は消えない。焼き殺さんばかりの目でツナと上条を睨む。

 

「もうやめろ。インデックスだってお前の話は聞いている。記憶は取り戻せなくても新しく関係を築いていく事だってまだできるんだ」

 

 望んだ形の再会にはならないだろう。けれどもインデックスの敵にはならずに済むのだ。今この状況、アウレオルスはインデックスの敵になろうとしてしまっている。

 

「こんな事を続ければインデックスはお前に恐怖し、憎む事になるかもしれない。俺はもうインデックスにそんな思いはさせたくない。大切な友達だから。それはお前だって同じなんじゃないのか?」

 

「黙れ!貴様らさえいなければ!!」

 

 その言葉に反応したのか、上条の右手がパキン…と何かを打ち消す。つまり今、アウレオルスは本気で上条とツナの存在の抹消を願ったという事だ。どういうわけか黄金錬成(アルス=マグナ)の通じないツナはともかく、上条の方は右手もその効果範囲に含まれていた事で幻想殺し(イマジンブレイカー)が発動したのだろう。

 

 衝動的にツナに拳を振り下ろすアウレオルス。ツナは左手でアウレオルスの右拳を受け止め、右手で左手首を掴む。その瞬間、ツナの額に灯っていた死ぬ気の炎がノッキングする。直後に真っ白な冷気が周囲に広がって、彼ら全員の視界を塞いだ。

 

(……冷気?)

 

 上条はアウレオルスがツナを氷漬けにしようとしたのかと思った。ツナもステイルも炎の使い手だ。ならば残ったアウレオルスの仕業のはずだと。だからこそ、白い冷気が晴れて見えた光景に絶句した。

 

 氷漬けになっていたのはアウレオルスの両手だったのだから。

 

「な…!?」

 

「あ…あぁ…?」

 

 どういう事だ。黄金錬成(アルス=マグナ)だの世界をシミュレートだの、それ以前の問題だ。沢田綱吉は炎の能力者のはずだ。学園都市の能力者は一つの系統の能力しか使えないはず。なのに何故自分の手は凍っている?

 

「溶けよ!溶けよ!忌々しい氷よ!!」

 

 アウレオルスが何を言っても凍り付いた両手は戻らない。氷は溶けずにその手を封じ続けている。

 

「アウレオルス、もうこんな事はやめろ。さもなくば……氷漬けになるのはその両手だけでは済まないぞ」

 

 最終警告。ツナはアウレオルスにここで止まるという選択肢を与える。これから取ろうとする最終手段ははっきり言って後味の悪い結果しか齎さない。

 

「お前の黄金錬成(アルス=マグナ)は俺の死ぬ気の炎に干渉する事はできない。死ぬ気の炎から生じた零地点突破の氷も同じ。もう分かっているはずだ」

 

 故に賭ける。アウレオルスの思い留まるという良心に。生きて罪を償う良心に。チャンスをやったのだ。

 

「ふざけるな!貴様らはここで……!!」

 

 だがアウレオルスは耳を貸さない。焼き殺さんばかりにツナと上条を睨む。交渉は決裂した。ならば倒さねばなるまい。

 

「お前の黄金錬成(アルス=マグナ)は言葉ではなく、頭の中の想像をそのまま現実にする錬金術。さっきから自分に指していた鍼は自分の精神を安定させる為のもの。自分にとって都合の悪いものまで現実にしない為に」

 

「劣勢に立たされ、負けると思ってしまえば本当に負けてしまう。違うか?」

 

「そして意識がなくなってしまえば黄金錬成(アルス=マグナ)を使う事はできなくなる」

 

 次々と黄金錬成(アルス=マグナ)の弱点や自身の行動の意味を語られ、アウレオルスはまるで全てツナの掌の上で踊らされているような気分になる。

 感じる。何をしても抗えない絶対的な強者の持つ威圧感を。

 

(敵わない…!敵うわけがない…!!こんな奴に勝てる訳がないーーーーー!!)

 

 故に自ら敗北の烙印を押してしまった。自ら小さい勝ち筋すら潰してしまった。それを彼の表情から察し、彼の意思に関わらずやたらめったらに妙なものまで具現化してしまいかねない精神状態になってしまったと悟ったツナは一度アウレオルスの意識を奪う事にした。

 

 気絶させるのではない。それでは何かしらの悪夢を見て、それを具現化させてしまう恐れがある。

 

 額の死ぬ気の炎が再びノッキングする。

 

「いくぞ」

 

 ツナの額でノッキングしていた死ぬ気の炎は鎮火し、Xグローブも27と刺繍された毛糸の手袋に姿を戻す。しかし次の瞬間にはツナが(ハイパー)死ぬ気モードでないにも関わらず、VG(ボンゴレギア)と連動した赤い鎧のグローブに再び変化していた。

 

「死ぬ気の零地点突破・初代(ファースト)エディション」

 

 技の名を口にすると同時にXグローブを嵌めたツナの両手がアウレオルスの左右の二の腕を鷲掴みにする。そこからアウレオルスの身体はみるみる凍り付いていく。その氷結速度から来る恐怖はアウレオルスから思考する余裕すら奪う。

 

「やめろ!やめろ!やめろォォォ!!」

 

「アウレオルス……お前、どうしてこんな……方法なら他にも……」

 

「黙れ!!()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!」

 

 そして10秒も経たぬ内にアウレオルスは全身氷漬けにされ、その意識は闇に沈んでいた。

 再びツナの額に死ぬ気の炎が灯る。

 

「……恐ろしいね」

 

 ステイルは冷や汗を掻いて、刺々しい巨大な氷の中に閉じ込められたアウレオルスの絶望に染まった悲惨な表情とその前に立つツナの後ろ姿を見てそう呟いた。

 

「つーか、氷漬けにして大丈夫なのか?このままじゃこいつ……」

 

「この氷でアウレオルスが凍死する事はないが、この氷は死ぬ気の炎以外の力で溶かす事はできない。例え当麻君の右手であっても」

 

 零地点突破の氷を溶かせるのは死ぬ気の炎だけ。流石に属性は問わないが、死ぬ気の炎そのものは消せなかった幻想殺し(イマジンブレイカー)でも真逆の境地とはいえ、死ぬ気の炎から派生した零地点突破の氷は消せないだろう。

 

「つまり、ツナなら溶かせるんだな」

 

「ああ。けど溶かすのはこいつをこのビルから出してからだ。ここで出したらまた黄金錬成(アルス=マグナ)を使われるからな」

 

 黄金錬成(アルス=マグナ)が使えなければ今のアウレオルスはまるっきり無力と言っても良い。魔術師としての腕前はステイルにも遠く及ばないらしい。ビルの外で拘束し、インデックスの件をゆっくり噛み砕かせるしかないだろう。

 

(しかし世界の全てをシミュレートしたはずのアウレオルスの黄金錬成(アルス=マグナ)でも沢田綱吉の能力には一切干渉できないとは……)

 

 上条の右手ならばまだ分かる。上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)は超能力、魔術問わずあらゆる異能の力を打ち消す。規格外な黄金錬成(アルス=マグナ)だって打ち消せた。

 しかし異質なものとは言え、何故ツナとあの炎には一切干渉できなかったのかが分からない。恐らくアウレオルスですら最後まで分からなかったはずだ。超能力という事は理由にはならない。

 

(沢田綱吉、こいつは一体何者なんだ……?)

 

 得体が知れない者は本来なら即殺しておきたいが、ステイルではツナには勝てない。その上こいつがいなくなればインデックスが悲しむ。だからステイルは手出しができない。

 

 氷漬けとなったアウレオルスを眺めるツナの脳裏に彼の怒りと悲しみ、憎悪、そして絶望に満ちた叫びがこだまする。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!』

 

「……それでもお前は間違っていた」

 

 死ぬ気の炎が鎮火したツナは俯きながら、拳を強く握り締め、やり場のない感情を無理矢理に吐き出すかのように声を絞り出した。

 

「……吸血鬼じゃなくて、同じ気持ちの人と……ステイルや神裂さん、他のインデックスと一緒にいたみんなと力を合わせてインデックスを助ける道を探せば良かったんだ……そうすれば違う未来だってあったんだ。それじゃ駄目だったのかよ……!!」

 

 それはアウレオルスのインデックスに対する独占欲が強かったからなのか。()()()()()()()()()()()()()()()()だったのか。それとも結局自分以外誰も信用していなかったのか。

 インデックスは悲しげに俯くツナの服の裾をきゅっと掴んだ。

 

****

 

 後日、ツナは上条とインデックス、そしてステイルと共に姫神と出会ったファーストフード店にいた。

 ハンバーガーをもしゃもしゃと齧りながら上条が本題に入る。

 

「それでアウレオルスはどうなったんだ?」

 

「ああ、簡単だよ。知っての通りローマ正教に引き渡し、投獄された」

 

 これはある程度予想できていた事だ。三沢塾から出るとその外で集団で屯していたのがローマ正教だ。イギリス清教所属のステイルが話を付け、アウレオルス拘束の為に零地点突破の氷を溶かすように要求された。

 

 心身共にズタボロでローマ正教に拘束されたアウレオルスは最後にインデックスに悲しげな瞳を向け、無言で連行された。インデックスは最後に何か語りかけようとしたが……何も言えなかった。

 

「いずれは刑罰も決まるだろうが、このままでは処刑を免れる事はできないだろうね。ローマ正教を裏切った上にあれだけの事をやらかしたんだ。情状酌量の余地なんて何処にもない」

 

 アウレオルスはローマ正教を裏切り、錬金術師となり、吸血殺し(ディープブラッド)を持つ姫神秋沙を監禁。『三沢塾』の要塞化で学園都市を敵に回し、更に『三沢塾』に挑んで返り討ちにした十字教の諸勢力からは賞金首扱い。その上あんな悪行を行えば今すぐにでも処刑されるのが道理であるそうだ。

 

 因みに黄金錬成(アルス=マグナ)の件はインデックスの意向で『三沢塾』から出る前にあらゆる証拠を隠滅し、伏せてある。禁書目録(インデックス)の10万3000冊の魔道書の知識と上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)があれば魔術の痕跡を全て消し、誤魔化すのは容易い事だった。あの錬金術が完成された事が明るみになれば同じ事をする者が必ず出る。また罪なき人が犠牲にされる事などあってはならない。アウレオルスも自分でそれを吐く事はないと踏んでの判断だった。

 

黄金錬成(アルス=マグナ)の隠蔽が不可能だった場合はかつてインデックスにやったように、記憶を消す事も視野に入れていた。その後は適当に整形させて別人として適当な国に放つ事になってたかな。……殺すのと大して変わらないけどね」

 

「そんなん納得できるわけねぇだろ。例えそれしか道がなかったとしたって、()()()()()()()()()()()()()()なんてのがあるなら、そもそも何で俺達は『三沢塾』なんかに立ち向かって行ったってんだ」

 

 上条達はアウレオルスのやらかした一連の出来事が許せないから戦った。他人の命を何とも思わない奴が許せないからこそ、逃げ出さずに戦った。しかし最後の最後で人の死を『善』と認めてしまえば上条は自分で振るった拳の罪悪感に耐えられなくなる。

 

「だから君は甘いんだよ。そんな理屈がまかり通るなら、そもそも死刑なんてとっくに廃止されているよ」

 

 ツナは二人の会話……いや、上条の言葉を聞いて、とある出来事を思い出す。ツナもまた、世界を救う為に一つの命を奪ってしまった事がある。当時はそうするしかなかったとはいえ、今でももっと他に方法はなかったのかと思う。

 あの出来事の事を上条が知ったら、彼はどう思うだろうか。

 

 上条なら、あの時の白蘭にどう向き合うだろうか。アウレオルスを殺すべきではないと言ったように、白蘭を殺さずに済む道を見つけてみせたのだろうか。

 

「……」

 

 因みに姫神はあの後、インデックスに『歩く教会』の効果を一部抽出したケルト十字架を貰い、それで『吸血殺し(ディープブラッド)』を封じたらしい。その後は何故か小萌先生の所で世話になっているとか。

 

 何とも後味の悪い結果になったものだ。同じく零地点突破を使ったヴァリアーとのリング争奪戦も同様にどこかすっきりしないまま終息したのを覚えている。

 ステイルは次の仕事があるとかで、イギリスへ帰るそうだ。またもツナと上条に殺害予告をして去っていった。その際にぎこちないながらもインデックスが「またね」と言った時、一瞬だけ嬉しそうな目をしたのが印象的だった。ステイルにはアウレオルスと違い、またいつかインデックスと共に笑い合える日が来るのだろうか。来て欲しいな。ツナはそう思った。

 

「さて……ツナ、インデックス。俺らも帰ろうぜ」

 

「うん!」

 

「……うん」

 

 しかしツナの顔は暗かった。結果三沢塾でアウレオルスの犠牲にされた人達はほとんどが重傷。助からなかった者もいるし、殺された者までいた。上条が望むようなハッピーエンドとは程遠い結末だ。

 黄金錬成(アルス=マグナ)なら取り返しがついたかもしれないが発狂したアウレオルスがそんな事を気にするとは思えないし、結局それは命を弄ぶ事に他ならない。既に何度も殺され、その度に蘇生されて道具にされていたのだ。

 

 アウレオルスを倒した時の後味の悪さだって残っている。リボーンがいればあいつのやった事は絶対に許されない。同情なんかするなと言われるだろう。

 

(……けど)

 

 どうしてももっと良い方法はなかったのかと考えてしまう。

 そして、アウレオルスとの戦いを通じて直感したある可能性がずっとツナの中で引っかかっていた。

 

 黄金錬成(アルス=マグナ)はこの世界の全てをシミュレートする。ステイルは錬金術の説明の時にそう言っていた。

 

 世界的に知られているはずの学園都市と人工的な超能力の開発をツナやリボーンは知らなかった。並盛にいた時は秋であったはずの今の季節が学園都市では夏である事。

 

 インデックス曰く、魔術は別の世界で振るわれた力の残骸を使用している。

 

 ツナの認識との食い違い。そしてツナが黄金錬成(アルス=マグナ)の対象外となったという事実。魔術という異能の源は別世界。これだけの情報が揃えば超直感はある結論を導き出してしまう。

 しかしその結論が()()()()()()あり得ないものであるが故にツナは理性でそれを否定しようとする。

 

(まさか……そんな訳、ないよな?リボーンと連絡だって取れてるんだし……)

 

 流石に突拍子がなさ過ぎる。学園都市のあるここが、アウレオルスがシミュレートしたこの世界そのものがツナや仲間達にとって異世界であるなど。




ぶっちゃけ最初、吸血殺し編は無くても良いとすら思ってたけど、ツナが異世界にいる事を自覚するには黄金錬成が都合良かったのでほぼその為に書いた章でした。

他には原作でのアウレオルスの末路がかなり悲惨だったので竜王の顎(ドラゴンストライク)を食らっての記憶喪失にならずに済む方法はないかと考え、零地点突破による凍結という手段を思い付きました。

黄金錬成が使えない外に出て氷を溶かし、何もできない状態でゆっくり噛み砕かせる……それがアウレオルスにとってもベターな結末かな…と。ですが、彼のやった事は決して許されないので記憶がある以上、氷から出せば処刑は免れません。……あれ?より悲惨になってね?

……竜王の顎(ドラゴンストライク)の出番?多分原作と全く違うタイミングになります。

次は絶対能力進化計画編。ある意味一番書きたかった話です。前書きで言ったようにいつになるか分かりませんが。


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隠し弾2
盛夏祭来る!


絶対能力進化計画編が始まるので急遽入れる事にした話です。当然時系列は吸血殺し編の前です。
シナリオ上、この話があった方が進行に支障がなくて済むので。


 -8月2日

 

 今日この日、ツナは上条とインデックスと共に三人で『盛夏祭』という常盤台中学校の文化祭のようなイベントに来ていた。上条の学生寮の隣の部屋の住人であり上条のクラスメイトである土御門元春の妹、舞夏に招待状を貰った事がきっかけである。彼女は繚乱家政女学校という学校の生徒で、今回の盛夏祭の料理を監修しているのだとか。

 

 因みに土御門本人は来ていない。というか変態だから駄目という理由で舞夏が招待を拒否した。これは流石に本人は泣きたくなったであろう。

 

(そういえば、ここの寮って御坂さんの学校のだっけ……?)

 

「わー!良い匂いがするんだよ〜!」

 

「いきなり食べ物ー!?」

 

「インデックスさん?頼むから食べ放題だからって食堂の飯全部食うなんて暴挙はしないでくださいよ?文句言われて怒られるの俺なんだから……」

 

 とはいえ、ツナ自身この盛夏祭で展示されている中ではさほど興味を引くものはない。造花やシュガークラフトを見せられても男子中学生にとっては何も面白くない。上条も微妙な顔をしていた。

 強いて言うなら常盤台生が着用しているメイド服が自分の知り合いの女の子にも似合いそうだと思ったくらいか。

 

(京子ちゃんが着たらきっとかわいいだろうなぁ〜)

 

 というか現在進行形で思っている。メイド服の常盤台生にデレデレしている訳ではないが、そんな彼女らに目もくれずに他の女の子が着用した場合を考えているのはこれはこれで滅茶苦茶失礼である。

 

「ん?上条じゃん」

 

「あ、黄泉川先生」

 

 あのメイド服を京子が着ていたらと考え、トリップしていたツナだが、ふと周りに目を向ければ自分と上条の間にいた少女の姿が消えている事に気付いた。

 

「ってアレ!?インデックスがいない!?」

 

「えっ?本当だ!?いきなりどこ行ったアイツ!?」

 

 上条はさっきまで知り合いらしい警備員(アンチスキル)の人と何か話していた。そしてツナがメイド服の京子を妄想している間についさっきまでインデックスがいた場所には誰もいなくなっていた。

 

「何やってんだよアイツ…!やべぇ、今頃ここのありとあらゆる場所で暴飲暴食の限りを尽くして、後で多額の請求が来るんじゃ……!?」

 

「そ、それは言い過ぎ……じゃないよね」

 

 食べ放題と言えど限度があるだろう。下手をすればインデックスがこの盛夏祭で用意された食べ物を独占してイベントを滅茶苦茶にしてしまうのではないか。そうなれば上条の監督責任が問われる可能性が高い。

 

 二人の顔が真っ青になり、別々の方向に足を進める。

 

「お、俺はあっちの方探してくる!ツナは向こうの方頼む!」

 

「う、うん!」

 

 こうして上条とツナは二手に分かれて迷子のインデックスを探す羽目になるのであった。

 

「ったく、インデックスどこ行っちゃったんだ……?」

 

 インデックスを探して常盤台中学の学生寮の中を歩き回るツナ。正直女子校の寮を一人で歩き回るなんて色んな意味で怖くてツナにはできない。さっさとインデックスを見つけて上条とも合流したい。

 

『他にご入札なさる方はいらっしゃいませんか?いらっしゃいませんね?ではこれで落札となりまーす!』

 

 拡声器で大きくなった声がツナの耳に届く。そちらを見ればメイド服の常盤台生が司会を務めるオークションが開催されていた。落札者は眼鏡をかけた他校の女生徒らしく、嬉しそうに受け取っていた。

 

「へぇー、オークションなんかもやってるんだ。うわ、あのバッグ高そう……」

 

『さて、次の出品はぁ〜?次はキルグマーの文具セット!まずは100円から!』

 

 次に出品されたのは先程のブランド物のバッグと打って変わって子供向けの可愛らしいノートや鉛筆だった。見るからにその辺のショッピングモールで売ってそうで安価なのが分かる。

 

(全部が全部高価なものなわけじゃないんだ……。そうだよな。外部の人の為に開くって土御門さん達も言ってたし、小学生くらいの子供達もいたから、むしろこういう商品がメインなのかも……)

 

 耳をすませば200円、300円…と非常に安い値段での競りになっている。声の主も子供ばかりで年齢が高くても女の子のものだ。やっぱりこれは遊びに来た子供達の為に出品されたものなのだろう。

 

「一万円ッ!!!」

 

 空気が静まり返った。つーか死んだ。100円単位で競われていたものがいきなり桁が二つも増えた。明らかに子供には出せない値段で勝ち取ろうとする大人気ない人物が空気を読まずに競り落としに来たのだ。

 当然、たかが文具セットにそれ以上の値段を出す者が現れるわけがなく、一万円を提示した人物が競り落とした。

 ターゲット層である子供を差し置いてクソみたいな事をしておきながら優雅に壇上へ上がる彼女とはツナも面識があった。先日ツナが学園都市の生徒として扱われている事などを教えて貰い、色々と世話になった風紀委員(ジャッジメント)の白井黒子である。

 

(何やってんのあの人ーーーー!!?)

 

 ドン引きである。周囲の人達もかなり白い目で彼女を見ていた。

 何であんな子供用の文具セットを一万円なんて大金を出してまで落札するのか意味が分からない。それなら自分で買った方が遥かに安く済むだろう。そもそも以前美琴にお子様趣味はどうかと思うとか言ってなかったか。

 

(よ、良く分かんないけど白井さんはあのキャラが好きなのかな……?御坂さんの事言えなくない?)

 

 まだ一度しか面識のないツナには知る由もなかった。アレが御坂美琴が出品したものであるが故に黒子がこんな暴挙に出るなど。

 まさか雲雀恭弥のように学校の風紀を取り締まるはずの彼女が同性に猛烈な好意を抱き、肉体関係を迫る変態である事など。

 

 ツナには知る由もなかった。

 

****

 

 変な光景を見せられて改めて学園都市の異常性を確認したツナはまたインデックスを探し始める。正直オークションにはちょっと興味はあったが、元々の持ち金が大してない上に無能力者(レベル0)相当の奨学金しか支給されていない以上、無駄遣いはできない。高いものなんて買えないし、安そうなものは興味を惹かれない上、先程の黒子のような高額で買い取ろうとする者が現れては手の出しようがない。

 

 加えて言えばツナは優柔不断だから買うかどうか迷って結局買わずに時間だけ浪費してしまうだけなのが目に見えていた。

 ある意味インデックスを探していて良かったと思いつつ、周囲に人がいない事に違和感を覚える。そしてようやく人が見つかったのでインデックスを見ていないか聞いてみる事にした。

 

「あのーすみません、人を探してるんですけど……って、あれ?御坂さん?」

 

「……なっ!?ア、アンタが何でここに!?」

 

 どうやらツナは何処かの舞台裏らしき場所に迷い込んでしまったらしい。そこにいたのは白いドレスに身を包み、ヴァイオリンを持って演奏に臨もうとしていた御坂美琴がいたのだ。

 

「えっと、知り合いに招待されて……もしかしてここ、入っちゃ駄目な場所だった?」

 

「……そうよ。他の生徒や寮監なんかに因縁付けられる前に早く出た方が良いわよ」

 

 しかしここで美琴の頭にある疑問が浮かんだ。

 沢田綱吉がここにいるという事は彼を部屋に居候させているというあのツンツン頭の高校生もいるのではないかと美琴は思った。

 

「……まさかあの馬鹿も来てるわけ?」

 

「それって、当麻君の事だよね?一緒に来てるよ。はぐれちゃったけど」

 

「ハァ……あの馬鹿、人の発表を茶化しにでも来たの?慣れない衣装を笑いに来たの?」

 

 何故美琴がそんな事を聞くのかツナには分からなかった。しかし美琴のこの誤解だけは看過できない。彼女が上条をどう思っているのかは良く分からないが、これだけは言わずにいられなかった。

 

「当麻君はそんな事しないよ。真剣にやってる人を馬鹿にするような事はしない。絶対に」

 

 いつもの気弱そうでありながらもゾッとする程に真剣なツナの眼差しと言葉に美琴は思わず言葉を詰まらせた。

 流石にこの場にいない人物に対して言う事ではなかったという自覚はあったのかバツが悪そうな顔をして俯く。ツナはそんな美琴が纏う雰囲気から彼女の心情を直感した。

 

「……もしかして御坂さん、緊張してる?」

 

「っ!」

 

 なるほど。先程上条の事をあんな風に言っていたのは緊張からくるプレッシャーの捌け口が欲しかったのかもしれない。

 美琴は今日会った友人達の誰もが気付かなかった美琴の本心を見抜いたツナに驚く。目が「どうして分かったのか」と物語っている。

 

「俺も似たような経験はあるからさ……どうしても期待が重い事ってあるよね」

 

 ツナ自身、体育祭の棒倒しやマフィアランドでのカルカッサファミリーとの抗争など事ある毎に望んでもいない総大将の座に周りから祭り上げられてどうして良いか分からなくて逃げ出したくなる事は沢山あった。

 そんなツナにある種のシンパシーを感じたのか美琴はぽつりぽつりと愚痴をこぼし始めた。

 

「……そうよ。期待が重いのよ。決まった以上はやるけど、ヴァイオリンだってみんなの前で壇上に立って演奏できる程上手い自信も無いし、それなのに黒子も初春さんも佐天さんも寮監までドンドンハードル上げていくのよ。どこかでミスの一つでもしたら、私が恥かくだけじゃ済まないの。みんなガッカリする。()()()()()()のよ……」

 

 それを聞いてツナは少し己を恥じた。山本の自殺騒動の時とある意味近い。ツナの言う期待の重さと美琴の言う期待の重さは似てるかもしれないが、美琴のそれとの向き合い方はツナとは比べ物にならない正しい向き合い方だったからだ。

 

「……俺は御坂さんと違ってダメな奴だから、御坂さんがプレッシャーを感じてるのが分かっても実際に御坂さんの感じてるプレッシャーがどんなものかは分からない」

 

「ダメな奴って……そこまで自分を卑下しなくても良いんじゃないの?」

 

「あははは……」

 

 乾いた笑いしか返せない。

 

「俺は御坂さんと違って決まった以上はやるとか、失敗したらどうしようとか、知り合いがいるから緊張しちゃうとか、そんな凄い事した事も思った事もなくて、むしろ真っ先に逃げる方法なんて考えちゃうくらいで……死ぬ時になって後悔しちゃうような情けない奴なんだ……。どうせこうなるなら死ぬ気になってやっておけば良かったって……こんな事で死ぬの勿体ないなって……」

 

「話が飛躍し過ぎじゃない?死ぬ時がどうとかって」

 

 自然に死ぬ気弾を撃たれた時の事を語ってしまったが、これは出す言葉を間違えた。今回は美琴が寄せられた期待の重さに悩んでいるのであって、山本が自殺しようとした時とは違うのだ。

 

「へ、変な事言ってごめん!俺じゃ大した事言えないけど、その…頑張って!」

 

 かける言葉を間違えた事に気付いたツナは美琴に謝り、応援の言葉を告げてからその場を去ろうとする。

 

「待ちなさいよ」

 

 呼び止められて振り向けば美琴はどこかスッキリとした表情をしていた。

 

「ありがとね。気持ちを分かってくれる奴がいるだけで、大分楽になったわ。本音を吐き出せたし何とかなりそう」

 

 そしてツナが行こうとした方へと指を向け、そこから左を曲がるようにジェスチャーする。

 

「舞台裏の出口はそっちよ。他の人に見つからないようにね。色々と面倒な奴多いから」

 

「あ、うん。ありがとね御坂さん!じゃ!」

 

 去って行くツナの後ろ姿を見ながら美琴は自分で言った通り、のしかかっていたプレッシャーが胡散して気持ち的にはかなり楽になっているのを実感していた。緊張も大分(ほぐ)れている。

 

「死ぬ気でやる……ね。ヴァイオリンには全然結び付かない熱血系じゃない」

 

 でもツナが言った感じで気合いを入れるスタイルの方が美琴には合っているのかもしれない。ちょっとそう思った。

 

 今なら、自分なりにベストな演奏ができそうだ。

 

****

 

 美琴と別れた後、ツナは本来の目的であるインデックス捜索を続けていた。結局インデックスの事を聞きそびれてしまった。あんなにも緊張していた美琴がインデックスを見かけてもそれを覚えているとは思えないが。

 彼女が行きそうな場所で思い当たるのは食べ放題をしているらしい食堂くらいだが……。

 

「って、そうだ!パンフレット貰ったんだからこれで食堂の場所確認すれば良かったじゃん!」

 

 超直感があっても変な所でそれが役に立たないツナはようやくインデックスを探す上での最適解に辿り着いたのだった。

 

 一方その頃上条もまた迷子になったインデックスを探して常盤台の学生寮の中を彷徨い歩いていた。しかし闇雲に探してもあの無駄に行動力があってウロチョロする暴食シスターは捕まらない。ならばまず目撃証言を得なければ。

 そう思い、上条は近くにいる偶々目に付いた()()()()()()()に話しかけた。

 

「あのー、すみません……」

 

「あらぁ?何かし……ら……」

 

 上条が話しかけた常盤台生は上条を視界に入れた途端、目を丸くして黙り込んでしまった。やはり箱入りお嬢様にそこらの男が気安く話しかけるのは不味かったかと思いつつも、良く見れば周りに人は彼女しかいないので、まずは彼女にインデックスを見ていないか聞くしかない。

 

「お取り込み中すみません、実は一緒に来た連れとはぐれてしまって……こーんなちっこくて、白い修道服の女の子なんですけど見ていませんか?」

 

 金髪の常盤台生は暫く上条を呆然と見ていながらも話は聞いていたようで、何故か俯いてから上条の質問に答える。

 

「……ごめんなさい。見ていないわぁ」

 

「そうですか。じゃあ食堂が何処か教えて貰えませんか?多分そこにいるとは思うんですが、パンフレットをもう一人の連れが持ってて……」

 

「それなら、そこの階段を降りてから……」

 

 常盤台の生徒に食堂の場所を聞いた上条はその助言に従ってそこに向かう。すると既にツナがインデックスと合流していた。

 

「当麻君!インデックス見つけたよ!食堂にいた!」

 

「とうまー!どこ行ってたのー?」

 

「お!ツナ、見つけたのか!つーかインデックス、普通それはこっちの台詞だからな?お前はどうしてそう勝手に知らない所をウロチョロするわけ?」

 

「む!何かなその言い方!私はまいかのお料理を食べに行っただけだもん!」

 

「なんで匂いだけで辿り着けるの……」

 

 相変わらず食欲が最優先なインデックスに呆れていると、それは耳に届いた。

 

「ん?」

 

 ヴァイオリンの優雅な音色が心地良く聴こえてきた。

 

 

****

 

 盛夏祭の日程が終わり、帰り道にてツナは上条とインデックスに盛夏祭で見聞きした出来事について話していた。勿論、美琴が期待の重さに押し潰されそうになっていた事は伏せておいたが。

 因みにインデックスは聞いてない。お持ち帰りしたスイーツを歩きながらドカ食いしている。

 

「へぇ、ツナお前またビリビリに会ったのか。変な因縁付けられなかったか?」

 

「真っ先に聞く事それなの!?当麻君はいつも御坂さんとどういう会話してるの!?…って、そっか。喧嘩売られてるんだっけ……」

 

「そ。お前だって他人事じゃないからな?死ぬ気モード見られてるし、お前も勝負しろーって一緒に追い回されたんだから」

 

 上条としては美琴と鉢合わせしなくて珍しくラッキーと思っているのかもしれない。

 

「んじゃあのヴァイオリンの演奏はビリビリのだったのか。いつものガサツなとこからは想像できねーな。なんつーかちゃんとお嬢様してるっつーか……」

 

 散々な言われようである。上条から見た美琴はやたらめったらに喧嘩を売ってくるガラの悪い中学生程度の認識故だろう。

 しかしツナはあの演奏を聴いて全く別の事を思った。人前で弾ける程上手くないと自分で言っていたが、そんな事はない。

 

「俺、ヴァイオリンの事は良く分からないけど、聴いていて分かったんだ」

 

 碌にヴァイオリンの演奏など聴いた事のないツナでも心惹かれる演奏だった。もう一度聴きたいと思えるくらいには。

 

「みんなが御坂さんに期待したくなる気持ちが」




上条さんの場合は怒鳴られる事で緊張を吹き飛ばしたけど、ツナの場合は美琴の心情を察して自然な流れでのメンタルケアかな…と。

ランボがいればハチャメチャな内容にできたんだけどなぁ……。


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絶対能力進化計画編
電撃姫の妹来る!


上条さんのハルハルインタビュー書こうと思ったけど、異様に短かったので本編優先にしました。
絶対能力進化計画編です。この小説を構想したきっかけの話なので、なるべく完成度の高いものにしたいです。偶然にもその重要な章の始まりが27(ツナ)話ですし。

【悲報】今章、上条さん脇役。すいませんね。


 -8月20日

 

 沢田綱吉が学園都市に迷い込んでから大体一ヶ月が経とうとしていた。本日、ツナは上条の通う高校で上条の補習ついでに小萌先生による能力開発に関する講座を受けていた。

 

 インデックスと魔術のゴタゴタで7月の補習をサボった上条はある意味では自業自得と言えなくもないが、無理矢理学園都市の生徒にされたツナは不満タラタラである。

 

「良いですか沢田ちゃん!この街で研究されている能力の開発には『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』というものが不可欠でしてね……」

 

「でも俺能力開発なんて受ける気無いし……」

 

「それでも理事会は沢田ちゃんを学園都市から出す気はないのです。理不尽かもしれませんけど、そうなった以上、能力開発を受けなくてもこの街で暮らす為に必要な知識を勉強する必要があるのです!」

 

 因みに本来ならば学園都市にいるのに能力開発を受けないなど言語道断だが、学園都市側はツナが自分の意思でいる訳ではないのに無理矢理この街に置かれる事になってしまった点から本人の気持ちを尊重し、能力開発を拒否するのを良しとした……と建前上はそうなっている。

 

 学園都市上層部の思惑がどうであれ、それなら何故インデックスも学校に通わせないのかと少々に不満に思う。どう見てもツナと同年代な彼女だって本来なら学校に通わなければならない立場だろうに。

 

 補習と特別講習が終わり、上条とツナは帰路に就く。

 

「じゃあツナ、俺はちょっと青髪ピアスに借りてた漫画返しに行くから、また後でな。特売もあるしそん時に」

 

「あ、うん!」

 

 上条と別れてツナは一人で街中を歩く。とは言っても特にやる事もない。帰っても腹ペコシスターが今頃お腹を空かせているだけだ。下手すれば上条のように噛み付かれるかもしれない。

 しかしこうして一人になる時間があるのは少々嬉しい事だ。先日のアウレオルスとの戦い以来、ずっと考えていた事があり、今もその事について一人で考えたかったのだ。自販機の近くにあるベンチに腰掛けてあの日の事をツナは振り返る。

 

 この世界の全てをシミュレートする事で世界を意のままに操る錬金術、黄金錬成(アルス=マグナ)。その錬金術の一切がツナには効果を及ぼさなかった。

 この他にも色々と根拠は多々あるが、決め手となったのは黄金錬成(アルス=マグナ)だ。この事からツナがこれまで過ごした並盛町のある世界と学園都市の存在するこの世界が別世界なのではないかという疑いが生まれたのだ。

 

(……でも言える訳ないよ〜!違う世界から来たかもしれないなんて言ったらただの頭おかしい奴じゃん!!当麻君も絶対ドン引きするよ!!)

 

 同じ世界に存在する異能の力同士でありながら、科学的な産物である超能力は信じるものの、オカルトの塊である魔術の存在を上条は最初信じようとはしなかった。彼の持つ異能を打ち消す右手、幻想殺し(イマジンブレイカー)が反応した事でようやく半信半疑といったレベルだったのだ。

 ツナがこの仮説を証明できないのでは上条にも信じては貰えないだろう。そもそもツナ自身否定したい話なのだ。

 オカルトという意味ではインデックスに相談しようかとも考えたが、やはり証拠の一つでもなければ駄目だ。話す勇気もない。

 

 考え事ばかりしていたら、気温もあって暑いし喉も渇いた。ツナはすぐそばにある自販機に目を向けた。この街の自販機の飲み物は変なのばっかりだが、ヤシの実サイダーなるジュースはそこそこ美味いと誰かが言ってた気がする。丁度良いから一本購入してみよう。

 

 チャリン…と500円玉を投入する。しかし自販機は一向に動かない。試しにヤシの実サイダーのボタンを押してもジュースは出て来ない。返却レバーに手を掛けても小銭は戻って来ない。

 

「……んなーー!?もしかして壊れてるーー!?」

 

 小銭を入れてもウンともスンとも言わない自販機。ジュースも買えず、完全に金を呑まれた。何度ボタンを押そうが返却レバーを引こうが飲み物を買う事も金を取り戻す事も叶わない。

 

「不幸だ……」

 

 上条の口癖を極自然に言ってしまうツナ。元々の不幸体質の持ち主同士故にこの口癖も移ってしまったのかもしれない。

 そんな項垂れるツナに明るく声をかける人物がいた。

 

「ちょっとー?買わないなら退く退く。こちとら一刻も早く水分補給しないとやってらんないのよ」

 

「あれ?御坂さん?」

 

 ツナに話しかけてきた少女の名は御坂美琴。ツナが学園都市に来たその日に出会った人物であり、この街に七人しかいないという超能力者(レベル5)の一人だ。

 

「良くここで会うわねー。そんなにこの街の飲み物が珍しい?」

 

「いや、そういう訳じゃ…ちょっと今この自販機にお金を……」

 

「飲まれたの!?ねぇいくら飲まれたの!?笑わないから!!」

 

 何でもこの自販機は少々壊れているようでお金を入れてもそのまま呑まれる事で有名なんだとか。

 キラキラと期待の込められた眼差しに少々引きながらツナは答える。

 

「ご、500円だけど……」

 

「500円?……ああ、500円玉ね。ふーん……」

 

(な、なんだよその反応……!!)

 

 期待外れと言わんばかりに興味を無くした美琴。2000円札でも入れて大損すれば良かったのだろうか。とりあえず温厚なツナでもちょっとムカついた。

 それでも500円は無能力者(レベル0)相当の奨学金だけで上条と協力して生活をやりくりしなければならないツナにとっては重要な金だ。

 

「じゃあ私が取り返してやるわよ。現金じゃなくてジュースの方だけどね」

 

「へ?」

 

「ま、こいつには私も前に一万円呑まれちゃってね」

 

「自販機って一万円札は使えないんじゃ……」

 

 割と一般常識だが、その点を指摘された美琴は恥ずかしさからか顔を赤くする。そしてそれを誤魔化すかのようにトントン…と軽くジャンプしてから回し蹴りを自販機に叩き込んだ。

 

「ちぇいさーー!!」

 

(また蹴ったーー!!てゆーか、お金に困った生活してる訳でもないのになんでこんな事するかな……)

 

 自販機に蹴りをお見舞いしてその衝撃で出てくるジュースを失敬する。超能力者(レベル5)序列三位の美琴は一応この街の顔でもあるのだと以前黒子に散々聞かされたのだが、お世辞にもそうは見えない。だって素行が不良そのものじゃないか。てゆーか犯罪です。

 

(あれ……?超能力者(レベル5)ってのが凄いのは何となく分かるけど、それならなんで学園都市の看板って一位の人じゃなくて三位の御坂さんなんだ?)

 

 ツナの疑問など知らぬ美琴は盗品である缶ジュースを堂々と飲みながらツナに訝しげな視線を向ける。

 

「何ボサッとしてんのよ。今からアンタの500円分取り返してあげるわよ」

 

「まさかまた蹴るの?」

 

「ん?じゃあこうする?ってアレ……なんかいっぱいジュース出てきた。500円どころじゃないわね」

 

 美琴は自販機に触れて放電した。そしたら自販機がブルブルと振動し、モクモクと黒い煙を吐き出した後、ガラガラと缶ジュースの山が止まる事なく溢れ出してきた。

 そして鳴り響くのは大きな大きな警報音。

 その瞬間、ツナは一目散に逃げ出した。

 

「お、俺は関係ないからーーー!!」

 

「ちょっと待ちなさいよ!何逃げてんのよ!人が折角飲まれた金額分出してやったのにも〜っ!」

 

 明らかにそれを上回る量である。丁寧にそのジュース全てを抱えながらも美琴はツナを追い駆ける。

 結局ツナの体力が切れてしまい、近くのベンチにもたれかかる。そして美琴はタイミングを見計らってウインナーソーセージ珈琲を投げ渡した。キャッチできずに額に直撃した。

 

「ほら、元々アンタの取り分でしょ」

 

「俺、コーヒー飲めないんだけど……」

 

「しょうがないじゃない。ジュースの種類までは選べないんだから」

 

 違う。そこじゃない。そもそも受け取れば共犯者である。それから更に三本程別の飲み物を渡された。否、押し付けられた。

 

「けどせめて四本はアンタが持ってなさいよ。500円分」

 

(きなこ練乳……?想像しただけで気持ち悪い……)

 

 糖尿病待ったなしの悍ましい飲み物である。こんなものツナの友人のしとぴっちゃんことSHITT・P!しか飲まないだろう。

 

「ったく、アンタってば逃げ腰すぎんのよ。スキルアウトに襲われた時と言い、強いくせに弱いと思い込んでてバカを見る感じ?そんなんじゃアンタに助けられた私の立つ瀬がないじゃない」

 

 助けられたとはモスカと戦った時の事だろう。しかしアレは元々ツナが標的なのであり、美琴はその場にいたから巻き込まれただけだ。客観的には美琴が襲われた所を偶々居合わせたツナが助けたようにも見えるだろうが。

 

(……あれ?ここが本当に違う世界なら、何でモスカがいるんだ?いや、いるだけならともかくどうして俺を襲ってきたんだ……?)

 

「ちょっと!聞いてんの!?」

 

 思考の渦に入ろうとしていたが、美琴の強い呼びかけでハッとして話の続きをする。

 

「え…ああ!で、でも俺だって御坂さんには助けて貰ったし……」

 

「じゃあ受け取りなさい。恩人からの命令よ」

 

「んなっ!?」

 

 前から分かってはいたが割と横暴であるこのお嬢様。今だけはここに獄寺がいなくて良かったと思う。喧嘩になって大騒ぎになる事は必至だ。

 

「もっと堂々としてりゃ良いのよ。アンタもあの馬鹿も。あんだけ凄い発火能力(パイロキネシス)とか私の電撃をあっさり打ち消す能力とかあるんだからさ」

 

 あの馬鹿とは間違いなく上条の事だろう。打ち消す能力は幻想殺し(イマジンブレイカー)だ。

 

「アンタは戦闘用のロボット相手にあれだけ戦えるのにいっつも弱腰。そういうの見ると物申したくなる美琴さんなのよねー」

 

 美琴の物言いに対し、ツナはその考え方には共感できなかった。いつも弱腰なのは確かに自分でもどうかとは思うが、力がある事で威張り散らすような事をするのは違うのではないか。

 継承式の数日前に親友が言っていた事を思い出しながらツナは少しだけ反論を述べる。

 

「……そりゃあ、死ぬ気になればちょっとは喧嘩は強くなるよ」

 

 暴力に訴えるような生き方はツナにはできない。力のあるなしではなく、単にそういう性格なのだ。それをやってしまえばマフィアとして生きていくのと同じだ。

 

「でもこの先の人生、それを武器に生きていこうなんて思わない。そんなものなくたって、俺にはいざとなったら力を貸してくれる友達が沢山いるから。一緒に笑ってくれるみんながいるって……戦う力なんかより、ずっと素晴らしいものだって俺は思う」

 

 今はこうして学園都市に飛ばされた事で離れ離れになっているが、リボーンによって出会った仲間達はツナの生涯の誇りだ。みんなを守る為にならツナは死ぬ気になって戦う。だがそれ以外で戦う理由などないのだ。

 

「……それって、前に風紀委員(ジャッジメント)の支部で見た写真の人達?」

 

「うん。獄寺君や山本達は何があっても力を貸してくれるし、勿論俺だってみんなが困っていたら力を貸すよ。俺に何ができるかは分からないけどね」

 

 ツナの言い分に何か思う所があったのか、美琴は少しばかり後ろめたそうに、表情を暗くした。しかし気を紛らわせるように更に缶ジュースをツナに押し渡した。

 

「とにかくお飲み。私からのプレゼントなんてウチの後輩からすれば卒倒もんよ?」

 

「何それ?常盤台ってどんな学校なの……?」

 

「学校ってよりアイツよ。アンタも会った事あるでしょ?黒子。あの子だけいっつも…「お姉様ーーーー!!!」…げ、噂をすれば……」

 

 白井黒子の話題になろうとしたその瞬間に本人の声が聞こえてきた。というか笑顔で美琴に手を振って駆け寄って来た。

 

「自販機の警報を聞きつけて駆けつけてみればこんなところに……!!」

 

「あ、白井さん……」

 

 しかし黒子は美琴の隣にいるツナの存在を視界に収めると呆然と立ち尽くす。そして目に手を当てながら嘆き始める。嘆き弾を撃たれた訳でもないのに。

 

「ちょ!?どうしたのよアンタ!?」

 

「そんっ…な…!?まさか……お姉様が殿方と逢瀬をーーーー!!?」

 

「何言ってんのこの人ーーー!?」

 

「ちょっと待てーい!!」

 

 まさかの発言にツナと美琴のダブルツッコミが炸裂。すぐに黒子は凛とした表情となり、ツナの前に一瞬にして現れて、その手を握る。

 

「高速移動!?」

 

「ご機嫌よう沢田さん。改めまして、わたくしはお姉様の露払いをしておりますの。一応は顔見知りなので社交辞令としてご挨拶してさしあげます」

 

 笑顔で目の端に涙を溜めながら話す黒子だが、ツナの手を握る彼女の両手は決して弱くない力が込められており、今にもツナの手を握り潰したい衝動に駆られていた。それを理性で抑えられるだけマシだが。

 

(……それにしても、相変わらずパッとしませんわね。顔付きも女性的ですし、こんなのがお姉様と……あり得ませんわね)

 

 先程まで抱いていた疑念を早速溝に捨ててから、黒子に手を握られるツナの様子を観察する。あまり女性慣れしていないのか、ちょっと顔が赤くなっている。これは黒子自身が黙っていればそれなりの美少女である事も起因しているが、本人としてはどうでも良い。

 

「あらあら、この程度でドギマギしているようでは浮気性の危険がありましてよ?」

 

「んなっ!?」

 

「……アンタはこのへなちょこが私の彼氏に見えんのかーー!!」

 

「ひいぃぃぃぃっ!!」

 

 黒子の発言に顔を赤くしてキレた美琴が電撃を迸らせる。その電撃が彼女に届く前に黒子の姿はその場から消え、すぐ近くの街灯の上にまた姿を現した。その代わりにツナの眼前に電撃の柱が立ち、ツナがビビらされる。

 

「ですわよねー。おかしいとは思いましたの。お姉様がこのようなチキンのヘタレに心を奪われるはずありませんもの」

 

「コラー!降りて来なさーい!!」

 

 言われ放題のツナだが、今はそんな事は耳に入らない。一瞬で目の前から街灯の真上へと移動してのけた黒子に驚いていた。あれは死ぬ気の炎の推進力を使った時のような高速移動ではない。正真正銘の瞬間移動だ。

 

(これって、短距離瞬間移動(ショート・ワープ)……!?)

 

 復讐者(ヴィンディチェ)が使う夜の炎の特性である空間の移動。勿論細部に違いはあるだろうし、夜の炎よりかはいくらか劣るものであるだろうが、あれが白井黒子がこの学園都市で開発したという超能力なんだと超直感が告げていた。先程ツナの目の前に来たのもこの能力によるものだろう。

 

(夜の炎みたいな事までできるなんて……この街の超能力ってやっぱり凄いの……?)

 

 この街に来てから魔術関連ばかりに目が行っていたが、美琴の電撃といい、人工的な超能力も侮れない。使い方次第ではマフィアのトップクラスの連中とも十分に渡り合える。

 すると黒子は話題を切り替える事にしたのか再びツナの前に瞬間移動して本題に入る。

 

「それで沢田さん、貴方の知り合いの方々とは連絡はつきましたか?」

 

 黒子がツナに尋ねた内容……それは獄寺達についてだ。

 ツナ同様に学園都市のIDが発行されているにも関わらず未だ学園都市に姿を見せない獄寺達の事は黒子も気になっているのだ。

 

「あ、いや……最後に電話できたのが8月の最初の方で……それっきり繋がらなくて……一応こっちにIDが発行されてるって事は伝えたけど」

 

「では、まだこの街にいらしてはいない……という事ですね?」

 

 それから黒子は何かしらの携帯端末を取り出して記録を取る。そして端末に表示されたボンゴレファミリーの顔写真を見て眉を顰める。

 

「しっかし沢田さんのご学友と聞いてもいまいちしっくりきませんわね。こちらの爽やかそうな殿方はともかく、こちらの銀髪の殿方なんて不良そのものですの。きっと性格も粗暴で短気で暴力沙汰を起こすに決まってますの。未成年で喫煙してても驚きませんわ」

 

「アンタ会った事もない相手によくそこまで言えるわね…。しかもその友達を前に……」

 

(獄寺君については否定できないからなぁ……)

 

 というかピンポイントで正解している。なんだこいつ、見てたのかよ。

 

「でもお姉様、見てくださいまし。こちらの殿方なんてパイナップルみたいな髪型をして右眼に漢字のカラーコンタクト。あ〜痛々しい」

 

「「ブフッ!」」

 

 今度は骸への酷評が始まった。これには思わずツナも吹き出した。前々から骸の髪型についてはツナも気になっていた。未来では骸の弟子、フランが本人の前で「変態パイナッポー」とか抜かしていたのを覚えている。

 そして幾らかの確認を取った後、黒子はツナを値踏みするかのように見てまた美琴に視線を向ける。

 

(まぁ今回は丁度良いでしょう。殿方に関して全く免疫がないままだと後々碌でもない男に引っかかる恐れがあります。その点、あの完全に人畜無害なヘタレなら心配いらないでしょうし、ついでにそのヘタレ振りを見て、男性全般に幻滅してくださればお姉様はわたくしが慰め……)

 

 邪な妄想をしつつも、表面上はお嬢様らしくその場を後にしようとする。

 

「それでは、今日のところは失礼致しますが、くれぐれも過ちを犯しませんよう、お姉様?それでは」

 

 そしてまた空間移動(テレポート)の能力を使って黒子は去って行った。

 

「好き放題言って逃げたわね……。あ〜、なんかごめんね?友達の事、あんな風に言われたら良い気分しないでしょ?あの子、思い込んだら一直線なところあるから……。悪い奴じゃないのよ?」

 

「うん……。それは分かってる。………獄寺君の事は否定できないところあるし、骸は俺もちょっとそう思ったりしたから」

 

 獄寺に関しては美琴以上に黒子の方が喧嘩になるかもしれない。しかし改めて考えるとやはりこれは深刻な問題だ。仲間達もこの街に拉致される可能性がある以上、炎圧の感知にでも気を回しておくべきだろうか。ツナの感知の範囲内で彼らが死ぬ気の炎を使えばすぐ分かるようにはしておきたい。

 

 そんな事を考えていると黒子とは別の声が美琴を呼んだ。

 

「お姉様」

 

 黒子の他にも同じように美琴を慕う者がいるのかと思い、後ろを振り向いてみる。

 

「え……同じ顔?」

 

 新たにここに来た少女の姿は御坂美琴と瓜二つだった。パッと見で分かる違いと言えば美琴には無い大きなゴーグルの存在だ。しかし彼女は美琴に比べて無表情で感情に乏しい印象を受ける。

 

「妹です。と、ミサカは間髪入れずに答えます」

 

「あ、姉妹なんだ……。もしかして双子?」

 

 それにしてもそっくり過ぎやしないか。一卵性だとしてももっと分かりやすく外見の違いを作って見分けやすくするよう心掛けたりはしないのだろうか。

 

「先程、ミサカと同質の能力(ちから)を確認したので見に来たのですが、現場には壊れた自販機、大量のジュースを持つあなた達。……まさかお姉様が窃盗の片棒を担ぐとは……」

 

「違うからね!?俺は泥棒なんてしてないよ!!」

 

「ですがミサカの能力で自販機表面を計測した結果、最も新しい指紋は貴方のものでしたが」

 

「ウソォーー!!?」

 

「はい。嘘です。と、ミサカはそもそも貴方の指紋なんて知るはずもないと気付かない貴方の知能指数の低さに呆れます」

 

(この人、初対面で凄い毒吐くんだけど!!)

 

 初対面で早速良いように遊ばれているツナ。良いリアクションをしてくれるが故に弄りがいがある相手なのだと初見で見抜かれたようだ。

 御坂妹への対応に困っているツナは気付かない。美琴の醸し出す重く、張り詰めた雰囲気に。

 

「……よ」

 

「……どうして、アンタ一体!どうしてこんなところでブラブラしてんのよ!!」

 

「……御坂、さん?」

 

 何もかもがいきなり過ぎて部外者のツナには何故美琴が妹に怒鳴ったのかは分からない。妹の方は変わらず無表情で質問に答える。

 

「研修中です」

 

「……!!研……」

 

 明らかに美琴の雰囲気が先程までと変わった。少なくとも良いものではない。

 

「……ちょっとこっち来て」

 

「しかし、ミサカにもスケジュールが……」

 

「いいから、()()()()

 

 短い会話だった。美琴はそのまま妹の手を引いて去って行った。ツナはそれを見ている事しかできなかった。何かできたとしても姉妹の問題にツナが首を突っ込むのも間違っているだろう。

 

「……双子なのに、仲…悪いのかな?」

 

 何となく、ツナはあの二人が普通の姉妹ではないように思えた。

 あの姉妹の事を気にかけながら、ツナはふと先程座っていたベンチを見る。そこには美琴のせいで自販機から溢れ出してそのまま持って来てしまった缶ジュースの山があった。何度も言うが、これは盗品である。

 

「って、このジュースどうすれば良いのーーー!?」

 

 学園都市への拉致、魔術師との遭遇。モスカによる襲撃の末に喧嘩をふっかけられる。インデックスの迷子に振り回される。そして今こうして盗品について悩まされる。御坂美琴と会う日は彼女の意思に関係なく基本的には厄日なのかもしれない。ツナはそう思ったとか。




今章はできれば多めに感想が欲しいです。

フランが未来で骸を「変態パイナッポー」と呼んだくだりはドラマCDの話です。見落としてるだけで原作でも言ってるかもしれませんが、少なくともツナの前で言ったのはそこだけだと思います。


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妹の能力来る!

原作読み返して思ったけど、雲雀さんと骸の再戦が見たかったな。多分天野先生はあえてやらなかったんだろうけども。


「どうしよう、これ……重い……」

 

 ツナは美琴のせいで結果的に持ち逃げする事になってしまった缶ジュースの山を運びながら辟易していた。並盛中の通学鞄だけではしまい切れず、今にも崩れ落ちそうな状態でいくつも缶ジュースを抱えている。鞄も余計なものを入れる事になってしまい、重い。

 

(流石にリボーン程酷くはないけど、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだよ……。これやったの御坂さんじゃんか……)

 

 内心で美琴に対する不満を呟いても事態は何も好転しない。

 そうして歩いていると前方から何故かテニスボールが転がって来るが、運んでいるジュースに視線を集中させているツナは気付かない。そしてそのまま転がってきたテニスボールを踏み付けた事で身体のバランスを崩して転んでしまい、抱えていた缶ジュースの山もその辺にぶちまけてしまった。

 

「あだっ!!?」

 

 周囲の通行人達はそんなツナを見てクスクスと笑い、「やっちゃった」と呟く者もいた。ある意味普通の反応であるが、ツナは恥ずかしさと助けてくれる者がいない悲しさから少し泣きたくなった。

 獄寺や山本、了平ならば迷わず手伝ってくれただろうし、今世話になっている上条だって例え見知らぬ相手であろうとこんな状況はほっとかずに助けようとするだろう。

 

 それは甘えかもしれない。リボーンと出会うまでこんな状況は慣れっこだった。しかし今は違う。手を貸してくれる友達がちゃんといるのだ。

 だからこそ、誰も手を貸してくれないこの状況が余計に惨めに思えた。

 

「っ…!」

 

 周囲の人達から笑われながらツナは黙々と缶ジュースを拾い集める。

 

「必要ならば手を貸しますが。と、ミサカは溜め息まじりに提案します」

 

 ふと後ろからそんな言葉が聞こえてきた。振り向けば御坂美琴の妹がそこに立っていた。先程と違い、ゴーグルは外しており、手にぶら下げていたが無表情で感情に乏しい彼女は間違いなく、姉ではなく妹の方だった。

 

「君は……御坂さんの……」

 

「どうしますか?と、ミサカはハッキリしない貴方に問いかけます」

 

「あ…。じゃあその……お願い」

 

 折角助け舟を出してくれた厚意は無碍にできないし、ツナ自身誰かの助けを必要としていた。そして御坂妹はツナの前でしゃがみ込み、近くに落ちていた缶ジュースを拾う。

 

「ぶっ!」

 

 瞬間、ツナはのけぞりながら、微量だが鼻血を噴いた。目の前で御坂妹がしゃがみ込んだ際、不意に見えてしまったのだ。

 

 

 御坂妹のスカートの中が。

 

 

 縞パンだった。

 

 

「どうかしましたか?と、突然鼻血を出した貴方の症状は熱中症ではないかとミサカは推測します」

 

 首を傾げる御坂妹に対してツナは顔を真っ赤にして目を逸らす事しかできない。沢田綱吉はヘタレで小学生レベルにウブなのだ。

 

(ま、まともに目を見れない……!!)

 

「な、何でもないよ!その……手伝ってくれてありがとう!」

 

 御坂妹から目を逸らしながら礼を言って缶ジュースを掻き集めるツナ。それから御坂妹はジュースを運ぶ手伝いも申し出てくれた。

 缶ジュースを運ぶ為、両手をフリーにしなければならない御坂妹は外していたゴツいゴーグルを頭にかける。そのゴーグルがなんとなく気になったツナは思い切って尋ねてみる。

 

「そのゴーグルは何なの?」

 

「ミサカはお姉様と異なり、電子線や磁力線の流れを目で追う能力(スキル)が無いので、それらを視覚化するデバイスが必要なのです。と、ミサカは懇切丁寧に説明します」

 

「そ、そうなんだ…」

 

 相変わらずこの街の超能力についてはさっぱり分からない。まだインデックスによる魔術の説明の方が理解できる。理解度そのものにあまり差は無いが。

 超能力に関する話題から別の話にしたかったツナはそういえば御坂妹の名前を知らない事に気付いた。知らなければ美琴との呼び分けにも困る。

 

「君、名前は?」

 

「ミサカはミサカですが?」

 

「いや苗字じゃなくて名前の方……」

 

「10032号です」

 

「えぇ……?」

 

 何故かロボットみたいな番号で答えられた。無表情だが揶揄われているのだろうか。先程も淡々とした口調でおちょくられたばかりだ。それとも、単に教える気がないのか……。

 

(そっか……。御坂さんと友達だからって、自分まで仲良くする気はないって事なのかな……)

 

 御坂美琴がフレンドリーで誰に対しても近い距離感で接するとしても、姉妹でそれが同じとは限らない。

 御坂妹の考え方に物寂しさを覚えながらツナは上条の学生寮に辿り着く。

 するとツナの帰宅に合わせて見知った人物が清掃ロボの上に正座しながらすっ飛んで来た。清掃ロボを自家用車感覚で乗りこなす事にはツッコまない。初めて会った日に散々ツッコミを入れたから。

 

「おーい!沢田綱吉〜!」

 

「あれ、土御門さん?」

 

「だから舞夏でいいぞ。兄貴と同じ呼び方じゃ分かり辛いからな〜。今日はエアコン壊れたから兄貴の部屋に泊まりに来た。今晩は兄貴共々騒がしくなるけど堪忍な〜」

 

 土御門舞夏。上条の部屋の隣の住人であり、クラスメイトの土御門元春の義理の妹でメイドの育成学校に通っているらしい。

 

(やっぱり学園都市って変なところだよな……。超能力の開発してたりメイドの学校があったり……)

 

「時に沢田綱吉、その両手に抱えた戦利品は福引き大作戦か?上条当麻に比べて運があるように見える」

 

「えーと……、これはちょっと色々あって……」

 

 運があるならそもそもこんな盗品持ち運んではいない。

 

「それより上条当麻に伝えといて欲しい事があるぞ」

 

「当麻君に?」

 

「家出少女を匿うコツその1。都会なら平時は外をブラブラさせておいて、夜になったら回収という餌付け法が一番楽チン。あのシスター、部屋ん中でドタバタ騒ぎ過ぎだろ」

 

「あはは……」

 

 インデックスは見た目はツナと同年代に見えるが、実年齢はよく分からない上に性格は見た目以上に子供っぽい。小学校にも碌に通った事などないだろうし、そういった情操教育を受けていないのも本能に身を任せて動く理由なのかもしれない。

 

「……貴方の友人にはそういう趣味があるのですか?と、ミサカは少々真剣に尋ねてみます」

 

「そういうわけじゃないんだけど……」

 

 エレベーターで上条の部屋がある七階まで上がり、ツナと御坂妹はジュースを持って歩く。すると部屋の前でインデックスは何故か姫神と二人でコソコソと何かしていた。

 

「インデックスに……姫神さん?」

 

「あ!つなだ。おかえりなんだよ!」

 

「……ツナ君」

 

「ただいまインデックス。って、何してるの?」

 

 ツナの質問にインデックスは三毛猫のスフィンクスを抱き上げ、ツナの目の前に突き出して答える。

 

「スフィンクスがノミだらけだからとってあげてたんだよ」

 

「ノ、ノミーー!?じゃあ部屋中ノミだらけ!?もしかして当麻君が痒い痒い言ってたのって!?」

 

 ツナは特に身体に痒みを感じた覚えはないが、最近上条が身体中に痒みを訴えていたのはスフィンクスのノミが上条にひっついていたという事だ。

 

「大丈夫だよ、つな。とうまのノミもあとでとってあげるんだから!」

 

 そう言ってインデックスは大きな薬草を取り出す。既に嫌な予感しかしない。

 

「インデックス、それ…何?」

 

「“セージ”っていう薬草だよ。これに火を付けてスフィンクスの身体の中にいるノミを燻し出すの。あとでとうまにもやってあげるんだよ。つなもやっとく?」

 

「んなっ!?燻すって、そんな事したら火災報知機鳴るよ!それで怒られるの当麻君なんだよ!?」

 

 やはり少し自由奔放が過ぎる……というより常識が足りないらしい。因みに御坂妹はスフィンクスを見て少し顔を赤らめている。猫が好きなのだろうか。

 

「姫神さんも止めてよ……って何出してるのーーー!?」

 

 ツナは姫神に助けを求めて声をかけるも、姫神は姫神で懐からスプレー缶を取り出していた。どう見ても殺虫剤だ。

 

「魔法のスプレーと答えるしか」

 

「いや思いっきり科学の技術じゃん!てゆーか猫に殺虫剤吹きかけないでーー!!」

 

 殺虫剤にはピレスロイドという成分が含まれ、簡単に言えば猫や犬などにとっても毒なのだ。勿論毒性は低いがそれでも吹きかけて良いものではない。動物虐待になる。

 ここでスフィンクスに見惚れていた御坂妹が口を開く。

 

「その猫についての対処法ですが、要は薬物を使わずに猫の体表面からノミを落とせば良いのですね?と、ミサカは確認を取ります」

 

「そうだけど……どうやって?」

 

「こうやって。と、ミサカは即答します」

 

 御坂妹がスフィンクスに手を翳すと、すぐに効果は現れた。御坂妹の手から微弱な電気が流れ、スフィンクスの身体からポロポロとノミの死骸が零れ落ちた。御坂妹は能力による電磁波でノミだけを始末したのだ。

 

「特定周波数により、害虫のみを殺害しました。と、ミサカは報告します」

 

「電磁波……やっぱり姉妹なんだね。御坂さんと能力も似てる」

 

「お姉様には遠く及びません。お姉様のは超能力(レベル5)。ミサカの能力は異能力(レベル2)程度。良くても強能力(レベル3)相当ですから」

 

 そう言った御坂妹の声は少しだけ暗く感じた。

 

 御坂美琴はこの学園都市でも七人しかいない能力者の頂点、超能力者(レベル5)という存在だと聞いている。その双子の妹という事なら周囲からも何かと比較される事も多いだろう。美琴に対して相応のコンプレックスを抱いていてもおかしくない。

 

「ところでその女の子は誰?つなの友達?」

 

「あぁ、うん。今日知り合って友達になったんだ。ちょっと荷物運ぶのを手伝って貰って……」

 

「……ミサカと貴方は友達なのですか?と、ミサカは疑問を呈します」

 

「全否定!?」

 

 御坂妹はツナを友達と認識していなかった。あくまで姉の友達という認識だったようだ。いや、まさか姉の方もツナを友達とは思っていないのではなかろうか……。

 不安に思う中、御坂妹はノミに関しての対処法を挙げていく。

 

「室内の方は煙が出るタイプの殺虫剤を使えば簡単に駆除できるかと思います。と、ミサカは助言を与えておきます」

 

「あ、ありがとう……」

 

 そして御坂妹は運んできた缶ジュースを何故か縦に重ねて置く。淡々とノミの駆除をやってのける御坂妹に圧倒されてその事にツッコミを入れられない。

 

「それでは、用が済みましたからミサカはこれで」

 

「あ、あれこそクールビューティなんだよ!」

 

 インデックスが何やら興奮しているが、ツナはハッとして御坂妹を呼び止めた。

 

「待って!そ、その…ありがとね!ジュースの事やスフィンクスの事も……本当に助かったよ!」

 

「礼を言われる程の事ではありません。と、ミサカは暗に気にするなと告げます」

 

 去ろうとする御坂妹を呼び止めて礼を言うツナ。御坂妹は相変わらず無表情だが、それでもツナは続ける。

 

「それとさっきの事だけど、俺はとっくに君は友達だと思ってるよ!だから君も何かあったら相談して!俺にできる事があるなら力になりたいし、昼間の事も御坂さん……お姉さんと喧嘩してるならちゃんと仲直りした方が良いから!」

 

「………とても有難い言葉ではありますが、それには及びません」

 

 有難い言葉。それが友達である事を指しているのか、それとも美琴との仲直りの事を指しているのかは超直感が働かず、ツナには分からなかった。

 しかしそれが気にならなくなる程に衝撃的な言葉を御坂妹は口にした。

 

 

「お姉様にとって、ミサカは否定したい存在ですから」

 

 

「え……?」

 

「では」

 

 御坂妹の最後の一言に呆気に取られたツナは何も言えず、ペコリと頭を下げてから去って行く彼女の後ろ姿を眺める事しかできなかった。

 否定したい存在?実の姉妹でそんな言葉が出るのだろうか?能力で劣るらしい御坂妹が美琴にコンプレックスを抱くのなら分かるが、美琴が御坂妹に対してそんな感情を抱くだろうか?確かに昼間はどうにも妹に強く当たってはいたが。

 

 思考の渦に呑まれていると横からツナを呼ぶ声が何度も何度も聞こえてきた。

 

「ナ君。……ツナ君」

 

「……あれ?な、何?姫神さん?」

 

「やっと気付いた。……上条君は?」

 

「当麻君は青髪さんの下宿してるパン屋さんに……ってそうだ!特売!」

 

 姫神に上条の事を話題に出され、ツナはスーパーの特売の為の上条との待ち合わせを思い出す。インデックスと姫神に手伝って貰いながら缶ジュースを部屋に運び、そして慌てて上条が待っているであろうスーパーを目指して駆け出した。足の遅いツナでもまだ十分間に合う時間だ。

 

(そう言えば姫神さんって当麻君の事好きなのかな?)

 

 『三沢塾』での一件、思えばあの時上条が姫神に言っていた内容はまともに考えれば惚れてもおかしくはないようなものだった。

 それだけじゃない。初対面の人間にも手を差し伸べる優しさや誰にでも分け隔てなく接する事ができる器のデカさ。どれもこれまでツナが会った中で一番と言って良いかもしれない。

 上条は自分でモテないと公言しているが、実は自覚していないだけでそれなりにモテているのではないだろうか。少なくともダメツナと呼ばれる自分とは雲泥の差だろう。

 

 そんな事を考えながらツナはスーパーへと走った。

 

****

 

「当麻君ってさ、兄弟とかいる?」

 

 上条と合流し、スフィンクスとノミの件を話し、不幸だと上条が叫び、夕方の特売で本日の夕飯の食材を買った帰り道、ツナは上条にそんな質問をした。

 

「え?いや、いねぇけど……いきなりどうした?」

 

「さっき御坂さんとその妹さんに会ってさ。何だか御坂さんが妹さんにピリピリした態度だったから……俺も兄弟はいないから、兄弟喧嘩とか良く分からなくて……」

 

「成る程なぁ。ていうか、あいつ妹いたのか」

 

 上条には従妹はいるらしいが、特に喧嘩をした事はないらしい。これでは手詰まりだ。何の解決策も考え出せない。

 

 ランボやイーピン、フゥ太といった弟分や妹分はいるが、彼らが何かやらかしたら叱る事はあってもツナの性格上、幼い子供相手に喧嘩などできるわけもない。だから歳の近い兄弟がいないツナには兄弟喧嘩の感覚が分からないのだ。獄寺がランボと喧嘩しているところは何度も見ているが大抵ランボが泣かされて終わるので、ひでぇと思うだけで兄弟喧嘩への理解にはならない。リボーン曰く嵐と雷は兄弟みたいなものらしいが。

 

 上条にも兄弟はいないようだから、その辺はツナと同じだろう。かと言って一年前からの記憶しか持ち合わせていないインデックスにこんな事は聞けない。

 ツナの周りにいる兄弟姉妹も了平と京子は仲睦まじい兄妹であり、お互いが強い妹想いと兄想いだ。喧嘩などする訳がない。ビアンキと獄寺は色々と特殊ではあるが、ビアンキは腹違いでも獄寺の事を弟として彼女なりに最大限の愛情を注いでおり、獄寺はポイズンクッキング関連で強いトラウマこそ持っており、多少避けてはいるが、本気でビアンキを嫌ったりはしていない……はずだ。

 

 ヴァリアーには全てが気に喰わないという双子の兄を殺した感覚が忘れられなくてボンゴレに入ったという何処かの王子がいるが、流石にこんなものは参考にはならない。できるかそんなもん。実は生きていたらしいその双子の兄にツナは会った事が無い上、未来で結局XANXUSに殺されたと聞く。

 

 ツナの親友には幼い頃に妹を殺された人物がいるが、流石にそんな相手に兄弟喧嘩について聞く事はできない。

 

 つまりツナはまともな兄弟喧嘩などした事もなければ見た事もないのだ。そんなツナが御坂姉妹の喧嘩を上手く解決するなんて夢のまた夢なのだ。

 

『お姉様にとって、ミサカは否定したい存在ですから』

 

 あの一言がどうしても頭から離れない。血の繋がった兄弟姉妹でそんな言葉が出るとはどうしても思えないのだ。前述した王子は例外。

 

(本当に喧嘩してるなら、仲直りして欲しいけどな……)

 

 そんな風に考えながらツナは上条と共にお腹を空かせたインデックスの待つ部屋に帰宅した。

 

 

****

 

 

 深夜、学園都市の路地裏にて、()()は起こった。

 真っ白で眩い光が何処からともなく発せられ、その光が止むと同時に中学生くらいの人影が姿を現し、地面にべしゃりと落ちた。

 叩き付けられた痛みに悶えながら突然現れた銀髪の少年はフラフラと立ち上がる。

 

「くそっ!んだよここ……路地裏?」

 

 よろめきながら路地裏を出ると眼前に広がるのは都会の景色。並盛のような地方都市と比べると遥かに発展しており、渋谷や新宿などよりもあらゆる点が進んでいる街並みを見て、少年は確信を持つ。

 

「ここが学園都市か……!」

 

 その一言は暗に彼は学園都市の人間ではない事を示していた。

 

「まずはあの人を探さねえと!!待っていて下さい……!!」

 

 荷物を見て、紛失した物はないと確認する。

 少年は街中を警戒しながら歩き出す。全ては忠誠を誓い、生涯を共に生き抜くと決めたボスを見つける為。

 

「今行きます、10代目……!!」




並盛町ってアニメだと東京扱いだけど原作じゃハッキリとどの辺なのかは明言されてないんだよな。


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妹達来る!

思ったより長くなった。分けても良かったけど、タイトル的にどうしても今回のラストシーンで区切りたかった。そうしないと次回のタイトルにも影響出るので。


 -8月21日

 

 今日も今日とて上条の高校にて小萌先生から上条の補習ついでに学園都市の能力開発についての講習を受けるツナ。因みに今日は講習という事もあり、学園都市に来た日に着ていたレオン産の糸で作られた並盛中の制服を着ている。と言ってもちゃんとした学生服はこの一着のみで普段は上条から借りている私服と毎日交互に着回しているのだが。

 

「はあぁ…全然分からない……」

 

「それは沢田ちゃんが理解しようとしてないからなのですー!いくら能力開発する気がないからって、その姿勢はいただけないのです!」

 

(普通に分からないんだけど……)

 

 ツナの知能は同年代と比べて非常に低い。死ぬ気になった時の戦闘勘や戦闘センスなどはIQと直結しないのだ。なので小萌先生が丁寧に説明しても分からないものは分からないのだ。

 補習漬けで怠くなっている上条もヤケ糞気味に愚痴を溢す。

 

「小萌先生、別に無理に教えなくても良いんじゃないですか?授業聞いたからって能力(ちから)が付くわけでもないでしょー?」

 

「でもでも能力(ちから)が無いからって、諦めてしまっては伸びるものも伸びないのです!学園都市の第三位、常盤台中学の御坂美琴さんなんて、元は低能力者(レベル1)だったのに、頑張って頑張って超能力者(レベル5)まで上り詰めたんですよ?」

 

 御坂美琴の名前が出てツナは昨日の出来事を思い出す。学園都市でもトップの能力者である美琴とそれより遥かに劣るらしい双子の妹。

 その片割れは元々今の妹よりも劣る能力者だったというのが、どうにもピンと来ない。

 

「とにかく、能力開発を受ける受けないとかじゃなく、普通のお勉強にも言える事なのですよ上条ちゃん、沢田ちゃん!」

 

 それ以上におかしいと思ったのが、御坂美琴が努力して低能力者(レベル1)から超能力者(レベル5)になったのなら、同じ事をすれば少なくとも同系統の能力者なら同じ超能力者(レベル5)になれる人がそれなりの数出てくるはずだ。元々が美琴より高位の能力者ならば尚更だ。それなのに超能力者(レベル5)は学園都市にたったの七人で電気系の超能力者(レベル5)は御坂美琴ただ一人。

 

 勿論全員が全員そうなるわけではないだろう。努力したってした分報われるとは限らない。だからといって努力によって低能力者(レベル1)から超能力者(レベル5)に上り詰めた実例がある以上、同系統の能力者で同じ超能力者(レベル5)が一人もいないのは流石におかしくないか。

 

 電気系の能力者が超能力者(レベル5)に至る方法は確立されたも同然のはずなのに。

 

 そこが気になったツナは聞いてみる事にした。

 

「あの、小萌先生」

 

「何ですか沢田ちゃん?」

 

「じゃあなんで電気の能力者の超能力者(レベル5)って御坂さんしかいないんですか?」

 

****

 

 結局ツナが納得のいく回答は得られなかった。ツナが直感した指摘を聞いた小萌先生曰く、その点についてこれまで誰も考えた事もなかったらしい。詳しく調べてみるとは言っていたが、この街に黒い部分がある事は既に何となく分かっている。調べても分からず終いな気がした。

 

 魔術は元々才能のない人の為の力だとインデックスは言っていた。そして対する超能力は才能に依存する点が大きいらしい。

 

(って事は御坂さんは勿論努力はしたんだろうけど、超能力者(レベル5)ってのになれたのは才能によるところが大きいって事?……もう良いや、余計頭の中こんがらがってきそうだし……)

 

 考えても仕方のない事ではあるし、そもそも超能力に大した興味もないツナはこの考えを打ち切る事にした。

 今日は特売もないのでやる事は……昨日御坂妹に言われた殺虫剤くらいか。

 

(って、考えてれば御坂さんいたし……)

 

 下校中に上条と歩いていれば空を見上げる美琴が一人で黄昏ていた。あの様子ではまだ妹と仲直りできていないのだろう。上条も美琴に気付いたのか彼女を指さす事で軽くツナにジェスチャーして共に歩み寄る。どうやら普段攻撃されている事から一人で話しかけるのは嫌なようだ。それでも話しかけるのは昨日の御坂妹への礼を言いたいからだ。

 

「おっす。そっちも補習帰りか?ビリビリ中学生」

 

「……ああ、アンタ達か。ビリビリじゃなくて御坂美琴。今日は疲れてるし体力温存したいとこだからビリビリは勘弁していてやるわ」

 

「自分でビリビリ言ってんじゃん」

 

(……?)

 

 何だか美琴の雰囲気が昨日とはまた違うような気がする。何やら思い詰めているようだが……。

 

「そうだビリビリ、お前の妹に礼伝えといてくれよ」

 

 上条が何気なく言ったその一言に反応した美琴は血相を変えて上条に詰め寄った。

 

「アンタ達、あの子に会ったの!?」

 

「いや俺は直接会ったわけじゃねーけど、知らないところで色々助けて貰ったみたいでさ……。それをツナに聞いて……」

 

「ほ、ほら!昨日のジュース運ぶの手伝って貰ってさ……!」

 

「……そう」

 

 話題に出される事すら嫌なのだろうか。そこまで姉妹喧嘩が深刻化しているのは流石に不味いような気がする。

 上条も気不味いこの空気を何とかしたかったのか、空に浮かぶ飛行船とそのスクリーンに映し出される天気予報に話題を切り換える。

 

「おっ?明日の天気も晴れか」

 

「そういえばこの街の天気予報って100%当たるんだっけ?」

 

「ああ。ここんとこなんか調子悪いみてーだけどな。『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』だったか」

 

 ツナは以前上条に聞いた学園都市の天気予報について思い出し、上条はその天気予報を計測する機械の名前を出した。その瞬間、ツナはゾッとする程の深い負の感情を感じ取った。

 何より驚いたのが、その感情を発しているのが御坂美琴だったからだ。

 

「み、御坂さん……?」

 

「私、あの飛行船って嫌いなのよね」

 

「え?どうして……?」

 

「機械が決めた政策に、人間が従っているからよ」

 

 それだけ言って美琴はその場を後にした。最後のあの意味深な台詞は何だったのか。人間が機械の言いなりになっている……という事だろうか。

 

「何だったんだあいつ?ま、今日はビリビリされないだけでも幸運かな」

 

 歩いて行く御坂美琴の後ろ姿を見て上条は呟く。

 だが何故かツナはその後ろ姿に……自分の命を犠牲にした10年後のユニの面影を見た。

 ただそれは平和を作り出そうとしたユニと違い、何かに押し潰されそうになっているように見えた。

 

「じゃ、俺はホームセンター行って殺虫剤買ってくる。ノミを何とかしないとな」

 

 昨日の御坂妹の助言に従い、煙を出すタイプの殺虫剤を買い求めて上条も一旦別れる。ツナ一人がポツンとその場に残された。ツナは美琴が去って行った方向に目を向ける。

 

(何だろう……凄く嫌な予感がする。放っておいたら取り返しがつかなくなるような……)

 

 しかし後を追うのも気が引ける。ストーカー呼ばわりされて電撃を受けるなどまっぴらだ。

 結局ツナはさっさと帰る事にした。殺虫剤は上条が買ってくると言っていたので部屋で待っていれば良いだろう。

 

「はぁ……リボーンがいたら気になるなら追えとか言われて死ぬ気弾撃たれてもっと酷い事になってただろうな……」

 

 パンツ一丁で女の子を追い駆ける。どう見ても変態だ。そんな最悪な末路を想像していると今度は別の問題に直面した。

 御坂妹が黒い子猫の前でしゃがみ込み、蒸しパンを片手に千切った欠片を子猫に近付けようとしていた。

 

(なんか昨日から御坂さん達によく遭遇するなぁ……)

 

 しかしふと気になった。御坂妹は蒸しパンを持って子猫の前にいるが、微動だにしないのだ。

 

「それ、あげないの?」

 

 思わずツナは話しかけていた。御坂妹はジッとツナを見た。

 

「貴方は昨日の……」

 

「ああ、自己紹介まだだったね。俺は沢田綱吉」

 

「いえ、昨日のメイドさんとの会話で貴方の名前は存じています。と、ミサカは事実確認を取ります」

 

「あ、そう……」

 

 相変わらず独特な口調だ。何処となく暗いし、やはり姉である美琴とは仲直りできていないらしい。

 

「先程の質問ですが、与えていません。と、ミサカは答えます」

 

「ああ、これからあげるんだね。それじゃ俺はこれで……」

 

 猫に餌をあげるのが好きなら邪魔しちゃ悪いと思い、ツナは帰ろうとする。しかし他ならぬ御坂妹が待ったをかけた。

 

「待ちなさい。と、ミサカは静止を促します」

 

「へ?」

 

「聞きなさい。ここに一匹の猫がいます。このお腹を空かせた黒猫を前に何も与えずに去るのはどういうつもりか。と、ミサカは聞いています」

 

(なんか凄く嫌な奴みたいに言われたーー!!)

 

 そんな風に言われたら罪悪感が半端ない。しかしその猫に関しては目の前にいる……というか発言した張本人がどうにかしようとしているではないか。

 

「えっと……君が今から餌をあげようとしてるんじゃないの?」

 

「この猫にミサカが餌を与える事は不可能でしょう。と、ミサカは結論付けます」

 

「えっ?どうして?」

 

「ミサカには一つ、致命的な欠陥がありますから。と、補足説明します」

 

「欠陥って……物じゃないんだから」

 

「いえ、欠陥で適切です。ミサカの身体は常に微弱な磁場を形成します。と、ミサカは説明します。人体には感知できませんが、動物には感知できるのです」

 

 そう言って指一本を近付けただけで黒猫はビクンと身体を反応させて縮こまってしまった。

 

「そ、そうだったんだ……。じゃあ動物に嫌われちゃうの?」

 

「嫌われているのではありません。苦手だと思われているのです。と、ミサカは訂正を求めます」

 

(あ、地雷……)

 

 目に見えて落ち込んでいる。しかしこれで御坂妹の言いたい事が大体分かった。猫ならナッツやスフィンクスで慣れている。流石に犬は未だにチワワすら怖いから無理だが。

 

「そっか。じゃあ俺が代わりにその餌を猫にあげれば良いんだね?」

 

「そうではなく、どうして拾おうとは考えないのですか?と、再度問いかけます。保健所に回収された動物がどのような扱いを受けるか知っていますか?と、ミサカは例え話をしましょう。まず透明な…「ちょ!やめて!嫌な想像させないで!!」」

 

 早い話が飼えという事だ。

 

「いきなりそんな事言われたって今俺がいるところ、ペット禁止だし……」

 

「昨日は三毛猫を飼っているようでしたが?」

 

「それはインデックスが無理矢理……」

 

「………」

 

 何考えてんだか分からないハイライトの無い目でガン見してくる御坂妹。そんな目で見つめられては断りたくても断れないのが沢田綱吉である。

 

「……じゃ、じゃあ今お世話になってる人に相談はしてみるよ。でも元々ペット禁止の所だし、居候の俺じゃそんな事決められないからね?」

 

 流石に上条に断りを入れずにそんな事はできない。というか先日も上条が散々駄目だと言ったにも関わらずインデックスはスフィンクスを勝手に飼い始めたのだ。きっと上条を困らせてしまうだけだろう。

 

「……まぁ、今はそれで良いでしょう。と、ミサカはチョロい癖に使えねえと嘆息しつつ、本音を隠します」

 

「隠せてないんだけどーー!?」

 

 とにかく事情を上条に説明してその上で上条から御坂妹にこの黒猫を飼えない事を話して貰うしかないだろう。しかし御坂妹は電磁波のせいで動物に近付けないらしい。

 

「ノミに関しては三毛猫同様に先程落としておきました。と、ミサカは先に逃げ道を潰しておきます」

 

(俺に頼むって事は常盤台って学校の寮も猫は飼えないんだよな?小萌先生に頼むのも悪いし、当麻君に話した後どうしよう……?)

 

「はぁ……不幸だ」

 

 この猫をどうするかを決める為にもツナは黒猫を抱えて歩き出す。御坂妹はツナが途中で猫を捨てないか見張る為なのか、普通に着いてきた。

 

「でもどうしてこの猫捨てられてたんだろう…。スフィンクスもそうだけど」

 

「みゃー」

 

「何故鳴いているのですか?と、ミサカは問いかけます」

 

「うーん、お腹空いてるんじゃないかな?そのパンもあげられてないんでしょ?」

 

「ですが、餌をあげる事は不可能だとミサカは再度答えます」

 

 取り敢えず、目下は黒猫の空腹を何とかしないといけないようだ。ツナは少し考え、両手で猫の脇の下を持ち、猫の体勢を固定してみた。

 

「とりあえずあげてみてよ。ちょっと可哀想かもしれないけど、固定しとけば電磁波に反応しても避けたりはできないし……」

 

「ですが……」

 

「ものは試しって言うじゃない?」

 

 少し困ったような笑顔で言うツナ。御坂妹は渋々蒸しパンを少し千切って黒猫の口元に近付ける。そして黒猫は御坂妹が指で摘むパンの欠片の匂いを嗅いでからパクりとそれを食べた。

 

「!」

 

「食べた!良かった!」

 

 戸惑う御坂妹と喜ぶツナ。黒猫は御坂妹の指先をペロペロと舐める。まるで彼女から発せられる電磁波など気にしていないかのように。

 

「……これは?」

 

「餌をくれた君が好きになったんじゃないかな?電磁波でびっくりしてもだんだん気にしなくなるのかも……」

 

「気に…しなく……?」

 

 何か思うところがあるのか御坂妹はジッと黒猫を見つめる。そしてツナはふと気付く。

 

「この猫の名前どうしよっか?この猫を助けようとしたのは君だし、君が付けるのが良いと思うけど」

 

「名前……ミサカが……」

 

 御坂妹は数秒間考え込むと驚きの名を口にした。

 

「ではミサカはこの黒猫に“いぬ”と命名します」

 

「何でーー!?」

 

 別の動物の名前である。センス云々以前の問題じゃなかろうか。いや三毛猫に“スフィンクス”も大概だが。

 

「猫なのに、いぬ……ふふ」

 

「笑うポイントそこなの……!?もうちょっと良い名前があるんじゃないかな?」

 

「威厳のある名前が良いという事でしょうか?」

 

「そう…なのかな?」

 

「では、沢田家康…と」

 

「だから何でーーー!?」

 

 沢田家康。ツナの先祖であるボンゴレⅠ世(プリーモ)、本名ジョットが日本に帰化して改名した名前である。

 まさかの名前が出てよりにもよって猫に付けられるという事実に愕然とするツナ。御坂妹はちょっと誇らしげに命名の理由を述べ始める。

 

「最初は威厳という意味では徳川家康にしようかと考えましたが、沢田綱吉という人物が飼う以上、同じ苗字にするべきであり、徳川の将軍の名前繋がりでも丁度良いとミサカはドヤ顔を抑えつつ、胸を張ります」

 

 確かに物凄い威厳のある名前ではあるが、それは色々と不味い。猫へのその名前の命名を許容した事がリボーンに知られたらまたネッチョリとスパルタ指導が待っているだろう。

 

「そ、それはちょっと……一応俺のひいひい……いくつだっけ。とにかくご先祖様の名前だからさ」

 

「残念です。と、ミサカは案外心の狭い貴方への不満を抑えつつ、命名を諦めます」

 

(結構堂々と嫌味言うよこの子!顔は同じでも御坂さんと全然性格違うし!!)

 

 双子の姉と妹でどうしてこうも違うのか。センスも趣味嗜好も全然違うようだ。それでもどちらにも強く苦手意識を持ってしまうのは何故なんだか。

 

「ところで、何処に行くのですか?昨日ジュースを運んだ時と道順が異なります。と、ミサカは指摘します」

 

「確か向こうの方に風紀委員(ジャッジメント)の支部ってところがあったでしょ?そこで白井さんとかにこの猫の新しい飼い主を探せないか相談してみようかと思って。次の飼い主が見つかるまでの期限付きなら当麻君もOKしてくれるかもしれないし」

 

「白井さん?」

 

「うん。同じ学校に通ってるでしょ?御坂さん…お姉さんと仲良くて風紀委員(ジャッジメント)の人。御坂さんと双子なら……君の後輩かな?御坂さん繋がりで会った事あるでしょ?」

 

「いえ、面識はないので存じ上げません。と、ミサカはバッサリ言ってみます」

 

「え?」

 

 同じ学校に通っていてもお互いを知らないなど別に珍しくもないが、姉である美琴を介しててっきり知り合っているものだと思ったが。

 

「それから、この時間ではもう風紀委員(ジャッジメント)の支部は閉まっています。と、ミサカは補足します」

 

「えっ!?今やってないの!?」

 

 しかし明日も上条の補習と一緒に講習がある。それが終わってから支部を訪ねても閉まっているだろう。

 

(とにかく当麻君に相談してみよう……。もしかしたら当麻君の知り合いとかなら飼えるかもしれないし……)

 

「お、俺ちょっとさっき言った今お世話になってる人に電話してみるね!その間この猫お願い!」

 

 ツナは御坂妹に子猫を押し渡して、距離を取って携帯電話を取り出して上条へと連絡する。そんなツナの後ろ姿を眺めながら御坂妹は溜め息を吐いた。

 

「ミサカでは電磁波のせいで子猫が……と、ミサカは……」

 

 電磁波の事を忘れたのかと呆れる御坂妹。しかし抱き抱える黒猫の様子はそれ程御坂妹を嫌がっていない。先程指を舐めたように、顔を御坂妹の腕にスリスリさせるくらいだ。

 

「………本当に、気にしないのですか?」

 

 黒猫を見てそう呟く御坂妹。しかし次の瞬間、まるで固まったかのように身体が停止した。そして車道の向こう側の路地裏に二つの人影が入って行くのを目撃する。

 

「……確認しました。これより、10031、10032号共、所定の行動に入ります」

 

 そう言って黒猫を足元に置き、餌の蒸しパンをその前に置くと上条に電話するツナを背にその場を後にした。

 

 

 

「……うん、分かった。じゃあ今日一旦連れて帰るね。ごめんね、こんな我儘言って。ありがとう。それじゃ」

 

 上条は最初ペット禁止の寮にまた猫を連れ込む事に難色を示したが、事の経緯を説明すると渋々期限付きで了承してくれた。明日からは今回の子猫の新しい飼い主になれる人間を探す事になった。

 上条はインデックスと違い、滅多に我儘など言わないツナの頼みなら……という事でも了承したのだ。

 

「ごめん、いきなり……その猫を連れて帰る許可は貰ったから……あれ?」

 

 電話を切って振り向くとそこにはもう御坂妹はいなかった。御坂妹がいたはずの場所には蒸しパンを食べる黒猫だけ。

 

「……何処、行っちゃったんだろう?」

 

 帰った……とは考え辛い。あれだけ捨て猫を飼う事を強要してきた彼女が猫を途中で放り出して先に帰るとは思えない。

 ()()()猛烈に嫌な予感がしたツナは蒸しパンとそれを食べる猫を拾い、抱き抱えながら走り出した。

 

 それから15分程ツナは御坂妹を探して近場を走った。そして建物の隙間……路地裏の入り口の前を通ろうとした時、ここに行くべきだと超直感が告げた。

 

 不良に出くわさないかビクビクしながらツナは御坂妹を探す。ふと、足に何かぶつかる。

 

「な、何だ……!?」

 

 常盤台中学のものと思われるローファーが落ちていた。御坂妹のものだろうか。履いている靴を落とすなど普通はあり得ないが、それ以上におかしな点があった。

 

 血がベットリと付着していた。

 

「え……!?」

 

 ツナは血相を変えて再び走り出した。

 路地裏の奥へとその足を運び、目の当たりにしたのは……

 

 血達磨になって倒れ伏す、御坂妹だった。

 

「し、しっかりして!」

 

 ツナは迷わず駆け寄って御坂妹に呼び掛ける。まるで血管が破裂したかのように全身から血が噴き出た後だと分かってしまう。助かるような傷でない事も。いや、もう既に……

 

(酷い…!誰がこんな事を……!?)

 

「きゅ、救急車……」

 

 震える手で携帯電話を開き、119番へと通報しようとする。

 

「その必要はありませんよ。と、ミサカは巻き込んでしまった貴方の手を止めます」

 

 背後から物凄く聞き覚えのある声が聞こえた。というか、今探していた人物の声だ。しかしそれは目の前で倒れている人物。一体どういう事なのか。ツナは恐る恐る振り返る。

 

「え……?」

 

 そこには目の前で血達磨になって倒れているはずの御坂妹がいた。いや、目の前に御坂妹が二人いるのだ。ツナの前で無傷で立つ者と、血塗れで横たわる者が。無傷で立つ方は大きな黒い袋を持っている。

 

「申し訳ありません。作業を終えたら戻る予定だったのですが。と、ミサカは初めに謝罪しておきます」

 

「え……嘘。え……?げ、幻覚……?」

 

 ツナは真っ先に術士の仕業かと疑った。しかし霧の炎も砂漠の炎も感じない。何より超直感が目の前のコレは現実だと告げていた。

 

「いえ、ミサカはここに実在します。と、ミサカは錯乱している貴方に説明します」

 

「ど、どうなってるの……?君は本物なの?こっちにいるこの子は一体……いや、正体がどうとかじゃなくてこのままじゃ……」

 

「そのミサカは既に死んでいます。と、ミサカは報告します」

 

 ストンと何かが落ちたような気がした。必死に目を背けた事を直視させられた。

 

「回収するのでそのミサカの前から退いて下さい。と、ミサカは暗に邪魔だと告げます」

 

「一体……何をしてるの?そのミサカって何?」

 

「……念の為、パスの確認を取ります。と、ミサカは有言実行します」

 

 それから御坂妹は何かのパスワードと思われる英字と数字の羅列を口にする。ツナは錯乱状態である事と、いきなり訳の分からない事を言われた事でそのパスワードとやらを聞き取る事もできない。

 

「今のパスをレコードできない時点で貴方は実験の関係者ではなさそうですね。と、ミサカは確認します」

 

 そう言うと御坂妹はツナを押し退けて持っていた黒い寝袋にもう一人の御坂妹の遺体を収納し始める。その光景に呆気に取られていたツナだが本当の驚きと衝撃はここからだった。

 

「血痕の除去はミサカが担当します」

 

「戦闘の痕跡はミサカが……」

 

 ぞろぞろと御坂妹が一人、また一人と姿を現し、周囲の掃除を始めた。ツナはあまりの光景に何も言えなくなってしまう。

 

「……!!」

 

 一通りの作業が終わってから、御坂妹達はツナの前に並び立つ。

 

「黒猫を置き去りにした事については謝罪します。と、ミサカは告げます」

 

「ですが無用な争いに動物を巻き込む事は気が引けました。と、ミサカは弁解します」

 

「どうやら本実験のせいで無用な心配をかけてしまったようですね。と、ミサカは謝罪します」

 

 そして御坂妹の一人が入っている黒い寝袋を抱えた御坂妹が代表してツナの前に立った。

 

「貴方が今日まで接してきたミサカは検体番号(シリアルナンバー)10032号。つまりこのミサカです」

 

 10032号。昨日ツナが御坂妹に名前を尋ねた時、そう言っていた。あの質問にそう答えたのは本当に10032号が彼女個人の名前だったから。

 

「ミサカ達は電気を操る能力を応用し、互いの脳波をリンクさせています。他のミサカは10032号の記憶を共有させているに過ぎません。と、ミサカは追加説明します」

 

 御坂妹の説明はステイルの錬金術の説明よりもずっとすんなりツナの頭の中に入ってくる。言っている事が何となくでも理解できてしまう自分が嫌だ。

 

「き、君達は……一体何者なの?」

 

「学園都市で七人しかいない超能力者(レベル5)御坂美琴(おねえさま)の量産軍用モデルとして製造された体細胞クローン、『妹達(シスターズ)』ですよ。と、ミサカは答えます」



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怒涛の嵐来る!

「と〜う〜ま〜!お腹減ったって言ってるんだよ!どうしてまだご飯が食べられないのかな!?」

 

「仕方ないだろ!貴女の連れ込んだ猫にひっついてたノミを駆除しなきゃいけないんだから!」

 

 昨日ツナとインデックスが御坂妹に聞いたという煙タイプの殺虫剤を使い、部屋に巣食うノミの駆除を試みた上条。しかし煙を出すタイプという事は部屋を密室にした上で暫く入れなくなる。

 そんな訳でインデックスは夕飯を食べるのが遅れてご立腹なのだ。因みに外食という選択肢はない。この暴食シスターがどれだけ家計を圧迫するか分かったものではない。

 

「だったら晩ご飯食べてからでも良かったと思うんだよ!」

 

「早めに駆除した方が良いだろ!それにまだツナが帰って来てないんだから先に食べるわけにもいかねーだろ!!」

 

 煙を出すタイプの殺虫剤という事は使用前に部屋の中をそれなりに片付け、新聞紙で家具の一部を包むなどしたり、使用後の換気や諸々の後始末を要する。それが全て終わってようやくインデックスは夕飯へとありつけるのだ。

 

 それらの事を一から懇切丁寧に説明し、上条はそもそもの原因について語る。夕飯の時間が遅くなると聞いたインデックスの目が非常にギラついている事に気付かずに。

 

「分かりましたかインデックスさん?そもそも野良猫だったスフィンクスを飼いたいって我儘言った結果、部屋にノミが散ったんですからそれくらいの我慢は……」

 

 お説教は途中から聞き飛ばし、空腹の我慢の限界を迎え、ガブリとインデックスが上条の頭部に噛み付いた。

 

「んぎゃああっ!!不幸だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

****

 

 夕暮れの光が眩しく輝く中、一人の少年が歩道橋の階段に腰掛けていた。手に握る携帯電話の画面は真っ暗だ。

 

「くそっ!全然見つからねー!電話しようにもケータイの充電切れてやがるし……!!」

 

 ガラの悪い銀髪の少年、獄寺隼人がこの学園都市に来てから大体一日が経とうとしていた。少年はある人物を探す為にこの学園都市に来た。

 その人物は獄寺にとって生涯仕えるべきボスであり、かけがえのない親友でもある。というかツナだ。

 

(……不貞腐れても10代目は見つからねー。連絡が取れねー以上は地道に歩いて探すしかねぇ!!)

 

 この街の人間の手を借りるという選択肢は最初から無かった。件の人物はそもそもこの街の人間に拉致されたのだ。そんな奴らに近しい者達に頼るなど言語道断だ。信用できるわけがない。

 

 この街の至るところにある地図を見る限り、ここは第七学区と呼ばれる区域のようだ。リボーンから聞いたツナが身を置いているという場所も第七学区。つまりツナはこの近辺にいるはずなのだ。

 

 立ち上がり、もう一度一からこの街をしらみ潰しにツナを探す。山本達がいつこちらに来れるかは分からない。どっち道獄寺は単独でツナを探すしかないのだ。

 獄寺は街を見渡しながらツナの姿はないかと探して歩く。そして前方から来たガラの悪い男とすれ違うと同時に肩がぶつかる。獄寺はそれには気にも留めずに行こうとする。しかし向こうは違った。

 

「おうコラ、ぶつかっといて詫びも無しか」

 

 そのまま行こうとする獄寺の肩を掴み、ガンを飛ばして因縁を付ける不良。

 

「あぁ?てめーらなんかに構ってる暇はねぇんだ。とっとと失せろ」

 

 それに対して獄寺はこんな不良に微塵も興味がない事から適当にあしらおうとする。しかし狙い澄ましたかのように獄寺と不良の周囲を同じような不良が取り囲む。これは確実に狙ってやった事のようだ。わざとぶつかり、当たり屋のように因縁を付けて金をせしめようという腹だろう。

 

「場所を変えようぜ。誂え向きの場所があんだ」

 

 下手に騒ぎを起こせばツナを探すのも遅れる。獄寺は舌打ちをしながらもすぐに終わらせるべく、囲んできた不良達に付いて行く事にした。

 そして連れて来られた場所は何処かの廃工場のような空き地であった。

 

 不良達はニヤついて鉄パイプなどの廃材を手にする。しかし中には何故か素手の者もいる。

 

「この辺には監視カメラはねぇからよ。ここに連れ込みゃボコり放題で金もむしり放題って訳だ」

 

 向こうはリンチでもしてくるつもりか。しかし獄寺は多対一など何度も経験している。

 こうなったらツナ捜索を再開するには速攻で倒すしかない。獄寺は懐から数本のダイナマイトを取り出そうとポケットに手を入れる。

 

「俺にやらせてくれよ。丁度的になる奴が欲しかったんだ」

 

 そう言って集団の中から前に出て来るのは素手の不良。獄寺はまずこいつを片付けようとダイナマイトを出そうとし、その前に素手だった不良の掌から野球ボールサイズの炎の球が現れた。

 

「っ!?……何だそりゃ」

 

「見りゃ分かんだろ、俺は強能力(レベル3)発火能力者(パイロキネシスト)だ!!」

 

 明らかにライターなどで出した炎ではない。間違いなくあの手から出ている。かと言って死ぬ気の炎ではない。自然界に存在する普通の炎だ。

 ここで獄寺は思い出す。リボーンがツナから聞いたという情報。この学園都市がどういう所なのかを。

 

(これが人工的に開発されたっていう超能力か!!)

 

 不良は獄寺に掌を向け、能力で出した炎をまるでボールを投げつけるかのように発射した。

 だがただの炎だ。獄寺達マフィア関係者が使う死ぬ気の炎に比べれば大した事はない。速度も威力も、死ぬ気の炎に遠く及ばない。

 獄寺は能力そのものには驚きつつも、軽く身を捻るだけで飛んで来た火球を躱し、都合良くそれを利用して導火線に着火させた。そしてそのまま駆け出して発火能力者(パイロキネシスト)だという不良に向かっていく。普通の中学生とは到底思えないような速度で。 

 

「なんっ…」

 

 手前の発火能力者(パイロキネシスト)を通り抜け、更にはその後ろにいた不良達の背後にまで辿り着き、足を止める獄寺。

 

 しかし不良達の視線はそんな獄寺には向いておらず、手前にいた発火能力者(パイロキネシスト)の周囲……そこに放られた数本のダイナマイトに向けられていた。

 

「ボムスプレッズ」

 

 すれ違い様にダイナマイトを敵の周囲に放り、逃げ道を与えずに爆破する技。かつてリボーンとの強化プログラムにて身に付けたスピードと柔軟性を活かした技だ。尤も、このスピードの要因はそれだけではないのだが。

 雲雀にトンファーの回転で防御された時とは違い、それを反省点として導火線を限りなく短くし、防御する暇をも与えないように改良してある。少しでも相手に投げるのが遅れれば自滅しかねないやり方だ。

 

「は…?」

 

 周囲に散りばめられたダイナマイトを見て目を丸く、そして顔を青くする不良。獄寺は冷めた表情でタバコを咥え、お決まりの台詞で締める。

 

「果てな」

 

 ドガン、と凄まじい爆発音が響いた。

 

 不良の一人の周囲に配置されたダイナマイトが一斉爆破し、不良は爆発に包まれて気絶する。発火能力者(パイロキネシスト)という事で熱や火に耐性はあるのだが、爆発による圧力や衝撃は別だ。それらを纏めて喰らえば能力者でもひとたまりもなかった。獄寺がそんな事を知るわけもないが。

 

「躊躇なく爆破しやがった!!」

 

「テメー本当に中坊か!?なんでダイナマイトなんて持ってやがる!?」

 

「しかもなんか使い慣れてんぞコイツ!!」

 

 不良達もここで獄寺の異常性に気付く。能力の強度(レベル)云々ではなく、もっと根本的な部分が違う。気に入らない相手をボコったり、金の為の恐喝をする連中とは訳が違う。

 

「シメーだ。俺は行くぜ」

 

 不良を倒した事で獄寺はその場を去ろうと歩き出す。しかし仲間がやられてそのまま黙っている程聞き分けの良い連中ではない。獄寺を見逃すまいと彼を引き止めようとする。

 

「待てやコラ!まだ俺達が……」

 

「とっくに終わってんだよ」

 

 獄寺がそう言うと不良達はジジジ…と何かが焼ける音を聞き取る。その音が聞こえる場所へと恐る恐る目を向ける。

 

 不良達のポケットに既にダイナマイトが仕込まれていた。先の戦闘で獄寺がボムスプレッズを使用した時に一緒に仕込んでいた……奴らの仲間を一人葬ったボムスプレッズすらこの為の布石、陽動だったのだ。そしてこちらの導火線は通常の長さではあったが……もう燃え尽きようとしていた。

 爆発の恐怖を前に彼らは演算をする余裕すら失っていた。

 

「ピックポケットボム」

 

 それぞれが喰らったのはたった一本のダイナマイトによる爆撃。しかし正に至近距離での爆発である故に防ぐ事もできず、能力者達は能力の開発すらしていない『普通の人間(マフィア)』に敗れた。

 

 

 

「ったく、余計な時間食っちまった……」

 

 尋ね人(ツナ)が見つからない上、面倒な輩に絡まれてイラついて半ば自棄になっているのか、それとも単にニコチンが欲しいのか、獄寺は未成年にも関わらずタバコを咥えたまま、慣れた手付きでライターを使い、火を付けて喫煙を始めた。

 

 しかし今戦った相手がこの街の科学力で人工的な超能力を身に付けた能力者らしい。レベルがどうとか言っていたが、恐らくあいつらは弱い部類に入る連中のはずだ。恐らくツナが戦ったという魔術師の方が強いのだろう。

 リボーンに聞いた話ではツナは魔術師とはそれなりの頻度で戦ったらしいが、能力者とは特に絡む事もなかったらしい。

 

 獄寺が戦った能力者は大した事はなかったが、この街の最高位の能力者とやらの力量はまだ分からない。最悪そいつらを敵に回す事も考慮しなければならないというのに。

 

「……何なんだこの街は……」

 

 超能力が開発されているのに、悪用を防ぐ為の規律がないと思われる程に治安も悪く、何より世界を越えて人間を拉致している。滅茶苦茶な事ばかりだ。

 

 そうして考えながら歩いているとすぐ近くから聴き慣れた……しかし暫く耳にしていなかった声が聞こえてきた。

 

『そんなーー!!』

 

 叫びが聞こえたと同時に振り返る。今更聴き間違うわけがない。ましては自分はあの方の右腕なのだ。

 

「今の声は……10代目!?」

 

 すぐ近くだ。10代目がすぐ近くでピンチに陥っている。ならば真っ先に駆けつけてそのトラブルを解決する事が右腕である自分の務めだ。

 獄寺は例の叫び声が聞こえた方向へと全速力で走り出した。

 

****

 

 ツナは黒猫を抱き抱えて、近くの公園のベンチに座り込み、御坂妹……妹達(シスターズ)について考えていた。

 

 あの後、ツナは御坂妹達に何をやっていたのか説明を求めた。しかし彼女達はそれを拒否。何を聞いても実験、事件性は無いの一点張りだった。

 

『本実験に貴方を巻き込んでしまった事は重ねて謝罪しましょう。と、ミサカは頭を下げます。では猫をお願いします』

 

 そう言って御坂妹達はそのまま去って行った。

 

 御坂美琴の体細胞クローン、妹達(シスターズ)。口頭で簡潔に説明されただけだったが、何かとんでもない事態が起きているのは間違いない。何よりクローンが量産されて実験と称して殺害されているのだ。そしてそれを自分達で回収し、証拠の隠滅を図る。どう見ても異常だ。

 

 クローン同士の殺し合いとも考えられたが、ツナの中にある超直感がそれを否定する。御坂妹の一人は悪意を持った第三者に殺されたのだと。

 

(御坂さんは……何をどこまで知ってるんだ?)

 

 昨日から御坂妹を前にしてもその存在そのものには驚いてはいなかった。つまりクローンが作られている事は知っていたはずだ。

 

 妹に関する事でやたらピリピリしていたのも、御坂妹の行動一つ一つに過敏に反応していたのも、妹達(シスターズ)の言う『実験』が関係しているのではないか?

 

 とにかく、自分だけでどうにかできそうな問題ではない。ツナは上条に相談しようと携帯電話を取り出す。しかし電話番号の登録リストで上条の名前を見つけてから思い留まる。

 

 クローンの問題なんていくらなんでもそう人にポンポン話して良い内容ではない。

 

 上条を信用していないわけではない。しかしいくら共に死線を掻い潜った仲でも簡単に話して良い内容ではない。それが自分ではなく、他人の秘密なら尚更だ。美琴も言い触らされて良い気分はしないだろう。

 もしも相談相手が上条ではなく、並盛にいる仲間達の誰かなら、ツナから見ての話は別だったかもしれないが。

 

 御坂美琴が巨大な悪意に晒されている事だけは間違いないのだ。

 

「とにかく、御坂さんに話を聞いてみないと……」

 

 以前、土御門の妹である舞夏から招待状を貰って上条とインデックスと共に常盤台中学の盛夏祭に行った事がある。それは常盤台の学生寮で行われた。つまりあの寮に美琴は住んでいるという事だ。

 まずはもう一度あそこに行き、美琴に直接を話を聞かねばなるまい。まさかこんな理由でもう一度行く事になるとは思わなかったが。

 

(でも常盤台って女子校だよな……。招待されたわけでもないのにそんなとこの寮に行くのってやっぱ不味いよな……)

 

 何か口実が必要だが、思い付かない。……行きながら考える事にしよう。

 そうして歩き出したツナの服の襟を掴んだ者がいた。そしてその者はそのまま強い腕力で強引に服を引っ張り、ツナを路地裏へと引き摺り込んだ。

 

「いっ!?」

 

「カモはっけ〜ん」

 

 ツナは路地裏に引き摺り込まれるとそのまま壁に叩き付けられた。

 ニヤニヤと笑うガラの悪い男がツナをカモ呼ばわりしている時点でカツアゲの類いなのは間違いない。そして四人程いた不良の中の二人がツナの顔を見て何かに気付く。

 

「おっ?てめーはこないだのビビリじゃねぇか」

 

「なら今度こそボコらせて貰うぜ。猫の餌代くらいは持ってるみてーだしな」

 

(また不良に絡まれたーー!!しかもこんなタイミングで!?)

 

 彼らの内二人は以前ツナが学園都市に来た日にツナに絡んできて美琴に撃退された不良である。学園都市ではスキルアウトと呼称すると上条に聞いたが、そんな事は今は関係ない。

 不良は怖いし、ボコられるのは普通に嫌だし、何より今は彼らに構ってる暇などないのだ。

 ツナは人相こそ悪いが彼らの中ではそこそこ良識を持ち合わせてそうだと直感した金髪の不良に何とか見逃して貰えないかと視線を向ける。金髪の不良は何となくツナの気持ちを汲み取ったのか、少々気不味そうに哀れむ表情をツナに向ける。しかし彼には態々ツナの肩を持つ理由などない。

 

「あー、お前…運が悪かったな」

 

「そんなーーー!!」

 

 泣きながらこの後に訪れるであろうボコられる未来を想像してしまうツナ。こんな時になっても自発的には死ぬ気になれない。死ぬ気弾を撃ち込めば話は別だが、ここにリボーンはいない。

 

 だが、ツナに救いの手を差し伸べる者はいた。

 

「テメェら、10代目に何してやがる!果てろォ!!」

 

「へ!?」

 

「ぶ!」

 

「どわっ!?」

 

 蝋燭サイズの小さなダイナマイトが不良達の顔の横まで投げ付けられた。それに気付いた次の瞬間にはダイナマイトはそれぞれ爆発し、不良達を揃って同じ方向に吹っ飛ばした。

 不良達を襲うダイナマイトはここで終わらない。不良達が吹っ飛び、一塊に積み重なった先に通常サイズのダイナマイトが無数に落ちてきて、導火線もほぼ燃え尽きる寸前であった。

 

「2倍ボム」

 

 そして不良達を大爆発が呑み込んだ。

 

『うぎゃああああああっ!!?』

 

「ダイナマイト……」

 

 この爆撃はまずチビボムで不良達を吹き飛ばす事でツナの安全を確保した上で行われたものだ。ツナの知る中でこんな事ができる者は一人しかいない。

 

「ケッ、10代目に無礼を働きやがって。死んで詫びろ」

 

 爆煙が視界を覆う。故に爆撃の犯人の姿は確認できないが、直前に聞こえた声とダイナマイトを使った戦法でそれが誰なのかはツナには既に分かっていた。

 

 間違いない。この男は今ツナが一番頼りたかった仲間達の一人だ。

 

「それよりもご無事ですか、10代目!!」

 

「き、君は……!」

 

「はい!この獄寺隼人!10代目の右腕として参上仕りました!!」

 

 煙が晴れれば頼れる仲間(ファミリー)がそこにはいた。




Q.妙に色々と描写された金髪の不良って?

A.浜面。

Q.ここで登場させた意味は?

A.特にない。強いて言えば不憫枠としてダイナマイトの餌食にしたかった。五体満足で生きてるからヘーキヘーキ。

Q.この後彼らは?

A.放置。

獄寺に関しては死ぬ気の炎やボンゴレギアよりも初期からのダイナマイトでの戦闘を最初に書きたかったのでそこそこ満足。


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絶対能力進化計画来る!

獄寺との再会、思ったよりも反響が少ない……。山本に期待するべきか……
個人的な予想では一番反応を貰えるのは雲雀さんなんだろうな。


「体細胞クローン…っスか」

 

「うん。それで御坂さんに直接話を聞きたいんだけど、居場所が分からないから寮に行こうとして……」

 

 獄寺と合流して早々、ツナは獄寺に今回の厄介事の詳細を打ち明けた。とは言っても分からない事だらけなので本当に直面した出来事についてしか話せないが。

 獄寺はツナの誘拐という点から学園都市の人間をあまり信用しないように考えてはいるが、ツナが御坂美琴という少女に助けられた事を聞き、取り敢えずはこの件に首を突っ込む事に反対はしないようだ。

 

「10代目、そいつの通っている学校は分かるんスよね?」

 

「確か常盤台中学っていうお嬢様学校らしいけど……」

 

 ツナは御坂妹に頼まれた黒猫を抱き抱え、気を紛らわせて不安を掻き消したいからか、その頭を優しく撫でる。

 バス停に訪れ、常盤台中学の寮へと向かうツナと獄寺。バスの中、獄寺は学園都市に来てからの出来事を簡潔にツナに話す。

 

「絡んで来る奴らはボムで大体ぶっ飛ばしました。中には例の超能力を使って来る奴もいましたが、能力にあぐらを掻いて単調な攻撃ばかりでしたから、隙を突いてボムを投げれば大した手間もなく倒せましたよ」

 

 どうやら獄寺はこの街の能力者と既に交戦済みらしい。風紀委員(ジャッジメント)に見つからなかったのかと心配になったが、スキルアウト達も場所を選んで獄寺に絡んだ為、その心配はいらないようだ。

 

「そうだ。こっちに来るにあたって色々持って来たんスよ。まずはこれっスね」

 

 そう言って獄寺が肩にかけた鞄から取り出したのは小さな瓶に詰められた丸薬だった。これはツナが死ぬ気モードになる上で必須のもの。

 

「あ!死ぬ気丸!大分減ってたんだ!ありがとう!」

 

 魔術師達との戦いで頻繁に(ハイパー)死ぬ気モードになっていた為、ツナの手持ちの死ぬ気丸は本人が言うようにかなり数を減らしていた。なので獄寺が新しい死ぬ気丸を持って来てくれたのは有り難かった。それも何瓶も。

 

「作り方も10代目のお父様に教わりましたから、減れば俺が作りますから心配いりません」

 

(え、もしかして死ぬ気丸の材料って普通に手に入るものなのー!?)

 

 サラッと物凄い事を言う獄寺に意外な事実を直感するツナ。しかし獄寺としてはツナが出会った体細胞クローンよりも優先して話したい事が幾つもあった。

 

「それで10代目、あの匣兵器や諸々の事なんですが……」

 

「うん……。でもそれはこの一件が終わってからで良いかな?」

 

「……分かりました」

 

 獄寺が学園都市に来たという事はあの日ツナが開いたあの匣兵器が彼の元にも届いたという事。確かにそれについては非常に気になる事ではあるが、今は御坂美琴と妹達(シスターズ)についての事が優先だ。それについてはこの一件が片付いてからゆっくり聞こうと思う。

 

「ありがとう……」

 

 そんな風に話している内にツナと獄寺は常盤台中学の学生寮の前に着いていた。

 

「ここがその常盤台って学校の寮ですか…」

 

「うん。一回文化祭みたいなイベントに来た事はあるんだけど……」

 

 獄寺と話しながら住民用の名札を一つ一つ確認する。常盤台の寮は二つあると聞いた事がある。ここに美琴が住んでいなければ何処かも分からないもう一つの寮に行かなくてはならないのだ。

 探せば208号室の欄に御坂・白井の名前があった。

 

 通話の為にインターホンの呼出番号を押そうとしたその時、ツナの手が止まる。

 

(……会ったとしても、御坂さんの口からあの酷い実験の事を詳しく聞くなんて……そんな事して良いわけないよな。知ってたとしても知らなかったとしても……御坂さんは凄く嫌な想いをするはずだし……)

 

 妹達(シスターズ)は同じクローンが何人も死んでいるのに平然としている。恐らく既に死んだ数は10や20では効かない程だろう。そんな悍ましい内容の実験を……“姉”である美琴本人の口から聞き出す……これ程惨い事があるだろうか。

 

 そう考え込んで手を止めたツナだったが、獄寺はそれに構わず部屋番号と呼出ボタンを打ち込んだ。

 

「……さっさと話を聞いちまいましょう」

 

「ちょ、獄寺君!?」

 

 何も獄寺は痺れを切らして考え無しに強行したわけではない。ツナの心情を察したからこそ、ここでウジウジ悩んで立ち止まっていても何も好転しないと判断しての事だった。

 結局は御坂美琴本人に話を聞くしかないのだ。面識はないがその女が何も知らなければまた妹達(シスターズ)とやらを当たるだけだし、全てが杞憂で済むならツナの心的負担を減らす事ができる。何より本題に入れるというものだ。

 

『はい?どちら様ですの?』

 

「あ、えっと……沢田…ですけど、その…御坂さん、いますか?」

 

『沢田さん?一体どうしましたの?』

 

 インターホンに出たのは白井黒子だった。表札を見れば確かに黒子の苗字もある。相部屋なのだろう。

 

「あ、白井さん?いやそのえ〜と、そ、相談?というか……」

 

 しどろもどろになりながらツナは態々寮を訪ねた理由を適当に挙げる。すると黒子は通話の先で何か考え込んだのか、暫くして寮の扉の鍵が開く音がした。

 

『お姉様はまだお帰りになられてませんわ。ご用がおありでしたら、中に入って待つ事をお勧めしますの』

 

「へ?」

 

****

 

 女子寮という事もあり、見つかって騒ぎになりやしないかとビクビクするツナとそんな事はどうでも良いと言わんばかりに堂々と歩く獄寺は特に誰かに目撃される事なく美琴と黒子の部屋の前へと辿り着いた。

 

「ここっスね」

 

 流石にいつものでかい声を出すのは不味いと理解してる獄寺は小声でツナに耳打ちし、ツナは頷いてから恐る恐るノックをする。

 

「ご、ごめんくださーい……」

 

「どうぞ。鍵はかかっておりませんので」

 

「し、失礼します……いっ!?」

 

 黒子に入室の許可を貰ってからゆっけりと扉を開くツナ。そして扉を開いて真っ先に目に入ったのは黒子がベッドの上で寝そべる光景だった。黒子は訝しげな視線をツナに送り、ツナの隣にいる獄寺の存在に気付く。

 

「そちらの殿方は……そういう事ですのね」

 

 獄寺の存在を確認した黒子はツナが訪ねて来た理由を何となく察する。獄寺が学園都市に来たならば風紀委員(ジャッジメント)なり警備員(アンチスキル)なりに連絡して諸々の手続きをしなくてはならない。勿論ツナはそんな事知らないので単純にどうして良いか分からずに相談に来た。そんな所だろう。こんな時間に直接訪ねて来るのはどうかと思うが。

 

 ベッドから起き上がり、黒子はツナの認識へと訂正を入れる。

 

「先に言っておきますとお姉様は風紀委員(ジャッジメント)ではありませんの。今後このような事態においてはわたくしを頼って頂ければ」

 

「え?ああ…うん」

 

 ここまでの推測から黒子はツナが美琴が風紀委員(ジャッジメント)であると勘違いしていると思ったのだ。思えばツナを風紀委員(ジャッジメント)の支部に連れて来たのは美琴だ。ならば学園都市に関する知識があまりないツナが美琴を風紀委員(ジャッジメント)だと勘違いするのも無理のない話だろう……と。

 

「そういえば白井さん、御坂さんの事をお姉様って呼んでるからてっきり後輩だと思ってたんだけど……」

 

「あら、わたくしは歴とした後輩ですのよ。前の同室の方にはあくまで合法的に出て行って貰ったんですの」

 

(なんか怖えー!やっぱり学園都市の人って変な子ばっかりなんですけど!?)

 

 物凄く闇深そうな黒子の物言いにツナは戦慄する。良く見れば取り敢えず黙っている獄寺ですら少々引いている様子。

 

「他人追い出して押し掛けるって何だお前、変態か?」

 

「変態とは聞き捨てなりませんの。人間、人には言えずとも、心の中ではこんぐらいOKと考えているものです」

 

(いや他の人追い出す事が“こんぐらいOK”になるのーー!?)

 

 というかここまでの言動から推測するにもしかして今黒子が寝ていたのは彼女のベッドではなく、美琴のベッドなのではないだろうか。しかしツナは色んな意味で怖くてそれを聞く事はできなかった。

 

「お姉様も敵が多いですからねー。力持つ者の業とはいえ、流石に同じ部屋で寝泊まりする人間が裏切り者というのは辛過ぎると思いません?」

 

「よ、良く分からないけど大変なんだね…」

 

 つーか分かりたくない。物凄いドロドロした人間関係があると直感できてしまうブラッド・オブ・ボンゴレが疎ましく思えてしまう。

 黒子は何やら回覧板みたいなものを取り出してメモを取る準備をする。

 

「それでは獄寺さんと言いましたわね。貴方がこの街に来た経緯を教えて下さい」

 

「ああ?……わーったよ」

 

 獄寺は眉を顰めながらも、口論を起こして騒ぎを起こす(ツナに迷惑をかける)訳にもいかないので取り敢えずは大人しく従う事にする。幸い、リボーンを介してツナがこの街で得た情報の大半は理解している。それ故にこの女の認識と自分達の認識の違いも獄寺は既に分かっていたので、その質問にもスラスラと答えられた。勿論、話すべきでない情報は上手く隠して。

 

 黒子から獄寺への質問が暫く続くが、本当に用がある美琴はまだ帰って来ない。ただただ時間ばかりが過ぎていく。

 

(結局妹さんの事、何も聞けてない……白井さんは多分何も知らないよなぁ。妹さんも会った事ないって言ってたし……)

 

 どうすれば良いかと考えていると廊下からコツコツと足音が聞こえてきた。

 

「ん?」

 

「御坂って奴が帰って来たんでしょうか?」

 

「この足音……不味いですわ!」

 

 美琴が帰って来たのかと思ったツナと獄寺だが、黒子の顔は何故か青褪めていく。

 

「あの寮監の巡回のようです!どうしましょう……常盤台の寮に殿方がいる事が知れたら大変な事に……!!」

 

「んなっ!?」

 

 黒子の狼狽えぶりから本当に不味いようだ。こんな形で迷惑をかけてしまう事にツナは一瞬で凄まじい罪悪感を覚えた。すると黒子は意を決した表情となり、獄寺の肩を掴んだ。

 

「ここは一先ず外に空間移動(テレポート)して貰いますの。後日改めて風紀委員(ジャッジメント)の一七七支部に来て下さい!」

 

「なん…っ」

 

 その瞬間、獄寺の姿がこの場から消えた。

 これが黒子の能力による空間転移だと気付くのにそう時間は掛からなかった。

 

「では沢田さんも……」

 

「みゃー!」

 

 しかし獄寺が消えた事に驚いた黒猫がツナの手元を離れ、美琴のベッドの下へと潜り込んでしまった。

 

「あ!猫が!」

 

「〜!仕方ありませんわ!沢田さんはそのベッドの下に隠れて下さいまし!」

 

 猫を回収する必要もある為、取り敢えずは黒子の指示に従って猫の潜り込んだ美琴のベッドの下にツナも潜り込む。というか押し込まれた。うつ伏せで中々体勢がキツいが小柄なツナにまだ余裕のあるスペースだった。

 

(結局肝心な事は何も分かってないし、獄寺君もどっか行っちゃったし……)

 

 自分は何をしているのだろう。そう思わずにはいられないツナだった。溜め息を吐きたいが、それが寮監とやらに聞かれては不味い。猫も鳴き声を発しない事を祈るばかりだ。

 息を潜めていると件の寮監と黒子の話し声が聞こえてくる。

 

「白井、御坂は寝ているのか?」

 

「はい、このところ寝付けないとの事で……」

 

 そう言って黒子は寮監と共に部屋から出て行った。しかしそれでもツナはベッドの下から出る勇気が出ない。見つかったらどんな目に遭うか……と怯えるその様は正にダメツナ。そんな風にビクビクしながら考えているとすぐ横に何か大きなものが押し込められている事に気付く。

 

(……ぬいぐるみ?)

 

 くまのぬいぐるみのようだが、何処かで見たようなデザインだ。いや、そんな事はどうでもいい。問題なのはそのぬいぐるみの背中のファスナーから何かがはみ出ている事だ。

 

 それを見てみるべきだとツナの超直感は告げる。それに従い、取り出してはみ出ていたもの……紙束を確認する。そしてその紙に何が書いてあるのかはベッドの下では暗くて見えない為、そこから出る。

 

「っ!!」

 

 明るくなった事で見えるようになった紙束の表紙の一行には確かにこの単語が書かれていた。

 

 『妹達(シスターズ)』と。

 

 奇しくもツナは今一番知りたい情報の手掛かりを得た訳だ。

 

(……後で御坂さんに謝らなきゃな)

 

 悪いと思いつつ失敬した紙束と回収した黒猫を並中の通学鞄に入れてXグローブを取り出す。

 死ぬ気丸を飲み込んでからツナは窓から飛び降り、死ぬ気の炎で空を飛んで行った。そして先に黒子によって空間移動(テレポート)で外に出されていた獄寺と合流するのだった。

 

「10代目!ご無事でしたか!……あの女、いきなり変なとこにすっ飛ばしやがって……今度会ったらただじゃおかねぇ!!」

 

 獄寺は黒子への怒りを燃やすが、ツナにはそれにツッコミを入れる余裕は無かった。それよりも先程手に入れた紙束……妹達(シスターズ)に関する資料を鞄から取り出した。

 

「獄寺君……御坂さんの事なんだけど……それっぽい手掛かりがあったよ」

 

 ツナと獄寺は早速二人でその資料を読み始める。幸い、文章は非常に簡潔に書かれており、頭が良いとは言えないツナでも理解できる内容だった。

 しかし、そこに書かれていた内容は今まで見てきたマフィア界の闇のどんなものよりも悍ましいものだった。下手をすればアルコバレーノのおしゃぶりの管理システムをも凌駕する程に。

 

『量産異能者「妹達(シスターズ)」の運用における超能力者(レベル5)一方通行(アクセラレータ)」の絶対能力者(レベル6)への進化法

 

 学園都市には七人の超能力者(レベル5)が存在する。しかし、「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」を用いて予測演算した結果、まだ見ぬ絶対能力者(レベル6)へ到達できるのは一名のみという事が判明。他の超能力者(レベル5)は成長の方向性が異なる者か、投薬量を増やす事で身体バランスが崩れてしまう者しかいなかった。

 

 唯一、絶対能力者(レベル6)に辿り着ける者は一方通行(アクセラレータ)と呼ぶ。

 一方通行(アクセラレータ)は事実上、学園都市最強の超能力者(レベル5)だ。「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」によるとその素体を用いれば、通常の時間割りを250年組み込む事で絶対能力に辿り着くと算出された。

 

 我々は「二五○年法」を保留とし、他の方法を探してみた。

 その結果、「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」は通常とは異なる方法を導き出した。実戦における能力の使用が、成長を促すという点である。念動能力や発火能力などの命中精度が上がるという報告が多いが、我々はこれを逆手に取る。

 特定の戦場を用意し、シナリオ通りに戦闘を進める事で「実戦における成長の方向性」をこちらで操る、というものだ。

 

 予測装置「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」を用いて演算した結果、128通りの戦場を用意し、超電磁砲(レールガン)を128回殺害する事で一方通行(アクセラレータ)絶対能力者(レベル6)に進化する事が判明した。

 

 だが、当然ながら同じ超電磁砲(レールガン)は128人も用意できない。そこで、我々は同時期に進められていた超電磁砲(レールガン)の量産計画「妹達(シスターズ)」に着目した。

 

 当然ながら、本家の超電磁砲(レールガン)と量産型の妹達(シスターズ)では性能が異なる。量産型の実力は、多めに見積もっても強能力(レベル3)程度のものだろう。

 

 これを用いて「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)」に再演算させた結果、二万通りの戦場を用意し、二万人の妹達(シスターズ)を用意する事で上記と同じ結果が得られる事が判明した。

 

 二万通りの戦場を用意し、二万体の「妹達(シスターズ)」を殺害することで「絶対能力者(レベル6)」への進化(シフト)を達成する。』

 

「な、なんだよこれ……」

 

 正気の沙汰とは思えない。あまりにも命を軽く見ている。

 

 あまりの内容にツナの頭の中は真っ白になった。想像を絶する程に悍ましい事が起きていた。

 二万人のクローンを生み出し、たった一人の能力向上の為にその全てを殺す。これを非道と呼ばずに何と呼ぶ?

 

「……驚きましたね。こんなイカレた事を考えて実行する奴らがいるとは。つー事はその御坂って女はこの絶対能力者(レベル6)ってのの実験の為にDNAを提供した訳ですね」

 

「み、御坂さんがこんな事に協力する訳ないよ!だって……御坂さんは……」

 

「ですが10代目、こいつはどう見ても関係者向けの資料です」

 

 獄寺の言葉にツナはズキリと胸を痛めた。あの御坂美琴がこんな計画に加担してるなんて思えない。思いたくない。

 

「これが10代目の会ったクローンの言っていた『実験』ですか……。確かに表沙汰にできねー事ですね」

 

 他に情報はないかと資料を読み進めているとパサリ…と一枚の折り畳まれた紙が地面に落ちた。それを拾い、広げてみたらそれは学園都市の地図だった。だが本当に気になる点は他にあった。

 

 地図にやや乱暴に殴り書きするかのように大きく刻まれたバツの印。それがいくつもあった。見てみれば筋ジストロフィーという病の研究施設ばかりだ。

 

「……これは」

 

「研究施設の地図ですね…。何でこんなもん……」

 

 それを見てツナは……ただ、ホッとした。

 そうだ。正義感の強い彼女がこんな実験に加担する訳がない。妹達(シスターズ)やこの実験の存在を知ったら彼女はどうするのか。

 

 決まっている。例えクローンでも自分の妹として、彼女達を救う為に戦うはずだ。

 

 そう考えたら……これまでの彼女の言動全てに辻褄が合った。

 

「探さなきゃ……御坂さんは今もたった一人で戦っているんだ!!」




最近この小説の憑依ツナver.考えたけどそれやるなら前日譚でその憑依ツナのリボーンサイドのストーリー先に書かなきゃ駄目だよなぁ……。

タイトルは「とある科学のネオ・ボンゴレⅠ世(プリーモ)」かな。魔術でも良いけど。つーか大筋はこっちと同じだし。


憑依ツナあるある
1.カジノなんかで超直感使って荒稼ぎ。
2.リボーン来る前から自在に死ぬ気を使いこなせる。
3.ダメツナとは正反対の優等生。生徒会長やる事もある。
4.やたらとユニか凪とのカップリングが多い。
5.山本、了平、雲雀辺りが魔改造される。

パッと思い付くのはこれくらい。他にあったら教えて下さい。
まぁ2、3、5は大抵白蘭に備える為に修行するからなんだけども。4はかわいいからね。ユニも凪も。ユニの年齢いまいち分からんけど。


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ツナの覚悟来る!

良くリボーンのクロスオーバーではハイパーモードの強さカッコ良さが元でツナが異様にモテたりしますが、これにはちょっと首を傾げます。

いや、ハイパーモードは確かに凄くカッコ良いです。でもそれは戦闘とかの映えるカッコ良さであって、恋愛要素に結び付くかと言うと違う気がします。

ツナの本当の魅力はハイパーモードのクールさとかじゃなくて、大空のように全てを包み込む「優しさ」にこそあると思います。実際ツナに強烈な好意を寄せるハルはツナの優しい所が一番好きな訳ですし。強さも好きな所に含まれてはいますが、所詮二の次です。

そもそもツナは上条さんと違ってモテるキャラじゃありません。低身長や運動音痴、低学力などの要素が原因で女の子に悲しいほどモテないです。臆病者のダメツナと馬鹿にされる始末です。だからこそ、その優しさを直に受けた人は男女問わず彼に惹きつけられるんです。
獄寺は忠犬、山本と炎真は親友、ハルはLOVE、ランボやイーピン、フゥ太にとっては大好きな良い兄ちゃん。

彼らは皆、沢田綱吉の優しさ、仲間を想う心に惹かれたのです。


 真夏の夜、橋の上で御坂美琴は独りで黄昏ていた。その表情は暗く、瞳はまるで死を受け入れてしまっているかのように、光を失ったものだった。

 

「どうして……こんな事になっちゃったのかな」

 

 言葉の通り、どうしてこんな事になってしまったのか。美琴の胸中はそんな後悔と苦しみでいっぱいだった。

 

 全ての始まりは幼き日、筋ジストロフィーという病にかかった人を見た事だった。全身の筋肉が少しずつ衰えていく病気。

 君の能力を応用すれば、生体電気を操る能力があればその病に侵された人を助けられるかもしれない。そんな言葉に乗っかった。

 

 苦しんでいる人達に希望の光を与える事ができれば。そう思ってDNAマップを提供した。それが間違いだった。

 最初から全て嘘だったのか、健全な研究が途中から変質してしまったのかはもう分からない。

 

 それから暫くして、忘れそうになっていた頃になって自分の軍用クローンが製造されているという噂が流れ始めた。

 それを聞いてから、いつの日か自分と同じ姿をしたクローンが現れるんじゃないかと心の何処かで怯えていた。

 

 そしてその日は来た。自分をお姉様と呼ぶ量産型の軍用クローン達。しかしその命が生み出された目的は自分達が殺される為の実験を完遂させる事。

 

 全てを知って一度は一方通行(アクセラレータ)を倒そうとした。だがすぐに絶対的な力の差を思い知らされた。絶対に勝てないと分かってしまった。だから別の方向からあの実験を潰そうと模索してきた。

 

 しかしどれだけあの実験に関連する研究所を潰してもすぐにそれらは他の研究所に引き継がれた。いくらやっても無駄だった。

 そもそも最初に気付くべきだった。この計画の予測演算に『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が使用されている時点で学園都市全てが敵なのだと。

 

 もう……美琴がまともな方法であの実験から、一方通行(アクセラレータ)から妹達(シスターズ)を救う方法は無い。

 

 もう限界だ。誰かここから引き上げて欲しい。

 

「……て。たすけてよ……」

 

 泣きそうな声で必死に絞り出した言葉は誰にも届かない。声は小さく、周囲には誰もいない。当然だ。

 

「みゃー」

 

 妙な鳴き声が聞こえた。その鳴き声が聞こえた方に目を向けてみればそこには黒い子猫がいた。

 

(猫……?)

 

 そしてその猫の後ろには息を切らしながらもこちらを見ている二人の少年がいた。茶髪のツンツン頭と銀髪の不良だ。

 

「見つけた……」

 

「てめーが御坂美琴か」

 

 沢田綱吉。最近知り合った同年代の少年で、意図せず学園都市に来てしまい、そのままこの街に閉じ込められてしまった哀れな少年だ。

 後ろにいるのは確か風紀委員(ジャッジメント)の支部で顔写真を見た少年だ。ツナ曰く友達。彼もまたこの学園都市に何故かIDを発行されていたはずだ。まぁ、もうどうでもいいが。

 

「……何よいきなり。夜遊びの最中に人を探し回って……」

 

 適当に取り繕った言葉であしらおうとした美琴に対し、獄寺は黙って『絶対能力進化(レベル6シフト)計画』の資料である紙束を取り出して美琴に見せた。

 

「ッ……!!」

 

「……もう全部知ってるんだ。『妹達(シスターズ)』の事も実験の事も『一方通行(アクセラレータ)』の事も突き止めた」

 

 知られた。あの悪夢のような実験を。残酷で非道極まりないイカレた実験の事を。よりにもよって恐らくは別件で学園都市に拉致された被害者達に。

 

「……あーあ、アンタ本当何者な訳?学園都市の生徒じゃないのに変な炎の能力持ってて、昨日私のクローンに会ったばっかでもうそこまで辿り着くなんて探偵になれるわよ」

 

 美琴はどこか達観していた。もう実験を止める術は一つしかない。けれど未だに決意が固められずにいた。それを実行する後押しがして貰えるなら少し有り難かった。

 

(チキンでヘタレでも……優しいアンタには許せないわよね。こんな計画)

 

「でもそれ持ってるって事は私の部屋に勝手に上がり込んだのよね。挙句ぬいぐるみの中まで探すなんて死刑よ死刑」

 

 ツナや獄寺から見れば美琴はDNAマップを提供した実験の協力者にしか見えないだろう。だからこの二人は自分を糾弾しにきたのだと思ったのだ。結果だけ見ればそれで正解だろう。美琴からすればいっそ誰かが責めてくれれば楽になれる。

 

「……で、アンタ達は私を心配でもしたの?私を許せないと思ったの?」

 

「心配したに決まってるじゃないか!!」

 

 美琴の予想とは裏腹に、ツナは力強く即答した。

 それを聞いて美琴は唖然とする。予想していた答えとは全く違う言葉に……ただどうしようもなく驚いた。だがすぐに表情を取り繕って目を逸らす。

 

「……う、嘘でもそう言ってくれる人がいるだけ、マシってとこかしら……ね」

 

「嘘じゃない。嘘なんかでこんな事は言わない!!」

 

 あの気弱なツナが美琴が思わずビクリとする程に大きな声で叫んだ。その気迫に美琴は少し気圧された。同時に気付いた。本当に彼は嘘を吐いていないと。

 

「短い付き合いだけど、君がこんな酷い事に手を貸すような奴じゃない事くらい知ってる!!」

 

「……」

 

 思わず、ポツリポツリと美琴は語り出す。何かを吐き出すかのように。幼き日、筋ジストロフィーの患者を見せられた事、その病気の治療の為にDNAマップを提供した事。それによって生み出されたのが妹達(シスターズ)である事。

 

 本当は誰かに真実を聞いて欲しかったのかもしれない。話しながら美琴はそう思った。

 

「あの子達、ね。平気な顔で自分達の事を『実験動物』って言うのよ。ラットやモルモット……研究の為に弄くられて用済みになったら焼却炉行き」

 

「な……」

 

「あの子達はね、『実験動物』ってのがどんなものか正しく理解してる。理解した上で自分達の事を『実験動物』って呼んでるのよ」

 

 いくらクローンでも自然にそんな答えに行き着く訳がない。思考や認識、その全てが誘導され、洗脳されてきたのだろう。己の行動、死に何も疑問を抱かぬように。刷り込み…と言った方が正しいのかもしれない。

 

「そんな状況を生んだ原因は私。だからあの子達は私の手で助け出さなきゃいけないの」

 

 最後にそう言って、美琴はツナ達の後ろに向かって歩き出す。本当の事を誰かに吐き出せたからか、少しだけ気が楽になった。以前にも似たような事があった。盛夏祭だ。あの日もこうして本音をツナに聞いて貰っていた。

 

「……どこへ行く気なの?」

 

「今夜も実験は行われる。その前に私の打てる手で『一方通行(アクセラレータ)』と決着をつけるの」

 

「できんのか?」

 

 この場で最も冷静な獄寺が冷めた口調で問う。実験資料を手にジロリと美琴を見て問いかける。

 

「この資料には真っ向からやり合えばほぼ即死。逃げに徹しても185手で詰むと書かれている。俺はお前が一方通行(アクセラレータ)とかいう奴に勝てるとは思えねー」

 

「……ええ。勝てないわね。残念だけど私じゃ逆立ちしてもアイツには歯が立たない。だけど、私にそれだけの価値が無かったら?」

 

 ツナは息を飲んだ。想定していた最悪のパターンが現実になろうとしているのだから。

 

「最初の一手で私が負けて、185手で私が死ぬって予言を覆したら……それを見た研究者達が『妹達(シスターズ)』の計画のシミュレーションを見直すとしたら?

 

 

こんな私にもまだ使い道が残ってるんじゃない?」

 

 御坂美琴は死ぬつもりだ。確認を取るまでもない。研究者達が見立てた計算よりも劣る結果を出した上でだ。

 

「『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』ってのの計算が間違ってたって結果を作るってのか」

 

「ええ。あの計画は私に当て馬になる程度の力はある事を前提にしている。ならもっと不出来な結果を示せば……ね。『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の予測演算にも間違いはあるって研究者達も判断するはず。それに幸い『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』は三週間くらい前に何者かに破壊されてるの。上は面子の為に隠してるけど、再演算される心配も無いわ」

 

 少なくともこれで実験がそのまま続行されるような事態は避けられるだろう。その理屈は頭の悪いツナでも分かった。理解はした。しかし死んでも納得はできない。

 

「さ、分かったでしょ。通してくれない?」

 

 これまでずっと黙って話を聞いていたツナが震える声で言った。怒りと悲しみで拳を握り、想いを絞り出す。

 

「そんなの間違ってる……!」

 

「は?」

 

「妹さん達を救う為だからって、御坂さんが死ななきゃいけないなんて間違ってる!そんなの、俺が許さない!!」

 

 その瞬間、御坂美琴の中で何かが切れ、衝動的に電撃を放ち、獄寺の手元にあった計画書を消し炭にしていた。

 

「おま…!」

 

「じゃあ何よ?アンタには他に方法があるって言うの?何もできないビビリの癖に綺麗事や理想論で語らないで。虫酸が走るわ」

 

「だ、だったら……!力づくで押し通ってみろ!!」

 

 ツナは即座に死ぬ気丸を呑み、(ハイパー)死ぬ気モードとなって美琴の前に立つ。周囲を死ぬ気の炎が覆い、その熱気に美琴は顔をしかめ、同時にこれまでずっと逃げ腰だったツナがこんな発言をした事に少し驚いた。

 

「……!!私の邪魔をしようってんなら、この場でアンタを撃ち抜く!嫌ならそこをどきなさい!!」

 

 コインを取り出し、自身の異名であり必殺技、超電磁砲(レールガン )を撃つという脅しをかける。けれどもツナの意思は、死ぬ気は揺るがない。

 

「どくもんか。それは友達を……君を見捨てるのと同じだ」

 

「うっさいわね!私とアンタがいつ友達になったってのよ!」

 

「テメェ!さっきから黙って聞いてりゃあ、テメェの為に来た10代目に…「獄寺君、俺に任せて欲しい」10代目……」

 

 美琴の物言いにキレた獄寺が何か言い返そうとするが、ツナが腕を獄寺の前で伸ばし、それを制止する。

 両者、一歩も譲らない。ツナの意思の固さを感じ取った美琴は牽制を兼ねて電撃を飛ばす。

 

 電撃は届かない。ツナの周囲に漂う死ぬ気の炎に阻まれて、力無く消えてしまう。そのように消える電撃を目の当たりにする事で美琴はより無力感に苛まれる。

 

「……!私にはもう他に道なんてない!次は本気で撃ち抜くわよ!どきなさい!!」

 

「どかない」

 

「ふざっけんな!!なんでついさっきちょっと知っただけのアンタに邪魔されなきゃいけないのよ!?私が死ぬのは許せなくて、クローンは死んでも良いって言うつもり!?」

 

「そんな訳ない。君も妹さん達もみんな同じ命だ」

 

 何度も何度も電撃を飛ばす。その全てに死ぬ気の炎が的確にぶつけられ、空気に溶けるように消えていく。本来、炎が起こすにはあり得ない現象だがそれを気にする余裕など美琴にはない。

 

「それが分かってるなら半端な綺麗事で人の覚悟踏み躙ってんじゃないわよ!!」

 

「そんなものは覚悟とも死ぬ気とも言わない!!自分の命を諦めているだけだ!!」

 

 死ぬ気の強さとは覚悟の強さ。死ぬ気とは迷わない事、悔いない事、そして自分を信じる事。

 最初から命を捨てる事、諦める事は死ぬ気とは言わない。覚悟だなんてもっての外だ。

 

「どけって……言ってんのよーー!!」

 

 更に規模の違う電撃を飛ばしても結果は同じ。力づくで押し通る事もできない。

 

「どうしてよ!?こんなイカれた実験間違ってるって分かってるでしょ!?それをやめさせようってんじゃない!!何で止めるのよ!?」

 

「間違ってるさ。クローンだって生きてるんだ。それを能力の向上なんかの為に殺すなんて絶対に許しちゃいけない……」

 

「だったら!!」

 

「けど……君がそんな目に遭うのだって間違っている。だからどかないんだ」

 

 眉間に皺を寄せながらまっすぐに美琴を見るツナの橙色の瞳に気圧される。

 

「何を……言ってんのよ。私にはっ、今更そんな言葉をかけて貰えるような資格なんてない!!仮に…誰もが笑っていられる幸せな世界があったとしても、そこに私の居場所なんてないんだからっ!!」

 

「じゃあ、君が死んで遺された白井さん達の気持ちはどうなるんだ」

 

 黒子の名前が出た瞬間、電撃が消えた。御坂美琴の脳裏に過ぎるのは白井黒子を始めとする友人達の笑顔。これまで共に過ごした楽しかった日々。

 

「妹さん達だって、君が死んで自分達が生き残って……それで喜ぶとでも思うのか?」

 

 次に浮かんだのはこの実験で『消費』されようとしている妹達(シスターズ)。初めて出会った妹の9982号と本当の姉妹のように過ごした時間とその彼女が一方通行(アクセラレータ)に殺された瞬間が頭から離れない。

 

 アレがこの『罪』の始まりだった。

 

「君だって分かってるはずだ。こんなやり方は間違ってる。君が不幸になって、みんなを悲しませるだけだって」

 

 目頭が熱くなる。そんな事言われなくたって分かっている。けど自分にはもうこれしか取れる手段がないのだ。今までこの実験を破綻させる為にやれる事は全てやってきた。それでも実験は止まらない。全てが無駄な徒労に終わってきたのだ。学園都市そのものが敵なのだ。何をしても『実験』は揺るがない。

 

 美琴の力では一方通行(アクセラレータ)を倒す事もできない。

 

「うるさいのよアンタ……あの子達だって、私が死ねば少しは気が楽になるわよ。清々してくれるわよ。もう私が死ぬしか方法はないんだから……一人の命で一万人が助かるなら素晴らしい事でしょ?もうそれで良いじゃない。だから……そこを……」

 

「絶対にどかない」

 

 一切の迷いなく告げられた一言が引き金になったのか、美琴は全方位にフルパワーの電撃波を放電した。鉄橋全体が黒焦げになり、辺り一帯が焦土と化す。

 

 煙が晴れてそこには死ぬ気の炎を広げる事で電撃を防ぎ切ったツナが無傷で立っていた。後ろにいる獄寺や猫にも焦げ跡一つ無い。あの電撃から彼等の事をも守り切って見せたのだろう。

 

 

 

 

 勝てない。

 

 

 

 御坂美琴は超能力者(レベル5)云々のプライドなど今やどうでも良かったが、目の前にいる沢田綱吉という圧倒的強者を前に妹達(シスターズ)を救う為に死ぬ事すらできない事実にうちのめされた。

 

 膝を突き、手を地に付けて美琴は問う。

 

「どうして……どうしてアンタは私みたいな人殺しなんかの為に……」

 

 ツナの額の炎が鎮火し、元の優しげな雰囲気に戻る。

 

「違う!君は病気で苦しんでいる人を助けたかっただけじゃないか!君のその気持ちを踏み躙ってこんな最低な実験をしている奴らの方が人殺しだ!!」

 

 ツナのまっすぐで優しげな瞳を見て、美琴は息を呑む。額に炎が灯っている時よりも遥かに強い意思を感じた。

 

「君は悪くない。全然何も悪くない。みんな御坂さんの味方だから……だから、自分の命を捨てたりなんてしないでよ……!!」

 

 ツナの言葉を聞いて、御坂美琴は堰き止めていた涙を流し、泣き崩れた。

 

****

 

 泣き始めた美琴の背をさすり、彼女が泣き止み、落ち着くまでツナは黙って彼女の隣でしゃがんでいた。獄寺もまた、ツナの意思を尊重し、煙草を蒸しながらも美琴が落ち着くのを黙って待っていた。

 

 少しずつ落ち着き始め、美琴が泣き止んだ事でツナは立ち上がって本題に入る。本番はここからだ。この『絶対能力進化(レベル6シフト)計画』を止め、殺される妹達(シスターズ)を守る事が目的なのだから。

 

 死ぬ気モードが解けて普段のツナに戻ったが、本質的な雰囲気は先程から変わらない。真剣に妹達(シスターズ)を助ける為の意見を出す。ボンゴレの超直感が導き出した、ツナに示せる唯一の答えを。

 

「この実験をどうやったら完全に止められるかは分からない。けど、手掛かりが無い訳じゃない」

 

「え…?」

 

 次の瞬間、ツナはとんでもない事を口走った。普段のチキンな彼からは到底考えられないような案を。

 そして誰もが絶対に不可能だと即答するような案を。

 

 

一方通行(アクセラレータ)を力づくでも止めて、実験をやめさせる。そしてこの実験そのものを止める方法を白状させるんだ!!」

 

 

 無謀だ。相手は学園都市最強の超能力者(レベル5)。つまりは世界最強の能力者なのだ。勝てる訳がない。

 即座にそう判断した美琴は泣きながらツナを止めようと必死に叫ぶ。

 

「やめて!そんな事したって勝てっこない!アンタまで殺されちゃう!!」

 

 実際に同じ超能力者(レベル5)でも美琴とは次元が違った。

 これ以上誰も死なせたくない。ましてや、こんな自分を助けようと必死になってくれた()()を死なせるなんて絶対に駄目だ。

 

「アンタが私より強い事は分かった!でもやめて!一方通行(アクセラレータ)はそんな次元にいないのよ!世界中の軍隊を敵に回してもケロリと笑っていられるような化け物なの!!」

 

 必死に説得しようとする美琴。しかしツナも譲らない。それをやめればまた御坂妹が殺されてしまうから。

 

「それは妹さん達を見捨てる理由にはならない」

 

 これ以上、彼女達を死なせてはならない。これ以上、御坂美琴を苦しめるこの実験の存在を許してはならない。

 

「お願いっ!一万人の人間を死なせた私の罪に誰も巻き込んだりできない!!これは私一人で終わらせなきゃいけないの!!だから!!」

 

 それ以上言葉は続かなかった。泣いて止める美琴の前に立つツナの顔が異常な程に落ち着いていて、その目は慈愛に満ち溢れたものだったからだ。

 ツナは美琴の前でしゃがみ、目線を合わせて語りかける。

 

「大丈夫。俺は死なない。君も妹さんもこれ以上誰も死なせない。約束するよ」

 

 困ったように笑顔を見せて、ポン、と美琴の頭に手を乗せてからその手で彼女の涙を拭った。

 

「だから、もう泣かないで」

 

 何でも解決してくれるママはここにはいない。

 困った時だけ神頼みしても奇跡が起きる訳じゃない。

 ましてや泣き叫んでいたらそれを聞いて駆け付けてくれるヒーローなんていない。それは物語だけの存在。そう思っていた。

 

「妹さんは絶対に助け出してみせるから」

 

 ヒーローと言うにはちょっと頼りないかもしれない。その辺の不良にビビって逃げ出してしまうようなチキンだ。勉強もできず、運動もからっきし。足も短い。

 それでもとても優しい心の持ち主だ。自殺をしようとする奴がいれば助けたい一心で駆け寄り、泣いてる子供は必死であやし、敵対し、仲間を傷付けた者の命まで案じるお人好し。

 

 どうして彼の言葉はこんなにも暖かいのだ。どうして自分を見捨ててはくれないのか。

 

「……っ!」

 

 とめどなく涙が溢れてくる。泣かないでと言われたばかりなのに涙を止める事ができない。

 ツナは立ち上がり、後ろで二人のやり取りを見守っていた獄寺に呼びかける。

 

「行こう獄寺君!まずは一方通行(アクセラレータ)を何とかしないと!」




説得シーンでヴァリアー編での嵐戦のオマージュをしようかと思いましたが、目の前に獄寺本人がいるのに同じような事言うのはちょっと変だし、そもそも現時点では当時の獄寺程の深い関わりが美琴にはないので、虹の代理戦争でのバミューダとの会話を元にしました。この小説でツナがその手の説得をする相手はどちらかと言うと上条さんだろうし。

美琴へのそういう類いの説得は超電磁砲メインで書いてる人達がやってくれると期待します。


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一方通行来る!

一応一方さん戦のテーマ曲はアニメリボーンのOP1「Drawing days」です。
イメージとしては黒曜編のOPでの骸の場面を一方さんに置き換えた感じ。


 学園都市の夜空を滑空する二つの影があった。一つは両手から橙色の炎を噴射して、それを推進力にしている。もう一つは両足から赤い炎を噴射し、同様にそれを推進力としていた。

 

 それはXグローブを使うツナとF(フレイム)シューズを履く獄寺だ。

 獄寺の足からは赤い死ぬ気の炎、嵐属性の炎が出ている。推進力がツナの大空の炎には及ばない故に出遅れ、徐々に距離が開いてはいるが、そう時間はかからずにツナに続いて現場へと到着するだろう。

 

 美琴から次の実験が始まる場所を聞き出し、ツナは学園都市の空を滑空する。実験は20時30分から行われる。現在は20時45分。つまり既に始まっているのだ。

 全力で飛び、辿り着いたのはコンテナヤード。ここの何処かで悍ましい実験が執り行われているのだ。

 

(ここに妹さんの一人が……)

 

 その瞬間、大きな衝撃音が響いた。何かが壊れたかのような、土砂崩れでも起きたかのような大きな音だ。

 

「……あそこか!!」

 

 その音の発生源を目指してツナは飛ぶ。

 

 

 御坂妹は強い衝撃に吹き飛ばされ、血を流しながら転がる。身体中に刻まれた傷は人為的な手段で付けられたものである事は明らかだ。痛みでまともに動けず、悶える彼女を嘲笑うかのように彼女を傷付けた張本人は語り掛ける。

 

「オイオイ、オマエら全員繋がってンだろォ?前回の実験でネタばらししてやったンだから、少しは学習して来ィよ……」

 

 次は何をされるのか。蹴りを入れられるか踏み付けられるのか。迫り来る痛みに対して蹲る御坂妹は本能的に目を閉じて身体を強張らせる。

 

 しかしいつまで待ってもその衝撃は来なかった。何事かと思い、目の前に立つ相手……一方通行(アクセラレータ)を見上げると彼は上空を眺めていた。

 

「オイ、この場合は実験ってのはどうなっちまうンだ?」

 

「……?」

 

 一方通行(アクセラレータ)が視線を向ける先に御坂妹も視線を向ければそこにいたのは額に炎を灯し、空を飛びながら悲痛な表情でこちらを見ていた沢田綱吉だった。

 

「……何故、貴方がここに?」

 

 『実験』によるものと思われる音を頼りにこの場に辿り着いたツナが見たのは、満身創痍で血を流す御坂美琴に瓜二つの少女と、それを見下ろして高笑いする白髪で細身の男の姿だった。

 その二人こそ、妹達(シスターズ)の10032号と一方通行(アクセラレータ)だった。

 

「っ!よくも……!!」

 

 ツナは倒れる御坂妹を見下ろす白髪の男が一方通行(アクセラレータ)だとすぐに理解し、怒りの表情を向ける。一方で一方通行(アクセラレータ)は苛立ちながら御坂妹の顔を踏み付け、グリグリと痛め付ける。

 

「関係ねェ一般人なンか連れ込んでンじゃねェよ。これは秘密を知った者の口は封じるとかお決まりの展開かァ?」

 

「やめろ!!!」

 

「……何か言ったか?」

 

 御坂妹を足蹴にする一方通行(アクセラレータ)にツナが怒鳴る。しかし一方通行(アクセラレータ)は不機嫌そうにツナへと顔を向けるだけで御坂妹からは足をどけない。

 

「やめろって言ったんだ!!」

 

「……今何つった?やめろだァ?命乞いかァ?」

 

「違う!その足をどけろって言ってるんだ!!」

 

「……オマエ、ナニサマ?」

 

 こんな事を言われてその通りに足をどけるのは癪なのか、一方通行(アクセラレータ)はあくまでも御坂妹を足蹴にしたまま空に浮かぶツナと話し始める。

 

超能力者(レベル5)の中でも突き抜けた頂点に立つ俺に向かって、神様気取りですかァ?」

 

「……やはりお前が一方通行(アクセラレータ)か。お前こそ何様のつもりだ。今すぐ御坂さんの妹さんから離れろ!!!」

 

「……オマエ、面白ェな。離れろねェ……。なら、ちゃンとキャッチしろよ?」

 

 ようやく一方通行(アクセラレータ)は御坂妹から足を下ろし、そして満身創痍で動けない彼女を空高く蹴り上げた。

 

「なっ!」

 

 蹴り上げられた御坂妹を助けるべくツナは死ぬ気の炎の推進力を頼りに彼女の元へと高速移動。放り上げられた空中で見事に受け止めて抱き抱える。

 

「おー速ェ速ェ。ホントにキャッチできるとは思わなかったぜェ。褒めてやるよ」

 

 極悪非道な一方通行(アクセラレータ)の御坂妹への仕打ちにツナが怒りを感じないはずがない。当然ツナは一方通行(アクセラレータ)を非難する。

 

「なんて事するんだ!!下手したら死んでたかもしれないんだぞ!!」

 

「……だったらどォした?そもそも殺す事がこの実験の目的だっつーの」

 

「……!!」

 

 ツナは一方通行(アクセラレータ)の発言に憤りを覚えながらも御坂妹をお姫様抱っこで抱えながら着地した。ツナのXグローブには御坂妹の血がベットリと付着しており、早く応急処置を施さなければ本当に御坂妹は死んでしまう。

 そして遅れてFシューズで飛んで来た獄寺が到着する。

 

「10代目!!」

 

「……次から次へと何なンですかァ?」

 

「獄寺君、御坂さんの妹さんが……」

 

「少し待って下さい。確かシャマルに貰った簡易的な医療キットと治療用の匣が……」

 

 獄寺は鞄の中から応急処置の為の医療器具などを取り出そうと漁りながら御坂妹の容貌を確認する。

 

(こいつが妹達(シスターズ)か……。確かに一卵性の双子やクローンでもなきゃここまでそっくりな奴は姉妹でもあり得ねぇな……)

 

 ツナも獄寺も御坂妹を助ける為に動いている。それは御坂妹にも分かった。だからこそ分からない事があった。虫の息でありながら、息も絶え絶えに御坂妹は口を開く。

 

「……何を、しているのですか?と、ミサカは問いかけます」

 

「え?」

 

「貴方達の行動は理解しかねます……。ミサカは、必要な機材と薬品があればボタン一つで自動生産できるんです。造り物の身体に借り物の心。単価にして18万円。在庫にして9968体も余りある……。そんなものの為に貴方達は……」

 

 これが御坂妹に理解できない事。量産クローンである自分に実験動物として殺される事以上の価値は無いと判断し、そんな自分を助ける為にあの一方通行(アクセラレータ)と敵対するなどという命を捨てるような行為を取る意味が分からなかったのだ。

 

 それを聞いてツナは顔を俯かせる。ギリリ…と歯軋りをして、顔を上げる。その額の炎は既に鎮火しており、普段のツナとして心の底から叫ぶ。

 

「そんなの関係ないよ!」

 

「……?」

 

「君がどんな生まれだろうと!誰がなんと言おうと!君は俺の友達で、御坂さんの妹なんだ!!死んだら俺も御坂さんも悲しいに決まってるじゃないか!!」

 

 別に友達となる事を拒んだわけではない。予め決められていた自分の価値を揺るがす発言が気に障ったわけでもない。

 

 自分を当たり前のように一人の人間として、対等な友達として扱う沢田綱吉という少年に、ただどうしようもなく驚いた。

 

「御坂さんは君達を助ける為に……自分の命を捨てようとまでしていたんだ。君達の事が大切だから……だから、もうそんな悲しい事は言わないでよ」

 

 昨日の昼、御坂美琴(オリジナル)に10031号が言われた言葉が御坂妹の頭に過ぎる。アレは自分達を否定する言葉ではなかったのか?考えても結論は出ない。

 

(お姉様は……ミサカ達の事を、本当はどう思って……)

 

「獄寺君……御坂さんの妹さんをお願い。俺は……死ぬ気でこいつを止める!!」

 

 ツナの額に再び死ぬ気の炎が灯る。その様子に御坂妹は目を見開き、一方通行(アクセラレータ)は怪訝な顔をする。しかしこの場にいる者達の中で一番驚愕していたのは獄寺だった。

 

 ツナが死ぬ気丸を呑まずに死ぬ気になったからだ。

 

 死ぬ気丸を服用する事なく、極自然にツナ自身の純粋な死ぬ気と覚悟で(ハイパー)死ぬ気モードへと至ったのだ。10年後の未来での白蘭との最終決戦の時と同じだ。

 

「……はい。10代目、ご武運を……」

 

 故に獄寺は確信する。この戦いの結末を。

 ツナが死ぬ気になるのはいつだって他の誰かの為。誰かを守る為に戦うツナは絶対に負けない事を獄寺は知っている。

 そして今この場での御坂妹の治療は獄寺にしかできない。ならば獄寺はツナに任された事を全力で全うするだけだ。右腕として、守護者として、友達として。

 

 獄寺は嵐のバックルver.Xに炎を注入し、そこからSISTEMA C.A.I.を展開した。戦いの余波から御坂妹を守る為だ。

 そして晴の炎をリングに灯し、匣兵器にまたそれを注入。そうして出したのは治療用の匣兵器、晴コテ(サルダトーレ・デル・セレーノ)だ。笹川了平が持っていたものをジャンニーニが複製した匣兵器であり、元々はツナが怪我を負っていた場合を想定して用意した物だ。

 

 晴属性の死ぬ気の炎を灯し傷口に当てる事で、晴の特徴、“活性”により細胞組織の自然治癒力を活発にして何百倍もの早さで傷が治るという寸法だ。

 

(だがコイツは元々寿命が短い体細胞クローン……。その上14歳の御坂と同じくらいにまで成長させる為に多分妙な薬を投与されてるはずだ……。いくらなんでも晴の“活性”で全治させちまうのはコイツの寿命に悪影響が出ちまうだろうな……)

 

 それから簡易医療キットを取り出しながら獄寺は御坂妹に呼びかける。

 

「10代目はテメェらを助ける為に命張るんだ…!死んだら許さねーぞ!!」

 

 

 この一連の流れを黙って見ていた一方通行(アクセラレータ)は再び(ハイパー)死ぬ気モードとなって己の前に立つツナの方に興味が向いたようだ。茶化すかのようにツナに話しかけて来た。

 

「安いメロドラマは終わったかァ?くだらねェ……人形守る為に何必死になっちゃってンだァ?死ぬ気で止める?そンな恥ずかしい台詞良く真顔で言えるなァオイ」

 

「夕方、路地裏で妹達(シスターズ)が殺されていた。アレもお前がやったのか?」

 

「アァ?アレ見たのかよオマエ。血流操作。初めてやったが中々の出来栄えだったろォ?」

 

 人を殺しておいて出来栄えなどと言うこの男の異常性に普段ならゾッとしていただろう。だが今はそれ以上に怒りばかりが込み上げてくる。

 

 それでも聞いておかねばならない。一方通行(アクセラレータ)がこの実験に参加する理由を。あんな事をしている時点で不本意とは思えないが。

 

「……何故、こんな実験に加担した?お前は学園都市でもトップの力を持っているんだろう?妹達(シスターズ)を殺さなくても既に充分な力が……」

 

「……前にも聞かれたなァ、まァ強いて言うなら……絶対的な力を手にする為。最強とかそンなチャチなモンじゃねェ。俺に挑もうと考える事すら許されねェ程の絶対的な力……『無敵』が欲しィーンだよ」

 

「無敵の力……?そんなものの為に……!?」

 

「……オリジナルも似たような事言ってたなァ。正義感ってヤツかァ?くだらねェ」

 

 一方通行(アクセラレータ)はアウレオルス以上に他者の命を軽く見ている。いや、命を命とも思っていない。

 こんな奴に負けて御坂美琴と妹達(シスターズ)を助けられなかったら死んでも死に切れない。いや、少し違う。

 

(こいつにだけは……死んでも負けたくない!!)

 

「俺の炎は……お前みたいな奴から友達を守る為にあるんだ」

 

「はァ?」

 

「力が欲しいが為に人を殺した事を……その為に倒される事を、後悔しろ!!」

 

「……」

 

 できる訳がない。発火能力者(パイロキネシスト)如き、全部反射して終わりだ。こういう勘違いした馬鹿はいくらでもいた。それこそ発火能力者(パイロキネシスト)など吐いて捨てる程に。

 分かり切った結果を前に一方通行(アクセラレータ)は嘆息していた。

 

 前方数m先にいたツナの姿が一瞬にして消え、気付けば目の前に迫っていた。

 

「………ア?」

 

 そして次の瞬間、一方通行(アクセラレータ)は死ぬ気の炎を纏ったツナの拳で殴り飛ばされた。

 

****

 

 殴り飛ばされた一方通行(アクセラレータ)は最初何が起こったのか分からなかった。

 仰向けに倒れている事で夜空に浮かぶ三日月が見える。

 

(月……?何で月なンて見てンだァ?俺が仰向けになってるからか?じゃあ俺はなンで地べたに寝転がってンだァ……!?)

 

 いやそれより何故あいつが自分を見下ろしている?何故五体満足で立っている。

 

(痛ェ……痛ェ!?だと!?)

 

 激痛の走る鼻の辺りに手を触れるとドバドバと流れる鼻血が自分の手にベットリと着いている事を確認し、我に返った。

 

「なンだこりゃあああっ!!!?」

 

(ぶっ飛ばされたのか!?俺が!!?あり得ねェ!それなら奴の腕の方が折れてるはすだ!!俺に触れる事さえ!!)

 

 一方でツナもまた怪訝な顔をしていた。美琴からは一方通行(アクセラレータ)は全ての攻撃を跳ね返すと聞いていた。なので今のはその能力の確認をする為の小手調べのつもりだった。攻撃の跳ね返りがどのようなものなのか、それを攻略する為にどうすれば良いのか情報を集めながら戦うつもりだった。跳ね返りで受けるダメージを最小限で抑えられるように手加減しての攻撃だった。死ぬ気の炎だって跳ね返りで来る衝撃から自分の身を守る為に纏っていた。

 

 だが結果はその攻撃はアッサリと一方通行(アクセラレータ)を殴り飛ばした。その上死ぬ気の炎を纏っていたとはいえ、あそこまで過剰に痛がるものなのか?

 

(反射を無意識に切っちまったって事かァ?いや、それもあり得ねェ!他に集中してたならともかく、ただ反射するだけだった発火能力(パイロキネシス)相手にそンなわけがあるか!!)

 

 ぐらりと揺れながら立ち上がり、一方通行(アクセラレータ)は血走った目でツナを凝視して足を上げる。

 

「面白ェ……畜生、イイぜ!最っ高に良いね!!愉快に素敵に決まっちまったぞ!オマエはァァ!!」

 

 足を地に叩き付けると足元の砂利が衝撃波と共に超高速でツナに向かって飛んで来た。

 ツナは反射的に飛び上がって砂利も衝撃波も紙一重で躱した。直後、背後にあったコンテナが木っ端微塵に砕け散った。大空属性の炎の推進力がなければ超直感による先読みを以ってしても避けるのは難しかっただろう。

 

「あんな動作でこんな威力を……!?」

 

 一方通行(アクセラレータ)の動きはお世辞にも戦闘慣れしているとは言えない。並盛中の風紀委員の方が良い動きをしているのではないだろうか。

 

「余所見してンなァ!!!」

 

 華奢な身体からは考えられない跳躍力でツナの頭上に出現した一方通行(アクセラレータ)

 振り下ろされた腕から放たれるのは先程のものに劣らない程の衝撃波とパワー。ツナは咄嗟に左手を翳して死ぬ気の炎で盾を作る事でそれを正面から防ぎ、耐える。

 

 そして一方通行(アクセラレータ)の攻撃を炎の盾で相殺した事でお互いに一旦距離を取る。

 

「……どォいう能力だァ?オマエは発火能力者(パイロキネシスト)じゃねェのか?」

 

「死ぬ気の炎は能力じゃない」

 

 何から何まで訳の分からない事だらけだ。全ての攻撃を跳ね返すと聞いたのに最初の一撃はまともに食らって過剰に痛がり、その体格からはあり得ないパワーでの攻撃を繰り出す。仮にこいつが死ぬ気化したとしてもこんなパワーを出せるとは思えない。

 何もかもがちぐはぐ過ぎる。

 

(こいつの能力は一体……?)

 

 ただ何でもかんでも跳ね返すだけの能力ではない事くらいは予想していたが、分からない事だらけだ。

 一方通行(アクセラレータ)の方はツナの発言に何か思うところがあったのか、突然笑い始める。

 

「クカカカッ!!良いね!良いねェ!発火能力(パイロキネシス)じゃねェその能力(ちから)!最初はまた勘違いした馬鹿かと思ったが超能力者(レベル5)級の力はあるンじゃねェかァ!?この実験にはこォいうのを期待してたンだよ!簡単に壊れてくれンなよ隠しボスさんよォ!!!コイツはどォだァ!?」

 

 一方通行(アクセラレータ)が足の爪先でチョン…と触れただけ。それだけでそこにあった線路は縦に起き上がり、コツン…と拳で触れれば解体され、曲がり、弾丸のようにツナへと襲い掛かった。

 

「!?」

 

 次々と飛んでくる鉄材を躱すが地面に墜落する度に礫が飛び散り、ツナの注意を散漫にする。それからも死ぬ気の炎の推進力でそれらを躱す。下手に移動すれば獄寺と御坂妹の方へ流れ弾が飛ぶ可能性だってある。SISTEMA C.A.I.の防御があるとはいえ、それが二人に攻撃が飛んでも良い理由にはならない。

 

「ぐっ!!」

 

 礫の一つがツナの側頭部を掠める。そしてそれによって生まれた隙を一方通行(アクセラレータ)は見逃さない。同じように鉄材の雨をツナに向け、畳み掛ける。

 

「くそっ!!」

 

 しかしツナは鉄の雨が迫る上空に向けて死ぬ気の炎を両腕で振り撒き、盾の役割を作ると同時にその鉄を破壊する。死ぬ気の炎を纏った手刀ならば鉄を切断する事も容易だ。

 

「…っ!危ない!」

 

 砕いて弾いた鉄材の一つが一方通行(アクセラレータ)の真上に落ちる。ここまでは奴は押し潰されてしまう。

 だがまるで一方通行(アクセラレータ)を守る壁があるかのように、鉄材の一方通行(アクセラレータ)が接触するであろう部分のみが、歪み、捩れ曲がった。

 

「な!?」

 

「……危ない、だァ?オマエは状況分かってンのかァ!?何処に敵を心配する馬鹿がいンだ?ふざけてンのかオマエ」

 

 驚愕するツナ。しかし一方通行(アクセラレータ)は殺し合いをしているはずなのに自分を案ずる言葉を発したツナに苛立つ。いや、それ以上に格下如きに心配されたという事実が彼のプライドを逆撫でした。

 

「オマエ、目の前にいるのが“最強”だって事が理解できてねェのか?その俺相手に危ないだァ?……マジでナニサマのつもりだ?」

 

「……」

 

「そんなに死にてェなら望み通り愉快な死体(オブジェ)に変えてやンよ!!」

 

 一方通行(アクセラレータ)は飛ばした鉄材が周囲のコンテナを破壊した事を確認し、その中身も態々口に出してツナに説明する。

 

「コンテナの中身は小麦粉みてェだな」

 

「それがどうした」

 

「今日は良い感じに無風みてェだし、ひょっとすると危険かもしれねェなァ……!!」

 

 地面の砂利に先程の線路同様に足の爪先で軽く触れる。それだけで彼の背後にあるコンテナの一つが先程の御坂妹以上に空高く打ち上がった。

 

「……粉塵爆発って知ってるかァ?」

 

「っ!!」

 

 コンテナが別のコンテナに落下し、火花が散る。その瞬間、そのコンテナの中にあった溢れた小麦粉に引火して大爆発を起こした。

 黒煙と爆炎が周囲を覆う。その中を一方通行(アクセラレータ)は悠々と歩いて出て来る。

 

「あーあ、死ぬかと思ったァ。酸素奪われるとこっちも辛いンだっつの。こりゃ核を撃っても大丈夫ってキャッチコピーはアウトかなァ?」

 

 そんな呟きの直後、黒煙と爆炎の中から凄まじいスピードでそこを突き抜け、脱出した人影が出てきた。言うまでもなくツナである。爆発を死ぬ気の炎で防ぎ、爆発による酸欠に陥る前に炎を噴射させて爆発の中から上空へと脱出した。

 顔は黒煙で少し汚れたが特に傷は見当たらない。

 

「……ススが付いただけで無傷かよ」

 

 ツナは一方通行(アクセラレータ)には目もくれず、遠方で御坂妹と一緒にいるはずの獄寺へと大声で呼びかける。

 

「獄寺君!爆発が起きたけど、そっちは大丈夫か!!」

 

「問題ありません!10代目こそご無事ですか!?」

 

「ああ!もっと激しくなるかもしれない!SISTEMA C.A.I.は可能な限り維持してくれ!」

 

 仲間を心配する余裕まであるときた。本当に簡単には壊れないオモチャが目の前に現れたらしい。

 

 ツナの方もこれまでの戦い、先程の鉄材の雨で一つ分かった事がある。

 

 一方通行(アクセラレータ)の身体の周りに何かがある。見えない力の塊のようなものが。何かの膜のようなものが一方通行(アクセラレータ)を包んでいる。

 

(それを起点に能力を発動しているのか……?)

 

 学園都市の能力は一人につき一系統。それが上条や小萌に聞いた能力開発の詳細の一つだ。どんなに多彩な事ができても結局は一つの能力に集約するという事だ。

 

「……」

 

 ツナは試しに今適当に拾った石ころを一つ一方通行(アクセラレータ)に向けて軽く投げた。するとそれは彼に届く前にツナが投げたよりも遥かに強い力で跳ね返って来た。それを躱しつつ、ツナは一方通行(アクセラレータ)の能力に対する結論を出した。

 

「そうか。そういう能力か」

 

「ア?」

 

「あらゆる力の向きを自在に操る。それがお前の能力だな?反射というのもお前に向けられた攻撃の向きを正反対に変えていたんだな。正確には身体の周囲にその能力を作動させる結晶のようなものを纏っている」

 

「……初見でソレを見抜くとは驚いたぜェ。そこのクローン共は一万回殺されても全然分かンねェのによ。そう、俺の能力はベクトル操作。運動量、熱量、電気量……あらゆるもののベクトルを保護膜に触れただけで感知・変換する」

 

(あのパワーはそういう事か……。こいつ自身のものじゃなく、そこにある物を全て集約してぶつけて来ていたのか)

 

「随分と余裕があるんだな。態々自分から能力の詳細を話すとは」

 

「なァに、ちょっとしたご褒美って奴だ。この一方通行(アクセラレータ)を前にしてまだ呼吸してる上に一撃入れたンだ。誇って良いぜ?」

 

 一方通行(アクセラレータ)の能力についてはある程度分かった。今回の戦いの肝は全てを跳ね返すというベクトル変換だ。

 最初の一撃。死ぬ気の炎を纏った攻撃は跳ね返せてはいなかった。その理由は恐らくあの膜をツナの炎が……

 

(そうか。そういう事だったのか……)

 

 ブラッド・オブ・ボンゴレの超直感が全てをツナに悟らせた。

 

 死ぬ気の炎は魔術にも通用した。大空の“調和”が作用したのだ。ならば超能力にだって通じる可能性は充分にある。そもそも上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)も魔術や超能力を打ち消すのだ。それは双方の根本が同じ“異能の力”だったから。魔術と超能力は真逆のようで根本は同じ。ツナはそう直感…いや確信した。

 

(あの能力を発動させる膜を、俺の炎が空気と“調和”させたんだ!)

 

「特別に教えてやったンだ。ちょっとは頑張って生き延びろよ?その分愉快な死体(オブジェ)にしてやるからよォ!!三下ァァ!!!」

 

 シューティングゲームと言わんばかりに次々と飛ばされて来る解体された線路の数々。ツナはその全てをXグローブと死ぬ気の炎による高速飛行で躱しながら距離を詰めていく。

 だがそれは一方通行(アクセラレータ)も同じ。超スピードで迫り、反射によって障害物を避ける必要もなく、ツナへと迫る。

 

 全ての鉄材を躱して互いに正面に向き合う位置にツナが着地し、一方通行(アクセラレータ)は両手を伸ばして狂気的な笑みを浮かべる。

 

「好きな方の手に触れろ!それだけで血の流れを!生体電気の流れを!逆流させて死ねるからよォ!!!」

 

 互いの距離が詰まり、一方通行(アクセラレータ)が両手でツナを捉えようとした時、逆にツナの両手が一方通行(アクセラレータ)の両手首を掴んだ。

 

(グローブ越しなら安全とでも思ったかァ!?今すぐ生体電気を……!!)

 

 しかしすぐに違和感に気付く。殴られた時と同じだ。何故こいつは反射されずに俺の腕を掴める。

 

「ア?」

 

 死ぬ気の炎を纏った状態でツナは一方通行(アクセラレータ)の両腕を掴んでいた。生体電気を操ろうにもウンともスンとも言わず、逆にツナの手から放たれた死ぬ気の炎の熱が一方通行(アクセラレータ)の腕を直に焼いた。

 

「……ッ!!ウッ、ギィヤアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!?」

 

 熱い。熱い。手が焼ける。熱量が反射できない。高熱が直に一方通行(アクセラレータ)を蝕む。ツナの手を振り解こうにも力ではまるで敵わない。腕を握る力がそのまま自分の腕を潰してしまうんじゃないかと思える程だ。

 しばらく一方通行(アクセラレータ)の絶叫が響いてから、ツナは手を離す。一方通行(アクセラレータ)は腕の痛みに悶え苦しみながらも、ドス黒い殺意を込めてツナを睨む。

 

 しかしもうそこにツナはいなかった。

 

「!?」

 

「お前はこれまでどれだけの人を傷付けた?」

 

 既に背後にはツナが回り込んでおり、その右手で一方通行(アクセラレータ)の肩を掴んでいた。

 

「今度はお前がぶっ飛ばされる番だ」

 

 そう言うとツナは大空の炎を纏った拳を再び一方通行(アクセラレータ)の横っ面に叩き込み、殴り飛ばした。




一方さんの格を落とさないように戦闘を組み立てるのが結構難しい。というか上手くできてないかも。
初期プロットじゃタコ殴りにする気だったけど、それじゃあなぁ。


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高電離気体来る!

今回はBGMとしてアニメリボーンの「ツナ覚醒」を推奨します。美琴が現場に到着したシーン辺りから。


 一方通行(アクセラレータ)は潰れた蛙のようにベシャリと音を立てて倒れる。ドバドバと鼻血が流れ、その感覚を感じ取った事で咄嗟に手で出血を抑えようとする。

 

「……ッ!!ガァァァァァァァッ!!!」

 

 痛い。痛い。殴られた顔の痛みが引かない。ジンジン響く激痛に耐えられるだけの頑強な肉体と忍耐力を彼は持ち合わせてはいない。

 故に年甲斐もなくのたうち回り、みっともなく喚く。大声で痛みを訴える。

 

「お前の力はこんなものか?まだ序の口だぞ」

 

 ツナは確信した。一方通行(アクセラレータ)は弱い。どんな攻撃も全て跳ね返して勝ってきた者が、碌な喧嘩の仕方など知っている訳がない。痛みに耐性があるはずもない。

 

「……クソが!!」

 

 ようやく痛みに慣れて覚束ない足取りで立ち上がる。冷静になれ。奴に反射が効かないのなら、こちらから攻撃すれば良いだけだ。足元のベクトルを操作して己のスピードを飛躍的に上昇させる。

 

「ハッ!遅ェンだよ!!」

 

「遅いのはお前だ」

 

 ツナの背後に回り込んでも一瞬でツナの姿は目の前から消えて、逆にツナが一方通行(アクセラレータ)の背後に回り込み、間髪入れずに頬へと拳を叩き込む。一方通行(アクセラレータ)が周囲のベクトルで速度強化をしてもツナの大空属性の炎の推進力は容易くそれを凌駕する。

 

「ガッ!!?」

 

 殴られてまたも簡単に倒れる。フラフラと揺れながらも立ち上がり、一方通行(アクセラレータ)は血走った目付きと狂った嗤い声を上げながらツナに向かって叫ぶ。

 

「面白ェ……最っ高に……面白ェぞ三下ァァァァ!!」

 

「面白いもんか……」

 

「ア?」

 

「人が死んでもおかしくないような危険な戦いが、面白いわけないだろ!!」

 

 戦いを楽しむ旨の発言をした一方通行(アクセラレータ)に対し、ツナはそれを真っ向から否定して怒鳴り散らした。己の価値観を全否定された一方通行(アクセラレータ)は絶句する。

 

 大空属性の死ぬ気の炎を纏った拳が一方通行の頬を捉えて殴り飛ばす。当然、“調和”によって反射膜は機能しない。膜そのものが自然な空気と“調和”されてしまえば機能はしない。結論、大空属性の死ぬ気の炎を反射で防ぐ事は不可能だった。

 

 この炎には自然の摂理を捻じ曲げるベクトル変換は作用せず、反射膜も空気と“調和”されて消えてしまう。ならば後は単純な実力勝負だ。

 だがしかし、格闘戦になればツナ相手に一方通行(アクセラレータ)では勝ち目など万に一つも無かった。

 

 かと言って遠距離攻撃も通用しない。鉄骨を飛ばしても真正面から砕かれるか避けられる。衝撃波を起こしてもあの炎で防がれる。一旦距離を取ろうと超速でツナから離れても、次の瞬間には既に背後に回り込まれる。

 

 痺れを切らした一方通行(アクセラレータ)は能力を利用してスピードで劣ると分かっていながらも常人では追い付く事も見切る事もできない速度で襲い掛かった。狙うは炎が出ていない胴体部分。しかしツナの動体視力もスピードも一方通行(アクセラレータ)のそれを大きく上回る。その上、碌な近接戦闘のスキルを持たず、素の腕力もない一方通行(アクセラレータ)は大振りで適当な腕の振るい方しかできない。

 

 避けてくれと言っているようなものだった。

 

 容易く一方通行(アクセラレータ)の攻撃を躱したツナはそのまま死ぬ気の炎を纏った拳でガラ空きの鳩尾へボディブローをかます。

 

「がはっ……!!」

 

「クローンだって、みんな生きているんだ。殺して良い命なんて、一つもない!ましてやこんな実験の為に……なんで殺されなきゃいけないんだ」

 

「生き……てる?」

 

(だってあいつら……人形だって……そォ、言ったじゃねェか……)

 

 殴られた痛みとツナの一言から受けた衝撃が過去の出来事がフラッシュバックする。学園都市最強の座を狙って下剋上を仕掛けてきた馬鹿共を常に返り討ちにしながらも、それと研究者以外に人との繋がりが一方通行(アクセラレータ)には無かった。

 

 最強故に恐れられ、妬まれ、疎まれ、孤独だけが付き纏った。

 

『「最強」止まりでは君を取り巻く環境はずっとそのままなのだろうね』

 

『遠慮はいらんよ。相手は薬品とタンパク質で合成された、ただの人形なのだから』

 

 一方通行(アクセラレータ)を擁護していたものを全て壊された気がした。

 

****

 

 御坂美琴は沢田綱吉と獄寺隼人が炎を噴射して飛び立ってから暫くその場から動けなかった。

 

 止められなかった。止めなきゃいけなかった。

 

 あの一方通行(アクセラレータ)を力づくで止める。そんな事できるわけがないのに。

 それなのに止められなかったのは……あの優しい言葉に、暖かい炎に不思議と希望を感じたから。

 でもそんなものに何の根拠もない。美琴には一方通行(アクセラレータ)のベクトル操作を破る方法なんてこの世にあるとは思えなかった。

 

「みゃー」

 

 思考の渦に呑まれていると美琴は鳴き声からツナが連れて来た黒猫の存在に気付いた。学園都市最強の超能力者(レベル5)との激闘には連れて行けないのでツナは敢えて置いて行ったのだろう。

 

「……アンタ、ひょっとしてあの時の猫だったりする?」

 

 あの時…とは御坂美琴が初めて妹達(シスターズ)と遭遇した時、ミサカ9982号と出会った日の事だ。あの日も9982号は木から降りられなくなった黒猫を助けようとしていた。

 

「みゃー」

 

「ゴメンね。私には見分けがつかないや」

 

 この猫同様に妹達(シスターズ)も外見は同じだ。しかし一人一人に命がある。そして何より御坂美琴の妹なのだ。

 

「……他人任せにできない理由がある。まずは自分の気持ちと向き合わなきゃね」

 

 流石にこんな所に放置はできないので黒猫を抱き上げ、美琴はツナと獄寺が向かった次の実験が行われる場所へと走る。

 その途中、実験が行われているはずの場所から爆発が上がり、妹の救出に向かってくれたツナ達の身を案じる。

 しかし現場に辿り着いた御坂美琴が見たのは驚きの光景だった。

 

「うそ……!?」

 

 額と拳に炎を灯して一方通行(アクセラレータ)を殴り飛ばす沢田綱吉と、その沢田綱吉に殴られた事で錯乱し、一方的にぶちのめされ続ける一方通行(アクセラレータ)の姿がそこにあった。

 

 あり得ない。全ての攻撃を反射する一方通行(アクセラレータ)に攻撃を当てている事が。学園都市最強の……詰まるところ世界最強の能力者であるはずの一方通行(アクセラレータ)が圧倒され、なす術もなく殴られ続けている事が……御坂美琴には到底信じられない事だった。

 

「あいつ……あんなに強かったの?あの一方通行(アクセラレータ)を圧倒してるなんて……学園都市最強が相手なのよ?」

 

 ツナが美琴よりも強い事はもう分かっていた。だけど一方通行(アクセラレータ)に勝てるとは思ってもいなかった。

 いや、いくら一方通行(アクセラレータ)に勝てるからって、ツナが戦う必要なんて本当ならどこにも無いはずだ。むしろ学園都市を敵に回しかねない。無理矢理学園都市の生徒にされ、家に帰りたいはずのツナからすればデメリットしかないはずなのに。

 

(何の関係もない赤の他人なのに……逃げ出したって、誰も責めないのに……)

 

 見れば一方通行(アクセラレータ)の腕は暗い中、遠目から見てもボロボロだ。火傷を負っているのが分かる。それがツナの炎によるものなのは想像に難くない。

 

「本当に……あの約束を……?」

 

 呆然としながらもそのすぐ近くで妹の応急処置を施し終えて、彼女を背負いつつもツナの戦いを見ている獄寺を発見し、その視線をツナへと向けつつもそちらへ走る。獄寺の周囲には何かのパネルのようなものがある。それで己と妹の身を守っているのは何となく分かった。

 そしてこちらに気付いたツナと一瞬だけ……目が合った。

 

 駆け付けた美琴と一瞬視線が交差するものの、ツナは目の前にいる一方通行(アクセラレータ)から決して意識を逸らさない。

 

「がァアアアアアアッ!!」

 

 ブンブンと手を大振りに振り回しても擦りもしない。むしろそうして隙が生まれる事で次々と拳が叩き込まれていく。

 

「クソが!!ウネウネと……!ごぶァッ!?ガッ!?ぐっ!?」

 

 殴られる度に激痛が走る。それでも意識が途切れないのは間髪入れずに叩き込まれ続ける痛みが意識の暗転を阻害しているからだ。

 ここで気絶させるのでは意味がない。この男に自発的にこの実験をやめさせなければならないのだ。

 

「なンっなンだよ、その炎はァァ!!?」

 

「お前に教える必要なんて無い」

 

 死ぬ気の炎を纏ったアームハンマーが振り下ろされ、一方通行の顔面が砂利に叩きつけられる。

 

「ゴアァァ…!?ぐ、チョーシ乗ってンじゃねェぞ三下ァァ!!!」

 

 しかし一方通行もタダではやられるつもりはない。手を地面に叩きつけて、ベクトル操作で衝撃波を起こし、それと一緒に石や砂も凄まじいパワーで叩き込む。

 だがそれすらもツナは腕を振るい、死ぬ気の炎で即席の壁を作り、防ぐ。それを見た一方通行の顔に焦りと苛立ちが走る。そしてそのまま炎が一方通行に向けてぶち込まれた。

 

「アアアアアア!?あ、熱ィィィィ!!!……ごぱっ!?」

 

 死ぬ気の炎が直撃し、熱さと痛みに悶えていると顎に容赦なくアッパーカットをぶち込まれる。

 

「負けた事が無いだけで、最初から最強でも何でもなかったんじゃないのか?」

 

 ツナからすれば一方通行(アクセラレータ)なんかよりもこれまで戦ってきたXANXUSや白蘭、そして学園都市に来て出会った上条や美琴の方がずっと強いと思えた。この男が強いのは能力だけだ。

 

「そんな程度で学園都市最強を名乗っていたなんて、拍子抜けだぜ」

 

 反射という優位性が崩れてしまえば脆いものだ。筋力は禄に無いし、喧嘩の腕前も素人以下。これまでまともに殴られた事すら無い為に感じる痛みも過剰に感じてしまっている。

 

 ベクトル変換の能力が無ければ『ダメツナ』にすら力負けしてしまう程に脆弱だった。

 

「なンなンだ……なンなンだよその炎はよォォ!!」

 

「別に炎がなくてもお前に攻撃する方法はあるぞ」

 

 そう言うとツナは両腕に纏っていた死ぬ気の炎を消し、〝右手〟を握りしめて一方通行(アクセラレータ)に拳を繰り出し、触れる前に寸止めした。すると身体は言う事を聞かずにそのまま一方通行(アクセラレータ)を殴り飛ばした。

 

「「!?」」

 

 美琴は目を疑い、一方通行(アクセラレータ)は殴られた痛みと吹っ飛ばされた衝撃を受けて尚、驚愕する。ツナが一方通行(アクセラレータ)の反射を打ち破ったのはあの炎によるもので間違いないだろう。本人もその旨の発言をしているのだから。

 しかしツナは今、それを使わずに一方通行(アクセラレータ)に拳を叩き込んでみせたのだ。

 

 まるで、御坂美琴を苦しめる残酷な幻想を殺すかの如く、相応の能力(ちから)がなくては超能力者(レベル5)には勝てないというこの街の当たり前の常識を何の特別な力も使わずに打ち砕いた。

 

 ボンゴレの超直感が導き出したもう一つの反射攻略法。無意識に展開する反射用の保護膜に触れる寸前に攻撃を止める事で反射を逆に利用し、一方通行(アクセラレータ)に自ら攻撃を引き寄せさせるのだ。

 勿論簡単な事ではない。それを成すだけの修練と戦闘経験があって初めてできる事だ。ツナに限って言えば超直感がその寸止めをする判断の補助を果たしているが、その条件さえ満たせば例え無能力者(レベル0)にだってできる。

 

 ミシミシと骨が軋む音を聞きながら一方通行(アクセラレータ)はよりフラフラになって立ち上がる。

 

「チョーシ乗ってンじゃねェぞ三下ァァ!!体内の血流なり生体電気なりこっちで操作すりゃあオマエなンざ簡単にぶっ壊せンだよ!!」

 

「……」

 

 必死に手を伸ばし、何とかツナに触れようとする一方通行(アクセラレータ)。しかしツナの持つ近接格闘のスキルや戦闘経験、超直感がそれを許さない。触れさせる事すらさせずに一方通行(アクセラレータ)を殴り続ける。

 

 しかし、何を思ったのかツナは敢えて動きを止めて一方通行(アクセラレータ)に自分の肩を掴ませた。

 

「「!?」」

 

 ツナが急に止まって一方通行(アクセラレータ)が触れる事を許した光景を見て獄寺も美琴もギョッとする。

 

(触った!!これで今度こそ血を逆流させて……っ!?)

 

 ツナの意図など知るわけがない一方通行(アクセラレータ)は今すぐにツナを殺そうと能力を発動させる。しかし違和感はすぐに現れた。

 

(まただ!ウンともスンとも言わねェ!!なンで能力が作用しねェ!?)

 

 死ぬ気の炎で腕を焼かれる寸前と同じ。血も生体電気も極自然な流れを維持し、彼の能力にちっとも左右されない。その様子を見て獄寺はその明晰な頭脳と死ぬ気の炎に関する知識によって結論を導き出した。

 

「そ、そうか……!」

 

 バミューダと戦った時の死ぬ気の到達点やラル・ミルチが未来で全身から死ぬ気の炎を出したのと同じだ。ツナは全身の細胞を死ぬ気にする事で自身の大空属性の炎を身体の内側で張り巡らせているのだ。

 それならば一方通行(アクセラレータ)の能力で血流や生体電気を操ろうとしても、大空の“調和”の力で影響を受けない。

 

 言わば死ぬ気の到達点の一歩手前という事だ。体外に死ぬ気の炎を放出こそしていないが、全身の細胞が一方通行(アクセラレータ)を倒す為に死を覚悟する事で大空の“調和”が全身に行き渡り、ベクトル変換による影響を“調和”で無力化しているのだ。

 

(クソが!!だったら先にその炎を解析して……!!)

 

 反射が通用せず、ベクトル操作そのものすら無効化する得体の知れない炎。目の前にいるチビ曰く能力じゃないらしいが、ただの炎というわけでもないはずだ。解析さえしてしまえば反射はできる。一方通行(アクセラレータ)はそう思っていた。

 

「……は?」

 

 一方通行(アクセラレータ)の能力の本質はベクトル変換ではない。それは副産物に過ぎない。反射が上手く働かないのは彼がその対象を上手く理解していないから。ならば理解してしまえばそれに合わせて能力のフィルタを組み直せば反射可能になる。

 彼の能力の真髄は解析能力。その獄寺を上回る明晰な頭脳を以ってすれば死ぬ気の炎の本質を掴む事など容易い。これが能力ではなく、生命エネルギーを圧縮したものだと理解した。

 

 だからこそ分かってしまった。どんなに死ぬ気の炎用のフィルタを組んでも大空の“調和”で反射膜を無力化されてしまえば全てが無意味なのだと。例え大空の炎を解析できたとして、その性質を変えられる訳ではない。反射膜を死ぬ気の炎を対処出来るように設定したとしても、他の属性の炎ならともかく、“調和”の特性を持つ大空属性だけは絶対に反射できない。

 

(ふざけンなよ!?こンなモン、反射しよォがねェじゃねェか!?)

 

 彼はその対象に合わせて反射を組むのであって、向こうのものを自分の反射に合わせたものに変質させる事など決してできない。いや、できたとしても“調和”によって大空属性の炎だけはそれは叶わなかっただろう。

 

 どうしようもない事が分かってしまい、固まってしまう一方通行(アクセラレータ)。ツナはそんな彼を哀れむ事もなく、ただその鳩尾にこれまでで一番重い拳を繰り出した。

 

「あ……がァ……!!」

 

 腹部に走る激痛で一方通行(アクセラレータ)は現実に引き戻され、仰向けに倒れ込む。鋭い痛みにより、腹部を手で抑えながらダラダラと尋常ではない量の汗を流している。そしてツナはトドメを刺すつもりなのか、右腕に死ぬ気の炎を溜め始める。

 

(あの炎は……反射できねェ……!!)

 

 この戦いの中であの炎を解析したからこそ、それがどういうものか分かってしまった。分かったからこそ、どうしようもないと理解してしまった。反射のフィルタを組み直しても関係ない。保護膜が空気と“調和”されて無力化されてしまう。

 

 このままでは焼かれる。一方通行(アクセラレータ)はツナの腕で燃え盛る死ぬ気の炎に強い危機感を抱く。

 しかしツナは腕に溜めた炎を突如胡散させると諭すように一方通行(アクセラレータ)へと語りかけた。

 

「……やめだ」

 

「……!?」

 

「これ以上お前を殴っても、死んでいった妹達(シスターズ)は帰って来ない。大人しく捕まって罪を償って貰う」

 

 こいつは今何と言った。捕まえるだと。罪を償わせるだと。ふざけるな。自分が相手にしてきたのはボタン一つで作れる模造品だ。そんなものの為に何故自分が裁かれる必要がある。()()()()()()!!

 

「それからこの実験を止める方法、関係者、知っている事も洗いざらい……っ!?」

 

 力が要る。目の前のクソを黙らせ、叩き潰す力が。理りやルールすらも……全てを支配する、絶対的な力が!!!

 

「くか……くかきけこかかきくけききこかかきくここくけけけこきくかくけけこかくけきかこけききくくくききかきくこくくけくかきくこけくけくきくきくきこきかかかーーーーーーーーー!!!!!」

 

 一方通行(アクセラレータ)はこれまでやった事もない計算式を入力した。

 巨大な暴風が巻き起こる。辺り一帯の大気を全て巻き込んだかのような大規模なものだ。地球に穴が空いたような大気の渦。周囲のコンテナも簡単に舞い上げ、ツナに襲い掛かった。

 

「ぐっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 二人の戦いを観ていた獄寺と美琴もその衝撃波に吹き飛ばされそうになりながらも、どうにか死ぬ気の炎や能力を駆使して耐える。ここで吹き飛ばされてしまえば自分達だけでなく、満身創痍な御坂妹まで吹き飛ばされてしまう。

 

「空気、風、大気……あンじゃねェか。目の前のクソをブチ殺すタマが!!ここに!!」

 

 仰向けに倒れながらも咄嗟に行った演算による威力に興奮する。咄嗟に考え付いた事とはいえ、想像以上の破壊力だった。しかしそれが齎した結果は期待外れの一言だった。

 

「……チッ、大したダメージにもなってねェのかよ。つくづくバケモンだなァ、オマエも」

 

 ツナは暴風で巻き上げられながらも、大空の炎を周囲に振り撒いて盾を作る事で竜巻や副次的に発生した衝撃波を防いでいた。竜巻が一旦晴れれば空中で死ぬ気の炎を噴出して飛行するツナが悠然と一方通行(アクセラレータ)を見下ろしていた。

 

 近くにいた獄寺達には竜巻は直接襲い掛かる事はなく、衝撃波やそれによって飛ばされた物体等は彼のSISTEMA C.A.I.やダイナマイト、美琴の電磁波で処理が間に合っていた。

 

「……クソが」

 

 これだけの規模の攻撃すら対応されてしまう。だが反撃の糸口は掴んだ。

 反射ができず、能力も通用しないのなら、奴の炎を上回る圧倒的な力で叩き潰せば良い。

 

「……この手で大気に流れる風の『向き』を掴み取れば、世界中に流れる風の動き全てを手中に収める事ができれば……世界を滅ぼす事だって可能」

 

 学園都市最強?絶対能力者(レベル6)?無敵?そんなものはもういらない。一方通行(アクセラレータ)を止められる者など、この世界にただの一人も存在しないのだから。

 

(世界はこの手の中にある!!)

 

 ツナの方を見やれば今の暴風を警戒しているのか、明らかに一方通行(アクセラレータ)を殴り飛ばしていた先程までと様子が違う。その変化を愉快に思い、一方通行(アクセラレータ)は嗤う。

 

「……圧縮。空気を圧縮。圧縮、圧縮ねェ……。イイぜェ、愉快な事思い付いた!!もうちょっと付き合えよ!すぐにギネスに載っちまうぐれェ愉快な死体(オブジェ)にしてやるからよォォォ!!」

 

 叫びと共に新たに演算を開始する一方通行(アクセラレータ)。ツナはその橙色の瞳でジッと彼を見据える。何かを決めかねているようだ。

 再び巨大な暴風が巻き起こる。一方通行(アクセラレータ)を中心に力の渦が形成されていく。

 流石にこの規模の攻撃を見ては如何に奴を圧倒できていたとしてもツナが殺されてしまう。そう感じた美琴は青褪めた顔をしながらコインを取り出す。

 

一方通行(アクセラレータ)!!動かないで!!」

 

 超電磁砲(レールガン)を撃つ体勢を整えて牽制しようとする。当然、ツナの行為を無にするその行動に獄寺が黙っているわけがない。

 

「テメー何やってんだ!!10代目が何の為に戦ってると……「獄寺君、だっけ?その子を連れて離れて。反射されて巻き込まれるわよ」…!!」

 

 ツナが殺される前に自分が死ねば実験は終わる。そうすればツナがこの一撃で殺される事もない。そう思って超電磁砲(レールガン)を撃とうとした。しかし美琴はここで重大な事に気付く。

 一方通行(アクセラレータ)は視線はツナへと釘付けになっており、名前を呼んだ美琴の方を見ようとすらしなかった。

 演算に夢中になっているのか、ツナ以外に興味はないのか。故に美琴の存在に気付いてすらいないのではないか。

 

 恐る恐る一方通行(アクセラレータ)の頭上を見上げればそこには超巨大な高電離気体(プラズマ)が発生し、膨張していた。

 

(何よ……コレ……)

 

 風を一点に凝縮して生み出した高電離気体(プラズマ)。この辺り一帯が簡単にまとめて消し飛ぶだろう。

 

 一方通行(アクセラレータ)はツナを潰す事と自分の能力を試す事しか頭に無い。例え美琴が超電磁砲(レールガン)を撃ったところで一瞥すらしないだろう。それで反射して美琴が死んで実験中止の命令が今下っても止まりはしないと分かってしまった。

 

(どうすれば……!?)

 

 美琴がどうにかしてあの高電離気体(プラズマ)を排除できないかと考えようとしたその時、ツナが口を開いた。

 

「御坂さん……俺を信じてくれ」

 

「……!」

 

 ツナの視線は一方通行(アクセラレータ)から外れていない。恐らく美琴が奴に向かって叫んだ事は分かっても超電磁砲(レールガン)を撃とうとしていたところは見ていないはずだ。なのに全てを見透かされていた。

 その上で信じて欲しいと言われた。

 

「獄寺君、御坂さんを頼む」

 

「……!分かりました!おい御坂!とっとと離れるぞ!!」

 

 ボスであるツナに美琴を守るように頼まれた獄寺はSISTEMA C.A.I.のシールドを前方に集めて正面からの防御のみに割きつつ、御坂妹を背負いながらも美琴の腕を引っ張る。

 

「で、でも……!!」

 

「心配いらねぇよ」

 

 美琴の不安を払拭するかのように御坂妹を背負う獄寺は告げる。何処かこの後の展開を期待するかのような表情でまっすぐにツナだけを見ていた。

 

「出るぜ……10代目の大技がな」

 

 巨大な高電離気体(プラズマ)を精製し、それをツナにぶつけるべく演算する一方通行(アクセラレータ)。それに対抗すべくツナはその高電離気体(プラズマ)と同じ程度の高さにまで自分の位置を調整し、眉間に皺を寄せて片手から浮遊する為の炎を放出しながら、両腕を前後に真っ直ぐ伸ばし、一方通行(アクセラレータ)の作る高電離気体(プラズマ)に照準を合わせて体勢を整える。

 

「オペレーションX(イクス)

 




説明

一応理屈としては一方通行の能力が先に死ぬ気の炎に干渉しています。しかし大空の炎の特性が“調和”……全体のバランスが保たれていて矛盾や綻びのない状態である為に自然の摂理を捻じ曲げるベクトル操作が効かないのです。そして大空の炎が一歩遅れて一方通行の能力に干渉し、一方通行の周囲にある保護膜を空気と調和させて消しているのです。

複数の属性なら一方通行の保護膜を破壊して攻撃できるなどの意見も出ていますが、私の考えとしてはそれより先に一方通行の能力が死ぬ気の炎に干渉する方が早いので大空以外の属性の炎は解析されてしまえば普通に反射されるというのがこの小説における設定です。
よって真正面から反射を破れる死ぬ気の炎は大空属性のみです。

例外として霧の炎や砂漠の炎を使う術士ならば炎に干渉させずに幻覚を見せるといった限定的な戦い方をすれば一方通行相手に勝機を見出すこともできるでしょう。
あとは空間移動の他にも使い手の肉体を異形のものに変質させるといった未だ謎の多い夜の炎なら可能性はあるかな……?


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X BURNER来る!

この小説の構想のきっかけは「大空の調和なら一方通行の反射破れるんじゃね?」と思った事です。調和便利過ぎる。

今回のテーマ曲は勿論「sister's noise」です。
イメージとしては超電磁砲SのOPで27秒〜30秒の各キャラのカットが出る所を上条さんの次に煙草を蒸す獄寺の横顔、一方さんの次に正面向いた(ハイパー)ツナを持って来て、最後の上条さんのシーンを(ハイパー)モードのツナに差し替え。※身長は美琴の方が高い。


 第七学区のとある高校の学生寮の一室にて、ツンツン頭の少年と腹ペコシスターが激戦を繰り広げていた。シスターはツンツン頭の少年がその手に持つ皿の上のオムライスを奪取すべく、目をギラつかせてにじり寄る。

 

「ちょ!インデックス!こっちのオムライスは駄目だ!ツナの分だって言ってるだろ!」

 

「これだけじゃ私は全然足りないんだよ!」

 

「俺の分まで食って言う事か!?」

 

 もう一人の同居人がシリアスな戦いを繰り広げる傍ら、彼らもまた、凄まじい激戦を繰り広げていた。

 激戦の末、結局噛み付かれた挙句オムライスを守れずに強奪された上条は氷嚢を頭に付いた歯型に当てながら未だ帰らぬ同居人の事を考える。

 

「……にしても、ツナの奴、本当に遅いな……。一応遅くなるってメールは来たけど、何やってんだ?」

 

****

 

「オペレーションX(イクス)

 

『了解シマシタ、ボス。X BURNER発射シークエンスヲ開始シマス』

 

 ツナの言葉に合わせてヘッドホンから機械の音声が聞こえてきた。元ミルフィオーレの天才メカニック、スパナによって製造されたコンタクトディスプレイによるX BURNERの発射誘導プログラムである。

 

(やはり10代目はX BURNERで対抗する気だ!!)

 

 ツナの右手から後方へ柔の炎が放射される。ツナの必殺技、X BURNERは後方に柔の炎による支えを設け、前方には爆発的なエネルギーの剛の炎を放射する。

 

 ツナと一方通行(アクセラレータ)が互いに大技の溜めをしている最中、御坂美琴は己の無力感に打ち拉がれていた。

 

(なんでッ……なんで私はこんなに弱いの?常盤台のエース?七人だけの超能力者(レベル5)?何もできないじゃないッ……!!)

 

 妹の怪我の治療も一方通行(アクセラレータ)を倒す事も人任せになってしまう。自分では誰も守れない。

 そんな負の感情を抱えて俯く美琴に喝を入れたのは獄寺だった。

 

「目ぇ逸らしてんじゃねぇ。ちゃんと戦いを観ろ。10代目はてめぇら姉妹の為に戦ってんだ」

 

 キレるわけでもなく、ただ力強くツナを見るように告げる。己が生涯の忠誠を誓ったボスである沢田綱吉の事を右腕として深く知っているからこそ、語る。

 

「10代目は自分の為には死ぬ気で戦えねぇ。自分の為に力を振るえねぇ。そういう気質の御方なんだ。10代目が戦うのはいつだって誰かの為だった」

 

「あ……」

 

 獄寺の話を聞き、美琴には思い当たる節があった。スキルアウトに絡まれても炎を使おうとはせず、泣いて逃げていた。美琴に喧嘩を売られた時も上条に助けを求め、結局二人で逃げていた。ツナならばどちらも簡単に捻じ伏せる事ができたはずなのに。

 

 沢田綱吉は自身に降り掛かる火の粉を力づくで排除しようとは決してしなかった。

 

 だが美琴が妙なロボットに襲われた時は躊躇いもなく、その炎の力を使い、美琴を助けてみせた。そして今一方通行(アクセラレータ)と戦っているこの時も美琴と殺されようとしていた妹達(シスターズ)の為に……。

 

「だからこそ、誰かの為に死ぬ気で戦う10代目は……絶対に負けやしねぇ」

 

 骸、XANXUS、白蘭、D(デイモン)・スペード、復讐者(ヴィンディチェ)。仲間を守る為に数々の強敵を死ぬ気で打ち破ってきたツナを獄寺はすぐ側で見てきた。だからこそ断言できる。

 

「……ミ、サカは……あの人の言葉が……」

 

「!アンタ、気がついたの!?」

 

 獄寺に治療され、気を失って背負われていた御坂妹が目を覚ます。美琴は意識を回復させた妹を見て安堵する。そして御坂妹は無理に獄寺の背中から降りてぼんやりとした瞳で美琴を見て意識を失う前の事を語る。

 

「あの人は……ミサカがどんな生まれでも関係ないと言いました。誰が何と言っても、友達で…い……と…だと。その言葉の意味がミサカには、分かりかねます」

 

「……」

 

 それは自分が実験動物だとしか認識していなかったからなのか。その所為で自分を人間と思っていないからなのか。

 

 

 

「けど、何故だか……あの言葉はとても響きました」

 

 

 

「ぎィやははははははははは!!!」

 

 一方通行(アクセレータ)の下卑た嗤い声が響き、ツナは心底不愉快そうに顔を顰める。

 

「凄エェ!自分の身体のように!手足を動かすかのように!空間全てを支配していく感覚ゥ!!アッハハァ!!強ェ相手と()ンのがレベルアップの近道ってのはマジみてェだなァ!!えェ!?三下ァ!!」

 

 風を、大気を操り高電流気体(プラズマ)を精製していく一方通行(アクセラレータ)はこれまで感じた事のない程の全能感によって何処までも高揚していく。

 一方でツナはX BURNERの為の柔の炎を後方に放ちながらも一方通行(アクセラレータ)とは対照的に何処までも冷めていた。

 

「……随分と余計な口を叩くんだな、お前は」

 

「いつまでもスカしてンじゃねェぞ!!感謝を込めて!オマエを跡形も無くゥ!!消し飛ばしてやらァァ!!」

 

 一方通行(アクセラレータ)の頭上に精製された巨大な高電離気体(プラズマ)が完成された。ツナは嘆息して、ハイになっている一方通行(アクセラレータ)に心底呆れながら口を開く。ツナにとって一方通行(アクセラレータ)打倒は通過点でしかない。目的はあくまでこの胸糞悪い実験を破綻させ、残った妹達(シスターズ)の命を守る事だ。

 

「やっとか。随分と時間がかかったな。待った甲斐がある。それを正面から消し飛ばせばお前を黙らせる事ができるからな」

 

「消し飛ぶのはオマエだァァ!!」

 

 一方通行(アクセラレータ)は新しいおもちゃを買って貰った子供のようにはしゃぎ、高電離気体(プラズマ)をツナにぶつけようと振り下ろす。それに合わせてツナはコンタクトディスプレイの指示を無視してまで溜めたままにしていた剛の炎を掌から解き放つ。

 

「死ね!!」

 

「X BURNER!!!」

 

「待っ…」

 

 ツナの身を案じて美琴が大技同士の衝突を止める為に叫ぼうとする。しかしその甲斐も虚しくその前に両者の技がぶつかり合った。

 巨大な高電離気体(プラズマ)とX BURNERの剛の炎が衝突する。その余波が一瞬にして広がったが……その余波が発生したのもその一瞬だけだった。

 次の瞬間にはX BURNERの剛の炎は高電離気体(プラズマ)を貫き、呑み込み、消し飛ばしていた。

 高電離気体(プラズマ)が消し飛び、周囲のコンテナや風車までもが木っ端微塵に破壊され、消滅する。そしてまっさらな夜空に橙色の、大空属性の死ぬ気の炎が揺らぎながらも溶けていった。

 

「………は?」

 

「嘘……」

 

「これは……偽装能力(ダミースキル)か何かですか?」

 

 一方通行(アクセラレータ)も、美琴も、御坂妹も……三者三様に愕然としてありえないものを見ていた。獄寺だけがそれを当然のものとして受け入れていた。

 

 何が起こったのか理解出来ない。いや、一方通行(アクセラレータ)は理解したくなかった。自らの演算能力の全てを費やした間違いなく現時点における一方通行(アクセラレータ)の最強の攻撃だった。超電磁砲(レールガン)など足元にも及ばない程の。それが至極あっさりと力負けしたのだ。

 

(何なンだ……!?何なンですかこの愉快なバケモノは!!?こンな奴が超能力者(レベル5)に認定されてねェってのはどォいう事だ!?)

 

 超能力者(レベル5)の中に発火能力者(パイロキネシスト)が名を連ねているという話は聞いた事がない。一方通行(アクセラレータ)とて、超能力者(レベル5)の詳細を全て把握している訳ではないが、この実験の資料の中には七人全員の能力名と簡単な説明は載せられていた。その中に発火能力(パイロキネシス)は無かったはずだ。

 

 つまりこの男は少なくとも超能力者(レベル5)ではないのだ。

 

 いや、既に死ぬ気の炎を解析した一方通行(アクセラレータ)には死ぬ気の炎が発火能力(パイロキネシス)ではない事……つまりツナがそもそも能力者ですらない事も分かっている。

 訳の分からない出来事が連続し、『最強』であるはずの自分が今正に『敗北』を突き付けられようとしている。彼は歯軋りをして苛立ちながら怒鳴り散らす。

 

「……何なンだ。何なンだオマエらはよォ!!どいつもこいつも俺の無敵化の邪魔ばっかしやがって!!絶対能力者(レベル6)よりそンなクローン共が大切だってのか!?アァ!?」

 

 そう言うと本来殺すはずであった御坂妹に視線を向け、半ば八つ当たり気味に足を地に叩き付ける事で強烈な衝撃波が彼女に向かっていく。美琴は妹を守る為に超電磁砲(レールガン)を撃つ為のコインを取り出そうと、ポケットに手を突っ込んだ。

 しかしその前にツナが衝撃波の前に先回りして、左腕を振るう事でそこから噴き出した大空の炎をぶつけて相殺した。

 

「お前だけは御坂さんにも妹達(シスターズ)にも二度と近付かせない!!」

 

「……!!」

 

 悉く邪魔をするツナを睨む。しかし御坂妹を狙った事で膠着状態が生まれ、ゆっくりと深呼吸をする事で一方通行(アクセラレータ)は冷静な思考を取り戻していく。

 

「……理解できねェな。オマエもそこのオリジナルも、三下も……なンで人形を庇う?」

 

 御坂妹を指差し、確かめるかのように告げる。

 

「そいつらは超電磁砲(レールガン)の出来損ないの乱造品」

 

「っ!」

 

 一方通行(アクセラレータ)の暴言にツナは怒りで表情を歪ませる。そして一方通行(アクセラレータ)は今度は美琴へ視線を向けて問いかける。

 

「それをこの世で一番疎ましく思ってるのはオマエだろうがよ。自分と同じ顔したのが壊されンのが面白くねェのか?だがそンな理由で命を張るわきゃねェよな」

 

 ならば一方通行(アクセラレータ)が考えられる理由は限られてくる。

 

「自分より先に絶対能力者(レベル6)が生まれンのが許せねェのか?それともこンな実験の発端を作っちまった事への罪滅ぼしかァ?」

 

 そう問いかけた一方通行(アクセラレータ)に対してツナは眉間に一層皺を寄せて、悲しそうに…いや、本当に悲しみながら言った。

 

一方通行(アクセラレータ)、お前……どうしてそんな考えしかできないんだ」

 

「は?」

 

 憐れみでも怒りでもない。一方通行(アクセラレータ)の考えた御坂美琴が妹達(シスターズ)を守る理由を聞いたツナはそのねじ曲がった考えに怒るよりも先に、その感性を憐れむよりも先に……悲しんでいた。

 

 ここまで必死になって自分の命を投げ捨てようとしてまで妹達(シスターズ)を守る理由なんて決まっているだろう。

 

 なんでこいつにはわからないんだ!!!

 

 ツナの後ろで美琴はゆっくりと一歩を踏み出し、妹を庇うように手を下げる。一度は圧倒的な力の差による恐怖を前に直視する事すらできなかった一方通行(アクセラレータ)をまっすぐに見据えて。

 

「『神様の頭脳(レベル6)』なんてものに対する興味も、こんな事で罪を償えるとも思ってるわけでもない」

 

 御坂妹の心は、次の美琴の一言で確かに動いた。

 

「妹だから」

 

 その短い一言に、姉が妹を守る事の全てが込められていた。

 

「この子達は……私の妹だから。ただそれだけよ」

 

 理由なんていらない。兄弟や姉妹がお互いを助け、守る事に理由なんていらない。ちゃんとした血の繋がりがあろうがなかろうが、母がお腹を痛めていなくても、御坂妹は……妹達(シスターズ)は御坂美琴の妹なのだ。

 どんな時でも守りたいと思う。理屈抜きで身体が動いてしまう。それが家族というものだ。

 

「ゴメン、今更そんな資格ないのは分かってる。自分の手で守る事も一方通行(アクセラレータ)を倒すもできずに貴女を治療する事すら人任せ……でも今だけはこの場に立つのを許してくれる?」

 

「………ハイ」

 

 ツナは一方通行(アクセラレータ)から決して目を逸らさずにそんな姉妹のやり取りを聞いていた。そして背を向けながらも美琴に告げる。

 

「……もう、一人も死なせない」

 

「うん……」

 

 ツナは呆気に取られている一方通行(アクセラレータ)の目を見て今度は自分がこうして戦っている理由を述べる。

 

「まだ答えてなかったな。俺が戦う理由……。友達だからだ」

 

「ア?」

 

妹達(シスターズ)が殺されていくのも、御坂さんが泣いているのも黙って見てなんかいられない……」

 

 並盛に住む仲間達を守るのと同じだ。上条と共にインデックスを救った時と何も違わない。仲間を守りたい。それがツナの覚悟の源だから。

 

「みんな俺の大切な友達だから」

 

「……姉妹()()()に友達()()()かよ下らねェ!!一人も死なせねェ?図に乗ってんじゃねェぞ格下共が!!」

 

 美琴とツナが妹達(シスターズ)を守ろうとする理由を『ごっこ遊び』と一蹴し、そんな理由で自分に楯突いたのかと怒りを露わにする一方通行(アクセラレータ)

 当然、そんな暴言をツナが許す訳がない。

 

「それ以上御坂さんと妹達(シスターズ)を侮辱するな!!妹達(シスターズ)は人形でもモルモットでもない!!未来を生きる権利がある、ちゃんとした人間だ!!」

 

「ハァ?そいつらは俺に殺される為に作られたクローンだろォがよォ……ボタン一つで作れる模造品。俺の無敵化の為に使い潰される事以外に生きる価値なンてねェーよ」

 

 それから同じ超能力者(レベル5)である美琴との格の違いについて講釈する。

 

「視力検査が2.0までしか測れねェのと一緒さ!!学園都市にゃ最高位のレベルが5までしかねェから、仕方なく俺はここに甘ンじてるだけなンだっつの!!オマエを殺せばそこのオリジナルじゃ足止めにもならねェって事を教えてやるよ!!その人形をスクラップにしてどれだけ自分が無力か……」

 

「このクソ野郎が!!何様のつもりだテメェ!!」

 

 一方通行(アクセラレータ)のあんまりな物言いにキレた獄寺が噛み付く。だがその言葉で本当にぶちギレていたのはツナだった。

 まるで全身から死ぬ気の炎が噴き出したかと錯覚する程に凄まじい圧力がツナから放たれ、一方通行(アクセラレータ)はそれに気圧され、後方に押し退けられる。これにも反射は作用できない。

 

「ふざけるなよ!!」

 

 途轍もない怒気を発して一方通行(アクセラレータ)を睨み付けるツナ。その雰囲気はかつて未来での戦いにおいてユニの死をパズルのピースが壊れたと揶揄する白蘭への怒りに燃えた時と酷似していた。

 

「クローンがどうとかなんて関係ない!お前が奪ってきたものは……目の前にあるものは命なんだ!!お前は人の命を何だと思ってるんだ!!」

 

 

「一万人以上も殺して……お前は本当に何も感じないのか!?」

 

 

「答えろ!一方通行(アクセラレータ)!!」

 

「……」

 

 昔、この強大な力故にいくつもの災厄を招いた。

 

 この能力(ちから)はいつか世界そのものを敵に回し、本当に全てを滅ぼしてしまうかもしれない。

 だが『最強』のその先へと進化すれば何かが変わるはずだ。そう思ってきた。

 

 力が争いを生むのなら……争う気も起きなくなる程の絶対的な存在になれば良い。……そうしたら、いつか、また……。

 

 そうすればもう、誰も……。

 

「……下らねェ。さっきも言っただろォが。妹達(そいつら)超電磁砲(レールガン)の出来損ないの乱蔵品だってな。俺の無敵化(レベル6)の糧。それ以上の価値なんて無ェーよ」

 

 思考を打ち切り、そう断言した。

 それを聞いたツナは右手を握り締め、そこから死ぬ気の炎を噴出させて叫ぶ。

 

「そんな間違いが正しいなんて本気で思ってるなら、俺がそんな幻想ぶっ壊してやる!!」

 

「ギャハハハ……良い加減現実見ろ三下ァァァァ!!!」

 

 一方通行(アクセラレータ)の周囲を強烈な竜巻が覆う。それに応えるようにツナは身体の周囲に死ぬ気の炎を纏った。互いにこの一撃で決めるつもりだ。

 

「加減はしないぞ…!!」

 

「ほざィてンじゃねェぞ三下ァァ!!!」

 

「行くぞ!!」

 

「死ネ!!!」

 

 向かい合う二人の姿が一瞬にして消える。そして次の瞬間には丁度二人が離れていた距離の中間地点にて二人の姿が現れた。

 

 一方通行(アクセラレータ)の大振りな手を躱したツナと、そのツナの右ストレートを顔面にモロに喰らい、顔を歪ませる一方通行(アクセラレータ)の姿が。

 

「あ……が……」

 

 殴り飛ばされた一方通行(アクセラレータ)は勢い良く後方へと吹っ飛んでいく。大空の炎相手に彼の能力は殆ど機能できないからだ。だがこれで終わりではない。

 大空の七属性随一の推進力にてツナは吹っ飛んでいる最中の一方通行(アクセラレータ)へと追い付き、その顔を左手で鷲掴みにした。右手で左手首を掴み、左掌に死ぬ気の炎がチャージされていく。

 

「もう実験は終わりだ。一方通行(アクセラレータ)

 

 思えば目の前の少年は最初から自分を敵として認識こそしていたものの、最初から、そして今も尚、眉間に皺を寄せて、その顔は悲壮に満ちていながらも……祈るように拳を振るっていた。

 

 憎しみを己にぶつけるような戦いはしなかった。

 

 全ては友を守る為。

 

 孤独で他者を寄せ付けようとしない一方通行(アクセラレータ)では決して持ち得ない『強さ』だった。

 

『クローンだって、みんな生きているんだ。殺して良い命なんて、一つもない!』

 

『この子達は……私の妹だから。ただそれだけよ』

 

 死ぬ気の炎の推進力でその先に残っていたコンテナに激突すると同時に一方通行(アクセラレータ)の顔を鷲掴みにするツナの左手から純度の高い大空の炎が一気に放出された。

 そして辺り一帯に爆発したかのように大空の炎が噴出し、燃え広がった。

 

(ホント、何やってンだ俺………)

 

 大空の炎に包まれ、身を焼かれる中、一方通行(アクセラレータ)はこれまでの全てを『後悔』した。

 

 暫くして大空の炎は空気に溶けるかのように消えていき、爆発によって発生していた煙も晴れていく。

 そこには巨大なクレーターの上で気を失い、身体中に火傷を負って仰向けに倒れる一方通行(アクセラレータ)と、片膝を付き、その一方通行(アクセラレータ)を悲しげに見下ろすツナがいた。

 

(10代目の死ぬ気の炎が……奴のドス黒い邪気を浄化した……)

 

 かつて黒曜との抗争の際、骸を倒した時と同じだ。後からリボーンにその話を聞いたが、この光景は正にそれそのものだった。

 

 沢田綱吉が一方通行(アクセラレータ)に勝利した。

 まだ全てが解決した訳ではない。この実験の計画そのものを破綻させない事には終わらない。だけど、一方通行(アクセラレータ)を捻じ伏せた以上、奴の手で妹達(シスターズ)がこれ以上殺される事はないと言っても良い。ツナがそれを阻止してくれる。

 

 もう誰も死なせないという約束をツナは守ってくれたのだ。それが目の前で果たされた事で御坂美琴は歓喜、そして感謝の想いで泣き崩れた。

 

 かつて彼を鍛えた家庭教師は言った。お前はヒーローになんてなれない男だ。ヒーローらしいカッコつけた理屈など彼らしくないのだと。それは確かにそうなのかもしれない。

 だからこそツナはもっとシンプルに、友達を守りたいという想いで戦う。

 

 しかしたった独りで絶望して泣いていた女の子にとって、そのシンプルな想いで戦ってくれた沢田綱吉は紛れもないヒーローだった。

 

 この日、勉強や運動……何をやってもダメダメと言われた一人の少年によって残酷な幻想が打ち砕かれ、数多くの命が救われた。




X BURNER程の大技は相手もまたそれを放つに相応しい存在でなければなりません。
ねーちんもそれに値する相手ではありましたが、そもそもツナがいれば原作程上条さんを痛め付けないので使わない。アウレオルスはそこまでの価値を私は感じませんでしたし、そもそも場所的に大勢の人が理不尽に巻き込まれます。ステイル?論外。

その点、とあるの主人公の一人であり、学園都市最強の超能力者(レベル5)である一方さんなら文句無しですし、場所的にも他に被害者は出ませんからね。そもそも最初からX BURNERは一方さん戦まで取っておこうと思ってました。


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実験の凍結来る!

白蘭、虹の代理戦争以来マーモンに1時間1000万円で内臓の幻覚作って貰ってるけど、トリカブトに頼めば良いんじゃ……?


 -8月22日 早朝

 

「……ん」

 

 御坂美琴は病室の待合室のソファに座った状態で目を覚ました。

 

(あいつが……一方通行(アクセラレータ)を倒してくれた……。まだ『実験』が完全に終わったわけじゃないけど、もうあの子達は死ななくて済むかもしれない……)

 

 ツナが一方通行(アクセラレータ)を倒した後、獄寺が応急処置をしたとはいえ、ボロボロに傷付けられた御坂妹を治療する為に美琴が知る中で最も腕利きであり、信頼できる医者がいる第七学区の病院に来ていた。

 

 御坂妹をカエル顔の医師に任せて、本格的な治療が終わるまで三人でこの待合室で待っていたのだが、結局三人共疲れてここのソファで眠ってしまったのだ。美琴は連日実験の関係施設を襲撃した疲れと寝不足、実験による精神的苦痛と疲労。獄寺は学園都市に来てから丸一日一睡もせずに飲まず食わずでツナを捜索し、そのままあの実験に関わる事になった。ツナは言わずもがな一方通行(アクセラレータ)との激戦が理由だ。

 

「本当に学園都市の第一位を倒しちゃうなんて、どんだけ滅茶苦茶なのよ……」

 

 しかしここで美琴はある事に気付く。

 

「……あれ?二人共いない……」

 

 一緒にこの病院に来たツナと獄寺の姿がそこにはなかった。二人を探そうと美琴は待合室を出て辺りを見回す。しかし近くにはいないようだ。

 ならまずは御坂妹の容態を確認するべきかと美琴はカエル顔の医師がいるであろう診察室に向かう。その途中で後ろから声をかけられた。

 

「お姉様」

 

****

 

 学園都市の病院の一室の扉を沢田綱吉は恐る恐る開く。開いた先の部屋は個室であり、備え付けのベッドの上には白髪で痩せ型の少年、一方通行(アクセラレータ)が眠っていた。その身体の至る所に包帯が巻かれている。ミイラ男寸前だ。

 

「……俺がやった事だけど、後遺症とか残ったりしないよな?」

 

 一方通行(アクセラレータ)を倒して御坂妹を病院に連れて来る際、ツナは気絶している一方通行(アクセラレータ)も一緒に連れて来ていた。美琴からすれば納得できない事かもしれないが、あれだけ殴り飛ばして死ぬ気の炎で直に焼いて、そのままほったらかしになどツナにはできなかった。リボーンがいたらやはり甘いと言われるだろう。

 

「だったらそもそも怪我をさせないで欲しかったね?」

 

「うひゃあああっ!?」

 

 ボロボロの一方通行(アクセラレータ)の様子を見ていると背後から彼と御坂妹の治療を担当したカエル顔の医師に話しかけられてビビり散らすツナ。この医師はインデックスの完全記憶能力について色々と質問をした相手でもある。

 

「心配いらないよ。そもそもそこまで重い怪我でもない。この街の医療技術なら二、三日もすれば完治して退院できるね。というか、一応その辺は配慮して攻撃したんだろう?」

 

 普通に一方通行(アクセラレータ)の眠る部屋に入っていくカエル顔の医師に釣られてツナも入室し、ベッドの上で問題なく眠る一方通行(アクセラレータ)を見て安堵する。

 

「……君は相当変わってるね?上条君よりもお人好しなんじゃないかい?」

 

「え?」

 

「僕は別に彼を責めるつもりはないけれど、今回、絶対能力進化(レベル6シフト)計画が許せなくて戦った君からすれば彼もまた決して許せない相手になると思うけどね?少なくとも彼の身を案じるなんて普通はあり得ないと思うよ」

 

「……」

 

「まぁ僕からすれば彼も僕の患者だ。生きているなら必ず治すだけだけどね」

 

 そう言ってカエル顔の医師は病室から立ち去って行った。ツナは医師に言われた事を思い返す。骸と戦った後も復讐者(ヴィンディチェ)に連れて行かれた黒曜の一味が殺されていないかと心配だった。

 

 仲間を傷付けた骸も妹達(シスターズ)を殺し続けた一方通行(アクセラレータ)も許せない事に変わりはないが、だからといって、どちらも酷い目に遭っても構わないとは思えなかった。

 

「……何やってンだクソチビ」

 

「ひいぃぃぃぃっ!?」

 

 考え込んでいると丁度目を覚ましたらしい一方通行(アクセラレータ)に話しかけられてセミの死骸が急に動いたのを見たような感覚で驚くツナ。

 

「……なンで散々俺をボコったオマエの方がビビってンだ」

 

「え、えっと……その、大丈夫?俺が殴ったところとか……」

 

「最悪の気分だクソッタレ」

 

 質問の答えにはなっていないが、大丈夫そうだとツナは目に見えて安堵する。

 どうにも調子が狂う。目の前のチビが戦っている時と今とで性格が違い過ぎるし、何故自分は完膚無きまでに叩きのめされた相手と普通に会話できているのか。

 

「なンで寝起きからオマエなンかのムカつく面を見せられなきゃならねェンだ」

 

「んなっ!?」

 

 ここまで言われるとツナもそこそこショックではある。まぁ敵対関係からいきなり分かり合えるなんて流石に思ってはいないが。というか敵対してたのにいきなり打ち解けようとして来る者などそれこそ白蘭くらいだろう。

 下手に機嫌を損ねてまたバトルに発展しても困る。ここは病院だし、これ以上一方通行(アクセラレータ)と戦いたいとも思わない。ツナは適当に出て行く旨を伝えて扉へ向かう。

 

「あ、じゃあ俺もう行くね!獄寺君や御坂さんも待ってるだろうし」

 

 しかし一方通行(アクセラレータ)の次の一言がツナの足を止めた。

 

「……なンで、オマエは孤独(ひとり)じゃねェ?それだけの力を持っていながら……あの三下といい、オリジナルといい……」

 

 一方通行(アクセラレータ)は自分で自分の言っている事が理解できない。自分の進化を潰した敵に何故こんな事を聞いている。しかしどうしてもその質問を止める事はできなかった。

 

「俺よりもとンでもねェ力がありながら……俺とオマエで何が違う?」

 

 正しく世界を滅ぼせる力を持つ一方通行(アクセラレータ)を正面から叩きのめす力。強い力が争いを生むのなら、ツナもまた一方通行(アクセラレータ)と同じような環境にいなければおかしい。

 

 一方通行(アクセラレータ)が望んだ戦う気も起きなくなるような絶対的な力ならば話は別だろうが、ツナがそこに届いているとは思えないし、仮にそうだとしても結局は独りのはずだ。少なくとも、友達だのとぬるい事を言うわけがない。

 

「それは違うよ」

 

 ツナは迷う事なく答える。昨夜のようにまっすぐ一方通行(アクセラレータ)の目を見て。

 

「俺も昔はひとりぼっちだった」

 

「!」

 

「でもそれはお前みたいに凄い力があったからじゃない。むしろ逆だよ。何の取り柄もなくて、勉強も運動も何をやってもダメダメで、馬鹿にされて、いじめられて……ちゃんとした友達なんて一人もいなかった」

 

「……」

 

 ツナが語る彼自身の過去は一方通行(アクセラレータ)とは真逆。この学園都市でも偶に見る典型的な弱者の例だ。無能力者(レベル0)の中でも一際弱い奴によくある話。

 

「でも、そんな俺を変えてくれた奴がいるんだ」

 

 世界最強の殺し屋と名乗る赤ん坊が家庭教師となってツナをマフィアのボスにすると言ってそれまでの日常をぶち壊した。

 それからは滅茶苦茶だ。いきなり裏社会に放り込まれ、銃声や爆発音が聞こえるなど日常茶飯事だし、友達をそれに巻き込む事態にすらなってしまった。

 

「やる事全部滅茶苦茶で、どれだけ酷い目に遭ったかなんて数え切れない。ムカつく事も多いし、あいつがいつも正しいなんて俺は思わない」

 

「……」

 

「俺が関係ない周りの人達を巻き込むなって言ってもお構いなしで、引き摺り込んだ事だってある」

 

 半ば愚痴を聞かされているような気もしたが、一方通行(アクセラレータ)はその話に耳を傾けた。

 

「でもあいつのおかげで俺は変われた。それは間違いないんだ」

 

 リボーンが来るまでは馬鹿にされていじめられて誰かに頼る事もできずに泣き寝入りするだけだった。

 力を貸してくれたり一緒に遊んで笑ってくれる友達なんてツナにはいなかった。

 

 その一点においてだけはかつてのツナと今の一方通行(アクセラレータ)は同じだと言えた。

 

「あいつが俺を友達と引き合わせてくれた。あいつと出会ったから俺は友達を守りたい、その為に強くなりたいって思えるようになったんだ」

 

「……」

 

 それは一方通行(アクセラレータ)が望んだ質問の答えとは言い難い話だった。しかしそれを聞いた一方通行(アクセラレータ)の中で自覚こそまだ無いものの、『何か』が明確に変わっていた。

 

 一通り話し終えてからツナはハッとして一方通行(アクセラレータ)と戦ったその目的を思い出す。

 

「って、そうだ!もうこの『実験』をやる気はないんでしょ!?だったらどうやったらこの『実験』を止められるか教えて欲しいんだ!!」

 

「……知らねェよ」

 

「え?」

 

「俺はこの実験を主導してる奴らから指示貰ってやってただけだ。具体的な計画や諸々の事なンざ何も知らねェ」

 

「そんな……」

 

「分かったらとっとと出てけ。そのムカつく面見てるだけで傷口に障るンだよ」

 

(引き止めたのそっちなのに!!)

 

 別に一方通行(アクセラレータ)は直接「待て」とか言ったわけではない。ある意味ではツナが居座っていただけとも言える。

 

 ツナは項垂れたまま一方通行(アクセラレータ)の言う通りに病室を後にする。一方通行(アクセラレータ)はそんなツナの後ろ姿を見送った後、何処か少しだけ憑き物が取れたような雰囲気を纏って、変わらぬ目付きで吐き捨てる。

 

「……どォせオマエは諦めねェンだろォが。精々勝手に足掻けクソヒーロー」

 

****

 

 前提が崩れてしまった。一方通行(アクセラレータ)からこの実験の関係者や止め方を聞き出せなければ一方通行(アクセラレータ)にその気がなくなったとしても妹達(シスターズ)が命の危機に晒される事に変わりはない。

 ツナは獄寺と合流する為、重い足取りで歩く。

 

「どうしよう。もしかして一方通行(アクセラレータ)を止めても『実験』自体は止まらないのかな……」

 

「それについてはミサカが答えます」

 

 こうなってしまってはどうして良いか分からなくなってしまったツナの背後に現れたのは身体のあちこちに包帯を巻かれた御坂妹だった。病院の廊下だが何故かその腕には昨日の黒猫が抱えられている。

 

「い、妹さん!?って、もう傷は大丈夫なの!?」

 

「はい。貴方とあの少年のお陰でどうにか、とミサカはまだ言えていなかったお礼を言います」

 

 あの少年……とは獄寺の事だろう。彼が晴の活性を利用した治療をしなければ御坂妹は本当に死んでいたかもしれないのだ。

 

「『実験』についてなのですが、一方通行(アクセラレータ)の敗北と共に中止に向かう事が決定したようです、とミサカは懇切丁寧に報告します」

 

 物凄くあっさりと告げられた。

 ツナは一瞬呆然としながらも慌てて聞き返す。

 

「そうなの?」

 

「はい。超能力者(レベル5)でもない相手……書庫(バンク)上では無能力者(レベル0)となっている貴方に敗北した事で、一方通行(アクセラレータ)はその価値を疑問視されたのです」

 

「良かった……」

 

 御坂妹から受けた説明を聞いた事でツナはホッと胸を撫で下ろす。あの戦いは無駄ではなかった。これで妹達(シスターズ)はこれ以上命の危険に晒される事はなくなるし、美琴も救われたと言えるのではないだろうか。

 

「しかしまだミサカの身体には問題が残っています」

 

「問題?」

 

「はい。元々ミサカの身体はお姉様(オリジナル)の体細胞から作られたクローンであり、そこへ更に様々な薬品を投与する事で急速に成長を促した個体です、とミサカは説明します。よって、ただでさえ寿命の短い体細胞クローンが更に短命になっているのです、と言って分かりますかとミサカは聞いてみます」

 

「そんな……」

 

 あんまりではないか。勝手な都合で作られて、何度も命を奪われて、やっとそれから解放されたというのにそこからの寿命が更に限られているなんて。

 目の前が真っ暗になった気がした。ツナは震えながら尋ねる。

 

「どうにも……ならないの?」

 

「いえ、なります。と、ミサカは話は最後まで聞けと思いつつあっさり返答します」

 

「なるの!?」

 

 思わずずっこけたくなるようなシリアス台無しの台詞に間髪入れずに突っ込むツナ。

 

「だから一時的に研究施設のお世話になって個体を調整する必要があるのです」

 

「調整?」

 

「はい。急速な成長を促すホルモンバランスを整え、細胞核の分裂速度を調整する事である程度の寿命を回復させる事ができます、とミサカは答えます。……もしもし?貴方はひょっとしてここで物語が終わると勝手に解釈していませんか、とミサカは問い質します」

 

「……良かった。まだ生きられるんだね。本当に良かった」

 

 まるで自分の事のように安心して、御坂妹の命を案じるツナを見て、御坂妹は昨夜ツナが自分を友達だと言った事を思い出す。あの言葉に偽りは一切ないのだと。

 それだけ確認した御坂妹は歩いて来た方向へとUターンしてまた歩き出す。

 

「え?もう行っちゃうの?」

 

「はい。あの銀髪の少年にも報告しなければいけませんので」

 

「獄寺君なら朝ごはん買いに行ってるからすぐ来ると思うけど……」

 

「いえ、自分で探して伝えたいのです、とミサカは意気込みを露わにします」

 

「そ、そう……」

 

 よく分からないが、自分で獄寺を見つけて話したいらしい。歩き出す御坂妹の後ろ姿を見てツナは言い知れぬ不安を覚える。目を離したらまた酷い目に遭ってしまうのではないかと思ってしまう。

 そんなツナの気持ちを感じ取ったのか御坂妹はそれを否定する。

 

「大丈夫。すぐにまた会えます、とミサカはここに宣言します」

 

 御坂妹は振り返らず、猫を抱えていつもの日常のように何でもない風に去って行った。いつか今日の日が何でもない思い出になるぐらい、これから先にも続いていくのだと告げているようにツナは感じた。

 

****

 

 病院の中庭のベンチにてツナと獄寺は並んで腰掛ける。しかし二人の表情は何とも言えないもので、その視線は間に置いたものに注がれていた。

 

「10代目……何なんスかね?この街の食い物に飲み物は……」

 

「……うん。やっぱり変なのばっかり」

 

 病院の売店で適当にパンなどを買った獄寺だが、その商品名からして頭のおかしいものばかりで、比較的まともそうなものを買ってきたものの、一抹の不安を拭えないでいた。

 例えばあんぱんなどは練乳、きなこ、黒糖などが混ぜられているらしく、必要以上に糖分を詰め込んだと思われ、正直気持ち悪い。飲み物に関しては『ムサシノ牛乳』なるまともそうなものを買ったが。

 

「「ハァ……」」

 

 腹は減っているが、食べ物は食欲が失せるものばかりだ。これでまだマシなラインナップなのが困る。

 

「あ!いたいた!どこ行ってたのよアンタ達!」

 

「あ、御坂さん」

 

 そうしていると目覚めたら既にいなかった二人を探していたらしい美琴がツナと獄寺を見つけてこちらへやって来た。折角なのでこの街の食べ物はどうなってるんだという質問も兼ねて三人で朝食を摂る事にした。

 

 甘過ぎるあんぱんを三人で並んでモソモソと食べながら中央に座るツナが話を切り出す。

 

「さっき、妹さんに会ったよ。レベル6の実験、中止になったんだって」

 

「……うん」

 

 美琴も既にその話は聞いていたようだ。頷きつつも何処か表情は暗い。

 

「だけど私のせいで沢山の妹達(シスターズ)が……」

 

 確かに『実験』は止められた。一万人近くの妹達(シスターズ)を守る事はできた。しかしそれ以外の一万人以上の妹達(シスターズ)の命は無惨にも奪われた。

 美琴が不用意に提供したDNAマップによって二万人もの、殺される為だけの命が生み出された。彼女に落ち度はないだろう。病気で苦しむ人を助けたいだけだったのだから。しかしその事実はこれから一生美琴の背中に重くのしかかる。誰もが美琴を許しても、誰一人彼女を責めなくても、生涯彼女はそれを背負うだろう。

 

「御坂さんのせいじゃないよ。悪いのはこの街の科学者達だよ。それに……御坂さんがDNAマップを提供しなかったら妹さん達は生まれてくる事もできなかったんだよ?」

 

「!」

 

「苦しいとか辛いとか……妹さん達にはまだよく分からないかもしれない。……妹さんは猫が好きでさ、その好きって気持ちも良く分かってないと思う。でもさ、その猫を可愛がったりする事とかだって生まれてこなきゃ絶対にできなかった事なんだ」

 

妹達(シスターズ)のみんなが生まれてきた事だけは、間違ってなんかいないと思う」

 

「あの『実験』は酷い奴らが始めたものだったけど、それを御坂さんが全部背負い込んで責任を感じるってのはちょっと違う気がするんだ。妹達(シスターズ)のみんなだって御坂さんの事を恨んでなんかいないだろうし、一人で背負って苦しんでいるところなんて見たくないと思う。……君は一番上の姉さんなんだから」

 

 ツナはあまり言葉で考えての説得が上手い方ではない。自分の感情をそのまま言葉にする傾向が強いし、そもそも言葉よりも死ぬ気での行動で示すタイプだ。しかし今はそれができないので口下手なりに必死に言葉を探す。ある意味今のこれが行動で示すと言えるかもしれない。

 

「だからその…… 何でもかんでも自分一人でやろうとするっていうのは……違うと思って。一人でできないなら、友達の力を借りれば良いと思うんだ。その考え方はもしかしたら甘えかもしれないけど、とても大事な事だと思う」

 

「……」

 

 ツナの話を聞き終えた美琴は何か思う所があったのか俯く。ツナに会う前にも美琴を心配してくれる人はいた。しかし自分の起こした厄介事には巻き込めない。そう思って協力を拒絶した。それは間違ってはいないだろう。しかし絶対に正しいとも言えない。何が正しくて何が間違っているのか。美琴のこの行動には答えなんてないのかもしれない。

 

「えっと、上手く言えないけど……俺達に何かできる事があったらいつでも言って欲しい!俺達は友達の……御坂さんの力になりたいから!」

 

「……うん。ありがとう」

 

 昨日の夜と比べて頼りない雰囲気で本人が言うようにあまり上手く言えてはいないが、その気持ちは十分に美琴に伝わっていた。だからこそ、美琴は少しだけ寂しそうに微笑み、心から感謝の意を述べた。

 

 ここで黙って話を聞いていた獄寺が昨日からずっと感じていた疑問を述べる。

 

「……そういや、結局あの胸糞悪い実験の演算をしていた『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』ってのは何で壊れてたんだ?こっちからすりゃありがてぇがどうもスッキリしねぇな……」

 

「確か7月26日の夜に正体不明の光源体が直撃して大破したらしいけど……詳細は分からなかったわ。学園都市から打ち上がったんじゃないかって話だけどね」

 

「7月26日……?」

 

 確かその日は必要悪の教会(ネセサリウス)がインデックスに仕込んだ『首輪』を上条達と共にどうにかしようとしていた日だが……。

 

「あっ……」

 

「どうしました?10代目?」

 

「あ、いや…なんでもないよ……(超心当たりある…!!)」

 

 あの時、幻想殺し(イマジンブレイカー)で『首輪』を壊そうとして発動した『自動書記(ヨハネのペン)』でツナと上条達を迎撃したインデックスが『竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)』という破壊魔術を使用していた。強力なビームのような魔術で神裂がインデックスの足場を崩し、照準を上空へと向けさせていた。

 

(まさかあの時のインデックスの魔術がそのツリーダイアグラムってのを壊したんじゃ……!?)

 

 だとすれば色々と不味いのではないか。いや、今回に限っては絶対能力進化(レベル6シフト)計画の再演算ができなくなった事で、ツナが一方通行(アクセラレータ)を倒して破綻させる事ができて良かったのだが、後々弁償しなければならなくなるのではないかと本気で怖くなってきた。学園都市に負けず劣らずの非道を平然と行うイギリス清教が自分達の蒔いた種として責任を取るとは到底思えない。

 

(もしかしたら俺と当麻君がイギリス清教に全部の責任を擦りつけられるんじゃ……!?ああもうやっぱり不幸だぁーーーーーー!!)

 

 顔を青くして頭を抱えて膝から崩れ落ちるツナを見て獄寺も美琴も頭上にクエスチョンマークを浮かべながら首を傾げるのだった。




ツリーダイアグラム大破についてはインデックス戦が二日程前倒しになっているので同様に。

ツナは怪我してないし、上条さんじゃないから御坂妹とのラッキースケベはなくてもいいよね。
絶対能力進化計画編は多分次話でラストです。

それに関してちょっとアンケート。


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鉄橋の合図来る!

今話のテーマ曲はアニメリボーンのED1「道標」です。
イメージとしては黄昏れるツナとリボーンを美琴と御坂妹に差し替えて、横に流れる各キャラを美琴と交流のあるレールガンキャラ達に差し替えます。最後に上条さん、獄寺、ツナ(通常)。
インなんとかさん?知らない子ですね。

サブタイの意味は漫画レールガン7巻で分かると思います。苦肉の策です。正直今回はサブタイに一番苦労しました。禁書目録編では困らないとか抜かした結果がコレですよ。


「ガウッ♪」

 

「か、かわいい……」

 

 病院の中庭にて、御坂美琴は目の前にいる猫……否、天空ライオン(レオネ・ディ・チエーリ)のナッツを見て、目をキラキラさせてデレデレしていた。顎の下を撫でて気持ち良さそうにするナッツを見て癒されている。

 

 御坂美琴は能力の関係上、無意識に身体から微細な電磁波を放ってしまっている。その電磁波を嫌って動物は彼女に近寄りたがらない。しかしそれに反して彼女は犬や猫などの可愛い動物が大好きである。

 

 御坂妹からその悩みを事前に聞いていたツナは少しだけでも今回の『実験』で落ち込んでいた美琴の気を紛らわせる事ができるのではと思い、ナッツを出したのだ。

 

 天空ライオン(レオネ・ディ・チエーリ)のナッツは死ぬ気の炎を纏っている事で微細な電磁波程度何もしなくても防ぐ事ができる。それも“調和”の性質を持つ大空属性なら尚更である。

 

「グルル…」

 

「ナッツの奴、懐いてら…」

 

「正直、ビビり散らすと思ってたんスけどね」

 

 初対面ではツナは美琴にビビりまくっていたので、ツナの深層心理を写すナッツが彼女に心を開くのか少々心配だったが、杞憂だったようだ。恐らくはツナ自身が美琴の事を友達として認識している事が大きいのだろう。

 

 匣アニマルを見せるのはそれなりに色々なリスクを背負う事になるが、少しでも美琴の癒しになれればとツナは考えた。

 それに美琴は今のところ、ナッツの可愛さに夢中になっており、死ぬ気の炎の事が頭から抜け落ちているようだ。

 

(ってそうだ……。獄寺君の事、当麻君に相談しないと……)

 

 ツナは上条に電話する為、病院に来てから電源を切っていた携帯電話を取り出す。すると画面には結構な着信履歴が溜まっていた。

 

「やば!当麻君から着信何件も来てる!昨日帰ってないからだ!ゴメン、ちょっと電話して来る!」

 

 携帯電話片手にツナは走って行った。この場にはナッツを抱き抱える美琴と獄寺がポツンと残される。しかし美琴と獄寺は昨日初めて面識を持ったばかりで、ツナがいなければ獄寺は美琴に興味を持つ事もなかった故に会話の一つもない。

 

(き、気不味い……!!)

 

 暫くの沈黙の中、獄寺は煙草を取り出し、火を付けて吹かしながら口を開く。

 

「ま、10代目はああ言ったが、てめーがDNAマップを提供しようがしまいが、クローンは造られてたと思うぜ。極論言やぁ髪の毛でも血液でも盗めばクローンを造る事はできるからな」

 

「え?」

 

 これは別に美琴が責任を感じる必要はない……と言っているわけではない。あくまで十分にあり得た可能性について指摘しているだけだ。

 そもそも獄寺は妹達(シスターズ)が生まれた経緯について疑問を抱いていた。前提がどうにも引っ掛かるのだ。

 

「『量産能力者(レディオノイズ)計画』ってのも色々と疑問がある。そもそも軍事用のクローンを作るならお前じゃなくてそれこそ一方通行(アクセラレータ)や二位の奴のクローンを作る方が強えだろ」

 

「それは……」

 

「それに関しちゃあんなヤローのクローンなんて危険過ぎて制御できねぇと考えてお前で妥協したのかもしれねーがな」

 

 あれだけ我が強く、凶暴性の高い一方通行(アクセラレータ)のクローンだと軍事利用しようとしても反逆される可能性の方が高い。『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』での演算でクローンでは能力者として劣化するという結果が出る前に科学者達の側でそう考えたのかもしれない。

 かと言って、美琴のクローンである妹達(シスターズ)がそうはならないと結論付ける根拠もないはずなのだが。それとも『学習装置(テスタメント)』とやらを上手く使ったのだろうか。

 

「……てゆーか、アンタ中学生でしょ!?未成年なのに煙草吸ってんじゃないわよ!!」

 

「あ?」

 

 隣で、しかも病院の中庭で煙草を吹かす獄寺に美琴は注意するも、当の獄寺は鬱陶しそうに表情を歪める。いつもならキレて電撃の一つでも飛ばすのだが、獄寺には御坂妹を治療して貰った恩がある為、あまり強く出られない。

 そして電話を終えたツナが遅い駆け足で戻ってきた。

 

「ごめん御坂さん、俺と獄寺君、もう行くね。当麻君に獄寺君の事、色々説明しなくちゃいけないし」

 

「え、あ…うん」

 

 そういえば忘れていたが、ツナと獄寺はこの学園都市において色々と特殊な立ち位置にいるのだ。獄寺がこの街に来たのなら、いくつかの手続きも必要だろう。住む場所に関しても一時的にせよ、上条に頼む必要がある。

 ナッツをリングに回収し、ツナは最後に美琴に何かあればまた力を貸す旨を告げる。

 

「また何かあったら言ってよ。俺も獄寺君も協力するから!……それに、事情を話せばの話になるけど、当麻君だって絶対に力を貸してくれるよ」

 

 そう言ってツナはまず上条に獄寺が来た事を話す為、それから風紀委員(ジャッジメント)である黒子と会って諸々の手続きやら何やらしなければならない為、獄寺と共に病院を後にするのだった。

 

****

 

 ツナと獄寺が帰った後、美琴は妹と一緒に病院の中庭を歩いていた。色々と考えなければならない事や妹と話し合わなければならない事が数多くあるのだ。

 

 機械が生み出した生命(いのち)。生まれて間もない彼女達は真っ白だ。だから自分が『実験動物』だと刷り込まれれば自分の価値はそういうものだと受け入れてしまう。

 

(でも沢田綱吉(アイツ)みたいに一人の人間として周りが見ればこの子達はきっと……)

 

 クローンが普通の人間として生きていく事は非常に難しい。人間のクローンは国際法で禁止されている上、生まれた経緯が経緯だ。公表されれば世間からの風当たりも強いだろう。

 だからこそ、沢田綱吉のような妹達(シスターズ)の理解者を一人でも多く見つけなくてはならない。

 

 せめて彼女達が自分達を『実験動物』ではなく、一人の人間だと認識できるように。

 

「あの…さ、私の顔なんて見たくないだろうし、許せないと思うけど、今後世界の理解を得るのに沢山の障害があると思うの」

 

 妹達(シスターズ)が生み出されたのも、『絶対能力進化(レベル6シフト)計画』で『消費』されたのも美琴の責任。少なくとも美琴はそう考えている。だからこそ、自分が妹達(シスターズ)を支え、助けにならなければならないし、そうなりたいとも思う。

 

 例え彼女達に憎しみを向けられようとも。

 

「だから、その……私にも何かできる事があったら……」

 

「これが立ちこぎです。と、ミサカは『学習装置(テスタメント)』で得た知識を実践し風と一つになります」

 

 振り返ると御坂妹は美琴の話をそっちのけて近くのブランコでスカートの中が見えるのも気にせず近くにいた小さな姉妹に立ち漕ぎを見せつけて遊んでいた。

 暫く立ち漕ぎを楽しんでいた御坂妹は満足気に黒猫を抱き抱えて汗を拭う。

 

「ふぅ…これ以上は怪我に響く恐れがあるのでこの辺にしておきます。とミサカは汗を拭います。おやお姉様、どうしましたか?」

 

「うん…ごめん、暫く放っといて」

 

 なんか真面目に話していた自分が馬鹿みたいに思えた。正直頭が痛い。

 すると先程御坂妹に立ち漕ぎを見せられていた幼い姉妹がブランコで遊んでいるのを御坂妹が発見する。

 

「おねーちゃん、もっかいおして〜」

 

「えー、もうヤダよ」

 

 ブランコで遊んでいた姉妹の様子に気付いた御坂妹は人差し指を立てて何やら不穏な事を姉妹に吹き込む。

 

「駄目ですよ。姉というのは妹の我儘を聞く義務があるのです。とミサカは若い芽の内から洗脳を施します」

 

「こらーーーっ!!」

 

 幼い姉妹に妙な刷り込みをしようとした妹の行動を叱る美琴。それから姉妹同士でちょっとした交流が始まる。

 御坂妹はツナに押し付けたけど結局自分で飼う事にした黒猫を幼い姉妹に見せる。

 

「これは子猫、と言うのですよ」

 

「しってるー!」

 

 歳下の子供達と交流する御坂妹は楽しそうだ。暫くそうして遊んでいると姉妹の妹の方が御坂姉妹にある質問をぶつける。

 

「おねーちゃん達も姉妹なの?そっくりー!」

 

「双子……ですよね?」

 

 側から見れば確かに御坂姉妹も双子の姉妹に見えるだろう。血どころか遺伝子まで分けたクローンだとは普通は思うまい。

 

「どっちがおねーちゃんでどっちがいもーと?」

 

「へ?」

 

「それは……」

 

 ある意味ではお約束とも言える双子への質問。御坂妹がそれに答えようとしたら質問をした側から回答権をねだる。

 

「あっ、まって!ルリがあてたいっ!えっとね……」

 

 幼い姉妹の妹の方はルリ……という名前らしい。美琴と御坂妹を見比べてどちらが姉と妹なのか見極めようとする。しかしどっから見てもそっくりで身長までほぼ同じな二人は基本見分けがつかない。

 

「んと……うぅ」

 

 分からずに涙目になってしまう少女に美琴は半分呆れながら気不味そうな笑みを浮かべる。

 

(自分で言い出した事なのに……)

 

 結局どちらが姉でどちらが妹なのか分からずに泣きそうになってしまう。しかしそんな中、美琴のポケットからはみ出しているゲコ太グッズが目に止まり、閃いたようだ。

 

「分かった!こっち!こっちのおねーちゃんがいもーとでしょ!ゲコ太持ってるもん!ルリもぬいぐるみ持ってるよ!」

 

「えぇ!?」

 

「ブフッ!」

 

 まさかの所持品が幼稚であるという理由で姉が妹認定されてしまう始末。思わずこれには御坂妹も噴き出してしまったようだ。

 しかし御坂妹はしゃがんで姉妹と視線を合わせて訂正を入れる。

 

「いえ、確かに彼女は年齢にそぐわない幼稚な趣味で」

 

「うぐっ!」

 

「ガサツで、短気で、喧嘩っ早くて」

 

「ぬぐぅっ!」

 

「その癖好きなものも好きと言えない天邪鬼ですが」

 

 次々と美琴に突き刺さる言葉のナイフ。妹にここまで言われて腹が立つのは当然だが、ここでキレたらそこが短気で喧嘩っ早いのだと指摘されるのは目に見えているので、どうにか抑える。

 

 だが次の御坂妹の言葉でその怒りは吹き飛んだ。

 

「ミサカの為に命も捨てようとした困った姉です」

 

 幼い姉妹にはその意味がいまいち良く分からなかっただろう。

 しかし、この言葉を聞いた美琴は初めてクローンである妹達(シスターズ)のオリジナルではなく、ただ純粋に“姉”だと彼女達に認めて貰えた気がした。

 

 正午を知らせる飛行船からの放送を聴きながら青空を見上げる御坂姉妹。妹は自分の横で身体を丸めて眠る黒猫を一瞥してから口を開く。

 

「……不思議です。昨晩の実験でミサカは死んでいるはずでした。それは一万回以上繰り返されてきた当たり前の事でした。それなのに今この瞬間も活動を続けています」

 

「……」

 

「ミサカ達は殺される為に造り出されました。ただそれのみが存在意義であり、生み出された理由でした」

 

 一方通行(アクセラレータ)に殺されて死ぬのが当たり前。それが彼女達の生まれた意味だった。しかしそれは阻止され、沢田綱吉という“友達”に否定された。

 

「しかしお姉様とあの少年達によってその目的が失われました」

 

 ツナが一方通行(アクセラレータ)を倒して『実験』を破綻させ、獄寺が御坂妹の傷を治療した。そしてその結果を呼び寄せたのは紛れもなく美琴だ。

 

「リストラです。無職です。絶賛路頭に迷い中です」

 

 ふとブランコを見やれば先程の幼い姉妹は御坂妹の洗脳によるものなのか姉が妹の要望通りにブランコに座る妹の背を押している。

 

「だから、ミサカにも生きるという事の意味を見出せるよう、これからも一緒に探すのを付き合って下さい。とミサカは精一杯の我儘を言います」

 

 美琴におねだりをしたり、わがままを言った妹達(シスターズ)は別に彼女が初めてではない。しかしこの御坂妹にとっては生まれて初めての姉へのわがままだった。無下にはできないし、するつもりもない。

 

 目を覚ました黒猫のあくびが心地良く姉妹の耳に届く。

 

「うん。よろしく」

 

 この心の幼い妹達を守りたい。例えこの先何があっても。美琴はそう思った。

 

****

 

 -8月23日

 

 御坂美琴は高そうなお菓子が詰められた袋を片手に病院の近くを彷徨っていた。今回の件の正式なお礼としてツナにその袋を渡そうとしているのだが、途中で重大な事に気付いたのだ。

 

(アイツ、どこにいるんだろ……)

 

 ツナの居場所が分からない。連絡先なんて知らないから呼び出す事もできない。現在上条の部屋に居候しているらしいがその上条の部屋の場所だって知らない。つまりツナにお礼ができないのだ。

 

「はぁー、昨日電話番号でも聞いとけば良かった……」

 

 そこまで頭が回らなかったとはいえ、痛恨のミスだ。そもそもツナと獄寺に関しては分からない事が多過ぎる。あの炎の能力にしたってそうだし、実戦経験無しではあり得ない程の戦闘能力。聞きたい事も多い。

 

 ……いや、聞きたいというより、自覚こそしていないが、美琴は『知りたい』のだ。沢田綱吉という少年の事を。

 

「つっても、結局どこにいるのかも分からないんじゃどうしようもないか……」

 

「とうまー!つなー!はやとも早くー!」

 

「アイツ、この暑さであんな暑苦しい格好してなんであんなテンション高いんスかね……」

 

「インデックスは食欲が凄いから……」

 

「居候が増えた事はまだ良いとしても、やっぱりインデックスさんの食欲はどうにかならないのかと上条さんは思うわけなのですよ。……不幸だ」

 

(後ろにいた……)

 

 背後から騒がしくも楽しそうな会話が聞こえてきた。そこにいたのは沢田綱吉と獄寺隼人に上条当麻。あと見覚えのない白い修道服の少女だった。

 

「……あれ?御坂さん?」

 

「ゲッ!?ビリビリ!!」

 

 ツナと上条が美琴の存在に気付き、上条は警戒する。また勝負しろと追い回されるのはごめんなのである。美琴は上条のビリビリ呼びにイラッとしつつも、今日は上条ではなく、ツナに会いに来たのでスルーする。

 

 ツナと話す為に近付くと上条が右手を前に突き出して、止まるように言って焦る。

 

「ま、待て!俺達これから飯行くんだから喧嘩ふっかけて来んのは……」

 

「アンタに用はないわよ!そっちのコイツよコイツ!」

 

「へっ?」

 

 そう言うと美琴は顔を真っ赤にしてツナの右手首を乱暴に掴み、そのまま強引に引っ張って離れて行った。喧嘩をふっかけられる事なくスルーされた事に上条は驚き、呆然としている。

 ある程度上条達から距離を取った橋の上で美琴は一度深呼吸して無理に引っ張ってきたツナに向き直る。

 

「どうしたの?」

 

「え、えっと…その、これ!お礼!デパ地下のクッキー!」

 

 そう言って美琴は顔を赤くして俯きながらいかにも高そうなお菓子詰め合わせの紙袋を突き出してきた。ツナは恐る恐るそれを受け取って中をチラ見する。勿論値段が高いのは丸分かりな品物だった。

 

「こ、これ高いやつでしょ!?良いの!?」

 

「当然でしょ。ていうか、こんなお菓子じゃ返し切れないわよ。この恩は……」

 

 むしろこれだけの事をして貰ってお菓子を渡すだけなのはかなり失礼なのではないかと思った程だ。が、ツナの反応からしてそもそもお礼を貰うなんて考えてもいなかったのは分かったが。

 

(後でみんなで食べよう……。出すタイミングを間違えたらインデックスが全部食べちゃいそうだな……)

 

 七つの大罪の“暴食”を平然と破る破戒シスターの食欲に辟易としつつも、ツナの中に彼女にはこのクッキーの存在を隠すという選択肢は存在しない。こういうのはみんなで分け合うから美味しいのだ。……この意見を暴食シスターに是非とも言い聞かせたいものだが。

 

「それよりアンタ、あの馬鹿や獄寺君と何か話してたけど良いの?無理に連れ出した私が言うのも何だけど」

 

「あ、うん。これから獄寺君の歓迎会なんだ。やっぱり知らない街にずっといなきゃいけないのって、心細いから……獄寺君が来てくれて嬉しいんだ」

 

 その言葉を聞いて、美琴の胸がチクリと痛んだ。そうだ。彼はそもそも本来なら学園都市の学生ではないのだ。美琴は少し暗い雰囲気になり、俯きながらもツナに問う。これだけはどうしても聞いておかねばならない。

 

「……アンタは、やっぱりさ……学園都市から出て、獄寺君達と一緒に元住んでた所に帰りたい?」

 

「え?」

 

「元々好きでこの街に来た訳じゃないし、訳も分からない内にスキルアウトに襲われた上、あんなイカれた実験まで見ちゃって……学園都市への印象も最悪になっちゃったわよね」

 

「……そりゃあ、やっぱり並盛に戻りたいとは思うよ」

 

 ツナの返答に美琴は胸がズキリと痛んだ。理由は自分でも分からない。自分で言った学園都市の印象がどうのというのが理由ではない事は分かっているが。

 そうなる事は分かっているはずなのに、ツナが自分の前から去る事が怖い。何故だか分からないが、それが嫌だった。

 

「でもね、この学園都市に来たから当麻君やインデックス、御坂さんに出会えたんだ」

 

 思わず俯いていた顔を上げていた。ツナは変わらず優しげな表情でまっすぐ美琴の目を見て話す。その視線にドキリと心臓が反応する。

 

「この街に来たから、あの酷い実験を止める事もできた。もし俺がこの街に来てなかったらあの実験を止められずに御坂さんが一方通行(アクセラレータ)に殺されていたかもしれない。その後実験が止まっても妹さん達はもっと酷い目に遭っていたかもしれない。俺はそれを知らずに過ごしていただろうし」

 

 口には出さないが、インデックスだってそうだ。もしかしたらツナがいなくても上条が一人で解決してみせたかもしれないが、その時に上条が取り返しのつかない大怪我を負っていた可能性だって充分にある。神裂との戦いしかり、『自動書記(ヨハネのペン)』しかり。

 

 

「新しい友達ができて、その友達を助ける事ができただけでも、この街に来て良かったと思うよ」

 

 

 彼の優しさが一目で分かる笑顔でそう答えられ、美琴は自分の顔の熱が上がっている事に気付き、再び俯いてしまう。

 

「……アンタ、本当にお人好しね。あの馬鹿よりもお人好しなんじゃない?」

 

「あはは……」

 

 上条にも良くお人好しと言われるので否定はできない。因みに上条はそれがブーメラン発言である事に気付いてはいない。

 そう話している内にツナはある事に気付いて、指摘する。

 

「アンタじゃなくて、できればツナって呼んでよ。俺の友達は大体みんなそう呼んでるし。……獄寺君はちょっとアレだけど」

 

「あ……」

 

 言われてみて気付いたが、そう言えば美琴はこれまでツナを『アンタ』としか呼んでおらず、ちゃんと名前を呼んだ事がなかった。

 それに獄寺はツナが言う通り、『10代目』という変な呼び方をしているが、上条は普通にツナと呼んでいた。

 

「つなー!早くー!おなかへったー!」

 

「おーいツナー!早くしないと置いてくぞー?」

 

「何勝手言ってやがるこのウニ頭!10代目!俺はいくらでも待ちますんで!!」

 

 インデックスと上条と獄寺が遠くからツナに呼びかけ、それに……というか獄寺が上条に喧嘩売りそうな事に気付いたツナは慌てて美琴に貰ったクッキーの礼を言って駆け出していく。

 

「それじゃあ、クッキーありがとう!またね。御坂さん」

 

 礼を言うのは美琴の方のはずなのに、何故ツナが言うのか。そんなツッコミをする気は今の美琴には起きなかった。

 それ程までに、またね…の一言がどうしようもなく嬉しかった。

 

「……うん。本当にありがとう…ツナ」

 

 去って行く彼に向けて小声で言っただけなので届いてはいないだろう。しかし聞かれていなくてもどうしようもなく、自分の顔が更に熱を持ち、赤くなるのが御坂美琴には分かった。

 

 

 そして………

 

 

 

 次の瞬間、彼女の後輩である白井黒子が空間移動(テレポート)で美琴の真横に現れた。

 

「大変ですの!お姉さ……ま?」

 

 黒子は何かを連絡する為に訪れたようだが、美琴の顔を見た瞬間、血相を変えて彼女の両肩を掴み、物凄い勢いで美琴の様子について問い質し始める。

 

「どうなさいましたのお姉様ッ!?ご気分が優れませんの?何処かお怪我を?それとも何かおかしなものでも召し上がって?」

 

「わぁっ!?」

 

 黒子の形相に驚きながら美琴は彼女が来た理由を尋ねる。

 

「な、何言ってんのよ?で、何が大変なわけ?」

 

「あ、その……先日の無断外泊について寮監から呼び出しが……納得のいく説明をせよと。早急に出頭しないと実力行使も辞さないと……」

 

「う…不味いわね。何かアリバイを……」

 

 常盤台中学の寮監は規則に厳しく、それを破った者には容赦のないお仕置きが待っている。超能力者(レベル5)の美琴も例外ではない。生徒の首を捻るなど普通にやってのける。ある意味一方通行(アクセラレータ)以上の恐怖を感じさせる存在だ。

 

「それを態々伝えに来てくれたの?ありがと。でも良く私がここにいるって分かったわね?」

 

 そこを指摘されて後ろめたさがある手段なのか、単に怒りを買うのが怖いのか、黒子は乾いた笑顔でエヘヘと笑い、気不味そうながらも正直に述べる。

 

「そ、それは最近お姉様の様子がおかしかったので、風紀委員(ジャッジメント)の特権を利用してケータイGPSをちょーっと……」

 

 瞬間、黒子に電撃が飛んだ。立派なストーカー行為である。いや、ストーカーに立派もクソもないが。

 

「今すぐ解除するように」

 

「あい……」

 

 電撃で痺れる身体でどうにか起き上がりつつも、黒子は先程の質問の続きを美琴に尋ねる。

 

「あう、あの…本当におかしな所はありませんの?」

 

「だから何の事よ!妙な事言ってると置いてくわよっ!」

 

 そう言って先に走り出す美琴。黒子はどこか釈然としない思いを抱えつつも、彼女を追い駆ける。

 

「だってお姉様が……今まで見た事のない表情(かお)をなさってたから…」

 

 

 

 

 

 

 そして、沢田綱吉を周囲から呼ばれているという愛称で呼んだ時、胸が高鳴った事も……何となく自覚した。




prossimo episodio

とある魔術の禁書目録
御使堕し(エンゼルフォール)

とある科学の超電磁砲
革命未明(サイレントパーティー)

家庭教師ヒットマンREBORN!
弔花逆襲(コントラッタッコ・ミルフィオーレ)

交差した物語はもう一度分岐する。

つーわけで次章も上条さん脇役…あれ?どうしてこうなった?いや、ちゃんと9月1日からは原作以上の活躍する予定ではあるんですよ。多分。上条さんvsリボーンキャラとかも考えてますし。それにツナ達の裏側で御使堕し(エンゼルフォール)やるんで。まぁ原作との違いなんて上条さんの記憶の有無くらいですが。
弔花でミルフィオーレは訳としてはちょっと変ですが、内容的にこれがベストだと判断しました。吸血殺し(ディープブラッド)だってどっこいですし。
……これでやっと守護者達が本格参戦できる。


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隠し弾3
能力者達の鍋宴会来る!


レールガンSであった鍋回です。前半はね。

原作でトマゾファミリーの回、読み返して思ったけど二世代前のヴァリアーにスカウトされる程のシャマル相手にヘッドショットかましたトマゾのマングスタの射撃の腕って実はとんでもないのでは。


 『学園都市』

 

 東京都西部を切り拓いて作られたこの都市では“超能力開発”が学校のカリキュラムに組み込まれており、230万の人口の約八割を占める学生達が日々『頭の開発』に取り組んでいる。

 

 これは、そんな学園都市を取り巻く、能力開発をする学生達の平凡な日常を切り取った物語である。

 

 ……たぶん。

 

****

 

 それは学園都市での夏休みのある日の事。

 

 最近できた友人の力を借りた事で絶対能力進化(レベル6シフト)計画を止め、妹達(シスターズ)を救い出した御坂美琴は友人達に色々と心配をかけてしまった事の謝罪と埋め合わせを兼ねての鍋パーティーを開く事になった。開催場所は友人の佐天涙子の宅だ。

 

 《超電磁砲(レールガン)》御坂美琴

 性別/女 年齢/14歳

 能力/電撃使い(エレクトロマスター)

 強度(レベル)/超能力者(レベル5)

 本日の食材/高級霜降り牛肉

 

 その準備の段階で先日色々と揉めた暗部組織の人間とファミレスで鉢合わせてして騒ぎを起こして追い出されたりと紆余曲折あったが、鍋パーティー自体は問題なく行える。

 

「こんにちは!」

 

「いらっしゃーい!……あれ?白井さんなんかボロボロ?」

 

「……何でもありませんの」

 

 鍋パーティーの開催場所を提供した美琴の友人の佐天涙子が美琴と黒子を迎えたのだが、やって来た二人の内、黒子だけが妙にボロボロというか黒焦げになっていた。……まぁ、先述したファミレスで色々あったのである。

 

 そんな事は置いといて、本日のイベントに欠かせないものが既に佐天の部屋に置いてあり、それを見せる為か佐天はやや大袈裟に二人の視線を部屋のテーブルへと誘導する。

 

「じゃーん!」

 

「おお!土鍋だー!!」

 

「友達から借りて来ましたー!出汁の方もバッチリですよー!」

 

 《都市伝説ハンター》佐天涙子

 性別/女 年齢/13歳

 能力/空力使い(エアロハンド)

 強度(レベル)/無能力者(レベル0)

 本日の食材/鍋の出汁

 

 友人から借りたらしい鍋を用意して準備万端。美琴は鍋の蓋を開けて久しぶりの友人達との交流に心弾ませる。

 

「こんな暑い日に鍋パーティーやるのなんて私達くらいだよねー」

 

「お姉様、鍋パーティーではなく、あくまで勉強会ですわよ?」

 

「あぁ…そっかそっか」

 

 外出に厳しい常盤台の寮監には黒子が述べた理由での外出申請を出しているのだ。実態は美琴が言う通り鍋パーティーではあるが。あまり浮かれ過ぎて後で寮監にボロが出ては目も当てられない。

 

「でも暑い時に熱いものを食べるのは身体に良いですからね」

 

 そう言って佐天の鍋の準備を手伝っているのは同じく美琴の友人である初春飾利。どうやら美琴と黒子より先に佐天の部屋に来ていたらしい。

 

「皆さん、どんな具材を持って来たんですの?」

 

「えっと、良く分かんなかったんだけど……お肉屋の人がお勧めだって言うから取り敢えず買って来た」

 

「箱……?」

 

 そう言って美琴が持参して来た紙袋から取り出したのは何段にも積み重なった木箱のお重。それを見て佐天と初春は少々驚きつつも開く。そしてその中にあった食材の色は一面赤。

 

「わぁ!箱の中から牛肉がっ!!」

 

「すっごい霜降りですぅーー!!」

 

 庶民ではまずお目にかかれないであろう高級な牛肉の山。お嬢様ならではの具材選びと言えた。

 

「え、おかしかった?」

 

「いやぁ、初めて見たんで……初春は?」

 

「私は野菜をいっぱい買って来ました!夏野菜を中心にとうもろこしやモロヘイヤ、お豆腐にきのこも!」

 

 《守護神(ゴールキーパー)》初春飾利

 性別/女 年齢/13歳

 能力/定温保存(サーマルハンド)

 強度(レベル)/低能力者(レベル1)

 本日の食材/夏野菜、きのこ、豆腐

 

「ビタミンたっぷりでヘルシーな感じだね」

 

 それぞれが持ち寄った食材に特に被りもなく、バランスの取れた鍋になりそうだ。その陰で黒子は彼女達の食材を見て拳を握り締めて目を光らせる。自分の選んだ食材とは被りがなく、その上でトップを取ったと確信した為だ。

 

「乙女は食事には美を追い求めるもの!この分ではわたくしが用意した食材が脚光を浴びてしまいそうですの!!」

 

「白井さん何買ったんですか?」

 

「最初は迷いましたわ。ペットショップで丸々太った鼠を手にした時はどうなる事かと……」

 

「ね、鼠…?」

 

「ペットショップって……」

 

 滅茶苦茶嬉しそうに語る黒子に引き気味な三名。ペットショップで鼠ってどういう事なのか。鍋の食材を買い求めに行ったのではないのか。黒子は力強く持参した紙袋を手に高らかに宣言する。

 

「でもぉ!!その直後閃いたんですの!!これぞお姉様に相応しい食材!!」

 

「アンタ、何買って来たのよ!?」

 

「白井さん、闇鍋じゃないんですよ!?」

 

 この鍋パーティーの趣旨を間違えていないかとみんなが不安になる中、黒子が叩き付けるかのように取り出した食材は舗装されたスッポンだった。

 

 《変態風紀委員(ジャッジメント)》白井黒子

 性別/女 年齢/13歳

 能力/空間移動(テレポート)

 強度(レベル)/大能力者(レベル4)

 本日の食材/スッポン

 

 意外な食材に三人が困惑する中、黒子はスッポンをチョイスした理由を語り出す。

 

「ぷるっぷるなコラーゲンはお姉様の瑞々しいお肌をより美しく磨き上げるのに違いありませんの!そしてコレェ!!」

 

 今度はグラスに注がれた真っ赤な液体を美琴に献上する。それを見た美琴は思わず顔を顰める。どうにも嫌な予感というか、碌でもない展開になってきた気がしてならない。

 

「な、何よコレ!?」

 

「スッポンの生き血ですの!リンゴジュースで割って飲みやすくなってますの!さぁグイッと一息に!!コレを飲めば精力…いえ、元気一杯になる事間違いなしですわ!!」

 

 ギョッとしてドン引きする美琴にスッポンの生き血(リンゴジュース割り)を勧める黒子。というかポロッと零した一言でほぼ媚薬のようなものだと白状していた。

 

「夜眠れなくなる可能性も無きにしも非ずですけれど、その時はわたくしが添い寝……」

 

 それ以上彼女の言葉は続かなかった。数秒後、佐天の部屋に電撃で黒焦げとなった白井黒子が倒れ伏すのであった。

 

「さぁーて、じゃんじゃん入れちゃおー!」

 

 黒子の変態行動はいつもの事なので、佐天も初春も気にする事なく、鍋パーティーは始まる。持ち寄った食材を次々と鍋にぶち込んでいき、よそっては舌鼓を打つ。

 

「美味しー!良い味出てるー!」

 

「スッポンって初めて食べましたけど、美味しいですね!」

 

「スッポンも美味しいけど、このお肉もサイコー!」

 

「野菜も中々いけますわよ!」

 

「結局全部美味しいって事ね!」

 

 こうして鍋パーティーをしているところを見ればやはり彼女達も普通の中学生だという事だ。学園都市では超能力の開発や研究をしているものの、これが本来あるべき形なのだ。

 

「春上さんも早く来れば良いのに」

 

「そろそろ来る頃だと思いますけど」

 

「先に始めちゃって良かったのかな?」

 

「具材ならまだまだたっぷり残ってますわよ」

 

「そうそう!ドンドン食べましょー!」

 

 そうしていると佐天の部屋のインターホンが鳴り、話題に出た人物がやって来た。春上である。

 

「遅くなってごめんなさいなのー」

 

「ああ、春上さん…」

 

「美味しそうなのー」

 

「用事というのはもう済んだんですの?」

 

「うん。先生に相談があって……」

 

「お鍋、良い感じですよ。いっぱい取っちゃいますからね!」

 

「春上さん、食材買ってきてくれた?」

 

「うどんを持って来たのー」

 

「おお!〆にピッタリだね!」

 

「さぁ、食べよ食べよー!」

 

 《大食い少女》春上衿衣

 性別/女 年齢/13歳

 能力/精神感応(テレパシー)

 強度(レベル)/異能力者(レベル2)

 本日の食材/うどん

 

 春上も合流し、彼女達の鍋パーティーは順調に進んでいく。友達と集まって大勢で食べるという行為自体が非常に楽しいものだ。

 そうやっていると決まって佐天が次々と新しい話題を出してくる。当然、その内容は学園都市内の都市伝説の類いばかりだが。

 

「そうそう!この前また新しい都市伝説が出たんですよ!」

 

「また都市伝説ですの?」

 

「その名も、空飛ぶ発火能力者(パイロキネシスト)と人間爆撃機!!こないだの夜、おでこに炎を灯した発火能力者(パイロキネシスト)が両手から炎を出してそれで空を飛んでたって噂なんですよっ!!」

 

「ゴフッ!!」

 

「お姉様?」

 

 佐天からその都市伝説を聞いた美琴は啜っていたスープを噴き出す。慌ててハンカチで吹き出した汁を拭き取りながら佐天の話に耳を傾ける。

 超心当たりある。額に炎を灯す能力者など一人しかいない。いや、発火能力者(パイロキネシスト)じゃないらしいが。

 

発火能力(パイロキネシス)で空中浮遊など……一体どれだけの火力が必要ですの……。大能力者(レベル4)でもそんな例は聞いた事がありませんの」

 

「すごいのー」

 

(ツナの奴、力を隠してるならそんなポンポン目撃されるなんて迂闊な事してんじゃないわよ……。学園都市に無理矢理連れて来られたのもそうやって飛んでるのを人に見られたからじゃないの?)

 

 黒子達の会話を聞きながら、その都市伝説の大元……というか本人について考える美琴。そんな美琴を見て黒子がある指摘をする。

 

「お姉様?お顔が赤くなってますが……?」

 

「へぁっ!?べ、別に赤くなってないわよっ!!そ、それより佐天さん、人間爆撃機っていうのはどんな都市伝説なの!?」

 

 顔の赤さを指摘された美琴は慌てて話題を逸らす。普段この手の都市伝説にあまり興味を示さない美琴の反応に気を良くした佐天はまた都市伝説を語り出す。

 

「身体中にダイナマイトを仕込んでいて、それをスキルアウト達に投げつけて纏めて病院送りにしたらしいんですよ!」

 

「ブハッ!!」

 

 またも噴き出す美琴。そちらにも心当たりがあった。どう考えてもあの実験の凍結に力を貸してくれた彼だ。飛んで来た鉄骨とかにダイナマイト投げて弾いてたもの。

 

「完全に傷害事件じゃないですか……」

 

「爆発なのー」

 

「ダイナマイトなんて野蛮な物を使いますのね……。恐らくは無能力者(レベル0)…もしくは直接攻撃が不可能な能力者でしょうが……」

 

(……良く良く考えたら獄寺君のダイナマイトもおかしくない?アレ一本であんな威力あり得ないでしょ。いやそもそもなんでそんなの持ってんのって話だけど)

 

 異常な破壊力の要因は“分解”の特徴を持つ嵐属性の死ぬ気の炎にあるのだが……当然美琴はそんなの知らない。側から見れば威力のおかしいダイナマイトでしかない。

 

 とまぁ、こんな感じで時々都市伝説の話の時に美琴が妙な反応をした事を除けば鍋パーティーは大成功に終わったと言えるだろう。

 そして帰り道、常盤台中学の学生寮に向かう美琴と黒子は満足気に笑いながら歩いていた。

 

「はぁ〜食べた食べた」

 

「暫くダイエットしなくてはなりませんの」

 

「でも楽しかったなぁ、またやりたいね勉強会!」

 

「ええ。書類を揃えるのが大変ですけれど」

 

 勉強会という名の鍋パーティーでリフレッシュできた美琴。これまで『絶対能力進化(レベル6シフト)計画』で辛い思いをした分、こうして日常に戻れたのは喜ばしい事だろう。

 

「あっ、帰宅時間…!オーバーしてないよね!?」

 

「まだ大丈夫ですわ。でも少し急いだ方がよろしいかと。例え一分でもオーバーすれば容赦のないお仕置きが……」

 

「やば……急ご!」

 

 時間を確認して門限が過ぎていない事にホッと一息。しかし油断もできないので駆け出す美琴と黒子。

 そんな中、遠方から物凄い喧騒が聞こえてきた。

 

「待てやごらあぁぁぁっ!!」

 

「そこのウニ頭は絶対殺す!見せしめに茶髪もボコる!!」

 

「ひいぃぃっ!!なんでこうなるのーー!!」

 

「獄寺とインデックスははぐれて、俺とツナだけ追われて……あぁもう不幸だぁーーーー!!」

 

 見覚えのある黒髪と茶髪のツンツン頭コンビが大勢の不良達に追い回されていた。特に黒髪へと向けられる殺意が半端ない。これに唯一対処できそうな銀髪の不良の姿は見られない。

 

「あらあら、沢田さんは幸の薄そうな顔だとは思っていましたが……風紀委員(ジャッジメント)として見過ごす事はできませんわね」

 

「アイツ、本当に自分の事じゃ死ぬ気になれないのね……」

 

「お姉様?」

 

 美琴は溜め息を吐いてから、その手に稲妻を迸らせる。これで門限に遅れて罰則決定だ。

 

「全く……退屈しないわね。この街は」

 

****

 

 ズズウゥン……!!

 

 夜中、町内にまるで一軒家でも倒壊したかのような轟音が響き、砂煙が立ち登る。

 まさかそれが中学生の拳一つで地面にクレーターを作られた事で発生した現象だとは誰も思わないだろう。

 

「……しつこい奴らだ」

 

 砂煙の中から飛び出し、その光景を目の前で見ていた男は小脇に抱える少女二人が目を覚ます事が無いよう、細心の注意を払いながら迫る追手への対処を始める。

 

極限太陽(マキシマムキャノン)!!」

 

 振り上げられた拳から黄色く輝く炎による火柱が立った。男はそれを躱し、次の攻撃に備える。

 

「うおおおっ!!貴様だけは極限に許さーーーん!!」

 

「結局貴様などこの僕が成敗してくれるわ!!」

 

 黄色い火柱の中からまるで芝生のような生え方をした白髪の少年と彼と同じくらいの体格の眼鏡をかけた少年が飛び出してそれぞれがボクシングのスタイルで晴と森の属性の死ぬ気の炎を纏った拳を繰り出した。

 

 しかしその拳を繰り出した相手にそれは当たる事はなく、まるで蜃気楼のようにすり抜けてしまう。

 

「幻覚か!!」

 

「結局小賢しい手を!!」

 

 笹川了平と青葉紅葉は辺りを見回して敵を見つけようとする。だが時既に遅し。周囲の景色は既にハイレベルな幻覚によって歪められていた。これでは敵の発見どころか自分達の立ち位置すらまともに把握できない。

 

 二人を幻覚空間に閉じ込めた男はそのまま逃走を図る。しかしそれを邪魔する新手が出現する。

 

「させない!」

 

 右目に眼帯を付けた少女、クローム髑髏が槍を振るいながら、霧の炎によるカーテンを展開して男の行手を阻む。しかし靴から死ぬ気の炎を噴出する事で空中を自在に移動できるその男の足止めには足りない。

 男は腰に帯刀していた剣を抜き、その剣でクロームが展開した霧のカーテン(コルティーナ・ネッビア)を斬り裂いて突破した。

 その瞬間を狙って額に死ぬ気の炎を灯す少年、古里炎真が右手を男に向けて伸ばして、捕縛攻撃を仕掛ける。

 

大地の(グラヴィタ)……!!」

 

「させん」

 

 男が剣の切っ先を炎真に向けると彼の両手首に重い輪っかが現れ、直後にその輪っか同士が引き寄せ合い、手錠をかけられたかのように炎真の両手が拘束された。そしてその輪っかの重みにより、両手どころか彼の身体そのものが地面に押し付けられた。

 

「ぐっ!?」

 

(重い……!なんて重さだ!それにこの手首の腕輪は互いを強く引き寄せている……!!磁石か!?)

 

「大地の重力は貴様の腕が拘束されれば上手く制御できなくなる。その拘束具を軽くする事もできまい。周囲の仲間諸共吹き飛ばしても構わんのなら使うが良い」

 

「くっ…!」

 

 すると今度は紫色の…雲属性の炎を帯びたチェーンが伸びて来て彼を襲う。剣でそれを弾きつつも飛び上がって一応の攻撃範囲内から離脱してその下手人へと目を向ける。

 

「……貴様も来るとはな。想定内ではあるが、予定外だ」

 

 トンファーを構え、改造長ランを着込む少年。彼の事も男は良く知っていた。

 彼がここに来た理由など分かり切っている。並盛中をこよなく愛する彼が今起きている事態を知って黙っているはずがない。だからこの男が来る前に全て終わらせるつもりだった。

 

「君は並中(ウチ)の生徒誘拐の現行犯だ。()()()()、ここでグチャグチャに咬み殺す」

 

 並盛中学校風紀委員長、雲雀恭弥。ボンゴレ最強の守護者であり、今この場における最高戦力でもある。既にVG(ボンゴレギア)による形態変化(カンビオ・フォルマ)をも済ませている。

 雲雀は目の前の敵を咬み殺すべく、両手に持ったトンファーに雲属性の炎を纏う。

 

(流石に今ここで雲雀恭弥をも相手取るのは手こずるな……。山本武と他のシモンファミリー達、何よりリボーンが合流する前に一度帰還するか)

 

 今の自分なら負けはしないだろう。しかし必ず勝てるとも言えない。それ程までに強く、不確定要素が多過ぎる相手なのだ。雲雀恭弥という男は。そこに雲雀に次ぐ実力を持つ山本武や他のシモンファミリーの実力者達、更にリボーンまで加われば敗北は必至。

 

 いや、雲雀が今ここにいる他の面子と共闘を良しとすればそれだけで勝ち目が無くなる。それがどれだけあり得ない事であろうとも。

 故にここは撤退する。既に標的は捕らえたのだから。

 

極限太陽(マキシマムキャノン)!!!」

 

 そう考えているとやかましい声と共に凄まじい衝撃が走り、近くの空間が砕け散る。空間の亀裂からは晴の炎と森の炎の火の粉が見え、そこから了平と紅葉が出て来た。

 

「結局、僕の前では幻覚空間など無意味なのだ」

 

「極限に脆い空間だったぞ!」

 

「……貴様ら、どうやってあの空間を脱出した?」

 

「「無論、この拳で打ち砕いた!!!」」

 

 ツナが未来でのチョイスでトリカブトの幻覚空間をX BURNERで無理矢理吹き飛ばしたのと同じ理屈だ。

 紅葉が持ち前の超視力で幻覚の揺らぎなどから幻覚空間におけるキラースポットを見つけ、了平が晴の“活性”による筋力強化をされた拳圧でそこを的確に破壊した。勿論紅葉も森の炎を纏った拳を繰り出し、殴りながら幻覚空間のキラースポットを切り刻んだ。そうして二人で力を合わせて幻覚空間を物理的に吹き飛ばして脱出したのだ。

 

 言葉にすれば簡単だが、死ぬ気の炎ありきとはいえ、拳でそれを成し遂げる事がどれだけ非常識かは語るまでもない。

 

「……途轍もない馬鹿が二人揃えば無茶苦茶を当然のようにやってのけるわけか」

 

 男の言う通り、途轍もなく馬鹿な方法で幻覚空間を脱出したと言えるだろう。それでできてしまうのだから何とも反応に困る。

 

「結局こいつのような真正馬鹿と僕を一緒にしてくれるな!」

 

「それは俺の台詞だ!眼鏡をかけている癖に極限に頭の悪いお前と一緒にされたくはない!!」

 

「……」

 

 言い争いを始めた馬鹿二人は放っておく事にした。それよりも問題なのは何と言っても雲雀恭弥だ。やはり撤退が最も賢い選択だろう。男は己の持つリングに視線を向ける。そのリングには亡者が悲鳴を上げているかのような顔が装飾されているという特徴があった。

 

 男の右手の中指に嵌められているのはレア度五つ星と言われるこの世に六つしか存在しない霧属性最高峰のリング、ヘルリングの一つだ。

 

「……()()逃げるのかい?」

 

 雲雀は敵を挑発する。しかしここでそんな安い挑発に乗る相手でもなかった。

 

「……学園都市で待っているぞ。ボンゴレの守護者達よ」

 

 そう言うと男はヘルリングから藍色の死ぬ気の炎…霧の炎を出し、即座に匣兵器に注入した。器用にも捕らえた少女二人を抱えながら。

 

 その瞬間、真っ白い光に包まれて男は小脇に揃って抱えた栗色の髪の少女とポニーテールの少女と共にその場から消えていなくなった。その光目掛けて雲雀がチェーンを伸ばしても遅い。

 すぐ様連れて行かれた二人の身を案じてクロームは二人の名前を叫ぶ。

 

「京子ちゃん!ハルちゃん!」

 

 そして少女達を連れて男が消えた直後、笹川了平の怒声が響き渡った。

 

「京子を……京子を返せえぇぇぇぇっ!!!」




美琴は佐天さんの部屋でクッキー作りはしてません。ツナはお礼で貰ったデパ地下の高級クッキーに対して「手作りが良い」なんて文句は言わないので。


ちょっと思った事。

骸という強大な敵を前に太刀打ちできず、戦う手段もなく、それでも「沈黙の掟(オメルタ)」を貫いたフゥ太。
垣根という強大な敵を前に太刀打ちできずとも戦う手段はある。それでも理由はどうあれあっさり仲間の情報をゲロったフレ/ンダ。
10歳に満たない男の子と女子高生(多分)でこの差よ。


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弔花逆襲編
お留守番来る!


新章開始です。絶対能力進化計画編のラストでも述べましたが、今章は魔術サイドでも科学サイドでもなく、言うなればマフィアサイドのストーリーとなります。(敢えて言えば科学サイド寄りですが)

禁書目録では御使堕し編、超電磁砲では革命未明編に当たる時系列で並行して進む「家庭教師ヒットマンREBORN!」の物語です。

とあるキャラもある程度は出ますよ。


 -8月26日

 

 ツナが一方通行(アクセラレータ)を倒し、絶対能力進化(レベル6シフト)計画を凍結させて五日経った。現在学園都市では『高レベルの発火能力者(パイロキネシスト)が学園都市最強の一方通行(アクセラレータ)を倒した』という噂が流れていた。

 

 それによって最強の称号を欲するスキルアウト達による発火能力者(パイロキネシスト)狩りが発生しているだとかで学園都市内部の情報を調整する為、学園都市にいる発火能力者(パイロキネシスト)達の大半は当のスキルアウトなどを除いて一旦学園都市を出て親元に帰ったり、警備員(アンチスキル)の保護施設に匿ったりする事が決まったらしい。

 

 

****

 

 

「「「家族旅行?」」」

 

 現在上条宅ではツナ、獄寺、インデックスの三人が居候している。流石にワンルームの寮に四人で住むのはかなり手狭だなーと上条が考えていた中、彼の両親から寄せられたある連絡が切っ掛けだった。

 

「ああ。父さんと母さんに呼ばれたんだ。福引きで当選したからどうだって。それで明日から暫く学園都市の外に行く事になったんだけど団体での旅行券らしくてさ。だから一緒にどうだ?丁度あの変な噂でスキルアウトに狙われてる発火能力者(パイロキネシスト)達が半分くらい学園都市の外に出てるのもあって、親元に行くのならOKって、許可貰えたんだよ。俺が無能力者(レベル0)ってのもあるけどさ」

 

 上条の話に獄寺は違和感を覚えた。

 学園都市の外に能力者である生徒達が外出するのには非常に面倒な書類手続きを終えた上で逃亡阻止の為に発信機付きのナノデバイスの注射といった多くの措置がされていると聞いた。能力の強度(レベル)を問わず発火能力者(パイロキネシスト)の半数が学園都市の外に出なくてはならない現状、更にややこしい事態を招かない為に他の学生の学園都市の外への外出は規制されるべきではないだろうか。

 

(……一体どうなってやがる?それに半数とはいえ、発火能力者(パイロキネシスト)は結構な数いるとも聞いたんだがな)

 

 一方でツナは「発火能力者(パイロキネシスト)狩りが起きている」という話に頭を悩ませる。

 

(パイロキネシストって人達が不良に狙われてるのって、多分俺のせいだよなぁ……)

 

 不良達に追い回された夜、御坂美琴に助けて貰った際、ツナの(ハイパー)モードや獄寺のダイナマイトなどが都市伝説と化している事を聞かされた為、恐らくは死ぬ気の炎を発火能力(パイロキネシス)だと勘違いした人が出たのだと予想が付いてしまう。

 

「つなとはやとも行くよね!私海水浴は初めてなんだよ!みんなで行こ!」

 

 当然インデックスはこの話に乗り気だ。しかしツナと獄寺は少々事情が違った。

 

「でも俺と獄寺君は転入の手続きとか色々あるし……」

 

 学園都市から並盛に帰れない以上はここの学校に通いつつ、帰還手段を探る必要がある。なのでツナと獄寺は明後日から色々と手続きがあるのだ。それをほっぽり出しては後で泣きを見る事になるだろう。

 

「それにいつファミリーの奴らがこっちに来るか分からねーからな。安易にこの街から出られねーんだ。そもそも向こうから拉致って来たのを出して貰えるとも思えねーしな」

 

 それに加えてツナがいなくなればこれ幸いにまたあの絶対能力進化(レベル6シフト)計画が再始動しないとも言い切れない。現状一方通行(アクセラレータ)を倒せるのはツナだけなのだ。まぁこれは流石に言えないが。

 

 しかしツナと獄寺が不参加である事に納得しないインデックスは駄々をこねて四人で行く事を強く主張する。そんな中上条はインデックスの抱えるある問題点を思い出す。

 

「あ、でもインデックスはID発行されてない密入国者状態だったな……。連れてってもゲートで警備員(アンチスキル)に捕まっちまうな」

 

 元々魔術サイドであるインデックスはここが学園都市と知らずに来ていたらしい。ツナや獄寺みたいにほぼ拉致されたわけでもないのならどうやって入って来たのかという疑問もあるが、それは多分インデックス本人も理解していない。

 

 けれどツナはIDの発行という点については少し心当たりがあった。

 

「え、インデックスにもIDはあると思うけど。前に俺見たし」

 

「そうなんですか?10代目」

 

「うん。前に白井さん達に俺達の事を聞いた時にランボと一緒にインデックスもゲストIDっていうのに登録されてたんだ」

 

 結局、インデックスだけが上条と一緒に学園都市から出て家族旅行に参加する事になった。ツナと獄寺が不参加の留守番である事にインデックスがしばらくヘソを曲げていたのは余談である。

 

****

 

 -8月27日

 

 タクシーで学園都市の外の海水浴場に旅立った上条とインデックスを見送った後、ツナと獄寺は昼食の為にファミレスに来ていた。

 獄寺の柵川中学への転入手続きは明日行う事になっている。今日は二人共料理なんてできないので食事はファミレスで済ませる事にした。

 

 実は獄寺が今回上条に誘われた旅行を断ったのにはもう一つ理由があった。それは今からする話をツナと二人きりでする為だ。この話を上条やインデックスに聞かれるのは都合が悪かった。

 

「ここ数日は余計な奴らがいたので話すに話せませんでしたが……」

 

「当麻君とインデックスは別に余計じゃ……」

 

「あのウニ頭は学園都市の人間です。俺から見て信用できるわけじゃありません。それに……」

 

「それに?」

 

「俺、歳上は基本全員敵なんで」

 

(そうでしたーー!!)

 

 名実共に目上の人間……その中でもごく一部に入る者達……ツナを始めとして9代目やリボーン、ツナの両親などならば獄寺は敵視しないどころか心から敬意を持って接する。しかしただ歳上なだけで敬うべき点がないと判断した相手は徹底して邪険に扱うのが獄寺だ。ディーノに対する態度からもそれはハッキリしている。

 むしろこの数日はよく我慢した方だと言える。

 

「話を戻しますがこれに関してはボンゴレにとって部外者である上条やインデックスに聞かれるわけにはいかないんです。この街……いえ、この世界についての話ですから」

 

「!!」

 

「……やっぱり、ここは俺達がいた世界とは違う世界なの?」

 

「流石は10代目……。もうお気付きでしたか」

 

 アウレオルスと戦った後から先日の一方通行(アクセラレータ)との戦いに突入するまでの間、ずっと悩んでいた事だ。できれば外れていて欲しかった推測。しかしここでの獄寺の発言から真実である事を確信してしまった。

 

「でもこんなファミレスで話して大丈夫なの?」

 

 端から見れば頭のおかしい会話をしているだけだ。流石にこんな話を聞かれるのは精神衛生上でもそうだが学園都市を警戒する意味でも良くない。

 

「案外こういう場所の方が周囲の人間には聞かれないもんなんです。大体の奴らは自分達の雑談に夢中で他人の会話に態々聞き耳立てたりしませんから。いたとしてもそういう奴はすぐに分かります」

 

 そう言われてツナは継承式が迫っていた頃、ツナの警護の為に獄寺が守護者達やシモンファミリーに招集をかけた時にもファミレスに集めていた事を思い出す。アレは無関係の人間に聞かれず、尚且つ話を盗み聞きされた場合はそいつらが敵対勢力だとアタリを付けて炙り出す意味もあったのだろう。獄寺はそこまで計算してあのファミレスで警護の話をしていたのだとツナは今更ながら理解する。

 

(やっぱり獄寺君って凄い……。そこまで考えていたなんて……)

 

 学園都市の人間を警戒しているからこそ、敢えてこういう場所で話して、敵の視線などを探る。上条の部屋に盗聴器の類いが仕掛けられている可能性も考慮しているのだろう。

 それから獄寺は本題に入る。まずはこれまで自分たちがいた世界とこの学園都市のある世界が別世界であるという根拠を提示する。

 

「俺が並盛にいた頃、既に11月でしたがこの学園都市はまだ8月下旬……この明確な時間のズレは絶対に無視できない要素です」

 

 学園都市に来たその日から疑問に感じていた時間のズレ。冬が近いはずが目が覚めて学園都市に来ていればそこの季節は夏だった。

 

「並盛とこの学園都市の差異がハッキリしていますし、何より俺達はこれまで生きて来て、この学園都市の存在を10代目が攫われるまで一度も聞いた事がありません」

 

 しかも当の学園都市の住人である上条達曰く、学園都市の存在と行われている超能力開発は世界的に有名であり、一般にも広く知れ渡っているとの事だ。ならばツナ達が学園都市の存在を知らなかったのはおかしい。

 それだけではない。ツナは学園都市にやって来たその日に魔術の存在も知り、魔術師とも交戦している。

 

 人工的に開発する超能力に加え、魔術というオカルト要素。しかもイギリス清教のような魔術師達の組織までいくつも存在しているという。リボーンがこの話をツナから聞いた後、ボンゴレでも独自に入念な調査を行ったが、イギリスにそんな勢力など確認できなかった。

 

 異能の力を扱う……という意味ではマフィア界にもエヴォカトーレファミリーというマフィアがいるが、あのファミリーが扱う異能は科学的な超能力とも魔術とも違う霊能力というべき力だ。ある意味では憑依の能力を持つ骸などの術士に近い。

 

 だからこそ、これらの事実を踏まえてボンゴレではこの結論が出されていた。

 

「従って、ここはやはり異世界と考えるのが妥当でしょう。既にボンゴレはこの学園都市のあるこの地を異世界と判断してあの匣兵器を元に調査を開始しています」

 

「やっぱり……そうなんだ」

 

「この学園都市の狙いは恐らく……つーかほぼ間違いなくボンゴレリングッスね。10代目を最初に拉致すれば守護者である俺達も必ず集結する。必然的にボンゴレリングも七属性揃うという寸法です」

 

 現在では姿形を変えてVG(ボンゴレギア)となっているが、(トゥリニセッテ)の一角であるボンゴレリングの力をこの街が欲しているのは想像に難くない。何せ絶対能力者(レベル6)などというものの為だけにあれほどまでに悍ましく、残虐な実験を行うような街なのだから。ボンゴレリングの力を何かの実験に悪用する。そんなところだろう。

 

「封印されたマーレリングや復讐者(ヴィンディチェ)の管理下にあるアルコバレーノのおしゃぶりに関してはどうするつもりなのかは分かりませんが、(トゥリニセッテ)の中ではボンゴレリングが一番奪い易い状態ですからね」

 

 ツナ達の世界を創造した礎とも言われる究極権力の鍵。縦と横の時間軸を司り、世界のバランスを保つ核とも言える存在。その実態は地球上の生命力のバランスを補正し、正しい進化に向けて生命を育む装置だ。

 進化……という観点では超能力者(レベル5)から絶対能力者(レベル6)に至るあの実験にも通じるものがあるかもしれない。

 

 学園都市の狙いに関する推測を述べた後、獄寺は次の議題に切り換える。

 

「次は俺達をこの世界に飛ばしたあの匣兵器についてです」

 

「!」

 

 あの日、何故かツナの鞄の中に紛れ込んでいた匣兵器。アレを開匣した事がこの学園都市に飛ばされた原因だった。やはり獄寺の元にも同じ匣兵器が届いたのだろう。

 

「俺がこの街に来る12日前には俺の元に届いていたんですが、ボンゴレの研究チームの方で解析を先にする事になってしまい、来るのが遅れてしまったんです」

 

「解析?」

 

「はい。10代目が開いた転送用の匣兵器はその後何処かに消えてしまい、リボーンさんでも見つけられなかったんです。そこで元アルコバレーノのヴェルデを中心に入江やスパナ、ジャンニーイチがあの匣兵器の仕組みを一部解明し、俺が開いた後も解析・研究が可能になった為、開匣の許可が降りたんです」

 

 挙げられたメンバーの名を聞いてツナは少し驚く。正一とスパナはともかく、いくら虹の代理戦争の件があったとはいえ、リボーン曰く自己中なヴェルデが協力してくれたという話は意外だった。いや、単にあの匣兵器に興味を持っただけかもしれないが。

 それに名前だけ聞いた事があっても直接的な面識のない人物の事も気になった。

 

「あのヴェルデに……ジャンニーイチって、確かジャンニーニのお父さんの?」

 

「はい。ジャンニーニと違って超一流の武器チューナーですからね。リボーンさんや9代目も迷わずジャンニーイチに依頼したようです。今回ジャンニーニはリボーンさんに戦力外通告をされてました」

 

(ナチュラルにひでえーーー!!)

 

 けど何故だかジャンニーニに同情する気は起きなかった。以前リボーンの銃火器や獄寺のダイナマイト、ランボの10年バズーカなどの武器を軒並み使い物にならなくした前科がある為、例の匣兵器に関わる事を禁止されたのだろう。成長した10年後ならともかく、現在では役立たずどころか疫病神扱いされても仕方ない。未来のユニを通じて10年後の記憶と経験は受け取っているのだが。

 

「ヴェルデが先頭に立って解析した結果、あの匣兵器には既存のどの匣兵器にも使われていない……いや、既存のどの物質にも当て嵌まらない物質が材料として使われている事が分かったんです」

 

「どの物質にも当て嵌まらない物質?」

 

「はい。どんな検査をしても、本来匣兵器に使われるべき原料ではあり得ない化学反応を示し、機材が滅茶苦茶にぶっ壊れて尚、その匣だけは無傷でした。機能にも支障は無く……そのお陰で俺はこっちに来れたんですが……」

 

 そんな風に言われてもツナにはいまいちピンと来ない。非常に丈夫……というわけでもないようだが。

 獄寺はヴェルデの言葉を思い出しながら続ける。

 

「まるで()()()()()()()()()()()だとヴェルデは言っていました。恐らくはこの世界特有の物質なんでしょう。この世界には超能力と魔術なんてものがありますからね。そんな物を用意する事も不可能ではないはずです」

 

「あの匣兵器にそんな秘密が……」

 

 大袈裟なようでそうとしか言いようのない解析結果。いや、むしろそんな結論を導き出せるまでにヴェルデの解析は完璧なものだったという事なのだろう。

 

「その物質に宿る法則性をいくつかヴェルデが見つけた事であの匣兵器が開けば何処かに消えてしまうという作用を抑える事ができました」

 

 流石はダ・ヴィンチの再来とまで謳われる天才科学者と言ったところか。そう言えば白蘭の能力ありきとはいえ、匣兵器の開発者三人の中に彼も名を連ねていたし、幻覚を本物にするなどという出鱈目な装置まで完成させていた。

 その未知の物質の作用を抑える装置を作れる辺り、ヴェルデの天才性はこの街の科学者を凌駕している。

 ここでツナはふとした疑問を獄寺に尋ねた。

 

「そういえば獄寺君の元に届いたのは嵐属性の匣なんだよね?VG(ボンゴレギア)がバックルになっちゃったのに開けられたの?」

 

「それについてはこのリングを使ったんです」

 

 そう言った獄寺の中指には赤い石のリングが嵌められていた。嵐属性のリングである事は分かるが、わざわざ強調して見せるほどの代物なのか。

 

「これは継承式で古里に砕かれた原型(オリジナル)のボンゴレリングの一部の破片とヴァリアーリング製造に使われたボンゴレⅡ世(セコーンド)の至宝、『虹の欠片』の余りを混ぜて製造されたリングです」

 

原型(オリジナル)のボンゴレリング!?それって俺達のこのVG(ボンゴレギア)に……」

 

 当然の疑問に対して獄寺はリボーンから聞いた説明をより簡潔にしてツナに伝える。

 

「ver.アップに失敗した時の保険として、(トゥリニセッテ)バランス保持の為に製造しておいたものだそうです。言わばボンゴレリングのスペア……それがこのネオ・ボンゴレリングです」

 

「そ、そうだったんだ……」

 

 それから獄寺は屈託ない笑顔でチェーンに通された如何にも強力そうなリングを懐から出してツナに差し出す。

 

「これまでは9代目達が保管していたそうです。それとこれが10代目の大空のネオ・ボンゴレリングです。あのウニ頭達の手前、迂闊に出せませんでしたが」

 

「俺の分もあるの!?」

 

 ツナに関してはVG(ボンゴレギア)になっても指に嵌められるリングであった為、問題なく匣兵器を開く事ができたので不要な気がしないでもないが、敵の狙いがボンゴレリングである以上、奪われる可能性も考慮して換えのリングとして渡されたのかもしれない。

 

(いやそれ以前にもしVG(ボンゴレギア)を奪われたらリボーンにどんな目に遭わされるか……)

 

 嫌な想像をしながらネオ・ボンゴレリングをチェーンと一緒に獄寺から受け取り、首にかける。炎の出力は仮の姿のボンゴレリング以上、原型(オリジナル)のボンゴレリング以下らしい。VG(ボンゴレギア)に比べると見劣りしがちだがかなり強力なリングなのは間違いない。

 

 とまぁ、こんな感じで一通りの現状確認は終わり、注文したメニューが運ばれてきて昼食を取るツナと獄寺。それから二人は今後の方針を話し合う。

 

「いずれ山本達もこっちに合流するでしょう。ですから俺達はその為の拠点を作りましょう。これはリボーンさんのご指示です。学園都市に来て、俺もそう思いました」

 

「拠点?」

 

「あの狭い寮に四人でいるのは流石にギリギリですし、山本達が来た時に生活する部屋を用意する必要もありますから」

 

 言われてみれば確かにファミリーが学園都市に来ても全員が上条の部屋に居候する訳にはいかない。狭いし何より上条からすれば超迷惑だ。山本達の生活圏を確保する必要があるし、それならばツナと獄寺もそちらに合わせるべきだろう。いずれは元の世界に帰る方法を見つけなくてはならないのだから。

 

 あんなドス黒い闇を抱えた学園都市の上層部との戦いに上条とインデックスを巻き込めない。御坂美琴を除く一方通行(アクセラレータ)のような超能力者(レベル5)やそれに準ずる能力者とも戦う事になる可能性は非常に高い。これはボンゴレで解決するべき問題だ。

 

「……じゃあ明日、柵川中学校の先生に何処か空いてる寮が無いか相談してみようか」

 

 口ではそう言ったツナだったが、その胸中は複雑だった。並盛に帰りたいとは思っているが、それはつまり上条やインデックスと別れるという事だ。この学園都市での生活圏を確保するという話にしても、上条の部屋を出て他の部屋に住むという事。別れとは違うだろうが、それに近いものはある。

 

 学園都市にいながらも今後は上条当麻とインデックスと常に一緒にはいられないかもしれない。そう考えるとツナは胸を締め付けられるような感覚を覚えた。




ツナと獄寺の現状確認と度々感想欄で指摘されていた居候が増える可能性による上条さんの部屋満員問題についての回でした。これについては何話かに分けて解決する予定です。

獄寺はまだ上条さんを完全には信用していません。インデックスに関してはツナやリボーンから事情をある程度聞いているので警戒する程の者ではないが、魔術師達との戦いを招く要因になる……くらいの認識です。

エヴォカトーレファミリーの名前がちょこっと出ましたが、この小説でのリボーンの世界線はあくまで原作ルートです。フェイトオブヒートのストーリーは含まれていません。


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霧の剣士来る!

今頃上条さんをパニクらせてる御使堕しについて

考えたら色々と面倒臭いので、黄金錬成同様、ツナと獄寺はこの世界の人間ではないので入れ替わりの対象外となります。しかし、他の人同様、気付きません。もしかしたらツナは超直感でちょっとした違和感は感じるかもしれませんが。
「認識のみに影響を受けている」感じですかね。
適当に作った設定です。穴があったりしてもスルーでお願いします。

今章のテーマ曲は悩みましたがアニメリボーンのOP5「last cross」です。


 -8月28日

 

 上条とインデックスが学園都市の外に海水浴に行った翌日、ツナは上条の住む学生寮……それも上条と同じ階の住人達だけが何だか騒がしい事に気付いた。

 

「あ、この荷物お願いしまーす!」

 

 と言うのもツナと獄寺が居候している上条の部屋とその隣の土御門の部屋以外に何かの業者らしき人達が数多く出入りを繰り返しているのだ。

 

「どうしたんですか?」

 

 ツナは土御門とは逆側の上条の隣の部屋の住人に詳細を尋ねてみる。一応この一ヶ月間で上条の寮の住人達とは顔合わせを済ませてはいるのだ。

 

「お?沢田君だっけか。いやな?なんか学校からもっと広くて安くて設備も良い寮に移らせてくれるって通知が来てさ。しかも費用は全部学校持ち!抽選でこの階の上条と土御門以外の奴らがその権利を貰えたんだ。で、みんな揃ってそっちに引越しってワケ。うるせーから上条には内緒な?」

 

(ナチュラルに当麻君と土御門さんハブられてない!?)

 

 抽選……というからには意図して上条と土御門がその権利を貰えなかったわけではないのだろうが、その二人を除くこの階の住人全員がそれを勝ち取ってうるさそうな上条のいない間に引越しをするという事実になんだか上条の扱いの悪さを垣間見た気がしたツナであった。

 

「それにしても、当麻君と土御門さん以外みんな一斉に引越しの準備なんて……」

 

「自分以外の奴らがここより条件の良い寮に移れるって話を聞いたらまた不幸だーってうるさそうっスね」

 

 ここ数日だけで上条の不幸体質を散々目の当たりにしてきた獄寺は自分だけ生活水準が上がる幸運にあやかれずに嘆く上条の姿が容易に想像できた。

 

 その後、獄寺の柵川中学への転入手続きを済ませる為、二人は学校を目指して学園都市の住宅街を歩く。

 

「手続き終わった後はどうしようかな……」

 

「そうスね……。何か美味いモンでも食いに行ってみますかね」

 

 獄寺が携帯電話を取り出して検索をかける。何故か異世界の携帯電話でこの学園都市の一般的な内部情報を探れるのかは謎だ。恐らくは学園都市側が何かしらの調整をしているのだろう。

 

「この辺だとファミレスの他にラーメン屋くらいですかね」

 

「ラーメン屋にしない?暑いから冷やし中華食べたいし」

 

「冷やし中華ですか。良いですね!」

 

 この二人は料理なんてちっともできないので上条のいない間は外食をするか弁当を買うかでしか腹を満たす事ができない。自炊ができなければ出費がかさむので結構深刻な問題だ。二人揃って無能力者(レベル0)分の奨学金しか学園都市での生活費がないのだ。

 

 その事に危機感を覚えつつ、日常生活における親、未来での戦いにおける京子とハル、そしてこの学園都市における上条の有り難みを改めて実感するツナであった。

 

****

 

 街中を平均よりかなり背の高い中学生の少年が歩いていた。少年は同年代の中でも比較的整った顔立ちをしており、爽やかな雰囲気も醸し出していた。その背には黒い竹刀袋を背負っている。

 そんな少年の後方からセーラー服を着た少女が走ってきた。右腕には何やら緑色の腕章を付けている。

 

「ん?…おっと」

 

「きゃっ!?」

 

 ドン…と花冠を頭に付けたセーラー服の少女は例の爽やかそうな背の高い少年の背中にぶつかり、少女の方が尻餅を突いてしまう。ぶつかった少年は慌てて少女に謝りながら手を差し伸べる。

 

「すまねぇ。大丈夫か?」

 

「あ、はい。こちらこそすみません。私の不注意でした……」

 

 差し伸べられた手を素直に取って立ち上がる為に力を貸してもらう。少年は見た目通りに力が強く、軽々と少女の手を引っ張って立ち上がらせてみせた。

 

「ハハッ、お互い様だ。気にすんな♪」

 

「そう言って貰えると助かります……」

 

 実際前方に人がいるのにそちらを注視せずにぶつかってしまった少女の過失だ。ぶつかった相手が性質の悪い不良であれば確実にそれを口実に絡まれていたであろう。気にせず許してくれるこの少年の心意気に少女は感謝する。

 少女が立ち上がり、土埃を軽く払うのを見届けると少年はまた歩き出す。

 

「じゃーなー」

 

「あ、はい!失礼しましたー!」

 

 歩き去った少年が見えなくなると先を急いでいた少女もまた目的地に向けて走り出そうとする。しかし少女は気付かなかった。背後から忍び寄る魔の手に。

 

「うーいーはーるー!」

 

 その声が聞こえた時、少女の腰回りに巻かれた布ーーースカートが捲れ上がった。

 

「きゃあああっ!?」

 

 涙目になり、赤面しながらスカートを抑えようとする少女。そしてスカートを捲り上げた下手人ーーー黒髪セミロングの少女は満足気に頷きながらスカートの中身……花飾りの少女、初春飾利の下着の色と柄を口ずさむ。

 

「今日は淡いピンクの水玉かぁ……これ前にも見たような?」

 

「な、何するんですか佐天さん!!」

 

 スカート捲りの犯人ーーー佐天涙子に涙目で抗議する初春。しかし彼女が初春のスカートを捲って下着を確認してくるのはいつもの事なので結構無意味な抵抗と言える。それで諦めてスカート捲りを許容できるのかと言えばそんなわけがないが。

 

「いや〜、初春の親友としては初春がこの非常時にパンツ履き忘れているんじゃないかって心配でさ〜」

 

「ちゃんと毎日履いてます!」

 

「ところで今の人すっごいイケメンだったよねー!なんか爽やかな感じで人当たりも良いし!」

 

「話を逸らさないで下さい!大体佐天さんはいつもいつも……」

 

 あまりにも露骨に話を逸らす佐天におかんむりな初春だったが、いつものように文句の一つでも言おうとする途中で言葉を詰まらせる。

 

「あの人、剣道部か何かかな?あの袋って竹刀入れる奴だよね?…ってどしたの初春?」

 

「……そういえば今の人、何処かで見たような……?」

 

 佐天が話に挙げたぶつかった少年の顔に何故か見覚えがあった初春だったが、今は急ぎの用があった為、一旦それを忘れてそちらに頭を切り換え、先を急ぐのであった。

 

****

 

 学園都市第七学区に並び立つビル。その内の一つ、屋上にてある集団が屯しており、上から学園都市の街並みを見下ろしていた。

 総勢四名。しかしその四人はこの学園都市の治安維持組織と呼ぶには少々異質な空気を醸し出していた。

 

 その四人の中で唯一の眼鏡をかけたおかっぱ頭の男は他の三人に先程から気になっていた事を問いかける。

 

「土御門はどうした」

 

「さぁ?なんか外で魔術関係のトラブルがあったんだと。そっち行ってんじゃね?」

 

 それに答えたのは金色の髪を持ち、前髪で目元を隠した男だった。頭にかけたティアラのような髪飾りが特徴的だ。

 それを聞いて腰に四本の剣を下げたの男が不機嫌そうに顔を顰める。

 

「……」

 

「ま、いなくていーんじゃね?あいつ胡散くせーし、信用できねーし?魔術も使えなくなってんだから戦いじゃ役に立たねーよ」

 

「左様でございます。あのような無礼で低俗な輩を宛にする意味も必要性もございません」

 

「全くだ。所詮は魔術関係からこの街に潜り込んだスパイだろう。魔術方面に関する情報提供以外に奴の価値などない。許可さえ降りればすぐにでも始末してやるものを」

 

 色黒の大男とおかっぱ頭の男が金髪の男の意見に同調する。話題に挙げられた男、土御門元春は彼らからの印象はあまり良くはないらしい。少なくとも大義名分さえあれば躊躇いなく始末しようと思われるくらいには。

 

「なんかこの街の暗部も派遣するとか言ってたなー。けど、沢田綱吉は一方通行(アクセラレータ)を倒したんだぜ?今更超能力者(レベル5)にも届かねー能力者なんざクソの役にも立たねーからいらねーっつの」

 

 金髪の男は心底怠そうに座っていた玉座の背凭れに寄りかかり、体勢を崩す。

 

「データも確認しましたが未元物質(ダークマター)率いる『スクール』や原子崩し(メルトダウナー)の『アイテム』ならともかく、あの程度の能力者達では十中八九沢田綱吉どころか守護者に瞬殺されるのがオチでしょう」

 

「時間稼ぎ程度に役立ってくれればラッキーと言ったところか。できるとは思えんが」

 

「だな。つまり奴らとまともにやり合えんのはやっぱ俺達しかいなくね?しししっ♪」

 

 話が纏まると金髪の少年が装着するリングから、赤い炎……嵐属性の死ぬ気の炎が出た。

 剣士の男はリングから藍色の炎、霧属性の炎を出してから他三名に今回の作戦の最終確認を取る。

 

「まずは俺が行く。手筈通りに頼む。奴が割り込んで来ればどうせ俺に挑んで来るからな。その前にある程度仕上げておくぞ」

 

****

 

 柵川中学にて獄寺の転入手続きと山本達の住居の相談の後、昼食を済ませたツナと獄寺は本格的にやる事をなくしていた為、適当に学園都市の中をぶらついていた。平和で良い事ではあるが、こうも見知らぬ土地では遊びに行くのも一苦労だ。

 そうして第七学区の大通り、交通量の多そうな交差点に差し掛かったツナと獄寺の足が止まる。理由としては今この場の光景が異常だったからに他ならない。

 

「……誰もいませんね」

 

「うん……。どうしてだろ?」

 

 そう。夏休みの日中だというのに今二人がいる交差点には車の一台も走っておらず、停車もしていない。その上人っ子一人もいやしないのだ。獄寺の言葉通りツナと獄寺以外の誰もいなかったのだ。

 獄寺は周囲を警戒する。流石にこんな状況はまずあり得ない。情報規制などの何らかの方法で自分達が隔離されたと考えるべきだ。

 だがツナにはこの状況に心当たりがあった。学園都市に来てから二度、似たような状況を目の当たりにした事がある。一度目はインデックスの記憶喪失を理由を知った日。二度目は三沢塾に潜入する事になったあの事件の日。

 

「もしかして……人払いのルーン?って事はステイル!?」

 

「例の魔術師ですか…!」

 

 そう。ステイル=マグヌスの使用する人払いのルーン魔術。それを使えばこの大都会でもこんな大通りを無人状態にする事が可能だ。

 また何か魔術関係で厄介事を持ち込んできたといったところか。しかしそういった用件に強く、豊富な魔術知識を持つインデックスと超能力、魔術問わずに異能の力を問答無用で打ち消す幻想殺し(イマジンブレイカー)を持つ上条当麻の二人がいない状態で魔術サイドの問題をツナと獄寺とステイルで解決できるものなのかと不安になる。

 

 だが本当の不自然はここからだった。

 

 いくら待ってもあのルーンの魔術師が姿を現す事はなかった。

 

「……あれ?なんで出て来ないの?……ステイル?」

 

「もしかして隠れて様子を伺ってるんスかね?10代目に対して殺害予告まで出したヤローですし、妙な事するってんなら俺がここで果たしてやります!!」

 

 お馴染みのダイナマイトを手に周囲を見回す獄寺。相手は炎の魔術師でもあるのでダイナマイトはあまり相性の良い武器とは言えないが。

 

『違う。ステイル=マグヌスは現在この学園都市にはいない。ここは俺が作った幻覚空間だ』

 

 上空からエコーのかかった音声が響いた。それによって告げられた内容はツナと獄寺の想定を根底から覆すもの。そして同時にこの状況が術士によって作られたものだと判明した。

 

「……っ!確かに霧の炎を感じる!!」

 

「クソッ!幻覚見破んのは苦手だっつーのにもう嵌められてたのかよ!!」

 

 ツナも獄寺もここでようやく死ぬ気の炎の感知に気を回して霧の炎の炎圧を感じ取ると戦闘態勢に入る。

 

「ちっ!瓜!形態変化(カンビオ・フォルマ)!!」

 

 獄寺は舌打ちしながらも即座に己のVG(ボンゴレギア)、嵐のバックルver.Xに炎を注ぎ、嵐猫(ガット・テンペスタ)の瓜の姿を変化させて全身にダイナマイトを巻き付け、専用の眼鏡型のディスプレイを装着。そして防御用のSISTEMA C.A.I.のシールドフレームを展開する。

 ツナも迷わず死ぬ気丸を呑んで(ハイパー)死ぬ気モードとなる。

 

 二人が警戒を強めると周囲の景色が変化していく。塗り替えられていく。その景色にツナと獄寺は見覚えがあった。

 

「10代目、これは……」

 

「ああ……間違いない」

 

 ツナも獄寺もこの景色を良く知っている。仲間達を守る為に、平和な過去に帰る為に激戦を繰り広げ、死線を掻い潜り、敵と戦い抜いたミルフィオーレファミリーのアジトの一つ。

 

 メローネ基地。

 

 あらゆる意味で忘れられない場所だった。

 しかもここはX BURNERを完成させた直後、10年バズーカの効力を停止させていた白い装置を目指して高速で滑空していた場所だ。

 

「なんでこんな光景を……!?」

 

「10年後の未来での戦いを知っているって事ですかね……」

 

 沢田綱吉の身に流れるボンゴレの血(ブラッド・オブ・ボンゴレ)が齎す超直感が告げる。

 この幻覚空間を作った者を己は知っている。そしてこの幻術の主は、敵はすくそばに……

 

(いる……!!)

 

 そして幻覚によって姿と気配を消してはいるが、確かにツナの背後にそいつはいた。腰に下げた剣を一本鞘から引き抜き、大きく振りかぶってツナへと斬りかかる。その瞬間に幻術を一部解き、姿を現す。

 

(ようやくこの時が来た。……ボンゴレ!!)

 

 直後、ツナは後ろを振り向いた。

 振り向いた背後から迫る剣をツナは間一髪、Xグローブの甲で受け止めた。重い剣圧と鋭い太刀筋に少しだけ押されながらも耐えて完全に止めてみせる。

 しかしツナの目は驚愕に染まっていた。その一太刀の凄まじさに驚いたわけじゃない。その剣を振るった者の顔を見て驚いたのだ。遅れてツナと同じ方向を向いた獄寺もその下手人の容姿を見て愕然とする。

 

「流石だな。超直感は健在か。だがこれはあくまで挨拶代わりだボンゴレ」

 

「マジかよ……」

 

「お前は……幻騎士!?」

 

 10年後の未来にて、ミルフィオーレファミリー最強の剣士として何度もツナ達の前に立ち塞がった霧の術士にして四刀流の剣士、幻騎士。その1()0()()()()姿()だった。




吸血殺し編の前に出た時からバレバレでしたね。


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6弔花来る!

 一本の剣と鎧型のグローブの甲がぶつかり合い、互いにそれを跳ね除けるかのように押し合い、同時に後方へと下がる。

 幻騎士はFシューズから噴き出る霧の炎で上空へと昇り、ツナと獄寺を見下ろし、反対に二人はそんな幻騎士を見上げる。

 

「幻騎士、なのか……?」

 

「間違いありません!ですが、俺達が知ってる幻騎士よりも若い……」

 

「もしかして10年前……俺達の時代の幻騎士か?」

 

 自分達の知る幻騎士よりも若い。つまりはツナの言う通り、現代の幻騎士であるという事だ。未来ではないのだから当然の話だが。

 メローネ基地の風景を映した周囲の幻覚は消えていき、元の学園都市の交差点の景色に戻る。

 そしてツナの推測を幻騎士自身、肯定する。

 

「そうだ。俺もユニから未来の記憶を受け取っている。10年後の未来での出来事は全て把握している。言っておくがこの俺には白蘭やミルフィオーレ、ジッリョネロファミリーなどへの忠誠心は欠片も無い」

 

「「!?」」

 

 幻騎士の口から出た驚くべき一言。あれだけ白蘭に対して盲目的に心酔し、忠誠を誓っていたにも関わらず、それを堂々と否定する。様を付けずに呼び捨てにしている事からもそれは窺える。

 

「どういう事だ?いや、そもそも何故お前がこんなところにいる?ここで襲って来た理由なんてお前が学園都市と組んでいるからとしか考えられない」

 

「……良いだろう。ならば教えてやる」

 

 ツナの疑問に幻騎士は態々丁寧に答える。もしかしたら少し語りたかったのかもしれない。

 

「お前達が白蘭を倒し、未来から帰還した事で未来のアルコバレーノ達がマーレリングを封印すると同時にユニを通してあの時代の戦いの記憶を過去にいた関係者全員に伝えた。それは未来においてお前達と敵対していた我々も同じだった」

 

 それはそうだろう。あの記憶を受け取ったのはボンゴレ側の人間だけでなく、白蘭でさえ例外ではなかった。

 

「流れてきた記憶に混乱しながらもファミリーに帰るとγ(ガンマ)達は有無を言わせずに俺を抹殺しにかかった。未来の時代における裏切り者としてな」

 

 ギリリ…と歯軋りをしてその目にはジッリョネロファミリーへの憎悪を宿す幻騎士。

 

「確かに未来では俺はファミリーを裏切り、白蘭に全てを捧げた。だがそれはこことは別の未来での話だ!!何故現代ではまだやってもいない裏切りの粛清などを受けねばならん!?今ここにいる『俺』が何をした!!!」

 

 理不尽。幻騎士がジッリョネロから受けた仕打ちを形容する言葉はそれしかなかった。故に幻騎士は怒り、憎む。しかしγ(ガンマ)達からすればある意味当然の対応だろう。裏切ると分かっている相手を野放しになどできるわけがない。

 

「そうして俺はジッリョネロファミリーを追われた。だがまだその時には希望があった。神が…『白蘭様』が必ず俺を救ってくださるなどと信じていた。だがその神は現れなかった。あろう事か奴は俺を放って山本武などを救い、その後はアルコバレーノの……ユニの呪いを解く為だけに行動していたのだ!!」

 

 虹の代理戦争。表向きはアルコバレーノの呪いを解除する権利を巡って代理達が戦うというもの。確かにあの戦いで白蘭は自分の心を救ってくれたというユニの為に力を尽くしていた。

 

「そこでようやく悟った……。未来での俺の死は桔梗の陰謀などではなく、本当に白蘭に切り捨てられたのだとな……」

 

 忠誠を誓い、マーレリングを捧げた己ではなく、未来ではパズルのピースと称する駒でしかなかったユニを救う為に戦う白蘭を見て幻騎士は絶望したのだ。

 

「重傷を負い、命からがら逃げ延びた俺は神だと思っていた者に裏切られて絶望の淵にいた。そんな時だった。あの方に俺は命を救われた。この世界へ死にかけていた俺を招き、この街の高度な医療技術によってあれ程の深手を負った俺の命をお救い下さったのだ」

 

 核心となる部分は意図的に伏せつつ、幻騎士は語る。今の自分が戦う理由を。新たな忠誠を誓った主を。

 

「俺の真に仕えるべき神は他にいたのだ!神の名を騙った白蘭ではなく、本当の意味で俺を救った神が!!」

 

「学習しねぇなお前」

 

 熱弁する幻騎士に向かって獄寺はそう吐き捨てた。幻騎士が白蘭に忠誠を誓った経緯は未来の正一に軽くだが聞いた事がある。治療法の確立されていない流行病によって死にかけた幻騎士に能力を駆使して得た知識でワクチンを与え、治療したのが白蘭だ。今回もほとんど似たようなものだ。単純に殺されかけたところを助けられた。白蘭と大して変わらないではないか。どう見てもそこに付け込まれてまた利用されているようにしか見えない。

 

 しかもあの口振りでは向こうが一方的にこの世界へ幻騎士を呼び寄せたのが分かる。いくら何でも怪しいとは思わないのか。

 

「何とでも言え。あの御方こそが俺の仕えるべき真なる神。俺は新たな神の為にこの力を振るうと決めた」

 

「ケッ!そんなコロコロ仕える相手を変えちまうようなブレブレな忠誠心だから、白蘭にも(リアル)6弔花の器じゃねぇって思われたんじゃねぇのか!!」

 

「嵐の守護者、獄寺隼人よ。貴様はボンゴレへの忠誠は変わらんか」

 

「たりめーだ!すぐ鞍替えするテメーと一緒にすんな!10代目こそがボスとして最高の御方なんだ!!」

 

 一貫してツナをボスとする獄寺と、救われたという理由はあれどユニを裏切り、白蘭を切り捨て、次々と新たな主に尻尾を振る幻騎士。獄寺の指摘もあながち的外れではないだろう。

 

(あの目も既に克服した。白蘭は俺が仕えるべき神ではなかった。だから忠誠も不完全であの目によって簡単に動揺してしまったのだ……。だが真なる神と巡り会えた今なら違う!!)

 

 確認の為にわざとツナに接近して剣を振り、間近でその瞳を直視してみたが、未来の記憶とは違い、何も感じなかった。問題はない。今の自分ならば沢田綱吉に後れは取らない。

 

「あの御方の命令こそ真なる神の啓示。お前達をここで捕らえる」

 

「捕らえるだと?狙いはボンゴレリングじゃないのか?」

 

「貴様らが知る必要はない。二人纏めて捕縛する。それだけだ」

 

 幻騎士はツナと獄寺を捕まえると言った。未来の時とは違い、ボンゴレリング奪取が目的ではないのか。どちらにせよここで倒さねばならない相手には変わりないが。

 

「とにかく、奴のボスについて詳しく吐かせる必要があるみたいスね……」

 

「二対一だが挑んで来たのはお前の方だ。卑怯とは言わないだろう?」

 

「いいや、四対二だぜ」

 

 その声と同時に嵐属性の炎を纏ったナイフが十数本程、二方向からツナと獄寺に向かって飛んで来た。獄寺はリングフレームのシールドで、ツナは両手を振るって大空属性の炎のシールドを作る事でそれを正面から防ぐ。

 

「……手筈通りにと言ったはずだ」

 

 眉を顰め、批難するかのような視線を更に別方向へ向ける幻騎士。その視線の先には椅子の足から嵐の炎を噴出する事で空中を浮遊する玉座に腰掛ける金髪の男と、まるで執事のようにその傍らでFシューズを使い、雨の炎で浮遊する色黒の大男がいた。

 

「お前に文句を言う権利なんかねーよ幻騎士、お前自分語り長過ぎ。()()()が来る前にある程度片付けるとか言って時間削ってんのお前じゃん」

 

 そう言って割り込んで来た男の特徴にツナと獄寺は再び驚愕する。彼の容貌にも見覚えがあったからだ。金髪で、前髪で目元を隠し、頭にはティアラがかけられている。

 

「ベルフェゴール!?」

 

 そう。ボンゴレの独立暗殺部隊ヴァリアーの幹部であり、リング争奪戦では嵐の守護者として獄寺と激戦を繰り広げたベルフェゴールと瓜二つの容姿をしていたのだ。

 

「いえ、奴は……恐らくベルフェゴールの双子の兄、ラジエル!!」

 

「そうそう。出来の悪い弟と一緒にすんなっつーの。超直感は飾りか?沢田綱吉」

 

 その正体を獄寺が即座に見破る。その発言からベルフェゴールには全てが気に食わないという双子の兄がいたという事をツナは思い出す。確か幼い頃にベルフェゴールは彼を殺し、その快感が忘れられずにボンゴレに入ったと聞く。そして当のラジエルは実は生存しており、未来においてはミルフィオーレの6弔花としてXANXUSと交戦したとも。

 

 ラジエルの登場に驚いていると今度は雨属性の炎の炎圧を感じた。次の瞬間には真下から気配を感じ、地面に亀裂が走る。そして雨の炎を纏った巨大な触手が四本、そこから這い出て来てツナと獄寺に迫った。

 

 ツナも獄寺もそれぞれが死ぬ気の炎の推進力でそこから後方へと離れて、触手による拘束を回避する。

 

「今度は何だ!?」

 

「雨属性……あんな匣兵器見た事ねーぞ!?」

 

「おらんおらん。本当におらんな。六道骸もクローム髑髏も。少なくとも六道骸には転送用の匣兵器が既に渡っているのだがな」

 

 そう言って態々注目を集めるかのようにツナと獄寺から見て左方向から歩いて来た男がいた。おかっぱ頭と眼鏡が特徴であり、そしてその手には雨の炎が纏わせてある馬上鞭が握られている。

 

「……お前が今の攻撃を仕掛けて来たのか」

 

「そうだ。会うのは初めてだな、ボンゴレⅩ世(デーチモ)

 

「あいつも知ってます…!グロ・キシニアです!」

 

「グロ・キシニア!?クロームが倒したっていう……」

 

 次から次へと姿を現す敵達。そして彼らには全員ある共通点があった。それは未来でミルフィオーレファミリーに所属し、ツナ達と敵対した者達である事とミルフィオーレでの彼等の立ち位置だ。

 

「こいつら……6弔花です!白蘭の表向きの守護者とされていたミルフィオーレのAランク兵士達です!!」

 

 幻騎士、ラジエル、グロ・キシニア。それぞれが霧、嵐、雨の6弔花として白蘭に仕えた偽者の守護者達だ。

 

(晴と雷の6弔花は入江とγ(ガンマ)……雲の6弔花はどんな奴か知らねーが、6弔花の構成からすりゃ幻騎士やγ(ガンマ)と同じジッリョネロのブラックスペル……向こうの世界でジッリョネロファミリーにいるはずだから奴らの側にはいねーと思うが……)

 

「てめーらも学園都市のトップの奴に忠誠を誓ったわけか」

 

「ちげーよ。ただのギブアンドテイクだ。俺らはアイツの『計画(プラン)』に手を貸す代わりに俺らの目的の為にこの街の科学技術を提供して貰う。そんだけの関係だっつーの。幻騎士だけは別だがな」

 

「私もまぁ似たようなものだ。少なくともクローム髑髏の目の前で六道骸を八つ裂きにしてやらねば気が済まん」

 

 ラジエルもグロ・キシニアも彼らなりの目的があって幻騎士や学園都市と手を組んだらしい。

 そしてグロ・キシニアは10年前でも変わらず下衆だったようだ。女の子の心に傷を付ける事に悦楽を感じるのは昔かららしい。

 

「そもそも正統王子の俺が誰かの下に付くってのがおかしな話だったんだ。ベルフェゴールはそれに気付かねーから真の天才の俺に及ばない準天才でしかねーんだ」

 

「ならお前の目的はなんだ?」

 

 ツナの問いに対してラジエルは別に隠す気はないようで、ワナワナと怒りに震えながら答える。

 

「決まってんだろ!てめーらを倒してとっ捕まえた後は(リアル)6弔花なんてふざけたモンを作って俺様を前座の捨て駒扱いした白蘭と未来の俺を殺しやがったXANXUSへの復讐だ!!当然ベルフェゴールもブチ殺してやる!!必ずな!!」

 

「けっ!テメーなんかがあいつらを倒せるってんなら、俺達はあんな苦労してねーっつーの!!」

 

 白蘭とXANXUSへの憎しみに燃えるラジエルに獄寺は暗に「お前が敵うわけがない」と悪態をつく。

 はっきり言って今の獄寺でも奴等には勝てないだろう。ベルフェゴールはともかく、白蘭もXANXUSもラジエルとは次元が違う程に強い。だが、だからこその学園都市との取り引きなのだろう。学園都市の能力開発は凄まじいの一言だ。御坂美琴や一方通行(アクセラレータ)といった超能力者(レベル5)の戦闘能力の高さだけを見てもそれは良く分かる。

 死ぬ気の炎と匣兵器を駆使して戦うマフィアの戦闘力を科学的に高めるにはうってつけの技術が腐る程あるはずだ。

 

「そいつはどうかな?ユニから未来の記憶を受け取った事でその経験を手に入れたのは俺達も同じだ。強くなってんのはテメーらボンゴレやヴァリアーの連中だけじゃねーんだよ!」

 

 ラジエルがそう言い放つと彼に仕える執事であるオルゲルトが前に出て右手の中指に嵌めたリングに雨の炎を灯す。空いた左手には匣兵器が握られている。

 

「話は終わりだ。ボンゴレ嵐の守護者・獄寺隼人、貴様は私が潰してやる。ジル様への侮辱はこの私が許さん」

 

「待てよオルゲルト、まずは俺がやる。この街で新しく手に入れた力がどれ程のモンか……ちゃんと試しとかねーとな」

 

 ツナと獄寺との戦いでやりたい事があるらしいラジエルはオルゲルトを牽制し、自身の指に嵌めたリングに炎を灯す。

 ラジエルのリングに炎が灯ると同時に複数匹の嵐コウモリ(ピピストレッロ・テンペスタ)が直接リングから現れ、散開する。

 

「アニマルリング!?いや、これは!!」

 

「分かってんじゃねーか!リングとアニマル型匣兵器の合体がてめーらの専売特許だと思ったら大間違いだ!!」

 

 それがラジエルの持つ精製度Aランクのリングと嵐コウモリ(ピピストレッロ・テンペスタ)が合わさったリングなのだとツナと獄寺にはすぐに分かった。アレはVG(ボンゴレギア)新生(ニュー)ヴァリアーリングと同じだ。

 

 出て来た嵐コウモリ(ピピストレッロ・テンペスタ)には何かの機械のような複雑な装備が組み込まれており、まるで身を守る鎧のようにそれが装着されている。

 

(前に入江に聞いた話じゃこいつの匣兵器はかなり厄介な性能を持ってやがったな……)

 

 未来での戦いにて、真6弔花には6弔花と同等クラスの選りすぐりのAランク兵士が100人ずつ部下として与えられているという話から参考までに正一から他の6弔花の戦闘能力について聞いた事がある。

 あの嵐コウモリ(ピピストレッロ・テンペスタ)には超炎波(オンデ・スーペル・フィアンマ)という超音波の要領で目視できない特殊な嵐の炎を放ち、相手に吸収させて内側から破壊する技がある。恐らくはそれを強化しているのだろう。

 

 だがその考えは非常に甘かった。獄寺はこの街の科学技術をこれまでもまだ甘く見ていたのだ。強化……などという生優しいものではなかった。

 

「んじゃ、まずは一発目だ!!しししっ♪」

 

 ラジエルの合図と同時に一つのリングにも関わらず複数匹いる嵐コウモリ(ピピストレッロ・テンペスタ)の内、一匹だけが動きを見せた。口を開くとその身に装着された機械が起動し、口元に緑色の光の球体が現れた。その球体の周囲にはほんのりと嵐属性の赤い死ぬ気の炎が見える。

 次の瞬間、それが解き放たれ、嵐の炎の渦が付加された緑色のレーザーがツナと獄寺に襲い掛かる。

 

「なっ!?」

 

「10代目!!」

 

 凄まじい勢いで放たれたレーザーに対し、ツナの超直感が直接触れるのは危険だと告げる。そして獄寺のSISTEMA C.A.I.のシールドがそれを防ぐべく、二人の真正面に移動し、レーザーを受け止め、どうにかそれを掻き消した。

 

「へぇ、やるじゃん今のを防ぐなんてよ。流石VG(ボンゴレギア)ってとこか。それを設計したのはあのケーニッヒだしよ」

 

復讐者(ヴィンディチェ)との戦いで一度木っ端微塵にされたからな。入江やスパナに頼んで色々と強化したんだ。てめーなんかの匣兵器にゃ負けねーよ!」

 

 獄寺自身、虹の代理戦争で復讐者(ヴィンディチェ)の夜の炎でSISTEMA C.A.I.を一度粉々にされた事から天才武器チューナージャンニーイチをメインとした正一やスパナ達技術者による修理の際に幅広く他属性同士の組み合わせが可能なように強化して貰ったのだ。

 だが口では強がっているものの、余裕があるのはラジエルの方だ。明らかに彼の炎圧だけで出せる威力ではない。

 

 獄寺は“分解”の嵐、“鎮静”の雨、“硬化”の雷の三属性を組み合わせた炎のシールドで攻撃を凌いだが、嵐の炎が組み合わさった原子崩し(メルトダウナー)の攻撃はたった一撃と言うには割りに合わない程の消耗を強いられた。

 

 ツナは獄寺の消耗振りからあの嵐コウモリ(ピピストレッロ・テンペスタ)の異常性を認識する。

 

「……それがこの街でお前が得た新しい力か」

 

「そう!リングと匣アニマルを一体化して強化しただけじゃねぇ!これが学園都市製の新型匣兵器!嵐コウモリ(ピピストレッロ・テンペスタ)ver.原子崩し(メルトダウナー)だ!!」

 

 ツナの呟きに気持ち良さそうに反応し、新たな匣兵器について自慢気に語り始めながらもラジエルは他の嵐コウモリ(ピピストレッロ・テンペスタ)達にも同じレーザーを撃つように合図を送る。

 

「しししっ♪まだ試運転程度の段階だが、いずれはコイツでXANXUSも白蘭もベルフェゴールも全員ブチ殺してやらあぁぁぁっ!!!」

 

 そして嵐コウモリ(ピピストレッロ・テンペスタ)達によるレーザーの乱射が始まった。




因みに現代の幻騎士については原作コミックス42巻のハガキコーナーにて白蘭が「心配ない」とコメントしているので実際には何かしらの救済措置があったと思われます。

この小説のリボーンサイドの世界線は白蘭が現代の幻騎士へのフォローを怠った「パラレルワールド」という事です。多分。

自分であんな事書いておいて何だけどラジエルがとある世界の科学力を使ってもXANXUSに勝てるとは微塵も思えない。


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恵みの村雨来る!

 嵐の“分解”が組み込まれた原子崩し(メルトダウナー)の乱射が始まり、獄寺はSISTEMA C.A.I.のシールドでそれを防ぎにかかる。

 しかし獄寺のその抵抗をオルゲルトは鼻で笑う。

 

「無駄な事を。ジル様の嵐コウモリ(ピピストレッロ・テンペスタ)に組み込まれたのは学園都市の誇る超能力者(レベル5)の第四位の能力だ」

 

「レ、超能力者(レベル5)!?」

 

「そう!ありとあらゆるものを破壊する原子崩し(メルトダウナー)の光線に“分解”の特徴を持つ嵐の炎を組み合わせた超破壊兵器だ!!ボンゴレⅠ世(プリーモ)のマントだろーが容易くブチ抜けるぜ!!」

 

 嵐の炎が付加された原子崩し(メルトダウナー)とやらは数が多く、その全てに獄寺が対応する。シールドを明らかに先程よりも数多く展開し、それを防いでいるのだ。ここでグロ・キシニアがその点に気付く。

 

(シールドが増えている……?雲の“増殖”か!!そしてあのシールドには嵐の“分解”と雨の“鎮静”だけでなく、雷の“硬化”も加わっている……)

 

 SISTEMA C.A.I.の新機能を見抜き、興味深く思うが、それだけの利便性を得たという事は相応の消耗を余儀なくされるという事。

 

(科学技術によって再現され、嵐の“分解”の力を得た原子崩し(メルトダウナー)相手にどこまで持ち堪えられるか見物だな……)

 

 案の定、獄寺は息が上がっており、防御に回している各属性の炎が弱まりつつある。

 

「マジかよ……、これの乱射に対応するだけで炎を使い切る勢いだ……!!」

 

(厄介だな……)

 

 恐らくラジエルの発言はハッタリではない。獄寺の消耗具合からして本当にそれだけの威力があるのだろう。このままでは獄寺はガス欠に陥る。

 

 零地点突破・初代(ファースト)エディションで凍らせるか、零地点突破・改で炎を吸収するか……どちらも駄目だ。死ぬ気の炎を何とかできたとしても原子崩し(メルトダウナー)とやらの破壊光線は恐らくどうにもならない。炎の凍結や吸収ではあの光線までは消せずに格好の餌食になる。

 

 となると手は一つだ。マントは通用しなくとも対処法が無いわけではないのだ。ツナは地上を獄寺に任せ、空中を浮遊しながら大空のリングver.Xに炎を注いでナッツを呼び出した。

 

「アレは!」

 

「ナッツ!頼む!」

 

「ガウ!…GURURU……GAOOOOOOOOO!!!」

 

 ナッツの雄叫びで大空の“調和”が浸透する。嵐コウモリ(ピピストレッロ・テンペスタ)達は石化し、嵐の炎も原子崩し(メルトダウナー)も空気に溶け込み消えた。

 

「……ボンゴレのボス候補は揃って天空ライオン(レオネ・ディ・チエーリ)かよ!嫌なモン思い出させやがって!!」

 

 あからさまに嫌そうな顔をするラジエル。彼の中でXANXUSの天空嵐ライガー(リグレ・テンペスタ・ディ・チエーリ)の存在がそれなりに尾を引いているようだ。

 

 幻騎士は二本目の剣を抜き、ツナを仕留める為に構える。

 

「上条当麻と禁書目録(インデックス)……イレギュラーになり得る二人は今この学園都市にはいない。幻想殺し(イマジンブレイカー)と魔術サイドの介入が発生しないこの時をどれ程待ったか……」

 

「当麻君とインデックスがイレギュラー?」

 

「そうだ。元々は上条当麻に一方通行(アクセラレータ)を倒させる事で奴を一時的に学園都市から排除する予定だったのだがな。上条当麻の両親が偶然、家族旅行に当選した……というお膳立てまでする羽目になった」

 

「……成程な。この妙なタイミングで上条の親が旅行を提案したり、外出許可が出たりしたのはお前らにとってあのウニ頭が邪魔だったからか」

 

 恐らくは同じ理由でインデックスも排除したのだろう。インデックスの存在自体が様々な魔術師達を引き寄せる要因になる。イレギュラーの排除は任務遂行においては当然の処置だ。

 だが上条はどういう事だ?異能の力を打ち消すあの右手だけならば幻騎士達にとって大した脅威にならないはずだ。幻想殺し(イマジンブレイカー)は死ぬ気の炎を消せないのだから。幻騎士達がそれを知らないはずがない。

 

(もしかして、死ぬ気の炎は当麻君の右手で消せないけど、その性質は消せるって事か?例えば霧の“構築”……幻覚は当麻君の右手で消せる…!?)

 

 もしこの仮説が正しいとすれば上条は対能力者、対魔術師だけでなく、対術士としても強力なジョーカーになり得るという事になる。幻騎士が上条を邪魔だと思うのも当然なのかもしれないが……。

 

(いや待てよ?幻騎士のあの口振り……当麻君と一方通行(アクセラレータ)を戦わせるつもりだったのか!?)

 

 確かに異能を打ち消す上条の右手があればあれだけ打たれ弱い一方通行(アクセラレータ)を倒す事も不可能ではないだろう。しかし上条は異能を打ち消す事以外……物理攻撃などにはてんで弱い。鉄材を飛ばされて命中すればそれだけでひとたまりもない。

 

 いや、それ以上に気になったのは……

 

「幻騎士、お前…絶対能力進化(レベル6シフト)計画の事を知ってたのか!?」

 

 口ではジッリョネロや白蘭への憎しみを語るが、あの悍ましい『実験』を知ってて放置する辺り、結局奴も同じようなものではないか。いや、確かに幻騎士は別の人物に忠誠を誓えば自分のファミリーを当たり前のように裏切る最底辺の悪党だ。当然妹達(シスターズ)を助ける理由なんてないだろうが、それでも彼は知っているはずだ。理不尽な死の苦痛と絶望を。

 

 信じていた者に最悪の形で裏切られる心の痛みを。

 

「それなのに……御坂さんも妹達(シスターズ)も放置していたのか!?」

 

「幻騎士だけではない。我々も貴様と一方通行(アクセラレータ)の戦いは見せて貰ったが、滑稽の一言だったぞ。たかが殺される為だけに造られたクローンなどの為にあそこまで必死になる貴様も御坂美琴もな」

 

「何だと……!!」

 

 ツナの反応を面白がるグロ・キシニアはニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながら絶対能力進化(レベル6シフト)計画を通して見聞きした事について感想を語る。

 

「一番笑えたのはあんな打撃を数発食らった程度で昏倒し、痛みに喚く一方通行(アクセラレータ)だったがな。いや!あの実験を止められずに悶え、絶望していた御坂美琴の表情も捨てがたい!!」

 

「お前……!!」

 

「……下衆野郎が」

 

 あの『実験』で苦しんでいた美琴の事も見ていたらしいグロ・キシニアは興奮を隠そうともせずに悦に浸る。そんなグロ・キシニアにツナと獄寺は強い怒りと嫌悪感を抱く。

 

「オイオイ、余所見してる暇あんのかぁ!?」

 

 ラジエルの叫びと共に嵐の炎と原子崩し(メルトダウナー)の複合レーザーが再び乱射される。“調和”の石化はもう解けていたようだ。

 そして話に気を取られていた獄寺はシールドでの防御を取り零してしまい、咄嗟にそれを躱して転倒する。

 

「隙を見せたな、嵐の守護者」

 

 敵はそれを見逃さない。オルゲルトは匣兵器に炎を注入してガラ空きになった獄寺を仕留めにかかる。

 匣兵器から出て来たのは巨雨象(エレファンテ・フォルテ・ピオッジャ)だ。それがその巨体を駆使して獄寺に襲い掛かった。

 

大地の鉄槌(マルテッロ・テッラ・デラ)!!」

 

「しまっ……!!」

 

「獄寺君!」

 

「させん」

 

 獄寺を助けようとするツナの前に幻騎士が立ち塞がり、行手を阻む。捕縛というからには殺されはせずとも、あの攻撃では足を潰されるなどの重傷を負う事は間違いない。

 間に合わない。そう思った時、彼は現れた。

 

 

 

 

「繁吹き雨」

 

 

 

 

 回転するかのように巻き上げられた雨の炎が同じ雨属性の象の脚による一撃を防いだ。

 いや、それどころか同じ雨属性でありながらオルゲルトのそれより遥かに純度の高い炎故に象の巨体を後方へと大きく押し退けてみせた。

 

 

「何っ!?」

 

「やっぱり来やがったか……」

 

 怠そうに呟くラジエル。一方でツナと獄寺は雨の炎を纏ったこの太刀筋を見て希望を見出す。

 

「これって……」

 

「時雨蒼燕流、守式七の型……!!」

 

「間に合ったみてーだな。ツナ、獄寺」

 

 獄寺と巨雨象(エレファンテ・フォルテ・ピオッジャ)の間に割り込んだ彼は後ろにいる獄寺と幻騎士に行手を阻まれているツナへと朗らかに声をかけた。

 

「助けに来たは良いけど、いきなり訳分かんねーとこに飛ばされたから遅くなっちまった」

 

 彼を見て幻騎士の表情が心底忌々しそうなものになる。

 

「あ、これ言わなきゃな」

 

 野球のバットを肩にかけるように刀……時雨金時の峰を肩にかけ、朗らかに笑いながら彼はお決まりの台詞を高らかに叫ぶ。

 

「助っ人とーじょーっ!」

 

 ボンゴレ10代目雨の守護者にしてツナ達の親友の一人、山本武。

 友を救う為、世界を越えてここに今、推参した。その事実にツナは歓喜の感情を全開に彼の名を叫ぶ。

 

「山本!」

 

「テメ…来てたんなら連絡しやがれ!」

 

「ん?いやだって異世界でケータイ使えんのか?」

 

 相変わらずの天然振りだがそんな山本を見てこんな状況でもツナはホッとしてしまう。

 山本なら何とかしてくれる。そう思わせてくれるのだ。ツナは山本の登場で動きを止めた幻騎士の目を盗んで二人の元に飛んで行く。

 

「ケッ、来るのがおせーんだよ野球バカ。ま、助かったけどよ」

 

「ははっ、悪りぃ悪りぃ。けど霧の炎を感じたから、もしかしたら幻騎士じゃねーかと思ったらお前らもいて一石二鳥ってな!」

 

 獄寺は山本の発言内容に引っかかる点を覚える。

 

「……おい山本、その口振りからすると幻騎士が敵だと分かってたのか?」

 

 そう。山本はここに幻騎士がいる事に驚かず、それどころか既に彼との戦いを想定していたかのような言い回しをしている。そして山本自身、それを誤魔化す気はない。

 

「……ん。ま、それは後で話す。多分ここでこいつらを倒すだけじゃ終わりそうにねーからな」

 

 確かに山本の言う通り、話は後回しにするべきだろう。山本が駆け付けたとはいえ、目の前に敵がいる事には変わりないのだ。

 逆に敵陣営には山本の突然の登場に驚く者が一人だけいた。

 

「馬鹿な……!ここまで接近していたのに奴の炎圧に気付けないはずが……!!」

 

「馬鹿は貴様だオルゲルト。奴と貴様、そして私は同じ雨属性。奴は貴様がリングの炎を出したのと同じタイミングで刀に炎を纏わせたのだ。同じ雨属性の炎圧を隠れ蓑にしてな」

 

 グロ・キシニアは七の型発動まで誰も山本の接近に気付けなかった理由を一早く見抜き、それを見抜けず、みすみすそのきっかけすら作ったオルゲルトを嘲笑する。ラジエルも同じ結論に至っていたのか、説明されるまで何も察していなかったオルゲルトに対して笑いを堪え切れないでいる。

 

 そんな敵方を気にもせずに山本の視線は先程からだんまりを決め込んでいた幻騎士へと向いていた。

 

「で、いきなりで悪りーんだけどさ、幻騎士(コイツ)の相手は俺に譲ってくんねーかな」

 

「山本……」

 

「ま、テメーはそいつと戦りてーよな」

 

 未来でのメローネ基地での戦い以来、山本は幻騎士に強い対抗心を抱いていた。己の未熟さ故に敗北し、時雨蒼燕流の名に傷を付けてしまった事から、剣士として、幻騎士は負けられない相手となったのだ。

 続いて同じく未来でのチョイスでは見事にリベンジを果たしたが、それで因縁の全てが消えたわけではない。

 

「一勝一敗……三度目の正直といこーぜ、幻騎士」

 

「……お前が戦った俺は、俺であって俺ではない。故にこの『俺』には無関係だがな」

 

 時雨金時の切っ先を空中浮遊する幻騎士へ向けて宣戦布告する山本は己の首に下げた犬と燕のネックレスに炎を注ぐ。

 これが山本のVG(ボンゴレギア)、雨のネックレスver.X。現れた雨犬(カーネ・ディ・ピオッジャ)の次郎と雨燕(ローンディネ・ディ・ピオッジャ)の小次郎こそが共に戦う相棒なのだ。

 

「次郎、小次郎。形態変化(カンビオ・フォルマ)!」

 

 山本の服装が武士らしい袴の和装へと変わり、両手にはそれぞれ柄に燕と犬の像が造形された刀が備わる二刀流となる。

 

「先に言っておく。俺はあくまでお前達三人を纏めて相手するつもりで戦う。お前が俺一人に集中するのは勝手だが、俺がお前と一対一(サシ)で戦うとは思うな」

 

「オイオイ、そりゃいくら何でも舐めすぎじゃねーか?ま、すぐにそんな余裕はなくなると思うけどな」

 

 そのやり取りを見てツナと獄寺はラジエル達に視線を向ける。幻騎士打倒は山本に任せる事にした。

 

 ツナと獄寺はあくまでタッグを組んで戦う。奴らからすれば各個撃破が理想的だろう。ラジエルとオルゲルトが組み、先程の要領で獄寺を仕留め、グロ・キシニアがその間個人でツナを抑えるという形が望ましいはずだ。だからこそタッグを維持すれば三対二でも勝機を見出せる。

 

 ツナと獄寺は前衛後衛に分かれながらラジエル、オルゲルト、グロ・キシニアの三人と対峙し、山本は幻騎士にタイマン勝負を挑む。

 

 

 両陣営、睨み合う膠着状態が続く。

 

 

 徐ろにスッ…とツナが左腕を上げた。次の瞬間には掌から死ぬ気の炎を圧縮した弾丸を放ち、空を撃ち抜いた。

 確かな衝撃と共に空を覆っていた幻覚を吹き飛ばし、霧の炎が散り、ツナの炎に撃ち抜かれた雨フクロウ(グーフォ・ディ・ピオッジャ)が墜落した。

 

「気付いていたか」

 

「ま、超直感のあるボンゴレだしな」

 

 幻騎士の幻覚で隠した雨フクロウ(グーフォ・ディ・ピオッジャ)を使い、炎による雨を降らせて“鎮静”の力で真下にいるツナ達の動きを鈍らせるつもりだったのだろう。とは言っても超直感を持つツナ相手ではダメ元だったようだが。

 

 そして雨フクロウ(グーフォ・ディ・ピオッジャ)が地に落ちた瞬間を合図としてその場の七人全員が動いた。ボンゴレ陣営は互いに鼓舞し合う為に声を揃えて。

 

「「「行くぜ!!」」」

 

****

 

 山本は宣言通り幻騎士に向かっていく。しかし幻騎士もまた宣言通り三人同時に相手取るつもりなのか、まずは幻覚で己の姿を眩ませた。

 だが問題はない。山本には幻騎士打倒の為の対幻覚奥義がある。

 

「時雨蒼燕流、特式十二の型・左太刀」

 

 犬の次郎が変化した左手の打刀を握り、幻騎士が消えた地点へと斬撃を飛ばす。

 

「霧雨」

 

 今の斬撃は幻騎士を斬る為のものではない。犬の嗅覚で彼を嗅ぐ為の太刀筋。太刀の通った空間を刀に変化した次郎が匂いで完璧に把握する。幻覚で身を潜める幻騎士の本当の位置もこれで見抜く事ができる。

 そうなれば今度は燕の小次郎の出番だ。右手で握る打刀を手に山本は構える。

 

「特式十二の型・右太刀」

 

 山本の足元から膨大な炎圧の雨の炎が噴き出てその先端部分が何羽もの燕の型を創り出す。そして山本の周囲で殺気と斬撃のイメージの通りに舞う。

 

「斬雨」

 

 一瞬で山本は幻覚で隠れていた幻騎士との距離を詰めた。

 燕を象る雨の炎が山本の太刀筋に同調(シンクロ)し、燕の嘴で突くかのように振るわれた刀の切っ先が幻騎士を捉え、斬りかかる。

 

 だが幻騎士はそんな急襲にも即座に対応してみせた。両手に持つ二本の剣に霧の炎を流し、山本の燕型の斬撃を全てその刃で正確に受け止め、的確に弾き、完璧に受け流す。そしてお返しと言わんばかりに最後の突きを右手の剣で弾いた直後に左手の剣を振り上げてカウンターを仕掛ける。

 凄まじい動体視力と剣技と言えるだろう。山本もそのカウンターの剣を左手の刀で弾いて後ろへ飛び退いた。

 

「マジか…。結構自信あったんだけどな、この特式……」

 

「それが対幻覚用の奥義か……。かのD(デイモン)・スペードの幻覚をも破ったというのは本当らしいな」

 

「そんな事まで知ってんのか……」

 

 敵の情報収集能力にも驚くがそれ以上に山本は現代の幻騎士の実力に驚愕していた。

 幻騎士に関してはラジエルのように新たな武器を得たわけではない。山本のように新技を披露してもいない。

 

 幻騎士はただ単純に“強く”なっている。術士としての技量は幻海牛(スペットロ・ヌディブランキ)を使わずに未来以上の幻覚を生み出す程に進歩しており、剣士としての実力は高みに登り続けている。幻騎士には学園都市の科学力に頼る理由がない。

 

(やっぱ強えな。そうこなくちゃよ!)

 

 悔しくはあるがそれ以上に嬉しく思う。剣士としてライバル視している相手に新技が簡単に通用してしまうのも拍子抜けなのだから。

 その一方でそれだけの成長を遂げた幻騎士もまた、予想を遥かに超える山本の実力を評価し、舌を巻いていた。

 

(幻覚と本物を嗅ぎ分ける……か。思ったよりも厄介だな。だがそれでも俺の勝利は揺るがん)

 

 その上で己の勝利を確信する。

 

「山本武、俺はまだ残り二本の剣を抜いていないぞ」

 

「なら、抜かせてやるぜ!」

 

 一方でツナと獄寺のタッグもラジエル、グロ・キシニア、オルゲルトを打ち破るべく、連携して仕掛ける。

 

「まずはその邪魔くせーのから片付けてやる!!」

 

 獄寺は身体中に巻き付けていたダイナマイトを取り出し、次々とパイプ型の着火装置で導火線に嵐の炎を着火させてばら撒く。

 

「ロケットボムver.X!!!」

 

 ラジエルの嵐コウモリ(ピピストレッロ・テンペスタ)を撃ち落とす為に獄寺は嵐の炎によるロケットボムを使用する。VG(ボンゴレギア)によるロケットボムは速度と威力の向上に加えて追尾性能を持つ。例え空中を己の意思で動くコウモリと言えど、逃れる術はない。

 

「させんぞ」

 

 それをグロ・キシニアの声と共に先程の触手が地面から這い出て阻む。雨の炎を纏いながらロケットボムを叩き落とし、嵐の炎を“鎮静”させ、威力と数を減らしていく。

 

「またその触手か!!」

 

「それも学園都市の新型匣兵器か!?」

 

「いいや、確かに多少の強化はしたがこれは元々私が持っていたものだ」

 

 無数のダイナマイトに対応する為か、コンクリートの地面を内側から砕き、触手の主ーーー巨大なイカが這い出て来た。

 

「イ、イカ!?」

 

「デカ過ぎんだろ!?ハッ!?まさかUMAの一種……クラーケンか!?」

 

「その通りだ!と言っても普通のイカの遺伝子を元にミルフィオーレの科学力で巨大化させただけだがな!!」

 

 雨巨大イカ(クラーケン・ディ・ピオッジャ)の十本足が次々に空を飛びながら移動するツナへと迫る。捕まれば“鎮静”で動けなくされるのは目に見えている。ツナはそれを一本ずつ躱すものの、そのせいで上手く敵に接近できない。

 

「くそっ!」

 

「……試運転もそこそこ上手くいったし、正統王子はしばらく高みの見物といきますか。ししっ♪」

 

 グロ・キシニアに苦戦するツナと獄寺を玉座から見下ろすラジエル。目的はあくまで捕縛である為、嵐コウモリ(ピピストレッロ・テンペスタ)ver.原子崩し(メルトダウナー)の過剰な使用はツナ達を殺傷する恐れがあると判断しての静観だろう。

 しかしだからと言って安心はできない。

 

「俺は三人同時に相手取る。そう言ったはずだ」

 

 山本と相対していた幻騎士の姿が複数に増え、その内四人が獄寺とツナを取り囲む。四人の幻騎士は一斉に剣を振るい、霧属性の斬撃を飛ばして来た。斬撃は獄寺のシールドの守りを潜り抜けて迫る。

 それをツナが獄寺を庇いながらⅠ世のマント(マンテッロ・ディ・ボンゴレ・プリーモ)で幻騎士が飛ばした斬撃をイカの足諸共防ぐ。そして獄寺の左腕には黒い髑髏型の火炎放射器が装着されていた。

 

「そこだ!赤炎の矢(フレイムアロー)!!」

 

 久々に使われた嵐の火炎放射は幻覚の分身達とは別方向に向かって放たれた。そこに本物の幻騎士がいたからだ。赤炎の矢(フレイムアロー)は躱されたが、続けて山本がそちらに向かう。

 

「お前の相手は俺だぜ!」

 

「それはお前が決める事ではない」

 

 山本が幻騎士を抑え、再びツナがラジエル達に迫ろうとし、獄寺はダイナマイトを使ってツナを援護する。やはり攻撃の核である獄寺の消耗故に攻め切れないでいる。

 グロ・キシニアはそんな獄寺を分析する。先程獄寺は幻覚の看破は苦手だと言っていた。なのに幻騎士の位置を見抜いた。となると強化したというSISTEMA C.A.I.の方に秘密があるはずだ。

 

(恐らくはあの眼鏡型ディスプレイにはD(デイモン)・スペードの魔レンズを参考にした幻術解析プログラムが追加されている。奴自身に霧の波動が無い以上、あの魔レンズ程のものではないだろうがな)

 

「どうやら時間の問題のようだな…… ぬうっ!?」

 

 余裕をこいていたオルゲルトは横面に小さな爆発を喰らい、彼は真横に吹き飛ばされる。爆発の規模の割に彼が受けたダメージは思いの外大きく、ドクドクと血を流している。

 

 オルゲルトが喰らったのは当然獄寺の嵐の炎によるダイナマイト。しかしそれはただのボムではなく、通常のものよりも小さなサイズのチビボムであり、本来ならば遠近法のトリックを駆使して相手に命中させる為のもの。それをロケットボムと連携させて不意打ちとして喰らわせたのだ。追尾機能に加え、ミニサイズ故に視界に上手く捉えられないのが強みだろう。

 

「い、今のは……」

 

「新しく作ったチビロケットボムだ。まずはテメーが果てな!赤炎の雷(フレイムサンダー)!!」

 

「フン!不意打ちを喰らえど、そんなものでやられる私ではない!!」

 

 獄寺の連続攻撃に対してオルゲルトは冷静さを失う事なく匣兵器を開匣。出て来た匣アニマルが雨の炎による防御を展開する。

 

雨ペリカン(ペリカーノ・ディ・ピオッジャ)・最大防御!!!」

 

 オルゲルトの雨ペリカン(ペリカーノ・ディ・ピオッジャ)での“鎮静”防御が獄寺の赤炎の雷(フレイムサンダー)と拮抗する。いや、むしろオルゲルトの防御が押している。原子崩し(メルトダウナー)と嵐の炎の複合レーザーに対する防御で獄寺は炎を大分消耗していたからだ。

 

「フ……ジル様の新匣兵器に相当絞られたようだな」

 

「馬鹿オルゲルト!後ろだ!!」

 

「ぬっ!?」

 

「はあああっ!!」

 

 雨ペリカン(ペリカーノ・ディ・ピオッジャ)で獄寺の赤炎の雷(フレイムサンダー)を防ぐオルゲルトの真後ろにとある方法で増加した大空の推進力を利用して雨巨大イカ(クラーケン・ディ・ピオッジャ)の足を振り切ったツナが現れた。そして両手を組んで振り下ろされるダブルスレッジハンマー。脳天にそれをまともに喰らったオルゲルトはそのまま地面に墜落した。

 

「ぐあああああああっ!!?」

 

 墜落と同時に砂煙が舞い、風に吹かれて砂煙が晴れれば砕かれたコンクリートの上で瓦礫に埋もれながら白目を剥いて仰向けに倒れるオルゲルトの姿が見えた。

 ラジエルはまんまと油断してやられたオルゲルトに悪態を吐く。

 

「クソッ!役に立たねーなぁ!簡単にノックアウトされやがって!!」

 

 一方で獄寺と連携してオルゲルトを倒したツナはラジエルとグロ・キシニアに向かって告げる。

 

「まずは一人目だ」



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まやかしの幻影来る!

獄寺や山本の合流回とか6弔花の回とか結構自信満々に出したのにあんまり反応が貰えないのは寂しいものですね。
インパクトが足りないのだろうか?


「まずは一人」

 

 オルゲルトを気絶させたツナはラジエルとグロ・キシニアを見据える。(ハイパー)死ぬ気モード故の威圧感に気圧された二人はタラリと冷や汗を掻きながらも決して引き下がりはしない。

 

「……愚鈍な奴とは思っていたがあんな単純な方法で気を取られて不意を突かれるとはとことん見下げ果てた男だ」

 

「未来でも結構抜けてたからなー。こんなんで良く王家の執事になれたモンだぜ」

 

 ラジエル、グロ・キシニア共にオルゲルトをフォローするような発言はしない。これが二人の本音という事だ。本当に人数合わせ……この街の使えない能力者達よりはマシ程度の認識で戦力に加えたに過ぎなかった。

 

「……嵐の炎と原子崩し(メルトダウナー)の組み合わせは相当なモンだけど今回の任務には向かねーなぁ」

 

「やはりメインは私と幻騎士でやるべきか。しかし超直感を持つボンゴレ相手に幻覚での撹乱は無意味だな」

 

 殺傷力が高過ぎるラジエルの匣兵器ではなく、“鎮静”とイカ足による拘束に特化したグロ・キシニアの雨巨大イカ(クラーケン・ディ・ピオッジャ)をメインに捕縛をするべきか……そう考えていると、両手の剣を振るう幻騎士の斬撃が獄寺とツナ目掛けて飛ぶ。

 

「渦転斬!!」

 

 山本がネオ・ボンゴレリングを使って開匣した匣兵器から雨の炎を動力源とする水のバリアが出現し、獄寺のシールドが間に合わないであろう幻騎士の斬撃をカバーする。これは以前、未来に行った時に10年後の山本が使用していた匣兵器だ。

 

(やべーな。あのコウモリの技で獄寺の炎がほとんどガス欠になってる……。このままじゃ俺とツナも数で押し切られちまう……)

 

(あの男を倒した事で警戒して距離を取ってくれれば、その隙に一度撤退して隠れる事もできると思ったが……)

 

 山本もツナもこの場で全員倒せるとはもう思っていなかった。獄寺が消耗した状態から二人だけで戦っても幻騎士の幻覚やラジエルの嵐コウモリ(ピピストレッロ・テンペスタ)ver.原子崩し(メルトダウナー)、そして隙あらば雨の“鎮静”を仕掛けてくるであろうグロ・キシニア。これらの戦力を前に無事に勝てるとは思えない。

 

(クソッ!!俺が10代目と野球バカの足を引っ張っちまってる……!!常に攻撃の核となり、休む事のない怒涛の嵐になる事が嵐の守護者としての俺の使命だってのに……!!)

 

 本人が考えるように、獄寺が嵐の守護者としての使命、攻撃の核となれない現状では勝ち目は無いに等しい。あの三人を相手にツナと山本だけでは決定打だけあってもそれを確実に決められるだけの工程を生み出せないのだ。

 

(いや、炎がガス欠でも俺にはボムがある!!これを上手く使えばまだやれる事はいくらでもあるはずだ!!)

 

 獄寺の武器はダイナマイトやSISTEMA C.A.I.以上にそれらの戦略性の高い武器を上手く活用し、戦闘を組み立てるその頭脳にある。本人が考えるようにダイナマイト単体でもできる事はいくらでもある。むしろヴァリアーとの戦いまではそうやって戦っていたのだから。

 

 消耗具合とて死ぬ気の炎が全く使えないほどではない。確実に命中させられる一撃となるダイナマイトのみに死ぬ気の炎を点火すればいい。

 いくつかのパターンでダイナマイトを使った戦法を考えているとそんな獄寺にグロ・キシニアが視線を向ける。

 

「先に潰しておくか」

 

 たった一言。その一言で全員の視線が獄寺に向く。

 

「!!」

 

 雨巨大イカ(クラーケン・ディ・ピオッジャ)の足が四本ほど蠢き、高くまで持ち上げられると獄寺に向けて振り下ろされる。当然ツナが獄寺救出の為にその推進力を頼りに飛び出す。

 

「獄寺君!!」

 

(ビンゴ!ビンゴ!ビーンゴ!!消耗した嵐の守護者を狙えば必ずボンゴレX世(デーチモ)は身を挺して盾になる!それならあのマントや炎を使った盾を使わせずにイカ足をヒットさせれば……!!)

 

 消耗して足を引っ張る要素である獄寺を今排除する必要はそこまでない。むしろ中途半端に動ける方が(かえ)ってこちらの有利に働くというもの。だからこそ敢えて獄寺を狙う事でツナの行動を誘導できる。

 

 タイミングと距離を計算して攻撃する事でツナにⅠ世のマント(マンテッロ・ディ・ボンゴレ・プリーモ)を使う暇を与えないのは勿論、グローブから出した炎を盾に使用する隙すら潰してツナの背中にでも直撃させて決定的なダメージと雨属性による“鎮静”化を狙う。何処までも下衆な策士である彼らしい戦略と言えた。

 

 獄寺をその地点から連れ出す為に彼の前に迫り、その身を掴む。その一瞬の隙がグロ・キシニアの狙い。一瞬だけ無防備になるその背中を狙って叩き潰す。それが分かっていても獄寺を助ける以外の選択肢はツナには無い。

 

(厄介な超直感もこれなら意味ねーし、この一撃で沢田を封殺できるってわけか……。やっぱオルゲルトのバカとは頭の出来が違うな……)

 

「10代目!!」

 

「ツナーー!!」

 

 焦る獄寺と山本の叫びがグロ・キシニアには心地良い。

 次の瞬間、雨巨大イカ(クラーケン・ディ・ピオッジャ)が叩き付けようとした足はツナに直撃する前に四方八方から飛んできた蔦に絡め取られ、縛られて動きを無理矢理に止められた。

 

「……は?」

 

「あぁん!?」

 

 呆然とするグロ・キシニアと顔を歪めるラジエル。ツナもイカ足の直撃は覚悟していたのか、身体を強張らせていたが、雨巨大イカ(クラーケン・ディ・ピオッジャ)の動きが停止させられた事に気付くと驚くよりも先に獄寺を抱えて山本の隣に高速移動した。

 

「……すいません、10代目」

 

「気にするな。それよりもアレは……」

 

「……幻覚か?それも実体がある」

 

「「!!」」

 

 真っ先にそれが幻覚だとアタリを付けたのはやはり同じ術士である幻騎士だった。続いてグロ・キシニアもそれに納得し、同時に結論付ける。この自分をも騙せる術士など敵方にはたった一人しかいるまい……と。

 

「このレベルの幻覚……いや、有幻覚。……遂に来たか」

 

 ビキビキと目の端が嫌な音を鳴らす。その瞳には強い憎しみが宿っており、その姿を現す時を今か今かと待ち構えている。今こそ報復の時だ。

 そしてグロ・キシニアはその怨敵の名を呼ぶ。

 

「六道骸!!!」

 

 霧属性の炎圧を感知した方向へと目を向ける。幻騎士の出す霧の炎との識別は済んでいる。

 いつの間にか周囲に漂っていた藍色の霧が晴れ、()()は姿を現した。

 

Lo nego.()

 

 否定の声はイタリア語で囁かれた。

 

Il mio nome e’Chrome. (我が名はクローム)

 

 初めて出会ったあの日もまた、彼女は六道骸と間違えられ、それをイタリア語で否定しながらツナ達の前に現れた。同じ髪型をして右目に眼帯を着けた女術士。

 

Chrome(クローム) 髑髏」

 

 クローム髑髏。ツナの霧の守護者代理であり、黒曜の一員でもあるファミリーの中でも少々特殊な立場にある少女。しかし彼女はツナの仲間だと断言できる。それだけの信頼に足る時間を共に過ごし、笑い合ってきたのだ。

 

「クローム!」

 

「お前も来たのか!」

 

「頼もしい援軍が来たのな!」

 

 ツナも獄寺も山本も三者三様にクロームの登場に驚くものの、それ以上に頼もしく思っていた。

 一方、グロ・キシニアはクロームが現れた事にある意味ツナ達以上に驚愕していた。あの有幻覚をクロームが作り出したという事実に。

 あのレベルの有幻覚は六道骸クラスでなければあり得ないと思い込んでいたのだ。

 

(骸ではなくクロームだと!?)

 

 無意識に女性を見下す傾向があるグロ・キシニアは未来の記憶を受け取っていてもクロームを過小評価していたのだ。それに加えて高度な幻覚を作り出すのであればそれは六道骸の仕業だと思い込む程度には未来での有幻覚を駆使した骸の戦法に強い影響を受けていた。

 

 だが実際にはクロームの幻術が雨巨大イカ(クラーケン・ディ・ピオッジャ)を止め、尚且つその瞬間までその存在を誰にも気付かせなかった。

 

(馬鹿な…!クローム如きが幻覚でこの私を騙しただと……!?)

 

 しかしグロ・キシニアは本質を理解していない。未来において、彼はあくまでクロームに敗れたのだ。骸によるお膳立ては確かにあった。しかし、その結果を掴んだのは紛れもなくクロームの幻術なのだ。

 女性を見下す彼はそこに気付かない。あくまでも骸ありきの敗北だと……いや、己は骸に負けたのだと思い込む。

 

「クローム髑髏……!!」

 

 右目の端がビギビキと音を立て、クロームを凝視するグロ・キシニア。客観的に見てもハッキリ言って気持ち悪い。クロームもまた、正直彼の顔はもう見たくなかったようで、少しその視線に困っていた。

 

 しかしグロ・キシニアは冷静になるのが早い。すぐに思考を切り替えて目の前のクロームに集中する。

 

「……正直言って骸に雪辱を晴らすつもりだったのだがな……。まぁ良い。お前をズタボロにしてひん剥いてから骸を倒すのもまた一興だ」

 

「誰だろうと、負けない……!!」

 

 相変わらずの下衆振りに特にコメントする事もなく、その手に握る槍を構えるクローム。グロ・キシニアの視線は槍を握る右手の二本の指に向けられる。

 

 クロームの右手の中指にはツナ、獄寺、山本と並ぶ霧のネオ・ボンゴレリングが嵌められていた。霧のVG(ボンゴレギア)は骸が所持しているが、ツナのもう一人霧の守護者であるクロームには強力な武器が不足していた事とこの街に来る為の匣兵器を開くリングとして、ネオ・ボンゴレリングが渡されたという事だ。

 

 そしてもう一方の人差し指には銀色のフクロウを象ったリングが嵌められていた。

 クロームは彼の視線を意に介さずに人差し指のリングに霧の炎を注いだ。

 

「ムクロウ!」

 

 霧フクロウ(グーフォ・ディ・ネッビア)ver.V(ボンゴレ)。通称ムクロウ。しかしその匣アニマルは現在は先述の通り霧のVG(ボンゴレギア)として骸が所持しているはずだ。

 真っ先に結論を出したのは獄寺だった。

 

(ボンゴレ匣……いや、アニマルリングの複製(コピー)か!!)

 

 そしてクロームの()()には黒い手袋が装着されている。アレは虹の代理戦争で骸とフランが使っていたーークローム自身フランの物を使用したーーヴェルデが開発した幻覚を本物にする装置だ。恐らくは先程の蔦はただの幻覚であり、あの装置の力で実体化させた。それを有幻覚だと敵方は勘違いしている。

 

 何にせよ、クロームの参戦によって形勢逆転と言っても過言ではない。彼女の幻術とヴェルデの装置をフル活用して連携を取れば勝機は十分に見出せる。それこそ炎を消耗した獄寺でも戦力になれる。

 

 ボンゴレ側の士気が上がったその瞬間、幻騎士が口を開く。

 

「退くぞ」

 

 幻騎士の口から告げられたのは撤退の意。その方針に対して気に入らなそうにラジエルは顔を顰める。

 

「あ?」

 

「流石にこれ以上続ければ任務の達成は不可能になる。確実に最低一人は殺してしまうからな。生きて捕らえるには一度態勢を立て直す必要がある」

 

 獄寺隼人だけを徹底して消耗させ過ぎた。ツナと山本はまだまだ余力を残しており、クロームも今来たばかりで万全と言える。ボンゴレ側の消耗バランスがチグハグなのだ。

 攻撃としてはツナの火力と高速移動、山本の対幻覚用奥義。隠蔽、撹乱としてクロームの幻覚。しかし防御は獄寺のSISTEMA C.A.I.が上手く機能しない以上、クロームの幻覚で姿を隠された状態では幻騎士以外迂闊に攻撃ができなくなる。他二人が勢い余って加減できずに獄寺辺りを仕留めてしまうかもしれない。

 

「……あー、あくまで捕縛だからなぁ。ダリーなもう」

 

 嵐コウモリ(ピピストレッロ・テンペスタ)ver.原子崩し(メルトダウナー)の使用を途中から控えていたのは捕縛対象であるツナ達を殺さない為だ。

 相手を殺す分には申し分ないが、生け捕りにする場合、威力が高過ぎるのが難点か。こんな事態を招く事もある。

 

「……チッ!」

 

 ラジエルもグロ・キシニアもそれを理解して取り敢えずは幻騎士の判断に賛成するようだ。グロ・キシニアは非常に不本意そうだが。

 

「……そういう事だボンゴレ。時を改めて次こそ捕らえる」

 

「く……!」

 

 深追いはできない。向こうが自分達を殺すわけにはいかないにしてもここで勝利を優先して獄寺に無理を強いるような事はツナにはできない。

 

 幻騎士が真っ白で濃厚な霧そのものの幻覚を作り出す。浮遊して後ろへと下がっていく幻騎士達6弔花の姿はそれに呑み込まれていくかのように霧の中へと消えていった。

 

 6弔花が姿を消し、気配も消えて炎圧も感じ取れない。それはつまり完全に撤退して行った事を示す。

 しかしそれはツナ達が奴等を撃退した……とは口が裂けても言えなかった。

 

「……ちっくしょー」

 

 消え入りそうな声で悔しがる山本の呟きが他の誰かに聞かれる事はなかった。

 

****

 

「すいません10代目!俺があんなヘンテコな光線に後れを取ったばかりに消耗して、足を引っ張り10代目を危険にさらしてしまい!!」

 

「い、いや獄寺君のせいじゃないよ!むしろあのビームを獄寺君が防いでくれたから何とか戦えたんだし……!!」

 

 いつもの如く己の失態を恥じてツナに土下座する獄寺とそれをやめさせようと慌てるツナ。そのいつも通り過ぎる光景を見て山本は笑い、クロームはどうして良いか分からずにモジモジする。

 

 その後、気絶したオルゲルトの姿もなく、幻騎士達が上手く彼を回収して行ったのがすぐに分かった。

 6弔花と戦った現場にいつまでもいては気が休まらない事もあり、ツナ達はすぐに移動した。幸い幻騎士の幻覚はそこまで広範囲に広げられてはおらず、時間もかかる事なく人通りの多い場所に出た。

 

 それからツナ達は御坂美琴が良く自販機を蹴ると思われる公園に場所を移した。周囲には適度に人がいるのですぐに6弔花や学園都市上層部から狙われる事もないだろう。……少なくとも6弔花は獄寺が回復するまでは手出しはしないと思いたいが。

 

「それにしても山本もクロームも久しぶりだね!助けに来てくれて嬉しいよ!ありがとう!」

 

「ハハッ♪ま、ダチなら当然だ!」

 

「……私も。ボスもみんなも……友達、だから……」

 

 クロームは自分で言ってて照れたのか、元々赤面しやすい顔を赤くさせる。しかし目を逸らす事なくしっかりとツナの目を見ている分、彼女が本当にツナ達に心を許しているのが読み取れる。

 

 獄寺はその辺で適当に買ったペットボトルのお茶を飲み干した後、先程挙げられた疑問をぶつける。

 

「それで山本、なんでお前は幻騎士が敵って事を知ってたんだ?……俺が学園都市に行った後、何があった?」

 

「……それは」

 

『山本、クローム。そこからは俺が話す』

 

 ややエコーのかかった可愛らしい声がツナの耳元から響いた。ツナが戦闘時に使用するヘッドホンからだ。

 直後ヘッドホンから光が照射され、あるホログラムが四人の前に投影された。その正体は当然ツナの家庭教師を務める世界最強の殺し屋である赤ん坊。

 

「リボーン!?」

 

 そう、ツナの持つX BURNER用のヘッドホンに通信が入り、上条と共に魔術師と戦った時と同様にリボーンのホログラムが投影されたのだ。

 それ以降も何度かリボーンと連絡を取ってはいたが、やはり敵との戦いがある中、この赤ん坊の姿があれば安心感が段違いと言えるだろう。しかし周囲の人の目があるので慌てて物陰に隠れて話す。

 

『ちゃおっス!大分苦戦したみてーだなツナ。幻騎士達も未来の記憶と経験を受け取ってるとはいえ、相当にパワーアップしてやがるな。山本、お前から見てもそうだったか?』

 

「ああ。やっぱアイツ強ぇよ。ま、だからこそ勝ちてーんだけどよ」

 

「何呑気に山本に感想聞いてんだよ!?あの幻騎士だぞ!?ミルフィオーレ最強の剣士だぞ!?また敵になっちゃったんだぞ!?それに今のアイツ絶対トリカブトより強いよ!!」

 

 呑気に見えるリボーンに文句を言いつつも何気に幻騎士の実力をしっかり測れているツナ。しかし今把握すべきは幻騎士の実力ではなく、リボーン達が知っている情報だ。

 

「それでリボーンさん、話というのは……」

 

『獄寺が学園都市に行った後、並盛町に一度幻騎士が現れたんだ。つっても俺と山本は直接会ったわけじゃねーがな』

 

 恐らくは幻騎士は敢えてリボーンと山本には接触しなかったのだとリボーンは推測する。リボーンは単純に幻騎士では勝てないから。山本に関してはその時点で挑まれるのは時間を割くのが面倒だった為。

 

「で、でも何の為に並盛に行ったんだろ……?あの匣兵器で俺達をこの世界に呼んだって事は、アレを俺の鞄に仕込んだのは幻騎士って事?」

 

『さぁな。それは分からねー。少なくともあいつが見つかった時はあの匣兵器を誰かに届ける目的じゃねーみてーだったがな』

 

「そ、そうなの?」

 

『ああ。その時は了平と紅葉、炎真、クローム、そして雲雀が奴を倒しにかかったが奴もあの転移する匣兵器を持っていた事もあって逃げられたんだ。……最悪の形でな』

 

「最悪の形……?」

 

「ボス……それは……」

 

 クロームは顔を俯かせて暗くしている。その目には強い自責の念が宿っており、辛そうだ。山本もまた、拳を握りしめて震わせている。強い怒りを感じ取れる。

 一方で俯き、帽子で目元を隠してギリリ…と歯軋りをするリボーン。彼のこの様子からして相当に腑が煮えくり返っているようだ。

 

『いいかツナ、落ち着いて聞けよ』

 

 リボーンは告げる。告げなくてはならない。

 ツナにとって絶望に等しい残酷な事実を。あの未来での一件から固く決めていた事をぶち壊して台無しにした幻騎士の絶対に許されざる悪行を。

 

 何が何でも彼女達を助け出す為にも。

 

『京子とハルが幻騎士に捕まり、お前達のいる学園都市へと連れ去られたんだ』




はんたーさんからファンアートを頂きました。私は全然絵心がないので素直にすげえと思いました。特に気に入ったのはツナと上条さんがメインで肩並べてるところですね。後は背景で黒幕感漂う幻騎士とか。
はんたーさん、どうもありがとうございます!!

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作戦会議来る!

 -その頃の上条
 
 カラン……とある物をめくろうとすると空振る音が鳴った。それを聴いた上条の顔はみるみる青くなり、絶望に染まっていく。
 ズボンを下ろして便座に座している上条にとって、それは考え得る中でも最悪のシナリオだった。
 
「か、紙がないっ!!不幸だぁーーーーーーーーーー!!!」


とか考えたけど御使堕し編でそんなシーン割り込む余裕が冒頭のビーチくらいしかないかな。考えるのが遅過ぎた。
遅くなりました。なんか上手く書けなくて。もしかしたら後で書き直すかも。
ちょっと加筆しました。自分で書いてたのを忘れていた設定があって、それとちょっと矛盾……という程ではありませんが食い違う箇所があったので。


 京子とハルが攫われた。その衝撃的な一言を最初の数秒間、ツナは受け入れられなかった。

 それを頭で理解するのに数秒を要したツナは顔を青くしてホログラムのリボーンに問い詰める。

 

「な、なんで京子ちゃんとハルまで!?」

 

『分からねー。……だがこのタイミングや二人のお前との関係性を考えると人質として連れ去られたってのが妥当だな』

 

「そ、そんな……」

 

 リボーンの推測を聞いてツナは崩れて膝を突く。その推測が当たっていたのだとしたらツナのせいで京子とハルが誘拐されたようなものだ。ボンゴレが保護する事ができた未来の一件とは訳が違う。

 

(こんな街にいつまでも京子ちゃん達を置いておけない!あんな酷い実験するような街だぞ!?何されるか分かったもんじゃない!)

 

 ツナの脳裏に絶対能力進化(レベル6シフト)計画が浮かぶ。御坂美琴のクローンを二万人も製造し、その彼女達は全員一方通行(アクセラレータ)に殺され、彼を絶対能力者(レベル6)に到達させる事にしか価値を見出されていなかった。

 あんな狂った実験を何の躊躇いもなく実行するような研究機関など信用できるわけがない。

 京子とハルが何らかの人体実験を強要される可能性だって十分にあり得るのだ。

 

(もう……巻き込まないって決めてたのに!!)

 

 未来で散々殺伐とした血生臭い世界を見せ付けてしまった。直接的な危害が及ぶのはなんとか防げたものの、辛い思いもいっぱいしたはずだ。だからもうあんな戦いに二人を巻き込みたくなかった。

 シモンファミリーとの戦いでもそう思って何も言わずに戦いの地に赴いたというのに……その全てを学園都市と幻騎士によって台無しにされた。

 

(どうしよう……!京子ちゃんとハルが妹さん達みたいな目に遭わされたら……!もしかしたらもっと酷い目に……!!)

 

 顔面蒼白になって嫌な想像ばかりしてしまうツナの袖をクロームが掴む。それによってツナの意識は最悪な想像から逸れて隣のクロームに向く。

 

「ボス……」

 

 クロームの心配する視線がツナに向けられている事に気付く。そうだ。京子とハルの事で不安になっているのはツナだけじゃない。クロームや山本、獄寺だってそうだ。

 

『京子とハルを人質にする為って推測が当たってたなら、捕まえる事の他にその絶対能力進化(レベル6シフト)計画ってのを妨害した事への見せしめも兼ねているのかもしんねーな』

 

 以前、獄寺からの報告で絶対能力進化(レベル6シフト)計画の概要と顛末を知らされていたリボーンは更に推測を重ねていく。学園都市が超能力の研究機関であり、その為ならばどのような非道も惜しまない事を考えると、絶対能力進化(レベル6シフト)計画がどれだけ学園都市の連中にとって重要なものだったのかは計り知れない。だからこそ、これ以上の妨害を防ぎたいという思惑も読み取れる。

 

「てかよ、なんでそもそもこの街の奴らはツナを攫ったんだ?そんな事をしなきゃそのレベル6の実験ってのも邪魔する奴なんていなかったじゃねーか」

 

 山本はある意味当然の疑問を抱く。

 そうなると御坂美琴と妹達(シスターズ)には破滅の道しか無かっただろうが、山本の疑問も一理ある。そこまであの実験を重要視しているのなら、そもそもツナを学園都市に呼ばなければ良かったのではないかという話になる。

 

 となると、そもそもツナが一方通行(アクセラレータ)を倒すのは学園都市側からしても想定外だったという事だ。

 しかしここで反論を述べたのが獄寺だ。

 

「んなもん、ボンゴレリングが狙いに決まってんだろーが。(トゥリニセッテ)の中で唯一奴らが奪うチャンスがあるのが俺達のVG(ボンゴレギア)なんだからよ」

 

「けどそれなら俺達を捕まえようとするんじゃなくてVG(ボンゴレギア)を奪おうとするだろ?」

 

「っ、そりゃあ……」

 

 何より幻騎士が捕縛の為に襲い掛かって来た……というのが重要だ。ボンゴレリングが目的ではない……という言質などは取れていないが、どう見てもあの戦いの中、敵にVG(ボンゴレギア)の奪取を考えている者はいなかった。

 

絶対能力(レベル6)ってのとツナを拉致した件は別件だったんだろーな。超能力の他にもツナにはツナだけの研究価値もあるだろーしな』

 

 リボーンが新たに述べた推測にツナが首を傾げる。この街の能力者でもないツナにそんなものがあるのだろうか、と。

 

「俺だけの研究価値?何だよソレ」

 

『正確にはそっちの世界の奴らの超能力者や魔術師になくて、俺達にだけある力だ』

 

「死ぬ気の炎……」

 

 リボーンの考えが正しければ学園都市はツナ達の死ぬ気の炎に目を付けたという事だ。能力者には魔術が使えない。ならば同様に……とは少し違うかもしれないが、世界が違う故にこの世界の人間の中には波動が無く、それ故に死ぬ気の炎が使えないとしたら?だからツナ達を呼んだ。そう考えれば辻褄が合う。

 

 ツナの死ぬ気の炎について研究する事がツナを攫った目的であり、一方通行(アクセラレータ)とツナが関わった事自体がイレギュラー。故に人質による牽制の為、京子とハルを攫った。

 

 ついでに言えば死ぬ気の炎の使い手は向こう側に幻騎士達もいるが、学園都市からすれば属性は全て揃えたいだろうし、(トゥリニセッテ)から得られる炎の方がこの街の科学者にとっても有益なものになるだろう。だから呼ばれたのはツナ達だったという事だ。

 

「って事は死ぬ気の炎が目的で(トゥリニセッテ)の方がついでなの?」

 

『結局のところどれもこれも推測の域を出ねーがな……』

 

 そもそもこんな推測自体無意味であり、考えているだけ時間の無駄なのかもしれない。

 今肝心なのは二人を助け出す方法を考える事なのだから。

 

(結局どうすれば……京子ちゃん!ハル!)

 

 ツナの頭の中に二人との思い出が駆け巡る。

 

 京子の無邪気な笑顔は何度ツナに勇気を与えてくれたか分からない程だ。他にも骸戦の小言弾の時、ヴァリアーとのリング争奪戦の時から未来での服の内ポケット、虹の代理戦争……あの御守り関連で何度も支えてくれた。

 ハルはやる事なす事どれもが突拍子もないがいつも一生懸命だった。あそこまでまっすぐにツナヘ好意を向けてくれる女の子は間違いなくハルが初めてだ。

 

 どちらもツナにとってかけがえのない存在なのだ。友達としても、()()()()()()としても。

 

『情けねー面してんなよダメツナ!』

 

「っ!」

 

 目をギュッと閉じて今にも泣き出しそうなツナにリボーンが怒鳴って喝を入れる。思わず目を開いたツナはその円らでありながらも迫力あるリボーンの目から決して視線を逸らさない。

 

『いいかツナ。たった一人で悩むんじゃねぇ。お前には仲間(ファミリー)がいるだろ』

 

 リボーンの言葉にツナはハッとして顔を上げる。そしてその視線の先には先程からツナの傍らに立ち、頼もしい雰囲気を醸し出す頼れる仲間達(ファミリー)の姿があった。

 

「そうだぜツナ!俺達がついてるって!」

 

「心配いりません10代目!要は幻騎士達を果たして笹川とアホ女についての情報を吐かせて助け出せば良いんスから!」

 

「私も……京子ちゃんとハルちゃんを助けたい……」

 

「山本、獄寺君…クローム……」

 

 今のツナは学園都市に来たばかりの時とは違う。仲間と引き離された時とは違う。これまでの戦い同様、獄寺や山本、クローム……ここに仲間がいる。

 

(そうだ……。俺にはいざとなったら力を貸してくれる友達がいる。一緒に笑いながら進んでくれる仲間がいる!一人じゃできなくても、みんなが力を貸してくれるから乗り越えられる!!)

 

 黒曜との戦い、ヴァリアーとのボンゴレリング争奪戦、未来でのミルフィオーレファミリーとの死闘、シモンファミリーやD(デイモン)・スペードとの対立、そして虹の代理戦争。そのどれもが仲間達と共に戦ったからこそ乗り越えられた。なら、今回だって同じだ。

 

「そうだ……」

 

 ツナ一人ではどうにもならなくても、仲間(ファミリー)がいれば不可能も可能になる。

 ツナの瞳に光が宿る。

 

「京子ちゃんとハルは必ず助ける!そしてみんなで元の世界に帰るんだ!!」

 

「はい!」

 

「だな!」

 

「うん!」

 

 ツナの目には光と共に強い覚悟が宿っていた。それはまるでシモンファミリーとの戦いの時、雲雀の言葉により己の誇りを自覚し、D・スペード打倒を決意した時のように。

 やる事が決まったので山本はパンッ…と右拳を左の掌にぶつけて音を鳴らしながら朗らかに口を開く。

 

「よっしゃ!じゃあ早速作戦考えよーぜ!獄寺、なんかねーか?」

 

「言い出しっぺが速攻で丸投げしてんじゃねーよ野球バカ!!」

 

 山本は自身が作戦の組み立てなどに向いてない事も自覚しているのでそう言ったのだが、獄寺からすれば何も考えてないように見えた。しかしこういうのは頭脳担当である自分の役割だとも理解しているので軽くツッコミを入れるだけで、すぐに先程の戦闘で得た情報を基に作戦会議を初め、全体を仕切る。

 

 こちらは幻騎士達が何処にいるのかも分からない。つまり向こうからやって来るのを待つしかないのが現状だ。

 

 そして奴らが再び仕掛けて来るとしたらこちらが相応に炎を回復させてからだ。奴らは勢い余って消耗した獄寺を殺してしまう事を危惧して撤退したのだから。

 だがその時もこちらが不利である事に変わりはない。むしろ人質の存在が前もって分かっている以上、より不利な状況と言える。

 

 人質を取られており、その人質の安全を確保するにはどうすべきか。マフィア……裏社会の住人としての経歴がツナ達より僅かながら長い獄寺はこの手の状況の対処のセオリーも一通り頭の中に入っている。

 

「こっちが逆に敵を捕らえての人質交換ってのが妥当ですかね……。奴らが何処まで応じるかは分かりませんが、その人質がラジエルならあのオルゲルトって執事相手には効果はあるでしょう……」

 

 しかしこれでは交渉が上手くいくとはとても言えない。

 敵は味方を斬り捨てる事に躊躇などしないだろうし、人質も向こうは二人いるのに対し、こちらが使えそうなのはラジエル一人でオルゲルト以外には効果が薄い。

 

 どうしたものかと頭を悩ませるツナ達だったが、ふと気になった事があったツナはリボーンへと意識を向ける。

 

「あ、そうだリボーン……んぎゃあああっ!!?」

 

『ん?』

 

 いつの間にかリボーンの顔の周りには大勢のトンボが集まっていた。ぶっちゃけ見てて気持ち悪くなる光景である。

 

「秋の子分達出たーーー!!」

 

『こいつらにも情報を収集して貰っていたんだぞ』

 

「……やっぱりお前、虫語話せるの?」

 

 ツナの質問をスルーしつつ、リボーンはまたトンボ達に情報収集の命令を下して、トンボ達は散り散りに飛んで行く。リボーン単体が映るホログラムだと分かりづらいが。

 ところでトンボ達に何の情報を集めて貰っているのだろうか。いくらリボーンの子分とはいえ、トンボに異世界やそこに存在する学園都市の情報を探らせるのはまず無理だろう。

 

『で、なんだツナ』

 

「えっと……今回ミルフィオーレの元6弔花の奴らが敵になってるけど、考えたら俺達ってあいつらの事何も知らないな……って。白蘭に捨て駒みたいにされたってのは分かるんだけど……」

 

 そう。自分からベラベラ語っていた幻騎士はともかく、ラジエルについては大雑把に人伝に聞いた話しか知らず、グロ・キシニアに至っては本当に何も知らない。

 

「あいつらの事、少しでも分かれば……何か変わるんじゃないかって、そう思うんだ。ほら、炎真達みたいにさ……」

 

 これまでの敵の中には分かり合えた者達や和解とまではいかなくとも単なる敵対関係ではなく、時には協力できる関係になれた者達もいる。ならば彼らの事を知れば6弔花と分かり合う事も不可能ではないのではないか、その糸口が掴めるのではないか。そんな考えがツナの中にふと浮かんだのだ。

 

 しかしそれは非常に甘いと言わざるを得ない。幻騎士は学園都市の誰かに忠誠を誓い、ジッリョネロへの憎悪を燃え滾らせ、ラジエルもXANXUS、白蘭、ベルフェゴールへの殺意を高らかに叫び、グロ・キシニアも骸を強く敵視している。

 

『……相変わらず甘いな。奴らにその手の期待はできねーぞ。まぁお前がそう言うなら子分達に調査はさせておくけどな』

 

(いや虫なんだけどーーーー!!)

 

 前にビアンキやイーピンが並盛に来ている事を調べたそうだが、流石に無理があるだろう。自信満々なリボーンにそんな事怖くて言えないが。

 

『今は奴らを倒して京子とハルを助ける事だけに集中しろ。それに……』

 

「それに?」

 

『山本とクロームの他にも、学園都市(そっち)に向かった仲間達(ファミリー)はいるからな』

 

 ニンマリと笑うリボーンの顔はどこか満足そうだった。

 

****

 

 -学園都市のとあるアパートにて。

 

 学生が暮らすには少々値段が高そうなアパートの一室にて、ある四人の少年少女が画面越しに、しかし顔を見せない女性と連絡を取っていた。

 

「捕縛任務?」

 

『そ。今送ったデータにある顔写真のガキ共を生け捕りにしなさい。統括理事会直々の命令よ。ただし、本命の捕縛チームは他にいるから』

 

 彼女達は学園都市における『暗部組織』と呼ばれる殺人あるいは破壊工作と言った決して表沙汰にできないような任務を請け負う存在だ。そんな彼女達は上層部から依頼された任務の説明を受けていた。

 専用の端末を開くとそこには捕縛対象(ターゲット)の顔が表示される。その端末の画面にはツナや獄寺、山本達ボンゴレファミリーの顔が表示されている。

 

「本命が他にいる?」

 

『期待してないけど、時間稼ぎくらいには役に立てって事よ』

 

「……」

 

 四人の内、三人が眉を潜ませてムッとした表情をする。それを画面の向こうで見た仲介役は嘲笑うように彼女達を鼻で笑いながら続ける。

 

『私も無理だと思うわよ。情報によれば全員が“原石”でその中の一人は超能力者(レベル5)クラスとか何とか。まぁこれはガセだと思うけど』

 

『見返したきゃ標的(ターゲット)を一人でも捕まえてみなさい。残飯喰らいの屍喰部隊(スカベンジャー)達』

 

「フン、先生みたいに偉ぶりやがって」

 

 通信が切れるとリーダー格の小柄な少女が仲介役の女性に対して悪態を吐く。

 

「抑えなよリーダー」

 

 セーラー服を来たロングヘアの()()が小柄な少女を諌める。その後ろでは桃色の髪したいかにも能天気そうな少女とキャスケット帽子を被った少女が話している。

 

一般人(パンピー)狩りの始まり始まり〜!!」

 

「いや、暗部に狙われてる時点で一般人じゃないでしょ普通……」

 

****

 

 -学園都市、第十八学区

 

 路地裏から真っ白な光が眩く光る。ドサリ……と物理的に何かが崩れたような音がした。しかしその光と音に気付いた者は周囲にはいなかった。

 数十秒後、その路地裏から勢い良く飛び出して、表の道に姿を見せた人物がいた。

 

「うおおおおおおっ!!極限に何処だぁぁぁ!!京子ォォォ!!沢田ぁぁぁ!!!」

 

 暑苦しく叫びながら猛スピードで駆け抜けていく白髪の芝生頭の少年。その名は笹川了平。

 先述した通り了平は暑苦しく叫びながら走っている。それも普通に人通りの多い街中をだ。つまりとにかく悪目立ちしていた。

 

 通行人の何人かは足を止める事はなかったものの、そんな了平が走り去って行くのを振り返って目で追っていた。

 

「何アレ……」

 

「超うるさいんだけど」

 

 高校生と思われる年代の女子生徒達が呟く。熱血というか気合が入っているというか……あんな凄まじい体育会系男子はこの科学の街である学園都市ではまず見かけない存在と言える。故に周囲の学生達は了平に対してドン引きしていた。

 

 しかしまぁ人間というのは基本的には他人になど無関心なものだ。走り去っていく了平を見て驚きはするものの、すぐに意識を切り替えて彼の事など眼中になくなり、数分後には忘れてしまうだろう。

 

 しかし一人だけ了平を見て足を止めた男がいた。

 その男は白い鉢巻を頭に巻き、夏なのに白ランを羽織ったいかにも暑苦しい男だった。了平と同じ体育会系なのは見ただけで分かる。

 彼は走り去って行った了平を見届けてから目を輝かせて叫んだ。

 

「……何だ、今の……根性に溢れた熱血野郎は!!」

 

 鉢巻の男は了平を追い駆ける為、全力で走り出した。




仲間の力を借りる。協力する。簡単なようで非常に難しい事。なまじ一人でやれるような力があれば余計に拒否してしまいがちな行動。
リボーンキャラってかジャンプを始めとする少年漫画のキャラ達にとっては一番大切な考え。

そして上条さん達とあるキャラにとってはある意味最大の課題ですよね。改善はされていくけど基本どいつもこいつも自分一人で全部何とかしようとする。


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明るく照らす日輪来る!

お久しぶりです。時間が取れなかったり評価バーが赤からオレンジに下がってヘコんだり、あと単純に文章の構成に手間取ったりと中々書けずに四ヶ月……。

リハビリも兼ねて書いてるのでちょっと短く物足りなさは否めません。後日加筆するかも。



とあるキャラが死ぬ気の炎出したらそれぞれ何属性になるかちょっと考えてみた。まぁ少なくともこの小説の設定ではとあるキャラの身体には死ぬ気の炎以前にその為の波動すら流れていないんですが。

上条さん:大空
インデックス:雨
ステイル:嵐
御坂美琴:大空、雷
土御門元春:晴
白井黒子:雲
食蜂操祈:霧
麦野沈利:嵐、雷
削板軍覇:晴
垣根帝督:霧、雲、砂漠
浜面仕上:雨
一方通行:夜

どいつもこいつもなんとなくで書いたので、違うと考える人もいるかと思います。むしろ反論カモン。


 作戦会議を終え、明日の決戦までに英気を養う事にしたツナ達は休息の為、主不在の上条の部屋にいた。

 

「……で、晩飯はどーすんだ。俺らあんま金ねーぞ」

 

 獄寺の言う通り、現在彼らにはあまり持ち金が無かった。学園都市から支給される僅かばかりの奨学金の一部が手元にあるのみで、それも事前に手続きをしているツナと獄寺に支給された分のみだ。山本とクロームにも奨学金は支給されるだろうが、それにはその前に風紀委員(ジャッジメント)なり警備員(アンチスキル)なりにその為の手続きをして貰う必要がある。しかし時間も時間なので無理。何より京子とハルが攫われてその救出をしなければならない中、そんな事をしている余裕もない。

 

 お金は本当に僅かしかない。この時間では口座からの引き出しもできないだろう。外食はお金がかかり過ぎるので論外。弁当を買おうにも口座の引き出し同様、この時間ではこの街の特売の事もありどこのスーパーでも売り切れているだろう。というかそもそも休息をとるべき今、外出は避けるべきだ。買い出し中にまた学園都市の刺客が襲って来ないとも限らないのだ。

 

「……自炊、しかねーよな」

 

「「「………」」」

 

 気不味そうに腹を括る獄寺。彼らの中にまともに料理ができる者はいない。精々山本が魚を捌いて刺身にしたり寿司を握ったりできるくらいだろう。一般的な家庭料理が望ましいこの状況ではあまり頼りにはできない。

 

 ツナも上条の部屋に居候してからは家事手伝いはしていたが、それはゴミ捨てや洗濯物の取り込みといったものであり、肝心の料理は上条に任せっきりだった。クロームも食器洗いくらいだろう。獄寺は言うに及ばず。というかビアンキのポイズンクッキングのトラウマをいくつも抱える彼が自発的に料理を覚える気になれるとは考えにくい。

 

 ともかく、上条がツナと一緒に先日の特売で買った食材を調理する事にした。しかし彼らが料理なんてまともにできるわけがなかった。

 

 ツナは野菜を包丁で切ろうとして基本である“猫の手”をせずに指を切り、クロームは米を研がずにそのまま炊いてしまう。

 そして上条の部屋にあった料理本を読みながら調理をする獄寺はコンロの火をよく見ずにフライパンの上の肉を焦がすなどとものの見事に以前見た事のある失敗の連続。

 苦肉の策として山本がぐちゃぐちゃな切られ方をした野菜と焦げた肉をそれっぽく合わせて寿司みたいな形に握ってみたが、そんな形だけの見せかけすらできてないものがまともな味の料理であるはずがなかった。

 

「ゆ、指が痛い……」

 

「アホ牛がいやがったらもっととんでもねー事になってましたね……」

 

「しゃーねぇ、やっぱカップ麺にすっか!」

 

 以前ツナが上条と共にスーパーで買い物をした際に購入したカップ麺。一応これがいくつかあったのでお湯を沸かして注ぐ。栄養のないこんな食事を戦いの前にするべきではないのだが……。

 食材の無駄遣いになってしまい、結局こんな貧相な食事をする。物凄く虚しい気持ちになるツナ達であった。上条にも申し訳ない。

 

 この状況に既視感を覚えた山本は感慨深げに呟く。

 

「……前にもこんな事あったよな」

 

「笹川とアホ女がミルフィオーレや白蘭とかの事を詳しく教えろって喚いてボイコット起こした時か」

 

 未来でのボンゴレアジトでは家事を二人に任せっきりにしていた為、詳しい情報の開示を求める二人が家事のボイコットを起こした際には慣れない家事でツナ達は失敗の連続。修行も上手くいかずにストレスばかりが溜まっていった。

 

「色々あったよね……。本当に」

 

 彼女達の支えなくして未来での修行や戦いは成立しなかった。メローネ基地では京子やハルを巻き込んだ正一を責め立てたが、実際に守るものがあった方がツナ達は強くなれたし、それ以上に二人がツナ達を支えてくれていたのだ。そんな当たり前の事にツナ達はその時まで気付いていなかった。

 

「京子ちゃん、ハルちゃん……」

 

 クロームはむしろボイコットした二人の方に付いていたが、クロームとしては家事云々よりも無条件で自分を受け入れてくれた二人の存在そのものが大きな割合を占めている。

 今二人は幻騎士の手によって学園都市の闇に囚われている。何としても助け出したい。もう一度生きて会いたい。

 

「覚えてる?未来に行った時、二人共リボーンからやばい状況だって聞いて真っ青になってたのに……それでも無理に笑顔になって家事やチビ達の世話をしてくれたよね」

 

「確かに……あいつらがいつも通りに振る舞ってくれたから、俺らもやれる事をやっていこうって思えたんだよな。あいつらだって不安で仕方なかったのにな」

 

 ハルは10年後の殺伐とした世界を目の当たりにして一度は泣いて帰りたいと嘆いていたし、京子に至っては10年後の了平が行方不明であると知らされて精神的な負担はかなり大きかっただろう。

 

「立ち直り早すぎて俺は逆に呆れたけどな」

 

 素直じゃない獄寺はこんな事を言っているが、彼自身二人の在り方に心身共に支えて貰っていた為、相応に感謝はしていた。

 そしてラル・ミルチからの修行を受けたあの日京子とハルが作ってくれた夕食はカレーだった。とても美味しかったのを覚えている。

 

「もう一度食べたいな……。京子ちゃんとハルのカレー」

 

 あのカレーと比べると大して美味しくもないカップラーメンを啜りながらツナはぼんやりとした表情で呟く。獄寺と山本、そして当時はまだ合流していなかったクロームも同意しているのか、少しだけやるせない表情になる。

 その直後だった。鼓膜が破れるのではないかと思える程の巨大な叫び声が外から響いたのは。

 

「何処だぁぁぁぁぁぁっ!!京子ぉぉぉぉ!!沢田ぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

『!?』

 

 物凄く聞き覚えのある声だった。それが京子とツナを呼んでいた。

 思わずツナはベランダに飛び出て身を乗り出して辺りを見渡す。まさか……という期待を胸に抱きながら。するとこれまた物凄く見覚えのある白髪の芝生頭が暑苦しく騒ぎながら走り回っていた。

 

「京子ぉーーー!!」

 

「お兄さん!?」

 

「笹川先輩!」

 

 言わずと知れた晴の守護者にしてライオンパンチニスト、笹川了平である。先程から話題に上がっていた笹川京子の実の兄でもある。

 

「おおっ!沢田!そんなところにいたのか!!山本達もか!!」

 

 驚いたツナと山本の声に反応してこちらに気付いて見上げてくる了平。一応ここ七階なのだがよく一発で見つけられたものだ。

 とにかく外で騒がれても近所迷惑だし、情報共有や諸々の為にも一度外に出てから了平を上条の部屋へと招く。

 

「お兄さんも学園都市に来てたんですか?」

 

「うむ。今日の昼頃からな」

 

「俺達が幻騎士達と戦った時かその前後からか」

 

「それからずっとこの街を走り回ってたんですか?」

 

「沢田も京子も何処にいるかサッパリだったからな」

 

 友と妹を探して見知らぬ街を走り回り続ける。その気力と体力と精神力は相変わらず物凄い。流石は常時死ぬ気男と言えよう。

 そんな話をしながら了平にもカップラーメンを振る舞い、ついでに包丁で切ったツナの指は了平の晴の炎で治して貰った。

 

 因みに了平が現在把握している事は幻騎士達が敵である事と京子達が攫われた事くらいだ。学園都市について詳しく説明しても彼が理解するには何時間もかかるからである。そしてその場合も本当に極一部を中途半端にしか理解できないだろう。故にその辺の説明は後回しにした。

 

 とにかく了平がここまで来た大体の経緯は聞いた。それと同時に納得した。

 

「そっか!リボーンが言ってたこっちに来てる仲間ってお兄さんだったんですね!」

 

 リボーンとの通信で学園都市に向かった仲間(ファミリー)がいるとは聞いていたが、詳しい事を聞く前に通信が途切れてしまった為、ツナ達はその事について把握していなかった。だがその仲間とは間違いなく了平の事であろう。

 それを聞いて獄寺はある事実に行き着く。

 

「……それなら晴属性の例の匣もボンゴレの方で保管してあるはずです!」

 

 そう。ボンゴレはヴェルデが開発した装置によって転送用の匣兵器が消えてしまうという作用を抑える事に成功した。実際獄寺、山本、クロームが開いた匣兵器はボンゴレが保管していると聞いた。

 

「って事は……リボーンも学園都市に来れる!?」

 

 了平が開いた匣は晴属性。つまり晴の元アルコバレーノであるリボーンにも開匣は可能なはず。リボーンが学園都市に来てくれれば京子とハルが囚われているこの現状をひっくり返せるかもしれない。

 そんな希望の光は了平の次の一言で打ち砕かれた。

 

「何だ?赤ん坊の元にも例の匣が届いているのか?」

 

『……え?』

 

 了平は何がなんだかよく分かっていない顔でそんな事を聞いてきた。嫌な予感がした山本は確認を取る事にした。

 

「えーっと、笹川先輩……あの匣兵器が届いたらまず小僧に連絡して例の装置の所で開くように……って小僧に言われてたっスよね?」

 

「うむ。そういえばそうだったな」

 

「お、お兄さん……?」

 

「まさか……」

 

「こ、この極限バカが……!!」

 

 全てを察したツナ達。了平は迷いなく自分の行動を口頭で振り返る。

 

「俺はあの匣を見つけ次第、その場で開匣した!!」

 

「たちまち意味ねーー!!」

 

 ツナ達を学園都市に転送するあの匣兵器は開くと開匣者を学園都市に送ると同時に何処かに消えてしまう。先述した通り、その作用を抑える方法をヴェルデの協力によって手に入れたというのに了平はそれをせず、リボーンに一言断る事もなくすぐ様開匣してしまったらしい。

 これでリボーンが学園都市に来るというツナ達の希望も絶たれてしまった。了平が開いた匣はツナの開いたもの同様、消えてしまっているだろう。

 

「なんでまずリボーンさんに報告しねーんだ!俺んとこに匣が届いてから解析中に散々言われただろーが!!」

 

「京子の一大事だ!じっとなどしてられん!!」

 

(リボーンが来たら何とかなるかもと思ったのにーーー!!)

 

 言われた事を守らない……というよりすっかり忘れていた了平のアホ過ぎる行動にキレる獄寺。妹の危機に動かずにはいられない了平。

 ツナとクロームはあんまりな現状を前に固まってしまっている。まぁ戦力が増しただけ京子とハルの救出の可能性が高まった……と思いたい。

 そんな中、山本はある疑問を思い浮かべた。

 

(じゃあ小僧は誰の事を言ってたんだ?)

 

 了平の話の通りならリボーンは了平が学園都市に来た事は把握していないはず。ならばリボーンが言っていた学園都市に向かった仲間(ファミリー)とは誰なのか。

 そう考えているが口喧嘩する獄寺と了平を見ていると思わず口が綻び、疑問も頭から抜け落ちてしまう。

 

「山本君……?」

 

「何ヘラヘラしてやがんだお前は」

 

 山本の視線に気付いたクロームと獄寺は怪訝な顔をする。

 

「ハハッ♪だってよ、笹川先輩も合流したし、何よりこないだからいなくなってたツナがいるからな。なんかいつもの俺らって感じがしねーか?」

 

 山本の言葉にツナは確かにそうだと思った。了平が加わった事でこの場の空気は普段の並盛中で過ごす日常にかなり近くなった。

 

「すっとぼけた事言ってんじゃねーよ野球バカが」

 

 だが獄寺は山本の言葉をある意味で否定する。確かに山本の言葉にも一理ある。しかしそれには決定的に足りないものがある。

 

「笹川とアホ女を取り戻して全員揃ってこそ、いつもの俺らだろーが」

 

 獄寺の発言が意外過ぎて四人は固まってしまった。いや、これまでの戦いや過ごした時間によって獄寺はツナだけでなく他の仲間の事も大切に思っている事くらい知ってはいたが、それでもそれをここまで素直に表に出すとは思わなかったのだ。

 

「……確かに、獄寺の言う通りだな」

 

「うむ。極限に京子もハルも助け出さねばな」

 

「うん……」

 

 そして彼らの生暖かい視線によって自分の発言の意味に気付いた獄寺はハッとして少し顔を赤くしながらバツが悪そうに座り込んだ。

 

「でもそれならランボの奴も入れてやらねーとな!」

 

「……いやアホ牛はいらねー。うぜー」

 

(台無しだーーー!!)

 

 同じボンゴレ10代目であるツナの守護者であり、ハチャメチャな日常を彩る一人でもあるランボも輪の中に入れようと言う山本だったが、ランボのウザいところにいつもムカついて喧嘩をしている獄寺はバッサリと爪弾き宣言。良い事言ったのに台無しである。

 

「にしても驚いたぜ。まさか獄寺があんな事言うなんてよ」

 

「な……、ただ俺は10代目の右腕としてだな……」

 

「分かってる分かってる。けどツナの右腕をお前に譲る気はないぜ。やっぱりツナの右腕は俺でお前は耳たぶって事で!」

 

「なっ!?だったらテメーは肩甲骨だ野球バカが!!」

 

 またも以前聞いた事のあるやり取りでツナの右腕の座を争う獄寺と山本。そこに暑苦しい了平も加わり三人でギャアギャアと喚く。この階にはもう上条と土御門以外に住人はおらず、その当人達……旅行中の上条はともかく何故か土御門も不在の為、近所迷惑にはギリギリなっていないがそれでもうるさい。

 

 しかしいつもならこの光景を見て白目を剥いてガーン…という音と共に心中でツッコミを入れるはずのツナは少しだけ安心したかのように三人を眺めていた。

 

 これこそ山本や獄寺の言う、『いつもの自分達』に近い光景だったからだ。

 その理由は明白。了平が来た事で沈んでいた空気が晴れやかになったからだ。『ファミリーを襲う逆境を自らの肉体で砕き、明るく照らす日輪』という晴の守護者の使命を正に果たしたと言えるだろう。

 

 

 ツナの様子に気付いたクロームは疑問符を浮かべながら呼びかけた。

 

「ボス……?」

 

 クロームの呼びかけに対してツナは改めて固めた決意を短く告げる。

 

「……絶対に帰ろう。みんなで並盛に」

 

 かつてヴァリアーとのリング争奪戦の時にリボーンは言った。ツナ達は京子達と共に過ごす日常に必ず帰るのだと。

 勿論最初からそのつもりだし、これまでの戦いは全てその為のものだ。

 だからこそ、獄寺に山本、了平が目の前でこれまでの日常の象徴といえる騒ぎを繰り広げてくれた事がツナには嬉しかった。ここに京子とハルは勿論、ランボやイーピン、リボーン……他の仲間達も加われば日常そのものだ。

 

 それを取り戻す為に……戦う。これまでの日常をずっと繋げておく為に。

 

 決戦は……明日。




クロームはあまり会話に参加しないから描写しづらい。

本当は了平は幻騎士達との決戦中に合流する予定だった。けどこの回の空気の元で獄寺に今回の台詞を言わせたいが為に合流を早めました。
え、第七位……?……それは次回以降。

リボーン二次ではユニと凪ばかりピックアップされるけど私はやっぱり京子ちゃんが好き。いつか憑依ツナ書きたいけどその時は京子ちゃんがヒロインになると思う。


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