旧・魂の旅人達 (悠旅白樹)
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第一話【プロローグ】

魂とは、生と死を繰り返す旅人だ。

時にそれは人から人へ、時代から時代へ、世界から世界へ……まだ見ぬ何かを求め、旅を続ける。

これは、とある少年少女たちの普通だった日々を変えた、いつかどこかの時空にあった不思議な旅路。

その物語の名は——

——魂の旅人達(ソウルトラベラーズ)


〜キーン、コーン、カーン、コーン〜

 

「起立、気をつけ……礼」

 

「「「ありがとうございました」」」

 

聞き慣れたチャイムが、今日も授業の終わりを告げる。

 

放課後になるのを待っていましたとばかりに、生徒たちは挨拶を済ませると、足早に教室を出ていく。

 

その様子を視界の端に、俺は帰りの支度を進めていた。

 

普段なら剣道部の練習があるのだが、剣道場の改修工事に伴って、先週から自由参加になっている。

 

やる気のある部員……特に、今年で最後の3年の先輩方は、体育館の一部を借りているとか。

 

残りの部員は用事で席を外すか、そのまま帰宅しているだろう。

 

俺も剣道部は趣味でやっているだけなので、後者のように帰るつもりだ。

 

「な〜友輔、早く帰ろうぜ」

 

「ん……城仁か。ちょっと待ってくれ」

 

友輔というのは俺の名前で、フルネームは刻上(ときがみ)友輔(ゆうすけ)

 

大抵の同級生は、何故か言いにくいと苗字で呼ぶので、名前呼びをする人物は限られてくる。

 

話しかけて来た相手は近藤(こんどう)城仁(じょうじ)、保育園の頃からの幼馴染みで、同じ剣道部だ。

 

上級生が相手でも引けを取らない力強さで、鍔迫り合いを持ちかけようなら簡単に押し負けてしまう。

 

俺と城仁の戦績は、ほぼ五分五分……だったはず。

 

「剣道場さ……オレらはそんなに使ってねぇけど、アレくらいなら建て直すことはないと思うんだよな〜」

 

「仕方ないでしょ。見えない箇所で老朽化が進んでたらしいし……新しくなったら、前よりも内装が広くなるって聞いたぞ?」

 

「む……オレ的にはあの古い感じが如何にも剣道! ……って感じがするんだけどなぁ」

 

木造も取り入れて作り直すといいんだが、と独り呟き始める。

 

城仁は何か考え始めると、思ったことを口から出してしまう癖がある。

 

初対面の人には誤解を招きかねない光景だ。

 

「……あれ、友輔くんと城仁くん……あ、そっか。剣道場って工事中だっけ?」

 

友人の姿を見て苦笑いをしていると、聞なれた声がしたので、ふと視線が入り口へ向かう。

 

「お、彩月じゃん。教室(こっち)に来るなんて珍しい」

 

「先生かクラスの誰かに用でもあった?」

 

「ううん、生徒会の仕事で来たの。今日は質問用紙を回収する当番なんだ」

 

彩月と呼ばれた少女も幼馴染みの1人で、風見(かざみ)彩月(さつき)という。

 

話にもあったように生徒会の一員で、吹奏楽部にも入っている。

 

可憐な容姿と、時折見せる花のような笑顔も相まって、生徒会のマスコット枠とされている。

 

男女問わず人気があるため、言い寄ってくる相手を断るのが大変らしい。

 

「……そうだ、彩月も一緒に帰ろうぜ。確か吹部も活動日じゃないんだろ?」

 

「うーん……その前に質問用紙(これ)を提出しないといけないから、先に外で待っててくれるかな?」

 

「おう、わかった」

 

また後で、と彼女は小走りで教室を去っていく。

 

「それじゃあ、正門で待ってるか」

 

 

 

「最近、急に暑くなったよね〜」

 

学校を後にして、住宅街を暫く歩いていると、日射しの強い空を見上げながら彩月が言う。

 

「そりゃ6月だし、夏だからな」

 

「温暖化の影響もあるだろうし……そういえば、もう2ヶ月経ったのか……」

 

こうして3人でゆっくり話すのは久しぶりで、とても懐かしく感じる。

 

なにせ高校生活が始まってからは、新しい環境に慣れるのが大変だったからだ。

 

俺たちが通っている高校は、都市部にも近いため交通の弁がよく、規模も1つの学年で300人を超える現代でも珍しいマンモス校だ。

 

教室も12部屋と多いので、城仁は同じクラスだが彩月は別になってしまい、話す機会がめっきり減っていた。

 

友達は何人作れたかとか、最近の出来事など、他愛のない話から盛り上がり、いつしか時間を忘れていた。

 

「明日は土曜日かぁ……2人は何か予定あるの?」

 

「そうだな……家で勉強、とか?」

 

「勤勉で御苦労なこった……かく言うオレも、剣道の練習しかやること無いけどな」

 

「今のうちに勉強しておかないと後で大変だよ?」

 

「……こっちも勤勉だったの忘れてた……」

 

揶揄ったつもりが、彩月から注意をされてばつの悪そうな顔をする城仁。

 

入試成績上位者の前で言ったのがマズかった。

 

「勉強ばかりじゃないよ。ひと段落したらゲームしたり、録画してるアニメとか見てるし」

 

「アニメか〜。小学の頃は色々見てたけど、今は新しいのばかりでさっぱり分からん」

 

「……小学校と言えば、他のみんなと一緒によくヒーローごっこしたよね」

 

「そんなこともあったな。確か、赤は誰がやるかって争いになったっけ?」

 

「主人公といえば赤、イコール憧れ的な感じが強かったからな。そういえば、彩月もその時参加してたね?」

 

「あ、あれはその……たまには女の子が主人公でもいいじゃない、って思ったからだよ〜」

 

その時のことを思い出したのか、彼女は頬を染めて反論する。

 

これを無自覚にやっているのだから、言い寄られるのも仕方ないと、俺は思いこそすれど口には出さなかった。

 

「……ねぇふたりとも。明日暇だったら、久々に何処か出かけない?」

 

「お、いいなそれ」

 

「……期末はもう少し先だし、息抜きにいいかも」

 

やった! と小さくガッツポーズする彩月。

 

というのも、中学の頃は連休を利用して、よく映画や海に遊びに行っていたのだ。

 

入学前の春休み以来なので、彩月はとても嬉しそうだ。

 

「前に行ったのってスカイツリーだよね。どこにする?」

 

「さすがに遊園地だとお金かかりそうだよな……」

 

「それなら、横浜あたりはどうかな?」

 

「横浜か。前に行った時、中華街の小籠包が美味しかったな……」

 

「どれどれ……うわ、こんなにあるのか」

 

城仁の呟きを聞いた俺は、ポケットからスマホを取り出す。

 

小籠包の店を調べてみると、20軒以上もヒットしたので思わず声に出して驚いてしまう。

 

2人も両側から覗き込むように店の一覧を見て、若干引いていた。

 

「……下調べからしよっか」

 

……家に帰った後、俺たちはSNSを通じてどこを回るか話し合った。

 

いくつかあった候補を半日で楽しめる範囲まで絞ることで予定が決まり、近所の駅で待ち合わせする約束をした。

 

……城仁が最後まで昼食の店をこだわって、日付が変わるまで掛かったのはまた別の話……

 

 

 

翌日、電車に揺られること1時間弱。

 

横浜駅で乗り換え、みなとみらいで降りた俺たちは彩月に引っ張られ、ランドマークタワーや赤レンガ倉庫を見に行ったのだが……

 

「……まさかオレたちって、荷物持ちのために誘われたんじゃないだろうな」

 

「多分そうかもしれない」

 

「2人とも何か言った〜?」

 

「「イイエナニモ」」

 

……俺と城仁の両手には商品の入った紙袋がぶら下がっている。

 

その殆ど……と言うか全て彩月の買った服ばかりだ。

 

幸い、中身が衣類ということもあって今のところは疲れていないのだが、これ以上持たされるのは勘弁してもらいたい。

 

「なぁ彩月。昼過ぎてるし、そろそろ中華街行こうぜー」

 

「ん〜……わかった。コレ買ってからね!」

 

楽しそうにレジに向かう彼女の背中を見送り、やれやれと溜息をつく。

 

「いつも思うけど、女の子って買うものが多くて大変だな」

 

「そうか? 彩月は楽しそうに見えるけど」

 

「……そういう意味じゃないんだけどなー」

 

「……?」

 

……それからまもなく戻ってきた彩月と一緒に、中華街へと向かう。

 

休日なだけあって人通りも多く、道も入り組んでいたので、件の店を見つけた頃には午後3時を過ぎていた。

 

「はぁ〜うまかった……」

 

「また此処に来てみたいね〜」

 

「今度はもう少し人の少ない時がいいな……」

 

「「それは同感」」

 

「……ふふっ」

 

面白い具合に被ったので思わず吹き出してしまい、それにつられて2人も笑いだす。

 

「さて、まだ時間があるけど何処に行く?」

 

「あ、わたしバラ園を見に行きたい」

 

「駅から遠いけど……まあ明日も休みだし、帰りが遅くても……うぉ?」

 

「……っ」

 

「なんだ?」「友輔くん?」

 

この後の予定について話しながら歩いていると、裏路地から飛び出してきた誰かが、俺の方へ倒れるようにぶつかった。

 

唐突なことで身体がよろけるも何とか踏みとどまり、倒れかけた相手を支えて大丈夫かと声を出しかけて——

 

「————」

 

こちらを見返す、榛色の瞳に言葉を失った。

 

「……ええっと……」

 

「——すみません。どこか怪我はありませんか?」

 

「だ、大丈夫です……」

 

支えていた相手から声をかけられてようやく正気に戻り、改めてその姿を確認する。

 

歳はそう離れていないのだろうか、身長は彩月と同じか、少し高いくらいだ。

 

腰にまで届くほど長い濡れ羽色の髪と、宝石のように輝く榛色の瞳は、まるで童話の世界から出てきたと言ってもおかしくない美しさがあった。

 

「見惚れてたな」

 

「……そうだね」

 

友輔にしては珍しい、とヒソヒソ後ろで話す幼馴染みを半目で睨むが、2人も彼女の容姿に釘付けのようだった。

 

「あの、少しお尋ねしたいのですが……」

 

「何ですか?」

 

彼女は言いづらいのか、俺たちの顔を順に見て、小さく声を発した。

 

「……ここはどこでしょうか?」

 

「「「……はい?」」」

 

 

 

外だと暑いから、との城仁の提案で、中華街を少し離れた場所にある喫茶店へ寄ることになった。

 

「私の名前は九重(ここのえ)遥奈(はるな)と言います。苗字で呼ばれるのは慣れてなくて……下の名前で呼んでくれると嬉しいです」

 

「よろしく遥奈ちゃん。わたしは風見彩月、さっきぶつかった彼が刻上友輔で、こっちの……大雑把そうな方が近藤城仁だよ」

 

「よろしく」

 

「なんか紹介に悪意を感じるんだが……」

 

「先ほどは本当に失礼しました……それに、服まで頂いて……」

 

彼女が今着ているのは、彩月の買っていた服だ。

 

白いブラウスに紺のスカート、そしてショートブーツと全体的にゆったりとしていて、とても似合っている。

 

彩月は遥奈さんの少し汚れた服に思うところのあったらしい。

 

店に着くと、店員さんに事情を話して、従業員用の更衣室を借りて着替えさせたのだとか。

 

「いいのいいの! 遥奈ちゃんはせっかく可愛い顔してるんだから、汚れたままだと台無しだよ。 お店で買った服がピッタリでよかった〜」

 

「か、可愛い、ですか」

 

「うん! 友輔くんと城仁くんも可愛いと思うでしょ?」

 

「へ?」「んぁ?」

 

急にこっちに話を振ってきたので、変な声が出てしまう。

 

「えーっと……うん、そうだね」

 

「オレは可愛いと言うより、美しいって感じに見えるな」

 

「城仁くんはともかく、友輔くんは素直に可愛いって言えばいいのに……」

 

「……ぁぅ」

 

褒められることに慣れていないのか、遥奈さんは顔を手で隠してしまう。

 

……なるほど、確かに可愛いと思う。

 

「自己紹介も済んだところで……遥奈ちゃんはどうして中華街にいたの?」

 

「……実は——」

 

彼女の話によると、ここ数日間の記憶がなく、気がついたら知らない部屋で寝ていたらしい。

 

扉には鍵が掛かっていなかったので、恐る恐る外へ出ると、建物の中にいた黒服の男たちに追いかけられたそうだ。

 

いよいよ何かに巻き込まれたと自覚して、うまくここまで逃げてきたとのこと。

 

「……もしかしなくても誘かもぐっ……いきなり何するんだよ」

 

「しーっ、声が大きい……」

 

「他の人に聞かれたらどうするのさ」

 

あ……と城仁は周りを見渡す。

 

店の内装はそれなりに広く、客も何組か座っていたが、今の会話はどうやら聞こえていなかったらしい。

 

「……警察に連絡したほうがいいんじゃ……」

 

「……多分、やめておいた方がいいと思うよ。だってこんな可愛い人が行方不明になってるのに、ニュースや新聞で全く報道しないじゃない」

 

「彩月……新聞読んでんのか」

 

「注目する点が違うぞ城仁」

 

……彩月の言う通り、彼女の容姿はかなり目立つものだ。

 

誘拐ともなれば、事件として警察が動いてもおかしくはないのだが、そんな話は一度も聞かない。

 

それはつまり——

 

「誘拐犯は警察かもしれないってことか?」

 

「今は何とも……もし違ったとしても、本人がいるから相手にされないかも」

 

「かと言って、下手に動くと危ない気がするけど」

 

ああでもないこうでもないと話し合っていると、遥奈さんが不思議そうな表情を浮かべているのに気がつく。

 

「どうかしたんですか」

 

「……皆さんは見ず知らずの私の話を信じてくれるんですか?」

 

「ん〜……何でだろう?」

 

「……嘘をつけるような人には見えないし……助けなきゃって思ったから?」

 

「お、それだ友輔」

 

曖昧な理由ではあるが、現に彼女は困っていた。

 

頼れるものがいない少女を無視できるほど、俺たちは薄情な性格ではなかった。

 

「……ふふ。何ですか、それ」

 

遥奈さんはその答えが余程おかしかったのか、クスリと笑った。

 

「やっぱり可愛い、お持ち帰りしちゃダメ?」

 

「可愛いものが関わると、ホントぶれないよな彩月は……」

 

さっきからテンションの高い彼女は城仁に任せておこう。

 

「……ところで遥奈さんは、何故狙われたのか心当たりはありますか?」

 

「さあ……そういえば『お前の優しさは良い因果を()ぶ』と亡くなった曾祖母様が仰っていましたが……」

 

「因果を招ぶ?」

 

「はい……例えば、今まで一度も病気に掛からなかったとか」

 

「……そ、そうなんですか」

 

……しばらく今後について話していたが、これと言って解決策は出なかった。

 

喫茶店にずっと居る訳にもいかないので、あえて普通にしていれば良いと割り切ることになった。

 

遥奈さんを伴って、俺たちは海沿いの山下公園内にある、未来のバラ園へと足を運んだ。

 

今の時期はちょうど見頃を迎えているらしいので、予定を組んでいた時に、彩月が絶対に見たいと言っていた。

 

「わぁ……」

 

「綺麗ですね……」

 

彩り豊かな薔薇に夢中の2人を眺めながら、俺と城仁はベンチで休憩していた。

 

「……なぁ、さっきに話だけどさ」

 

「……追われてるって話?」

 

「ああ……一般家庭の出なら、お金が目的って訳じゃなさそうだし。 ましてや親に対する恨みだと、複数人に追われるなんておかしいだろ?」

 

「……それもそう、だよな」

 

となると、誘拐した人物は一体何のために、彼女が必要なのか……

 

——そういえば『お前の優しさは良い因果を招ぶ』と亡くなった曾祖母様が——

 

「……彼女自身を拐う自体が、目的だとしたら……?」

 

「おいおい……それってつまり、遥奈に特別な何かがあるとでも? ……流石に考え過ぎじゃないか?」

 

「うーん……どうだろう?」

 

「聞いて分からなかったらどうすんだよ……」

 

「それなんだけど……」「友輔くん、城仁くん!」

 

「お、噂をすれば戻って……どうした、2人共血相変え、て……」

 

珍しく彩月が大声で呼ぶので、何か面白いものでも見つけたのかと声のした方へ視線を向ける。

 

そこには、遥奈さんの手を引いて走る彩月と、その後ろから追いかけてくる黒服の男が……って。

 

「迎撃お願い!」

 

「……はあ?」「迎撃って……」

 

彩月たちはベンチの側まで来ると、俺の後ろに隠れる。

 

「そこの少年たち、退きなさい!」

 

黒服の男が走る勢いを緩めずこちらに向かってくる。

 

「……頼む城仁!」「応っ」

 

城仁は走ってくる男の前に躍り出ると、相手の襟元と右腕を掴んだ。

 

「——な!」

 

「せーのっ!」

 

男が突然の事態で驚いている隙に、彼は男の走ってきた勢いを利用して、思いっきり地面に投げ飛ばす。

 

男は背中を強く打ったようで、痛みに悶えている。

 

しばらくは動くのもままならないだろう。

 

「うわ……痛そう……」

 

「ちゃんと怪我しないように気をつけたから安心しろ……柔道習ってたのがこんな所で役立つなんてな」

 

「今のうちに行こう」

 

すぐに俺たちはその場から離れる。

 

直感的に中華街の方面に逃げるのは危険だと思い、海沿いの道を走る。

 

「それで、さっきの男って……」

 

「彩月ちゃんとバラを見ていたら、声をかけられて……ついて来いと腕を掴まれたんです」

 

「それでわたしが思いっきり突き飛ばして、遥奈ちゃんを連れて逃げてきた訳なの」

 

どうやらさっきの男は、遥奈さんを目当てに襲ってきたらしい。

 

周囲が暗くなっていたので、近づかれたのに気付けなかったそうだ。

 

——こっちに居たぞ!

 

「「「「……ッ!」」」」

 

弾かれたように振り向くと、後ろから黒服の男が何人も追いかけてきていた。

 

「さっきの人が呼んだのかも!」

 

人気(ひとけ)の少なくなる時間帯まで待ってたのかよっ」

 

城仁が言った通り、海沿いの道には俺たち以外に人が見当たらない。

 

これでは助けを望むのも難しいだろう。

 

「——県警に逃げ込もう!」

 

「大丈夫なんですか?」

 

「分からないけど、今はそれしか……」

 

そのまま走り続けていると、少し先に人影を見つけたが……

 

「前からも来た!」

 

「早過ぎるだろ……!」

 

一般人かと思えば、人影は後ろから追いかけてくるのと同様の黒服の男たち。

 

公園側からさらに増援が来ているようで、とうとう逃げ道がなくなってしまい、足を止めざるを得なくなる。

 

「……どんだけ居るんだよコイツら……」

 

男たちを睨みながら城仁は愚痴を溢す。

 

確かに、こんな大袈裟な追手はドラマの中だけにして欲しいものだ。

 

彩月と遥奈さんを庇いながら、どうすれば良いか思案していると、黒服たちの中から如何にも胡散臭そうな眼鏡の男が現れる。

 

「一体どんな輩が手引きをしているかと思えば……こんな子供たちとは思いませんでしたよ」

 

男の声が辺りに響くと、後ろから息を飲む気配がして、「……叔父様?」と遥奈さんが小さく呟いた。

 

「叔父? もしかして、この人が遥奈ちゃんを拐った犯人なの?」

 

「拐ったとは人聞きの悪い。身内なのですから、正しくは連れてきたと言って欲しいですね」

 

彩月の言い方に、遥奈さんの叔父を名乗る男は不快そうに言った。

 

なるほど、遥奈さんの誘拐がニュースにならなかったのは、それをやったのが身内だったからという訳か。

 

しかし、それではどうもやり方が悪い気がする。

 

「……なら、彼女を何のために横浜まで連れてきたんだ」

 

ふむ、と男は頭を掻きながら考えると一言。

 

「その子には因果を操る力があるのですよ」

 

それを聞いて、遥奈さんがかつて曾祖母に言われたという言葉を思い出し、一瞬心臓が大きく波打つ。

 

「我々の一族は、千年以上続く由緒ある家でしてね……その歴史の中には、かつて不思議な力を持つ者がいたのです」

 

男は語り始める。

 

遥奈さんの一族は昔、神に仕えていた巫女の系譜らしい。

 

当時、長年の功績を認められた巫女は、神から一つの祝福を与えられたそうだ。

 

その祝福とは、巫女が心から思った願いを叶えると言うもの。

 

ある時は荒地を実り豊かな大地に、またある時は災害から一族を守ったという。

 

「巫女が亡くなった後も、祝福は一族の娘に度々現れ、厄災を退けたと伝わっている……それが今! そこにいる遥奈へと受け継がれたのさ」

 

「私に……?」

 

「「「…………」」」

 

突拍子もない話に半信半疑ではあるが、彼女を拐った理由はなんとなく分かった。

 

「それで貴方は、彼女が持ってるという力で、一体何をするつもりなんだ」

 

「君もしつこいですね……まあいいでしょう。遅かれ早かれ分かることですから」

 

俺をギロリと見つめると再び男は話し始める。

 

「今の世界はどこへ行っても、無能な者が無駄な争いを起こしてばかり。だから私は遥奈の力を使い、世界を思うがままにするのです」

 

……無茶苦茶だ。

 

この男の言う通り、確かに国同士の対立は絶えない。

 

その影響で平穏を奪われた人々も数多くいるだろう。

 

それを救おうとするならわかる……しかし、自分が頂点に立つと言うのは、別の火種を生みかねない。

 

何より、遥奈さんが巻き込まれるなら尚更だ。

 

「そのためにも。まずはこの国を手中に収めるところから始めるべく、彼女をここまで連れてきたのですよ」

 

……つまりこの男は、近日中に日本の首脳陣を何らかの方法で押さえようとしているのだ。

 

「……そんなことができると思ってるの?」

 

道具扱いされている遥奈さんを思ってか、静かに怒りながら彩月が問う。

 

「できますとも。それほどまでに彼女の力とは強力無慈悲な存在なのです……さて。話も終わったことですし、そろそろ彼女を渡してもらいましょうか」

 

男が腕を上げると、周囲にいた黒服たちが懐から黒く光沢のある物を取り出す。

 

「け、拳銃……!?」

 

日本では一般人の所持が禁止されているソレを認識して、背筋が凍りつく。

 

「さあ。早く渡せば、痛い思いをせずにいられますよ?」

 

ククク、と不気味に喉を鳴らして男は笑う。

 

「……友輔」「友輔くん……」

 

2人は不安そうに俺の名前を呼ぶ。

 

……今、此処で遥奈さんを引き渡せば、命だけは助かるかも知れない。

 

誰だって命は惜しいものだ……それは分かっている。

 

しかし……遥奈さんを見捨てたくはない。

 

だから——

 

「……2人はどうする?」

 

俺の言葉に2人はキョトンとするも、笑みを浮かべる。

 

「乗りかかった船だ。親友置いて逃げれるかよ」

 

「私も……遥奈ちゃんのこと放っておけない」

 

「城仁さん……彩月ちゃん……」

 

2人の意志は思ったよりも強いようだ。

 

「でも、このままだとみんな——」

 

「大丈夫だよ、遥奈さん」

 

榛色の瞳は街灯の光を受けて輝いているが、どこか不安そうな色も含んでいる。

 

俺は覚悟を決めて、その瞳を真っ直ぐに見つめ返す。

 

「それに、さっき言ったでしょ。『助けなきゃ、と思ったから』って」

 

「……ぁ……」

 

「……彼女を渡すつもりは無い。奪えるものなら奪ってみろ!」

 

それを聞いた男は大きくため息を吐くと、無表情となる。

 

「……もういい。手足を撃って動けなくしてから殺せ」

 

そして黒服たちが一斉に拳銃を構え、その引き金に指を乗せ——

 

 

 

彼らと出会ったのは、ほんの2時間前。

 

本当に、些細なきっかけだった。

 

何処とも分からない部屋で目覚め、知らない人たちに追われていた私は、気付けば誰かにぶつかっていた。

 

——すみません、どこか怪我はありませんか?

 

一瞬、驚いたような表情をしたのは、私の容姿が他の人とあまりにも変わっていたからだろう。

 

それでも彼は、彼とその友人たちは、見ず知らずの私にどこまでも親切だった。

 

——遥奈ちゃんはせっかく可愛い顔なんだから、汚れたままだと台無しだよ!

 

傷や汚れの付いた姿を見て、私に服を貸してくれた彩月ちゃん。

 

——オレは可愛いと言うより、美しいって感じに見えるな。

 

何処かズレているけど、面白くて真面目な城仁さん。

 

そして——

 

「それに、さっき言ったでしょ。『助けなきゃ、と思ったから』って」

 

「……ぁ……」

 

私のことを信じてくれて、今まさに私を守ろうとする友輔さん。

 

「彼女を渡すつもりは無い。奪えるものなら奪ってみろ!」

 

相手が、自分を簡単に殺せる武器を持っていると分かっていながら、彼は啖呵を切る。

 

叔父様は……九重■■は深いため息を吐き、顔から表情から消える。

 

「……もういい。手足を撃って動けなくしてから殺せ」

 

「……て……」

 

「……遥奈ちゃん?」

 

明らかな死の宣告。

 

私を呼ぶ声が聞こえたが、今は構っていられない。

 

「……ゃめて」

 

どうすればいいのか。

 

彼らをこんなところで死なせたくない。

 

考えろ、考えろ、考えろ。

 

叔父様の命令を受けた黒服の男たちは、躊躇いなく手に持った銃を構える。

 

「やめて」

 

凶弾に貫かれ、血溜まりに沈む彼の姿を幻視して——

 

「やめて————ッ!!」

 

——嗚呼。

 

もしも、神様がいる(私に力がある)のなら。

 

私はどうなってもいい。

 

だから、どうか彼らを——助けて。

 

 

 

遥奈さんの叫びが聞こえると共に、後方より光が迸る。

 

何事かと振り返れば、光は彼女から放たれたものだった。

 

「な、何だこれ……」

 

「遥奈ちゃん、どうしちゃったの!?」

 

幼馴染みは遥奈さんの変化に驚いている。

 

「ああああああああ!!」

 

「遥奈さん……うっ……!」

 

「これは……まさか、精神が不安定になったことで、力が暴走してッ!……うぐぇ」

 

眼鏡の男は、遥奈さんから発せられた衝撃波によって吹き飛ばされ、縁石に頭をぶつけて動かなくなる。

 

周りを囲んでいた黒服たちも衝撃波で吹き飛んでいて、あまりの光景に逃げ出している者もいた。

 

「——遥奈さん!」

 

どうにかしないと……そう考えた俺は、何度も放たれる衝撃波に耐え、苦しそうに叫びながら光を放つ彼女に近づく。

 

「ああああ——ゆう、す、けさ——」

 

遥奈さんは俺に気が付くと、助けを求めるかのように手を伸ばす。

 

俺は迷うことなく手を掴み、落ち着かせるために彼女を抱き寄せる。

 

「——っ!」

 

その時、身体中を……いや、魂を焼かれるような激痛が俺を襲う。

 

まるで、存在を書き換えられているような——

 

「「……友輔(くん)!!」」

 

激痛に耐えていると、城仁と彩月が光の奔流の中に入ってきて、俺の体に取り付いた。

 

「大丈夫、か……ぐぅ!?」

 

「い、痛い……ッ!」

 

反応を見る限り、2人にも俺と同様の激痛が襲いかかっているようだ。

 

遥奈さんの力が何かをしているのは分かるが……

 

光は輝きを増して完全に俺たちを包み込むと、急に浮遊感を覚える。

 

今まで立っていた足元が最初から無かったかのように消えたのだ。

 

次の瞬間、光の中に大きな孔が現れると、とてつもない力で引き寄せ始めた。

 

「「うわああああ」」

 

「「きゃああああ」」

 

俺たちは為す術も無く孔に吸い込まれ、そのまま意識を失った。




大変長らくお待たせしました、作者のレッド・ラーヒットです。
書き直すと言って既に半年以上かかってしまい、申し訳ありませんでした。

今後の更新は不定期になると思うのでどうか御了承下さい。
そして相変わらずの駄文ですが、改めて作品共々よろしく御願いします。
感想と報告、お待ちしております。


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【暗殺教室編】
第二話【転生の時間】


明暗の区別のつかない空間で、コマ送りのように覚えの無い風景がいくつも映っては消えていく。

 

だけどその全てを懐かしいと思うのは何故だろうか。

 

最後の風景が溶けるように消えると、不思議な空間はおもちゃが床に散在している部屋に変わっていた。

 

子ども部屋だろうか。確認のため立とうとするも、体は意志に反した行動をしているだけだった。

 

状況が飲み込めず混乱していると、部屋の扉から2人の大人が現れる。

 

この人たちは……

 

『まだ小さいのにしっかりしているのね〜』

 

雲のようにふわっとした雰囲気の女性が、嬉しそうに何かを喜んでいる。

 

『予想より早く歩けるようになるなんてな……今から将来が楽しみだ』

 

真面目で優しそうな男性も笑みを浮かべている。

 

……これは誰かの記憶を追体験しているみたいだ。

 

しかし何故?

 

考えているうちに場所が変わる。

 

保育園かそれに類する施設だろうか。同じ服を着た小さな子どもが大勢いた。

 

『ふーん。 きみ、おもしろいね!』

 

飄々(ひょうひょう)とした少年が興味を持ったのか話しかけている。

 

その後もいくつか風景が変わるのだが、次へ移るたびに白みを帯びていった。

 

終わりが近いのだろうか?

 

『しゅーちゃん、いっしょにあそぼ!』

 

そして最後に見えたのは、黒髪の少女が誰か()の手を引いていて——

 

 

 

『やめて————ッ!!』

 

 

 

「ッ!? はぁ、はぁ……」

 

少女の叫ぶ声が聞こえて目が覚める。

 

やけに現実的なものだったので冷や汗がドッと流れ出てくる。

 

「……ここ、は?」

 

視界に飛び込んできたのは青い空……ではなく何処かの天井。

 

首を動かして見渡すとそこそこの広さがある部屋のようで、周りには机や本棚、テレビといった生活用品が配置されていた。

 

ベッドで寝ていた体を起こそうとして……そこでようやく自分に起こっている異常に気がついた。

 

「……あれ。俺の腕ってこんなに短いっけ?」

 

動かした腕は長くて肉付きのいい高校生のそれではなく、短くて柔らかいものだった。

 

嫌な予感がして体を見ると、腕だけではなく全身が小さくなっていた。

 

だいたい小学生くらいの大きさだろうか?

 

「……どうなってるんだ?」

 

どこぞの探偵と同じ状況に立たされているが、驚きすぎて逆に冷静になれた。

 

「……俺って確か、眼鏡の男と向き合ってそのまま…………」

 

……思い出した。

 

俺が黒服の男たちに撃たれかけた瞬間、遥奈さんからとてつもない力を感じる光が放たれたのだ。

 

光の中で苦しんでいる彼女を助けようとして、それで——

 

「って、なんで抱き寄せてるんだよ俺……」

 

何を思ったのか、伸ばされていた彼女の手を掴んで抱き寄せたのだ。

 

落ち着かせるためにそこまで、しかも女性相手にする奴があるかと頭を抱える。

 

「そうだ。みんなは……」

 

あの時。遥奈さんには俺だけでなく城仁と彩月も近づいていた。

 

光が俺たちを包んだかと思えば大きな孔に吸い込まれて……

 

カチリと何かがはまる音がしたと思うくらい、ズレていた認識が一つになる。

 

「……俺の、()()()()()()名前は横川(よこかわ)修也(しゅうや)。 家族は両親との3人で、今日は俺の7歳の誕生日……明日が小学校の入学式か」

 

先ほどの記憶は【横川修也】のものだったようで、誕生日が一緒なのかと心の中で呟く。

 

「……もしかして、転生?」

 

——転生。その概念自体は神話や宗教など古くから伝わり、近年では創作の要素として多く使われるジャンルの一つだ。

 

簡単に言えば死んだ人間の魂が別の人間や生き物、果ては無機物にすら生まれ変わるというもの。

 

創作の偏った知識になるが、時として前世の記憶が今世の人格を塗りつぶしてしまうこともあるらしい。

 

俺の場合、元々一つだったと思うくらいに馴染めている感覚があるので、忘れていたことを沢山思い出した程度みたいだ。

 

「……やっぱり俺、死んじゃったのかな……?」

 

それを考えて、もの悲しさを覚える。

 

平穏に暮らしていた人生が、たった1日で大きく変わってしまった。おそらく元の世界に帰ることはできないかもしれない。

 

……出かける前、いってらっしゃいと見送ってくれた母さんたち。そして直前まで一緒にいた大切な幼馴染みに、もう二度と会えない。

 

その事実に、俺は静かに涙を流した。

 

 

 

しばらく経って気持ちが落ち着いた頃。常識的に信じられないと思いながらも現状を受け入れることにした俺は、改めて己の手を見る。

 

「……小さいな」

 

元の体より10年分も小さいので、とても頼りないと感じてしまう。俺はベッドから立ち上がると……バランスを崩して倒れかけた。

 

視点の高さや体のバランスに多少なりとも違和感を感じるが、動いているうちに自然と直るだろう。

 

「……何はともあれ、なったものは仕方ないか……」

 

汗だくになった寝巻きを脱ぎ捨て、簡素なシャツとズボンに着替え外に出ると、記憶の通りに家の中を進む……意外と広いな。

 

 

 

目的の部屋に着き障子を開けると、そこには記憶に出てきた2人の大人……今世の両親が机に腰をおろしていた。

 

朝食を済ませた後に、俺は自分の身に起こったことを両親に伝えた。初めは予想通り驚いていたが、それ以上の反応はしなかった。

 

怒ったり、悲しんだりするとばかり思っていたので、気味が悪いと思わないのかと聞く。

 

「そんな訳ないじゃない。今の貴方はわたしたちの子でもあるのよ? 記憶が増えたくらいで、それが変わらないわ」

 

「母さんの言う通りだ。悪気があって思い出したんじゃないんだろう? だったらそれでいいじゃないか」

 

両親は当たり前のように答えて、俺を受け入れてくれた。

 

その優しさに思わず目尻が熱くなる。

 

「……それはそうとわたし、しゅうちゃん……ううん、ゆうちゃんの居た世界のお話を聞いてみたいな〜」

 

「……へ?」

 

「確かに興味があるね。修也、僕も聞いていいかい?」

 

「あ、はい……と言っても、この世界とあまり変わりませんよ?」

 

「も〜家族なんだから、敬語なんて使わなくてい〜の!」

 

「は、はぁ……」

 

……訂正。少し好奇心が強くて好き嫌いの無い人たちなのかもしれない。

 

そう考えながら俺は両親……いや。父さんたちに前世の話を数時間に渡って聞かせることになった。

 

 

 

次の日。元気の良い子どもたちの姿に、俺も前世の時はこんなに騒がしかったのかと若干懐かしみながら入学式を済ませる。

 

「あー……眠かった……」

 

世界や学校が変わっても校長先生の話が長いのは共通のようで、俺は途中で睡魔に襲われながらも頑張って聞いていた。

 

精神が16歳くらいだとしても肉体はまだ7歳ということもあり、この時間はとても辛かった。

 

「……バレないように寝る方法考えようかな……」

 

そばに座るクラスメイトに「大丈夫?」と声をかけられたので、ちゃんと大丈夫と返すとホッとしていた。

 

何この子、優しさの化身かな?

 

「お、よこかわじゃん。 同じきょーしつなんだ〜」

 

「ん、()()()

 

机に突っ伏していた俺に話しかけて来たのは、赤羽(あかばね)(カルマ)という少年だ。

 

この世界の俺とは保育園の頃からの関係みたいで、彼に関する記憶があっても実際に対面して驚かないはずがなかった。

 

それもそのはず。名前から察する通り、《赤羽業》という少年は元の世界では暗殺教室の主要キャラの1人として知られている。

 

目覚める前の、それこそ前世(かつて)刻上友輔()であれば彼の存在に心が踊っていたはずだ。

 

だが今の俺はこの世界に転生した横川修也()であり、目の前の彼は創作の《赤羽業》と同じ名前、同じ容姿なだけの現実の人間だ。

 

もし同一の存在だったとしても、今の俺がカルマをキャラクター(作り物)として見ることはないだろう。

 

「にしても、こーちょーせんせーの話が長くてかなりひまだったね〜」

 

「確かにね……アレはキツいよ」

 

カルマは他の子どもと比べると少し大人びているので話しやすい。

 

これが暗殺教室だと中学生には鋭く切れ味のあるドSに成長するらしいのだから、人生とは不思議なものだ。

 

「そうだ。さいきんとーさんたちがきれいなお土産を持ってかえってきたんだ。見に来る?」

 

「お土産か……放課後に見に行くよ」

 

「おっけー」

 

確かカルマの両親はデイトレードで稼いでて、家に居ないことが多いんだっけ?

 

(まあ、そこは気にすることじゃないか……)

 

その後、担任の女性が来て自己紹介や係決めが終わると、とんとん拍子で放課後になっていた。

 

「……なあカルマ。これ全部お土産なの?」

 

「そーだよ」

 

「ガラクタの山の間違いじゃないの?」

 

「さー? ……とーさんたち、いんど好き? だからわかんない」

 

約束通りカルマの家へお土産を見に来たのだが、想像以上の有り様に驚いた。

 

なにせ案内された部屋には、きれいな装飾品から用途のわからない品と山のように積まれたの物で溢れかえっていたのだ。

 

「『さすがに買すぎたから、好きなのをいくつかあげる』って言われてるから、よこかわに欲しーやつあげるよ」

 

「カルマは選んだの?」

 

「おれはこれ」

 

そう言ってカルマが取り出したのは、色付きの粉が入った小瓶。

 

「何それ。調味料?」

 

「そ。いんどのこーしんりょーだって。なめるとピリッとくるけど、クセになるよ」

 

「そ、そうなのか」

 

カルマは辛いのに強いのかと考えながら、お土産の山から興味のありそうな物を探す。

 

……あれ? お土産の中で何か光ってる。

 

少し気になったので、手を伸ばして光っている物を取り出す。

 

「これって、宝石かな……?」

 

お土産の山から出てきたのは複数の色を帯びて輝く石。ひんやりと冷たいが本物だろうか?

 

「きれーな石だねー。それにするの?」

 

「え? えーっと……うん。他にいいの無いみたいだし、これを貰うよ」

 

部屋に飾っておこうと考えながらポケットに石を入れる。

 

お土産の山をひと通り見た後、俺はカルマと某レースゲームを何度か遊んでから家に帰った。

 

 

 

小学校に入って初めての土曜日。

 

普通の子どもなら遊びに出かける日に、家の庭で竹刀を振っていた。

 

「まだ動きが固いね……竹刀の大きさが合ってないのかな?」

 

「確かに振り回すにはバランスが悪いです……もう少し短い竹刀ってありますか?」

 

「それなら僕が使ってた小太刀用の竹刀があるから取ってくるよ。 それと家族なんだから、敬語なんて使わなくていいんだよ?」

 

「ごめんなさ……あ」

 

「あっはっは。話し方も一緒に練習しなくちゃね」

 

たった今言われたばかりなのにまた他人行儀な反応をしかけて言葉が詰まる。

 

身体の動きに違和感はなくなったが、気が抜けると父さんたちに敬語を使ってしまうのはなかなか直らない。

 

そんなもどかしそうにする俺を微笑ましそうに、父さんは竹刀を取りに行く。

 

どうして俺が竹刀を振っているのか。その理由はこれから先の未来に備えるためだ。

 

カルマがいたこともあって念のため家のパソコンで調べてみると、やはりというべきか椚ヶ丘中学の名が存在した。

 

そのおかげで暗殺教室に近い歴史を辿った世界に転生したことがわかったのだが……

 

暗殺教室は月の約7割が蒸発して三日月になった事件と、同時期に現れたタコ型の超破壊生物が担任となるところから始まる。

 

落ちこぼれのレッテルを貼られた生徒たちが、なぜか担任になった超破壊生物を1年以内に暗殺することに。

 

暗殺者と標的、担任と生徒という奇妙な関係の中で多くの困難に巻き込まれ、終盤にて担任は胸の内に秘められた真実を明かす。

 

生徒たちは葛藤しながら別の方法を模索するも最終暗殺によって頓挫。最後は生徒たちの手で担任と涙ながらの別れとなった。

 

……ここまでが創作での大筋なのだが、その出来事がこの世界で起こるとは限らない。

 

だが逆に起こらないとも限らず、想定よりもっと早く事態が起こることだってあり得る。

 

しかし、知識を持っているだけの子どもにどうにかできる問題ではないことは明らかだ。

 

それでもカルマを見捨てて、平穏に過ごすというのは違うと思っている。

 

そこで両親……暗殺教室のストーリーを一部掻い摘んで伝えた上でどうすればいいか相談した。

 

「そうだね……まずは修也自身の考えが大事だと思うよ。言われた通りのことをやるだけなら、誰にだってできるからね」

 

「わたしもお父さんと同じ意見ね。しゅうちゃんは何がしたい?」

 

「……俺は——」

 

考えて出た答えは、やれるかぎりの最善を尽くすこと。やるからには前もって準備しようと思い、父さんたちに手伝ってほしいと頼んだ。

 

その結果。父さんに様々な稽古をつけてもらうことになった。

 

(それにしても。父さんの構えとその時の気配でなんとなく分かるけど、かなり強いんだろうな……)

 

これは後で聞いた話なのだが、若い頃の父さんはこの辺では有名な剣道少年で、全国大会にも行ったことがある実力の持ち主だったとか。

 

今ではいざという時に動けるよう、竹刀を振ったり、他の武術を学ぶ習慣が付いてたそうだ。

 

……いざという時とは、どんなことを想定していたのだろうか?

 

今使っていた竹刀は、横川修也()が生まれた時に父さんが「大きくなったら少し教えてみよう」と考えて新調していた竹刀らしい。

 

「持ってきたよ。 これなら今の修也に丁度いいと思うよ」

 

「ありがとう父さん」

 

戻ってきた父さんから普通より短めに作られた竹刀を受け取って、何度か振ってみる。

 

「……うん。さっきのより振りやすい」

 

「なら良かった。それじゃあ、今日のノルマは素振り100回かな」

 

……この日。俺は剣道が関係すると、父さんが鬼コーチになることを心のメモに書き留めたのは蛇足だろう。

 

 

 

カルマが居たこともあって、学校で退屈はしなかった。

 

友達も何人か作れて、テスト対策の勉強会をすることもある。

 

元が高校生だから満点を取るのは簡単だが、調子に乗って続けたら先生にカンニングを疑われたのはいい思い出だ。

 

確認のために出された別の問題をいくつか解いたことで納得させたが、悪目立ちするのも嫌なので以降は程々を取るようになった。

 

そのせいでカルマに手加減したと怒られるようにもなったが……

 

土日は父さんからの練習メニューを半日をかけてこなして、終わったらゆっくり寝て休んでいた。適度に運動したら適度に休むのが身体作りの基本だとか。

 

そんな日常を繰り返し、3年の月日が過ぎた夏休みの昼下がり。

 

成長期特有の筋肉痛に少し悩まされながらも、父さんと竹刀を打ち合っていた。

 

「いい動きをするようになったじゃないか。この調子なら、中学卒業くらいには当時の僕を超えるかもね」

 

「そう言われても、今まで父さんに一度も当てた試しがないんだけど!?」

 

肩で息をしながら父さんに向けて竹刀叩き込むが、竹刀で逸らしたり少しの動きで躱されるので全く当たらない。

 

身体もそれなりに大きくなり、竹刀を片手でも振れるようにもなったが、父さん相手の打ち合いでは未だに決定打を与えられないのだ。

 

それでも始めた頃みたいに一瞬で倒されるなんてことも減っているので、成長はしていると思うが……

 

「——ごめんください。横川さんはいらっしゃいますか?」

 

何度か打ち合っていると、玄関の方から若い男性の声が聞こえた。

 

「あれ……お客さんかな?」

 

「……僕の客みたいだ。修也、母さんにお茶を用意するよう頼んでくれるかい?」

 

「あ、うん……」

 

父さんはそのまま玄関の方に向かう。普段ならお客さんが来ても母さんが出ているのだが、珍しく父さんが出迎えるということは知り合いなのだろうか?

 

その後。暫く1人で素振りをしていると母さんから呼ばれていると聞き、汗で濡れた服を着替えてから客間に向かった。

 

「失礼します」

 

襖を開けて中に入ると、そこには父さんと若い青年が座っていた。先ほど玄関で声を出していた人だろう。

 

顔の彫りが少し深いので外国の出身だと考えられるが……

 

「練習中に呼びつけてごめんね。さ、座って」

 

「横川さん。もしやそちらの子が……」

 

「そう。僕の子どもだよ。この歳でそれなりに腕が立つぞ?」

 

話の内容から青年は記憶の戻る前……まだ自我の無かった頃の俺を知っているのだろう。

 

「へぇ、それはすごいですね。名前は確か……」

 

「あ、修也です」

 

「修也君か。成る程、いい名前だ」

 

……何だろう、この人を見ていると何か違和感を覚える。警戒心が削がれるような……

 

それともう一つ。会ったことが無いのに青年の声や話し方を()()()()()気がするのだ。

 

まるで記憶が戻った時にカルマを認識した時と同じ……ということは暗殺教室に関係がある人物なのか?

 

「ん、どうかしましたか?」

 

「……いや、前にどこかでお会いした気がして」

 

「赤ちゃんだった頃の記憶でも思い出したのかもね」

 

そうかもしれませんね。と青年は相槌を打つ。

 

「それにしても君は子ども作らないのかい? その容貌なら言い寄ってくる女性も多いだろうに」

 

「あははは。それが仕事上、その手の話は全て断っているので……そうだ。少し前に弟子を1人とりましたよ」

 

「弟子? 一人の方が動きやすいと言った君が?」

 

「そんなに意外ですか? 私には貴方が以前、一般人を弟子にとったことの方が意外だと思いますが……」

 

「それもそうだね」

 

これは一本取られたと父さんは笑う。

 

「父さん。この人は?」

 

「ん……そうか、紹介を忘れてたね。彼は吉良(きら)(まこと)君。お前が小さい頃に中東で知り合ったんだ」

 

「よろしく、修也君」

 

「よろしくお願いします……」

 

父さんの交友関係が少し気になりながら、彼らが楽しく話しているのを隣で見ていた。

 

 

 

男は思考する。

 

(なるほど……さすが彼の息子といったところか……)

 

体の運びや呼吸、先ほどの反応とその時に視えた意識の波の変化。

 

修也という少年はまだ小学生にも関わらず、心得の無い大人くらいは倒せるレベルに達している。

 

(それに不思議なのは、見た目と中身があっていないような印象も覚える)

 

彼の父親(横川さん)と話しているのを見ているうちに薄れたが、一瞬だけ敵意を感じさせたのは驚いた。

 

(げに恐ろしきは遺伝か)

 

吉良誠と紹介されていた男。裏世界において『死神』と呼ばれる青年は思った。近い将来、自分どころか()すら越える存在になると。

 

(それにしても……ここで出る茶菓子はいつ食べても美味しいな)

 

『死神』がこの家を訪れるのは初めてではない。10回にも満たないが、この家で食べれる茶菓子は彼の楽しみの一つとして数えられている。

 

次に訪れた時に家主に何処のメーカーか聞いたら、奥様の手作りだと知って驚いたのはまた別の話。

 

 

 

日射しが弱まり、風が徐々に冷たくなってきた秋上旬。

 

宿題に全く手をつけて無いことが発覚した一部生徒が、何処かへ連れて行かれるのをあくびを噛みしめながら見送る。

 

「1ヶ月以上もあったのに、一問も解かない奴っているんだね〜」とカルマが笑っていたが、俺もこの目で見るまでは信じられなかったよ……

 

新学期が始まったことで変わったのは各々の髪の長さや肌の色くらい……と思っていたのも束の間。

 

担任の話によると、このクラスに転校生が来るらしい。

 

滅多にないイベントに教室は沸き立ち、男の子か女の子か、どんな子なのかと質問が殺到する。

 

「せんせー。みんな気になってるから早く紹介してあげたら?」

 

カルマも転校生に興味があるのか担任へ催促している。

 

それに生徒たちも(特に男子が)便乗してるが……男だったら場合、落胆が凄そうだな。

 

「まあまあ落ち着いて。それでは転校生を紹介しますね……さあ、入ってください」

 

全員の視線が一斉に教室の入り口へ向かう。

 

俺も例に漏れず視線を向けて……現れた少女に目を見張った。

 

しっとりとしたつやのある黒い髪が肩口までかかっていて、その下から日本人にしては少し白い肌が覗いている。

 

何よりも注目を集めているのは日本人では珍しい榛色の双眸だろう。

 

一度見たら忘れないだろう整った容姿。俺は以前に一度、似た特徴を持った人と出会っている。

 

いや、一つだけ違う……

 

「はじめまして、矢頭(やとう)綾乃(あやの)です。これからよろしくお願いします」

 

奇しくも前世で助けようとした少女と同じ雰囲気を持った彼女には、どこか暗いものを感じていた。

 

 

 

休み時間になると、彼女の周りはたくさんの人で賑わいを見せていた。

 

思っていたよりも女子の方が集まっているようで、中には別のクラスから見に来た人もいるようだ。

 

「大人気だね〜転校生」

 

「そうだな……」

 

むしろ人気があり過ぎる気もするが、可憐な姿に柔らかな性格が相まってるのだろう。

 

人混みに巻き込まれないように、少し離れたところからカルマや仲のいいクラスメイトたちと眺めている。

 

「あれ? もしかして横川、一目惚れしちゃったの?」

 

「ああ……たぶん前世で」

 

「へ〜そうなんだ……冗談だよね?」

 

俺の反応を楽しもうとカルマが揶揄ってきたが、予想の斜め上をいった答えに驚いて聞き返してくる。

 

本当に前世で見惚れてたんだよな……

 

すぐに冗談だと伝えるが、カルマからは疑いの目で見られている……気づかないうちに鋭くなってきたな。

 

さて、あまりにも似ている彼女のことが気になるので、確かめるべく会話を試みたいのだが、休み時間だと人混みが作られるので近づけない。

 

そんなこんなで全ての授業が終わると事件は起こる……まさか他クラスの生徒が大勢で押しかけるとは思わなかった。

 

廊下側のクラスメイトが教室を出ようと戸を開けたら一気に流れ込んできたのだから異常さがわかる。

 

中には素行の悪い奴や学年の女子ボスもいるようで、俺のクラスの面々と何やら言い争っている。

 

矢頭さんが落ち着くように呼びかけるも焼け石に水だったようだ。

 

一悶着ありそうだなと思っているとカルマが小声で一言。

 

「話すチャンス作るなら今じゃない?」

 

「……この状況で何言ってんだカルマ」

 

カルマらしくない言動に変な香辛料でも舐めたのかと思ったがそうでもないらしい。

 

「さっきから矢頭さんのことずっと気にしてるからねー。幼馴染みがお姫様へ近づく手伝いでもしてあげようと思ってさ」

 

「……本音は?」

 

「ツーショット撮って弄りたい」

 

「素直でよろしい」

 

相変わらずの行動原理から来ていたので少し安心する。

 

「でもどうするのさ? 入り口はどっちも塞がれてるし、足元くぐって行けなんて言わないよな?」

 

「それこそまさか。せっかく逃走経路がノーマークなのに使わない手はないでしょ」

 

逃走経路がノーマークというが、教室を出る方法なんて……そういうことか。

 

「……転校生も困ってるみたいだし、どちらにしろ助け舟を出さなきゃいけないよな……」

 

「んじゃ、頑張ってね〜」

 

カルマはそのまま教室の入り口に向かう。何かやらかすのだろうが、見てる暇もないので件の少女へ近く。

 

「矢頭さん、こっち」

 

「え、こっちって——」

 

どういうことか聞こうとした彼女の声は、さっきより大きくなった喧騒で遮られた。やっぱりカルマの奴、周りを煽り立てたな?

 

彼女の手を引いてこっそり逃走経路(ベランダ)へ出る。

 

隠れながら移動していると、教室から少し離れた場所にある物置部屋の窓が空いていたので、そこから再び校舎へ入る。

 

「さてはカルマの奴、こうなることを想定してここの窓開けてたな……」

 

部屋の机には『ごゆっくり、王子様』と書かれた付箋が貼られているので、つまりはそういうことなのだろう。

 

どこかにカメラが設置してありそうだなと部屋を見渡していると、連れてきた少女が俺をじっと見てるのに気づく。

 

「急にごめんね。大変そうだったから、クラスメイトの手を借りて避難させたんだけど……」

 

「……その。気にはしてませんが、どうして逃がしてくれたんですか?」

 

見た目とは裏腹に大人びた話し方で聞く少女。その雰囲気はやはり記憶の彼女と重なる。

 

「………………」

 

「……あの、どうかしましたか?」

 

……もし俺の予想が合っていなければ、単純な気取ってる少年と思われるだけだろう。

 

今になって確かめるのが怖くなるなんて、精神もまだまだ子どもだなと思いながら、彼女の質問に答える。

 

「君を見ていたら『助けなきゃ、って思ったから』」

 

「——え?」

 

一見すると正義感の強い子供のような言葉。

 

普通ならそれだけとしか思わないが、聴く相手にとっては別の意味を持つ。

 

「いや……だってそんな……でも、その言葉は……」

 

問いに対する答えを聞いた彼女は、目に見えて動揺している……俺の予想は、確信へと変わった。

 

再び彼女は俺の顔をじっと見つめて、小さく声を出す。

 

「……友輔さん、なの?」

 

「……うん。3年と半年前以来ってのは俺の記憶が戻った時だから当てにならないか……でも、元気そうでよかった」

 

勢いよく俺に抱きついて……ええ!?

 

急に抱きつかれたことに戸惑うも、その華奢な体が少し震えていることに気がつく。

 

「……ごめんなさい……ごめんなさいッ……私のせいで、みんな……ッ!」

 

とめどなく溢れ出している涙に俺は何も言わず、彼女の好きなようにさせることにした。

 

しばらくして気持ちが落ち着くと、俺に抱きついていたことを思い出して謝りながら離れる。

 

少し顔が赤いのは今までずっと泣いてたからだろう。

 

部屋にあった椅子に座ると、矢頭さん……いや、遥奈さんは記憶が戻ってからの経緯を話してくれた。

 

俺と同じ時期に記憶が戻った彼女は、当初は【矢頭綾乃】として生まれ変わったことに混乱していたが、そばにいた今世の母親のおかげで落ち着けたらしい。

 

俺も体験したことだから彼女の気持ちも分からなくもない。生まれ変わるなんて誰が想定しただろうか。

 

幸い、記憶について親は咎めはしなかったらしい。おそらくそれまでの【矢頭綾乃】と、彼女の人となりが変わらないことを理解したからかもしれない。

 

年齢が年齢なので、義務教育を受けるため小学校に入れてもらったらしいが、仕事の都合でここに転校して来たそうだ。

 

……しかし、3年以上の月日が流れても前世のことが割り切れず、今まで思い悩んでいたのだろう。

 

知らなかったとは言え一族の問題に俺たちを巻き込んだこと。そして暴走した力で別の世界に転生させてしまったこと。

 

彼女の中でそれは、忘れられない罪の意識となっているようだった。

 

……だけどそれは、あくまで彼女の主観だけの話だ。

 

「……遥奈さんが謝る必要なんてないよ……むしろ俺は、貴女にお礼が言いたかったんだ」

 

「え……?」

 

「あの時、遥奈さんの持ってる力が暴走したのは、俺や彩月たちを助けようとしたからなんだよね?」

 

彼女が放った光の奔流は、周囲の人間を吹き飛ばすほどの強い力だった。

 

それにも関わらず近くにいた俺たちへ影響が少なかったのは、彼女の願いを因果の操る力が応えていたと考えている。

 

「だからありがとう。俺たちを助けてくれて」

 

遥奈さんが力を使っていなかったら今頃はどんな目に遭わされたかわからない。今の彼女に必要なのは感謝の言葉だと思った。

 

「……恨んで、ないんですか?」

 

「恨む理由がないよ」

 

「本当に?」

 

「もちろん」

 

そもそもの発端は彼女の叔父であり、彼女も被害者なのだ。恨むのは筋違いだろう。

 

「……よかった……」

 

それを聞いて遥奈さんは安堵したのか、どこか翳りを感じた表情は以前のような温かみのある笑顔へ変わっていた。

 

「そういえば喫茶店では彩月が勝手に進行してたから、ちゃんと自己紹介してなかったよね。俺の名前は刻上友輔、この世界では横川修也。よろしく遥奈さん」

 

「……矢頭綾乃……九重遥奈です。『さん』を付けないで呼んでくれると嬉しいです」

 

「えっ? えーっと……『さん』付け嫌だった?」

 

「嫌ではないんですけど、3人がお互い敬称無しで呼び合っていたのが羨ましくて……駄目、ですか?」

 

「駄目ではないんだけど……」

 

彩月と城仁は幼少期からの仲だったから定着しただけなのだが、前に面識があるだけの遥奈さんを呼び捨てにするというのは……

 

しかし彼女は譲りたくないのか、先ほどより圧のある視線で俺を見ている……

 

これが横浜では見れなかった彼女本来の性格なのかもしれない。

 

「……わかった。よろしく遥奈」

 

「はい。よろしくお願いします、友輔さん!」

 

数分に渡った根比べをしたが、このままだと日が暮れてしまうので、こちらが折れて彼女を遥奈と呼ぶことになった。

 

 

 

「……ふーん」

 

少年はイヤホンを外す。

 

彼が現在いるのは校舎の屋上。2年生の時に職員室で手に入れた合鍵で出入りできるようになっていて、今では彼の避難所のような場所だ。

 

少し前まで煽り立てた生徒たちと逃走劇を繰り広げていたが、すぐに飽きて雲隠れしたのだ。

 

彼が聞いていたのは校舎のとある物置教室の様子。お土産の中で見つけた小型の通信機を2つ使うことで、擬似的に盗聴していた。

 

そこで話されていたのは転生や前世の記憶という、あまりにも非現実的な内容だったが、インドかぶれな親の影響もあって一応の理解はあった。

 

「……面白いけど、このネタで弄るのは俺の趣味じゃないかな〜」

 

カルマという少年は、楽しいことのためなら手間を惜しまないタイプだが、デリケートな問題で遊ぶほど外道ではない。

 

この話は自分の胸の内にしまうことにして、カセットテープの録音を消し、屋上を後にした。




おまけ

「……ところで、自分が呼ぶ時は「さん」つけるんだね」

「え、あ……ま、まだ呼び捨ては恥ずかしいと言いますか、その……」

(何これかわいい)



転生物を書き直すのって難しい……
ご都合主義な点が多いと感じたら作者の腕不足なので、大目に見てもらえたらありがたいです。
感想、間違いの報告、お待ちしています。


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第三話【準備の時間】

長らくお待たせしました
原作までダイジェストで進みます

読みにくいかもしれませんが、主人公の両親は普段から2人を修也・綾乃の呼び方を使います
一応両親も事情を知っているので、家にいる時にも主人公たちはは前世の名前で呼び合うことが多いです
読むのが大変だと思われるようでしたら、お伝えください


記憶が戻ってから5年と数ヶ月。

 

六年生での勉強に周りが四苦八苦しているが、元が高校生の俺や天才肌のカルマには少し難しくなった程度の印象だ。

 

それでも予定している進学先が()()椚ヶ丘中学校なので、しっかり対策をとっている。

 

もちろん対策しているのは勉強だけではなく、運動神経もだ。

 

成長期を迎えて体が大きくなり、体力も随分ついたおかげで、以前より長い距離を楽に走れたり、普通サイズの竹刀を振り回せたりとできることが増えた。

 

もう少し体が成長すれば、大人相手でも上手いこと立ち回れるだろう。

 

「何か考え事ですか?」

 

「ん……そんなところ。ところで遥奈、今の調子で大丈夫?」

 

「はい、大丈夫です。このペースもだいぶ慣れてきました」

 

思考に耽っていると、隣を走る遥奈から現実に引き戻される。

 

今の時刻は日曜の昼ごろ。休日ということもあり、街中は家族連れが公園で遊んでいたり、車両の交通が盛んになっていた。

 

そんな日常を視界に入れながら、遥奈を連れてランニングをしている。

 

どうして一緒に走っているかというと、それは1年と少し前に彼女と再会した時まで遡る。

 

 

 

「この世界……もしかしたら、ある物語に近い歴史を辿ってるかもしれない」

 

言っておくべきだと思った俺は、彼女にとっても重要だろう話を切り出した。

 

「物語って……絵本や小説とかの?」

 

「そう。それも危ない分類の……暗殺教室って、聞いたことある?」

 

「確か映画になってましたよね。序盤しか覚えてないですけど……」

 

「その暗殺教室と同じ出来事が、この世界で起きる可能性があるんだ」

 

椚ヶ丘中学やカルマなどの原作と共通する情報や、原作のストーリーを覚えている限り説明した。

 

小噺や専門用語をいくつか省いても時間がかかったが、重要な部分は全て話せた。

 

「……全部ではないですけど、事情はわかりました。それで、友輔さんはどうするつもりですか?」

 

「……カルマが椚ヶ丘に進学するって聞いてるから、俺も行こうと思ってる」

 

俺の返答に彼女は一瞬考えると、再びこちらに向き直る。

 

「私も友輔さんたちと一緒に椚ヶ丘へ行き『駄目だ』っ、どうしてですか?」

 

「進学に向けて下調べをしたけど、原作通り生徒の差別は存在してる……前世はともかく、遥奈を危険な目に合わせたくないんだよ」

 

話した俺が悪いのはわかっているが、彼女に嫌な思いをさせたくない。

 

だから遥奈には別の学校に進学するよう頼もうとするが……

 

「友輔さんがカルマさんを助けたいように、私も友輔さんの力になりたいんです……あの時みたいに、自分を軽々しく投げ出そうとしないでください」

 

彼女の懇願する姿を見せられた俺は、何も言い返すことができなかった。

 

……遥奈といい彩月といい、俺の周りにいる女の子はどうも気が強くて叶わない気がする。

 

「……はぁ……降参。椚ヶ丘に行くのは止めないよ。その代わり、辛くて嫌になったらすぐにでもこの件から降りること。それでいい?」

 

「っ……はい!」

 

 

 

その日以降。彼女も一緒に体力作りに参加するようになった。

 

呼び方が友輔なのは「プライベートくらいは前の名前で呼びたい」と言う遥奈の要望で、家や2人でいる時は俺も前の名前で呼んでいる。

 

これまでの経過や父さんによると、彼女のポテンシャルは相当高く、始めの頃に組んだメニューは短期間で達成していた。「今まで見てきた女性で一番の逸材かもね」と父さんが言うのだから相当だろう。

 

……後ろで聞いていた母さんに「()()()とはどういうことか」と奥の部屋に連れてかれたのは気のせいにしておこう……

 

閑話休題。

 

「ただいま〜」

 

「ただいま帰りました」

 

「おかえりしゅうちゃん。あやちゃんもいらっしゃい。もうすぐお昼になるから、その前にシャワー浴びてきちゃいなさい」

 

「わかった。俺は後でいいから、遥奈が先に浴びていいよ」

 

「ありがとうございます。それではお先に……」

 

遥奈は家に上がると、そのまま廊下の先へ姿を消した。着替えを取りに()()()()()へ行ったのだろう。

 

部屋は体力作りで横川家へ訪れるようになってから用意されたもので、連休の時はそこで寝泊まりすることもある。

 

いくら知り合いでも普通は異性の家に泊まるのは問題だろうが、意外にも両親が許可を出した。

 

なんでも母さんと綾乃(遥奈)の母親が幼馴染みで、今でも遊びに行く仲だそうだ。

 

その際に俺たちについても知っていて、前世で知り合いだったことを話すと、一緒に居ても大丈夫だろうと判断したらしい。

 

「家に女の子がいるって新鮮ね〜。まるで娘ができたみたい……なっちゃんが少し羨ましいわ〜」

 

「やっぱり娘って欲しいもんなの?」

 

「母親はみんな欲しいと思うわよ〜……まあ、わたしは別だけどね〜」

 

「はあ……」

 

遥奈がいて気分の良さそうな母さんの姿を不思議に思いながら、一旦部屋に戻ることにした。

 

 

 

次の日。教室に着くとカルマが先に来ていた。

 

「……ん、よー横川」

 

7部屋もあるのに6年間で4回も同じクラスなったので、学校側の作為を感じずにはいられない。

 

しかしデメリットがあるわけでもなく、話し相手にも困らないので楽しく過ごせるのも事実だ。

 

「おはよカルマ……何それ?」

 

「ああこれ? 親の土産の品だよ。面白いから持ってきたんだ〜」

 

「お土産、ね……」

 

カルマの手元には象の頭がついたキャラクターのストラップ。確かガネーシャとか言う神様だったか。

 

本当にカルマの両親、ピンからキリまでお土産買ってくるよな……

 

「2人ともおはようございます」

 

「おはよう綾乃」

 

「おはよ……あ、そうだ。最近横川の家に矢頭さんっぽい女の子がいるって聞いたんだけど合ってる?」

 

「え? ええっと私で間違いないですけど」

 

「ああ、言ってなかったっけ。前にカルマが軽い気持ちで受けた父さんのメニューを一緒にやってるんだよ」

 

父さんのメニューと聞いてカルマは目を丸くする。

 

「マジか。矢頭さんアレやってんの? ついて行けるの横川くらいだと思ってたわ」

 

「お前は父さんと俺をなんだと思ってんの」

 

「人の姿をした怪物と、その息子」

 

「否定したいけど、父さんに関しては何とも言えない……」

 

実際、父さんと体力作りのマラソンや武道などをしている時に、今まで息切れをしたところを見たことがない。

 

一体どんな鍛え方をすればそんな実力になるのか。

 

それにしても、質問してからカルマがじっと俺たちのことを見ているのだが……

 

「……どうかしたの?」

 

「いや、俺はてっきり2人が……」

 

「「……?」」

 

何かと2人で詰め寄る。カルマは次に出す言葉を溜めて……息を吐き出す。

 

「やっぱなんでもないや」

 

そう言うと何も無かったかのようにそのまま自分の席に戻ってしまう。

 

「なんだよ、もったいぶって……」

 

「そんな言い方されたら気になるじゃないですか」

 

2人で抗議するも、当の本人は舌を出して黙秘の姿勢のようだ。

 

けど、綾乃が俺の家にいるの噂になってるって……同級生の誰かに見られたのかな?

 

「……そういえば最近。家の近くで去年のクラスの人を見かけましたね……」

 

「え、そうなの?」

 

うーん……綾乃は体力作りで家に来てるだけだから、それが知られたくらい特に問題ないけど……

 

「それにしても……」

 

「ん? ああ……」

 

「「誰も来ない(ですね)……」」

 

時計の針は8時5分を指している。

 

本来の登校時間が15分以降なので、俺たちはメニュー内容や最近流行ってるゲームの話をしながら、しばらく朝のホームルームを待った。

 

 

 

「セイッ!」

 

「……ヤァ!」

 

パシィン、と小気味のいい乾いた音を辺りに響かせながら、横川家の庭で竹刀の打ち合いをする。

 

打ち合っているのは俺と遥奈。今回はいつもより重い竹刀で、どこまで普段の調子を維持したまま戦えるか把握しているところだ。

 

これくらいでへばっているようでは、予想外の事態に対応できず力尽きるか、隙を突かれて返り討ちにされるだろう。

 

しばらく打ち合っていると、次第に体が限界に近くなってきた。それは遥奈も同じで、始めた頃より動きが鈍くなっていた。

 

竹刀を左手に持ち、その場で正座する。彼女も同じように座るのを確認して、お互いに一礼をした。

 

「どのくらい持った……?」

 

「……56分37秒……前よりも2分は伸びたみたいですよ」

 

「そっか……まだまだ先は長いなぁ……」

 

息を整えた遥奈がタイマーの記録を教えてくれる。普段の得物で動くことを考えると、もっと長い時間でも体力に問題なさそうだ。

 

「まだまだ理想には程遠いな……」

 

父さんには及ばないが、せめて5、6時間は動けるようになりたいと考えている。この調子なら原作開始時期にはある程度仕上がっているだろう。

 

素の身体能力は歳を重ねると共に上がってきているし、戦闘技術に関しては父さんから多く学んでいるから、後は応用と実戦の繰り返しだ。

 

その後、休憩を挟みつつ日が暮れるまで模擬戦や組み手をした。

 

「お疲れ様、随分と疲れてるね」

 

「ん……おかえり父さん。帰ってたんだ」

 

遥奈が帰った後に一人で素振りをしていると、父さんがお盆を持って現れた。今日は仕事が早く終わったのか普段着を着ている。

 

「はい、お茶どうぞ」

 

「ありがと……」

 

お盆に乗っていた湯飲みを受け取ると、父さんは隣に腰を下ろした。

 

「それで、剣道デートの調子はどうかな?」

 

「……ぶっ!!?」

 

父さんからの突然の爆弾発言に、飲んでいたお茶を噴き出す。

 

「ケッホケッホ……いきなり何を言い出すのさ父さん!?」

 

「ごめんごめん。修也と綾乃ちゃんがいつも仲良く話すから、ちょっとからかいたくなってね……実際のところ、好きな相手っているのかい?」

 

興味津々に聞いてくる父さん。「女子高生か!」と思ったが口には出さない。

 

……それにしても遥奈のことを、か……

 

「……実際も何も、仲のいい友人と思ってるけど、好きかどうかはよくわからない」

 

「……そうか」

 

声は残念そうにしているが、顔がどことなく笑っている父さん。その様子に、どこか母さんに近い何かを感じずにはいられない。

 

夫婦は長年生活していると似るものだと聞いたことがあるが……

 

ふと、視線を感じて周りを見渡す。しかし父さん以外に人影が見当たらないので気のせいだろう。

 

(……好きな相手か……考えたこともなかったな……)

 

元の世界にいた幼馴染の少女を思い浮かべたが、やはり恋愛対象として見ることができなかった。

 

(……そのうち俺にも、そんな相手が出来るのかな……)

 

思い耽りながらもう一度お茶を飲み、空を流れていく雲を眺めているのだった。

 

 

 

12月上旬。

 

近年稀に見る大雪を観測し、去年よりも寒くなるのが早かったので雪が溶けにくく、町中が白い世界に変わっていた。

 

「あ〜、あったかいなぁ……」

 

「そうですねぇ……」

 

「あらあら、2人とも骨抜きにされちゃったわね〜」

 

冬場といえばやはりコタツ。

 

入った瞬間に俺と遥奈はその魅惑的な魔力に飲まれ、脱力した顔でみかんを食べていた。

 

母さんは昼食の支度をしながらこちらを見て微笑んでいる。

 

ちなみに父さんは仕事で出張中らしく、しばらく帰ってこない。

 

ピンポーン……

 

「……お客さんか……」

 

「……私が出ますね」

 

「お願いね、あやちゃん」

 

遥奈は少し名残惜しそうにコタツを出ると、玄関の方に向かった。

 

『——次のニュースです。昨夜11時頃、椚ヶ丘市の住宅街にて男性が刃物で切りつけられる事件が発生しました』

 

アナウンサーの椚ヶ丘市という言葉が気になったので、俺は体を起こすと、ついたままになっていたテレビを見る。

 

『切りつけた相手は身長が180cm程で、黒いコートに頭を帽子とマスクで覆っていたとのことです。警察は先月中旬頃から発生した連続通り魔事件との関連を調べており——』

 

「通り魔事件か……物騒だな」

 

「そうだよね〜……ま、そんな時間帯に出歩いてた男の人の運が悪かっただけなんだろうけど」

 

「そうだなぁ……ん?」

 

聞き慣れた声が後ろからしたので振り返ると、そこにはカルマが立っていた。

 

なるほど、さっきのチャイムはカルマが鳴らしたものだったのか。

 

「いらっしゃい。こんな寒い中よく来たな」

 

「まあね。それにしてもだらけきってるね〜」

 

「いいじゃないか、コタツの魔力からは逃れ難いものがあるんだよ……」

 

「ふーん……」

 

さっと反対側の位置からコタツに入るカルマ。幼馴染みの家だからって遠慮がないな……

 

「そういえば矢頭さんとは上手くいってるの?」

 

「……別にそんな相手じゃないって、何度も言ってるだろ?」

 

「え〜、だって面白いじゃん?」

 

カルマはニヤニヤしながら俺の隣に座る。

 

こいつも父さんと同じようなことを言い始めたのは、俺たちの学校で毎年10月に行われるイベントの時だ。

 

今年で最後ということもあり、折角だから一緒に楽しもうと連れていた所をカルマに捕まった。

 

その際、カルマは俺たちに対して「何、やっぱり2人って付き合ってんの?」といきなりからかってきて以来、今も度々そのネタで弄ってくるのだ。

 

カルマが前々から気になっていたのは、どうもその手の話だったらしい

 

「お茶をどうぞ」

 

「お、ありがと」

 

綾乃が台所からお茶と客人用の菓子を持ってくると、先程座っていた場所に戻る、

 

コタツに足を入れたと同時に再び脱力する姿を見てカルマは苦笑いをした。

 

「2人とも、普段の真面目の塊みたいなイメージが嘘みたいだね〜」

 

「言われるほど真面目かな……」

 

学校での行動を思い返してみる。

 

登校時間より早く学校に着き、普通に授業を受け、休み時間は図書室で借りた本を読んだり、校庭で同級生とドッチボールやサッカーで遊ぶなど様々。

 

掃除はきっちり終わらせてホームルームの後に下校……うーん、言われてみれば確かに真面目か……?

 

「……まあいいや。それで、今日は何しに来たんだ?」

 

「ああ、それはね〜……真冬の肝試し、やってみない?」

 

 

 

「……で、来てみたわけだが……」

 

「お〜集まってる集まってる」

 

カルマに案内されたのは、市街地から離れた場所にある7階建ての大きな廃ビル。話によると本来ならデパートになる予定だったが、建設会社が倒産したせいで工事はストップ……以来、そのままになっているという。

 

漫画や小説によく出るシチュエーションではあるが、実際に見てみるとなかなか不気味だ。来るのに時間がかかっていたこともあって辺りは暗くなっているので、さらに物々しさを引き立てている。

 

ビルの前では学校の同級生たちが20人近く集まっていて、雑談をしながら待っているようだ。

 

「……お、カルマと修也! やっと来たのかよ」

 

同級生の1人がこちらに気付き、手招きをする。確か佐藤という名前だったか……

 

「ゴメンね〜横川の家ってここからかなり遠いからさ、どうしても時間がかかるんだよ」

 

「……それもそうだったな」

 

カルマの言葉を聞いて思い出したのか納得する佐藤。

 

それを見ている俺について来た綾乃が話しかけてくる。

 

「このビル……本当に入って大丈夫でしょうか?」

 

「……うーん……不法侵入とかにはなりそうだけれど、流石に崩れることは無さそうだよ?」

 

「そういうわけじゃないんです。この中に誰か住んでいたら……それもさっきニュースで報道されていた通り魔だったらどうするんですか?」

 

意外と心配症かと思ったが、通り魔と言うワードを聞いて考えを改める。

 

「確かに……事件の場所ってここからだとそんなに遠くないんだよな? ……急に帰りたくなってきた」

 

「野良猫や鳥なら心配は無いのですが、念のため警戒はしておくべきだと思います」

 

「そうだな……綾乃は他の人たちと一緒に行ってくれる? 俺はカルマにも話してそれぞれのグループを監視するから」

 

「わかりました」

 

 

 

予め用意してきた懐中電灯をつけながら、佐藤を始めとした男女6人程度と共に廃ビルを探索する。

 

現在は5階、中は当たり前のごとく真っ暗で、足元には放置された木材やゴミが散らばっている。

 

かなりの時間ほったらかしにされていたからか、所々コンクリートが割れていて、そこから骨組みがむき出しになっている。

 

「あまりこういうことって気が進まないんだけどな……」

 

「あれ、もしかして修也って怖いの苦手なの?」

 

「そういうわけじゃ無いけど……不法侵入とかそっちの意味なら怖い」

 

「……あ〜、なるほどね〜」

 

「確かにそうだな……」

 

同級生たちもニュースか何かで知っていたのか、不法侵入と聞いて少し思うことがあるようだ……ただ、ビルのこの様子からすると恐らくは……

 

『綾乃、何か見つかった?』

 

『今のところはコウモリや猫などが出てきてはいますが……修也さんも気付きましたか?』

 

『うん……つい最近まで、誰かが此処で生活をしてた跡があるね』

 

探索を始めてから10分程度が経過した頃に綾乃から電話があった。

 

別の階でトイレに行こうとした人曰く、個室の一つが妙に綺麗で、紙も新しいものが置かれていたらしい。

 

「……まずいかもな……」

 

「ん、どうかした?」

 

「ああ。ちょっと此処、危険かも知れないんだ」

 

「危険って何が?」

 

「この廃ビルに誰かが住んでる可能性があるんだよ。さっきから落ちてるゴミを多く見かけてるけど、どれもまだ新しいんだ……」

 

説明をしているとケータイのバイブレーションが作動したので確認すると、カルマからメールが届いていた。

 

『こっちも見つけた。確かに誰か住んでるみたいだね。付属の写真見てみ。パンの袋だけど、賞味期限がつい最近までのやつだ』

 

画像データを見るとカルマの手と共には11/29と明記されている袋が写っていた。

 

「……今はまだ居ないみたいだけど、もしかしたらもうすぐ帰って来るかも……」

 

女子の1人が顔を青くしながら言うと、不安な気持ちが煽られてみんなから落ち着きがなくなってきた……ので両手を勢いよく合わせて打ち鳴らす。

 

急な行動に全員驚いたようだが、おかげで落ち着けたようだ。

 

「よし、それじゃあ俺は他の階にいる綾乃とカルマ、佐藤のグループに連絡するから、裏口から出ようか」

 

「あ、ああ……」「びっくりしたぁ……」

 

「それじゃあ行こう……運悪く怖ーいおじさんか誰かが来る前に……」

 

「……不吉なこと言うなよ……」

 

冗談を言いながら取り乱さないように気を使うも、内心ではかなり焦っていた。いつ来るかわからないからこそ、外へ出た時に鉢合わせたらどうなるか……

 

 

 

それから5分も経たないうちに全員が無事に外へ出れた……はずなのだが。

 

「馬鹿が2人ビルの中に残った?」

 

「修也さん、馬鹿は言い過ぎだと思いますよ……?」

 

「いやバカでしょ。どう見ても怪しさ満載だったのに」

 

「本当に悪いッ! 俺がもっと強く訴えてれば良かったんだけど……」

 

「……とにかくみんなは先に帰ってて。できるだけ人通りの多い道がいい」

 

「修也はどうするんだ?」

 

「……ほっといて厄介事に巻き込まれたら自業自得だろうけど、場合が場合だから連れて帰る」

 

 

 

「……だからって気絶させるか普通……?」

 

「あははは……」

 

中に残った馬鹿の片割れを背負いながら、ジト目でもう1人の馬鹿を持っているカルマと足元を照らしてくれる綾乃の2人を連れて階段を降りる。

 

気絶している理由だが、帰ろうと提案する俺たちの言葉を全く聞かなかったので俺と綾乃がちょっとした技を使って寝てもらったわけだ。

 

「……ん、綾乃、上着の右ポケットからケータイ取ってくれる?」

 

「え? 待ってくださいね……佐藤さんからメールが来てますね」

 

「どれどれ……は?」

 

カルマは持っていた生徒を階段に下ろして、綾乃と一緒にケータイを内容を読んだようだが……

 

「……一旦上に戻るよ」

 

「2人とも急にどうしたの?」

 

「詳しい話は後でしますので……」

 

 

 

言われた通り3階まで戻り、遥奈からケータイを受け取って佐藤からのメールを読む。

 

「心配だから物陰に隠れて外を見てたけど……ビルに1人、大人が入ってきた!?」

 

「このビルに住んでいる誰かでしょうか。それとも……」

 

「写真は……これか……」

 

画像を読み込むと、佐藤が撮ったという廃ビルに侵入した誰かが映し出された。

 

大柄なシルエットに全身が黒いロングコートで覆われていて、顔は黒いニット帽と大きなマスクで判別が出来ない……

 

——切りつけた相手は身長が180cm程で、黒いコートに頭を帽子とマスクで覆っていたとのことです。警察は先月中旬頃から発生した連続通り魔事件との関連を調べており——

 

「これって……」

 

「いかにもって感じの格好してんね」

 

「……此処が潜伏場所なんでしょうか……?」

 

先程見たニュースでの被害者の証言と、侵入者の特徴が完全に一致する。件の事件にあった黒コートの通り魔だろう。

 

「模倣犯じゃなさそうだよな」

 

「どうしますか、私たちだけならすぐにでも脱出できますが……?」

 

「………………」 

 

相手は大人、それも最近のニュースに出てくる連続通り魔事件の犯人だ。他のみんなは先に帰ってもらったので、隠れていた佐藤以外は誰も下に居ないから心配ない。

 

しかし、こっちに上がって来た場合、気絶させた馬鹿2人を連れたままでは移動は難しいだろう……

 

どうするべきか……安全に敵を無力化する方法は……

 

「……そうだ。アレで行こう」

 

「アレ?」

 

 

 

コツ、コツ、コツと音を立てて、黒コートの男は階段を登る。

 

男はこの廃ビルに何ヶ月も住んでいるので、自分以外の誰かが入り込んでいることに気が付いていた。

 

(ここにいることを警察にバラされたらマズイ……その前に口封じをしなくては……)

 

足取りが段々と早くなって二階に着くと、そこにはこちらを背に向ける少年の姿があった。

 

(……なんだ子供か……)

 

大人であれば警戒していたであろうが、子供だと分かったために男はニット帽を取り少年に話しかけることにした。

 

「そこの僕、こんなところで何をしているんだい? ここは立ち入り禁止なんだが……」

 

声をかけられて驚いたのか、慌てて振り返る少年。

 

「ご、ごめんなさい。外の看板は倒れてたのか見当たらなかったから、

つい……」

 

少年の言う通り、確かに外の看板はボロボロになっているので、かろうじて文字が読める状態だった。

 

顔からして、まだ小学生くらいの年齢だと思われる。

 

「……ところで、おじさんは誰?」

 

「私かい? 私はこのビルを管理している人でね、時折帰り道に勝手に入り込んでいる人がいないか見に来ているんだよ。そう言う君は何をしているのかな?」

 

「……あ、えっと……ちょっと肝試しに友達と来て居たんだけど……途中ではぐれちゃって……」

 

「そうか……今日は見逃してあげるけど、今度からはダメだからね……それと、お友達は私が一緒に探してあげよう」

 

「本当? ありがとうおじさん!」

 

子供は無邪気に男に笑いかける。

 

(さて……この子以外にもまだ上に居るようだがどうするか……)

 

男はこの時、子供とはいえ見られたからには1人ずつ始末しようと考えていた……が、その前に少年が男に言う。

 

「あ、でも気を付けておじさん。このビルにはお化けが出るんだって」

 

「お化けが? おじさんは見たことがないけれど、それってどんなのだい?」

 

すると少年は男の後ろを指して……

 

「そこにいる……遊んで欲しい子どもの霊だよ」

 

「え……?」

 

後ろを振り返るや否や、男は頭に強い衝撃を受けてコンクリートの床に倒れこみ、そのまま気を失った……

 

 

 

……男に近寄って息があることを確認すると、少年……カルマは息をついて安心する。

 

「横川、矢頭さん、ナイスキック」

 

「囮役を頼んで悪いカルマ」

 

「黒コートの人がここより上の階に行かなかったお陰で助かりましたね」

 

「ああ。それにしても、見つかってすぐに襲われなくてよかったよ」

 

俺たちの立てた作戦はこうだ。まずカルマが囮役となって男を引きつけておき、その間に俺と綾乃が物陰に隠れながら近づく。

 

背後にまで忍び寄った時、カルマの合図で急所にあたる部位に2人で同時に攻撃といった簡単なものだ。

 

綾乃と一緒に、父さんからあらかじめ対人戦闘における急所を教わっていたことが役に立った。

 

もし一回でダメだった時は3人がかりで行動不能にしようと考えていたが、男は上手く脳震盪を起こして気絶した様だ。

 

「とりあえず……この人どうしようか?」

 

「警察に通報して引き取ってもらおうよ」

 

「それが一番でしょうね」

 

 

 

その後、俺たちを含めた生徒は全員、無事に廃ビルから出て帰路に着いた。馬鹿2人も外に出る頃には目が覚めたのだが、直前の記憶がなかったので知らない振りで誤魔化した。

 

カルマは「せっかく巷で有名な人に会えたのに、アレじゃ拍子抜けだった」と残念そうにしていたが……何で残念そうなのかは気にしないでおこう。

 

男はその場に偶々落ちていたガムテープやロープで動けないように拘束。みんなが帰った後に男の持っていた携帯電話を使って通報をした。

 

すぐに駆けつけた警官たちが現場を調べると、黒コートの内側に隠し持っていた包丁から血液が検出されたことで逮捕されたらしい。

 

男の正体だが、廃ビルがまだデパートなどをやっていた時期に本当に管理人をしていたらしい。

 

しかし付近で新しい複合デパートが建てられると売り上げが激減。敢えなく潰れてしまった。

 

連続通り魔の被害者はみな、複合デパートで仕事をしている人かかつて廃ビルで真面目に働いていた人たちだったそうだ。

 

こうして、怪我もなく家に帰ることができたのだが……

 

「しゅうちゃん、あやちゃん……少ぉ〜し、オハナシしましょうか?」

 

「その〜母さん? これには深〜い理由が……」

 

「中に残ってた人を助けに行ったら、通り魔に遭遇して……」

 

「言い訳は後で聞きますから……ね?」

 

「「は、はぃ……」」

 

俺たちは家に帰るや否や、母さんに叱られた。

 

その時の顔や話し方は普段と変わらないのだが、まるで母さんの後ろに仁王がいるかの如く迫力があり、終始冷や汗が止まらなかった……

 

この日以降、母さんを絶対に怒らせないと、俺たちは心に決めるのだった。




おまけ

「MA☆TTE、一旦落ち着こう!?」

「わたしは落ち着いてるわ。さあ、O☆HA☆NA☆SHIしましょう……」

「修也助け——うわああああぁぁぁぁ…………」

(触らぬ母に祟りなし……)

「???(耳を塞がれてる)」



ご都合主義になってる箇所が多い気がして不安ですね……
感想、間違いの報告、お待ちしています。


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第四話【開始の時間】

遅れたお詫びにもう一話、旧作よりも早く原作開始です。
……感想、欲しいなぁ……


「……疲れるなぁ……」

 

あっという間に月日は流れ……小学校を卒業した俺は椚ヶ丘中学校に入学していた。

 

現在は6月上旬……最初から難しい授業ばかりで、前世が高校生じゃなかった場合、底辺より少し高い程度の成績になっていただろう。

 

……原作のことを考えれば、成績が低い方がいいのかもしれないが……

 

記憶が戻ってから既に6年経った今、原作の大まかな流れと話の中心となる人物たち以外はうろ覚えだ。

 

一応クラスの振り分け表を見た際、一緒にいたカルマと転入してくるであろう3人を除いた全員が椚ヶ丘に入学していることは確認出来ている。

 

ただし俺と言うイレギュラーがいるので、原作通りのクラス+αになるのか……そこが不安な要素だ。

 

「どうしたんですか、修也さん」

 

先のことを思案していると、綾乃から話しかけられる。

 

「ん……ちょっと考え事してた」

 

「そうですか……?」

 

綾乃は俺の顔をしばらく不思議そうに眺めて、すぐ隣にある自分の席に座った。

 

カルマとは別になったが、彼女と同じクラスになれたのはありがたい。

 

「それよりも綾乃、この後の授業って何だっけ?」

 

「ええっと確か……数学ですね」

 

「……数学デスカ」

 

数学は元から得意な教科では無かったので、少し面倒臭く感じる。

 

とは言え、やったことのある範囲なので今のところはまだ大丈夫だ。

 

「……あまり点が高すぎると変なヤツに絡まれるかもしれないから、気をつけないと……」

 

「——へえ、そんな不審者がこの学校に居るのかい? 僕なら是非お目にかかりたいな」

 

「………………」

 

前触れもなく自信に満ちた声に顔をしかめる。声の出所を確かめるべく振り向くと、そこには1人の少年が立っていた。

 

「……なんだ、また来たのか浅野」

 

「なんだとは失礼だな。支配者として君達のような優秀な人材を野放しにしておくことは、今後の弊害になりかねないからね」

 

「……はあ……」

 

浅野(あさの)学秀(がくしゅう)

 

椚ヶ丘中学校の理事長である浅野學峯(がくほう)の息子で、今はクラスメイトだ。

 

こうして話しかけてくるのは先月の中間テストの時、授業が難しくてつい本気で挑んでしまったことがきっかけだ。

 

結果は全教科が70点以上……特に国語と社会が学年で8位以内に入ってしまい、目をつけられたようだ。綾乃も英語と数学が上位入りしていたため、同様に勧誘を受けている。

 

「……何度も言ってる通り、支配ってのに興味が無いんだよ。心配しなくても人気を取ろうなんて思ってないから安心しろよ」

 

「私も同じですよ。上下の関係より、隣同士の繋がりに魅力を感じてますから」

 

「そうか、まあいい。もし気が変わることがあればいつでも言ってくれ」

 

そうして浅野は俺たちの席から離れていく。

 

「……今度のテストは絶対平均あたりを取ろう」

 

「そうですね。実力や頑張ってる様子だけなら良い人だと思いますが……」

 

しかし、7月の期末テストでは全体の平均が下がったことで再び上位に入ってしまう。

 

結局、浅野から自分の下に付けと言わんばかりの視線が俺たちに向けられるので、しばらく精神的に疲れた。

 

 

 

「ふーん……そっちは大変なんだねぇ〜」

 

「『大変なんだねぇ〜』って、他人事かよ……」

 

「会うたびに同じ話をされる私たちの身にもなってくださいよ」

 

「え、やだよ面倒くさい」

 

夏休みのとある日。家で宿題を消化しているとカルマがやってきた。

 

カルマにしては珍しく人を連れていて、たまたま俺の家の近くを通りかかったから、紹介も兼ねて遊びに来たらしい。

 

「……それにしても、カルマ君の友達って横川君と矢頭さんだったんだね」

 

「あれ、話したことあったっけ?」

 

「ううん、僕が一方的に知ってるだけだよ。ほら、中間も期末も高得点で上位に入ってたから……」

 

「「「なるほど」」」

 

連れてきたのは美少女と言ってもおかしくない中性的な少年、潮田(しおた)(なぎさ)だ。

 

名前と性別を言われる先程まで、俺も綾乃も彼のことを女の子だと勘違いして彼女が出来たのかと思っていたくらいの童顔だ。潮田君は勘違いされるのに慣れているのか苦笑いをしていた。

 

ちなみにカルマは爆笑していた。

 

「カルマも点数上げすぎて、絡まれないように気を付けろよ?」

 

「あ、それもう遅いや。俺も一度声掛けられてるし」

 

「……あーそっか……」

 

確かに中間テストの時にカルマも上位にいたことを思い出す。

 

……変な挑発、してないよな?

 

「僕なんかとてもじゃないけど、3人みたいに高得点は取れそうに無いや」

 

「そんなことはないですよ? 記憶が正しければ、渚さんも英語が上の方に入っていた筈です。伸ばしていけば1位を取ることも夢ではないですよ?」

 

「……そう、かな?」

 

綾乃からアドバイスを受けると、潮田君は少しだけやる気が出たようだ。

 

「……さっきから気になっていたんだけど、そこに置いてあるのは竹刀だよね。剣道やってるの?」

 

「ん、そうだけど……興味あるの?」

 

「あ、いや……それほどじゃないけど、好きな作品で主人公が剣を使ってるから……」

 

「あ、【SONIC NINJA】でしょ? 俺と渚君が話すようになったきっかけなんだ〜」

 

「ソニックニンジャ……ああ、あの作品か」

 

内容まではあまり知らないが、最近映画化が決定したという話を聞いている。

 

刀剣を使って、敵やヘリなど両断する描写があったな〜と思い返す。

 

「……竹刀、少し振ってみる?」

 

「え、いいの?」

 

「俺も久々に振ってみていい?」

 

「いいよ。綾乃、物置の予備から2本持ってくるから片付けお願いできる?」

 

「任せてください」

 

 

 

「竹刀を振るのって、結構難しい……」

 

「俺も最初は思ったよ。案外振りにくいんだよね〜竹刀(コレ)

 

予備の竹刀を貸してから庭で30分ほどかけて剣道の基本を2人に教えた。

 

潮田君は物を振り回すことに慣れていないのか、それとも小柄だからか逆に竹刀に振り回されている気がする。

 

それに対してカルマは軽々と振り回し、数回見せただけの動きを真似て見せた。

 

もう少し練習すれば、殺陣(たて)のような見栄えのいい動きができると俺は思う。

 

(人に教えることがここまで難しいとは……俺もまだまだ未熟だな)

 

父さんがどれだけ分かりやすく教えてくれていたのか。俺にとって2人に剣道を教えるのは、その難しさを知るいい機会でもあった。

 

「……ッ」

 

パシィィン……

 

急に強い気配を感じとった俺は、竹刀で後ろを薙ぎ払う。

 

それに別の竹刀が振り下ろされて十字に交錯する。

 

「……うん、いい反応だ。剣道だけでなく、精神もしっかり研ぎ澄まされているね」

 

「……急に攻撃を仕掛けてこないでよ、父さん。2人が驚いてるじゃないか……」

 

「あー……確かにそれもそうだ。カルマ君に……えーっと、渚君で合ってるかな?」

 

「は、はい……」

 

宗真(そうま)さん、お久しぶりです」

 

奇襲を仕掛けて来たのは、帰って来ていた父さんだった。

 

カルマの言った名前は父さんの本名で、名前は横川宗真。ついでに母さんは鈴香(すずか)という。

 

「カルマは知ってると思うけど、この人は俺の父さん。俺の技術は、ほとんど父さんが教えてくれたものだよ」

 

「急に驚かせてゴメンね。君たちが楽しそうに竹刀を降っているところを見たら、昔の血が疼いてね……つい仕掛けちゃったんだ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「前に会った時と変わらないな〜」

 

父さんの不意打ちはいつものことで、今のところ本気の攻撃を止めた回数は数えるくらいしかない。

 

「……ふむ……」

 

すると父さんは2人をじっくりと見始める。

 

「……前にも言ったけど、カルマ君は素手の方が向いているかもね」

 

「あ〜……やっぱり?」

 

「そして渚君の場合は……軽く短い得物……ナイフ辺りが丁度いいかもね。2つ持っている方がいいかも」

 

「……え?」

 

(……カルマはともかく。一目見ただけで、渚に向いている武器を言い当てた……!)

 

どうしてそんなことが分かるのか知らないが、父さんはその人に合った得物を見抜くことが出来るらしい。

 

渚は父さんの見抜いた通り、将来2本のナイフを使ったとある技を習得するが……

 

父さんたちに言ったことは、俺と遥奈が転生者という話と未来の椚ヶ丘中学校で起こる事件に関する話のみで、当事者となる人物の話はしていない。もちろんカルマについてもそうだ。

 

異常なまでの強さと才能の見抜く観察眼。

 

薄々感じていたのだが、恐らく父さんは警察関連の何らかの仕事についているのだろうか。

 

そうでなかったら、剣道以外の他の武道や戦い方をあそこまで熟知することはかなり厳しい。

 

「……ま、それはもしもの時の防衛方法ってところだろうけどね」

 

「……確かにカルマ君は素手の方が強そうだけど……何で僕はナイフなんですか……?」

 

「……何となく、かな?」

 

「は、はあ……?」

 

その後、父さんは2人にしばらく手ほどきをすると、俺が教えた時よりも上手く竹刀を振れる様になっていた。

 

「貴重な体験、ありがとうございました」

 

「いやいや、お礼なんていいよ。僕が趣味でやっているものだからね。でも、もし本気で教わりたいのなら、またウチに来るといいよ」

 

「はい! ……横川くん、お邪魔しました」

 

「横川、また今度〜」

 

「ああ、気を付けてな」

 

日が暮れ始めたので、カルマと潮田君が家に帰るのを見送る。

 

「……修也」

 

「ん……何、父さん?」

 

2人が見えなくなった後、父さんが俺に話しかける。

 

「これは勘だけど、あの2人は近いうちに大きな出来事を経験して、お互いに成長するだろうね……昔、似たような人がいたことを思い出すよ」

 

父さんの昔か……そういえば一度も聞いたことがなかったと思い、せっかくなので聞いてみる。

 

「あのさ、父さんってどんな仕事をしているの?」

 

「……あれ、母さんから聞いてないの?」

 

「うん」

 

言ってなかったっけな〜と頭を掻いている父さん。

 

「因みに、修也は何だと思う?」

 

「……警察関連かと思うけど……」

 

「うーん……当たらずとも遠からずだね。詳しい内容は言えないけど、人を護る仕事ってことには変わりないね」

 

「ふーん……そうなんだ」

 

一体どんな仕事だろうか。考えてもなかなか答えが出てこなかったので、それ以上追求することをせずに、家の中へと入っていった。

 

……それから1年半の月日が流れ、ついに物語が動き出す……

 

 

 

ペタン、ペタンと足音を立てながら、その先生は入ってきた。

 

高鳴る鼓動の音が、まるでカウントダウンのように聞こえる。

 

「HRを始めます。日直の人は号令を!」

 

「……起立!」

 

今日の日直が声を張り上げて号令を下すと同時に、全員が立ち上がって()を構える。

 

「気をつけ……」

 

息を整え、目標に狙いを定めて……

 

「……礼ッ!」

 

2()7()()による、一斉射撃が放たれた。

 

 

 

「遅刻無し……と。素晴らしい! 先生とてもうれしいです」

 

先生は顔を明るい朱色に変えて喜びを表す。

 

その反面、生徒たちは心の中でショックを受けながら銃を下ろす。

 

「残念ですねぇ。今日も命中弾ゼロです……がしかし、数名は日を追うごとに狙いが良くなっている。先生何発か掠りかけました」

 

掠りかけたのは服の部分ですがね、と触腕でアカデミックドレスを指しながら補足をしたが、その事実に生徒たちの殆どが驚く。

 

「数に頼る戦術は個々の思考をおろそかにしますが、逆に数があることで自分を生かす人もいます……もっとを工夫してみれば、最高時速マッハ20の先生を殺せるかもしれませんよ?」

 

——本来の歴史とは少し異なる始まり。

 

その違いが、未来にどう影響を及ぼすのか。

 

「殺せるといいですねぇ、卒業までに」

 

(……今は誰もわからない。このしわ寄せがどんな形で現れるのか……用心しないと)

 

床に落ちたBB弾の掃除をしながら、これまで起こった三つの出来事を思い返す。

 

 

 

「何故あんなことをした」

 

2年生の終業式が近づいたある日の昼休み、学秀が俺と綾乃のところに来た。

 

「……何のことか分からないんだが」

 

「惚けるな横川。君がわざと点を落としたことは分かっているんだ。君の苦手教科が数学だというのは知っているが、あの下がり方は異常だ」

 

「浅野さん、少し言い過ぎですよ」

 

「……君もだ、矢頭さん。平均80点以上の中で1教科だけ不自然に下がるなどおかしいにも程がある。あの問題くらい君達なら簡単に解けたはずだ。答えろ、何故手を抜いた……!?」

 

……学秀の言う通り、期末テストの中で俺は数学が、晴奈は社会が平均点を大きく下回っていた。

 

「……数学を落としたのは、三学期の範囲が俺にとって鬼門だったんだよ……ギリギリまで粘ったけど結果は結果。お前みたいに計算が速くはないんだ」

 

「高得点を取ることは多いですが、社会も範囲が広すぎたので……誰が何をしたか、いつ頃に何が起こったかを細かく覚える時間が無かったんです」

 

実際に計算も筆記も、学秀どころか晴奈にも到底及ばないし、何よりそれは今に始まった話でもない。

 

綾乃も嘘をついている訳ではなく、歴史関連だけはどうも苦手らしい。

 

そして何よりも、提出する課題の数がとても多かったので、終わらせるのに時間が掛かったのも点数を落とす原因になったのだろう。

 

……まあ、それでもやろうと思えば平均に届きはするけど。

 

「……君達が何を目的でこんな真似をしたのかは知らない……だが後悔するなよ。例えE組に落ちなかったとしても、僕はもう君達に期待する気は無い」

 

「……そうか、そりゃ好都合だ……なら、早く自分の教室に戻るといい」

 

「……ッ」

 

これが、俺と綾乃が3年E組に行くことになる一つ目の出来事である。

 

そして二つ目の出来事……3月の中旬に月の7割が蒸発し、三日月となったことだ。

 

一説には米軍の新兵器実験とか、宇宙人による攻撃とか、某仙人の撃った青いエネルギー砲で穴を開けたとか……って最後は違うな。

 

ともかく、この三日月事件は様々なテレビ局や新聞で取り上げられた。

 

その原因は三つ目の出来事で判明した……何故なら……

 

「初めまして、私が月を()った犯人です。来年には地球も爆る予定です。君たちの担任になったのでどうぞよろしく」

 

と、教室に入ってきた黄色いタコ型生物が供述したからだ。

 

……うん、実際に非現実的な存在にそんなこと言われれば、確かに5、6か所突っ込みたくなる。

 

みんなが疑問に思っている間に、隣に控えていた男性……防衛省の烏間(からすま)さんの話が始まった。

 

説明を簡単に要約すると三つ。

 

一つは、この怪物を俺たちに暗殺して欲しいとのこと。

 

二つ目、怪物は此処の担任になること。

 

三つ目は暗殺に成功した場合、その報酬賞金が百億円であること。

 

……話しながら器用に攻撃している様子を見て、よく息を切らさないなと思ったのは個人的な感想だ。

 

そして烏間さんたちから、怪物に対して有効な物質で出来ている弾とナイフが支給されたのだった。

 

閑話休題。

 

〜キーン、コーン、カーン、コーン〜

 

「昼休みですね。先生ちょっと中国行って麻婆豆腐食べてきます」

 

暗殺希望者がいれば呼んでください、と言い残して、先生は飛んで行ってしまった。

 

雑談を始めた生徒たちを横目に、側に座っている綾乃に話しかける。

 

「……いつも思うけど、アレってどうやって飛んでるんだろう……?」

 

「さぁ……私も気になるので、後で先生に直接聞いてみませんか?」

 

「それもそうだね」

 

触手細胞は強い衝撃を受けることによって、硬質化するという話は覚えていた。だが、その状態でどうやって飛んでいるのか……

 

——おい渚、ちょっと来いよ……

 

「ん……?」

 

少し気になる声が聞こえたので、声の出元をこっそりと見る。

 

そこでは隣の席である寺坂(てらさか)村松(むらまつ)吉田(よしだ)が潮田君に話しかけていて、彼を連れて外へ出て行った。

 

(確か潮田君に手榴弾を渡して、暗殺するように命令しているんだろうな……)

 

原作の暗殺教室からそのような話をしているとは識っているのだが、()()()暗殺教室では、実際にそうなるのかと聞かれた場合、分からないと答えるしかない。

 

……既に俺と綾乃がこのクラスに入り込んでいる時点で本来の道筋から逸脱しているのは明らかだろうが。

 

(さて、どうなるやら……)

 

そう考えながら、俺は一旦寝ることにした。

 

 

 

5時間目は得意教科の国語だった。

 

暫く授業を進めていると、先生は「触手なりけり」で締める短歌を作って、出来た者から帰ってよしと言っているが……

 

(触手なりけり……色々と問題のある短歌しか出来そうにないんだけど……?)

 

先生は俺たちに帰らせる気があるのだろうか?

 

できる限り違和感の無い短歌を頑張って考えていると、潮田君の隣に座る少女……茅野さんが先生に質問をする。

 

「今更だけどさあ、先生の名前ってなんて言うの? 他の先生と区別する時、不便だよ」

 

「名前……ですか。名乗るような名前は……()はありませんねぇ」

 

名前について思うところがあるのか、頭を掻きながら何故か俺の方を一瞥する。

 

……俺の顔に何か付いているのだろうか?

 

「プシュ——……」

 

(……!)

 

気の抜けた音と共に、先生の顔が薄いピンク色に変わった。

 

それから数秒後、潮田君が短冊にナイフを忍ばせて立ち上がる。

 

「お。もうできましたか、渚君」

 

顔の色は変わらない。

 

それを好機と見た潮田君はゆっくりと先生に近づいて……

 

「ッ!」

 

胸部に向かって一閃。

 

しかしそれはすぐ手前で受け止められてしまう。

 

「……個々の思考で挑むのもいいですが、些か工夫が足りま……」

 

言葉を発したことで生じた僅かな隙に、潮田君は先生の首に抱きついた。

 

「しま……!」

 

抱きつかれた先生は潮田君のある一点を見て一瞬、動きを止めてしまう。

 

カチッ、と隣から小さな音が聞こえた瞬間、とてつもない音や光と共にBB弾が弾け飛んだ。

 

「ッしゃあ、やったぜ!! 百億いただきィ!!」

 

BB弾の雨が静まった後、寺坂たちが教卓前に駆け寄っていく。

 

「ちょっと寺坂、渚に何持たせたのよ!」

 

「あ? オモチャの手榴弾だよ」

 

しかし火薬を使って威力を上げているらしく、かなりの勢いで三百発分のBB弾が飛び散るらしい。

 

……それをオモチャの手榴弾とよく言えたな。一歩間違えれば大事に至る物を軽く考えて使う辺り、やはり一般人なのだろうが……

 

すると、寺坂の様子が少し変わる。

 

その手には何かの皮のようなものがあり……

 

「——実は先生、月に一度ほど脱皮をします」

 

突然の声に全員が上を見上げると、そこには顔の色が真っ黒になった先生がいた。

 

どう見てもすごく怒っている。

 

「寺坂、吉田、村松。首謀者は君等だな」

 

見た目と同様、ドスの入った声に三人は怯えながらも、全て潮田君のやったことだと喚く寺坂。

 

その時、先生の姿が搔き消え、触手にいくつもの板——表札を持って再び現れた。

 

「政府との契約ですから、先生は決して君達に危害は加えないが……次また、今の方法で暗殺に来たら……」

 

——()()()()()()何をするかわかりませんよ?

 

背筋に悪寒が走るほどのプレッシャーを真にに受けた寺坂は泣きながら言い訳をする。

 

「迷惑な奴に迷惑な殺し方して何が悪いんだよォ!!」

 

「迷惑? とんでもない。君達のアイディア自体はすごく良かった」

 

先ほどとは打って変わって、先生は今の暗殺を良し悪しを採点し始める。

 

「人に笑顔で、胸を張れる暗殺をしましょう。君達全員、それが出来る力を秘めた有能な暗殺者だ」

 

暗殺対象(ターゲット)である先生からのアドバイスです、と後に言葉を付け足す。

 

その言葉に、クラスの空気が少し変わったような気がしたのは気のせいではないと思われる。

 

(人をヤル気にさせるのが本当に上手いんだな……)

 

……これが、かつては裏社会において死神と呼ばれた男の実力。

 

コレで弱くなりたいと願った結果なのだから、以前の彼がどれほどすごい人物だったのかが少しだけ知れた気がする。

 

「先生は殺される気などみじんも無い。皆さんと三月までエンジョイしてから地球を爆破です……それが嫌なら君達はどうしますか……?」

 

「……その前に、先生を殺します」

 

「ならば今殺ってみなさい。殺せた者から今日は帰って良し!!」

 

絶対帰す気無いだろ。声には出さないが、心の中で突っ込んだ俺は悪くない。

 

「殺せない……先生……あ、名前。『殺せんせー』は?」

 

「殺せんせー……いいですねぇ、次からはその名前で呼んでください」

 

ヌルフフフ、と笑いながら先生……いや、殺せんせーは表札に手入れを始める。

 

……とりあえず今の内に言っておこう。

 

「殺せんせー、帰れないと親が心配するので、短歌を書けた場合も帰ってもいいですか?」

 

「にゅや? ……それもそうですね……では先ほどの条件もそのままにしておきましょうか」

 

「よく言った」と代弁するように周りのみんながこちらを振り向く……それでも「触手なりけり」の短歌だから難易度高いけどな……

 

こうして物語は2人のイレギュラーを組み込み、音を立てて動き出した。

 

 

 

潮田君の暗殺宣言から数日。

 

授業を受けていると、前の方に座っている杉野の大きなため息が聞こえた。

 

(野球を応用した暗殺が失敗して、落ち込んでるんだっけ……)

 

2年生の時に別の学校と試合をしているところを見たことがあったが、球が遅いせいで殆どが打たれていた。

 

……いくら速い球を投げることが出来ても、マッハ20で動ける殺せんせーに当たる確率は低いのだが……

 

「菅谷君! ……惜しい、先生はもう少しシュッと塩顔ですよ」

 

「どこがッ!?」

 

何事かと思えば、殺せんせーの手元にノートがあり、そこには……何だアレ。

 

菅谷がノートに先生を描いていたらしいが、その上から赤ペンで変な顔が描かれている。

 

……まさか自分があんな顔をしているって思ってないよね?

 

「よく観察しなきゃなんねーのはテメェ自身じゃねぇのかよ……」

 

「……俺もそう思う」

 

2つ席を挟んだ隣で、イラつきながら授業を受けている寺坂の言葉に同意しながら、板書をノートに写すのだった。

 

 

 

〜キーン、コーン、カーン、コーン〜

 

放課後を知らせるチャイムが鳴り響く。

 

「それではみなさん、今日は用事があるのでこれで失礼します」

 

「用事?」

 

反射的に磯貝が聞き返す。

 

「ええ、ニューヨークでスポーツ観戦です」

 

言い終わるや否や、殺せんせーは窓を開けて飛んで行ってしまった……う、目にゴミが……

 

「……行っちまった……」

 

「ったく、なんなんだアイツ」

 

殺せんせーが去った後、みんなは何故かお土産についての話を始める。

 

「横川は、お土産なら何がいい?」

 

「俺? ……そうだな」

 

意外にも斜め前の席に座っている千葉から話題を振られる。

 

「うーん……俺も食べ物かな……日本じゃあまり見ない食材とか」

 

「その気持ち、私も分かるわ」

 

食材というワードに反応したのか、原さんが話に入ってくる。

 

「本場で作られる七面鳥の丸焼きとか、ロブスターのグリルあたりを食べてみたいわね」

 

「あー……確かに」

 

「高い店じゃないと滅多にお目にかかれないからな」

 

「今度先生にお土産頼んでみる?」

 

「それは殺せんせーに悪いんじゃ……」

 

今の先生にお金がそこまであるとは思えないが……いや、先生に作ってもらうのもありか……?

 

「あ、烏間さん」

 

お互いに興味のあるものを話し合っていると、いつの間にか教室に烏間さん達が来ていた。

 

恐らく偵察だろうと思うが……

 

「どうだ、奴を殺す糸口はつかめそうか?」

 

「糸口……」

 

クラスの空気が一気に暗くなる……まあ、そうだよな。

 

「ていうか、わたし達E組だし……」

 

「無理ですよ、烏間さん」

 

「速すぎるって、あいつ」

 

「マッハ20で飛んでく奴なんて、殺せねッスよ」

 

一部の生徒が意見する。確かに速すぎるのは事実なので仕方ない。

 

「そうだ、どんな軍隊にも不可能だ。だが君達だけにはチャンスがある。奴は何故か、君達の教師だけは欠かさないのだ」

 

うーん、と皆が唸る。

 

そもそも、どうして殺せんせーが自分たちの教師をするのか分からないのだから、疑問に思うのも無理もない。

 

「放っておけば来年3月、奴は必ず地球を爆破する。削り取られたあの月を見ればわかる通り……その時、人類は一人たりとも助からない」

 

その言葉を聞いて、何処からか固唾を呑む音が聞こえた。

 

「奴は生かしておくには危険すぎる。この教室が、奴を殺せる唯一の場所なのだ……!」

 

 

 

「どうしたら当たるんだろうね」

 

「さあ……それが分かれば苦労しないんですけど……」

 

昼休みになると潮田君と綾乃の3人でお弁当を楽しみながら、ちょっとした作戦会議をしていた。

 

「何か明確な弱点があればいいんだけどな。潮田君、何か掴めた?」

 

「それがあまり無くて……今のところ、その時の心境で皮膚色が変化するくらいかな」

 

「「「……うーん……」」」

 

一番有力な弱点は知っているのだが、それが判明するのは二学期の終わりあたりなので使えない。

 

本人ですら知らない弱点を急に狙い始めればどうなるか……

 

恐らく先生の力の秘密を知っている人物に早いうちから利用されるだろう。

 

そんなことになれば、E組は大きなことを成し遂げる達成感も、大事なことを学ぶ機会も全て失ってしまう。

 

その為に原作知識を調べるのは、本当に必要になった時にのみにしようと考えた。

 

その旨を伝えると、遥奈は快く承諾してくれた。

 

……もっとも、その機会は最後まで無いといいのだが……

 

「……そうだ、課題提出しないと」

 

「課題……? うわ、そういえば今日までだっけ?」

 

「修也さん、まさか……」

 

「大丈夫、ちゃんと学校に持ってきてる」

 

せっかく早く終わらせたのに昨日持ってくるのを忘れていたので、置いていかないように入れていたが、それも危うく忘れるところだった。

 

「じゃあ一緒に出しに行こうよ」

 

「そうだな……帰って来てるといいけど」

 

 

 

 

 

お弁当を片付けてから廊下に出ると、校舎側に2人分のシルエットが見えた。

 

1人はシルエットの時点で殺せんせーだと分かったが、もう1人は……

 

「あれ、杉野?」

 

「ん……本当だ」

 

こちらに背を向けているので、どんな表情をしているのか分からない。

 

「杉野と何、話してるんだろ……まさか、昨日の暗殺に根を持ってからんでたり……!」

 

「いや、先生に限って暗殺したから仕返しをするなんてこと……」

 

少し小走りで校舎の裏口から顔を出す。

 

そこには……全身を先生の触手に絡めとられた杉野の姿があった……

 

「って、思ってたよりからまれてる!」

 

「……うん、下手したらアウトな光景だな」

 

絶対にあんなことはされたく無いな、と思いながら2人に近づいてみる。

 

「何してんだよ殺せんせー、生徒に危害加えないって契約じゃなかったの!?」

 

先生はこちらに気が付き、ヌルフフフと笑った。いや笑っていないで何か答えてくださいよ……

 

「杉野君、昨日見せた投球フォーム、メジャーに行った有田投手をマネていますね」

 

「……!」

 

「でもね、触手は正直です」

 

曰く、有田投手と比べて杉野の肩は筋肉の配列が悪く、マネをしても豪速球は投げられないらしい。

 

有田投手……そういえば確か、大会真っ只中で注目されているってテレビでやってたような……昨日が試合だったと聞いたが、まさか?

 

「なんで……なんで先生にそんな断言できるんだよっ……」

 

その言動から、珍しく潮田君が怒っているのを察した。

 

「僕らが落ちこぼれだから? エンドのE組だから? やっても無駄だって言いたいの!?」

 

「そうですね……何故無理かと言いますと……」

 

先生は袖の中からあるものを取り出してこちらに見せる。

 

「きのう本人に確かめて来ましたから」

 

取り出したものは新聞記事、そこに大きく載っている……触手に絡めとられた有田投手の姿が……

 

「「確かめたんならしょうがない!」」

 

「……デスヨネー」

 

恐らく昨日、杉野の様子を見かねた先生が、すぐに試合会場に赴き、事を起こしたのだろう。

 

日本政府もアメリカ政府も事後処理が大変だろうな……

 

サインも貰いましたと泣きながら、「ふざけんな触手!!!」と書かれた有田投手の色紙も出す。

 

「その状態でサイン頼んだの!? そりゃ怒るよ!」

 

「むしろ怒らない人がいるなら教えて欲しいぐらいだな……」

 

ショックです、触手だけになど泣きながら言い始める殺せんせー……シュールだ。

 

横目で杉野を見ると、案の定落ち込んでいた。

 

「……そっか。やっぱり、才能が違うんだなぁ……」

 

「……一方で」

 

殺せんせーは触手を伸ばして杉野の手首を動かしながら話し始める。

 

「肘や手首の柔らかさは君の方が素晴らしい。鍛えれば彼を大きく上回るでしょう。いじくり比べた先生の触手に、間違いはありません」

 

話の通り、杉野の手首はいろんな方向をスムーズに曲がっていた。

 

ちょっとだけ怖いと思ったのは仕方ない。

 

「才能の種類はひとつじゃない。君の才能にあった暗殺を探してください」

 

話が終わったのか、先生は校舎の中へ入っていった。

 

「俺の……才能か……」

 

「良かったな、杉野」

 

「……ああ!」

 

 

 

「殺せんせー!」

 

「にゅ?」

 

職員室に入る前に先生を捕まえる。

 

「まさか、杉野にアドバイスをあげるためにニューヨークへ?」

 

「もちろん、先生ですから……どうやら修也君は、話の途中で気付いたようですけど」

 

「え、そうなの?」

 

「ん、まあね……」

 

……なんだか知らなくていいことにも気づいてしまった気がするが……

 

「でも、普通の先生はそこまでしてくれないよ。まして、これから地球を消滅させる先生が……」

 

潮田君の言葉に先生の顔に一瞬、影がさしたように見えたが、すぐにその違和感は消えた。

 

「渚君。先生はね、ある人との約束を守るために君達の先生になりました」

 

先生は俺たちからノートを取ると、とてつもない速さで採点を始める。

 

「私は地球を滅ぼしますが、その前に君達の先生です。君達と真剣に向き合う事は、地球の終わりよりも重要なのです」

 

採点が終わったようで、先生はノートを返してくれた。

 

そこには、文法の間違いなどを事細かに説明してあり、76点と付けられていた。

 

「殺せんせー……採点スピード誇示するのはわかるけどさ、ノートの裏に変な問題書き足すのはやめてくんない?」

 

「にゅやッ、ボーナス感があって喜ぶかなと……」

 

「むしろペナルティだよ……」

 

……ページをめくると、渚の言っていた通り変な問題が書かれていた。なんかこれ、どっかのゲームで見たような……

 

「そんな訳で、君達も生徒と暗殺を楽しんでください……ま、暗殺の方は無理と決まっていますがねぇ」

 

先生はペンをクルクルと回し、それをバリバリと食べ始めた。

 

そして食べていたことに気が付き、新しいペンを買いに行かなければと嘆いていた……なら何故食べた。




僕等は殺し屋。標的(ターゲット)は先生。
殺せんせーと僕等の暗殺教室、始業のベルは明日も鳴る。

日直日誌 4月×日
潮田 渚より抜粋——


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第五話【複雑な時間】

「……どうですか?」

 

「…………」

 

冷や汗をかきながら殺せんせーはこちらの様子をうかがっている。

 

聞いてくるのも無理はない。下手をすれば体を壊すかもしれないのだから。

 

緊張した空気の中、静かに一呼吸して口を開く。

 

「……思ってたより食べやすい。口の中でスッと溶けて美味しいですね!」

 

「ヌルフフフ、それはよかった。先生も頑張って北極まで取りに行った甲斐がありましたよ」

 

……校舎側にある森の中、俺と殺せんせーは開けた場所にシートを敷いてかき氷を食べていた。

 

今日のおやつは北極の氷を使ったかき氷と言っていたので、俺も食べてたいと試しに頼むと余分に持って帰ってくれたのだ。

 

自然の氷なので、塵や細菌は大丈夫なのか少し不安だったが、先生によると大丈夫らしい。

 

北極の氷は海水が凍ったものだが、年月が過ぎると塩分や不純物は外へ出て行く性質があることから、殺せんせーは現地で試食した中で純度の高い氷を選んできたとか。

 

「……ところで修也君。このクラスには慣れましたか?」

 

かき氷に苺シロップをかけて食べていると、先生からクラスについて聞かれる。

 

「そうですね……向こうにいた頃より気が楽でいいし、楽しいですよ」

 

本校舎では浅野や五傑たちの勧誘には悩まされていたので、今はとても過ごしやすくなった。

 

E組のみんなには、最初こそ「何でここに居るのか」という目で見られていたが、今では気兼ねなく話しかけてくれる人も多い。

 

特に竹林や不破さん、狭間さんとは漫画や小説と言った創作の話が合うので退屈しない。

 

「それは良かった。教室で初めて会った時から、ずっと思い詰めていたように見えたので心配だったのです」

 

「あれ、そんな風に見えてたんですか?」

 

「ええ。先生の杞憂で済んでよかったです」

 

かき氷を食べながらヌルフフフと笑う先生。なるほど、道理で授業中に目が合うわけだ。

 

だけど殺せんせーの視線は、心配するだけのものではない気がする。前にも似たような体験があったような……

 

「殺せんせー!」

 

「ん?」

 

「にゅや?」

 

声に気付いて振り向くと、校舎の方から磯貝たちがこちらに駆け寄ってきていた。

 

「かき氷、俺等にも食わせてよ!」

 

その後ろから「せんせー」とか「俺も俺もー」と他の生徒も磯貝についてくる。

 

その様子に内心、これは駄目だと思ってしまう。好意で近付いているように見えるが、みんなの表情は普段より少し硬い印象を覚える。

 

それに加えて殺気、とまではいかないが敵意を隠せていない。

 

ここに座っていたら何か巻き込まれそうなので、作ってもらったかき氷と北極の氷が入ってるクーラーボックスを持って離れる移動する。

 

何故か感動している先生に対して、思った通り磯貝を含む6人はナイフ片手に飛び掛かるが……

 

「……でもね、笑顔が少々わざとらしい。油断させるには足りませんねぇ」

 

殺せんせーは持ち前のスピードで同時攻撃を回避し、少し離れた場所に移動していた。

 

「こんな危ない対先生ナイフは置いといて……花でも愛でて、良い笑顔から学んで下さい」

 

生徒たちは殺せんせーの足元に対先生ナイフが落ちているのに驚く。彼らの手元を見ると、そこには綺麗に咲いたチューリップの花が……

 

「ていうか殺せんせー。この花、クラスのみんなで育てた花じゃないですか!」

 

「にゅやッ、そ、そーなんですか!?」

 

「ひどい殺せんせー。大切に育ててやっと咲いたのに……」

 

「す、すみません。今新しい球根を——買って来ました」

 

せっかくの早業だったが、カッコつけてクラスの花壇を荒らすというボロを出してしまう先生。

 

どうせ渡すならかき氷にすれば良かったのに……あ。よく見たら俺もかき氷取られてる。

 

女子たちに怒られながら、校舎の花壇へ新しく買って来た球根を植えるタコ型超生物……うん、すごくシュールだ。

 

潮田君はその様子を見ながらメモしている模様。前に聞いたけど弱点を書き溜めてるんだっけ。

 

「何の騒ぎですか?」

 

「ん、綾乃」

 

騒ぎを聞きつけた綾乃が校舎から顔を出す。

 

「……先生がボロ出して、花壇の花を全部取ったから怒られて、今新しい球根植えてる」

 

「はぁ……3月に地球を爆破すると宣言してるのにどうして植えるのでしょうか?」

 

「ごもっとも……あ、そうだ。殺せんせーから北極の氷貰ったよ。『みんなで分けて食べましょう』ってさ」

 

「北極の氷ですか? わっ、重い……」

 

彼女にクーラーボックスを渡すと、あまりの重さに一瞬驚いて両手で掴み直す。

 

「殺せんせーのかき氷機を借りれば、溶ける前に食べれるだろうけど……」

 

「家庭科で使っているお皿がありますから、それを使いましょう」

 

「今から取りに行こっか。潮田君、杉野、茅野さん、ちょっと手伝ってくれる?」

 

「「「ん?」」」

 

 

 

「……あ。烏間さん、こんにちは〜!」

 

E組の副担任兼体育教師として勤める旨を椚ヶ丘の理事長へ報告した後、旧校舎に訪れると生徒たちが忙しく動いていた。

 

そこへたまたま通りかかった茅野さんが俺の姿を見つけると、足踏みをしたまま声をかけてくる。

 

「こんにちは……明日から俺も教師として、君達を手伝う。よろしく頼む」

 

「そうなんだ、じゃあこれからは烏間先生だ!」

 

「……ところで、奴はどこだ?」

 

「それがさぁ、殺せんせークラスの花壇荒らしちゃったんだけど、そのお詫びとして北極の氷でかき氷を作ってもらって、今は……」

 

彼女が振り向く姿に釣られ、校舎の左側へ視界が移る。

 

「ハンディキャップ暗殺大会を開催してるの!」

 

「ホラ、お詫びのサービスですよ。こんなに身動き出来ない先生は滅多にいませんよ!」

 

そこには大きい枝に縄で吊るされた暗殺対象(ターゲット)が、生徒達に集中攻撃されていた。

 

しかしそこは超生物。ハンデが課されていても、攻撃は全て動ける範囲で躱されているようだ。

 

「どう、渚……?」

 

「う、うん……完全に舐められてる」

 

(くっ……これは最早、暗殺と呼べるのか……!?)

 

生徒たちの必死な働きと暗殺対象(ターゲット)の余裕そうな反応に内心焦りと憤りを覚える。

 

この調子では、彼らに奴を暗殺できるか少々不安に思えてしまう。

 

「でも待てよ。殺せんせーの弱点からすると……」

 

しかし渚君は何かに気が付いたらしく、ポケットからメモ帳を取り出した。何か打開策でもあるのだろうか……?

 

 

 

「相変わらず速いな……」

 

「これではジリ貧ですね。集まり過ぎたせいで、お互いの体が邪魔で攻撃し辛くなってますよ」

 

殺せんせーがぶら下がっている場所から少し離れた木陰。

 

俺は綾乃と一緒に狙撃の練習をするとハンディキャップに参加しないフリをして、千葉と速水さん、不破さんの5人で他のE組メンバーが殺せんせーを攻撃している様子を観察していた。

 

「隙あらば撃つ」ができる狙撃技術の高い人を誘ったのだが、何故か不破さんも付いてきた。なんでも「面白そう」だとか。

 

「……こうしてみると、あんな動きをする標的に当てるってかなり難しいよな」

 

千葉がポツリと呟く。確かに最高速がマッハ20の殺せんせーにとって、狙撃銃の弾丸など止まっているようなものだ。

 

どうにかして動けなくする方法があればいいのだが……

 

「でもさ、アレを見ていると何かに気が付かない?」

 

「……何かって?」

 

不破さんの言葉に、全員の視線が集まり速水さんがどういう事か尋ねる。

 

「殺せんせーの素早い動き、動きを制限する縄、そして縄を吊るしている木の枝。このままの状態が続けばどうなるか……」

 

かなり簡単にまとめてくれた不破さんのキーワードから推理する……なるほど。至極単純な事ではあるが、あえて答えを言わずに有名なネタを振ってみた。

 

「……勿体振らずに話して欲しいんだが、ホームズ?」

 

「ふふふ……初歩的な事だよワトソン君。ほら、もうすぐ頃合いだと思うから——」

 

満足そうにネタにネタで返しながら、不破さんは作戦を伝え、俺たちはその時を待つ……

 

 

 

近距離でナイフや銃を駆使して攻撃しているメンバーには、すでに疲れが見え始めていた。

 

「ヌルフフフフフ、無駄ですねぇE組の諸君。このハンデをものともしないスピードの差。君達が私を殺すなど、夢のまた……」

 

夢と言いかけたその時、パキッと小気味良い音と奴の「あっ」と言う声が響き、再び地面に落ちる。

 

『……………………』

 

あまりの出来事に全員が一瞬、動きを止め……

 

『今だ殺れェェエエ!!』

 

「にゅやァァァ、し、しまったァァアア!?」

 

今が攻め時と言わんばかりに、烈火の如き攻撃が始まる。

 

今度は地面を転がって逃げているため、先ほどよりも狙いやすくなっていた。

 

「ちょっと待って縄と触手が絡まって、こんな時は少年ジャァァンプ!!」

 

謎の掛け声と共に屋根の上へ緊急離脱した超生物。しかしその姿は心なしか疲れているようだ。

 

「チックショー、逃げやがった……」

 

「ここまでは来られないでしょう。基本性能が違うんですよ、バーカ、バーカ、ヌ〜ルフフフフフふやッ!?」

 

子どものように煽り始めた瞬間、何処からか飛来した物体を避けたことで奴の体勢が崩れ、今度は屋根から地面に落ちる。

 

それを狙っていたかの如く物陰から現れた矢頭さんと速水さん、そして不破さんの3人が周り囲んで狙い撃ちを始める。

 

「にゅやァァァ!? い、一体どうして先生の動きが読まれヒェ!?」

 

他の人もすぐに集まって弾幕の量が増える。

 

しかも壁を背にしているせいで弾が反射して返ってくる為、奴も避けるので手一杯のようだ。

 

暗殺対象(ターゲット)はどうにか屋根へ離脱して周りを見渡す。

 

「ふ、2人とも。いつの間にそんな所に……」

 

「えーっと……そこの探偵に上に登ってスタンバっておけって言われたので……」

 

「まさか不破の読みが当たるなんてな……」

 

屋根の上には奴以外に2人、横川と千葉の姿があった。

 

 

 

「ふ、2人とも。いつの間にそんな所に……」

 

驚く殺せんせーの顔に千葉と一緒にしてやったりと笑う。

 

——自分に不利な状況になったら、必ず安全なところに逃げるはず……それもみんなの攻撃が届きにくい場所に。だから殺せんせーは屋根の上に逃げると思う——

 

この読みが当たる可能性は低かったのだが、やってみる価値はあると思い、すぐに準備に取り掛かっていたのだ。

 

校舎の裏側からハシゴをかけて待機してる時に見つからないか心配だったが、先生がパニックを起こして周りをよく見ていなかったお陰でバレずに済んた。

 

後ろからの不意打ちが当たる直前で避けられたのでダメージを負わせることが出来なかったが、足を滑らせて落ちたのは好都合。

 

下に待機していた3人が壁際に追い込んで狙い撃つ作戦もいい線いったと思ったが……

 

「これでも当たらないなんて……」

 

「難しいものね」

 

「あと少しだったのに〜!」

 

銃の扱いが上手い2人が居た上、テンパっていたにも関わらず、全て避け切って見せた殺せんせー。

 

この結果に不破さんは満足しなかったようだ。

 

「なかなか頭が働きますねぇ……非常にいい作戦でしたが、まだまだ詰めが甘い。と言う事で……今の5人は1.5倍、それ以外は明日出す宿題を2倍にします」

 

『小せえ!?』

 

そして殺せんせーは、ヌルフフフと笑いながら彼方へと飛んで行ってしまった。

 

「あ、逃げた!」

 

「でも今までで一番惜しかったね」

 

「この調子なら、殺すチャンス必ず来るぜ!」

 

暗殺は失敗したが、E組の士気は落ちていない。最初の頃と比べてとても良い傾向だろう。

 

屋根から眺めていると、後ろの方に烏間さんが立っているのに気がつく。

 

そういえば教師として暗殺をサポートするって言ってたけど、もうそんな時期なのか。

 

 

 

(中学生が嬉々として暗殺の事を語っている。どう見ても異常な空間だ……)

 

「……渚、殺せるかな?」

 

「……殺すよ、殺す気じゃないと、あの先生とは付き合えない」

 

(だが不思議だ……この学園で生徒の顔が最も生き生きとしているのは、暗殺のターゲットが担任の……このE組だ)

 

彼らの発想や成長性は目を(みは)るものがある。その点を踏まえ俺の中で評価を改めねばなるまい。

 

この子どもたちなら、近い未来に奴を暗殺できると。

 

 

 

……翌日……

 

『いっち、にー、さーん、し、ごー、ろっく……』

 

「晴れた午後の運動場に響くかけ声、平和ですねぇ……生徒の武器(エモノ)が無ければですが」

 

呟く殺せんせーの視界には、ナイフの素振りをしている俺たち生徒が映っているのだろう。

 

「八方向からナイフを正しく振れるように、どんな体勢でもバランスを崩さない!」

 

大きな声で指示をしている烏間さん……烏間先生は、暗殺の成功率を上げるべく生徒に見合った訓練メニューを行わせている。

 

この程度の素振りなら、長さや重さが倍以上の竹刀でいつもやっているので、今のところは苦になってはいない。

 

……あまりにも軽いので少し心許ないと思うのは仕方ない。

 

「……体育の時間は、今日から俺の受け持ちだ」

 

「ちょっと寂しいですね……」

 

「この時間はどっかに行ってろと言っただろう、そこの砂場で遊んでろ」

 

「ぐすん……ひどいですよ烏間先生」

 

「私の体育は生徒に評判が良かったのに……」と泣きながらも砂場で遊び始める殺せんせー。

 

しかし、かわいそうとは微塵にも思えない。それは初めて殺せんせーが体育の授業を担当した時のこと。

 

あやとりをしながら反復横跳びという名の残像拳や無限に続く縄跳びなど、人類には不可能な動きを見せるなり「やってみましょう」と言うのだ。

 

先生は俺たちに中学校より先に人間を卒業して欲しいのだろうか?

 

そんなこともあったので今までの体育の授業は基礎体力をつけるためにランニングや筋トレと、殺せんせーへ集団暗殺を仕掛けるくらいだった。

 

「異次元すぎてね〜……」

 

「体育は人間の先生に教わりたいわ」

 

「にゅやッ!?」

 

その言葉が刺さったのか、しくしく泣きながら砂をいじる殺せんせー。

 

「……よし、授業を続けるぞ」

 

「でも烏間先生、こんな訓練意味あるんスか?……しかも、当の暗殺対象(ターゲット)がいる前でさ」

 

「勉強も暗殺も同じことだ、基礎は身につけるほど役に立つ……これは受け売りだがな……」

 

(……なんかどっかで聞いたことがあるような……)

 

いつの話だったかは忘れたが、どうもその言葉が引っかかる。

 

「磯貝君、前原君、前へ……」

 

そんな考察をしている間に、烏間先生は2人を前に呼び出す。

 

「そのナイフを俺に当ててみろ」

 

「え、いいんですか?」

 

「2人がかりで?」

 

対先生(その)ナイフなら、俺達人間に怪我は無い。かすりでもすれば今日の授業は終わりでいい」

 

2人は一瞬戸惑うも、烏間先生に向き合いナイフを振るう。しかし、その刃は空を切っただけで当たらなかった。

 

そこから2撃、3撃と立て続けにナイフを当てに行こうとするが、その悉くを避け、時に受け止められていた。

 

「このように、多少の心得があれば、素人2人のナイフ位は俺でも捌ける」

 

攻撃を捌きながら説明をする烏間先生の様子には、一切の息切れが見受けられない。

 

躍起になって、同時に仕掛けた磯貝と前原だったが、あっと言う間に腕を掴まれ、組み伏せられてしまった。

 

「俺に当たらないようでは、マッハ20の奴に当たる確率は皆無だろう……見ろ、今の攻防の間に奴は砂場に大阪城を造った上、着替えて茶まで立てている」

 

少し腹も立つが、屋根の先端部分はどうやって崩れないようにしているのだろうか……?

 

「クラス全員が俺に当てられる位になれば、少なくとも暗殺の成功率は格段に上がる。ナイフや狙撃、暗殺に必要な基礎の数々、体育の時間で俺から教えさせてもらう!」

 

自らの実力と基礎の重要性を示した烏間先生の姿は、生徒達にとって好印象だったらしく、先ほどよりも活気が出ていた。

 

「……なあ綾乃」

 

「何ですか?」

 

「さっきの烏間先生の言葉……何処かで聞いたことがあったと思うんだが……」

 

「修也さんも? 私もそう思っていました……」

 

原作にもあった台詞(ことば)なのかもしれないが、それ以外で聞いたような……おっと?

 

「わわっ」

 

「悪い、潮田君。考え事してたから気付かな、か……った?」

 

潮田君にぶつかった事を謝ろうとしたが、見慣れた少年が視界に入ったので、言葉の最後が途切れる。

 

「カルマ君……帰って来たんだ」

 

「よー渚君、久しぶり。横川や矢頭さんは学校じゃ久しぶり」

 

「ああ……停学期間が終わったのか?」

 

「そ。んで、国のお偉いさんから話を聞いたんだけど……あれが例の殺せんせー? すっげ本トにタコみたいだ」

 

少年……カルマは、グラウンドで烏間先生と何やら言い合いをしている殺せんせーを見つけると、興味深そうに近寄る。

 

自身に向かってくる気配に気付いた殺せんせーは彼に向き合う。

 

「赤羽業君……ですね。今日が停学明けと聞いていました。初日から遅刻はいけませんねぇ」

 

「あはは、生活リズムが戻らなくて」

 

プスプスと怒る殺せんせーに、彼は乾いた笑いを返す……カルマのことを知っている人はすぐに気付く……()()は芝居だ、と。

 

「下の名前で気安く呼んでよ。とりあえずよろしく、先生!」

 

「こちらこそ。楽しい一年にして行きましょう」

 

人の良い笑顔で握手を求められた先生は、それに応じようと手を握る……その時だった。

 

「ッ!?」

 

いきなり握手した部分の触手がドロドロに溶け、周りは驚愕する。

 

カルマは袖に忍ばせていたナイフを取り出し攻撃するも、距離を取られてしまう。

 

2撃目を逃れた殺せんせーだったが、その顔には汗が浮かんでいる。

 

「……へー、本トに速いし、本トに効くんだ対先生(この)ナイフ。細かく切って貼っつけてみたんだけど……」

 

少年は、先程までとは全く異なる雰囲気を纏っていた。

 

「けどさぁ先生、こんな単純な『手』に引っかかるとか……しかもそんなとこまで飛び退くなんてビビり過ぎじゃね?」

 

神経を逆撫でするように、殺せんせーを煽るカルマ。

 

「殺せないから『殺せんせー』って聞いてたけど……あッれェ、せんせーもしかしてチョロイひと?」

 

先生の顔はすぐに真っ赤となり、いくつも血管が浮き出ている。

 

その様子を見ていた茅野さんは、カルマについて潮田君に聞いていた。

 

最近入ってきたので知らないのも無理はない。本人から聞いた話によると、停学の理由は去年のE組生徒を庇って暴力沙汰を起こした為だったはず。

 

「でも……今この場じゃ優等生かも知れない」

 

「どういう事?」

 

「凶器とか騙し討ちの『基礎』なら……多分カルマ君が群を抜いてる」

 

「それに素手でもカルマは強いよ、寺坂や他の男子でも数人でやらなきゃ抑えるのは難しいと思う」

 

「そこまでなの?」

 

茅野さんは冗談だと思ってるようだが、小5の頃に見たことがある俺は苦笑いしている。

 

ちょっとした小競り合いでキレたカルマを仲のいい男子2、3人が抑えたけど、彼らを引き摺り回して相手を追っかけてたな……

 

俺が言うのも何だが、本当に小学生なのかって思うくらいには暴れていた。そのままにしていたら、相手がどんな目に遭っていたことか……

 

その後の社会の時間は小テストだったので、頑張って満点を出してみようと思っていたのだが……

 

ブニョン、ブニョン、ブニョン……

 

(……うるさいなぁ〜)

 

顔を上げると、殺せんせーが何度も壁を殴っている……のだが、触手が柔らかい為えゴムが弾むような変な音がするのだった。

 

「——ああもう! ブニョンブニョンうるさいよ、小テスト中でしょ!」

 

「こ、これは失礼!」

 

我慢の限界を迎えた岡野さんが怒ったお陰で、変な音は聞こえなくなる。グッジョブ、これでテストに集中……

 

「よォカルマァ、大丈夫か? あのバケモン怒らせちまってよォ」

 

「どうなっても知らねーぞー」

 

「またおうちにこもってた方が良いんじゃなーい?」

 

……出来るはずも無く、今度は右隣のカルマと寺坂組が騒ぎ始めた。

 

「殺されかけたら怒るのは当たり前じゃん寺坂……しくじってちびっちゃった誰かの時と違ってさ」

 

おい、お前も挑発するんじゃないカルマ……少しは隣の俺や周りのことを考えてくれ。

 

「な……ちびってねーよ! テメ、ケンカ売ってんのか!」

 

「こらそこ! テスト中に大きな音を立てない!」

 

「いや先生の触手もうるさいよ……」

 

「にゅっ……」

 

まだ怒ってる岡野さんからカウンターをもらって殺せんせーは申し訳なさそうに顔の色が青くなる。

 

「ごめんごめん殺せんせー。俺もう終わったからさ、ジェラート食って静かにしてるわ」

 

と言ってジェラートを取り出す。待って、今そのジェラート何処から取り出した……?

 

「ダメですよ授業中にそんなもの……ん? そっ、それは昨日、先生がイタリア行って買ったやつ!」

 

(いや先生のかよ!)

 

「あ、ごめーん。職員室で冷やしてあったからさ」

 

「ごめんじゃ済みません! 溶けないように苦労して寒い成層圏を飛んで来たのに!」

 

無駄に手の込んだ買い物をしている先生。

 

……クーラーボックスとかに入れておけば良かったのでは?

 

「へー……で、どーすんの? 殴る?」

 

「殴りません! 残りを先生が舐めるだけです!」

 

あ、今の発言で女子達が引いた……

 

先生はカルマに向かって進むが途中で動きが止まる。床に落ちていた対先生BB弾で、脚にダメージを受けたのだ。

 

その隙に彼は発砲したが、これは見えていたので避けられてしまう。

 

「あっはは——まァーた引っかかった」

 

避けられるのが想定済みだったのか、カルマは笑いながら席から立ち上がり、ゆっくりと先生に近づく。

 

「何度でもこういう手使うよ。授業に邪魔とか関係ないし。それが嫌なら、俺でも他の誰でも殺せばいい……」

 

彼は手に持っていたジェラートを、先生の服に押し付ける。

 

「でもその瞬間から、もう誰もあんたを先生とは見てくれない。ただの人殺しのモンスターさ……あんたという先生は、俺に殺された事になる」

 

教師とプライド。どちらを取るのか脅しをかけると、小テストのプリントを渡して出口に向かう。

 

「はいテスト、多分全問正解……じゃね『先生』〜。明日も遊ぼうね!」

 

そのまま帰るカルマ。

 

先生は振り向かず、服に付いたジェラートを黙って拭き取っていた。

 

……正直、カルマの才能はすごい。

 

相手の本質を見抜く目と、どんな物でも利用できる器用さ。

 

各国がどんなに頑張っても傷一つ付けることが出来なかった殺せんせーに、初日でダメージを2度も与えたのだ。

 

だが、今のカルマはその才能を無駄遣いしているように思う。

 

(……俺がどうにかしようにも、難しいかな……)

 

原作通りであれば、カルマは明日の午後にでも殺せんせーによって()()()をされる。

 

……だが、本当にそれでいいのだろうか?

 

原作にある出来事だから、敢えて介入しない……それもまた一つの答えかも知れない。

 

しかし、原作通りの流れに合わせたとしても、それが本当に正しいことなのだろうか?

 

この世界は物語ではなく現実で、カルマは俺の幼馴染みだ。

 

「友を(たす)ける」……そんな願いを込めて、元の世界の両親が俺につけてくれた名前。

 

ならば。殺せんせーではなく、俺がカルマを変えるべきではないだろうか?

 

「——さん、修也さん?」

 

「……ん、どうかした?」

 

「それはこっちセリフです。ホームルームも終わってるのに反応が無かったから心配したんですよ?」

 

綾乃の言葉に驚いて周りを見れば、生徒の姿が少なく、殺せんせーもいなくなっていた。

 

「ごめん、少し眠くてさ……」

 

「もう……早く帰りましょう」

 

……これから先、俺はこうした大事な場面で何度も悩むだろう。

 

答えを出すのはまだ早い……そう思いながら綾乃と共に旧校舎を後にした。

 

 

 

「……おや、おはようございます。今日は少し遅かったですねぇ」

 

次の日の朝。1キロ程の山道を登り終え、旧校舎の戸口を開くと、何処か浮かない顔をした殺せんせーがいた。

 

「おはよう殺せんせー」

 

「おはようございます先生。いつも使っている通学路が工事中で、遠回りする事になって……」

 

「なるほど、確かに最近は道の整備が多いと聞きます。それは仕方ないですね」

 

殺せんせーはうんうんと頷きながら、俺たちと一緒に教室へ足を進める。

 

「先生、どうかしたんですか? 珍しく元気が無いような……」

 

「……顔に出ていましたか。実はジェラートを買う金が無くてですね……」

 

昨日食べ損ねたジェラートを再び買いに行ったらしいが、お金が足りないことに気付いて泣く泣く帰って来たらしい。

 

「……先生、給料制だったんですか……」

 

「苦労していますね……」

 

「しばらく自炊をする事になりそうですねぇ」

 

話しながら教室に入ると、生臭い匂いが鼻をついた。

 

「なんか臭い……ん?」

 

「急に立ち止まって、どうし……あ」

 

「にゅ? どうかしましたか?」

 

後ろから綾乃と殺せんせーが覗き込む。

 

教卓の上には、料理用の針に頭を串刺しにされたタコが放置されていた。臭いの発生源はこれだろう。

 

「あ、ごっめーん! 殺せんせーと間違えて殺しちゃったぁ。捨てとくから持ってきてよ」

 

どうやらこれをやったのはカルマらしい。小学校の時も悪ふざけが多かったが、中学に上がってさらにエスカレートしたようだ。

 

「…………わかりました」

 

殺せんせーはタコを持つと、ゆっくりとカルマに近付き……

 

一瞬姿がぶれると触腕にはタコだけでなく、新たにミサイルや何かの袋を持っていた。

 

「見せてあげましょうカルマ君。このドリル触手の威力と、自衛隊から奪っておいたミサイルの火力を」

 

ミサイルから轟音と共に炎が吹き出している中、何本もの触手が作業を淡々と進める。

 

「先生は、暗殺者を決して無事では帰さない」

 

「……あッつ!」

 

カルマの驚いた声が聞こえ、そちらを見ると、口元から丸い何かが落ちたのが見えた。

 

(……アレってたこ焼きかな……)

 

ミサイルに気を取られているうちに、先生がカルマの口に入れたらしい……

 

「その顔色では朝食を食べていないでしょう。マッハでたこ焼きを作りました、これを食べれば健康優良児に近づけますね」

 

「…………っ」

 

「先生はね、カルマ君。手入れをするのです、錆びて鈍った暗殺者の刃を……今日1日、本気で殺しに来るがいい。そのたびに先生は君を手入れする」

 

……後ろ姿からでも、先生から底知れない威圧感を覚える。

 

恐らく殺せんせーの警戒心が高まったのだろう。先程と打って変わって、油断も隙も感じない。

 

「放課後までに、君の心と身体をピカピカに磨いてあげよう」

 

 

 

……結論から言って、カルマは殺せんせーに手も足も出なかった。

 

どの授業の時もタイミングを見ては暗殺を図るが、全て軽くあしらわれ、手入れをされ続ける。

 

次第にカルマの表情にも余裕が無くなって行き、六時間目の時には動く前に止められてしまっていた。

 

「カルマ君、大丈夫かな〜?」

 

帰りの山道中で茅野さんが言う。

 

「さっき教室を出て行く時に、かなり怖い顔してたな」

 

「渚が追いかけてたから、多分大丈夫だろ」

 

授業が終わると、カルマはすぐに何処かへ行ってしまった。それを見かねて潮田君が追いかけていったが……

 

カルマの腕力はかなり強く、加えて俺の父さんが一時期剣道を教えていたので、練習を続けているのならば、さらに強くなっているだろう。

 

対して、潮田君の腕力だが……前に腕相撲をして、全くと言っていいほど力が無いことが分かった……それも女子相手でも、だ。

 

前原は楽観的に言ってるが、もし何かあった場合、彼だけではカルマを止めるのは難しいはず。

 

「一緒に行かないで良かったんですか?」

 

「……うん。殺せんせーにも見に行ってもらったから」

 

……悔しいが、悩んでるような今の俺より、生徒一人一人を見ている殺せんせーが適任だろう。

 

結局は先生に頼ってしまったが、現時点ではこれが最適解だと思いたい。

 

「一緒に行くって、デートの予定でも立ててんの?」

 

「はっ!?」「へっ!?」

 

唐突な声に振り返れば、たった今話題に出ているカルマと潮田君立っていた。

 

「いるなら普通に声をかけてくれよ……それにどうしてデートになるんだよ」

 

「あはは……」

 

「えー、普通じゃあ面白くないでしょ? あ、でも横川と矢頭さんっていつも一緒だからデートしてんのと変わらないかー」

 

「よーしわかった。お前がどうしてもって言うならすぐにでも大好きな関節技をキメて……」

 

「うわ。それは勘弁」

 

これ以上ヒートアップされても困るので、少し脅しをかけて黙らせる。

 

……カルマからE組に来た時のような危うさが消え、以前のような余裕が戻っていると確信する。どうやら殺せんせーによる()()()がうまく行ったのだろう。

 

「おっかないおっかない」と言いながら、カルマは潮田君を連れて茅野さんたちの方へ行った。

 

「やっぱり、自分で解決したかったんですか?」

 

「……バレてたんだ」

 

「わかりますよ。ずっと近くで見ていれば……」

 

「はは……まあ、カルマが昔みたいに戻ってよかったよ」

 

「そうですね……明日から一段と楽しくなりそうです」

 

その楽しいが悪い方向に行かないか不安だが……カルマだし、仕方ないか。

 

みんなで会話をしながら山道の入り口にまで来ると茅野さんが一言。

 

「そういえば電車の時間っていつだっけ?」

 

「時間?……しまった、急がないと!」

 

「そうだ、俺もこの後デートの予定があったんだった!」

 

杉野と前原は駅の方向へ足早に去っていった……と言うか。

 

「前原の奴、この時期にもうデート入れてるのかよ……」

 

「あ、あははは……」

 

「呆れた……」

 

その様子に苦笑いしながら、俺達はそのまま帰路についた。

 

 

 

カルマがE組に来てから1週間と少しが経ったある日の理科の時間。

 

「毒です、飲んで下さい!!」

 

奥田さんのあまりにも直球な言葉に、思わず全員がガクッと滑る。

 

「……奥田さん、これはまた正直な暗殺ですねぇ……」

 

流石の殺せんせーも驚いたようだったが、いつもの調子に戻ると、奥田さんから渡された毒薬を飲んだ。

 

「……この味は水酸化ナトリウムですね、人間が飲めば有害ですが、先生には効きませんねぇ」

 

と言っている先生だが……明らかに反応起こしてツノが生えてます……

 

続いて二本目……羽が生えた。

 

「無駄に豪華な顔になってきたぞ……」

 

「……先生の体の構造って、一体どうなってるの……?」

 

「酢酸タリウムの味ですね……では、最後の一本」

 

三本目を飲んだ時、何が起こるのか……全員が見守る中、殺せんせーはそれをぐいっと一気に飲む。

 

「王水ですねぇ、どれも先生の表情を変える程度です」

 

先生の顔は、今までに無いくらいの真顔になっていた。

 

てか先生、さっきの二つは表情に入るの?

 

「先生の事は嫌いでも、暗殺の事は嫌いにならないで下さい」

 

「いきなりどうした!?」

 

思わずツッコミが飛ぶ程の謎発言をする殺せんせー。

 

その後奥田さんは、生徒1人で毒作りをするのは危険だからと、放課後に先生と毒薬の研究をすることになったらしい。

 

……研究をするのもいいけど、使う相手その先生だよ?

 

そうして次の日、再び毒を持ってきた奥田さん。

 

一番効果があるとされる薬品を宿題として作ってきたらしい。

 

……何だか分からないが嫌な予感がする……

 

「あ、来たよ渡してくれば?」

 

「はい!」

 

茅野さんに促され、彼女は教室に入ってきた殺せんせーに薬品を渡す。

 

「ヌルフフフフフ……ありがとう奥田さん。君の薬のおかげで、先生は新たなステージへ進めそうです」

 

「……え、それってどういう……」

 

「グオォォオォオオ————!!!」

 

殺せんせーは薬品を飲むと、その姿を歪ませ……

 

「ふう…………」

 

国民的RPGに出てくる、経験値を沢山くれるスライムに似た姿になった。

 

『溶けた!?』

 

「君に作ってもらったのはね、先生の細胞を活性化させて流動性を増す薬なのです」

 

気付けば先生は机の上から消えており、何処からか声が聞こえる。

 

「液状ゆえに、どんなスキ間も入り込む事が可能に! しかもスピードはそのままに! さぁ、殺ってみなさい」

 

すると、スライム状になった殺せんせーが教室を縦横無尽に動き回り始める。

 

「ちょっ……無理無理これ無理!」

 

「床とか天井に潜り込まれちゃ、狙いようが無いって!」

 

「なんだこのはぐれ先生!」

 

各自がナイフや銃を使って攻撃するも、物陰に隠れられてダメージを当てることが出来ない。

 

「これもうはぐメタそのものなんじゃ……」

 

「少し腹たつ顔してる事以外はね〜」

 

後ろの席で対応していた俺とカルマだが、早すぎて当てることもままならない……

 

「……どうにかして動きを止める事が出来ればいいのですが……」

 

「でも、どうやって————」

 

止めるのさ、と綾乃の方に振り向きながら言おうとしたが、それは声にならなかった。

 

何故なら——

 

『あ……』

 

「————ごぶっ!?」

 

——はぐれ先生が、俺の顔面に勢いよくぶつかった為だ。

 

「しゅ、修也さーーん!?」

 

「うわ……モロに当たった」

 

「にゅやッ、修也君!?」

 

心配する声がいくつか聞こえるが、はぐれ先生が顔全体に張り付いているので声が出せない。

 

がもがび(先生)もびべ(どいて)……」

 

「はっ! すすすすみません!」

 

「……けっほけほ……うぇ……」

 

「修也さん、だ、大丈夫ですか……?」

 

先生が顔から離れ、ようやく呼吸が出来るようになる。

 

……まさか思いがけないところで死にかけるとは……

 

「……奥田さん……先生あの薬、毒って言ってたんだよね」

 

「あ……だっ、騙したんですか、殺せんせー……」

 

不慮の事故により微妙な空気になっていた所を見かねたのか、茅野さんが話題を切り出す。

 

「……奥田さん、暗殺には人を騙す国語力も必要ですよ」

 

「えっ……」

 

「どんなに優れた毒を作れても、今回のようにバカ正直に渡したのでは暗殺対象(ターゲット)に利用されて終わりです」

 

それは他の事にも言えますと付け足す。

 

「渚君、君が先生に毒を盛るならどうしますか?」

 

「え……うーん……先生の好きな甘いジュースで毒を割って、特製手作りジュースだと言って渡す……とかかな」

 

「そう、人を騙すには相手の気持ちを知る必要がある。言葉に工夫をする必要がある……上手な毒の盛り方、それに必要なのが国語力です」

 

先生はアカデミックコートの中に入って、元の姿に戻る。

 

「君の理科の才能は将来、皆の役に立てます、それを多くの人にわかりやすく伝えるために……毒を渡す国語力も鍛えて下さい」

 

「は……はい!」

 

「あっはは、やっぱり暗殺以前の問題だね〜」

 

その様子を見ていたカルマが殺せんせーに近寄る……何かする気なのか?

 

「ところで殺せんせー? この写真なんだけど……」

 

「む、いきなり何で、す……にゅやッ!?」

 

「コレって下手したら、生徒に危害を加えたって事になりるよね……良いのかなァ」

 

「あ、アレは不可抗力でしたし……そうですよね修也君!」

 

……ああ、さっき先生が顔に張り付いたところを、カルマが写真に収めてみせたのか……

 

昔と変わらず抜け目のない奴だと思いながら、先生の慌てる姿をクラスの仲間達と笑って見ていた。




ちょっとした変更点

出席番号
綾乃→26番、修也→27番、吉田→28番

五列目の座席
(窓側から)(空席1)、綾乃、修也、カルマ、(空席2)、寺坂

律は空席1、イトナは空席2に
2人の番号は吉田に続く形で入る予定です

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第六話【考え方の時間】

次話には旧作に追いつく……はず!
相変わらず御都合主義のような描写が多い気が……抑えなくては(使命感)


暗殺教室の生徒となって1ヶ月。

 

カルマはクラスに馴染んだらしく、今では方向性の合う中村さんと先生にイタズラを仕掛ける姿がよく見られるようになった。

 

……稀にイタズラの矛先が此方を向くのは少し勘弁してほしい。

 

そして5月の始めの早朝。綾乃と共に日課のランニングをしていた時のこと。

 

「……あれ、横川に矢頭?」

 

「ん?」

 

「あ、正義(まさよし)さん。おはようございます」

 

俺たちを呼び止めたのは、同じE組クラスの木村だった。

 

本名は木村(きむら)正義(ジャスティス)と言うが、本人の強い要望で「まさよし」、もしくは「せいぎ」と呼ぶ様にしている。

 

「おはよう、こんな時間に会うなんてな……木村もランニングしてるのか?」

 

「おはよう……も、ってことは横川たちもか……俺は最近始めたばかりだよ。ようやく登下校に慣れてきたから、もっと体力作っとこうって思ってさ。そっちは?」

 

「俺たちも似たような理由だけど、結構前からやってるよ……いつからだっけな……」

 

「確か小学校の4年生辺りから始めたので、もうすぐ5年くらいになります」

 

「5年……あーそりゃ持久走とか楽そうに走ってる訳だわ。陸上部だったから分かるけど、アレって手を抜いてただろ?」

 

「あ、あははは……少しだけ」

 

木村の話を聞くと、どうやら一部の運動部にはバレていたらしい。

 

それでいて成績も良かったので更に目立っていたとか。通りで別のクラスの男子生徒からよく睨まれる筈だ。

 

「……そろそろか。じゃあ木村、また後でな」

 

「失礼しますね」

 

「え……ってもうこんな時間か、またな……そういえば横川と矢頭ってよく一緒にいるけど……」

 

「「……?」」

 

「……悪い、やっぱり何でもないわ……そんじゃ!」

 

脱兎の如く走り去ってしまう木村。何かを言いかけたみたいだが……まさかな?

 

 

 

「……今日から来た外国語の臨時講師を紹介する」

 

「イリーナ・イェラビッチと申します、皆さんよろしく!」

 

殺せんせーに抱きついたまま自己紹介をする外国人女性の教師。

 

原作における参入時の話を覚えてはいるが、実際に当事者となって見ても怪し過ぎると思う、が……

 

(……会って早々、色仕掛けに引っかかるのはどうなんだ殺せんせー……)

 

先生の皮膚の色はピンクに変わっている……イリーナ先生にデレデレなのは明白だ。

 

「先生もそこまで愚鈍ではないと思いますが……アレは何と言うか……」

 

「正体が何であれ『これはこれで……』とか考えてそうだよな……」

 

「………………」

 

「……カルマ?」

 

晴奈と話していると、いつもならこの手の話に真っ先に反応しそうな人物が、ホームルームが始まってからずっと黙っている事に気付く。

 

「カルマさん、どうかされましたか?」

 

「……うん? あー、イェラビッチって本名なのかなーって……ほら、ビッチって()()()()()って意味あるじゃん?」

 

……この少年、何も言わなかっただけで平常運転だった。

 

 

 

「ヘイ、パス!」

 

「ヘイ、暗殺!」

 

休み時間になるとカルマ達に誘われて、グラウンドでサッカーをしていた。

 

途中、殺せんせーも参加したので、結局暗殺の一環になっているのだが……

 

「ボールをパスした後に攻撃を加えるの難しい……」

 

「同時にやっても簡単に避けられるからな〜」

 

「単純な攻撃では、いつまで経っても命中しませんよ?」

 

慣れていないとは言え、ボールを蹴りながら暗殺を実行するのがなかなか難しかった。

 

最初の方は思うようにパスが繋がらず、あらぬ方向へ飛んでいってしまっていたが、慣れている生徒がフォローし始めてようやく安定した。

 

……蹴るより投げた方が速いと杉野は投球しているが……投げにくいよね、それ?

 

現在は先生を囲って交代を繰り返しつつ暗殺を仕掛けているが、全て避けられている。

 

「ヘイ、パス!」

 

「ヘイ、暗殺!」

 

……それでも、暗殺の訓練を始めた頃と比べれば、全体的に良くなっていた。

 

(一斉射撃に関しては、ただ居る場所に向けて引き金を引くだったのが、標的を狙って撃つって意識に変わってる。対人戦も個人差はあるけど、実力は確実に身に付き始めてるな……)

 

烏間先生は授業中に武器の使い方や技術を教えるだけでなく、それを上手く使えるか生徒同士の対人戦を行わせ、確認させる時間も取り入れていた。

 

父さんのお陰で対人戦に慣れているからこそ、体の動かし方がスムーズになっているのが分かる。

 

特に磯貝や岡野さんなどの元運動部員に関しては、元々の経験や素質も相まって近接戦闘には光るものがある。

 

(俺も負けていられないな……っと)

 

クラスメイトの動きを観察していると、倉橋さんからボールが飛んで来た。

 

どうやら自分の番が回ってきたらしいので、意識を先生へと向ける。

 

開始から今までのボールの受け止め方から考えると、少しズレたり、変な方向に飛んでも、殺せんせーは必ずキャッチしているようだ。

 

それを利用すれば……

 

「ヘイ、パス!」

 

「……ヘイ、暗殺!」

 

ボールは、殺せんせーのいる位置から左の方へ飛んでいく。

 

パスしたと同時に走り出し、そのままボールを取ろうとした先生にナイフを——

 

(————ッ)

 

——突き出そうとしたその時、正面にいる殺せんせーの姿がブレて、別の位置に現れるのが視えた。

 

気付けば俺の腕は、反射的にナイフを投擲していた。

 

「……修也君、中々勘がいいみたいですねぇ」

 

しかし、緑色の刃は先生の皮膚を掠ることが叶わず、ハンカチで受け止められている。

 

「ですが……勘がいい事と攻撃が当たる事は別の問題です。皆さんも、殺るなら確実に殺れる状況を作る様に心掛けてください」

 

それでは再開しましょう、とナイフを俺に返してから先生が次の生徒にボールを渡した。

 

(——何だったんだ、今の)

 

周りの邪魔になるといけないので、囲いの外側に移動しながら今の現象を思い返す。

 

普段なら初動すら分からない殺せんせーの動きを知覚した時、自分の意識を除いた全ての時間がゆっくり進んでいるように感じた。

 

以前、何かの番組で見た走馬灯というやつだろうか?

 

もしそうだとして、何がきっかけなのか。

 

あの一瞬のような意識の違いによるものなら、今より早い時期に起こっていてもおかしくない。

 

特に父さんや綾乃との修行で起きていても、何ら不思議はないだろうが……

 

そのあとにも2、3度手番が回ってきたが、時間がゆっくりになる感覚はなかったので気のせいだったのだろう。

 

しばらくレクリエーションをしていると、校舎からイリーナ先生の声が響く。

 

「烏間先生から聞きましたわ、すっごくお速いんですって?」

 

「いやぁ、それほどでもないですねぇ」

 

今朝のホームルームみたいにデレデレになる殺せんせー。視線が顔より下を向くのは教師としてアウトだと思うが……

 

「お願いがあるの、一度本場のベトナムコーヒーを飲んでみたくて……私が英語を教えている間に買って来て下さらない?」

 

「お安いご用です。ベトナムに良い店を知ってますから」

 

お願いを聞いた殺せんせーは、すぐさま空の彼方へ飛んで行ってしまった。

 

(……そう何度も起こらないか……)

 

飛んで行く姿も目で追えるかと思って意識を向けて見たが、特に変化は起こらなかった。

 

意識の違いによるものでは無いなら、あれは一体なんだったのだろうか……

 

「……で。えーと、イリーナ……先生? 授業始まるし教室戻ります?」

 

「授業? ……ああ、各自適当に自習でもしてなさい」

 

磯貝の言葉に対して、まるで人が変わったかの如く冷たい反応を取るイリーナ先生。

 

……いや、こちらが本来の彼女なのだろう。

 

「それと、ファーストネームで気安く呼ぶのやめてくれる? あのタコの前以外では先生を演じるつもりも無いし、『イェラビッチお姉様』と呼びなさい」

 

『………………』

 

周りはその高圧的な態度に絶句している……1人を除いて。

 

「……で、どーすんの? ビッチねえさん」

 

「略すな!!」

 

「あんた、殺し屋なんでしょ? クラス総がかりで殺せないモンスター、ビッチねえさん1人で殺れんの?」

 

不名誉な渾名(あだな)で呼ばれたことにイリーナ先生がキレるが、カルマはそれをスルーして話を続ける。

 

彼の言う通り、いくら卓越した暗殺技術があったとしても、あの暗殺対象(ターゲット)を殺せる訳では無い。

 

「……ガキが。大人にはね、大人の殺り方があるのよ」

 

 

 

次の授業は英語なのだが、先生には授業をする気が無いらしく、手元の資料とタブレットを見続けていた。

 

今後実行する予定の暗殺計画に微調整をしているのだろうか。

 

やがて勉強の出来ない状況を良しとしない生徒達は騒ぎ始める。

 

「なービッチねえさん、授業してくれよー」

 

「そーだよビッチねえさん」

 

「一応ここじゃ先生なんだろ、ビッチねえさん」

 

「……あ——! ビッチビッチうるさいわね!!」

 

カルマに付けられた「ビッチねえさん」と言う渾名を言われ続けて痺れを切らした先生は、BとVの発音を教えると言いつつ、下唇を噛ませて黙らせていた。

 

結局、やる事も無く暇なので綾乃とこっそり話すことにした。

 

「それにしても、アレは凄かったな……」

 

「……さっきのは刺激が強すぎますよ……」

 

彼女が珍しく困惑しているが、無理もない……俺だって驚いて固まったのだから。

 

グラウンドにいた時、イリーナ先生は潮田君を見つけるや否や、皆の前でキスをしたのだ……それも濃密なレベルの。

 

あまりの光景に女性陣は顔を赤め、男性陣は驚愕し、一部の生徒は面白がっていた。

 

潮田君は……彼の名誉のために触れないでおこう。

 

それにしても……キスの瞬間、ゲームみたいに30HITと書かれた表示を幻視したのは気のせいだろうか……?

 

「……修也さんはイリーナ先生の事、どう思いますか?」

 

「どうって、性格はともかく美人だと思うけど」

 

「そうではなくて……いえ、何でもないです」

 

遥奈は何故かがっかりして途中で言葉を切ってしまう。一体何を言おうとしたのだろうか?

 

 

 

今日の体育は射撃訓練だったが、俺はこの訓練はあまり得意としていない。

 

当たらない訳ではないのだが、剣やナイフより頼りなく感じてしまいがちだ。

 

……ナイフの投擲でも練習してみようかな……

 

「……おいおいマジか、2人で倉庫にしけこんでくぜ」

 

三村の発言で全員が倉庫を見る。

 

そこには今まさに体育倉庫に入っていくイリーナ先生と殺せんせーの姿が……

 

「……なーんか、がっかりだな。殺せんせーあんな見え見えに女に引っかかって」

 

「……烏間先生。私達……あの(ひと)の事、好きになれません」

 

「……すまない、プロの彼女に一任しろとの国の指示でな。だが、わずか一日で全ての準備を整える手際。殺し屋として一流なのは確かだろう」

 

烏間先生も少し不満が残っているが、国の判断にやむなく従っているらしいので、片岡さんは引き下がる。

 

……それから数分。先生2人が入った倉庫の中から、けたたましい銃声が響き渡った。

 

「な、何?」

 

「銃声……」

 

「ビッチねえさん、仕留めに行ったのか!」

 

しばらくすると銃声は鳴り止む……中がどうなっているか確認に動こうとした時。

 

「いやああああ!!」

 

『ッ!!?』

 

ヌルヌルと触手が動いていると思われる音と、イリーナ先生の甲高い悲鳴が聞こえた。

 

「な、何!?」

 

「銃声の次は鋭い悲鳴とヌルヌル音が!」

 

ヌルヌル音と悲鳴は止まったり聞こえたりを繰り返し、イリーナ先生の声が聞こえなくなる……

 

皆で倉庫に駆け寄ってみると、丁度中から殺せんせーが出てくる。

 

「殺せんせー!」

 

「おっぱいは?」

 

「余計な事は聞かなくていい……」

 

「グェ、ギブギブ……」

 

どさくさに紛れてセクハラ発言をする岡島をシメておく。こんな時でも欲望に忠実な岡島はある意味大物だと思う。

 

「いやぁ……もう少し楽しみたかったですが、皆さんとの授業の方が楽しみですから。六時間目の小テストは手強いですよぉ」

 

「……あはは、まあ頑張るよ」

 

「……ん?。倉庫からもう1人出て……うわ……」

 

現れたのはレトロチックな体操着を着て、とても人に見せられないような表情をしたイリーナ先生だった。

 

曰く、マッサージなどをされてこの有様になったとか。一体何をしたんだ……

 

その気持ちを潮田君が代弁してくれたが……

 

「さぁねぇ、大人には大人の手入れがありますから」

 

「悪い大人の顔だ!」

 

前に奥田さんが渡した王水を飲んだ時と同じ表情になってはぐらかされる。

 

それでいいのか教師。

 

ともあれ、五時間目もいつの間にか終わっていたので、俺達は教室へ戻った。

 

……怒りに顔を歪ませる殺し屋を残して……

 

 

 

タンタンッ、タタンッ……

 

今日の英語も自習……しかし昨日とは教室を取り巻く空気が全く違う。

 

(イリーナ先生、相当苛立ってるな……)

 

教卓に座る女性教師の表情から余裕は消え、代わりに焦燥と怒りが現れている。

 

怒りを抑えきれないのか、端末を操作する手にも力が入っている。

 

「あはぁ、必死だねビッチねえさん。()()()()されちゃプライド、ズタズタだろうね〜〜」

 

「煽るなよカルマ。プロの殺し屋が殺せんせーに挑んで返り討ちに合うのは珍しくないって、烏間先生が言ってたろ」

 

「……それでも俺らに殺れるって啖呵切ったんだ。この程度で言い返すのは大人じゃないでしょ?」

 

顔は笑っているが目だけ鋭い……なるほど、昨日イリーナ先生に子供だからと舐められた事が、カルマの琴線に触れたらしい。

 

その事に関しては特に否定材料もないので、程々にしろよと忠告して引き下がる。

 

しばらく操作音以外に雑音がなくなると、磯貝が動いた。

 

「先生」

 

「……何よ」

 

「授業してくれないなら殺せんせーと交代してくれませんか。一応俺等、今年受験なんで……」

 

控えめに用件だけを言う磯貝。

 

忘れがちだが、学生の本分は勉強。もし暗殺に成功しても、学校を卒業出来なければ本末転倒なのだ。

 

それを踏まえて、殺せんせーや烏間先生は教師としての仕事を欠かさずこなしてくれている。

 

「はん、あの凶悪生物に教わりたいの?」

 

だが、イリーナ先生はそれを鼻で笑った。

 

「地球の危機と受験を比べられるなんて……ガキは平和でいいわね〜。それに、聞けばあんた達E組って……この学校の落ちこぼれだそうじゃない。勉強なんて今さらしても意味無いでしょ」

 

(……見事に地雷を踏み抜いたな、イリーナ先生……)

 

生徒達の変化に気付かないまま、先生の話は続く。

 

「そうだ、じゃあこうしましょ。私は暗殺に成功したら、ひとり五百万円分けてあげる。 あんたたちがこれから一生目にする事ない大金よ! 無駄な勉強するよりずっと有益でしょ、だから黙って私に従い……」

 

なさい、と言い切る前に顔のすぐ横を消しゴムが通り抜けた事で言葉が途切れる。

 

それが呼び水となったのか、先生に対してE組の皆は不満を爆発させ、罵倒や物が飛び交う混沌とした光景になった。

 

「今のは悪手ですよ……E組に『落ちこぼれ』、『勉強なんて意味無い』などのワードは禁句なのに……」

 

「寺坂や岡島の行動派だけじゃなく、片岡さんや三村と言った普段は真面目なタイプの人達も一緒になってるから、よっぽど頭に来たんだな……」

 

目も当てられない現状に、烏間先生を呼びに行こうとして——外にいた烏間先生と目が合った。

 

職員室でも苛立っていたのか、授業に支障が出ないか心配して見に来ていたのだろう。その目からは謝罪と同情の意思が伝わってくる。

 

(殺せんせーだけでも大変なのに……苦労してるんだろうな……)

 

程なくして烏間先生が仲裁に入り、職員室でテストの採点をしていた殺せんせーに授業を代わってもらった。

 

 

 

「この後の英語、どうなるんだろう……」

 

「あの様子じゃ厳しいんじゃないかな……ビッチねえさんが心変わりでもしない限り」

 

「流石に難しいだろ、俺は殺せんせーが来ると思うけど……」

 

茅野さんの疑問に潮田君と杉野が答えるが、2人ともどっち付かずな発言にも聞こえる。

 

「んー……横川はどう思う?」

 

窓に腰をかけていたカルマが俺に話を振ってきた。

 

……いつだったか忘れたが、前にもこんな風に聞かれた事があるような……?

 

「多分、イリーナ先生が来るよ」

 

「「「えっ?」」」

 

「……へぇ、何か根拠でも有るの?」

 

「あの人だって、曲がりなりにも大人……それも潜入して暗殺対象(ターゲット)を仕留めるプロの殺し屋だよ。作戦に失敗があれば見直しをするように……ほら」

 

ガラッと戸を開ける音が聞こえてみれば、イリーナ先生が教室に入ってきていた。

 

「……マジで来た……」

 

「授業になるのかな……」

 

何人か不安みたいだが、問題無いだろう。

 

その証拠に、イリーナ先生からは烏間先生の様な仕事に集中している雰囲気を感じる。

 

黒板の前にまで来ると、おもむろにチョークを掴み、何かを書き綴る。

 

You're(ユア) incredible(インクレディブル) in(イン) bed(ベッド)! 言って(リピート)!」

 

突然の事でぽかーんとする生徒達。

 

昨日やさっきの授業とは異なる先生の姿に、驚き戸惑うのも仕方ない。

 

……が、何だろうか。イリーナ先生が授業をしてくれていると言うのに、「この英文は読まない方がいい」と薄れた原作知識が言っている気がするのは……

 

「ホラ!」

 

『……ユ、ユーアーインクレディブルインベッド』

 

「アメリカでとあるVIPを暗殺したとき。まず、そいつのボディーガードに色仕掛けで接近したわ。その時、彼が私に言った言葉よ。意味は『ベッドでの君はスゴイよ……』」

 

『中学生になんて文章読ませんだよ!』

 

……やっぱり気のせいじゃなかった。

 

「外国語を短い時間で習得するには、その国の恋人を作るのが手っ取り早いとよく言われるわ。相手の気持ちをよく知りたいから、必死で言葉を理解しようとするのよね」

 

先生自身が仕事を通して経験していることもあってか、話す言葉に重みを感じる。

 

外人の口説き方や相手と仲良くなる会話のコツ……元の世界では会話術に関してあまり重要視していなかったので、その手のプロから学べる事はなかなか魅力的だ。

 

「もし……それでもあんた達が私を先生と思えなかったら、その時は暗殺を諦めて出ていくわ。そ、それなら文句無いでしょ?」

 

「あと、色々悪かったわよ」と小さく呟きながら皆の様子を伺うイリーナ先生。

 

自信に満ちていた先生が、急に子供みたいに怯えた感じに変わったので、そのギャップに毒気を抜かれ思わず笑ってしまう。

 

俺だけでなく、皆同じ気持ちだったのか、教室は笑いの渦に包まれた。

 

「何ビクビクしてんのさ、さっきまで殺すとか言ってたくせに」

 

笑いだした俺達に驚く先生に、カルマが笑いながら話しかける。

 

「なんか普通に先生になっちゃったな」

 

「もうビッチねえさんなんて呼べないね」

 

「……! あんた達……わかってくれたのね」

 

感極まったのか、目に涙を浮かべるイリーナ先生。

 

しかし悲しいかな、先生の感動は一言で台無しになってしまう。

 

「考えてみりゃ、先生に向かって失礼な呼び方だったよね」

 

「うん。呼び方変えないとね」

 

「じゃ、ビッチ先生で」

 

ビッチ先生と呼ばれて、先生の表情が強張る……あ、涙も引っ込んだ。

 

「えっ……と。ねぇキミ達、せっかくだからビッチから離れてみない?」

 

……先生は頑張って呼び名を変えようとしたが、全員のイメージは完全にビッチ先生で固定されてしまったらしく、虚しい叫び声が響いたそうな……

 

 

 

それから数日経った、とある日の体育。

 

今回の授業は持久走……体力を伸ばすために一周200mの運動場を20分間にどれだけ走れるか計測していた。

 

普段から体力作りに勤しんでいる俺には、現在の体力を知るいい機会でもある。

 

「横川って、相変わらず、体力あるよな。何かやってんの?」

 

「前回の短距離走とか、木村に次いで二番だもんな」

 

「あははは……毎朝早く起きて走ってるだけだよ」

 

「はぁ、はぁ……ほ、ホントかぁ?」

 

一緒に走りながら話しているのは前原と千葉、そして岡島の3人。

 

この組み合わせは狙ったわけではなく、たまたま周回が重なっただけである。

 

「とは言っても、小1の頃からずっとだから……陸上部並みには走ってるかもな」

 

「……小1から……」

 

「毎朝、走るゥ……?」

 

「……お前将来、陸上競技の選手にでもなるつもりだったのかよ?」

 

「んー……そういう訳じゃないんだが……」

 

本当はこの暗殺教室に備えるためにやっていたとは言えない……でも、将来か……

 

最近になって分かったことだが、俺の精神は本来の体の持ち主に引っ張られているようだ。

 

そのためか判断が鈍ることも何度かあった……小6の廃ビル侵入もその一つだろう。

 

いざ暗殺教室が始まってから、色んな悩みを抱きやすいのもこれが原因だと思っている。

 

けれど体を借りている立場なのでこの事に文句を言うのは筋違いと言うものだ。

 

今はE組の皆や先生達と触れ合う事で、ゆっくりだが落ち着いてきている。

 

その内に気にしなくなる筈……だといいが。

 

(将来に関しては、()の方も考えないとな……)

 

今もそうだが、前世でも進路については何も考えていなかった。

 

……まあ、帰れるかわからない世界のことを考えても仕方ないか。

 

(せめてこの今世の俺がちゃんと就職出来るように頑張らないとな……)

 

「ところで木村のやつ、さっきからぶっ続けで走ってるけど大丈夫なのか……?」

 

「あー……てかあいつ、一体何周してんだ? 3回以上抜かされたと思うんだが……」

 

岡島が指した方向には全力疾走を続ける木村。遠くから見ても燃えるような気迫をひしひしと感じる。

 

この間の俺と綾乃の話を聞いて触発されたのか、あの日から木村も毎朝走るようになったらしい。

 

その成果はすぐに出たらしく、走るスピードはかなり上がり、E組の中では一番速い。

 

(この暗殺教室もそうだけど、木村の将来も別の意味で不安だなぁ……)

 

自分の行動が木村に影響を与えてしまったことに罪悪感を覚えながら、もっと自重すべきか考えるのだった。

 

それにしても、お腹が空きやすくなったな……

 

 

 

全校集会……椚ヶ丘中学において、E組弄りを目的とし、他の生徒達の意識を高めるために行われる趣味の悪いイベント。

 

入学して最初の集会、当時のE組に陰湿な仕打ちをしている様子を見て嫌悪するのは、至って正常な感性だと願いたい。

 

今回は殺せんせーが来たお陰でいくらかマシになったが、本校舎組からの嫌な視線はその分強くなっていた気もする。

 

その影響か、旧校舎へ戻る時に潮田君が絡まれたそうだ。まあ、何とか穏便に済んだらしいけど。

 

「さて皆さん……『始めましょうか』」

 

『……何を?』

 

目の前には何人にも増えた殺せんせー。

 

曰く、中間テストに向けて高速強化テスト勉強をするらしい……名前長いな。

 

中には何故かNARUTOの額当てをしている先生もいて、苦手教科が多い人用の特別コースとのことだ。

 

俺の前には、「数」と書かれたハチマキを巻いた先生が来ている。

 

「修也君は基礎は押さえていますが、そこから応用する時の解き方に迷いが出てしまいがちです。先生と一緒に、問題の見分け方を学びましょう」

 

言われて思い返せば、確かに解き方について迷うことが多い。

 

そのせいで計算も遅れるので、結局時間が足りずにテストが終わるなんてよくあった。

 

それでも平均点以上を取れていたのと、他の得意な教科が高得点だったので、元の世界では高校に進学出来たが……

 

(高1までの学歴があるからって、今までの授業をまともに受けてなかったらまずかったかもな……)

 

理事長の教育方針なのか、中間・期末テストは決まって難易度の高い問題が出る。

 

さらに範囲も幅広く、学年末テストに至っては来年学ぶものまで出題されたこともあるので、本校舎の教師は100点を取らせる気があるのか疑わしい。

 

それでもカルマや浅野など、取れる奴はいるのだが。

 

……ぐにゅんっ

 

「うおっ!?」

 

数学を教えてもらっていると、前触れもなく殺せんせーの顔が変な形に歪んだ。

 

「急に暗殺しないで下さいカルマ君。それ避けると残像が全部乱れるんです!」

 

「意外と繊細なんだ、この分身!」

 

「……繊細にしては、別々の動きしてるみたいだけど……」

 

むしろそっちの方が繊細だろう。

 

体力は大丈夫なのかと潮田君が心配していたが、外で分身を休憩させているから心配はないそうだ。残像分身だから余計疲れるのでは……?

 

そして次の日……

 

『さらに頑張って増えてみました。さぁ、授業開始です』

 

……なぁにこれぇ。

 

「増えすぎにも程があるでしょ……」

 

「渚さんに聞いたのですが……昨日の放課後、旧校舎に浅野理事長が顔を出していたそうで、帰り際に何か言われたのが原因とか」

 

いい歳して負けず嫌いって……アレ、先生の歳幾つだっけ……?

 

昨日の話から考えると、残像分身を増やせば、その分早く体力を消費するはず。

 

……案の定、授業後には教卓に寄りかかって肩で息をする殺せんせーの姿があった。

 

「…………流石に相当疲れたみたいだな」

 

「殺せんせー大丈夫?」

 

「今なら殺れるかな?」

 

「なんでここまで一生懸命先生をすんのかね〜」

 

「……ヌルフフフ、全ては君達のテストの点を上げるためです」

 

そうすれば生徒たちから尊敬されたり、評判を聞きつけた近所の女子大生が勉強をお願いしに来るだろうなど、後半に至っては殺せんせーの欲が丸出しになっていた。

 

「そして殺される危険も無くなり、先生には良い事ずくめ」

 

「……いやいや、そしたら暗殺教室の存在意義が無くなるし、一番最後は有り得ないでしょ、国家機密なのに」

 

「…………あ」

 

「いや忘れないで下さいよ」

 

「……横川、キャラ変わってね?」

 

何故だろう、先生の妄想を聞いていたら、思わずツッコミを入れていた……疲れてるのかな。

 

しかし、殺せんせーの考えを聞いた生徒たちの反応は薄いようだった。

 

「……いや、勉強の方はそれなりでいいよな」

 

「……うん。なんたって暗殺すれば賞金百億だし」

 

「百億あれば成績悪くても、その後の人生バラ色だしさ」

 

「にゅやッ。そ、そういう考えをしてますか!」

 

……なにやら雲行きが悪くなってきた。

 

「おい、そこまでに——」

 

「俺達エンドのE組だぜ、殺せんせー」

 

「テストなんかより……暗殺の方がよほど身近なチャンスなんだよ」

 

止める間も無く、それは言葉として先生に突きつけられてしまう。

 

「……なるほど、よくわかりました」

 

「……何が?」

 

先生は数秒間俯いた後に顔を上げる。

 

顔には、紫のバツ印が浮かび上がっていた。

 

「今の君達には……暗殺者の資格がありませんねぇ。全員、校庭へ出なさい」

 

烏間先生とイリーナ先生も呼んで下さいと付け加えて、殺せんせーは教室を出てしまう。

 

「……? 急にどーしたんだ、殺せんせー」

 

「さぁ……いきなり不機嫌になったよね」

 

……赤や黒にこそ変化しなかったが、先生からは憤りを感じた。

 

もしかしたら、生徒達の発言に対してだけでなく、それを言わせてしまう自身の未熟さにも、先生は怒っているのかもしれない……

 

全員が校庭に出てくると、殺せんせーは2人の先生にそれぞれ質問をした。

 

——仕事をする時、用意するプランは1つか。

 

——ナイフ術を教える時、重要なのは第一撃だけか。

 

2人は質問に対して、そうではないと答える。

 

「本命のプランなんて、思った通り行く事の方が少ないわ……不測の事態に備えて予備のプランをより綿密に作っておくのが暗殺の基本よ」

 

「第一撃はもちろん最重要だが、次の動きも大切だ。強敵相手では第一撃は高確率でかわされる……その後の第二撃、第三撃をいかに高精度で繰り出すかが勝敗を分ける」

 

ここまでの質問がどういう意味か……勘の良い何名かは気付いたようだ。

 

「結局、何が言いたいん——」

 

「先生方のおっしゃるように、自信を持てる次の手があるから、自信に満ちた暗殺者になれる。対して君達はどうでしょう?」

 

殺せんせーは前原の言葉を遮り、話しながら回り始める。

 

「『俺等には暗殺があるからそれでいいや』……と考えて、勉強の目標を低くしている。それは、劣等感の原因から目を背けているだけです」

 

回転の速度はどんどん上がる。

 

——もし先生がこの教室から逃げ去ったら?

 

——もし他の殺し屋が先に先生を殺したら?

 

「暗殺という拠り所を失った君達には、E組の劣等感しか残らない。そんな危うい君達に、先生からの警告(アドバイス)です」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

独楽のように回転していた先生の姿は巨大な竜巻へと変わり、周囲の土や草を巻き上げ——

 

「……校庭に雑草や凸凹が多かったのでね、少し手入れしておきました」

 

荒れ放題だった校庭は、おそらく旧校舎が建てられた頃の姿を取り戻していた。

 

「先生は地球を消せる超生物。この一帯を平らにするなど、たやすい事です」

 

「これが……殺せんせーの……」

 

「……月の形を変えるレベルって、想像つかね〜……」

 

全員が驚愕している中、先生は1つ提案を出す。

 

「もし君達が、自信の持てる第二の刃を示さなければ、相手に値する暗殺者はこの教室にはいないと見なし、校舎ごと平らにして先生は去ります」

 

「第二の刃……いつまでに?」

 

「決まっています、明日です」

 

潮田君の質問はすぐに返された。

 

「明日の中間テスト、クラス全員50位以内を取りなさい」

 

 

 

それから数日後……

 

E組内での中間テストの結果は、予想をはるかに超える酷いものとなった。

 

テスト内容を確認したところ、全教科で出題範囲の変更があったらしい。

 

これに対して烏間先生も本校舎に問い合わせているが、反応から見て仕組まれたのだろう。

 

「……先生の責任です。この学校の仕組みを甘く見すぎていたようです……君達に顔向けできません」

 

『………………』

 

一番ショックを受けていたのは殺せんせーだった。

 

後ろ姿でも今までになく消沈している事がよく分かる。

 

…………ガァン!

 

「にゅやッ!?」

 

消沈していても警戒はしていたのか、間一髪で背後から飛んできたナイフを避ける……投げたのはカルマだ。

 

「いいの〜? 顔向けできなかったら、俺が殺しに来んのも見えないよ?」

 

「カルマ君! 今、先生は落ちこんで……」

 

カルマの出した答案を見て、先生は一瞬止まる。

 

……合計494点。クラスではトップ、3年全体の中で4番目の点数だ。

 

「うお……すげぇ」

 

「90点一つ取るだけでも凄いのに……」

 

「……俺の成績に合わせてさ、あんたが余計な範囲まで教えたからだよ」

 

「……!」

 

「俺だけじゃない、左の2人だってそうだよ……な、横川と矢頭さん」

 

カルマの言葉に、全員の視線が俺と晴奈に向けられる……うう、お腹が痛くなりそうだ。

 

「……横川、ちょっと見せろ……」

 

「おい、勝手に見るなよ寺坂」

 

後ろから近づいてきた寺坂が、机に裏返しで置いてある俺の答案用紙を取る。

 

「……ハァ!? 合計417点だァ!?」

 

400超えの点数に、周囲から驚く声が聞こえる。

 

今回のテスト、得意教科は90点台にギリギリ漕ぎ着けることが出来て、他の教科もそれなりに取れた。

 

元からの持っている知識や、先生の理解しやすい授業のおかげもあるが、俺達が点を取れた要因はお互いに得意教科を教えるというものを実践していたのが大きいだろう。

 

同じ授業を受けていても、それぞれの着眼点は同じではない。その為、問題の解答も人によって異なる。

 

これを利用してお互いの解き方を教え合えば、問題を見る力を養うことが出来るのでは? と思いついたのがこの方法。

 

俺と遥奈の得手不得手は面白い具合に真逆だったので、試しにやってみたのが一昨年の3学期頃だ。

 

効果は成績に現れ、有用性は確認出来たのだが、いきなり点数が上がったことで浅野からのスカウトが頻度を増して大変だったな……

 

「……で、どーすんのそっちは? 全員50位に入んなかったって言い訳つけて、ここからシッポ巻いて逃げちゃうの? ……それって結局さぁ、殺されんのが怖いだけなんじゃないの?」

 

先生の落ちこんでいた表情が、徐々に熱を帯び始める。

 

「なーんだ、殺せんせー怖かったのかぁ」

 

「それなら正直に言えば良かったのに」

 

「ねー、『怖いから逃げたい』って」

 

カルマに触発されたのか、生徒達も追い打ちをかけるように先生を煽り始める。

 

「にゅや——ッ! 逃げるわけありません、期末テストであいつらに倍返しでリベンジです!」

 

煽り耐性の低い殺せんせーは顔を真っ赤にして宣言……いつも通りのメンタルに戻ったようだ。

 

その様子があまりにも面白いので、次第に笑いがこみ上げてきた。

 

何がおかしい、悔しくないんですか君達は! と怒る姿がまた滑稽に見えて、笑い声は瞬く間に大きくなった。

 

 

 

……問題が起こるたびに、このクラスはとても良い場所になっていく。

 

俺は……彼らに自分の秘密を打ち明けた時、この場所に居られるだろうか……?




E組から見た2人について

主人公
・あまり目立ちたがらず生真面目に見えるが、会話するとそうでもなく親しみやすい
・カルマの近寄り難いイメージを取っ払ったこともあり、一目置かれている
・ボケやツッコミだけじゃなく、イジリやブレーキもできる人材(赤羽談)

ヒロイン
・清楚なイメージのあるしっかり者だが、たまに天然になるので男女構わず人気は高い
・無意識か不明だが、恋愛関連の話になると真剣そうな顔になっているらしい
・主人公と一緒にいることが多いのに、アレで付き合ってないのはおかしい(木村他E組談)



評価やお気に入りはともかく、作品の感想が欲しい……(切実)


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第七話【京都の時間】

お待たせしました、第七話です
ようやく旧作に追いつきましたが……ここまで遅いと、知り合いの小説書いてる人たちや連載してる方々の文才が羨ましい……
そして大学の課題が多くて時間がない……○神と□の部屋ください(切実)

下はloglessさんから頂いたヒロインのイラストです
フリーハンドでカービィしか描けないような画力の自分にはありがたい……

【挿絵表示】



「テストが終わったと思えば、もう修学旅行か……」

 

「でも、受験を控えている私たちには丁度良い時期ですよね」

 

椚ヶ丘中学では、中間テストの後に京都にて2泊3日の修学旅行が予定されている。これは2学期の成績に影響が出ないようにする学校側の配慮とのこと。

 

烏間先生の事前の説明によると、4つの班に分かれた俺達のコースに、殺せんせーが順番で付き添う予定らしい。そこへ国が手配した狙撃手(スナイパー)が暗殺を仕掛けるそうだ。

 

『成功した場合、貢献度に応じて百億円の中から分配される……暗殺向けのコース選びをよろしく頼む』

 

「……って言ってたけど、京都で暗殺するにしても、先生の見た目や銃の使用って大丈夫なの?」

 

「先生は変装をするから問題ないと言っていましたが……対先生弾が一般人に当たった場合、痛いで済むでしょうか……?」

 

対先生BB弾の材質上、長距離狙撃になると風の影響を受けやすくなるはずなので、鉛か何かと加工して銃弾にするのだろうか。

 

……後で烏間先生に聞いておこう。

 

「ねぇ矢頭さん、もう何処かのグループに入ってる?」

 

「あ、カエデちゃん。まだ何処にも入ってないよ」

 

綾乃に声をかけたのは茅野さん。グループに入っているか聞くあたり、メンバー探しをしているのだろう。

 

「なら一緒に行こうよ! 横川君もどうかな?」

 

「枠が空いてるならお願いしたいけど……」

 

「大丈夫、私以外はまだ渚と杉野君だけだから」

 

「俺もいるよ〜」

 

茅野さんの背後からひょっこり現れるカルマ。

 

側には潮田君と杉野もいるので、2人がカルマを誘ったのだろう。

 

「これで6人集まったね」

 

「7人班だから、女子あと一人要るんじゃね?」

 

「へっへ〜俺をナメんなよ。この時のためにだいぶ前から誘っていたのだ」

 

待っていましたとばかりに、杉野は背後で待っていた人物を呼ぶ。

 

「クラスのマドンナ、神崎さんでどうでしょう?」

 

「おお〜異議無し!」

 

「よろしくね、みんな」

 

その佇まいや話し方から伝わるお淑やかさ。

 

……杉野が呼んだ理由がなんとなく分かった気がする。

 

「神崎さんか……あまり話したことが無いから、八方美人なイメージしかないや」

 

「…………」

 

「ん、どうしたの綾乃?」

 

すると、何故か俺のことを不思議そうに見る綾乃……変なことでも言ったかな……?

 

「今の言葉で思ったんですけど……修也さんって普段の時は、私以外の女の人に話しかけること少ないですよね」

 

「……え゛」

 

綾乃の急な指摘に、変な声が出る。

 

「確かに……」

 

「言われてみればそうだね〜」

 

「そもそも横川って自分から話し出さないよな」

 

「……本当だ、覚えてる限りだと、ほとんど誰かの質問を返すときしかないよ!」

 

……まずい、これ以上は嫌な予感がする……主にカルマから……!

 

「待て待て、俺だって自分から話すことだって……あれ?」

 

どうにか反論するために、今までの学生生活を思い返してみたが……最近はおろか、小学校の時ですら数えるくらいしか覚えがない事実に焦る。

 

……いや、流石にそれはおかしい。E組でなら何度か女子と話しかけたことが…………

 

「……そういえば俺って、いつも話を振られてばかり……?」

 

いくら思い出しても、暗殺や授業に関する話はあっても、遥奈以外の女子と普通の会話をした記憶が無い。

 

「もしかして……横川って人見知り?」

 

「もしくは異性に興味の無いホ——」

 

「天誅ッ!」

 

世にも恐ろしい名詞を使おうとしたので、速攻で首を絞めて口封じをする。

 

「ぐぇっ。ギブギブ、首絞まる、悪い言い過ぎた!」

 

地雷を踏んだと気付いたカルマはすぐに降参。

 

「カルマ君が、あっさり降参した……?」

 

「てか横川怒るとおっかないな……」

 

「へ、変だなあ……横川君が一瞬でカルマ君の後ろに現れたような……」

 

「たぶん気のせいだと思います……」

 

四者四様の反応を聞きながら、力を緩めてカルマを放す。ちょっと力を込め過ぎたようで、カルマが首を摩っている。

 

「あはは……前に横川を怒らせて喧嘩したことがあって、そん時ボコボコにされかけて以来、力勝負は諦めてるんだよね」

 

「え、そんなことあったの!?」

 

「……そうだ、横川君ってお父さんに剣道教えてもらってるんだっけ」

 

「ついでに言うと、他にも教わってるっぽい。前に柔道とか合気道もやってるとこ見た」

 

「横川君、意外と鍛えてるんだね」

 

「だから烏間先生の訓練も涼しげにこなしてんのか……」

 

何やら小学校の黒歴史を暴露されているような……嫌な予感はこっちだったか。

 

(気を付けないと……コミュ力も)

 

半分見当違いかもしれないが……自分自身、必要以上に関わろうとする意思が湧かないので少し困っていたりする。

 

「この機会に頑張ってみよう……」

 

「頑張るって、何を?」

 

「え、いや、何でもない……」

 

「ともかくこれで7人。どこを回るか決めようぜ!」

 

この後、イリーナ先生が強がった結果仲間はずれにされかけたり、殺せんせーから辞書2冊分はある厚みのしおりを貰ったりした。

 

「——移動と旅行は違います。皆で楽しみ、皆でハプニングに遭う……先生はね、()()()()()()旅ができるのがうれしいのです」

 

修学旅行でテンションが上がって楽しそうな殺せんせーの言葉を聞いて、ふと思い出す。

 

(……『人生は旅である』と記した松尾芭蕉の話かな……)

 

殺せんせーが読むのにオススメと貸してくれた本の中に「奥の細道」があった。

 

時間は止まらない、同じ場所に留まることはできない、それが旅と同じ……作中にはそのようなことが書いてあった。

 

……思えば、なかなか規格外な始まりだったと思う。

 

幼馴染みに誘われて横浜に行き、そこで遥奈と出会って……生まれ変わって、物語に類似したこの世界で生きている。

 

これから先、どのような問題が起こるのか分からないが、少なくとも簡単な道のりではないはずだ。

 

下手をすれば、原作通りに進まないかも——

 

(——いや、そうなるとは限らない)

 

これは漫画やゲームの中ではない……ただ、【暗殺教室】という作品に極めて似ているだけの【現実】なのだ。

 

同じ材料、同じ作り方で違う料理にならないように、世界が似ているだけで同じ歴史を辿る確証もない。

 

そもそも俺という転生した存在がいる時点で、すでに別のモノになっているだろう。

 

(いっそのこと、堅苦しい筋書きに合わせずに、俺らしくやれば良いのかもな……)

 

未だにクラスに馴染めていない気がするのは、画面の前に座る子供のような意識が、俺の中にまだ残っているからだ。

 

……それでは前に進めない。

 

殺せんせーが言ったように、仲間と一緒に色んな経験をするのが、大切な事なんだろう。

 

不謹慎ではあるが……もしかしたら俺は、この事を気付くために、この世界に転生したのかもしれない。

 

(何だろう、そう考えたら頭がスッキリした気がする)

 

「何か良いことでもありましたか?」

 

「……うん。 あとで綾乃にも話すよ」

 

「こらそこ、イチャイチャしないの」

 

「茅野、逐一気にしてたら疲れちゃうよ?」

 

「そうそう……家でもいつもこんな感じだしね〜」

 

「「え"」」

 

カルマの一言で杉野と茅野さんがさっきの俺のような声を出し、神崎さんは口に手を当てて固まる……また爆弾発言を……

 

「あ〜……これナイショだった?」

 

「出来ればここで言って欲しくなかった……」

 

「なになに〜、矢頭ちゃんって横川君の家住んでたの?」

 

「え、そうなの横ちゃん?」

 

「何だと!? つまり矢頭さんの普段着や寝間着を毎日見て——」

 

隣で話し合いをしていた数名が運悪く聞いたらしく、そこから俺たちの関係が全員に知れ渡り、問い詰められる始末になった。

 

よく見れば、殺せんせーも紛れ込んでメモ帳に書き込んでいたので手元にあったナイフを全て投げた俺は悪くない……プライバシーの侵害、ダメ、絶対。

 

……岡島? 武闘派の女子達に袋叩きにされていた。

 

 

 

そして数日経った修学旅行当日。

 

天気は6月では珍しい快晴で、観光にはピッタリだ。

 

「……で、殺せんせー1日目で、すでに瀕死なんだけど……」

 

「新幹線とバスで酔ってグロッキーとは……」

 

「この前の竜巻起こした超生物とは思えないや……」

 

基本的に自力で飛行する殺せんせーは乗り物に弱いようで、旅館に着くとぐったりしていた。

 

「大丈夫? 寝室で休んだら?」

 

「いえ、ご心配無く……先生これから1度東京に戻りますし……枕を忘れてしまいまして」

 

『あんだけ荷物あって忘れ物かよ!?』

 

……殺せんせーっていつも何処に寝泊まりしてるんだろう? やっぱり旧校舎の中……?

 

「……どう、神崎さん。 日程表見つかった?」

 

「……ううん」

 

神崎さんにも少し問題があったらしく、修学旅行の日程をまとめたメモ帳を失くしたらしい。

 

「でもご安心を、先生手作りのしおりを持てば全て安心」

 

「「それ持って歩きたくないからまとめてんだよ!!」」

 

その後メモ帳は見つからなかったらしく、失くしたなら仕方ないと、神崎さんは覚えている範囲で日程を組み直していた。

 

 

 

「でもさぁ。京都に来た時ぐらい暗殺の事忘れたかったよなー」

 

2日目の班行動中、杉野が愚痴をこぼす。

 

「いい景色じゃん。 暗殺なんて縁の無い場所でさぁ」

 

「あれ、知らないの? この前習ったろ」

 

「……何を?」

 

何のことかさっぱりだという顔をする杉野……社会苦手だったか。

 

「実はそうでもないよ杉野。 ちょっと寄りたいコースあったんだ。 すぐそこのコンビニだよ」

 

潮田君の道案内で着いたのはとある石碑のある場所……石碑には『坂本龍馬 中岡慎太郎 遭難之地』と書かれている。

 

「坂本龍馬……確か宿屋で暗殺されたんでしたっけ……」

 

「あ〜……1867年、龍馬暗殺……『近江(おうみ)屋』の跡地ね」

 

「さらに、歩いてすぐの距離に本能寺もあるよ。 当時と場所は少しズレてるけど」

 

「あそっか、織田信長も暗殺の一種か」

 

1582年、天下人にまで上り詰めた信長が、明智光秀による謀反により、本能寺で亡くなったエピソードは有名だ。

 

「このわずか1kmぐらいの範囲の中でも、ものすごいビッグネームが暗殺されてる。 ずっと日本の中心だったこの街は……暗殺の聖地でもあるんだ」

 

「確か、昔まで遡ると平安時代にも暗殺の話があるよな」

 

「……それってもしかして、頼光四天王と鬼の話?」

 

「お、潮田君そこまで調べてたんだ」

 

「どんな話なの?」

 

酒呑(しゅてん)童子(どうじ)って言う鬼が当時の京都で悪さをしていたんだけど、(みなもとの)頼光(よりみつ)と臣下の四天王たちが山伏に変装して、都から離れた住処の大江山(おおえやま)で睡眠薬入りの酒を飲ませて暗殺したらしいよ」

 

「鬼って昔話に出てくる、あの?」

 

「その通り……実際に存在したか分からないけどね」

 

「なるほどな〜。言われてみれば、こりゃ立派な暗殺旅行だ」

 

創作にもよく使われる話なので、何かの役に立つだろうと調べておいてよかった。

 

「次は八坂神社でしたか?」

 

「ええ」

 

「えー、もーいいから休もう? 京都の甘ったるいコーヒー飲みたいよ」

 

「飲もう飲もう!」

 

こうして俺たち7人は各名所を回って、昼食を取ったりお土産を買ったりと、京都探索を楽しんだ。

 

……悪意が迫っているとも知らずに……

 

 

 

古風な雰囲気を残した祇園の裏路地は、迷路のように複雑な構造になっている。

 

隠れた名店も探せばあるが、一見さんお断りや予約制が多いらしいので、目的が無ければ通る人は少ないだろう。

 

何故そんなことを言ってるのかというと、今まさに自分達が裏路地で道に迷っているからだ。

 

「ここまで複雑とは思わなかった……」

 

「このペースで進めば、10分も掛からない内に合流出来ますが……今から飛んで行きますか?」

 

「……いや、折角の修学旅行だし、ちゃんと歩いて行こう」

 

 

 

話は少し前に戻る。

 

八坂神社に向かう途中、お土産として買う予定の商品を扱う和菓子屋を見つけたので、皆も誘って立ち寄った。

 

……和菓子屋と聞いてスイッチの入った甘党の茅野さんは、棚に並べられた様々な和菓子を見て暴走しかけてて大変だった。

 

それぞれ目当ての商品は簡単に見つかり、すぐにレジで買おうとしたが……

 

店にはレジが1つしかないらしく、さらに裕福そうな観光客達が大量の商品を通していたので、順番待ちの列が出来ていた。

 

それで言い出しっぺの俺が全員のお土産を買いに列に並んだが、しばらく待っても自分の番が来ないので皆には先に行ってもらったのだ。

 

綾乃が一緒にいるのは、1人にさせるのはマズイと潮田君が提案して、じゃんけんで決めた結果らしい。

 

やっとの思いでお土産を買えた俺達はカルマ達に連絡すると、暗殺予定の裏路地で待っていると聞いたので、合流場所へ向かおうとしたが……

 

想像以上に入り組んだ場所にあるらしく、なかなか辿り着けずにいた。

 

やろうと思えば屋根伝いで合流場所に行けるだろうが、余計な消耗は避けたいし、何より近所迷惑ということもあり、徒歩で向かうことになって冒頭に至る。

 

閑話休題。

 

「爆買いする人なんて本当にいるんですね」

 

「俺も初めて見たけど、あんなに買って保存出来るのかな……」

 

泊まり先にもよるが、部屋に用意される冷蔵庫のサイズは電子レンジより少し小さいはず……あの量では半分以上中に入らないだろう。

 

「クーラーボックスに入れるという手もありますね」

 

「そこまでくると観光客と呼べるか疑わしいな……」

 

というか綾乃さん? ナチュラルに心を読まないでください……

 

「おい、そこのお前ら!」

 

「ん……?」

 

「はい?」

 

聞き覚えのない声に後ろを振り向くと、ガラの悪そうな学生服の男達がいた。

 

「そうそうお前ら2人だよ……まあ用があんのはそっちの可愛い女だけどな」

 

「そこの女を俺等にくれるんなら、お前は見逃してやるよ」

 

どうやら男達の目的は綾乃らしい。

 

陳腐なセリフを吐くと、薄ら笑いを浮かべながら近づいてくる男達……反対側からも別の男達が迫っていた。

 

「……挟まれていますね」

 

「人通りが少ないって聞いてたんだが……」

 

コソコソと誰かが後を付けていたのは知っていたが、先回りされているとは思いもしなかった。

 

連中はここが逃げ道のない閉鎖空間であることを知っていて、かつ人数がこちらよりも優っているから姿を出したのだろう。

 

「それで、彼女を渡す気は微塵も無いんだけど……」

 

「その場合、お前がどうなるか……分かるよな?」

 

どうやら説得は難しいようだ。

 

これでは突破するには難しい状況だろう……最も、相手がただの一般人だったらの話だが。

 

「……こっちは5人、反対は?」

 

「4人います。 この様子だと、もしかしたらカルマさん達も……どうしましょう?」

 

「……普通なら一点突破で逃げる方が良いだろうけど、カルマ達と合流する時に追いつかれるのはまずいから——」

 

「スカした顔してんじゃねーよッ!」

 

様子の変わらない俺達を見て癇に障ったのか、男達の1人が殴りかかってくる。

 

「——此処で相手をしよう……ふっ!」

 

「……は?……うぐぇ!」

 

俺は突き出された男の腕とシャツの襟を掴むと、殴る勢いを利用して投げ飛ばす。

 

男は石畳の道に背中を打つと、腹部を押さえて身をよじらせている……しばらくは動けないだろう。

 

仲間の男達は何が起こったのか理解出来ず呆然としていた。

 

「……案外、うまく投げれるもんだな……父さんや烏間先生から護身術を習って正解だった」

 

習い始めの頃は、某抜刀斎の修行のように体で覚えろと言わんばかりに様々な武術の技を受けて、気絶することもしばしばあった。

 

教えてもらった武術の中でも、相手の力を利用する合気道や拘束にも使える柔道は裏路地などの狭い空間でも問題なく扱えるので、重宝している。

 

ようやく状況を理解したのか、表情に苛立ちを露わにする男達。

 

「この……!」

 

「ナメやがって!」

 

今度は2人同時に仕掛けてくるらしく、1人が左側から腕を振りかぶり、もう1人が右側回し蹴りをする。

 

俺は左の男の拳をいなして半回転させると、背中を強く押し出してもう1人にぶつける。

 

蹴りの体制だったこともあり、押し出された仲間にぶつかり、2人仲良くもつれて倒れてた。

 

「……な、何してる! さっさと女を捕まえ……ろ?」

 

一気に3人もやられて痺れを切らした男達のリーダー格と思われる男が反対側に呼びかけたが……

 

「ごめんなさい。呆気にとられていたので、その隙に眠ってもらいました」

 

後ろから追ってきていた4人は、いつの間にか晴奈の足元に転がっていた。

 

「少し早過ぎない?」

 

「実は鈴香さんから貰った護身用の催眠スプレーを使ったらあっさりと……」

 

「何で母さんそんな物騒な物持ってるの……?」

 

晴奈は今しがた倒れた2人の男に近寄ると、その顔に容赦無くスプレーをかける。

 

そして2人は驚く声を上げる間もなく眠ってしまった……即効性高過ぎない?

 

「……後でそのスプレーについて母さんに聞くとして……お仲間は隣の人を除いてみんな寝ちゃいましたけど、貴方はどうします?」

 

「……クソッ、こんなの聞いてねぇよ!」

 

リーダー格の男は悪態と吐くと、隣の1人と一緒に、仲間を置き去りにして路地の先に姿を消した。

 

「行っちゃいましたね……」

 

「仲間がいないと逃げるって……城二でもそんなことしないのに……」

 

元の世界で小学校の時、とある生徒が集団でいじめに遭っていたところに、たった1人で殴り込みに行って全員懲らしめていた親友を思い出して苦笑いする。

 

「そうだ。 皆と合流しないと……」

 

「急ぎましょう、カルマさん達が危ないかも知れません」

 

 

 

合流場所に辿り着くと、道に倒れている3人の姿があった。

 

「潮田君、カルマ、杉野!」

 

「……あ、横川君……矢頭さんも一緒なんだ……良かった、無事で」

 

「すみません、歳上の学生らしき集団に襲われて……」

 

「どうにか撃退して此処に来たんだが……」

 

3人の体の具合を調べたところ、どうやら大きな怪我はないようで安心した。

 

「……はは、流石に鍛えられてないってところかな……犯罪慣れしてやがるよ、あいつ等。 通報してもすぐには解決しないだろうね……ていうか、俺に直接処刑させて欲しいんだけど」

 

「まあ落ち着け、そうなったら後々面倒なことになる」

 

「……それで、どうやって2人を探し出す?」

 

杉野の一言で全員の表情が暗くなる。

 

3人とも動けなかったこともあり、何処に行ったか分からないそうだ。

 

車を使っていたらしいが、カルマ曰くナンバーを隠していたので探せないとのこと。

 

どうしたものか……

 

「……あ。 渚さん、それは……」

 

「え?」

 

「ん?」

 

綾乃が何かに気が付いたらしく、潮田君の後ろにある物を指す。

 

「殺せんせーのしおり……鞄が落ちた弾みで出たのか……潮田君、今開いてるページよく見て」

 

「えっと?……班員が拉致られた時……って」

 

「普通ここまで想定したしおりなんて見た事ねーよ……」

 

「あはは、殺せんせーおそろしくマメだから」

 

目次にはいくつもの場合を想定した対処法が載っていた。

 

「そういえば、京都で買ったお土産が東京のデパートで売ってた時のショックからの立ち直り方とかあったな」

 

「何手先まで想定してるんだよ!」

 

「……あ、鴨川の縁でイチャつくカップルを見た時の淋しい自分の慰め方もあったねー」

 

「大きなお世話だ!」

 

「好きなあの子のハートをキャッチする方法もありましたね」

 

「………………」

 

「おい、今何考えた」

 

杉野のツッコミにキレが増してきたと思ったら、綾乃の言葉に黙り込んでしまう。

 

やっぱり神崎さんが好きなのか……頑張れ。

 

「でも、おかげで少し落ち着いた。多分大丈夫だ、みんな。 茅野と神崎さんを助けに行こう」

 

 

 

その後、しおりに書かれた対処法通りに探した結果、2人を攫った連中が隠れている場所を見つけることが出来て、連絡を受けて駆けつけた殺せんせーと共に救出に成功した。

 

この一件のお陰で何かが吹っ切れたのか、神崎さんの表情が前よりも良くなっていたのが印象的だった。

 

……でも先生、修学旅行の基礎知識を体に教える(物理で殴る)のはいくらなんでも危ないと思うのですが……

 

 

 

高校生との一悶着があった日の夜。

 

風呂を済ませた後、俺達は旅館に設けられたレクリエーションルームで楽しんでいた。

 

「せいっ!」

 

「ふっ」

 

「アタッ!?」

 

スポーツコーナーでは三村と磯貝が烏間先生と卓球をしている。2対1でも的確に球を打ち返している先生は、珍しく楽しそうな表情だった。

 

ゲームコーナーを見ると、神崎さんが弾幕ゲームで神業を披露していた。曰く、周りの目を気にして黙っていたとのこと。

 

俺や潮田君も試しにプレイしたが、ノーマルモードをどうにかクリア出来た程度なので、彼女の腕前は相当なものだと分かる。

 

射撃訓練で成績が高いのは恐らくこれが理由だろう。

 

 

 

そんなこんなで、夜も更けた頃の男子部屋。

 

自販機で煮オレを買っていたカルマと部屋に戻ると、皆が何やら話し合っていた。

 

なにやら気になる女子について、ランキング形式で調べているらしい。

 

「横川も見るか?」

 

「ありがと。 どれどれ……」

 

磯貝から渡された紙には、上から票の多い順で女子の名前が書かれていて、一番上には神崎さんの名前があった。

 

「へぇ〜……あれ?」

 

ランキングを一通り見たのだが、何故か綾乃の名前が載っていなかった。

 

「矢頭さんだけ名前が無いね〜」

 

「何でだろう……」

 

「そりゃお前、矢頭さんは投票以前の問題だろう……てか半分横川が理由だぞ?」

 

「俺が理由?」

 

岡島に言われて、ここ数ヶ月間の出来事を思い返す……確かに一緒にいることが多いけど、それだけが理由じゃないだろう。

 

「……おいおい、トボけなくても良いんだぞ?」

 

「みんな分かってるんだからさ」

 

「とぼけるって……何を?」

 

俺の反応が思っていたのと違ったのか、岡島達はお互いを見ると、円を組んで話し始める。

 

「……おい、まさかとは思うが」

 

「自覚無し、だな」

 

「アレは重症だろ」

 

「……聞こえてるぞー」

 

隠す気がないのか、内容が丸聞こえになっているが、抽象的な表現ばかりで要領を得ない。

 

30秒ほど経つと、話し合いが終わったのか、岡島達はこちらに向き直る。

 

「なあ横川、確認させてもらうが……矢頭さんと同じ家に住んでるんだよな?」

 

「正しくは泊まりに来ることがあるだけだよ」

 

「いつから同居してんの?」

 

「同居じゃないけど……確か小4の頃からだったはず」

 

何故か同居してると思われているが、彼女が俺の家で寝泊りするのは連休の時くらいで、平日は自宅に帰っている。

 

……いや、連休分を考えると、1年間の6分の1は泊まっているのか……?

 

「彼女についてどう思う?」

 

「どうって……友人の1人」

 

質問を答え終わると、岡島だけでなく、周りの男子達にも呆れた表情で溜息を吐かれた……

 

「何なんだ、一体?」

 

「……やっぱり皆、横川と矢頭さんが付き合ってると思ってたのか」

 

カルマが納得しながら言う……それこの間の班決めの時に、みんなに違うって言ったじゃないか……

 

「確かに一緒にいること多いけど、俺と綾乃は付き合ってないぞ?」

 

「あんなにイチャイチャしてて、付き合ってないとかおかしいだろ……コイツら本当に付き合ってないのかよカルマ?」

 

「まーね。 10年以上の付き合いだし……」

 

何か思いついたのか、カルマは一旦言葉を切るとニヤリと笑みを浮かべて……

 

「最初から夫婦同然の仲だったから、付き合うなんて今更な話だろうな〜って思ってたから」

 

——ピシリと、氷にヒビが入る音が聞こえた気がした。

 

「……やっぱりお前ら付き合ってるじゃないか!」

 

「この野郎、やっぱり自覚無しか!」

 

「ブッチギル、殴ッ血KILL!!!」

 

男子の一部は静寂から再起動するや否や、敵意剥き出しで俺に襲いかかってきた。

 

中でも岡島からは、敵意を通り越して殺意を向けられている。

 

「うわっ、ちょ危なッ! ……カルマ、お前余計なこと言うなよ!?」

 

「いーじゃんそのくらい。現にイチャイチャしてるんだからさ」

 

「幼馴染みにも容赦ないね、カルマ君……」

 

潮田君が何か言ったようだが、襲いかかる男子達から逃げていたので聞き取れなかった。

 

……部屋を出た後も鬼の形相で追いかけてくる岡島を見て、某脱出ゲームのキャラの気持ちが分かった気がしたのは、また別の話……

 

 

 

謂れのない恨みで体力が上がった岡島が力尽きるまで逃げ続けたことで、汗だくになったので、もう一度風呂に入ることになってしまった。

 

「……はぁ……疲れた」

 

星の輝く夜空を仰ぎながら、肩まで湯に浸かる。

 

現在入っているのは、みんなで使っていた男湯ではなく、混浴用の露天風呂だ。

 

話によると、旅館にはE組以外の宿泊客が居ないので、先生達に使ってもらっていたらしい……勿論、1人ずつ順番に。

 

何故か男湯の湯船が空っぽになっていたので、旅館の従業員から特別に使わせてもらっている。

 

旅館や外からは中の様子が見えない構造になっているので、時折個人用としても使う人がいるそうだ。

 

「……ネットだと評価が低かったけど、隠れた名店ってやつなのかな……」

 

つい最近まで改築工事をしていたらしいので、立地条件と相まって評価が下がっていたのかもしれない。

 

そろそろ上がることかなと思っていると、入り口を開ける音が聞こえ……ん?

 

「——あれ、修也さん?」

 

「……綾、乃——!?」

 

そこには、体にバスタオルを巻いた綾乃の姿が……って!

 

出来る限り入り口の方を見ずに、そばに置いといた大きめのタオルを急いで掴むと、彼女に背を向けながらお湯の中に入れて腰に巻きつける。

 

これで一応見えないはずだ……何がとは言わないが。

 

「それで綾乃、何でこっちに来てるの……?」

 

「その……もう一度お風呂に入ろうと思って女湯に行ったのですが、掃除中で……従業員さんから露天風呂があると言われてこちらに……」

 

なるほど……つまり、その従業員は俺が入っていることを知らずに、綾乃を露天風呂に連れてきてしまったようだ。

 

確か脱衣所に入浴中の札があったが、他に入る人はいないだろうと、変えていなかったのが仇になるとは……

 

「……色々マズいから、見つかる前に——」

 

「大丈夫です」

 

先に出ると言おうとしたが、綾乃が言葉を被せて遮る。

 

「せっかくですから……一緒に入りませんか?」

 

……あの、俺が大丈夫じゃないんですけど……

 

 

 

……相手の姿を見ないように背中合わせで入ることになったものの、お互いに気まずかったのか、しばらくの間は沈黙が場を満たしていた。

 

「……静かですね……」

 

入ってから2分が経過しかけた頃、先に口を開いたのは綾乃だった。

 

「……そうだね。 虫の声でも大きく聞こえるくらいに静かだ」

 

……相槌をうったが、出てきた言葉になんだか自分らしくないなと感じてしまう。

 

黙っているよりはマシだと思いながら、話を途切れさせないように話題を振る。

 

「綾乃はその『今は遥奈です』……遥奈は、今日の京都散策はどうだった?」

 

「……みんなと色んな場所を見てまわったり、美味しい物を頂いたり、とても楽しかったです」

 

問題には巻き込まれましたけどね、と遥奈は付け足す。

 

「友輔さんはどうでしたか?」

 

「……楽しかった。 前に来た時も良かったけど、今日の体験は、また違ったものを味わえたと思う」

 

皆と一緒に笑って、怒って、たまにふざけて、嬉しくなって。

 

学校にいる時と変わらないはずなのに、いつもの倍くらい……いや、それ以上に感じた。

 

(こんなにも変わるものなんだな……自分らしくするのって)

 

……背中合わせの状態は変わらなかったが、しばらく経っていつも通りに話せるようになった頃、俺は男子達に指摘されたことを思い出す。

 

「あのさ、遥奈って好きな人っているの?」

 

「——ふぇ!?」

 

「……あ」

 

しまった。遥奈の素っ頓狂な声を聞いて目が醒める。のぼせて口が緩くなったせいか、思ったことを……よりにもよって遥奈に聞いてしまった。

 

一緒に居るのが多いため忘れがちだが、遥奈も年頃の女の子だ。恋愛について直接聞くのはどう考えてもデリカシーがない。

 

「ご、ごめん。おかしなこと聞いて……」

 

「あ、いえ……友輔さんも恋愛に興味あるんだなって驚いて……」

 

……一度、遥奈が俺にどんなイメージを持っているのか、問い詰めるべきかも知れない。

 

「私は、その、好きなのかわかりませんが、一緒にいると温かいと思う人はいます」

 

「へぇ……俺も知ってる人かな……」

 

「え、えーっと……多分、そうかも知れません」

 

何故か歯切れが悪いが、どうやら知り合いに遥奈の想い人がいるらしい。思いつく相手としてカルマか。

 

……いや、あいつは俺と遥奈の関係をネタにするくらいだから違う気がする。他に候補に挙がるとすれば、磯貝や潮田くん辺りだろうか……?

 

「そ、そうだ、友輔さんは好きな人っているんですか?」

 

「俺の好きな人?」

 

「例えば、彩月ちゃんとかっ」

 

「……彩月は仲が良いだけだからなあ……」

 

何を焦っているのか、彼女は急かすように俺の好きな人について聞いてくる……そうだな……

 

「……好きな人って明言できないけど、俺も一緒にいて良いと思う人なら何人かいるかな」

 

前世の家族や城仁と彩月、今世の両親にE組のみんな——そして遥奈。

 

俺にとって、彼ら一人一人がかけがえの無い宝物のような人たちだ。

 

「……そう、ですか」

 

その時、後ろからどこか安心したような——それでいて哀しそうな息遣いを感じたような気がした。



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