オーバーロード  ~新参の堕天使~ (初心者騎空士)
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受け入れられた堕天使

 純白のローブに身を包む影が、陰鬱とした湿地帯を進む。当然、無防備なその影を狙うようにして動く影もあり、不気味且つ巨大なカエルがどんどん集まってくる。

 

「邪魔だ」

 

 虚空に指を滑らせたかと思うと、豪炎の竜巻が巻き起こり、カエルたちを呑み込んでいく。

 

「………やれやれ」

 

 一撃で倒れなかったカエルたちが動き出す中、影は淡々と虚空に指を滑らせ、純白のローブから黒の鎧姿へと変わり、紅の刃を持つ長剣を振い、巨大なカエル―――ツヴェークと呼ばれる系統のモンスターたちを斬り伏せていく。

 病的なまでに色白な、首に縫い痕の残る白髪の青年―――しかし人間でないことは、その背から伸びる六対十二枚の漆黒の翼が何よりも雄弁に物語っている。紅の刀身を持つ細身の両刃剣と、金色の刃を持つ片刃の剣を巧みに操り、無数のツヴェークを斬り伏せ進んでいく。

 

「全く、手間ばかりかけてくれる………」

 

 この湿地………グレンデラの沼地に来るのが初めてだったせいで、鳴き声でどんどん集まってくるツヴェークの群を相手に時間がかかってしまう。舌打ちを零していると、突如として甲高い悲鳴が迸り、ツヴェークたちが倒れ、消滅する。

 その現象に、当然心当たりがあった。

 

「まさか、そちらから来てくれるとはな」

「………」

 

 警戒を隠さぬ黒と紫、そして金の縁取りのローブの影へと青い瞳を向け、肩を竦める。

 

「そう警戒しないで欲しいな。俺はただ、話がしたかっただけだ」

「話?」

 

 二本の剣を消し、白いローブを纏い直した堕天使が向き直ると共に、ローブの影………彼らがいる世界(ゲーム)において最も悪名高い悪役(ヴィラン)系ギルド、《アインズ・ウール・ゴウン》のリーダーである死の支配者(オーバーロード)へと素直に頭を下げる。

 

「俺を、そちらのギルドに入れて欲しい」

「え………えええええええ?!」

 

 ―――これは、ユグドラシルのサービス終了(この世界の終わり)が通知される半月ほど前の出来事。最後の時を迎える仲間が、一人増えるきっかけとなる一幕である。

 

「いや、あの、俺一人じゃ決められないというか………そもそも、募集も辞めてますし」

「む………そうか」

 

 声は静かながら、どことなく落ち込んだ様子を見せる。

 死の支配者(オーバーロード)のモモンガとしては、その反応は少々意外だった。

 

「というか、確かラプチャーさん、もうギルドに所属してるんじゃ………」

 

 ギルドランキング的には大した事の無いギルドではあるが、ラプチャーの名を持つ目の前の堕天使が所属しているという一点で、そこそこ名を馳せているギルドでもある。

 何せ、魔法戦士というよく言えばバランスのいい、悪く言えば中途半端なビルドでワールドチャンピオン・ニダヴェリールへと至った実力者。とはいえ、ワールドチャンピオンの中では下の方に位置する程度の実力しか持たない………が、同時にワールド・ディザスターをも収めているという一点で、指折りの知名度を誇っていた。

 

「………ホームの維持が出来なくなってな。潰れた」

「………ッ」

 

 明日は我が身、とはならないだろう。モモンガにとっても無視できない問題であり………同時に、彼がアインズ・ウール・ゴウンへの加入を望んだ理由が、なんとなく察せてしまったのだ。そして、ギルドホームが潰れる程の資金難という事はつまり………

 

「貴方も、一人なんですね」

 

 安い同情心、と言われればそれまでだろう。だが、彼は目の前のプレイヤーに自身と同じものを見た、見てしまった。

 

「………まあ、いいですよ。ただ、皆さんが戻ってきてダメって言ったら、その」

「………わかっているさ。温情に感謝する」

 

 驚きによる空白の後、喜色の交じった美声と共に告げられる感謝の言葉に、モモンガは笑みの気配を零す。

 仲間が戻らないことくらい、彼も理解している。だが、ラプチャーはそれを指摘せず、そうなることを望んでくれた。また仲間が戻ってくることを望んでくれた。

 

「それじゃあ………ハイ」

「ああ」

 

 二人がシステムコンソールを操作し、モモンガはラプチャーに勧誘を、ラプチャーはそれを受諾する。

 

「ようこそ、アインズ・ウール・ゴウンへ!………それじゃあ、ギルドに案内しますね」

「頼む」

 

 楽しそうな雰囲気を醸し出す黒と白が、軽やかな足取りで毒の沼地を進んだ。

 

―――――

 

 そして、あっという間に迫った終わりの日。

 

「あ………ラプチャーさん………」

 

 ログインしたモモンガは、ほんの僅かな間だけのギルドメンバーと目が合う。

 初めて会った時の人間風の姿で、その手にあるのは最古図書館(アッシュールバニパル)の蔵書だろうか、いつも読んでいる本。その理知的な人間風の風貌も相まって、非常に様になっている。

 

「やはり来たか」

「そりゃあ、最終日ですからね」

「………俺も、この場所を気に入っているからな。悪いが、最後まで居させて貰うよ」

「いえ、そんな!寧ろ、こっちが感謝したいくらいですよ………」

 

 ログインすれば、二日に一度はラプチャーに会えた。それだけでも、彼にとっては少なくない救いだった。

 昔の冒険について語り合ったり、互いの仲間の自慢をしたり、失敗談で盛り上がったりと、日々疲れている彼には貴重な清涼剤でもあった。物静かな彼が喜色を見せるその会話は、過去の仲間たちとの時間に次ぐ楽しい時間となっていたのだ。

 

「最近は暇を持て余していてな。とはいえ、まだ全然知り尽くせていないのだから、凄まじい広さだよ………いや、一人で維持してきたその手腕には脱帽だ」

「いや、そんな………いえ、ここは胸を張っておきましょうか」

 

 穏やかな笑い声が響く中、モモンガはラプチャーのリアルを思い起こす。

 あくまで本人が口頭で口にしたのみだが、リアルは一応学者の類………らしいのだが、色々あって仕事が消えた状態らしい。そんな彼がユグドラシルにログインできないほど多忙な日々が続き、漸く終わって戻った時には、既に………だったという。中々に笑えないが、相手が積極的にネタにしている為、いつの間にか普通にノるようになっていた。

 

「いや、本当にいいギルドだ………ウチも敗けてはいないがな」

「ウチだって敗けてませんよ?」

 

 互いに相手を貶すことなく、仲間を自慢し合う二人。仲良く談笑する姿は、長い付き合いの友人のようにも見える。

 

「む、もうこんな時間か………すまない、少々散策に行ってきていいかな?」

「え………?」

 

 半ば呆然とするモモンガに、ラプチャーは苦笑を零す。

 

「なに、そろそろ仲間が来るかもしれないだろう?折角の時間なんだ、水入らずで過ごすといい」

 

 彼なりの優しさなのだろうが、それが妙な物寂しさを生む。が、結局指輪の機能で移動したラプチャーを呼び止める暇はなく、モモンガの伸ばした手は空を切った。

 

「………」

 

 暫し言葉を失うモモンガだが、直ぐに仲間がログインしてきたことで、そちらとの会話に花を咲かせた。

 

―――――

 

 最古図書館(アッシュールバニパル)での読書に勤しむラプチャー。その巨大さも然ることながら、様々な人物が持ち込んだだけあり蔵書も豊富で、彼の興味の外にあった本なども置かれていることから、よく本を持ち出し、読み漁っていたほどだ。

 

「………」

 

 静かにページをめくり、文字列を目で追う。視界の端に表示される通知にも気づかず、淡々と本を読み進める。そんな彼が時間に気付いたのは、本に挟まれていた栞に意識を向けた瞬間だった。

 

「………?っと、時間か」

 

 23:57………終了時間が近い事に気付き、ラプチャーは急ぎ立ち上がり最古図書館を出る。そのまま表に出た彼は周囲を見回し、少々の思考の後に玉座の間に向け駆ける。

 

「あ、ラプチャーさん!」

「やはり居たか………?!」

 

 ラプチャーが目を剥く中、知識として知るだけの三つの影から声が漏れる。

 

「うお、マジか!?ワールドチャンピオンじゃん!」

「これは予想外だわ………」

「モモンガさんが隠すワケですね~」

「………驚いたな」

 

 ラプチャーのその言葉に偽りはなく、純粋に予想外であった為、驚いていた。驚愕もほどほどに嬉しそうな笑みを浮かべ、彼は玉座へと向かう。その先にいるのは、モモンガとバードマン、そして色の異なる二人のスライムだ。

 

「ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、ヘロヘロ………まさか、こんな時間に会えるとはな」

「やっぱ知ってますよねー………てか、呼び捨てですか」

「ああ、失礼。どうも、仲間内で呼び捨てに慣れてしまっていてな」

 

 苦笑気味に謝罪しながら、彼は課金でカスタムした人間態の外装(ヴィジュアル)から本来の姿―――蒼黒い炎により形作られた、亡霊の如きヒトガタへと変貌を遂げ、玉座から一歩引いた位置に立った。

 

「あ、あれ?」

「俺は部外者だからな。一歩引いたところで終わりを見届けるさ」

「えー?気にしないでいいのに、ねえ?」

「ええ………でも、ラプチャーさんがそう言うなら………」

 

 その言葉に、どこか寂しそうな返事を返し、モモンガは虚空を見上げる。

 

「………ペロロンチーノさん、ぶくぶく茶釜さん、ヘロヘロさん」

「うん?」

「なーにー?」

「なんでしょうか?」

 

 表情が感じられない骸骨の顔。しかし、その声には隠し切れぬ喜びと、隠す必要のない感謝の意に満ちている。

 

「ありがとうございます」

 

 野郎二人が笑みの気配を零し、モモンガの首に腕を回す。ぶくぶく茶釜は一瞬呆然としたものの、直ぐに笑っていた。

 

「え、あ、ちょっ!?」

「水臭いぜ、モモンガさん!なぁ、ヘロヘロさん!」

「本当ですよ!今までナザリックを維持してくれた人がそれを言いますかね?」

「モモンガさんってばーもー!」

「ふ、あは、あははははは!」

 

 感激のあまり、リアルのモモンガの顔はぐしゃぐしゃだろう。そう思える、涙声での笑い。

 

「いい友人を持ったな」

「ええ、俺には勿体ない、最高の親友ですよ」

 

 モモンガが自慢げに笑い、ラプチャーも笑みの気配を零す。

 

「俺の仲間を見せつけられなかったのは残念だが………いいものを見せて貰ったよ」

 

 嬉しそうに零し、ラプチャーは三人と同じように天井を見据える。

 

(損得勘定抜きの、感情だけなのにここまで強固な………これだから、()()()()()()

 

 散々汚い人間関係を見てきたからか、それともその知能が極めて高いからか。どこか他人事のような思考を巡らせながら、ラプチャーはアインズ・ウール・ゴウンの面々を称賛する。

 

「素晴らしきギルドに。素晴らしき友情に、栄光あれ………なんてな」

 

 気取った物言いながら、その美声からか、超然とした振る舞いからか、異様に様になっている。その発言に一瞬ぽかんとした三人だが、モモンガが最後だから、と羞恥心を振り切り、空に向け叫んだ。

 

「アインズ・ウール・ゴウンに、栄光あれ!」

「お、おう!アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」

 

 ノった三人が叫び終えると共に、デジタル表示の時計が00:00を刻む。その瞬間、四人の視界からコンソールが消失。

 

『アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!』

「うぇ!?」

「ふぁ!?」

「ええ!?」

 

 そして、玉座の周囲に待機していたNPCたち………『守護者統括』のアルベドに『六連星(プレアデス)』の戦闘メイドたち、そしてそのリーダーであるセバス・チャンが叫んだ。

 NPCの自発的行動。それ自体が異常であり、モモンガたちは一斉に驚愕し、凍り付いた。そんな中、驚愕と共に動いたのはラプチャー。

 

「ふぇっ!?」

 

 人間態に戻ると共に、プレアデスの長女、ユリ・アルファへと顔を近付け、その首筋に手を当てる。

 

「………脈は無く、冷たい。なのに瞳孔は収縮している………アンデッドだからか?だが………」

 

 興味深げに目を細め、息を吸い込む。

 

(………腐臭は無し。だが、香水と思しき匂いはある………電脳法で禁止されている事項が現実に?)

「18禁に触れる行為は試せんが………セバス・チャン」

「ハッ!」

 

 ラプチャーが静かに呼びかけると、一切の感情を見せることなくセバスが傍まで来る。

 

「異常事態だ。すまないが、一度冷静になりたい。紅茶の用意を頼めるか?」

「畏まりました。銘柄は如何なさいますか?」

 

 スムーズな会話に驚くも、それもまた異常の一つとして処理し、ラプチャーは回答する。

 

「任せる。とにかく早急に頼みたい」

「ハッ」

 

 見事な身のこなしで消えたセバスの背中を見届け、ラプチャーはその瞳に好奇心の輝きを灯した。




ファーさんのヴィジュアルとか諸々がツボったんでブッ込んでみた。
反省はしている。けど後悔はしていない。


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代わる世界、変わった立場

 ラプチャーのキャラクターネームを持つ堕天使は、プレアデスの二重の影(ドッペルゲンガー)、ナーベラル・ガンマへと無言の興味を向ける。

 

(ドッペルゲンガーの本来の姿から考えて、あれは擬態………どこまで人間と同様になっている?)

 

 純粋な好奇心なのだが、じっと見つめられるナーベラルはたまったものではない。

 

「ん、んんっ!」

「っ!?ああ、すまなかったな」

 

 モモンガの咳払いにより現実に引き戻され、ラプチャーは謝罪と共に彼らのもとに向かう。

 

「ラプチャーさん」

「そう怖い顔をするな。どこまで擬態できているのか、興味があっただけだ」

「あ、それは確かに」

「おいこら」

 

 ペロロンチーノが別の意味で同意を示したと思ったのか、ぶくぶく茶釜からの折檻を受ける。

 そんな中、そっとヘロヘロへと手を伸ばしたラプチャーは、装備から上がる微かな煙を前に即座に手を引く。それを目にしたプレイヤー四人は目を剥き叫ぶ。

 

「ラプチャーさん!?」

同士討ち(フレンドリー・ファイア)が解禁されているようだ」

「うぇっ!?マジですか!?」

「危なっ!?ヘロヘロさんとか一番の危険人物じゃないですか!?」

 

 悪のロールプレイギルドとして大多数を占める人間種ユーザーに忌避されてきたアインズ・ウール・ゴウンだが、ヘロヘロは特に嫌われているプレイヤーの一人だ。というのも、彼の種族が極めて高い酸性を有している上、そんな強酸性ボディで殴ってくることで武具を破壊してくるからだ。

 要は、フレンドリー・ファイア解禁によりヘロヘロが一番危険な存在に変化したのだ。希少品を注ぎ込み作り上げた神器級(ゴッズ)武具を破壊されるとなれば、一瞬で涙も枯れ果ててしまうだろう………ここにいる面々に、涙を流せる者がどれだけいるのか、甚だ疑問だが。

 

「ええと、スキルって切れるのか………?」

「わからん………」

「お待たせいたしました」

 

 ふと、セバスの声が耳朶を打つ。振り返れば、紅茶セットを用意したセバスが見事な姿勢で佇んでいた。何気に、カップはしっかり人数分ある………モモンガは飲めないだろうが。

 

「ああ、すまないな。用意を頼む………皆も、確認して欲しい。その方が確実だ」

「んん?………あっ、そういうことですか!」

「え?どういうこと?」

「味ですよ、味!」

 

 スライム二人がその意図を理解する中、セバスが紅茶を淹れたカップを差し出し、皆がそれを受け取る。

 

「………あの、俺飲めないんですけど」

「「「あ………」」」

「やはりか………いや、すまないな。少々試していた」

 

 申し訳なさを滲ませながらも淡々と謝罪し、ラプチャーがカップの中身を煽る。

 

「「「「………うまっ!?」」」」

「ちょちょっ、ええ?!なにこれ、超美味しい!?」

「すげぇ………こんな美味いの、飲んだ事ねぇ………!」

「これがあったらあと10時間は働けた………!」

「いや、効率的な労働には適度の休息も必要だぞ………しかし、これは………」

 

 ラプチャーはこの味覚情報を以て、何らかの要因でゲームが現実に変わっていると断定した。

 そうなれば、次に確認すべきは決まった。が、ラプチャーがそれを口にする前にそれに思い至ったらしいモモンガが声を上げた。

 

「セバス、墳墓を出て周辺地理を確認しろ。周辺1キロ内でいい。知的生命体がいた場合、なるべく穏便に接触、交渉してナザリックまで案内せよ」

「ハッ」

「丁度いい、俺も出向こう」

「なっ!?いえ、ラプチャー様のお手を煩わせるわけには………」

 

 ラプチャーの宣言に困惑するセバスだが、ラプチャーは構わず指輪の機能を使い転移門(ゲート)を発動。アイテムがしっかり機能することを確認すると共に、装いをローブから鎧姿へと変え、漆黒の十二枚羽を広げる。

 

「お前は地上から、俺は空からだ。それで問題あるまい」

「いや、しかし」

「ツーマンセルだ。その方が効率がいい」

 

 ラプチャーはそれだけ残しゲートへと消え、セバスも躊躇いがちにゲートに飛び込む。

 

「………んんっ!ラプチャーさんはセバスに任せるとして………」

 

 モモンガは異常を確認するべく、NPCたちに指示を飛ばす。

 そんな中、外へと出たラプチャーは大きく息を吸い込み、驚きに目を見開く。

 

「空気が美味しい、とはこういうコトを言うのだろうな………しかし」

 

 感慨深げにつぶやき、空を見上げる。初めて見る生の星空を興味津々に見つめながら、星々の配列を探る。一世紀以上前には見られていた、星座を探しているのだろう。

 

(………星座は無し。月がある辺り、重力環境等は地球に近いのだろうが………)

「ではセバス、地上を任せる。俺は空を行こう」

「畏まりました」

 

 ラプチャーが空高くへと舞い上がり、セバスが()()()疾走する。セバスより広い範囲を見やれるラプチャーは、セバスに追従しながら周辺を見渡し、墳墓近辺―――それでも、1キロ以上離れている―――に広がる森林と、その奥に見える山脈と思しき山肌、森沿いに存在する明りを発見。距離を正確に測る術を持たないラプチャーは、ユグドラシル初心者の必需品であるコンパスで方位を確認しながら、伝言(メッセージ)の魔法を使い、モモンガに直接報告する。

 

「モモンガ」

『ラプチャーさん!そっちは?』

「毒の沼地から草原に変わっている。コンパスが正常に機能していると仮定すると、北部に森林と山脈らしきモノが、森沿いに南西辺りに集落と思しき明りがある。距離があるから、接触は控えさせて貰うぞ」

『早………わかりました。あとで、アイテムを使って調べます。一旦戻ってください。第六階層の闘技場です』

「わかった―――――セバス」

 

 地上に降り立ち、ラプチャーがセバスへと告げる。

 

「戻るぞ」

「ハッ」

 

 転移門(ゲート)を開き、闘技場に直行する。

 

「戻ったぞ」

 

 鎧の堕天使の蒼眼が、跪くNPCたちを射抜く。そこに宿るのは、純粋な好奇心。

 

(どのような身体構造をしているんだ………?)

「それでは皆、至高の御方々に忠誠の儀を」

 

 ラプチャーが思考を巡らせる中、アルベドが主導となりNPCたちが動く。

 

「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に」

「第五階層守護者、コキュートス。御身ノ前ニ」

「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ」

「お、同じく第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ」

「「御身の前に」」

 

 ラプチャーが目を剥くほどにスムーズな所作だが、他の面々はそんなふうに見られていた事実に驚いている。

 

「第七階層守護者、デミウルゴス。御身の前に」

「プレアデス総括、セバス・チャン。御身の前に」

 

 信頼が重い。そんな思いを抱きながらも、皆表には出さない。

 

「守護者統括、アルベド。御身の前に―――――第四階層守護者ガルガンチュア、及び第八階層守護者ヴィクティムを除き、各階層守護者、御身の前に平伏し奉る………御命令を、至高なる御方々。我らの忠義全てを、御方々に捧げます」

 

 一糸乱れぬ見事な平伏。暫し言葉を失っていると、モモンガが低く威厳のある声で告げる。

 

「面を上げよ」

 

 守護者たちが顔を上げる。

 

「………素晴らしいな。流石、九つの世界でも指折りのギルドだ」

 

 ラプチャーの称賛に、守護者たちが自慢げに笑みを零す。

 

「でしょでしょ?ウチのシャルティア可愛いでしょ?」

「ちょいちょーい、あたしのアウラとマーレの方が可愛いでしょー?」

「そこは個人的趣向も加わる以上、何とも言えんな」

 

 硬い雰囲気に耐えかねた二人のNPC(ウチの子)自慢だが、ラプチャーは苦笑気味ながらも大真面目に返す。

 

「んんっ!えーっと、ラプチャーさん?外の様子ですが………」

「瘴気一つない草原だ。背後………コンパスが正常なら北にあたる方角には森林と山脈と思しき山肌が。森沿いの南西、かなり離れた位置に集落らしき明りがあった」

「なんと………」

「地上と空の視界の違いだ。気にする必要はない」

 

 気付けなかった、と苦い顔をするセバスにフォローを入れつつ、ラプチャーは思考を巡らせる。

 

「―――警戒レベルの引き上げは必須か」

「ですね。アルベド、デミウルゴス、お前たちには―――――」

 

 モモンガが必死に頭を回転させながら指示を下し続ける中、ラプチャーは別のことに意識を向けていた。

 

(人間はいるのか、それとも別の知的生命体か………文字文化はあるのか?言語体系は?物品は物々交換なのか、貨幣による交換か………いかんな、調べたくて仕方ない)

 

 持ち前の好奇心が鎌首をもたげ、直ぐにでも動きたい欲求にかられる。未知の多さで知られていたユグドラシルを始めたのも、未知を解き明かすというキャッチフレーズに惹かれてのことだった程だ。

 そう。未知しかない今の状況は、この上なく興味深いモノなのだ。

 

「―――――ラプチャーさん」

「ん?ああ、失礼。考え事をしていた」

「そうでしたか………今後のナザリックの外部調査についてなんですけど」

 

 モモンガが言いたい事を理解し、ラプチャーが頷く。

 

「そうだな。とにもかくにも、情報を集めてから。俺が発見した集落については、夜が明けてから秘密裏に調べるべきだろう」

「夜が明けてから、ですか?」

 

 デミウルゴスの名を持つ悪魔の疑問は尤も。

 

「そうだ。お前たちを疑うつもりはないが、まだ確認していない事項が多い。万一の可能性を考えて、万全を期してから動くべきだ」

 

 好奇心旺盛ではあるが、それ一辺倒の無謀でもない。その頭脳が、この男がワールドチャンピオンとワールド・ディザスターという二大ぶっ壊れ職を今まで有し続けて来れた由縁でもある。

 

「それには同意ですね。では、その方向で行きましょう」

「さんせー」

「こういう時は慎重に、ですよね」

 

 モモンガが方針を決定し、他三人が異を唱えない。多数決を重んじるAOGの方針により、これで今後の動きが決まった。

 

「それと、次は隠蔽か………森司祭(ドルイド)はいるか?」

「あ、は、はいっ!ボクですっ!」

 

 ラプチャーの言葉に慌て気味に応じたのは、ダークエルフの女装男子、マーレ。その姿にぶくぶく茶釜から少々殺気の乗った視線が飛んでくるも、ラプチャーは動じない。

 

「ぶくぶく茶釜は確か、防御特化ビルドだったな」

「そうだけど………」

「あとは後衛がいるとベストか………」

「え、えっと、どうすればいいんでしょうか………?」

「辺りは平坦な草原だから、森を広げてナザリックを呑み込む。可能か?」

「えっと………」

 

 口籠るマーレへと、冷徹な雰囲気を変えることなく告げる。

 

「誇張は不要だ。ただ、可能か不可能かで答えるといい。長期間の維持が困難ならば、そう言えばいい」

「………できます!けど、範囲によってはMPがちょっと………」

「む………」

 

 そこで、MPの存在を思い出す。ワールド・ディザスターである彼にとっての死活問題の一つだ。

 

「あー、そっか………んー」

「ドルイド系の巻物(スクロール)はあったかな………」

 

 ぶくぶく茶釜とモモンガが考え込む。ユグドラシル産のアイテムの補給については、生産職の居ない現状どうすればいいかが不明瞭な問題だ。

 

「ああ、巻物(スクロール)なら俺の方から引っ張り出そう。それに、まあ、コレもある」

 

 ラプチャーがアイテムボックスから引っ張り出したのは、果実や草花で満たされた断面を持つ山羊のものに似た角。超位魔法以上に緩いとはいえ、使用制限の存在するそのアイテムは、モモンガもよく知っている。

 

豊穣の神角(コルヌー・コーピアエ)ですか」

「ああ。コレの実験に丁度いいと思ってな。とはいえ、俺一人でやっては、NPCたちの心証も良くはないだろう?」

 

 つまりのところ、NPCたちに配慮はしていたのだ。その姿勢に守護者らが感激を示す中、ラプチャーはモモンガに問う。

 

「それで、どうする?」

「そうですね………茶釜さん、ラプチャーさん、マーレの三人で行ってください。あ、ラプチャーさん、もう一個のワールドアイテムを」

「ああ、そうだな。警戒は必要か」

 

 ラプチャーは一見粗末な皮鎧を引っ張り出し、茶釜に差し出す。この二つが、彼のギルドが保有していたワールドアイテムであり、加入後すぐにサービス終了の告知が来たが為、宝物殿にも移されなかった代物の一つ。

 

獅子の皮衣(レザー・オブ・ネメアー)。効果は武器装備者からのあらゆる攻撃、及び特殊効果の九割軽減だ」

 

 要は、素手での攻撃なら軽減されずに通じるという事。なお、獲得クエストが超鬼畜だったのは言うまでもない。

 効果は破格だが、装備枠が防具である為、その分防御面以外の恩恵が損なわれる欠点もある………が、防御極振りの茶釜には関係ない。

 

「わぁ………ワールドアイテム、ですよね?」

「ああ。対策はするに越した事が無いからな」

 

 淡々と告げ、ラプチャーは再度転移門(ゲート)を展開。ワールド・ディザスター補整込みでも問題にならない程度なのが、実にありがたい。

 

「では、初めての大仕事だ。気負い過ぎるなよ?」

「は、はは、はいっ!」

「大丈夫だよ、マーレ」

 

 ラプチャーが先行し、安全を確認次第、二人が続いた。



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動き出す事態

 ナザリックを覆い隠す程の大森林が出来上がる。地上でぶくぶく茶釜同伴のもと、マーレが侵攻を困難にする為に地形を弄る様を、ラプチャーが冷静に見つめる。

 

「え、えっと、これくらいでいい、ですか?」

「うんうん、グッドグッド!」

 

 ラプチャーが豊穣の神角(コルヌー・コーピアエ)を使い、樹々の成長を操作する。元は一日十回、フィールドを『森林』『草原』『荒野』などに書き換える、というものだったが、こちらではある程度細かい制御はリキャストタイムゼロで行使可能となっていた為、フィールド規模での使用でなければ問題なく行えるようになっているのだ。

 彼が行っているのは簡単で、急成長させた太い木の根を絡み合わせて壁にして、ナザリックへの道を巧妙に塞いでいるのだ。そうして誘導した先に、ユグドラシルでもレアな部類に入る果実系アイテムのなる樹を群生させる、などのトラップも完備だ。

 

「す、凄いですね………」

「森の生物がどうかは知らないが、こうすればある程度移動経路を誘導できるし、ある程度散開させておけば時間次第で天然のトラップになるだろう。その為に、野生動物が住処にしやすいような環境を整えたからな」

 

 無論、知識として持っているだけで、実用性のほどは定かではないが。

 

「それじゃ、そろそろ帰りましょっか。あたし、ワールドアイテム装備とはいえちょっと装備が………」

「………すまない、気付かなかったな。では、戻ろうか」

 

 ラプチャーが転移門(ゲート)を開き、二人が帰ってから帰還する。すると、そこには予想外の影が。

 

「ああ、新入りさん!」

「………タブラ・スマラグディナ?」

 

 グロテスクな脳食い(ブレインイーター)の姿に、ラプチャーが目を剥く。

 

「何故ここに?」

「ええ!?あれ?宝物殿でドッキリやるからって伝えませんでしたっけ?」

「………?」

「あ、もしかして………」

 

 闘技場でのわちゃわちゃ騒ぎの中、モモンガはあるコトに思い至った。

 

「………その時のラプチャーさん、本読んでました?」

「………あ」

「それでか………すまない、気付かなかったようだ」

「うそーん………」

「てか、何がどうしてこうなったんすか?」

 

 ペロロンチーノの疑問も尤もで、守護者たちも興味津々。

 そして、タブラ・スマラグディナのキャラネームを持つ異形は、ぽつりぽつりと語る。

 簡単に要約すると、新入りの紹介をギルマスの口から聞きたいから、とラプチャーに伝言を頼み宝物殿に引っ込むも、ラプチャーがその事を聞いておらず、装備一式が残ってることに感動したりしている内に時間も迫り、半ばヤケクソ気味に宝の山に埋もれて最後の時を迎えた………と思ったら、という事だそうだ。

 

「………え?!俺たちの装備、残ってるんですか!?」

「うっそぉ………てっきり売っ払われちゃったと思ってた」

「ボクも………え、装備残したまま、ギルドの維持費稼ぐって………」

 

 三者三様の反応ながら、自分たちの装備が残っている喜びと、自分たちの装備の売却額抜きでギルドの維持費を稼いでいた苦労を思っての驚きを示す。

 

「………あー、んんっ!それじゃあ、俺と………茶釜さんで装備を取りに行きましょう。ペロロンチーノさんとヘロヘロさんだと、毒耐性が………」

「あ………」

 

 宝物殿のトラップの関係上、素で毒耐性が無い二人は行けないのだ。行けば秒で死ぬ以上、迂闊な行動は出来ない。

 

「ラプチャーさん、こっちを任せます。表で色々やったんで無いとは思いますが、万一侵入者が来た場合は」

「皆まで言わずとも、わかっているさ」

 

 モモンガ同様、ガチ装備のままのラプチャーならば問題は無いだろうという判断だ。マジックキャスターとしても第十位階、つまりは標準レベルに加え超位魔法、更には戦士職も有している上、中途半端な職業構成を防御寄りの天使から攻撃的な堕天使の切り替えを利用し組み上げたバランスの良いステータス、スキル構成で補うなど、魔王ロール的な意味合いのスキル込でもかなり強いのだから。

 

「それじゃあ、頼んだよーねーちゃーん」

「はいはい、シャルティアと仲良くね~」

「18禁に抵触する行為なら、部屋でやってくれよ?ああ、可能か不可能かについては、感想含めて、そうだな―――――」

「ラプチャーさぁん!?」

 

 デレデレで引っ付くシャルティアを見てか、ラプチャーがさらりと告げた言葉にシャルティアが目を妖しく輝かせる。捕食者の眼光に怯むペロロンチーノは、ラプチャーの顔に微かに浮かぶ笑みから確信犯であると判断。

 

「ヘロヘロさん、ヘルプ!」

「いやぁ、いいんじゃないですか?ユグドラシルの制限がどの程度あるか判りませんし」

「そこでノらないでいいから!?」

 

 このスライム、ノリノリである。なお、ラプチャーの発言は大抵が知的好奇心によるものである為、ヘロヘロが口にしたことを試す意味合いもある。

 

「シャルティア」

「っ、モモンガ様!」

 

 支配者モードで名前で呼ばれ、シャルティアが一瞬で真面目な姿に戻る。対し、モモンガは軽い茶目っ気を発揮。

 

「合意の上で、な?」

「モモンガさぁあぁぁぁん!?」

 

 ペロロンチーノの悲鳴が、響き渡った。

 

―――――

 

 走る。走る。走る。荒い息と蓄積する疲労を押して、必死に森を走る。幼い妹と共に走り、少女は迫る脅威から逃げ延びんと足掻く。

 

「あっ」

「っ、ネムッ!?」

 

 妹、ネムが転びかけ、つられて彼女、エンリも体勢を崩す。その間にも命を狙う騎士は迫り、足が震えて立てない妹を負ぶる間もなく、彼らの手にする剣が届くまで接近を許してしまう。

 

「―――えっ」

 

 そして、その間に。黒い靄のような何かが出現し、そこから白い布地と共に鎧を纏う何者かが現れ、黒い布で包まれた細い指を彼女の喉に当てる。当然、初対面の相手にそんなことをされれば………

 

「ひっ!?」

 

 恐怖もしよう。だが、その反応に構わずローブの下から綺麗な声が零れた。

 

「………発声機能は同一か。すまない、少々―――」

「こ、このっ!」

 

 逃げて、と叫ぶ間もなく、白いローブの貴人、もとい奇人へと、剣が振り下ろされる。エンリは白い布が赤く染まる様を幻視した………が、結末は違った。

 

「え………?」

 

 剣が折れる。ローブには傷一つなく、ローブの人物は気に留めた様子もない。

 

「ふむ、コレで防げる程度か―――――では、次は防具の強度だな」

 

 ローブが光と共に消え失せ、鎧を纏った白髪の青年の姿が露わとなる。

 

「まずは、そうだな………物理だ」

 

 紅の剣閃の直後、騎士の体が斜めにズレ落ちる。その手に握られているのは、漆黒の羽根が絡みついたような、細身の片刃の剣。

 

「脆すぎるな………次は魔法でいこうか」

 

 楽しそうに笑い、麗しの美貌の青年は魔法を口遊む。神話に語られるような、桁違いの力を。

 

万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)

 

 数多の雷撃が収束し、強大な剛雷として降り注ぐ。たった一人の、それもレベルにして一桁でしかない人間相手には過剰すぎる一撃により、その身は呆気なく消し炭と化し崩れ落ちた。

 

「ふむ………では、次の実験だな」

「あ………ま、待ってくださいっ!」

 

 エンリが叫び、青年が振り返る。端正な顔立ちに一瞬目を奪われるが、その目に宿る光を前に思わず身を竦める。が、その感情をねじ伏せ、必死に懇願する。

 

「お願いです!お母さんとお父さんを助け―――っ!?」

「やはり、聞こえる音と口の動き、喉の震えに乖離があるな………どういう原理だ?」

 

 見下ろす青年は、またも彼女の喉に手を当て、興味深げに目を細める。

 

「ああ、お前たちの頼みは聞き入れよう。俺としても、試したいことがあるからな」

 

 三つの流れ星が刻まれた指輪を幾つか取り出し、一つを指に嵌める。残りを虚空に放り込むと、青年は漆黒の十二枚羽を広げ、空へと飛び立った。その姿を、エンリとネムは呆然と見届ける。

 

「さて、死者が出ているが………」

 

 彼―――ラプチャーが求める実験は二つ。一つは魔法による死者蘇生………ギルメンに万一のことがあった場合の対策で、もう一つは超位魔法が正常に機能するか。より厳密には、リキャストタイムの共有は存在するのか、課金アイテムによる短縮は可能か、また彼が使おうとする超位魔法の仕様はどのように変わっているか、などだ。

 そんなことを冷静に思考しながらも、ラプチャーは仲間に伝言(メッセージ)を繋ぐ。

 

「モモンガ、俺だ」

『ラプチャーさん!何ひとりで………いや、それもですけど、なんですかあの流れ星の指輪(シューティングスター)の数は!?』

「仲間のへそくりが丸ごとアイテムボックスに入ってた」

『………まあ、それは今はいいですけど』

 

 明らかな不満と、懸念が見て取れる声。

 

『大丈夫なんですか?』

「俺の第九位階で簡単だし、刀一振りでどうとでもなったぞ?」

『いや、そうじゃなくて………』

「それと、蘇生魔法を試す」

『はぁっ!?』

星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)も試すつもりだ。異存は?」

『いやいやいや、現地のレベルがわからない以上軽率は―――』

「有事の備えだ、何れ試すなら今がベストだろう。恩も売れるし一石二鳥だ」

 

 そこまで言い切られ、ギルドで仲間たちと手分けしてアイテムにより周囲を調べていたモモンガが頭を抱える。

 

「モモンガさん?」

「………ラプチャーさんが、蘇生とかを試すって」

「その為に一人で出向いたのかよ?!え、ちょ、急いで追いかけませんと!」

「待った待った!モモンガさんのトコに映ってる姉妹、無防備じゃないですか!あっちの保護が先ですよ!」

「いや、そんな―――――いや、前言撤回。幼女は世界の宝、守らずしてなんとする!」

「変わりませんねぇ、ペロロンさん」

「ねー………あ、けどあの顔で腹黒とかだといい感じにギャップが………」

「タブラさんもブレませんねぇ!?」

 

 非常時だというのに、この和みようである。

 

「それじゃあ、俺とペロロンさん、茶釜さんであの姉妹の保護、お二人はラプチャーさんの方で戦闘をお願いします」

 

 モモンガの決定に異を唱えることなく、各々が動く。

 そんな中、村の上空に辿り着いたラプチャーは翼を広げ、地上を見下ろしていた。

 

「さて、実験開始だ―――――楽園喪失(パラダイス・ロスト)ッ!」

 

 ラプチャー………厳密には、ワールド・ディザスターを有する堕天使、もしくはワールド・ガーディアンを有する天使系種が使用可能となる、一日に一回のみ、MPの9割を消費して放つ事ができる強力な広範囲攻撃スキル。

 ワールド・ディザスターを持つ堕天使(ラプチャー)が放つこのスキルは、プレイヤーごとに判定の異なる超火力のランダム魔法属性攻撃。使用した時点でほぼ置物になってしまうという重い代償はあるが、その威力は基本、弱点属性を引いた瞬間蒸発が確定するレベルである上、完全耐性を始め耐性を貫通するという凶悪仕様。

 レベルさえ対等ならば、しっかりと魔法防御を積んでおけば弱点属性以外ならギリ耐えて反撃が可能なのだが………相手はレベル一桁。降り注ぐ光の雨から逃れる術も、防ぐ術も持たない鎧の騎士たちは、瞬く間に蒸発していった。

 

(終わりか………まあ、あの程度の防具では、魔法耐性もたかが知れる)

 

 降り立ったラプチャーの視界に入ったのは、抵抗の跡が見える村人らしき老人の死体。

 

「丁度いいか」

 

 ラプチャーが取り出したのは、蘇生(リザレクション)の魔法が宿った短杖(ワンド)

 

蘇生(リザレクション)――――ッ!?」

 

 魔法が発動した手応えは、確かにあった。なのに、死体は起き上がる事無く、灰へと変わってしまったのだ。

 

「………どういうことだ?リスクはレベルダウンしか………?待て、まさか………」

 

 失態に気付き、頭を抱える。ユグドラシルにおいて、蘇生によるレベルダウンでレベル1を下回る事は無かったのが、感覚として残ったままだったのだ。だが、お陰である程度レベルを測る事は出来た。

 

「はぁ………失態だ」

 

 周囲からの目が険しい。怒り、恐怖………それらをごちゃ混ぜにした視線を背に受けながら、ラプチャーは溜息と共に指輪を嵌めた手を空にかざし、望みを強く思い描く。そして、青白く輝く魔法陣が多重に広がる中で、彼は静かに呟いた。

 

「―――――(アイ)望む(ウィッシュ)




タブラさん、参戦です。茶目っ気発揮させて宝物殿に籠ってたら、色々感動している内にログアウトし損ねて………とギャグチックかつ若干無理のある理由ですが………

なお、ラプチャーは一切気付いてなかった模様。
モモンガさんも仲間がいるってことでメッセージでのお試ししてませんしね。


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神としての君臨

(どうしてこうなった………)

 

 平伏し、敬意を通り越して信仰を向けてくる村人たちを前に、エンリとネムを連れて戻ったモモンガは内心頭を抱える。

 モモンガだけでなく、村に集まったギルメンも同様。大体、超位魔法による大規模な死者蘇生をやったラプチャーが悪い。彼が漆黒の十二枚羽を見せた上で大規模な死者蘇生をしたせいで、神と誤認されたせいで、こうなっているのだ。

 

「神よ、感謝致します!」

(どうしてこうなった!?)

「………面を上げよ!」

 

 こういう時ばかりは、種族特性のお陰で強い感情が沈静化されるのがありがたい。

 

「は、ははっ!」

「我らはこの地に降り立って久しい。故に、この近辺が今どうなっているかを、お前たちの口から話すがいい」

 

 支配者ロールのお陰か、古い付き合いの面々すら別人と錯覚するほどに見事な神様ロールをして見せ、村人から情報を引き出すことを画策。お陰で、この周辺国家に関する情報を得る事ができた。

 

(えーっと、ここがリ・エスティーゼ王国で、東にバハルス帝国、南にスレイン法国………騎士はバハルス帝国のって言ってたけど、スレインの偽装工作の可能性も………)

「偽装工作の可能性アリか………しまったな」

 

 レベル的に無理だろう、というのに加え。ディザスター版パラダイス・ロストの追加効果には、その攻撃で死亡判定を受けたプレイヤーのアイテム、魔法による蘇生を封じる効果があるのだ。弱点を引かなければ全快からの即死は無いとはいえ、鬼畜スキルとされた理由の一つでもある。

 

 要は、どうあがいても蘇生からの尋問が出来ない、という事だ。

 

「どっちでもいいでしょ?大丈夫ですよ、皆さんはあたしたちが護りますから!」

「そそ。子供を殺そうとするような奴に、正義がある訳ねぇし!」

 

 燃える茶釜ペロロン姉弟の背後に転移門(ゲート)が出現し、ダークエルフの双子と赤鎧の吸血鬼、漆黒の鎧の騎士が飛び出す。

 

「「茶釜様ぁっ!」」

「ペロロンチーノ様っ!大丈夫ですか?お怪我は!?」

「タブラ様、モモンガ様ッ!皆様、供を付けずの外出はお控えください………ッ!」

 

 アウラとマーレ、そしてシャルティアとアルベドだ。

 

「お前たちか」

「も、モモンガ様方のお知り合いでしたか………!」

 

 村人たちが改めて平伏する中、主が心配ですっ飛んできたNPCたちはその様にご満悦の様子。

 

 このことが、後に広がるアインズ・ウール・ゴウン教誕生のきっかけとなることを、今の彼らは知らない。

 

「そう!あたしたちの自慢の子たちなのだ~!」

「ちゃ、茶釜様ぁ………」

「は、恥ずかしいです………」

 

 自慢げに抱き締められ、アウラとマーレが顔を赤く染める。そんな二人と異なり、シャルティアはペロロンチーノにべったり、アルベドはそんな三人を正常に戻すべく、両手を叩いた。

 

「しゃんとなさい!御方々とその威光を知る者たちの前よ!」

 

 三人がその顔を引き締まった者へと変え、慌てて平伏する村人たちを見下ろした。

 

「えっと、ペロロンチーノ様。こいつらはどうなさいますかえ?」

「護るよ。敵が来るなら全力で迎え撃つ」

「ならば、私は御身のご意志のままに」

 

 ペロロンチーノの意思に従い、シャルティアがスポイトランスを手に笑う。その顔は、まさしく『総合力最強』に相応しいモノだ。

 

「茶釜さまはどうしますか?」

「あたしも護るよ。けど、あたしだけだと護るしか出来ないから、二人の力を貸して欲しいな」

「………ず、ズルいです、茶釜様」

「そんなこと言われたら、あたしたちも断れませんよ」

 

 二人が嬉しそうに顔を歪め、やる気を出す。ナザリックのNPCたちは性質上、至高の御方に求められることに滅法弱いのだ。

 

「モモンガ様、タブラ様、如何なさいますか?」

 

 それは、アルベドも同じ。こちらの場合、設定の書き換えが無かった為、創造主への忠誠がそのままであることに加え、最後まで残ったモモンガに対しても、それ以上の忠誠と愛を向けている。

 

「無論、守るさ」

「モモンガさんに同じ。貰うだけ貰って、ってのは社会人として、ねえ?」

「それ言われると、ボクも反対は出来ないなぁ………するつもりもありませんけど」

 

 ヘロヘロが笑い、皆の間に和やかな空気が流れる。

 

「先ずは、復興からですね。ペロロンさん、ラプチャーさんはシャルティアと一緒に空から監視を。俺は適当なアンデッドを労働力代わりに工面しますんで」

「んじゃ、私とアルベド、ヘロヘロさんと茶釜さんで地上を巡回しましょう」

「マーレ、村の周りに適当でいいから樹木なり土砂なりでバリケードを作れ。アウラは索敵能力の高い飛行系の魔獣を中心にバリケード沿いに散らせ。そうすれば、万一敵が来てもバリケードで多少の足止めが出来るだろう」

「は、はいっ!」

「了解です!」

 

 役割を分担し、行動を開始。ラプチャー、ペロロンチーノ、シャルティアが空高く舞い上がり、モモンガがラプチャー作の兵士の死体からアンデッドを作成し、壊れた家屋の修復に向かう。

 マーレは茶釜が指輪でナザリックに繋げたゲートから呼び出された魔獣に乗り、アウラと茶釜、ヘロヘロペアと共に村の外へと出て、続けてアルベド、タブラペアが別方向から村を出る。

 

 本来ならば恐怖しか覚えないだろう光景は、しかし彼らを神と誤認している今では、ただただ有難い光景でしか無かった。

 

―――――

 

「やり過ぎだよぉ、マーレぇ………」

「ご、ごご、ごめんなさいっ!」

 

 ぶくぶく茶釜の半ば呆然とした言葉に、マーレが蒼褪め震える。

 というのも、構築されたのはバリケードというより最早天然の城壁であり、丘陵の半ばから垂直に切り立った崖のようになっている上、その下には深い堀が広がり………その底には、無数の樹木が槍の如く乱立しているのだ。えげつない初見殺しである。

 

「………すまん、言葉が足りなかった………とりあえず、村の復興が終わった以上、このまま維持する旨味も少ない。すまないが、戻して貰っていいか?」

 

 ラプチャーは、彼のやる気を少々甘く見ていた事を後悔した。ここまでがっつりとしたモノを作成されるのは、正直想定外であった。

 

「ご、ごめんなさい………」

「いや、謝る必要はないさ。お陰で、今後こういった場合はマーレが適している、と知る事ができたのだからな」

 

 ガタガタ震える彼に、モモンガが優しい言葉をかける。

 

「そうだよ、マーレ。お前のバリケードがあったから、モモンガさんたちも村の人たちも、安心して動けてたんだ」

「大丈夫、マーレはよくやってくれたよ!………ただ、これからはもうちょっと手抜きを覚えよっか?」

「う………で、でも………」

 

 御方の手前、手を抜くなど言語道断。そんな思考が、マーレが首を縦に振ることを阻んでいた。

 

「では、後片付けは俺がやっておこう」

「いや、ラプチャーさんにはMP温存して貰いませんと。私がやっときますよ、多分威力なら貴方の次なんで」

 

 タブラがアルベドと共に村を出るのを見届け、モモンガらは日が傾き始めた空の下で顔を突き合わせる。

 

「アンデッドは村の自衛戦力として残そうと思いますが、どうしますか?」

「悪くはないが、今後を考えるならもう少し隠しやすい方がいいだろう。森の中に高レベルの魔獣では駄目か?」

「んー………アウラにあげた子たちだから、あんまりねー………」

 

 ラプチャーの提案は、村が国境付近らしい為、戦争中の王国に目をつけられないよう配慮した案を出す。が、こちらの場合魔獣がアウラの私物になっていることから、茶釜が難色を示した。

 

「んー………じゃあ折衝案で、魔獣っぽいアンデッドを隠しておくってことで!」

「そのアンデッドですけど、さっきは死体から作ってましたよね?………死体を使わないのは、長時間持つんですかね?」

「あ………っ」

「愚弟にしては鋭いね」

「ほっといてくれ」

 

 モモンガが考え込み、姉弟の間に微妙な空気が流れる。

 

「なら、プレアデスでも置く?」

「いや、こっちの平均レベルが不明瞭な時点でそれは………」

「ソリュシャンもそうですけど、彼女の姉妹たちも、危ない目には遭わせたくないですしね」

 

 ペロロンチーノの提案はモモンガが躊躇い、ヘロヘロもまた難色を示す。レベル差というプレアデスの明確な弱みを提示されては弱いのか、ペロロンチーノは自らの提案を撤回。守護者の配置はナザリック防衛の観点から却下される中、ラプチャーは最善と考え得る案を提示した。

 

「なら、ルベドはどうだ?」

「「「るべど?」」」

「………ああ、タブラさんがワールドアイテム使って作った!」

「あー、そんなの居たなぁ………」

「やべっ、忘れてた」

 

 あまり知られていない様子にラプチャーが首を傾げるも、それも当然。

 何せ、1500人規模の討伐隊撃退後に、彼らがドロップしたワールドアイテムを使って作成したNPCであり、その頃には過疎化が始まりつつあり、彼らもログインがまばらになっていた為だ。モモンガも、稼ぎの為にわざわざ『封印』という設定で僻地に設定されたNPCに合う余裕は無く、すっかり忘れていたほど。

 

「実力的には適任でしょうけど………」

「お待たせ―………って、何の話ですか?」

「あ、お疲れ様です。実はですね………」

 

 アルベドがいない事が気になりながらも、モモンガは村の自衛戦力について話し合っていたことを告げる。そして、その案にルベドが挙がっていたことを告げると、タブラは笑いながらその案に許可を下した。

 

「あ、いいですよ。私も適当なあばら家でも作ってちょくちょく来るつもりでしたし、手綱握りなら任せてください」

『え?』

 

 まさかの発言に、揃って目を丸くする………目が判り難いのが約二名居るが。

 

「何?ネムちゃんの監視?」

「ぐーてーいー?」

「いやいや、この辺りにエンリちゃんの知り合いの薬師がよく来る、と聞きましてね。その理由は二つしかないでしょう?」

「………異性愛か、同性愛か、ったぁっ!?」

「ぐーてーいぃぃー?」

「その発想は無かった」

「タブラさん」

「んんっ!!!」

 

 姉に絞められるエロ野郎の発想に感心するも束の間、モモンガの目が据わるのを感じ取ったタブラが咳払いと共に空気を直し、理由を話す。

 

「要は、薬草が自生しているかもしれないってことですよ。自然のままの薬草でどの程度のグレードのポーションが作れるか、調べた方がいいでしょう?」

「確かに、ユグドラシルのアイテムの安定供給はあった方がいいな」

 

 錬金術師(アルケミスト)系職を中心に有するタブラは、モモンガ以上の火力を叩き出せるマジックキャスターであると共に、優秀なマジックアイテムの作成者でもある。ならば、現地産の素材が身近にあり、且つ村人から好意的に受け入れられるここに留まるのは悪くない話だろう。

 

「では、タブラさんと護衛のルベドを置く、ということで………けど、あばら家じゃNPCたちが納得しませんよね?」

「あー………」

「けど、豪邸だと変に目立ちますよねー………」

「そこら辺は、まあ、今後の課題かな?」

 

 ぶくぶく茶釜がいったん話題を打ち切り、続けて疑問を口にする。

 

「ところで、アルベドは?」

「ああ、そうでしたそうでした!実はですね―――――」

「す、すみません、皆さま」

 

 そこに、焦った様子で村長である老人が割り込む。顔は真っ青であるが、それは不興を買い罰せられることを恐れているのか、起きた事態を恐れているのか。

 

「何が起きた?」

 

 ただならぬ事態を察し、モモンガが率先して問う。

 

「そ、それが、アルベド様とお連れのマジックキャスターが、王国の方々と………」

「………タブラさん?」

「いやぁ、実はですね………って、あれ?!ラプチャーさんは!?」

 

 タブラが事情を説明しようとするも、ラプチャーの不在に気付き声を上げる。

 嫌な予感を覚えたモモンガらが大慌てで駆けて行くと、如何にも戦士といった服装の男と、如何にもマジックキャスターといった服装の男を相手に、翼を引っ込めたローブ姿で話を聞いていた。

 

「………俺たちは、引っ込んでた方が良さそうですね」

「さんせー」

「とりあえず、私はシャルティアたちを呼び戻しときますね」

 

 この中で一番人間に近い姿をしたラプチャーに凡そを任せる事に決めた一行は、争いの火種となり得るNPCたちを自分たちの傍に呼び戻すべく、こっそりと動き始めた。




ラプチャーのやらかしにより、神様として崇められる一行であった………


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今後の方針は

 目の前で繰り広げられる言い合いを余所に、ルシフェルという偽名を名乗ったラプチャーは思案していた。

 

(王国の腐敗については、戦士長とやらが否定しなかった辺り事実か。そして、顔を隠しているだけでバレない辺り、法国とやらにも高位の索敵魔法は無し、と考えるべきか………しかし、まさか国王直轄地とはな)

「第一に、我が国の腐敗は事実であるとしても、辺境の民を巻き込んでいい理由にはならないだろうが!」

「この腐り切った現状を良しとしている時点で同罪だ!何より、貴様らは仮にこの村が亜人やモンスターの襲撃を受けて壊滅したとしたら、何か手は打つのか?打たないだろう!その癖して、こんな時ばかりいい面をするのか?」

「ぐ………っ」

 

 王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフが顔を歪める。その様子に溜息を零しながら、ラプチャーは静かに口を開いた。

 

「成程、事情は理解した………そうだな、この場合双方に非がある………無論、陽光聖典とやらの方が重いがな」

「………ッ」

 

 陽光聖典隊長、ニグン・グリッド・ルーインが顔を歪める。空を舞うラプチャーを神と信じ、今目前に居るルシフェルを名乗るマジックキャスターを彼を導いた存在と認識している男は、微かに食い下がる様子を見せる。

 

「しかし、国を変えんと動こうとすらしないのは………」

「ストロノーフの言う通り、辺境の村に求めるにしては些かハードルが高い。加えて、王直轄地というならば、他に比べ腐敗もしているまい………貴族派閥、とやらの思惑の犠牲になった形か」

 

 ラプチャーは、この場で陽光聖典(彼ら)に村人たちの怒りの矛先が向かぬよう、王国の暗部に踏み込んだ。すると当然、王国側のガゼフが表情を曇らせる。

 

「………恐らくは。スレイン法国も、そちらと繋がっているのだろう?」

「繋がっているとは失敬な。この方法を含め、持ち掛けてきたのは貴族派閥の愚図どもだ。先見の明の無い連中の集まりだよ、本当に」

 

 吐き捨てるニグンに、ガゼフは苦い顔をしながらも無言の同意を示す。これにより、村人たちの王国に対する信頼は完全に消え失せた。

 

「………神の使徒よ、どうか」

「私の一存では決められん。それに、あの方々は人類の為に動くのではない」

 

 ラプチャーの言葉に、ニグンが首を傾げる。

 

「彼らが掲げるのは《弱者救済》だ。人間も亜人も、異形であろうとも、助けを求めたのならば手を差し伸べるだろう」

「な………っ」

 

 信じられない、とニグンが目を剥く。その様子を前に追加の情報を与えることなく、ラプチャーは彼に帰国を促した。

 

「法国とやらに伝えに戻るといい。お前の一存では、決められまい」

「………お言葉に、甘えさせて貰います………ガゼフ・ストロノーフ!」

 

 立ち上がったニグンが叫び、ガゼフが身構える。しかし、その口から飛び出したのは予想だにしない言葉だった。

 

「しっかり知らせるといい。国王は馬鹿ではないが、第一王子や貴族どもは馬鹿の集まりでしかない以上、無礼を働き神の怒りを買うだろう。そうなれば、上手くいけば国の腐敗が消えるかもしれんな」

 

 上手くいかなければ滅びるだろう、という事を口にせず、ニグンは陽光聖典を率いて立ち去る。その姿が消えるまでガゼフは睨み続け、消えると共にラプチャーへと視線を移した。

 

「………先程のは、事実でしょうか?」

「さて、な」

 

 その言葉の真意を掴めず、ガゼフは顔を顰める。しかし、真意を探るより先に告げるべきことを村長に告げる事を優先し、一礼すると共に村長の下へと向かっていく。

 

(………失敗だな)

 

 ラプチャーは、ガゼフが村長に持ちかける話の内容に薄々勘付いていた。ズバリ、犠牲になった村人たちの受け入れ先だろう。

 好奇心を優先して実験したが、この調子では犠牲者は多いだろう。ならば、表向き神の降臨により死者ゼロで済んだこの村の住人と、それ以外の人々とで軋轢が生じかねない。というより、ほぼ確実に生じるだろう。生死が絡んだ感情は、単純な矛先を作るだけでは解消できないのだから。

 

「ではルシフェル殿、我々はこれで………王都に来ることがありましたら、ぜひ私の館に寄って欲しい。ささやかになるでしょうが、歓迎させていただきたい」

「礼は無用だ。私はただ彼らを偶然この地に導いたのみなのだからな」

「いえ、だとしてもです。貴殿がこの地を訪れていなければ、より多くの命が喪われていたのです。それに、最悪我々は奴らと対峙する事となり、敗死していたでしょう。貴殿は彼らのみならず、私の部下の恩人でもあるのですから」

 

 その真っ直ぐすぎる言葉に面食らい、ラプチャーはフードの下で呆れていた。

 

「………馬鹿だな。それも、気持ちのいいタイプの、真っ直ぐな馬鹿だ」

「誉め言葉と、受け取らせて頂きましょう」

 

 ガゼフが笑い、部下と共に撤収していく。その背を見届け、ラプチャーは深い、深い溜息を零した。

 

―――――

 

「―――――以上が、俺があの場で聞いた話だな」

「予想以上に情報量が多い………!」

「スレイン法国って、プレイヤー知ってんのかよ………これ、対策必須だよな?」

 

 ラプチャーに齎された情報を精査しながら、プレイヤー一同は行動方針を考えていた。というのも、予想外の情報が転がり込んで来た為だ。

 

「ユグドラシルプレイヤーとの関連がある以上、こっちも相応の対策をしませんとね………とりあえず、外出時はワールドアイテム装備必須ってことで」

「「異議なーし」」

「まあ、ボクと茶釜さん、ペロロンチーノさんはあんま外出できそうにないですけど」

「タブラさんがカルネ村で………俺とラプチャーさんが?」

 

 モモンガが首を傾げる中、ラプチャーが口を開く。

 

「俺はこの中で純粋な人型に近くて、モモンガは骨さえ隠せれば人間に紛れやすいだろう?」

「あー………え?ラプチャーさん、出歩くんですか?今回みたいなことはもう勘弁ですよ?」

「………それについては、申し訳ない」

 

 流石の彼も神扱いには参ったのか、本気で頭を下げ謝罪する。

 

「まあ、俺はいいですけどね?ロリっ子に涙は似合わねーし」

「それしか言えんのかお前は?………あ、あたしも気にしてないよー!お陰で気兼ねなくあの子たちの様子見に行けるし♪」

「私も同じく」

「や、タブラさんはそもそも、カルネ村に出向くから関係ないですよね?」

 

 ヘロヘロがツッコミを入れると、和やかな笑いが円卓の間を満たす。

 

「まあ、神様扱いのお陰で色々手を貸しやすくなったのはいいですね。精神的には………恨みますよ、ラプチャーさん………」

「いや、本当にすまない」

「………まあ、ラプチャーさんを止めなかった俺にも責任はありますよね。言い過ぎました」

 

 モモンガが頭を下げ、話を戻す。

 

「えーっと、それじゃあ今後の活動方針ですが………エ・ランテルでしたっけ?そこに行くってことでいいですね?」

「いいんじゃないですか?私が滞在する予定はありますが、カルネ村だけじゃ情報収集も満足にできないでしょうし」

「あたしもそれでいいと思いますよー」

 

 ラプチャーは当然動く側である為賛成であるし、他二人も反対の意を見せない。

 この時点で、今後の方針は凡そ決定された為、ペロロンチーノは気分転換も兼て、新参者に話を振った。

 

「そういや、ラプチャーさんのギルドってどんな感じだったんすか?いやまあ、ギルマスが超キャラ濃いってのは知ってますけど………」

「あー………あたしもまあ、一人は知ってるかなー………」

 

 苦い声を絞り出す茶釜の反応に、皆が興味を示す。そして、そんな人物に心当たりのあるラプチャーは肩を竦め、苦笑を浮かべた。

 

「コーチか」

「コーチ?」

「セクハラ堕天使」

「よく垢BANされなかったなおい」

 

 ラプチャーが告げた名に対し、茶釜が渾名を返す。その渾名に驚き、次いで18禁に厳しかったユグドラシルでよく生き残れたなとペロロンチーノが驚いていた。

 それに応えるべく、茶釜とラプチャーは軽く溜息を零して口を開いた。

 

「アイツねー、手口が巧妙なのよ………淫語を上手くオブラートに包みながらもわかりやすく言い換えたり、古いスラング使ったり、アクションとかで示したり………挙句、『男女でアツくなってヤることっつったら、ねぇ?』とか………よくやまちゃんにブッ飛ばされてたなぁ」

「とはいえ、ちゃんと自分をブッ飛ばしてその場を収められる相手が居る時しか、そういうムーブはしていなかったがな」

 

 コーチといえば、ラプチャーがいたギルドでも有数の問題児であった。言動が色々アウトな反面、しっかりと相手を見極めて煽ったり、割と戦術面は的確だったりと頭のキレる問題児であった。なお、ラプチャーを誘った本人でもある。

 

「………うわぁ」

「エロ方面に吹っ切れたるし★ふぁーさんですか」

「ギルマスも別ベクトルですげぇぞ?確か、オイラーだっけ」

「ああ、アイツだな………ドラゴン、だったな、うん」

 

 オイラー………ラプチャーのギルドのギルマスであり、色々な意味で古参に有名なモンクだ。

 というのも、自由度の高い課金外装(ヴィジュアル)データを使ったナマモノ形態………八頭身でムキムキ筋肉ダルマのドラゴンっぽい色々な意味でショッキングな姿が知られており、筋力ステータスだけなら本来の姿であるドラゴン形態より高いことで、隠れたネタキャラの地位を得ていた人物でもある。

 

「なんですかその微妙な答えは」

「………とりあえず、アルバムでも見るか?」

『見るッ!』

 

 ラプチャーの周りに皆が集まり、彼のギルドのアルバムの表紙を見下ろす。そこにあったのは、名状しがたいナマモノからアヘ顔のワイルドイケメン、無表情のラプチャーを始めとした集合写真と、『オレたちのハメ撮り写真集』………と、何とも酷いモノだった。

 

『うわぁ………』

「あのバカの考案だからな。我慢しろ」

 

 開かれた次のページにあったのは、白金の輝きを帯びた巨竜の背でそれぞれ決めポーズを取るギルドメンバーたち。ラプチャーと肩を組みキメ顔をする大鎌を手にしたコーチと、イヌが飛びついたような異形が天秤を突き出し、その下で大蛇の頭で幼女がドヤ顔で仁王立ちしている………など。中々にカオスだ。

 

「ロリアバターかよ………イイ趣味してんなぁ」

「いや、そっちはドヤ顔がデフォのNPCだ。制作者が、こっちの蛇だな」

「マジか!?そこ変われください!」

「うぐ、この銀髪さんを見てるとなんか古傷が………」

「あー、なんか中二病全開って感じですもんね」

「ぐはっ!」

 

 ペロロンが嘆き、モモンガが古傷を抉られ倒れる。その様子にヘロヘロやタブラ、茶釜が笑いながら、ラプチャーにページをめくるよう急かす。その次のページには、コーチとマスクを身に着けた堕天使、ラプチャーと茶髪の天使の写真、コーヒーを飲むラプチャーと茶髪の天使の間にコーチが割り込んだなんちゃってツーショットを始めとした数多の写真が。

 

「わお、このイケメンさんは?」

「無表情ですし、NPCですよね………えっと?」

「俺が作ったのはステータスデータくらいで、他は全部コーチだ。なんでも、『こういうのも悪く無いだろ?』だそうだ」

「なんていうか………見境なしの噂は本当だったんだなぁ、って………」

 

 ぶくぶく茶釜が苦笑の気配を零す中、ラプチャーも苦笑していた。

 

「ああ。ギルメン相手にも猥談吹っかけては、大抵オイラー辺りにぶっ飛ばされていたからな。フレンドリー・ファイア無効でも、吹き飛びはする」

「苦労してたんですねぇ………」

 

 苦労人仲間と思ったのか、モモンガがしみじみと零す。が、ラプチャーは珍しく声を上げて笑いながら、それを否定した。

 

「まさか。アイツはどちらかというと問題児だよ………ほら」

 

 ラプチャーが見せたのは、仲間だろう黒鉄の巨人と大蛇、下半身キャタピラに上半身人型の自動人形(オートマトン)をお手玉する筋肉ダルマや、無表情でサイドチェストやらモストマスキュラーを、仲間たちと共に決めるオイラーの姿。

 

「………自由人なんですね」

「ちなみに、ギルドのトラップにはコイツと同じ暗室に閉じ込めるというのもあった」

「いきなり目の前にこんなの出たら悲鳴上げて失神するわ?!」

 

 ラプチャーが笑い、ページを戻す。先程までの空気はどこへやら、彼らはかつてあったマイナーギルドの内情を愉しみ、雑談に花を咲かせた。




セクハラ堕天司はNPCだと思った?
残念、プレイヤーだよ!そしてギルメンは基本星晶獣モチーフ。
ギルマスが一番色々な意味でブッ飛んでいるという………


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本格活動前の、小休止

「面を上げよ」

 

 偉大なる絶対支配者、モモンガの低く厳かな声が響き渡る。

 

「ラプチャーさんの活躍により、このナザリック近辺の村の一つに、我らの威光が知れ渡った。お前たちは我らの従属神として見られることになるだろう。タブラさんが村に滞在する事もある為、村に出る際、常にその事を念頭に置いて活動するように」

 

 その言葉を皆しかと受け止め、深く頭を下げる。

 

「それと、私とラプチャーさんは暫しエ・ランテルなる城塞都市に出向き、情報収集を行う。無論、我々だけではお前たちも納得はしないだろうからな。そこで、護衛となる者を選出したい」

 

 モモンガの目が紅に輝く。

 

「そこで、お前たちに問おう―――――お前たちにとって、人間とは何だ?」

 

 返ってきた答えは、殆どが人間を見下し、侮ったもの。その答えに思わず頭を抱えるモモンガたちへと、一段下に立つラプチャーはメモを読むフリをして、クリップボードの片隅に配置したメモを彼らに見せる。そこには、比較的マトモな回答をした者たちの名が記されていた。

 

「………我々の護衛には、セバス、コキュートス、ユリ、ルプスレギナから選出しよう」

 

 シズの名を挙げなかったことに、ラプチャーが疑問を示す。シズはナザリックのギミックを把握している都合、確保された後が大変である為、外出については慎重になっているのだ。

 

「次に、森の深部の調査についてだが………」

 

 モモンガが続けて話題を切り出し、ラプチャーがクリップボードに会議内容を記録するべく、ペンを取る。

 

「ペロロンさん主導として、アウラに加わって貰うつもりだ。他、意見はあるか?」

「委縮する必要はないよ。思ったことを口にすればいいんだ」

「で、では、僭越ながら」

 

 おずおずとシャルティアが手を挙げ、モモンガを見つめる。

 

「私も加えていただきたいでありんす!」

「………それは、戦力的に不安だから、という事か?それとも私情によるものか?」

「せ、せせ、戦力的な不安からに決まっていんす!」

「ふむ………」

 

 ラプチャーがモモンガに目で問う。実際のところ、後衛型のペロロンと魔獣頼りのアウラの組み合わせに、回復支援も戦闘もいけるシャルティアを突っ込むのは悪くない。その答えに行き着いたモモンガがペロロンチーノへと目を向け………

 

「おい、アウラにヘンな事したらタダじゃおかねえからな?」

「わーってる、わーってるから!」

「アウラの前でヘンなことしてみろ?お前の12歳の時の―――――」

「だー!?わーった、わーったから!それだけは勘弁して―ッ!」

 

 ………そっと、目を覆った。

 

「え、えーっと………」

「シャルティア、ペロロンチーノの合意があろうと下手なことはしない事だ………ぶくぶく茶釜を怒らせたくないなら、な」

「は、はいぃっ!」

 

 シャルティアが顔を真っ青に変えて必死に頷き、創造主に心配されるアウラはその顔をだらしなく歪めている。その隣では、マーレがあからさまな不満を露わにしていた。

 

「えへへ~………」

「むぅ………」

「ま、マーレは、茶釜さんと共に、ナザリック周辺に広げた森の調査を任せるつもりだ」

「「ッ!?」」

 

 マーレが歓喜を、アウラが驚愕を浮かべ、モモンガを見つめる。

 

「こちらに、意見がある者は?」

 

 特に自らの意思を示す者はおらず、モモンガは手を叩き会議の終了を示した。

 ………しかし、彼らは気付かない。デミウルゴスが意味深な笑みを浮かべていた事に………いや、ラプチャーは気付いていたのだが、NPCの設定などを知らない為、何を思い付いたのか、何をしようとしているのかを知りたいが為に、あえて見逃していたのだった………

 

―――――

 

「美味ぁっ!?」

「………ッ!!!」

 

 そして、食堂。会議を終えた一同の内、モモンガ以外はそれぞれテーブルに着き、夕食を愉しむ………を通り越して、感涙と共に一口一口噛み締めていた。何せ、リアルでは味らしい味皆無の流動食や合成食品が殆どだ。そんな中、いきなりリアルの超高級品以上の素材をふんだんに使った代物を出されれば、こうなるのも必然と言えた。

 

「………ボク、こっちに永住します」

「同じく………こんな美味しいモノ味わったら、リアルに戻るとか有り得ませんよ」

 

 ソリュシャンの膝に乗り、丁寧に食べさせて貰っているヘロヘロが感激の涙を拭いながら呟くと、同じく感涙と共に食事を味わうタブラが同意を示す。

 

「う、羨ましい………!」

 

 モモンガが羨望を滲ませる中、ラプチャーは驚愕と歓喜に目を輝かせながら料理を静かに口に運ぶ………その目前には、既に無数の空皿が積み重なっている。それに気付いているのはモモンガ一人だけな辺り、リアルの食糧事情の過酷さがよくわかる。

 そして、ヘロヘロとタブラの発言にシモベ一同が歓喜し、アウラとマーレ、シャルティアらがソリュシャンの役得に羨望と共にハンカチを噛み締め悔しさを露わにし、アルベドは食べられず一人寂しそうにしているモモンガの身を案じている。

 

「………タブラ・スマラグディナ様、お食事中のところ申し訳ございません」

「ああ、アルベド………モモンガさんのことだろ?大丈夫、確か私の部屋にそういうアイテムがあった筈だ」

 

 チラッとモモンガに視線をやりながら、こっそりと器用にメモを作り、アルベドに渡す。

 

「探してきなさい」

「し、しかし………」

「いいのいいの。ほら、行った行った!」

 

 創造主の部屋に踏み入るという行為にアルベドが躊躇を見せるも、タブラは乱暴に背中を押して向かわせる。そうしてモモンガにサムズアップを向けるべく振り返り、そして彼の視線が別の方向に向いている事に気付く。

 

「あれ?あっちにはなに………が………」

 

 タブラは視界に入った大量の空皿と、その前で淡々と食事を続けるラプチャーの姿に言葉を失う。色々な意味で凄まじいギャップなのだが、野郎のギャップ萌えはノーサンキューらしいタブラは、そっと目を伏せ食事に戻る。

 

「すまない、おかわりを頼む」

『はい!?』

 

 そして、モモンガと同時にラプチャーのおかわり宣言にツッコミを入れた。

 

「モモンガ様」

 

 そして、驚くべきスピードで戻ってきたアルベドが、モモンガに声をかける。

 

「む?アルベ………その腕輪は?」

「はい!これをお付けになれば、食事も可能かと思われます!」

「本当か!?」

 

 モモンガは迷いなく差し出された腕輪を受け取り、装備する。すると、いきなり強烈な食欲と空腹感が襲ってきた。

 

「うぉっ!?な、なんだこれ!?どういう効果だ………?」

 

 モモンガが腕輪を調べようと視線を落とすと、そこには皮ばかりながらもしっかりと肉の付いた腕が。

 

「は?え?は?」

「………あの、タブラ様?これは一体………」

「ああ、それね、ステータス半減の代わりに人間化する腕輪。ワールドアイテムと違って職業とか種族レベルの振り直しはいらないけど、その分無効になってる職業とか分ステが落ちるのが難点でさー」

「ちょ、これタブラさんのですか!?てか、え?誰か鏡!」

「は、はいっ!只今!」

 

 メイドの一人が手鏡をモモンガに差し出し、その顔を映し出す。そこに映るやや健康的になっている顔を見て、モモンガは目を剥いて叫んだ。

 

「リアルの姿じゃん!?」

 

 鈴木悟の姿で慌てふためくモモンガを、ラプチャーが好奇心を隠さず見つめる。

 

「どういうことだ?」

「あー………あのアイテム、使用時にアバター作成ができる筈なんだけど………仕様が変わってるのかな?後で試そ………ってぇ、アルベドぉ!?」

 

 タブラが推論を展開し、既にアバター登録済みの自分で試してみることを決め、料理に手をつけようとして。モモンガを押し倒さんと動くアルベドに目を見張り、慌てて駆けて行く。

 

「ああ、もう我慢できませんッ!」

「しまった、淫魔にビッチ設定で性欲が強くなり過ぎたか………!」

「ちょっ、なんて設定付けてんの!?あ、ヤバい、アレ絶対ヤバい!」

「ちょちょ、食堂でソレやっていいのはエロゲん中だけだからな!?」

「いやそもそも衛生的にダメですよね!?」

 

 流石に騒ぎに気付いたぶくぶく茶釜らも、アルベドを止めるべく動き出す。が、筋力低めのスライム二人に後衛バードマン、マジックキャスターでは、欲望で色々限界突破したパワー型のアルベドには勝てず、動きを止めるので精一杯。とてもではないが引き剥がせない。

 

「ラプチャーさん、ヘルプ!モモンガさんの貞操がー!」

「つかモモンガさん、はやく逃げてくださいよぉ!?」

「あ、アルベドの力が強すぎて………!」

 

 色々、大惨事である。シャルティアらがアルベドを抑えに向かう中、ラプチャーは興味深げにメモを取っている。

 

「ラプチャーさあああああん!?」

「む、失礼。あと五秒待て」

「いやいや、ちょっと!?」

「よし、できた。今向かう」

 

 ラプチャーが向かい、アルベドが徐々に離れていく。尤も、彼の筋力は魔法戦士という職業配分上、そこまで高くないのだが………

 

「………如何いたしんしょう?」

「流石にあそこまでやっちゃってる以上、何らかの罰は与えるべきかと思います」

 

 そして、マーレによりアルベドが食堂から投げ出され、一時の平和が戻る。

 ………色々大変な目に遭ったモモンガだったが、美味しい料理に舌鼓を打ち機嫌を直した。リアルが酷すぎた為、当然のことだろう………が、モモンガが人間化中、アルベドの入室は厳重に禁止されることとなった。

 

―――――

 

 そして、そんな一幕があった翌日。城塞都市エ・ランテルの一角を、二つの影が歩んでいた。

 

「ラ………ルシフェル様、御身がこのような………」

「構うな。俺たちに必要なのは情報であり、座して待つより直接出向いた方が手早く、確実に、大量に得られる。だから、こういった手を取っているに過ぎんからな」

 

 ルシフェルの偽名を名乗り、ラプチャーは街を悠然と進む。プレアデスで最もレベルが高く、且つNPCの意識改革は可能かの実験に最適と判断され供として連れ歩いているのは、ナーベラル・ガンマ。ナザリック内と違い、服は性能を大幅にグレードダウンした代物を身に着けてはいるが、それでもその美貌故に人目を引く。

 

「………チッ」

「不快か?だがそれは、それだけお前の創造主(おや)が優れていたという事の証明に他ならない。人間(他者)への嫌悪ではなく、弐式炎雷(おや)への称賛だと思い受け取ってみてはどうだ?」

「な、成程………」

 

 ラプチャーのアドバイスを受け、ナーベラルは人間から向けられる視線への認識を改めるべく努力を始め………しかし、上手くいかないのか顔を歪め、嫌悪を露わにした。

 

「………不躾なものが多すぎます………その」

「いいさ、無理にとは言わん。しかし、やはり性別か………」

 

 ラプチャーが纏うのは、ガゼフらの前に出た際の伝説級(レジェンド)装備一式だ。この世界の水準では文字通り伝説の代物ではある為、それなりにナーベラルに向かう視線を引き付けてはいるのだが、やはり欲望全開の不躾な視線は少なからずある。

 逆に、真っ当な視線を引き付けてしまっているせいで、ナーベラルに向かう視線が悉く宜しくない連中のモノとなってしまっているのだ。

 

「申し訳ございません」

「謝罪は無用だ。人との交流はモモンガ(冒険者)の役割であり、俺たちの役割は神話、伝承といった御伽噺の類や、大雑把だろう地図の入手だ。お前が必要以上に気負う事は無い」

 

 あくまで淡々と、ラプチャーは言葉を紡ぐ。それもその筈、彼の意識は無数にある看板に刻まれた、リアルのどれとも異なる文字に向けられているのだ。どのような言語体系から派生したものなのか、また文字の起源は何なのか………ひたすらに検討違いな方向に思考を巡らせていた。

 しかし、ナーベラルにしてみれば淡々とした様子が却って不安を煽り、恐怖を生む結果にしかならない。如何に新参とはいえ、モモンガが認めた人物である以上、相応の敬意を抱いているし、他ならぬ創造主を称賛されている以上、敵意など抱く訳が無いのだ。

 

「ナーベラル、文字はわかるか?」

「は………?いえ、申し訳ございません。何が何だかさっぱり………」

「ふむ………現地の文字の法則性の解明も急務か?」

「しかし、偉大なる御方々が下等生物(ウジムシ)の文字の為に手間をかけるなどと………」

 

 難色を示すナーベラルに、ラプチャーはあくまで私的な好奇心だと笑って告げる。

 比較的単純な部類であるナーベラルはあっさりと納得し、ラプチャーは直ぐに左右の目から入る現地文字と翻訳の差異から規則性を見抜こうと意識を切り替えた。




一人だけ食べれないのは可哀そうなので追加したら、別の意味で可哀そうなことになりかけた………


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カルネ村の大神殿 / モモンガの冒険者デビュー

「………なぁにこれぇ」

 

 タブラが目を剥き、素っ頓狂な声を漏らす。

 カルネ村外れの森、ラプチャーらがエンリとネムと接触した地。そこには、いつの間にか神殿のようなものが出来上がり、村人たちが中で平伏していた。

 

「簡素ですが、村人たちが聖地としたこの地に神殿を作らせていただきました」

「アッハイ」

 

 褒めて褒めて、と言わんばかりに尻尾を揺らすデミウルゴスの前で、タブラは内心頭を抱えた。そして、その護衛のルベドは冷めた目でデミウルゴスを見ていた。

 

「………この程度で神殿、だと?」

「それについてはご容赦願いたいね、ルベド。私が最も重視すべきモノは、他にあるのだから」

 

 ルベドの苦言に顔を歪めながらも、内部に案内するデミウルゴスに続き、神殿の中に踏み入る。

 そして、神殿の内部に設置された黄金で仕立てられた、四十二の像を前に、言葉を失う。

 

「これ、は………」

「私めの記憶頼りの拙い像で申し訳ございません。修正すべき箇所があるならば、即座に」

「いや、いい。これで完璧だ………ああ、完璧だとも………」

 

 完璧だった、完璧すぎた。どの像を取っても、目を離せば動き出すのではないかと思える程に完璧な造形で、そのポージングの一つ一つを取っても、タブラが知る仲間たちならば確実にノリノリで取るだろうモノだ。

 

「………本当に、完璧すぎるな………」

 

 気を抜けば、懐かしい日々が蘇って涙が溢れそうになる。それほどまでに瑞々しく、生命力に溢れる造形だった。

 

「村の人たちの邪魔をしちゃ悪いな………デミウルゴス、私はそろそろ」

「ハッ、研究室でございますね?村の方にご用意させていただきました。ご案内いたします」

 

 タブラが案内された先は、村の外れに近い位置にいつの間にか建てられた豪邸だった。

 

「………」

「ロイヤルスイートには及びませんが、如何でしょうか?」

 

 不安を滲ませるデミウルゴスだが、タブラにしてみればやりすぎである。

 

「あー………見事だ。見事過ぎて何も言えないや」

「ご謙遜を。タブラ様ほどの叡智であれば、この程度予想の範囲内でしょうに」

「え?」

「………申し訳ございません。少々、甘く見ていたようです」

(え?)

 

 タブラが目を剥くも、訂正する暇もなくデミウルゴスに屋敷の中を案内され、案内が終わるや否やそのままデミウルゴスに帰還を促し、一人頭を抱えた。

 

「え?何、どういうこと?」

「なにしてんだよ、クソ親父」

「待って、予想以上に効くんだけど、その言葉」

「創るだけ創ってほっぽったのは、どこの誰だっけ?」

「ぐはっ!?」

 

 ………ルベドに与えられた設定の一つに、『実は寂しがり』というのがある。そのせいで、創るだけ創って封印という名のほったらかしをくらったことで全力でグレており、忠誠心の類は全NPC中最低で、かなり辛辣な物言いをするようになってしまっているのだ。父親に当たるタブラは、娘からの容赦の無い言葉を喰らい満身創痍である。

 

 なお、ナザリック散策の一環で会いに来たり、ワールドアイテム産NPCという事に興味を示したりで度々来ていたラプチャーには、全力で懐いていたりする………というか、桜花聖域の守護者といった僻地勤務と共に、好感度はトップクラスである。

 

「ほら、さっさと始めるぞ、クソ親父」

「クソ親父呼びはやめて!?」

「じゃあクズ親父」

「ぐっはぁぁっ!?」

 

 予想以上の精神的ダメージに倒れ伏すタブラだが、ルベドは構ってくれない。

 結果として、彼に救いの手を差し伸べる者もまた、居なかった。

 

―――――

 

(しかし、これで大丈夫なのかなぁ………)

 

 魔法で作り上げた鎧を纏い、冒険者モモン―――モモンガは、ルプスレギナ・ベータと共に冒険者組合にて登録を済ませ、依頼を見繕っていた………尤も、文字が読めない為、何も出来ない訳だが。

 

(タブラさんも思い切ったシナリオを描くよなぁ………まあ、説得力はあるけどさ)

 

 適当な依頼書を手に取り、カウンターに叩きつけるようにして差し出す。漆黒のフルプレートに加え、レベル100相当のステータスも合わさり、威圧感満点である。

 

「すまない、この依頼を受けたいのだが」

「えっと………こちらですが、ミスリルプレート限定の依頼でして」

「知っている。だから持ってきた」

 

 押し問答の末、彼らのプレート………(カッパー)の中で最も難しい依頼を出させようという策は、順調に進む………かに思われた。

 

「それでしたら、私たちの仕事を手伝いませんか?」

 

 そこに声をかけてきたのは、一見して共通点皆無の四人組だった。

 

「構いませんが………どちら様で?」

「詳しい話は、上の方をお借りし」

「ああ、やはりここに居たか」

「うぇ!?」

 

 モモンガが大慌てで振り返ると、純白のローブを纏うラプチャーと、その背後に控えるナーベラル、そして彼女に半目で睨まれる少年の姿があった。

 

「バレアレさん!?」

「………ルシフェルさん、どういうことですか?」

「何、色々あってな」

 

 ラプチャーが会話の合間に手で促したことで、少年ことンフィーレア・バレアレが動き出し、モモンガに依頼を持ちかけようとする。応答をルプスレギナに頼み、モモンガは伝言(メッセージ)の魔法でラプチャーを問い詰める。

 

『何したんですか!?』

「なに、ユグドラシルポーションを幾つか売ってみただけだ」

「ちょっとぉっ!?」

 

 メッセージ越しの穏便な会話で済ませるつもりが、予想以上にとんでもないことをしていたと判明したことでモモンガが声を荒げる。低い歴戦の勇士然とした声から、穏やかな青年といった様子の声色に豹変したことで、周囲の者たちが驚愕に目を見開く。

 そんな中、モモンガは周囲の視線を前に咳払いしながら、しっかりとラプチャーに詰め寄った。

 

「んんっ!………いや、マジで何やってんのお前?アレはタブラ………様に授かった物だよな?」

 

 あくまで、設定の話である。ラプチャーが売却したのは彼の私物である為、ナザリックには影響がない。

 

「何、あの方はこちらのポーションを知りたがっていたからな。序でに、街最高の薬師と名高いと聞いた老婆を、少々対抗心を焚きつけてみただけだ」

「お前なぁ………」

 

 彼が売却したのは、下級(マイナー)10本、中級(ミドル)5本、序でに上級(ハイ)を1本。それだけで店が傾きかねない額になった為、完全治療薬(フル・ヒーリング・ポーション)については保留となった。序でに、持ち主がカルネ村に居る事を伝えると、本気で移住を検討し始めていた。

 

「それで?銅ということは大したこと無さそうだが」

「ああ。お陰で、相応しい依頼を受け損ねた。俺が(あの方の)思っていた以上に、夢の無い仕事だよ」

 

 彼らの肩書は、カルネ村に降臨した神の使い………として、周辺を見て回る事を命じられた存在だ。そして、ナーベラルとルプスレギナの役割は、そんな彼らの監視、及び補佐というのが表向きだ。

 

「まあ、頑張れ。(ラプチャー様)には及ばないとはいえ、お前の実力は折り紙付きだからな」

「比較対象を考えろ………全く」

 

 ひらひらと手を振るラプチャーに見送られる………フリをして、モモンガは時間停止(タイム・ストップ)の魔法を発動。誰もが凍り付く中、時間対策済みの二人だけが動く。なお、内容は金銭のやり取りである。

 

「当面の路銀だ。適当に崩して細かいのも用意してあるから、安心しろ」

「助かります………けど、どうやって?」

「適当な英雄譚だの地図だのを買う時に、金貨で払って崩した」

 

 そう笑い、戦利品を提示する。するとモモンガも笑みの気配を零し、そして次の瞬間に肩を落とした。

 

「程々にお願いしますよ?目立ちすぎると………」

「安心しろ。生半可な相手なら適当なスキルで吹き飛ばせる」

 

 自信有り気に笑い、ラプチャーは元の姿勢に戻る。それに伴い、モモンガも元の姿、姿勢に戻り、魔法を解除。それぞれ自然な姿で動き出した。

 

「ふむ………面白そうな者も無いか。撤収するとしよう」

「畏まりました」

 

 ラプチャーが踵を返す様は、見ようによっては失礼にも当たるだろう。だが、有無を言わさぬ冷たい瞳と、背後のメイドが放つ強烈な殺意を前に、誰一人として動く事は出来なかった。

 

「………えっと、モモンさんでしたっけ?あの方は………」

「ルシフェル様っすか?偉大なる御方―――に、認められたマジックキャスターよ」

 

 畏まった口調に戻りながらも、ルプスレギナはしっかりと与えられた設定どおりに演じて見せる。

 

「偉大なる御方?」

「ルシフェルさんの先導によりこの辺境に辿り着き、貴族派閥とやらの策略で滅びかけていたカルネ村をお救いになった神々のことですよ。薬神のタブラ・スマラグディナ様が、あの村に身を置いている筈です」

「か、カルネ村が!?って神!?それに、薬神!?」

 

 あまりに荒唐無稽な内容に、周囲から驚愕が零れる。ラプチャーが大雑把な事しか伝えていなかったのか、ンフィーレアの驚きは一層凄まじいものだ。

 

「ええ。こちらで知られる神とは違いますがね………実を言いますと、この鎧も神の魔法で作り出され、授けられた物です。私もかつては、彼らに救われた身でしてね。救って下さった御方への憧れを見抜いた死神様が、授けて下さったのです」

 

 モモンガの言葉は、設定に基づく脚色こそあれ、彼がクランに、そしてギルドに身を置くまでの過程そのものだ。たっち・みーに救われ、生きる希望を得て、彼のような正義の騎士になってみたいという想いから、魔法で作り出した鎧だ。

 そして、しっかりと事実が組み込まれているからこそ、嘘を見抜くのに長けた人間でも断言が出来ない。更には、経験に基づく発言だからこそ説得力があり、先程まで冗談だろうと笑っていた者たちも、真剣な様子で聞き入っている。

 

「………んんっ!まあ、そういう訳でして、私と彼は知り合いなのですよ。一時期、神々とはぐれてしまっていた時期がありまして、彼と出会えたからこそ、また仲間(神々)と再会できたんです」

「で、私はそんな迷子がちなモモン様の、妹のナーちゃん………ナーベラルは、好奇心旺盛なルシフェル様のお目付け役として、偉大なる御方々に派遣された、って訳っすね」

 

 ルプスレギナが茶目っ気たっぷりにウィンクして、言葉を締めくくる。

 

「神に………まさか、従属神様であるか!?」

「従属神………って、マジかよ!?いや、ルプスレギナさんの綺麗さ見たら、納得だわ」

 

 ここで意図せぬ誤算となったのは、六大神信仰に付随した従属神の存在。それにより、ルプスレギナが従属神≒ギルドNPCであるという事が発覚してしまう事態となる。

 

「じゅ、じゅじゅ、従属神!?」

「そっすよー。可愛いケモ耳の神様っすよー。あ、けど崇め奉るのはノーサンキューっす」

 

 お陰で、上から下まで大騒ぎ。ルプスレギナが内心ほくそ笑む中、ンフィーレアは食い気味にモモンガに詰め寄った。

 

「モモンさん!カルネ村付近の森での薬草採集の護衛依頼、受理していただけませんか!?勿論、報酬も相応の額を払います!」

「か、構いませんが………いえ、私は先にあちらの方々の依頼に………」

 

 そこで言い淀むモモンガ。しかし、思わぬ方向から救いの手が差し伸べられた。

 

「でしたら、我々もご一緒させて貰えないでしょうか?幸い、まだ依頼は受領してませんし」

「そうなんですか?いや、しかしそうなると彼の負担が………いえ、では私が皆さんを雇いましょう。バレアレさん、それでいいですか?」

「あ………す、すみません、気を遣わせてしまって………」

「構いませんよ。こういうのも、年長者の役目ですから」

 

 兜の下から笑みの気配を零し、モモンガが頷く。その振る舞いにより、冒険者モモンの印象は『金持ちのボンボン』から『神に認められた、人格的にも優れた好人物』へと瞬く間に豹変した。この場においては、それが最大の成果と言えるか。

 

「では、早速行くとしましょう。タブラ様がいつまで滞在しているかは、私にもわかりませんからね」

「ぁぅ………」

 

 真の目的の一端を見抜かれ、ンフィーレアが沈黙する。その様子を微笑ましく思いながら、モモンガは一行と共に組合を出る。

 

 そして、その頃カルネ村では………

 

「いい加減立ち直れ。窯に放り込むぞ」

「マジでごめんなさい………ホントごめんなさい………」

 

 冷たい床で今にも死にそうな痙攣を繰り返すタブラを罵倒しながら、ルベドが機材の準備をしていた。

 

「………クソ親父でごめんなさい………クズ親父でごめんなさい………」

………そう思うなら、もう何処にも行かないでよ………

 

 寂しがりな最強NPCのデレ発言が耳に届かぬまま、タブラは痙攣し続ける。

 

 数日後、タブラがしみじみとこのことを語ったことで、ペロロンチーノとぶくぶく茶釜、ヘロヘロが大惨事になったのは、ちょっとした余談である。




Q,ルベドがヤバいのはなんで?
A,本作だと、寂しがり拗らせてグレちゃったからと解釈。創造主には特に容赦がない。


色々ぶっ壊れてるけど、気にしない方向で。
大体好奇心で動くラプチャーが悪い。これだから知者は(偏見)


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情報精査と、最悪手前

※誤字修正しました
クッソはずい………


 ナーベラル・ガンマの目に映るラプチャーという男は、掴みどころのない存在だ。

 思い付いたかのように人間の薬師のもとにポーションを売り渡しに行き、そこからカルネ村………御方々を崇める、比較的マシな下等生物どもの集まりに向かうよう仕向ける。彼女の眼には、優れた観察眼と叡智を共に持ち合わせる素晴らしい御方、と映っていた。

 

「しかし、下等生物(ガガンボ)どもに御方の所持品を恵むなど………」

「恵んでなどいない。正当な対価は、しっかり受け取っているじゃないか」

 

 貨幣文化が存在している以上、金銭は必要不可欠だ。そうなれば、いずれどうにもならない時が来ただろう。その時の為にも、比較的在庫の多いユグドラシルポーションの価格調査という、そこそこ重要な目的もあった。問題があるとすれば、ラプチャーの行動自体はその場の思い付きであることくらいか………

 

 この男、頭は非常によく切れるのだが、それ以上に好奇心が強い上、それを抑える自制心を捨てており………言い換えるなら、頭脳と戦闘力、好奇心を大きく向上させた代わりに、自制心が欠如したモモンガか。

 要は、より軽率な行動が増えた代わり、相応の成果も上げる問題児である。一応、それなりに考えてはいるが………蘇生手段の機能に加え、現地戦力を脅威と見做していないのもあるのだろう、割と我欲に忠実である。

 

「それに、貨幣文化がある以上、何を得るにも金銭は必要だ。我々の活動の上で、必要な情報の一つだからな」

 

 金貨、銀貨、銅貨を一枚ずつ掌に置き、その形をしっかりと観察する。

 

「模様はしっかり刻まれているが、形は歪だ。鋳造技術が低いのだろうな。詳しく調べれば、金の含有量などの違いも見えてくるだろう。無論、この国だけでは一概に言えんが………他の国家も回り貨幣を調べれば、この世界の技術水準を知ることも可能だろうからな」

 

 リアルで嫌というほど頭を使っていた反動か、殆ど思ったことをそのまま口にしているラプチャー。ある意味、原作モモンガ以上である。

 

「技術水準がわかれば、段階を飛ばしてユグドラシル貨幣並の代物を扱う国家や集団が出現すれば、即座にそこをマークできるという訳だ」

「な、なるほど………!」

 

 そして、そんな彼の発言でも、比較的素直なナーベラルはあっさりと信じ込んだ。彼が基本的に表情を表に出さない事も功を奏したと言えよう。

 

「それで、次は如何なされますか?」

「そうだな………折角国境沿いの街なんだ、帝国にも足を延ばしてみるか」

「では、馬車を?」

「ふむ………いや、一度ナザリックに戻ろう。やはり、休むならあそこの方がいい」

「ッ、ハッ!」

 

 嬉しそうに頬を緩ませ、ナーベラルが跪く。一瞬咎めるべきか思案するが、それだけ神に気に入られているという風に設定を弄ればいいかと気にも留めず、転移魔法でその場から消え、ナザリック上空まで戻る。

 

「………む?」

「如何なさいましたか?」

「何か見えた………ナーベラル、先にナザリックに戻って街で得た情報をデミウルゴスに伝えろ。俺はあちらを追う」

 

 そして、森に見えた奇妙な色の影について、数瞬程思考を巡らせる。そして、彼が知るアウラの魔獣に該当する者がいない事に気付き、ナーベラルに指示を下すや否や、興味本位で一気に飛翔。自分が構築したナザリック外縁部の森の道筋と、影の動きから移動ルートを予測し、急降下。

 

「ひぃぃぃぃっ!?今度は何でござるか―――ッ!?」

「………これは」

 

 ラプチャーは瞠目し、その陰に平然と接近。

 

「ジャンガリアンハムスター?しかし、ここまで巨大な事は疎か、尻尾もここまで長くはない筈だし、喋る事など有り得ん………この世界の固有種か?」

「なんと!?そ、其方、某の種族を知っているのでござるか?!」

 

 そして、予想外極まる一人称と口調に脱力した。

 

「もし同族を知っているのなら、教えて欲しいでござる!子孫を作らねば、生物として失格でござるが故に………」

(………コーチがいたら不味かったな)

 

 『おいおい、この体格差で子作りかよ!』と興奮する変態的な智者が脳裏をよぎる中、ラプチャーは顔を上げ呆れ気味に答える。

 

「………俺が知るジャンガリアンハムスターはそこまで大きくも無ければ、尻尾も長くはない。生殖は先ず不可能だろう………できたとして、子が成せるかもわからんが」

「そ、そうでござるかー………って、それどころではなかったでござる!?では、某はこ」

「逃がすかー!」

「ぴゃー!?」

 

 逃げようと踵を返した巨大ハムスターへと、ピンクの粘液塊が激突。そのままその体を押さえ込んだ卑猥な形状の粘塊は、ラプチャーもよく知る人物だ。

 

「………ぶくぶく茶釜か」

「あ、ラプチャーさん。いやね、この子この世界の固有種っぽいし、アウラのご褒美様に捕まえようかなー、と思いまして………あと、なんか話せる感じっぽいんで、色々聞き出そうかなーと」

「成程………ただまあ、どうも希少種らしいから、殺すのはやめて貰いたいな」

「あ、マジですか?」

「それの言によれば、この辺りには同族がいないらしいからな」

「そっかー………それじゃ、ペット枠で確保!」

「キュー………」

 

 激突の衝撃で目を回しているハムスターを抱え、茶釜が首を傾げるような仕草をする。

 

「そういえば、なんでこっちに?」

「エ・ランテルで調べられそうなことは一通り調べたからな。一旦戻った」

 

 ラプチャーが掲げるのは、幾つかの本と地図。それを前に、茶釜は軽い歓声を上げた。

 

「はっやーい!というか、お金はどうしたんですか?」

「ポーションを売った」

「ああ、ポーショ………ポーションをォ!?」

「ああ。下から三種を適当な数売るだけで、街一番と噂の薬師の店が傾いたがな」

「えぇー………」

「とはいえ、お陰でこちらで一般的、且つその中でも比較的高品質とされるポーションを確保で来たぞ?あと、得た金銭は適当に崩してモモンガとも共有しておいた」

 

 驚き、そして呆れる茶釜。しかも、一見するとしっかり考えているように見えるのがタチ悪い。

 

「後で、適当なNPCにでも頼んでタブラ・スマラグディナに届けさせるつもりだ」

「それがいいですねー。あ、あと弟も呼び戻しましょう!多少周辺地理がわかった方が、調査も楽だと思いますし」

「それもそうだし、伝説の類についても本を確保しておいたからな。曰く付きの地が近くにある様なら、そこは警戒して調べてもらう必要がある」

「ですね。マーレと合流次第戻りますんで、先に行っててください!場所は円卓の間で!」

「ああ」

 

 スムーズに今後の方針を決定し、ラプチャーらは一旦ナザリックに戻る事に。ラプチャーが地表部分に戻ると、そこにはエントマが待機していた。

 

「こちら、お預かりしていた指輪でございます」

「ああ」

 

 指輪を受け取り、ラプチャーは第九階層へと転移。早速ヘロヘロへと伝言(メッセージ)を繋ぐ。

 

「俺だ」

『あ、ラプチャーさん。どうしたんですか?』

「この辺りの伝承についての書籍と地図を入手した。これから、情報共有をする予定だ」

『あれ?モモンガさんとタブラさんはいいんですか?』

 

 尤もな疑問だが、ラプチャーとて想定内。

 

「モモンガは冒険者業との兼ね合いもあるし、タブラの方は当面出歩かんだろうし、何よりルベドがいるからな。それに、モモンガらはカルネ村に向かっているから、後でタブラ共々伝えればいい」

『大丈夫ですかね?』

「大丈夫だろう」

 

 そう口にできる程度には、ラプチャーはモモンガの慎重さを評価している。

 

「円卓の間で待っている。あとでペロロンチーノも合流する予定だ」

『はーい』

 

 軽い返事と共にメッセージが切れたのを確認し、ラプチャーは一足先に円卓の間に入り、十三英雄、八欲王を始めとした伝説について記された書物を開き、重要と思われる要点の抜出と並行して、文法の規則性を解明しようと試みていた。

 

「………難解だな」

 

 意味が解っても、文法がわからなくては意味がない。自力で文字を真似て書こうにも、イマイチ上手く書けないせいか、モノクルの翻訳機能が仕事をしてくれない。

 

「………いかんな、集中集中」

 

 ラプチャーは付箋を取り出し、地図上の地名を訳しつつ当該地に貼りつけていく。それと並行して伝説の翻訳、及び要点の抜粋を進め、伝承ごとに番号分けしつつ関連の疑われる地に注釈を入れて行く。

 こうしてみると非常に有能なのだ………ただ、良くも悪くも好奇心最優先、且つ必要最低限以下しか考えずに動いてしまうだけなのだ………いや、そこが最大の問題な訳でもあるが………

 

「あ、もう来て………うわ、付箋だらけ!?」

「ん?ああ、すまな………」

 

 ラプチャーの手が止まる。

 コールタールのような粘液塊が、見目麗しいメイドに抱き抱えられてのご登場だ。色々な意味で、インパクトあり過ぎる絵面である………尤も、彼のギルドではマッチョなナマモノにバックブリーカー喰らうセクハラ堕天使など、中々インパクトのある絵面が多発していた訳だが。

 

「………今、情報を整理していてな。少し待っていてくれ」

「あ、大丈夫ですよ。暗号解読用のアイテムは今モモンガさん持ちなんで、ボクたちじゃ読めませんし」

 

 そう笑い、ヘロヘロはメイドに下ろして貰い席に着くと共にぐでーっとのその体を崩す。

 

「あー、こうやってだらけられるのも久しぶりだなぁ………」

「まあ、リアルは効率的な労働すら理解できん馬鹿どもに牛耳られていたからな」

 

 余程嫌な思い出でもあるのか、ラプチャーが本気で顔を顰め、明確な悪感情と共に吐き捨てる。咄嗟に地雷だと感知したヘロヘロは、大慌てで話題を逸らした。

 

「そ、それで、なんか進展はありました?」

「ナザリック裏の森、トブの大森林とやらの奥にある山脈………アゼルリシアと言うらしい山だが、どうやらドワーフが住んでいる可能性がある」

「ドワーフかぁー………鍛冶系のイメージがありますけど、やっぱり?」

「そこまでは………ただ、可能性はあるな」

 

 ラプチャーが淡々と情報を書き出していく中、ヘロヘロはその手際の良さに目を奪われていた。少なくとも、彼が知るどの人物よりも早く、且つ文字もしっかり読めるレベルで綺麗である。

 

「凄いですね………」

「そうか?これくら―――――ッ!?」

 

 ラプチャーが目を見開き、本の一点を凝視する。突然のことに面食らいながらも、ヘロヘロはただならぬ雰囲気を察し、急ぎ彼のもとに向かった。

 

「何があったんですか?」

「………浮遊都市」

「………は?」

 

 ヘロヘロが、信じられないと言わんばかりの声を上げる。それも当然で、浮遊都市から彼が連想した代物といえば………

 

「ランキング五位内の超強豪じゃないですか!?は?え、冗談でしょう!?」

「遥か南の砂漠にあるとされているが………どこまで事実か。完全な事実とするならば、八欲王なるプレイヤー集団は既に全滅しているという事になるが………」

 

 如何に強いとはいえ、ラプチャーはあくまで浪漫ビルドの一個人に過ぎない。ガチ勢であろうと、一対一ならば大抵の相手に勝つ事ができるが、相手が三人以上となると流石に無理だ。一応、彼の場合《 ()()() 》があるとはいえ、それに関しては不確定要素が多すぎる以上、気軽には使えない。

 

「とりあえず、完全に死んでることを祈りましょう。流石に八人相手は勘弁ですし」

「周辺の安全確保が済み次第、調べねばならんな………こればかりは、NPCに任せる訳にはいかん」

 

 上位ギルドの多くは、人間種オンリーや人間種亜人種異形種混成であり、AoGとの仲はよろしくない。冷静に損得勘定をしていたからこそ討伐隊に加わらなかっただけでしかない為、万一プレイヤーが生きていれば、そうでなくともギルドNPCがいれば、こちらのNPCが接触した段階で存在が判明、そのまま戦争になりかねない。

 

「ですね………ワールドアイテムでのごり押しも厳しいでしょうし」

「ああ。幸い、余程の事が無ければ南方に出向く事もあるまい。地図を見る限り、砂漠はかなり遠いようだしな」

 

 地図上には、砂漠は描かれていない。雑な地図ではあるが、技術レベルを考慮すれば当然と言える。

 

「ここまでのことを考えると、十三英雄にもプレイヤーがいると考えた方が良さそうですが………ギルド拠点はどうなんでしょうね?」

「一応、帝国にも出向くつもりだ。その折にでも、他の本を探しておこう」

「頼みます」

 

 緩い空気で休んでいる場合ではないと判り、ヘロヘロも真剣な様子で頭を回転させている。そして、自分一人の問題ではないと判断したラプチャーもまた、真剣に思考を巡らせていた。




最悪手前=八欲王が強豪ギルド

そして、ラプチャーを知将キャラと思った方々にご報告。
いやまあ、知将足り得るポテンシャルはあるんですよ?
どうしようもないくらい頭を使わないだけで。


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憂鬱な働かない智者

『………ん?………ッ!?』

 

 目を開けると、そこには見知った―――――有り得ない筈の光景が広がっていた。

 

『よぉ、ラプさん。どした?相変わらずの好奇心暴走特急で、ブレーキ代わりにトカゲちゃんに腹ァ殴られて、気絶して………そっから覚えてるかい?』

 

 今はラプチャーのアイテムボックスにある筈の、『開いたページでランダムに状態異常系魔法を発動』というジョークマジックアイテムを手にした、かつての旧友。

 

『何故、お前が………いや、ここは………』

『おいおい、ダイジョーブか、ラプさん?ヘンなトコ打ったか?』

『ええと、こういう時は斜め四十五度で―――』

『おいパイさん、それ一世紀以上前のアナログ家電の―――』

 

 強烈な衝撃と共に、視界が暗転する。

 ああ、そういえばウチのエレメンタリストは防御を種族特性任せの脳筋だったな………そんな感慨と共に、目を覚ました。

 

「………随分と、未練があるようだな」

 

 仮眠のつもりが、とんだことになったと困ったように笑い、ショートカットを使い鎧を装備。

 そのまま自嘲するように独り言ち、ベッドを出る。まさか、と思いアイテムボックスから黒い一冊の分厚い本を引っ張り出し、ページを開く。

 

「ッ!?」

 

 嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)の発動を確認し、ラプチャーは思わず目を伏せ溜息を零す。『プレイ』と称して殆どの装備に必要以上のデメリットをつけていた男らしい、気紛れ且つつまらない代物だ………尤も、この世界で使うと普通に大惨事確定な代物なのだが。

 

「………はぁ」

 

 本を閉じ、アイテムボックスに放り込む。そして、気分転換がてらにと部屋を出て、ロイヤルスイートの大浴場へと向かう。

 その時のラプチャーの顔は、普段と変わらぬ無表情ながらも、メイドたちが怯える程に無機的であったという。

 

―――――

 

 情報共有が済んでいたのは、彼にとって幸運だったと言える。

 

「………」

 

 溜息を零し、ペンを置く。

 

「如何なさいましたか?」

「………デミウルゴスか。何か調べごとか?」

 

 最古図書館での作業中、デミウルゴスが現れる。普段以上に平坦な声になっている事を自覚しながらも、結局は変える事ができずに問い掛けてしまう。

 

「いえ、ヘロヘロ様たちが慌てられていたので、ラプチャー様に詳細をお聞きしようかと思ったのですが………なにか、ありましたでしょうか?」

 

 普段と様子の違う彼を前に、ラプチャーは自嘲にも似た笑みを浮かべてしまう。

 

「ああ、そうだな………お前たちに話す事ではないのだろうが、少し昔話をしよう」

 

 ナザリック至上主義のNPCに語るべきでないと知りながらも、彼は口を開いて、語ってしまった。自分がかつて、こことは違うギルドに居たことを。

 だが、不思議とデミウルゴスは不快感を示さなかった。そこには、置いて行かれた者としての同情があったのか、それとも御方だから、と見られていたのか………それは、本人にしかわかるまい。

 

「………我々では、ご不満なのでしょうか?」

「違うさ。不満は………ああ、不満は無いよ。ただ、そうだな………そういうところ、かもしれないな」

 

 何処か怯えた様に、真剣に聞き返すデミウルゴスを前に、ラプチャーは微かな笑みを零す。

 

「そういうところ、とは?」

「素直すぎる」

「はい?」

「マトモすぎる」

「え?………え?」

「刺激が足りないな」

「………そ、それは、必要な事なのでしょうか?」

 

 本気で困惑するデミウルゴスだが、ラプチャーは違うと頭を振る。

 

「いや、必要か不要かで言うなら必要だが、お前たちも十分だよ………ただ、前が刺激的過ぎたもので、少々物足りないのかもしれんな」

 

 ポンコツ系推しのロリコンやら、根に持つタイプの武闘派がマトモに分類される地獄である。筋力も魔法火力も一級品の魔王風脳筋お嬢様から、中二病全開のヘタレポンコツ、ガチ目で見境の無いレズビアン、ナマモノ、発禁野郎………人間的な濃さで、(現在いるメンバーは)圧倒的に敗けているのだ。

 色々振り回されるのさえ楽しかった彼にしてみると、少々物足りなくても不思議ではない………のかもしれない。

 

「そ、そうでございますか………」

「まあ、大丈夫だろう。お前たちがそのままでいるだけでも、意外と楽しくなりそうだしな」

 

 ラプチャーが目を細め、かつてのデミウルゴスの笑みを思い出す。

 

「そうだな………俺は新参で、お前たちとの付き合いも短い。そこで、親交を深めるとしようか」

 

 ラプチャーはメモと付箋で埋まった地図を取り出し、デミウルゴスを見据える。

 

「先日、笑っていたな?お前が何処まで見据えているか、それを聞かせて欲しい」

「か、畏まりました!」

 

 デミウルゴスは動揺しながらも眼鏡を直し、丁寧に頭を下げる。

 

「先ずですが、私はモモンガ様の目的が『国興し』であるものと愚考しております。カルネ村という『神が降臨した地』という箔をつけた地を王国、帝国といった国家の境に近いという地理を利用し、森を拓きつつ発展させることで首都に変えるおつもりなのでしょう」

 

 デミウルゴスは言葉を切り、緊張した面持ちでラプチャーを見つめ、再び口を開く。

 

「人間ばかりなのが心残りではありますが、御方の名を示すにはうってつけの相手でしょう。彼らを取り込み一大国家を築き上げれば、この世界の潜在的敵勢力や、存在の可能性があるプレイヤーであろうとも容易く手出しは出来ますまい」

 

 深読みにも程がある発言だった。しかも、ラプチャーにとっては看過できない色が含まれていた。

 

「………人間は愚か、か。ああ、そうだとも」

 

 デミウルゴスの言葉には、侮りがあった。軽蔑だけではない、1500の討伐隊に敗れたのであれば抱けない、抱いてはいけないと思うべき感情が、存在していた。

 そこには、彼が最も嫌う色があった。何の躊躇いもなく優れた頭脳を回転させ、ラプチャーは口を開く。自分の未知を開拓する為、そして………最も忌々しい色を、取り除くために。

 

「………賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」

「?」

「お前は、どちらだ?敗死という過去から学んだ賢者か?それとも、過ちを犯して初めて学ぶ愚者か?それとも………()()()()()()()人間か?」

「ッ!?」

 

 それは、ともすれば存在そのものの否定にもつながる問い掛けだ。事実、デミウルゴスはその表情を険しく歪めており、ラプチャーが部外者であるならば問答無用で殺しにかかっていただろう。

 

「実のところ、ヒトの定義というのは面倒だと考えている。お前たちも俺たちも、心を、感情を持ち合わせ、相応の知能を持ち、閉鎖的とはいえナザリックという社会構造を構築し、そこに存在している。違うところといえば、身体的特徴や身体能力程度のモノだ」

 

 だからこそ、とラプチャーは問う。人間は何も学ばないと、リアルの腐敗から人類という総体に見切りをつけた、つけててしまった………デミウルゴスと同等の叡智を持ちながらも、それを使う事をやめた元人間は、厳しい声で問い掛ける。

 

「お前たちは、何を以て人間を下等だと、自分たちを上等だとする?身体能力的優位か?知能的優位か?………そのようなモノを理由に他を見下している時点で、本質的には人間と大差ない。人間たちとて、目の色が違う、髪の色が違う、肌の色が違うといった身体的特徴に基づく差別を繰り広げていたのだからな」

 

 小学校すら義務教育でなくなったリアルにおいて、歴史を深く知る者は少ない。そして、リアルの歪な社会構造に物申す熱い学者だった頃の彼は、その少数に属していた。そして、人間の負の面を嫌という程見てきたからこそ、デミウルゴスの言葉は看過できなかった。

 

「そ、れは………ッ」

「油断、慢心は失敗を生む。過去の失敗に学ぶのが賢者ならば、失敗して初めて学ぶのが愚者だ。俺はお前がどのように在れと創造されたかは知らんが、過去の敗死を知るのなら、見下すことはやめるべきだな」

 

 異形種プレイヤー人口を遥かに上回る人間種プレイヤー人口故に、異形種狩りをモットーとするギルドは多い。その為、AoGのような異形種ギルドが定員割れしやすい中、人間種のギルドは定員を満たすどころか、同盟を組んだり連合を組んだりと、戦力拡充は容易いのだ。

 

「成程、確かにここナザリックは、1500を超えるプレイヤーの襲撃に対し、相手の全滅という形で勝利して見せた………だが、こちらで同じことが起これば、最悪ギルドが破綻するぞ?あれだけの設備を動かすとなれば、かかる費用も相当だろうからな」

「………ッ」

「ナザリックを第一に思うならば、油断を捨てろ。金貨五億枚というのも、ユグドラシルでは多少手間がかかる程度の額でしか無かったが、こちらでは頭を抱えたくなるような額なのだからな」

 

 ラプチャーが告げた額は、守護者らレベル100NPCの蘇生費用。つまり、油断や侮りをしてしまえば、そのツケを自身の命で払う羽目になると、暗に示しているのだ。

 

「………ご忠告、感謝致します」

「今すぐ、というのは無理でもいい。ただ、その事は念頭に置くようにしておけ。ナザリックにも、人間は存在しているのだからな」

 

 ラプチャーが地図を手渡し、溜息を零す。

 

「説教臭くなったな」

「いえ、そんなことは………」

「そう思って貰えるのならいいが………窮鼠猫を噛む。忘れるなよ」

「追い詰められた弱者は、何をするかわからない………成程、油断していれば、その一噛みが致命傷となり得る、という事ですね」

「そう思えばいい………思えば、俺もよく油断して痛い目を見たな」

 

 主に、仲間内相手に。その言葉を出す事は無かったものの、思い返せば自分が好奇心で暴走する度、主にナマモノや美女ゴリラにぶん殴られて止められていた事に気付く。

 

「御方も、ですか?」

「誰だって経験はあるさ。そこから学ぶからこそ、どんどん回数は減っていく………まあ、時間と共に忘れる以上、定期的に軽くでも痛い目を見ておいた方がいいだろうがな」

 

 人間は忘れる生き物である………では、人間と大差ない心を持つナザリックのNPCたちは?そんな疑問を抱くと共に、好奇心が沸いてくるのを実感。他ならぬ自身に呆れながら、それを表に出すことなくラプチャーが立ち上がる。

 

「失敗は成功の基、だ。失敗そのものを恐れる必要はないが、失敗の被害が大きくなる前に経験しておくようにするといい」

 

 本人は柔らかく告げたつもりだが、デミウルゴスはそう感じなかったらしく、深々と頭を下げたまま動かない。しかし、それに気付くことなく彼は最古図書館を後にしてしまった。

 

「………我々と、人間の違い………ですか………」

 

 ナザリックに攻め入った人間たちは、醜悪な欲望と憎悪に任せて御方に牙を剥いた愚か者と思っていた。だが、ラプチャーは自分たちも根本的にはそんな愚か者と変わらない存在だと断じた。肉体的に、知能的に優れているだけで、根本的にはそこまで変わらないと。

 

「………」

 

 悔恨と共に唇を噛み締め、デミウルゴスは俯く。何を考えているかわからないのが、余計に恐ろしい。何より恐ろしいのは………

 

(同情してしまったのを、見抜かれたのでしょうか………御方に対し、なんと不敬なッ!)

 

 孤独を語った彼が、自分たちと重なって見えてしまった。ギルドメンバーに置いて行かれ、仕えるべき主が一人だけにまでなった、自分たちと………そして、羨望してしまったのだ。

 仕えるべき主が消え、永遠にも思える苦しみを味わうことなく消える事ができた、新参にして慈悲深き御方のギルドのNPCたちが………酷く、羨ましく思えたのだ。

 

「………あってはならない感情だというのに………ッ」

 

 モモンガ、ラプチャー………そして、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、タブラ・スマラグディナ。ナザリック地下大墳墓に最後まで残った者たちの中に、彼が最も敬愛する創造主、ウルベルト・アレイン・オードルの姿は無かった。その事実が、彼の心に深い影を落としているのだ。

 だからこそ、こんな感情を抱くことなく消える事ができた彼の、彼らの被造物(シモベ)たちが………酷く、羨ましいのだ。苦しむことも、悲しむこともなく消える事ができたのだから。

 

「………この無礼のお詫びは、多大なる戦果を以て果たさねば」

 

 その手に握り締めた地図に目を落とし、デミウルゴスはその頭脳をフル稼働させる。

 湖付近のリザードマン、東の巨人、西の魔蛇、山脈にはドラゴンとドワーフ………リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国の大まかな大都市の配置までを記した上で、追加情報のメモ書きが添付されたソレを閉じ、デミウルゴスは最古図書館を後にした。



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帝都での成果

「セバス、セバス」

 

 ヘロヘロに声をかけられた老執事は、一流を超え超一流と呼ぶべき見事な佇まいを崩すことなく振り返り、流れるような一切の無駄を排した所作と共に跪いた。

 

「これは、ヘロヘロ様。如何なされましたか?」

「実は、ラプチャーさんが帝国に行こうとしてまして。ナーベラルを信用してない訳じゃないんですけど、帝国は情報が少ないので、セバスにも一応同行して貰いたくて………」

「畏まりました」

 

 ………と、一つ返事で了承したセバスとナーベラルを背後に従え、ラプチャーは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を操作し、帝都内部で転移しやすそうな場所を探している。鏡面に映し出される街並みは、王国のエ・ランテルとは比べるまでもない程に整っている。

 

「やはり、王国に比べ発展しているな」

 

 心なしか、エ・ランテルに比べ人の顔が明るい。ラプチャーが帝国の政治に興味を示す中、他二人は転移に向いていそうな場所を探している………のだが、路地裏のような目立たない場所を選ぼうとせず、相応の演出に相応しい場所を選ぼうとしている。

 

「………ここでいいか」

 

 そして、探すのが面倒になったラプチャーが転移門(ゲート)を発動。そのまま黒い靄へと悠然と足を踏み入れ、帝都の地を踏む。

 

「ら、ラプチャー様!お待ちください!」

「ルシフェル、だ。それに、別にどこだろうと問題は無い」

 

 ユグドラシル基準では大した事なくとも、現地基準では桁違いの代物だ。さらりと帝都の門を見た限りでもわかる程に厳重な警備体制である以上、即座に不審者と見做されよう。

 ラプチャーの狙いは、その先。そこからの相手の出方や、兵の武装………要は、戦力を確かめるつもりなのだ。体を張って………他の面々が聞けば確実に説教コースである。

 

「さ、行くとしようか」

 

 路地裏の闇をも掻き消す純白のローブを纏い、ラプチャーは二人を引き連れ表通りに姿を現す。突然のことに誰もが言葉を失う中、ラプチャーは周囲を一顧だにせず、悠然と通りを歩む。目指すのは、一番情報源が多いだろう書店で、片眼鏡のお陰で文字も簡単に認識できる為足取りはスムーズだ………アイテム頼りになってしまっている現状を、早く自力で読めるようにしたいと考えている辺り、この男も大概である。

 

「………ふむ」

 

 人間の街に無関心なナーベラルと、護衛として一切表に出すことなく周囲を警戒するセバス。そんな中、ラプチャーは何処かに向かうマジックキャスター風の少女と、エルフらしき女に興味を向けた。

 一見すると冒険者に見えたが、ラプチャーが王国で見た者たちと違い、身分を示すプレートが見つからなかったのもある。それが帝国の冒険者なのか、それとも似て非なる何かなのか………加えて、見たところ買い出し中に思えた、というのもあるのだろう。

 

「ルシフェル様?」

「少々気になる事ができた」

 

 無詠唱化した魔法による追跡と並行し、ラプチャーも動き出す。帝都内の地図も持たぬ彼がより早く確実に情報を得るには、そうするのが合理的だろう。欠片もやましい気持が見えないのが逆に素晴らしい。

 

 そんなラプチャーたちがついて来てることに気付いている二人は、当然訝しみ、撒こうと試みる。当然、そんなことは御見通しのラプチャーは、あえて撒かれたフリをして、魔法により二人を追跡。

 ナザリック最高の叡智を持つ悪魔にも並ぶ頭脳を以てせずとも、リアルタイムで得られる情報から相手の動きを割り出すことは容易いのだ………この頭脳をフル活用すれば、もっと色々スムーズに事が動いたのだが………余程、リアルでのアレコレが嫌だったようだ。

 

「撒いた、かな?」

「多分………ッ!?」

 

 店に入り、必要な巻物(スクロール)等を買い揃えるべく意識を向けた二人だが、安堵した直後にドアが開く音が耳に届いたが為に、思わず身構えた上で振り返る。

 

「ほぅ、巻物(スクロール)か………そちらは調べていなかったな」

「な、んで………」

 

 エルフ耳の女が、呆然と呟く………知覚すら出来なかったのだから、当然だろう。まあ、タイミングを見計らって転移したのだから、知覚できなくても仕方ないと言えるか。

 

「ああ、気にする必要はない。この街に疎くて、こういった店を探し出すのも一苦労でな」

 

 警戒を露わにする二人に構うことなく、マイペースに巻物(スクロール)を漁る。ナーベラルが不快感を剥き出しにするも、セバスはそれを無言で制す。ここで事を起こしては、ラプチャーの妨げになると考えたのだろう。

 

「………だから、つけてきたの?」

「案内を頼もうとも思ったが、急いでいるようだったのでな」

「………素直に頼まれた方がマシよ」

 

 撒くためにあちこち走り回っていたエルフ耳の女が肩を落とす中、もう一人の少女は訝し気にラプチャーを見つめている。当然ナーベラルが苛立ちを露わにするが、ラプチャーはどこ吹く風である。欠片程も気に留めない図太さは流石というか。

 

「………ふむ」

(大体は第一位階………見覚えの無い魔法もあるが、どうしたものか)

 

 位階に反し、予想以上に高額だった。ラプチャーは巻物から興味の対象を移し、渋々といった様子で買い出し中の二人に問い掛ける。

 

「ところで、お前たちは冒険者か何かか?」

「………冒険者じゃないわよ。プレートが無いのを見ればわかるでしょ?」

「成程、帝国の冒険者もプレートを有しているのか」

 

 納得したように頷くフードの人物に、エルフ耳の女は全力で脱力する。

 

「どこのボンボンよ………知らな過ぎじゃないの?」

「この辺りに来るのは初めてでな。お前たちがどのような存在なのか、教えて貰いたいところだな」

「………ワーカー、よ。冒険者みたいな組合に属さない、組合のルールに縛られたくない連中の集まりね」

「はみ出ものか」

「言い方、もうちょっとどうにか………ッ!?」

 

 ナーベラルから放たれる殺意を前に、女が竦み上がる。

 

「抑えろ、ナーベラル」

「ですが………」

 

 ラプチャーの苦言に躊躇うナーベラルをセバスが下がらせ、柔和な笑顔と共に謝罪する。

 

「申し訳ございません。ナーベラルはルシフェル様の護衛でして、主が侮られていると感じてしまったのでしょう」

「あ、いえ、その………こっちこそ、すみません」

 

 慣れないながらも謝罪する彼女を、少女が驚いた様子で見つめていた。

 

「………イミーナが………?」

「ちょっと、アンタの中であたしはどうなってるワケ?」

 

 気の抜けた空気を察知し、ラプチャーは一瞬何とも言えない表情を浮かべ、そのまま頭を振って店を後にしようとする。

 

「厭きてきたな………転移を使う。ナーベラル、セバス」

「「ハッ」」

 

 ラプチャーが転移門(ゲート)を発動。彼らの目前に黒い靄の塊のようなものが発生すると、背後から息を呑む音が幾つも聞こえた。

 

「な、なに、その魔法………」

転移門(ゲート)だ。複数人の仕様が可能な、転移系魔法の最上位だな」

「さい………っ!?」

 

 さらりと告げられた事実に、悲鳴染みた声が迸る。

 

「有り得ない!師匠だってそんな魔法は使えないし、ましてや魔力の見えない貴方に、そんな魔法が使える訳が………ッ!?」

 

 その瞬間、少女の目前にラプチャーの顔が迫っていた。顎に手を当てられ、その瞳を蒼い瞳で覗き込んでいるのだ。

 

「魔力が見える、と言ったか」

「ぇ、ぁ………」

 

 突然のことに、思考がフリーズする。予想以上に顔がイイ、冷たい瞳なのに妙に輝いて見える、何故こんな………思考が思考として機能していない彼女は、ラプチャーが放つ質問を右から左に受け流してしまっている。というか、周りの音が頭に入ってこない。

 

「ちょっと、何してんの!?」

 

 イミーナと呼ばれた女がラプチャーを引き剥がそうとするも、根本的なステータス差があり過ぎて何も出来ない。ここでギルメンがいれば何かアクションを起こしてただろうが、生憎とNPCたちに御方を無理矢理にでも止める、という選択肢は存在しない。

 

「「………」」

 

 セバスはどうしよう、と言わんばかりに内心狼狽え、ナーベラルは羨望にも似た不快感を少女に向けている。

 

「この、アルシェから離れなさいよ!」

「………反応ナシ、か。ああ、すまないな、今離れる」

 

 正気に戻った(?)ラプチャーがアルシェと呼ばれた少女から離れ、MP探知対策装備がどれだったかを記憶の中から漁り出す。そんな中、イミーナは必死にアルシェを揺すり、正気に戻そうと奮闘する。

 

「アルシェ、アルシェ!」

「ぇ、ぁ………いみー、な………?」

「大丈夫?ヘンな事されてない?」

 

 不快感剥き出しの舌打ちを零すナーベラルに構わず、ラプチャーは魔力探知対策の装備を外そうとした。

 

「イミーナ、いるかー………って、アルシェ!?」

「む?」

 

 背後から駆けて行く男に意識が向き、装備を外し損ねる。

 

「おい、どうした?!イミーナ、なにがあった?!」

「そこのが………その、いきなり顔を覗き込んで」

「そこの、だと………?」

「ナーベラル、落ち着け」

 

 二人が殺気立つのを感じ、改めて先程の行動を顧みて………欠片も表には出さないながらも、猛省した。少なくとも、初対面であるないに関わらず、異性にやっていい行為ではないだろう。相変わらず、好奇心が先行すると考え無しが過ぎると自嘲し、睨みつけてくる青年へと視線を落とす。

 

「すまないことをしたな。魔力を見れると聞いて、どのように見えるのか気になってしまった」

 

 気付けば、転移門(ゲート)は効果時間を過ぎ、消えている。消費がエグいラプチャーにはやや痛いミスだが、それくらいのことを気にするほど細かい男ではない。

 

「………引き抜きは勘弁だぜ?」

「まさか。そこまで拘ってはいない。単に、どのように見えるのかが気になっていただけだ」

 

 再び転移門(ゲート)を発動し、ラプチャーは帰還の準備に入る。

 

「また会うことがあれば、その眼について色々聞かせて貰うとしよう」

 

 あまりにも一方的な上、反論の暇さえ与えぬ威圧的な言葉。反発すらする間もなく、ラプチャーたちはその場から消えた。魔法である、とまでは理解できても、何が起きたのかはまるで理解できなかった。

 

「どう、なってんだ………?」

「転移魔法の最上位、って話だけど………」

「最上位だぁ?!おい、それマジかよ………」

 

 そんな会話が交わされているなどとはつゆ知らず、ラプチャーはナザリックの第九階層、ロイヤルスイートにて溜息を零していた。

 

「やれやれ」

「始末いたしますか?」

「不要だ。ワーカーというものについて詳しく判れば、何れ使える時が来るだろうからな」

 

 成果らしい成果も無しに戻ったラプチャーは、微かな後悔を抱きながらも止まる事無く部屋に戻る。

 

「やはり、もう少し情報を得てからが得策か」

 

 笑い、ソファに腰を落とす。続けて鏡を幾つも引っ張り出し、帝都の異なるポイントを映し出しながら、今回得た情報をクリップボード上の紙に書き記していく。

 

「独自の魔法、及び現地の巻物(スクロール)の価値、冒険者と異なるワーカーの存在………」

 

 帝都の街をせわしなく動き回る騎士たちの姿が、鏡越しに見える。探している者がいるとすれば、恐らくラプチャーに他なるまい。

 

「迅速かつ効率的な動き………やはり、あちらの為政者は切れ者のようだな」

 

 感心の声と共に、鏡が映す風景の一つを空に切り替える。一応は持ち合わせのある巻物(スクロール)を惜しみなく使って隠密系魔法の看破を行えば、隠れていた筈の騎兵―――それもただの騎兵ではなく、魔獣………鷲馬(ヒポグリフ)に座す、現地基準でこそあれ、明らかに上等な装備を纏う兵たちも居たのだ。

 

(見たところ、下の兵とは文字通り格が違う装備だな………随分と警戒されているようだ)

 

 鏡の一つに、人影が映る。周囲とは明らかに異なる輝きを纏う、支配者然とした人物。

 

「アレが皇帝か………成程」

 

 一目で只者ではないとわかる上、声は聞こえないまでもてきぱき指示を下している事はよくわかる。読唇術を学ぶべきだったか、と思案するも、言語体系が異なる疑惑故に対して役に立たないと結論付け、頭を振る。

 

「さ、て………どれほどの頭脳か、見てみたくなってきたな」

 

 チェス盤があれば、どれほど様になっていたか。

 今のラプチャーの顔に浮かぶのは、知性に溢れる冷酷極まりない笑みであった。




※働きません。マジになったらナザリック第四の頭脳となってしまうので、色々手に負えません。


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カルネ村着のご一行

 ラプチャーが帝都から、大した成果も無しに戻った頃。

 

「ど、どうなってるんだ………?」

(………えぇー………)

 

 カルネ村に到着したモモンガは、いつの間にか立ち並んでいた強固な城壁に目を剥いた。この世界における希少金属であり、最硬の金属であるアダマンタイト………数だけは腐る程あったそれをフル活用したと思しき城壁は、この世界のあらゆる城砦を超越した防御力を有するだろう。

 

「アダマンタイト………あの希少金属をこんなに………」

(そうだよなぁ………こっちじゃ希少金属だから、色々怪しまれるよなぁ………)

 

 なお、原因はラプチャーに『侮るな』と警告されたデミウルゴスが、茶釜の手で第六階層に移送された巨大ハムスターに聞き出した森の主の情報―――主に、巨人の気性―――に危機感を抱き、ヘロヘロらに嘆願して融通して貰ったアダマンタイト(低位金属素材)により、少しでも身近な脅威からタブラたちを護ろうとした結果である。

 これでしっかり連絡が行き届いていればよかったのだが………ヘロヘロはそこまで大事になるとは思っておらず、タブラは娘からの口撃で沈黙して、と報告できる者がいなかったのだ………NPCに報連相を徹底していなかった、彼らのミスでもあるが。

 

「―――――」

(えーっと、どうすればいいんだ?タブラさん………そうだ!タブラさん!)

 

 絶句する皆の傍ら、モモンガは無詠唱化した伝言(メッセージ)を発動。急ぎタブラへと繋ぐ。

 

『………あれ?どちら様ですか?』

『ちょっ、タブラさん!?大丈夫ですか!?』

 

 生気を感じられないタブラの声に、モモンガが動揺を露わにする。何があったのか、まさか敵対ギルドによる襲撃か―――そんな危機的想像が次々浮かぶ中、タブラの答えはまさか過ぎた。

 

『………娘に罵られるのって、意外とキますね………』

 

 思わずずっこけずに留まれた自分を褒めてやりたい―――後に、モモンガはそう振り返る。

 

『む、娘って………え?』

『ルベドに、クソ親父だのクズ親父だの言われております………モモンガさん、その………ホント、すみませんでした』

『タブラさん………あ、すみません。今それどころじゃなかった………村の防壁について、何か知ってます?』

『はい!?え、ちょ、ルベド!村に防壁って………デミウルゴスが言ってたの!?ちょ、それ早く教え………ア、ハイ、すみませんでした。生返事で適当に応答してた私が悪いから、お願いだからそんな冷たい目で睨まないで』

『タブラさん!?てか、犯人デミウルゴスか!』

 

 いきなりの友人の豹変に驚きながらも、しっかりと犯人について聞き出す事に成功。

 

『あの、取り合えず門開けて貰っていいですか?』

『あ、了解で―――――え?私だと大惨事確定だから一旦すっこんでろ?………ご尤もです、ハイ………え?誰が来たのか?モモンガさんしかいな―――――ぎゃひんっ!?』

『タブラさああああん!?』

 

 今にも死にそうな声と共にメッセージが途切れ、モモンガは無言で凍り付く。そして、門を見上げ―――――猛烈な勢いで接近する『ナニカ』を察知。それより僅かに遅れて、野伏(レンジャー)のルクルットが気付き、大慌てで声を張り上げる。

 

「何か来る!急いで下がれッ!」

「むぅんっ!」

 

 渾身の力で荷車を引いた、その直後。轟音と共に、猛烈な勢いでアダマンタイト製の分厚い扉が跳ね開けられ、その余波に皆が顔を庇う。少しして顔を上げると、紅の鎧を纏う影が目に入る。

 

「お待ちしておりました、モモン―――様」

 

 勢いが良かった言葉は、モモンガの名を呼ぶ段階で尻すぼみになり、最後には消え入りそうになってしまう。これ以上無い程に明確な歓喜と、それに続く言葉に籠る微かな羞恥を感じ取りながらも、モモンガはあくまで設定に順じて対応する。

 

「お久しぶりです、()()()()。タブラ様はお元気ですか?」

「………ええ、まあ」

(今の間は何?!え、なんで目を逸らしたの?………タブラさん、大丈夫かなぁ………)

 

 モモンガは知らない事だが、実際に会ったことは皆無であれど、自分に甘い(アルベド)からの好意的な評価もあり、ルベドのモモンガへの印象はかなりいい。創造主以上ラプチャー未満という絶妙なレベルではあるが、姉の為にも父に対して程の塩対応は控える程度にはマシなのだ。

 

「では、モモン様はタブラ様のトコってことで―――貴方達はどうするのかしら?」

 

 ルプスレギナが、従者としての柔和な顔と、従属神としての冷徹な面を使い分ける。あくまでお前たちは他人なのだと、部を弁えろと暗に告げる―――以上のことは、考えていない。

 

「ぼ、ボクはエンリの………友人のところに行ってます!」

「はいはーい」

 

 冒険者一行はンフィーレアに同行することを決め、それぞれが行動に移る。モモンガらは、いつの間にか出来上がっていたタブラ宅に上がると共に装備を解除し、一息を吐いた。

 

「ふぅー………ああ、ルプスレギナ。ナザリックに帰還する事を許可しよう。姉妹たちと顔を合わせてくるといい」

「っ、お心遣い、感謝致します!」

 

 ルプスレギナを転移門(ゲート)で帰し、モモンガはルベド案内のもと、タブラの研究室まで赴く。

 

「タブラさ………ちょ、マジで大丈夫ですか!?」

 

 ぐったり倒れ伏すタブラに大慌てで駆け寄り、その身を起こす。

 

「ああ、モモンガさん………たっちさんがギルド武器作成後によく落ち込んでた理由、わかった気がしますよ………アハハハハハハハ」

「いや、ホント何があったんですか………」

 

 モモンガが引き気味に問い掛けながら周囲を見渡し―――――気付く。

 

「あれ?ラプチャーさんから、現地のポーションは受け取って無いんですか?」

「………え?あ、すみません、ちょっとナザリックに戻ります」

 

 急ぎナザリックに戻ったモモンガは、即座にラプチャーの部屋に直行。

 

「ラプチャーさん!ポーション!」

 

 ドアを跳ね開けると共に叫ぶ。沈静化が発動する程怒り狂ってはいないようだが、それなりにお冠なのは見ればわかる。そして、ラプチャーもその少ない言葉から真意を見抜けぬほど馬鹿ではない………普段は、頭を使わないが。

 

「………え?あれ、ペロロンチーノが『ネムちゃんと遊ぼっかなー』とか言ってたから、序でに渡しておいてくれと頼ん………あ」

「………シャルティアとイチャついて忘れてたな、アイツ………」

 

 性癖ドストライクに作られたNPCだけあって、シャルティアとペロロンチーノの関係はかなり良好………というか、シャルティアの押しが強すぎてペロロンチーノが尻に敷かれかけているまである。

 

「今日はまだ外に出ていない筈だ………俺が戻るまでに何もなければ、だが」

「え?どっか行ってたんですか?」

「帝国だ………エ・ランテルでは気づかなかっただけだろうが、こちらのオリジナルと思しき魔法を発見して、ワーカーなる連中とも会った………ああ、魔力を見れるとかいうタレント持ちも居たな。どう見えるのか試し損ねたが、まあ、何れやればいいだろう」

 

 欠片も相手のことを考慮していない物言いだが、モモンガもさして気にした様子はない。恐らく、精神が異形種のそれに引っ張られつつあるからだろう。

 

「ああ、それと昨日纏めた情報だ。目を通し次第、タブラにも回しておいてくれ」

「あ、了解です」

 

 ラプチャーに手渡された報告書の束を受け取り、モモンガはペロロンチーノを探すべく移動を開始した。

 

―――――

 

「え?森の賢王?このハムスターが!?」

「らしいんですよ~」

 

 そして、第六階層。巨大なジャンガリアンを前に唖然とする骨と、和やかに笑うピンク。

 

「そ、某、なにかやっちゃったでござるか!?え、もしかして殺されちゃうでござるか!?」

「いや、流石に殺しはしないぞ?………というか、なんで捕まえてるんです?」

「アウラのご褒美にいいかなー、と思って」

「ああ、アウラの………彼女、ビーストテイマーですからね」

 

 納得したように頷きながら、モモンガは一番効果がありそうな手段に出た。

 

「あ、そうそう。実はラプチャーさん、ペロロンチーノさんにこの世界のポーションを渡して、タブラさんに届けてて欲しいって頼んでたらしいんですけど」

「え?アイツ、確か、『ラプチャーさんが要点をまとめた資料を見返したらエルフ云々って書いてあったから探してくる!』って、ついさっきどっか出かけてた気が………」

「はい?え、あの、確かペロロンさんの担当って、森でしたよね?」

「「………」」

 

 二人揃って、顔を合わせ沈黙。ぶくぶく茶釜が震えている気がするのは、気のせいではないだろう。

 

『―――――モモンガ様』

「む?ああ、ルベドか」

『人間どもが呼びに来ております。如何なさいますか?』

 

 モモンガは、それはもう盛大に悩んだ。怒り狂いつつある茶釜を押さえ、問題児をとっ捕まえに行くか、それともあちらに戻るか………

 

「モモンガさん、戻っててください」

「え?でも、ペロロンさんの方は」

「総出で殺ります」

「アッハイ」

 

 ガチギレだ………そう理解し、モモンガは伝言(メッセージ)でルプスレギナに仕事だと伝えて居場所を聞き、指輪の転移でそこまで向かってから、魔法でタブラの屋敷まで戻る。

 

「………あんの馬鹿タレがぁッ!!!」

「ひぃぃぃ!?」

 

 ぶくぶく茶釜怒りの絶叫は、ナザリック中に響き渡ったとか、響き渡らなかったとか………

 

「あ、あの、モモンガ様?ナザリックの方から凄い声が聞こえたような………」

「き、気にする必要はない。うん、大丈夫、我々は我々でやるべきことをやればいい」

「は、はい………」

 

 怯えているルプスレギナだが、まあ仕方ない。至高の存在が怒り狂っているなど、シモベにとってみれば恐怖でしかない………救いは、それが向くのはペロロンチーノくらいであろうことか。シャルティアの創造主だからか、妙なところで抜けているのが悪い。

 

「お待たせしました、ンフィーレアさん」

「いえ、そんな………あの、この館に神様が?」

「ええ、タブラ・スマラグディナ様がおられるわ」

「ただ、今は(精神的に)忙しいらしくてな。先に、薬草集めを済ませてしまおうか」

 

 堂々とした佇まいと共に、森へと向かおうとする二人と五人。その中で、異変に気付いたのはンフィーレア。

 

「あれ?こんなところに、道なんてあったっけ………」

「少し、行ってみましょう」

(また誰かやらかしてないといいけど………)

 

 外壁を出た先に会った、謎の道を進む一行。その先で、モモンガはまたも唖然とする羽目になった。

 

(えええええええええええええ!?)

「これ、は………」

「初めて見る、壮大な神殿であるな………」

 

 見る者を圧倒する、壮大な神殿であった。踏み込む事すら躊躇わせる見事な出来栄えは、王国は疎か、帝国でさえお目にかかれないだろうと確信を抱かせる程。ナザリックを彩る調度品の数々とは、文字通り素材の『質』が違うとはいえ、装飾一つを取っても、緻密さには遜色がない。

 

(それに加え、これは………八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)か?警護体制も気合入ってるなぁ………コレ、絶対デミウルゴス作だよな?トラップとか無いよな?)

「行ってみましょう」

 

 モモンガが踏み出し、中に踏み込む。そして………絶句し、項垂れたくなった。

 

「ひっ!?」

「モンスター!?いえ、これは………像?」

「まさか、このモンスターたちが………神………?」

 

 純白の鎧の騎士、武者鎧の半魔巨人(ネフィリム)、忍び装束のハーフゴーレム………懐かしいとしか言えない面々を象った像は、今にも動き出しそうなほどに瑞々しい力に満ち溢れており、自身が作り上げた霊廟の像の拙さに泣きたくなると共に、もう一つの理由で泣きたくなった。

 

(みんな………っ)

 

 かつての仲間たちが絶対ノリノリでしただろう、見事なポージング。モモンガにとっての唯一無二の拠り所であった、記憶の中の彼らと100%合致する見事過ぎる造形は、彼の記憶を刺激し、久しく戻った、新たに加わった仲間たちとの交流で消えつつあった炎を再燃させてしまった。

 

(………俺たち以外にも、いるのかな………)

 

 もし、会うことが叶うならば。

 

(会いたいな………それで、また………いや、今度は42人で………)

 

 そんな望みを抱き、そして感謝した。大切な仲間たちを忘れず、こうして形にしてくれた、大切な友人の息子に。

 

(………今度、褒美を渡さないと。何がいいかなぁ………)



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定められた滅び

 突然戻ってきたペロロンチーノは、速攻姉に捕まりシバき倒された。

 

「ごべんなざい」

 

 大盾二枚でボコボコにされたペロロンチーノ、渾身の土下座である。

 

「ごめんで済むか馬鹿野郎!………で?」

 

 ぶくぶく茶釜の視線が、彼に抱えられていたみすぼらしい服装のエルフたちに向く。特徴的なその耳は半ばから切り落とされている上、全身に少なくない傷が見え隠れしている。

 

「何処で拾った?」

「拾った、って………南の平野で。ヘンな野郎に捨て駒にされてるっぽかったから、ソイツ針鼠にしてかっさらってきた。いや、だって可哀そうじゃん?ロリじゃないけど」

「最後で台無しだこの馬鹿ッ!」

 

 大盾フルスイングが、鳥頭に直撃。見事に横にすっ飛んでいく。

 

「えーっと………これ、マジで………あ、気絶してる」

「左から叩き込まれて、右から壁に衝突の衝撃が来るからな………脳震盪も起こすだろうさ」

 

 ペロロンチーノの走り書きは、ゲーム時代と違って―――とはいえ、ゲームでも手書き文字をシステムが補整する関係上、時折起きていたが―――非常に読み難い。手書き、且つ走り書きの為仕方ないと言えばそれまでだが。

 

「えーっと?南の大森林、エルフの王、女兵士の捕虜は奴隷………潰すか」

「なんで読めるんですか?あ、ボクは異議なしで」

「異議は無い、が………動くにしても、アレが起きてからにするべきだろう」

 

 即決でエルフの国の滅びが確定するが、一応ガチプレイヤーだけあって有利な条件下ではとことん強いペロロンチーノが起きるまで待つことをラプチャーが提案。そして、それまでに準備を整える事も。

 

「森となれば、相応に動きが制限されるだろう。それに、ええっと………13、は読めるが」

「………まさか、十三英雄?」

「エルフに居た、とあった以上、恐らくは………となれば、アウラは控えるべきだな。魔獣による集団戦も悪くはないだろうが、超位魔法やワールドアイテムで分断されては危うい。同じ理由でマーレも控えた方がいいだろう。シャルティアも、ランスという得物は森の中では不利になりかねん」

 

 つらつらと欠点を挙げ、選出すべきシモベを絞っていくラプチャー。しっかりと口頭で発話している為、意識のある二人やペロロンチーノと共に震えていたシャルティアにもしっかりと届いている。

 

「あの、森を焼き払ってはいかんのでありんすかえ?」

「………俺たちの目的は?」

「「エルフたちの救助!」」

「と、いうことだ。焼き払うでは無差別に被害が拡大しかねん以上、却下だ。コキュートスも同じ理由で無理だな。ナザリックを手薄に出来ん以上、アルベドも残さねばならん………となれば、デミウルゴス、セバス辺りが妥当か」

「デミウルゴス、でありんすか?戦力として見るには、その………些か」

「いや、デミウルゴスなら大丈夫だと思うよ」

 

 シャルティアが疑問を呈する中、復活したらしいペロロンチーノが声を上げる。

 

「うわ、キモ………なんでフツーにしてんのお前」

「ひでぇ!?え?そんな経ってないの?」

「ええ、まあ………ボクたち、本格的に異形化してますねぇ~」

 

 ラプチャーが妙に納得している中、ペロロンチーノが話を戻す。

 

「っと、そうじゃなくて!ほら、俺ってウルベルトさんと仲良かったろ?んで、デミウルゴスについても色々聞いてんのよ」

 

 曰く、第三形態こと魔神形態であれば、デカい上に相応にステータスも上がるらしい。ウルベルトは『魔王といえば形態変化が醍醐味だろ?』と得意げだったとのこと………魔王と聞き、常に微笑み、怒り狂っていようが笑みを崩さず、声の調子一つ変えない美女を思い出したラプチャーは、無意識に身震いしていた。

 

「成程、本気で暴れればある程度遠くからもわかる、と」

「つーか、俺が直ぐにわかる。だって、空こそ俺の領域!だし」

「………アンタ、ゲイ・ボウは使えねぇぞ?森焼いちゃうから」

「べ、別に、『太陽落とし』だけが取り柄じゃねえし………じゃねえし!」

「あー、ハイハイ。それじゃあ、こっちはアルベドに任せて………でいいですかね?」

「ああ。プレアデスも、万一を考えると行かせられんな」

「ですね。強い子を創る為なら誰彼構わず手段問わずらしいし、プレアデスに万一のことがあっ?!」

 

 ペロロンチーノの肩に、二つの粘塊が触れ、その顔を極限まで近づける。

 

「そ・れ・を・さ・き・に・い・えッ!」

「ウチのソリュシャンとかメイドたちに何かあったらどうする責任取る気だったんですか?ええ!?」

「わ、わるかった!悪かったから落ち着いてーッ!」

 

 プレアデスに、一般メイドに、そしてアウラに………万一の想像をしたのか、二人から怯えと怒りが噴出する。

 

「ぶっ潰すッ!アウラたちの安全の為にもッ!」

「久し振りに本気で頭に来ましたね………!」

 

 二人は思い立ったが吉日、とばかりに招集をシャルティアへと依頼し、その怒りを理解できるペロロンチーノは、シャルティアを軽く抱き締める。

 

「それじゃ、行ってくるよ。シャルティアを疑う訳じゃないけど、万一のことがあったら、さ」

「ぺ、ペロロンチーノ様ぁ………!」

(………相手の情報が足りなすぎる、が………仕方ない)

 

 手持ちの金貨でどの程度のモンスターを召喚するべきか思考しながら、ラプチャーは準備の為その場を離れた。

 

―――――

 

 そして、表層。そこに集うのは、無数の高位悪魔である《魔将》モンスターと、召集されたデミウルゴス、セバス、そして招集した側の四人のプレイヤー。

 

「―――っつーわけで!俺らはやまいこさんの妹の同族、エルフの国の暴君をぶっ潰しに行く!」

「セバスの役割は兵とされているエルフたちの無力化、及び捕虜エルフの救助だ。間違えても殺すなよ」

「ハッ」

「デミウルゴスは魔将を指揮して、戦争中の人間勢力を殺すことなく追い出せ。お前の姿が見られないのがベストだが、無理そうならば即座に魔神形態になれ。あまりにかけ離れていれば、今の姿のお前との関連は疑われなくなる」

「畏まりましたッ!」

 

 二人は、お互いが抱く嫌悪をそのままに、『敗けられない』と、『失敗は許されない』と決意を固める。特に、彼を前に失態を演じたと考えるデミウルゴスは尚更。

 

「ヘロヘロ」

「ええ、地図と情報があって助かりましたよ―――――首都、確認しました!ってか、情報防御皆無ですね!」

「………ここまで普通の都市なら、コキュートスも来れるか………招集を」

 

 ヘロヘロが操作していた鏡には、広大な湖の畔に広がる都市と、その深奥の城が映し出される。ここまでしっかりと視えていれば、転移も容易い。

 ラプチャーの指示でコキュートスも呼び出され、より驚異的な攻撃力を有する事となった。そして、奇しくも招集された面々は、創造主が戻らなかった守護者たちでもある。

 

「よし―――――いこうぜ!昔の俺たち(虐げられてる奴ら)を助けに!」

 

 ペロロンチーノの言葉の真意を理解した姉が、友人が、一瞬きょとんとした様子を見せ、続けて笑みを浮かべる。セバスとデミウルゴスは理解は出来なかったようだが、これは仕方のない事だろう。ラプチャーが嬉しそうな笑みを浮かべていたのは、彼らの理念をモモンガに聞かされていたからか。

 ナインズ・オウン・ゴール時代からの………『異形種狩り』に遭い、誰もが助けられ、共に冒険を繰り広げていたからこそ、理解できることだ。アインズ・ウール・ゴウンになってからは、ノリで悪役を演じてはいたが………彼らがその信念を忘れたことは、一度として無かったのだから。

 

「ああ、了解した―――行くとしよう、お前たちの理想の為に」

 

 明確な喜の感情を滲ませ、ラプチャーが転移門(ゲート)を展開。一行がその身を沈めて行く。降り立つ先は、質素な木造建築の立ち並ぶ、エルフの王都―――その城に存在する、バルコニーだ。

 

「ッ!?」

「………転移対策すらしていないとは」

「「「いやいや、何直で来てんの!?」」」

 

 三人からの総ツッコミを受けながら、ラプチャーは目前の男を見据える。白髪に、白と黒と対照的な色のオッドアイを持つエルフの男。年若く見えるが、それはアバターから成長していないだけなのか、それとも別の理由か………

 

「貴様らは………ッ」

「おっと、逃がしませんよ―――次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)

 

 驚愕の形相を浮かべた王に対し、デミウルゴスがスキルを発動。転移を封じた。

 

「しかし、これでは魔将の軍も役に立たんな………やれやれ、もう少し用心すべきだろうに」

 

 淡々とした声と共に、剣が抜き放たれる。それを合図にしたわけでもあるまいが、茶釜がラプチャーの前に、ヘロヘロが隣に躍り出ると共に、ペロロンチーノが弓を構える。

 

「さ、選ぶといい。全てを明け渡すか―――――」

「は、ハハハハハッ!」

 

 ラプチャーの言葉を遮り、王が笑う。義憤に燃える三人が首を傾げる中、エルフの王は一行に手を差し伸べた。

 

「まあ待て。貴様らアインズ・ウール・ゴウンなら、悪のギルドなら、もっと重要なことがあるだろう?」

「はぁ?」

 

 ぶくぶく茶釜が本気で意味を掴みかねている中、エルフの王は嬉々と語り始める。

 

「世界征服だよ!竜王(ドラゴンロード)は鬱陶しい事この上ないが、俺たちプレイヤーの敵じゃない。数がいれば尚更だ!どうだ?俺と手を組み、この世界を―――――」

「だ、そうだが?………貴方たちに聞きたいが」

 

 ここでラプチャーは、対等なギルドメンバーとしてではなく、あくまで部外者に近い者として、彼らに問うた。問おうと、した。

 

「聞かれるまでもねぇ。俺たちはな、ノリで悪役やってたけどさ」

 

 ペロロンチーノが素早く放った矢が、エルフの王の耳を吹っ飛ばす。完全な不意打ちであると共に、これ以上無い決裂の意思表示である。

 そもそも、貧困層で虐げられ………憎悪を燃やす男の親友の一人が、この国の現状を前に、素直に首を縦に振る筈が無いのだ。たとえ変質していたとしても、彼がその胸に宿る想いのままにそうしたであろうように、このバードマンもまた、叫ぶように断言した。

 

「俺たちにゃな、俺たちなりの正義があんだよ!んで、テメェは俺たちにしてみりゃ、どうしようもねえ、クソみてぇな悪党でしかねぇんだ!ウルベルトさんとたっちさんがいたなら、あの二人も肩を並べて、テメェをぶっ潰しにかかったろうぜ!」

「ハッ!異形の化物が、正義を騙るかッ!」

 

 吼え、エルフの王が素早く―――何かしらのアイテムのショートカットか―――その身に武具を纏い、続く矢を打ち払う。その間にセバス、ラプチャーが先行、セバスが高い敏捷を以て退路を断ち、ラプチャーの攻撃により、ぶくぶく茶釜の方へと吹き飛ばされる。

 

「ぐぅっ!?」

「たっち・みー様ガソウサレルノナラバ、武人武御雷様モソウサレタノダロウ」

 

 記憶の中の創造主が、厳かに頷く姿を幻視した。

 蟲王(ヴァーミンロード)の振う大太刀が、ハルバードが迫る。剣と盾を以て何とか凌ぐも、続けて迫る武具を捌くには手が足りない。

 

「………ナラバ、我ガ成スベキハ、一ツッ!」

 

 火花が散る。大太刀が、ハルバードが、剣が、盾が火花を散らし、その中でライトブルーの巨躯が吼える。

 

「アノオ方ガソウサレタヨウニ、我モマタ貴様ヲ、忌ムベキ敵トシテ討ツッ!」

「ちぃ………ッ」

「コキュートス、下がれ!」

 

 コキュートスが指示に従い下がれば、声の主とは異なる方向から、無数の光線が放たれる。

 

「が、ああああああああ!?!」

 

 人間種の特徴は、専用職の存在と種族レベル分も職業に配分可能な利点と、耐性に乏しい欠点。弱点が多くない反面、耐性も少ない為、完全なカバーは不可能であり、専ら状態異常耐性だけで殆どが埋まる。

 そこに降り注いだのは、天使種の攻撃スキル。炎、光、神聖属性複合の攻撃が鎧を貫き、その身を焼く。そして、敵への害と同時に放たれるは、味方への祝福。赤みを帯びた羽根の舞う中で発揮されるその効果は―――――次に放たれる炎属性ダメージの、増幅。

 

「『太陽落とし』………喜びな。テメェが新世界初の、体験者だ―――――ッ!!!」

 

 その咆哮と共に放たれた獄炎が、玉座を呑み込んだ。




あっさり死亡したワーカーがいるらしい。
剣士が弓兵からの不意打ちに対応できる訳ねえだろ!


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規格外の知者

 炎に焼かれながらも、エルフの王はまだ生きていた。

 耐性が無い代わり弱点も少ないことが幸いした結果とも見えるが、ここは現実。炎により灼熱を帯びた空気に喉も肺も焼かれ、呼吸もままならない。しかし、その身を滅ぼすには足りない。余程の条件が重ならない限り、同レベル間での一撃死は先ず起こり得ないのだから。

 

「お、おおおおおおおおおっ!!!」

 

 業火の中、気合の咆哮と共に駆け、バルコニーに座す者たちの合間をすり抜け、街へと飛び出す。

 

「なっ!?」

「っべ!?んの野郎!」

 

 咄嗟のことでデミウルゴスがスキルを解除してしまい、ペロロンチーノも反応が遅れる。

 

「ラプチャーさん!てん………!?」

 

 ヘロヘロが大慌てで叫ぶ中、下で市民らしきエルフを人質にしたのを目撃。

 

「げぇっ!?きたねぇぞ、あの野郎!」

「ラプチャーさん、急い………あっれえ!?」

 

 振り返れば、既にラプチャーの姿はない。慌てたぶくぶく茶釜が城下町を見渡していると、虚空に突如として漆黒の翼が現れる。

 

「ッ!?」

 

 ラプチャーの不幸があったとすれば、でたらめな転移故に位置調整が甘く、その身で太陽を隠したが為に位置がバレたことくらいか。

 

「ふんッ!」

 

 気合の咆哮などなく、ただ振り下ろされる一閃。その合間に突き飛ばした人質を挟むことでその斬撃を受ける壁を作り、次の一手を妨げようと画策。しかし、その程度予想済みのラプチャーは素早く武器をショートカット登録を利用し交換。

 

「っ?!」

「《ファイター》は便利でな………これ一つあるだけで、全ての戦士系武器が装備できるようになるんだ」

 

 構えられているのは、蒼い鉱石の輝きを帯びた小柄な銃剣。

 

「友人の私物だ―――さて、壁は無いぞ?」

 

 突き飛ばされた人質を受け止めつつ、純光属性のレーザーが放たれる。純粋な魔法属性故に盾での防御には限界があり、その身を炎以上に純粋な熱で焼かれる。急ぎポーションを取り出し、その傷を癒し始めるが、苦痛による動きの鈍りまではカバーしきれない。

 

「ぐ、おおおおおおおっ!!!」

 

 素早い剣閃を、入れ替えた真紅の剣で受け止め、金色の剣による重い一撃を振り下ろす。回避を取ろうにも、真紅の剣で自身の剣を絡め取られていた為、咄嗟に盾で受ける。それにより、重い衝撃をモロに貰ってしまい、体勢を崩してしまう。

 その隙を逃さず、剣を弾き飛ばすと共に武器を入れ替え、骨を柄にしたような真紅の大鎌をショートカットで呼び出し、下から掬い上げるようにしてその身を切り裂いた。

 

「ぐ、がああああっ!?」

「む?」

 

 鎌を装備すると同時に手から零れ落ちた剣に気付き、しかしそれを意識するより先にショートカットによる武器の交換を行い、二刀流に戻る。この点での自由度は、ユグドラシルを大きく上回っていると言えた。

 

「舐めるなァッ!」

「ふっ」

 

 素手での攻撃に対し、肘関節から刃を入れ、腕を斬り飛ばすことで対応。その動きの勢いを利用し、もう一方の剣を脇腹から突き立て、肩口まで一気に貫く。

 

「が、あ………っ」

「失せろ………万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)

 

 素早く剣を抜き、蹴り飛ばしたエルフの王へと魔法を放つ。目前に降り注ぐ轟雷を前に眉一つ動かすことなく、目前で消し炭になり行く男を眺める………つもりだった。

 

「ぐ、おああああああっ!!!」

「ほぅ」

 

 死なないどころか、万全の状態で腕を突き出してくるエルフの王。それに驚きながらもその手を掴めば、そのままその身を投げ飛ばされる。

 

「蘇生アイテムか」

 

 漆黒の十二枚羽で制動をかけ、ラプチャーは攻撃スキルを発動。

 

次元断切(ワールド・ブレイク)

 

 現断(リアリティ・スラッシュ)の上位互換スキルにより、エルフの王の体を両断し、弾き飛ばした。流石に縦真っ二つは即死らしいが、しかしアイテムによるものでか直ぐに復活してしまう。

 

「厄介だな………まあ、いい」

 

 弾き飛ばされたことで、先程失った剣を得たエルフの王だが、既に戦意は皆無。しかし、ここで逃す理由もない。

 

「な、なあ、頼むよ」

「安心するといい。()()のような暴君を見逃す理由など、初めから存在していない」

 

 ラプチャーの目を見て、気付いてしまった。

 自分はただのモルモットとして見られているだけなのだと。

 

(に、逃げっ)

「おや、何処に行くおつもりで?」

 

 振り返った先には、転移魔法で移動したらしき一行の姿。

 

「あ………」

「逃がさないよ?アンタのせいで酷い目に遭ってるエルフが沢山いるって話だし………逃げられる訳無いよねぇ?」

 

 絶望に打ちひしがれる彼へと、ラプチャーは再びその剣を振り上げる。

 

「ッ!」

 

 往生際悪く足掻くエルフの王は、振り向きざまにがら空きの胴へと剣を突き立てんと振り返り―――甲高い金属音。

 

「な、あ………」

「生憎と、()()()()()()()()()

 

 ラプチャー最大の恐ろしさは、ユグドラシルにおける戦士職、それも最上位を争うレベルのプレイヤーに必須な運動神経………ではない。一対一であれば、一分とせず相手の行動パターンを割り出し、逐一対処可能な桁違いに優秀な、それこそデミウルゴスさえも舌を巻くほどに卓越した頭脳だ。

 専ら思考に使う事は無い知能の高さを、相手の動きを先読みする為にフル活用する………手の内が明かされてしまえばわかりやすい事この上ないが、その原理を知る者は一人しかいない上、その一人とて、あくまで朧気に予測を立てていた、程度でしかないのだ。

 

 なお、一番対処できていたのは、嫌がらせの如くワールドチャンピオン限定大会で必ず最初に当たっていた課金拳使いによる『予測しようのない超パワーで確実に殴り続ける』ブルジョワ戦法であった。

 

「ふっ」

 

 剣から、ショートカットで入れ替えた刀に逆手で持ち替え、刃を防いだラプチャーの対応は早い。刀で剣を絡め、腕をあらぬ方向に伸ばすと共に、剣伝いにエルフの王の脇の下から腕を切断。そのまま首元へと刃を突き刺し、心臓までを貫いた。

 

「が………あ………」

「む?もう終わりか」

 

 痙攣し、力なく崩れ落ちたエルフの王から刀を引き抜く。目前で死を迎えた男に思うところは欠片もありはしないが、一応念の為仲間たちへと振り返り、無言で意見を求める。

 

「………《燃え上がる三眼》の騒動、覚えてますか?」

「ああ、プレイヤーが蘇生しての無限PK………俺は信仰系はからっきしだぞ?」

「ペストーニャ辺りかなぁ………それなら、しっかり縛っとかないと」

「あ、使うなら最低位の死者復活(レイズデッド)で。レベルダウンが一番デカいですし」

 

 三人が盛り上がるのは、カルマ値マイナスが作用しているからか。

 ここで異を唱えないのは、レアケースでしかないプレイヤーの死に関する諸々を調べる絶好の機会だからか………優秀過ぎる頭脳ではなく、人間の醜悪さを見た事が直接的な原因とはいえ、ラプチャーの在り方は彼ら以上に人間性が欠けているようにも思える。

 

「では、そうだな………デミウルゴス。ペストーニャに連絡を。俺が第九階層に転移門(ゲート)を繋ごう。そこから蘇生開始、完了まで俺とコキュートスが護衛に入る。問題は無いな?」

「もち。俺たちじゃちょいとキツいっすわ」

 

 この場でパワーのある前衛足り得るプレイヤーは、ラプチャーのみ。とはいえ、エルフの王の武具はヘロヘロたちが回収している為、装備品が基本伝説級(レジェンド)である彼らを相手に深手を与える事は困難を極めるだろうが。

 

「お呼びに預かり、只今参りました」

 

 犬頭のメイドが降り立つのを確認すると共にラプチャーが頷き、意識を切り替える。ここで私的な思惑と利益を切り離して動けるのは流石というべきか、普段からそうしろと頭を抱えるべきか。

 

「セバス、戦闘中だろうエルフたちの救援を。デミウルゴスは魔将を指揮して、セバスがエルフを回収するのを補佐してくれ。仮に人間と接触したとして、殺害は厳禁だ」

「「畏まりました」」

「人間と接触した場合、デミウルゴス。お前が交渉しろ。万一に備え、コレを渡しておく」

 

 ラプチャーが指示を切り出し、二人が了承の意を示した。そして、ラプチャーはデミウルゴスへと自身のワールドアイテムを差し出す。

 

「しかし、それでは御方が!」

「コレがワールドアイテムを持っていないのは、ここまでで判った。ならば、ここからは無用になる。お前が役立てろ」

「………ハッ!必ずや、最高以上の成果をッ!」

 

 二人と二人に率いられた魔将が動き出し、王都を去るのを確認してから、ラプチャーはペストーニャ、コキュートスへと意識を向け、続けて三人に顔を向けた。

 

―――――

 

 約半日もの時間をかけ、エルフの王のレベルを一桁まで落としたラプチャーは、興味を失ったことと事後処理の準備が整った事を受け、ペロロンチーノと共に、一足先にナザリックに帰還していた。一応、交渉が出来そうなデミウルゴスと、交渉材料足り得るエルフの王の身柄は残してある………なお、ペロロンチーノが帰らされた本当の理由は、十中八九エルフ相手にアレコレ暴走する事を危惧されてだろう。

 

「あーあ、もうちっと色々見たかっ」

「ペロロンチーノ様ああああああっ!!!」

「ぐほああああああ!?」

 

 帰還早々、第六感で主の帰宅を察知したシャルティアに抱き着かれ悶絶するペロロンチーノを放り、ラプチャーは伝言(メッセージ)を繋ぐ。相手は、ある程度立場を偽る事無く活動可能で、即座に動けるだろうタブラ・スマラグディナ。モモンガに報告しないのは、最悪冒険者業をほっぽってこっちに来かねないからか。

 

「タブラか?」

『ええ、私です………どうしました?』

「色々あって、エルフの国の王をしていたプレイヤーを始末した。今後どうなるかは、茶釜たちとデミウルゴス次第だ」

「『はああああああああああ!?』」

「ちょちょ、タブラさん!?部屋の外まで響い………ラプチャーさん!ペロロンチーノさんも揃って、どこ行ってたんですか!?」

 

 モモンガがナザリックに居た。想定外の出来事に軽く目を剥きながらも、引き摺られていくペロロンチーノを意識の外に追いやり、今は自分一人である程度事を収める覚悟を決めた。

 

「………あー、モモンガ………とりあえず、タブラを呼んで欲しい。詳しい話は、円卓の間でしよう」

 

 三分とかからず三人で円卓の間に踏み込み、ラプチャーは二人にこれまでの顛末を掻い摘んで開示。すると、当然の如くモモンガが激怒した。

 

「何してるんですか!?相手の情報が欠片も無いのに、なんでそんな無茶を!」

「まあまあ、落ち着いてくださいよ。それで、事の顛末はわかりましたが、原因は何だったんです?」

 

 タブラがモモンガを落ち着かせながら問うと、ラプチャーは苦笑交じりに口を開いた。

 

「ペロロンチーノが、南の平野でエルフを拾ってな」

「南の………カッツェ平野でしたっけ?え?なんであそこで?」

「率直に言うと、奴隷だ。それも、王の私欲のために戦場に放り込まれた女性兵が、捕虜とされそのまま奴隷にされている、という訳だ。序でに、プレイヤーだったその王は強い子供の量産を目的としていた………レベル100純戦士の強姦魔、とも言い換えられるな」

 

 すると、二人の雰囲気が豹変した。言わんとする事を察したのだろう、当然の反応だ。

 

「ナザリックのNPCたちが被害に遭う可能性を想像して、茶釜さん辺りがキレたんですね」

「私も多分、キレてましたね………とはいえ、幾らなんでも無茶無謀が過ぎたんで、後で説教ですね」

「覚悟の上だ。俺は、な」

「………まあ、三対一で止めろってのは無謀ですよね………ラプチャーさんが、本気で止めようとしたかは置いておくとして」

「………」

 

 無言で目を逸らすという事は、そういうコトだ。モモンガが溜息を零し、軽く頭を抱える。

 

「情状酌量の余地なし、と………今度からは、せめて報告くらいしてくださいね?」

「今回については、お前の場合冒険者業をすっぽかすリスクを考慮したんだがな」

「………それについては、感謝します。絶対すっぽかしてましたもん、俺」

「私も同意ですねー。で、エルフの国がどうなるかによっては、どでかい後ろ盾になる訳ですが」

「ああ。デミウルゴスがお前の望みと勘違いしている『国興し』の第一歩になるだろうな」

「「国興しぃ!?」」

 

 二人が唖然とした様子を見せ、ラプチャーが楽しそうに笑う。

 

「アイツと同じ前提条件があれば、思考回路を理解できそうなのだがな………どうする?」

「いやいや、どういう理屈ですかそれぇ!?何をどうしたらアイツはそんな勘違いに行き着くんだ!?」

「………もしかしたら、アルベドもそうかも」

「………ヤバい、胃が痛くなってきた………」

「「いやお前、胃無いじゃん」」

 

 現実逃避気味のモモンガの泣き言に、二人からの無慈悲なツッコミが入った。




相手の動きから行動パターンを予測しての疑似未来予知………何だこのチート!?
なお、あらゆる意味で読めない課金拳は天敵中の天敵。ただし、相応の技量が無いとカモられる。


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一難去ってまた一難

 モモンガ、タブラの両名が数多のNPCと共にエルフの王国、ひいては彼らと戦争中だったスレイン法国との調停、及び和平に向かっている中、ラプチャーとペロロンチーノが頼まれたのは留守中のナザリックの守護だった。

 

「大丈夫なんですかね………?」

「少数精鋭、という事だな。それに、俺とお前とでは問題を起こしかねないと判断されたんだろう」

「やべぇ、反論できねぇ………」

 

 暴走しやすい二人を外すのは、英断と言えよう。戦力的にも、彼らの不足を補えるようNPCを選出している為、問題は無い筈だ。それを理解しているからか、ナザリック表層にて読書に勤しむラプチャーには不安の色が欠片もない。

 

「つか、何読んでるんです?」

「最古図書館にあった小説だな。版権切れの代物とはいえ、興味が無かったジャンルのものは新鮮でいい」

「小説かー………エロ系は運営がNO突き付けてたしなぁ」

 

 なお、ラプチャーの仲間のセクハラ野郎は上手く言語の壁を駆使し、かなりきわどい小説をたんまり持ち込んでいたりしていた。その才能と努力をもっと有意義に使え、と誰もが口を揃えて叫んだものだ。

 

「………まあ、趣向は人それぞれか」

 

 ラプチャーは思考を放棄し、本のページをめくる。文字の世界に意識を沈み込ませようとする彼だが、不意に放たれた問いによりその行動が一時停止する。

 

「そういや、前のギルドについて前に色々聞きましたよね」

「………ああ、そうだったな」

 

 思い浮かぶのは、馬鹿馬鹿しい日々。彼にとっては何もかもが新鮮で、退屈など欠片程もする事が無かった、出来なかった仲間たち。

 

「いやー、アルバムに載ってない事とかも、色々聞きたいなーと思いまして。ほら、ウチは良くも悪くもネームバリューすごかったっすけど、その」

「ああ、そうだな………中二病系ヘタレだの笑顔系魔王だの常識人の皮を被った脳筋だの肉食系同性愛者だの、濃いには濃いが」

「いやいやいやいや、ナニソレ初耳なんすけど!?つか濃い!?ウチのが可愛く見えるレベルで濃い!?あと肉食系同性愛者が女の人だったら詳しく!」

 

 ツッコミを入れながらも喰い付くところには食いつく。流石である。

 

「ああ………テーバイ、あいや笑顔系魔王を口説いては殴り飛ばされていたな。わざわざ吸血祖神(ザ・ワン)で怪物形態の無いロリヴァンパイアNPCを創って、オイラーに声だけは無駄によかったから、締め上げて声入れさせようと画策したりしていた」

「つまりはロリコン………いや、そのテーバイって人は?」

 

 同士に会えなかった無念を噛み締めながらも、ペロロンチーノは笑顔系魔王に喰い付く。

 

「普通に美人な女性アバターを使っていたな。ただ、魔法火力もだが筋力も凄まじくて、俺でも余裕で競り負けた」

「ガチめのネタビルドじゃねーか」

「あと、怖い。いつも笑顔な上に怒り狂っても声のトーン一つ変えないからな………」

「ヒェッ」

 

 ラプチャーの脳裏に浮かぶのは、リアルの感覚を喪わない為と相応に豊満なアバターを使っていた彼女を『パイさん』呼びしてはぶっ飛ばされるコーチ、といういつもの光景。問題は、ラプチャー以上にガチビルドの戦士であるコーチが成す術無くぶっ飛ばされる程の筋力を、眉一つ動かすことなく笑顔のまま振う事か。

 そして何より、ラプチャーが顔を引き攣らせ、微かに青ざめた上で『怖い』と零したのだ。ペロロンチーノが恐怖を抱くには十分過ぎた。

 

「魔境じゃないですか―ヤダー!?」

「安心しろ―――――コーチ以外は飛び抜けて強い、という事は無い」

「あ、そなの?いやセクハラ野郎そんなすげぇんすか?!」

「アイツに関しては、何より『読めない』からな」

 

 ギルドの仲間との交流で見せていた表情、心情に関しては、嘘偽りはないだろう。だが、それ以外がひたすらに読めない………ラプチャーでさえ、あの男のパターンを掴むことが出来ていない。本当の意味での真剣勝負には決して乗らず、言葉巧みに敗北の言い訳を挙げ、しかしギルド間抗争においては知略武勇併せて個人でトップクラスの戦績を齎す………まさしく『狡智(コーチ)』。

 

「そこまでっすか………」

「ああ。面白い男だったよ………ここでなら、全てを解明できただろうにな」

 

 未知の解明、という意味合いでも、友人としても。

 

「うわー………会いたいような、会いたくないような………」

「多分、シャルティア辺りはセクハラの餌食になるな。アイツ、そうやって相手を感情的にさせた上で情報を零させるには、あの単純さはもってこいだ」

「あ、多分俺そうなったらブチ切れて殺しにかかりますね」

「問題は、アイツはやろうと思えばワールドチャンピオンくらい簡単だろうポテンシャルがありそうなことくらいか」

「………ルベドくらいしか勝てそうに無いなぁ」

「敵対関係になった場合、ギルド関係で沸点が低すぎるNPCたちだと一方的に殺されかねんな」

 

 ここで何故ナザリックとの敵対方向で考えているのか、と疑問が浮かぶ。

 愉快犯でセクハラ魔ではあるが、分別はつくし弁えるべき相手にはしっかり弁える事ができる人間だ、とラプチャーは評価している。そして、弁えているように見せかけてここ一番で背中から刃を突き立て、相手を徹底的にこき下ろして嘲笑い、精神を逆撫でして冷静さを消した上で一方的にねじ伏せる外道である、とも思っているが。

 

「………なんつーか、ヤバいっすね」

「ああ。本当に、面白い男だよ」

 

 そう笑い、ラプチャーは本を閉じ―――――

 

「ところで、いつまでそこに隠れているつもりだ?」

 

 ナザリック周辺に広がる森の一角へと、目を向けた。

 

「え?あれ?ラプチャーさん、野伏(レンジャー)じゃないですよね………?」

「ここまで興味津々に聞かれては、気付かぬ訳もあるまい」

 

 嘆息し、興味深げに目を向ける。そして、ペロロンチーノへと教授するかのような口調で続ける。

 

「それに、何のために森にしたと思っている?隠蔽の難易度もあるが―――――」

 

 姿を現した白金の鎧から、声が響く。

 

「成程。この辺りでは見かけない草木が多いと思ったけど………釣り出された、って訳だね」

「ああ。ユグドラシルにおいても、エルフ、亜人、異形種は寿命が長いと定義されていてな。それらのルールもこちらにあるとなれば、そしてその定義に当て嵌まるような高位存在が広域を視ているとすれば」

 

 ペロロンチーノの目に、微かな畏怖が宿る。鎧の影でさえ、隠し切れぬ驚愕を滲ませている。

 

「ただ丘陵を創るよりも劇的な視覚的変化に釣られ、出てくるだろうと。森そのものを気にする事が無くとも、そこに特異な草木があれば、否応なしに目につくだろうからな」

「………そこまで考えていたんだね。ああ、別に監視はしてないよ。ただ、『漆黒』が突然消えたから、仕方なく序でに周りを見て回ろうと思っていたんだけど………」

 

 ラプチャーにしては珍しく、本気で思考を巡らせていた。ナザリックが無防備に近い事もあるのだろう、彼の思考は、ユグドラシル時代の知識までをも引っ張り出してのものとなっている。

 

「………アストラル系か?」

「へ?」

「鎧の稼働音が純粋な金属音だけだからな。スケルトン系なら骨と金属の接触音が、それ以外なら金属と肉体の接触でここまで綺麗な金属音にはならん」

「マジ?」

「ユグドラシルではそうだった」

「そうだったの!?」

 

 鎧の主は、目前の人間風の男への評価を切り替える。優れた頭脳を持つ者から、優れた頭脳を持つ変人へと。そう思うことが、隣の鳥人間を見る限り正解なのだろうと考えたからだ。

 

「ああ、誤解を解いておくと―――この鎧は空洞だよ。遠くから操作している」

「そうか………念の為聞くが」

 

 剣が二本と、漆黒の十二枚羽が展開される。一瞬、その掌に光り輝く羽根が見えた気がしたが、直ぐに拳は握り締められてしまい、その正体は掴めず仕舞い。

 

「敵対の意は?」

「君たち次第かな。君たちぷれいやーがこの世界にどんな影響を齎すかはボクたちにも読めないからね」

 

 プレイヤー、と口にした瞬間、ラプチャーがその姿をどす黒い蒼黒の炎へと変え、ペロロンチーノが弓を構える。

 

「八欲王!?」

「彼らとは違う。寧ろ、彼らと敵対………いや、ボクは戦いには出ていなかったけどね」

「成程、異形種狩りではないか………それとも、異形種そのものか?」

「正解だね。白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)と呼ばれているよ」

 

 竜王(ドラゴンロード)と名乗った瞬間、二人の緊張感が極限に達する。

 ドラゴンはユグドラシルでも強大であり、単純なAIでありながらもエネミーステータスでのレベル100ともなれば苦戦必至だったのだ。プレイヤー基準でも十分過ぎる程超スペックである為、否応なしに警戒が高まる。

 

「それで、こちら次第とは?」

「そのままの意味だよ。八欲王のようにこの世界を乱すなら、ボクは君たちと戦わざるを得ない」

「………あー………エルフの国の建て直しとか、国家の建設はその内に入るか?」

「………エルフの、って?………その、すまない。あまり外の情報は持っていなくてね。彼は共に魔神を倒した仲間だから信頼していたんだけど………なにが?」

 

 二人が顔を見合わせ、全力で肩を落とした。

 

「知らねえの?」

「本当に知らないらしいな………とりあえず、立ち話もなんだ」

 

 ラプチャーが伝言(メッセージ)を使い少しして、プレアデスが現れ、テーブルと椅子をセットしていく。茶菓子の類が無いのは、相手側に配慮させたからか。

 

「お前たちは戻れ」

「ですが」

「これはあくまで話し合いだ。威圧する理由も無いし、お前たちではコイツを止める事は叶うまい」

 

 プレアデスが有無をいう間もなく下がるよう命じ、その姿が消えてから、鎧に座るよう促す。

 

「えっと………大丈夫ですかね?」

「諦めろ。説教コースは確実だ………とはいえ、あちらはスレインとエルフの和平序でに上手く友好関係を築くのに忙しいだろうからな。全く、毎度毎度タイミングの悪い」

 

 スレインとの、という箇所に反応を示し、鎧が首を傾げる。

 

「スレイン法国とエルフの国が?………詳しく聞かせて貰っていいかな?」

「詳細は省くが、エルフの王がスレインの女を強姦して孕ませ、その女を奪還された末に戦争状態だそうだ。アレが女ばかり前線に送るせいで、捕虜はそのまま奴隷行きになっていてな」

「………そんなことが………」

 

 鎧が俯き沈黙する中、ペロロンチーノはただ黙っていた。

 この場においては、自分が不用意に発言するよりラプチャーに丸投げする事が正解であると思えたからだ。彼が畏怖すら抱くほど先の先まで見通し、思考を巡らせる怪物………なのか変人なのかイマイチわからない元人間の方が、色々と有利だろうと考えてのことだ。

 

「奴隷、というのもそうだが、王の愚行にも不快感が凄まじくてな。揃って王を殺しに行ったわけだ」

「………彼は?」

「ちょっとしたアンデッドにさえ敗けるだろうまで、殺して蘇生してを繰り返した。考え得るのは、エルフの欝憤晴らしのための公開処刑か、スレインに身柄を引き渡すかだな」

「そう、か………彼も、善良なぷれいやーだと信じていたんだけど………」

 

 悔いるような、嘆くような声に、二人が顔を曇らせる。

 

「………直接来て正解だったね。八欲王に比べ格段に理性的で助かるよ」

「………その八欲王だが、恐らくネームバリューに乗っかった末端プレイヤーだったんだろうな。浮遊都市とやらを有していたギルドは、ユグドラシルでも最上位のギルドの一角だったからな」

「あー、ありますよね。強豪ギルド入りしたから俺TUEEEE!って勘違いしてる奴。サ終迫ってた訳ですから、枠もあったでしょうしねー」

 

 ペロロンチーノの言葉に微かに首を傾げる鎧だが、深く追及はせずに続ける。

 

「成程、つまり彼らは大したことない存在だった、と言いたいのかな?」

「レベル的には十分高いだろうが、実力的には間違いなく低いだろうな。そもそも、連中はこの墳墓………ナザリックへの1500人規模での討伐隊に対し、メリットの薄さとデメリットの大きさを以て参加を蹴った連中だ。伝承に語られるような短慮を起こすとは到底思えん」

 

 微かに険のある言葉に対し、ラプチャーはあくまで淡々と自らの想定を述べる。

 

「せ、せんごひゃく!?」

「ああ!そういやあん時、上位ギルドは全く動いてなかったっけ!」

「その辺りのリスク管理の徹底が、ユグドラシル五指に踏み込めた理由だろうからな」

 

 途方もない数に呆然とする鎧に、ラプチャーは内心笑みを零した。

 先の反応から、八欲王やプレイヤーのおよその実力を知る事を見抜いていたからこその、ナザリック地下大墳墓に座すギルドの実績だけを端的に挙げ、牽制を測ったのだ。そして、その牽制の情報が与えた効果は絶大であった。

 

「………キミたちは、一体」

「アインズ・ウール・ゴウン………ユグドラシルプレイヤーに知らぬ者はいないだろう、数千にも及ぶギルドの最上位の一角に座していたギルドだよ。尤も、俺は新参だがね」

 

 内側は空洞だ、と鎧の主は語っていたが。ペロロンチーノは、鎧から生唾を呑む音が聞こえた気がした。



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建国に向けて

「―――――俺たちが居ない間に!?」

「ああ、理性的で助かったよ………お陰で、奥の手を使わずに済んだ」

 

 何故かダークエルフを引き連れたモモンガらが帰還してから。プレイヤー全員で円卓の間に向かい、ラプチャーとペロロンチーノは来客についての情報を共有していた。

 

「確か、あーぐらんどひょうぎこく?とかのつぁい………なんでしたっけ?」

「ツァインドルクス・ヴァイシオンだ。プラチナム・ドラゴンロードと名乗っていたな」

「ぷら………!?法国が言ってた『真なる竜王』とかいうのの一人じゃないですか!?」

 

 情報、大事。お陰で、モモンガらは事の重さを二人以上に強く受け止め、警戒を見せているのだ。

 

「それで、どうしたんですか?!」

「ギルドマスターと話がしたいそうだから、一旦お帰り願った」

「ラプチャーさんが討伐隊の件を伝えたもんで、結構ビビってましたけどね」

「八欲王というわかりやすい危険勢力が『叩き潰された』ではなく『自滅した』と書かれていた辺りから予想はしていたが、どうやら連中の手にも余る程度には厄介だったようだな」

 

 プレッシャーを与えると同時に、伝承が事実であるかを見抜いていたらしいラプチャーの発言に、驚き疲れたペロロンチーノが肩を落とす。

 

「余裕っすね………」

「そうでもない………それで、そちらの収穫は?」

 

 モモンガたちが一度顔を見合わせ、代表としてギルマスである彼が直接語る。

 

「とりあえず、エルフの国はナザリックの管理下、って形になります。後日、茶釜さんを暫定的な王として置いて、アウラとマーレで復興支援とか諸々をして貰うことになりますね」

「ふむ………それで、ダークエルフの方は?」

「エルフの国がある森の、更に南に住んでた一族です。なんでも、昔はこの近くの大森林に居たそうなんですが」

 

 たったそれだけの情報から何をせんとしているか見抜いたラプチャーは、軽く頷き了承と、警告を伝える。

 

「成程、大森林の危険因子の調査、及び排除………序でに彼らの住居を保証する、ということか。だが、それをすればデミウルゴス辺りが『国家建設』を大真面目に始めかねんが」

「理解早っ!?いやまあ、その通りですけどね?あと、デミウルゴスたちに解ってなかったって伝える訳にもいかないんで、スレイン法国了承のもと、ナザリック中心にもう『アインズ・ウール・ゴウン』って国を造ることを決定しましたし」

「………と、いうことは人間とダークエルフらの共存を目的にするのか」

 

 ラプチャーが納得したように頷き、そして笑みを深める。

 

「後日、というのもその怪物の件を片付ける為か………となれば、早急に調査せねばな」

「ただ、法国とやらが『カタストロフ・ドラゴンロード』とやらと同一と思われるとかって話なんで、俺の方で索敵向けのアンデッドを揃えるつもりです」

「アウラもだけど、魔獣たちも下手に傷付けたくないですしね」

「ああ、戦闘にはルベドも参加させるつもりです。ほら、相性的に理論上はウチに勝てる人いませんでしたけど、どれくらい強いか見てみたいじゃないですか?」

「というより、敵の規模が不明である以上可能な限り手札を切るべきだろうな。万一ワールドエネミー級だったら、俺もコレを使わざるを得んからな」

 

 ラプチャーが持ち出したのは、光り輝く黒の羽根。

 

「………え、っと?」

「モモンガさんも知らないんじゃ、ボクたちにはわかりっこないですね………」

 

 興味津々に見つめられる羽根を掲げ、ラプチャーが嘆息と共に告げる。

 

七大罪の傲慢(プライド・オブ・デッドリーシン)………簡単に言えば、初代ワールドチャンピオン・ムスペルヘイムが使ったものの傲慢バージョンだな」

「ッ、ワールドエネミー化!?」

 

 一時期、ワールドチャンピオン・ムスペルヘイムがワールドエネミー化アイテムを使用し暴れ回り、レベル100プレイヤー30人がかりで何とか撃破した、という事件があった。

 要は、それと同等………レベル100プレイヤーが二桁人必要な程の力を得る事ができるアイテム、というある意味破格の代物だ。尤も、入手難易度も相応に高く、そもそもワールドエネミー自体、生半可なプレイヤーたちでは呆気なく全滅がオチなのだが。

 

「マジかよ………え?ってことは、成功したの!?」

「何度かソロで挑んで、行動パターンを完全に把握して、その情報を共有してな」

『は?』

 

 ラプチャーの言葉に嘘偽りは無く、一人で挑んでAIのパターンを完全に割り出してから、仲間内にそれを共有。緻密な計算に裏打ちされた超絶細かなヘイト管理を徹底し、何時間にもわたる激闘の末に勝利したのだ。

 なお、コーチ以外は二度とやりたくないとげんなりしていた模様。

 

「AIは人間に比べ格段に単純だからな。シチュエーションごとに行動を割り出す必要があったお陰で、手間はかかるが」

「………それが出来る時点で異常だと思うなぁ………」

 

 リアルプログラマーの呟きに、一斉に同意が返ってくる。そんな簡単にできるのであれば、それこそ山のような討伐報告が上げられている筈である。

 とはいえ、今はそれに突っ込んでいる場合ではない。ぶくぶく茶釜が咳払いと共に、スレイン法国から求められた諸々の案件を列挙していく。

 

「まあ、そこは置いておくとして。問題はそこ以外にもありますからね」

「王国の制圧、帝国との面会………あとは竜王国への救援もお願いされましたっけ」

「多っ!?」

「あたしもそう思う」

「ボクもですけど………まあ、仕方ないと思いましょうか」

 

 弱者救済が理念の『アインズ・ウール・ゴウン』だ。王国の民、そして帝国の奴隷たちと竜王国で日々貪り喰われる人間たちもまた、彼らが救済すべき弱者に他ならない。ギルド古参の面々がいれば、誰もが首を縦に振っただろう案件ばかりだ。

 

「力あるものの義務、とでも言うべきか。まあ、いいだろう………それでは、役割をわけねばな」

 

 ラプチャーがクリップボードとルーズリーフを取り出し、六つの項目と割り当てるべき人員を調べ上げて行く。

 

「ぶくぶく茶釜、及びダークエルフ姉弟はエルフの国で決定………」

「いやいや、大森林のドラゴンロードの件は!?」

「そちらもそうだが、お前は冒険者業があるだろう」

「あ………」

 

 さらりとモモンガ、ルプスレギナを枠外へと書き出し、ラプチャーが続ける。

 

「とはいえ、手はある―――――まず、今回受けている依頼を完遂次第、俺がラプチャーとして直々に招集をかけに向かおう。既にルプスレギナの身の上を明かしている以上、あちらとしても神直々の招集とあらば動かぬ訳にもいくまい………まあ、代役のパンドラといつ入れ替わるかが問題なのだがな」

『はぁ!?』

「え、ちょ、初耳なんですけど!?」

「お前が代役も立てずに向かったからな………苦労したんだぞ?」

 

 ………そう。このポン骨、エルフ国関係の為に大慌てで出て行ったため、エ・ランテルに戻るべき冒険者としての件をすっかり忘れていたのだ。その結果、ラプチャーが一人でパンドラにこの件についてを話し、ラプチャー監督下でのルプスレギナ指導のもと、何とか演技を及第点レベルにまで上げて合流させたのだ………そして、パンドラの設定は………

 

「本ッ当に、すみません」

「まあ、人間ミスはある。そこを補い合えるのが、集団の強みだ」

 

 同情を集めるラプチャーだが、特に気にした様子もなく方針を決めて行く。

 

「未知のモンスターだが、最悪俺とモモンガで何とかなるだろう」

 

 何故、とは口にしない。ギルドの仲間は皆知っているから、と切札について教えている以上、彼がそれを知らない筈はないからだ。

 

「けど、効かなかったらどうするんです?」

「アレを無効化できるのはワールド級くらいだ。逆を言えば、それ以外なら問題無く倒せる」

 

 何より、魔法も物理も平均以上にこなせるラプチャーの存在が大きい。種族レベルの比率が非常に大きい堕天使に加え、種族特性込で第十位階を使えるようにする分の魔法職と戦士職という、ちぐはぐ極まりないビルドを三大ワールド職の内の二つを取得することで強引に補うごり押しスタイルだが、そのどちらも桁違いに強力であるコトに変わりは無いのだ。

 

「うわ、想像しただけで極悪………」

「実際、たっちさんが前衛に居る時にモモンガさんとかウルベルトさんに喧嘩売る人皆無でしたしね」

「次に、帝国の件だが」

『って、スルーかい!?』

 

 マイペースに進行するラプチャーへと、総ツッコミが入る。

 

「俺はたっち・みーと比べると壁としてもアタッカーとしても劣るがな」

「超火力魔法スキル持ちの癖によく言う………で、帝国の件は?」

「ヘロヘロ辺りがベストだろう。個としての防御能力はぶくぶく茶釜に次ぐし、何より見た目だけならば警戒され難い筈だ。交渉事に際しては、デミウルゴスかアルベドを連れて行き、一任すれば間違いはそうそうあるまい。特にデミウルゴスならば、相手のレベルを測るいい目安になるからな」

 

 『支配の呪言』のスキル効果は、この世界の一般的な人間戦力全般に通じるとされている。つまり、危険因子か否かの判断を凡そ一任できる、ということだ。そして、仮に動けたとしてヘロヘロは防御に秀でたスライム系である上、戦士相手ならば酸で武器を破壊するという嫌がらせも可能………後々に響くいやらしい選出である。

 

「竜王国だが―――――単騎戦力として最強クラスのシャルティアを前衛に、援護をペロロンチーノ、打ち漏らし対策の」

「待って待って待って!?え?いや、なんでそこまで詳しいんですか!?」

 

 悲鳴を上げるぶくぶく茶釜と、無言で同じように目を剥く他三名。ペロロンチーノに関しては、もう驚き疲れたのか呆れ気味である。実際、現実世界の住人がナザリック最高知能クラスの超頭脳を持ち合わせているなどと、予想しろという方が土台無理な話なのだ。

 

「救援、ということは相応の戦力に追い詰められているという事だろう?そして、スレイン法国は他に比べ全体的に見て優秀な戦力がある………そんな連中が手を焼くとなれば、人間種以上に優れた身体能力を持つ亜人種か異形種だろう。その規模が個であれ群であれ、強力な前衛戦力二名と後衛を連れて行くのは理に適っていると思うが」

「………ほぼ正解です、ハイ………いや、そんなに頭いいのに何で普段はあんな………」

 

 モモンガらが浮かべるのは、こちらに来てからのアレコレだろう。

 

「日頃、イチイチ頭を使って行動するか?………俺はしない」

「おいこら」

「あー、だからやたら無鉄砲というか、行き当たりばったりというか………」

 

 周りが妙に納得すると共に呆れ、そして頭を抱える。ワザとやらかするし★ふぁーとは違うベクトルの、特大の問題児だと否応なしに理解させられたからだ。しかも、考え無しな分あちら以上に予想がつかないという意味でも厄介だ。

 

「で、話を戻すぞ」

「ちょっとぉ!?」

「王国の件は、先ずセバスとユリを王都に潜り込ませておくべきだろう。犯罪組織と貴族が繋がっていると仮定するならば、最も集まりやすい王都に総本山があると見るべきだからな。あの二人の目に余るような真似をしているようならば、こちらから先手を打って秘密裏に潰す。そうして死人にして口を潰してから、連中の在り方を理由に王国に戦争を吹っかける」

 

 最後の最後に、とんでもない発言である。

 それこそ、彼らの目的に反しかねない発言だが………それくらい、この男も織り込み済みだ。

 

「そして、死者を出さずに大将首………つまりのところ、王などを捕らえる」

 

 デミウルゴス辺りなら勿体ぶる、或いは既に知っていると思って話さないだろう細部まで、しっかりと続けて伝える。

 

「王国は毎年の戦争で膨大な死者を出し、日々国力を低下させていると聞く。ならば、戦術らしい戦術も皆無だろうと容易に予想できるし、死者を出すことなく勝利に持ち込んでしまえば最後、民の心をこちらに移す事も不可能では無いだろうからな」

「成程………確かに、死者ゼロで勝利すれば戦力差もわかりやすいですし、あえて死者を出さなかったって事でこちらの評価も多少は好意的にできますね」

「序に言えば、重鎮貴族の中でも腐敗側に属する者を早急に発見できればそこで始末する事も出来る。秘密裏に始末するよりも、大々的に始末した上で広く報じる方が民衆の欝憤はよく晴れるだろうな」

 

 あっさりと結論を出し、ラプチャーは一呼吸置く。そうして周囲の反応を窺い、これまでの暫定的な選出を書き連ねたクリップボードをぶくぶく茶釜に手渡す。

 

「確認してくれ。異論が無いようならば、NPCたちも交えた会議を開き、これらの件を告げようと思う」

 

 そう告げる彼の選出に異を唱える者は、居なかった………というより、色々あり過ぎて思考を放棄していた。



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建国への一歩・レイドボス討伐

 玉座の間に集うNPCたちに、一同は今後の計画を告げる。

 

「―――以上の計画を以て、我らが座す『アインズ・ウール・ゴウン』の建国に向けたものだ。異論がある者はいるか?」

「では、私より一つ」

 

 デミウルゴスが口を開いた瞬間、ラプチャー以外のプレイヤーに緊張が走る。それをどう判断したのか、デミウルゴスが唇を噛み俯き、しかし名乗り出たからには、と問うべき事を問う。

 

「トブの大森林には、様々な亜人の集落があると思われますが、如何なさるおつもりでしょうか?」

「牙を剥くのであれば、相応の対処をするまでだ。尤も、遅かれ早かれ降参するのであれば、必要以上に手を下しはせんがな」

(………って、答えておけばいいよな………?)

 

 内心ビクビクのモモンガだが、その回答一つに満足したらしいデミウルゴスが引き下がる。お眼鏡に叶ったと微かな安堵を零し、モモンガは立ち上がる。

 

「決行は明日以降となる。各々、準備を始めよ!なお、ナザリックにおける業務に問題が生じた際は、こちらに残るタブラさんに問い合わせるように」

『ハッ!』

 

 至高の御方々の威光を知らしめる第一歩だけあり、その多くが大役を仰せつかっている守護者たちの気合は人一倍だ。そして、それに関与することが難しい他のNPCたちが浮かべる悔恨もまた、人一倍であり………

 

「………皆さん、ちょっと相談が」

「わかってますよ」

「流石にあそこまで落ち込まれると、心が痛いわ………」

「ボクも出かける訳ですからね………どうしましょう?」

 

 無人となった玉座の間で、プレイヤー一同が顔を突き合わせる。

 

「………都市開発でもするか」

 

 そこで最初に案を出せる辺り、ラプチャーは考えてさえいれば、本当に有能である。

 

「え?ナザリック周りを、ですか?」

「国家として成立させるなら、相応の首都が必要だろう?そこをナザリック近郊にするしないに関わらず、彼女らの言う『威光』を知らしめるに足り、且つそこに住まう者の利便性もしっかり考慮に入れた、大規模な都市開発計画の草案作成………悪くないのではないか?」

「非戦闘系が多いですし、アリかもですね」

「………けど、利便性って意味じゃ結構難題じゃないっすか?みんなナザリック至上主義だし」

「寧ろ難題だからこそ、護衛とか補佐みたいな重要な仕事って認識になるんじゃない?」

 

 そして、意外と好評だった。

 

「………あ、これ私が集計するパターンですか?」

「いや、流石にこれは後程皆で審議すべき案件だからな。あくまで草案を作成させるだけだ」

 

 責任重大では?と微かに震えるタブラに助け舟を出しつつ、ラプチャーは微かに思案する。

 

「………とはいえ、建築方面には疎いからな。最古図書館にあるその手の資料を片手に審議する羽目になるだろうな」

『あー………』

「デミウルゴス………も、今回は無理か」

 

 住人の利便性、となるとNPCは参考にならないだろう、というのが共通の認識だ。それくらい、ナザリック外部への意識に問題がある………とはいえ、これも悪の組織とその幹部風設定で楽しんでいた彼らの、身から出た錆なのだが。

 

「………ボクはやりますよ」

「俺も」

「私も、微力ながら。こっちにいる間に図書館を漁っときます」

「タブラさん、よろしくね」

「俺たちも、森の方が済み次第手伝うんで」

 

 気遣いを忘れない、いい上司たちである。ブラック企業の平社員が大半であったお陰で、他の者にあんな地獄を味わって欲しくない、という優しさからくる好待遇………

 

「とはいえ、準備の前にアレですね………場所も決めませんと。立地次第で色々条件も変わりますし」

「凡そ二つに絞れているから、草案を二つ作らせればいい。ナザリックを中心とするか、やや離れた南方のエリアにするか。理由は………今はいいか。それより、準備に移ろう」

「いや、理由も重要じゃ………」

「そうか?………ならまあ、話すべきか」

 

 ラプチャーが首都となり得る土地の選出で考慮したのは、『神』というネームバリューだという。

 

「直近であればあるほど、神のお膝元というネームバリューが力を持つ。それがあれば、相応に人も物も集まりやすくなるだろう。更に言えば、この近郊にあるエ・ランテルが交易拠点としても栄えている事から、その座を奪い取る、或いは並び立つことも不可能では無いだろうな。そして何より、俺たちには大きな利点がある」

 

 取り出したのは、『豊穣の神角(コルヌー・コーピアエ)』………それが意味する事を察した一同は、成程と頷いた。

 

「ユグドラシルアイテム!確かに、ソレがあれば量産は割と簡単ですもんね」

「そうだ。上質な物品を、程々の値段で適度に売り捌く。悪くは無いだろう?加えて、ナザリックを首都の中枢区画、或いは王城の類として整備しておけば、不用意な侵入も困難にできる」

「ホント考えてますね………四六時中それじゃダメなんですか?」

「………頭が良すぎるのも考え物だぞ?他人が同じ人間に思えなくなるからな」

 

 酷い物言いだが、この世界にも似たような人間がいる為、間違いとは言い切れない。

 

「お陰で、リアルでは周りの連中の何もかもが理解できなくてな………富裕層というより腐敗層だったよ、アレらは………全く」

「………その、すみません」

 

 うんざりしたように吐き捨てるラプチャーを前に、皆が揃って確信した。

 『地雷踏んだ』、と………

 

「低賃金で酷使するより、程よい賃金でやる気を出させた方が格段に効率も上がると、過去の資料を漁ればいくらでも出てくるというのに………そんなんだから年々出生率の激減に加え、各方面で人手不足が起こっているというのに、連中は………」

「ストップ、ストップ!俺が悪かったですから、ね?ね?」

 

 ………なまじ頭がよかったせいで、学ぶ余裕のある裕福な環境に生まれたせいで、彼は気付いてしまった。

 それを改善する為にあらゆる資料をかき集め、提示し、それすらも一蹴され………それを幾度と繰り返した末に、彼は諦め、その頭脳を使うことを放棄した。ユグドラシルに入れ込んでいたのは、頭を空っぽにできる数少ない環境だったからか、偶然にも彼に並び得る頭脳の持ち主と出会えたからか………

 

「………すまないな。嫌なことを思い出していた」

「いや、こっちも思い出させちゃってすみません………」

 

 なんとも言えない沈黙による重苦しい空気の中、ラプチャーは溜息一つ零したかと思うと

 

「まあ、要は『遊び』が欲しいから頭を使わないだけだ。最適解だけ選ぶ、近道ばかりするより、多少遠回りをした方が楽しいだろう?」

 

 頭を使う、使わない談義と同一視していいかは微妙ではあるが。その例は、ゲーマーであり割と遊びを交えたキャラクタービルドの彼らにはよく刺さった。

 

「まあ、そういうことだ。話を戻すが―――――」

 

―――――

 

 轟音と共に、大樹が荒れ狂う。その光景を前に、ダークエルフを下がらせ絶望のオーラⅠを放つモモンガ。そんな彼の頭上には、十二枚羽を広げるラプチャーの姿。

 

「でっか………」

「目測で………50は軽く超えていくか。さて、どう動く?」

 

 恐怖を覚えることなく荒れ狂う大樹から、モモンガが大きく距離を置き、迫る鋭利な根による攻撃をラプチャーが切り伏せる。

 

「ふむ、恐慌は無効か」

「期待はしてませんでしたがね」

「では、そうだな―――――万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)ッ!」

 

 雷轟を叩きつければ、巨大樹は絶叫と共に怯む。遠方からの攻撃に怯んだらしい巨大樹が無数の触手を地中から覗かせ、眼前の敵を殲滅すべく解き放つ。それに対し、ラプチャーは剣を手放し、スキルを発動。

 

暁の神撃(ポースポロス)

 

 ひとりでに振り下ろされるは、神聖属性と光、炎属性を宿す斬撃。その一撃の手応えと相手の上げる絶叫から、ラプチャーは凡そのダメージ量、そしてそこからレベル差を推定。その間に、モモンガもまた攻撃魔法を叩き込んでいる。

 

「問題は無いか」

「ええ、多分………使うまでもないですね」

「ああ。だが、数少ない優秀なサンドバッグだ、試せることは試すに越した事は無い」

 

 一度武器を手放し、その手を大きく払うようにして振り抜く。

 

黙示の暗黒(アキシオン・アポカリプス)ッ!」

 

 職業、種族の組み合わせによる魔法攻撃スキル。ランダム属性の第十位階相当ダメージが放たれ、大きく勢いを失っていた巨大樹の触手を貫き、本体へと大打撃を叩き込む。業火が、聖光が、暴風がその身を焦がし、抉る中、それでも大樹は未だ健在。

 情報魔法を使っておくべきだったか、とモモンガが若干後悔する中、ラプチャーはマイペースだ。どうやら、大したことないという認識に落ち着いているらしい。

 

「体力はレイド級か………まあいい。存分に叩き潰すとしよう」

 

 蒼黒の炎へとその身を変貌させ、100時間に一度、10分間持続可能な堕天使の固有スキル『天の水門』を行使。味方全体へのHPMP回復量増加、超位魔法を除くすべてのリキャストタイム短縮、付与されたデバフの効果時間短縮を始めとした強力なバフをばら撒く。これにより、モモンガの魔法使用のペースが向上する。

 

魔法三重最強化(トリプレット・マキシマイズマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)ッ!」

次元断切(ワールドブレイク)ッ!」

 

 最強クラスの攻撃を連続で叩き込まれ、巨大樹が絶叫を零す。その様子を陰から見つめ怯え竦む存在に気付くことなく、モモンガは魔法を、ラプチャーは魔法と物理攻撃を連続して叩き込んでいく。

 

魔法三重最強化(トリプレット・マキシマイズマジック)隕石落下(メテオフォール)!」

「ハァァァァッ!!!」

 

 隕石が轟音と共に激突し、ラプチャーの振う大鎌が業火と共に巨大樹の表皮を引き裂く。反撃として種子を撒き散らし反撃するが、ラプチャーは瞬時に軌道を割り出し、モモンガに直撃しかねないモノをスキルで破壊し、それ以外を巧みに回避。

 隙間を縫うように放たれる触手による刺突も、切り捨てられ、避けられ、受け流されで一撃として当たる事は無く、ダメージばかりが嵩んでいく。全力で頭脳を回転させながら行われる無駄の一切ない流れるような動きを前に、巨大樹は本能的に勝利を捨て、逃げを選択。だが、流れるような動きに隙を作り出す事は出来ず、時間だけが流れて行く。

 

「ッ、時間切れか!」

 

 しかし、ラプチャーの天の水門が途切れたことで、一瞬とはいえ流れが途切れる。リキャストタイムの短縮が消えたことで、次の手へのズレが生じたのだ。

 その間に逃亡すべく巨大樹が踵を返さんと大地を抉り鳴動する中、モモンガが叫ぶ。

 

「ラプチャーさん、12秒!」

「了解した!」

真なる死(トゥルー・デス)!スキル、The goal of all life is death(あらゆる生ある者の目指すところは死である)!」

 

 素早く対面へと回り込んだラプチャーは、二本の光属性を宿した剣による怒涛の連撃で巨大樹を足止め。そして、モモンガは背後に金時計を浮かび上がらせ、単体即死魔法を巨大樹へと放ち、時間の経過を待つ。

 

「チィッ!」

 

 そして、危険を察知した巨大樹の抵抗は相応に激しく、ラプチャーが予測するよりも早く、膨大な数の攻撃が迫ってくる。それを、課金拳使い相手でしか頼ったことの無い勘頼りで捌きつつ、耐え凌ぎながらも決して逃さぬよう押し留める。

 

「………時間だ」

 

 そして、時計の針が十二を指した瞬間。あれほど威勢良く暴れ狂っていた巨大樹はその動きを止め、凍り付いたかのように停止する。そして、その身は徐々に朽ち果てていき、やがて崩れ落ちる。天を衝くかのように聳え立っていた巨体は瞬く間に消え去り、後に残ったのは朽ち果てた木屑とも呼べない無数の細かな塵のみ。

 

「………は?」

「………え?」

「………なぁにこれぇ」

 

 モモンガ、ラプチャーが目の前の惨状に間抜けな声を零し、影から見ていた小さな影は理解を超えた現象の連続を前に目を回し、そのまま倒れた。




ラプチャ―の過去を軽く開示。
スキルは当然ダークラプチャーを元ネタとしております。


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計画は破綻するもの

 巨大な魔樹を滅ぼした二人の監督兼護衛のもと、ダークエルフたちが自分たちに合った住居の作成を開始する。労働力として、モモンガとラプチャー両名がスキルで作成、召喚したアンデッドや天使が加わるその光景は、非常に異質だ。

 

「………なにメモってるんです?」

「こちらの木材加工の工程や使用する道具、序でに彼らの建築様式についてだ」

 

 なお、その傍らで炎を上げる紙については、モモンガは見なかったことにした。単に、格式張った書き方になってしまった書き損じに過ぎないのだが、ラプチャーはその旨を告げていない。

 

「な、成程?」

「仮に首都を造ったとして、ダークエルフの居住区なんかを造る際の目安になるからな。まあ、人間相手には役に立たんが」

「まあ、そりゃそうでしょうけど………」

 

 高空から見下ろしている二人の声は、下には届かない。

 

「しかし、こういったものを見る機会は無かったからな。いい勉強になる」

「新鮮ですよね、確かに」

 

 眼下でせわしなく繰り広げられる作業を、なんとなく集中して見つめるモモンガと、興味の対象を適宜絞りながら観察するラプチャー。

 一言で表すならば、ただただ、平和であった。

 

―――――

 

 対し、バハルス帝国。

 

「いやはや、見事な手際にございます。流石は、バハルス帝国皇帝陛下」

(………最初の難関は越えた、か?)

 

 眼鏡をかけた悪魔の賞賛に愛想笑いを返しながら、ジルクニフは必死に思考を巡らせる。

 

「これで最低条件はクリア、という事で宜しいですね?ヘロヘロ様」

「ええ。奴隷となっているエルフたちの一斉回収、及び王国への侵攻の停止………こちらとしても喜ばしい限りです」

 

 ヘロヘロが笑う中、ジルクニフは表情の見えない難敵相手に微かに冷や汗を零した。

 

 まだ足りないのか、と。

 

「ええ。ですが、大森林については、一応帝国の領土となっておりますので。我々が管理、保全いたしますので、お譲りになっては如何でしょうか?元々、帝国側の森の管理はスレイン法国に一任していたと聞き及んでおりますし、実りの無い領土は不要でしょう」

(ぐ………っ)

 

 眼鏡の悪魔は淡々と、こちらを突き崩しにかかる。

 

「もしそちらに実利が少ないと仰るのであれば、我々から森の資源を格安で提供することを約束しましょう。加えて、高位のマジックキャスターであるアンデッドを、帝国魔法学院の教員として派遣する事も。フールーダ殿もより高い領域に至れることでしょう」

(ぬぅ………っ)

 

 ここで弱みとなったのは、先に悪魔ことデミウルゴスと相対し、その魔力に魅せられ、会議の場から放り出されたフールーダ。そして、国力強化の為に運営されている帝国魔法学院の存在だ。ジルクニフは即座に、そのアンデッドがフールーダを超える戦力足り得ると見抜き、欲をかけば却って実質的な不利益を被ると理解させられる。

 

「………いいだろう」

「賢明な判断、感謝致します。今後、貴国の有事においては、全力を以て支援する事を約束しましょう」

 

 スレイン法国が『神である』とした存在相手に、不敬は百も承知。だがそれでも、赤の他人の言葉より自分の直感を信じる方が百倍マシだと判断できる程度には、目の前に悪魔は信用ならなかった。

 

「………ああ、感謝するよ。デミウルゴス殿」

「いえ、こちらこそ」

 

 その笑顔の下に隠された感情を読めぬままという不安は在れど、ひとまずは良しとするべきだろう、とジルクニフは判断した。

 そして、王国がどう動くか、どう対処されるかを以て、今後の身の振り方を決める事を、固く誓った。

 

―――――

 

 その頃、竜王国の一角。新鮮な人肉を求めてビーストマンの軍勢が侵攻する筈のその地は、今や散り散りに逃げるビーストマンで溢れていた。

 

「っべー、単調すぎて寝そう」

 

 その戦場に在るのは、豪炎による遠距離攻撃で適度にビーストマンを消し炭にするペロロンチーノと、召喚モンスターと共に万を超える軍勢の半数以上を葬り去ったシャルティア、相手が圧倒的と見るや否や逃げの一手を選んだ彼らへの失望を隠さず息を零すコキュートスの三人だ。

 

「弱イ………コノヨウナ者ドモニ喰ワレタトイウ人間タチモ、コレデハ報ワレン」

 

 周りに散乱する肉片に構わず、業火が降り注ぐ中でシャルティアは舞い踊る。創造主と被造物の関係のお陰か、シャルティアとペロロンチーノは言葉を交わしていないとは思えないほどに見事な連携を見せており、一撃たりとも誤射は生じていない。

 シャルティアと、彼女が放つ吸血魔獣から逃げようとすれば業火に焼かれ、業火から逃げようとすれば巨大な馬上槍(ランス)の、或いは魔獣の爪牙の餌食となり、強靭な毛皮を容易く引き裂かれ死に至る。

 

「あれが、神の………」

「すげぇ………これなら、もしかしたら!」

 

 食人獣人のあまりの惨状を前にしながらも、これまでの無念が、悔恨が彼らへの同情を消し去り、自分たちの故国を取り戻せるかも、という希望へと変わっていく。

 

「やる気出てんなぁ………うっし!ロリ王女様の為、もうちょい頑張りますかね!」

 

 上目遣いで頼んできたロリモードの竜王国女王の姿を思い起こし、ペロロンチーノが奮起する。一層情け容赦の消えた業火が大地を抉る様に爆ぜる中、ペロロンチーノは眼下のコキュートスへと大声で叫んだ。

 

「掃討戦に入る!お前はそこの門を任せた!」

「承リマシタ」

 

 その両翼を広げ飛翔し、ペロロンチーノは独り言ちる。

 

「このまま本陣までカチコむか!」

 

 ………ブレーキが無いのは恐ろしい事である。ペロロンチーノは女王にカッコいいところを見せようとやる気を出し、シャルティアはそんなペロロンチーノにいいトコロを見せようとやる気を出し、それがペロロンチーノに不甲斐ない姿を見せるまいとやる気を引き出し………と、早い話が無限ループである。

 

「っしゃおら吹っ飛べ―――ッ!!!」

 

 思うがままにぶっ放しまくるペロロンチーノが止まったのは、陽が天高く昇ってからのことだったとか。

 

―――――

 

 昼時。ラプチャーがメモを取り続ける中、暇潰し的にアイテム整理を始めたモモンガのもとに伝言(メッセージ)の魔法が届いた。

 

「っと………私だ」

『モモンガ様』

「セバスか?まさか、早々になにかあったか?」

『はい………ユリと協議の末、違法な娼館をひとつ、潰しました』

(はやいよ!?)

 

 モモンガがあんぐりと口を開けたことで、ラプチャーは何かを察したらしく、思考を切り替える。これまでの考え無しの行き当たりばったりモードは一旦お休みで、デキる男ラプチャーとして動くべき時だと判断したのだろう。

 

「なにがあった?」

「………違法娼館を、潰したとか………シャドウデーモン経由でこちらに運ぶ許可をくれ、だそうで」

「わかった。ナザリック外部に場所を用意する。ペスを動かしておいてくれ」

 

 ラプチャーが素早く飛翔するのを見届けながら、モモンガは言われた通りの指示を下す。

 

「では、ナザリック外部にゲートを繋がせろ。その後は、ラプチャーさんの指示に従え」

『ハッ………如何なる罰であろうと』

「構わん。予想より早くはあったが、自由に動くよう指示したのは私だ。まさか、王国の闇がそこまで深いとは思っていなかったからな………まあ、丁度いい」

『………畏まりました。流石はモモンガ様にございます』

(え?セバスも深読みキャラだっけ!?あ、丁度いいって言っちゃったのが不味かったのか?ヤバイ、コレ絶対ヤバいよ………下手したら計画を大幅に修正する羽目になるぞ………!)

 

 モモンガが頭を抱える中、ラプチャーの感情を挟まぬ冷徹にも近い的確な指示により無事被害者一行は保護され、ペストーニャの手による手厚い看護を受け、夜までには肉体的に全快の状態となっていた。

 

 そして、一同が揃った夜。

 

「潰しましょう、今すぐ」

「潰しましょうか」

「ぶっ潰す以外ありえない」

 

 ラプチャーが報告した、セバスたちに回収された人々についての情報により、満場一致で王国との敵対が決定された。

 

「そうなりますよねー………まあ、構いませんけど………問題は」

「一気に戦争を仕掛けるか、それとも八本指とやらを始末してからにするかは任せるが」

『先に八本指(です)!』

「………やれやれ、作戦立案は不得手なのだがな。それに加え、あまりに情報が無いが………」

 

 そう苦笑しながらも、ラプチャーは自身の案を提示する。

 

「ナザリック総出で始末するぞ。悪寄りの者たちは特に、ガス抜きが必要だからな」

 

 幸いと言うべきか、この中に連中に慈悲をかけるような者はおらず。

 

「異論が無いなら、デミウルゴスに丸投げするが」

『丸投げかい!?』

「俺よりアイツの方が、他者に肉体的精神的問わず苦痛を与える案を出すのには向いているだろう?」

 

 全くその通りである。知能が高くとも、趣向の差異から来る作戦の性質の違いはあるのだ。

 

「うわー………クッソエグいコトになりそうなような」

「ラプチャーさんが言ってた内容的に、それでも温いと思うけどな?糞野郎ども、楽に死なせやしねぇぞ………!」

(あ、姉ちゃんガチギレだ)

(茶釜さんガチギレだよ………デミウルゴス、ハードルが高くなったぞ………主に残虐さの)

 

 静かに怒り狂ったぶくぶく茶釜に、一同戦慄。テーバイ以外が恐ろしいと思ったのは初めてだ、と後にラプチャーは語る。

 

「………善は急げ、早急に動くとしよう」

「たりめぇだ………生かして朝日を拝ませてやるわけねェもんなぁ………!」

 

 怒り狂ったぶくぶく茶釜に配慮して、ラプチャーはデミウルゴスに繋ぐ。

 

「デミウルゴス、緊急案件だ」

『ラプチャー様?』

「王都の犯罪組織、八本指を消す。オーダーは我々の存在を匂わせない、その上で末端の末端にまで、考え得る中で最大最悪の苦痛と屈辱、絶望を与える事だ。完了次第、連絡しろ。我々を含む、ナザリックの全戦力の使用を許す………ぶくぶく茶釜のオーダーだ」

『ッ、畏まりました!』

 

 やる気満々のデミウルゴスを確認し、ラプチャーは直ぐにメッセージを切る。

 そして、時間にして10分もたたず。デミウルゴスからの連絡を確認した一行は、玉座の間にナザリックのNPCたちを招集。そこでデミウルゴスによる作戦の披露、及び茶釜による『生温い』発言による敵対者への処遇の修正を経て。

 

「あー………うむ、見事だ、デミウルゴス。茶釜さんの言ったような、敵対者への処遇を除けば完璧であった」

「ハ………申し訳ございません」

「いや、お前が謝罪する事ではない。相手が茶釜さんの逆鱗に触れたことを伝えていなかったからな」

「っ、茶釜様の?!」

「直ぐ殺しましょう」

 

 アウラが殺気立ち、マーレが恐ろしいくらいドスの効いた低い声を漏らす。

 

「ダメだよ、アウラ、マーレ。茶釜様がお望みなのは死ではなく死以上の苦痛と屈辱だ」

「あ………」

「ご、ごめんなさい!」

 

 二人が顔を真っ青にして謝るが、茶釜は優しい声で二人をあやす。

 

「大丈夫だよ。二人とも、ありがとうね~………デミウルゴス、連中の処分、もっとエグくできない?」

「………申し訳ございません、ナザリックの設備では」

「いや、無理言ってごめんね」

(こえぇよモモンガさん!一瞬で冷静になって逆に超こえぇんだけど!?)

(言わないでくださいよ!俺だって何度も抑制されてるんですから!)

(今だけはアンデッドが羨ましい………!)

 

 そして、冷静に怒り狂うぶくぶく茶釜に、男性陣ガクブルである。

 

「それじゃあ………八本指を、地獄にぶち込むぞ。デミウルゴス、連中とつるんでる貴族とかの情報はしっかり抜き出せ。ことが済み次第、王国に戦争を吹っかけて………該当連中を、八本指のと同じ目に遭わせる」

「は………ハハァッ!」

 

 怒気を噴出させた茶釜に、男性陣のみならずNPCたちまでもがガタガタ震えている。怒り狂い様は、エルフの王の件の比ではなかった。




スランプ気味故、短めです。


茶釜さんガチギレにより、ナザリック内のパワーバランスが決まりました(白目)


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そして破滅への道は開く

 八本指、警備部門本部………

 

「この程度か」

 

 冷たく呟き、ラプチャーは片眼鏡片手に書類に手を伸ばす。

 壁には剣で、刀で腹部を貫かれ、身を固定された六腕四人の姿があり、唯一の女は砕かれたシミターを周辺に散らばらせた中にへたり込んでいる。

 

 高位のマジックキャスターへと服従を誓ったアンデッドが重要な書類の数々を抱えて駆けてくる中、ラプチャーは未だ息のある者たちへと目を向ける。

 

「さて………コレらはどうするべきだと思う?」

「ハ………敗ケヲ理解スルヤ否ヤ、自暴自棄ヲ起コシタ者ニ、慈悲ハ不要カト」

 

 冷徹なコキュートスの進言に、成程と頷く。武人気質である彼にしてみれば、看過できない愚考だったのだろうと判断したのだろう。ラプチャーは納得したように頷き、刀剣を引き抜き、刀身に付着した血を、重要性の低そうな書類で拭い捨てた。

 

「必要な情報は揃った。お前たちは手筈通りに」

「ハッ………コノアンデッドハ、如何ナサイマスカ?」

「折角だ、生かしておけ。アンデッドに性欲は希薄だし、ぶくぶく茶釜の逆鱗に触れるような真似はしていないだろう………念の為だ、俺の名を出しておけ」

「畏マリマシタ」

 

 アンデッドこと不死王デイバーノックは、確たる自我を持つアンデッドだという。レアケースの確保と序でに、人間とそれ以外の魔法習得に関する諸々の実験にも使えるだろうと判断してのことだ。とはいえ、茶釜がNOを突きつければ即座に切り捨てる程度の存在でしかないのだが。

 

「俺は遅れて戻る」

「ハッ」

 

 虫の息の六腕と共にコキュートスが消えてから、ラプチャーは自前のスクロールで隠密系の魔法をフル使用し、夜の空へと飛び立つ。

 報告書の一部にあった、断片的な情報。国の現状を変え得る法案やそれを権力を以て握り潰したことなどが記されていた諸々の報告から、彼は一つの答えに行き着いていたのだ。

 

―――――

 

「ふむ」

「っ!?」

 

 月明りのみに照らされた、豪華な一室。そこにたった一人で佇む少女は、突然響いた声に驚愕を示しながらも、極力刺激せぬよう穏便に振り返った。

 

「どちら様でしょうか?」

「辺境の村を救った神、とでも言えば満足か?」

 

 漆黒の翼を広げる、鎧の青年。成程、その姿と纏う鎧の質を見れば、神と名乗るのもあながち間違いではないだろうと納得できる。

 

「ラナー………ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ」

 

 本名を堂々と口にした下手人は、ごく平然とした所作で椅子に腰かけ、彼女へと目を向ける。

 

「いや、見事な頭脳だと感服させられる。キミが出した法案は、どれも革新的なモノだ」

「………お褒めに預かり、光栄です」

 

 笑顔を浮かべるラナーだが、内心穏やかではない。が、相手はそんな彼女の心情に構うことなく、つらつらと言葉を続ける。

 

「だが、解せないな。そこまで知っていながら、お前はいっそ不自然なまでに根回しというものが出来ていない………当然だろうな」

 

 その顔に、微かな笑みが浮かぶ。その瞬間、ラナーは確信を抱いた。

 

()()()()()()()()()()()()………だから、不用意に敵を作らぬよう立場を弁えて無能を演じた」

 

 ああ、間違いない………この男は、()()()()()()と。

 

「我々がこの国を滅ぼす………と言ったら、キミはどうする?」

「どうすればよろしいですか?」

 

 聡明な彼女は、即座に答えを導き出した。

 

「やはりな」

「化かし合う必要はありませんでしょう?」

「違いない」

 

 ラプチャーが喉を鳴らし笑う。

 

「逆に、キミは何を望む?」

「私とクライムの安寧を」

 

 即答する。言葉を濁すより、こうした方が好印象だろうと判断したからだ。

 

「なら、キミには何ができる?」

 

 ラナーが答えるより先にラプチャーが手で制し、薄い笑みを浮かべる。

 

「いや、答えずともいい。キミが協力を約束するのならば、こちらが指示を下すよりキミが自ら動く方が効率的だろう」

 

 そこに在るのは信頼ではなく、いつでもこちらの大切なものを踏み躙れるという余裕からだ、とラナーは判断した………ラプチャー自身がそこまで敵対的に応答する必要など、ありはしないのだが。

 

「………協力を、約束致します」

「それはよかった」

 

 ラプチャーにとってこの対談は、あくまでラナーという個人を見極め、計画の障害足り得るかを調べる為のモノ。予想より遥かに容易く懐柔できたことに内心驚きながらも、今後において最も大きな障害が消えた事に安堵を抱きながら、彼は席を立ち、スキルを発動。

 

「コレを置いていく。連絡があるときは、このテーブルを三回指先で叩くといい」

 

 無造作に召喚された天使が、物陰に消える。それを見届けながら言葉を残し、転移魔法で姿を消した堕天使。その姿を見届けるや否や、ラナーは即座に思考を巡らせる。

 全ては、自分と最愛の犬との安寧の為。

 

―――――

 

 ナザリック。数多の人間が悲鳴を上げる事も、意識を失うこと禁じられた上でこの世のあらゆる苦痛を凌駕する地獄を味あわされる中、それとは無関係な玉座の間で、彼らは次に向け準備を進めていた。

 

「八本指の撲滅、ご苦労だった」

「序に、情報収集もですね」

 

 彼らからの労いに、NPCたちが深々と頭を下げる。

 

「い、いえ!ボクたちは、そんな」

「あの程度の奴らに、後れなんて取りませんよ!」

「謙遜しないの。みんなの協力があったからこそ、事がスムーズに動いたのは事実だから」

 

 ぶくぶく茶釜の言葉に、NPC一同が隠し切れぬ歓喜を滲ませる。口にした当人が気まずそうなのは、今回の計画が殆ど彼女の私情によるものだからか………結果的に、問題は無かったが。

 

「デミウルゴス」

「ハッ。各部門より集めた資料より、王国にて排除すべき貴族の選定は完了いたしました」

「ご苦労………アルベド」

「リ・エスティーゼ王国に対する宣戦布告の準備、及び戦後処理の準備も完了しております。いつでも、実行可能です」

「よくやった」

 

 モモンガが鷹揚に頷き、その眼を輝かせる。

 

「では、中位のアンデッドに宣戦布告をさせるとしよう。中には冒険者を駆り出さんとする愚物もいるだろうが、まあ構う必要はない」

「それと注意点ですが、今回のは国を滅ぼす為の戦争じゃなくて、民間人の為、現在の腐敗した王国の支配体制を崩す為の戦争ですので、兵への死傷者は可能な限りゼロを目指す方針でお願いしますよ」

 

 ヘロヘロの注意事項に一同が神妙な顔で頷く中、セバスから報告の声が上がる。

 

「この場をお借りして、御方々にご報告が」

「ほう?」

 

 モモンガが興味深そうに笑みの気配を零せば、セバスはその身に纏う空気を一層鋭く変え、口を開く。

 

「ハッ………エ・ランテルにて活動中のルプスレギナより、神との面会を求め接触してきた者が二名。特殊なスティレットを四本持つ女戦士と、奇妙な宝珠を持つ男のネクロマンサーとのことですが、どちらも現地では高い実力を持つ者との報告が」

 

 現地では、という言葉の時点で守護者の大半が興味を失ったが、モモンガは奇妙な組み合わせに疑問を抱き、深く問う。

 

「女戦士とネクロマンサーか………今どこに?」

「エ・ランテルの墓地にある隠れ家に、とのことです」

「成程成程………ふむ、何れ会いに行くとしよう」

「そんな!モモンガ様が興味を持たれる程の存在ではございません!」

 

 アルベドが声を大にして異を唱えるのは、相手に女がいるからか。

 

「そう狼狽えるな。現地で実力者と知られるとなれば、我々が知らぬ事柄に精通している可能性もある。情報とは力だ。ならば、その力を得るのに労力を惜しむ必要は、無かろう?」

 

 モモンガの言葉に異を唱える事も出来ず、アルベドが黙りこくる。

 

「無論、最優先は王国との戦争だ。個人と一国の住民とでは、どちらを取るべきか明らかだからな」

 

 モモンガが立ち上がり、ローブを大きく翻し手を広げる。

 

「さあ、準備を開始せよ!」

『ハッ!』

 

 NPCたちが、一斉に動き出す。その間に、モモンガは伝言(メッセージ)をパンドラズ・アクターへと繋ぐ。

 

「私だ、パンドラズ・アクター」

『おぉ、モモンガ様ッ!如何なさいましたか!?』

 

 そして直ぐ、後悔した………が、仕方ないと私情を押し殺し、告げるべきことを告げる。

 

「これより、リ・エスティーゼ王国との戦争となる。ルプスレギナ共々一旦戻れ」

『畏まりましたッ!………では、接触してきた二名も、そちらに同行させても?』

「………ナザリック外部にセーフハウスを造らせよう」

『感謝ッ!いたしますッ!』

「ルプスレギナ共々、完全装備の準備をしておけ。我らナザリックが威を知らしめる為だ」

『畏まりましたッ!』

 

 それだけ告げると、即座にメッセージを切り………項垂れた。

 

(は、恥ずかしい………!)

 

 ラプチャーが無言で肩に手を置き、周囲から同情の視線が集まる。

 

「………とりあえず、メシ、行きません?」

「………行きます」

 

 この後、滅茶苦茶自棄食いした。

 

―――――

 

 食事を終えたプレイヤー一行が顔を突き合わせる、いつもの円卓の間。

 

「―――――という訳なんで、オーレオールを外に出してあげるべきだと思うんですよ」

「んー………けど、それやると転移門が使えなくなるんですよね………」

「けどさ、こういう時くらい出させてやるべきじゃないっすかね?」

「わかるけどさー………そうなると防衛とかどうするのって話になるよ?」

 

 今回揉めているのは、第八階層深奥にある桜花聖域の守護者、オーレオール・オメガについて。要は、彼女にも本格的な仕事を与えるか否か、という事だ。

 

「悪くは無かろう。短期間であれば、俺の方で超位魔法でも使ってモンスターを配置しておけば済む」

「………まあ、長期戦にはならないでしょうしね」

 

 ラプチャーはクリップボードに何やら書き綴り、作業中であると判る。

 

「じゃあ、多数決で………反対は俺と?」

「あたしはなー………んー、中立ってことで」

「それじゃあ、オーレオールにも出て貰うってことで」

 

 モモンガは決定を下してから、折角だしと悪ノリしてみることに。

 

「それじゃあ、『あれら』を動かしてみたりは?」

『賛成!』

「いやいや、冷静になろ!?」

「悪くは無かろう。どちらにせよ使わないのだから、ゴーレムと併せて置けば置物やコケ脅しと誤認されるだろう。誤認しない者がいるならば、それだけ大きな抑止力として働くし、いいこと尽くめだ」

 

 なお、ラプチャーはこれらの言葉を、ほぼ思考を挟まず口にしている。

 

「では、オーレオールにこの旨を告げてこよう」

「あ、じゃあ私はニグレドとルベドに」

「みんなフル装備でとか、いつ以来ですかね~」

 

 軽い様子で話し合う姿は、とても一国の存亡がかかっているとは思えない。とはいえ、腐敗し切った王国の現状もある為、腐り切ったリアル出身の彼らのこの反応は仕方ない所もあるのだが。

 搾取されていたサイドが殆どを占める彼らが、王国相手に手心を加える理由が無いのだ。徴用された兵の死傷者はゼロにするよう努める彼らも、貴族王族相手に慈悲慈愛を与える事は先ず無いのだ。

 

「さて………」

 

 第八階層の転移門を出てから、ラプチャーは手元のクリップボードに目を落とし、足を動かしながら暫し黙考する。

 そこに在るのは、八本指との繋がりのある貴族や王族のリストと、その領地規模、想定される兵力などを書き込んだ地図。問題は、性格等の情報の不足から、どのような布陣で来るかが不明瞭なコトか。

 

「………まあ、いい。そちらは後からでも手を打てる」

 

 クリップボードから視線を外し、目先に意識を向ける。

 これまでの草木皆無の荒野からは想像もつかないような、大輪の花をつけた大樹に囲まれた泉の中央。七匹の金色の蛇が絡みついたケーリュケイオンの前で、静かに正座する巫女服とメイド服を融合させたような装束を纏う女性が目を開け、静かに、しかし喜色を隠せぬ声で、彼の名を呼んだ。

 

「ラプチャー様」

「久しいな、オーレオール」

 

 栗色の長髪を三つ編みに結わえた、如何にも大和撫子といった気品を漂わせる美女。この場に他の姉妹がいれば、その顔に浮かぶ笑みが普段よりも明るい事に気付くだろう。

 

「早速で悪いが、通達だ。ナザリックの全勢力を以て、戦争に挑むことになってな。お前にも、完全装備の上で出向いて貰うこととなる」

「それは………!」

 

 歓喜を見せるのは、漸く平常業務以外の形でナザリックに貢献できるからか。

 

「畏まりました。このオーレオール・オメガ、万全を期して臨ませていただきます」

「それでいい」

 

 ラプチャーが頷けば、オーレオールから微かな歓喜が滲み出した。



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それぞれの選択

 軽い音が三度、豪華絢爛な部屋に響く。

 

「………なにを?」

「神との交信の儀式、といったところでしょうか」

 

 柔らかく笑うラナーを、エリアス・ブラント・デイル・レエブンは訝し気に見つめる。

 領地を、息子の安寧を護りたくはないか、という誘いに乗り、第二王子と《蒼薔薇》のリーダーが去った後も残ってみれば………と、微かな困惑が肥大化していた中、声が響いた。

 

「見ない顔がいると思って来てみれば………成程、レエブン侯とやらか」

「ッ!?」

 

 漆黒の靄から現れた、鎧の美丈夫。しかし、王国のあらゆる秘宝を超越しているだろう鎧すらも気にならなくなるほどに、その漆黒の十二枚羽に意識を奪われていた。

 

「な、あ………」

「わざわざいらっしゃるとは、それほど重要な案件でしたか?」

「エリアス・ブラント・デイル・レエブンは優秀な頭脳を持つ男と聞いている。直接会って話すのも悪くはない、と思ったまでだ」

 

 冷徹な光を宿す目には、興味以外の感情が無い。それを感じ取ったレエブンは、血の気が引く感触を味わいながらも、来訪してきた男と対峙する事を選んだ。

 

「………お会いできて、光栄です。ええと………」

「ラプチャー、だ。さて………」

「では、我が国の布陣から」

 

 ラナーがレエブンへと目配せすると、その意図を察した彼は即座に口を開き、地図を広げこの度の戦場、わざわざ都市部への被害に配慮して指定されたカッツェ平野を指し示しながら、王国側の陣地展開の仔細を語る。そして、それらを語り終えてから、王国のバランス取りに奔走していた蝙蝠はラプチャーの目を真正面から見据え、情報の見返りを求めた。

 

「………後出しになり申し訳ございません。ですが、ここまで情報を提供したのですから」

「領地と妻子、領民の安寧は確約しよう。元より、貴様はリストに入っていない」

 

 あまりにあっさりと断じられ、拍子抜けした顔をするレエブンを、ラプチャーは微かな失意と、多大な安堵を以て見下ろす。

 

「私とは対応が違いませんこと?」

「お前は、毒蛇とただの蛇を同じように扱うのか?」

「まあ!」

 

 心外だ、と声を上げるラナーに対し、レエブンは欠片程の同情も抱かなかった。

 

「ああ、ところで―――――()()()()()?」

「………やはり、見抜いておりますか………レエブン侯」

「この度、国家間の戦争ではなく、モンスターの討伐という体で冒険者を雇うことになりました………その為、先程説明した貴族の布陣の更に前に、《蒼の薔薇》《朱の雫》の二大アダマンタイト級チームを最前線に置く形になります。それに加え、エ・ランテルにて神の一柱とされていた女神官とその同行者が指名手配されております」

「そちらは心配する必要はない。既に帰還済みだ」

「流石ですね」

「とびっきりの愚者が多くて助かるよ。加えて、八本指を消したお陰で連中との取引記録、賄賂の額を始めとした要素からどのような人間かも割り出せる………それがわかれば、あとはその性格と置かれたシチュエーションから行動を割り出せばいいのだからな」

 

 ラプチャーは容易く言っているが、それが出来る人間など先ず居はしない。まして、そこから会ったことすらない相手の行動を先読みするなど尚更。

 

「………化物か」

「よく言われたよ。全く、出来のよすぎる頭脳というのも考え物だな」

 

 どこかうんざりしたように吐き捨て、しかしそれだけだ。

 

「俺だけでよかったな。他のがいれば、最悪死んでいたぞ」

「………ご慈悲、感謝します」

「俺以外相手には気をつけろ、というだけのことだ」

 

 そう踵を返したかと思えば、その姿が消える。その瞬間、緊張が途切れたらしいレエブンが大きく姿勢を崩し、ラナーさえも深い安堵の息を零している。

 

「はぁ………これで」

「ええ、我々は………しかし、よろしかったのですか?」

「私とクライム以外の全てが、どうでもいいので」

「アッハイ」

 

 こうして、二人の人間とその周囲の身の安全は保障された。

 

―――――

 

 エ・ランテル。その地に来訪していたアダマンタイト級冒険者、《蒼の薔薇》一行と、先行して来ていた国王直属部隊の長である戦士長は、宣戦布告してきた相手である神を名乗る者たちの一員と一時期行動を共にしていたとして拘束されている冒険者たちのもとへと向かっていた。

 

「こちらです」

「すまないな。あとは、我々だけで行おう」

「ハッ」

 

 見張りを下がらせ、六人は四人の冒険者と相対する。

 

「《漆黒の剣》の方々ですね?」

「は、はい………ペテル・モークといいます」

「存じ上げております。それで、件の神についてお聞きしたいのですが………」

 

 蒼薔薇のリーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラが口を開いた、その時。

 

「ッ、下がれ!」

 

 仮面のマジックキャスター、イビルアイが鋭く叫ぶ。その顔が向く先にあるのは、漆黒の靄で形作られたナニカ。そして、その奥から顔を出したのは―――二本のグレートソードを背にした、黒鎧の剣士と、卵のように丸い顔をした、しかし表情の伺えぬ軍服姿の異形。

 

「げっ」

「お初にッ!お目にかかりますね―――王国戦士長殿、そしてアダマンタイト級のお嬢様方」

 

 鎧の下から漏れる呻きを、芝居がかった大仰な仕草と共に放たれる叫びが掻き消す。それにより衝撃による思考停止を脱したラキュースは、剣に手をかけながら叫んだ。

 

「モモンッ!」

「モモンさん!?」

「………()()()()()、既に見極めの時は過ぎております。故にッ!本来の姿を、お見せするべきかと」

「う、うむ………そうだな」

 

 微かな困惑が滲む言葉と共に、鎧が光となり溶ける。そして、その下が明かされるより早く、影の体積が増し………《死》が降臨した。

 

「な………ぁ………」

死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)………いや、違う………そんな生易しいものじゃ………!」

 

 ある者は言葉を失い、理解できてしまったものは絶望に打ちひしがれる。

 圧倒的で、避けようのない絶対的な終末の具現。濃密な紫のローブは貴族王族など比ではない圧倒的な高貴さを漂わせ、それを纏う白骨の眼窩に灯る紅は、絶対的な死の気配を見る者に叩きつける。

 何より恐るべきは、ローブの色彩が放つ高貴さが死の気配の陰惨さをある種の絶対者が持つ王の気質へと昇華させ、目前の存在が高い知性を持つことを、否応なしに伝えてくる。

 

「ももん、さん………?」

「………冒険者モモンとは、この国を視る為の仮初の姿に過ぎん。そして、私が総てを見極める間もなく、この国の腐敗は明らかとなった」

 

 モモンガの言葉と共に、隣の軍服の姿が溶ける。ぐじゅぐじゅのそれが形を作り出し、輪郭をはっきりさせながら色を帯びて行く中で、《漆黒の剣》のマジックキャスターはその風貌から一人の女性を導き出した。

 

「おねえ、ちゃん………?」

 

 モモンガのNPC、パンドラズ・アクターが変じたのは、ニニャの姉ツアレ。

 

「やはりそうだったか………本人に確認させた甲斐があったというものだ」

「お姉ちゃんは!?お姉ちゃんに、何をしたんですか!?」

「治療を施し、望む通りの生活をさせている」

「治療って………穏やかじゃねえな」

 

 警戒を見せるルクルットに苦笑の気配を向け、モモンガが子細な情報を提示する。

 

「八本指、だったか?そこの娼館に居た………無論、治療により万全の状態に戻っている。心の傷まではどうにもならなかったが………」

(セバスと仲良くしてるし、大丈夫だろ………ライバル多いけど)

「待て、今の言葉を信用するのか?」

「まあ、そうなるだろうな………人間不信気味の彼女を連れて来るには、些かハードルが高かった、と言ったところで、それを証明する手段は無い」

 

 イビルアイの疑念は尤もだ。それを理解しているからこそ、モモンガは声を荒げないし、彼がその程度の事を気にしないと知っているから、パンドラも反応を示さず、元の姿に戻るのみ。

 

「確かに、そちらのお嬢様の仰る通り、我らに真実と証明する手立てはございません。ですが、《漆黒の剣》の方々の身の安全は保障いたしましょう」

「………信じられると、思うのであるか?」

「我が神がお救いになった地、カルネ村を知っていても、ですか?」

「………成程、貴殿が」

 

 ガゼフは納得を抱き、しかし警戒は緩めない。

 

「では、何故王国と戦争などと」

「王国は腐り過ぎている。故に、その腐敗を排し………腐敗の温床となった国王らを切り捨てる」

「ハッ!アンデッドに国政など」

「私だけでは出来ないだろうさ」

 

 イビルアイの言葉を遮りながらも、モモンガは彼女の考えを肯定した。

 

「だが、私は一人ではないからな。嘆き、憂うのみで国が動かぬというのなら、我々がやるだけの話だ。そして、その上で王族貴族が邪魔となるから排除する………簡単だろう?」

 

 王国の至宝総てを纏うガゼフが剣を抜き、切りかかる。モモンガは大して気にすることなく剣を受け………体に走る鋭い痛みに目を向き、大きく飛び退いた。

 

「ッ!?」

「モモンガ様ッ!」

「大丈夫だ………しかし、驚いたな。私に傷をつけれる剣があったとは」

 

 警戒の度合いを上げるモモンガの前へ、タンクの一人であるばりあぶる・たりすまんの姿を取ったパンドラが割って入る。しかし、主が冷静な対話を試みるその意思を尊重し、それ以上の行動はしない。

 

「ああ、案ずるな。王族は、一人を除き殺すつもりなど毛頭ない。尤も、自然溢れる僻地で軟禁くらいはさせて貰うがな」

「………一応お聞きしますが、その一人というのは?」

 

 ラキュースは疎か、皆が揃って『アイツだろうなぁ』と一人を思い浮かべる中、モモンガはその通りの名を告げた。

 

「バルブロ第一王子だ」

『………』

「………まあ、その反応は想定内だな………んんっ!そこでだ、ガゼフ・ストロノーフ、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ」

 

 モモンガは手を差し伸べ、そして語り掛ける。

 

「この度の戦争から手を引け」

「ッ、民を見捨てろと!」

「徴用された兵には被害を出さん。死者を出す間でもなく、我々は勝利できる」

 

 絶対的な自信のもとの言葉に、思わず言葉を失う。

 

「………その言葉、どう信じろってんだ?ええ?」

「ギルドマスターとして、《アインズ・ウール・ゴウン》の名のもと約束しよう。決して、無辜の民には死者を出さぬと………ああ、それと」

 

 モモンガの目が、牢に囚われた四人に向けられる。

 

「彼らには、色々世話になった恩がある。故にこちらで引き取りたい………そこを、どいて貰えるかな?」

 

 あくまで、こちらの意思を尊重………しているように見えて、その実意味などない。少し本気を出せば、彼女らなど塵より軽々吹き散らされるだけの命でしかないのだ。

 

「………っ」

「ふむ、では取引だ。私が彼らを引き取り、代わりに情報を与えよう」

「情報?」

 

 モモンガが堂々と口にした言葉は、到底信じられるものではなかった。

 

「難易度にして300前後の者が、私を含め16ほどだ」

「………は?」

「ルプスレギナは、難易度換算で大体180前後といったところか」

「………有り得ない………」

 

 絶望、などという言葉も生温い。それこそ、イビルアイがかつて相対した魔神でさえ、そこまでに達する者は―――

 

 そこで、イビルアイは気付く、気付いてしまう。相手の、正体に。

 

「………ぷれい、やー………?」

「ほぅ、知っていたか。だが、アインズ・ウール・ゴウンの名を知らぬという事は、君はプレイヤーではないようだな」

 

 モモンガが関心を示し、しかし頭を振る。

 

「いや、話はまた今度にしよう………そこをどいて貰えるかな?」

「いえ、彼らにも立場があります故、それは難しいかと」

「あ、そうだった………では、仕方あるまい………魔法三重化(トリプレットマジック)

 

 三十の光球が浮かび上がる。その光景に驚愕する間もなく、六人は回避行動に出た。

 

魔法の矢(マジックアロー)

 

 光の矢の群が、轟音と共に牢獄を破壊する。その余波で体勢を崩した六人の合間を悠然と進み、モモンガは囚われの知己のもとへと向かう。

 

「ああ、安心するといい。お前たちはカルネ村に預けるつもりだ。ニニャに関しては、ツアレとの面会を約束しよう。他の者たちは………彼女の精神状態次第、となるな」

「………信じて………私たちの命を預けて、いいんですか?」

「アインズ・ウール・ゴウンの名に誓って」

 

 モモンガの言葉を信じたのは、モモンとしての活動の中で見せた人柄故か。それとも、大切な仲間が抱く期待に応える為か。

 

「………わかりました」

「ペテル!?」

「ですが!………もし嘘であれば、私は刺し違えてでも、貴方を滅ぼします」

「………全く、いい仲間に恵まれたものだな、お前たちは。まあ、私の仲間には遠く及ばないがな」

 

 どこか自慢するように弾む声は、間違いなくモモンの時と変わらない。

 その事に苦笑しながらも、ペテルは不思議と不安を覚えなかった。それどころか寧ろ、彼がそこまで誇る仲間に会ってみたいとすら考えていた。



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絶望の始まり、戦士たちの輝き

 ―――――カッツェ平野。霧が晴れたその地に集結した王国の軍と冒険者一同、そして傭兵たちの目前に広がるのは、ただの空白であった。

 

「………どうなってんだ?難易度180超えのがいるんじゃねえのか?」

「おいおい、折角雇われてやったってのにそりゃねえだろ」

 

 アダマンタイト級《朱の雫》の一人の言葉に同意するように、蒼髪の剣士が肩を竦める。

 

「油断するなよ、()()()()()()

 

 それを咎めたのは、かつて御前試合において彼に勝利を収めた男、ガゼフ………その言葉に肩を竦める敗者、盗賊崩れの傭兵団の一員として雇われ、参加しているブレイン・アングラウスは至極どうでも良さそうに戦場を指し示す。

 

「つってもなぁ。いない相手は斬れねぇだろ?」

「相手は我々の想像を遥かに上回る存在だ。常識で測るだけ無駄だぞ」

 

 イビルアイがつまらなそうに鼻を鳴らし、戦場の奥を見つめる。

 

 そして、漆黒の靄が広がると共に。

 

『ッ!?』

 

 絶望が、広がる。

 気が付けば、目前には鎧に身を包む、大盾を構えたアンデッドの騎士に加え、それを背に乗せる靄を纏う白骨の馬で構成された騎兵団。それらと不釣り合いなまでに神々しい天使の軍勢が、何の前触れもなく前方に展開したのだ。

 

「な、ぁ………」

「そ、んな………死の騎士(デス・ナイト)をあんなに………それにあれはッ!」

 

 イビルアイは………十三英雄に加わっていた彼女は、知っていた。

 空に浮かぶ天使の軍勢の大部分を占める存在は、かつて魔神を滅ぼした存在であると。スレイン法国が最高位天使と定義する、普通の人間では勝ちえない化物………

 

威光の、主天使(ドミニオン、オーソリティ)………」

「知ってるの?イビルアイ」

「第七位階魔法を使う化物だ………それが、あんなにたくさん………」

「だいなな、いかい………お、おいおい、なに馬鹿なことを」

 

 大地を満たす不死者が、空を満たす天使が道を開ける。

 その奥には、いつ作り上げられたかも定かではない玉座と、そこに座す支配者の姿………ガゼフが知る者は影武者だったのではないか、と錯覚するほどに威圧感を増した、黄金の杖を携えたモモンガの姿があった。

 

「………あれ、が………」

「なんて戦力だ………」

 

 それを遠目から監視するツアーと、その友人である老婆が絶望の声を零す。

 絶対なる死の支配者(オーバーロード)に並び立つ、黄金の鎧の鳥人、漆黒の、そして桃色のスライムが一匹ずつに加え、おぞましい姿の脳食い(ブレインイーター)、そして………モモンガの杖に並び得る圧倒的な威圧感を放つ黒鉄の輝きを放つ鎧を纏う、漆黒の十二枚羽を持つ美丈夫。

 

「………なんだよ、あれ………」

 

 そんな彼らを守護するように立ちはだかるは、軍服を纏う埴輪顔の異形に加え、漆黒の鎧を纏い、ハルバードと大盾を構える騎士、巨大な馬上槍を手にした真紅の騎士、兄妹らしきダークエルフの双子に、浅黒い肌をした悪魔、そしてこちらに向かい重々しい音と共に歩を進める、肩に特徴的なメイド服を身に纏う美女を乗せた、ライトブルーの外殻を持つ巨蟲………

 玉座に座す者たちに背後に控えるメイドたちも、格は大きく劣るが、彼らにとっては100が99になった程度の誤差に過ぎまい。なにより、その背後に並び立つ無数の異形こそが、何よりも恐ろしい………あれが動き出せば王国など、いや………この世界など、容易く滅ぼされるだろう、と。誰もが、確信を抱いた。

 

「何をしているッ!進めッ!貴様らが命を懸けて、我々が生き延びる時間を―――――」

 

 前線に居た貴族の言葉は、不自然に途切れた。

 冒険者たちの視線は、腕を突き出した巨蟲へと固定されている。

 

「………コキュートス、もう少々加減なさい」

「ム………イヤ、問題アルマイ。アレノ周リニイルノハ、総テ取ルニ足リン雑兵ダ」

 

 巻き込まれたのは、貴族の私兵で。氷柱に貫かれたのは、彼ら(ナザリック)が消すべき貴族………

 

「サア、始メルトシヨウ」

 

 四本の腕が、武器を掴む。それに対し、隣り合う男たちはそれぞれ異なる反応を示した。

 

「来るか………ッ」

 

 ガゼフ・ストロノーフ………王国戦士長の地位を有し、王に忠義を捧げる男は、死を受け入れ剣を構え

 

「ひぃっ!?」

 

 背負うものの無い流浪の男は腰を抜かし、逃げの姿勢に。

 

「………貴様デハ勝テヌ。ソレヲ知リナガラ、尚挑ムカ」

「無論。私は王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ………陛下の剣なれば」

「ヨイ気概ダ………故ニ、惜シイ」

 

 コキュートスが、彼を手で制すような素振りを見せる。

 

「ココハ貴様ガ在ルベキ戦場デハナイ」

「何だと?」

「急ギ戻ルガイイ。尤モ、手遅レダロウガナ」

「どういう………ッ!?」

 

 陣の後方から、動揺の声が広がる。振り返ろうとしたガゼフを手で制し、右に逸れる事で本陣前まで見通せるようにしたコキュートスは、淡々と言葉を紡ぐ。

 

「隠密ニ長ケ、転移魔法ヲ使エルシモベ達ダ………貴様ガココニ来テイナカッタトシテモ、結果ハ変ワルマイ」

 

 そこで言葉を切り、コキュートスが再び立ちはだかる。

 

「貴様ノ主ガ降伏ヲ決定スルヨリ早ク、我ヲ越エテ行クガイイ………オーレオール、下ガレ」

「全く………騎馬隊、下がりなさい!騎竜隊は前へ!」

 

 ソウルイーターに座すデス・ナイトたちが下がり、代わりに前に出たのは、スケリトル・ドラゴンに座すデス・ナイトたち。上空の天使たちは、動くことをしない。

 

「援護ハ無用ダ………好キ武人ガイルトハ、王国モ捨テタモノデハナイナ」

「全く………冒険者たちを通すな!殺すな!ただ、手足の一、二本程度なら誤差の範囲内よ!」

 

 オーレオール・オメガの戦闘力は、レベル100NPCでも下の部類だ。が、その本質は戦士ではなく司令官………個としての戦場ではなく、軍を率いた時にこそ輝くものだ。軍の運用という点ではデミウルゴスに劣るが、軍団の強化という彼には無い長所を持つのが、プレアデスの末妹たる彼女だ。

 そして、それによりモモンガの職業スキルによるバフに加え、オーレオールの指揮官職の効果が発揮され、ミスリル級冒険者でも対処可能な骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に、アダマンタイト級でも厳しいデス・ナイトたちの能力が引き上げられ、彼らでは勝ち目が皆無のレベルに達したのだ。

 

「クソがッ!」

 

 エ・ランテルのミスリル級《クルラグラ》の者たちが挑みかかるが、ダメージらしいダメージが通らぬまま弾き返される。

 

「うおっ、らああああああっ!!!」

 

 蒼薔薇のガガーランがその戦鎚で渾身の一撃を叩き込むが、それで漸く体勢を微かに崩せるだけのダメージが通るかどうか。

 

「エルダーリッチ隊!」

 

 そして、背後に控える支援特化型の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の軍団の手により、そのダメージも回復されるどころか、強化魔法によるバフがかけられる。軍勢の質が、あまりにも違い過ぎた。

 

「超技ッ! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)ォッ!」

魔法最強化(マキシマイズマジック)水晶騎兵槍(クリスタル・ランス)ッ!」

 

 ラキュースの一撃がスケリトル・ドラゴンを、イビルアイの魔法がデス・ナイトを軽く退かせるが、直ぐにダメージを回復されてしまう。相手側からの攻撃が一切無いとはいえ、既に重要人物の悉くを抑えられている以上、状況が最悪であることには変わりがない。

 

「うおおおおおッ!六光連斬ッ!」

「フンッ!」

 

 ガゼフが放つ武技は、しかしコキュートスには届かない。そして、その一撃を防いだコキュートスは、初めて至高の存在たるギルドメンバーたちの決定を嘆いた。

 これほど素晴らしい武人が、自らの命を賭して挑みかかっているというのに、殺害を禁じられている以上容易く武器を振うことが許されない。ただ放たれる攻撃を防ぎ、最低限の牽制しか出来ないというのは、武人たる彼にはこれ以上無い苦痛だった。

 

「素晴ラシイ、全ク以テ素晴ラシイ………!」

「スゥゥ………ッ、―――――ッッッ!!!」

 

 大きく息を吸い、ガゼフは持てる全ての武技を駆使し、自身が放てる最高にして最強の一撃を、コキュートスへと放った。

 

「ォォ、オォオオオオオオオオオッ!?!」

 

 そして、リ・エスティーゼ王国の至宝………王家の秘宝全てを纏う男が放つ斬撃は、武器戦闘最強の武人のその身に深い、深い傷を刻み、噴き出す蟲王(ヴァーミンロード)の体液を以て、カッツェ平野の大地を汚して見せた。

 

「ナント………我ガ身ニ傷ヲ穿テル者ガイルトハ………!」

 

 数歩退きながら、コキュートスは歓喜と驚愕、そして賞賛を込め叫ぶ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ………ッ」

 

 極限まで武技を使い尽くした疲労困憊といった様子で地に膝を着くガゼフへと、コキュートスは惜しみない称賛の言葉をかける。

 

「ぐ………っ」

「素晴ラシイ一撃ダッタ………ダガ、惜シイ。傷ヲ穿ツコトハ出来テモ、ソレハ致命傷足リ得ナイ………」

 

 一歩、また一歩と進むコキュートス。ミスリル級から上の者たちはスケリトル・ドラゴンらの突破を試みており、それ未満の者たちは圧倒的過ぎる相手に尻込みしてしまう。

 しかし、そんな中でも。

 

「神閃ッ!」

「………ホゥ」

 

 甲高い音と共に、刀が弾かれる。コキュートスが見下ろした先には、先程まで腰を抜かし、逃げようとしていた男………ブレイン・アングラウスの姿があった。

 

「アングラウス、お前………」

「………俺には、覚悟が足りて無かったんだろうな」

「………イイ目ヲシテイル」

 

 その眼には、確かな恐怖は在るが………それをねじ伏せる強い意志もまた、存在していた。

 

「そりゃどうも」

「アア、惜シイ………御方々ヨリ命令ヲ受ケテイナケレバ、相応ノ力ヲ以テ闘エタダロウニ」

 

 故にこそ、嘆く。その覚悟に応じる事の出来ない、今の境遇を。

 

「そうかよ………おいガゼフ、もう限界か?」

「………何を………言うかと、思えば………ッ」

 

 大地を殴り、王国の至宝たる男が立つ。

 

「陛下はまだ降伏されていない………ならば、俺が倒れる訳にはいかないだろう………!」

「それでいい………俺は、こっからがスタートラインだ」

 

 ブレインが刀を、ガゼフが剣を構える。命を賭した二人の戦士の放つ輝きに心を震わせながら、コキュートスは敬愛する創造主より賜った大太刀を、最後まで残ってくれた御方よりこの戦の為にと賜った刀の二振りのみを構える。

 

「我ガ名ハコキュートス………アインズ・ウール・ゴウンニ仕エル、一振リノ剣ナリ………!」

「我が名はガゼフ・ストロノーフ!この国を愛し、守護する者だ!」

「ブレイン・アングラウス………今は、それ以外何も持っちゃいないが、救国の英雄ってのも悪かない」

 

 コキュートスが斬神刀皇、建御雷八式………創造主たる武神建御雷が最後に選んだ、二振りの刀を構える。ガゼフは王国の秘宝たる剃刀の刃(レイザーエッジ)を、ブレインは神刀を構え、それぞれ腰を落とす。

 

「「「………」」」

 

 三人の知覚から、音が消え失せる。

 蒼薔薇の者たちの放つ攻撃の轟音が、冒険者たちの攻撃が虚しく弾かれる音が耳に届かなくなり、ただただ相手の出方を窺い続け―――――風が、吹いた。

 

「―――風斬ッ!」

「ガゼフッ!」

「おう!」

 

 迫る斬撃。言葉を交わすより早く二人はその場を飛び退き、共にコキュートスへと迫る。

 

「ヌゥンッ!」

「っつ!?」

 

 防御は、不可能。故に、常に回避を前提として、ギリギリまで相手の動きを見極めなくてはならない。

 

「おおおおおおおおッ!」

「グッ、ゥゥ………ッ」

 

 得物のリーチ、相手の体格………それらを活かしたガゼフの斬撃が、再びコキュートスへと傷を穿つ。ルベドに比べ、姉妹以外に対しても仲間意識が多少マシなオーレオールが微かに顔を顰めるが、コキュートスは構わず続ける。

 

「ハァァッ!」

「神閃ッ!」

「ヌッ、グゥゥ………!」

 

 コキュートスの傷を抉るように放たれたブレインの斬撃が、微かなダメージを与える。

 

 侮り………確かにあった。そして、殺してはいけないという制約故に、手を抜いていた事も事実。しかしコキュートスは、それを現状に至る理由であるとは露ほども思わない。

 

「見事、見事………ッ!」

「だったら、さっさと道を開けてくれよなッ!」

「ソレハ、無理ナ相談ダナッ!」

 

 空いた腕の一本でブレインの刺突を防ぎ、下から両腕を斬り飛ばそうと刃を振り上げる。

 

「アングラウス!」

「おわっ?!」

 

 そしてそれは、ブレインの襟首を掴み後方に放り投げたガゼフのお陰で空振りとなり、地面に突き立った刃を踏み越え、ガゼフがその胴体の傷へと剣を突き立てんと迫る。

 

「甘イッ!」

「がっ!?」

 

 そして、二本目の空いた腕でその身を掴まれる。そしてガゼフは、その手に握る剣を手放し………

 

「借りるぜ、ガゼフッ!」

「ソウ来ルカ………!」

「神ッ、閃―――ッ!」

 

 翡翠色の刃が、ライトブルーの外皮鎧へと吸い込まれ―――浅くない傷をつくり、その体液を噴出させた。




戦争、開幕………一応、本作は建国時点で一端のENDを予定しております。


地上には威圧感を出す為のアンデッド騎馬隊、マジックキャスターメタの騎竜隊、その支援のエルダーリッチ隊。空には殺意満点のドミニオン級主力の天使部隊が展開という地獄絵図………尚、本陣にはもっとヤベーのがわんさかいる模様。


ガゼフ&ブレインVSコキュートス、色々制限がある&二人が死力尽くしまくって限界突破している為、割と接戦に………レイザーエッジくん便利ですわぁ………


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足掻いた者たちの敗北

 腕の外皮鎧の傷が訴える痛みのお陰で、コキュートスは冷静に対応する事ができた。

 手先で刀を上下反転させ、手首のスナップを利用し刃を振う。それにより、ブレインの肘から先が喪われた。

 

「がっ、ああああああああああっ!!!」

「アングラウスッ!?」

「………武技、侮ッテイタカ」

 

 そう、武技。この世界の戦士特有の技能。

 ガゼフとブレインは、コキュートスとの体格差、武器の長大さからくる小回りの利かなさを上手く利用する立ち回りに加え、巧みに肉体強化系の武技のオンオフによる緩急を加えるなど、コキュートスに無い技術を駆使していたのだ。

 

「………」

「コノ剣、カ………返ソウ」

 

 転がるブレインの腕が握り締める剣を持ち上げ、ガゼフへと差し出す。

 

「敵に塩を送るのか?」

「元ヨリ対等トハ言エヌ勝負ダ。今更構ウマイ」

 

 これがシャルティアであれば。セバスなら、アルベドなら、もっとあっさり終わっていただろう。アウラやデミウルゴスでさえ、もっと早くに無力化できていた筈だ。それほどまでに、体格差を、武器のリーチによる小回りの悪さを、相手は上手く利用していた。

 

「………ならばッ!」

 

 ガゼフが剣を構えると共に、コキュートスの四本の腕に、それぞれ武器が握られる。

 

「………来イッ!」

 

 傷に反し、コキュートスへのダメージは微々たるもの。だが、そんなことは些細な問題だ。

 戦士として、全力を以て目の前の勇士を打倒する。それこそが、最大限の礼儀だ。

 

―――――

 

 時は遡り、ナザリック側本陣。集められた貴族らを見下ろすギルメンたちの目は、冷徹を極めていた。

 

「きっ、貴様らっ!この俺を誰だと思っている!バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ、何れこの国を支配する男であるぞ!」

「へぇ………違法風俗通いが、ねぇ………」

 

 大きく声を荒げるバルブロへと、茶釜が憤怒を秘めた底冷えするような声を零す。

 

「なんっ」

「ああ、安心するといい」

 

 モモンガが手を挙げた瞬間。風を切る鋭い音と共に、バルブロの頭が消し飛んだ。

 

「貴様はもとより不要だ………シャルティア」

「ハッ」

 

 転移門(ゲート)へとその亡骸を放り込み、その場を雑に片付ける。この後、バルブロは蘇生された上で死を懇願する程の苦痛を与えられるのだが………それを知るのは、ナザリックの者たちのみだ。そもそも、その事を教えてやる理由など、欠片も無い。

 

「さて………」

 

 感慨の欠片も無い声と共に、ラプチャーが彼らを見下ろす。

 

「ランポッサ三世、だったか」

 

 そして、モモンガが口を開く。その先には、最後尾で二体のデス・ナイトに取り押さえられたリ・エスティーゼ王国国王、ランポッサ三世の姿が。

 我が子を目の前で殺された絶望を隠せぬ王へと、絶対なる支配者は無慈悲に語り掛ける。

 

「降伏の宣言をして貰いたい。我らとしても、虐殺は望むところではないのでな」

「………断る、と言えば、其方らはどうするのだ?」

「ほぅ、この状況でその言葉が出るとは、中々に豪胆だな。もう少し決断力があれば、多少は違ったのだろうが………そうだな、ではアルベドよ」

「ハッ」

 

 モモンガたちは当初の予定通り、『粛清』を前倒しに行うことに。

 

「では、まずは………ボウロロープだったか」

「なっ、何故私なのだ!?」

「八本指と繋がりがある………それでは不十分かな?」

 

 ハルバードが降り抜かれ、また一つ血の花が咲く。

 

「………っ!?」

「では、次はリットンか」

「ま、待っ」

 

 次に放たれたのは、槍の一閃。鮮血が撒き散らされ、枯れた大地を潤す。

 

「ブルムラシュー」

「かっ、金なら」

 

 今度は、魔法による業火で。悶え苦しむ様を見せつけ、数多の者に絶望を叩きつけた。

 

「フォンドール」

「ひっ!?」

 

 姓を呼ばれた枯れ果てた老人は、情けなく逃げ出すも、デス・ナイトたちに散々嬲られ、遊ばれ、痛めつけられた末に、断末魔の悲鳴を迸らせ続け………エルダーリッチが回復魔法でその身を癒し、更に徹底的に痛めつける事の繰り返し。

 

「ひぃぃっ!?」

「さて、では次は………」

 

 貴族の名を呼び、次々に惨殺していく。死体が出来上がっては、未知の黒い靄に放り込まれては、跡形もなく消え去る様は、恐怖でしか無いだろう………だが、中にはその法則性を見抜き、静かに座す者も居た。

 

「………ほぅ、貴様は怯えぬのだな」

「元より老い先短い身だ。今更死が早まる程度、恐れはせぬ」

 

 ウロヴァーナ辺境伯は、既に気づいていた。彼らが殺害しているのは、八本指に深くかかわり、数多の利益を得ていた者たちばかりであると。

 

「それに、だ。貴殿らは、殺す者を厳密に選出しているのだろう?」

「………全く、いい目をしている」

 

 モモンガが微かな苦笑を零し、左右に目配せする。

 

「………まあ、意志は固いみたいですし?チマチマやっても無理っしょ」

「ですね」

「では、いい加減面倒になってきたところだ。纏めて始末しろ」

 

 その瞬間、数多の命が散された。ラプチャーがニグレドの協力のもと、守護者たちに徹底的に始末していい人間の顔を教えたお陰だろう。

 

「こ、れは………」

「八本指と繋がっていた者たち、ですね」

 

 腰を抜かしたペスペア侯へと、レエブンが静かに事実を告げる。知っていた人間とはいえ、目の前で繰り広げられる殺戮劇には耐え切れなかったのか、大分顔が青い。

 

「さ、参考までにお聞きしたいのですが、どのようにしてこの軍勢を?」

「予め超位………ああ、こちらでは第十一位階か?魔法の屍軍氾濫(タルタロス)天軍降臨(パンテオン)で召喚したアンデッドや天使を、広域化した第十位階魔法、完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)で隠していた。序でに、強力なアンデッドに誘引されてきた連中を支配下に置いて加えたりもしたな。エルダーリッチより上位のオーバーロードを組み込んだからこそできた芸当だな」

 

 参考にすらならない話だ。前々から超位魔法を使用可能になる度発動して軍勢を作り上げて置き、それを魔法で隠していた………アンデッド反応に敏感なイビルアイですら気付けなかったのは、ここカッツェ平野は常にアンデッド反応があるからか。

 

「………なんと」

「さて、貴様の忠臣は、果たして我々の軍勢を超えて………ッ!?」

 

 モモンガが、玉座に座す異形たちが一斉に立ち上がり、従者としての立ち位置を取っていた者たちが一斉に殺気立つ。そのあまりの強烈さに怯え竦みながらも、生き残りたちは背後へと目を向け………言葉を失った。

 

「おお、ガゼフ………!」

「コキュートスッ!?」

 

 どす黒い液体を撒き散らし、コキュートスがたたらを踏んでいた。

 その光景を作り出したのが誇るべき忠臣であると理解したランポッサが歓喜の声を零し、モモンガは悲鳴を零す。

 

「な、何故ですか!?コキュートスがあの程度の者に傷を負わされる等………!」

「………成程、ガゼフ・ストロノーフの剣ですか」

 

 パンドラが冷静に事態を分析する中、コキュートスの親友であるデミウルゴスが食って掛かる。

 

「どういうことです!?そんな報告は受けていませんよ!」

「ええ、しておりませんからね」

「パンドラズ・アクターッ!」

「報告してしまえば!貴方方は怒りに任せ行動してしまう………そうなれば、計画は破綻してしまいます。それは、それだけは避けねばならなかった………わかりますね?」

「………なにが、あったのですか?」

 

 パンドラの言葉で冷静さを取り戻したデミウルゴスは、冷静に問う。

 

「あの剣は、モモンガ様に傷を刻んで見せました」

「「殺しましょう」」

「はやまるな」

 

 アルベド、シャルティアが殺意を漲らせ一歩前に出る中、ラプチャーが待ったの声をかけた。

 

「ですがっ!」

「………ナーベラル・ガンマ。意見があるのだろう?」

 

 食い下がるアルベドに何も言わず、ラプチャーはコキュートスへと微かに他者と異なる視線を向けていたナーベラルへと声をかけた。

 

「………いえ、言うべきことは何も」

「命令だ」

「………できれば、介入は控えていただきたくございます。コキュートス様は今、非常に満たされているように思えますので………」

 

 火花は、散らない。武具の差があり過ぎるからこそ、防御は不可能。故に、武具と武具の衝突により火花が散る事は無い。

 体格差とリーチ差、その二つを存分に利用して賢しく立ち回る人間二人と相対するコキュートスを冷静に見つめ、デミウルゴスもまた納得の様子を見せた。

 

「………そう、ですね。彼が満たされているのであれば、介入は控えるべきでしょう」

「デミウルゴス、甘すぎるのではなくて?コキュートスはナザリックの、それも階層守護者の一人。そんな存在が、人間風情に後れを取るなど、到底許されることではなくてよ?」

「冷静におなりになられるべきかと、守護者統括殿」

 

 怒気を滲ませるアルベドをどう説き伏せるか思考を巡らせんとしたデミウルゴスへと、パンドラが助け舟を出した。

 

「あの二人はリーチ差、体格差をよく活かしております。コキュートス様がお選びになった二振りは、リーチがあるが故に潜り込んできた相手に弱く、また我々より大柄であるが故に、潜り込んでしまえば動きを大きく制限できる………そこに武技を用いた緩急を加え、動きを読み難くしているのですよ。いやはや、お見事です」

「………それにだね。その姿ならば兎に角、本来の姿を取ってしまえば、キミも彼のようになると思うのだがね?」

「う、ぐ………」

 

 アルベドが言葉に詰まる中、モモンガらは静かに席に戻り………戦局を見極めている。

 

(コキュートス………頑張れよ)

 

 武人建御雷から託された刀、建御雷八式を与えたのは、他ならぬモモンガだ。

 それが足枷になってしまったのか、と後悔を抱きもしたが………活き活きと戦う姿を見ると、思い出すのだ。戦闘が大好きで、全滅する事も楽しみとしていた武人の姿を。ああ、やはりあの人の作ったNPCなのだと改めて実感する事ができて、何とも言えない温かい気持ちに、なれるのだ。

 

「………ガゼフ・ストロノーフがここまで辿り着けたのなら、我々は手を引こう」

「ラプチャーさん!?」

「ただし、だ。貴様らが再びこれまでのような腐った国を造り上げることがあれば………」

「………わかっておる」

 

 モモンガが非難の視線を向けるが、ラプチャーはこれでいいと考えている。

 

『どういうことですか?!』

『あのコキュートスを超える事ができたのであれば、それは素晴らしい偉業だ。ならば、相応の褒賞は必要だろう』

『そうですけど………』

『それに、それくらいの気概を見せねば奴も納得するまい』

 

 メッセージでの短いやり取りを終え、一行はコキュートスの戦闘に目を向け………宙を舞う、鎧に包まれた腕を見た。

 そして、コキュートスの足元。片腕を失い、膝を着くガゼフの姿を。

 

「………降伏しよう」

 

 ランポッサの判断は、早かった。

 

「我々の勝利、だな」

 

 こうして、リ・エスティーゼ王国の歴史は幕を閉じた。

 しかし、ガゼフ・ストロノーフの名は、絶対者たるアインズ・ウール・ゴウンの一員へと一矢報いた人間の勇士として、ナザリックが在る限り語り継がれ続ける事だろう。

 

「これよりリ・エスティーゼ王国は解体され、我らアインズ・ウール・ゴウンによる新たな国となる。貴様らの処遇は追って伝える事としよう………デミウルゴス、帰してやれ」

「ハッ!」

「シャルティア、コキュートスとあの二人の治療をしてやれ」

「よ、よろしいのでありんすか?人間なぞに………」

「構わん。あのコキュートスにあそこまで抗って見せた人間だ、それくらいはしてやれ」

「は、はぁ………」

 

 デミウルゴスの転移魔法により、国王や貴族たちが返され、シャルティアがコキュートスらの治療に向かう。が、不承不承といった様子だった為、大分してから心配になったペロロンチーノが後からついて行くことに。

 

「大丈夫かなぁ………」

 

 心配して空に舞う天使の合間を縫って向かったペロロンチーノは、五体満足に戻った上で、妙に仲良さげに大地に胡坐をかく三人と、呆然とそれを見つめるシャルティアの姿が。

 

「………」

「成程、あれが『少年漫画的展開』というものか」

「うわっ!?いつの間に!?」

「天使の損耗確認をな………アンデッドは知らん。モモンガやエルダーリッチ、オーバーロードたちが適宜自然発生個体を制御下に置いていたから、総数を確認できていない」

「逆に、天使の方は把握してんのかよ………」

「損害はゼロ………レベルを考えれば納得がいくがな」

 

 呆れるペロロンチーノを余所に、ラプチャーは天使の損耗報告を上げる。

 下で芽生えている男たちの友情のことは、すっかり頭から抜けていた。



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国が興り、次のステージへ

「やれやれ、国家建設も楽じゃ無いなぁ」

『同感』

 

 アインズ・ウール・ゴウンのプレイヤー一行は、それはそれは疲弊していた。主に精神的に。

 

「しかし、アレ渡しちゃってよかったんですか?」

「防御パッシブ完全貫通の剣ですか?まあ、あくまでダメージを通せる、ってだけですし?それにコキュートスたっての願いでもありますし」

 

 ………件の剣こと剃刀の刃(レイザーエッジ)だが、後の実証の結果、防御パッシブを貫通した上でコキュートスに傷を与えはしたものの、ダメージ自体は微々たるものであったことが発覚。あの時ほどの傷は、ガゼフクラスが強力な武技をしっかりと使った上で初めて刻めるものだと判明した。

 

 更に言えば、コキュートス自体が他の戦士系守護者らに比べ防御面の補強手段に乏しかったことも理由の一つであると判明し、揃って胸を撫で下ろしていた………その際、戦士レベルを上昇させるというぶっ壊れアイテムが発見されたものの、後程訪問してきたツアーらに無事返還された。

 

「えーっと………帝国、法国、竜王国、評議国とは現状問題無し、でいいんですかね?」

「そうなるな。エルフの方は言うまでもないが………まあ、それより今は」

 

 立ち上がったラプチャーは()()()()、眼下に広がる()()()を、仲間たちと共に見下ろす。

 

 リ・エスティーゼ王国解体から早一カ月。王国解体、及び新国家建設に際しエ・ランテルという街は消え、ナザリックのNPC主導で建設された新興国家《アインズ・ウール・ゴウン神国》のお膝元にして首都たる大都市《ナザリック》へと多くの住人が集った。

 と、いうのも、既にバレアレ一家が移住していた旧カルネ村を中心とした区画周辺に彼らを知る者が居を移し、そこから口コミで好意的な評判が広まったお陰でもあるだろう。とはいえ、ダークエルフや一部のエルフ、更にはこの短期間で上手く従属させた亜人も入り乱れている為、完全に平穏、とはいかないが………

 

「えーっと、それで他はどんな感じでしたっけ?」

「冒険者組合であれば、お前たちのお望み通り()()させた筈だな。今頃星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)でカッツェ平野に作成したダンジョンで鍛えている最中だろう」

「旧リ・ブルムラシュールは、北部の監視も含め現在パンドラとその補佐にセバスが、旧リ・ボウロロールにはコキュートスと補佐のユリが滞在、暫定統治をしてますね………コキュートス、大丈夫かなぁ………」

「補佐役にユリくっつけてるし、大丈夫………だといいなぁ」

 

 ナザリックが存在するのは、アゼルリシア山脈の南端方面。その為、監視の目が届きにくい北部への牽制の為、今後に向けたNPCによる統治のモデルケース確立も兼て、特に広大且つ野放しにするのが得策では無い地に、比較的善寄りのNPCを置いているのだ。

 

 悪寄りのNPCの場合、万一があった場合が不味い為保留中………というより、アルベドとデミウルゴスには新興都市《ナザリック》の運営を丸投げしている為、そっちに回す余裕がない。

 

「で、王様たちは海沿いでしたっけ?」

「そそ。有事に備えた護衛としてフル装備のガゼフってあのオッサンを放り込んでる………にしてもクライムだっけ?羨ましいなー!金髪美女の嫁とか!」

「………ソウダナ」

 

 割と本質を理解できているラプチャーの生返事を気にすることなく性癖について熱弁するペロロンチーノを前に、茶釜はこの愚痴をシャルティアに伝える事を決意した。

 

「現状、問題らしい問題は皆無ですが………」

「この一月、リング・オブ・サステナンス常備で働きまくりましたからね………休みたい」

「いや、アウラとかマーレも頑張ってるのにそりゃないでしょ愚弟」

「そ、それじゃあ!みんなで宴会しようぜ!こう、パーッ!って感じで!」

「いい案ですね!………あ、けど俺が人間の姿になるとアルベドが………」

「………メイドたちが委縮しそうだなぁ………」

「「あ………」」

 

 問題発覚により、打ち上げの予定は霧散………

 

「あ、アルベドにも同じアイテム使えば!」

「………アレもう一個あったかな………」

「あ、そこからですか………っと、一旦その話は置いておきましょう」

 

 ヘロヘロの咳払いが、話を元に戻す。

 

「現状、元王国エリアに問題は無し、ってことでいいんですよね?」

「ええ、現状は報告がありませんね」

「そりゃいいや、あたしたちの仕事が減る」

 

 精神的な疲労を隠せぬ面々は、その事実に安堵を零す。

 

「で、帝国が属国云々仰ってて、竜王国も似た感じで………」

「「うわぁ………」」

「え?マジで?!ロリ女王様が服じゅっ!?」

 

 仕事量の増加に力ない悲鳴が上がる中、悪い方向にテンションが飛びそうになったペロロンチーノに椅子が叩きつけられ、壁まで吹っ飛ぶ。

 

「………あ………殺っちゃった?」

「い、生きてるよ………一応」

「スライムは元の筋力低い上、茶釜さんは防御型ですからね~」

「まあ、当たりどころが悪ければ人間でいう頸椎がイカれて即死だろうがな」

 

 安堵の様子を見せた一行だが、ラプチャーの言葉で再び凍り付く。

 

「まあ、直撃した角度や位置を見るに、問題無いだろう」

「いやいやいや!安心できませんからね!?」

「あー、それと法国、評議国が同盟関係の構築を求めてますねー。現状接触がないのは、北東の都市国家連合と、南西の聖王国ですね」

「ちょっ、ヘロヘロさん!?あ、ダメだこりゃ。皆さん、休憩!今日は休暇です!」

 

 ヘロヘロの声が死んでいる事に気付き、モモンガが慌てて宣言する。

 流石のリアルブラック企業経験者でも、一カ月不眠不休は過酷が過ぎたようだ………そして、それに平然と耐えれているNPCたちに、改めて畏怖を覚えるのだった。

 

―――――

 

 ………こうして、ナザリックに微かな賑わいを取り戻した立役者の物語は、一先ずの幕引きを迎えた。

 

 大いなる存在として名を馳せた彼らは、これからも《神》として、数多の救いと庇護を与え続けるだろう。

 何れ再会を願う者たちに、顔向けできるように。

 そして、かつての自分たちのような存在を、生み出さぬために。




めっちゃ短い上色々端折りましたが、これにて完結です。
短い間でしたが、こんなクソみたいな駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました。





筆が乗りましたら、ラプさんちが消えなかったIFもやるかもです。


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