鋼殻のレギオス”The edge of Army” (りこぴん)
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天剣争奪戦

衝動的に書き始めました。
不定期更新です。


昔、孤児院の先生に連れられて見に行った試合。

記憶は朧げで対戦者の名前すら思い出せないが、一つだけはっきりと鮮明に、その時の一挙一動すら思い出せることがある。

"レイフォン・アルセイフ"。

眠たげな雰囲気にあまり手入れしていないであろうボサボサの髪。

歳は自分と同じくらいで、また出身も孤児らしい。

同じ孤児院の仲間達が賑やかに応援する中、一言も発することなく彼を見詰めていた。

運命という言葉を信じるなら、この時ほど運命を感じたことはない。

大多数の周りが対戦者の勝利を疑わない中、たった一人確信していた。

彼が負けるはずはない、相手にすらならないだろうと。

今思い出せば、あの時そう感じることが出来たのは"剄"の才能があったからだろう。

武芸者と呼ばれる存在にのみ許された人知を超えた力。

その力が彼を、只者ではないと伝えていたのだ。

予想通り、試合は一方的な展開だった。いや、あれはもはや試合とは呼べないものだろう。

試合開始と同時に彼は、相手の武芸者を場外へと吹き飛ばしてしまったのだから。

子供とは無邪気なもので、孤児院の仲間達は静まり返る会場の中思い切り騒ぎ、彼を賞賛している。

 

その時だった。

声が聞こえたのだろうか、彼は此方を振り返ったのだ。

更に騒ぐ仲間たちの姿に照れたように頬をかくと、こちらに手を振り返す。

憧れた、素敵だった、自分も彼のようになりたかった。

"レイフォン・アルセイフ"が天剣授受者に抜擢されたのは、それからまもなくたっての事だった。

 

あれから自分に出来ることは何でもした。死にかけたことなど一度や二度じゃ足りない。

とにかく彼に近づきたかった、声を掛けて欲しかった、彼の世界に入りたかった。

様々な流派の門を叩き、力を磨き技術を盗みそれらをモノにする。

禁術に手をだし破門にされたり、殺されそうになったこともあった。

しかし時が経つにつれ周りの武芸者は自分に手を出すことが出来なくなっていた。

上を歩いていた人達が地に這い蹲り、殺さないでと何度も懇願した相手が自分に殺さないでくれと叫び始める。

グレンダンの中に自分に対抗できる力を持った武芸者は日に日に減ってゆき、天剣授受者を有力視されて来たのはその頃からだった。

これでようやく彼と話すことが出来る、彼の世界に入れる。

あの試合以来感じていなかった高揚感が、身体を包み込み始めていた。嫌な噂を耳にしたのはその頃だった。

天剣授受者"レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ"は違法な賭け試合に手をだし、天剣を追放されたらしい。

その事を知ったのは偶然だった。少し前まで同じ流派だった武芸者達が話しているのを聞いてしまい、しかしそんなはずはないと自分に言い聞かせた。

天剣授受者に任命されたのは時をほぼ同じくした頃だった。

レイフォンの後釜として天剣に選ばれたのが自分だった、と同じ天剣であるサヴァリスから聞かされ、その話が真実であると知ってしまった。

あの時のことは今も思い出したくない。

絶望感が身体を包み込み、全ての気力を奪い去っていった。

今まで積み上げてきたもの、それが音を立てて崩れ落ちていった。

あの時、同じ天剣授受者であるリンテンスが漏らした言葉が無ければきっと自分は立ち直れなかっただろう。

気力を失いただ呆然と日々を過ごしていた所に、不意にリンテンスが現れ言ったのだ。

 

レイフォンの居場所を知っている、と。俺が認めるほど強くなったら教えてやる、と。

今になってもリンテンスの心は分からない。ほんの気まぐれだったのかもしれないし、見ていられなかったのかもしれない。

しかしその言葉は一筋の光のように自分の行く末を照らしてくれた。

身体に立ち上がる力を、剄に輝きを与えてくれた。

今までと何もやることは変わらない。技術を盗み、力を磨く。ただ相手が天剣になっただけの違いだ。

他の天剣に比べ幼い自分を警戒する者は殆どおらず、技術は簡単に見ることが出来た。

トロイアット辺りには、容姿も有効だったのかもしれない。女であることを良く思ったことは無かったが、この時ばかりは容姿の整った女に産んでくれたことを顔も名前も知らない両親に感謝した。

見るのは簡単だったが、習得するのは非常に大変だった。

今までに積み上げてきた努力なんて笑えてしまうくらい、鍛錬に鍛錬を重ねた。覚えられた技術は決して多くはなかったが、それでも日に日に高まる自分の力を信じてがむしゃらに努力した。

やがて天剣の中で警戒される程、自分の力は増していた。しかしもう関係ない、彼らの中で自分に役に立ちそうな技術は盗み終わってしまったのだから。

そしてついに先日死闘の末、致命傷に近い傷を負いながらもリンテンスに認められることが出来た。

 

曰く、彼はつい最近遠くの学園都市へと留学したらしい。

そこに行くのはそんなに難しいことではない。しかし、邪魔なものと懸念が1つずつ存在していた。

 

 

それを片付けるために、今僕はこの場所に立っている。

 

『それでは、これより天剣授受者"イリス・ヴォルフシュテイン・ウルル"対"ゲオルク・ローラント"の天剣争奪戦を行います。両者、前へ』

 

控えから舞台に上がると、掘りの深い顔に傷を負った武芸者が現れる。

しかし相手に興味はない。これから戦う相手が誰であろうと、結果に変わりはないのだから。

 

「短い間だけど、よろしくと言っておくよ」

「......ふん」

 

『試合、開始!』

 

男が不快そうに顔を顰めた瞬間、アナウンスが入る。

全く、もう少しタイミングを考えて欲しい。

錬金鋼を復元し相手の方を向くと、男は既にガンドレット型の錬金鋼を復元し此方に走り出していた。

......遅い、遅すぎる。

同じタイプの天剣を持つサヴァリスと比べても、その速度は半分行っているかどうか。

武芸者で見ればかなりの上位かもしれないが、生憎と天剣は化物の集まりだ。

サヴァリスなんか、興味が無くなったのか会場から出ていこうとしているくらいだ。

ようやく目の前に来た男が、剄を手甲に集中させ振りかぶる。

放たれる技は気縮爆といったところか。

これからやることを考えれば、丁度いい。

剄を足に凝縮し、推進力とする。ちらりと上を見れば、僕の勝利を確信しているのか各自思い思いのことを始めようとする天剣達の姿があった。

 

待っててよ、もうすぐびっくりさせてあげるからさ。

男が拳を振り下ろすと同時に、剄が爆発する。

 

――――外力系衝剄化錬変化"気縮爆"。

                            

爆発がその場を支配するのと同時に、足に集中させた剄を爆発させ"後ろに向かって"全力で飛ぶ。

凄まじい速さで空を駆けた身体は、とんでもない轟音を立てて壁に激突、壁を大きく崩した所でようやく停止した。

観客も、天剣すらも動きを止めてその場で起こった事実を処理しようとしている。

見ていて少し面白い。

 

『しゅっ、瞬殺―――!ゲオルク選手、イリス・ヴォルフシュテイン・ウルル選手を一撃で場外まで吹き飛ばしました!!規定時間内にイリス選手が戻らない場合は失格となりますが......』

 

視線が此方に集中する前に目を閉じる。

戻るわけがない、ここで戻ったら全てが水の泡になってしまうのに。

それから十数秒後、喧騒と共に天剣授受者イリス・ヴォルフシュテイン・ウルルとしての僕の生命は終了した。

 




やってしまいました。
完結していない小説2つを同時投稿......。
久々にレギオスのオープニングを見てしまったら衝動で出来上がってしまいました。
3/5追記.
時系列についてです。
この小説では、レイフォンが天剣を失ってからツェルニに旅立つまでが原作と比べて長めになっています。
つまり原作より年齢が若い頃に天剣を失ったことになります。
ご指摘して下さった方々大変ありがとうございます。
違和感を感じさせてしまい大変申し訳ございません。


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旅立ち

天剣の皆様の口調が曖昧です。
小説は借りて読んでいたんですが......流石に購入すると高いし、どうしよう。


「お前も大概阿呆だな」

 

出発の身支度を整え、最後の一仕事の為に王宮に向かう道すがら、現れたリンテンスの第一声がそれだった。

 

「酷いな。僕を焚きつけたのはリンテンスだろ?」

「だとしても、やり方というものがあるだろうが」

「だって、あれが一番手っ取り早かったし」

 

天剣争奪戦に参加し、莫大な金と引き換えに八百長に乗り敗北する。

都市から出るのに邪魔な天剣の座と、金を手に入れる実に合理的な手段だと思うんだけど。

 

「手っ取り早さだけであんなことをされては、たまったもんじゃないけどね」

 

この声は―――

 

「女王陛下。本日もご機嫌麗しゅう」

 

振り返ると同時に、スカートの両端を掴み軽く礼をする。

国の頂点に対してと見れば相当な不敬罪だけど、彼女はそんなことを気にする人じゃない。

 

っと、そうそう。思い出した。

おもむろに女王陛下の前に歩み寄ると片膝を着ける。

 

「陛下。天剣を返却しに参りました」

 

そして腰から復元していない天剣を抜くと、両手で差し出した。

 

「......どうしてあんなことをしたのか、聞いてもいいかしら?」

 

陛下は天剣を受け取らず、静かにそう尋ねてきた。

しかし纏う雰囲気が感じさせる威圧感。答えによっては僕はただでは済まないだろうと、自然とそういう気持ちが沸いてくる。

 

「天剣が邪魔だったからです、陛下」

 

表面上はにこやかに、しかし内心は冷や汗ものだ。

言葉を選びながら、自分の過去をかいつまんで説明してゆく。

天剣になるまでの経緯、リンテンスとの取引、そして先日の戦い。

 

「その時既に僕にとって、天剣は僕をグレンダンに縛り付ける邪魔な枷でしか無くなってしまいました。どうしようか考えていた時に取引を持ちかけられたんです。お金と引換に、天剣争奪戦で敗北しろと。結果は昨日の通りです。陛下も驚く程高額なお金を貰えましたよ。どうやって集めたんでしょうね」

「......成程、良く分かったわ」

 

陛下はそう答えると、僕の手から天剣を受け取る。

先程まで向けられていた覇気は、綺麗さっぱり無くなっていた。

 

「まずは......イリス、耳を貸しなさい」

 

なんだろう、何か聞かれたら不味い話なのかな。

言われたとおり近づくと、陛下は耳元に口を近づけた。

 

「幾らもらったの?」

 

......さっきまでの少しのドキドキを返して欲しい。

厳かな女王としての雰囲気は消え去り、今の彼女の雰囲気は気安い先輩といった様子だ。

しかし陛下も驚く程、と言ったのは僕である。誰かに聞いてもらいたい所だったし丁度いい。

僕が金額を伝えると、陛下は身を仰け反らせて驚いた。

 

「そんなに!?それだけあれば、王宮の財政も......」

「残念ながら、使い道は決まっているんです」

「残念。ちなみに、どんな使い道か聞いてもいいかしら?」

 

雰囲気から、別に断ったからどうこうということじゃ無いのは感じられる。

けどまぁどの道すぐわかることだし、リンテンスくらいにならいいか。

 

「僕も孤児でしたから、この都市が孤児に対して余り優しくないのは身にしみてわかっています。ですので陛下に、このお金を資金に孤児政策の見直しを願います」

 

床に置いておいた荷物の中で一番大きなバッグを持ち上げる。

その中にはもはや数えるのも馬鹿らしくなるほど大量の金が入っていた。

 

「一市民である僕がこんなことを願い出るのは許されないかもしれません。でも僕は真剣です。どうか、御一考して頂けませんか?」

 

陛下は黙して何も語らなかった。

やっぱりダメ、か。しかし僕もここで引き下がる訳には行かないのだ。

 

「......ひとつだけ、条件がある」

 

そう言って視線を外した女王、釣られて見ればサヴァリスに連れられ昨日対戦した男が姿を現した。

 

「やぁ、サヴァリス。新しい天剣をもう虐めているのかい?」

 

立ち上がり、そう声を掛けると彼はしかしつまらなそうな表情だった。

 

「ご冗談を。貴方が居なくなると聞いて悲しみに暮れていた所ですよ」

「うわっ、冗談でも君にそう言われると変な気分だよ」

「それにひとつ間違いがあるわ。彼は天剣ではない」

「え?」

 

陛下の言葉に釣られて男を見ると、その顔は屈辱に歪んでいた。

 

「何故だ!天剣争奪戦で勝てば、天剣に任命されるのではなかったのか!?これはどういうことだ!!」

 

殺したいというほど強い視線で此方を睨みつけてくる。

僕にそんなことを言われても......ちょうど今、同じことを思ったばかりだ。

 

「天剣争奪戦で天剣の座を奪い去ることが出来るのは、実力で相手を倒した時だけ。どんな取引があったのか知らないけど、そんな小細工で天剣に本当に成れると思っていたのかしら?」

 

疑問に答えてくれたのは陛下だった。

天剣になったとしてもあの実力じゃ汚染獣に殺されるだけと思っていたけど、まさか天剣になることすら出来ないなんて。流石に少し、申し訳なさが湧いてくる。

 

「ぐっ.......」

「イリス、条件というのはこれよ。この男、ゲオルク=ローラントともう一度戦いなさい。今度は八百長なしで全力でね」

「......いいんですか?」

 

この許可は戦うことに対してじゃない。

全力で戦うとは、下手をすれば殺してしまう可能性があるということだ。

しかし陛下は首を縦に振った。

 

「もし彼女をもう一度倒すことが出来たら、天剣に任命してあげるわ」

 

男――ゲオルク=ローラントに向かってそう言うと、陛下は後ろへと下がる。

 

「......また戦うとは思ってなかったけど、これも運命ってやつなのかな。先手をどうぞ、譲ってあげる」

「っ!舐めるな!!」

 

此方に向かって走り出す男、しかしやっぱり遅い。

とはいえ、剣は先程陛下に返してしまったから丸腰だ。

辺りに何かないかと視線を動かせば、退屈そうに佇むサヴァリスと目が合った。

......そうか、その手があった。

 

「恨まないでよ、ね!」

 

その場で軽く飛び上がると、同時に強く蹴りを撃ち出す。

 

――――外力系衝剄化錬変化"風烈剄"。

サヴァリスから見て盗んだ、蹴り足から真空の刃と化した剄弾を放つ技だ。

男の突進と合間り、剄弾は相当な速度で男に向かって襲いかかる。

 

「チッ......!」

 

おお、やるね。あの不安定な体勢からあれを弾くなんて。

でも。

 

「ダメだよ、僕から目を逸らしちゃ」

 

あんな対応をした時点で、結果は決まったようなものだ。

剄を打ち出した時点で移動を開始していた僕は男の頭を後ろから掴むと、地面に叩きつける。

そして行動を起こされる前に素早く剄を撃ち込み、男を無力化した。

 

「優しいですね、わざわざ殺さないように戦うだなんて」

 

薄ら笑いを浮かべるサヴァリス。どこか言葉に刺があるような気がする。

 

「そんな怒らないでよ。君の技を使ったのを気にしてるの?」

「いえ。ただもう少し貴方の実力が見えると期待していたので、失望しただけです」

 

どうやら気に入らなかったのは僕ではなくてこの男だったようだ。

天剣になれず気絶させられ暴言を吐かれる。流石に少し同情するよ。

せめてもの償いに男を仰向けになるように優しく寝かせ、陛下へと歩み寄る。

 

「約束通り、政策の見直しを行うわ」

 

陛下は開口一番にそう言ってくれた。

場合によっては口撃戦になることも覚悟していただけに、その言葉は非常にありがたいものだった。しかし、今の戦いには何の意味があったのだろう?

 

「ありがとうございます。しかし今の戦いには何か意味が......」

 

言い始めて後悔した。

陛下の表情が、悪戯に成功した子供のようなものに変化したからだ。

 

「確かに、一市民の言葉が私のところまで届くことは殆ど無いかもしれない。でも、流石に天剣の言葉となれば無視できないでしょう?」

「ですが、僕は天剣ではありませんよ」

「ふふ。イリス、天剣争奪戦の条件は何?」

「それは、陛下の御前で......そういうことですか」

 

女王陛下の監視のもと、天剣に勝利した者が天剣を継ぐ。

もしゲオルクを天剣授受者だと仮定した場合、天剣を継ぐ条件をたった今満たしたことになる。

また、ゲオルクを天剣授受者ではないとした場合先日の戦いは無効となり、継承はされず僕は天剣授受者のままだ。

 

「一本取られた、という訳ですね?」

「安心しなさい、別に引き止めるつもりはないから。貴方は天剣争奪戦において八百長を行った。だからそのお金を没収し、一時的にグレンダンから追放する。天剣は一旦返してもらうわ」

 

天剣授受者でありながら、外部へと一時的に追放する。僕の希望をほぼ全面的に通している形ではあるが、同時に天剣である為に何時かは戻らねばならず、完全な自由には慣れない。そして天剣が手元にあるのだから、例えば僕以上に優秀な人間があらわれた場合には僕から天剣の地位を剥奪するだけで再び十二人の天剣が揃う。剥奪する理由など幾らでもあるだろう。都市に居ないのだ、文句を言えるはずもない。

何処まで考えて言っているのか分からないが、おそらくはそういうことなのだろう。

 

「分かりました。寛大な処置に感謝します」

 

しかし現時点では全く問題ない。

全てを踏まえたうえでそう返事をすると、陛下は満足げに頷いた。

そして、そばに控えていたリンテンスから何かを受け取る。

 

「とはいえ流石に身一つでグレンダンのエースである天剣を外に放り出すのは忍びないわ。ましてやイリスは年頃の女の子だしね。だから、これは餞別よ」

 

差し出されたのは中くらいの大きさのケースだった。

受け取ってみると、見た目に反してずっしりとした重みがある。

 

「開けてもよろしいですか?」

「うーん......喜ぶ顔は見たいけど、これは女の子二人の秘密。向こうに着いてから誰にも見られないところで開けてくれる?」

 

あ、今サヴァリスが鼻で笑った。

間髪を入れず、陛下に勢いよく蹴られる。全く、結果が分かってるんだからやらなければいいのに。

 

「わかりました、ありがとうございます」

「それじゃ、道中気をつけてね。サヴァリス、送っていってやんなさい。か弱い乙女の旅立ちよ」

 

陛下は僕の肩を叩くと、そのまま王宮へと戻っていった。

続いてリンテンスも、せっかくセットした髪の毛をぐしゃりと崩し陛下について行く。

人嫌いの割に僕には構ってくれるのは嬉しいけど、せっかくの髪がぼさぼさだ。

しかし彼にも陛下にもサヴァリスにも、暫く会えないとなると少し寂しいな。

 

「か弱い乙女が見当たりませんが、どこにいるんでしょうね」

「サヴァリス、その喧嘩買うよ?」

 

人がせっかく感傷に浸っている時に、失礼な奴め。

やっぱり寂しい人リストから、サヴァリスは消しておくことにしよう。

 

 

 

 

停留所は、普段のグレンダンからすれば比較的賑わっていた。

 

「それじゃ、見送りありがと」

 

なんだかんだいいつつ、停留所まで送ってくれたサヴァリス。

仕方ないから寂しい人リストに追加しておくことにする。

 

「いえ。まぁ貴方なら問題ないと思いますが道中お気を付けて」

 

荷物をバスに積み込み、指定席に座ると窓から顔を出す。

 

「まぁ、着いたら皆に手紙くらい送るよ。こっちに届くのはいつになるか分からないだろうけどさ」

 

「ええ、待っています。......そうですね」

 

サヴァリスはおもむろにピアスの片側を外すと、放り投げてきた。

 

「私からも餞別です、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

本当に珍しい。軽口を叩き合えるくらい仲は良いと思われていると信じていたが、案外自分が思っているよりもずっと彼は僕のことを良く思っていてくれたのかもしれない。

 

発車時刻を示す音と共にドアが閉まる。ここから長い長いバス旅の始まりだ。

 

「それじゃ、またいつか」

 

「はい、また」

 

窓が締まり、バスが動き出す。

サヴァリスにむけ手を振っていたが、バスは角を曲がりすぐに彼の姿は見えなくなった。

 

「待っててね、レイフォン・アルセイフ」

 

髪をかき上げサヴァリスのピアスを右耳に付け、彼がいる場所―――ツェルニに思いを馳せる。

バスはフィルターを抜け、荒野へと旅立っていった。




サヴァリスは好きです。
戦闘狂な彼ですが、認めた者にはそれなりに優しく接してくれる。そんな想像から生まれた感じの話になりました。


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学園都市"ツェルニ"

んー、書きやすい。
ただ流石に記憶が少し曖昧......アニメは途中からオリジナル展開入っているしどうしたものか。
もし便利なサイトとかあったら教えてください。


それまでガタガタと衝撃の酷かったバスが、ようやく停止したのを感じる。

 

「ふわぁ......ようやく着いた」

 

皆が口々に無事を喜ぶ言葉に、強制的にまどろみから引き戻される。

バスの中はとても素敵な空間だった。

衝撃はあるが寒くも暑くもなく、時間に制限なくいくらでも寝ていられる。

これだったらもっと乗っていても良かったのにな。

名残惜しさを感じつつも荷物を纏め、外へと出る。

 

「ここが......ツェルニ」

 

小奇麗な街と雰囲気は、ごちゃごちゃとしたグレンダンに比べとても心地よい。

グレンダンの雰囲気もあれはあれで好きだけど、少しむさくるしくもあるんだよね。

さて、まずはこの都市の王様に会いに行かないと。

場所は......わからないけど、中心部に向かえば会えるよね。

僕は荷物を抱え、石畳で整備された道を歩き出した。

 

 

 

 

「イリスはもしかして方向音痴なのか?停留所から来たのなら、生徒会長がいる中心部はとっくに通り過ぎたぞ?」

 

隣を歩く、恐らく先輩――名前は、ニーナ・アントークと言うらしい。は、呆れ顔だった。

あれから王宮を探して歩き回ったもののそれらしい建物を見つけることが出来ず、当初の目的を忘れふらふら歩き回っていたところを、この先輩に声を掛けられた。

彼女が言うには、大荷物を抱えて歩き回る僕の姿を何度も見かけたらしい。二時間程度しか経ってないんだけど、偶然ってあるものだね。

 

「僕の住んでいた都市は王制だったから、他の都市もそういうものだと思ってて」

 

他の都市にいったことはないし、耳にすることも少ない。

てっきり、都市は何処も王制なんだと思っていたよ。

 

「あぁ、なるほど。ここツェルニは学園都市だから、生徒会長が学園を取り仕切っている。取り仕切っているといっても、王様のような権限はないがな」

「へぇ......そんな都市もあるんだね。ということは、その生徒会長が都市で一番強いの?」

 

てっきり強さで序列が決まっているものだと思っていたのだが、ニーナ・アントークは首を横に振った。

 

「いや、そんなことはないが......イリスの住んでいた都市ではそうだったのか?」

「まぁね。分かりやすいでしょ?」

 

陛下は王家の人間だけど......どう考えても、あの都市で一番強いのは陛下だし。

 

「確かにな。っと、着いたぞ。ここが生徒会室だ」

 

連れてこられた場所は、都市で一番高い位置にある建物だった。多少の作りの良さは見られるものの、王宮には比べるまでもない。

なるほど、これじゃ見つからないのも無理はない。

 

「ありがと。せっかくだから一緒に行かない?」

「あまり時間はないのだが......まぁいいか。では一緒に行こう」

 

正義感溢れ義理堅い人。彼女の印象はそんな感じかな。

生徒会室の扉を軽く二度叩く。遅れて、入室の許可を伝える声が中から聞こえてきた。

 

「失礼します」

 

扉を開け、中に入る。

 

「やぁ、ニーナ君。それと、初めて見る顔だね。君は?」

「お初にお目に掛かります。イリス=ウルルと申します」

 

机に肘を置き、銀髪を肩まで垂らした男。彼がこの学園の長、というわけか。武芸者じゃ無いようだけど、頭は切れそうだ。

 

「私は生徒会長のカリアン・ロスだ。イリス君、よろしく」

「よろしくお願いします、生徒会長」

 

お辞儀をすると、会長は満足げに微笑む。

 

「早速だが、余り時間が無くてね。挨拶にきただけという訳ではないだろう?」

 

手に持っていた書類の束をちらりと見て、会長は先を促した。

 

「はい。僕を武芸科に編入して貰いたいのです。これ、手続きの書類です」

 

ここに向かうバスの中で書いておいたそれを差し出す。

いくつか伏せてはあるが、正真正銘僕のだ。

 

「ありがとう。......ふむ、特に問題はないようだね。ほう、グレンダン出身とは。もしかしてレイフォン・アルセイフ君を知っているかい?」

 

会長の口から発せられた名前に、心臓がトクンと動く。その言葉が聞けただけでも、ここにきたかいがあった。

 

「はい。ここを選んだ理由の一部ですから」

 

実際は一部というか全部だけど。そこまで言う必要もないか、怪しまれたくないし。

 

「成程。さっきも言ったとおり書類には問題ない。ツェルニは君を歓迎するよ。ところで、グレンダン出身の武芸者ということは失礼だが実力の方は......?」

「まぁ、それなりには」

 

実は僕天剣授受者なんですーなんて言っても、面倒なことにしかならない。曖昧に言葉をボカす。

 

「素晴らしい。実はツェルニの状況は余り芳しくなくてね......君さえ良ければ、小隊に加えたいと思うのだがどうかな?」

「別に問題はありませんよ」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

トントン拍子に話が纏まりかけた所で、さっきからずっと黙っていたニーナが話に割り込んできた。

 

「いくらグレンダン出身だからといって、何も審査せず小隊入りさせるのはどうかと!レイフォンの例もありますし、他の生徒からも不安が......!」

 

レイフォンの例?どういうことだろう。

実力を隠しているとか、そういうことなのかな。

会長を盗み見ると、意味ありげな視線を送ってくる。成程、別に僕もレイフォンにマイナスになるようなことを言うつもりもない。ここは黙っておこう。

 

「それならば、所属先は君の第十七小隊にしよう。君が直々に審査をして、不適だと判断したら入隊させなくても構わないよ。イリス君もそれでいいかな?」

「はい」

 

それにしても、彼女は小隊長だったのか。

重ね重ね、偶然とは恐ろしい。

渋々、といった様子で頷くニーナ。確かに僕は外見だけじゃとても強そうには見えないから、妥当な判断ってとこかな。

剄の流れを見ればだいたいの強さが分かるんだけど、そんなことができるのはこの都市じゃ彼くらいのものだろう。

 

「......わかりました」

「幸い学園は明後日からだ。審査や入居なんかをやっておくといい」

 

会長に言われて思い出す。

そういえば、まだ住むところも決めてなかったや。

 

「分かりました。では、失礼します」

 

さて、何処に住もうかな。天剣だったときに手に入れたお金が多少はあるから、衣食住はあまり問題はないだろう。贅沢は出来ないけど。

あぁ、陛下から貰ったケースも開けてみないと。

 

「......い、おい!聞いているのか?」

「ごめん、聞いてなかった」

 

しまった、考え事に夢中で何も聞いてなかった。

ニーナの方を向きながら謝ると、彼女は不満げに息を吐いた。

 

「まぁいい。明日、小隊の訓練の時間に審査を行いたい。問題はないか?」

「ないよ。どうせ何も決めてないし」

 

これから住む場所を決めて、あとは買い出し。その程度だ。

その返事に満足そうに頷くと、ニーナは僕の腕を掴んだ。

 

「それなら良い。じゃあ行こうか」

「え?えっと......何処へ?」

 

審査は明日、と言ったはず。まさか聞き間違えたなんてことはないと思うけど。

しかしニーナは、不思議そうな表情で返事をした。

 

「何処って、住むところを決めるのだろう?はやく探しに行かないと日が暮れてしまう」

 

思わずぽかんとしてしまう。

 

「流石に、この状態のイリスを放置して行くなんて出来ないしな」

「......用事があるって、言ってなかった?」

「部屋を決めたあとに行けばいいし、最悪明日になっても大丈夫だろう」

 

自分の用事より、僕の事情を優先する。

厳しそうな人だと思っていたけど、もしかしたら彼女は、僕が思ってるよりずっと優しいのかもしれない。というかお人好し。

 

「ありがとう。それじゃよろしく、隊長」

「ああ。それと、小隊入りは明日の結果次第だからその呼び名はまだ早いぞ?」

 

「まぁ、大丈夫でしょ。精一杯努力するよ」

 

「言ったな?期待しているからな」

 

ニーナは朗らかに笑うと、先導するように歩き出した。

これから新天地での生活が始まるのか。少し、楽しみだな。

彼女の後を追いかけながら、僕はこれからの生活に少し思いを馳せていた。

 

 

 

 

あれから、ニーナのお陰で割とあっさり部屋を決めることができた。

別に何処だろうと問題は無かったのだけれど、ある程度性別によって住む寮が分かれているらしい。

結局、中々にお洒落な部屋に住むことになった。

 

「私や明日顔合わせする小隊員の一人も近くに住んでいるから、困ったことがあったら聞くといい。それじゃ、明日は迎えに来るから忘れるなよ?」

 

ニーナはそう言って寮から去っていった。

何処でもいいと適当だった僕の為に、予定を潰してまで予算や安全性などをやりくりして考えてくれたのは彼女だ。そう思えば、彼女が一生懸命選んでくれたこの部屋に愛着が湧いてくる。

 

家具はある程度あるから良いとして、流石にベッドにはマットしか置かれていなかった。

まぁいいか、別にマットだけでも寝られるし。

少ない荷物を荷解きし、その中から陛下に貰ったケースを取り出す。

何が出てくるんだろう?少し、楽しみだな。

内心ワクワクしながら箱を開けると、中に入っていたのは何本もの錬金鋼と天剣だった時に与えられた部屋に置いてあった小物だった。

どうやら陛下は、僕があのタイミングで王宮を訪れることを知っていたらしい。

 

「わぁ、これ白金錬金鋼だ。それもこんなにたくさん」

 

それに加え、見ただけで分かる質の良さ。

流石に天剣には及ばないものの、それでもかなりのものだ。

というか陛下。女の子の秘密とか言ってたのに錬金鋼って......実用性一辺倒だよね。

そんなことを思っていたら、箱の底に何かきらめくものがあることに気づいた。

これは、ペンダント?

手にとってみれば、僕が天剣として公式の場に出るとき付けていたエンブレムが刻まれている。

裏を見れば、"貴女の為に"という意味の言葉、そして陛下の名前。

思わず胸が温かくなる。

 

「陛下、ありがとうございます」

 

誰にも聞こえないような声で呟くと、裏の文字を撫でる。

首に付ければ、まるでもともとそこにあるのが自然というようにぴたりと収まった。

 

......さて。それじゃ、頑張ろう。

まずは明日の審査に通るところからだ。

今日は早く寝て、万全の態勢で明日の審査に挑もう。




誤字脱字、感想等お待ちしています。


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審査

どうしてこんなことになったんだろう?

 

目の前の現実から逃げ、殻に引きこもり考える。

ニーナが喋る言葉も今は耳に入ってこない。

"彼"に出会うことを、世界に入ることを切望し今まで生きてきた。

天剣になり、そしてこのツェルニにまで追いかけていた。

同じ都市に居ればいずれ見えることもあるだろう、そこから少しずつ仲良くなっていきたい。そう思っていた。

だというのに。

 

「僕はレイフォン・アルセイフです。同じ学年になるのかな?よろしくね、イリス」

 

目の前で笑顔で手を差し出す彼に答えるには、僕のちっぽけなキャパシティでは少し足りなかった。

 

 

 

 

「イリスー?迎えに来たぞー?」

 

身支度を整えていると、寮の外からニーナの声が聞こえてきた。

まだ約束の時間まで10分近くあるのに、せっかちだなぁ。

ピアスを付け、それに陛下から頂いた錬金鋼を太ももにベルトで巻きつける。

持ってるのがバレたら刃引きの加工をされちゃうだろうし、それで感覚が変わるのは好ましくない。本当に緊急の時だけ使うことにしよう。

最後にペンダントを胸の間に落とし込むと、寮の外に出た。

 

「全く。遅いぞ?」

「まだ5分前でしょ?隊長はせっかちだなぁ」

 

欠伸とともに伝えると、ニーナは不満げな表情になった。

 

「昨日は少しは可愛げがあると思ったが......勘違いだったようだな」

「堅苦しいのは苦手なんだよね」

 

向こうでも、敬語を使っていたのは陛下に対してくらいだった。

そう返事をすると、今度は呆れ顔になる。

 

「普通その言葉は私が言うものなんだが。......まぁいい、時間も押しているし行くぞ?」

「はーい」

 

先導するニーナに従い、訓練場への道のりを歩き出した。

 

 

それから電車も使い、二十分程度の所の建物の前で彼女は立ち止まった。

 

「ついたぞ。ここが第十七小隊の練武館だ」

 

なんだか、外見だけ見れば普通の建物のように見える。

しかし中に入ると、整備されたグラウンドのような訓練場と、訓練室まである。

なかなかに整った素敵な場所だった。

 

「小さいけど綺麗に纏まってるね。気に入ったよ」

「......おかしいな、他のメンバーにも集まるよう言っていたんだが、誰もいない」

 

他の小隊メンバーにも招集を掛けていたらしい。

もしかして人望が......っと、そんなことはないようだ。

 

「居るよ、訓練室の中」

 

ニーナの視線が其方に向かうと同時に、訓練室の扉が開いた。

 

「お、ニーナ。流石に早いな」

「シャーニッド。お前程じゃないぞ?」

 

「俺はシャワー浴びてたからな、今回は特別だ」

男性にしてはかなり長髪の髪に、なんとなく軽そうな雰囲気。天剣で例えるならトロイアットが近いかもしれない。

 

「それで、そちらのお嬢さんが今回のニーナの虐め相手って訳か?」

 

視線がこっちに移動したのを感じ、軽く前に出る。

 

「初めまして。イリス・ウルル。1年生だよ」

「俺はシャーニッド・エリプトン、4年だ。個人的には綺麗どころは大歓迎だからな、ぜひ合格してくれ」

「まぁ、頑張るさ」

 

なんとなく、彼とは気が合いそうな気がする。

それと彼の言葉から、どうやら僕達が早く来すぎたのがメンバーのいない原因だということがわかった。

 

「やっぱり隊長が早すぎたんだよ。僕、もう少し寝てたかったのに」

「10分前行動は基本だろう?全く、弛んでいるな」

 

と、そこで練武館の扉が開く音がした。

振り向けば、銀髪を腰まで垂らした少女が立っている。

背格好は自分と同じくらいだろうか、良く武芸者に見えないと言われるが、彼女は自分以上に武芸者に見えない。

 

「フェリちゃん。珍しいな、練習にこんな早くから来るなんて」

 

どうやら名前はフェリというらしい。

言葉を一言も話さないまま此方まで歩いてくると、僕のことをちらりと見てシャーニッド先輩へと視線を戻す。

 

「兄の命令で。試合を見て結果を報告しろと」

 

簡潔にそれだけ言うと、備え付けのベンチに座り込んだ。

 

「彼女はフェリ・ロス、二年生だ。フェリ、こっちはイリス、一年生だ」

「イリス・ウルル。まぁイリスって呼んでよ。フェリ先輩はもしかして、念威繰者だったりするの?」

 

その質問に対し、フェリは初めて僕に視線を合わせた。

 

「......そうですが、それが何か?」

「ううん、何となくそう思っただけ。よろしくね」

 

そう返すと、暫く視線を合わせてくれていたがまた目を落とす。

念繰威者は頭の中で莫大な情報をやり取りする為、感情表現が希薄になりがちというのはグレンダンの念繰威者、デルボネの言葉だ。

余り振り回すのも良くないだろうけど、過度に気を使う必要もないだろう。

 

「えっと、これで全員なの?」

 

「いや。もう二人いるんだが......あぁ、ほら来た」

「ごめんニーナ!レイフォンに荷物運ぶの手伝って貰ってたら時間を忘れちゃってて......」

 

......レイフォン?

 

「遅刻だぞ。レイフォン、ハーレイ」

 

またレイフォン。

パズルのピースがはまるように、頭の中で昨日の会話の意味が繋がってゆく。

生徒会長が彼処でレイフォンの名前を出したのは、ただ僕がグレンダンの出身だからだけというわけではなかったのだ。

緩慢な動作で振り返る。

いかにもメカニックといった風貌の男。

そしてその隣には――――

 

「レイフォン・アルセイフ......」

 

――見間違えることのない、幼い頃から憧れ続けていた"彼"の姿があった。

 

 

 

 

もうひとりの彼はハーレイというらしい。錬金科の三年で、この小隊の錬金鋼の整備をしていると言っていた。しかし、今の僕に彼について深く考える余裕はなかった。

何か喋らなきゃ、手を握らなきゃ、笑わなきゃ。

思考だけがぐるぐる回って結果どれ一つとして行動に移せない。

彼の表情が怪訝なものに変わってゆくのだけが、視界に強く映っていた。

 

そこでニーナが気を使ってくれたらしい、しかしこの場においては最悪とも言える言葉を発した。

 

「イリスはグレンダン出身らしい。レイフォンと同郷だし、何処かで会っているんじゃないか?」

 

瞬間、レイフォンの表情が一変した。笑顔は消え、差し出された手は引っ込む。

剄が漏れ出し、表情には警戒とも何ともとれないものが浮かんでいた。

しかしその剄を感じたおかげで多少冷静に戻ることができた。

引っ込みかけた手を強引に握ると、にこりと微笑む。

 

「イリス・ウルルだよ。初めまして、レイフォン」

 

ひねくれているとか良く言われる僕に出来る精一杯の素直な笑顔を浮かべ、手を離す。

少なくとも今どうこうされる訳ではないと思ってくれたらしい、彼の表情には多少ぎこちないながらも笑顔が戻ってくれていた。

 

「さて、顔も合わせたところで早速だが、私はまだイリスを小隊のメンバーとは認められない。だから私と勝負をしてもらうぞ」

「いいよ、望むところだ」

 

予想外過ぎだけれど、レイフォンがいるなら尚更第十七小隊に入りたい。

とはいえ、全力でやってはニーナ程度簡単に消し飛ばしてしまえる。

どうしたものかな。

 

 

 

 

「そこに武器がある。どれでも好きなのを使うといい」

 

何やら考え込んでいる様子のイリスに告げると、彼女は本当に無造作に剣の一本を取った。

あまり選ぶのに時間をかけるようだったら注意しようと思っていたが、全く適当に選ぶというのもどうなのだろうか。

 

「よし、君の名前はカトリーヌだ」

 

何やら武器に名前を付けたらしいイリスを尻目に、両手に自分の武器である鉄鞭を復元する。

 

「さぁ、始めるぞ。私に一撃入れることが出来たら、審査は合格だ」

 

カトリーヌと呼んでいた剣を軽くす振りするイリスに向けて告げると、鉄鞭を構えることなく試合の開始を告げる。

相手は1年なのだ、これくらいの容赦はあって然るべきものだろう。

 

「あれ、構えなくていいの?試合開始を聞いた気がしたんだけど」

「先手は譲ってやる。何処からでもかかってくるがいい」

 

そう告げると、彼女は再び考え込むようすを見せる。

戦闘中にあるまじき行為に思わず声を掛けようとすると、イリスは剣を大きく掲げた。

 

「いい?ニーナ。このカトリーヌから目を離しちゃダメだよ?」

「何を言っている?」

「いいから」

 

彼女の今までとは違う強い口調に押され、思わず黙り込む。

 

「目を逸らしちゃ、ダメだよ?」

「......あぁ」

 

私の答えに満足そうに頷くと、彼女はまるで剣を投げては受け止め、手の上で弄び始める。

 

何をしているんだ、と言いたかった。

しかし彼女の先ほどの様子がどうしても引っかかり、武器を持つ手に無意識に力が篭る。

 

「じゃあ、遠慮なく先手を貰うよ」

 

一際大きく剣を放り上げ、その剣が落下を始めた所でイリスはそう言った。

その瞬間だった。

剣を上部で受け止めたイリスの腕が一瞬"ブレた"。

それを脳が認識したとほぼ同時に風切り音、そして直後に轟音。

 

「あれ、外れちゃったか」

 

能天気な声に我に返り、轟音をあげた場所を振り返る。

そこには、一瞬前まで彼女の手に収まっていた錬金鋼が、壁の一部を破壊し突き刺さっていた。

 

 

 

 

反応できなかったか。これでも加減をしたんだけどな。

万が一を考えて、あらかじめ当たらないようにしていて正解だった。

ニーナはゆっくりと私の手、そして壁に突き刺さった剣を見る。

 

「......今、何をした?」

 

視線をこっちに戻したと同時にそう尋ねてくる。

聞かなくても理解出来るだろうに......いや、理解したくないのかな。

 

「何って、"投げた"だけだよ。見てたでしょ?」

「投げた、だと?」

 

ニーナはかすれた声で呟く。

ふと横を見れば、シャーニッド、そしてフェリまでもが驚きに目を見開いている。唯一レイフォンだけは、驚く程鋭い眼光で剣を見ていた。

見えたのはレイフォンだけ、か。

 

「だからあれ程、カトリーヌを良く見ておいてって言ったのに。外見が強そうに見えない自覚はあるけど、本当に外見通りだとは限らないでしょ?」

 

言いつつ、手に巻き付いた糸を思い切り引っ張る。

瞬間、剣は壁から引き抜かれくるくると宙を舞い手元まで戻ってきた。

糸のように細くした剄をあらかじめ剣に貼り付けておき、手元を離れた武器でも回収可能にする。

リンテンスの鋼糸を見ていた時に思いついたちょっとした小技だ。

 

「よしよし、いい子だねカトリーヌ。さて、一撃入れることが条件だったよね。もう一回行こうか」

「いや......合格だ」

 

そう言ったニーナの表情に、ちらりと畏怖の色が浮かんだのを見て取る。

少しやりすぎちゃったかな。

 

「本当に?ありがとう。それじゃあこれからよろしくね。ニーナ隊長、シャーニッド先輩、フェリ先輩、レイフォン」

「......うん、よろしく」

 

言葉を返してくれたのはレイフォンだけだった。

ニーナは黙ったまま動かず、フェリは会釈し無言のまま練武館を出てゆく。

本当にやりすぎちゃったかな、幾ら何でもこんな空気にしてしまうつもりはなかったんだけど。

 

「イリスちゃんだったよな、すげぇじゃねぇか!全く見えなかったぜ」

 

そんな暗い空気を吹き飛ばすように、シャーニッドが近寄ってきてくれる。

場の空気を察してくれたのだろう、とても有難い。

 

「不意打ちみたいな感じだったからね。ちょっと卑怯っぽかったかもしれない」

「いやいや、そんなことはねぇよ。それに手元に剣が戻ったあれ、どうやったんだ?」

「ああ、あれはね.....」

 

と、そこでニーナが訓練室の方に向かっているのに気づく。

 

「......少し着替えてくる」

 

彼女はそういって扉を開けて中に入っていった。

やっぱり、あれは不味かったかなぁ。

 

「気にすんな。イリスちゃんが注意したのにそれでも構えず剄もろくに練らなかったニーナが悪いんだ。お前さんが気にすることじゃねぇよ」

 

気持ちを察してくれたのか、シャーニッドは優しく言葉を掛けてくれた。

 

「それにしても、イリスちゃんは強いんだな。もしかしてグレンダンの武芸者はみんなこんなに強いのか?」

 

その言葉に、ちらりとレイフォンを見る。

 

「んー......そうだね、一応武芸者の本場だからね。強い人は多いと思うよ」

「なるほどな。おいレイフォン、お前さんももうちょっと頑張ったほうがいいんじゃないのか?こんな可愛いお嬢さんに負けるようじゃ男が廃るぜ?って、それは俺もか」

 

「あ、あはは......」

 

茶化すようなシャーニッド先輩の言葉に、レイフォンは誤魔化すように笑った。

やっぱり、実力を隠しているんだ。

何故かはわからないけど、ここじゃ余計なことは言わない方が良さそうだね。

 

「さっきから思ってたんだけどシャーニッド先輩の髪留め、お洒落だね。僕も髪を縛りたいんだけど、いいのがなくて」

 

とりあえず話を逸らすついでに、そう声をかける。実は気になってたんだよね。

僕の髪はサヴァリスより少し短いくらい。髪型にこだわりもなく、伸びるままにしていたらなんだか長くなってしまった。

 

「ありがとな。じゃあ今度良い店を紹介するぜ」

「ありがとう」

「イリスちゃんはそのピアス、片耳だけなのか?それに、随分と大きいな。勿論、にあってるけどさ」

 

自然とそう言う言葉が出てくる辺り、やっぱり女性の扱いになれているみたい。

軽く首を動かし、サヴァリスのピアスを揺らす。

レイフォンの目が、わずかに見開かれるのが視界に見えた。

 

「故郷を出てくるときに友人に貰ったものなんだ、片方投げて寄越されてね。大きいのは男性用だからかな」

「なるほどな。もしかして、想い人って奴か?」

「ううん、全然。向こうも全くそのつもりはないと思う。ただお互いに話す機会も多かったから、多少は気に入って貰えてたんじゃないかな」

 

サヴァリスが僕に恋......うわぁ、いやないない。

 

「そういう所から恋に発展していくのが燃えるんだが......まぁ、相手のことも分からないしな。さて、俺も着替えてくるとするかね。髪留め、欲しかったらいつでも言ってくれな」

「うん、ありがとう」

「それじゃあな、お二人さん」

 

シャーニッド先輩は軽く手を振り、訓練室の中へと消えていった。

 

「それじゃ、僕達はどうしようか?」

「イリス......ちょっと、話が有るんだけどいいかな」

「ん、いいよ」

 

思ったより早かったね。

ここでは話しづらいというレイフォンの言葉に従い、僕たちは喫茶店に向かうことにした。

 

 

 

 

「......くそっ!」

 

強く壁を殴りつける、これで何度目だろうか。

先程の戦いのことを、彼女は不意打ちだったと言っていたが全くそんなことはない。

あの時私は彼女の注意を聞き、剄こそ本格的に使ってはいなかったものの視力や反射神経はきちんと強化していた。

 

それでもほとんど見えなかったのだ、イリスの一撃は。

彼女は外れちゃったと言っていたが、きっとあれもワザと外したのだろう。

もしまともに命中していたら、私がただではすまないことを分かっていたから。

 

「荒れてんな、ニーナ。まぁ無理もないか」

「......シャーニッド」

 

扉が開くと同時にあらわれたシャーニッドに、視線を向ける。

彼は普段と変わらない調子で服を整えると、となりへと座った。

 

「完敗だったな。破壊力に速度、どれも一級品だった。それに、本気ってわけでもなさそうだったしな」

「......何が言いたい」

 

睨みつけるようにして尋ねると、シャーニッドは肩をすくめ笑った。

 

「別に?そんな力を間近で感じた隊長さんは、どうするのかなと思ってさ。もう一週間もないうちに対抗戦が始まる。無茶な訓練でもして倒れられた日には、俺達もたまったものじゃないだろ?」

 

全て読まれている。相変わらず、人の心の動きに聡い男だ。

肩に入れていた力を抜き、大きく息を吐く。

 

「大丈夫だ、そんなことはしない。ただ、彼女は何者なのかと思ってな」

「それについては、レイフォンが何か知ってそうな様子だったけどな」

「レイフォンが?」

 

その言葉にさらに驚く。あの後残って会話していたのは知っていたが、そんなところまで見ていたのか。

とはいえ、レイフォンに聞いて答えてくれるかどうかは微妙。聞くならむしろ直接の方が簡単だろう。案外、あっさりと答えてくれるかもしれない。

 

「ま、それより今は目の前まで迫った対抗戦だ。全てはそれからでも遅くない。今は戦力の増加に素直に感謝しておこうぜ」

「そう......そうだな」

 

私一人軽くあしらえる程度の実力。

これはあの生徒会長すら知らなかったことだろう、もし知っていたら第十七小隊に入れてくれたかどうか分からない。

つまり、彼女は切り札になり得る。

 

「作戦の練り直しだ。シャーニッド、付き合ってくれるか?」

 

シャーニッドはそれを聞いてにやりと笑った。

 

「やっとらしくなってきたな。しゃーねぇ、付き合ってやるよ」

 

まずは対抗戦に挑んでから。すべてはそれからでも遅くない。

それから私達はシャーニッドが根をあげるまで、ひたすらに戦略会議に没頭することとなった。




シャーニッドは上手い感じに立ち回ってくれるので、書いててとても楽しいです。
そのうち描写すると思いますが、イリスは茶色がかった黒髪に暗紫色の目、肌色は白めで身長は平均に比べてだいぶ小さい感じです。どちらかといえば可愛いの方面ですね。
この辺り、原作よりも展開が進むのが遅くなっています。
時系列を合わせようとした結果このようになり申し訳ありません。

誤字脱字の報告、感想等お待ちしています。


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会談

試験が近づくにつれ浮かぶ構想。
どうすればいいんだ・・・・・。


喫茶店にて、一組の男女が対談していた。

一見すれば恋人同士にも思えるその光景だが、女の方が自然体な様子でコーヒーを飲んでいるのに対し、男の方は手もつけず緊張の面持ちで座っている。

 

「それで......何の用かな?まぁ、何となく分かってはいるんだけど」

 

イリスがそう切り出すと、レイフォンは大きく身を震わせる。

そして、躊躇いを見せつつも口を開いた。

 

「イリスは......グレンダン出身なんだよね?」

 

「うん、そうだよ」

 

「じゃあ、僕のことも......?」

 

レイフォンのことを知っているか、という意味なら勿論"はい"だけど、きっとそう言う意味じゃないよね。

 

「聞くには聞いてるよ。でも、尾ひれが付いてるかもしれない。だから......良ければ直接聞きたいんだけど......ダメかな?」

 

直接その場で見ていた訳じゃない。聞いたのはそれなりに信用できる人からだけど、やっぱり本人から聞くのが一番正確だと思う。

そんな意味を込めて言うと、レイフォンは躊躇いながらも首を縦に振ってくれた。

 

彼は語る。

自分が孤児であったこと。

天剣授受者に選ばれてからも、その立場を利用して賭け試合に出ていたこと。

 

「良くないことだっていうのは分かってた。でも僕は、仲間の為に何かしたかったんだ」

 

しかし、それがある武芸者にバレてしまった。

 

「彼は僕に、天剣争奪戦でわざと負けて天剣を譲れと言ってきた。でも僕は天剣を譲るわけには行かなかったんだ」

 

天剣という立場で出る賭け試合は、比べ物にならないほど報酬が良かった。

グレンダンにいる孤児達の人数を考えれば、お金はどんなにあっても足りない。

だから、試合でその武芸者を殺そうとした。

彼を殺してしまえば全てが元通りになると信じて。

しかし、殺せなかった。

 

「その後僕は彼の告発によって、天剣を剥奪された。その時から武芸を辞め、ついにはグレンダンを出て。僕はここ......ツェルニに逃げてきたんだ」

 

名誉も信頼も失い。

仲間であった者からも罵声を浴びて。

それが耐えられなくてツェルニに逃げてきたんだと、語った。

 

「結局、生徒会長にはそれがバレてて武芸科に転入させられちゃったけど。でも仕方ない......あれだけのことをやっておいて、逃げて全てを済ませようなんて都合が良すぎるよね」

 

彼の表情には、全てを諦めた者の表情があった。

きっと、今までも散々と言っていいほど嫌われ、拒絶されてきたのだろう。

 

そんな表情、黙って見ていられるわけがなかった。

 

「.....っ!イ、イリス!?」

 

気付けば身体が勝手に動いていた。

身を乗り出し、小さく縮こまった彼の肩を抱く。

耐えられない、こんなにも優しくて不器用な彼を放っておくことなんて出来るはずがない。

 

「......ありがとう、レイフォン」

 

溢れ出した感情は、留まることを知らず僕の身体を満たしていった。

 

 

彼女、イリス・ウルルはグレンダン出身らしい。

隊長であるニーナ・アントークからその言葉を聞いたとき、思わず頭の中が真っ白になった。

グレンダンで生活することに耐えられなくなり、誰も自分のことを知らないこの都市に来たというのになんという巡り合わせだろうか。

いつ彼女の口から真実が、侮蔑の言葉が語られるのかとビクビクしているとしかし、彼女は笑顔で自分の手を取った。

 

もしかしたら、事情を知らないのかも知れない。

そんな希望的観測は、しかし彼女の試合を見て崩れ去った。

彼女は凄まじく強かった。

隊長達にも彼女が熟練の武芸者に見えたことだろう、しかし自分にはわかる。

彼女の力は、並の熟練武芸者の力を圧倒的に上回っていることが。

そんな彼女が、自分のことを知らないはずはない。

ならば、何も言ってこないのはどうしてだろうか。

仲間だった孤児達ですら自分を否定したのに、初めて出会った彼女が自分のことを快く思っているはずがない。

しかし彼女はそんな素振りを一切見せず、むしろ友好的と言っても良かった。

だから確認したかった。

彼女が自分をどう思っているのか。

 

そして全てを話したあと――――僕は何故か彼女に抱きしめられていた。

 

「......ありがとう、レイフォン」

 

そして罵倒されるでもなく嘲笑されるでもなく、お礼を告げられる。

......なぜ?そう聞きたかった。

しかし続けて放たれた言葉は、開きかけた口を閉じさせるのには十分な力を持っていた。

 

「実はね?僕も、孤児なんだ」

「え......?」

 

思わず口をついて出た言葉に、しかし彼女はにこりと笑う。

 

「僕の孤児院は特に貧しくてね。すでに殆ど経営が成り立たない状態だったんだ」

 

寝たきりで治療が受けられなかったり、栄養失調を引き起こす寸前だったり。

聞いた限り自分の住んでいた孤児院よりも更に厳しい経済状況だったらしい。

 

「でもある時から、少しずつ孤児院にお金が入るようになってね。治療もうけられ、食事も貧しいながらも食べられるようになった。仲間の亡骸を見なくて済むようになった。その時院長先生に聞いたんだ、どうして急にって。あの中じゃ年長者だった僕には特別に教えてくれた、"貴方と変わらない歳の武芸者が、支えてくれているのよ"って」

 

その頃の僕はまだ天剣ですらなく、稼ぎもとても少なかった。

せいぜい自分に近い孤児院の分を稼ぐくらいが限界だったのだが、案外彼女は自分の近くにいたのかもしれない。

イリスは僕から身体を離すと、深々と頭を下げた。

 

「だから、ありがとう。貴方のおかげで僕や、僕の家族達が大勢救われた。この恩はとても返しきれないよ」

「でも、僕は賭け試合で......」

 

続く言葉は、顔を上げたイリスが僕の頬を撫でたことで遮られてしまう。

とても温かな手は、僕が落ち込んだ時いつも隣で慰めてくれた幼馴染のものに似ていた。

 

「レイフォンは"誇りや名誉"と"仲間"、その二つを天秤に掛けて"仲間"をとった。人によってはそれは、許せない行為かもしれない。でもレイフォンは全てを失う可能性があっても、仲間達を救いたかったんでしょ?仲間の為なら誇りや名誉なんてどうでもいいと思えるくらい、仲間が大切だったんでしょ?それは誰にでも選べることじゃない。だから、その思いを自分で踏みにじっちゃダメだよ」

 

撫でるように動かされる手と共に紡ぎだされる言葉は、まるで水のように心に浸透してゆく。

 

「前を向き、胸を張るんだ。例えどんな結果になってしまったんだとしても、仲間の為に精一杯やったんだと誇りを持つんだ。そんな貴方によって救われた人が、大勢いるんだから」

 

彼女の言葉が、一言一言胸に刻まれてゆく。

気付けば、瞳から一筋の涙が流れ落ちていた。

 

「もしそれでも挫けそうになったら、僕の所に来て欲しい。貴方がやっていたことは決して間違いなんかじゃなかったんだって、何度でも言い聞かせるよ。誰が貴方のことを罵ろうと、僕は必ず貴方の傍に立ち守り抜くと誓うよ。僕は、ほかならぬ貴方によって救われたんだから」

 

自分が涙を流していることに驚く。

そんな言葉を掛けてくれた人など、今までひとりもいなかった。

 

天剣授受者としての誇りや名誉を汚し、仲間達の信頼を裏切った自分。

どんな罰もうける覚悟でいた。何をされても仕方ないと思える程のことをやってしまったと思っていた。

しかし目の前の彼女は感謝を告げる。

"僕は貴方のおかげで救われたのだ"、と。

"貴方のやったことは決して間違いじゃない"のだと。

同じグレンダン出身の孤児で、今まで自分を否定してきた仲間達と何も変わらない立場にいながら告げる。

 

感情が溢れ出しそうだった。今にも声をあげて泣いてしまいそうだった。

灰色の記憶が、鮮明に色を変える瞬間を感じた。

仲間の為に精一杯やったんだと誇りを持て、と。

誰が自分を罵ろうと、必ず傍に立ち守りぬくと誓うと。

仲間の視線に耐え切れず、グレンダンからここに逃げてきた僕を優しく諭してくれた。

今もただ涙を流す自分を、優しく抱きしめてくれている。

 

「大変なことがあったら一人で抱え込まないで僕を頼ってよ。二人ならきっと、うまくいくさ」

 

自分一人では上手くやることは出来なかった。

しかし彼女が一緒なら、今度は上手くやれる気がする。

そう。次こそはきっと、上手くやってみせる。

 

 

腕の中で涙を零すレイフォンを抱き締める。

仲間の為を思い、不器用ながらも精一杯だった彼。

そんなレイフォンのことをとても愛しく思う。

と同時に、彼のことを理解しようともせず否定した彼の仲間たちに怒りを覚えそうになる。

でもそんなことは出来ない、部外者な僕が勝手な想いを抱くことなんて。

しかし、レイフォンに付き添うことは出来る。

 

――いいだろう。

君達が否定する以上に、僕はレイフォンを肯定しよう。

罵声をかき消すくらい大声で、彼を褒め讚えよう。

何度レイフォンが沈んでも、必ず見つけ出して引き上げてやる。

 

あの日感じた想いをより強く感じながら誓う。

もう二度と、彼が大切なものを失うことのないように。




はい、そんな訳でイリスがレイフォンに憧れた理由の一端が明らかに。
勿論出会った時の想いが大きいわけですが、それ以前から理由があったということですね。
次回は学園編、そしていよいよ対抗試合に入る......予定です。
誤字脱字の報告や感想お待ちしています。


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友人

ご意見を頂いたのでイリスの名前が微妙に変わっています。
元の名前のヴォルケンシュテインはレイフォンに憧れてイリスが勝手に作ったネームだとかそういう展開を考えていたのですが没になりました......
とりあえず数巻分レギオスを購入してきたのでこういったミスはなくせるよう頑張っていきたいと思います。


「レイとん聞いたよー!昨日、リーすんと抱き合ってたんでしょ!?」

 

翌日。

偶然か生徒会長の差金か、クラス分けはレイフォンと同じだった。

そのことに内心で喜んでいると、昼休みになると同時にこの3人娘にレイフォンごと連れ去られてしまった。

大人しそうなメイシェン・トリンデン。

キリッとした印象を受けるナルキ・ゲルニ。

とても賑やかなミィフィ・ロッテン。

ちなみにリーすんというのは僕のあだ名らしい。分かりやすくも、短くもなってない気がするけど......文字数だけ見れば増えてるし。

 

「あれはその......あはは」

 

苦笑しながら、レイフォンが助けを求めるようにこちらに視線を送ってくる。

 

「あぁ、あれはね。昔一度会っただけだったレイフォンにこんな所で出会えたから舞い上がっちゃってね。思わず抱きついちゃったんだよ」

 

嘘は言ってない......と思う。

そういう気持ちも勿論会った訳だし。抱きついたのは別の理由だけど。

 

「運命の再会ね!ということは、レイとんとは何かあったの!?」

 

目を輝かせるミィフィ。どうやら逃がしてはもらえなさそうだった。

 

「ううん、僕が一方的に知ってただけだよ。それで憧れていろいろ頑張って、ここまで追っかけてきたことになるのかな」

「ほぇー......。愛だね!単に愛のなせる技だね!」

「リーすんは、レイとんが好きなのか?」

 

一人盛り上がるミィフィを置いて、ナルキが鋭い目で尋ねてくる。

好きか嫌いかで言えば勿論好きだ。だけど......。

 

「好きだよ。だけど、恋愛感情かどうかはちょっと分からないかな」

「どうして?」

「んー。今まで恋をしたことがないから、かな?」

 

会うため、近付くためにひたすら武芸を磨いていた間はとてもそんな暇は無かったし。最も、そういう暇を見つけたい相手もいなかったけど。

 

その答えに、ナルキは微妙な表情でメイシェンを見た。

そして視線を受けたメイシェンは顔を赤くして俯く。

......もしかして。

 

「レイフォン、ちょっと耳を塞いでてくれるかな?」

 

意図が読めないながらも素直に耳を塞ぐレイフォン。

念のため、レイフォン以外の3人に近寄る。

 

「もしかして、メイシェンはレイフォンが好きなの?」

「ふぇ!?そ、それはえっと......その......」

 

湯気が出るんじゃないかと思えるくらい顔を赤くし、慌てふためく彼女。

これはもう、確定だね。

 

「安心してよ、君の恋路に立ちはだかる気はないからさ。レイフォンの近くにいたい気持ちは本物だけど、別に恋人という枠が欲しい訳じゃない」

 

部隊でも、何なら盾だって構わない。

ただ前に立ってレイフォンを守りたいだけだ。

 

「友人と恋人を取り合うなんて、僕はゴメンだしね」

 

そう言って3人から離れ、レイフォンの肩を叩く。

 

「レイフォン、もう良いよ」

「一体、何の話をしてたの?」

 

耳から手を離すと開口一番に尋ねられる。

 

「うら若きか弱い乙女達の会話を聞こうだなんて、そんな野暮はいけないよ?」

「......か弱い......」

 

自然に彼の口から漏れた言葉に、こちらに向けられる視線。

......うん、レイフォン。

 

「喧嘩なら買うよ?」

 

いくらレイフォンが好きだからって、怒るときは怒るんだからね。

 

「ご、ごめん......」

「か弱い乙女はメイシェンのこと。どうせ僕は野蛮な女ですよー」

 

頬を膨らませ拗ねてみせると、彼はますます慌てた表情になる。

 

「そ、そんなことないよ!イリスはか弱い.......かどうかは置いておいて、でもとっても可愛いから!」

 

声を張り上げそんなことを口走るレイフォン。

もしかして、自分が何を言っているのか分かっていないのかな。やっぱりか弱くないし周りには人もいるのにそんな大声で僕のことを可愛いだなんて全くでもええぇ......?

 

「あの、イリス?顔が赤いけど大丈夫?」

「うるさい、誰のせいだと思ってるんだ!」

 

繰り出したパンチは掌で受け止められてしまう。

くっ、この......天剣授受者イリス・ヴォルフシュテイン・ウルルの本気を見せてやる!

 

「どうみても恋の旅路のライバルどころか、ラスボスにしか見えないんだが」

「だよねぇー」

「うぅ......」

 

激しく攻防を繰り広げる横で三人がそんなことを言っていることなど、僕達は知る由もなかった。

 

 

 

 

放課後、訓練の時間になり練武館に向かうと、中にはニーナ、そしてレイフォンしかいなかった。

 

「いつもこんなに集まり悪いの?」

「......うん。シャーニッド先輩は遅刻して来ることが多くて、フェリ先輩は......」

 

明らかに機嫌の悪いニーナに聞こえないよう、小声でレイフォンと話す。

成程、真面目なニーナが怒るのも無理はないね。

 

「一先ず訓練を始める。イリスはハーレイと共にまずは自分用の錬金鋼の製作を。レイフォンは私と訓練だ」

 

不機嫌そうな声色を隠そうともせずに告げる。

これは、今日の訓練は厳しいものになりそうだね。最も僕はまだ訓練に参加したことはないけど。

 

「自分専用の錬金鋼なんて楽しみだな。じゃあレイフォン、また後で」

 

ごめんねレイフォン。

助けを求める視線を見なかったことに、ハーレイの先導に従い訓練室へと入る。

様々な機械が鎮座する中、彼は早速機材の準備をし始めた。

 

「イリスはどういう武器を使うの?」

 

武器か......。

技術を盗み身に付けてきた過去から基本的にどんな武器でも扱うことは出来る。

しかし通常の錬金鋼じゃ1つ、せいぜい2つくらいの変化が限界らしい。

天剣と同じ......いや、きっと無理だよね。

あんな奇抜な武器、ほかに使ってる人見たことないし。

とすると剣か......でも、槍も使ってみたいな。

 

「いくつかサンプルを持ってきたんだ。良かったら使ってみてよ」

 

中々決まらない僕を見かねてハーレイがいくつかのサンプルを見せてくれた。

わぁ......結構細かく設定できるんだ。見ていてちょっと楽しい。

 

「とりあえず剣をベースにして、色々試してみたいな」

「わかった。満足できるまで付き合うよ」

 

やっぱり、いつも自分が使っている武器がいいよね。使い慣れない武器じゃ事故もあるし。

それから目が怖いハーレイとともに寸法や握り心地、細かな調整などが終わる頃にはすっかり日も傾いてしまっていた。

 

 

訓練場に戻ってきた頃にはほぼ訓練も終了し、遅れてきたのだろうシャーニッドと、随分と疲れた様子のレイフォンがベンチに座っていた。

フェリは、我関せずといった様子で別のベンチに座り本を読んでいる。

 

「やぁ。随分といじめられたみたいだね」

「イリス......酷いよ、僕を見捨てるなんて」

「そう言われてもね。仕方ないじゃないか、ハーレイ先輩が盛り上がって中々終わらなかったんだよ」

 

恨めしそうなレイフォンの様子から察するに、随分と扱かれたらしい。

 

「二人共、随分仲良くなってるなぁ」

 

会話を交わす僕達の様子に、不思議そうな様子でシャーニッドが声を上げる。

 

「シャーニッド......いや、シャーニッド先輩。やっぱり同郷だと話も合ってね」

「なるほどな。グレンダンってのは随分と遠くにあるみたいだしなぁ。.....あぁあと、シャーニッドでいいぜ。可愛いお嬢さんに呼ばれるなら本望だし、先輩って柄でもない」

「それはありがとう。正直、上下関係には疎くてさ」

 

陛下みたいに明らかなトップなら未だしも、年が上というだけで口調を変えなきゃならないのが良くわからないんだよね。

実力で区分しているならまだわかるんだけど。

孤児院の院長があまりそういう所に無頓着というか、気にしている余裕がなかったのも大きかったのかもしれない。

 

「イリス、ちょっといいか?」

 

その後も3人で雑談を交わしていると、休憩を終えたらしいニーナが戻ってきていた。

 

「ん。なに?」

「お前の実力について、少しな」

 

ニーナは微かに目を伏せた。

 

「.......私の実力では、お前の実力を測る事は出来なかった。何も言うな、自分の実力は自分が一番分かっている」

 

口を開こうとすると、ニーナに制される。

そんなことないと思うんだけどな。ニーナは少し、力の出し方を知らないだけで。

 

「お前の対抗試合でも役割にも関わってくるから聞いておきたいんだ。次の対抗試合の相手、お前ならどの程度戦える?」

 

真剣な表情で尋ねられる。

とは言っても、さっきの待ち時間にハーレイに紙束で見せてもらった程度の情報しかない。

でもそうだな。

 

「ハーレイに貰った紙面通りなら、まぁ問題ないよ」

「問題ない、とは?」

「一人で全員相手に出来るくらいは」

 

シャーニッドが口笛を吹く。それを目線だけで咎め、ニーナは再びこっちに向き直った。

 

「......そうか、わかった。それでは次の対抗試合、イリスの役割はフェリの護衛とする」

「え?それは......!」

 

そう声を上げるレイフォン。

念威繰者の護衛ならそれなりに重要だと思うんだけど、どうかしたのかな。

そう思っているとシャーニッドが、対抗試合の内容を教えてくれた。

攻撃と守備に別れフラッグを狙う試合の、今回は攻撃側。

勝利条件はフラッグを倒すか敵の小隊長を倒すことで、敗北条件はその逆。小隊長、つまりニーナが倒されることかフラッグを倒せず時間切れになることらしい。

確かにそんな試合で遠くにいる念威繰者を狙うことなんて、ほとんどないね。

 

「レイフォン。イリスはまだ入って日も浅く、十分な連携の練習も取れていない。実戦になれば連携の悪さがそのまま敗北につながる可能性もある」

 

ニーナがそういっても、レイフォンの表情は微妙なまま。

当然だ。それはあくまで、実力が拮抗している試合の場合、今回においては適応されない。

だからきっと、本当の理由は。

 

「それに、イリスの加入、そして強さは予想外のものだった。もし今回の試合、イリス抜きで勝利することが出来ないなら、この先の試合で勝利し続けることなど出来るはずがない」

 

やっぱり。

対抗試合は戦争じゃない。例え僕の力のみで勝利し続けても、それはチームにとってなんの利益にもならない。いずれ小隊自体が潰れてしまうだろう、といった所かな。

勝つならあくまで小隊として。ニーナの思想、僕は好きだよ。

レイフォンも納得したのか、それ以上は何も言わなかった。

 

「他に何もないなら、今日の訓練は終了とする。シャーニッド!次は遅刻してくるなよ」

「へいへい」

「なんだそのやる気のない返事は!だいたい上級生であるお前が......」

 

怒るニーナを流すシャーニッド。あれじゃ、効果は無さそうだ。

 

「レイフォン。あぁは言ったけど、もし僕の力が必要になったらいつでも呼びかけてね。必ず助けに行くからさ」

「......うん。頼りにしてるよ」

 

ニーナの作戦に背いてしまうことになるけど、その時はその時だ。

彼女には申し訳ないけど、僕にとっては対抗試合よりもレイフォンのほうがよほど大切だしね。

 

「でも......そんなことにはならないよ」

 

レイフォンは呟くように続ける。どう言う意味だろう?

しかしいつもの柔らかな雰囲気とは違う決意の篭った眼差しに、それ以上言葉の意味を尋ねることはできなかった。

 

「それなら安心だね。じゃあ僕達も帰ろうか」

「そうだね」

 

とりあえずそう返し、その場はお開きとなった。

僕がその言葉の真意を知るのは5日後――――対抗試合の当日になってのことだった。




対抗試合まで進むといったがあれは嘘です。
ごめんなさい、ちょっとここで一息させておきたくて......。
次は少し日数が飛び、対抗試合の日からスタートする予定です。


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対抗試合

大勢の人が集まり盛り上がる会場。

こういう所はどの都市でも変わらないなとふと思う。

もう二度と、こういう場所にたつことはないと思っていたけれど、武芸はまだまだ僕を放してはくれないらしい。

最も今となってはレイフォンと自分をつなぐ大切なもの、頼まれたって手放すつもりなんてないけどね。

 

「作戦の再確認を行う。レイフォンは私と共に、陽動を含めた前線での作戦行動。シャーニッドはそれを利用して移動し、フラッグの狙撃を狙う。フェリは念威によるサポートを、イリスはその護衛だ」

 

ニーナが一人一人の顔を見ながら、それぞれの作戦内容を告げてゆく。

 

「いいねぇ。こういう雰囲気の方が、普段より実力が出せそうだ」

 

生い茂る木々を眺めながら、シャーニッドが軽く笑った。

 

「よろしくね、フェリ先輩」

「......はい」

「そろそろ試合開始だ。各自持ち場に付け」

 

移動しながらスピーカーから流れる賑やかな声に耳を傾ける。

司会はそれぞれの小隊メンバーの紹介に入っていた。

謎の美少女だって。ふふ、照れるなぁ。最も、今日は僕の出番は無さそうだけどね。

最後に見たレイフォンから放出される剄は、僕くらいしか感じ取れないほど微弱なものの、それまでの彼とは違った透き通るような色をしていた。

 

「―――試合開始だ」

 

通信機越しに聞こえたニーナの声と共に、スピーカーから合図が響き渡った。

 

 

 

 

とは言っても、僕にはやることがない。

勿論周囲の警戒はしているが、この前言われた通りここまで敵がくることなどまずない。

 

「陣内に2人、陣外に3人。動きはありません」

 

通信機越しに聞こえるニーナの声にそう反応を返すフェリ。

念威繰者には綺麗な人が多いって聞くけど、彼女は僕が見てきた念威繰者の中でも一位二位を争うくらい綺麗な外見をしている。

物憂げな表情も相まって、ここでこうしているより何処かの屋敷で紅茶を飲んでる方がよほど似合っているように思える。

 

「......なんですか?」

 

飽きずに眺めていると、それまで報告以外は虚空を眺めていた彼女が此方へと振り返った。

気配はある程度絶ってたんだけど、無駄だったかな。

 

「フェリ先輩は綺麗だなぁと思って。......それに見てわかるとおり、手持ち無沙汰でさ。よかったら少し話さない?」

「端子の操作中ですから」

 

ぷいっとそっぽを向かれる。

確かに、細かな操作を必要とする端子を動かすのは集中力のいることだろう。それが普通の念威繰者なら。

 

「でもフェリ先輩は、そのくらい片手間で出来るでしょ?」

 

そう言葉を続けると、彼女は勢いよく顔を此方へ向ける。

ほとんど変化のないその表情にはしかし、疑いの色が含まれていた。

 

「......兄から聞いたんですか?」

「生徒会長から?ううん、違うよ。何ていうか、わかるんだ。力を持っていながら、それを隠している人の力の歪さみたいなものが。フェリ先輩も、レイフォンもね」

 

レイフォンから、彼女にはある程度知られているという話は聞いていた。

だからフェリ先輩も何かあるんだろうなとは思っていたけど......今日隣に立ってみて確信した。

彼女はこんな所には収まらないほどの器を持っている。

 

「レイフォンさんも......貴方は、彼についてどこまで知っているのですか?」

 

フェリの口調からは先程まで感じられなかった警戒の色が読み取れる。

どうも僕の言い方は、人を悪い方向に刺激するらしい。

 

「だいたい全部知ってるよ。彼の立場も、やったことも。あと、力を隠そうとしていたこともね」

 

武芸者以外の道を見つけるため。

それがレイフォンが力を隠していた理由らしい。

 

「誰もが、力を望んで手に入れた訳ではありません」

 

フェリは素っ気なく、しかし何処か怒りを感じさせる声で呟く。

生まれ持った力に不満を感じたことはない。

でもその力を疎んで、遠ざけたい人達もいる。レイフォンの場合は一度失敗したから、もう失敗することのないように。

 

「フェリ先輩は、どうして力を隠して生きていたいのかな。良かったら教えて欲しいんだ」

「......何も、話すことはありません」

 

帰ってきたのは拒絶。けれど、そこに躊躇いの色があるのを感じた。

まるで、自分の手には余るような問題を抱え苦しんでいるような、そんな様子。

 

「小隊に入ってばっかりの僕を信頼しろなんて、そんなことは言わないよ。でも、一人じゃ解決できないことも二人なら。話してくれれば僕にも出来ることがあるかもしれない。こう見えて口は固いんだ、向こうでも良く相談に乗ってたし。だから......どうかな?」

 

最悪、僕の武芸者としての力を存分に生かすという手段がある。

そう言うと、フェリの雰囲気が少し柔らかくなるのを感じた。

 

「私の前でそれを言いますか。ですが......わかりました」

 

フェリはもとの雰囲気に戻ると、ぽつりぽつりと話し出す。

幼い頃から念威繰者になるための訓練を繰り返していたこと。

皆将来なるものは生まれた時から決まっているものだと思っていた。

しかしそうではなかった。

 

「皆は自由に将来を選ぶ事が出来るのに、私には決まった将来しかなかった。それに耐えられなくなってこの都市にきました。一般科として、違った将来を探すために。ですが武芸科に転科させられ、今ここに立っている」

 

ツェルニの状況と、それを解決するべき生徒会長が実の兄だったことによって。

 

「だから私はこの力が嫌いです。私の将来を決めたこの力が......そして、念威繰者にしかなれない自分が」

 

自嘲するように言うと、ふと息を吐く。

ほんの小さな変化だけど、フェリの雰囲気がまた柔らかくなったのを感じた。

 

「貴方は不思議な人ですね。出会ったばかりだというのにここまで話してしまうとは思いませんでした」

「それは、ありがとう」

 

類まれなる力に期待され、一本道を疑うことなく進んできた。

しかし、他の人間はその道が分岐しているということに気づいてしまった。

だからその一本道の途中で座り込み、進むのを辞めてしまっている。

でもそれは違う。

彼女は、その一本道が太すぎて分岐が見えていないだけだ。かつての僕がそうだったように。

 

「フェリ先輩の話は良くわかったよ。でも僕には、やっぱり力を隠す必要性がわからない」

 

何か言おうとした彼女を手で制す。

別に僕は意地悪でこんなこと言ったわけじゃない。

 

「だって力を隠すって疲れるでしょ?自分より力のない人に指図されて、今更といっていいレベルの授業を受けて。そんなことしてるんだったらもっと効率良い時間が過ごせると思わない?......例えば、武芸以外で自分にあったものを探すとかさ」

「それは、ですが兄が......」

「生徒会長が先輩に何を言ったか僕にはわからないけど。でも、さっきの話を聞く限り生徒会長は都市を守りたいのであって、フェリ先輩に意地悪したい訳じゃないと思う。ちゃんと力を使って都市を守って、その上で武芸者以外の道を探す。それなら、文句を言われたりはしないんじゃないかな?」

 

力を隠すんじゃなく、力を見せつけた上で他の道を探す。

自分より実力の上の相手にちゃんと練習しろなんて、言えるはずがない。

 

「小隊はほら、アルバイトとでも思えば。奨学金をいっぱい貰ってそのお金で自分に合うことを探せばいいんだよ」

 

フェリは無表情で黙り込んだ。

今の僕にはまだ、それが怒っているのか呆れているのか、それともそれ以外なのかは分からない。

 

「何ならほら、僕でいいなら手伝うし」

 

何となく沈黙が嫌で言葉を重ねる。

すると暫くして、彼女は呆れたように溜息を吐いた。

 

「......変な人ですね、貴方は」

「レイフォンにも似たようなことを言われた気がするよ」

 

良い意味にも悪い意味にも取れそうな言葉だけど、嫌味な様子はないしいい意味だと信じたい。きっと、たぶん。

 

「参考にさせていただきます、イリスさん」

「呼び捨てで構わないよ、フェリ先輩」

「フェリで良いですよ。上下関係には疎いんでしょう?」

 

あの時の会話、しっかり聞いてたんだ......意外と抜け目無いね。

確かにシャーニッドと話しているとき、フェリ先輩も近くにいた気がする。

 

「ありがとう。改めてよろしくね、フェリ」

 

手を差し出すと、迷った後握り返してくれた。

細くて綺麗な指だなぁ。ペンより剣のほうが握っていた時間の長い僕とは大違いだ。

 

「......ところで、試合の方はどうなっているの?」

 

僕の見立てじゃ、もう終わる頃だと思っていたんだけど。

フェリ先輩は一度目を閉じ、そして開いた。

 

「現在隊長とレイフォンさんが敵陣付近で交戦中。人数差からあまり状況は良くありません。......私は大丈夫ですから、助けに行かれては?」

「うーん......」

 

最後に会ったとき、彼の様子に迷いはないように見えた。

もし迷いが生じたのなら、それはきっと――

 

「フェリ、頼みがあるんだ」

「何ですか?」

「レイフォンと、個人的な会話がしたいな」

 

 

 

 

相手の放つ一撃を剣でいなす。何回も繰り返してきた動作だ。

相手は苛立たしげに舌打ちすると、自らの巻き上げた土煙の中へと隠れる。

自分の力ならば追撃も容易いが、そうすることはなく剣を構え直した。

あの時、彼女と話したあの時、自分は確かに再び武芸者として立ち上がる決意をしたはずだった。

だというのにこの有様はどういうことだろう。

イリスの言葉を信用出来ていないのだろうか?

 

それはない、と断言できる。

出会って日は浅いものの、彼女が適当な嘘を言うような人物ではないことは十分すぎるほどわかっていた。

それにもし彼女を心のどこかで疑っているなら、彼女と話したあの日あんな気持ちになれるはずがない。

ならばどうしてだろうか。

戦いの中で感じたこと、それは自分とニーナや他武芸者との間にはやはり凄まじいほどの実力差があるということだった。

彼女達から見れば自分は、化物だと思われても仕方ないほどに。

そんな中、実力を発揮してしまったらどうなるだろう?

罵られ、拒絶されるかもしれない。

会長の口から真実が語られる日も、そう遠くはないだろう。

そのこと自体は、仕方ない。自業自得と言われればその通りなのだから、覚悟は出来ている。

しかしイリスは、彼女はどうするだろうか?

自分を慰め、助けてくれると言った彼女は決してその状況を是としないだろう。

自身だけなら別に良い、しかしそのせいで彼女まで被害を受けるのは許せない。

かといって負けることも出来ない。

思考だけが堂々巡りするこの状況。もし彼女なら、何て言葉を掛けてくれるだろうか?

 

「レイフォン、お困りかい?」

 

余りにもタイミング良く念威端子から聞こえたその声に、心臓が飛び上がった。

 

「イ、イリス!?」

「フェリに頼んで個人的な回線を開いてもらったんだ。流石、精度が高いね」

 

普段と変わらず、何処か楽しげな雰囲気で話す彼女。

 

「フェリ先輩に.......!?っていうか、フェリ先輩は力を」

「待って」

 

纏まらない考えを、それでもなんとか言葉を吐き出しているとイリスに制される。

 

「僕のことは取り敢えずはいいんだ。それよりレイフォン。何か困ったことがあれば聞くよ?」

 

まるで見透かされているかのような言葉。余り、特に彼女には話したくない内容だったというのに、口をついて言葉が出てしまう。

戦いの中で芽生えた想いや、感情。

全てを話終えたとき、イリスは返事をしなかった。

そして少し間を開けて、彼女は話し出す。

 

「......レイフォン。斜め前を見てごらん?剄で視界を強化して」

 

彼女の言う通りの方向を見る。そこでは、土煙の中ニーナ隊長が2人の武芸者を相手に戦っていた。

しかし、見る限り状況はあまり良くない。あのままではあと数分も持たずにやられてしまう。

 

「彼女を助けたいと思う?」

 

傷だらけで戦う隊長の姿に、知らず知らずのうちに剣を強く握りしめていたことに気付く。

自分の手でツェルニを守りたいと言っていた彼女の姿を思い出す。

目標に向かってひたむきに努力する彼女の姿は眩しく、自分にはない輝きを持っていた。

この試合で敗北すれば、小隊は解散されてしまうかもしれない。

そうなれば彼女はきっと悲しむだろう。いや、それ以前にボロボロになりながら戦う彼女を放っておくことなど出来るはずがない。

 

「......勿論」

 

気付けば、そう力強く返していた。

端子の向こうで、イリスが笑う気配がした。

 

「なら、そういうことだよ。細かい打算が働かない程、君はニーナを助けたいと思った。上手く立ち回ることも大事だけれど、一番奥深くにある想いを忘れちゃ駄目だよ。それにほら、元々レイフォンは余り器用な方じゃないでしょ?」

 

.......酷い評価だな。

思わず内心で苦笑する。

しかし、彼女の言葉は自分の中の迷いをすっかり消し去ってくれていた。

たとえどんな結果になったとしても、仲間の為に精一杯やったと誇りを持て。

そう言ってくれた彼女の姿を思い出す。

 

「......ありがとう、イリス」

 

剣はまるで今の自分のように、透き通るように剄を通した。

久々の感覚だけど、悪くない。

まるで無くした欠片を取り戻したかのような充足感と共に、剣を握り締め地を蹴った。

 

 

 

 

僕に迷惑を掛けたくないから力を出したくない、なんて。

レイフォンの不器用な優しさに、思わず胸が温かくなる。

 

「......貴方は本当にお人好しですね」

 

レイフォンとの会話が終わったのを見計らって、フェリが声をかけてくる。

 

「そうかな?冷たい人間だと言われたことはあったけど、そう言われたのは初めてだよ」

 

嬉しい評価ではあるけど、少し意外だった。

グレンダンにいた頃は、大抵は酷い評価だったからなぁ。

 

「少なくとも、私はそう思いますよ」

「ありがと」

 

試合終了を告げるブザーが響き渡る。僕達の小隊の勝利だ。

 

「隊長は荒れそうですね」

「そんなことはないと思うけど......でも、フェリが言うならそうなるのかな」

 

僕はまだニーナと会って一週間程度だし。ニーナに限ったことじゃないけど、とても全部を理解しているとは言えない。

 

「すぐにわかりますよ」

 

そして直ぐに、僕はフェリの予想が正しかったことを思い知ることになった。

 

 




小隊のメンバーの抱える問題、それはイリス一人で解決出来るような問題ではありません。
ですが価値観の違うイリスの考え方が、メンバーの考えを変えるちょっとしたきっかけになれば。そういう想いから出来た話でした。


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隊長

ニーナとお話する回になります。


あの後、ニーナは生徒会長室に怒鳴り込んだらしい。

そして最終的に生徒会長は、レイフォンの過去をニーナに話してしまったそうだ。

事前にフェリがそう教えてくれていたけど、まさかここまで露骨に変化があるとは思わなかったな。

今は放課後、小隊の訓練時間だ。

試合のあったあの日からフェリは前に比べ訓練に来ることが多くなった。

それはとっても嬉しいことだけど......問題はニーナだ。

ベンチで一人座り、何かを見ているニーナを盗み見る。その表情は険しく、そしてここ数日見慣れた表情でもあった。

結果だけ言えば、ニーナはレイフォンを拒絶した。直接聞いた訳じゃない。

レイフォンとニーナは同じアルバイト先で働いていて、その時のことをレイフォンから聞いたのだ。

レイフォンが全てを話し、それを聞いた上でニーナはこう言った。

"お前は卑怯だ"、と。

正直に言えば気に入らなかった。今すぐにでもニーナの所に文句を言いに行きたいくらいだった。

でもレイフォンに気にした様子は無くて、毒気を抜かれちゃった感じがある。

イリスが近くにいてくれるから別に大丈夫なんて言われちゃって、怒りなんてどっかに吹っ飛んじゃったよ。

だから僕自身は何もしていない。直ぐに過去のことになるだろうと思っていたし。

だけど、あれからしばらく経ったけど状況が改善する様子はない。

レイフォンは気にしていない様子だし、どちらかといえばニーナがレイフォンを避けているように感じられる。

お互いに歩み寄る気も無さそうだし......どうしようかな。

このまま解決しないなら小隊が解散に、なんて話もちらりと兄が口にしていたと、フェリが教えてくれた。せっかくレイフォンが手に入れた居場所がまた奪われるのだけは避けたい。

とは言っても、レイフォンに歩み寄る余地はない。仲間を助ける為にやった行為を卑怯だったと認めろなんて言えないし、そもそもそんな気持ち僕には分からない。

だから話すなら......ニーナの方だね。

 

「ニーナ。ちょっと話したいことがあるんだけどいいかな?」

 

ニーナはちらりと此方を見て、そして微妙そうな表情で頷いた。

まぁきっと何を話されるかなんて分かってるんだろうね。

 

「じゃあ......そうだな。訓練室に行こうか」

「......分かった」

 

フェリが此方を見ているのを背中で感じつつ、訓練室へと入る。

適当なトレーニングマシンの上に腰掛けると、ニーナが急かすように切り出した。

 

「レイフォンのことだろう?」

「流石、良く分かってるね。まぁちょっと聞かせてよ、レイフォンのことどう思ったのか」

 

それによって僕も何を話すか決めたいし。

ニーナはベンチへと座ると、黙って目を閉じた。

 

「私はあの男を卑怯者だと思ったし、本人にもそう告げた。どういう感情を抱いたのかと聞かれればそう......軽蔑だ」

「どうして軽蔑するの?」

「当然だろう?奴がした事は武芸者としてあってはならないことだ」

 

あってはならないこと。そう、彼女は強く断言する。

 

「どうして?仲間の為に、仲間の力になる為に大変な想いをしてお金を稼ぐ。それって、そんなに悪いことかな?」

「手段なら別にもあっただろう!」

 

ニーナは強く僕を睨みつける。

 

「確かにあったかもしれないね」

 

そう認めると、彼女の視線に困惑の色が混じった。

てっきり、頭ごなしに否定されるとでも思ってたんだろう。

 

「でも無かったかもしれない。何人もの孤児を助ける為にはたくさんのお金がいる。一度にたくさんのお金を稼げる手段なんて限られてるでしょ?それこそ、人殺しでもしない限り」

 

たかが一人の人間が稼げるお金なんて知れている。

ましてはレイフォンは孤児だ。

孤児がお金を稼ぐことの難しさは、僕も良くわかってる。

 

「だから賭け試合に手を出しても許されるというのか!?」

「許される、なんて言わないさ。でも軽蔑するようなものじゃないとは思う。仲間の為に全てを捨てて戦っていた。例え間違っていた方法だったとしても、その想いは決して軽蔑するようなものじゃない」

「だが奴のやったことは武芸者としてあってはならないことだ!例え仲間の為だったとしても、武芸者として守らなくてはならないものがあるだろう!?」

 

激昂し、僕のことを怒鳴りつけるニーナ。

 

武芸者が悪を行うなんてありえないという心が、何も知らない子供のような発言が、段々と自分から冷静さを奪ってゆくのを感じる。

しかし高ぶる気持ちを無理やり押さえ込む。

僕は彼女を否定しに来たんじゃない、説得しに来たんだ。

 

「この先を話す前に一つだけ言っておくことがある」

 

やるべきことと過程を明確に、極力感情を排除する。

でもどうしても、これから先冷静に話すためにどうしてもこれだけは言っておかなきゃならない。

 

「仲間の為だとしても武芸者として守らなきゃならないものがある、って言ったよね。つまり、その守りたいものはニーナにとって仲間の命より大切なんだね?」

「それは......!」

「レイフォンが、ニーナの言う守るべきものを捨てて仲間の為に戦った結果僕や他の孤児達は生きている。勿論守ったままお金を稼ぐことも出来たと思う。でもそうした場合、確実に僕達の周りにいた孤児達のうちの何人かは死んでいたさ」

 

清く真っ当にお金を稼いで。

そうしていたら間に合わなかったくらい、孤児院の財政は厳しいものだった。

そもそもそうなったら僕達の孤児院までお金が回ってきたかどうかも怪しい。

 

「その上でニーナに聞きたい。武芸者として守るべきものって、何?」

「それは.......」

 

ニーナは迷いのある声を上げ、しかしすぐに毅然とした表情で言い放った。

 

「誇りだ。武芸者が武芸者としての誇りを忘れてどうする?」

「誇り......ね。じゃあ誇りって何?真っ当に生きること?都市を守ること?」

「そうだ。武芸者は天から力を授かり、汚染獣を倒すべく生まれた存在だ。そんな武芸者が罪を犯して......悪に染まっていいはずがない」

 

ニーナは言う。

武芸者が悪になるなどありえないと。無邪気に正義を振りかざし、それを誇りだと口にする。

分かり合えないのも当然だ。彼女と僕やレイフォンとでは、住んでいる世界が違うのだから。

しかし言わなきゃならない。言葉にしなければきっと、彼女は僕やレイフォンのことを理解することが出来ないだろうから。

 

たとえ、それがニーナの価値観を崩してしまうと知っていたとしても。

 

「......ニーナはこのツェルニを守りたいんだっけ?武芸者としての誇りを忘れない、立派な生き方だと思うよ。あぁ正しく、ツェルニにとっては正義の味方だね」

「......何が言いたい?」

 

言葉の端に困惑の色を覗かせ、彼女は尋ね返してくる。

 

「思ったことを言っただけさ。ニーナはツェルニの為に戦争に望み、勝ち、鉱山を手に入れる。皆が君を賞賛し、正義だと、誇り高い武芸者だと認めるだろうね」

 

他の学園都市の所有する鉱山を奪い取り、その結果。

 

「その過程で他の学園都市が滅びたとしても、ニーナには関係のないことだよね」

「......っ!!」

 

息を呑む音が聞こえる。でもここで辞めるつもりはない。

 

「ニーナは誇りを守っただけ、つまり正義だ。だから何の問題もないもんね?......まぁ」

 

一瞬間を置き、少し声を落とす。

 

「相手の学園都市からしたら、君は悪以外の何者でもないと思うけど」

 

瞬間、僕たちに激しい揺れが襲いかかった。

 

 

 

 

私はレイフォンの過去から、奴は武芸者として相応しくないと思い軽蔑した。

武芸者としての誇りを捨て、賭け試合に出場していた彼奴を卑怯者だと罵った。

イリスに呼ばれた時、どうせレイフォンの話だということは分かっていた。

彼女はレイフォンと親しいようだし、レイフォンが何をしたかも知っているようだったから。

だからこそ分からなかった。同じ武芸者としてレイフォンのやった事に何も感じない理由が。

しかし彼女と話しているうちに、だんだんと分からなくなってきた。

当たり前だと思っていたことが、考え方が。

彼女の言葉はまるで毒のように心を蝕み、全てを壊してゆく。

 

「その過程で他の学園都市が滅びたとしても、ニーナには関係のないことだよね」

 

その言葉は、自分の中の大切な何かを打ち砕いた。

学園都市同士の競技という言葉に隠された戦争。

人が死ぬことなど殆どないが、それは紛れもなく戦争なのだ。

戦いあい、勝利し鉱山を手に入れる。

そうすることでツェルニを守ることが誇りだと、正義だと疑っていなかった。

しかしその結果として他の都市の所有する鉱山は減り、もしかしたらその都市は滅びてしまうかもしれない。

そこに存在する電子精霊もろとも。

 

「相手の学園都市からしたら、君は悪以外の何者でもないと思うけど」

 

正しくそうだろう。

自分達の所有する鉱山を奪い、都市を滅ぼそうと襲いかかる自分達の姿は相手にとっては悪以外の何者でもない。

そしてそこに住む電子精霊をも殺しかねない、犯罪者ともなり得る。

こんな事も考えずに正義だと、誇りだと口にしていた自分が酷く愚かに思えた。

たった一人、自分より幼い少女の言葉で自分の中にあった価値観が崩れ去っていくのを感じた。

 

だったら正義とは、誇りとは何なのか。

正義という主観めいたものを振りかざし戦う、それは悪と何ら変わりないのではないか。

瞬間、まるで地面が崩れ落ちたような錯覚を受けた。

 

「おっと、大丈夫かい?随分と大きな都震だね」

 

イリスに抱き留められて初めて、それが自分の錯覚なのではなく実際に都市が揺れているのだということに気付く。

しかし例え揺れがなかったとしても、立ち続けられていたのかは分からない。

これまで自分をおしてきた風が、剄の輝きが。

全て重力に変わってしまったかのように、自分を押し潰そうとしているように感じられた。

 

「......でも僕は、ニーナは間違ってないとも思うんだ」

 

彼女は私の背中へと手を回し、優しくあやす様に撫でて来た。

先程までとは打って変わった優しい声。先程まで話していた人物とはとても思えない。

驚くくらい小さな手が背中から温もりを伝えてくる。

 

「正義とは、誇りとは貫くものだと僕は思う。他人の言うことに耳を貸さず、自分の行いは正義だと信じる。迷わず、ただ一心に自分の信じる道を進んでゆけばいい。後悔するのは、全てが終わってからにすればいいさ」

 

ただ迷わず、自らの信じる誇りを貫いてゆくこと。

彼女はこれまでもそのようにして生きてきたのだろう、そしてこれからも。

諭すように語られる、イリスの一言一言が耳を通して心に入ってくる。

目の前の小さな少女は、自分よりもずっと大人で確固たる考えを持ち合わせているんだと気づかされた。

 

「そしてそこに置いて、レイフォンは変わらず誇りを貫いているんじゃないかな」

 

孤児の仲間たちを救うため。

例え何を言われたとしても耳を貸さず、仲間の為に戦ってきたレイフォン。

褒められるようなやり方ではなくても、そこには確かに彼の誇りが、正義があったのだ。

 

―――胸につかえていたモヤモヤが、スッと消えたような気がした。

レイフォンは卑怯者なんかじゃない。

不器用だが、彼も誇り高い武芸者なのだ。

 

揺れはいつの間にか収まっていた。

イリスの手から離れ、自分の足で地を踏み締める。先程感じた重力は、もはや存在していなかった。

彼女はにこりと笑うと、真剣な表情に戻る。

 

「改めてニーナに聞くよ。君の誇りは、正義は何処にある?」

 

私の正義。

周りの反対を押し切り小隊を立ち上げた理由。

武器を手に取り、戦っている理由。

ツェルニを、守りたい。自分のこの手で、あの可愛らしい電子精霊の住むこの街を守りたい。

その為に強くなり、都市戦に勝たなくてはならない。

想いのままに伝えると、イリスは再び笑顔になった。

 

「じゃあ、まずはこの状況をどうにかしないとね?」

 

どういう意味かを聞こうとした瞬間、都市中に緊急事態を知らせるサイレンが響き渡った。




正義とは何か?という話でした。
一方から見た悪が、他方から見た正義であるというのはよくある話ですね。
誤字脱字のご報告や感想等いつでもお待ちしています。


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襲撃

だいぶ間隔が空き、修正などもしていたたため非公開等を乗り越えての公開です。
文章の書き方等多少変わっているかもしれませんが......ご愛嬌で。


生徒会室にはツェルニの武芸者達をまとめている各小隊長たちが集められていた。

その表情は例外なく険しく、その場の主である生徒会長へと注がれていた。

すべての視線を受け、カリアンは口を開く。

 

「あまり時間もないので簡潔に話させて貰う。現在、ツェルニは陥没した地面に足の三割をとられ移動不可能な状態にある」

 

その言葉に、全員に緊張が走る。

都市は電子精霊によって、唯一の例外を除きすべて汚染獣を避けるように移動している。

もしこのまま動くことが出来なければ、嗅ぎつけた汚染獣が襲い掛かってくる可能性も十分にあり得る。

 

「抜け出すことは出来ないのですか?」

 

その問いかけに、カリアンは首を横に振った。

 

「通常時ならばそれも可能だろう。しかし現在は不可能だ......これを見てほしい」

 

控えていた生徒によってモニターに光が灯される。

薄く光るモニターの中心に近い所に、いくつもの黒い何かが現れる。

まるで虫の如く動くそれらは......。

 

「っ!」

 

鮮明になったそこには、都市の脚部に集る汚染獣の姿が映し出されていた。

一体ではない。

何十体、何百体もの汚染獣がギチギチと体を犇めかせ、脚部を登ろうとしている。

その光景にニーナは思わず息を呑んだ。

汚染獣は差はあるものの、一様に上を目指し歩みを進めていた。

奴らは間違いなく、この都市の人間達を狙っている。

その肉を喰らい、血を啜り、自らの糧にするために。

 

「そんな......都市は汚染獣を避けて移動しているのだろう!?」

 

隊長のうちの誰かが叫ぶ。

しかしその叫びに、生徒会長は答えなかった。

 

「......都市が避ける汚染獣は基本的に地上を動き回っているものだけです。地下で、しかも休眠中であった汚染獣を発見することは不可能に近いのだと、実戦経験のあるうちの小隊員が言っていました」

 

その質問に答えたのはニーナだった。

事前にイリスがくれた助言はひょっとしてこうなることを予想していたのではないかと、いまさらながらに思う。

カリアンはその言葉に頷くと、ニーナに向き直った。

 

「他に聞いたことはあるかい?学園都市には実戦経験のあるものが少ない。実戦経験のあるものの意見は貴重だ」

 

カリアン含めその場の全員の視線を受けたニーナは、緊張に顔をこわばらせながらも口を開いた。

 

「はい。汚染獣の......彼女が言うにはあれは幼生なのだそうですが、幼生がいるということはどこかに母体となる汚染獣がいるということです。母体が危険を察知し他の汚染獣に救援を出す前に始末しなくてはならないと」

「ありがとう。では念威操者には母体の発見を最優先にするよう伝えよう。諸君らは登りくる汚染獣の始末を頼みたい」

 

圧倒的に経験値の不足した学生の集まり。

しかしやらなければやられてしまう。

自分たちだけではない、この都市にいる人達全員の命が肩に掛かっている。

隊長一人一人と目を合わせ、カリアンは一歩後ろへと下がった。

入れ替わるようにヴァンゼ武芸長が前へと進み、細かな指示を飛ばしだす。

 

「全武芸科生徒に錬金鋼の安全装置の解除を許可する。解除が済み次第都市西北側へと移動しろ。都市の命は我等に掛かっている!」

 

ヴァンゼの強い言葉にその場にいる生徒はそれぞれ頷くと、役目を果たすために散って行った。

 

 

 

 

何十もの汚染獣の幼生達が、都市の脚部を登ってゆく。

しかし急である上に引っかかりのない脚部を登るのは幼生達にとって非常に困難なことだ。

いらだたしげに体を揺らし、なお愚直に進もうとする幼生の一匹が初めて自分の体に羽があることに気付いた。

装甲のような甲殻を割り、中からグシャグシャの羽を広げ飛び上がる。

その一匹の動きに気付き、幼生達は一斉に羽を広げ始めた。

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ......

 

大地を揺るがすような振動と共に飛び上がった幼生達は、都市部めがけ移動を開始した。

 

「あれが......汚染獣......」

 

ニーナは震える手を握り締め、迫りくる幼生達を睨み付けた。

この都市は私が守って見せる。

改めて決意を胸に秘め、通信機に手を当てた。

 

「射撃部隊!空中にいる奴らを打ち落とせ!!」

 

シャーニッド率いる射撃隊が、剄羅砲に剄を送り始める。

まもなく打ち出された巨大な剄の塊は、空を飛ぶ幼生の先頭の一団に命中すると大きく爆発を引き起こした。

爆風により勢いを殺された幼生達は次々と着地し、甲殻を軋めかせ走り出す。

 

「シャーニッド、そのまま空中にいる奴らを狙え」

 

追加で指示を飛ばすと、自らの武器である鉄鞭を復元する。

ツェルニをこの手で守りたい。

イリスに告げたその時の、彼女の表情を思い出す。

絶対に勝利し、そしてレイフォンニにも謝らなくてはならない。

 

「全員突撃!!」

 

確固たる思いを胸に、ニーナは地を蹴った。

 

 

「だから、フェリには母体を探すのを手伝ってほしいんだ」

 

都市の一望できる建物の上、ほぼ時を同じくしてイリスはニーナにしたものと同じ説明をフェリにも行っていた。

 

「手伝ってくれないかな?」

 

イリスの問いかけに、フェリは息を吐く。

 

「私はまだ力を使うことに納得していません」

「そっか......じゃあ、仕方ないから」

「話は最後まで聞いてください」

 

あっさりと引き下がろうとしたイリスに、フェリは顔をあげ目を合わせた。

 

「ですが貴方は私に、新たな道を与えてくれました。ですからイリス、貴方の為に力を使うのならば、手伝うのも吝かではありません」

 

かすかに頬を染めてそっぽを向くフェリ。

イリスは驚いたように目を見開いた後、顔を綻ばせる。

 

「それで、具体的には何をすればいいのですか?」

「うん。えっとね......」

 

と、イリスの言葉はそこで途切れる。

それに呼応するかのように屋上へとでる扉が開き、一人の男子生徒が姿を現した。

 

「その話、僕も手伝わせて欲しい」

 

イリスは彼の姿を見、とても嬉しそうにただ笑った。

 

 

 

 

汚染獣の突進をいなし、その横腹に鉄鞭を叩き込む。

まるで金属を叩いたかのような衝撃と共に叩いた左腕が痺れるのを感じるが、ニーナはそれを無視し右腕の鉄鞭を同じ場所に叩き込んだ。

強い衝撃に汚染獣は一時的に動かなくなり、その隙を見てニーナは一旦距離をとった。

 

「キリがない!」

 

あたりには何体もの汚染獣の死体が転がっているが、それでも数え切れないほどの汚染獣が視界を埋め尽くしていた。

それに比べ、戦闘開始から休みなく戦っている武芸者達の顔には疲労の色が浮き出ている。

このままでは不味い。

しかしこの状況を打開する術など、ニーナには思いつかなかった。

他の所から援軍がこない所を見ると、どこも同じような状況なのだろう。援軍は期待できそうもない。

そして――

 

「戦線が下がっている......!」

 

最大の問題はここだった。

一人の犠牲者もなく戦えているものの、敵の数、未知の恐怖、疲れ。

様々なものに圧され、戦線はかなり後退していた。

後退、つまり街の方へと近付いている。

このまま下がり続ければ万が一突破された時、そのまま街へとなだれ込んでしまう可能性が出てくる。

刹那の判断が求められるこの状況に対応するには、彼女にはまだ経験がたり無さすぎた。

 

(どうする......!?)

 

迷いのためにニーナの動きが一瞬止まる。

その瞬間だった。

 

「ニーナ!!」

 

悲鳴のような叫びに我に返ると、ダメージから回復した汚染獣がニーナに突っ込んできていた。

 

「なっ!?くっ!!」

 

咄嗟に鉄鞭を交差させ防御するが、堅重な汚染獣の体はニーナを軽く弾き飛ばす。

 

「がはっ......!」

 

まともに喰らった体は、地面に何回もぶつかりようやく停止した。

何本か骨をやってしまったかもしれない。それほどの痛みが体中に襲いかかる。

今までの疲労も相まって視界が霞む。身体中が悲鳴をあげる。

しかし汚染獣は自分に狙いを定め、襲いかかろうとしているはずなのだ。

 

「ぐ......」

 

立て、前を向け。

しかし身体は言うことをまったく聞いてはくれない。

動かない人間など、汚染獣からすれば自ら差し出される餌のようなものだ。

思考に身体がついてこない中、思い出されるのはイリスの言葉。そして先程決意したばかりの事。

イリスに自分の力で都市を守りたいと告げ、レイフォンには謝らなくてはならないと思い。

しかしどれも達成することが出来ずにここで終わろうとしている。

やるせなさ、そして情けなさに思わず涙がこぼれた。

 

「私は弱いな......」

 

せめて最後に、自分を殺す敵の姿だけは見ていよう。

その憎しみを決して忘れることのないように。

そう思ってニーナは顔だけを起こす――――しかしそこに汚染獣の姿はなかった。

 

「ごめんニーナ、遅くなった」

 

まるで晴天の太陽の如き光が、靄のかかった視界を晴れ渡らせる。

悲鳴を無視し上半身だけを起こすとそこには、白銀の剄をその小さな身体に行き渡らせたイリスの姿があった。

 

 

危うく大切な隊長を失うところだった。

イリスは内心で胸をなでおろす。

ニーナを見れば、攻撃をまともに受けたのかそうとうダメージを負っていそうに見える。

間に合ってよかった .....本当に。

 

「フェリ、各部隊に前線から引くように伝達。人がいない方が広い範囲をカバーしやすいから、お願い」

『了解しました』

「ニーナ、お疲れ様。あとは僕に任せて休んで。大丈夫.....」

 

ちゃんと殲滅するから。

錬金鋼を復元させ握る。剣は一対多には余り向いてるとは言えないんだけど、そんなことはどうでもよかった。

剣に剄を込め、振るう。

もはや技ですらない剄の塊は、それだけで汚染獣の一角を地形の一部ごと消し飛ばした。

絶対に、許さない。

まるで体温が下がったかのような感覚と共に、イリスは地を蹴った。

 

 

「ニーナ!大丈夫か!」

 

もはや必要のなくなった射撃部隊から離れ、シャーニッドはニーナへと駆け寄る。

 

「あぁ.....幸いイリスのお陰でな」

 

そう答えるニーナの視線は、正面へと固定され動く事はない。

その様子を察したシャーニッドは、黙ってニーナの隣へと腰を下ろした。

どこか達観した様子で前を見据えていたニーナは、やがて口を開く。

 

「.....遠いな。イリスのいる場所は」

 

先程まで目の前にいたイリスはもういない。

今は恐らく、ばらけた汚染獣を始末しに向かっているのだろう。

目の前には、あれだけ苦戦した汚染獣の無残な死骸が散乱するのみとなっていた。

これをあの小柄な少女がほんの数秒でやってのけたとは俄には信じられない。

だがそれを目の前でやられたとあっては、信じる他無かった。

 

「私は無力だった。覚悟は出来ても、実力が何も伴っていなかった。これでは、お前達がついて来てくれないのも当然だな」

 

ニーナの弱々しい独白に、シャーニッドは黙したままなにも答えない。

 

「だが、だからこそ」

 

しかしその言葉は、今までの声を断ち切るかの如き力強い声だった。

 

「私は強くなる。這いつくばってでも教えを請い、自分が、皆が誇りを持って第十七小隊だと言えるような、そんな隊長になってみせる。だから、もし私が隊長に相応しいと思えるようになったら、背中を預けるに足る人間だと思えたら......ついてきて欲しい」

 

振り返ったニーナの瞳は、中身ある意志の光を宿していた。

 

「......あぁ」

 

シャーニッドは眩しげに目を細め、やがて頷く。

ニーナは嬉しげに笑うと、鉄鞭を支えにして立ち上がった。

 

『母体の死亡を確認。汚染獣の反応全て消滅。諸君の健闘をたたえる』

 

宙に浮かぶ念威端子から会長の声が響き渡る。

その言葉に各方面から歓声の声が上がり、空気の緊張が緩むのを感じていた。

汚染獣の群れはイリスが消し飛ばしてしまったのだろう、しかし母体は誰が倒したのだろうか?

ニーナのその疑問はしかし、すぐに解決される事となった。

都市を支える脚部から、都市外装備に身を包んだレイフォンが飛び上がってきたのだ。

 

「レイフォン!」

 

彼はニーナの姿を認めると、心から安心したように笑った。

そして勢いよく此方へと駆けてくる。

 

「先輩!無事で良かった......!」

 

一方的に罵り拒絶した自分のことを、責めるでもなくただ心配してくれているレイフォン。

思わず目頭が熱くなる。

しかし泣くのは後でもいい。

今は、それよりも大切なことをやらねばならなかった。

 

「レイフォン......すまなかった。お前の事情を良く知りもせずに一方的に罵り、拒絶し。どんなに謝っても許されるものではない」

 

突然頭を下げられ困惑した表情を見せていたレイフォンは、やがて困ったように笑った。

 

「いいですよ、気にしてません。それに隊長の言う事は正しいですから」

「いや違う。私は何も理解出来ていない子供だった......イリスに言われて、気付かされたよ」

「イリスが?」

 

レイフォンは驚いたような、納得がいったような表情を浮かべる。

 

「今更何をと思うかもしれないがひとつだけ言わせてほしい。レイフォン、ありがとう。お前とイリスのお陰でツェルニは救われた、大勢の武芸者達もだ。本当に......ありがとう」

 

多くの人を傷つけてきたこの力。

だが傷つけるばかりではない。自分はちゃんと人を救うことが出来たのだ。

瞳を潤ませる隊長の姿に、レイフォンは深い喜びを感じていた。

 

「此方こそありがとうございます」

 

顔を上げたニーナと視線があい、どちらともなく笑顔になる。

先程までの喧騒など無かったかのような穏やかな空気がそこには流れていた。

そして。

 

「......ねぇ、シャーニッド」

「なんだい、イリスちゃん」

「汚染獣を殺して、ニーナが心配で真っ先に戻ってきたら何だかいい雰囲気なんだけど。ちょっと僕の予想を超えてて良くわからないんだけど......どうすればいいのかな?」

「暖かい目で見守ってやればいいと思うぜ?」

 

聞こえてきたそんな言葉に、ニーナは勢いよく顔を逸らした。

そしてそのまま慌てた様子で後ろを振り返る。

 

「いやっ、違うぞイリス?今のは決してそういうのではなくて......」

「いやいや、良いんだよニーナ。ほんと、邪魔しちゃってごめんね?」

「うああああ!!」

 

シャーニッドと共にニコニコと笑うイリス。

それを見たニーナは顔を真っ赤にさせ頭を抱えた。

 

「え......?どういうこと?」

 

唯一レイフォンだけはそのやり取りが理解できず、クエスチョンマークを頭に浮かべているのだった。




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手紙

お気に入りの数がたくさん増えてて驚きました。ありがとうございます。
不定期になりがちですが、更新できるときは一気に更新しようと思います。


汚染獣という危機から無事逃れ、ようやく訪れた平穏。

街にはようやく普段通りの活気が戻り、人々は普段通りの日常へと帰りつつあった。

しかし第十七小隊に限ってはそうもいかなかった。

 

「見ろよこれ。イリスちゃんがでかでかと一面を飾ってるぜ」

「こちらも......"謎多き少女、イリス・ウルルに迫る"だそうです」

 

汚染獣を討伐したとき、イリスは余りに多くの武芸者に姿を見られすぎた。

崩壊しそうな戦線の中颯爽と現れ、あっという間に汚染獣を殲滅して見せたイリスの姿は、様々な所で語られることとなる。

そして当然の成り行きというか、その話には尾ひれが次々と付いていった。

曰く、白銀の翼を身に纏っていただとか、ひと睨みで汚染獣を消し去ったとか。

更に母体を殺した人間を知るのは生徒会長等ごく一部であったのが災いし、母体を始末したのはイリスなのだという真しとやかな噂が流れるほどである。

今ツェルニで、イリスは時の人と化していた。

 

しかし当の本人はあまり気にしていない様子で、フェリの持つ記事を後ろから覗き込んでいた。

 

「わ、いつの間に撮られたんだろう?」

 

僕に気配を気付かせずに撮るとはなかなか......なんてね。

遠くから取れば普通に気づけないけれど。

 

「"そうすると彼女は、まるで汚染獣が何処にいるのか分かっているかのように迷いのない眼差しで"......すごいね僕、念威操者になったみたいだよ」

 

フェリの強い希望で、今回の件にフェリが関わっていることは公になっていない。

知っているのは僕達と、生徒会長くらいかな?フェリは生徒会長にすらバレたくなかったみたいだけど、上手くいかなかったみたい。

母体の方はある意味予想通り。

あれだけ派手にやればこうなるのも想像通り、これで僕が喋らない限りレイフォンがひどく目立つことはないだろう。

決してニーナが危ない目にあった仕返しに少しやり過ぎたなんてことはない、ないよ。

 

「これはほとぼりが冷めるまで待つしかねぇな。どうせ一週間もすれば対抗試合がまた始まる。そうすりゃ少しはましになるだろ」

 

シャーニッドはそう言ってイリスの肩をぽんぽんと叩く。

 

「そうだね。そうするよ」

 

イリスは肩をすくめると雑誌から目をあげ、そして練武館の方へと目を向けた。

 

そこでは、レイフォンとニーナが互いに向かい合い武器をぶつけ合っていた。

 

 

 

 

今日は大切な話があると言われ、比較的早めの時間帯から全員が練武館に集合していた。

フェリやシャーニッドも居るのにニーナがいないなんて、不思議な気分だ。

とはいえ何をするかも知らされておらず、主にシャーニッドと雑談に花を咲かせていると、練武館の扉が勢いよく開いた。

現れたのは想像通りニーナだったが、その表情はとても険しく主に僕、そしてレイフォンに向けられている。

僕、なにかしたっけ?

レイフォンに視線を向けるも、心当たりはなさそうだった。

ニーナはそのままずんずんと、まるで掴みかからんばかりの雰囲気で近づいて来る。

そして思わず身構える僕達に向かって、勢いよく頭を下げた。

 

「レイフォン!イリス!私を鍛えてくれ!!」

 

......ええ?

思わずぽかんとなり目を合わせる僕とレイフォンだったが、ニーナは止まらない。

 

「図々しいお願いだという事はわかってる!私に出来ることならなんでもしよう!だから頼む!私を鍛えてくれ!」

「お、落ち着いて下さい先輩!」

 

怒涛の勢いで喋るニーナを、レイフォンが慌てて引き止める。

レイフォンの言葉に、ニーナはようやく幾ばくか落ち着きを取り戻した様子だった。

 

「ニーナ、どうして急に?」

 

以前から気になったことがあれば時々言うようにしていたが、ニーナから教えて欲しいと来るのは初めてだった。

その問にニーナは目を伏せ、しかしすぐに顔を上げる。

 

「汚染獣と戦っているとき、私はイリスが来なければ死んでいた。そして気づいた、いや気付かされたんだ。ツェルニを守りたいという意志はあっても、その実力が全く足りていないことに」

 

あの時のニーナはどこか様子がおかしかった。

死にそうな目にあったからだろうと思いながらあの場を離れたけど、ニーナは僕が思っているより強く、前を向いていたようだった。

 

「だからこそ私は強くなりたいんだ。強くなってこの手でツェルニを守りたい。そして、お前達が安心して戦えるような隊長になりたいんだ」

「先輩......」

 

レイフォンは驚き、しかしどこか嬉しそうな様子だった。

だからレイフォンが次にいう言葉は、なんとなく予想が付いていた。

 

「わかりました。僕で良ければお手伝いさせて頂きます」

「本当か!」

 

ニーナは手を取らんばかりの様子で喜ぶ。

レイフォンとニーナも最初こそギクシャクしていたけど、今じゃすっかり......というか、前より仲良くなっているくらいだ。

 

「イリスは、駄目か?」

 

そんな二人を観察していると、ニーナがこっちにも振り返った。

普段の強気な様子はなりを潜め、僕が何を返すか不安そうに待っている。

何だか、悪いことをしちゃっているような気分になるよ。

 

「レイフォンが居れば僕なんていらないと思うけど......いや、受けたくない訳じゃないんだよ?」

 

僕に出来てレイフォンに出来ないことなんて、まぁ無いだろう。

しかし、ニーナは首を横に振った。

 

「そんなことはない。例えば同じ技術だとしても、会得する過程は人によって違うだろう?それに......個人の感情として、イリスからも教えてもらいたいんだ」

 

ニーナはそういって頭を下げる。

なんだか不思議な気分だった。

天剣になる以前、天剣になってからはより僕に教えを乞う人なんていなかったのに。

ニーナは武芸者として、隊長として。僕達に食らいつこうとしてくれている。

 

「分かった、受けるよ」

「本当か!」

 

嬉しそうに笑うニーナに頷きレイフォンの方を向くと、彼も何処か嬉しそうに見えた。

でもまだ受けるかどうか確定はしてない。

僕やニーナのやる気以前に、少し困った問題があるのだ。

 

「でも僕の剄はちょっと特殊なんだ。だからニーナに教えられることがあるかどうか......だから、まずはそれを確かめたいな」

「特殊?」

 

不思議そうな表情をするニーナはひとまず置いておいてレイフォンへと耳打ちする。

レイフォンは迷った後、頷き返してくれた。

最悪の場合自分でやることも考えていただけに、それはとてもありがたい。

指をあげ、その指にニーナが注目した瞬間にレイフォンを指差す。

 

「だから、レイフォンと模擬戦をしてみてよ」

 

ニーナは表情を引き締め、武器を握った。

 

 

あれから20分程度がたっただろうか。

二人は変わらず武器をぶつけ合っているが、ニーナの方は遠くからでも疲労の色が見て取れた。

見てて思ったけれど、レイフォンはなかなかに教えるのが上手い。

ニーナの行動によって、注意が疎かになりがちな部分を的確に突いた攻撃をしている。

その為ニーナは全ての部分に気を払っていなければならず、結果疲労の蓄積がはやい。

でも得られることもきっと多いはずだ。

けれど、そろそろ潮時かな。

ニーナの疲労も相当なものだろうし、怪我をしてしまっても困る。

シャーニッドやフェリも思い思いのことを始めちゃったしね。

 

立ち上がると、それを横目で確認したレイフォンがニーナに一言二言話しかける。

するとニーナは錬金鋼を待機状態に戻し、そのまま地面に突っ伏した。

 

「ニーナ、お疲れ様。どうだった?」

 

水を差し出しながら尋ねると、ニーナは礼をいいつつ浴びるようにそれを飲み干した。

そして上半身を起こし、ほぅと息を吐く。

 

「まるで......壊れない壁のような感じだった。どんな手段を使っても、少しも勝てる気がしなかったよ......」

「でも先輩、とてもいい動きでしたよ。途中何度かひやっとしました」

 

ニーナの独白にレイフォンがそうフォローを返す。

確かに、途中けっこう良い動きをしている場面が何度もあった。

それを置いても、ニーナの動きは悪くない。

でも。

 

「結論から言うと、ごめん。訓練には付き合うし基礎的なことなら教えられるけど、本格的なことはレイフォンから教わって欲しい」

 

そう言うと、ニーナは悲しそうな様子で目を伏せた。

 

「どこがダメだったんだ?レイフォンも認めるくらい良い動きだったし、イリスちゃんも時々褒めてたじゃねぇか」

 

イリスの後ろからついてきていたシャーニッドが言う。

その口調がどこか非難的なように感じるのは、実際にそうなのか僕の罪悪感からなのか。

でも僕だって、教えられる物なら教えたいんだよ。

 

「ニーナに問題はないよ。むしろあるのは僕の方......見て」

 

右手を掲げ、剄を放出する。

レイフォンは気付いたみたい。でも、とりあえずは最後までやっておこう。

手のひらから放出された剄は空中で形を変え、少しのブレもない綺麗な球体へと変化した。

レイフォンを含めた天剣でも僕しかできない、ちょっとした芸当だ。

女王陛下は底がしれないし、出来るかもしれないけど。

 

「僕は剄の量はあんまり多くない。勿論普通の武芸者から見れば多いんだろうけど、僕やレイフォンのような武芸者から見ればびっくりするくらい少ないんだ。けれど僕はそこにいる......答えが、これなんだ」

 

球体はまるで手品のように空中で自在に形を変える。

剄を体から完全に切り離して動かすだけでも、普通は凄まじい集中力が必要なのに。

皆は一言も喋らないまま、球体を注視している。

 

「僕の剄は普通じゃ考えられないくらい密度が濃い。普通、剄に密度なんて概念はないんだけどね。みんなが剄技を放つ為に圧縮に圧縮を重ねたような剄が、そのまま体中を流れてる」

 

まるで流動する金属の如く。

とは言っても、僕からすればこれが普通だから良く分からないのだけれど。

実際、サヴァリスに言われてリンテンスに確かめられるまで僕も知らなかった訳だし。

 

「だから必然的に僕は剄をコントロールするような戦い方になる。でもニーナには、そういう戦い方より攻防はっきりした戦い方の方が合ってるみたい。そうなったら、概念だけわかってる僕より実際に使ってるレイフォンのほうが教わりやすいでしょ?教科書を読み上げる授業より、演習を交えた授業の方が理解しやすいのと一緒だよ」

 

概念を理解するより、実際にやってみた方が身に付けやすい。

特に武芸は経験がものを言うからね。

 

「勿論放っておくつもりはないよ?レイフォンがメイン。僕は補佐的なものだと思ってくれれば嬉しいな」

 

そう言うと、ニーナは納得顔で頷いて頭を下げた。

 

「ありがとう、十分だ。正直私にはこれをどうすれば出来るのか全く分からないからな......」

「僕もわかりません......」

 

剄の球体を見ながら苦笑するニーナに、レイフォンが同意する。

剄の塊は最後に小鳥の形をとると、イリスの手から飛び立って行った。

 

「剄の量が多い方が長く戦える場合も多いし、考えものだけどね」

 

コツを掴むまでは何度も倒れたし。

あの頃は辛かったなぁ。

 

「......では、早速で悪いが明日から頼む。シャーニッド、お前もやるんだからきちんと来るんだぞ」

「うへぇ、まじかよ」

 

物思いにふけっていると、いつの間にか話が纏まっていた。

明日から......ひとまず、どんな訓練をするかレイフォンと話さないとね。

 

 

 

明日からということで本日は解散となり、イリスとレイフォンは共に帰り道を歩いていた。

話してる内容は専ら、明日からの訓練の内容についてとニーナとの戦いのことだ。

 

「今日は面白い日だったね。レイフォンから見てニーナはどう?」

「うん。先輩はきっと強くなると思う。グレンダンの武芸者ともすぐに渡り合えるようになるよ」

 

そう答えて笑うレイフォン。何だかとても嬉しそうに見える。

何だろう。何か......もやもやする?体調でも悪いのかな。

 

「イリス?どうかした?」

「ううん、ちょっとボーッとしちゃっただけ」

 

まぁいいや。寝れば治るよね。

それから別れるまで、レイフォンと二人で特訓メニューについて話し合うのだった。

 

 

 

 

レイフォンは扉を潜り、ツェルニに来てからお世話になっている寮へと入った。

先程のイリスの様子が気になってはいたものの、本人が平気といった手前何かをするわけにも行かず結局そのまま別れてしまった。

 

(やっぱり......何か声を掛けるべきだったかな?)

 

しかし何と声をかければよかったのだろう。

そんなことを考えながら自分の部屋の扉を開こうとすると、ドアに何か挟まっていることに気づく。

それが手紙だということに気付いたレイフォンは、慎重にドアからそれを抜き取った。

そして送り主を見てみると案の定、グレンダンで幼馴染であったリーリン=マーフェスの名が刻まれている。

既にリーリンとは何度か手紙をやり取りしており、イリスが切り開いてくれた武芸への道をそっと後押ししてくれたのも彼女であった。

 

(確か、その時の続きでイリスについて話したんだっけ)

 

記憶を探りながら扉を閉め、ベッドに寝転がると慎重に手紙の封を切る。

相変わらずの綺麗な字。

思わず笑みを零しながら、レイフォンは手紙を開いた。

 

 

"こんにちは、こんばんは。かな?変わらずお元気ですか?

私は学校で日々、勉強する毎日です。でもとっても充実してて、毎日が楽しいよ。

レイフォンが小隊に入ったという事に凄く驚いたと前回話したけれど、うまくいっているということにさらに驚きました。"

 

 

「ひでぇ......」

 

上手くいくとは思われていなかったのか。

何げに酷い評価に思わず内心苦笑する。

 

"イリスさん、という女の子が居てくれて良かったね。私達と同じ孤児だということで、今度少しお父さんに聞いてみようと思います。でもね、私イリスという名前に聞き覚えがあるんです。ううん、私だけじゃなくて殆どの人は聞いたことがあると思う。レイフォンが武芸に前向きになったということで、レイフォンにも話そうと思います。"

 

「......?」

 

思わず上半身を起こす。

軽い気持ちでイリスについて聞いてみたが、もしかしたらとても重要なことがわかろうとしているのかもしれない。

先を読むかどうか少し迷った挙句、背筋を伸ばして続きを読み始める。

 

"レイフォンが天剣を失って少しした後、天剣になった人がいます。レイフォンにはいい話じゃないと思って黙っていましたが、その方の名前がイリス様というんです。あまり見たことはないけれど、氷のように冷たい瞳が印象的な方でした。レイフォンの手紙から伝わってきたイリスさんの雰囲気はとても柔らかく暖かい方に感じられたので、同じ人かどうかは分かりません。"

 

気付けば身を乗り出し、食い入るように手紙を読んでいた。

 

「イリスが天剣授受者......?」

 

驚き、しかしそれ以上に納得の感情がレイフォンを支配する。

イリスの力が自分の想像している通りだとしたら、それは明らかに普通の武芸者を逸脱していた。

それこそ天剣授受者か、そうでなくてもその内任命されるであろうほどだ。

加えてあのピアス。

あれは、サヴァリスが好んで耳につけていたピアスと同じものだ。

あれにはサヴァリスが天剣授受者であることを示す印が刻まれている。

偽物でない限り、あれを入手するのは不可能に近いはずだ。

それこそ、サヴァリスから直接貰い受けない限りは。

そして、その話にはまだ続きがあった。

 

"でも、イリス様から孤児政策について多額の寄付が女王様に送られたっていう話もあったので、本当はとても優しい人なのかもしれません。そのお金の出処について悪い噂が広まって謹慎処分が発表されていましたが、もうとっくに都市にはいないんじゃないかと学校の先輩も言っていました。もしかしたらツェルニに居るのかもしれません。"

 

間違いない、イリスだ。レイフォンは確信する。

イリスとの学園生活で気付いたこと、それは彼女が自分のことを軽視する傾向が強いということだ。

過程より結果を。自分のことを二の次に仲間を最も早く救う方法を考え、その為だけに行動する。

かつて自分がやったように、しかし自分よりよほど大勢の人を救った。

 

「かなわないな......」

 

思わず苦笑がこぼれる。

彼女は自分のことを目標にしていると言ってくれているが、レイフォンからすればイリスは自分よりよほど先を進んでいた。

むしろ目標にしたいくらいだ。

そんなことを考えながら手紙を読み進め、終わりまで読み切ると返事を書くためにペンを取る、しかしふとレイフォンの動きが止まる。

 

「......そういえば、イリスは何で天剣だと黙っていたんだろう?」

 

もしかすると、誰にも知られたくなかったのではないだろうか。

もしそうなら知ってしまったことを言うべきか、言わずにずっと黙っているべきか。

だがイリスに隠し事をするのは悪い気もするし、そもそもすぐに見破られてしまいそうな気がする。

ならば自分はどうするべきか。

手紙から生じた思わぬ問題に、レイフォンは頭を抱えるハメになるのだった。

 




話を具体的な訓練まで持っていく予定でしたが、日付も変わり区切りがいいので一旦ここで。
余談ではないような余談ですが、筆者が作品を書く上で一番の原動力になるのは感想だったりします。
どんな些細なことでもいいので書いていただけるととても喜びます。勿論、読んでくださる方々が増えることもやる気につながっていますが。

誤字脱字の報告、感想等お待ちしています。


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訓練開始

久々の投稿となってしまい申し訳ありません。


第十七小隊の練武館は普段とは様子が違っていた。

整備されたグラウンドには拳大のいくつもの硬球が転がり、光を受け鈍い輝きを放っている。

そして皆はそれぞれ、その硬球の上に乗って訓練を行っていた。

 

「へぇ、面白い訓練だね」

 

イリスは片足で硬球に乗り、その上で一人組手を行っていた。

軽いジャンプで硬球に乗る足を変え、そのまま蹴りを繰り出す。

かと思いきや乗る硬球を変え、連続して突きを放つ。

 

「昔、重心の訓練によくやっていたんだ」

 

そう答えるレイフォンは自然体。

まるで大地を踏みしめているかのように少しの緊張もなく、たった一つの硬球の上に立っている。

そしてそんな二人を、ニーナは尊敬半分悔しさ半分な視線で見ていた。

 

「やはり格が違うな......」

 

さっきから硬球の上に立つのがやっと。

イリスのように飛び回ったり、レイフォンのように立つことなどとても出来はしない。

天才とはここまで違うものかと内心気落ちさえしてしまう。

 

「これは基礎訓練だから、才能とかはあまり関係ないよ。出来るようになれば自分でも驚くくらい強くなれると思う。だから頑張って」

 

硬球から降りたイリスはニーナに近づくと、ニーナのお腹に軽く手を当てた。

それだけで幾分揺れが落ち着いたのを感じる。

 

「ニーナは重心が前過ぎるんだよね。攻撃の時は良いけど、普段や特に防御の時はもっと後ろに重心を置いたほうがいい。そういう意味で、重心制御は役に立つよ」

「防禦の時は加えて、しっかり重心を落としたほうが安定します。防御と攻撃、それぞれで使い分けるだけで大分変わりますよ」

 

二人からの連続したアドバイス兼ダメ出し。

きちんとやってるつもりでいた、しかし二人からすればまだまだということだろう。

いつか必ず、二人に認めさせるくらいになってみせる。

終わらないダメ出しとアドバイスに、ニーナは闘志を燃やすのであった。

 

 

 

 

なんだかレイフォンの様子がおかしい。

訓練も中盤に差し掛かり、思い思いのことを始めた頃。

気付かせようとしてるのか気付いてないのか分からないけど、レイフォンが時々ちらりと此方を見ることがあった。

それだけならいいけれど、思い詰めたような表情をしているのが気になる。

昨日は普段通りだったし、心当たりはないんだけどな。

言いたくないならいいんだけど......どうなんだろう。

 

「レイフォン」

 

目があった時を見計らい声をかける。

まるでイタズラがバレた子供のように、レイフォンの体が跳ねた。

 

「な、なに?」

「僕に話したいこと、ない?」

 

視線が露骨にそらされる。

レイフォンは本当に嘘が付けないなぁ。

何となく、ニーナ達の注意もこちらに向けられたのを感じる。

 

「言いたくないならいいけど......僕になんて遠慮する必要はないんだよ?本当に」

 

天井に目をやり、困ったような表情で頬をかく。

何を言うか考えてるのか、何度も口を開きかけては閉じる。

 

そして、やがて再び視線があった。

 

「イリスは......グレンダンでは、何をしていたの?」

 

言ってから後悔したように伏せられる表情。

しかし視線だけはずっとこっちを見たまま。

もしかして.......たぶん、そういうことだよね。

 

「一つだけ聞きたいんだけれど......誰から?」

 

ツェルニには僕の正体を知る人はいなかったはずだし、グレンダンから伝わったはず。

また少し迷うような素振り。

けれど今度は割とすぐに返事が返ってきた。

 

「直接そうだと言われた訳じゃないけれど、幼馴染からの手紙でもしかしたらそうなのかなと」

 

確定だね、レイフォンはもうわかってる。

言い切らないのは僕が否定できるようにかな。ニーナたちも聞いているし。

遂に、といっても隠してるつもりはなかったけれど。

でもこのことでレイフォンを悩ませちゃったのなら、もっとはやくから言っておいたほうが良かったのかもしれない。

 

「ニーナ、それからシャーニッドとフェリもちょっと来て欲しいな。話したいことがあるんだ」

 

後でレイフォンには謝るとしていい機会を貰った、と今は考えておこう。

何となく会話が耳に入っていた3人は、すぐに集まってくれた。

誰でもいいけど......とりあえず、シャーニッドの方を向く。

 

「回りくどい言い方になっちゃうけど......シャーニッド、僕のフルネーム覚えてる?」

「勿論。イリス・ウルルちゃんだろ?可愛らしいいい名前だと思うぜ」

 

さらりと自然に褒められる。流石、というかそういう所素直に尊敬できるよ。

 

「ありがとう。でも実は、僕の本当の名前は少し違うんだ。ううん、違うというより足りないといったほうがいいのかな」

 

いつの間にか背筋を伸ばし、拳を握っていた自分に気づく。

柄にもなく緊張してるみたいだ。

下を向き、少し息を吸う。

 

「僕の本名はイリス・ヴォルフシュテイン・ウルル。レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフの後釜として選出された、現天剣授受者のうちの一人だよ」

 

言い切ってから顔を上げ皆を見る......ってあれ?

勿論驚いてはいるものの、皆の表情には納得の色が強く浮かんでいた。

 

「もっと、びっくりするか怒られると思ってたんだけれど」

「いや、勿論驚いてるさ」

 

内心が漏れた言葉に、シャーニッドは肩を竦めて苦笑する。

 

「だが......何というか、納得しちまった。強さは勿論だが、雰囲気、って言えばいいのか?それがレイフォンと似てるんだ、イリスちゃんは」

 

シャーニッドが顔を向けると、ニーナやフェリも頷く。

 

「イリスはレイフォンの技量を見ても、驚きも羨望も畏れも何も感じていなかったように見えた。だから、レイフォンより強いか同じような実力なのではないかという気はしていた」

 

シャーニッドに同意するかのようにニーナは言う。

凄いなぁ。そんなとこで分かられるなんて思いもしなかったよ。

 

「何だ、じゃあみんな分かってたんだ。僕、黙ってたことを怒られると思ってちょっと緊張してたのに」

「怒る?何故だ?」

「なぜって......散々色々言っておいて、結局僕も隠し事をしていたからかな?」

「ああ」

 

そんなことか、といった様子で彼女は頷いた。

 

「信頼できない人間に、自分の秘密を話す気になど私だって無理だ。......だが、今イリスは切掛があったとは言え自分から私達に明かしてくれた。それは、私たちが以前に比べ多少なりとも信頼できるようになったということだろう?嬉しく思うことこそあれど、怒る訳が無い」

 

冗談なんて一欠片もない大真面目な表情でニーナは答える。

......何ていうか、もう。

不意打ちにも程がある。

 

「ニーナって時々、平然と恥ずかしいこと言うよね」

「そ、そうか?思ったことを言っただけだったのだが」

 

微かに頬を染めるニーナを尻目にそっぽを向く。

きっと僕の頬は、ニーナなんて比べ物にならないくらい赤くなっているんだろう。

 

まさか、ニーナがこんなにも深く考えていてくれたなんて思いもしなかった。

からかっちゃったけど、本当は凄く嬉しい。

でもそれを今伝えるのは、僕の素直さじゃ到底無理だった。

 

いつか必ず、ありがとうって伝えよう。

そう気持ちを固め視線を戻すと、ニーナは恥ずかしさを隠すかのように頬を掻いていた。

もしかして照れてるのバレちゃったかな......。

 

「さ、さて。練習に戻ろう。次は......模擬戦だな」

 

ニーナは仕切りなおすように咳払いをすると、ボードに目を通し声をあげる。

あのボードはレイフォンが、訓練項目を書いておくために置いたやつだ。

 

「ちょっといいか」

 

各自ばらけようとしていた中、シャーニッドが声をあげる。

 

「純粋に気になっただけなんだけどよ、イリスちゃんはレイフォンが居なくなった後に天剣とやらになった訳だよな?」

「うん、そうだよ」

 

レイフォンの後釜として選ばれたわけだから、おおむね間違いじゃない。

 

「ってーことはやっぱり、イリスちゃんよりレイフォンの方が強いのか?」

「それは勿論だよ」

 

武器の性質で相性の有利不利はあるけど、先に天剣に選ばれたレイフォンの方が強いに決まってる。

それに僕個人としても、レイフォンに勝てるなんてこれっぽっちも思えないし。

 

「そんなことはないと思います」

 

けれどレイフォンはそう口を挟む。

 

「天剣は一度なったら、何か起こらない限りそうそう代わるものじゃありません。だから、僕よりイリスの方が強くてもそれをイリスが誇示しない限り、そして戦わない限り天剣が入れ替わることはないはずです」

 

なるほど、とシャーニッドは頷く。

 

「それに僕が居なくなってすぐに天剣に任命されたってことは、既に天剣になれる実力を持っていた事になります。天剣になった後のことも考えれば、イリスの方が強くても不思議じゃない。いや、むしろ僕はイリスの方が強いんじゃないかと思ってます」

 

レイフォンがそんなにも僕のことを評価してくれているのはすごく嬉しい。

僕はほかならぬレイフォンを目指して努力してきたんだから。

けれど。

 

「レイフォンの評価は嬉しいけど......でも、僕にはそんな力はないよ。レイフォンより強いなんてある訳が無い」

「そんなことは」

「ちょーっと待った、よくわかったぜ」

 

そのまま押し問答が始まりそうな雰囲気を察してか、シャーニッドは再び声を上げる。

 

「お互いの実力を、後は二人の実力を俺らが知る意味でも丁度いいのがあるじゃねえか」

 

シャーニッドの指先を目で追う。

光を受けて白く輝くボードには、先程ニーナが読み上げた"模擬戦"の文字が刻まれていた。

 




短めとなってしまいましたがここで一旦刻んでおこうと思います。
更新は遅くなってしまっていますが読んでくださる方がいる限り書き進めていこうと思っていますので気長にお待ちいただければ幸いです。
誤字脱字等ありましたら教えてください。


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模擬戦

遅くなってしまい申し訳ありません。
忙しかったのもありますが続きが思いつかなくなってしまいました。
ここで一区切りついたので次からはまた書けそうですが、この話は短めになってしまっています。
思いつけたら加筆したいと思います。


練武館の中心で、二人は対峙していた。

 

一人はレイフォン。普段のどこか抜けた姿は形を潜め、ただ剣を持ち瞑想するかのようにじっと立ち止まっている。

そして対峙するのはイリス。彼女は最後までこの戦いに消極的だったものの、ほかならぬレイフォンまでもが模擬戦に賛成したことでついに折れた。

しかし、その引換として一つルールが設けられた。

それは剄を使わないこと。身体を活性化させる為の剄を除き、内剄外剄一切を使わないということだ。

一度は反対したものの、

「練武館どころかここら一帯が瓦礫の山になるけど、それでもいいの?」

などと言われてしまっては賛成するしかない。

それにレイフォンの表情からして、イリスのいっていることは本気のようだった。

 

「それじゃ、そろそろ始めよっか」

「そうだね」

 

イリスの声を合図に二人は一歩前に出ると、錬金鋼を復元した。

レイフォンの剣は前に見た、反りのない片手剣。

しかし、イリスの剣は見覚えがなかった。

 

「初めて見る武器だね」

 

レイフォンの指摘に、イリスは剣を掲げる。

剣というより刀に近いその剣は、レイフォンのそれより短くしかし僅かに太い。片方にのみついた刃は本来鍔のあるべき場所にまで伸び、握りの部分を保護する役目を果たしている。

何よりの特徴は、イリスの掲げている一本に加え、腰に同じものがもう一本刺さっていることだった。

 

「割となんでも使えるんだけど、しっくりくるかどうかは別だからね。これはけっこう使ってたからしっくりくるんだ」

 

二刀流。

攻撃力の高い剣を両手に持つと言えば聞こえはいいが、取り回しの悪化や防御の低下等扱いが非常に難しい武器だ。

イリスのあの細腕にそれだけの力があるようにはとても見えなかった。

 

「それじゃ、このコインが地面に落ちたらスタートね」

 

イリスの声にハッと我に返る。

彼女がどのようにして戦うかなど、今から分かることだ。

しっかりと見、分からないことは聞き、盗めるものは盗む。

それくらいの貪欲さがないと彼女達の元にたどり着くなど出来はしない。

 

「いくよ?せーのっ」

 

空を舞うコインに、ニーナは一瞬たりとも見逃すものかと目を見開いた。

 

 

 

まさかレイフォンと戦う事になるとはなぁ。

コインが落ちると同時にレイフォンに斬りかかる。

武芸者として、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフと戦ってみたいと思ったことはないとは言えない。

けれどいつの間にかそんな感情は消え失せ、レイフォンに近づきたい、話したいという気持ちになっていた。

だから正直に言えば、この戦いにはあんまり乗り気じゃない。

 

とはいえ、手を抜くなんて無粋な真似はしないけどね。

牽制はあっさりと防がれ、逆に押し返されそうになった剣の軸をずらす。

レイフォンの剣を刀身に滑らせながら二本目を抜くと、空いた脇腹目掛け斬りつける。

常人なら一撃貰いそうなこの状況でも、レイフォンは冷静だった。

僕が流していた剣に従うように踏み込み、入れ違いになるようにして剣を躱す。

っとと、危ない。

槍のように突き出された剣を受け、そのまま勢いに逆らわずに距離を取る。

そのまま来ると思ったけど、来ないね。

考えていた追撃は来ず、レイフォンは突き出した剣をゆっくり戻すと軽く振るった。

 

「今まで戦ってきたどんな人とも違う、まるで風に向かって剣を振ってるみたいだ」

 

感心したようなレイフォンの声。それだけで勝手に嬉しさが込み上げてくる。

 

「ありがと。憧れのレイフォンとの模擬戦だからね、がっかりされないようにしないと」

 

そう返事をすると、レイフォンは照れたように頬を赤くした。

照れ屋なところは戦闘中でも相変わらずだね。

ちらりとニーナのほうを向くと、彼女は驚きを顔に浮かべつつも貪欲に僕達を見続けていた。

まるで昔の僕を見ているみたい。いや、僕の場合はこんな綺麗なやり方じゃなかったかな。

あの貪欲さがあれば、ニーナはもっとずっと強くなれる。

彼女の決意があれば、間違った道へ進んでしまうこともないだろう。

だから今は。

 

「さっきは先手を貰ったから、つぎはレイフォンから来なよ」

 

少しでも多く、彼女が盗めるように。

僕が武器を構え直すのに合わせて、レイフォンも武器を構えた。

一瞬とも永遠ともとれる時間の中、レイフォンの呼吸が一瞬変わる。

瞬間、再び僕とレイフォンの剣が交錯した。

 

 

目まぐるしく入れ替わる攻防を、ニーナは必死に目で追っていた。

イリスは決して正面から攻撃を受けず、どこかに逃げ道を作り攻撃を流す。

返す剣でイリスが反撃に転じれば、今度はレイフォンが迫り来る両剣を綺麗にいなす。

辛うじて見える状況であるため何とも言えないが、状況はレイフォンが優勢であるように見えた。

イリスの一度の攻撃に対し、レイフォンはその数倍攻撃をしているように見える。

段々とイリスの動きに対応し動きを変えてゆくレイフォンには驚く他ない。

しかし。

 

「......っ!」

 

次の瞬間、襲い掛かるレイフォンの剣をイリスは剣を交差させ完全に受け止めた。

流される事を前提に放たれていた攻撃が止められた事で、レイフォンの体勢が僅かに崩れる。

隙とも言えない小さな乱れ。しかし、イリスがそれを見逃すはずはない。

回避行動をとったレイフォンの眼前を、イリスの剣が貫いた。

イリスは大きく後退したレイフォンを追い、追撃を繰り返す。

先程とは逆に、レイフォンが防戦に徹する展開となった。

ようやくそこで気付いた。

今まで同じように攻撃を避け攻められていたのは、全てレイフォンに回避パターンをミスリードさせる為の布石だったのだと。

そこからは混戦となった。

レイフォンが動きに対応すれば別の戦い方に。

ブラフやミスリードを混ぜて戦い、レイフォンが完全に攻めきれない状況を作り出す。

そしてレイフォンは、その全てに剣一本で対応する。

お互いの技と技のぶつかり合い。

何度目かの交錯の後、お互いに距離をとった二人の額には汗が浮かび、肩は足りない酸素を補うかのように上下していた。

普段全く息を乱さない二人がこうなっているという事だけで、戦いのレベルの高さを感じさせる。

イリスは汗を袖で拭うと、軽く息を整えた。

 

「次で、最後にしようか」

 

その言葉に時計を見れば、既に戦闘開始から十分以上が経過していた。

剄を使っていない状態で全力に等しい戦いをしていたのにも関わらず、息を乱しているだけの二人には驚く他ない。

イリスはレイフォンが頷くのを確認すると剣を構えた。

 

「いくよ」

 

瞬間、イリスは両手に構えていた剣を投擲した。

虚をついた攻撃に、レイフォンは踏み出しかけた足を止める。

剣は一本は真っ直ぐに、もう一本はレイフォンの側面に向かって弧を描くようにしてレイフォンに襲いかかる。

しかしレイフォンは冷静だった。

全く同タイミングで襲いかかるそれを、踏み込む事でタイミングをずらし弾き飛ばす。

一瞬のうちに一本は空へ、一本は地へと叩き落とされた。

そこでふと気付く。

剣を投げたのはほかならぬイリス。しかし剣に目を向けた一瞬のうちに彼女は居なくなっていた。

一体どこに?

その答えはレイフォンが教えてくれた。

レイフォンの顔が空へ弾き飛ばした剣に向く。

そこには、弾き飛ばされた剣を握ったイリスの姿があった。

 

「はぁっ!」

「っ!」

 

瞬間、振り下ろすイリスの剣と斬り上げるレイフォンの剣が交差する。

慣性のかかった一撃に、流石のレイフォンの表情も歪む。

押し切られるか、と思った矢先、何故かイリスは剣を返し弾き飛ぶようにして元の場所へと着地した。

そのまま攻撃するわけでもなく、イリスはただ力を抜く。

 

「......あーあ、負けちゃった」

 

そう言って掲げた剣は、大きな亀裂が走っていた。

そしてすぐに、刀身の半分を残し折れてしまう。

白金錬金鋼ゆえの耐久のなさが、イリスの一撃に耐えられなかったのだ。

 

「いや、そんなことはないよ」

 

対するレイフォンも、自分の剣を掲げる。

折れるまでには至っていないものの、大小の亀裂が走っている。

あのまま剣を振るえば、折れるのは時間の問題に見えた。

 

「イリスがもう一本を拾いに動いていたら、僕が負けてたよ」

「二本目は囮で拾うつもりは無かったけど......じゃあ、引き分けって所かな」

 

イリスはそう言って錬金鋼を戻すと、中央へと歩み寄る。

そして同じく歩み寄ったレイフォンと握手すると、笑みを浮かべた。

レイフォンもそれに答えるように、自然に笑う。

健闘をたたえ合うその姿は普通の武芸者と変わり無い。

しかしこうして二人の実力をはっきりと見た今、二人が一線を画す存在であることも分かっていた。

そして、その域まで達するのには並大抵の努力では不可能だということも。

しかし、ニーナの瞳に諦めの色はない。

今の戦い1つとっても勉強になる所は山程あった。

諦めるのは自分の限界を知ってからでも遅くない。

 

「やれやれ、うちの隊長は随分と熱血だな」

 

早速何かを聞きに行ったニーナを見て、何処か楽しげな表情でシャーニッドは呟くのだった。




誤字脱字のご報告や感想等お待ちしています。


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会議

遅くなって本当にすみません。
これから更新再開していこうと思いますので、もし良かったら読んでいただけると幸いです!


『勝者!第十七小隊!!』

 

歓声とともにサイレンの音が鳴り響き、試合終了の声が響き渡る。

第十七小隊の二戦目は終始安定した戦いにより、当然の勝利を得ることが出来た。

強さにおいて他の追随を許さないレイフォン、そしてイリス。

この二人の力さえあれば、対抗試合で頂点を得ることなど容易い。

例え第一小隊相手でも、余裕の勝利を得ることが出来るだろう。

だから、だからこそ。

 

第十七小隊が生徒会長室に呼び出されたとき、イリスはどんなことを言われるかあらかた想像はついていた。

 

 

 

「そんな勝手なこと、受け入れられるワケがないだろう!」

 

瞳に明らかな怒りを湛え、ニーナは怒鳴り声をあげる。

 

「武芸大会は生徒が実力を高め合う場所だと私は認識している。所が、最近このような話を何度か耳にしている。"例の隊員が居る第十七小隊になら、負けても仕方がない"とね」

 

カリアンは返事を避けるように、言葉を重ねる。

 

「私としてはこれは非常に良くない傾向だと考える。このままでは、対抗試合自体の意義が薄くなってしまう可能性も十分に考えられる。だから、そこの対策を考えて欲しいと、そう言っただけだよ」

 

そういうことだったんだ。

会長は頷くと、レイフォンの方を向く。

 

「つまり、そういうことなんだ。事実、本当の実力の知られていないレイフォン君が同様の戦い方をしているのに、同じように話題に取り上げられてはいない。あくまで実力の一片を見られたイリス君だけだ」

 

武芸を学んで小隊員にまでなったのに、あからさまに手を抜いている相手に勝てない。

もしその相手が本気を出したら、こっちの小隊はあっという間にやられてしまうかもしれない。

確かに、そんな状況になったら文句も言いたくなっちゃうね。

 

「よく分かりました、確かに良くない状況だ」

「悔しいと、自分も追いつかなきゃならないと思えないのか......!」

 

ニーナが怒りをにじませた声色で呟く。

 

「すごい実力差にそう思えるのは、ニーナの凄くいい所だよ。そう思う限り、ニーナは絶対に強くなれると思う。だけど、皆が皆そう思えるわけじゃないということだね」

「武芸科としては非常に情けない話だがな」

 

控えていた武芸長が、ため息混じりに呟く。

 

「けれどだからといって、僕を出場停止にするのは流石にニーナが可哀想だし、他の小隊の人も納得しないと思います。まぁ、勝てない相手がいなくなったからラッキー、これで勝てるからいいや!って、思う人がいっぱいいるなら別ですけど」

 

そう言って武芸長の方を向くと、軽く睨まれてしまった。

流石に酷い言い方だったかな。

 

「さっきも言った通り、出場停止にする気はないよ。あってもそれは最終手段だ。ただ、余り良い方法がみつからなくてね」

 

会長の言葉に少し考える。

僕が出場していながら、他の小隊が勝てるかも知れないと思える。

 

「武器なしで戦うなんてどうだ?それか、倒しても良い小隊員の人数を決めるとか」

 

シャーニッドの声に、少し考える。

 

「いや、ダメだ。それでは目に見えて平等ではなくなる。それに、武器が無くなったことでレイフォン君、イリス君は負けると思うかい?」

「思いません」

 

珍しくレイフォンがきっぱりと答え、笑いが漏れる。

でも確かに、剄さえ封じられなきゃ戦うことに支障はない。

そのくらいならどうとでもなる、と言うとツェルニの武芸者に失礼だけれど。

 

「剄を使わない、とか?」

「仮にそれでも余裕があったとしても、武芸者として剄を使っていない人間にむかって武器を振るうことはできない」

 

ハッキリと武芸長が首を振る。

いくら強くても剄を使っていなければただの人間、僕でも戦うことは躊躇う。

とはいっても......。

その後いくつか意見があがるが、これだという意見は出ずに時間だけが過ぎていった。

 

「いいですか?」

 

案も尽き皆が黙り込んだ頃、それまで黙っていたフェリが口を開いた。

会長は珍しく驚いた表情で、先を促す。

 

「第十七小隊は人数が少ないのは他の小隊も知っていると思います。それはつまり、人数で押す作戦が有効であるということ。実際先程の相手は隊を二つに分け、片方が隊長達の足止めを行い、もう片方はイリスを狙ってきていました」

 

皆の視線が自然と僕に集まる。

確かにさっきの戦い、隊員の4割くらいが僕に向かってきていた。

けれど......。

 

「ですがあれは、本当はイリスを狙ってきていたわけではなかった。ですよね?」

「......!」

 

フェリは本当にすごい念威繰者だと、改めて思い知る。

 

「彼らは通信手段である私を封じに来ていました。イリスと戦ったのは、その動きに気づいたイリスが彼らと出会うように動いたためです」

「それは本当か!?」

「気付いたのは偶然だけどね」

 

ニーナと共に敵に遭遇したとき、人数が少ないことに気づいた。

でもフラッグを防衛しているシャーニッドや、フェリの監視網に引っかかる様子もない。

少ない人数での防衛だったから、フェリは多くの端子をフラッグ周辺に撒いてもらっていた。

もしそれが相手に気づかれていたら......それに、相手はやたらと視界を撹乱させてきてたし。

それでその場をレイフォンとニーナに任せて探っていたら、読みが当たっただけだ。

 

「今後、他の隊も同様の作戦を使ってくる可能性もあります。ならば、護衛を付けたところでそこまで可笑しくは映らない」

「なるほど。つまり僕がフェリを守ればいいんだね?」

 

僕の言葉にフェリは頷いた。

 

「確かにそれなら、戦場から少し離れたところに居ることになるから戦闘には余り関われない。フェリを倒すことを諦めれば僕を戦力上無視することも出来るしね。それなら僕のせいで勝った、なんて事も言われないと思う。ただ、ニーナ達の負担が大きくなっちゃうけど......」

 

しかしニーナは、大きく頷いてくれた。

 

「任せろ。私だってイリスやレイフォンに追いつく為に一生懸命に訓練をしている。決してイリスのワンマンチームではないことを見せてやる」

「ま、ニーナが暴走しそうになったときは任せてくれ」

 

やる気満々といった様子のニーナに、シャーニッドは肩をすくめて苦笑する。

 

「ありがと。僕としても十七小隊が僕だけのチームなんて言われるのは気に入らないと思ってたんだ。という訳だけど会長......どうですか?」

 

会長はちらりと武芸長に目をやり、武芸長が頷くのを見て視線を戻した。

 

「では、申し訳ないがそうしてくれるかい?フェリをよろしく頼むよ」

「任せてください。針剄の一本も通しませんよ」

 

そうして僕は、次の武芸大会からフェリの護衛をすることになった。

 

 

 

「すまないイリス。私が不甲斐ないばかりに」

 

話し合いが終わり生徒会室を出ると、開口一番にニーナが謝ってきた。

でも......特に謝られるようなことあったっけ?

 

「なんのこと?」

「私がもっと強ければ、イリスの強さが目立たずにこんな事態にはならなかった。イリスは十分すぎるほど加減してくれていたというのに......」

「あぁ、なるほど。これはニーナの落ち度じゃないよ、汚染獣との戦いを見られたことと、僕の戦い方がどう見られるかを理解していなかった僕の落ち度だ」

「しかし......」

「ていっ」

「っ!?」

 

肩を落とし姿勢の低くなったニーナの額を思いっきりデコピンする。

結構強くやったからね、仰け反るとまではいかないけれどニーナは普段の姿勢まで戻される。

 

「そうやって何でも背負うのはニーナの悪いところだよ。もうちょっと適当に行かなきゃ。僕なんて、今日の対抗戦勝利のお祝いに何食べようかなー、なんて考えてるのに」

 

そう言っておどけて見せると、ニーナはようやく笑顔を見せてくれた。

 

「それなんだけどよ」

 

と、それまで後ろでレイフォンと話していたシャーニッドが声を上げる。

 

「レイフォンがイリスちゃんの家でやりたいってよ。手料理が食べてみたいんだと」

「ええっ!?」

 

レイフォンが初めて聞いた、といわんばかりの表情で驚く。

十中八九シャーニッドの思いつきだろうけど......。

 

「僕の部屋かー、まぁ良いよ。よし、じゃあ今日は僕が皆に料理を振舞ってあげるよ」

「おお、いいねぇ。良かったな、レイフォン!」

「僕、何も言ってないんですけど......」

 

ぽりぽりと困ったように頬を掻くその姿が面白くて、思わず笑いがこぼれてしまう。

 

「ふふ。じゃあレイフォンの希望に沿って、まずは買出しに行こうか」

「イ、イリスまで......」

 

料理なんて久々にするなぁ、何を作ろうか。

と、ニーナが心配そうな表情でこっちを向いているのに気づく。

 

「ニーナ、どうしたの?」

「いや......イリスが料理を作っている姿が余り想像できなくてな」

「む」

「確かに、既製品で済ませてしまっていそうな雰囲気を感じますね」

「フェリまで......」

 

黙って話を聞いていたフェリまで、そう続ける。

第十七小隊の女性陣からの僕の評価は散々らしい。

 

「むー、見てなよ。僕がみんなのあっと驚くような料理を作ってあげるからさ」

 

頭の中でメニューと、必要な食材を組み立ててゆく。

それにしても、本当に久しぶりだなぁ。なんだか、楽しくなってきちゃったよ。

心配そうな二人をよそに、イリスは楽しそうに考えに耽るのだった。

 

 



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食事会

遅くなってしまい申し訳ありません。


「うーん」

 

イリスは先程から、一見しただけでは変わりのないように見える野菜を時間をかけて吟味し、カゴに入れるという作業を繰り返していた。

 

「どれも一緒じゃないのか?」

 

ニーナは手に持った野菜を眺め、そしてイリスがカゴに入れた同じ野菜を見る。

むしろぱっと見た感じ、自分が手に持っている野菜のが大きくて美味しそうに見えた。

たまたま手に取ったにしてはなかなかの目利きじゃないか。

 

「イリス、これなんかどうだ?」

 

多少芽生えた自信と共にイリスに見せるが、イリスはちらりとそれを見ると苦笑した。

 

「ニーナがそういうのが好きならいいんだけど、僕には余り美味しくなさそうに見えるなぁ。その野菜は大きいと中身がスカスカの場合が多いし」

 

バッサリと、一刀両断される。

普段から何かと気を使ってくれているイリスの容赦ない一言は、ニーナの心に深く突き刺さった。

しかしイリスはその事に気づいていないのか、用は終わったと言わんばかりに野菜コーナーを離れ別のコーナーに向かってゆく。

 

「......隊長、私達は大人しくしていましょう」

 

肩を落としたニーナを気遣うように、フェリが近づく。

その瞳が珍しく仲間を見る優しさに満ち溢れているように見えるのは、自分の弱さが作り出した幻だろうか。

 

「そうだな」

 

大人しく、イリスに任せよう。

ニーナは持っていた野菜をそっと元の場所に戻すと、フェリと共にイリスの元へ戻るのだった。

 

「ごめんね。ついいつもの癖で時間掛けちゃって......退屈だったよね」

 

あらかた食材を揃え、ふと一呼吸置いたところでニーナとフェリが後ろを黙ってついてきているのに気付いた。

皆で食材を買いに来たはずなのに、一人の世界に入っちゃってたみたい。二人には申し訳ないことをしたなぁ。

 

「二人も食べたい物を入れてくれて良かったんだよ?作れるかどうかはちょっと分からないけどさ」

「いや。イリスに任せた方が絶対に良いと思ったんだ。なぁ、フェリ?」

「はい」

 

息ぴったり、といった様子で頷き合うニーナとフェリ。

何だかここに来る前より仲良くなってないかな?

別に良いことなんだけどいつの間に?

腑に落ちない気持ちのまま首をかしげていると、別に食器類を買いに行って貰っていたレイフォンとシャーニッドが別の店から出てきたのが見えた。

手を振ると、此方に気付いた二人が足早に向かってくる。

 

「悪い、遅れた。買わなきゃいけないもんって皿と箸で良かったよな?」

「うん、十分だよ」

 

家に誰かを招いたことが無かったから、そういう類いのものが全くなかったんだよね。

 

「っと、イリスちゃん。荷物持つぜ?」

 

と、シャーニッドがそう言って片手を差し出す。

でも僕の荷物より、シャーニッドがもう片方の手に持っている荷物の方が明らかに重そうだった。

 

「これくらい大丈夫、シャーニッドの方が重そうだよ」

「いやいや、こんなの重いうちにはいんねーって」

「僕も別にこれくらい大丈夫だよ?僕だって一応武芸者だし」

 

いつも内剄を使ってるから、これくらいならウェイトにもならないし。

しかしシャーニッドは大げさに首を振ってみせる。

 

「イリスちゃんがすげー武芸者だってのは分かってる。けどな、女の子が重そうな荷物を持ってるっていうのは良心的に余り良くない、ニーナならともかく」

「おい」

 

ニーナの声を口笛で誤魔化すと、シャーニッドは僕の荷物を受け取った。

 

「隊長のは僕が持ちますよ」

「......釈然としないのは何故だろう」

 

レイフォンに荷物を渡しながら、ニーナはシャーニッドを睨む。

 

「まぁまぁ、とにかく行こう。こっちだよ」

 

こっからなら、5分かからず着けるかな。

ニーナの背中を押しながら、イリス達は家への道を歩き出した。

 

 

 

「ん、ここだよ」

 

それから大体5分、イリスは小奇麗な庭のついた建物の前で立ち止まった。

 

「へぇー、立派な寮だな」

「でも、僕以外誰も住んでないんだ」

 

とっても綺麗だし管理人さんも優しいんだけど、ここは校舎からだいぶ遠いんだよね。

部屋数が少ないこともあって、去年まで先輩が入っていた以外は今は僕以外誰もいない。

 

「確かに、こんなとこで寝坊したらその日はサボり確定だ」

 

シャーニッドは僕の説明に納得したように頷くと、中へと入っていった。

 

「今日は共用キッチンを借りるから、荷物は全部そこのテーブルの上へ置いていいよ」

 

この寮には部屋とは別に大きなキッチンがある。

今年は僕しか住んでないから、実質貸切みたいなものだ。とはいっても、普段は自分の部屋で料理するんだけどね。

テーブルの上に積み重なった袋は食品だけで三つ分。

これは随分と大きな戦いになりそう。

 

「じゃあ皆、ちゃっちゃと作るから好きにしててよ」

「手伝うぞ?」

「気持ちはありがたいけど、せっかくだからゆっくりしててよ。料理するのは好きだし、仮にやってもらうとしても材料を切るくらいしかないしね」

 

料理をたくさん作るなんて天剣になる前の孤児院以来だし、実はちょっと楽しみなんだよね。

 

「わかった、すまない。正直、料理は余り得意ではなくてな......」

 

ニーナは苦笑して椅子へと座る。

ニーナってわりとそつなくこなすイメージだったから、ちょっと意外だ。

さてと。

料理に取り掛かろうと材料を取り出すと、レイフォンが立ち上がった。

 

「僕、材料を切るよ。孤児院では幼馴染の手伝いをしてたし、それくらいなら出来るから」

「レイフォンが?」

「個人じゃ年長だったから、自然と覚えたんだ。といっても余り手の込んだことは出来ないけど」

 

孤児院じゃ年長の子が家事をやるのは不思議じゃない。そういう意味じゃ全然意外じゃないんだけど......。

 

「レイフォンって武芸以外のこと出来るんだ」

「イリスって、時々僕の評価低くない?」

 

レイフォンが傷ついた様子で立ち止まる。

隣ではシャーニッドが堪えきれない、といった様子で笑いながらレイフォンの肩を叩いた。

 

「ははっ!すっかり手玉に取られてるな」

「うぅ......」

「ふふ、冗談だよ。じゃあ、これを適当に切っちゃってくれる?包丁はそこの引き出しにあるから」

 

レイフォンはしょげた様子ながらも包丁を取り出すと、材料を切り始める。

その手つきは僕が思っていたよりずっと馴れていて、正直少しびっくりした。

これなら思っていたよりもずっと早く作り終われそうだし、もうちょっと手を掛けちゃおうかな。

それにしても.......ふと、レイフォンの方を見る。

誰かと一緒に料理をするなんて、まともに料理をするようになってから初めての経験だなぁ。

孤児院では僕だけ少し年が離れていたこともあって、料理をするときはいつも一人だった。

さっきレイフォンは幼馴染を手伝ってと言っていたし、もし僕にも幼馴染が居たらこんな感じだったのかな。

あるいは幼馴染じゃなくて――――

 

「イリス、材料切り終わったけど......って、どうかした?」

 

顔を上げたレイフォンとばっちり目があった。

自分の意思と関係なく、顔が熱を持ち始めるのを感じる。

う、あんなことを考えていたせいかレイフォンと目を合わせるのが無性に恥ずかしい!

 

「な、なんでもないよ!次はそっちを切ってくれるかな、これは僕が調理するから!」

「う、うん。わかった」

 

レイフォンからひったくるようにして切り終わった材料を受け取り、鍋に勢いよく放り込む。

ふう。なんとか誤魔化せた、よね。かなり強引だったけど。

ちらりと盗み見ると、レイフォンはまた材料を切る作業へと戻っていた。

余計なことを考えるのはやめよう。

首を思い切り振って雑念を振り払うと、イリスはコンロの火を付けた。

 

「出来た」

 

あれから少したって皆が思い思いに時間を潰している頃、ようやく最後の料理が出来上がった。

あんまり時間のかかる料理は選ばなかったけれど、それでも結構時間かかっちゃったな。

 

「運ぼうか?」

「ありがと。僕は盛り付けるね」

 

レイフォンと協力して、食卓に料理を並べてゆく。

こうして見ると、孤児院にいた頃を思い出して懐かしいなぁ。

天剣になってから会うことも減り、ご飯を作ることなんてなくなっちゃったけど皆は元気にしてるんだろうか。

 

「イリス?」

「ごめんごめん、ぼーっとしちゃった。皆座って座って、食べよう」

 

レイフォンは何か言いたげな様子だったけど、何も言わずに庭を見に行ったフェリを呼びに行った。

レイフォンがフェリを連れて戻ってきた時には、ニーナとシャーニッドは既にテーブルに着いていた。

 

「これ全部イリスちゃんが作ったんだろ?凄いな」

「レイフォンも手伝ってくれたけどね」

「僕は材料を切ったりしただけだから、殆どイリスだよ」

 

レイフォンは本気でそう思ってそうだけど、実際はこの人数分の料理の為に相当下拵えをしてくれた。

後で何かお礼しなきゃ。

 

「まぁ、とにかく食べよっか」

「ああ、イリスありがとう」

「それじゃあさっそく」

 

シャーニッドが手を伸ばしたのをキッカケに、皆思い思いの料理に手を伸ばし出す。

適当に料理を選んで、とりあえず一口食べてみる。

うん、大丈夫。孤児院で作ってた味と一緒だね。

材料が良いからむしろ美味しいと言ってもいいくらい。

そう思って顔を上げると、皆は笑顔で箸を進めてくれて--いや,レイフォンだけ一口食べた体勢のまま固まっていた。

 

「レイフォン,もしかして不味かった?」

「う,ううん!そんなことないよ!ただ......」

「ただ?」

 

レイフォンは手元に目を落とすと,ぽつりとつぶやいた.

 

「何だか,僕が孤児院で食べてたご飯と味が似てるような気がして,懐かしくて」

「レイフォン......」

「あ,違うよ!もちろん良い意味で,久々に食べられて嬉しくなっただけだから」

 

どう受け取ったのか,レイフォンはぱたぱたと手を振ると料理に手をつけ始めた.

 

「うん,美味しいよイリス.作ってくれてありがとう」

「こんなので良ければ、何時だって作るよ。レイフォンが嬉しいと思ってくれるなら、尚更ね」

 

それでレイフォンの寂しさが紛れてくれるなら、僕も嬉しい。

それに、久々に作るご飯は結構楽しかった。

 

「あぁ、そういえばデザートも作ったんだった。ちょっと取ってくるね」

 

ご飯を食べ始めてから暫く経ったし、そろそろ固まってる頃かな。

ちょっと行って取ってこよう。

 

 

 

手伝いを断って歩いていったイリスを、レイフォンはぼんやりと眺めていた。

 

「いやー、レイフォンは随分と大切にされてて羨ましい限りだぜ」

 

シャーニッドのからかう様な声に食卓の方に視線を戻せば、皆が概ね同意するような表情でレイフォンを見ている。

 

「そうですね、イリスには感謝してもしきれません」

 

料理に目を落とす。

並ぶ料理は前に聞いたのを覚えていてくれたのだろうか、皆の好みの料理がいくつも並んでいる。

 

「気をつけろよ。イリスちゃんは多分、真っ先に自分を犠牲にするタイプだぜ。勿論、俺らも気をつけるけどな」

「......はい」

「もちろんだ」

「お待たせー。ん、皆してこっち向いてどうしたの?」

 

器用に皿を持って現れたイリスを見て、レイフォンは決意を新たにするのだった。

 

 

 

窮屈な暗闇の中、ソレはじっと身を潜めていた。

目覚めた時から酷い空腹が訴えてくるが、ただひたすらに欲求を抑え続ける。

もうすぐ、もうすぐたくさんの食料が近くまでやってくる。

だんだんと近くなってくる地面の揺れに歓喜を震わせ、ソレは目覚めの時を待ち続ける。




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