東方偽人録 (ミツバチ)
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幻想入り
普通の人間、のはず…


新しくこちらに投稿することになりました第三のミツバチことネコネコニャンニャンです。
嘘です。ただのミツバチです。
虹さんの時と同じく原作未プレイ、不定期更新で爆走していこうとおもいますので、どうぞよろしくお願いします。


 

この世において、偶然などというものは存在しない───

 

そう書いてあったのを何かの本で見た気がする。

物事には必ず理由が伴い、生まれも死も、出会いも別れも、この世に起こることは然るべく必然である、らしい。

そんな御大層なウンチクを並べられても、俺たち凡人には到底その真意は計り知れない。

だが、今この状況を以ってしても、それが偶然ではなく必然と言うならば。

俺は先の御大層なウンチクを公言しやがった奴にこう言いたい。

 

「人生舐めんなコンチクショォォォオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

───これが、何故か空高くから湖へと墜落した、この俺こと灼馳穂鷹の心からの絶叫であった。

 

 

ジリリリリリリリリリリリ───

 

「…………………よっ」

 

リリリリリリリリ───カチッ…

 

設定された時間通りに主を起こすべく、その身を震わしながらけたたましい音を鳴り響かさる目覚まし時計を、手を伸ばして止める。

百円ショップで買った昭和じみた目覚まし時計は、今日も元気にその使命を全うしてくれていた。

…煩すぎるのが玉に瑕だけど。

 

「暑い……」

 

のそのそと、こちらは古市で購入したベッドから起き上がり窓を開けると、夏特有の蒸しかえった空気を顔一杯に浴びてむせ返りそうになった。

空高く輝く太陽を傍目に、穂鷹はベランダから庭園に取り付けられたスプリンクラーを眺める。

水やりが面倒いからと自腹でつけてみたのだが、しかし旧式のくせに年中無休できっちり定時散水とよく働いてくれている。

花壇には薔薇やコスモスに加え、スイカや玉ねぎなんかも植えてある。

家庭菜園が趣味という訳ではないが、スーパーで買うより一から育てた方が安上がりな為絶賛繁殖中だ。

ちなみにこの庭園の管理が穂鷹の仕事だったりする。

仕事の前に「押し付けられた」が入りはするが。

何はともあれ、今日もサンサンギラギラと年中降り注ぐ紫外線の量が肌身に沁みて半端ない真夏日。

スイカも良く育った、夏の真っ盛りであった。

 

 

「おはよう、穂鷹くん」

 

背後の声に、穂鷹はさっと体ごと振り返った。そこにいるのが誰なのかは見ずとも声で分かっている。それでもつい大仰に振り向いてしまうのは、身についた反射と習性というやつだ。

 

振り向いた先に、佇む少女の姿が目に入る。涼しげな麻のワンピースに、見慣れた白のサンダル。年中頭に乗っている麦藁帽子に、華奢な左肩には小ぶりのトートバッグが掛かっている。

 

───波瀬遠江〈はぜ とおえ〉。

 

学園一の美貌とプロポーションを持つと共に、事あるごとに厄介事に巻き込まれるという特異体質を持った穂鷹と同じサークルに所属している同級生───正確には去年の春に留年している為、歳の上では先輩───である。

 

ちなみに今この瞬間も、何処からか飛来した野球ボールが頭に直撃し、跳ね返った野球ボールが設置されたスプリンクラーに当たりピンポイントで先輩の座標だけ集中散水、さらには廊下に広がった水溜りで足を滑らせ、転倒し、全身ずぶ濡れという芸人顔負けの三段面白劇場が繰り広げられている。だが当の本人は、何事もなかったかのようにこちらに歩いてきた。

 

…服が若干透けているのは、忠告しておいた方がいいのだろうか?

 

「おはようございます、遠江先輩」

 

危うく波瀬先輩と呼び掛けたのを穂鷹はぐっと飲み込む。このエセ同級生は何故か苗字で呼ばれることを嫌うのだ。

以前理由を聞いたら、「魚やお菓子みたいな名前だから」だそうだ。

 

そこまで変な名前では無いとは思うが、そこは個人の感性なのだろう。ついでに先輩もやめてと言われたが、流石に呼び捨ては承諾しかねたのでそこは止む無く先輩に折れてもらった。

 

「先輩も今終わりですか?」

「うん。医学部のテストが少し長引いちゃったし、夏合宿の申請も出してきたからね〜」

「すみません、ありがとうございます」

 

無難な会話を交わしながら、二人は肩を並べ歩き出した。

古い石造りの学び舎を後にし、部室棟に向かって木製の渡り廊下を進む。

 

右手に見える大学専用の駐輪場では、今日も事務室の職員が無断駐輪の自転車群と戦っているようだ。駐輪許可証を貼っていない自転車のサドルに、容赦無く「駐輪禁止」と書かれた新聞紙を片っ端から貼っていく。が、未だに無断駐輪の数が減った試しは無く、職員と学生のイタチごっこは続いている模様である。

 

「そういえば谺ちゃんは?確か同じ学科だったよね?」

「部長なら、ただいま教授から絶賛お説教中です。」

「え〜?また休んだの、谺ちゃん」

「その通り」

 

谺ちゃんこと檟谺。

大学生で努力家で変人で家庭的で冷徹で先輩でサークルの部長で、全ての科目で入学以来首位を守り続けている天才な穂鷹の親友である。だが、その実態は筋金入りのサボリ魔だったりする。出席日数は年に一週間程。講義どころか大学にも来ない生徒は叱られても文句は言えないだろう。よくそれで進級出来たものである。

加え、テストだけは全て満点を叩き出すという、お前それ何処の詐欺や?レベルのことを平然とやってのけるから手に負えない。

 

ところで、この生粋の天才サボリ魔くん。

来ないからと言って何をしている訳でも無く、延々と山登りしたり海をボート一つで渡ろうとしたりと無茶どころかか無謀とも思える奇行を繰り返していたりする。実際に警察や海上保安庁にもお世話になっており、退学にならなかっただけでも幸運な立派な前科持ちである。くれぐれも此方には飛び火させないで下さいね、と穂鷹は切に願っている。

 

ちなみに二週間前は、桜島の火口に降りようとして捕まっておられました。次の日にパトカーで堂々と登校してきて全校生徒を震撼させたことは記憶に新しい。

 

「暑くなってきたなあ。部室棟のエアコン取付の件、どうなってんだろ」

「先送り決定。ちなみに去年も先送りだったみたいだよ」

「ああ、それじゃ俺らが卒業する迄実現はしなさそうですね…」

「留年すれば万事解決!私みたいに!」

「物騒なことを言わんで下さい…」

 

実体験者なので侮れないのが質が悪い。

穂鷹は力無く笑うしかなかった。

 

ともかく、どうせエアコン設置が実現したとしても、取付が優先されるのはスキーやテニスなんかといった、メジャーで部員数も多いサークルからだろう。現部長が二年前に創部して、さらに在籍数三名の我がサークルなど、最後の最後までほっとかれるに決まっている。活動内容が実質旅行のうちのサークルでは、取付が決まっても取付禁止とかなりそうだ。

 

この大学の部室棟は、常緑樹に囲まれて学内の最南端にひっそりと建っている。その棟の中でも、三階の突き当たりという立地条件は悪くないクセに恐ろしく細長い部室棟の構造の所為で、どのサークルも取らなかった場所を割り振られたのが我がサークルである。要するに厄介払いと在庫処分ができて一石二鳥というわけだ。まあ、部室を貰えただけマシといえよう。

 

「こんちわーす」

 

声をかけて、部室の引き戸を開ける。鍵は事務室から持って来た一つだけのため、誰もいるはずがないのはわかっていたが、これも習慣というやつだ。だが、誰もいないと思っていた部室の中から答える声があった。

 

「ああ。こんにちは穂鷹くん、遠江くん」

 

確か教授の説教中だった筈の我らが部長───檟谺が、満面の笑みで窓際に設置されたアンティークチェアーに腰掛けていた。

 

「お、おはよう谺ちゃん」

「なんで俺たちより先に来てんすか…」

 

しかも、ちゃっかりお菓子と紅茶が入れられている。くつろぐ気満々じゃねえか。

 

「分かり切ったことを聞くんだな、君は。逃げてきたに決まってるだろ」

「逃げてきたって…」

「鍵はどうしたんすか?」

「こじ開けた。ピッキングで」

「いや、そんな当たり前だろ的な視線を向けられても…」

「正論だろ?」

「曲論だよ、不法侵入者」

「あははは…」

 

相変わらず行動原理が自由過ぎる御人である。

普通鍵開いてないからって、迷わずピッキングするか?待つとか自分で取りに行くとかの選択肢は、この部長には欠けているらしい。

即断即決即行動。なんとも頼もしい部長さまである。

 

それと、今頃教授は怒り心頭で喚き散らしてるであろうことは容易に想像できたので、後で謝りにいっておこうと思う。

穂鷹の今日の予定が一つ追加された。

出来れば甘いものでも差し入れしようと心に決めて…。

 

 

「さて、全員揃ったことだし、改めて話し合いといこう」

 

何がさてなんだろうか。

数分前の会話はどこへやら。我がサークル───『神話研究会』は、平然といつもの話題に方向を転換していた。厳密に言えば、我が部長の世界旅行の目的地を決める話し合いを始めていた。

 

「で、今回はどこに行くんですか?」

「前回みたいな無人島とか嫌だよ?」

 

前回、春休みに連れて行かれた東京都某所の無人島。船での上陸は無理な為ダイビングでの到着と相成ったわけだが、案の定というか何というか、死にかけた。島は意外と小さく、野犬に襲われるは、山羊に追い回されるは、何故かワニがいるわ、挙句の果てに酸素ボンベが片道分で島に軟禁状態で一週間過ごす羽目になるわで散々の合宿となった。

 

「大丈夫さ。今回はちゃんと安全な場所を選ぶからさ」

「谺ちゃんが言うと全く説得力がない…」

 

全くその通りであった。

 

「何、今回行くのは富士だ」

「富士…って富士山のこと?」

「ああ」

 

嫌な予感がした。

 

確かに富士山ならば一般の人たちも登山できるようになっていて安全だ。だが、部長がニコニコ顏で微笑んでいた。

見るからに上機嫌だ。穂鷹の心中で、ますます嫌な予感の度合いが跳ね上がる。こう、例えるなら、温厚な犬がいきなり人の言葉でまくし立ててきた時のような…。

 

結論、自分でも言っててよく分かりません。

 

「というわけで今度の合宿場所は富士の山頂にするが、構わないかな?」

 

部長の後ろに悪魔が見えた気がした。

 

 

「で、結局こうなりますか…」

 

時間は夕陽も水平線に掛かり始めた、紅雲流れ行く午後6時頃。俺たち『神話研究会』の面々は、見事にバラバラにはぐれ別途遭難中である。

 

「いやまあ、予想はしてましたよ?部長が登頂するとか言い出した時から…」

 

あの後、結局部長の自由過ぎる提案を断ることが出来ずに渋々承諾。半ば強引に、だが富士登山ぐらいなら出来ないこともないな、という半ば諦めの気持ちで連れられてやって来てしまったのは、しかし富士登山口ではなく青木ヶ原であった。

 

ええそうですよ、嵌められましたよ。

 

部長の本当の目的は富士の樹海だったらしい。自殺志願者が多いこの樹海は、その広さも相まって無断立ち入りは禁止されている場所である。自殺志願者というところがミソで、幽霊、お化け、邪霊何でも来いの肝っ玉部長の大好きなシュチュエーションの一つだ。非現実的なことが大好きですからね、あの部長は。

 

だがコンパスも携帯も使い物にならない、そんな危ない場所に行くと言えば俺たち二人が反対するのはもちろん、大学の許可さえ降りない。なので部長はブラフを二重に設けた。学校へはキャンプ場、俺たちには登山。そして真の目的は富士の樹海。そうしてまんまと俺たちを丸め込み、この樹海に連れてきたのであった。

 

その結果がこの様である。

 

言わなくていいよ。馬鹿だってことは充分わかってるから。

 

「にしても、本当にコンパスも携帯も見事に使い物にならんな…」

 

コンパスはさっきから回ったままで一向に北を指し示す気配はなく、携帯のアンテナは×の字を示し続けている。万事休す、八方塞がり、千日手、四面楚歌…。

 

うん、もう笑うしかないねw。何このデットエンドルート爆走中な状況。しかもグダグダ回想してたお陰でとっくに陽が暮れてるし。文字通りお先真っ暗!一寸先は闇!しかも従来は一、二日あれば登頂下山できるし民宿が各所にある為、テントなど持ってきていない。幸い今は夏。凍死はしないだろうが、ここは森の中なのだ。そのままその辺で寝れば、明日の朝には獣に喰われて死体が一体出来上がってることだろう。

 

さて、もう残された道は獣に喰われるか自力でここから出るかの二つ。もう二進も三進もいかないということが分かった所で、とりあえず野宿出来る洞穴なんかを探しに穂鷹は暗い森林を歩き出す。

 

だが、それが悪かった。

 

いや、判断自体は間違っていない。雨露を凌ぐ為にも洞穴などを探した方がいいのは確かだ。ただ一つ悪かったといえば、穂鷹の手に懐中電灯がなかったことだ。

 

「はえっ?」

 

よって穂鷹は突如変な声を上げることなった。

 

「え〜と…」

 

穂鷹はとりあえず状況を確認しようとして、後悔した。

 

「色々と言いたいことはありますが、今の状況を端的にご説明いたします!何故か目玉が其処彼処に浮いてる穴?を一直線に落下しております!」

 

頭が混乱しているのか、何故かナレーション風だった。そして、もの凄い突飛な展開だった。穂鷹は今、突如地面に空いた目が無数に浮いている不気味な穴に落下している最中なのだ。

 

(誰だよ、こんな所にこんなもん設置しやがった奴…)

 

悪態をついてもそれを受け止める相手は、残念ながらここにはいなかった。

 

───。

 



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幻想郷

 

十秒程の浮遊感を味わった所で、穂鷹の視界が開ける。

どうやらあの不気味な穴を抜けたらしい。

 

いや〜よかったよかった。あの不気味さは結構心に来るんだよねぇ…。冷静だった様に見えたのは、ひたすら目一杯広がる目やら何やらに戦々恐々していただけですよ、はい。

にしても、周り暗いなあ…。夏だけど、夜風ってどの事件でも冷たいもんなんだね。ほら、頬に当たる風はこんなにも冷たくて───

 

「うん。抜けたのはいいけど…なんで空?」

 

呑気に観察しているの場合じゃなかった。いま俺頭からまっ逆さに落ちてるんでした。ヤバイね、実にヤバイ。これ、地面ドカンの頭カチ割りパターンっすね、分かります。

勿論、着地方法なんざ考えておりませんよ?普通、いきなり空から落とされるなんて思わないじゃんさぁ…。小説やマンガじゃあるまいしね。

ま、フィクションなら突然誰か助けてくれたりするんだけどねぇ。

 

どっぼぉぉおおおんっっ!!

 

…そんな都合良く出来てるわけねえんだよ、この世界。

 

一直線に湖に突っ込みましたよ。地面で頭カチ割りは避けられたが、空から落とされて溺れかけるとかどんな仕打ちじゃい。お陰様で強制的に現実に連れ戻されました。ちなみに何故湖と解ったのかは、水が塩辛くないというところからです、はい。

 

まあ、ついでにもう一つ判明した事実がある。

 

なんか季節が冬っぽいデス!

水めっちゃ冷たいし!

薄く氷張ってるし!

厚くなくてよかったよ。そうじゃなかったら、今頃氷に罅入れるか氷の穴からコンニチハのアザラシ状態になってるとこでした。何それ可愛い!?自分で言うのもなんだけど!

 

「………うん、よし。だいぶ落ち着いてきた」

 

…と、訳もなく、俺らしくもないバカな妄想を繰り広げてようやく落ち着いた若干18歳。我ながら、これで落ち着く人種は人として大丈夫なんだろうか。

まあとりあえず、どうやら季節が逆転しているらしかった。もう何なのさ?この不思議世界…。加えて寒さで頭が麻痺していたのか、それとも余りの唐突な進行展開についていけなくなったか。

どちらにしても、この状態で何もしないのはなんだが無性にむしゃくしゃした気分だった為、精一杯の絶叫を上げてみる事にした。

 

「人生舐めんなコンチクショォォォオオオオオオオ!!!!」

 

───少しも落ち着いてなどいなかった。

 

 

「……そろそろ上がるかね」

 

あれから十分。

 

何か起こるんじゃないかと思い、湖で浮いたままの状態で待ってみたが、何も起こらないわ寒いわ体の感覚無くなってくるわで、いい加減自身の行動のバカらしさに呆れ果てて、上がることにした。幸い、泳ぎは得意である。

 

───で、五分経過〜(パッポー♪パッポー♪)

 

うん、なかなか岸につきそうにないね…‥。正直舐めてたわ。服着たままだとアスリートでも溺れるって話は強ち間違いじゃないかもしれない。

実際、服が水吸うし(そのせいで重いし)スピードも出ないし靴のせいでばた足の効果が薄いし、はっきり言ってかなり泳ぎ辛い。(絶対にそれだけが原因じゃない)

 

ちなみに脱げばいいじゃん?とかいう思考はない。

 

考えてもみろ。服もなく靴もない状態で岸に上がり、偶然近くにいた人に露出狂呼ばわりされる可能性とか恐ろしすぎるわ!俺の人生マッハで場外コースブッチしちゃいそうなシュチュエーションじゃん。まあ、周り真っ暗だけど。人どころか岸すら見えないけど。だから今どっちに向かって泳いでるか皆目見当もつきません。

 

まあそれでも、部長様と共に海から陸まで泳いだ時に比べたらまだマシだ。あの時は三日間泳ぎ続けたしね。後、サメとかに襲われかけたし、津波に呑まれたし…。

 

結論。

 

ヤケクソになりながらの寒中水泳。

 

 

───さらに五分経過

 

「さて、こっからどうするかな…」

 

奇跡的に岸まで辿り着いたものの何をしたらいいかわからない。完全なるココドコ?状態な上に今は夜。ただでさえ人通りがあるかも分からないような場所な為、通行人は充てに出来ない。

加えて、携帯も通じないらしい。アンテナは立っているが何処にかけても繋がらない。唯一コンパスはちゃんと作用するが、だからどうした。太陽出てないし、冬以外の北極星の探し方など知らん。見知らぬ場所でのコンパスの無能さを身を以て経験しとります。

 

うん、冬でも見つけられませんでした。

 

結局、場所はかわっても遭難しているのは変わらなかった。さて、ホントどうしようかねぇ…。

 

「とりあえず、人を探すか…」

 

悩んだ挙句、未知の土地での対処方その1を行うことにした。遭難などで無人島なんかに流れ着いた場合は、まず初めに人の存在を確認するらしい。

 

つまりは、分からないなら人に聞けばいいんじゃね?という、謂わば他力本願精神だった。

 

 

森の中に入って二十分を過ぎた頃。

 

「人なんているわけねえじゃん…」

 

人の存在を探しに森を探索してみたけど、見事に迷子になりました。よく考えればわかることでしたね。普通、こんな森ん中に人が住んでる訳がない。居たとしても、人じゃなくて妖怪やら化物やらの可能性が大です。

ちょっとでも、「もしかすれば山に伐採川に洗濯の老夫婦的な人達が住んでたりしないかな?」とか思ったのが間違いでした。人っ子ひとり居やしない。

 

「結局、出会ったのはこの子だけか…」

 

溜め息と共に頭に乗っているフサフサとした黒い塊に手をやり、ゆっくりと撫でた。

 

「ミィ〜」

 

頭の上で擽ったそうに、黒猫が身を捩る。頭の上で寝そべっていたのは、生後間も無い黒い子猫であった。

 

この森に入りしばらく放浪していると、ふと木陰に蹲っていた黒い塊を見つけたのだ。近づいてみて子猫だとわかった。どうやらまだ赤ん坊だったらしく、手を近づけると怯えて奥で縮こまってしまう。このままにしておく訳にもいかず、身体を撫で続けると安心したのか身を擦り寄せてくるようになった。こうして迷子に+一匹が加わり、人探し並びに親猫探しが始まったのだ。

 

したはいいが、自分も迷子だということを思い出した。自分の今いる場所がわからない。まるで迷路に迷い込んだ子供のように辺りをキョロキョロと見渡すが、何処も彼処も己の背丈より遥かに高い木々と、それを呑み込むかのような深淵の闇が広がっているだけ。

 

完全に方向感覚を狂わされていた。とりあえず湖から真っ直ぐ歩いてきたのでそのまま元来た道を戻ればいいのだが、暗くて自らが歩いてきた道程さえ分からなくなってしまっていた。そもそも真っ直ぐ歩けていたのかすら怪しかった。

 

そんな事実にも裏付けされ、後戻りという選択肢は思い浮かばなかった。迷っているのは事実なのだ。後戻りして迷うか、進んで迷うかの違いしかない。ならば少しでも前に進んだ方がいいだろう。この森の闇と同じ、深淵の子猫の親を見つける為にも───。

 

それに子猫の親はこの森の中にいる可能性は高いのだ。動物にはテリトリーというものがある。いくら自由奔放な種族だといっても、産まれて間も無い赤ん坊が自らの親と共に来た場所よりも外に行くとは考えづらかった。

 

「ミィ〜…ミィ〜…」

「はいはい、大丈夫だから」

 

頭の上の子猫が怯えたように身体を震わせる。木陰で見つけた時からずっと、まるで自分以外の何かに怯えてるかのような素振りを見せる。気配を探ってみたが、肉食の野生動物はここらでは察知できなかった。

 

「ま、それ以外ならいるってことなんだけど、ね…」

 

そう、それ以外。

森に住む木々、昆虫、鳥、獣。それら森の住民の気配に紛れるように、二種類の異形の存在が確認できた。

一つはまるで空気に溶けるかのかのように静かに漂う小さな気配。そしてもう一つは───。

 

「ちっ…」

 

そこまで思考して、近づいて来る獣の気配に気が付いた。加えて、独特の獣臭と血の臭いが鼻に届く。それらを放ちながら歩み寄って来る者が、単なる獣ではないことはすぐに分かった。

 

「山犬なんだろうけど…」

 

シルエットは犬のそれだが、その体格は人の体格など悠に超えている。出会ったことなどない穂鷹にでも分かった。こいつは、間違いなく妖怪だ。しかも人か動物か、何らかの生物を大量に殺している。鼻を突く生臭さに不穏な空気が混ざっているのを、穂鷹は敏感に感じ取った。

 

「森の案内人、なわけないか…」

 

自らを鼓舞する為にふざけた事を言ってみるが、効果は薄かった。血の匂いが嫌に鼻についた。

 

ヒュウ……。

 

他のことに思考が逸れたのは一瞬。妖怪の呼吸音が嫌に近くに聴こえ───。

 

「ふっ!」

 

その背に輝いた二つの眼光を見やるより早く、穂鷹は子猫を抱えて咄嗟に横に跳ぶ。一瞬遅れて、つい先ほどまで立っていた場所を妖怪の鋭い爪が引き裂いた。その爪は刃のように鋭く、長い。木が何本か、根元から折れて倒れた。

穂鷹はその場で半歩身を引く体制で、敵である妖怪を観察する。木々の間から漏れた月の光に照らされた妖怪の姿は酷く異様。体毛は月に当てられ白銀に輝き、闇を背に佇むその姿は一種の芸術のようでもある。

ただ、その口元だけが紅く染まっていた。ペンキが飛び散ったような、そんな漠然とした色ではない。何年、何ヶ月とその身の芯まで塗り込んだような───。畏怖と敬服さえ覚える程の鮮やかな紅がそこにはあった。

事実、この白銀の大狼は何百年という永きに渡りこの森を生き、凡ゆる物を喰らってきた最古参の妖怪の一匹であると同時にこの森の主でもあった。

 

「ガッ!!」

 

二度目の攻撃を避ける。体格に似合わぬ、恐ろしいほどの瞬発力と俊敏性であった。4m超の物体が砲弾並の速度で迫ってくる姿は圧巻の一言だ。到底、人が避けられる速度ではない。

 

だが───。

 

「甘い」

 

避ける。避けた。

対する穂鷹も、人間と思えぬ俊敏性で、紙一重で迫り来る鋭爪を躱していく。いくら企画外であろうが、そこはやはり獣は獣。鋭く速いが単調すぎる。そのほとんどが直線での攻撃だった。

ある程度身を躱した後、穂鷹は後退した。後ろ向のまま、露出した木の根を器用に避けながら森の中を跳び行く。

 

「グルッ!」

 

敵を捕らえられないことに苛立ちを募らせたのか、白狼は愚直にもその後を追った。

 

ただし、地ではなく木を駆けて。

 

その巨体の有するデタラメな全身の筋力を使い、バネのように木から木へと跳ぶ。跳ぶ度にスピードが上がっていた。

 

「いや、それ反則でしょ…」

 

穂鷹の後退が止まる──止められた。穂鷹の逃走は僅かに六秒。六秒しか、か、六秒も、か。いや、人間にしてはよく逃げたと称賛するべき数字であるのは確かだ。しかし、そもそも穂高の行動を逃走と判断するには、やはり微妙な数字ではあった。

 

「やれやれ、参ったなぁ…」

 

だが、現状からすればたった六秒、だ。あの数秒の内に、回り込まれていた。

 

「ガァッ!!」

 

木を蹴った速度のまま獲物の背中に、その鋭爪が振り下ろされる。再び繰り出された爪の一撃を、今度は全力で横に跳ぶことで避ける。先ほどよりも僅かに反応が遅れ、体制を崩した。

高い身体能力に頼ったデタラメな白狼の追撃に、穂鷹は対処し切れない。敵の爪が穂鷹の頬を浅く裂いた。視界に自分の血が飛び散るのが映る。だが、それを気にせずに穂鷹はある場所へ向かって走った。

記憶が正しいならばあと少し、あと少しで───。

 

「ガルッ!」

 

そしてその場所に、飛び掛かった白狼と共に踊り出た。

白狼がその身に噛み付こうと、紅い口を開ける。穂鷹は何度も地面を転がりながらも、白狼の腹部を蹴り上げ脱出する。飛び掛かられた時に木の根の側に下ろした子猫が怯えながら此方を見ていた。

 

「よし」

 

目の前に広がる広大な湖には、綺麗な月が映し出されている。戻ってきていた、あの湖に───。

此処こそ穂鷹の目指していた場所であった。

 

「さてと、これでやっと戦える」

 

どうやら人語が理解できるらしい。無造作に言い放った穂鷹の言葉に、白狼は首を傾げるような動きをする。それを前に、穂鷹は手を横に伸ばし、何かを握るような動作をする。その手を薙いだ───。

 

「それじゃ反撃開始といこうか!」

 

───その手に持った刀が、白狼の脚を切り裂いた。




ま、毎回こんな感じなんでよろしくお願いします。
感想の方、お待ちしております。


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鋭と永

 

長い廊下の突き当たりを左に曲がると、古風な道場が見える。母屋とは離れになっており、本家もあるという由緒正しき剣術道場であった。名を谷峨駞(やがた)道場という。

その道場の木戸を穂鷹が開けると、門下生達が全員正座で入り口に向かって頭を下げる。その様は、自分が偉くなったように錯覚させるに足る光景だった。

 

「やあ、待っていたよ。待ち遠しかったよ。こんな山奥までよくきたね」

 

不遠慮で、不躾で、不仕付けで───。

図々しく、白々しい。

いつも通りの傲慢さで彼女は言い放った。

 

「ここまで呼び寄せたのはあんただろ?…ったく、人の事情も知らないでさ…」

「ああそうだよ。君が呼び寄せられたんだよ。予備寄せられたんだよ、穂鷹くん」

 

穂鷹の反論など全く意に介さない。傲慢で暴慢なこの道場の師範代であり、我が神話研究会の部長である檟谺本人は、道場の一番奥で待っていた。

この見た目超絶美人の部長は、剣道柔道水泳野球卓球ラグビーバスケットアメフトテニスサッカースキーサーフィンロッククライムレーシングサイクリングセーリング───その他諸々エトセトラ、凡ゆる世界一と勝負してその全員を打ち負かすという、妄想ここに極まるといった感じの超人想像図を齢十五歳で体現してしまった御人である。其れらの勝負は非公式で限られた人しか知らないはずなのだが、ここ日本だけでなく世界から弟子志願者が殺到した。部長は全員突っぱねたが勝手に弟子を名乗る者も少なからずいたという。本人は完全に放ったらかし、というかそもそも興味すらなかった為、どちらが悪いと言われれば悩みどころである。その不届き者の内の一人が道場主をしているのがこの道場である。

 

どちらともなく道場の中央に進み、1メートルほど離れて相対する。両者の目前に二振りの木刀。何をするかなど、この場を見ればわかった。門下生は既に壁際まで退避済みだ。よく訓練できた生徒達である。

 

「少し時間を貰うよ?」

 

そう言うと穂鷹は、神前・刀にそれぞれの礼を行う。

 

「お待たせ」

「ふむ、礼儀だけはしっかりしてるんだね。感心感心」

「色々と失礼すぎんだよあんた…」

「事実だからね、何にも出来ない穂鷹くん?」

「煩いよ、何でもできる部長様」

 

いつも通りの挨拶も済ませ、谺は正座、穂鷹は無手直立のままで静止した。

 

「え……?」

 

思わずといった風に門下生の中から疑問の声が上がる。立ち上がらない谺、木刀を持たない穂鷹は、そのまま互いに礼をする。その異様な様相に、門下生たちは既に呑まれていた。

この谷峨駞道場は剣道の道場ではなく剣術の道場である。だが、この道場の本質が居合術であることは門下生たちはまだ知らない。

 

居合とは、いつ如何なる状況下においても対処できる剣術。それは着座姿勢であっても同じ事。つまり、谺は既に構えを取っていた。

 

対して穂鷹の無手の構えは、剣士が剣を失った時にも戦う為のもの。つまりは穂鷹もまた剣術の構えを取っていたのだ。

 

しかし、やはり異常であることに変わりはなかった。今は剣がある状態にも関わらずの無手の構え。抜刀状態からの斬り合い、という概念が固まっている谷峨駞道場門下生は、居合・抜刀術の恐ろしさを、文字通り身を以て知っている。況して無手の剣術など、聞いたことがなかった。

 

(さてと、どれくらいなのかね…)

 

門下生の静かな喧騒の中、穂鷹は静かに一歩下がり、攻め手を模索していた。何せ部長が剣を扱う姿を直に見るのは、今日が初めてなのだ。

相手は納刀しており、更に着座姿勢。

長さは3m半───いや、速度が分からない以上、間合いも少し広く取り刃圏に入らない事が無難と判断した。

 

と。

そこで。

二人の距離が開きかけた、そこで。

穂高が、谺から、離れようとした、そこで───

 

「───!!」

 

穂高が反応した。

 

「しゅっ!」

 

二瞬。長さが倍になったかのような錯覚を覚えるほどに、全身で突き出した木刀から距離を取る。それを追うように、谺は腰を上げ、爪先を立てた状態で、膝を使い穂鷹との間合いを一気に詰めてくる。その圧力に負け、穂鷹は左に回り込む。帯刀は左腰。抜刀術では死角になると判断した。

 

「はっ!」

 

気合いと共に上段から円を描くように手刀で斬りかかる。

その瞬間、谺は左膝を軸に横に向き直りながら右膝を立てつつ、上方に抜刀、同時に上段から打ちつけて来る穂鷹の攻撃を受け流しながら立ちあがる。その全ての動作が同時に、一呼吸で完了してしまう為に、門下生が身を乗り出してしまった。立ちあがりに攻撃を受け流しつつ、穂鷹の左を取り、谺が即座に首に木刀を当てる。

 

決着がついた───。

 

 

「グ・・・ル・・・・」

 

背中を切り裂かれた白狼が、苦悶の声を挙げる。

理解できなかった。距離が開いているのにもかかわらず、その背中には切り傷がきざまれている。届くはずのない距離で、届くはずのない斬撃にやられたのだ。理解できるはずなどなかった。

故に理解しない。何も考えず、思考から外す。

 

「意外に硬いな…」

 

そして、穂鷹もまた知るはずなどなかった。

この魔法の森が満ちている瘴気を永きに渡りその身に受けることで、その白銀の体毛が鉄よりも硬く鋭い凶器へと変貌していた。

それは外から来た人間如きが知り得るはずの無いことである。

 

「ふっ!」

 

だが、穂鷹は迷わず前に出る。先ほどの斬撃───〈新月〉で斬れないことは分かった。〈新月〉とは名ばかりで、実際は風を飛ばすただの鎌鼬である。ならば直接叩き斬れば、どうか?風の刃ではなく、鉄の刃なら───。

 

「ちっ…!」

 

しかし、力を乗せて振りかぶった刀は空を切る。

 

白狼もまた動いていた。

あの刀には自分を殺す力があると本能で察した。直接喰らうのはまずい、ならば当たらなければいい。自然で生きてきた強者の思考である。

白狼は横に跳んでいた。そして、そのまま器用に身体を回転させ、振り下ろした姿勢の穂鷹に襲いかかった。人のものより一周りも二周りも太い四脚の、何十何百倍もの脚力を存分に生かした突進。人の目には消えたように見えたであろう速度を以って迫り来る巨体。だが、それに穂鷹は反応した。巨体を避ける為に、穂鷹は上に跳ぶ。

 

「なっ…!?」

 

───そして、同じく上に跳んだ白狼に叩き落とされた。

白狼は突進の速度を脚力だけで跳躍へと向けていた。速度を落とすのではなく、無理矢理力の方向を変えたのだ。ただの人間には出来ない芸当であった。その絶大な脚力で地面へと叩きつけられた。唇が切れて、血が垂れた。その血を拭うことなく横に転がる。

 

「っ!」

 

刹那、穂鷹の頭があった場所を白狼の脚が踏み抜いた。穂鷹もただ避けただけでなく、回避と同時にその脚を斬りつけたが、不自然な状態での斬撃だった為にその傷は浅い。

体制を戻し、再び白狼と対峙する。

 

「───────────っ!!」

 

突然、白狼が吠えた。

狼の遠吠えに人は恐怖を感じるというが、こちらは文字通りの恐怖だ。

 

(───っつ!)

 

地面が一直線に抉れていた。音による共鳴破壊は有名だが、こんなデタラメなことができるのはさすが化物といった処か。

穂鷹は咄嗟に身を翻すのと刀を前に出すことで直撃は防いだ。だが、その両耳から血が垂れる。大音量の咆哮に鼓膜が破れたのだ。

そして、二度目の咆哮が放たれる。

 

「貰いっ!」

 

だが、今度は穂鷹も動いた。

負傷しながらも、咆哮の特徴や威力、範囲を正確に見極めていた。この咆哮は確かに強力だが、周囲に撒き散らすものより威力を圧縮したことで、その周囲はただうるさいだけの空間となっていた。

幅は約16m。ギリギリ、ホントに僅かな時間差で、穂鷹は音の破壊から逃れていた。ブレスを放った直後の刹那の硬直の間に、白狼の身体に肉迫する。狙うは柔らかい首元。今度は刀は抜かず、鞘のまま振り抜く。

 

「〈叉月〉───」

 

抜かずの衝撃剣をまともに喰らった白狼は、その身と同じ月に吸い込まれるように湖へと落ちた。

 

 

白狼が湖に沈んだのを確認して、刀をしまう。しまうといっても空間を操作して別の場所に転移させただけなのだが。

 

「はぁ…疲れた」

 

今日はハード過ぎる一日だ。遭難し、落下し、寒中水泳し、迷子になり、挙句に巨大な狼に襲われる。どこのスペクタクル映画だよ…。

 

「とりあえずは親猫を探さないとな…」

 

木の根元に置いてきた子猫のことを思い出し、そちらに向かおうとして───自分が倒れているのに気がついた。

 

「───うわぁ…これはちょっとまずいわぁ…」

 

気づいた時にはもう手遅れであった。声を挙げてみるが、反して身体は全く動かない。その指さえまともに動いてはくれそうにない。

この森の瘴気がただの人間には毒だということを、やはり穂鷹は知らなかった。子猫がこちらに走り寄ってくるのが見える。

 

(ごめん…君の親を探すのはまた今度、ね………?)

 

黒猫が此方に飛び込んでくると共に、穂鷹は気を失った。

 

 

───。

──────。

 

「ふふ…見事だよ穂鷹くん。よく今の一瞬で背後を取れたね」

「ギリギリだったけどな」

 

谺の持つ木刀の鋒の先に敵はいない。逆にその首筋に手刀の鋒が添えられていた。

あの一瞬───谺の木刀が首筋に当てられる直前、獣のように四肢を目一杯使って地面と水平に跳んでいた。そして、そのまま手刀を谺の首筋に添えたのだ。

この間、僅か0.02秒。

人の境地を軽く超越したこの素早さは、超人を地で行く部長にも劣らぬ穂鷹の才能でもあった。

 

「うんうん、いい感じに仕上がってるね。これなら大丈夫そうだ」

「勝手に納得しているところ悪いんが、不穏な空気がひしひしと感じるのは気の所為か?」

「ん?何だい?僕のワクワク感が伝わったかい?心臓のドキドキ感が感じられたかい?」

「ああ、確かに感じたよ。俺はあんたのワクワク感に心臓がバクバクだがな。ていうか、さっさと状況を説明しろ」

「ははは、なら話は早い!」

「話聞けよ」

 

いろんな意味でポカン状態の門下生たちの前で、「世界一周旅行〈死んだらごめんねツアー〉」の計画が一方的に組み上げられていった。

 

そのツアーの説明を受けたのが出発してからだというのは、実に笑えない話であった───。

 

 

「……………」

 

どれぐらい眠っていただろう。何故か目覚めがかなり悪い。悪夢でも見た感じだ。穂鷹がゆっくり目を開くと、和室と思われる天井が目に入った。

 

(ん?天井?俺、確か外で……)

 

記憶を辿ろうとするが、うまくいかない。気絶していたのだから当然と言えば当然であった。

だが、無事だった。無事かどうかは微妙なところではあるし、あの状況からどう助かったかも知らないが、生きているだけで無事だというものだろう。

 

「ミィ〜……」

 

自分の体の上から聞き覚えのある鳴き声がした。

 

(そういやさっきの猫……無事だったんだな……)

 

天井を見上げたまま、確かめるように手を猫の頭に乗せた……つもりだった。

 

「う……ん……」

(………………………はい?)

 

幻聴かもしれないが、いま女の子の声がしたような気がする。もう一度猫?らしき頭を撫でてみる。

 

「う…に……」

 

やはり女の子の声がした。

 

(なんかおかしくね?)

 

確認しようと頭を持ち上げる。まず子猫と目が合った。穂鷹の胸の上で気持ち良さそうに丸まっていた。だが、その頭の上に穂鷹の手はない。

 

「ごめんね、ちょっと降りてくれるかい?」

 

ミィ、と応えるように鳴くと、ゆっくりとした動作で子猫は体から降りる。次いで、子猫の後ろにいた明らかに寝起き顔の猫耳の少女と目が合う。その少女の頭の上に穂鷹の手はあった。

 

「……」

「……」

 

ワッツ?(巻き舌風)

 

(え?だれ?この子…。)

 

遭遇、迷子、襲撃と来て、今度は見ず知らずの場所で見ず知らずの少女とご対面とか笑えないんですけど、割とマジで。こういうことが起こるのはゲームや漫画の中だけだと思っていたけど、それをまさか自分が体験することになるとは…。いやはや、自生って何が起こるかわかんないもんだね!もうワックワクが止まらない♪

 

(うん…展開が凄すぎてテンションがヤバめになっておりますな……)

 

てか、なんで意味不明な時ってwhat?って言っちゃうんだろうか。誰?って聞いてるんだからwho?なはずなのにね。

それこそ意味不明じゃん!の思考をしていた為に、端から見れば猫耳少女と見つめ合ってる様にしか見えない現状に気づかない二名(?)。

周りにキラキラフレームの幻覚が見えた気がした。

……これ、なんてギャルゲーっすかね?

そんな童貞丸出しの思考は一先ず置いといて、事実上二人とも無言のまま沈黙が続いていた。

 

『おはようございます。』

 

そして、ハモる。何処ぞの朴念仁ではないが、何故『ハモる』なんだろうか?モニるでいいじゃん。監察官とかもよく使いそうじゃん、モニる。一つに統一されて分かりやすいと思うよ?

 

(…にしても、非常に気不味いであります!)

 

彼女いない暦=年齢の俺には、少女と見つめ合うシチュエーションは中々にキツイものがある。これを平然とこなす二次元の主人公には敬服するね!というわけで、だーれーかー!!ヘーループーミー!!

 

そんな俺の悲痛な叫びを聴きつけて、天使が舞い降りた───。

 

テンパって、ふざけたことを考えてみる。

 

「橙、その人間の具合はどう……だ?」

 

すると、ホントに天使が現れた件について。襖を開き現れたのは、九つの金色尾を持つ狐耳女性。

九尾の狐───。別名尾裂狐(オサキ)という、妖怪の類いではメジャーなこの妖怪は、総じて高い妖力を持つ大妖怪として描かれると同時に絶世の美女としても受け継がれている。

目の前の女性もまた、その伝承に違わぬ強力な妖力を放つ絶世の美女であった。

 

「あ、藍さま」

 

その美貌に魅入っていると、一早く気を取り戻した猫耳少女が女性の方に向き直る。遅れて穂鷹も、そちらに目を向けた。藍と呼ばれたその女性は、襖を開けたままの状態で固まっていた。その顔に段々と影が差してくる。

 

(ああ…なんか、ヤバめな雰囲気が…)

 

経験上、沈黙が何よりも怖いということは嫌というほど身に染みて理解している。そして、ついでとばかりに身体が震え始め、穂鷹の不安が現実味を帯びてきた頃。遂に、女性の中で何かが弾けた。

 

「貴様っ!橙に何をしている!?」

 

横に広げた女性の手の平から、無数の光弾が穂鷹に襲い掛かった。

 

「いや、何それ!?って言ってる場合じゃないね!!?」

 

ドゴオオォ……ッ!

 

対して穂鷹は、気づかれないよう布団の中に出現させた刀で謎の光弾を斬っていく。正直座ったままだと刀は振りにくいため全て斬るのは不可能だったが、とりあえず直撃は避けていた。

 

「ちょ!ま───危ないって!まず状況を確認しようよ!」

「問答無用!」

「聞く気無しな上に理不尽すぎるよこの狐!!?」

 

再度、爆音と破壊音が響いた。この不毛な争いは、穂鷹が寝ていた和室を半壊させるまで続いたという。




きつねうどんは好きですか?

因みに私は掛け蕎麦派。


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スキマのお姉さん登☆場☆!!

はい、毎度ながら(というほど話数ないけど)出たとこ勝負の投稿です。
間がかなり空いた割に文字数少なめです。
ついでに初めのあたりは駄文満載。
ちょこちょこ直してくんで、その辺は勘弁してください。
それでは艇のいい言い訳も済んだところで、スキマのお姉さん登場!
胡散臭さ満載の会話をご覧ください。


 

十分後───

 

橙に抑えられ、九尾の妖怪はやっと落ち着きを取り戻した。

 

「私の弾幕を避けるとは……その怪我で中々やるな人間」

「そう思ってるんならもう少し早く止めて欲しかったよ……」

 

割と本気で息も絶え絶えで返す。寝起きの急激な運動は身体に悪いのでやめましょう。

 

「それとこれとは別だ」

「やっぱり理不尽だよ、この狐!」

 

俺が何をしたってんだ。

過保護なのか、溺愛しているのか。

どちらにしても、橙に対しての反応が過剰過ぎませんかね?

 

「それはそれとして。落ち着いたところで聞くけれど…」

「何だ?」

 

まだ若干視線に危険な色を滲ませながらも、怪訝そうに狐が尋ねる。

 

「部屋、こんなにして大丈夫なのか?」

 

穂鷹がボロボロになった部屋を見回しながら言う。

天井はボロボロ、畳は穂鷹が寝ていた場所を除いて完全なる穴空き状態、襖に至っては跡形も無く消し飛んでいた。

自分がさっきまで何処に寝ていたか、本気で疑いたくなる風貌に様変わりしてしまっている。

 

そして、それを成し遂げた当の本人は───。

 

「……」

 

畳を見、

 

「…………」

 

天井を見、

 

「………………」

 

襖を見た後、

 

「…………はは……は……」

 

顔が段々と青くなり、力無く引きつった笑みを浮かべた。

かなりヤバいらしい……。

 

「え〜と……とりあえず片付けようか。ここの家主が帰って来る前に直せば問題ないんじゃないかな?」

「そ、そうだな!直してしまえばどうということはない!」

 

どうやら簡単なフェイクにも気づかないほど焦っているらしい。

前向きな思考は評価すべきところなのだが、いいのか?家主に仕える身として。

 

「それじゃ道具と材料を取ってきてくれる?俺はこの家の間取りは分からないから」

「承知した。橙も手伝ってくれ」

「は、はい藍さま!」

 

藍と橙が急いで部屋を出て行く。

部屋から足音が聞こえなくなってなってから、穂鷹は静かに呟いた。

 

「人払い完了っと…そろそろ出てきたら?」

 

一見すると、何もない空間に投げ掛けられた言葉。

しかしそれは、確かに何者かに向けて発せられていた。

応える者はいないこの部屋で、しかし応える声が穂鷹の背後から挙がる。

襖が中心から破られるかの様に、その空間が開いた。

目のようなものが多数浮いている気色悪い空間。

その空間から1人の女性が現れた。

長い金髪に白い帽子、白と紫色の衣装で奇妙な形の傘を持っている。

10人中10人が振り向いてもおかしくないほどの美女。

だが、その雰囲気はどこか胡散臭さを醸し出しており、穂鷹個人としてはあまり関わり合いたくなかった。

 

「あら、よくわかったわね。いつから気付いていたのかしら?」

「冗談はそれぐらいにしろ。元から隠す気なんかなかっただろうが」

「さあ、それはどうかしらねぇ?」

 

雰囲気通りの胡散臭い笑みを、扇子で隠す。

美人が浮かべるとそれすらも妖しい魅力を備えてしまう笑みは、到底隠せきれるものではなかったが。

 

(はぁ…胡散臭さはうちの部長とタメ張れるな…)

 

あのトンデモ部長の満面の笑みが見えた気がして、強烈な既視感からくる嫌悪感と倦怠感に早くも気が折れそうになりながらも、言葉を続けた。

 

「それで?俺に話があるんじゃないのか?」

「あら、何のことかしら?」

「惚けるな。俺をこっちに連れてきた挙句、妖怪に襲われた時にも遠くで覗き見てただろ。気になってまともに戦えやしねえ」

「あら。私は覗いてた覚えなんてないわよ?」

「わざわざ妖怪を嗾けておいて?」

 

妖怪は生きた長さに相応する知能を持っている。だが森の長であるにも拘らず、白狼は一度も声を発していない。それに加え、あの銀狼は一本たりとも森の樹木を薙ぎ倒していない。あれだけデタラメな脚力があるのなら、あの程度の太さの木々など貫けないはずがないのだ。にも関わらず、白狼はまるでそれを避けるかのような攻撃しかしてこなかった。

穂高はそれをずっと疑問に感じていた。人間をただの餌だと思っていたと言われればそれまでだが、この女妖怪に会った時点で確信した。

白狼に襲われた時に僅かに混じっていた別のモノの匂い。

それがこの女のものであった。

 

「ふふ…やっぱり貴方、唯の人間じゃないわね」

「唯の人間だよ。何処にでもいる唯の大学生だ」

「異空間に干渉したり妖怪相手に戦い慣れしてる大学生が、唯の人間だとは到底思えないのだけれど?」

「胡散臭い奴に毎日毎日拉致されたり見殺しにされかけたりと濃ゆーいお付き合いしてるもんでな。胡散臭くて食えない変人の対処は慣れてる」

「へぇ…それで、その対処法は?」

「黙って受け流す」

 

変人と言われた当の本人は、いつも通りの胡散臭い笑みを浮かべながらも何処か面白いものを見るかのように目の前の人間を眺めている。

異様な雰囲気の中でしばらく無言が続き、

 

「はははは」

「ふふふ」

 

まもなくしてどちらともなく笑い出した。

 

「お互い、腹の探り合いはここまでにしとこうか」

「そうね、藍も戻ってくる頃だし」

「直ったら呼ぶから、話はまたその時に」

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

話を切り上げた女妖怪が、入ってきた時と同じ様にあの不気味な穴を開ける。

そこに足を踏み入れる直前に、ふと振り返った。

 

「そういえば、名前はなんていうのかしら、唯の人間さん?」

「穂鷹、灼馳穂鷹。そういう君は?胡散臭い妖怪さん?」

「紫よ、八雲紫」

「そう、それじゃ紫…」

「ええ、それじゃ…」

 

「「さようなら」」

 

そして、不気味な穴は閉じられた───。

 

 

あの後、道具と材料を取って戻ってきた藍と橙と一緒に1時間掛けて部屋を修理した後、見計らったように帰ってきた紫と共に客間へと移動した。藍がお茶の用意をしてくれていた。

 

「さて、まずは自己紹介かしらね」

 

先ほどとは打って変わり、紫の方から話を切り出す。

 

「私の名前は八雲 紫。ここ幻想郷の創設者であり、境界を操るスキマ妖怪」

「幻想郷?」

「ええ。貴方の世界の常識がここの非常識であり、非常識こそがここの常識」

「幻想郷、ね……そんな地名は初めて聞いた」

「地図には載っていないから当然よ。そして、こっちの二人が───」

「八雲藍。見ての通り九尾の狐であり紫さまの式だ」

「橙です。藍さまの式です!」

 

紫は悠々と、藍は堂々と、橙は元気良く。

三者三様の自己紹介であった。

まあ、既に知ってたりするんだけどね、そこは伏せておいた。

 

「さて、次は貴方よ」

「ああ。俺は灼馳穂鷹。人間です……って言った方がいいか?」

「ふふ、お好きな様に。さて、貴方にはまずお礼を言わないといけないわね」

「お礼?」

 

お礼を言われるようなことをした覚えはないのだが、はて……?

何方かというと謝罪されるようなことはされた気はするんだがな。

そういう気を込めて紫を見るが、またあの胡散臭い笑みを浮かべただけで意に介した様子はなかった。

 

「ミャ〜オ…」

 

事の真意を理解しかねていると、一匹の黒猫が擦り寄ってきた。

よく見ると、黒猫の後ろに付き添うように、一回り大きな猫が座っている。

 

「ああ、あの時の子猫か。親猫に会えたんだ、よかったな。でも、ここにいるってことは…」

 

子猫を撫でながら尋ねる。

 

「はい…その子は私の配下の猫なんです……」

 

橙が申し訳なさそうに告げる。

 

「その子はまだ産まれたばかりで、森を散歩してる時に逸れてしまって…」

「で、行方不明だったこの子を俺が助けたと」

 

橙は無言で頷く。

 

「ごめんなさい。私がちゃんと見てなかったから……」

 

今にも泣き出しそうな表情で謝っている。

 

「気にしなくていいよ。この子も無事だったんだし、ね」

 

猫の頭を撫でた後、同じ様に橙の頭を撫でながら笑顔で応える。

 

「穂鷹……さん、ありがとうございます……」

「ほら、だから泣かない泣かない。せっかくの可愛い顔が台無しだよ?」

 

ハンカチを取り出し橙の涙を拭いてやる。

 

「ウオッホン!」

「わおっ!?」

「ニャッ!?」

 

すると、いつの間に回り込んだのか、背後から藍の咳払いが聞こえた。二人して慌てて離れる。

危うく先ほどの二の舞になるところであった。

 

「ふふ…。仲が良いのね」

 

間接的にピンチを招いてた奴が呑気に笑うな。

 

 

さて。藍が淹れてくれたお茶も一通り味わえたし、そろそろ聞くか。

 

「それで?なんで俺はこっちに呼ばれたんだ?」

 

目の前の女妖怪に、頃合いを見計らって一番聞きたかった質問を投げかける。

 

「率直に言うと単なる暇潰し。この頃はやることが少なくて済んでるから暇なのよ」

「………」

 

聞いた俺が馬鹿に思えてくるほど、理由がしょぼかった。

とりあえず思ったことが一つ。

こいつムカつく!!

 

「そのやることが何かは聞かないでおいてやるから一発殴らせろ」

「いやよ」

「大丈夫だ。死にはしない」

「人間如きに殴られた程度で死にはしないわよ?」

 

ホントこいつムカつく!!

 

「なら殴らせろ、全力で」

「いやよ。痛いもの」

 

拗ねたように口を尖らせる姿は可愛いもんだが、これぐらいは甘んじて受けてほしいぐらいだ。昨日の俺の仕打ちに比べれば、パンチ一発ぐらい安いものだろう。ついでに、殴れない黒猫の分も上乗せしておこう。

 

「えっと…二人とも何やってるんですか?」

「あ、おかえり橙ちゃん」

「は、はい。ただいまです」

 

片付けを手伝っていた橙が戻ってきて、それに完全に毒気を抜かれてしまった。

 

「はぁ…もういい……」

「あら、根性のないこと」

 

やっぱこいつムカつく!

 

「ところで、紫は何の妖怪なんだ?」

「私?一応、周りからはスキマ妖怪と呼ばれているわね」

「スキマって………あれか?」

「ええ、これよ」

 

そう言って、またあの不気味な空間を開ける。あの目玉がギョロギョロした空間はスキマというのか。ついでに言うと俺が落とされた穴もそうか。あ、思い出したらまた怒り込み上げてきた。やっぱり後で殴ろう、うん。

 

「どうやって出してんだ?それ…」

「私の能力を使って、よ。境界を操る程度の能力。それが私の能力よ」

 

境界を操る程度の能力、ね…。なんで程度が付いているのかはわからないが、使い方次第では恐ろしい能力だということは容易に想像できる。

 

「にしてもスキマ妖怪なんて聞いたことないけど…」

「私も聞いたことがないわね」

 

際ですか。

まあ、こんな気持ち悪い空間を生み出す奴がうじゃうじゃいたら世界存続の危機です。いろんな意味で。

 

「そうそう。とりあえず聞いておくけれど、貴方、元居た世界には戻りたい?」

「そういう重要な話をさらっと言うのやめてくれ。反応に困る」

「あら、ごめんなさい」

 

しかもとりあえずかい。謝ってないことは分かり切ってるから、その胡散臭い笑みを隠す気もない扇子で隠そうとするのもやめてほしかった。正直胡散臭さがウザさに変わるレベルです。

 

「うーん…いや、特に帰りたいとは思わないけど」

 

戻ったところで、あのトンデモ部長に振り回されるだけだ。遠江先輩には悪いが、これはいい機会である。

 

「そう。ならしばらくはここに住みなさい。この幻想郷での生き方に慣れるまで面倒は見てあげるわ」

「結構です」

 

速攻で拒否した。

いや、だってねぇ?どっちかというと面倒そのものが目の前にいる訳ですし?面倒を避けるどころか自ら飛び込んでいく形になるし?正直言うと、早くここからオサラバしたいです。持病の胡散臭さアレルギーが疼き始めましたよ。

 

「あら、つれないわね♪」

 

ワザとだ!この女、絶対ワザとだ!!

 

「まあいいわ。明日にでも神社に連れていくから、そこに泊めてもらいなさい」

「そっちの方がよっぽどマシだな」

 

精神面的な意味で。

 

「ていうか神社って?」

「博霊神社。様相は想像にお任せするわ」

「神社の様相って、そんなほいほい思い浮ぶほど選択肢ないよな…」

 

別に仏教に帰依してないし。

鳥居と石灯籠と本殿ぐらいしか思いつかないし。あと御神籤引くところ。

 

「詳しい話は明日にしましょ。まだ傷も治っていないのだし」

「まあ確かに、誰かさんの戯れのついでに負った傷はまだ完治してませんね」

「まあ、大変」

 

こいつホント素でムカつく……

 

もう何度目かもしれない愚痴を溢しながら、穂鷹は用意された客間へと戻った。

 

正直、寝付ける気がしなかった。

 




我が家には二匹の飼い猫がいますが(ロシアンブルーと三毛)、まあ何とも可愛いことこの上ない。
この季節には炬燵を引っ張り出してきて、飼い猫と取り合いながら温まるという日常風景が繰り広げられております。


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博麗の巫女

更新遅くなってすいません。

今回は霊夢さん登場回です。

ではどうぞ!!


 

翌朝、窓を開けると、今年初めての雪が降っていた。一面厚い雲でぴっちりと蓋をされた灰白色の空から、途切れなく羽根のような白い雪が落ちてくる。天の白を少しずつ削り取って剥落させたかのような眺めであった。

 

…こんなことを思考しておいてなんだが、昨日まで夏だったのだ。いきなり季節逆転しちゃってるし。色々あって忘れてはいたが、誘拐事件が落ち着いた今、最もツッコむべきところはそこだったりする。

 

(まあ大方の理由は分かってるんだけど、正直こればかりはどうしようもないしなぁ…)

 

本人しか分からない理由で、穂鷹は本日一度目のため息をついた。

 

 

「おはようございます!穂鷹さん」

 

穂鷹が洗面所で顔を洗っていると、後ろから聴き覚えのある声を掛けられた。顔を拭いた後そちらに振り向くと、予想通り橙が立っていた。

 

「ああ、おはよう。橙ちゃん」

 

にこやかに挨拶返し。誰かと朝起きて挨拶を交わすのは何年ぶりだろうか。俺の両親は共働きで年に数えるほどしか顔を合わさないし、何より一人暮らしを始めてからは会ってすらいない。なので、朝の挨拶は何気に新鮮だったりするのだ。

 

ちなみに昨夜泊まったのは紫の家ではなく、『マヨヒガ』と呼ばれる山奥の家屋だ。如何にも日本家屋風情のその家は、橙ちゃんが一人で住んでるらしい。この年で一人暮らしとは末恐ろしいよ、この猫耳幼女…。

 

(まあ、この子も妖怪な訳だし、見た目通りの歳じゃないんだろうけど…)

 

他の二人とは一緒には住まないのか?とは聞いてみたかったが、お世話になる身で人様の事情に首を突っ込むのは失礼だと感じたのでやめておいた。

 

「朝早いんですね。起こしに行こうと思ったら、布団畳んであって驚いちゃいました」

「はは、早起きは得意なんでね」

 

苦笑い気味に返す。

なんせ、うちの部長にお前それ朝じゃねえだろってぐらいの時間に叩き起こされたことが多々、多々、もう一つ加えて多々あったので慣れてしまった。(大事な事なんで三回言った)

 

「お〜い橙、穂鷹。起きたなら朝食の用意を手伝ってくれ!」

「了解!」

「はい、すぐ行きます!」

 

どうやら藍も来ていたらしい。台所の方からお呼びがかかる。急ぎ足で橙と共に台所へと向かった。

 

 

トントントン♪

 

食材を切り分けるリズミカルな音が台所に響く。穂鷹と藍は台所にて朝食の準備、橙は配膳の準備をしている。

 

「ほう…手際がいいな」

 

汁物を作りながら藍が訪ねてきた。

 

「まあね。普段から自炊してるから慣れだよ、こういうのは。そういう藍も結構な手際の良さじゃん」

「ふふん、そうだろう。私も長い間やっているからな。慣れている」

「へえ…ちなみに好物って何?」

「私か?私は油揚げだな。あのジューシーな食感は何度食べても飽きない!」

「なら、きつねうどんも好きなのか?」

「ああ!」

 

目を爛々と輝かせて力説された。

狐の妖怪なのに好物がきつねうどんとはこれ如何に。

実際に小さな子供たちは、きつねうどんやたぬきそばを狐や狸が入った食べ物だという認識が少なくないらしい。まあ、三歳児辺りの認識結果だが。

 

「───今日は焼鮭なのね」

 

神出鬼没が今日も絶好調な女性───幻想郷の賢者『八雲紫』が、料理中の二人の背後に開いたスキマから笑いかけてきた。危ないですよ、スキマのお姉様。

 

「紫さま、包丁を使っている時は危ないので普通に声を掛けてください」

「うふふ…それじゃあ面白くないじゃない?」

「はぁ…まったく。もう少しで出来上がりますので居間でお待ちください、紫さま」

「もう。つれないわね…」

 

ちょっとわざとらしく拗ねる仕草が思ったより可愛いかった。

 

(そろそろ味噌汁はいいかな?…魚もそろそろか)

 

だが、この場にいるはずのもう一人は、そんなことなど一切無視して黙々と朝食を作っていた。

胡散臭い奴の対処法その1を絶賛発動中である。黙って受け流す、つまり放置だ。

 

(漬物無いかな・・・)

 

傍目で主とその式との戯れ合いを流し見ながら、堂々と他人の冷蔵庫を漁る穂鷹であった。

 

 

そして朝食の準備が整った。配膳の時に、両手と尻尾に皿を乗せて運ぶというとんでもない器用さを発揮した藍の凄技に驚かせられながら、全員食卓についた。

 

「「いただきます」」

 

食卓に並んでいたのは、ご飯に味噌汁、焼き鮭と純和風のメニューだった。

 

「久しぶりだな、こんな純和風の朝食を食べるのは……」

 

穂鷹が食卓を眺めしみじみ言う。

 

「あら…向こうではどうだったのかしら?」

「ん?俺は洋食派だったから朝食は大体パンだったよ。最悪、朝食抜きって事もあったけど」

 

トンデモ部長の所為で、と心の中で付け加えておく。決して、自分自身の所為じゃない。だって俺、結構料理好きだし。毎日三食キッチリ作ってるし。

 

「いかんなぁ、朝はちゃんと食べないと1日もたないぞ」

 

藍が苦言を呈する。だから俺の所為じゃないんです!と声高に叫びたかったが、藍たちは俺の日常なんて知らないだろうし、何より善意で言ってくれてるのにそれを無下にするのは失礼だ。

 

「すいません。朝は何かと忙しくて……って何故に向こうでの生活リズムを今怒られてるんだろう……」

「言われてみればそうだな…」

「可笑しいですね。ふふふ……」

 

こうして和やかな朝食は過ぎていった。

 

 

朝食が終わり、橙は藍の手伝いの食器洗い、穂鷹は廊下の拭き掃除をする事になった。といっても、これは穂鷹の方から願い出たことだ。いくら誘拐犯の持家とはいえ、一宿一飯の恩がある。その恩返しというわけだ。

 

「……ふぅ、見た目以上に広いなこの家。さすがに拭き掃除もやり甲斐がある……」

 

一通り終えた穂鷹は柱にもたれて一休みしていた。その見た目以上に広い家を全て掃除し終わっても息切れ一つ起こさないのは、トンデモ部長のお陰といえる。大変不本意ではあるが。

 

(そういやあの二人、どうしてっかな…)

 

先日、富士の青木ヶ原に置いてけぼりした二人の部員のことを考えてみる。そして、すぐに無駄だと結論づけた。遠江先輩はあれでしっかりするところはしっかりしているし、部長に至っては心配するだけ無駄である。普段の姿からは想像出来ないが、いざという時は頼りになる先輩たちなのだ。

 

「ハックシュンッ!」

 

厚い雲に覆われた灰白色の空を見上げそんな事を考えているうちに体が冷えてきたらしい。休憩もそこそこに、穂鷹は炬燵で温る為に客間へと向かった。

 

 

空には灰の雲がゆったりと流れ、何処までも鈍色の空が続いている。周りを見回しても、白に覆われた山々が見えるだけだ。今は純白の山々に囲まれた形で人里があり、人々はそこで静かに日々を送っていた。

 

人里から少し離れた山裾に、山の頂上まで続いていると思われる階段がひっそりと木々の間から顔を出していた。その階段を登ってやっと頂上に辿り着くと、目の前にはズッシリとした大きな鳥居が待ち構えている。その鳥居には『博麗神社』と書かれており、その柱に付いた傷跡の数々から長い年月ここに立っていたと思われる。

 

その鳥居を抜けて参道を辿ると、奥に古ぼけた神社が姿を現した。鳥居もそうであったが、この神社も相当長い年月ここに建っていたことを感じさせる。あちこちの柱は陽の光で色あせ、屋根の瓦は何枚か見当たらなかった。一瞬ただの廃神社なのかと思わせる風貌だが、神社に続く参道は綺麗に掃除された跡があり、神社自体もよく見れば蜘蛛の巣や埃はほとんど見当たらなかった。

 

里に住む人々は、その神社を『妖怪の住む神社』と呼ぶ───

 

 

頬に数滴、冷たいものが当たるのを感じた。思わず重く湿気った溜め息を吐き出す。真冬に加え、空の空気は冷たい。薄い冷気が頬を切り裂いていく。

 

「───ここが博麗神社」

 

目の前に続く石段の先に、今は雪を纏っている神社の鳥居らしきものが見えた。雪が落ちた部分から『博麗』という文字も垣間見える。どうやらここが紫の言っていた神社らしい。

 

「なあ紫。これからどうしたら───」

 

そして自分をここまで連れて来たスキマ妖怪に聞き返し、振り返ったところで当の本人がいないことに気づいた。背後には今通ってきたスキマが相変わらず気持ち悪い目を浮かばせながら開いているだけであった。その代わりに、今まさに通ってきたスキマから一枚の紙が落ちてくる。

 

『やる事が出来たから、適当に過ごしていなさい』

 

……………。

 

「あんにゃろう……」

 

いまちょっと本気で殺意が芽生えた。

適当かよ、あのスキマ妖怪…。拉致の次は放置ですか。そうですか。

だが、その殺意を向けるべき本人はおろか、神社の周囲にも人気は全く無かった。

 

「適当って言ってもなぁ…俺、ここのこと何も知らないんですけど」

 

なんせ誘拐されてきたからね。未だ根に持っている灼馳穂鷹十八歳。自らに害を及ぼす輩にはとことん器が小さい大学生である。

 

(……とりあえず参拝でもするか)

 

そう思い立ち、穂鷹は雪に覆われた鳥居をくぐって神社の境内に足を踏み入れた。いつかこの手のことに詳しい友人が言っていたことを思い出し、真ん中は歩かないように境内を歩く。御手洗は冬のため御遠慮願った。だって寒いし。

 

(そういや巫女がどうとか言ってたけど…その巫女とやらに会えばいいのかねぇ?)

 

やがて賽銭箱の前に到達する。興味が湧いたので、中を覗いてみた──。

 

「葉っぱ3枚……」

 

無性に居たたまれなくなった。

 

賽銭を入れようと黙ってポケットから財布を取り出す。そういえば賽銭って普通はどれだけ入れるのだろうか?今まで入れた事が無かったので感覚が分からない。ひとまず、小銭を取り出そうとするが、そこであることに気づいた。

 

(……1円玉しかないな)

 

小銭入れの中には1円玉が4枚しかった。いくらなんでも、賽銭に1円玉を使うことが失礼なことぐらい俺にだってわかる。五円玉ならまだよかったのだが。仕方なく札いれを開けてみる。そこにあった3枚の諭吉のうち1枚を賽銭箱に入れておく。さすがに多い気がしたが、今まで入れた事が無いのでその分も含めるとしよう。と言っても、願い事などありはしないのだが。

 

(無難に、健康安全ってことで───)

 

ぱん、ぱん───。

 

しばらく念じて手を離し、一礼。教わった通りの二礼二拍一礼。友人(外国人)が熱心に力説していた作法通りに参拝を終え、賽銭箱の前から離れようと体を回した瞬間──。

 

(誰か来たな……)

 

神社の石段を上がってくる気配を感じた。数は一つ。気配の質を探る辺り、どうやらこの神社に住んでいるかそれに従事している人間らしい。

 

(ま、従事している人間なんているようには見えないし、どうやらお待ちかねの巫女さまのご登場みたいだ)

 

そして、石段を登りきった気配の主が、穂鷹の前に姿を現した。

 

(巫女……でいいんだよな?)

 

歳は穂鷹よりもいくつか年下であろう。顔はそれなりに可愛いものだと思う。しかし、一番気になったのはその服装だ。

紅と白という一般的な巫女さん配色の装束を着てはいるが、なぜか腋の布がない。袖はベルトのようなもので固定されており、胸元には黄色いスカーフ、髪には大きめの赤いリボンをつけている。少なくても、穂鷹の知っている(大して詳しくはないのだが)巫女装束とは明らかに違っていた。

 

「あら、参拝客なんて珍しいわね」

 

そう言うと、少女は穂鷹を無視して賽銭箱の中を確認していた。やがて少女は振り返り、穂鷹の肩を掴んで満面の笑みを浮かべた。

 

「ゆっくりしていってね♪」

「あ、ああ…」

 

どうやら歓迎はされているようだが、巫女ってこんなに物欲に溢れたような存在だっただろうか?

 

 

〜少年説明中♪〜

 

「ふ〜ん、そんじゃあんたが紫が言ってた外来人?」

「で、合ってると思うよ?外来人てのが何なのかは知らないけど」

 

神社の境内の裏はどうやら居住地になっているらしかった。家(?)に招かれた穂鷹は、この神社の巫女である博麗(はくれい)霊夢(れいむ)に事情を説明しながら縁側でお茶を戴いている。

 

聞いたところによると、霊夢は『博麗大結界』というこの幻想郷を保っている大切な結界を管理する巫女で、この幻想郷で起こる様々な異変の解決などもしているらしい。云うなれば彼女は幻想郷の主要人物なのだろう。

 

(その割にはかなり切迫した生活をしている気がするんだけど…)

 

「それで?貴方をここに寄越した当の本人はどこ?」

「さあ?用事が出来たから自由にしてろとしか言われてないし」

「あっそ。相変わらず何を考えてるんだか…。そもそもあいつの頭の中はどういう作りをしてるのかしら」

 

スキマ妖怪八雲紫。大妖怪な割りに酷い言い草である。

 

「あいつの頭の中なんか知らないし、知りたくもない」

「ま、それはそうよね」

 

覗いたらこっちが危なそうである。

 

「それはそれとして。貴方をここに住まわせるのは構わないんだけど(御賽銭もくれたし)、一応確認しておくわ。貴方、ほんとに帰らなくていいのね?」

 

霊夢が先程とは違って、真剣な眼差しで聞いてきた。

 

「ああ。俺があっちに帰る理由も思いつかないし、何よりこっちの方が面白そうなんでな」

「そう…。ならいいわ、別に何も言う気はないし」

 

どうやら彼女はかなりさばさばした性格の持ち主らしい。自分から言い出したんだから最後まで責任持って完結させてほしかった。歯切れがいいのか悪いのかよく分からない反応で会話が締めくくられた為に、穂鷹は何処か腑に落ちないグズグズとした感情を内に残すことになった。

 

「さてと、それじゃ幻想郷での生活が決まったことだし、まずは弾幕とスペルカードの説明でもしときましょうか」

「弾幕?スペルカード?」

 

さっきの様子は何処へやら。聞き慣れない単語に穂鷹は興味を示した。割と根は子供だったりする大学一年生である。

 

「まぁ、実際に見たほうが早いわね」

 

そう言って霊夢は自分の周囲に光の玉を数個出現させた。

 

「これが弾幕に使う弾。これを大量に、かつ精巧に組み合わせたものが弾幕というの」

「弾幕か…それって出せたほうがいいのか?」

「そうね、弾幕を出せないと弾幕ごっこができないし。もしも本当に幻想郷で生活していくなら必要かしらね」

「弾幕ごっこってのは?」

「妖怪の争いが幻想郷の平和を壊さないよう作られた、幻想郷で一番分かりやすい問題解決の方法よ。この弾幕ごっこによって問題を解決したり争いを収めたりしてるの」

「ふ〜ん…」

「で、スペルカードというのは所謂得意技を出すときに使用するカードのことよ。弾幕ごっこはこのスペルカードを使うことを前提としてるわ」

「そうなのか」

「といっても、どちらとも私が発案してまだ日が浅くて、あやふやな形しか取らない薄いルールだけど。まあそれは詳しく話すと少し長くなるから、後でゆっくりと。とにかく今は弾幕を出すことから始めましょうか」

「と、いきなり言われても。どうやって出すんだ?」

「とにかく、初めは弾を出すイメージを作りなさい。そうすれば多分出るから」

 

(イメージか…。)

 

自分の周囲に弾を出すイメージで集中する。

 

「……これでいいのか?」

「………」

「霊夢?」

「え?あ…え、ええ、それでいいわよ」

 

穂鷹の左右に3つずつ、小振りの光弾が出現していた。一応、第一段階はクリアらしい。

 

「あなた、魔法使いなのね」

「ん?ああ、よく分かったな」

「当たり前よ。何年ここに住んでると思ってるのよ」

「さあ?なんせ昨日無理やり拉致されてきたばかりだし」

「あら、それは御愁傷様」

「まるで他人事だな…」

「他人事だしね」

 

ご尤もである。

 

「弾幕は作れたし、もしかして空も飛べるの?」

「一応は、だけど。元の世界じゃ、そんなにばんばん飛べたわけじゃないし」

 

下手したら未確認飛行物体扱いの特大スクープものだ。『怪奇!!空を飛び回る黒き影!?』とか正直笑えない。

 

「試しに飛んでみてくれる?」

「分かった」

 

いつもやっている通り、全身を薄い膜で覆う感覚で魔力を練り上げる。そして地面から軽く浮いた状態で停止する。

 

「どうだ?」

「上出来ね」

 

魔力を抑えて、地面に着地する。

 

「……」

「どうした霊夢?」

「え?あ、何?」

「いや、別に……」

 

どうしたのだろうか、霊夢の様子がおかしい。

 

(なんか嫌な予感するけど…)

 

ひとまずは考えないでおいた。それよりも初めて体験した「弾幕」を体に馴染ませなければならない。穂鷹は再び意識を集中し、弾幕を作り始めた。

 

 

私は今驚いている。驚くというより困惑しているという方があっているかもしれない。それは穂鷹が一発で弾幕を作り出したことにでも、飛んでだことにでもない。その時に穂鷹から感じた力にだ。

 

(魔力に霊力、妖力、気力……法力まで…。一体何者なのよ、こいつ…)

 

魔法使いや妖怪、幽霊などはこの幻想郷では珍しくない。それどころかそちらの方が日常なくらいだ。だが、一度にこれ程の力を持った奴は出会ったことがなかった。いや、もしかすれば誰一人として会ったものはいないかもしれない。

 

加えてこの妖力だ。魔力、霊力などはまだ分かる。人間にも持てる力だし、実際に私の様に神に関わる者は少なからずそれに準ずる力を持つ。だが、妖力だけは別だ。あれは妖怪にしか持ち得ない。穂鷹は生粋の人間だ。人の形をした存在(もの)と人間との区別は出来ると自負しているし、初めに肩を叩いた時に確かめたから間違いない。その時は確かに身体()に今感じた力は無かった。それが弾幕と飛行の時になって突然顕れたのだ。この困惑は当たり前だと言える。

 

(いえ、そんなことより最大の疑念はあれよ!)

 

思考を続ける自分の横で、黙々と弾幕の練習を続ける外来人を見る。既に出し方のコツは覚えたらしい。彼の周りは優に百を超える弾幕が飛び交っていた。その弾幕が混ざりものだということを、私はすぐに見抜いていた。

 

(あれだけの種類の力を、反発もさせず相殺もさせずに纏め上げるなんてどんな芸当よ…)

 

力には言わずもがな性質というものが存在する。一番分かり易いのは光と影、俗にいう『陰陽』だ。陰の妖力・魔力と陽の霊力・法力。そもそも、その一つ一つが扱いが難しい力を、同時に扱えるだけでも異常なのだ。さらにはそれを自然と使いこなすなど正気の沙汰とは思えなかった。目の前にいるこの男が、歪んで見える程に───。

 

(それに───)

 

それに、私が幻想郷に残るか聞いた時のあの表情。あの時は流したが、今でも思い返してみると疑問が湧いてくる。

 

博麗の巫女は幻想郷に迷い込んだ存在を外へと帰す役割も担っている。

だからこそ、外から来た存在───況してやただの人間───が、この幻想の郷で生きることの危険性を私は充分理解しているつもりだ。外から自然と必然を以ってやって来る存在(もの)と、何かの拍子で不意に入り込んできた存在(もの)とではまるで勝手が違う。

 

ゆくりなく幻想側に入り込んだ存在は、幻想郷から見て謂わば異物だ。現実に慣れすぎた存在が、幻想で満たされたこの地に安易に適合出来ることなどあり得ない。必ず何処かで己が存在に綻びが起きる。さらに外から迷い込んだ存在が幻想郷に適合し、尚且つ生存していくことが可能な割合ともなれば限りなくゼロに近い。

 

故に博麗の巫女は見極める為にこの問いをする。答えなど始めからどうでもいい。私が見るのはその奥にあるもの。その存在の奥底に秘められた本質を見定める。この幻想郷を護る者として、そしてこの地で生きる者として、これは最優先事項であり最重要事項であった。

 

だが、その表情()は表面に貼り付けた表情に対して何処か悲しげなでも何処か嬉しそうな、そんな表情をしていたのだ。

 

(ホンット!!なんなのよこいつは───)

 

そんな表情に私が動揺したことに、きっと私自身はもっと動揺していたのだ。動揺したということは、思考を取られたということ。つまり自分は穂鷹に興味を持ってしまった。自分自身が淡白なのは理解している。その、周りのことにそれ程興味を持たない自分が。自身すらも客観的に見る自分が。特別な感情を持ち合わせるわけでもないこの男に興味を惹かれてしまった。

 

そう。特別でもなんでもない───。

 

ただ、何の変哲のないその表情()は───。

 

呆れるくらい、純粋で───。

 

呆れるくらい、暖かかったから───。

 

だから私は───。

 

この男に───。

 

灼馳穂鷹の表情()に───。

 

惹かれてしまったのだ。

 

(貴方の内に何があるかは知らないけれど───)

 

私は貴方をもっと知りたい───。

 

私の思考は先程とは比べものにならない速さで一つの部分に収束した。

 




以前の自分が書いた文章見てたら、ホントに恥ずかしくなってきた。

毎度毎度駄文ですんません。


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初めての悪戯

はいどうも。

今回も遅くなってすみません。
しかも短いです。

今回は穂鷹が初めての弾幕ごっこに挑む!!

それでは始まり始まり───


 

「っと。こんな感じでどうだ霊夢?」

「ええ、初めてにしては良かったわよ」

 

どうやらさっきのは杞憂だったらしい。霊夢はいつもの調子に戻ったようだ。よかったよかった。

 

「んぅんん…」

 

そして穂鷹が背伸びをしようと視線と共に肩を上に上げる。と、その時遠くの空から近づいてくる気配に気づいた。

それと同時に猛スピードでこちらへ突き進んでくる黒い点が目に入った。何事かと目を細めてその黒い点の正体を見極めようとした次の瞬間、その黒い点は穂鷹と霊夢のとなりを通り過ぎ、境内に激突する寸前でフワリと宙に浮き上がった。

ゆっくりと目の前に降りてきた人物を見て、霊夢は微笑んだ。

 

「あら、魔理沙。今日は何の用かしら?」

 

魔理沙と呼ばれた人物は、服に付いていた雪を大袈裟に払って、霊夢に向けてニヤリと笑った。

 

「おいおい、私がここに来る理由なんてないぜ。ま、強いて言うなら昼飯を集りにきた」

「言い方が露骨なのよあんたは。ま、残念だけど昼食の時間は終わったわよ?」

「ちっ!今日は豪華な食事にありつけると思ってたのによ」

「本当に露骨すぎるわね…」

 

下心を隠す気すらなかった。それどころか溢れ出ていた。この露骨さは何処かあの部長を思い出させ、霊夢とは違う理由で溜め息をついた。だが、そこでふと思い付いたかの様に霊夢が俺を見て、その顔に黒い笑みを浮かべた。

あ、なんかヤバそう……。

 

「ねえ、魔理沙?」

「ん?なんだよ?」

「あんた、こいつと弾幕ごっこやって」

「「は?」」

 

まさかの発言に二人揃ってハモってしまった。まだ一言すら話してないにも関わらず。そのあまりにも無駄な幸運に心底呆れてしまった。何かの幸運はそれと同等の不幸で精算されると言われてるのに、神様とやらは随分と適当なんだな…。出来るならもっと他のことに幸運とやらを使って欲しかった。これで受ける不幸など高が知れているが、それでも良い気はしないものである。この手の幸運は女子高生にでもくれてやればいい。二秒で話題にするから。

 

「いきなり何言ってんだよ霊夢…」

 

そして、もう一人の当事者は、さすがに霊夢との付き合いが長いのかそれほど驚くことなく話を続ける。

 

「こいつとやって勝てたら昼食奢ってあげる」

「よし!私がそいつと弾幕ごっこをやればいいんだな?」

「いや、おい」

 

びっくりするぐらいあっさりと手の平を返した。何?昼飯がそんなに大事か?さっきまでの多少の驚きはどこいった?

 

「…ていうか、こいつ誰だ?」

 

うん、順番がおかしい。そして気付くの遅い。普通、自己紹介とかの方が先だよね?それが名前も知らないような奴と決闘の予定が先に出来上がってしまっていた。だがこれは霊夢の思惑もあってのことなので、一概に魔理沙が悪いとは言えない。しかし、それを抜きにしても姿ぐらい見たら気に掛けて欲しかった。無視されたと思って若干落ち込んじまったじゃねえか。

 

「俺の名前は灼馳穂鷹だ。好きに呼んでくれ」

「そうか。なら穂鷹、早速だが弾幕ごっこだ!」

「いや、俺やるなんて言ってないし」

「問答無用だぜ☆」

 

そう言って魔理沙が弾幕を出した。数え切れない数の───まさに弾幕といった感じだ。

だが───。

 

「だから俺はやるなんて言ってないんだけどっ!?」

「知らないね、そんなこと!私の豪華な昼飯が賭かってるんだ!嫌でもやってもらうぜ!!」

「自由人!!」

 

弾幕を辛うじて避わしながら、魔理沙に向かって叫ぶが暖簾に腕押し、柳に風だった。

 

「よく避けたな。だが甘いぜ!!」

 

俺の言い分など完全に無視して、さらに弾幕を撃ち出してくる。しかも今度は弾幕の隙間を縫うように弾幕を重ねてくる。

 

「ったく……!」

 

放たれた弾幕をステップで避けながら気持ちを切り替える。魔理沙の考えを返させるのは難しいと諦め、弾幕ごっこへと思考集中させる。さすがに弾幕に慣れていない俺が、ここの住人である魔理沙の放つ弾幕を余所見をしながら避けることなど無理に等しい。かと言って、集中しただけで勝てるとも思っていない。だから、まずは相手と弾幕の動きを観察した。

 

(弾幕は魔力弾──火と光か?それと、あの箒での移動速度は以外に早いな…。俺が普通に撃っても当たりそうにない、か……)

 

そして、その上で作戦を立てていく。弾幕ごっこで圧倒的不利なこの状況を打開する策を練っていく。

 

「どうしたどうした!避けてばかりじゃ追い詰められるだけだぜ?」

 

確かに、先に被弾した方が負け、それがルールなので攻撃するに越した事は無い。だが、まだまだ感覚は掴めきれていない。だがらまだ避けつづけることに専念する。

 

「……出来るもんならどうぞ!」

「言ってろ!!」

 

その瞬間、ただでさえ大量の弾幕がさらに激しさを増す。それに吊られて逃げ場は次第に無くなってきたが、何も考えていない訳ではない。

弾幕に隙間が生まれるタイミングを狙って予め用意しておいた術式を発動する。飛行ではなく飛翔、ただ飛び上がるだけの簡単な術式である。それを使って真上に飛び上がり、一気に弾幕の範囲から逃れる。

 

「へぇ…。穂鷹、お前も魔法使いって訳か?」

「まあ、ね!」

 

続けて放たれた弾幕を飛んで避わすが、今のはタイミングがギリギリだった。

 

(やっぱり問題は早さか……)

 

箒で飛んでいる魔理沙のスピードはかなり早い。そこから放たれる弾幕もそこそこのスピードがあり、気を抜くとすぐに追い詰められてしまいそうだ。それに普通に弾幕を放っても回避されて終わりだろう。目では追えているが、出来れば隙が欲しいところだ。

 

「なあ……」

 

何の攻撃もしてこない事に疑問を感じたのか、魔理沙の目には警戒心があった。

 

「無抵抗もここまで来ると不気味だぜ?」

「ただの考え事だ。君の弾幕は参考になる。とりあえずまだ回避だけしておくさ」

「へっ!……だったら、これを避わしてみやがれぇぇっ!!!!」

 

攻撃しない事を手を抜いていると解釈したのだろう。隠す気のない怒気をその声に含ませながら、魔理沙は懐から小さな八角形の火炉?を取り出して此方に突き出した。その火炉を中心にしてさっき迄の弾幕とは比べものにならない量の魔力が急速に収縮していく───凝縮していく。俺の本能的な部分が───未だ完全に掴めきれてない「弾幕」に対して───ヤバイと告げていた。

 

「ちょ、ちょっと魔理沙!?それは…!」

「恋符『マスタースパーク』っ!!」

 

刹那、その声に合わせて極限まで凝縮した魔力が解き放たれた。それは視界を覆い尽くすほどの極太のレーザーとなり襲い来る。

 

「穂鷹!避けて!!」

 

霊夢の叫ぶ声が聞こえるが、それが耳に届く前に俺は動いていた。だがそれは意識して動いたのではなく、身体が咄嗟に動いたと言った方が等しい。

だがそれでも避けるのは不可能だと分かった。あまりにレーザーの幅が広い。その太さは近づくにつれて更に増していく感覚さえ生み出す。咄嗟に動かいただけでは完全には避けきれないことを思い知らされた。

だから、咄嗟に───今度こそ自分自身の意思で───身体を動かした。

霊夢たちに見えないように空間を開き、刀を掴み取る。そしてその刀に素早く魔力を籠め、抜刀術の形式で振り抜く───魔理沙のレーザーをぶった斬った。

 

「なっ!!?」

「……ぅあっ!!」

 

霊夢も魔理沙も目の前の光景に驚きを隠せないでいた。

二人には恐らく、俺が何処から出したか分からない刀でレーザーを真一文字に斬った様に見えていただろう。

 

斬った後に分かったことだが、レーザーに沿って逃げ道を塞ぐように星形の弾幕も同時に放たれていたようだ。

 

(なるほど、迂濶な回避は被弾に繋がる、か……)

 

そんなことを頭の片隅で考えながら、次の行動を起こす。いくらレーザーを斬ったところで勝ちにはならない。弾幕を相手に当てて始めて勝利と言えるのだ。

だから、ここで終わらない。本来の目的ら忘れていない。

 

(見切った。いや……)

 

レーザーの性質まで理解出来たのなら、多分言い方が適切では無いだろう。

だから、訂正しよう───

 

「………『把握』した」

 

鋒を相手にむけ、刀を身体の中心に構える。その刀に改めて魔力を籠める。

 

(魔法式───火、光。構築式───形成・展開)

 

その魔力を魔法式へと変換し構築していく。さっき自分が見た光景を鮮明に、忠実に再現する為に───。

 

(──────完了(complete)

 

それに呼応するように、刀を中心に一つの大きな魔法陣が出現する。そこでようやく、驚きに呑まれていた魔理沙が攻撃の気配を察して態勢を整える。

だがそんなことは関係ない。既に反撃の過程(プロセス)は完了した。

 

「なっ!?それは……まさかっ!?」

 

さすがに気付いたようだ。だが、それも関係ない。気付いて当たり前なのだから。何せこれは───この魔法は───魔理沙、お前のものなのだから───。

 

「…………ぅっ!?」

 

慌てて回避行動を取るが、遅過ぎた。

 

「恋符『マスタースパーク』」

 

刀の魔法陣から放たれた極太レーザーが、魔理沙を呑み込むべく突き進んだ。

 

だから言っただろう?

参考になる、と。

 

先程見た「マスタースパーク」を、その性質や撃ち方、全てを『把握』した。正直今の俺が勝てる要素は、剣術とこの眼力しかない。全てを見切り、見透かし、見通すこの眼力は、俺の生まれ持っての唯一の才能と言えた。その眼を使って分析し、相手の動きや技をコピーすることは出来る。それを弾幕で出来るかは半信半疑だったが、案外やれば出来るものである。

正直、俺自身も驚いていた。もっとも、魔理沙のように星形の弾幕までは撃てなかったが。あれを再現する為には、経験と技術が少な過ぎた。

俺が放ったマスタースパークを、魔理沙はギリギリで回避した。驚いても反応出来るとこらはやはり経験者だろう。

だがこれも、この展開も『把握』している。

 

「一応ルールを確認するが───」

 

俺の声に、魔理沙の肩が跳ね上がった。その声は前からではなく後ろから、つまり魔理沙の背後から聞こえていた。

 

「降参は有りか?」

「…………っ」

 

その声に魔理沙は歯を噛み締めることしか出来なかった。魔理沙の首には刀の刃がピタリと添えられていた。

 

「……ええ、有りよ」

 

黙り込む魔理沙の代わりに霊夢が穂鷹の質問に答える。

弾幕以外での勝敗は無効となる。

だが、もしこれが弾幕だったなら───

 

「─────ぅ」

 

魔理沙の敗北は火を見るよりも明らかであった。

 

(さて、そろそろ……)

 

「……あ~もうっ!!分かったよっ!!降───」

「降参、俺の負けだ」

「参───は?」

「え?」

 

うんホント、色々と限界だ。

 

俺の突然の降参に、二人ともキョトンとしているが仕方ないものは仕方ない。何せ……

 

「弾幕をさっき始めてやった俺が、マスタースパークなんて撃てるわけないだろ」

「あ」

「へ?」

 

普通に考えれば分かること。確かに「マスタースパーク」は魔力で形作られたものだが、しかし弾幕用にアレンジされた魔法だ。ただの魔法式なら、魔法の知識を持つ俺ならばそれほど苦労せずにコピー出来ただろう。だがあれは弾幕ごっこ用の弾幕の一種だ。恐らく霊夢が説明してくれた必殺技のスペルカードだろう。

それを、弾幕も表面を撫でたぐらいの知識しか持たない俺が、形だけでもコピー出来たこと自体奇跡だった。その不完全な「マスタースパーク」を無理に撃った為に、体に大きな負担を掛ける羽目になってしまったが。

 

「お蔭で正直立っているだけでも辛い」

 

まぁ、それでもやりたい事はやったから構わない。体をそのまま倒して満足感を味わっておく。

うん、満足だ。初めての悪戯だったから。

 

 

「なっ!まさか勝ち負けじゃなくて、初めから私を驚かせようとしただけだったのか!?」

「ああ。ただの悪戯だ」

 

弾幕ごっこは魔理沙の勝利に終わり、魔理沙は念願の昼食、ではなくみんな揃っての夕食を食べている。どうやら、決着の仕方に納得いかなかったらしい霊夢が、俺が休んでいる間に魔理沙をこき使ったらしい。その所為で昼食を食べ損なった魔理沙はご機嫌斜めだった。それが夕食一つで笑顔に戻る辺りがポジティブというか素直というか…。

そして先程の話の続き───。

 

「お前にいきなり攻撃されて若干頭にきたんでな、どうにかしてお前を驚かしてやろうと思った訳だ」

 

要するに仕返しだった。ま、弾幕ごっこを『ゲーム』と呼ぶのなら、これぐらいの悪戯は許されるかもしれないと思っての結果だった。

 

「そして、魔理沙はその悪戯に見事に嵌った、と」

「その通り」

「くうぅぅぅ!!なんかそう聞くとムカついてきた!!穂鷹、明日もう一回勝負だ!」

「やだ」

 

まさかの再戦申し込みが明日だった。いや、もう少し間を開けようよ。俺まだ弾作るぐらいしか出来ないんだよ?頼むからもう少し練習する時間をくれ。

 

「…というか魔理沙。あんた、初心者の穂鷹にスペルカード使うなんてどういうつもりよ」

 

霊夢が魔理沙にそう怒鳴りつけた。

 

「悪い悪い、ついな…。でもまさか私のマスタースパークが切られるとは思わなかったぜ」

「そうか?あれくらいならなんとかなるぞ?」

 

不意に不規則で落ちてくる落石とか斬るよりよっぽど楽だし。

 

「あれくらいならって…普通は無理よ」

「慣れればなんとか」

「いや、あれは慣れとかそんなもんじゃなかったぜ…?」

 

そんなこんなを話しながら夕食を食べた。ちなみに夕食は霊夢の手作りである。大変美味でした。

 

「あれ?そういや何か忘れてる気が……」

 

食後に居間で一服している時にふと思いだした。

 

「そういえば……。何だったかしら……?」

 

霊夢も首を傾げている。駄目だ思い出せない……。俺が何かを忘れるなんて珍しいな。

 

「そういや、なんで穂鷹はここにいたんだ?」

「そりゃあ、博麗神社に泊めてもらおうと……」

「「あ!」」

 

そこでようやく忘れていたことを思い出した。

 

「「紫っ!!」」

「へ?何?あのスキマ妖怪がどうかしたのか?」

「どうかしたもなにも……」

 

そもそも、俺が博麗神社に泊まれるよう色々と説明してくれる手筈だったのだが、その本人は完全に雲隠れしてしまっていた。

 

「あのにゃろう…。どこ行きやがった」

「さあ……」

「あいつの考えてることなんか私には分かんね!」

 

結局、この日一日、スキマ妖怪が博麗神社に現れることはなかった。

いや、いい加減にしなさいな、あんた。

 

 

『やれやれ、全く御前様は無茶をする。

『儂がいたから良かったものの…

『分かっておるのか御前様よ。

『御前様の感覚は全て儂と繋がっておるのじゃぞ?

『つまり、御前様が傷付けば儂も傷付くという訳じゃ。

『疵継くという訳じゃ。

『分かったらこれからはもっと気を付けろよ、御前様?

『やっとあの忌々しい女共から離れられたのじゃ。

『少しくらい儂が落ち着けるような日常を送ってみい。

『ん?

『なら、早く寝ろじゃと?

『御前様に言われんとも分かっておるわ!

『今回は、色々と鈍い御前様に念を押しに来ただけじゃ。

『あまり儂を起こすな。

『この先、生き残りたければな』



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紅魔の館

紅魔郷開始〜♪






(紅魔郷であってるっけ……?)


 

幻想郷に来てはや半年。見馴れぬ土地と身慣れぬ生活感も半年も経てば何処かへと消えてしまうもので、今ではすっかり幻想郷の暮らしを満喫していたりする。この間の模様を簡単に紹介しよう。

 

まず、人里に行った。

ほぼ大凡の人間がこの人里で暮らしているそうだ。見た限りでは、どうやら幻想郷に住む人たちの生活水準は外の世界より低いらしい。歴史で習った江戸時代の城下町ような町並みをしていた。そんな純和風の風貌は、無駄なものが多い外の世界の街より余程美しく見えたというのは何とも皮肉である。

この人里には上白沢慧音という人物に会いにいった。彼女はワーハクタクという聞きなれない種族の妖怪らしいかった。名前から推測するに人か人狼の白澤版といった感じだろうか。本当にこの幻想郷にはいろいろな人がいるのだと改めて認識させられた。

彼女には『歴史を食べる程度の能力』というものがある。彼女にはその能力で友人や家族の中の『俺の歴史』を食べて貰うことをお願いした。友人とあの二人と、無いとは思うが両親が俺の死という現実を抱え続けることを取り除けるならそれでよかった。本当にそれでよかったのかと、帰り道中案内役を買って出てくれた橙に何度も聞かれたが、それでいいのだ。基本的に『戻れぬなら前へ』がモットーの俺である。

───というのは建前で、実際はあのなんとも面白味がない世界から逃げる為の艇の良い言い訳だったりするわけだ。ま、これも嘘かもしれないが。どう取ってもらっても構わない、勝手に解釈しておいてくれ。人は肝心な時ほど勝手に判断するものだし、何より理由など俺にとってどうでもいい。と、こんなことを言っておけば随分と綺麗事のように聞こえるだろうか。

まあ、この話はここまでにしておこう。そうそう、何故か寺子屋で授業を受け持って欲しいと頼まれてしまった。正直なところ、子供は苦手だ。人の言うことを素直に聞く癖にその通りに動こうとしない。

予想が出来ない。

予想外。

俺は予想外という言葉嫌いだ。何でも知っている想像の産物としか思えない存在であるとか、そんな想像しただけで羞恥に顔を赤らめてしまうようなことを公言し肯定する気などさらさら無い訳だが、だがまあ何の嫌がらせか俺はその存在を知っている。だから俺はこう言わなければならない。俺は予想外は大嫌いだ。予想以上も予想以下も俺は認めない。

───とは言ってみるが、俺は予想外が大好きだ。予想以上も予想以下も大好きだ。さっきも言っただろう?俺は面白いことが大好きだ。言ってなければ今言った。

まあ、そんな事はどうだっていい。大切なのは生きていく上での生活源を、つまりは金の出処を掴んだということだ。嫌な言い回しになったのなら謝る。すまない許してくれ。俺にその気などなくても気にするな。口に出さなければ違いなどない。

 

次いで変な三妖精にも会った。サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイア。この三人(三匹?まあ、どちらでも構わないが)は神社に来ていたずらし放題だったのを俺がとっちめたら、それ以来何故か懐かれてしまった。完全にイタズラの対象として狙われた俺と霊夢は、日夜妖精のイタズラと闘い続ける羽目になってしまった。いい加減飽きてこないかとも思うが、三妖精にその気配はない。これだから子供は嫌いなんだ。

 

それから藍には弾幕の練習相手になってもらっている。本来なら上級の妖怪九尾の金孤である藍が人間の相手をする道理などないのだが、橙のことがあってか案外軽く引き受けてくれた。今の戦績は全戦全敗。元より勝てるなどとは思っていない。だが良い勝負が出来る程度には強くなっている。あれから一度だけ紫に八つ当たりも兼ねて挑んでみたが軽く遇われてしまった。今なら前よりマシな勝負になるだろうか。

 

そんな心にも無いことを考えながらこの半年は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつに任しとくとロクなことにならねえな……」

 

 

 

 

 

「ところで霊夢、こんな話を聞いたことあるか?」

 

いつもは勝手にやってくれる穂鷹がいないお陰でお茶を淹れさせられたついでに戸棚から数枚くすねてきた煎餅に手を伸ばしながら唐突に魔理沙がそんな話を繰り出したのは、容赦の無い炎天下の下、扇風機とスイカが恋しくなる真夏日のことである。

 

「私の住んでいる魔法の森があるだろ?その森を抜けた先に、霧の湖ってのを知ってるか?」

「知ってるわよそれぐらい。何度か行ったことあるもの。で、その湖がどうしたのよ」

 

魔理沙はボンヤリと空の彼方を見つめ、幻でも見たかのような口調で続けた。

 

「ああ、私の見間違いかもしれないが…。この前、対岸に真っ赤で大きな建物が見えた気がするんだ。たが、そこに行ってみても霧が濃くて何も見えなかったんだけどな」

 

その言葉を聞いた霊夢はお茶を一口啜ると、眉をひそめて言った。

 

「魔理沙、貴女また変なキノコでも食べたんじゃない?幻覚作用のとか…」

「おい、またって…。私は別にキノコが好きなんじゃないぜ?それに喰ってる訳でもない」

「あら、そうなの?」

「…霊夢。お前、一体私を何だと思ってるんだ?」

「え?森のキノコ好きでしょ?」

「…分かった。もういい」

 

これ以上は自分が不利になると感じ、魔理沙は早々と降参のポーズを取ることを決意した。

 

「で、その建物がどうかしたの?」

 

霊夢もそれ以上は何も言わずすぐに話を切り替えたが、どこか興味無さそうな複雑な表情だった。

 

「ああ、その建物を見たような気がしたって言っただろ?それからなんだよ、人里で変な噂が立ちはじめたのは…」

「ふ〜ん…」

 

それでもあまり興味を示さない───というか聞き流している風さえある霊夢の表情を見て、魔理沙は顔を顰めながらもその先を続けた。

 

「なんでも、森の奥で綺麗な妖精がいて、そいつを見た奴は全員いつの間にか眠っちまって、そんで起きたら身体が怠くて仕方なかったらしい」

「へぇ…それは何とも不思議な話ね」

 

と言い、霊夢はゆっくりと煎餅を頬張り湯呑みを傾けた。

 

「おいおい、もっと他の返答は無いのかよ!『キャー』とか、『怖いー』とか!」

「はいはい。キャー、怖いー」

「......それでだな、その人間たちが霧の湖の館に奇妙な影を見たって言ってんだ。まぁ私は見たことないがな」

 

霊夢は軽い溜息を吐くと、チラリと横にいる親友に視線を移す。

 

「…貴女、そんな人里の噂を信じてるの?」

 

魔理沙はバツの悪そうに霊夢から顔を背ける。

 

「まぁ、そんな話を聞いたってだけだ。ただ、私は面白そうだから信じるけどな」

「ご勝手に」

 

そう言ってまた湯呑みを傾けようとする霊夢を見て魔理沙はニヤリと笑うと、最後の一枚だけ残っていた煎餅を手に取って勢いよく立ち上がった。

 

「これは情報提供代として貰っていくぜ」

 

魔理沙はそう言うが早いか、残りのお茶を一気に飲み干して箒に飛び乗った。

 

「あ、こら...!」

「じゃあな、霊夢!また来るぜ!」

 

魔理沙はそう言い残すと勢いよく空高く舞い上がった。その反動のとばっちりを受けた霊夢の周りでは砂煙がもうもうと舞い、霊夢は慌てて顔を袖で覆った。

大空に、一つの黒い点が奇妙な叫び声と共に突き進んで行く。空の彼方へと飛んで行く魔理沙を見送りながら、霊夢は口に入った砂粒を吐き出して低い唸り声を上げた。

 

「はぁ……」

 

面に薄い砂の層を浮かべた湯呑みを見下ろして、霊夢は静かに中身を流しへと捨てた。

 

 

「はい、今日はここまで」

『ありがとうございました!!』

「気をつけて帰れよ〜」

 

家主がとばっちりにあっていることなど露知らず、博麗神社の居候である身の穂鷹は寺子屋にて本日の授業を終えたところであった。教師を引き受けてから半年も経つと皆も慣れてくれたみたいで、すっかり気に入られてしまった。

基本的に午前中で授業は終わる為、寺子屋の庭では妖精や妖怪の子供たちが遊んでいた。夏真っ盛りの所為なのか何処からかスイカまで持参する強者までいた。

けれど、そこに人間の子供の姿はない。幸せに満ちているけれど何かが欠けている。ここはそんな不思議な場所でもあった。

 

「お疲れ様」

「ああ、悪いな」

 

庭先で子供たちの姿を見ていた雇い主に冷やしておいた冷茶が乗った御盆を差し出す。慧音はそれを受け取り、一口煽って、また子供たちに視線を戻した。御盆の上にはそれとは別に、こちらは俺が持ってきたスイカが半月に切られて乗せてあった。

 

「どうだ?今の生活には慣れたか?」

「ええ、まあ…人里の人たちにもよくしてもらってますしね」

 

ここの人里の人たちはホントにフランクで、初対面の俺に対してとてもよくしてくれていた。採れたての野菜やらキノコやらを差し入れしてくれることもあった。先ほどのスイカもここに来る前に八百屋の叔父さんから貰ってきたのだ。

 

(なんか、俺って貰ってばっかのような気が……後でちゃんとお返しでもしておくか)

 

俺は密かに出来る限りの幾ばくかの恩返しを心に決めた。ま、何はともかく。

 

「じゃ、俺は帰るわ」

「ホントに良いのか?このスイカ貰ってしまって」

「いいのいいの。俺は『寺子屋の子たちと一緒に』って言われて貰ってきたんだ。貰ってくれなきゃ俺が叔父さんに怒られる」

 

見た目五十過ぎにして八百屋を営む叔父さん。毎日朝から晩まで畑で働いている人間の腕力を馬鹿にしてはいけない。現に農業を営んでいるウチの部長の叔父は素手で岩を叩き割るほどの猛者である。

 

「そうか。ではありがたく貰っておこう」

「おう、ありがたく貰っておいてくれ」

 

軽い返事を置いて穂鷹は寺子屋を後にした。

 

「さて、バイトも終わったし…」

 

だが寺子屋を出た足は博麗神社には向かず別の方向へと向かっていた。

 

 

「…はい、到着」

 

数分ほど歩いて辿りついたのは、霧の湖と呼ばれる人里とさほど離れていない大きな湖だった。

…というか、俺が初日に落とされた湖です。結構トラウマになってんすよ?あの時の……。冬だったし、寒かったし。だからといって夏なら良いという訳じゃないけど。

 

「さてさて、ホントにあるなぁ…」

 

湖畔に立ち、目の前に広がる風景を呆れ半分驚き半分の気分で見つめる。

 

「霧の湖に浮かぶ紅い館。こりゃまた派手な…」

 

紅、紅、紅。壁面全て紅一色。どんだけ派手好きなんだよ、ここの当主は…。

なんか心理的にものすごく近寄りたくない感じがするのでこれ以上は近寄らない。頼まれたって絶対やだ。どうせイタい奴が出てくるに決まってる。

 

「さてと、この感じは紫のか…」

 

この一帯はここに来た当初から違和感を感じていた。どうして?と聞かれるとなんとなくとしか答えようのない感覚の為、そこから突き詰められると困るのだが、真実はこうしてその感覚が正しかったということを教えてくれている。

ここら一帯に残った力の痕跡を調べてみると、どうやら紫がつくった結界の術式だということがわかった。神社に泊まった翌日、やつあたり気味に一度だけ手合わせした時に紫の力の質は把握しておいたし、こいつは間違いなく紫の結界だ。

 

「だとしてだ。この結界を張った理由はなんだ…?」

 

分からないが想像ならできる。今、人里では貧血症状で家で療養している人がおり、その全員が森の奥で綺麗な妖精を見たと言っているらしい。恐らく、その妖精絡みだろう。

貧血症状。

館の色。

紅色。

つまり、血の色。

血───

 

「─とくれば、吸血鬼か…」

 

吸血鬼。

狼男、フランケンシュタインと並ぶ『三大怪物』と呼ばれる世界最高の怪物である。生と死の狭間に存在し、生命の根源とも言われる血を吸う不死者の王とされる。腕力など、生体のスペックが人間を遥かに超えており、体の大きさを自由に変えたり、コウモリや狼などの動物、霧や蒸気に変身する能力を持つ。

と、これぐらいが予備知識だ。後は十字架や銀、ニンニク、陽の光に弱いとか、心臓に杭を打つと死ぬとかそれぐらいだ。正直、ここが幻想郷でなければ考えもしない可能性だが、ここではありえないことを主軸に持ってきた方が合っている気がする。

 

で、その吸血鬼があの館に住んでいて、それを封じる、または隔離する為に紫が結界を張った。

何故?知らん。この結界は十年近く張られていたようだし、俺はその時の幻想郷を知らない。そもそも十年以上も封じ続けられる結界など始めて見た。さすがは妖怪の賢者といったところだ。

 

「ダーメだ…。憶測は所詮憶測だな……」

 

色々考えてみるが、どれも空気を掴むような感覚で要領を得ない。憶測か感だけで物事を推し量ろうというのがそもそも無理な話だ。

 

「しゃあない、今日は帰るか…」

 

これ以上の思考は無駄と諦め、俺は霧の湖を後にした。

 

 

季節は夏。

辺境の地は、紅色の幻想に包まれた───

 




紅魔郷ってこんな感じ?


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動き出す巫女と魔法使いとその他一名

「まだ出てるな…」

「そうね…」

 

俺は外に広がる紅い霧を見つめてそう呟いた。

これでもう3日目になる。この赤い霧が出ている所為で太陽の光が遮られて洗濯物がなかなか乾かない。加えて、問題はこの霧が普通の人に有害であることだ。霧を浴びすぎると体調が悪くなるらしいく、人里に住む人間は皆家の外に出ずに中に閉じこもってしまった。慧音も寺子屋を開けないと嘆いていたし、俺も生活が困る。

 

というか、この霧──妖霧が出た日からずっと、このマイペースで気分屋の巫女をさり気なく危機感を持つように仕向けているのだが、この巫女さんは一向に動こうとせず、気付けば3日も経ってしまっていた。

だが、3日目にしてやっと気が乗ってきたらしい。神社の鳥居の下、石畳の階段に腰をかけて空を覆い隠す紅い霧を、無愛想な表情で睨んでいた。

 

「全く…何なのかしらこれ。こんな調子じゃあ、いつまで経っても陽が当たらないじゃない」

 

そう言って、霊夢は宙へと手を翳す。その周りには、うっすらと紅い霧が纏わり付くように浮遊していた。

 

「霧…?…いえ。これじゃあまるで妖霧ね…」

 

そんな得体の知れない紅い霧について、彼女は何かを調べるような素振り一つ見せる事もなく、それが何なのか本能的に察しているようだった。

 

「なあ霊夢、これってやっぱり異変じゃあないか?」

「ええ、間違いなく異変ね」

「………」

 

呆気なく、実に呆気なく、俺が3日も言えずにいたことを横に座る巫女は肯定してしまった。ホント、この俺の努力はそんなもんだと言わんばかりの呆気なさであった。

 

「はぁ……」

「何よ?」

「いや、別に…」

 

だが、こんなことでへこたれる訳にはいかない。やっと霊夢がヤル気になってくれたのだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。

 

「じゃあ解決しなきゃなんないだろ?博麗の巫女なんだから」

「わかってるわよ。私もそろそろ解決しに行こうと思ってたところよ」

 

何ともゆるりとした調子で言うと、霊夢はその腰を上げた。

 

「仕方ないわね。いい加減この霧の原因でも突き止めるとしましょうか」

 

そうして、いつも通りなんとなくの勘だけを頼りに、幻想郷の空へと飛び立って行くのだった。俺は黙ってそれに続く。この半年で霊夢との接し方もほぼ定着しつつあった。

 

 

───因みに、この巫女さんの勘はあまり外れないのである。

 

 

 

魔法の森。

 

いつか穂鷹が迷い込んだ幻想郷の森の中に、霧雨邸は存在する。別段誰を招くという事もなく(偶には招く事もあるかもしれないが)、こぢんまりと建っている。建物の内部は、一度地震でも起こってしまえばマジックアイテムの雪崩で大惨事が巻き起こりそうな様相を呈している。この家の家主には掃除スキルなど無いに等しかった。

 

そんな雑然とした家の主である霧雨魔理沙は、なんとはなしに箒に跨り、こちらは普通程度の勘を頼りに紅い霧の元凶へとなんとも普通に空を飛んでいた。紅い霧の発生から既に3日経っているが、それは異変解決の為の準備をしていたからであった。そう、これは異変だ。魔理沙の普通程度の勘がそう言っている。

だが、いざ解決に!と思ったは良かったが、普段から整理整頓が出来ない彼女のこと。使う道具が見つからないのは当たり前。見つかったと思っても壊れていたり、使えないものが大半で、やむなく整備に時間を割くこととなった。それを受けて穂鷹に掃除を頼もうと思ったとか思わなかったとか。どちらにしても自分でやる気はさらさらないことは確かであった。

 

「………ん?なんだ、あれ?」

 

そんな彼女の視界に映る湖の全貌が、より一層濃い紅い霧によって捉えきれなくなっている。

 

「やっぱりこの湖が発生源か…。とすると、あの館も何か関係があるのか?」

       

人間だって湖のある所に集落を造るのだ、きっと化物も水がなければ生きていけないに違いない。

これ以上なく人間らしい思考を巡らせた彼女は、あの館に何か目ぼしい物がないかと探しに行く事にした。

 

「そろそろ霊夢のやつもが動き出す頃だろうし、私が先に行って一人で解決してやる!」

 

少しばかり楽しそうな笑みを零すと、魔理沙は跨った箒の速度を上げた。そうして、なんとも彼女らしい動機の下、幻想郷の空を翔け抜けて行くのだった。

 

─────言い忘れたが、この魔法使いの少女は目立ちたがり屋でもあり、達の悪いコソ泥でもあった。

 



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宵闇夜行

ルーミア登場。
弾幕勝負はありません。


 

博麗霊夢は勘の良い少女である。彼女自身も自らについてそう思っているし、彼女の事を多かれ少なかれ知っている者達も恐らく同じ事を思っている。それが本当に『勘』と呼んで良い類のものか否かは定かでないが、ここではそう言う事にしておこう。ともかく博麗神社を飛び出した霊夢は先行して先を目指し、道中の森の上を悠々と飛んでいた。別に急ぐ用事でもなさそうと感じた為もあるが、面倒との理由の方が強かった為でもあった。

 

「見ているこっちは気がきじゃないんだけど…」

「何か言ったかしら?」

「いーや、別に」

 

相変わらずマイペースな奴だと嘆息するぐらいしか出来ないのが何とも歯痒い。言っても聞かないことが分かっている手前、尚更であった。

そんな穂鷹の不安を他所に、涼しさが辺りに満ち、夜風が優しく空を行く二人を撫でた。

 

「やっぱ夜は気持ちいいわねぇ、涼しくて」

「そうだな」

「これで霧がなければ最高なのに…」

 

この状況でのんきなことを言ってられる人間は多くはないであろう。その数少ない人間が穂鷹の周りにいるのだから、その心労は如何程のものか。それを知るのは、この憐れな少年と同じ立場に立つものだけである。

 

「しっかし…こんな暗いとどこに行っていいかわからないわ」

「一応月は出てるみたいだけど、この霧じゃあな…」

 

月はそれを包む霧により紅く輝いてはいるものの、本来の役割を果たすまでには到底至らない。だから、頼りにしているのは霊夢の勘と穂鷹の魔法使いとしての感覚であった。

霊夢は飛んでればいつか着くと信じているし、穂鷹は彼女の勘と周囲の流れを感じ取って進んでいる。その両方ともが噂の館に指しているのを穂鷹のみが気づいていた。

 

「毎回、昼間に出発して悪霊が少ないから、夜に出てみたんだけど...」

 

言葉に詰まり、霊夢は苦笑いを浮かべた。

 

「どこに行っていいかわからないわ。暗くて。でも...夜の境内裏はロマンティックね(←のんき)」

 

また穂鷹の嘆息メーターが一つ上がる。ついでに空なのにも関わらず、ずっこけそうになるというオマケ付きだ。この巫女様は、どこまで行っても自分のペースを崩す気はないらしい。

だが確かに、言われて始めて穂鷹も気づく。先程まで月は紅く輝いていたのだが、今は夜の帳を何倍も濃くしたかのように何も見えない状態に陥っていた。明らかな異常。

 

「霊夢」

「ええ、分かってるわ」

 

穂鷹が霊夢に呼び掛けると同時に攻撃が来た。

闇に包まれた森の中、1つの光弾が霊夢に向かって放たれた。霊夢は瞬時に半身を引き、身体を半回転させその弾を受け流す。弾は木にぶつかり、消え散った。

 

「正面2時の方向!」

「はっ!」

 

穂鷹が示した方向に、霊夢が霊力を込めた札を数枚纏めて放つ。

 

「いてっ!」

 

弾が当たったらしい。ずいぶん可愛らしい声がした。少女の声だろうか?そして、それは徐々に霊夢に近づいてくる。二人はそれぞれ構えて相手の出方を待った。少しずつ、形がハッキリと見えてきた。

 

「……?」

「あれ…?」

 

そこにいたのは見た目は7、8歳の少女。金色のショートヘヤーに赤いリボン、シャツに黒のベスト、赤いスカーフを巻き膝下まである黒のスカートを履いていた。

そして二人の前に現れた少女は頬を膨らませながら言った。

 

「いきなり撃ってこないでよね!?」

「いや、あんたが最初に撃ってきたんでしょ」

「当ててないじゃない!」

「いや、避けてなきゃ思いっきり当たってたわよ!」

「私も避けたのに当たったんだけど?」

「ホーミング機能付いてるからよ」

「コラー!」

 

霊夢の一言に思わず突っ込みが入る。

だがそんなことより、目の前の少女に穂鷹は見覚えがあった。

 

「で、ここで何してるのさ、ルーミア?」

「あれ〜?先生だ!何でいるの?」

 

この妖怪少女───ルーミアは、慧音の寺子屋で教えている子供の一人である。真面目に授業を聞いてくれているのは嬉しいが、賢いかと言えば目を逸らす程度のちょっと残念な少女である。ノートの謎の落書きは未だに謎のままだ。

 

「知り合い?」

「ああ、寺子屋の教え子の一人だよ」

「はーん…子供かと思ってたら本当に子供だったって訳ね」

「なんか馬鹿にされてる気がする…」

 

気がするんじゃなくてその通りだと思うのだが、それが読み取れるほどこの妖怪の少女は賢くはない。

 

「で、貴女はこの霧の原因?」

「ううん、違〜う」

「そう。なら別に用はないわね」

 

そう言いつつも、軽く微笑み、その口から言葉を発した。

 

「で、そこどいてくれる?」

「イヤよ!こっちも当てなきゃ気が済まないわ!」

「理不尽ね」

 

霊夢に言われたら終わりである、声には出さないが。何はともかく、教え子がやられるのは教師として見たくはない。仕方が無いので、穂鷹は持ってきた小型冷却器から、終わったら食べようと作ったアイスを一本差し出す。この冷却器、元々は飲みものを冷やす為の物だが、使い方次第でこういうことも出来る。もちろん幻想郷にはない物なので穂鷹自身が作ったものだ。

 

「ルーミア、これあげるからそこ通してくれない?」

「ん?それ何?」

「アイスキャンディー、冷たくて美味しいよ?」

「くれるの!?」

「ああ。だけど、寺子屋のみんなには内緒な?」

「うん!」

 

案外素直に受け取り、口に入れた瞬間至福の表情を浮かべるルーミア。さっきの仕返しに意気込んでいたことなど完全に忘れているらしかった。余程気に入ったらしく、食べるのに夢中である。その姿を見ると、年相応の少女にしか見えない。

 

「はぁ…余計なお節介を焼くのは程々にしなさいよ?特に妖怪にはね。後で付け込まれるわよ?」

「はい、霊夢の分」

「むぐっ……」

 

霊夢が何やら言っているが、構わずその口にアイスキャンディーを突っ込み強制的に黙らせる。

心配してくれているのは分かるが、それは自己責任だ。俺の行いで俺がどうなろうが、俺自身は全く気にしない。ただの自業自得だ。だからそうならないように思考し、行動しているわけだが。

 

「それ食べたら今日は帰りなよ?」

「うん!分かった!」

「それじゃあな、ルーミア」

「バイバーイ先生!!」

「ちゃんと歯磨けよー!」

 

俺たちはルーミアと別れ先に進んだ。

 

「…貴方、随分と教師役が板についてきたじゃない」

「だろ?自分でも気に入ってる」

「でも、貴方やっぱり危ないわ。いつか死ぬわよ?」

「人はいつか死ぬもんだ。遅いか早いかと、その方法だけだよ、違いは」

「あっそ…」

 

それ以上、霊夢は何も言わなかったが明らかに何か怒ってるのは穂鷹にも分かった。その怒りの矛先が何なのかも分かっていた。だが、人間は早々、自分の生き方というものを変えられはしないのだ。

 

(それに、俺はまだまだ死ねないしな…)

 

穂鷹は無意識に自分の心臓に手を当て、その鼓動を確かめるかのようにそっとその上を撫でた。

 

その後、二人ともに黙って飛び続けること5分。俺たちは森を抜け、霧の湖へと辿り着いていた。と言っても霧の所為で湖かどうかすらも分かり難いのだが、恐らくそうだろう。

 

「見るからに怪しいわ、どうやらあそこが妖霧の発生源みたいね」

「そうみたいだな」

 

果たして原因はそれだけかはわからないが、紅い霧とは別の白い、一般的な霧が辺りに立ち込めていて距離感が掴み辛いが、霊夢はその奥に浮かぶ洋館の存在をはっきりと認識していた。

 

「……?」

「どうした?」

「うーん…な〜んか、変な感じがするのよね、あそこ…」

「そりゃあ…」

 

幻想郷は夜の色がさらに深まり、空はその色を闇へと近付けつつあった。その所為か、霧でぼぅ…っと滲む洋館に対し、霊夢は何か異様なものを感じていた。あるいは、洋館の

中にあるモノ、もしくは、『いるモノ』に。

 

「お化け屋敷っていう風情だし?」

「霊魂とかあんまり信じない達なの」

「その発言は巫女としていいのか?」

「良いんじゃない?私の仕事は結界維持と妖怪退治よ」

「巫女の仕事はどうした…」

「妖怪退治も巫女として大切な仕事よ」

 

言われてみれば、そういや妖怪退治以外特に巫女らしいことをしている姿を見たことがなかった。

 

「さて、考えていても何にもならないわ。取り合えず行ってみて、何か起こってから考えましょう」

「現場主義は結構なことだが、考え無しの突撃だけは勘弁してくれよ…?」

「思考と不安で何もしないよりかはマシよ。それに…」

 

そこで一度区切り、腕を上げてこちらを振り向く。

 

「この服装じゃ風邪引くわ」

「……まあ、その通りだわな」

 

夏に風邪とはこれ如何にと思うかもしれないが、目の前を白い結晶が、風を縫うようにしてチラついてゆく。

それはまさに『雪』だった。

何故か、夏場なのに関わらず湖には雪ぐ降っていた。真赤な風景に真っ白な雪。とても映える光景ではあるのだが、如何せんこの夏場の薄装だ。バカと風邪は何とやら。そんな言葉が実際に存在するので、夏なのに寒さで風邪ひくなんてプライド的に許さない。   

しかし、寒いからと言って早く行くと、スピードを出したことにより、向かい風の冷たい風がより一層、冷たく感じてしまう。どちらにせよ寒くなるわけで。何というジレンマ。

 

「…霧を止めてもらうついでに、お茶でも出してくれないかしら」

 

声に若干危ない感じが混じり始めていた。そんな調子で霧の中を飛んで行く霊夢の後ろで、帰ったら新しく買ったお茶と和菓子でも作ってやろうと、穂鷹は心に決めた。

 

───また、この湖にはとある妖精が道に迷う仕掛けを施していたのであったのだが、何故だか彼女たちは道を誤る事なく島へと着く事になる。それはその妖精が『誰か』にちょっかいを出しており、その間は湖をどうこうしているような暇がなかった為なのであるが、彼女たちには余り関係の無い話である。

 




こんな感じで良いんでしょうかね?
感覚がまだまだわかんない。

ちなみに次は魔理沙VS⑨です。
乞うご期待!!


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おてんば恋娘

VSチルノ回です。
どうぞ!


 

「あれが……紅魔館か」

 

魔理沙の眼前には、広大な湖が続いていた。霧の所為か、湖が大きいだけかは分からないが、対岸が霞んでよく見えない。だが湖の向こうに見える紅く染まった館は普通の霧にはよく映える。

紅魔館───その全てが紅く染まっていることから、人里の住人がそう呼んでいる。

 

「やっぱりあそこから霧が出てたみたいだな。にしても…」

 

速度をあげて館を目指している魔理沙はそう呟やいて何かを探すように周りを見回してみたが、白い霧が立ち込めるばかりで何も見えない。

 

「…おかしいな。島はこの辺だった気がするんだが………」

 

目的の紅魔館はこの湖にあるそれなりの大きさの島に建っているのだが、その目指しているはずの島へいつになっても着く気配がなかった。それどころか、何か同じところをぐるぐるとしている気もしないでもない。目の前に見えているのに辿りつけない。余り普通では考えられない状況下にあった。

 

彼女の下方に広がる湖は狭くはないが、それでも横断するのに二十分とかからない。

にも拘らず、魔理沙が湖の上空に差し掛かってから既に三十分弱の時間がかかっている。それでもなお、下方の光景は水で覆われている。

霧のせいで方向感覚が狂ったのか、もしくは───

 

「もしかして島自体が移動してるとか?ありそうで嫌だが…………」

 

誰にともなく呟くと、魔理沙は自らの腕をさすった。湖にはもう一つおかしな点があった。

 

「もう夏と言っても良い頃だぜ?いくら夜とは言っても冷えすぎじゃないか?」

 

そう、寒いのである。

其処が例え幻想郷と言えども、夏と言えば暑い。道に迷う事といい、夏らしからぬ気温といい。

この湖は何かおかしい。

 

「さて、どうしたもんかな…………ん?」

 

魔理沙が震える手をこすり合わせて本格的に悩み始めたその時、湖から幾つもの氷塊が連続して打ち出された。魔理沙はそれを器用に躱していき、氷塊が打ち出された場所を見る。

そこには外見は白いシャツの上に青いワンピースを着て、首に赤いリボンを結んだ水色の髪をした少女が、こちらに向けてニンマリと笑っていた。背中の氷の結晶に似た羽が、その少女が妖精だと告げている。

 

何より、それは魔理沙も顔見知りの妖精であった。

 

「ムフフ…。このあたいにここで会ったが百年目!」

「はあ???」

 

氷の妖精であるチルノはふんぞり返って魔理沙へニヤリとした笑みを向けるが、全く様になっていないのがなんとも悲しいところ。しかも、その声は敵意を含むというより元気いっぱいといった微笑ましいものの為に怒るに怒れないのだった。

 

この氷の妖精は以前に何度も弾幕の練習相手にやりあってたりする。その時の勝敗は聞くまでもなかったが。

 

「だけどま、なるほど。この寒いのはお前の所為か。迷うのも」

「暑いよりはいいでしょ?」

「寒いやつめ」

「……何か違うんだけど」

「細かい事を気にするなよ」

 

それでもまだブツブツと言っているが、だがそんなことはお構いなしに魔理沙はただとある一点を見つめていた。というのも、それが何故そのようなものを彼女が手にしているのだろうと疑問を抱かせずにいられない代物だったからである。右手で頬を掻き、ゆっくりと口を開く。

 

「なんでもいいが、お前。何で蛙なんて持ってんだ?」

「ふっ!バカにはわからないのね。もちろん、凍らせて遊ぶためよ!」

「うーん…馬鹿には分からないっていうか、寧ろ馬鹿にしか分からないんじゃ…」

「なっ!?誰がバカよ!誰が!」

「誰って…てか、こうして上で踏ん反り返ってるのも馬鹿っぽいぜ。煙と何とかはってな」

「なんだとーっ!」

 

手足をバタつかせて暴れるチルノ。

もう、行動がまるっきりガキであった。

これでも寺子屋にて慧音の授業を受けているのだが、いつまでたっても考えるということを覚えない頭の軽さである。そもそもこの妖精は、特に理由もなくただドンパチ暴れたいだけであった。

 

「むーーーーーー!」

「拗ねんなよ」

「お前なんか…お前なんか、バーカ!」

「悪口くらいちゃんと言えよな…」

「もー、怒った!お前なんか、最強のあたいの手で吹っ飛ばしてやるっ!」

 

そう言い放つチルノの周囲に、にわかに冷気が集まり始めている。

暇なのか憂さ晴らしなのかは知らないが、私はこんなのに構ってるほど暇じゃないんだけどな。全くこれだから妖精は面倒くさいぜ。

 

散々弾幕の練習相手にしていた奴のセリフとは思えなかった。

 

「やれやれだぜ…」

 

魔理沙はぼやきながら帽子の中から八卦路を取り出して構える。

 

「いいぜ、相手になってやる。先を急いでるんだ、さっさと終わらせてやるさ!」

「終わるのはお前の方だ!」

 

そう叫んで空に掲げたチルノの手から白い水蒸気が立ち上り、やがてその水蒸気は氷の結晶となり、一枚のカードを形作った。カードの出現と共に爆発的に高まるチルノの魔力。濃度が増したそれは、妖精の周囲で淡くスカイブルーの輝きを放ち、呼応するように彼女を包む冷気が尚一層広がり、大気中の熱を奪い去っていく。

 

「スペルカード!」

 

【氷符「アイシクルフォール」】

 

チルノの掲げたスペルカードが輝き始め、周りに渦巻いていた冷気の煙が大きく揺らめいた。チルノがその小さな腕を横に振り回すと同時に、刹那に凝固し幾つもの氷塊となった弾幕が、魔理沙を狙って放たれた。

 

「っと……!」

 

その姿に違わぬいくつもの氷の弾幕は、速度こそ大したことはないが、数も多く進路を途中で変えて襲い来、少々動きの予測がしづらい。

更には、氷塊が閑散としている空間にも光弾を打ち出してくる為、避けるのには中々の苦労を要する。

 

だが──。

 

「当たらないぜ!」

 

それでも、彼女の表情に焦りの色は浮かばない。そもそも、何度もやりあってその度に打ち破ってきた弾幕だ。前回と違って正面からの弾幕が増えているが、何てことはない。

魔理沙は箒を自在に駆って旋回、これを悠々と回避していく。氷塊は魔理沙の横を通り過ぎて湖に落ちていき、着弾地点に氷の柱を作った。

 

「馬鹿にしてっ!」

 

間髪入れずに攻撃が続く。

パキパキと音を立て、空気中で氷塊が生成されていく。

形は大小様々。水晶かと見紛うような輝きを以って完成される。

しかし、そのどれもが鋭利にして凶暴。容易に肌を裂きかねない凶器となって魔理沙を襲う。

加えて冷気そのものを圧縮したレーザーを混じえてくる。外れたレーザーが、広い湖を一瞬にして凍らせていく。その光景がレーザーの威力を如実に表していた。

当たればどうなるかなど考えたくはない。

 

(当たれば、だけどな…)

 

だが、魔理沙はそれさえも少しも物怖じせずに避わし続ける。それどころか彼女の操る箒は、まるで魔法のように美しく宙を舞い、弧を描き、飛来する弾幕など障害物ですらないとでも言うように躍る。

 

「なんで当たんないんだよ!」

「なんでと言われてもなあ…。お前の弾幕、簡単なんだよなぁ…」

「むきーーー!」

 

率直な感想にチルノは泣きそうな表情になる。というか既に半分泣いていた。やはり妖精だろうと子供は子供である。自分の思い通りにいかないことが悔しいらしい。

ぷるぷると小刻みに震え、顔を上げたチルノは目つきを鋭くする。

 

「絶っ対っ!!撃ち落としてやる!!」

「来いっ!!」

 

その叫びと共に、手に持った二枚目のスペルカードが強烈な光を放って消える。

 

「スペルカード!」

 

【凍符「パーフェクトフリーズ」】

 

スペルカードの発動と同時にばら撒かれる緩急の色鮮やかな氷塊の雨。だが、それはスペルカードと呼ぶには余りにもお粗末な攻撃だった。標的を狙ったにしては雑過ぎる。散弾のように全方位攻撃を意図したにしては穴が多い。

 

「なんだ、拍子抜けだな…」

 

魔理沙は箒の速度も緩やかなまま、詰まらなそうにそれを避けていく。

刹那───。

 

ぴたっ!

 

──と、光弾の動きが止まった。

 

「…………止まった?」

 

自身の横を通り抜けて行くはずの氷塊が、中空で停止した様を見て魔理沙が首を傾げた。

 

「やあっ!」

 

その直後、魔理沙の一瞬の硬直を見逃さなかったチルノが、先程の攻撃より段違いに早い氷塊の弾幕を放った。

 

「ちっ……!」

 

だが、これも狙いが浅い。すぐに横に一歩ズレる形で迫り来る弾幕を避ける。

 

「どうした!これで一杯一杯か?」

「甘いわよ!人間!!」

 

チルノの叫びに伴って、魔理沙の周囲でその動きを停止していたはずの氷塊が再度動き出した。

 

────その移動方向をランダムに変化させて。

 

「うわ……っと!」

 

予想外の動きに対応が遅れる。

そして、魔理沙は気付いた。

 

「ちっ…全部この為かよ!」

 

魔理沙の目の前、さっきまであった弾幕の隙間が、今はその弾幕によって完全に塞がれていた。

 

前がダメなら後ろはどうか。

───ダメだ。その隙間は、既に魔理沙自身が通り抜けられる大きさではなくなっている。

 

なら、横は───。

───ダメだ。さっき避けた氷塊がまだ残っている。

 

なら上下──────。

 

どこを探そうと通る道などない。先程魔理沙自身が拍子抜けと評した弾幕が、今まさに彼女を閉じ込める氷牢と化していた。

 

逃げられない───。

避ける隙間が、ない───。

 

「───くそっ!」

 

始めから、あの弾幕には全て意味があったのだ。

一撃目で注意を引き、二撃目で場所を絞り、三撃目で敵を落とす。

其れらを成す為に組み合わせた弾幕だった。

一撃目は相手の注意を引く為に色とりどりの弾幕を、二撃目に素早くある程度量の多い弾幕を、そして三撃目に弾幕を操り相手を完全に閉じ込める。

全ての弾幕を操ることは出来なかったが、敵の周りの弾幕ぐらいならあの氷精でも出来た。

もちろん完璧じゃない。逃げられることもある。

だが、あれだけ視界が悪ければどうなるか。

 

「もらったわ!」

 

新たに放たれる氷塊の群。それは今まさに彼女が回避しようとしたスペースへと撃ち込まれた。

 

ドンッ!!!

 

豪快な爆裂音が湖に響き渡った。

 

「!な…なに……!?」

 

だが、予想に反してその音に動揺したのはチルノだった。

放った氷塊は爆発などしないことは放った彼女自身がよく分かっている。

そもそもの元は水蒸気なのだ。冷やすことは出来ても温めることが出来ない彼女に水蒸気爆発など起こせるはずはないし、水蒸気爆発自体、この頭の軽さでは知らないだろう。

だからもし。

もし爆発したのだとすればそれは───。

 

「今のはそれなりに面白かったぜ、妖精!」

 

爆発を伴う『何か』に、撃ち落とされたという事。

 

マジックミサイル───。

魔理沙の持つマジックアイテムの一つである。

 

「な!?」

 

吹き抜ける風が爆煙を晴らしたその場所で、夜を背にして堂々と佇む魔理沙が何処までも不敵に笑う。

その姿に、チルノは焦燥を隠せぬまま、しかしそれでも次の攻撃へと移ろうとする。

 

「スペルカード!」

 

【雪符「ダイアモンドブリザード」】

 

チルノの構えられた両手から氷で作った杭をどんどんと生み出していく。数百、数千の杭が生まれ、辺りを満たしていく───。

だが、その弾幕は動きが単調で速度もなかった。

 

チルノは魔理沙の意気に完全に呑まれていた。

 

 

チルノと呼ばれる氷精がいた。

実に妖精らしく、だがどの妖精よりも愚直なまでに真っ直ぐな妖精であった。

彼女は一つとしてはっきりと記憶している事はなかったが、ただ一つ例外があった。

 

自らの敗北と、自身より強い相手の存在───。

 

彼女は何も根拠のない自惚れで最強を自称しているわけではなかった。

彼女の授かった力は妖精の持ち得る領域を超えており、その力に背中を押される形で敵に挑み、その強さに見合う実績を得ていた。

もちろん、他の妖精や小型の妖怪程度ではあったが、それでも彼女は湖の周辺では一番強かった。

 

そして時が経つにつれて友達が出来た。

たった一人の友達だった。

そのたった一人の友人という存在が、彼女にはとても心地良く、何よりも大切なものであった。

何よりも、大切なものであったのだ。

幼いながらも、たった一人の大切な友人を守りたいという確固たる覚悟を彼女が自然と持ったことを、誰一人として、自惚れであると、驕りであると嘲り蔑むことなど出来はしない。

例えそれが傲慢であろうと、友人を思う彼女の想いは何処までも純粋だったのだから。

 

そして友人を守る方法として彼女が選んだのは、強くなることであった。

彼女は、強大な妖怪と戦ったことはなかったが、強大な妖怪が畏怖と敬意の上に成り立つことを知っていた。

それらが己が力の裏付けであると知っていた。

これらは全てなんとなくの直感によるものではあったが、妖怪の本質は掴んでいた。

強さこそ、畏怖や敬意の元である。

だが、彼女は「強さ」の何たるかを考えなかった。

ただ漠然と畏敬こそが強いことだと思い込んだ。

その強さが、肉体であり精神であり頭脳であり存在であると、慮ることはしなかった。

故に彼女は勝ちに執着した。

強欲に、貪欲に、勝利を求め、その為の力を欲した。

もちろん負けることもあった。

だがそれでも諦めず、勝てるまで何度も何度も繰り返し挑んだ。

中型の妖怪、高位の妖精、時には大型の妖怪にも勝利したこともあった。

 

(これで大丈夫、これで友人を守れる───)

 

彼女はそう確信し、ただし過信した。

彼女の求めた強さは、脆さとしか認識されなかった。

自らの存在地位が高くなるほど身に着ける『保身』というものを、彼女は全く考慮しなかった。

ただ振り回すだけの強さなど無意味なことと同じように、彼女の振るう『友人の為の力』は、脆さ故としか認識されなかった。

 

───ただの暴れ回る餓鬼。

────無鉄砲なだけの弱者。

 

それが彼女に対する認識であった。

彼女の存在は昔と今も変わらず弱者のままであった。

見下される存在のままであった。

だが、自らの強さに確信した彼女の耳には、周りの雑音など全く聴こえはしなかった。

そして彼女は、自称する。

 

 

〈最強〉を───。

 

 

 

「遊びはお終いにするぜ!」

 

その声にチルノはハッとその方を見る。

宣言と共に魔理沙の箒が夜を舞う。その速度は、最初にチルノの攻撃を避けていた時より遥かに速い。それは疾風の速度すら超越し、稲妻の領域へ───。

少なくとも、彼女と相対している氷精にはそう感じられた。

 

(追い切れないっ……!!)

 

焦りを抑えられないチルノであったが、その脳裏にふと、安易な考えがよぎった。

 

「…そうよ!いくら速くたって、弾幕を抜けなきゃ何も───」

「抜けるさ!」

「───っ!?」

 

背後で声がした。

彼女にとっては絶対的なはずである氷壁の向こう側から、その声は嘘みたいに良く聞こえた。

      

「おい氷精、多勢に無勢って言葉、知ってるか…?」

 

唐突に魔理沙はチルノへと口を開いた。懸命に応戦している魔理沙を横目に、チルノは満面の笑みを浮かべて言った。

 

「もちろん知ってるわよ!あたいが多勢で、お前は無勢だろ!」

 

威勢の良いチルノの言葉を聞くと、魔理沙はニヤリと笑った。

 

「いいや、違うな。無勢はお前の方だぜ☆」

 

魔理沙がそう呟いた瞬間、魔理沙の握りしめているミニ八卦路が急激に輝き出した。

 

「っ?!」

 

チルノが目を見張ると同時に、魔理沙のミニ八卦路から勢いよく、空を埋め尽くさんばかりの流れ星がはち切れんばかりに飛び出した。

 

「スペルカード!」

 

【魔符「スターダストレヴァリエ」】

 

瞬く間に流れ星の群星は氷の弾幕を覆い尽くした。

流れ星が去った後の空には、先程まで空を覆っていた氷の壁は跡形もなく消え失せていた。

その頭上に、紅い霧に包まれた満月が顔を出す。

 

「なっ!?」

 

自身の弾幕を全て打ち消され口を開いて絶句しているチルノをよそに、魔理沙はチルノにミニ八卦路を向けた。

 

「な?多勢に無勢だろ?」

 

決着が着いた───。

 

 

魔理沙の弾幕に跳ね飛ばされたチルノは、空中に放り出されていた。気を失っているのか、グッタリとして氷面に向けて真っ逆さまに落ちていく。

だが、このままでは氷面に激突するというところで、その小さな身体を受け止めるものがあった。

緑色の髪を横で一つに括り、水色のワンピースをきた少女。

妖精───であることは確かではあるのだが、その内側に持つ力が視線の先で抱き留められた氷精の比ではなかった。

チルノも妖精の域を超えた力を持つが、この緑髪の妖精はその力を遥かに上回っている。

魔理沙と同等かそれ以上───。

魔理沙はしっかりと相手との差を認識していた。

それは彼女と会ってある程度経った今でも変わっていない。

 

「おい、そいつ」

「大丈夫です、気絶してるだけですから」

 

そう言って妖精はチルノを前で抱えた。その顔はわかりやすく目を回して気絶していた。

 

「可愛いですよね。『弱い』のに、怖がりのくせに、強がって。強い人と戦って結局勝てなくて悔しがって、また同じことを繰り返す。でも、私はそんなチルノちゃんが大好きですよ」

 

期せずして放たれたその言葉に、魔理沙は内心ギョッとした。それを表に出さずに済んだのは、以前面識があったという一点に尽きる。

それであっても自身が驚愕したという事実は、魔理沙の感情を揺さぶるには充分であった。

 

柔らか、友達思い。

しかし、何処か超然とした妖精。

 

初めて出会った時に抱いたそれらの感覚が緩いものであると認識させられる。

彼女の放つ言葉には温かさがあり、そこには想いやりも含まれていた。

 

だが───。

しかし───。

 

冷たかった。冷めていた。

今まで聞いていた彼女の言葉が、イメージが、たった数秒の会話で音を立てて崩れていく。

その先に浮かぶものが、今まさに目の前にいる緑の妖精と重なった。

 

実際の彼女はこんなにも、静かであった。

心がないとは思えない。

言葉もある、感情もある。

ただし、それが全くと言っていいほど動かないのだ。

静止した水面、不動の山。

例える言葉ならいくらでもあった。

想いやる言葉と心とが、どうにも一致しない。

 

───本当にこいつはチルノの友人なのか?

 

今更、そう魔理沙が錯覚する程度に、彼女の心に起伏はなかった。

 

魔理沙は知らない。

彼女がその強大な力故に、且つて『親友』と呼び合った者を殺めたことを───。

 

それ故に彼女は力を恐れた。

彼女は力を隠すために制限をつけた。

決して何事にも揺れ動くことのない静かな自身というイメージ。

即ち「静寂」を自身の力の枷として己の心に掛けることにしたのだ。

それが今の彼女である。

 

そして、そんな内なる事情を知ってか知らずか、魔理沙は驚愕と同時に納得もした。

 

ああこいつか、と納得出来た。

 

あの二枚目のスペルカード。

あれを見た瞬間に感じた妙な違和感。無数にある弾幕を操るなどという頭を働かせる行為を、あの妖精が思い付くはずがないと魔理沙は思っていた。大変失礼な思考回路ではあるが、否定材料がない為にいかんともしがたい。

 

では、あのスペルカードは誰の入れ知恵か。

答えは出ていた。

あの妖精であれば、あの頭の軽い氷精も素直に聞き入れるだろうし、勝つ為となれば尚更だろう。魔理沙も努力家であれば、チルノもまた努力家なのだ。魔理沙自身としては何処か腑に落ちない感があるのだが、それが何かが分からない。

 

「また相手してあげてくださいね。きっと悔しがってまた挑んじゃうと思うから」

 

魔理沙が内なる葛藤に苦しんでいると、大妖精が、まるで母親のような包容力のある笑顔でそう言った。

笑顔が暗にさっさと去れと告げていた。

 

「…やれやれ、わかったよ。また会った時にな」

 

色々と頭に生まれていた追の問いを諦め、魔理沙はそう言い残すに留まった。そして、その言葉を合図に両方共に背を向け、飛び去った。

 

「……全く、これぐらいじゃ温まらないなあ…。あの島にお茶でも出してくれるお屋敷でもないかなあ」

 

さっきの重苦しい雰囲気から解放されると同時の、この抜けた思考である。努力家というものは、皆愚直であるべきだ、という何処ぞの教師の格言は、強ち間違ってないらしい。つまりはまあ、彼女も彼女で頭の重さはそれほど重くはないということらしかった。

遠回りに馬鹿と認識されたことなど知らずに、それを本気で期待しているような調子で呟くと、魔理沙は今度こそ島目指して移動を開始した。

 




大妖精ってこんな感じなんだろうか…。

書いてて不安になってくる…今更だけど。


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華人小娘

 

「見えたわ、あそこね」

 

霊夢の勘を頼りに異変の元凶を探す二人は、湖に浮かぶ島へと到達する。

 

「紅い霧に紅い屋敷。なんともまあ、わかりやすい共通点だな…」

「…ここまで紅いと目が痛いわ」

 

紅魔館の異様な姿は既にハッキリと目に映っている。

周囲の紅い霧は、まるでその館に纏わりつくかのように、赤壁を不自然に包み込みながら、そこを中心に発生していた。

陸地が見えた時点で一旦着地する。

軽く意識を集中させて、穂鷹は館の気配を探る。

 

「…やっぱりここが原因で間違いないな」

「…分かるの?」

「気配を探るのは得意だから、な」

「……」

 

館に向けて歩きながら、霊夢が視線で続けろと言ってくる。

 

「館中には低級の…これは妖精だな、それが殆ど。だけど、それらに混じって地下の方に俺と同種の奴が一人───」

 

───妖精、魔法使い

 

「館の中心にこの霧の気配と同じ力を持った奴が一人。近づいてみて分かったけど吸血鬼だ。多分こいつが元凶だな」

 

───吸血鬼

 

「で、そいつに付き添うように…驚いたな、人間の気配だ」

 

───人間

 

何気に多彩な面々が揃っておられる館らしい。

 

「人間?」

「そう、人間」

 

霊夢が訝しそうな視線を送るが、腑に落ちないのは俺の方だ。

 

「妖怪だらけの館にたった一人の人間、ねぇ…」

「しかも、どうやら館の主様のお付きときてる」

「脅迫されたか、それともその役に見合う力の持ち主か…」

「まあ、どうでもいいわ。異変解決の邪魔をするんなら退治するだけよ」

「相変わらずブレないねえ、霊夢は」

「博麗の巫女である私がブレてちゃダメじゃないの」

「そりゃそうだ」

 

さも当然かのように人事を返されて、穂鷹は肩を竦めて薄く笑う。

 

「それで、他は?」

「まあ、それぐらいかな。地下に結界が張ってあるみたいで、正確には読み取れないけど。で、残りは───」

「止まりなさい」

 

正面玄関も間近と言うところで、その声は霊夢たちの『背後』───穂鷹が今まさに指し示した方向から、唐突に耳へ届いた。

それは何の変哲もない普通の声であり内容だったが、しかし霊夢が最初に抱いた感想はこうだった。

 

(ついさっきまで、この近くに気配なんか感じなかったんだけどなぁ…)

 

霊夢自身、勘が良いとは思っているし察知する能力にも長けている。

つまり、横の居候に頼むまでもなく、違和感や気配というものに敏感な彼女も周囲の状況はある程度把握出来ていた。

流石に種族や離れた存在の位置までは分からなかったが。

そんな彼女がこうも簡単に接近を許した。

それは霊夢にとって、余り歓迎できる事態とは言い難いはずのものであった。

 

(う〜ん……。なんで気付かなかったんだろ………ま、もう良いけど)

 

だが、彼女は表情一つ崩さない。

事実そんな状況に直面して尚、霊夢の内心に焦りや緊張感というものは一片たりとも浮かんでこない。

彼女は知り合いにでも声を掛けられた時のような気軽さで振り返ると、声の主を視界に収めながらのほほんと言った。

 

「門番かしら?」

「その通り」

「ネズミ一匹くらいは通す門番?」

「ただのネズミなら、中ですぐに駆除されるわ」

 

挑発を兼ねた軽口は、予想通り全く通用しなかった。

龍と刻まれた星が付いた帽子、緑色のチャイナドレス。その館の門番にふさわしい、紅の髪を持つ女だ。

ただし、人ではない。

紅き館の妖怪門番───。

一拍置いて穂鷹の前に霊夢が進み出る。

今回ばかりは霊夢自身が相手をするつもりでいた。

 

スペルカードルール───。

 

この新たなルールが提唱されてから、初めての異変である。

道中でも雑魚相手に何度か勝負は挑んだが、いずれもこのルールを当然のものとして受け入れていた。

目の前の門番も同じようにルールに従うのなら問題はない。

だが、従わなければ実力で従わせなければならない。

それが新たなルールを提唱し、管理する博麗の巫女たる自分の最優先とされる仕事である。

 

霊夢の胸中を正確に察してくれたのか、穂鷹は逆に一歩後ろに引いていた。

いつも霊夢の考えを真っ先に察して行動してくれる。

この居候といると楽だ。

穂鷹といることが何気に気に入っている自分がいる。

 

(あ、あと料理が美味しいところとか。お茶も淹れるの上手いのよねえ、同じ出涸らしなのに…。ずっと居候しててくれないかしら…)

 

敵を前にしても相変わらずのマイペースな思考を展開している霊夢の目の前で、相手がゆっくりと、数枚のカードを懐から取り出す。

 

「私は紅美鈴。お嬢様の元まで行きたければ、私を倒してからにするのね」

 

どうやらスペルカードルールには従うつもりらしい。とりあえず懸念が消えた。

 

「そのお嬢様とやらが誰かは知らないけど───」

 

全身を緊張させながら、ただし緩い姿勢で霊夢は精神を研ぎ澄ませていく。

その目は完全に戦闘用のそれへと切り替わり、獲物を狙うモノのそれと同等の笑みを浮かべる敵に向かって、不敵な笑みを向けた。

 

「───押し通らせてもらうわ」

 

次の瞬間、激発するように霊夢は美鈴の放った弾幕の最中へと突っ込んだ。

 

 

博麗の巫女と紅き館の門番。

 

実質、初の本当の弾幕勝負。

 

その闘いを、穂鷹は巨大な鉄門を背に観ていた。何処から出したのか、穂鷹の前には紅茶が乗ったテーブルと椅子が出現していた。

文字通りの観戦である。

 

「う〜ん…やっぱり見よう見まねでやってみても上手くいかないなぁ…」

 

霊夢は修行しないし、魔理沙はご飯を集りに来るだけなので、暇つぶしにと『香霜堂』とかいう名前の雑貨屋(というかガラクタ屋)にて紅茶のポッドとカップを買ってきて、カップを温めたり時間を測ったりと本格的な紅茶の淹れ方を練習してみたのだがどうにも味がイマイチなのだ。

こう、味に深みが無いというか、香りが薄いというか…。

 

「はぁ…。どっかに美味しい紅茶の淹れ方、教えてくれる人居ないかな……」

 

当人も気付いて居ないが、この男も相当なマイペースであることは最早疑いようもない事実である。

 

「ほおぉ……。こりゃあ綺麗だ」

 

そして呑気にも、放たれる弾幕の数々に素直にそういう感想を口に出来るところからも、それは明らかであった。

だが、その体の裏にあるものは冷たさではなく確かな信頼であるのもまた確かであった。

 

目線の先では、色彩豊かな弾幕を危なげなく躱している霊夢の背中があった。激しい極彩色の弾幕が紅い空を照らす様に広がり、霊夢を覆い尽くす。

しかし、それに相対する霊夢もまた桁違いの実力だった。

無数の凶弾を次々と抜けて行く。

相変わらず、傍で見ていても全く当たる気がしないな。と、穂鷹は安心感や頼もしさと同時に諦めすら抱いていた。

 

「やっぱ霊夢は凄ぇな…」

 

穂鷹はそっと、手元の紅茶に視線を落とした。

紫に言われ、嫌々ながらも1日に一度は神事と弾幕の修行を行ってきた霊夢を、短くはあるが隣で見てきた。本当に嫌々で、半刻も続けば良好な霊夢の修行。溜め息ばかりの霊夢を修行に専念させようと、紫と二人でそれなりに案を練った。

気分屋の彼女をその気にさせるのは、それだけでとてつもない労力を必要としたのだが、なんとか修行は続けさせた。

 

その間で抱いた印象は、まさに天才の一言であった。

 

一度見たものを瞬時に理解する把握力。

それを瞬く間に自身のものとし、行使することの出来る人並み外れた吸収力。

 

それらを以ってしても、余りある天賦の才能───圧倒的なまでの戦闘センス。

 

「スペルカード、ブレイク」

 

その声を辿って、紅茶の面から視線を上げると霊夢が最後のスペルカードを突破したところであった。

 

 

【霊符「夢想封印」】

 

七つの霊力弾が美鈴の最後の弾幕を掻き消し、そのまま押し流していった。

圧倒的な霊力を込めた弾幕を喰らった美鈴は、激戦の果てについに地へと伏した。

 

激戦───ではあった。

 

しかし、死力を尽くしたと言えるのは、片方だけであった。

 

「なるほど。確かに強い、ですね」

 

目の前の敵に全力で挑み、死力を尽くした。

だが、それでも敵わなかった。

完敗だった。

地面に寝転がったまま立ち上がることもない美鈴は、霊夢を素直に賞賛した。

 

スペルカードルール。

 

圧倒的に妖怪に不利なルール。

本来の決闘であれば勝てたなどと自惚れるつもりは無い。

ルール上での決闘とはいえ、妖怪である彼女は人間である霊夢に圧倒されたのだ。

 

「あんた、体捌きは中々のもんなのに弾幕の方は全然ね。単純過ぎて詰まらなかったわ」

 

本気で心底詰まらなかったと思っているような霊夢の表情に、美鈴は少なからず悔しさを覚えるもそれもすぐに霧散した。

勝てば官軍負ければ賊軍。

敗者がグダグダ言ったところで、それは全て弱者の言い訳であり、負け惜しみでしか無い。

ならば私が言うことは一つ───。

 

「…参りました」

 

それを聞き届けると、目の前の勝者はその場を去っていった。

 

 

「で、なに寛いでんのよあんたは」

 

美鈴との弾幕ごっこから戻ってきての第一声がこれである。

お疲れ様とかの労いの言葉が喉の奥に無理矢理押し戻された。

 

「あれ?見えてた?」

「当たり前でしょ。…ったく、人が頑張って闘ってたっていうのに…。少しは心配するとかしなさいよ」

「………」

 

こいつの口から頑張るとかいう単語が出ると素直に驚く…。

 

「…何よ?」

「い〜や、別に」

「あ!まさか汗で透けた私の身体に欲情した?ヘンタイヘンタ〜イ!」

「ちょっ!お前、誤解を招く発言はやめてくれる!?汗なんて一っ粒もかいてないだろ!」

 

透けるどころか汗一つない霊夢のその身体を見遣る。

 

「でも身体は見てたのよね?」

「ぐっ……いや、まあ確かに見ましたけど…」

「やっぱりヘンタイね」

 

がふっ!

……女の子に言われると結構傷付くのね、憶えとくわ。

 

「さぁて、憂さ晴らしも済んだし、これで心置きなくお邪魔できるわね」

「俺はサンドバックじゃないぞ〜」

「はいはい。ヘンタイは黙ってなさい」

「すいません霊夢さん。割と本気でハートがブレイクしそうなんでやめてください」

「ははは。賽銭よろしく♪」

 

懐から小振りの賽銭箱を出し、此方に押し付けてくる。

 

(案外ちゃっかりしてるよ、この貪欲巫女!ていうか、いつも持ち歩いてるのそれ!?)

 

色々とツッコむべきポイントはあるが、神に仕える身としてその貪欲さはどうなんだろうか…?

信仰を集めるとかと同じ感じで有りなんだろうか。

 

「余計な時間を使っちゃったから、早いとこ用事を済ませに行かないと♪」

「はぁ…。もう何でもいいからさっさと終わらせて帰ろ…」

 

賽銭が入ったことに上機嫌な霊夢と、「ヘンタイ」攻撃で思わぬ精神ダメージを受けてテンションだだ下がりな穂鷹という対象的なコンビが、門番の居なくなった鉄門を押し開ける。

 

紅魔館の扉は、重さに比べ大層な音を立てて開かれた。

 



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動かない大図書館

魔理沙が遂に紅魔館に潜入。

そこで出会ったのは、大量の書物を内包した大図書館。

そして、そこに住まう魔法使いであった。

第12話 魔理沙VSパチュリー

それでは、どうぞ!!


一方の魔理沙はというと、氷精との戯れの後に正面で闘っていた霊夢と門番らしき奴を囮にして、紅魔館の裏手から不法侵入を容易く成功させていた。

 

「首尾は上乗。潜入もうまくいった──んだけどなあ…」

 

魔理沙は館内の一階の廊下を歩きながら、辺りを観察していた。

 

「吸血鬼の館っていうぐらいだからどんな化け物が出てくるかと思ったら、随分拍子抜けだな…。さっきから使用人が一人も見当たらないのはどういう訳だ?」

 

普通ならそろそろ見つかっても可笑しくないはずなのだが、もぬけの殻と言っていいくらい館内は静まり返っていた。聞こえるのは魔理沙が廊下を歩く靴音だけで、窓もドアも全て閉め切られており、不気味なことこの上ない。

 

「まあいいや。宝があれば戴くし、妖怪が向かってきたら退治するだけだぜ…」

 

魔理沙は妙な緊張感に汗を一つ垂らす。無意識に左手に持つ箒を握る手が強くなり、スカートのポケットから八卦炉を取り出し警戒心を高める。

 

「ここは地下もあるのか…」

 

しばらく探索すると館の端に地下に降りる階段を見つけた。

灯りは暗く、陽の光も入らない為に、漆黒の闇がまるで何もかも飲み込まんばかりに開かれた化け物の口のように広がっている。

 

「…なんか、お化け屋敷って風情だな…」

 

意を決して暗闇の階段を降りていくが、一向に下に着く気配がなかった。

 

ようやく長い階段を降り切ると、巨大な本棚が無数に並ぶ図書館───それも並では無い、特大規模の図書館らしき場所へと辿り着いた。

 

「すっげぇ……」

 

圧巻の一言だった。

背丈の三倍はある巨大な本棚が背中合わせに幾つも横並びに立っており、さらに上の階も負けず劣らない数の本が並べられていた。

 

「……どう見ても首謀者が待ち構えてるっていう風情じゃないが、これはこれでありだな☆」

 

無数にある本棚の中身はどうやら魔道書らしい。蒐集家である魔理沙の知的好奇心を刺激するには十分な光景だった。

魔理沙は近くの書棚に納められていた数冊を抜き取る。ぱらぱらと捲り、中身をざっと確認した。そして満足げに笑い、拳を握り締めてあることを決意する。

 

「よし!後でさっくり貰っていこう!」

「勝手に入って来て、その上本まで盗んで行こうなんてとんでもない輩ね」

「───ぅおっと!?」

 

不意を突かれ、魔理沙は咄嗟にミニ八卦炉を声のした方向へ向けた。

 

少女が一人───。

 

大図書館の中心でフワフワと浮いている病弱そうな少女。

 

魔理沙は咄嗟に少女が魔法使いであると見抜く。同族を知る、謂わば共感性(シンパシー)のようなものか。そして、彼女が自身より数段優れた技術とそれに劣らぬの年季を持つ『魔法使い(ホンモノ)』であることも確信した。八卦炉を持つ手に緊張が走る。それを相手に見せる程未熟ではないが。

 

「悪いけど、うちは本の貸出はしていないわ。だから早く帰りなさい」

「…じゃあ、大人しく帰るぜ。ここの本を貸してくれたらな」

「嫌よ。だって貴女、返す気なんかないでしょう?」

「そんなことないぜ、死んだら返す!」

「ほらね……」

 

目の前の魔法使い被れの戯言に、軽く溜め息をつく紫の魔法使い。その仕草からは緊張感も何も感じさせない。

 

「それより、あんた誰だ?」

「名前を聞く時はまず自分から……って、人の部屋に土足で踏み込んできた挙句に、人のものを勝手に持ち出そうとする輩に礼儀を説いても無駄ね」

「随分な言い草だぜ…」

「事実よ」

 

少女が肩を竦めて言った。

 

「パチュリー・ノーレッジ。この大図書の主よ、白黒の泥棒さん」

「白黒って……」

「自己紹介もしてない人の名前なんて呼べないわよ」

「…私は霧雨魔理沙だ。異変解決に参上したぜ」

「巫女なら間に合ってるわ。良くてコソ泥といったところかしら」

「そりゃどうも。コソ泥の底力見せてやる」

 

強者の余裕を見せるパチュリーに対して、魔理沙は臆しもせずにスペルカードを突きつけた。

 

「はぁ…まあいいわ。この頃部屋に篭り切りで運動不足だったところだし、貴女の領分で相手をしてあげる」

 

パチュリーの手に、何処から飛んできたのか、一つの魔道書が収まる。魔道書はそれなりに高位のものであり、パチュリー自身が愛用する一冊でもあった。その魔道書が静かに開き、複数のカードが円を描くように浮き出る。その種類は多彩、彼女の操る多属性の魔法がスペルに反映されている。

 

手数の差がそのまま魔法使いとしての実力の差を示していた。

 

「へへ…舐め腐ったセリフを、アリガトよっ!!」

 

それでも尚、怯む様子すら見せない魔理沙の手から、先制の弾幕が放たれた。

 

「…落ち着きのないコソ泥ね。本物の魔法使いというものを教授してあげるわ」

 

弾幕を悠々と避け、告げるパチュリーの視線に、魔理沙のそれが重なり───交錯する。

光を反射しないその瞳。

一瞬の内に、魔理沙にも容易く理解できた。

 

相手の眼は敵を見ていない───。

 

あの紫の魔法使いにとって、魔理沙は遥か格下の存在であり、同時に『図書館の本(タカラモノ)』に集る羽虫程度の存在でしかなかった。

 

だが、それを理解し、魔理沙の内に憤りの感情が生まれるより早く───。

 

その眼に映った昏い色を覗いた瞬間に、魔理沙の意識は無意識にその昏さに引き込まれる。

そして今が戦闘の際中であり敵の目前であるにも関わらず、意識は宛も深淵へと落ちていくかのような錯覚に囚われかけ───。

 

「スペルカード」

 

空間を満たす獰猛な魔力の胎動に、その意識を急速に引き戻された。

 

【火符「アグ二シャイン」】

 

俄かに閃光。

膨大な量の魔力が放出され、爆発的な発光現象が起きる。飛散した魔力が紅蓮の輝きを湛え、収束する。

そして赤く染色されたカードの中央から大火力の炎が躍り出た。紅蓮を纏った業火が渦を巻く軌道を描いて放たれ、棒立ちとなり隙だらけの魔理沙に襲い掛かった。

 

「っ!?………そう簡単にはやられないぜっ!!」

 

八卦炉ではなく、箒の方に意識を向けていたのが幸いした。魔理沙は跨る箒に魔力を込めると、爆発的な初速と共に飛翔を開始した。箒を操り渦を遡るように進むことで、魔理沙は自身に襲い来る弾幕を避けいく。

しかし本人は内心で舌を打った。

 

(くそっ!完全にタイミングを外した!)

 

自分のペースを掴み損ねた。

 

相手は正真正銘、遥か格上の魔法使いだ、馬鹿正直にやり合って勝てる相手じゃない。目の前の敵と闘うには、自身のペースに持ち込みそれを守り通すことが最低条件。自身のペースは決して崩されてはならない。

 

だから───。

 

「───出遅れた分は、取り戻さなきゃなっ!!」

 

魔力を込め、さらに速度を上げる。尚追いすがる炎弾を避けながら、狙うはパチュリーの背後上空。人間の絶対的な死角である。

 

対して紫色の魔女は、微動だにしない。不気味なほど静かに、ただ浮遊しているだけである。視線は既に魔理沙を追っておらず、ただ何もない空間へと向いていた。

 

「もらったぜ!」

 

完全な死角に潜り込んだ魔理沙の両脇に、発光する魔力球が位置している。

 

───イリュージョンレーザー。

 

攻撃範囲を犠牲にし、威力とスピードを高めたレーザーがパチュリーを襲う。

 

「…………」

 

だが、パチュリーは振り返ることすらしなかった。

『振り返れなかった』のではない、『振り返らなかった』のだ。

 

つまりは───。

 

「スペルカード」

「っ!?」

 

───振り返る必要すらないと判断した。

 

【水符「ジェリーフィッシュプリンセス」】

 

術者自身を囲むように展開された水泡の防護壁がレーザーを完全に相殺し、返す刀で弾けた水泡が魔理沙を襲う。水泡は、数は多いが鈍く、避けることはさほど難しくはない。

 

「ちっ!!」

 

問題は、数多くの水泡により視界を制限されること。

 

「熱いのは御嫌いみたいね。なら、今度は涼しくしてあげるわ」

 

飛び交う水泡の隙間から垣間見た敵の微笑。

 

「───いや、私は遠慮するっ…!」

 

魔理沙はそこに、背筋も凍る氷点下の形を見た。

 

【水符「プリンセスウンディネ」】

 

スペルカードから発せられる魔力が、まるで質量を持ったかのように魔理沙に圧力として圧し掛かる。

 

そして発せられる魔力は溢れんばかりの水となり、さらには大気中の水分までも吸収し、未だ尚増幅し続ける。

 

「おいおいおいっ……!?」

 

数瞬の内に、部屋一帯は先程の水泡と同じ物量の、しかし水泡とは比べ物にならないほどの威力を秘めた水弾が犇く空間へと変化した。

 

「冗談キツイぜ…」

「この場で冗談を言えるぐらい余裕があるのなら、これぐらい軽く越えてみなさい」

「うっせえ!」

 

いつもなら軽い内に部類される非難も、無慈悲な魔女の一言の前では意味を成さない。無慈悲に、魔女の弾幕が魔理沙を襲う。

 

(なっ!)

 

そうして放たれた弾幕にさらに驚愕する。

 

パチュリーの放った水弾は、敵に向かうと同時に何十何百もの高速の水槍へと変化したのだ。完全なる虚をつかれ、水槍が肩口を掠る。怪我は無くとも痛みはある。感じた痛みに魔理沙は顔を顰めた。

 

しかし、それを容易に見逃す相手ではない。

 

「───そこ」

「っ!」

 

魔理沙の付近を通過した水槍の一つが突如破裂した。発生した魔力の余波と水飛沫をまともに受けて箒が傾ぎ、バランスが崩れる。

 

「こ、のっ……!!」

 

錐揉みしながら落下するも、迫る弾幕を迎撃するため、彼女は頭上目掛けてマジックミサイルを放つ。それらの大半は弾幕と激突、爆散して煙を立ち上らせ、魔理沙の姿を覆い隠した。袖で口元を覆いながらパチュリーは小さく舌打ちする。

 

「……小賢しい真似をするわね」

 

マジックミサイル───攻撃的な外観と名前を有していながら、その実純粋な攻撃専用のものではない。爆発時にその質量とは比較にならない圧力を撒き散らすことにより、目眩ましとしての役目も果たすのである。そして今、確かにパチュリーの視界から魔理沙の姿を捉えることはできずにいた。

 

「さすがコソ泥、こそこそするのが好きなようだけど……」

 

その様子を見て、紫の魔女は周囲に魔力を収束させる。

 

「そんなもの、まとめて吹き飛ばして───!」

 

その魔力が形を成す、それよりも早く。

 

「───いくぜっ!!」

 

もうもうと立ち込める煙幕を突き破り、魔理沙の箒が飛翔する。凡そにして数十メートル以上もの距離を急速に詰める。

しかしそれだけであれば、ただの捨て身の特攻としかなり得ない行動であり、経験に勝るパチュリーに対して、それは余りにも安易で軽率な、幾つか予想できる受け攻めの内で悪手と等しい愚行であった。

 

ただし、箒を馳せて高速で向かいくる彼女の手に光り輝くカードがしっかり握られているのを、パチュリーは見逃さなかった。だが見逃さずとも尚、パチュリーの思考を一時狂わせるには十分であった。

 

「まさか、その状態で───!」

 

魔理沙の意図を読んだパチュリーの表情が、そのとき微かに、だが確実に驚きのそれへと初めて変化した。

 

「スペルカード!」

 

【魔符「スターダストレヴァリエ」】

 

星を象った煌きが、箒の描く軌跡を彩りなぞるように飛散して目前の魔法使いへと降り注ぐ。驚くべき事に、魔理沙は箒を高速で駆っている状態でスペルカードを発動させたのだ。

通常、スペルは相当の集中力を必要とするため、他の行動をとりつつスペルを操るというのは至難の技である。しかし、霧雨魔理沙はそれを成し遂げていた。箒の動き自体がスペルカードの発動に対して意味を持っていることは容易に推測出来た。魔理沙自身と弾幕、双方が双方共にスペルカードの一部であった。

 

紅魔館の大図書館に星の雨が降った。彩りも鮮やかに、それらはパチュリーを取り囲むように漂い、迫る。相手を追い詰めるには十分過ぎる物量であった。

 

「───少し、鬱陶しいかしらね」

 

 

一瞬。

その顔に驚きを浮かべたのは僅かにコンマ数秒。

星海煌めく中に在りながら、なお己の存在を主張する数多の流星を前に彼女が思ったことは───。

 

(避けられないわね…)

 

弾幕───スペルカードには、ルール上必ず抜けることのできる隙間が存在する。それは敵である彼女自身も慥かに認めるところであったし、故に彼女の思考は決して弾幕そのものの根底を否定するものではない。

 

(運動不足が祟ったわ…)

 

彼女の「避けられない」とは、つまりは大きく動くことでしか避けようのないこの星屑を、今ある体力では保たないという己の身体の脆弱性を精確に理解した故の思考であり、そんな肉体しか持ち得ない自分自身への苛立ちであった。

自身のひ弱さは己自身が最も理解しうる所であったが、それを治そうとしなかったのもまた自身であり、挙句、魔法使いという種族をも理由としてこの大図書館に閉じ籠る有様である。

 

「喘息があった、というのも言い訳にしかならないわね」

 

今更ながらに己の愚挙を顧みる彼女の口から溜息が漏れるのと魔力を練り上げたのは、ほぼ同時であった。

 

(避けられないのなら───)

 

正確に、精確に為すべきことを理解した魔法使いがとった行動は至極単純である。

 

 

「───スペルカード!」

 

【金符「シルバードラゴン」】

 

宣言と共に形成された陣の中心から八つの白銀に輝く竜が頭が覗く。それらは白い靄と残像を残し様々な起動を描きながら恐るべき速度で流星へと迫る。

触れた先から、存在の残滓まで。その圧倒的火力の前に、星の海は易々と蒸発させられてしまった。

 

「……ほんと、非常識だぜ」

 

半ば呆然と魔理沙が零す。百を優に超える弾幕をたった八つの弾幕で一掃である。最早『常識的な弾幕』では勝ち目がないことは一目瞭然であった。

 

「そろそろ終わりにしましょうか……」

 

あれだけの弾幕に覆われていながら、数刻前と変わらない姿で悠然と佇み、魔女はつまらなそうに呟く。

 

「何だよ、魔法使いのクセに気が短いな。もうちょっと遊ぼうぜ?」

 

パチュリーは、魔理沙の言葉に一つだけ溜息を吐いた。

 

「鼠を追い掛け回すのはもう飽きたのよ。それに───」

 

俯き気味の為、彼女の表情は見えない。

だが、唯一覗く唇。

無感情だったその形が吊り上がるのを見て、確かな身の危険を感じ取った魔理沙は大きく飛び退った。

 

「───いい加減疲れたわ」

 

直後に、それは来た───。

 

【土金符「エメラルドメガリス」】

 

スペルカード。

その名の如く(エメラルド)に発光する魔力球が、発動と同時に爆発的な発現を見せた。それは大小入り乱れ、無軌道に、しかし確実に相手を追い詰めるべく舞い散った。

 

「…っ!?」

 

物量だけなら、先程の魔理沙のスペルカードと大差はなかった。だが、速度は段違いに速い。絶妙に進路と退路を塞ぎながら、徐々にその行動が奪われていく。そのような状態が長く続くはずもなかった。

 

「げ、やば……!」

 

妙に軽い音がして、箒の先端が壁に触れた。態勢を崩した魔理沙の目と鼻の先には、碧色の輝きが迫り来る。避ける術は彼女にはない。

 

「ち、くしょうっ…!!」

 

魔理沙の身体に触れた弾幕が爆発と共に紫電を撒き散らす。

 

「がっ………!」

 

ぼす、という鈍い音がして、地上に積み上げられた本の山に魔理沙が墜ちた。積もった埃が巻き上げられて、彼女の姿を少しだけ灰色に仕立て上げた。

 

「まったく、手間をかけさせてくれたわ」

 

墜落した敵を見下ろして、パチュリーが言う。

 

「まあ、人間の魔法使いにしてはよくやったわ。移動しながらの詠唱とか、面白いこともやってくれたしね。あれはなかなか興味深いものだったし───」

「───ここまで、だぜ」

 

墜落してからというもの、衰弱しきった様子で黙りこくっていた魔理沙であったが、ここにきてパチュリーの言葉を遮るように声を出した。それは息も切れ切れに、普段の彼女からは想像もできないほどに弱々しくおとなしい声であった。

 

「……そうね、貴女はここまでだわ。残念だけど───」

 

それでも、そこには───。

 

「───仕掛けはここまでだ」

 

その不遜な言葉には、確信の色があった。そう。他の何に対してでもない、ただ己の勝利のみを確信した響きが、彼女の言葉には感じられた。

 

「何を言って……」

 

およそ現状とはかけ離れた魔理沙の台詞に、怪訝な表情を見せるパチュリー。しかし、そんな魔女の問いには答えず、返答代わりに魔理沙が懐に手を伸ばした。

 

「今更何をしても無駄よ!」

 

敵の行動を阻止すべく翳した掌に魔法陣が浮かびあがる。

 

ばちん!

 

「っ!?」

 

しかし、その魔法陣が突如として砕け散る。パチュリー自身、何が起こったのかを理解するのに数秒を要した。

 

「ごほっ!!」

 

咄嗟に口元を覆う。

そこで、己の周りが極小さな光で埋めつくされていることにようやく気づいた。

これは何か、何時放ったのか。

その疑問を口にする前に、パチュリーは理解した。

 

(星っ!?)

 

この微細な光たちは全て同じ星型の形をしていた。

星、咳、魔法陣の崩壊、自身の体質───。

そこから正解を導き出すことは容易い。

 

光の正体、それは星屑であった。

 

先程、魔理沙が放ったスペル───スターダストレヴァリエ。スペル自体は、敵の攻撃により確かに跡形も無く消滅させられていた。しかし、スペルが放たれてからおよそ五秒、その間に降り注いだ流星は百を超える。そこから舞い落ちた星屑はその限りではない。魔理沙自身、普段は華やかさの為として加えたオプションでしかないものであった、ただの星屑である。しかし、それは確かに魔理沙自身の魔力で作られたものであった。

 

スペルによって放たれ、何を為すでもなく地に積もった無数の星屑を操作し跳ね上げることで、共に起こした風によって床に付いた埃を舞い上がらせたのだ。

 

あの時、マジックミサイルを放った時に見せたパチュリーの仕草を魔理沙はしっかりと覚えていた。恐らく呼吸器に疾患があるのだろう。まるで舞い上がった塵を嫌がるように、パチュリーは口元を隠していた。しかし、それは誰しも行う反射的な行動である。可能性として、信じるには余りにも不確定要素すぎた。しかし、彼女はその可能性に賭けた。

 

そして、彼女は賭けに勝った。

 

目の前の、遥か格上の相手に対して見出した活路。

彼女の決死の布石により生まれた僅かな空白の空間に、魔理沙は飛び込んだ。

 

「………っ!」

 

パチュリーの顔色が変わる。

 

魔理沙が懐から手を───八卦炉を取り出す。

一帯の魔力が、根こそぎ吸収されていく。常識外れの魔力量が収束し、圧縮され、ただ一点にのみ集う。

 

「さあ…」

 

魔理沙が顔を上げる。

 

集った魔力は加速度的に輝きを増していき、光はやがて完全なる白へと昇華する。

 

その、全てが頂点へと達した瞬間を迎えて彼女は立ち上がる。

 

力強く、そして堂々と───。

 

ボロボロの体で、いつもの何者にも大胆な笑みを浮かべて───。

 

「いくぜ、魔法使い」

 

魔理沙は───。

 

「弾幕は───」

 

人間の魔法使いは───。

 

「───パワーだぜっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その全てを───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスタァァァァァァアアッ!!スパァァァァァァァァアアアアクッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

───ここに解き放った。




パチュリーさん、スペル多すぎですって!!?


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紅い月に瀟洒なメイドを

更新遅れまくってすいません。


 

 

「はぁ…疲れた」

「おいコラ、ぐうたら巫女」

 

余りにも唐突で普段通りの一言だったので、つい素でツッコんでしまった。

 

門番を打ち破り、霊夢と穂鷹はついに紅魔館の正面口を前にする。まずは、敵中への第一歩に成功といったところだ。

殴り込みはシンプルな方がいいだろうとだだっ広い中庭を直進し、霊夢は普段通りのまま───そして穂鷹にとってとても不吉な一言を漏らしながら───敵の本拠地のドアを開いた。

 

「──案外デカイな、っと!」

「──そう、ねっ!」

 

そして当然のように、不意打ち狙いで隠れてた十数匹のメイド服姿の妖精をまとめて吹っ飛ばす侵入者二名。礼儀も何もあったものではなかった。

 

「それにしたって広すぎじゃない?」

 

さっきの初陣を皮切りに、次から次へと湧いて出てくる妖精メイドたちを無慈悲に弾き飛ばしながら、尚も二人の雑談は続く。

 

「エントランスだけでも、明らかに外から見た屋敷と釣り合わないんですけど…」

「う〜ん…誰かが能力とかで大きくしてんじゃない?」

「誰だが知らないけど、面倒なことしてくれるわね…」

 

あからさまに嫌そうな顔をする霊夢を尻目に、メイドを五体ほど弾き飛ばす穂鷹。もうツッコむのは諦めたらしい。

 

「まあ、それはともかく───」

 

神妙な顔付きに戻った霊夢が、霊符を向ってくる数名に対して撃ち出す。

 

「どんだけメイドがいるのよ、この館…」

 

倒れ伏したメイドに見向きもせず、新手に対して淡々と弾き飛ばす。やがて、百を超えた辺りで数えるのをやめた量の敵を、二人だけで全て打ち倒していた。

 

「…ったく。数が多ければ勝てると思ってる発想が何とも妖精っぽいわね」

「妖精=バカっていう固定観念はどうかと思うけど?」

「事実でしょ?」

「……まあ、傍迷惑なのは確かなんだけどね」

「もういや、帰ってお茶飲みたい…」

「こらこら、もう少し頑張りなさい。後でお茶請けも作ってあげるからさ。今は異変解決に勤しむとしようよ」

「水羊羹よろしく」

「…了解」

 

敵の本拠地の真っ只中とは思えない気の抜けた会話が今ここに繰り広げられていた。この二人、本当に異変を解決する気はあるんだろうか。

そして、後で小豆を買って帰ろうと今後の予定を一つ追加した穂鷹と、やや遅れて、やる気を取り戻した霊夢の感覚が敵の存在を捉えた。

 

「紅魔館へようこそ───」

 

銀色の髪にメイド服、カチューシャをつけた少女。

 

「───博麗の巫女。と、どちら様かしら?」

 

二人の視線先には、『つい先刻から』そこにいたかのように突如現れたメイドの姿があった。

ただ、穂鷹にとってそんなことよりも気にかかることがある。

 

「いやうん、ね?ある程度予想してたけどさ、なんか傷つく対応なんですけど…」

「そんなこと一々気にしないことね。居候ごときが家主より目立ちたいとか何様よ」

「お前もよく知ってるだろ?人間様だよ」

「兼博麗神社の居候よね、貴方…」

「同棲状態だけどな」

「あら、襲ってもよかったのよ?」

「胡散臭い奴とブン屋が覗いてそうだからやめとく」

「あっそ。どうでもいいわ」

 

あの二名に関して言えば、神出鬼没と無法が服来て歩いてるような奴らである(あいつら歩いてるとこ見たことないけど)。特にブン屋の方は、半刻と掛からない内に幻想郷全土に広めてしまうという達の悪さがもれなく付いてくる。

 

(ああ…、我々のプライバシーは何処へ…。というか、それをどうでもいいの一言で一蹴される俺って一体…)

 

何にしても、緊張感が無いのは両者共にであった。

 

「で?もういいかしら?」

「…ああ、もう済んだ」

「そう。済んだのであれば、掃除の邪魔だから、そろそろお引取り願いたいのだけれど」

「客人に御茶の一つも出さないなんて、礼儀がなって無いわね」

「ごめんなさい。私が礼儀を尽くすのはお嬢様だけなの」

 

お前にだけは言われたくないだろうなぁ…と、自分のことを棚に上げて、つい口から漏れそうになった言葉を飲み込む居候。加えて嘘と本当を含んだような疑わしいメイドの笑みに、どこぞの胡散臭い奴の笑みを重ねてしまい苦笑いを浮かべるのであった。

 

ただし、それも一瞬のこと。

 

敵を目の前にして他の事に気を取られる訳にはいかない。

メイドは腕を組み、胡散臭い笑みを崩さない。その振る舞いからは一切の敵対心を感じない。

 

(これはまた…)

 

それが逆に、穂鷹に不気味さを感じさせていた。

 

目の前のメイドは人間であり、また敵であることに疑いの余地は無い。ならば、次に取るべき行動は敵の観察である。

 

敵を目の前にした者の思考は、大きく二つに分けられる。戦闘か逃走か。敵を観察するという行為は、そのどちらともの思考、そこからの行動に深く関わりの持つ行動である。正確には敵の初動を見極める為の行動と言える。敵が次にどう動くか。それを予知することは誰しも不可能であり、人間であるならばそれは尚更である。しかし、ある程度の予測であれば、それなりの手練れであれば難しくはない。ある程度の予測を行えるのであれば、その後の行動のリスクを下げることが出来る。

 

しかし、目の前の敵は───。

 

(───分かりにくい)

 

並の者であれば見落としてしまう些細な動きをも捉えてしまう穂鷹の目は、他のものに比べて優れていると言える。その目を以ってしても、辛うじて捉えるのがやっとであった。

 

その事実が示すのは、彼女の力量である。

 

「そうそう、そのお嬢様に用があるのよ。会わせてもらえない?」

 

そして霊夢もまた、眼前に佇むメイドの力量を測りつつ話を続ける。彼女には穂鷹のような目があるわけでは無い為、目の前の敵の異常性に気づくことはない。ただ、先程戦った門番とは比べ物にならないという事だけは既に分かっていた。

 

「通さないと言っているの。お嬢様は滅多に人とは会わないわ」

「へぇ…軟禁でもされてるのか?」

「お嬢様は冥いところが好きなのよ」

「なら、そうじゃない貴女でも良いわ。あの傍迷惑な霧を撒き散らしてる理由、もしかしてそれと関係ある?」

「日光が邪魔なの。言ったでしょ?お嬢様は冥い方が好きだって」

 

霊夢の純粋な問いに、我侭にも程があるその理由を───事実、彼女自身の理由ではないのだが───悪びれもせずに答えた。

 

「なるほどね。でも私は好きじゃないのよ、止めてくれるかしら?」

「洗濯物が乾かないしね」

 

そして両名も特に憤ったような素振りを見せる事はなく、やはりどうでも良さそうな調子で返す。

 

「あら、それは大変ね。でも、それはお嬢様に直接言ってもらうしかないわね。最も、会わせる気などないけど」

「どうでもいいわ。邪魔するなら妖怪だろうと人間だろうと退治するまでよ」

 

そう言って不敵に笑った霊夢の言葉。

 

「無理ね、貴方たちには出来ない」

 

咲夜は一時の逡巡すらなく、それを否定して───。

 

「ここから先は───時の流れでさえも通行止めだから」

 

一瞬にして気配もなく背後に現れたメイドのナイフを穂鷹が刀で弾く。

 

「あら?いい反応してるわね」

「生憎と気配に敏感なもんでね」

 

刀を収め、向き直る。

まったく見えなかった、というか気づいたら目の前にいた。まるで、移動の時間が切り取られたように。それに、いつの間にか館の入り口も閉ざされていた。

 

(能力、か…)

 

外からでも館全体を把握出来る穂鷹の超感覚をすり抜けて目の前に現れ、みすみす背後を取られた。加えて、内外と視覚の違う館、知らぬ内に閉められたドア、さっきから不可解な現象が起こりすぎている。

 

(空間を操る能力か…?だけど、なんか違和感が……)

 

穂鷹は、その違和感に対する答えを持ち合わせていない。

 

「霊夢」

「はいはい、分かってるわよ」

 

穂鷹が名前を呼ぶと同時に、今度は霊夢が端へと下がる。

 

「あら、貴方一人?二人同時でもいいのよ?」

「霊夢の相手は異変の元凶だ。前座は俺たちだけでいい」

「随分な言い草ね。その余裕、いつまで続くかしら?」

「とりあえず、この異変を解決するまでは保たせるさ」

 

両者は互いに笑みを浮かべながら、そんな上辺だけの会話をする。

 

「そういや質問に答えてなかったな。俺は灼馳穂鷹、一応人間だけど魔法使いだ」

「私は十六夜咲夜。この紅魔館の主であるお嬢様の命により、メイド長を務めさせてもらっているわ」

「そう。どうやら後者だったらしいな」

「何が、かしら」

「囚われか、忠誠か。外から人間の気配は把握出来たから、俺なりに背景を考えてみた」

「そうね、貴方の予想は当たっているわ。だからこそ───」

「ここを通らせる訳にはいかない?」

「ええ」

 

どうやらこれ以上の長話は不要だと判断した穂鷹が刀に手を掛ける。

対する咲夜も、穂鷹の行動を合図に、自らの手の中にナイフを出現させた。

 

「だったら、さっさと始めようか」

「そうね。そしてさっさと終わらせてあげるわ」

「それには同感だけど、どっちが勝つかは別だな」

「貴方の時間も私のもの。ただの魔法使いは私に勝てない」

 

咲夜の声と共に、両者は弾かれたように距離を取る。

 

地に足を着けると同時に穂鷹が刀を振るう。刀の軌跡をなぞるように瞬時に弾幕が生み出される。数は十。放たれる否や、それらは散り散りに不規則な軌道を描き、退けるべき相手へと襲い掛かる。

 

「遅い」

 

───白刃の閃き。瞬きよりも遥かに短い刹那の間、曲芸のように捌かれた咲夜のナイフによって、全ての弾幕は紅魔館の空に消えていた。

 

「見たところ追尾性があるようだけど、打ち消してしまえば意味はないわね」

「………簡単に言ってくれるなあ」

 

不規則に迫り来る弾幕を寸分違わず迎撃することがどれほど難しいか、穂鷹自身よく分かっている。あくまで澄まし顔で言ってのける咲夜の行動を窺いながら、穂鷹は周囲の壁面に視線を走らせる。

 

(放った弾幕の数は十。壁に刺さっているナイフの数も十、か……)

 

その結果が示す事実───即ち、命中率100%(パーフェクト)。恐らくは単に手数を増やしたところで意味は無い。彼女が投げるナイフの命中精度は、穂鷹の認識以上に高いものだった。

 

「けど、みすみす引き下がるって訳にもいかないんだよ」

「そう?残念、今ので諦めてくれると良かったのだけれど」

 

一定以上の距離を保ちながら対峙していた両者だったが、そこまで言って、つぅ…と咲夜の方が構えを変えた。握られていたナイフは魔法のように消え失せ、無沙汰になった右の掌を前方に突き出す。

 

「なら、実力行使も仕方ないわね」

 

言って、真っ直ぐに伸ばしたそれを徐に振るった。

 

(上……!?)

 

直後、穂鷹の頭上からは百の数など優に超える量のナイフが降り注いだ。しかも、『何もないはずの場所』から、である。さらには壁に反射するように軌道を変えながら、四方から穂鷹を襲う。穂鷹の弾幕のように複雑なそれではないものの、数が余りにも多ければ話は別になる。しかも、その一つ一つが的確に死角を突く軌道を描いているのである。

 

「──ったく、めんどくさいな!!」

 

穂鷹は咄嗟に地を蹴り、機敏に動き回りながらそれらを避わし、時には刀を使って撃ち落としながら退路を確保する。そんな穂鷹の様子は、第三者である霊夢からも劣勢に見えていただろう。

何より、彼自身も把握が遅れた事に対して内心舌を打っていた。

 

が、しかし───。

 

(───まさか、避け切る…?)

 

仕掛けた方の咲夜も額に皺を寄せていた。

それもその筈である。先の攻撃は、そもそも『出始めが認識できない』ように放たれたものだ。それを目の前の相手は、明らかにナイフの群れが『動き出す以前』から回避行動を始めていた。身体のことではない。ナイフを見た瞬間に反応した関節や筋肉の動きで、彼の思考が既に回避へと向けられ、そして完了したことを知った。確かに、反射神経と回避速度が卓越していれば避けきる事自体は不可能な話ではない。だが、あれは違う。あれではまるで予知である。直感のレベルを超えている。

 

それとも、あるいは『そういう』能力なのか、と考えそうになった自らを制した。彼女にとってそのような存在は一人で十分なのだ。

 

「…厄介ね」

 

ここにきて、咲夜の意識は相手の力量が強敵に足るものだと判断した。その認識は彼女から余裕を捨てさせた。それと共に、その容赦さえも───。

 

「スペルカード」

 

【奇術「ミスディレクション」】

 

穂鷹を膨大な数のナイフが狙う。それらを全て最低限の動きで避けながら、穂鷹は敵の観察を進める。

 

瞬間移動、空間拡張。

 

そのどちらとも空間を操ることで為し得る現象である。ここから見ても、彼女の能力は九割空間に干渉する類の能力で間違いない。しかし、先程感じた違和感がずっと頭の中を支配していた。

 

(何か違うんだよな…。こう、何か見落としてるんだけど…)

 

それが何か、穂鷹には分からない。だからこそ敵を徹底的に観察して、その答えを探り出す。

 

その為にも───。

 

「───まずは、こっからだな」

 

既に『把握』した弾幕をものともせずに、一息で相手の目前まで跳ぶ。それと同時に目の前に投げたカードを刀で横一線に斬り裂いた。

 

【剣符「三月──初魄」】

 

斬れたカードから、咲夜のものに勝るとも劣らない量の刃型の弾幕が放たれる。ただし、その速度は比べものにならないが。

 

「いい弾幕だけど、無駄よ!」

 

しかし。

刹那、その声と共に咲夜の姿が消える。気配で分かる、穂鷹の背後に移動した。しかし、これは予想通りだ。

 

「悪いけど、まだだよ」

「───っ!」

 

穂鷹の言葉に違和感を感じた咲夜が咄嗟に身体を捻るのと、一瞬前まで立っていた地面が縦に斬れたのは同時であった。

 

(一体何処から───)

 

疑問を口にする暇もなく、さらに横へと飛び退く。その身を追うように斬撃の跡が続き、その咲夜の姿が再度消えた。

 

「…なる程、見えない斬撃ですか」

 

先程よりもやや距離をとって現れた咲夜に、穂鷹は苦笑いを浮かべながら振り向く。

 

「今のを避けるかぁ…」

「攻撃というよりも、オプションの意味合いの方が強い弾幕ね。全方位に向けて放たれる透明の高速の弾幕、あれを認識して避けるのはほぼ不可能。そして、そちらに気を向ければ、今度は本命が避わせない…」

「それを初見で避わしておいて、剰えそれを見破るんだから、俺としては笑うしかないんだけど…」

「でも、なかなか面白い弾幕だったわよ?」

「お褒めに預かり光栄だよ」

 

自身の作った弾幕を褒められるのは悪い気はしない。

ただ、咲夜だけでなく穂鷹もあの胡散臭い笑みを浮かべることになるとは何とも皮肉であった。

 

「───それと、今のでようやく分かったよ、君の能力」

「……」

 

ただし、そこに付け加えられた穂鷹の言葉に、一瞬にして咲夜の顔から笑みが消えた。

 

「まったく、今の今までこんな単純に気づけなかったなんてな」

「……どういうことかしら?」

 

今までの自身の馬鹿さ加減に呆れつつ、言葉を続ける。

謎解き開始。

 

「まず一つ目。瞬間移動、館の空間拡張とここまでは良かった。俺は単に空間を操作する類の能力だと思い込んでいた。だがその次だ」

「次…?」

「ナイフだよ」

 

地面に突き刺さったままのナイフを指し示す。

 

「あれだけのナイフを離れた敵の頭上から仕掛けるなんて芸当は、空間を操っただけでは為し得ない。前の二つとは違って、これだけが人の力が必要になる。ここで俺は、当初の空間を操る能力という予想に違和感を覚えた」

 

空間を操るだけでは無理な現象。人の力の存在。それは人の行動が介入する余地があるということ。

 

「そして二つ目。その頭上からのナイフを避けようとした時、あんた咄嗟に能力使っただろ?」

「……あら、バレてたのね」

「俺がナイフが放たれる前に動いたことで全て避けられてしまうと予測してしまったあんたは、能力を使ってナイフの軌道を微妙に変えた。俺が気づくか否かのギリギリの面で───」

 

確かに、彼女のナイフの命中率は凄まじいものであるが、自身の手から離れたものはどうしたってその限りではない。だからこそ、動きを完璧に読んだ咲夜のナイフ捌きは、穂鷹の胸に純粋に感嘆の一言を湧き上がらせた。しかし、それは能力を使ったという一言で打ち破られてしまう。

 

「つまりは、完璧過ぎたんだよ。全てのナイフが俺の死角を突く形で放たれるなんてあり得ない。加えて空間を操れるなら、自分よりも俺の座標を移動させた方が確実に勝負をつけやすいからな」

 

故に、ここで空間を操るという当初の説は瓦解したも当然である。

 

「そして三つ目。さっきのスペルカード、実は見えないんじゃなくて、人の無意識に向けて放ったものなんだよ」

 

人は無意識下にあるものを見ようとはしない、それが例え見えている筈のものであったとしても───。

 

「他に意識を向ければ、例え見えていようともそのものには無意識となる。じっくり注意深く見れば簡単に見破れる、ただの単純な手品だよ。しかし、さっきの君にはその余裕はなかった。俺がそうなるように撃ったんだから」

「───私はそれを知らずに、貴方の思い通りにタネを見破ってしまった」

「ミスディレクション、だったけ?君自身がそれに嵌るっていうのは、まだ未熟な証拠だよ」

「返す言葉もない」

 

今度はあの胡散臭い作り笑いではない。少し困ったような苦い笑みである。

 

「で、最も決定的な四つ目。君の持つ銀時計だ。いつもは死角にあったから見えなかったけど、さっきのスペルで咄嗟に能力使った時は隠しきれなかったみたいだね。しっかり見えてたよ」

 

咲夜は観念したかのように、ポケットから銀時計を取り出す。

 

「と、ここまでの条件で予想できる能力は───」

 

静かに構えられ、しかし力強く振り抜かれた刀から弾幕を放つ。

 

「───『時間』だ」

「…ご明察」

 

そして穂鷹の放った弾幕を、時を止めることにより避わした咲夜がそのの声に応じた。

 

「スペルカード!」

 

突如として咲夜の周囲に魔力が渦巻き、内に冷酷な銀の輝きを帯びて白熱する。

 

【幻在「クロックコープス」】

 

氷点下を連想させる魔力の放出と、それに呼応して展開される白銀の列。それらの全てが穂鷹に対して切っ先を向け───。

 

一斉掃射。

 

それが最も適当な表現だった。但し、撃ち出されているのは銃弾ではなくナイフである。しかも、先程のような一方向からの射出ではない。文字通り全包囲からの波状攻撃。

 

(こいつはマズイな…)

 

初撃を無難にやり過ごした穂鷹でさえも、表情には差し迫ったものが僅かながら見え隠れする。

      

「仕方ない。借りるぜ、スペルカード!」

 

それでも穂鷹は状況を打破するべく行動を起こす。

 

【偽符「M─マスタースパーク」】

 

それは、初めて戦った時に見せた、魔理沙のスペルカードの劣化版である。ただし威力だけを言うならば、それは本元にも勝るものであった。纏った紫電は一層に輝き、空間に自らの残滓を映しながら標的目掛けて迅る。

 

(迎撃が───!)

 

さしもの咲夜も、これを迎撃するのは不可能である。高速の砲撃が全てのナイフを跡形も無く消し去り、直撃した。

 

「これでやられててくれると有難いんだけど……」

 

薄れる魔力光、その線上に彼女の姿はなかった。

 

「だよなぁ……」

「まったく、やってくれたわね…」

 

つい先刻まで砲撃の中心に居たはずの咲夜は、今はそれよりも後方上空に存在していた。ただ、その左腕は力無く垂れ下がっているように見える。穂鷹が目を凝らすと、服が僅かに焦げていた。どうやら、そこだけ『回避』が間に合わなかったようであった。

 

「っ………」

 

一方の咲夜は、無事な方の腕で動かない左腕を押さえつつ呻いていた。表情には苦痛こそ窺えないものの、幾許かの焦燥がいよいよ見え隠れし始めていた。

 

「さて、どうする?片腕しか自由に動かないんじゃ、さっきみたいな曲芸は無理なんじゃない?」

 

現状が、反転した。

 

それは、詰まるところ物量によって戦局が変化するような状況になった事を意味している。現状の咲夜ならば、手数を増やした斬撃は撃墜し切れないだろうと踏んでの発言である。そして、それは揺るぎようのない事実でもあった。

 

「───この程度で優位に立ったとでも思われては、困るわね!!」

 

咲夜の裂帛とも言える叫び。それを聞いたと同時、穂鷹の目の数ミリ横を白銀の一撃が通過していった。閃光にも見えたそれは穂鷹の肌を掠め、その頬に一筋の傷を走らせた。

 

(これは………どうやら読み違えていたみたいだな!)

 

ここにきて尚───速い。

 

その事実を認識すると同時に、穂鷹は回避行動を開始する。

 

(霊夢のが移ったかな…)

 

即断と、それに伴う即決。寸分の迷いなき行動により追撃を免れると、穂鷹は改めて距離を保つべく加速した。

 

「スペルカード!」

 

───加速したその背に、強烈に圧し掛かる魔力を感じた。

 

十六夜咲夜による、スペルカード宣言。

そのプレッシャーは先程のものと比べても桁違いである。空気が質量を持ったかのように重く感じる。明らかに全力での攻撃であった。

 

【幻世「ザ・ワールド」】

 

空間を埋め尽くす『無秩序』な弾幕。

大小様々のナイフが乱れ飛び、光弾が何の法則性もなく発生する様は、既に思考して避けられるようなものではなかった。それは、数秒でも考え込んでいればその時点で手詰まりになる、一時の逡巡で勝敗が決する。今、この場を支配しているのは、そういう類の攻撃だった。

 

そして灼馳穂鷹は、刹那、その目で『把握』した弾幕を前にして、行動した。

 

「これだけあると……後はそこしかないんだよ!」

 

混沌たる弾幕の渦の中、彼は怯む事なく前進した。自らの直感が導き出した、この場で唯一の安全地帯へ。

 

(な………突っ込む!?)

 

即ち、『咲夜自身』への迫撃。

 

「ちっ………!!」

 

反射的に距離をとろうとした咲夜だったが、既に遅い。初速の有無は決定的であり、彼女がそれを得る前に穂鷹は十分に接近している。

 

「気をつけなよ、こっちはさっきのよりも痛いから」

 

そう告げる穂鷹の前方。翳した刀と咲夜との間にあるその空間に、何か透明な球状の空間が発生した。一見してシャボン玉のようにも見えるそれだったが。

 

「スペルカード」

 

「!」

 

穂鷹の言葉に反応して、弾けた。拳大だったものが無数の粒と化して飛び散り、その各々が捩れるようにして針状の形態を成したと思いきや───全てが咲夜目掛けて突撃していた。

 

「っ!?」

 

【剣符「三月──銀鉤」】

 

殺到する魔力針の嵐。それは本来、霊夢が霊力で以って持ち入る攻撃手段であり、練習の合間に穂鷹がその目で『把握』したものであった。

押し寄せる数は尋常ではない。まともに食らえば気絶は必至の攻撃だろう。

 

だが───。

 

(間に合う………!)

 

それら全てが咲夜の身に触れるより早く、彼女は『時を止めた』。時間を操る事を可能とするのが、十六夜咲夜の持つ能力なのである。時間を止める事と加速させる事に限定されるものではあったが、多くの状況において自らに優位をもたらす能力だと、彼女は考えていた。この能力、実は対象とする物や人などによって『時間を止めていられる時間』にも制限が生まれるのだが、それはあくまで実用可能なレベルでの話なのだった。

 

(さっきは不意を突かれたけど)

 

今度は間に合った、と。咲夜は内心で大きく頷く。今や彼女は自分だけの時間の中に居た。

 

(これで……)

 

咲夜は現状で最も優位を保てる場所となる、穂鷹の背後へと移動した。余りにも距離を取っては振り出しに戻るだけであるし、それ以外の空間は自らの発生させた弾幕で溢れかえっていたからである。

紅魔館のメイド長は、いざ勝敗を決するべく手にしたナイフを握り締め───。

 

「───ぐ……がっ!?」

 

時間操作が終わりを迎えたその瞬間(・・・・)に撃墜された。

 

「命中」

 

正面───それは最早明後日の方向となっていたが───に向けてスペルを放っていた穂鷹は、これといった特別な表情を浮かべる事もなく、迫撃前(・・・)に放ち、その場に留めておいた不可視の斬撃、その炸裂音を聞いて振り返った。

 

行動としては至極簡単である。穂鷹が一枚目のスペルで見せた無意識の斬撃。あれを先程のスペルに紛れて、咲夜が移動する場所()をわざと作り、そこに放つ。尚且つ、一度見たことにより認識されることを考慮し、咲夜へと接近することで自身の身体で斬撃を隠した。これが一連の過程の全貌であった。

 

穂鷹の視線の先には、自ら(・・)斬撃の直撃を受けて姿勢を維持できず、落下していく咲夜の姿があった。

 

「うわぁ…まだ意識があるんだ。凄い気合だな…。でもまぁ、ある意味丁度良かったのかね」

 

折角だからお嬢様とやらの居場所を教えてもらおう。このだだっ広い館を無駄に歩き回るよりかはマシである。

穂鷹は一人ごち、地面に膝をついた咲夜へと近寄っていく。

 

「……の…敵……を…ま……る……い」

 

その途中。距離を縮めるに従って、穂鷹は目の前の相手が肩で息をしながらも何かを呟いている事に気が付いた。

 

(何だ…?)

 

此方に背を向けるように地に首を垂れる彼女の口元は見えない。

彼は運動能力や通常の第五感こそ優れているが、その実、直感と呼べる第六感に関しては常人と比べても大差はない。

 

それでも───。

 

うわ言のように発せられる不鮮明な言葉に込められた威圧感を感じ取り、半ば反射的に意識をそちらに集中させていた。

 

───瞬間。

 

信じられないほど鮮明に、その言葉は穂鷹の耳へと届いた。

 

「『奇術』……エターナルミーク……ッ!!!」

 

直後、発生した無数の魔力球が、不用意に接近した穂鷹の眼前で爆ぜるように飛散した。距離にして数メートル。あと数歩踏み込めば直接打撃が届く間合い。とても避わせる距離ではない。

 

(これで───)

 

全身に傷を負い、既に満身創痍である咲夜でさえ、その一瞬は勝利を確信した。

 

「仕方ない、か……」

 

弾幕が敵へと到達までに要する時間は1秒にも満たない。しかし咲夜は、その狭間確かに聴いた。

 

「スペルカード」

 

目の前の、今正に自身が放った弾幕にその身を呑まれようとしている敵の唇から零れ出たのは、驚愕の言葉ではなく、況してや諦めのそれでもなかった。

 

【雷符「疾風迅雷」】

 

紛れもない、スペルカードの発動宣言である。

 

(は………?)

 

咲夜が己の体感時間を極限にまで圧縮し、それこそ自らの時間を止めるに等しい状態に置くことでしか、穂鷹の動きをその目で捉えることができなかった。

 

風が踊る───。

 

魔法使いを中心にして、衝撃波にも似た圧力の大気の流れが一瞬にして空間全体に広がった。そしてその『風』に触れた先から、全ての魔力球が跡形も無く消滅していく。

 

冗談のようにあっさりと。

何の抵抗もなく。

それが当たり前のように。

 

その光景は最早、相殺のそれですらなかった。それは、まるで一方的な『消去』───。

 

少なくとも咲夜の目には、そのように映った。

 

目を疑う間も、時を操作する隙も与えること無く、敵の選択を奪い去る。

 

果たして、その真相は一太刀での圧倒的な初速による千の斬撃であった。

 

穂鷹の「疾風迅雷」は、自身の肉体に魔力により生み出した電気の負荷を掛けることで、本来脳への命令の省略により起こる反射を強制的に引き起こし、潜在能力の限界すら超越する動きを引き出すというものである。

 

本来は電気と限界を超えた動作、その負荷に身体は愚か、脳すらも耐えられず尽く破壊されてしまう。己の身体──血管や神経に至るまで──全てを魔力を纏うことにより、ようやく扱うことのできる力。生み出されるその初動は、光速にも匹敵する。

 

その圧倒的なまでの初速を、刀を振るうことにのみに費やすことで生み出された、「千を超える数の一太刀」という矛盾する斬撃は互いに合わさり『風』となり、正面のものどころか既に過ぎ去った弾幕さえも無造作に消滅させた。

 

「…使っちゃったな」

 

それまでになく軽薄さの抜けた穂鷹の呟きにも、しかし咲夜はそれに気を配ってなどいられなかった。

 

「今のは、何…………?」

 

咲夜はダメージの残る体の疲労感も忘れ、半ば反射的に問い掛けていた。言葉にしなければ、とても受け入れられなかったのだろう。それほどまでに理不尽極まりない現象であったと言える。

 

「……」

 

だが、穂鷹は何も答えようとしない。咲夜に追い討ちをかけるのでもなく、自分の優位を誇るのでもなく。穂鷹はただ黙って中空を睨んでいた。

 

そして突然、壁際で今まで沈黙を保っていた博麗の巫女が、言う。

 

「そろそろ、姿を見せてくれてもいいんじゃない?ねえ───お嬢さん」

 



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永遠に幼い紅き月

遅くなりましたが何とか完成しました。
(とか言いながら中途半端)
文化祭とか、運動部の我々にとってはザ・他人事。
準備ってメンドクサイデスネ。
では気を取り直して。

さてさて皆様御立会い。

異変解決に向かった博麗霊夢の前に現れるは、異変の元凶にして紅魔館の吸血鬼のお嬢様。

圧倒的なカリスマを持つ吸血鬼に、はたして霊夢は勝利し、異変を解決することができるのか!?

カリスマ吸血鬼VS博麗の巫女!

どうか御静聴のほどを───


「そろそろ、姿を見せてくれてもいいんじゃない?ねえ────お嬢さん」

 

そう告げた、霊夢の視線の先────其処に、黒い影がいた。

 

気が付けば、室内の照明が落ちている。闇が濃い────それは、単に視覚的な問題だけではない。霊夢の持つ直感がそうであると告げている。その所為か否か。、既にそれまでの呑気さを全て捨てさったかのような霊夢の視線は、今までの敵に向けていたものとは段違いに、鋭い。

 

「なるほど、なるほど。人間の分際で私の登場を煽るだなんて」

 

触れれば切れる。暗にそう連想してしまうほどに鋭利な視線を受け、しかし、その『影』は薄く嗤って言った。同時に、ステンドグラスから差し込む月光がその輪郭を浮かび上がらせていく。紅く煌びやかな光が、ついにその姿を照らし出した。

 

「────これはまた、随分と生意気なお客様だこと」

 

紅い月光に映し出され、陶器のように白いその肌が、淡く、鮮やかに染まっていく様は血塗れの姫君を思わせた。しかし其処に居たのは、はたしてそのような『人』ではなかった。紅の輝きに照らされながら、それでも強烈にその存在を主張する紅い瞳。両の背から伸びる一対の黒翼と薄く笑みの形をとる唇から覗く二つの牙。禍々しくもどこか妖艶な空気を漂わせて、圧倒的な存在感と共に其処に存在するモノ――――。

 

「お、お嬢様……!」

 

紅の悪魔――――吸血鬼。

 

彼女こそが、紅魔館の主にして、絶対的な力を持つ吸血鬼の少女――――レミリア・スカーレットであった。

 

「咲夜、貴女はもういいわ。下がっていなさい」

 

そう言って音もなく館内の窓際に腰掛けたレミリアは、彼女の登場に驚愕の声を漏らした咲夜に一瞥をくれた。その声音はどこまでも玲瓏で美しく響いてはいたが――――或いはそれ故か、生物らしい温かみというものが、そこからは徹底的に排除されていた。

 

「し、しかし……!」

 

この一言に対して、咲夜は初めこそ反対の意志を見せようとしたが。

 

「咲夜」

「……いえ、申し訳ありませんでした」

 

紅い視線に射抜かれて、恭しく頭を垂れた――――と、直後にその姿が消える。絶対的な主従の関係がそこにあった。

 

「………」

 

両者のやり取りを横目に見ていた霊夢は、咲夜の気配が遠ざかったのを確認すると、いつの間にか端にまで下がっていた穂鷹を見やり、再度視線を上へ――――レミリアの方へと向ける。

 

「やっと会えたわね。ここに来るまで、色々と面倒くさかったわ」

 

すると、先刻見せた鋭さを解いて普段通りとなった霊夢の視線を受け流し、レミリアは少しばかり呆れたような様子を見せた。

 

「本当は、あなたのような者がここまで入り込むこと自体、許されることではないのだけれど……」

「ああ、さっきの面白い力を使っていたメイドはボディーガード代わりってわけ?下げさせちゃって良かったのかしら?」

 

挑発ともとれる霊夢の発言に対しても、レミリアは両腕を広げてみせるという大仰な仕草を返すだけだ。そこには、焦りや怒りなどの感情は微塵もなかった。

 

「違うわ、咲夜は優秀な掃除係。見て御覧なさい。彼女のお陰で、ここには首一つ落ちていないでしょう?」

 

そう言って笑う彼女の態度には、ただ余裕の色だけがある。

 

「ふうん……じゃあ、あなたは強いの?」

「そんなことを訊いて、一体どうするのかしら?」

「迷惑なのよ、あの霧。っていうか、あんたが?」

「ええ」

 

二人の会話は、あくまでも淡白に交わされていた。どちらも、互いの底を見せようとしない故だ。

 

「だから、さっさとあなたをとっちめて、止めさせたいわけよ」

「ああ、それは無理ね。だって私、日光に弱いから」

「あれが無いと、外に出られないって?」

「ええ」

 

それでも、悪びれもせずに頷き続けるレミリアに、ついぞ霊夢が。

 

「この世から出てくって手も、あると思うけど」

 

さらりと凄いことを言い放って、あろうことかにっこりと微笑む。

 

「……はぁ」

 

レミリアは、そんな霊夢のことを少しばかりの間だけしげしげと眺めてから、心底嫌そうな溜息を、一つ吐いて―――――――。

 

「まったく、しょうがないわね。今は、お腹一杯なのだけど」

 

直後、空気が変質した。生温いはずの真夏の空気が、冷たく尖って霊夢の肌を刺す。どこまでも濃く深い闇に、その身を撫でられる感触。博麗の巫女にさえも、その表情から鷹揚さを失わせるほどの圧迫感。その気一つで場を支配する圧倒的なカリスマ性。

 

「…ほんと、仕方がないのね」

 

霊夢の瞳に、再び鋭さが戻る。呑気に構えて相手を煙に巻く、普段の彼女からは想像もできないほどに真剣な色が、そこに宿る。それは彼女が、目の前の存在を明確な敵として認めたということ。

 

そして、束の間の静寂の後。

 

 

「こんなに月も紅いから」

 

 

見下ろす瞳は、鮮やかに。

 

 

「こんなに月も紅いのに」

 

 

見上げる瞳は、冴えやかに。

 

 

 

 

 

 

 

「「 今夜は―――― 」」

 

 

 

 

 

 

 

二つ、交錯して。

 

 

 

 

「楽しい夜になりそうね」

「永い夜になりそうだわ」

 

 

 

 

紅に染まる闇の中を、駆けた。

 



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紅魔郷

受験終わったぜい…ぜい……ぜい………ぜい…………。
(エコー&嬉し涙)

えー、はい。皆様いかがお過ごしでしょうか。東方書いてるミツバチです。何日ぶりの再開でしょうか。(そんな単位じゃすまない)

ミツバチ連盟の小説を読んでくれている読者ならばだいたい気付いたと思いますが、俺たち全員受験真っ只中で誰一人として更新していませんでした。
(約一人年単位で書いてませんが)
(↑自分はちゃっかり編集や誤字脱字も何も直してない駄作を丸々上げていたことは言わない)

とりあえず、近況なんかも気になると思いますので、今知り得ている情報を流しますと、
AB→二度目の浪人決定
IS→頭いい方は無事受かったと連絡が来ました(関西の某有名校)
こんな感じですね。

ABの方は、まあ、ほっとくとして(扱いが酷いと思うが自業自得なので遠慮はない)、ISの相方は何処に行ったのでしょうか…。割と本気で音信普通何で、これ見たら連絡してくれると有り難いです。

いや、割と本気で。出来るだけ、早くね?
頭いい相方以外、連絡先知ってるの俺だけだからさ?
毎日毎日ぐちぐちぐちぐち恨み辛みを聞かされるこっちの精神衛生上よろしくないのでね?
お願いだから早く帰って来てください……!!(←以外と切実)

……ごほん!

まあ、ともかく。私は無事に終わったので、これからまた更新していきますのでよろしくお願いします。

ではでは多分三ヶ月かそこらぶり!
待望の最新話です、どうぞ!!



虎穴に入らずんば虎子を得ずとはよく言ったものだが、その逆もまた然りだと、俺は考えさせられた日があった。

 

いつのことかと思い出せば、それはゴールデンウィーク直前である四月二十五日の金曜日、日本人の偉大なる大連休などどこ吹く風な週末最後の大学講義の日の午後のことだった───まあ、大学じゃあ常に休日っぽい感じではあるのだけども。

 

午前に授業、午後にバイトというサイクルをただただ繰り返している、一般学生の規範から外れない俺のことである。本来ならばバイトに勤しんでいる時間帯であった。しかし、今の俺はというと本当に何の用もなく、漫然とそぞろ歩いていたのだ。

 

明日からの幻の長期休暇に思いを馳せていたわけではなか った。ゴールデンウィークに限らず、纏まった休日というのは、基本的に学生にとっては嬉しいもののはずで、俺だって学年が一つ違うだけで明日からのんびりと過ごすことのできる奴らを多少恨みはするのだが───なんと今年は十連休だ───、しかし同時に、長期休暇というのは俺にとっては暇を持て余してしまう期間であり、その日数もバイトに消えていく為、結局のところ日常と何ら変わらない期間であるというのもまた事実なのだった。

 

そんな訳で、午前の学生の本分が終わり、知り合いに軽い挨拶を済ませ、いざバイトに向けて正門を抜けたところで、

『あ、ハロハロ〜♪学生してるか〜い?でねでね、君今日シフト入ってたんだけど、働き過ぎで法律に引っかかちゃうからお休みしてね? じゃ!アディオ〜ス♪』

バイト先のオーナーさんからバイト禁止の電話を貰った。

 

俺が何かを言う暇さえ与えず、電光石火の早技で、いつもの独特のテンションで要件だけ伝えて切れてしまった。何が何だか分からぬまま、この瞬間に本日の午後の予定が全て白紙になってしまったのだった。

 

だが、これから一直線に家に帰ったところでこれといってすることがなく、かといって大学に戻るのも、校門を出てしまった手前躊躇いを憶え、仕方なく学校の周辺を不審者よろしくうろうろと歩いているというわけである。

 

特に目的はない。暇潰し、というよりは時間潰しだ。

 

あわよくば小洒落た喫茶店何かでも発見して、そこで時間を潰そうという腹づもりだったが、一月も通っていれば学内周辺 のある程度の地理は把握出来てしまうわけで、そこら辺一帯に俺の希望する店が無いのは分かっている。喫茶店云々は、今し方考えたただの言い訳である。

 

そんなわけで、何となく大学の周囲を旋回するように歩いた後、何度目かの風景に飽きてきたので、そろそろ家に帰ろうかと考え始めたのだが───昼飯を食べ忘れたことを思い出したし───そこでとある人物を見かけたのだ。

 

正直なところ、俺としては全く実感がないのだが、とにかく、同じ学年の超が付く有名人───波瀬遠江が、俺の正面、校門前の坂を歩いてきたのである。両手を耳に当て、一瞬、何をしているのかと思ったが、どうやらイヤホンの位置を調整しているらしい。純白のワンピースに薄いカーディガンを羽織った、如何 にもお嬢様といった風情だ。

 

そして実際、彼女はお嬢様である。この辺一帯の土地を全てその手に収める波瀬家の一人娘。俺の知り合いに、その手のことになると途端にやる気を発揮する変人がいるのだが、その知り合いから彼女の家の凄さというものをこれでもかと伝え聞いていた。噂話というものに疎い俺が伝え聞いていたというのだから、話半分だとしてもよっぽどのお嬢様ぶりだったのだろう。加えて成績優秀。何でもそつなくこなし、取った授業が全て満点などというのは当たり前、数多あるサークルから引っ張りだこ。全てにおいて中の上辺りの俺などとは雲泥の差というか、最早別次元の存在である。

 

俺は一瞬、彼女に視線を向ける。

 

専攻している授業が違うので、知ってはい ても、見かけることは殆どないのだが───偶然であり、偶々だがこうして見ることが出来たことに少しばかり驚いている自分がいる。だがよくよく考えれば、ずっと大学周辺を彷徨いていたのだから見かけたところで不思議ではないのだろう。

 

彼女は此方に気付きもしない。

 

まあ、気付いたところで会釈を交わす仲でもない。俺からすれば、彼女は文字通り雲の上の存在なのだ。

 

これから先、二度と見ることはないだろうと思い、後少しで互いにすれ違うという位置関係になった、その時である。

 

俺は、その一瞬のことを、おそらく、一生忘れることがないだろう。

 

我が大学きってのお嬢様───波瀬遠江との会合、その記憶として。

 

「きゃん!」

 

両手を耳にやっていたこともあったのだろう。

俺より五歩ほど下った、その位置で。

あの才色兼備の彼女───何でも出来る完全無欠のお嬢様が。

可愛い声を漏らしながら。

手もつかず。

頭から盛大に。

 

「いったたた……」

 

転けていた。

 

 

「君は吸血鬼を信じるかい?」

「………………」

帰り道を歩き始めていた俺は何処へ行ったのか、何故か今、大学内の南棟、その南端の一室に俺はいた。

 

この南棟───通称部室棟は、数多あるサークルが各々大学から割り当てられた部室がひしめき合う場所である。サークルには多少の興味はあったが、結局のところバイト漬 けの生活を送っている俺には縁も所縁もない場所なのだが、如何せん、状況が特殊すぎる。

 

あの才色兼備のお嬢様が何もない坂道で派手にズッコケるという衝撃の瞬間を目の前で見せられた後、額を赤くし足を挫いた遠江先輩を大学の保健室まで運び───歩かせるわけにもいかないので負ぶった。想像以上の柔らかさであったと言っておこう───、何故かそのまま帰ろうとした俺を先輩が呼び止め、先輩の所属するサークルに連れて来られた。まあ、一度は見てみたかったし、ちょうどいいと言えばいいわけだ。

 

そして部室に来るまでに遠江先輩と色々と話したのだが、驚いたことに彼女は持病で一年留年しているらしい。ならばと、どうにも呼び捨てにすることが躊躇われ、「波瀬先輩」と呼んだら怒られた。波瀬と呼ばれるのはあまり好きではないらしい。かといって、会って数 分の───況してや年上の女性を下の名前で呼ぶのもどうかと思ったので、彼女の呼び名は「遠江先輩」となった。最後まで、何故あんなところで転んだのか聞けずじまいだったが、そこは聞かぬが華という事もあるだろう。そう決意し、その問いは静かに心の内に秘め、部室の中へと足を踏み入れた。

 

そして、冒頭のあの問いに至る。

 

何を言い出すんだこいつ───一応年上らしい───は、と思う。俺が入って来てまだ数秒、ドア口に立ったままの状態である。

 

「さあ…」

「吸血鬼と聞けば、狼男、フランケンシュタインと並び称される三大怪物な訳だけど、その中にも人間社会のようにやはり本家と分家が存在しているんだ。君は吸血鬼についてどれくらい知っているのかな? 」

 

人のことなどお構いなし。いや、先に座らせろよ、とは思ってはみるものもの、ここが相手の所有する空間であることもあり、そのまま応答するしかなかった。

 

吸血鬼っていうとあれだ。人の血を吸って眷属増やしたり、不死者だったりするやつだ。体の大きさを自由に変えたりとか、動物や霧なんかに変身する能力を持っていて、十字架や銀、ニンニク、陽の光に弱いとか、心臓に杭を打つと死ぬとか、それぐらいが俺が持つ予備知識なわけだ。

 

俺はそれをそのまま、目の前のアンティークチェアーに腰掛けている女に話す。

 

「ふむ、やはり色々と間違っている辺り実に普通で面白くないが、まあ凡人にはそこが限界かな」

 

会ったところで悪いが、何となく分かった。俺は こいつが嫌いなようだ。

 

「話を続けよう」

「いや、続けるな。そもそもお前は誰だ」

「さっきも言ったと思うけれど、吸血鬼にだって僕ら人間の上下関係というものが存在しているんだ」

「話聞けよ」

 

人のことなど初めから眼中に無いかのように、目の前の女性は自身が語りたいことを好き勝手に、思うがままに話し続ける。

 

「ドラキュラ公───もちろんウラド三世のような紛い物のことではないよ?───その純血を本家として、その下には四つの分家がある。グラムハート、ディエルド、ガルシア───そしてスカーレット。ドラキュラの直系の血族がいなくなった今───そもそも本人はあまり子は作らなかったのだけど───、これらの四家が吸血鬼系図の実質最高位に存在することになるね。

そもそも、噛まれたら吸血鬼化するというのは人間の大きな早とちりというものだよ。吸血鬼の用いる吸血行為というものは、食事としての場合と眷属作りの場合、二つある。そしてその殆どが前者であり、大概は出血多量で死んでしまうよ。

考えてもみたまえ、アンデットの如く見境なく吸血した先から吸血鬼化していたならば、この世は吸血鬼という名の未曾有のバイオハザードだ。この世に人など当に居なくなっている。

安心したまえ、我々はまだそうではないようだよ?」

「当たり前だドあほ」

 

(えーと………。何なんだろうか、この状況)

 

連れて来られた先で訳も分からぬまま初対面の女性の長話を聞かせられ、果てにはその話に素でツッコむ自分。

 

シュールだ。 実にシュールだ……。

 

ていうか遠江先輩、一人でお茶なんか飲んで幸せそうにほっこりしてないで助けてください。あんたの知り合いでしょこの人。

 

(そういや、なんかこういう感じで聞いたことがあったような気が……)

 

話をまともに聞くのが嫌になったので別のことに思考を巡らす。こういう感じの変人の話をどっかで───。

 

「…あ」

 

ウラド三世って誰?、ドラキュラ本人っているの?、グラムなんちゃらって何?、何でお前がそんなこと知ってんの?、吸血行為とかどうでもいいし、そもそもコレって作り話じゃないの?とか色々、心の中でツッコみながら長ったらしいウンチクを聞いている最中で、あることに思い至る。

 

ああ、そういえば、と。

 

俺はもう一つ 、あの変人な知り合いから遠江先輩の噂と共に仕入れたもう一つの噂話を、思い出す。

 

我が大学に存在する二大噂話。

それは二人の有名な天才を指し示すものである。

一つは才色兼備、完全無欠のお嬢様の噂。

そしてもう一つ。

それに対を為す、影も形も知らないが、常にお嬢様と並び立っている謎の天才。

 

その名は───檟谺。

 

大学に滅多に来ることのないもう一人の天才(変人)の噂を。

俺は本人の語り部を聞きながら、思い出す。

 

「───ともかく、歓迎しよう。ようこそ、この檟谺が所有する誇り高き「神話研究会」へ!!」

 

だが、思い出したはいいもの、遠江先輩の時のような少しの驚きも湧き上がっては来ず───そして誇り高きとか言っている奴にツ ッコむ気迫もなく───、俺はようやく座れることに一つ溜め息を漏らすのだった。

 

 

吸血鬼と呼ばれる種族は妖怪の中では最もポピュラーな部類に入る。それは多くの人間に認知されているという事実と共に、暗に人間という種族にとって最も恐れ、畏れる存在であるという意味も含んでいる。

 

襲われれば、喰われる───。

 

それが抗う術を持たぬ人間と、圧倒的な力を持つ妖怪の間にある不変の摂理だ。

 

妖怪が一度牙を剥けば、人間は為す術もなく、ただ蹂躙されるのみ。妖怪にとって、人間とはちっぽけな存在でしかない。

 

そうでなくては、ならない。

 

妖怪とは人間の幻想により形作られた存在なのだ。

恐怖や畏怖、憎悪、悲嘆、後悔などの負の感情か ら生まれ出た存在なのだ。

人間が恐怖し、畏怖し、憎悪を抱き、己の存在を悲嘆し、自らの行いを後悔する。

 

妖怪とは、そういう存在なのだ。

 

レミリア・スカーレットもまたその妖怪の内の一人であり、最高位の力を振るう吸血鬼であった。

 

摂理に反さず、人間を喰らい血を啜る。不死身であると同時に夜を統べる怪物である。ただの人間など足元にも及ばないことは明白の事実。

 

「スペルカード!!」

 

【天罰「スター・オブ・ダビデ」】

 

しかしその摂理を、目の前の人間は容易く覆す。

 

闇の中、凶暴な輝きを伴って六芒の紋様が荒々しく浮かび上がり、圧倒的な魔力に物を言わせた膨大な紅の閃光が紅い夜空を焼き尽くす。

 

しかし、放たれる光の 奔流の中を紅白の巫女は軽やかに飛んでいた。その特殊な紅白の装束をはためかせて宙を舞い、弾幕を回避し続けている。殺到する弾幕の速度は、門番やメイドのそれよりも速い。だが、全ての弾は、彼女の傍を掠めるばかりで遂には当たることはなかった。

 

「スペルカード・ブレイク」

 

カードに定めた弾幕を撃ち尽くし、無傷の霊夢を残したままレミリアのスペルは終わりを告げた。

 

(クソ…。空気かこいつは)

 

淡々と告げる霊夢に対し、レミリアはただ心の中で呻くことしかできない。もちろん、それを面に見せはしないが。

 

対する優勢であるはずの霊夢はしかし、心中穏やかとはいかないでいた。確かに、霊夢にとってレミリアの放つ弾幕はそれほど危機感を抱くものではない。

 

しかし───。

 

「弾幕ばっかり気にして……」

 

背後から、不意に声。

 

否、不意ではない。霊夢の研ぎ澄まされた感覚は、その声が発せられる以前から、既に背後の存在を感知している。彼女の体は、既に対応するための動作に入っている。

 

それでも───。

 

「随分、悠長なのね!」

「ちぃっ!」

 

鈍い音がして、霊夢の体が後方に吹っ飛んだ。レミリアの───吸血鬼の怪力を宿す腕が、無造作に振るわれたのだ。それだけのことで、数メートルもの距離を空けられる。ともすれば容易く折れてしまいそうな細腕のどこに、一体それほどの力が宿っているのか。

 

十字に組んだ腕の隙間から視線を走らせつつも、霊夢はレミリアが放った一撃の重さに 顔を顰めて唸る。間に合わないと直感し、咄嗟に封魔の結界を両腕に這わせて展開していなければ、この程度では済んでいなかっただろう。

 

「さあ、休まずいくわよ!血の河を渡りて、紅の闇に沈め!スペルカード!」

 

【冥符「紅色の冥界」】

 

紅の悪魔は優雅に笑い、玲瓏たる声音で歌うように唱えた。間を空けず放たれた弾幕は、闇の中に色を滲ませて、紅の粒子が鮮烈に散る。それは巨大な魔力の奔流となり、先程の攻撃の余波に動きが鈍った霊夢へと殺到する。

 

「もうっ!好き放題してくれるわね!」

 

しかし、その弾幕すらも彼女には届かない。

彼女を中心にして風が踊り、周囲の弾幕を消滅させていく。

 

【夢符「封魔陣」】

 

文字通り、魔を封する力を持った霊夢のスペルカードが、全ての弾幕を消滅させていく。

 

「そこ!」

 

全弾幕を消滅させるという巫山戯たスペルカードにより開かれた僅かな隙。そこに膨大な量の霊力針を撃ち込む。

 

アミュレットの様なホーミング機能はなく軌道は直線的ではあるが、その分威力とスピードは比較にならない。

 

相手にスペルカードを使わせることにより、逆に釘付けにした上での集中砲火。避けることなど出来はしない───その筈だった。

 

「本人が悠長なら、攻撃も同様……と言ったところかしら!」

 

目と鼻の先に、幼くも艶めかしい蟲惑的な顔立ち───肉迫されていた。

 

「く、ぁ……!」

 

認識すると同時に、ガード。

ほぼ同時に、衝撃が走る。

今度は脚か、と理解が追いつき、次いで思考を掻き消すかのように鈍痛が襲う。

 

先ほどよりも重く、強い。辛うじてガードはしているが、しかし受け流すことが出来ない。

 

「勘弁してよ、もう……」

 

愚痴を零すようにして、霊夢はその事実を口にした。

 

「あなた、速過ぎる(・・・・)のよ…」

 

 

「未来視…いや、見えてるのは運命そのもの(・・・・)かなぁ…。いやはや、また面倒な能力だこと」

 

紅く色付いた夜空には、無数の弾幕と、その中で飛び回る霊夢とレミリアの姿があり、穂高はそれを少し離れたところから見ていた。門番の時と同じく、周りにはくつろぎ1セット。テーブルの上には今しがた淹れたばかりであろう紅茶のカップが、二つ。そのうちの一つを手に取り、一口啜る。

 

「う~ん…。やっぱりなんかしっくりこないんだよなあ…淹れ方は合ってるんだけど。ねえ、どう思う?」

「おそらく蒸らしの時間が足らないのではないのかと。この茶葉ですと、通常のものよりも長めに蒸らしたほうが味に深みが出ます」

「さすが現役のメイドさん。的確なアドバイスをありがとう」

「恐縮です。ですが、このままでも十分美味しくいただけますよ」

 

穂高の隣には、日々の生活に裏付けされた、実に優雅な仕草で紅茶を飲むメイド長が立っている。

 

霊夢が戦っている間暇だし、如何にも紅茶淹れ慣れしてそうなメイドもいることだしということで、アドバイスも兼ねて小さな御茶会に御招待したというわけだ。

 

「それにしても、まさか主の戦闘の最中───しかも、 つい先ほど戦い負けた相手と御茶を飲むことになるとは思わなかったわ…」

「まあ…本気の殺し合いじゃないわけだし?そこまで肩肘張らなくてもいいかなっと」

「…随分余裕ね。あの巫女が心配じゃないの?」

「う~ん…いや、別に?」

「別にって……あの巫女が相手にしているのはレミリアお嬢様よ?はっきり言って勝目なんてないわ」

「確かに、あの子の能力は厄介だし、何より強そうだ。俺じゃあ良くて引き分けだろうね」

「だったら加勢しなくていいの?」

「運命を変える為に無駄な助力はいらないでしょ」

「それ、本気で言っているの?」

「本気も本気。誰かの運命を変えられるのはそいつの力のみだ。後は背中を押してやることしか出来ないよ」

「あなたは一体どこまで…」

 

闘う二人の姿から目も離さず、呆気からんと言ってのけた穂高の言葉に、思わず咲夜が息を呑む。

 

「それに、あいつは霊夢は勝つさ。そう信じてるから」

「え!」

「咲夜もそうだろ。あの子のことを信じてるから手を出さない」

「……当然です。レミリアお嬢様は負けません」

「それと同じだよ。霊夢は負けないと信じている。なんなら何か賭けてみる?」

「あら。それじゃあお嬢様が勝ったら…そうね、一日私に付き合ってもらおうかしら」

「おいおい、何させる気だよ?」

「さあ、何かしらね?」

「そんじゃその代わり、霊夢が勝ったら俺に一日付き合ってもらうとしようか」

「あら、何をさせる気かしら?」

「さあ、何だろうな?」

 

二人は笑みを浮かべて戦いの行く末を見守った。

 

 

レミリア・スカーレットは、速かった。速過ぎた。

 

それは、どうしようもないほどにシンプルな事実だった。門番と打ち合え る霊夢の体術を以ってしても、メイドの不意打ちに先回りできる霊夢の直感を以ってしても、それでも尚、反応が追い付かないほどに速い。

 

弾幕以上に、吸血鬼そのもの(・・・・)が速い。恐らく、驚異的な動体視力と身体能力によって、相手の挙動の先を読み、動いている。あくまでも、単純な予測と行動の積み重ね。だが、その一つ一つが度を超していれば、それはもう、ある意味で未来視と言ってもいい。

 

───吸血鬼の行動には、躊躇などなかった。

 

「スカーレットシュート!」

 

レミリアの叫びと共に、新たなスペルカードが切られる。

 

視界は一瞬で埋め尽くされた。冗談みたいに、ただ紅い。紅のが黒を侵食し、蹂躙していく。

爆裂音。

地鳴りのように鈍くも強烈な震動を伴って、それは突如として紅魔館全域を揺るがせていた。

 

「………何?」

 

眉を顰めたのはレミリアだった。彼女の弾幕は、今や霊夢を飲み込んで、確かに炸裂していた。だが、不自然。たった今耳にした音、それは桁違いの規模だった。音。振動。そして、解放されたであろう───魔力量。

 

「図書館の方向……。……パチェ?」

 

レミリアは、居候させている友人の名を呼んだ。彼女が、何か強力な魔法でも使ったのかも知れない。それはレミリアではなくとも、紅魔館の内情を知っている者ならば、誰もが思ったことだろう。

 

しかし。だがしかし。

 

「魔理沙が、勝ったのね───」

 

爆煙から声。紅魔館に存在する何者よりも、喧しい 人間の事を知っている声が、違えようのない真実を口にしていた。

 

「…………しぶといのね、あなたも」

 

睨め付けるような吸血鬼の視線。その先に、鮮やかな、しかし所々煤けている紅白の装束。

 

「まあ、そう簡単にやられるわけにはいかないのよ。向こうは向こうで、決着がついたみたいだし───私だけ負けるっていうのも、癪だからね」

 

そう言うと、彼女は呑気に笑った。相手を煙に巻くような、いつも通りの彼女の顔で。

 

「私だけ……?あなたは、パチェがやられたとでも言うつもりなの?」

 

先ほど霊夢が放った言葉を、レミリアはこれ以上なく訝っているようだった。

 

「地下にいた魔法使いのことを言っているのなら、そう」

「パチェが人間に敗れたなんて……笑えない冗談ね」

「事実よ。ああ見えて、魔理沙は無駄撃ちなんてしないのよ。そもそも、あんな狭い空間で撃たれたら、防ぎようもない。そういう攻撃なのよ、魔理沙の『トッテオキ』は」

 

射抜くような紅い瞳を向けられて、しかし霊夢はしれっと返した。彼女の言葉には興奮や苛立ちなどの要素が欠片もなく、だからこそ、それがどうしようもなく真実なのだと思わせる空気がある。

 

「───未来を操ることができる能力」

「へぇ……」

 

突然発せられた霊夢の言葉に、レミリアはそこで初めて少し表情を崩した。だがそれでも、呆れた表情を浮かべながらも、流暢に自らの力を主張する。

 

「でも惜しいわね、厳密に言えば私の能力は運命を操る。で、それで?そんなことが分かったところで何かが変わるというの?」

 

「変わるわよ。それに違うわね。あなたには運命だって操ることはできていない───到底、操っているとは言えない。あなたの『力』は、そういうものじゃない」

 

告げる言葉から感じるのは、そこに宿った絶対的『確信』。

 

「何を……言って……」

 

吸血鬼は、知らずそれに押されていた。無意識の内に、身体が、意思が、引いてしまっている。

 

「仮に自由にできるのなら、さっきの攻撃では私に止めを刺せないことだって分かっていたはず。むざむざ私に時間を与えるなんて、そんな真似はしなかったはずよ」

 

彼女の言葉は、紛れもない真実を告げているのだと、吸血鬼の表情が証明している。

 

「…けれど、それでも……それだけでは決して勝てないわ。運命は変えられない!」

 

突然。

声を荒げたレミリアを目にし、霊夢は瞠目した。しかし、直ぐに軽く笑んで言葉を紡ぐ。

 

「…運命くらいぱぱっと変えてみせるわ。人が生きるってのは───そういうことでしょう?」

 

真摯な瞳を携えた霊夢が言い切る。

 

そして霊夢の唇が言葉を紡いだ、次の瞬間。霊夢の周囲で何かが発光し始めた。掌に納まってしまいそうなほどに、小さな煌き。だが。何かが弾けるような、爆ぜるような、小気味の良い電気的な音を立てて───その煌きは、光量を劇的に増加させ、巨大化していく。

 

その正体は、複数個の霊力で創られた陰陽玉であった。小粒大だった陰陽玉が、数瞬の内に体積を増したのだ。それらは今や人間の頭蓋ほどの大きさとなって、霊夢の周囲を浮遊している。そして、巨大になることで異質さを顕著にしたものが、その色彩である。既存の言葉では表現することが叶わないほどに、彩り鮮やかな、幻想的な輝き。

 

その言葉と後に見える光景にレミリアはしばし呆け、そして笑う。ゲラゲラと、甲高く下品に驕り高ぶった笑いをする。

高く高く、紅き月まで響くように高く、笑った。

 

「……悪くない」

 

牙を剥き、レミリアは吸血鬼らしく愉悦に歪んだ笑みを浮かべていた。そして、キッと霊夢を睨みつけ、口もとを歪めて叫ぶ。

 

「よく言ったわ人間!ならば証明なさい、その言葉を!我が運命を超えて、己が運命を変えてみせなさい !!」

 

急速に、レミリアに向けて力が集中する。紅の霧が集う。

 

「この妖霧は私の魔力の結晶…。

儚き日光を切り落とし、紅のみを大地に許す魔のヴェール…。

紅の闇に包まれた幻想郷は、まさに紅き魔の領土…。

さあ、掛かって来なさい挑戦者(チャレンジャー)!これが最後のスペルカードよ!」

 

全ての紅と夜の闇が禍々しい雰囲気を纏い、怪異の中心に相応しい空間をそこに構築していた。

「…それを破れってのも無茶な注文だけど、いいわ。人間の底力、見せてあげる!」

「さあ!染まれ幻想郷!鮮やかに冥き、紅色の世界へっ!!」

 

『スペルカード!!』

 

【夢符「夢想封印」】

【紅色の幻想郷】

力が───強い力がぶつかり合う。

全ての消失を現する志望の紅。

全ての夢を封す意思の光。

互いが譲らず、天を彩る。

 

そして───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光が運命を退ける。

 

 

 

 

 

 

 

「これで、もう終わりよ」

 

 

 

そして、終幕の間際。

 

 

 

「だから、ねえ……」

 

 

 

 

幻想的な光にその身を包まれていく相手のために、

 

 

 

 

 

 

「我侭は、───もうこれくらいで、お終いにしておきなさい」

 

 

 

 

 

 

 

彼女は、確かに優しい顔で笑ったのだった。

 




一万近く書いてる自分が怖いです……。


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運命の幕間


題名通りの幕間話ですので短めです。
フラン登場は次に持ち越しですので、少々お待ちください。

では、どうぞ。


博麗神社。

 

幻想郷と人間界。どちらから見ても人里離れた位置に存在する場所で、博麗霊夢は縁側で呑気にお茶を啜って過ごしていた。

 

幻想郷の端から空を眺め、お茶請けを片手にお茶を飲む。凡そ平穏で、全てが普通な毎日。紅い霧が世界を覆ったその日から、既に数日が経過していた。

 

「ふう…今日も平和ね〜……」

 

そう。幻想郷は、今日も平和であった。夏も盛りを過ぎ、すっかり柔らかくなった午後の陽射しに目を細めながら、霊夢は実に彼女らしい呑気さで、雲一つ見当たらない青空を眺めている。

 

山深き地。愈々夏という時節において、緑に包まれた神の社では命短き虫達が時を惜しむように啼き続けている。一陣の風が駆け抜け、揺れる木々の隙間を抜けて、太陽の輝きが大地の上に木漏れ日を落とす。霊夢は変わらぬ自然の営みに抱かれ、ただひっそりと佇んでいた。

 

「それにしても良い天気なのも考えものね…。暑くて仕方ないわ…」

 

彼女の瞳を光が襲う。天を彩る陽の光───いくらか和らいだとはいえ、その光は眩さのみならず、熱を地上の者達に齎す。

 

「全くだぜ。暑くて死ぬぜ」

「だったら、まずはその暑苦しい服装をどうにかしなさい」

「見掛けに騙されちゃいけないぜ?この服、通気性抜群なんだ」

「あっそ。まあ死んだら、私が鳥葬にしてあげるわ」

「あら、私に任してくれればいいのに」

「あんたに任すのは絶対イヤだ」

 

彼女の呟きに応えたのは、脚を投げ出して座っている白黒魔女と背筋を伸ばして正座しているメイド、そして、メイドの隣で豪華な椅子に腰掛けている悪魔。魔女の前には霊夢が作り置きしておいた麦茶が、悪魔の前には高価そうなカップに注がれた紅茶がちゃっかり用意されている。

 

神社には何故か、しかしいつも通り、紅い悪魔がいた。

 

「…いつの間にここはこんな大所帯になったのかしら?」

「あら。私達はただのゲスト。貴女に養って貰うつもりはないわ」

 

悪魔が───紅魔館の主レミリア・スカーレットが応えた。対し、霊夢は目つき鋭く声を荒げる。

 

「そういうことを言ってるんじゃないわよ!勝手に入るなって遠回しに言ってるの!」

「まあ、いいではないの、霊夢。どうせ盗まれるようなものもないのだし」

「そういう問題ではないと思うぞ」

「あんたも人のこと言えないでしょが」

「黙りなさい。お嬢様の仰ることに間違いなどないわ」

 

どこからかナイフを取り出し、低い声で語るメイド長。咲夜の言葉を契機として、向けられた霊夢と魔理沙が苦笑と共に黙り込んだ。そのため、数秒の沈黙が訪れる。

 

「さて、そろそろディナーの時間だと思うのだけれど。霊夢、今日のメニューは何かしら?」

 

実に貴族らしい優雅なポーズで脚を組み直し、レミリアはその沈黙を破る。

 

「ご飯に焼き魚とお味噌汁よ。勿論、私の分だけ」

「あら。ゲストをもてなすのは家主の義務よ?」

「文句があるなら夕飯分に相当するお賽銭入れなさいよ」

「それよりも、霊夢。貴方、もう少し台所を充実させなさい。お嬢様にお出しするお菓子すらないだなんて…」

「他人様に台所事情をとやかく言われる筋合いないわよ。てかあんた、そんなに家空けて大丈夫なの?」

「館には咲夜に教育されたメイドたちに任せてあるから大丈夫よ。それに、優秀な執事が一人入ったことだし。ねえ、咲夜?」

「はい。御嬢様用の御食事を作らなくてよいのであれば、穂高やあの子達でも館の家事ぐらいは務まります」

「それ、きっと大丈夫じゃないからすぐに帰れ」

 

紅魔館のメイド事情を直に見ている霊夢は、それが如何に安直な妄想かがよく分かる。少なくても、まともな働きが出来るとは思えなかった。

 

「ていうか、何勝手にうちの居候を雇ってるのよ」

「写真見る?」

「話聞けチビ悪魔」

 

側から飛んでくるナイフを捌きながら、レミリアが差し出した写真を受け取る。そこには執事服を身に付けて食事を作る穂高の姿があった。

 

「…まあ、ともかく。穂高を返しなさい」

「写真はちゃっかり貰うんだな…」

 

隣から発せられる戯言など、霊夢には聞こえない。

 

「あら、いいじゃない。居候なんでしょ?なら、居なくても特に支障はないでしょう」

「掃除するのが大変お茶請けが無くなる料理が平凡になる。ほら支障が出る」

「霊夢、あなたね……」

「ま、確かにあいつがいないと飯が味気ないよなぁ……」

「無銭飲食しに来てるだけの奴は黙ってなさい」

「へーい…」

 

霊夢の態度に咲夜は瞳を細めたが、レミリアは特に気にした風も無い。その時である、四人を脅かす雷鳴が鳴ったのだった。

 

「夕立ね」

「この時期に珍しいな…」

 

だが、しばらく経っても雨は降ってこない。

外の様子を見ると、明らかに不自然な空になっていた。

 

「あれ、私んちの周りだけ雨が降っているみたい」

「ほんとだ、何か呪われた?」

「元々呪われてるぜ。にしても、えっらい局所的に雨が降ってるなあ…。異常気象ってやつか」

「ホントね。うちじゃなくて良かったわ」

「困ったわ。私、雨の中、歩けないのよねぇ」

 

各々の感想のあと、被害を受けている当人が不満を口にした。

 

「ふぅん。そりゃ大変ね。でも帰れ」

 

しかし、被害を受けていない第三者は特に感慨もないようで、にべもなく言い放つ。

そんな巫女の様子にレミリアは肩をすくめ、咲夜に瞳を向けて困ったように笑う。

 

「私達もそうしたいのはやまやまなのだけれど…ねぇ、咲夜」

「ええ。雨が降っていてはどうしようもありません」

「あんたを帰さないようにしたんじゃない?」

「いよいよ追い出されたな」

「そんな不届き者は紅魔館の中にはいません」

 

主人の気質を知っていてもこの反応。従者とは時に盲目になるということを改めて思い知らされる。

 

「理由はともかく、ずっとここに居られても迷惑なんだけど」

「あら、それは問題ないわ。ここには、この間の紅霧事件を解決した優秀な人材が揃っているじゃない?」

 

霊夢が訊くと、レミリアは口もとを歪め、二人を指差す。

 

「…つまり、私達が紅魔館まで行ってあの雨の原因を取り除いて来い、と?」

 

その問いに悪魔は怪しく微笑む。

 

「冗談じゃないわよ、面倒くさい。それこそ咲夜にでも行かせればいいじゃない」

「私はお嬢様のお世話をするので忙しいのよ。貴女や魔理沙じゃ紅茶も満足に淹れられないでしょうし」

「私だってこれからダラダラと寝転びつつ麦茶を飲むので忙しいのよ!」

「それは忙しいとは言わないと思うぞ?」

「五月蝿いわね。貴女だって、妖館みたいなとこまで行きたくないでしょ?」

「んー。わたしは行ってもいいけどな。ちょっと面白そうだし。ついでに、パチュリーのとこの本を借りてきてもいいし」

「あ、そういえば魔理沙。パチェから伝言があるわ。借りるのはいいけどちゃんと返せ、ですって」

「考えとくぜ」

 

歯をむき出して笑った魔理沙からは、たぶん返さないだろうという思考が明確に窺えた。しかし、誰もそこには言及しない。実質、自分自身に被害がないためだろう。

 

「まあ、どっちにしてもこのままじゃ帰れないわ。食事どうしようかしら(食事=人)」

「…仕方ないわね。様子を見に行くわよ」

「やれやれだぜ」

 

このまま居座られ、人里を襲われても面倒である。本当に仕方ないといった風に重い腰を上げる。

 

「ふふ。よろしくね、霊夢」

「次に貴女が何かやったら水鉄砲片手に相手することにしようかしら……」

「その時は私も手伝うぜ」

 

無遠慮な悪魔の一言に、霊夢の声に早速怒気が含まれる。何はともかく、二人は紅い悪魔に神社の留守番を任せて、レミリアの館に向かったのだった。

 

「これで、良かったのですか?」

「ええ。もう私たちでは干渉出来ないところまで来てしまった。後は見守るだけ───」

 

残された悪魔とメイドは、祈るような瞳でその姿を見送っていた。

 




前回の文章力は何処に行ったのか。


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運命の幕間──2


初めに謝っときます。

どうもすいません。

今回もフランちゃんは出てきません。あの予告は嘘です。忘れてください。
次は絶対にフランちゃん出しますので、フランファンの方はもう少しお待ち下さい。

では、懲りずに続くよこの幕間。
今回は異変の裏側をお見せします。どうぞ!



 

「お呼びですか、お嬢様」

「…咲夜。あの子に食事を持っていって『破壊』されたメイドはどれほどになるかしら?」

 

訊かれた咲夜は俯き、重い心で言葉を紡ぐ。

 

「私が知る限りで三十二名です」

 

彼女が赴任する前もいれれば、更に数が増えることは間違いない。かく言う咲夜自身も、危うく『破壊』されかけたことがあった。

 

「そう…いい加減、覚悟を決める頃合いなのかもね…」

 

呟き、レミリアは髪を掻き上げる。そして、彼女らしくない独白を始めた。

 

「あの子は、生まれ持ってあんな能力を得てしまったが為、運命を違えた。目の前に在った全てを破壊し、そのことで重圧に押し潰され、更には精神を病んだ。全ての元凶はあの能力───いえ、それは少し違うわね、私にも責任がある。運命を操るこの手が、彼女の『破壊』を無理に捻じ曲げようとしたために、彼女の精神に障ってしまった可能性は拭いきれない。能力だけを消し去ることなど、できるはずはないのに…咲夜、貴女が人に忌み嫌われた因たる能力を捨てられぬように……」

「…はい」

 

咲夜は俯き、応えた。一方で、レミリアは窓の外に視線を向け、瞳を細める。その瞳に何を映しているのか、それは咲夜にも分からない。

 

「いつまでも私があの子の運命を操っているわけにもいかない。精神の病みようは限界に来ている───『破壊』を止めるならば、あの子を殺すしかない」

 

より一層瞳を細め、そう口にするレミリア。咲夜には、彼女の表情から悲哀の感情しか見出せなかった。それ故、主に意見する大罪を犯す。

 

「しかし!お嬢様はそれで宜しいのですか!妹様を…フランドール様を、などと───」

 

レミリアが窓辺から離れ、咲夜に歩み寄る。そして、視線を上げて彼女を見詰める。

 

「私は紅魔館の主。自分の身内だけを見ている訳にはいかない。貴女や他の者達を、全てを守らねばならない」

 

そう言い切る主の顔を目にし、咲夜は唇を強く噛み締める。そして、最後の抵抗を試みる。

 

「その全てに…妹様もまた含まれるのではないのですか…」

 

主は軽く微笑み、しかし、前言を撤回することはなかった。

 

「…私の力の一部を紅い霧として別離したわ。これを幻想郷の方々に撒けば、霧は数日で増殖し幻想郷を満たす。幻想郷がその霧で満たされれば、彼女の『破壊』の運命を妨げ、全てを終わらせるだけの力が手に入る。『破壊』に負けず、彼女を殺せる───此処にはそれだけの力がある」

 

続ける彼女の目に涙は無い。しかし、従者は自身の中の葛藤を止めることが出来ないでいた。

 

その運命の終焉が主の瞳を濡らすのではないのか───。

 

「ねぇ、咲夜?」

「は、はい!」

 

主からの突然の呼びかけに驚き、咲夜は大きな声を出す。そんな彼女を瞳に映し、レミリアは寸の間きょとんとする。そうしてから、含み笑いを浮かべる。

 

「どうかしたの?貴女らしくもない」

「い、いえ。申し訳ありません」

「いいけれど。それより、私の最後の足掻き───というより、妄想ね。聞いてくれる?」

 

微笑みかけられ、咲夜はやはり微笑んだ。優しく、哀しく、微笑んだ。

 

「何でしょう、お嬢様」

 

訊かれた小さき者は、泣き笑いの表情を浮かべ、口を開く。

 

「あの子の『破壊』に耐えて遊んでくれる、そんな友達がいればよかったのにね───」

 

 

───幻想郷霧の湖、その湖畔に建つ紅き妖館。通称、紅魔館。館の主にして夜の王、吸血鬼レミリア・スカーレットの私室。

 

自身が起こした異変が解決してから、時は進んで数日余。

 

窓から吹き込む暖かな微風を受けて、レミリアは微睡みから眼を覚ました。耳を澄ませばコンコンという控えめなノックが聞こえてくる。

 

「お嬢様。お目覚めでしょうか?お迎えに上がりましたので、身支度をお整え下さい」

「……。ええ、分かったわ」

 

薄っすらと瞼を開ける。瞳に映るのは、見慣れた天井。妖館の派手さとは打って変わり、一切の飾りを省いた、鈍色の壁と窓。窓には彼女の親友が細工を施し、忌々しい陽光を遮断する───正確には陽光の角度を変化させる術式が施されており、彼女の愛用している傘にも同じものが掛けられている。

 

ゴロン、と寝返りを打ち、聞き慣れない使用人の声を一瞬だけ訝しんだ。いつもは咲夜が呼びに来るはずだし、彼女自身、まだ陽がある時間に起きるのは極々稀な事であった。

 

(……ああ、そういえば今日、だったわね)

 

しかし数秒の後に、あれは新しく入った執事の声だったということ、彼女にとって大切な用事の為にかなり早めのモーニングコールを彼に頼んでいたことを思い出す。

 

「お嬢様?如何なされました?」

「……大丈夫よ。予定は分かってるわ。身支度をするから待ってなさい」

 

急かす声に返しながら、失笑を漏らすレミリア。

 

(はっ、呆れたわ。あれだけ必死な思いでこの『舞台』を創り上げたというのに、久しく抱かなかった希望というものを得ただけで、僅か数秒とはいえそれを忘れるだなんて。我ながら現金なものね)

 

ジャラ、とカーテンを開けた。見れば外はまだ正午過ぎ。陽の光は入らず、明かりもない、暗い私室。夏真っ盛りで湿度も高く、寝汗で服も気持ち悪い。ネグリジェの肩紐を外し、さっさと脱ぎ捨てた。

 

今日はあの博麗の巫女のところに出掛けることになっている。長くこの妖館の敷地より外に出たことのない彼女にとって、神社への外出は少しだけ楽しみとも言えなくもない。………それも妹の件さえなければ、だが。

 

(ようやく……ようやくよ。ここでこの運命は終わる、終わらせてみせる!いいえ───)

 

くるり、と洋服のスカートを靡かせ、凛然とした、自信に満ち溢れる声でレミリアは宣言する。彼女は私室と外との境であるドアを開け放った。

 

「ここから、始めるのよ!」

 

 

───紅魔館地下にある大図書館。

時間は少し遡る。昨夜遅くまでそこに所蔵されている魔導書を漁っていた灼馳穂高は、山積みの本の中で眠りこけていた。水没して御釈迦になった折り畳み式のヘッドホンを付けて寝ていた穂高は、首をもたげて呟く。

 

「……ん……小悪魔、起きてるか?」

「……くー………」

「寝てるか……まあ、俺のペースに合わせて夜遅くまで付き合ってくれたんだから当然だな……」

 

閑散とした図書館に、ふぁ、と大きな欠伸が響く。

毎日朝早く執事としての仕事をこなし、終われば休憩もそこそこに未読の魔導書を漁る。それが穂高の生活のサイクルだった。本棚に凭れ掛かり眠る小ちゃい悪魔の女の子───小悪魔は大図書館の案内も含め、それに付き合ってくれていた。紅魔館に来てから、そんな生活をずっと繰り返していたのだ。現世で昼夜を問わずデタラメな展開に巻き込まれることに慣れ、ある程度の耐性のある穂高でも眠気に限界が来たのだろう。

 

そもそも、どうして彼がここ紅魔館で執事業務を行っているかというと、それは異変の時のメイド長との賭けの清算の為であった。賭けの内容は負けた者への命令権一回分。賭けに勝った穂高はその命令権を使い、紅茶の淹れ方の指導を咲夜に受けさせてもらうことにした。だが、そこで一件落着のはずだった話にレミリアが、

「咲夜はこの館のメイド長であり、大切な働き頭なの。咲夜が居ないと館の仕事が回らないわ」

と苦言を呈し、結果として穂高も紅魔館で執事として働くということで合意した。そういえば、紅魔館でのことを霊夢に何も伝えてなかったななどと今更ながらに思い起こしてみるが、結局のところ成るように成るだろうしこの頃はあの出不精な御嬢様も神社に行ったりしているみたいだから、もしかしたらもう伝わっているだろうということでこれ以上考えるのをやめた。

 

何はともかく、他に誰も居ない図書館で二人が健やかに寝息を立てていると、奥にある部屋からこの図書館の主が姿を現わす。

 

「穂高、朝よ起きなさい。小悪魔、貴女もよ」

「……うん?ああ、パチュリーか…………」

「……くー………」

 

と、うつらうつら頭を揺らして二度寝しようとする穂高とまるで目を覚まさない小悪魔。パチュリーは散乱した手近な魔導書の一つを手に取り、穂高の側頭部へ投げつけて強襲。

 

「起きなさい!」

「させるか!」

「あぶっ!?」

 

スコーン!っと、パチュリーが投げた魔導書の角が、盾にされた小悪魔の頭にクリーンヒット。寝起きを襲われた小悪魔は額を真っ赤に腫れさせながらその場に倒れた。

 

「人が起こしてるのに二度寝しない」

「そうかい。それは感謝するが、人様に本を投げるのは止めときなよ。俺は避けれるから兎も角、小悪魔の方は色々と危な」

「って私を盾に使ったのは穂高さんですよね!?」

 

ガバッ!!と本の山から起き上がる小悪魔。どうやら生きていたらしい。

 

「大丈夫よ。だってほら、生きてるじゃない」

「デットオアアライブですか!?生きてればいいってものではないんですよ!?パチュリー様も穂高さんももう少し私の身体を労って下さ」

「「小悪魔、五月蝿い」」

 

再度小悪魔の頭に魔導書×2がクリティカルヒット。小悪魔はそのまま後ろに倒れ失神。

 

そんな小悪魔を余所に、不機嫌な視線をパチュリーに向ける穂高。

 

「……それで?人の快眠を邪魔した理由は何?」

 

魔導書を投げられたことよりも快眠を邪魔された方に怒っているらしい。言葉に割と本気の殺気が籠められていたが、パチュリーはまるで気にしない。

 

「術式の準備をするからさっさと出ていってほしいのよ。邪魔だから」

「ああ……そういや今日だったけ…」

 

ゆっくりと伸びをし、横に畳んで置かれた執事服を着込む。

 

「それに貴方、今日はレミィを起こす役も頼まれてたでしょ?」

「ああ。正午にな、何故か」

 

本来ならこれはメイド長である咲夜の役回りである。それが何故だか知らないが今日に限って穂高に白羽の矢が立ったのだ。

 

「咲夜には私の仕掛ける術式の補助をしてもらうよう頼んだから」

「あらそ」

 

どうやら原因は目の前の魔法使いだったらしい。穂高はもう一度大きな欠伸をし、獣のように身体を撓らせて起きる。

 

「んじゃ、仕事熟してきますか」

「ええ、もちろん咲夜の分もね」

「げっ」

 

もちろん、この紅魔館のメイド長を務める咲夜に限って、自身の与えられた仕事を誰かに押し付けることなど有りはしないと分かっているが、何とも嫌な言葉に背中を押されて穂高は図書館を後にした。

 

 

そして雨は紅を濡らし、古き運命を塗り替える存在(もの)を呼び寄せる───

 

 





一回に纏めろよとかは言わないでね?分かってるから


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悪魔の妹

皆様いかがお過ごしでしょうか、ミツバチです。

実に一カ月ぶりですね。大学の入学式とか授業登録とか色々と忙しいかったです。サークルも面白いとこばっかりでより取り見取りでした。まだ何に入るかは決まってませんが、何らかのサークルには入るつもりです。

さ、一カ月放置してつい数時間前に書き始めた言い訳はここまでにして、早速始めましょう。今回こそは予告通りに行こうと思います。

フランと穂高の弾幕ごっこ(?)、ついに始まります。

では、何話目か忘れた紅魔郷編。
まだまだ続く(かもしれない)吸血鬼姉妹の物語。
始まり始まり!



 

この世で最も恐ろしいものとは何か───。

 

まだまだ大学に入ってあまり時の経っていない頃、穂高の所属している部活の部長であり、世に言うところの稀代の天才であり、そこに存在しているだけで周りに不幸を撒き散らす、まるで嵐か台風のような、そんな女性───檟谺に、そんな問いをされたことがあった。

 

その問いに対して一体何て答えかは全く憶えてはいないが、恐らく俺は一言も喋ることもなく、その問いは終結させられたのだろう。あの、常人の話など聞くに値しないと平気で言ってのける女のことだ。俺が憶えていないということは、つまりはそういうことだろう。だから思い出すのは俺の『解』ではなく、あの女の『解』となるわけだが。

 

兎も角、自身で出した問いに、あの女はこう答えていた。

 

『───この世で最も恐ろしいものとは何だろう?

 

多くの者は答えに困るだろうね。

 

例えば、拳銃と答える人もいるだろう。

例えば、毒と答える人もいるだろう。

例えば、爆弾と答える人もいるだろう。

中には核と答える人もいるかもしれない。

 

だが、ここには考えてほしい大前提が発生するわけだ。

 

今挙げたものは、全て『物』だということだ。それは人が作り出した武器ないし兵器だということだ。如何なる強力な兵器も、必ず使用者がいなければ意味を成さない。

 

使用『者』、つまりは人間だ。

 

重要なのは使用する『者』であり、使用される『物』ではない。

 

使用者がいなければ、武器は武器として、兵器は兵器として成立しない。たとえそこにミサイルがあったとしてもそれが未来永劫、誰にも触られなければそれは大量の火薬が詰まっただけのただの鉄の塊でしかない。当たり前なことだね。

 

扱う『者』がいてこそ、それらは目的ある『物』として存在できる───力は力として成り立つのだから。

 

───と、そうなると重要なのは力を扱う『者』へと焦点が移るわけだ。

 

頭に覚えのあるであろう一握りの者が『物』という存在を超え、この選択肢へと到達するだろう。だからといって、この問いの答えが『者』であり『人間』であるというのは、些か聡明とは言えないね。『物』でなければ『者』というのはあまりに安直すぎる。残念なことに世界に存在する殆どの人間はここで解としてしまうのだけれど。

 

だが、もう一歩踏み込んでみよう。

 

最も恐ろしい『物』を操る最も恐ろしい人間とはどういう『存在』なんだろうか。

 

人間という生き物は、思考という厄介なものを持ってしまったが故、全ての行動に理由を必要とする。

 

生きる為に空腹になる。空腹だから物を食べる。物を食べる為に身体を使う。身体を使う為には生きていなければならない。

 

欲望───そう。欲望だよ、穂高くん。

 

人の一番の欲求を例に挙げてみたけれど、結局のところ、『行動の為』の理由というのは『欲望の為』の理由なわけだ。今こうして君と話しているのだって、私が君に話したいから話しているんだ。迷惑だからやめろ、と君が言ったところで話は止まらないから諦めることだね。

 

話を戻すけれど、欲望、その答えも正しくもあるが30点といったところだね。まだまだ赤点は免れないよ穂高くん。

 

人の欲望とは、つまりは心情だよ。

 

先の例も同じだよ。あれは生きる為に食事を摂らねばならないという欲望だけれど、その裏にあるのは『食べなければ死んでしまう』という、この世で人間の奥底に確固としてある根源的な『恐怖』という名の心情だよ。人間という存在の最も奥底にあるものだ。

 

歴史に名を馳せた武人は、負ければ死ぬという恐怖故に、戦い続けた。

 

冷血な独裁者は、自身以外のもの全てに裏切られるのではないかという恐怖故に、全てを疑い、淘汰した。

 

平和を愛した先導者は、自身も含め世界の全てに争乱の種が埋められていることを知り、それらに自身が巻き込まれるのではないかという恐怖故に、全ての争乱から目を逸らした。

 

全て、恐怖という心情によるものだよ。

 

だが、同じ恐怖という心情でも、人によって結果は千差万別。それを、人は個性───人格と呼ぶんだ。こうも違いが生まれるのは、偏に僕らに人格というものがあるからだ。

 

だから最初の問いとは、つまりは最も恐ろしい人格を持つ人間とは何か、ということになるね。

 

そしてこれが、僕の出した解だ───』

 

かくして、長ったらしい話の殆どを脚色で記憶しており、約9割が間違いである可能性があるわけだが、その時の彼女の解はしっかりと憶えている。

 

この世に数多ある人格の中で、最も恐ろしい人格者とは。

 

 

 

 

 

 

 

《無邪気な者》───である。

 

 

 

 

 

「いや。いやいやいや…うそお───」

 

人が死ぬときには、そこには何かしらの『悪』が必然である。

 

人が人を殺せば、殺した者が『悪』い。

それが冤罪ならば、法律、または裁く者の頭が『悪』い。

そして、全く誰の関係もしないところで不慮の出来事により死んだとすれば、それはその者の運が『悪』かったのだ。

 

これもまたあの女の受け売りなのだが、この場合はどうなのだろう。

 

全く、これっぽっちの縁も繋がりもない初対面の者に。

不慮でも何でもない、予想内の出来事(・・・・・・・)により殺されたならば。

それは何が『悪』かったのだろうか。

 

対し、きっと彼女はこう言うだろう。

 

───それは、殺されたそいつの頭が『悪』かったのだ。

 

「───まじっすか」

 

だが生憎なことに、そいつはまだ死んではいなかった。

男子学生であり魔法使い・灼馳穂高は生まれて初めて、人生における危機というものに直面していた。という表現はあまり正確ではなく───そもそも、ならばあのサークル活動擬きはどうなのかと言われればそれまでである───、状況をより客観的に正しく申告するならば、後方から追われるように危機に迫られていた。

 

追跡されている、イメージ───。

逃げている、ヴィジョン───。

 

色合いとしては後者の方が強いが、しかしそんなものは追いつかれてしまえばどちらにしたって同じことである。終わりとはいつだって唐突なもの。時計の電池のように───はたまた落雷による停電のように唐突に、それは訪れる。

 

現在時刻午前六時。

場所は大図書館、庭へと続く二階のそのまた一つ上の階に設置された窓から覗く外の景色はこの季節には珍しい土砂降り。本来ならいるはずの図書館の主とその従者の気配はそこにはない。穂高はそんな状況で、一人、整然と配置された本棚の間を縫うように駆けていた。

 

その僅か後方から奇怪な翼の金髪幼女に追われながら。

 

「きゃははは!どうして逃げてばかりいるの?もっと遊ぼうよ!」

 

これが逃げずにいられるものか。彼女の背後に展開された魔法陣のような物から発せられた無数の光る弾丸が襲い来る。その一つ一つが、相手を壊すことにのみ特化した物量攻撃に過ぎなかった。これが何かの映像作品なら、その綺麗さに目を奪われていたかもしれない。けど、生憎当事者であった。

 

嬉々とした表情で、本棚を次々と破壊しながら逃げる穂高を追ってくる金髪幼女は、紅魔館の主であるレミリア・スカーレットの妹───フランドール・スカーレットである。

 

彼女が繰り出す非殺傷どころか、喰らえば跡形無く消え失せるような殺傷用弾幕を、咲夜との闘いで見せた瞬間加速のみで器用に躱していく。

 

「───反則でしょう、これは」

 

逃げる穂高の右腕には手首よりその先が無かった。

 

 

 

つい数分前のこと。

パチュリーの仕掛けた術式により雨が降り出す少し前、ある部屋に穂高はいた。

 

そこは何から何まで紅い部屋だった。カーペットもキングサイズのベッドも腹から綿が出たヌイグルミもタワーを作っている絵本の表紙も真っ赤。広い部屋だが他の部屋に続くドアは見当たらない。家具はベッドと本棚と鏡だけだった。

 

その鏡の前に彼女───フランドール・スカーレットが立っていた。

 

レミリアと瓜二つの顔。しかし、それ以外は全くと言っていいほどに違っている。髪の色は異なり、背中に生えた羽は実に非生物的形をしており、まるで宝石の生る枯れ枝である。最早、吸血鬼であることすら疑ってしまう、姉妹の違い。

自分を映さない鏡をじっと見つめていたが、ふと鏡に映った穂高と目が合った。

 

「だれ?」

 

振り向いたフランドールの紅い瞳が興味深げに穂高を見る。

 

「あ。この前、咲夜と遊んでた人だ」

「ん?どうして知っているんだ?」

「お姉様に教わったの。自分がいる場所とは違う場所を『見る』方法。地下は退屈だから偶に見ているの」

「そりゃあ不思議な特技だな。灼馳穂高。執事だよ、新しく入った」

「ヒツジさん?絵本で見たのと違う。モコモコしてない」

「いや、羊じゃなくて執事だ。咲夜と同じだよ」

「咲夜と?男のメイドさんなんて初めて見たわ」

「いや、それもおかしいんだけど、強ち間違いではないとこが何とも…」

「ふうん……人間?」

「一応、人間の魔法使いだね」

「それじゃあ、パチュリーと同じだね!男の魔法使いなんて初めて」

「はい、デジャブが見えたからこの話はお終い!」

 

思ったよりも話し易く、無駄話が過ぎた。彼女は咲夜から聞いていたよりも話は通じ、聞いていた通りに心が幼い。前者は嬉しい誤算ではあるが、逆に予想通りの後者は穂高の目的にとって弊害でしかない。

 

「俺はフランドールを……長いな、フランでいいかな。フランを外に連れ出しに来たんだけども」

「ふ〜ん…穂高も嘘つくんだ。嘘つきは舌抜いていいんだよ?」

「嘘じゃないよ。ていうか、そのトンデマは誰から聞いたのさ」

「お姉様」

 

ああ、はいはい。そういや久しぶりだなぁ…いつぶりだっけか。まあ俺も一応の常識人で通ってるわけだし?あまり大っぴらに声を上げることはなかったのです。だがしかしですよ?いくら常識人であっても、一年に一度ぐらいは声を大にして言いたいことはあると思うのですよ。逆に言いたいことを溜め込むのは人のストレス耐久値的に悪いので、たまの発散もいいでしょう。では、久方ぶりのツッコミを入れてみましょう。せーの───

 

(レェミリアァァアアアアアア!何吹き込んでんだてめぇ!見ろあのフランドールの笑顔!超輝いてる!例えれば新しい玩具を買ってもらった子供の顔!もしかしてとか思いながらも、やっぱ姉だし、そんなことはないよね?とか、必死で言い訳紛いのことを考えてた俺が馬鹿だったわ!フランの気がふれているとか関係なく、こいつの異常性加速させたのお前だよねお嬢様!?これ絶対そうだよな?もう決定だよ?だって何しても言い訳できないぐらいな証拠が目の前にいるんだもの!!以上です裁判長!!)

 

さすがに初対面の女の子の前で大声で叫ぶわけにもいかず、心中で一息に大絶叫してみるが、これはこれで恥ずかしくはある。心読まれたら確実に赤面ものだ。特にあの胡散臭い奴にだけは絶対に知られたくはなかった。それをネタにして弄ってくる光景が容易に予想出来る。

 

「それより遊びましょ。お姉様と咲夜以外と遊ぶのは久し振り!」

 

さっきよりも物凄い良い笑顔のフラン。本当はあのツッコミから色々と会話があったのだけど、いい加減読者の皆さまを待たせるのもあれだろう。というわけで、始まりの最後。二人の『遊戯』の始点で、『会合』の終点。その僅かな時の会話は実にシンプルである。

 

「いいよ。何して遊ぶ?」

 

向けられる狂気の笑みに、穂高は表面だけの笑顔を浮かべる。如何なる状況にも対応出来るよう、開いた空間(・・・・・)の中から愛用の刀をすぅっ(・・・)と抜き出した。対し、紅く輝く瞳でその姿を見据えたフランはこう告げた。

 

「弾幕ごっこ!」

 

その言葉と共に、紅い弾幕が四つ放たれる。対し、穂高の行動は早かった。抜いた刀を把握した弾幕の軌道に添える。狙いは確か、弾幕の側面に力を加えて逸らす為であった。

しかし、完璧なタイミングで対応出来たはずの穂高は否応無く己の失態を思い知らされる。

 

「───っ」

 

血と肉が飛び散る。

 

迫り来る紅弾は、往なそうとした刀ごと穂高の右手首を消し飛ばした。

 

 

 

 




一万文字は夢だった。

そう思うことにしています。


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