憑依in月姫no短編 (HOTDOG)
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1. 帰りの汽車にて

最終話直後のお話です。


「七夜の里の片付けも、ようやく終わったなぁ」

「はい、長い間お疲れさまでした、アキさん」

 

 

帰りの汽車の中で呟き、重ねるようにして琥珀が労りの言葉を掛けてくれる。

 

遠野家に引き取られた時は自由がなく、美咲町の連続猟奇殺人事件が終わるまではどうやって物語を収束させるかを考えて生きてきた。

 

志貴が無事にミハイル・ロア・バルダムヨォンを倒して猟奇殺人が収束したと同時に、自分は弓塚の吸血鬼問題を抱えてしまったため、問題解決のために空の境界の登場人物である橙子さんの助力を借りに観布子市へ。

 

運よく、元の世界の原作知識を交換条件に燈子さんの力を借りながら、依頼(無茶ぶり)もあって冬木の聖杯戦争に参入。

 

原作との差異もあり上手くいかず途中で聖杯戦争から逃げ出そうとも考えたが、琥珀と弓塚、他にも多くの人の助けがあって何とか望む形で聖杯戦争を終えることができた。

 

とまぁ、20歳にも満たない身体ながら人生の一大イベントが幾つもあったため、七夜の里の事まではとても手が回らなかった。

 

事態が落ち着いて、本当にようやく一族の遺骨を墓に収めることができたのだ。

 

 

「弓塚も遠いところまで悪かったな。来てくれてありがとう」

「うぅん、わたしもアキ君の両親やお婆ちゃんのお墓参りができてよかったよ」

 

 

向かいの座席でふにゃっとくたびれている弓塚にお礼を言う。

 

弓塚の肉体は、今は燈子さん手製の人形となっている。

人形での活動にだいぶ慣れた弓塚だが、長距離の移動はやはり普段と違うらしい。

 

普通の肉体とは違う苦労を強いられながら、それでも弓塚は笑顔で一緒に来てくれた。

 

 

「さっちゃん、今日は豪華なおやつ持ってきたから食べてゆっくりしよう?」

「わわ、もう早く言ってよー、琥珀ちゃん! たくさん歩いたし、わたし結構お腹空いてたんだよねー」

 

 

疲労困憊の弓塚をみて、琥珀は手荷物から可愛いかつ大きなパッケージのお菓子の缶を取り出した。

英語でブランド名が書いてあり、なんかデパ地下で売っている感じである。高そう。

 

琥珀にしては珍しく量のあるお菓子を持ってきたなと戸惑っている自分とは反面、弓塚は目を輝かせてお菓子に食いついた。

というか、そんなにお腹空いてるん? 昼間もかなり食べたよね、君たち。

 

 

「……まぁ、天高く馬肥ゆる季節だしな」

「それは秋ですよ、アキさん」

「琥珀ちゃんが育てたひまわり、満開で綺麗だったしね。まだ秋は先だよねー」

 

 

ねー、なんて二人で笑いながら、お菓子を頬張る女子二人。

 

いや、分かってて言っているんですけどね。

ただ、食べすぎとか太るぞとかは女性には言いにくいので、ちょっと遠回しに言ってみただけである。

 

特に美味しそうに食べる弓塚を見て、まぁケチなことを言っても仕方ないと自分もお菓子に手を伸ばす。

 

 

「お、うまい」

「ですねよ、これ翡翠ちゃんのおすすめなんですよ。近頃は色々なお店いったり食べ歩きもしていて、翡翠ちゃんってば驚くぐらいお菓子やお料理に詳しくなったんです! やっぱり志貴さんと付き合い始めた影響ですかね~」

「それには俺も驚きだが、同時に秋葉が最近疲れている原因が分かった気がするぞ」

 

 

恋する妹の成長にニヤニヤと浮かれている琥珀だが、こちらは遠野財閥の舵取りをしている妹、秋葉の心労具合に冷や汗しかない。

 

 

「七夜の里も片付いたし、いつまでも秋葉に甘えてちゃ悪いな…」

 

 

一人呟く。

翡翠は仕事をサボるような子ではないし、そもそも秋葉の仕事量が多すぎるのだ。

 

遠野家は闇を抱えている。

外部に委託できることはかなり制限されており、事実、自分は幼少期の頃に秋葉の父である槙久に雑務を任されていたし、今も遠野の屋敷に出入りするのは一族のものばかり。

 

自分の将来も含め、秋葉とちゃんと相談するべきなのだろう。

 

 

「今夜にでも秋葉の時間が空いてたら話してみるか――っと琥珀、紅茶ある?」

 

 

まぁ、今はふらり旅行の帰り道。

とりあえずは目の前のティータイムを楽しむとして琥珀に紅茶を所望した。というか、せっかくの美味しい洋菓子なのだから紅茶必須でしょ、常考。

 

だが琥珀から返ってきたのはちょっと困ったような表情で、

 

 

「アキさん、すみません。今日は紅茶用意してないんですよ」

「……珍しいな、琥珀が忘れるなんて」

 

 

恥ずかしそうに言う彼女に、自分も虚をつかれたかのように自然と言葉が出てしまった。

 

琥珀は片付けこそ苦手だが、他家事全般のレベルは非常に高い。

料理やこのような遠出の準備にしても、燈子さんが気に入るレベルと言えばその凄さがわかるだろう。

 

と、呆けているこちらに対して弓塚がなぜか得意げな顔をする。

 

 

「全くもう、妊婦にカフェインは良くないんだよ。知らなかったの、アキ君?」

「えっとアキさん。別に飲んでも大丈夫なんですけど、少し気になっちゃって……そのまま忘れちゃったんです」

 

 

すみません、次からアキさんの分はちゃんと用意しときますね。と琥珀は言うが、声があまり聞こえない。

 

それよりも、ふふん、とおそらく最近読んだ本の内容を披露する弓塚の顔ばかりが目に映る。

 

 

(……妊婦?)

 

 

汽車が揺れる。

ガタガタと心地よい振動に体をゆだねながら、弓塚の言葉を頭の中で熟思する。

 

妊婦。それは妊娠している女性を指す。

 

カフェイン。それは精神刺激薬ともいわれ、妊婦や搾乳中の身にはあまり良くないと確かに聞いたことがある。

 

どや顔のさっちん。妊婦に悪いとかは俺も知っているのでそのどや顔は間違っている。でも可愛いから許してしまいそうになるのが悔しい。まぁ今日はこちらの用事にも関わらず頑張ってついてきてくれたのでどや顔無罪で仕方ない。

 

 

『二人同時に責任を取らなきゃ不味いんですよ、アキさんっ』

『わ、わたし達のお腹の赤ちゃん、アキ君がお父さんなんだからね!』

 

 

思考の海に沈む中、脳裏に響いた二色の声。

夏の日差しに輝く向日葵畑の光景と、当時の感情・心情が唐突に湧き上がる。

 

 

 

 

――――あぁ、こんな話をされたのだったな……。

 

 

「……紅茶がないなら緑茶でいいか」

「ちょっと待ってアキ君!今の表情なに!こう、孤高の剣士が遠い記憶を思い出したような!というか、さっきの話忘れてたでしょ!?」

「すみませんアキさん。緑茶もないので伊藤園のミネラル麦茶で我慢してくださいね。それはそうと、あんな大事な話を忘れていたのは私もオコなんですけど」

「忘れるというか、びっくりして記憶飛んでたぞ!」

 

 

この年でボケるとは自分でも驚きである。

死闘で意識が飛んだことは幾度があったが、言葉だけで記憶が欠けたことは二度の人生通して初めてであろう。

 

ステイステイ。爆弾発言を思い出してかなり狼狽してしまったが、とりあえず一旦落ち着こう。

 

 

「というか、君たちに1つ聞いていい?いや、聞きたいことはたくさんあるんだが…。

 ――確か、大丈夫って言った日しか(禁則事項)してないよな? 子供ができる筈なくない?」

「あはは、もしかしたら大丈夫じゃなかったのかも…(目逸らし)」

「私もさっちゃんも、ちょっと間違えちゃったかもしれませんね。仕方ありませんね(顔逸らし)」

 

 

とりあえず一番の疑問を二人にぶつけると、弓塚が怒った感じの勢いから一転、申し訳なさそうに頬をかいた。

一応反省しているようである。もちろん一番ダメなのは雰囲気で何回も突っ走ってしまった自分自身だが。

 

隣の琥珀もばつ悪そうな声色であったが、なぜか顔がそっぽ向いてるため表情が全く見えない模様。理性蒸発していた自分と弓塚はともかく、もしかしたらこの子だけ確信犯じゃないですかねェ……。

 

 

あまり聞いてはいけないことだったのか、三人の間になんとも気まずい空気が流れる。

 

子供ができたことは喜ぶべきことなのだろうし、弓塚が仮の肉体であるにも関わらず妊娠したのは橙子さんぱねぇと感嘆してしまう。

反面、自分の無計画さに二人を巻き込んでしまい情けなくなる。

 

 

「……これはあれだ、環境が悪いな」

「ですよねぇ。私たちって親がいませんから(禁則事項)しても止める人がいませんし、身近にいる秋葉様や翡翠ちゃんもそこらへんは……な、なんといいますか、自由にしていますから」

「シオンやレンちゃんも結構(禁則事項)してるから気にならなかったけど……まぁ、普通なら赤ちゃんできるよね……」

 

 

三人それぞれ、言い訳をして場の空気を和ませる。

そう、これは自分たちが原因ではなく周囲の環境が悪いのだと。

 

言い訳がましいが、遠野家は毎晩といってもいいほどにそこら辺が盛んである。何が盛んであるかは察して頂きたい。

 

 

「ま、まぁ忘れていたのは悪かった。嫌とかじゃなくて、ほんとに衝撃的でな」

 

 

気まずい雰囲気を無くすためにも、とりあえず謝罪の言葉を口にした。

定職ついていない18歳で、二人から同時に妊娠発言。これには何度か死線を潜った自分も意識を飛ばして仕方がないと、自分を心の中で慰める。

 

問題解決した直後に問題を増やしてしまったのも、意識が飛んだ原因の1つである。ただし今回は100%自身が蒔いた種ですねすみません。

 

 

「ちなみに、この話を知っている人は? できれば準備が出来てから周りの皆に話したいんだが……」

 

 

準備とは心と体裁の話。

18歳のプー太郎が彼女二人を妊娠させるのは流石に恥ずかしいし。

 

秋葉の仕事を手伝えるよう本格的に勉強して、並行して簡単な雑務を任せて貰い――要はなんでもよいので仕事が欲しいのである。

 

ただ、そこは付き合いの長い琥珀と弓塚。

こちらの心情は分かっているとばかりに、グッと親指を立てて笑顔を返す。

 

 

「大丈夫だよ、アキ君! そう言うと思って、わたしはシオンとキャスターさんにしか話してないからっ」

「私も秋葉様と翡翠ちゃんにしか話してません。あと、橙子さんにはお手紙で一番に伝えさせてもらいました」

「あ、あとシエルさんにも話したかも!この間また様子見に来てくれたから、お話ついでに報告しちゃった」

「そういえば、桜さんにもメールでお伝えしました。今は海外ですけど、生まれたら衛宮さんと一緒に見に来てくれるって言ってましたよ」

 

 

はい、これはダメですね。どう考えても話が全方向に広がっています。

 

っていうか、何も律義に月姫・空の境界・Fateの全員に報告しなくていいんじゃないの?

そりゃ秋葉はうちの当主だし、橙子さんには一番世話になってるし、キャスターには聖杯戦争を一緒に戦ってもらったが……。

 

このままでは遠野アキはプーで妊娠させたクズと認識されてしまうのではなかろうか(自業自得)

 

 

「弓塚の両親に会いに行くハードルも物凄くあがったし……いっそ、七夜の里を作り直して引きこもりたい……」

「大丈夫ですよアキさん。猟奇事件や聖杯戦争に比べたら、ぜんぜん平和な問題です。また三人で協力して頑張りましょう」

「1年後には5人になるけどね。えへへ、楽しみだね、琥珀ちゃん、アキ君!」

 

 

柔らかく微笑みながらこちらの手を握る琥珀に、さらに手を重ねて心の底から嬉しそうに笑う弓塚。

 

橙子さんにからかわれるなぁとか、鮮花には煩く言われて、せっかく仲良くなった藤乃にはちょっと引かれた目で見られるだろうなぁとか。

 

キャスターやシオンさんはああ見えて口が軽いからすぐに周りに広まって、俺も志貴と士郎と同じように思われるだろうなぁとか。

 

子供を連れて弓塚への両親へどうやって報告しにいけばいいとか、思うところは色々あるけど。

 

 

(まぁ、幸せってこんな気持ちなんだろうな)

 

 

未来の問題が山積みにも関わらず、重ねられた手のひらだけでなく、心の中も陽だまりの中にいるように優しく、温かい。

二人につられるようにして、仕方ないかと照れ隠しに呟きながら、遠野アキも頬を緩めた。

 



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2. 鮮花ルートif 前編

1のちょっと後の話


「藤乃さん、今日来てもらったのは他でもない鮮花のことで相談があるんだが……」

「大丈夫です。鮮花にはアキお兄さんと会うことは言っていませんから。それで、ご相談って何でしょう?」

 

 

とある喫茶店にて、藤乃さんと秘密裏に行っているこの面会。

 

内容は藤乃さんの大切な友人であり、自分にとっても大事な兄妹弟子である黒桐鮮花のこと。

 

どのように切り出せばよいか迷っていると、さきほど注文した紅茶が2つ、コトリと静かにテーブルに置かれた。

 

カップを口元に運び、喉を潤す。

口にしがたい内容だが、せっかく相談に乗ってくれた藤乃さんの手前、いつまでも言葉を濁していては仕方ない。

 

意を決して、口を開いた。

 

 

「鮮花の、その……アプローチが、最近ヤバい」

「そうですよね。多分、その件じゃないかと思っていました……」

 

 

 

憑依in月姫no短編

2. 鮮花ルートif 前編

 

 

 

「友達がご迷惑をお掛けして、本当にすみません……」

「いや、別に藤乃さんが謝ることじゃないって。実は前から、ちょっと気になっていたことではあるしさ」

「それでも、アキお兄さんが私に相談してくるってことは最近になって手が付けられなくなったってことですよね。その、おそらく琥珀さんと弓塚さんの妊娠を聞かされた辺りから……鮮花、かなり積極的になってません?」

 

 

なんとも申し訳なさそうに言葉を紡ぐ藤乃さん。

彼女の様子からして、この相談ごとは予想の範囲であったらしい。

 

彼女の言う通り、最近の鮮花からのアプローチは友人の度を越している。

 

え、俺たち付き合ってるっけ? と錯覚してしまうくらい、自分と鮮花の距離感は近くなっていた。

正確には鮮花の方が距離感を詰めてきており、流石に「好意」の感じが兄妹弟子のソレとは違うとハッキリ認識できるほど、鮮花の態度は変わっている。

 

 

「薄々ですけど、そろそろ私がアキお兄さんに何か言われるんじゃないかなって思っていました。鮮花は大切な友達ですし、これまでも何度か諭しているんです……」

 

 

端正で整った顔立ちをしているのに、中年サラリーマンみたいな疲れた表情で呟く藤乃さん。

注文してあったケーキを上品に、しかしヤケクソ気味に口の中へと放り込む。

 

 

「だってアキお兄さんには彼女がいますし、しかも妊娠もされたじゃないですか。普通の女の子なら狙ったりしませんし、鮮花だって妊娠の報告を聞いたときは他の良い男性を探すって言ってたんですよっ」

 

 

私、それを聞いてすごく安心したのに――と藤乃さんは当時を思い出し、珍しく怒るに近い感情を見せる。

 

 

「1週間後には鮮花、『やっぱり子持ちも惹かれるかも』なんて言い出すんですよ? どこに惹かれる要素があるのかアキお兄さんわかります? 鮮花はなんでも卒なくこなせて明るくて交友関係も広くて、尊敬しちゃう私の友達ですけど――恋愛観だけは本当に全くわかりませんっ」

 

 

口数の少ない藤乃さんだが、この件ばかりはかなりの不満を抱えていたのか。

えらく饒舌になった彼女を見て、愚痴が溜まっていたのだなぁと、自分の件ながら他人事みたいに思ってしまった。

 

 

「ま、まぁまぁ落ち着いて、藤乃さん。……それで聞きにくいんだが、やっぱり鮮花は俺のことが、その、異性として好きと思ってるでいいんだよな?」

 

 

自惚れてはいけないが、今の距離感はたぶん良くない。

まず前提となる鮮花の感情を、卑怯ではあるが友人の藤乃さんに確認した。

 

 

「はい、鮮花がアキお兄さんのことを話す時、明らかに表情が柔らかくなりますし、他の男性とは違った感じで……鮮花が幹也さんのことを話す時と、似ている感じがします」

「幹也さんと同じってことは、俺のことも実は兄貴分として見てるとか? それで家族並みに距離が近いんだったらいいけど」

「いえ、正しくは『以前の鮮花が、幹也さんのことを話す時』です。直接聞いたことなかったですけど、鮮花も幹也さんが好きだったとか……あの子ならあり得ますし、今の鮮花も幹也さんに対しては仲良い兄妹を超えているような……」

 

 

もしかしてアキお兄さんだけじゃなく幹也さんのことも同時に狙っているのかも、と藤乃さんが頭を抱える。

 

会話の中で、何気に藤乃さんが「黒桐さん」ではなく「幹也さん」と呼び方が変わっていることに気付いた。

気付くだけで突きはしないが。志貴や士郎のハーレム例もあるし、この世界の幹也さんがどのような恋愛相関図を描いていても不思議ではない。

 

見た目常識人だけど、型月の主人公は大体どこかおかしいし。

むしろ自分も常識から外れてしまったため、幹也さんもこちら側に来ればいい。同族が増えることは大歓迎である。

 

と、寄り道した思考を元に戻して、顔を覆い隠して悩んでいる藤乃さんに声を掛ける。

 

 

「まぁ、鮮花の恋愛観を理解しようとするのは俺達には早すぎる。今はこれからどうするかを考えていこう」

「そうですね。ちなみにアキお兄さんは鮮花からその、告白されたりとかは……」

「それはないが、距離感が近いことには既に何度か断りを入れてる。琥珀と弓塚がいるし、優柔不断な態度は鮮花とあの二人の仲も悪くさせちゃうからな」

 

 

自分の彼氏に色目を使う女性と仲良くするのは、常識的に考えれば難しいし感情的にはあり得ない。

 

志貴や士郎の交友関係を見ていると感覚が麻痺してしまうが、ハーレムとか彼女2人とかははっきり言って異常である。

 

琥珀と弓塚がお互いに仲良いため――まぁ猟奇連続殺人や聖杯戦争といった死線を一緒に潜った要因もあるが――だからといって、誰とでも仲良くできるわけではない。

 

自分だって逆の立場なら、琥珀や弓塚に粉かけてくる男と仲良くできる自信はない。

だから、藤乃だけでなく自分からも、鮮花には何度か断る形で諭している。

 

 

「ただ鮮花は友人といった意味でも、兄妹弟子といった意味でも大事な人だから。恋愛観が合わないだけで疎遠とか友人をやめたりはしたくないんだよ」

「そうですか、もうアキお兄さんからも鮮花に言ってくれていたんですね……それでもアレなんですね……」

 

 

ちょっと絶望的な表情を見せる藤乃さん。

うん、気持ちはよく分かる。浅上二人で説得しておいてまるで効果ないからね、鮮花に。

 

藤乃さんが暗い表情の中に、全くもう……と疲れの色を見せる。

残り少ないケーキを頬張り、手を挙げて店員さんに再度ケーキを注文する。

仕草の一つ一つが最近逞しくなった気がして、親戚のお兄さんとしては嬉しい限りである。原因が鮮花にあるのは悲しいが。

 

 

「前までは鮮花も普通の女の子だったんですよ。アキお兄さんに出会ったのも良かったと思います。鮮花は普段お淑やかですけどアキお兄さんに会うとすごい活発というか、元気になりますし、私も病気のこととか、幹也さんのこととか……色々と話せて、本当にお兄さんが出来たみたいですし」

「みたいじゃなくて、血が繋がっているから正真正銘のお兄ちゃんだぞ。遠い親戚だけどな」

「ふふ、そうですね。お兄さん」

 

 

出会った当初を思い出し、少し顔が明るくなる。

鮮花と藤乃さんには意図して出会ったわけではないし、橙子さんに頼った以上、いずれ出会うとも思っていた。

 

それでも、観布子市にきて最初に出会ったのが二人で良かったと、振り返ってこちらも笑う。

 

 

「でもですね、思い返すと多分、アキお兄さんに彼女さんお二人とお付き合い始めてから、鮮花の態度が変わったんじゃないかなと思います。あの、その頃は私も色々あって、周囲を見る余裕はなかったんですけど……」

「あぁ、色々なもの曲げたり、橋壊しかけたりしてた時か……」

 

 

恥ずかしそうに俯く藤乃さんを見て、自分も当時のことを思い出す。

これは2年ほど前のことで、ちょうど聖杯戦争が終わった辺りの時期だったか。

 

原作とは違い、既に鮮花が燈子師匠の下で魔術の師事を受けていたこと。

遠野アキという魔術の兄妹弟子がいて、模擬戦したり魔術の成果を見せ合ったりと切磋琢磨していたこと。

 

そして中学時代から鮮花が藤乃の友人であったという相違点が重なり、鮮花が先行して頑張ってくれたおかげで浅上藤乃の事件、原作名でいう『痛覚残留』は怪我人こそいたが一人の死者も出さない小さな事件として幕を閉じれた。

 

そういった経緯もあって自分も藤乃さんも鮮花には大きな恩があるし、特別で大切な友人だと思っている。

 

 

「私、両義さんのこと怖くて苦手ですけど、あの時の鮮花も同じくらい怖かったのを覚えています」

 

 

言いながら瞳を、その瞳に秘められた魔眼を押さえる藤乃さん。

 

 

「魔眼も、心も身体も制御できなくて……その時はどうかしてましたけど、とにかく周囲が憎かったんです。探しに来てくれた鮮花にも、向けてはいけないのに、私はこの魔眼で友達を見てしまったんです」

 

 

感情も力も制御できない状態で覚醒した歪曲の魔眼は、本来、絶対に周囲に向けてはいけないものだ。

同じ浅上でも自分の持つ魔眼と違い、藤乃のそれは正真正銘、一息で人を醜い肉片へと変えてしまう。

 

 

「でも、鮮花は何事もないように避けるんです。魔術か何かを習っていたのは聞いていましたけど、それでも他は普通の女の子だと思っていたんです。聡明で運動もできる友人だと……手を燃やしながら迫ってくる鮮花は怖かったです」

「ま、まぁ多少はね。俺とも模擬戦やってたから歪曲の魔眼には慣れてたしさ」

 

 

怒って疲れて、今度は鮮花への恐怖(トラウマ)に藤乃さんは体を震わせる。

なんでこうなったのか、藤乃さんの鮮花への感情がもう滅茶苦茶である。

 

でも魔眼は仕方ない。

鮮花にとって歪曲の魔眼は『遠野アキが七夜の体術を駆使しながら、合わせていやらしく要所を狙ってくるもの』であり、何度も模擬戦で苦汁を味わわされた代物だ。

 

遠野アキのもつ七夜の体術、歪曲の魔眼はともに劣化品で、化け物相手には意味をなさない。

ただし、鮮花レベルの対人戦であれば双方は十分な脅威となり得てしまう。

 

劣化ながらも七夜の体術を駆使する自分と渡り合い、目線を読んで歪曲の魔眼を警戒する高度な戦闘方法を既に鮮花は身に着けている。

 

いかに高出力の歪曲の魔眼を持っていても、藤乃のようなただの女学生が使うだけでは、対歪曲の魔眼のスペシャリストとなった鮮花にとって動きの遅い固定砲台と変わりない。

 

結果、自身の右手をメラメラ燃やしながら物凄い速さで詰め寄ってくる鮮花と、殺人級の魔眼を軽々と避けられて狼狽する藤乃さん。

これは確かにトラウマものですね……当時、藤乃の精神は錯乱状態にあったので鮮花へのインパクトも相当残っているに違いない。

 

 

「自慢の親友なのに、アキお兄さんが付き合い始めてから狙うようになって、妊娠報告されたら更に惹かれるとか……私の魔眼は軽くあしらわれるし、私の友達、頭おかしくないですか!?」

「お、落ち着いて藤乃さん! ゆっくりと深呼吸して、一旦鮮花のことは忘れて落ち着こう、な?」

「うぅ……スゥ、ハァ――ハァ」

 

 

藤乃さんの腕がぷるぷると震え、手先のカップの紅茶が少しこぼれる。

トラウマと軽く言ったが、これは本当にPTSD(心的外傷後ストレス障害)が入っているかもしれません。折をみてお医者さんに連れて行かなければと、自分も要因を作っているため責任を感じながら決意する。

 

頭おかしい鮮花だと思っていても、親友として藤乃さんは理解しようとしているのだろう。

自分の周囲の人間にしては珍しく、藤乃さんはかなり常識人寄りの子である。

世間の常識と友人の鮮花の間で、ひどく混乱してしまう姿は見ていてかなり忍びない。

 

 

「(鮮花の起源は禁忌だしなぁ……多分、原因はそれなんだろう)」

 

 

言葉に出さず、一人思う。

 

この世界ではすべてのものは、生まれた時からそれぞれ『起源』をもっており、その起源に沿って行動するとされている。

近い言い方では、本能が近いだろうか。

本能と決定的に異なるのは、本能は種族共通なのに対して起源は個別に異なるということである。

 

その中で、鮮花の起源は『禁忌』。

するなと言われたことを無性にしたくなる、非常に困ったちゃんである。

 

起源が禁忌だから、兄である幹也さんを好きになった。

起源が禁忌だから、琥珀と弓塚と付き合い始めた遠野アキが気になるようになった。

起源が禁忌だから、妊娠報告されたらますます遠野アキが気になるようになった。

 

……ただの頭おかしい子ですね! 禁忌って言えば許されるわけじゃねぇぞ!?

 

 

「藤乃さんと自分のためにも、早急に鮮花を何とかした方がいいな」

「相談してもらって申し訳ないですけど、私からもお願いします。鮮花といると私も段々頭がおかしくなりそうで……本当、学校ではすごい子なのに、うぅ……」

 

 

悲観に暮れる浅上二人。

大事な妹分の常識力を守るためにも、親戚のお兄さんとして必死に頭を回転させる。

 

 

「藤乃さんと話して、やっぱり鮮花がこちらに恋愛感情があるってことは確認できた。で、それとなく断っても何にも堪えていないことも確認できた」

「鮮花って度胸もありますよね。そういうところも学友の皆が鮮花に憧れる要因です」

 

 

遠い目をする藤乃さん。

多分、敵に回してしまった時のことをまた思い出しているのだろう。

憧れは理解から最も遠い感情、とは誰が言った言葉か。今の藤乃さんと鮮花の関係に近い気がする。

 

 

「俺としては鮮花を不必要に傷つけたくないし、大事な兄妹弟子、友人としてこれまで通り仲良くしたい……」

「私も、押し付けるのはいけないとわかっていますけど、鮮花の恋愛観が心配で……。将来のことはともかく、お子さんができるアキお兄さんや、実兄の幹也さんにアプローチするのはやめさせたいと思っています……」

 

 

溜息交じりに、お互いの意見を主張する。

 

鮮花にはこれまで多くを助けられてきたし、恩を返す意味でも、間違った人生を歩んで行ってほしくない。

本人にとってはお節介かもしれないが、兄貴分として、彼女とは生涯渡って良き関係であり続けたい。

 

古ぼけていた頭を回転させる。

猟奇殺人事件も聖杯戦争もミスした行動は多々あったが、それでも必死に悩み、良き事態へと収束できた。

これも同じ。自分にとって鮮花の事は適当に考えてよいことではないのだから。

 

 

「……人はなぜ恋をするのだろう」

「え、えっと……アキお兄さん?」

「ごめん、今の無し。これは違くてだな――」

 

 

なんか唐突にポエムってしまった。恥ずい。

藤乃さんも困惑した目線を向けているため、急遽、頭の中を整理する。

 

 

「ほら、この人は友人だけど恋愛対象でないって場合があるだろ? 今、鮮花の恋愛観を変えることは難しいかもしれないが、俺や幹也さんが接し方を変える分にはすぐできる」

「な、なるほど。鮮花自身は変わりませんけど、確かにそれが上手くいけばアキお兄さんや幹也さんには迷惑が掛かりませんね。鮮花も、大人になれば考えも変わっていくと思いますし」

 

 

こちらの考えに藤乃さんも頷く。

名付けて後回し作戦だが、目下、早急に事を片付けるのには一番手っ取り早い方法だ。

 

 

「問題は、どういう風に接すれば恋愛対象から外れるかっていうことだが……」

「……すみません、私、あまりそういった話に詳しくなくて」

「い、いや、何も確実な意見を求めているわけじゃないさ。こういうのは人それぞれってのが相場だしな。試行錯誤しながら鮮花の態度を見ていくしかないさ」

 

 

恋愛はしていても恋愛を語るまで経験がないのはお互い様だ。

藤乃さんに申し訳なく思われるほど、こちらが恋愛に詳しいわけでもない。

 

紅茶を口に運びながら、自分の過去を振り返って話を紡ぐ。

 

 

「俺の話になるけど……琥珀や弓塚とは結構長い付き合いだけど、最近まで付き合うつもりはなかったし、そもそもそんなことを考えたこともなかった」

「そうなんですか? えっと、普通の男性ならあんな可愛いお二方をみたら付き合いたいと思うんじゃありません?」

「まぁ普通ならそういう願望が出るかもだけど……」

 

 

疑問を口にする藤乃に、ハッキリしない言葉を返す。

 

猟奇殺人事件が始まるまでの自分は、この世界に生きてはいたけど目に映る人間はそのすべてが平坦であった。

 

ゲームの世界。

琥珀を救おうとしたのは前世で思い入れがあったからで、四季に対峙したのは命をかけてでもあの場で倒すメリットが大きかったと判断しただけ。

弓塚と交流を深めたのは、吸血鬼にさせないためや万が一吸血鬼として敵に回られた時の保険でしかなかった。

 

自分にとっては可愛い、綺麗な人たちも物語の駒であり、琥珀も秋葉も弓塚も翡翠も家族の愛情はあれど恋愛感情を抱くような存在では決してなかった。

 

 

「最初は本当になかったんだ。ただ不用意に巻き込んでしまって、一緒に色々な苦労を背負わせて――二人といると、いつしか温かい気持ちになるようになった」

 

 

言葉に直すのであれば、想いやり。

自分の場合は、その互いに想う心が無いと思っていた恋愛感情に繋がったのだと思う。

 

必死に言葉を探しながらそう言って藤乃さんをみると、彼女もまた、自分と同じ表情をしていた。

 

 

「……アキお兄さんの言うこと、分かる気がします」

 

 

幹也さんのことを考えているのだろう。

恋愛の芽生えは人それぞれで、これが正解というわけではない。

 

ただ、自分と彼女は同じ気持ちを持っているということだ。

 

 

「……ということは、この反対を鮮花に?」

「行けると思います、アキお兄さんっ」

 

 

失礼。同じ気持ちを持っているとは言ったが、程度の差はあったらしい。

自分としては半信半疑な対鮮花への策であったが、藤乃さんの頭では勝利の方程式はできあがっているらしかった。

 

 

「ちょっと待ってくれ、藤乃さん。思いやりのなさで恋愛感情を無くすといっても、そんな機会は多くないよな……?」

「そうです。だから、逆にそういった機会をわざと作る場にすればいいと思います」

 

 

苦言するこちらに対して、何かを閃いた藤乃さんは頷きながら言葉を返す。

そこに迷った様子はない。どうやら気弱な彼女にしては策に相当の自信があるらしい。

 

 

 

 

「――鮮花とデートしましょう、アキお兄さんっ!」

「……ゑ?」

 

 




後編に続きます


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3. 鮮花ルートif 中編

「まさか鮮花とデートする日が来るとは……」

 

 

照りつける夏の日差しを避けるように、影道を歩きながら待ち合わせ場所へと足を進める。

 

今は多くの学生が遊び出歩く長い長い夏休み。

自分も例に漏れず活気ある人々に混ざりながら、今日に至る経緯を思い返した。

 

藤乃さんとの密談で出した結論は『思いやりのない姿をデートで見せて恋愛感情をなくそう』という作戦でまとまった。

果たして上手くいくのか個人的な疑問点は多かったが、藤乃さんが珍しくも引くことなく押してきた案である。

 

親戚のお兄さんとして、ここは横やりを入れるよりも彼女の意見を通してあげたかった。

 

最近止まらない鮮花の自分や幹也さんへのアプローチについては、一度何かをしたところで劇的に効果があるとは思っていない。

色々な人の意見を取り入れながら試行錯誤して、最終的に鮮花と良い友人関係に収まればいいだろう。

 

 

(まぁ、今日みたいに二人きりのお出掛けは避けた方がいいかもしれないが……)

 

 

ちなみに、鮮花とのデートについては琥珀と弓塚には特に報告していない。

 

 

(言おうと思ったけど、すごく言いにくい案件だし)

 

 

例えるならば、大人しくて可愛い文系彼女がいるのに、ギャル系キャバクラに通う状況に似ている。

 

悪いことをしているわけではないが、言ったら怒られるだろうなぁという話。

だったらデート自体断ればよいのだが、藤乃さんが自信をもって出してくれた案の手前、彼女の要望も叶えたい。

しかし藤乃さんを理由に琥珀と弓塚を説得するのは、彼女に罪を押し付けている感じがする。自分としては、藤乃さんを言い訳として使いたくはないのである。

 

 

――結論。今日1日だけの話であり、バレずに済ますのが賢いやり方と思いました。

 

そんなわけで、琥珀と弓塚には志貴と遊びに出掛けてくると伝えてある。

志貴とも口裏合わせをしてあるので目下、デート(仮)の事前準備においてミスはなしと言えるであろう。

 

 

 

「さて、待ち合わせの5分前には着いたが――」

 

 

そろそろ待ち合わせ場所と思い、遠くから黒桐鮮花を探す――までもなく、彼女は容易に見つかった。

 

艶の通ったセミロングの黒髪に、遠くからでもわかる姿勢のよい、それでいて礼園で躾けられたであろう上品な佇まい。

多くの人々が行き交う駅前で、彼女だけは忙しない時間から隔絶したようにじっと静かに、来るであろう相手を待っている。

 

虹色をした噴水を背にした彼女はさながら、彫像のような美しさを纏っていて――

 

 

 

 

――えぇ……あれに話しかけるの? 今から? ハードル高くない?

 

 

と思わず一歩引いてしまった。

 

だって周囲の男の目線がすごいし。

わかっていたけど、アイドル顔負けの美人だからね、あの子。

退魔や魔術に関わらない一般人であったなら、アイドルや芸能人で売れていても何ら不思議でない顔立ちとスタイルである。

 

さて、鮮花を容易に見つけることはできたが、容易に話しかけられないこの状況。

遠野家や燈子さんの工房で見せる姿とは違う彼女の雰囲気に、もう少しだけ遠くから観察したくなってくる。ついでに心の準備も必要である(小心)。

 

腕時計に目を落とす鮮花。

待ち人が来なくて苛立っているのかと思えば、そうではない。

事実、彼女の薄い唇は優しい弧を描いている。

 

鮮花にしては稀にみる穏やかな表情も、周囲の男を引き付けている要因の一つだと納得した。

 

 

「――ぁ」

 

 

遠目で互いの視線が交差すると同時に、鮮花の口元が僅かに開く。

 

こちらに手を振り、軽い会釈をしてから駆け寄ってくる鮮花。

おそろしく洗練されたお嬢様モード。俺でなきゃ惚れちゃうね。

 

というか、気付かれるの早っ。

 

 

 

 

憑依in月姫no短編

3.鮮花ルートif 中編

 

 

 

 

「七夜さん、おはようございます。今日は1日よろしくお願いしますね」

「あぁ、おはよう。で、その急なお嬢様モードは何? なんか心境の変化でもあったのか?」

「いえ、単に七夜さんがこういった感じの女の子が好みと聞きましたので」

「……」

 

 

どこ情報ですかね、それは。

加えて、鮮花がさっそく『あなたの好みになるアピール』をしてきて返す言葉に早くも詰まってしまう。

 

デート自体は楽しいものだし、俺も兄妹弟子であり可愛い後輩の鮮花と出掛けるのは素直に気分が上がる。

鮮花も同じなのは嬉しいが、ちょっと飛ばし過ぎじゃありません?

自分、どちらかというと口下手なので色々と加減してほしいものである。

 

こちらが黙ったのを見た鮮花は、お淑やかな雰囲気から一転、いつもの勝気な笑みを浮かべてその場でくるりと一回転。

 

 

「そうですか。まぁ、ならいつも通りでいいですね。

 ――で、今からデート開始ですが出発前に一言、私の格好をみて何か言うことはありませんか、七夜さん?」

 

 

スッと、鮮花が自然に距離を詰める。

こちらの口元をじーっと見つめて、言葉を発するのを待つ仕草。

 

あざといなぁと彼女の可愛さに思考の何割かを持っていかれながらも、残りの冷静な脳みそで言わなければならない言葉を考える。

考えるというか、十中八九アレだろう。

デートで待ち合わせた女の子に掛ける言葉と言えば、おめかしした彼女への称賛である。

 

ちらりと、改めて鮮花の格好に視線を落とす。

 

暖色系の服を纏う鮮花は、普段にはない和やかな雰囲気が見て取れる。

夏と言っても過剰に露出しない、しかし涼し気な格好は学生らしく健康的で美しい。

 

オシャレやファッションに詳しくない自分が見ても、鮮花自身の魅力を十二分に引き出した服装だと感じ取れた。

本当にこの女の子は学業面でも、魔術面でも、こういった世間的な物事についても頭が良くてセンスがある。

 

――と、ここまでなら普通に褒めてしまっていたところだが、

 

 

「せっかく七夜さんから誘ってくれたデートですしね。いつもより少し進めてみましたけど……さて、気付きます?」

 

 

何やら挑戦的な口調で言う鮮花。

少し進めてみたとは、いったい何のことなのか。

 

それは例えば、いつもより僅かに濃くした口紅のことか。

はたまた、いつもより数mm短くしたスカート丈のことか。

もしくは、バッグ紐を斜めに肩掛けして思い切って強調した胸のことか(通称パイスラ)。

 

 

「………」

 

 

とりあえず褒めたいことも突っ込みたいこともあったが、今日は思いやりのない仮デート。

鮮花には悪いが、気が利かない男性として格好の事には一切黙っておくことにした。

 

 

「……ふーん、そうですか。言葉にしてくれないのは残念ですが、まぁいいです。七夜さんですし」

 

 

案の定、口を尖らせてむくれる鮮花――と思ったが、予想に反して彼女はあっさりと話を流す。

てっきり文句の二言三言飛んでくると構えてた手前、こちらからすれば肩透かしを食らった気分。

そんな表情が出ていたのか、彼女はこちらをみてクスリと小さく笑った。

 

 

「七夜さん、鈍感でオシャレに気付かなかったわけじゃないですから。

言葉にしてくれないのはヘタレですけど、気付いてくれたのは視線で分かりましたので……まぁイーブンってことで良しにします」

 

 

さて、と掛け声と一緒にこちらの腕を掴む鮮花。

掴むというか抱き着いている。いわゆるカップル的な腕組みである。

 

 

「こういう日って、時間経つの早いですからね。定番通りに服も褒めてもらいましたし、さっそくデートを始めましょうか、七夜さんっ」

 

 

強気な笑みを浮かべながら、今日を楽しみにしていたかのようにグイグイ引っ張る鮮花に足が縺れる。

わざとであるが口下手彼氏にも完璧なフォロー。

強気女子特有の密着プレイに、仮デートということも忘れて思わず普通に楽しんでしまいそうになる。

 

まだデート序盤ですよね? このペースで攻められると早々に陥落してしまうのではなかろうか。

 

 

「わ、わかったから近いって! 腕組むとほら、あー、あれじゃん……?」

 

 

語彙力消滅。

年上の癖に照れて動揺しまくっているこちらに対して、鮮花はペースを崩さない。

 

 

「なーに真っ赤になっちゃってるんですか。こんなの、ちょっとしたスキンシップですよ。それに自慢じゃないですけど、私って結構ナンパされますから」

 

 

だから、こうした方がナンパされにくくて効率が良いと、上機嫌に鮮花は言う。

確かに友達関係の距離感だと、図太い輩がナンパしてくることもあるだろう。鮮花は特級に美人だから猶更だ。

 

 

「それとも、今更ながら後輩の可愛さに気付いちゃいました?」

「バ、バカっ、別にこっちだっていつも通りだっての。腕組みだって琥珀や弓塚とするし、な、慣れてらぁ!」

「――――ふーん、そうですか」

 

 

一瞬、ジト目になった鮮花。

が、ニヤリと微笑んだかと思うと、腕に回す力を一層強めて互いの身体を密着させる。

 

 

「それをお聞きして安心しました。なら、私も安心して体を預けることができますね」

 

 

ギュッと押し付けられた二つの柔らかい物体は、おそらく、いや絶対に確信犯。

 

 

「――っ」

 

 

更に赤くなった顔を悟られないよう、隣の彼女から顔をそむける。

なんというか、腕にかかる感触のボリュームがすごい。

この少女、見た目はうちの義妹の秋葉に似ているので勘違いしやすいが、スタイルは実は物すごくいい。

あの二人には申し訳ないが、琥珀と弓塚よりも違うのだと腕の感触でハッキリとわかる。

 

 

(……たぶん、それも分かっていて腕組んでるんだろうなぁ)

 

 

女の武器とは言うが、使われる方になると恐ろしいものである。

あぁ~心がブレブレするんじゃぁ~。

 

……いや、冗談抜きで鮮花に骨抜きにされるのは困る。

自分、彼女二人をプーで無計画妊娠させたクズですけど、他は善良な人間でいたいので。

 

妊娠させた彼女を放っておいて後輩の魅力に負けてしまうのは流石にマズイ――というかクズいと自身に喝を入れて、何とか柔らかな誘惑を断ち切ろうと気合を入れる。

 

 

「暑いとか、歩きにくいとか……文句は言わないように」

「はい、それはご心配なさらずに。それで、今日はどこに行くんです」

 

 

――キタ!

鮮花の待ち合わせデートと言えば当たり前の質問に、反応して足を止めた。

 

 

「……七夜さん?」

「えっと、どこ行くかとか別に決めてないんだが……」

「え?」

 

 

呆然とする鮮花。

それはそうだろう。こちらからデートに誘っておいて、まさかノープランとは想像していなかった筈。

 

今日は思いやりのなさを見せつけるための仮デート。

非常に心苦しくてすぐにでも土下座したい気持ちに駆られるが、謝ってしまえば今日のデートの意味がない。

 

 

「……」

「あー、悪い。決めなかったというか、特に行きたいところが思い浮かばなかったというか……」

 

 

肩透かしを食らったような、期待が外れたような鮮花の表情。

それを見て罪悪感が湧き、少しヘタれる。

 

恋愛感情は外したい。

でも、鮮花に嫌われたいわけでも悲しませたいわけでもない。

謝らない、でも鮮花の気持ちが戻るような言い訳を……と、頭の中で紡ぐ言葉を必死に探す。

 

 

「あ、あれだ!ちょうど、鮮花と二人で出掛けたい気分だったわけで――」

「――ふ~ん、そうですか。琥珀さんやさつきさんじゃなくて、今日は私と一緒にいたい気分だったんですね」

「あ、あぁ、そんな感じ……ん?」

 

 

鮮花の言葉に違和感。

いや、違うでしょ。誰かと比較するわけじゃなくて、単にこう……ほら(語彙力小学生感)

 

ニュアンスの違いに言い淀むこちらをよそに、鮮花は唇の端を吊り上げる。

 

 

「そういう理由なら仕方ありません。えぇ。仕方ありませんね。

 私も七夜さんと行きたいところ、たくさんありますし……これはこれで、楽しいデートだと思います」

 

 

ただし七夜さんがリードしてくれると期待していたので貸し一ですよと、拗ねたような、それでいて勝ち誇った顔をこちらに向けた。

 

彼女の頬が少し赤みを帯びているのは気のせいか。

藤乃さんはイケるといったが、デートでわざとダメンズっぽく振舞うのは思ってた以上に難しい。

 

しかもいつの間にか貸し一つができていた。

この少女、ほんと抜け目が無さすぎる。

この仮デート作戦は非常に高度で複雑なため、諦めて普通に遊んだ方が良いのではないかと、開始3分で早々諦めモードへの移行が頭に浮かぶ。

 

 

「いや、方向転換はまだだ。まずは本気で鉄心にならねば……」

「なに分からないこと呟いてるんですか、早く行きましょう! まずは――」

 

 

足を早める鮮花に、慌ててこちらも歩調を合わせる。

最近になって急速に縮まりつつある鮮花との距離感に戸惑いながら、今日の仮デートはどうなるのかと――大きな不安と、言いようのないほんの少しの淡い何かが胸の中を燻った。

 



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4. 鮮花ルートif 後編(上)

「デートでなぜバッティングセンター……」

「いいじゃないですか、前から行ってみたかったんです。藤乃と出掛ける時は、図書館とか落ち着きのある場所の方が多いですし」

 

 

それも嫌いじゃないですけどね、と答えながら、鮮花は物珍しそうに店内を見渡す。

 

鮮花とのデートはノープランで来てしまった手前、歩きながら彼女と遊べる場所を探していた。

目についたのが、ここら辺の都内には珍しい小さめのバッティングセンター。

興味津々な鮮花に強引に腕を引かれ、合わない歩幅に何とか足並み揃えながら店内へと入っていった。

 

 

「どうですか、七夜さん。今日は久しぶりに勝負といきません?」

「勝負って……この野球でか?」

「まぁ、これ1つだと味気ないのでデートしながら他も探しましょう。……そうですね、全部で3本勝負で――」

 

 

負けた方はなんでも言うことを聞く、でどうでしょう? と楽し気に問いかけてくる鮮花。

 

正直、言うだろうなぁと予感はしてました、はい。

この子、勝負ごとが大好きだし。

もっと言うと勝負に勝つことが、である。

 

 

「前の模擬戦、こっちが勝ったから根に持ってるな、お前……」

「べ、別にそんなことありません。

……で、どうなんです? まさかこ~んな可愛い女の子から逃げるんですか?」

 

 

腕を組みながら、グイッと鮮花はこちらに身体を預ける。

近くに迫った、鮮花の薄暗くも綺麗な青い瞳。

ここで断る選択肢は、これまでの自分と彼女との付き合い方を考えればあり得ない。

 

 

「勝ったら鮮花になんでも聞いてもらえるのか。さて、何にするかな……」

「私も七夜さんに頼みたいこと、たくさんあるんです。とっても楽しみですよ、えぇ」

 

 

組んでいた腕をほどき、お互い無言で準備運動を始める。

 

鮮花はデートだと思って油断しているかもしれないが、今日の自分はあくまで(仮)デート。

通常のデートでは何事もレディファースト、女の子を楽しませるべきである。

これが琥珀や弓塚とのデートであれば、自分も彼女らに花を持たせる勝負をするだろう。

 

ただし今、この時に限っては鮮花に思いやりのなさを見せる時。

つまり手心を加えず、本気で勝ちに行っても良いのである――勝ったな、これ。

 

 

 

 

憑依in月姫no短編

4. 鮮花ルートif 後編(上)

 

 

 

 

「次は卓球か……」

「さっき勝ったからって調子乗らないでくださいよ、七夜さん! さっきだってあと少し……あと1本打ててればイーブンだったんですからねっ」

 

 

バッティングセンターで勝敗が着いたのも束の間、次の種目をさっそく選んで意気込む鮮花。

 

かなりのふくれっ面から見るに、僅差で負けたのが相当悔しそうである。

いや、最初は空振りしていたのに中盤からすごい早さで上手くなっていったからね、この子。

あと少し長引けば勝ててたあたり、それは悔しいでしょうねぇ(冷汗)。

 

 

「三本勝負ですので、まだ七夜さんの勝ちじゃありませんよ! 私の慣れてない競技でしたし、むしろ七夜さんが勝って当然ですから。

――くっ、その勝ち誇った顔が非常に腹が立つんですけどっ」

「そりゃ幻覚で言い掛かりだ。まだ勝ち誇った顔はしていない」

「心が勝ち誇ってます!」

「あ、あの、流石に恥ずかしいから少し落ち着きません、鮮花さん?」

 

 

鮮花は苦虫を潰したように顔を歪めながら、恨みをぶつけるようにこちらの腕をギュッと抱く。

そう、実はこの会話、腕組みした状態で話しています。

イチャイチャくっ付きながら怒って、更にくっ付くとか周囲から見たらただのバカップルですよね。〇ねとかリア充爆発しろって思いますよね、すみません。

 

鮮花はあまり気にしないようだが、こちらとしては羞恥心が天井超えそうなので勘弁してほしい。

ただでさえ鮮花に密着されて動悸が激しいのに、更に別要因で心臓に負担掛けると倒れてしまっても不思議でない。

 

こちらの言葉を聞き、少し冷静になったのか口をつぐむ鮮花。

代わりにムッとした表情でこちらを睨み、胸中の不満を訴える。はい可愛い、ドキドキ。

 

 

「次は私も本気で行きます。七夜さんに絶対に勝ちは取らせませんよ」

「鮮花って卓球得意だったっけ?」

「いいえ。ただ体育の授業で数度やりましたし、こういった小回りが利く競技は得意ですから。七夜さんに勝つための秘策もありますし」

「……」

 

 

得意分野での勝負ということもあり、鮮花の顔はいつになく自信に溢れている。

それを見て、少し残念に思った。

 

 

(あーあ、やってしまいましたな。えぇ? 鮮花さんよぉ)

 

 

卓球とはすなわち反射神経の勝負である。

他の競技よりも圧倒的に狭いフィールドで高速に球を打ち合うそれは、確かに運動神経のよい鮮花が得意とする競技かもしれない。

 

でもねぇ……こちとら七夜だよ(慢心)。

鮮花の言う秘策が何かは知らないが、この選択は鮮花らしくない痛恨の凡ミスではなかろうか。

 

貸し出された専用のシューズに履き替えながら、約束された勝利を前に少しばかりの哀愁が胸に去来する。

鮮花とのデートをもっと楽しみたかった――いや、勝負の決着がつくだけでデートが終わるわけではないが、もう少しこの張り合う時間を感じていたかったと、半刻後を想像しながらふと思った。

 

 

「では――七夜さん、覚悟!」

 

 

鮮花の気迫が籠ったサーブで試合が始まる。

女学生にしては一級品の速度、球筋。

琥珀や藤乃さんでは到底反応できないボールであり、確かに鮮花の自信の程が見て取れる。

しかし、自分にとっては役不足。

 

 

「しっ――」

 

 

軽々とレシーブし、球は鮮花の盤面へ。

この一手は単なる小手調べ。

次の一手でまずは先制点を入れてやろうとすぐに態勢を整えた。

 

返ってきたボールに、鮮花がラケットを大きく振りかぶる。

だが、七夜の動体視力の前ではすべてが遅い。

 

鮮花が打つであろうボールのコース。

――ラケットの構えと鮮花の目線で予測済み。対応可能。

 

返ってくるボールの速度。

――鮮花のフォームと反応速度で予測済み。問題なし。

 

激しい運動で翻る、いつもより数mm短い鮮花の膝上丈のミニスカート。

――すらりと雪のように白い太ももが大きく露出する。うおっ、眩し。

 

 

『1-0』

 

 

「よしっ、まずは私の先制点ですね!」

「……」

 

 

鮮花の球に反応できず、思わず固まる。

いや、思考は十分に反応できていたのだが、余計なことに気を取られていたため体が反応できなかった。

悔しいというか情けない。

 

深呼吸して煩悩退散と、爛れた思考を切り替える。

今は鮮花との真剣勝負。

集中していないのは鮮花にとっても失礼である。

 

 

「ドンマイドンマイ、凡ミス凡ミス……さぁ来い!」

「ふふ、その余裕も今だけですよ、七夜さん!――やっ」

 

 

再び鮮花のサーブでゲームが始まる。

第2球、ここで七夜と一般人の差を見せつけたい。

 

こちらの盤面に入ってきたボールを、七夜の反射神経で見切って返す。

それに食らいつく鮮花。

反射神経は七夜と比べるまでもないが、やはり運動センスは彼女の方が上回る。

 

予測と勘で返された球を、こちらは勘に頼らず反射神経のみをもってレシーブする。

いくら鮮花に運動センスがあろうとも、七夜の反射速度を持てば勝負に負けることなど万が一にもあり得ない。

 

高速で行われるラリーの中、鮮花のフォームを十二分に観察して――

 

 

(……太もも綺麗だなぁ)

 

 

『2-0』

 

 

「……」

「よし、ボールが場外に出たので私の得点ですね! そんな集中力じゃ私に勝てませんよ、七夜さんっ」

 

 

ガッツポーズを取る鮮花。

ついでにこちらを挑発するのも忘れない。

 

……確かにそうだな。

いくら反射神経があっても集中していなければ鮮花に負ける。

そんなこと、もっと早くに気付くべきだった。

認めよう、今はお前が――強い!(慢心解除)。

 

 

「鮮花、ここから仕切り直しだ!」

 

 

サーブ交代。

今日一番の集中力で球を放つ。

 

鋭い球筋が鮮花を襲う。

ラケットの先で辛くも球を打ち返すが、こちらに届いたのは素人目にも甘い球。

 

太ももの魅力に捕らわれないよう、集中力を最大限に高める。

鮮花の目線とフォームを確認し、球を打ち込む最適な場所を導き出す――

 

 

(……ちょっと鮮花さん、そんな前のめりに構えたら谷間ガッツリ見えちゃいません?)

 

 

『3-0』

 

 

「……」

「ぶふっ、な、七夜さんでも空振りするんですね。ふふふっ」

「……てめぇ」

 

 

ボールは手元のラケットをすり抜けて、床に間抜けな音を響かせた。

 

悪戯が成功した子供のように、口元を隠して忍び笑いをする鮮花。

その仕草をみて、こちらもようやく鮮花の『秘策』とやらに感づいた。

 

 

(間違いない、コイツ……)

 

 

鮮花にしては無駄のあるラケットのスイング。

オーバー気味の腰の動きに、大きく谷間が見えてしまうような違和感のある構え方。

 

 

(確実に“獲り”に来てやがるっ!)

 

 

「舐めるなよ、鮮花っ」

「はて、何のことでしょう。今のところ、七夜さんが勝手に自滅しているだけですよー」

 

 

鮮花の秘策にワナワナと震えるこちらに対して、鮮花は惚けて言葉を返す。

しかしその口元は終始笑いを浮かべており、彼女が確信犯だと証明している。

 

 

(後輩の色気に負けるなんてことは――)

 

 

あってはならない。

彼女二人持ちのプライドとして。

年上で、兄妹弟子の序列1番目のプライドとして。

 

絶対に負けられない戦いが、そこにはある!

試合再開!

 

 

(――あっ、肩からブラ紐見えてますよ、鮮花さん)

 

 

『4-0』

 

 

(あの、そんなに横向いてスイングすると脇からブラ見えるんですが……)

 

 

『5-0』

 

 

(なんで試合中に胸を寄せてるんですか? 谷間すごいですね)

 

 

『6-0』

 

 

(髪が邪魔だから縛る? ポニーテール鮮花とか新鮮で可愛すぎない?)

 

 

『7-0』

 

 

…………

 

……

 

 

 

「しゃあ! 七夜さん、これで一勝一敗です!」 

「……」

 

 

負けた。

 

 

 

 

 

 

「次の勝負はどれにします? あ、向こうのお店ならバスケ出来ますよ!」

「ま、待て、鮮花。流石に疲れた……きゅ、休憩しないか?」

「えー、七夜さん、体力落ちてません? 私、まだまだ余裕なんですけどっ」

 

 

グイグイと腕を引っ張り先導する鮮花の顔色は、それはもう明るく絶好調だ。

秘策とかいうお色気計略で勝ちをもぎ取ったのだから、彼女の上機嫌も頷ける。

 

反面、こちらは秘策に抵抗し続けたおかげで体力・精神力ともにかなりの量を消費した。

鮮花に胸チラやももチラされながら卓球のラリー続けるとか、ガチ戦闘並みに集中力を要するので本当止めてくれませんかね……。

 

後半は頑張って盛り返したつもりだが、鮮花に向いたゲームの流れは勢い止まらず。

粘ったものの、結局スコア的には大敗である。

 

 

「とにかく、一旦どっかのカフェにでも入らないか? 勝負ばかりじゃデートって感じもしないしさ」

「……ま、まぁ確かにそうですね。そういえばデートでした」

 

 

借りてきた猫のように、スッと大人しくなる鮮花。

どうやらこの少女、勝負に熱中し過ぎてデート中ということを忘れていたらしい。

 

鮮花の足が止まったのを見るに、こちらの要望を聞いてくれる様子。これは非常に有難い。

なにが有難いって、このまま次の勝負に入ったら体力切れで確実に負けるとこなんだよ!

 

鮮花の気が変わる前に、彼女の手を引き早々に休むに良さげな店を探す。

――と、その前に言うべきことを忘れていた。

 

 

「そうだ、鮮花。その、非常に言いにくいことなんだが……」

「むっ、今度は何ですか、七夜さん」

 

 

言い淀んで目線を逸らすこちらに、先ほどと同じ雰囲気を感じ取った鮮花は疑惑の目線を向けてくる。

先ほどと同じとは、デートがノープランだと伝えた時。

また碌なこと言わないですよね――と言いたげな鋭い目つきが、こちらの頬辺りに刺さってくる。

 

鮮花の機嫌を損ねるようなことはしたくないが、今日は思いやりのないデートが目的なので仕方ない。

心を硝子……ではなく鉄にして、鮮花に怒られるであろう言葉を言い放つ。

 

 

「今日は持ち合わせが少なくて……奢っ……いや、お金貸してくれないか?」

 

 

ダメンズポイントその2、お金がない。

デート中にお金がないとか、貸してくれとか言われたら嫌ですよね。

言ってるこちらも、鮮花のテンションの下がり具合が分かるようで非常に心苦しいです。

 

なお、流石に奢ってくれとは言えませんでした。ヘタレたわけじゃありません。

 

 

「……はぁ、今日の七夜さん、ちょっと情けないですよ」

「すまん……」

 

 

非難する鮮花の言葉は当然だ。

 

 

「――仕方ありません。ただ今日は私がお金出しますから、カフェは私の行きたいお店にします。七夜さんに拒否権はありませんよっ」

 

 

しかし鮮花の紡ぐ口調に、怒りや悲しみは見られない。

デートに水を差したにも関わらず、まるで大した話ではないように。

 

鮮花は行きたい店を思い浮かべたのか、くるりと足先を変えて歩き出す。

こちらも戸惑いながら、引っ張られる腕に追いすがるようについていく。

 

 

「えっと鮮花? 流石に怒ってもいいんだぞ……?」

「はぁ? なんです、もしかして怒られたいんですか?」

「い、いや、そういうわけではないが」

 

 

多少は幻滅してもらわないと意味がない、と言い掛けて口を閉じる。

こちらが黙ったのを見た鮮花は、若干呆れたように目を細めた。

 

 

「別に手持ちが少なかったくらいで何とも思いませんよ、今更。

 七夜さんがダサいのも、抜けてるのも知っていますし――」

 

 

こちらを馬鹿にしている筈の鮮花の口調。

しかし、そこに刺々しさは見られない。

 

 

「責任や、約束を必ず守る人だってことも知っていますから。

 今日の分はちゃんと次のデートで奢ってくれますよね?」

「……まぁ、そうだな」

 

 

すぐ隣で見上げてくる鮮花の真っ直ぐな瞳に、少し迷いながらも頷いた。

 

 

(……失敗だな、これは)

 

 

心の中で藤乃さんに静かに謝る。

仮デートでダメなところを見せればよいと思ったが、そんなのは既に深く付き合っている相手には当て嵌まらない。

 

鮮花と出会ってから、そろそろ3年が経過する。

こちらの人生の大半、苦楽を一番共にしてきたのはもちろん琥珀と弓塚だ。

 

ただ黒桐鮮花とは魔術の修練や模擬戦闘を競い合い、聖杯戦争や藤乃の事件では彼女の力に大きく助けられた。

特別、七夜アキハとして鮮花と過ごした時間は琥珀と弓塚にも負けないくらい濃い時間だったと振り返って思う。

鮮花が自分を未だに『七夜さん』と呼ぶのも、おそらく彼女の中で当時の印象が強く残っているからだろう。

 

互いの表と裏を、自分と鮮花は既に嫌というほど知っている。

だから今更、デート1回でどうこうなる仲ではなかったのだ。

 

こちらの小賢しい思考は察しないまま、鮮花は小さめのショルダーバッグからチラシを取り出して興味津々にメニューを見る。

 

 

「礼園の子から聞いたんですが、ちょっと先にカップル限定ですごくお得になるお店があるんです。ほら、この限定パフェなんてすごく美味しそうじゃありません?」

「えっと『カップルの方のみ注文可』『スプーンは1つだけ』……真のカップル専用だぞ、これ。そもそも俺たちカップルじゃないし」

「カップルに見えればいいんですー。ほら、お金持ってない七夜さんに拒否権ないんですから、早く行きましょう!」

「……」

 

 

今更、やっぱりお金持ってます――なんて言える雰囲気では当然なく。

おまけに次回のデートもいつの間にか約束されているこの状況。

実は全て裏目に出てるのではなかろうか?

 

 

(また藤乃さんに相談しないとなぁ)

 

 

とりあえず、ダメンズを装うデートは終わり。

あとは付き合いの長い後輩と、約束通りに今日と今度、楽しくデートを続けよう。

次回はちゃんとエスコートしつつ、もちろん周囲にはバレないように。

 

鮮花に抱きとめられた左腕に、同じように力を返して彼女の右腕を近くに寄せる。

夏なのに、鮮花の頬は冷めることなく薄紅い。

それを指摘しないのは――自分も同じだと、鏡を見なくても分かっているから。

 

 

「……ん? でもこのお店、他のお店と大して値段変わらないような……」

「あ、味も含めてお得なんです! いいからさっさと行きますよ、七夜さんっ」

 




後編(下)に続く


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5. 鮮花ルートif 後編(中)

昼下がりを過ぎた辺り。

鮮花に連れられて入ったカフェは満席とは言わないまでも賑わっており、周囲のカップルの雑談が店内に流れる音楽とともに耳に入る。

静かに流れるジャズのメロディと人が奏でる雑音が合わさったそれは、意外と心地よい感じがして悪くない。

 

――自身の目の前で、注文した特大のカップル用パフェを前に、なぜか挙動不審な鮮花の存在を除外すればだが。

 

店内の雰囲気は悪くないのに、対面に座る彼女が百面相を繰り返していてはこちらだって落ち着かない。

 

 

「……さっきからソワソワしてどうした? というか、パフェ食べないのか?」

「っ、食べますよ、今食べようとしていたところです。ですけど……」

 

 

顔を俯かせたまま、チラチラと周囲の様子を伺う鮮花。

右に視線をやれば仲良いカップルがあーんと交互に食べ比べ。

左に視線をやればこれまた仲良いカップルが、カップルシートで体を密着させながら幸せそうに会話中。

ちなみに鮮花の後ろでは、キスしそうなくらい顔を近づけながら話しているカップルもおりまする。この店やばない?

 

鮮花は頬をほんのり赤く染めながら、大変気まずいそうな容貌をしている。

どうやら周囲の雰囲気に気圧された様子。

このカフェに行くのを躊躇っていたこちらを強気の笑顔で無理やり引っ張ってきた鮮花の姿は、今やどこにも見当たらない。

 

 

(え、なにこの子。今頃になって恥ずかしくなってるのん?)

 

 

いるよねー。ノリノリで先導しといて、いざとなるとヘタレる人。

鮮花自身、男女経験は素人だ。

おそらく想定以上の甘い空間に、勢いを削がれてしまったのだろう。

別の言葉で言うならば「テンション高かったけどやっと冷静になりましたね」とも言う。

 

鮮花は頭が良いが、それ以上に行動力があり過ぎるので客観的にみると一周回って阿呆な子に見えないこともない。

本人に言ったら怒られるので言わないが。

 

仕方ないので、溜息とともに状況打開の一手を放つ。

カップル用パフェに備えてあった1つだけのスプーンを取り、果物と生クリーム、フレークを合わせて掬う。

 

 

「……ほら、口あけて」

「え?」

 

 

鮮花にとっては予想外の行動だったのか、バッと顔を上げた。

スプーンを顔の高さまで上げてから、鮮花の薄い唇にそっと当てる。

 

 

「お互いにいつまでも固まってたら、店の人に疑われるだろ。1回だけでいいから、カップルっぽいことすれば……ほら」

 

 

言いながら恥ずかしくなり、目線を逸らしながら鮮花に口を開けるよう催促する。

自発的にカップルっぽいことをすると、これ仮デートと言いつつ単なる浮気なのでは?と現状に疑問が湧いてしまう。

 

しかし、これはあくまでカップルの振りなので問題ない。

今日のことは二人に秘密にしてあるし、出掛ける際も違和感なかったと思うのでバレない筈ヨシ!(現場猫)

 

 

「……あーん」

 

 

少し躊躇った後、意を決したように鮮花が口を小さく開ける。

攻める癖に守りは弱いのか、恥ずかしさを隠すように口を開けたと同時に目を瞑る。

 

 

(……ちょっとエロいな)

 

 

普段はS気味の後輩が、頬を染めて瞼を閉じ、小さく口を開いたその姿。

口を閉じたらキス待ち顔だよな……と邪な感情が浮かびあがり、必死に頭を振って掻き消した。最低だ、俺って……。

 

 

「こ、こほん……ほい」

「んっ」

 

 

咳ばらいを一つ。

さっさと終わらしてしまおうと、無心で鮮花の舌先にスプーンをのせる。

ゆっくりと舌で具を絡めとる鮮花。

雰囲気がまるで儀式のようだが、一先ず下手な妄想が捗る前に終わらせたことに安堵した。

 

 

「1回だけだが、取り敢えずこれで偽造カップルとは疑われないだろ」

「……いいえ、ミスがありました。これでは駄目です」

 

 

はい?

終わったと思った矢先、鮮花の深刻そうな言動に再び緊張が走る。

 

 

「ミスって、今の“あーん”でか?」

「はい……そ、その、味がわかりませんでしたので……もう1回必要だと思います」

 

 

そう言って再度、目を閉じ口を開ける鮮花。

……何言っているんですかねぇ、この子。

それとやめてくれ鮮花、その顔は俺に効く(2敗)。

 

抗議しようにも鮮花が覚悟を決めたような面持ちのため、水を差すのも憚られた。

 

 

「……ほい」

「……んっ……もう1回」

「……ほい」

「……はむっ……もう1回」

「……ほい」

「……あんっ……もう1回」

「……ほい」

「……んんっ……うん、確かに評判になるくらい美味しいで――んぐっ!」

「あ、悪い」

 

 

半ば流れ作業として次の一口も運んでいたため、お喋り中の鮮花の口元にクリームをベタリと付けてしまう。

怒鳴りはしないものの目線で大いに不服を伝える鮮花。

でも鮮花が悪いんだよ。

もう1回とかとんだほら吹きである。キス待ち顔の鮮花に何度もスプーンを運ぶ男の心労も考えてみてほしい。

 

 

「もう……七夜さんってば、勿体ないことしますね」

 

言って、鮮花はペロリと舌で唇を舐めとる。

ついで一指し指で口回りを撫でてクリームを取り、指先を口に含んだ。

チュッと音とともに、喉が鳴る。端的に言ってえちえちだと思います(白目)

 

これは……合意と見てよろしいですね? ロボトルぅーファイトぉー!(意味深)――と再びおバカな思考が頭を過ぎる。

鮮花のちょっとした仕草も色っぽさを感じてしまうあたり、今の自分の頭の中は相当ピンクに染まってる。

 

 

「……クールダウンだ。妄想しちゃ駄目だろ、これは」

「何一人で唸ってるんですか……では、七夜さんも口開けて下さい」

「はい?」

 

 

言って、目の前に差し出されたのはさっきまで自分の手元にあったスプーンであった。

鮮花の憎たらしいお色気に悩まされているうちに、いつの間にか鮮花の手に渡っていた模様。

そしてスプーンに具がのっているあたり、今度はこちらが“あーん”する順番らしい。

 

 

「……する必要あるか? さっき1回やっただろ」

「七夜さんが私に、ですよね。私からはしていませんし……」

 

 

短く言葉を紡ぎながら、こちらを恨めしそうに睨む。

 

 

「わ、私だけやられるのはフェアじゃありません。七夜さんに先手を取られたのも悔しいですから……お返しですっ」

 

 

こんなところまで張り合うのかよと、若干その反骨心に尊敬するのも束の間、ぐいっと勢いよく口の中にスプーンを押し込まれる。

味わうよりも、間接キスとかこの子は気にしないだろうかとの考えが頭を巡る。

なお自分は十分恥ずかしいです。

鮮花に言ったら負けた感じがするので、口が裂けても言わないが。

 

スプーンが抜かれ、数秒の咀嚼。

駄目だ。味が分からん。

 

 

「……どうです?」

「……よく分からん」

 

 

口の中ではしつこくない上品な甘さが広がっている。

だが味覚は甘いと感じていても、いつもと違う場所、違う相手、奇天烈な食べ方では脳みそが正しく働かない。

さきほどの鮮花と全く同じ反応となったのだが、当の鮮花はなぜか肩を落として落胆のポーズ。

 

 

「ふーん、じゃあ勿体ないので、あとは私が貰っちゃいます」

「……え?」

 

 

ここで女性特有の謎理論。

鮮花はパフェごと手元に持っていき、お嬢様っぽい仕草で小さく一口、パフェを頬張る。

 

 

「…………んっ」

 

 

気のせいか、口に含んでいる時間が長い。

そんな鮮花を見ているのが気恥ずかしく、頬杖をついて顔を背けた。

 

 

「ふふっ」

「……なに笑ってるんだよ、全く」

 

 

鮮花の口から微かに漏れた笑い声に、彼女の方を振り向かないまま溜息を吐いた。

横目でそっと鮮花を見る。

スプーンを咥えながら、勝ち誇ったように口元を綻ばせる鮮花が目に映った。

 

 

 

 

憑依in月姫no短編

5. 鮮花ルートif 後編(中)

 

 

 

 

「さて、最後の勝負は何にしましょう」

「まぁ、歩きながら適当に決めればいいだろ。無理に今日、決着つけなくてもいいしな……いや、別に疲れてるとかじゃないから」

「はいはい――って七夜さん、もっとちゃんと腕組んでくださいよ。さっきのお店の人に見られたら偽カップルだと思われちゃうじゃないですか」

 

 

カップルの賑わうカフェで寛いだ後、ゆっくりと街中を散策する。

夕方に向かう街並みは、まだ夏真っ盛りのため暑く、異様に明るい。

 

鮮花の言葉に適当に相槌うちながら、鮮花を日陰に押して歩を進める。

鮮花のテンションが低いとこちらまで変な調子になるが、テンション高い鮮花の相手をするのも非常に疲れるなぁと、半日を振り返って思ってしまう。

 

ただ同時に、贅沢な悩みをするようになったと自分自身に苦笑する。

この何かと物騒な世界。

“こんなこと”を悩めるようになったのが、何となしに嬉しかった。

 

 

「……もっと素直に楽しんでいいんですよ、七夜さんは」

 

 

ふと、鮮花の脈絡のない一言に驚き、足を止める。

いや、脈絡はある。

あるが、鮮花に喋ったつもりはなかった。

 

こちらの固まった表情が可笑しかったのか、鮮花は笑う。

 

 

「忙しいのはわかりますけど、私たちは魔術師でも一般人でもない、その間なんですから。オンオフ切り替えないと人生楽しめませんよ」

 

 

それと七夜さんの思考回路なんて手に取るようにわかりますからっ、と笑顔で小憎らしいことを鮮花は言う。

自分は顔に出やすいのか、琥珀や弓塚にはよく心の内を悟られる。

が、鮮花にも勘づかれるようになるとは……長い付き合いになったのを喜ぶべきか、単純と言われているようで悔しむべきか。

 

 

「その通りだが、そんな器用にできたら苦労しないっての」

「ふふ、七夜さん、手先は器用ですけど頭は不器用ですからね」

「……頭が不器用とか初めて言われたぞ。いや、否定できないが」

 

 

頭が不器用とは、とどのつまり客観的に見て立ち回りが下手ということなのだろう。

魔術の世界は一般の境界からみると物騒で、身の回りの防衛に心配事が尽きない。

自分の知る限りの“原作”が終わった後も、不器用な自分が人生を楽しめるかは微妙なところだ。

 

魔術師ではなく、魔術使いである自分と鮮花。

立ち位置が同じなのに彼女の生き方が輝いて見えるのは、鮮花の心の在り方が強いのだと、数年の付き合いで実感してきた。

自分にはできないその在り方が少し羨ましく、魅力的だと思う。

 

まぁ、そんなことを当人に言ったら、年上として負けた感じがするので言わないが。

 

 

「そう言えば、大学はどうされるんです?」

「うちの話?」

「はい、七夜さんやさつきさん、本来なら今年は受験でしょう?」

 

 

魔術使いでしかない自分たちは、魔術の世界に入らない限りは世間一般で生きていく。

大学か。

鮮花みたいに魔術と学業の両方を頑張れていれば、そんなに悩むこともなかっただろう。

 

 

「自分の話だけど、二年前に正式に遠野家の養子になったのは、鮮花に話したっけ?」

「聞いてますよ。それで、七夜さんは“七夜アキハ”といった偽名を無くして“遠野アキ”という名前と戸籍を貰ったんですよね」

「偽名……まぁ、そうだな」

 

 

面倒な話なのにちゃんと覚えている鮮花の記憶力に関心しながら、古い記憶を思い返す。

七夜アキハと名乗っていた時期は長かったが、実際、あの時期の自分は“遠野シキ”の代わりでしかなかった。

 

蒼崎青子に連れられて海外に出奔した志貴。

空いてしまった遠野家長男という椅子に代打として座ったのが、自分というイレギュラーだ。

遠野シキとして学校に通い、屋敷で暮らす。

七夜アキハなんて言うのは、自称していただけのこの世に存在しない名前であった。

 

 

「一応、遠野アキは今年で地元の高校を卒業することになっている……らしい」

「らしいって、自分のことなのに曖昧ですね」

「そこら辺は秋葉と琥珀が対応してくれたし、こっちもついこの間までは……ほら、忙しかっただろ、人類滅亡しかけて」

「あぁ……三度目のタタリでしたよね。私と七夜さんは事件を起こした親玉とは戦いませんでしたし、そもそも出会ってもいませんが……確かに大変でした」

 

 

先日というには、やけに記憶が遠く感じる。

それは表と裏の世界を器用に歩く鮮花も同じようで、実感は伴いつつもまるで泡沫の夢を見ていたような、そんな曖昧な表情をこちらに向ける。

 

 

「でも七夜さんの呼びかけで、皆さん協力してくれたんでしょう?」

「いや、俺は琥珀と弓塚に相談しただけ。もちろん、知り合い全員に協力を申請するつもりだったが……」

 

 

原作では三咲町にタタリは3度現れる。

1度目、タタリ本人にして死徒二十七祖第十三位『ワラキアの夜』。

2度目、タタリの残骸であり真夏の雪原を心象風景にもつ『夢魔・白レン』。

そして3度目はシオン・エルトナム・アトラシアのIFであり成れの果てとも言われる『オシリスの砂』。

 

前2回のタタリはともかく、最後のオシリスの砂に関しては「全人類が賢者の石へと変わった世界を確立させ、その世界を大魔術で現実のものとする」なんて訳わからないことを実行しようとするボスである。シオンさんさぁ……。

 

間違えれば人類滅亡であり、“ズレ”のあるこの世界では原作通りに志貴が無事倒せるとも限らない。

以前参加した第五次聖杯戦争以上に、介入する際の準備を整えなければと思っていた。

 

 

「琥珀から燈子さんや秋葉に、弓塚からキャスターやシエルさんに話が広がって……あとは鮮花も知ってるだろ」

「はい、危機感はありましたが同時に安心感もある完璧な布陣で望めました。想定外の事象が起こっても三重、四重にそれをカバーできる作戦でしたから、美咲町への被害も一切ありませんでしたし」

 

 

聖杯戦争で自分がガバっていたのが笑えるくらい、タタリ――『オシリスの砂』は完璧に処理できました。

能力の違いというか、頭良い人に頼る事が大事ってはっきり分かんだね。

 

 

「話を戻すが……相談だけで大きなことはできなかったが、それでも、事件当日までは志貴に七夜の体術を教えて貰ったりして鍛えていたから、他の些細なことは後回しだったって訳」

 

 

つまり戸籍とか大学といったことに気を回す余裕はなかったのだ。

人類滅亡が見えている以上、小心者の自分の気は休まらない。

七夜の里については心の整理や先人たちを供養してやりたいとの想いもあり手を付けられたが、自分の将来なんてものは全てが終わってからでないと考えられない。

 

 

「それでも……そうだな、この間、七夜の里に墓参りに行ってきてさ。

 秋葉の仕事を本格的に手伝いながら……同時に、体術や魔術だけじゃなく一般的な勉強の方もしっかり頑張らないといけないとは思ったかな」

 

 

本格的にどうするかはまだ秋葉と相談中だけど、と情けなく呟く。

遠野家の内側の仕事をするにしても、幼い頃から当主たる教育を受けてきた秋葉を補佐するレベルはかなり遠い。

一般の企業に勤めるよりも遠野の中で働いてほしいと秋葉は言ってくれたが、だからこそ、お荷物にならないよう立派な人間にならなければならない。

 

 

「ん? そう考えると、鮮花とデートしてる場合ではないような……むしろ立派な人間から真逆の行為のような……」

「き、気のせいですよ! そうだ、さつきさんはどうなんです?」

「あ、あぁ……そうだな、弓塚は――」

 

 

真実に触れそうになる前に、鮮花の慌てたような声で思考が途切れる。

彼女二人……鮮花とデート……立派な人間……うっ、頭が。

 

 

「……弓塚は2年間学校に通ってなくて出席日数が足りなかったから、まだ1年生なんだよなぁ」

「それは何と言いますか、お気の毒ですね……」

「遠野家の方で改竄することもできたが、あまり褒められた行為じゃないしな。弓塚自身、秋葉に余分な迷惑は掛けたくないって言ってたから」

 

 

猟奇殺人事件については弓塚の他にも十人近い犠牲者が出ており情報も錯綜したまま。

弓塚さつきのみが目立った事件ではないため、遠野家の力で情報の改竄可能な案件だった。

ただ、やはり手間と時間が掛かるし、いつか生活のどこかに歪が出てくる可能性も捨てきれない。

 

 

「弓塚については、猟奇殺人事件の犯人に2年間拉致されて、逃げ出したところを遠野財閥のものが偶然保護したという筋書きになっている。

 犯人は不明のまま、弓塚も心因性の記憶障害でしばらくは遠野財閥の医療機関で経過観察中……大体そんな感じで、世間に戻る予定だな」

「へぇー、で、そんな記憶障害中のさつきさんに、手を出して妊娠させた遠野家の次男がいると」

「……うん、そこだけどうしようか本気で迷ってる。秋葉にも匙投げられたし」

 

 

ジト目で睨んでくる鮮花。

責めるような視線の圧に耐え切れず、ソッポを向いた。

弓塚の親御さんへの言い訳をここしばらく考えているが、どう言い繕ったところで遠野家次男がクズであることは変わらなそうである。泣きそう。

 

 

「ま、まぁ弓塚も今すぐ世間に戻るわけじゃないしな。そのうち何か妙案が浮かぶだろ……多分」

「七夜さんの欠点ですけど、現実逃避や問題の先送りが癖になってる気がします。……そんなに悩むのなら、さつきさんのご両親の記憶も改竄してしまえばどうですか?」

「いや、それは駄目だろ。確かに昔から家族ぐるみの付き合いで弓塚とも付き合っていた、なんてすれば言い訳は簡単かもしれないが――」

 

 

少し言い淀みながらも口を紡いだ鮮花の案に、首を振った。

 

魔術による記憶の改竄は確かに可能だ。相手が一般人なら猶更。

そしてそれ自体は、こちらも悩んだ際に思い浮かんだ解決案でもあるのだが。

 

 

「弓塚の親御さんが自分たちの子供――弓塚さつきを育ててきたのは、掛け替えのない思い出だし、彼らの宝物だ。それをこっちの都合で、これまで過ごしてきた時間を“偽の記憶”にしていい筈はないし、しちゃいけない」

 

 

自分もこの世界で、琥珀や弓塚と苦しくも大切な時間を過ごしてきた。

隣にいる鮮花とだって、無くしたくない大事な思い出……想いや記憶はたくさんある。

そんな大切な記憶を、第三者の都合で勝手に改変されてしまったらどうだろうか。

権力や魔術があれば、都合よく改竄できる事実もある。

が、侵してはいけない一線があるということも、絶対に忘れてはいけないのだ。

 

 

「……知ってます、七夜さんならそう言うと思っていました。一応確認で言ってみただけですよ。……まぁ、変なところで融通が利かない人とも思いますが」

 

 

楽しさ半分、呆れ半分といった口調で鮮花は言う。

確かに、悩みを言いながら我儘を言っている風で、相変わらず上手に立ち回れない自分が少し嫌になる。

 

ばつの悪そうな顔を見せたせいか、鮮花の口が迷ったように半分開く。

 

 

「…でも、私は七夜さんのそういうところも――好きで……に、人間らしくていいかなぁって思ったり」

「……」

「……」

 

 

え、なんだって? とは言いません。

七夜一族の身体って五感のスペックがとても高いので、えぇ。

黒桐家は兄も妹も肝が据わっているというか、大胆ですね。

 

でも、いきなりフルスロットルでアプローチして即座に黙るとか止めましょう、鮮花さん。

相手がヘタレだと、このように空気が固まります(白目)

 

 

「あ、あ――! 勝負アレにしましょうよ、七夜さん!」

 

 

時間にして5秒。

沈黙から逃げるためか、鮮花は遥か前方に指をさす。

指さす方向の先には……ゲームセンター?

 

 

「クレーンゲーム、あれで決着をつけましょう!」

 

 

言って、即座に腕をほどいて駆け出す鮮花。

……人のことをヘタレと言うけど、あの少女も案外同類なのではと怪しんだ。

 



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6. 鮮花ルートif 後編(下)

クレーンゲーム機が所狭しと並ぶ店内の通路を、鮮花が足早に進んでいく。

後を追いかけながらどこまで奥に進むのかと思った矢先、鮮花の足がピタリと止まった。

 

 

「あ……これ」

「そ、そんなに逃げるなっての。で、どうやって勝負するんだよ?」

「に、逃げてません! 七夜さんが遅いだけですよ!」

 

 

追いついた途端に、顔を真っ赤にした鮮花に怒られた。

少し前までは上機嫌だった筈が、今はツーンと顔を逸らして不機嫌全開のお嬢様。

見ていて飽きない奴である。

 

辺り一帯のガラスケース内に飾られたクレーンゲームの景品を見渡す鮮花。

その中に気になるものがあったのか、唸りながら一つのクレーンゲーム機に近づいていく。

 

 

「このぬいぐるみ……ふふ、なんか七夜さんに似てません?」

「……どこが? というか、これってペンギン……だよな?」

 

 

鮮花が覗き込んだケースの先には、ゆるキャラのような手抜きにデザインされたペンギンっぽいぬいぐるみ。

ペンギンの癖にマフラーや靴下を着込んでいるのは、それが受けると思ったからか。

 

……はて、一体どのような思考回路でこのペンギン風ぬいぐるみと自分が鮮花の中で重なったのかと首を傾げる。

締まりのない顔つきなのか、ペンギンと言う鳥っぽいけど飛べない微妙な種族を中途半端な自分と掛けているのか。

ぬいぐるみを睨みながら頭を悩ませているこちらに、鮮花が肩を寄せながら問い掛けてきた。

 

 

「七夜さん、クレーンゲームの腕前は?」

「……まぁ、人並みかな」

「なるほど、得意ですか。ちなみに私はやったことありませんから、普通に勝負してはフェアじゃありませんね」

 

 

こちらの回答をスルーして一人で話を進める鮮花。

だから心を読むんじゃありません。いや、嘘ついて悪かったけど。

 

可愛く首を傾げた鮮花は、よしっと一声。

 

 

「今回の勝負、私は観戦させてもらいます。クレーンゲームは簡単には取れないと聞きますし……そうですね、5回」

 

 

そう言った彼女はこちらの目の前に手のひらを広げ、繰り返す。

 

 

「5回であのペンギンのぬいぐるいを取れたら七夜さんの勝ち、でどうでしょう?」

「あれか……かなり大きいな」

 

 

鮮花の宣言を聞き、ターゲットとなる景品に目線を移す。

鮮花が指さした獲物はかなりでかい。

抱きぬいぐるみ、とでも言うくらいの大きさだ。

そこらのお店で買っても五千円ほどの値がつくそのサイズに身体が震える。

 

 

「えっと……すみません、七夜さん。5回は非常識でしたか?」

 

 

クレーンゲームの相場がわからないだろう鮮花が、少し不安そうに訊ねてくる。

勝気が強い鮮花だが、彼女が望んでいるのはフェアな勝負の上での勝利だ。

鮮花としては、5回という回数がクレーンゲームに対して適切な数字かはわからなかったのだろう。

 

 

「素人なら、そうかもな」

「え?」

「いいぞ、鮮花。この勝負乗った」

 

 

不意に訪れた活躍の舞台にちょっとイキる。

5回。この手の獲物に対しては素人では取れる可能性がかなり低いゲーム数であるが、経験豊富な自分から見ればちょうどよい。

いや、むしろ手緩いといってもいいだろう。

 

 

「鮮花。5回チャンスをくれるのはいいが――別に、3回で取ってしまっても構わんだろう?」

「え、じゃあ3回で取れたら勝ちにしますか?」

「……ごめん、5回で取るのも結構レベル高いから、これ。5回チャンス下さい」

 

 

ヘタレた。

決めセリフを素で返されるのは恥ずかしい。

まぁ、鮮花からすればクレーンゲームの程度がわからないので仕方がないが。

気を取り直して、景品のぬいぐるみに集中する。

 

 

「あ、そういえば七夜さん、お金ありませんでしたよね。出しますよ」

「いや、多少はあるから大丈夫だって」

 

 

こちらの嘘を律義に覚えていた鮮花を、慌てて手で静止する。

ゲーム代まで彼女に払ってもらうのは、客観的に見なくても格好悪すぎるし。

 

 

「さてと……」

 

 

1ゲーム目を開始。

最初は愚直に対象を狙ってクレーンを操作する。

首に巻かれたマフラーに引っ掛ける形でぬいぐるみを持ち上げて――案の定、ぬいぐるみの重さに負けて、クレーンからぬいぐるみは外れてしまった。

 

 

「あぁっ、ちゃんと掛かったと思ったのに!」

「まぁこのサイズの景品が置いてある台ならこんなもんだろ。まだ十分にお金が入ってないから、アームも少し緩いしな」

「お金とアームが関係あるんですか?」

「クレーンゲームの中には確率機と呼ばれてるのもあるんだよ。そういう台だと、一定以上お金が入らないと碌にアームが締まらない仕様になってる感じ」

 

 

隣で熱中する鮮花に説明しながら、次の分のコインを投入する。

2ゲーム目は対象の真上からクレーンを下ろさず、少し軸を後ろにして狙っていく。

隣から「そこじゃ駄目ですよ!」なんて不満そうな声が聞こえるが集中しているので無視。

軸を外して下ろしたクレーンはぬいぐるみを掴むが持ち上げられず、ぬいぐるみをうつ伏せに倒すだけで終わってしまう。

 

非常に悔しそうに唸る鮮花。

えっと、今勝負してるんですよね? 取ったらこっちの勝ちだからね?

……まぁ、ゲームにのめり込んでるし既に忘れてるんだろうなぁ。

端から見れば、おそらく仲良くゲームで遊んでいるカップルでしかない。勝負どこいった。

 

 

「そうイラつくなって。次で取れるから」

「え、でも今のところ全然だめじゃないですか」

 

 

自信を持っていうこちらを不思議そうに見る鮮花。

学問や魔術は優秀なものだが、こういった世間的な遊びの知識は文字通りお嬢様な鮮花のギャップに苦笑する。

鮮花に言葉を返しながら、3回目を開始した。

 

 

「最初の1回目はアームの強さの確認。2回目は今のアームの力でも引っ掛けられるポジション作り。このポジション作りが上手くいかないと何回か回数を取られるんだが……」

 

 

今回は1回で上手く言ったしな、と言いながらぬいぐるみの首後ろのマフラーにアームを掛ける。

首横よりも首後ろのほうが、マフラーとぬいぐるみとの間のスペースが若干大きい。

アームの奥まで引っ掛けられたそのポイントは、予想通りに弱いアームでもぬいぐるみを持ち上げ、見事にゴールまで運んでくれた。

七夜ァ、Win!と心の中で叫ぶ。貞操は何とか守られた。

 

 

「す、凄いです! 七夜さんが頼もしく見えました……むぅ、悔しいです」

 

 

隣では失礼なことを言っている鮮花の姿が。

いつも悔しがってるな、この子。

口の悪い後輩に苦笑しながら、景品口に出てきたぬいぐるみを確保する。持ってみるとやっぱりでかい。

それを、膨れっ面をしている鮮花に手渡した。

 

 

「……え?」

「ほら、景品のぬいぐるみ。欲しかったんじゃないのか?……いや、そういえば欲しいとは一言も言っていなかったような」

 

 

言ってから気付く。

彼女は欲しいとは一度も言っておらず、単に自分に似ているからといった話から景品になったのがこの巨大なペンギンのぬいぐるみだ。

これを鮮花に渡すのは、自分自身を渡しているようでかなり気恥ずかしい。

 

思わず出した手を引っ込める――よりも早く、鮮花がぬいぐるみをガッと掴んで受け取った。

 

 

「も、貰います!……でも、七夜さんのお金で取ったものでしたから、そのまま持って帰ると思っていました。その、強請るような形になってしまってすみません」

「気にするなって。今度返すとは言え、今日は奢ってもらったわけだし……」

 

 

鮮花は嬉しくも申し訳なさそうにするが、本当に気にしないでほしい。

むしろ持って帰って貰わないと非常に困る。

琥珀と弓塚には志貴と遊びにいっていると嘘をついて出掛けているのだ。

クレーンゲームで遊ぶのは矛盾はしないが、ファンシーなぬいぐるみを持ち帰っては怪しまれる可能性も出てきてしまう。

 

しかしこれを素直に鮮花に言うと、ぬいぐるみを返される場合もあるだろう。

たまに意地悪なことするんだよなぁ、この子……。

そんなわけで、鮮花が貰ってくれそうな言い訳をつけて渡しておく。

 

 

「それにほら、偽カップルと疑われると不味いんだろ。なら、少しは彼氏っぽいところを見せた方がいいんじゃないか?」

「……はい。ありがとうございます、七夜さん」

 

 

頷き、俯く鮮花。

いきなり静かになった鮮花を心配に思うも、ぬいぐるみをこちらに返す素振りは無いため安堵する。

捨て置くのも勿体ないし、鮮花が持って帰ってくれるのなら万歳である。

自分が持ち帰らなければ彼女二人に怪しまれる心配もない。証拠隠滅ヨシ!(現場猫)

 

 

 

 

 

 

「では七夜さん、今日はありがとうございました」

「駅まででいいのか? 何なら寮の近くまで送っていくが……」

「それは嬉しいですけど、結構距離もありますから」

 

 

勝負やデートで賑わっていた時間も終わり、待ち合わせ場所と同じ駅前に戻ったところで二人揃って歩みを止めた。

 

鮮花や藤乃は女学院の寮で生活している。

お嬢様学校と言われる通り規則も多く、門限も一般の学生寮と比べたらかなり早い。

まだ夕刻前だが、鮮花にとって遊びはそろそろ終いの時間だ。

 

 

「師匠のお使いとかで七夜さんと出掛けたことはありましたが、遊びで出掛けたのは初めてですよね。……今日はどうでした?」

「かなり疲れ――痛っ」

「ど・う・で・し・た・か?」

 

 

上機嫌に問い掛けてくる鮮花に率直な感想を述べようとしたところ、ひざ下に蹴りが飛んできた。

くるっとこちらの前に回り込み、作った凄みのある笑顔でリテイクを要求される。

 

 

「……まぁ、楽しかったぞ。琥珀や弓塚はここまでアクティブじゃないから、結構新鮮だったし」

「むぅ、楽しめたのはいいですが、デートの感想で他の女性の名前を出すのはマナー違反ですよ。減点です」

 

 

頬を膨らませて不満を見せる鮮花は可愛いが、言っていることは無茶苦茶である。

マナーの話を出したら、そもそも彼女いてデートモドキをしている自分はマナー違反どころではないだろうに。

……いや、今日はデートじゃないんだけどね?

 

 

「……私は、名残惜しいと思うくらい楽しめました。不思議ですよね、七夜さんとは師匠の工房や遠野のお屋敷で割と会っているのに、一緒に街中を歩くだけでこんな気分になれるだなんて」

「そうか……」

 

 

鮮花のストレートな言葉に照れくささを感じる。

なにか言葉を返そうと思うが、上手い言葉が出てこない。

 

さきほどは捻くれた返事をしてしまったが、今日1日を楽しめたのは本当だ。

自分は悩みが尽きない性格だが、そんな自分でも目の前の時間を夢中で過ごせたのは鮮花と一緒にいたからだろう。

ちょっとしたことでヒートアップして、かと思えば機嫌がスッと急降下する彼女。

“原作”を気にしながら生きることの多い自分にとっては、感情をぶつけてくる鮮花との時間は濃く、確かに楽しいものだっだ。

 

 

「……と、そうだ、鮮花。帰る前にこれ、貰ってくれ」

「これは……あっ、七夜さんが工房で作っていた礼装ですね。出来上がったんですか?」

「礼装なんて大したものじゃないって。製作期間だって短いし」

 

 

ポケットから包みを取り出し、開封する。

鮮花に見せたのは淡い銀色に光る指輪――を鎖で通したリングネックレス。

飾り気が少なく、アクセサリーとしては女学生のお目に適うかは微妙なところだ。

 

鮮花への個人的なプレゼント、というわけではない。

これは単なるお礼の品。

 

 

「この間、燈子さんや藤乃さんと一緒に妊娠祝いを送ってくれただろ。貰ったものに比べたら大分劣るけど、これはそのお返しだ」

「ふふ、私たちからのプレゼント、気に入ってくれました?」

「……ベビーベッドは嬉しかったけどさ、ちょっと魔改造すぎて引いた。いや、凄いものなんだが」

 

 

こちらの手にあるネックレスを見つめながら、鮮花が送った品を思い出して軽く微笑む。

送られてきたのは魔術で改良されたベビーベッド2つ。

ベッドに付属して3年保証で自律稼働する小人が複数いました。魔術すげぇ。

製作については、橙子さんだけでなく鮮花や藤乃さんも大いに手伝ってくれたらしい。

立派な出来栄えを見るに、力を込めて作ってくれたものだと感じ取れた。

 

 

「でも、七夜さんが作っていたのってピンキーリングじゃなかったんですか? 所長には……確か要らないと言われて、その後、私と藤乃に小指のサイズを訊いてきましたよね?」

「あー、そうだな。最初はピンキーリングにする予定だったが……」

 

 

今回、彼女らにお礼として作ったのは『羽翼』の祈りを込めた魔術リング。

「羽翼」とは補佐・補助を意味する。

使用者の願いや祈りをほんの少し後押しする、そんな簡易礼装がこのアクセサリーだ。

 

――とは言っても、効力はほとんど無いようなもの。

橙子さん曰く、自分のレベルではルーン魔術や占星術を参考にしても大したものは作れない。大層な材料も揃っていないので猶更だ。

世間の占い師が作るソレと変わらないのと言われ、橙子さんには必要ないと断られてしまったけれど。

それでも魔術を習ってきた手前、鮮花と藤乃さんには彼女らと同じように市販でない手作りの品を渡したかった。

 

 

「右手小指にはお守りの意味もあるし、それを渡そうと思っていたが……彼氏でもない人から指輪を貰っても複雑だと思ってな」

 

 

いくら魔術的な装飾品とはいえ、女性に指輪を送るのは恥ずかしいし、送られた方も困るだろう。

 

 

「ネックレスの方が身に着けやすいだろ? この間、藤乃さんに偶然会ったから先に渡したんだが……見た感じ、喜んでくれてたし」

 

 

羽翼のおまじないを込めた刻印と、お守りを意味する小指サイズのリング。

ネックレスとして鮮花と藤乃さんに渡したそれは、自信作と言っても良いくらい精巧に作れたと思っている。

手先が器用な分、こういう仕事は案外向いているのかもしれない。魔術的な効力も少しはあったら良いなと願う。

 

鮮花に差し出したそれを――しかし、鮮花はなぜか受け取らない。

 

 

「……鮮花?」

 

 

目の前の彼女は、眉を吊り上げ非常に険しい顔をしていた。

何か怒っている、それとも悩んでいるのだろうか。

ネックレスとこちらの顔に交互に厳つい視線を投げながら、次第に深く考え込むように顔が段々と俯いていく。

 

不審に思い、再度名前を呼ぶ。

 

 

「鮮花……その、もしかしてアクセサリーは嫌だったか?」

「え――いえ! そんなことはありません。その……ありがとうございます。私、大事にしますから」

 

 

言って、目を閉じてスゥハァと深呼吸する鮮花。

呼吸を整えた彼女は、透き通った青い瞳で一直線にこちらを見つめてくる。

 

――顔を真っ赤にした鮮花がそこにいた。

 

 

「お、おい、熱でもあるんじゃないか?」

「ち、違いますから! 気にしないでください。……で、ネックレスですけど」

 

 

指をさしたので、今度こそとネックレスを彼女に渡す。

……が、鮮花が受け取る様子はない。

 

 

「え、受け取らないの?」

「えっと……ほら、私、今両手が塞がっているじゃないですか」

 

 

そう言ってアピールするように、先ほどあげたぬいぐるみを抱える鮮花。

 

 

「ならほら、ぬいぐるみ持つぞ」

「い、いいですよ、七夜さんに渡したら……な、なんか落としちゃいそうですし、渡せません! だから、そのですね……」

 

 

失礼な言葉を投げつつ、鮮花は一歩、こちらと距離を詰める。

 

 

「ネックレス、七夜さんが私に着けてください」

「えぇ……」

 

 

デートの最後で小恥ずかしいことを頼まれ、少したじろぐ。

別にプレゼントした今すぐに着けなくてもいいと思うが、鮮花的には貰った直後に着けてみたいものらしい。

 

……まぁ、送った側としても、早く身に着けたいと思ってくれるのは嬉しく思う。

藤乃さんに渡した時はそのまま持って帰って身に着けた姿を見ていないため、鮮花が藤乃さん以上にこのプレゼントを喜んでいると思えば悪くない。少し恥ずかしいだけである。

 

 

「仕方ないな……じゃあ、ほら、後ろ向いて」

「嫌です。七夜さんに背を向けるとか、何されるかわからないじゃないですか」

「……」

 

 

何言ってるんですかね、この少女。

どこの侍だよって話である。

 

アクセサリーを着けて貰うのはいいけど後ろに立っちゃダメって、鮮花のこちらに対する位置づけが全くわからん。

不服ながらも渋々、正面からネックレスを鮮花に着ける。

少し背を落とし、鮮花の首後ろに両手を回す。

端から見れば抱きかかえてるように見える姿勢に、自然とこちらの顔まで赤くなる。

 

鮮花の綺麗な瞳、整った鼻筋、淡く紅い唇がわずか5cmの距離にある。

その緊張から意識を逸らすように、彼女の首後ろでネックレスの端を手早く繋げる。

 

カチっと、慣れない態勢だったが数秒で着けることに成功した。

 

 

「よし、ついた――――」

「んっ――」

 

 

 

気を緩めた矢先の出来事。

鮮花が不意に動いたと思った瞬間、彼女と自分の距離が0になる。

 

頬ではなく、唇にも当たらない、その中間。

そこにキスをした鮮花は、野生の小動物かのごとくバッと素早くUターン。

 

 

「つ、次のデートも楽しみにしてますから! で、ではおやすみなさい、七夜さん!」

 

 

お二人にによろしく、なんて矢継ぎ早に別れの言葉を口にして、鮮花はこちらを一瞥もせずに改札口へと掛けていった。

ちらりと見えた顔色は茹タコのようで、人間、あそこまで顔が真っ赤になるものだなと感心――もとい現実から目を逸らす。

 

唇の感触が残っている部分を、そっと触る。

何というか、今日一日は終始振り回されっぱなしだったと思い出して、自然と笑みがこぼれてしまった。

 

全く、行動力は称賛するが、彼女は基本的には常識人だ。

そんなに恥ずかしかったらするなよと、鮮花が走って行ってしまった方を見つめながら文句を言うように呟いた。

 

今日の失敗として、次のデートも約束してしまったこと。

次回もノープランと言うわけにはいかないだろう。

 

 

「……さて、次は一体どうするかな」

 

 

勝負ばかりも身体が持たないし、どうすればあのじゃじゃ馬なお嬢様の手綱を握れるのかと、浅い溜息を吐いて岐路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あはっ、私としてはせっかくの夏ですし海水浴がおすすめかと。まぁ偶然、猛毒をもったクラゲさんがいて、偶然、アキさんが刺されるかもしれませんが。えぇ偶然」

「うーん、わたしはドッチボールとか楽しいと思うよ、アキ君。わたしは本体に戻って遊ぶから、間違って力を入れ過ぎちゃうかもしれないけどね。あ、なんなら、今から帰ったあとに2人でドッチボールする?」

 

 

両隣りで囁かれた可愛くも低い声に、ビクリと身体が震えて止まる。

視界の端に大きなリボンを結った赤髪の少女と、サイドテールを揺らす茶髪の少女がゆらりと映った。

 

いつから見られていたのか。

偶々会ったばかりならいいなぁと、言い訳がまとまらない頭で願う。

取りあえず、死徒の弓塚と2人でドッチボールとかそれもうスポーツでもなんでもないからと突っ込みたい。

 

が、残念ながら、彼女二人と目を合わせる勇気は今はない。

両端から目を逸らすように顔を上げる。

暮れていく空を見ながら一人、締め付けられた肺の息を絞り出すように、思い浮かんだセリフを呟いた。

 

 

「……あーあ、出会っちまったか」

 

 

現行犯逮捕です。

謝罪会見の日程は後日ご連絡致します。

 



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おまけ

〈鮮花side〉

 

 

女学院の寮に着くも束の間、一直線に自分の部屋へと向かう。

俯きながら早歩き。

すれ違う学生には、今の私の顔は到底見せられるものじゃない。

 

 

「あ……お帰り、鮮花」

「た、ただいま」

 

 

ドアを開ければ、ルームメイトの藤乃が既にいた。

一瞬顔を見られてしまい、しまったと少し後悔する。

門限ギリギリの時間だ。優等生でいい子な藤乃が出歩いている筈がないのはちょっと考えればわかること。

 

つまり、今の私はそんな事を見落とすほどに余裕がないのだろう。

 

 

「鮮花……えっと、すごいにやけてる」

「い、言わなくていい、分かってるから! もうっ」

 

 

藤乃にだらしない顔を見られたのが恥ずかしくて、行儀の悪さなど気にしていられず外着のままボフっとベッドにダイブする。

火照った顔を鎮めるように、枕に自分の顔を深く埋めた。

 

七夜さんと別れて電車に乗ってから、頬が緩みっぱなしで直らない。

全くもう、どうしてくれるんですか!と心の中で彼を思い出して八つ当たりする。

もちろん、顔のにやけが止まらない原因を作ったのは、他でもない私だけど。

 

 

「……藤乃、その……ありがとね」

 

 

枕に顔を埋めたまま、こちらを見てるであろう親友にお礼を言う。

何のお礼かと言われれば当然、七夜さんを振り向かせるために協力して貰ったことに他ならない。

 

 

「ううん、そんなに難しいことはしてないし、私にもメリットがあったから」

 

 

そう、藤乃は私の親友で――前とは違って、今は私の味方。

 

 

「鮮花の言った通り、アキお兄さんは私のところに相談に来てくれたから……鮮花とデートする話も自然にお願いできたし。疑われるかちょっと心配だったけど」

「藤乃は演技派だから大丈夫って言ったでしょ。それに七夜さんのことだから、ヘタ……性格的に、彼女の琥珀さんやさつきさんには私のことを相談しないと、まぁ、少し考えればわかるしね。

藤乃の方に『最近、鮮花のアプローチがさぁ……』なんて相談が来るのは、七夜さんとそれなりに付き合ってれば容易く想像できるかな」

 

 

枕から少し顔を出して、藤乃の方へと視線を向ける。

藤乃の――真剣な瞳と交差した。

 

 

「それで鮮花……アキお兄さんとデートを取り付けたんだから、約束通り……」

「はいはい、兄さんへのアプローチは一旦やめるわよ。できるなら藤乃とは仲良くしていたいしね。私は七夜さんとデート出来て、藤乃は幹也を狙うライバルが減る。WinWinね、私たち」

「……そ、そういうわけじゃ」

「そこで嘘ついちゃ駄目よ、藤乃。欲しいものには貪欲でいいの、特に恋なら猶更。今どきいい子ちゃんなんて流行らないわ」

 

 

藤乃に軽く叱責しながら、ころんと仰向けに寝転がる。

顔はまだまだ火照っているが、藤乃と話しているうちに弛んだ頬は少しずつ元に戻ってきた。

 

出掛ける時にはなかった、首に掛けられたネックレス。

先端で光るリングを指でいじっていると、藤乃もアクセサリーの存在に気が付いた。

 

 

「鮮花も貰ったんだね、ネックレス」

「うん、藤乃が先に貰ったから知ってたけど……やっぱり藤乃と同じものだったのはショックかなぁ」

 

 

藤乃はこの間、七夜さんから相談を受けた際に貰ったらしい。

私より早く貰ったのが少し恨めしかったが、彼としては特に順番を意識したわけではないのだろう。

偶々、私より藤乃が先に貰っただけ。……うん、やっぱり恨めしい。

 

 

「ネックレスは確かに嬉しいけど、私と藤乃に――と言うより、女の子に同じプレゼントを渡すのはねぇ。七夜さん、女心が分かってないなぁ……」

「アキお兄さんとしてはただのお礼だし……私は十分、お兄さんの気持ちが感じ取れて嬉しかったよ?」

「そりゃ私も嬉しいけど、私と藤乃じゃ七夜さんに求めているベクトルが違うでしょう?」

 

 

律義に、そして彼なりの精一杯を込めてくれたこの礼装は、私も藤乃も気に入っている。

唯一の不満は、ただ『藤乃と重なっている』ものだということ。

恋する女性としては、誰かと同じものでなくオンリーワンが欲しかった。

 

 

「だから……」

 

 

そう、それは分かっていたこと。

彼が私と藤乃の小指のサイズを訊いてきて、師匠の工房で指輪を作成し始めた時から分かっていた。

七夜さんは指輪を作ってるけど、おそらく指輪を女性に送るのは恥ずかしいとか言って、リングネックレスに変えるだろうな、とか。

七夜さんは気が利かないから、おそらく私と藤乃に全く同じものを渡すんだろうな、とか。

 

 

――だから、私は1つ、七夜さんに嘘をつきました。

 

 

首に掛けられたネックレスを外し、鎖を取った。

残ったのは、七夜さんが最初に渡そうとしていたピンキーリング。

お守りの意味をもつ右手小指に着けるのを想定した、小さな指輪。

 

 

それを――予定通り、右手薬指にスッと嵌めた。

 

 

「ふふ……やっぱり詰めが甘いですね、七夜さんは。私と藤乃が教えた指のサイズ、疑わずにそのまま信じちゃうんだもの」

「鮮花の暗躍が多すぎるだけだと思うんだけど……」

 

 

ちょっと引いたような藤乃の声。

暗躍とは失礼な。

ちょっと七夜さんより先回りして藤乃に協力を仰いだり、小指より薬指の指輪が欲しかったから訊かれた指のサイズを偽っただけ。

 

指のサイズが藤乃より一回り大きかったら、きっと七夜さんは怪しんだ筈。

先手を打って私と藤乃の二人とも、七夜さんに教えたサイズは小指ではなく右手薬指の方。

 

藤乃は当然躊躇ったけど、幹也の件であっさり買収できました。

七夜さんの敗因は……恋する女の子を甘く見ていたことですね。

藤乃も、私もそうなのだから。

 

 

「……でも、もしアキお兄さんがネックレスにしないで指輪のまま送ってきてたらどうしてたの?」

「あぁ、確かに、私はいいけど藤乃が薬指の指輪を貰っても複雑よね。ちょっとしたアクセサリーならともかく、指輪はやっぱり幹也から欲しいでしょう?」

「そ、そうだけど……もう、からかわないでっ。私が言いたいのは、アキお兄さんの行動を予測できても確信じゃないのだから、嘘も程々にしなよってこと」

 

 

共犯したことを少し後悔しているのか、藤乃の表情は少し暗い。

藤乃の言う通り、万が一、七夜さんがリングネックレスではなく指輪のままプレゼントしていたら、きっと藤乃は着けることを戸惑い、サイズを偽ったことを悔やむに違いない。

 

小指はともかく、女性にとって右手薬指に嵌める指輪は大切な意味を持つ。

指輪を貰って、それを自分たちでネックレスに変えるというのも、見方を変えれば贈り物にケチをつけたことになる。

予測で動くには我儘が過ぎる……と思う。

もちろん、予測であれば。

 

 

「大丈夫よ、藤乃。今回は七夜さんが指輪からリングネックレスに切り替えるって“確信”していたから。……だって、所長に『女性の友人に贈るなら、指輪よりリングネックレスとして渡した方が喜ぶ』って暗示を掛けてもらったしね。

案の定、暗示をかけた翌日から七夜さんはチェーンを作り始めたでしょう?」

「……や、やっぱり暗躍が過ぎると思うよ、鮮花は。うん、別にいいけど」

 

 

呆れを通り越して感心したように藤乃が呟く。

そこは用意周到と言ってほしい。

裏で色々と動いたおかげで、今の私の手の中には、藤乃と重なることのないオンリーワンの贈り物があるのだから。

 

手を眼前にかざし、右手薬指に輝くリングを見つめる。

右手薬指に込められた意味は『恋を叶える』。

七夜さんが刻んだ『羽翼』のおまじないと合わせれば、彼に想いを届けさせる、その助けをしてくれるのではないかと思えて勇気が出てくる。

 

 

「そういえば鮮花、そのペンギンのぬいぐるみはどうしたの?」

「えへへ、クレーンゲームで七夜さんに取ってもらった」

「そう、ちょっと羨ましいな……あと、また頬が緩んでる」

 

 

藤乃から羨望の眼差しを受けながら、七夜さんからもらったぬいぐるみを枕の横にそっと置く。

頬が弛んでいるのは仕方がない。

今日1日は楽しく、悔しく、刺激的で――胸がたくさん高鳴った。

寝れば少しは冷めるだろうが、反面、この気持ちをずっと抱えていたいとも思ってしまう。

 

横に転がった、彼に似たぬいぐるみと目線が合う。

まだ夜は長いのに、今日は藤乃とまともに顔を合わせられない。

全くもう困った人ですねと、いつもの口調で彼への文句を呟きながら、左手で銃を形作り、ぬいぐるみへと切っ先を向けた。

 

右手薬指に嵌った、白銀色に光るアニバーサリーリングを見る度、鼓動が高鳴る。

刻印された『羽翼』のおまじない。

七夜さんはほとんど効果のない礼装モドキと卑下していたが、そんなことはきっとない。

薬指から伝わるこの暖かさは、錯覚だとは思わない。

 

 

――この想いは絶対に成就させますから……覚悟してくださいね、七夜さん。

 

 

ぬいぐるみの向こうに、彼を視る。

脳裏に鮮明に映った彼目掛けて……必ず射止める。その想いをのせて引き金を引いた。

 

 

「鮮花、目標を狙い撃つ――ってね」

 



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7. 鮮花√ (上)

鮮花と仮デートを終えた数日後のこと。

自分、七夜アキハ……もとい遠野アキは、師匠の工房である『伽藍の堂』にてひたすらに俯き沈黙していた。

 

床に正座した姿勢で固まり、半刻は過ぎただろうか。

姿勢を変えることも、言葉を発することもできないこの状況。

原因は、自分を中心に囲んだ三人の女性。

琥珀、弓塚、そして鮮花。

 

重苦しい雰囲気なんて表現では生ぬるい、まるで深海に引きずり込まれたような感覚に思わず呼吸の仕方を忘れてしまう。

 

ちらりと上目で遠くを伺えば、こちらの状況を実に面白そうに見やる橙子さんの姿が。

鮮花の付き添いで来たであろう藤乃さんも、戸惑いながらこちらに目線を向けていた。

 

静寂が支配した伽藍の堂の一室。

ふいに、ガチャリと扉が開く。

仕事を終えて戻ってきた幹也さんが室内へと入り――異様な雰囲気に足を止めた。

 

 

「……しょ、所長? この重苦しい空気は一体何ごとですか?」

「おぉ、良いところに帰ったな、黒桐。有り触れた群像劇ではあるが、今から面白いものが見れるぞ」

 

 

橙子さんが頬杖をついたまま、こちらを指さす。

具体的な説明を求め、藤乃さんへと問い掛ける幹也さん。

 

 

「藤乃ちゃん、彼らに何があったんだい? それになぜか鮮花も巻き込まれているようだけど……」

「は、はい。えっと……この間、鮮花とアキお兄さんがデートしたらしくて……それが彼女さんらにバレてしまったらしく」

「……」

 

 

藤乃さんから紡がれた言葉を受け、天を仰ぐ幹也さん。

妹の所業に申し訳なさそうな顔をしながら、こちらに掛ける言葉を必死に探しているようである。

 

ギャラリーが増えても、周囲の緊張感は変わらない。

 

 

 

「――鮮花ちゃんさぁ……」

 

 

長い長い沈黙を破ったのは、意外にも弓塚だった。

 

 

「アキ君と仲良いのはいいよ。女友達をダメとは言わない。

 ……でも友達だからって、ほ、頬にキスはダメだよねっ!?」

 

 

赤面しながら叫ぶ弓塚の一声を聞き、更に自分の顔を深く伏せる。

やっぱり見られてたか!と激しい後悔。

あれは鮮花からのアプローチだが、気を抜いて隙を作った自分が悪かった。

もっと言うと、それを嫌がらずに次のデートの予定に悩んで苦笑していたのもかなり悪い。

 

弓塚の言葉に反応し、鮮花の眉がくいっと上がる。

と同時に、遠くで幹也さんの慌てる姿が目に映る。

 

 

「こ、これは……あまり外野が聞いていい話ではなさそうだ。少し席を外そう。所長は――」

 

 

実妹のキス話、もとい痴情のもつれは聞いていい話ではないと、常識人である幹也さんは荷物をまとめて再度外出する支度を始める。

それと同時に橙子さんにも外出を促してみるが、彼女はその逆、椅子に深く腰掛けた。

 

 

「ん? いや、私のことはお構いなく。むしろ、君の代わりに鮮花の行く末をしっかり見ておいてやろう。聞き難い心情は理解するが、可愛い妹が置かれた立場も心配だろう?」

「僕は鮮花が心配というよりも、彼らに迷惑を掛けてないかが心配で……いや、既に遅い話ですが」

 

 

傍聴人と化した橙子さんに、溜息をつきながら幹也さんは言葉を返す。

橙子さんを追い出すのは諦めて、隣の藤乃さんへと視線を移した。

 

 

「そうだ、藤乃ちゃんはどうする? 鮮花のことが心配なら、無理にとは言わないけど」

「い、いえ、私も一緒に行かせてください! その、友達のこういった話はあまり聞かない方がいいと思いますし……」

「うん、じゃあ適当なところで時間を潰していようか。どこか行きたいところはある?」

「あ、それでは、鮮花に教えてもらったんですが駅前に新しくカフェができたらしくて――」

 

 

早々に退室する幹也さんの後ろで、小さくガッツポーズする藤乃さん。

よかったね、ふじのん。

 

 

「――ふーん、さつきさんには『頬にキスした』ように見えたんですか。良かったですね、七夜さん」

 

 

と、外野の出来事を眺めているのも束の間、当のこちらも時が動く。

弓塚の怒気を受け流すように、飄々とした風でこちらに話しかけてくる鮮花。

余計なことを言わないでください、鮮花さん。あと無暗に弓塚を挑発するのもやめて頂けませんねェ……。

 

 

「く、くくっ……」

 

 

遠くで橙子さんが忍び笑いを漏らしながら、どこからか取り出したワインを美味しそうに飲んでいた。

うーん、ちょっと愉しみ過ぎでは?

 

 

 

 

憑依in月姫no短編

7. 鮮花√ (上)

 

 

 

 

「み、見えた? それってキスしたのは頬じゃないって……ど、どういうことなのかな、アキ君!?」

「大丈夫だ、弓塚。唇にかなり近かったが、キスされたのは頬。問題ない」

「問題大ありだよっ! というか、なんでキスされる距離まで近づくの? 危機感無さすぎない!?」

「いや、鮮花が正面からネックレス着けてくれって言うから……」

「どう考えても罠だよね、気付こうよ! 私、あまり頭よくないけどやっぱりアキ君も馬鹿だよね!?」

「……はい、おっしゃる通りで」

 

 

弓塚に責められ、返す言葉もなく押し黙る。

琥珀も言いたいことは同じようでこちらに鋭い視線を向けており、二人からのプレッシャーで身体全体が委縮する。

 

 

「しかもアキ君、キスされた後少し笑ってたし……」

「アキさん、ご自身の口癖覚えています? いつも志貴さんや衛宮さんが彼女さんたちに怒られるのを見て『やっぱり優柔不断は良くないな(キリッ)』とか言ってましたよね。……アレはもしかして振りだったんですか?」

「……いや、ほんとごめんなさい……そんなつもりはなかったと言いますか……」

 

 

琥珀と弓塚に怒られながら、数日前の自分を呪う。

多分バレないヨシっ!じゃないだろうと。

鮮花と二人で出掛けるのなら、もっと本気で隠蔽すべきだった。

いや、そもそも仮デートなんて作戦自体が間違っていたのだが。

冷静に考えてみれば、仮デートとは自称であり端からみればただの浮気でした。すみません。

 

しかし縮こまっている自分とは対照的に、共犯者である鮮花はいつも通りの口調でこちらの会話に割って入る。

 

 

「まぁお二人とも。七夜さんが優柔不断なのは今に始まったことではないですし」

「……鮮花ちゃん、自分が何したかわかってるの? 確かに鮮花ちゃんにはたくさん助けてもらっているけど、だからって何でも許すわけじゃ――」

「分かっていますよ、さつきさん」

 

 

静かに怒る弓塚を見据えたまま、彼女の言葉を遮る鮮花。

相手を上回ってやるという気概の強い語気、強い瞳。

何度も目にした自分にはわかる――コレは、鮮花が勝負に入る時の容貌だ。

 

 

「お二人に黙って七夜さんを連れ出したのは……すみませんでした」

 

 

立ち上がり、彼女は真摯に頭を下げる。

反抗的な口調からどんな言い分が来るかと身構えていた琥珀と弓塚は、突然の謝罪に口を噤いだ。

 

でも、と鮮花は続ける。

知っている。彼女の面持ちから見て、鮮花が謝罪だけで終わる筈がないということを。

意を決したように、琥珀と弓塚――そして自分を、逃げることない真っ直ぐな瞳で捉える。

 

 

「でも、私が今日お二人の呼び出しに応じたのは、謝罪をしたかっただけではありません。――お二人に、私も七夜さんと付き合うのを認めてほしい。その為に今日、この場に来ました」

「なっ、お前!」

「あ、鮮花ちゃん!?」

「……」

 

 

鮮花の爆弾発言に自分を含め、皆固まる。

いきなり何の冗談を、というには、鮮花の表情は真剣過ぎる。

真っ先に反応したのは弓塚で、驚愕に目を見開いたまま鮮花へ語気を荒げて言い返した。

 

 

「そ、そんなこと普通に許すわけないじゃん! 鮮花ちゃんだってわかってるでしょ!?」

「はい、さつきさんの反応は正常です。普通は許しませんよね、こんなこと。……でも、それは“普通”の人の話です」

「……私とさっちゃんが“鮮花さんとアキさんが付き合うのを認める”……そのような考えがあると言うことですね」

 

 

琥珀の問いに、鮮花が頷き肯定する。

 

 

「私だって無策のまま、七夜さんにアプローチはしませんよ。琥珀さん、さつきさんという彼女がいるからこそ、私を認めてもらう手段があります……元から、全く勝ち目のない戦いに応じる気はありません」

 

 

そう言って、鮮花は人差し指を眼前に出す。

1つだけ。その言葉とともに口を紡ぐ。

 

 

「琥珀さんやさつきさんと同じように、私が七夜さんと付き合うことのメリットは幾つかあります。

 今後も実力の近いもの同士、質の良い鍛錬ができること。

 貴重な魔術使いとして、遠野家の深い協力者となれること。

 他にも細かくありますが――最大の利点は『子供世代の横の繋がり』が増えること、その1点にあります」

「こ、子供世代? 横の繋がり? ……ってどういうこと?」

「……そういうことね。鮮花さんの言いたいこと、分かりました」

「えぇ! 琥珀ちゃん今ので分かったの!? せ、説明プリーズっ」

「そんなに慌てなくても、鮮花さんの続きを聞きましょう?」

 

 

頭にはてなマークを浮かべる弓塚、ついでに自分も。

そんなこちらとは対照的に、琥珀は一人納得していた。

見た感じ、琥珀からはさっきまで怒っていた雰囲気も無くなっている。

 

 

「さつきさん、これは簡単な話なんです。さつきさんは吸血鬼ですけど、師匠の魔術人形を介して三咲町で人間と同じ営みができるようになりました。そうすると、今のさつきさんにもう心配ごとはありませんか?」

「え、そんなことないよっ。確かに吸血鬼の体でいた頃に比べたら大した悩みじゃないけど……アキ君の優柔不断さに頭が痛くなったり、お父さんとお母さんにはまだ会って説明もしていないし、高校だって留年したまま。生まれてくる赤ちゃんだってどうなるか――」

 

 

そこまで言うと、弓塚は言葉を止めて何かに気付いたように鮮花を見る。

彼女の言いたいことに、弓塚の言葉を聞いて自分も気付く。

 

弓塚と自分の視線を受け止めた鮮花が、口元を上げた。

 

 

「そうです。さつきさんも琥珀さんも普通とは異なる力を持っています。パートナーである七夜さんも退魔の一族ですから、当然、生まれてくる子供は“普通の子供”ではありません」

 

 

死徒二十七祖の候補となり得るほど力を持った吸血鬼。

巫条の分家であり、優れた感応の力を所有する能力者。

そして七夜と浅神一族の混血者。

 

 

「常識から外れた異能は、同じく常識外のモノを引き寄せます。魔性の力が強ければ特に……さつきさんが一番、それを分かっているんじゃないですか?」

「……うん」

 

 

鮮花の問いに、弓塚は頷き沈黙する。

彼女の肯定を確認した鮮花は、続く言葉を口にする。

 

 

「異能を所持する子供たちのために親としてできることは、異能を制御する教育、世間一般での立ち回り方、そして私たちが年老いた後にも子供たちが心から頼りにできる存在――『血縁を主とした横の繋がり』、言わば多くの兄弟を残すことです」

「な、なるほど……!」

「いやいや、弓塚。関心するのはいいが、鮮花が言ってることは結構ぶっ飛んでるからな」

 

 

怒られている立場なのも忘れて、目を丸くして納得する弓塚に横やりを入れる。

鮮花の言っていることは正しいかもしれないが、やろうとしていることは無茶苦茶である。

 

と、こちらの言い分が気に食わなかったのか、頬を膨らませてこちらを睨みつける鮮花。

 

 

「なんで七夜さんがさつきさんをフォローするんですか。今回は私の味方の筈ですよね?」

「もうこれは味方とかそういう話じゃないだろ。それにだ、仮にその話を実現させるとして、鮮花と自分のこ、こどっ――」

 

 

言い淀んで舌を噛んだ。地味に痛くて泣ける。

顔が赤くなるのを押さえながら、言い直した。

 

 

「兄弟を残すことの利点は理解できる。吸血鬼や退魔の血を継ぐ子供だ。複雑な事情、隠し事はどうしても多くなるし、利害関係なく頼れる身内の存在は何物にも代えがたい。……まぁ、世の中には殺し愛をする兄妹もいると思うが……」

 

 

原作での志貴と反転した秋葉、凛と黒桜を思い出し、少し顔が青ざめる。

しかし、基本的に身内や兄弟といったものは友人や親友とは別次元で信頼がおける存在に他ならない。

 

ただ、鮮花の言い分には破綻があった。

 

 

「その……兄弟を増やすことと、鮮花と付き合うことは単純にイコールとはならないだろ?」

「あっ、そ、そうだよ鮮花ちゃん! 兄弟を増やすだけなら私や琥珀ちゃんが頑張ればいいだけなんだから。ね、アキ君!」

「いや、そうなんだけどね。そういう話は今はしないでほしいというか……」

 

 

天然故にとんでもないことを言い出す弓塚。

この子、吸血鬼化してから事あるごとにヤラシイこと言ってくるんですが……。

属性:淫魔とか隠しステータスが入っていないか心配である。

 

ともあれ、こちらの一言で鮮花の理屈の隙に気付いた弓塚。

否定された鮮花は、しかし動じた様子は見られない。

 

 

「そうですね。確かに子供たちの横の繋がりを増やすことと、私と七夜さんがお付き合いすることは繋がらないかもしれません。

 ――でも、いいんですか、さつきさん? 私、自分で言うのも何ですが、身内に加えるならかなりの優良物件だと思いますよ?」

「優良物件? 鮮花ちゃんが“発火”の異能を持ってるのは知ってるけど、それが子供たちの助けになるかはわからないし……」

「違いますよ。異能よりも皆さんに貢献できるもの――お二人に対する私の売りは『学問』、世間的な一般教養の分野です」

 

 

自信に満ちた顔で、鮮花は二人に言い放つ。

鮮花自身を遠野家、ひいてはこちらの身内として迎えるメリットは、異能よりも学術的な力にあると。

 

 

「琥珀さんみたいに薬剤師の資格を持っているわけではありませんが、純粋な学力なら全国模試で10位以内に入ってますから、私」※1

「じゅ、10位!? こ、校内でも県内でもなくて、全国で!?」

「魔術や体術も習っていてその学力……やはり天才か……」

 

 

鮮花が示した具体的な学力の数値を聞き、弓塚と二人で彼女の優秀さに驚き狼狽する。

頭がいいとは思っていたが、全国模試1桁台のレベルだとは知らなかった。

 

こちらの反応を見て、満足そうに笑みを作る鮮花。

 

 

「私には魔術回路はありませんから、異能はあっても魔術師の才はありません。血筋も、私の異能は遺伝的突然変異で発症したものですから、一般家系と変わりません。能力者としては私も、私が生む子も、さつきさんや琥珀さんの子に比べれば未熟で頼りないでしょう。

 ……ですけど、世間一般で見れば私は物凄い優秀な人間です。子供も同じとは限りませんが、七夜さんの血を継いだ私の子です。能力者として劣る代わりに、頭の良さなら負けない子になってくれます」

 

 

それが黒桐鮮花を身内に加える最大の利点だと、鮮花は三人を前に言い切った。

力で劣るが、知で勝る。

鮮花の言う通り、そのような子が兄弟としていてくれるのなら、確かにそれは心強い。

力での解決は、いつの時代も最終手段だ。

タタリの件で燈子さんやキャスターさんの策で完璧に対処できたように、深い知力、知恵は時に力よりも大きな効力を発揮する。

 

鮮花の言葉から連想される未来を脳裏に描く。

簡単に頷ける話ではないが、同時に、子供が異能に振り回されることない未来は親としては望ましい。

琥珀と弓塚も、思っていることは同じなのだろう。

鮮花の言い分は、安易に一蹴するような与太話ではないと理解できたのだ。

 

 

――肯定も否定もできない、方向性に行き詰った雰囲気の中。

先に口を開いたのは、またしても弓塚だった。

 

 

 

「――――でも、わたしはやっぱり許せないよ」

 

 

三人の視線が弓塚に集まる。

弓塚は静かに、それでいて迷いのない瞳で鮮花を見ていた。

鮮花は説得できなかったことが想定外だったのだろう。

彼女の顔に、少しだけ戸惑いが見えた。

 

 

「……理由を聞かせてもらってもいいでしょうか、さつきさん」

「うん、鮮花ちゃんの言いたいことは分かったかな。でも、わたしは感情的な面で、鮮花ちゃんがアキ君にアプローチするのが許せない」

「確かに倫理的な面ではいけないことかもしれません。しかし将来を考えれば――」

「違うよ、鮮花ちゃん。私が許さない理由は、もっとすごく単純なこと」

 

 

鮮花の反論に、今度は弓塚が相手の言葉を遮り強く言う。

自分と鮮花が付き合うことを許せないのは倫理的な話ではなく、違う面で許せないのだと弓塚は言う。

 

琥珀も弓塚の気持ちは読み取れないのか、弓塚の次の言葉を耳を澄まして待っている。

そして口を開いた弓塚は――少し語気を強めて、鮮花を叱るように言葉を繋いだ。

 

 

「だって鮮花ちゃん――お兄さんのことが好きなんじゃないの?」

「――っ!? な、なんで私が兄さんを好きなこと知ってるんですか!?」

「え、そこ突っ込まれるの、わたし!?」

 

 

弓塚の一言に衝撃を受ける鮮花……に対して、同じく衝撃を受ける弓塚。

いや、漫才やってるわけじゃないんだからさ、君たち。

 

 

「鮮花。一つ教えておくが……幹也さんへの好意を巧妙に隠せていると思っているのは鮮花自身だけで、周囲は皆気付いているからな」

「な、なっ!? ってことは琥珀さんも!?」

「あはは……鮮花さんのお兄さんに対する態度を見れば、気付かない人はほぼいないのではないかと」

「や、やだっ! 七夜さんと藤乃にしか話してないから、他の人は一切知らないと思っていたのに……な、七夜さんも意地悪ですっ!」

「おいよせ、こっちに八つ当たりするな」

 

 

恥ずかしさからか、割と手加減知らずなパンチを顔面目掛けて放ってくる鮮花。

慌てて防御して事なきを得る。七夜の動体視力が無ければ今頃鼻血を吹いていたに違いない。

防御されたのが悔しいらしく、鮮花はパンチを放った右手をそのまま広げ、こちらの手をぎゅーっと握ってくる。いわゆる握力攻撃である。

女学生にしては中々の握力。

だが攻撃として扱うにはまだまだ力不足で、手のひらから伝わる感触は痛気持ちいいレベルだ。

……恋人繋ぎになっているのが、少々気恥ずかしいが。

 

 

「ねぇ、目の前でイチャつくのやめよう? アキ君も……流石に切れるよ?」

「あ、はい」

 

 

人ではなく路傍の石を見るような、弓塚の極めて冷たい視線がこちらを射抜く。

くっそ怖い。

赤面していた鮮花も、思わず言葉を止めて固まった。

 

 

「で、鮮花ちゃん」

「は、はいっ」

「率直に言うとね……私は、鮮花ちゃんがアキ君のことを本気で好きになったとは思ってないの。だから、単純に鮮花ちゃんがアキ君にアプローチするのを許せない」

「そ、そんなこと――」

「だってさ、鮮花ちゃん。アキ君よりお兄さんに向ける気持ちの方が、全然、好きな気持ちは強いでしょ?」

「……っ!?」

 

 

弓塚の問いに、鮮花は確信に触れられたかのように表情を強張らせた。

鮮花の反応を見た弓塚は、やっぱり、と小さく呟く。

 

 

「それに、鮮花ちゃんがアキ君にアプローチし始めたのは聖杯戦争から帰ってきた後……わたしと琥珀ちゃんがアキ君と付き合い始めた時期だよね。更に積極的になったのは、この間、わたしたちが妊娠したのが分かってから……」

 

 

思い返すように言葉を紡ぐ弓塚。

いつもは自分と同じで頭の回転が鈍い彼女だが、人間の時から周囲の顔色には敏感だった。

人を、そして同性の気持ちを読み取る術は人一倍長けている。

 

 

「鮮花ちゃんがアキ君を好きな気持ちって--『誰かのものだから欲しい』とか、そういう気持ちじゃないの?」

「そ、それは……」

 

 

いつもは主張の弱い弓塚の、珍しく相手を正面から非難する言い方。

弓塚の言葉に思うところがあったのか、鮮花に先ほどまでのこちらを説得していた勢いは消えていた。

 

言葉に詰まる。

自分も何か言わなければと思考を巡らすが、弓塚に、鮮花に掛ける言葉がまとまらない。

 

 

(……考えたことはあった。鮮花の七夜アキハに対する好意は、もしかしたら彼女の起源『禁忌』から生じたものじゃないのかと)

 

 

起源と言っても、鮮花自身がはっきりと起源を自覚してはいないため、実際に『禁忌』に振り回されることはない。

少しだけ彼女の性格・思考に影響を及ぼす程度の筈。

どちらにせよ、こちらへの好意がどのような過程で生じたのかは当の本人である鮮花以外、誰にもわかる筈はない。

 

鮮花が弓塚の言葉を受け止め、七夜アキハへの気持ちは錯覚だと認めれば……この話し合いの幕は閉じる。

妊娠報告以前の、聖杯戦争以前の、鮮花との距離感に戻って終わりだ。

……それをなぜか、少しだけ寂しく思ってしまった。

 

 

 

「――ずるいです……」

 

 

弓塚の言葉を受け止めた鮮花が発した言葉は、静かな妬みの声だった。

 

二人ともずるい、と。

掠れた声で呟くと同時に、鮮花の瞳には仄かな怒りが燻っていた。

 

 

「あ、鮮花ちゃん? ずるいって、一体なにが……」

「私が……七夜さんにアプローチする隙なんて、最初はなかったじゃないですか。兄さんと違って、七夜さんには会った時から、隣にさつきさんと琥珀さんがいたんです」

 

 

顔を伏せ、ゆっくりと言葉を紡ぐ鮮花。

顔は長い前髪に隠れてしまい、彼女の表情は伺えない。

 

ただ、言葉の節から後悔の念だけは汲み取れた。

 

 

「三人の仲が、絆が強いのはすぐにわかりました。だって弓塚さんのために魔術師同士の殺し合いである聖杯戦争に参加するくらいですから。

……私だって、進んで報われない恋をする気はありません。いずれ、さつきさんか琥珀さんのどちらかが七夜さんの正式なパートナーになるのは……分かっていました」

 

 

三人の中に入り込む余地が無いのは分かりきっていたと、鮮花は声を震わせて言う。

 

 

「だからこそ私はずっと、七夜さんとは友人以上の線を超えないまま、好きと言う気持ちは兄さんのみに向けていましたし、それが最善と思っていたのに――まさか二人一緒だなんて、すごくズルいじゃないですか……!」

 

 

悔やみ、怨み、口惜しさ。

負の感情をのせた鮮花の視線が、弓塚と琥珀に向けられる。

 

 

「衛宮さんや遠野さんと違い、七夜さんは常識人です。でも、それ以上に責任感があって、情に弱い人だってのも知ってます。聖杯戦争で追い詰められても、衛宮さんを見捨られなかった人ですから……。

 さつきさんと琥珀さんとの三角関係にケジメをつける前に、既成事実が出来れば七夜さんなら二人一緒にとなるでしょうね。……ずるいと思います。悔しく思います」

「そ、そうかもしれないけど……わたしたちだって、これは偶然で――」

「偶然かどうかは関係ないんです! 言い訳がましいかもしれませんが、私がお二人と対等になるのは多分無理だと、そう思っていたんです。勝ち目のない、出来レースに参加する気はなかったから……それが二人一緒ってなんですかっ。それなら三人でもって思っても仕方ないじゃないですか!」

「でも……あ、鮮花ちゃんはアキ君よりもお兄さんの方が好きなんでしょ? なら、そんな中途半端な気持ちでアキ君に近づくのは駄目だと……思う、かな」

 

 

不満をぶつける鮮花に、弓塚がたじろぎながらも何とか言葉を返す。

が、それに対して鮮花はすぐに頭を振った。

 

 

「それはさつきさんの価値観で、性格で、今の環境だから言える言葉です。えぇ、私が兄さんを好きなのも、七夜さんよりもずっと好きなのも認めましょう。

 ――でも、兄さんは式しか見てなくて、私の気持ちはおそらくきっと実らない。十年以上想ってきた相手だからこそ、その心情も分かってしまいます。最後まで諦める気はありませんけど……報われない一途を抱えていられるほど、私は強くありません」

 

 

言って、鮮花は申し訳なさそうにこちらを見る。

幹也さんと比べ、恋する気持ちが劣っていたことを心苦しく思っているのか。

その考えが――とても鮮花らしくないと思い、長く閉じていた口を開く。

 

 

「……そんなこと、当たり前だ。鮮花の中では常に幹也さんが一番にいる。それは何もおかしいことじゃない」

「だ、だからって……そんなの、お兄さんの代わりにアキ君を選んだだけじゃん……」

「……さつきさんから見れば、そう思われても仕方ありません。私の七夜さんに対する気持ちは、さつきさんや琥珀さんと違って純粋なものではなく……多分、打算的です。

 兄さんよりも七夜さんに気持ちを向けた方が、私が報われる可能性が高いから……そこは、嫌な女と思ってくれて構いません」

「……」

 

 

心情を全て吐き出した鮮花に、弓塚も自分も押し黙る。

一途でないと強く鮮花を非難した弓塚も、彼女の本音に否定を重ねることはしなかった。

 

原作の鮮花はずっと一途に幹也さんを想い続けていた。

幹也さんと式さんの子供が生まれた後も、多くの男性から求婚されながらも応じなかった彼女。

劇中、何度も幹也さんにアプローチしつつも悉く上手くいかないその姿は、『空の境界』での鮮花の一つのキャラ付け、立ち位置でもあったのだ。

この世界の鮮花も寸分変わらず、幹也さんへのアプローチをあの手この手で行っていたので――そんな、誰にでもある弱さに気付かなかった。

 

報われない想い、空回りする恋心を見ていて楽しいのは、他人と創作の中だけだ。

当の本人は、笑い事では済ませられない。

例え相手が十年以上想ってきた幹也さん以外の男性でも――少しでも気持ちが芽生えたのならば、そちらの可能性も残しておきたいと考えるのが人の心だ。

 

それは優柔不断だったり、キープだったり、不貞などと呼ばれて皆に理解されるものではないかもしれないけれど。

でも、ずっと報われない恋を抱えていられるほど人は強くない。

片思いを諦めずに続けることと、報われない想いを不安に、悲しく思わないかは全く別の話なのだから。

 

 

「……こ、琥珀ちゃんは、何か言わないの?……その、鮮花ちゃんの考え方とか」

「……そうね」

 

 

鮮花に返す言葉が見つからなかったのか、弓塚が琥珀へと顔を向ける。

琥珀は鮮花と弓塚の会話に入らず、静観していた。

琥珀の中で逡巡して出した結論を、彼女はゆっくりと語り始めた。

 

 

「私は、アキさんに従いますよ」

「こ、琥珀ちゃんっ!?」

「落ち着いて、さっちゃん。別に昔みたいに“アキさんが正しい”、そういうことを言っているわけではないから」

 

 

反応して思わず立ち上がった弓塚に、琥珀は落ち着いた声で静止を掛ける。

弓塚へ、そして鮮花へと目線を映しながら、続きを話す。

 

 

「鮮花さんの言うメリットは、私にはとても賛成できるの。私の異能が利用されやすいのは、さっちゃんも知っているでしょう? もしも優秀な鮮花さんやその子供が身内としていてくれるのであれば、巫浄の血を引くものとして非常に心強く思えるの」

 

 

過去を思い出しながら、琥珀は心の内を口にする。

鮮花の意見は肯定できると、胸に手を当てながら一人頷く。

 

 

「同時に、さっちゃんの気持ちも理解できる。私たち三人の関係がどうであれ、それでアキさんへのアプローチを許していい理由にはならないから。

 鮮花さんがお兄さんを好きなまま、アキさんにも……そんないい加減な気持ちで近づいて欲しくないのは、私も同じ」

 

 

でも、と琥珀は続ける。

鮮花の本音を聞いた彼女は、鮮花に寄り添った意見を述べた。

 

 

「でも、私は鮮花さんを非難できない。結果として私とさっちゃん、アキさんは一緒になったけど、ならなかった未来も十分にあり得た筈だから。……もしもさっちゃんとアキさんが一緒になった未来だったら、私は……鮮花さんと近いことを、していたかもしれない」

「こ、琥珀ちゃん……それは、そうかもしれないけど……」

「うん、だからね、私はアキさんの判断を尊重するわ。私たちは当事者だけど、それでも本質的にはアキさんと鮮花ちゃんの気持ちの問題だから」

「……鮮花ちゃんの意見に賛成も、反対もしないってこと?」

「さっちゃんには悪いけど、どちらかと言うと鮮花さんに賛成……寄り、かな。でも、さっちゃんの気持ちも分かる。だから――」

 

 

そう言って、琥珀はもう言うことはないとばかりに口を噤む。

弓塚も琥珀の意見を聞いて眉をひそめるも、反論はない。

代わりに、弓塚の不安げな目線がこちらを捉えた。

 

 

「……どうするの、アキ君?」

「……」

 

 

黙っている自分に問いかける弓塚。

鮮花の考え、弓塚の感情、琥珀の判断。

彼女らのそれらを聞いたうえで、自分が言うべき言葉は――

 

 

「七夜さん」

 

 

言葉を発する手前、鮮花が立ち上がり呼び掛ける。

手を引かれ、こちらも思わず立ち上がった。

 

目の前に、神妙な面持ちでこちらを見据える鮮花の姿。

先日の、ネックレスを渡す時と重なった。

その時以上の真剣さと、心細さとが混じった瞳を向けながら――重い口を無理やり開けるように、短く、想いの丈を口にした。

 

 

 

「――三番目で構いません。私を彼女にしてくださいっ」

 

 

告白と同時に、鮮花は頭を下げる。

彼女らしくない、最低な言葉を口にした鮮花の告白。

……こんなことを言わせている、他でもない自分が酷く醜く思えた。

 

 

 

「……悪い。鮮花の気持ちは受け取れない」

「――っ」

 

 

だからこそ、簡潔に。

自分の中で決まっていた答えを、鮮花に返した。

 

鮮花の端正な顔が歪む。

こちらを見つめる視線に怒りはない。

ただ、彼女らしくない悄然、呆然の色だけが見て取れた。

 

 

「……やっぱり、駄目ですよね」

「……」

 

 

静かに頷く。

 

 

(いつも勝気で、騒々しくて……でも毎回背中を押してくれて、一緒に悩んでくれて、そんな鮮花と友人以上の関係でありたいと思う自身も確かにいる)

 

 

もしもこの世界で、七夜一族への憑依でなかったなら。

『空の境界』本編に近い位置で、世界に呼ばれたのならば――きっと、自分と鮮花の関係はもっと近いものへとなれたかもしれない。

 

でも、そんな仮定の話に意味はない。

今の自分は、この世界で既に琥珀と弓塚というパートナーがいて、彼女たちのお腹の中には新しい命が宿っている。

常識的に考えて、どんなメリットがあろうとも鮮花と関係を深めることは、二人への裏切りに他ならない。

鮮花への想いは、感情は、自分の心の内にだけ閉まっておけばいい話だ。

 

 

「ごめん……」

 

 

余計な言葉は口にしない。

ヘタなこと言って、応えられない期待を彼女に与えたくはない。

 

容姿端麗で、成績優秀で……常人以上の行動力で成功を掴む鮮花。

彼女には間違いなく輝かしい未来がある。

それをこんな自分の優柔不断さで――万が一にも保留などして、鮮花の可能性を潰すことはしちゃいけない。

 

 

「……馬鹿ですね、私。こうなること、分かってたのにっ」

 

 

絞り出すような細い声で、鮮花は答える。

もう何も言うことはないと、聞くことはないと――彼女は踵を返して駆け出した。

 

何かを口にする間もなく、鮮花は勢いよく扉を開けて逃げるように出ていった。

自分の答えで鮮花がどのように反応するかなんて想像していた筈が、想像よりも遥かに胸が苦しく、痛い。

 

少なくとも自分と弓塚にとっては正しいと思っていた決断なのに、これが本当に正しかったのか疑ってしまう。

猛反対していた弓塚も同じことを思っているのか、その顔には小さく後悔の色が見て取れた。

 

 

「わたし、鮮花ちゃんの泣いてるところ、初めてみた……」

「……そうだな」

「これで良かったのかな……その……追いかけないの、アキ君?」

「追いかけたって掛ける言葉がないだろ。それに、最初から正解はこれしかなかった……筈だ」

 

 

去り際、鮮花は涙を流していた。

幹也さんと上手くいかず涙目になることは多々あったが、彼女と知り合ってからこれまで、涙を流す姿は見たことはなかった。

 

告白して、振られて、当然、鮮花が今日戻ってくることはないだろう。

辛い結末だが、どの道、鮮花との関係がエスカレートすれば琥珀と弓塚に隠しているわけにはいかなくなる。

 

遅かれ早かれ、こうなることは避けられなかったのだと罪悪感を消すため思い込んだ。

弓塚も琥珀も、鮮花が出ていった方を見つめて黙ったまま。

ポツポツと振り出した雨が、伽藍の堂全体を暗く冷たく包み込んだ。

 




※1 参照:アニヲタwiki 黒桐鮮花


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8. 鮮花√ (下)

【1週間後 遠野の屋敷にて】

 

 

 

「――というわけで、アキさんとさっちゃんにご紹介しますね。今日から週末のみ臨時のお手伝いさん、つまりメイドとして採用されました黒桐鮮花さんです」

「はい、妊娠されたお二人の代わりとして、土日のみですが遠野家お屋敷の家事をサポートします。よろしくお願いしますね」

 

 

お昼にはまだ早い時間帯。

再建された遠野の屋敷、その自室で寛いでいたところ、子供っぽい笑みを浮かべた琥珀に手招きされて部屋を出た。

何用かを告げられないまま階下に連れてこられたら、そこには遠野家支給のメイド服を纏った鮮花の姿が。

かなり可愛かった。

 

 

「……いやいや、何がどうしてそうなるんだよ!?」

「あ、鮮花ちゃんがメイド? え、何で?」

 

 

一緒に呼ばれた弓塚も、隣でこの現状に困惑している。

メイド服を纏っているということは、既に秋葉を通して正式採用済みということだろう。

屋敷の管理となれば十中八九、琥珀が絡んでいる筈なのだが、琥珀から自分へ鮮花を雇うなんて話は一切されていない。

弓塚の反応を見るに、彼女も今初めて知った話らしい。

 

琥珀が珍しくも自分と弓塚抜きに秘密裏に進めた理由は――まぁ、相談したら難色を示すと思ったのだろう。

それは多分、間違っていない。

一週間前に弓塚は鮮花を非難し、自分は彼女の好意を断ったのだ。

鮮花と今後どのように接していくかは、未だ決めあぐねているのだから。

 

いきなり目の前にメイドとして現れた鮮花に、言いたいことがまとまらない。

が、弓塚は一足先に再起動して、鮮花に――心配そうな声色で、問い掛けた。

 

 

「その……鮮花ちゃん、大丈夫なの?」

 

 

弓塚が見せた表情は戸惑い。

先日、鮮花の考えをはっきりと非難した弓塚だが、普段の仲が悪いわけではない。

自分と同じく、鮮花とは3年以上の付き合い、友人だ。

謝罪こそしないものの、鮮花の心情を気に掛けるのは、弓塚の性格なら当然だろう。

 

問い掛けられた鮮花はほんの一瞬、表情に陰りを見せる。

しかし、それを振り払うかのように明るい声で言葉を返した。

 

 

「お気遣いありがとうございます、さつきさん。でも、もう一週間前の話ですので。……それに、さつきさんには私の気持ちが本物ってことを見てもらわないといけませんから」

「あ、あはは……すごいね、ちょっと驚いちゃった……かな」

 

 

鮮花の行動が予想外だったのか、呆気に取られた風に押し黙る弓塚。

これも七夜アキハに対してのアプローチであることは明確なのに、弓塚の表情に先日のような怒りは見えない。

どちらかと言うと、絶句と言うか、鮮花に言う言葉が見つからないとか――あと少しだけ、瞳に羨望の色が見て取れた。

 

 

「……おい、鮮花。ちょっとこっち来い」

「ちょ、ひ、引っ張らないでくださいって、七夜さん!」

 

 

まぁ弓塚の心情はさておき、こちらもメイド鮮花の衝撃から回復したので彼女を質問攻めするため無理やり手を引き、場所を変える。

琥珀と弓塚がいても構わなかったが、二人きりの方が何かと本音を喋りやすいし聞きやすい。

 

当惑気味の弓塚、終始微笑んでいる琥珀に背を向けて、鮮花を連れて階段を上がり、自室へと入って鍵を閉めた。

 

 

「い、いきなり部屋に連れ込んでどうする気ですか! ま、まさかメイドだからって無理やり私を――ふ、不潔です、七夜さん!」

 

 

と、部屋に入るなり頬を赤くして抗議の声をあげる鮮花。

手を振りほどき、こちらから逃げるようにしてベッドに飛び込む。

……ちょっとテンション高すぎない?

二人きりになったからと言って、いきなり漫才を始めないでほしいんですが。

あと、勝手に人の枕の匂いを嗅ぐのはやめなさい。

 

 

「こら、枕を返せ。というかメイドが積極的にベッドをしわくちゃにしてどうする」

「むっ、七夜さんにしては的を得たことを言いますね……仕方ありません」

 

 

渋々とベッドから身を引き、ベッドの皺を直す鮮花。

ちらりと、ベッドメイク中の鮮花の後ろ姿を視界の隅に映した。

 

メイド服のデザインは翡翠が纏っているものと全く同じだが、着る人によって与える印象が大きく変わる。

翡翠はメイドとしての作法も昔から仕込まれており、髪の色も日本人とは離れた赤毛のため、西洋の、本場のメイドさんという感じが強い。

対して、目の前のこちらに背を向けている鮮花はお嬢様的教養を受けてはいるがメイドのそれではないし、長い黒髪は大和撫子を彷彿させる。

 

何が言いたいかと言えば――新鮮さもあり、見惚れてしまったということである。

 

 

「むっ……やっぱり邪な視線を感じるんですが」

「き、気のせいだろ……それでだ、聞きたいことが幾つもあるんだが」

 

 

振り向き、警戒の色を込めた瞳をこちらに向ける鮮花。ついでにお尻を押さえる。

見てないと言ったら嘘になるが、視界に入ってしまっただけなので勘弁してほしい。

というか、襲っても実は怒られないのでは? ……いや、もちろん襲わないけど。

 

鮮花のメイド姿に釘付けになる目線を無理やり逸らし、本来すべき会話へと思考を戻す。

 

 

「礼園女学院ってバイトできたっけ? あそこ、お嬢様学校だろ」

「学院に遠野財閥での研修と言ったら、簡単に許可貰えましたよ。まぁ、普通の生徒では無理かもしれませんけど、私ってほら、女学院の中で“傭兵”的な立場ですからね。次の全国模試でも上位に入ると前提に、特別待遇ですよ」

 

 

ベッドメイクの終わった鮮花が、こちらに向き直り得意げな顔を見せる。

いつもの口調、いつもの表情。

一週間前に自分は彼女に酷いことをした筈なのに、まるで変わらない鮮花との距離感に心の整理が追い付かない。

 

耐え切れず、問い掛けた。

 

 

「……その、弓塚も言ったが……無理して“今まで通り”を続けなくてもいいんだぞ? 鮮花の好意は受け取れないと言ったが、だからと言って友人をやめるわけじゃない。まだ一週間しか経ってないし、これからゆっくりと互いの距離感を探っていけばいいんじゃないか?」

「はぁ? 何言ってるんですか、七夜さん? 相変わらず、馬鹿と言うか鈍いですね」

 

 

心底気遣って紡いだ言葉を、心底呆れた口調で投げ返される。

一週間前に告白してきた子とは思えない態度である。

深く溜息を吐いた鮮花は少し眉を吊り上げながら、まるで勉強が分からない子を教える調子でこちらを見上げた。

 

 

「いいですか、七夜さん。一週間前、師匠の工房で琥珀さんやさつきさんを交えて話し合いをしましたよね。あの場で判明したことはなんでしょう?」

「……鮮花が告白してきて、それが無理だったということ……じゃないのか?」

「こ、告白の成否は重要じゃありません。いえ、確かに重要かとも思いますが……そ、それは今はいいんです。分かったことはですね――」

 

 

告白というワードに若干頬を染める鮮花。

恥ずかしさを思い出したのか、こちらを怨みの籠った視線で睨みつける。うーん、理不尽。

 

コホン、と咳払いを一つ。

鮮花は確信を持った表情で続く言葉を言い放った。

 

 

「分かったことは、さつきさんに対しては真剣さが、七夜さんに対しては時間が、それぞれ私に足りなかったということです」

「……なんだ、それ?」

「私が七夜さんへの告白を成功させる為の要因ですよ。この間、はっきりと分かったじゃないですか」

 

 

そう言った鮮花は、メイド服を翻しながらぐるりとこちらの周囲を歩いて回る。

 

 

「琥珀さんは私の意見に賛成してくれました。私と思考が似ているところや、琥珀さん自身の生い立ちが後押ししてくれたのでしょう。

 ただ、さつきさんは吸血鬼ですが心は誰よりも一般人でした。私や琥珀さんと異なり、さつきさんは感情で動くタイプで――メリットよりも、私の心を見ていました」

 

 

失敗しましたと、若干悔しそうに鮮花が呟く。

部屋を観察し終えた鮮花は、再びこちらの正面に立った。

 

 

「琥珀さんにはメリットを提示する。さつきさんには想いの真剣さを認めて貰う。そうすることで、私が七夜さんと付き合うことができる。それが先日の話し合いで判明したことですよ。

 元々1回で全て上手くいくとは思っていませんでしたから、想定内ではありますけど」

「いや、ちょっと待て鮮花。こっちの気持ちもあるだろ……っていうか、当事者を放っておいて勝手に付き合うな」

「そんなことありません。ちゃんと七夜さんの気持ちは汲んでありますよ。その上で、琥珀さんと同じく七夜さんも解決済みです」

 

 

当たり前の言葉を掛けた筈が、不可解な言葉を当然のように返される。

自分は鮮花からの告白を受けて、それを心苦しくも断ったのは紛れもない事実だ。

 

鮮花の言動に理解できず、頭を悩ませる。

そんなこちらの困った顔に、クスリと笑い口元を緩める鮮花。

考えていることはお見通しと言わんばかりに、悩みの答えを言葉にした。

 

 

「だって七夜さんって物凄く情に弱い人ですから。あと数年したらもっと情が湧いて、きっと断れなくなっています。

 というか、私が告白した時点で七夜さんにしては小難しい顔していましたし。大方、琥珀さんやさつきさんよりも先に私と知り合ってたら付き合っていた――そんなことを考えていたのでしょう?」

「…………」

「ふふ、やっぱりそうでしたか。だとすると、あとはさつきさんが私を認めてくれれば私の勝ちですねっ」

 

 

勝手に問い掛けて、勝手に思考を読んでガッツポーズを決める鮮花。

黙秘権が役立たず。怖い後輩である。

 

 

「こうなると、さつきさんの攻略が私の命運を握っているわけですけど……実は、さつきさんの方も既に攻略の切っ掛けはできているんです。

 先ほど、さつきさんがどういう目で私を見ていたか、七夜さん気付きました?」

 

 

スラスラとまるで論文を発表するかのように鮮花は喋る。

彼女の思考や洞察力に理解が及ばず、悔しさを感じながら首を振る。

 

 

「何も変わっていなかったと思うが……しいて言えば、この前ほど鮮花に怒ってはない、くらいか?」

「怒る怒らないではなく、私への印象自体が変わっていました。この前は……そうですね、さつきさんが私を見る目は泥棒猫と言いたげな感じで、警戒心が強かったです。でも、今は先輩が後輩を見守る系の目に変わっていました」

「その、変わった原因はやっぱり……」

「はい、私がさつきさんの目の前で七夜さんに告白して振られたこと。それでも、今こうして諦めていないことが、少しですが、さつきさんの心に響いたのかと。

 ……女性側から告白するのって、すごい勇気が必要ですから。しかも、あれほどはっきりと言葉にするのは。多分、さつきさんもしたことありませんし、私の本気がどうであれ伝わったのなら幸いです」

 

 

あと振られたから可哀そうだと同情も誘えますね、と鮮花は付け加えて呟いた。

なるほど彼女らしい打算的な思考だと思うと同時に、目の前の少女に抑えきれない疑問がわく。

一度、はっきりと振ってしまった相手に聞いて良いことではないかもしれない。

一見、平然と変わりない態度を見せる鮮花も、実は気丈に振舞っているだけかもしれない。

だから、訊きたいけど訊く勇気が自分にはない。

 

 

「――で、何を私に訊きたいんです、七夜さん?」

「……は?」

「は? じゃないですよ。分からないことがあるって、顔に書いてあるじゃないですか」

 

 

書いてるとか幻覚だから……とは言えなかった。

心の内を読まれるのは悔しいが、せっかく鮮花がお膳立てしてくれたのだ。

彼女の心境がどうであれ、今はこの察しの良すぎる後輩に感謝して口を開いた。

 

 

「……なんで、好きになったんだ?」

「……それ、訊きます?」

「いや、すまん。デリカシーがないのは分かってるし、言いたくないなら言わなくていい」

 

 

こちらの問いを予想していたのか、鮮花に動じた様子はない。

ただ、苦虫を潰したような表情に変わる。

物凄く言いにくいにだろう。

真っ当な理由というより、至極単純か複雑かのどちらかか。

 

言いあぐねる鮮花に、別に喋る必要はないと静止を掛ける――のを振り切って、鮮花はこちらの問いにゆっくりと答えた。

 

 

 

「――特別だと、思ったんです」

「特別?」

「はい。……その、最初に謝罪しておきますけど、実はさつきさんの言う通り、七夜さんを明確に意識したのは七夜さんがお二人と付き合ってからです。

 ただ、始まりの感情はもっと前にありました。……伽藍の堂で七夜さんと過ごすうちに、私は七夜さんに他の人間にはない『特別』を薄っすらと感じたんです」

 

 

特別。

まるでそのワードが鮮花の恋の中心にあるように、鮮花は言う。

その彼女の特性を、もちろん自分は原作知識として知っている。

ただ普通の人には理解できないことであり、それは鮮花もわかっているのだろう。

遠野アキに伝わるように、鮮花が自身の特性を説明する。

 

 

「私、昔から特別なものに憧れるんです。多分、一般の人が惹かれるよりもずっと強く、私にとって『特別』は特別なことだったんです。

 兄さんを好きになったのもそう。七夜さんには理解できないと思いますが、私の兄は普通で、どこまでも普通でしかなくて、誰かの特別にはなれない人……私が兄さんを好きと想う原点は、兄の持つ普通さを『特別』と感じたからです」

 

 

昔を懐かしみ、瞼を閉じながら言葉を紡ぐ。

鮮花が思い出しているのは、幼少の頃、祖父の葬式での出来事だろう。

幹也さんは親しい祖父の死にすら、涙を流すことはできなかった。

『普通』の人であるが故に、誰かの特別になることがない。だから祖父の死も幹也さんが特別に涙を流すことがなく……それが、鮮花の初恋だった。

 

 

「さて、ここで問題です。私は一体、七夜さんの何を『特別』と感じたのでしょうか?」

「……退魔の混血、それとも端くれだけど魔術師だから……とか?」

「うーん、それは違います。私、所長の付き添いで他の男性の魔術師とも会ったことありますが、七夜さんのような『特別』は感じませんでしたので」

「……彼女二人いるところ?」

「それも、知り合ってからかなり後の話なので違います。あと、それは『まとも』じゃないだけで『特別』とは言いません」

 

 

こちらの回答に返ってきたのは、鮮花の心底呆れた表情。

そもそも、自分自身のこととは言え鮮花の『特別』の定義をこちらは知らない。

七夜アキハの何を『特別』と感じたのか。

答えに詰まるこちらを見かねた鮮花が、仕方ないですね、と微笑みながら解を述べた。

 

 

「正解は――私も分かりません」

「……え?」

「分からないんですよ、なんで七夜さんを『特別』と感じるのか。兄さんの時ははっきりと自覚できたのに、七夜さんは『特別』という気配だけで、正確な言葉にできないんです」

 

 

全く何でですかねー、と自分のことなのに理解できていない鮮花は、その言葉とは裏腹にそこに不満な気持ちは見られない。

分からない、それでも『特別』は確かにあると、そう確信持った表情を鮮花は見せた。

 

鮮花にも分からない、それでも確信している七夜アキハ――遠野アキの『特別』さ。

 

言われて、一つの可能性が脳裏を過ぎる。

いつか橙子さんに言われた言葉。

七夜アキハは抑止力に呼ばれた存在ではないか、そんな橙子さんの仮説を思い出す。

 

この世界は原作と幾つか差異があり、 “主人公”の死が近い不安定な世界だと。

夏の惨劇、遠野四季の暴走に一向に駆け付けなかった槙久。

聖杯戦争で令呪が刻まれず、セイバーを召喚できなかった士郎。

美咲町に現れず、第五次聖杯戦争に参加したシオン。

 

どれも死が確定していたわけではない。

槙久が来るのがどれほど遅くとも、暴走した四季が志貴や秋葉を殺さない可能性もあるかもしれない。

ただ、あの時の四季は七夜アキハに致命傷を与え、遠野志貴を瀕死にさせても止まらなかった。

秋葉を守る人がいなくなり秋葉が倒れれば――志貴の命は繋がらない。志貴が死の淵から戻ったのは、秋葉の能力のおかげなのだから。

 

士郎も、シオンも、七夜アキハの介入がなくとも無事生き残れた可能性はあるかもしれない。

しかしそれも可能性があるだけで確実性、実効性は限りなく低いのかもしれないが。

 

これらの仮説が正しいのならば、鮮花の解になり得るのだろう。

七夜アキハは真に抑止の存在であり、このズレた世界の『特別』である。

もし、本当にそうであるならば……

 

 

「……それは、分からないかもな」

「え、何ですか、七夜さん?」

「いや、何でもない。ちょっとした考えごとで、もう終わった」

 

 

首を傾げる鮮花に、思わず苦笑する。

本当に抑止の存在を感じているならば、鮮花が見ているのは七夜アキハの、更にその向こう側だ。

前の世界、憑依前の“自分”という意識は疾うに消えたが、今更、良く見つけてくれたものだと――ほんの少しだけ、七夜アキハ、遠野アキとして嬉しく思った。

 

苦笑いを浮かべるこちらにおかしな人を見るような目線を鮮花は向ける。

が、次には姿勢を正して凛とした、綺麗な薄黒い瞳でこちらを見据えた。

 

 

「……七夜さん、だから、改めて謝らせてください」

 

 

告白した時と同じ雰囲気。

しかし悲しそうな、まるで鮮花自身を哀れむような声色で彼女は謝罪の言葉を紡ぐ。

 

 

「七夜さんへの想いは……さつきさんの言った通り、兄さんに向ける想いより強くありません。『特別』をはっきり自覚している兄さんへの想いと比べて、七夜さんの『特別』は私自身分からなくて……」

 

 

でも、と鮮花は否定するように首を振る。

 

 

「七夜さんへの想いは嘘じゃありません。『特別』は切っ掛けで、想いが育ったのは私自身の本当の気持ち、本物なんです。

 ――だから、3年……あと3年、私にチャンスをください」

 

 

これ以上ない鮮花の真剣な眼差しを身に受ける。

悲哀さと覚悟を込めたその眼差しに、彼女が告げる言葉をじっと待つ。

 

 

「3年、私とこれまで通りに接してください。その間に、さつきさんに私の本気を認めて貰います。

 ……兄さんへの想いをすぐに無くすことはできません。でも時間を掛けて、兄さんへの想いをちゃんと全部消化して……さつきさんが言う、本気の想いになれるようにしますから――」

「それは、駄目だ」

 

 

何を言うかと思って聞いてみれば、鮮花は実に酷い話を振ってきた。

耐え切れず言葉を遮る。

言葉を被せられた鮮花は、否定されると思っていなかったのか珍しく困惑した顔をこちらに見せた。

不安そうに、メイド服の胸元を両手で握っている鮮花の姿が目に映る。

 

 

――らしくない。

 

 

先日の告白と同じ感想を抱く。

そう、こんなの全然、黒桐鮮花らしくないじゃないか。

 

 

「鮮花。幹也さんを諦める必要なんてないんだよ」

「え、でも……」

「いいから聞いてくれ。大体、弓塚が言う“本気の想い”はあくまで弓塚の考え方だ。そりゃ、認めて貰うには言われた通りにするのが手っ取り早いが……それで、鮮花は本当に納得してるのか?」

「……それは、その」

 

 

こちらの問いに、鮮花は珍しく言葉を濁らせる。

 

分かっている。

先日、弓塚にや琥珀をズルいと慟哭した彼女の言葉を、自分も聞いた。

鮮花が一番好きなのは幹也さんで、でも幹也さんが鮮花に振り向くことはきっとない――そう、他の誰でもない鮮花自身が思っている。

だから叶わない本命の恋心よりも、まだ叶う見込みのある二番目の恋心を実らせたい。

 

気持ちは理解できる。

でも、これまで自分の背中を押してくれた鮮花だからこそ、そんな彼女らしくない妥協した恋心で人生を送ってほしくない。

 

 

「何を焦っているか知らないが……3年とか、悲しいこと言うな。5年後も10年後も、鮮花と関係が続いていくことは変わらないし、藤乃さんや幹也さん、式さんとも同じだ。

 それに……幹也さんにアプローチを続けながら、弓塚に本気を認めさせることだって、鮮花ならできる……と思う」

 

 

もちろん鮮花の言った3年が『鮮花自身の恋心に見切りをつけるリミット』ならば、何も言うことはない。

自分という一人の男性に固執しなければいけないほど、彼女の世界は狭くない。

3年で駄目ならスッパリと諦めて、他の恋心へと移していく……それは、何もおかしいことじゃない。

 

ただ自分や弓塚に気遣ってこちらへのアプローチ……迷惑を掛けるのを3年と決めたのならば、それは要らない気遣いだ。

七夜アキハとして苦しい時期に同じ目線で切磋琢磨して、多くを助けてくれた鮮花の存在は、自分にとって非常に大きい。

鮮花とはどんな形であれ、例え会う頻度が少なくなろうとも、紡いだ絆は切れることはないと信じている。

 

 

「……鮮花のことだって大事に想ってる。だからこそ妥協したり気を遣ったりしないで、本当に鮮花のしたいことをすればいいし、してほしいと思ってる」

「私のしたいように……ですか?」

「あぁ、もちろん場合によっては弓塚が怒るかもしれないが……うん、その時は謝るし、機嫌直すようあの手この手を使って頑張ってみるさ。伊達に長く付き合ってるわけじゃない。

 ……だから、鮮花には幹也さんを諦めてほしくないし、一番に好きでいてほしい。これは……この間の告白の返事の続きだと思ってくれ」

「……」

 

 

聞いて、鮮花は熟考するように沈黙した。

恋心を実らせたい彼女と、妥協だけはしてほしくない自分。

彼女の描いていた未来が、少しずつ頭の中で書き換わる。

 

長い沈黙が降りる。

その間、こちらは彼女の考えが纏まるのをじっと待つ。

 

長考の末、鮮花は確認するように、そしてこれから歩む道の不安を掻き消すようにポツリと呟いた。

 

 

「……私、勝負ごとには勝ちたいんです」

「あぁ、知ってる」

「……先ほどは兄さんへの想いを無くしていくと言いましたが、実は無くせる自信もありません」

「あぁ、それも知ってる」

 

 

一つ一つ、言葉を紡いでいく鮮花。

こちらも、彼女の言葉を肯定するように頷き、続ける。

 

 

「……兄さんにも、七夜さんにもアプローチするとか、とても優柔不断な女性になってしまいます」

「別にいいじゃないか。お互いに世間とはズレた、表裏を歩く魔術使いだ。……こっちだって、琥珀と弓塚の両方を好きでいるわけだし」

「……七夜さんって、情に弱いし隙が多くて、見ててチョロい感じがしますから。私がこんな状態になってしまったのも、99割、七夜さんが悪いです」

「……いや、それは人のせいにするなよ」

「むぅ、今は何でも肯定してくれるんじゃないんですか。心が狭いですね、もうっ」

 

 

流石に頷けない話だったので断ったら、理不尽とばかりに鋭い目線を送る鮮花。

何でもとか言ってないから。

あと99割悪いとかおかしいし。頷いたら、自分は大悪党になってしまうのではなかろうか。

 

少しだけ緊張が解けたのか、鮮花の表情が柔らかくなる。

いつもの勝気で、凛とした面持ち。

自分も彼女もぎこちなくだが、ようやく普段の距離感で接するようになってきた。

 

 

「告白した相手のことをチョロいとか……他の男性なら怒るからな、それ」

「事実を言ったまでです。全く、少しは兄さんを見習ってくださいよ。朴念仁なところもありますが、七夜さんに比べたらずっとガードが固いんですからっ。

 大体、七夜さんがお二人と同時に付き合うなんて非常識なことしなければ、私も七夜さんにアプローチしなかったんですから。その点だけは絶対に七夜さんの責任ですよ。この優柔不断、女泣かせ、不潔っ」

「……」

 

 

暴言の嵐に、思わず押し黙る。

デートをしたし、頬にキスされたし、告白もされた。

でも悪態をつく鋭さは一向に変わる気配はなし。

心は硝子で傷つきまくるが……そこがどうにも鮮花らしく、それが嬉しく苦笑した。

 

 

「な、なに笑ってるんですか。兄さんを諦める必要ないって、七夜さんが言ったんですからね。今まで通り――いえ、今まで以上にアプローチしますし、もう止めても遅いですから」

「笑ったのはそこじゃないんだが……まぁ、いいと思うぞ。自分も、妥協しない鮮花が好きだし」

「……え、えっと、もう一回言ってもらえます?」

「……いや、忘れた」

「嘘ですよ! 『妥協しない鮮花が――』の続きです! ほら、言ってくださいよ!」

「こら、やめろ! 胸倉掴むな!」

 

 

口を滑らせた、自然と口から出てしまった。

誤魔化す間もなく、詰め寄ってリピートを要求する鮮花。

襟元をきつく掴まれて前後に揺すられる。吐きそう。

 

 

「むぅ、強情ですね。減るもんじゃないですしいいじゃないですか」

「減るだろ、人間性とか常識力とか色々と……とにかく今のは忘れて、そろそろ仕事に戻ったらどうだ? 出勤初日だろ」

「七夜さんに連れ込まれたからセーフですー。あと『妥協しない鮮花が好きだし』はちゃーんと脳内録音しましたので」

「……他言無用で、できれば忘れてください」

「ふふ、そこは七夜さんの今後の態度次第ですね」

 

 

こちらの弱みを握ったのがよほど嬉しかったのだろう。

心に余裕のある満面の笑みを鮮花は見せる。ファックである。

 

ただそろそろ戻らないといけませんねと、鮮花はくるりと入り口の方へと顔を向けた。

足を進めて扉の前へ。ガチャリと、施錠していた鍵を外す。

 

 

 

「――七夜さん」

 

 

ふと、自分の名を呼ぶ鮮花。

その表情はいつも通りでちょっと違う。

まるで互いの関係が少し変わった――前進したような雰囲気の中、鮮花が今の想いの丈を伝える。

 

 

「好きって……表現するだけは、疲れるんです。私、兄さんにたくさん好きを表現してますけど、いつも受け流されてばかり」

 

 

ちょっとした不満を言うような、鮮花の言葉、鮮花の想い。

仮デートから告白、遠野家でメイドと、ここ数日で鮮花との関係はややこしくも更に近いものと変化した。

それは、これからも変わらない。

いや、もっと面倒で、刺激的で、楽しいものに変わっていく――そんな予感がした。

 

 

「私、好きに飢えてますから……そうですね、さっきみたいに七夜さんが私に『好き』と言ってくれると、私はとても嬉しいです。

 七夜さんから『好き』を満たしてもらう。そのエネルギーがあれば、私も兄さんへのアプローチをずっと頑張れる気がします……えぇ、素敵な未来で、理想的だと思います」

 

 

何やら都合の良い妄想を羅列する鮮花。

自分はそんな好き好き言う性格じゃないし、そもそも鮮花に好きと言ったことはない。

……さっきのはノーカンだよね?

理想に浸ってトリップしている後輩に、手遅れになる前に忠告する。

 

 

「あの、鮮花さん? アプローチは構わないとか、気遣わなくていいとは言ったが……その、求められても応えるかは別の話であって……」

「えぇ、いいんですよ。“今”はそれで構いません。平和になって、お子さんもできて……七夜さんが遠くへ行ってしまう感じがして、私は少し焦っていました。

 ――でも、焦らなくていいと。関係はこれからもずっと続いていくと、七夜さんは言葉にしてくれました」

 

 

明るい陽射しが部屋に差し込む。

 

鮮花。

その名の通り、彼女の人生は凡人には染められない鮮やかな出来事に彩られたものとなる。

そう思わせるほど、今の彼女の表情は花のように美しかった。

 

 

「“今”は何も実っていませんが、これから私が実らせます。七夜さんにも口が滑るのでは足りないくらい、たくさん愛を囁いて貰います」

 

 

希望に満ちた瞳が、こちらを捉える。

これは勝負ですよ、と言いたげに。

そして絶対に負けませんよと、強い意志を精一杯の言葉に込めて、

 

溢れんばかりの笑顔で、宣戦布告に似た『約束』を言い放った。

 

 

 

「だから――遠い未来で構いません。次はちゃんと私を見て、好きって言ってくださいね、七夜さん!」

 

 

 

 

 

 

 

……過去を振り返れば、ここが多分、互いの関係を決定づけた分岐点。

勝負の行方がどうなったかは――散々、橙子さんに酒の肴にされたとだけ言っておこう。

 




以上、リクエスト頂きました鮮花√でした。
プロットありませんでしたが本編・外伝に違和感なく書けていれば幸いです。…ちなみに憑依in月姫no後日談は無視してください。今回の鮮花√と矛盾してしまいますので。
あとは琥珀さんやさっちんメインの話を4話ほど。短編にお付き合い頂けると嬉しく思います。


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9. 冬木。弓塚さつきと 前編

「いらっしゃい、サツキ。待ってたわ。遠いところご苦労様」

「えへへ、久しぶり、キャスターさん!」

 

 

弓塚と二人で訪れたのは、かつて聖杯戦争で戦い抜いた冬木の地。

キャスターに用があるという弓塚に同伴する形で、彼女の住む柳洞寺を訪問した。

 

微笑みながら出迎えてくれるキャスター。

弓塚の手を取って家に招き入れるその姿は、まるで彼女の母親だ。

 

聖杯戦争初期頃のような、フードで顔を隠して冷ややかにこちらを見ていたキャスターの面影はない。

一緒に聖杯戦争を勝ち抜いたことで育まれた絆の影響か。

はたまた原作通り葛木宗一郎の奥さんとなった影響か、キャスターの表情は以前見たどれよりも柔らかい。

 

穏やかな雰囲気に、自分も久方ぶりにキャスターへと声を掛ける。

 

 

「会うのは一年ぶりくらいか……ほんと、久しぶりだな、キャスター」

「……ちっ」

 

 

一転、舌打ちされた。

……はい、一部撤回。好感度高いのは弓塚の方だけですね、すみません。

 

しかし人の顔見るなり露骨に嫌な顔されるとか、かなり心が傷つくのだが……。

そもそもキャスターとは長い間、会っていなかったのだ。

彼女を害する行動など取った覚えはないし、印象が上向くことはなくとも、下がることもないのではないか?

 

 

「……この、三股男」

「……」

 

 

ボソリと吐き捨てるように呟いたキャスターの言葉で、一瞬で彼女の心境を理解する。

キャスターから大いに蔑まれた視線に冷や汗を流すと同時に、少しばかし恨みを込めた目で弓塚へと顔を向けた。

 

鮮花の告白騒動から、まだ半月も経っていない。

にも関わらずキャスターが事情を知っているということは、大方、弓塚が手紙か何かでやり取りしたのだろう。

いくら世話になったキャスターとはいえ、何でも身内の騒動を赤裸々に話すのはいかがだろうか――と言った感情を瞳に込める。

 

目が合った弓塚は申し訳なさそうに……なんてことはなく、笑顔。

鬼が静かに笑ったような、そんな顔。

 

 

「――何かな、アキ君。わたし、何か悪いことした?」

「……い、いや、弓塚は何も。全面的にこっちが悪いぞ、うん」

 

 

止まりかけた呼吸を無理やり動かし、何とか平然を装って返事をした。

……まぁ、この件は本当にこちらに否があるので、拡散されても仕方ない。

鮮花を含めた自分や弓塚、琥珀との関係模様については、無難な着地点に収まるまでこちらの頭は常に下がりっぱなしだろう。

 

ただ、こちらにも少しばかりの言い分はある。

弓塚の威圧感籠った薄笑いにたじろぎながら、反論するように呟いた。

 

 

「し、しかしだな……実際に三股したわけじゃないんだし」

「……『妥協しない鮮花が好きだから』は?」

「え?」

「……」

 

 

言い訳直後、弓塚の一言に固まる。

なんでその一言を知っているのか。それを問いただせる雰囲気では到底ない。

 

 

「……あの日の鮮花ちゃん、すっごい上機嫌だったんだけど」

「……」

「……ねぇ」

「……はい、ごめんなさい」

 

 

 

 

憑依in月姫no短編

9. 冬木。弓塚さつきと(上)

 

 

 

 

柳洞寺の玄関先で弓塚に深々と謝罪した後、キャスターの後をついて彼女の自室へと足を運ぶ。

元々は客室の一つだったらしいが、キャスターは今や葛木宗一郎の妻であり、もはや客人の立ち位置ではなくなっている。

相応の自室を与えられ、夫婦一緒に不便ない生活が送れている様子であった。

 

最も、葛木宗一郎も元は客人の立場であるため、夫婦でずっと柳洞寺に住み続けるかはわからない。

原作より更に時が経ったなら柳洞寺を出て夫婦の家を構える可能性もあるだろうと、少し未来を夢想した。

 

テーブルにお茶菓子がそっと置かれる。

こちらを持てなしたキャスターは、ゆっくり口元をあげて弓塚に微笑んだ。

 

 

「改めて――サツキ、懐妊おめでとう。人の心を持つ貴女が人の暮らしに戻れた時は嬉しかったけど……まさか赤ちゃんまでできるなんて、私事のように嬉しいわ。連絡、ありがとうね」

「はい、わたし自身びっくりしましたけど……とても嬉しかったですし、たくさんお世話になったキャスターさんにはすぐ知ってほしかったですから。その、新婚生活を邪魔しちゃったのならごめんなさい」

「ふふ、気にしないの。新婚は十分に味わったわ。あの人も教師と言う職業柄、今日も職場に出掛けているしね」

 

 

そう言ったキャスターは、窓の向こうを見つめる。

その先に、夫が勤める職場、高校があるのだろう。

 

満たされつつ、しかし少し物足りなさそうな顔をしたキャスターは、部屋の隅に片してあった裁縫道具を指さしてそっと微笑む。

 

 

「日中は割と手が空いていて趣味に没頭してしまうことも多いから、今日はサツキが来てくれて嬉しいの」

「……そういえば、今日は何の用でキャスターのところまで来たんだ、弓塚?」

「あら、サツキ。まだマスター……三股男には言っていなかったの?」

 

 

こちらの呼び名をわざとらしく言い直すキャスター。

言われるごとに心臓掴まれてる苦しさがあるのでやめてほしい……と心の中で呟いておく。

 

キャスターに言われた弓塚は、少しバツの悪い表情を見せる。

 

 

「えっと……もちろんアキ君に話そうとは思っていたんですけど、鮮花ちゃんの件で怒ってから、言うタイミング逃しちゃって……」

「あらあら、それは仕方ないわ。悪いのはサツキじゃなくて、他の誰かさんね」

「あはは……ごめんね、アキ君。ほんとはキャスターさんに会う前に相談しなきゃいけないことだったんだけど……」

 

 

弓塚が申し訳なさそうに謝る。

が、やはり発端は自分の行いなので彼女に悪いところはない。

謝られた分、こちらの罪悪感が増すだけである。

……さっきから心抉られっぱなしじゃない?(自業自得)。

 

 

「なら、マスターには事を進めながら説明しましょうか。じゃあ早速だけど……マスター、貴方は後ろを向いていなさい」

 

 

室内に予め描かれていた幾何学的な円形模様。

魔方陣と思われるそれに弓塚を誘導しながら、キャスターはこちらに指示を出す。

 

 

「いきなり後ろを向け言われても怖いだけなんだが。何か、理由があるのか?」

「……お腹の赤ちゃんの様子を見るから、サツキに上着を脱いでもらうのよ」

「…………アキ君のえっち」

 

 

女性陣二人にすっごいジト目で非難される。

どう見ても冤罪です。

これは説明足らずの二人が悪い――が、やっぱり発端はこちら。立場が弱すぎて辛い。

 

と言うか、こんな昼間から盛るわけないだろうに。

自分のイメージがどんだけ猿なのか、二人に、特に弓塚に問い詰めたいところである。

 

頬を染めて口を尖らせる弓塚に若干動悸を早めながら、急いで後ろに向き直る。

後ろから聞こえる衣擦れの音を掻き消すように、上ずった声のままキャスターへと問い掛けた。

 

 

「で、い、今から一体何をするんだ? それも赤ちゃんの様子って……」

「まず誤解しないでほしいのが、これは私からサツキに持ち掛けた話。もっとも、サツキの赤ちゃん――いえ、胎児を観察してからでないと、話しが始まらないのだけど」

 

 

キャスターの言葉に続いて、背後から微かな魔力を感じる。

触診というより魔診というべきか。

弓塚とキャスターに背を向けているが、背後で何が行われているかは何んとなしに理解した。

 

キャスターの集中を妨げないよう、弓塚とともにしばらく間、沈黙する。

数分の魔術行使。

背後から魔力の気配が収まっていくと同時、キャスターがゆっくりと口を開いた。

 

 

「……まだ妊娠初期で器官ができていないにも関わらず、母体の中心には魔の力が仄かに漂い始めているわね。この感覚、吸血鬼の時の貴女にとても似ているわ」

「キャスターさん、それって……」

「えぇ、予想通り、良くも悪くもサツキの子は人の域を超えることになるでしょうね。退魔や魔術師といった『人の枠』に収まる子とは思えないわ」

 

 

淡々と告げるキャスターに、弓塚の息を呑む音が重なる。

ただ弓塚も自分も、決して衝撃的な話ではない。

もしかしたら、とか。

おそらく、とか。

吸血鬼は魂自体が汚染されているため、生まれてくる子に影響があるかもしれない覚悟は十分にしていた。

 

二人に背を向けながら、思考を巡らせる。

弓塚は今日、これを調べてもらうためにキャスターの元を訪れたのだろうか?

 

と、こちらのそんな思考に応えるようにキャスターが弓塚、そして自分へと声を掛けた。

 

 

「さて、ここまでは予定調和ね。サツキに改めて問うけど……あぁ、マスターもちゃんと聞きなさい。

 ――今からこの子に魔術の才を与えてより強い“魔”として育むか、どうかを」

「……うん、わたしの考えは変わらないよ。それができるのなら、キャスターさんにぜひお願いしたいです」

「ちょ、ちょっと待て! 魔術の才を与えるって、そんなことできるのか?」

 

 

話を進める弓塚とキャスターに、思わず静止を掛ける。

何やら深く決意している弓塚とは対照的に、こちらは何も心の準備ができていない。

生まれてくる子をどう育てていくか以前に、キャスターが今から行使しようとしている“魔術の才を与える”やり方に疑問を持つ。

 

身を乗り出したこちらに対して、キャスターは至って冷静だ。

 

 

「落ち着きなさい、マスター。才を与えると言っても、何も胎児の身体や遺伝子情報をいじる訳ではなくてよ。母体の環境を整えて、胎児の器官を“魔術に適応したもの”へ成長させるよう促すだけ」

「母体の環境って、そんなので魔術の適正が変わるのか?」

「理論が確立されているわけではないし、私も実験体はほんの数人しか見たことがないのだけれど……」

 

 

一呼吸。

前置きしたキャスターは弓塚と自分に向けて、今から行うであろう魔術を説明する。

 

 

「大気のマナの濃度が高い環境に身を置いた方が、人体は魔術との繋がりが深くなる。人体環境適応論というけれど、これは魔術も例外ではないのでしょう。

 実際、私の生きた神代では魔術の才を持つものが多く輩出され、その数は現代とは比較にならないわ」

「現代魔術が廃れているのは、地球の大気が、環境が変わってしまったせいだと?」

「えぇ、もちろん全ての魔術、魔術師が神代より劣っているとは言わないわ。長い年月を経て積み重ねた研究成果は神代には無いものでしょう」

 

 

でも、と首を振るキャスター。

神代に魔術を極めその最高峰として位置した彼女にとって、現代魔術には多少なりとも思うことがあるのかもしれない。

 

 

「あの時代――神代には神秘がそのまま世界に存在していて、大気にも高濃度の魔力が満ちていた。もちろん神代と現代では魔術基盤がまるで違うけれど、現代魔術が神代に比べ大きく廃れてしまった大本の原因はマナの薄さ、つまり人間が魔術に適応する必要がなくなってしまったと、私は思うわ」

 

 

半ば確信を持った風にキャスターは言う。

素人魔術師ならいざ知らず、彼女の言葉に疑いを入れる余地はないだろう。

 

マナとは大源、自然界に満ちている魔力のことだ。

竜種や幻想種、精霊といった凡そお伽話の生物は、この世界では実際に過去に存在していて、疾うにそれは滅んでいる。

その原因は神代から現代に掛けて大きくマナが減少してしまったことだと、前世に設定集で見かけた記憶が微かにある。

 

キャスターの行使する術について、彼女の話から検討がついた。

 

 

「キャスターがやろうとしていることは、弓塚という母体に魔力を流す……とか、そんな感じでいいのか?」

「言い方が大雑把ね……。あと母体全てではなく、手を加えるのは子宮内だけ。私の記憶にある神代ギリシャの神秘、大気。それをサツキの子宮内に投影して異空間を作ってあげるのよ。人種や血統はともかく、環境面はそれで神代の母体と同等になるわ」

「……凄いな。魔術ってそんなこともできるのか」

「――いいえ、勘違いしないでちょうだい、マスター」

 

 

関心した手前、キャスターの声が鋭くなる。

魔術の素人が単純に感嘆したのを諫めるような口調で、キャスターは言う。

 

 

「これはサツキの子が人の域を出た超越種であること。そして私が魔法使いや時計塔最高の魔術師すら超える、現代における最高峰の魔術師だからこそできる技よ。人類史においても、私の技量を上回る魔術師は片手で数えるほどでしょう」

 

 

それは魔術全盛期であった神代でも最高の腕前とされたコルキスの王女のプライドか。

キャスター自身が扱う魔術を凡そ普遍的な魔術師に当て嵌めてはいけないと、警告を込めて言い放つ。

 

 

「そうだよ、アキ君。わたし、魔術のことはよくわからないけど、キャスターさんが衛宮君や凛さんとは比べられないくらい魔術界の……うん、凄い人だって聞いてるし。

えっと、冠……何でしたっけ? 何か、本当なら普通のキャスタークラスよりももっと凄いクラスで呼ばれるとか――」

「冠位キャスターね。ま、まぁ冠位クラスの器となる資格が何かは不明だから、もしかしたら私は該当しないかもしれないのだけれど。だからその、あれは話半分で聞いていいのよ、サツキ」

 

 

千里眼を持っていないしね、と若干後ろめたさそうに呟くキャスター。

どうやら過去に弓塚に対して見栄を張ったらしい言い分である。

というか、そもそも冠位キャスターって何さ? そんな名称は全く聞き覚えがないのだが。

 

意味不明の設定は置いておき、脱線した話を元に戻す。

 

 

「わ、悪かったって。別にキャスターの力量を軽んじたわけじゃな……」

「ちょ、ア、アキ君、こっち見ないでよ!」

 

 

謝罪と言い訳をしようとして、ついつい弓塚の方へと振り向いてしまう。

誰だって名前を呼ばれたら、応える際に自然とそちらへ顔を向ける。

 

……で、纏っていたブラウスを脱ぎ、ブラジャーをさらけ出した弓塚と目が合った。

何の因果か、弓塚とはこんなハプニングがちょいちょい起こる。まぁ、互いに抜けているだけかもしれないが。

 

 

(……淡いピンク色とか……ふーん、エッチじゃん)

「――竜牙兵」

「すみません間違えました、目瞑りました……ので、この物騒な刃物を退けてくれませんか、竜牙兵サン……」

 

 

下着姿の弓塚を誤って見つめてしまった1秒間。

その罪を断罪するかの如く、真横に、一瞬にして竜牙兵が召喚される。

召喚されると同時に首に突き付けられた、竜牙兵の持つ鋭利な骨剣――反応できなかったのが、かなり悔しい。

 

瞼を閉じたまま、ぎこちなくも再度二人に背を向ける。

竜牙兵を通して殺気をこちらに向けたまま、キャスターが深く溜息を吐いた。

 

 

「……猿の躾は後にして、話の続きね。ともかく、マナが薄くなった現代は遠坂の御嬢さんみたく古い家系、魔術師として代を重ねたものが魔術回路を多く持てる為に優秀とされるわ。言い換えれば、一代目の魔術師は大したことがないってことね」

「ん? 待ってくれ。そうすると、この子に魔術の才を与えることに意味はあるのか、キャスター?」

「言ったでしょう、この子は例外であり、私も例外だと。私の術が上手く嵌れば、1代目でもそれなりの魔術回路数が生成される。

 ――そしてこの子はサツキと同じ超越種よ。持ち前の生命力と、今から備える魔術回路があれば十分に優秀な魔術師……いえ、魔術使いとして立ち回れるようになるわ」

 

 

後は貴方たち夫婦の判断次第と言って、キャスターは説明を切り上げた。

キャスターの提案は魅力的で、子供に多くの選択肢、生きる手段を与えられるのであれば、きっとその方がいいのだろう。

吸血鬼と退魔の血を継ぐ子供なら特別、親としてもその想いは強くある。

 

 

(だけど……そんなに力を持ってしまって大丈夫なのか?)

 

 

魔術と死徒の力が合わせれば、それはとても自分の手に負えるものではない。

反面、正しく力を行使できるのであれば諍い事に巻き込まれても、自分や弓塚のような苦労をしなくて済むと思えれば安心できる。

 

 

「……弓塚は、この子を強くしたいんだよな?」

 

 

先ほどから背中に感じる視線は、きっと弓塚のもの。

キャスターが説明する前から、弓塚は魔術の行使に肯定していた。

迷っているこちらとは対照的に、彼女の中では既に確固たる決意が見て取れる。

 

弓塚は気弱そうに見えてその実、最後の一線とか、一度決意したことを曲げることは中々ない。

表面上は琥珀や鮮花の方が頑固なのだが、弓塚が一番、根っこの部分では揺るがないのだ。

もっとも、そんな強い意志を持つ彼女だからこそ、吸血鬼でありながら人の心のままでいれるのだけれど。

 

 

「うん、強くなってほしいというより……キャスターさんや橙子さんの扱う魔術を少しでも使えるようになったら良いなって思うし、この子も成長すれば……多分、わたしと同じようにそう思うから」

 

 

心にある想いを、たどたどしくも弓塚が言葉に変えていく。

付き合い始めてから弓塚のことをより理解できるようになった反面、彼女の奥底にある想いまでは自分では理解できないのだと気付かされた。

どこまで行ってもこちらは人間であり、彼女は人間ではない吸血鬼。

相手の立場で考えることはできても、実際に吸血鬼にならなければ――いや、吸血鬼になってしまわなければ、真に彼女の心情を解ることなどできやしない。

 

 

――だからこそ、こちらにできることは彼女の気持ちを汲むことだけなのだ。

 

 

「……そうか。ならキャスター、頼む……いや、お願いします」

「いいの、アキ君?」

「メリット、デメリットの両方あるから、どちらにしろ悩むしな。それに、この子の半分は人間でも、もう半分は吸血鬼で、自分にはその気持ちはわからない。

 だから、両方知っている弓塚が決めた方が……多分、この子の為だと思う」

「……」

 

 

背中越しに弓塚へと語り掛ける。

弓塚は少しだけ沈黙してから、キャスターに問われていた言葉を返した。

 

 

「……ありがとね、アキ君。――それじゃあキャスターさん、よろしくお願いします」

「えぇ、貴方たちのその判断、良くってよ。私も任された以上、神代魔術、その最高峰の実力を持ってこの子の成長を導いてあげる」

 

 

魔力の奔流、そして収束が感じられる。

弓塚という母体の、その子宮内空間の改変をキャスターが始める。

 

魔術自体に不安は残るが、行使するのがキャスターという点は安心だ。

裏切りの魔女なんて悪名がついているが、普通の倫理観を持っていて、頼れるお姉さんということを自分と弓塚は十分過ぎるほど知っている。

 

退魔と、吸血鬼と、そして魔術。

一体どのような子に育つのか。

自分みたく器用貧乏にならないよう、こちらも導いてあげなければと思った。

 

 

「そうだわ、サツキ。ついでに神代言語でのお歌も流れるようにしてあげる。赤子……いえ、胎児から慣れ親しんでおけば、きっと習得も可能だわ」

「神代言語? ……あ、それってキャスターさんが魔術使う時の言葉ですね!」

「えぇ、神代言語の基礎が出来れば、高速神言も扱えて、極めれば神官魔術式も教えてあげることができるわよ。それだけで現代の魔術師なら一流ね」

「わぁ、すごいっ。ぜ、ぜひお願いします!」

 

 

背後から聞こえる二人の会話に、子宮内をいじるだけではなかったのかと、冷汗かきながら首を傾げる。

キャスターの補助はてっきり生まれるまでかと思っていたが、会話的に生まれてからも魔術の講師として面倒を見る感じであった。

それは非常に頼もしいけれど、強い力を持ちすぎて人間を見下したりしないだろうか……少し心配である。

 

 

(……まぁ、弓塚の子だから、大丈夫だな)

 

 

一人で不安に駆られるも、弓塚と過ごしたこれまでを思い返して首を振る。

願わくば、芯の部分は母親に似てほしいと、彼女の在り方に尊敬を表しながらそっと思った。

 

 

「そういえば、貴方たちの子は魔眼の才もあるわね。器官を作る過程で、眼球付近に回路を集約させてあげれば、ノウブルカラー最下位……黄金色の魔眼を発現させることもできるかもしれないわ。魔眼の能力までは操作できないけれどね」

「魔眼ですか? でも、あまり人を傷つける力は持ってほしくないですし……」

「いいえ、魔眼の力は何も他者へ干渉するものだけではないわ。例えばそう――千里眼に類似した能力であれば、過去を読み取れたり、少し先の出来事を予測できる。サツキが想う、争い事を避ける力にも繋がるわよ。

 ただ、こういった魔眼は全て生まれる前の先天的なもの。後天的には、いくら私と言えど作れないわ。決断するなら今の内ね」

「……キャ、キャスターさん、魔眼もお願いします!」

 

 

後ろから聞こえる会話が、段々と物騒なものへとなっていく。

あの、弓塚さん? いくらキャスターが何でもできるからって、子供へのバフ掛けも程々にしてくださいね?

 

 



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10. 冬木。弓塚さつきと 中編

 

室内を照らすキャスターの魔力――紫色の光源と、絶え間なく紡がれる神代言語、その詠唱。

弓塚も自分も物音一つ立てないまま、胎児を想いながら術が終わるのを静かに待った。

 

凡そ1時間後。

弓塚を中心に展開されていた術式、魔力が段々と希薄になっていく。

 

スッと弓塚にかざされたキャスターの手が下げられる。

魔力の気配が完全になくなると同時、キャスターが少しだけ、息を整えてから言葉を発した。

 

 

「……はい、術式は完璧ね。今日はこれで終わり。また一ヶ月後に様子を見させてもらうわ」

「ありがとうございます、キャスターさん。その、結構長い時間でしたし、大変でしたよね……私の我儘で迷惑掛けちゃってごめんなさい」

「謝らなくていいわよ。話を持ち出したのは他でもないこの私。それに、こういう事に魔術の腕を振るえるのは、私としても嬉しい限りよ」

 

 

生前は碌な使い方をしなかったしね、と自嘲気味に呟くキャスター。

だが、そんなことは関係ない。

少なくとも今この瞬間、キャスターのおかげで一人の子供の未来、可能性が大きく開けたことは事実で、それに感謝している自分と弓塚がいる。

 

とても大きな恩過ぎて、お礼の仕方が思い浮かばないのが難点か。

子供が生まれて落ち着いてからでも構わない。

いずれか、ちゃんと弓塚と話し合ってキャスターにはしっかりとお礼を返さなければと心に深く留めておく。

 

 

「……よし、着替えたからアキ君もこっち向いていいよ。ごめんね、一時間もそっぽ向かしちゃって」

「別に気にしなくていいぞ。子供の事、ゆっくり考える時間にもなったしな」

 

 

おざなりにしていたわけではないが、弓塚に比べれば子供への想いが足りなかったのだろう。

キャスターと連絡を取り合っていたのは弓塚であり、少なからず、そこには子供の話題もあった筈。

夫、そして親として自分も弓塚に負けないくらいに子供のことを考えて、生まれる前からできることを探していかなければと反省した。

 

長時間組んでいた足を伸ばし、背筋を反らす。

夏真っ盛りであるが、冬木という土地柄か、今日は日差しが心地よい。

夕方にはまだまだ早い時間帯。

以降の予定は特にないため、今日の残りの時間をどう過ごすかを思案した。

 

 

「弓塚の言っていた用事は、これで終わりか?」

「うん、キャスターさんに赤ちゃん見てもらったし、魔術も掛けて貰ったから。アキ君は?」

「いや、何もないぞ。そもそも、妊婦の弓塚を一人で遠出させるのが心配だったから付いてきただけだし。まぁ、冬木に来たついで、衛宮に久しぶりに会えたらなとは思っているけど」

 

 

互いに予定がないなら、しばらくキャスターのいる柳洞寺でゆっくりした後、ぶらりと衛宮邸に顔を出す、もしくは冬木の町を散策しようと考える。

午後の陽気に当てながらのんびりと思考を巡らせている最中――パン、と手を叩き、キャスターがこちらを見据えた。

 

 

「あら、マスター。暇なら、私にもう一仕事させてちょうだい」

「……え、何? もしかしてまだ赤ちゃんに魔術掛けるのか?」

「お馬鹿、胎児に手を加えるのはもう終わりよ。いくらサツキの子が頑丈と言っても限度があるわ。……私の残り仕事は、マスターのソレ」

 

 

言って、キャスターはこちらの顔――正確には眼球へと指をさす。

弓塚の赤子に魔術を掛ける優しい顔とは対照的に、こちらに向けるのは面倒そうな、気怠そうな表情で。

ただ2年前の聖杯戦争でマスターが抱えてしまった傷に、彼女なりに思うところがあったのかもしれない。

 

 

「――貴方の魔眼、そろそろ使えるようにしてあげるわ」

 

 

 

 

憑依in月姫no短編

10. 冬木。弓塚さつきと 中編

 

 

 

 

「それでマスター……2年前に言った通り、あれから魔術回路は一切起動させていないでしょうね」

「あ、あぁ。ちゃんと言われた通りにしてるって。何かあっても体術だけで対処してたし……」

 

 

キャスターの言葉に動揺しつつ、問いに答える。

今、キャスターは何て言った?

聞き違いでなければ、彼女は再び魔眼が使えるようになると、そう言った。

 

でも、そんなことはあり得ない。

この魔眼、しいてはこの身体の魔術回路は、疾うに無茶をして焼き切れた筈。

聖杯戦争の終盤で自分の持つ歪曲の魔眼、その限界以上の力を引き出した。

一瞬でも力量を超える能力を行使できた代償として、眼球のみならず魔術回路も千切れ、魔力も光も失ったのだ。

 

キャスターの言葉で過去の死闘を思い出し、おもわず右目を手で覆う。

ふと、何かに引っ張られて身体が傾く。

見れば、こちらのシャツの端をぎゅっと引っ張っている弓塚がいた。

 

 

「……あの時はアキ君のこと、本当に心配したんだからね。バーサーカーさんとの戦いが終わって駆けつけてみれば、アキ君は目の周りが血だらけで、琥珀ちゃんも泣いてたし」

 

彼女も当時の凄惨さを思い出したのか、口を尖らして非難してくる。

……琥珀にも散々非難されているネタである。

未だ怒りが収まっていないのか、喋りながら弓塚は段々と機嫌を斜め下へと下げていく。

 

 

「橙子さんが代わりの目を作ってくれて、キャスターさんが千切れた魔術回路の痛みを抑えてくれて……二人がいなかったら廃人だったんだよ、アキ君?」

「いや、失明はともかく、魔術回路の後遺症があれほど残るとは予想外だったというか……」

 

 

思い出したくない過去の痛みが、脳の裏から湧き上がる。

眼球が潰れた痛みは、遠坂さんやキャスターさんの治癒魔術もあり、眼球の復元までは至らずとも早々、痛みにのた打ち回ることは無くなった。

橙子さんが代わりの目を作ってくれた……もといアフターサービス含めて売ってくれたこともあり、潰れた眼球は思いのほか早く元の形へと戻すことができたのだ。

 

問題は……許容量を超えた魔力を行使して焼き切れてしまった魔術回路。

 

 

「わたしは分からないけど、火傷の痛みに似てるって……頭痛が収まらないって、アキ君苦しんでたよね? 橙子さんも専門外だったし、ほんと、キャスターさんがいなかったら冗談抜きで死ぬか、頭がおかしくなってたんだからね……」

「……心配かけて、悪かったって」

 

 

話す度に心底辛そうな表情を、弓塚は見せる。

そんな顔を見せられれば、こちらとしても謝る以外に何もない。

もっともこちらはこちらで、あの黒化したバーサーカーと一対一で戦っている弓塚が非常に心配であったのだが。

 

心配はお互い様というには、悔しいが自分が弱すぎる為に言える言葉ではないのだろう。

これ以上弓塚に悲しい顔をさせるのは忍びないので、話を切り上げてキャスターへと会話を戻した。

 

 

「で、キャスター。その、この魔眼を治すって……本当か?」

「えぇ、もっとも治すというのは間違いで、マスターの魔眼――魔術回路は実はもう治っているわ。今日はその仕上げ。サツキの赤子をみるついでに片付けてしまおうと思ってね」

 

 

キャスターがこちらに近づき、人差し指をこめかみへと静かに当てる。

その指先が静かに淡く光り出す。

それと同時に、こちらの眼球に――まるで冷気を当てられていると勘違いするくらい、冷ややかな魔力が侵食してくる。

 

 

「マスター。魔術回路が焼き千切れ、痛みで苦しんでいた貴方に、私が何をしたかは覚えていて?」

「あ、あぁ。千切れて、乱雑に散らばった魔術回路を元の位置に収めてくれて……あと、半端に生成されていた魔力も鎮めてくれて……それで少しずつ、痛みは無くなっていった」

 

 

キャスターに回路を見て貰った当時、目は見えなかったが、キャスターの心底呆れた声、様子だけは察知できた。

曰く、酷く壊れた水道管のようであると。

所々が捻じれ、隙間ができ、まともに水が流れることがない水道管だと、キャスターは酷使して機能しなくなった魔術回路をそう例えた。

 

確かに、そのような回路で魔術を行使できる筈もないだろう。

それどころか、蛇口を閉めても水が漏れるような回路であれば、人体に後遺症――痛覚残留と言えばいいのか、あの終わらない頭痛も頷ける。

 

キャスターが頷きながら、こちらの言葉を捕捉する。

 

 

「えぇ、できたのはマスターの痛みを無くすことだけ。魔術回路は実体こそないものの、器官としては人の内臓と同等で、一度失ったら通常元には戻せない。

 ――だからマスター。貴方は単純に、物凄く運が良かったのね」

「運、だって?」

「そう、運が良いどころか、奇跡と言ってもいいくらいだわ。貴方の魔術回路は“治しやすい壊れ方”をしてくれた。例えば、引き千切られたマフラーが実は大きな欠損なく編む前の毛玉に戻ったように。例えば、洪水で破壊された防波堤が実は分解されただけで繋ぎ目を合わせればすぐに再利用できるように。

 ……そうであれば、壊れた回路を適切に結び、自然治癒に2年の歳月を当てれば再び使えるようになる。2年前に私が貴方の魔術回路に行ったのは、そういった類の治療行為よ」

 

 

竜牙兵、と呼ぶキャスターに従い、蹲っていたソレが立ち上がる。

竜牙兵は縁側から外へと進み……こちらが直線で認識できる、かなり遠くで立ち止まった。キャスターはそれを確認して、一歩引いて魔術の行使を終わらせる。

回路を治す仕上げが済んだのか、だがこちらとしては先ほどから変わった感覚は特にない。

 

そんな様子は知らぬとばかりに、キャスターは遠く離れた竜牙兵、そして自分へと目線を寄越して命令する。

 

 

「ほら。やってみなさい」

「……」

 

 

この距離では意味がない、とは言わなかった。

一緒に聖杯戦争を戦った手前、キャスターはこちらの持つ歪曲の魔眼の特性も知っている。

藤乃さんの持つ魔眼と異なり出力の低いコレは、至近距離でこそ有効打になり得る威力を発揮する。

こんな離れた竜牙兵相手に、通用する上等な魔眼ではなかった筈だ。

 

それを敢えてやらせようとするキャスターの意図はおそらく――

 

 

「――っ」

 

身体が覚えている過去の強烈な痛覚、その記憶に強張りながらも、2年振りに魔術回路を起動させる。

起動させる方法は魔術師それぞれであり、士郎は撃鉄を引く、遠坂さんは心臓にナイフを突き立てるなど様々だ。

自分は――七夜の意識を強くして、ナイフを握る、その感覚。

 

捻られた蛇口から勢いよく飛び出す水、もとい魔力に痛みを覚える。

歯を食いしばりながら魔眼の力を引き出し、ターゲットの四肢に軸の焦点を合わせ……。

 

 

“――歪れ”

 

 

歪曲の力を発動。一度の魔眼行使で対象物が歪みきる。

拍子抜けするくらい、あっさりと竜牙兵の四肢は砕かれた。

 

 

「わわ! い、今のアキ君がやったの!?」

「上出来ね、マスター」

「……」

 

 

うわっ……私の魔眼、強すぎ……?

と、そんな感想を頂いてしまう程に、これまで使っていた歪曲の魔眼との出力に差があった。

 

もちろん藤乃さんの持つ歪曲の魔眼に比べれば、性能は遠く及ばない。

彼女の魔眼は、対象の硬度に関係なく捻じ曲げる。

欠点をあげるとすれば、対象が大きい場合は幾分か時間が掛かるし、視認してから歪曲が発動するまでのタイムラグ、隙はある。

ただ物質の硬さに影響を受けるこちらの歪曲に比べたら、彼女の持つ歪曲の魔眼こそが真であり、自分の魔眼は偽の物だ。

 

まぁこんな魔眼でも七夜の反射神経と合わせた魔眼の即時発動や、歪曲の軸を増やして出力を上げる、または複数個所を同時に曲げる等、小手先を増やしてきたわけだが……

 

 

「この出力なら十分に対人……いや、退魔用としても扱える。でも一度壊れた筈がどうしてこんなに強くなってるんだ……?」

 

 

魔眼の運用方法が劇的に頭の中で広がっていく。

その喜びと同時に、当然の疑問が湧いてくる。

筋肉や骨は一度壊れた個所を治す時、以前よりも多少頑丈になると聞く。

魔術回路もそれに該当するのか?

それにしても、パワーアップの差が大きすぎる気がしてならない。

 

歓喜と戸惑いの感情に翻弄されているこちらに、キャスターの口元が三日月のように吊り上がる。

計算通りと、満足げな表情でキャスターはこちらの疑問を説いていく。

 

 

「マスター、人類史屈指の魔術師であるこの私が“治しやすく壊れた魔術回路”……それを単純に治すだけと思って? 出来上がっている回路ならともかく、バラバラになってしまった回路を一から組み上げるのであれば、そこに手を加える隙は十分にあるわ。

 回路数自体は変わらなくとも、回路の質を上げるだけで劇的に魔力の生成量、保有量、そして魔眼への伝導率は変化するわ。貴方の魔術回路は元々、お世辞にも整っている、効率の良いものとは言えなかったもの」

「魔術回路の質が上がった? それだけで、ここまで変わるものなのか……」

 

 

存分に魔術の腕を振るったであろうキャスターは自慢気だ。

人体、それも魂に通じる魔術回路に手を加えるなんて、素人が想像しても並大抵の技術ではないと分かる程。

 

 

(確かに、橙子師匠の妹――ミス・ブルーの魔術回路も数は平凡である反面、質が超一級品と聞くし)

 

 

過去に数度だけ会った人物を思い出す。

魔法使いとして実力を有する彼女の特性の一つが、魔術回路の質である。

キャスターの手が加わった自分の魔術回路がどの程度の質なのかはわからないが、回路の質というのも本数と同等に重要なものであるのだろうと実感した。

 

事態が飲み込めたのは弓塚も一緒のようで、キャスターに惜しみない称賛を送りながら拍手する。

 

 

「キャ、キャスターさん凄い! つまり、今までアキ君の魔術回路は廃村の用水路みたいな感じだったけど、それを効率抜群、最新の野菜工場内の水路みたいにしたってことですよね!」

「うん、その例えは正しいかもしれないけど、同時にかなり貶してるからな、それ」

 

 

上手いこと言った、みたいな顔をしている弓塚に突っ込みを入れる。

廃村とか言うなよ。せめて田舎にしてくれませんかね。

 

 

「まぁ、それはともかく……キャスター、もしかして今の魔術回路なら、もう一つの“眼”も……」

「えぇ、マスターの考える通りよ。今の貴方の魔術回路なら、扱える代物じゃないかしら」

「……よしっ」

 

 

不安になりながらもキャスターに問い掛けてみれば、彼女から返ってきたのは肯定の言葉。

2年ぶりの魔眼の行使に多少の頭痛が襲ってくるが、今はそれよりも好奇心が遥かに勝る。

抜群に向上した魔術回路の質、性能。

それを伴ってこの眼に宿る力、全てに手が届く可能性が見えてきたのだ。

 

心臓が高鳴るのは当然だろう。

 

 

「――――」

 

 

歪曲の魔眼を解除して、別の力を、瞳の奥底から引きずり出す。

器用にもこの身、この眼は2つの魔眼を有している。

1つは幼少の頃から使い慣れた歪曲の魔眼。

そしてもう1つは、自分一人の力では引き出せず、過去2回とも琥珀の感応能力を使ってようやく発現された能力。

 

 

「……視える」

 

 

室内に目を向け、神経を研ぎ澄ます。

ぼんやりとだがほんの数秒、この眼は柱の向こうを透視した。

 

 

「マスターの持つ“透視の魔眼”ね。少し調べたけれど、貴方のそれは物体透視の他、結界透視もできる代物よ。まぁ、その能力自体は透視能力としては珍しいほどではないし、ランクで言えばEランクでしょう」

「Eランク……透視にもランクがあるのか?」

「えぇ、透視と言ってもその概念は幅広いわ。最低ランクが実体や魔術を透視するものであれば、Dランクは……そうね、例えば相手の“弱点”を見出すようなもの。攻城戦や野戦といった戦争で相手の弱点を透視して優位に立つ、そんな使われ方もあるでしょうね。

Cランク以上は、それこそ過去や未来を透視する――もっとも、それは既に透視の魔眼とは呼ばれないでしょうけれど」

 

 

Eランクと言われてその低さに驚くが、キャスターの説明を聞いて納得する。

なるほど、確かに透視と言っても何を視るか、一言ではとても言い尽くすことはできないだろう。

 

壁の向こうを視る。結界の干渉を受けずに真を視る。

過去を視る。未来を視る。

人の可能性を視る。現状を打開する解を視る。

 

新たに扱えるようになった透視という能力に思案する中、キャスターの言葉は続けられる。

 

 

「ただ、貴方のその魔眼はこれまで碌に使われていなかったもの。これから慣らしていくことで、その先の能力が開花することは十分にあり得るわ。

 事実、その魔眼は間桐の魔術師、その本体を一目で認識したのでしょう。ただの透視であれば、人体の中に潜む蟲一匹……それに照準を合わすことなんて至難の技だもの」

「……確かに、都合よく透視できたなとは思っていたけど」

「もしかしたら、マスターの魔眼にも弱点や急所、そういった相手の脆い箇所を視る力があるかもしれないわね。ランクD相当でも、貴方にとっては貴重な戦力でなくて?」

「あ、あぁ、色々と情報をありがとう、キャスター。その、ここまで気に掛けて貰えるとは思ってなかったし……凄い助かるよ」

 

 

キャスターの考察から自身のやるべきことや可能性が見えてくる。

魔術回路が治っただけでも僥倖なのに、加えて単体でも扱えるようになった透視の魔眼。

しかも訓練することでランクアップの可能性があるのなら、例え確証がなくとも時間を費やす価値は十分にある。

その能力が相手の“脆い箇所”いわゆる隙を視ることができるというのであれば、汎用性も十分だ。

 

気を抜けば子供のようにはしゃいでしまいそうな程、高揚した気分。

礼を受け取ったキャスターは、しかし相変わらずのしかめっ面で、

 

 

「別にマスターの為でなくてよ。私にとって貴方という人間に、良い印象は一切抱いていないもの」

 

 

吐き捨てるようにキャスターは言う。

だけど、と伏し目がちに、見守るような目線を隣に向ける。

 

――その先にいるのは弓塚だ。

 

 

「マスターはサツキの夫であり、この子は今は人の身でしょう。守れる力を持って貰わないと困りますし、何かあった時に悔やむことはしたくない。そんな理由よ。

 ……お膳立てはしてあげたのだから、貴方も鋭意努力なさい。透視の魔眼、その能力を引き出すのは当然よ。今の貴方の完成系は、歪曲と透視、それを複合させた――そうね、名付けるなら『無境・歪曲の魔眼』とでも言おうかしら。それを自在に行使できる魔術使いになりなさい」

「無境・歪曲の魔眼――」

 

 

キャスターから告げられた今持つ2つの魔眼、その行きつく先を夢想し心が震える。

やだ……かっこいい……。

 

魔眼の複合と言って頭に浮かぶのは、またしても親戚である藤乃さん。

彼女の場合は歪曲と千里眼の複合技で、名は『唯識・歪曲の魔眼』――だったか。

遥か高見、神の視点から物体を視認して捻じ曲げる。

藤乃さんのそれに比べたらやはり劣るが、七夜の体質と合わせた奇襲用・暗殺用の技と考えれば十分に必殺となり得るだろう。

 

もう使えないと思っていた魔眼、一種の相棒とも言えるソレを再び手にしたことで、好戦的な表情になっていたのかもしれない。

弓塚がこちらの顔を覗き込ながら、諫めるような目線を送る。

 

 

「むっ、アキ君、何かワクワクしてるでしょ。その、守ってくれるのは嬉しいけど、危険なことは極力避けてよ?」

「別に、積極的に荒事に首突っ込むことはしないって。ただ、目標が一つ定まって、少し嬉しく思っただけだ」

 

 

心配そうに見つめてくる弓塚に、安心させるよう言葉を選び返した。

力が手に入ったのは確かに嬉しい。

だけど、自分の生来の臆病さは変わらない。

この世界の物騒さを知っているなら尚の事、この程度の能力取得で気が大きくなることは決してない。

 

 

「透視の魔眼を使いこなして、二つの魔眼を複合させた技も身につける。一体、何年掛かるんだろうな、それ」

「……えっと、それってそんなに難しいことなの?」

「こっちには志貴みたいなセンスはないからな。大体、歪曲の魔眼を使いこなせるようになるのも10年近く掛かってるんだぞ。魔術回路の質が上がったからと言って1年、2年で習得できるものじゃないだろうな」

 

 

首を傾げて質問してくる弓塚に、正直に心情を話す。

キャスターが言う『無境・歪曲の魔眼』。それを自分は過去に2回、琥珀の補佐によって使用している。

極限とも言える集中力と、魔眼の酷使と、感応による潜在能力の引き出しを持って、ようやくその技は扱えた。

使った経験があるからこそ、今の自分にとってそれを一人前に扱うことがどれだけ難しいかが明確に理解できている。

 

 

「でも魔術回路も壊れてて、半端な体術しかできなくて、色々と頭打ちだと思っていたから……やれることや目指すものが出来たのは、本当に嬉しいんだよ」

「……絶対に無茶はしないでね?」

「いや、別に大和魂とか持ってないし、常識力もあるからね? 何か、酷く頭悪いイメージ抱いてない?」

 

 

男の子的にテンション上げる気持ちも分かってほしいのだが、弓塚の口から出るのは心配と不安のそればかり。

これまでの行動や結果をみれば、頼もしさよりも心配が上回ってしまうのは仕方ないのかもしれないが、少しは共感というか、喜びを共有したいものである。

 

 

(まぁ、弓塚とは“別の方面”でこっちも不安に思うことがあるのだが……)

 

 

魔術回路を治せたのは奇跡的だと、キャスターは言った。

だがそれを素直に受け取れるかと言えば、そんなに甘い話があるのかと捻った見方をしてしまう。

――いずれまた、大きな争いに身を投じる。その前準備、運命として、再び魔眼が自分の元に戻ってきたのではないか?

 

 

「……それは考えすぎか」

「どうしたの、アキ君? なんか難しい顔してるけど」

「……」

 

 

こちらの顔を覗き込んでくる弓塚に、物騒な思考を中断する。

引っ掛かるような不安もあるが、自分にできることなんて限られている。

今はこの子と今日のような日常を過ごすのが大事であり、疎かにしていいものじゃない。

強張った顔をほぐしながら、表の話題へと頭の中を切り替えた。

 

 

「あー……今日の宿、どうしようかなと思ってな」

「あ、あはは。そういえば決まってなかったね。別に旅行じゃないし、駅前のビジネスホテルでもいいよ?」

「あら、珍しいわね。赤毛の坊やは泊めてくれなかったの?」

 

 

弓塚の返事に被せるように、キャスターがこちらに問いかける。

赤毛の坊やとは衛宮士郎のこと。

大抵の話、冬木に来た時は彼の住む屋敷に一泊しているのだ。

頻繁に来れる距離でない反面、来た時には積もる話が色々ある。

互いに忙しない日常を送っているせいか、衛宮も自分も饒舌でないのに、意外と話がよく弾む。

 

そのため今回も例の如く、冬木に赴く数日前から衛宮に連絡を取っているのだが――

 

 

「それがさ、衛宮の携帯に掛けても一向に繋がんないんだよ」

 

 

ポケットから携帯を取り出しながら、肩を竦める。

衛宮が日本に、冬木にいるのは間違いない。

 

ちょうど先日、彼は蒼崎橙子の依頼を完了した。

衛宮がホムンクルスとして長くはもたないイリヤの身体を延命させるために走り回っているのは知っていた。

橙子さんへの伝手は自分と琥珀と弓塚が。

金銭は衛宮の養父の遺産や、遠坂さんと間桐さんに頼み込んで用意したらしい。

橙子さんが衛宮にどのような依頼を出したかはわからないが、彼も自分と同じように四苦八苦しながら、ついに先日、依頼を完遂させたのだという話は橙子さんから伝えられた。

 

橙子さんは今頃工房にこもり、イリヤスフィールに合う仮の肉体を作っているのだろう。

 

 

「も、もしかして何か事件に巻き込まれたとか……?」

「それなら遠坂さんや間桐さんから何かしら連絡が入るだろ。案外、携帯が壊れただけかもしれないしな」

 

 

ただし衛宮邸に電話してみるも、そちらも繋がる気配がなかったのだが。

心配半分不思議半分といったこちらの説明に、キャスターは少し逡巡した後、あぁ、と思い付いたように口を開いた。

 

 

「それなら心配いらないでしょう。あの赤毛の坊や、多分だけど折檻中なだけじゃないかしら」

「せ、折檻? 誰に?」

「誰にって、もちろん彼女“達”でしょう? 風の噂だけど、坊やが海外でまたやらかしたらしいわよ」

 

 

あまり興味がないのか、キャスターの喋りは淡泊だ。

衛宮。やらかした。彼女たちが折檻。

……うん、断片的な情報しかないが、何となく大まかに理解した。

隣りの弓塚に目を向けると、自分と同じことへ思い至ったのか苦笑いを浮かべていた。

 

衛宮への懸念と心配が晴れた反面、今日を含めて当分衛宮に会うことはできないだろうと嘆息する。

当然、衛宮邸に泊まる予定も白紙になった。

弓塚との小旅行は楽しいのだが、宿泊先がビジネスホテルなのは少々味気なくて彼女に申し訳ない気持ちになる。

 

洒落た雰囲気の宿泊先が近くにないだろうかと、こっそり携帯で探そうとしたその時――

 

 

「そうだわ、サツキ。うちで良ければ泊っていきなさいな。部屋はたくさん余っているし、そこら辺のホテルよりもきっと過ごしやすいわよ」

「えぇ、いいんですか!? やった――あ、泊まればキャスターさんの旦那さんにも会えますよね!?」

「そう言えば写真を見せただけで実際に会ったことなかったわね……ふふ、ちょうどいいわね。ついでに私の手料理もご馳走させてあげる。自慢するわけじゃないけど、相当上達したのよ、私」

 

 

キャスターの提案に、物凄く嬉しそうに喜ぶ弓塚。

その反応がお気に召したのか、キャスターも優し気な瞳で弓塚を見つめ、会話を弾ませる。

 

母と娘というよりは、年の離れた姉妹のような、そんな感じ。

キャスターの現在の交友関係は深くは知らないが、弓塚とは特段、仲が良い。

 

見慣れた光景ではあるが、二人の波長がこんなに合うとは正直意外であった。

片や人類史屈指の魔術師で、片や元一般人で性格も平凡な吸血鬼。

特に共通している部分なんてない二人の仲の良さに、ちょっとばかし腑に落ちずに首を傾げる。

 

……まぁ、仲が良いことに悪いことなぞある筈もなく。

自分の預かり知らぬところで彼女たちの物語があったのだろうと、二人の過去の出来事にそっと思いを馳せた。

 

 

それよりも心配なのは、やっぱり今日の宿である。

キャスターが弓塚を泊める気満々なのはわかったが、自分もちゃんとセットですよね?

鮮花の一件でキャスターのヘイトを存分に稼いでしまったのだ。

自分は今夜、どっかの侍の如く門の近くでテントを張っている未来も十分あり得る話であろう。

 

会話が一段落したら訊ねなければと、部屋の隅で大人しくしながら、楽しそうな女性陣二人を眺めていた。

 

 



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11. 冬木。弓塚さつきと 後編(上)

腕時計に視線を落とす。

今夜の宿泊先も決まり、衛宮と会う予定も無くなった。

今日と言う日はまだ前半が終わった程度。

残りの時間をどう過ごすか、柳洞寺の縁側でゆっくりじっくり思案する。

 

……せっかく弓塚と二人きりだし、久しぶりにデートに誘うのも良いかもしれない。

身重の体だと、今後しばらくそういったお出掛けも控えることになるだろうし。

 

 

「――よし、新都に行くか、弓塚」

「え、何か用事あったっけ?」

「いや、別に用はないけどさ……ほら、あれだよ」

 

 

こちらの提案に首を傾げる弓塚。

時間があるし新都ならば目新しい店も多くある。

デートスポットとしては良いと思ったのだが、中々、弓塚は察しない。

 

……まぁ、デートしよう、とストレートに誘わない自分が悪いんだが。

何となく、弓塚相手ではそういう言葉が気恥ずかしい。

 

言い淀んでいるこちらと鈍い弓塚。

それを端から見たキャスターが、手を口元に、込み上げる笑いを抑えながら弓塚の肩に手を添えた。

 

 

「デートのお誘いでしょう、サツキ。貴女、妙なところで鈍いんだから」

「え……えぇ! デート!? 鮮花ちゃんじゃなくてわたしと!?」

「――ぐふっ」

 

 

まるで思い浮かばなかったとばかりに弓塚は大げさに驚く。

素で言ったであろう“鮮花”というワードに、鳩尾を殴られたような精神的ダメージが。

藤乃さんとの作戦であったとは言え、秘密裏に鮮花とデートしたことが中々根に持たれているようである。辛いし反省。

 

 

「そんなに驚くことないだろ……大体、二人で冬木に来てるのもちょっとしたデートのつもりだったんだが……」

「あはは……キャスターさんに久しぶりに会うのが楽しみで、今まで気付かなかったかも」

 

 

少しばかし拗ねた目を弓塚に向けたところ、彼女は頬を赤らめて苦笑い。

あのさぁ……鮮花の一件でちょっと気まずいなと思いながらも、勇気を出して冬木同行の声を掛けた自分に悪いと思わないの?(自業自得)

 

と、ふいに弓塚への視線を遮る影。

キャスターの手がこちらの眼前に伸び、ピンと額を弾かれる。結構痛い。

 

 

「ほら、マスターも女々しい目つきでサツキを見ない。大方、デートと分かりにくい言い方しかしなかったのでしょう。サツキに甘えて、曖昧な態度を取るマスターが俄然悪いのよ」

「いてて、わ、分かってるって。……ん、キャスター、これ何?」

「買い出しのリスト。帰りに商店街寄ってちょうだい。六時には夕飯の準備を始めるから、それまでに帰ってくるのよ」

 

 

用意周到というか、相変わらずマスター使いが荒いというか。

キャスターから手渡されたリストに目を落とし、中身を追っていく。

はい、ちょうど男一人で何とか持ち切れる量ですね。弓塚への心遣いが抜群である。

 

というか新都でのデートに加えて商店街での買い出し時間を含めると、午後の自由時間も案外少なく思えてくる。

六時前というリミット付きであれば猶更。

そうと決まれば、さっさと行動あるのみだ。

 

 

「よし、弓塚。今から買い出し――」

「――マスター、私は同じこと言わせる馬鹿は大嫌いなのだけど?」

「は。はい……」

 

 

弓塚に言い掛けた矢先、キャスターの冷徹な視線に射抜かれる。

覇気でも込められているのかと錯覚するほど、怖くて震える。

恥ずかしがっている場合ではないと反省して、弓塚に向けて言い直した。

 

 

「……その、何だ……今から新都でデートしないか、弓塚? 買い出しもあるから半日もないが……」

「えへへ、キャスターさんの後押しでちゃんと言葉にしてくれたから70点かな? 次は最初から私にも分かりやすく誘ってね!」

 

 

言って、こちらの腕をぎゅっと抱く弓塚。

 

 

「それじゃキャスターさん、いってきます! また夜にたくさんお話ししましょうね!」

「えぇ、無理しないようにね。マスターもエスコート、しっかりなさいよ」

 

 

腕を引っ張り進む弓塚に慌てて足並みを揃えながら、柳洞寺を後にする。

デート1つで凄く嬉しそうに顔を綻ばせる弓塚に、気恥ずかしさを感じて顔が少し赤くなる。

手を振るキャスター。

彼女は弓塚を見て愛おしそうに、そしてこちらを見て可笑しそうに笑っていた。

 

 

 

憑依in月姫no短編

11. 冬木。弓塚さつきと 後編(上)

 

 

 

「わわ、やっぱり夏休みだから学生の子もたくさんいるね」

「友人と……というよりは何というか、意外にもカップルが多いような」

 

 

市内の交通機関を使い、新都内をふらりと歩く。

とある若者向けの商店が揃ったデパートに入ってみれば、多くの買い物客――とりわけ、学生のカップルが目立って見えた。

 

学生服には、士郎や間桐さんの通う穂群原学園も見て取れる。

聖杯戦争が五度も開かれた物騒な土地だが、変わらず極平坦な日常を送れていることにほんの少しだけ嬉しさを感じた。

原作組以外は見ず知らずの人ばかりだし、この人たちの為に奔走したわけではない。

たが結果として多くの人が不幸に陥るのを防げたのだから、この光景を見て自己満足に浸る事くらいはいいだろう。

 

隣りの弓塚に視線を向ける。

彼女も周囲の喧騒を、どこか遠い瞳で見つめていた。

自分以上に過激な戦いに身を投じた弓塚だ。

猶更、この平和な風景に馳せる想いがあるのだろう。

 

 

「……いいなぁ、制服デート」

「そこかよっ!」

 

 

予想していたのと違う呟きに、思わず突っ込む。

 

 

「なに、学生カップルに慈愛の視線を投げてたんじゃないの? てっきり冬木を守れた達成感で感動していたと思っていたんだが」

「うー、それもあるけど……学生服でデートって女の子の憧れじゃん?」

 

 

どうやら慈愛よりも嫉妬の気持ちが強かったらしい。

学生たちを見ていた恨みがましい目線のまま、上目遣いでこちらを睨む。

 

 

「私もしたかったなぁ、学生服デート。……アキ君がもっと早く告白してくれていればなぁ……」

「え、こっちのせいなの、それ?」

「だ、だって女の子から告白なんてできないし……」

 

 

もじもじと恥ずかしそうに俯きながら、あり得たかもしれない過去の出来事に未練を漏らす弓塚。

彼女の期待に沿えなかったことに思わず謝りそうになるが、ちょっと待てよと開きかけた口を閉じる。

 

 

(……はて。学校に通っていた時に、弓塚に告白するようなイベントはあっただろうか?)

 

 

猟奇事件、聖杯戦争と濃い時間を過ごした上で、自分は彼女への想いを自覚して告白をした。

弓塚への告白を通じて、自分が本当の意味で“七夜アキハ”になったことは今でも鮮明に覚えている。

 

前の世界の自分でもなく、七夜と浅上の血を継ぐ子供でもない。

この世界で形成された七夜アキハと言う人格に真に成り代わることで、初めて自分は彼女――いや、彼女たちと想いを通じ合うことができたのだと思っている。

 

反面、あれだけ苦楽を共にしてようやく意識できたとも言えよう。

命の危険が無い平凡な学生生活では、弓塚や琥珀との間に情以上の感情が芽生えることはまず無かったのではなかろうか。

 

 

「悪いが弓塚……猟奇事件や聖杯戦争、もっと言えば弓塚が吸血鬼にならなければ、多分、友達のまま卒業していたと思うぞ」

「えぇ!! それ酷くない、アキ君!?」

 

 

予想外とばかりに、弓塚は目を開く。

いやいや、大きなイベントがなければ順当な結果だと思うんですが……長く学生生活から離れているせいか、彼女の中で学生時代の思い出が美化されている可能性が割高である。

 

当時の思い入れが互いに違うのであれば、IFの話なんて余計噛み合わない筈。

弓塚を宥めながら、楽しくもあり不毛でもあるIF話を切り上げた。

 

 

「過去の話は置いておいて……その、制服デートなら出来るだろ。まだお互いに学生だし」

「うーん、でもわたしってば復学してないじゃん? それで制服デートって、本物じゃなくてコスプレっぽいと思うの」

「無駄に拘るなぁ……」

 

 

美咲町に戻って日を置いた後、押し入れから学生服を取り出せばいいやと思っていたのだが。

どうやら学生として学校に通っていることが、彼女にとってプライスレスらしかった。

 

ということは、弓塚の要望を叶えるには復学、しいては彼女自身を表社会に戻さなければならないわけで。

……いつまでも遠野家で匿ってないで、早く世間一般に返さねば(使命感)

 

 

「まぁ、橙子さんが作ってくれた仮の体で遠出もできたし、もう人間として問題なく暮らせるんだよな」

「っ、うん」

「え、何、その間は?」

 

 

日常社会復帰への道筋を思い浮かべながら弓塚へと掛けた問いかけに、ほんの一瞬、戸惑いのような間隔が入り込む。

思わず足を止めて、弓塚の表情を真剣に伺う。

いつか、彼女は過去に強まる吸血衝動を隠していた前科がある。

それは見当違いの遠慮であり、その時は友人だからこそ彼女をきつく叱った。

 

今も何か一人で抱えているのか。

若干怒気を含んだ視線に感づいたのか、弓塚は慌てながら、安心させるように苦笑いしながら口を開いた。

 

 

「えっと、そんな深刻な問題じゃないよ? ただ学生に戻ってもお腹が大きくなったら学生服着れなくなっちゃうし、来年にはアキ君はもう卒業でしょ」

「あ、あぁ、そういうこと……」

 

 

すみません。自分起因の困り事でした。

制服デートの要望なんて叶えるのは簡単かと思いきや、よくよく考えれば期限が近い。

弓塚を復学させるには親御さんの元へ彼女を返さないといけないし、復学してもお腹の影響ですぐ休学となってしまう。

加えて七夜アキハもとい遠野アキは、順当に来年で高校を卒業する予定となっている。

 

……復学させても彼女の学校生活は非常にやり辛いものとなる。

責任の一端どころか9割以上はこちらにあるので、もう責任という名のもと、遠野家就職ルートで良いんじゃなかろうか。頑張って一生面倒見ますので。

 

彼女の社会復帰について頭を悩ませている中、まだ弓塚の話は終わっていなかったのだろう。

それに、と弓塚が口を尖らせた。

その面持ちをみて気付く。

あ、これはこちらが無駄に怒られるパターンであると。

 

 

「わたしがお家に戻っている間に、アキ君が鮮花ちゃんに篭絡されないか……ものすっごく心配だし」

「あのな、その話は何度か聞いたが……そう心配するなよ。間違っても、鮮花に手を出すことはないから」

「それは信用してるけど、どちらかと言うとアキ君は手を出される側だからね?」

 

 

性格は信用している反面、環境が信用できないと不満を口にする弓塚。

どうやら弓塚の中ではこちらは羊なイメージで、鮮花が狼である模様。

これはあれか。

性格は信用されているが力が信用されていないということだろうか?

 

頬を膨らませた彼女から若干顔を背けながら、掛けるべき言葉に頭を悩ます。

 

 

「出される側って……鮮花に押し倒されるほど、弱くも情けなくもないぞ」

「うん、アキ君も退魔の人だから、鮮花ちゃんに力負けするとは思ってないよ」

「だろ? だったら――」

「でも、寝込みとか襲われたら?」

「……」

「……」

 

 

彼女の不安を払拭すべく力を誇示した手前、投げかけられた変化球。

寝込み。

流石に、そんな状況では力比べも出来やしない。

想定して想像して、ちょっとばかしの冷汗をかいた。

 

 

「……いやぁ、いくら何でも、鮮花もそこまではしないんじゃないか?」

「あぁー! 絶対考えてなかったでしょ、アキ君! そういうのを隙があるとか、考えが甘いって言うんだよ!?」

 

 

だぁー、墓穴を掘った!

弓塚に返事するまでのタイムラグや返答内容が甘かったせいで、対鮮花への意識の低さが露呈する。

彼女の不満が収まらない限り、このままでは小一時間、鮮花の話が続けられるパターンである(19回目)。

 

おかしい。

周囲の学生カップルを見ていただけの筈が、なぜお説教コースになってしまったのか。

 

頬の膨らみがハムスターばりになってきた弓塚に、彼女の気を変えるものはないかと周囲を探る。

何せ今はデート中。

鮮花の話のせいで弓塚の頭から離れているかもしれないが、デートっぽい気分に戻れば追及も一旦は矛を収めるだろう。

不満の元はこちらにあるので殊勝に聞くが、弓塚とはどうせいつも一緒にいるのだ。

せっかくのデート中ではなく、遠野の屋敷に帰ってからゆっくり怒られたいものである。

 

周囲に巡らせた視線の遠くに、ちょっとした人だかりが見えた。

他の商店に比べれば学生カップルもいないため、会話を断ち切るにはちょうど良い。

 

彼女の手を引っ張り、足早に目的の方へと歩き出す。

 

 

「ほら弓塚。向こうでなんかイベントやっているし覗いてみよう、な?」

「ちょ、ちょっとアキ君! まだ話は終わってな――」

 

 

少し抵抗されるが、こちらの強引さに諦めて渋々と引かれるままに彼女も足を進めた。

話題転換ヨシ!

指摘された某臨時メイドの寝込み対策は、追々考えていこうと心に留める。

まぁ、弓塚が過剰に心配しているだけで実際に起こるとは思えないから、特に急ぎでもないのだけれど。

猪突猛進に見える鮮花だが、越えちゃイケない一線は分かっている筈である。……だよね?

 

 

人だかりが出来ていた目的地へ、自分と弓塚も合流する。

人混みという程ではなく、見ればちょっと覗いては興味がないのか去っていく人も多い。

 

人だかりの正体は、同系列の専門店を集めた物販イベントであった。

ご当地名物とか、北海道グルメフェアとかでブースが集まり普段は販売していない商品が並ぶイベントだ。

 

ただ、問題は今日のソレはグルメとかお土産といった軽いものではなく――

 

 

「――ブライダルリングフェア……だと?」

 

 

結婚指輪。

様々なブランド。笑顔一杯のセールスのお姉さん。幸せの絶頂にいそうなカップル多数。

 

はい、失礼。

まだ学生の自分たちが来る場所ではありませんでした。

そう思い、急いで回れ右をする……が、繋いだ左手、その先の彼女の足が動かない。

 

 

「……ア、アキ君、指輪見たかったんだね……た、確かにわたしも少し興味あるかも」

「――そ、そうだな。関係ない話じゃないし、せっかくだからその、一緒に見ていかないか?」

 

 

弓塚の反応に対して、速攻で頭を回転させてパーフェクトな言葉を返す。

結婚指輪を見る予定なぞ微塵もなかったが、先ほど彼女の機嫌を損ねた手前、今は全力でリカバリーに神経を研ぎ澄ますべきである。

 

……二人で指輪を見るのは物凄く恥ずかしいので、できれば一人で下見してから行きたかったのが本音だが(心の準備)。

 

目を輝かしていたせいか、弓塚がさっそく店員に捕まりセールストークを受けていた。

弓塚も興味津々に聞くものだから、店員も実に喋りやすそうである。早くもサンプル品の指輪が弓塚の薬指に嵌められていた。

 

 

「アキ君! 見てこれ、すっごい綺麗!」

「あぁ、ダイヤも大きいがデザインもいいな。……えっと、似合ってると思うぞ」

「えへへ、ありがと! あ、もうちょっと色々見てもいいかな?」

 

 

指輪を見つめながらはにかむ弓塚に、苦笑しながら頷いた。

時間を気にする必要はないし、興味が落ち着くまで見て回っても問題ない。

デート中にも遠慮の消えない彼女に、顔に出ないよう注意しながら心の中で静かに愛おしさを感じて想う。

 

問題があるとすれば、この空間に弓塚といるのが恥ずかしくて心臓が長くは持たないことか。

好きだし、責任を取るためにもいずれは彼女と籍を一緒にするだろう。

しかし元はただの学友だったせいか、彼女と結婚するという事実を想像するだけで顔が赤くなるのは、どうにかならないものだろうか。

 

 

「アキ君! これどうかな、見たことないレベルだよ、凄いよ!?」

 

 

また別の店員に捕まっている弓塚の声に思考を中断して、はしゃいでいる彼女の元へと足を進めた。

まぁ、テンション上がって機嫌が直ったことは良いことだ。驚きすぎて語彙が小学生並みになっているのは別の意味で恥ずかしいが。

 

そして小市民感丸出しで宝石に見とれている弓塚さん。

その指輪は確かにものすっごく美しい代物だがすぐ返しましょう。七桁の値札が見えているので。

 

顔に血が上ったり引いたりで心臓が非常に辛い。

頬を染めながら嬉しそうに指輪を試着する弓塚には悪いが、結婚の準備はもう少し大人になってから考えようと心に誓った。

 



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