影グルイ (花火師)
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1話

フリックスで一気見→面白い!→二次探してもあんまりないなぁ…。→よし、書こう!(安直)

勢いで書いたのでたぶん続かないですが暇潰しにどうぞ$$$


さて、まずは自己紹介をしよう。

 

朝土(あさど)影逸(かげいつ)

 

それが俺の名前である。

極々平凡な一般家庭に生まれ、極々平凡な生活を送り、生まれは遠く九州。小中学校は都内某所。高校も割りと勉強を頑張って頭のいい場所へ通っていた。

そんな平凡な、世界にありふれた16歳。

趣味はボードゲーム。fpsゲーム。小説収集。

趣味と言えるか分からないが、ちょっと特殊なのが老人会のボランティアに参加する等。そんな面白味のない凡庸を絵に描いたよう欠伸(あくび)モノの男子高校生。

 

だが、そんな平凡を揺るがす事態が起こった。

 

 

 

 

その日、俺の平凡に影が射す。

 

 

 

日常が狂い(クルイ)だす。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「いやぁ、しっかし影ちゃんももう高校生だなんて。時間の流れは早いねぇ」

 

「そうですかね?」

 

老人たちの聞きあきたような常套句に、苦笑いを滲ませた返答をする。

 

丁度暖かくなる季節。

桜が舞い、草木も活気を取り戻す時期だ。

行われているのは街の小さな集会場周りの草むしり。

この道数十年の老兵たちは手慣れた所作で草を抜いていく。それに倣うように、動くにつれて降りてくる長袖の袖を捲り、作業を続ける。

 

私服じゃなくて、学校のジャージでくるんだったなぁ。

 

「そうさねえ。ちょっと前まで小学生だったのに」

 

「おいおい山田さんよ。ワシらからすりゃあそんな事より、反抗期が未だに来てねえ事の方が不安だよ」

 

「あぁ。そうだとも。もちっと(とが)っとかんと、男として低く見られちまう。別に不良になれって訳でもねえが、善いことしか知らない人間なんて色気もなにもねえぞ?」

 

「こら武内さん。滅多なこと言うもんじゃねえ。影ちゃんならその気になりゃあいつでも女を引っ掛けられるさ。なんたってこんな甘い顔してんだから」

 

「ウメさん、それは贔屓目もいいとこじゃねえか?確かに悪くねえ顔だが、中の中の上ってのがいいとこじゃねえか?」

 

「まーまー。いいじゃねえか、反抗期がねえお陰で俺たちだって色々助かってんだ。草むしりからゲームの相手、武内さんだって『昔極めたマジックを腐らせたくねえ』ってんで手解きしてやってんだろ?あんた教えたがりだかんねぇ」

 

「うっせい!そういうあんたンとこだってな……」

 

じい様ばあ様たちが俺の事についてあーでもないこーでもないと、手より口を早く動かす。

いつものことながら、元気なことだ。

 

元気なのはいいんだが、あんまり俺の欠点ばっか並べ立てないで欲しいんですけど。泣くぞ。

 

 

 

その日のボランティアの手伝いはいつもより早く終わった。

 

草むしりを終え、集会場で何度かボードゲームで遊んだ。

山田さんにチェスでボロボロにされて、VS老人会との対決が五桁に入りつつある。

五桁。ほぼ全て、敗北の数字だ。

悔しさと涙を迸らせながらトボトボと家路に着いた。

 

「……オデノカラダハボドボドダ……。いや、正確に数えた訳じゃないけど。1日最低2回はやってるから絶対9000回は負けてんだよなぁ」 

 

「あーあ、いつになったらじじばばに勝てるんだか」と愚痴る俺の右手には、通常より少し大きなチェス盤。

 

山田さんに家での練習も捗るようにと、新しいチェス盤をこさえて貰ったのだ。

木製であるそれは遠目から見れば将棋盤のようでもあった。わざわざ手作りで仕立ててくれたらしい。チェスや将棋では容赦のないじいさんだが、こういう所は好感がもてる。世話好きなところにいつも助けられてばかりだ。

 

……まぁ、賭け金とか言って中学生(現高校生)の財布をブン取るようなじいさんだけど。

しかもそれを『お年玉』と言って、したり顔でプレゼントしてくる辺りはすげー腹立つけど。

 

 

「っおぅ!?……うおっとと……うおっ!」

 

今日の手駒の流れを反復しながら歩いていると、足元に落ちていた手鏡に視線が行った。

うっかり踏み潰しそうになるも、千鳥足でどうにか避ける。

 

「あ"っ、でぇ……」

 

が、バランスを崩して地面に尻を打ち付けてしまった。

チェス盤だけでも守ろうと手を地面に付かなかった結果、尾てい骨が「ぎゃああああ!!」と張り裂けんばかりの絶叫を上げる。

 

無事なチェス盤への安心と痛み、落ちてる手鏡に怒り少し。

尻を擦りながら立ち上がり、拾った手鏡を眺める。

裏面のデザインも凝りつつ、一切の汚れのない、どこか高そうな代物だった。

 

誰のだよとブツクサ溢しながら辺りを見渡すと、ふと100メートル程前を歩く長髪の女子が目に入った。

それも俺と同じ学校の制服である。

そこで気がついた。ははーん、さてはあの子の落とし物か。

 

「あのー!きみー!制服のきみー!」

 

手鏡を手に走って追いかける。

その少女が振り向いた瞬間、息が止まった気がした。

 

漆黒の艶やかな髪。腰に届きそうな程長いそれを風になびかせる。まるで日本人形を思わせる美しさ。

グラマラス。服の上からでも伺える肉感的で豊満な胸部と臀部。モデルのようにバランスのとれた頭身。

ピンクのぷっくりとした唇に筋の通った鼻、切れ長で整った大きな瞳は夕日のせいか紅く染まっているように幻視した。

 

有り体に言って。正直に言って。率直に言って。月並みなことを言って。

その少女は、美しかった。

どんな飾った言葉で褒め称えてもソレが邪魔になってしまうほどに。ある種の理想型とでもいうべきか。

 

「なんでしょう?」

 

首をかしげニコリと淡く微笑んだ彼女に、見惚れて口からトリップしかけた魂が戻ってくる。

 

「…………あ、あーうん。えっとこれ、君の落とし物かな?」

 

「わぁ!これ私の手鏡ですっ。拾ってくれたんですね、ありがとうございます!」

 

百合の花のように笑顔を咲かせた少女は、手を叩いて喜んでくれた。

 

ぐあぁあ!その笑顔は卑怯だ。

じいさんばあさん、盆栽ズたちに囲まれていた俺には次元が離れ過ぎているっ!

これは目に毒だああ!!劇物だああ!!

 

我ながら失礼な思考であった。

 

よし、早く帰ろう。

チキンと呼ばれようが構わない。早く心の安寧を取り戻したかった俺は、足早にその場を去ろうと来た道へ踏み出した。

 

悪!即!散!

 

いや別に悪じゃないけど。語呂がいいから。

そんな抜けたことを考えながらソロリと抜き足差し足を忍ばせた。が、腕を掴まれることであえなく逮捕されてしまう。

 

「待ってください。せめてお礼くらいさせて下さい」

 

振り向いたそこには圧倒的美少女。

あぁ~いい香り~↑と脳が溶ける前に、離れる算段を考える。

いや確かにお近づきにはなりたいが、別に同じ学校なんだろうし、ここで焦る必要もない。チキン上等だ。

 

「そ、そういう訳で、さいなら!」

 

「どういう訳ですか。まぁまぁいいじゃないですか。ジュースくらい奢らせて下さいよ」

 

「いやいや、そんな滅相もない。俺は帰るよ」

 

「いえいえ。お気になさらないで下さい」

 

「いやいやいや」

 

「いえいえいえ」

 

「いやいやいやいや」

 

「いえいえいえいえ」 

 

 

「………………」

 

 

「………………」

 

 

見つめ合う、僅かな間。

 

 

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」

「いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ」

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

やり取りの中で、死にかけた思考回路に浮かび上がったのはサンシャイン池崎だった。

終盤は「いえいえいえいえええええええ」って言ってた。ボランティアと山田さんにチェスでボコられた脳ミソは余程追い詰められているらしい。

 

「どうぞ、午後の紅茶です」

 

「意外と庶民的なんだな」

 

見た目がお嬢様っぽいというか、容姿が浮世離れしているせいで、どうもその午後ティーを右手に立つ姿はシュールだった。いや、こんだけ画になる美人だとCMに抜擢されれば売れそうではあるけど。

 

「お名前、教えて頂いても?」

 

ベンチの隣に腰掛ければ、フワリと薔薇のような香りが鼻腔をくすぐった。

 

「……あぁ、俺は朝土影逸」

 

蛇喰(じゃばみ) 夢子(ゆめこ)です。同じ学校の同年の生徒さんですよね。お会いするのは始めてですね。以後よろしくお願いします」

 

「蛇喰さんね。よろしく……なんでわかったんだ?」

 

学年が同じだって。

俺は今私服だ。

どこの学校どころか、学年まで特定するだなんて……。とそこまで考えて得心がいった。

 

 

あ、なるほど。靴か。

 

 

「その靴。我が校の運動用のシューズですよね。色合いも丁度私と同じ一年生。クラスは違うようですが学年が一緒ならより仲良く出来そうですね!」

 

観察力のある子だなぁと純粋にそう思った。

きっと見た目通り地頭のいい子なんだろう。

こんな美人な子が彼女だったら、さぞ世界は花に囲まれたように見えるんだろうなぁ。

付き合ってくれないかな……無理か。無理だな。高嶺の花もいいところだ。

 

「ところで、ずぅーっと気になっていたんですが……」

 

と、しなやかな指で俺の抱えていた木製のボードを指差した。

 

「それ、チェス盤ですよね。好きなんですか?」

 

どこかワクワクしたような、ウキウキしたような子供らしい声色で蛇喰さんは俺に詰め寄った。

前屈みになる姿。自然と胸に目線が行ってしまいドキリとさせられる。

 

だが、なんだろう。

 

 

「よければ、私と一戦ヤりませんか?」

 

 

…………なんか、寒気が。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「影ちゃん。もう山田さんに文句言うのはおやめよ。この人、昔の栄光掘り返しても喜ぶだけだから」

 

「だっはっはっは!人知れず影ちゃん最強計画大成功だな!」

 

行き場のない悲痛な感情と共に頭を抱えた俺は、溢れだす文句を叫び散らす。

 

山田さんが……。チェスの山田さんが……!

 

 

 

世界6連チャンピオンとか聞いてないんですけど!?」

 

俺の悲嘆の声など知らぬ存ぜぬとばかり、ガハハハとブイサインを掲げ高らかに笑っている。

何がビクトリーだよ……こっちからしたら笑い事じゃないんですけどねぇ。

 

「いいじゃねえか影ちゃん!影ちゃんは腕前はまだまだだが、多分他国にでも行かねえ限り負けはねえぞ!影ちゃん無双だ!大会でもなんでも優勝して小銭稼いでこいや!」

 

俺の抗議も空しく、山田さんは他の老人たちとのゲートボールに混じるため、サンダルを履いて意気揚々と外へ行ってしまった。

 

「いや違うの!……そうじゃないの!そうじゃ……あぁもうっ」

 

頭を抱えて畳の上でうちひしがれる俺に、ウメさんが朗かな声を出した。

 

「まぁまぁ影ちゃん。何を落ち込んでるのか分からないけど元気おだしよ」

 

「…………」

 

……ウメさん。

 

ウメさん。まさかとは。まさかとは思うけど。

いや、老人会以外の人とやったことないから分からないよ?だから断定する訳じゃない。

 

でもまさかとは思うんだけれども……。

 

花札、百人一首、トランプetc……。

ウメさんてカードゲーム。誰よりも得意……だったよね?

まさかってことは……ないよね?

 

 

バイブレーションもかくや。

謎の震えに全身を焦がして畳の上で人間紙相撲をしていると、ウメさんが四つん這いの背中を叩いた。

 

 

「おや影ちゃん。お迎えが来たみたいだよ」

 

「……えっ」

 

ギギギとブリキのように固まった体を動かして首を上げた。

その先。窓の向こう。先日刈ったばかりの芝の先に、日本人形のような美しい少女がいた。

こちらへ、手を振っている。

 

「さっすが影ちゃんねぇ。高校生成り立てであんな美人ながーるふれんど早速掴まえるだなんて。すみに置けないよ」

 

「…………」

 

立ち上がった俺は玄関で靴を手に取った。

窓の向こうからこちらへ歩いてくる少女を見て、黄昏たようにフッと笑う。

 

そして走った。

畳を蹴り、真反対の窓枠へ飛び乗って靴を履き、全力で集会場の裏手から走り出した。

 

縺れそうになる足を必死で動かし、手を大きく振って速度を上げる。

血の気の引く顔は、かいた汗と合わさって暑くもあり冷たくもあった。

 

恐怖。胸を支配するのは純然たる恐怖である。

 

走りに走って、帰路途中の公園へ駆け込む。

シェルターのような石材の遊具に潜り込み、切らした息を整える。

冷や汗は止まらない。だがそれでも、高まった動悸は徐々に静まる。

 

手が震えた。

こんなことになるなんて思ってなかったんだ。俺は甘く見ていた。

いや、甘く見ていたって仕方がない。初対面の女の子の本性なんて誰だって一瞬で見抜けるものではないのだから。

 

でも、だからって……あんなことを言うんじゃなかった。

 

 

 

 

 

 

『このご時世、あんまりボードゲームやる若者っていなくてさ。同世代の人がチェスの相手をしてくれるって初めてかも』

 

『そうなんですか?あ、せっかく勝負するのですから、何か賭けた方がモチベーションあがりますよね』

 

『賭け?んー。まぁいいけど。賭けねぇ』

 

『それじゃあ私からは、私が勝ったら他のゲームも付き合って下さい。一日2戦くらい』

 

『え、毎日?』

 

『毎日です』

 

『でも、毎日だと付き合ってるとか思われかねないんじゃない?学校同じなんだし。蛇喰さんに悪いよ』

 

『そうですか?私は事実無根な噂であればいくら流れようと気にしませんが』

 

『じゃ俺が勝ったら付き合ってみる?…………なんつって。まぁ俺あんまり人に勝ったことないけど。取り合えずお遊び程度にやってみようか』

 

『では、賭けは成立ということで』

 

『はいはい。それじゃ、一局よろしくお願いいたしますと』

 

 

 

 

 

 

 

冗談だったんだよ?

本気だった訳じゃない。当たり前だ。誰がゲームで負けただけでその日会ったばかりの男と付き合うだなんて考えるよ!?

チェス一局程度で大切な青春時代の彼氏彼女を決定しようだなんて思うよ!?

 

 

いや、それは500歩置いておいたとしても、あの子は異常だ。

付き合うとは言ったものの、そのレベルを優に越えてる!そんな青春真っ盛りキャッキャウフフな程度じゃない!

 

だって……!だって……!!

 

 

 

「ごきげんよう、影くん。今日はここでお話しするんですね。あれ?もしかしてシャンプー変えました?昨日とは香りが違いますねぇ」

 

 

ヒュッと息が止まった。

漆黒の艶やかな髪。

ハラリと俯く眼前に落ちてきたそれを辿れば、そこには色白に映える赤い瞳をギラつかせた少女がいた。

 

「それじゃあ私も相性のよさそうな柑橘系にします。互いの匂いが混ざりあってもっといい香りになると、何だか常に混じりあってるようで心地いいですもの。恋人足るもの、いつでも愛する人と共に仲睦まじく、お互いが目の届く所に……ね、ね。ね?影くん?」

 

目が合うと、ニコっと笑顔を見せる。

数日前、初めて合った時こそ百合の花にも見えたそれは、すっかり赤い彼岸花の様相を呈していた。

 

「……ヒェ!?」

 

肩に回された指使いが嫌に冷たく、蛇のように絡み付く。

彼女は、俺の髪にスッとした鼻を押し付け、深く息を吸いこんだ。

 

「……ンアァ。堪らないです。これ、これですっ。影くん、お慕いしていますよ」

 

恍惚の表情で俺の頭を抱える蛇喰に、俺はもはや恐怖のあまり失神寸前である。

もうちょっとメンタル弱かったら泡吹いてぶっ倒れていたかもしれない。

 

つーか、なんでここまで執着してくるのか理解不能だ。

理解不能だからこそ怖い。

あと距離の詰めかたが早すぎて怖い。さながら香車ばりである。いや、変則的で急に現れる辺り桂馬とも言えるかも。

……まるで将棋だな。

 

「じ、蛇喰、さん?その、もうすこーし離れてくれると助かるん──」

「夢子」

 

俺の言葉をぶった斬ったのは有無を言わせぬ迫力である。

喜色の一切が急に氷点下へさがった声で、彼女は唸るようにそう言った。

 

かすかな衣擦れの音と、耳元へ近づく息づかい。

はむっと耳たぶをくわえられ、自然と体がびくついた。

 

「……ゆ、め、こ」

 

再度、吐息の混じった声が耳を襲う。

 

「名前で呼んでくれないと、私どうなっちゃうのか。自分でもわかりません」

 

「ゆ、夢子!うん夢子だよね!わかってる!ち、ちょっとまだ気恥ずかしくてさ!」

 

そう矢継ぎ早に口を開いた。

噛まなかったのは奇跡と言ってもいい。正直ちょっとチビりそうである。

 

するとようやく離れた夢子は、両手を合わせて愛らしく微笑んだ。

 

「なぁんだ。そうだったんですね!もう、影くんはウブなんですね。そういう所も好きですよ」

 

こ、こええ。

 

「あ、でも。緊張している時、影くんの眼球が上から右上に一瞬泳ぐ癖があるので気を付けましょう。癖は常習化すると答えを開示しているようなものですから。それと、これは近づかないと分かりにくいですけど、柔軟剤のせいか胸元からの甘い汗の香りが一瞬強くなるのも特徴的ですね。これも気を付けないとダメですよ?」 

 

「は、はは。おっけー」

 

おっけー。

 

すでに頭の中はローラである。

おっけーろーらだよ。

 

洒落にならないのだ。この女、洒落にならないのだ。

そもそも緊張してるのも汗をかいてるのもお前のせいだ。そして発汗なんてどうやって操れというのだ。俺は特殊な訓練なんて受けてねえって。

等と言う気力もなく、左腕に豊満な感触を受けながら放心状態で石のシミを眺める。

 

左腕がヘブンだというのに、恐怖と緊張のせいで全く感覚がわからない。

なんだこれは。早く家に帰りたい。ホットミルク飲んで寝たい。  

 

 

「それじゃあ影くん。ゲームをしましょう。チェスを使って。ジャンケンチェスをやりましょう」

 

基本はただのチェスだ。

だがチェスで駒を取る際、ジャンケンでその駒の奪取、防衛を決める特殊ルール。

運と勢いに任せた、戦略を引っくり返しかねないギャンブルルール。

 

 

「私が賭けるのは、影くんです。勝ったら影くんの全てを貰います。影くんは何が欲しいですか?」

 

 

「…………カッ、カップル解消ッ……とか」

 

 

 

恐る恐るの提案に返ってきたのは笑い声であった。

三日月のように、赤い口を裂いて、蛇喰夢子は笑うのである。

まるで獲物を喰らおうとする蛇のように。

 

 

「あはぁあッ。イイ!最高です影くん!楽しみですねぇ沸き立ちますねぇ!いつか貴方が全力でギャンブルに身を()してくれる日が待ち遠しくてなりません!……いいでしょうヤりましょうッ!!私は(・・)全力でお相手させて頂きます!さぁ影くんも、全力で私に牙を突き立てて下さいませ!!存分に、私を賭け狂わせて下さいませ!!!」

 

 

 

迫り来る紅目の少女に、心底後悔した。

気安くギャンブルなんてするものじゃないなと。

 

 



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2話

さて、無事誕生日を迎えて17歳。現在高校2年生である。

 

あの怒濤の日々はあっという間に過ぎ去った。

ある日、偶然にも父親の転勤するという話が浮上した。好機とばかりに俺はその話に乗っかり、蛇喰夢子と別れた直後、逃げるように転校することとなった。

 

一度転勤が始まると、あちらこちら飛ばされる父に翻弄されながら、俺も場所を転々とした。

いつまでも転校をし続けるつもりはないし、いずれは高校も卒業する。ずっと父に付いて回る訳にもいかないし、いつかは地元に帰る事になるだろう。

 

うん。帰るよ。

 

 

………………いつかは。

 

具体的にはあの美少女に彼氏ができた頃に。

 

彼氏……できるよね?

 

中身はアレだけど、あんだけルックスがいいんだし……できるよね?

できて。お願い。じゃないと安心できない。安心してお家に帰れない。

 

そんなこんなで、2年生に成って暫く。

不定期に飛び移る父の仕事に付いていき、3つの転校を経て、俺はここへたどり着いた。

 

私立百花王学園。

日本有数の大富豪学園である。

富裕層の裕福でお金持ちでボンボンなお坊っちゃまお嬢様がお通いあそばされる、平民とは断絶された世界の教育機関に俺は叩き込まれることとなった。

 

なぜかって?

 

 

 

 

『あ、もしもし影の坊主か?その辺にデッカイ学園あるだろ?俺コネあるからよ、そこで別嬪でも捕まえて逆玉狙えよ。んじゃな!』

 

『え?え、ちょっと武内さん!?待って電話切らないで!それってどうい…………うわ、切りやがった』

 

 

 

ということである。

 

 

 

 

ということである

 

 

 

訳わかんねえよな。うん。訳わかんねえ。

 

いやさ。確かに武内さんは昔から手品教えてくれてて、その度に、金持ちの女に養って貰いたいだのなんだのとヒモ発言が目立つ人だったけど、まさかそれを俺に押し付けようとしてくるとは想定外だった。

 

確かにヒモは理想ではあるけど、流石に情けなさ過ぎてそんな状況に陥りたくない。

夢は夢のままでいいのだ。そんなのが叶ったら罪悪感で心が潰されそうだ。

 

武内さんも武内さんだが、そのまま押し付けられたコネを笑顔で受け取って手続きしちゃう親父も親父だ。

確かに有名校だけどさ。限度ってものがあるじゃん。俺が不祥事でも起こしたらどうするつもりなの?親父の首が物理的に飛ぶなんてことも有り得る世界よ?

なんでそんな衝動的なの。血は争えないってか。思い付きでなんでもやっちゃうから後々後悔するんだよなぁ!

 

しかも、それに飽きたらずこの学園。普通ではなかった。

てっきり金持ちと取り巻きがウフフアハハなんて優雅に午後じゃないティーを啜りながら貴族のような生活を送っているのかと思いきや……。

 

 

「あぁ!また外したっ!くそ、次は50万!50万賭ける!」

「はーいフルハウス。頑張って臓器でも売って借金返してねー」

「4出ろ!4!!出なかったらこのサイコロのメーカー潰す!!」

「へへへぇ、歩兵が5万王将が60万か。こりゃあ儲かるなぁ」

「ええっとお祖父様からまだ200万は借りれるから……。やる!私も参加する!」

「はーい張った張った!今なら当たれば400万!参加費50万ぽっちで当ててみないー!」

「くっそ!!お終いだああぁあぁあ!!」

「なによお金くらい。あんた身体でも売れば~?」

 

 

 

…………なにここ怖いんだけど。

 

 

拝啓 母上

 

ここは戦場です。

そこかしこで事あるごとに賭場が乱立しています。

僕は日々机にすがり付いて興味のない振りを続ける毎日です。

何故ならば、ちょっと足元を滑らせれば借金にプレスされるからです。請求書でぶん殴られる未来に戦々恐々としながら過ごす日常は刺激的ですが、僕は遠慮したいです。帰りたいです。普通の高校に帰りたいです。

何が悲しくて青春の一時をこんな人間の悪意蔓延(はびこ)学舎(まなびや)で過ごさなくてはならないのでしょう?

え?ていうかここ学舎だよね?日に日に人としての人権を失った若者が続出してるんですけど。ラスベガスのディーラーも真っ青で逃げ出すような世界なんですけど。なんだよ賭け金が万単位って。ゼロ二個多いよ。

話によれば、この国の未来を担うものたちには勝負強さや駆け引き、なにより運が必要だからギャンブルを推奨してるとのことですが、正直正気を疑います。国の行く末をギャンブラーに委ねんなやボケと学園長を張り倒してやりたいです。ついでにこんな事を了承した国のトップも鼻フックしてやりたいです。

朝土の系譜が一族郎党末梢されそうだからしないけどさ。

と言うかギャンブルって出来るの18歳からだよね?モノによっては20歳からだよね?なんで皆堂々と賭博してんの。なんで堂々とチップジャラジャラさせて高笑いしてるの。日本国を支える人間育ててるんじゃなかったっけ?無法地帯も良いところだよ。法律を千切っては投げ千切っては投げなんですけど。

 

俺、老人会での100円ババ抜きが恋しいです。饅頭争奪戦の百人一首をまたやりたいです。

お家に、帰りたいです。

 

まだまだ死にたくないので死にもの狂いで頑張ります。母さんも健勝で。

 

 

ps.機会があったら親父を一発殴っといて下さい。グーで。

 

 

書き殴るようにしたためた手紙を雑に折り畳んで自分の鞄に忍ばせる。

 

別世界の様、静まりきった教室にはペンの音だけが駆け回る。

どれだけ世紀末染みた学園であろうと、エリート校はエリート校。授業を受ける生徒たちの姿はとても勤勉的で、今まで見てきた高校と違いスマホをいじるような輩は誰一人いない。

誰もが真剣な表情で勉学に励んでいた。

まぁ、若干一名、止めどなく沸いて出る不平不満という名のパッションを紙に綴っている男子生徒がいたんですけどね。

 

しかし知れば知るほど奇天烈な学園だ。

勉学のレベルもそこそこ高く、授業に臨む態度も積極的で模範と言える生徒ばかりなのに、昼休み放課後になった途端豹変する者が多い。もはや二重人格だよ。サザンのサラリーマンのPVかって話。

 

 

 

だが、こんな地獄にも一縷の光はあったのだ。

 

 

「数学ってやっぱり難しいよね。もう何を求めたいんだかサッパリだよ」

 

授業が終わり昼休みになると、持参した弁当箱を片手に俺の元へ寄ってきた。

 

気弱そうな目元と物腰の柔らかいへにゃっとした雰囲気。染めてもいない髪と朴訥な容姿。

そして何より……。

 

 

「いやぁ。僕は皆みたいに賭け事は得意じゃないから、なんか肩身が狭くて」

 

 

常識人!!

常識人なのである!!

 

この廃退しきった欲望渦巻く学園において、唯一無二のオアシス。

それがこの男。鈴井涼太。

 

「あ、この前借りた500円返すな。さんきゅ」

 

「うん。どういたしまして」

 

このやり取りである。

 

これが他の生徒だったとしよう。

想定されるやり取りはこうだ。

 

 

『あ、この前借りた500円返すな』

 

『うん。利子はこんくらいだから返金は20万ね。現金あればここで受けとるけど?それとも振り込む?ギャンブルで帳消しでも狙ってみる?負けたらもっと悲惨な額になるかもだけど。大丈夫、腎臓片方売るくらいで済むから』

 

 

これくらいは差がある。

どれだけ価値観がズレてるのかお分かりだろう。

もはや異世界じゃ。この机の外は異世界じゃ。俺はこの平穏な世界に引きこもるぞ。こちとら競馬競艇どころか、パチンコすらしたことのないピュア男子だぞ。

俺が許容するのは数百円単位の奢りコイントスくらいだ。

庶民なめんな!!

 

「ちょっとポチー。パン買ってきてよ。」

 

「はっ、はい!!」

 

しかし庶民を置き去りに世界は回る。

多額の借金を背負い、金に首が回らなくなった生徒たちは『家畜』として扱われるという、奴隷制度のようなものまで横行していた。

頭のネジが外れてるどころか、ネジ閉めすぎてパッカーン割れちゃったんじゃないのというレベルだ。助けてガンジー。

 

『家畜』。

男なら『ポチ』。女なら『ミケ』という称号を与えられ、一般生徒より下の序列扱いとなる。古式ゆかしい階級制度。苛めを正当化できる校則だ。

なんでも、桃喰さんが生徒会長として発足してから出来た制度らしい。

 

……下世話な話。女の子を家畜扱いという構図には少し興奮した。鈴井くんにそんな猥談を振ったら引かれた。その場は冗句だと乗りきったが。

猥談にも乗らないなんて、流石鈴井。こいつはもしかしたら聖人なのかも知れない。

 

閑話休題。

 

ぶっ飛び過ぎというか。世界がかけ離れすぎて俺には理解の及ばない領域だ。

制度や金銭感覚や規模や常識。もろもろのギャップがデカ過ぎる。

 

「なんというか。俺は鈴井が常識人で助かったよ、お前のお陰でアブれない。二人一組とか言われても百人力だ」

 

「あはは。百人じゃなくて僕一人だけどね。でも助けられたのは僕の方だよ。僕の借金を取り返してくれたのは影逸だったしね」

 

「取り返したって言っても、丁度お前が三年生に吹っ掛けられてたゲームにちょっかい出しただけなんだけどな」

 

「あの恩は忘れないよ。お陰で僕はポチにならなくて済んだんだし。改めて。ありがとう影逸」

 

温和な笑みを浮かべて頭を下げる鈴井に、なんだか複雑な心境になる。

あの時俺が口を出さなければ、俺は今ごろ三年生に目を付けられることはなかった。しつこく勧誘されることもなかったろうし、勧誘されない妬みを抱えた生徒たちに絡まれることもなかった。

平穏な学生生活を送れていたはずだ。

 

いやまぁ。後悔なんてしてないけどさ。

だからこそ複雑だ。

 

「でも」と鈴井は頬張った食べ物をキチンと咀嚼し呑み込んでから、思い付いたように口を開いた。

 

「影逸はなんでギャンブル強いのに誰とも勝負しないの?」

 

「ふぉぁ?誰が強いって?」

 

「話すのは呑み込んでから」

 

育ちのいいやつめ。

 

ゴクリと口の中の唐揚げを胃に落とし、俺は勘違いを正す。

 

「あのな、俺が出来るのは精々盤上ゲームだけだ。大体、ギャンブルなんて運次第なモンに強いも弱いもねーだろ。俺の運気なんてその日の星座占い次第だよ」

 

「そっか。影逸が言うならそうなのかもね」

 

「おいこら鈴井。なんだその理解してますよアピール。違うからな!俺は本当に普通の庶民だかんな!ギャンブルなんて不得手も不得手の一般ピーポーだからな!」

 

「はいはい。わかってるよ。影逸は生徒会長に絡まれたくないんだもんね。影逸は普通。影逸はギャンブルが大の苦手。わかってるわかってる」

 

「お、おまぇ。…………あぁもうそれでいいや」

 

鈴井涼太は勘違いをしている。

俺がギャンブルで強いという勘違いを。

なぜそうなったのかは自分でもわかっている。

 

覚えがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『蛇と梯子』」

 

 

 

放課後の校舎。

ほぼほぼ生徒たちの帰宅した教室で、鈴井が頭を抱えていた。

 

撫で付けた茶髪に耳にはいくつものピアス。後から聞いた話だが、生徒会候補として名を連ねていた生徒らしい。

そんなガラの悪い三年生は機嫌悪そうに俺を睨み付けると、唾を吐くように言う。

 

「どこの誰だか知らねえが、てめぇが余計なチャチャ入れなきゃ俺が100万手にいれて終わってたんだよ。あんま調子こいてんじゃねえぞ2年坊主」

 

「あーいや。でも流石にイカサマは見逃せないっていうか。こいつ俺のクラスメイトなんで、勘弁してやってくれませんか?」

 

「っせえ!勘弁?するわけねえだろ。イカサマだろうが何だろうが、そいつはもう200万の負債があんだ。お金は返すモンだろ?それともてめーはパパとママに借りた金は返さなくて良いって教わったのか?あ?」

 

「えっと……つまりイカサマは容認して然るべきと?」

 

「当たり前だろ。バレなきゃイカサマとは言わねえんだからよ」

 

舌を出して馬鹿丸出しで笑う上級生を見ながら、俺は遠くなった目で呆れていた。

 

なんこれ。ルールもクソもあらへんがな。日本の未来は明るいなぁ。

 

つい方言になるほど呆れていた。

どうしよう。数十年後には日本終わってるかもしれない。いつか本当に地下に労働地区とかペリカとか作られるかもしれない。

 

「だからよぉ、ギャンブルで決めようぜ」

 

三年生の先輩は鞄からくるめた布を取りだし、並べた机に広げた。

そこには10×10のマスが描かれている。

 

「『蛇と梯子』か。これまたマイナーな」

 

「え、朝土くん。このゲーム知ってるの?」

 

「クラスメイトなんだ、影逸でいいぞ」

 

「じゃあ僕も涼太って呼んでよ」

 

「わかった。よろしくな鈴井」

 

「あれ?り、涼太って……」

 

「いや、お前は鈴井って感じだ」

 

「……なんで僕、名前否定されてるんだろう」

 

 

さて。蛇と梯子。

これは中々聞かないマイナーなボードゲームだが、ルールは簡単だ。わかりやすく言えば『すごろく』である。

 

まず10×10のマスを使う。

左下から1。右へ1~10とマスの中にかかれた数字へ駒を進める。そこから上段で折り返して牛耕式(ジグザグ)に進んでいく。

10×10ならば左上がゴール。そこに数ぴったりでゴールすることで一抜け。

だがこのゲームには名前の通り、『蛇』と『梯子』が存在する。

盤上に不規則に梯子と蛇が配置される。斜めだったり横だったり、縦や横マスを蛇と梯子が跨ぐ。

サイコロを振り、梯子に当たった場合。例えば梯子の両端が3と12に在ったとすると、3から12へ跳ぶことが出来る。梯子は小さな数字から大きな数字へ跳ぶラッキー枠。

蛇は逆。当たれば大きな数字から小さな数字へ戻される。

つまり、二種類のジャンプ枠があるすごろく。それが蛇と梯子。

ちなみに、サイコロで6が出ると連投出来るルールもある。だが6を三回連続で出すと振り出しに戻され、他のプレイヤーが6を出すまで動けなくなる。

 

「せっかくだ。今回は手を加えようぜ坊主共。振り出しルールは6じゃなく4以上からだ。4以上を三回出したら振り出し。誰かが4以上を出すまでスタート地点で強制停止。イカサマされちゃ堪らないもんなぁ」

 

何やら含みを持たせた笑みを見せる先輩に、反射的にため息が溢れた。

イカサマする気満々じゃないか。

 

「……まぁいいけどさ」

 

「アン?」

 

 

選択を誤ったな。

ボードゲームでのイカサマ?大いに結構。

こちとらボードゲームでのイカサマなんて調べ尽くしてるしやり尽くしてるんだわ。

それでもじじばば連中にはボロクソに負けてるんだ。やれるものならやってみろ。

 

そして願わくば。

五桁にも及ぶ俺の戦略と手品(イカサマ)の全てを。

じじばばを越える手腕をみせてくれ。

 

 



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3話

みなさんの感想評価、お気に入りに背中を押されての投稿。非公開にするか悩んでた中、意外と好評で驚きました!ありがとうございます!
ギャンブルシーンは、何となく「頑張ってるんだなー」くらいの目で見てくれると分かりやすくなる仕様になってます(読者任せ)


「うわ、ウソでしょ」

 

投げられたままの6を示すサイコロに、呆れたような吃驚(びっくり)したような、どちらとも取れる声を上げた。

この空間の刺々しい雰囲気を壊す影逸の声に、眉間に大量のシワを作った先輩は腹立たしげな舌打ちを溢す。

 

「んだイキナリ。いいからてめーの番だ、とっとと投げろ負け犬」

 

現在、僕を助けようとギャンブルに乗り出したクラスメイト、朝土影逸は開始早々ピンチに陥っていた。

これが三度目。すでに賽の目が二回連続で5を記録した所だ。

ルール通りならば、あと一手で5の目が出てしまうと振り出しに戻され影逸の駒が拘束されることとなる。

しかしサイコロはあくまで1/6。一回目が偶然5だったから、二度目が5だったのは確率として1/6。三度目が5になる確率はあくまで1/36。36回振ってようやく出るような数字だ。

……大丈夫、まだ大丈夫。……だよね。

 

心配する僕が恐る恐る影逸の顔を覗けば、彼は僕とは裏腹に鼻白んだような顔をしていた。一気にテンションが下がったような……。せっかく動物園に行ったのにロバとラバしか居なかった時みたいな。

 

「……先輩さぁ。イカサマはいいんだけど、もうちょっとなかったの?」

 

「ちちちょっと影逸!?」

 

いきなり煽るような口調でため息と共にそんな事を言い始めた影逸に、後ろでヒヤヒヤしながら見ていた僕は思わず乗り出した。

 

「はぁあ?イカサマだぁ?これのどこがイカサマだってんだよ!てめえたった二回同じ数が出ただけでピーピー文句垂れてんじゃねえぞカスッ!!」

 

「えー……。あ、うんまぁ。いいんだけどさ」

 

「敬語も使えねえのかてめえッ!!あんま舐めてるとマジ潰すぞおい……」

 

「……はあ、すんません」

 

鬼気迫る様子の先輩に相変わらず白い眼を向ける影逸は、諦めたように先輩の投げたサイコロを手に取った。

イカサマがないよう公平にということで、サイコロは互いに同じひとつの物を使い回すことになっている。

 

「早く振れよぉ~!あ、これでもしぃ?5が出たらお前ほぼ確実に終わりだな。ハハッ、俺が5を出すまで待機でちゅよ~。ほらぁ!早く振れよ!!」

 

まるで影逸が5を出すことを前提に言っているような口ぶりだった。

……まさか、本当にイカサマなのか?何らかのイカサマをして影逸に5しか出せないようにしているのか?

だとしたらマズイ。ここで影逸が敗北してしまえば、借金は全て彼の元へ行ってしまう。僕の分も含めた全てだ。

先輩の匙加減でこのクラスメイトの人生が終わりかねない!それはダメだ!

やっぱりやめさせよう。こんな勝負は無効だ!

 

勝負を止めさせようと影逸の肩に手を伸ばしたその時、影逸が手を上げることで僕の制止を止めた。

 

「鈴井、借りは返せよ。帰り道でコンポタ一本な」

 

「え?」

 

「うまい棒、なっとう味も」

 

「……え?」

 

真っ白になった頭をおいてけぼりに影逸はポイッと丸めた紙でも転がすように、何の気負いも緊張感もなく、サイコロを机に落とした。

 

「……あらま」

 

 

出た賽の目は……

 

 

 

 

──5

 

 

 

「アハハハッ!!馬鹿が!!いやあーーっ、ツいてないなお前!まさかこんな大勝負で本当に5を出しちまうだなんてな!いやあ可哀想だぜアハハハ!!はーい振り出しに戻れ~!」

 

強制的に振り出しに戻された影逸の駒は、この時点から先輩が5を出すまで行動不能となった。

 

「かっ、影逸!……ど、どうしようっ。ええと、僕はどうすれば!影逸!変わってくれ!元はと言えばこれは僕が吹っ掛けられたゲームなんだ!だから」

 

「おいおい黙ってろ外野あ!!もう借金はてめえのモンじゃねえんだからよ。ギャラリーは大人しく敗北者の無様な姿でも見てブルってろ」

 

影逸は右手で頭をポリポリとかいて、うーんと少し面倒臭そうにサイコロを先輩へと手渡した。

 

「先輩、悦に浸るのはいいですけど今だいぶ酷い顔してますよ。鈴井もステイ」

 

先輩は隠しきれない笑みに破顔すると、手に持ったサイコロを弄び、勝ちを確信した声色でサイコロを投げた。

 

「なんだよもう諦めたのか?いいぜ、諦めは肝心だ!ほらよ、これで俺の勝ちだなぁ?残念だったなぁ、俺は絶対5なんて出ねえんだよ!ホラ盤上を見てみろ!俺が出した数字は5だ!!てめえはもう負けて………………ん?5?」

 

 

 

──5

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

あまりにも突然の展開に、僕の間の抜けた声が静寂の中でいやに大きく響いた。

 

 

 

「──5、だと……ッ!!?」

 

先輩は食いつくように机へ両手で詰め寄った。

 

ボードの上には、確かに5の目が上となったサイコロがぽつりと置かれていた。まぎれもなく、たった今この三年生がふったサイコロだ。

果たして4回連続で5を出すこと等可能なのか。数学的には1/6の4乗。(1/6)^4=で、えーと…………1296!?

まさか1296の分岐する確率の中でこんな数字を叩き出せるものなのか!?

……そんな訳がない。偶然にしたって不自然過ぎる。ということは……まさかイカサマ?

で、でもどうやって!それにどっちが仕組んだんだ。

仕掛けたのは先輩?けどそれじゃあなんで今5を出したんだ。今影逸をスタート地点から動かす理由なんてないはずだし、この動揺は明らかに想定外な事態ゆえだろう。

 

 

……ということは、影逸が仕掛け返したのか?

 

 

「なんつーか。先輩、子供っぽいイタズラするんスね」

 

「あ"?」

 

「いやえっと、機嫌を損ねたんなら謝ります」

 

爆発寸前の三年生を前にさしもの影逸もマズイと察したのか、明るげに両手で軽く柏手を打った。

 

「まぁまぁ。そうですよね、すいません舐めた口きいて。とりあえず再開しましょう。俺ですよね次」

 

人でも殺せるんじゃないかという鋭い目付きで影逸を()め付ける三年生は、ヒヤリと汗を垂らして小さく喉を鳴らした。

 

「……待てこら。どういうことだ!!なんで俺が5を出すことになってやがんだよ!!」

 

「え、え……?あ、ははは。何を言ってるんですか先輩!サイコロ振ったの先輩じゃないですか。もう冗句が上手いんだから。その言い方じゃあ先輩がイカサマ(・・・・)してるみたいじゃないですか」

 

「……ッ!」

 

イカサマ、していないのか?

 

先輩は苛立たしげに短く息を吐く。ピアスのひとつをいじり、ポケットから取り出したガムをひとつ口の中へ放った。そして考える仕草を見せながらも、サイコロを渡す為、影逸の目の前へ転がした。

 

「…………ん、んー?」

 

途端、何かに動揺している様子を見せる影逸は、唸るように考えこみながらサイコロの置かれた盤上を睨むように見つめた。

 

……も、もしかして何かまずいことになっているのか?僕が気が付いてないだけで、とんでもない事態になっているんじゃ……。

 

しばしの逡巡の後、影逸は置かれたサイコロを手に取り、軽く投げた。

 

「4っスね」

 

「また半数を越えた数字だ」

 

これだけならまだ1/2だ。ここで不正を疑うのはまだ早い。

 

「あ、蛇に当たりましたね。2戻りか」

 

「次は俺だ。寄越せっ」

 

手渡されたサイコロが、躊躇いなく、まるで突き返すように投げられる。

先輩の投げたサイコロは5を上に止まる。

 

「5!?5だと!?なんで……ッ。俺がいま仕組んだのはろっ……てめえ何をしやがった!?」

 

「…………え?あ、いや。何もしてないですよ嫌だな」

 

「ッチクソが。……精々スかしてろ。てめえのイカサマを暴いて反則負けにしてやる。借金は全部てめーのモンだ」

 

と、先輩は目を光らせながらガムを包み紙へ吐き出し、ポケットへ突っ込んだ。

あの見た目でポイ捨てはしないらしい……。

 

なんて分かりやすい……いや、ブラフか?にしては露骨だし。なんだこの人?」

 

影逸のボソボソとした声は先輩には聞こえなかったらしい。

かくいう、聞こえていた僕にも状況は未だ理解できてないけど。しかしこれで、先輩も2連続の5だ。あと一度5を出してしまえばここまでの道のりが水泡に帰すことになる。

 

「チッ…………いや、いいさ。ほら俺は梯子だ!ははっ、運がいいな。俺はもう三段目だぞ!どうだ!てめえはこのまま一段目でウロチョロしてろ!」

 

先輩は自分の駒をテンポよく坦々と進めていく。

しかし影逸も臆することなく、渡されたサイコロを左手から右手に持ち替えて放るように投げた。

 

「あ、はい。じゃ投げますね。……数は……4と」

 

また4!?

いやいやいや!で、でも大丈夫だ。これで次も4が出てしまうだなんてことある筈がない。それこそイカサマでもしていない限り。

 

「ハハァッ!てめえわかってるよな!次4を出しちまえばまた振り出しだ!」

 

そう言って投げられた先輩の賽の目は6を刻んでいた。

 

「ハッハー!また梯子だ!これで4段目の最終付近だぜ!てめえの番だ!とっとと4を出して振り出しに戻れゴミが!!」

 

「あの、それイカサマ宣言じゃないっスか?」

 

「ハァ?俺がイカサマしてるって証拠はあるんでぃすかー?」

 

うわぁ。なんという煽り顔。

シワを顔の中心で掻き分けたようなニチャアっとした粘ついた笑み。三年生ともあろう人が、苛立たしいを通り越して引くレベルのソレを見せる。もはや芸の域まで達したそれを用いて、全力で影逸を煽っていた。

 

「し、証拠はないです。すいません」

 

案の定、その顔にドン引きしている様子の影逸は机から椅子ごと後ずさり、露骨に「うわぁ」という表情をしていた。

 

しかしいつまでも距離をとっていてはゲームが出来たものではない。

影逸は、満を持してサイコロを投げた。

 

ここでもし4を出してしまえば、影逸は振り出し。また先輩が4を出してくれるまで動けなくなる。それだけは……頼むっ!

僕に出来ることは祈るだけ。影逸の勝利に、賭けることだけ!

 

 

目は……ッ!

 

 

 

 

──6

 

 

 

「ハァアアアア!?6だとぉおおお!?フザケテんじゃねえぞくそがああああ!!テメエッ!!イカサマしてやがんな!!てめえは4を出すって決まってたろうがよおおおおお!!?」

 

「理不尽過ぎません!?え、これすごろくですよね、運勝負ですよね!?」

 

「黙れ糞が!!汚ねえマネしやがって!!何しやがったこのクサレ○○○!!ブチ殺すぞオイ!!」

 

椅子を蹴り飛ばすように立ち上がった三年生は影逸の胸ぐらを掴むと、唾を飛ばして汚い言葉で恐喝じみた行為に及んだ。

 

「ええ!?……いっ、いやいやいや!!な、なんで!?なんで俺が怒られるんスか!!」

 

「てめえがイカサマしてるからだろうが!!舐めやがってこのクソガキがぁ!!」

 

「なんスかそれ!先輩だってイカサマしてたじゃないですか!ていうかもう殆どイカサマ勝負になってたじゃないっすか!」

 

「ハァ!?してませんけどぉ!?俺はイカサマなんて、いっっっっちミリたりともしてませんけどぉお!?おいこらクソガキィ、言い掛かりはやめてくれませんかねぇ!?」

 

「ええい、離せ!離せええい!暴力反対!」

 

「先輩!落ち着いて下さい!影逸も!」

 

「るせえスッこんでろ!ゴミはシャシャリ出てくんじゃねえ!!」

 

「うっ、うわっ。唾を飛ばすな汚いなもう!つーかいつまで胸ぐら掴んでるんスか伸びちゃうでしょ!!あ、もう許さねえ、こんのっ……何が先輩だボケエ!!だいたいルールも守れない奴が生徒会に入って何を守るんでぃすかー!?」

 

口喧嘩が始まった。

 

「守るだあ!?訳わかんねえこと言ってんじゃねえぞタコが!生徒会はこの学園の権力トップ集団なんだよ!入ればやりたい放題だ!ルール?ハッ!ルールを守るのは三下の仕事だろぉがよお!!」

 

「じゃアンタも俺らと一緒に三下やろうぜなぁ先輩ィ!!お似合いですよぉおお!!」

 

「るせええええッ!!三下は三下でやってろ!俺様を巻き込んでんじゃねえ!ルールを守る三下を上手いこと使ってやるのが俺様たち天上の人間の使命なんだよ!!」

 

「はああっ?自分が上等な人間だとでも思ってるんですかあ?ハハハこれはオメデタイですなぁ!んならもうちっとイカサマ上達して完璧にバレないようになってから言ってくれませんんん!?あんたのポンコツ手品(パーム)分かりやす過ぎてリアクションに困るし、サイコロの中身が片寄ってんのも露骨過ぎなんだよ!もっと上手くやれよ下手くそかこの顔芸検定準一級取得者!!」

 

「はいお前ぶちころーーすっ!!」

 

「あちょっと!?先輩、暴力はダメですって、影逸も落ち着いて!手はダメ!手は出しちゃダメっ!あーーっもう!!とにかく一旦二人とも離れてっ。はーなぁあれーーてーーーっ!!」

 

掴みかかる先輩に、抵抗していたが徐々に苛立ちを見せてやり返そうとする影逸。そしてそれに割って入るようにどうにか止めようとする僕。

すごろくだった筈が、すっかり揉み合いのやり取りに変わってしまった。

 

だが三つ巴の下らないやり取りはそう長くは続かなかった。

 

 

 

「そこまでにしなさい」

 

 

 

張った訳でもないのに、空間を裂くように鳴った凛とした声が聞こえた。

自然と黙り込む三人の視線は教室の入り口へ。そこには、日本人離れした容姿でシルバーブロンドをふたつに編み、左右で輪にしている特徴的な少女がいた。

水色のリップに涼しげな目許。黒いストッキングを履いたすらりとした足を晒し、有無を言わせない眼光を放つ美しさと涼やかさと鋭さを兼ね備える少女。

彼女を一目見て浮かぶものといえば『氷』だろうか。眼の前に立つだけでもその存在感は圧倒的だった。

 

 

彼女こそが、百花王学園、現生徒会長。

この学園で、カーストの階級を空気や雰囲気でなく制度として(・・・・・)実現させた紛れもない女傑。

桃喰(ももばみ)家の総資産は国家を揺るがす額であり、国どころか世界的にも上から数えた方が早い名家の当主。紛れもない稀代の傑物。そしてこの学園を管理し牛耳(じゅうじ)る支配者。それがこの人、(もも)(ばみ)()()()

 

冷たい瞳に、どこか燃えるような光を灯して。まるでご馳走を見つけた肉食獣のようにギラギラとした視線を僕の友人へ送っている。

「DARE?」と首を傾げる影逸に、生徒会長桃喰綺羅莉はあからさまな舌舐めずりをした。色気の溢れるその姿だが……どうしてかその美貌と眼光に恐怖が先行する。

 

いち早く呆然とした空気から復帰した先輩は、あからさまな下心に顔を弛緩させながら会長へと無遠慮に近付いた。

 

「……お、おいおい綺羅莉ちゃんよお!どーしたんだこんな所まで。あ、もしかしてようやく俺とデートしてくれる気に──」

 

「うるさい。引っ込んでなさい羽虫」

 

「は、はむし……?」

 

が、物の見事に冷えきった歯牙にもかけない言葉でバッサリと罵倒され、歩き出した勢いのまま床に崩れ落ちた。

 

……か、可哀想に。

 

なんとも言えない同情も浮き上がるが、この人に同情すべきなのか、僕にはちょっとよく分からない。

 

桃喰綺羅莉は、まるで蛇のように。

すらりとした陶器のような手で、しなやかな指先で、影逸の顎をクイッと持ち上げた。あまりのセクシーな挙動に見ているだけのこちらまでドキリとさせられる。

が、しかし影逸は違う捉え方をしたらしい。女性でもドキドキしてしまいそうな美貌を前に、顔を真っ青にしながら「既視感ありゅー……」と呟いていた。なんの話だろう?

 

「貴方たちのギャンブル、見せてもらったわ」

 

「は、はぁ……」

 

「私、分からなかったの。貴方がどんな手を使って賽の目を操ったのか」

 

操った……?

 

やはり影逸もイカサマをやっていたのか。

先輩の口振りからするに、あちらの不正は確かだろう。それに対抗するにはそれこそイカサマで返す他ない。

 

「ねぇ……?教えてくれないかしら」

 

「あの、ち、ちょっと?……近いんですけど。近いんですけどっ!?」

 

会長は後ずさる影逸を追うように迫る。

背後は教室の窓。後退が出来なくなった影逸の逃げ場を奪うように、ドンッと顔の両隣に両手を付いた。まさか本当に見る日が来るとは思わなかった。伝説の壁ドンである。

顔はすぐ近くまで近づき、あと数ミリでキスしてしまいそうな距離感だ。

 

「あ、あの!ここ学校っ」

 

ひゃああ。

あまりに刺激的な絵面で、反射的に僕は間抜けな声を上げ、両手で顔を覆った。

しかし彼女らの耳には届かない。

 

「ねぇ? お し え て」

 

「む、無理ですって!この学園で生きる生命線なんですよ、バラしたら今回みたいな事態に何も出来なくなるんですよ!つーかあなた誰ですか!?」

 

「あら、誰でもいいじゃない」

 

指の隙間から覗くそこでは、会長が影逸の脚の間に膝を挟み込み、身長差から見上げる形で体をくっ付け、影逸の唇を指先でフニフニとつついて妖しく微笑んでいた。

は、鼻血が出そうだよ影逸。

 

「け、警察呼ぶぞ!俺は女だからってセクハラを許すほどフェミニストじゃないんだ俺は!!俺は!!」

 

「まあ、怖いわね」

 

「こっちの台詞!」

 

「いくら出せば教えてくれる?即金なら5000万あるわ。足りなければ小切手で好きな額を提示してちょうだい。数十兆を上回らなければ数日で払えるから」

 

「国家予算か!!」

 

「いいから教えて頂戴」

 

「ぬがああ離せええ!!助けて鈴井いい!!襲われてるー!!俺の春がっ、春が散るー!!」

 

「か、会長。そこまでに」

 

首を大きく振ってイヤイヤイヤダアアと絶叫する影逸を見ていられなくなった僕は、どうにか助け船を出そうとする。

 

……が、

 

「てめえ2年坊!なんで俺じゃなくてお前が綺羅莉ちゃんに迫られてんだよ!!そこは俺のポジションだおいこら!!代われゴミカス!!」

 

「うるさいわね。海外へ飛ばそうかしら」

 

「離してええええ!!」

 

と、混沌としてきた教室に、またもや乱入者が現れた。

それは黒髪をサイドテールにした女子。常に無表情で会長の横に付き添っている……確か生徒会書記をやっていた人だ。

 

「あぁ、ここですか。ようやく見つけましたよ会ちょ……っ!!?な、何してるんですかッ!この(けだもの)め!!その方から離れなさい!!」

 

「あら清華。見つかってしまったようね」

 

「綺羅莉ちゃん!俺にも迫ってくれ!いつでもウェルカムだからよ!!」

 

「離してよおおお!!無理矢理はイヤあああ!!」

 

 

 

……カオスだ。

 

 

 

これが、朝土影逸が僕を家畜の座から引き上げてくれた日。

そして、朝土影逸が目を付けられた日だった。

 

 

百喰綺羅莉(生徒会)に。

 




会長「邪魔したわ、これで許して頂戴」現ナマポーン
影逸(._. )……イチジュウヒャク
鈴井「や、やったね負債チャラだよ(震え声)」
影逸(._. )……センマンetc
影逸(._. )ゴセ……エ?……ン?ゴセンマン???

影逸(  ゜Д゜)

影逸(  Д )_。_。
※この後、受け取らず普通に勝ちました。


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4話

前回の投稿した段階で『お気に入り』71だったのが気づいたら3000越えになっていた。これがポルナレフ現象というやつか……。
ウボァーーー!!息抜きのはずがががが。安易に下手なもの出せないなこれ。

虎を画きて狗に類す(恥かく人)。それが作者なんです。ゆるーく読んでやって下さい。

いざ、投下



神を呪わずにいられなかった。

 

世の中には運命論なるものが存在するという。

運命論、もしくは宿命論。

全ての物事、事象はあるべくしてあり、成るべくして成るという説。

世界の有りとあらゆる出来事には《結末》が(あらかじ)め定められており、努力を重ねたところで抗えるものではない……みたいな、元も子もないそんな考え方だ。

 

 

 

その日、運命という名の悪夢の始まりは、爽やかな朝の一幕からだった。

それはクラスメイト、鈴井涼太の口から告げられた。

 

「明日、転入生が来るらしいけど。どんな人だろうね」

 

朝日が優しく俺たちへ降り注ぐ中、意気揚々と登校している最中のことだ。その日は、いつものように盛り上がりに欠ける出だしとは少し違った。

転入生……それはなんだか……違和感というか、嫌な予感を覚えるワードだ。

 

「……へぇ、転入生ね。こんな学園にねぇー。物好きもいるもんだ」

 

「へぇ、って……聞いてなかったの?先生が先週から言ってたじゃないか。ダメだよちゃんと話は聞かないと」

 

鈴井は少し咎めるような口調で言った。

おまえは俺のオカンか。鈴井は保護者力あり過ぎなんだよ。このオアシスめ。

 

「いやだって、ホームルームとは言え顔上げてると誰かと目が合いそうだし。それで勝負吹っ掛けられるなんてゴメンだから」

 

「ポケモントレーナーじゃないんだから目線が合っただけで勝負にはならないよ」

 

あ、ポケモンは知ってるんだ。意外。

あ!やせいの すずいが とびだしてきた ▼

 

「だとしても、俺は万が一に備えて下を向いて本を読むね。絡まれるのを避けられるし、本を有意義に読めるし、万々歳じゃないか」

 

「もう、またそんなこと言って」

 

あー、なんか面倒くさいスイッチが入りそうだ。

次の話題次の話題。

 

「で、来るのは女子?男子?」

 

「誤魔化した……まぁいいや。これは先生じゃなくて早乙女のグループから聞こえてきたんだけど、えーと。珍しい名前だったんだよね……」

 

 

 

何気ない朝に、かつての悪夢が帰結する。

 

 

 

「あっ、そうそう!たしか、転入生の名前は──」

 

 

あるべくところへ、そうなることが決まっていたかのように。過去は(いびつ)を描いてすぐ背後まで迫っていた。

 

 

 

「──鈴井、今、なんて言った?」

 

 

「え?……聞こえなかった?」

 

「聞こえなかった……というか、うん。もう一回言ってくれ……」

 

両耳を抑えたい気持ちを堪えて、俺は立ち止まり鈴井を真正面に見つめた。

合わせるように止まってくれた鈴井は、朗らかな笑みで言うのだ。

 

 

 

 

「転入生の名前は、蛇喰(じゃばみ)夢子(ゆめこ)さんだよ」

 

 

 

 

失神して保健室へ運ばれた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「で、何かしらこの書類は」

 

桃喰(ももばみ)綺羅莉(きらり)。彼女は生徒会長を名乗る痴女。もとい生徒会長を名乗る生徒会長。まあ肩書きはともかく、いつもいつも俺を追っかけてはちょっかいをかけてくる厄介な女である。

が、今日に限って話は変わってくる。天使と悪魔は紙一重と聞く。聖書だかどっかの宗教じゃ、悪魔は元々天使だったという話だが、今回ばかりは彼女は天使である。ウワッ、ウツクシー!

学園のトップ、これ以上のコネクションはあるまい。

 

「クラス編成変更申請書です、俺は他所(よそ)のクラスへ行きます!」

 

「それは、なぜ?」

 

「今のクラスが嫌だからです!」

 

「どうして?」

 

生徒会の机をビシバシ叩いて催促する俺に会長は首を傾げて、知りたがりの子供のような幼稚にもとれる質問ばかりを返してくる。

 

「怖い女が転入してくるからですよ!」

 

「怖い? …………ふふっ、あははっ!面白いことを言うのね。貴方にこの学園で怖いものがあるの?」

 

「何が可笑しいんすか!ありますよそりゃあ!」

 

心底可笑しそうに笑う会長。それを引き吊った表情で横目に、あからさまな警戒を顕にする男が一人。彼の名は生徒会会計、豆生田(まにゅうだ)(かえで)

エクセルの入力も途中だろうにそれを中断した。ため息と共に眼鏡のブリッジを中指で押し上げると、まるで異星人を見るかのような視線を俺たちに向ける。

 

「……なんだよ(かえで)、その目は」

 

「馴れ馴れしい、豆生田(まにゅうだ)と呼べ。……自覚がないのか。俺だって白い目にもなる。まったく貴様の馬鹿さ加減には頭が痛い。……お前は転入生が怖いだのなんだのと言っているが、いま誰を前に(わめ)いてるのか分かっているのか?」

 

「なんだよ、分かっているっつの」

 

「分かってないと言っている!」

 

バチーン!神の一手でも極めそうな勢いでパソコンを閉じた楓は勢いのまま立ち上がると、どこから取り出したのか、分厚い縦線グラフの資料を俺の前へ広げて見せた。

眼鏡をもう一度持ち上げ、「いいか?」と資料を指差したどっていく。

 

「これが会長が就任してからの我が校の資産の変動値だ。明らかに前年と倍率も桁も違う上に名高い権威者たちがこぞって尻尾を振るようになった。この学園に関わる数多の権威者一人に睨まれるだけでもう日本では生きていけん。貴様からすれば、そんな魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する学園でトップを飾っている人間とも取れない人物がそこにいるんだぞ!!」

 

「……そう。楓は私のことを人間とも取れないと、そう思っていたのね」

 

「あっ……。い、いえッ!!違います会長!!今のは言葉の綾というもので、決して本心ではッ!!」

 

脂汗を流しながらアセアセと忙しない会計、豆生田楓。眼鏡キャラのくせにどこか抜けている憎めない男。

……にしても、よく本人の前でそこまでこき下ろせるなオイ。俺もびっくりしたわ。

 

「そうだぞ楓、言い過ぎだ。俺みたいな庶民からしたらあんまり実感ないし実際理解しきれてないだけなんだろうけどさ……」

 

フォローしようとするも、俺はあまり口が回る人間ではない。だがそれはこの楓も同じ。いや、下手をしたらコイツは俺以上に不器用な奴だ。せめて俺が優しい言い回しをしなくては。

 

「確かに会長は変人だし、変態だし、変わってるけど」

 

「……お、おい?」

 

俺の口が開く度に顔色が悪化する楓。

 

「……でも突き詰めちゃえば、人一倍好奇心が旺盛なだけだと思う」

 

そのフォローに会長は目をパチパチと、今まで見たことのない意外そうな顔をしていた。

 

「この学園では怖い部類の人なのも知ってる。でも今の俺にはもっと怖いものがあるんだよ!」

 

会長はまだマトモ……ではないけど、好奇心旺盛なだけでまだ理解できる。裏では好奇心に負けてトンでも建築とか倫理的にアウトなこともやってるという噂も、まことしやかに流れているらしい。

例えば。学内きっての狂人、生志摩(いきしま)(みだり)に目玉の裏側を見たい(・・・)からとギャンブルで作った途方もない負債と引き換えに好奇心を満たした(・・・・)、なんて話も。

それを知った当時は俺も全力でビビって会長を見かける度に脱兎の如く学内を駆け抜けたものだ。

しかし後から楓に聞いた話によると、名医揃いの病院をきちんと用意し安全に手術の手配をする予定だったらしい。そこで暴走したのがあの狂人、生志摩妄。なんとその時その場で、ペンで自分の目玉を(えぐ)ったんだとか…………。

目の裏側がどうとか、そこまでの好奇心は頷けるものじゃないけど、でももし。もし会長が本当に狂人ならば、生志摩妄の目玉を抉ったのは生志摩妄本人ではなく、会長が自身の手で、その場でやっていただろう。

ソウ、ダカラ会長は理性ノアル人間ダ。会長は常識のあるニンゲンダ。会長ハ、コワクナイ。コワクナイ。常識テキナ、チョット天然ナダケノ美人。

 

ダカラ、ベツニ怖クハ…………ナイデス。コワ、クハ……。

 

 

 

…………むりだぁ

 

 

怖いわ。

ダメだ、無理だ。

どれだけこの女が狂ってはないとか好奇心旺盛なだけーとか自己暗示をかけても無理なモノは無理だ。自分の目玉(えぐ)るやつも怖いけどさ。好奇心でくり()こうって女だって怖いわ!十分に頭可笑しいですわ!

なんでそんな事態があったのにここの人間たちは「会長ー!会長ー!」と(おが)みながらのうのうと平穏な日常生活を送れるんですか?普通に事件ですよ、事件!

楓も含めて正気の沙汰とは思えませんがな。そら口調も可笑しくなりますがな。

 

 

…………しかし。だからと言っていま俺は引くわけにはいかない。あの蛇喰夢子がここに来ると分かっている以上、絶対に。

 

では比べてみよう。

会長はギャンブルや負債さえ受けなければ手荒な真似はしてこないし、週に5回くらい相手をしろと誘いにくるだけ。断れば強要してくることもない。今のところは。今のところはね。まぁまぁ、とりあえずある程度の常識は持っていると見ていい。

 

比べてあのギャンブル狂いは365日だ。祝日平日休日に一切関わりなく毎日毎日何度も何度も側にへばり付いて「ギャンブルしましょうギャンブルしましょう、ギャンブルギャンブルギャンブルギャンブル」と壊れたラジカセのように囁いてくる。妖怪子泣き爺ならぬ、妖怪ギャン泣き女だ。……はしょるとこ間違えた。意味が全く違うわ。

 

兎も角、奴は通常時ならば常識的な女なのだが、ギャンブルが絡むとちゃぶ台をひっくり返す勢いで常識なぞ知らんと暴走機関車化する。

あの子は何をしでかすのかマジで分からない。いつだってガンガン予想の範疇(はんちゅう)を越えてくる。『常識』という川を高跳び棒でポーンと軽やかに渡ってくるのだ。『常識』はあつ森じゃねえんだぞ。

加えて病み気質まで持ってるし!怖い人たちの事務所まで連れてかれて麻雀をしましょう、とか言い出した時は本気で正気を疑ったね。

あの時、人生最大の死の危険を感じたのを今でも鮮明に覚えている。

 

 

……思い出すな、余計怖くなってくる。

 

 

 

あああくそもうっ、なんだよもう、どっちも怖いよ!!

でも交渉可能な悪魔とホーミングしてくる悪魔、どっちが良いかと問われればそりゃどっちも嫌だけど……。選ぶとするなら交渉可能な悪魔だ。

選択肢があるようでないんですよコレ。

 

まあ会長とは、多少だが良好な関係のはずだ。すぐにOKしてくれることは間違いないだろう。と言うか断られる理由もないし。

いやあ、次のクラスにも鈴井みたいなマトモな奴がいるといいな!いるよね!出来ればそのポジションにいるのは素朴で普通な女の子がいいなー、いい加減ちゃんと青春したいし。泥の中にだって蓮の花は咲くんだ。よっしゃ、なんかモチベーション上がってきた!

 

「そういう事なんですよ会長。なのでクラス編成変更の手続きを。手続きをお願いします」

 

「イヤよ」

 

「ありがとうございます!!いやあ、そう言ってくれると思ってましたよ。本当にすみませんねえお手間を取らせてしまって。それじゃ今から移動の準備してきますね!では、俺はこれで…………あれ、いまイヤって言いました???」

 

「言ったわ」

 

「…………ウソダ…………ウソダァー」

 

「死んだ顔しているところ悪いが、事実だ。認めろ朝土」

 

会長は笑う。好奇心にまみれた青い瞳を、爛々と猛禽類のようにたぎらせて。

 

「貴方の恐怖、実に興味深いわ。是非見たいの。貴方の怯える姿も、貴方を怯えさせる相手も。見てみたいわ」

 

「いや、だから……カイチョ?おれね、今のクラスはね、いやだーって話をね、さっきしたわけですよ?……あ、あはは、もしかして聞いてませんでした?」

 

「私の好奇心は人一倍、なんでしょう?覚えてないかしら?そんな私の欲だけを抑えることができると思って?」

 

「自ら墓穴を掘るとは……っ!」

 

「貴方が生徒会に入ることが条件よ。……どうしてもと言うならギャンブルで決めましょうか」

 

「なんと卑劣な……!!どう思うよ楓、この悪辣(あくらつ)な手口!酷くないか!?」

 

生徒会なんて莫大な金の動く場所へ所属してみろ。数ヵ月とたたず金の嵐に呑まれておっ()んじまう。教室で寝たフリを続けて生き永らえてる男になんてこと強要しやがる。鬼か。鬼かあんたは。

 

「馬鹿な奴め。卑劣でもなんでもない、元々ここはそういう学園だ。いい加減腹を(くく)れ。それと楓ではなく豆生──」

 

「お願いですよ!本当に本当に困ってるんですよ!会長!おねがいかいちょー!」

 

「ゲームは何がいいかしら。手っ取り早く『蛇と梯子』でもする?」

 

「まだ根に持ってんすか!手っ取り早くもないですし!」

 

「貴方が勝ったらクラスを変えてあげる。私が勝ったら貴方もついに生徒会入りよ」

 

「イヤっすよやりませんよ!なにが悲しくてこんな修羅の部屋に自ら入って行くようなリスクを負わなきゃならないんですか!勝てればいいですけど負けたら人生終わりかねないんですよ!」

 

「当たり前じゃなくて?ギャンブルとはそういうものよ」

 

んなギャンブルが当たり前であってたまるかい!

ダメだ当てにならん!そもそも俺はギャンブラーじゃないと何度口酸っぱく言えば……!

こ、こうなったら副会長にお願いしてみるしか……。でもあの人ずっとお面してるし会話も頑なにしてくれないからどうすればいいのか分からないんだよな。……扱いに困るという意味ではナンバーワンだ。

くそ、生徒会の誰を味方につけたところで会長の腕のひと振りに全部薙ぎ倒される未来しか見えない。

 

「落ち着け朝土。考えてもみろ」

 

気が立っている俺には、眼鏡を中指で押し上げる楓の姿にすら苛立ちを覚えた。なにその中指。いや、たぶんこれただの逆ギレなんだろうけどさ、お前それ眼鏡の位置直すふりして俺に死ねって言ってんの?それ本当になるかもしれないんだぞ?割りと本気で洒落になってねえんだぞ?

 

「クラス編成の権限は会長と副会長にのみある。そこで権利を獲得する為にはどちらかに勝たねばならん。しかし実際お前が勝ってしまえば生徒会に入らざるを得ない」

 

「え、いやだよ。つーか、生徒会に入るのは負けたらって話でしょ?」

 

「二人はここのトップで、国でも有数の王者だぞ。万が一……いや、億が一にでも会長、副会長に勝利した者が生徒会入りの権利を断ったとて『はいそうですか』と背後の権力者たちが、名家の生まれでもない貴様を放置してくれると思うか?」

 

「……例えば、例えばだよ?勝ったとして、入らなかったらどうなるの?」

 

「"ギャンブルに強い"。今の政財界はそれだけで強力な武器になる。もし、もしも上手く生徒会入りを断ったとしよう。そうするとお前は何の後ろ楯もない、技術だけ卓越した人材……つまり、道端(みちばた)に置かれた一億円のような扱いになる。拐われることもあるだろう。使われることもあるだろう。処分されることもあるだろう。最悪、両親や親戚、友人知人にまで被害がいくことにも──」

 

「泣いていいですかッ!!」

 

選択肢がねえ……!

あれ、おっかしいな、賭けが成立すらしてませんねえ!?

 

負けたらクラスはそのままに、蛇喰夢子の餌食になり生徒会行き。

勝ったとしても、生徒会入りを断れば世間の肉食獣たちに四肢を引き裂かれて死ぬ。もうそんなん、ここで諦めて蛇喰夢子に絞め殺されるしか道がないじゃん!!詰んでるじゃん!!

 

「………………」

 

何も言えない。どこへ行こうと俺を待っているのは地獄の扉だ。全方向羅生門とか、斬新すぎて笑えないわ。芥川さんもびっくりだわ。

 

「悪いが、俺では何の手助けも出来ん。決めるのはお前だ。やりたいようにやれ。ただ、生徒会に入るなら俺の補佐になれ。お前の高い能力は俺とて買っている。悪いようにはしないさ」

 

打ち(ひし)がれる俺の肩を、楓は哀れむように叩いた。

 

「…………ありがとな、でも、ごめん。生徒会はちょっと……俺にはハードル高すぎるよ」

 

落ち込む俺に「そうか」と柄にもなく優しく呟いた楓は、パソコンを開いて作業を再開した。

ここから先を決めるのは俺次第、これ以上の口出しは俺を更に追い詰めかねない、とか思ってるんだろうな。いいやつだこいつ。好き(直球)。

口下手を治して感情表現さえどうにかすれば、すぐ人気者になれるのにな。

 

……しかし、微塵も空気を読まない生徒会長は、意味ありげな微笑みを浮かべたまま俺へ問いかける。

 

「で、どうするのかしら。クラスを変えるのか、変えないのか」

 

そんなの、答えがあってないようなものじゃないか。

鬼畜め……ッ!この鬼畜めッ!見た目だけ天使の悪魔めッ!!極悪なだけじゃなくて可愛いから尚のこと質が悪い。いっそのことビッグマムみたいにハナから悪者感出してくれよ!見た目が黒髭みたいであってくれよ!

 

「……現状維持で……。お願いしますッ…………」

 

「あら、残念」

 

ここまで心の籠っていない言葉を聞いたことがあるだろうか。俺はないぞ。残念だなんて一ミリも思ってない返答だ。それどころかちょっと楽しそうまである。

俺が地獄の門一歩手前でフォークダンス(マイムマイム)踊らされてる様な状況だというのに、この女と来たら……ッ!

名家の出じゃなけりゃあ……男だろうが女だろうが全力で張り倒してやったのによお!!

 

あ"ーーーーもうっ!!なんだこの生徒会!癒しは楓だけか!どいつもコイツもギャンブルだー、ドMだー、公平だー、生爪だー、後輩が可愛いだーと、もうイヤアアア!!一般高校へ帰りたい!!もういっそ武偵高でもいいよ!緋弾のアリアでもいいよ!あっちの方が生存率高そうだもん!あんなん弾丸避けてればいいんでしょ!?アッハーーッ楽勝ですわ!いや無理だけどね!!

でも右を向けば大金、左を向けば借金。前進は生徒会、後退はヤンデレの四面楚歌だよ!どれにせよ詰んでんだよ!いったい俺になんの恨みがあるの!!

 

「貴方が生徒会入りしてくれれば、全て解決するのよ?」

 

「……無理っす。この学園に知り合いのコネで入れてもらったのに、一生返せないような借金作って首回りません、なんて、それもうまともに顔向けも出来ないじゃないですか俺。というか生きても帰れないじゃないですかおれ……」

 

あたまがいたくなってきた。

 

「勝てばいいじゃない。勝者であり続ける限り、貴方も、貴方の周りも得をするのよ?」

 

「常勝不敗なんてのは夢物語ですよ。巨像だろうとワンダに負けますし、G級ハンターもモスに負けることもあるんですよ」

 

「わんだ……?」

 

そうよね、ゲームしないよねこの人。

 

「兎に角、人間生きてる限り勝ち続けるなんてあり得ないんですよ」

 

実際、俺はこの人生負け越してばかりだ。老人にはボコボコにされ、ボコボコにされ、ボコボコされ、ボコボコにされている。

負けてばっかの人生だ。勝てることを想定して生きるなんてアホらしい。

 

「そういうことで、もういいですー!お邪魔してすみませんでした!失礼しましたねっ!!」

 

「……あら、そう」

 

 

間を置いた台詞にしては、寂しさなんて一切合切感じられない、それこそ戦隊モノの次週の放送を待つ子供のように弾んだ声だった。

 

だから余計思うのだ。

未知を夢見る子供のようだなと。それが善いことか悪いことかは置いておいて。前のめりに劇的を求めるその姿勢には背筋が凍るようだ。そんなもの、蛇喰夢子と同じ。衝動に身を任せて何をしでかすか分からない、まさしく人の形をした爆弾と言わずして(なん)としよう。

 

 

「俺もどうしよう」

 

 

………………結果、なにも解決してない。

ついに明日、蛇喰夢子が来てしまう。

 

さて、この眠れない夜をどう過ごすべきか。

 

 

 




もうちょっと報われてもいいと思うの。頑張ってるよ彼。

誤字報告、感想、評価、お気に、もろもろありがとうございます!非常に助かっております!


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5話

加筆やら添削やらをひたすら繰り返して尚、地の文が増えていく現象。もちっと読みやすく書きたいんだけどなぁ……


…………見つかってしまった。

 

 

蛇喰(じゃばみ)夢子(ゆめこ)と申します」

 

 

ついにこの瞬間を迎えてしまった。

どれだけ覚悟をしていても、いざそうなってしまうと心臓どころか臓器全てが縮み上がる思いだ。

 

「本日から同級の仲間に入れて頂けると幸いです」

 

(あか)(あか)く眼を光らせる捕食者。美しい蛇が、俺を見て、口が裂けんばかりに(わら)うのだ。

瞳の奥に隠しきれない(よろこ)びを(たた)えて、頬を薔薇色に染めて、今にも倒れてしまいそうな程に呼吸を荒げて。

 

薄く開く色香(いろか)に満ちた唇から、声のない言葉が(あで)やかに形作られる。

 

"ウンメイ"という言葉を。

 

 

背筋が戦慄く。

 

 

「よろしくお願いしますね」

 

 

しかし笑うのだ。

 

 

教室の誰よりも、俺へ向けて、

 

 

蛇喰(じゃばみ)夢子(ゆめこ)はわらうのだ。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

ガタンッと立ち上がった。

ここ十数年の内でも……いや、この世に生を受けて生きてきた中でも一番と言えるほどの姿勢の良さで、俺は立ち上がった。椅子など邪魔だと言わんばかりに裏腿で押し退け、天を突き破るが如く右手をビシッと高々に振り上げた。あまりの姿勢の良さに、もしここが平原だったら俺へ向かって雷が落ちていたかもしれない。避雷針よりよっぽど避雷針をしていた。

 

「せんせいッ!!気分が悪いので保健室にいきたいですッ!!」

 

「……元気そうに見えるけど」

 

「せんせいッ!!気分が悪いので保健室にいきたいですッ!!」

 

「そ、そう……。でも確かに顔色がよくないわね……分かったわ。じゃあ保健委員の……あぁ早乙女さん、連れていってあげて」

 

メンド、家畜に行かせなさいよ……はぁーい」

 

こんなところにいられるか!!俺は保健室にいくぞ!!

 

「あ、でしたら校内の様子も知りたいので私がお供したいです。ここへ来る前に保健室は一度見かけていますし、場所も大丈夫です」

 

蛇喰夢子が悪夢のようなことを(のたま)った。

華のように微笑む。その姿はなんともタチの悪いことに、別れたあの頃よりも美しく、妖艶で、可憐になっていた。確実に磨いてきましたと言わんばかりの、天然ではあり得ない美貌を備えていた。言うなれば原石から宝石へ。なぜ芸能業界に入っていないのか不思議でならない容姿だ。

現に男子生徒たちはほぼ全員がその容貌を前にポケーっと見とれている。

 

「是非、私に任せて下さい!」

 

「そうねぇ……それもいいかしら」

 

なんてことを言いやがるこのオンn……いえ先生。

お願いだから、後生ですからやめてお願いします。

いくら出せばいいんですか。ウチの親父と鈴井くらいなら差し出しますから。ですから堪忍してください。

 

 

 

本日。ついに来たれり、蛇喰夢子の転入日。

休むべきか来るべきか一晩中かけて悩み、結果、何も喉を通らないまま、レッドブルだけを流し込みながら登校した。

今日休んだとしても明日がある。明日休んでも明後日がある。いずれにしろいつかは顔を会わせなくてはならない。昨日はプレッシャーを感じるあまり、深夜なんてほぼシンジ君(ニゲチャダメダ)状態だった。

だが残念な事にこの学園に逃げ場など存在しない。俺にも、他の誰にも。

よく会長はこの学園を水槽、アクアリウムなんて例えるけど。それに倣って言うなら小型種(メダカ)の水槽に外来種(ライギョ)をぶち込むようなものだ。

 

 

蛇喰夢子の眼光は未だ鋭い。自然とあの日々を想起させる。また始まってしまうのか。

 

手に汗が滲み、反射のように喉が鳴る。

まるで断崖絶壁にこの身ひとつで立たされている気分だ。風に煽られれば今にも落ちてしまいそうな……。

 

 

と、そこに。

 

 

「転校初日の子にそんなの任せられないわよ。体調悪い男子と校内を知らない女子で行っても仕方ないでしょう?それにほら、まず蛇喰さんはクラスの皆と仲を深めなきゃね」

 

立ち上がったのは金髪の女子生徒。

天使かと思った。いや天使だ。惚れたらどうしてくれる。

 

クラスメイト早乙女(さおとめ)()()()

 

避雷針のまま固まった俺の襟首を掴み、教室の出口へと引き摺っていく。

 

「いつまで突っ立ってんのよ。ほら、行くわよ」

 

教室から出る寸前。俺はこちらへ痛い程の圧力を放つ存在を感じていた。だが恐怖のあまりにそちらを見ることが出来なかった。どんな顔をしてるのか想像もしたくない。いま蛇喰夢子を正面から見据えようだなんて俺がチキンじゃなくても到底無理な話だろう。

 

しかし()にも(かく)にも、脱出は成功した。

俺は地獄の教室から生きて抜け出すことが出来たのだ。例え蜘蛛の糸でも救いは救いだ。絶望から脱して軽く泣きそうまである。

 

そんな俺へ、早乙女芽亜里は隠すことなく露骨に奇異の目を向けた。反する俺の中はトキメキメモリアル。

 

「ったく、どうしたのよアンタ。いっつも目立たないように教室の端で根暗やってる癖に。今日に限ってあんな奇行」

 

「…………ありがとう」

 

「……はい?」

 

「早乙女、ありがとう」

 

「……どうしたのアンタ。あたま大丈夫?」

 

「ありがとう早乙女!この恩は返す!!何して欲しい!?何でもするぞ!!早乙女のためなら俺はなんだって出来る!!」

 

 

殴られた。

 

 

「なにそれ、キモいんですけど。何なのよ急に」

 

「……すまん、動揺してたもんで」

 

教室では暴君。女王のポジションを築いている女、早乙女(さおとめ)芽亜里(めあり)。派手な金髪をツインテールにした、見目麗しい少女。気位の高く高飛車で、常に人の中心に大きく陣取っていたい典型的お嬢様タイプである。まぁ、見た目と態度に反して、俺と同じ一般家庭出身の特待生らしいが。

しかし、俺と正反対であるその性質から、俺がクラスで最も敬遠している女子生徒である。

 

「私とのギャンブルでだって終始取り乱さなかったアンタが、ここまで露骨に馬鹿になるなんて。もしかしてあの女知り合いなワケ?」

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………誠に遺憾ながら」

 

「あ、そ。まぁ詳しくは聞かないわ。そもそもアンタに興味ないし」

 

「……さいですか」

 

でも、と早乙女は静まり返った廊下を淡々と歩きながら爪を噛む。病人を名乗った俺など見向きもせずズンズンと足早に進んでいく。流石保健委員、患者を置いて人一倍お早い動きですね……。

 

「あの女、気に食わないわ。ちょっと見た目がよくて乳がデカイからって男の視線集めていい気になって……私の嫌いなタイプよ」

 

「はいはーい!同意です!同意します!」

 

「うっさいわよ。黙りなさい。……でもそうね」

 

金髪を揺らす少女は、窓から差し込む光に反するように暗い笑みを浮かべる。悪い女の笑みだ。

 

「あの女、家畜(ミケ)にして私の足置きにしたらさぞ痛快でしょうね」

 

「へへへ、やっちまいますか姉御」

 

殴られた。

 

「キモいからそのキャラやめなさい」

 

「はい」

 

だがそれは良い手かもしれない。

早乙女芽亜里はギャンブラーとしての腕は確かだ。過去に一度だけギャンブルをしたことがあるが、観察眼と仕込みの腕、ゲーム把握の能力が非常に優れている。手品(イカサマ)は少し荒削りなところもあるが、あの蛇喰夢子にも勝てる可能性は十分にあるだろう。

蛇喰夢子は言うまでもなくギャンブル狂いだ。ギャンブルをしようと持ちかければほぼ100パーセント乗っかってくることは間違いない。

であれば、あの蛇喰夢子を、俺のトラウマである女をミケにしてしまえば…………この際、罪悪感は置いておいて、とりあえず俺の身は守れるだろう。明確な階級ルールがある以上、蛇喰夢子もギャンブルを無理強いすることは出来ない。彼女はルールは破らない。そういう女だ。

 

…………はぁ、なんか俺すっげえクズみたいなこと考えてるなぁ。自分が嫌いになりそうだ。

 

いいや、でも同列の平民階級にいられると本格的に俺の身が持たないだろう。こうしないと自分は助からないんだと、そう思うしかない。

 

…………ごめん老人会の皆。俺クズだ……。

 

ええい!仕方あるまい!とりあえずあの子にはミケになってもらって、その間に生徒会長とクラス編成について交渉。無事成功したら……そん時はやむを得ん。蛇喰夢子の階級を平民へ押し上げるためのギャンブルを代打で俺が誰かに挑もう。(かえで)辺りならいい相手を見繕ってくれるかもしれない。

 

……さて、じゃあそこに至るまで俺はどう振る舞うべきか。

俺は彼女の学生としての一面を知らない。いつだって病んでるように付きまとってくるプライベートの彼女しか知らない。だから学校で……同性異性の同年代が(つど)う場所で、彼女がどんな立ち居振舞いをするのか、どのポジションを取ろうとするのか、どんなキャラクターで過ごすのか、それを見ないことには如何(いかん)ともし難い。

ならば、とりあえずこの早乙女芽亜里を矢面にその辺を探ってみるのもいいだろう。なんなら、あのギャンブル好きに早乙女を好きになってもらえばいいのだ。いや、同性愛的な意味でなく、友人として。

あの子は依存に近いものを近しい人間に抱きがちだ。例え、蛇喰夢子がミケにならなかったとしても、早乙女と友好関係を築いてくれれば……。

 

 

早乙女『夢子ちゃん、帰りアイス食べにいこ!』

夢子『いいですね、行きましょう芽亜里ちゃん!』

早乙女『男より女の友情よね!』

夢子『はいっ!そうですね!』

早乙女『アハハハー』

夢子『ウフフフー』

 

 

脳内に電撃走るッ!!

……これだ。これしかない。これなら俺は元カノを進んでミケに落とすようなド外道にならなくて済む!万事解決じゃないか!

 

「早乙女、蛇喰夢子を……あの子を(よろ)しく頼む。君になら任せられる」

 

「どの位置から言ってんのよアンタ」

 

 

珍しく担当医のいない保健室に着くと、早乙女は錯乱する俺をベッドに叩き込んだ。

 

「頭でも打ったのか知らないけど、重症よアンタ。とりあえず寝ときなさい。気持ち悪い」

 

気持ち悪いっておい。思春期男子にオーバーキルかますなや。傷付くんだぞこら。

……気を使ってるんだか使ってないんだか判断のしにくい口調だ。それだけ言って、気味の悪そうな目で一瞥(いちべつ)すると病人への労りもなく出ていってしまった。……仮病だからいいんだけどさ。

 

……まぁ確かに、冷静になって考えてもみれば、今まで物静かにクール気取ってスかしてたやつがこんな訳の分からないことを口走ってればああいう反応にもなるか。動揺し過ぎだ俺。

 

だがさっきまでの考えもあながち悪いものではないと思う。

ミケになる、ならないは抜きにして、早乙女があの蛇喰夢子に転校一番にギャンブルを持ちかければ、それだけで大きな絆になるはず。少なくともあのギャンブル狂にとって『ギャンブルに誘われる』と『友達になろう』がほぼイコールになるからだ。そうなれば興味のベクトルは早乙女の方にも逸れることになるだろう。俺への関心が薄れるだけでも大きな収穫だと言える。

 

 

「ふぅー~。……いや、そもそも論。ハナっから考え方が間違ってるのかもな」

 

と、ベッドで横になって一息ついたお陰か、段々と頭もクリアになってきた。

仰向けに、額に手の甲を載せて考えに耽る。

 

 

「…………もう、蛇喰夢子は俺のことを何とも思ってないのかもしれない」

 

 

そうだ。考えてもみろ。あくまで彼女は元カノ。それに別れたのだってギャンブルの結果とは言え、互いの了承の元で、潔く、ここで終わろうと完結した仲だ。

恋愛観において『男は名前をつけて保存』、『女は上書き保存』なんて言うが、あんな美人だ。もう俺なんぞに対する興味なんて薄れてしまっている可能性は十分に高い。

さっき付いてこようとしたのだって、久しぶりーとか、偶然ですねー、とか。そんな既知の間柄を懐かしみたかっただけかもしれない。

容姿だってあれだけ綺麗になっていたのは、きっと男ができたからに他ならない。新しい彼氏の為に自分磨きをしたのだろう。男女はいつだって相手のために綺麗になろう、格好良くなろうとするもの。

 

つまり、俺はただの自意識過剰だったんだ。

それだけだ。

 

なんだか、そう考えると気持ちが晴れ渡っていった。

 

 

ぜーんぶ、取り越し苦労だ。

 

うざいくらいに晴れた空。さっきまでならこの青天に唾を吐いていたかもしれない。だが今の俺には世界が祝福しているようにも見えてきた。

 

「俺は、変わらずに学校生活を送れるんだ」

 

根拠のないポジティブな言葉で落ち着きを取り戻し、俺はこのまま体調不良と銘打って授業をフケることにした。

思えば昨日は一日中頭を悩まされて寝るに寝れなくて寝不足気味だ。たまにはこう言う不良チックなことをしても神様は許してくれるだろう。

ノートは後で鈴井に頼み込んで見せてもらうからよし!

 

おやすみなさい!!

 

俺は晴れやかな気持ちのままに、ベッドに身を任せ、夢の中へと落ちていった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

みなさんは手錠というものをご存知だろうか。

古く江戸時代なんかでは『手鎖(てじょう)』なんて字で書かれ、主に牢に収容する程ではない軽微な犯罪や未決囚に対して使われたらしい。

暴力沙汰の殆どが法で淘汰された現代においてよくテレビなんかで見る、おまわりさんのメインウェポンの、あの鉄の輪っかのことだ。

 

 

 

 

 

(アカ)だった。

血に染まったような、鮮やかで鮮烈な、忌避感を抱いてしまいながらも見入るよう……否、魅入られるような、魔性の色。

二つの大きな紅い水晶玉が、身動きひとつせずに、俺の瞳を覗き込んでいた。

 

息を呑む。声を呑む。固唾を呑む。

 

 

──俺が、呑まれる

 

 

そう本能が訴えた。

 

呑まれてしまう。()まれてしまう。

蛇に、喰われてしまう。

 

 

高価な額縁のように艶やかな長い睫毛に飾られた紅い水晶は未だ動かず。まばたきもせず。まるで罪人を咎める死者の瞳のように。無機質な鮮血に俺を映していた。

その悪夢の名は蛇喰夢子。まるで復讐を果たす相手を見つけたかのように、悪鬼羅刹のように、

 

 

──呵うのだ。

口を三日月のように裂いて。

 

 

──笑うのだ。

無邪気に、誰よりも悪魔染みた色で。

 

 

──笑えんのだ。

嘘だろ、夢か何かだよな……?

 

 

 

 

「おはようございます♪」

 

 

 

 

 

「キャァァアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああアアアアアあああああああああああああああああアアアあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

手錠をされていた。

 

「あのー……蛇喰さん?なんで俺ベッドに繋がれているんでしょうか…………」

 

ようやく俺の目と鼻の先(文字通り)から離れてくれた夢子。保健室の記入事項に「貧血って書いておきますねっ」と背中を向けている夢子へ、恐る恐る言葉をかけてみた。

蛇喰さん(・・・・)」と声をかけた途端、シャフ度でもあり得ないレベルで首をひん曲げてこちらを睨めつける。

首が、ギュルンっ!!

 

「ンィッ……」

 

反射的にビビってしまった。

血を垂らしたような瞳には、(じょう)の色が映っていない。冷えきった紅色だ。

 

「ゆ め こ。そう呼んで下さいな、朝土くん(・・・・)?」

 

「は、はぃ……」

 

その角度やめて。切実に。

 

「私も、影逸くん(・・・・)とお呼びして宜しいでしょうか」

 

「…………」

 

言葉はなく、俺はただただ全力で千切れんばかりに頭を上下にブルンブルンと振った。

それで満足したのか、ようやく夢子はいつも通りの笑顔に戻って記入へ戻る。

 

……こっっっわ。完全に根にもってるじゃねえか。完全に引き摺ってるじゃねえか。美人は怖いって、アレ本当なんだぜ……。

 

え、て言うかなんで俺はいま手錠されてるの?

もしかして刺されるの??

俺ここで刺されて死ぬの??

 

こういう時は刺激してはいけない。

落ち着いて、……あ違う。落ち着けて?……とにかく、どうにかして解決の糸口を見つけるんだ。もしくは何とか助けを呼ぶしかない。

だが昼寝をし過ぎたらしい。時はすでに放課後。保健室の大きなノッポの古時計は5時を指し示していた。この時間じゃ保健室を利用する生徒もいないだろう。ワンチャンスあるとするなら、保険医の先生が戸締まりに来てくれることを願うのみ。

 

「あ、保険医の先生から鍵は預かっているのでゆっくりしてて大丈夫ですよ」

 

「…………oh」

 

なんて手際のいいっ!

つーか、そりゃそうだよな。もし俺に目をつけてたんなら、保健室で寝てる人間なんて格好の餌じゃないか。熟睡してるから準備もし放題。

俺のアホォ!すぐ油断するからこうなるんだ!

 

「なぁ、夢子」

 

背中越しに声をかけた。

 

「はい?」

 

「せめて遺書は書かせてくれ」

 

俺の精一杯の最後の願いを、しかし悪魔は一蹴するのであった。

 

「ダメですよ、手錠を外さないといけないじゃないですか」

 

「落ち着け。落ち着くんだ夢子。殺人は立派な犯罪だ。俺はお前を犯罪者になんてしたくない」

 

夢子は俺の言葉に振り向くと、頬をぷくーっと可愛らしく膨らませた。

 

「まぁ!心外です、私が影逸くんを害する訳ないじゃないですか…………だって……」

 

ポッと頬を赤らめて熱を持っているであろう顔に手を当てている。

 

…………ま、まて。なんだその表情は。なんだその華の咲いたような色付いた(かんばせ)は。

 

うそだろ。うそだと言ってくれ!!

その……っ。その顔じゃまるで、まだ俺に気があるみたいじゃないか……!!

ア、アハハハ。もう夢子の奴め、いつからそんなバンジョー……じゃなくてジョークが上手くなったんだか。

女優だね!イヨッ世界イチっ!!

 

 

「影逸くんに危害を加えようだなんて絶対あり得ません。だって、こんっーーーなにも!お慕いしているんですから!ふふッ言っちゃいましたっ」

 

 

「……………………」

 

 

アッ、ハイ

 

 

……希望は潰えた。

やはりダメらしい。俺は好かれているらしい。

うん、嬉しいよ?当然男としてはね、もう大分たつのにここまで執着してくれるのは。それもこんな美女に。冥利に尽きるってものですよ。でもね。それは相手が普通の女の子であればの話であって、少なくとも命を脅かしかねない賭博を悠々と楽しもうとする女の子は流石にちょっと厳しいというか、勘弁して欲しいといいますか、ぶっちゃけ俺まだ死にたくないの。

 

大事なことだから二回言おう。死にたくないの。

 

「私、思ってたんです」

 

夢子はベッドに縛られたままの俺へ歩み寄ると、俺の左胸に手を触れた。

イヤンとか言ってられる状況ではないらしい。その手は左から中心へ。そして心臓の位置する場所まで、そこに繋がる神経や臓器、肉体全てを愛でるように手を滑らせた。

 

「もう会えないのではないか、と」

 

そうであれば良かったんですがね、とは決して口に出さない。

 

「学校の先生方、引いては校長先生、影逸くんのお義母様にも行き先を聞いたのですが、お義父様のお仕事の都合で行き先を変えていたと聞きまして。流石に全てに追い付くのは無茶だと、学生の内は仕方がないと、(なか)ば諦めていたのです」

 

おいおいどんだけアクティブなんだよ。

というか、え?もうウチの母親と面識があるの?寝耳にハイドロポンプなんですが。

つーかお母様お父様のニュアンスが不審なんですが。

 

……ん?……待てよ?母さんから聞いてたってことは、もしかしてあの手紙のせいか……ッ!?

 

「ゆ、夢子。もしかするとなんだけど……」

 

「はい?」

 

「読んだ?」

 

俺の問いに、夢子はキョトンと首を傾げるだけ。

 

「なんのお話でしょうか?」

 

そこから少し揺さぶるように問いかけてみるもそれらしき話は出てこなかった。どうやら本当に偶然、この学校で鉢合わせてしまったらしい。

……いっそのこと、手紙を見て来てくれた方がどれだけよかったことか。だって、この再会は誰が仕組んだ訳でもないということだ。これじゃあ本当に運命論とかいうトンでも(ばなし)の存在を肯定することになってしまう。

 

それにこんなロマンティック香る展開なんて、それこそ女子には大好物。

うーわー。余計ドラマチック感じてるんだろうなぁ……。

 

「離れていた二人がこうして出会う……。嗚呼、これを運命と言わず何と言いましょう……」

 

夢子はうっとーり。すっかり蕩けきった恍惚の表情でハァハァしている。怖い。

 

 

とりあえずひとしきり俺に触って満足はしたようだ。夢子は息の荒いまま俺から離れると、自分のポケットから鍵を取り出した。

 

「さて、影逸くん。貴方がここから出る。ひいては、その手錠を外すには条件があります」

 

蛇喰夢子の言わんとすることはすぐに分かった。

取り繕う必要もない。遠慮する必要もない。この女は根っこからそういう人間だから。

 

俺は何を求められるのだろうか。ロクなことじゃないのは火を見るより明らかだ。

どれだけ馴れていても怖いものは怖い。

 

 

 

だって蛇喰夢子は

 

 

 

「ギャンブルをしましょう」

 

 

 

賭け狂い(理解不能)だから

 

 

 




ちなみにライギョは外来種であり
英語ではsnake head(蛇の頭)と呼ばれるんだとか……


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6話

前回のあらすじ
影逸「寝てたら捕まった。どうしよう」


投票ジャンケン。

 

投票者はグー、チョキ、パーを己の判断で白紙のカードに記載し、それを見えないように箱へ投下。

プレイヤーは無作為にその中から3枚引き、それを手札として一枚ずつ場に出すことでジャンケンをする。我がクラス特有の集団ゲーム。

運任せで不平等で仕込みの介在する余地の多い、まさにイカサマの見本市のような遊戯だ。これの上手く出来ている点は、"チームvsチーム"や"チームvs個人"。どの組み合わせでも上手くイカサマを仕込めて、運と仕掛け、ブラフ次第でいくらでも勝ち筋を作れるところ。

 

ちなみにこのゲームの考案者は早乙女芽亜里。あのツンケンした金髪のツインテールである。

彼女はこのゲームの考案者であり、クラスの中でも実力、カースト共にトップだ。カーストトップを前提として考案したのだろう。“投票者にカードの中身を偏らせる”指示を出す。相手の手札を覗ける位置に生徒を配置し手札をサインで知らせる、いわゆる“通し”等。味方を多数引き込む前提としたイカサマでさんざっぱら悪行を振る舞いあらゆる生徒から立場や金を搾取していた。

 

そして俺が唯一、早乙女とのギャンブルに臨んだのもこのゲームだ。

あの時は鈴井と組み、ブラフと盤外戦術で運よく勝てたが……。

 

 

 

「投票ジャンケン……?」

 

「はい!是非やりましょう!ルールは知っていますよね?」

 

「……まぁ一応」

 

夢子は嬉しそうにグーチョキパーの描かれたカードを取り出した。どのカードにも、すでに手が描かれている……。

なぜ夢子が投票ジャンケンを……?

そのゲームを提案するということは、すでに早乙女に一戦吹っ掛けられた後ってことになるのか?

 

夢子は首をかしげる俺などお構いなしに、一度ベッドの骨組みへ繋がれた手錠を外し、夢子自身の右手に繋ぎ直した。

これで俺は左手が夢子と繋がり、右手がフリーということになった。ようやく寝たままの姿勢から座れたお陰で体が喜びの声を上げている。

利き手を外してくれたのは夢子なりの気遣いなのだろうか。

 

「ハァ……ハァッ。影逸くん、私たちいまひとつになっていますね……っ」

 

そうでもなさそうだ。

 

二人でベッドに腰掛けたまま、夢子は自分の鞄を空っぽ(投票箱)にすると、ばらついたカードの山から3枚、何のカードなのか確認もせずにそこへ入れた。

 

「次は影逸くんです。好きなカードを3枚入れてください。計6枚。これでジャンケンを行いましょう」

 

「……ち、ちょっと待ってくれっ」

 

「なんでしょう?」

 

「確認もしないカードでいいのか?」

 

「かまいません。あ、もちろん影逸くんの投票の際は選んでいいですよ!」

 

俺の問いにあっけらかんと答えた。

 

本来これは投票者の意思で記入したものを投票するゲームだ。投票(・・)ジャンケンなのだから。

それを思い付きで掴んだカードを入れるだなんて。

 

早くも頭が痛くなってきた。

 

「……あー、そもそも、これギャンブルなんだろ?賭ける対象は?それを明確にしないと流石に乗るに乗れないぞ」

 

これでゲーム終了後に、「はい私の勝ちです、人生下さい♪」なんて言われてみろ、目も当てられない。

 

「それもそうですね。では…………」

 

夢子はずずいっと顔を俺へ近づけた。

 

……近い。

 

近い近い近い近い近ぃいいい!!

 

人の造形の完成形がそこにある。整った顔立ちだ。

うわぁ睫毛長いし鼻たけぇ。赤い唇が高校生とは思えない色気を放つ。……紅い眼も綺麗だ。

良い匂いまでするし……あれ、夢子ってこんなに……。こんなに可愛かったっけ。

付き合ってそれからは恐怖が先行してあんまりじっと見ることなかったけど…………。やっぱ超可愛いなぁ。あぁ不味い。不覚にもすげえ心臓がバクバクしてる。くっそ、なんでこんなに美人なんだよ。そんな顔で迫られたら………………。

 

……ハッ!

ダメだッ!勢いに流されてはいけない!!

 

 

「フフッ、ふふふっ。……美味しそうです」

 

 

………………え、なにが?

 

 

怖じ気という名の雪崩(なだれ)が有り余るリビドーを押し流していった。

さらば性欲。お帰り恐怖。

 

「では賭けの内容ですが……」

 

「念のため言っておくが、性的な要求は受け付けないぞ」

 

「……え……」

 

「え」じゃないよ。なぜ真に迫る勢いで深刻な表情をしてるんだ。あんな不穏な発言をされれば釘を刺して当然だ。つーか男女が逆なんだよ、逆。

 

脳内で渋滞するツッコミを捌く俺など露程も知らない夢子は、何かを思案するように顔を伏せる。

 

さて、いったいどんな要求だろうか。

警戒しておくべきはやはり復縁。未だこうした執着をみせているんだ、可能性としては最も高い。

もしこんなギャンブル漬けの学園で夢子と付き合ってみろ、大変なことになりますよ。

まず間違いなく毎日学園を引き摺り回される。次に様々なギャンブルに強制参加させられ、そして莫大な金のやり取りに巻き込まれ…………最後の最後には惨たらしく『人体各部位世界一周旅行(人身売買)コース』だ。

想像しただけで胸の辺りに重苦しい圧迫感を覚える。自分の妄想に過ぎないが、本当(マジ)に実現しかねない。

 

「……では」

 

震え上がる俺を他所に、夢子は上目使いで……というよりは不安そうに口を開いた。

 

そしてついに、賭け金の要求を口にした。

 

 

 

「…………私と、お友達になってくれませんか?」

 

 

 

 

……………………オトモ……ダチ……?

 

 

 

 

 

NOW loading……

 

 

 

 

 

ちょ、ちょっと待って。理解が追い付かない。

……どういうトラップだこれは。恋人とか伴侶とかじゃなくてお友達……?何かの隠語か?

 

駄弁ったりカラオケ行ったりカフェしたりする、あのお友達?

…………ダ、ダメだやっぱり理解不能だ。なぜ復縁ではなく友人関係の構築を賭け金にする。

訳がわからない。何を考えているんだ、夢子。

 

もしかして、本当に俺に興味がなくなったのではなかろうか……。だから取り合えず自軍の強化、もしくは僅かながらもひとつの人数的戦力……いわゆる“人脈”として明確な繋がりを作っておこうということか……?

 

「私が勝ったらお友達になって下さい。その場合この手錠は外します、お友達ですから」

 

夢子の狙いが分からないまま、警戒を顕にして問いかける。

 

「……俺が勝ったら?」

 

「影逸くんが勝ったら私になんでもひとつ命令する権利を差し上げます。もちろん手錠も外しますし、それは命令権には含まれません」

 

夢子は何かを求めるように、すがるように「どうでしょう」と俺の目を見た。

……何かのブラフか。引っかけが混じってるのか。盤外戦術の一環か……。考えられる可能性は数多い。

 

そもそも友達とはなにか。

蛇喰夢子にとっての友達の定義とは何なのか。普通の、世間一般で言うところの良き友人?……使いっぱしりの都合の良いサンドバッグ奴隷だって、場合によっては友達と呼ばれることもある。それにあまり世間体も良くない下世話な話だが○○フレンド、みたいな不純な遊びをお得感覚で味わう関係だって友達といえば友達だ。

"友達になる"。そんな安っぽい単語に惑わされて賭け金を軽視し、適当に挑んで結果敗北する。というのは到底得策とは言えない。

 

というか……友人関係をギャンブルで決めるってのもなぁ。それが余計に不安を煽る。友達ってギャンブルで出来るものなの……?

仮にそれが夢子の心からの願いだったとしても……。いや、確かにそれも夢子らしいと言えば夢子らしい。

 

あ"ーーーわっかんねえ。

 

 

……しかし、やらなければ進まないだろう。

取り合えず手錠を外して貰わなければトイレだって儘ならない。なんなら手錠を持ってるくらいだ、ドラえもんよろしくお手軽にカバンから尿瓶だって出しかねない。

…………ないか。…………ないよね?

 

慎重になり過ぎても仕方がない。このまま夜になっても、朝になっても、夢子はきっと離れないだろう。

なんにせよ選択肢は残されていない。

 

「わかった、やるよ」

 

「本当ですか!?ありがとうございますっ!!」

 

「うごォ"ッ」

 

ガバッと俺に抱きつく夢子に、口から胃がまろび出そうになった。ちらつく三途の川。

 

「ど、どにかぐ…………や、ろぉ……か」

 

「はい!!」

 

跳ねるように大喜びの夢子が、眩しいほどの笑顔を見せた。

 

 

 

ゲームの流れをまとめよう。

 

投票ジャンケン。

1、ゲーム参加者は二人。

2、二人が互いに選んだカードを鞄に入れる

3、先攻で入れた夢子が先にカード3枚を引く

4、それぞれの手札でジャンケン

5、シンキングタイムは1分

6、相子の場合もう一度

 

 

夢子には反対を向いてもらい、その間に俺が入れるカードを取捨選択することになった。

念には念をと、俺のネクタイで目隠しをしてくれとまで言い出す始末。…………ナズェ?

……ここまでする必要あるか?まあいいけどさ。

ノリノリになっている夢子の後頭部に回したネクタイを結ぶ間、なぜか夢子は肩を切らして息を荒げていた。

……私情ですね、コレ。

 

「影逸くん、なんだかイケナイ気分になってしまいますね……!」

 

「………………ノーコメントで」

 

ヤメロヨォ!!

こっちだって思春期真っ只中の男子高校生なんだぞ!あんまりそういう……そういうアレコレはやめてよ!つーか、さてはこういう状況にしたかっただけだな!?

 

気を取り直して、カードの山からジャンケンの描かれた数枚を眺めて吟味する。

 

……今、夢子は目隠しをされた状態。鞄も無防備にこちらへ託され、覗こうと思えば覗ける。夢子の入れたカードがなんであるのか確認し、それに勝ちやすい、もしくは引き分けを取りやすい物を入れることも出来る。なんなら丸々入れ換えることだって出来るだろう。

他にも入れる前にカードに印を着ける小細工や、夢子の位置から引くカードを誘導するよう中身の配置を組む、等々、上げればキリがないほどにイカサマは仕込みやすい状況だ。

 

……だが、夢子はイカサマをしていない。

 

彼女は吊り合いのとれたギャンブルでさえあれば、基本的にイカサマ込みであろうと大好物だ。だが夢子がイカサマをすることはまずない。相手が仕掛けてくれば夢子も同じ土台に上がって仕掛け返すことはあるだろう。

狂人のくせに、ギャンブルに関する姿勢は真っ直ぐなのだ。

 

通常のギャンブラーなら顔芸キメて勝利宣言しながらイカサマをかますんだろうけど、それは『夢子取扱い免許』を持っていない連中の話。

夢子相手においては、自分の勝ちを確信した時点で負けてる、ってのが至言だ。下手にイカサマをしたところで、撃った弾丸を受け止められて同じ速度で返却されるのが目に見えてる。

 

……とはいえ、こんな負けが怖い状況でイカサマなしというのは余りに怖い。

……物凄い(ものッそい)イカサマをしたい。

だって負けたらどうかるかが見えないもの。こんな運任せのゲームに、メガトン級の不安の種を委ねるだなんて恐ろし過ぎる。

 

「ぅぅむ…………」

 

 

けど、この俺に全てを託したやり方はなんだ?試されてるのか?

いや、あざとすぎて試されているのかどうかすら疑わしくなってくる。

夢子にとってはどっちでも良いのかもしれない。イカサマをされようがされまいが。夢子はハンムラビ式とでも言うべきか、目には目をってタイプだ。何かされるまで頓着しないのだろう。

もしくは、俺が常識的正義感に駆られて馬鹿正直に挑んでくると踏んでいるのか?

 

「……ごめんなさい、影逸くん」

 

悩む俺に何を思ったのか、夢子は謝罪を口にした。

 

……いや、謝るのならまず手錠を外して解放して下さいませんか。

 

「察しているかもしれませんが実は私、この学園でもう早乙女さんという方……知ってますよね。彼女とギャンブルをしてしまいました」

 

「……うん」

 

取り合えず頷くが、意図が分からなかった。

そりゃギャンブル学園だし、ギャンブル好きの夢子にとっては天国よりも天国だろう。目の前にご馳走が山盛りになっているのに手を付けない筈もない。

それを謝罪されるというのはどういう了見だろうか。

 

「ごめんなさい」

 

「……うん」

 

もう一度、夢子は先程の興奮を忘れたように、静かに謝った。

 

「……ハジメテ(・・・・)は、影逸くんに捧げようと思っていたのに」

 

「……うん」

 

 

俺は取り合えず頷……

 

 

「……うん?」 

 

 

……けなかった。

 

 

「あの。夢子?なんの話を……」

 

「この学園で影逸くんに出会えて!一目見た瞬間に思ったんです!『あぁ、この学園で私のハジメテは影逸くんに』と!なのに私は早乙女さんの甘美な誘い(ギャンブル)に抗い切れず乗ってしまいました!!」

 

ヨヨヨとベッドで泣き崩れる美女に、俺は死んだような顔でぽへーっと思考放棄をしていた。

 

「ふしだらな女で申し訳ありません」

 

「……う、うん」

 

「どうぞ罵ってください!」

 

「ふしだら……?」

 

「ありがとうございます!」

 

ありがとうございます??

 

泣き崩れも格好だけだったらしく、嬉しそうに喜ぶ夢子は優雅にスカートを直しながら姿勢を戻す。

 

どーしよ。落差に付いていけない。頭いたくなってきた。

頭を抱える俺など気にもせず、「それに」と夢子は話を続けた。

 

「クラスの皆さんと……投票者という形であれ、全員とギャンブルをしたんです。影逸くんだけを仲間外れになんて、そんなこと絶対納得がいきません」

 

罪悪感の滲んだような。少し悔しげな声だった。

 

…………蛇喰夢子にとって『ギャンブルに誘われる』と『友達になろう』は、ほぼイコール。

 

少し見えてきた。

夢子が俺をギャンブルに誘った理由が。

 

俺から夢子とのギャンブル(……じゃなくてゲーム)に好意的に臨んだのは過去でも一度きり。

夢子にとって『友達になろう』という意味合いのゲーム。

あの最後の賭け。あの結果で俺たちは別れた。

そしてそれっきり。……それっきりで、完全に俺たちの関係が断ち切られたと、(ゼロ)になったのだと、そう強く感じているのかもしれない。

 

……まぁこの辺は一も二もなく俊足で逃げ去った俺も悪いんだけど。

 

だから夢子は、ギャンブルを逃げられない形で誘った……?

無理矢理ではあるが……。もしかしたら無理矢理だと自覚しているから『友達になってくれ』と、友人関係をギャンブルで絶対的な基盤にしようとしているのか?

確かに、恋人と友人では決別のハードルは段違い。踏み込みすぎず近くにいる、という目的ならば友人というポジションは的確だ。

 

……だが裏を返せば、夢子が負けた場合、俺の要望次第で友達という最低限の関係すら一切実現しなくなるという可能性を孕むということ。現に俺は夢子を振った男だ。『なんでも言うことを聞く』という賭け金でそれを実行しないとは言えない筈だ。

 

 

まさしく、人間関係を賭けたギャンブル。

 

 

 

少し、この状況には考えさせられる。

仲良くしたいと、ここまで言ってくれる女の子を前に、俺はイカサマをしていいのか……?

……それは、流石に男として情けなさ過ぎるんじゃないか?

いや、でも負けるのは困るし。

 

と、そこで夢子の罪悪感の滲んだ声が頭の中でリフレインすると共に、寂しげな顔まで浮かんでしまった。

 

 

「……あぁくそ、仕方ないか」

 

 

カードの山を裏返し、俺も目を逸らした。その中から直感で引いた3枚を鞄に入れて終了したことを告げ、夢子のネクタイをほどいてやる。

 

「あう……っ。もうちょっと堪能したかったです」

 

「そういうはしたない発言は控えなさい」

 

「はしたないだなんてそんな……」

 

恥ずかしそうに頬を染めてモジモジしていた。

こっちが覚悟を決めて挑んでいようと、彼女は平常運転のようだ。ほんと、変わらないなあ。

 

「……影逸くん、どうしたんですか?」

 

「なんでもないよ。それじゃあ始めようか」

 

俺も夢子も、互いに何を入れたのか分からない。だからこれはもう読み合い化かし合いの狸合戦ではない。純然たる、運のみに頼ったジャンケンだ。

 

負ければ友達。勝てば自由。

期待値も確率論もない、リスクも曖昧なままの目隠しギャンブル。

 

さあ、勝負だ。

 

 

夢子が先に。俺が後に。

互いに片手で手札を持った状態で、1分のシンキングタイムへと入る。

 

手持ちはグー、グー、チョキ。

俺はもちろん、なんのカードをカバンに入れたのか見ていない。見ていれば少なくとも相手の手札を予想出来たのだが……。しかし今回はそういうゲームだと割り切る他ない。

なんにしたってこのゲームは運次第。なら、迷ったところで運命論様には勝てない。

悩んだ末に選んだのはグー。

 

夢子より先にカードを選ぶため夢子と繋がれた手を動かそうとした瞬間。

 

 

 

ニィッと、夢子が小さく口角を上げたのが見えた。

 

 

 

ぶわっと、全身から汗が吹き出した。

 

 

待て。何か可笑しい。

 

友達になりたい……。

そもそも、夢子がそんなタマか?いや、確かにそういった一面もあるのかもしれない。友達が増えればそれだけギャンブルをしてくれる相手や関わってくれる人数が増えるのだから。

だが……基本的にイカサマをしない俺を夢子は知っている。俺もハンムラビ式、目には目をタイプだ。夢子もそれは承知の筈。

 

だが…………。

 

夢子が準備したカード。夢子が持っていたカバン。夢子に繋がれた左手。さらに顔を迫らせるミスディレクション。タックル紛いの抱きつき。目隠しでこちらの有利をインプット。相手にカードを選ばせるなんてものも、手品において欠かせない技術。

もしどれかが当てはまれば、夢子はいま、確実に勝ちを拾える……。

 

「さぁ、どうしますか。影逸くん」

 

俺は今、夢子の表情で勝手な考察を一人でつらつらとしていた。が、もしコレそのものまでもが盤外戦術だっとしたら……?

俺がイカサマをしないように、確実に勝てるように、言葉巧みに誘導していたのだとしたら……?

報酬を手にし、夢子の目的を確固たるものにしようとしていたら……?

もしくは、俺が確実に勝ちを拾いにくることを前提に、イカサマギャンブルを前提として仕込んでいたとしたら……?

考えればキリがない。

 

 

「さァアッ!どうしますかっ!?どうしますか影逸くんっ!!」

 

華の咲いた……というよりは、狂気染みた美しい笑顔を見せる夢子は心底楽しそうに、酔っているように瞳孔を歪ませる。

 

「何を出すんでしょうッ!何を出すべきでしょうッ!!」

 

…………俺が、考えてもキリがない思考の渦に呑まれている姿に。"かもしれない"という可能性に揺れている姿に。夢子は快感を示す。

 

「命令権。獲得できればなんでもシテ差し上げますよ、影逸くん。ナ ン デ モ(・ ・ ・ ・) 」

 

唇を濡らした夢子が魔女のように誘う。

彼女は敗北を切望し、勝利を渇望する。

 

「影逸くんっ!!トモダチになってもらったらまずどこにイきましょう!ナニをしましょう!でも間違いなく、多くのギャンブルをより楽しめますよねッ!!血のたぎるような、人の命すら危ういお金の奪い合いをっ!尊厳も肉体も立場も全てを揺るがすような脳の奥が痺れる程のギャンブルを楽しめますよねッ!!是非とも二人で、一緒に心行くまで、楽しみましょうッッ!!」

 

 

しかし、欲望に塗れた言葉とは裏腹に、夢子は確実な勝利など欲しがらない。この少女の厄介なところは、勝つことや負けることに拘りがないところ。

報酬、負債はギャンブルを楽しむためのスパイス、相手が必死になる分ゲームを楽しめる。夢子にとって賭け金とはそんな副次的なものに過ぎない。夢子にとってはギャンブルそのものが悦楽なのだから。

 

……だが分の悪いことに、今の俺の行動は夢子にとって殆ど織り込み済みだと見ていいだろう。

 

 

──そして

 

 

「さあ!!手札を決めて下さいッ!!」

 

 

──俺がいざというときの為に、イカサマの下準備を済ませていることも織り込み済みだろう。

 

 

夢子は、いつでも俺が勝利の引き金を引けることを知っている。

だがその引き金を引くかどうかは夢子が本当にイカサマをしてるかどうかを判断する、俺の読みと、最終的な運次第。だから、蛇喰夢子はこうして溢れる狂喜を隠すことなく楽しんでいる。賭け狂っている。

 

 

駆け引きに

 

読み合いに

 

攻防に

 

勝利に

 

敗北に

 

 

ギャンブルに、狂っている。

 

 

本当にどうかしてる。あれだけ血眼で執着していた俺をおいて、その人間関係をぽいっと賭けた勝負を、関係そのものを終わらせかねない勝負を、こんなにも楽しんでいる。

勝った先でもギャンブル。負けた先もギャンブル。その先も更にその先も。どこまでもギャンブルに身を焦がす女。常に勝者と敗者と勝負に飢えたギャンブルジャンキー。常人の思考じゃない。つくづく思う。この少女は正真正銘の狂人だ。

 

 

さて、勝負時だ。悩む時間はもうない。

 

イカサマをするか、否か。

 

 

 

 

「……よし、決めたよ」

 

 

 

 

さァアアあ、影逸くん影逸くん影逸くん影逸くん影逸くんっ!!待ち望んだ瞬間です待ち焦がれた瞬間ですッッ!!!さぁさあっ!!賭け狂いましょうッッ!!!!

 

 

 



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7話

16000字ちょいくらい。



「気のせいか……」

 

 

何やら後ろで動いた気がしたんだが、振り向いたところでそこには何もなかった。人の気配かとも思ったが、こんな時間に通学路に人影があるとは思えない。5時だぞ5時。

たぶん、猫でも通りすぎていったんだろう。

現に「にゃー」と仔猫のような透き通った鳴き声まで聞こえた。

 

……やけに美声な猫だ。

 

 

…………猫か。

………………いいなぁ猫。

 

 

「にゃーん。……なんつって」

 

 

…………はぁ。

 

俺は何をセンシティブになってるんだ。猫の真似までして。こんなの誰が得をするんだ気持ち悪い。

現に俺の汚い鳴き真似に警戒したのか、街路樹の方からガサガサと暴れるような音が聞こえた。逃げられたかな。悲しみ。

 

まぁ(さわ)れたところでって話だけど。……なんの因果か、動物好きなのにアレルギーで触れないし近寄れないんだよねぇ俺。

世界を呪ってやるクソめ。この荒れすさんだ心に(ささ)やかなアニマルセラピーも許してくれないのか。

じゃあ、毛のない生き物で……。

 

……あ、無意識にセラピーとか求めてる

どうした俺。大丈夫か俺。相当病んでるぞ。

 

 

 

日が昇る時間だ。

白んだ空。奥から詰められたように並ぶひつじ雲を伝って、青とオレンジに乱反射する光が鮮やかな紫を作り出していた。

 

いつもより二時間ほど早い起床時間と、いつもより長めにカードを触った。

手に馴染んだコインを片手に家を出て、昨日見たボビー・フィッシャ(チェス王)ーの実戦集を反芻しながらスマホで竜王戦の解説を聞き流す。

 

「いかん。最近、囲碁も疎かにしてる。最新の定石も勉強しとかないと……いやでも……。はぁー、また爺さん婆さんたちに置いてかれるぞこりゃ」

 

あの人たち、白秋とか玄冬周辺だというのにとんでもなく勉強熱心だからなぁ。

 

「はぁ……さみ」

 

煉瓦敷きの色合い暖かい道すがら、少し肌寒い空気に身震いする。

街が起き出す前。この時間だけは、世界に自分一人だけしかいないような、そんなしょうもない錯覚を覚える。

静かで神秘的で爽やかで、早朝ほど黄昏るのに向いてる時間はあるまい……いや、朝だから《黄昏(たそがれ)る》じゃなくて《(さと)る》って言うのか……?わからん。日本語って難しー。

 

 

ピョコピョコと擬音の聞こえそうな垂れ耳が揺れる。

 

間抜けた思考の隅っこに、いやに朝日の反射率が高いオレンジパーカーを被った頭が映り込んだ。

同じく彼女も俺を見つけてくれたらしい、口に咥えたチュッパチャプスを取り出して、目を細め手を上げた。

 

「……およー、カゲじゃーん。珍しいなこんな時間に。早起き登校だなんて健康的だねぇ……善きかな善きかなぁ……」

 

俺も片耳のイヤホンを外し、ペコリと会釈する。

 

「先輩。ども、おはようです」

 

俺の挨拶を開いてるかどうかも怪しい程に細められた寝ぼけ(まなこ)

寝起きのためか、少し掠れながらも彼女特有の高い声で「うぃー」と気だるげに呻き、手をヒラヒラと上げる。

彼女は俺より上の学年、三年生だ。

しかし高学年でありながら身長は現役小学生とタメを張れる程のミニマムサイズ。もちろん小柄な身長に見会った可愛らしい容姿だ。ホワイトブロンドの髪に……犬……のような兎……のような、謎生物を模した垂れ耳が特徴的なオレンジパーカーを被っている。

着ぐるみにも見えるそれのせいで、パッと見パジャマを着た子供にしか見えない。

 

だが外見に油断するなかれ。(ほだ)されるなかれ。

彼女こそ、我らが大魔王学園生徒会役員が一人。選挙管理委員会会長、黄泉月(よもつき)るな。

なにやら長い肩書きだが、要約すると学園内の公式賭博を管理する絶対中立(・・・・)を謳うディーラー様である。

もちろん役職名通り、選挙管理が主な役割であるから有事の際はそちらがメインだが。

 

「ふひゃぁあ~~…………ねむ」

 

花も恥じらう乙女に相応しくない大口を開けてアクビを放つ黄泉月先輩。

子供っぽい喋り方や本人のお菓子好きも相俟って尚更来年大学生とは思えない出で立ち。その姿に老婆心ながら憐憫(れんびん)の情が湧く。

当人からすれば余計なお世話でしょうけどね。

 

「先輩、いっつもこんな時間に登校してるんですか?」

 

「ンなワケないっしょー。今日は部室の取り合いでディーラーやんなきゃいけないんだよ~、その前準備に駆り出されてんの……ふぁぁ。……んー、面倒臭いなぁ。やだなぁ。誰か代わってくれないかなぁ…………あーあ。代わってくれないかなぁ……」

 

「ま、頑張って下さいよ」

 

そんなチラチラ見られたって代わってやらんぞ。なぜ一般生徒の俺がそんな大役をやらなきゃいけないんだ。

僕、知ってるよ。これ手伝うとあれよあれよと流されて範馬勇次郎ばりのパワープレイで選挙管理委員会に捩じ込まれるやつだって。

 

 

彼女はある意味、現在支配者然としている生徒会が革命を起こされひっくり返ったとしても、変わらず安泰の地位を確立できる紛うことなき勝ち組に属する人物だ。

選挙管理委員会。箱庭を取り仕切る側の人間。

 

……まぁ、絶対に入ろうとは思わないけどね。選挙管理委員会って何故か女子だらけだし。

ハーレム環境なんて、夢子に背中を刺してくれ!と大声で叫び回り大の字に寝転がるようなものだ。怖くてオチオチ登下校も出来ない。俺はまだ死にたくない。最低80は生きてやるぞ。

それに、選挙管理の人間は皆ルールやら公平に関する話題になると人格が替わったかのように恐ろし気なスイッチが入る。公平を守らない奴は殺してやるとでも言わんばかりの勢いでだ。全員、体の中にもう一人の人格でも宿してるんじゃなかろうか。なに術廻戦だ。なに戯王だ。

 

……ま、メリットをひとつ上げるとするなら……。

このまま勧誘に乗せられて『ディーラー』という役職を獲得すれば余程のことがない限り賭博の対象にされることはなくなる、ということか。

取り仕切る側になるという逃げ道。これ以上ない賢い学園生活のやり過ごし方だろう。

 

しかしだ。ずっと逃げ続けられるかというと、そうは問屋が卸さない。

会長の作り上げた奴隷制度は上手く出来てるもので、奴隷にはひとつの絶対権限、いわゆる公式戦(革命)という特権が無償で与えられる。これは一度キリの権限だが、その効力は確約されている。

これは、『奴隷は一度だけ、誰にでもギャンブルを挑むことが出来、かつ挑戦を受けたものは絶対に断ってはならない』という逃げ道を塞ぐ、強制エンカウントを迫れる下剋上システム。

こればかりは学内の生徒である以上、ディーラーどころか生徒会長でも逃げられない。

……そして、俺の場合。わざと自分を奴隷の身に堕としてでも挑んで来そうなのが約二名もいるんだワァ……。

 

……ついでに言うなら、黄泉月先輩の被る可愛い犬兎フード。あれは選挙管理委員会会員は強制装着が義務づけられてる。あれは女子が被ってこそだろう。男が被ったところで醜さを倍増させるだけだ。誰が得をすると言うんだそんなもん。

 

 

「なぁー手伝えよー、お世話してやってる先輩の頼みだぞ~?」

 

「お世話って……なったことありました?」

 

「ちぇー、可愛くないなぁもう……」

 

黄泉月先輩はそう口を尖らせる。

 

「ていうかさー、ナニ聞いてんだあ?」

 

突然、今までの気だるさとは乖離(かいり)した機敏な動きで、スマホから伸びたイヤホンの片割れを俺の手から引ったくった。

黄泉月先輩は躊躇(ためら)いもせずそれを耳に差し込む。

 

まるで恋仲の男女のように、ひとつのイヤホンで体をくっ付ける……。と思いきや、あまりの身長差に恋仲というより兄妹のような画になってしまった。

 

「ニヒヒ~」

 

「…………」

 

不憫な…………。

ううっ。なんで俺が泣きそうになってんだ。

 

頑張って小悪魔風に微笑んでくれるのが余計に涙を誘う。

しっかり成長していれば確実に早乙女芽亜里に並ぶ美女になっていただろうに。それもあんな()慳貪(けんどん)じゃない完璧小悪魔美女に。

神よ!この人が何をしたと言うんだ!

前世で大罪でも犯したのだろうか。いや、だったらそもそもこんな愛くるしく生まれてこないな。違うか。オロローン。

 

と、俺のイヤホンを奪って悪戯っ子のように微笑んでいた先輩が……。

 

「……うげ、ナニコレ。将棋?」

 

イヤホンから流れる音声に苦々しい顔で、一言。

 

 

「じじくさ」

 

 

パリンッ!

ガラスのハートが弾けた音が聴こえた。

 

「い、いやいや!将棋だって立派なゲームでしょう!!生徒会室にも置いてありますし!?将棋部だってありますしぃ!?いくらギャンブル学園だからって純粋な盤上遊技を敬遠しなくてもいいじゃないですか!楽しいですよ将棋!!」

 

「いや別に将棋を揶揄(やゆ)したワケじゃなくてコレ聞きながら登校してることに対してなんだけど……。ぷぷっ……なんか、必死過ぎてキモいなっ!」

 

 

「…………」

 

やめて、割れたハートの上でランニングマンしないで。

 

「あれ?もしかして怒った……?」

 

「………………おれ、おこったことないんで」

 

「そー拗ねんなって!」

 

黙り込んでしまった俺に、機嫌を損ねてしまったとでも思ったのだろう。

いや、まぁ……損ねてるんですけどね……。

 

そんな俺に、黄泉月先輩はポケットから飴玉を取り出すと押し付けるように渡した。

 

「ニャハハー!いやぁごめんごめん。あんまりに純粋な反応してくれるもんだからさァ、つい。カゲはもう少しひねくれても良いと思うぞ~?」

 

「はぁ……。まぁ、ご意見参考にさせて頂きます」

 

「で、これゲーソンとか入ってないの?」

 

ゲー……ソン?

……あぁ、はいはい。ゲームソングでゲーソンってことね。学校にハードごと持ち込んでるくらいのゲーマーですもんね黄泉月先輩。

 

「ソングというか、歌はないですけどBGMなら沢山ありますよ。歌入りは勉強に集中出来なくなるんで入れてないっス」

 

「真面目かよ。お、Megalovania(メガロバニア)入ってンじゃん!アンダーテイルとかやっぱ分かってんなカゲー!」

 

「うっス」

 

ちょっと嬉しい。

キモいとか言われるより何倍もね!

 

「あーあー!そろそろCODもフロムも任天堂も新作も出るしマジ大変だな~。会長の遣いっぱしりばっかやってると時間取れなくてつれーよー。誰か手伝ってくれねーかなー。気の遣える後輩とかいたらなぁ~。いねーかなぁ~~?」

 

「いないです、頑張って下さい」

 

だからチラチラ見るな!!手伝ったらオシマイだって分かってんですよこっちゃあ!!

 

「ま、新作ゲーム出たら一緒にやるくらいなら全然いいですよ」

 

「ったりめーだろぉ。何言ってんだよ逃がさないからな」

 

「当たり前だったんだ」

 

「当たり前だ」

 

「初耳です」

 

「今決めたからな」

 

「ですよね」

 

「だ」

 

至近距離のやり取りに、ふと俯瞰的に自分を見てみた。

仲良さげに三年生の女子と登校する姿。もしかして俺、いま高校生活初めてのリア充してる?

 

……判断が早い!

 

……ってふざけてる場合じゃないか。

よく考えろ、相手はあの黄泉月先輩だぞ。知らない人から見たら身長差のせいもあり犯罪的だ。

よくて兄妹。最悪誘拐犯。

 

……いや、考えても栓なきことか。いくら犯罪チックに見えようと無罪は無罪だ。誰に何を言われる謂われもない。

黄泉月るなを知る学園生徒なら、変に目撃されたとてロリコン呼ばわりされることもない筈だ。

生徒会って基本、奇人変人の集まり、魔王様御一行みたいなものだし。ここ通学路だし。

 

「……へぇ…………。猫も杓子も夢中ってワケか……。ンフフ、いいこと思い付いた」

 

「え、猫がなんです?……なんて言いました?」

 

「んーんー。なんでもー。あそうだ、ちょいとちょいとカゲ後輩よ。少ししゃがんでくれるかな?」

 

「しゃがむ?……まあいいですけど」

 

ちょいちょいと袖を引かれ、謎の催促に首を傾げながらも指示に従ってみる。なんだろう。身長差に首でも疲れたのだろうか。それとも肩車でもして登校しろとか。そこまで身長がコンプレックスなのだろうか。

いや、肩車されたら余計に惨めになるだろうから違うか。

単に足としての役割ってことか?

 

そんな失礼な思考など、次の黄泉月先輩の行動で消し飛んだ。

 

 

 

チュッと、頬に口付けされたのだ。黄泉月先輩に。

 

 

 

「…………………………ぬ?」

 

 

黄泉月先輩は付けたままだったイヤホンを外すと、そそくさと俺を置いて通学路を小さい歩幅で駆けていく。

 

「じゃあなカゲー!いつでも生徒会室に遊びにこいよー!歓迎するからなー!にゅふふ~~」

 

くるっと振り向き手を振り去っていく。俺はその姿が消えるまで見送ることしか出来なかった。

 

 

…………。

 

 

え、もしかして俺のこと好きなの?

 

 

あー、どうしよう。

これ青春始まっちゃったかもしれん。でも彼女あのルックスだしな。歳上とか性格とかは喜ばしいくらいに好みなんだけど容姿が小学生に見紛うレベルだからな……。いやそんなものは強い想いの前にはあってないような壁なのか……?

いやいや待て相手はあの黄泉月先輩だぞ!早まるな!ロリコン呼ばわりされても否定出来ないぞ。……いやでも頬とはいえ女子にチューされるとか人生初体験だし。

 

これが……モテ期なのかッ!?

 

すっかり頭ものぼせ上がり、耳元に流れる将棋の解説などもはや念仏同然だった。

 

 

「…………って馬鹿、待て待て落ち着け。ありえないだろう。あの会長の下で働く黄泉月先輩だぞ」

 

ふと我に帰って冷静に考えてみた。

これはもしや、噂に聞くハニートラップというやつでは?

……なんだハニートラップって。ルパン三世かゴルゴさんの世界でしか聞いたことないぞ。俺のような庶民からしたら一種のファンタジーだ。

 

 

……それにハニートラップをしかけてくるならもっと色っぽい女子を使ってきそうなものだけど。……でも生徒会の女子って……。

会長は論外。副会長はそもそも喋ってくれない。

秘書の五十嵐(いがらし)さん……は会長一筋のソッチ系だからあり得ないし。

西洞院(にしのとういん)さんはパッと見美人だがすぐ般若顔になるし、そもそもお色気ってタイプではない。

夢弓弖(ゆめみて)……なら芝居も上手いし適任かもしれないが一応アイドルだ、ゴシップの元は作りたがらないはず。

(すめらぎ)後輩も楓にゾッコンだからない。

 

うん生徒会の女子陣全滅!ハニートラップできる奴なんていないわ!となると、消去法で黄泉月先輩が選ばれた……?

いやでも、消去法でいくなら黄泉月先輩も消えていきそうだが……。

 

なるほど、わからん!

 

 

ここまでの考えが全くの杞憂であることに、すぐ気がつくことになる。

 

あの頬っぺたチューはハニートラップでも何でもなく、黒髪をなびかせ背後から迫り来る彼女を煽るための、黄泉月るなの悪質な置き土産であることに。

 

 

ローファーの足音が忍ぶように鈍く迫る。

ヒヤリとした白い手が首元へ息を殺して這い寄る。

 

 

 

平和な朝の一時(ひととき)が阿鼻叫喚に変わるまで

 

 

 

あと5秒。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

お友だちになった(・・・・・・・・)というのに、扱いが雑なんです!酷いと思いませんか鈴井さんっ!」

 

 

 

ぷくーっと愛らしく膨れた頬で夢子は訴えた。

 

「まぁまぁ夢子、影逸はああ見えてシャイだからさ。許してあげてよ」

 

昼。

影逸が生徒会会計さんに拉致された。

 

何事かとその様子を観察すれば、なんのことはない。いつものように容赦なく襟首を捕まれて引き摺られて行く様が見えた。しかしなぜか今回に限って影逸は廊下の角へ消えていくその最後まで感涙に満ちた笑顔を浮かべていたのは記憶に新しい。

いつもなら嫌そうな顔で渋々引き摺られていくのに。

 

連れて行かれる影逸に、呆気にとられる夢子の肩を叩いた僕は教えたのだ。

 

「大丈夫だよ夢子。あんなの日常茶飯事だから」

 

その後。

夢子とふたつの机を合わせて食事をとっていた。そんな折り、夢子は思い出したように膨れっ面で抗議の声をあげたのだ。

 

「だからといって、肩に手を置いて朝の挨拶をした途端に悲鳴を上げて逃げるだなんて傷付いてしまいます。そうは思いませんか!」

 

愚痴を溢す夢子が相手だが、影逸ぶりの同級生との会話だった。

影逸と絡みはじめてからというものの、不用意に僕たちに近づく生徒は極端に減った。これも生徒会に目をつけられた影逸の影響だろうか。

僕としてはギャンブルがしたいわけでもないし、渡りに舟だ。

まぁ、実際のところ、僕は影逸という友達がいればなんだっていいんだけど……。

 

……とはいえ、悲鳴を上げて女の子から逃げるだなんて、確かにそれはちょっとフォロー出来ないよ影逸。

 

いやいやと、そこでかぶりを振って考えなおしてみた。

いくら影逸とはいえ、女子相手に言えない悩みのひとつやふたつあったって可笑しくはない。きっと逃走に至るまでの何かがあったはず。

ここは男の僕が、理解者としてフォローするのが友人のつとめだよね!

 

「何かしら影逸も抱えてるんじゃないかな。普段は凄くマトモだし、常識人だし頼りになるし。それにほら、こういう時こそ支えてあげるのが僕たちの役目だからさ。そうすれば絆だって深まるんじゃないかな」

 

「なるほど!弱ったところを突くのですね!」

 

「あはは、夢子は中々ユニークな言い回しをするんだね」

 

言葉の綾かな。夢子も意外と口下手だったりするんだなぁ。

 

「それにしても、影逸どうしちゃったんだろ。昨日の朝からずっと顔を青くしてたし。ちょっと体調が優れないだけだって言ってたけど……」

 

本人は何も話してくれない。でも、明らかに何かあった様子だ。でも影逸が話してくれないってことは今話すべきじゃないから……だと思う。

いま僕らが出来るのは、あのどこか怯えた様子の影逸と遊ぶなり雑談するなりで少しでも元気になってもらうことくらいかな。

 

「とにかく、僕たちは僕たちなりに影逸を気遣ってあげることが一番の薬じゃないかな」

 

「クスリ……っ!流石です、依存性を持たせればいいんですね!」

 

「うん。……うん?」

 

なぜだろう。どこか噛み合ってないような……。きっと気のせいだよね。

まぁ夢子って変わってるし。昨日だって単身であっという間に早乙女を負かして幽霊のようにいつの間にかどこかへ消えちゃって……。

謎多き転校生だ。

 

「ところで鈴井さん。影逸くんはどうして会計の方に連れていかれてしまったのでしょうか。……ま、まさか、カツアゲと呼ばれる伝説のアレなのでしょうか!」

 

伝説のアレって……。

「それはないよ」と、心配そうにアタフタする夢子を安心させるため、明るい声色で否定した。すると僕の思ってた方向とは逸れて、夢子は謎の熱を上げていく。

 

「でっ、では!!ではもしかしてもしかすると、ギャンブルでしょうか!?まさかとは思いますが生徒会が影逸くんを召し上げてギャンブルを強制しているのでしょうか!なんという蛮行でしょうっ、許されません!私も参加してきます!!」

 

「待って待って待って!!!」

 

食事の途中だというのに広げたお弁当はもはや目にも入っていないらしい。

 

「生徒会室はどこでしょう!」

 

「ストップ!夢子ストップー!」

 

法螺貝の音色まで響きそうなほど、武将もかくやと言わんばかりに雄々しく立ち上がる夢子をどうにか引き留める。

 

「たまに、ああして生徒会の会計さんに連れていかれてるんだよ」

 

「たまに、ですか……?」

 

「うん。よくわからないけど、影逸に必要な知識を叩き込んでおくとか何とかって聞いたよ。ほら、影逸って特待生だからさ、きっと勉強を教えてもらってるんだと思うよ」

 

「そうでしょうか……」

 

「うん、たぶんだけどね」

 

まぁ確証はないんだけど。

 

 

 

 

黄泉月(よもつき)さんが言ってたから、たぶん本当」

 

 

 

 

 

 

 

──鈴井さん

 

 

 

 

 

 

その時だ。

発せられた声を夢子が出したものと理解するまで数秒かかった。それほどまでに底冷えするような、地を這うような、別人のような、迫力の籠った声だった。

 

 

「黄泉月……。黄泉月さん。……なぜでしょう、聞き覚えがある名前です」

 

「え……っと。夢子?どうし──」

 

「鈴井さん。黄泉月という女の子のこと、詳しく教えてくださいませんか?」

 

「……ゆ、夢子?」

 

あまりの迫力に無意識で唾を飲み込んだ。

昨日、早乙女とのギャンブルで見せた狂気的な熱量とは正反対の、泥のように重く黒々とした圧力だった。

昨日の今日で絡んでくる生徒はいない。が、遠目に夢子を見ていたギャラリーたちも、何気なく過ごしてたクラスメイトも、殺気に近い迫力に当てられたのか、確実にいま、僕たちの周囲に空間が広がった。

 

 

「身長は約135前後、黄色がかった髪と恐らくお菓子好き、どこかファンシーな出で立ちで容姿はとても幼く、人をからかうのが得意な印象を受けました。黄泉月さんとは、彼女のことですよね?この学園で二年生にもなる鈴井さんならもっと詳しいお話も知ってますよね?ご存知ですよね?今の発言から会ったことのあるようなニュアンスでしたし、是非聞かせてくださいな。いったい彼女はなんなのでしょう。いえいえ特に他意はないのです。が、今朝たまたまお見掛けしまして。彼女がいったいどこの馬のホ……こほん、どこのアバズ……こほん、どこのどちら様なのか気になって気になって仕方がないのです。さて鈴井さん、彼女はいったい誰なのでしょうか。年齢は?住所は?家族構成は?嫌いなものは?好きなものは?大切なものは?仲のいい友人はいますか?私は彼女の全てが知りたいのです。ああ誤解なさらないでください、あくまでこれは一過性の知的好奇心に過ぎません。ですから何の憂いも物案じもする必要は一切ないんです。彼女を害そうだなんて5ミリも思っていませんから。ですから知っていることがあれば教えてくださいませんか?氏素性、知っていること、知らないこと、全てを、私に、教えてください」

 

 

「え、ええと……」

 

黒い前髪のカーテンからギョロリと覗かせた赤い目が、言葉にできないほどに爛々と凄味をたぎらせていた。蛇に睨まれた蛙のようにカチコチになった体をどうにか動かす。

話さないと。

本能がそう強く訴えていた。

 

恐らく、夢子の気になっているのは黄泉月るな先輩。選挙管理委員会会長の彼女で間違いないだろう。

……流石に住所やら家族構成、友人関係なんてものは知らないが。

僕は僕の持ちうる限りの情報を話した。

 

そこでふと思ったのだ。

影逸が生徒会にいたく気に入られていることまで話すべきだろうか、と。

大したことのない話だと思うけど……。けど、なぜか僕は躊躇ってしまった。僕の中で何かが囁くんだ。ここが大きな分岐点であると。

 

「……こ、これくらいかな。僕はおろか、一般生徒じゃ三年生役員と絡むことなんて殆どないし、話を聞いたのも一回きりだったからだからあんまり詳しくないんだ。ごめんね」

 

話さないことにした。

ここまで鬼気迫る夢子に言ってはいけない気がした。

 

 

「…………そうですか」

 

「う、うん」

 

スッと細められた眼光。

それは思案に耽る色なのか、猜疑の眼光なのか、はたまた僕の情弱さに怒気を孕んでいるのか。

悪さをしたわけでもないのに自然と冷や汗が背中を伝う。

 

「わかりました」

 

夢子の感情を読み取ることも出来ない内に、夢子はニコニコとした笑顔に戻った。

 

「鈴井さん。今後とも、よろしくお願いしますね」

 

夢子は同い年とは思えないほどに、凄艶に微笑む。

 

 

……か、影逸。夢子がすこし怖いよ。助けて。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「誰かに呼ばれたような……」

 

 

「何を言っているこの阿呆。電波の受信はよそでやれ」

 

生徒会室。

大きな机を挟んだ位置でペンを握る楓は、こちらに見向きもせず呆れた声でそういつものツンデレ発言を溢した。

 

「『ちゃんと取り組まないとテスト落とすぞ。俺は心配だ』って言いたいのね。わかってるわかってる」

 

もちろん教えてもらってる身だ、無下にすることは出来ないし予習復習も欠かしてない。だがそれだけ勉強してもギリギリなくらい、ここの特待生制度は高レベルの学力を求められる。

楓様様だよ本当。

でも資金運用の基礎は教えてくれなくていいです。俺生徒会に入るつもりないんで。

 

「き、貴様……。喧嘩を売るなら相手を選べ。俺がその気になれば貴様のような一般生徒なぞ指先ひとつで──」

 

「わーってるわーってる。心配ありがとな、マジで。何より今日の楓は超絶ファインプレーだった神かと思った。地獄に仏あり。生徒会に楓ありだ」

 

「馴れ馴れしいぞ、何度も言わせるな。俺のことは豆生田(まにゅうだ)と呼──」

 

「つか、あんのロリ悪魔めェ……!今度合ったら只じゃおかねえ!俺のヨッシーでヤツのネスをギッタギタにしてやる……っ!!」

 

「…………朝土、貴様これ以上くだらんことを(わめ)くならここに会長と生志摩(いきしま)を呼ぶぞ」

 

「いやあ!資金運用も教えて欲しいなあ!!」

 

呆れたようにため息を溢した楓は、何気なく窓の外へ視線を送った。

 

「……まったくこの馬鹿め。……ん、なにやら今日は雲行きが怪しいな。降らないといいが」

 

「あ、本当だ。曇ってきた。……なんか嫌に重い雲だな」

 

「あぁ」

 

 

 

これは一雨くるかもな。

 

 

 

生徒会室の扉。

 

ヌルリと、わずかに開いた隙間に血の気の引いた白魚のような女性の指が差し込まれた。

 

 

温度を求める怪物のように、部屋に入ろうと蠢くそれは

 

 

 

「探したぜえ……っ!かぁげえぇ!いつぅぅぁぁあっ!!」

 

 

 

隙間から、ダラリと真っ赤な舌を垂らした。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

眼帯をした隻眼の女。

 

名監督の作るホラー映画と遜色ない、恐怖を体現したような光景だった。

血色の悪く見える紫のリップと口許につけた二つのピアスを吊り上げ、鋭利な四白眼を見開き涎を垂らしながら破顔していた。

 

「見つけたぞ朝土、影逸ぅぅ……ッ!」

 

生徒会室の扉をうっすらと開けたのは学園きっての狂人。自らの目玉をペンで抉り取ったという生けるレジェンド、バーサーカー生志摩(いきしま)(みだり)

俺が最も会いたくない人物の一人が、(わず)かに開いた扉から顔を覗かせている。

……いや、俺じゃなくてもこんなヤベーやつに会いたい奇特な人間はいないだろうけど。

 

「灯台もと暗しってのはマジであるんだなぁオイ。てめえを探し回ってた今までの時間が勿体ねえぜ。ここに居んなら居るって言えよなぁーあ?」

 

「いいからそのシャイニングごっこやめろよ」

 

いつまでも顔を扉に挟んだまま「んふー」と、ぬるそうな鼻息を吹き出している。黒目の小さな目玉だけが独立したようにギョロリと視線で俺を下から上へ(ねぶ)るものだから鳥肌がおさまらない。

つか、んふーってなんだ。んふーって。そんな気持ち悪い言動でいいのか女子高生。もうちょっと端から自分がどう見えるのか意識しろよ女子高生。

 

「じゃ、勉強続けようか」

 

「あぁ……」

 

「オォイ!なぁ影逸よ!アタシの話を聞けっての!!聞いてんだろォ!?」

 

「聞きたくもないので聞いてないということで」

 

勉強の邪魔になっている生志摩に、楓は少し苛立たしげに眼鏡のブリッチを持ち上げ光らせた。無言の圧力というものをこれでもかと放っている。言いたいことはわかる。俺と同じことを考えていることだろう。「「はよ居なくなれ」」と。

……まぁ、伝わってないみたいだけど。

 

生志摩は、ゆらゆらと支えを失った人形のように不気味に頭を揺らしながら囁くように言う。

 

「なぁ影逸よぉぉ……。追いかけんのもいい加減飽き飽きなんだよ。観念してくれよォ。今日という今日こそ、アタシと──」

 

「てい」

 

「った」

 

が、そこへ丸められたポスターによる一撃が下った。

 

生徒会室を通せん坊する形の生志摩を後ろから小突き現れたのは、今朝大変お世話になったあの小悪魔ロリだった。…………ちょっと危ない表現になってしまったけどそういう意味じゃないのでセーフ。

今朝大変お世話になったロリもとい、黄泉月るな先輩その人であった。

 

「妄ちゃん邪魔。生徒会室入れないでしょーが」

 

「……へいへい」

 

「まったくもう。……ってあらら、カゲじゃん!どしたどしたー!今朝の今でもう私に会いたくなっちゃったのか!可愛い後輩だなぁもう私まで照れちゃうぜぇ~」

 

「…………」

 

よくもまぁそんな台詞をいけしゃあしゃあと言えたもんだなこのロリめ。誰のせいで生徒会室に避難してると思ってんだ。

にぇへへーと自分の頭を触っている黄泉月さんに、俺はひたすら冷たい視線を送っていた。届け、この想い。

 

「んなことよりよォ!影逸!今日こそ──」

 

「生志摩、貴様美化委員長だろう。今日はミーティングがあった筈だ。なぜここにいる」

 

「…………あアァ"?」

 

黄泉月先輩を押し退けて俺へ駄々をこねようとした生志摩だったが、楓様の救いの手が差し出された。

おお、かみよ!かみはここにおられた!あがめるのだ!

 

「美化委員会だぁ?ンなもんどーだってイイだろうがよォ!だいたいテメーになんの関係があんだ?あ?会計メガネ」

 

「フン。品のない女め。大口開いて喚くのは結構だが、会長の慈悲で役員でいられているという事実を忘れるな。役割も果たせず下品な振舞いが目に余るようならば報告してもいいんだ」

 

「はぁあ?会長にチクっちゃうぞーってか?馬っ鹿じゃねーの!勝手にやってろや幹事めがねぇ!!」

 

とまぁ、中指をたてる生志摩と中指をたてる(メガネをなおす)楓がそんな醜い言い争いをしている。

そして聞いての通り。恐ろしいことにこの狂人生志摩妄。生徒会役員美化委員会でありながら、その長なのである。

美化とはいったい……。長とはいったい……。哲学だろうか。

 

相も変わらず犬猿の仲のようで、今日も今日とて楓の正論パンチがゴムゴムのガトリング。

それでもめげない生志摩は机に腰を乗せると、楓との直線を遮るように俺の方へ体を倒した。

机に転がるという品のない行為。ここに鈴井がいれば説教されていたことだろう。というか現在進行形で楓にやめろと叱られている。聞こえてないっぽいけど。自由過ぎか。

 

「なぁ影逸ぅ。いつになったらアタシと組んでくれるんだよ。アタシはお前がいないとダメなんだよ、なぁあ」

 

ワーイ、モテモテダー。色男は困っちゃうナー!

 

……ンな訳あるかい。

昨日今日と通して見ると、まるで俺がこの学園でモテモテであるかのように見えるだろう。

数々の少女に言いよられ「なぜかモテるんだよな俺。今日も別の女に付きまとわれて、とーっても困ってるんだゼ!」なんて。そんなイケすかないなろう系主人公にでも見えるかもしれない。

だが実のところ、それは了見違いだ。そんな都合の良い世界がある訳がない。いや、この学園でモテたらモテたで疑心暗鬼になりそうだけどさ。

 

まあつまり要約せずに、パンチの効いた本文から切り込むならば。生志摩についての出だしの一文はこうだろう。

 

 

生志摩妄は変態である。

 

 

こいつは紛う事なきドM。

ジョジョ風に言うならドドドドドM。

ジョジョじゃなくてもドドドドドM。

それも自分から突っ込んでくるアタッカー型ドMだ。

 

なんでも会長にギャンブルで負けて、この生徒会室でやらかしたという例の……生志摩自身の目玉を使った渾身のペンパイナッポーアッポーペンをかました事件。あれが性癖を目覚めさせる引き金になってしまったようだ。

ギャンブルをして、結果負けて、自分の体が無惨に痛め付けられるスリルがどうしょうもない位に好きになってしまったらしい。特殊性癖ここに極まれり。

ギャンブルというものは、普通の人間であればベットするものは基本お金、そうでなくても自分が得をする何かだ。せっかくギャンブルで勝ったのに、相手に負傷を負わせたいなんて、そんな生産性のない真似をするやつはまずいない。普通の精神性をしていればまず起こり得ないことだ。……普通であれば。

そう、それを平気でやってしまうのがあの桃喰綺羅莉という怪人。好奇心さえ満たされるのなら常識も倫理も二の次三の次。

 

で、生志摩はそんな会長に負けるのにすっかりハマってしまった。ゾッコンだ。本気かどうかわからないが、会長に殺されたいとまで(のたま)っている始末。

しかし会長もひねくれにひねくれてる。そう簡単に生志摩を喜ばせる筈もない。生徒会に生志摩を入れることで過度な自傷行為を禁止させ、その上で無視を決め込んでいるようだ。

飴を与えることも忘れず、「私がギャンブルをするに値する状況を作れるのなら相手をしてやってもいい」なんて条件まで出したらしい。

 

ここまで情報が揃えばわかるはず。

そう、この変態。生志摩妄は俺とタッグを組み、俺をダシにすることで会長とギャンブルしようと企んでいるのだ。

迷惑千万。勘弁してくれ。というかその流れだと、コイツスリルのために自分でハンデ背負いながらギャンブルしそうだ。そうなれば確実に俺まで敗北のペナルティを課されることになる。誰が喜んでそんな目にあいたいと言うんだ。

却下だ却下。

 

 

そんな訳で。納得のいかないままに、いつの間にか生志摩妄というバーサーカーにまで付け狙われる毎日になってしまった。

運の良いことに……というか、会長の(はかりごと)だろうが、美化委員会は割と多忙らしく遊び回っている余裕はないようだ……。絡まれる回数はそれほど多くはない。生志摩は仕事をバリバリこなせるタイプではないし尚更(なおさら)

お陰で俺はこれまでシャバ(自由)の空気をわりかし吸えていた訳だ。……夢子が現れるまでは。

 

「なぁああ、かぁげぇぃぃつぅぅっ。一緒に組んでくれよぉぉ。いいだろぉぉ?」

 

「やだね」

 

「じゃあよ組んでくれりゃあ一発ヤらしてやっからよ!」

 

…………ねぇ、なんで普通の女の子いないの?

 

うちひしがれた。

現実は非常だ。

 

「当然参加賞だ!参加してくれりゃいい!参加してくれりゃあヤらしてやるって!なっ!?」

 

「な、じゃねえボケ!」

 

つい口が悪くなってしまった。だが俺は悪くない。こういう自分を軽視し過ぎる女に配る優しさなどない。

こいつはどれだけ楓と俺で説教してもこういう発言をやめない。欲望の為なら他はなんでもよし。ほんと将来が心配だ。

 

それと悪いが俺は女子への理想が高い!普通の女の子じゃなきゃ無理!

…………あれ、高い?

 

「てか、今日勉強会の日だったんだなぁ、報告書持ってきたら妄ちゃんまでいるもんだからビックリだよ」

 

「ええ。まぁ勉強会というより俺がこの庶民に一方的に教鞭を取ってるだけですが」

 

「にゃははー、カゲにはもっとこの学園で面白可笑しく暴れて欲しいからねぇ~。学力なんかで消えてくなんて勿体無いし、教えるの頑張ってな」

 

「他人事だと思って……。あんなトラブルメーカー、俺には御しきれませんよ」

 

「そこがいいんじゃない。この学園であんな人間は稀有だよ。大事にしなきゃ」

 

意味は分からないが何やら俺の学力を馬鹿にされてる会話なのは理解出来た。

 

「こら先輩と楓。よく分からんけど俺が面白可笑しくてなんだって?特に黄泉月先輩、今朝のことといい、人で遊ぶのも大概にしてくださいよ……?」

 

「聞こえな~い」

 

「おいこら影逸、てめえはアタシの話を聞けよこら」

 

どれだけ無視しても顔を近付けて視界を遮ってくる。そんな生志摩の頭を手で押し退けながら黄泉月先輩にぶーぶーと文句をつけるも飄々とした態度に逃げられるばかり。ぐぬぬ。

 

その時。

 

「っいっだぁ!!生志摩、てんめっ!」

 

ふいに右手に激痛が走った。

何かと動転しながらも痛みの元へ視線を向けた。

 

噛まれていた。

邪魔な頭をどかそうと力んでいた左手が、女子高生に噛まれていた。

どうしてこうなった。人の手を噛むとか何歳児だよお前痛い痛い痛い痛い

 

「痛い痛い痛いッ!!いつまで噛んでやがんだ離せって馬鹿!!」

 

「ガルルルルっ!!」

 

「野犬かてめえは!!馬鹿馬鹿馬鹿っ、血出てる!血ぃ出てるって!!」

 

見かねた楓がどうにか生志摩を引き離してくれた。

細身の楓じゃ頼りにならないと思ったのも一瞬。引っ張るような力業ではなく、腕を生志摩の首に回し力強く絞めたのだ。

その絞め技に、流石に噛むことより逃げることにシフトした生志摩はようやく口を離して教室の端へ猫のように離脱した。

 

ペッと吐いた唾には俺の血が混じってるのか、絵の具の様に赤かった。

それに気がついて左手を見れば歯形がくっきり残り少なくない出血をしていた。マジで勘弁してくれ。

 

「なあ影逸!てめえがアタシを相手にしねえってんなら、ギャンブルで決めようぜ。アタシが勝ったらチームを組め。お前が勝てば何でも言うことを聞いてやるよ」

 

「…………」

 

最近どっかで聞いたフレーズだなぁ、それ。

 

「…………はぁ。……まあそれで済むならやってやらんでもないけど」

 

かまわんさ。万が一負けても、チームを組むことと会長とギャンブルすることは別問題だもんね!勢いのある内に受けて余計なプラスアルファを付けさせず終わらせてやる。

手品で生き残ってる人間の手を噛みやがったんだ、容赦しねえからな反則しまくってやるぜ。

スッゾオラー!!!!

 

「ぬおっ、ギャンブルー!?いいねぇ!じゃ私ディーラーやるよん!」

 

黄泉月先輩が喜色満面で手を上げピョンピョンと自己主張をする。

 

「へへっ、じゃあゲームはこいつだ」

 

そう言って生志摩がスカートのポケットから取り出したのは一丁のリボルバー。

 

……こいつなんでリボルバーなんてポケットに生身で入れてんの?

いくら玩具とはいえ……。いや、うん。玩具とはいえそんなものをこの年齢で常備してる時点でこいつがどれだけアホか理解で──

 

 

 

 

 

その瞬間、銃声が鼓膜を破く勢いで叩いた。

 

 

 

 

 

ギギギと首だけで振り向くと、俺の後ろにあった花瓶が無くなっていた。その場に崩れた陶器の欠片と散った花たち。……壁に空いた風穴。

水が高級なカーペットを惨たらしく濡らし、赤黒く染め広がっていく。まるで俺の体から流れていく比喩であるかのようで、サァッと顔から血の気が引いた。

 

「ロシアンルーレットだよォ!単純かつ最ッ高にトべる究極のゲームだァア!!」

 

「…………」

 

「生志摩、いたずらに花瓶を撃ち抜くな。言った筈だぞ。美化委員として相応しくない行いは報告すると」

 

「っせえな!」

 

「ちょっと妄ちゃーん。せっかくディーラーやろうと思ったのに、これじゃ私の存在意義なくなくなーい?」

 

「先輩までそんなこと言うのかよ!いーじゃねーかロシアンルーレット!なんでわっかんないのかなこのスリルの気持ちよさがさァア!!」

 

「ん~……。にゃはは!ダメだねこりゃ、やっぱ私妄ちゃんの相手面倒臭いわ!」

 

「生志摩。ギャンブルをやるのは結構だがせめて血を洗い流せる場所でやれ」

 

「わかってるっつーの、るせーな」

 

なんでこの人たちこんなケロッとしてられんの?

……え?あれ?俺が可笑しいの?明らかにモデルガンの威力じゃないよね?ゲームとか言ってたし、もしかして俺だけが何かしらのファクターを理解出来てないのか?

 

「アハッ!んじゃ、やろうぜェ影逸」

 

生志摩はこれからのギャンブルに、欲情したように赤らんだ頬を上げて笑顔を作った。

 

撃つわけでもないただの威嚇……というよりは意気込みなのだろうが…………「やろうぜ」とリボルバーの銃口が俺へ向けられた途端、全身の毛穴が開くような錯覚を覚えた。

その打ち金がカチリと音をたてられた、その刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノォオオオオオオオオオオオオ!!ノゥゥォオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!」

 

 

鳥肌もすくむ足も忘れて、俺は扉を壊さん勢いで開き全身全霊の全速力で爆走した。

 

前々から気づいてはいたけどさ……。

あいつらアタマオカシィッ!!

世紀末かよ、なんでピストル構えてる奴を前に平然としてられんだよ!!

哲学者デカルトは嘘つきだ。

To know what(人の考えを) people really think(本当に理解するには), pay regard to what they do(彼らの言葉でなく), rather than what they say(彼らの行動に注意を払え).』

なんて名言がある。

 

今までなんとなく援用することもあったこの名言も、今となってはもう理解できないね!ギャンブルとか言って回転式拳銃取り出す人間の思考なんて1ミリも理解できませんね!したくもありませんね!

なんでこうなった!まさか緋弾のアリアの方がマシとか言ったからか!?ウッソだろおい伏線だったのあれ!!?

 

火事場の馬鹿力とでもいうのか、今までにない焦燥感と脚力で廊下を駆け抜けていく。

背後からの怒りの静止など知ったことではない。逃げなくてはならないのだから。

命に代えられるプライドなどない。闘争心などない。好奇心などないィィイ!!

生きとし生けるもの、命を大事にィィイイ!!

 

死にたくないの一心。

しかし悪魔の部屋からすぐに狂人は這い出てきた。

極上の味を覚えた野犬はそう簡単に諦めなどしない。

 

 

「待てエエッッ!!!根性見せろタマなしがゴルォアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

 

 

地獄の鬼ごっこが始まってしまった。

 

 

 




青春ダナァ……


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8話

夢子視点

せっかくハーメルンのメールボックスにスパムが来てたのに気がついたら消えてました。……消したっけかなぁ?
誰だよぉ!消したのぉ!作中どこかでコピペして使ってやろうと思ってたのにィ!かーえーしーてー!僕宛に来てた人妻との出会い系迷惑メールかーえ、してーー!!うわぁ"ーーん!!(イオンの床でゴロゴロー)



夕日差す保健室。

先程まであった温もりはすっかり自分の体温に上書きされた。そのハズなのにそのシーツから手を離そうとする意思はまるで生まれなかった。

 

目を閉じるだけで、いまそこに彼の息づかいまで聞こえてくるようだ。

あるはずのない温もりに微笑み、彼の横顔を幻視するだけで堪らなく胸の奥が切なくうずく。

 

「……これは……?」

 

そして気がついた。

約60mm前後の傷。よく探ってみないと気がつけないほど巧妙に隠されたシーツの下。マットレスに小さな裂け目があるようだ。

 

「まさか……」

 

……おそらく正確な傷の大きさは58mmといったところでしょうか。

……ベッドを使用している内に破れたものではないでしょう。人体が横たわって付加のかかるような部位ではない。明らかに意図的に裂かれたもの。

58mmと推定できたのは、それが一般的なトランプの規格だから。つまりこれは彼が寝ていたその下に仕込んだタネ……。

 

それにしたっていつの間にこんな切れ目を……?

まさか、私とトランプをしながらベッドを裂いてカードを隠していたのだろうか。

 

棚を漁り、見つけ出したハサミをジョキリと鳴らす。

 

バッとシーツを掴んで引き剥がした。

シーツの上に載ったままの赤いカードの束が血飛沫のように辺りへ飛散(・・)する。

 

「やはり、そういうことでしたか」

 

マットレスの切れ目をハサミで切り広げ、手を忍ばせまさぐってみた。……しかし中には何もない。タネも回収済みのようだ。私の気づかない内に後処理も完璧に済ませたのだろう。

……あれだけ慌てふためきながら帰宅してったというのに、全くもって抜け目のないひと。

 

……マットレスとシーツの裏側には、ほんの少し、ピンクの粉が付着していた。

これは私が彼に施した細工。

彼の寝ている間に、制服の両袖にチークを軽くまぶしておいたのだ。その痕跡はしっかりと現場に残っていてくれた。偏に、彼がイカサマをするのかどうかを見極める為。

私は別に、イカサマをされようと構わない。そういう手段を取るならばそれを含めてギャンブルを楽しむまで。“イカサマ”も“ブラフ”も“ハッタリ”も。それら全てがギャンブルにとっては調味料に過ぎない。

でもやはり……。

 

「ふふっ、可愛らしいことをしますね」

 

こんな仕込みをしておいて、彼はそれでもなおイカサマに手を染めなかった。最後の最後まで飛び道具に頼ることなく、私との勝負を運に賭けた。

しかもそれで私に負けてしまう辺り。…………いえ、運に負けてしまう辺り、可愛らしくて仕方がない。

 

負けるかもしれないと分かっていたのに……。

彼は、わたしとギャンブルをしてくれた。

 

「嬉しいですよ、影くん」

 

自然と頬がつり上がるのがわかる。消えたはずの温もりがまだそこにあるかのように、僅かにチークの付いたベッドに頬擦りする。

 

イカサマを仕込んでおきながら勝負か技術かどちらか迷った末、私に正々堂々と臨むことを選んでくれた。私とのギャンブルに挑んでくれたことに言い様のない幸福を感じる。

 

嗚呼、彼がいとおしくて堪らない。やっぱり私は彼が好きだ。

 

「叶うことなら今すぐ……」

 

沸き上がる欲望に自然と唾を呑み込んでいた。

ほう、と憂いのため息が溢れる。

心も体も、早くも次のギャンブルを期待してやまない。彼とのギャンブルを。彼の側にいるという事実を。

 

 

ああ、こんなお遊びではなく全身全霊をかけたギャンブルをしたい。彼と、彼の全てを賭けたギャンブルをしたい。

嗚呼、彼が破滅を賭けたギャンブルに乗り出たらいったいどんなイカサマをしてくれるのだろう。いったいどんな手練手管を施してくれるのだろう。いったいどんな表情で挑んでくれるのだろう。その気迫を感じたい。その声を聞きたい。その眼で鋭く睨まれたい。

あらゆる手を尽くして欲しい。あらゆる手を尽くしたい。見上げるほどの小細工とタネを山と築き、策略と謀略と運命にがんじがらめの戦場を築きたい。

彼ならば可能だろう。二者択一に類する究極の戦場を作ることも。数百の選択から勝利を掴むのも。

なんと血の滾る話か。なんと血の滾ることか。

 

 

…………しかし。

 

 

「……うーん。散らかってしまいましたね」

 

思案に明け暮れていた私の周りには無造作にばら蒔かれたジャンケンの落ち葉(カード)たち。

これを片付けなければ。少し億劫ですが仕方ありません。シーツを剥がす前に鞄に入れておけばよかったものを、すっかり失念していました。それもこれも彼の魅力のせいでしょう。許せませんね、これはまたギャンブルをして頂かないと。今度は友達として、ギャンブルの賭け金にとびきりのヴェーゼを頂くとしましょう。

 

しゃがんで一枚一枚集める最中だった。

 

一枚のカードを見て手が止まった。

それに描かれているのはグー。なんの変哲もないグーのカード。

 

 

「…………」

 

 

乙女にあるまじきことなのでしょう。

それでも私は唇をつり上げて下卑た笑みを浮かべてしまった。

 

「なるほど……」

 

なぜならそのグーは、ここには存在しないはずのもの。

私が早乙女芽亜里と臨んだ投票ジャンケンには本来存在しなかったグー。

これらのカードは全て投票者であるクラスメンバーの手書き。僅かな違いだ。イラストの大きさ、書き方、筆圧。ボールペンかシャープペンシルか鉛筆か。まったく同じモノを書く人間など存在せず、それぞれがそれぞれの特徴を持っていた。覚えている(・・・・・)

だがこれだけは今日描かれたどのカードとも違った。このカードだけは私の記憶にない(・・・・・・・)

 

「なるほど……っ!!」

 

この一枚は、彼の持ち込んだカードだ。

投票ジャンケン経験者の彼。私がカードを持ち出したのと同じように、彼もまた持っていたのだ。いつ誰が臨んでくるかも分からないはずの、このギャンブルの手札を。

仕込み?……いいえ、元々持っていたと言うだけの話。

マットレスの下に隠してた?……いいえ、彼は気がついていたのでしょう。私が袖にチークをまぶしていたことに。だから手品のブラフを張った。マットレスの裂け目に気が付くだろうと予測し、このカードから目を逸らさせる為に。事実、こうしてカードを一枚一枚確認していなければ気が付けませんでした。

なんという見事な意識誘導(ミスディレクション)でしょう。裏をかいたと思った私は見事に踊らされていた。

根っからの奇術師。根っからのギャンブラー。

 

……本当に彼は、私を滾らせてくれますねぇ。

 

対外的には私の勝利と言えるでしょう。

でも私は負けたのです。彼の手練手管に。気がつかない内に絡め捕られ勝利を断定してしまった。

運に勝ち、彼に負けた。

ギャンブルに勝ち、彼に負けた。

 

嗚呼、なんて素晴らしいのでしょう。

 

手品に惑わされた。彼の手で踊らされた。なんという快感か。なんという至福か。

こんな美しい

勝利を捨ててまで挑んでくれた男の子に、血がより熱く脈動を打つ。

脳内から溢れる分泌物に体が震える。まるで宙に浮かんでいるかのような高揚感。

 

 

「愛しています、影くん」

 

 

そのグーのカードに、ひとつの口付けを落とす。

 

私の中でまたひとつ彼への愛情が膨れ上がった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

彼の右手にはコインが握られていた。

いや、『握る』では語弊がありますね。コインを操っていた、が正しいでしょうか。

無意識であるように手元へ目線すら送らずに。五指を使いこなして淀みのない鮮やかなコインロールをしていた。

 

冷えきった空気の中で一際輝く朝焼け。

暖かな日差しが夜の帳を押し上げ、朝へと塗り替えていく。

しゃがんだまま、コートが地面に触れないよう気を付けながら膝上に挟むようにまくり上げた。僅かに逃げる暖気に身を小さく震わせる。

しかし身辺の気配りもそこそこに、私は目標から目を逸らさず捉え続ける。

 

相変わらず感嘆するほど洗練された所作に驚かされ、見惚れる。ああもう素敵です影くん。

一流のマジシャンは無意識にコインやカードを隠し操る動作を行うと言うが、彼の動作はまさにそれ。後ろから見ているというのに、右手に持ったコインが左へ、左にあったものがポッケの中から。彼の回りに空間を操る魔法が展開されているのではと疑うほどの見事なコイン捌きをしていた。

人の目につかない場所でも真摯にイカサマへ流用できる技術を磨く姿に、またひとつ惚れ惚れと甘いため息をついてしまう。あの繊細かつセクシーな手つきで身体中を愛撫されてしまったら、いったいどんなに…………コホン。少々お下劣でしたね。

それにあの横顔。なんと凛々しく可愛らしいことでしょう。叶うことならび今すぐ抱き締めて部屋にお持ち帰りしたいです。もしくは抱き締められてお持ち帰りされたいです。

 

「なんだ?」

 

「っ……!」

 

だらしなく弛みきった口許を抑えて咄嗟にその場で更に深く身を(かが)めた。

 

彼がこちらを向いたのだ。

これこそが直感というものなのでしょうか。否、これは愛なのでしょう。彼の中で未だ燻る愛の火種がきっと燃え上がる瞬間を待ちわびてのことなのでしょう。

 

「……気のせいか……?」

 

こちらをまじまじと見ている気配。

止まったままの足音に彼の不審がる意思を感じた。

 

愛の力とは斯くも凄まじいものです。

彼の歩く足音に自分の足音を重ねて音を消し去り、香水をつけずコンディショナーも香料控え目のものを使った。

人にとって気配を察知する機能の正体は微弱な静電気の干渉によるものと言われています。しかしこの距離ではそんなものはあってないようなもの。となればあの察しの良さは愛としか言いようがありません。愛!まさに愛です!私も愛してます!もう、好きッ!!

 

未だに警戒を解かずジッとこちらを見ている彼。しかしこのストーキン…………。見守る(・・・)という影ながらの私的警備を知られてしまうのは困ってしまいます。私はありのままの彼を見守り、知り、愛で、鑑賞し、記録したいのですから。

とにかく、バレないように誤魔化さなければ……。

そこではたと、彼が寮から出てきた際に黒猫を見かけたのを思い出した。

 

小さく咳払いをひとつ。

そして

 

「……ニャーン」

 

絞り出したのは野性動物に化けるという道化じみた手法。使い古されて手垢がついた、どころか化石のような手段です。

ことギャンブルやゲームにおいて聡明な彼を、こんな下策で誤魔化せるとは考えにくいですが……。

 

 

「なんだ猫か」

 

 

あれっ!?

騙されていました!なんて……。

なんて可愛らしいッ!!!

 

彼が動物好きなのは知っていましたが、まさか本当に騙されてくれるとは思いませんでした。なんて愛らしい。好き!好きですよ影くんっ!!どうしてそう萌えポイントを稼ぐのが上手いのでしょうか!?

……しかし、私の拙い猫の鳴き真似に引っ掛かってしまうほど純粋だなんて。将来、誰かに騙されてしまわないか心配です。やはりここは私が彼の伴侶として、下賎で卑しいハエたちが(たか)らないよう守らなくてはなりませんね……。

 

「んん"っ」

 

そこで彼の咳払いが聞こえた私は、反射的に意識を戻して彼の行動に意識を向けた。

未だ学校へ行こうとする気配のない影くんが、こちらへ顔を向けているのをその咳払いで感じ取った。その直後のこと……。

 

 

……それは、起こった。

 

 

 

 

「に、にゃーん。……なんつって」

 

 

 

…………ハァンンンンンッッッ!!!!!!!!

 

 

耳から侵入し鼓膜を優しく叩いた声。愛らしくも恥じらいの隠せないしかし動物に対する優しさと媚びの混じった猫の鳴き真似に、私の脳天から雷が落ちたような錯覚を覚えた。

 

にゃーん…………ニャーン……………ニャーン……ャーン

 

彼の声を忘れてはならないとフルに可動し始めた脳が大量の糖分を消費して、今の天使の声を永久保存する。

それでも真っ白になった頭はトンカチで殴られたような衝撃に耐えきれず、ついには茂みの裏であるその場で膝を折り突っ伏してしまった。

完全に油断していた。地に倒れ伏してなお、膝が笑っている。影くんの甘い声に、猫耳を付けた影くんの幻覚が頭の中に浮かび上がったその瞬間、私の中でプツンと線が切れるような音が聞こえた。

 

じわりと鼻の奥に広がる生暖かい感触。

乙女にあるまじき姿勢で地面に転がる私は、感覚のない手が茂みを揺らしていることを意識の端で何となく捉えていた。

ああ、いけない。

もしこんな姿を彼に見られてしまったら……私は……私は…………!!

 

『な、何してるの……?夢子……さん?』

 

あぅ!見ないでっ!見ないで下さいまし、影くん!!

さん付けなんて、そんな距離を置いた呼び方をしないで下さい!

 

『…………もう明日から俺に声かけないでくれ』

 

そ、そんな!そんなご無体な!!

行かないで下さい影くん!私ははしたない女です、でも貴方がいないと生きていけないのも事実!いっそ妾でも構いません!体だけの関係(カキタレ)でも、都合のいい女でもいいのです!だから見捨てないで下さい!!そんな冷たい目を向けないで下さい!!

 

脳内で行われる妄想のやり取りに身悶えしているのも一瞬。意識を現実に戻して冷静に深呼吸をする。

…………でも、それはそれで……滾ってしまいますね!

おっといけません。切り替えましょう。

 

未だ立てずにいる私ですが、幸いなことに影くんはこちらを怪しむことなく「……へへ、猫にも逃げられるのか……悲し」と悲壮感あふれる大きなため息と共に歩き出した。

その落ち込む姿にとてつもない程に母性本能が擽られる。

ああ、抱き締めたい。頭を撫でたい。舐めまわしたい…………。

いっそ……ギャンブルの敗北で負けて『舐めろ』と言って貰えないでしょうか。いえ、逆に勝って『舐めさせて』とお願いするのもありですね。

……いけませんね。影くんが関与するとすぐ下世話な妄想に駆られてしまうのは私の悪い癖です。

 

まったく。彼は無意識だというのにどうしてこうも私を動揺させ、弄ぶのが上手いのでしょうか。本当にもう罪な男性です。残りの人生全てをもって責任を取って頂きたいところです。

 

移動し始めた影くんにどうにか追い付き、隠れながらも護衛を続ける。

 

 

それにしても影くん、こんな朝早くからの登校だなんて。昨日私に負けてしまったのがよほど堪えたのでしょうか。

先日保健室で抱き付きついでに仕込んだ盗聴器からも、夜遅くまで、そして朝早くから、駒を打つような音とカードをめくる音が聞こえていました。

鈴井さんから聞いていた登校時間より数刻早く朝の支度を始めたのには焦ったものです。臀部に火をつけられた思いでした。

 

……ふふっ。

悔しかったのでしょうか。だったら嬉しいです。

何にしても興奮覚めやらぬ体のご様子。お揃いですねっ。かくいう私だって勝てたとは言えイカサマを見破ることが出来なかったのが不完全燃焼なのですから。

というのは建前で、早くもまた、あの全身が歓喜して止まないスリルを味わいたくて堪りません。

ああ、次はいつシテもらえるのでしょうっ。読めないイカサマ、アドレナリンの止まらない心理戦。そしてそれらを嘲笑うように否定し、導くように肯定する運否天賦。

滾ります……。滾ってしまいます……ッ!

 

 

 

「およー、カゲじゃーん」

 

 

 

 

 

────誰でしょう、あのオンナは。

 

 

 

何やら影くんと親しげに会話をしている様子。口惜しいことにもこの距離では話声を聞き取る事ができません。

影くんがこちらへ背中を向けているせいもあり、影くんの唇を読むこともままならない。相手方の高学年らしき女生徒も身長のせいで影くんに隠れてしまい上手く読唇をすることが叶いません。

 

……この学園がギャンブル学園だということは以前より知っていました。そこの生徒たちが影くんたちに集るという心理は察するに余りあります。

ギャンブラーとしてではなく、プレイヤーとして。彼は紛うことなく、私の生涯で見てきた中でも頂点に達する人。

技術云々は彼の魅力の全ての中での一部に過ぎません。まぁもちろんあの両腕に宿った千変万化のテクニックは非常にそそるものがあるのも大いに頷けますし私もあの腕で背後からガバッと抱きついて頂きたいものですがそれは置いておて。……ふふ。…………ハッ!そうじゃなくて。影くんの魅力的なところは山ほどありますが、まずあの身長体格顔つき、表情の豊かさや声のトーン。少し抜けてるところや寝顔があどけないところ。部屋に一人きりで奏でる鼻歌が少し上手なところ。クシャミをすると「きしゅっ」と可愛らしいところ。困った顔、微笑んだ顔、緊張している顔、怯えている顔、漏れだす感情の全てが尊いところ。そしてそして…………どうしましょう。あげたらキリがない上に数々の影くん名シーンを思い出してたら何だか体が熱くなってきました。いけませんいけません。

ともかく、この学園の人間たちは彼をプレイヤーという意味で捉え、その力量から甘い汁を啜ろうと跳ね回っているのでしょう。この蛾ども。害虫が。

駆除してしまいたい。

 

「……妬ましい。何を話しているのでしょう。羨ましいです。転校二日目。朝に偶然出会して毎朝一緒に登校するという切っ掛けを作るつもりでしたのに」

 

どうしてこうも上手くいかないのでしょう。

……いえ、先程の天使の声を聞けたことを含めたらプラスマイナスゼロ……むしろプラスでは……?

悔やまれます!なぜ私は今日の今という時にボイスレコーダーを起動してないのでしょうか!一生の不覚です。録音さえ出来ていれば家宝にしましたのに……!!

 

八つ当たり気味に、恨みがましく影くんの向こうにいるであろう女生徒を睨み付けると、不意に重なっていた位置がずれた。

 

「…………なっ!!!!」

 

なんと言うことでしょう。あの女影くんのイヤホンを片方耳に差し込みやがりました。それは余程関係の良い友達かカップルにしか許されない、仲の良さの表れ。いや、影くんに近寄る女なんて絶対惚れた上での接近に違いありません。確かに女子となれば影くんに魅了されてしまうのは仕方ありません、それは認めましょう。

 

しかし!!!

この私を差し置いて影くんの右イヤホンを耳に差し込むだなんてなんと不埒!なんと厚顔無恥!!淑女の片隅にも置けません!!あの右イヤホンは私が狙っていたのですよ!!……くっ、こうなったらあの女を殺してあのイヤホンを数時間かけて洗い流し、また影くんに使用して頂いて今度こそそれを私が……。

 

なんて、考えていたその時。身長にともなった幼い顔つきの女生徒と目があった。

目を丸くしていたその女生徒は、しかし私を見てニヤリと嫌な笑みを浮かべ小さく唇を動かした。

 

 

──夢中

 

 

夢中と、確かにそう言っていた。

夢中?

 

…………夢中!!!??

 

影くんにですか!?あなたやはり影くんに夢中だというのですか!?こ、こうしてはいられません。多少不自然でも偶然を装ってあの二人の間にアバンストラッシュを叩き込まなくては……!

 

 

そんな最中、不意にしゃがんだ影くんへ彼女は幼い顔を寄せた。

 

 

……チュと。影くんをしゃがませていた女生徒は、その頬へ口付けを見舞ったのだ。

 

 

 

 

 

……………………………………なるほど」

 

 

 

 

私に、喧嘩を売っているようですね。

ここで激昂するほど私は愚かではありません。が、言葉に出来ないほどの激情を抱えているのも事実。

 

 

 

 

 

 

その喧嘩、買いましょう。

 

 

覚悟していて下さい。

 

 

 

 



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9話

遅くなって申し訳ありません。
賭ケグルイ双!!アニメ放送始まりますね!アニメ見ながら頑張って書いて行きたいと思っとります。頑張ります!


女子というには、あまりにきな臭かった。

 

言うこと為すこと全てが物騒で全てが血腥(ちなまぐさ)い。

僅かに香る鉄と火薬の異臭を誤魔化すような、少し強めの香水が鼻孔に押し寄せる。

体温が低いのか、少しひんやりとした無機質なリノリウムのような柔肌を晒し、俺を見下ろしている。

美しさ、可憐さ、麗しさ。そのどれにも当てはまらない。しかし振り切れた狂気性だけは異様に人の眼に残り、焼き付く女。そんな女。生志摩(いきしま)(みだり)

 

そして今、その生志摩は……。

 

「おら、触れよ」

 

「ばっ馬鹿!や、やめ……っ」

 

制服をはだけさせ、俺に迫っていた。

 

手狭な理科準備室。

アルコールと数多くの薬品たちが混じりあった独特の匂いが充満する中でも、生志摩の火薬臭さは見劣りすることなく健在だ。そんな色気もクソもない狂気の女が、制服のチャックを落とし、ボタンを広げ、俺へと迫っていた。

なんじゃこれ。なんでこんな事になってんだ。

 

隠すことなく開かれた制服の間から見える紫の下着に、本能的にチラリと視線がいってしまう。

そんな不躾な視線に気が付いているのか、生志摩は意地の悪そうに、ぶっそうに、ニヤリと口端を吊り上げた。

 

「我慢しなくていいんだぜ」

 

「いやあの。我慢がどうこうじゃなくてね……。だってお前、いま自分の右手が何を握ってるのかわかってる……?」

 

「あ……?この固くて立派で熱いモンのことか?……ンだよ。イィじゃねーか、アタシが代わりに握ってやってんだからよ。サービスだよサービス」

 

先端を遊ばせるように、右手を上下に軽く揺すりながら生志摩はより一層笑みを深めた。

いいのだろうか。高校二年生にして、こんな極、極々一部の人間にしか味わえないアダルティな刺激を覚えてしまうなんて。

困った。俺……こんな経験初めてだ……。

イッツ、アダルティ。

 

「ちっげーよ馬鹿!!何をわざとらしく意味深なことを言ってるんだこの馬鹿!早くそのリボルバーを下ろせって言ってんの馬鹿……!!馬鹿かこの馬鹿!!」

 

馬鹿馬鹿と言い過ぎてもはや古典的ツンデレみたいになってきている。馬鹿っ!

まぁそれは置いといて、現状を一言で説明するのは非常に難しい。

しかしあえて無理矢理一言で表すならば、こう言うべきだろう。

 

俺ピンチ。

 

 

 

 

バーサーカー生志摩から逃げている時のことだ。

死ぬ気で走る俺はT字廊下の曲がり角手前で、右手からこちらへ歩いてくる夢子を窓の向こうに見つけてしまった。

息が止まった。しかし酸素を止められた脳は一瞬にして数々の思考を巡らせる。ついでに走馬灯も巡った。

俺の教室から遠い、こんな所で出会う……つまりそうか、次の授業は教室移動だ。そして今、生志摩に追いかけられてるというこんな姿を夢子に見つかりでもしろ。夢子が生志摩を殺しかねない。

ただでさえ俺は手を噛まれている。あの目敏い夢子のことだ。噛まれた手を振りながら全力で逃げる俺+ゲヒャゲヒャ笑いで追いかけてる女子。

この地獄みたいな構図ですぐに状況を察するだろう。そうなれば間違いなく血祭りだ。

……いや、どっちが血祭りになるんだこれ。

片方はリボルバー持ちだし、さしもの夢子でも無理か?だめだ想像がつかん。夢子ならウフフ笑いしながら拳銃ごと掴んで捻り潰しそうな気もする。

ともかく、俺はいち早く夢子に気がつき、戻った。

少し戻った位置にある部屋、この理科準備室へと転がり込んだのだった。

 

そこでどうにか一息つき、「ふぅ、これで一安心。……あれ?生志摩が来ない……。ってことはどうやらアイツも上手く撒けたのか?勝ったな風呂入ってくるガハハ」なんてフラグを立てたがばっかりに、まるで銀行強盗の風体(ふうてい)で、変態がリボルバーを片手に乗り込んで来てしまった。コッペパンを要求する。

 

しまいには俺を机へと押し倒し、自ら制服の前をはだけさせたのだ。

 

「アタシが脱がされてるんだ。これで助けでも呼んでみやがれ、テメェは間違いなく変態として学園内で有名になれるぜ」

 

「誰かああああ!!誰か助けてくれええええ!!変態に!とてつもない変態に襲われてまーーす!!誰かむぐっ……っっ!!ぅぅんんんんッッ!!」

 

「ッチ!お構い無しかよ!オラ騒ぐんじゃねえ大人しくしろっ。お前はこれからアタシとイッパツヤんだよッ」

 

バーサーカー生志摩妄と善良な一般生徒。言葉に信憑性があるのはどちらかなんて非を見るより明らかである。

そもそもリボルバーを持ってる女子を襲おうだなんて考えるカーボン製ハートの痴漢が居てたまるもんですか。それはもはや超人の域だ。

誰か男の人呼んでーーー!!

 

痴漢騒ぎに出来ないとようやく理解した生志摩は、押し倒した俺の腰の上にドカッと座り込み、リボルバーの銃口をゆらゆら上下に揺らしながら俺へ向けるのであった。

以上、ここに至るまでの経緯でした。

 

「なぁ朝土ぉ。一回だけだ。一回だけでいいからよぉ、ロシアンルーレットしようぜ。大丈夫だっておっかねえのは最初だけだからよォ。すーぐ快感に変わっちまう」

 

「最初もクソもあるか。ふざけんな嫌だっつーの。てかお前もさっさと下着を隠せこの痴女」

 

「あぁん?見てーならいくら見てもいいんだぜウリウリ。……代わりに」

 

「ギャンブルはしません」

 

「は?」

 

「しません」

 

「は?」

 

どれだけ凄もうが首を縦に振ることはあり得ない。なんで俺の人生オールベットしてリターンのないギャンブルなんぞせにゃならんのだ。

他のギャンブルなら……カードやらサイコロやらゲーム関連ならまだいい。だがロシアンルーレットだけは駄目だ。

……なぜかと問われればもちろん一番は、危険性。これだけで断るには十分過ぎるが、それと他に理由がある。

“イカサマの難易度”だ。

 

そもそもロシアンルーレットというのはイカサマのしようがないゲーム。まぁ実銃を常日頃(つねひごろ)こねくり回してる人間ならばシリンダーの重さ、バランス、回す感覚からどこに弾があるのか推察は出来そうではあるが、そんなアドバンテージなど俺にあるわけもない。あんな凶器、当たり前のごとく触れたことないパンピーだぞ。昔ハワイでオヤジに習ってなどいないのだ。

それにリボルバーという“銃”が売り文句として掲げているのは《ジャムら(不発の)ない銃》という点。

実弾を引き当てた場合、言うまでもなく俺は即昇天だろう。

もし引き金を引いて実弾に当たってしまった場合、たまたまそれが不発弾でしたという可能性が完全にゼロという訳ではない。が、しかしだ。『今回はたまたま不発でしたー』と鼻水垂らして豪運に命を委ねる、なんてイカれた戦法は100パーセントで非現実的。……考えたくもない。

可能性があるとしたら、リボルバーの弾丸装填をこちらに委ねてもらい、実弾と不発弾を入れ換える……。と言いたいところだが、そんな都合よくリボルバーに詰められるような弾モドキなんて持ってない。そもそも俺は普通の男子高校生。世間的にはまだまだヤングな俺が拳銃など扱ったことなどない訳で、装填が出来るかどうかも怪しい。

拳銃についてなんてFPSで見ただけのにわかゲーム知識しか持ち合わせてないんだぞ。

 

ある程度実力のあるイカサマ技術師において、重要視されている第一条件は『その媒体に触り馴れていること』。第二に『失敗し慣れていること』。

第一はそもそも銃刀法違反に引っ掛かるし、第二の『失敗馴れ』をリボルバーで経験しよう!なんて……もう死んでるんだよそれ。

玩具の銃でも練習なんてしたこともない。爺様方はそういう身の危険がある手品は嫌ってたから。

と言うことで、俺に勝ち目はない。命の保証もない。どう足掻いても首を横に振るしかないのだ。

 

「はい、そう言うことだ。オッケー?」

 

所々はしょって『俺死んじゃうよーぴえん』と懇切丁寧に説明してやった。

だが生志摩は引かぬ、媚びぬ、省みぬ。

どうやら耳から入った言葉が全部反対側から抜けていってたらしい。まったく聞いてなかった。

それならよぉと、ニチャアっと粘ついた笑みを深めて体をくっ付けてくる。

 

「イカサマなんかしねーでギャンブルすりゃあいいじゃねえか」

 

「だっから!!死ぬって言ってんだ馬鹿かお前は!!いいや馬鹿だ、命は大事にしろって。つかとっとと離れろ、授業始まる前に準備しておきたいんだよ」

 

「待て朝土、よく考えてもみやがれ。お前じゃなくてアタシが死ぬ可能性だってあるんだ。五分だぜ五分。ネガティブなことばかっか考えてるから人生つまんねえんだよ、童貞」

 

「ど……っ!…………お前にポジティブに生きろとか人生観語られたくないんだが」

 

ど、童貞じゃねえし!

なんて口に出したら「うわ本当に童貞かよ。アタシで卒業してけ。ギャンブルで決めんぞ」とか言われかねないから抑える。……童貞なんだけどさ。なんだけどさ!!

 

…………しかし俺が。この童貞が、生志摩とは言え女子の下着を目の当たりにして興奮しないというのは男してどうなんだろうか……?

もしかして俺って不能……?

いや、ないな。まさかどこかの巨乳ギャンブル狂いのせいで耐性が付いたとでも言うのだろうか。……それとも単純にビビってるからか?……単純に生志摩だから、という可能性も大いにあるが。

俺だって思春期だ。正直下着も少しは気になるが……それでも9割5分は拳銃にしか視線がいかない。なんせ生死が掛かってるんだ。

…………他意はない。

 

「なぁやろうぜロシアンルーレットぉ」

 

「あれ、話が進んでないぞ?馬鹿か?」

 

「お前が頷くまで進むわけねぇだろ」

 

何をしたり顔で言ってんだ。

はぁぁもう……。

 

なんでこんな事になってるんだっけ。頭痛くなってきた。頭痛薬……は鞄の中か。

 

いつまでたっても進まない押し問答。暖簾に腕押しは明白。とりあえず握ったリボルバーで凶行に走らないよう宥めながら話を流していく他あるまい。

 

「生志摩、なんで俺たちがギャンブルしようって話になったか覚えてるか?」

 

「あ?んなモン楽しいからに決まってんだろ」

 

「会長に挑むためにチーム組むかどうかって話だったろうが!三歩歩いたら忘れるって、鶏かお前は!」

 

「あぁ?」 

 

「鶏かお前は!」

 

重々しい銃口をカチッと俺へ向けて固定する姿に、内心「ピャアアアアアアーーーッ!!」とビビり散らかしてるが、それを察知される訳にはいかない。バレれば俺が脅される形で全部押し通られてしまう。

リボルバーにビビるなってのが無理な話だが、今まさにここが正念場!

俺がくたばるのは最低80歳!!

こんな鶏に!こんな鶏に負けてなるものかッ!!

 

「この鶏が!!」

 

「はァ?」

 

カチャッ

ピャアアアアアアーーーッ!!

違うSOじゃなーーい!!

決して罵倒したい訳じゃない。なんで余計に刺激してるんだ俺。焦るな俺。

ほら。生志摩のただでさえ鋭い眼に青筋が浮かんでいる。更に鋭くなってる。眼だけで人を殺しそうだ。あ、リボルバーも持ってるんだっけ。これは殺された。

何か、何かフォローしなきゃ。

いやムリだ頭空っぽになっちった。

何も出てこねえ。

……いかん。もうチビりそうだ。

 

 

膀胱が緩みだしたそんな時

 

 

「…………え?」

 

 

それは希望か絶望か。

余りにも唐突に準備室の扉は開かれた。

 

 

「あ……」

 

「ああ?」

 

 

視線の先に立ち尽くすのは、ボブカットに可愛らしい髪留めでサイドテールを作った小柄な女の子。

おおかた、次の授業で使う道具やら何やらの準備に駆り出された生徒なのだろう。首もとに光る家畜(ミケ)のステンレスプレートを見れば、他の生徒の遣いっぱしりにされているのだろうと容易に推察できた。

本当に小柄であり、まるで中学生成り立てかと見紛うほどに幼い容姿をした彼女は小鹿のように足を震わせ、両手を口に宛てて驚愕の表情でこの事態に目を見開いていた。

 

「────ッッ!!」

 

そりゃそうよ。だって殺人現場3秒前だもの、この状況。

 

「あ、あさ。あさっ!あさささささわわわわっ!!」

 

おちつけ。

そして早く誰か助けを呼んでくれないか。教師を……いや警官だ。警官を呼んでくれ。早く。

とっととこの変態リボルバー女にお縄をかけてやってくれ。

 

「……ハッ……破廉恥ですっ……!!」

 

あれ……?

どうやら彼女には生志摩のリボルバーが見えていないようだ。

ほぅら、落ち着いてこの馬鹿女の右手をよーく見てみよう。何が見える?ほら、銃器だろう?警察沙汰だろう?

もうわかるよね、君がどうするべきなのか。どの国家公務員を呼んでくるべきなのか。

 

 

「あっ、朝土くんの破廉恥ぃいいーーーーーーー!!!」

 

 

ピシャリ!!

彼女は走り去ってしまった。

アサドクンハレンチヘンタイヘンタイと繰り返し叫びながら走り去ってしまった。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

「…………あれ?」

 

 

……なんだろう。

このやってしまった感。この取り返しの着かない事態になってしまった感。

どこかの誰かに聞かれたら間違いなくころ……考えないようにしよう。

胃をプロレスラーにぎゅぅぅと鷲掴みされているようだ。にしてもドヘンタイはないだろ。

そんな俺の心中知らずか、生志摩は俺を見下ろして言った。

 

 

「なぁ、朝土。ギャンブル」

 

「しねえよ」

 

 

 

 

…………しねぇよ。

 

 

 

 





……しろよ。


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10話

 

 

人の噂も七十五日。

そのことわざが真実だったとして、それが現状に(そく)していても現実がその通りに運ぶとは限らない。

河童が河で流されるだろうか。猿が木から落ちるだろうか。ありえるかもしれない。だが、確率という点で言えば1から数えたほうが早いだろう。

コトワザというものは教訓であって歴史じゃない。

 

愚痴はよそう……。

愚痴は…………よそう……っ。

 

痛い。

多方向から突き刺さる視線が痛い。風林火山っぽく言うと、刺されること針山の如し。

四方からレーザーのように向けられた好奇の目に疲れを込めた重いため息を溢す。

 

それにしても、あのサイドテール女。まさか俺のような何の特徴もない一般生徒を把握していたとは。

確かにこの学園に在席する生徒ならば、学園内の生徒たちの顔や個性、趣味趣向、得意なギャンブルを把握していても可笑しくはない……というか、正当も正当。常套手段だ。

ちなみに、俺みたいな一般ぴーぽーの場合、変に探りを入れようとすれば存在ごと抹消されかねない御家もあるから、おいそれと深入りは出来ない。こええよ、こええよ富豪学園。なんて不平等……。

とは言え、生い立ちまではいかなくとも彼等彼女等の得意なギャンブルの把握くらいなら俺だって出来る。

……しかしこんな規模の金持ち教育機関だ。生徒の数も推して知るべし、途方に暮れもする。事実、あの女を調べてたら日が暮れてた。

現状、そっちも頑張ってはいるものの全生徒にはまだまだ及ばない。目ぼしいところだけ薄っすらと、広く浅くといった感じだ。

夢子は怖いし、生志摩は厄介だし、生徒会長は邪魔ばかりしてくるし、危険な生徒たちそれぞれの対処法も考案していかなきゃだし。でも学業だって(おろそ)かに出来ないし……ジジババのボードゲーム鍛錬だって欠かしたくないし。考えることやること一杯しゅぎぃ。

俺のAPEXとCODとスプラする時間を返して。闘いたい。まともなゲームでギャンブル性なんて無く闘いたい。

そっち方面だけは別腹なんだけど、そういう機会に恵まれないんだよな。唯一学園内でゲームできそうな相手は難あり癖ありの年上ロリだけだし。

 

→体は闘争(ゲーム)を求める→アーマードコアを買う→アーマードコアシリーズの収入が伸びる→フロムが新作を作る。

はい勝ち確。

 

 

…………それは置いといて。

 

 

視線が……。

目線が痛い。特に夢子からの目線が痛い。

すんげえ見てくる。眼力に威力が伴うのなら俺はもう木っ端微塵だ。

『真の英雄は眼で殺す』を地で実行しようとしている。奥歯が震えるのも必定と言えよう。助けてカルナさァん。

 

それもこれもあの女のせいなんだ……!

(つぼみ)菜々美(ななみ)って名前だったか。

あの女、生志摩の前では子鹿のように震えてたくせに、灰汁(あく)どく遠慮なく俺の噂をバラ撒きやがった……。綺麗な名前して悪質な事しやがって……!両親が泣くぞ!

いや、本当に意図的に悪意を持ってバラ撒いてたのかどうかは知らないけどさ。

当然、あんだけ叫ばれれば不特定多数の生徒たちにはそりゃ聴こえちゃう訳で……。はぁ。

いや、むしろ悪意がなかったらそれはそれで困るんだよな。

恨めしや蕾菜々美。

 

頭を抱えて唸る俺の肩を誰かがぽんっと叩いた。

こんなホームルーム中に誰が……と物理的な位置からして考えなくてもわかる。後ろの席に座る男子生徒だ。少し話す程度の仲の男、須藤君。

そいつは屈託のない笑みを浮かべて、小声で言うのだ。

 

「聞いたぜ朝土!あの生志摩を押し倒したんだって?すげえなオトコだよ、オトコっ!」

 

「てめえぶっ飛ばすぞ」

 

「え……あ。…………ごめん」

 

思ったよりも低い声が出て自分でもビックリした。

正面に向き直ってシワの寄った眉間をほぐし少し反省。

ちょっと言い過ぎたかもしれん。

 

バゴンッ!!

真後ろから物凄い音が聞こえた。どうやら須藤君が机にデコを打ち付けたらしい。大丈夫か。何があった。

蚊の鳴くような声で「……おわった」とかなんとか聞こえるが本当どうした。

騒がしい音に何事かと表情で咎める教師。

いや、俺のせいじゃないんだが……と不満ながらも渋々謝罪の会釈を送る。

 

じーーーーーっ

 

……いや、やっぱり少し強く言い返し過ぎだな。

よし、須藤君には後で謝ろう。

にしても、どうしたものかねぇ。

噂が消えるまでにどれだけかかるんだろう。後ろの須藤君じゃないが、ゲーム中にこんな下らない煽り文句と言う名の生志摩ワードで挑発され続けられたらいつかプッツンしてしまいかねない。そんな下らない事で負けるのは恥ずかしい上に救いようがない。

 

じーーーーーーーーーーーっ!!

 

はぁもう……。

視線が気になって仕方ない。どうやらこれ以上無視し続けたところで折れるつもりはないようだ。やれやれ。

うつ向き気味に逸してた視線を夢子に上げてみれば、そこには目線を逸したら喰ってやるぞと言わんばかりの黒々とした赤い目玉が二つ。隣りにいる鈴井の小さな注意など知らぬ存ぜぬで刺々しくこちらへ突きつけてくる夢子がいた。

俺はサッと視線を逸してまだ真新しい机にシミがないかと挙動不審に鑑定を始めた。

特に汚れのない綺麗な机でした。富豪学園だぁ。

 

こ、こっっっっわ!!

なにあれ。ナニアレ!!

すげえメンチ切ってるよ。

メンチ!SAN値!ピンチ!

 

「蛇喰さん、よそ見は感心しませんよ」

 

い、いや。でもなにやら教師に軽く注意されてる様だぞ。流石大人、困ったとき信用できるのはやっぱ大人だよね。一生付いていきます。

 

ゴリゴリと削られるメンタル。臭いものに蓋をするどころか、それを開け放つ如く、確認も含めて怖いもの見たさでちらりと覗けば……夢子はいまだ俺を凝視していた。より強い眼光で。

 

教師を信用した俺が馬鹿でした。

ピクリとも表情筋を動かさない夢子。机のシミが本当になかったのかしっかり確認したいところだが……ここで目を逸らしたら負けな気もしてくる……。い、いや別に俺にやましい事がある訳じゃない!

堂々としてればいいんだ。

しかしこれ以上この膠着状態のままになっては教師とてお(かんむり)になるだろう、ここは停戦しようとの意味合いで、お茶濁しの微笑みと共に軽く手を振ってみた。

 

「ぁ……ッ!!!」

 

バゴンッ!!

物凄い音が聞こえた。夢子が机にデコを打ち付けていたのだ。どうした大丈夫か。

うわ、小さく何か聞こえる。いいや、やっぱ聞こえない。

「ふふ、ふふ……ソウシっ、そう、……!」とか聞こえてくるのはきっと気のせいだろう。気のせいのはずだ。それ以外あり得ない。

そんな夢子を見る皆の目線は言わずもがな、ドン引きだ。

 

教師にも『騒がしい原因はお前じゃい』とばかりに戒めるような視線を向けられた。俺のせいかよ。

文句を垂れても生産性などない。仕方無しにすいませんと二度目の会釈を返す。

 

「……はぁ」

 

疲れたため息と共に、俺も前者二人に倣うように机にデコを付けてため息を溢した。

………ったく、なんで俺がこんな目にあってるんだ。理不尽だろ。変態女にデッド・オア・アライブロシアンルーレットしようって言われたから断っただけだぞ。デスゲームなんてフィクションの中で十分だ。

 

今だけは日本一の肺活量とも言えるくらい、長いため息を吐く。

ふと、蹲った腕の内側から安全圏である後方をぼーっと眺める。

何となく目のいったそこには、首元にぶら下がったステンレスのプレートを憎々し気き睨む早乙女芽亜里が見えた。

 

家畜のプレートだ。

……まぁそりゃ、この教室でクィーンビー気取ってた早乙女が家畜に堕ちたとくりゃ、プライドもズタボロ。あたり構わず暴れ散らさないだけ冷静というものだろう。

 

 

 

…………。

……………………。

 

 

 

はぇえ!!!??

早乙女が家畜!!!!!????

ウッソだろ!?

 

あ…………あーー、そっか。

完全に失念してた。昨日俺が夢子と投票ジャンケンを持ち出してきたのは、夢子と早乙女が既にそのギャンブルをやった後だった。

誰が相手であろうと、あの夢子がなんの面白味(・・・)もない危険性皆無なギャンブルを進んでする訳がない。つまり、早乙女は見事夢子の術中に嵌まり見事家畜に堕とされたと、そういう訳だ。

 

南無三。……でも、ちょっとだけそのギャンブルを見てみたかったという自分もいたり。どうやってクラス大半という多人数を出し抜いたのだろうか。

ぐぬぬ、こういうタネが気になってしまうあたり、武内さんのマジシャン気質に毒されてるなぁ俺。

でもよく考えたら、その場にいるだけで早乙女の身が心配で気が気じゃない。俺だけ胃を痛めてリタイアしそうだ。やっぱ見たくない。

 

……どうするつもりなんだろ。夢子に家畜行きギャンブルを吹っかけられたってことは、考えるまでもなく相当な額だ。

これを巻き返すにはそれ相応のギャンブルをしなくちゃならない。

『一度家畜になったら二度と一般生徒には戻れない』そんなジンクスまであるくらいだ。それこそ、生徒会にでも挑まなければ……。

 

……あ、嘘だろ。一生懸命スマホを見つめてやがるぞあいつ。

この学園内で借金を取り返せるWEBサイトといったら、ホームページを作ってる伝統文化研究会くらいのもの(夢見弖も作ってるがあれはファンクラブ専用だ)。

 

伝統文化研究会。まさしく魔王軍幹部が一人、生徒会庶務担当、西洞院百合子が会長として在籍する勢力。

 

嫌な予感がする。まさか、西洞院先輩の所に貨幣並べて殴り込むつもりじゃないだろうな。

でも、俺がどうこう出来る話じゃない。家畜なんてこの学園には何十人といるし、一個人が口出しをしたところで何かが変わるわけでもないもん。

 

……いや、んー。でも昨日の借りがあるんだよなぁ早乙女には。

どうしたものか……。今からでも西洞院先輩に連絡して手心を加えて貰えるようお願いするか?

でもあの先輩怖いんだよなぁ。

 

『私の可愛い後輩に害虫が付いてはいけませんから』

 

とか言ってクロスさせた両手にゴキジェット構えて(にじ)り寄って来るんだもの。

いい人ではあるんだが、何故ああなのか。

やっぱ生徒会って怖い。

 

長めの葛藤と小競り合いをする俺のヤダヤダ精神。

そして固唾を呑む俺を映す黒い液晶画面へ、震える指をスライドさせた。

 

ええい、仕方あるまい。やらぬ後悔よりやって後悔だ。

LINEだ。LINEするぞ……。

 

ど、どう切り出そうか。こちらから連絡するのは初めてだからな。

庶務担当なだけあって文章には手厳しそうだ。それに結構な良家のお嬢様。かっちりキッチリした人だし、しっかりした文章を綴らねば。

 

朝[謹啓 春眠暁を覚えず、処々に啼鳥(ていちょう)を聞く。夜来風雨の声、花落つること知る多少。そんな詩を思い起こさせる季節になったこと、大変胸が高鳴る想いでございます。]

朝[さて、この度は西洞院様に不躾ながらお願いが御座いまして筆を取らせて頂きました。]

 

どうだ……!

 

西[イヤです]

 

くっそ!!

だめだった!しかも俺なりの丁寧に対して返信ざつう!

ごめん早乙女、俺じゃ無理っぽい!

 

西[筆じゃなく電子文字ですし。LINEですし。そもそも目上の人間に対するお願いの仕方がLINEってどうなんでしょう?]

西[貴方に少しでも良識があるのであれば面と向かって頭を下げるべきじゃないでしょうか]

西[それと春暁(しゅんぎょう)の引用は構いませんが多様や長文にするとテンポが悪い上に知識をひけらかしている様でかえって下品になります。気を付けなさい]

西[しかしこれでは将来が危ぶまれますね。私の知ったことではありませんが]

西[ブロックします]

 

鬼かッ!

鬼かあんた!!!

途中まで、確かにその通りだなー勉強になるなーなんて反省した俺の気持ちを返して!それとなんで最後ぶった斬った!?

 

相変わらず俺にだけは辛辣だ。俺、何かした?全く持って記憶にないんだが。

つか返信はえー。あんなに老け……大人びて見えてもやはり現役JKだということか。親指族ってやつ?

 

ウーンウーンと、どう返したら良いものかと悩んでは見る。しかしどうも俺の動揺が無言ながらも挙動に現れていたらしい、教師からは訝しむような視線を送られている。

あまりスマホを弄って心象を悪くする訳にもいかないか。

 

どうするべきか悩んでいると新たなLINEが飛んできた。

 

西〔誠意を見せなさい〕

 

更にもう一通。

 

夢[かげくん、みせてください(✧ω✧)]

 

夢子からだった。

え、なにを?誠意を?

 

西[誠意が見られなければ認められません。そもそも、私達がやっているのはギャンブルです。何か要求があるのなら、運命を傾けられる程の何かを、誰かにお願いするしか無いのではないでしょうか]

 

次からか次へと控えめのバイブレーションと共にメッセージが送られてくる。

あんたらどっちもホームルーム中でしょうに何やってんの。

 

夢[かげくんのお顔をみたいです♡こちらを見て頂けないでしょうか。何もやましい気持ちはありません。なんでしたら、私なりの誠意だってお見せします♡♡]

 

西[全ては貴方の誠意次第です。そうすれば私も私なりの誠意をお見せしましょう]

 

夢[わかりますか、誠意(セ·イ·イ)ですよ?♡]

 

西[分かりますか、誠意(せいい)ですよ]

 

 

 

もうお前ら二人で誠意展覧会でもやってろよ。

 

 

こっそり顔を上げると、前の席である夢子からチラリと色気の含んだ流し目を向けられた。

 

くっ。悔しいが可愛い。

 

敗北感の賛辞を送りながらも『後で相手するから、今は先生の話を聞こうね』と返信する。

なんか『ドキドキ♪』したリアクションのちーかわスタンプが送られてきた。

……まぁ可愛いんだけど、そこにトランプのスートを添えられると意味が変わってきちゃうのよ、ドキドキの意味が。

 

 

……さて、どうしたものか。

 

 




誠意って何かね


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