転生オリ主は祝いたい (昨日辛雪)
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序章

 管理局の白い悪魔と言われて久しい我らのなのはさんですが、映画で新たな力を手にしたことですし、称号もランクアップさせても良いのではないかと思い投稿しました。
 もちろん、この呼称は賛否別れるものですので、ネタとして割りきれる方のみご覧ください。


 転生者、とりわけ神様転生した者は究極のエゴイストであると言える。そうでなければ、ただ死を回避するのではなく、神の甘言に乗って、自我を保ったまま、創作物、所謂2次元の世界へ産まれなおすなどと言う選択をしようはずがない。あまつさえ、見た目も才能も環境も特典の名のもとに自らコーディネートしてだ。これをエゴと言わずなんと言う。

 

 エゴの塊である転生者は規模の大小、内容の正邪こそ変われど、「原作に関わらずに生きていきたい」「原作で不幸になったキャラクターを救いたい」「ハーレムを築きたい」などと強い願いを抱いて転生する。

 かくいう私もその1人。私の介入によって生前愛してやまなかった「魔法少女リリカルなのは」の世界が崩れてしまう事への不安はもちろんある。だがしかし、この欲求を胸に留めたままで終わるつもりは毛頭ない。なぜなら、私は転生者。究極のエゴイストなのだから…… 

 

◆◇◆◇

 

 眼下に広がるのは朝焼けが照らす海鳴の街。高層ビルが立ち並ぶこの街の中でも、ひときわ高いビルの屋上。遮蔽物の無いこの場所からは海鳴市全体を一望することができる。落下防止用に設けられたフェンスの欄干の上に立ち私は朝日を浴びていた。

 高所だけあってさすがに風が強い。身の丈ほどもある黒いフードストールが大きくたなびく。それでバランスを崩すことも動揺することもなく、私は目的の場所を探す。

 手がかりは「森」「池」「壊れた(はしけ)」だ。見つけるのは簡単だった。平和な街並みの中に浮かび上がる生々しい破壊の痕跡、その異様さがわざわざ目を凝らすまでもなくハッキリと存在を主張している。

 ともあれ場所さえわかってしまえばこちらのもの。特典として入手したタブレット型のデバイスを起動して座標を割り出す。

 リリカルなのはの世界では魔法と科学は地続きであり、デバイス:「魔導端末」とは魔法の行使をサポートする機械とでも思ってもらえればいい。

 私が手に入れた特典の中の1つである把握している座標の元へと瞬時に移動できる能力を発動する。

 すると、フードストールがとぐろを巻くように私の体全体を覆い、視界を黒く塗りつぶす。次に視界が開けた時、私は件の艀の側に立っていた。

 

 艀だけでなく、近くに停めてあった木製のボートも、そのボートを貸し出す商いをしていたであろう小屋も、無惨に破壊されてしまっている。普通であれば怖気が走る光景だが、私の心は昂っていた。

 何故なら、この破壊痕は魔法使いの少年ユーノ・スクライアとロストロギアと呼ばれる危険な古代遺産:ジュエルシードの異相体による戦闘によってもたらされたものだからだ。これが意味する事は1つ、そう原作の始まりである。

 昨晩、本来地球人が使うことの出来ない魔力の脈動を感じとっていたから予測はしていたが、実際に自身の目で見るとやはり心踊るものがある。逸ってはいけない、1度深呼吸して興奮を落ち着かせる。

 

 この場に来た本来の目的はユーノ・スクライア。正確には現在は彼が所持している主人公専用の武器となるデバイス:レイジングハートの回収だ。

 主人公である高町なのはが彼を発見するのは放課後。時間的な余裕は十分にあるが、他の転生者の存在もある。「リリカルなのは」は二次創作界隈においてオリ主の転生先として人気の作品だ。この世界に転生したのが、私だけだとたかをくくっていては足元をすくわれかねない。慢心から計画を台無しにしてしまっては、この世界に転生した意義を無為にしてしまうたというものだ。

 私は昨日の戦いで吹き飛ばされ、付近で気絶しているであろうユーノの捜索を始めた。

 

 微弱な魔力の反応と原作での描写を頼りに森の中を探していると、少し開けた草むらで、傷付き横たわっているフェレットを発見した。首には赤い宝玉をつけたペンダントをしている。当たりだ。

 今のユーノは魔力の枯渇と怪我による消耗、加えて慣れない地球環境下での負荷を軽くするため、フェレットの姿をしている。

 私は彼のもとへと歩み寄ると、目を覚まされないように注意をしながら、赤い宝玉がついたペンダントを拝借した。この宝玉こそが魔導端末の中でも意思を持ち自律的な判断を行うことができるインテリジェントデバイス:レイジングハートだ。

 

 このインテリジェントデバイスと主人公を始めとする各魔導師との絆も「リリカルなのは」の魅力の1つなのだ。それを自らの手で潰してしまうのは心苦しいが…… 夢の実現のためには仕方のないことか。

 これで必要なモノは手に入った。後はコイツを改造して、放課後、主人公である高町なのはに挨拶をすれば仕込みも終わる。これからの出来事に、思わず唇を吊り上げてしまいながら私はその場を後にするのだった。

 

◆◇◆◇

 

 高町なのはにとって、今日はなんの変哲もない1日であるはずだった。将来について考えさせられる授業こそ有ったものの、普段と違うことなどそれくらいで、いつものように親友であるアリサ・バニングスと月村すずかと共に談笑しながら帰路につくはずであった。本当に、ついさっきまではそう思っていたのだ。

 

 しかしどうであろう、それは突然の事であった。アリサが「あっこっち! 道は悪いんだけど、ここ通ると塾に行くのに近いの」と森を二つに別けたような裏道を指差した刹那、なのはの視界に映る景色にノイズが走る。

 驚いて隣を見ればアリサは道を指差したまま、すずかは感心したように手を口許に当てたまま動かない。親友の二人だけではない、すぐ側を通りがかった猫も、風に揺れる木々も、空をゆく雲さえも、なのは一人を残し世界全てが静止してしまっている。

 

 次の瞬間、なのはは驚愕で息をのんだ。先ほどまで誰もいなかった道の先に突然男が立っていたのだ。

 夕日を背に道に浮かび上がる様にして佇むその年若い男は、長身で濃いカーキ色のコートにフードと一体型の黒いストールを巻いた出で立ちをしている。容貌は深くフードを被っているためうかがい知れないが、唇が笑みを作っていることだけは、はっきりとわかる。それが、なのはのには不気味でならなかった。

 

 このおかしな現象の原因は目の前の男にある、そうなのはの本能が叫んでいる。喉がつまり、舌が上手く回らない中で、彼女はなんとか言葉を紡いだ。

「アリサちゃんとすずかちゃんに何をしたんですか? 二人に何かするつもりなら、わたしは-- ! 」 

 二人を庇うように一歩前へでたなのはの姿に男は笑みを更に深めて答える。

「この状況で先ず友人の心配とは、いやはや流石は我が魔王。期待以上だよ。安心したまえ、これは私が“時を止めた”だけさ、私が去れば全てが元どおり」

 怪しい男の言うことなど到底信用することは出来ないが、今のなのはには汗に濡れた拳を握りしめることくらいしか出来ない。魔王と呼ばれたことを気にする余裕など今の彼女には無かった。

「なぜ、こんな事をしたんですか? 」

 自分でも声が震えているのがわかる。対する男はこともなげに言う。

「邪魔をされたくなかったからさ、君との初めての邂逅をね」

 なのはは男の言うことが理解できなかった。ただ、自分と会うだけのために時を停めたとでも言うのか。なのはがゴクリと唾を飲むと男の姿は忽然と消えていた。

 

「おめでとう」

 

 不意に近くから声がする。なのはがギョッと目を剥くと直ぐ隣に男が立っている。

「今日は君にとって特別な1日になる。ただし、青い宝石には気を付けた方がいい」

 そう言って男はポンッとなのはの頭に手を置く。頭の中に何かが流れこんでくる不快感に、なのはは思わず膝をついてしまう。目眩がして息が荒くなる。

 しばらくして動機が収まると、今度こそ本当に男の姿は消えていた。時間が再び動き出すのがわかる。

「ちょっとなのは、あんた大丈夫なの」

「なのはちゃん、顔蒼いよ」

 自分を心配するアリサと気遣わしげに顔を覗いてくるすずかの姿に、なのはは日常への回帰を感じて浅く息をついた。

「にゃはは、大丈夫大丈夫。ちょっとクラッとしただけだから」

 なのはは先ほどの出来事を忘れるように頭を振ると、努めて明るく声をだした。「大丈夫って、あんたねぇ」となおも言い募るアリサの手をとって森中へと駆け出す。

 

 そこで彼女は助けを求める声を頼りに傷だらけのフェレットを発見し、動物病院へと連れていくこととなる。この出会いが彼女の運命を大きく変えることになるとは、今のなのはには知るよしもなかった。

 




 別作品の描写が薄っぺら過ぎるので、実験をかねて書いてみましたが読みにくくはなかったでしょうか? 少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。


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覇道の始まり(上)

 中の人のファンは王国民だし、魔力光はピンクだし良いよね?


 「新暦65年4月。普通の小学生高町なのは、彼女には魔王にして次元の覇者・オーマナノハとなる未来が待っていた。不思議な声に導かれ槙原動物病院を訪れた高町なのは。彼女はそこでジゲンドライバーを手にする。仮面ウィッチナノハに変身した彼女は、見事ジュエルシードを封印し魔王への第一歩を踏み出すのだった。おっと、先まで読みすぎましたか」

 

◆◇◆◇

 

 ユーノ・スクライアは遺跡発掘を生業にしている。そんな折、ある古い遺跡で発見したのが、ロストロギア:ジュエルシードだ。ジュエルシードは願いを叶える力があるとまでいわれる莫大な力を秘めているものの、些細な切っ掛けで暴走し、使用者を求めて暴れまわることもある危険なエネルギー結晶体であった。

 その危険性をいち早く見抜いたユーノは、管理局にジュエルシードの保護を依頼。次元船の手配もして、後は無事に受け渡しが終了したという報告を待つだけあった。それなのに…… 。

 

「どういう事なんですか! ? ジュエルシードの行方が分からなくなったって! 」

 

 バンッと机に手をついて、ユーノ・スクライアは詰問した。通信用のデバイスからホログラムのように照射されたディスプレイ、その向こうで男が恐縮している。

「あれは危険なモノなんですよ! 発動も不安定で、近くに人や動物がいれば取り込んで暴走する可能性だって-- 」

 ギリッと歯を軋ませ、握りしめた拳は小刻みに震えている。

「あっ、いや…… 恐らく次元船に何らかのトラブルがあったのではないかと…… 、我々も第97管理外世界付近までは航行を確認できていたのですが…… 」

 たとたどしく答える男を尻目にデバイスで検索する。

 

(あった。第97管理外世界、現地名称地球。まずい、魔法技術が確立されていない世界だ。こんなところで暴走されたら甚大な被害がでかねない)

 

 男からの報告によれば、次元船の消失から既に1日以上経過しているという。一刻の猶予もない。

「第97管理外世界ですね、ありがとうございます」

 ユーノはそれだけ言うと、モゴモゴと何かを言っている男を無視して通信を切断。以前、遺跡から発掘したデバイス:レイジングハートにジュエルシードを封印するための術式をプログラミングすると、再び通信端末を起動させた。

「次元船を一機お借りしたいのですが…… 空きがない? 急ぎなんです、貨物船でもかまいません。第97管理外世界の付近を通る時そこで降ろしてもらえれば…… はい、はい、ありがとうございます。それでは失礼します」 

 

 そして、地球へとやって来たユーノは発動前のジュエルシードを1つ封印。残りのジュエルシードを捜索していたところ、森の中の公園でジュエルシードの異相体と遭遇した。巨大な雲の塊が手足のように触手をくねらせる怪物。その異相体が突っ込んできてーー そこでユーノは目を覚ました。

「夢…… か、それにしてもここは…… 」

 おそらく誰かが傷ついた自分を保護してくれたのだろう、ユーノはケージの中で毛布にくるまれて寝かされていた。

 鼻につく独特の薬品の匂いで、自分がいるのが医療関係の施設であることがわかる。近くの大きな窓から月明かりが射し込んでいた。それが、あの戦いからもう24時間近く経ってしまったことを物語っている。既にジュエルシードの暴走は始まっており、今のユーノは封印処理をこなせないほどに消耗してしまっている。

 事ここに至ってはどうしようもない、ユーノは魔導師だけが感じ取れる魔力を介したテレパシー:念話で一縷の望みを懸けて助けを求めた。

 

『ボクの声が聞こえる方、お願いです…… 力を貸してください』

 だが、時は待ってはくれない。窓の外から昨晩の異相体がユーノを見つめていた。しかも首が3つに増えている。新しいジュエルシードを取り込んだのだ。異相体は奇声を上げながら、窓を突き破りユーノに向かって一直線に迫ってくる。ユーノは人的被害を軽減するために、広域結界を発動し、魔導師以外を一定領域から閉め出す閉鎖空間を作り上げた。

 狭い室内では満足に逃げ回ることも出来ない。外に飛び出したユーノは、茶色い髪をツーサイドアップにした少女と眼があった。

 

「来てくれたの? 」

「ええと…… あの、なんなの!? 何が起きてるのー! 」

 自分を抱き止めた少女は目の前のことに理解が追い付いていないようだった。無理もない。突っ込んだ拍子に建物の瓦礫に埋もれ、抜けだそうともがく怪物も、喋るフェレットと化した自分も、彼女にとっては非日常そのものであるのだから。

 それでも、現状を切り抜けるためには彼女にジュエルシードの異相体と戦い、封印してもらわなければならない。心苦しくはあれど、それしか手がないのも事実であった。

 

「ボクに少しだけ力を貸して、お礼は必ずしますから」

 瓦礫を吹き飛ばし雄叫びをあげた暴走体から逃げるように少女は駆けだす。

「お礼とかそんな場合じゃないでしょ!? 」

「今のボクの魔力じゃアレを止められない、けどあなたなら…… ! 」

 ユーノの言葉に少女は足を止め、怪物へと向き直る。足は震えているが、それでも視線は真っ直ぐに異相体を見据えている。

 

「どうすればいいの?」

 

 少女とて分かっていた。あの怪物を放っておいたら取り返しのつかない未来が訪れるということを。これ以上被害を出さないために自分にも何かできるのなら、自分にしか出来ないことがあるのならと、少女は覚悟を決めたのだ。

 ユーノは彼女の覚悟に応えるべく、自身のデバイスを託そうとする。しかし、そこではたと気づく、首に掛けていたはずのレイジングハートがなくなっていることに…… しまったとユーノは歯噛みした。

「ボクがアレを引き付けます、あなたは先ほどの建物の中へ」

「どうして!? 」

 少女の声が上擦る。

「そこに赤い宝石が付いたペンダントがあるはずです。多分、治療の過程ではずされたんだと思うんだけど、その宝石はデバイスと言って魔法を使うのに必要な道具なんだ。それがあればあなたも戦えます。だから…… ! 」

 しかし、少女はユーノの言葉を頭を振って否定する。

「あっあのっ、キミを最初に見つけたのはわたしなの。でもっ、でもね、その時からキミは()()()()()()()()()()()()の」

 

 ユーノは二の句が継げなくなった。それでは、自分は頼みの綱であるデバイスを昨日の戦いで紛失してしまったということか。最悪だ。これでは少女をいたずらに死地に導いてしまっただけではないか。

 その後悔がいけなかった。ユーノが意識を逸らした一瞬の隙をついて怪物がなのはに襲いかかったのだ。万事休すか、ユーノの頭が悔恨の念で埋め尽くされたその時、少女の前にピンク色の壁が出現し異相体を弾きとばした。

 

◆◇◆◇

 

「なにが起こったの…… ? 」

 高町なのはは驚きと安堵で腰を抜かしてしまい、へなへなとその場に座りこんだ。

 助けを求める不思議な声に導かれて、槙原動物病院へと足を運んだなのは。彼女はそこで言葉を話す魔法使いのフェレットと出会い、3つの首を持つ雲の塊のような怪物に襲われた。

 自分に迫りくる怪物に思わず手をかざしたその時、不思議な事が起こった。突如、波紋のようなピンク色の光の壁が出現し、なのはを守ったのだ。

「えっと、これは、なに? 」

 不思議な事は他にもある。先ほどまで何もなかった筈のなのはの手には時計のようなものが握られていた。これが、自分を助けてくれたのだろうか。

 見れば、蒼い本体の上に被さるようにしてピンクの装飾が施された白いアタッチメントが付いている。表面の上下には銀杏(いちょう)型のスリットが入っており、そこには液晶パネルのようなものが見える。上の部分には円状の魔方陣が、下の部分にはリリカルなのはという文字が表示されていた。

 

 安心したのも束の間、怪物はうめき声を上げながら再び姿を見せる。こわばるなのはと怪物との間を遮るように、1つの影が躍り出た。

「フッ! ハッ!! なのは、なぜ変身しない!? 」 

 それは、白銀の鎧を纏ったなのはと同じ歳位の少年。青白い光を放つ剣で怪物に果敢に挑みかかる。

 なんでわたしの名前を知ってるの? とか、あなたも魔法使いなの? とか、怒涛のように押し寄せる疑問の波に頭がついて行かず、目を回してしまうなのはであったが、フェレットの言葉にハッとする。

「彼も魔導師なのか!? それに、それはデバイス…… 」

 デバイス、その単語になのはは食いついた。

「デバイスってことは、これがあればわたしも魔法を使えるんだよね? 」

 フェレットは少し俊巡して、ためらいがちに口を開く。

「そうだけど、何だかよくわからないものを使うのは危険だ。ここはーー 」

 ひとまず彼に任せて、そう続くはずだった言葉に男の声が割って入った。

 

「そう、魔法を使って頂かねば。ナノハの力は史上最強、その力を使えば次元世界はおろか、過去も未来も望みのまま…… 」

 

 なのはの心臓が早鐘を打つ。聞き間違える筈がない、今日の放課後に出会った、時間を止める怪しい男の声だ。男が姿を見せる。やはりそうだ。

 男はなのはの前に立つとゆっくりとフードを取った。顔立ちはかなり整っている、しかし滲み出る胡散臭さが全てを台無しにしていた。

 男はなのはの前に跪き、金の刺繍が施された赤いクッションをスッと差し出す。その上には謎の機械が置かれていた。

 中央のディスプレイを上下から挟むようにデバイスと同じ装飾の白いアタッチメントが付いており、左右からレールのようなものが伸びている。

 

「我が魔王、これを。使い方はご存知のはず」

 そんな事はないと、なのはは男の言葉を否定しようとして出来なかった。見たこともないはずのその()()()()()を見た瞬間、使い方が自然と思い出されたのだ。

 聞きたいことは山ほどある。現状に納得など到底できない。そもそもわたしは魔王じゃないし。

 様々な葛藤を飲みこんでなのははドライバーを手にする。1人で怪物と戦っている少年が気がかりだし、なにより目の前で困っている誰かの存在をなのはは放っておけなかった。

 

 なのはが腰にドライバーをかざすと〈ジゲンドライバー〉と音が鳴り、両端から留め具が伸びて、ベルトのように固定される。ドライバーはさしずめバックルのようだった。

 さらに右手に時計のようなデバイス、いやナノハマギアウォッチを掲げ白い部分を回転させると、〈ナノハ〉の音声と共に時計の文字盤にカタカナのマギアの文字が大きく張り付けられた様な顔が浮かぶ。

 男の笑みが深まるのを無視して、なのははドライバーの右側のレールにウォッチをセットした。すると、なのはの後方にマギアの巨大文字と共に円形のピンク色の光を放つ魔方陣が出現。さらに、なのはを中心に天球儀のリングのような帯状の魔方陣が対角線を描くように2本出現し回転し始める。彼女は左手を高く掲げた。知らず、言葉がこぼれる。

 

「風は空に、星は天に、不屈の心はこの胸に、この手に魔法を…… 変身!! 」

 

 なのはが左手を降りおろし、ベルトを一回転させると、〈magic on time カメンウィッチ〉の電子音と音楽が鳴り響き、なのはの姿が変わっていく。服装はどこか彼女が通う私立聖祥大付属小学校の制服を思わせる、白をベースに黒のインナーと蒼いプロテクターを纏った姿に、顔には時計の文字盤のような仮面が張り付き、10時10分を示す巨大化した秒針は角の様にも見えた。最後に魔方陣から飛び出したマギアの文字が顔面に張り付き複眼となる。

「なっ、これは…… 」

「え…… えええええええっ!? 」

 フェレットは瞠目し、なのはは驚愕に声を上げた。自身の変わりようにもそうだが、ファンシーな服装と厳つい仮面がなんともミスマッチで可愛くないのだ。

 ペタペタと顔や体を触り、変身に戸惑う彼女をよそに歓喜に震える胡散臭い男がこの時を待っていとばかりに声を張り上げる。

 

「祝え!! 全魔法少女の力を受け継ぎ、次元を超え、過去と未来をしろしめす魔導の覇者。その名も仮面ウィッチナノハ。まさに生誕の瞬間である」

 

 皆が困惑するなかで、男がただ1人、いっそ清々しいほどに今この瞬間を思う存分満喫していた。

 

 

 

 




 ジゲンドライバーはピンクの装飾が入ったジクウドライバーを、仮面ウィッチナノハはライダーからマギアの文字に複眼が変わったジオウの仮面を被り、腰にジゲンドライバーをくっつけたバリアッジャケット状態のなのはをイメージしていただければ結構です。
 ちなみにマギアはラテン語での魔法で、ゼロワンの敵とは関係ありません。

追記:仮面マギアから仮面ウィッチに修正


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覇道の始まり(下)

「素晴らしい。流石は我が魔王、これは完全に想定外だ」

 高町なのはがジゲンドライバーとナノハマギアウォッチで仮面ウィッチナノハに変身でする。ここまでは私の描いたシナリオ通りだ。

 しかし本来であれば、彼女がこの後召喚するのはジカンギレードを模した武器であるはずだった。それがどうした、今の彼女が手にしているのは魔法の杖ではないか。

 

 先端には中央に赤い宝玉が付いた半月状の金の装飾。

 宝玉の反対側には蒼いプロテクターを纏う白い羽のようなアタッチメントが突きだしてしており、そこから2つの排気ダクトが左右に等間隔で配置されている。

 白いシャフトとの継ぎ目はピンクで、上から蒼いプロテクターと金の装飾で固定。石突もピンクのパーツの上から蒼い外装で補強されている。

 それをは見まごうはずもない、劇場版使用のレイジングハートであった。違いと言えば、シャフトの中央部にウォッチ格納用のパーツが追加されたこと位だろう。

 

 私はユーノから奪ったレイジングハートをナノハマギアウォッチの力の核として利用した。言うなれば、高町なのはの潜在能力を引き出す為だけの道具にレイジングハートを貶めたのだ。しかし私の眼前では、〈魔法についての知識は? 〉「全然、まったくありませんっ! 」〈では全て教えます、私の指示通りに〉と原作通りのやり取りを我が魔王と繰り広げている。

 ウォッチの糧となれば、レイジングハートの自我は消える。少なくとも私を転生させた神はそう言っていた。だからこそ、私は我が魔王に戦うために必要な知識を直接植えつけたのだ。それなのに、いざ変身したとたんにコレだ。我が魔王の覚醒に共鳴してレイジングハートの自我も呼び覚まされた。

 これは、少しでも原作に沿った形で進行しようとする世界の修正力によるものなのか。はたまた、私のような異分子ではレイジングハートと高町なのはの絆は侵せないということなのか。いや、おそらく後者であろう。原作ファンとしてはぜひともそうであってほしいものだ。

 

 おや、フェレットの様子が…… 。

「あれは、レイジングハート…… ? でも、どうしてなのはが」

 一拍置いてユーノはハッと顔をあげると、私を睨み付けた。やはり気付くか。

「あなたがレイジングハートを持ち去ったんですね、どうしてそんなことを? 」

 笑みを崩さぬまま、あえて不遜に答える。

「そういえば、アレは元々君のものだったね。でも君では満足に使いこなせない、違うかい? 」

 だからと言って人の物を盗って良い理由にはならないと、至極当然な反論をするユーノを視界にも入れず、芝居がかった動作で両手を広げ、虚空を仰ぐ。

「私は知っていたのさ、アレがいずれ我が魔王のものとなる未来を。事実、君も彼女に託そうとしていたはずだ」

 そうだろう? とユーノに向き直る。

「だから、ちょっと手を加えさせてもらったのさ。より我が魔王の力を引き出せるようにね」

 さて、どんな風に謗られるのかと身構えた私など意に介さず、ユーノは何かに気付いたかのように駆け出した。どうやら事態が動いたようだ。

 

◆◇◆◇

 

 なのはは、ベルトに付いたウォッチの声にしたがい、怪物への接近を試みる。ウォッチさんによるとジュエルシードを封印するには、接近して封印魔法を発動するか、大威力魔法を使う必要があるらしい。

 ウォッチさんはわたしが”良い魔力“を持ってるって言ってくれた。封印もサポートしてくれる。だから、まずは近かずかなくちゃ。なのはは飛行魔法を発動し飛び立った。ところが、自分を守るように戦ってくれていた鎧の少年の斬撃が怪物を3等分にすると、そのまま3体に分裂して、町の方へと脱兎の如く逃げ出してしまったのだ。

 速い、このままでは追い付けない。なのはの頬を汗が一筋つたう。あんなのが、人のいるところに出て行ったら…… 。

 

「ねぇ、ウォッチさん。大威力魔法っていうの私にもできる!? 」

〈あなたがそれを望むなら〉

 なのはは、見晴らしの良いビルの屋上に降り立つ。

〈あなたの思い描く”強力な一撃“をイメージしてください〉

 ドクンッとなのはは胸の奥で何かが脈打つのが分かった。

〈そうです、胸の奥の熱い塊を両腕に集めて〉

 なのはが杖を構え握りしめると、〈mode change cannon mode〉の音声とともに杖の先端が鳥の嘴のような射出口へ変化し、手元に引き金が付いたグリップが出現する。

〈直射砲形態で発射します、私を杖に装填してください〉

 声のとおりに杖にウォッチを装填すると、射出口とシャフトの付け根からピンク色の羽が出現し、なのはの視界には火器管制装置のような光景が写しだされる。

〈ロックオンの瞬間にトリガーを〉

 いまだ!! なのはが引き金を引くと、〈フィニッシュタイム・ナノハスレスレシューティング〉と鳴り響く。凄まじい勢いでピンクの光の奔流が射出され、3つに別れた怪物を1匹残らず撃ち抜いた。

 

 威力が絶大なだけにに、その反動も大きくなのは後方へと吹き飛ばされてしまう。しかし、衝撃はいつまでたってもおそって来ない。なのはが恐る恐る目を開けると、空中に緑色の魔方陣が展開されいた。そこから伸びた緑の鎖が自分を絡めとり、屋上スラブに打ち付けられるのを防いでくれていたのだ。

「大丈夫ですか? 」

 ゆっくりと屋上に下ろされたなのはのそばにフェレットが駆けてくる。

「ありがとう、ええっと…… 」

 なのはがお礼を言おうとして、何かに迷っているのを感ずいたのだろう。

「自己紹介がまだでしたね。ボクはユーノ、ユーノ・スクライアです。先ほどは助けてくれてありがとうございました」

 なのはの表情がパッと華やいだ。

「あっ、わたしなのはって言います。高町なのは。わたしのこそ、ありがとねユーノくん。わたしのことは名前で呼んでね」

 

◆◇◆◇

 

 ユーノは朱に染まる頬をなのはから隠すように、クルっと反転した。彼の視線の先には菱形の結晶体が3つ浮かんでいる。

「青い宝石……? 」

 ユーノの目には、なのはがどこか心のここにあらずのように見えた。

「これがジュエルシード。なのは、レイジングハートで触れてみて」

「レイジングハート? 」

「なのはが持ってる杖の名前だよ」

 疑問符を浮かべるなのはに、ユーノは認識の齟齬の元凶である怪しい男へ心の中で毒ずく。そんなユーノの胸中などお構い無いしに、例の男がやはり唐突に現れた。

「ン我が魔王、交流を深めるのも結構だが、ジュエルシードの回収を急いだほうがいい。でないと…… 」

 

 ユーノはどういう意味だと問い質そうとして、出来なかった。いつの間にか、体が青白い光の輪で拘束されていたのだ。ユーノだけではない。なのはも、両手両足が光の輪でその場に縫い付けられている。男はちゃっかり消えていた。

「バインド…… !? まさか、あの男が」

 あまりにも怪しいのでユーノの疑いももっともだが、今回ばかりは彼の予想は間違っている。二人を拘束したのは、なのはの窮地を救ってくれた、銀色の鎧を纏った少年であったのだ。

「どうして君が」

 少年はユーノの目を真っ直ぐ見据えて答える。

「悪いがコイツは俺が貰う。ジュエルシードは諦めてくれ」

 少年がジュエルシードに手を伸ばすのを、眺めることしか出来ない自分自身にユーノは唇を噛みしめた。

 

◆◇◆◇

 

 なのはの視界にノイズが走る。彼女にとっては既に一度経験した出来事だ。

 やはり、ユーノも鎧姿の少年もピクリとも動かない。そんな、異常な空間の中。どこからか現れた怪しい男だけが、さも当たり前とでも言うように、ジュエルシードを掴もうとしていた少年の手からそれを掠め取った。

 

 男が指をパチンと鳴らすと、世界が再び動き出す。何が起こったのかわからず、困惑する少年を男がジュエルシードを玩びながら煽るような口調で言う。

「そう都合良く物事がすすむとでも思ったのかい? もし、君が自分を主人公か何かだと思っているのなら、早いとこその勘違いを正すことをオススメするよ。何故ならこの世界の“主役”は我が魔王なのだからね」

 男を見た少年の表情がみるみる怒りでゆがんでいく。

「ウォズだと!? ジュエルシードを返せ!! 」

 少年の口振りから察するに、男の名前はウォズと言うらしい。もしかしたら二人は知り合いなのかもしれない。なのはにとってはまったくもって不本意だが、自分を我が魔王と言って一方的に慕ってくるこの男。彼なら、少年についての情報を何か持っているのではないかという考えが頭をよぎった。

 

「あっ、あのウォズ…… さん? 」 

 なのはが呼びかけると、男は不敵に笑う。どうやら名前を間違えずにすんだようだと胸を撫で下ろす。たとえ不審者が相手でも礼を欠く行為はしたくないなのはであった。ウォズはなのはにジュエルシードを預けると、背中で彼女を少年から隠すように一歩前にでる。

「彼の名前は明光院ゲイツ、古い知人だよ」

 少年の「貴様、いったい何を言っている俺は…… 」という言葉を遮って、ウォズのストールが風を巻き起こしながら、凄まじい勢いで、彼と少年を包み込んでいく。

「ゲイツ君、悪いが君の意見は求めてないんだ。では、ごきげんよう我が魔王」

 ストールが二人を覆い隠す直前、ウォズは目礼すると、なのはにそう言い残して消え去った。

 

 なのはは置いてきぼりにされたようで、暫し呆然とする。

「なのは、疲れただろうからジュエルシードを回収して今日はもう帰ろう」

 ユーノに促されて、なのはは釈然としない気持ちを抱えて家路につくのだった。彼女が玄関の前で待ち構える兄姉の姿に、顔を青くするのはまた別のお話。

 

◆◇◆◇

 

「かくして、なのはは魔法の力に目覚めた。彼女の歩む覇道はまだ始まったばかり。しかし、新たなる魔法少女との出会いはすぐに訪れた」

 




ユーノ「今日は疲れただろ? もう寝ようぜ」


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激突する転生者

 今回は試験的に空行を多くしてみました。少しは読みやすくなったでしょうか。
 なお、今後デバイスなど機器類の音声は〈 〉で統一しようと思います。


 夜が深まる時分、橋梁の上には2つの影。1つは少年。白銀の鎧を身に纏い、眉間に皺を寄せ、青白い光の剣を正眼にかまえている。

 1つは青年。海風に黒いストールをはためかせ、自然体で不敵な笑みを浮かべている。日中は車が行き交う往来のド真ん中で、2人は対峙していた。うん。我ながら画になる光景だ。

 

 今、私は非常に満足していた。我が魔王の初変身を祝うことが出来たし、「ウォズ」という呼び名も手に入れた。そういう意味では目の前の少年に感謝せねばなるまい。

 正直なところ、《祝う者》として「ウォズ」と呼ばれたい欲求はある。しかし、パチモンでしかない私が自らウォズと名乗るのは抵抗があった。だから、我が魔王に名前を尋ねられたら観念して本名を教えようと考えていた。

 

 そんな時だ。彼が私を「ウォズ」と呼び、我が魔王もそう私にそう呼びかけた。ここでイエスともノーとも言わずにそれっぽい顔をすれば、ワンチャン勘違いしてくれるのでは? と魔が差して実行したわけだが、思いがけず成功してしまい先ほどからずっと笑いが止まらない。

 これでは完全に不審者だな。

 

 ただ、実際のところ、私の容貌は渡邊佳祐さんとはあまり似ていない。神から転生先での見た目の希望を聞かれた際、ウォズムーヴをしたいと考えていた私は「ミステリアスなイケメン」と回答した。

 結果として格好よくはなれたのだが、なんというか「HUGっと! プリキュア」のジョージ・クライと「スパイラル推理の絆」の鳴海清隆を足して2で割ったような見た目になってしまったのだ。

 最初こそ落胆したが、美男子には違いないと気持ちを切り替えて、服装や髪型だけでも完璧にしてウォズのロールプレイをしたことが功を奏したのだろう。今までの地味な努力が報われた気分だ。

 

 改めて、鋭い視線で私を射ぬいてくる少年を見る。白銀の鎧に青い装束。容姿も含め、完全に青白い光の剣を持った、Fateのプロトアーサー黒髪黒目エディションだ。もっと友好的であれば、見た目をそっちの神は具体的に決めさせてくれたのか? とか聞いてみたいのだが、どうもそういう雰囲気ではない。

 まぁ、目的の物を奪われて、いきなり橋の上に転移させられたのだから当然か。

 

 本当なら、敵意むき出しで今にも襲いかかって来そうな少年など放ってさっさと帰りたいのだが、私にはまだ確かめなければならない事がある。それは、彼の転生者としてのスタンスだ。転生者には様々なタイプがいる。

 例えば、私のような適度に原作を引っ掻き回す愉快犯型の転生者。彼がこのタイプなら仲良く出来るかもしれない。

 例えば、女の子を囲ってチヤホヤされたいハーレム願望型の転生者。彼がこのタイプなら邪魔をするつもりはない、お手並み拝見といこう。

 例えば、原作に関わらず平穏な日々を過ごしたい日常固執型の転生者。彼がこのタイプなら…… そもそもジュエルシードを狙って乱入などしないか。

 転生者の例はこれだけではないが、私にとって厄介なのが原作の悲劇を回避して、端から誰も彼も見境なく助け出す救世主型の転生者だ。もし、彼がこのタイプなら私は…… 

 

「貴様、さっきはよくも俺の邪魔者をしてくれたな」

 敵意を隠そうともせずに、少年が吐いてすてる。

「ゲイツくん。元よりジュエルシードは君のものではないだろう。他人の者を盗ってはいけないとママに習わなかったのかい? 」

 どの口が言うと毒づく彼を無視して続ける。

「君も原作を知っているならジュエルシードの危険性が分かるはずだ。ゲイツくん、あれは人には過ぎた力だ。諦めたまえ」

 少年の表情が自信ありげに変わった。

「見くびるなよ。俺は特典の内1つをロストロギアを制御する力を手に充てたんだ。俺は暴走など起こさない」

 そういうことか、だが本題はここからだ。

「ならば君は、その力で何を為す」

「そんなものは決まっている、助けるんだ。悲劇なんて起こさせやしない」

 最悪だ。私の問いに被せるようにして、彼が答えた内容は到底許容できるものではなかった。

「それは…… プレシアやリーンフォースをと…… いうことかい」

 私の顔からは笑みなど既に消えている。

「それだけじゃない。クイントやゼスト、()()()()だって救っみせる。()()()()()()!! 」

 少年は力強くハッキリと宣言した。

 

「許されない」

 

 自分でも驚くほどの底冷えのする声だ。だがそれも当然だろう、彼がやろうとすることは原作への冒涜に他ならない。

「”リリカルなのは“は出会いと別れの物語だ。君の言う悲劇を通して少女達の魂は磨かれ、より煌めきを増す。君はそれを阻もうと言うのか? 」

 理不尽さを演出するために、徒にキャラを殺す作品ならば構わない。救世主ごっこでも何でも勝手にやればいい。だが、「リリカルなのは」は違う。

 キャラクターの死。それは次の展開への布石であり、キャラクターを形づくる芯でもあり、血肉となって物語に還元され、作品に奥行きを与えている。悲しい別れを経験したからこそ、今ある小さな幸せを抱き締めて未来へと進んでいくキャラクター達。その叙情的な雰囲気が「リリカルなのは」の大きな魅力のはずだ。それを否定しようとでもいうのか…… 。

 

 私がデバイスを起動させると、A4用紙ほどの大きさで半透明の碧いデータ板が幾重にも出現。それらが回転しながらブーメランの様に少年へと殺到する。

「誰かを助けたいと思うことの何が悪いってんだ」

 迫り来る斬撃をある時は剣で弾き飛ばし、ある時は上体を低くして躱し、少年は巧みにいなした。彼の接近を防ぐべくデータ板を組み合わせ防壁を作ると、新たなデータ板を呼びだす。

 私のデータ板には原作の「魔法少女リリカルなのは」シリーズの出来事が漫画で記されている。今呼び出したページには主人公:高町なのはが戦闘する場面が描かれている。その中から「ディバインバスター」という魔法を放つシーンをタップすると〈Divine Buster〉の音声が鳴り、そのコマに描かれた絵が光となって霧散。するとホログラム状の高町なのはが出現し、少年に向けてピンク色の光の奔流を放った。

「本当に理解しているのか、君の目指すそれは《完全無欠のハッピーエンド》だ。そんなもの《リリカル》でも何でもない。君の行為は原作そのものをーー 」

 否定するものだ、と続くはずだった私の言葉は、間一髪、急加速で砲撃から逃れた少年の怒号に打ち消される。

 

「ふざけるな! さっきから聞いていれば()()だの()()()()()()だのと。俺達が生きている世界は紛れもなく現実だ。アニメじゃないんだよ。彼女達だって1人の人間として、この世界で生きてるんだ。それなのに、原作で起きる事だからと助けられる命を見捨てろだって…… 貴様、人の命を何だと思っている!! 」

 

 彼はその勢いのまま突進。肉薄する少年の刃を、私は硬化させたストールで受け止める。火花が散り、自然と額を付き合わせる形になった。

 瞳が交錯する。なるほど、どうやら彼の目に私は我が魔王達を架空の人物として扱い、その命を軽んじる人間に見えているらしい。それは誤解なのだが。

「命を何だと思っているかだって…… 、勿論かけがえのない大切なものさ。だからこそ『リリカルなのは』には欠かせないエッセンスなんだ。大切だから《意味のある死》を無駄にしてはならないんだよ」

 不思議と訴えかけるような口調になる。対する少年の声色もどこか己に言い聞かせるようなものであった。

「違う。貴様だって転生者だろう? 生きていてこそなんだ。生きていてこそ《命》の意味を探すことができる、そのはずなんだ」

 互いが互いを弾き飛ばし自ずと距離が生まれる。暫しの静寂。ああ、同じ転生者同士でも一度死んで得た答えたがこうも違うのか…… これ以上何を話しても平行線を辿るだけだろう。生きていることに意味があると説く少年と、どう終わりを迎えるかに価値を見出だす私とでは根本的に考え方が違っている。彼にもそれが分かったのであろう。先ほどまでの怒気を納め、静かに胸の前で剣を掲げた。

「ああ、それと…… 」

 ん? この期に及んでなお交わす言葉があるとでもいうのか。

「俺の名前は明光院ゲイツじゃない。いいか、俺は小山田聖騎士(パラディン)、貴様を倒す男の名だ。覚えておけ」

 キラキラネームじゃないか。自然と私も笑みを浮かべていた。

「いや、やはり君はゲイツ君さ。少なくとも、私に勝つまではね」

 

十三拘束解放(シール・サーティーン)ーー円卓議決開始(ディッション・スタート)

 やはりか、見た目通りと言えばそれまでだが、ゲイツ君の特典はプロト・アーサーに倣ったもののようだ。

「是は、己より強大な者との戦いである」〈ペディヴィエール承認〉

 彼の放つ魔力が爆発的に増加し、青白い魔力素の粒子が立ちのぼる。

「是は、一対一の戦いである」〈パロミデス承認〉

 彼を取り巻く魔力の粒子が、星の輝きへと変化した。

「是は、人道に背かぬ戦いである」〈ガヘリス承認〉

 瞳が青く染まり、髪の毛が金色の光を帯びる。どうやらゲイツ君の十三拘束は宝具だけではなく、彼自身の力も封印していたらしい。1つ拘束が解ける度に本家に見た目が近づき、加速度的にプレッシャーが増していく。

 強力な力だ。だが、今回は決定的に相性が悪かった。私も厄介な事になると分かっているのに、拘束が解けるのをただ待っているつもりはない。そう、ゲイツ君の言う通り()()()()()()()、敵が大人しくパワーアップを傍観するなどとは思わないことだ。

 

 私は時を停め動きを封じるると、ストールを伸ばし彼に巻き付ける。私のストールにはチート機能が幾つか備わっており、その1つが拘束した相手のレアスキルや魔法と言った超常の力を強制的にOFFにするというものだ。こうなってしまえば、いくらゲイツ君といえど抵抗は出来ない。現に髪や目は黒に戻り、服装はパーカーにジーンズといった普段着に変わっている。

 

 彼の無力化を確認し、再び時を動かした。

「どうやら今回は私の勝ちのようだね、ゲイツ君」

 彼はストールから逃れようと暫くジタバタしていたが、無理だと悟ったのか大人しくなった。

「けっ、最後までゲイツ君か。まぁいい、認めてやるよ今回は俺の負けだ。だけど、俺は諦めないからな」

「いつでも相手をしてあげよう、もっとも次も勝つのは私だがね」

 売り言葉に買い言葉だが、そこに初めのような刺々しさはない。それが何だか可笑しくて、ひとしきり笑った後、私は彼をストールで包み込み、適当な場所へ転送した。

 空は既に白みはじめ、水平線の彼方からオレンジ色の光が私を照らす。その曙光は未だ弱いものであったが、確かに暖かかった。

 

 

 




二人の転生者の簡単なキャラ紹介
1)ウォズ(仮)
 本作の主人公、本名不詳の転生者。ストールがチート。巻くだけで瞬間的移動できる他、包んだ人や物を任意の場所に転送できる。さらに巻き付けた相手の特殊能力を封じてしまう、まさにチート。オリ主の強さの半分以上はストールのおかげ。
 ストール巻き太郎とか言ってはいけない。因みに魔法で消費した漫画のコマは24時間後に復活する。

2)小山田聖騎士
 今後も恐らく誰からも本名では呼ばれない哀しき転生者。見た目は黒髪黒目のショタプーサー。
 拘束を6つまで解けば約束された勝利の剣をブッパできる。13の枷、全てが外れた状態だと魔導師ランクは陸戦SSS。この姿で約束された勝利の剣を放てば、オリ主を一発で蒸発させられる。もっとも奴は逃げるけど。あと、陸戦の字から分かるとおりに空は飛べない。
 名前をアーサー・平井にするか割りと最後まで悩んだ。


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明かされる真実(上)

お気に入り登録してくださった皆様、本当にありがとうございます。至らないところも多い拙作ですが、読んでくれている皆様の存在が励みになっています。

初めに謝っておきます。ユーノくんが好きな方々、誠に申し訳ございませんでした。


「この動画によれば、普通の小学生・高町なのは。彼女には魔王にして次元の覇者・オーマナノハになる未来が待っていた。友人とプールで遊んでいた彼女は、更衣室荒らしの思念が形になった水の怪異を見事討伐したことで、新たに1つジュエルシードを手に入れる。次に高町なのはを待ち受けるのは、もう1人の魔法少女。キーワードは雷光」

 

◆◇◆◇

 

 連休を利用し、高町なのはは家族や友人と温泉宿に訪れていた。皆よりも一足早く入浴を切り上げた彼女は、ウォッチさん改め「レイジングハート」と共に高台から星を眺めている。

「この辺りにもジュエルシードの反応はなさそう? 」

〈そうですね、今のところは〉

 

 封印済みのジュエルシードは全部で5つ。残り16個ものジュエルシードが海鳴市周辺に依然として散らばっている。

 今のところ、大きな被害が出たという情報は入ってきていない。しかし、前回のプールでおきた戦闘ではアリサやすずかを巻き込んでしまった。

 幸いにも2人に怪我はなかったが、そのことが身近な誰かが危険な目に遭う可能性をなのはは否応なく意識してしまう。

 だからだろう、何もしていないこの時間が少しもどかしく感じられたのだ。

「ねぇ、レイジングハート。わたし、焦ってるのかな? 」

〈そう見えますね、休める時はしっかりと休息をとるべきです〉

 やっぱり、レイジングハートは頼りになる。1人では思考の迷路に入ってしまう事柄も、この相棒に相談すれば、不思議と心の中で整理がつくのだ。

「ありがとう、レイジングハート。そうだよね、まだまだいっぱい捜さないとだもんね…… 今は休んで、ユーノ君を助けるためにもまた頑張ろう」

 

 そっと夜風に髪がそよぐ。火照った体には少し冷たいそれが心地良かった。満点の星の下、なのはは胸に抱いたレジングハートをギュッと強く握る。1人だけど独りじゃない。その感覚が掌のウォッチから全身に広がりなのはを満たしていく。

 大丈夫、これがあればわたしは頑張れる。決意を新たにしたなのはに水を差すように、例の不審者・ウォズがやはり唐突に何の前触れもなく無遠慮に現れた。

 

「再びお目にかかれて光栄だよ、我が魔王」

 せっかくの憩いの時間を邪魔されたのは癪だが、ちょうど彼に聞きたいこともある。

「ウォズさん、でしたよね……? どうしてここに? 」

 ウォズは珍しく肩をすくめて答えた。

「我が魔王がジュエルシードを封印したというから、そのお祝いさ。本当はその場に祝いたかったのだが、君のお兄さんに捕まってしまってね。なんでも更衣室荒らしが出たとかで、警戒を強化していたらしいのだが、まさか性犯罪者と疑われるとは…… 私ってそんなに怪しいかい? 」

 「怪しいです」となのは即答した。なのはの中では不思議とこの男には遠慮をしなくても良いという意識が芽生えつつあった。

「やれやれ、それはそうと何か私に聞きたいことがあるんじゃないのかい」

 見透かされているようで、不愉快ではあるが事実は事実。なのはは気を取り直して質問することにした。

 

「ゲイツ君って子はウォズさんのお友達なんですか? どうしてジュエルシードを狙ったりなんて」

 ウォズは心底可笑しそうに笑っている。

「私とゲイツ君が友達? まさか、彼とは違い私は君の協力者だ」

 彼がタブレット型のデバイスを取り出すと、そこには初めて魔法を使った時のなのはの様子が映し出されていた。

「この動画によれば、君はこの先、次元の覇者として君臨するために、魔導を極める。しかし、タイムジャッカーという者たちが、それを阻もうと暗躍している。ゲイツくんもその1人さ」

 なのはとしては、次元の覇者になる気など毛頭ないが、見過ごせない出来事ではある。

「みんなで歴史を変えようとしているの? 」

 ウォズは片膝をつき、なのはの手をとって、ジッと見つめてくる。

「そう、正しい歴史を守ろうとしているのは私だけなんだ。君が無事、魔王への道を辿れるように私が尽力する」

 

◆◇◆◇

 

 息を切らせながらユーノ・スクライアは林道を駆ける。露天風呂から飛び出して来たため、全身から水を滴らせていたが、そんなことに構ってはいられない。

 単独行動を取っていたなのはの近くに、突如現れた奇妙な魔力反応を感知した。その持ち主をユーノは知っている、なのはを「我が魔王」と呼び付きまとうウォズという危険人物だ。

 油断していた、なのはを1人にするべきではなかった。あの男が彼女に執着していることは分かっていたはずなのに……

 ユーノにとってウォズは、とてもではないが信の置ける人物ではなかった。彼の人を煽るような言動を好きにはなれなかったし、なにより自分からレイジングハートを盗み、結果としてなのはを危険に晒した事が許せなかったのだ。

 彼のおかげで、ゲイツなる少年からジュエルシードを取り返せたのは確かに事実だ。だがそれも、ユーノには善意による行為だとは到底思えない。

 なのはの魔導師としての潜在能力は抜きん出たものがある。ユーノにはウォズがそれを何か善からぬ事に利用するため、彼女に近づいたのだと思えてならなかった。

 

 林を抜けたユーノはなのはの後ろ姿を発見した。少し安心して「なのは」と呼びかけようとして、声を詰まらせる。彼の目に飛び込んできた光景は、なのはの手をとって跪き、彼女に何事かを耳打ちするウォズの姿だった。

 ユーノにはまるでウォズがなのはに愛を囁いているかのように見えた。完全に事案である。「これ以上ウォズをなのはに近付けてはいけない」その一心でユーノはウォズに飛びかかった。

 

「なのはから離れろ、彼女に何かしたらタダじゃおかないぞ」

 なのはの無事を確認して、ユーノはウォズを睨みつける。だが、不思議なことにウォズは反論するでもなく、ユーノをまじまじと観察してくる。そして--

 

笑った

 

「見たところ風呂上がりのようだね、ユーノ・スクライア。我が魔王以外を祝うのは本意ではないが、今回は特例だ。私の広い心に感謝したまえ。おめでとう、君は遂に《淫獣》の称号を手にいれた」

 あまりにもあんまりな物言いに、ユーノは反射的に「ふざけるないでくれ」と抗議の声をあげて…… あげてしまい後悔した。

 ウォズは確かにロクでもない人間だが、徒に人を誹謗中傷するような男ではない。彼が敢えてソレを行う時は、裏に何か悪辣な意図が隠されているはずである。

 そのことを察したユーノは苦虫を噛み潰した表情で口を噤む。だが、時既に遅し。彼が反論したその時点で、ユーノの敗北は決まってしまっていたのだ。

 

「ジュエルシードを集めるためにも、高町なのはとは良好な関係を築きたい。君はそう思っている。私と我が魔王の逢引を邪魔した罰だ。その望みを絶たせてもらおう」

 「逢引」の単語になのはが猛烈に嫌な顔をしたが、それすら目に入らないほど、ユーノは謎の悪寒に襲われていた。

「ユーノ・スクライアァ! なぜ君が、高町桃子に抱きしめられた時顔を赤くしていたのか」

 嫌な予感がする。

「なぜ君がプールで水着を奪われたアリサ君とすずか君相手に、見てはいけないと慌てふためいていたのか」

 《淫獣》の文言が頭をよぎり、予感が確信に変わる。全身が嫌な汗をかいている。

「なぜ君が温泉の脱衣所で女性陣の裸体をチラチラと盗み見ていたのか」

「それ以上、言うな! 」

 男としての尊厳的なサムシングの危機に思わず叫んでしまうユーノ。だが、ウォズは止まらない。

「その答えはただ一つ」

「やめろー!! 」

 ユーノの慟哭が虚しく響く。

 

「ユーノ・スクライアァ! 君が人語をはなすフェレットではなく、フェレットに擬態した正真正銘人間の少年だからだ! 」

 

 フハハハハハハと高笑いするウォズとは対照的に、冷や汗をかきながら、ユーノは恐る恐るなのはを見る。

 

「ユーノくんが…… 人間の男の子……? 嘘だよね…… わたしをだまそうと…… 」

 

 なのははウォズの言葉を信じまいとしていたが、「そういえば」と呟いたきり、黙り込んでしまう。彼女の頭の中では、ユーノと出会ってからの出来事が走馬灯のように駆け廻っていた。その中でユーノに感じていた小さな違和感が、ウォズの言葉によって輪郭を帯びていく。

 今までの彼女とユーノの距離感は、魔法少女と相棒兼マスコットのソレであった。だからこそ何の抵抗もなく、抱きしめたり、同じ部屋で生活したり、露天風呂に一緒に浸かったり出来たのだ。

 その相手が普通の男の子だと判明しようものならどうなるか…… なのはの羞恥心は限界を突破。ボフンと湯気を出し、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

「なのは…… こんな真実知らせたくはなかった。君には愛玩動物としてだけ見ていて欲しかった」

 ユーノの計画では、正体を明かすのは別れの時か、事態が急転し、本来の姿のユーノを見てもなのはが気にする余裕の無い時であるはずだった。それなのに……

 ユーノが固唾をのんで見守る中、なのははゆっくりと顔をあげる。彼女の表情を見た瞬間、ユーノは声にならない悲鳴をあげた。

 口元は笑っているのに、ユーノへと固定された彼女の瞳は、ひたすら暗く昏く冷たい光を放っている。ただ見られているだけなのに、まるで鋭利な刃物を喉元に突きつけられているかのようだ。あまりの恐ろしさにユーノの本能が「逃げ出ろ」と訴えかけてくる。しかし、体は蛇に睨まれた蛙のようにピクリとも動かない。

 

「ユーノくん、ちょとお話しよっか」 

 何でもないはずの台詞が、今のユーノには死刑宣告にも等しく聞こえた。

「なっなのは、まずは落ち着いーー 」

「ユーノくん? わたしは冷静だよ、とっても…… とってもね」

 取りつく島もないとはこのことか。万事休すかと思われたその時、ユーノにある秘策が舞い降りた。

「確かにボクが悪かったよ。でっでもさ、脱衣所のこととか知ってるってことは、ウォズもその場を覗いていたってことじゃないかな? 」

 そう、彼は逃れられぬ終焉ならば、せめて誰かを巻き込むことで被害の分散をはかる作戦にでたのだ。

「ウォズさん? 」

 なのはの死神が鎌首をもたげたような笑みがウォズの方へと向く。

 彼女から浴びせられるプレッシャーから解放されたことで、ユーノの肺は酸素を求め激しく収縮すした。

 成功だ。ユーノはグッと拳を握りしめる。これでなんとか首の皮一枚つながった。

「おっと、藪蛇だったね。今宵はここまでにしておこう。ではまた」

 そう、ユーノは忘れていた。ウォズにはインチキストールがあり、ユーノと違い何時でも逃げられるということを。

 ユーノは目の前が真っ暗になった。

 

 この後何が起きたのか、ユーノは生涯語ることはなかった。ただ、彼が残した手記にはこう綴られている。「あの日、ボクは知ってしまったんだ本当の恐怖というものを」と。

 

◆◇◆◇

 

 ユーノが魔王の片鱗を垣間見ているのと時を同じくして、海鳴市の高層マンションの屋上で少女が風に髪をなびかせていた。

 少女の長い金色の髪は黒いリボンで二つに束ねられ、赤い瞳はどこか儚げに揺れている。漆黒のワンピースに身を包んだ彼女は1人、街の明かりを見下ろしていた。

「第97管理外世界、現地名称・地球。母さんの捜し物、ジュエルシードはここにある」

 誰に言うでもない。ただ己の為すべきことを確認するためだけの少女の独白。夜の街に零れたそれを、ただ1つ彼女の()()()()だけは確かに聞き届けていた。

<Yes,sir>

 

 

 

 




本来はもっと話が進む予定だったのですが、エグゼイドのOPを聞きながら書いたら、このような展開になってしまいました。反省はしています。後悔はしていません。


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明かされる真実(下)

こんな拙作に感想を頂くようになり、仮面ライダーとリリカルなのはの偉大さを日々感じています。

できるなら、両作品の魅力を少しでも感じて貰えるような文章を綴っていきたいですね。


 温泉でユーノの正体が明かされてから、なのはは彼との間に壁のようなものを感じている。あれ以来、ユーノは居間で寝るようになったし、会話も減り、毎朝の訓練時のやり取りも事務的なものになってしまった。ここ数日は放課後のジュエルシード探索も別行動だ。

 ちょっと言いすぎちゃったかな。あの場では、キツイ物言いをしてしまったなのはだが、別にユーノの事を「淫獣」などとは思っていない。確かに恥ずかしかったが、あの時なのはが怒ったのも主にユーノが嘘をついて誤魔化そうとしたことに対してであった。

 

 わたしは仕方ないにしても、アリサちゃんやすずかちゃんの裸を見たのはダメだよね。そう思考を切り替えた時だった。

 なのは魔力の脈動を感じた、これはもしかして……!

『ユーノくん! 』

『うん、なのは。この反応はジュエルシード!! 』

 やはりそうか。どうやらユーノも察知していたらしい。

「レイジングハート、この反応はどこから? 」

近い、発生源は学校の裏手にある山からだ。なのはは、踵を返すとジュエルシードを封印するために駆けだした。夕暮れの街。家路向かう人々の間を縫ぬって、息を切らせながら走る。

 

『なのは、なのは! 駄目だよ、ボクが行くまで待って! 』

 ユーノの提案をなのはは受け入れることが出来なかった。手をこまねいている間に、人や生き物が巻き込まれてしまうかもしれない。なにより、森の入口にあたる階段は既に目と鼻の先だ。こんなに近くにいるのに、ただ見ているだけだなんて、なのはにはとても耐えられなかった。

『この間はちゃんとできた、魔法だってユーノくんといっぱい練習した。今日もレイジングハートが一緒! だから、なんか行ける気がするの』

 

 最後の一段を登り終えたなのはの視線の先では、山の奥から幾条もの光の柱が天を衝いている。事は既に始まっているようだ、なのははジゲンドライバーを取り出し、腰に据える。

「レイジングハート、これから努力して経験つんでくよ。だから教えて、どうすればいいか」

<全力にて、承ります>

 なのははマギアウォッチを掲げ、ドライバーにセット。

「変身」

<magic on time カメンウィッチ>

 姿を変えたなのはは高く飛びあがった。

 

「見つけた」

 上空から索敵していたなのはが発見したのは、大きな翼を生やしたネコ科の猛獣であった。狙いを定めたなのははカノンモードのレイジングハートを構え流星の如く、一直線に突撃した。

 猛獣を貫いたなのはは、その勢いのまま地面に着弾。激しく土埃があがる。猛獣の半身は地中に埋没し、身動きが取れないでいる。今なら……

 なのはがゼロ距離で封印砲を放とうとした刹那、猛獣は下半身を捨て、巨大な骨髄を剥き出しにしたまま、上半身だけで逃げ出した。

 しまったと、なのはが思ったちょうどその時。

 

「ジュエルシード、封印!! 」

 

 突如頭上から聞こえてきた声に、なのはがハッと顔を上げると、1人の少女が魔法を発動する。雷が一閃し、猛獣を切り裂き爆散。ジュエルシードは封印された。

 

 なのはの目の前には、魔法使いと思しき少女。彼女は金色の長い髪をツインテールにしており、漆黒のマントを羽織っている。手には巨大な鎌を彷彿とさせる雷の刃を纏ったデバイス、黒のレオタードにベルトで固定されたスカートという出で立ちだ。ただし、仮面は着けていない。

 

 こちらを警戒しつつ、ジュエルシードを持ち去ろうとする少女をなのはは呼びとめた。

 対する少女は無言で、刃が消え戦斧へと変形したデバイスをなのはへと向ける。彼女は周囲はバチバチと音を立てる、雷のスフィアを出現させた。明らかに友好的ではない。

 なのはは意を決して少女と同じ高さまで飛翔。真正面から彼女と向き合う。

「あの…… あなたもそれ、ジュエルシードを捜しているの? 」

 少女は冷たく「それ以上近づかないで」と切り捨てるが、なおもなのはは言葉を紡ぐ。

「あの、わたしはお話したいだけなの……! あなたも魔法使いなの? とか、なんでジュエルシードをとか…… 」

 少女の表情に一瞬影が差す。次の瞬間、彼女は返答の代わりに周囲のスフィアを矢のように撃ち出した。

 

 なのはは横に跳んで回避するが、その一瞬で少女はなのはの後ろに回りこみ、再び雷刃を出現させ斬りかかってくる。

 なのはは迫りくる刃を、石突を跳ね上げて横から殴りつけると、そのままレイジングハートを半回転させ、少女のデバイスを支柱部分で押さえつける。そのまま、前へとスライドさせ、少女と顔を突き合わせた。

「待って! わたし、戦うつもりなんてない!! 」

「だったら、わたしとジュエルシードに関わらないで」

 少女は一方的に要求をするばかりで、なのはの対話に応じる様子はない。

 

 カメンウィッチに変身したなのはの力は強く、武器の拘束が解けないことに焦れた彼女は、デバイスを一旦待機状態に戻し、再び発動。自由を取り戻すだけでなく、なのはのバランスを崩すことにも成功した。

 横薙ぎに振るわれた刃を、なのははシャフト部分でガードするも、不安定な姿勢であったため、弾き飛ばされてしまう。

 <Arc saber>

 少女は雷刃を三日月状のブーメランに変化させ、なのはを追撃する。

 咄嗟にレイジングハートが<Protection>と防御魔法を発動し、なのはを守る。しかし……

<Saver explode>

 受け止めていた刃が炸裂。凄まじい衝撃波がなのはを襲った。なのはは爆風に呑まれ、きりもみしながら堕ちていく。

 

 巧い。一瞬の攻防で、なのはは少女が己よりもずっと優れた魔法技能を持っていることを悟った。

「だからって、諦めていい理由にはならない。そうだよね、レイジングハート! 」

<そのとおりです>

 なのはは地面に向けて砲撃を撃ち、その反動を利用し無理やり体勢を立て直す。

「レイジングハート、アレ頼める? 」

<もちろん。あなたがそれを望むなら>

 なのはの背後にピンク色の粒子が舞う。ベルトからの頼もしい言葉に、なのはは思わず笑みを浮かべた。そして、その場で光弾を4つ作り、内3つを少女へと放った。

 軌道を幾重にも変え、少女に向かう光弾。今のなのはでは、その攻撃を素早く動く彼女に当てることはできない。

 でも、それでいい。遠距離からの溜めを有する大技だけ潰せればかまわない。そうなれば、彼女は接近戦に切り替えてくるはず。

 牽制用に残した1発もある。純粋な筋力で勝る自分に正面からの切り合いは不利なはず。幸い、最初のやり取りでその印象を残せた。ならば、彼女が仕掛けるのは……

 なのはに突っ込ん出来た少女は激突する間際、フッとなのはの視界から消える。そして、なのはの背後に現れ、雷刃を振りかぶり…… そのままの状態で固定された。両手、両足を光の輪に束縛されている。

 

「これは…… バインド!! 」

 少女の声に初めて焦りの色が見える。

「えへへ、まだこのタイミングでしか使えないんだけどね」

 少女は今度こそ驚愕した。素人と断じた仮面の魔法使いが、この状況に自身を誘い込んだとでもいうのか。

「本当にお話したいだけなの。だから、教えて。どうしてジュエルシードが必要なのか。もし困っていることがあるなら、わたしでも-- 」

 力になれるかもしれない。そう続くはずだったなのはの言葉は絶叫に掻き消される。

「フェイト-!! 」

 無警戒だったなのはは、側面からの衝撃に為すすべもなく吹き飛ばされる。

 視界の端に映る、少女の拘束を解いたオレンジ色の髪をした女性。彼女に蹴り飛ばされたのだ。

 

「ごめんね」

 フェイトと呼ばれた少女は、なのはに向けて雷の矢を放つ。それに貫かれ、今度こそなのはは撃墜された。

 体が痺れて上手く動かない。変身も解除されてしまった。

「今度は手加減できないかもしれない。ジュエルシードは諦めて」

 少女はそれだけ、背中越しになのはに伝えると、ジュエルシードを回収して女性と共に去って行った。

 

「なのはッ! 」

 ユーノくんだ。こちらを見つけると、急いで駆け寄る。

「なのは…… ごめん、大丈夫? 」

 ユーノの声は悲鳴のようだった。視線は下をむき、瞳が揺れている。

「ごめん、なのは…… ボクのせいだ。ちゃんと、なのはに着いていなかったから…… 」

 彼はまるで神に許しを乞う罪人のような表情をしている。そんな顔して欲しい訳じゃなかったんだけどな。

「わたしの方こそゴメンね。勝手な行動をして心配かけて」

 ユーノはブンブンと頭を振る。

 

「違うんだ。あの日以来、なのはといるのが気まずくて逃げてたんだ。放課後だって、二手に別れた方が効率が良いって言い訳して…… 君を避けてた。ジュエルシードを狙う存在がいるかもしれないって、分かってたはずなのに! 」

 

 悲痛な叫びをあげ懺悔を続けるユーノに、なのははそっと手を差し伸べた。

「じゃあ、おあいこだね、わたし達。また、ここから一緒にはじめよ? 」

 ユーノは涙を拭い、なのはの手をとって、誓う。

「ボクがなのはを守る。もう誰にも傷つけさせたりしない」

 なのはも、その手を握り返す。

「うん、頼りにしてる」

 2人は顔を見合わせて笑いあった。だが、忘れてはいけない。この世界には空気を読む気などさらさら無い、イイ雰囲気を何食わぬ顔でブチ壊す輩がいるということを。

 

「雨降って地固まる、といったところかな。怪我の具合はどうだいン我が魔王」

 そう、ウォズである。なのははもう慣れたもので「ああ、やっぱり来たか」くらいにしか思っていない。対して、ユーノは「うわっ、また出た」と心底いやそうな顔をする。

「ウォズ、あなたは今までなにをしていたんだ。なのはの臣下だっていうのなら彼女を守ってしかるべきじゃないのか」

 自身の不甲斐無さへの苛立ちもあり、ユーノは強い口調でウォズに詰め寄った。だがそれも、ウォズには暖簾に腕押し。

「主の成長を促すのも臣下の務めというものだよ、ユーノ君」

 そう嘯くと、彼はわざわざ屈んでユーノにデコピンする。そして、敢えて2人に見せつけるようにデバイスを起動した。

「この動画によれば、我が魔王にとってこの敗北は重要なファクターの1つ。それに君にとっても必要なことだったんじゃないのかな? 」

 違うかい? と訳知り顔のウォズに腹はたったが、事実ではあるため、反論するわけにもいかずユーノは押し黙るしかない。

「それに遊んでいたと思われるのは心外だな。ゲイツ君があの戦いに介入しようとするのを防いでいたのは他ならぬ私だよ」

 

 明光院ゲイツ、彼もまたジュエルシードを狙う少年だ。その存在をユーノも知っていた。知っていたのに、なのはを1人にさせてしまっていた。また1つ己の迂闊さをウォズに指摘されたユーノはもはやグウの音も出ない。

 それを居た堪れなく思ったなのはは、ウォズに尋ねる。

「あの、それでウォズさんはどうしてここに? 」

「おっと、本題を忘れていたよン我が魔王。君は傷つた姿を家族に見られたくないと思っているね。ならば、それを叶えるのが臣下である私の役目」

 ウォズがデバイスを操作すると、緑色の騎士服を纏った金髪の女性が投影される。彼女が指輪型のデバイスに口づけをすると、優しげな風がなのはを包みこみ、傷を癒していく。

「すごい」

 これには、彼を毛嫌いしているユーノも素直に関心している。

「わぁ、ありがとうございますウォズさん!! 」

 なのはに礼を言われてまんざらでもないのか、珍しくウォズが気のきいた提案をする。

「直に夜になる。せっかく傷を治したのに、それで君の家族を心配させてしまっては意味がない。私が送り届けよう」

 

 ウォズのストールに覆われ、気がついたらなのはは自宅の前に立っていた。今日は本当に色々なことがあった。ユーノくんと仲直りして、もう一人の魔法少女と出会った。

 フェイトちゃんって言ったっけ。彼女の綺麗な赤い瞳。ただ、それだけじゃない。瞳の奥で訴えかけてくる何か。

 その正体は今のなのはにはハッキリとは言葉にできない。でも、それが何故だかなのはには気になってならなかった。

 

◆◇◆◇

 

「邪魔ね」

 胸元が大きく空いた紫色のドレスを召した、長い黒髪の妙齢の女性。プレシア・テスタロッサは独りごちる。

 

 思えば、初めから上手くいかなかった。ジュエルシードを乗せた船に次元跳躍魔法で攻撃したのはプレシアだ。彼女の計画では運行に支障がでた次元船が、補修のため管理外世界に不時着したところでジュエルシードを奪う手筈だった。その船が無人という調べもついていた。

 しかし、実際はどうだ。船は加減した魔法でさえ轟沈してしまうような粗末なモノ。おかげで、ジュエルシードは散り散りになり、回収に()()を向かわせるはめになってしまった。

 

 彼女は玉座に腰を下ろし、魔法で投射されたディスプレイに目を向ける。そこには今日行われた戦闘が映し出されていた。彼女の目は鋭く細められている。

 最初は戯れのつもりだった。リニスが仕上げた人形の出来栄えを確認するためだけの作業。そのはずだった…… 

 あの仮面の魔導師、今はまだ粗削りだが、素材は1級品。このまま成長すれば人形にも匹敵する実力を身につけるかもしれない。それに大魔導師と呼ばれたこともあるプレシアでさえ見たこともないデバイス。まぁ、それはいい。厄介ではあるがいくらでもやり様はある。

 だが、アレはだめだ。ストールを巻いた男、ヤツは理解の範疇を超えている。プレシアはある目的のため、全てを擲って魔法の研究に没頭してきた。だからこそ分かる。アレは異常だ、レアスキルなどと言う生易しいものではない。

 

 映像の中では、ストール男と鎧の少年が交戦している。ヤツは少年の斬撃を最小限の動きで躱し、カウンターを叩き込む。

 プレシアの目から見ても少年の技量は決して低くない。それが一方的に嬲る(なぶ)られている。普通どんな人間でも攻撃の後には必ず隙が生じる。だが、ヤツにはそれがない。

 拳を振り抜いた体勢のままま、ヤツは別の場所に現れ絶え間く技を繰り出している。だから、少年はされるがままだ。

 耐えかねた少年が全身から魔力を放出、自身を中心としたエネルギーの球体生み出して距離をとる。そこから反撃に繋げようとするが、ヤツが手をかざした途端、不自然に動きが停まり、しまいにはストールに巻かれて何処へと跳ばされてしまった。

 

 なんとかしなければ、プレシアの中で焦燥感が募る。ただでさえ時間が無いのだ。最初で最後かもしれない好機、絶対に逃す訳にはいかない。

 待っていてアリシア…… 必ずアレらを排除するから。そう、誰にも邪魔はさせない。ヤツにも仮面の魔導師にも、プレシアは1人暗い炎を燃やすのであった。

 

◆◇◆◇

 

「かくして、我が魔王は敗北を経験し、決意を新たにした。歴史は着実にオーマナノハに向かっている。おや、我が魔王にまた試練が訪れるようだ。しかし、この人物は…… 彼女が我が魔王であるのなら、彼の存在は必然なのかもしれませんね」

 




なのはとフェイトが対決した山を、拙作では聖祥の裏にあると勝手に設定しました。海鳴市の地形はイマイチ分からないので、これで良いかなと……

ただ、下校中のなのはが走って行ける距離なので、学校からそこまで離れてはいないかと個人的には思っています。まぁ、ドラ○もんのを視ていたせいか「学校の裏山」という単語が刷り込まれていただけかもしれませんが。


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明日へと繋がる1歩(上)

「この動画によれば、普通の小学生・高町なのは。彼女には魔王にして次元の覇者・オーマナノハになる未来が待っていた。金色の魔法少女に敗北した高町なのはは、鍛練により多くの時間を費やすようになる。しかし、それが原因で友人達との関係が…… おっと失礼。ここから先はまだ、皆さんにとっては未来の出来事でしたね」

 

◆◇◆◇

 

 先の敗戦。それ以来、なのははより一層、魔導師としての鍛練に励むようになった。

 ジュエルシードを集める以上、あの少女とぶつかり合うことは予想できている。何よりも今の自分の実力では、彼女へ言葉を届けられない。それが、なのはには歯痒くてたまらなかった。

 実力の底上げのために、なのはが取り組む訓練は、主に2つの柱を軸にしている。

 

 1つ目の柱は魔導師としての基礎作りである。

 魔導師は胸の奥に「リンカーコア」と呼ばれる魔力生成機関を持っている。そこで空気中の魔力を収集・蓄積し、魔法に変換する。これを魔力運用という。

 生粋の魔導師にとって、これは技術以前の問題だ。彼らにしてみれば、魔力運用。ユーノの言うところの「リンカーコアで呼吸する感覚」は自ずと身に付け、物心付く頃には行うことが出来て当たり前の代物だ。

 しかし、なのはにとってリンカーコアは、つい先日初めて使った身体機能でしかない。ウォズに植え付けられた知識やレイジングハートのサポートがあるとはいえ、急に使いこなせという方が、土台無理な相談なのである。

 

 なのはが魔法を使う時、どうしても最初にリンカーコアに意識が向いてしまう。だから、その分だけ初動に差が生まれる。実際、前回の戦いでは、なのはは常に後手に廻っていた。

 金色の少女と同じ土俵で戦うには、なのはもリンカーコアを無意識下で運用出来ることが最低条件だ。

 

 そこで、ユーノが提案したのが常に魔力を身に纏い生活することである。幸い彼女の魔力量(空気中の魔力を体内で貯蔵できるキャパシティ)は他の魔導師を圧倒している。その為、一定以下の魔力であれば常に消費し続けたとしても、負荷は少ない。

 これにより、魔力運用を日常生活の中に落とし込むことで、リンカーコアを自然に扱えるようにするのが彼の狙いであった。

 

 この修業にはもう1つメリットがある。それは繊細な魔力コントロールを習得できることだ。なのはの魔法は良く言えば常に全力、悪く言えば大雑把である。

 例えば、発動に1の魔力が必要な魔法があるとしよう。それに今の彼女は10も20も魔力を注ぎ込む。その結果、使いきれなかった魔力は空気中にばら蒔かれてしまう。要するに非常に燃費が悪いのだ。

 いくら莫大な魔力量を誇る彼女と言えど、この調子で修業を続ければ、やがては限界が訪れる。そうならない為にも、なのはは必要な魔力を必要な分だけ運用する術を修める必要があった。

 

 2つ目の柱は「知性」と「戦術」を鍛えることだ。

 なのはとあの少女との間に、魔導師としての資質に差は無い。いや、なのはの方が僅に上回っていると言ってもいい。両者とも魔導師の中でも、ほんの一握りの天才である。

 ただ、なのはには彼女に圧倒的に劣っているものがある。それが、魔導師としての経験だ。等しく才ある者同士が、共に研鑽を怠らなかった場合。両者の実力を隔てているのは一重に時間の差だ。

 あの少女が、どれ程の時を魔法の修練に充てて来たのか、なのはには知る由もない。だが、少なくとも自身の数週間より長い事だけは確実だ。

 彼女が才能に胡座をかくタイプならば問題は無い。そうでなければ、時間を埋める為の何かが必要になってくる。それこそが「知性」と「戦術」なのである。

 

 実のところ「戦術」だけならば、なのはの頭の中に数多くのパターンが記憶されている。言うまでもなくウォズの仕業だ。だが、知っているからと言って、それを実戦で使えるとは限らない。

 実際の戦場では、目まぐるしく変わる戦況に則した戦術を執る必要がある。本来ならば自身の経験から最適解を見出だしていくのだが、なのはには体験を伴わない膨大な戦術パターンだけがある。彼女には無数にある選択肢から正解を導き出すための土壌がないのだ。

 ウォズがガバい家臣ムーヴをした事が完全に裏目に出てしまった。

 また、どんなに優れた戦術でもそれ一辺倒では直ぐに対策をされてしまう。故に幾つかの戦術を組み合わせるといった応用や、目的に応じた戦術の取捨選択が求められる。その為に必要なのが「知性」なのだ。

 

 修業方法は至ってシンプル。レイジングハートが作り出した仮想空間でのイメージトレーニングだ。仮想空間内で戦いにおける状況の数々を再現し、知識としてある戦術を試してみる。このシミュレーションを通して、現実で起こりうる様々な可能性を想定し、それに対処する術を身に付けようというのである。

 なのはは学校の授業中などを、主にこの訓練をする時間に利用した。なのはの精神が仮想空間でトレーニングしている間でも、座って授業を聞く態度位ならば魔法でカモフラージュ出来るからだ。

 しかしながら、これは一般的な授業態度を再現しているだけに過ぎない。なのはを良く知る人物が見れば、当然違和感を抱くのである。

 

◆◇◆◇

 

 近頃、なのはの様子がおかしい。これはアリサとすずかの間では共通の認識としてあった。

 何を話していても、どこか心ここに在らず。

 授業もただ黒板を見つめてノートをとっているだけ。以前のなのはであれば、算数や理科は「聞くだけで分かるから」とわざわざノートに書いたりしなかったし、苦手な国語や社会などは目を回して机に突っ伏す事もあった。

 それが今はどうだ。どんな内容の授業であろうと、全く同じ動作を画一的に繰り返している。これで、何も無いなど嘘でしかない。

 だというのに、二人が何を尋ねても、なのはは「大丈夫」「平気」「ごめんね」としか返さないのだ。

 

「もう限界よ、今日こそなのはから事情を聞き出してやるわ。良いわね、すずか!」

 通学中の車内でアリサは気炎を上げる。

「アリサちゃん…… 気持ちは分かるけど、無理矢理はよくないよ。なのはちゃんにだって秘密にしたい事くらいあると思うし」

 すずかが宥めてみるも、アリサの勢いは止まらない。

「あたしだって、なのはが知られたくないとが思ってることなら、それを尊重するわ。でもね、今は違う。アレは隠したいんじゃない。遠慮してるのよ、すずかだって分かってるでしょ!? 」

 アリサの言いたいことはすずかにも分かる。でも、なのはの気持ちも理解出来るのだ。大切だからこそ自身の事情に関わらせたくない、その思いが。

「なのはちゃんは、きっと私達に迷惑をかけたくない。そう思ってるんじゃないかな」

 

「迷惑って何よ」

 それは、すずかでなければ聞き逃してしまうほどの、小さな呟きであった。

 アリサは頬杖を付き、車窓から遠くへ遠くへ視線をやっている。

「ねぇ、あたし達って何なのかしらね? 」

 アリサが思わずこぼした言葉。それに、すずかは真摯に答える。

「友達…… ううん、親友だって、わたしはそう思ってるよ」

 「そう」と言って、アリサは目を伏せた。

「あたしだって、そう思っているわ」

 そこから先は、学校に着くまで二人とも口を開くことはなかった。

 

◆◇◆◇

 

「いいかげんにしなさいよっ!? 」

 放課後。なのは達以外、誰もいない教室をアリサの怒号が切り裂いた。

「え…… えっと」

 なのはは突然の事に、目を白黒させてしまう。

 事の発端は、アリサとすずかが帰りの相談をしている時、なのはがボンヤリしていて何も返さなかった事だ。

 2人の目には、なのはが身を削ってまで無理をしているように映っていた。

 事実、なのはの疲労はピークに達していたし、無理もしていた。起きている間は、ひたすら魔法の訓練とジュエルシードの探索をし、泥のように眠る毎日。だが、なのはに言わせればソレは当たり前の事でしかない。目的がある以上、それに向かって努力するのは当然の事だ。

 

「今ね、塾はお休みだし、おけいこの時間まで余裕があるから、どうしよっかって話してたとこなの。なのはちゃん、今日はどうかな? 」

 なのはは、すずかの目を真っ直ぐ見ることが出来きずに、思わず目線を下げてしまう。

「ごめんね、今日も大事な用事があるから…… 」

 なのはには時間が無かった。魔法の実力が着けば着くほどに、自身とあの少女との力の差を思い知らされる。まだだ、まだ足りないのだ。もっと強くならなければ、私の言葉は彼女に届かない。

 

「用事? 用事って何よ!? ここ最近ずーっと、何を話しても上の空でぼーとして…… あたしにだって、あんたが悩んで苦しんでるのくらい、顔を見れば分かるわ!! 」

 

 アリサの悲痛な叫びに気付かされる。嗚呼、そうか心配させちゃってたんだ。でも、言えない。ジュエルシード集めは危険と隣り合わせだ。そんな事に二人を巻き込めない。

「ごめんね、アリサちゃん」

 なのはの謝罪への反応は真っ二つに別れた。物憂げに目を伏せるすずかに対し、アリサはカッとなって、なのはに食ってかかった。

「ごめんじゃないわよ! 謝るぐらいなら事情くらい話しなさいって言ってんの!! 」

 アリサの目が赤い。

 すずかも声を震えてい言う。

「なのはちゃん。わたしはね、仲の良い友達にも話せない事ってあると思うの。でも、今のなのはちゃんは見ていられないよ。お願いだから無理はしないで」

 

 今は二人の優しさが辛い。

「ごめん…… ごめんね」

 ただただ謝ることしか出来ないなのは。その姿にとうとう限界が来たのか、アリサがなのはの襟首を掴んだ。

「そうじゃないのよ! あたしが欲しい言葉は! そうじゃないでしょ!? あんたが言うべき事は! 」

 額を突きつけ合って見つめる先で、アリサの瞳が揺れている。

「…… ごめんね…… 」

 なのはの声は消え入るかのようだ。

「アリサちゃん。ダメだよ、乱暴はダメ」

 流石に、見かねたすずかが止めに入る。

 ややあって、アリサはなのはを解放した

「もういいわ。好きにしたら良いじゃな。行くわよ、すずか!」

 そう言ったきり、すずかが止めるのも聞かずに、アリサはそっぽを向いて教室から出ていってしまう。なのはには彼女の頬に光る何かが流れるのが見えた。

「ごめんね、なのはちゃん。わたし、なのはちゃんが話してくれるの待ってるから。また、明日ね」

 すずかもアリサを追うように去っていき、ポツンと独り、なのはは教室に残された。胸の奥が痛む。

 窓に映った自身の顔を見る。なんて酷い表情をしているんだろう。

「怒らせちゃったよね…… お母さんやお父さん、お兄ちゃんにお姉ちゃん…… みんなに今の顔、見られたくないな」

 そう思って帰路についたからだろう。なのはの脚は無意識に自宅ではない、別の場所へと向かっていた。

 

「えっ、あれ? ここは…… どうしてわたし…… 」

 なのはは自らが辿り着いてしまった場所に驚愕する。そこは「クジゴジ堂」、なのはが幼少の時分、1年間を過ごした場所。

 自分に呆れて、今度こそ帰ろうと踵を返したその時であった。

「あれ、なのはちゃんじゃない。今日はどうしたの? まぁ、せっかく来たんだし寄ってってよ」

 ワイシャツにベスト姿で、眼鏡をかけた壮年の男性がなのはを呼び止めた。不破順一郎、彼こそはこの店の主であり、なのはの大叔父にあたる人物である。なのはは彼のことを「おじさん」と呼び慕っていた。

 




おじさんの名字が常磐じゃなくて不破なのは微かなトラハの名残。エイムズのあいつとは無関係。


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明日へと繋がる1歩(下)

 なのははクジゴジ堂の一画でお茶を飲んでいる。最初は順一郎の誘いを断ろうとしたなのはであったが、「昨日お客さんから美味しいケーキを頂いたんだ。ほら、いいから、いいから」と促され、結局は今の状況だ。

 昔から、なのはは順一郎には弱かった。

 

 懐かしいな。なのはは紅茶に口をつけ、店内を見回す。いたるとことに時計が吊るされていて、入り口には暖簾が掛かっている。そのちょうど向かいには、カウンターが設けられており、時計の内部構造を模した装飾がされた壁を背に、おじさんが女性と話しをしていた。

 ゴチャゴチャしているが、それが嫌じゃない店の内装。それは、この店にどんなものでも受け入れ、包み込んでくれる柔らかな雰囲気が満ちているからこそ、調和しているのだと、なのはには思えた。

 

 何年も前から、ここは変わらず温かい。そう、なのはが過ごしたあの頃からずっと。

 それは、父が事故で大怪我を負い、長期間の入院を余儀なくされた時のことだ。家族は父の看病と店の経営とに大忙しで、なのはに構っている余裕は無い。それでも、未だ幼いなのはを独りで家に置いてはおけない。

 そこで、比較的近くに住んでいた親戚のおじさんの家に、なのはは預けられることになった。

 

「いや~、なのはちゃんごめんね。待たせちゃって。はい、これケーキ。どう? 美味しそうでしょ」

 なのはが物思いに耽っていると、いつの間にか接客を終えた順一郎が、切り分けられたケーキを持って来てくれていた。ケーキはスポンジと生クリームが3層に積み重なっており、クリームには細かく切られた旬の果物がちりばめられている。そして、上に乗った大きなイチゴ。確かに、これは美味しそうだ。

「おじさん、ありがとう。さっきの人はお客さん? 」

 なのはの問いに、順一郎は苦笑いをして答える。

「うん、昔使ってたラジオを直して欲しいって。まぁウチ、時計屋なんだけどねぇ」

 相変わらずだなぁ、となのはは笑った。この店には昔から時計じゃない物ばかり、修理の依頼が舞い込んでくる。

 そう言えば、わたしが機械弄りが好きになったのも、おじさんの影響だったっけ。

 

「そう言えば、なのはちゃん。今日、お友だちとは一緒じゃないの? ほら、前に話してくれたじゃない。アリサちゃんとすずかちゃん、だっけ? 」

 なのはの肩がビクンと跳ねる。今のなのはにとって、それはあまり触れられたくない話題であった。なのはは努めて明るく振る舞う。

「にゃはは、今ちょっと喧嘩しちゃってて…… 」

 順一郎はバツの悪そうに頭をかいている。

「そっか、喧嘩しちゃったんだ。それは寂しいね」

 いけない! なのはは、つい気が緩んで口を滑らせてしまった己を恥じた。これでは、おじさんを心配させてしまう。無理矢理笑顔を作って何でもない風に装う。

「平気、平気。わたしは1人でも大丈夫だから…… 」

 カップに揺れている自分の顔を見る。良かった、ちゃんと笑えてる。だから大丈夫…… そう、わたしは大丈夫……

 

「ご馳走さまでした。わたし、ちょっと行かなきゃいけない所があってーー 」

 そう言って、席を立とうとしたなのはは、順一郎の様子に違和感を覚えた。何かに、迷っているようだ。

「おじさん? 」

 思わず、なのはが尋ねると、彼は意を決したかのように、なのはを見る。そして、少し躊躇いがちに口を開いた。

「いや、言うべきか、言わないべきかは分からないけど…… 言うよ。おじさんね、なのはちゃんと暮らしていた時に、1つだけ後悔していた事があったんだ」

 《後悔》、その一言でなのはの頭の中が真っ白になった。

 

 どうして? どうして? どうして? わたし、ちゃんと()()()にしてたのに……

 

 なのはの脳裏に、かつての光景がフラッシュバックする。

 お兄ちゃんは、翠屋を守るため、懸命に働いていた。

「なのは済まない。父さんが帰ってくるまで、俺たちで店を守らなくては行けないんだ。だから、()()()で待っていてくれ」

 お姉ちゃんは、いつも着替えなどの日用品を病院まで届けに行っていた。

「なのはは、()()()でお留守番しててね。そうすればきっと、お父さんもすぐに良くなるから」

 家族が大変な時に、わたしは何の役にも立てない。ならばせめて、邪魔にはならないよう()()()でいようと心に決めた。

 

 場面は移り、お母さんがおじさんに頭を下げている。

「この度は、本当にご迷惑をおかけします。ほら、あなたも」

 なのはにもお辞儀をさせた後、お母さんは、なのはに向き直って言う。

「なのは、順一郎さんに我が儘言って困らせちゃダメよ。私達が迎えに来るまで、()()()にしていてね」

 わたしは言い付けを確かに守っていたはずだ。ちゃんと()()()にしていたはずだ。それなのに…… 何か、おじさんを後悔させてしまう事を、してしまっていたのだろうか…… ?

 

「おじさん、なのはちゃんを叱ったこと一度もなかったよね。もっとちゃんと叱っておくべきだったんだ。自分の勇気の無さが情けない」

 順一郎はもどかしげに腕を振っている。

「正直ね、ずっとどうすればいいか分からなかったんだ。士郎くんが生死の狭間をさ迷っているなかで、家族から離れて、1人預けられたなのはちゃんにどう接していいのか…… どこまで踏み込んでいいのか…… だけど、なのはちゃんも大きくなったし、友達と喧嘩した今こそ勇気を出すチャンスかもしれない」

 もう、おじさんの目に迷いは無かった。ただ、真っ直ぐなのはの瞳を見つめている。

 

「だから、叱らせてもらうよ。寂しいんだろ? アリサちゃんとすずかちゃんと喧嘩して…… 寂しい時くらい大丈夫なんて言わないで、ちゃんと寂しいって言いなさい! 寂しい時に寂しいって言えない人間なんて、人の痛みが分からない大人になっちゃうぞ!」

 

 おじさんは声のトーンを徐々に上げつつ、一息に言い終えると、深く息をついていた。

 なのはには分からない。寂しいなんて口に出したら、心配させてしまう…… 迷惑をかけてしまう……

「わたし、ずっと寂しくって…… でも、そんなこんなこと言ったら、みんなーー 」

 涙が零れる。ダメだ。気持ちが抑えられない。なのはが言葉にするよりも速く、堰を切ったように感情が溢れてくる。

 そんな、なのはの頭に順一郎が優しく手を添える。

「いいんだよ、我が儘言ったって。甘えたって。それで、迷惑に思う人なんて1人もいない。なのはちゃんの家族も友達も、もちろん、おじさんだってそうさ。もっと、自分の気持ちに素直になっていいんだ」

 

 なのはは初めて、この場所に来た時の事を思い出す。俯くなのはの頭をおじさんは今みたいに優しく撫でてくれた。

「こんにちは、なのはちゃん。おじさんは不破順一郎、なのはちゃんは覚えてないかな。生まれたばかりの時に会ったことがあるんだけど。」

 どうして、忘れていたんだろう? あの、日溜まりのような暖かさは、自分にもちゃんと向けられていた。

「今日からよろしくね、なのはちゃん。ここを自分の家だと思って、何でも言ってね」

 ああ、最初から、ここでは()()()じゃなくて良かったんだ……

 

 今度こそ、なのはは、順一郎の胸の中で、声を上げて泣いた。

 今なら分かる。何故、あの金色の少女のことが気になったのか。彼女の目はわたしと同じだった。あの頃の、そして、ついさっきまでの私と…… だから、放っておけなかった。そうか。わたしは彼女とも友達になりたかったんだ。

 ひとしきり泣いた後、なのはは、晴れやかな顔を順一郎に向ける。

「ありがとう、おじさん。わたし、()()()()()()があるの。だから、行ってきます」

 なのはは満面の笑みを浮かべていた。今度こそ、作り物じゃない心からの笑顔を。

 順一郎も、それを見て満足げに頷く。

「うん。行ってらっしゃい、なのはちゃん」

 

 時刻は17時前。アリサとすずかのおけいこが始まるには、まだ時間はある。なのはは携帯を取り出した。

「もしもし、アリサちゃん…… うん、わたし。なのはだよ。すずかちゃんも一緒にいるんだよね。あのね、わたし…… 2人に聞いてもらいたいこと…… あるんだ」

 

◆◇◆◇

 

「くそっ!!」

 明光院ゲイツ、改め小山田聖騎士は冷たいシャワーを浴びながら、浴室の壁を殴り付けた。

 目の前にある鏡には、小学生とは思えない鍛え上げら得た肉体が映し出されている。そう、俺だってこの「リリカルなのは」の世界に転生してから、なにも遊んでいた訳じゃない。

 前世の2次創作で、神から与えられたチートに驕り、身を滅ぼす転生者を腐るほど見てきた。だからこそ、己を戒め、特典を十全に使いこなせるよう、毎日欠かさず鍛練に励んできたのだ。それなのに、あのウォズ擬きに手も足も出なかった。

 一体、俺と奴との間になんの差があると言うのだろうか。そもそも、本来、転生者同士であれば、実力はある程度拮抗して然るべきなのだ。

 

 転生特典はた確かに強力だ。だが、それも無制限に得られるというものではない。そこには、対価や制約が発生する。

 だから、これから先、普通に生きていこうと思ったら、支払える対価も、受け入れるべき制約もある程度、限られた範囲に落ち着くはずなのだ。

 自身の場合、手に入れたチートは見た目のエディットを除くと、魔導師ランクSSS相当の魔力、約束された勝利の剣(エクスかリバー)、stay nightの全て遠き理想郷(アヴァロン)、ロスト・ロギアを正しく扱える能力の計4つ。

 課された制約は、空を飛べなくなること。宝具だけでなく、魔力を含む全ての特典が十三拘束(シールサーティーン)によって縛られていること。そして、これは全ての転生者に共通しているのだが、転生者であること及び「リリカルなのは」の知識を原作キャラに教えてはいけないことだ。

 

 俺の場合は力に制約を課すことで、4つの特典を得た。だが、奴はどうだ、チートをまるで何の制限も無いかのように使っている。

 そうなると、特典を手にする際に何らかの対価を支払ったと考えるのが妥当だ。だが、だとすれば余計に腑に落ちなくなってしまう。俺が見る限りヤツの特典は瞬間移動、時間停止、能力封じ、原作キャラの召喚で計5つ。いずれも、強力無比な能力だ。一体どれ程の対価を払えば、手に出来るの力なのであろうか。

 あるいは、俺が気付いていないだけで、何らかの制限があるのか…… これからも、奴とは戦うことになるだろう。先ずはそこを確りと見極める。

 そうでなくては、満足に対策も練られない。

 

 聖騎士が頭を冷やし、シャワーを停めたその時であった。ゆっくりと何者かによって浴室のドアが開かれる。

 今日、両親は旅行ため外出中だ。ならば…… 勢い良く振り返った聖騎士の視界に入ったのは、アッシュグレーの毛並みをした、一匹の山猫だった。

 聖騎士はあまりの驚愕に前世のネタを口走ってしまう。

「なん…… だと…… 」

 

◆◇◆◇

 

「かくして、また1つ我が魔王と皆さんの知る高町なのはとの間に大きな解離が生まれた。彼女が管理局の白い悪魔と呼ばれる未来が消え、オーマナノハの誕生へと少しずつ歴史が動き始めている。そう、私の思い通りにね」

 




良く物語りは生き物と言いますが、初めて自分でも体験しました。サラっと流すつもりだったシーンに、気付けば2話も費やしている。

書き始める時に、ある程度この2次創作の終わりは決めていたのですが…… 本当にそこに着地できるのか。はたまた、全く別の結末を迎えるのか。

出来ることなら、エタらずたどり着きたいものです。


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激戦の攻防(上)

タイトルはヴァイスのクライマックスから。

拙作に高評価をくださった方々、本当に有り難うございます。皆様のお陰でランキングにも見切れることが出来ました。モチベーションも大いに上がるというものです。

また、誤字報告をしてくださった皆様にも、この場をかりてお礼申し上げます。誠に有り難うございました。




「この動画によれば、普通の小学生・高町なのは。彼女には魔王にして次元の覇者・オーマナノハになる未来が待っていた。金色の魔導師・フェイト。その瞳の奥に隠された秘密に気付いたナノハは、再び彼女と相対する決意を固めた。二人の魔導師による衝突は、ジュエルシードを暴走させ、次元震を引き起こすこととなる。そう私はこの動画で視聴したのですが…… 」

 

◆◇◆◇

 

 夜の海鳴市。ユーノはなのはと共に、ジュエルシードの探索をしていた。なのはが繁華街を、ユーノが裏路地を。

 ユーノはジュエルシードの気配を探りつつ、なのはの変化に思いを馳せる。ここ最近、暗く翳っていたなのはの表情は、憑き物が落ちたかのように晴れやかであった。

 理由はきっと、友達との(わだかま)りが解けたからであろう。ユーノは夕暮れ時のやり取りを思い出す。

 

「ユーノ君、ごめんなさい! 」

 なのはからいきなりの謝罪を受けてユーノは困惑していた。

 今日、なのはは普段より帰りが遅かった。最初は、それで心配させたことかと思ったが、勢い良く頭を下げるなのはの様子から、違うなと考えを改める。

「なのは、先ずは顔を上げて。それじゃ、話も出来ないし。ボクとしても何が何やら…… 」

 ふと、ユーノの頭をよぎったのは、なのはがジュエルシード集めを辞めたいと言う可能性だ。

 それは、頭の片隅でユーノが常に考えていたものでもある。以前の戦闘では危険な目に合わせてしまったし、近頃は思い詰めた(かお)をすることが多くなったなのはを見て来た。

 だからその時が来ても、なのはを引き止めたりはしまいと考えていた。元より無関係ななのはを、己の事情に付き合わせていたのだ。寂しさこそあれど、彼女を日常に帰せる安堵の方が勝っている。 

 覚悟を決めたユーノを待っていたのは、想像していたものとは180度違うなのはの言葉だった。

 

「あのね、アリサちゃんとすずかちゃんに魔法のこと打ち明けたんだ」

「えぇっ! あっ、いや…… それは構わないんだけど、2人は信じてくれたの? 」

 想定外のことに声を上げてしまうユーノであったが、直ぐにあることに思い至る。

 この世界の住人にとって、魔法なんて所詮は空想上の産物。なのはが何を思い、彼女達にソレを話したのかユーノには分からない。ただ、もし2人の理解を得られなかったならば、なのはが深く傷付いてしまうのではないか…… それだけがユーノは気がかりだった。

 しかし、ユーノの懸念など杞憂でしかないと、なのはの表情が告げている。

 

「にゃはは、やっぱり驚いてた。けどね、『なのはの言うことだから』って言ってくれたの」

「そっか、素敵な友達を持ったね。なのは」

「うん!! 」

 ああ、良かったと、破顔するなのはに、ユーノは心から思う。やはり、彼女には笑顔でいて欲しい。

「それとね、2人ともユーノ君にもまた会いたいって」

 ピキリと全身が強張るのが分かる。魔法について話すということは、当然自分のことも話題のあがる訳で………

 背中が嫌な汗をかいている。ー マズイ、マズイ、マズイー 例の旅行の時、ユーノは彼女達と温泉に浸かっているのだ。そんな2人に正体が知られたら……

「なっなのはさん…… ボクのことは…… その、なんて伝えたのですか……? 」

 人間だとバレた日のなのはを想起し、総毛立つ思いがした。彼女はニコニコしている、その瞳そ除いて。それもあの日と一緒……

 

「変なユーノくん。急に敬語になったりして」 

 大丈夫だよ、なのは。変なのはボクが一番自覚しているから。

 滝ように、汗が流れ落ちる。

 そんなユーノを見て、なのはがクスッと笑う。

「安心していいよ、そこはちゃんとボカしておいたから」

 ユーノはホッと胸を撫で下ろした。「淫獣」などという不名誉な呼ばれ方をするのは1度で十分だ。

 

「あのね、ユーノくん。わたしやりたいことが出来たんだ」

 なのはの言葉には強い意志が込められていた。先程までの茶化すような雰囲気はもう無い。彼女にとって、ジュエルシード集めは《やるべき事》なのであろう。ならば、《やりたいこと》とは一体何なのか。

「聞かせて、なのは。ボクにも、力になれることがあるかもしれない」

 一拍間を置いて、なのはは言う。

「わたし、あの子と話したい。知りたいんだ、戦ってでもジュエルシードを集めたい。その理由を…… 」

 森で遭遇した、金色の魔導師のことであろうか。

「『フェイト』って呼ばれていた、あの子のこと?」

 ユーノの問いに、なのはは頷く。

「うん。あの子ね、なんだかとても寂しそうな目をしていたの。すごく強くて冷たい感じもするのに、どこか優しそうで…… なのに、ひどく悲しそうなの」

「また、ぶつかり合うことになるかもしれないよ」

 なのはの安全を考えれば、もうあの子達とは出会わない方が望ましい。「それでも」となのはは言う

 

「わたし、やっぱりフェイトちゃんのことが気になるの。放っておけないんだ。だって、あの子はわたしと同じだから」

 ユーノには、なのはの言うことろの「私と同じ」が示す意味が正確には分からない。ただ、それが孤独の痛みを指しているのだろうとは、なんとなく推し量ることが出来た。

 ユーノは両親の顔も知らずに育った。だから、1人ぼっちの辛さなら理解できる。でも、自分にはスクライアの一族がいた。寄りかかれる場所があった。甘えられる人達がいた。おそらく、なのはにもそんな居場所があったのだろう。

 だが、あの子は違う。ユーノの目から見ても、彼女はどうしようもなく独りだった。

「わかった。なのはが望むなら、ボクは全力でサポートするよ。どのみち、ジュエルシードを集めるうえで、避けては通れない問題だしね」

「ありがとう、ユーノくん。今日は塾もないから、晩御飯までジュエルシード探しをしよう! 」

 

 そして、今に至るというわけだ。周辺からジュエルシード気配は感じるものの、正確な位置までは、まだ特定できない。

 時間はもう19時半を過ぎている。なのはを家に返し、自分はもう少し捜索を続けようとしたその時だった。人が大勢いる街中に、突如魔力流が撃ち込まれたのだ。夜空を覆う稲光から、あの子の魔力反応を感じ取る。

 こんな所で、強制発動だなんて…… ユーノは憤りを押し殺し、広域結界を発動した。

 

◆◇◆◇

「変身! 」

 ユーノが結界を張った事を感知したなのはは、走りながら構えをとって変身すると、その勢いのまま大通りを一直線に飛ぶ。

『なのは、ジュエルシードが見える?』

『見えるよ、すぐ近く! 』

 目指すは、交差点の中央で立ち上る光る柱、ジュエルシードだ。

『暴走を始める前に、封印いけるっ!? 』

 ユーノからの要請に、なのはは『その必要はないよ』と返す。

 近くにあの子の反応を感じる。ジュエルシードを狙っている彼女なら、必ず封印を施すはず。

 なのはは封印砲を放つ時、1度足を止めざるを得ない。スピードは相手の方が上、位置関係も不明瞭。仮にわたしが封印しても、ジュエルシードを奪われてしまっては意味がない。

 だったら限界まで近付いて、彼女がジュエルシードを封印した直後にそれを確保する!

❮Spark Smasher❯

 紫電を纏った金色の砲撃がなのはの対角線上から放たれ、眼前でジュエルシードに直撃する。やっぱり来た。なのはは封印されたばかりのジュエルシードに手を伸ばした。

 

「させるかぁー!! 」

 なのはの掌がジュエルシードを掴みとる寸前。額に宝石を付け、長いオレンジ色の髪をした女性が3時の方向から急速接近、なのはに拳を振りかざす。

 有視界外からの奇襲速攻。確かに有効な戦術だ。…… だが、そのパターンは前に1度経験している!!

 なのはは左足を後ろに引き、全身を大きく沈み込ませて攻撃を躱すと、レイジングハートを持っていない右手に魔力弾を生成。頭上で、無防備に晒されている彼女の腹部に、掌底打ち要領で押し込み、0距離で炸裂させた。

 上空に打ち上げられた女性は、姿を狼を彷彿とさせる大型な犬種の獣に姿を変え、再びなのはに襲いかかる。彼女はアルフ、フェイトの使い魔だ。

「なのは、危ない! 」

 なのはの背後から躍り出たユーノが、障壁を張り攻撃を防ぐ。

「こっちはボクに任せて、なのはは彼女を……! 」

 ユーノの言葉を受け振り返ると、歩道橋の欄干の上に降り立ち、武器を此方に向けるあの子の姿があった。

 

◆◇◆◇

 

 夜の摩天楼を金とピンク、2つの光が螺旋を描きながら飛び交っている。フェイトはジュエルシードを巡り、仮面の魔導師とドッグファイトを繰り広げていた。

 手強い……! フェイトは素直にそう思う。この短期間で、実力をここまで詰めてきた。それが、フェイトの癇に触る。

 それに、先程の彼女の言葉が、何度振り払おうとしてもフェイトの脳裏から離れない。心の奥底に眠っていた何かを揺り動かされる感覚。フェイトが忘れていた…… 忘れようとしていた大切で苦しい何か……

「この間は自己紹介出来なかったけど…… わたし、なのは。高町なのは。私立聖祥大付属小学校3年生。あなたはフェイトちゃん…… だよね? 」

 真っ直ぐ自分に向けられた言葉に、思わず「フェイト、フェイト・テスタロッサ」と口走ってしまった。

 眼下では、彼女の使い魔とおぼしきフェレットがアルフと互角に戦っている。ついこの間まで、素人同然だった相手が此処までの実力を持つ使い魔を従えている。そのことも、フェイトを苛立たせた。

 不愉快だ! あの子の成長も! 心を揺さぶられる言葉も! 閉ざした扉の隙間から射し込むような温かさも! 全部! 全部! 全部っ!! 

 

「はぁぁぁぁあっ!! 」

 フェイトは身を翻し、自分に追い縋る仮面の魔導師に向け、遠心力を加えた大鎌の斬撃を見舞う。しかし、今のフェイトの攻撃には感情的が乗りすぎている。

 そんな、見え透いた攻撃では相手を捉えることが出来ず、デバイスは虚しく空を切った。

 斜め上方向に跳躍し、フェイトの攻撃を回避した魔導師が周囲に6つの光球を出現させ、フェイトへと射出する。

 誘導弾!!

 複雑な軌道はしない。だが、的確にフェイトの動線を塞ぐように高速で放たれたそれを、フェイトは最小限の動きをすることでギリギリ掻い潜る。

 大丈夫。掠りこそしたけど、直撃は免れた。

 一息つくのも、束の間。

❮Finish Time ナノハスレスレシューティング❯

 デバイスの電子音に驚き、顔を上げると、ピンク色の光が凄まじい勢いで集束している。

 

 あれは…… マズい!!

 咄嗟に回避行動をとろうとしたフェイトだったが、そこでハッとする。光の射線上、丁度自分と重なる位置にアルフがいるのだ。

 しまった! さっきの誘導弾はわたしをこの場に縫い付けるための布石……!!

 フェイトは魔法防壁を幾重にも展開し、迎撃体制を取った。

 怒濤の如く放たれた力の奔流が、防壁を突き破りながらフェイトに迫る。

 最後の一枚。これに全ての魔力を懸ける。

 あわやフェイトに届くかという所で、ピンク色の光は霧散した。

 なんとか、防ぎ切った。肩で息をしているのが分かる。でも、それは相手も同じこと……

 

 フェイトの見つめる先で、仮面の魔導師はゆっくりと武器を下ろす。

「目的があるなら、ぶつかり合ったり、競い合ったりするのは、仕方がないのかもしれない。だけど…… 何も分からないまま、ぶつかり合うのは嫌だ! わたしも言うよ、だから教えて…… なんで、どうしてジュエルシードが必要なのか」

 フェイトは彼女から目を離せないでいた。

「わたしは…… 」

 戦かわなくちゃ、あの子は敵なのに…… そんなフェイトの意志とは裏腹に、零れ出たのは今にも消え入りそうな声。

「フェイト! 答えなくていい! ジュエルシードを持って帰るんだろっ!」

 アルフの言葉でフェイトは我に帰った。そうだ、わたしの目的はあの子を倒すことじゃない。ジュエルシードを()()()に届けること!!

 フェイトは仮面の魔導師を無視して、ジュエルシードへと直行する。

 ジュエルシードを回収しようとするフェイトのデバイスと、それを阻止しようとする仮面の魔導師のデバイスが同時ににジュエルシードを挟み込む。

 

 刹那、眩いばかりの閃光と衝撃が迸る。その勢いで吹き飛ばされたフェイトは、直ちにカバーに入ったアルフに抱き留められる。

「大丈夫かい? フェイト」

「ありがとう、アルフ。わたしは平気だよ」

 ギシギシ言う音の先を見れば、自身のデバイス:バルディッシュが破損していた。

 相手の魔導師は、アスファルトを抉りながらもその場に踏みとどまっている。そして、不気味な鼓動を刻むジェルシード……

 次の瞬間、ジュエルシードの周囲に紫色の魔法陣が展開される。

「母さん!?」

 暴走状態のジュエルシードを、指向性を持って扱うことは至難の業だ。だが、稀代の大魔導師と呼ばれる母ならば……

『あなた達は邪魔なの、消えなさい』

 聞こえる筈のない母の声が、魔法から思念となってフェイトに伝わる。

 その直後、仮面の魔導師の足元の空間が崩壊。彼女を助けに入った使い魔と、飛び込んできたもう1つの影をも呑み込んで、次元の裂け目は閉ざされた。

 今ので力を使い果たしたのだろうか、ジュエルシードが光を収め、コロンと地面に落ちる。

 それを拾い上げたフェイトは、唇を固く結び、爪が食い込むくらい拳を握り締め、アルフとその場を後にするのだった。

 




なのは「逆だったかもしれねぇ」
ユーノ「一人ぼっちは寂しいもんな」
フェイト「えぇ」

アルフがいるから、フェイトは孤独じゃないじゃん? と思うかもしれないですけど、彼女にとってアルフは妹の様な比護対象であり、自身の弱さを見せられない存在だと個人的に思ってます。

だからこそ、子供が感じる寂しさを満たすことは出来なかったのかなと……

今後は、アーマータイムの予習と仕事が多忙な時期になりますので、投稿ペースは落ちますが、瞬瞬必筆をモットーに続けいく所存ですので、楽しんでいただけたら幸いです。


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激戦の攻防(下)

さよならプロット、君のことは忘れないよ


 立ち止まっり、しっかりとポーズをとって変身するのも良いが、走りながら変身するのもやはり良い。なんというか、こう燃えるのだ。危機が迫る臨場感や、変身者の気迫が伝わってくる。

「素晴らしいよ、我が魔王」

 高層ビルが建ち並ぶ海鳴市の繁華街。そこを一望できる海鳴大学付属病院のヘリポートから、私は変身エフェクトを纏いながら疾走する、我が魔王の姿を楽しんでいた。

 原作において我が魔王とフェイト・テスタロッサは、眼下にそびえる摩天楼を舞台に激しい空中戦を繰り広げる。所狭しと動き回る2人だ、あまり近付き過ぎてはかえって見失ってしまう。この場所は少し遠いが、今回の決戦を観戦する上では絶好の場所だった。

 我が魔王は強い、原作の同時期よりもずっとだ。地力は未だフェイトに分があるが、我が魔王は仮面ウィッチに変身したことで基礎スペックを大幅に上げている。今の2人がぶつかれば、どちらに勝利の天秤が傾くのか…… 

 これは最高の見世物(ショー)になるな。本来の歴史とは違う封印砲の撃ち合いではない展開に、序盤から私の心は大いに沸き立った。

 しかし、そんな興奮に水を差す存在が現れる。

 

「ウォズ、今日こそ貴様を倒す」

 周囲のビルを超人パルクールを駆使して登ってきたゲイツ君だ。介入するのなら、私ではなく我が魔王達の方だと思っていたのがだが……

「ゲイツ君、邪魔をしないでくれるかな。私は今、我が魔王の勇姿をこの目に焼き付けるので忙しいんだ」

 返答はない。彼ただ、私に剣の切っ先を向けるのみである。

 やれやれだな。私はため息をつくと、デバイスを録画モードにして上空に放ち、仕方なくゲイツ君の相手をすることにした。

 多少じゃれてやってもいいが、今日はライブで我が魔王の活躍を見たい。だから、彼には気の毒だが一瞬で終わらせてもらおう。

 時を止めて、ストールを巻き付けるだけの簡単な作業。彼との戦いはいそれで決着が着く…… 筈だった。

 

 私のストールが、いづこより飛来した淡い黄色の光を放つ魔力弾に阻まれたのだ。

 魔力の発生源を探るが、ジャミングがかかっていて上手く特定出来ない。

 私の時止めは、自身を中心地とした球体の空間内に効果を及ぼす。今回は半径10メートルの規模で発動したので、相手はそれよりも遠くに位置どっていることだけは確かだ。

 効果時間が切れ、再び時が流れ出すと、ゲイツ君は地面を滑りながら急速接近。流れるように私の後ろに回り込み、上段から斬りつけてくる。

 彼の頭上へと瞬間移動した私は、踵を高く伸ばし降り下ろす寸前で、またも魔力弾による狙撃に邪魔をされた。

 一旦、距離をとる。先程の魔力弾は一発目とは異なる方向から射出されていた。ジャミングだけでなく、場所を変えて攻撃することで私を撹乱しようというのだろう。

「増援とは、面倒な」

 あのタイミングは完璧だった。頭上ががら空きだったゲイツ君に、私が上から仕掛けると分かっていなければ無理な1撃だ。彼の協力者はかなりの使い手であろう。こちらの最善手を的確に読んで潰してくる。

 私はデバイスを手元に戻し、涙を飲んで録画を中断。ホログラム板を出現させ、そこから2つのコマをタップした。

 

「やっぱり、思った通りだ。貴様の弱点を1つ見つけたぜ。貴様が時間を止められるのは、()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってな!! 」

 ゲイツ君のしたり顔が妙に腹立たしい。ヒントを与えたつもりはなかったのだが……

「たったそれだけで、もう勝ったつもりかい? 」

 彼の足元に移動し、脹ら脛(ふくらはぎ)に回し蹴りを見舞って宙に浮かせると、即座に脇腹に蹴撃を食らわせてビルの谷間へと飛ばし、そこから踵落としで地表へと叩きつける。

 かなりの高さだが、バリアジャケットがあるので死にはしないだろう。

 暫く沈んでろという私の期待を裏切るように、彼はバインドで助けられると、直ぐ下に展開されたサークル状の魔法防壁を足場に復帰してくる。追撃を試みるも牽制の射撃に妨害されてしまった。

 

WAS(ワイドエリアサーチ) 成功。座標特定、距離算出❯

 

 私のデバイスから音声が鳴る。見つけた! 先の1発が決め手になったのだろう。ゲイツ君の協力者を発見した。

 WASはSTSで我が魔王が使用した魔法で、魔力で生成した使用者と視覚がリンクしている無数の端末を飛ばして一定の範囲内を視認探査することができる。これが、先程の転生特典で適用した魔法の内の1つ。暗くて容貌までは分からないが、位置は確かに掴んだ。

 この特典で得た能力は、漫画として記された原作の中から任意のシーンをタップするすることで、そこに描かれている技をホログラム状に投影された原作キャラクターが発動するというものだ。私の実力に関わらず原作準拠の力を行使できる一方、原作を良く知る者には私の手の内を読まれてしまう危険がある。

 そこで、同時にもう1つ能力を行使して、STSの登場キャラクターであるクアットロを呼び出していた。彼女はステルス機能を有するマント「シルバーケープ」を持っている。その力こちらの行動を覆い隠していたのだ。

 

「しまった!! 逃げろリ-- 」

 今さら焦ったところでもう遅い。さて、どんな相手か拝ませてもらおうか。

 私は彼が言い終えぬ間に、対象の座標へと瞬間移動。掌で喉を押し潰すように頸を締め、ビルの外壁に叩き付けて拘束する。

 そして、ゲイツ君の協力者が何者であったのか確認した私は、予想だにしない人物に我が目を疑った。

 

「バカな! リニスだと…… それが何故こんなところで……!? 」

 

 視線の先で呻いているのは、ミディアムにカットされた薄茶毛の髪を持つ女性であった。彼女の名はリニス。原作の時系列では、既に消滅したはずのプレシアの使い魔にして、フェイトの魔法の師でもある。

 本来であれば、この場にいる筈のない存在。彼女が生きているだけでも十分にイレギュラーだというのに、よもやゲイツ君と行動を共にしていようとは……

 

 視界の端に眩い光が映り、追って衝撃が伝わってくる。次元震か…… どうやら、我が魔王達の戦いは終わったようだ。後は彼女を人質にして、ゲイツ君にこの不可解な状況について口を割らせるだけ。

 そう思った矢先だった。不足の事態とは重なるもの。世界の揺らぎを感知する、見ればジュエルシード周辺に紫色の魔方陣が敷かれていた。

 ジュエルシードの莫大な魔力を、何らかの魔法に充てようとしているのか。それが分かった時、言い知れぬ悪寒が背中に走る。

 次の瞬間、我が魔王の足元に次元の裂け目が出現した。あれはマズい!!

「いけない! 我が魔王!! 」

 一刻の猶予もない。私はなりふり構わず我が魔王の元へと跳んだ。

 

◆◇◆◇

 

「んっ…… あれ? ここはいったい…… 」

 ざらついた何かが頬を掠める感覚で、高町なのはは目を覚ました。変身は既に解除されているようで、口の中でジャリっとした嫌な音がする。辺りを見渡せば、そこは一面の荒野で、砂埃だけが風に巻き上げられていた。

 

 確かわたしは、フェイトちゃんと戦っていて…… 次第に記憶が甦ってくる。二人のデバイスがジュエルシードに触れた時、激しい爆発が起こり、その後は地面が崩れ、私はそれに巻き込まれて…… そこまで考えて、なのははあることに思い至る。

「ーー っ、そうだ! ユーノ君は!? 」

 何処かへと落ちていくあの一瞬。確かに、わたしを呼ぶユーノ君の声が聞こえた。もしかしたら彼もこの場所に居るかもしれない。

「ユーノ君! お願い、いたら返事をして-!! 」 

 彼の名前を叫びながら、宛もなくさまようなのはの前に現れたのは、少し意外な人物であった。

 

「探しものはコレかな? 我が魔王」

 ウォズが、気絶したユーノの尻尾を掴んでプラプラと揺らしている。なのはは、ウォズからユーノをふんだくり抱き寄せると、彼を軽く睨んだ。

「ユーノ君にヒドイ事しないでください。それと、これはあなたの仕業ですか? 」

 ウォズは肩を竦めて答える。

「期待に応えられなくて残念だが、今回ばかりは私にも想定外の事態でね…… まぁ、ともあれ君が無事で嬉しいよ我が魔王」

 彼の言葉の真偽は不明だが、自分の身を案じてくれていた事だけは嘘ではない。なのはにはそう感じられた。だから、なのははその感覚に賭けてみる。

 

「ウォズさんも、わたし達と一緒に来ませんか? 元の場所へ帰るためにも、今は1人でも味方が多い方が良いはずです」

「不本意だけど、ボクもなのはの意見に賛成だ。無闇にいがみ合う余裕なんてボクたちには無い」

 いつの間に目が覚めたのであろうか。なのはの腕の中からモゾモゾと顔を出したユーノも、なのはに同調した。

「君達は勘違いしているようだが、私はいつだって我が魔王の味方さ。そう、どんな時もね」

 ウォズが意味ありげな笑みを返したことで、帰還のために3人で協力する体制が整った。

 

 分からない事だらけの現状。先ずはこの場所が一体どこであるのか調べようと、なのはが提案する。すると、ウォズが苦みを帯びた口調で言った。手にはデバイスを起動させている。

 

()()()だよ、ここは。尤も、座標の上では…… だけどね」

 

 なのはは愕然とした。この場が海鳴市だと言うのらば、家族は、おじさんは、アリサちゃんやすずかちゃん、なのはの大切な人達は、いったいどうなってしまったのだろうか!?

 狼狽するなのはを、ユーノが宥める。

「なのは、落ち着いて。一先ず、翠屋がある場所に行ってみよう。何か分かるかもしれない」

 ウォズの案内で翠屋に相当する位置へと、向かう道中。なのはは1言も発することはなかった。祈るように両手を組んだなのはの胸中は、ただ皆に無事でいて欲しい。その願いだけが占めていた。

 

「着いたよ我が魔王。だが、これは…… 」

 ウォズがいつになく勤厳な面持ちをしている。なのはも初めて見る顔だ。普段の人を食ったような表情は鳴りを潜め、ただただ思索に耽っている。その視線を辿っていくと、そこには巨大なオブジェが鎮座していた。

「これは、わたし…… ? 」 

 なのはの瞳に映るのは、今よりも()()()()()()()()()()()姿()を模した石像。変身ポーズを決め、後ろには仮面ウィッチになるときに出現する大きな魔方陣が象られている。1つ違う点を挙げるとすれば、マギアではなく()()()()の文字が刻まれている事であった。台座には「高町なのは初変身の像」と銘打たてている。また、周囲には何人かの少女の像も配置されており、なのはの位置からはチアリーダーのような格好をした少女と腕に小型の円盤を着けたセーラー服の少女のシルエットが確認できた。

 

「はじめましてだね。幼き日の私」

 

 背後からかけられた声に振り返ると、そこに居たのは仮面ウィッチと良く似た存在。

 純白のスーツに黄金のベルト、至るところに金の装飾が施されており、所々蒼がアクセントとして入っている。肩当ては翼の様な豪奢な美装を纏い、時計のバックルを襷掛けにして、背後には巨大な秒針を有していた。顔面は仮面ウィッチナノハと造形はほぼ同じだが、細かく王というモールドが幾つも彫られており、赤く燃え盛る複眼にはライダーの文字。

 

「あっ、あのっ! あなたはいったい!? 」

 変身した自分そっくりの見た目、彼女の発した「幼き日の私」という言葉、堪らずなのは目の前の存在に誰何(すいか)した。

 

「私は高町なのは、今はオーマナノハって呼ばれてる。あなたにとっては将来の自分ってことになるのかな」

 

 オーマナノハはユーノを一瞥し、ウォズへと視線を定めて続ける。

 

「ただ、あなたは私とは()()()()()()を生きてるみたいだから、全く同じ存在とは言えないかもだけどね」

 

 驚きのあまり、二の句が継げなくなっているなのはに代わり、ユーノが質問する。

「ここは未来の海鳴市で間違いないんですね? 」

 オーマナノハは「そうだよ」と頷く。

 にわかには信じられないが、彼女の話が事実であるのなら、自分達は時間を越えてしまった事になる。いったい何故、タイムスリップなどしてしまったのか。そして、未来の海鳴市に何が起きたというのか。なのはは尽きることの無い疑問の渦に囚われていた。

 なのはの考えてを読み取ったのだろうか、オーマナノハが口を開く。

「わるいけど、未来の出来事については話せない。ただ、あなた達がここにいるのは、私が呼んだから」

 

 なのはが「どうして? 」と尋ねるよりも速く、ウォズがオーマナノハに平伏して発問した。

「お答え頂きたい。貴女は仮面ウィッチではなく()()()()()()なのですね」

 オーマナノハが肯定すると、ウォズは続けざまに問いかける。

「何ゆえ、何ゆえ! 貴女は魔法少女ではなく仮面ライダーとなる道を選んだのですか!? 」

 少しの沈黙の後、ウォズの頬をそっと撫で、オーマナノハはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「仕方がなかったんだよ…… 世界を救うにはこうするしかなかったの」

 一瞬だけ、オーマナノハが普通の少女の姿に重なる。仮面の裏でオーマナノハが泣いているのが、なのはには不思議と分かった。

 そこで、なのはの中に新たな疑問が生まれる。どうして彼女は世界を救ったのに、あんなにも寂しそうなのだろうか? 彼女がウォズへと向ける感情の正体は何なのか?

 だが、その理由を問うことをオーマナノハは許さない。

 

「私があなた達をここに連れてきたのは、幼き日の私がジュエルシード事件の元凶に太刀打ち出来そうにないから。()が助けようとしていたみたいだけど、あのままだったら確実に虚数空間に落とされていた」

 オーマナノハに「違う? 」と糾されると、なのはには返す言葉もない。自身の力不足は、なのはが一番痛感していたからだ。

「あなたには、元の時代へ帰る前に別の世界へ渡ってもらう。そこで力を着けなさい。どんな悪意も跳ね返せるように、大切な存在(もの)を守り通せるように」

 そう言った彼女から、なのは二つのデバイスを手渡された。デバイスの名前はブランクマギアウォッチ。ナノハマギアウォッチと同じ造りをしているが、そこには何も描かれていない、今はまだ空っぽの(いれもの)

 オーマナノハが「さぁ、行きなさい」と手を翳すと、銀色に揺らめく幕のようなものが出現し、なのは達に迫ってくる。

 それを通り抜ける寸前、彼女がウォズを抱きしめているのを、なのはは目撃した。

「さよなら、■■■■」 

 なのはには最後まで聞き取れなかったが、オーマナノハの言葉にウォズは大きく目を見開いている。その姿になのはは言い様の無いモヤモヤを感じ、何故か嫌な気分になった。

 

◆◇◆◇

 

「ここが、別の世界なの? 」

 銀色の揺めきを抜けたなのはを待っていたのは、緑豊かな公園であった。柔らかな風が吹き、麗らかな陽射しが降り注いでいる。なのはもよく知っている長閑な休日の昼下がり風景。とても異世界とは思えない。

 しかし、そんな穏やかな空間を切り裂く爆発音と、女の子の悲鳴がなのはの耳に届いた。なのははユーノと顔を見合わせると声のする方へと駆け出す。

 ウォズはその場に置いてきた。顎に手を添えて何事かを考え込んでいる。なのはの声にさえ届かないようでは、ハッキリ言って闘いには連れていけない……

 

 なのはの目に飛び込んできたのは、傷だらけで倒れ伏す中学生位の二人の少女。一人は茶髪でもう一人は赤色の髪をしていた。

 辺りには小さい子どもが何人もいる。中にはかなり特徴的なパステルカラーの服装で豪奢に着飾っている子もいるが、あの二人はこの子達を守っていたのだろう。

 なのはは彼女達をこんな目に逢わせた存在を睨み付ける。宙に浮いた巨大なてるてる坊主、金の首輪をし、そこから5本の腕と触手を生やしている。

 ソレは両手に光を溜め、今にも少女達に攻撃を放ちそうだ。

「行くよレイジングハート、変身!! 」

❮magic on time カメンウィッチ❯

 変身する際、なのはの背後に出現する魔方陣に刻まれた「マギア」の文字が、てるてる坊主に攻撃。はね飛ばしてから、なのはの仮面に張り付いた。

「大丈夫ですか!? 」

 なのはの声に赤い髪の少女が顔を上げる。

「ありがとうございます。あなたもプリキュアなんですか?」

 

 …… プリキュアってなんでしょう? ……

 

◆◇◆◇

 

「かくして、我が魔王は未来の自分・オーマナノハと出会い、プリキュアの世界へと足を踏み入れた。ブランクマギアウォッチはあと2つ。この世界で我が魔王が手にする力とは…… ここから先は私にとっても未知の展開だ。『魔法少女リリカルなのは 蒼い光はキラキラな思い出の証なの』今日もめちゃHUG元気で、フレフレ我が魔王! …… 私は何を言っているんだ? 」

 




ウォズ「ハリー君、私のことは工藤と呼んでくれたまえ」
ハリー「せやかて、工藤」

 


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蒼い光はキラキラな思い出の証なの

本話は「映画HUGっと!プリキュア・ふたりはプリキュア オールスターズメモリーズ」のネタバレ全開ですのでご注意下さい。

また、構成に迷いまくった結果、本話は最初っからクライマックス(比喩にあらず)で行きます。投稿話数を間違えたとかではございません。

あくまで拙作は我が魔王の活躍がメインなので、そこに至るまでの経緯は是非映画が名作なのでそちらを御覧ください。私は何も知らない状態で上記の映画を友人に見せられ、そこから沼にはまりました。

ちなみに作中では歴代のプリキュアをレジェンドプリキュアと表現しています。私がライダー脳なので、どうかご容赦を


 なのはの眼前に広がっているのは、まさしく地獄であった。

 キュアエールこと野々はなさんによって、てるてる坊主の異形・ミデンの心は救われ戦いは終わる。そう思っていたのに……

 大地は裂けマグマが吹き出し、噴煙に覆われた空は溶岩によって灼灼と赤く照らされていた。ミデンの体は漆黒に染まり、怨嗟の呻きを上げながら、その目に映るモノ全てを破壊せんと、黒炎を纏う肥大化した両腕を振るっている。

 以前のミデンは掌やカメラのしぼりの様な瞳から青白い光線を出して、プリキュア達の思い出を奪い子供に変えてしまっていた。しかし、今の彼が血の色に染まった眼と言葉を失った口から放つのは、高濃度に圧縮されたことで黒い炎に見えるトゲパワワ(絶望エネルギー)の砲撃だ。

 こんなものに焼かれたら、どんな素敵な記憶も真っ黒に塗り替えられてしまう。事実、エールの仲間であるハムスター? のハリハム・ハリーが「プリキュア達! あの攻撃から皆の思い出を守るんやー! 」と警鐘を鳴らしている。

 レジェンドプリキュア達が応戦しているが、今のミデンの力は凄まじく、人々の記憶でできた結晶を守りながらでは、流石の彼女達でも防戦に専念せざるを得ない。

 

「そんな…… どうして? ミデンに何が起こったの!? 」

 傷だらけで片膝を着いた姿のエールが呆然としている。彼女はミデンの精神世界で彼と語り合った。ボロボロになりながらも、ミデンと心を通わせ、彼を孤独から救いだしたのだ。だからこそ、ミデンの変貌が信じられないのだろう。

「あの、ウォズさん。ミデン君はどうしちゃったの? 」

 ウォズはこの世界についても訳知り顔で、なのは達に教えてくれていた。彼ならば何か知っているかもしれない。

 

 なのはの問いに、ウォズは「あくまでも推測の域をでないが、それでも構わないかい? 」と前置きした上で、語りだす。

「ミデン君が奪ったプリキュア達の『キラキラな思い出』は既に取り戻した。彼の心に降り続いていた悲しみの雨は、エール君が晴らした。ならば、彼の中に残っているのは何なのか…… ミデン君はこの場を作る際、日本中の人間から手当たり次第に思い出をかき集めた」

 

 そうだ、なのは達がいるのはミデンが人々から略奪した記憶で作られた場所だ。雲をも越え隆起した天空の渓谷。至るところで色とりどりに耀く結晶が突き出ており、中央には花弁状の巨大な天蓋を有する結晶塔が聳えてる。

 今でこそ煉獄さながらの有り様だが、それはそれは綺麗な所だった。

 

「私も含めて美しい景観を見ていたから誰も気付かなかったが、当然ながら人の思い出の中には怒り、嫉妬、怨み、憎しみ…… そう言った暗い焔を燻らせているモノも決して少ないくはない」

 エールは両手で体を抱きしめながら、唇を噛んでいる。なのはとて、そういった思い出とは無縁ではない。

 人は誰しも痛みを伴う記憶を抱えて生きている。それでも、世界は其れだけじゃないと知っているから、『キラキラな思い出』があるから、前を向いて歩いていける。そうか、ミデンにはそれがないんだ……

 

「君達から奪った思い出の輝きと、彼の根底にあった深い悲しみ。その2つで封じられてきたドス黒い人々の記憶が、どちらの栓も抜かれたことで溢れ出だした。寂しさしか知らなかったミデン君は、抗うことも出来ずにソレに呑まれてしまったのではないかな…… 私はそう考えているよ」

 ウォズの推論を聞いたエールが怪我を押して立ち上がった。

「だったら、ミデンを助けなきゃ!!」

「無理ですエール! そんな体で戦うなんて!? 」

 よろけて倒れそうになる彼女をなのはが抱き止める。

 

「ありがとう、高町さん。でも、ここで諦めたらカッコ悪い。そんなの、()()()()()()()()()()()()()()()()!() だから…… 行かなくちゃ!!」

 

 なのはの両肩に手を添えて、胸から離れたエールは、真っ直ぐなのはの目を見て決意を伝えた。「わたしのなりたい野々はなじゃない」、それは彼女と出会った公園でも聞いたセリフだ。その言葉がなのはに突き刺さる。

 

 思えば、この世界に来てからなのははずっと無力だった。公園でミデンを退けたのも、力を取り戻したプリキュア達で、なのはではない。

 ミデンの攻撃を防ぐことは出来た、動きを止めることも出来た。でも、攻撃は一切通じなかった。ウォズが言うには「ここはプリキュアの世界。この世界の敵にダメージを与えるにはプリキュアの力が必要」らしい。

 それでも、何か出来ることがある筈だと、ここまで来たものの、所詮は足止めが精一杯。今は魔力も使い果たして、見ている事しか出来ないでいる。ユーノ君はわたしとは対照的にキュアテンツァーへと覚醒して、レジェンドプリキュア達と共に戦場に身をおいている。それなのに……

 

 ユーノと出会って、なのはは魔法の力を得た。もう、無力なわたしじゃない。そう思っていた。だが、結局何も変わってはいなかった。プリキュアに変身することさえ出来ない、あの頃と同じ役立たず。それが、惨めで、悔しくて……

 思わずこぼれ落ちた涙をエールの指がすくう。

「高町さん。ううん、なのはちゃん。あなたはいったいどうしたい? 教えて、あなたのなりたい高町なのはを」

 

 わたしのなりたい高町なのは…… 思い出すのは、初めて魔法を使った日のこと。その日は将来について考える授業があって、ハッキリとしたビジョンを持っていた2人の親友とは裏腹に、なのはは明確な未来図を描けずにいた。やりたい事は何かあるのだけれど、それを言葉に出来ないモヤモヤとした感覚。それが、魔導師になってから、朧気だが形を帯びてきた気がしていた。

 

 今こそ、答を出す時だとでも言うのだろうか。しかし、依然として未来のわたしの姿は朧気だ。足りないピースを埋めるため、なのはの意識はさらに過去へと遡る。

 それは、なのはにとってのビギンズナイト。独りの寂しさに、枕を濡らした幼い日の夜。

 父の怪我の原因を誰かに求め、憎むのは簡単だった。だが、相手を呪ったところで起きてしまった事象は覆らない。そう気付いてしまうほど、なのはは年齢に似合わず聡かった…… いや、聡すぎたのだ。

 だから、寝る間も惜しんで考えた。考えに考え抜いてなのはが得た結論は、()()()()()()()。悲劇を引き起こす世界の在り様(ありよう)に問題があるというものであった。これが、なのはの始まり。

 

 まだだ、まだ足りない。今のわたしは何のために魔法を使っているの? ユーノくんを助けるため? 勿論それもある。でも、一番はフェイトちゃんと友達になりたいから。

 それは何故? フェイトちゃんが昔のわたしと同じで,とても寂しそうな瞳をしているから。私はアリサちゃんとすずかちゃんに出会って救われた。だから、友達になって辛いことも嬉しいことも分け合えれば、きっと彼女も笑顔に……

 

 そこまで考えて、なのはの脳内に点在していた()()()()()()()()()()()()が線を結び1つの夢の姿を描き出す。でもそれは、なのは自身から見ても荒唐無稽で、口に出すのは憚られるなと思ったその時であった。「もっと、自分の気持ちに素直になっていいんだ」とおじさんの声が思い起こされる。

 そうだよね。誰に笑われたっていい。わたしが見つけた夢なんだから、ちゃんと認めてあげなくちゃ。ユーノ君も変身した時に言ってたじゃないか「なんとなくだけど、分かるんだ。きっと、なりたい自分こそがプリキュアなんじゃないかな」って。

「わっ、わたしの…… わたしのなりたい高町なのはは…… 」

 最後まで言い切れずに、なのはは言葉に詰まってしまう。

 

「なんでもなれる! なんでもできる! フレフレなのはちゃん! 」

 

 今一つ自信を持てないなのはを、今度はエールが優しく抱きしめる。彼女の応援が、なのはの背中を押した。

 顔を上げたなのはは、今度こそ不条理だらけの世界に向けて、キッパリと言い放つ。そこにはもう恥じらいも迷いも無い。ただ、明日を創る強い意志だけが燃えている。

 

「わたしの夢は、世界をもっと良くしたい、みんな笑顔でいて欲しい。ウォズさんはわたしが未来で魔王になるって言っていたの。だったら、わたしはただの魔王じゃない。()()()()()()()になってみせる。それが、わたしのなりたい高町なのはです!! 」

 

◆◇◆◇

 

 ああ、目頭が熱い。まさか、我が魔王の口から()()()()()()()の言葉が出てくるだなんて。

 なのはが高らかに宣言すると。彼女の体から虹色に煌めく光の粒子が溢れだし、それがブランクマギアウォッチに吸収されていく。

 遠方でハリーが「なっ、なんちゅう量のアスパワワ(明日を創る希望の力)や!! 」と驚愕しているのを魔法で感知する。

 

 光が収まっると、ブランクマギアウォッチは()()()()()()()()()()()()へと変化していた。パールホワイトの本体にパステルピンクの外装。スリットには、ブローチを思わせる金の飾りがついたハート型の結晶体・未来クリスタルと「HUGっとプリキュア」の文字が描かれている。

ジオウ本編とは違い、継承だけでなく本人の覚醒でもマギアウォッチを生み出せるのか……

 ジゲンドライバーにナノハマギアウォッチをセットしたなのはは仮面ウィッチナノハに変身、そして左手でプリキュアマギアウォッチを掲げ、親指でパステルピンクのアタッチメントを回転させた。

❮プリキュア❯

 そして、浮かび上がるのはレジェンドプリキュアの誰とも一致しない少女の顔。私には分かるそれこそ、我が魔王がプリキュアとして覚醒したIFの姿なのだと。

 

「『やりたいこと』と『やるべきこと』が一致する時、世界の声が聞こえるってこういうことだったんだね。おじさん、わたしにもやっと聞こえたよ。変身!! 」

 

 なのはがジゲンドライバーの空いている左側のレールにプリキュアマギアウォッチを取り付け、ドライバーを1回転させると、ベルトからプリキュアの文字を象ったモニュメントが射出される。

❮magic on time 仮面ウィッチナノハ❯

 ナノハの前方にミライクリスタル(ハート型宝石を金で飾り付けたブローチの見た目をしたアスパワワの結晶、なのはの物はミライクリスタル・スカーレットで中央にウィッチーズクレストが刻まれている)が出現し、それが放つ光が集い、アーマーを形作る。アーマーは右手を高くかかげ、左手は腰に、右足をピンと伸ばして、左足を跳ね上げたポーズをとっていた。

 

 アーマーの色はパールホワイトを基調としており、所々に蒼の差し色とフリルの意匠が見られる。スカートを模した腰布の背部には大きなリボンが、胸部には深紅に輝くハート型の宝石が飾付されていた。

 肩アーマーは未来クリスタルをシンボライズしていて、四肢を覆う金色の手甲脚甲は肉弾戦を意識してか堅牢な作りをしている。

❮armor time ハートキラッと プリキュア❯

 アーマーは一度分割され、自動でナノハに装着された。最後にティアラがデザインされた仮面にプリキュアの文字が複眼として張り付き変身は完了だ。

 

 私が予定していたものとは異なるナノハのアーマータイム。より、本家に近い形式になった事への戸惑いはあるが、ここで祝わなければ、ウォズロールプレイヤー失格というもの!!

 

「祝わえ!! 全魔法少女の力を受け継ぎ、次元を超え、過去と未来をしろしめす魔導の覇者。その名も仮面ウィッチナノハ・プリキュアアーマー。まず1つ魔法少女の力を継承した瞬間である!! 」

 

◆◇◆◇

 

「すごいよ! なのはちゃん! メッチャいけてる!! 」

 エールの誉め言葉が少し照れくさい。あんな大言壮語、彼女の応援がなければ吐けなかった。

「ありがとうございます、エール。後はわたしに任せて」

 ミデンは今も苦しんでいる。それにこの姿は長くは保てないと直感が告げていた。だから、出し惜しみはなし。全力全開で終わらせる。ナノハは、マギアウォッチにつているプッシュボタンを押して、ドライバーを1回転させた。

❮finish time プリキュア❯

 

 ナノハの体が炎の様な魔力とアスパワワが融合したオーラに包み込まれた。オーラの色は蒼、このアーマーではリンカーコアを通さずに大気中の魔力を使役できる。だから、自然と魔力は純粋な力の色となる。そう、ジュエルシードと同じ何処までも深い蒼。

 1つ違いがあるのは、ナノハのオーラにはアスパワワが付加されていることだ。オーラの中で七色に輝く燐光が煌めいている。

 

 ナノハは腰を沈ませ、左手を腰元で溜め、右手を下から掬うように前につき出すと、一層強くなったオーラを爆裂させ、地面を蹴って弾丸の如く一直線に飛び立つ。 

 マグマの海を越えて、ミデンの腹部にオーラを集中させた左の拳をめり込ませたナノハは、音よりも速く右腕を振り抜き、彼を猛烈な勢いでブッ飛ばす。すかさず、ナノハは追撃。全オーラを乗せた右の拳をミデンに叩き込み、サマーソルトキックで蹴り上げた。

 ミデンの体内では、ナノハによって直接叩き込まれた莫大なオーラが暴れまわり、プラズマ状なって体外に放出されようとしている。それを、ナノハは両腕をクロスさせて突きだして抑え込む。オーラが臨界点を迎えたその時、ナノハはバッと腕を広げて、両手を高く振り上げた。

❮lyrical explosion❯

 刹那、凄まじい爆発が轟音を響かせ、天を衝くは一条の蒼い光。

 

 噴煙は祓われて頭上には星空が広がり、空から降り注いだ光の粒がひび割れた大地を癒し、草花が生い茂る。

 その中で倒れ伏す、ミデンの元にナノハは変身を解除して走り寄た。レジェンドプリキュア達も、次々に集結。エールも青と黄色の2人のプリキュアに支えられながら、姿をみせた。

「やったんだね、なのは! 」

「素晴らしい、実に素晴らしい!! 常に私の予測を超えていく! ああっ! 流石は我が魔王!! 」

 テンツァーと、何かヤバい顔でトリップしているウォズも、フラフラになっているなのはの側に寄って支えてくれる。

 

 エールがミデンに寄り添い、そっと首輪を撫でる。

「奪われた記憶を取り戻すため。そして、ミデンが前に進むためにみんな力を貸して」

 ウォズ意外の全員の胸元が光り、奇跡を起こす魔法のアイテム・ミラクルライトが出現した。それを、皆でミデンに向ける。

「プリキュア・レリーズ・シャイニングメモリー」

 プリキュア達の記憶が周囲を満たし、人々の思い出によって作られた世界が、淡い光を放ちながら、蛍火のように空へと昇っていく。この光は元の記憶の持ち主へと還えるのだろう。エールがミデンへとかける言葉が、なのはの胸にも染み渡っていく。

「今日あなたと出会ったことも、色々あった辛いことも、きっとまた思い出になる。未来でわたし達に勇気をくれる。そう教えてくれたのは、ミデンあなただよ」

 ミデンは潤んだ瞳から雫をこぼして、エールを見つめている。

「ミデンがみんなの思い出を繋いでくれたから、そう信じられる。ありがとう、ミデン」

 幻想的な情景の中、涙で見送るエールに感謝の言葉を残し、ミデン自身も光の粒となって、風にさらわれるようのに消えていった。

 後に残ったのは一台の古びたカメラ。エールはそれを大事そうに拾い上げて、暖かく抱擁した。

 

 全てが終わったなのは達の前で、突如現れた銀のオーロラが揺らめく。

「どうやら、この世界で私達のすべきことは終わったようだね。何か言い残すことはないかい我が魔王、あのベールをくぐれば別の世界…… 彼女達とはもう会うこともないだろう」

 ウォズの言葉を、なのはは首を振って否定する。

「ウォズさん。そんなこと分からないと思うの。だって、未来は無限の可能性を秘めているから。『なんでもできる! なんでもなれる! 』ですよ」

 なのはの返答にウォズが面食らっている。彼、こんな顔もするんだな。なのははプリキュア達へと向き直った。

「エール、それからプリキュアのみなさん。ありがとうございました」

「こっちこそ、ありがとう。なのはちゃん」

 エールとなのは、二人はどちらともなく手をとって、微笑み合う。後にくるのは「さよなら」ではなく、再会の約束。1つの言葉が2人の口から同時に紡がれた。

 

「またね」

 

 そして、なのは達は沢山のプリキュア達に見送られながら、次の世界へと旅立つのだった。

 

◆◇◆◇

 

「かくして、我が魔王はプリキュアの力を得た。私が用意していたベルカマギアウォッチとフォーミュラマギアウォッチが無駄になってしまったが、まぁ良しとしよう。我が魔王力はどんどん増大している。この私でも推し量れないほどに…… 次なる世界で、我が魔王がどんなレジェンドと出会うのか。次回『私の、最高の魔王』ご期待ください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




かなり変則的な作りでお送りしましたが、いかがだったでしょうか。今回は我が魔王及びユース君の強化回です。

個人的に本話の作りをを覇穹構成と呼んでいます。由来はあの黒歴史アニメですが伝わりますかね?

ユーノ君が変身したキュアテンツァーはバッファー。ペルソナのスキルで例えるとヒートライザやランダマイザ、ハイアナライズ相当の技でサポートします。ただし、周囲に一定値以上のアスパワワが満ちてないと変身できない制限があります。

ちなみにテンツァーはドイツ語で踊り子。某ゲームのせいでバッファー=踊り子のイメージがついてしまった。ドイツ語なのは厨2病だからです。




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