TSロリが逝くダンまちゲーRTA (原子番号16)
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計測開始~オラリオ入りまで
mp.1『キャラクターメイキング』



2022/12/13追記
冒頭の名前に関するガバを修正しました。


 英雄になったりならなかったりするゲームのRTA、はぁじまるよー!

 

 今回取り組んでいくゲームはこちら。大森藤ノ氏が原作を務めていらっしゃるライトノベル、『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』通称ダンまちをモデルにしたアクションRPGです。

 縛り内容は主に三つ。バグ・チート禁止、秩序にして善(ロールフルグッド)の維持、そして小人族(パルゥム)縛りです。

 

 はい、よーいすたーと……はまだしません。計測開始までもう少し時間があるので、今のうちに本RTAのゴールについて、お話しします。興味無いよという方は下記の時間までスキップすると幸せになれるかもしれません。

 

 さて、このゲームにおけるエンディングは使用キャラやその立場によって個数や内容が変化します。有名なのは闇陣営(イヴィルス)を除く全ルートで到達可能な共通エンド『黒龍討伐』、異端児(ゼノス)スタートで人類との共存を実現するエンド『真の友愛』などでしょうか。目指すルートによってレギュレーションが設けられており、発売から数ヶ月が経過した現在、多くの先駆者様方の動画を拝見させていただいています。

 

 

 まあ、この動画ではどのルートも完遂しないんですけどね。

 

 

 結論から言いますと、本RTAは、プラチナトロフィー『世界最速の第一級(レコードホルダー)』の取得までを計測区間としています。

 この最速というのは【敏捷】の話ではなく、【恩恵(ファルナ)】を得た時点からLv.5、つまり第一級冒険者になるまでのスピードに依存します。ようするに四回ランクアップするRTAというわけです。

 

 

 オープニングが終了したところで、早速ですがキャラエディットのお時間です。

 

 薄々察していただけているかと思いますが、このゲームは原作・外伝キャラのルートの他に、オリキャラ、いわゆるエディット武将によるフリーシナリオが用意されています。ボリュームたっぷりですね。

 

 容姿は適当に決めます。

 

 諸々の設定をして……

 

 さて、ここからが問題。特記事項の決定です。

 これはエディットキャラ特有の仕様で、特技や体質、特殊な背景のようなものをキャラに付与することができます。原作の人物で例えるなら、ベルきゅんの体質【透明の魂】やフィンの技能【超直感】、カサンドラちゃんの祝福である【未来予知】、ヴェルフが背景とする【鍛冶貴族】などです。

  エディットキャラは原作キャラに比べて能力値などが劣る分、こういった特記技能を自由に選択できるのが利点です。

 ちなみにエディットキャラにSSランク【透明の魂】を付与する場合、くっそ重いバッドステータスの付与が必要となるので、【透明の魂】プレイをしたい人は素直にベルきゅんを選ぼうね!

 余談ですが、両足欠損盲目発声不可能の【透明の魂】を習得キャラで闇陣営(イヴィルス)含むネームドキャラ全員との好感度MAXを達成なさった方の動画が先日公開されています。概要欄にURLを貼っておきますので、ぜひご覧になってください。

 

 はい、事項の決定が終了しました。

 当然ながら、ここで選択する事項は事前に決めてあります。

 

 

 Sランク体質【幸運】。

 Hランク背景【重度の実験体(マイナス)】。

 Cランク資質【妖精眼(グラムサイト)】。

 

 

 こちらの三つの説明は、おいおい行おうと思います。

 

 

 スタート位置はRTA勢御用達、通常プレイでもおすすめされるひとつ、【極東の社】に設定します。タケミカヅチ様の孤児院ですね。ここが優秀なんですよほんと。

 

 それでは最後に名前を決めとうございます。

 名前に関してですが、入力速度を考慮しまして、ホモ……と、したいのはやま↑やま↓なのですが、変な名前にすると出会うキャラからの初期好感度が悉く低めになるのでキャンセルだ。

 というわけで、一身上の都合により───

 

 

『フリューガー・グッドフェロー』

 

 ───とさせていただきます。

 え? 長い? おっそうだな(肯定)。ファミリーネームに関してはちゃんとした理由があるので許してくれたまえ(大佐)。まあ誤差だよ誤差。

 

 ファーストネームに関しては完全に私の趣味です。

 

 

 それでは計測開始まで、さん、にい、いち───はい、よーいすたーと。

 

 

 

 

 

 

 

 はい、スタート直後ですがいきなりイベントです。

 農家の子供である少年、フリューガー・グッドフェローくんが、ひとりで山を散策してます。空気がおいしそうですね。表情も笑顔です。無邪気だなぁ。

 

 そんな顔立ちのそこそこよろしい小人族(パルゥム)の少年は、散策に夢中になっていて、背後から近づいてきた一人の人物に気がつけませんでした。

 

 背景【重度の実験体】……あっ(察し)。

 

 というわけでフリューガーくんが拉致られました。この背景を習得したキャラクターは、スタート直後に実験体として拉致されます。たとえハイエルフだろうがボッシュートです。加害者はランダムなのですが、今回はエルフの女性でしたね。

 

 この時点で、フリューガーくんの【心的外傷:エルフ】の習得が確定しました。

 

 

 ここで、【重度の実験体】について、お話しします。

 

 こちらの特記背景は、バッドステータスを発生させるもののうち、かなりヤバい位置にあります。これより下のマイナス事項は片手で数えられるほどしかありません。

 コイツのヤバいポイントとしては、Fランク以下、つまりバッドステータスを発生させる事項を最低四つ、多い時には(ここの)つ以上も押し付けてきた挙げ句、当該キャラクターに軽度から重度の人間不信を与え、対人コミュニケーション力を著しく減少させます。勘弁してくれよ……。

 そのうちのひとつは、拉致られた相手の種族に対する【心的外傷】で確定しています。今回はエルフですね。レフィーヤちゃんやリヴェリアママ、その他ネームドエルフとの交流がだいぶキツくなりました。

 通常プレイでもくっそ辛い特記事項ですが、もちのろん、無策でコイツを抱え込んだ訳ではありません。何がなんでも【幸運】を習得したかったのはありますが、それ以上にアドを取れるようチャートを組んでいます。

 

 まま、そう焦んないで。ビールでも飲んでリラックスしな(920隊隊長)。

 

 

 フリューガーくんがどんな実験のモルモットにされるか、それによって他のマイナス事項が決定されます。

 ここでHランク以下のヤベーやつを引かされた場合、大抵リセットです。GランクでCoC(クトゥルフ)の狂気表とどっこいどっこいなので、Hランクを引かされるとくっっそキツいです。Iランクはクビだクビだクビだ。『血液が鳥になる』とかウォーハンマーじゃあるまいし。

 

 ……ですが、はい、その可能性は限りなく0に近くなっています。

 なぜなら、Sランク体質【幸運】を握っているからです。

 

 【幸運】はその名の通り当該キャラの幸運値(LCK)に補正をかけ、発展アビリティ【幸運】の発現条件を達成する特記事項です。

 あくまで幸運値をガン上げするだけなので、例えば確定イベントによる不運な出来事を、これだけで覆すことは出来ません。

 が、ある程度ランダムで決定される物事に関しては相当やってくれます。

 つまり、この特性は【重度の実験体】で押し付けられるマイナス事項にも影響してくれるのです。

 例を挙げますと、直前の試走の際習得したマイナス事項は最低の三つ、かつ低確率でひとつだけ付与されるプラス事項もAランクのやつをきっちりゲット出来ました。これって勲章ですよ……(自画自賛)。

 

 さて、今回はどうなりそうですかね?(20倍速)

 

 実験シーンを垂れ流すのもアレなのでね、救出イベントがくるまで倍速していきます。

 誰かが助けてくれるまでに行える自由行動はランダムな上、そう多くはないのですが……よし、目当てのやつが出てきてますね。

 

 予定通り、『鉄格子の隙間から星を見上げる』を連打します。

 

 日数の経過によって減少する正気度(SAN)は、実験の内容によって増減するのですが……今回はそれなりに当たりなようです。隔日で周りの子供がぽつぽつと消えていってます。実験によっては毎日ガバッと消費されていくので発狂しないだけマシという他なし。

 肝心の内容ですが……どうやら、『他種族の子供をエルフにする』実験を行っているようです。有名なヤツですね。

 

 動機としては単純で、

 

 

 同族すら拒む隔離されたエルフの里

 

 ↓

 

 人口の減少

 

 ↓

 

 せや!! 他種族の子供(さら)って同族にしてから孕ませたろ!! これで子沢山や!!

 

 

 ……いや頭おかしいですって! 勘弁してくださいよほんとに。エルフの里やべーな。これは焼き払われて残党(多大な偏見)。クロッゾの旦那ッ! おもいっきしやっつけてやれーッ!(SPW)

 

 何がたち悪いかって、世界から隔離されたエルフの里には大抵『古代』の魔法が現存してることなんですよね。だから種族をいじるなんて無法がまかり通ってしまう。

 この実験において最もやってはいけない行動は、被害者の氏に様、および氏体を見ることです。全身に性器を生やして息絶えてるヤツとか目撃した日には発狂不可避ゾ。

 大人しくエルフの魔法を浴びて、怪しげな薬品に浸かりましょう。

 

 ちなみにですが。

 この実験によって、フリューガーくんの種族がエルフになってしまった場合、リセットです。

 【幸運】があるので余程のことがなければ大丈夫なはずですが……

 

 

 

 

 

 

 

 えっ。

 

 

 

 

 あっ、ふーん。

 名前をホモにしなくて本当によかったですね、これ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───はい、無事に救出されました。今回は五年間、原因は一般正義のファミリアによる粛清でしたね。研究者の方々とはもう二度と会うことはないでしょう。

 救出された後の処遇ですが、近場の孤児院───タケミカヅチさんちに預けられることとなりました。地味に別大陸まで拉致行為に及んでいたことが明かされる研究者軍団、ガチすぎて笑っちゃいますよ。

 実験体にされた子供は薬品によって記憶をボロボロにされているため、元の親を探すのは極めて困難です。かわいそうに……。

 

 それでは、今回はここまで。ご視聴ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

名前:フリューガー・グッドフェロー

 

特記事項

ランクS【体質:幸運】

ランクH【背景:重度の実験体】

ランクC【資質:妖精眼(グラムサイト)

 

NEW!!

ランクF【疾患:心的外傷(エルフ)】

ランクG【疾患:変貌への恐怖】

ランクF【背景:性転換】

ランクG【疾患:女体恐怖症】

 

ランクA【資質:侍】




 フリューガーの由来を知ってる方は微レ存でいらっしゃるだろうけど、

 グッドフェローと『妖精眼』の関連まで知ってる方は流石にいないじゃろ(慢心)



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mp.2『セットアッププロセス』

前回より2000文字長く、変な用語を使っています。
雰囲気で楽しんでいただければ幸いです。

skp様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。


追記(1月28日)

原作15巻にツクヨミ姉貴出てた(呆然) 容姿も口調も出てた(絶望)
ほぼ初対面かつ慎重な付き合いを試みてる相手(フリューガーちゃん)に、『いかにも神様っぽい』ロールプレイを行っている、という後付けをさせていただきます。申し訳ナス!



 ランダム性を考慮して柔軟に対応できるチャート作成を強いられるRTA、もう始まってる!

 前回、タケミカヅチさんちに引き取られたところから再開です。

 

 早速ですが、新規に習得した特記事項の説明を含め、今後の予定について、お話ししとうございます。

 

 まず、今回【重度の実験体】によって押し付けられたバッドステータスは、以下の通りです。

 

 ランクF【疾患:心的外傷(エルフ)】。

 ランクG【疾患:変貌への恐怖】。

 ランクF【背景:性転換】。

 ランクG【疾患:女体恐怖症】。

 

 【幸運】のおかげでHランク以下はなく、個数も最低の四つに抑えられてぼく満足、といったところですが、組み合わせが少々やっかいです。

 フリューガーくんの倍速社生活を背景に、前回お話しした心的外傷を除く三つを順に説明していきます。

 

 ひとつめ、【疾患:変貌への恐怖】。

 こいつはですね、自分の容貌が変化することへの強い嫌悪・恐怖になります。習得するシチュエーションとしては、『10歳になったら食料にされる村出身』という背景、『美貌の喪失による失恋』というイベントなどです。

 今回は、他者による強引な肉体改造が原因と思われます。

 しかし、デメリットはそう多くありません。重度のものではないので、自然な成長であれば体格の変化も許容できます。精々が髪型の固定、ピアスなどの肉体欠損への抵抗感、四肢を失った時に発狂不可避という程度です。

 ()()()()()()()()、そう重くはありません。

 

 二つめ、【性転換】。……そうです、フリューガーくん、開始早々女の子になっちまいました。たまげたなぁ。

 効果は文字通り、性転換! 性別が強制的に変更されます。終わり! マイナス事項の中で最も軽度とされるランクFなだけはあります。

 デメリットは、特にありません。強いて言えば、RTAにおいては、男性と女性は能力値の伸び方が多少異なりますので、細かな調整が必要になります。

 ()()()()()()()()、そう重くはありません。

 

 

 色々とひっかきまわしてくれたのは、お前だよ、【女体恐怖症】!!

 こいつの効果は『女体』───つまり()()()()()への恐怖・嫌悪! 女性らしい体つきをしたキャラクターの側にいるだけで正気度を減らしにくるヤベーやつです! ダンまちにおける『出会い』要素を真っ向からぶち壊す性質を讃えて贈られた二つ名は、『野獣先輩製造機』!!

 

 こんな動画をご覧になられている方々なら、もうお分かりでしょう。

 ───この事項を与えられた男性キャラクターは、女性への恐怖感を獲得するとともに、女性への性欲を喪失、そして多くの場合、同性愛に目覚めるのです!!

 

 うっそだろお前WWW……と思われた方もいらっしゃるでしょう。ですが、既にこのゲームを遊んだことのある方なら、こいつの恐ろしさをよくご存知かと思います。

 

 なぜならこいつは、ベルきゅん√において強大な敵として君臨しているからです。

 最も有名な場面は原作7巻のシナリオ。発情期のアマゾネス軍団に取っ捕まった場合、また春姫ちゃんの好感度が足りず妖怪ヒキガエルに犯された場合、ベルきゅんはこいつを発症します。その後の行動次第では回復することもありますが、最悪……まあ、はい。

 主な被害者はヴェルフ、対抗でベート、らしいです。

 

 

 以上の三点が合わさった結果、現在フリューガーくん改めフリューガーちゃんは、大変な危機に陥っています。

 

 【女体恐怖症】持ちが【性転換】した場合、どうなると思いますか?

 

 答えは、『自分が女性だと実感する度に正気が削られていく』です。

 

 そして、フリューガーちゃんは男性に戻ることも許されません。

 

 なぜなら、【変貌への恐怖】を持つキャラクターにとって、肉体の性別が変わるということは、最も忌避する物事に該当するからです。

 

 

 

 あ^~(苦痛)

 

 

 

 ……現状、フリューガーちゃんは意識のある間、常に正気をごりごり削られる状態にあります。

 本来、【極東の社】では、性根のまっすぐな孤児達やタケミカヅチ様を始めとする善良な神々との交流によって、正気度の回復、人間不信の軟化、失われたコミュニケーション力の補填を行えるのですが、今回は不可能です。

 女児と戯れても女神とお話ししても消耗します。

 何もせずにじっとしていても消耗します。

 

 このような状況に陥ってしまったため、フリューガーちゃんは()()()()()を過ごさなくてはならないんですね。

 

 

 ちょっと等速に戻しまして。

 

 今は真夜中ですね。フリューガーちゃんが、机の前で静止しています。

 何をやっているかわかりますか?

 ……これ、寝てるんです。

 

 彼女が机の前で気絶するように就寝しているのは、何かの物事に心底から専心することでしか、自身の精神を守れないからです。つまりは苦肉の策ですね。

 

 早朝から社の掃除、朝から晩まで竹刀を振り、夜には気絶するまで書物の写生を行う日々は、【女体恐怖症】による精神疲弊こそ防いでくれますが、単純に苦行です。それをさせている私が言うのもあれですが。

 

 いや、違うんですよ! 本当はもっとこう、幼少期の壮絶な体験によって影のあるショタっ子が、善良な社の人々との交流でかつての純真を取り戻し、やがて社の人々のために出稼ぎにイクゾー!! みたいな流れにするはずだったんですよ!

 こんな修羅ルートなんて望んじゃあいなかったんだ!

 

 タイムは早くなりそうですが(走者特有の邪心)。

 それにしたって、完走する前にメンタルブレイクで14送りにされちゃあたまらんです。

 

 もちろんコミュ力が底辺まで下がることを前提としたチャートではありますが、最低限、回復してもらわないと、特定のイベントで少々厄介なことになります。

 

 ───例えば、このようなイベントですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつものように写生を行っていた貴方は、ふと視線を外に向けた。

 星光満ちる夜。

 雲ひとつない空を見て、貴方はかつての日々を思い出す。

 

 日に日に減りゆく年上の子供。

 精神を病んでいく年下の子供。

 軋みをあげて改造されていく心身。

 記憶は奪われ、家族を奪われ、数度話しただけの友人がまだ生きているのか、失われたのか、そのような人物は存在しないのか、全てが曖昧。

 

 今日生存していることに喜びを見出せぬ地獄。

 だからこそ、貴方は星を見た。

 

 不変の光。

 何者にも侵されぬ天の輝きに、貴方は確かに救われたのだ。

 

 

「うむ、うむ。見とれるほどに美しい夜天じゃのう」

 

 

 ───貴方は跳ねるようにその場から飛び退き、竹刀を手に取った。

 声のした方へ視線を走らせれば、確かに、そこにいた。

 貴方の部屋に音もなく入り込んでいたのは、女神だ。

 その名は()()()()。月を司る神性。

 貴方の師である武神タケミカヅチが、よく話に挙げていたのを思い出す。

 

 

→【……】

 

消えろ。さもなくば斬る

 

 

 貴方は全身から敵意を滲ませ、彼女を威嚇した。

 それと同時に、自嘲する。

 貴方がツクヨミへと向ける敵意は、恐怖の裏返しであり、神の一柱であるツクヨミがそれを察せられぬとは考えがたい。

 つまる話、貴方は『アナタのことが恐ろしくて仕方がない』ということを言外に告げているに過ぎず、それを理解しながら、威嚇(恐怖)せずにはいられないのだ。

 

「ふふ。()い子じゃ。小鹿のように震えおって……思わず抱き締めてしまいそうじゃが、うむ、それには時期尚早じゃの。もっと好感度を上げねば素っ首叩き落とされかねん」

 

 からり、ころり、鈴を鳴らすように彼女は笑う。

 碧の髪をいじる指はか細く、一房(ひとふさ)を耳へとかける仕草は典雅(てんが)に過ぎる。

 世の男を容易く(とりこ)にせしめる風貌は、しかし貴方にとっては柔肌を粟立(あわだ)たせるものでしかない。

 

 一歩、ツクヨミが、貴方に近づいた。

 

 

───こっちに来るな!

 

→【ひッ……】

 

 

 貴方は竹刀を取り落とした。

 

「……ふむ、なるほど、なるほどのう。タケの言っていた通りか。安心せい。これ以上、私からは近づかんよ、愛い子。刀も槍も届かず、弓を取るには間近に過ぎる、この隔たりこそ我らの(しとね)じゃ」

 

 貴方はツクヨミの言葉に返答できない。

 心臓が暴れ、呼吸が乱れ、汗が吹き出る。

 相手の目的が見えず、こちらの立場は底辺となれば、貴方は全くの抵抗を許されない。

 

 いいや……許されて、いなかった。

 

「星、好きじゃろう?」

 

 貴方は瞠目する。

 

「私もじゃ。これでも月の女神じゃからのう。天上を見上げるだけで心が踊る。愛い子よ、私は近づかぬとも、近づかぬので言葉は許せ。孤児達は星に関心を持たぬ、日々を無邪気に過ごすのみ、無論それをこそ愛らしく思う私じゃが、いささか寂しくてのう」

 

 悩ましげに首をかしげ、ため息をひとつ。

 それが、貴方の関心を引き、心を動かすためだけの仕草であると、幼い貴方は気づけない。

 そうして、彼女は薄雲に隠された月のごとき微笑みを浮かべ、

 

「どうか、どうか。話し相手になっておくれ、愛い子よ」

 

「天文に関して私は凄いぞ? 愛い子よ、おまえの疑問に対し、私は常に満月の解答を返すであろう。

 あの光の名を知っているか? 彼らを纏めてなんと名付けられているか、思い至るか? 星辰に神秘を見出し、星々の運営に心を踊らせた経験は?」

 

「天文学の先人達が編み上げた星の秘跡(ひせき)、その全てをおまえに与えよう」

 

「愛しいおまえ、星を学ぶ気概はあるかえ?」

 

 

→【……】

 

 

 

「───うむ、今宵はここまでとしよう。明日の夜、よい返事を聞かせておくれ」

 

 ツクヨミが背を向ける。

 出会ったときから最後まで、ずっと艶やかであった女神が、貴方の視界から失せる。

 

 

→【───フリューガー】

 

 

 貴方は震える声でそう囁いた。

 

 

→【フリューガー・グッドフェロー。……愛い子は、いやだ】

 

 

 そうして、貴方は眠りに落ちた。

 緊張の糸が途切れた瞬間、さくっと眠気に屈したのだ。

 

 だから、貴方は気づかない。

 愛しい子の()()()()()()()に、月の女神がころころと微笑んでいたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツクヨミ姉貴のロールプレイに助けられましたねクォレア……ツクヨミ姉貴ありがとナス!(心からの感謝)

 

 はい、今のは社の神の一柱、ツクヨミ姉貴と深い関係になるイベントです。

 フラグは『星が好きなこと』! 知性(INT)に関係なく声かけてきてくれるツクヨミ姉貴好きだよ(大胆な告白)。まあフリューガーちゃんの知性(INT)は高めですが、ともかく実験体にされてる間ずっと星を見てた甲斐がありました。

 しかし、成功してよかった。本当によかった。コミュニケーションぢからがかなり悲惨、かつ女神ということでフリューガーちゃんの言動がかなりアレでしたが、ツクヨミ姉貴が上手いことやってくれました。

 

 ここで、本ゲームの会話形式、関連してコミュニケーション力についてお話します。

 

 本ゲームは昨今流行りのVRゲームではないので、VRのように自由な会話はできません。

 キャラクターのコミュ力、性格、相手への好感度によって複数の選択肢が掲示され、それらから選ぶことで会話が進行します。

 無論、コミュ力が高ければ高いほどネームドキャラからの好感度を稼ぎやすいので、本ゲームにおいて重要視される能力値のひとつです。

 

 ちなみに、初期コミュ力最弱はエルフ、最強はぶっちぎりでヒューマンです。

 どのステータスも伸び難く、筋力にも敏捷にも体格にも優れない種族の武器こそは、即ち集団を作り規律をもって団結する力なり、ということで。

 エディットキャラ初心者にヒューマンが勧められている理由の一端ですね。みんなと仲良くなって一緒にイベントをこなしていきたい方、ヒューマン、おすすめです。

 エルフが最弱な理由はお察しの通りです。これはこれでツンデレプレイが捗るのでヨシ!!(現場猫)

 

 

 そんなツクヨミ姉貴との交流で得られるもの、それこそ私がこのRTAで実践させていただくチャートの根本です。

 

 即ち───【占星術師(アストロロジー)×幸運チャート】!

 

 フリューガーちゃんには、ツクヨミ先生の薫陶により、占星術師になってもらいます。

 

 

 このゲームには、【神の恩恵(ファルナ)】の能力値の他に、正気度、コミュ力を始めとする様々な能力値が設定されています。

 その中でもコミュ力に匹敵するほどに重要なのが、『職業レベル』!

 一般的なRPGにおける『剣士』『野伏』『盗人』のようなもので、例えば剣術を学べば剣士としてのレベルが、窃盗をしまくれば盗人としてのレベルが上がります。

 【恩恵】が『力量』なら、職業レベルは『技量』。

 この二つの違いを知り、両方を高い水準で備えることこそ、第二級冒険者到達の関門といったところでしょう。

 モンハンでいう、護石や装飾品を駆使していっちょ前にスキルを発現させられるようになった、みたいな感じです。

 

 そのうちのひとつである【占星術師】は、占いやナビゲートによる探索補助を得手としており、戦闘では自身への特殊な強化(バフ)を駆使して戦う職業です。

 バフの数値がその日の星辰によって増減する上に、魔術師職でありながら攻撃魔術を一切習得しないこともあって、不遇クラスと思われがちですが……

 

 ───ほならね? 自分でやっ(証明し)てみろって話でしょう? 

 

 私はそう言いたいですけどね(無敵構文)。

 

 私は特別ほならね理論信者という訳ではありませんが、このRTAを通して、占星術師の良さ(あじ)を知っていただければいいなあと思っています。

 

 そして、今回は幸運にも【重度の実験体】でランクAの資質【侍】を獲得できましたので、こちらも成長させていこうと思います。

 

 

 元々、【極東の社】を初期位置に()えたのは、善良な人々によるメンタルケアはもちろんのこと、タケミカヅチ様から教えをいただける点があまりにもアドすぎるからです。

 通常プレイでも、RTAでも、タケミカヅチ道場ほど効率よく技量を高められる拠点はそう多くありません。

 【恩恵】を受けとる前の『調整』として、彼の指導はとても的確です。

 また、【極東の社】で生活することで、操作キャラクターに『社のために金を稼ぐ』という、『明確な目的(グランドオーダー)』を付与することができます。

 

 有識者の方々の間で、オラリオスタートとオラリオ外スタートどっちがええねんという議論が白熱なさっている理由のひとつが、この『明確な目的(グランドオーダー)』の獲得の容易さになります。

 こいつは、ルート完遂よりは優先度が落ちますが、キャラクターにとっての『戦う理由』として機能します。

 

 ベルくんの『英雄願望/祖父との約束』。『憧憬一途/黄金の出会い』。『異端英雄/水精(ウィーネ)との誓い』。その他エトセトラであり、

 アイズの『消えぬ黒炎の剣姫』であり、

 リリの『白光』、

 ヴェルフの『鍛冶神への挑戦(はるかなたかみへ)』、などなど。

 

 そういった、己の行動方針というものを抱えることで、精神の保護や過重労働を始めとする様々なバフを得ることができます。

 強烈なものを挙げるなら、リリの『白光』でしょうか。彼女のそれは、精神汚染の完全遮断です。どれだけ格上の相手だろうが、神のこしらえた神酒を呑み干そうが、精神面を侵されることはありえないという、職業によっては噴飯ものの祝福になります。

 

 社のために金を稼ぐ、正式名称を『家族への献身』は最も取得しやすいグランドオーダーであり、効果は連続勤務時間の増加です。つまり連続で迷宮に潜れる期間が増えます。社畜かな?

 

 タケミカヅチ様から物理的な方面の指導をいただきつつ、他の女神様達から色々と教えてもらい、コミュ力を鍛え、同時にグランドオーダーも獲得できる。

 初期位置として【極東の社】が人気な理由は主にこんなところです。

 

 

 

 今後の予定ですが、ツクヨミ姉貴から占星術を学び、タケミカヅチ様から湾刀の術理を教わる日々を続け、13歳のタイミングでオラリオへ向かいます。

 それまでは特にイベントもなし、ひたすら倍速です。

 

 

 

 

 

 

 ……暇ですねぇ。

 

 

 

 

 

 こ ん な こ と も あ ろ う か と 。

 

 

 

 

 

 

 みなさまのためにぃ~。

 

 

 こんな動画をぉ~。

 

 

 ご用意~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……冗談です。上映会なんてやるわけないだろ! いい加減にしろ!

 

 今回は説明ばかりになってしまいましたが、次回からオラリオへinするのですいません許してください! なんでもしますから!

 それでは今回はここまで。ご視聴ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 




次回はフリューガーちゃんの一人称視点を予定しています。

作者自身、至らぬ点も多くあります。疑問点などありましたらぜひご一報ください。


思ってたよりフリューガーちゃんが悲惨な境遇になってしまって作者も困惑してます。


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幕間『ある夜、社の中』

サムライ・パルゥムに出会ったので初投稿です。

タケミカヅチ視点、ツクヨミ視点、命視点で迷走した結果、選ばれたのは命ちゃんでした。他の二人はいかんせんフリューガーちゃんの描写が辛くて苦しくてどうしようもなかった。

~追記~

 ジャック・オー・ランタン様、緒方様、爆弾様、Zodiac様から誤字報告をいただきました。ありがてえありがてえ(感謝)
 名もなき一読者様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。


 

 

 

 

 

 私は【幸運】に恵まれている。

 

 

 生きているからだ。

 

 

 運が悪ければ、死んでいた。

 

 あの時、少しでも反抗的な態度をとっていたら、薬品の材料にされて死んでいた。

 魔法薬に上手く適合出来てなかったら、死んでいた。

 一緒に逃げよう、と言われて、無視していなければ、死んでいた。

 記憶を穴だらけにされ、肉体を弄くられ、精神を壊していたら、死んでいた。

『失敗作』となっても───女体への変化は成功したけれど、エルフにはなれなかった───研究価値を見いだされていなければ、死んでいた。

 どこぞの正義の眷属とやらが、やたらめったらに撒き散らした魔法の余波を浴びていたら、やはり、死んでいた。

 

 

 だから、私は、【幸運】に恵まれている。

 

 

 ……()()()()()()()()()()()()()

 

 

 生きているのだから、私はとても【幸運】で。

 

 

 【幸運】なのだから、【幸運】でなかった顔もわからない不特定多数の誰かのために、私は───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 瞳を開ける。

 見知った天井だ。

 上体を起こし、諸々の確認をする。

 夢を見ていた、という訳ではないらしい。

 もし夢を見ていて、それが原因で眠りから覚めたのなら、私はとっくに失禁していて、股下の辺りに不快感を覚えているはずだからだ。

 間違いなく恥ずべき黒歴史だが、個室を与えられるに至った要因のひとつでもあるので、複雑な心境である。

 

 部屋は、暗い。

 窓から外を見れば、雲ひとつない夜天が目に飛び込んでくる。

 様子からして、夜明けまで三時間といったところか。

 どうして起きてしまったのかはわからないが、さて、どうしてくれよう。

 

 ……時期(タイミング)時期(タイミング)だ。何かしらの意味はあるだろう。

 

 胡乱に判断し、立ち上がる。

 護身用の木刀を確かめ、足袋(たび)の調子を(あらた)める。

 一足一刀の間合いにあって、道具の不都合で挙動を仕損じては、師である剣神(タケミカヅチ)に合わせる顔がない。

 

 音を立てず、部屋から出る。

 隠密行動は小人族(パルゥム)の十八番である。

 時間を敵に回している状況ではないため、あくまで動作は緩慢に。

 月明かりに照らされる廊下を進む。

 ひび割れた床が軋みをあげる。

 粗末な布団で、より集まって安眠する子供たちの息遣いを聞く。

 眉が歪むのがわかる。

 この社に、金銭的な余裕はない。それが辛く悲しい。私のような者を置いてくださる慈悲深きお歴々が、純朴な子供たちが、このような暮らしをしていていいはずがない。

 だからこそ、私は、

 

「───」

 

 思考を中断する。

 手のひらに唾をくれ、木刀に馴染ませる。

 誰か、いる。

 場所は、いつもは私が剣を振るっている道場。

 タケミカヅチ様ではない、それはわかる。彼はこのような粗末な息遣いをしていないし、あんなに小さくもない。

 様子からして、何かを振るっているのだろう。

 愚図なりに思考を回し、結論を出す。

 

 ここの子供であれば咎め、寝るように言い、夜盗であれば素っ首叩き落とすのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勢いよく(ふすま)を開けると、はたしてそこには見覚えのある少女がいた。

 

(ミコト)

「───ぁ、ふぇっ?」

「……(ミコト)

「ふ、ふぁいっ!?」

 

 木刀を振り上げた体勢で固まっていたので、語気を強めてみると、何やら奇声をあげて直立不動となった。

 よく見てみれば───よく見たくはないのだが万が一何かしらの問題を抱えていれば事なので───子供らしいもっちりした肌には玉のような汗が浮かんでおり、長い時間鍛練に励んでいたことがわかる。

 どのような事情かは知らないが、告げることは変わらない。

 

「身を清めて、寝床に戻りなさい。もう、夜が明ける頃合いだ」

「あっ、はい……」

「それでは」

「ぁ───ちょっ、と! お待ちくださいませんかっ!」

「……何」

 

 正直に言ってしまえば、これ以上『女』と会話したくはないのだが、請われたものを無下には出来ない。何より彼女も私が(ここ)にいることを許してくれていた人だ。

 ため息をひとつ、ゆらりと振り返ってみると、そこには興奮止まぬという様子でこちらを凝視する命がいる。

 視線の向いている先は……携えている木刀、だろうか。

 

「そ、その。剣の心得をお持ちだと、タケミカヅチ様が、おっしゃっていましたが」

「指導をいただいている」

「そ、そんな細腕で───いえそうではなくっ。あ、えとっ、それなら───」

 

 わりと直球な侮辱を慌てて取り消すのを見て、静かに嘆息する。

 細腕なのは事実で、侮られるのは当然だ。

 彼女の中の私は、()()()調()()()()()()()()の姿から更新が止まっているはず。無論、その時よりは健康だと自負しているが、それでも彼女の反応は正しい。彼女は変わらず心優しく、依然として私は脆弱である。

 気にしなくていい、そう口にする前に、命は動いたのだ。

 

「み、命と! ───戦ってくださいっ!」

「……矛盾してないかな」

「あああ、すいませんっ、これには事情がありまして!」

 

 ぶんぶんっ、と諸手を振り回す命。

 彼女の言い分はこうだ。

 先日、どこぞの貴族様から食料の援助を受けたらしい。

 貴族様のご息女が、苦しい生活を送る社の存在を知り、己に回されるはずの豊富な食料を、こちらに回してほしいと御両親に頼み込んだのだとか。

 有り難い話である。

 そんで、タケミカヅチ様と社の子供たちはその恩返しのために、

 

「拉致ってこい、と?」

「はい、ただ広いだけの屋敷でひとり寂しそうにしているあの娘を連れ出してこい、と」

「───……」

 

 ふと、気が遠くなった。

 最近何やらどたばたしてるな、とは思っていたが、そんなことを企てていたとは。もっと早くに私に声をかけてくださったなら、幾許か力になれただろうに。

 ……遺憾ながら、好都合ではあるのだが。

 

「大人の警邏に対抗するため、あのお方を連れ出すために、私達は【恩恵(ファルナ)】を授かりました」

 

 なるほど、と頷きを返す。

 彼女がぼんやりと『灯り』を纏っているように見えたのは錯覚ではなかったらしい。

 瞼の上から、道場の外から命の姿を捕捉した魔眼を撫で、話に耳を傾ける。

 元々、武神であるタケミカヅチ様から武術の手解きを受けていた子供たちだ。【恩恵(ファルナ)】なんて鬼に金棒だろう。彼等彼女等は増幅された身体能力の確認を済ませ、さあ今こそ出陣の時、という頃合いで、最後の調整として身内での決闘を行い……

 

「それで……全員叩きのめした、と」

「は、はい。全員、叩きのめしました」

「……お前達の中で、最も体格と技量に優れていた……桜花(おうか)を含めて?」

「はい、その、素手の勝負では今でも勝てる気はしないのですが……武器を使った形式では、負ける気がしませんでした」

 

 曰く、彼女は今まで他の子供に剣を向けたことがなかったらしい。

 訓練ではいつも素手で戦い、結果として桜花に次ぐ二番手の位置にいたのだとか。

 周りの子供たちは、命が心優しいから剣を向けられないのだと思っていたらしいが、その真実は。

 

「剣を使ってしまうと、勝負にならないだろうと、タケミカヅチ様に……」

「……素晴らしい才能だ。桜花とて、どう低く見積もっても千人にひとりくらいの才を持つ益荒男(ますらお)見習いだろうに」

「えへへ……それで、ですね? 訓練を終えて小休止をとっている時、タケミカヅチ様からこう言われたのです!」

 

 曰く───今の命なら、フリューに剣を向けても大丈夫かもな、と。

 いや、何言ってるんですがタケミカヅチ様。

 

「……つまり、試したいのか」

「はいっ。命は今日の夜、春姫殿をお迎えに行くのです、だから、出来る限り己を高めたいと思っています。桜花殿たちでは、その、()()()()()()()()()ので、ひとり自己鍛練していたのですが───」

 

 じっ、と。目映い意志の込められた瞳に見詰められる。

 

「本当に、本当に久方ぶりに、フリュー殿と出会え、更に木刀まで携えていらっしゃるのです。これは、打ち合え、という……託宣、のようなものかと! 思うのです!」

 

 ふむ、なるほど、そう言われるとその通りな気がしないでもない。道場(ここ)を訪れた発端が発端だ。

 確かに、【恩恵】を得た命が相手なら、私も真剣に戦わねばならない。

 命にとっても、私にとっても、最後の調整となるだろう。

 

 

 

 既に戦いの準備を終えている命の前で、木刀を構える。

 ひい、ふう、みい、間合いを計る。

 およそ七M(メドル)

 一足一刀からはやや離れた距離。今更ながら、こんな距離で会話をしていたのかと嘆息する。主に年下の子に気遣わせてしまった不甲斐なさで。

 

 そんな訳で、先手を譲るくらいはしよう。

 

 

「……来なさい」

「では! ───とぉーっ!」

 

 可愛らしい(反吐が出そうな)(とき)の声をあげて、命が突っ込んでくる。

 ───速い。十に満たない幼子の疾駆とは思えぬ速度に舌を巻く。

 踏み込みの強さも、振り落としてくる斬撃も、見事なものだ。

 生来の才、積み上げられた鍛練が、神の加護を得て数倍に膨れ上がっている。

【恩恵】とはこれほどのモノなのか───ここで知れたのだから、やはり私は幸運だ。

 

 

 けれど。

 ああ、けれど。

 ()()

 タケミカヅチ様の一太刀には程遠い。

 

 

 半歩下がって回避する。

 眼前を一過する剣閃。風圧で舞い上がる前髪。

 回避されると思っていなかったのか、命は驚いたように目を見開き、隙を晒した。先程の一件と言い舐めてくれる。いや憤ってなどいないが。

 ともあれ、一手番(ターン)凌いだ。

 次は、こちらの番だ。

 

「しッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 純粋に、高揚を覚えていました。

 中々顔を合わせてくれない『姉様』と、久方ぶりに会話出来たことにも、剣神(タケミカヅチ様)からその腕を認められている剣士と、打ち合えることにも。

 言ってしまえば、(いささ)かの失望すら感じていたのです。

【恩恵】を得たのだから、きっとそれ以前とは違う結果になるだろうと、剣を執ったのに、結局剣でもって命に敵う方は居なかったのです。あの桜花殿ですら、命の剣を目で追えていないのだと知れた時、はい、確かに命は心が冷めてしまったのです。

 だから、嬉しい。

 姉様が剣の心得を持っていると聞いた時は驚いたし、命に届きうる技量だと知ったときは耳を疑ったけれど、うれしい。

 負けられない戦いを前にして、命に敵うかもしれない人と打ち合う機会に恵まれた。幸運なことだと思う。

 

「……来なさい」

 

 鈴のような声が耳朶(じだ)を叩きました。

 纏う空気は鉄塊そのものなのに、妖精のような顔立ちが、風のような立ち振舞いが、ただ硬いだけの空気を華やかなものにしています。

 思えば、春姫殿と、姉様はどこか似ているのかもしれません。

 春姫殿と姉様。どちらも容姿端麗ですし、()()()()なところも似ています。

 

 先手を譲られたのですから、本気で行かせてもらいます、姉様。

 

「では! ───とぉーっ!」

 

 背中の【恩恵】の熱に駆られるように、命は肉薄しました。

【恩恵】を授かる前とは比較にならない速度で間合いを詰め、木刀を振りかぶり、そして、

 

 

 そういえば、姉様は【恩恵】を授かっているのだろうか? 

 

 という、打ち合いの前に検めなければならなかった事項に思い至りました。

 

 

(不味ッ───)

 

 もし【恩恵】を得ていないのだとしたら不味い。

 桜花殿ですら目で追えなかったこの剣閃を視認するなど不可能だ。

 いや、例え視認出来たとして、なんの対応も叶わないでしょう。回避も受け流しも出来るはずがない。

 結果は明瞭。命の木刀が姉様の額を割るのみ。

 既に攻撃は為ってしまっている。

 手加減すらして差し上げられないことに歯噛みして、後悔と共に、木刀を袈裟(けさ)に振り落とし、

 

「───え?」

 

 すかっ、と。

 己の剣閃が虚空を斬り裂いているのを見ました。

 姉様は、ほんの少し後ろにいました。

 意味がわかりません。

 だって、命とてタケミカヅチ様からご指導を賜っている身です、敵との目算を誤るなどという不手際はしません。

 確実に当たる軌道で木刀を走らせました。

 当たるはずなのです。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(いや───その前提が違う……?)

 

 ぶわっ、と。

 全身の汗腺が開くのがわかりました。

 けれど、そうとしか思えません。

 姉様は、きっと、動いたのです。

 命の剣閃を完璧に見切り、命が知覚出来ないほどの足捌きで、移動したのです。

 

 そうして、無様に隙を晒した命を咎めるように。

 姉様が、動きました。

 

 

 

 

 

 

「───ぁ」

 

 気がついた時には、命は尻餅をついていました。

 剣など既に手放していて、腰は抜けていました。

 目の前の姉様は、木刀を握っているだけで、命はそっと、首筋に触れました。

 どうやら、首と胴は無事に繋がっているようでした。

 

 見えなかった。

 斬撃の初動も、刃が辿ったであろう軌跡も、何もわからない。

 こちらを見下ろしている姉様と、敬愛する剣神が、ほんの一瞬、重なって見えた。

 

「ぁ───は、は」

 

 春姫殿のような、儚いお方だと思っていました。

 綺麗で、臆病で、心優しい人だと思っていたのです。

 重なったのは、タケミカヅチ様でした。

 

 おそらく、おそらくだけれど。そうであって欲しくはないし、違ったのならまだ救われるのだけれど。

 きっと、姉様は、【恩恵】を秘めていない。

 

 一合すら打ち合えなかった、否、そも戦いの舞台に上がれていたのかどうか。

 文字通り、レベルが違う。

 

「───姉様」

「……」

 

 姉様が形のよい眉をほんの少し歪めた。

 姉様は、姉様と呼ばれると怒るのだ。何故かは知らないけれど。

 

「また、明日……勝負して、いただけますか?」

「……星の巡り次第で、そうなることもあるだろう」

 

 ……よかった。

 

 なら、いい。

 

 次があるのなら、安心できる。

 

 

 

 明日も明後日も、時が許す限り、私は、命は、小さな剣士に挑むのだろう───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───……」

 

 曖昧な表情で沈黙する。

 目の前には、気絶したらしい命。

 余りにも大人気なかったと猛省する。

 六歳の子供には、酷だった。

 想像以上の腕前だったので、つい、昂ってしまった。

 しかも、このまま放置する訳にはいかないので、私はこれから汗まみれの彼女を清め、布団に寝かせなければならないらしい。

 端的に言って地獄だった。

 命があと七年ほど歳を重ねていたら即死していたかもしれない。

 けれど、彼女を病魔に侵させる訳にはいかない。

 だから、仕方がない。

 これから親不孝を犯す私への天罰なのだと勝手に解釈して、神経を磨り減らす作業に従事した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、風の噂で何やら役人の屋敷で騒動があったらしいと聞いた。

 

 社の人々に危害は出ていないらしかったので、安堵を覚えた。

 

 けれど、今後、屋敷からの援助は期待できないだろうとも感じていた。

 

 だから、私は親不孝だと罵られようとも、この判断を間違っているとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フリュー
 精神値(POW)不足で既に肉体に負け(メス落ちし)始めている。一人称が『私』になってる辺りお察し。半年前くらいはまだ抗ってたけど今は無意識に諦めてしまっている。そもそも元の一人称が『おれ』なのか『ぼく』なのかわからない、という点が大きい。
 女性への恐怖は拭えていないが、好感度高めの命には文中のような対応をとれる。もちろん正気度は減る。
 孤児勢に対して、一緒に農作業出来ないことを不甲斐なく思っているし、あまりよく思われていないだろうとも思っているが、孤児からの好感度はけっこう高い。
 理由は、作業道具の手入れとか、破れた障子を直したりとか、写本作って売ってたりとか、失せ物を占星術キメて探しだしたりしてたから。本人的にはこっそりやってたつもり。孤児は全員知ってる。タケミカヅチ様がゲロった。
 親不孝を許してほしいと思っている。
 命との約束? 知ら管。


 出自【孤児】なので親の情報がランダムで決定された結果、クリティカルにクリティカルが重なってアルティメットシーイング命と化した。原作の命よりつおい。
 孤児勢共通の認識として、フリューのことを『歳の離れた極度の人見知りの姉』と思っている。
 その中でも命は、千草が失くしてしまった髪飾りを、フリューが見つけてくれた出来事をキッカケとして好感度が高くなっていた。
 木刀で文字通り鎧袖一触を働いたが、それゆえに不安感を覚えてしまう。一人で鍛練してたら姉様に出会えて大興奮。バトルを仕掛けた。
 が、相手はサムライ・パルゥムだった。
 孤児の誰もが命の剣閃を追えなかったように、フリューの剣閃を全く追えずに敗北。斬撃自体は尻餅ついて回避してる。






 蛇足


『このまま社にいると、はるひーイベントに巻き込まれて、ロスしてしまいます』


『だから、その前に社を出る必要があったんですね』


ファッ!?アァーーッ!!
(想定より早いはるひーイベント)
(ロス)
(ロス)
(はるひーからの好感度上昇)
(命&はるひー迷宮都市突撃フラグ建設)

走者「あ゛あ゛あ゛も゛う゛や゛た゛あ゛あ゛!!」


 ……という展開を思い付いたけど、走者への批判が怖かったのと本当にロスにしかなかないので却下しました。はるひーファンの皆さん許してください! 何でもしますから!

 フラグが折れたとは言っていない。


 文法の間違いや欠点など、忌憚のないご指摘を、今後ともどうぞよろしくお願い致します。
 誤字脱字、解釈違い、間違いなどありましたら是非ご教授願います。



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Lv.1→Lv.2
mp.3『舞台/迷宮都市』


 ダンまち×ゴブリンスレイヤーとかいう私得なコラボに脳汁ドバドバなので初投稿です。
 今回、少し短めです。


 齢十三の女児に遠方まで旅をさせるRTA、もう始まってる! 

 

 さて、社での生活を三年間続け、遂にオラリオへ行く運びと相成りました。やったぜ。

 今回は実験体期間が長かったので社で生活出来る時間が試走より短くなってしまいましたが、無事に出立を迎えられて一安心、といったところ。何より、春姫(はるひー)のイベントに巻き込まれるというリセット不可避なガバを犯さずに済んでよかったです。わりかしギリギリでしたね、はるひーイベの発生時期はある程度ランダムなのですが、かなり早期の乱数を引いていたようです。

 

 そんじゃあ書き置きを残しておきまして、いざ鎌倉(五十倍速)。

 

 

 さて、早速ですがオリチャー発動、最寄りの町で布を買います。

 色は適当に白でいいや。それを適当にちょこちょこっと弄りまして……

 はい、簡易外套の完成です。これによって顔と体の線を隠します。こうすることで、フリューガーくんの無駄によろしい容姿と少女らしい体を誤魔化し、『女への目線』と『女扱い』を避けることができます。

 見た目は完全に動くてるてる坊主。小学一年生の頃、両親に「ランドセルが歩いてる」と言われてたのを思い出します。これなら鏡を見ても安心! ……は出来ませんが、心なしかフリューガーちゃん、ホクホク顔ですね。かわいいなあフリューガーくん(濁点省略)。

 

 

 さて、改めて港町へゴー。

 

 

 本来なら、各地点からオラリオへの移動の際には、ランダムイベントが発生したりしなかったりします。

 陸路の場合は、山賊と遭遇したりモンスターと遭遇したりするのですが、フリューガーちゃんは【幸運】持ちなのでそのようなバッドイベントはカット……カットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットォ!! (WRKA)

 ちなみにランダムイベントの中には、まあ当然ですが、こちらの利益になるものもあります。しかし少なからずもたついてロスになります、基本こちらも無視です。オルガ団長を見習って止まらないようにしましょう。

 

 港町に到着しました。

 極東から迷宮都市のある大陸へ渡る方法は幾つかありますが、現在のフリューガーちゃんが利用できるのは海路のみです。船にのりこめー^^。

 ……? 乗ってくれませんね。どうしました? 海上や船に関するバッドステータスはなかったと思うのですが……。

 と思っていたら、船長がエルフでした。ガバ運ですねクォレア。別の船を探しましょうそうしましょう。

 一般人として利用できる船の候補は基本二~三隻、船長含むキャラクターは特定の人物を除いてランダムなので、先程のような事態も起こり得ます。

 

 無事に乗船出来ました。ドワーフの船長の船ですね。船員と利用客にエルフがいないのも確認できていいゾーこれ。ドワーフとエルフの仲は悪いってトールキン先生も言ってた。

 しかも航海中、お仕事を手伝えばお小遣いも貰えるようです。やったぜ。無骨系ドワーフおいたん愛してる。

 ロスにならない範囲でお魚の捌き方や操舵の心得なんかも教えてもらいつつ、ひたすら大海原を進みます。

 

 

 

 航海の間に、本RTAにおけるLv.2昇格の目論見について、お話しします。

 このゲームにおいて、冒険者という区分でLv.1→2となる方法は、大きく分けて三つあります。

 

 1つ目は、『インファント・ドラゴンの討伐』。上層唯一にして最強の竜種をぶち頃すことで、ほぼ間違いなくランクアップ出来ます。種族、年齢、職業問わず、特別なイベントもフラグも不要、ということで、最も分かりやすい手段になります。

 こちらの問題点としては、単純にインファント・ドラゴンが強すぎることです。オリキャラによる通常プレイ、もしくは原作キャラを使用したルートならともかく、RTAという低ステイタスでの攻略を強いられる形式だと辛すぎて吐きます。

 物理型なら【力】、魔法型なら【魔力】がB以上、残りのアビリティが最低Eはないとまともに戦えません。そして、ひぃこらステイタスをボーダーラインまで上げたところで、三人以上の『仲間』を用意する必要があります。単騎でドラゴン討伐はむ……無理です。

 以上の理由から、『インファント・ドラゴンの討伐』は却下です。時間がかかりすぎる。

 

 二つ目は、『格上の冒険者の札害』です。自分よりレベルが上のキャラクターをぶち56してランクアップします。原作キャラではクロエさんがこの手段でランクアップしていましたね。

 これに関しては、採用できる余地はあります。本RTAの縛りとして秩序にして善(ローフルグッド)の維持というものがあり、秩序陣営の冒険者の札害が禁止されているのですが、混沌陣営のゴミクズ共なら頃していいので、適当にイヴィルスのオニィサンを見繕って抹殺すればオッケー。

 欠点としては、そんなに都合のいいオニィサンはいないってことですね。付け加えるなら秩序側からも嫌われます。【アストレア・ファミリア】からヘイト貰うのはいやーキツイっす。

 よってこちらも却下。仕方ないね♂

 

 という訳で、今回採用させていただきますのは、三つ目の『特定のイベントの完遂』です。イベントによる戦闘に勝利してランクアップを図ります。

 言ってしまえば、ベルくん達原作キャラがいつもやってるアレです。ミノタウロスとの『冒険』、黒ゴライアスとの戦闘、戦争遊戯(ウォーゲーム)、歓楽街での大立ち回り、狩猟者達(イケロス・ファミリア)との殺し合い、アステリオスとの『再戦』。

 ベルくんルートでのランクアップは全て『特定のイベントの完遂』によるものです。といっても、ここまで極端なのは原作キャラでもベルくんくらいですが。

 今回狙うのは、アイズちゃんが初めてのランクアップを果たすイベントへの介入です。彼女と共闘(?)して位階の昇華を果たします。

 そのために必要なものは、然るべき時、然るべき場所へ突っ込むことのみ。手間がかからない代わりに難易度は地獄、更に特定技能の有無によって『詰み』があり得ます。

 それでもアビリティのボーダーラインがかなり低く、何より【ロキ・ファミリア】と関係を持てるのが大きいので、フリューガーくんには死ぬほど頑張ってもらう予定です。

 

 

 

 話し終えたところで、ちょうど陸に着きました。もっと言えば港街メレンですね。迷宮都市オラリオから直近の港街で、大陸を越えて迷宮都市を訪れてくる冒険者志望のオニィサンをお出迎えしてくれます。

 当然フリューガーちゃんもここで降ります。ドワーフの船長殿、短い間でしたがありがとナス! 

 お、『解体用のナイフ』を貰えました。今後、ダンジョンでモンスターの死体を弄くる()のに役に立ってくれそうです。会話で生じたロス分の価値はありますねぇ! 

 

 港町から迷宮都市までは五キルロほどですが、既に迷宮都市の市壁が見えてますね。高すぎィ! 自分、外壁登ってみてもいいすか? 

 ちなみにLv.1かつ道具なし、魔法などの補助なしで市壁を素手で登り切ると『偉業』判定されることがあります。RTAにも通常プレイにも向かないし、むしろ何故発見されてしまったのか……

 

 

 着くゥ~(入場)。

 

 

 こちらァ、【原作九年前】のオラリオになります。

 やあああっと着きましたよもー! なんのイベントもなく半年かかるんだから困ったものです。

 目の前には、人、人、人! ここまで多種族乱れる混沌とした都市はオラリオくらいです。フリューガーくんも目を丸くしてます。かわえッ……かわえッ……

 都市外ではお目にかかれない光景を堪能しおえたら、早速移動です。裏路地を活用して、冒険者ギルドへ向かいましょう。

 ちなみにこの時期(原作九年前)のオラリオはお世辞にも治安が良いとは言えず───これからもっと悪くなっていくのですが───路地裏を使うと一定の乱数で誘拐イベントが起こったりするのですが、フリューガーくんは【幸運】なのでそのような心配はフヨウラ! 

 

 ギルドに着きました。外見は原作開始時とそう変わりませんね。受付嬢の面子は違いますが。

 早速中に入ります。中に入れるZOY! 中々ZOY! (陛下)

 

 ……てるてる坊主スタイルのフリューガーくんに一瞬注目が集まりますが、まあこんな格好してるヤツは珍しくないので、波が引くように注目は薄まっていきます。ちっちゃいしね。

 さて、ギルドでやることですが、各【ファミリア】の情報が記載されている冊子を閲覧します。受付嬢と会話する必要はありません。そっと持っていってギルドの端っこで読みましょう。

 これによって、中堅以上の【ファミリア】の『入団試験』を受けることが出来るようになります。記載された日程に試験の場所へ行くことで、『入団試験』イベントが発生します。

 ちなみに試験でない日に突撃したら、零細ファミリアでなければ門前払いです。試験日以外に学校突っ込んで入学試験受けさせてくれー、と言ってるようなものですからね。

 ともかく、ここで重要なのはお目当てのファミリア───私の場合は【アポロン・ファミリア】の日程なのですが……どうやら明日っぽいです。やったぜ。

 

【アポロン・ファミリア】の入団試験は、珍しいことに戦闘面での優秀さを示す必要がありません。代わりに求められるのは、『標準以上の容姿』と『芸術技能』です。そんなんやから等級Dなんやぞ(辛辣)。探索系派閥だルルォ!? 真面目にやって、どうぞ。

 まあその、アポロン兄貴は資金面であんまり困っておらず、団員の質を高めようという意欲に欠けてるのはわかるんですけどね。それにしたってお前……。

 

 実際合格できるか、という話になりますと、九割ほどの確率で入団できると思われます。容姿に関しては、元々それなりに良かったのがTSによって女神並になっ(カンストし)てるので問題ありませんし、『芸術技能』は【占星術】のひとつふたつ披露すれば大丈夫です。単純にパフォーマンスとしても使えるのが占星術のいいところ。

 

 

 

 それでは、試験開始まで倍速していきます。適当な宿に泊まってお休みしようねえ……(十倍速)。

 

 

 

 この間に、選ばれたのはアポロン・ファミリアでしたの理由をお話しします。

 まず言及させていただくのは、RTAという形式において求めなくてはならない要素についてです。

 それは大きなもので三つ。その派閥で完走できるのか、その派閥で早く走れるのか、その派閥でしか出来ないことがあるのか、です。

 

 1つ目に関してはもうそのまんまです。完走出来ない派閥に入るわけにはいきません。具体的には闇派閥(イヴィルス)のディオニュソス、タナトス、ルドラ、ペノア、そしてデメテルさんちもアウト。こいつらだとどう足掻いても秩序にして善(ローフルグッド)の維持なんて出来ないし、そもそも生存の択があるかすら怪しいです。

 

 2つ目は、ランクアップに必要ないイベントが頻発するようだとアウトです。つまりはフレイヤやロキなどの原作キャラ盛り沢山な派閥。環境こそよろしいですが会話が非常に大量で、経験値の悪いイベントが非常においしくない。通常プレイならともかく早さを重んじるRTAでは採用できません。

 

 3つ目ですが、これは特に重要視しなくても大丈夫です。ただ、アポロン・ファミリアを選んだ大きな理由がこちらになります。

 

 

 こちらの三点を念頭に、アポロン・ファミリアを評価しますと、

 

 まず、アポロン・ファミリアは闇派閥ではなく、零細でもないので完走は十分に狙えます。

 原作キャラもそう多くはなく、何よりアポロン・ファミリアは本拠地に定住することを強制されないので適当に宿を取れば無問題です。

 そして、アポロン・ファミリアの団員であることで、Lv.2→3へのランクアップを狙えるイベントに参加することが出来ます。

 

 以上をもって、私はアポロン・ファミリアを選択しました。

 もちろんロキ・ファミリアで走っている方もいらっしゃいますし、これらの意見は私の主観によるものだとご理解くださいますよう、よろしくお願いいたします。

 

 

 

 さて、試験当日です。

 場所はアポロン・ファミリアの本拠地。けっこう人が多いですね。こちらの方々と席を争う訳ですが、走者としては気楽です。なにせロキとかガネーシャの試験にはこの倍以上の人数、より質の高い猛者が集まってきますので。これだから中堅派閥はたまらねえぜ。

 と、試験のために本拠地に入るのですが、その前に主神であるアポロン兄貴と軽いお話をします。

 これは入団希望者に混じって刺客の類いが入ってくるのを防ぐための処置で、『YOU私達に不利益なことする?』と問いかけて、アウトだったら引っ捕らえる、というだけです。神には嘘つけないってそれ一番言われてるから。

 そんなわけで、ファミリア内でも実力者らしい人達に護衛されてるアポロン兄貴の御前に参りまして、問答をさせていただきましょう。てるてる坊主スタイルのフリューガーくんに怪訝な眼差しが集中しますが無視。素直に対応します。

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 アポロン兄貴? ナズェ止まってるんです? 

 

 えっ、フリーズ? ……再走案件ですか? 

 

 

 

 

 えっ。

 

 あっ、はい。

 

 

 ───入団が決まりました。やったぜ。

 

 

 

 

 

 




フリュー
 初めて訪れる街と海と人の群れに大興奮する幼女。てるてる坊主と化してご満悦。

アポロン兄貴
 フリューの容姿がクリティカルした。

 誤字脱字などありましたらどうぞご一報くださいませ。












タケミカヅチ
 は?(顔面蒼白)

ツクヨミ
 は?(憤怒)

命ちゃん
 は?(真顔)



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mp.4『邂逅/太陽の男神』

ヒュアキントスくん視点に苦心した挙げ句、掟やぶりの三視点全動員に手を出したので初投稿です。

佐藤東沙様から大量の誤字報告をいただきました。本当にありがとうございます。お恥ずかしい……
so-tak様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。

追記 2月19日(水)
【半端者】の内容を修正しました。申し訳ナス!

追記 2月21日(金)
《双頭竜の篭手》についての記述を消しました。重ね重ね申し訳ないです。

追記 3月23日(月)
【一意専心】の内容を修正しました。仏の顔も三度ってはっきりわかんだね(謝罪)


☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 「髪を撫でてもいいかな?」

 

 ───貴方は彼の要望を手痛く突っぱねてもいいし、受け入れてもいい。

 

 

→【……どうぞ】

 

すみません、そういうのはちょっと……

 

 

 貴方は熟考の末、今日知り合ったばかりの、太陽の男神に頭を差し出した。

 隣に座る男神は、一瞬の逡巡(しゅんじゅん)を経て、おずおずと貴方へと手を伸ばす。

 そうして、壊れ物を扱うかのように、愛しい人の頬を愛撫するかのように、貴方の銀の髪を()いた。

 

 「あぁ^~……」

 

 男神の声帯から零れ落ちる、間の抜けた、感嘆の言葉。

 それはつまり、この世全ての女性を虜にしかねない魅惑のバリトンに違いなかった。

 タケミカヅチを始めとする【社】の男神達のそれが『硬い』と言うつもりはないが、しかしこの男神───アポロンの声は、そう、『甘い』のだ。

 愛を囁くことを日常とする神である。

 はたして今日に至るまで何人の女性の頬を朱に染めてきたのだろうかと、一応肉体的には女性である貴方は、ぼんやりと考えていた。

 ───ちなみにこれは全くの蛇足だが(マテリアルが解禁されました)、愛を囁いた割合で言えば女性より男性の方が高かったりする。

 

 「……すまない、正気を失っていた。君を迎え入れてから、どのくらい経ってしまっただろうか」

 

 腕利きの斥候の頭の中には方位磁石やら砂時計やらが詰め込まれているらしいが、少なくとも貴方には当てはまらない。

 なので、貴方は部屋に備え付けられた豪奢な時計を見て、撫でるという行為に費やされた時間を申し上げた。

 アポロンは「マジか」と神々特有のスラングを口走り、しかし、撫でるのは止めなかった。

 

 「あぁいい。とてもいい、素晴らしい、この手触りだけで詩を綴ってしまいそうだ。いや綴るべきか。ともかく素晴らしい。いかんな、詩歌の神にあるまじき語彙力だ、いやしかし」

 

 アポロンの顔はほにゃりと歪んでいた。

 美の女神を目撃したとしてもこうはならないだろう。

 その表情に、貴方には見覚えがある。

 目撃例はいくつかあるが、最も鮮明に覚えているのは、社に引き取られた赤子が、初めて言葉を発した時のことだ。

 いわながひめ、と口にしたのだ。

 はたしてその赤子を抱えていた母親代わりの女神(イワナガヒメ様)は驚天動地の狂喜乱舞、赤子を携えたまま社を三周し、疲労困憊の上で、現在アポロンが浮かべているような顔をした。

 とすると、彼から向けられているのは親愛の類いだろうか。決めつけるのは早計だが、そう思っておいて問題はなさそうだった。

 貴方は、目と目があった瞬間から異様に執着してくる男神が、この忌々しい身体を求めている訳ではなさそうなことに安堵した。

 

 「我が妹、月女神(アルテミス)の恩寵篤き月の子よ。君を迎え入れられた幸運と運命に感謝しよう」

 

 そう口にしてから、ぽんぽん、と二回。貴方の頭をやさしく叩いて、アポロンは貴方への愛玩行為を止めた。

 

 

この発言について追及する

 

→【行動しない】

 

 

 貴方はアルテミスという単語に頭の隅っこを刺激されたが、さして気にすることでもないだろうと放置した。

 

 「さて、予定より遅くなってしまったが、早速【恩恵(ファルナ)】を与えようと思う」

 

 お互いに、表情が引き締まった。

 

 「といっても、そう大層なものではないが……背中に、直に触れる必要がある。私は男神故、抵抗はあるだろうが……」

 

 アポロンが二の句を告げる前に、貴方は既に脱衣に入っていた。

 恩恵の取得に関する知識は既に仕入れているので驚きはしないし、むしろ女神には触れられたくない。男神に触られたい訳でもないが。

 貴方はあっさりと半裸になって椅子に座り、アポロンに背を向けた。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 クレイジーサイコシスコンにロックオンされてやはりヤバいRTA、不味いですわよ!(令嬢)

 

 

 アポロン兄貴は『銀髪』や『銀眼』などのキャラクターに対し、『月→月女神→アルテミスっぽい』とかいう三段論法めいたナニかによって『第一印象判定』にプラスの補正がされる特性を持っています。

 そしてフリューガーちゃんは銀髪銀眼の超絶美少女……あっ、ふーん。

 妹さんを想わせる子供に執着するくらいなら、さっさと仲直りすればいいと思うんですけど(禁句)。

 アルテミスとアポロンの関係については、ウィキを見ようね! わしも調べたんだからさ(同調圧力土方)。

 

 しかしここまでの反応は珍しいです。想定外とも言えます。入団試験免除はタァイム的には嬉しいですが……アポロンを含む一部の神様が主神の場合、好感度高くしすぎると監禁される危険が危ないんですよね。好感度調整に苦心する未来が見える見える……。

 

 

 まま、ええわ(休暇課題を最終日まで引きずる気質)。

 

 

 でも今は、そんな事はどうでもいいんだ、重要なことじゃない。ダンまちの醍醐味にして序盤の盛り上がりどころさん、おまちかねの【恩恵】タイムがやって来ますわよ奥さま!

 イヤァーッ!!(蜥蜴人銀(僧侶杉田)の祝詞)。

 

 このレギュレーションのRTAは、他のレギュレーション以上に特定の【魔法】、【スキル】を引くことが重要です。

 成長系スキルなしの一般冒険者を5年でLv.5まで到達させるのですから、真面目にコツコツアビリティ上げて、なんてやってる暇はありません。

 活用すべきは事前に獲得しておいた『特記事項』と『魔法』、『スキル』、そしてねるねるねるねよろしく練り込みまくったガバガバチャート! 低レベル低アビリティでなんとか強敵を撃破することを強いられているンだ!

 

 このゲームにおける【魔法】と【スキル】の発生条件は、設定されたフラグの達成です。ただしそのうちの半分くらいは血筋由来だったり種族由来だったりするので、なんでも自由に獲得できる訳ではありません。

 有名かつ困難なのは王族(ハイエルフ)なことが条件のヤツですね。リヴェリア様とかいう前例のせいで里から出るのが、もう気が狂うほど、キツいんじゃ。レッサーレゴラス軍団の目を盗んでのスニーキングとか確実に【ランクアップ】案件なんだよなぁ……加減しろ馬鹿。

 さて、これまでのムーヴでいくつかのフラグは達成しているつもりですが、どうですかねぇ? 目当てのスキル出てくれよなー頼むよー(走者特有の懇願)

 

 

 ……お、出ました!

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

フリューガー・グッドフェロー

 

Lv.1

力:I 0

耐久:I 0

器用:I 0

敏捷:I 0

魔力:I 0

 

魔法

【】

【】

 

スキル

半端者(カイネウス・ヴェール)

・《耐久》に高域補正。

・水上歩行可能。

・《水上》条件時全アビリティ超域補正。

・受け入れる程に強化。

 

一意専心(コンセントレイト)

・超集中。

・行使判定の達成値は精神状態に依存。

・《器用》値によって基準値減少。

・連続発動困難。失敗(ファンブル)時、一定時間理性蒸発。

 

妖精虹石(グラムサイト)

魔眼保有者(カラットホルダー)

・発展アビリティ《魔眼》獲得。等級は《魔力》に依存。潜在値含む。現在ランク『I』

・《魔力》に成長補正。

・妖精・精霊と親しくなる。

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 やったぜ。 投稿者:変態糞走者 (1月14日05時14分1919秒)

 

 無事に狙っていた二つ、そしておまけにひとつ追加で【スキル】を取得できました。

 フリューガーちゃんが脱いだ衣服を着ている間に説明を入れさせていただきます。

 

 【一意専心(コンセントレイト)】は、皆様ご存じの通り、RTA勢御用達の定番スキルです。

 取得条件は『長期間同じ物事を継続し』、『その物事に一定時間を費やす』こと。フリューガーくんの場合、道場での鍛練と夜間の写生で余裕の習得だったと思われます。

 こいつが御用達と言われる所以(ゆえん)はなんといっても、有能技能と名高い『超集中(コンセントレイト)』です。判定に成功することで達成値を上げることが出来ます。つまりはベルくんのぶっ壊れスキル【英雄願望(アルゴノゥト)】の劣化縮小版です。アルゴノゥトが強すぎるだけってそれ一。

 強いてこちらにしかない利点を挙げるなら、戦闘以外でもそれなりに使えます。料理とか。編み物とか。家庭的だぁ……

 

 【妖精虹石(グラムサイト)】は、特記事項『資質:妖精眼』を所持するキャラクターに自動的に付与されるユニークスキルです。RTAでお呼びがかかるのは珍しいかも。

 妖精眼はいわゆる【魔眼】にカテゴライズされる技能なのですが、観たものを焼いたり石にしたりは出来ません。主な効果は『魔力を視る』こと。占星術とタッグを組んで暴れてもらいます。

 

 最後に【半端者(カイネウス・ヴェール)】ですが、これは『背景:性転換』持ちのキャラクターに確率で付与されるレアスキルです。そういえばあったなそんなの……(失言)。確か魅力値によって確率が決まってたような気がします。

 チャートに書いてはありませんでしたが、思いがけないプラススキルで棚からぼたもちですね。小人族(パルゥム)の紙耐久を補ってくれるのは素直に有り難いです。水上での効果もアンフィス・バエナ戦で活躍してくれそうでいいぞーこれ。

 最後の一文は……ナオキです(白目)。

 

 

 何はともあれ、収穫の多い恩恵お披露目会でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 【恩恵】〈まだ俺のバトルフェイズは終了してませんよぉおおおおおおおお!!

 

 

 プレイヤー走者〈なんだとぉ……!

 

 

 という茶番は置いておいて、まだ恩恵獲得に関わるイベントは終了していません。

 あんだけ壮絶な背景持ってて占星術も修めてるフリューガーくんが、なんの【魔法】も発現させないなんて、あり得ませんよね?

 

 というわけで、()てがわれた私室でお休みした瞬間、イベントスタートです。

 

 無尽蔵に習得できる【スキル】とは異なり、個数制限のある【魔法】は、取得する際に特別な手順が発生します。それがこのイベントです。

 画面にフリューガーくんが映っていますが、これは彼女本人ではありません。原作四巻の魔本イベントで出てきた『本の中の(ベル)』と同じ存在です。

 彼女は、今までにフリューガーくんが立ててきた【魔法】に関するフラグに沿って言葉を投げかけ、選択肢を提示してきます。ここでの選択肢によって、発現する【魔法】の方向性が定められるんですね。

 

 今回、魔法に関して立てたフラグは二つです。

 RTAらしからぬ長い『家名』と、妖精の視認を可能とする『妖精眼』。この二つを合わせて、【魔法】を発現させます。

 

 

 それじゃあバシバシと細心の注意をはらって選択していきましょう(三倍速)。

 

 

 終わりました。

 くぅ~疲れましたw。これでお目当ての効果を持つ【魔法】が発現するはずです。

 

 それじゃあ起床致しましょう。

 起きたら飯食って冒険者登録して装備整えてダンジョンです。新米冒険者としての初陣ですが、中堅以上の派閥の場合、基本的に引率の方がついてきます。チュートリアルのためですね。探索に慣れてる冒険者兄貴が付いてくれるので、はじめての探索では死にません。

 戦士や武道家などの前衛職の場合は前衛職、魔道士などの後衛職の場合は後衛職の先輩が、武器の購入方法とか、装備の仕方とか、戦い方の基本なんかを丁寧丁寧丁寧に教えてくれます。

 主神様からの好感度によって宛がわれる人材の力量が決まるので、主神様からの『第一印象』を測る機会として重宝しますぜ。

 さて……今回の《仲間になりたそうにこちらを見ている》は誰ですかね……?

 

 ───ファッ!?

 こいつ、現アポロン・ファミリア団長殿じゃないですかヤダー! 過保護か(困惑)。いや、これ……これは流石におかしいです。確かに栄養失調気味のフリューガーくんの体は鶏ガラ並みですけど、それを差し引いても……考えるまでもなく好感度最高……監禁エンド……主神(女神)とヒロイン達による手枷足枷とろとろ生活……ヴァアアッ(トラウマ再発)。

 流行らせコラ案件にならないことをお祈りしなきゃ(胃潰瘍)。

 

 

 まあいいや(よくない)。

 大丈夫だって! ヘイキヘイキ、平気だから!

 

 

 悪いところばっかり見てると気が滅入るので、良いところを見ていきましょう。

 お付きの方が団長となれば、軍資金はたんまりです。予定していたより早期に装備を整えられるのは幸運と言えるでしょう。特に占星術師は用意しないといけない触媒(カタリスト)が多いので素直に有り難いです。

 お代は胃の安寧ですかね(吐血)。

 

 団長殿と一緒にご飯を食べつつ、会話をこなしていきます。

 この男性、原作では故人なのがもったいないくらい神的にいい人です。小柄かつてるてる坊主なフリューガーくんにも物腰柔らかに対応してくれてます。

 二つ名が【悲恋の奏者(オルフェウス)】な辺り色々とお察しです。奥さんのことお好き? この時期はまだ結婚してなかったっけ? お前ノンケかよぉ!?(残念でもなければ当然)。お前の()がけっこう好きだったんだよ!(大胆な告白は少女の特権)。

 この世界線では生還させてやるからなぁ、見とけよ見とけよ~。

 

 冒険者登録は倍速だ(十倍速)。

 受付嬢と話すことなんてないので(やることが)ないのです。しょうがないね。団長殿諸々の手続きオナシャス! センセンシャル!

 もちろん詳細なデータは渡しません。出自も年齢も不明でなれる職業があるってマジ?

 

 それでは【ヘファイストス・ファミリア】のテナントまで倍速します。

 武具に関しては特に理由がなければヘファイストス姉貴のところにお世話になるのが安価で確実です。顔通しも兼ねて神塔(バベル)のテナントで諸々の装備を購入します。

 

 やって来ました。新人鍛冶士の方々の作品で賑わうフロアに到着です。

 ここでお買い上げするのは、《鉄刀》一振りに《ナイフ》を三本、防具は《革の帽子》でも買っときましょうか。防具も買えというLv.3の無言の圧力に屈した訳ではありません、これだけははっきりと真実を伝えたかった。

 【幸運】と団長殿の目利きのおかげでいい感じの品を揃えることができました。団長兄貴ありがとナス!

 ……その手に持ってるのはなんですか団長殿。

 

 あ、ちょっ───流行らせコラ! 流行らせコラ!

 

 ……《太陽のネックレス》をいただきました。過保護……あまりに過保護……この装飾品は第二等級の防具で炎熱防御と精神耐性持ちです。正直めっちゃ嬉しいけどやめてくれよ……(矛盾)

 

 

 ま、まままええわ気にするほどでもなし。RTA走者は狼狽えないッ!(ドイツ軍人並)

 

 

 気を取り直して、ダンジョン初探索にイクゾー!! ……といったところで今回はここまで。ご視聴ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『フリューガー・グッドフェロー、です』

 

 

 幼くも美しい声音が響く。

 

 

 『冒険者となる目的は、仕送りのためです』

 

 

 月明かりのような輝きを秘める瞳に射抜かれる。

 

 

 『はい、脱ぎます』

 

 

 月の化身としか言い様のない肢体が、脳裏に焼き付いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「───無様だな」

 

 

 彼は自嘲する。

 静かな夜。月明かりのみを光源とする暗い部屋。

 テーブルには、栓の開けられた酒瓶がずらりと並んでいる。

 

 

 「───全く、無様だ」

 

 

 ぐしゃりと。

 太陽の光を凝縮したような黄金の髪を握り潰す。

 

 

 「───呪うぞ。ああ呪うとも。あの子をここまで導いた【幸運】と【運命】とやらにくれてやるのは感謝ではない。

 遠矢の神(アポロン)の名に(たが)うことなく、恐るべき病魔をくれてやろう。医神ですら蘇らせられぬほどに死滅させてくれよう───」

 

 

 彼女は、月のような瞳をしていた。

 彼女は、月のような髪をしていた。

 彼女は、月のような躯をしていた。

 

 

 

 彼女は。彼女は。

 

 

 

 彼女の瞳は落ち窪み、長い間満足な睡眠を取れていないことが見てとれた。

 彼女の髪は乱雑に纏められ、痛み、月光を束ねて織り込んだかのごとき様相をこれでもかと貶めていた。

 彼女の躯は痩せ細り、肉と皮、剣を振るう筋肉のみを残して多くのものを欠落させていた。

 

 

 何より───彼女は、アポロン(おとこ)に裸体を晒すことに()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 「───ッ」

 

 頭に浮かんだ光景を打ち払うように、酒を呷る。

 香りを楽しむ余裕などない。

 高価な葡萄酒(ワイン)破落戸(ごろつき)共を酩酊の夢へ誘う安酒(エール)に成り下がる。

 ───構うものか。

 

 

 仕送りのために金がほしい、この言葉に偽りはない。神としての権能がそう告げている。

 だが、それ以外のことは、致命的に、知らない。

 彼女は何も語らない。

 

 

 

 最悪の光景が思い浮かぶ。

 

 月のごとき少女の尊厳が貶められる様を幻視する。

 

 下卑た笑い声、情欲に塗れた瞳。

 

 鈴の音が嗚咽を紡ぎ、か細い四肢が汚濁に穢される様が浮かび上がる。

 

 

 

 

 「ッ───おええぇぇぇええッ……!!」

 

 

 耐えきれず、吐瀉(としゃ)物を撒き散らした。

 神室に設けられた、神が寝そべるに相応しい寝台が汚泥に冒涜(おか)される。

 ───構うものか。ぐい、と乱暴に口許を拭って彼は笑った。

 

 

 「フリュー」

 

 

 掠れた声で彼女の名を綴る。

 

 

 「……私は、お前を───いや……そうだな。少なくとも……お前を囲う【死相】から、守らなければ……」

 

 

 

 

 夜はふける。

 

 太陽が昇ったなら、彼は普段通り、愛多き神として、愛する子らの前に立つだろう。

 

 主神の『悪酔い』に気づけたのは───かの団長と、まだ名を持たぬ『光寵童』だけだった。

 

 

 

 

 




フリュー
 自らの心を映す【恩恵】に『半端者』と告げられた時の心境なんて書けるわけないだろいい加減にしろ。
 星に例えられて嬉しく思っているけれど、私が星なわけないだろとマイナスにも思っている。
 がんばっておかねかせぐよ!


アポロン
 本作のゲロイン枠。すまん。
 最愛の妹にクリソツな少女がレイプ目であまりにもひどい有り様だったから色々と考え込んで発狂しかけた。
 なんも言ってないから余計に拗らせてる。事情を全部話してもそれはそれで狂う。月の子なのが悪い。別の神話の月女神(ツクヨミ)と親密な関係にあるのも関係してそう。
 フリューの【死相】がただ囲って閉じ込めるだけじゃあ拭えないモノだと直感してるので冒険者としての活動は認めている。
 私が……私が守護らねばならぬ……!


団長兄貴
 ヒュアキントスの前任。彼の死後、長いこと代理が務めていた団長の席に光寵童が座った。
 本名はオルフェ。ダンまちの世界には英雄にあやかった名前の人が多く、彼もそのひとり。竪琴がくっそ上手い。
 名前の元ネタの英雄を尊敬はしてるが振り向くつもりはないしそもそも嫁さんは絶対守護る。
 原作では死んでる、という設定。たぶんお嫁さんも冥界に行ってる。死因はとあるイベント。経験値(エクスペリエンス)回収のついでに達成して真のリア充にして差し上げろ。




半端者(カイネウス・ヴェール)】について
 元ネタはギリシャ神話のTS兄貴姉貴。ポセイドンの加護を持つ英雄でアルゴー船にも乗ってるが大英雄には劣る。
 性転換による精神の変化に応じて名称が変わる。今は『中途半端』な状態なので半端者。
 水上バフはくっそ活躍する予定。


一意専心(コンセントレイト)】について
 い つ も の (DX並感)
 精神を研ぎ澄ませて鋭い一撃を放つ感じ。大体本文で語り尽くしてる。
 理性蒸発とかいう地雷には気をつけよう!
 サイレンの魔女を許すな


妖精虹石(グラムサイト)
 レンタルマギカはいいぞ(ダイマ)。
 内容としては型月寄り。魔力を視ることと、妖精を視ることができる。
 妖精≠エルフ。精霊でもない。どちらかというとピクシー的な感じ。
 本編で詳しく説明されるかもしれない。
 蛇足だが、【魔眼】には適合率が設定されており、名称に『金・黄金』、『玉・宝玉』、『虹』が入ってると高め。適合率はLv.やその他の要因で割りと上がるので【魔眼】由来のスキルは名称が変わりやすかったりする。


走者兄貴のトラウマについて
 正義の女神とその眷属に……ヴァッ(吐血)。


 誤字脱字、ご指摘などありましたらどうぞご一報くださいませ。


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mp.5『放浪者→冒険者』

話数を経るごとに文字数が増えていくので初投稿です。



鳥瑠様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。

EXAM様、佐藤東沙様から誤字報告をいただきました。助かります。


 パート5にしてやっと迷宮に押し入るRTA、ちょっと遅かったんとちゃう? ままええわ。

 

 

 前回、団長殿のお金で購入した装備をちゃんと装備してから、その足でダンジョンに突入します。

 ちなみに新米冒険者の初期装備代は【ファミリア】のお金で賄われるので、団長殿の懐は痛みません。ただし立場が上なほど『経費』で済む金額が上がります。フリューガーくんは《鉄刀》一振りあれば十全に動けるので即時的な恩恵には乏しいですが、例えば剣と盾、それに鎧を合わせて運用する騎士系の職業ですと、どのくらい必要な武具を『初期装備』扱いでゲットできるかがスタートダッシュに直結します。

 そういう訳で、基本、主神様からの好感度は高ければ高いほどにいいです。高すぎるとデメリットが生じることもありますが初期段階で発生するような代物ではありません。じゃけん、『入団試験』で好成績収めるのはもちろん、お目当ての主神に合わせて容姿とか技能とか背景を獲得しましょうね。

 え? フリューちゃんは入団試験なしで好感度MAXですよねって? 知ら管。

 

 

 着くぅ~(始まりの道)。

 

 ダンジョン一階層の入り口、だだっ広い一本道に到着です。

 現在時刻は朝の11時ほど。早朝のラッシュを越えた時間帯ということで、同業の方はそれほどいません。サポーターなしの零細ファミリア所属らしき兄貴達とぽつぽつすれ違う程度です。いかんせん、サポーターがいないと【魔石】の収集限界が辛いねんな……。

 

 団長殿が振ってくる軽口に適当に付き合いながら、初戦闘で注意することをお話しします。

 ダンジョン内での初戦闘は、イベント戦扱いになります。内容は『広間』と『ゴブリン一体』で固定。正真正銘、新米の冒険者(アビリティオール0)と迷宮最弱の怪物の一騎討ちです。

 この戦闘の成績によって、NPCの行動パターンがある程度決定されます。

 敗北であれば、そこで強制帰還です。ポーションを与えられた上でおんぶか抱っこでお家に帰ります。そしてしばらくの間本拠(ホーム)内で戦い方を教わり、改めてダンジョンアタックを行います。また、サポーター志望の方はこの時点でも転向を行えます。

 辛勝~完勝未満であれば、ポーションで全快させられた上で、一旦地上へ帰還します。神塔(バベル)で適当に休み、そうして『帰る』か『探索を続ける』かを選択します。

 そして完勝の場合、そのまま探索を続行でき、さらに【ファミリア】での評価が加点されます。先輩や同期の方々から、中々やる奴、と思われる訳です。

 RTAで狙うべきは、もちろん完勝です。なにせ完勝しない理由がありません。さくっと倒して探索しましょうそうしましょう。

 

 ───いました。只人(ヒューマン)の子供ほどの体躯、緑色の肌、牙の隙間から零れ落ちる(よだれ)、総じていかにもモンスターといった外見の怪物。ゴブリン兄貴がエントリーです。

 ばーっと流れるテキストを連打で捌き、チュートリアルもスキップ。さっさと始末します。

 ゴブリンと目が合いました。小人族(パルゥム)特有の現象ですね、こちらも子供ということもあって、体格差はほぼありません。おお怖い怖い、殺意剥き出しで怒鳴ってきてます。

 さて、さて。わたくしの腕の見せ所さんですね。【戦争遊戯モード】で()()()()()鍛えたワザマエをご覧に入れましょう(震え声)。ばか野郎お前俺は勝つぞお前! 占星術師に勝てるわけないだろ! 刀はそう得意って訳じゃないけど俺は魔剣!(FE)

 そんじゃあはりきって初戦闘───団長殿、何してるんです?

 

 

 (サウンドエフェクト)

 

 

 おおっと! 団長殿から、【演奏】による強化(バフ)をいただきました。流石迷宮都市でも有数の吟遊詩人(バード)、頼りになりますねぇ! ゴブリン相手にやや過保護な気がしないでもないですが。

 ともあれ、武器よし、長靴(ブーツ)よし、団長殿のバフ付きで万全以上。さらに念のため【占星術】でバフを決めまして。

 ……イイァアアアッ!(蜥蜴人銀の祝詞)

 

 

 ───やりました。

 

 

 先制取って初手確殺(ワンターンキル)、我ながらいい動きでした。

 団長殿の反応から察するに評価も完勝。予定通りです。やっぱゴブリンって雑魚だな……!(棍棒戦士並感)

 団長殿から水筒を差し出されますが拒否します。体力も精神も疲弊してませんからね。お気遣いありがとナス! ついでにバフにも感謝。

 さて、それではゴブリンから魔石をいただきましょう。例に漏れずチュートリアルをスキップして手早く済ませます。ドワーフの船長からいただいた《解体用のナイフ》がよく働いてくれていますね。元々購入する予定の代物だったので、あの場面でいただけたのは幸運でした。

 お、ドロップアイテムです。《ゴブリンの歯》を入手しました。……団長殿持っててやくめでしょ。

 

 ともあれ探索続行です。

 今日の目標は……まあ初日ですので、団長殿から帰還を提案されるまで、つまり行けるとこまで行きましょう。

 イクゾー!(五倍速)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい、無事に地上につきました。

 既に日が落ちてしばらくといった様子ですね。迷宮帰りの冒険者兄貴がそこら辺をうろついてます。

 ともあれ、地上に帰ってきてからまずやることは、冒険者ギルドに行くことです。魔石の換金と、後は掲示板を眺めて情報を集めましょう。今回はアドバイザーをいただいていないので受付嬢とのイベントはキャンセルだ。

 早速倍速かけてギルドへ行きますよーイクイ───なんで等速に戻す必要があるんですか。

 

 ファッ!? 団長殿!? その動きは一体、ちょ、回避間に合わッ───流行ら(はな)せコラ! 流行らせコラ! ネックレスの時といい乱暴だな君は!(冠位術)

 ヌッ、これは……お米様だっこじゃな? いやいや何してんですか、不味いですよ! 何処行くねーん!? ギルドはあっちだって!

 は? もう帰れ? 換金は僕がやっとく? 風呂入って飯食って寝ろ? アッハイ。

 どうやら、団長殿からの好感度が思っていたより高そう……なのでしょうか。お米様だっこで強制帰還は好感度高いのか低いのかもうこれわかんねえな。

 あの、お家に帰るくらい一人で出来るんですけお。お米様だっこは恥ずかしいのでやめてくだち。え、無理? そんなー (´・ω・`)

 

 仕方ないので、団長殿の細いようで中々にがっしりした肩に乗って帰ります。びっくりするくらい振動がこないですね。いちおう拘束から逃れようと判定を試みていますが、(ことごと)くLv.3のステイタスに惨敗してます。

 なんという……これ【ファミリア】内の評価に影響しないといいのですが。ちょっと不安ですね。

 

 

 本拠(ホーム)に帰ってきました。門番の方々からの視線がアツゥイ! やめてくれ門番兄貴その術は走者に効く。ニャメロン、噂にするんじゃあない! せっかく上げた評価が下がっちゃーう! 

 拘束から逃れた瞬間にダッシュします。もう……お前、お前……もう絶対許さねえからなぁ!?

 

 実際タイム的には嬉しいのですが、同僚から『ダンジョン初日に団長にお米様だっこされて帰ってきた奴』扱いされるのは流石に辛いです。ただでさえ団長と一緒に探索したってことで他の新米冒険者達からの心証はよくないのに勘弁してくれよ……(憔悴)。

 ファミリア内の評価は、高いことのメリットと低いことのデメリットが釣り合っていないと言いますか、高くてもいいことないし低いと悪いことばっかりなクソステです。幹部、ないし団長の席に座る気がなければ、低くしないことだけ心がけましょう。

 

 とりあえず、団長殿の言葉通り、風呂入って飯食います。

 入浴シーンは倍速です。キャラクターのマッパが見たい方はR―18版を買ってどうぞ。

 アポロン・ファミリアには、ロキさん家のような『食事の際のルール』は特にありません。各々適当に食堂行って食べます。外食派の方も少なくないですね。

 極東勢特有のアクション(いただきます)をしつつ、夕飯をいただきましょう。この動作をロスとする兄貴は素直に認めるので私の代わりに走って♡ 走れ(豹変)。

 

 ヌッ、誰か来ますね。

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 すいません、来ないでください。おい来るな、やめろお前あっち行けって。いやだってそれはアカンですよ駄目だって、不味いですよそれは一介の新米冒険者がたった一日でファミリアのNO.1とNO.2と関係もつのは流石にやっかみが凄まじいことに───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「食事中に失礼する! 貴公、隣にお邪魔してもいいだろうか!」

 

 貴方が顔を上げると、そこには一人の()()がいた。

 まず目につくのは、本拠(ホーム)内だというのに外していないグレートヘルム(バケツかぶと)

 身に纏う鉄板鎧(プレートメイル)には太陽の意匠が施されており、腰には質実剛健な長剣を携えている。

 まさに、騎士とはかくあれかしといった風体である。

 貴方は彼女の姿に見覚えがある。

 貴方がアポロンと初めて目を合わせた際、彼の傍らに団長と共に控えていた少女だ。

 迷宮内では長剣と、恐らくは盾を操るのであろう女性らしい両手は、今は食事の載った盆を持っていた。

 

 つまり、この女性は『隣で食事をとってもいいですか?』と言っているらしかった。

 

 

 【……どうぞ

 

 →【……すみません、ちょっと】

 

 

 貴方はゆっくりと辺りを見回して、慎重に言葉を選び、彼女の言葉に拒否を返した。

 そもそも女性と会話をしたくない。それに空いている席は他にもある。わざわざ自分の隣で食事をとる必要はあるまい。

 何より、貴方は気づいていた。

 目の前の騎士の後方。壁際にいる数人の男女が、こちらに強い視線を向けていることに。

 悪感情、ではない。いや悪感情ではあるが、それは騎士に向けられたものではなく、貴方に向けられたものだ。そしてそれが嫉妬の類いだともわかる。

 おそらく、というか、ほぼ確実に上級冒険者、言ってしまえば幹部に位置する熟練者(ベテラン)である。向上心の高い新米達(同期)からすれば是が非でも友好的な関係を築き、指導をいただいたり、便宜を図ってもらいたいのだろう。貴方は色々と察した。ついでに今日一日団長と一対一(マンツーマン)で迷宮探索したことも彼等の悪感情を加速させてそうだとも察した。

 貴方はわざわざ指を向けて、『貴方と食事の席を共にしたいと願う方々があそこにいらっしゃいます』と発言することはせず、それとなく、しかし高い技量を持つ目の前の女なら気づける仕草でそのことを示した。

 そして、派手に裏目を引いた。

 

 「私はどうしても貴公と食事を共にしたいのだ! 隣に座っても構わないだろうか!」

 

 貴方は硬直した。

 その言い方は、致命的だ。

 チッ、と。

 舌打ちが聞こえ、ついで視線が失くなったのを感じた。

 じろ、と貴方は瞳に非難を込めるが、かの騎士は首をかしげて「む?」とよくわかっていないようだった。なるほど天然らしい。

 

 

 →【……どうぞ】

 

 

 こうなってしまえば退路はない。ここでさらに騎士の申し出を断ってしまえば、【ファミリア】内での立場が危ういものになりかねない。少なくとも貴方はそう感じた。

 意図しない女性との同席に、いつにも増して暗く淀む貴方の心中に構うことなく、騎士は貴方の真隣に腰かけた。顔が近い。

 何か御用でしょうか。貴方はつい顔を逸らしながら、囁くような声でそう言った。気圧されたのだ。本当に近い。やめてほしい。

 

 「なに、オルフェ(団長)の奴から聞いたのだ。極めて将来有望な冒険者の話をな。そして、私にはファミリアの幹部としてその真贋を見極める義務がある。よってこの場にて奇襲をかけさせてもらった。

 まあなんだ。いきなり押しかけてすまんな! うわっはっはっはっはは!」

 

 よく通る声だ。

 底抜けに明るい声だ。

 力強い、人間的な魅力に溢れた声だ。

 なるほど、太陽の意匠を身に纏うだけはある。この騎士の立つ戦場で、彼女の仲間が太陽の輝きを見失うことはあり得ないだろう。

 

 「さて、それでは自己紹介をしよう!」

 

 グレートヘルム(バケツ)が取り払われる。

 太陽のごとく輝く金髪の美少女は、神々に与えられた名を力強く貴方に告げた。

 

 「私は【太陽の騎士】。名をソラールという! 見ての通り『神官戦士』だ。今後ともよろしく頼むぞ!」

 

 

 【無言

 

 →【名前だけ】

 

 

 貴方は少女に対し、小さな声で名前だけを告げた。

 およそ目上の者への対応とは思えない無愛想な態度に、ソラールと名乗った女は太陽のような笑顔を浮かべた。

 そして、

 

 「冒険者生活の一日目だ。ダンジョンはどうだった? 感想を聞かせてくれ!」

 

 ぐい、と、さらに顔を近づけて貴方に迫った。

 貴方はこの場から逃げ出してもいいし、きらきらと瞳を輝かせる少女の求めるままに今日一日の所感を語ってもいい。

 

 

 →【逃げる】

 

 

 

 貴方が食事を放棄して立ち上がろうとした瞬間、閃光のように少女の腕が動いた。

 貴方が椅子に座ると、少女は変わらぬ笑顔のまま、腕を下ろした。

 貴方はLv.1で、目の前の騎士は上級冒険者だ。

 

 

 →【話す】

 

 

 貴方は逃げ道がないことを察した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐ろしいガバを犯しましたが私は元気です(瀕死)。

 

 先程まで会話していたオネェサンは【アポロン・ファミリア】随一の戦士です。レベルは『3』。団長殿と並んでこのファミリアのツートップになります。

 ダークソウルで似たようなのを見たって? いやまあ太陽神の派閥に『太陽光(ソーラー)』をもじった名前のキャラクターがいるのはそんなに違和感ないし……ちゃんと別人ですし問題はないんじゃないですかね。なにせ女の子ですから。

 しかしまあ疲れました。やはり主神からの好感度が高すぎるとロスりますね。会話が増えるし同期からの心証も悪くなるしと踏んだり蹴ったりです。おいおい調整を入れましょう。

 

 さて、それではげんなり顔のフリューガーくんを操ってアポロン兄貴の神室に向かいましょう。ステイタスの上昇はもちろん、前回立てたフラグによって【魔法】が発現しているはずです。

 彼の部屋は本拠の最上階にあります。神様のお部屋ですからね、この辺りは大体のファミリアで共通です。

 

 アポロン兄貴お邪魔します、元気にしてたか~? 相変わらずにやにやしてんなお前な(無礼)。

 世間話もそこそこに、まぁとりあえず更新オナシャス!

 

 ……出ました! さてどんな【魔法】かなー?

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

フリューガー・グッドフェロー

 

Lv.1

力:I 0→2

耐久:I 0→1

器用:I 0→10

敏捷:I 0→3

魔力:I 0→8

 

魔法

【ディア・オーベイロン】

招来魔法(コール・マジック)

・対象は《縁》を結んだ妖精限定。

詠唱式

『パック』

悪戯妖精(グッドフェロー)悪戯妖精(グッドフェロー)、夜を彷徨う浮かれもの。妖精王に(かしず)く道化。夏の夜空に虚実を唄い、溺れる夢を囁いて】

 

【】

 

 

スキル

 

(略)

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 これはー、あー、なんとも言えませんね。

 今回狙っていた魔法は『妖精使役』だったのですが、使役ではなく『招来(コール)』ですか。

 うーん、これは……まあ誤差の範囲でしょう。そう信じます。使い所はまだまだ先なのでリカバリーは効くはず。

 

 おっと、アポロン兄貴から魔力が上昇していることについて聞かれました。そういえば『入団試験』で術を披露していないので、アポロンはまだフリューガーくんが占星術師だって知らないんですね。失念していました。せっかくなのでここで説明しておきます。

 アポロン様には魔術の逸話はありませんが、全知零能なだけあってすぐに理解をいただけました。これが魔術ガチ勢なオーディン様辺りになるとめちゃくちゃ突っ込まれます。さながら清少納言とか紫式部に作品を読まれるコミケ作家のように。つまり死ですねわかります。海外兄貴が発狂してたの素直に草なんだ。

 

 【魔法】が発現した場合、中堅以上のファミリアだと、上級冒険者に連れられての『試し撃ち』イベントが発生します。こちらはキャンセル不可能なので、諦めて受け入れましょう。

 

 

 ……お? 『主神からの褒美』ですか。こんな早期に発生するとは異常を通り越して笑えてきますね。

 このイベントは、一定以上の好感度を得ている状態で、納金ノルマの達成率や派閥内での評価などに依存する確率で発生するランダムイベントです。主神様から日々の功労を褒められ、こちらの要求に対応してくれたりくれなかったりします。

 もちろん要求できる物事の幅はその段階のLv.や立場などによって変動しますが、そもそも最低段階でも探索初日で発生するような代物ではありません。どういうことなの……。

 このイベントで主神様に嘆願出来る物事は多岐に渡り、武器や道具の調達はもちろん、一人部屋がほしいだとか、幹部の〇〇さんとパーティを組みたいだとか、いろんな活用法があります。

 

 今回、というより発生時期(タイミング)が早すぎただけで発生し次第要求しようと予め決めていたのですが、ともかく今回要求させていただくのは、【別居】です。

 本拠内に住んでいますと先程の太陽万歳ガールや同期の方々に絡まれ(ランダムイベント)る確率が無視できないので、本拠外のアパートにでも部屋を借りて夢の一人暮らしをします。

 こうすることで、眷属のみなさんに絡まれる危険がかなり低くなるだけでなく、魔道具の作成などを自由に行えるようになります。ロキやフレイヤ、ガネーシャなどの大派閥では許可されず、零細でも無理という、中堅派閥にのみ許された仕様です。

 フリューガーくんはアポロン兄貴からかなり好感を抱かれているので、まぁ要求は通るでしょう! 勝ったな風呂入ってくる。

 

 

 却下されました。なんででしょうねぇ(白目)。

 

 

 仕方ないので、ソロ探索の許可をいただきましょうか。

 新米の状態ですと、今回団長殿が付いてきたようにパーティを組むよう強制され、長時間の探索を制限されてしまいます。これは金策の面でも経験値狩りの面でもよろしくありません。

 なので、早期にソロ探索の許可を得たいんですね。一応今回の探索結果は完璧でしたので、階層の制限はつくと思いますが、要求自体は通ると思われます。

 

 

 却下されました。なんで?(殺意)

 

 

 しょうがないので『お手紙セット』でも貰っときましょう。ちっ、しけてやがるぜ。

 明日の魔法試射イベントのことを伝えられてから、神室から出ます。お休みなさいアポロン様。

 自室についたらさっそく手紙を作ります。送り先はもちろん、社の方々です。タケミカヅチ様冷えてるか~?

 内容はとりあえず近況報告……五体満足なことと中堅派閥に入れたこと、後はまあ適当に。

 この手紙を出すのは一週間くらい後です。迷宮で稼いだヴァリスを包んで差し上げろ。

 

 

 月明かりの差し込む部屋で文をしたためるフリューガーくんが、社での生活を思い出している姿をスクショしつつ、今回はここまでとさせていただきます。ご視聴ありがとうございました。

 

 




フリュー

 初日なのでがんばってモンスターを殺してたら同期から嫌われてなんか変なのに絡まれた。近い。
 一人の方が気楽なので別居を申し込んだら却下された。ソロでやらせて♡ も通らなかった。めげずにがんばろうと思っている。
 『女性らしい』ほどに強く拒絶反応が出る。ソラールさんは騎士姿かつ中身がアレだったのでギリギリ同席出来た。ツクヨミ姉貴は成熟した女性なので初期はかなり拒絶していた。
 エルフは無理。


アポロン

 駄目です(迫真) 
 幹部達と色々画策してる。詳しくは次回。


団長殿

 なんか変なのの担当になった哀れな人。次回視点を務める。


太陽万歳ガール

 太陽万歳!
 ダクソの彼とは明確に別人物。迷宮都市で太陽になりたいと願うのは間違っているだろうか?
 正直同じ名前使っていいか迷ったけれど、太陽万歳してるやつがソラール以外の名前を名乗ってるのが違和感しかなかったので美少女にした。許せソラール。
 アポロンの狂信者ではなく、互いに【太陽】に相応しい振る舞いを心掛ける間柄。つまり相性良好。
 彼女の死がアポロンに与えたものは大きい。


オーベイロンについて

 ウィキを見てほしい(小声)。
 シェイクスピアの『夏の夜の夢』では妖精の王様やってる存在。悪戯を好む妖精(妖精全般が悪戯を好んでいるが……)パックを従者としている。


走者について

 好感度がおかしいことになってるため若干ガバり気味。この時期に褒美イベントが来るとは思ってなかったけれど、この時期では【別居】が通らないことは察していた。
 【戦争遊戯】モードでけっこう名が通っている。


このゲームの操作について

 『サマーウォーズ』仕様。パソコンのキーをカチャカチャして動かすアレ。簡単操作でもプレイ出来る。
 プレイスキルがキャラクターの実力に直結しているものと思っていただければと。



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幕間『なんか変なの』

長くなったので初分割投稿です。

鳥瑠様から誤字報告をいただきました。感謝です。

佐藤東沙様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます本当……アブゥ(度重なる痴態による幼児化)
so-tak様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
〝頭陀袋〟は『ずだぶくろ』と読むらしいです。ずっと『ずたぶくろ』だと思ってたゾ……


 団長。

 ファミリアのトップが座る席、主神から認められた者の称号。

 そんな大層なものを僕が賜っている理由は、そう大したものではない。

 ファミリアに二人だけの第二級冒険者、その片割れ。

 もう一人のやつが年若く、彼女自身も団長の席を望んでおらず。

 両親が共にアポロン様の眷属で、生まれてから今の今までずっとこのファミリアに所属していた。

 そんなこんなが重なって、まあ、お前が適任だろうと任されて、はや5年。

 自分なりに精一杯ファミリアに尽くして、それを評価してくれたのか、団員達もそれなりに慕ってくれている。

 

 それが、辛い。

 

 器じゃないんだ。柄じゃない。

 僕はしがない詩人(バード)で、竪琴とかピアノと一緒に歌ってるのがこの上なく幸せな人間だ。そりゃ生きてく上でお金は欲しいし、アポロン様に任せられたお役目には誠実に向き合う所存だけれど、軍を率いる指揮官なんて欠片も望んじゃいないし、怪物殺しの名誉なんてくそくらえだと思う。

 誉れ高きドラゴンスレイヤーだって、そう成りたいからそうなったんだろう?

 だったら僕は詩人がいいよ。団長なんて息苦しくて敵わない。何より辛くて苦しいのだもの。

 

 そりゃあ、愛しいあの娘が『竜殺しして♡』なんて言ってきたなら、話は別だけどさ。

 

 「お前に見てもらいたい子がいる」

 

 そう、敬愛する主神様に言われた時は、こりゃあまた珍しいことがあるもんだと驚いた。

 だって、僕は団長だ。

 新米にいきなり団長をつけるってのは明確な贔屓(ひいき)で、他の新米からすれば面白くないに決まってる。

 入団試験で一番の成績のやつだって、担当するのはあくまで『幹部』の太陽万歳娘(ソラール)だ。単純な武力なら彼女は随一だが、立場で言えば団長の僕より明確に下なのだ。

 そんなわけで、ここ最近は僕が出張る機会は皆無といってよかったのだけれど……

 

 「よろしいのですか?」

 「構わない。手は回す」

 

 そういうリスクを許容した上での命令だと、アポロン様はおっしゃった。

 そうなってくると、本格的に珍しい。

 この男神は程度の差はあれど、男女遍く愛を振り撒くお方で、それ故に、バランス感覚というか、寵愛が理由なく偏重するのを避ける達人といってよかった。

 贔屓にしている子がいたとしても、おおっぴらに愛を与えるのではなく、その子が何かしらの手柄を得るまで待てる人なのだ。感情だけで動く(ひと)じゃない。主神としての体裁はしっかり守ってくださる。団長の務め甲斐もあるというもの。いや後継欲しいけど。

 

 だから、珍しい。

 その新米の情報を渡されても、その感想は変わらなかった。

 

 入団試験をすっ飛ばしての眷属入り。

 年少の小人族。()

 『劇団』の方ではなく、『冒険者』志望。

 容姿を隠蔽する傾向あり。

 そして、『女性嫌い』の傾向あり。

 

 つまり、入団試験を受けてなくて、小人族のくせに冒険者に成りたがっていて、容姿を隠すことを認められていて、女性を嫌ってる新米。

 

 これに『団長に指導されてる』がくっつくのだ。お腹の痛くなる話である。

 自然、こちらの返答も決まってくる。

 

 「わかりました。神命に従います」

 

 団長とは主命を遂行する第一の鏃なれば。

 ……後継、欲しいなぁ。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やあやあ初めまして、君がグッドフェローくん……で、いいんだよね」

 

 第一印象は、なんだこの変なの、だった。

 まず、ズダ袋を被ったまま食事をしているのが面白い。

 首から下も厚手のマント───もしや手作りか?───で覆っていて、なるほど〝容姿を隠す傾向あり〟だ。なんて的確な表現!

 何より、小さい。

 くっそちっちゃい。

 小人族つってももう少し大きくていいんじゃないかって程の体格だ。

 これで冒険者志望だっていうんだから、頭が痛い。

 

 「……」

 

 首肯で返事をしてきた。

 なるほど声も出さないらしい。なんたる。

 

 「僕はオルフェ。一応、ここの団長を務めさせてもらってる者です。君の新人講習を担当するんで、まあ、よろしく頼むよ」

 

 ……黙礼してきた。そんなに発声したくないのか。

 

 食事をとりながら今後の予定について伝える。思えばこの作業も久しぶりだ。

 といっても、ギルドで冒険者登録をして、神塔(バベル)で武器買って、最弱のモンスターを殺すってだけ。

 その〝最弱のモンスターを殺すだけ〟が出来ないヤツは多いんだけど、それは伏せておいていいだろう。不安がらせてはいけない。

 ともあれ、話すべきことは話したのだ。ここからは親睦を深めるための会話をしよう。

 

 「僕はオラリオ生まれオラリオ育ちなんだけど、君、出身は?」

 「……極東です」

 

 ───喋った。なるほどイエスノーで答えられない質問には発声するんだな?

 

 「へえ、そりゃあ遠方だねえ。御両親は許してくれたのかい? ひとり旅って訳じゃあないだろう?」

 「……家出紛いです。ここには、一人で来ました」

「おおう見た目によらずいい度胸だ。冒険者になろうってんならそのくらい肝が据わってなきゃあね。キッカケは、やっぱりかの【勇者】に憧れて?」

 

 モゴモゴとくぐもった声と言葉を交わらせる。

 さりげなくふっかけたけれど、最後のは重要な質問だ。

 かの豪傑に罪はないが、【勇者】に憧れて冒険者になって、戦えなくて、早々に引退する小人族は多い。

 もちろん小人族ってのは()()()()()()だが───なんならうちの幹部の一人も小人族だ───この子も同じような手合いだっていうなら、僕の心労は凄いことになるのだけれど。

 

 「……お金が、欲しくて───」

 「ほう」

 

 目の前の変なのが言葉を探してるようだったので、追及を止めて少し待ってみる。

 

 「……私の育った場所は、貧しくて、暖かくて」

 「うん」

 「それが、許せなくて。間違ってると思って」

 「うん」

 「だから、お金が、欲しくて……」

 「うん」

 「……それだけ、です」

 

 なるほど。

 力も栄誉も求めず、金の使い道も地に足ついた柔らかなモノ。

 

 「大丈夫、だいじょーぶ。君なら上手くやれるとも」

 

 いや、まあ。

 実際どうなるかはわからない。かの高名な吟遊詩人は『歌った英雄譚が起こる』レベルだったらしいけれど、生憎僕はそんな埒外の存在ではないし、なれる器でもない。

 この子はゴブリンにボッコボコにされて、泣いて故郷に帰るかもしれない。

 けれど、同じように、緑色のあん畜生をぶちのめして、笑顔で凱旋するかもしれない。

 全てはこの子次第だ。

 だから、上手くいきますように、と願っておいて、損はないだろう。

 

 

 

 

 

 ()の希望で路地裏を歩く。

 女性が苦手ってんなら、自然大通りも苦手になるのだろう。

 チンピラに襲われても、まあ、Lv.3だし、なんとかなるんじゃないかなって判断だった。

 

 「そういえば、僕の二つ名って教えてたっけ?」

 「……」

 「ありゃ、そうだったか。じゃあ今教えておこう、我が賜りし名は【悲恋の奏者(オルフェウス)】! 酷くないかい悲恋って、悲恋って! 正直、これを変えたくってランクアップしたんだよ、僕は!

 そのくせLv.3になっても変えてくれなかったんだ! いやアポロン様のせいじゃない、なにせこの一件で一番悲しんでたのはあの(ひと)だったからね。あの泣きっぷりを見せつけられたら、なんだか色々とどうでもよくなっちまったんだ。あの娘……その、今交際させてもらってる女性も、私は全然気にしない、カッコよくて素敵だって何度も言ってくれたし……」

 「……よかったですね?」

 「その疑問符が全てを物語ってるね……」

 

 それなりに長い団長業(キャリア)を矢筒から引き抜いて、身の上話という名の矢を乱れ打つ。

 やはりズダ袋を被ったまま隣を歩いているグッドフェローくんは、言葉数こそ少ないけれど、その全てに感想をくれた。

 本拠(ホーム)から冒険者ギルドに行って、バベルへと向かっている現在、()についてわかったのは、この子は話しかければ返答(レスポンス)はする、ということだった。

 

 「そろそろバベルだけど、使う武器はもう決めてるのかい? それともまだ考え中?」

 「……湾刀に、しようかと」

 「ほーう……」

 

 基本的に、小人族というのは体格に優れない。何故って小人族だからだ。彼等は総じて只人(ヒューマン)の子供程にしか成長しない。もちろん頭の方は別だが。

 そんなわけで、どうしたって白兵戦の適性は低くなってしまいがちだ。

 体格と近接適性の結びつきは、強い。

 ヒューマンだったならどれほどの武勲を立てただろう、という小人族を見かける度に、やるせなさを感じてしまうのは、きっと彼等に対する侮辱なのだろう。

 体格によって装備不可能となる武具は多いし、手足の短さはただでさえ小さな攻撃範囲(リーチ)を更に狭めてしまうし、小柄っていうのは軽いってことだ。

 故に小人族はその目のよさを生かした斥候(スカウト)盗賊(シーフ)、弓兵や魔導士などの遠距離戦闘といった方面に進むの(ビルド)が正道で、戦士職の道に進む者は見かけない。

 いるにはいるのだろうが、茨の道だ。華奢なエルフが武道家やるようなもんだろう。

 【勇者(ブレイバー)】とか、【炎金の四戦士(ブリンガル)】とか、ああいうのは例外中の例外なのだ。

 

 「んまぁわかるよ。かっこいいよね、アレ。最近は【アストレア】のとこの黒髪美人さんのお陰で流行(ブーム)になってるらしいし」

 「……」

 「僕も一度やってみたいなあ、あの、居合いってやつ。浪漫があるよ、あれは……ってどうした?」

 

 彼は足を止めていた。

 ……ズダ袋のせいで感情が読みづらいな。

 

 「私は」

 「うん」

 「……かっこいいからじゃ、ないです」

 「おおっと……」

 「ちゃんと、習いました」

 

 素直に両手を挙げる(ホールドアップ)、だ。

 そんでもって、ここまで積み上げてきた成果もあった。

 

 「へえ、誰に習ったんだい? 極東出身って言ってたけど……湾刀の術理を修めてるやつだから、噂に聞くサムライってやつ?」

 

 我ながら自然な流れだと褒めたくなる。

 相手の素性を探るときは、こちらから真っ正直に問いかけるのではなく、相手が尻尾を出すのを待つべきなのだ。

 

 「神様です」

 「おおっと……」

 

 もしかして、マジに期待の新人なのか?

 

 

 

 「これがいいです」

 

 ───マジに期待の新人かもしれん。

 何がって、武器屋に入って一分で業物を持ってきやがったからだ。

 しかも無銘の。いや武器自体に名前はあるんだろうが、【鍛冶】持ちの上級鍛冶士の作品じゃないんだから無銘といっていいだろう。

 そこら辺に適当に置かれていた、質のいい武器を、こうも短時間で引っ提げてくるとは。

 

 「うん、僕もそれがいいと思う。……けど、本当に湾刀でいいのかい? 普通の剣より繊細だよ?」

 「……」

 

 こくり、と首肯が返ってくる。ならばよし。

 

 「さて、それじゃあ次は防具だね」

 「───」

 「といっても小人族用のは少ないからなぁ……鉄製のやつと、革のやつ、どっちがいい?」

 「……革の帽子が欲しいです」

 「鎧は?」

 「……」

 

 今度は横に振られる頭。まあいいだろう。少なくとも頭部は守ろうという心がけは評価できる。

 ゴブリン相手に撲殺されるのは稀だし、鎧に手を出すのは痛い目を見てからでも遅くはない。

 そういうのを引っくるめての『新人講習』だ。

 

 「そんじゃ、仕上げだ」

 

 革の帽子の上にズダ袋を被るという器用なことをしたらしい───着替えのシーンは見せてもらえなかった───彼の首に触る。

 困惑した様子のグッドフェローくんに、アポロン様からのプレゼントだ。

 

 「《太陽のネックレス》。役に立つよ」

 

 なにせ第二等級の防具だ。我が主神様も過保護だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンジョンの良心的な所は、燐光に満ちていることだ。

 少なくとも僕が探索したことのある場所で、松明や魔石灯が必要になったことはない。休息(レスト)の際に火を焚く程度。

 そして、ダンジョンの悪辣な所は、相手が無限だということだ。

 敵を倒して進んだ道を引き返せば、敵がいる。

 それをわかっていない零細ファミリアの新人は、えてして引き際を見誤る。

 

 「初ダンジョンの感想はどう?」

 「……明るいです」

 「そうだねえ」

 

 わざわざご丁寧に光源を用意してくださる迷宮というのは珍しいのではないだろうか。

 探索する側としては、火持ちを作る必要がないっていうのはありがたい。

 じゃあ探索される側に利点はあるのかって話になると、たぶん必要に迫られてなのだと思う。

 なにせ、ここら辺のモンスターに、闇を見通す能力は備わっていないのだ。

 

 さて、さて。

 

 「体調はどう? 緊張してる?」

 「……」

 

 少し固まって、首肯。

 

 「怖い?」

 

 これには、すぐに否定が返ってきた。

 素直じゃないのか、強がりなのか。

 息遣いから心中を洞察するのは楽士の嗜みである。

 彼の呼吸が少し荒くなっているのも、心臓の鼓動が早まっているのも、楽士として鍛え上げられた第二級冒険者の知覚はしっかり捉えている。

 

 「戻って、鎧買うか?」

 「要りません」

 「おおっと」

 

 会話はやめない。

 冒険するにあたって、軽口のもたらす物事は意外にも多く、大きいものだ。

 深刻になって勝てるのならそうするのも吝かではないけれど、何も輝ける鎖帷子(チェインメイル)の英雄よろしく世界を救う戦いではないのだ。

 無名の冒険者が、迷宮の一番浅い階層で、最弱のモンスターと、ただ戦うだけ。

 ()()()()()()()()()に緊張を強いるのは、あまりにもバカらしい。

 

 「……っていうのが持論なのだけど、君はどう思う?」

 「道理です」

 「君とは気が合いそうだ」

 

 もちろん、話してもよさそうだったから話したのだ。

 緊張でガッチガチ、いざ乾坤一擲の戦いに臨まんってノリの新米の気炎を削ぐような話はしない。詩人として戦意高揚を促す語りはいくらでも修めている。

 ただ、この子にはこういう話をした方がいいかな、と思っただけだ。

 

 

 

 

 

 『───ギィ』

 

 

 

 

 

 「エンカウントだ」

 

 ゴブリン。

 最弱のモンスター。

 この子にとっては初めての冒険。

 

 「準備はいいかい?」

 「……」

 

 こくり、と首肯。

 出会った時から何も変わらない姿で、彼は武器を構えた。

 携えるのは無銘の業物。鉄の刃。

 息は荒く、戦意は十分。

 こちらも、戦闘続行不可能と判断した際に介入するための準備は整っている。

 

 「よしっ! じゃあ、行け! 《剣を持って走って行って、あのあん畜生をぶちのめしてやれ!》」

 

 最後の仕上げ。即興歌に発展アビリティ【歌唱】と【スキル】を合わせての戦意高揚。

 ───いや、まあ、僕も大概過保護だな。

 

 でも、別にいいだろう。新米の面倒を見るのは久しぶりなのだし、あの子はいい子だ。少し変わってるけど、それでも、どこにでもいるような優しい子供だ。僕はそう感じた。

 傷ついたなら高等回復薬を費やすことに異論はないし、刀が折れたなら別の武器を相談した上で買ってあげよう。鎧を欲しがったなら、ほんの少しからかって、上等なものを用立ててあげよう。

 だから、頑張れ、少年。

 

 そう、突撃してくるゴブリンと相対する小さな背中に、心の中で声援(エール)を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 「《観測開始(スコープ イン)───私は月を奉ずる者》」

 

 

 

 

 首が舞った。

 人外染みた───否、人体の限界を知り尽くした者の肉薄、抜刀、斬殺。

 

 

 「……なんだ」

 

 きっと無意識に零れ落ちた一言。

 明確で、絶望に満ちた、凍えるような失望が込められた言葉。

 

 ……訂正。

 やっぱり変なのじゃないか、この()

 

 

 

 




フリュー

 性別を悟られないためにくぐもった声で会話している。
 恐怖はない。
 一言にありったけの諦観と絶望を込めた。
 どうしてこんなに闇が深くなっているんですか?(電話猫)
 

団長殿(オルフェ)

 なんだこの変なの……
 ↓
 名声欲なし、力も求めない、よし!(現場猫)
 ↓
 これは期待の新人だぁ……(歓喜)
 ↓
 初めての冒険だ! がんばえー!
 ↓
 一挙動で小鬼の首をすっ飛ばす達人じゃねぇか! どうなってんだこの変なの!?

 詠唱の時の声色で性別看破している。お前、女子だったのか……(お嬢様の護衛攻略√)


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幕間『太陽神のファミリア』

 ダンまち×まちカドまぞくのクロスオーバーで『ダンまちカドまぞく』とかいう変なのが思い浮かんだけれど文章作るのが無理すぎたので失踪します。
 初投稿です(矛盾)
 二連続で幕間ってRTA風小説としてどうなんでしょう……

追記
 佐藤東沙様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。『話』と『話し』の違いは大きいねんな……
 名もなき一読者様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。


 『グオオオオオオオオオッッ!?』

 

 叫喚が連鎖する。

 一挙動で両断された怪物が断末魔を伴って崩れ落ちる。

 戦場における彼女の動きは単純だった。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 彼女にとってはそれが全てで、彼女が他の戦法を採用する理由をこの階層のモンスターは与えられなかった。

 

 『───オオオオッ!』

 「しッ」

 『ガッ───』

 『オオオオオオオッッ……!?』

 

 背後から強襲してきた《ダンジョン・リザード》を回避と同時に斬殺し、そのまま目の前の《コボルト》の素っ首を叩き落とす。

 戦闘は終わらない。

 攻撃後の隙を突くように遠方から放たれる『舌』。新人冒険者を苦しめる遠距離攻撃───《フロッグ・シューター》の狙撃は、しかし彼女には届かなかった。

 鈍色の刃が稲妻のように閃く。

 中空で半ばから断たれたピンク色の舌が、鮮血の海に沈む。

 

 『ギッ、イイイイイイイイッ……!?』

 「そりゃビビるよね。同情はしないけど」

 

 なにせ近づいた順に斬殺されるのだ。確実な死を前にして尻込みしない生物は───いやモンスターってのはそういう生物のはずなんだけど。

 ともかく死にたくないって気持ちはわかる。助けはしないが。

 それに、ほら、もう手遅れなのだし。

 

 「───っ」

 

 無音の肉薄。

 喉笛をかっ切る剣閃。

 それで終いだ。この哀れな《ゴブリン》は、自分の血液に溺れて死ぬ。介錯してやる気は起きない。

 そして、『前衛』が全滅したのだから、『後衛』の辿る末路も決まっていた。

 僕達の視線の先には、さっき舌をぶった斬られた《フロッグ・シューター》。

 唯一の、そして自慢の武器を失った怪物が始末されるのに、そう時間はかからなかった。

 

 「───っ、はぁ、はぁ」

 「ほい戦闘終了。処理する間にこれ飲んどきな」

 「……ありがとう、ございます」

 

 ふう、ふう、と息を荒げる少女に水袋を放り、血の海に沈む死体を漁る。

 彼女が始末した怪物からはドロップアイテムがぽろぽろ出てくるんで、大型のバックパックは既にかなり埋まっていた。

 現在、ダンジョン上層、()5()()()

 新米がゴブリンをぶち殺してから半年間生き延びて、装備なり経験なりがだんだんと積み重なってきた頃に行き着くこの階層で、『変なの』は鏖殺を働いていた。

 

 「はあ、はふ、はっ、はぁっ」

 

 ずだ袋をつけたまま、器用に水を呷る、変なの。

 既に鞘に納められた鉄刀は、幾つもの戦場を経た今もその斬れ味を損なっていない。

 それは彼女の技量の証明であり、だからこそ困惑は広まるばかりだった。

 

 「……」

 

 どれ程の時間、剣に身を捧げたのだろう、そう思わずにはいられない『業』。

 もはや我には剣しかいらんと開き直った剣鬼が、果てしない鍛練を経てようやく辿り着くような剣技。

 それを、齢いくらかの女児が身に付けているという事実に、怖気が止まらない。

 何が、どうして、こうなったのか、理解できないし、したくもない。

 

 「これ、ありがとうございます」

 「───、あぁ、うん」

 

 少し中身の減った水袋が差し出される。

 その、差し出された小さな手を、抜き身の刀剣と見(まが)った。恐らくは柔らかいんだろう手を、鈍く輝く刃と。

 深く息を吸って、吐く。

 脳裏に思い起こすのは、彼女の剣技。

 

 ───血の滲むような、なんて言葉はあるけれど。

 

 血の滲むような、という段階は既に過ぎ去っている。彼女の剣はもはや血肉そのものだ。

 磨き抜かれた『業』は彼女自身と混ざりあって、手足の延長、新たな臓器と化している。

 血の一滴、呼吸に至るまで、剣を振るうことを前提とした戦闘機構。

 

 「……いやあ、お見事。()()()()だね。神様に習ったって言ってたけど、どんな(ひと)なのかな」

 「……」

 

 沈黙。それは回答拒否とイコールではない。言葉を探している仕草。

 

 「……優しいお方です」

 

 親に買ってもらった玩具を見せびらかすような、あるいは、最愛の人から贈られた指輪を擦るような、喜悦と誇らしさの混じった声色。

 

 ───ああ、クソ。くそったれ。

 

 はしたなく舌打ちを打ちかけて、(すんで)のところで自制する。

 団長としてどうかと思うが、彼女に剣を教えたらしい神様とやらを思いッきりぶん殴ってやりたい。

 この小さな女の子が差し出した親愛への報酬が『こんなもの』だっていうんなら、僕はどうにかなってしまうだろう。

 

 「団長」

 「ん? ……ああ、そうか、そうだった」

 

 呼び掛けられて、砕ける程に冷え切っていた思考に熱が戻る。

 目の前には、第6階層へ続く階段。

 先に進むのか、戻るのか、彼女はその判断を立場が上の僕に仰いだのだ。

 

 ほんの少し、考えて、告げる。

 

 「行こう、第6階層。そこで、君にはあるモンスターと戦ってもらう」

 

 

 

 

 

 

 立ち塞がる《キラーアント》の群れを、適当に殲滅する。

 この身は第二級に座する器なれば、上層のモンスターを相手取るのに一行(ワンターン)もかからない。

 

 「ドロップアイテムはなしか。やっぱそうぽこじゃか出るようなもんじゃないよな……」

 「……その、やっぱり、荷物は」

 「当然、僕が持ってるからね」

 

 丸々と太ったバックパックに魔石を放り込む。

 ここまでの戦利品を背負ったまま戦闘に臨む僕に、彼女は気を遣ってくれているらしかった。

 

 「今日の主役は君だ。それはこの階層でも変わらない。君にはアレと戦ってもらう、他の奴等は僕が狩る、だから荷物は僕が持ってる。いいね?」

 「……」

 

 こくり、と、もはや見慣れてしまった光景に苦笑を返す。

 同時に、この子を過酷に叩き落とし、その()()を見定めようという己の思惑に胃が悲鳴を上げる。

 これだから団長という立場は嫌なんだ、と愚痴るのもつかの間。待ちに待った瞬間が訪れようとしていた。

 

 

 ───ピキリ。

 

 

 モンスターが、ダンジョンによって産み出される。

 ひび割れる壁面。響く破砕音。ぽろぽろと零れ落ちる迷宮の破片。母体を傷つけながら、ぐい、と身体を押し出すように、その異形は姿を現した。

 ゴブリンやコボルトと同じ、人型のモンスター。

 彼等と異なるのは、外見の不気味さはもちろんのこと、既階層の怪物とは一線を画す戦闘能力だ。

 ───《ウォーシャドウ》。

 その外見を一言で表すなら、『顔面に鏡を張り付けた全身黒タイツの成人男性』だろうか。

 戦の影(ウォーシャドウ)の名に(たが)うことなき漆黒の痩身に、両腕の先には下手なナイフより鋭い爪を備えている。

 第5階層での探索に慣れ(飽きて)、不用意にひとつ下の階層を訪れた新米冒険者の多くを葬る、恐るべき【初心者狩り】だ。

 

 「では」

 「……いや、待って」

 

 接敵(エンゲージ)する間際、僕は彼女を留めた。

 素直に突撃姿勢を解除する変なのに、努めて普段通りの声色で、その『条件』を伝える。

 

 「三分間、攻撃なしで、凌いで。いい?」

 「───」

 

 ……こればっかりは、横に振って欲しかった。

 そいつは『新人』には手の負えない相手なんだと、ちゃんと説明した。だから、拒否されて当然の話だった。何を言っているんだこの人は、みたいな目で見てくるのが正しい反応で、そうしたら僕は適当に弁明して、適当にウォーシャドウを始末して、帰る、そういう話だったのに。

 彼女は、何でもないことのように、首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ウォーシャドウの突撃が疾風なら、相対するフリューガーちゃんは巌のようだった。

 迫りくる怪物を前に、微動だにしない矮躯。

 その姿を、ウォーシャドウがどう受け取ったのかはわからない。

 戦の影は陽動(フェイント)を仕掛けることなく、愚直に、真剣に、彼女を刺殺さんとその『指』を繰り出した。

 槍のように打ち込まれる鋭爪。

 直撃すれば新米冒険者の《耐久》では受け切れない、鎧具足の有無で生死の天秤が定まる一撃。

 それを、鎧を持たない、小人族の少女は、

 

 「───ああ、クソ」

 

 当然、回避していた。

 それも紙一重。彼女はウォーシャドウの真正面から退かずに攻撃を凌いでいた。

 

 『───ッ!』

 

 声のない咆哮を叫び、漆黒の体躯が躍動する。

 長大な両腕による二刀流(ダブルナイフ)

 怪物の身体能力に物を言わせた斬撃は、単調ながらも鋭い。技量の欠けた一撃は、恐ろしい速さを伴うことで風を切る猛撃と化している。

 無論、新米の域から脱した者にとっては、そう脅威的な代物ではない。

 地道に軍資金を貯め、鎧具足を得たなら、この程度の斬撃は容易に無効化出来るだろう。

 技術を磨き、剣術なり体術なりを修めたなら、攻撃の隙を突いて、お返しと言わんばかりに手痛い一撃を与えられるだろう。

 それ故の【新米殺し】。

 とある武闘派の派閥では、こいつを一騎討ちで仕留めることが新米扱いから脱却する契機とさえ言われているくらい、新米にとっては『脅威的』な、熟練者にとっては『上層の』怪物。

 

 じゃあ、この『変なの』は。

 既に二分が経つ中、未だにウォーシャドウの眼前から退こうとしない小人族にとっては、なんなのだろう。

 

 『───ッ!!』

 

 ウォーシャドウの攻勢が、更に強まる。

 生まれ持つ高い敏捷性を、腕を振ることにのみ費やした怪物の連撃には、目を見張るものがあった。

 拳闘士のラッシュを彷彿とさせる刺突が繰り出されたかと思えば、一転して中空に弧を描く薙ぎ払い、薪を割るような振り下ろし。人類を抹殺するために披露される、醜悪なる(つるぎ)の舞。

 その全てを、フリューガー・グッドフェローは回避していた。

 

 『───ッ!?』

 

 今度こそ、戦の影に焦燥が生まれる。

 届かない。

 当てられない。

 ───退けられない。

 彼女は───変なのは、モンスターの真正面から、全く退かなかった。

 降り注ぐ殺意の雨を、淡々と、最小限の動きで、紙一重で避け続ける。

 薙ぎ払いには僅かに身を屈め、振り下ろされる鋭爪をそっと横にズレて回避。

 怪物の間合いで振るわれる凶器を、間合いの内側に入ったまま、ひたすらに凌ぎ続ける。

 お前の攻撃など脅威に値しない、と。

 小さな小人族は、その立ち振舞いで告げていた。

 

 「……まさに〝死の舞踏(ダンス・マカブル)〟だな」

 

 それは、不可避の死から逃れようとする人々を描いた絵画群に与えられた名前。

 この場合、逃れられないのが何者かは、誰がどう見ても明白だった。

 豪華絢爛(ごうかけんらん)たる死の舞踏(ダンス・マカブル)が、戦の影を破滅に(いざな)う。

 

 『───ッッッ!!!!』

 

 ぐん、と。

 ウォーシャドウの姿が、ぶれる。

 あと数秒で三分といった頃合い。

 自らの破滅を悟ったモンスターが、自壊を(いと)わない戦闘駆動を決行する。

 安物の鎧さえ断つ斬撃は、もはや第6階層の怪物が振るっていい一撃ではない。

 正真正銘、己の命を燃やし尽くさんという、決死の乱舞である。

 

 それを、彼女は。

 

 「ふぅ───っ」

 

 あっさりと見切って、一歩。

 この戦いにおいて初めてとなる、彼女からの踏み込み。

 鯉口を疾走する刃。今か今かと出番を待ちわびていた《鉄刀》が、歓喜の声と共に姿を現す。

 彼女の腰が、肩が、腕が、本来の用途を発揮する。

 研鑽を知らぬ怪物よ。人が編み上げた『業』を知るがいい。───その一閃は疾風(かぜ)のように。

 

 『───……』

 

 ゴブリンのように、コボルトのように、ウォーシャドウの首が飛んだ。

 

 一手番(ターン)

 それで終わり。

 

 彼女は未だに新品同様の刀身を律儀に(あらた)め、血振りをくれ、布で拭い、鞘に納めて、こちらへと振り返った。

 

 「……進みますか?」

 「帰還だよバカヤロウ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 アポロン・ファミリアの本拠の一室に、上級冒険者を始めとする熟練者(ベテラン)が集まっていた。

 どちらかといえば僕は集めた側なのだけれど、ともかく集まったのだ。

 

 「団長、まだ始めないんですか?」

 「ソラールちゃん……ごほん、ソラール殿の不在は気になりますが、既に定刻を過ぎておりますぞ」

 「っていうか、いつものこととはいえ、どこほっつき歩いてるんだ、あの娘は」

 

 幹部である太陽万歳娘の遅刻に、ぽつぽつと不満の声が挙がるけれど、どれも軽口の域を出ないものだ。

 それはひとえに彼女の人柄と、遠征での堂々たる姿を、この場にいる全員が知っているからだろう。

 それでも言葉を出してきた彼等に、団長の僕は重々しく頷いて、後で説教をくれることを固く約束する。それで、終わりだ。

 本当、僕は部下に恵まれていると思う。

 

 「……あ、来た」

 「来ましたか」

 「あの(やかま)しくて賑やかな足音は間違いない」

 

 ばたんっ、と大きな音を立てて、扉が開かれる。

 そこから飛び出してきたのは、太陽のような金の髪の少女。

 

 「───申し訳ない! 遅刻しました!」

 「うん、それじゃあ全員揃ったところで始めようか。アポロン様、よろしいですね?」

 「うむ、やってくれたまえ」

 

 長机から少し離れた椅子に腰かける主神が頷いたのを確認して、会議を始める。

 ここに集まっているのは、皆一様に、新人の教育を担当した者だ。

 始まるのは、戦績の確認である。

 

 「じゃあ、いつも通り『楽団』志望の子から順番にお願い」

 「はい。では、まずは私が受け持った───」

 

 熟練の団員から語られるのは、受け持った新人の今日一日の評価である。

 どんな会話をした、どんな気質だった、何を買った、そしてゴブリンと戦えたか。手元の資料に改めて目を通しながら言葉を交わし、今後の処遇について検討する。

 

 「───というわけで、将来有望と感じました。技量は新米相応ですが、度胸があります」

 「意外だな。入団試験の成績はあまり芳しくなかったようだが……」

 「いや、しかし───」

 

 尤も、今日の目的はそう大したものではない。

 新人講習は、基本、一週間で行われる。

 熟練の団員の元で、七日間をどう過ごしたか。それによって誰それとパーティを組ませたり、熟練者のパーティにサポーターとして編入させたり、本拠で武器の指導を行ったりといった処遇を決定するのだ。

 尤も、初日である今日は、あまり踏み入った話はしない。なにせ、こちらも相手のことをまだよく知らないのだから。

 

 「───あいつには才能を感じる。びしばし鍛えてやる所存だ! うわっはっはっはは!」

 

 入団試験で最も成績のよかった新米の諸々を、ソラールが語り、ついに僕の出番がやって来た。

 ふう、と息を吐いて、努めて普段通りの声色で、僕自身どうかと思う戦果を語る。

 

 

 

 「ウォーシャドウを殺した」

 

 

 

 ……いや、うん。

 わかる。気持ちはとてもわかる。

 なんなら僕だってそっち側に回りたいくらいだ。

 でも、残念ながら夢じゃない。現実。これが現実。

 

 「───」

 

 今日一日の彼女を滔々と語り終えた頃には、会議室には異様な空気が漂っていた。

 もしかしたら、アポロン様はこうなることを見越して僕に彼女を任せたのかもしれない。

 

 「……皆を代表して、一言、問わせてくださいませ」

 「うん」

 

 張り詰めた顔の第三級、突剣使い(フェンサー)の少女が、恐る恐るといった口調で話しかけてくる。

 僕は、出来る限り真剣な顔をして、その言葉に応じた。

 

 「───真剣(マジ)ですか?」

 「───真剣(マジ)です」

 

 彼女は曖昧に微笑んだ。

 僕も笑った。

 

 「真剣(マジ)なのですか」

 「真剣(マジ)なのです」

 

 彼等の反応は様々だった。

 ふううううう、と長いため息を吐いて頭を抱える突剣使い。抱えるとは行かなくとも、曖昧な表情で額に手を添える者が大半。

 それ以外の反応をしているのは、大半が上級冒険者だった。

 ふむん、と思案に耽るのは第三級、エルフの斥候。この場で最も年かさな彼は、冷静に書面を精査している。

 ほぉう、と瞳を輝かせるのは小人族(パルゥム)魔術師(スペルスリンガー)只人(ヒューマン)拳士(ボクサー)。観察対象扱いしてる魔術師はともかく、今にも突撃しかねない拳士の方は注意が必要だろう。

 我関せず、という態度の盗賊(シーフ)は、しかし頭部に生えた猫の耳をぴくぴくぴくっ、と震わせている。

 そして【太陽の騎士】は、どこか気分良さげに、静かに座っていた。

 

 そして、曖昧な空気がついに混沌としたモノに変わろうとしていた時。

 ぱん、ぱん、と拍手が響いた。

 

 「最後に、私の発言を許して欲しい」

 

 椅子から立ち上がったアポロン様が、場の全員を見回してから、僕に目を向ける。

 当然、否はない。

 

 「では。───まずは、我が愛しい子等よ、今日はお疲れ様だった。新人の教育は【ファミリア】の存亡に直結する大事であり、故に君達の功労に私は心からの感謝を捧げる。これから七日間、君達が過去、先達にそうされてきたように、真摯に新米達と向き合ってやって欲しい。

 今日のところはこれで解散とする。が、幹部はここに残って欲しい。話したいことがある。私からは以上だ」

 「他に、何かこの場で報告することはあるかな?」

 

 ……どうやらないらしいので、彼等を解散させる。

 部屋から出る度にかけられる「お疲れ様です」の声に、疲労が飛んでいくような気分で返答する。

 幹部未満の団員達が抜けた後、会議室に残ったのは僕とアポロン様を除いて三人。

 僕が赤子の頃から副団長を務めているエルフの斥候。

 白兵戦ではこの場の誰よりも強い聖騎士。

 爛々と瞳を輝かせている、小人族の魔術師。

 彼等は、自分達がどうして呼び止められたのかを既に察していた。

 

 「───まあ敢えて言わせてもらうと、グッドフェロー()()についてなんだけど」

 「だよねー!」

 

 ぴしゃん、と机をはたく魔術師に苦笑を返す。エルフの斥候は当然といった表情。

 

 「まず神である私が保証するが、先にオルフェが話していた事柄は真実だ。その上で、これを見てもらいたい」

 

 そう言って、アポロン様は僕達に何事か書き記された羊皮紙を配った。

 皆の体が固まる。

 予め伝えられていなければ、僕だって驚いただろう。

 

 「彼の───いや、()()の【()()()()()】だ」

 「あ、それはもうバラしちゃうのですね」

 「うむ。そしてこれらの情報の口外を固く禁ずる」

 

 冒険者にとって、【ステイタス】の内容は生命線といっていい。同じ派閥の仲間にさえ秘匿すべきもの。

 それを、アポロン様は僕達に晒した。

 

 「……これは、なんとも」

 「一言で表しちゃえば、将来有望?」

 「【スキル】が三つ、それもレアスキル。それに加えて【魔法】か。ヤバイな! うわっはっはっはは!」

 

 無論、口外禁止なんてことは既に承知している三人である。彼等が口にするのは彼女のステイタスについてだ。

 レアスキルが三つ。うちひとつは【魔眼】に関わる代物。そして見るからにヤバそうな妖精由来の【魔法】。

 これに今日の戦果が加わるのだ。

 ───将来有望。全くその通りだ。

 

 「つまり、大っぴらに〝特別扱い〟してしまって構わないということですか?」

 「うむ」

 

 そう口にして、少しの逡巡を経て、言葉を続ける。

 

 「彼女は───何か、大きな過去を抱えているようだ。それは彼女を精神的に苦しめている。……何とかしてやりたい。協力してほしい」

 

 簡潔な、それでいて、深い感情の籠った言葉。

 僕たちの返答は決まっていた。

 

 「仰せの通りに」

 「了解です」

 「任せてくれ!」

 「ほ~い」

 

 恭しく、余裕綽々に、元気よく、朗らかに。

 【アポロン・ファミリア】の精鋭は、主神の命を承った。

 

 

 

 

 

 

 

 




アポロン・ファミリア
 Lv.3二人、Lv.2を複数人抱える『探索系』の派閥。規模や地力を示す等級は『C』。
 冒険者業としても成功しているが、同じく『楽団』としても名を馳せている。【悲恋の奏者】を筆頭とする楽士達の技量は、大劇場(シアター)での公演を可能とする程。特に団長は〝歌劇の国〟からマークされている。
 楽士志望の団員は、発展アビリティ【歌唱】または【演奏】の取得のために冒険者業も頑張っている。ヘファイストスさん家が【鍛冶】取りたがってるのと同じ。
 『原作』では【悲恋の奏者】諸共失われている。じゃけんイベントこなしましょうね。


団長殿
 誰だ、この子にこんなえげつない剣技を与えたのは! ぶん殴ってやりたい(直球)(風評被害)
 親に、【ファミリア】に愛されて育った人。
 フリューちゃんを『気まぐれな神に弄くられた子』と勘違いしている。弄くったのはエルフ達なんだよなあ……
 団長として優秀なので慕われている。彼はそれに報いようと頑張っている。過労に繋がらない限り、よい循環だと思います。
 正しく成長させれば後継に出来そうな人材が現れたので、しっかり育てようと決意している。
 作者としては、この人物が好評をもらっていて嬉しく思っています。


ソラールちゃん
 会議に遅れた理由は深く考えていない。なんかしてた。
 予め団長からフリューちゃんの所感を聞いており、実際に本人にも話を聞いていたので、色々と察している。これは期待の新人だぁ……(歓喜)
 幹部勢では一番若年。これで成長過程ってマジ? と団員の大部分から思われている。
 フリューちゃんが女性嫌いだって聞かされてなかったので、(食堂での出来事を)あちゃーと思っている。
 オルフェが団長業に苦しんでいるのを察しており、後継が出来てよかったじゃん、と前向きに捉えている。


エルフの斥候
 五十代。じいや的なポジション。
 Lv.2ながら経験豊富で副団長を務めている。
 出番は多い。
 元ネタは特になし。強いて言うならトロイアの大英雄由来の【魔法】を持つ。(魔法なんて)ないです(無慈悲)。
 ステイタスを見て、戦果とアビリティ上昇値を照らし合わせて、あっ……(察し)となっている。なんでこれだけしか上がってないんですかね……
 団長とは苦しいもんです、と主張している。書類仕事は任せてください。


小人族の魔術師
 二十代。男性。魔法大国(アルテナ)出身。
 【灯】を求める陽気なLv.2。魔導士ではない。
 小人族の御同輩だ! ひゃっふう! と楽観的に捉えている。たぶん絡みは多い。
 歌って踊るのが大好き。酒も好き。人生楽しそう。
 元ネタは世界最古のTCG。


突剣使いの少女
 ですわよ系Lv.2
 最近ランクアップした子。軽戦士としての技量は高く、遊撃に高い才能を発揮している。
 面倒見もよく、次期幹部として名を挙げられている。


只人の拳士
 拳で語るLv.2
 同じく最近ランクアップした子。アポロン様直伝のボクシングっぽい技でモンスターを粉砕するぞ!
 幹部候補ではない。だって馬鹿だし……()


猫耳の盗賊
 にゃんにゃん系Lv.2
 ランクアップして一年とかそんな感じ。ツンデレ。女性。ナイフとかで戦う。
 幹部候補。



アポロン様
 別居させて♡ 発言で腹をくくった。
 ほんへの後も幹部勢と色々話している。女性扱いはたぶんNGっぽいこととか特別扱いによるやっかみへの対処のこととか。
 彼女のガリガリ体型について聞いた団長は「どうりで軽かった訳だ……」と呟き、お米様だっこ事件について追及された。
 フリューちゃんが手紙を出すのに便乗して、社の神々と文通するつもり。


タケミカヅチ様
 間違いなく最善を尽くした。彼に非はないです。


 前書きでも言及しましたが、RTA風小説らしからぬ連続幕間で申し訳ありません。次回は走者視点でのお話を予定しています。どうぞよろしくお願いします。
 誤字脱字、解釈違いなどありましたら、どうぞご一報くださいませ。


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mp.6『再会/グッドフェロー』

 章ごとに10話区切りを目標にしていたのですが、早くも達成不可能なことを察してしまったので初投稿です。
 かなり難産でした。10話区切りって思ってたより……難しい……難しかった(瀕死)。配分を考えるのが難しいですねこれは。

Iris Kleine様、Kuzuchi様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。

 佐藤東沙様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。


 ついに【魔法】をお披露目するRTA、早速始めていきます。

 

 

 前回、【魔法】を獲得し、社宛てのお手紙を作成した翌日から再開です。

 

 起床した所で、まずは【魔法】を使います。

 起床した直後に打ちます(再掲)。

 本来、中堅派閥に所属している場合、魔法の試射イベントは先輩魔導士兄貴の引率の(もと)、ダンジョンの適当な広間(ルーム)で行われます。が、素直にその道筋を辿りますとチュートリアル含めてテキスト量が凄まじいです。

 なので、色々な手順をすっ飛ばしての魔法行使がタイム短縮に繋がるんですね。

 それでは、うれし恥ずかしの魔法のお時間です。

 

 

 ───【悪戯妖精(グッドフェロー)悪戯妖精(グッドフェロー)、夜を彷徨う浮かれもの。妖精王に傅く道化。夏の夜空に虚実を唄い、溺れる夢を囁いて】!

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───【ディア・オーベイロン】。

 

 

 貴方が詠唱を完成させると、何も起きなかった。

 

 光も生じない。

 音もない。

 宛てがわれた一室は平時のまま、早朝の冷気とうららかな陽光に満ちている。

 ただ、精神力(マインド)の抜け落ちた感覚が、魔法行使の証明として、貴方に少々の倦怠感を与えていた。

 

 貴方はこの結果を嘆いてもいいし、特に気にしなくてもいい。

 

 

 

 

 →【気にしない】

 

 【悲しむ

 

 

 

 

 貴方はふむ、と形のよい眉を僅かに歪める。

 詠唱に不備はなかった。

 燃料となる精神力も消費されている。

 となれば、単純に《魔力》を含む魔導士としての実力が足りていなかったか、【恩恵(ファルナ)】に記載されていない隠された条件があるか、あえて記載しなかったか、大まかに分けてこの三種だろう。

 三つ目かなぁ、というのが素直な感想だった。

 貴方の脳裏に、出会って二日となる主神の顔が思い浮かぶ。

 妖精の招来。警戒すべき特異な【魔法】(レア・マジック)

 己の知る【ステイタス】に何かしらの『不備』が設けられている可能性を頭の片隅にそっと置いて、貴方は身支度のために寝台(ベッド)から退いた。

 

 

 その、瞬間である。

 

 貴方の足が、()()

 

 

 敷物を敷かれているとはいえ硬質なはずの床が、ぐにゃり、と変形する。

 貴方に知識があれば、極東の甘味、寒天のようだと思ったかもしれない。ひどく反発する寝台(ベッド)、あるいは踊る粘液(スライム)のよう。

 柔らかなそれは、貴方の小さな足を容易く受け入れる。

 くるぶしを飲み込み、ふくらはぎを越えて、大腿(もも)に達した所で、ようやくその変形を終えた。

 さて。

 圧迫された『柔らかな床』は、包み込んだ貴方をどうするだろう?

 

 

 はたして、貴方は『床に弾き飛ばされた』。

 華奢な身体がトランポリンのそれのように───尤も貴方の知識にはないものだが───宙に打ち上げられ、飛んでいって、天井すれすれまで上昇し、()()()()()()

 

 

 ───貴方は【ステイタス】不相応に達者な体捌きで受け身を取り、負傷することなく床に戻ってきた。

 敷物の敷かれた硬い床だ。

 着地すると同時に、貴方は妖精眼(グラムサイト)まで起動しての索敵を行うだろう。

 懐のナイフを取り出し、寝台の横に置かれた鉄刀を手に取る機会を窺うことだろう。

 そんな様子を嘲笑うように。

 ケラケラと。

 心底愉快そうな笑い声が、なんの変哲もない部屋に響き渡る。

 

 

 『それ』は、其処(そこ)にいるのが当然のように、貴方の肩に座っていた。

 

 

 「───ごきげんよう、我が王様!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなり判定ふっかけてくるのは止めようね(殺意)。

 

 というわけで、悪戯妖精のパック兄貴が仲間になりました。やったぜ。なんか馴れ馴れしいなお前(失礼)。

 これもおそらく『使役』と『招来』の差異なのでしょうが、先程の受け身判定は初見だったので少し焦りました。本来取るはずだった『使役』の場合は、虹色の金平糖三つをリリースした感じの邂逅になるのですが……まあ誤差だな! むしろタァイム的にはうま味です!

 

 それでは身支度を済ませまして、ご飯を食べに行きましょう。

 食堂に着くと、昨日同様に同行してくださる団長殿と、本日の魔法試射イベント限定でパーティに入ってくる魔導士兄貴もしくは姉貴が席についています。パック君を伴ってそちらに向かいましょう。

 このイベントに参加する魔導士兄貴の位階は、例によって主神からの好感度と、派閥内での評価で決定されます。試走の段階では中堅どころのおじさん(Lv.2)でしたが、はたして今回は誰になりますかね……?

 

 ───はい、正直知ってました。

 団長殿の対面に腰かけている小人族(パルゥム)兄貴をご覧ください。とんがり帽子に黒ローブ、まん丸メガネでスリーアウト。見るからに魔法使いな風貌の彼は【アポロン・ファミリア】幹部、魔法大国(アルテナ)出身(脱走)の愉快な魔術師兼魔導士です。

 ……つまり、このファミリアで最高の魔導士です。

 

 団長と幹部と幹部に面識のある新米冒険者、スリーアウトです。

 おそらく同期連中からの好感度は恐ろしいことになっているでしょう。果てしなくどうでもいいですが。立場を高めて幹部プレイしたい方は同期からの心証には気を使おうね! 

 

 んだらば彼等が会話を仕掛けてくる前に、今朝の出来事をお話しましょう。具体的にはパック君を引っ掴んで魔術師兄貴の前に突き出します。これもタァイムのため、卑怯とは言うまいな……

 

 ───はい、魔術師兄貴がパック君を拘束して連行していきました。時間短縮成功です。

 本来の道筋ですと、担当魔導士兄貴の前に突き出したらしばらくして小人族魔術師兄貴が来襲し、第三級に勝てるわけないだろ! になるのですが、今回は直接魔術師兄貴に渡せたので、こちらでも時間短縮になっています。うーまーいーぞー!

 この後パック君は魔術師兄貴によって色々と調べられ、安全であることを確認されてからフリューガーくんの所に帰ってきます。パック君の叫喚が聞こえてきますが無視です。決して邂逅イベントでの仕返しではありません。これだけははっきりと真実をお伝えしたかった。

 

 

 それでは、団長兄貴が死んだ目で頭を抱えている様をスクショしつつ、ご飯をいただきましょう。もっと胃を痛めて♡ おらッ、このリア充が!(足蹴)

 

 

 ここから先、倍速が続きます。

 いかんせんイベントが始まるまではひたすらダンジョンするだけですので殺風景になってしまうのです。よって倍速、倍速、倍速です。

 その間に、Lv.1→2の間にこなすイベントを説明させていただきます。

 

 ざっくり言ってしまえば、邂逅、邂逅、そして決戦です。

 今回、最初のランクアップにワイヴァーン戦のイベントを利用するのですが、そのために必要な物事が実はひとつあります。アイズちゃんとの面識です。

 面識といっても、会話をしたりする必要はありません。こちらの『印象に残る』が達成出来ればオーケーです。それこそじゃが丸くんの屋台で見かけるだけでも十分。今回はアイズちゃんがキラーアント相手に無双する場面で顔合わせを図ります。

 

 『同じファミリア』や『血縁』などを条件とするイベントも多いので、ワイヴァーンのイベントは参加条件が非常に優しい部類です。その分難易度は凄まじいですが。端的に言って地獄を見ます。初心者にはお薦めできません。

 具体的にはブレスへの対抗手段がないとこんがり肉にされてバッドエンドです。火炎吐いてこないインファント・ドラゴンくんはあれでも良心的だってはっきりわかんだね。

 

 そして、アイズちゃん関連のイベント二つに挟まる形で、もうひとつイベントをこなします。こちらのイベントは一切のフラグを必要としない、ランダムイベント一歩手前な代物ですので、起こったら達成して終わりです。

 こちらのイベントは路地裏で発生するので、日々の移動に路地裏を使用していればほぼ確実に遭遇できます。楽でイイゾー。

 

 

 あ、パック君が帰ってきましたね。この間二日。最長記録で草生えますよ。平均は一日と少し、最速はゼロ秒です。第一印象判定の怖いところさんが露呈していますね。

 このゲーム、容姿は良ければ良いほどにいいので、こまめな入浴とまともな服装、最低限、この二つは頭に入れておきましょう。他キャラクター、特に女性からの印象をよい方向に持っていきやすくなります。

 間違っても迫真ずだ袋部・ぼろ布マントの裏技なんてやっちゃあ駄目だゾ!(反面教師)

 

 まあともかくお帰りなさいパック君。シャバの空気はどうだい?

 

 ……おや珍しい。強制連行(ドナドナ)によるパック君からの反撃が来ませんでした。いつもなら暗黒微笑からの《幻惑》なり《スカートめくり》なりぶっぱなしてくるのですが……イメチェンか何か? ままええわ。一応、機嫌直しのために用意していた嗜好品を差し上げておきましょう。

 ほーれ、焼き菓子ですよう。美味しくいただいてどうぞ。……かわいいなあパック君(濁点省略)。

 

 パック君が正式加入したところで、やることは変わりません。イベントが起こるまで淡々とモンスター共を殺して回りましょう。

 

 

 

 

 ───一週間経ちました。伴って新人講習が終了しました。

 新人講習の終了後ですが、この七日間の動向・成績に応じて、自分と同じくらいの実力の方々とパーティを組むこととなります。ただ、この『同じくらい』の幅は広く、同期のみなさんと一緒になることもあれば、ソラール姉貴with二軍メンバーのパーティにサポーターという立場で加入させられる場合もあります。

 つまり、ここで組むこととなる一党の内容はほとんどランダムです。RTAという仕様に真っ向から中指を立ててんなお前な。単独探索の許可を取りたかった理由がこれで、面子が普通の奴等だったらまだマシなのですが、高圧的だったり、〝みんな! ぼくの指示通りに戦ってくれ!〟タイプの人間と組まされるとタイム的にお辛いです。

 

 ……ただし、今回、というより【実験体】のせいでコミュ力がかなり低くなることを前提としている本チャートの場合、同期と組む確率はかなり低くなっています。何故なら、彼等からの好感度が低いからです。

 というのも、団長殿含む幹部の方々、険悪な仲の奴等を同じ一党にする愚行は犯しません。それなりに気の合いそうな人達を組ませてくれます。

 本来のチャートでは、この七日間は同期からの『一緒に飯食おうぜ』『少し話さないか』などの提案を片っ端から断りまくることで、偏屈なやつ、という印象を同期連中に与える予定でした。が、フリューガーくんは幹部とすごい仲良く()していたせいか、同期の冒険者に一切絡まれることなく七日間を終えられました。

 これは……嫌われものじゃな?(凡推理)

 やったぜ()。

 同期の方々は若い人が多く、端的に言ってやりづらいです。なんというか血気盛んですし、こちらが『小人族』というだけでよく思ってこない方もザラにいます。なので、元々アポロン・ファミリアに在籍していた冒険者兄貴達のパーティに加入させてもらうのが理想です。

 つまり何が言いたいかというと、一刻も早く単独探索させて♡

 

 

 そんなわけで、今日で団長殿とはお別れです。元々団長殿が『新人講習』に参加してるのがおかしいという話。アポロン様から極めて好かれていたせいなのでしょうが。

 ここから先、団長殿と会う機会は、少なくともLv1の間はありません。毎日顔合わせてて感覚麻痺してきてるけどこの人けっこう多忙だからね、仕方ないね。

 

 

 団長殿、この七日間面倒みてくれてありがとナス!

 

 

 

 

 ……ありがとナス!

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 あのー、パーティから『オルフェ・リュート』の文字が消えてないのですが。消し忘れか何か? 

 

 えっ?

 あっ。

 ───はい。新人講習の終了と同時に、団長殿と正式にパーティを組むこととなりました。

 

 

 

 

 ?????????

 

 

 なんで? なんで? なんで?

 いや……マジですか。

 これ、報告案件ですね。いやあ驚きました、アポロン様からの好感度が高いとこんな現象が起こるんですね。当時の私の困惑ぶりが映像から察せます。たぶん、この不自然な硬直はウィキを確認してた気がします。走ってる時にウィキ確認とか走者の屑ですねこれは間違いない……

 しかし、この時期に団長殿とパーティを組むとなると……ああやっぱり。新しくもう一人、パーティに加入している子がいます。

 

 団長殿の後ろに隠れてこちらの様子を窺っている黒髪ショタ兄貴オッスオッス、まさかお前とパーティ組むことになるとは思いませんでした。まあこの時期の、というより団長殿とソラール姉貴が死んでない時期のお前なら……大丈夫やろうか……? 大丈夫だな?(確認)

 

 ───はい、『ヒュアキントス・クリオ』が()()()()()()()()パーティに加入しました。お前のせいでガバったらビンタも辞さないからな(脅迫)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 その子は、変な格好をしていた。

 

 頭から袋? を被って、布のマントを身に付けた、とても小さな小人族(パルゥム)

 まだ九歳のぼくより小さいんだから、そりゃあもうとっても小さいのだ。

 正直、こんな小さい人がモンスターと戦えるなんて信じられない。

 ……いいや。

 きっと、そうだ、そうに違いない。()()()()()()。モンスターが怖いんだ。それこそ、かつてのぼくみたいに。

 

 「そんじゃあ、坊っちゃん、ご挨拶出来ますか?」

 

 ───できる。

 オルフェさんの後ろから、しっかりと全身を出して、むん、と気合いを入れる。

 深呼吸をひとつ。

 オルフェさん以外の人との、初めての一党。

 不安だった。

 怖くて、嫌だって言葉が喉奥から飛び出しそうだった。

 けれど、そう、だって、アポロン様からの『お願い』なんだから。

 

 「……初めまして!」

 

 今ならわかる。

 ぼくは、任されたんだ。

 

 「ぼくはヒュアキントス! ヒュアキントス・クリオ! アポロンさまの眷属です!」

 

 きっと、この子も同じなんだ。

 戦いたいけれど、戦う力がなくって、それでも、アポロン様のために戦いたいんだ。

 だったら、やっぱり、ぼくの役目だ。

 オルフェさんから、ソラールさんから、リカルドさんから、トランベリオさんから、沢山のことを教えてもらったんだから。

 今度は、ぼくが───この子の『師匠』になってあげるんだっ!

 

 「ぼくが、一緒に戦ってあげる! だから、怖がらないで、安心してっ! 一緒に、アポロンさまのためにがんばろうっ!」

 

 出来た!

 ちゃんとやれた!

 そうだ、ぼくは任されたんだ!

 アポロンさまから、ファミリアの先達として、この子にたくさん教えて、強くすることを!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 「いつも通りでいいから」

 「……その」

 「いつも通りやってくれれば、それでいいよ。あの子もバカじゃないから、それで察してくれると思う」

 「……すみません。小さくて」

 「いや、本当、ごめん、ごめんね……」

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒュアキントスくん

 九歳。Lv.1。
 冒険者歴は一ヶ月くらい。
 アポロン様すこすこの民。アポロン様はぼくが生かす、アポロン様はぼくの全てだ……を地で行くショタ。
 アポロンから任せられたお仕事に張り切っている。
 何この子くっそ弱そう! でも安心して! ぼくがちゃんと教えてあげる! だって先輩だもん!(意訳)


 作者としては、正直すまんと思っている。原作キャラを引き立て役扱いとか二次創作の片隅にも置けない所業なんだよなぁ、と。十数話後に見所さんをたっぷり用意しておりますのでユルシテ……ユルシテ……
 Lv.2→3に関わるイベントでえげつないレベルの活躍をする予定。将来的には原作のヒュアキントスより強くなる。ベルくんとガチンコしたらどうなるかな……


団長殿

 本名が割れた人。
 元々ヒュアキントスのことを指導していた所にフリューちゃんの話を持ちかけられた。その流れでヒュアキントスともども受け持つこととなった。
 派閥内でかなり露骨に可愛がられているヒュアキントスと一緒にすることで、フリューちゃんに向けられるやっかみを少しでも軽減しようとする努力が垣間見えている。
 前もってフリューちゃんの実力についてはヒュアキントスに伝えていた。ちゃんと伝えていた。その上でこういう反応を取ることも予期していた。
 フリューちゃんを受け持つ口実として利用しているのもあるが、同時にヒュアキントスを心身ともに成長させるための一計でもある。


フリュー

 なんだこいつ(困惑)
 纏まったお金と一緒に社へのお手紙を出せる日が来たので、ずだ袋の下でわくわくしてるのは内緒だ!












妖精パック、あるいはロビン・グッドフェロー

 タイトルで九割バラしている。
 走者は『なんか親しげやな……』という印象。
 フリューちゃんは謎の懐かしさを感じている。
 『女王様』でないのは露骨過ぎたかも。


 誤字脱字などありましたらどうぞご一報くださいませ。いつもお世話になってます(平伏)。


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幕間『(あまね)くを照らす太陽よ』

一万文字を超えたので初投稿です。
書いてて楽しかった(小並感)


鳥瑠様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます

追記
zodiac様から誤字報告をいただきました。タスカルッ!
佐藤東沙様から添削をいただきました。お気遣いありがとうございます。
鳥瑠様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
kuzuchi様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。


 結果として。

 少年の淡い決意は、早々に叩き壊されたのだった。

 

 「ごめんなさいでした」

 

 そう、ぺたんと頭を下げたのである。

 ぺたん、だ。

 つまり、地面にくっつくほどに下げたのだ。

 

 「……ドゲザまでしなくても」

 「ごめんなさいでした」

 「……は、い」

 

 狼狽(うろた)えるずだ袋の幼女。

 今日はこの子の意外な一面をよく見るなあ、と三歩離れた所から二人を見守る僕は(ひと)りごちる。

 

 そもそも、坊っちゃん───ヒュアキントスから例の宣言をくらう前から、フリューちゃんは挙動不審だったのだ。

 椅子の上で体が微振動していたし、ずだ袋の裾から伸びる紐を弄くってたし。食事の量も多かったし、あろうことか『早く行きたいです』と迷宮探索の催促さえしてきたのだ。団長(ぼく)と正式にパーティを組むっていうのになんの気負いも感じてないのは大変結構なのだけれど、そう、確かに挙動不審だった。

 それが、ヒュアキントスの宣言を聞いたら、ぴたっ、と止まったのだ。

 いつも通り、ではない。

 ただでさえ少ない口数が減った。

 逆に言えばそれだけのことだったのだけれど───いわゆる〝嫌な(アイ・ハブ・ア)予感が(・バッド・フィーリング・)する(アバウト・ディス)〟ってやつだったのかな。

 はたして、迷宮に押し入った湾刀使いの小人族は、モンスターを相手にえげつない剣舞を披露したのだ。

 

 悉く、一刀両断、である。

 

 ……()()

 

 目の前でウォーシャドウがすっぱり二等分されて、少年はわかりやすく限界を迎えたらしかった。

 

 「坊っちゃん」

 「は、はいっ」

 「冒険者は見かけによらない。そう教えたでしょう」

 「はいぃ……!」

 「またひとつ、賢くなりましたね?」

 「小さくても、侮りません……!」

 

 そう、冒険者は見かけによらない。

 Lv.1の大男がLv.2の少女に力負けするなんて常識だ。

 外見と中身は一致しない。それが【恩恵(ファルナ)】のもたらす恩恵なのだ。

 

 「そして、フリューくん」

 

 ぐるん、と矛先を変えた僕に、フリューちゃんはこれまたわかりやすく狼狽えた。

 

 「確かに僕も意地悪だったけど、いつも通りって言ったよね?」

 「……」

 「年下の子の恐怖心を煽るのはどうかと思うな」

 「……ごめんなさいでした」

 「よろしい」

 

 まあ、こんなものでいいだろう。

 ヒュアキントスには、冒険者としての常識を。

 フリューちゃんには、年長者としての良識を。

 それぞれに教えることは山積みで、これはその一歩に過ぎない。

 

 現在、ダンジョン第7階層。

 新品ぴかぴかの一党は、極めて順調に探索を進めていた。

 

 『───ォォォッ』

 「遭遇(エンカウント)。数は七かな」

 「行きます」

 「が、頑張ってください……!」

 

 そんなやり取りをして、とてとてズバンギャアギャアブシャアッ、で戦闘終了。

 相も変わらず《鉄刀》一本で血の路を作ったフリューちゃんが刀身に血振りをくれ、刃こぼれの有無を検めている間、ヒュアキントスにサポーターとしての経験を積ませつつ、周辺の警戒。

 相手方に『ゴブリン』や『コボルト』といった難度の低い敵が現れた時は、ヒュアキントスにも前衛をさせる。

 それを繰り返して、気がつけば僕とヒュアキントスの背負っているバックパックは満杯になっていた。

 

 「一旦帰還しようか」

 

 魔石及び戦利品(ドロップアイテム)の収集具合と、一党の消耗度合いを考慮しての判断。

 それに、ヒュアキントスは素直に返事をして、フリューちゃんはほんの少し間を置いて首肯した。

 

 「わぁ、これ、おいしいです、オルフェさん」

 

 そんで、まあ。

 

 「そうでしょうそうでしょう、一党の結成記念にいいとこのヤツを持ってきましたからね。フリューくんはどう? 口に合えばいいのだけど」

 

 自然な流れで、小休止をとっていた。

 なにせ、Lv.の都合上過剰戦力となる僕も、単純に力量の足りないヒュアキントスもあまり前衛として機能出来ていないので、自然、疲労(経験値)はフリューちゃんひとりに集積される。

 そもそも【ステイタス】自体はヒュアキントス以下で、エルフ程ではないとはいえ体力貧弱な傾向のある小人族(パルゥム)なのだから、そりゃあもう存分に休ませるべきだ。

 

 「うわぁ、本当においしい……アポロンさまにも差し上げたいくらいっ」

 

 わいわいと、喜色の滲む声を発しているのは、自費(ポケットマネー)から奮発した焼き菓子を頬張るヒュアキントスだ。

 かわいいやつだ、と、素直に思う。

 甘いものを口にして頬を薔薇色に染める様は、男色(そっち)()のないやつにも生唾を飲ませるものがある。

 いやまあ、僕は愛しいあの娘(エウリュディケー)一筋だけれど。

 

 「……おいしいです」

 

 と、ずだ袋を被ったまま、もそもそと焼き菓子を咀嚼するフリューちゃん。

 広間(ルーム)の隅っこに陣取って、小さな身を抱えていると、迷子の子供と見紛いそうになる。年齢はともかく体格は子供なこともあって、路地裏に放置していたら誘拐されてしまいそうだ。

 今まで遭遇してきたモンスターの全てを斬り伏せてきた彼女だけど、人を斬れるか、というのは未知数である。

 美少年といって差し支えないヒュアキントスともども、よく目を光らせておかなければならないだろう。

 

 ───二人とも、勝手に何処かに歩いてくような性格じゃないのが救いかな。

 

 ヒュアキントスはびびりだし───事情が事情だけに茶化すような真似は死んでもできないが───フリューちゃんは、まあ、フリューちゃんだし。

 素直、健気、冷静、体力の限界を知っていて、物怖じせず意見を具申してくる。

 これで十三歳だっていうんだから、もう、全く。

 

 「我が王我が王、ボクにもひとつちょうだい」

 「……」

 「わあい」

 

 ……。

 

 「坊っちゃん」

 「んむっ、なんですかオルフェさん?」

 「……や、もうひとつ食べます?」

 「いいんですかッ!?」

 

 くっきりとした瞳を輝かせる少年に、どうやら見られてはいなかったらしい、と心の内で安堵する。

 

 ───頼むから自重しやがれファッキン妖精野郎。

 

 恨みを込めて視線を送ってやれば、ケラケラという笑い声が耳朶を叩いてくる。

 ずだ袋の隙間から顔だけ出してきた妖精が、可憐な相貌を邪悪に歪めて哄笑(こうしょう)していた。

 〝悪戯〟の妖精パック。

 ビンに入れられる程の矮躯に、蜂蜜を糸にしたような頭髪。なるほどその姿は幻想物語(フェアリーテール)を読んだ子供が夢想する妖精そのものだけれど、頭の中に詰まった悪辣さもそのままなのは、なんとも度しがたい。

 今だって、姿を見られてはいけないヒュアキントスのすぐ近くであえて姿を晒し、僕の狼狽(ろうばい)っぷりを眺めて爆笑しているのだ。

 控えめに言ってクズい。

 五年の歳月をかけて培ってきた『団長』のガワが外れかける程度に、この妖精はクズい。

 正直に告白してしまえば、どこかから適当なビンを見繕ってきて、突っ込んで密封した上で海に流してやりたいと思ったのも一度や二度ではない。なんなら今まさに思ってる。

 

 何より救えないのは、パックと名乗るこの妖精が、不確定名称他人に決してその存在を感知させていないことだ。

 創作の妖精よろしく知性皆無の微笑ましい(やから)ではない。こいつは、自分の姿が余人に晒された場合、(あるじ)であるフリューちゃんが被る不利益をよく理解している。

 顔を()()()()のは、アポロン様と、僕を含む幹部、それとフリューちゃんだけ。

 そういう約束を持ちかけたのは僕達だが、持ちかけた側が困惑してしまうぐらい、この妖精は上手くやっている。

 それが、フリューちゃんの不利益に繋がる物事だから、というのは、流石に察している。

 

 認めたくはないが。

 悪戯妖精のパックは、(あるじ)に関連する物事に対して、際限なく誠実に、聡明になれるらしかった。

 それはつまり、主に不利益が及ばない限り、この悪戯野郎は叡知の限りを尽くして僕達を弄くってくるということで、【アポロン・ファミリア】が誇る精鋭は揃って胃を痛めている訳だ。

 切実に自重してほしい。

 

 「団長」

 「うん」

 

 彼女が()()に気づいたのは、くそやろうもといパックの進言か、あるいは修めているらしい『占星術』とやらの結果か。

 術士にその術理を問うのは禁句(NG)、というのは幹部の一人である小人術師(トランベリオ)の一言だが、いつかは踏み込まなければならない事柄だ。

 まあ、妖精の助言にしても、修めた術にしても、それらは彼女自身の力だ。第二級冒険者と遜色ない初動を可能とする総合戦力(スペック)は驚嘆すべきだろう。

 ゆっくりと立ち上がり、取り出しておいた小型の竪琴(キタラ)を構える。()()有効射程(レンジ)に入ったところで演奏開始。

 幾多もの弦をつま弾き、音色を奏でながら、迫る戦場を見据える湾刀使いと会話する。

 

 「逃走か、防衛か、と愚考します」

 「迎え撃とう。ここは正規ルートに近い。先に進まれたら惨劇になりかねない」

 「では通路へ。……クリオくんは」

 「後方の警戒と、治療の準備かな。《演奏(バフ)》かければここの相手でも十秒はもつからね、うちの坊っちゃんは」

 「ではそのように」

 

 優秀だ。

 本当に、心の底から、嘘偽りなくそう思う。

 打てば響き、剣に優れ、戦闘を恐れず、己を過信することなく、血に酔わない。

 この状況を把握した上で、『逃走』と『防衛』を提言出来るのだから、文句なしに満点だ。

 あと数年も経てば、太陽万歳娘(ソラール)と共に【アポロン・ファミリア】不動の双矛(ツートップ)となるに違いないと、一冒険者としても、団長としても、そう思わされるし、そうするに足る少女である。

 

 「───よし、《駆ける韋駄天》は演奏完了。あともう一曲……速弾きしなきゃだな。フリューくん───」

 「クリオくん、バックパックから高等回復薬(ハイポ)を取り出して、並べておいてください。予備の武具はその横に纏めて、清潔な布を───」

 「えっ? あ、は、はい……!」

 「……はぁ」

 

 気がつけば、息が出ていっていた。

 我ながら褒めっぱなしでどうかと思うけれど、素直に感嘆してしまった。

 彼女が準備をしてくれるなら、接敵(エンゲージ)までの数秒を、本業に専念できる。

 

 「……この、音───」

 

 ようやく事態に気づいたらしいヒュアキントスが、頬から色を失くす。

 それでも手は止めていない辺り、やはりこの子も才能溢れる新米だと思う。

 叶うなら、この傑物の側で、見事な花を咲かせてほしいし、そうさせるのが団長の役目だ。

 ふう、と深く息を吸い、深く吐いて、最後の《演奏》を完成させ、近接用の武装《太陽のフランベルジュ》を抜剣する。

 

 僕達の見据える先、通路の向こう。

 そこから、音が響き、近づいてくる。

 おびただしい量の足音。

 氾濫するモンスターの殺意。

 むせかえるほどに濃厚な血の香り。

 人々の───冒険者(どうぎょうしゃ)の叫喚。

 

 「とりあえず作戦はもう立ててるから、安心してくれていい。簡単な仕事(ミルクラン)さ」

 

 軽口をひとつ。

 深刻(シリアス)になって勝てるのなら、まあ、構わないけれど。

 これはダンジョンではよくある事で、最終決戦でもなんでもないのだから、彼等が気負う必要などないのだ。

 なにせ、命を支払ってでも『何か』(君達を生きて帰す)をしなければならないのは、団長の僕だけなんだから。

 

 何より、恐怖でがちがちの頭目より、不敵な笑みを浮かべている頭目の方が、安心するだろう?

 

 「───以上で作戦説明終わり。どう、出来そう?」

 「問題なく」

 「がんばりますッ!」

 「よぉし! じゃあ、やろうか……!」

 

 はたして、それはすぐに現れた。

 

 

 通路を埋め尽くす大量のモンスターと、全身を血塗れにしてひた走る、冒険者───!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『魔眼は、大きく分けて二つに分けられる』

 

 懐かしい声が(よみがえ)る。

 それはいかなる暗澹に在ろうと絶えることのない月明かり。女性らしい、されど芯の通った声音。私の手を引き、星々の神秘へと(いざな)う女神の言葉。

 ツクヨミ。我が魔術の師。

 

 『一方は【付与】。それを視た者、或いは視られた者に直接作用する神秘。これはまあ、古代の女怪メドゥーサの石化の魔眼が有名だろう。視た者に石化を与える。そう、〝与える〟ことを本質とするのが付与型の魔眼だ。

 ───対し、フリュー、お前の妖精眼(グラムサイト)は【観測】の神秘だ』

 

 朗々とした響き。

 聡明とは言えない私の頭に浸透し、咀嚼(そしゃく)させ、行き渡らせる、月女神の特別講義。

 

 『この部類の魔眼は、〝受け取る〟ことを本質とする。千里、未来、生存、痕跡、失せ物、()()()の差異はあるが結局どれも同じだ。この世界に在る何かを、それぞれのやり方で受け止め、理解する神秘。

 ───では、妖精眼は何を、どのように観測するか』

 

 あの(ひと)の瞳に射抜かれる。

 蒼い瞳は、密やかな夜に浮かぶ月を思わせる。

 

 『妖精可視による魔力の観測。それが妖精眼(グラムサイト)だ。特に()()()()()()()になると、上の森人(ハイエルフ)の聖域、そこに鎮座する聖木に匹敵する〝妖精の宿り木〟の機能を兼ねる。

 そして、性質上、この魔眼は他の魔術との併用に適している。元々魔眼保有者(カラットホルダー)は高い魔術適性を持つが、中でも妖精眼持ちは顕著だ』

 

 フリュー、と呼ばれるのは、好きだった。

 ……いっそ、ツクヨミ様が男神だったなら、生涯をこの御方に費やしてもいいかと思える程に、心地よい。

 

 『その瞳は星の術理をより広げ、星の術理はその瞳をより十全に運営させるだろう。……フリューが星に惹かれたのは、《宿命》だったのかもしれないね』

 

 故に与えられた起動鍵(スペル)は《観測》。

 星を観るだけしか能のなかった私が、月の神から賜った、星を知る(すべ)

 その一言をもって、魔力を観測する魔眼を起動する。

 

 

 「───観測(スコープ)開始(イン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 濁流のように迫りくるモンスター達の先頭に、彼等の姿はあった。

 全身を鮮血で汚した冒険者。只人(ヒューマン)。男。どこにでもいるような無名戦士( H F O )

 いつものように迷宮に潜り、異常事態(イレギュラー)に直面し、敗走した。そんな、どこにでもいるような二人は、それぞれ負傷者という荷物を抱えていた。

 

 「っ……ぁ……」

 「セインっ、頑張れっ死ぬなっ!」

 「くそ、追い付かれるぞ……! どっちか捨てろガイル! いくらお前でも二人は無理だ!」

 「なっ───馬鹿野郎ッ、何言って……!?」

 「()()()()()()()()()、俺達は!?」

 

 その言葉には、怒りがあった。

 殿(しんがり)という名の人柱を許容した諦観と、どこまでも無力な己への悔恨があった。

 それでも、否、だからこそ、無名戦士は吠える。

 

 「だから、生きなきゃいけないだろうっ!? 一人でも多くの仲間とっ! 地上に帰らなきゃいけないんだろうっ!?」

 

 その、鮮血を撒き散らすような言葉に、常に隣で戦ってきた戦友の言葉に、ガイルと呼ばれた男の相貌が悲壮に染まる。

 わかっている。わかっているとも。

 だから、武器を置き去りにした。

 戦闘の継続を捨てて、武器を捨てて、仲間を捨てて、冒険者であることを捨てて、腕の中にある命を守るために、走っているのだ。

 けれど、だから、どうしても、躊躇う。

 あらゆるモノを捨てても救いたいと願ったものを、自ら手放すなんて、残酷すぎて、とても耐えられない。

 

 「私を、捨てろ」

 「───」

 

 涙腺が崩壊しかける男の耳に、典雅な響きが囁かれる。

 彼に背負われているエルフの魔導士が、気力を振り絞って、口を開く。

 

 「私を、捨てろ、ヒューマン……!」

 

 気障(きざ)ったらしいエルフが、潔癖な癖して娼婦街に興味津々だった男が、常に勝利をもたらしてきた魔導士が、友人たる戦士に懇願する。

 お前の足手まといになどなってたまるか、と。

 どうか、自分を捨てて生存してくれ、と。

 

 「ああああああっ、ああああああっ……!?」

 「……っ、ううううっ……!?」

 

 彼等の判断が正しかったかといえば、意見が分かれるだろう。

 後方、すぐ近くまで迫っているモンスターの群れ。

 武器のない戦士では、いや、武器があったとしても、数の差で一手番(ターン)ももたず引き千切られるだろう死の波に、二人の戦士は突撃する覚悟を決めた。

 友人の願い通りに、友人を捨てて、死ぬよりも。

 友人の願いを捨て、友人を捨てずに死ぬことを選んだのだ。

 

 迷宮の闇が迫る。

 二人の戦士の背を撫でて、死の道へと引きずり込もうとしている。

 そうして。

 どこにでもいるような二人の戦士が振り返り、ありふれた結末を迎えようとした間際である。

 

 

 ───。

 

 

 音色が、聞こえた。

 美しい音色だった。

 勇壮な音色だった。

 古の戦場、地上を流星のごとく駆け抜けた、俊足の英雄を思わせる調べ。

 暗澹(あんたん)とした迷宮にはまるで相応しくないそれに、錯聴を疑う戦士達が、その異変に気づくのに時間はかからなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 「───っっ! 走れっ! 走れええええええええっ!!」

 「うおおおおおおおおおおっ……!!」

 

 文字通り死力を尽くして走る。

 視界の隅を千切れ飛んでいく迷宮の壁面。

 羽のように軽く鳥のように俊敏な両脚。

 その全てを頭からすっ飛ばして、ただひたすらに走り抜ける……!

 

 「───近くなっていってるぞ……!」

 

 理性を焼きかけている戦士に、荷物が一人なぶん幾分か余裕のある───それでも息絶え絶えだが───戦士が、音色の根源に接近していることを察知する。

 正規ルートへと続く道だ。

 そこに陣取って、見ず知らずの自分達を支援するような真似をしているやつと、かち合う。

 ───ちょうどいいカモじゃないか。

 随分と昔に捨て去ったはずの悪性が笑う。

 仲間を犠牲にせずに済むぞ、と。

 この音色の奏者をモンスターにけしかけて時間を稼ごう、と。

 【怪物進呈(パス・パレード)】してやれ、と。

 その提案は極めて現実的で、飛び付きたいほどに魅力的だった。

 だから、かつて路地裏にたむろっていた盗人は、

 

 「───くそったれがよおおおッッ!!!」

 

 ただ、理性を燃やした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「止まれええええええええええっ(STOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOP)!」

 

 詩人として鍛え上げた喉から、大音声を放つ。

 

 「───、っ!?」

 「う、おおおっ……!?」

 

 威圧の声(ウォークライ)。専門外の技術。肺活量にものを言わせてごり押す。

 戦士らしき装備の男二人が、疾走の勢いを削がれるのを確認し、間髪を容れずに囁く。

 

 「やれ、()()()

 「えっ嫌だけど───」

 「頼む、パック」

 「───お任せあれ我が王(イエス、マイロード)!」

 

 はたして、フリューちゃんの服の中に隠れているらしい悪戯の妖精が、悪辣な術を発動した。

 見るがいい。

 目の前の人間を喰い殺さんと猛っていた、雲霞(うんか)のごときモンスター共が、ある境界(ライン)を越えた瞬間、無様に()()するではないか!

 

 文字通り《転倒》の術に嵌まったモンスターが体勢を整えるまでの数秒を、熟練の湾刀使いは逃さない。

 小さな体をめいっぱい駆動させ、次々と怪物の首を撥ね飛ばす。

 そして、手を止めることなく、こう呟くのだ。

 

 「……やっぱり、『キラーアント』」

 

 それは、堅牢な甲殻を持つ巨大蟻のモンスターの名前。

 『ウォーシャドウ』と同じく【新米殺し】の異名を与えられているこのモンスターは、ぶっちゃけでかくて堅い蟻だ。体色は赤黒いけれど体型(フォルム)はそのまんま。四足二腕に大きな双眼、腕先の鉤爪の威力は高く、新米冒険者の斬撃を容易く無効化する甲殻と合わさって、厄介な怪物だ。

 ウォーシャドウが静かな武道家なら、キラーアントは鎧具足を着込んだ戦士だろうか。

 特筆すべきは、窮地に陥った際、独特なフェロモンを発散させることで、周囲の同種モンスターを呼び寄せる性質だ。

 

 ───だから、本当に、よくある事なんだ。

 

 「キラーアントの大群! わかってはいたけど、なんともありきたりだな!」

 

 瀕死になったら仲間を呼ぶのがキラーアントだ。

 止めを刺し損ねるだけで大群になる怪物だ。

 本当に、よくある事なのだ。

 だからこそ、対処法も判然としている。

 

 「防衛重視! 絶対に後ろに通すな! 確実に殺せ!」

 「行きますッ……!」

 

 そうして、僕達は通路に陣取った。

 この身は第二級なれば、上層のモンスター程度に遅れをとるはずもない。

 【アポロン・ファミリア】の首領に与えられる武装《太陽のフランベルジュ》をひたすらに振るい、一太刀で三体のモンスターを爆砕する。

 けたたましい爆砕音を伴って迸る、太陽の剣閃。

 Lv.3の【力】をもって体躯を打ち砕き、甲殻を弾き飛ばし、魔石を叩き壊す。

 対して、フリューちゃんの戦い方は静かだった。

 無銘の業物を手足のごとく操る湾刀使い。

 彼女は一切無駄な破壊を行わず、甲殻の間を縫って確実に首を落とし、あるいは魔石を───まるでそれがどこにあるか見えているかのように───両断する。

 戦士としての技量は、間違いなくフリューちゃんの方が上だ。

 それでも撃破数(スコア)はこちらに傾く辺り、恩恵というものの偉大さを体感する。

 

 「さて、そろそろどうだ……?」

 

 

 

 

 「止まってくださいっ!」

 

 そう、目の前の戦士達に立ち塞がる。

 先の大声によって勢いを削がれていた、全身を真っ赤に染めた戦士達は、一も二もなく停止した。

 その相貌に浮かぶのは、焦燥と、困惑。

 

 「なっ、なんなんだあんたら……!?」

 「怪我人が三人いて、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 「───な」

 

 そして、それはヒュアキントスも同じだ。

 先程団長から語られた『作戦』通りに動いてはいるが、何がどうしてこうなるのか、そこまでは説明されていない。

 ただ、彼の言っていた通り、怪我人は三人いたし、どうやらもう一人、あの波の向こう側にいるらしかった。

 

 「負傷された方をこちらに寝かせて、とにかくポーションぶっかけてください! じゃんじゃん使っちゃっていいです! 負傷箇所もわからないし、服を脱がす時間もないので、とにかくたくさんお願いします!」

 

 彼に与えられた指示は簡潔だった。

 負傷者の治療と、後方の警戒。

 戦列に加われ、とは言われていない。

 それに、悔しさがないと言えば、嘘になる。

 一瞬だけ、パーティの仲間である小人族に目を向ける。

 自分と同じく、団長の指示に従っている新米冒険者。

 最前線でなんか格好いい武器を振るい、団長の隣で怪物共を鏖殺する彼。

 ───それが、仕方のないことだとも、適材適所の結果だとも、ヒュアキントスは思わない。

 状況はよくわからないし、前で戦えないことを悔しく思うし、無力なことが苦しくて、それでも、与えられた役割を全うする。

 

 「仲間を助けるために、動いてください……!」

 

 

 

 

 「……っ、来たぞ!」

 「よし、来たね」

 

 音が聞こえたので振り向けば、そこには負傷を回復された戦士が二人。

 放り捨てたらしい───()()()()()()()()()───武器の代わりに、僕が持ち込んでいた予備の武器を構えている。

 

 「……あんた、正気か? 見ず知らずの俺達のために、こんな真似を……」

 

 そう問いかけてくるのは、長身の戦士だ。装備からして先程の男が専業戦士なら、こちらは斥候も兼ねているのだろう。

 斥候の男は、短槍を構えながらも、冷や汗の垂れる顔を僕に向けていた。

 当然、こちらの返答は決まっている。

 

 「()()()()()()()()()()()

 

 まだ、という二文字はあえて外した。

 

 「まあ、戦闘音はけっこう小さくなってきてるけど、呼吸はしてるし、心臓は動いてる。本職は〝楽士〟だからね、こんなのは小技、大道芸さ。まあそれでも、冒険者を名乗らせてもらっている身だ。

 ()()()()()()()()

 

 大体、そうしない理由がわからない。

 助けられるヤツがいるらしい。

 そして、僕は冒険者だ。

 なら、助けるだろう。

 軍人でもなし、効率主義でも、大間抜け(マンチキン)でもない。冒険者なればこそ。

 

 「そんな訳だから、僕の仲間を任せる。代わりに君達の仲間を任されよう」

 

 最後に、彼女を見る。

 湾刀の絶技を操り、妖精を従え、文字通りの屍山血河を成している、新人冒険者とやらを。

 ここを任せるよ、と。

 そういう意図を込めた視線に、冒険者フリューガーは、完璧な回答をした。

 彼女は、いつものように、首を縦に振った。

 

 「……まあ、ポーション代は請求させてもらうけどね」

 

 ボソリと口にして、突っ込んだ。

 

 

 

 

 「しッ───!」

 

 団長の姿がモンスターの海に消える。

 先程までの役割が堅牢な城壁ならば、今は敵将を貫く(やじり)か。

 防衛の懸念を捨てた第二級冒険者が、進路上の、最低限の怪物だけを殺して、ひたすらに前へと進む。

 団長が直前に速弾きしたのは《星降る夜》。敏捷を微向上させ、()()()()の加護を与える楽曲。

 槍衾(やりぶすま)のように放たれるモンスターの攻撃を、ひらりと(かわ)し、疾走していく。

 まるで、囚われた姫を救いに駆ける勇者のようだ、というのは、大仰に過ぎるだろうか。

 

 ともあれ、やることはわかりきっている。

 (やじり)となった団長が抜けた以上、私一人で城壁を成さねばならない。

 彼が無銘戦士達の仲間を救いだすまで、この防衛線を死守する。

 後ろを見ることなく、背後を想う。

 負傷者の治療に専念する、若い戦士の姿を幻視する。

 やることはわかりきっている。

 ───死守する。

 

 「《私は月を奉ずる者》」

 

 星々の神秘に干渉する占星術をもって、魔力を観測する魔眼を変調させる。

 月の光が照らすのは、やはり魔力。

 されどこの魔術は通常の観測より視点をずらし、相手の急所を浮き彫りにする。

 

 「ふぅぅッ───!」

 「小人族(パルゥム)、一旦下がれッ!」

 「───助かります」

 

 巨漢の只人戦士の声に応じ、ほんの一瞬、戦列から退く。

 二人の戦士がモンスターの波をなんとか押し止めているのを見ながら、ずだ袋をつけたまま、回復薬(ポーション)を呷る。

 賦活(ふかつ)される心身。体力の回復を感じ取り、直ぐ様前へ。

 やや押し込まれ気味(ぎみ)の戦列に加わり、湾刀を一閃する。

 

 「うおッ!? もういいのかっ!?」

 「無理すんなっ、俺達だけでも、まだ……!」

 

 いや厳しいでしょう、という一言は押し留めた。

 気遣いは気遣いとして受け取るべきだ。

 

 「───ぁあああっ!」

 

 数秒拮抗し、そして、押し返す。

 魔術を併用した自分と、二人の戦士、人手も実力も足りていて、さらに団長殿の能力向上(バフ)があるのだから、負ける道理はない。

 短槍が振るわれ、長剣が唸り、それらを上回る勢いで湾刀が殺戮を行う。

 

 

 かくして、ありふれた戦場は終息した。

 そして、当然の結末に至った。

 

 「……血が、足りないな」

 

 そう告げるのは、無表情の団長だ。

 彼が救い出した女の戦士は、見るからに致命傷を負っていた。

 Lv.1の戦士がキラーアントに囲まれれば、こうなる。

 当然の結果だった。

 全身をずたずたにされ、右腕を切断されていた。

 いくら外傷のほとんどを高等回復薬(ハイ・ポーション)で治癒したとしても、失われた血液は補えない。

 

 「サレン……!」

 「そんな……!」

 

 二人の戦士がうめいた。

 治療の施された仲間の側に(ひざまず)き、嗚咽を漏らす。

 癒しの(すべ)を持たないフリューも、顔を(うつむ)かせていた。

 

 そして、第二級(Lv.3)にまで登り詰めた冒険者は。

 

 「じゃあ、やれ、ヒュアキントス」

 「はいっ……!」

 

 淡々と、それを口にした。

 

 今の今まで裏方に回されていた少年が、女戦士の側に跪き、その体に手を重ねる。

 全員の視線を集め、しかし、怖気つくことはない。

 ───アポロンさま。

 強く目を瞑り、彼の太陽を思い浮かべ、嘆願した。

 

 「《(あまね)くを照らす太陽よ、暖かなる木漏れ日にて、我等の傷をお包みください》……っ!」

 

 それは、敬虔なる神の使徒の〝奇跡〟だった。

 かつては天上におわした、今は地上に在る神々への直接嘆願。

 古代、魔法行使者が少数であった時代に、神に仕える者が行使していた、魂削る御業。

 ヒュアキントスが行使するのは《癒し》。

 肉体を回復させ、流れ出でた血液すら補完する奇跡。

 溢れ出でる陽光が、瀕死の戦士を包み込む。

 

 そうして。

 全身を汗まみれにしたヒュアキントスが、ぜえぜえと荒い息を吐いた頃。

 死にかけていた女戦士は、うっすらと瞳を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 後日。

 

 「まあ、よくある事だよ」

 「よくあること」

 「うん、よくある事」

 

 あっけらかんと口にする団長に、そうなのかと納得するフリュー、まともなのは僕だけかと戦慄するヒュアキントス。

 あの日、いつものように本拠に帰還した彼等は、数日後となる今日、(くだん)のパーティと会話をした。

 

 曰く、貴方(がた)は命の恩人だと。

 曰く、死にかけた女戦士が【ランクアップ】したと。

 曰く、困ったことがあったら言ってくれ、と。

 

 結局、ことの始まりは、どこぞのパーティがキラーアントを仕留め損なったことらしい。

 肥大した軍勢に、恐らくその一党は()()()、巨大蟻の群れは固まったまま移動を開始した。

 彼らの一党がそれに遭遇してしまったのは、運が悪かった、としか言いようがない。

 

 「強化種と打ち合ったんだから、そりゃLv.も上がるよね」

 

 群れを率いていたのは、キラーアントの強化種だったらしい。

 身体はもちろんのこと、統率力が強化された個体に、多くのキラーアントが追従し、擬似的かつ大規模な怪物の宴(モンスターパーティ)が発生してしまったのだとか。

 

 そんな強化種の末路は、

 

 「生かしておく理由はない」

 

 らしかった。

 キラーアントの海をかき分け、仲間のために勇気を振り絞った女性戦士を救い出し、太陽の剣にて首魁を討った、ということだ。

 ちょっとしたお話に出来そうですね、というヒュアキントスに、大したことではないと答えるオルフェ。

 いずれギルドから討伐の緊急指令(ミッション)が発令されていただろう災禍に、第二級冒険者が居合わせたのは、多くの下級冒険者にとって幸運に違いなかった。

 

 そして、【アポロン・ファミリア】にとっても幸運だったと、一団を率いる男は語る。

 

 「このご時世、腕があって、仲良くできる【ファミリア】は、多ければ多いほどいい」

 

 

 本来、彼等が活動しているのは『12階層』。

 技量も、装備も充実した一党であると、団長は太鼓判を押した。

 そんな彼等を、強化種というイレギュラーは呑み込もうとして、達成されなかったのだ。

 彼等の技量不足、という話でも───まあ、あると言えばあるのだが。

 それでも、下級冒険者の中では上位に入る者達だ。軍勢と化していなければ、キラーアント風情、彼等の敵ではない。

 そこに、戦士の一人がLv.2に至ったとなれば、その戦力はバカにならない。

 

 迷宮都市、暗黒期。

 闇派閥が台頭し、治安の悪くなる一方な現状、今回の事件は自派閥を守るための一助となったのだと。

 

 「まあ、【アポロン・ファミリア】は闇でもなければがっつり秩序という訳でもなし、ただ自衛してればいいんだから、気楽なものさ」

 

 

 

 これは日常の一幕。

 イベントには至らない、倍速で片付けられた一件。

 異常事態(イレギュラー)が発生し、ある一党が潰え、ある一党が救われたというだけの話。

 魔王を討った勇者にはなれず、与えられたモノは感謝と友誼。

 

 だからこそ。

 迷宮都市最高の楽士、小さな剣豪、未だ未熟な神官戦士、それに悪戯の妖精という、なんともちぐはぐな一党。

 彼等は今日も迷宮へ往く。

 

 

 




フリュー

 妖精の瞳を占星術で運営する魔眼保有者(カラットホルダー)
 臨時収入だ! やったぜ! と思っている。
 今日の分の稼ぎも含めて社にシュゥゥゥーッ、した。
 アポロン様もお手紙を出すらしい。月女神と太陽神が仲良くできるだろうか、と少し不安になっている。


ヒュアキントス

 今回のMVP。というより、彼の見せ場が欲しいがためにこの幕間は作成された。
 勇気ある戦士を救った神官戦士(見習い)にして、敬虔なるアポロンさますこすこの民。
 原作では、団長としての激務に追われたり、オルフェ団長の跡目として不甲斐ない自分への嫌悪感とかで信仰を失ってしまっている、という設定。
 この一件の後、フリューくんちゃんに弟子入りを申し出たが、『湾刀と剣はちょっと違うから……』とすっぱり断られている。悲しみ。

 《奇跡》の師匠はもちろんソラール。ヒュアキントスより文字通り格上の神官戦士の活躍は……けっこう遠い()

 《奇跡》や《魔術》など、本来の原作にはなさそうな代物を多く扱っていますが、雰囲気で楽しんでいただければいいなあ、と思っております。よろしくお願いします。


団長殿

 後衛系団長。歌っ(バフし)()れるイケメン。
 幾度もの遠征で鍛え上げた辣腕を振るい、今回の事件で最高の結果を残した。ヒューッ!
 楽士としては、原作の椿のような立ち位置。つまり迷宮都市最高。オルフェウスだから多少はね?


妖精パック

 愉快な悪戯者。
 自分の存在がかなりの規格外であることをよく理解しており、幹部勢と主以外に姿を晒さない妖精。
 単純な知性では団長を上回る。
 自立型の《妖精術使い》で、自分で燃料作って自分で燃焼する。仲間がひとり増えたようなもの。
 フリューを我が王と呼び、騎士のように、友人のように仕えている……のだが、その姿勢があまりにも平時の悪戯クソ野郎からかけ離れているので、色んな意味で警戒されている。


アポロン様

ア「住所とか知ってる?」
フ「(知ら)ないです」
ア「だよね!!!!!」

 という訳で(彼にとっては都合よく)、彼の知り合いの運び屋に手紙を運搬させた。
 さてどうなることやら、と神妙な顔をしている。



 書いてて楽しかった(小並感)。
 やっぱ……みんなが活躍してるのは……最高やな!
 私はワールドトリガーとゴブリンスレイヤーが大好きです(隙自語)。

 誤字脱字などありましたらご一報くださいませい!


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mp.7『邂逅/栗鼠と蛇と医神』

 Lostbelt No.■■ 極東原典書架(新宿紀伊国屋書店) をさ迷っていたので初投稿です。
 頭の中でイリアスとオデュッセイアがぐるぐるして気持ちがいい!
 ホメロスはいいぞ(征服王並の感想)。

 ロラン(ローラン)の歌を読むので失踪します。


ノノノーン様、佐藤東沙様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
so-tak様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。


 アルテリオス計算式を採用してたりしてなかったりするゲームのRTA、はぁじまーるよー。

 

 

 さて、前回ショタキントスがパーティに加わりましたが、それで特に何か起こることもなく。強いて言うならバックパック持ちが増えたので稼ぎが良くなり、戦闘に費やせる時間が増えました。いいぞーこれ。

 というわけで、イベントまで倍速していきます。

 

 この間に、フリューガーくんの育成方針について、お話しします。

 育成方針といっても、このゲームはパワプロくんやMMO系のような、ポイント単位での緻密な調整を可能とする代物ではないので、そちらを嗜まれている方にとってはかなりざっくりしたものになります。

 また、一秒でも早く大天使ロリアイズちゃんのご尊顔を拝みたいという方は、下記の時間に飛んで、どうぞ。

 

 なお、ただいま右枠おっぴろげて神妙に倍速させている見所さん薄めの日常パートですが、ご希望の方がいらっしゃるなら後日単体で投稿しようと思っております。公開希望の方はこの動画にコメントを残していただきますようお願いいたします。

 

 では、始めていきます。

 

 RTAにあたり重要となるのは、いかに早くDランク以上の能力値(アビリティ)を作るかです。

 改めて説明しますが、ランクアップに必要となるのは『偉業の達成』と『基礎アビリティのどれかがD評価に達する』ことです。

 前者に関しては、プレイヤーの操作技術や装備、特記事項による短縮が見込めます。このRTA、時間の大半を基礎アビリティの育成に費やすので、低アビリティでの偉業達成はタイムにかなり影響します。

 これに対し、後者はチャートによる短縮が主になります。いかに効率よく経験値(エクセリア)を獲得するか、特定のアビリティに経験値を集中させるかが重要となります。

 

 ここで、戦闘による経験値の獲得処理を説明します。

 イベントの達成による経験値獲得もありますが、通常の戦闘では『モンスターの脅威度』、『使用武器』、そして『戦績』の三要素によって総量と配分が決定されます。それぞれ手短に説明します。

 

 まず、『モンスターの脅威度』によって、経験値の総量が決まります。脅威度というのは怪物の強さとキャラクターの強さの差による指標です。これが高いモンスターを殺すことで多くの経験値を得ることができます。

 例を挙げると、Lv.1でゴブリンを倒した時とLv.5でミノタウロスを倒した時では前者の方が多くの経験値を得られます。逆にLv.1でミノタウロスを倒せば、Lv.6でゴライアスを単騎討伐するより多くの経験値を貰えるんですね。

 

 獲得した経験値は、『使用した武器』に応じて基礎アビリティに割り振られます。力、耐久、敏捷、器用、魔力の五つですね。

 基本的に、近接武器は力と耐久、遠距離武器は敏捷と器用、魔法は魔力が伸びやすいです。そこから重量やリーチ、手数、要求される精密動作などで配分が定まります。

 このゲームで用意されている武器は多様ですので、ここでは特徴的な武器のみ紹介させていただきます。

 まずは【長剣】。その辺の冒険者が持ってるあれです。斬ってよし、刺してよし、殴ってよしの万能武器。最もバランス良くアビリティを成長させられる近接武器です。これを握ってぶんぶんしてれば、魔力以外を満遍なく鍛えられます。

 逆に、経験値の大半が魔力に行くのが【魔法】です。このゲームでは【魔法】も武器の一種になってます。生物を殺せるものはなんでも武器だからね、仕方ないね。

 遠距離武器は大概、器用が育ちやすく、耐久が伸びづらいのですが、【短筒】は例外です。特に大型のものは反動が大きく重量があるので耐久も伸びてくれます。なお装填時間と弾の値段からして迷宮探索には不向きな模様。都会での冒険(シティアド)で運用しましょう。

 

 そして最後の『戦績』ですが、武器種ごとに定められた〝綺麗な勝ち方〟に沿った戦い方をすると、総量に追加が入ります。いわゆるボーナス点ですね。

 大剣であれば、斬撃攻撃で一撃必殺したり、複数体を纏めて始末。

 槍であれば、急所に的確な刺突攻撃、もしくは投擲。

 短刀であれば、先手を取り、超至近距離で止めを刺す。

 ……といった、武器の特徴を生かした戦い方をすると、経験値が増えます。

 

 この三要素と【スキル】と『特記事項』を利用して、特定のアビリティに経験値を集中させ、早期にD評価のアビリティを得るのが、多くのダンまちRTAで課題となっているんですね。

 

 

 これらを踏まえた上で、フリューガーくんの育成方針をお話しします。

 

 今回特化させるアビリティは、【器用】です。

 そして、それに次ぐ形で【魔力】も育てます。

 理想は、器用がD、魔力がF、他のアビリティがHという状態でのランクアップです。

 なぜ器用かというと、小人族のショタorロリボディでは力を鍛えても効果が薄く、同じ理由で敏捷も除外。耐久は論外として、魔力を選ばなかったのはエルフや狐人(ルナール)のような魔法種族ではなく、燃料の都合上、単独での長期探索が難しくなるからです。

 何より器用特化のチャートは【一意専心(コンセントレイト)】との相性がとてもいいのです。

 以前、【一意専心】はRTA御用達と言いましたが、その理由のひとつが技能:超集中(コンセントレイト)による器用熟達です。

 【英雄願望(アルゴノゥト)】のチャージ攻撃と違い、超集中である【一意専心】は経験値が器用に集中します。獲得経験値こそ【英雄願望】には劣りますが、最終的な器用値の伸びは【一意専心】に軍配が上がるほどです。

 

 

 ───イベントが始まるので、一旦説明を中断します。

 

 現在ダンジョン第7階層、連絡路の近辺です。つまりは幼アイズちゃんがキラーアントを相手に無双するイベントですね。

 このイベントでは、キラーアントの群れを相手に耐久戦をします。一定時間経過か、もしくは一定数殺せばイベント達成です。

 ここでどちらを選択するかは、フリューくんがどれくらい育っているか、一党(パーティ)の人員が優秀か否かで決めるのですが、今回はオルフェ団長とかいうLv.3がいるので、迷わず後者を選択します。

 ここで戦うこととなるキラーアントの配置は固定なので、動きを固定化しやすいです。一党(パーティ)の動きをコントロールしつつ、効率よく始末していきましょう。

 

 せっかくなので、ここでフリューくんの得物である【湾刀】について説明をば。

 【湾刀】は近接武器の中でもピーキーな性能をしています。【長剣】と比べると分かりやすいのですが、『力』と『耐久』の伸びが近接武器中一、二を争うレベルで劣悪で、代わりに『器用』の伸びが高いです。

 そしてこの武器ですが、なーぜーか、ジャストガード、あるいはパリィと呼ばれる判定が他の近接武器と比べてくっそ厳しいです。もう本当に厳しくて腹が立ちます(?)。

 おそらく【湾刀】の〝戦い方〟の大半が『一刀で部位を切断すること』や『的確に攻撃を回避・受け流すこと』など露骨に高難度なのが関係しているのでしょうが……とにかく厳しいです。長時間の集中を必要とするRTAには不向きと言わざるをえません。

 じゃあなんで採用してるんやというと、特記事項が関係しています。

 【重度の実験体】によってもたらされた事項、【資質:侍】のせいですね。

 その職業への適性を高める【資質:〇〇】の特記事項には、該当職業に適した武器を使用した際、その戦闘での経験値を増やす効能があります。

 よって、意図せず【資質:侍】を得たフリューくんの場合、【湾刀】を使用するのが最適解となる訳です。

 

 あぁ^~(疲弊)

 

 ちなみにですが、本来のチャートでは【長槍】を使う予定でした。【湾刀】ほどではありませんが器用が伸びやすく扱いやすく、〝戦い方〟も先ほど言及したように急所狙い(RTA向き)で、何より武器としての性能が素晴らしいです。

 あまり気張らなくても高い威力と範囲でモンスターを狩れる優秀武器をすこれ(迫真)。

 小人族戦士男で【長槍】を採用したフィン団長の判断は全く素晴らしいと思います。

 

 ───画面では一定数の討伐が終わり、アイズとガレスが参戦してきました。

 実質戦闘終了です。大人しくアイズの暴れっぷりを眺めてましょう。下手に参加して目立つのも嫌ですし。

 周りの冒険者が迷宮無双をやらかしてるアイズにドン引きしてるのを尻目に、撤収します。

 

 さて、それでは次のイベントまで倍速しながら説明の続きを───なんで等速にする必要があるんですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、あのっ!」

 

 去り際。

 貴方の背中に、少女らしい声がかけられる。

 

 「助けてくれて、ありがとうございました……!」

 

 貴方は振り返ってもいいし、無視してもいい。

 

 

 →【無視する】

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見知らぬ栗毛のロリっ子よ、これもタァイムのため、卑怯とは言うまいな……(無視)。

 今のような会話は往々にして発生します。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。通常プレイであれば応じるのもやぶさかではありませんが、いやむしろ積極的に絡みにイきますが、今回はRTAなのでフヨウラ!

 

 それでは、説明の続きです。といってもそう長くはならないのですが。

 結局のところ、やることは単純で、【一意専心】キメて首を刎ねます。これをひたすらに繰り返します。

 フリューくんの素質にもよりますが、この方法ならほぼ間違いなく半年で器用がDに到達します。

 

 そして、それと並行して魔力も育成します。

 魔力は原則【魔法・魔術】の使用により経験値を得られます。ですが、【魔法】を使う、これが中々に難しいです。

 原作でリリスケが言及していたように、【魔法】には詠唱と精神力(マインド)が必要であり、精神回復薬(マジポ)が高価なこともあって、そうばんばんぶっぱできる代物ではないのです。

 それでも、魔力を上げるには【魔法】を使うしかありません。

 では、どうするか。その答えは、原作・外伝のそれぞれの主人公が示してくれています。

 つまり、『速攻魔法』と『付与魔法(エンチャント)』です。

 

 ベルくんの【ファイアボルト】。

 お馴染みのぶっ壊れ速攻魔法ですが、こちらを例にあげた理由はほぼリリスケの主張と同じです。

 圧倒的な使用回数、他の追随を許さない取り回しのよさ。

 さっさと強くなりたいという願いのもとに生まれたこの【魔法】は、魔力を伸ばす手段として最適解のひとつです。

 

 アイズの【エアリエル】。

 こちらもお馴染みのぶっ壊れ付与魔法ですね。

 この系統の魔法は、詠唱完了後、精神力を消費し続けることで半永久的に魔法を起動していられます。

 魔力を育てるのに適した特性だってはっきりわかんだね。

 

 纏めますと、『気軽に使えて』『起動し続けられる』魔法・魔術が、魔力育成に適したものとなります。

 私はこれを、【妖精使役の魔法】と【超短文詠唱で扱える占星術】で達成するチャートを組みました。

 結果的に【魔法】は【妖精招来】となってしまいましたが、特に問題なく完走出来ました。……が、招来ですとオリチャーが必要になったりならなかったりするので注意が必要です。なんなら招来引いたらリセットしてもいいかもしれません。それくらいガバのもとになります。

 パック君お前もう本当に許さねえからなぁ?(後付け実況特有の未来視による暴言)

 まあ見所さんも増えたしヨシ!(よくはない)

 

 

 ちなみにですが。

 魔法種族(マジックユーザー)限定RTAで幸運×魔力特化プレイをしたい場合、おすすめの職業は『人形使い』です。というより私がそれで走りました。

 このチャートの何がいいかって、完走後に同じデータでフェルズさんを攻略できるんですよね。

 フェルズさんを攻略できるんです。大事なことなので二回言いました。

 具体的には、秩序側かつ特定の【ファミリア】で実力と信頼を得ると、ウラノス様から死んで骨だけフェルズさんに人形の身体を与える依頼をされるんですね。

 これに成功しますと、フェルズさんとウラノス様、そして異端児(ゼノス)からかなりの信頼を得ることが出来ます。異端児関連のルートを進む場合、かなり楽になるかと思います。

 何より、数百年ぶりの身体の感覚に戸惑うフェルズさんがあぁ^~たまらねぇぜ。あの人の赤面スチルだけでご飯三杯いけます私。

 

 

 ───あらかた話し終えたところで、イベントの時間がやって参りました。

 

 時間帯は夜。迷宮帰りに路地裏を移動中、道の隅っこに幼女がいるのを察知しました。

 彼女の名前は『ネサレテ・ジャミール』。家名から大体察したかと思いますが、あいつの妹です。

 この子とのイベントを達成するかしないかで、あいつが蛙になるか否かが決定されます。というより、このイベント以前からチャンスはあるのですが、そのイベントに関わるには相応のLv.と立場、コネが必要になるので、フリューくんには不可能です。

 よって、フリューくんがこの子とその姉の境遇決定に関われるのはここが最初にして最後の機会となります。

 

 肝心のイベントの内容ですが、迷子の子供をただ送り届けるだけです。

 はい。くっそ楽です。

 楽なのですが、届け先が都市のどこにいるかはランダムなので、なんの()てもなしに歩いてると時間を取られます。なので、【占星術】でぱぱっとサーチして終わらせとうございます。

 こういったお使いクエストを速攻で終わらせられるのも【占星術】の魅力のひとつですね。なんならこれが本業まであります。いや本業なんですけど。

 

 ───目的地に到着しました。今回は神塔(バベル)前の広場でしたね。【女体恐怖症】なフリューくんを娼婦街に(とつ)らせるはめにならなくてよかったです。

 目的地で待っているキャラクターはランダムなのですが、今回待っていたのは、ネサレテちゃんの姉でした。このキャラクターが人のシルエットをしていることに驚いた視聴者様もいらっしゃるのではないでしょうか。私は初見のとき噴き出しました。きたない。

 ここで出会うキャラクターによっては、この時点でネサレテちゃんの『職業』を看破できるのですが……今回は無理っぽいですね。

 

 おお、姉が妹の頬をつねってます。彼女の言い分を要約しますと、『勝手に迷子になるんじゃないよォ!』とのこと。これに関してはそちら側の監督不行き届きだと思うんですけど……。

 一通り説教を終えたネサレテちゃんの姉がこちらに向き直り、話しかけてきます。

 これによって、アイズとのワイヴァーンイベントで、ネサレテちゃんが助力に来てくれることが確定しました。

 こんな幼女で大丈夫かって? むしろこのゲームにおける一番いいの候補です。通常プレイでもRTAでも頼り頼られて差し上げろ。

 

 

 さてさて、これでアイズとのイベントの前にやることは全て終わりました。

 後はその日までひたすらに経験値を稼ぎます。当然のごとく倍速です。

 同じような日々を送るだけですので、イベントも何も起こらんでしょう(慢心)。

 

 それでは、フリューくんが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、今回はここまでにしとうございます。ご視聴ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───は?????

 

 

 

 




栗毛のロリっ子

走者「え? あの子リリに似てないかって? ナイナイ、6歳のリリが単独で第7階層に来れるわけないじゃーん! 仮にいたとしてもこの時期だと神酒(ソーマ)であっぱらぱーになってるはずだからまぁ別人でしょ! HAHAHA!」

 どうしてもこの子に出番を与えたいがために元々のプロットに手を加えた結果投稿が遅れました。許してくださいなんでもしますから。


フェルズさん

 この小説では女性という設定です。原作で男性認定されてたら……ナオキです()。


ネサレテちゃん

 拙作のヒーロー枠一人目。
 原作キャラの血縁という意味で取扱注意な人物。やや筋肉質な姉のことが大好きなロリっ子。
 人の上に立つ才能があり、『職業』も人を従える系統の中から選ばれている。
 今後かーなーり出番のあるキャラクター。
 フリュー? あいつはヒロインだから。


アポロン

 タケ様とツクヨミ様から手紙をもらった。この間に一悶着ありましたが割愛させてもらいます。
 フリューの面倒を見てる団長の通常業務の六割ほどを受け持って疲労が溜まっていたところに、フリューの悲惨な情報が増えて、深酒して、吐いた。
 TS? な に そ れ。一刻も早く精査しなきゃ(使命感)。加えて栄養失調+心も病んでる?
 息子呼ぼう。呼んだ。そういうことになった。
 診療所兼フリューと二人で住む住居を用立てた結果、本拠にこしらえられるはずだったアポロン像の数が減った。団員達からは喜ばれた。解せぬ。

 参考資料としてイリアスを購入しました。読めば読むほどにダンまち原作でヘクトールが団長じゃなかった理由がわからなくなる。流石に九偉人モチーフのキャラに格上殺し(ジャイアントキリング)かますのはマズかったのだろうか。そう考えるとヒュアキントスを起用したのは神の一手ですね……


アスクレピオス

 高名な医神にしてアポロンの子。リリをお話に絡める過程で巻き込まれた神物。
 原作で登場していないのをいいことに起用された。今のところ眷属はいない。
 めっちゃ嫌いな父の懇願に折れた。別にお前の言うことを聞いたんじゃないぞ、患者のためだからな!
 既にリリと面識がある。私がガバを作りました(生産者表示)


 誤字脱字などありましたらご一報くださいませ。よろしくお願いします。


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幕間『ある夜、雨の中』

 金髪幼女に出会ったので初投稿です。

※アスクレピオスに関するお話を入れ忘れるという大ポカをやらかしていたので修正ついでに挙げ直しました。ご迷惑をおかけします。許してください何でもしますから。
 一時非公開にしていたのもそのためです。重ねて申し訳ございません。


七號様、kuzuchi様、ノノノーン様、佐藤東沙様、丈鳥置名様、今すごい左足の甲がかゆいわ様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。




 「……やはり、変わらんか」

 

 と。

 輝ける光明の神は、能面のような顔で呟いた。

 愛する子供達に向ける微笑は消え、代わりに机上のワイン瓶が本数を増やしている。

 

 「アポロン様……」

 

 気遣うような派閥団長(オルフェ)の言葉が、暗い部屋に溶けていく。

 夜だった。

 迷宮都市に住まう大半の冒険者が寝台に潜り、明日の英気を養う時間帯である。

 朝昼晩常に『楽団』の音楽鍛練が響く【アポロン・ファミリア】もその例にもれないが、ただ一ヶ所のみ、例外があった。

 本拠(ホーム)最上階、『神室』。

 主神アポロンのための部屋に、三人の男がいた。

 部屋の主にしてこの集会の発起(しん)であるアポロン。

 主命を承る第一の鏃なる派閥団長。

 そして、派閥内でもっとも熟練のエルフ。

 派閥運営に深く関わるスリートップが、わざわざ深夜に顔を合わせて覗き込んでいるのは、ある団員の【ステイタス】だった。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────

 

 

 

 

フリューガー・グッドフェロー

 

Lv.1

力:I 51→52

耐久:I 12

器用:E 475→498

敏捷:I 89→92

魔力:S 999

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 やおら立ち上がったオルフェが、部屋を弱々しく照らすろうそくに【ステイタス】の記された羊皮紙をくべる。

 別段、おかしな行動ではない。

 【ステイタス】の内容は同派閥であっても他人に知られるべきではなく、情報は速やかに抹消されるべきだ。

 ただ、今回に限っては、情報の抹消はもちろんだが、もう視たくない、そんな男達の無言の願望も背を押していた。

 羊皮紙がすっかり灰になったのを見届けて、三人の男は深くため息をついた。

 

 「……エルフかな?」

 「王族妖精(ハイエルフ)の類いでしょうこれは」

 「───」

 

 疲れたように口にするオルフェの言葉に、年かさのエルフがおどけるように言い、目の据わったアポロンが閉口する。

 彼等の胃を脅かす点は、二つあった。

 ひとつは、この更新は前回から一月の間隔を空けて行われたものだということ。

 もうひとつは、その前回の更新以前から、魔力の値は変わっていない、ということだ。

 

 この【ステイタス】を余人が見て、はたして何人がこの【ステイタス】の持ち主を〝小人族の湾刀使い〟と判別できるだろうか。

 前衛型の冒険者として貧弱極まる【力】と【耐久】。それらよりはマシだがやはり低い【敏捷】。小人族(パルゥム)という種族が本来得意とする【器用】にしても、【一意専心(スキル)】の過剰使用によるものなのだから、本来は【敏捷】と同程度と見るのが妥当だろう。

 ならばと【魔力】に目を向ければ、今度はあまりに高すぎる。999である。【魔力】におけるSランク自体、もっとも有名な魔法種族であるエルフですら中々お目にかかれない、真に魔力に親しい者にのみ許された領域なのだ。諸能力の才気に乏しいとされる小人族が到達できる等級ではない。

 

 何より恐ろしいのは───この【ステイタス】が、半年の間ひたむきに迷宮探索を続けた小人族の冒険者のものだ、ということだった。

 魔力に目を瞑れば『駆け出しの戦士』と、魔力だけを見たなら『極めて才能に恵まれた魔法種族の魔導士』と表現するのが相応しい【ステイタス】が、だ。

 

 「……露骨だな。胸くそ悪い。予め〝用途〟について知っておいてよかったと安堵する団長(じぶん)と、やはり知りたくなかったと思う一冒険者(じぶん)がいるよ」

 

 それが、口にするのも(はばか)られる実験の成果である、ということを、彼等は知っている。

 以前、彼女の故郷から送られた密書。

 その内容は信じがたい代物であったが、この【ステイタス】を見れば納得せざるを得ない。

 何故【魔力】だけが異様に高く、他が異様に低いのか。───当然の帰結なのだ。その方が都合がいいというだけ。

 

 「【恩恵(ファルナ)】とは器の限界にたどり着くための(きざはし)なれば。これが、『フリューガー・グッドフェロー』という()()()()()()()()()()()()()()()()()()の到達点なのでしょう」

 

 それは、【恩恵】に(もう)けられた数少ない〝限界〟のひとつ。

 下界の子に無限の岐路を与え、あらゆる可能性を芽吹かせる効能は、なるほど【神の力】に相応しいが、それでも、限界はある。

 例えば、基礎アビリティの限界値(カウンターストップ)は999、Sランクである。

 例えば、ランクアップ時に獲得できる発展アビリティは、一つのみである。

 例えば、【魔法】のスロットは三つである。

 ───例えば、その〝器〟を超えた成長は出来ない。

 エルフの剛力無双がいないように、ドワーフの賢者がいないように。

 その種族、その人物(うつわ)に定まった限界を超えて、能力値を上げることは叶わない。

 どれだけ鍛練を重ねても、エルフであるなら【力】は伸びず、ドワーフの【魔力】は限界値より前で止まる。

 

 「……惜しいなぁ。僕はまあ、元々剣の才能はからっきしだったから、すっぱり諦められたけど。彼女は剣に愛されているのに、【恩恵】には愛されなかった。いや、奪われたのか」

 

 【アポロン・ファミリア】団長にして迷宮都市唯一の最高位楽士(マスターバード)、オルフェ・リュラーは深くため息をついた。

 もう、十年以上昔のことだ。

 迷宮都市(オラリオ)に生まれ、当たり前のように英雄に憧れ、楽士の親に反発して、剣の腕を鍛えて、才能の壁に打ちのめされた。

 【力】も【耐久】もGから上にいかなかった、『凡才未満』。著しく欠けた前衛適性に絶望し、一時は自刃さえ考えた。

 そんな自分が、いまや世界で五指に入る最高位楽士(マスターバード)となったのは、ひとえに主神(アポロン)の言葉と、両親の献身の賜物である、とオルフェは確信している。

 

 「……さて」

 

 と、年かさのエルフは口にした。

 

 「私はですね、アポロン様のご意見に賛成です。突出した魔力(アビリティ)がなかったなら、素直に『楽団』に移ってもらう所ですが、カンストしてる能力があるなら話は別です。

 むしろ……この【ステイタス】で上層最奥の第十二階層を探索出来るのなら、さっさと【ランクアップ】させてしまう方がいい」

 「───リカルドさん」

 「もちろん、彼女は年少で、新人です。ファミリア内で多少の不満も出ましょう。が、それ以上にこの子には価値がある。と、私は愚考致します」

 

 

 はたして、ファミリアの重鎮が話し合っていたのは、Lv.1の新米冒険者を『遠征』に連れていくか否か、だった。

 

 

 ことの発端は、無論、『遠征』の決定である。

 探索系派閥に定期的に与えられるこの課題に対し、【アポロン・ファミリア】は普段通りに準備を整え、いつもと同じように、これを達成するつもりだった。

 パーティメンバーに幹部が名を連ね、派閥内で腕利きの冒険者が加わり、【ランクアップ】間近な者か、将来有望な者をサポーターとして末尾に添える、その過程で、オルフェは口にしたのだ。

 『遠征中は、フリューくんの面倒を見てあげられないな』、と。

 それはそうだろう、となった。分身魔法なんて修得していないし、仮に持ってたとしても使わないだろうと、本人も思った。『遠征』に際し、余分な部分に力を割く訳にはいかない。

 だが、そこで、アポロンが口にしたのだ。

 

 ───『ならば、彼を遠征に同行させるのはどうだろう』。

 

 真っ先にオルフェが反対し、ほぼ同時に小人族魔術師(トランベリオ)が賛成を示した。

 他の面々───Lv.2の団員達は判断に迷ったが、団長と並ぶ第二級冒険者のソラールが賛成に入ると、彼等もそちらについた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 たとえ派閥加入から半年の新米だろうと、齢十三の子供だろうと、フリューは間違いなく将来有望な冒険者であり、そのことに疑いの余地はなかった。

 そして、副団長のエルフ(リカルド)がこの案件を一旦保留とし、今に至る。

 

 「僕は、やはり、反対です」

 

 冷静に、オルフェは口にした。

 静かで、力強い言葉だった。

 それは派閥団長としての判断であり、短くない時間を共有した子供への親愛の証でもあった。

 

 「アポロン様のご意見も理解できますが……やはり、早すぎる。せめて、あと半年は待つべきだと考えます」

 「もっともな意見だ。私も───そもそもの発端ではあるが───あるいは、お前と同じ意見だったと思う」

 

 だが、と輝ける光明の神は続け、しばらく沈黙し、やがて語った。

 

 「【死相】が、見える」

 「───」

 「そして、それは彼女自身の手で打ち払わねばならぬ、とも感じる」

 「……」

 「あとどれ程の時間が残されているのかわからない。明日かもしれないし、一年後、十年後の話かもしれない。だが確実に、彼女は〝冒険〟に飲み込まれる。そう感じる。なので、強引に割り込ませてもらった。トランベリオは知らないが……ソラールには、薄々察せられてるかもしれないな。

 ───基礎アビリティを育てられないなら、【ランクアップ】させるしかない。時間がない、かもしれない。私が与えられるのは【恩恵】のみ、力のみ。だから力を与えたい。困難を越え、蕾から花を咲かせるその時まで、生きられるように」

 

 だから、どうか、と。

 アポロンは、自身の眷属に()()()()()

 どうか彼女に機会を与えて欲しい、と。

 ファミリアの主神が頭を下げる、という行為に込められた意味を知らぬ二人ではない。

 年かさのエルフ、リカルドは静かに瞑目し、派閥団長のオルフェはその場に(ひざまず)いた。

 主神が下げた頭より更に下へと身を屈め、(こうべ)を垂れる。

 

 「神命に従います、我が主神」

 「まあ、なんとかしてみましょう。アラフィフの本気を見せますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 「太陽死ね」

 「……」

 

 そう、目の前の男神様は悪態をついたのだ。

 ───勘違いしないでほしい。彼は常日頃からこんなに口が悪いのでは……いや、その、悪いけれど、私の顔を見るなり悪態を口ずさむような人ではないのだ。今は気が立っているだけ。

 そう、彼が不機嫌と化している原因の一端は私にあるのだ。

 

 「……私は悲しいです、アスクレピオス様。明日には『遠征』へ赴くというのに、貴方は結局不機嫌なままなのですね」

 「当然だ馬鹿者。何が悲しくて要観察患者がダンジョンとかいう危険地帯にぶちこまれるのを喜ばなければならん」

 

 ……いや、彼の心情はわかる。

 仲の悪いらしいアポロン様に呼び出されて、患者を押し付けられたと思ったら、そいつは『遠征』にお呼ばれされやがったのだから、憤懣(ふんまん)()る方無いのも、理解できる。

 けれど。けれど、だ。

 

 「これは、もう一月も前に決まっていたことなんですから。いい加減、機嫌を直してほしい、というのが患者の意見です」

 「やだ。絶対やだ」

 

 つーん、と口を細めて言い捨てる様は、少年のようだった。

 いや、姿()()()()()()()()()()()()。それも美形の。腰を通り越して(くるぶし)にまで達するふんわりとした白髪と、そこからぴょこりと顔を出している蛇、寝不足から来る深い隈が特徴的な、10代の少年。

 そんな美少年が凄まじい顔をしているのだから、見た目のインパクトが凄まじい。

 

 「いいからさっさと食え。明日は早いのだろう」

 

 そう口にして、彼は足早にリビングを去っていってしまった。

 目の前に用意されているのは、夜ご飯だ。

 なにせ今は夜なので、夜ご飯を食べるのである。

 正確には、食べさせられているのだが。

 

 「……残すなよ」

 「わかってます、わかってますよ……」

 

 半開きの扉から顔を出してきたアスクレピオス様に、げんなりとした口調で返答する。もはや抵抗の意思は残っていない。

 だって、少しでも残したら、素手で拘束されて口にねじ込まれるのだ。こちらは冒険者で、あちらは神様なのに、取っ組み合いになったらこちらが負けるのだから、神様というのはよくわからない。

 もちろん、タケミカヅチ様にぶっ倒されるのならわかるが、アスクレピオス様は医神だ。医神が冒険者をぶっ倒すのは今でも理解しがたい。

 目の据わった美少年にはっ倒されて、ひたすらに食材を詰め込まれた日、私は初めて実験体時代のではない悪夢を見た。

 先生直伝のパンクラチオンとやらの力らしいが、ともかく私のトラウマがひとつ増えたということだ。

 

 「……多い」

 

 改めてその惨状を知覚して、士気が下がる。

 子供体型の人が使いやすいよう設計された机に整然と並べられた、栄養バランスのとれた料理。これらは全て、アスクレピオス様が手ずからお作りになったものだ。

 曰く、『お前ガリガリだから取り敢えず肥えさせるぞ』。

 そして『僕の料理以外口にするなよ。栄養バランスが崩れるからな』。

 初対面でそんな暴言を公言された時はどうなるかと思ったけれど、いざ振る舞われるのがこれなのだから、なんとも言えない気分になる。

 実際、味はおいしい。食材もワンパターンではなく、旬のものをほどよく取り入れ、彩りも素晴らしく、しかし基本は外さないという、見事な手際だ。

 だから、余計に、困るのだけれど。

 

 「……うう。成長、したくないのに」

 

 これ以上胸が大きくなったら、女性らしい体つきになってしまったら、本格的に私は私の身体を直視できなくなる。

 それが嫌だったから、本拠(ホーム)にいた頃はわざと少食にしていたのに、ここ───『クスシヘビの診療所』で生活するようになってから、一変してしまった。

 いっぱい食べさせられて、見る見るうちに、変わってしまった。

 だって、()()()()()()()()

 以前までは、(あばら)が浮き出ていたから、まだゴツゴツしていたのに、もはやその面影はなくなってしまっている。おしりも、お(なか)も、頬もぷるぷるしていて、ぷにぷにしていて、これじゃあ本当に『女児』だ。

 アスクレピオス様は『骨格的にこれ以上胸が豊満になることはないから安心しろ。確実に貧乳だ』とおっしゃっていたから、それを信じているけれど。体つきが正常になるとアポロン様が喜ぶから、容認したけれど。

 不安なものは、不安だ。

 

 「なんなら、髪もさらさらにされたし……手触りいいし……うあうあう……」

 

 なるほどそのふわふわな髪はこうして維持してるんですね、なんて納得したくなかった。

 長髪の男性もいる、と無理やり自分を丸め込もうと努力しているけれど、やはり、キツイ。

 今、鏡を見てしまったら、どうなるのだろう。そんな不安に駆られてしまう。

 

 「……」

 

 そこまで思考が回って、ようやく気づいた。

 独り言が多い。

 

 「……緊張、してる、のかな」

 

 『遠征』への同行。

 見たことのない階層の探索。

 サポーターとしての同行だけれど、今までの探索とは危険度が違う。

 木偶の坊ばかりの上層の怪物とは比べ物にならない脅威が溢れかえっている。

 命の危険が、ある。

 

 

 『───体調はどう? 緊張してる?』

 

 

 不意に、脳裏に言葉がよみがえった。

 忘れるはずがない。

 初めての探索で、団長がかけてくださった言葉。

 あの時と同じように、自分はこくりと首肯する。

 ……ああ、けれど。

 あの日のことはよく覚えているから、次の言葉もわかってしまう。

 

 

 『───怖い?』

 

 

 怖いか。

 そう、あの人は私に問うたのだ。

 

 「……怖がるはずが、ありません」

 

 あの日には言えなかった言葉。

 けれど、心境はあの時と同じ。

 下級冒険者の私にとって、『中層』は死地だ。

 団長達、【ファミリア】の先達に守られなければ、いつ死んでもおかしくない場所。

 

 「怖がるはずが、ないのです」

 

 だって、ほら。

 私、()()()()()()()()()───。

 

 

 「フリュー」

 「───ッッ」

 

 心臓が跳ねた。

 アスクレピオス様がいた。

 彼は、眉間にしわを寄せたまま、けれど丁寧に視線を私に向けた。

 

 「全部、食べたんだな」

 「……ぁ」

 「偉いぞ。医者の言うことを聞く患者は好ましい」

 

 いつのまにか空になっていた食器に、呆然としてしまう。

 時計の針が随分と動いていたので、食べ始めてから軽く一時間は経っていたらしかった。

 私がぐずぐずしている間にアスクレピオス様は食器を洗面所に持っていってしまって、また足早に去っていった。

 ……よかった、と安堵を零す。

 アスクレピオス様はいい神様だから、あんな顔は、見られたくなかった。

 もちろん、アポロン様にも、タケミカヅチ様にも、ツクヨミ様にも、あんな顔は見られたくない。

 

 この身体に成り果てた私が、唯一笑える時、私はひどく親不孝なことを考えているのだから。

 

 

 

 「───ん」

 

 それを見かけたのは、全くの偶然だった。

 大通りにさえ人のいない深夜。

 窓から大通りを眺めていた時に、それは現れた。

 降りしきる雨の中を駆けていく、金の流星。

 どこかで見たことがあるような気がした。

 気がしたという程度だから、少なくとも同じファミリアの仲間ではなくて、きっと迷宮ですれ違った程度だと思う。

 そんな、全く関係がないといっても差し支えないような女の子のことが、気になった。

 深夜だ。雨の降る夜だ。

 それで、剣を携えて、バベルの方向に向かって───いいや直截に言おう、ダンジョンに向かっているのは、明らかに、常識的ではなかった。

 何より、彼女の姿を見た途端、胸が震えたのだ。

 逃してはならない、と。

 彼女の行く所に、お前の求めるものがあるぞ、そう、自分自身に告げられたように思えた。

 

 装備を身につけて、窓から身を乗り出す。玄関から抜け出そうという下手は打たない。なにせバレたら何をされるかわかったものではないのだ。

 ……一瞬。

 ほんの一瞬、変わり者の医神様に、何か言葉を遺すべきかを考えた。

 真に求めるモノがあったのなら、彼とは今生の別れになるから。

 けれど、そんな時間はないし、引き留められでもしたら事だと思った。

 この身体に成り果ててからこちら、これだけのために生きてきたのだから、絶対に邪魔されたくなかった。

 だから、私は、窓から飛び出した。

 

 

 

 

 




フリューガー・グッドフェロー
所属:アボロン・ファミリア
種族:小人族 職業:冒険者・占星術士
到達階層:12階層 武器:湾刀
所持金:1000ヴァリス(収入のほぼ全てを仕送りに費やしている)

States 文中記載につき割愛

魔法
【ディア・オーベイロン】
招来魔法(コール・マジック)
・対象は《縁》を結んだ妖精限定。
詠唱式
『パック』
悪戯妖精(グッドフェロー)悪戯妖精(グッドフェロー)、夜を彷徨う浮かれもの。妖精王に傅かしずく道化。夏の夜空に虚実を唄い、溺れる夢を囁いて】

【】

スキル
半端者(カイネウス・ヴェール)
・《耐久》に高域補正。
・水上歩行可能。
・《水上》条件時全アビリティ超域補正。
・受け入れる程に強化。

一意専心(コンセントレイト)
・超集中。
・行使判定の達成値は精神状態に依存。
・《器用》値によって基準値減少。
・連続発動困難。連続発動時、一定時間理性蒸発。

妖精虹石(グラムサイト)
魔眼保有者(カラットホルダー)
・発展アビリティ《魔眼》獲得。等級は《魔力》に依存。潜在値含む。現在ランク『I』
・《魔力》に成長補正。
・妖精・精霊と親しくなる。

武器
《無銘の湾刀》
・数打ちの名刀。
・7200ヴァリス。性能は高いが、〝湾刀〟という武器の扱いにくさから返品が相次ぎ、安価での購入となった。
・仕送りに多くの金銭を注ぎ込むべく、壊れないよう丁重に扱われた鉄の刃は、今なお購入時の斬れ味を保っている。

《革の帽子》
・名の通り、革の帽子。
・彼女が戦闘で負傷したことはなく、購入してからこちら無用の長物となっているが、彼女は探索の時には欠かさずこれを装備し、整備している。

《太陽のネックレス》
・太陽を模した装飾品。第二等級の逸品。
・炎熱防御、精神防御を備える。




 ◆◆◆


 
 本来、エディットキャラの『器の限界』は基準値からランダムに上下しますが、弄くられたフリューくんちゃんの限界はリリルカ未満です。魔力だけべらぼうに高いところまで含めて品種改良の結果です。ヴォエ(吐血)。
 オルフェは挫折を経て楽士になりました。その時の経験からアポロンへの好感度がかなり高いです。

 アポロンは、『フリューが花を咲かせる未来』を求めました。
 フリューが求めるものは、あまり捻ったものではありません。
 
 次回より、黒竜戦です。
 ここにたどり着くまでの僅かな時間で、フリューくんちゃんの闇がかなり深くなってました。なんで?
 また描写の都合上、RTAパートが少なくなってしまいそうです。ご容赦ください。
 誤字脱字などありましたらどうぞご一報くださいませ。


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mp.8『決戦/刃折れた人形姫』

 アイズちゃん超強化イベントが始まるので初投稿です。
 後書きで長めの解説をしています。ご注意ください。

 (追記)文中でアイズちゃんの株を下げているような表現をしている箇所があります。合わせてご注意ください。すまねぇ……すまねぇ……(懺悔)


 佐藤東沙様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 鳥瑠様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。


 Lv.1にドラゴンと取っ組み合いさせるゲームのRTA、はぁじまるよー!

 

 早速ですが、もはや恒例となりつつある冒頭倍速です。アポロンの息子(意味深)と同棲(意味深)を始めたり『遠征』に誘われたりしましたが、全て倍速で片付けます。今後も重要な会話やイベントに関わる箇所以外は倍速していく予定です。まともにやってたらパート数100超えちゃうゾ。

 

 幼アイズとのイベントを間近に控えるフリューくんですが、ひとつだけやることがあります。占星術の効果を高める触媒(カタリスト)の作成です。

 こちらは魔法の杖のようなもので、所持することで魔法・魔術の結果に補正をかけてくれます。触媒は魔導士専門店で購入出来る他、魔術師系職業のレベルを一定まで上げることで、自作も可能となります。

 もっとも、触媒の購入には多額の金銭が必要となりますので、Lv.1でまともな触媒を購入するのは難しいです。正直アポロン様にめっちゃ可愛がられてるフリューくんならそれなりのを買ってもらえそうですが、今回のイベントでは自作のモノで十分だと判断しました。

 

 本来のチャートですと、迷宮帰りにパーティの面子から一人別れて材料を調達し、夜な夜なこっそり本拠(ホーム)の空き部屋で作成するつもりでした。ここで作成する触媒は使い捨てのモノで良いので、Lv.1の状態でも自作可能、材料調達の難易度も比較的低いので現実的なチャートだったと思います。

 が、今回の場合、早々にアスクレPとの二人暮らしが始まったので、更に難易度が低くなりました。

 なにせ自室が手に入ったので空き部屋を工房にする必要がなくなりましたし、何より材料をアスPから貰えるのが大きいです。

 本来のチャートでは可能な限り早期に11、12階層での狩りを開始して魔石を換金しまくり、仕送りと材料代を捻出する予定でしたが、材料代がなくなったことでかなりのアドが取れました。材料代のお金をそっくりそのまま仕送りに()てられるのは非常にありがたいです。

 

 『そんなに無理して仕送りする必要ある?』と疑問に思われた兄貴がいらっしゃるかもしれませんので、簡潔に、【社】への仕送りによって得られるモノについてお話しします。

 

 仕送りによる文通では、もっとも自機への好感度の高い神様とやり取りをします。そして、仕送りの合計金額が一定に達するごとに、普通に仲のいい神様からはいいものを、弟子入りなど特別なフラグを立てている神様からは特別な代物を貰えます。自機への好感度の高い、の部分以外はシンプルなシステムですね。

 現在フリューくんとやり取りをしているのは、ツクヨミ様と、タケミカヅチ様です。

 こちらをご覧ください。半年の間にフリューくんが貰ったお手紙になります。

 内訳はタケミカヅチ様のが五通、ツクヨミ様のが八通です。ツクヨミ様多い……多くない? と思われた方もいらっしゃると思いますが、これには理由があります。

 いやまあ普通に貰ってるのと仕送りの報酬分のが別々に来てるってだけなのですが。仕送りによるお手紙と、ただ好感度が高いから貰えるお手紙は別なのです。

 

 肝心の頂き物ですが、タケミカヅチ様とツクヨミ様の場合、本を貰えます。秘伝書的なアレです。読むことで職業レベルが上がりやすくなります。魔本とは違いそれそのものに特別な加工はされていませんが、ゲーム的には魔本と同じくらい嬉しい代物になります。習熟にかける時間が少なくなるのは素直にありがたいです。

 また、仕送りの額が高くなってくるLv.3~4辺りになると、触媒なども送ってきてくれたりします。月女神特製のカタリストとか絶対ヤバイやつだってはっきりわかんだね。

 

 それでですね、ここからが重要なのですが、触媒の材料代が浮き、仕送りの額が増えたことで、アイズイベントの前にツクヨミ様からの『一冊目』とタケミカヅチ様からの『一冊目』を受け取ることに成功しました。

 本来のチャートでは、この段階ではタケミカヅチ様の秘伝書は一冊も獲得出来ていないはずでしたので、嬉しい誤算です。これによってより安定感が増しました。

 いかんせんワイヴァーン強化種はこちらをワンパンで沈めてくるのに防御不可能なブレスも備えているクソゲーの権化ですので、パリィの性能を上げてくれるタケ本獲得が間に合ったのは僥倖と言う他ありません。

 アスクレピオス先生! ありがとナス!

 

 それでは、パート3でこっそりと購入していた三本の《ナイフ》を加工……出来ちゃっ……たぁ!

 はい、《占星術師のナイフ》の完成です。製作難易度が低く安価な代わりに脆いので、扱いには気を付けなければいけませんが、ワイヴァーン戦で安定をもたらしてくれる一品です。この光沢、たまらねえぜ(恍惚)。

 触媒の形状にナイフを選択出来る職業は実はそう多くはなく、占星術師の利点のひとつと言えるでしょう。攻撃魔術を一切覚えない弱点を投擲で補えるのはうまあじです。……いややっぱつれぇわ。

 

 

 ここで、アイズイベントが始まるまでの尺を稼ぐのも兼ねて、本作の『占星術師』の解説をしとうございます。

 

 魔術師系職業に属するこちらの職業ですが、明確にマイナーで不人気な職業です。その理由は明らかで、効力に()()がある上に効果自体がややこしい、これに尽きます。

 ムラというのはもう直球にムラでして、その日の星の巡りによって魔術の倍率が変動するのです。調子のいい時と悪い時の落差が激しく、慣れないうちは判断を見誤ってしまう事態が頻発します。長期間迷宮に潜り続ける仕様と噛み合ってない、はっきりわかんだね。

 更にこの職業、攻撃魔術を覚えないのに加えて、単純な攻防バフも、回復系も覚えません。この時点で使いにくいのに、じゃあ何が出来るのかっていうと、ピーキーな性能ばっかりな占星術になります。

 具体的には星に魔力を捧げることでクリティカル率アップやみかわしの加護を授かったり、因果律の操作による諸攻撃の回避、特定の人物の居場所を探知するナビゲートなどです。総じて効果が分かりにくく、バフ時と非バフ時の違いが分からない、これだったら素直に攻防バフかける方がいい、となってしまいがちです。特に非操作キャラクターにバフした時が顕著ですね。

 特に攻撃の回避という部分がネックでして、他の職業における対範囲攻撃(AoE)防御のほとんどが障壁の展開、つまりバリアーを張るのに対し、占星術は『攻撃を逸らす』防御をします。前者の場合は攻撃を防ぎきれなかった場合も障壁分のダメージが軽減されるのですが、後者の場合失敗したら直撃します。逸らせなかったらそりゃそうなりますよね。さらに成否はその日の星辰次第です。

 ただ、占星術師にしか出来ない仕事も多いので、【戦争遊戯モード】ではそれなりに人気だったりします。

 

 総評すると、『不安定だけどパーティにひとりいるとたまーに便利』なのが占星術師です。不人気なのも頷けますね。

 だからこその【占星術師×幸運チャート】なのですが。

 

 

 

 ───んだらば動画の方に戻りまして、現在アイズちゃんがリヴェリアママに泣かされて、雨の降る夜のオラリオを盗んだバイクで走り出してる場面です。

 彼女がバベルの方向に走り去るのを確認して、追いかけます。この時、あらかじめ確保しておいた高等回復薬(ハイポ)と《占星術師のナイフ》を忘れずに持っていきましょう。

 ハイポに関しては必須ではありませんが、あるとタイム短縮になり、安定します。ただ高価ですので、触媒代とツクヨミ様の秘伝書一冊目の目処が立った上でまだ余裕があれば、で構いません。今回はアスクレピオス先生お手製のものをいただきました。アスPありがとナス!(再掲)

 

 マント代わりにしているぼろ布に雨水が染み込んでいますが、動きを阻害する程のものではないので無視して大丈夫です。頭以外装備なしだとこういった利点があったりします。無論デメリットには全く釣り合わないので、通常プレイでは、やめようね!

 また、イベントが始まる前の段階でアイズに気付かれると面倒なことになりますので、あまり距離を詰めないようにしましょう。

 もっとも、アイズの敏捷はAランクなので、あまり心配は要りません。クソステなフリューくんには無用の心配です。

 

 ……幼アイズほんっと速えな(嫉妬)。

 ちなみに、エディットキャラクターの『器の限界』は手を加えない限りランダムですが、原作キャラクターのは固定です。みんな高いです。気軽にSランクまで行ってます。トップのベル君は全アビリティSまで行けます。狂いそう……!

 既にアイズの姿は見えなくなっていますが、イベントの始まる場所は固定なので問題ありません。適切な早さで向かいましょう。

 

 

 地味に初めての単独(ソロ)探索はぁじまるよー(棒読み)。

 

 あっゴブリン君みーっけ、いただきまーす。

 ……お前を殺す(デデン)。

 このように、イベント会場まで正規ルートをひたすら進みます。進路上のモンスターは真正面から突撃して殺しましょう。この時出来るだけ静かに始末できるとモンスターが群がってくる危険が低くなります。

 占星術は温存です。純粋な白兵戦でいきます。

 

 (Ready GO!)

 

 ンなんだお前!?(エンカウント)

 うざってぇ……!(憤怒)

 立ち塞がるならば容赦はしない。イくぞ!(星四アーツ剣)

 ウザコン、お前らに、お前ら二匹なんかに負けるわけねえだろお前オゥ!(猛者(おうじゃ)

 郵便屋GOお前放せコラ!(斬首)

 仲間なんて必要ねぇんだよ!(蛮勇)

 

 (敵追加)

 

 なんだお前!?(驚愕) チッ(鍔鳴り)

 馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!(天下無双)

 ゴホッ(疲弊)

 あーやめろやめろ、どこ触ってんでい!(触れられてはいない)

 んぁい……どけこら!(殺意)

 イイイィィアアアッ!(勇者回転剣)

 

 

 ……はい。

 

 また、この探索では魔石を持ち帰らないでいいので、魔石を狙うのもいいと思います。強化種の発生は余裕がある限り抑えましょう。一般冒険者兄貴が困りますからね。

 【幸運】なせいでドロップアイテムがぽこじゃか出てきますが無視だ無視!

 

 ───10階層につきました。ここから先は霧が発生しており、モンスターの質も変わります。真正面から突撃してると逆に時間を取られますので、こちらも戦法を変えていきます。

 つまりは霧を利用した不意打ちですね。また、回避できる戦闘も可能な限り避けていきます。一般パルゥムが無双なんて出来るわけないだろ! いい加減にしろ!

 【勇者(ブレイバー)】? あいつは本当にヤベーやつなのでノーカンです。【ロキ・ファミリア(ヒロインの所属する派閥)】で団長やってるだけあって走者視点だと人外でしかありません。第一級は化け物揃いだってはっきりわかるんだね(一般冒険者並感)。

 霧に潜んで不意打ちを繰り返します。

 隠密行動は小人族(パルゥム)の十八番だからね、仕方ないね。妖精眼(グラムサイト)があるので相手の位置は丸わかり、こちらは潜んで首を落とすだけですので、楽です。

 

 ちなみにですが、フリューくんのステイタスだとオークに掴まれたら死にます。私の場合一撃で殺すので問題ありませんが、オーク兄貴はアイズちゃんも殺しかけてる序盤の難敵ですので、油断せずに戦うことをおすすめします。大型種怖いねぇ……。

 

 

 ───無事に所定の位置に到着しました。念のためポーションを少し口に含んだ後、一歩進んでイベントスタートです。

 なお、ここから先、ガバ注意です。

 やっぱり武器選択は長槍にすべきだったってはっきりわかんだね(吐血)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前、団長が語っていたことを思い出す。

 ダンジョンが燐光に包まれており、光源を確保する必要がないのは、必要に迫られてのことなのだと。

 序盤の怪物には闇を見通す能力はなく、故に光源を用意せざるをえないのだと。

 

 では、この階層のモンスターは。

 霧の立ち込める10~12階層の怪物達は、この白いカーテンを見通すことが出来るのだろうか。

 結論から言えば、出来るやつもいる。つまりは出来ないモンスターもいる。

 それを利用すれば、ステイタスに優れない私でも、この程度の行いは容易な訳だ。

 

 「しッ」

 『オッ』

 

 一閃。

 斬殺。

 背後から強襲し、首を飛ばす。

 そうして、豚頭の大型モンスター『オーク』は沈黙した。

 真っ当な戦闘とは言えない、読んで字のごとくな汚い戦い(ダーティプレイ)

 真正面から戦っても勝てるが、今は時間を重視する。

 

 『───ァ!』

 「っ、『インプ』……」

 

 かの怪物の鳴き声を確認して、素早く移動する。

 先ほどの『オーク』は霧を見通す能力を持たないので手早く暗殺出来るが、集団戦を基本とする『インプ』には暗視能力が備わっているので、工夫が必要だ。

 要するに、工夫さえすれば雑魚である。

 

 十秒もせずに、霧の中からそれは現れた。

 悪魔のような───私は悪魔を見たことはないのだが───と冒険者達に言われている外見は、体格だけならゴブリンに似ている。

 漆黒の痩身矮躯、額から生えた角、鉤のついた尻尾。つまり、ここでいう〝悪魔のよう〟というのは、子供の絵本に出てくる架空の生き物を指しているのだと思う。

 彼等は霧を見通せるモンスターの代表格と言っていい。

 なんでも、彼等の瞳は『熱』を感じているらしい。生きている限り人体が発せざるをえない熱を観て、霧の向こうから冒険者を見通すのだとか。

 音波を視覚の代わりにしている『バッドバット』とは違い、どんな隠密も看破してみせる『インプ』は、『オーク』や『シルバーバック』などの大型種(ファイター)のサポートを務める、生粋の斥候(スカウト)だ。

 

 ───だから、工夫すれば雑魚なのだけど。

 

 「ふぅっ」

 『ギャッ』

 『───!? ギァアッ!』

 「は───っ」

 

 彼等の瞳は熱を視る。

 生きている限り熱を持つ人間は、彼等の瞳から逃れることはできない───なんてことはなく。

 対策はとても単純で、()()()()()()()()()()()()()()だけ。

 むしろ瞳の性能に甘んじている分、足音を消して死角から近づくのはオークより低難易度だったりする。

 何より、瞳の性能は妖精眼(こちら)の方が上だ。

 斥候同士の白兵戦は、先に見つけた側の圧倒的有利である。

 群れのうち三体を仕留めた時点で誰何(すいか)の叫びを挙げられるが、既に大勢(たいせい)は決している。

 

 『ギャアアッ!』

 「っ───! ()()っ!」

 『ハゲッ!?』

 

 最後の一体を絶命させて、ぶんぶんと頭を振る。

 団長や、ヒュアキントス君がいないから、気が抜けているのだろうと思った。あるいは『求めるもの』が近づきつつあるせいか。

 ともあれ、最後の言葉は余計だった。

 猛省し、隠密し、次の戦闘に備えなくては。

 

 ───弱い。

 

 淡々と正規ルートを進む。

 金髪の少女が進んでいった道は、彼女に仕留められたのだろうモンスターの灰が教えてくれる。

 暗殺しながら進み、時折落ちている剥き出しの魔石を破砕する。強化種が生まれる危険は減らすべきだ。

 

 ───弱い、弱い。

 

 声がうるさい。

 

 ───弱い、弱い、弱い。

 

 そんなことはわかっている。

 だって、ここは『上層』だ。

 多くの下級冒険者が日々探索している場所だ。

 モンスターの特性を理解したり、装備を整えるだけで、死ななくなる戦場だ。

 そんなことは、ゴブリンを殺したあの日からわかっていただろう。

 だから、私は『遠征』の誘いを快諾して、

 

 「だから、私は、ここにいる」

 

 一言、口を開く。

 それでうるさかった声は消えてくれた。

 浅く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。

 度重なる戦闘で火照った頬を迷宮の霧に撫でられる。

 自分の他に戦闘音はしない。

 こんな深夜に探索する酔狂な者はいないのだろう。あるいは、ここ数年暴れている闇派閥(イヴィルス)を警戒してのことだろうか。

 アポロン・ファミリアは確実に闇派閥ではなく、しかし明確に正義の側に立っている訳でもない、いわば善よりの中立を保っている派閥なので、正直、闇派閥の脅威というのを肌で感じたことはない。

 ……【幸運】なことなのだろうと、素直に思う。

 

 「……私は」

 

 私は、アポロン・ファミリアの一員として、アポロン様の名に恥じぬ振る舞いを出来ているだろうか。

 いや、せめて名を汚すような行いはしていないといいのだけれど。

 それを言うなら、ツクヨミ様や、タケミカヅチ様、社の神様達だって、そうだ。

 私には何もないのだから、せめて、与えられたモノに相応しい人間として終わりたい。

 

 

 

 

 

 

 『───ォォ』

 

 

 

 

 

 

 

 それは、咆哮だった。

 オークやシルバーバックの弱っちい叫びとは比較にならない、(おお)いなるモノの(たけ)びだった。

 弾かれたように疾走する。

 隠密なんて投げ捨てた。

 『求めるもの』の気配に思考が歪み、ただ()()と出会うことしか考えられない。

 最後に───接敵する間際、塵のような理性で、回復薬を口に含み、ダンジョン上層域の最奥、12階層の最後の広間(ルーム)に突入する。

 

 その、瞬間だった。

 

 「───ぁああああっ……!?」

 

 広間の入り口から、『何か』が飛んできた。

 それは私の横を通りすぎて、地面に叩きつけられて、ごろごろと転がった。

 それは、()()()()()()()()()

 

 「君、は───ッ!?」

 

 もやがかかっていた思考から熱が消える。

 ゴミのように吹き飛んでいったあの物体が人体だという事実に息が止まる。

 何より───何より。

 彼女は、間違いなく、()()()()()()

 それはあり得ない。

 上層に火炎を扱う怪物はいないからだ。

 では怪物ではなく人為的な───魔法、あるいは魔剣による攻撃の結果かと身構えた所で、()()は現れた。

 

 

 

 

 それは、巨大な体躯を誇っていた。

 それは、赤銅の鱗を纏っていた。

 それは、凄烈な眼光を発していた。

 

 それは、それは。

 

 それは、本来は持ち得ない、一対の翼を備えていた。

 それは、本来はあり得ない、吹き(すさ)ぶ火炎を牙の隙間より発していた。

 それは、本来は為し得ない、『同族殺し』を()()遂げていた。

 

 

 「インファント・ドラゴンの、強化種……!」

 

 

 相対距離、50M(メドル)

 かの竜ならば瞬きの間に詰められる間合い。

 絶望的なマッチアップ。

 何をしても勝てない敵。

 死力を尽くしても傷ひとつつけられないだろう、偉大なる怪物。

 ───全てを失った私が、求めていた存在(◼️◼️)

 ()()()()()()()()()()()()を背に、私は、『求めるもの』とエンカウントを果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




~本来のアイズイベント~

 12階層最奥でアイズが『インファント・ドラゴン強化種』と交戦開始。直前に普通のインファント・ドラゴンを仕留めていたのが原因で相手の強さを見誤り、負傷。

 自機が乱入。ここで『戦闘』と『アイズを伴って撤退』のどちらを選ぶかで分岐(最速は『撤退』)

 (撤退を選んだ場合)ドランゴくんから逃走。立ち塞がるモンスターを倒しながら走り続ける。

 原作とは違い12階層中間でタナトスと遭遇、問答の末に神威解放。

 ワイヴァーン強化種戦。


~今回の場合~

 1.インファント・ドラゴンが強化種の強化種だった(同種の魔石を二つ喰ってた)
 2.アイズの装備が《剣の祝杯(ソード・エール)》ではなかった。

 結果、アイズが『負傷』から『重傷』に。更に武器を失ってしまいました。死んでないアイズが凄いというレベルの修羅場。あかんフリューくん死ぬゥ!
 実際アイズがえげつない活躍をする予定ですのでどうか待っていてほしい(懇願)。


 占星術師について。

 主な仕事は探知と特殊バフ、回避。
 攻防バフなし純粋な攻撃魔術なし回復なし障壁(プロテクション)なしトドメに()()で倍率が変動する不人気職業です。
 プレイヤー同士で殴り合う【戦争遊戯】ではそれなりに需要があり、特に『旗取り』の形式では相手の旗の位置を占星術で割り出せるので大活躍。何かを探すことにかけては他の追随を許しません。




 ……つまり、【幸運】とのシナジーが最も高い職業の一つです。


 誤字脱字、ご指摘などありましたら、どうぞお気軽にご教授願います。よろしくお願いいたします。


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mp.9『決戦/鉄馬駆る女戦士(ジャミール)

 さみだれ初投稿です。

 追記 4月25日(土)
 ネサレテ視点を含む加筆修正を行いました。3000文字くらい増えました。


 Nakayama様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 佐藤東沙様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 鳥瑠様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 ユキ☆ユキ様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 名もなき一読者様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 kuzuchi様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。


 幼女と幼女と幼女がドラゴンと戯れるゲームのRTA、はぁじまるよー。

 

 

 幼アイズが戦闘不能になってる場面から再開です。

 目の前にインファント・ドラゴンくんがいますが、逃げます。こちらの方が早いですし、そもそもこのイベントで登場する強化種を単騎で倒すのは現時点のフリューくんには無理です。

 パック君に足止めしてもらっている間にアイズを()(かか)えて撤退します。

 【女体恐怖症】のせいで精神がごりごり削られていますが少しの辛抱なので耐えましょう。こちらの操作を受けつけないレベルでなかったのは幸いでした。

 

 わっせ、わっせ。

 自分と同じ体格の人間を運ぶので速さはお察しですが、申し訳程度の【力】を振り絞ります。以前、最低でも敏捷含む基礎アビリティはHまで伸ばしたいと言っていたのは、それより下になるとこういう場面で困るからなんですね。今回は画面外で頑張ってくれているパック君のお陰でギリギリ難を逃れましたが、割と際どい所さんでした。

 現在目指しているのはひとつ上の階層、ダンジョン第11階層です。何故ってインファント・ドラゴンくん、巨体が祟って階層を行き来出来ないんですよね。それに連絡路はモンスターもあまり寄ってこないので、治療するには適した環境なのです。

 まあ実際は道中でタナトス兄貴とエンカウントしてしまうのですが。

 

 

 ───と、開始地点から少し走ったところにある広間(ルーム)で、徘徊する(ワンダリング)モンスターに襲われました。

 このイベントにおける固定敵ですね。逃走する自機組の行く手を阻むように、12階層の怪物が勢揃いして群がってきます。

 具体的には制限時間内に広間の敵を一定数まで減らさないと非常によろしくない結果を招きます。

 本来なら持ち込んでいた高等回復薬(ハイポ)で負傷を治療したアイズと二人で突破する予定だったのですが、今回はアイズが重傷を負っており、ハイポを使う暇もなかったので、かなり危険な場面になりました。

 フリューくんは今、アイズを抱き抱えて走っています。

 当然、武器なんて使えません。強いていうならアイズを装備してます。

 まさに絶対絶命───なんて思ってないですか? それやったら明日も俺が勝ちますよ(HND)

 

 隠す理由もないので白状しますが、第一級冒険者RTAお馴染みのあの子の出番です。パート7で面倒を見てあげた迷子の子、ネサレテちゃんが登場します。

 彼女はこのタイミングで参戦してきて広間内の殲滅を手伝ってくれるだけでなく、インファント・ドラゴンとタイマンを張ってくれます。神かな?

 そろそろ来ますよ、3、2、1───。

 

 

 ───女戦士のエントリーだぁ!

 

 

 彼女が参戦してからまずやることは、ファッションチェックです! ファッションチェックをします! これはふざけてるのではなく真面目な行為ですこれだけははっきりと真実をお伝えしたかった(早口)。

 ペロッ。これは、青酸カリ! ではなくセーラー服ですね。はい。セーラー服です。黒を基調とした地味なデザインのセーラー服です。

 この奇抜な服装と、彼女が()()()()()()()()()()()()で、彼女の職業が判明しました。けっこう多い候補の中でもかなり当たりな部類です。最高ではありませんが。

 

 ───と、ここでオリチャー発動。本来逃走開始直後に与えるはずだった高等回復薬をここで瀕死のアイズに投与した後、彼女をお馬さんに乗ってるネサレテに投げ渡します。理由としてはフリューくんが戦闘に参加出来ないのと、女の子を抱えることに耐えられそうにないからです。彼女の職業が両手が塞がったままでも戦えるモノだった幸運に感謝。

 群がっているモンスターは強化種でもなんでもなく、通常の探索で遭遇する奴等と同じです。位置も固定なので不意に囲まれるようなこともありません。ここで温存していた【占星術】も解禁し、速やかに殲滅します。

 

 片付きました。ネサレテちゃん強い、強くない? この後インファント・ドラゴンと一対一で向き合ってもらうのもあって、出来るだけ多くのモンスターをこちらで負担しようとしましたが、結果は討伐数(キルレート)はこちらが僅かに上、という程度でした。うわようι゛ょつよい。

 馬上のネサレテからアイズを受け取ります。ちょっとした会話が入りますがボタン連打で大丈夫です。別にあれを倒してしまっても構わんのだろう的なやつですので。

 

 んだらば前進を再開しましょう。わっせ、わっせ。

 道中ぽつぽつとモンスターが湧いてきますが、群れてなければ問題ありません。帰ってきたパック君にだまくらかしてもらい、突っ込みます。イクゾー!

 ……インプの爪に少しひっかかれましたが些事です! ハナから無傷で突破できるとは思ってません! このままタナトス兄貴のところまで突っ込め突っ込めー!(3/3/2突進)

 

 

 

 ───わーいでぐちら(到着)

 所定の広間に入ると同時に会話開始、タナトス兄貴が気さくな挨拶()をしてきてくれます。

 彼等は原作通りにクノッソスを用いて12階層最奥に陣取り、アイズを待ち構えていたのですが、インファント・ドラゴンとかいう異常事態(イレギュラー)に見舞われたためにふらふらしていたんですね。

 本来であればこの時点でアイズは意識のある状態であり、原作と同じような問答をすることとなるのですが、今回は気絶しているので、素の口調で話しかけてきます。会話もそう長くはならないでしょう。

 

 

 ……話が長い(全キレ)

 

 

 どうやらフリューくん、タナトス兄貴に目をつけられていたらしく、なんとアイズと同じような勧誘(?)をされてしまいました。これは……ガバじゃな? タナトス兄貴と接点はなかったはずなのですが……(すっとぼけ)

 よくよく考えれば、フリューくんの願望とかタナトス兄貴の勧誘方法とかその他諸々を合わせると、タナトス兄貴に目をつけられないはずはないのですが、この時点での私は本気で困惑していました。

 このゲームのRTAはスキップしていい文章とそうでない文章を見極める技術が重要なのですが、自分はその辺りがまだ未熟だと痛感した場面ですね。

 

 ───よし、タナトス兄貴の勧誘を蹴る台詞を提示してくれました。

 正直フリューくんはタナトス兄貴の甘言がクリティカルな人間なのでかなり焦りましたが、終わり良ければ全てよしって英国大文豪兄貴もおっしゃってるし多少はね?

 

 そんなこんなでタナトス兄貴が神威を解放したところで今回はここまで。ご視聴ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思考が凍っていた。

 眼球が震えていた。

 心臓さえ止まったかと錯覚した。

 

 あれは。

 あれが。

 あれなのか。

 私が求めていた、モノ(◾️◾️)は───。

 

 「はっ、はっ、はぁっ」

 

 息は荒く、手足は揺らぎ、精神(こころ)が跳ねる。

 それでも私は刀身を検め、道具を確認し、戦闘の用意を終えていた。

 無謀な試みだと、誰もが口にするだろうと思った。私自身そう感じている。尻尾を巻いて逃げるべきだと、顔のない誰かが囁いてくる。

 けれど、それ以上に、逃げ切れないだろうという思いがあった。

 身体能力(スペック)の差は歴然としている。

 偉大なる竜と、矮小な小人族。

 今は僅かに離されている間合いも、あの竜がその気になったなら、瞬きの間に消え失せるだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「は───っ、はぁっ……!」

 

 凍っていた思考を、暗い炎が溶かす。

 眼球の震えは既に収まり、これから戦う相手を見据えている。

 心臓はバクバクと躍動し、全力運動の準備をつつがなく終わらせている。

 一歩、踏み出した。

 私からすれば小さな一歩。

 されど、偉大なる竜にとっては、〝戦いの号砲〟に等しい行い。

 ()()()()()()()()()()()()()

 おそらく、私は笑っているのだろう。それが口許にだけ浮かぶ薄い笑みなのか、はたまた満面の笑みなのか、私には判別出来ない。ただ、それが酷く醜いモノだとは理解している。

 果てしなくどうでもいい。私の表情など些事に過ぎない。誰にも見られていないのだから問題ない。

 ああ、偉大なる竜は、私の『求めるもの』は、雄々しき頭部を天へと掲げ───

 

 

 『オオオオオオオオオオッッ───!!!』

 

 

 開戦を告げる大音声。かの竜は矮小な小人を敵と、あるいは獲物と認め、

 

 

 「……ぁ……っ」

 

 

 この時ようやく、私は彼女の存在を思い出したのだ。

 

 「───ぁ」

 

 比喩ではなく、心臓が止まった。

 金槌で叩かれたような衝撃に打ち据えられる。

 偉大なる竜の咆哮と、金の少女のか細い声。

 奇しくも前後から同時に、まるで〝進む道〟を自身の手で選ばせるように響いた音色が、私の愚鈍で小さな脳をシェイクする。

 そうして、時を止めた私に、

 

 「わたくしは貴方の御心に従います、我が王。その上で些細な戯れ言をお許しくださいませ」

 

 妖精が、するりと声を届けてきた。

 悪戯の妖精、パック。

 【アポロン・ファリミア】の一員として過ごした半年間、ずっと一緒にいた不思議なヒトは、慇懃に頭を下げて、こう言った。

 

 「()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 『───ぼくたちといっしょに、ここを出よう』

 

 『───パパとママの待つ、家に帰ろう』

 

 『───あたしたちなら、きっとできるわ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「───うあああああああっっ!!!?  ()()()()()()ッ!!」

 

 

 喉の奥から引き摺り出したような声だった。

 偉大な竜から意識を手放し、忠実なる(しもべ)にして親愛なる友人に、呻くように命令する。

 そうして、私は。

 ずっとずっと、ずっと求めていたモノに、背を向けた。

 

 「かしこまりっ! 《───》!」

 『オオオオオ、オオオッ!?』

 

 パックが何事かを口ずさんだ直後、インファント・ドラゴンが戸惑いの叫びを挙げる。

 彼が具体的に何をしたのかはわからないが、確認する余裕は残されていない。私に出来るのはただ信じることだけだ。

 短い手足を懸命に振って、極めて未熟な【敏捷】を全力で稼働させて、金の髪の少女の元へ辿り着く。

 

 「っ、酷い……!」

 

 直視して、最初の感想がそれだった。

 黄金のように輝く髪は所々焼け焦げ、肌という肌に火傷を負い、携えていたのだろう()()は刀身を粉々に砕かれている。

 逆に言えば傷はそれだけであり、だからこそ驚愕する。つまりこの少女は、あの竜と交戦した上で、火炎による攻撃以外は凌いでみせたというのか。

 下級冒険者にあるまじき技量を持つ、年下の少女剣士。そこまで思考を回して、稲妻のように思い出した。

 ───得物こそあの時とは違うけれど。私は以前、この少女と共に戦ったことがある……!

 

 「とにかく、安全な場所で、治療しないと……っ」

 

 だから、こうするしかないのだ。

 私は物体を触れずに移動させる(すべ)を持たないのだから、こうするしかないのだ。

 

 「ひッ───ぎ、あ、ああぁあ、ぁああ……!」

 

 彼女の、女の身体に触れて、()(かか)える。

 それだけで、理性が悲鳴を上げるのがわかった。

 早く手放せ、手遅れになるぞ、そう、私の中の冷静な部分ががなり立てる。

 そんなことはわかってるんだよばか、としか言えない。

 けれど、やらなくてはならない。

 だって私は、アポロン様の眷属で、ツクヨミ様の盟友で、タケミカヅチ様の弟子なのだから、見捨てるなんて許されない。

 私は、あの方々に相応しい子供(ひと)として終わりたい……!

 

 「はぁっ、あっ、は、はあっ───!」

 

 走る、走る、走る。

 名も知らない少女を姫抱きにしてただ駆ける。

 体格が自分に近いのが不幸中の幸いだった。

 もう少し大きかったなら、抱き抱えたままこの速度で走ることは出来なかっただろう。

 

 『───ォォッ───!!』

 

 竜の咆哮が背中を叩く。

 パックの無事を確認する術はない。

 私が出来るのは、彼を信頼し、進むことだけだ。

 だから耐えろ。

 柔らかな肢体に全身を射(すく)められても足だけは動かせ。

 そうでなければ、私は、たった一つの願いにすら見捨てられてしまう。

 

 『───ギギッ』

 『ヒッ、ヒッ、ヒゥイッ!』

 『ブグウウウッ……!』

 

 「───あぁくそっ! なんで肝心な時だけ【幸運】じゃないんだ……!」

 

 吐き捨てながら、眼前に広がる状況を精査する。

 11階層へ続く道、正規ルート上の広間(ルーム)にひしめく怪物達。

 手の塞がれた状態では正面突破は不可能であり、回り道をするにも負傷を覚悟しなければならない、それほどの数である。

 それでも進む。

 一秒が惜しい。故に即断。層の薄い部分を貫き通す。

 波のように押し寄せる殺意をしっかと見据え、星の導きを得るための詠唱を口にする、その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「───いやぁぁぁあああああああっ!? 落ちてるぅぅぅぅうううううっっっ!!!」

 「YAHHAAAAAAAAAAA!!!」

 

 

 全く詩的な表現なのだけれど。

 

 信じられないことに、

 

 少女が、空から降ってきたのだ───!

 

 

 

 「なっ、はっ、ふぇっ……!?」

 「くぉらぁッ、〝モルフェウス〟! 確かにこれが最速ってのはわかるけど! わかるけども! もう少し! 手心ってものをなさい!

 ───って、わぁ、なんて【幸運】! まさか真下にいたなんて! すんなり会えてよかったわっ!」

 「YAHAA!!」

 「お前は少し黙ってなさい」

 

 迷宮の天井を()()()()()、空から降ってきた少女は、一言で表せば、とんでもない少女だった。

 まず前提として、とんでもない美少女だった。おそらくは健康な状態の金の少女に並び、一定の嗜好層相手には上回るだろう容姿である。

 腰にまで伸ばされた髪は漆のようで、しかし光の当たり方によって紫水晶(アメジスト)の輝きを放っているように見えた。

 水夫のコスプレというダンジョンを舐め腐ってるとしか思えない格好をしているくせに、(また)がる【馬】はおよそ尋常なものではない。

 だって、それは。空から降ってきたというのに完璧な着地を決めた、その【馬】は!

 

 「青銅の、馬……?」

 「ちょっと違うけど、似たようなものよ。って、呑気に雑談してる暇なさそうね!? ここは怪物だらけだし、なんかヤバそうなモノもこっちに来てるし、死にかけの女もいるし! とにかくさっさと働かなくちゃ!

 ええそうよネサレテ、恩を返すにはちょうどいい場面ね!」

 「YAHA!」

 

 主人の(たかぶ)りに応じて、鋼鉄の駿馬が(いなな)く。

 屈強な男性を思わせる両腕が、変形する。

 形成されるのは弩弓だ。

 魔導士やサポーターに広く採用されている武装が、右腕と左腕に合わせて二機。

 臨戦態勢を整えた従者に、セーラー服のアマゾネスは心底から楽しそうに命令した。

 

 「蹴散らせ、〝モルフェウス〟!」

 「───YAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

 鉄矢の雨が展開された。

 身体が鋼鉄ならば、放つ矢も鋼鉄なのか。

 全財産投入(オールベット)と言わんばかりにぶち撒けられる弾丸。狙いもくそもない雑な掃討。大部分の射撃を外し、命中したのはほんの少し。それでも多くのモンスターが全身を穴だらけにして絶命した。

 射撃が止まる様子はなく、さながら地面を掘削するように、モンスターの数が減っていく。

 ───それでも、まだ、モンスターはいる。

 氾濫する動揺をそれ以上の激情で圧し殺し、(まなじり)を吊り上げる。

 自然な動作で近づいて、金の少女を差し出した。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 結局のところ、あたしは恩を返しに来たのだ。

 

 「蹴散らせ、〝モルフェウス〟!」

 

 そう口にすれば、馬の形状(かたち)をした友人が殲滅を働いてくれる。

 無論、〝彼〟は弓の名手という訳ではないので、狙いは雑だけれど、この階層の怪物相手なら問題ないと判断した。

 

 ───それに、あたしの仕事は別にあるらしいし。

 

 背後から感じる気配。

 およそ上層に居てはいけない、規格外の怪物の足止めこそ、わたしがここで果たすべき役割であり、恩返しである。

 故に、呪的資源(リソース)を温存する。

 

 あたしがちゃんと制御したなら、モルフェウスの射撃の精度はかなり上がるだろう。それこそ〝ノイマン〟の手を借りたなら、百発百中にまでなるのだろう。

 けれど、今はその時ではない。ここで無駄に消耗して、肝心な時にリソース切れで死ぬのは間抜けもいいところだ。

 

 もちろん、恩はきっちり返させてもらう。

 ()にとっては迷子の子供を送り届けたという話に過ぎないのだろうけど。

 あたしにとって、それは重大な話なのだから。

 だからこそ、あたしは万全に近い状態で、今もこちらに近づいている強大なモノと対峙しなくては───。

 

 「……この子を、お願いします」

 「はっ?」

 

 つい受け取ってしまって、変な声を出してしまった。

 初めて会った時と同じように、ずだ袋を被った変な小人族。

 そんな彼に渡されたのは、先程まで彼がお姫様抱っこしていた金髪の女───『人形姫』こと【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタインだった。いや幼女と言うべきなのか。公式の情報通りならもうすぐ8歳になるらしいが、なるほど年齢通り幼さに溢れた肢体である。逆に言えば、この綺麗な手が、噂に聞く苛烈な剣技を秘めているのだから、【神の恩恵】の凄まじさを実感する。

 見たところ外傷の一部は治癒されているようだが───そういえばさっき回復薬を与えられていた───未だに傷は深く、ちゃんとした治療が必要だと判断できる。

 いやいや考えるべきはそういうことではなくて、確かに戦闘はモルフェウスに任せきってるから暇そうに見えたのかもしれないけれど、あたしが持ってるのはちょっと危ない。モンスターの敵意(ヘイト)は完全にわたし達に集まっているのだから、殲滅が終わるまでわたし達の後ろで二人ともども待機していて欲しい、というのが本音だった。

 なので、その旨を伝えようとして、

 

 「ちょっ───!?」

 

 敵陣に突っ込んでいく変な小人族を目撃して、絶句してしまった。

 だって、そこは、今もモルフェウスの射撃が降り注いでいる領域なのだ。

 そりゃあ敵はこの広間を埋め尽くしているのだから、モルフェウスの射撃も広範囲に散らしているけれど。それはつまり、ろくに狙いをつけていない矢が撒き散らされてるってことだ。

 そんな状況で前に出てしまえば、前の怪物と後ろの射撃で挟み撃ちの構図になってしまう。何が悲しくて味方の背中を攻撃しなければならないのか。

 何より、

 

 「小人族の戦士にどうこう出来る盤面じゃないでしょう……!?」

 

 単純に、モンスターの数が多い。

 モルフェウスの射撃を雑にしている一番の理由は、雑にしていても当たるからだ。狙っても狙わなくても当たるのだから、わざわざ狙ってやる必要もない。

 上層最下層、12階層の広間を埋め尽くす程の数である。素直に白兵戦を仕掛けるのは下策だ。一匹殺す間に八つ裂きにされるだろう。

 12階層で探索出来るまともな一党(パーティ)がこの状況に直面したなら、まず逃走を図るだろうし、もし戦うにしても、通路まで引き返してから壁役(ウォール)を立てて、魔導士の砲撃に期待するしか勝ち目はない、それほどの大群。

 

 ───そんな〝死地〟に、よりにもよって小人族(パルゥム)の戦士が突撃するなんて!

 ───早く『人形姫』の治療を行いたいのも、どんどん近づいてきてる強大なモノから逃れたいのもわかるけれど、それはあまりにも無謀すぎる!

 

 はたして、呪的資源(リソース)を温存している余裕はなくなった。

 心中で変わり者の小人族の評価をやや下げながら、馬上より飛び降りる。恩人が致命傷を負う前に連れ戻さなくてはならない。あたしが前線に立つ以上、『友人』の誰かを『起こして』、『人形姫』を預けなければ。

 こちらから距離を詰めてしまうのだから、近接戦闘に秀でた友人も『起こす』必要があるだろう。モルフェウスの範囲攻撃は中距離でこそ効果を発揮するのだから。

 ともかくまずはモルフェウスに射撃を中止させなければ───そう考えて、発声のために息を吸った、その時だった。

 

 

 

 

 

 「《観測(スコープ)開始(イン)……私は月を奉ずる者》」

 

 

 

 

 

 ───直截に言って、見惚れてしまった。

 

 

 

 侮っていたのは認めよう。

 彼の実力を知る術はなく、得物の性能から『下級冒険者の上位』と推察する程度だった。

 小人族の戦士なんて()()()()()()肩書きも、その侮りを増長させていたと思う。

 

 けれど。

 これは───ズルいと思う。

 

 「……アレが、下級冒険者ですって?」

 

 小人族の戦士は、健在だった。

 数多の爪牙に小さな身体を抉り散らされることもなく、鉄の鏃に射抜かれることもなく。

 鉄のような冷徹さで、モンスターを殺していた。

 つまり───並みの戦士ならば十度命を落とし、百の傷を負うだろう、爪牙と矢の乱れ舞う戦場で、無双していた。

 恐ろしいのは、それが英雄の所業ではないということだ。

 一太刀で百の軍勢を斬り払うような剣はなく、頑強な体躯をもってあらゆる暴力を弾いているのでもない。強いて言うなら才能には恵まれているのだろうか。

 背後から飛来する矢を避けて、波のように襲い来る怪物共の爪牙を凌ぎ、一太刀で確実に一匹の怪物を屠る。

 それがどれほど困難な物事なのか、どれほどの鍛練による成果なのか、剣を握ったことのないあたしにはわからないけれど。

 特別な身体を持つあたしには、わかってしまう。

 

 全ての怪物を十全に殺す剣技。

 僅かな機動による紙一重の絶対防御。

 それらを成立させているのは、極められた精密動作だ。

 人体の為し得る極致のひとつ。血肉の一滴、吐息に至るまで突き詰められた肢体と、完成された技巧の融合。

 

 ……女神イシュタルの眷属たるわたしが保証しよう。

 方向性は思いっきり、思いっきり違うけれど。

 『彼女』の()()()は、美の女神と同等だ───!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 「貴方、名前は?」

 

 と、馬上のアマゾネスは口にしたのだった。

 既に怪物共は姿を消しており、早急に今後の方針を固めなければならない時機(タイミング)である。

 そんなことはどうでもよろしい、と言い切ろうとも考えたが、どうにも彼女の様子は岩にも似ていて、答えを得るまでは会話を拒否するように思えた。

 

 「……フリューガー。フリューガー・グッドフェロー」

 「そう。フリューガーね。───覚えたわ。貴方のことはしっかり覚えた。じゃあ、お返しするわ」

 「はっ?」

 

 ひょい、と金の少女を投げ渡される。重傷者になんて仕打ちをするんだこの少女は。

 いや、それよりも話を───。

 

 「あれは、あたしがなんとかする」

 

 耳を疑った。

 だって、この子は間違いなくLv.1だ。問いたださずとも理解できる。【ステイタス】的には恐らく私より格上、しかし最上級ではない。

 モルフェウスと呼ぶゴーレムを足したとしても、敵う相手とは思えない。

 何より、あの竜を相手取るのは───!

 

 「元々あれの相手はするつもりだったし……あんなのを見せつけられて、黙ってられるほど大人じゃないの。じゃあ、フリューガー、()()()

 「YAFUUUUUUUUUUU!!!」

 「───待て、話をっ、待って!?」

 

 そうして、騎兵は駆けて行った。

 どうすることもできなかった。

 名も知らない彼女は、散歩するような気軽さで、絶対の死地へと赴いたのだ。

 モルフェウスと呼ばれていたゴーレムに追い付ける【敏捷】も、負傷者を負ったまま戦う技術も、私にはない。

 だから、今腕の中にいる子を、あの少女に託そうと、そう思っていたのに。

 

 「……そこは、逆だろうっ!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……! どうして私は肝心なところで【幸運】なんだよぉ……!?」

 

 それでも、走る。

 託せなかったのなら、やはり、走らなければ。

 『求めるもの』から離れても、走らなければ。

 

 だって、私が死んだら───きっと、この子も死んでしまうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 主人公の心情を上手く表現できているか不安ですが、多少ミスをしてもまあ誤差だよ誤差! と気楽に書くことを心がけようと思います。ユルシテ。
 
 
 

 誤字脱字、ご指摘などありましたらどうぞご一報くださいませ。


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幕間『無銘の墓』

 (今回に限り、誤字報告提供者への感謝は後書きに掲載させていただきます)







 特別な出会いはなかった。
 こちらからの一方的な面識。
 それにしたって、ほんの数回、遠目に眺めたというだけ。
 けれど、オレにはそれで十分だった。

 このご時世、死者を背負う子供はありふれているけれど。
 あの子のソレは、(いささ)か趣が違ったから。

 だから、柄にもなく、救ってあげなきゃ、なんて思った。
 まぁ、死神だし。そういうこともあるだろうと、そう思った。


 ───雨の中を、剣を持った少女が走っていく。
 ───その背中を、ずだ袋を被った小人族が追う。
 ───その姿を、濃紫の瞳は見つめていた。








 

 『ヒィアアッ!』

 「……っ!」

 

 迫り来る『インプ』の鉤爪を無理矢理回避する。

 避け切れずにずだ袋の一部を切断されるけれど、無視。戦闘を放棄して逃げ去る。

 アマゾネスの騎兵と別れてから三度目となる遭遇戦。劣悪な【敏捷】と疲労が重なり、単体の敵すら対処が難しくなってきた。

 

 『ギギギッ!』

 「はい、前通りますよー」

 『───ギギッ!?』

 

 私の背中を追おうとしたのだろう怪物が、困惑の鳴き声を叫ぶ。

 つい先程戻ってきたパックの妨害だ。内容は単純、ただ目の前を通り過ぎて声をかけるだけ。なにやら小さいヤツが空をかっ飛んでるのを見たらビビる、という低燃費かつ悪辣な策は、疲弊が頂点(ピーク)に差し掛かろうとしている私の逃走をこの上なく助けてくれている。

 

 ───小竜の咆哮が遠い。

 ───逆に言えば、まだ響いている。

 

 つまりアマゾネスの少女は健在であり、足止めも成功しているということだ。

 余計な思考をする余裕は無い。それは十分理解している。だがそれでも思ってしまう。───羨ましいと。小さな子供を守るために身命を投げ出すという素晴らしい役割を、どうして奪ってくれたのかと。酷く理不尽な弾劾を行ってしまう。

 

 「───っ?」

 「どうしたんです? お腹でも空きましたか我が王」

 「……信じられない。()()()()

 「えっ、マジですか?」

 

 言っている私も困惑し切っているが、妖精眼(グラムサイト)は確かに神特有の神気を捉えている。

 迷宮内に神がいることはあり得ない。ギルドに禁止されているのが一つ、一般人並みの身体能力しか持たない人材を潜らせる意味はないし、何より背負うデメリットが大きすぎる。いくら構成員が死んでも主神が健在ならば【ファミリア】は生きるが、主神が死ねば問答無用で終わるのだ。酔狂を通り越して気狂いとしか思えない。

 けれど、この瞳はいつだって正しく世界を観測(おし)えてくれた。だからこの気配も正しいはずだ。この先の広間(ルーム)には神がいる。

 

 「偶然とは思えない時機(タイミング)ですねぇ。どうします、迂回しますか?」

 「直進する。あそこには神しかいない。私の膂力でも押し通れる可能性は高いっ」

 

 そう、神しかいないのだ。どうやら護衛の団員の一人もつけずに迷宮を闊歩しているらしい。まるで意味がわからないが、私にとっては好都合だ。こちらは重傷者を抱える身なのだから、下界においては無力な神々など、脅威に思う余裕はない。

 相手がタケミカヅチ様のような武神だったらとか、単身でモンスターをどうにかできる武装を所持していたらとか、そこまで考えられる程、今の私は冷静ではなかった。

 

 どたばたと足音を鳴らし、ルームに突入する。

 その、瞬間。

 

 

 轟音。

 爆砕。

 

 

 「───っ!?」

 

 抱えている少女のことを気にする余裕はなかった。

 頭の中でけたたましく鳴り響く警鐘に従い、全力で前へと跳躍する。

 瞬きの間の浮遊感、背後から生じる凄まじい衝撃、受け身を取ることも出来ず頭から倒れ込んで、ズザザッとルームの地面を荒く削る。土が口に入って少し気持ちが悪い。

 ルームの出入口を見てみれば、何が起こったかすぐに理解できた。

 

 「崩落……塞がれた、のか」

 

 呆然と、呟いてしまう。

 大量の土砂により、あまりにも出来すぎたタイミングで通行不可能となった出入口。間違いなく人為的な、否、()()()な崩落を前にして、顔をしかめる。

 

 「おおう……他の出入口も塞がれてますよこれ。そんで、たった今最後のひとつが塞がれてしまったので、この広間は脱出不可能となった訳ですね」

 「……なら、こじ開ける」

 「それは困る」

 

 ぞっ、と。

 背筋が戦慄(わなな)いた。

 

 「このような細工をしたのは、君と対面するためなのだから」

 

 広間(ルーム)の奥、白霧に隠された一角より、【黒】が(いず)る。

 妖精眼はその全てを正しく観測(おし)えてくれる。

 酷く妖艶な顔立ちも、どこまでも退廃的な雰囲気も必要とせず、判断できる。

 その、漆黒の外套を纏う男神こそは。

 ───【死】を司る神なのだと。

 

 「……なんだ、貴方は」

 「既にわかっているはずだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「───」

 

 告げられた言葉に視界が凍る。

 槍のような一言に胸を貫かれる。

 あまりにも直接的な神託(オラクル)に、息が止まる。

 

 「───戸惑う必要はない、迷える子よ」

 

 神が語る。

 紫色の唇を薄く歪めて、微笑みを向けてくる。

 

 「私は死神であり、お前の前に現れるのは必然。これはそれだけの邂逅なのだから」

 「……私は、貴方を知らない」

 「私もお前の仔細は知らないとも。判るのはひとつだけだ。()()()()()()()()()()()?」

 「───な」

 

 驚愕が止まらない。

 誰にも明かしていないのに。

 アポロン様はもちろん、タケミカヅチ様にも、ツクヨミ様にさえ隠し通したモノを、眼前の見知らぬ神に暴かれる。

 これ以上この神の言葉を聞いてはならないと感じた。

 だが、それを、私の身体は許さなかった。

 聞かなければならない、と。

 フリューガー・グッドフェローは、この場面から逃げてはならないのだと、そう理解してしまった。

 

 「───死にたいと願っている」

 

 神が語る。

 

 「───終わりを望んでいる」

 

 それは、私の心そのもので。

 

 「───()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ズキリと。

 全身が、軋んだ。

 

 「……嫌だ。いや、やめて……」

 「過去の亡霊に囚われている……掻き毟りたいほどの衝動を、後悔の鎖が縛り付けている……お前の心は安息を忘れ、ただ磨耗していく……ただ独り、誰からも救われず、さ迷っている」

 「やめて、やめてぇっ……!?」

 「───私が、全ての苦しみから解放してやろうか?」

 

 深淵を彷彿とさせる紫の瞳と、目が合った。

 

 「【死】を司る神として、お前に救いを与えよう。───私の眷属になれ、さ迷う者。我が手足となり、我が神意に身を委ねよ。さすれば世界は景色を変え、お前は永久の安らぎを得るだろう」

 

 そうして。

 死神は、致命的な一撃を放った。

 

 「約束しよう。使命を全うしたなら───お前を縛り付けるモノ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「───ぁ」

 

 それは。

 それは。

 それは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 かつて、ひとつの【冒険】があった。

 

 

 それが何時(いつ)だったのか、何人によるものだったのかはわからない。その記憶は既に奪われている。

 誰が居て、どんな言葉を語り、どう終わったのかも、判然としない。その光景は既に失われている。

 けれど、戦いがあった。彼等は戦ったのだ。

 

 自分達を親元から引き剥がしたモノから解き放たれ、故郷へと帰るために。

 か弱い子供の身体で、無い知恵を絞って、その小さな胸に、勇気の火を灯して。

 いつ死ぬかもわからない暗闇に、希望の光を見出だしたのだ。

 

 なんて尊いのだろう。

 彼等は立ち上がったのだ。

 手を取り合い、仲間となって、絶望に立ち向かったのだ。

 

 全ての神々が祝福するような旅路に違いない。

 天上の星々に見守られ、(あまね)く精霊に付き添われていたのだろうと思う。

 過去のあらゆる偉業、栄光、偉烈に並ぶ出来事だったと、信じて疑わない。

 

 そんな、誰にも語られることのない英雄譚が、確かに在った。

 

 ……私は、そこにいなかった。

 勇気を持てなかったから。

 希望なんてないと思っていたから。

 私は、立ち上がれなかった。

 彼等の手をはね除けて、目を背けた。

 

 

 そして。

 彼等は死んで、私は生き残った。

 

 

 

 

 何度も、何度も、繰り返し考えた。

 何故、運命は勇気ある彼等から命を奪い、勇気を持たない私を生還させたのだと。

 何故、【冒険】に臨んだ彼等に与えられたのが『死』で、【幸運】なだけの私に『生』が与えられたのかと。

 ───何故、私は彼等と共に死ななかったのだと。

 

 死にたかった。

 彼等と死にたかった。

 【冒険】があったのだ。

 輝ける旅路があったのだ。

 たとえその末路が死であったとしても、尊いモノがあったのに。

 私は、死ねなかったのだ。

 

 ……ああ、そうだ。そうだとも。

 だから、死ねないのだ。

 【()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ……だから、もしも私が死ねるとしたら。

 それは、私の全能力を用いても、どうにもならない終わりと出会うだけなのだ。

 死力を尽くして、何から何までやり尽くして、それでも避けられない終わり。

 【幸運】な私が死ねるような、【運命】によって定められた【死】こそ、私の求めるモノ。求める終わり。

 救いはなく、許しもなく、ただ終わるその時だけを願って、ひたすらに怪物を屠る、そのために、迷宮都市オラリオまで来たのだ。

 ……その過程で、少しでも社の人々の暮らしが良くなるのなら、嬉しいと、そうも思ったけれど。前提は覆らない。

 私は、ダンジョンに終わりを求めた。

 

 醜い自己満足だと自覚している。

 私が生きようと死のうと彼等の結末は変わらないのに、私は独りで勝手に苦しんでいるのだ。

 彼等からすればいい迷惑だろうと思う。死後の安寧を乱してしまって申し訳ないと、心からそう思う。

 

 

 けれど、そんな私が……もしも、【終わり】ではなく、【許し】を得ることが出来るとしたら。

 それは、もはや何時だったかも分からないあの時に戻り、彼等の手を取って、共に【冒険】に臨み、そして死ぬこと、だけ。

 そして、それは不可能だ。

 彼等の【冒険】は過去に終わり、私はここにいる。

 だから、そんなこと、考えもしなかった。

 しなかった、のに。

 

 

 『過去に死した者との、再会を果たさせよう』

 

 

 死神ならば。

 神様ならば。

 この、あり得ない仮定も、実現出来てしまうのではないかと、そう思ってしまった。

 万能たる神の力(アルカナム)を用い、時間を巻き戻して、もう一度、あの瞬間を。

 あの『選択』を、やり直させてくれるのではないかと、想い至ってしまった。

 

 全てを捨てていいと思えた。

 あの瞬間、あの選択を得られるのなら、今までの全てを投げ捨てたって構わないと思った。

 社の人々だって、アポロン様の眷属だって、斬り捨てられるだろうと、そう感じた。

 死神の神意に身を委ねて、完全なる殺戮機構に堕ち果てるだろうと、それでもいいと、思った。

 

 だって、フリューガー・グッドフェローにはそれしかないから。

 彼がそう望んだなら、喜んでそうするのだろう。

 

 

 だから、私の答えは決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さぁ、私の手を……」

 

 死神が手招いてくる。

 安寧の道へと。

 楽に終われる道を示してくれている。

 伸ばされた手は、天啓にも似ていて。

 それを取ろうとする私を、私は否定しない。

 

 「断る」

 

 はっきりと、告げる。

 はね除ける手を二度と間違えはしない。

 死神の甘言を彼方へと吹き飛ばし、湾刀を握り締める。

 瞠目する男神に向けて、言い放った。

 

 「確かに私は死にたい。何もかも失って、ただ後悔だけを抱いた私は、死ぬまでもがき苦しむのだろうと確信している。死ぬその時まで永遠に安らぎを得ることはないのだろうとも。

 けれど───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ───それだけは、忘れてはいけない。

 

 顔を失い、

 躯を失い、

 親を失い、

 故郷すら失ったけれど。

 からっぽになった小さなこの(からだ)に、たくさんのモノを詰め込んでくれた人達を、私は決して忘れない。

 

 フリューガー・グッドフェロー(全てを失った少年)が、がむしゃらに終わりを望んだとしても、

 フリューガー・グッドフェロー(全てを与えられた少女)が、その『甘え』を斬り捨てる。

 

 死にたいという願いは変わらないけれど。

 それは、我が奉ずる神様に相応しい終わりでなければならない。

 

 「私の剣は武神タケミカヅチに授けられたもの。星を読む術は月女神ツクヨミに授けられたもの。神の恩恵は光明神アポロンに授けられたもの。貴方のために振るうものは何一つとしてない。

 ───何より。私の自己満足に他人を巻き込んでしまえば、()()の偉業を汚してしまう」

 

 その様を、男神はどう受け取ったのだろう。

 少なくとも彼は嘲りも笑いもせず、黙って私の叫びを聞いてくれた。

 微動だにせず、静かに。

 

 「……いいのかい? 本当に、オレの手を取らないで。君、泣いてるのに」

 「泣いてなんかない」

 「膝も、がくがく震えてるよ」

 「震えてない」

 「ほら、あと五歩くらい近づいてくれれば、それで」

 「───独りになっても、あの人達を裏切ることだけは、したくない」

 

 そっかぁ、と男神は呟いた。妖艶な雰囲気は既になく、されど軽薄な笑みもなく。

 

 「噂の『人形姫』ちゃんをおまけ扱いしちゃうくらいには、君を気に入ってたんだ。死者に会いたいって子を……魂の歪んでる子を数えきれないくらいスカウトしてきたけど、君は格別だったからさぁ。死を司る神としても、安寧を与えてあげたかった。

 ───わりと本気(マジ)な勧誘だったんだけどなぁ。いや全く残念。思ってたより、君は強かった」

 

 一歩、前に進む。

 独白のように言葉を連ねる男神を見据えて、更に一歩。

 今の今まで地面に投げ出してしまっていた少女を回収して、塞がれた出入口をこじ開けて、場当たり的な治療を行い、地上へと帰還するために。

 

 「……オレの眷属になったら、その子もちゃんと治療してあげるよ?」

 「うるさい」

 「だよねぇ」

 

 ───じゃあ、こうしよう。

 間違いなく、彼はそう口にした。

 そして、理解する。

 これから行われる行為は、致命的なモノであると。

 

 「っ、死神───!」

 「つまりは問答無用で死ねればいいんだろう? 死神として、死の安寧を求める者に、死を与えよう」

 

 小人族の矮躯をもって、眼前の男神を取り押さえようと、身を屈めた瞬間。

 抑え込まれていた『神威』が、解放された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あぁ───これなら、大丈夫そうだね」

 

 迷宮の天井に亀裂が生まれる。

 雨のように破片を飛ばし、ダンジョンに召喚される『それ』を見て、死神タナトスは満足そうに頷いた。

 

 漆黒の竜。中層に出現する竜種『ワイヴァーン』の強化種。

 一対の翼をもって空を泳ぐ、偉大なる怪物。

 下級冒険者では万に一つの勝ち筋も見いだせない、漆黒の終焉。

 

 「……あれには、勝てないな」

 

 ぽつりと、小人族は呟いた。

 『求めるモノ』を与えられたにも関わらず、ひどく静かな言葉だった。

 なぜなら、そう。

 

 「けれど……私が死ねば、この子も死ぬな……」

 

 足下に横たわる少女を、そっと抱える。

 未だ傷の深い金髪の剣士。このままでは死ぬのだろう。だがそれは私の次だ、とフリューガーは分かり切った結論を口にする。

 

 「この子を、隠してくれ。そして、可能なら、ここから出せ。頼む」

 「貴方はどうするんです、我が王」

 「……私は、戦わなきゃ」

 

 少女を広間の隅に横たわらせ、妖精の隠蔽を施したのと同時に、漆黒の竜が完全に産み落とされる。

 今も瞳から流れ落ちる涙を乱暴に拭い、頭上の翼竜を睥睨(へいげい)する。

 迎え撃つのは灼眼。燃えるような竜の瞳が、眼下の敵を見据える。あまりにも小さな剣士を、敵と認める。

 銀と赤の視線が交わり───そして。

 

 

 『オオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』

 

 

 口腔より放たれし竜の息吹が、炎の濁流が、広間を焼き尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 冒険をした/希望を求めた少年少女が死んで、
 冒険しなかった/希望を失った自分が生きている。
 その事実に打ちのめされた小人族です。

 某国民的海賊漫画で、『人が死ぬのは、人に忘れられた時だ』という意見を目にしました。
 そういった意味で、フリューガーは常に『少年フリューガー』という名の死者一歩手前の人間を背負っています。
 なにせ彼を覚えているのは少女となったフリューガーしかおらず、少女からしても、顔も躯も記憶も奪われているので、もう死にかけです。タケミカヅチもツクヨミも、『彼』を生かしてはくれません。『彼』を生かしているのは自分一人だけ、と少女フリューガーは思っています。
 立ち振舞いが女性と化していく、という事実は、少女フリューガーにとって『少年フリューガーが死んでいく』ことと同義であり、それゆえに精神を削られ、死にたいと願うようになりました。
 自分が完全に死ぬ前に死にたいと思ったんですね。
 でも、『彼等』は生を望んで冒険して死んで、フリューガーは生き残ってしまったので、死ぬわけにはいかなくなったのです。
 タケミカヅチ様とかツクヨミ様とかからたくさん貰っちゃったのでシチュエーションにも拘るようになっちゃいました。
 もうマヂ無理。そんな感じです。
 某正義の味方兄貴を参考資料としています。











 
 最終回でこいつに満面の笑顔で『生きててよかった』と言わせます(迫真大暴露)



 よわよわ小人族フリューガーの冒険、よろしければ今後もご贔屓にしていただけますと、私は嬉しいです。
 あとタナトス兄貴は真剣にフリューガーを救うために行動しました。タナトス兄貴視点がなかったから唐突に見えてしまうかもしれません。いや唐突なのですが。いちおう前書きの語りが全てなのでそう深く考える必要はありません。
 死にたがってる子を死神がほっとくわけないよなぁ? という一念によるタナトス兄貴劇場でした。
 あと『彼等』ですが、全員死んでる訳じゃないです(重要)。フリューガーはそのことを知りませんが。
 また、フリューガーと同じように、じっとしてたらいつの間にか助けられていた、という子もいます。

 次回はアイズちゃん視点です。今回がくっそ難産だった分、次回はかなり早いかと思われます。よろしくお願いします。

 烏瑠様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 kuzuchi様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。


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幕間『英雄宿命/ソード・オラトリア』

 長すぎてなますになったので初投稿です。
 実際これはありなのだろうかと戦々恐々してますがまぁ二次創作やしかまへんやろ(無責任)


※ワイヴァーン戦のRTAパートは二話後に描写します。RTA風小説とは……

 ノノノーン様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 鳥瑠様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 kuzuchi様から誤字報告をいただきました。こちらは『観る』で大丈夫です。ありがとうございます。
 竜人機様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 KAKE様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 あっきの王様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 so-tak様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。


 漆黒の竜が、燃え盛る火炎を解き放つ。

 竜の口腔(こうくう)より迸る真紅の殺意(ドラゴン・ブレス)

 周囲一帯を焼き払う範囲攻撃(A o E)に対し、占星術師は一振りのナイフを構え、口を開いた。

 

 「《私は太陽を奉ずる者》───」

 

 詠唱と共に、魔力を観測する瞳、妖精眼(グラムサイト)がその色彩を変調させる。月を彷彿とさせる白銀が、太陽の輝きを放つ。

 『月』を根幹とする魔眼変調が敵対者に一撃必殺(クリティカル)をもたらすモノならば、『太陽』を根幹とするこちらは炎熱への対処に優位を得る代物である。

 さらに、占星術師は構えていたナイフを宙空へと投じ、指先を複雑な手順で動かした。虚空に魔法円を描き、占星術を行使する。

 

 「───《導きたまえ》!」

 

 はたしてそれはいかなる術理か。

 確かに投じられ、後は落ちるだけなはずのナイフが、宙空にてピタリと停止する。ついで方位磁針のように回転したかと思えば、ある方角へと切っ先を向けた。

 これこそが占術による《導き》であり、《導き》を得たナイフはより良い未来を指し示すべく宙を駆け抜け、広間の一点へと突き刺さる。

 その地点へと占星術師が滑り込んだ───直後。

 

 『─────────ッッッ!!!』

 

 火炎の濁流が、広間全域を焼き払う。

 とめどなく噴き出す竜の息吹。灼熱の殺意が迷宮の地面を爆砕し、土砂を巻き上げる。

 立ち込めていた霧は全て吹き飛ばされ、枯れ木も草原も等しく焼き滅ぼされ、全焼した大樹が轟音を伴って倒壊する。

 深い霧に閉ざされていた白色の世界は、ほんの数秒、たった一匹のモンスターの手で、真紅の世界へと模様替えされた。

 火の海と化した広間(ルーム)に、以前の光景を思わせるものは残されていない。

 

 『───ォォッ……?』

 

 絶大な破壊をもたらした漆黒の翼竜(ワイヴァーン)は、そこで怪訝な感情を、首を巡らせる仕草の中で表した。

 視界の晴れた赤色の平原から、彼の『標的』が消失(ロスト)していたからだ。

 神の神威に応じるように───神を葬るためにダンジョンより遣わされた『抹殺の使徒』たる翼竜にとって、神の抹殺は存在意義に等しい。先程の火炎流によって焼死させた手応えはなく、故にこの広間(ルーム)内にいるはずなのだが───。

 しかし、いない。

 神威を放ち、彼を召喚せしめた神タナトスは既に迷宮から脱出しており、彼の手の及ぶ範囲からは外れてしまっているのだ。

 

 そして、〝動揺〟という名の隙を占星術師は見逃さない。

 【一意専心(スキル)】をもって照準するのは竜の灼眼。装填されるのは魔術師の凶刃。

 最優先対象の消失(ロスト)に戸惑うワイヴァーンの眼球目掛け投じられる、《導き》を纏う凶弾───!

 

 『───ッッッ!!!? オオオオオオッ!?』

 

 一瞬にして潰された右側の視界。焼けるような痛みと部位の欠損という不快極まりない出来事に耐えかねた翼竜が叫喚を放つ。

 墜落することなく滞空駆動(ホバリング)を維持できたのは『彼』の技量によるものではなく、このまま墜落すれば命はないぞと本能が告げていたからだ。

 残された灼眼で焦土と化した地上を見下ろせば、なるほど確かに中央の辺りに『それ』はいた。

 頭から袋を被り、所々を草と土で汚した、矮躯の冒険者。

 なるほどその位置は死角であり、不意打ちするには適した地点である。

 けれど、それは有り得ないのだ。

 だって、その冒険者は、先程火炎流をもって焼き払ったのだから。

 

 『ゥゥゥッ……』

 

 確かに、直撃したはずだった。

 冒険者が飛び込んだ位置は念入りに焼き払ったのだから、生きているはずはない。

 しかし現実として冒険者は焼死しておらず、竜の瞳は奪われている。

 彼は優先順位を改めた。

 消失した神の追跡をひとまず保留とし、眼下の『脅威』を更に念入りに排除することを決定する。

 そして、

 

 『オオオオオオオオッッッ!!!』

 

 雄叫びと共に、冒険者の頭上より滑空攻撃を仕掛けた。

 

 (……よし)

 

 その姿を認めて、フリューガーは目論見が達成されたことを悟った。

 使()()()()()()()()ナイフを鞘に納め、魔術の連続行使によって生じた頭痛に顔をしかめる。

 予め三本用意していた『占星術師のナイフ』は、既にその残数を一つまで減らしていた。

 火炎流の回避に一本、竜の眼球を射抜くためにもう一本。開戦早々にも関わらず惜しみもなく振る舞われたそれらは、字面以上の成果をフリューにもたらしている。

 

 (これで、連続で火炎流を放たれる懸念は消えた……)

 

 フリューが危惧していた最悪の展開は『ひたすら火炎流を連打される』こと。

 こちらの攻撃が届かない上空から、回避に『占星術師のナイフ』一本を必要とする火炎流を淡々と放たれ続けたなら、フリューはそう遠くない未来焼死体と成り果てていただろう。

 だが、ワイヴァーンの次なる一手は『滑空攻撃』。

 謎の手段で火炎流を凌いだ獲物に対し、火炎流は有効打になり得ないと『誤認』した怪物が、近接戦闘を仕掛けてくる。

 偉大なる怪物と小さな冒険者の『駆け引き』は、冒険者に軍配が上がった。

 

 『オオオオオオオオ───!!!』

 

 火炎流を封じてなお鬼門は続く。

 ワイヴァーンは翼竜なれば、その真骨頂は一対の大翼による飛翔から繰り出される突撃である。

 まともに食らえば即死するのは火炎流と同じ。異なるのは防御不可能か可能かという一点のみ。

 その防御(パリィ)でさえ、体力の消耗と共に困難になっていく。

 故に、狙うのは翼。

 一刻も早く飛翔能力を削り、地上戦に持ち込まなければ、フリューに勝機はない。

 

 浅く息を吐き出し、武器を構える。

 握るのは無銘の湾刀。どこかの誰かが作ったらしい業物。

 精神を研ぎ澄ませ、【一意専心(スキル)】の引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漆黒の竜を前に、一歩も引くことなく相対する冒険者の背中を、彼女は見ていた。

 

 その金色の瞳に滲むような()()を浮かばせて、じっと。

 

 破砕された己の武器を抜くこともなく、ただ、眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その『ズレ』が生じたのは、ある一幕からだった。

 

 

 『うわぁああああああああああああああ!?』

 

 第7階層の奥より響く複数の悲鳴。轟く叫喚。

 それに応じるようにアイズは駆け出し、すぐさま6階層へと続く連絡路前へとたどり着いた。

 

 『《キラーアント》の大群! 仕留め損なった冒険者が【怪物進呈(パス・パレード)】でもしたか!』

 

 アイズの付き添いとして同行していたガレス・ランドロックが事のあらましを察する最中───アイズは冷静に状況分析を行う。

 『正史』のように一も二もなく突撃し、最強の【復讐姫(スキル)】をもって蹂躙を働かなかったのは、モンスターの駆逐よりも優先したい事柄があったからだった。

 

 『増援、また来ます! 右の通路、数は……9体っ!』

 『だああッくっそ、演奏する暇もないぞこん畜生! 坊っちゃんは後退、左の方に行って!』

 『はいっ!』

 

 正面の連絡路を塞ぐ軍勢に加え、左右の通路からも次々と雪崩(なだ)れ込んでくるキラーアントを迎え撃つ、異なる徽章(エンブレム)をつけた複数の一党(パーティ)

 その中でも特に目立つ、只人(ヒューマン)の男性がいた。

 どこか吟遊詩人(バード)を思わせる布鎧を纏い、紅炎(プロミネンス)の輝きを放つ波状剣(フランベルジュ)を振り回すその男性の動きは他の冒険者と隔絶しており、上級冒険者であることは明らかである。

 しかし、アイズの関心を攫ったのは、その男性ではなく───彼の陰に潜むような立ち回りで怪物を殺していく、小さな剣士だった。

 

 『フリューくん、フォロー頼む!』

 『はい』

 

 頭目らしき波状剣(フランベルジュ)の男性の指示を受け、正面のキラーアントを屠っていた剣士が急場へと直行する。

 敵影が減少しつつある左側と違い、今も怒濤の勢いでモンスターが押し寄せている右側の戦場。9体もの追加が入ることに『多すぎるだろッ!?』と悲鳴を上げる冒険者達を通り過ぎ、更に前へ。

 迫り来るキラーアントの群れに、真っ向から立ち向かう。

 

 『アイズ、お主は右へ行け。儂は正面を叩く!』

 『……うん』

 

 ガレスの指示に従い、怪物を駆逐するべく、アイズは疾走した。

 

 

 

 

 『ガレス……』

 『む、どうしたアイズ』

 

 迷宮からの帰り道、アイズはガレスに質問を投げ掛けていた。

 やれ特注品(オーダーメイド)が欲しい10階層に行きたいなどという要求こそ活発だが、純粋な疑問を呈するのは珍しく、ガレスは目を丸くしてしまう。

 少女が語ったのは、先の戦場で共に戦った、名も知らない剣士の不思議だった。

 

 『わたしより、遅いのに……わたしより、たくさん倒してた』

 『そういう立ち回りをしとったからの、あの剣士は』

 『立ち回り?』

 『おうとも』

 

 こてん、と可愛らしく首を傾けるアイズを見て、歴戦の戦士であるガレスは鮫のように笑った。

 アイズの側で見事な立ち振る舞いを披露した戦士の姿は、彼の目にも留まっていたのだ。

 

 『湾刀の技量も大したものじゃが、目を見張るのは立ち回りよ。敵意(ヘイト)管理の概念と、モンスターの行動を知り尽くした者の動き方をあやつはしておった。聞くがなアイズ、先の戦い、やけに戦いやすくなかったかの?』

 『……』

 

 その言葉を聞いて、アイズは思い出してみる。

 【復讐姫(スキル)】によって冷静さを欠いており、あの場では気づけなかったが……戦いやすかった、ような気がする。

 いいや、確かに戦いやすかった。

 背後からの強襲も横槍も発生せず、常に一対一の戦場を与えられ、モンスターの方から寄ってくるので大きく移動する必要もなかった。

 それを、自らもキラーアントを間断なく屠りながら行うのが、どれだけ困難なことなのか、アイズにはよくわからない。

 

 『……立ち回り』

 『うむ。立ち回りじゃ』

 

 けれど、凄いことなのだろうとは思った。

 『体格が伴えば一級の壁役(ウォール)にもなれるじゃろうな』と呵々大笑するガレスの顔を見れば、容易に察せられた。

 

 

 

 

 

 

 次の『ズレ』は、酒場の一幕。

 

 

 『───それじゃあ、フィン達の活躍を(ねぎら)って、乾杯!』

 

 悪戯の神の音頭に合わせて、神の眷属が杯を掲げる。

 都市最大派閥として闇派閥(イヴィルス)の対応に骨を折る団員達を労うべく───という名目で───開かれた宴会の席に、アイズの姿はあった。

 探索帰りということもあって、こんなことをしてる暇はない戦わなきゃ症候群の勢いもそう強くはなく、しかし宴を楽しむ気分にもなれないので、派閥団長(フィン)の側で搾りたての果汁(ジュース)を黙って飲む。

 ドワーフの店主と絡んで常には見せない表情を浮かべる首脳陣、わいわいと騒ぐ同派閥の先達、楽しげにジョッキを傾ける他の客。そんな温かな光景に胸の痛むような懐かしさを感じていたとき───彼等はやって来たのだ。

 

 『アイズちゃーん! たまには団長達じゃなくて俺達とも話そうぜ!』

 『いけー、ケビン!』

 『……!?』

 

 ロキ・ファミリアの下位団員達だ。酒精によって朱の差した笑顔を振りかざし、普段交流する機会に恵まれないアイズへと突貫を仕掛けたのだ。

 都市最強派閥の名に違わぬ連携で瞬く間にアイズを取り囲んだ彼等は、ぎょっとするアイズに言葉を投げ掛ける。

 

 『アイズたん、じゃなくてアイズちゃん! お姉さん達の美味しい魔法の飲み物、飲んでみない?』

 『この不思議な飲み物を飲むと強くなれるんだぜ!』

 

 そのような言葉と共に差し出された『飲み物』は、魔法の飲み物ではなく、ただの果実酒だった。まあ気は強くなるだろう。もしかしたら【耐久】も若干上がるかもしれない。誤差の範囲内だろうが。

 飲んだくれによる、理論もへったくれもない酒の勢いに任せた『説得』。まともな人物相手なら通用するはずはないが、しかし。

 ───強くなれる?

 アイズの琴線を震わせる言葉(ワード)に加え、元々世間知らずだったことも合わさり、なんと成功してしまった。金色の瞳を爛々と光らせ、グラスを受けとってしまう。にんまりと笑う団員達。

 一連の流れにフィンが苦笑し、ガレスが面白そうに髭を撫でたところで、二人はある違和感を抱いた。緑髪エルフ(リヴェリア)はどこへ行った?

 

 『……あっ』

 

 アイズが果実酒に口をつける寸前。

 少女の身体は、硬直した。

 さあ今から飲みますよとグラスを傾ける姿勢のまま彫像と化すアイズに、他の団員達が怪訝な顔をしていると───

 

 『お前達』

 

 彼等の背後。

 アイズの視線の先に、鬼神が顕現していた。

 

 『年端もいかない子供に、故意に酒精を与えようとは……そうとう()()されたいようだな』

 『『『───スイマセンデシタ』』』

 

 一糸乱れぬ動きで床に這いつくばる下位団員達。

 平伏する彼等に、リヴェリアは不機嫌な顔のまま言葉を連ねる。

 

 『宴会で羽目を外すのは勝手だが、最低限のマナーは守れ。全く……』

 

 それは、『正史』とは異なる対応だった。

 本来ならばフィンとガレスに妨害されて阻止できなかったアイズの飲酒を、このリヴェリアは防いだのだ。

 

 『昨今は神も酒で身を崩し、治療院の世話にかかっているという。このような時勢故、飲酒そのものを禁止しようとは思わないが……十にも満たない子供に飲ませるのはいただけん』

 

 それは彼女が知己の治療師から聞いた話だった。

 ()()()()()が過剰な飲酒と過労によって治療院にかかったという、それだけの話なのだが、酒飲みの主神を抱えるリヴェリアには他人事とは思えず、結果としてやや神経質になっていたのだ。

 そもそも特に何もなかった『正史』でも未成年の飲酒行為を止めようとはしていたので、ちょっとでも背中を押されればこうなる、というだけの話だった。

 

 『これは没収させてもらう』

 『は、はい……』

 『くそっ、酔いどれアイズちゃんを拝めると思ったのに……!』

 

 鬼神の去った後。

 アイズは項垂れる下位団員達に囲まれて神妙な顔をしていた。リヴェリアは酒を没収しただけで下位団員をアイズからひっぺがそうとはしなかったのだ。どうやら先程下位団員の一人が発言した内容にリヴェリアも賛同しているらしかった。

 アイズはどうすればいいかわからなかった。モンスターを始末する方法は学んできたが、同僚とお喋りする方法はさっぱりである。何を話せばいいかわからない。

 もういっそ逃げ出してしまおうか。そこまで考えたアイズに、待ったをかける人物がいた。

 

 『……まぁ別に。酒がなくてもお話は出来るからな、なんの問題もないだろたぶん。というわけでお話しようアイズたん、じゃなくてアイズちゃん』

 

 先程真っ先に話しかけてきた男性、ケビンである。

 彼に続くように、他の項垂れていた下位団員も顔を上げる。

 

 『……すみません、その。……何を、話せば』

 『知ってた』

 『ふふふ我等の調査ぢからを侮ってもらっては困るぞアイズたん。君が迷宮探索にしか興味のない戦闘大好きガールということはこの場の全員が知っている……』

 『そんなアイズちゃんと楽しくお話するための策は用意済みよ!』

 

 口々に言い募る下位団員達は、一通り発言した上で、一人の男を見る。

 同僚からの合図を受けた男、ケビンは、ニヤリと笑ってこう言った。

 

 『ここには槍使いと双剣使いと湾刀使いと盾使いと、エトセトラエトセトラな上級冒険者が揃っている訳だが……どいつの話から聞きたい?』

 

 都市最強派閥(ロキ・ファミリア)における『下位団員』───Lv.2以上の先達に囲まれるアイズは、その瞳を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───そして、決定的な『ズレ』が起こる。

 

 

 『アイズ、これは誰しもが通る道だ。深刻に受け止めるな』

 『【アビリティ】は極めるにつれ、成長速度も落ちていく。決して君の伸び代がなくなったわけじゃない』

 『そうやなぁ。【ステイタス】っちゅうもんはそういうもんや』

 

 リヴェリアが、フィンが、ロキが口にする言葉を、アイズは黙って聞いていた。

 【ステイタス】の諸数値が限界間近となり、成長速度の衰え始めた時期。

 リヴェリア達と言葉を交わし、執務室から出たアイズは、感情のままに渡された更新用紙を握り締める。

 幼い相貌に浮かぶのは身を焦がすような不安だ。衰えた成長速度に、明かされない【ランクアップ】の手段に、自分はもう前に進めないのではないかと恐怖してしまう。

 張り詰めた表情でダンジョンに向かおうとするアイズは、本拠地(ホーム)の門をくぐろうとした時、見覚えのある顔を見かけた。

 

  『あら、一人でダンジョンに行くの? あんまり無茶しちゃ駄目よ、アイズちゃん』

 

 以前、宴会で知り合った女性。

 本日の門番を務める彼女の腰には、薄く歪曲する長剣が備わっていた。

 

 『……だったら、武器を変えてみない? アイズちゃんってば短剣一筋だから、この機会に別のも触ってみましょうよ。それに、不慣れなことをすると【ステイタス】も上がりやすいわ』

 

 湾刀使いの女性は真摯にアイズの不安に付き合った。

 少女の言葉足らずな説明をしっかりと聞き、策を提示し、門番の代わりを見繕い、暇そうな同僚を片っ端から連行して、【ファミリア】の予備武器部屋へとアイズを連れていったのだ。

 買ったのはいいが使う機会に恵まれなかった代物や、引退した先達の武具が所狭しと押し込められた一室。

 女剣士が手に取った武具をアイズが軽く振るい、その武具を専門とする団員が筋の善し悪しを判断する。

 やれこれはいい、やれこれはよくない、やれお前の性癖を押し付けるな、などと喧騒が広がり、かつての宴会の席で自分の武器を宣伝(ダイマをかま)した者達が集い、遂には派閥団長まで加わった美少女戦士の武器選びは、巡りめぐって初心にかえってきたところで落ち着いた。

 

 『……これがいいです』

 

 アイズが手に取ったのは───湾刀だった。

 槌や槍よりも剣の形をしている武器の方が馴染みやすく、その中でも軽いものに惹かれた。

 そして、かつて僅かな時間『共闘』した剣士の姿が脳裏を駆け回り、この武器を選ばせたのだ。

 

 『う、うーん。使ってる私が言うのもなんだけど、これって結構扱いにくいのよね。斬るのにコツがいるし、受け流すのも難しいし、あとはそう、とっても脆いの。初心者さんにはちょっとおすすめ出来ないかなぁ?』

 『やっぱり大剣だろ。ソロならともかく、隊伍組んでいいんなら初心者向け極まってるし……何より、美少女がゴッツイ剣担いでると俺が嬉しい』

 『ふんっ、黙れ筋肉主義者(マチスモ)。麗しい乙女に相応しいのは長弓であると何度言えばわかるのだ』

 『いや弓ってくそムズいじゃん。というか武器ってどれもこれも難しいし、使わないでよくない? やっぱり女なら拳が一番でしょ? 一緒にモンスターを殴り倒そうよ、アイズちゃん!』

 『『『申し訳ないがアマゾネス理論はNG』』』

 『なんでェー!!!?』

 

 セルフ漫才を披露する団員達に目を丸くするアイズに、苦笑するフィンが口を開く。

 

 『……やっぱり槍、使ってみない?』

 『え、と』

 『冗談だよ。アイズが自分で選んだんだ。僕らはそれを応援するだけさ。しばらくの間、カガリと一党(パーティ)を組んで、教えてもらうといい』

 『えっアイズちゃんとダンジョンしていいんですか? やったー! 頑張って教えるわね、アイズちゃん!』

 

 こうして───アイズは《剣の祝杯(ソード・エール)》をしばし封印し。

 先達の残した湾刀を、握ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (───あつい)

 

 ぼんやりとした思考の中で、一人思う。

 辛うじて火の海と化していない、広間(ルーム)の隅に寝かされている彼女だが、燃え盛る炎の熱は伝わってきている。まるで悪魔の釜に入れられたかのよう。

 

 (───……あつい)

 

 ならば。

 背中から生じる凄まじい熱は、まさしく竜の炎を直に受け止めているのだろうと、アイズは思った。

 

 (───怪物は、殺す)

 

 それは両親を奪還するための『道標』であり、過去に打ち立てた『誓い』である。凄絶な過去によって歪められたアイズの根幹である。

 故にアイズは怪物を殺す。それは考えるまでもなく当たり前のことで、アイズがアイズである限り、決して曲げられない代物だ。

 けれど、しかし、それでも、

 

 (───怪物は、殺さなきゃいけない、のに。……痛い。苦しい。暑い。……()()

 

 アイズは己を支えていたものが砕けかけていることを自覚する。

 痛いのは怪我をしているからで、苦しいのはいつものことで、暑いのは気温が上がっているだけ。けれど、最後の感情だけは、抱いてはならなかった。

 アイズがアイズであるならば、今すぐに立ち上がって憎き竜を殺さなければならないのに、怖い。

 そんな感情はとうに捨てたはずなのに、怖い。

 【復讐姫】(竜に負けないための力)を背負うアイズが()()()()()()()()()()()()()()───怖いのだ。

 

 (───負けた。負けた。負けた。『竜』に敗北した。絶対に負けちゃいけないのに、二度と負けないと誓ったのに、わたしは)

 

 スレイヤー系の【スキル】保有者には、共通する事柄がある。

 特定の種族と相対した際、絶大な恩恵を発揮する彼等は、総じて『その種族を相手取ることに特別な感情を持つ』傾向があるのだ。

 その種族の怪物には二度と負けないという強烈な自信、自負。あるいは二度と負けたくないという恐怖(トラウマ)。そういった経験値(エクセリア)を基盤として汲み上げられる【スキル】系統であるからして、それは必然である。

 そしてアイズの場合は、後者だった。

 

 (───負けた)

 

 竜には二度と負けないなんて自信も自負もあるはずがない。歴史上最強と称されるスレイヤー系スキル【復讐姫(アヴェンジャー)】の根幹にあるのは竜種に対する底無しの()()だ。少女から全てを奪い去った漆黒の終焉にアイズは恐怖して恐怖して恐怖して、それでも打ち勝たなければならなかったから、その【復讐姫(スキル)】は発現した。

 もう二度と負けないように、二度と大切なものを奪われないようにという『願い』。

 ───それを根幹とするスキルを所有するアイズが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 (───怖い……怖いよ……)

 

 人形の仮面はとうに剥ぎ取られ、アイズは弱い少女のままに恐怖に震える。再来した心的外傷(トラウマ)に怖気が止まらない。

 ゆっくりと時間をかけて静養すれば立ち直れる程度の精神異常(デバフ)によって、アイズは戦闘不能と化した。

 

 

 『───オオオオオオオオオッッッ!!!』

 

 

 一際大きく、竜が叫んだ。

 アイズにはそれが何か理解できた。

 それは、勝鬨だった。

 漆黒の翼竜、強化種のワイヴァーンは、冒険者に打ち勝ったのだ。

 『彼』は満身創痍だった。

 傷の数だけを見れば、大したことはないのだろう。だが断ち切られたほんの数ヶ所には、いずれも一歩間違えれば致命となっただろう深い傷が残されている。

 瞳を奪われ、翼を千切れる寸前まで痛め付けられ、今も首元から大量の血液を溢す翼竜。

 その眼前に、冒険者はいた。

 

 「はっ……ぁっ……」

 

 こちらもまた、満身創痍だった。

 複数の致命傷一歩手前の傷を負う竜とは違い、冒険者には致命の傷はない。服の所々を焦がし、頭から被るずだ袋がぼろぼろとなっている程度である。そして、それらは地を転げるように行われた回避運動の結果であって、やはり竜の手で刻まれた傷はない。

 それでも、冒険者は敗北した。

 単純な体力差によって、無傷でありながら、湾刀を振るう冒険者は膝をついた。

 全ての攻撃を弾き、避け、何度も致命の一撃を叩き込んでなお、偉大なる怪物を屠るには足りなかったのだ。

 

 アイズはその戦いの全てを見ていた。

 見ていた上で、立ち上がることなく、地に伏せていた。

 その理由は極大の恐怖に抗う術を持たなかったのと、もうひとつ。

 

 (───ああ。わたし、期待してたんだ)

 

 もしかしたら、と。

 母親のような森人(リヴェリア)に酷い言葉を叩きつけて、無謀な探索を決行して、小竜の強化種というイレギュラーと遭遇して。

 既に一匹のインファント・ドラゴンを倒しきっていた湾刀が、限界を迎えて砕け散った瞬間を狙われ、火球を当てられて。

 竜に負けた瞬間に───その人は、現れたから。

 

 「わたしの……えいゆう……」

 

 アイズは諦め切れなかったのだ。

 自分の前に現れることはないのだと悟り、自ら剣を執った今でも、どうしても。

 『わたしだけの英雄』と出会える奇跡を、どうしても捨てられなかった。

 だから手を貸さなかった。

 もしかしたらそうなのかもしれない、と。根拠のない望みを投げ掛けて、名前も知らない湾刀使いと共に戦おうとしなかった。

 

 「……ごめん、なさい」

 

 アイズはどうしようもなく惨めな気分になった。

 自分が勝手に期待したせいで、自分を守るために戦ってくれた人は死ぬのだと思うと、胸がひび割れそうだった。

 何より、何も為せないまま死んでいく己が、許せなくて、悲しくて、(むな)しかった。

 

 竜が前進する。

 冒険者には欠片ほどの力も残されていなかった。

 英雄のごとく戦った戦士に対し、偉大なる怪物は引導を渡すように厳かに歩み寄った。それはモンスターである『彼』には備わっているはずのない感情によるものだった。

 生ける彫像と化した戦士。眠りを与えようとする竜。

 アイズにはどうすることも出来なかった。

 身体は指一本動かなくって、仮に動いたとしても距離が遠すぎる。

 完全に、詰んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 「───《踊れ踊れ平原吹く風、かの者の声を、私の耳へ》」

 

 その詰み(おわり)を覆すべく、悪戯の妖精は魔力を振るう。

 

 悪戯を専門とする彼が行使するのは風の魔術。

 遠くの声を誰かの耳へ届ける程度のささやかな魔力。

 そして、使用限界に達したずだ袋を剥いで差し上げる。

 

 これでいいだろう、と妖精は確信する。

 ()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして。

 アイズはそれを見て、それを聞いた。

 

 英雄のごとく戦った剣士の顔が晒される。

 一秒後の死を避けられない人間の顔が晒される。

 アイズはその時初めて剣士が自分と同年代の少女であることを知り、

 

 

 「……()()()()()()()

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、アイズの中で何かが壊れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣を振るう、父親の後ろ姿。

 金の瞳はそれを見ていた。

 木漏れ日の差し込む場所で、母親の隣に座って。

 鍛練の様子を、父親はあまり見せたがらなかった。

 けれど彼は剣を抜いた途端に専心し、相貌を凛々しい戦士のそれへと変貌させるのだ。

 父親の剣を見るのは好きだった。

 その剣は何かを傷つけるものだけれど、同時に仲間を、母親を守るためのものでもあったからだ。

 

 アイズにとっての父親は、母親を守る剣士であり、『英雄』そのものだった。

 

 『アイズ』

 

 名前を呼んで、彼は鞘に納めた剣を差し出した。

 その相貌は凛々しくも穏やかで、

 

 『アイズ』

 

 背後から、母親の声がかかる。

 その声は、子供への愛情に満ちていた。

 暖かな陽光の下、両親の愛情に包まれて、目の前には、憧れてやまない『英雄』の剣がある。

 けれど。

 

 「……違う」

 

 アイズは、それを手に取らなかった。

 

 「わたしには、振るえない……」

 

 表情を失くす父親の姿に僅かな諦観を覚えながら、少女は言葉を連ねる。

 

 「……わたしには、救えない」

 

 アイズはここが現実でないことを悟っていた。

 おそらくは、人が死の淵に見る走馬灯のようなものなのだと思っていた。

 だから、少女は願った。

 

 「……わたしには、来なくていいから。わたしは出会えないって、わかってるから」

 

 ()()()()()()()()()()少女の姿を想い、願う。

 

 「どうか、あの人のところへ行ってあげて。あの人を救ってあげてっ、英雄さま(おとうさん)……!」

 

 あの瞬間。

 英雄だと思っていた剣士の顔と言葉を聞いた瞬間、アイズはわかってしまった。

 あの人は英雄ではないと。

 アイズと同じように、全てを奪われたのだと。

 『英雄』に出会えなかった、ただの少女なのだと。

 それはアイズにとって絶望に等しかった。

 彼女はアイズと同じだったのだ。

 全てを奪われて、けれど『英雄』は現れなかったのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()と、悟ってしまった。

 

 原因が違うだけなのだ。

 それが世界三大依頼の標的にして人類の絶対敵対者の手によるものか、古の森人の手によるものか、あるいはまた別の手によるものか。

 どんな経緯であれ全てを奪われた事実は変わらなくて、そんな境遇の少女は世界にはありふれていて、『英雄』の数は決まっていて、救われない少女の方が多いのだと、そう感じてしまった。

 

 故に、彼女は願うのだ。

 わたしは救われないのだろう。救われない誰かのように救われないのだろう。わたしだけの『英雄』なんて居ないのだろう。そんなことはもうわかっている。

 だから、せめて、あの人には。

 見ず知らずの自分のために命を賭して戦ってくれた、運命に苛まれてなお清廉だった、まだ『英雄』と出会えるかもしれない少女には。

 救われない少女が二人いるのだから、片方くらいには救いが与えられるべきだろうと、『英雄』に願うのだ。

 

 『……アイズ』

 「お願い……お願い、します。わたしは、いいから。わたしはもう、諦めたから。だから、せめて───!」

 

 金の瞳から滂沱の涙を流して、アイズは懇願した。

 たとえ目の前の『英雄』が、自分が死の淵で幻視した、形のない『英雄』だったとしても。

 そう願うことこそが、あの少女への謝罪になると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……アイズの、()()()

 

 

 

 

 

 

 

 アイズはそれを幻聴だと信じて疑わなかった。

 この光景は自分(アイズ)が死ぬ寸前に見た幻覚の類いなのだから、自分(アイズ)の知らない言葉を話す母親が存在するはずがないと思ったのだ。

 けれど背後を振り返ってみれば、そこにはアイズが見たことのない表情(かお)をした母親がいた。

 

 「おかあ、さん……?」

 「おばかには、ぺちんってしちゃう、よ」

 「っ~~~!?」

 

 アイズは額を押さえてうずくまった。───でこぴんされたのだ!

 今度こそ、アイズは混乱した。天真爛漫の化身だった母親からでこぴんを喰らわせられるなんて、緑髪エルフ(リヴェリア)安酒(エール)を一気飲みするような事態で、つまりは天変地異に等しかった。

 訳がわからなかった。

 父親も、母親も、自分(アイズ)の見たことのない顔をしていた。

 あるいはそれは、子供が生まれたことで引っ込んだやんちゃさの発露であり、これこそが本来の2人の顔なのだろうか───?

 

 「アイズ」

 「───」

 

 父親の声に、荒ぶっていた精神が整えられる。

 子供の前では決して見せることのなかった顔をする父親は、かつてあらゆる戦場を制した『英雄』としての言葉を語る。

 

 「僕は、あの子の英雄にはなれないよ」

 

 ───アイズが相貌を罅割らせようとした、寸前。

 父親は、剣のような眼差しで、アイズを射抜いたのだ。

 

 「あの子の英雄は、もう決まっている」

 「ぇ……?」

 「……聞いて、アイズ」

 

 今度は、母親。

 英雄に寄り添い、運命の糸を巻く使命を帯びた『大精霊』が、母親の顔を一時(いっとき)胸の奥に仕舞い込み、語る。

 

 

 「───()()()()()()()()()()()()()

 

 

 金の瞳が、見開かれる。

 

 「あの子を助けられるのは貴方しかいない。そして貴方には『資格』がある。根性も才能も運命も足りている。だったらなれないはずはない。貴方が英雄になるしかない」

 「わたし、が───?」

 

 考えたこともなかった。

 剣を執る前も、剣を執ってからも、一度も思うことはなかった。

 アイズにとっての英雄とは父親で、決して自分の前には現れない幻で、自分がそれになるなんて、思えるはずもなかったから。

 弱くて、小さくて、モンスターを憎むことしか出来ない自分が、誰かを救えるなんて思い上がることは出来なかったから。

 けれどアイズの両親は、その瞳にほんの少しの寂寥と無条件の信頼を浮かべて、語るのだ。

 

 「英雄になれるのは、今を生きる者だけなんだ。少なくとも僕には出来ない。だから、アイズ、もしも君があの子の救済を心から願うなら───」

 

 

 

 「今この瞬間に、英雄になりなさい」

 

 

 

 「──────ッッッ!!!」

 

 胸が震えた。

 瞳に熱が宿り、萎えた息に活力が満ちる。

 少女が憧れた『英雄』からの『激励』に、貴方なら為せるという全幅の信頼に、打ち震えるほどの感動を覚える。

 頭が真っ白になってしまうくらい驚いて、泣いてしまうくらい嬉しかった。

 だって、そんなことは言われたことがなかったから。望まれたことがなかったから。

 

 『貴方も素敵な相手に出会えるといいね』

 『いつか、お前だけの英雄にめぐり逢えるといいな』

 

 それは紛れもない愛情だったのだろう。

 心優しい両親は、愛しい娘が過酷を紡ぐことを善しとせず、英雄になることを望まず、ただ英雄と出会えることを願った。

 けれど、この子(アイズ)が望むのならば。

 救うべき相手を見つけてしまったのならば。

 救いたいと、そう思ってしまったのならば。

 ───『英雄』の先達として、力を授けよう。

 ───『精霊』の使命に()りて導きましょう。

 今この瞬間に限り、子を愛する(かお)を捨てる。

 

 「アイズ。君に剣を与えよう。君が救いたいと願ったものを救える剣を。けれど忘れないでほしい。その力はまだ手に余る。細心の注意を払い、抜くべき時にのみ抜き、振るうべき相手にのみ振るいなさい」

 「貴方に風を授けます、アイズ。私達の愛しい娘。私の風は貴方を包み、貴方の意のままに吹き荒れるでしょう。……でも、忘れないで。貴方はまだ、ちょっとだけ、弱いから。その『風』で何をするのか、よく考えて、使ってね」

 

 父親が剣を差し出し、母親が片手を持ち上げ、人差し指を立てて、音を紡ぐ。

 それは『英雄』の『証』だった。物語となり、人々の間で受け継がれ、永遠に語られるべき英傑が積み上げた『証』。人類史においていっとう輝く星であり、『英雄』にしか背負えない『力』だ。

 それら全てをアイズはしっかと受け止めて、その重みに愕然としてしまう。あまりにも重くのしかかるそれに欠片ほどの恐怖を抱く。背負い切れるのだろうかという不安も。

 けれどアイズは背負ってみせた。英雄と精霊の血族という『素質(かなとこ)』と怪物への『憎悪(ほのお)』と英雄の信頼に応えたいという『願い(みず)』と名も知らないあの人を救いたいという『誓い(つち)』で、アイズ・ヴァレンシュタインという少女を決して折れることのない【英雄(つるぎ)】へと打ち変える。

 

 

 この瞬間。

 英雄と精霊の血を秘める少女の裡で、『可能性』が芽吹いた。

 

 

 気づけば、周囲は一変していた。

 木漏れ日の差し込む木陰は既に消え、火の粉散り舞う戦場と化している。

 アイズは、自分の背後に、『彼』と『彼女』がいることを感じ取った。彼等の戦いは既に終わり、結末を迎えようとしていることも。

 だから、アイズは目の前の二人に背を向けて、走り出さなければならない。

 

 「お父さん、お母さん」

 

 戦場へと向かう直前。肉親と交わす最後の言葉。

 父親と母親の眼差しを受けるアイズは、胸の奥につっかえたものを吐き出した。

 

 「───わたし、ちゃんと英雄になれるかな」

 

 それは当然の不安だった。

 一度は折れてしまった自分が、両親(あなた達)を奪った怪物どもへの憎悪に未だ折り合いをつけられていない自分が、迷ってばかりの弱い自分が、誰かの英雄になれるのだろうかと、不安に思った。

 こんなわたしが英雄になっていいのだろうかと、思ってしまうのだ。

 不安に震える愛しい娘に、二人の親は全幅の信頼を視線に乗せて、言った。

 

 「なれるとも。英雄になりたいと願うなら、きっと。……というより、こんなのは考え方の転換だ。初めからアイズは、()()()()()()()になろうとしてたんだから、そこに何人か付け足すだけでいいんだ」

 「私達を救いたいって、思ってくれるのは、嬉しいよ。……そんな貴方なら、道中で小さな子を救うくらい、へっちゃら。むしろ色んなことをして、いっぱい笑って、たくさんの人を助けてあげてほしいな。私達は、アイズに救われるまで、ちゃんと待ってられるから」

 

 「───ふふっ」

 

 アイズは、笑った。

 父親も、母親も笑っていた。

 だから少女は願った。

 どうか待っていてほしい、と。

 いつか貴方を救うその時まで、どうか───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 『オオオオオ……』

 

 竜が鳴く。

 一刻にも満たない死闘に幕を引くべく構えるのは竜の炎だ。

 軽く踏んづけてやるだけで死ぬ人間に、ワイヴァーンは己の炎を与えんとしていた。

 そこには『称賛』と『敬意』があった。己の全てを攻略し尽くし、何度も刃を突き立てた勇士への無自覚な感情があった。

 神を始末するためだけに産まれた『抹殺の使徒』は、勇士と死闘を演じるという〝物語〟を与えられたのだ。

 故に、その終わりは勇士に相応しいものでなければならない。『彼』は己が誇る最強の武器を選択する。ありとあらゆるを燃やし尽くす竜の炎である。

 

 ことここに至り、冒険者は微動だにしようとしなかった。単純な、生物としての限界があった。冒険者は己の全てを懸けて戦い、全てを出し尽くした。その上で、冒険者は敗北するのだ。

 だから、終われると。

 これなら、終わっていいと。

 やっと、終われるのだと。

 冒険者は薄く微笑み、そして泣いた。

 

 

 『──────オオオオオオオッッッ!!!』

 

 

 火炎が放たれる。

 真紅の濁流が迸る。

 冒険者は類いまれなる魔眼で一秒後の死を観た。

 がさり、と音を立ててずだ袋が地面に落ちる。

 結局のところ彼/彼女の人生は後悔と諦観にまみれたものだったが、それでも輝けるモノを与えられた歓びを抱いて死ねることを幸福に思った。

 最後に、名も知らない金の髪の少女に向けて、守れなくて申し訳ない、という謝罪を心中で呟いて、

 ───やっと、終われる。

 その終わりを、受け入れた。

 

 

 

 

 「───【母の風よ(テンペスト)】」

 

 

 

 

 フリューの妖精眼は、確かにその光景を観た。

 黄金のような魔力が風の形状(かたち)となりて己の周囲を包み、真紅の終焉を消し飛ばす、その瞬間を。

 

 目の前に、誰かがいた。

 膝をつくフリューはその少女の背中を見ていた。

 金の髪を黄金の風になびかせる少女。

 彼女は無手だった。

 なんの武器も持たず、竜と対峙していた。

 深い傷を刻まれながらも立ち上がった少女が、フリューの姿を後目に見る。

 少女は今までの自分とこれからの自分を想った。

 彼女はここで死ぬわけにはいかないと想った。

 父親と母親を救い、救いたいと願った人を救う。喧嘩してしまったリヴェリアにちゃんと謝る。他にもやりたいことがたくさんあった。大体、わたしはまだこの人の名前も知らないのだから、いっぱい話して、同じ卓で同じ食べ物を口にして、心行くままに剣を合わせて、いつか笑ってもらいたい。

 それを為すために必要なのは『力』だ。ありとあらゆるを斬り伏せる『力』。守りたいものを守るための『力』。

 そして少女の手の内には既にあまりにも重い想いが握られている。アイズの中に迷いはなかった。純粋とは程遠い、しかしてどこまでも鮮やかな極彩色の感情で鍛えられた(えいゆう)を掲げる。

 

 ───未だ怪物への憎悪と向き合えない、弱っちい自分(アイズ)だけれど。

 ───貴方を救える人でありたいから。

 

 

 「《わたしは……英雄になりたい》」

 

 

 アイズにのみ許された起動鍵(スペル)を告げる。

 最初にして最後となる、()()()()()()()()()()()()()()()()が行使する【神秘】。

 即ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()特級の奇跡。下界におけるあらゆる魔術の内でも最上位に位置する【召喚儀式】。

 未だ未熟な少女の要請に応じ、過去の英雄が降臨する。

 

 

 かくして物語は一つの区切りを迎える。

 いずれ英雄として語られる少女の節目となる激戦。

 竜殺しの逸話の最後(ラスト)を飾るいさおし。

 漆黒の翼竜の眼前に、ただの少女の眼前に、それは舞い降りる。

 

 

 ───その手に握るのは【雷霆の剣】。

 ───さらに構えるのは【炎の魔剣】。

 ───華奢な痩身が纏うのは、傷つくことなどあり得ぬ鎧と、黄金の輝きを放つ【精霊の風】。

 

 古今東西あらゆる英雄を置き去りにして駆けつけたのは『始源の英雄』。故に纏うのは彼の装束であり、彼の力である。

 紫電を迸らせる剣を握り、風纏う最新の英雄(アイズ・ヴァレンシュタイン)は戦意を漲らせた。

 

 

 「───勝負……!」

 

 

 

 




 本文が中々に混沌としているので、最低限の説明をさせていただきます。

・フリューが火炎流を生き延びた手段
 占星術で極短期的な因果律への干渉を行い、『たまたま火炎流が当たらない場所』を作ってそこに飛び込みました。以前RTAパートで語っていた『攻撃を逸らすことによる回避』の応用になります。
 難易度としては、『自分がいるところがたまたま攻撃が当たらない』ようにするのと『たまたま攻撃が当たらない場所を作る』のは後者の方が楽です。
 また、この仕様上、判定にしくったら攻撃(今回の場合は火炎流)が直撃します。あかん死ぬゥ。


・ワイヴァーン君のお目目。
 職業:占星術師はナイフ投げも得意であり、走者の技量と《触媒》の判定補正を合わせて優勝しました。
 そこに火炎流を無傷で凌いだ姿を見せつけることで、火炎流ぶっぱはやばい、とワイヴァーン君に思わせる作戦です。
 視界を潰すのもアドなのですが、本命は火炎流潰しです。《触媒》なしの《導き》で火炎流を凌ぐのは若干乱数が絡むので……


・体調を崩したとある男神。
 度重なる文通によってタケミカヅチの信用を得ることに成功したアポロンが、フリューの過去を知った結果、深酒と団長業務代行の過労が祟って乙りました。
 それがガバに繋がっているので、要するにフリューの存在自体がガバを引き起こしている訳です。おタイム壊れちゃーう!


・スレイヤー系スキルの解釈。
 この作品における独自解釈になります。
 もしも【闘牛本能】持ちベル君がモブミノタウロスにぶちのめされたら相当曇りそうやなって思ったのが始まりでした。
 たぶんアイズはドラゴンに負けたらめっちゃ落ち込む(竜種への敗北にトラウマがある)と思うのですがどう思いますか? 自分はありそうだと思いました。その結果がこちらになります。
 スレイヤー系ってたぶん『もう二度と負けないからな!』っていう自信・自負系か『もう二度と負けたくないよぉ……』っていう恐怖・トラウマ系の二通りの習得方法があると思うんです。アイズは後者かなと考えました。


・この作品のアイズについて

 アイズママ「お前が英雄になるんだよ!!!」
 アイズ「ファッ!?」

 最初はこんなんだったのにいつの間にか肥大化長文化した結果がこちらになります。たまげたなぁ……
 
 『オリ主に救われるアイズ』は数多くの先駆者様方の手でいくらでも書かれていますので、
 じゃあ『アイズに救われるオリ主』を書こうと思いました。
 アイズファンの方々の反応が非常に怖いですが、私は満足しています。とても申し訳ない。
 でも大英雄と大精霊のご令嬢にそれっぽいお話(シナリオ)を渡したら勝手に英雄になりそう、なりそうじゃないですか? 私は思います。
 アイズパパとアイズママが『英雄に逢えるといいね』としか言っていないのは自分達が味わった過酷を娘が経験するのが嫌だったからじゃないかなって思ってます(オタク特有の高速詠唱)。

 そうして少女は英雄となり、力を手にしました。
 すなわち、『精霊に導かれて英雄になった者の武装・技能を借り受ける』能力です。
 英雄と精霊の二足のわらじを履くことに成功した、ただ一人の英雄に相応しい能力かなと思っています。
 初めてアイズの要請に答えたのは『始源の英雄』ことアルゴノゥト兄貴。与えられるのは雷霆の剣と炎の魔剣、そして〝英雄に相応しい鎧〟です。
 これに標準装備の【精霊の風】が合わさります。

 アイズ「風でバフして雷霆の剣でぶん殴ります」
 GM「やめて」
 アイズ「殴ります」
 GM「ボスワンパンされちゃうのぉ……」
 アイズ「わたしは 英 雄 に な る !」
 GM「アッ───!!!」



 ※燃費は悪いのであくまで決戦用です。リソース溜めて初手ぶっぱは冒険者の嗜みですので多少はね?



 この話に関しては自分でも完璧な表現が出来ているとは思えていないので、ご指摘ご鞭撻の程、切にお願い申し上げます。


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最終決戦(クライマックスフェイズ)()け、彗星のように』



 やらせたいことをやらせてたら二ヶ月経ってました。
 難産でした。
 もう二度と。もう二度と、こういう感じのタイマンはさせません。
 かなり長いので、しおり機能などもお使いになりながら、ゆっくりご覧ください。


 米粉パン様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 ニャコライ様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 鳥瑠様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 『ぼくたちといっしょに、ここを出よう』

 

 

 それは過去の諦念。

 既に過ぎ去った冒険の末路。

 

 

 『パパとママの待つ、家に帰ろう』

 

 

 分不相応な願いを叶えようとして呆気なく死んだ、愚かで、哀れな、ありふれた結末。

 

 

 『わたしたちなら、きっとできるわ!』

 

 

 無理だ。

 それは絶対に不可能な試みだったのだと、あの時の私も、今の私も確信している。

 古の森人の領域から、無力無知無謀な子供だけで逃げ出そうだなんて。そんなの、万に一つだって成功の目はない。博打好きな神々だって賽の目を投げ捨てるだろう。

 あまりにも尊い決意、遍く神々に称賛されるだろう挑戦、全ての精霊から祝福されるに違いなかったその冒険は……その実、どんな幸運、どんな加護を得ようとも、達成不可能な旅路だった。

 

 だから私は手を取れなかった。

 だから私はそこにいなかった。

 たとえ悲惨な末路から逃れられなくとも、立ち上がる勇気を持てなかったから。

 彼等の進む道に、希望なんてないと思っていたから。

 私は、立ち上がれなかった。

 彼等の手をはね除けて、目を背けた。

 

 

 ああ、それでも───。

 

 

 「わたしは……英雄になりたい」

 

 

 その後ろ姿は、もはや顔も思い出せない彼等によく似ていて。

 

 

 「ぁ───」

 

 

 胸が震えた。

 その輝きは、あの日の◾️◾️(◾️◾️◾️)によく似ていて───

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 『───オオオオオオオオッッ!!!?』

 

 漆黒のワイヴァーンが叫喚する。

 人語に翻訳したなら、ありえない、信じられない、といった意味になるのだろう。

 その声色は勝鬨には程遠く、その隻眼にはありったけの焦燥とが押し込められている。

 翼竜の眼下。

 金の髪を波打たせ、手に轟剣、背に魔剣を携える、眼光鋭き少女から、ワイヴァーンは目を離せなかった。

 その華奢な身体から氾濫する魔力も脅威極まりないが、何より───その剣士は消し飛ばしたのだ。

 竜の炎(ドラゴン・ブレス)を。ありとあらゆる魔物の頂点、英雄の好敵手たる、最も偉大な怪物の必殺を!

 

 『ゥゥッ───!?』

 

 己の最高の攻撃を消し飛ばしてみせた少女に対し、ワイヴァーンはひとつの感情を抱いた。〝勇士〟との戦いでは味わうことのなかったそれは『恐怖』だ。天変地異を前にした人類が抱くような、()()()()()()()()()()へ向けるような恐怖だった。

 しかし彼はその恐怖よりも、己が恐怖したという事実にこそ打ちのめされた。生後間もなく、竜種としての『位』自体も低いワイヴァーンだが、それでも竜種である。生誕より備えられた竜としての本能が、怖気立つ己を糾弾し、同時に精神的高揚をもたらす。

 ああそうだとも、殺すのだ。いくら法外な力を与えられようとも所詮は人間、所詮は小娘。ただ粉砕するだけの獲物───。

 

 『───ィィイイイイイイアアアアアアアァァッッッ!!!』

 

 ワイヴァーンの肉体が隆起する。

 全身運動によって振るわれるのは尻尾だ。己の周囲一体を範囲内(レンジ)とする攻防一体の一撃(ドラゴンテール)。小人族の胴より遥かに太い、堅牢な鱗を纏う竜尾が薙ぎ払われる。

 竜の炎に次ぐ竜種の代名詞は、彼が強化種であること、高揚した精神状態も相まって、直撃すれば第二級冒険者ですらその臓腑をぶちまけさせる程に威力を増大させていた。

 それを見て、アイズは。

 

 「()()()()()

 

 死力を振り絞って立ち上がろうとしていたフリューに、そっと語りかけた。

 

 「動いちゃ、だめだよ」

 

 途端、黄金の風が踊る。

 アイズとフリューを包み込むように舞っていた風が、柔く、優しく、有無を言わせない力強さで、フリューをその場に座らせたのだ。

 

 「あなたはもう、限界。底の底まで戦い抜いて、本当に凄いと思う。……だから、動かないで。あとは、わたしがやる」

 「っ───!?」

 

 どの口が言っているんだっ、とフリューは叫びたかった。

 アイズの身体に刻まれた傷は深い。

 いくら想像を絶する魔力で武装したとしても、竜と戦えるだけの【耐久】は残されていないはずなのだ。いいや、その『剣』を行使した時点で壊れていなければおかしい。万全の状態ならいざ知らず、最悪のコンディションで耐えられる代物とは思えない。

 だからフリューは立ち上がって戦わなければならないのに、アイズはそれを邪魔するのだ。

 

 「よ、けっ」

 

 何より、そう、何より。

 もはや回避不可能な位置まで迫った竜尾から、少女(アイズ)を守らなければならないのに───!

 

 「大丈夫」

 

 旋風のように振るわれる竜尾が、少女の華奢な身体を打ち砕く間際。

 アイズは、静かに長剣を抜いた。

 

 

 

 「唸れ───〝雷霆の剣(ジュピター・レプリカ)〟」

 

 

 

 瞬間。

 豪雷。

 

 

 

 『アアアアアアアアアアアアァァアァアァァァッッ!!!?』

 

 

 堅牢なる竜鱗を纏う尻尾を文字通り()()()()()()ワイヴァーンが、悲鳴を挙げる。

 極太の稲妻によって、天空神の雷霆によって、竜の粗相が裁かれる。

 アイズのやったことは至極単純だった。

 雷霆のごとき剣を上段に構え、振り下ろす。

 そのたった一動作で、アイズはワイヴァーンに部位破壊の激痛を与えた。

 

 「ふッッ!!」

 

 アイズの姿が消える。

 それは天を貫く雷霆のごとき突貫であり、黄金の風を受け止めて、果てのない海原を往く帆船がごとく、揺るぎない歩みでもあった。

 精霊の風と精霊の雷。大精霊二柱の二重加護(デュアル・ブレス)による神速。

 技術の欠片もない愚直な疾駆でありながら、誰にも視認を許さない。

 激痛に呻くワイヴァーンの(ふところ)にあっさりと潜り込み、精霊の武具を解き放つ。

 (すく)い上げるように軌跡を描く〝雷霆の剣〟が、翼竜を袈裟に打ち据えた。

 

 

 瞬間。

 世界から闇が祓われ、全ての音が消失した。

 

 

 『───ギャアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!?』

 「っ───!?」

 

 振るわれる至高の極剣。

 精霊の御子の手に渡ることで、その祝福は雷神の鉄槌にまで到達した。

 フリューの視界を黄金の輝きが埋め尽くすのと同時、鼓膜に直接雷霆を叩き込まれたかのような爆音が鳴り響き───鈍器で殴り付けられたボールのように、ワイヴァーンの巨躯が()()()()()()()()()()

 ぐるんぐるんと乱回転しながら急上昇し、勢いよく天井に叩きつけられる。四方の壁より堅固なはずの天井を派手に陥没させ、壁面に幾多もの(ひび)を走らせるその様は、『加護』と【復讐姫(スキル)】の圧倒的暴力の程をこの上なく表していた。

 たった一撃。

 フリューとの交戦による疲弊もあるが、それでも、一撃。

 ただそれだけでワイヴァーンを戦闘不能に陥れた少女に、フリューは絶句し、震えてしまう。

 

 「これで、終わりっ」

 

 アイズはどっしりと腰を落とし、力を込めるように剣を構えた。

 狙うのは滅殺。空中に弾き飛ばしたワイヴァーンが落下してきた所に、全力の一撃をお見舞いする。

 アイズの決意に答えるように、黄金の風が舞い踊り、雷霆が轟き(すさ)んだ。あたかも蓄力(チャージ)されるかのように、黄金の刀身がその光輝を増していく。

 まともに受けたなら第二級冒険者さえ打ち砕く一撃をもって、アイズはこの戦いに幕を下ろす。

 

 「竜が……」

 

 その、つもりだった。

 

 「竜が、溶ける───」

 

 呆然と呟かれた言葉。

 それを証明するように、竜が咆哮した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『彼』は、死に体だった。

 雷霆に焼かれ、風に殴り付けられて、ボロボロだった。

 もはや反撃の余地はなく、ただ撃ち落とされるのみ。

 『神の使徒』としての責務を果たせなかった無念を抱え、彼は自らの死が待ち受ける地上へと落下する。

 

 ───自らの死。

 

 薄れゆく意識の中で、彼は思う。

 

 ───あれが、私の死?

 ───全てを打ち砕く、あの極光が?

 

 死を目前にして、あらゆるものが欠落していく。

 神を殺さなければならないという『神の使徒』としての使命。

 人間を殺さなければならないという『怪物』としての存在意義。

 ワイヴァーンという個体に備えられた多くの機能。

 手から零れ落ちていくような慈悲はなく、容器に入れられた水が床にぶちまけられるかのような、怒濤の破滅。

 

 ───討たれるのか。

 

 己を構成する多くのものが零れ落ちて、そして、最後に残ったのは。

 

 

 

 

 

 ───『やっと、終われる』。

 

 

 

 

 

 一時間にも満たない死闘。

 己の全てを攻略し尽くした、あまりにも矮小で恐ろしいほど強かった『敵』が、己の敗北を認めた光景。

 剣を手放して、その命を彼へと譲り渡した瞬間だった。

 

 ───()()()()()()

 

 失われた瞳に、炎が灯る。

 全身の傷が灼熱を宿す。

 絶対に嫌だった。

 この嫌悪と比べれば己の死など些事である。

 だって当然だ、それは至極真っ当で、確実に正しいことなのだから。

 

 ───お前に殺されてなどやるものか。

 

 己の活力の源たる魔石を、()()()

 おそらくはもう数分も生きられまいがどうでもよろしい。ほんの一瞬、たった一撃に万全以上を出せればいい。

 賦活される心身、個体としての限界を超越する限界突破(オーバーキャスト)。代償は数分後の消滅。つまりはノーリスクである。

 彼が思うのはただひとつ。己を殺そうと睨む剣士に一瞥をくれ───あっさりと目を背ける。

 両の瞳に映すのは、彼の仇敵。彼の勇士。彼が討ち取った、小さな冒険者。

 怪物の本能はもはや消え失せたが故に、その殺意はどこまでも純粋だった。

 

 

 ───あの〝好敵手〟を殺すのは、私だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『───ウウゥッ』

 

 

 その()()()()を。

 アイズは、確かに聞いた。

 瞬間。

 竜の巨躯が、()()()

 

 「───」

 

 アイズの脳裏にまず浮かんだのは、魔石を砕かれたモンスターの末路だった。核である魔石を失ったモンスターは、その肉体を灰へと転じて眠る。

 だが、これは。

 これは───違う。

 漆黒の竜鱗が。

 漆黒の大翼が。

 漆黒の竜尾が。

 破損し、使い物にならなくなったそれら全てが、灰ではなく、液体となって溶けていく。

 そして、竜より生じた液体は、あまりの高温に耐えかねて水蒸気と化し、瞬く間にワイヴァーンの姿を白霧の奥へと覆い隠すのだ。

 一瞬で発生する濃霧。これまで攻撃一辺倒だったワイヴァーンのまさかの搦め手に対し、二人の冒険者は異なる結果を得た。

 アイズには、濃霧の向こう側で何が起こっているのか、ワイヴァーンが何を狙っているのか判断出来なかった。最悪なコンディションに加え、己の全霊を〝雷霆の剣〟に叩き込んでいるのもあるが、純粋に彼女の技量不足が祟った。アイズは生粋の戦士であり、斥候・野伏・盗賊が得手とする観察技能は専門外だった。故にアイズは何が起ころうとも最速で斬撃を撃ち放つべく、より一層の集中を己に課した。

 そして、フリューは。

 

 「ブレス! 受けきれないっ、逃げて!」

 

 占星術師としての観察力と、魔力を観測する妖精眼をもって、ワイヴァーンの狙いのほとんどを看破した。

 

 『──────ァ!!!!』

 

 ぽっ、と。水蒸気の奥に、ろうそくのような光が灯った瞬間。

 その竜の炎は───否、竜の大光線(ドラゴン・レイ)は放たれた。

 文字通りの大光線(ビーム)。それは本来のワイヴァーン強化種が撃てるはずの(には実装されてい)ない攻撃。開戦直後に広間を焼き払った『火炎流』と同じく大規模攻撃に分類されていながら、本来必要とする『溜め』は一切不要、その上威力は火炎流を優に飛び越える。

 己を構成する魔力さえ攻撃に転化させることで為しえた無挙動超火力(ノーモーションオーバーフロー)───『彼』の生涯最後の一撃。

 天より来たりて地へ突き刺さる柱と化した灼熱が、金の少女を焼き殺すべく殺到する。

 

 「【吹き荒れろ(テンペスト)】!」

 

 フリューが逃げろと叫んだ攻撃を目の当たりにしたアイズの選択は、『迎撃』だった。

 〝雷霆の剣〟のチャージは継続したまま、精霊の風を盾のように展開し、真っ正面から防ぎにかかる。

 衝突する真紅と黄金。自壊を許容した渾身の火炎と大精霊の神秘による純粋な力比べ。その余波によってアイズの周囲一帯は致命的に破壊され、あたかも天井に生じたそれを繰り返すように陥没し、いつ地面が抜けてもおかしくないというレベルまで崩壊する。

 ───その焦燥は、少女の頬より流れ落ちる水滴として現れた。

 

 「……駄目だっ、それでは耐えられない! 早く離脱しなさいっ!」

 「絶対に、嫌……!」

 「なんでっ」

 「()()()()()()()()()()()()()()ッ!!」

 

 言い切った。

 髪の先端を発火させ、玉の肌を徐々に炭化させる満身創痍の少女が叫ぶ。

 全身を跡形もなく焼き尽くされる無惨な末路を目前にしても、揺らぐことのないアイズの瞳に、フリューは呼吸の仕方を忘れた。

 アイズも気づいたのだ。

 この大光線はアイズを殺すために放たれているのではない。ただ一度退かせるだけの攻撃。離脱したその一瞬の隙をついて、フリューを殺すための布石なのだと。

 だから、絶対に退かない、と。

 黄金の瞳が、そう告げていた。

 だからこそ、フリューは真剣に言葉を選び、説得を試みる。

 

 「……それで、いいんだよ。私は、死んでいいんだ」

 「よくない! わたしは、あなたに死んでほしくないっ!」

 「アレの狙いは私だ。……どうやら、是が非でも私を殺したいらしい。私を殺せばアレも死ぬ。君がそんなに苦しむ必要はないんだ」

 「それより先にわたしがあいつを殺す!!」

 「……何より、私は、死にたいんだ」

 

 アイズの瞳が揺らいだ。

 名も知らない少女を無用の苦しみから救うため、という大義名分を得たせいか、フリューの口は驚くほど軽かった。

 綺羅星のような少女の決意を暗い雲で覆い隠すために、フリューは己の真意を語る。

 

 「ずっと死にたいと願ってた。けれど死ぬ訳にはいかなくて、だから生きなきゃいけなくて……。誰にも強制されてはいない。不死の呪いをかけられてもいないし、祖国を救う大義を背負っている訳でもない。ただ、私は私が死ぬことを許せなかった。私が許せなかっただけなんだ。

 ……けれど、君を救うために死ぬのなら、私は私を許せるんだ」

 「───っ」

 「どうか……私の【運命】を、受け入れさせてほしい」

 

 心を裂くように言葉を紡ぎ、フリューは口を閉じる。

 彼/彼女の意思に関係なく溢れ落ちる涙に気づくことはない。

 フリューは綺羅星のような少女(アイズ)を安心させるために、精一杯の力を振り絞って、笑った。

 これでいいのだと、示すために。

 

 「……うあああああっ……!」

 

 その全てをアイズは無視した。

 限界以上の風を招来し、強引に大光線を打ち負かしにかかる。

 軋む心身、崩壊していく意識を気力のみで束ねるアイズと、自らの命を定めることで限界以上を容認させたワイヴァーン。勝利の天秤がどちらに傾くのか、フリューにはわかってしまった。

 罅だらけの笑顔は既に消えて、重度の疲労の浮かぶかんばせが絶望に染まる。

 視界がぐにゃりと歪む。

 見せつけられるのだ。少女(アイズ)の死ぬ姿を、立ち上がれない自分は、眺めることしか出来なくて。そうして、絶望し切った自分を、ワイヴァーンが殺すのだ。

 ───ああ、なんて醜い最期。

 

 「あああぁぁ……!?」

 

 フリューは傷ついていく少女(アイズ)の光景に耐えられず、顔を背けて、瞳を閉じた。

 今すぐこの世界から消えて失くなりたい気分だった。

 肉の一欠片も残さず、誰の記憶からも抹消されて、自分の痕跡全てを道連れにして消失したくなった。

 

 ───耐えられない。

 

 いいや、それは常々思っていたことだ。フリューは自分がこの身体に成り果てた時からまっさらに失くなってしまいたかった。年月を経るごとに消えていく男だった自分(フリューガー)と空白に注ぎ込まれる女としての自分(フリューガー)、その全てに耐えられなかった。

 

 ───知らない顔の自分を直視できない。

 ───柔らかい四肢に吐き気を催す。

 ───声を聞く度に、鼓膜を破ろうとしてしまう。

 

 だから消えてしまいたかった。死にたかった。自分の手で自分を殺す前に、抹消されたかったのだ。

 そんなフリューの命を繋ぎ止めたのは負い目だ。おぞましい暗闇の中で生を求め、儚く散った尊い光。自分が見捨てた子供達が生を望んでいたから死ねなかった。

 

 ───それも、私の独り善がりだ。

 ───あの勇敢な子供達のために死ねないなんて嘘だ。

 ───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ───()()()()()()()()()を彼等に押し付けている、弱くて、みみっちくて、意思の弱い、最低最悪の小人族なのだ。

 

 その結果がこれだ。

 フリューは少女(アイズ)を道連れにして死ぬ。考えうる限り最悪な末路を辿る。罪のない子の命を奪い、恩神の顔に泥を塗りたくって果てる。

 いつまでも立ち上がれないまま、誰の手も取れないまま、終わる。

 

 「選択の時です、我が王」

 

 鈴の音のような声で、悪戯の妖精が囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ああ、我が王。妖精王の御子息殿、幸運で不幸な探索者の愛娘様。今こそ選択の時です。あなたは選択しなければなりません。あなたは、自ら選んだ道の果てに、自らの運命を見出ださなければならないのです」

 

 ()()()()()()()()

 正確には、おそらく農村なのだろう、という感想である。

 都市と言うにはみすぼらしく、廃墟と呼ぶには活気がありすぎる、自然に溢れた土地。

 どこからか鳥の囀りが聞こえてきたかと思えば、実り豊かな収穫を祈る農民の歌が耳朶を震わせる。

 頬を撫でる風は柔く優しく、戦禍から程遠いことがありありと伝わってきた。

 

 「ここが何処かわからない。見当もつかない。───ええ、その感情はとても正しく、とても悲しいことでございます」

 

 悪戯の妖精は大袈裟に落胆してみせた。

 その仕草に対し、貴方は殺意を覚えるかもしれないし、どうでもいいことだと無視するかもしれない。

 

 

 【ここはどこだ

 

 【あの子の所に戻らなくては

 

 →【……私より先に死なないでほしい

 

 

 「……ええ、そのために僕は唄い、踊るんです」

 

 貴方の懇願に、パックはほんの僅かに相貌を崩した。

 それは遥か昔日に道を違えた友人に向けるような、淡く、寂寥の滲む笑みだった。

 そして、次の瞬間には道化のように大仰な仕草で貴方の注意を引くのだ。

 

 「ここは───農村です。適度にのどかで、程よい喧騒に満ちた、穏やかな日常の具現です。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 貴方は途方もない衝撃に襲われる。

 心臓が凍りついたかのようだった。

 貴方の全ての生命活動が停止して、次の瞬間にはその言葉の意味を探るべく全力で駆動する。

 目の前の妖精の言葉が正しければ、つまり、ここは。

 この、穏やかで、たおやかな、ありふれた農村は───

 

 「ここは、あなたの生まれ故郷なのよ、フリュー」

 

 貴方の真後ろから、女性の声が聞こえた。

 ひどく特徴のない声だった。

 歌うようでもなければ平坦でもなく、特別高くも低くもなく、無機質なようで意思の籠ったものでもあった。

 まるで顔のない人形に語りかけられているかのよう。

 けれど、貴方はその言葉を無条件で()()()()感じるのだ。【女体恐怖症】の貴方が。

 肉体より更に奥、言うなれば魂に刻まれたとでも表現するべき、原初の記憶がうち震える。

 

 「───おかあさん?」

 「その通り。ここはね、フリュー、お前の故郷だ」

 「───おとうさん」

 

 貴方は後ろを振り向きたい欲求に駆られた。

 同時に、振り返った瞬間に終わることも理解していた。

 ここが選択の時なのだ。

 悪戯の妖精の語る、貴方の分岐点。

 

 「あくまで記録に過ぎません。記憶には程遠く、記録ですら穴だらけ。元の貴方のご両親には到底及ぶべくもありません。

 ───けれど。私は、あなたが失った記憶の一部を、記録として保持しています。

 そのことを今の今まで黙していたことの処罰は、どうか私の話を聞き終えてからにしていただきたく願います。何故私がそのような記録を持っているのか、という経緯もまた。

 ともかく重要なのは、私はあなたの〝生まれ故郷〟を再現することができる、ということです」

 

 悪戯の妖精が、ニヤリと微笑んだ。

 

 

 「我が王───あなたが望むのなら、この仮初の楽園で、あなたを眠らせて差し上げられるのです」

 

 

 貴方には、長い時間を共に過ごしてきた友人が悪魔のように見えた。

 

 「それは、駄目だ。そんな。だって、私は」

 「子供達を見殺しにしたから? 神様に申し訳が立たないから? ───そういうのは抜きにしてしまいましょう。この瞬間だけは、この世の誰にだって、あなたの選択を歪めさせはしません。他ならないあなたは、どうしたいのですか」

 「でもっ、あの子が! あの子が死んでしまう……!」

 「どの道死ぬでしょう。だってあなたは立ち上がれないのだから。あなたは何も出来ずに、何も与えられずに、目の前で少女の焼け死ぬ姿を見て、誰にも見守られることなく、残酷な痛苦の末に死ぬのです。

 だったら……仮初でも、お父さんとお母さんと一緒にご飯を食べて、一緒に笑って、一緒のベッドで抱き締められて眠りたくはありませんか?」

 

 ズグンッ、と胸の奥を貫かれたような錯覚を覚えるだろう。

 それが───そのような奇跡が本当に起こりえるのなら、貴方は戸惑わずにはいられない。

 最期まで苦しみ抜いて終わるのだと想い続けてきたのに、直前になって、そのような【幸せ】をぶら下げられるなんて。

 

 

 「我が司りしは〝悪戯〟。(これ)なるは虚構の大劇場。もしもあなたが望んでくれるのなら……我が霊格の全損を代償として、完全以上の大嘘をあなたに捧げます。

 あなたの終わりを、これ以上なく幸福なものにしてみせます。

 ですから、どうか。───選択を」

 

 

 

 

 

 「──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────ぁ」

 

 

 それは、重大な決断だった。

 八年。

 貴方が貴方でなくなって、苦しみ続けた年月。

 息を吸うことが地獄と同義となっていた月日。

 その全ての精算が、目の前に提示されている。

 

 ずっとずっと苦しんで、苦しんで。

 全てを受け入れて新たな自分を歓迎するのも、もはや耐えられぬと自死するのも。そのどちらも選択できずに、足掻いて、もがいて、(あがな)って。 

 そんな、長く長い贖罪の旅の果てに待つのが、親の温もりなんて。

 

 なんて、幸福な末路だろう───。

 

 「フリュー」

 「フリュー」

 

 両親が語りかけてくる。

 この言葉に答えて、後ろを振り向くだけで、貴方は幸せになれる。

 壊れかけていた心がぽろぽろと崩れていく音がした。

 貴方は、自分を許してもいいのではないかと思った。

 貴方は頑張ったのだ。

 本当に、本当に頑張った。

 生きて、生きて、生きたのだ。

 だから、もう、いいような気がした。

 戒めるように巻かれた鎖が解けていく感覚を覚えた。

 精一杯頑張ったのだ。

 自分の出来ることは全部やりきった。

 決して最良の結果ではなかったとしても、罪もない少女をまた一人見殺しにしてしまったとしても。

 この【幸福】を前にすれば、全てがどうでもよく思えた。

 

 

 選択の時だ。

 

 

 【後ろを振り向く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 →【わたしは】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 →【わたしは】

 

 

 

 

 

 

 

 

 →【わたしは】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうか、素直になってください」

 

 「この【幸福な終わり】を放棄するのならば」

 

 「ここで終わることを選択しないのであれば」

 

 「あなたは、あなたの選択(願い)を叫ばなければなりません!」

 

 「この瞬間だけは、神にだって、過去にだって、あなたの選択を歪めさせはいたしません!」

 

 「あなたの、心からの望みを(うた)ってください、我が王!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 →【───立ち上がりたい】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「───その先に、無限の苦しみが待つとしても?」

 

 

 

 

 →【立ち上がりたい】

 

 

 

 

 「───凄絶な終わりを約束されようとも?」

 

 

 

 

 →【立ち上がりたいっ】

 

 

 

 

 「───あなたの顔は、永久に失われたままだとしても?」

 

 

 

 

 →【それでも───立ち上がりたい……っ】

 

 

 

 

 →【彼等のように───立ち上がりたいっ】

 

 

 

 

 →【彼等の手を取って、立ち上がりたいっ】

 

 

 

 

 「たとえ、そこに希望などないとしても……?」

 

 

 

 

 →【それが間違いだった】

 

 

 

 

 →【いつだって、どんな時だって、希望はあったんだ】

 

 

 

 

 →【()()()()()()

 

 

 

 

 →【彼等が立ち上がったのは、絶望の中に希望を見出だしたからではなく、明確な勝算があったからでもなかった】

 

 

 

 

 →【彼等自身が希望なんだ。立ち上がる、その決意こそが希望だったんだ!】

 

 

 

 

 →【だから! 私は、立ち上がりたい!】

 

 

 

 

 →【あの日見上げた夜空のように! 遠く儚く尊い、その輝き(きぼう)と共に!】

 

 

 

 

 →【私が焦がれた輝きと共に、今度こそ!】

 

 

 

 

 

 

 

 →【私は……冒険(希望)したい(掴みたい)───!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおッッッ!!!』

 「ああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 真紅と黄金の衝突は、結末を迎えようとしていた。

 身体の大部分を失いつつあるワイヴァーンと、体力は元より精神すら尽きかけているアイズ。

 両者の天秤は明らかに怪物側に傾いていながら、それでもアイズは気力を振り絞る。

 救いたいと、願ったのだ。

 救えるのだと、信頼されたのだ。

 だから折れない。決して負けない。絶対に屈しない。

 アイズは己の全てを決して折れぬ剣へと打ち替えて、ワイヴァーンを打倒する。

 たとえ、その剣が折れることなく磨り減って、全てを砂塵に溶かすことになろうとも。

 

 ───そして。

 ───アイズが立ち続けたからこそ、彼女はその手を取れた。

 

 「その背中の剣、借りるね」

 「───ぇ」

 

 言葉と共に、アイズの背から直剣が抜き放たれる。

 真紅の刀身を誇るのは【炎の魔剣】。雷霆の剣と並ぶ、始源の英雄の武装が一振り。

 アイズがそれを背に装備したまま放置していたのは、単純に二刀流の心得がなかったのと、雷霆の剣の方が手に馴染んだからだ。抜き放つ暇がなかったのも要因のひとつである。

 けれどアイズにとってそんなことはどうでもよかった。もっと重要なことがあって、それはあり得ないことで、アイズの頭が真っ白になってしまうほどに衝撃的だったのだ。

 

 「なんっ、で、立ち上がれて」

 「ちょっとズルをして、【耐久(たいりょく)】を増やした。だから立てる。動ける。動けるのだから、貴方の力になるんです」

 

 再び、絶句する。

 自分の『風』で押さえていたはずだ、とは思わない。既にアイズは疲労困憊であり、フリューをその場に居させる余力は失われていてもおかしくない。

 体力の話も納得はした。理解は出来ないが、回復薬を飲める程度には休息出来たか、あるいは何らかの【スキル】の力か。ともかく、フリューは動いて、【炎の魔剣】を手に取ったらしい。

 そこまではいい。

 けれど。

 けれど!

 その、先程までとは明確に異なる、同じ声音なのに決定的なところが違う、まるで別人のようなその言葉は、一体───

 

 「何より……私は、()()()()()()()

 「……!」

 「年下の子に任せきりなんて、したくない」

 

 【半端者(カイネウス・ヴェール)】。

 それが、フリューのインチキの正体だった。

 常に【耐久】に補正を与え、《水上》であれば全てのアビリティに極めて高い補正を為すレアスキル───その最後に記された一文。()()()()()()()()()。つまりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、フリューにとって文字通り死ぬより辛い条件があった。

 けれど、フリューは立ち上がりたくて。

 だから、この一時のみ、彼/彼女(フリュー)は女の子になったのだ。

 

 無論、自殺一歩手前の賭けである。

 なにせフリューは自分が女性であると実感する度に重度の精神的な苦痛を味わうのだから、少なくとも現在の精神状態で、自ら望んで女性になれば『終わる』のだ。

 だからこそ、パックは細心の注意を払って己が主人を女の子にし(メス堕ちさせ)た。

 《酩酊》や《幻惑》などの悪戯に関わる妖精術を片っ端から重ねまくって、フリュー自身が望んで女性として振る舞っていることを認識できない程にふにゃふにゃにしたのだ。

 その結果───【半端者(カイネウス・ヴェール)】はその倍率を跳ね上げ、【耐久】を水増しし、フリューを立ち上がらせたのである。

 

 「星のような貴方。……共に、冒険をさせてください」

 「───!」

 

 かあああっ、と胸が熱く燃えるようだった。

 口許に浮かぶのは笑みだ。怒濤の灼熱は今も絶えず、常に命を脅かされているというのに、磨耗しかけた心が、崩壊寸前の身体が、喜びに震える。

 立ち上がれないと決めつけていた人が、自分のために、立ち上がってくれたのだ。

 それがどれ程の苦痛を伴うことか───それを、今のアイズは知っていて、だからこそ感激してしまう。

 たった一人の小さな仲間が、この上なく頼もしい。

 

 『オオオオオオオオオオッッッ!!!』

 

 それと同時に、ワイヴァーンも叫喚する。

 その吠声に込められているのは勝鬨でも、恐怖でもなく、歓喜だった。唯一無二の〝好敵手〟の再起に、『彼』はアイズ以上の喜びを感じていた。

 際限なく威力の高まる大光線。刹那の感情は彗星のように竜の全てを焼き付くす。たとえ数秒後の消滅を免れられなくとも、『彼』はこの激情を己に与えてくれた全てに感謝していた。

 

 互いの殺意が交錯し───決戦する。

 

 

 「炎を消します。その隙を突いて、飛んでください」

 「───うんっ!」

 

 僅かに言葉を交わし、冒険者は各々の役割を全うする。

 出力を増した大光線を防ぎ切るべく、アイズが更なる風を招来するのと同時。フリューもまた、大光線を打ち破るべく準備を行っていた。

 月女神より与えられし占星術をもって、竜の炎を打倒する。

 

 「《我は太陽の信奉者》」

 

 詠唱。それは太陽へ捧げる祝詞。

 燃える平原、荒ぶ灼熱を攻略するための魔術。

 ああ、天上にて輝く太陽と比べれば、このような炎どうということはない。

 無論、太陽よりは生易しくとも矮小な小人族にどうにか出来る代物ではないのだが。

 それならそれで、どうにかしてしまうだけだ。

 

 「……ツクヨミ様は好まなさそうだけど」

 

 そう呟き、心の中でごめんなさいをしてから、フリューは半年前より所持している『解体用のナイフ』を手に取った。

 モンスターを屠るための武具ではない、最低限の攻撃力しか持たないそれで、()()()()()()()()()()

 

 「───ッ!?」

 「大、丈夫。信じてほしい。必要なことなんです」

 「……無茶、しないで!」

 「それは無理かなぁ……」

 

 天体と人体には照応の関係がある。

 星々を人体の各部と関連させることで、天体を利用した魔術の成功率を上げる、魔術師の初歩的な知識。

 火星ならば頭。

 水星ならば胸、腕。

 太陽ならば心臓。

 金星ならば喉。

 そして───月ならば、腹部。

 フリューのなだらかな平原に引かれた一本線より、どくどくと血液が溢れ出す。

 それは月への捧げ物にして───【半端者(スキル)】の発動条件を達成するための陣地でもあった。

 

 「たとえ数秒後に蒸発しているとしても、それまで、ここは《水上》だ……!」

 

 瞬間、フリューは己のステイタスが爆発的に上昇するのを実感した。

 【半端者】の《水上》条件が達成され、全アビリティに強力な補正が与えられる。

 もちろんそれは長くは続かない。大光線がもたらす灼熱は流れ出た血液すらも蒸気にしてしまう。そもそもこのまま出血を続けていれば、フリューは勝手に死ぬだろう。

 故に。

 フリューは、この瞬間を逃さない。

 【S:999(カンスト)】にまで達した素の能力値。

 月へと捧げられる魔術師の血潮。

 【半端者】の極大補正。

 過去最高に【魔力】の高まったこの一瞬に限り、いつか修得することとなる技術を前借りする。

 

 「───《そして、我は月の信奉者》」

 

 魔力同時起動(ダブル・マジック)

 片眼に太陽、片眼に月の魔力を発現させる。今のフリューの技量では届かないはずの技術。それによって、交わることのない太陽と月が手を取り合う。

 ひとつで足りないのなら二つ合わせればいいという、単純な発想。

 そして───荒ぶる炎を御する『太陽』と致命的な一撃をもたらす『月』に、同時に観測()られたのなら。

 

 「タケミカヅチ様。貴方の剣をお借りします」

 

 言葉と共に【一意専心(コンセントレイト)】を起動する。

 構えるのは【炎の魔剣】。英雄の武装。

 小さな身体を満たすのは波のような魔力。

 束ねるのはこの生涯において最高の集中。

 ならば、足りるはずだ。

 場は整った。

 相応しい武器もある。

 ───後は、為すのみ。

 

 「風を解いて!」

 「っ!」

 

 フリューの言葉に、アイズは間髪を容れずに答えた。

 今の今まで大光線より少女達を守護していた黄金の風が、その役目を放棄する。

 殺到する真紅の殺意。

 アイズの瞳を猛炎が埋め尽くす。

 瞬きの後の死が迫る。

 だというのに───アイズの心には、欠片ほどの恐怖もなかった。

 

 そして。

 フリューの瞳には、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 「─────〝布都御魂(ふつのみたま)〟」

 

 

 アイズは絶句した。

 ワイヴァーンは驚嘆した。

 フリューの手の内で、英雄の武装がひび割れ───柱のごとき大光線が、真っ二つに割れる。

 つまりは斬ったのだ。

 竜の炎を!

 全てを焼き尽くす、真紅の極光を!

 太陽と月の魔力、剣神の〝技〟で、斬ってみせたのだ!

 

 「さぁ、往かれよ! 彗星のように!!」

 「───はああああああああああッッッ!!」

 

 アイズは一条の光と化した。

 英雄に捧げられた絶技に答えるために。

 全力の風、全霊の雷をもって───()()()()

 

 『──────、ォオ』

 

 ワイヴァーンは確かに見た。

 天へと駆け上がる雷霆のごとき極光。

 断ち斬られた炎柱の間から舞い上がり、この空にまで到達した、一人の冒険者の姿を。

 

 

 「〝始源の英斬(ディア・アルゴノゥト)〟っ!!!」

 

 

 雷霆のごとき斬撃が、ワイヴァーンを打ち砕いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぁ───」

 

 その斬撃を放った直後。

 アイズは、己に力を貸してくれていた英雄との繋がりが失くなったことを感じ取った。

 手の内から消えていく〝雷霆の剣〟。幾度となく命を救ってくれた黄金の輝きに、アイズは感謝を告げる。

 そうして。

 アイズは、落下した。

 

 「……あ」

 

 そういえば、飛んだ後のことは考えてなかったな、と。

 全力の一撃を放ってへろへろと化したアイズは、今更ながら窮地にいることを察した。

 当然、風を生み出す余力は残されていない。

 あらまあ、なんて母親(アリア)の言葉が聞こえたような気がした。

 

 「……っっっ!!!?」

 

 糸の切れた人形のように落ちていく。

 アイズは言葉にならない悲鳴を挙げて、涙目になってばたばたした。

 流石にこの終わり方はあんまりだ、と。

 『人形姫』もへったくれもない表情で。

 ひゅーん、と落ちていく。

 

 「ふぎゅっ」

 

 その結果。

 アイズは、フリューを下敷きにした。

 

 「あっあっえっ」

 「~~~~~……むぎゅう」

 「ちょっ……!?」

 

 フリューとしても、苦肉の策だったのだ。

 パックの《軟化》の術で受け止めようと思っていたのだが、彼は不在だった。

 著しく魔力を消耗した結果、姿すら保てなくなったのだ。フリューも「先に死なないでほしい」と口にする程度に感づいてはいたが、思っていた以上に無茶をしていたらしい。

 ともかくフリューはその身一つで空から落ちてくる同じくらいの体格の少女を受け止めなければならず、疲弊した身体で出来るはずもなく、自分をクッション代わりにするしかなかったのだ。

 唯一の救いは、落下点に先回りしようとしてこけた、という顛末からして、うつ伏せに突っ伏していたため、腹部からの出血がぎりぎり《水上》判定になり、なんとか気絶するだけで済んだことだった。

 

 「ど、どうしっ、どうすれば───」

 「───アイズっっ!」

 「! リヴェリアっ、リヴェリアっ!」

 「……アイズ、私は……私は、お前の母親にはなれない。だが、それでも───」

 「後で!!! 聞くから!!! 全部、謝るからっ! それよりも先に───この人を、助けて!!」

 「……。……すまない、頭に血が上っていた。お前の言う通りだ───走りながら治療する、抱えるぞ」

 「ひゃっ!」

 「しかし……まさかこんな時期に、娘()()を担いで走ることになろうとはな……!」

 

 訂正。

 王族妖精(ハイエルフ)の女性とかいう地雷中の地雷の小脇に抱えられた、という事実を知らずに済んだのは、この上ない幸運だった。

 

 

 

 

 

 




 本文の解説を行います。少し長くなります。



・ワイヴァーンぼこぼこ事件
 一平民のアルゴノゥト兄貴が握っても推定強化種のミノタウロスとばちばちにやりあえるんだから、アイズが握ったらこうなるだろうと考えました。
 むしろワンパンされなかったワイヴァーン偉い。頑張った。


・ワイヴァーン君がハッスルした理由
 ワイヴァーン→フリューの感情は、
 『世界でただ一人のみに完全攻略されたゲーム』が『プレイヤー』に向けるそれです。
 勝手に好敵手扱いして勝手にハッスルしました。
 走者は死ぬ。


・迫真フリュー劇場

 前回アイズが両親と会っていたのはパックの力添えの結果です。彼は〝劇場〟を展開し、アイズの裡に在り続ける両親に魔力を渡して話せるようにしました。彼が〝演出〟したシーンはひとつもありません。

 今回フリューのために展開した〝劇場〟は、パックが『両親の情報』を元に背景から小道具まで一から十まで演出して作り上げた大嘘でした。
 フリューが苦しむ姿を見続けた彼は、フリューに二択を突き付けたのです。
 【幸福なまま死ぬ】か、
 【女性であることを受け入れて立ち上がる】か。
 フリューは後者を選択しました。が、あくまでパックに感覚をいじくってもらった上でのメス堕ちになります。パックの術が解ければ、また女性であることに耐えられない状態に戻ります。
 それでも、大きな一歩であることは疑いようもありません。
 

・フリューの結論について

 彼等の冒険は必ず失敗する代物でした。
 なので、希望はないと判断し、手を取りませんでした。
 彼等は死んだらしいので、やっぱり希望はなかったのだと納得しました。

 その考えが、アイズの姿を見て変わりました。
 英雄───人々に希望を与える存在の背中が、在りし日の彼等と重なった瞬間、フリューは知ったのです。
 立ち上がり、冒険することを選んだ彼等こそが、希望そのものだったのだと。

 その輝きは、かつて見上げた夜空によく似ていて。
 その輝きに焦がれたからこそ、占星術師(星を知る人)になったのだと、フリューはやっと自覚しました。
 ツクヨミとの逢瀬は、決して届くことのない光に、手を伸ばすような試みだったのです。

 そして、フリューはある『願い』を抱きました。
 死にたい、という切望と比べれば年季もくそもない、生まれたばかりの願望。
 それでも、フリューはそちらを選びました。

 立ち上がりたい。
 今度こそ、その手を取りたい。
 ───冒険をしたい。

 そうして、フリューはアイズの〝希望(ほし)〟となりました(無自覚)。
 ちなみにフリューもアイズのことを英雄(きぼう)だと思っています。
 そんな感じです。


・占星術について

 『月』+『太陽などの属性系』で炎も氷も光も全部ぶった斬るのが前衛型占星術師の基本防御です。本来はこれを槍で行うはずでした。物理攻撃はパリィして♡


・遅刻エルフ

 やや苦しいですが、理由は用意しています。次話で描写いたします。



・蛇足

 ヒーローの窮地をメス堕ちして助けるTS主人公という構図をやりたいだけの小説でした(嘘)。


 誤字脱字、設定の矛盾などありましたら、ご教授願います。



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エピローグ『星のようなあなたへ』

 Lv.1→2編、ようやく終了です。
 RTA的にはようやく序盤が終わった感じですね。
 あかんしぬぅ(絶望)。


 romusann様、so-tak様、KJA様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 鳥瑠様、kuzuchi様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。
 名もなき一読者様、封印されしアザラシ様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。


 

 

 

 さあ、往かれよ。

 

 霞む意識を無理矢理に束ねて、叫ぶ。

 

 そうして、少女は飛んだ。

 

 流れ星のようだった。

 いいや、あれは正しく勝利を告げる綺羅星なのだろう。

 その軌跡に迷いはなく、その輝きは限りなく。

 夜の帳さえ斬り裂いて、地平の果てすら飛び越える。

 いつか私の瞳から見えなくなっても、際限なく限界なくどこまでも、あの子は駆けていくのだろう。

 

 私は勝利を確信する。

 あの少女は仕損じることなく、漆黒の翼竜を粉砕するだろう。

 そして。

 それは同時に、私の『悲願』が打ち砕かれることでもある。

 

 「───、ぁ」

 

 目を逸らしてはいけない、と思った。

 私が求めていたモノ。

 悪逆非道を為してでも得たいと思っていたモノ。

 それが、目の前にあって。

 それを、目の前で手放す。

 8年もの間、ひたすらに積み重ねてきたこの想いを、私は今から裏切るのだ。

 

 「は───、ぁ───」

 

 後悔はある。

 不安もある。

 今までの私は泣き(わめ)いているし、これからの自分も、この決断を軽蔑するだろう。

 けれど。

 

 

 「───〝始源の英斬(ディア・アルゴノゥト)〟───」

 

 

 彗星が漆黒を打ち砕く。

 命を弾き飛ばすかのような、見事な一撃だった。

 目映き雷光がダンジョンを埋め尽くし、ワイヴァーンを消滅させる。

 瞬間、この小さな胸に飛来した感情は、諦念か、それとも悔恨か。

 きっとその両方ともで、ずっと守りたかった、とても大事にしていたモノが、失われるのを感じた。

 

 「どうか、私を恨んでほしい」

 

 ありったけの想いを込めて、告げる。

 これから、私は今まで以上の過酷を味わうだろう。

 ずっと目を逸らしていたものを、直視してしまった。

 その代償は重く、今だって、叫び出したいくらいに胸が震えてしまっている。

 それでも。

 

 「ああ……なんて綺麗」

 

 今だけは。

 あの少女(きぼう)の輝きを、目にしていたい───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分が寝台(ベッド)から出られたのは、あの夜の一週間後のことだった。

 

 我ながら酷使したものだと思っていた身体は、案の定酷い事になっていたらしい。重ねすぎた疲弊は身体機能を衰弱させ、治療院に担ぎ込まれた時は呼吸すらままならない惨状だったとか。

 無事に意識が戻ってからも受難は終わらず、むしろより悪化した。

 具体的には、自分がどれだけ的確にアスクレピオス様の地雷を踏んだのかを自覚させられた。

 夜間に無断で外出して、死にかけて、他所の医者の手にかかったのだ。

 ……あまり思い出したくはない。患者と医者の関係である限り、自分はこの先ずっとあの医神には逆らえないだろう。そう思わざるを得ない出来事があった。それだけの話だった。

 

 何もさせてもらえない時間、というのは、思っていたよりも多くの物事を自分に与えてくれた。

 自分の『性』のこと。

 自分のこれからのこと。

 あの子とどう向き合うのか、ということ。

 考える時間はたくさんあった。迷宮通いの日々を続けていたなら、風化させ、なあなあにしてしまっていたかもしれない事柄を、自分はしっかりと受け止めることができた。

 今更ながら、アスクレピオス様の軟禁命令は、自分の精神も慮っていらっしゃったのだと思う。あの夜に起こった多くの出来事を見据え、整理するのに十分な時間を、あの方は用意してくださったのだ。

 

 

 そうして、自分は。

 ある『答え』を、アポロン様に告げた。

 

 

 あとは、そう。ロキ・ファミリアとの付き合いについて。

 自分が寝ている間、オラリオは一時大変な騒ぎになっていたらしい。『上層にワイヴァーンが出現した』ことで下級冒険者達がこぞってギルドに詰め寄り、上位派閥への強制調査依頼(ミッション)が発令されて……そして、【ロキ・ファミリア】のとある冒険者が、過去の世界最速記録に並ぶ早さでの【ランクアップ】を果たした。

 アイズ・ヴァレンシュタイン、所要期間一年でのLv.2昇格。

 僅か8歳の幼女が成した偉業に、迷宮都市は大いに沸いたらしい。特に神々の喜びようは凄まじく、街の至るところであの見目麗しい方々が踊っていたのだとか。

 暗黒期という酷すぎる情勢下において、あの少女がやってのけた偉業は、さながら暗雲の隙間から差し込む陽光のようだったのだろう、と思う。

 で。

 

 『おめでとうフリュー、【ランクアップ】だ!』

 『……ぇ……それは、ええと』

 『発展アビリティにも恵まれたぞっ、【狩人】もある! やったなフリュー!』

 『……それは、まずいのでは』

 『えっ?』

 

 にこにこしたままのアポロン様と、顔から色を失くす自分。

 流石に見かねたらしいアスクレピオス様が諸々の物事を説明なさった頃には、アポロン様は真顔で頭を抱えていた。

 所要期間半年での【ランクアップ】である。

 現在(ちまた)を騒がせている、都市最強派閥所属のアイズ・ヴァレンシュタインは一年である。

 なるほど大幅更新だ、素晴らしい!

 馬鹿正直に発表したら地獄になると、政治的な物事に疎い自分でも理解できた。

 

 『これが明るみになれば……なんだ、取りあえず、ロキの所から睨まれるな。うちの子がきゃーきゃー言われとったのに泥ぶっかけてきよって何してくれてんねんみたいなノリで……』

 『他の娯楽好きの神々からも狙われるだろう。半年ってことは正真正銘の世界最速記録(ワールドレコード)、守りきれるのか、クソ親父?』

 『フレイヤに見初められれば確実にアウト、そうでなくとも徒党を組まれれば危うい。我が派閥ってそんなに武力ましましな訳ではないからな、C評価の中でも下位だと思う』

 『隠すか』

 『いや、念には念を入れて〝保留〟にする。【ランクアップ】可能の状態でしばらく放置し、落ち着いた頃に昇格させよう。具体的には次回の神会(デナトゥス)の時期まで……幸いなことに、口止め出来る程度の資金はある。なんなら司会の席を取ってもいい』

 『都市内の有力神への賄賂、情報の隠蔽か。……患者の身の安全のためだ、僕もいくらか出そう』

 『すまない、助かる』

 『お前のためじゃないからな』

 『わかっているとも』

 

 つまり、今【ランクアップ】してそれがバレると非常に不味い、なので三ヶ月後に開催される神会まで昇格は保留とし、出来る限り情報を隠蔽しつつ、バレたとしても大事にならないよう根回しする、ということだった。

 拒否する理由はなかった。

 あの子……アイズの名声に泥を塗るなんて、あってはならないことだし、それでアポロン様が助かるのなら、そうするべきだと思った。

 これ以上成長の見込めない【ステイタス】的に考えれば、今すぐ【ランクアップ】してしまうのが一番なのだろうが、自分の目的は金稼ぎであって、強くなりたいという訳ではない。それに、三ヶ月早くLv.2になったとしても、自分の能力値(アビリティ)の上限からして誤差にしかならないだろう。

 唯一の懸念は、【ランクアップ】の時期が遅れることによる収入の低下───『中層』進出が遅れることだったが、順当に調整することを約束してくださった。

 自分のランクアップは三ヶ月後。

 それまでは、今まで通り『上層』をメインに探索することとなるだろう。

 

 

 そんなふうに考えていた時期が、自分にもありました。

 

 

 ……敗因は、自分の認識違いにあった。

 具体的には、自分がアイズに向けていた感情と、アイズが自分に向けていた感情の齟齬だ。

 

 自分がアイズ・ヴァレンシュタインという少女に抱いている感情は……()()()なのだと思う。

 アイズは、その……フリューガー・グッドフェローという小人族(パルゥム)の人生を、一変させた。

 複数の外的要因によってひん曲げられていたモノに、無理矢理に力を加えた結果、不恰好だがまっすぐになってしまった、というか。

 定められた『悲劇』を唐突にぶち壊して、さも当然のように『喜劇』の幕を上げたのだ。

 冷静になって、その事実を再認して、愕然とした。

 8年間積み上げ続けた感情が、生き方が、切願が。あの夜の一戦、たった二度顔を合わせただけの、名前も知らない女の子に吹っ飛ばされたのだ。何があの輝きを目にしていたいだ、現実逃避してるだけじゃないか。自分の想いはこんなに小さなモノだったのかと思うと、酷く胸が苦しくなった。

 何より、救われてしまった手前勝手に死ぬ訳にはいかないな、なんて思ってしまっていたのが、もう、致命的だった。

 救ったっていうなら、タケミカヅチ様とかツクヨミ様とかはどうだっていうんだ。自分はあの敬愛すべき方々からの親愛を捨ててでも死にたいと思っていたはずなのに、ぽっと出の女の子に救われたら、もう死ねないなー、なんて。

 

 ───それじゃあ、タケミカヅチ様達に救われたのを軽んじてるみたいじゃないか!

 

 自分は悶絶した。

 当たり前のように持っていた、持っていると思っていた、心優しきお歴々への信仰心が、突然薄っぺらいモノに思えてしまったのだ。お前の敬愛は、何処の誰とも知らない金髪娘に対する感情に劣るモノでしかなかったのだと、自分自身に糾弾されるようだった。

 仮に、本当に仮に、自分がアイズに抱いた感情が恋慕の類いだったなら、こんな事にはならなかったのだろう。畏敬とか、崇拝とか、敬愛とか……そういった、神々へ向けていた感情を、年下の女の子に抱いてしまったせいで、すごい辛いことになったのだ。いや、生き死にの観点からすればとんでもない【幸運】なんだろうけど……。

 

 要するに。自分は、元から社の神々へ向けていた信仰心の強度を疑ってしまう程度に、アイズ・ヴァレンシュタインという少女を敬愛している。

 アイズは『希望』で『英雄』で『信仰の対象』で、つまりは『神々のようなモノ』で『星』でもあって、だから向ける感情は信仰心というか……通常人に向けないような感情を抱いてしまっていた。

 

 だから、その。

 アイズにとっての自分は、『果てしない悲願を叶えるための道中で、たまたま手を差し伸べた人物』……英雄譚でいう、序盤にちょっとだけ登場するようなキャラクターで。

 英雄の覚醒にたまたま立ち会って、とても【幸運】な事に救ってもらえた、誰でもない(ノーマン)なんだろうな、なんて思って、勝手にそれで納得してしまったのだ。

 

 

 その、結果。

 

 

 『フリューガーって子が診療所(ここ)()るって聞いたんやけど』

 『知らん』

 『アポロンとこの子やろ?』

 『いやぁまあ確かにフリューガーという名の眷属はいるが……』

 『会わせてくれんとなぁ、うちも困るんよなぁ。だってその子絶対【ランクアップ】出来るやろ? しかもなんや、ギルドの記録と合わせると……半年で、Lv.2ってことになるやん。すごいなぁ、ぶっちぎりでレコードやで』

 『『……』』

 『まー、うちらもアイズたんの件ではしゃいでたのもあるけど……これ、ふつーに発表されると、うちらとしても、自分等(ジブンら)にとっても、よくないと思うんよ。それはわかるな?』

 『『…………』』

 『くっそ可愛い言うとったからなぁアイズたんなー。フレイヤの奴も気に入りそうやなー。超絶技量激カワ幼女剣士、神連中も欲しがるやろなぁー、なんならうちも欲しいしなぁー』

 『いや待てロキ、それはだな』

 『知らんっ』

 『ずだ袋被った小っさい剣士が【悲恋の奏者】と一緒にいるのを見たって眷属(ガレス)が言うとるし、ディアンケヒトの治療院が完治してない患者を預けんのは相応の設備と腕のいい医師がおるところだけや。うちとしては、はよ観念してもろて、建設的な話をしたいんやけどなぁ……』

 『『………………』』

 『何より、犬猿の仲な自分()が毎日顔を合わせとる時点でバレバレや。見舞いにきてたんやろ? いい主神やんけ』

 『(()けられてるじゃんかクソ親父死ね)』

 『(いや私もそれなりに戦える神だし弓兵だし私が感知出来ないなら居ないもんだと)』

 『ちなみに斥候しとったのはうちの団長や』

 『『…………………………』』

 

 

 そんなことがあって。

 真っ白になったアポロン様をよしよしして差し上げて。

 それから、ええと。

 『遠征』に向かわれた方々が大事なく帰還されて、お互いの無事を祝ったり、自分が直前に参加できなくなったことを謝罪したりして。

 それで。

 ……何があったんだっけ。

 

 

 ああ、そうだ。

 何か、とんでもなく衝撃的な事があったんだ。

 それで自分は気絶して、つまりここは夢の中で、何があったのかを思い出すために今までの経緯を言い連ねていて……。

 確かなのは、今日はあの夜の一週間後、つまりアスクレピオス様を頑張って説得して寝台(ベッド)から無理矢理這い出て、精神統一したり相応の服を用意したりして……

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインと、二人きりでお出かけしているということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沈んでいた意識が、緩やかに浮上していく。

 微睡みから醒めるようなこの感覚は、嫌いだった。意識がある限り苦しみ続ける自分にとって、『起床』とは苦痛の始まりに等しく、『就寝』は悪夢の吹き荒れる雪原となる。つまり意識があろうとなかろうと辛いのだが、沈んでいく眠りと浮上していく目覚めでは、後者の方が憂鬱度が高かった。

 ただ、なんだろう。

 いつもは憂鬱なこの時間が、どうしてか、名残惜しかった。

 ……恐ろしい。自分はいつから、お布団から逃れられない怠け者になってしまったのだろう。社の子供達がそうするのなら可愛げがあるのだろうが、自分はもう14歳……らしい、のに。とても情けない。そして恥ずかしい。

 何より、ここまで考えられる程思考が戻ってきているのに、未だに起きようとしていないのが、訳がわからなかった。

 はたして、自分はそんなに怠惰な小人族だったか……?

 

 (いや、違う。これは……)

 

 自分を繋ぎ止めているのは、『熱』だ。

 小さな身体を包み込むような『熱』。柔らかくて、暖かくて、どうしようもなく安心してしまう。いっそ暴力的なナニかに、自分は為す術なく敗北しているのだった。

 ひどく情けない。そして抗い難い。負けてしまうのが当然で、これに勝ててしまう方がおかしいように感じてしまう。

 嗚呼、この逃れられない(ぬく)みこそは……。

 

 「……お母さん……?」

 「……うん、お母さん、だよ」

 

 ぴょこん、と。

 夜の空と共に視界に入ってくる金の髪。

 比喩抜きで、心臓が止まった。

 

 「───あ゛ッ」

 

 瞬間、脳裏に(よみがえ)る今までの記憶───!

 具体的にはアイズに『話をしたい』と言われてあれよあれよと予定と状況(シチュエーション)を組まれてからよくわからないまま中央広場(セントラルパーク)で待ち合わせていざ対面するまでの記憶───!!

 

 「なんっ、これっ、どうしっ……!?」

 「フリューが、倒れて。ここは、近くのベンチだよ」

 「は? っいや、それは、わかった、わかったから、もう起きる……!」

 「駄目だよ」

 

 とんでもない羞恥───アイズを母親と間違えるなんて! ───に駆られるように身を起こそうとして、失敗する。頭を持ち上げられず、何か柔らかくて温かいモノに押し付けられる。

 これ、アイズに膝枕されてる……!? いや、それよりこの感覚には覚えがあるぞ……!

 慌てて妖精の瞳に魔力を通せば、光輝く風が自分の身体を覆うように展開されているのがわかる。思い出すのはあの夜、戦闘不能と判断したアイズにそうされたように、自分は拘束されていた。

 

 「や、やめなさいっ、人前で、こんな、恥ずかしいっ」

 「恥ずかしいの?」

 「恥ずかしいよ!?」

 

 小声で叫ぶという器用なことをやりながら、周囲に目を走らせる。

 夜の中央広場である。

 常日頃より、迷宮帰りの冒険者で賑わう場所である。

 当然今だってたくさんの冒険者がいる。

 そんな所で【超大型新人】のアイズ・ヴァレンシュタインがどこの誰とも知らないちびっ子を膝枕していたら、さて、どうなるだろう?

 

 『おい、見ろよあれ』

 『げっ、【人形姫】……』

 『【剣姫】のがいいだろ、もう正式に決まってんだし』

 『あれが【ロキ・ファミリア】の最速記録保持者(レコードホルダー)? おいおいマジで幼女じゃねえかやべーな』

 『【剣姫】は何やってんだ? 迷宮帰りって訳でもなさそうだが』

 『銀髪の幼女に膝枕してる』

 『マ?』

 『マ?』

 『マ?』

 『ほう金銀幼女(ロリ)ですか、大したものですね』

 『あいつも【ロキ・ファミリア】か?』

 『年若い銀髪の女冒険者。聞いたことはないな』

 『あ、目が合った』

 『かわいい』

 『かわいい』

 『かわいい』

 『ひえっなんか怖えぞあの銀髪ロリ作りもんみてえだ』

 『いやかわいいなおい』

 『いつからあそこに座ってるの?』

 『少し前から居たぞ。【剣姫】が銀髪のことをずっと膝枕して撫でてた』

 『【悲報】剣姫、百合』

 『朗報の間違いだろぉ?』

 

 ……頭がくらくらする。

 『かわいい幼女』と言われて凍える心が、『アイズに可愛がられている幼女』という言葉でひん曲がって、訳がわからなくなる。

 このままでは遠くない未来、自分は頭がおかしくなってしまうだろう。

 

 「アイズ」

 「うん」

 「どのくらいの時間、ここに座って、撫でてた?」

 「一時間くらい?」

 

 楽しかったよ、とアイズが微笑みながら言う。

 それだけで、自分は何もかもを許してしまえた。

 無言で伸びてきた手を黙って受け入れれば、金の瞳は細まり、周囲からの熱視線が温度を増し、ひどい羞恥に鼓動が早まる。頬に触れる風が、自分がどれほど赤面しているかを伝えてくれる。

 しばらくの間撫でられ続けて、もはや諦めの境地に至りかけていた頃、アイズは唐突に表情を変えた。

 

 「ごめんね」

 「え……?」

 「がんばって、我慢して、待ったけど……もっと待たなきゃいけなかった。フリュー、まだちゃんと治ってない、よね。また無理させちゃった……」

 

 申し訳なさそうに瞳を伏せるアイズ。

 言っている意味はよくわからないが、彼女がそんな顔をしているのは嫌だった。

 

 「いや、身体は快調だよ。無理なんてしてない」

 「でも……」

 「それに、そんなことはきみもよくわかってるだろう。一昨日再会した時、挨拶もなしに衣服を奪って、全身を眺めた挙げ句、お腹に頬を押し付けてきたこと、忘れてないぞ」

 「あれは、わたしは悪くないよ。いきなりセップクしたフリューが悪い」

 「お陰でアスクレピオス様からの心証は最悪だ。きみと会うための説得に、どれだけ苦労したか」

 

 そう口にして、おどけるように肩を(すく)めてみせれば、アイズは申し訳なさそうにしながらも、口許を緩めてくれた。

 拘束は解いてくれない。

 

 「取りあえず、起きたいのだが」

 「いきなり倒れる人を放っておくのは、よくない」

 「……すまない、どうやら倒れたらしいが、その記憶がない。よければ、倒れる直前に何があったのかを教えてほしい」

 

 実のところ体調は完全に回復してはいないが、それでも唐突に倒れる程ではない。空腹も覚えていない。しかし、アイズによれば、自分はいきなり倒れたらしい。

 はっきり言って心当たりは皆無だ。

 なら、原因はアイズにある……と思う、けれど。

 そういった意図で発言すると、アイズは困ったように眉を曲げて、「直前……直前……」と呟いたかと思うと、何かピンときたような顔で、それを口にした。

 

 「『お姉ちゃんって呼んでいいですか』って言ったら、倒れた」

 「─────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────あぁ、なるほど」

 

 道理で記憶がないはずだ。

 そんな爆弾を放り込まれたらそうなるだろう。

 なにせ、それを言われるのは二回目らしいのに、心がぐしゃりと潰されるようなのだから。

 アイズ・ヴァレンシュタインにそう言われるのが、これほど辛いとは、思わなかった。

 

 「……フリュー?」

 

 心配そうに自分の名前を呼ぶアイズから焦点を外して、金の髪の向こう側を覗き見る。

 雲ひとつない夜空。物静かに佇む星の海は、あの日の光のようで。

 ちっぽけな自分に、なけなしの勇気を授けてくれる。

 

 「お姉ちゃんは、止めてほしい」

 

 努めて冷静に口にする。

 身体を起こす。

 アイズの風は既に解かれていた。

 ありがたい。ちゃんとした話をするには、先程の体勢は不適切だろう。

 

 立ち上がり、五歩前に出て、振り返り、アイズを見る。

 年頃の少女らしい衣服を纏いながらも、佩剣している冒険者は、その金色の瞳を見開いて、自分を見上げている。

 自分にとってその冒険者は英雄だが、冒険者にとっての自分は、さて、何者なのだろう。

 

 「まずは祝辞を。ランクアップおめでとう、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。きみと同じ戦場を潜り抜けられたことを誇りに思う」

 「ぁ……うん、ありがとう。それで……」

 「()にとって、きみは英雄だ」

 

 はっきりと告げる。

 妥協も欺瞞も許さない。

 フリューガー・グッドフェローはアイズ・ヴァレンシュタインに救われ、英雄だと思っている。

 その事実を、自分に焼きつける。

 その上で、自分は確かめなければならない。

 

 「きみは希望だ。きみは星だ。きみは私の悲願を叩き壊し、未来を(ひら)いた。あの夜生き残ったというだけの話じゃない。きみは正しく、死に()く私を救ったんだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「───」

 「きみは英雄になりたいと言っただろう」

 

 忘れるはずもない。

 あの夜、再起を果たしたアイズが告げた誓いは、その響きすら自分の裡に残っている。

 だから、言わなければならない。

 

 「英雄となるのに何が必要なのかはわからないけれど、きみには『力』と『信念』があるように思える。加えて環境も舞台も整っているのだから、順当に努力を重ねていけば、きっとなれる。そうして、多くの人を救い、途方もない数の希望になるのだろう。私にとってのきみのように。

 だから……そうだな。我ながら嫌な言い方になるが、『既に救った者』に無駄な時間を使う必要はない。きみの英雄譚における私の出番は終わっている……と、私は思っている」

 

 それが自分の結論だ。

 小人族のフリューガーはアイズ・ヴァレンシュタインに救われて、これから先も無理くり生きていくだろう。

 それだけの話だと、自分は思っていた。

 けれどアイズはここにいる。

 なら、それ以上があるのだろう。

 

 「けれどきみは、私に会いに来たな」

 「……うん」

 「それは、何故だ?」

 

 つまりはそういうことだった。

 アイズが自分を求める理由がわからないのだ。

 再会した時は()()()()()()からすぐに追い出されてしまったし、今回の逢瀬に関しても、小人族の英雄は『会ってやってくれ』としか言わなかった。

 ……ああ、この時点でもうおかしい。

 『確実に自分と会う』、ただそれだけのために、Lv.5フィン・ディムナの時間を使わせた【ロキ・ファミリア】の意図がわからない。

 自分にそのような価値がある訳がないのに。

 自分の役割は既に終わっているというのに。

 

 「私は、きみの何だ……?」

 「───戦友(ともだち)

 「そうか、ともだち……友達?」

 

 こてん、と首を傾けてみる。

 もしや、度重なる羞恥と英雄の眼前にいるという緊張から頭がおかしくなってしまったのかしら。

 隠すことなく困惑を表に出す自分を他所に、アイズは畳み掛けるように言葉を連ねる。

 

 「憧れの人、すごい人、綺麗な人、強い人、小さいのにとっても速い人、一緒に戦ってほしい人、『家族(ファミリア)』になってほしい人……泣いてほしくない人。笑ってほしい人」

 「え、え、うあっ、んううう?」

 「わたしは、あなたに、笑ってほしい」

 「えっと……笑えばいいのか? じゃあ、はい」

 

 目尻を下げて、口角を上げてみる。

 

 「違う」

 「むう、手厳しいな」

 「……歩きながら、話そう?」

 

 ガチャリと短剣を鳴らして、アイズは立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「フィンも、フリューに【ロキ・ファミリア】に来てほしいって言ってたの」

 

 かつん、かつん、等間隔で響く足音の合間を縫うように、アイズは言った。

 バベル内部の、どこかの通路だった。

 魔石を燃料にして動く昇降機を乗り継ぎ、そこから階段を用いて更に上層へと向かっている。

 何故か、アイズは頑なに目的地を教えてくれないが……

 

 (バベル上層は力ある神々の住まう領域と聞く。どこぞの神様に会いに行くつもりなのか……?)

 

 「フィンに、英雄って何って聞いてみたんだ」

 「っ、ああ。それで?」

 「難しい話だね、って笑ってた。英雄にも色んな人がいて、どうしてなったか、何をしてなったか人それぞれだから、結論は出せないって」

 「それは、そうだろうな。竜殺しの英雄がいれば、救国の英雄だっている。死病の治療法を確立した医者なんかも英雄と言えるだろう」

 

 それこそ、かの【勇者(ブレイバー)】だって、小人族の英雄らしいし。

 なんて思ってしまう自分は、異端の小人族なのだろう。なにせタケミカヅチ様の社にはヒューマンと神様しか居なかったのだ。小人族が他の種族からどのような目で見られているのか、その偏見を打ち砕いた【勇者】の偉業がどれほどのモノなのか、自分にはその実感がない。

 病室で顔を合わせた時には、極めて腕の立つ槍使いという情報しか得られなかった。

 

 「だから、英雄の定義は、人によって変わる。フィンはそう言ってた」

 「そうだな」

 「……わたしは」

 

 前を歩いていたアイズが立ち止まった。

 その瞳には複雑な感情が浮かんでいる。

 

 「わたしは、何をしてでも取り返さないといけない人がいて、だから、英雄になんてなれないし、なろうとも思ってなかった。わたしは、『誰か』のために戦えるような人じゃないから。そんなのは、英雄じゃないって、思ってたから」

 「……」

 「……でも、それでもいいんだって、あの時教えてもらったんだ」

 

 ぎゅ、と胸に手を当てて、アイズは感慨深そうに囁いた。

 

 「わたしは、わたしが救いたいと思った人を救う英雄になる」

 

 それは、聞くものが聞けば『なんて自分勝手な』とでも言いそうな誓いだった。

 無辜の民草を無償で守護するような、人々の望む英雄像とは明確に異なっている。

 精霊の風を従え、英雄の剣を携えた、気質と才能からこの上なく愛された少女が目指すのは『わがままな英雄』。

 竜に膝をつかせ、巨人を砕き、地平線まで広がる万敵を討ち滅ぼすに至るだろう冒険者は───自分が助けたいやつしか助けないぞ、と言い切ったのだ。

 

 「だから、わたしはフリューを救いたいの」

 「……先程も言ったが、私は既に救われて───」

 「()()()()()()()()()()()()

 

 その響きは、有無を言わせない重みを伴っていた。

 空を駆ける綺羅星のような決意は英雄の発言を揺らがぬものとし、一切の反論を問答無用で押し潰す。

 

 「『あの人』が言ってたの。〝誰かを救いたいのなら、まず、自分が笑わなくちゃ〟って」

 「───」

 「わたしには『誰か』を救う余裕なんてない。最速、最短で、わたしはアイツを殺して、お母さんを取り戻す。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「それは……」

 「フリューはまだ『笑えない』でしょ?」

 「……私は」

 「だから、フリューには、笑ってもらう」

 

 それっきり、アイズは一言も喋らず、黙々と歩みを進めた。

 自分も同じように沈黙して、彼女の後を追う。

 ……いいや、たとえ話すことを許可されてたって、今の自分は何も話さなかっただろう。

 アイズの『誓い』。

 アイズの『英雄』。

 感嘆せずにはいられない。

 なんて尊く輝かしく、困難な道のりだろう。

 助けたい人しか助けない? わがままな英雄? ───冗談にしても笑えない。

 目の前の少女は、万人を救うつもりなのだ。

 それが、夢物語や妄言虚言の類いでないことがわかっているからこそ、震えてしまう。

 これが『英雄』。

 これが『希望』。

 もはや言葉も出ない。

 アイズのためなら、自分はなんの躊躇もなく命を懸けられるだろう。

 

 

 

 やがて、ひとつの扉が現れた。

 

 「開けるよ」

 

 アイズはそういって、自分の手を引き、そこへと連れ出した。

 

 

 ───そこには、天空があった。

 

 

 一面の夜天。

 星々の輝きで満たされた大海。

 そこは、自分の知る内で最も空に近い場所だった。

 

 「バベルの、頂上。星が好きだって聞いたから……それならここだって、みんなが」

 

 アイズの言葉が、今だけは遠い。

 彼女の声以外、なんの音も遮るものもない空間で、一面の夜空を独り占めにする。

 まさしく、絶景だった。

 

 「綺麗……」

 

 自然と、涙が流れていた。

 育ち故郷である社を飛び出し、海を渡り、アポロン様と出会い、怪物どもを殺して殺して殺して、冒険に臨んで。 

 取り巻く環境も、自分自身もひどく変化したけれど、あの日自分を救った夜空は何も変わっていなかった。

 その事実を改めて噛み締めて、みっともなく泣いてしまう。

 

 「ああ、自分は、自分はっ……」

 「フリュー……」

 「うああっ、ああああああっっっ……!」

 

 金色の月に見守られながら、ただ泣いて、泣いて。

 落ち着いた頃には、目元がすっかり腫れてしまっていた。

 年下の女の子の胸にすがって泣きじゃくったという事実に、消えかけていた羞恥心が燃え上がる。

 

 「フリュー」

 

 アイズが言った。

 伏せていた瞳を向ければ、そこには英雄が居た。

 彼女は静かに近づいて、自分の手を包むように、柔らかな両手を添えた。

 

 「……わたしは、フリューの過去を知らないし、どうすれば笑ってくれるのかも、わからないけど」

 

 その言葉で思い至った。

 自分の『好きなもの』───夜空を見せるために、わざわざバベルの頂上まで連れ出したのは……きっと、自分を笑わせるためだったのだ。

 少なくない手間と時間をかけて、アイズはフリュー(じぶん)に笑顔をもたらそうとしたのだ。

 

 「……それでも、フリューには泣いてほしくないし、笑ってほしい」

 「アイズ……」

 「笑顔の方は、どうすればいいかわからないけど……今、ここで、約束する。

 わたしは二度とフリューを泣かせない。どんな悲しみが立ちはだかっても、あなたの隣で一緒に戦って、一緒に乗り越えて見せる。

 あなたは、わたしを救ってくれた……わたしを()()()()()()()()、わたしよりもずっと強い人だから。あなたが笑えるようになるまで───あなたが誰かを救えるようになるまで、絶対に、この手を離さない。

 だから、フリュー───」

 

 

 

 

 

 「わたしの、〝家族(ファミリア)〟になってください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えっ、断る」

 「─────────」

 

 アイズの家族になる、つまり【ロキ・ファミリア】に入るのは絶対に無理だ。

 だってあそこヤバすぎるもん。

 

 「そもそも【ロキ・ファミリア】は最初に候補から外した派閥なんだ。女性比率がすごく高くて主神も女性、王族妖精(ハイエルフ)が居てそいつの信奉者(シンパ)の女エルフがわんさかいるとか地獄過ぎて笑ってしまう。紙面だけでも震えが止まらなかったくらいだ、そんな地獄が同じ都市にあるなんて───」

 「……フィンの言った通りになった……」

 「───あっいやごめんアイズ、きみの家族に酷いことを言ってしまった、どうか許してほし……アイズ?」

 

 アイズの顔が見えない。

 何でかって、アイズが顔を伏せてるのもそうだが、距離が近すぎる。

 先程まで握られていた両手はいつの間にか自分の胴に回っていて───

 

 「ひゃんっ!? あ、アイズっ、何を!?」

 「なって」

 「んひゅうっ!?」

 「家族になって……!!!」

 「いや、だからそれは無理なんだって───ふにゅんっ!!?」

 「なるって言ってくれるまで、抱きつくっっ!!!」

 「~~~~~~~~~~~~~っ!!!!?」

 

 

 

 

 無窮の夜天の下、柔らかくて温かい至福の地獄を味わう。

 ふわふわと浮かぶ金色の月に、苦笑いされてるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局。

 冒険者フリューガーはなんとかアポロン様の元にいられることとなった。

 顔を真っ赤にしてぐずる英雄殿の姿に形容しがたい感情を抱きながらも、彼女の要求を一部呑む形となり、お互いに一安心、という感じだ。

 アイズとの逢瀬の同日、【勇者】とオルフェ団長、ロキ様、アポロン様による密談が行われていたらしく、命からがら『クスシヘビの診療所』に帰還したら真っ白になった団長とアポロン様がぶっ倒れてたり医神が荒ぶっていたりと……まあ、端的に言って地獄があったのだが、それも過去のこと。今は元気なのでとても安心である。

 

 

 そして。

 

 

 「アイズ」

 「……なに?」

 「お姉さんはやめてくれ、と言ったが」

 「うん。……そうだね、フリューは、男の子だったんだもん。お姉さんは、よくないね」

 「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 過去のフリューガー、どうか恨んでほしい。

 あの時、フリューガーは、生きると決めた。

 たとえ未来(いま)のフリューガーが、今まで以上の苦難を味わうこととなったとしても。

 それでも───。

 

 「()()()()()

 

 身体は女児だ。認めよう。はっきりと直視する。

 男だったときの記憶はない。その通りだ。故郷も家族も一人称も、己の顔すらわからない。

 それでも、『男』を握り締めようと決めた。

 消えていくことから目を逸らすのではなく、かき集めて、繋ぎ止めて、しっかりと抱いて。

 

 いつか、ちゃんと笑えるようになるその日まで───英雄の隣を、歩いていく。

 

 

 

 

 






☆☆☆

フリューガー・グッドフェロー

States Lv.2
力:I 0 耐久:I 0
器用:I 0 敏捷:I 0
魔力:I 0
幸運:I

魔法
【ディア・オーベイロン】
【】

スキル
◾️◾️◾️(カイネウス・ブレス)
 ・《耐久》に補正。
 ・水上歩行可能。
 ・《水上》条件時全アビリティ補正。
 ・性自認により変容
一意専心(コンセントレイト)
妖精虹石(グラムサイト)
星天旅路(ステランナーズ・オデッセイ)
・完全走法。
・《直立》時、全アビリティ補正。
・如何なる状況下でも天空視認可能。

特記事項
ランクS【体質:幸運】
ランクH【背景:重度の実験体】
ランクC【資質:妖精眼(グラムサイト)
ランクF【疾患:心的外傷(エルフ)】
ランクG【疾患:変貌への恐怖】
ランクF【背景:性転換】
ランクG【疾患:女体恐怖症】
ランクA【資質:侍】

NEW!!
ランクD【資質:英雄信奉者】
ランクA【祝福:揺るぎなき信仰(星)】


アイズ・ヴァレンシュタイン

States Lv.2
力:I 0 耐久:I 0
器用:I 0 敏捷:I 0
魔力:I 0
励起:I

魔法
【エアリエル】

スキル
復讐姫(アヴェンジャー)
英雄宿命(ソード・オラトリア)
・精霊にまつわる英霊への干渉(アクセス)実行権。


☆☆☆





フリュー→アイズ
 崇拝の対象。オッタルにとってのフレイヤ。

アイズ→フリュー
 仲間にしたい!!!!!
 笑顔にしたい!!!!!
 じゃがまるくんあげる!!!
 一緒に黒竜ぶっ殺そう!!!!!


 =


フリュー「英雄になるんならもう構わんほうがいい。おれはもう十分貴方に救われたのだから……」
アイズ「仲間になって♡」
フリュー「はい……フリューきみの仲間になります……(即堕ち)」
アイズ「家族になって♡」
フリュー「申し訳ないがハイエルフはNG」
アイズ「なんで(抱擁)」


Q.なんでバベルの頂上?
A.フィン「口説くなら雰囲気も大事だよね?」
 

 難産でした(n回目)。ただ此処を越えればしばらくは楽になるはず……!
 数話ほど幕間を挟んでからLv.2→3編スタートです。
 疑問点などありましたらどうぞご指摘ください。誤字報告ほんとうにありがたいです……!



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Lv.2→Lv.3
mp.11『命名/灰別』


 難産だったので初投稿です。
 説明ばかりになってしまって申し訳ない……

 佐藤東沙様、鳥瑠様、封印されしアザラシ様から誤字報告をいただきました。ありがとうございます。


 

 

 

 

 

 

 『アイズ起きませんねぇ……そろそろフリューくんちゃんも限界なのですが───っと危ない今のは危なかった』

 

 

 『これは再走ですかねー、【実験体】ガチャも爆死してる訳じゃないし、魔力特化の体質も記録更新狙えそうで惜しいんですけど……このまんまだと流石に無理です』

 

 

 『───はい、終わりですね。俺の負け! なんで負けたか次走までに考えといてください。アイズが起きてくれなかったからじゃないですかね? ……アスPのハイポで治癒出来ないはずはないと思うんですけどねー……【耐久】の乱数で最低値引いてたのかな───おや? この希望の花が咲きそうなBGMは……(棒)』

 

 

 『おっと!? アイズの様子が……!! ピポピポン! テッテッテッテー テッテッテッテー↑ テッテッテッテー テッテッテッ ───』

 

 

 『おめでとう! アイズは英雄アイズに進化した! ───うわああああああああああああああああチャートさんが逝ったぁああああああああ!!! あああああああああああもう無理ぃぃイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ───』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逝ったけど逝ってなかったチャートで無理くり走るRTA、もう始まってる!

 

 前回、アイズが謎の英雄ルート入りしたりワイヴァーン戦の後処理をしたり夜空の下でプロポーズ()されたりした後日からになります。

 未だ疲労が完治しておらず、ろくに行動できない時間が続きます。なので、ベッドの上でりんごを咀嚼(そしゃく)するフリューくんには右枠に退いてもらい、ここで『再走していない理由』と『新規に獲得した特記事項・スキル』、『次の目標』についてお話ししとうございます。

 

 まず、再走していない理由について。

 というのも、アイズからの好感度が一定以上になった時点で、専用のチャートを組んでいない限り、再走するのがベターです。

 アイズと仲良くなると毎日のように押しかけられて付き纏われて交流(K)! 冒険(B)! 親愛(S)! の三点コンボを決められ、更にリヴェリアを筆頭とする他キャラクターとの関わり合いを強制されます。あ^~(憔悴)

 無論、アイズと仲良くなること自体難易度が高いので、基本的には気にしなくてもいいのですが───『ワイヴァーン戦』で共闘する程度では問題ないのです───今回はなーぜーかー、アイズからの好感度が非常に高くなってしまっており、ワイヴァーン戦の時点では再走するつもりでいました。

 それを踏まえて、なぜ走り続けているのかを説明します。

 

 といっても理由は単純で、アイズが英雄ルートに入っていること、スキル【星天旅路(ステランナーズ・オデッセイ)】と特記事項【揺るぎなき信仰(星)】を獲得出来たからです。

 

 一つずつ見ていきましょう。

 

 アイズの英雄ルート入りですが、これを説明するにはアイズの特性についてお話しする必要があります。

 皆様もご存じの通り、アイズは『英雄』と『精霊』の子という極めて特殊な出自をしています。それ故に、複数のフラグを踏んだり踏まなかったりすることで、アイズの技能や性格が変化するのです。

 派生先は四つ。

 魔法を捨て、代わりに〝英雄の剣筋〟を振るう通称『剣士アイズ』。

 剣を握らず、魔法の運用に特化した通称『精霊アイズ』。

 【恩恵】獲得までアイズに関わらない、または上記二つのフラグを半々くらいに踏むと発生する通称『原作アイズ』。

 そして、アイズに『英雄になりたい』と強く願わせることで誕生する通称『英雄アイズ』。

 この四つのうち、今回は英雄アイズになった、という訳です。

 そして、先程言ったように、アイズ・シリーズはそれぞれ性格が異なるのですが、英雄アイズはアイズ・シリーズで最もコミュニケーション力が高く、モンスターへの憎悪が精霊アイズの次に低いのです。

 

 一言で纏めると、『みんなと仲良くなれるアイズ』になります。

 

 そして、みんなと仲良くなる仕様上、他のアイズよりも好感度を稼いだ際のリスクが少ないです。なにせ他のキャラクターとも同じように仲良くなっていますので、他のアイズのように過度に執着されたりしません。

 ですので、英雄アイズなら……と妥協したんですね。

 いやキツイのですが。

 

 次にスキルを見ていきます。

 

 【星天旅路(ステランナーズ・オデッセイ)

 ・完全走行。

 ・《直立》時、全アビリティ補正。

 ・如何なる条件下でも天空視認可能。

 

 重要なのは一番上の『完全走行』。

 これ、極めて強力なレア技能です。

 特記事項の【資質:完全走行】がAランク、と言えばそのヤバさが伝わるでしょうか。

 その効果は〝歩行能力のカンスト〟。所有者の『歩く』、『走る』動作を完全なものとします。

 具体的には()()()()()()()()()()()()()()()()()、かつ擬似的な【縁下力持(アーテル・アシスト)】になります。つまり最強だな……?

 

 最後に【祝福:揺るぎなき信仰(星)】。

 (星)がついていることを除けば、原作開始時点のオッタルが持ってるヤツです。

 ランクは堂々のA! その効果は、強力な『精神防御』と、畏怖による『重圧』、瀕死状態での『戦闘続行』です。職業:神官の場合行使可能となる『奇跡』の倍率をガン上げしてくれる効果もありますが、このRTAでは関係ないのでスルーします。

 特に強力なのが『精神防御』で、その倍率はランクAまでの特記事項では堂々の一位。ディックスの呪詛(カース)【フォベートール・ダイダロス】を真正面から打ち破れるレベルです。

 『重圧』はRTA的に嬉しい技能で、敵対した知性体の能力を下げることが出来る他、好感度の調整にも使うことができます。

 もちろん『戦闘続行』も有用です。RTA的には、これのお世話にならないのが理想ではありますが、これがあると安心感があります。走者の心労を減らしてくれる良技能ですねぇ!

 

 あえて欠点を挙げるなら、習得条件が鬼畜なのと、『信仰対象への絶対的な忠誠』が付与されることですが───オッタルを見てもらえばわかりやすいかと───フリューの場合はかなり特殊でして、アイズに対して身も心も全て捧げちゃってはいませんでした。その詳細は今後の動画(はなし)で出てきますので、まあそれまで待っててくれや。

 

 以上が再走していない理由になります。

 デメリットはキツイですが、それを超えるメリットが発生しているんですね。

 本音を漏らしてしまうと、【幸運】と【完全走行】の両立はかなり難しいので、そのデータ取りも兼ねてたりします。

 

 

 ───一旦ゲームの方に戻ります。診療所でゆっくりしてるフリューくんに来客があるようです。

 いやまあアポロン様なんですけどね。毎日お見舞いありがとナス!

 そしてアポロン様によると、フリューくんに新しい武器を宛がってくれるようです。ワイヴァーン戦で失くした湾刀の後継ですね。Lv.2ランクアップ後に武器を新調するのはチャート通りなのですが、これ、ガバです。

 何がガバかと言うと、元々Lv.2へ昇格した際の『お祝い』に『単独(ソロ)探索の許可』をいただく予定だったからです。なので、その『お祝い』を『武器の新調』で潰してしまったのは言い逃れようのないガバなんですね。

 ただまあ、フリューくんがソロを許してもらえるかって言われると……みたいなところはあるので、そう悲観はしていません。

 深夜に勝手に迷宮行って大怪我した奴が『ランクアップしたんでソロ探索させてください』とか言ったところで、駄目です(慈悲) 知ってた(特大赤字) ってなる未来が見えます見えます。

 ただ、ソロ探索させてくれないとやれない事もあるので、出来るだけ早期に得ておきたいです。アポロンからの好感度がここまで高くなるのは想定外でしたので、そのあたりの折り合いをなんとか付けたいですね。

 アイズがいるからソロ探索は無理でしょって? そうねぇ……

 

 

 アポロン様のお話が終わりましたので、獲得したスキル・特記事項の解説をしていきます。

 といっても『再走しない理由』の方で重要なのは語りましたので、残ってるものを軽くお話しします。

 

 まずはスキルから。

 

 【◾️◾️◾️(カイネウス・ブレス)

 ・《耐久》に補正。

 ・水上歩行可能。

 ・《水上》条件時全アビリティ補正。

 ・性自認により変容。

 

 こちらは新規に獲得したものではなく、【半端者(カイネウス・ヴェール)】が変化したものになります。

 雑に言えば【半端者】の劣化版です。

 補正の倍率が軒並み下がり、『受け入れる程に強化』も消えています。

 これだけならはーつっかえ、の一言なのですが、最後の一文が不穏ですねぇ……(棒)

 Lv.3になったらまた内容変わるから見とけよ見とけよ~。

 

 続いて特記事項【資質:英雄信奉者】。

 ベルくんの初期資質の一つなので、既プレイの方はご存じかと思います。

 英雄にまつわる知識判定に成功しやすくなったり、特定の場面で低ランクの勇猛技能が発揮されたりする資質です。

 あれば便利。そんな感じですね。

 

 以上、終わり、閉廷、解散! あったら嬉しいな程度の能力なので特筆する必要なし! です!

 ゲームの方でも進展がありましたので、そちらを見ていきとうございます。

 

 

 ───やあああっと完治しましたよもぉおおん。

 というわけで、フリューくん完全復活です。やったぜ。

 診療所でのほぼ軟禁生活から解放され、ダンジョン探索が許可された訳ですが、まず最初にやるのは……武器の受け取りです。さっきのやつですね。

 ブツはもう用意されているらしいので、早速作り手の工房へ向かいましょう。

 

 相も変わらず路地裏を利用して移動します。

 後継武器ですが、例のワイヴァーン君の素材を使用します。ここが幸運チャートのいいところで、あのワイヴァーン戦でドロップアイテムが出るかはランダムなのですが、【資質:幸運】を持っていると、確実に、かつ上質な素材を落としてくれます。なので、安心してチャートに組み込めるんですね。

 この『【幸運】によって確実に質のいいアイテムを獲得する』手法は今後もお世話になるので、覚えておいてほしいです。

 

 あっそうだ(唐突)。豆知識ですが、アイズは竜を素材にした武具を決して使いません。理由はもちろん、お分かりですね。

 今回のワイヴァーン討伐はフリューくんとアイズの共同になるのですが、そういった場合、ドロップアイテムと魔石は折半するのが定例です。しかし、アイズはワイヴァーン君の素材を受け取り拒否します。売るのにも難色を示す感じです。よってワイヴァーン君の素材は全てこちらが確保出来まして、こうして武器に費やせるんですね。

 ワイヴァーンイベントを通過するメリットの一つがこれです。あのワイヴァーン強化種の素材を用いた武器はほぼ確実に『第二等級武装』になり、それを『中層』に持ち込めるのは大きな利点です。

 ちなみにここまでお話しした時点でお察しかとは思いますが、ワイヴァーン戦直後に気絶したのは酷いガバです。今回は幸いにもロキ・ファミリアの方がドロップアイテムを回収してくれましたが、運が悪いとそのままロストします。まさかあそこまでボロボロにされるとは思ってませんでしたからね、仕方ないね。

 

 

 さて、例の鍛冶師の工房に着きました。

 今回武器の製作をしてくれたのは、なんと【ヘファイストス・ファミリア】の幹部です。

 元々のチャートでは【ゴブニュ】に依頼する予定だったのですが、この変更には幾つかの要因があります。

 フリューくん個人ではなく【アポロン・ファミリア】からの依頼になったことと、【勇者】の介入によるものです。

 先程お話ししたように、本来はフリューくん個人で武器の製作を依頼するはずでした。つまり、『【二つ名】を持たない一般小人族』として依頼する予定だったのです。そうなると【ヘファイストス】では末端の鍛冶師しか斡旋してくれず、せっかくの素材を活かせません。その点、【ゴブニュ】ではお金さえ用意出来れば腕のいい鍛冶師が出張ってくれます。通常プレイ、RTA問わず、名声が足りてない状態で武器を注文する場合は【ゴブニュ】に依頼するのがいいと思います。

 では、そこに【アポロン】と【勇者】がくっつくとどうなるか。端的に言えば名声とコネの問題が一気に解決されます。

 『どこぞの木っ端冒険者からの依頼』が、

 『有名派閥からの依頼で、かつ【勇者】の推薦つき』となるんですね。

 それによって、【ヘファイストス】幹部への依頼が叶ったわけです。

 

 今、扉から出てきた男性がその幹部兄貴です。

 迷宮都市随一の()()使()()にして稀代の()()()()()。湾刀をメインウェポンにするなら是非お世話になりたい、名ウテの鍛冶師です。

 RTAで顔を見る機会はありませんが、通常プレイで湾刀を使うなら、この鍛冶師が一番だと思います。

 

 といっても、幹部兄貴とフリューくんの関係は依頼主と鍛冶師以上のなんでもありませんので、特に会話はありません。さっさと武器を受け取って帰りましょう。

 

 

 ……と、行きたかったのですが。

 この鍛冶師、武器の命名は担い手に一任するスタイルだったりします。

 そして、フリューくんにとって、『名前を与える』というのはとても大事なことだったりします。

 つまり───武器の命名にめっちゃ時間を使いました。

 ガバかな。ガバかもしれん。ままええわ。いや、これは仕方ないと思うのですが。どうでしょうガバですかね?

 『入力速度を考慮してほもにしろ』とか言われそう(未来予知)。それが出来たら苦労しないんだよなぁ……。

 

 あっそうだ(思い出し玉)。

 今回、フィンのコネによって、幹部兄貴への依頼が通ったのですが……

 つまりフリューくん、現在『フィン監修の武器を携行する女小人族』となっております……

 ……ッスー……いい……天気ですね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 コンコンコン。

 控えめに響く音が、男の鼓膜を震わせた。

 煤と鉄の香りに満ちた、鍛冶師の工房である。

 むくりと上体を起こす。寝ぼけ眼で見回せば、どうやら作業を終えた後、そのまま床に転がり眠りこけていたらしい。

 なにせ徹夜での鍛冶作業、それも今までにない依頼だ。構想を練り、試作を繰り返し、そうして完成に至ったのが、さて何時だったか。

 工房の主はのろのろと歩を進め、机に放られていたパイプに火を点けた。工房に紫煙が満ちる。嗜好品を兼ねた賦活剤である。難儀な依頼をこなした後はこれを吸うのが鍛冶師の日常だった。

 そうして頭のもやを晴らした鍛冶師は、ふとあることに気づいた。

 自分を起こした音。来客。期日。依頼主。

 紫煙の立ち込める工房。ゆらゆらと舞う煤。鉄の香り。

 男は換気の必要性を感じ取り、依頼主にしばらく外で待ってもらうよう伝えるべく扉を開けた。

 はたして、そこには誰もいなかった。

 

 「あん?」

 

 右を見て、左を見て、もう一度右を見る。

 いない。

 

 「下です」

 

 ───いた。

 なんかいた。

 なんかとしか言い様のない変なのがいた。

 いやにくぐもった肉声。てるてる坊主を思わせる、肌の露出の一切を排した風体。冒険者とは思えない劣悪な体格。つまりは不審者。

 自然と腰に手を添えて、佩剣していない迂闊を思い出す程度に、推定依頼主は変なのだった。

 

 「武器を、受け取りに来ました」

 「……あー……すいやせん、なんぞ証明出来るモノは持ってますかね」

 「あります」

 

 どうやら、依頼主らしかった。

 『これが武勇名高きブレイバーの〝推し〟か』と、男は驚けばいいのか呆れるべきか迷った。

 

 

 ───なんて思っていた鍛冶師だが、太陽がバベルの頂に届く頃、その評価は大分変わっていた。

 

 「むん……むん……」

 

 依頼主は───フリューは、唸っていた。

 簡素な(こしら)えの鞘を、ひいてはそれに納められた一振りの刃を前にして。

 抜きもせず、触りもせず、じい、と見詰めていた。

 無論、布で覆い隠された視線を窺い知ることは難しいが、実際まあなんとなく察せられる。

 なにせ、鍛冶師が何も言わなければ、フリューはずっと同じ姿勢で、同じように唸っているのだ。

 放っておけば物言わぬ地蔵にでもなっていそうなので、鍛冶師は定期的に声をかけているのだった。

 

 「そんなに決められんもんですかい」

 「すみません」

 「や、別に。聞きたいって言ったのは俺ですんで」

 

 そう、この奇妙な空間は鍛冶師の一言によって生まれたのだ。

 『命名は任せるが、俺にも教えてほしい』。

 鍛冶師はいつもと同じように依頼主にそう言って、現在、フリューはめちゃくちゃ悩んでいた。

 

 ───まあ、悪い気はしねえが。

 

 究極、武器は消耗品だ。

 肉切り包丁などと呼ぶつもりはないが、正しく扱えば刃零れなど起こるはずなしと(のたま)う奇人に耳を貸すつもりもない。

 戦場を試合場と勘違いしている達人とやらを、鍛冶師は何人も見送っている。

 壊さぬよう使い、壊れるまで使う。そうして新しい武器を握る。そういうものだろう、と鍛冶師は考えている。

 故に、武器の名付けはぞんざいなくらいが丁度いい。

 だが、懊悩される分には嬉しいものだ。

 

 ───懊悩ってほどふらふらしちゃあいねえか?

 

 工房の隅っこに視線を飛ばす。

 思索に耽るその様は、さながら難問に挑む学者か、神の啓示を欲する巫女のようで。

 それらに共通するのは、洗練された専心だ。

 自分の作品の命名に長時間懊悩している時点である程度の好感を抱いているのだが、鍛冶師の目には、フリューの『一つの物事に集中する』技能が特別なものに映っていた。

 

 ───無名(Lv.1)の剣士に出来るもんじゃねえ、と思うんだが。

 

 多くの鍛冶師が炉と槌と鉄と向かい合う際、理想とするのは『没頭』である。目の前の炎、鉄の音色、打ち手を残して世界全てを消し去ることこそ鍛冶師の理想だ。

 そして、この依頼主(フリュー)の専心は鍛冶師の理想からは程遠いモノだと男は感じていた。

 専心にも種類があり、それぞれの理想がある。鍛冶師の理想、巫女の理想、剣士の理想。通ずるものはあれども、その深淵は異なる。

 そういう意味で、フリューの専心は鍛冶師のそれとは異なる。

 異なるが、名無し(Lv.1)が持っていていい練度ではない。

 なので、気になる。

 

 「振ってみりゃあどうですかい」

 

 つい、口に出ていた。

 

 「有名な話がありましてね。振るうと風切り音が燕の飛び去るようなんで、その銘を〝紅燕〟と。使ってみて初めてわかる事もあるかもしれません」

 「……しかし、ここでは」

 「素振り程度なら問題ねえです」

 「……ん……む」

 

 至極真面目な顔で口にしたこの鍛冶師、頭の中は『この剣士が本業をしている様を見たい』で染まっていた。

 対し、フリューは僅かに逡巡する。自分の種族と職業が、つまりは『小人族の剣士』という肩書きがもたらす恩恵を団長その他から語られているフリューである。無駄に注目されてはいけない立場でもある。はたして、目の前の男性に剣を見せていいものだろうか。

 ───いいか。【ヘファイストス】の幹部だし。

 あとはそう、いい加減フリューも煮詰まらない名付けに疲弊していた。

 

 「では」

 「おう」

 

 すっくと立ち上がり、フリューはその湾刀を抜いた。

 露になる()()の刀身。小人族のために拵えられた武装は軽く短く、しかし斬れ味は申し分ない。

 会心の出来だという自負が、鍛冶師にはあった。

 小人族用の湾刀を打つのは初めてだったが、その程度で音を上げては【ヘファイストス】の名に恥じる。お陰で連日の徹夜を強いられはしたが、まあそんなのはいつものことだ。

 鍛冶最大手派閥幹部の面子を保てたことに改めて安堵した男は、フリューが刀を構えたのを察知し、緊張感皆無の心持ちで観戦の姿勢をとった。

 

 「……」

 

 素振り。

 そういえば、最後にそれをしたのは何時だったか。

 早朝から深夜まで迷宮に潜り、残りの時間は全て休息に宛てていたフリューにとって、その基礎的な鍛練は酷く懐かしいものだった。

 医神と共に生活するようになる前、本拠に居た頃はしばしばやっていたが、それも社時代に比べればあっさりしたものだ。

 悪いことでもあり、良いことでもあった。

 フリューにとって、素振りとは剣の糧ではなく、己の身体から目を逸らす手段でしかなく。

 ただ只管(ひたすら)に専心し、自分の全てを世界から消し去ることを目指していたのだから。

 

 「ふぅっ───」

 

 それも今は叶わない。

 その願いはフリュー自らの手で斬って捨てている。

 今の望みは、目を逸らさないこと。そして、アイズの力になること。消えることも、死ぬことも許されない。

 故に、フリューの手の内にある輝きは特別すぎた。

 

 ───あのワイヴァーンの剣……

 

 瞼の裏に映る死闘。

 自身の死をも(いと)わず、壮絶な決意をもって己を殺しにきた翼竜が、姿を転じ、刃となった。

 

 「───重い……」

 「えっマジですかい?」

 「荷が、重い」

 

 フリューにとって、()()はあまりにも大切すぎた。

 

 「おれは名前しか残せなかった」

 「……」

 「名前だけに(すが)りついて、今の今まで生きてきた。───そんな男が、名付けなんて」

 

 顔も、声も、性別さえも、彼/彼女には残されず。

 ただひとつ、これだけは失いたくないと願い続けたものこそ、名前だった。

 それを失えば終わるという確信があった。

 名前を失えば、『男だった』という確信も消える。

 そう名付けられた自分と今の自分が異なるものだと思えなくなる。

 そして───何もかもを忘却して、可愛い可愛い女の子に成り果てるのだろう。

 

 だから名前は大切だった。

 名も知らぬ両親から、顔も判らぬ自分に贈られて、今も残っている唯一のものだ。

 フリューにとって、それはあまりにも大事だった。

 

 

 

 

 

 ()()

 

 多くのものを容易に奪われた自分は、本当に、名前だけは奪われていないのだろうか?

 

 本当は、()()()()()()()───。

 

 

 

 

 

 

 「ッッッ───!!!」

 

 烈破の気合いをもって、フリューはその『疑念』を振り捨てる。

 会心の一振りが工房を斬り裂き、静寂を為す。

 酷く、汗をかいていた。

 前後の感覚が怪しい。

 名前はとても大切なものだ。

 名付けはとても大事なことだ。

 だから、自分がそれを行うのなら、真剣に考えたい。

 それで『考えてはいけないこと』に突き当たる度に、気が狂いそうになるので、こんなことはさっさと終わらせてしまいたい。

 真剣に考えたい。

 もう考えたくない。

 どちらも、フリューの本心だった。

 

 「……おい、大丈夫かっ?」

 

 異様な雰囲気を感じ取った鍛冶師が、顔の隠しを取り上げる直前。

 それを制するように、幼げな声が響いた。

 

 「〝灰別〟……というのは、いかがでしょう」

 

 フリューの肩に、妖精が腰かけていた。

 

 「『灰色(グレイ)』とは『どっちつかず』。それを我が王、貴方はあの夜……あの腐れ幼女趣味トカゲ野郎との対決で(わか)ち、選択し、勝利しました。この剣はその象徴であると、私は考えます」

 

 死にたいと願う自分と生きたいと願った自分。

 『女』の身体からも、消え逝く『男』からも目を逸らしていた自分。

 あの夜、あの戦いで、それは(わか)たれた。

 暗き死の誘惑を退け、薄明の生を選び取り。

 『女』の身体をしかと認め、しかし己は『男』だと。

 文字通り白黒はっきりつけた後、その手にあるのは『純白』の刃。

 故に『灰別』。決断の証。

 

 「……〝灰別〟」

 

 口の中で転がすように、フリューはその()を復唱する。

 良い響きだと思えた。

 己を燃やすように最期まで戦い抜いた、あのワイヴァーンの武具に相応しい名だと。

 灰色(グレイ)からの決別にして、星のように燃え尽きた竜の(遺物)

 

 「今から、お前は〝灰別〟だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 カァンッ、カァンッ───。

 

 鉄の音を伴って、鍛冶師は槌を振るっていた。

 「あれだけ振るえるんなら、それ用の調整をしてやる」と告げての、ただ働きである。

 耐久性をやや削り、威力と斬れ味を突き詰める。

 

 「勘違いしてたんだが」

 

 刀身の具合を精査しながら、鍛冶師はフリューに声をかける。

 

 「少し前の翼竜騒ぎ、上層に出たっていうワイヴァーンを殺したのは【ロキ】んところの世界最速記録保持者(レコードホルダー)って聞いていたが……あれ、お前だろ」

 「……」

 「今回の依頼人は【勇者(ブレイバー)】のお気に入りって聞いてたんで、【剣姫】が殺したワイヴァーンの素材を流用したのかと思ってたんだが。さっきの口振りだと、なぁ?」

 「……アイズと一緒に、殺した」

 「んじゃあ『名無し(Lv.1)』ってのは嘘だな。───そんな顔すんな、言われなくても口外しねえ。そいつのこともな」

 

 一瞥すらくれず、鍛冶師はパックについて触れる。妖精を従える者は稀であり、大抵神々の間で取り合いが発生するが、鍛冶師にはどうでもいいことだった。───当の本人(パック)は工房の煤で遊んでいる辺り、察せられていたようで癪だが───。

 実際【二つ名】はあんのか、と問えば、与えられていないと返ってくる。

 なんぞ事情があるのだろうと、鍛冶師は雑に納得した。

 結局のところ、鍛冶師と依頼人の関係でしかないのだし、そいつの全てを知らなくとも武器は打てる。

 少なくとも、今は。

 

 「よし、こんなもんだろう。握ってみろ」

 「……これは」

 「より軽く、より鋭く、より脆く。ぶっちゃけ芸術品三歩手前だな。俺が普段使いしてるヤツよりゃあマシだが。それで、どうだ」

 「先程より、馴染みます」

 「そりゃあよかった」

 「……ありがとうございます、鍛冶師殿」

 

 では、と改めて礼をしようとしたフリューから、鍛冶師はひょいと〝灰別〟を取り上げた。

 きょとんとする依頼人に、鍛冶師は言った。

 

 「ディーノ」

 「……?」

 「俺の名前だ。そんで、名刺。お前にやる。こいつがあれば、俺並みの奴等と顔を合わせるくらいは出来るだろう」

 

 言外に、誰にでも渡しているものではない、と告げるディーノ。

 困惑するフリューに、彼はにぃ、と笑った。

 

 「そいつの整備は難しい。本格的に消耗したら持ち込め、俺がしてやる。その代わり、いつかてめぇの【二つ名】を思いッきり言えるようになったら、俺に教えろ」

 

 差し出された手を、フリューはしばらくぼうっと見ていた。

 ディーノは辛抱強く待ち、パックは目を細めていた。

 そして。

 おずおずと、小さな手が重ねられた。

 

 「……よろしく、お願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










『星天旅路/ステランナーズ・オデッセイ』
 ステラ(星)+ランナー(走る人)+オデッセイ(帰郷譚)。
 スタミナ減少無効+αスキル。
 移動と戦闘を繰り返す迷宮探索において極めて強力かつ有用。素の移動スピードにも補正をかけ、一定以上の装備過重による素早さ減少も無効化する。
 立ち止まっている時は適用されないため、重装歩兵運用は難しい。


『アイズ・シリーズ』
 イーブイと化したアイズ。
 特異な出自のアイズは、細々とした調整か、あるいはとんでもないイベントを起こすことで、その成長先を変えられる。
 自己解釈の産物なので、話し半分にご覧になってほしいです。

 剣士アイズ。
 『父親』の剣を振るう、ガチガチの剣士です。
 イメージは『泣き枯れる前に剣を執ったアイズ』。
 シリーズで最も【復讐姫】の倍率が高くなっています。
 心中のアイズは完全に消えています。

 精霊アイズ。
 『母親』と『自分』の風を振るう魔導士です。
 イメージは『泣き枯れる前に英雄と出会えたアイズ』。
 【復讐姫】はありません。
 心中のアイズをそのまま成長させた感じです。

 原作アイズ。
 いつものです。
 剣士と精霊のいいところと悪いところを兼ね備える、両刀使いです。
 上記二つより特殊な状態で、ここから『剣士』『精霊』などに変化する可能性があります。ゲーム終了までルートが確定しません。

 英雄アイズ。
 原作アイズをベースに、諸々の数値が加算され、スキル【英雄宿命】を発現しています。

『灰別』
 ワイヴァーン強化種のドロップアイテムを用いて作られた、第一級に若干届かないくらいの第二等級武装。
 資金提供は【アポロン】四割、フィンが六割。アイズとフリューの変則的なパーティ結成にあたり、【ロキ】は複数の援助を【アポロン】に約束した。これはその一端である。
 その性能は『芸術品三歩手前』。実戦で用いるには脆さが目立つ。『芸術品一歩手前』の湾刀を振るうとある鍛冶師が、技量を認めた小人族の剣士のために調整した一品である。


『ディーノ・アルコバレノ』
 ヘファイストス幹部のつよつよ鍛冶師。Lv.3。
 魔剣使いにして研ぎ師。その名の通り専門は魔剣。発展アビリティ『研磨』により、通常の刀剣への一時的な『付与(エンチャント)』を可能とする。湾刀型の魔剣を得物とし、【スキル】と発展アビリティの合わせ技で『クロッゾの魔剣』並みの砲撃を連発する。
 ……言い換えれば、威力だけならLv.1のヴェルフの魔剣と同等。彼の工夫と研鑽、技巧の結実は、【魔剣血統(クロッゾ・ブラッド)】だけで追い付かれる。
 それはディーノの力不足ではなく、ヴェルフの才能があまりにも抜きん出ていたが故である。






 「ぶっぱだけで判断されんなら、そりゃあお前、『魔剣使い』は皆店仕舞いだわな」

 確かなのは、魔剣でパイプに火を点けられるのは、この迷宮都市でも彼くらいということだ。





 ◆◆



 新章開幕から精神不安定なよわよわパルゥムでした。
 はたしてこの先生きのこれるのだろうか……

 多忙につき更新頻度が死んでいますが、完結目指して頑張ります。
 誤字脱字などありましたら、ご報告いただけますと幸いです。また、感想などをいただけますと、作者は嬉しくなります。


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mp.12『遠征/新世界を目指して・起』

 RTA部分で死ぬほど沼に浸かったので初投稿です。

 鳥瑠様より誤字報告をいただきました。ありがとうございます。


 水面に投じられた波紋はいずれ大きな波となって帰ってくるRTA、久し振りに再開していきます。

 

 前回、黒竜(偽)くんの素材を元手に武器を作成した所からです。

 診療所に戻って、待ち受けていたアポロン様に湾刀を見せているフリューくんを背景に、ざっくりと今後の予定……というより、チャートの変更点をお話していきます。

 というのも、本来のチャートではこの時点で【ソロ探索】を達成しており、かつアイズとの親愛度もそこまで高くない───原作アイズにとっての自派閥下位団員程度───ようにしていたのですが、みなさまお察しの通り、度重なるガバガバガッバーナ↑ァのせいでもうめちゃくちゃになってしまっているのです。

 そんな訳で、ここで少しお時間をいただきまして、Lv.3到達までの道筋をざっくりとお話しとうございまそんな

 

 まず最終的な目標ですが、これは変わらず【大劇場(シアター)イベント】での【ランクアップ】です。

 これに関しては、この時期にアポロン・ファミリア入団という怪しい択を採用しているところさんから察していた方も多いと思われます。暗黒期では珍しい闇派閥(イヴィルス)ほぼ無関係の修羅イベントで、しかも『迷宮都市オラリオ』では滅多にない()()()()()ということで、知名度はかなりのものです。数多くの先駆者様が動画をアップされていますし、実機でプレイされた方もいらっしゃるでしょう。

 今回はそんな『大劇場(シアター)イベント』をチャートに組み込んでいます。

 

 ……おいおいおい死んだわアイツとか言われてそうですが私は健常です。多分これが一番早いと思うので採用しています。この走りが世に出ている時点である程度はうまくいってるからね、多少はね。

 まあ、見とけよ見とけよ~! とだけ言っておきましょう。もちろんガバもあるよッ!!!(白目)

 

 その『大劇場(シアター)イベント』……以後『大劇場』と呼称しますが、ともかくその『大劇場』の開始は夏の中頃。現在は冬の終わり頃ですので、あまり長くない猶予時間を何に費やすのか、その配分が大事になります。

 

 ───まあ【幸運】とったりコミュ障にしてる辺りでもうお察しでしょうが『金策』です! 『人脈作り』も『経験値稼ぎ』も投げ捨てて、とにかくお金を集めます!

 何故かっていえば小柄鈍足非力幼女(パルゥム)のステイタス上げても恩恵少ないしネームドと仲良くなるとタイムが伸びるんですね。なので大金用意して武器作って奇襲暗殺襲撃に徹します。

 具体的には占星術で希少鉱石をサーチして売り捌き、黒竜戦でも使用した『占星術師のナイフ』の上位装備の獲得を目指します。ランクアップの条件である『D評価到達』と『上位経験値』は全て『大劇場(シアター)』で得る予定です。

 よって【アストレア・ファミリア】の面々とも関わりません。彼女等と親睦を深めると暗黒期のほぼ全てのイベントに『スターキャラクター』として参加できるという大きなメリットが発生するのですが、今回は利用せずに走っています。

 

 ひたすら迷宮に潜ってイベントを回避しつつ鉱石を漁り、短期間で上位の武具を作成する───というのが、当面の方針になります。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 冒頭でお話ししたように、というか今までこのRTAをご覧になった方には自明と思いますが、今回の走りではけっこうなイレギュラーが発生しています。

 アイズとの想定を超えた友誼と、それに付随する【ロキ・ファミリア】からの注目です。

 これらによって上記のチャートが完遂不可能になり、いわゆるオリチャーを敷くことになりました。

 というのも、アイズと行動を共にするにあたっていくつかのイベントをこなす必要があり、それによって金策の時間が足りなくなったのです。狂いそう……!

 かといってフリューくんを投げ出すのは嫌だったので、以前作成した『アイズを仲間にするチャート』とフリューくんが得てきた手札(カード)を組み合わせていい感じに仕上げることとなりました。まあいい感じになったんじゃないですかね?(投げやり)

 ただそのせいで、RTAにおいて重要な再現性を著しく欠いてしまったのが非常に残念ですが……これはこれで資料的な価値を出せた気がするのでヨシッ!

 

 

 ───動きがあったので一旦プレイ画面に戻ります。

 現在ダンジョン13階層、つまりは中層一歩手前なのですが、そこで不幸にも赤塗りの高級トカゲ(インファント・ドラゴン)に衝突してしまいました。はぁ~……(くそでか溜息)

 Lv.2になった今、こいつにはなんの用もありません。素直に逃走を図りましょう───と、普段の私なら行動しているのですが、今回はちょっと事情が違います。

 相方が退却する気ゼロなのは火を見るより明らかなので、日が暮れる前にさっさと殺しとうございます。

 

 

 ……じゃあ、氏のうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 『───グオオオオオオオオッ!!!』

 

 咆哮を轟かせ、真紅の巨躯が猛進する。

 迷宮の仕掛け(ダンジョン・ギミック)の薄霧を散らしながら突撃を敢行するのは、下級冒険者より『小竜』と呼ばれ恐れられるモンスターだった。

 纏うのは血に濡れたような赤色の鱗。鉄の鎧さえ容易く貫く巨爪をもって大地を踏み締め、丸太めいた尾っぽで(わだち)を成す、正真正銘のドラゴンである。

 ダンジョン上層でも最深部にあたる11、12階層にのみ極少数が徘徊する、上層屈指の稀少種(レア・モンスター)にして、唯一の『竜種』。

 それが現れたのなら、その場の冒険者全員の結託によって討伐されるか、その場の全員が鏖殺されるしかない、上層最強のモンスター───インファント・ドラゴン。

 そんな()()()()と、一党は戦闘状態にあった。

 

 「フリュー、大丈夫?」

 「問題ない。おれの【敏捷(あし)】でも、アレの突撃からは逃れられるらしい」

 

 正確には、交戦しているのはフリューとアイズの二人のみ。ダンジョン一階層よりここ十二階層まで、保護者達は傍観に徹していた。今回の探索の目的には、幼女コンビの相性や問題点の洗い出し、ひいてはパーティに必要な人員を見定めるための情報収集も含まれている。彼等は努めてアイズ達の邪魔をしないよう立ち回っていた。

 もちろん、フリューとアイズはLv.2であり、上層のモンスター相手なら難なく突破出来るだろうと踏んでのことではあるが───

 

 「小竜以外の敵影なし。一瞬でいい、注意を引いてくれ。おれが殺す」

 「……無茶、しない? 【復讐姫(スキル)】を使って、確実に───」

 「おれ達の目的は下層だ。『()()()()()()()()()()()()

 

 淡々と。

 しかし確実に。

 小人族の剣士は、竜の()()を確約した。

 楽士が顔をひきつらせ、勇者が笑みを深める先で、アイズが首肯を返し、フリューは構えていた第二等級武装《灰別》を鞘に納める。

 それはここまでの道中でも数度披露していた、小人族(パルゥム)の十八番の予兆だった。

 

 『ヴルルルルゥッ……!!』

 

 インファント・ドラゴンが苛立ちを示すように呻く。

 己の突進をちょこまかと動き回って凌いた敵を()めつけ、今度は逃さぬと照準する。

 奇しくも同刻、冒険者と怪物は互いの抹殺を予告した。

 およそ40M(メドル)の距離を離して対峙する両者。運動性能からして二秒かからず零になるだろう間合い。小竜が四ツ足を隆起させ、【剣姫】が愛剣(ソード・エール)を握り直し、迎撃の構えを取る。

 

 先に動いたのは、やはり竜だった。

 

 『───ォオオオオオオオオ!!!』

 

 選択した行動は『突撃』。

 しかし、その赤眼は爛々と猛り盛り、アイズへの殺意と悪意に満ちている。

 先程と同じようにはいくまい、何かしら仕掛けてくる、少女の中の経験値(ぼうけんしゃ)がそう訴え───それをしっかりと聞いた上で、アイズはその場に留まった。構えは変えず。魔法も使わず。表情すらそのままに。

 

 そして、互いの射程に入り込む寸前、インファント・ドラゴンは右の前足を振り上げた。

 

 「!」

 『アアアアアアアアアアッッッ!!!』

 

 大地が割れる。

 広間(ルーム)の一角を陥没させる剛撃。竜の【力】で叩きつけられた巨脚が凄まじい爆音と衝撃を撒き散らし、迷宮を震わせる。

 その大規模攻撃は、アイズの華奢な身体を宙に飛ばすには十分すぎた。

 

 『ィイイイイァァッ──────!!!』

 「───」

 

 間髪入れず、もう片方が振るわれる。

 左の前足による追撃。右で体勢を壊し、左で粉砕する二段攻撃。

 ギロチンめいた巨爪が獰猛な風切り音を伴って、少女の痩身を肉片に変えるべく疾走する。

 悪辣なる小竜の策に対し、空中に弾き飛ばされたアイズは。

 

 「ふッッ!!!」

 

 これ以上ないタイミングで、短剣を叩きつけた。

 

 『───ォオ?』

 

 風よりも(はや)く迫る巨爪に剣を合わせ、力一杯に己の身体を跳ね上げる。

 【力】と【敏捷】の足りないフリューでは為し得ない、冒険者の絶技である。

 真摯に積み上げられた能力(ステイタス)と英雄の剣技、何より眼前の脅威から目を逸らさない強靭な胆力で、ありふれた窮地を潜り抜ける。

 その蜥蜴(とかげ)(づら)に驚愕の感情を張り付けるインファント・ドラゴン。ひび割れた爪、少なくない出血、破片を肉に埋め込まれた激痛に構うことなくアイズと瞳を合わせたのは、死なないためだ。

 中空を泳ぐ、金の瞳の剣使い。

 ソレから目を離せば、きっと死ぬ。

 故に、上層最強の怪物は、アイズから目を離せない。

 

 「───」

 

 交差する視線。

 アイズの金眼に、小竜の双眼が映り込む。

 小竜。

 竜種。

 憎き竜。

 ぞわりと。

 アイズの背中から、昏い炎が溢れ出す───

 

 (違う)

 

 アイズは跳ね上げた際の反動に逆らうことなく後方へ身を投げた。

 竜に向かってかっ飛ぶような角度調整は可能だったが、風を纏わぬ身での空中戦はリスクが高いと判断。迎撃され、叩き落とされれば、Lv.2の【耐久】でも危ういものがある。

 

 (それじゃ、だめ)

 

 そうなればこの先にいけない。

 風とスキルを温存した甲斐がない。

 探索が終わってしまう。

 あの人との初陣が終わってしまう。

 それは嫌だ。かなり嫌だった。心の中のアイズも頷いている。

 それに、何より。

 

 (それは、わたしの役割じゃない)

 

 そう、口の中で呟いたのと同時に。

 アイズの目の前で、竜の首が飛んだ。

 

 『───』

 

 〝何が起こったのかわからない〟。

 そんな表情で地面に落ちていくインファント・ドラゴンが最期に見たのは、()()()()()()()()()()()()()()()で高度を稼ぎ、竹を割るような軽快さで首を叩き落とした、小さな冒険者の姿だった。

 

 

 「ごめん、パック」

 「何事です、我が王」

 「事前に取り決めていたとはいえ、君を足蹴(あしげ)にした」

 「むしろご褒美です、我が王」

 

 誇らしげに胸を張る小さな友人に、何とも言えない顔をするフリューの背後で、インファント・ドラゴンの肉体が崩れ落ちる。上層最高の魔石と、ドロップアイテム『小竜の巨爪』と『小竜の堅鱗』と『小竜の逆鱗』を残して、モンスターが灰と化す。

 

 「……驚いたな」

 

 フリューに駆け寄るアイズの姿を見て、フィンは素直な感想を零した。

 

 「そうでしょうそうでしょう、うちのフリューは【剣姫】にも決して劣らない、才能ある冒険者かと」

 「ああ、いや、それはそうなんだけどね……」

 

 楽しげに語るオルフェに、フィンは曖昧な微笑みを返す。

 言葉を濁したのは、フィンが想定していたフリューの戦い方が、実際のそれとは大きく異なっていたからだ。

 端的に言えば『すっごく渋い』。

 『アイズから絶賛された剣士』にして『武神の弟子』なんだから、てっきり王道っぽい、つまりは真正面から突撃して大暴れ、ばっさばっさと殺しまくる感じの戦い方だと思っていたのだが……

 

 「隠密から暗殺、妖精術からの暗殺、視線誘導から暗殺、乱戦に乗じて暗殺、囮で気を引いて暗殺……」

 「いや、まあ、その……いつもは普通に戦ってるんですよ本当に。あんなえげつない立ち回りは僕も初見です。ちゃんと戦ってもフリューは強いんですよ、ほんとに」

 「それはもちろん、わかってるさ。ただ、なんというか……」

 

 アイズが気に入るような冒険者か、と言われると、やや疑問が残る。

 いや、技量は申し分ない、それは確かだ。剣の腕前は第二級まで含めても最上位だろう。立ち回りはともかく。

 オルフェ曰く、普段の探索では真っ当な戦い方をしているらしいが、しかし。

 

 「武神の弟子の戦い方じゃない、かな」

 

 碧眼が弧を描く。

 字面こそ否定的だが、口調はむしろ愉快気だった。

 英雄に見初められた少女、神授ならざる魔術の使い手、異端の小人剣士。なるほど素晴らしい!

 その素質を見定めるために、此度の()()()()を決行したのだ。

 

 

 

 【ロキ・アポロン】混成パーティ、総勢4名。

 両派閥の団長と幼女×2が目指すのは『()()』。

 Lv.2になったばかりの女児を新世界にぶち込むという、主にオルフェの胃を痛めつけるこの悪魔的企画は、極めて順調に進行していた。




 ???「お侍様の戦い方じゃない……」



 ほんとうお待たせしました(ひんし)。
 Twitterはじめたりハーメルン村に入植したりしてました。
 許してほしい。
 誤字脱字ご指摘などありましたら是非お願いします……!


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mp.13『遠征/新世界を目指して・承』


初投稿なので初投稿です。


 

 金髪幼女と戯れるRTA、まだまだイクゾーッ!

 

 前回、くそ雑魚トカゲくんを成敗したところから始めていきます。

 ここからしばらく面白みのない映像が続きますので、この時間を使って、現在フリューくん達が何をしているのかを説明します。

 

 端的に言えば冒険者依頼(クエスト)です。

 

 内容は『人魚(マーメイド)強化種の討伐』。原作におけるベル君救出クエストに代表される固定クエストではなく、ランダムで出現するフリークエストです。

 難易度はけっこう高め。そもそもの戦場が『下層』なのと、相手が『魅了』持ちの人魚なので、パーティ編成をしくじると普通に返り討ちに遭います。さらに人魚には不利を悟るとすぐ逃走に転じるAIが組まれており、仕留めるには大規模な氷属性攻撃や、拘束技能が求められます。

 

 そんな面倒な冒険者依頼(クエスト)をなぜフリューくん達が受けているのか、そして実際クリア出来るのか。順番にお話しします。

 

 まず受注した理由ですが、アイズと公然とお付き合い(意味深)するための一手になります。発案者はもちろん【勇者(ブレイバー)】。

 フリューくんとアイズがパーティを組む際の問題が二つありまして、ひとつは『他派閥であること』、もうひとつが『アイズが最速記録保持者(レコードホルダー)であること』。この二つを解決しないと、大手ファミリアにして闇派閥(イヴィルス)対抗派閥筆頭である【ロキ・ファミリア】の最速記録保持者と関係を持つことは出来ません。

 基本的に派閥間の軋轢(あつれき)は深く、また本来の記録保持者であるフリューくんと公的な記録保持者のアイズが絡むのは危険である、という話ですね。

 それじゃあ一体どうするのか───を全て説明したりはしません。RTA的には全く無意味ですし、『【勇者】が何とかしてくれました』の一言で済んでしまうからです。

 なのでここでは、それぞれの問題をどう対処したのかだけ右枠に載せておきます。

 

 

 § §

 

 『他派閥であること』───派閥同士での付き合いは必要ない(フリューとアイズだけの個人的な関係)ので、公然とした『出会い』をさせ、周囲に認めさせて関係を育ませる。

 『最速記録問題』───ギルドと交渉し、フリューの冒険者歴をいじってなんとかする。

 

 § §

 

 

 そして、今回のクエストは、この二つの両方に関係しています。

 フリューくんとアイズは『黒竜戦』で出会いを果たしましたが、公的にはワイヴァーン殺しはアイズひとりの偉業、ということになっています。なので、それとは別の『公的な出会いの場』を用意する必要があるのですが、それがこのクエストです。一般冒険者視点で『フリューくんとアイズはこのクエストで出会ったのだ』と思わせたいんですね。

 また、この冒険者依頼はいわゆる強制任務(ミッション)ではないのですが、ミッションすれすれのものになっています。『下層』でのトラブルを解決できる人員は限られており、また緊急性も高く、暗黒期特有の人材不足も相まって、けっこうヤバいことになっていたのです。その解決のリターンとして、フリューくんの冒険者歴の改ざんを容認させた、という経緯になります。

 

 という訳で総勢四名の派閥混合パーティによる下層弾丸ツアーが始まったのです。

 人材不足には気を付けよう、という一例ですねクォレア……

 

 んまあ実際、このメンツなら人魚強化種は倒せます。

 フィンの存在は言わずもがな、ロリ組はLv.こそ物足りませんがそれを覆せる程度の一芸を備えていますし、何よりこちらには団長こと【悲恋の奏者(オルフェウス)】がいます。へまをしなければ勝てるでしょう。

 

 

 

 

 ……で~す~の~でぇ……(不吉な気配)

 

 

 

 わたくしここで一本、オリチャーを入れとうございます……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 自然な流れで野営(キャンプ)する運びとなった。

 モンスターが産まれないよう辺りの地形を破壊し、光源のコケを削る。途端に薄暗くなった広間は夜の森を彷彿とさせて、オラリオまでの道中、ひとり旅をしていた時期を思い出した。

 もちろん、その頃はオラリオ到達までの早さを重視していたし、資金もなかったので、テントを張ったり、調理の準備をしたりといった、野営らしい野営はこれが初めてだ。【勇者(ブレイバー)】とオルフェ団長が頑なに譲ろうとしなかった荷物───『気にしないでいいから経験値稼いできなさいほらほら』などと───それらのお陰なのだろう。

 ありがたいことだ、と素直に思う。

 

 「これを、こう持つ」

 「……えっと。……こう?」

 「うん。そうして、こうする」

 

 恐れ半分、好奇心半分といった様子のアイズの横で、火打石の動作を反復する。

 目の前にはいい感じに組まれた木材。火だねを投じることで、焚き火となる。

 やがて意を決したらしいアイズが、えいや、と手を動かして───

 

 「───わぁ」

 

 バチバチバチ。

 一瞬で燃え上がる木材。舞う火の粉。灯りに照らされた少女の相貌は純粋な驚きと、喜びに染まっていた。

 どうですか、という瞳。揺れる尻尾を幻視して、つい頬を緩ませてしまった。

 はたしてその火を頼りに簡単な調理をこなし、夕食の時間となった。

 

 「わ、おいしそうだな……」

 「あまり手の込んだものではありませんが」

 「いやいや、ありがたいよホントに」

 

 そう言って、オルフェさんはお椀を手に取った。

 干し肉と薬草(ハーブ)を適当に刻み、スープの素なる固形物と共に煮込んだだけの代物だ。そう喜ばれるモノではないと思うのだけれど、彼は「ありがたや~」としみじみ繰り返していた。

 ……いや、思えばこのスープはアイズも手伝ってくれたものなのだから、ありがたがられて然るべきなのかもしれない。

 実際、それを知ったとき、あの【勇者(ブレイバー)】が目を丸くしていたのだし。普通のようで、すごい代物なのだ。

 

 「んむんむ」

 「うん、おいしい」

 「我が王お手製スープですからねよく味わってくださいね皆々様。───あっもちろん美味でございます我が王ありがとうございますうんめえです」

 「ありがとうパック」

 「……ちょうどいいかな。食事の途中だけど、耳だけ貸してもらいたい」

 

 【勇者(ブレイバー)】の言葉に、和やかな雰囲気が僅かばかり引き締まった。

 

 「ひとまず、今日はお疲れ様。一日で24階層(ここ)まで来れるとは思ってなかった。いや、想定はしていたけど、最大値を引いたって感じかな。各々の努力の結果だと思う、臨時リーダーとして感謝を」

 「言うてもまあ、【勇者(ブレイバー)】の槍捌きと、戦闘を避ける判断力のお陰ですがね。もちろん、フリューくん達がずっと前衛で頑張ってくれたのも大きいけど」

 「……ありがとうございます」

 「恐縮です」

 「はは、謙虚だね。さて本題に移るけれど……」

 

 はたして、【勇者(ブレイバー)】は理路整然と今後の方針を語っていった。

 パーティの力量的に問題なさそうなので、予定通り下層へ進むこと。その際の行動。

 見張り番は【勇者(ブレイバー)】が単独で行うらしいこと。オルフェ団長が抗議を入れたけど、「徹夜は得意なんだ」と却下された。

 あとは食器の片づけとか水汲み係を決めたりとか、まあ特筆することのない内容が続いて───要するに、油断していた。

 取り返しのつかないミスである。

 

 「フリュー君はアイズと同じテントね」

 「はい」

 「あと寝袋も同じのを使ってね」

 「はい。……。……───はっ?」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 「……」

 「……」

 

 そして、こうなっている。

 テントという密室にあって、逃げ場はどこにもなく。

 正座するおれの前に、アイズは横たわっている。

 なるほど、確かに寝袋は子供用にしては大き目で、アイズが入って余りある。

 余りあるとも。それは認める。事実だから。でも、でもね……

 

 「寝袋っていう道具は、ひとり用だと思うんだ」

 「うんって言った」

 「……」

 「……わたしと一緒は、いや?」

 「………………」

 

 だから、自分の問題でしかないのだ、これは。

 そもそも何故嫌がっているのか。アイズが望んでいるのだから、喜んでやるべきなのに。おれはアイズに求められたなら、なんだってやるのではなかったのか。

 自問を重ねて答えを探す。男女(いせい)への意識はあり得ず、誰かと寄り添って眠ることに嫌悪は感じない。

 それでも自分が、この状況から逃れたいと願っているのは……

 

 「……だめなんだ」

 

 ひどく、重い声だった。

 

 「うれしい。とってもうれしいんだ。でも、だめだ」

 「……」

 「もう、決めたんだ。アイズ……きみのために、おれは、おれの全部を使うんだって。そうしたいと思ったんだ。だから……」

 

 溺れているような気がした。

 鼓動は荒く、視界は狭い。

 僅かな酸素を代償に、己の心を吐き出した。

 

 「怖い。きみの光が惜しくなるのが。きみの隣にいられないのが、怖くなるのが怖いんだ」

 

 ───ああ。叶うなら、使い潰してほしいのだ。

 全て、全て、自分が『(じぶん)』でいられる内に、アイズのために、英雄という名の篝火にこの身を投じられたなら。

 

 「───よかった」

 

 アイズは、ほにゃりと笑った。

 動揺があった。何も出来ないまま、おれは寝袋に引きずり込まれた。

 一気に近くなった鼻先に、息を詰まらせているのを見逃さず、アイズの手が伸びる。

 細い身体に手が回り、ぎゅうっと抱き締められた。

 

 「もっと怖くなって」

 「……っ、アイズ……」

 「傍にいるよ」

 「……」

 「わたしのために、わたしと一緒にいてほしい」

 「……それは、もちろん」

 「……『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』、きれいだったよね」

 「……うん」

 「いつか、もっと強くなって……ふたりで、行こう?」

 「……うん」

 「いっしょに……つよく……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「情けない」

 

 自責する。

 穏やかな寝息を邪魔しないよう、慎重に寝袋から這い出る。

 天使草(アルゼリカ)の香りには睡眠作用があり、悪夢を憂いた医神によって拵えられた香料は、上級冒険者にも作用する。

 諸々の準備は出来ている。

 彼女が起きないように発ち、起きるまでに戻るだけ。

 

 「……きみの隣にいたい」

 

 口の中で転がせば、滑稽なほど、高揚した。

 

 テントを出る。

 彼は───【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナは、まるでこうなることがわかっていたような顔をして、槍を手に取った。

 

 「やあ。眠れないのかな? 僕でよければ、就寝前の雑談に付き合うけれど?」

 「邪魔だてしますか、【勇者(ブレイバー)】」

 「目的次第かな。闇雲に力を求めてるなら、眠ってもらう」

 「まさか」

 

 きっと、アイズには見せられない表情だった。

 

 「おれは弱い。……弱くなりました」

 「だろうね。君の戦い方(スタイル)の変化は、ちょっと露骨だ」

 「スキルが使えなくなった。あるいは弱体化した。新たに獲得したモノは、真の困難には生ぬるい」

 「それじゃあ、どうする?」

 「武器を作ります」

 

 にい、と。

 歴戦の小人族(パルゥム)は、()()()()笑顔を晒した。

 

 「いこうか」

 「いこう」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 







悪戯「我が王の悪い顔……! 激レアですよ!」
団長「うちの子に悪いこと教えんといてください【勇者】……」
悪戯「あっ私も行きますんでお留守番お願いしますね」
団長「任された。……クソ、耳が良すぎるのもアレだよなぁ」



 団長はアイズとのやり取り含めて全て聞いてます。迫真地獄耳。
 人魚戦で活躍させるぶん、苦労してもらおうねぇ(邪悪)

 フリューとアイズの間にある問題はだいたい大人がなんとかしてくれています。なので言及もしません。許してください。

 迷宮弾丸ツアーですが、オルフェイアーによる探知とフィンの素早く的確な判断によって、限りなく戦闘を避けての行軍となりました。ロリ組は二人がかりでミノタウロス初見撃破とかして経験値がっぽり稼いでいますが、下層のモンスターを相手取るにはステイタスが足りないので、各々の神秘を発揮することになると思われます。

 スキルが弱くなったうんぬんですが、使えないのが【一意専心】、弱くなったのが【■■■】(カイネウス・ブレス)です。
 フリューの【一意専心】は、死にたいけど死ぬわけにはいかない、という精神状態だった彼/彼女が『限りない集中によって、自己の存在を世界から消滅させる』という、いわば無我の境地へのアプローチの経験値(エクセリア)から生まれたものです。なので、四六時中「自分は男だ」と意識し続けないと壊れるようになったフリューには、このスキルは使えません。
 それによって攻撃の際の達成値(いりょく)が低下したので、まともな戦い方を捨て、【星天旅路】を活かした暗殺スタイルをしているのです。

 上記の内容は、次回のお話で改めて解説いたします。


一般小人族「力も耐久もないよぅ……無理だよぅ……」
小人族英雄「そうだね」
銀髪小人族「武器で補うわ」
小人族英雄「(満面の笑み)」



 誤字脱字、ご指摘などありましたらぜひご一報いただければ幸いです。お願い申し上げます。



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幕間『ある夜、迷宮の中』

長らくお待たせしました。

※編集ミスにより一時的に非公開にしました。申し訳ありません。




 

 

 

 【一意専心(コンセントレイト)】が使えない。

 それを自覚したとき、フリューは言語化できない衝撃を受けた。

 一時的に集中力を高めるその【スキル】はシンプルかつ強力で、幾度となくフリューの助けとなった。ヒュアキントスなどの他冒険者から『技量お化け』と恐れられた要因でもあり、これを使い倒すことで、なけなしの【器用】を稼いだりもしていた。

 それが、唐突に失われた。

 原因不明の弱体化に、フリューはただ己への失望と不安を募らせていた。

 

 だが、

 

 『【スキル】が使えなくなるのは、そう珍しくない』

 

 不安が限界に達し、親しい神物に【スキル】の機能不全を打ち明けてみれば、彼らは事もなげにそう言ってのけたのだ。

 午後の茶会の様相である。

 本拠から診療所に顔を出していたアポロンと、労働の合間に一息入れていたアスクレピオスが、何やら思い悩んでいるらしい小人族のために突発的に開催したアフタヌーン・ティー。

 ほどよい価格の紅茶が香り立つ空間で、二柱とひとりは卓を囲んでいた。

 

 『種族特性に由来する【スキル】───つまりは獣人の【獣化】や狐人(ルナール)の【妖術】、鉱人(ドワーフ)の【力補正】にエルフの【魔力補正】やらは、まあ言葉のままそいつの種族に由来するスキルなので、よほどのことがない限り機能する訳だが……』

 『それ以外の、いわゆる()()()()()()()というやつはそうも限らない。特に、フリューの【一意専心(コンセントレイト)】は機能不全になりやすいタイプなんだ』

 

 語りながら、太陽神は羊皮紙に筆を走らせる。眷属の【ステイタス】を仔細に把握している主神が、(くだん)の【スキル】を書き起こす。

 

 

一意専心(コンセントレイト)

・超集中。

・行使判定の達成値は精神状態に依存。

・《器用》値によって基準値減少。

・連続発動困難。失敗(ファンブル)時、一定時間理性蒸発。

 

 

 『見れば見るほど』とアスクレピオスが嘆息する。『典型的ではある』とアポロンも同意する。

 おろおろするフリューに、さてどう説明しようかと顔を見合わせて───アスクレピオスが嫌悪感に耐えられず顔を逸らしてアポロンは涙目になったが───ともかく、アスクレピオスが先に切り出したのだ。

 

 『この【スキル】が使えない理由は、お前の言い分を聞く限り明白だ。単に、行使判定とやらにひっかかってるんだろう。そして、つい先日からひっかかるようになった理由だがこれも明白だ。これも僕が言うか、親父?』

 『いや。私が話そう。……フリュー、間違っていたら言ってほしいのだが、君の言葉からして、君は疑似的な死を迎えるためにこの【スキル】を使っていたんじゃないか?』

 『───っ』

 

 まさに言い当てられて、ただ息を飲んだ。

 フリューの専心は、元はタケミカヅチとの鍛錬や書物の写生などで培われた技能だが、その原動力となったのは『消えてしまいたい』という願望だった。

 ある一点に意識を収斂させ、際限なく己を削って世界から自分という存在を消失させることで、極限の専心を目指すのがフリューの専心であり、だからこそフリューはこの【スキル】を好んでいたのだ。

 そう考えれば、機能不全になる理由は確かに明白だった。

 

 消えてしまいたいから、発現したスキルだ。

 消えたくなくなったら、当然使えなくなる。

 つまりは、七年間抱き続けた大願を破棄した報いだった。

 

 『白状してしまえば、私は嬉しく思っているよ』

 

 と、アポロンは言った。

 複雑な顔をするフリューとは対照的な、穏やかな表情だった。

 

 『今のフリューは、消えてしまいそうにないからね』

 『……でも、【スキル】が使えないのは、困ります。なんとかして、もう一度使えるようにならなければ……』

 『でなければ、【剣姫】と共にいられない?』

 『っ……』

 

 結局、それが不安の核心だった。

 フリューの友人。彼女の星。金色の風を纏う、未完の英傑。

 彼女の隣に立つと、そう決めたのだから、相応の力を示さなければならないのに。

 既に足りていないところから、さらに差し引かれてしまえば、十把一絡げの小人族(パルゥム)でしかないというのに。

 なんて情けなく脆弱なのだろうと、フリューは己を糾弾してやまないのだ。

 

 『少し、話をしようか』

 

 ふと、甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 伏せていたかんばせをあげると、子供程の背丈の男神が新しいティーポットを用意していた。ふわりと広がる花の香りは、際限なく沈んでいく心身を慰撫してくれるようだった。そっとカップに口つければ、じんわりとした甘味が口内を染め上げ、濁りを残すことなく、鮮やかに消えていく。

 

 『フリュー、君は私の司る事物を知っているかな?』

 『もちろんです、アポロン様。太陽を司る神様と聞いています』

 『概ねその通りだが、少し違う。予言と牧畜と音楽とかの芸能活動、疫病と医療、あとは羊飼いの守護者だったりする。更に言えば、太陽というよりどちらかと言えば光明の方が近くて、太陽のシンボルを背負うようになったのはヘリオスのやつが……』

 『……。……欲張り?』

 『つまり、結構色んな物事を司っているんだ、私』

 

 宇宙の裏側を垣間見たような顔で固まるフリューをほんの少し愉快に思いながら、アポロンは言葉を続ける。

 

 『だが、下界に降りた私はこれらのほとんどを失った。当然、それが神々のルールで、私も例外ではない。神の力(アルカナム)とともに多くの権能を封じられ、私はただのアポロンとなった』

 『……それは』

 

 たかが【スキル】と神の【権能】。重ねるには、あまりにも規模が違いすぎる。

 けれど、あえてアポロンはこのように表した。

 獲得した能力の欠落、その無力感というものを、私も知っているのだと。

 

 『───君の瞳に、私はどう映っている?』

 

 と、アポロンが言った。

 

 『数々の権能を失い、悲しみに暮れているように見えるかな? 全知零能の身に成り下がり、未知の暗がりに怯えるような? こんな境遇に陥るのなら、下界になど降りなければよかったと、後悔しているように思うかい?』

 『いいえ。おれはアポロン様が、この下界でどんな時間を過ごしたのか、全然知りませんけど……』

 『そう。私は、喜びに満ち満ちている。なぜなら、失ったことで、より素晴らしいものを得られたからだ』

 

 例えばそれは、権能を失ったことで見出(みいだ)せた、『情愛の心』である。

 例えばそれは、古くより光明と予言の神に信仰を捧げ続けた信徒とのふれあいである。

 例えばそれは、美ショタに狂った時に頭をひっぱたいて本拠までひきずってくれる愛しい眷属との出会いである。

 

 いずれも、天界では決して得られなかったものだ。

 いずれも、権能を失ったからこそ得られたものだ。

 

 だからこそ。

 

 『【スキル】の喪失は、なるほど悲しいことだ。けれどあえて、私はこの悲劇を()()と呼ぼう。なぜならこれは、君が生きたいと願った証左に他ならないからだ』

 『だからこそ、私は君に更なる躍進を期待しよう。なぜなら、はっきり言って、()()()()()()()()()()()()()()だからだ。なんぞ集中力を上げる技能が失われたらしいが、君は冒険者で、魔術師だろう? 手元の札はいくらでもあるのだし……むしろ、それらを見直すいい機会になるんじゃないかな?』

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 『───キュイイイイイイッ!?』

 

 深夜の迷宮に、その叫喚はよく響いた。

 ダンジョン中層域、二十四階層。

 『下層』を目前とする大樹の迷宮最深部で、一方的な戦いが行われている。

 蹂躙されるのは雄鹿のモンスター、《ソード・スタッグ》。刀剣を思わせる角を持ち、これによる突撃(チャージ)を得意とする、搦手使い(いやらしいやつ)の多い中層域では珍しく真っ当に強いタイプの怪物。

 そんな彼等が徒党を組んで襲い掛かる先には、ひとりの槍使いがいた。

 

 「ンー、追加か。深夜のダンジョンは面倒だね」

 

 ごう、と風が吹いた。

 超絶の動体視力を有する妖精眼(グラムサイト)でさえ、その黄金の穂先は霞んで見えた。

 金色の斜線が夜闇に刻まれる度、槍衾(やりぶすま)のように立ち並ぶ剣の群れが砕けていく。数と体格で劣るはずの小人族(パルゥム)が、小柄な体格に不釣り合いな長物(ながもの)を巧みに操り、数で勝るモンスター共を圧倒している。

 小人族の英雄、【勇者(ブレイバー)】の二つ名を世に轟かせる第一級冒険者が振るう業物こそは《フォルティア・スピア》。かの勇鉄を骨子とする黄金の長槍は、血煙舞う戦場に在ってなおその輝きを損なうことなく、秘めたる勇気を証明する。

 脳裏に浮かぶのは予定調和の四文字。極めて熟達した冒険者の未来予知にすら思える機先は、命の奪い合いをありふれた舞台に塗り替えてしまうらしかった。

 

 『シィウルルウウウ……!』

 「おっと、《リザードマン》か」

 

 戦禍に誘われ、怯えるように立ち竦む剣鹿どもの合間から一匹のモンスターが現れる。

 一言で表すなら、それは直立した蜥蜴(トカゲ)だった。

 赤色の鱗を纏い、ぎょろりとした黄緑色の瞳を迷宮の暗がりに浮かび上がらせる、人型の怪物。

 瞬発力と耐久力を兼ね備えた五体はそれだけでも脅威なのに、あろうことかその右手には花弁のような盾(あるいは盾のような花弁)を、左手には茎のような剣を(あるいは───)装備しているのだ。

 『迷宮の武器庫(ネイチャーウェポン)』を活用してくるモンスターとして、この鱗を持つ戦士(リザードマン)はもっとも有名な一種なのだった。

 

 『シャアァッ───!!』

 『キュイイイイィッ!!』

 

 突撃は奇しくも同時だった。

 あるいは意図的な戦術だったのかもしれない。『上層』と『中層』のモンスターは知能が大きく異なり、それこそ白兵戦を誇る《リザードマン》ともなれば、簡易な戦術すら可能なのか。

 生き残りのソード・スタッグとリザードマンの攻勢を、頭目に率いられる雑兵を見紛ったのは、きっと自分が真の軍隊というものを知らないからなのだろう。

 だって、

 

 「ンー……」

 

 【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナは。

 ただ半歩、軸足をずらしただけで、迎撃準備を終えていたのだから。

 ひゅんっ、という音と共に一匹の雑兵が死んだ。

 続けて手のひらで鮮やかに旋回した槍の石突が雑兵の顎をしたたかに打ち据えて戦闘不能に追い込む。

 その反動を利用して、小さな身体が独楽(こま)のように回転した。

 深夜の迷宮に、三日月が生まれたのだ。

 宙を駆ける黄金の穂先は死神の鎌めいて《ソード・スタッグ》どもの命を刈り取り、そして、

 

 「むっ……!」

 『ギィイッ……!』

 

 がちり、と。

 《リザードマン》の剣とかち合って、火花を散らした。

 無論、拮抗はあり得ない。

 鱗持つ戦士とて【勇者】の前では雑兵に過ぎず、一秒後には五体を打ち砕かれているだろう。

 けれど、その一秒を待ち望む者がいたのだ。

 けたたましい、羽音である。

 一匹の巨大蜂(デッドリー・ホーネット)が、上空を飛び回っていた。無闇に仕掛けず剣鹿の群れが駆逐されるのを傍観していたのは、知能の証明なのだろう。けれど姑息に違いはなく、羽音を鳴らしながら赤子のような隠密を試みるこの怪物の存在を【勇者】が把握していなかったとは思えない。

 しかし事実として、巨大蜂は硬直した槍使いを襲撃したのだ。

 ぎらりと鈍く光を放つ毒針。【耐異常】を持たない冒険者を速やかに絶命させる致命の一刺しが【勇者】の首筋に迫り───

 

 「《導き(Lead)たまえ(me!!)》」

 

 ボッ、という生物を殺害する音が連続した。

 自分が投げ放った短刀が《デッドリー・ホーネット》を撃ち落したのと、金の槍が《リザードマン》を灰に帰した音だ。

 しばらく、辺りに静けさが満ちた。

 生物の気配のしない夜のダンジョンを見回して、戦闘終了を確認する。

 

 「うん、いい援護だ。ありがとう、助かったよ」

 「……その」

 「いや、大した技量だ。アイズが惚れ込むのもわかるよ。気を抜いたら僕もファンになってしまいそうだ。【スキル】を失ってなおこの腕前、素晴らしいの一言だよ」

 「ごめんなさい、やめてください……」

 

 ───ひんっ、と喉の奥から喘ぎ声を漏らして、自分はただ懇願した。

 この『褒め殺し』が始まって数十分。この深夜の散歩の思惑───『アイズの役に立てるという証明』をしたいのだと、己の恥部を晒すような羞恥に耐えながら語った自分に、【勇者(ブレイバー)】は何の説明もなしにこんな仕打ちをしていた。

 先程のようにわざと見せ場を用意して、過剰に持ち上げてくる。かの【勇者】にありったけの美辞麗句で飾り付けられるのは、他人であればむしろ至福なのだろうが、自分にはとてもつらいことだった。

 自分はアイズの隣に立つには弱すぎて、けれどあの子の隣に居たいから、至らない身を綺麗に見せようとしているのに。

 【勇者】はただそのままの振る舞いに、惜しみのない賞賛を贈ってくるのだ。

 なんてひどい。横暴だ! いい歳したオトナが子供をからかってそんなに楽しいか!

 これでも───これでも、泣き出したくなるのを必死に堪えて、話してやったというのに!!

 

 「……嫌いになりますよ……?」

 

 ……たぶん。今の自分を(やしろ)の神様方が目撃したなら、大層驚かれるだろう。

 瞳にうっすら涙を湛え、頬を紅く染め上げて、きっと誰かを睨みつける、だなんて!

 そんなの、まるで……まるで、些細な自尊心を軽んじられて拗ねてしまうような、ただの子供みたいじゃないか。

 

 「おや、ふふ。嫌いになるのかい?」

 「すでに、かなり嫌いです。あなたと話をしていると、おかしくなりそうだ」

 「それは悲しいな。未来ある若者に嫌われるのは、年長者にとって耐えがたい苦痛だからね」

 

 「まあ止めるつもりはないけど」等と(のたま)同族(パルゥム)に、よくもいけしゃあしゃあとっ、と叫ぼうとする口をなんとか押さえつける。

 当人は相も変わらず微笑んだまま、凪いだ湖面めいた碧眼を見せている。

 手のひらの上で踊らされている、いやそこまで露悪的ではないけれど、なんというか全部オミトオシみたいな感じでとてもいやだ。

 

 「まあ聞きなさい。君の様子からしてもうすぐ目的地らしいから、この辺りでちょっとお話をしたいんだ」

 「さっきの言葉を忘れましたか……?」

 「覚えているとも。そして、この話を語り終えた時、その評価をくるっと裏返して見せると保証しよう。今から話す物事は、確実に、今の君に必要だ」

 「…………わかりました」

 

 勇者の要請に応じて、その場に座り込む。への字に曲がる口許を元の無表情に戻すのにかなり苦労した。自分が思っているよりも、自分はこのフィン・ディムナという人物が嫌いになっているらしかった。

 この感情を他の小人族(どうぞく)に知られたなら、きっと呆れられるか軽蔑されるのだろう。彼の言葉は全て正しく、その行動は正しく英雄を名乗るに相応しい。現に、『目的地』を伝えないまま淡々と先導して迷宮を移動してきたにも関わらず、残りの道程がほんの僅かであることを察してのけている。中層に至るまでの判断も素晴らしく、彼が迷宮都市でも随一のリーダーであることに疑いの余地はない。

 そんな人物が種族の矢面に立とうとしている。なんともありがたい話だ。

 それを踏まえた上で、今のところ勇者はひどいと思っているだけだ。

 

 「ありがとう。さて、何から話そうかな……うん、時間に追われる状況じゃなかったら色々話したかったけど、この場では要点をひとつに絞ろうか。ずばり、君に足りないものだ」

 「それなら、数えきれない程にあります」

 「()()だよ。君は面白いくらい自己肯定感に欠けている。有り体に言えば、自信がなさ過ぎるんだ」

 

 一瞬、何を言われているかわからなかった。

 

 「それは、反論させてください。自分が出来ることは、わかっているつもりです」

 「へえ?」

 「己は何も出来ない無能だと決めつけて、膝を抱えて(うずくま)ることだけはしちゃいけないと、随分前から誓ってます。……その上で、自分には足りないものが多すぎるという事実を……受け止めかねているだけです」

 「それはおかしな話だ。君の言葉が真実なら、【()()()()()()()()()()()()()()

 「……どういうことです」

 

 自分は、気づけない。

 勇者の碧眼が相も変わらず揺るぎないせいで、軽口でも叩くみたいな口調に欺かれて、致命の間合いに踏み込まれたことを(かい)せない。

 はたして一族の英雄は言葉の槍をゆるりと構え、

 

 「【魔法】は発現者の心からの願望をゆりかごにして生まれるモノ。ならば、《魔力》に極めて優れた君が真に願ったなら、とっくのとうに『アイズに並び立てる理想の自分になる魔法』を得ていなくてはおかしいだろう?」

 「───」

 

 あっさりと、幼子(わたし)の破綻を貫いた。

 

 「似た事例はいくつもある。例えば【フレイヤ・ファミリア】のLv.5のひとりは自己の人格を殺戮者に変貌させる精神魔法を持っていると聞くし……ちょっと外れるけど、僕も同じような発想の魔法(ヘル・フィネガス)を発現させている。更に言えば、そもそもの話、『それ』の達成方法は異なるだろうが、『理想の自分になる魔法』は極めてありふれた【魔法】だ」

 

 炎の球を投げつける魔法が『炎で敵を打ち倒す自分』を叶えるために生まれたとして、なんの矛盾があるだろう。

 『爆発的に力を高める魔法』も『大怪我すら治す魔法』も、そのゆりかご(はじまり)は『そう在りたい自分』という願望(ゆめ)なのだと。

 つらつらと言葉を続けて、勇者はそっと私を指差したのだ。

 

 「───だから、何かしら【魔法】を得ただろうと思ったんだ」

 

 運命の夜を共に超えて、あなたの隣を歩むと決めて。

 その時点で、何か規格外(アイズ)に比肩するための【魔法】を発現したに違いない、という過去の勘違いを勇者が告白する。

 だってそうでなければ並べない。無才非力の小人族(パルゥム)が縋れるモノは【魔法】しかない。───普通の小人族であればそう考えると、一族の英雄は断じたのだ。

 

 「でも君は【魔法】を発現させなかった。今まで君が語ってくれた話と合わせて、これが意味することはひとつだ」

 「っ……」

 

 息を呑む。

 今の今まで有無を言わさないような語りをしてきた彼が、その碧眼を「心の準備はいいかい?」と気遣うように揺らしたから。

 それはつまり、次の一言(ひとさし)が重い一撃という証左。

 

 

 「君は、君自身でも伺い知れない心の奥底で自分を冷静に見定めていて、『アイズに並び立てる』こと自体は実現可能と断じている」

 

 「だから、君を苛んでいる不安は『非力ゆえにアイズの隣にいられないこと』なんかじゃない」

 

 「君の不安はおそらく───『いつかアイズに捨てられるんじゃないか』だ」

 

 

 「……それは……」

 

 彼の言葉を飲み込むのに、少なくない時間を必要とした。

 後から思えば、それはきっと、理解したくなかったからだ。

 だって、勇者はこう言ったのだ。

 ───お前は、お前の弱さを呪っているのではなく。

 ───お前を救った英雄(アイズ・ヴァレンシュタイン)に、不信感を募らせているのだと。

 

 「アイズは君を無二の戦友と認めている。けれど、君はアイズをどう思っているんだい? 固い結束で結ばれた友人だと、神に誓えるかな?」

 「……それは……いや……そもそも、違う。()は……以前あの娘にも言ったように、たまたま一番最初に助けられただけで……彼女はこれから、もっとたくさんの人を救うのに……」

 「聞きたいのは予想じゃなくて感情だよ。と言っても、そんな表情(かお)をしてるのに、わからないはずはないだろうけど」

 

 ……わかってる。分かっている。

 一言話す度に、この小さな胸が裂かれるように痛むのだから。

 けれど、認めてしまえば───裂かれるどころか砕け散って、二度と戻らないような気がした。

 だってそれは、神の愛を疑うようなことだから。

 

 「……嗚呼───」

 

 そう、神の愛を疑うような。

 

 「……私は、あの娘の、アイズのためなら、なんでも出来る。アイズが求めたなら、なんだってする」

 「だろうね。君がアイズを見る目は、どこぞの美神の眷属みたいだから。そう求められたなら、君は何も躊躇うことなく命だって捧げるだろう」

 「……アイズのためなら死んでもいい。けれど、だから───アイズに()()()()()()()()()()、きっと死にたくなる……」

 

 太陽を見ているだけなら良かったのだ。

 手の届かない中天にそれは座していて、言葉もなく、感情もなく、ただ恩恵のみを与えてくる。かつての英雄と、ただ救われる集団でしかない無辜の民のように。

 けれど、もしも太陽に愛を囁かれたなら?

 中天に座するだけの輝きに、遍く人々に熱を差し出す上位存在に一個体として認識され、寵愛されたなら?

 その上で───その愛を失ったなら?

 耐えられるはずもない。特別という名の熱を永久に失ったなら、己の運命を嘆きながら凍え死ぬしかない。

 

 「怖い……」

 

 アイズに力を求められて、共に歩むと誓った事に後悔はない。それだけは許されない。アイズがそこに在れと求めてくれるなら、私は万難を糧にして彼女の隣に佇もう。

 けれど、『もういらない』と言われて何も求められなくなったなら、私はきっと駄目になる。

 たまたま英雄に救われただけの何者かではなく、アイズの愛を知ってしまったフリューガーは、その喪失に耐えられない。

 

 「自覚してくれたようで何より。これで次の話に進められる。その恐怖を克服する方法を教えようじゃないか」

 「っ……それは?」

 「確固たる自信。または自負。つまり、『自分を信じること』だよ。そもそも、君はアイズの信頼を失うことを恐れているけど、裏返せば『アイズからとても信頼されている』んじゃないか」

 「───」

 「だから───君は、英雄に愛される自分を誇りに思っていいんだよ」

 

 愛の喪失に怯えるのではなく、愛されているという事実を自信に変えれば良いのだと。

 小人族の英雄として、都市最大派閥(ロキ・ファミリア)の頭領として、多くの信頼を背負う【勇者(ブレイバー)】はそう断言した。

 

 「君に必要なものは『自負』で『自信』だ。僕の目が正しければ、アイズは君を深く信頼している。それはもうかなり信頼していて、僕達……僕とロキ、リヴェリア、それにガレス……この一年間アイズと日常でも冒険者としても関わってきた面子と同等の信頼で、これはとても、本当に、すごいことだ。言葉足らずなあの娘に代わって、僕が保証するよ」

 「だから、君はそれを受け入れるだけでいい。難しいだろうけど、そうしなきゃいけない。自分のことを、いずれ英雄に至る少女に名指しでばっちり見初められていて、ついでに多くの神々の寵愛を受けている、とてもすごくてスーパーな小人族なんだと自覚しなきゃいけない。未来の英雄の隣に我が姿ありと、彼女の信頼を受け止められるようにならなきゃいけないんだ」

 「そうでなければ───たとえ世界を滅ぼせる力を得ようとも、君の不安は拭えない」

 

 「───あぁ……」

 

 目の前で、勇者が膝を折り、目を合わせて語りかけてくる。

 その言葉は正鵠を射ていて、それだけで私の心にすとんと収まるような喜びに包まれるけれど、いくつか足りないものもあった。

 ……彼の言う通り、私は、アイズの隣にいられるほどの力がないことではなく、アイズに失望されることを恐れていた。これは、間違いない。けれど、それだけではないのだ。

 私は───()()は、男で在りたくて、けれど、それはとても不安定で、砂上の楼閣のように容易く崩れ去ってしまうから、しっかり(おのれ)を保てない自分がよわっちくて脆弱でずっと不安で怖くて恐怖していて、きっと【一意専心(スキル)】が使えないのも単純に一心に集中できる精神状態じゃなくなっているからで。

 自分が今まで神々(ほしぼし)に向けていた信仰のような感情を、まだ幼いアイズに向けてしまったから、不変の星々(かみがみ)には決して届かないこの想いもどんどん成長していく少女には容易く触れられてしまうことが■くて───

 

 「……わ、たし、は」

 「うん」

 「……私は、私を、信じるべきなのでしょうか」

 

 たとえ不安定でも、いつか来る日まで(おのれ)を貫けると。

 たとえ不鮮明でも、ずっと英雄の戦友(ともだち)でいられると。

 そういう自分で在れることを、自分は強いと信じるべきなのかと。

 

 「概ねその通りかな。もちろん、べき、ではなく自然にそう思えるのが理想だけどね。ただ、それが難しいなら、とりあえずの策は提示できる。月並みだけどね───」

 

 

 歴戦の冒険者に曰く。

 自分を信じられなくても、自分を信じる誰かを信じることは出来るだろう、と。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そもそもこの散歩、僕に信じてもらうのが目的なんじゃないか」

 「……そうですね。武器を用意する。その過程で力を示し、あなたの信頼を得る。それが、当初の目的でした」

 「僕の信頼を得られれば、アイズに失望されても近くにいられるって?」

 「───泣きますが。よろしいですか」

 「許してほしい」

 「許します」

 

 フリューが平静を取り戻した後、一行はこの深夜の散歩の目的地へと歩を進めていた。

 モンスターとの遭遇はない。占星術師の先導にフィンは何も言わずに追従する。聡明な彼は、フリューのやりたいことを既に看破していた。

 すなわち、強力なモンスターを倒し、そのドロップアイテムで武器を得る。

 力がなければ武器を使えばいいじゃないの精神は、フィンも絶賛するところだった。

 お金は力なり(マネーイズパワー)などと露骨な事を言うつもりはないが、彼我の差を武装で埋めるという発想は実に小人族(パルゥム)的でグッドである。

 

 「とはいえ、そろそろ聞いておかないとだ。今回の遠征はあくまで人魚の討伐。その責任者として、本命に支障をきたしうる行動は控えさせなきゃいけない。……要するに、なにを倒すんだい?」

 「すぐにわかります」

 「おっと」

 

 碧眼を軽く見開いて、フィンはおどけるように驚いた。この純朴な少女なら、聞けば素直に教えてくれるものだと思っていたのだ。

 この頃になると単純にフリューと話すのが楽しくなってきた彼は、そのまま口を開こうとして───その瞳に、本物の驚倒を浮かべた。

 

 「……本当に? いや、君の占星術の腕を疑っていた訳ではないけど、そういう話じゃない。現在この世に存在するか不明な、見たこともないモノをきっかり探し当てられると?」

 「占星術の便利さを見せれたなら、よかったです。ただ、()()()()()の言う通りの無法な代物でもありません」

 

 フィンの目には確かに「それ」が見えていた。小人族は種族的な特徴として視力に優れるのでそれ自体は関係ない。

 問題なのは、『中層全域で僅か数本』で『お目にかかることすら稀』な『レアアイテム』を、『一切の事前情報なしで』探し当てたということだ。

 もちろん、フリューが語ったように、占星術にそこまでの力はなく。

 

 「簡易的な儀式も含め、それなりの費用は投じましたが……最後の決め手は、きっと【幸運】に恵まれたのでしょう」

 

 あっさりそう言い切って、眼前の敵をねめつけた。

 

 フリューの視線の先には、『木』があった。

 大樹の迷宮にあってなおその『木』は(おお)きく、そしてたくさんの『実』を宿していた。

 そして、その『実』は『宝石』だった。

 

 「……宝石樹」

 

 文字通りの『金のなる木』。宝石樹が実らせる色とりどりの宝石は極めて貴重であり、ダンジョンのもたらすアイテムの中でも随一の額で売買される。その理由は宝石樹の出現自体が極めて稀なこともあるが、それを大きく上回る要因がひとつある。

 

 「勝算はどれほどかな?」

 「勝ちます(十割)

 「ンーなるほど。じゃあ、危なくなったら介入しよう」

 

 宝石樹には、守護者がいる。

 古今東西、あらゆる冒険譚におけるお約束に違うことなく。

 迷宮の秘宝の傍には、宝の番人(トレジャーキーパー)がいるのだ。

 

 

 『■■■■■■■■■■──────────────』

 

 

 それは、震えるようにして瞼を上げた。

 長らく開くことのなかった緑の瞳が、不遜な盗人を照準する。

 それは全長10M(メドル)を超える巨大な身体をしていたため、起床するのにとどろくような轟音を必要とした。

 深夜の迷宮に響き渡る騒音に、しかし応じるモノはいない。獲物の気配に喜び勇んで馳せ参じる有象無象は現れない。

 なぜなら、それが動いたのなら、冒険者は必ず絶命すると本能で理解しているからだ。

 やがてそれは長い眠りから解き放たれ、いつでも戦闘に入れる体勢、待機状態に移行した。

 その佇まいが()()()を巻くようなので、それを『蛇』と呼ぶ者もいるだろう。

 緑色の体表とあまりの威圧感から、それを『樹木の精霊』と誤認する者もいるだろう。

 けれど、否。否、否、否! ───それと対峙するフリューは、理性で、肌で、掌で、それが何者なのかを理解する。

 

 蛇のような体躯を持ち、秘宝たる大樹を守護する怪物。

 その名を───『グリーンドラゴン』

 大樹の迷宮において『最強』とされる緑の竜に、ギルドが定めた潜在能力は、L()v().()4()

 およそ二階梯の差を誇る竜種をしっかと見詰め、フリューはもう一度、掌で鞘を撫でた。

 

 「……お前程じゃないな」

 

 いまや灰と化した宿敵に想いを馳せ、フリューは一歩前に進み出た。

 それが戦闘開始の合図となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フリュー→アイズの感情は、アイズのところをフレイヤ様に置き換えると分かりやすくなります。

フレイヤ様に愛されてとても嬉しい。
フレイヤ様の愛を失ったら耐えられない。
それだけの話です。

なので、フレイヤ様の眷属(オッタル他)をよく知っているフィンは、とても簡単なことを伝えようとしています。

神の愛を失うのは、とても恐ろしいだろうけど、フレイヤ様の眷属は全然、全く、そんな事は考えていないのです。
『私は美の女神に愛されている』という確固たる自負こそが、彼等を強壮な戦士(エインヘリアル)にしているのですから。
フィンは『"あの"アイズに好かれてる時点でとても凄いからめっちゃ自信に思っていいんだよ』ということを、複雑怪奇な心をしているフリューに伝えようとしていたのです。

次回はもはや虫の息と化しているRTA要素を補完するため、木竜さんに騙されてもらう回を予定しています。
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