とある花騎士団長の庭園 (とある花騎士団長)
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1.「敏感」と「鋭感」の寝坊助花騎士 ―副団長として―

オジギソウ
花言葉:「敏感」「鋭感」「三枝の礼」等
花騎士を始めるきっかけになった娘。
ウィークリーガチャに毎月1~2回課金する程度なのでお迎えするのにそこそこ苦労しましたが(リセマラはしない主義)、お迎え後は副団長として活躍してくれています。
ホーム画面で聞ける彼女のまったりボイスにはいつも癒されています。特に放置ボイスは必聴。
彼女をこの世に産み落としてくれた親御さんの黒兎先生に最大限の感謝を


遠征任務からの帰途、夜営の準備中に見張りの花騎士たちの悲鳴が響き渡り、作業を中断して声のした方へと向かう。そこにはぐったりと横たわる数名の花騎士と、大きな蜘蛛型害虫の姿があった。

こちらに気付いた害虫が雄叫びをあげ、それだけであたりの木々が吹き飛ぶ。

倒れている少女たちの安否を確認したいところだが、不用意に視線を外そうものなら、次の瞬間に命はないだろう。

「この力……極限指定クラスか!?そんな、どうしてこんなところに……。」

帰路の選定には細心の注意を払った。今回の任務の前に調査団も派遣しているが、これ程の害虫が潜んでいるような痕跡は発見されていない。

幸い、配下の害虫が潜んでいる様子はないが、数的優位があるといっても迂闊に攻めに出れる相手ではない。

「副団長がいてくれたら……」

膠着状態の緊張に耐えきれなくなったのか、そんな声が聞こえてきた。

鋭敏な感覚で非凡な索敵能力を持つオジギソウ。彼女がいれば少なくとも不意を突かれることはなかっただろう。しかし、今彼女には別任務の指揮という大役を任せている。

団員たちに信頼される副団長に成長したことを嬉しく思いつつ、この程度の状況で取り乱し、自分より副団長を頼りにされていることに苦笑する。

オジギソウに自信をもってもらうため、帯同を希望する彼女を押しきっての別任務でこの様では、会わせる顔が無いではないか!

オジギソウの活躍に頼り、戦略に妥協が生まれていたのではないか?反省すべき点はいくつもあるが、次に活かすためにも、先ずはここを生き残らなければならない。

花騎士たちを鼓舞し、数的優位を活かすために散開。戦闘を開始したーー

 

 

 

ズズーン……

防御と回避を最優先とした持久戦の末、その巨体が崩れ落ち、完全に生命活動を停止する。

多数の怪我人を出しはしたが、命に関わる深手を負った者がいないのは幸いだ。

正直な感想としては強敵を討ち取った達成感よりも『運が良かった』という思いの方が強い。

戦った個体には、明らかにこちらの攻撃に対する反応の鈍い箇所があったのだ。その原因と考えられるのが、今の戦闘中に破壊した記憶の無いぐちゃぐちゃに潰れた複数の眼球である。

別の騎士団が極限指定害虫の討伐に動いているという情報は無かったので、他の害虫との縄張り争いに敗れ、眼を失ってから日の浅い個体だったのではないかと思われる。

もしこれで相手が万全の状態だったらと思うとゾッとする。

何にしても、この付近の再調査が必要と判断し、体力に余裕のある者を選抜し、部隊に先行して騎士団本部に調査隊の編成を依頼するように伝える。

縄張り争いに勝った害虫が近くで潜伏している可能性も否定できないため、残った部隊も可能な限り移動を急いだ。

 

 

 

ブロッサムヒルの象徴である知徳の世界花を確認し、市街地までもう少しと迫った頃、緊張の糸が切れてしまったのか、新米の花騎士が数名泣き出してしまった。彼女たちが落ち着くのを待っていると、前方からすごい勢いで何かが突っ込んでくる。何人かの花騎士が自分を庇うように間に立ち……、そして全員が身を引いた。

えっ、ちょっと待って!? 結果、その勢いのまま草原に押し倒される羽目に。衝撃で多少ふらつく頭を持ち上げると、目に涙を溢れさせたオジギソウがガッチリと抱きついていた。

「無事で……良かった、です~……。団長さま~。」

震え声で語る彼女に心配をかけてすまないと謝りつつ、髪を梳くように優しく頭を撫でてやる。

普段の恥ずかしがり屋はどこへいったのか。そうでなくても、あらゆる感覚に敏感なオジギソウとここまで密着する機会はさほど多くない。

そして、この体勢も非常によろしくない。彼女の身体に触れるのは久しぶりで、香ってくる甘い匂いや、押し付けられる胸の柔らかさに理性が反抗期を起こしかけている。しかし、他の花騎士の手前でもあるため何とか抑えつける。

みんなが守ってくれたから心配ないと残った理性を総動員して彼女を引き剥がす。

「ぐすっ……みん、な?」

呆けた表情で辺りを見渡すオジギソウ。視線はすべて自分たちに集まっており、ニヤニヤと笑みを浮かべている者すらいる。しばらくそのまま固まっていたオジギソウだったが、急に顔を真っ赤にして慌て出した。 やっと今置かれている状況を把握したらしい。

「あの……えっと……私、みなさんの前でなんてはしたないことを……。はっ……恥ずかしいです~!」

慌てて立ち上がった彼女は、来たときと同じようにあっという間に視界から消えていった。

「団長様と副団長ってそういう関係だったんですか!?」

「お二人はどこまで進んでるんですか?」

「副団長までライバルだったなんて……。」

オジギソウを見送ったあと、そんな内容を口々に問い詰めてくる花騎士の面々。沈んだ空気が解消されたのは良いが、些か元気になりすぎではないだろうか。この後も花騎士たちからの追求がやむことはなく、帰還報告のために上司の部屋を訪れるまで続くのだった。

上司への報告を済ませた後、辺りはすっかり暗くなっていたが、記憶が鮮度を保っている内に報告書の骨組みだけでもまとめておこうと執務室へ足を向ける。

任務に赴く前に施錠していたことを忘れ何の気なしにドアノブを捻ってしまうが、何の抵抗もなく開く執務室の扉。

その先には、仮眠用のベッドで布団もかけずに眠るオジギソウの姿があった。

 

 

 

普段であれば扉を開く音にも反応するはずの彼女が起きる気配が無いとなると、よほど疲れているのだろう。

だから治まれと無防備な彼女の姿に対して沸き上がる欲望を必死に理性で抑え込む。ここまでくると彼女に試されているのではないかという気さえしてくる。

「すぅ……すぅ……むにゃ……。えへへ~、団長、さま~。」

当のオジギソウは呑気なもので、こちらの葛藤などお構い無しだ。どんな夢を見ているのだろうか。

何とか理性陣営が勝利したところで彼女に毛布をかけてやり、ベッドの側を離れる。

執務机に腰かけると、彼女が先程まで作業していたためだろう。そこには几帳面な文字で書かれた書類が散乱している。作業中に寝落ちしたと思うのだが、果たして彼女はどうやってベッドまで移動したのだろうか?

不思議に思って寝ているオジギソウに目を向けると、枕元に彼女がいつも大事そうに抱いているくまのぬいぐるみが置かれていることに気付いた。―ー心なしか、目があったような気がするのだが(まさかな……)。

考えても仕方のないことなので、自分の作業場所を確保するために散らばった書類をまとめなおし、ペンを手に取った。

 

 

「むにゃ……?このペンを走らせる音は……団長さまの?はっ、団長さま、いつの間にこちらへ!?」

幾許も経たない内に彼女にかけた毛布が床に落ちる音が響いた。可能な限り音は立てずに作業をしていのだが、彼女の眠りを邪魔しないためには場所を変えるべきだったかもしれない。

「私、書きかけの報告書を仕上げようと思って……それから……皆さんの前で団長さまに抱きついてしまったことを思い出してしまって……これはもう寝ちゃうしか~って、何で私団長さまのベッドに!?うぅ……恥ずかしいです~。」

自分のベッドの上でゴロゴロと転がり、恥ずかしさに悶えるオジギソウ。その仕草を可愛らしく思いながらも、夢で呼ばれていた気がするのだが?と質問してみる。

追い打ちをかけるようで申し訳ないが、こちらとしては昼間に突然抱きつかれてからずっと悶々とした気分を味合わされているので、半ば意地悪のつもりだった。

「……へっ?ああ、それはですね~。団長さまが任務の成功を誉めてくれる夢を見ていたからだと思います~。」

しかし、予想に反してハキハキと答えてくれるオジギソウ。もっと慌てふためいたような反応が見れるかと期待したのだが、これは当てがはずれたか。

知らぬ間に自分のベッドに寝ていたという事実が衝撃的過ぎて、他の事象を大したことが無いように感じている。そう思ったのだが……。

「今回の任務で団長さまと会えない日が続くようになって、私……実はちょっと寝不足気味だったんです……。副団長として部隊を指揮する任務。これを成功させたら、団長さまにいっぱい誉めてもらえるって考えてたら、今みたいな夢を何度も見てました。いけませんよね、まだ任務を成功させた訳でも無かったのに……。」

自嘲気味に笑いながらそう語るオジギソウ。しかし、それをしっかりと自覚した上で任務を完璧にこなしているのだから気にすることはない。そう慰めるが、未だに彼女の表情は優れない。

「ありがとうございます、団長さま。でも、私は自分で自分を管理できていた訳じゃ無いんです……。夢の中で団長さまに撫でてもらう時、感触が無いせいですぐに夢だと自覚できてしまって。そこで起きてしまうので……。」

長い睡眠を取ることができずに寝不足になってしまった訳か。確かに、それは彼女にとって良くない。

すべての感覚が鋭いオジギソウは、その分外から受け取る情報量が非常に多い。特訓の成果で最近は少なくなってはいるが、集中の度合いを間違えて急激に大量の情報を受け取ってしまうと脳が余計な情報を遮断するために眠りについてしまう。

だからこそ、交戦の危険が無いとき等はなるべく体力を温存させるように言い渡していたのだが、寝不足では十分な能力を発揮できるはずもない。

「はい……。同行していた花騎士の皆さんにも心配させてしまいました。幸い、遭遇した害虫は大したこと無かったので任務の遂行には問題はなかったんですけど……。」

今にも泣き出しそうな顔で俯くオジギソウ。今回彼女に頼んだ要人の警護任務は、厄介な害虫が出現したという情報もない比較的安全な場所だ。向こうの私兵も出ているし、花騎士の護衛は保険のような立ち位置だった。彼女の実力をもってすれば難なくこなせる任務。だからこそ、不甲斐ない自分が許せないのだろう。

「なので、今回の任務は団長さまに誉めてもらえるようなことは何も……へっ?団長さま!?」

そんな彼女の頭を優しく撫でてやる。

先程任務の報告を行った際、上司の下には彼女に任せた任務の依頼主から手紙が届いていたのだ。その内容はオジギソウと専属契約を結びたいというもので、つまり彼女の能力を高く評価したものだ。(彼女の能力を正当に評価してくれた依頼主に感謝しつつ、内容そのものについては丁重に断った。)

最初は依頼主も寝不足気味のオジギソウに対して体調管理もろくにできないダメな花騎士という認識だったそうだ。しかし、害虫の襲撃を事前に把握したオジギソウの偵察と指揮能力を甚く気に入ったらしい。

以前、敏感すぎる感覚をコントロールしたいと申し出た彼女に付き合った時のことを思い出す。特訓で疲労困憊となり、揺すっても起きなかったオジギソウだが、それでも害虫に追われ、助けを求める声は聞き逃さなかった。

今回遭遇した害虫を大したことが無い相手と語っていたが、地力で勝っていても奇襲を受けて部隊が壊滅することなど珍しくない。例え本調子でなくても、いち早く敵の存在に気付き、味方に適切な指示を出したオジギソウの功績は大きい。

その後、未だに謙遜する彼女を自分の功績だと素直に認めるまでひたすらに撫で続けたのだった。

 

 

 

翌日、目を覚ますと太陽は大分高いところまで登った後のようだ。隣で眠るオジギソウは未だにすやすやと規則的な寝息を繰り返している。昨夜と同じ、いや、それ以上に無防備な彼女の寝姿にむくむくと沸き上がる欲情を感じるものの、任務明けのせっかくの休日をそれだけで終わらせるのはもったいないと考え直し、昼食と兼用になってしまった朝食の支度を整えながらオジギソウの起床を待つことにした。

ただ、起き抜けに昨夜の情事を思い出して赤面する彼女と一悶着あり、結局溜め込んでいたものが一晩で解消される訳もなく、朝食を済ませて一休みした後に昨夜の続きが敢行されたことは言うまでもない。

 




2/16加筆修正
実はこの作品と同時進行で作中のあからさまに飛ばされた部分(ゲームで言うところの寝室)の執筆をしており、そちらで加筆していた部分がそこそこの文章量になってしまったのでこちらに加筆(ついでに細かいところを修正)しました。


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2.「幸せな思い出」の泣き虫花騎士 ―小さな成長を積み重ね―

ネリネ
花言葉:「幸せな思い出」「また会う日を楽しみに」
ロムを2つプレイしている中でただ1人、虹メダル交換などの確定入手手段を使わずに両ロムで入団してくれた虹の娘。
純粋でひたむきに努力する彼女の姿には何度も心を打たれました。ゲームで育てた団長諸兄なら分かると思いますが、入手直後や進化、開花してすぐだと低レアリティと同程度の総合力しかない娘なんですよね。
大器晩成型と言いますか、こういう娘は非常に育て甲斐があって好きです。

※この作品の注意
・本文中やあとがきにおいて、通常衣装ネリネのキャラクエの内容に触れているので、そういうネタバレが気になる人はブラウザバック推奨です。

・前話のオジギソウ団長とはパラレル世界の住人という認識でお願いします。


執務室で書類仕事を片付けていると、窓の外から賑やかな声が聞こえてくる。先日の害虫討伐任務成功を祝した打ち上げが、所属花騎士であるホップ幹事の下で行われているためだ。

彼女が幹事を務める宴会にははずれがない。自分も声はかけてもらっていたのだが、今現在執務机の上に積み上げられている書類の束がそれを許してはくれなかった。

 

 

 

未処理の束が無くなった頃には、外から聞こえてくる喧騒もだいぶ落ち着いてきた。仕事が早めに片付いたら顔を出すと伝えてはいたが、今からというのはさすがに気まずい。

諦めて就寝の支度に取りかかろうと席を立って伸びをしていると、執務室の扉を叩く音が響く。

入室を許可すると、おもむろに現れたのはホップだった。

彼女が幹事を引き受けた宴会を途中で抜け出してきただと!?しかも、いつもは覚束ない足取りも今日は割りとしっかりしている。明日は古代害虫の復活に備えるべきだろうか!?1人でパニックに陥っていると、ホップの後ろからもう1人の花騎士が駆け出してきた。

「うわぁーん。私、悪い子です団長さん…。」

ホップが1人だと勘違いしていたため完全に不意は突かれたが、何とか受け止めることに成功する。

腕の中では、水色のマーメイドドレスに身を包んだ小柄な花騎士、ネリネがひたすら泣きじゃくっていた。心なしか、頬が少し赤みを帯びている気がする。

助けを求めて視線を向けた先で、ホップが手に持っているものの存在に気付き、大方の事情は把握することができた。

「私、ジュースと間違って、お酒飲んじゃいましたー。うぅお顔熱いよぉ…けどけど、ラベルも悪いですよー。なんですか?シードルって…うわぁーん。」

つまりは、そういうことだった。ホップの持つ空瓶には確かに酒という文字は入っているものの、ジュースと言って出されれば疑わずに口をつけてしまいそうだ。

「ごめん団長…。私がもっとちゃんと確認してれば良かったんだけど…。お仕事も邪魔しちゃったよね…?」

ホップがすまなそうに謝罪の言葉を口にするが、たった今片付いたところだから問題ないと執務机を指して応えると、いくらかは安心したようだ。

ちゃんと確認をしなかったネリネにも責任はあるのだからあまり気にするなとホップの頭を撫でてやると、その様子を見ていたネリネが反応した。

「むぅ…団長さん、ホップさんとばかりお話ししててズルいです。私にも構ってくださいよー。それとも、私みたいな悪い子とはもうお話ししてくれないんですか…?」

瞳に涙を溜めているネリネに気付き、慌てて空いてる方の手でドレスとお揃いの綺麗な水色の髪を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めて大人しくなった。

「ひっく、っひひ、だんちょーのところに連れてきたのは正解らったねー。私たちじゃ手がつけらんなくて~。そのままお願いしちゃって良い~?」

いきなり呂律が怪しくなったと思ったら、どこから取り出したのかワインをボトルでグビグビやっていた。

「それじゃ~私はこれで。」

ネリネをそのままに執務室を出て行こうとするホップ。あまりに自然で一瞬そのまま見送りそうになったが、何とか引き留める。酔った女の子を男の部屋に置いていくんじゃない。

「らって~、仕様がないじゃない。まだ片付けも残ってるみたいらし~。」

なおも引き留めようとしていると、服を引っ張られた。視線を下げると、頬を膨らませたネリネが撫でる手が止まったことへの無言の抗議(+涙目)を向けてくる。

言葉に詰まっている隙を突かれ、気付くとホップは既にドアノブに手をかけていた。酔っぱらいのくせに!

「なぁに、襲ったって嫌われたりしないわよ~。ここに来るまでに色々聞いちゃったし~。それとも、そこまで必死に引き留めるってことはだんちょーはそういうのがお好み?」

もはやぐうの音も出ない。ホップはそのまま「冗談よ~。」と言い残して執務室を後にした。

ネリネの方を見ると、元々赤くなっていた顔がさらに赤みを増している。これはホップが聞いたと言う『色々』をぜひ聞いてみたい。

頭を撫でていた手を背中に回し、優しく抱き上げる。抵抗は無いようなので、そのまま寝室に向かうドアの方へ歩き始めた。

 

 

 

いつの間に寝てしまったのだろう。彼女を抱き締めていた温もりが残っていたからか、懐かしい夢を見たものだ。

『自他ともに認める泣き虫の花騎士』それが、この騎士団に来たばかりのネリネだった。害虫と遭遇して、攻撃を捌ききれなくて、自らの無力さを思い知って、ネリネの涙を見ない日はなかった。

自己紹介の時「人魚姫に憧れている」 と語った彼女は、泳ぐことができなかった。初めて彼女の泳ぎの練習に付き合った時など、膝下まで水に浸かっただけで軽いパニックを起こしていたほどだ。

それでも、彼女は立ち止まらなかった。努力をし続けた。

経験も実績も積み、着実に実力をつけていったネリネ。しかし、自分にとっては最初の頃のイメージが強く、どうしたら自分に認めてもらえるのか悩んでいる彼女に、バナナオーシャンでの任務に向かう途中、ある提案をした。

『任務が終わるまで1度も泣かなかったら、泣き虫ではなく、立派な花騎士だと認める』

一時はヒヤリとする場面もあったが、自分が「任務完了」を宣言するまで、彼女は泣かずに任務をやり遂げたのだ。

あの日以降、彼女が任務中に泣くことはめっきり減った。成長を嬉しく思いつつ、少しばかり寂しさもある。

ふとベッドの隣に目を向けると、ネリネの姿は無い。自室に戻ったのかと思ったが、何やら食欲をそそる匂いが漂っており、程なくして可愛らしいイルカのデザインされたエプロンを身に付けたネリネが寝室に入ってきた。

「あっ、おはようございます、団長さん!もう起きたんですか?むぅ、お嫁さんみたいに起こすのもやってみたかったんですけど。」

何やらもったいないことをした気がするが、どうやら先に起きて朝食の支度をしてくれていたようだ。 昨日迷惑をかけたお詫びらしいが、これも最初の頃は包丁を持つ手が危なっかしかったりとヒヤヒヤさせられたものだ。

「えへへ、ご飯の準備はできてますよ!一緒に食べましょう。」

今日もネリネは着実に成長している。これからもずっと頑張り屋な彼女を1番近くで見守っていきたい。満面の笑みを浮かべる彼女に微笑み返しながらそんなことを思うのだった。

 




自分の中で前回のオジギソウ、今回のネリネ、最後にもう1人が別格の存在です(嫁はオジギソウ1人ですが)。そのもう1人がちょっと難産になりそうなのですが、エタらないように少しずつ進めていきたいと思っています。あまりに難航しそうであれば、別キャラを先に書いてしまうのも手ですね。それこそ、今回は脇役止まりだったホップさんとか。
さて、ネリネのキャラクエをクリアした方ならピンときたと思いますが、本文中で触れているバナナオーシャンでの討伐任務はネリネの開花キャラクエで語られている内容になります。
余談になりますが、このクエストクリア後、蜜を大盤振る舞いしつつバナナオーシャンで羽虫害虫の出現するエリアを巡回しまくった団長がいたら同士です。私は軽く友人に引かれました。
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3.「敏感」と「鋭感」の寝坊助花騎士② ―勇気を出して―

オジギソウ(通常衣装)のキャラクタークエストの内容が含まれていますので、ネタバレを気にする方はブラウザーバック推奨です。

計画性皆無で時期を微妙に逸したダイマです。何か前話出したときに他の娘書くとか言ってた気にするけど気にしない。


先日、指揮を任された任務での功績が認められてまとまった休暇を頂けました。せっかくなので実家の両親に会いに行くつもりだったのですが、先手を打つように『お祭りの景品で貰ったけど私たちは行く宛がないから』と、ウィンターローズにオープンしたばかりのレストランのペアチケットが送られてきました。

前回帰省した時、「誰か良い人はいないの?」と聞いてきた母の言葉に思わず真っ赤になってしまったので、気を使ってくれたのかもしれません。ただ、ちゃんと渡せるかな…。

その不安は的中でした。執務室の扉の前に立ったのは、今日だけで何回目でしょう。

扉の向こうの気配を探ってみると、団長さまが羽ペンを走らせる音が聞こえてきます。ヒノキさんやツキトジさんがお昼寝をしていたり、ウサギノオさんやススキさんが遊びに来ている様子もありません。今なら…。

「団長様に用事ですか?オジギソウさん。」

「はわぁっ!?」

中の様子に神経を集中しすぎたせいで、他の人が近付いてくる気配に気付けていませんでした。必要以上に驚いた反応をしてしまい、声をかけてきた相手のナズナさん―見ると、大量の書類を抱えています。も驚いている様子でした。

「あっ、ごめんなさい。驚かせるつもりは…って、オジギソウさん!?」

ナズナさんは何か言いかけてましたが、私は既に全速力でその場を離れていました。うぅ…ナズナさんには次会ったときにちゃんと謝らないといけませんね。あの書類の量ですし、せめて扉を開けてあげるべきでした…。

「はぁ…。」

このため息も、何回目だったでしょうか…。

 

 

 

先ほどの反省も踏まえ自室のベッドに腰掛けながら執務室の様子を伺っていたのですが…。

「忙しそうだな、団長さま…」

辺りはだいぶ暗くなってきたのですが、まだ作業中のようです。ナズナさんが書類を運び込んでいるのも気配でわかりました。

花騎士の皆さんも何人かが執務室を訪れていましたが、団長さまの忙しさに鬼気迫るものを感じたのか、あまり長居する方はいらっしゃらない様子でした。

チケットを両親の元へ送り返すことも考えたのですが、せっかく送ってくれたのに悪いですし。でも、ナズナさんが抱えていた書類の量が思い出されます。でもでも、私だってできるなら団長さまとお食事行きたい……。

「はぁ……。」

堂々巡りになってきたので、ベッドに横になって思考を打ち切ります。

定期的に書類を運んでいたナズナさんも、既に自室に戻ったみたいです。

愛用の枕を持って、身嗜みを整えて、お気に入りのクマのぬいぐるみを……あれ?

いつからそこにあったのか、鏡に映る私が首を傾げるとその弾みで頭の上から落ちたクマのぬいぐるみが私の腕の中に収まりました。しばらく見つめ合っていると、不思議と励まされている気がしてきます。

「取り敢えず、団長さまにお話はしないとですよね~。」

私は自室を後にしました。

 

 

 

ポケットの中にチケットが入っているのを確かめてから念入りに深呼吸。今度は周りに他の人の気配がないことも確認済みです。ノックをするべく腕を上げると…扉を叩くはずの手が空を切り、前のめりになった私の身体は、次の瞬間には団長さまの腕の中にいました。

「ふぇ!?」

突然のことに思考がついていきません。それは団長さまも同じの様子で、私を抱き締めた体勢のまま固まっています。

どうやら、今度は周りに気を取られた分、中への注意が疎かになってしまったみたいです。うぅ…団長さまが絡むと意識の配分がうまくいきません…。

でも、今はそんなことよりもこの体勢は…。

「ご、ごめんなさい~!」

停止していた思考が、驚きと恥ずかしさで一気に沸騰して、団長さまを振り切って逃げ出そうとしました。でも、慌てすぎて足はもつれ、私はその勢いのまま床に倒れ込んでしまいました。

「痛い、痛いよぉ……。」

敏感すぎる私の身体には強すぎる衝撃。痛みで起き上がることもできず、幼い子供のようにグズる私を、団長さまは執務室のソファーに寝かせて簡単な手当をしてくれました。

 

 

 

恥ずかしさで合わせる顔もありません。ただでさえ忙しい団長さまの貴重な時間を頂いているのに、仕事の邪魔をしただけでなく、子供のように泣きじゃくった挙げ句、手当までしてもらうなんて…。

かけてもらった毛布を頭まで被り、ここへ来た目的も忘れてへこんでいると、団長さまが毛布越しに私の頭を撫でながらクスクスと忍び笑いを浮かべている声が聞こえてきます。

「ああ、すまない。バカにしてるわけじゃないんだ。オジギソウが騎士団に来てすぐの頃を思い出していた。『痛みに慣れるための特訓』だったかな。あの時は扉に激突してたけど。そう言えば、あの日は何か言いかけていたような…。」

相変わらず毛布を被ったままの私に構わず、団長さまは懐かしそうに話し続けます。その内容には、私にも覚えがありました。

痛みに慣れるためというのは建前で、本当は恥ずかしがって満足に自分の気持ちも伝えられない自分を変えたくて、団長さまに無理を言って抱き締めてもらったこと。結局、あの日は1番伝えたかった言葉も伝えることはできませんでした。

このままだと、私はあの日から何も変わっていません。

「あっあの、団長さま!」

私が身を起こすと、団長さまは私の様子を察して話を聞く体勢をとってくれます。

あの日伝えようとしたことに比べれば、なんてこともない言葉。そう思うとすんなりと言葉は出てきました。チケットを取り出しつつ、

「これなんですけど、私と一緒に行きませんか?」

団長さまの忙しさを考えればダメで元々。この一言の為に、私はなぜこんなに悩んでいたんでしょうか。あまり期待せずに団長さまの返事を待っていると。

「この仕事は後に回しても問題ない。これも明日頑張ればどうにか…。少し日程の調整が必要だが、あの相手先であれば…。」

団長さまはチケットを凝視したまま何やら難しい顔でぶつぶつと呟き始めました。

「あの、団長さま?」

「ん?あぁ、せっかくのお誘いだし、ぜひ一緒に行かせて欲しい。」

「へ?」

あっさりと団長さまの了承を頂けました。でも、嬉しさよりも疑問が先に来ます。

「えっ…でも、私の方から誘っておいてあれですけど、お仕事は…」

未だに執務机の上で山積みになっている書類に視線を向けながらその疑問を口にしました。すると、

「元々オジギソウと休みを過ごせるように、ナズナに無理を言って仕事を前倒ししていたんだよ。仕事の目処が付いたら、こちらから誘うつもりだったが、先を越されてしまったな。さすがにウィンターローズ行きは想定していなかったから、明日からというのは無理だが、明後日までにはどうにかできそうだ」

事も無げに言い切りました。ここでまた思考が一時停止。照れくさそうに苦笑を浮かべている姿を見ているにつれて、徐々に言葉の意味が理解できてきます。

「団長さま、すっごく、嬉しいです~!」

今度は自分の意志で抱き付く私を、団長さまがしっかりと受け止めてくれます。

ここでふと、自分から抱き付くところまであの日と同じ状況だと言うことに気付きました。伝えられなかった言葉。今なら、言えるでしょうか?

「団長さま…。わ、私…、」

あの日と同じ、ううん、あの日以上にドキドキと自分の心臓の音が大きく聞こえます。だって、今の私はあの時以上に…。見上げる視線の先には、同じく目を逸らさずに私のことを見つめてくれている優しげな瞳。

「私、団長さまのことが…大好き、です~!」

やっと、言えました。でも、そこが限界でした。

考えてみれば、一日中団長さまの様子を観察していたせいで、日課のお昼寝もほとんどしていません。極度の緊張からの達成感がトドメとなって、私の意識は団長さまからの返事を聞くことなく微睡みに沈みました。

 

 

 

翌日目を覚ますと、自室のベッドではないところで目覚めたことにまず驚きました。その後、ここが団長さまの寝室であることに気付き、昨日のことを反芻して一通り赤面した後、今度は全部夢だったのでは無いかという不安に駆られます。

実際に私はこうして団長さまのベッドで寝ていたわけですから、全てが夢ということはさすがに…。

でも、もしかしたら団長さまを振りきろうとして転んだ先から全部……。

嫌な考えばかりが浮かんでしまい、不安で泣きそうになります。

団長さまは既に起きて仕事を進めているようで、寝室から執務室に続く扉の先からは紙同士が擦れる音やペンを走らせる音が聞こえてきます。しかし、あの量なら約束なんて無くても早めに片付けたくなるので、何の判断材料にもなりません。

結局、中々起き出してこないことを心配した団長さまが涙目で寝室内をウロウロしている私を見つけ、昨日の出来事が夢ではないことを聞かされることになるのでした。

次こそ、次こそは団長さまからの返事を頂くまで意識を保ってみせます!

目標を新たに、一先ずは明日のデートを気兼ね無く楽しむために、大量に積まれた書類を2人で片付けていきます。

団長さまにはせっかくの休みなのに申し訳ないと謝られましたが、昨夜に邪魔をしてしまった分を取り返さないといけませんし、何より副団長という立場で書類仕事を片付けていれば、堂々と他の花騎士さんの前でも団長さまと一緒にいられるのでまったく苦になりません。

2人で作業をしたおかげで、昼頃には仕事を片付けることができました。なので、明日に備えてこれから揃ってお昼寝です。

デート、楽しみだな~。

 

 




本当はデート当日まで描くつもりが、導入部だけで先に挙げた2作品の2倍に迫る長さになってしまったので切りました。とはいえ、個人的にはこの話はここで終了というのもありかなとは思っています。無いとは思いますが、希望等が出れば追記という形でデート本編もアップしたいと思います(そもそも書き上げられるのか)。

2/16 タイトルを微修正


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4.「私を信じて」ほしい「無邪気」な花騎士 ―イタズラの裏の本音―

ディアスキア
花言葉:「無邪気」「私を信じて」「私を許して」等
副団長に置いてる嫁枠とはまた違うんだけど、幸せになってもらいたい。こういう娘見てると思う。



「ボクが新しく団長さんの奥さんになった、ディアスキアだよ~。ボクのこと、末永く幸せにしてね?なーんて、まだ結婚してませんでした~。

あははっ♪奥さんじゃないけど、楽しくやっていけたらいいな! よろしくね。」

今日からお世話になる騎士団の団長さんに自己紹介を済ませると、一瞬驚いたような表情を浮かべていたけど、温かく迎え入れてくれた。

怒られることを想像していたんだけど、見た目の通り優しそうな人だな~。ボクが団長さんに抱いた第一印象は『頼り無さそうだけど優しい人』だった。

あれから随分経つけど、『優しい人』って評価は今でも変わらない。

「見て見て団長~。団長さんの服にお花の刺繍してみたの!結構上手にできてるでしょ?んー、やっぱダメ?ごめん、ごめんって、許して~。」

「団長さん、喉渇いたでしょ?お茶どうぞ!え!?やだな~、変なものは入ってないよ?団長さんが元気になる成分だけだから。信じて♪」

多少のイタズラなら許してね、とはお願いしたけど、ちょっと簡単に信じすぎじゃないかな…。

団長さんがボクたちのためにたくさん努力をしてくれているのは知ってる。訓練とはいえ、世界花の加護があるボクたちでも油断してると1本取られることもあるし、作戦に参加する花騎士が怪我をしないように夜遅くまで作戦の見直しは当たり前。だから、みんなも団長さんの指示に命を預けられる。

団長さんがみんなに優しいところも良いなって思うけど、自分を特別に見てほしいとも思ってしまう。大抵のイタズラなら笑って許してくれる。こんなボクのことを真面目だなんて言ってくれるし、信じてくれる。団長さんのことが好きなんだって時間するのに、そんなに時間はかからなかった。

死なせたくない。お父さんたちと同じにはさせたくないと強く思う。

 

 

 

「ここの防衛ラインはもうダメだ。動ける者は市民の避難を最優先に!」

切羽詰まったような男性の声が周囲に響く。害虫の猛攻に少しずつ押し込まれ、すぐ後ろには民家が迫っている。そんな中、遂に何匹かの害虫が防衛ラインを突破し始めていた。

慌てて武器を手に取ろうとして、自分の姿を見下ろしたところでそれが無駄なことに気付く。

花騎士として戦線に加わりたくても、相棒である双剣はここにはない。そもそも、今のボクは非力な『あの時』の姿なのだ。武器なんて持ったところで何もできはしない。

無力感に俯く視界の外では、先程声を上げた男性と1人の花騎士が群のボスらしい大型の害虫を相手取っている。身の丈の何倍もある大型害虫をたった2人で追い詰めていく。しかし、形勢不利を悟ったボス害虫は市街地を襲っていた部下の小型害虫を呼び戻した。

「お父さん!お母さん!」

これから起こることは何度も見たから知っている。無駄と分かっていても、精一杯の大声で両親に呼び掛ける。

ボクはこの光景を直接見ていたわけじゃない。当時のボクは両親の帰りを信じて待っているしかなかった。

2人がほとんどの害虫を引き付けてくれたおかげで戦力が手薄になった市街地の害虫を討伐。救援にきた部隊と挟み撃ちで残りの害虫も殲滅したそうだ。でも、両親の救助は間に合わなかった。

ボス害虫は散々手こずらされた腹いせに両親の亡骸に八つ当たりしたらしく、その状態は相当酷いものだったようで、まだ幼かったボクに見せれるものではないと判断された。

最後に見たのは、任務に出発させまいと抱きつき、泣きじゃくるボクを必死にあやす困り顔だ。

ボクは両親と親交のあった2人の花騎士に引き取られ、ボク自身もママたちやお母さんと同じ花騎士になった。

「嫌な夢見ちゃったな…」

パジャマが汗で貼り付いて気持ち悪い。まだ朝までかなり時間があるけど、このまま寝直す気分にはなれそうにない。

 

 

 

花騎士としての正装に身を包み、寝静まった城内を進む。目的地である訓練場には、もちろん人の姿はない。

双剣を片方ずつ抜いて納めてを繰り返したり、そのまま切りつける動作を加えたりと入念に身体を暖める。後は最後の仕上げだ。

完全に両手に馴染んだ双剣を抜き放ち、打ち込み練習用のカカシを前に軽く深呼吸。一息に距離を詰めてすれ違いざまに一閃。返す刀で回転を加えた切り上げ、更に両手の剣を交差させて落下の力を上乗せした止めの一撃。『セイントクロス』花騎士として磨き上げたボクの得意技。

「ふぅ……。」

八つ当たりの様なものかもしれないけど、こうして身体を動かしていれば多少はスッキリする。

後何発か打ち込めば……。

「ディアスキアか?こんな時間の訓練は危ないぞ?」

「えっ…団長、さん?」

次の一撃を繰り出そうとしたところに声をかけられ、危うくつんのめるところだった。

抗議の視線を送るけど、団長さんはすまなそうに頭を掻きながらも「危ないものは危ないぞ」と先程と同じ事を繰り返す。

見つかったのは計算外だったけど、見つかったのは団長さんだし、せっかくだから憂さ晴らしに協力してもらおう。

正直、普段はイタズラを仕掛ける側だから、不意を突かれたのがちょっと悔しい。

「もう、団長さん。いつから覗いてたのかな~?ボクの衣装のスカートってこんなだし、最後の捲れ方とか結構際どかったんじゃない?中見えたりしちゃった?」

こんな暗がりの中でスカートが捲れたところで、しかも花騎士の全力の動きの中で見えるはずない。そんなこと、ちょっと考えればわかるのに団長さんは面白いように慌て始めた。

「恥ずかしいけど、大好きな団長さんになら、良いよ?」

スカートの裾を持ち上げギリギリのところまで持ち上げる。先程とは違いさすがにこの距離からだとこれ以上持ち上げれば見えてしまう。

団長さんが手で顔を覆ったタイミングで、素早く懐に入り込み、そのまま抱きつく。

してやったりという顔で団長さんの顔を見上げる。困惑半分といった顔を見てこれで満足、と思ったんだけど…。

突然団長さんの表情が困惑から驚愕へと変わる。

「え!?」

気付くとボクの瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。団長さんが心配そうに声をかけてくれるけど、ボク自身がなんでこんなことになってるのか分からない。

「どこにも、行かないで……。」

自然と口から出た言葉に、団長さんが先に状況を理解したみたいで、必死にしがみつくボクを優しく抱き締めてくれた。

気持ちが落ち着いて行くにつれて、 夢の中の自分と重なってしまったんだと気づく。状況なんてまったく違うはずなのに、抱きついて見上げた団長さんの顔が、任務に出発しようとするお父さんと重なって見えたんだとはっきり自覚する。

本当に恥ずかしいったらない。さっきからボク、ただの情緒不安定じゃないか!

これ以上晒すような恥も残ってないし、理性の限界を言外に訴える団長さんの反応を確認したところで、お礼も兼ねてボクを差し出すことにする。

 

 




正直、出来には納得してないけどこれ以上投稿ペースが開くとエタりそうだったので投稿。

書きかけも貯まってきてるし、できれば投稿ペース上げていきたいけど仕事が……。

両親のこととかまだ明かされてない部分も多く、大分秋桜で補ってるので出来にイマイチ納得がいかない。開花来たら絶対リベンジしたい娘。

2/16 タイトルを微修正


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5.「優雅」と「幼心」の腹ペコ花騎士 ―○○の味は―

コデマリ
花言葉「優雅」「幼心」「優しい心」等
団長になって間もない頃、ピックアップの22連報酬目当てで回したらまさかの武器穴&スキルレベル全解放した娘なので、虹で戦力が整うまでの主力として長らくお世話になりました。
そんな彼女に感謝を込めて



バレンタインの活気に包まれた商店街を小柄な花騎士と歩く。

先日まではチョコレートの在庫確保を急ぐ商隊が依頼してくる護衛やら貿易路の害虫討伐などの任務で忙しくしていたが、当日ともなれば手作り用のチョコレートを買い求める客も少なく、在庫を捌くのに必死でこれといった依頼はない。ウィンターローズで開催されるお祭りに何名か派遣要請が出ていたが、それ以外は自分達のように人通りの多い箇所を巡回して回るくらいだ。

「この時期はあちこちからチョコの香りが漂って来ますね団長様。」

何の気なしに歩いていると隣を歩く花騎士、コデマリが機嫌良さげに語りかけてきた。水色の髪をツインテールにしたその愛くるしい出で立ちは、小柄な身長と相まって年齢を幼く見せている。その手にはいつの間にかチョコレートをたっぷり使った焼き菓子が握られている。

自分も気を抜いていたとは言え、仮にも巡回任務の途中なので本来はあまり誉められたことではないのだが、彼女の場合は事情が特殊なので多少は許容することにしている。

食べたもののほとんどを魔力に変換する特異体質で、まだ赤ん坊だった時にひもじい思いを味わったのが原因らしい。満腹時は極限指定クラスの害虫ですら圧倒するほどの頼りになる存在なのだが、花騎士としての力を発揮し続けるにはあまりに燃費が悪いらしく、手持ちの食糧が切れてしまうと途端に弱気になってしまい、自分で食べ物を摂取することさえ危うくなってしまうほどだ。騎士団本部内でも油断していると食糧を切らして餓死寸前の彼女が目撃されるせいで、食糧を持ち歩くのが習慣化してしまった。

 

 

 

「もぐもぐ…んぐっ…あっ!これは初めて食べる味ですね。とっても美味しいです!このお菓子を売ってたお店は…よし、次の休日にでも行ってみましょう。団長さんも一緒に行きませんか?」

期待の眼差しを送ってきているコデマリには悪いが、その申し出は断らざるを得ない。甘いものが嫌いという訳ではないが、しばらくチョコレートは口にしたくないのが本音だ。

「そうですか…。」

だが、想像以上に落ち込んでいるコデマリを見て、ヨーテホルクに新しくできたカフェではどうかと代替案を出す。

「えっ、良いんですか!?近い内に行きたいとは思っていたんですが、団長様から誘ってもらえるなんて。」

提案は受け入れてもらえたようなので一安心だ。

しかし食べる量に関しては今さらだが、よく飽きないものだと思う。

コデマリはここ数日、同僚の花騎士が食べきれなくなった試作品のチョコレートを大量に譲り受けていたはずだ。それを平らげてなお、今日もこうして大量のチョコレートを食べ続けている上に次の休日まで食べに行こうとしていたとは恐れ入る。

 

 

彼女は手当たり次第に露店に立ち寄り、気に入ったチョコレートやお菓子を購入していった。巡回と言っても、付近の害虫は商隊からの依頼でほとんどが討伐されているので、その後も何事もなく時は過ぎていった。商店街を行き交う人の姿も疎らになってきており、在庫を捌き切った商人たちも店仕舞いを始めたので、こちらも報告を終えて帰途につく。

その途中、今日は自分との巡回任務で良かったのか?と彼女に問いかける。

当の本人は首を傾げているが、ウィンターローズの任務に彼女が志願しなかったのは正直に言って意外だった。

国が絡んで開催しているお祭りとなれば、こちらとは比較にならない規模だろう。そちらに参加した方が楽しめたのではないか?と。

「はぁ……。」

しかし、返ってきたのは盛大なため息だった。

「こっちの方が良いに決まってるじゃないですか。何たって団長様と一緒なんですから!この任務、1日団長様を独り占めできるからって行きたがる人多かったんですよ?」

そう言うや否や、正面から抱きついてきた彼女に唇を奪われる。仄かな苦味と甘さが口の中に広がる。

「本当は団長様に渡すはずだったチョコレートを我慢できずに食べてしまったので、ここで売ってるものを渡すつもりだったんですけど、団長様、チョコはもういらないみたいですね?」

店の誘いを断ったときに必要以上に落ち込んでいると思ったらそう言うことか。

「何も渡さないと言うわけにはいきませんし……。ですから、その…代わりに、わた、私を食べませんか!?」

……彼女は今何と言っただろうか?あまりに衝撃的な展開に思考が停止する。だが、彼女の言葉を頭が理解する前に反射的に身体が周囲を警戒する。今の発言、彼女の見た目的に誰かに聞かれていれば憲兵に通報が行きかねない。

幸い、誰かに聞かれた様子は無さそうだが…、

「やっぱりこの身体でこんなこと言われても魅力なんて感じませんよね…。私的には結構勇気を出したつもりだったんですけど…。」

こちらからの返答がないことに不安を感じたのか、しばらく食べ物を口にしていないコデマリがネガティブ思考を起こしかけていることも合わさってあらゆる意味で不味い。

 

 

 

この後、自力で動くこともできなくなったコデマリを抱えつつ持ち歩いていた予備の食糧を与え、誤解を解いた後に彼女を美味しく頂いたのは言うまでもない。

余談だが、姿こそ見られなかったもののコデマリの発言を聞いた者は複数人いたようで、しばらく憲兵による不審者への注意喚起がされたとか……。

 

 

 




何とかバレンタインに間に合った……。
相変わらず団長視点にするとメインのはずの花騎士の影が薄いような……。

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6.「夢でもあなたを想う」甘っ子花騎士 ―現実の幸せ―

ウサギゴケ
花言葉:「夢でもあなたを想う」
今回のカムバックチケットのおこぼれでお迎えできた子。
お花の子たちは全員成人しているとのことですが、成人とはいったい……。運営の表現の限界に対するチャレンジ精神を感じる。


「……それでは、今こちらにお連れしますね。」

事務的な会話をそう締めくくると、ナズナが執務室を後にする。

今日は我が騎士団に新人の花騎士が配属される日だ。先日騎士学校を卒業したばかりとのことで、手元には彼女の学生時代の成績などをまとめた書類が並べられている。

何の気なしに書類を捲っているナズナが小柄な少女を引き連れて戻ってきた。視線を向けると彼女の方も自分を見上げていたようで視線が重なった。

ウサギを思わせる耳付きのポンチョを被り、新雪を思わせる真っ白な髪はツインテールにまとめられている。

「……優しそうな人。あの花騎士さんと同じ雰囲気がするの。」

ジッとこちらを観察していた少女から唐突に言葉が発せられた。その意味を計りかねていると、慌てたように言葉が続いた。

「あっ、何でもないの!ウーちゃんの名前はウサギゴケなの。団長の役に立てるようにがんばるから、この子と一緒にお願いしますなの。」

その少女、ウサギゴケの言う『この子』というのは右手にはめられているウサギのパペットのことだ。一見分かりにくいが耳の部分が刃物になっており、害虫の装甲をも貫く武器でもある。深々と頭を下げる彼女にこちらこそと応じて、宿舎の案内はナズナに任せることにした。

 

 

「とぅ、なの!」

ウサギゴケが最後まで抵抗していた大型の害虫に止めを刺し、その体がチリとなって消える。

「やったうさ!う~さ♪う~さ♪」

「えへへ、やったね!」

「やったし…これで、いい夢、見れそう…zzZZ」

お互いの健闘を称えあっている花騎士たちを見て安堵の息を漏らし、抜き身になっていた自身の剣を鞘に納める。ツキトジはウサギゴケが止めを刺したのを確認すると寝てしまったようなのでいつものように自分が背負う格好になった。

彼女も騎士団に慣れてきた頃だと思い、普段一緒にいることが多いウサギノオやススキ、ツキトジたちと初陣を組んだのだが、戦闘中でもマイペースなメンバー揃いで正直不安もあった。しかし、さすがのイタズラコンビも初任務の彼女に配慮したのか(移動中を除けば)真面目に取り組んでくれ、こうして無事に害虫の群れを討伐することができた。ウサギゴケもいつ寝落ちするか分からないツキトジを気にかけつつ、突っ込みがちな2人の死角を的確に補う立ち回りを見せていた。さすがに先輩相手に指示を出すようなことはなかったが、このまま経験を積めば指揮官の才能があるのかもしれない。

「ウーちゃん、こういうのは得意なの。みんなの役に立ててウーちゃんとっても嬉しいの!」

そう語る彼女の頭を撫でてやると満面の笑みを浮かべていた。帰り道は起きる気配のないツキトジを背負いつつイタズラを仕掛けてくるウサギノオとススキを捌いてと忙しかったのだが、予想以上の成果に揚々と宿舎への道を歩くのだった。

 

 

その日の夜中、任務の報告書をまとめていると、執務室の扉を叩く音が響いた。

「団長、今大丈夫なの?」

僅かに開いた隙間から遠慮がちに顔を出したのはウサギゴケだった。心なしか、自分の姿を確認してほっとしたような雰囲気がある。時間を確認するとそろそろ日付も変わろうかという頃で、本来なら部屋に戻って休むように促すところなのだが、そんな様子が気にかかり迎え入れることにした。

飲み物でも用意しようと席を立ったのだが、入室の許可をもらった瞬間、ウサギゴケはそのまま自分の胸に飛び込んできた。慌てて抱き止めると、その身体が震えている。

初任務で恐怖により身体が動かなくなる新人の花騎士は多いのだが、彼女の場合はそれが遅れてきたのかもしれない。まだ戦場に出すには早かったかと思い、謝罪の言葉を述べるとウサギゴケは抱きついた体勢のままで頭を左右に振って否定する。

「花騎士さんが死んじゃった日の夢を見たの…。」

消え入りそうな声の返答。最初の自己紹介の時にも言っていた花騎士のことかと訪ねると、今度は頷きが返ってくる。

「泥棒さんをしてたウーちゃんにも優しくしてくれて、何かあったら騎士学校を頼れって言ってくれたのもその花騎士さんなの。」

貧しい地域で生まれ育ったウサギゴケは、盗みや時には人を脅して日銭を稼いでいたことを以前に話してくれていた。まだ幼かった彼女は失敗することも多く、辛いことがあった時は幸せな夢を見て紛らわしていた、と。

「幸せなことは夢の中にしか無いんだって、ウーちゃん思ってたの。でも、その花騎士さんが現実でも楽しいこと、嬉しいことはあるんだって教えてくれたの。」

「花騎士さんが死んじゃってから言われた通りに騎士学校を頼ったら団長にも会えたの。でも、あの人みたいに優しい団長を見てると不安になることがあるの。いつか団長もあの人みたいにって…。」

そんなことにはならないと彼女に言ってやることはできるが、立場上それが難しいことは自分でも良く分かっているつもりだ。極力自分も含めて誰も傷付かないで済むような作戦を心がけているつもりだが。

「今日の任務、ウーちゃんの役目は団長がやるつもりだったの?」

疑問系ではあるものの、ウサギゴケが確信を持って質問していることが伺える。どうやらお見通しのようだ。今回は偶々ウサギゴケがその役目を担ってくれたが、あの2人の行動は読めていたので、自分がフォローするつもりでいた。

「世界花の加護もないのにそんなことしたら危ないの。団長は安全なところでウーちゃんたちに指示だけ出してくれれば良いの!」

しかし、と応じそうになったのだが、ウサギゴケはより強くしがみつき、悲痛な表情で見上げてくる。

「ウーちゃん、今とっても幸せなの。優しい団長に出会えて、花騎士の仲間もたくさんできたの。あの花騎士さんが言ってたみたいに、楽しいことや嬉しいことが夢の中以外にもあるって信じれそうなくらいなの。でも…。」

嗚咽混じりに語る彼女が少しでも安心できるように抱きしめてやる。

「ぐすっ…。やっぱり団長は優しすぎるの。今だってお仕事の途中だったのに…。ごめんなさい、なの…。」

気にする必要は無いと頭を撫でてやると、少しずつウサギゴケの震えが収まっていくのを感じる。

「団長は、ぜったい…害虫なんかに殺させないの…。そのためにも、ウーちゃん…もっと、強く……すぅ…、すぅ…。」

やがて完全に落ち着いた頃には静かな寝息が聞こえてきた。この騎士団にいることが幸せだと言ってくれた少女がもう2度と悲しい思いをしなくて良いように、これからの任務はより慎重に臨まなければならない。穏やかな表情で眠るウサギゴケを見つめながら、気持ちを新たにしたのだった。

 

 

 

「まったく、騎士団長ともあろう者が何をしているんですか!最初に入室したのが私だったから良かったものを…。ウサギゴケさんもウサギゴケさんですよ?」

「……面目ない。」

「ごめんなさいなの…。」

翌朝、ウサギゴケと共に正座でナズナのお説教を受けることとなった。

完全に寝入ったウサギゴケはしっかりと抱きついたまま離れてくれず、起こすのも忍びなかったため苦肉の策で彼女を抱いたままソファーに毛布を敷いて横になったのだが、朝一で報告書の進捗状況を確認しに来たナズナに発見されてしまったのだ。間一髪ウサギゴケが起きて事情を説明してくれなければ今頃憲兵に引き渡されていたことだろう。

ただ、夜中に執務室に向かって歩いていくウサギゴケの姿は何名かの花騎士に目撃されており、その後自室に戻らなかったこともあってしばらくは恰好の噂の種となったのだった。

 




実はGoogle Play版とDMM games版を同じ名前でプレイしているので、もう1方でお迎えできた子の話も近い内に書きたいですね。

ああ、筆が遅いとこうして描きたい子ばかり増えていく…。


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7.「自由な心」の気まぐれ花騎士―素直な気持ちで―

エノテラ
花言葉「自由な心」「奥深い愛情」など

普段気に入る子たちとはまったく別タイプの子で、自分でもびっくりしてる。初登場からずっとベスト3入りしてるのも納得の可愛さですね。




「遅かったですね、団長。エノテラは構ってもらえなくて寂しかったのですよ。」

無駄に長いだけの会議を終えて日の暮れた執務室に戻ると、花騎士の少女に出迎えられた。

花騎士としての衣装ではなくラフな格好に身を包んでおり、普段は胸元辺りで結わえている淡いピンク色の髪も今は下ろされている。

潤んだ瞳に赤く染まった頬、それに加えて先程の言葉である。あまりの愛らしさに会議の疲れも忘れて抱き締めかけたが、執務机の上の惨状で現実に引き戻された。転がっているのはワインの空き瓶。

「エノテラは団長がいなくて寂しかったのですよ。だから悪いのは早く帰ってこない団長の方です。」

無言で視線を彼女に戻すが、特に悪びれた様子もない。これ以上叱っても効果は薄い上、やるべき仕事も溜まっているのでそのまま執務机の片付けを始めるのだった。

 

 

 

「ムカムカ、ムカムカ、団長はエノテラを無視するつもりなのですか?せっかく帰って来たのですから団長はそんなの後回しにしてエノテラに構うべきです。」

彼女を無視して仕事を始めたのが気に入らないらしく、背中に覆い被さったエノテラがそんなことを言ってくる。薄い生地越しにアルコールで高まった彼女の体温が感じられ、背中に触れる柔らかな感触に集中が妨げられる。そのため、大量に積まれた書類へと視線を移すことで無理やり彼女からの誘惑をかわす必要があった。

しばらくの攻防の後、エノテラが急に静かになった。その視線は広げられた書類を恨めしそうに凝視しているようだ。こちらの意志が固いとみて諦めたのだろうか?

「団長、これが終わったらイチャイチャのフルコースを所望します。エノテラを雇うのは高いですよ。」

完全に黙りきってしまった彼女への埋め合わせをどうするか考えていると、不意にそんなことを呟くエノテラ。こちらが返事を返す間もなく、次の瞬間には空いている席に陣取り、恐ろしい速度で書類の束を処理し始めた。

普段は簡単な報告書ですら丸投げしてくる彼女の意外な姿に驚きを隠せない。

「手が止まってますよ?団長。エノテラの気が変わらない内に片付けてしまうことをオススメします。それとも…」

言い切る前に慌ててこちらも作業を再開する。彼女のことだ、そのまま言い切らせてしまえば本当に気分が変わってしまいかねない。

少し残念そうな雰囲気を感じたが、その後は文句を言うこともなく作業に集中することにしたようで、紙にペンを走らせる音だけが室内に響く。

 

 

 

騎士団に配属される前、エノテラはある傭兵団に所属していた。そこのリーダーがかなりの自由主義だったようで、その影響を受けた彼女の価値観もかなり独特だ。特に命令や規則に縛られることを好まず、上司や同僚の花騎士と揉め事を起こすのも珍しくない。「自由な心」の花言葉が示すように何ものにも捕らわれない。それがエノテラという花騎士だ。

(主に自分が)書いた始末書の数も数知れないが、それでも彼女も大切な騎士団の一員だ。傭兵仕込みの戦闘力は頼りになるし「テキトーにバックレる予定」と最初に語っていたものの、彼女なりにこの騎士団を気に入ってくれているようで、入団当初より仲間の花騎士たちと一緒に過ごしているところを見る機会も増えている。

 

 

 

「エノテラはたくさん頑張りました。まさか戦い以外のことでも頑張ることになるとは思いませんでしたが…。ふふっ、団長のためだと思えば不快ではありませんね。」

徹夜を覚悟していた仕事だったが、エノテラのおかげで大分余裕を持って終わらせることができた。そのエノテラはというと、今日は『とことん甘えたいエノテラ』とのことで、書類が片付いた瞬間には座るこちらの膝に腰掛けていた。

言外の要求通りに頭を撫でてやると満足そうに目を細めるエノテラ。

「団長とイチャイチャできる時間を削ってまで仕事を手伝ったんですから、対価はきっちり払ってくださいね。」

そう念押しすると、そのまま力を抜いて体を預けてくる。今日のところはこちらにすべてお任せということらしい。

当然、今日の仕事の対価なのでこちらに否やはない。普段よりも優しく丁寧に肌を合わせ、時折視線の求めに応じて口付けを落とす。ゆっくり時間をかけて身体中に火照りを広げたところで、より彼女を甘やかすべく寝室を目指すのだった。

 

 

 

十分に余裕を持って仕事を片付けたはずだったのだが、エノテラとの夜が燃え上がり過ぎたせいでほとんど寝ていない。それは彼女も同じはずなのだが、自分より一足早く起きたらしいエノテラはむしろいつも以上に溌剌とした表情をしている。

朝の挨拶を交わすと『甘えたいエノテラ』が継続中なのか無邪気な笑顔を浮かべて抱き付いてくる。

「団長、お仕事が終わったら今日もイチャイチャです。約束ですよ?エノテラは今から続きでも構いませんが。」

魅力的な提案ではあるが、そろそろ他の花騎士が執務室を訪れる頃なので遠慮しておく。エノテラも多少不満そうではあるが、朝から揉め事を起こすのも面倒という結論に至ったらしい。

手早く身支度を整えてそれぞれの持ち場に向かった。

余談だが、エノテラがくすねたワインが来客用の上物だったことが判明し、案の定バックレたエノテラに代わって始末書を提出するという雑務が増えたのは別の話だ。




やっと投稿復帰できた…
色々とモチベ下がることもあったし、そもそも待っててくれてる人なんてほとんどいないと思ったけど久しぶりに開いたらお気に入り登録してくれてる人増えてるし、UA伸びてるしでモチベを持ち直せた次第。

2ヵ月近くのブランクあるけど少しずつ前の投稿頻度に戻していきたい願望。


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8.「愛の喜び」と「初恋」の灰かぶり花騎士―巻き込まれた少女の成長―

ツツジ
花言葉「愛の喜び」「情熱」「節度」「初恋」など
私は当時まだ春庭の団長ではなかったのですが、彼女の初登場から見守っていた団長諸兄には思い入れの深いキャラクターではないでしょうか?

自分は副団長を複数人配置するタイプですが、オジギソウ、ネリネとツツジは正直別格です。(嫁枠とは別に幸せになって欲しい子はたくさんいるんですけどね。)

投稿開始から4ヵ月近く。やっと彼女の作品を投稿できました。


「本日、臨時講師としてみなさんにお話させていただく花騎士のツツジです。よろしくお願いしますね。」

わたしが挨拶を終えると、よろしくお願いします!と元気な声が返ってきました。

先生が傍らで補足説明をしてくれているのを聞きながら室内を見渡すと、好奇の視線がわたしに集まっているのを感じます。懐かしい雰囲気。違うのは当時のわたしはその視線を向ける側だったこと。

この先一緒に任務に就くことになるかもしれない。そう思うと気が引き締まります。

本当は団長様に要請があった臨時講師の任務ですが、急遽リリィウッドでの会議が入ってしまい、わたしが代役を頼まれました。

団長様や他の花騎士さんと一緒に来たことは何度かあったけど、今回はわたし1人だけ……。正直うまくできるか不安だけど『ツツジなら安心して任せられる』って送り出してくれた団長様の期待に応えられるように頑張りたいです!

ちょうど先生からの説明も終わるようなので、用意してきた教材をもう一度確認してーー

「……ツツジさんはコダイバナ奪還の最前線でも活躍されているベテランの花騎士です。学べることは多いと思いますので、気になることはどんどん質問してください。」

先生が説明を終えると、教室内が急激にざわつき始めました。

「コダイバナ奪還戦!?花騎士の中でも精鋭中の精鋭が選ばれるって噂の部隊じゃないですか。そんなに強そうには見えないのに。」

「ツツジ先輩って……もしかして学生時代に大型害虫を1人で殲滅してたっていう伝説の!?それだったら納得かも。」

『コダイバナ』という言葉に何人かの生徒さんが反応したのを皮切りに、わたしがパパとママを助けたい一心で命令違反をした出来事まで噂話が連鎖していきます(しかも、かなり尾ひれがついてるみたい……)。

「えっと、わたしはそこまですごい花騎士ではなくて……あうぅ。順番に話しますから、みなさん落ち着いてください。」

先生は静観を決め込んでいるみたいなので、わたしがどうにかするしかありません。

 

 

 

コダイバナ――千年前に初めて害虫が発生したとされる場所。かつては金色に輝く雄大な世界花だったようだが、今やその面影はなく、土地は荒れ果て、水や空気は汚れ、凶悪な害虫の驚異に絶えず晒されている。

世界花の加護を受けた花騎士でもこの地で戦うのは大きな負担であり、かつての貿易都市ブレーメン跡地に構えた防衛戦を維持するのがやっとの厳しい戦況が続いている。

こうした状況の打開策として期待されているのが、生命の結晶から抽出したエネルギーを蓄えた生命の苗木、生命樹の精霊(?)であるナーエである。

ナーエについてはまだ未解明の部分が多いが、成長に応じて周囲の植物に力を分け与えることができるとの報告がなされており、コダイバナの荒れ果てた大地にも世界花の力を巡らせることで花騎士の活動域を広げることが可能ではないかとの期待が高まっている。現在は有志の力を借りながら旧ブレーメン跡地付近に開拓村を建設し、経過観察が続けられている。

――『花畑計画』状況報告書より

 

 

 

「ありがとう、ツツジさん。ちょっと予定は変わってしまったけど、みなさんも得られるものが多かったと思うわ。」

「あはは……それなら良かったです。」

結局、妙な尾ひれがついていた出来事は丁寧に説明して誤解を解くことができたのですが、コダイバナに関する質問が多くて、急遽予定していた講義の内容を変更することになりました。

一時はどうなることかと思いましたが、これなら何とか無事に終われそうです。

「あら、リアトリスさん。ツツジさんに何か質問ですか?」

先生のその言葉に視線を上げると、1人の生徒さんが手をぴんっと挙げて発言の許可を求めているのが分かりました。

赤みがかった紫色の髪はセミロング位に伸ばされ、身に付けている白の衣装からはシンプルながら仕立ての良さを感じます。意志の強そうなちょっとつり目がちな瞳がまっすぐこちらに向けられていました。

「私、ツツジ先輩と模擬戦をしてみたいのですけれど、許可して頂けないかしら?」

「わたしと、ですか?」

突然の申し出に困惑してしまいます。さすがにわたしの判断では決められません。すると、見かねた先生が助け船を出してくれました。

「リアトリスさん、あなたが優秀な生徒であることは認めています。しかし、ツツジさんは授業の最初で申し上げた通り……」

「そうでしょうか?コダイバナ奪還戦でお話に出てきた花騎士たちは各国でも名の知れた猛者ばかり。最前線に出ていたというお話でしたが、先輩が活躍した話を聞けていません。それに失礼かも知れませんが、先輩の立ち居振舞いからは強者の風格というものを感じません。私なら一矢報いるくらいはできるかと。」

しかし、リアトリスと呼ばれた生徒は先生の発言に被せるように発言すると、今度は睨むような視線をわたしにぶつけて来ました。

「先輩も、まだ准騎士になってもいない後輩にここまで言われて悔しくはないのですか?それとも、余裕のつもりですか?私、こと戦闘に関しては准騎士どころか現役の花騎士にも劣らない自信があるんですのよ?」

自信満々な彼女を羨ましく思う。私はまだ、自分の力に自信なんて持てないから。でも……

「まったく、あの団長様の代理だと言うから期待していたのに、この程度の花騎士がくるなんて……」

でも、団長様からの期待には応えられる花騎士でありたいから。

「分かりました。模擬戦、受けて立ちますよ。」

 

 

 

「勝手なことをして申し訳ありません、先生。」

「いえ、彼女に関してはこちらの落ち度です。こうなることは予測できていましたから。巻き込んでしまってごめんなさい、ツツジさん。」

場所は騎士学校内の訓練所。彼女、リアトリスさんは前に臨時講師で訪れた際に団長様をいたく気に入ったようで、今日の講義をたいへん楽しみにしていたみたいです。

「大丈夫です。巻き込まれるのは慣れてますから。」

何度も謝る先生にそう言って、訓練所の中央で棍のような武器を構えたリアトリスさんと向かい合いました。

「魔法使うならもう少し離れた位置からの開始でも構いませんよ、ツツジ先輩?」

「ここで大丈夫ですよ。時間もありませんから。」

「……っ!後悔しないでくださいね。」

魔導書を取り出すわたしに対して飛んでくる軽口は流して、油断なく構える。彼女も口の割には油断なく棍を構えているので、ただ感情に流される人では無いようです。

「両者、準備は良いですか?」

審判を務める先生の言葉に、相手から目を離すことなく頷いて応じました。一瞬の静寂……。

「……始め!」

合図と共に彼女が地を蹴って距離を詰めてきました。棍の先がまっすぐわたしに向けられーー次の瞬間には目の前に魔力で形成された槍の先端が迫っていました。有効範囲をずらした隠し玉。ギリギリでかわすことには成功しましたが、2撃目は無理そうです。

「……もらった!」

勝ちを確信した表情。刃の形成速度、初撃から無駄のない切り返しどちらからも努力の後が見受けられる渾身の2連撃。でも……

「っ!そんな……」

わたしの魔法が一瞬早く完成したことで、手元から弾かれた槍に一瞬意識を奪われ、致命的な隙をリアトリスさんが晒します。

模擬戦はこうして一瞬の内に幕を閉じました。

 

 

 

「団長様、報告書をお持ちしましたよ。」

翌朝、報告書を届けに執務室を訪ねると、団長様は既に書類仕事の真っ最中でした。机の端には昨日の会議の報告書の他にも、明日出発する害虫討伐任務の作戦資料に多くの追記がされています。もしかしてら、昨日の会議から帰ってきてそのまま寝てないのでしょうか?

「ツツジか。昨日はせっかくの非番だったのにすまなかったな。何事も……無かったわけないよな?」

「あっ、酷いですよ団長様。わたしだって何も起きずに任務を終えられることだって……たまにはありますよ?」

あの後、リアトリスさんから再戦を申し込まれたり、再び質問責めにあったり、帰り道でボーっと歩いていたらサーカスの興行に巻き込まれたり……。

「……すまん。でも、こうして無事に報告書も提出できたってことはどうにかなったんだろう?」

わたしが落ち込んでいるのを見て、団長様が励ましてくれます。

「……はい!それに巻き込まれたこと全部が悪いことばかりじゃなかったですし。」

「そうか。騎士団に来た時は、目の届く範囲にいてくれないと心配で仕方なかったものだが、1人で任務を任せられるくらいに成長したんだと思うと感慨深いな。」

「確かに巻き込まれたことに少しずつ対処できることも増えて来ましたけど、それもこれも団長様が導いてくれたおかげですよ。」

「はは、そう言ってもらえると嬉しいよ。週末からまたコダイバナでの任務があるだろ?体調管理はしっかりな。」

団長様の言うとおり、コダイバナの環境は特殊だから、開拓村の整備が進むまで不慣れな花騎士を派遣できないので、経験のある人員が交代で駐在する必要があります。団長様は別の任務があるので、今回は一緒には行けません。だけどーー

「今回は一緒には行けないが、帰ってくるくらいには休暇をもらえるように調整しておくから、体には気をつけるんだぞ。」

「そのままお返ししますよ団長様。疲労で倒れたりしないでくださいね。」

 




リアトリス
花言葉「燃える思い」「向上心」など
本連載初のオリキャラ。年齢不詳の原作キャラクターたちだし、整合性とかそこまで気にして投稿してないので適当に原作キャラクターの誰かでも良かったのですが、せっかくなので。

そのうち原作で登場したりするのかな(遠い目)



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9.「敏感」と「鋭感」の寝坊助花騎士③ ―ありし日の副団長―

前々から構想はあって少しずつ書いてたけど、投稿したら何か時期ものみたいになった、そんな作品。


連日の害虫の出現で討伐任務が立て込んでいたとはいえ、さすがにこれは……。

暫くぶりに覗いた執務室で待っていたのは、書類の重さに悲鳴をあげる机だった。置くスペースを確保できなかったらしい紙の束が床にまで積み重なっている。

あまりにもあんまりな光景に同情してくれた数名の花騎士達が手伝ってくれたものの、直近の討伐任務が控えている者から早めに帰らせたので、今残っているのはオジギソウただ1人である。

だいぶ夜も更けてきた頃、船を漕ぎ始めた彼女にも早めに部屋に戻って休むように勧めたのだが、副団長としての責任感からか中々了承してもらえない。

しかし、限界を越えた眠気は意志の力でどうにかなるものではなく……。

「すぅ……すぅ……。」

暫くすると穏やかな寝息が執務室に響き始めたのだった。

 

 

 

それからしばらくの後、期限が迫っていた(一部は既に過ぎていたが)ものは片付いたので、少しの罪悪感に苛まれつつ、気持ち良さそうに眠るオジギソウの肩に手を置く。

「はわぁっ!?私寝てません、寝てませんよ~。……って、団長様。もしかして、もうお仕事は片付いちゃいました?」

触れた瞬間に飛び起きたオジギソウだが、万全な状態の彼女なら触れる前に気付かれてしまうのでやはり疲れが溜まっているのだろう。

彼女が枕にしてしまっていた書類の束は、起こしてしまいそうで手を付けることはできなかったが、確認したところ期限の迫ったものではなく今日のところはここまでで構わない。そう告げると、しょんぼりと項垂れてしまった。

仕事を残したまま自分だけ寝てしまったのが許せないのだろう。

そんな彼女の頭を優しく撫でながらいつもありがとうと働きを労う。

「いえ、これでも私、副団長ですから~。結局最後までお手伝いできませんでしたし……。それでは、私はこれで失礼しますね~。」

眠たげな瞳を擦りながらではあるものの、退出際のお辞儀は欠かさないオジギソウ。そんな律儀な姿に苦笑しつつ、彼女の足音がしっかり遠ざかっていくのを確認する。

本音では途中で寝落ちしないか部屋まで見送りたいところではあるのだが、そんなことをすれば余計に恐縮させてしまいそうなので止めておく。

確保できた貴重な睡眠時間を無駄にしないためにも、手早く身支度を済ませて床に就くのだった。

 

 

 

翌朝、執務室を訪れたナズナに起こされはしたものの、時計を確認すると普段に比べれば大分遅い時間だ。彼女なりに気を使ってくれたのだろう。

執務机に積んであった書類もきれいに片付けられており、最終チェックと提出まで済ませてくれたようだ。起きてからやるつもりだったのだが、有能な補佐官のおかげで午前中は一気にやることがなくなってしまった。

「オジギソウさんが副団長に就任してから団長様の遅刻や提出物の遅れが大幅に減っていますからね。これくらいなら喜んでお手伝いしますよ?」

確かに、油断すると通路の真ん中で寝落ちしていることもあるのがオジギソウである。彼女を伴った会議では時間に余裕を持って行動するようになった。さらに、団長としての失態は副団長の評価にも直結するため、普段から気を付けるようになったと言われればその通りかもしれない。

「はぁ~、オジギソウさんは団長様に愛されているようで羨ましいですね。今まで団長様が書類の提出を遅らせる度に代わりに怒られていたのは私だって言うのに!」

おっと、これはやぶ蛇だったようだ。機嫌を損ねてしまったナズナを宥めつつ、久しぶりにゆったりした時間を過ごす。

一通り愚痴をぶちまけて満足したのか、ナズナは執務室を後にしていた。オジギソウはまだ現れる気配がない。連日の討伐任務で疲れも溜まっている様だし、今日は特に緊急の用件があるわけでもないのでこのまま休ませておきたいところではあるのだが、これ以上は責任感で萎縮してしまいかねない。そう考え、重い腰を上げたところで、乱暴に執務室の扉が開けられ、数名の花騎士が飛び込んできた。

 

 

 

執務室を訪れた花騎士たちに引きずられるままにたどり着いたのは、普段とは別の喧騒に包まれた訓練場だった。

見物に集まった花騎士たちで人垣が形成され始めており、中の様子は判然としないのだが、打ち込み用に設置された案山子の陰に小さな人影を認めた。

最初は見学に来た子ども当たりが誤って迷い込んだのかと思ったのだが、その人影には今まさに探そうとしていた人物の面影があった。

「副団長さん、妹さんがいたんですね~。可愛いです~。」

「うーん、そのような話は聞いたことないですけど……。」

「断じて本人?」

「そんなまさか……とも言い切れないわね。この騎士団なら何が起きても不思議じゃないわ。」

そう、外見が幼いことを除けばオジギソウにそっくりなのだ。しかし、定期的に家族宛の手紙を書いている彼女自身からも妹がいるといったような話は聞いたことがない。

理由はわからn ……いくつか思い当たる節もあるので、あれはオジギソウ本人と考えた方が良さそうだ。

ここに集まった花騎士もその点は共通認識を持ったようで、五感が鋭い彼女を刺激し過ぎないように人垣も遠巻きになっていた。

しかし、人が集まったこの状況が良くないのは変わらない。持ち場に戻るように指示を飛ばしつつ(原因と思しき人物の捜索も一緒に指示した。)、彼女を怖がらせないようにゆっくりと近づいていく。

が、距離を詰めると余計に案山子の陰に隠れてしまった。怯えているというよりも、何かを恥じらっているような……と、そこであることに気付き、元々が訓練のためにその場に残っていた花騎士たちに追加の指示を出す。

当然と言えば当然のことだが、合うサイズの服がなかったらしく、彼女はまともな服を着ていなかったのだ。

 

 

 

場所は変わってオジギソウの私室。

「うん、これで良いわね。やっぱりこの格好が1番しっくりくるわ。」

ウィンターローズの王族御用達ファッションブランド「アスファル」オーナーの娘でもある花騎士、サフランから入室の許可が下りたので中にお邪魔すると、サイズ以外は見慣れた花騎士としての衣装に身を包んだ彼女がいた。

曰く、花騎士の衣装はおしゃれなものが多く、子ども受けも良いことから試作品として趣味で作っていたものがたまたまサイズピッタリだったらしい。

代金は支払うと申し出たのだが断られてしまった。「代金のことが気になるなら、今度アスファルで何か買って行って。」と、さりげなく実家の宣伝を済ませ、エキナセアと約束があるからと部屋を後にした。

サフランが退出したことで、部屋には自分とオジギソウだけが残される。

暫くは着せてもらった服を眺めたり触ったりと落ち着かない様子だったが、やがて何かを言いかけて迷っている雰囲気が伝わってきた。元来恥ずかしがり屋なオジギソウであるが、今目の前にいるのは見知らぬおじさんであるのだから当たり前である。騎士団に配属された当初のオジギソウがちょうどこのような様子だったなと懐かしさと少しの寂しさを感じる。

しかし、こんな時の対応は既に学習済みだ。ただ、彼女の準備ができるまで待ってやれば良い。

「あの……、あなたが団長さま。ということでよろしいでしょうか~?」

意を決して発せられたのは、そんな確認の言葉だった。

「ああ、それで間違いない。」

そう応じると、彼女は得心がいったように普段彼女が使用している机へと向かっていき、いくらかの紙の束を抱えて戻ってくる。その内のいくつかには見覚えがあった。

読んで良いのか?そう確認を取ると、僅かに頷くオジギソウ。本人(?)の了承があるとはいえ少し気が引けるのだが、一番上に重ねられた昨夜書かれたと思われる1枚を確認する。

「今日は書類仕事を手伝っていたのに、気付いたら私だけ先に眠ってしまいました。

団長様は笑って許してくれるけど、任務でも終わった後は1人だけ怪我もしてないのに団長様に背負ってもらって……これでは副団長失格です。」

やはりこれは両親への書きかけの手紙で間違いない。昨夜のことを気にしていたらしいことが文面から伝わってくる。それに、読み進めていくと気になる一文があった。

「イエローチューリップさんに頼んでいたお薬が今日出来上がったそうで、手紙と一緒においてありました。これでもっと団長様のお役に立てるはずです!」

……やはりというか、原因はこれしか考えられないだろう。頭を抱えていると、オジギソウがおずおずと声をかけてきた。もしかしたら話しかけるタイミングを図っていたのかもしれない。

「今の私は、その……花騎士、なんですか?」

それはまたしても確認の言葉。おそらく、彼女の両親からの手紙や先程の書きかけの文章からおおよそのことを把握しているのだろう。これくらいの年の子どもならパニックになってもおかしくない状況なのにたいしたものだ。

「ああ、それも間違いない。」

自信を持って返してやると、顔を真っ赤にして慌て出すオジギソウ。

「あの、えっと……あぅぅ。それなんですけど、本当に私なんかが?確かに手紙にも書いてあったんですが。それに副団長だなんて……。」

「私、痛がりだし、人の多いところも苦手です~。それに、今もこうして団長さまにご迷惑を……。そんな私が誰かの役に立つなんて……」

俯く幼いオジギソウの姿は記憶がないはずなのに昨夜の彼女と重なって見えた。もしかしたら、彼女が日頃から抱えている根が深い部分なのかもしれない。最も信頼している花騎士の悩みすらまともに見えていない様だと、自分の方こそ団長失格ではないか。

彼女の頭に手を置き、今度はしっかりと「そんなことはない 」と断言する。急な大声で驚かせてしまったが、構わず続ける。彼女が『騎士団の誇る大切な副団長である』と。

オジギソウは謙遜するだろうが、実際彼女の働きは非常に大きい。今のような過密スケジュールで討伐任務がこなせているのも、彼女の鋭い五感を活かした斥候のおかげで、一度の任務における部隊の損害が最小限で済んでいるからだ。

「……その言葉、今の私にもちゃんと伝えてあげてくださいね~。約束、ですよ……。」

一瞬、呆けたような表情を浮かべたオジギソウだったが、最後にそう告げると糸が切れたように眠りに落ちた。

安らかに寝息を立てている彼女をベッドまで運んでいると、捜索部隊に引き摺られるようにしてイエローチューリップが連行されてきた。

手紙の文面からして頼んだのはオジギソウからのようなので少しやり過ぎたかもしれないが、報告がなかったのは問題なので別室で聞き取り調査を行うこととなった。

 

 

 

聞き取りの結果、本来オジギソウに渡すはずだった抗睡眠作用付の疲労回復薬とは別の若返り薬を渡してしまっていたことが判明した。

本人も薬を渡した直後に診療に出ていたため、今まで騒ぎのことを知らなかったとのこと。

今回は依頼したのがオジギソウからであることや、薬の効果が1日程度で切れることから厳重注意のみとなった。

 

 

 

翌朝、無事元の姿に戻ったオジギソウが1日飛んでいる日付に気付いて軽くパニックを起こしていたが(着ていた服は再びサフランに頼んで着替えさせた)、それ以外は平和な1日が流れていた。

幼い彼女との約束を果たすべく、一昨日の夜と同じく2人きりになった執務室でオジギソウに語りかける。

やはり顔を真っ赤にしていたが、どうやら断片的に記憶が残っているらしく『妄想で自分に都合の良い夢を見た』程度に思っていた様だ。

副団長としての責任感が強いのも結構だが、どうか無理はしないで欲しいと念を押す。

彼女が大切だというのは決して『副団長である彼女だけを言っているわけではないのだから』とも。

それを聞いた彼女ははにかんだ笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

余談だが、昨日の出来事は悪戯好きな2人の花騎士によって『団長が真っ昼間から小さな女の子を副団長の部屋に連れ込んでいた』という誤解を招きそうな表現で伝えられており、事情を知らない者たちへの説明に追われることとなった。

 




ということでこどもの日(昨日だけど)に合わせて投稿した感じになったけどちまちま書いてたらたまたまそんな感じになっただけの作品です。
今回は名前登場させてないだけで特定の原作キャラを意識しているのが何名かいるのですが、うまく伝わってくれると良いなー。

今回イエローチューリップ登場させたけど、ちょっと扱いが可哀想かなと思ってみたり、場合によってはオリキャラとすり替えることも検討しています。


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10.「隠れた価値」の天真爛漫花騎士―いつか秘めたる想いを―

スキラ
花言葉:「多感な心」「隠れた価値」
今さらだけど万華祭ニューカマー8位おめでとうスキラ!(投票したのは別の子だけど)。
万華祭は眠り姫様独壇場って感じでしたが、それ以外は見慣れた顔になってきましたね。お題もほとんどは人気キャラが独占してる感じだし、運営様には殿堂入り制とか入賞してない子にもっとチャンスを与えてほしい願望。初実装が虹で別バない子とか埋もれてるだけだって……

11/16 誤字訂正



普段から多くの花騎士が本を漁ったり、イタズラしたり、サボったり、隠れたりと忙しない執務室だが、今日も例外ではない。

「ねぇ団長ぉ……、お仕事はまだ終わらないの?」

来客用のソファーからこちらを見上げるようにしてスキラが問いかけてきた。

同じ質問はこれで何度目だっただろうか。

実家が資産家の貴族である彼女は、バトラーでもあるカゲツと一緒にいることが多いのだが、あいにくとカゲツは別任務に出撃中である。

世話役である彼女をスキラと別任務に派遣するというのはできるだけ避けてはいるのだが、一花騎士である以上限られた人員の中で遣り繰りしようと思えばこういうことも起こり得る。

「はぁ~暇ねぇ。パルファン・ノッテでひと勝負!といきたいところだけど、一緒に行く人の宛もないし……。」

本当に宛がないなら、今頃は既にゲームに興じているはずだ。つまりは、そういうことなのだろう。

仕立ての良さそうな青いドレスにきれいな白髪、美少女と言って差し支えない容姿で資産家の娘からのお誘いである。ソファーの肘掛けで頬杖をつき、足をパタパタと戯れさせている様子は本人の外見と合わせて子どもっぽさを演出しているのだが、一般的に考えれば十分に魅力的な誘いと言えるだろう。しかし、ダメなものはダメだ。

「えー、一緒に行こうよー!1人で行くのは嫌なのー!団長は後ろで見れくれてるだけでも良いからー!」

間接的な誘いでは埒が明かないと判断したのか、ついにはこちらの手をとって直接ねだり始めた。これではもうただの駄々っ子である。

「団長様?何を騒いで…ってスキラさん!?団長様の仕事の邪魔をしてはいけませんとあれほど……」

「はにゃ!?ナズナ、さん……これはそのぉ……」

声が部屋の外まで聞こえていたらしく、様子を見に来たナズナがしがみつくスキラを引き剥がす。

ソファーに座り直され説教を受ける彼女はまさに借りてきた猫。先程までの勢いはどこへやらだ。

助けを求める視線を感じてはいるが、藪をつついて蛇……どころか竜を起こしたくはないので大人しく仕事に励むことにする。

スキラは断末魔の声を残して執務室から連れ出されていった。

 

 

 

その後、手早く仕事を片付けて彼女を迎えに行ったのだが、スキラは中々機嫌を直してくれなかった。仕事を理由に誘いを断り続けていたのに、その男が1時間もしない内にすべての仕事を片付けて現れたのだから当然と言われればそうかも知れない。

しかし、こちらとしては未だに続いていたナズナの説教から解放してやったのだ。感謝されても良いくらいだと思う。

実を言うと、スキラが執務室を訪れた時点で仕事は終わりかけだったのだ。一緒に出掛けるのを渋ったのは別の理由からである。

「ひひっ、待っていなさい。今日こそ大勝ちしてやるんだから!」

場所はブロッサムヒル北東の港都市、ヨーテホルクの埠頭。1隻のきらびやかな装飾を施された客船を前にスキラが吠える。

『パルファン・ノッテ』――豪華客船の船内に設けられた、スプリングガーデン全域を股にかける大型移動式カジノ。そのブロッサムヒル出張版である。

ヒヤシンスという花騎士がオーナーをやっている関係で任務の打ち合わせに何度か訪れたことがあるのだが、ホール内は今日も一攫千金を夢見る者たちの歓喜と悲哀の声で満ちていた。

早速ポーカーが行われているテーブルに着いたスキラ。すると、周囲の者たちの空気が変わったのが分かる。彼女はここの常連であり、有名人なのだ。知らぬ者がいない「カモ」として。

「また負けに来たのかい?花騎士のお嬢ちゃん。」

「むっ、失礼しちゃうわね!今日のわたしをいつもと同じだと思わないことよ。なんたって今日は団長が一緒なんだから!」

同じく常連らしい男の軽口に乗ったスキラがこちらを指差しながら応じる。恥ずかしいからやめて欲しい……。そして、その自信はどこから来るのだろうか?

「だって、団長はいくつもの死線を潜り抜けて来た猛者でしょ?つまり、豪運の持ち主!そんな団長が一緒なんだからもう勝ったも同然じゃない?」

なるほどわからん。そんなやり取りをしている内に、スキラのゲームを見たさに集まったらしい。観戦者がテーブルの周りに溢れ、物凄い熱気である。

序盤は静かな立ち上がりを見せたこのゲーム、最初に動いたのはスキラに軽口を吹っ掛けてきたあの男だった。

「今日も勝たせてもらうぜ。そら、レイズだ!」

この1手により、賭け金がいきなりそれまでの倍にまで吊り上げられる。たまらずフォールドを宣言する参加者がほとんどの中、スキラだけは余裕の表情を崩さない。

「ふふん♪わたしの辞書にフォールドという文字は無いわ。交換は5枚すべて!そして、コールよ。」

一切の躊躇なく手札すべての交換を宣言したスキラが自信満々に応じると、その潔さに周囲の熱気はさらにヒートアップしていった。

ちなみに、スキラが交換を行う前に持っていた手札は3とQの2ペア。安全を重視するならフォールドを選ぶところだが、相手のブラフ(自らの役の強弱を相手に誤認させる行為)を警戒するなら1枚の交換でスリーカードやフルハウスも狙える悪くない手だ。しかし、スキラはそのどちらも選ばない。しかも、配られた手札を確認しようともしないのだ。おそらく、先程の宣言通り勝負を降りる気がないことの意思表示。初めてこの光景を目にしたものならば、十中八九彼女の正気を疑うことだろう。しかし、このような恐ろしい賭け方をした本人は自らの勝利を欠片も疑っていない。

「宜しいですか?それではショーダウン!」

ディーラーがベットの終了を宣言する。

アドバイスが禁止されていることも忘れて考え直すように勧めそうになったがどちらにしても時既に遅く……

「……ぐわあああああ!!!」

美少女があげたとは思えない絶叫がホール中に鳴り響くことになるのだった。

彼女の手札はスカ、つまり役無しである。ちゃんと手札を確認していれば、コールなどしなかっただろう……たぶん。

そう、スキラは極度のギャンブル好きであると同時に、壊滅的なまでに賭け事に向いていない。その様はまさしく「カモ」であった。

 

 

 

「お帰りなさい団長様……ってスキラさん!?いったい何が……は聞くまでもないですよね。」

パルファン・ノッテからの帰り、執務室で書類の整理をしていたナズナは酷く落ち込んだ様子のスキラに一瞬驚いた様子だったが、理由も聞かずにテキパキと仕事だけこなして去っていった。

あんまりな対応にも思えるが、我が騎士団ではそれほどまでに見慣れた光景なのだ。

ナズナが執務室を後にしたことを確認すると、無言でソファーの方へ誘導され、そのままスキラが抱きついてくる。

スキラはあの後も順調に負けを積み重ね。あっという間に所持金を使い果たしてしまったのである。熱くなり過ぎた彼女が掛け金確保のために身に付けた衣服に手をかけた時はさすがに焦ったものだ。

年頃の娘がそんな馬鹿なと思うかも知れないが、何を隠そうこの子、前科持ちである。バナナオーシャン出身の花騎士が薄着で出歩いているのを見て教えてくれた(なぜか自慢気に)。

カゲツが同行するようになってからはそこまで無茶をすることは減ったようだが、花騎士全体の沽券に関わることなので今後も注意が必要だろう。

「あーもう、悔しいわね!今度こそ大勝ちしてやるんだから!」

しばらく頭を撫でてやると突然大声を上げるスキラ。どうやら復活したらしい。この切り替えの早さは彼女の長所でもあるのだが、理由が理由だけに危うさも感じてしまう。

あまりに負け続けたせいで実家からお金の無心が難しくなったと嘆いていたので、ただの杞憂ではないだろう。

以前、ギャンブル以外の趣味でも見つけてはどうかと勧めてみたこともあるのだが、「わたしからギャンブルを取ったら何が残るの!?」と真顔で返されてしまった。だからこそ他の趣味を勧めているのだが……。

なぜそうまでしてギャンブルに拘るのか?

「だって、賭け事は1人じゃできないでしょ?」

事も無げにスキラは答えてくれた。心なしか、抱きつく彼女の腕に力が込められた気がする。

「どんなに弱くても、いいえ、だからこそ歓迎されるじゃない?ひひっ♪わたしだって必要とされてるって実感できるのが良いのよ。」

それは「カモ」にされているだけではないのかと聞いていて悲しくなる。しかし『わたしだって』という発言が気にかかった。ギャンブルをしている時の、自信満々な彼女とは到底結びつかない姿。

そんなスキラを強く抱きしめ返してやる。

わざわざ外に出向かなくても、彼女を必要としている人間がここにもいると行動で示すために。

「んっ、ちょっと団長ぉ?苦しいってば。ねぇ……聞いてるの?」

口ではそう言うが、本気で嫌がっているようには見えない。世界花の加護を受けた花騎士とは、基本的な運動能力が違うのだ。彼女が本気を出せば振りほどくことくらいわけないはずだ。

「い、嫌なわけないじゃない!そうじゃなきゃわたしからこんな……もう、こんな恥ずかしいこと言わせないでよ……んむっ!?」

可愛いらしいことを言ってくれる口をキスで塞ぐが、これにも抵抗する様子はない。

「ん……ぷはっ、ひひっ♪団長は物好きね。わたし……ううん、やっぱり今はいいわ。わたしのこと、好きにして。でも、覚悟してよね?もう離してあげないんだから♪」

こんな時にも強がってみせる彼女を愛しく感じ、今度は優しく抱きしめてやるとスキラがこちらに身体を預けてくるのが分かった。

何か言いかけた気もしたのだが、キスで誤魔化されてしまう。まぁ、焦ることはない。いずれ彼女の口から語ってくれるだろう。

 

 

 

「……団長さんと何かあった?」

翌朝、部隊のメンバーよりも一足早く帰還したカゲツがスキラにそう問いかける。

「なな、何のことかしら?そんなことよりカゲツも疲れてるでしょ?ゆっくり休むと良いわ!」

その反応では何かあったと白状してるようなものだろう……。

「ふーん、そっかー。良かったねスキラ。」

「へ?そ……そう、ね?」

まだ状況をうまく飲み込めていない様子のスキラだが、カゲツは色々と察したらしい。

この後、カゲツからの質問責めに辟易したスキラがパルファン・ノッテに出向く回数を大きく減らしたのはまた別の話だ。

 

 

 




ということで、テンションのギャップが激しいスキラを描かせて頂きました。キャラクエで団長はさらっとスルーしてたけど、絶対何か抱えてると思うんですよね。開花キャラクエでその辺が明かされることを期待しています。
本当は先日偶然お迎えできたヒヤシンスも登場させてあげたかったんですが、名前だけの登場になってしまいました。それはいずれ描く彼女のメイン回に持ち越しということで(いつになることやら)!



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11.「大事な人」を想う努力家花騎士―気付いたこと―

アキメネス
花言葉:「あなたを救う」「大事な人」等
先行公開された瞬間からお迎えするまで金沼覚悟してたのに最初の11連で来てくれた良い子。
嫁枠のオジギソウと同じ絵師さんってのもあるけど、何か似た雰囲気を感じる。


「はじめましてなのです、団長さん。アキは暑いのも寒いのも苦手だけど、大切な人を守るために頑張るのです。」

今日配属されたばかりの新人花騎士。アキメネスは最初の自己紹介でそう意気込んだ。

「大切な人?」

「そうなのです。痛くても辛くても大切な人のために戦う。そんな生き方に憧れて、アキは花騎士になったのです!」

ただの興味本位だったのだが、よくぞ聞いてくれましたとばかりに身振り手振りを加えて説明する様が可愛らしい。小柄な体を精一杯使うので、ツインテールに結わえられた若緑色の髪が元気に揺れている。つい悪戯心に駆られ、追加で質問をしてみることにした。その大切な人とは一体誰なのだろうか、と。

はぐらかされる、もしくは家族や友人といった答えを想定しての問い。

「あ、それはまだいないのです。」

思わずガクッとズッコケそうになったが何とか耐える。不思議そうに首を傾げる彼女の様子から、本心で放った言葉であることを伺い知ることができたのだった。

 

 

騎士団長たるもの、多くの花騎士の命を預かる立場上、彼女たちが実力を発揮できるように取り計らうべきだと考えている。アキメネスの場合、可能な限りブロッサムヒルやロータスレイクなど気候の安定した地域での任務に就かせるようにしていたのだが、限られた戦力の中では毎回理想通りとはいかないのもまた現実である。

「うぅ……さ、寒いのです。アキ、どんどん眠くなって……。ふわぁ~。」

任務地へと向かう馬車に揺られながら、隣に座るアキメネスが眠たげな瞳を擦っている。ウィンターローズとの国境辺りからずっとこんな調子なのだ。

寒いと眠気に襲われ、暑いとダラーッとしてしまう。誰でも心当たりがあることと言ってしまえばそれまでだが、アキメネスはその影響を受けやすい体質のようだった。本来なら任務の人選から外すべきだが、今回は頑張ってもらうしかない。

あまり辛いなら配置換えを進言することもできると提案してみたのだが、本人は「心配はいらないのです」とやる気はあるようだ。

「アキは花騎士なのですよ。眠くたって害虫くらい倒してみせるのです!」

そこまで言うなら任せてみようと正面を向いたところで、大きな揺れが荷台を襲う。同乗していた他の花騎士たちは問題なさそうだが、睡魔と闘うのに一生懸命だったアキメネスは前のめりに体勢を崩してしまった。

幸い、慌てて伸ばした手が彼女を捉えることには成功したものの、後ろから抱き締めるような格好になってしまった。

どうやら倒木に馬が驚いてしまったのが原因のようで、謝る御者に手を上げて返す。

「……おお?アキ、団長さんに抱っこされているのです?」

こちらはヒヤヒヤさせられたものだが、当の本人はマイペースなものである。

任務中は彼女から目を離すまい、そう誓うのだった。

 

発見された害虫の巣は報告から予測されていたほどの規模ではなく、現地の騎士団の協力もあって討伐は順調に進んでいた。

「キシャァァ!」

劣勢を悟ったのか、何体かの害虫が強引に包囲網の突破を図るが、後方に配置された部隊がそれを許すことはない。

「害虫には、負けないのです!」

心配していたアキメネスも、順調に戦果をあげているようだ。これなら心配は要らないだろう。

「キシャ……ァ……」

包囲網を徐々に狭め、最後の1体を仕留めたところで感知能力に優れた花騎士を中心に掃討戦へ移行。討ち漏らした害虫がいないことを確認し、共同で任務にあたった団長たちと健闘を讃え合う。

結果的に過剰と言えるほどの戦力投入だったこともあり、上がってくる報告も怪我人に関するものは少ないようだ。

一先ずは安心といったところで、目の前で一緒に報告を聞いていたアキメネスが突然パタリと倒れ込んだ。

慌てて横たわる彼女を抱き起こす。

攻撃を受けた様子はなかったはずだが、毒持ちの害虫の攻撃が掠りでもしていたのか!?

近くにいた者たちも何事かと集まってくる。何人かは医学の心得がある花騎士を呼びに行ってくれていた。

しかし、目で見える範囲に外傷はなく、体に触れて確かめてみてもケガはないようだ。毒に犯されたような顔色でもない。これはまさか……

「団長さん、えっちなのです……。」

倒れた時と同様、突然目をぱちりと開けたかと思うと第一声がこれである。どうやら任務完了の知らせで緊張の糸が切れてしまい、耐えていた眠気が限界を迎えたらしい。

先程までの緊迫した空気が一変、困惑と呆れが入り交じる中、心配と手間を掛けさせてしまったことを謝罪するのだった。

 

 

「やぁー!……てぃっ!」

任務の翌朝、威勢の良い声に起こされた。貸し出された宿舎の外を覗いて見るとアキメネスが訓練に励んでいるところだった。まだ早朝と言っても良い時間である。

体質のせいで誤解されることが多いのだが、彼女は決して怠け者というわけではない。この通り訓練は真面目にやるし、空いた時間は執務室の掃除等も引き受けてくれている。むしろ働き者なくらいなのだ。

二度寝をする気にはなれず、近くで見学することにした。彼女がこちらに気付く気配はない。

集中しているのか、それとも……

「ふわぁ……。はっ、まだまだなのです!アキは……今度こそ、団長さんのお役に……立つのです!」

気持ちは嬉しいが、少々根を詰めすぎではないだろうか?

「団長さん!?もしかして……、起こしてしまったのです?」

頃合いを見て声をかけると、アキメネスが慌てたように駆け寄ってきた。

額には大粒の汗を浮かべており、かなり長いこと訓練に励んでいたのが伺えた。

熱心なのは良いことだが、人の気配に気付かないほど根を詰めては本末転倒だ。

口を開きかける彼女に持ってきたタオルを被せて 多少強引に汗を拭き取る。

「団長さん!?痛いのです。暴力反対なのです。」

外でこんな格好のまま話していては風邪をひいてしまう。先ずは汗を流すのが先決。話はそれからだ。

 

 

 

部屋で待機していると、しばらくして扉を控え目にノックする音が響いた。

入室を許可すると普段着に着替え、いつもは結わえている髪をおろしたアキメネスがそこにいた。

「団長さん、アキは騎士団に要らないのです?」

入室と同時に発せられた予想外の問いに一瞬固まってしまう。その沈黙をどう受け取ったのか、みるみる表情を暗くしていく彼女に慌てて否定の言葉を返す。

訓練を途中で止めたことを悪い方に受け取ってしまったようだ。

立ったままだった彼女に椅子を勧め、頭を撫でてやると少しずつ落ち着いてきた。

「寒いのも暑いのも苦手なアキが花騎士に向いてないのはわかっているのです。だから騎士学校を出たときも、団長さんが迷惑に思うなら潔く辞めるつもりだったのです。」

冗談などでは無いのだろう。彼女の表情からはそれほどの真剣さが感じられた。だからこちらも嘘偽りない本心で返す。

得意不得意があるのは誰でも同じだ。むしろ、アキメネスは苦手な環境にかかわらず良く頑張ってくれた。騎士団を辞めさせることなど考えたこともない、と。

「はぁ~、良かったのです。団長さんに要らないって言われたら、アキはどうしようかと思ったのです。」

安心したのか、アキメネスが座っている椅子に体を預けるように座り直す。

そんな彼女へ、だから無理な訓練は控えて欲しい。今朝のことを指摘すると、決まり悪そうに頷くのだった。

 

 

アキメネスも落ち着いたので、ベッドに腰かけて彼女と共にゆったりとした時間を過ごしていた。

「団長さん、アキが自己紹介の時に言ってたこと、覚えているのです?」

すると再び、アキメネスが唐突な問いを投げかけてきた。

自己紹介の時というと、大切な人を守るために花騎士になったことをいっているのか?当時はそういう人はまだいないと答えていたはずだ。

「そうなのです。」

こちらの答えに満足したように彼女は続ける。

「最近になって、アキの大切な人は団長さんなんだって気付いたのです。だからアキは眠くても実力を出しきることができたのです!」

最後は寝ちゃったけど、と照れた笑みを浮かべるアキメネス。一方のこちらはというと、さらっと行われた告白劇に思考がついてきておらず、彼女の言葉が浸透してくるのに合わせて顔が熱くなるのを感じていた。

「弱いアキでも受け止めてくれて、優しくしてくれる。そんな団長さんを好きになるのは当たり前なのです。団長さんを守るためなら、アキはどんな場所でも勝ってみせるのです。」

言い終わるのが早いか、ベッドに座るこちらの隣へと移動し、身を寄せてくるアキメネス。

この宿舎を発つまでまだ余裕がある。私たちは時間ギリギリまで甘い時間を過ごすのだった。

ちなみに、時間ギリギリまで粘ったあげく、同時に集合場所に現れた私たちを他の花騎士たちが質問攻めにしたのは言うまでもない。

 

 




ちょくちょく秋桜挟んだけどどうなんだろうか?
ネタが浮かびすぎて1周回って原作に寄るというね……
開花を楽しみにしてる子の1人なので、実装されたらまた描きたい願望。


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12.「信頼」に応える優等生花騎士―控え目の本音―

コーレア
花言葉:「信頼」「互いをよく知る」など
自称ミジンコ魔女だの毒舌黒魔女だのに隠れてしまった感があるけど、個人的にはかなりお気に入りの子。登場したイベント的にクリスマス色が強いけど、他イベントでも活躍を見てみたい(別Ver.щ(゜▽゜щ))



緊急警報が鳴り響く中、とある花騎士の一団が懸命に街中への害虫の侵入を防いでいた。

「あと少しの辛抱です。もうすぐ救援が到着しますよ!」

吹く風に金色をした柔らかな髪を靡かせ、聖歌隊を思わせる赤を基調とした衣装を翻す1人の花騎士。この部隊のリーダーを任されたコーレアが新たに害虫を打ち倒しつつ、厳しい戦況にいる味方を勇気づけるように声を張り上げる。

いつ終わるとも知れない持久戦。害虫が次々と押し寄せる中、疲労と絶望に俯きかけていた面々の表情に希望の火が灯ったのを感じた。

「近隣住民の避難は完了しました。後はみんなで生き残るだけです!」

避難完了の報。それはつまり、誘導に割いていた戦力がこちらへ加わることを意味していた。出口の無い迷路をさ迷っていた面々にとって、一筋の光明が見えた瞬間だっただろう。

「害虫が集結する動きを見せているようです。私が先陣を切りますから、援護をお願いします!」

コーレアは優れた聴覚を活かして害虫の動きを先読みし、的確に指示を出していく。

戦力を集中し一点突破を狙っていたであろう害虫たちは、先手を打って展開していた花騎士たちによって逆に一網打尽にされていく。

最後の力を振り絞り、息を吹き返したこちらとは対照的に、あれほど攻勢だった害虫の群は徐々に後退を余儀なくされていくのだった。

 

「団長さま、お呼びですか?せっかくなので前回の任務の報告書をお持ちしました。」

ノックの音に返事を返すと、先日の防衛任務の功労者であるコーレアが書類の束を持って入室してくる。

提出された報告書の出来も申し分なく、改めて彼女の活躍に称賛を送る。

「いえ、部隊の皆が頑張ってくれた結果ですし。それに、団長さまの判断を信じて従っただけですから。」

謙遜するコーレアだが、彼女をわざわざ呼び出したのも上層部が今回の彼女の働きを高く評価しているからに他ならない。

彼女の働きによって浮いた街の補修費用程度なら望む褒賞を与えるようにとお達しが来ている。

「そんな、褒賞だなんて……。」

中々首を縦に振らないコーレアに対し、これは参加した花騎士の総意であることを伝える。

「みなさんの、ですか?」

そうなのである。本来、防衛線の維持に寄与した全員に分配されるはずだったのだが、口を揃えて彼女の功績だと主張するものだから、これを断られたらこちらも困ってしまう。

もちろん、通常よりいくらか上乗せした報酬は全員に支払われることになるが、今はリーダーとして頑張ったコーレアを労わせて欲しい。そう言って未だに恐縮しきりの彼女に頭を下げる。

それでも逡巡していたコーレアだったが、やがて遠慮がちに要望を伝えてきたのだった。

 

 

待ち合わせのため、ウィンターローズのとある教会までやって来ていた。一列に並んだ少女たちがハンドベルの練習に励んでいる。

視線を巡らせると目当ての人物が真剣な表情で指揮棒を振るっていた。

彼女に向けられる視線からは指揮に対する高い信頼が伺え、調和の取れた旋律は聞いていて心地好かった。

透き通った音色に暫し耳を傾ける。

「……はい、今日の練習はここまでにしましょう。想いの込もった良い演奏でしたよ。」

どれだけそうしていただろうか。演奏の終わりを残念に思っていると、帰り支度を整えたコーレアがこちらに駆け寄ってくる。

「お待たせしてしまって申し訳ありません、団長さま。つい練習に入れ込んでしまって……。約束の時間は大丈夫ですか?」

不安そうに問いかけられるが、時間ピッタリなので問題はない。むしろ、素晴らしい演奏をもっと聞いていたかったくらいだ。

「あっ……えへへ、ありがとうございます団長さま。あの子たちも喜びますよ。」

演奏を褒められたことを我がことのように喜ぶコーレア。そんな姿が愛らしく、彼女の頭に手を置きかけたところで、何やら複数の視線がこちらに集まっているのを感じた。

「ねぇねぇ、あれってコーレア先輩がいつも言ってる団長さま?」

「うん、何度か練習を見に来てたこともあるし間違いないよ。」

「合唱団の男の子たちにも知り合いは多いのにデートの誘いは全部断ってるって聞いてたけど……そういうことね。」

自分にも聞こえるほどなので、耳の良いコーレアには彼女たちのはしゃいだ声がしっかり届いていることだろう。

「…………。」

最初はお預けをくらった子猫のような視線で見上げていたのだが、今は耳まで真っ赤にして俯いている。

このまま頭を撫でた時の反応も見てみたいと悪戯心が芽生えたが、あまりいじめるのも可哀想なので場所の移動を提案するのだった。

 

 

 

復活したコーレアを引き連れ、予約していた店へと足を踏み入れた。

「フンフフーン♪団長さまとお食事なんて……ああ、幸せです~♪」

大衆食堂というわけではないが、特段高価な店というわけでもない。店には少々失礼かもしれないが、こんなもので良いのかと改めて問いかけてしまう。

問いかけられたコーレアはというと、陽気に鼻歌など口ずさみながら幸せそうに食べ物を口に運んでいた。

「もちろんです。大事なのは『誰と一緒にいるか』なんですから。」

堂々と言い切った彼女の言葉に今度はこちらが赤面する番だった。

 

 

 

適度に腹も膨れたところで、今回の事について改めて彼女に感謝の言葉を述べる。あの時、防衛線が突破されていたらと思うとゾッとする。

「だからそれは……って、団長さま!?」

謙遜されることは分かっていたので、有無を言わせず彼女の頭をポンポンと撫でていく。

恥ずかしそうに頬を染めるコーレアだがこちらの手を振りほどいたりする様子はない。

むしろ、撫でていくにつれてうっとりとした表情を浮かべていく。

普段はしっかり者でみんなから頼られている印象が強いだけに、これだけ弛緩しきった表情の彼女を見るのはたいへん珍しく、つい夢中になって撫で続けてしまう。

「あっ……んっ、団長さま、ああ……。もっと……。」

やがて、コーレアが艶のある声を上げ始め、周りの視線が気になり始めたところでやっと正気を取り戻すことができた。

頭を撫でているだけにも関わらず何かイケナイことをしているような錯覚に囚われる。

「はにゃ……、団長、さま?」

突然の中断されたことに疑問の声をあげるコーレア。まだ思考が追い付いていないのか、口には出さないものの、その瞳は続きをせがんでいるようだった。

 

 

 

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません、団長さま。」

頭を下げる彼女に、気にすることはないと応じるが、正直どうやってここまでの道のりを歩いて来たのか記憶が曖昧だ。

完全にふにゃふにゃになってしまったコーレアを背負いつつ、彼女の私室まで送り届けることには成功したものの、主観的に見ても年頃の女の子を背負って人目を気にしながら移動する男の図はあまりに怪しく、憲兵隊まで通報が寄せられていても文句を言えない光景であった。

「団長さまに撫でてもらうと、ああなっちゃうんですよね、私……。人目もあるのに心の底から幸せな気持ちになってしまって……。」

落ち込んだように語るコーレアだが、男としては嬉しい限りである。常に周りに気を配り、周囲から頼りにされている彼女だが、自分と2人の時くらいは甘えて欲しいと思う。

そう素直な気持ちを伝えると、俯いたままだった彼女が一瞬ピクリと反応を見せ、やがて意を決したように顔を上げる。

「でしたら、その……さっきの続き、してもらえませんか?頑張ったご褒美に、たくさんたくさん甘やかしてください!」

そう言って抱きついてくる彼女をしっかりと受け止める。

その体勢のまま頭を撫でてやると、先ほどまでと違って人目がないためか、あっという間に表情を蕩けさせるコーレア。その妖艶な様に誘われるようにキスを落とすと、もっともっととより激しく求めてくる。

元々が彼女に対するご褒美でたるため、こちらに否やはなかったのだが、普段は真面目で控え目な彼女の艶姿に盛り上がってしまい、翌日が休暇であることを良いことに朝まで甘やかし続けたのだった。

 




もはや日常過ぎて団長が女の子抱えてるくらいじゃ誰も通報しない説。


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13.「別れの悲しみ」に沈む復讐の花騎士―足りないもの―

イフェイオン
花言葉:「恨み」「別れの悲しみ」など
始めた時期的にメイドVer.を先にお迎えしてしまい。通常衣装がお迎えできる緊急イベントの復刻が待ち遠しくて仕方なかった記憶。




――ようやく、ここまでこれた。

知徳の世界花、ブロッサムヒルの王城内に設けられた執務室で、わたしが今日から所属する騎士団の団長は人の良さそうな笑顔を浮かべていた。

ああ、これでやっと……

「わたしはイフェイオン……あなたに会うためにここに来たの。」

わたしの言葉に、微かに首を傾げた団長が問いかけてくる。

「今日が初対面だと記憶しているのだが、どこかで会ったことが?」

その問いかけに対する答えはNOだ。でも……

「あなたが知らなくても、わたしはあなたのことを知っている。

だって、あなたの命を奪うためにここに来たんだから。」

椅子に腰掛けたままの団長は一瞬驚いたような表情を浮かべたけど、目に見える反応はそれだけだった。

騎士学校の入学担当者を脅した時は必死に命乞いをしてきたものだけど、余裕のつもり?

いくら鍛えてると言っても、座った体勢のまま花騎士の動きにはついてこれないはず!

懐に忍ばせていたナイフに手を伸ばした瞬間、静寂を破るように執務室の扉が開かれた。

「うおぉぉぉ!!勇者ランタナ、爆・誕!だんちょに手を出そうという不届き者はお前か!?」

「……へ?」

突然の乱入者はピンク色の髪をサイドポニーにまとめた女の子(ランタナというらしい)で、なぜか頭にはハロウィンでもないのにカボチャの被り物をしていた。

(この狙ったとしか思えないタイミング。まさか暗殺の計画がバレた?)

そんなはずはないと否定する。

団長への復讐を果たすために、多くの時間を費やしてきた。

根回しは完璧だった。

それなのになぜ……。

動揺で考えがまとまらない。

でも、次に彼女が放った言葉はあまりにもあんまりだった。

「あれ、本当に誰かいるじょ~?」

「「…………。」」

「はっ、これはむしろだんちょが女の子を部屋に連れ込んで?むぅ~、私というものがありながら許せん!だんちょ、覚悟~!」

浮気された正妻のような言葉とは裏腹に満面の笑みで団長に突っ込んでいくランタナ。

机に広げられていた書類の束が宙を舞う中、騒ぎを聞きつけた花騎士たちが近づいてくる気配を感じる。

ランタナの突撃に受け身を取り損ねている団長の様子を見れば、彼女の乱入が彼にとっても予想外だったことがわかる。

まったくの偶然で復讐が妨害されたという事実に、思わずその場に崩れ落ちる。

わたしは続々と花騎士がなだれ込んでくるのを見つめながらこれまでのことを思い返していた。

 

 

 

始まりはまだわたしが両親と幸せな毎日を過ごしていた頃。

突然、その日常は脆くも崩れ去った。

「が、害虫だぁぁあああ!」

「騎士団の連中は何をしてるんだい!?このままじゃ……。」

「誰か手を貸してくれ、逃げ遅れたやつが……うわぁぁあああ!」

たった数匹の害虫によって見慣れた景色は地獄に成り果てた。

異変を察知した花騎士が救援に駆けつけたときには既に手遅れ。わたしを逃がすために、両親は目の前で犠牲になった。

生きる気力を失っていたわたしにその理由を与えてくれたのは、救援物資を届けにきた商隊が語っていた噂話。

襲ってきた害虫が近くで行われた討伐作戦から逃げ延びた個体だったこと。

そして、その作戦を指揮していた団長の名前。

幸い、わたしには花騎士の素質があった。

それからのわたしは必死に努力を積み重ねていった。

闘うための技術だけじゃない。

情報収集や交渉術。暗殺に使えそうな技術は何でも身に付けようと頑張った。

両親を手にかけた害虫を滅ぼせるように。

欠陥のある討伐作戦を指揮した団長に復讐できるように。

でも、いざ騎士学校に入学してみて分かったことがある。

わたしの花騎士としての才能が、良くて並程度という事実。

同時期に入学した子がどんどん実績を積み重ねて行く中、退学を勧められたことも1度や2度じゃない。それでも諦めきれなかった。

魔法の才能が無かったわたしは、不意の1撃で大ダメージを与えるべく戦斧を武器に選んだ。

団長のいる騎士団に入れるように裏工作を重ねていく内、相手の不意を突くことは自然と上手くなっていた。

わたしの素の能力では、花騎士として長く生き残ることはできないと思う。

勝負は最初の1回切り。

だから根回しも念入りにやって来た。

予定通り団長のいる騎士団に配属が決まった時。嬉しさを抑えることができなかった。

事情を知らない者には、純粋に憧れの人物いる騎士団に配属が決まったことを喜んでいるように見えたはず。

それからも気を抜かないように気を付けていたはずなのに……。

それでも、失敗した。

直接手を出していなくても、団長の一言で身体検査でもされれば一貫の終わり。隠し持ったナイフを捨てる余裕もない。

埋め尽くす諦念の中、僅かに別の感情が潜んでいることにこの時のわたしは、気付くことができなかった。

「それじゃあ、私はこれで。何か分からないことがあればいつでも呼んでくださいね?」

「ありがとうございます。あの……」

「はい?」

「……いえ、やっぱり何でもない、です。」

「?それでは。」

団長補佐(そう言えば名前を聞いていなかった)のお説教が終わる頃にはすっかり日も暮れた後。

ここまで案内してくれた団長補佐の足音が遠ざかっていく。

案内されたのは薄暗い独房……ではなく、殺風景ではあってもそこそこ広い私室。

持ち込んだ僅かばかりの荷物を開ける気にもなれず、ベッドへと倒れ込む。

騒ぎが落ち着いても、団長はわたしのことを誰にも喋らなかった。

おかげで復讐のチャンスがあるはず!……そう考える度、先程の光景が思い出される。

 

「むっ、団長のお腹、クコ占有権、主張!共存、不可!ヘナ、救援希望!」

「ヘナ、了承。ヘナ、全力……!」

「ぬおっ!だんちょ、ロリっ娘美少女枠さえもランタナだけでは足りないと言うのかぁぁああ!」

「団長、断じて遅刻です?お仕事終わったらモコウとボードゲームの約束。

モコウ、待ってる間に新しい戦術閃いた?早く試しに行くです?」

突如始まる団長争奪戦。

騒ぎが大きくなるにつれて執務室を訪れる花騎士も増えていく。

もはや収集がつかなくなった状況を治めたのは……

「団長様、頼んでいた書類なんですけど……何ですかこの状況!」

団長補佐の一喝だった。

 

団長が多くの花騎士に慕われ、愛されていることは分かった。いや、改めて分からされたという方が正しい。

団長としては若手とはいえ、数々の討伐任務で功績を上げ、所属する花騎士の待遇も良好。

そんな彼の命を奪ってしまえば、わたしはあの憎らしい害虫と同じになってしまうのでは?

騎士学校時代から持ち続けていた疑念が、ここにきて再燃する。

復讐を果たしても心の痛まないような人間であれば、どんなに楽だっただろうか。

団長がどんな理由で黙っているのかは分からない。もしかしたら、ほとんどの花騎士が寝静まった今が最後のチャンスなのかもしれない。

でも、復讐を遂げた後なんて何も考えていなかったはずなのに、ここで実行に移したら何かに納得できない自分がいることを自覚してしまう。

復讐は、一時保留にしようと思う。

今日のような頻度で花騎士が訪れていては、いつ邪魔されるか分からないだけ。

もっと団長のことを知る必要がある。

それまでは……。

長年準備していた復讐が失敗したというのに、この日は最近で1番ぐっすり眠れた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりに投稿したと思ったら、ここを覗きに来る方のほとんどにとってはもはやネタバレ済の優し過ぎる復讐者ネタという。
土下座( ノ;_ _)ノ

書きたいネタ書いてたら既にいつもの投稿文字数程度に達していたので1度切ることにしました。
重ね重ね土下座( ノ;_ _)ノ

他の子の書きたいネタも貯まってるので続きはいつになることやら……土g(以下略)


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14.「親睦」と「友情」の麗しき花騎士―時には鎧を脱ぎ捨てて―

ハリエンジュ
花言葉:「親睦」「友情」「頼られる人」など
端正な顔立ちに町を歩けば女性たちの黄色い歓声が飛び、普段は面倒見が良くて頼りになるお姉さん花騎士。
そんな彼女の可愛らしいギャップの虜になった団長諸兄も多いはず。



七夕が目前に迫り、街は活気に満ちている。

広場には多くの露店が軒を連ね、飲食店や雑貨屋、絵描き屋など種類も様々だ。

祭りのメインとなる短冊を吊るす笹はベルガモットバレーから仕入れたもので、広場の中央に設置され、色とりどりの短冊が風に揺れている。

「ねぇパパ、もっと高くできないの?」

見ると、ちょうど父親と思われる男性に肩車をされた女の子がより高い位置に短冊を飾ろうと四苦八苦しているところだった。

――七夕の夜、最も天に近い笹に短冊を飾れば願いが叶う。

七夕祭りの起源とされるベルガモットバレーに伝わる伝承だが、地域によってその伝わり方には多少の差違があるようで『より高い位置に飾った短冊の願い事が叶う』というのもそのバリエーションの1つだ。

納得のいく高さに届かないことに業を煮やしたのか、女の子が父親の上でむずがりだしてしまった。必死に宥めようとするが落ち着く気配を見せず、このままでは危ないと足を向けたところで一足早く声をかける者がいた。

「お嬢ちゃん、あまりパパを困らせてはいけないよ?」

長く伸ばした銀色の髪を風に靡かせる、落ち着いた物腰の花騎士。ハリエンジュであった。

でも……と言い募ろうとする女の子に、思案下な表情を取っていたが、やがてコソコソと何かを語りかける。

しばらく眺めていると、人通りが疎らになったタイミングを見計らって短冊を受け取り、軽い助走から一息に笹を飛び越えて見せた。

彼女が鮮やかな着地を決めると、手にしていたはずの短冊は器用にも笹の頂あたりに結ばれていたのだった。

 

 

「おや、団長さんじゃないか。」

お礼を述べる親子を見送ったハリエンジュがこちらに気付いて声をかけてきた。

「奇遇だね。今日の仕事はもう良いのかい?」

「つい先程片付いたところだ。ハリエンジュの方こそ、アカシアたちと一緒ではないようだが?」

ハリエンジュは輸送を専門とする部隊、アカシア隊の副隊長を務めており、各地を忙しく飛び回っている。件の笹も彼女たちが運んでくれたものなのだ。

「アカシアからたまには休めと釘を刺されてしまってね。一足先にお役ごめんになったのさ

他の皆はもう少し依頼先を回るそうだよ。」

やれやれと肩を落とすハリエンジュ。

仲間からの気遣いを無下にもできないということらしい。

せっかくなので一緒に街を歩かないかと誘ってみることにした。

「本当かい。休みをもらったのは良いものの、どうやって過ごそうかと思っていたところなんだ!ああ、でも……。」

何やら 歯切れの悪い答えに疑問を感じたのだが、理由はすぐに身をもって知ることとなった。

 

 

 

「ねぇ、本当にこっちの方で間違いないんでしょうね?」

「あら、わたくしがあの方を見間違えるとでも言いたいのかしら?」

「実際にいらっしゃらないじゃない!」

「喧嘩をしている場合かしら。貴女たちも見たのでしょう?」

「「「ハリエンジュ様が男と歩いてた!」」」

「分かってるなら草の根掻き分けてでも探しなさい!」

遠ざかっていく足音を聞きながら路地の影から抜け出し、ホッと安堵のため息をつく。

「ははっ、巻き込んですまないね、団長。」

謝罪するハリエンジュに問題ないと返す。

彼女の人気を考えれば、想定して然るべき事態だったのだ。

『頼りになる人』の花言葉の通り、面倒見が良く落ち着いた性格。それに加えて凛々しい話し方佇まい(身体の起伏はたいへん女性らしいのだが)がハリエンジュの女性人気を後押ししていた。

「彼女たちの気持ちは素直に嬉しいよ?『王子様みたい』というのが誉め言葉だということも理解しているつもりだ。でも一応、私も女の子なんだけど……。はぁ……複雑な気分だよ。」

ため息をつくハリエンジュ。

ここはいつも頑張ってくれている花騎士に、団長としてなんとか力になってやりたい。

思考を巡らせていると、巡回中に見かけたとある露店の看板を思い出し、追っかけに見つからないように気を付けながらハリエンジュを伴って広場への道を急いだ。

 

 

 

「あの、団長さん?やっぱりこんな可愛らしい服なんて私には……。」

呼ぶ声に振り返ると、そこには天女がいた。

「うぅ、団長さんに見られてると思うと余計に恥ずかしい……。ああ、でも可愛い……。きらきら、ふわふわで……。

あの、……変じゃ、ないかな?」

ふわふわとしたスカートの裾を摘まみ、控え目に感想を求めてくるハリエンジュが実に可愛らしい。

広場にあった絵描き屋の看板に『貸衣装あります』の文言を確認していたのだが、ここまでクオリティの高いものだとは思っていなかった。

普段来ているようなかっちりした印象の服装とは違い、薄い紫色と水色を基調としたゆったり目の衣装。ただし着ぶくれした印象を与えるほどではなく、彼女の女性らしいシルエットはしっかりと強調している。

背中から袖先に付けられた羽衣が一房に結わえられた銀色の髪と共に揺れ、彼女の上品な美しさを際立たせていた。

10人が見れば10人とも美人と断言するだろう。

まさに完璧な織姫の姿だ。

(当然、自らも彦星をイメージした衣装を着ていたりするのだが、野郎の衣装を詳しく説明する趣味などないので割愛)

「やっぱり私にこんな格好なんて!」

しかし、中々応答が無いことに思考がネガティブに振り切ってしまったのか、衣装を脱ごうとするハリエンジュ。

慌てて後ろから彼女を抱き締めるように引き留め、後れ馳せながらの感想を口にする。

「……っ!すまない。つい見惚れてしまっていただけだ。凄く綺麗だし……似合ってる!」

凡庸な言葉しか出てこないことを歯痒く思いながらも、それ自体は偽らざる本心だった。

それが伝わったのか、彼女もそこで手を止めてくれる。そこへ……

「まったく、衣装合わせはとっくに済んでるはずなのに何して……どうやら邪魔したようだね。」

開きかけた衣装部屋の扉がバタンっと大きな音を立てて再び閉じられた。

はだけられた衣装。

顔を赤く染めたハリエンジュ。

後ろから覆い被さる男。

これらから導き出される状況は……

この後、店主の誤解を解くのに時間を要したのは言うまでもない。

 

「本当によろしいんですか?」

なんとか無事に作業が終了し、完成した絵を受け取ったのだが、何と着ていた衣装をそのまま持っていって良いと店主が言い出したのだ。

「ああ、構わないよ。これだけ衣装が似合う人と出会ったのはあたしも初めてさ。衣装は他にもあるしまた作れば良い。久しぶりに遣り甲斐のある仕事ができたし、そのお礼だよ。」

綺麗に畳まれた衣装を受け取るハリエンジュに店主が紙切れを手渡しているのが見えた。

何やら文字が書いてあったらしく、それを確認した彼女が盛大に赤面していた。

 

「あっ、団長さんにハリエンジュ先輩じゃないですか!一緒だったんですね。」

そのまま2人で帰路を歩いていると、人混みを掻き分けて小柄な人影が近付いてきた。

元気に話しかけて来たのは同じアカシア隊に所属する花騎士のチェリーセージだった。

どうやらちょうど仕事が終わったところのようで、後ろから隊長のアカシアを含めた他のメンバーもこちらに歩み寄ってきていた。

「こらっ、2人のデートに水差してどうするのよ!」

「ルピナスさん?あっ、そっか……。ごめんなさい団長さん!」

「ふふっ、どうやらお楽しみだったみたいね、ハリエンジュ。」

「誤解を招くような言い方をしないでくれないか、アカシア。まぁ、楽しかったのは認めるけどね。」

思わぬ遭遇にハリエンジュは無意識に抱えていた絵を隠そうと試みたのだが、少し遅かったようだ。

「ところで、さっきから大事そうに持ってるそれは何だい?」

「あー、これはちょっと……。」

いち早く気付いたダリアが問いかけると、誤魔化すのは不可能と悟ったハリエンジュが先程描いてもらった絵をメンバーにも披露する。

「ほう……。」

「これは絵、ですか?団長さんと……わぁ、ハリエンジュ先輩すっごく綺麗です!」

「本当ね、イメージしてた通り……いえ、それ以上だわ。」

「あらあら、これは大事に抱えてるわけよね。」

屯所に着くまで続けられる思い思いの賛辞に彼女は終始赤面を強いられていた。

 

 

 

その日の晩、就寝直前のところに来客を告げるノックの音が響いた。

「団長さん、今良いだろうか?」

その主がハリエンジュだったことにまず驚いたのだが、入室してきたその格好にさらに驚かされた。

訪問の理由を尋ねようとしたところに姿を現したのは、絵描き屋の店主からもらった織姫の衣装に身を包んだ彼女の姿。

恥ずかしさを堪えるようにスカートを握りしめ、潤んだその瞳に訪ねた理由を求めるのは野暮というものだった。

 




というわけで1日遅れながら七夕回の投稿です。

普段は格好良くて頼りになる副隊長ですが、裏では可愛く見られる笑い方を練習していたり、サンタクロースを本気で信じていたりと本当に可愛らしいです。

正直、七夕ということでもっと適任がいた気がするのですが、残念ながらお迎えできておらんのですよ……


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15.「素直になれない恋」の疑心暗鬼な花騎士―せめぎ合う感情の先へ―

アザミ
花言葉:「独立」「報復」「触れないで」など
生放送の紹介の段階でピンと来るものはあったんですが、 何ですかねこの庇護欲を掻き立てまくる生き物。
天井まで回して保証分の1人しかお迎えできませんでしたが、一片の悔い無しです!
※キャラクエのネタバレを含むため、気になる方はブラウザバック推奨です。



「それでは、くれぐれも宜しく頼むよ!」

先程到着したばかりだと言うのに、仲介役の男はそれだけ言い残してあっという間に執務室を出ていった。その瞳はあからさまに自らが連れてきた少女を避けており、一瞬でも同じ空間に居たくないという心情が透けて見えるようだ。

そうした態度に感じるものがなくもないが、一方で彼女もそんな男に興味は無いようで、赤みがかった紫色の瞳でじっとこちらを見据えている。

癖のある長い髪をツインテールに結わえ、服装は黒と瞳の色に合わせた紫を基調としたゴスロリ風のドレス。特に目を引くのは彼女が大事そうに抱えている大きなハリネズミのぬいぐるみだ。

「この人が団長さんだって。怖い人じゃなさそう。だけど……パパはどう思う?」

“パパ”というのは抱えているハリネズミの人形のことを指しているのだろうか?残念ながら詳細までは聞き取ることができない。

ひとまず騎士団長としての責務を果たすべく、自己紹介を促してみる。

「わたしはアザミです。……自己紹介って他にどんなことを言えば良いの?」

難しく考える必要はない。例えば好きなものなど教えてもらえたら嬉しい。

「……そんなのありません。嫌いなことなら、いっぱいあるけど。」

とりつく島もない回答に一瞬唖然となるが何とか立ち直り、彼女に手を差し出す。

これから一緒に戦っていくことになるのだ。出来れば仲良くやっていきたい。

「あっ、触らないでくださいね?

わたし、触られるの嫌いなので……。」

そう言って執務室を退出するアザミ。取る者が居なくなった手を引っ込めることができたのは、任務の報告書を持ってきた花騎士にツッコミをくらってからだった。

 

 

 

こうした対応は仲間の花騎士でも似たり寄ったりであるらしい。

団長として彼女の対人関係に気を揉んではいるのだが……。

「団長さん、余計なことしないでください。アザミは友達も家族も皆、皆要らないんです。パパさえいればそれで……。」

当の本人がこれなのである。

「アザミは花騎士だから、団長さんの命令どおりに戦います。でも、それだけ。

アザミ、団長さんなんてだいっきらいなので。

だから、他のことでアザミに関わらないで。」

彼女がここまで他者を拒絶する理由は、ある程度調べがついている。

仲介役の男が持ってきたアザミの出自に関する報告書。気乗りはしないが、何か彼女の心の殻を破る手がかりになればとページを捲っていく。

 

――アザミの母親は彼女の父親以外に何人もの男性と関係を持っていた。

寡黙な夫はその状況にも沈黙を貫いたのだが、ついには2人を置いて家を出ていってしまった。

夫が家を出てからもアザミの母親は男たちとの関係を絶つことはなく、彼女と関係を持つ“パパたち”は最初こそ彼女の母親へのアピールとしてアザミに良い顔をしていたものの、やがて自分に靡かないと見るや暴力を振るい始めた。

そんなある日、事件は起きた。母親とその交際相手から暴行を受けた際にアザミの魔力が暴発したのである。

その事件を期にアザミは騎士学校に預けられることになる。いつ魔力を暴発させるかわからない“危険人物”として。――』

 

報告書はもう少し続くのだが、吐き気を催すような内容に報告書のページを閉じる。

乱暴に閉じられた報告書のとばっちりを受けた机が抗議でもするように悲鳴を上げ、振り下ろした方の拳に鈍い痛みを伝えてきた。

アザミが大事に抱えているハリネズミのぬいぐるみは、本当の父親からもらった唯一の贈り物なのだそうだ。

彼女を置き去りにすることはなく、気に食わないからと暴力に訴えることもない理想の“パパ”。

改めて読み返しても打開策などは浮かんでこない。しかし、やるべきことは変わらない。

それを確信できたことだけは収穫だった。

 

「キシャアアアアアアアッ!!!!」

報告を受けて駆けつけたこちらの部隊を、害虫は数の有利を活かして取り囲むように位置取ってきた。

多方面で同時に戦闘が起こり、どうしても指示が行き渡らない。あちこちで響く剣戟の音に焦りばかりが募っていく。

何とか戦力を集中して一点突破を図るべく指示を飛ばしていると戦場の一角から凄まじい魔力の高まりを感じ取った。

その中心にいるのはアザミだ。

「嫌い、嫌い、だいっきらい!!

害虫も同じ。お母さんや“パパたち”、団長だってきっと……皆、皆同じ。アザミの前からいなくなれ……っ!!」

矛先である害虫だけでなく、味方の花騎士まで怯むほどの禍々しい怒りの感情の発露。

『†メランコリーワルツ†!!』

アザミの魔力に操られた複数体の人形が害虫の群に突っ込み、包囲網に風穴を開けた。

単身で戦況を動かすほどの活躍を見せたアザミだが、この状況はまずい!

「キシャアアッ!!」

向けられた憎悪に憎悪で返すように、生き残った害虫の目標が大技の直後で対応が鈍くなったアザミに集中する。

援護しようにもこの位置からでは彼女も巻き込んでしまいかねない。

「あぅ…………っ!」

防御をすり抜けた害虫の攻撃がヒットし、吹き飛ばされたアザミが抑えた呻き声を上げる。

その拍子に、彼女が大事に抱えていたぬいぐるみが腕からこぼれ落ちた。

「……っパパ、パパ!?」

こんな時まで!?

自らの危険も省みずぬいぐるみを拾おうとするアザミ。

周囲を囲まれた状態でそんなことをすれば……

危ない、と思った時には既に体が動いていた。

「……っ団長さん!?」

アザミを抱き抱えるようにして地面を転がると、直前まで胴体があった場所を鋭い何かが突き刺す鈍い音が響く。

当然視界に入れて確認している余裕などあるはずもなく、未だに放心しているアザミを仲間に預けると、今度はぬいぐるみを回収するべく未だに害虫の密集するその場所へと足を踏み入れる。

害虫もこちらの動きに感付いたようだが、今度は花騎士たちのサポートもあり難なく回収することができたのだった。

その後は早かった。

アザミが道を切り開いてくれた上、彼女への報復のため1ヶ所に固まった害虫たちを逆に包囲することで群の一掃に成功したのである。

 

 

 

書き上げた報告書をチェックし終えると、時間もだいぶ遅くなってしまっていた。

部隊の指揮官という立場にも関わらず無茶をしてしまったことで、同行していた花騎士や団長補佐であるナズナにこっ酷く叱られてしまった。

今後は気を付けよう……できるだけ。

そんなことを考えながら就寝支度を整えていると、遠慮がちに扉をノックする音が響いた。

こんな遅くに誰だろうか?

「…………。」

応答はないのだが、扉越しに人が離れていく気配もないのでゆっくり扉を開いていく。

そこには俯いたままアザミが立っていた。

だが、無事に彼女の元へ生還を果たしたはずのハリネズミのぬいぐるみは不在のようだ。

何か思うところがあるのだろうか?

しかし、扉が開いても入室してくる気配はなく、かと言ってどこかに立ち去るわけでもない。

試しに来客用のソファーを勧めてみたのだが、それでも彼女はその場から動こうとはしない。

どうしたものかと考えた末、しゃがんで彼女と視線を合わせにかかる。

それでも無反応を貫いていたアザミだったのだが、やがて意を決したように口を開く。

「……団長さんは、何でアザミにあんなことしたんですか?」

こちらを睨む視線は、どことなく力ない。

あんなことと言われて思考を巡らせると、彼女を害虫の攻撃から庇う際に思いっきり抱き締める形になってしまっていたことに思い当たる。

咄嗟のこととは言え、触れられることにあれだけ拒否反応を示していた程である。実は相当不快な思いをさせてしまっていたのではないか?

そう思って頭を下げてみるのだが、アザミは頭を横に振って否定する。

「団長さんはどうして、……どうしてアザミに取り入るようなことをするんですか?」

取り入る?そう疑問系で返すと、彼女の瞳に苛立ちの感情が揺らめくのを感じた。

「とぼけないでください!たくさんの“パパたち”も最初はそうでした。

お母さんに取り入るためにわたしに良い顔をして……なのに!」

それは報告書にも記載されていたこと。彼女の母親は誰かを選ぼうとはせず、アザミを取り込めないと判断した“パパたち”も一緒になって彼女に暴行を加えた。その結果……。

「アザミは……いつも人を傷つける。

だから皆アザミのことを嫌いになるの!

団長さんも……きっとそう。

だから……信じたくない。

なのに、どうして?団長さんは信じさせようとするの?アザミやパパを助けたりするの!」

止まらない感情の奔流。

魔力の暴発は、幼かった彼女の心に相当根深い傷を残しているようだった。

「団長さんだけじゃない……どうしてここの皆はどんなに酷いことを言ってもアザミを嫌ってくれないの?」

報告書によれば、魔力の暴発は彼女の防衛本能が働いた結果なのは明らかだ。

この騎士団に、彼女を傷つける者などいない。

もしアザミを傷つけるような輩が現れたなら、その時は自分が……この騎士団の全員がアザミの味方だ。

一言一言丁寧に思いの丈を彼女ににぶつける。

「団長さん……。」

アザミが震える手をこちらに伸ばしてくる。こちらからは何もしない。

どれだけ言葉を並べ立てたところで、最後の1歩を踏み出すのはアザミ自身でなければならない。

伸ばした手がこちらに触れる。

震えが伝わってくるその身体を、今度は明確な意思でもって抱き締めてやる。

一瞬身体が強張ったように感じたものの、アザミはゆっくりと体重を預けてくれた。

それがどれだけの勇気を要する行為なのか、自分には想像することもできない。

やがて彼女の震えが落ち着いた頃には規則的な寝息が聞こえてくるのだった。

 

 

 

「やっぱり、アザミはまだ団長さんを信じて良いのかわかりません。」

翌朝、先に起きていたアザミが開口一番に告げてきた言葉だ。

一度部屋に戻ったようで彼女の腕にはぬいぐるみが抱えられている。

こちらとしても、幼い頃から傷つけられてきた彼女の心を一朝一夕にどうにかできるとは思っていない。

だが、まったく前進がなかったかと問われればそういうわけでもない。

「だから、これからは団長が信じられる人か近くで見てるから。」

それからアザミはどこへ行くにも付いてきたがるようになった。

「パパも今後はしっかり見極めたいそうなので、気を付けてくださいね?団長さん。」

任務や飲食はもちろん、会議は花騎士が同席しても大丈夫なものなら同席させたりもできたが、風呂やらお手洗いまで付いて来ようとした時にはさすがに焦ったものだ。

彼女を包む心の殻を完全に取り払うためには、きっと長い時間が必要になることだろう。

それでも、彼女ならきっと克服できる。以前より少し笑うことが増えた、今も袖を掴んで隣を歩く彼女を見ながら確信する。

ふと、こちらの視線に気づいたアザミと目が合い、頭を撫でてやると柔らかな笑みを浮かべる。

それまでこの笑顔とともに歩んで行こう。そう気持ちを新たにするのだった。

 

 

 

 

 




他に書き始めてたSSもたくさんあったはずなんですが、キャラクエ巡回してたら我慢できなくなった模様。

彼女をお迎えできた団長諸兄は是非とも精一杯の愛情を注いであげてください!


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16.「幸せな思い出」の泣き虫花騎士②―嬉しさと寂しさ―

オジギソウに次ぐ嫁枠なのでいつかリベンジしたいとは思っていたものの、かなり伸び伸びになってしまいました……
こっち書いてる内に他に書きたい子も溜まる一方だし、ほんまどないしよ……。


ラカタンビーチ。常夏の世界花、バナナオーシャンの南東に位置する人気の観光スポットであり、今日もマリンレジャーを楽しむ多くの人で賑わっている。

「さぁ、今年も特訓頑張りますよ~!」

元気いっぱいな掛け声とともに、1人の花騎士が白い砂浜を駆けていく。

その花騎士、ネリネとここを訪れるのもすっかりお馴染みとなった。

「団長さ~ん、はやくはやく♪」

幼い子どものようにはしゃぐその姿に苦笑しつつ、彼女の後を追う。

『私、海やそこに住んでる生き物が大好きなんです!人魚姫に憧れてて……でも、実は私泳げないんですよね。とほほ……。』

騎士団に配属されてすぐの頃、そう語っていたネリネ。

試しに泳ぎの訓練に行くという彼女に付き合ったりもしたのだが、初めの頃は足が水に浸かるだけで怖がってしまうほど。

冗談のつもりで、これではお風呂でも溺れてしまうのではないかと聞いてみると、これがなんと図星だったようで、遂には泣かせてしまった。

自他ともに認める泣き虫な花騎士。

足が着くところで溺れかけ、

深くなっている箇所に足を取られて溺れかけ、

波に浚われて溺れかけ……

彼女の涙を見なかった日は無い。

それでも、彼女は決して諦めなかった。

「もう団長さん、遅いですよ!」

待ちきれなかったのか、浅瀬で先にばた足の練習を始めたネリネが水飛沫を上げる。

子の一人立ちを見送る親とはこのような心境なのだろうか?

『手をギュッて握っててください……絶対に離さないでくださいね?』

今でも涙目で見上げてくる彼女の姿を鮮明に思い浮かべることができる。

彼女の成長を嬉しく思いつつ、一抹の寂しさを覚えるのだった。

 

 

 

それからしばらくは浅瀬で泳ぐネリネをただ見つめているだけの時間が続いた。

彼女が憧れている人魚姫には及ばないかもしれないが、泳ぎのフォームも中々様になってきたように思う。

そもそも泳ぎの訓練の付き添いとは言ったものの、余程の事態でもない限り今のネリネが溺れるようなことはないのだ。

「ザッパァァァアアアン!!」

「へ、害虫?きゃああああっ!?」

そう、例えばこのように泳いでるところを害虫に襲われたりしない限り……っと言ってる場合ではない!

カマキリ型の害虫は器用にサーフボードを乗りこなし、起こした波で彼女に襲いかかる。

「おい、あれ害虫じゃないか?」

「ねぇ、女の子が襲われてるじゃないの!誰か早く騎士団に連絡を!」

騒然とし始めるビーチで、海から距離を取ろうと逃げ惑う人々。

幸い、ビーチに侵入してきた害虫は1匹のみらしく、世界花の加護を持つ彼女を優先的に狙っているようで一般の観光客を襲う素振りはない。

しかし、戦況が悪いことに変わりはない。

「うぅー、負けないもん!」

「ザッパァァァアアアン」

必死に応戦するネリネだが、その攻撃は害虫に容易く回避されてしまう。

今は何とか膠着状態を維持できているが、このまま消耗戦が続けば先に限界がくるのは明らかだった。

無意識ネリネの元へ向かいかける。しかし、それを制したのは彼女の言葉だった。

「団長さん!私は大丈夫ですから逃げ遅れた皆さんの避難を!」

一瞬躊躇したものの、こちらを振り返った彼女の表情を見て冷静さを取り戻し、逃げ遅れた人々の救助を急ぐ。

彼女が得意とする大出力の氷魔法。それに巻き込まれる人が出ないように。

『氷術・ネレイスマーメイド!』

避難を完了したことを伝え、害虫を迎え撃つべくありったけの魔力を注いで放たれた魔法。

徐々に彼女の周りの水が意思を持ったようにうねり始めたかと思うと、巨大な水球が海面上に形成される。

優雅にその周囲を泳ぐ彼女の下半身には氷で形成されたマーメイドドレスが揺らめき、ポニーテールにまとめられた彼女の髪は水飛沫と共に太陽の光を反射して幻想的に煌めく。

その姿はまさに彼女の憧れとする人魚姫そのものだった。

あまりの光景にたじろぐ害虫に襲いかかる水の奔流。

「ザ……ザッパァァァ……ン……」

巨大な水球から生成された大波を何とか乗りこなそうと沖に流されながらも抵抗していたカマキリ害虫だったが、やがてその姿は完全に呑まれて見えなくなった。

単独で害虫を撃退した小さな花騎士の活躍を讃える拍手が鳴り響く中、ネリネはいつまで経っても水面に顔を出さない。

嫌な予感がして彼女が落下したと思われる地点に急行すると、案の定魔力を使い果たし、身動きすることもできずに溺れかけているところを発見したのだった。

 

 

「あの……ごめんなさい、団長さん……。」

背中に感じる確かな重みを感じながら、気にする必要はないと応じる。

日が暮れかけた帰路の途中、もう何度目かわからない謝罪の言葉。

害虫を撃退した際の凛々しさとはかけ離れた姿に苦笑する。

あの後、口々に感謝を述べる人々に囲まれてしまい、訓練どころではなくなってしまったので理由を付けて切り上げて来たのだ。

ネリネも確かに疲労はしているものの、自力歩行ができないほどではない。

ビーチからだいぶ離れたため、本人からの希望もあって彼女を下ろし、手を繋いで残りの道のりを2人で歩く。

それにしても、よく泣かずにここまでやり遂げたものだ。

思わず口を出た言葉だった。

ネリネの成長を喜ばしく思いつつ、今朝に感じた寂しさも手伝って若干の棘を含んだ言葉になってしまった。

「だって、団長さんが助けてくれるって信じてましたもん♪」

しかし、そんな言外の棘に気付いた様子もなく、ネリネは無邪気な笑みを浮かべながら事も無げに言う。

「魔力を使い切って動けなくなっても、団長さんならって……団長さん!?」

突然歩みを止めて彼女を抱き締めたものだから、驚いたネリネが言葉を止める。

彼女の存在を確かめるように強く強く抱き締める。

それなりに苦しい姿勢のはずだが、彼女は抵抗することなく受け入れてくれている。

中々水面に顔を出さなかった時は心臓が止まるかと思った。

陸地まで連れ帰り、息を吹き返した際にどれだけ安堵したことか。

彼女の成長が嬉しいようで寂しい。

ああ、子の独り立ちを素直に喜べない親の心境とはおこがましい。

これでは独り立ちできていないのは自分の方ではないか。

大人気ないと思いつつも、思いの発露を止めることができない。

ネリネの小さな手が頭を撫でてくれている。

この時は恥ずかしくて耐えられないと思う余裕すらなかった。

自分では意識することもできなかったのだが、幸いなことにすれ違う人は無かったようだ。

宿泊先に辿り着けたのはすっかり日が暮れてしまった後だった。

 

 

 

 

 

 




スキル『氷術・ネレイスマーメイド』が原作と違う感じになっていますが、あの演出はゲームならではのものだと感じたので、ちょっとアレンジさせて頂きました(ビクビク)



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17.「温厚」なニーヅマ花騎士―包容力溢れる甘え下手な君へ―


ナイトフロックス
花言葉:「温厚」
別名新妻さん
万華祭の「お母さんになって欲しい花騎士」部門ではプルメリアの圧勝に終わりましたが、彼女も6位と大健闘!
結局は人気のキャラが上位を占める中、この順位は誇って良いかと。




くぅーっ……

腹がかすかに情けない音を発したことで、意識の外に追い出していた空腹感が戻ってきた。

時計を確認すると昼はとっくに過ぎているようだが、目の前に積まれている書類は何としても今日中に仕上げなければならない。

食事を取る時間すら惜しく、すっかり温くなってしまったコーヒーを一気に流し込むことで空腹を誤魔化そうと試みるが、それがいけなかった。

……げほっ!?

飲み込み損ねた分を盛大に吹いてしまう。

書きかけの書類を侵食していく黒いシミに一瞬遅れて反応したものの時既に遅く、完成間近だったここ数時間分の成果が振り出しに戻されたのは絶望の一言だ。

「失礼します、団長さん。

……どうされました?」

放心状態でガックリと椅子に腰かけていると、ノックの音を響かせてナイトフロックスが顔を出した。

何か用事だろうか?

情けない姿を見せてしまった気まずさもあって素っ気なく問いかけると、彼女は少し呆れたように肩をすくませる。

「あらあら、お忘れですか?」

……っ。すまない!

彼女の言葉を聞き、必死に回転した頭が次回の討伐任務について打合せをする予定だったことを思い出す。

当然、机の上の惨状はこれから打合せをしようという状態ではない。

「それは良いんですけど……団長さん、ちゃんと食事とか睡眠は取れていますか?

最近お忙しいようですけど、不摂生はいけませんよ?」

反射的に大丈夫と答えそうになったが、実際に仕事を溜めてミスを連発したばかりでは反論の余地はない。

「こちらは私が片付けておきますから、団長さんはシャワーでも浴びてきてください。」

言われて改めて備え付けの鏡で自分の格好を確認する。

進捗に詰まる度に掻きむしった髪はボサボサ、寝不足で充血している目の下にはくっきりと隈が浮かび、朝の手入れを怠ったせいで無精髭も伸びている。さらに先程の失態で服のあちこちにコーヒーの跳ねた跡が見受けられ……客観的に見なくても酷い有り様だ。

これ以上醜態を晒し続けるわけにもいかないので、ここは大人しく彼女に甘えることにした。

 

 

 

「~~~♪」

シャワーで汗を流し終えると、ナイトフロックスが鼻歌交じりに食事の用意をしてくれているところだった。

その手際は見事なもので、たちまち食欲をそそる良い香りが漂い始める。

そんな彼女の姿に見惚れていると、先程とは比べ物にならない音量で腹が鳴り、気づいた彼女がこちらを振り返る。

「ふふっ、我慢できなくなっちゃったんですか?可愛いですね、団長さんは。もう少しでできますから待っててくださいね? 」

子どものように扱われたことに顔が赤くなるのを感じるが、ナイトフロックス相手だと悪い気はしない。

大人しく待っていると、いくらもしないうちに美味しそうなスープが綺麗に片付けられた執務机まで運ばれてきた。

お礼を言ってから口に運ぶと、温かいスープが空きっ腹に染み渡っていくのを感じる。

美味しい、これ以上ないシンプルな感想に、ナイトフロックスは穏やかに微笑む。

「お口に合ったようで何よりです。おかわりはまだありますから、遠慮なく言ってくださいね。」

そう告げる彼女だが、1度火が付いた食欲は元より遠慮するつもりなどなく、あっという間に用意された分を完食してしまった。

ナイトフロックスはというと、既に使い終わった食器類を片付け終え、食後のコーヒーを淹れてくれている。

しばらくそんな彼女を見つめていたのだが、食欲が満たされたことで今度は睡眠欲が襲いかかってくる。

ただでさえ仕事が溜まっているのに、ナイトフロックスにまでこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。そう思うのだが、徐々に瞼が重くなっていくのを感じる。

やがてこちらに戻ってきたナイトフロックスが何やら語りかけてくる気配はするのだが、既に返事をする余力など残っておらず、誘われるままに意識を手放したのだった。

 

 

 

目を覚ますとまず視界に映ったのは豊かに実った女性の象徴。頭の後ろには柔らかな感触も感じられ、起き抜けで働かない頭が少しずつ現在の状況を認識する。

「あら、ゆっくりお休みになれましたか?団長さん。」

どうやら来客用のソファーの上でナイトフロックスに膝枕をされているらしく、彼女の発する甘い香りが鼻腔をくすぐる。

チラッと見える部屋の様子は今朝より幾分片付いている印象を受ける。

慌てて体勢を起こそうと試みるが、柔らかな膨らみを押し付けられるようにして抑え込まれてしまった。

「……あんっ!もう、えっちな団長さん。」

自分から押し付けておきながらそんなことを言うナイトフロックス。

悪戯っぽい笑顔を浮かべているあたり、きっとまたからかっているのだろう。

しかし、この体勢からでは勝ち目もないので大人しく膝枕をされていることにする。

元々は討伐任務の打ち合わせに来たはずなのに何から何まで申し訳ない。

謝罪の言葉を口にすると、彼女は浮かべる笑顔を穏やかなものに変えて首を横に振る。

「家事や料理は好きですから構いませんよ。でも、団長さんはもっと規則正しい生活を心がけた方が良いと思います!」

まるで『お母さん』のようなことを言うナイトフロックス。

首が回らなくなって彼女の世話になるのは今回に限った話ではない。

どうにかしなければとは思うのだが、騎士団の規模も徐々に大きくなっており、それに応じて仕事が増えているのも確かなのである。

「頭では必要なことだって理解してるつもりですよ?でも、ふたりで過ごす時間が少なくなってしまうのは……やっぱり寂しいです。」

切なげな表情を浮かべる彼女にハッとする。確かに、ここ最近は事務仕事や任務で忙しく、彼女とゆっくり過ごす時間を取れていなかった。

仕事の話とはいえ、久しぶりに2人で過ごす時間。彼女はこの日を楽しみにしていたのではないだろうか?

部下の花騎士である前に、最も大切な女性である彼女の優しさに甘え、寂しい思いをさせていることにも気付かないとはとんだクソ野郎である。

「団長さん?……ぅむっ!」

完全に抵抗を諦めたものと油断していた彼女の不意を突き、上半身を起こして唇を奪う。

彼女の両腕は抵抗するようにこちらを押し退けようとするものの、その力は申し訳程度であり、本気で抵抗するつもりがないのは明白だった。

「……ぷはっ!はぁ……はぁ……。」

息の続く限り繋がっていた2人の間には唾液の橋がかかり、それを見つめるナイトフロックスの表情には確かな艶の色が浮かんでいる。

「お仕事、宜しいんですか。私、これ以上は我慢できませんよ?」

なけなしの理性をかき集めたように釘を刺してくるが、こちらは既に我慢するつもりなどない。

そっと彼女の柳腰に手を添えると、そのまま身体を預けてくれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




そう言えば手玉に取られる団長って書いたこと無かったなーと思って書き始めたけど、慣れないことはやるものじゃない(苦笑)。


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18.「敏感」と「鋭感」の寝坊助花騎士④―儚くも輝き束ねて―

他の方々の嫁回見てたら無性に書きたくなった嫁回。
花騎士の子たちはみんな可愛いんだけど、やっぱり私の中の嫁枠と言ったらこの子なんだな~と再確認できました。

自分で書いといてあれなんですが、我ながら最後テンションおかしい(深夜テンション?)ので、読み飛ばして頂いても一向に構いませんです、はい。


「それじゃあ任務の準備もあるし、わたしはこの辺で。団長たちもあまり根を詰めすぎないでくださいよ?」

そう言って事務作業を手伝ってくれていた花騎士がまた1人執務室を後にする。

退出際、意味深な視線が自分ともう1人の間を行き来していた気がするのだが……気のせいだろうか?

今この場に残っているのは自分とオジギソウの2人だけである。

最近は討伐任務が立て込んでおり、休暇もバラバラだったためにこうして2人きりになるのは久しぶりだ。

――うん?

しばらく作業を続けていたのだが、ふと視線を感じてそちらに目を向けると、こちらを覗き込んでいるオジギソウと目が合った。

「……っ!?」

重なった視線はすぐに逸らされてしまったが、思い返してみると他の花騎士と一緒に作業をしている間も何度かチラチラとこちらを伺うような素振りを見せていた。

そこで、先に退出していった花騎士たちの意味深な視線を思い出す。

元々恥ずかしがり屋なところがあるオジギソウである。彼女たちはこの状況をお膳立てしてくれたのではないだろうか?

どうやらオジギソウも同じ結論に至っていたようで、しばらく逡巡した後に意を決してこちらを見上げてきた。

「団長さま、今度のお休みなんですけど……私とお祭りに行きませんか?」

お祭り?

つまりはデートの誘いである。

任務に追われて失念していたが、開催の申請が上がっていたのを思い出す。

改めて日取を確認してみると、確かに我々の休暇が重なったその日の開催となっていた。

久しぶりに2人揃っての休暇とあって彼女からの誘いがなければどこかに出掛けようと考えていたのだ。当然、断るなどありえない。

「本当ですか!?楽しみです~♪」

了承の言葉を返すと途端に顔を綻ばせ、作業に戻るオジギソウ。

その姿は傍目から見ても上機嫌であり、当日までに多くの花騎士から質問攻めされる彼女を目撃することになるのだった。

 

 

 

夜には花火も打ち上がるとのことなので、昼までは街で買い物と食事を楽しんだ後、一度解散して会場で待ち合わせることになった。

徐々に賑やかさを増していく人混みの中、会場へと続く入口付近でオジギソウの姿を探す……とは言っても、待ち合わせの時間にはかなり余裕があるため、当然だがまだその姿は確認できない。

楽しみのあまり約束の時間より早く来すぎてしまうとは……質問攻めにされる彼女をからかっていたというのに、所詮は同じ穴の狢である。

「えっ、団長さま!?もしかして……お待たせしてしまいましたか?」

近くの喫茶店で時間を潰そうと踵を返したところ、慌てた様子の声に呼び止められる。

「時間がかかりそうだから、お待たせしちゃいけないと思って帰ってすぐに準備したのに……む~、団長さま早すぎですよ~!」

不満を口にするその声はオジギソウのものに違いなかった。

すまんすまんと謝りながら声のした方に顔を向けると、視界に入った彼女の姿にほぅ……と、つい惚けた声を上げてしまった。

「あっ、どうですかこれ?バナナオーシャンの両親が送ってくれたんです~♪」

こちらの反応に気を良くしたのか、機嫌を直したオジギソウがその場でくるっと回ってその姿を見せてくれる。紺色の浴衣姿だった。

夜空に瞬くたくさんの星をイメージしたデザインはどこか儚げで、派手さがないのがむしろ彼女の魅力を引き立てている。

普段は結われている栗色の髪もアップにまとめられており、帯にあしらわれた赤と黒のシックな印象と合わさって普段より彼女を大人っぽく魅せていた。

綺麗だ……。すごく似合っている。

そう答えるのがやっとな自分の甲斐性の無さが恨めしい。しかし、言外に含んだ部分もしっかり汲み取ってくれたらしく、照れたような微笑みを浮かべてくれた。

「えへへ♪団長さまならそう言ってくれるって思ってましたけど、直接言われると嬉しいものですね~。」

そう言ってこちらの腕に抱き付いてくる。

「団長さま、すごくドキドキしてるのが分かります~。言葉なんて無くても、私のこと、意識してくれてるって……。」

いじらしいことを言ってくる彼女の頭を、抱きつかれてる方とは逆の手で撫でつつ賑わう会場に向けて足を運ぶ。

 

 

 

「む~~。」

真剣な表情のオジギソウが見つめる先には、大小様々な景品に繋がれた木製の柱がランダムに配置されている。彼女の手元にはカラフルに色付けされたゴム製の輪っかが握られている。

立てられた柱を囲むように輪っかを落とせば対応する商品がもらえるというシンプルなゲームのようだが、当然高価な品は難易度も高い。

果敢にチャレンジする大人たちの横で、子どもたちが近場の比較的取りやすいお菓子を狙って一喜一憂している。

「お嬢ちゃんは投げないのかい?」

中々投げようとしないオジギソウに気付いた店主が話しかけてくるが、集中した彼女の耳には届いていないようだ。その並々ならぬ雰囲気に、店主ばかりでなくざわざわとしていた周囲の客までが一瞬静まり返った……その瞬間。

「そこです!」

気合いと共に放たれた輪っかは綺麗な放物線を描き、全弾が目標の柱に収まっていた。しかも、そのどれもが明らかに高難度と分かるものばかりである。

ベイサボールが得意だと以前聞き及んでいたのだが、このコントロールは大したものだ。

「やった、やりましたよ~団長さま!」

どっと沸く周囲と、呆然とする店主を尻目に満面の笑みを浮かべるオジギソウ。

結局、彼女自身が一般人向けの遊びに本気を出してまで景品を受け取るつもりは無かったらしく、そのまま立ち去ろうとしたのだが「沽券に関わる」と主張する店主と押し問答の末、両手一杯のお菓子をもらって集まっていた子どもたちに配ることで落ち着いたのだった。

 

 

 

「ふぅ……楽しかったですね、団長さま。」

しばらくは出店のゲームを巡ったり軽食を取ったりしながら過ごし、今は人混みから離れたベンチで一休み中だ。

五感が鋭いオジギソウにとって、人が多く集まるところは情報過多になりやすい。休憩を挟んだ方が良いだろうという判断だったのだが……

「私だって、成長してるんですよ~。」

こちらの心配を先取りしたようにオジギソウが胸を張る。どうやら心配したほど疲れを溜め込んではいないようで安心する。

今日のデートにしても、自分から人の集まりそうな場所を指定してきたりと、確かに彼女は成長しているのだろう。

そんなことを考えていると、でも……と話が続けられる。

「まだ、団長さまが隣にいないと上手くコントロールできないんですよね~。」

苦笑を浮かべつつ白状するオジギソウ。

「団長さまの傍はすっごく安心なので、団長さまに意識を集中しておけば回りの音とかがそこまで気にならなくなるんです~。

えっと、その分心臓の音とか、息遣いとか……余計に意識してしまってドキドキしちゃうんですけどね?って、私ったら何で言わなくて良いことまで……うぅ、恥ずかしいです~。」

羞恥で蹲ってしまうオジギソウ。こうなってしまうと下手な慰めは逆効果になるのは分かっているので彼女が落ち着くのを待つことにする。

 

 

 

どれだけの間そうしていただろうか?

「今、泣き声が聞こえませんでしたか?」

突然そんなことを言い出したかと思うと、立ち上がって一直線に走り出すオジギソウ。

「やっぱり聞こえますね。……こっちです!」

正直これだけの人混みの中では子どもの泣き声など聞き取れはしないのだが、オジギソウが言うのだから間違いないのだろう。

人の波を掻き分けるように進んでいくと、確かに道端で泣きじゃくる幼い女の子の姿を捉えることができた。

しかし、大変なのはその後だったのだ。

近くに人影がないところを見るとおそらく迷子だと思われたのだが、こちらが何を聞いても泣き止む気配がなく、この子の名前すら聞き出せていないのが現状だ。

視線を下ろすと、膝の辺りを擦りむいてしまっているのが分かった。不安と痛みでパニックを起こしてしまっているのだろう。

どうしたものかと頭を悩ませていると、ここまで静かだったオジギソウが女の子に優しく語りかけ始めた。

「もう大丈夫ですよ~。花騎士のお姉さんがお父さんとお母さんのところへ連れていってあげますからね~。」

花騎士という言葉に、女の子が微かな反応を見せた。

「……お姉ちゃん、花騎士なの?」

「はい、頼りになる騎士団長さまも一緒ですから心配は要りませんよ~。」

オジギソウの言葉に、おっかなびっくりながらも女の子がこちらを見上げてきた。

せっかくオジギソウが持ち直させた彼女の感情を刺激しないように、いかにも自信満々に見えるように任せて欲しいと胸を叩く。

その甲斐もあって、いくらか女の子が落ち着いてきたのでいよいよ両親探しに移る。

「それじゃあ、お姉さんにお名前を教えてくれませんか?」

「……◯◯◯。」

「◯◯◯ちゃんですか~。可愛い名前ですね。それじゃあ、ちょっとだけ待っててくださいね?すぐに見つけちゃいますから!」

名前さえ聞ければこちらのものである。

人混みからでも◯◯◯ちゃんの声を聞き取ったオジギソウが、我が子を探す両親の声を聞き逃す訳がなかった。

「花騎士のお姉ちゃん、ありがとう~!」

程なくして無事に再会を果たし、女の子は両親と共に再び人混みに紛れていったのだった。

 

 

 

しゅっと良く晴れた夜空を切り裂くように舞い上がった火花が色とりどりな大輪の花を咲かせている。

「ふぁ~、はぁ~。綺麗ですね、団長さま~。」

こちらの肩に頭を預け、眠そうな様子のオジギソウが語りかけてくる。

さすがにあの人混みの中から特定の声や言葉を聞き取るのはそれなりに負担がかかったようで、親子を無事に見送った直後に寝落ちした時はかなり焦ったものだ。

何とか花火の始まる時間までには起きてくれたものの、疲れが溜まっているのは間違いない。

「私も、まだまだ……ですね~。ふぁ~。今度は、もっとお役に立ちますから~。」

最後に特大の一発が打ち上がったかと思うと、オジギソウはいつの間にか安らかな寝息を立てていた。起こさないように気を付けながら彼女を背負い、騎士団本部への道を歩く。

ふと空を見上げると、夜空には満天の星が輝いていた。

個々の輝きは小さくとも、より集まることで夜空を明るく照らす星の瞬きに想いを巡らせる。

千年間続く害虫との終わらない戦い。その闇を照らすべく、人々の希望の光となって戦う花騎士たち。

いつの日か、この夜空のように闇が照らされる日が来ることを信じている。

そんな日が来るために、自分もできることをやっていこう。

背中の確かな温もりを感じながら、明日以降の任務への心意気を新たにするのだった。

 

 

 




そんなこんなで嫁回でした。
他の子のネタも渋滞起こしてるのに何をしているのか(後悔はない)。

お盆は連休もあるので、今度こそ渋滞している子たちのネタを消化していきたいところ(願望)。


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19.「夢想」と「安らぎ」の眠り姫―かかる期待と希望の象徴―

ネムノキ
花言葉:「夢想」「歓喜」「創造力」など
万華祭にて、ニューカマー枠を飛び越えて総合優勝を掻っ攫う姿はさすが伝説の眠り姫様。メインストーリーのブーストがあるにしても、未だに勢い衰えぬアネモネとエノテラ両名を抑えての1位は圧巻でしたね。

※水影の騎士編やラエヴァ様に関する記述は文章がややこしくなるため省いています。適宜情報を補って頂くか、気になる方はブラウザーバック推奨です。




ロータスレイク郊外での駐在任務中、交代で仮眠を取っていたところをけたたましく鳴り響く警報に意識を覚醒させられる。

居住区付近に害虫の目撃情報があったようで、現地に急行せよとのことだった。

慌てて本部に応援を要請しつつ、直ぐに動けるメンバーで討伐隊を編成したのだが……

「くっ何だこの数は!?」

キシャアアアア!!!!

報告よりも数が桁違いに多い。姿は見えないが木の陰からも多数の気配が感じられ、完全に誘い込まれてしまったことを理解できてしまう。

即席の部隊でこの包囲を無理やり突破するのは危険と判断し、応援が到着するまでの防衛戦を指示する。

しかし、やはり多勢に無勢。最初こそ拮抗していた戦況も、徐々に綻びが見え始めていた。

「団長さん、防衛線を維持するのもそろそろ限界です!」

悲鳴にも似た指示を仰ぐ声に言葉を詰まらせていると、待ちに待った声がそれに応えた。

「よく持ちこたえてくれました。後は任せてください!」

悠々と害虫の間に降り立つ人影。

暗がりで表情まで読み取ることは困難であったが、数的不利な状況でも余裕すら感じる声音。

「……時代は変わっても、害虫だけは変わりませんね。」

呟くように発せられたその言葉を、果たして聞き取った者はどれほどいただろうか。

ハスとヒツジグサ、この国を統べる2人の女王にも引けを取らない大魔法。水の本流が害虫を呑み込んでいった。

 

 

件の討伐任務から無事に生還を果たした翌日、今回の功労者であるネムノキ強っての希望でスイーツが美味しいと評判のカフェに来ていた。

「まあ……団長殿、団長殿~!これがパフェという食べ物なのですか?」

そんな本日の主役はと言うと、今まさに運ばれてきたスイーツの数々に瞳をキラキラと輝かせてはしゃいでいる。

昨夜に獅子奮迅の活躍を見せた人物とは思えない姿に苦笑が浮かべていると、こちらの視線に気付いたネムノキが照れたように居住まいを正す。

「ああ……私ったら。見苦しいところを見せちゃいましたね。」

そう言って朗らかに笑う姿に目を奪われていると、他にも同様の視線が彼女へ向けられていることに気付き、視線で牽制を入れるとさっと集まっていた視線が霧散する。

透明感のある容姿に長く伸ばした艶のある白い髪、同じく白を基調としたドレス。所々にあしらわれた水色のリボンが可愛らしい。

落ち着きを取り戻した彼女は気品溢れる美しさを放っており、良家のご令嬢と説明されれば疑う者はいないだろう。

夢中でスイーツを頬張る彼女の姿に下心のありそうな視線が向けられるたびに牽制の視線を送っていたため、ほとんど食べた気がしないままカフェを後にすることになるのだった。

 

 

 

「団長殿、この時代の食べ物は美味なものばかりですね……。私が女王の座についていた時とは大違いです♪」

カフェを出た後、ロータスレイクの街並みをのんびり散策しているとネムノキの口からとんでもない発言が飛び出した。

慌てて周囲を確認するが、誰かが聞き耳をたてている様子は無さそうでほっと胸を撫で下ろす。

気を遣った上での発言だとは思うのだが、心臓に悪いのでどうか勘弁して欲しい。

「ふふっ、そんなに心配せずとも自分の立場くらいは弁えていますよ?しかし、せっかくの休日にこうして私のわがままに付き合ってくださっている団長殿に余計な心労までおかけするのは良くありませんね……。」

そう言って立ち止まったかと思うと、ネムノキは頭を下げる。

ここまでさせてしまうと逆に申し訳ない気持ちになってくる。自分が同行しているのは確かに彼女の希望の1つではあるのだが、それを嬉しく感じていたからだ。

「そうなのですか?」

首を傾げる彼女に強く頷いて応える。

見方によってはネムノキのような美しい女性とデートなのだ。男として嬉しくない訳がない。

顔に熱が集まってくるのを感じつつも真っ直ぐ彼女を見つめていると、ネムノキは前に向き直って再び歩を進め始めた。

「ふふっ、お優しいのですね……団長殿は。

私のせいで貴方がカルダミネ・リラタ殿に叱られたのでは申し訳が立ちませんし、以後は気を付けますね。」

何でも無いように言うネムノキだが、一瞬見えた彼女の表情は耳まで真っ赤だった。

 

 

「団長殿、少し相談したいことがあります。もう少しだけ、お時間よろしいでしょうか?」

絞り出したような彼女の言葉に了承の意を返すと、暫し無言で歩を進めるだけの時間が続く。やがて辿り着いたのは、ロータスレイクの水上都市を一望できる高台だった。目を凝らして見れば、湖面に薄らと水中都市の街並みも確認できる。

「団長殿、眠り姫の伝承はご存知ですか?」

唐突な質問。だが、疑問を差し挟むのは何となく憚られた。

―『眠り姫伝説』

ここ、ロータスレイクで広く親しまれている伝承である。

かつて窪地に栄えた国があった。

しかし、大昔に降り続いた大雨によりその国は世界花の周辺を残して水没してしまう。

絶望に呑み込まれる人々の前に、その少女は現れた。

彼女は絶大な魔力と水を操る力によりこれを治め、世界花の力を借りて大雨によって沈んだ街を侵攻不可能な拠点とした。やがて力を使い果たした少女は深い眠りに就く。

人々は希望の象徴として彼女を崇め「眠り姫」として後世に語り継いだ。―

当然知っている。この伝承は目の前の少女の……1000年前、「死にゆく世界の支配者」がスプリングガーデンへ侵攻してきた際にロータスレイクの女王であったネムノキの活躍を元にした物語だからだ。

ネムノキを最大の脅威と判断した「死にゆく世界の支配者」は彼女にある呪いを撃ち込んだ。初代花騎士である賢人フォスや彼女の相棒であった勇者にすら使わなかった奥の手。

当時最高峰の魔術師たちですら彼女の身体ごと呪いの時間を止めるのが限界だった。

それから呪いが完全に消え去る現在に至るまで彼女は眠り続けていたのである。

1000年……有り体に言って長すぎる。

彼女の胸の内は自分などが容易に想像できるものではないだろう。

やがて再び口を開いた彼女が発したのは、1つの質問だった。

「貴方は、カルダミネ・リラタ殿の要請についてどう思われますか?」

王立聖護湖機関ネライダ。ネムノキが女王を務めていた当時、直近の騎士だった者たちが結成した組織であり、1000年間、彼女を見守り続けてきた者たち。

カルダミネ・リラタはその現トップに位置する人物である。

その要請とは即ち、現在女王2名の退位とネムノキによる水上・水中統一王政の復活である。

ネライダの悲願も理解できる。伝承にも語られているように、当時の騎士たちにとってネムノキとは存在そのものが希望の象徴だったのだ。

彼女の復活が成された今、もう1つの悲願を切望するのも頷ける。しかし……

「覆水盆に返らず。逆流とは即ち異常。

しかも私は一度負けた女王です。そのような体制を復活させたとしても、同じようにもう一度負けるだけのこと。民の混乱と恐慌を招いてまで王座への復帰などあり得ません。」

それがネムノキの意志。

彼女が復活する要因になった出来事の終息の折り、ネライダの悲願とは少し形が異なるものの、ネムノキが花騎士として人々の希望となることで取り敢えずの決着を得た。しかし、やはり長年の悲願を簡単に捨てることなど不可能なのだろう。

 

 

 

「私は、この国の変わりようにとても満足しているのです。」

眼下の街並みすべてを包み込むように両手をいっぱいに広げながら語るネムノキ。

優しげな笑みを浮かべ、彼女はさらに言葉を続けていく。

「変化したものを上げるとキリがありません。しかし、1つだけハッキリ言えるのは……民の笑顔です。

1000年前に生きていた民の表情を、私は片時も忘れたことはありせん。誰もが死と敗北の恐怖に怯えていました。」

「ですが今は、みなが安心と幸福に満ちた顔をしています。私が治めていた時には終ぞ見ることはできませんでした……。」

己の無力さを悔いるように自らの身体を掻き抱くネムノキ。そんな彼女を優しく抱き締める。

細く華奢な身体。この細腕に、これまでどれほどの重責を抱えてきたのだろう。

今の安定した状態は、彼女が人々の希望であり続けてくれた結果でもある。そのことは人々の間で語り継がれてきた眠り姫の伝承が物語っているではないか。

「……ありがとうございます、団長殿。

そうですよね。私がここで卑屈になっても仕方ありません。」

抱き締めるこちらの腕に身体を預けながらも、その言葉には力強さが戻ってくる。

「害虫が発生した時代の者として、現代の悲しみを見過ごすわけにはいきません。

今度こそ害虫との戦いに終止符を打つために、私はもう二度と負けませんから♪」

腕の中で決意を語る彼女を先程までより強く抱き締める。人々の希望として戦い続ける彼女をこれからも支えていく。その意志を伝えるように。

 




ちょっとネム様が終盤卑屈過ぎるかな?とも思ったのですが、生い立ちとか周囲からの期待の大きさとか考えたら色々実は抱えてるんじゃないかなーという秋桜。



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20.「自由」で「気まま」な猪突猛進?花騎士―自由の責任―

ユキヤナギ
花言葉:「自由」「気まま」「愛嬌」
個人メッセージで「低レアリティの子も見てみたい」というリクエストがあったので書かせて頂きました!
書いてて思ったこと、私、白髪の子好きなんだろうか?
まだ書いてない子合わせれば特別そんなこともない気はするんだけど、片寄ってるな……


急峻な渓谷地帯に根付く風谷の世界花『ベルガモットバレー』。高地に街を築き、周囲を囲う自岩壁が織り成す厳しい地形は害虫の侵攻をも防ぐ天然の要塞と言えた。

世界花の加護を失い、今や害虫の総本山と化したコダイバナと隣接していながらこの国が存続しているのもその恩恵と言えるだろう。

しかし、侵攻の難しさはこの地を訪れる者たちの利便性の悪さと表裏一体でもある。

常人より優れた身体能力を誇る花騎士であっても現地に慣れた者でなければ長距離の移動は難しい……はずなのだが。

「おぉおっ?団長さん、あのヘンテコな装置は何っすかね!?」

巨大な風車?のような装置に瞳を輝かせたユキヤナギが元気に問いかけてくる。

こちらは後を追うだけで限界だというのに、彼女は立ちはだかる害虫を蹴散らしながらでも堪えた様子はない。

突然愛用のハンマーを振り回し始めたかと思うと、横合いから突っ込んできた害虫が哀れにも遠心力を得た鉄塊に殴り飛ばされ、チリと消えた……お見事。

帰ったら体力トレーニングを増やすべきだろうか?

 

 

「へぇー。団長さんは物知りっすねー。」

休憩がてら、先程見かけた装置についてベルガモットバレー出身の騎士団長から聞いた内容を掻い摘まんで話してやるとユキヤナギが感心したように頷いてくれた。

これで満足してくれたかと思った矢先……

「あっちに見えるのはひょっとして滝ってやつじゃないですか!?アタシ、ちょっと見て来ますね!」

言うが早いか、こちらが制止の声を上げる前に全力で駆け出すユキヤナギ。

「うぉおーっ、害虫!?」

見知らぬ土地で突っ込み過ぎると危ない。言おうとした言葉は少し遅かったようだ。

小型とは言えハエ型やカマキリ型など数体の害虫が飛び出してくる。

本来なら一旦引かせるところなのだが、彼女はそのまま戦うつもりのようだ。

「えっへっへー!自由ってのは、やっぱりままならねぇもんですね~。でも、このぐらいなら織り込み済み、ですよっ!」

「キシャ!?」

完全に不意をついたつもりだったのだろう。

空を切った自身の鎌を信じられないと言うように見つめるカマキリ害虫の背後に回ったユキヤナギが一撃で仕留めて見せる。

完全に機先を制した彼女はあっという間に害虫を討ち尽くすのだった。

 

 

 

「……あ、団長さんどうでしたか、アタシの活躍振り!見てくれましたか?」

彼女の元までたどり着くと、最後の1体に止めを刺したユキヤナギが堂々と胸を張るので、素直に頭を撫でてやることにする。

「ひゃうっ!?あ、あの……えっと?」

するとどうだろう、素っ頓狂な声を上げたかと思うとさっきまでの溌剌とした姿が嘘のように俯いてしまった。

まさか、こちらの気付かない内に怪我でも負わされたのか!?

「うわっ団長さん!?大丈夫……アタシは大丈夫ですから。どこも怪我してませんって!」

では、いったいどうしたと言うのだろう?

「いや、団長さん怒らないのかなーって。アタシ、内心ビビってたんですけど……」

上目遣いにこちらを見上げるユキヤナギに、そんなことかと拍子抜けしてしまった。そんなもの、怒る理由がないからに決まっている。

一見不意を突いたような害虫の奇襲だったが、ユキヤナギは完璧に捌き、なおかつ反撃までして見せた。

いくら反射神経に優れた者でも、想定外な攻撃にあそこまで完璧に対応することなどできるだろうか?答えは否だ。

つまり、彼女が言うようにあの状況も織り込み済みだったことに疑問の余地はない。

自由奔放な言動は目立つが、彼女は自らの行動が起こし得るリスクをしっかり勘定して動いているのだろう。

そうであるなら、無駄に花騎士の士気を削ぐ方が愚策である。

もちろん、他の花騎士も絡んでくるなら注意をしないわけにはいかないだろうが……

「…………」

それにしても、先ほどからユキヤナギが随分大人しい。屈んで視線を合わせてみる。

「……っ!」

一瞬で視線を逸らされてしまった。

「あ、あの……ヘンなんです、アタシ。

団長さんがアタシたちのことちゃんと見てくれてるのは知ってたし、今までこんなことなかったのに……。」

やっとこちらを向いたかと思うと、その顔は耳まで真っ赤になっていた。

普段は元気いっぱいな少女のしおらしい姿に思わずドキリとしてしまう。

「うぅ~、何だかモヤモヤして、ソワソワして……あぁ~ままならねぇです~!」

唐突に駆け出すユキヤナギ。

彼女は勢いを殺すことなくそのまま近くの滝壺へと飛び込んで行った。

噴き上げる水飛沫に唖然としていると……

「はぁ~、汗かいちゃってたんでちょうど良かったですね。団長さんもどうですか?」

先ほどのしおらしさはどこへやら。さっぱりした表情のユキヤナギが水面に顔を出した。

厚手の上着を着ているため透けるようなことはないのだが、服が肌にピッタリと張りついて浮き出た身体のラインが艶かしく、目のやり場に困ってしまう。

「隙ありっ!」

なっ!?

彼女から目を離したのがいけなかった。

振りかける大量の水飛沫に、こちらまでずぶ濡れである。

「えへへっ、アタシこれからも思い付きで行動するかもなんで、団長さんに迷惑かけちまうと思うんですけど、これからも末長くよろしくお願いします、ね!」

満面の笑みと共に先程よりも大きな水飛沫がこちらを襲う。

言葉と行動が合ってない!

ここまでコケにされてはこれからの騎士団運営の沽券に関わる。ここは年長者として分からせてやる必要がありそうだな!

彼女を追って滝壺に飛び込むと、こちらの気勢を察したユキヤナギがいつの間にか少し離れた位置に陣取っており、しばらく年甲斐もなく楽しんだのだった。

 

 

 

「何か釈明したいことは?団長様?ユキヤナギさん?」

「……申し訳ない。」

「……申し訳ねぇです。」

その後、中々帰ってこない我々を心配した現地の騎士団が救出部隊を編成する事態を招き、帰り道をまったく考慮していなかったために揃って風邪をひいてしまい、その後の業務に支障を来したことでみっちり絞られることになるのだった。

 




普段元気いっぱいな子が唐突に見せる照れた表情……良いですよね。

花騎士は低レアの子でも魅力に溢れていて可愛いです!


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21.「陽気」と「控えめな美」の睦まやかな花騎士―貴族らしからぬ貴族な花騎士―

サフラン
花言葉:「陽気」「喜び」「控えめな美」など
初期の清楚な様子と別Ver.が実装される度に糖度が増し増しになっていくキャラクエ、キャラボイスが良く話題になる子ですよね。
クリスマス、ジューンブライドの別Ver.は所持していたのですが、引き直しガチャでついに念願の通常Ver.お迎えできたので記念に投稿。



ふむ、取り敢えずはこんなものだろうか。

普段は未処理の書類や討伐任務の計画書等で散らかり放題になっている執務室だが、今日は他の騎士団から移籍してくる花騎士が挨拶に来るということで早朝から片付けに勤しんでいる。

とは言いつつ、初めての追加人員でもここまで徹底的にはしていなかった気がする。

つまり、今回の移籍はそれだけ『大物』なのである。

何かの間違いではないかと数日の内にすっかり折り癖のついてしまった資料に再び目を通す。

配属される花騎士の名前はサフラン。

ウィンターローズ所属の花騎士であり、老舗ファッションブランド『アスファル』を設立した一族の娘。

地元では庶民から王侯貴族まで幅広く支持されている人気のブランドであり、ウィンターローズ王家とも取引があるらしい。

最近では各国に店舗を増やしているようで、その知名度はファッションに疎い者でも名前くらいは知っていると答えが返ってくるほどだ。

つまりは貴族である。それも、頭に『超』が付くほどの大貴族。間違っても失礼があってはならない。

遅刻などがないように急ぎの仕事はすべて片付けてあるし、新規の仕事は上司に事情を話して明日まではこちらに回さないように手配済み。騒ぎを起こしそうな連中は昨晩討伐任務に送り出したので早くても夕方までは帰ってこない。

後は座して待つのみ!

少々静か過ぎるという思考を頭の隅に追いやり、時計の秒針を目で追いながら時が経つのを眺める。

何度目かの欠伸を噛み殺したところで、静かにドアがノックされる音が響いた。

慌てて表情を引き締め、入室を促す。

しかし、入ってきたのは目に涙を浮かべたウサギゴケだった。

「うぅ、団長……」

彼女が差し出した掌の上には、いつもは右手にはめられているウサギのパペット……良く見ると、長年の使用で縫合が解れてしまったのか、耳が片方取れかかっていた。

自分でどうにかしようとしたのか包帯で補強された跡があり、余計に痛々しい。

夕方まで待てば裁縫の得意な花騎士も帰ってくるが、それまで放っておくわけにもいかない。

確か針と糸は在庫が残っていたはずだ。

約束の時間まで少し余裕があることを確認し、ウサギゴケに留守番を任せて備品庫に向かうのだった。

 

 

 

「お姉さん凄いの、ありがとうなの!」

針と糸を手に急ぎ戻って来たのだが、聞こえてきたのはウサギゴケがお礼を述べる声だった。

まさかと思い扉を開けると、彼女の他にもう1人の人物がソファに腰かけていた。

ツインテールにまとめられたピンク色の髪の少女。黄色のワンピースにオーバーコートというラフな格好ながら、気品すら感じる居住まい。

間違いなくサフランその人であった。

「あら、あなたが団長さん?」

綺麗に直してもらったパペットを満面の笑顔で受け取るウサギゴケに優しげな笑みを返し、こちらに問いかける。

そこでやっと正気を取り戻し、待たせた非礼を詫びる。

「まだ約束の時間には早いじゃない。私が早く着いちゃっただけだから気にしないで。」

あっけらかんと語るサフランだが、大貴族のご令嬢を待たせてしまったことに変わりはない。それに、ウサギゴケの件もある。

さすがは人気ファッションブランドを営む一族の娘といったところだろうか。縫合跡も目立たない完璧な仕事である。自分ではこうはいかなかっただろう。

「……別に、好きでやったことだもの。むしろ、この子のために針と糸まで準備してくれてたのに申し訳ないと思ってるわ。」

うん?……気のせいだろうか。

言葉尻は丁寧なままなのだが、少々ムッとした印象を受けた。気に障るようなことでもあっただろうか。

「ああ……私、貴族ではあるけど団長さんには花騎士としてみんなと平等に扱って欲しいの。私からのお願い。ダメ……かしら?」

誰でもないサフラン本人からの申し出なのだから当然聞き届けるべきなのだが、彼女の扱いに関しては上からも厳命されているので簡単に返すわけにもいかない。

どうしたものか……

悩んでいると、普段は空気の読めるウサギゴケが強引に話に割り込んできた。

「サフラン、この子が解れちゃったらまた直してもらっても良い?」

「ええ、もちろんよ。これからは一緒に戦う仲間なんですもの。遠慮は要らないわ。」

「仲間……うん、なの!サフラン、これからよろしくなの!」

彼女なりに気を使ってくれたのかもしれない。戯れ合う2人に向き直り、希望に添えるように努めることを約束するのだった。

 

 

 

正式にサフランが配属されたのはそれからしばらく後のことだが、配属から数日としない内に大量の衣服やぬいぐるみを運ぶサフランの姿を見かけるようになった。

驚きつつ彼女の私室まで運ぶのを手伝ったのだが、良く見るとどれも修繕が必要なものばかりのようだ。

何となく事情を察しつつ、確認のため質問を投げ掛ける。答えは当然、予想通りのものだった。

「最初はウサギゴケだけだったんだけど、いつの間にか他のみんなにも私服やぬいぐるみの修繕を頼まれるようになっちゃって大変なのよ……全部引き受けたらこんな数になっちゃった♪」

言葉の割にはずいぶん嬉しそうだ。その点を指摘すると、彼女はあのときのようにあっけらかんと笑って答える。

「変に恐縮されるよりずっと良いもの。この間はカレーの美味しいお店を教えてもらったし、今度のお休みにショッピングに誘ってくれる子たちもいたわ。こんな風に対等に接してくれる同年代の子と出会えて、花騎士になって……団長さんの騎士団に来れて良かったって思う。」

相手の機微に敏感なウサギゴケが真っ先に彼女に懐いていたのが功を奏したようだ。

元々が気さくな雰囲気のサフランなので、騎士団にも既に馴染んでいるようである。

ウサギゴケには後で埋め合わせでも考えておこう。

「もちろん、ウサギゴケには感謝してるわよ。でもね、団長さん。私はあなたにも感謝しているのよ?」

早速作業に取り掛かりながらそんなことを言ってくる。

はて、今のところ花騎士たちに何かを特別指示したりはしていないのだが?

「私のことで上の人から色々言われてるんでしょう?」

惚けてはみたものの、彼女は作業中の視線を上げることもなく核心を突いてきた。

バレていたか……。

「ああ、やっぱりそうなのね。ここに来る前の騎士団でもそうだったし、挨拶に来たときのことを考えれば、ね。

大貴族の令嬢を待たせた上に針仕事をさせた人はあなたが初めてだけど♪」

どうやら鎌をかけられたらしい。いつの間にか上げられていた視線が悪戯に成功した子どものような光を灯している。

彼女には敵いそうもない。

 

 

 

作業に戻ろうとするサフランだったが、彼女を探していた本来の目的を思い出す。

騎士団に馴染んでくれているのはけっこうなことだが、今日はほどほどにしておいて欲しい。

急ではあるのだが、明日から害虫の目撃情報があった地点に討伐任務の要請が出たのである。

上からの指示はもう少し時間を空けてから安全なものをとのことだったが、訓練を見学した際の実力も確かなものだった。

他の花騎士と平等に扱うという約束も果たせるし、実践での機転や立ち回りも見ることができる。

初対面の日の意趣返しのようなものだったが、彼女はお気に召したようで無邪気な笑みを引っ込め、不敵に宣言する。

「良いわね。私だって一生懸命鍛えているんだもの。明日は花騎士サフランの毅然たる姿をお見せするわ。」

やる気が溢れているようで何よりである。

「うふふ♪この騎士団とは長い付き合いになりそうで安心したわ。移籍もそろそろ諦めようかと思ってたんだけど、あなたと会えて良かったわ。これからも改めてよろしくね、団長さん。」

差し出された手を力強く握り返す。

この良い意味で貴族らしからぬ貴族な花騎士と長い付き合いになりそうという意見はこちらも同感である。

「さて、そうと決まったらまずはご飯にしましょう?私、今すごくカレーが食べたい気分なの!」

言うが早いかこちらをぐいぐいと引っ張っていこうとする彼女の笑顔は、短い付き合いながらもこれまでで1番ではないかと感じさせてくれるほどに輝いて見えたのだった。

 

 




ファッションブランドを経営する一族の娘だけあって、衣装のセンスはピカイチな子ですよね……。未実装のジューンブライド開花衣装か待ち遠しいです。


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22.「平静」と「信頼」の嬋媛なる花騎士―味と見た目は等価交換―

アサザ
花言葉:「信頼」「しとやかな」「平静」
見た目は壮絶、味は絶品!
料理が得意な花騎士は枚挙に遑がないですが、彼女に並ぶ個性派はそうそう出てこないのでは?
そして、そんな彼女でも埋もれがちなロータスレイク……恐ろしいところじゃ。



目の前には湯気を上げる料理の数々。

美味しそう……とは、失礼だがお世辞にも言うことはできそうにない。正直、見た目が悪いと言う彼女の言葉を舐めていた。

自分はあの時どんな返事をしていただろうか?

目の前の現実から目を逸らすように、つい数時間前の事を思い出す。

 

 

 

徹夜越しの仕事が片付き、早朝の爽やかな空気が満ちる城内を散策しながら解放感を味わっていると、唐突に声を掛けられた。

踊り子を思わせる艶やかな衣装に身を包んだロータスレイク出身の花騎士、アサザである。

「あら、団長さん。ずいぶんと機嫌が良さそうですけど、何か良いことでもあったんですか?」

柔らかな笑顔に誘われるように仕事が終わったばかりであることを報告すると、我が事のように喜んでくれると同時に徹夜明けであることを心配されてしまった。

「良かったら朝御飯、ご一緒にいかがですか?これからミッちゃんと食材の調達に行くところだったんです。」

ミッちゃんというのは同じロータスレイク出身の花騎士、ミツガシワのことだろうか。

「はい、ミッちゃんっていつもキラキラしてますよね!まっすぐで努力家で……そんなあの子に慕ってもらえるのがとっても嬉しいんです。」

ミツガシワもアサザのことをアッちゃんと呼んで慕っているし、幼馴染とは聞いていたがかなり仲は良好のようだ。

そんな2人の時間に自分がお邪魔しても良いものだろうか?

「もちろんです。ミッちゃんも喜びますよ。」

そこまで言うのならせっかくの申し出を断る理由はない。それでは行くとしよう。

「……はい?」

食材の調達に行くのだろう?

「でも、団長さんは徹夜明けで疲れて……お部屋の方で休んでいてくださればお持ちしますよ?」

働かざる者食うべからずである。

ご馳走してもらうのにただ座して待つつもりはなかった。

「でも、こちらから誘っておいてですけど、私の料理はちょっと見た目が……。」

遠慮するアサザに対し、多少の見てくれは気にしないと押しきる。レストランで出されるような見た目の良い料理だけがすべてではない。

「……そこまで言ってくださるのであれば。それでは、ミッちゃんも待っているでしょうしそろそろ行きましょうか。」

思い返せばこの時気付くべきだったのだ。アサザが身に纏っているのは、薄着とは言え花騎士としての正装であったことに。市場に出掛けるだけで、武器である片手剣まで持参する必要は無かったことに。

ミツガシワとの待ち合わせ場所に向かう彼女の足取りは、とても軽やかだった。

 

 

 

「うみゃみゃみゃみゃー」

ミツガシワが次々と迫りくる害虫を薙ぎ倒していく。普段、肝心なところで緊張してしまって実力を発揮できなくなってしまうこともある彼女だが、今日は絶好調のようだ。

それだけアサザに対する信頼が厚いということなのだろう。

ところで、食材の調達に出掛けたはずなのにどうして我々は害虫を狩っているのだろうか。

待ち合わせたミツガシワまで花騎士としての衣装に武器を持ち込んでいたことに違和感は感じていた。

「すみません、団長さん。勘違いしていることは分かったのですが、勢いに押されてしまって……どうしても必要な食材があるのですが、先に戻ってても大丈夫ですよ?」

申し訳なさそうに頭を下げながらも新たに1体の害虫を仕留めるアサザ。しかし、話を聞かなかったのはこちらなので責めているわけではない。

「それじゃあ、食材を確保してきますね。

ミッちゃん、団長さん、ちょっと持ちこたえてくださいね。」

「お任せみゃ!」

ミツガシワと協力してアサザが帰ってくるまでの時間を稼ぐ。

「ありがとうございます。それでは一気に突破しましょう!」

しばらくして戻ってきた彼女は満足げな表情を浮かべていたので、食材の確保には成功したのだろう。

害虫の巣でしか入手できない食材というのが気になるが、詳しく聞くのも怖いのでそれ以上突っ込むのは止めておくのだった。

 

 

 

そして今に至る。

執務室でミツガシワとともに席についているそばでは、併設された調理場でアサザによる調理が続いていた。

しかし、食卓に並んでいる物体を何と表現するべきか。

極彩色の……これは立方体だろうか?料理がそもそもこのような形を成すことができるのか疑問なのだが、その横では毒々しい紫色をしたスープがポコポコと気泡を発生させながら湯気を上げており、テーブルの中央にはこの食卓のメインであるらしい巨大な卵のような物体(ただし、あちこちから正体不明の突起物が顔を出している)が鎮座している。

よく彼女の料理を口にしているミツガシワ曰く、『今日のアッちゃんは気合いが入っている』とのことらしい。

「さあどうぞ、召し上がれ。」

自らの分を盛り付けたアサザが席につくと『冷めないうちに』と皿を進められる。

「美味しいみゃー♥️」

あまりの衝撃に硬直している横で、ミツガシワは幸せそうな表情でアサザの料理(?)を口に運んでいる。

彼女の味覚が特別なものではないことは普段の食事で確認済みなので、食べて危ないものではないのだろう。実際、こうしていると食欲をそそる香りが漂っているのだ。

ただ、一応確認しておきたい。これは何の料理なのか?と。

「これですか?さきほど採って来たばかりの……を……で包んで仕上げに……を煮込んだソースを……」

どうしたことだろう。肝心な部分が全く聞き取れない!自然と視線はもう1人の相席者へと向かうのだが。

「みゃ……どうしたの、団長さん?」

ミツガシワは箸を止めることなくこちらの視線を受け止めるだけだ。

多少(?)の見てくれは気にしないと言い切った以上、覚悟を決める必要があるようだ。

手始めに黄緑色の湯気を上げ始めたスープを引き寄せる……スプーンで掬うと見た目よりサラッとしていた。

意を決して口に運ぶ。

こ、これは……

「あの団長さん?お口に合わなければ吐き出しても……」

さきほどまでとは別種の硬直をはじめたこちらを心配したのか、アサザがコップに水を注いで来てくれたようだ。

これは……うまい!すごくうまい!

「……きゃっ!」

突然噛り付くように料理を掻き込み出したこちらにアサザが驚きの声を上げる。だが、気にしている余裕はなかった。

やや薄目の味付けではあるものの、徹夜明けの身体には調度良く、見た目のボリュームの割にはすっと馴染んでいく感覚。

これならいくらでも食べられそうだ。

「みゃ!?団長さん、良い食べっぷりだみゃ!

ミィも負けてられないみゃ!」

それから先、優しい笑みを浮かべるアサザの前でミツガシワと2人、競い合うように箸を伸ばすのだった。

 

 

 

「……団長さん、また試作品を作ってみたんですけど、食べてもらえませんか?」

あの日以降、執務室には時折アサザが料理の試作品を持ち込むようになった。

当然他の花騎士たちと居合わせることも多々あるのだが、大抵は顔を引き攣らせていたのは言うまでもないだろう。

初めて見た者は露骨に警戒感を滲ませていたが、躊躇なく口に放り込む姿を見て興味を持つ者が複数出始めたようだった。

中には見た目の改善にアイディアを出す者もいたのだが……

①生地で包むー食材から水分が奪われる上に生地が水を吸ってべちゃべちゃに

②衣を付けて揚げるー食材が油でギトギトになる上、揚げる際に跳ねて危険

③粉末状にして調味料代わりにー単独で食した時の薄味が嘘のように他の食材の味と喧嘩する

どれも失敗に終わる結果となった。

どうやら、アサザの料理は本当に危ういバランスの上であの味を保っているようだった。

今日もアサザは熱心に研究を続けている。

願わくは、医者や薬師の世話になる前に改善方法にたどり着いてほしい。切に願わざるを得ないのだった。

 




※団長は特殊な訓練を受けています

果たして害虫の巣まで出向かなければ入手できない食材とは……怖いもの見たさってあるよね!


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23.反転する「野心」と「謀略」の純真花騎士―月の巧妙―

クルミ
花言葉:「知恵」「謀略」「野心」など
花言葉を見てただ一言……真逆やん!
はい、同じ事を思った団長諸兄は挙手!
本当に見てて危なっかしく感じるくらいにまっすぐな子ですよね……あぁ、癒される。




「それでは、続いての議題なのですが……」

進行役の文官が分厚い書類を捲るのをげんなりした気持ちで見つめる。

予定されていた会議の終了時刻はとうに過ぎているのだが、運悪く飛び込みの議題が重なってしまったのだ。

同席している団長たちの中には翌朝の任務が控えている者もいるようで、室内にはヒリヒリとした重苦しい雰囲気が立ち込め始めている。

本来なら日を改めるべきなのだが、どうもお偉いさんの日程が合わないらしい。今にも爆発してしまいそうな中、誰も異を唱えようとしないのはそれが理由のようだった。

こちらも人と会う約束をしているのだが、この場を抜け出す口実など都合良く思い付くものではない。しかも、彼女はそういった『ズルいこと』を何より嫌うのだ。

結局、親の仇でも見るような面持ちで時計の秒針を睨み付けるしかないのだった。

 

 

会議を終えて執務室に帰り着いたのはすっかり日が暮れた後のことである。

社交辞令の挨拶もそこそこに全力疾走で執務室までの道程を走り抜けたものの、相手の姿があるはずもなく……。

額からこぼれ落ちる汗を手で拭いながら途方に暮れていると、誰かがこちらに向かって駆け出す足音が響き始める。

扉が開くまでの時間すら惜しむように小さな身体を滑り込ませてきたのは、まさしく会う約束をしていた人物だった。

「やっぱり団長さんだぁ♪」

部屋に入ってきた勢いのままこちらに抱きついてくるのを慌てて抱き止めると、瞳をぱぁっと輝かせたクルミがこちらを見上げている。

「クルミね、団長さんが約束を破るわけないし、お仕事忙しいのかな~ってお部屋に戻ってたんだけど、どうしても会いたくて……それで戻って来ちゃったの♪」

そう言ってこちらの胸に顔を埋め、身体を密着させてくる。

汗だくだったこともあり慌てて引き離そうと試みたのだが、小柄でもさすがは花騎士。動揺で力も入らない状態では容易に背中まで腕を回されてしまう。

部屋に戻った時に着替えたのか、今のクルミは可愛いらしい緑色のワンピース姿だった。あちこちに木の実のイラストが散りばめられているのがいかにも彼女らしい。

もともと、赤い軍服を模した花騎士としての衣装を着ていても格好良いと言うよりは可愛いと表現した方がしっくりくるのだ。そんな彼女の私服姿が可愛くないわけがなかった。

「そんな~。団長さんに可愛いなんて言われたら、クルミ照れちゃうよ♪

でもでも、クルミがなりたいのは格好良くて立派な花騎士だから……う~ん、複雑だよぉ。」

そうして照れる仕草まで可愛らしい……そう言いかけたのだが、もうしばらく可愛い彼女を眺めているのも悪くないと思い直し、あえて口には出さないでおく。

しばらく悶えていたクルミだったが、突然くぅ~っという情けない音が執務室に響いたことで身体を離してくれた……正直、ちょっと残念だとも思ってしまったが。

「団長さん、お腹空いてるの?お仕事頑張ってたんだもんね。ちょっと待ってて♪」

調理場に駆けていくクルミを見送ると、しばらくして香ばしい匂いがこちらまで漂ってきた。

空きっ腹が刺激されたことでしばらく惚けてしまっていたが、今の内にと手早くシャワーを済ませておくことにする。彼女は気にしていないようだったが、さすがに汗だくのままでいるわけにはいかないだろう。

 

 

シャワーを浴び終えると、クルミも調理を終えたところだったようで自慢の木の実料理に冷えたビールを添えて戻ってきた。

来客用のソファーに腰を落ち着けると、それが当たり前と言うように膝の上を陣取ってくる。

彼女の距離が近いのはいつものことなのだが、今着ているのは薄手のワンピースである。

先程は汗臭さを意識するあまり気にする余裕がなかったのだが、当然花騎士の衣装よりも彼女の身体の柔らかさを生々しく感じてしまい、心臓が跳ねる。

今度ばかりは理性がもたない。そう判断して口を開きかけ……

「団長さんが帰って来るまで、クルミ寂しかったんだ……。だから、ギュ~!えへへ~、団長さんのごつごつした身体、クルミ大好き♪」

約束の時間に遅れたのはこちらであるため、そこを突かれると立つ瀬がない。

結局、彼女がしたいようにさせてやることにしたのだった。

 

 

 

「それでね、この間もムギさんたちと料理を持ち寄ってお部屋でパーティーをしたの。

クルミはお酒飲まないけど、クルミの木の実料理はお酒にピッタリなんだって♪」

ムギというのは実家がロータスレイクで酒屋を営んでいる花騎士だ。以前、何かの任務で知り合ったらしく、定期的に集まってはパーティー(という名の酒盛り)を開いているらしい。

その時好評だったという木の実料理に加え、このビールもその時のお裾分けなのだろう。

ムギの実家「ムギ・ブルワリー」のビールと言えば「死んでも飲みたい一杯」と称される逸品である。しかし、クルミの温もりが気になって味がちっとも分からない。

とてももったいないことをしているかも知れないが、クルミが楽しそうにしているのだからまぁ良しとしよう。

未だ嬉しそうに語り続けている彼女の話に耳を傾けつつ、何の気なしに窓から外を眺めると雲一つない空には綺麗な三日月が浮かんでいた。思えば、次の満月は中秋の名月だった。

月が綺麗だな。

「……ふぇっ!?」

いきなり上げられた声に驚いて視線を下げてみると、それまで際限なくしゃべり続けていたクルミが耳まで真っ赤になって口をパクパクとさせているではないか。

「だっ、団長さん……今の言葉。」

飲み過ぎで頭がぼーっとしていたのか、どうやら心の中で思っただけの言葉を口に出していたようだ。それにしても、彼女はなぜこんなにも動揺しているのだろうか?

「『月がキレイ』って言葉は『あなたが好きです』って意味にもなるんでしょ?クルミだってそれくらい知ってるよ。一緒に任務に参加した花騎士さんが教えてくれたの!

クルミ、小さい頃にパパとママだけじゃなくて色んな人に言っちゃってたかもしれなくて……クルミがホントに好きなのは団長さんだけなのにって他の花騎士さんとも……ふぇえ~!?」

よほど動揺しているのか、瞳に涙を浮かべながら勝手に自滅を続けている彼女を宥めるように頭を撫でる。

「はぁ~……、クルミ、みんなが言ってることがちょっとだけ分かったかも。

無意識で勘違いさせるようなことを言っちゃうと、こんなにドキドキさせちゃうんだね~。」

しばらくして落ち着いたクルミが話の続きを始めるが、その顔色は仄かにまだ赤い。

無意識だったのは間違いないが、勘違いではない。そう伝えようとして、寸でのところで思い直した。せっかくなので、この気持ちを伝えるのは次の満月の日にしよう。

当日の計画を練りつつ、幾分か気持ちに余裕が出てきたので少しだけ強めに彼女の身体を抱き締めるのだった。

 




ということで少し短めですがクルミ回です。

季節ボイスでは「月がキレイですね」の意味を団長に教えてもらったクルミちゃんですが、もしも事前に仲間の花騎士たちから教えてもらっていたら……という秋桜でした。


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24.「遊び」と「悲哀」の聡明なる花騎士―守るべき場所―

ヒヤシンス
花言葉:「遊び」「悲哀」「変わらない愛情」など
イベントでは常に泰然としたお姉さんという印象でしたが、寝たきりになってしまった当時の妹さんと同じくらいの年の子には弱かったりと、お迎えしてみるとまた違った魅力のある方ですね。
ファイルAではクリパのアタッカーとして優秀で、嫁のオジギソウと一緒に害虫どもをバッタバッタと薙ぎ倒しております。





チャリッ……チャリッ……

静かな部屋に手の内で擦れ合うダイスの音だけが響く。

その静寂を破ったのは、肩と太腿が大胆に露出されたバニーガール衣装に身を包んだ女性だった。

「ここにいたのね、ヒヤシンス。そろそろエントランスに来てちょうだい。」

オーナーがいないと締まらないでしょ。と、床に届きそうなほど長い艶やかな金髪を揺らしながら悪戯っ子のような笑みを浮かべている。

彼女はブプレウルム。私がオーナーを務める船の上の移動型カジノ『パルファン・ノッテ』でディーラーを務め、同じ花騎士でもある女性だ。

私は親しみを込めてブプと呼んでいる。

「あっ、もしかして最近よく訪ねてくる団長さんのことでも考えてたのかしら?だったら邪魔して悪かったわね。」

言うに事欠いてそんな冗談を言ってくる。

……あら、それはブプの方じゃない。ご自慢の長いお耳が嬉しそうよ?

「えっ、ウソ!?」

慌ててウサギ耳に触れ、直後にブプはしまったという表情を浮かべた。彼女の金髪から顔を出している長い耳は飾りなどではない。感情に応じて動いたりもする。けれど……もしかして図星だったかしら?

「はぁ……敵わないわね。とにかく、もうすぐオープンなんだからね。」

諦めたように降参のポーズを取ると、彼女は一足先にホールに向けて歩き出すのだった。

 

 

 

派手なイルミネーションが照らすホールに、カード1枚、ダイスの目1つに一喜一憂する人々の声が彩を添える。

ポーカーにルーレット、クラップス……乞われるまま様々なゲームに興じるものの、やがて懐が寒くなった者たちが意気消沈といった様子で去っていくのは同じだった。

害虫の被害を受けた先でお客様になるべく勝たせるように指示することはあるけれど、今日のところはそういった制約は一切なし。全スタッフが本気の勝負を楽しんでいる。

辺りを見回してみると、何人かのスタッフは好敵手と言えるような相手と出会えたようで、白熱した勝負の熱を間近で感じようと多くのギャラリーが押し寄せているテーブルがチラホラ。

新人のアステリカリスなどは、若干押され気味なようで、先程から「なんてこったー!」という彼女の絶叫が常連の誰かさんとハーモニーを生んでいる。

羨ましく思いつつ、負けるのも良い経験と今回は譲ることにした。いつの間にかブプに横取りされていたけど……

「今日も盛況のようだな。」

手持ち無沙汰になって独り遊びに興じていると、最近だけですっかり聞きなれてしまった声に呼び掛けられて視線を上げる。

ブプと話していた件の団長さんだった。

 

 

 

「君が欲しい!」

当時、少なくとも私としては初対面だった団長さんの第一声がこれだった。

ホールが静まり返ったような錯覚に陥るほどの衝撃に、私は思わず言葉を失ってしまった。

今まで数多くの男性からアプローチをされてきた(一度も受けたことは無かったけど)が、あまりに唐突な愛の告白だった。

「先日の害虫討伐での身のこなし、指示の出し方、是非とも我々の騎士団に来てくれないか?」

情熱的なお言葉は嬉しいのですが、そんな唐突ではどうお返事をして良いやら……は?

「うん?」

思わず呆けた声を出してしまった。どうやら盛大な勘違いをしてしまったらしい。

職業柄、相手の視線や仕草からある程度は考えを読み取ることができる。

落ち着いて改めて見てみると、発言の意図が別のところにあることくらい直ぐに分かったはずだ。それだけ、彼の一言に動揺させられたということでもあり、何だか負けた気がした。

その日はたいした話も聞かずに追い出してしまったが、それからも彼はこうして折を見ては訪ねて来るようになったのである。

「いや、あの時は申し訳なかった。それで、やはり良い返事はもらえそうに無いのかい?」

この人は、外見だけで言い寄ってきた他の連中とは違う。

たまに、帰りの遅れた彼を所属する花騎士らしき女の子が迎えに来ることがあるけど、どの子からも慕われているのが伝わってくる。私をあからさまに威嚇してくる子さえいるくらいには。

今のところ、私は決まった騎士団には所属していない。こっちの仕事もあるし、何より……

「やはり、妹さんのことか。」

こちらの葛藤を先回りして核心を突いてくる。

幼い頃、2人で居るところを害虫に襲われた。

何とか撃退には成功したけど、その時に砕けた武器の破片が妹に当たり、彼女は今でも眠り続けている。

妹のことは、パルファン・ノッテでも一握りのスタッフしか知らない。

そんなことまで話してしまっているあたり、私は彼に惹かれているのだろう。

ええ……ごめんなさい。

でも、だからこそ、寝たきりのあの子を差し置いて幸せに手を伸ばす気にはならなかった。彼からの誘いを受けるわけには……

「ヒヤシンスも素直じゃないわね。」

それでも団長さんが何か言いかけたところで、いつの間にか聞き耳を立てていたブプが割り込んでくる。同じく様子を伺っていたギャラリーを引き連れて。

「ここはパルファン・ノッテよ?ここで意見を通したいなら勝負に勝てば良い、そうでしょ?」

そう言う彼女の指し示す先にはルーレットの盤が置かれている。

「なるほど、ならば赤に賭けよう。」

「さすがは団長さん、話が早いわね♪ヒヤシンスもそれで良いかしら?」

ええ、問題ないわ。

これ以上やっても押し問答が続くだけ、それならブプが言うようにこの場に合った遣り方で決着をつけるのが道理。

「よし、それじゃあ……」

異様な静けさの中、すべての視線が集まっているのではないかという状況で、今……ルーレットが回転を始める。

「オーナー、御遊戯中のところ申し訳ありませ……ひっ!?

あ、あの……害虫です。たくさんの害虫が!」

ホールに駆け込んで来たスタッフが自身に集まる視線に腰を抜かしてへたり込んでしまった。それでも要件を伝えきったのは称賛に値する。

それはさておき……

「っもう!良いところなのに……」

「ヒヤシンスさん、ブプ先輩。私ならいつでも行けますよ!」

結果が出るのを待っている余裕はない。ゲームは一時中断。お客様の誘導はスタッフと団長さんに任せて、私とブプ、アステリカリスの3人で船のデッキへと向かう。

パルファン・ノッテはゲームが大好きだった妹が目を覚ました時、いつでも遊べるようにと用意した遊び場。

害虫なんかに奪われる訳にはいかない。そして何より……勝負の邪魔をした彼らをを許すわけにはいかなった。

 

 

 

害虫の討伐そのものは呆気なく方が付いた。

大型の害虫もおらず、先程までの汚名返上にやる気を漲らせたアステリカリスが魔力銃で次々と害虫を撃ち落としていく……私とブプは彼女が撃ち漏らした幾匹かを処理するだけで良かった。

そして、肝心のルーレットの結果はというと……

「本当に良いの、団長さん?害虫に水を差されたようなものだし、やり直しでも……。」

「いや、今回は残念だけど潔く引き下がるよ。」

討伐が終わり、遊戯台を確認してみると、玉が落ちていたのは黒の7番。私の勝ちだ。

結果を確認し終えたギャラリーはそれぞれのゲームに戻り、団長さんも迎えに来た花騎士と共に屯所へと帰っていった。

「ヒヤシンスさん、本当にあんな中途半端な形で良かったんですか?」

納得のいかない様子のアステリカリス。でも、既に切り替えて仕事に戻っているブプレウルムを見て渋々と持ち場に戻っていく。

ブプは気付いたのだろう。

団長さんが「今回は」潔く引いただけなのだと。近い内に、彼はまたパルファン・ノッテを訪れるはずだ。きっと、今回の件で味をしめて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




女性視点って難しい……
思った以上に難産となってしまいましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました。

秋はイベントが盛りだくさん!
現実はコロナ下でイベント自粛が続いていますが、創作の世界では自由にいきたいと思います!


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25.「約束を守る」清淑なる花騎士―清楚可憐ばかりが花じゃない―

オミナエシ
花言葉:「約束を守る」「あの人が気がかり」など
大手メーカー様の看板イラストレーターを起用ということで実装前から話題になっていた子ですね。
ゲスト絵師様ということで別Ver.は期待薄かもですが、魅力に溢れた子なのでもっと色々な姿を見てみたいものです。


「あら、いらっしゃいませ。

団長さん、今夜もいつものやつ……ですか?」

暖簾を潜ると、パッと花開いたような笑顔で女主人が出迎えてくれた。

場所は町中の小料理屋……ではなく、騎士団領内の空き部屋を改造したものである。

彼女がいそいそと準備に取りかかろうとするのを制し、今夜は仕事の話だと伝える。

女主人、オミナエシの実家はベルガモットバレーで小料理屋を営んでおり、花騎士を志すまではそちらで働いていたという料理の腕は一級品である。あちこちから食欲をそそる料理の香りが湯気とともに届いてくる。

本音を言えば今夜も彼女の店で晩酌といきたいところだが、緊急の任務で明日の朝にはこちらを発たねばならない……後ろ髪を引かれつつ、話を続ける。

「ベルガモットバレーまで遠征任務、ですか?

私が団長さんのお役に立てるならどこへでもご一緒しますよ♪」

そう、今回の任務先は彼女の実家近くにある秘境なのだ。

場所の特殊性から誰でも良いというわけにはいかず、既に予定などが入っていたら手詰まりだったのだが、オミナエシは快諾してくれた。

しかし、途端に困ったような表情になる。

「朝の出発となると、今日は早めに店仕舞いしないとですね」

その言葉に、彼女の料理に舌鼓を打っていた花騎士たちからざわめき始める。

せっかく1日の疲れを美味い酒と料理で癒していたところにこの仕打ちである。

自分でも納得できないのだから彼女たちの不満はもっともだ。

どうしたものかと悩んでいると……

「ほっ、ほら、団長さんも困ってるじゃない。

ここは私が奢ってあげるから別のとこで飲み直しましょ!」

「そっ、そうね!緊急の任務だもの、しょうがないわよ」

突然何人かが慌てて席を立ち、近くの花騎士たちを急き立て始めたではないか。

きっとこちらの事情を汲んでくれたのだろう。

気配りのできる部下を多く持つことができて団長として喜ばしい限りである。

にこやかに笑いながらに店仕舞いに取りかかるオミナエシを手伝いながら、そんなことを思うのだった。

 

 

ベルガモットバレーの南東、フラスベルグ渓谷。リリィウッドとの国境沿いに位置し、外交の際にも利用されることから警備隊が常時配備されている詰め所があるのだが、付近の山間部は起伏の激しいベルガモットバレーでも屈指の過酷さとあって警備が行き届かない場所も多く、害虫が勢力を広げないようにするためには花騎士による巡回が不可欠な場所となっている。

しかし、不安定な足場の中、不意に襲ってくる害虫に対処しながら急勾配を進むのはいかに花騎士と言えども相当な修練が必要であり、人手不足は否めない。

だからこそ、他国の騎士団に所属しているとは言え実績のある花騎士であるオミナエシに白羽の矢が立ったのだろう。

事実、彼女は苦もなく襲い来る害虫をあしらいながら歩を進めていく。

「桃源郷の皆様にはしっかりと鍛えていただきましたから。彼女たちに比べれば私などまだまだですよ」

彼女の実家である小料理屋の近くには桃源郷と呼ばれる歓楽街があり、自警団を組織して自治を行っているらしい。中には訳あって花騎士の立場を追われた末に流れ着いた者もいるようで、手練ればかりとの噂だ。

花騎士の道を志したオミナエシはそんな環境に身を置いて修行を積んだようで、謙遜してはいるが実力は確かなのだ。

「この辺で少し休憩にしましょうか」

何度目かの害虫の襲撃を退けたところで、そんな提案が飛んでくる。

彼女自身は息1つ乱していないため、こちらへの配慮なのは明らかだった。

休憩が必要なほどではない。男として強がりを吐きたい気持ちはあるのだが、取り繕えるような有り様でもないため素直にお言葉に甘えることにする。

「ふふっ、桃源郷の自警団でも世界花の加護無しにここまで付いて来れる方は見たことがありませんよ?」

そんなこちらの内面までお見通しと言うように、隣に腰かけたオミナエシが励ましてくれる。

もしかしたらこちらを励ますための嘘だったかもしれない。その可能性に思い至ったのは休憩を終えて大分歩いてからだったのだが、いくらか歩く気力が甦ったのも事実であり、相変わらず淀みなく歩を進める彼女の後ろ姿を見やりながら敵わないなと苦笑を浮かべることになるのだった。

 

 

 

発見した害虫の巣はそこそこ急を要する状態にまで拡大が進んでいた。

「これはちょっと、私1人では厳しいかもしれませんね。すみません……」

頭を下げるオミナエシに、気にする必要はないと諭してやる。

全体の数はそこまで多くない。しかし、極限級とまではいかずともかなり大型の個体がちらほらと確認できた。

道中に襲ってきた害虫の数が報告よりも多かったことから悪い予想はあったのだが、オミナエシが手練れと言っても1人で対処するには危険すぎた。ここは1度報告に戻るべきだろう。

そう結論付けたところだった。

「誰かと思えば、懐かしい顔もいるでありんすね」

突如背後から聞こえた廓詞に驚きつつ振り返って見ると、息を呑むようは美人が 立っていた。

一見、たおやかな遊女そのものといった容姿だが、放っている気配は常人のそれとは一線を画している。

「懐かしい顔」と言っていたが、自分には心当たりがない。となれば……

「あなたがこの子のところの団長さんでしょうか?お会いするのは初めてでしたね。

私はゲッカビジン。桃源郷の花魁にして象徴。

ところでものは相談なんでありんすが……」

オミナエシに戦いの技術を教え込んだ張本人。実力者揃いと言われる桃源郷自警団の頂点に君臨する女性のお出ましである。

撤退の方針から一転、ゲッカビジンの協力を取り付けることができ、問題なく害虫の討伐を果たすことができた。

どうやら彼女も一度戻って仲間に協力を仰ぐべきか考えあぐねていたところらしい。

他国では同じ目的の花騎士が戦場で偶然居合わせるなど考えにくい話だが秘境故に女王の統治が行き届かず、桃源郷をはじめとする独立勢力が跋扈するベルガモットバレーならではのケースと言えた。

たった2人の花騎士による猛攻になす術なく崩れ落ちる害虫を前に、自分の存在意義を見出だそうとすることが愚だという結論に至る頃には戦闘は終了していたのだった。

詰め所への報告は、王室が自治権を認めているとはいえ国に属していない桃源郷のことを良く思わない者もいるらしく、ゲッカビジンのことはあえて報告しなかったのだが、壮年の部隊長は幸いにも理解のある方だったようで、その辺はうまく取り繕ってくれるとのことだ。

オミナエシは職業柄人の嘘を見抜くことに長けており詰め所を出てから「あの方は信用しても大丈夫」と太鼓判を押していたので任せることにしたのだった。

 

 

 

「はい、団長さん。もう一杯いかがですか?」

ベルガモットバレーでの任務から早数日。あの後も何だかんだと呼び出しが続き、こうして彼女の料理に舌鼓を打つのも思えば久しぶりだ。

程よく出汁がきいた料理に、面白いように酒が進む。

「お疲れ様です、団長さん。

最近お忙しいようでしたから、今日も来ていただけないのではないかと寂しかったんですよ?」

空になったグラスに2杯目を注ぎ足しながら可憐しいことを言ってくれるオミナエシ。

珍しいことに他の花騎士の姿がないからか、今日は随分と積極的だ。

「ふふっ、酔った人からは駆け引きの材料なんかも手に入るんですよ。こうして、想いを寄せる方と2人きりになれるように取り計らったり……」

すごく可愛いことを言われているのだが、後半は良く聞こえなかった。ただ、何かあまり深く聞き出してはいけない気がする。

とにかく、寂しい思いをさせてしまった分、今夜はとことん付き合おう。

掛け値無しに思いの丈を伝えると、彼女表情が綻ぶ。

「本当ですか!?団長さんもお疲れだろうと私からは言い出しにくくて……」

客商売の経験が長いとは言え、何と人ができた花騎士だろうか。彼女の気遣いに痛み入っていると、おずおずと小指を差し出してきた。

オミナエシの花言葉は「約束を守る」。瞳に浮かべた期待が何を求めているかは明白だ。

差し出された小指にこちらの小指を絡める……その瞬間、浮かべられた表情は花騎士でも小料理屋の主でもなく、一人の女性のそれだった。

「指切りげんまん♪嘘ついたら針千本の~ます♪指切った♪」

鈴を転がしたような澄んだ声でお決まりの口上を歌い上げるオミナエシ。

「えへっ♪約束しましたからね、団長さん」

自らのグラスにも透明な液体を満たし、屈託なく笑うオミナエシを見やり、今夜は長くなりそうだと覚悟するのだった。




ということで清濁織り混ぜた魅力を合わせ持つ小料理屋の主、オミナエシちゃんの回でした。

清楚な見た目と気配りにまずは惹かれる子ですけど、それだけじゃないのがまた魅力的ですよね……はぁ、別Ver.こないかな
((/ω・\)チラッ)


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26.「危険な恋」の愛に飢えた花騎士―すれ違う心―

ディプラデニア
花言葉:「危険な恋」「固い友情」「情熱」など
“あの”団長が禁欲を指示するとかどの口がって感じですけど、開花キャラクエは「よくやった」の一言、これに尽きます(個人的には生温いとも思っていますが)。
通常衣装はイベ金なので気になった人は黙って再復刻を回りましょう。お迎えしたらキャラクエ→デート→寝室の順番を厳守すること!



「それじゃあ頼んだよ、ディプラデニア」

その日の彼はいつもと変わらなかった……と思います。

いつものように優しい笑顔、優しい声で私を見送ってくれました。

他に同行する花騎士はいない、1人だけの任務。

彼も「妻との記念日くらい祝ってやらないと面目が立たないだろ?」とすまなそうな口振り。

本音を言えば少し寂しかったけれど、この任務を成功させれば、また私を愛してくれる……そう約束してくれました。

恋をしている。その自覚はあった。

これが許されない恋であることも。それでも……

「信頼しているよ」

彼が必要としてくれている。私のすべてを捧げるのにそれ以上の理由は必要ありませんでした。

禁断の関係というスパイスが、どこまでも私を熱くしたのです。

ディプラデニアの花言葉は「危険な恋」。

なんて私にピッタリな言葉だろう。当時は無邪気にそんなことを考えていました。

彼の思惑も知らず、帰還した後の情事について語る……どれだけ滑稽に映っていたのだろう。

いざ対面した害虫は、明らかに私1人の手に負える相手ではありませんでした。

渾身の力を込めた攻撃はすべて弾かれ、助けを求めようにも孤立無援の状態。言葉も通じない相手に命乞いを繰り返す無様な姿を、もし彼が見ていたら想定通りだと笑ったでしょうか。

でも、幸か不幸か私は生き延びた。

命からがら逃げ帰り、医務室のベッドに横たわる私に向けられた彼の瞳。

僅かに残された希望を打ち砕くには、それだけで十分でした。

 

 

 

書いた記憶のない長期休暇の申請書。彼からの信頼の証と意気込んでいた単独任務は、私の独断専行ということになっていました。

元々人付き合いが上手い方ではなかったけど、身体の傷が癒えた頃には私と関わろうとする人などいません。

寂しさを埋めるように、私は訓練と討伐任務に明け暮れるようになりました。

戦いに身を置いている間はすべてを忘れることができる。

任務後のご褒美のために怪我を恐れて消極的になる必要もない。

無茶な戦いをしているのは分かっていた。

任務で一緒になった、事情を知らない花騎士に心配されたりもしたけど、 彼女たちのほとんどは次第に距離を置くようになっていった。

それでも、任務を重ねる内に実績を出していく私を誰かが疎ましく思ったのでしょう。

いつしか私室に男を連れ込んでいるという噂がまことしやかに語られるようになり、風紀を乱したという理由で私は騎士団を追われることになりました。

最初は途方に暮れましたが、勤め先に困ることはありませんでした。追い出される原因となった噂を聞き付けた男たちが、私を欲しがったから。

一度は彼にすべてを捧げると誓った身体ですが、その彼から裏切られたのだから貞節を守る価値もない。

ただ噂が真実になっただけのこと。

誰彼構わず男に付いていく私を蔑む視線。

それでも、どんな形であっても……誰かに必要とされる実感が嬉しかった。

ただ、もう間違えない。

身体を重ねるのは、お互いに都合が良いから。

相手にとって都合の良い女でいれば、愛を注いでもらえる。

それが空虚なものだと分かっていても、私から求めて裏切られるよりは……ずっと良い。

 

 

 

移籍初日。それは私にとって、多少の違いはあっても同じこと。

今回の移籍は距離が離れていたこともあって夜の到着予定。

挨拶なら割り当てられた部屋で休んで翌日に改めて来てくれれば良いとのことでした……表向きは、ということでしょう。

扉を開けたそばから求められることもあった。

好みも人それぞれな衣装を手に、私室で待機を命じられたことも。

今度の団長さんはどんな人でしょうか……

明かりが漏れる執務室の扉を叩き、返事を待ってから入室する。

私を出迎えたのは、書類の山でした。

戦略指南書に討伐任務の報告書、決済書類に……始末書?

執務机に座っているだろう団長さんの顔が見えない程に積まれた書類、書類、書類。

不覚にも呆けた声を上げてしまいました。

「君は?」

聞きなれない声に反応したのでしょう。

自己紹介をしようとする私に、彼の方が先に気付いたようでした。

「真面目だね、君は。長旅で疲れているだろう?

挨拶なんて後回しにしてゆっくり休ませるようにと言伝てを頼んだはずなんだが……」

困ったように肩を竦める団長さんに慌てて自分が勝手にしたことだと伝えると「真面目だね」と先程の言葉を繰り返される。

結局、なし崩しに割り当てられた部屋まで案内され、私が何か言う前に元来た道を戻って行ってしまいました。

あぁ、きっとそういったプレイの一環なのでしょう……既に爛れきった私の思考はそう結論付けました。

放置プレイとは珍しいですが、それならこの時間を焦らしとして楽しむことにしましょう。

今この瞬間にも、目の前の扉を開けて油断した私を暴れ馬のように……。

翌朝、改めて挨拶に訪れた私が余計に疲れた表情をしていたので、団長さんに心配されてしまうのでした。

 

 

 

ここの団長さんはとても優しい人です。

移籍して来て初の任務。無事に任務を終えた私を、彼はたくさん誉めてくれたけど、同時にたくさん叱られました。いつものように無茶な特攻を繰り返し、細かい擦り傷をたくさん作って帰還した結果でした。

世界花の加護を持たない一般人なら害虫の毒で致命傷になりかねない。でも、私たち花騎士にとっては本当にただの掠り傷なのに……

ただ、叱られた後にぎゅっと抱き締めてもらいました。こちらからも触れようとしたところで慌てて距離を取られましたが……思えば、誰かに優しく抱き締めてもらったのはいつ以来でしょうか。

私室に戻った後、団長さんの温もりを名残惜しく感じている自分に気付きました。

自分からは求めないと誓ったのに、触れようとすらしていた?

首を振って否定する。

未だに団長さんが私を誘ってくれる様子はありません。

奥手なのか、そもそも女性の身体に興味がないのか……という可能性は後日、執務室を掃除に訪れた花騎士にエッチな本が見つかってお説教をされている姿を見かけたので否定されました。

欲求不満なら私を抱けば良いのに……

 

 

 

悶々とした日々を過ごしてはいましたが、これまでのように街で適当な男を捕まえようとは思いませんでした。

いえ、そうしようとする度に誉めてもらった時の笑顔がちらつくようになったと言う方が正確でしょうか。

何度もこうして騎士団を転々として来たし、罪悪感はない。だけど、優しくしてくれた団長さんにまで迷惑をかけるのは避けたかった。

“あの人”の下にいた時と似た感情。

身体は重ねていなくても、不思議と満たされる感覚。

妻子はいないらしい。“あの人”の時とは違う。

でも、出会うのが遅すぎました。

近くにいれば嫌でも分かるほどに、彼は多くの花騎士に慕われている。

そうでなくても、いまさら私に誰かを求める資格なんてあるわけがない……

「ディプラデニアちゃん?」

私の名前を呼ぶ声がした。

今となっては心当たりなんて1人しかいない。

「やっぱりディプラデニアちゃんだ♪」

年上のはずの私をちゃん付けで呼ぶ、見た目だけならもっと年下にも見える同郷の花騎士。

「また何か悩んでる……良かったらまたプルメリアが膝枕してあげましょうか?」

今の私にも、変わらない態度で接してくれる。彼女の心意気はありがたい。ありがたいけれど!

周囲の漏らす忍び笑いに居たたまれなくなり、私は首を傾げる彼女の手を取ってこの場を離れるのだった。

「そっかー、ついにディプラデニアちゃんをお迎えできたんですね。これで私も安心できます。

一時はどうなるかと思いましたけど」

場所を変えてプルメリアと話に花を咲かせていると(膝枕はされてませんよ?一応)、聞き捨てならないことを言われた気がする。

「あれ、あの人まだ話してなかったんですか?

はぁ、奥手な人だとは思ってましたけど……」


 

不本意な始末書も書き終え、不在時に溜まっていた書類も大分片付いてきた。

片付ける度に新たな書類が追加されていくさまは、2度と経験したくはない。

急ぎの決裁が必要な書類は他に回るように調整してもらったのだが、謹慎前に行った討伐任務の報告書となればそうもいかない。

馬鹿なことをしたとは思うが、後悔はない。

「ディプラデニア?なんだよ、お前あいつのこと好きだったのか?

だったらもっと早く言えよ!そうすりゃ、こんな回りくどいことせずにくれてやったのに。

今頃どっかで害虫の餌になってるかも知れねぇけどな」

スカした顔を思い出す度に、今でも腸が煮えくり返るようだ。

奇跡的に生還した彼女を言葉通りこちらに転属させなかったのは、あの時殴ったことへの当て付けだろう。

結果、余計に彼女を傷付けてしまった。

そんな彼女をこれ以上傷付けてしまわぬようにと、こちらから想いを伝えるようなことは控えるつもりだったのだが、我が身を省みない姿に耐えられなかった。

とっさに抱き締めてしまった後、彼女はどんな表情をしていただろうか?

そんな事を考えていると扉を叩く音に思考を中断させられる。

書類の提出を急かしに来た文官の誰かだろう。

そう当たりを付け、 やれやれと重い腰を上げるのだった。




これ以上書くと寝室に突入しそうなのでギブアップです(苦笑)
文字数的にも目安越えてるのでこの辺で投稿。

個人的にはこの後、被害者とはいえ宿舎で暴力沙汰起こしたんだからクズが事情を徹底的に追求されれば良い。

消化不良感がヤバいのでいつか仲を深めたその後も書きたい願望


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27.「私を信じて」ほしい「無邪気」な花騎士②―特別なイタズラ―

元々お気に入りの子ではあったのですが、開花キャラクエやボイスを聞いてるうちにいつの間にか嫁枠の1人に格上げされてました。
1話目は連載初期に書き上げたものということもあって至らぬ点も多く、いつかリベンジしたいという気持ちがあったので、こうして2話目を投稿できたことを嬉しく思います。
多少は成長してる!……はず(苦笑)


明日はハロウィンのお祭りとあって、ブロッサムヒルの街並みは独特な喧騒に包まれている。

騎士団の詰所がある王城内も例外ではなく、通常の討伐任務に加えて子どもたちに配るお菓子や出し物の支度に明日の打ち合わせと大童である。

非番の花騎士たちが積極的に手伝ってくれたおかげで、どうにか予定通り作業を完了させることができそうだ。

各所から届く支援要請も落ち着いて来たことだし、執務室に戻って当日の警備人員とシフトの確認でもしようかと足を向けると、部屋の明かりが点っているのが確認できた。

不思議に思い中に入ると、執務机の周りでゴソゴソと作業中のディアスキアに出会した。

「ここをこうしてっと。後は団長さんが帰って来る前に……って、あれ、団長さんもう帰ってきちゃったの!?」

確か巡回任務に出ていたはずだが、そんなところで何をしているのだろうか?

「あっそれは少し前に終わって帰ってきたんだけど、団長さん居なかったから。べ、べつにイタズラを仕掛けてたわけじゃないからね!?ホントだよ!?」

こちらは何も言っていないにも関わらず、動揺した様子を見せるディアスキア。

これでは何かあると言っているようなものだが、構わず彼女の方へ歩を進めていくとそれを察知したディアスキアが身を竦ませるのが分かった。

きっと叱られると思ったのだろう。こちらは怪我が無いかの確認がしたかっただけなので、俯いて少し低い位置にある彼女の頭を優しく撫でてやる。

すると、ディアスキアは呆けたような表情でこちらを見上げてきた。

普段は飄々としている彼女の珍しい表情に新鮮味を感じていると、放心状態から復活したのか口を開く。

「あ、あの、団長さん?どうして……」

どうして怒らないのか?という質問なら、執務室の有り様を見れば一目瞭然である。

最後にここを出たときに散らかし放題だった机周りはきれいに片付けられ、書類の束をひっくり返す覚悟だった明日のシフト表も目の前に用意されている。

他の花騎士が片付けた可能性もあるが、非番の者を含めて今もみんな作業中なのだ。

何より、ディアスキアはイタズラ好きな面こそあるものの、猫の手も借りたいような状況で人を困らせるようなことはしない。

そう断言してやると、こちらを見上げる彼女の顔が真っ赤に染まっていく。

「う、うぅ~……。

団長さん、ボクを信じてくれるのはありがたいんだけど……あまりそういうのは、正面切って言わないでほしいかなぁ……」

言葉のわりに満更でも無さそうなところを見ると、ただの照れ隠しだろう。だんだん小さくなっていく語尾がこれまた可愛らしい。

「もぉ~、ホント恥ずかしいからそんなこと言わないでってばぁ~!団長さんの意地悪!」

耐えきれなくなったのか、なおも頭を撫でようとするこちらの手をすり抜け、ディアスキアは逃げるように執務室を後にしたのだった。

 

 

 

そして翌日、ハロウィン当日だ。

知徳の世界花も街の雰囲気に合わせて施された装飾がライトアップされ、作業に参加していた者たちも満足気な表情だ。

普段は関係者以外の立ち入りが禁止されている王城内も一部が解放されており、花騎士同士の模擬戦や演劇、声自慢大会と様々な出し物が訪れた人々を楽しませていた。

憧れの花騎士と間近で触れ合えるとあって、あちこちで子どもたちの歓声が上がっている。

そんな中、普段は訓練場として使用している一角に一際多くの人々が集まってきていた。

「こんにちは~。

ボクは花騎士のディアスキア!

今日はい~っぱい楽しんでね♪」

その人だかりの中心にいるのは、深紅のドレスに黒のマントというドラキュラの衣装に身を包んだディアスキアだ。

腰に提げられている双剣も、仮装に合わせて意匠の施された特別製である。

十分に人が集まったのを見計らい、彼女は徐にステップを刻み始める。

花騎士の常人離れした身体能力を、日々の鍛練で磨き抜いた体捌きで振るう流麗な剣舞。

先程までの人懐っこい雰囲気からは一転、数多の害虫を翻弄してきたその技のキレに、声を出すのも忘れて魅入る人々。

人を楽しませるイタズラが大好きな彼女の事だ。それを堂々とやっても許されるイベントの準備を怠ることはないだろう。そうでなくても、根は真面目なのが彼女の良いところだ。きっとこの日のために相当な練習を積んできたのだろう。

本人に直接言っても照れてはぐらかされるだろうが。

フィナーレに向けて激しさを増していくディアスキアの剣舞に、辺りの喧騒とは別種の興奮が最高潮に高まっていく。すると、先程まで引き締められていた彼女の表情がふっと緩む。

この見事な剣舞こそ、最後の仕掛けを際立たせる仕込みであるとでも言うように……

「それじゃあ、そろそろ?最後の……お楽しみ♪」

打ち合わせ通りの合図を確認し、事前に用意しておいた大きな風船を城壁の上から放つのとほぼ同時、ディアスキアの身振りに誘導された視線がそれを捉え、正確な投擲に割られた風船の中身―大量のお菓子がカラフルな紙吹雪と共に人々の上に降り注ぐ。

嬉々としてお菓子を取り合う子どもたちと、彼女を称える割れんばかりの歓声。

舞い踊る紙吹雪の中、優雅にドレスの裾を摘まみ上げて一礼する姿に惜しみ無い拍手がいつまでも鳴り響いていた。

 

 

 

帰路に就く人々の表情はどれも満足気で、準備に時間を費やした甲斐はあったようだ。

後片付けもその大半が終了し、人々の喧騒に害虫が誘われて来るのを想定して辺りを巡回していた花騎士の部隊も先程最後の部隊が無事に帰還したことを確認している。

執務室の窓から見下ろす先では、一仕事終えた解放感から打ち上げを敢行する花騎士たちの賑やかな声が聞こえてくる。

明日から通常業務が待っていることを考えると注意するべきなのだが、上から黙認の通達が来ているので常識の範囲内なら問題ないだろう。

そう結論付け、このまま休むか騒ぎに混ざりに行くかを思案していると……カチッという音とともに執務室の電気が消される。

「えへへ♪じゃーんぷ!」

視界が覚束ない中、元気な掛け声と共に勢いよく押し倒されてしまった。

状況を把握できずに混乱する頭で、聞こえた声の主がディアスキアであることに辛うじて思い至るが、彼女はこちらが考えをまとめるまでの時間を与える気は無いようだ。

暗がりの中、何とか事態を把握しようと目を凝らしてみると、曖昧な輪郭がこちらの顔に近付いてくる気配が伝わってくる。

その意図に気付いた時には既に手遅れだった。思わず目を閉じた瞬間……ちゅっと柔らかい何かがこちらの唇に触れる感覚。

時間にしてほんの一瞬。こちらが目を開けたときには、彼女は部屋の電気をつけるべく身体を離した後だった。

そんな彼女が手に持っているものは……マシュマロ?

2つ並べたマシュマロは、なるほど唇のようにも見える。食紅だろうか?赤く着色されているあたり、芸が細かい。

「あはははっ♪団長さん、顔が真っ赤だ~!」

おそらく、昨日の意趣返しなのだろう。

ケラケラと楽しそうに笑っている彼女を見ていると、怒る気も失せていた。

その代わり、未だ笑いを堪えている様子の彼女をしっかりと抱き締めてやる。

「んっ、ちょ、ちょっと団長さん!?

酔った時のママたちじゃ無いんだから……恥ずかしいから許して~」

ジタバタともがいてはいるが、本気で抵抗する意思はないようだ。となれば、こちらも言葉通り離してやる理由はない。

やがて諦めたのか、彼女の方からもそっとこちらを抱き締め返してくれる。

真っ赤な顔のままこちらを見上げる視線。

その瞳が閉じられるのを確認し、今度はしっかりと唇を重ねるのだった。




ということでハロウィン回、もといディアスキア回いかがだったでしょうか?
人気投票組に押されて当日を迎える前にハロウィンイベントが終了するという事実に気付いたときは焦りましたが、何とかイベント中に書き上げることができました。
楽しんでいただければ幸いです。


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28.「孤独な魂」に寄り添う花騎士なおくりびと―温もりを灯せるうちに―

プルモナリア
花言葉:「気品」「孤独な魂」
ニューカマー枠はずっとアザミちゃん推しだったんですが、何ですかこの可愛すぎる生き物は……
まだまだ気になる実装予定の子もいるし、今年誰に投票しよう(苦笑)

1/30加筆修正


雨上がりの湿気を含んだ空気の中、害虫の群と花騎士による戦いは熾烈を極めていた。

数的有利な状況を作り出し敵の数を減らしていく一方、こちらの戦力も確実に削られていく。

一進一退の攻防が続く中、その均衡は敵の親玉らしいカマキリ害虫の咆哮によって終わりを告げた。

各所で散発的に花騎士と戦闘を行っていた小型害虫が、一斉に付近の街へと進行を始めたのである。

こちらの迎撃で仲間が倒れようと一直線に目的地へと向かう様子に意図するところを察して一瞬の逡巡はあったものの、まだ動ける花騎士に街の防衛を指示する。

こちらの戦力を分散させ、強引に包囲を切り抜けるのが目的なのだろう。事実、このカマキリ害虫の戦闘力は極めて高く、これまでに何人もの花騎士が戦闘不能に追いやられていた。

対処する人員を減らすのはかなりのリスクに繋がるのだが、騎士団として住民の安全を疎かにすることはできない。

背を向けた者へ仕掛けることも警戒していたのだが、親玉害虫にそうした仕草はないところを見ると、最悪自分だけが包囲を突破して逃げ延びる算段なのだろう。

「キシャァァアア!!!!」

再び咆哮を上げるカマキリ害虫。

幸い、これまでの戦闘でダメージは蓄積されているようだが、それはこちらも同じこと。

双方睨み合いが続く中、不意に袖を引っ張られる感覚に意識だけそちらに向けると、油断なく武器を構えながらもどこか落ち着いた雰囲気を見せるプルモナリアだった。

その視線は一点を見つめており、それを辿ることで彼女の意図を察する。

身振りで他の花騎士にも作戦を伝え終えるのと、痺れを切らした親玉害虫がこちらへ突っ込んでくるのは同時だった。

「やぁぁああ!」

カマキリ害虫の周りを囲むように位置取り、敵が狙いを定めるより早く、ありったけの魔力を込めた魔法が炸裂する……害虫の僅か上方で。

それを見てチャンスと捉えたのだろう。一気にこちらの戦力を削るべく、魔力を使い果たして立ち尽くす彼女を無視して接近戦を仕掛けてくる……最も近場にいたプルモナリアへと。

「……ととっ!?」

間一髪。手にした鎌を間に滑り込ませることには成功したものの、小柄な体で受け止めるにはその一撃は重すぎた。

遥か後方へと吹き飛ばされるてしまった彼女が心配ではあるが、今は無事を祈るしかない。

「シャァァアア!!」

立て続けに2人の花騎士を戦闘不能にしたことで調子づいたのだろう。雄叫びと共に次のターゲットへと体を反転させようとする害虫……その行動が、こちらの思惑通りであるとは知らずに。

「……キシャッ!?」

驚きの声を上げるカマキリ害虫。見ると、雨のぬかるんだ土に足を取られ、体勢を維持できなくなったようだ。

当然、そんな姿勢でまともに受け身を取れるはずもなく、その一瞬にすべてをかけた総攻撃を叩き込む。

「ギ、ギシャ……」

しばらくは自身の鎌を盾に凌いでいた親玉害虫ではあったが、すべての攻撃を受けきるには到底足りず、やがて塵となって崩れ落ちた。

少々綱渡り気味な策ではあったが、どうにかうまくいったことに安堵する。

小型害虫の掃討に向かった部隊とも無事に合流し、手分けして負傷者の救護にあたるのだった。

 

 

 

「あ、偉い人ー。わたしはこっちだよ」

吹き飛ばされたプルモナリアの捜索に向かうと、足を引き摺った状態ではあるものの無事な姿を見せてくれた。

作戦成功の立役者に殉職されたとあっては、みんなに会わせる顔がない。

「今回ばかりはわたしにもお迎えが来たのかと思ったよ。

葬儀屋だけに、棺桶に片足を突っ込んでたね」

救護班に手当てを受ける傍ら、縁起でもないことを口にするプルモナリア。騎士団に迎えた当初は反応に困ったものだが、任務をこなしていくうちに彼女が心から冗談で語っているのだと分かってきた。

だからこちらも、葬儀屋に先立たれてしまっては誰が我々の棺桶を用意してくれるのだ?と冗談めかしてやる。

驚いた表情を浮かべたプルモナリアがキョロキョロと辺りを伺うと、彼女を心配して集まっていた花騎士たちが同意するように頷いてくれた。

「ふふふ。この騎士団は良いね~。

わたしの冗談にこうやって付き合ってくれる」

ふにゃりと笑みを浮かべるプルモナリア。

葬儀屋の娘。そんな環境で育ってきたからか、彼女は戦いの毎日を送る花騎士の中でもとりわけ死と向き合ってきたのだろう。

彼女はそんな自らを指して心が鈍感になっていると自嘲することもあるが、とんでもない。

「ふぁっ!?だ、団長?」

手当を終えたばかりの彼女を正面から抱き締めてやると、微かな身体の震えを感じ取ることができた。

普段の澄ました様子とは違う可愛らしい悲鳴が上がる。

周囲に集まった花騎士たちから黄色い歓声が上がるのにも構わず、彼女が今も生きている証である温もりを全身で感じ取る。

射程から外れた者が空への退避を塞ぐ。ここまでは予定通りだが、臨機応変に近場の者が担うはずだった囮役のポジションへと最短距離で突っ込む彼女を目撃したのは自分だけではない。

「おいー!

恥ずかしいからやめろよー!」

ジタバタともがく彼女を余計に強く抱き締めてやる。

その口調は既に普段とかけ離れたものになっているが、もしかしたらこちらの方が素なのかもしれない。

「みんなも笑ってないで助け……って、なんで余計に集まって来るんだよー!」

唐突に始まったハグ合戦(?)は、騒ぎに気付いた救護担当の花騎士に大目玉を食らうまで続けられたのだが、一緒に騒いでいたはずの花騎士たちが結託してねじ曲げた経緯を説明したため、帰還後は1人寂しく始末書を書く羽目になったのだった。

 

 

 

さすがは花騎士といったところで、あれからまだ数日と経っていないうちにプルモナリアの足の具合は完治していた。しかし、治療に専念している間は質素な栄養食が続いていたため、甘いもの無しでは生きていけないと豪語する彼女にとってはそこそこ苦痛な日々だったようだ。

そこで、復帰祝いとして彼女の大好きな甘いもの巡りへと繰り出していた。

「はぁ……、糖分が身体に染み渡るよ。やっぱり甘いものは最高だねー。

今日はありがとう、偉い人」

これ以上無いほどの笑顔でスイーツを平らげていくプルモナリアに、気を良くした店主がまだ発売前だという試作品をおまけしてくれたりと終始ご機嫌な様子である。

そんな折り、夕焼けに染まる帰り道で彼女は唐突に切り出してきた。

「花騎士のオバケさんがね、教えてくれたんだよ」

最初は何のことか分からなかったのだが、先程の店で激しい戦いの最中に冷静な対応を見せた彼女を誉めた際の反応がおかしかったことに想い至り、今の発言と合わせてだいたいの事情を把握することができた。

プルモナリアはこの世ならざる者を見て実際に会話をすることもできるのだ。

彼女の意思を尊重して口外はしていないが。

「大切な人がいたんだって。

その人に想いを伝えられずに死んじゃったことを、とっても後悔してた。わたしたち花騎士は、いつも死と隣り合わせなのにどうしてだろうって。だから……」

と、これまでハキハキと言葉を口にしていたプルモナリアが途端に言い淀んだ。

だから?と先を促してみるのだが、続く言葉は中々出てくる気配がない。

しかし、今日は彼女の復帰祝いである。

話したくない内容を無理に聞き出すこともあるまい。そう結論付け、前に向き直ろうとしたところで意を決したような彼女の声が響いた。

「だから、だからわたしは、後悔の無いように生きたい!」

言うが早いか、プルモナリアが全力でこちらに抱き付いてきた。

「あの時は恥ずかしくて暴れちゃったけど、団長やみんなに抱き締めてもらって……本当はすごく嬉しかったから」

柔らかな感触がこちらの唇と重なる。

「分かり合えないまま死ぬ人たちを見たくなくて花騎士になったのに、わたしが後悔を残すような生き方をしてちゃダメだよね」

やがて名残惜しむように唇を離しながらそんなことを言う彼女に、今度はこちらから口づける。

この温もりを絶やさないようにしよう……そう志を新たにしながら。




ということでプルモンことプルモナリア回でした。

開花キャラクエや解放されてないボイスも多くて正直どこまで彼女の魅力を表現できたのかわかりませんが、今自分にできる精一杯は詰め込んだつもり。

楽しんで頂けたのであれば幸いです。
ありがとうございました。


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29.「静かな喜び」と「清純な心」の純真な花騎士―想いを重ねて―

ゴデチア
「静かな喜び」「変わらぬ愛」等
立ち絵イラストでは素肌の露出がほぼ皆無という故郷どころか春庭全土でも稀有な子。
バナナ所属の花騎士は、ディプラちゃんに次いで2人目(嫁も出身はバナナですが)!……私はこの国だと“らしく”ない子から書く縛りでもやってるんだろうか(苦笑)
今度バナナの子をメインにする時はそれっぽい子を書きます! ……多分。



「はぁ……」

目的地である扉の前に辿り着くと、抑えていた緊張がまた顔を出しました。

初対面の人と会うのは、やっぱり恥ずかしい。

でも、そう言ってばかりもいられません。この扉の先にいるのは、これから任務で一緒に戦う仲間ですから。

普段は慣れた人と組めるように編成を工夫してくれる団長さんですが、緊急の支援要請ともなればそこまで気を回す余裕はなかったのでしょう。

不安はあります……でも、同じくらい楽しみでもありました。

仲良くなれる人がいると良いなぁ……そんなことを考えながら何度も確認した身だしなみをもう一度チェックしていると、後ろから「ねぇ?」と声をかけられました。

「ひゃっ!?」

突然のことで変な声が出てしまいます。考えてみれば、わたしが最後の1人だとも限らないのに扉の前に陣取っていては迷惑になるのは当然のことです。

慌てて振り返った先にいたのは、小柄と言われるわたしとそこまで背格好の変わらない女の子でした。

「えへへ、驚かせちゃったかな?ここにいるってことはあなたも同じ任務に参加する花騎士だよね?」

幸い怒ったりしてる様子はなく、人懐っこい笑顔で逆にいきなり声をかけたことを謝ってくれました。

「ゴ、ゴデチアって言います。よろしくお願いします」

「ゴデチアちゃんだね、よろしく~♪」

わたしのたどたどしい自己紹介に柔らかい笑みで応じてくれたオレンジ色の長髪にハンマーを背負った花騎士。でも、何より特徴的なのは衣装のいたるところにあしらわれたドクロでした。

直接お話したことはなかったのですが、その特徴的な容姿には心当たりがあります。

名前は確か……

 

 

 

「キンギョソウだよ。花言葉は清純な心!

あとは図々しいとか……騒々しいとか……でしゃばり……。

でも、そんなことはどうでも良くて、好きなものはドクロ!だって可愛いでしょ?可愛いよね?」

団長さんも到着したので、ほとんどの人が初対面ということもあって任務の説明を聞く前に軽く自己紹介をすることになったのですが、キンギョソウさんは身に付けたドクログッズを自慢気に披露しながら瞳をキラキラさせて語り始めました。

「どこが良いのかって?んー、全部?

だってドクロだよ?それだけで最高でしょ!こっちのはこの間手に入れたばかりの新作なんだけど……」

わたしには初対面の相手を前に自分の好きなものについて語るなんてとても真似できそうにありません。

これくらい積極的な女の子の方が団長さんも話してて楽しいのかな~なんて余計な思考を追い出していると、このまま放っておいたら永遠とドクロの魅力について話しかねないと思ったのでしょう。さすがに団長さんが待ったをかけました。

「あー、キンギョソウ。悪いんだがそろそろ任務の説明をしても良いか?」

「えー、仕方がないな……」

まだ語り足りない様子のキンギョソウさんでしたが、素直に聞く姿勢を取ってくれたので室内にホッとした空気が流れます。

自己紹介は彼女が最後だったので、団長さんはそのまま任務の説明を始めたのでした。

 

「すまない、ゴデチア」

他の花騎士さんが準備のために退室したのを確認して、団長さんが頭を下げてきました。

今回の任務先であるバナナオーシャンには、本来なら休暇を使って2人きりで出かける予定だったからです。

わたしの故郷でもあるバナナオーシャンは常夏の世界花とも称される程年中温かい気候が特徴で、寒い日が続くと体調を崩しがちなわたしに、寒さが本格化する前に温かいところでゆっくり身体を休めて欲しいという計らいからでした。

それなのにたまたま人員不足の状況で支援要請のあったところへ向かうことを理由に討伐任務を押し付けられてしまい、責任を感じているみたいです。

上層部からは見返りに休暇の延長が認められましたが、当然2人でゆっくりできる時間はあまり取れないでしょう。でも……

「何とか時間を調整して少しでも2人で過ごせる時間を……」

そう提案する団長さんに、私は首を横に振って答えます。

この任務に参加する他の花騎士さんは、突然の召集なのに嫌な顔1つしませんでした。

花騎士としての使命感もあると思いますが、1番の理由は団長さんが普段からみんなのことを考えてくれているのが伝わっているからでしょう。

そんな人気者の団長さんを、わたしだけで独占して良いわけがありません。

なんて……キンギョソウさんのように真っ直ぐ伝えられれば良かったのですが、わたしはうまく言葉にすることができません。

アワアワと立ち尽くしていると団長さんは優しく頭を撫でてくれたのでした。

 

 

『ゴデチアートランス!』

用意されていた魔方陣から出現した魔力の槍に貫かれ、断末魔の声をあげる害虫が塵となって消えていきます。

討伐対象の害虫は支援要請が出るだけあってかなりの数でしたが、群のボスと言われる強力な個体はいなかったので大きな怪我をすることもなく無事に任務を終えることができました。

「団長、無事に任務も片付いたんだし海行きましょう、海!」

「そうね、せっかくバナナオーシャンに来たんだし、行かなきゃ損よね」

団長さんは既にたくさんの花騎士からお誘いを受けているようでした。

「ゴデチアちゃんは行かないの?」

そんな誘いもありましたが、わたしは肌の露出が多い格好は得意ではありません。

常夏のバナナオーシャンだけあって普段より薄着になっているみなさんの衣装でも気になるくらいなので、水着となると想像するだけで……

「わ、わたしはちょっと……」

その言葉を口にした瞬間、力いっぱい引っ張られる感覚がしたので見てみると、瞳を輝かせたキンギョソウさんでした。

「じゃあ、ゴデチアちゃんは私の買い物に付き合ってくれない?地元ここだったよね?

ドクロのアクセサリーとか売ってそうなところ知ってたら教えて♪」

言うが早いか、そのまま移動を開始しようとするキンギョソウさんに苦笑しながらも、特にやりたいことも無かったので付いていくことにしたのでした。

 

 

 

「あー、やっぱりゴデチアちゃんに聞いて正解だったよ♪

私の直感だけじゃここまでの品物には出会えなかったと思うし、戦闘の時から思ってたけど今日は冴えてるなー!」

買い物を終えて入った喫茶店で、キンギョソウさんはさっそく戦利品を取り出してはうっとりとした表情を浮かべています。

「えっへへ♪ゴデチアちゃんはやっぱり優しい子だなー。

最初に会ったとき、私の直感にピーンと来たんだよね!」

「わ、わたしが優しい……ですか? あぅ……褒めてもらえるようなことじゃないですよ!」

突然の誉め言葉に恐縮してしまいますが、キンギョソウさんは首を振って周りを見るように促してきます。

疑問に思いながら店内を眺めて見ると、かなりの数の視線がわたしたちのテーブルへと集まっていました。

「私の趣味って、どうやら周りから見るとかなり変みたい。私は普通だと思うんだけどな~。

まぁ、私は可愛いって思ってるから全然良いんだけど、買い物に付き合ってくれる子はほとんどいないかな」

最初の自己紹介の時にも思ったことですが、ここまで明確に自分を表現できる彼女を羨ましいな~と思ってしまいます。

ドクロについて語るキンギョソウさんはとても魅力的で可愛いと思えるから。

「ふぇっ?可愛い?えっへへ……♪

もうっ、団長さんはこんな良い子放って何をしてるんだ!」

独り言のつもりで言ったのに聞こえていたみたいで、真っ赤になって照れるキンギョソウさん。

何やら1人でぶつぶつとしゃべっていたかと思うと、買い物に連れ出されたときと同じように、突然店を飛び出していってしまいました。

どうやら、キンギョソウさんは得意の直感で今回の任務がセッティングされた経緯をある程度理解していたようです。

その後、ビーチから団長さんを連れ出してきたキンギョソウさんが戻ってきたのですが、水着のままだったため、あまりの肌面積の多さに失神してしまい、さらに注目を集めることになってしまったのでした。

 




キンギョソウ
花言葉:「清純な心」「図々しい」「でしゃばり」「予知」等
タイトル二人分だったんですが、どれくらいの方が気付きましたかね?
何か最初はサブで書いてたはずのキンギョソウが思ったより目立ってきて、さすがはでしゃb……失礼しました。


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30.「快活な愛」と「競争」の負けず嫌いな花騎士―熱き想いを胸に―

アブラナ
花言葉:「快活な愛」「競争」等
先ずは別Ver.実装おめでとう、アブラナ!
私はアプリ版開始後に始めたので最初から金や虹枠の花騎士が居る状態でしたが、初期から続けられている歴戦の団長の中には頼りになる戦力としてお世話になった方も多いのではないでしょうか?



「ここが貴方の執務室になります。

任命式に関してはこちらに……後は提出資料についてもまとめられているので必ずご確認下さい」

そう言って立ち去る文官にお礼を述べつつ、これから自分が主となる部屋と改めて向き合う。

最低限の調度品のみが揃えられた簡素な部屋に、先んじて送られていた私物を詰め込んだ段ボールが積み上げられている。

書類の確認と荷解きのどちらを優先させるかしばらく逡巡した後、取り敢えず客間も兼ねた空間に荷物が積み上がっているのは問題だろうという結論に至り(今のところ来客の予定は無いが)、後者を優先することにしたのだった。

 

 

 

「……うおっ!?」

傾きかけた日が差し込む執務室に、良い歳をした男の無様な声が響く。

あらかた荷解きを終えて真新しい椅子に腰を落ち着けようとしたのだが、安物の硬さに慣れた体は経験の無い柔らかさに体勢を崩してしまったのだ。

誰もいなかったことに安堵しつつ、今度は慎重に少しずつ体重を預けていく。

こんな調子では騎士団長の威厳などあったものではないので、何度か腰を上げ下げして感覚を体に染み込ませることにした。

そんな傍から見れば不審極まりない屈伸運動を続けていると、来客を告げるノックの音が響き渡る。

予想だにしないタイミングでの訪問に慌てて体勢を立て直そうとするも叶わず、盛大な音と共に椅子から転げ落ちてしまった。

「ちょっ、今凄い音が……何してんのよアンタ」

突然の音に驚いたのだろう。来訪者である金色の長髪をツーサイドアップにまとめた少女が慌てたように入室してきた。

腰に片手剣を提げていることから花騎士だと予測できるが、いったいどんな用件だろうか?

「……アンタ本当に団長?なんだか胡散臭いわね」

こちらの疑問には答えず、訝しむような視線を向けられてしまった。

だが、打ち付けた臀部を擦りながらの無様な格好では反論のしようもないというものだ。

倒してしまった椅子を直してから改めて用件を尋ねると、疑いの眼差しを残しつつも彼女はこちらをビシッと指差してきた。

「まぁ、良いわ。あたしはアブラナ。害虫との戦いは、絶対にあたしたちで終わらせるの。

新人だからって、適当な作戦を指示してきたら承知しないんだからね!」

アブラナ……その名前には聞き覚えがあった。

ここまで案内されている時に教えてもらった、自分の下へ配属される初めての花騎士。

彼女自身、騎士学校を出たばかりの准騎士のはずだが、戦いを終わらせるとは大きく出たものだ。しかし、そのために努力を積み重ねて来たのはこちらも同じである。

情けない初対面で既に幻滅されているかもしれないが、どうか力を貸して欲しい……そう言って右手を差し出すと、一瞬キョトンとした表情を浮かべるアブラナ。

拒否されるか?そんな不安が過ったものの、不敵な笑顔を浮かべながら彼女はしっかりとこちらの手を取って握手に応じてくれたのだった。

 

 

任命式を終えて正式に騎士団長の仲間入りを果たしたものの、駆け出しの騎士団長にいきなり世界の命運をかけた任務が割り振られるといったお伽噺のような展開は無く、所属する団員もアブラナ1人だけなので、正直“団長”と名乗って良いかも微妙なところである。

当然、新米の騎士団長と花騎士に任せられるような依頼がそう何件も舞い込んでくる訳はなく、専ら2人で訓練をして過ごすことが多かった……のだが、ここで少々問題が発生した。

きっかけは初日に行った模擬戦である。

「はぁ!?あり得ないんですけど!」

ここまで10戦打ち合ってこちらの全勝。後半は熱くなりすぎたアブラナが直線的に突っ込んでくるだけだったため、試合にすらなっていない有り様だった。

当然両者が(正確にはアブラナが)全力を出していれば、こちらがいくら鍛えていると言っても世界花の加護を持つ花騎士と勝負になるわけがないのだが、同じ条件ならリーチの差もあるしこんなものだろう。

しかし、アブラナはそれで納得しない。

「もう1回よ!次こそあたしが勝ち越してみせるんだから!」

負けず嫌いなんて生易しいものではない。

こうなってしまったアブラナは文字通り勝つまで続けるのだ。

地団駄を踏んで悔しがっている彼女を眺めながら、初日の汚名を返上しようと意気込んでみたものの、全勝はやり過ぎたかもしれない……そう思ってしまったのが更なる過ちであった。

「…………」

初めて彼女の1本が決まった瞬間、最初は喜びに震えているのかと思ったがとんでもない。

続けて感じたのは震え上がる程の怒気。

「今、手加減したわよね?」

有無を言わさぬ口調であった。

土下座せんばかりに謝罪の言葉を並べ、仕切り直しを進言することで何とか静まってくれたが、その後も直線的に突っ込んでくるだけなのにこちらの手加減だけは目敏く見つけ出すアブラナとの模擬戦は終わりが見えない。

結局、この日はお互い体力の限界まで打ち合ったせいで翌日の業務に支障をきたし、2人揃って上司からお説教を受けるはめになったのは言うまでもない。

 

 

 

「……ちょっと、真面目にやってるの?」

書き上げた書類をチェックしていたアブラナが修正で赤く染まった書類を突き返してきた。

いくら期限に迫られているとは言え、これは酷い。

「はぁ……どうしてアンタは実戦以外ポンコツなのよ」

期限に余裕があるからと事務作業をサボっていた挙げ句、こうしてアブラナに泣き付いた結果である。

改めてお礼を述べるが、そんな暇があったら手を動かせと言わんばかりにスルーされてしまう。

最後の書類を書き終える頃には、とっくに日付も変わってしまっていた。

「まったく、期限の迫った書類があるから訓練する余裕がないなんてこれっきりにしてよね?

あたしは早くイチゴに追い付かなきゃいけないんだから!」

全面的にアブラナの言う通りなので、こちらはひたすら平身低頭に徹する。

イチゴと言うのは彼女と同期の花騎士で、騎士学校時代は仲の良い友人であると同時にライバルだったらしい。

任命式の時にチラッと見かけた記憶では、規模・実績ともに申し分ないベテランの団長が率いる騎士団に配属が決まっていたはずだ。

規模の大きい騎士団の新人も最初は雑務や訓練がほとんどと聞くので、一律に配属された騎士団の規模で計れるものではないと思うのだが……

「少なくとも、アンタみたいな醜態を晒すようなことはしてないでしょうね」

ぐぅの音も出ないとはこういうことを言うのだろう。

 

 

 

「あっ、もしかしてアブラナちゃんが配属されたところの団長さんですか?」

訓練場に向かう途中、早朝の廊下に心当たりのある呼称が響いたので振り返ると、ピンク色の髪を肩ほどのツインテールにした女の子がこちらに駆けてくるところだった。

「こうしてお話するのは初めてですね。

わたし、イチゴって言いますぅ」

互いのことを知ってはいたものの、直接話したことは無かったので最初はアブラナを探しているものとばかり思ったのだが、どうやら別件らしい。

「えへへ、アブラナちゃんって優しくて良い子なんですけど、ちょっと誤解されやすいところがあるから……」

イチゴの言葉に苦笑が浮かぶ。

こちらの情けない話でも散々吹き込まれているのだろう。

アブラナがイチゴを仲の良い友人として慕っているように、彼女の方も件の団長を様子見に来たといったところだろうか?

「はわぁっ!?とんでもないですぅ。

アブラナちゃんはむしろ……」

「ちょっと団長!いつまであたしを待たせる気……って、イチゴじゃない?」

アワアワとこちらの推測を否定する言葉の途中で、待ちきれなくなったアブラナがここまで出向いてきたようだった。

そう、これから懲りないアブラナと模擬戦の約束をしていたのである。

「ちょっと、ニヤニヤなんかしてどうしたのよ?

言っておくけど、今日こそあたしが勝ち越してやるんだから覚悟しておきなさいよ!」

こちらの笑顔の意図を取り違えたアブラナが生意気なことを言ってくるのだが、最近は少しずつ実力で1本を取られることが増えてきたので、うかうかばかりしてられない。

「ねぇ、アブラナちゃん。今日はわたしも混ざって良いかな?」

イチゴからの提案に、アブラナが笑みを深くしたのが分かる。

「良いわね……同じ相手ばかりで変な癖がついても嫌だし」

念のため団長さんから許可をもらってくるというイチゴを一度見送り、待ってる間にとさっそく互いに木刀を構えて向き合う。

毎日のように模擬戦を続けた結果、周りにはちょっとした人垣が形成されるようになっていた。

特に決まった合図のようなものはない。

実戦にそんなものは無いからだ。

不意を突かれたのだとしたら、油断していた方が悪い。ただ、この静寂もそう長くは続かないだろう。

そんな思考の刹那、間合いを詰めたアブラナに応じるように剣筋を塞いだ木刀が乾いた音を響かせたのだった。

 




なっ、何とかイベント期間中に上げることができた……実質アウトなんですが。
クリスマス、新春と書きたい子は決まっているのですが、今年も隠し玉用意してそうですよね……ユアゲ(苦笑)
好みの子が実装されて欲しいような懐具合が心配なような……複雑な心境です。


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31.「謙遜」と「純愛」の箱入り花騎士―届かぬ愛の囁きを―

チャノキ
花言葉:「謙遜」「純愛」「追憶」
一応キャラクエのネタバレが気になる方はブラウザバック推奨。すごく魅力的な子が実質無料でお迎えできるので、まだお迎えしてない団長諸兄は今すぐ交換所にダッシュだ!




最近は冬も本番とばかりに冷え込む日が続いており、街を出歩く人々は誰もがしっかりと着込んでいるのが見て取れる。

この分だと明日辺りは初雪になるかもしれない。

頭の中で補強が必要になりそうな箇所をピックアップしていると、しっかり閉じられた窓越しでも聞こえる程の賑やかな声が響いて来た。

「うぇ~い北風が吹き荒れようとも走っていれば寒くないっす。

寒いからこそ、魂を燃やすっすよ!」

「いいね!あたしも付き合うよ。

やるなら正々堂々勝負と行こうじゃないか!」

「うへへへへへ、望むところっす。

うおー、やる気メーターが振り切れるっす!」

「ちょっと、アンタたち訓練中に何やって……ってもう居ないし!?」

眼下に広がるのは、厚着とは言い難い……どころか薄着と言っても良い服装ではしゃぎ回る少女たちの姿だ。

スプリングガーデンを害虫の脅威から守るために世界花から加護の力を授かった少女たち・花騎士。

彼女たちは優れた身体能力を持つだけではなく、暑さや寒さといった気候の変化にも人並み以上の耐性がある。

自分なら考えただけで震えが止まらないのだが、彼女たちにとっては活動に支障をきたす程ではないらしい。

もちろん、本来は“人並み以上”というだけの話であって、個人差はあるし無茶をすれば体調を崩すこともある……こんな風に。

「ケホッ、ケホッ……。うぅ……私としたことが」

苦し気に咳をする声にベッドまで歩み寄ると、この部屋の主であるチャノキが横たわっていた。

部屋を訪ねた際に具合が悪そうだったのでなし崩しに世話を焼き始めたのだが、どうやら風邪を拗らせてしまったらしい。

この分だと今日1日は安静が必要だろう。

額に乗せられたタオルを取り除き、冷たい水に浸してから再び乗せ直すと、気持ち良さそうに表情を緩めた後、黄緑の瞳がこちらを見上げてきた。

「まったく……キミも酔狂な男だな。

私なんかのために貴重な休みの日を潰すとは 」

お礼の言葉よりも先に悪態が口を突いて出てくるのが実に彼女らしい。

苦笑を浮かべつつ暖炉の前まで戻ってくると、チャノキがベッドの中でぶつぶつと何かを呟いている気配がするのだが、残念ながらその内容までは聞き取ることができないのだった。

 

 

「……団長くん?」

どれだけの時間が経過したのだろう。燃え尽きかけた薪がパチパチと爆ぜる音だけが響く室内にこちらを呼ぶ声が響き、微睡みかけていた意識が覚醒する。

慌てて視線をベッドの方に向けると、いつの間にかチャノキが上体を起こしていた。

万全とは言わないまでも、最初に部屋を訪れた時に比べれば顔色も大分良くなっているようで安心する。

「おかげさまでね。

ま、まぁ、何だ。その……ありがとう」

恥ずかしそうに視線を逸らしながらではあるものの、素直にお礼を述べるチャノキ。

「な、何だその顔は!私だってお礼くらいはちゃんと言える!

初めてだったんだよ……キミがしてくれたみたいに、付きっきりで看病してもらうというのは」

素直にお礼を言われたのはもちろん意外だったのだが、続いた言葉はさらに予想の斜め上をいくものだった。

知り合いの中には幼い頃の彼女を知っている者もいたのだが、その誰もが『大切に囲われた箱入り娘』という印象を持っていたからだ。

「はは、やはり“外の世界”から見ると当時の私はそのように見えるのだな……」

乾いた笑みを浮かべる彼女が語った内容は、こちらの不快感を煽るには十分な内容だった。

家族にすら疎まれ、来客以外では部屋から出ることも許されなかったこと。その理由が“生まれが四番目だから”というくだらないものだったという事実。

「だから私は家を飛び出し、花騎士の道を選んだ。

その選択は……まぁ、悪くはなかったかな」

あっけらかんと話すチャノキだが、これは聞いても良い話だったのだろうか……そんなこちらの心境を察したのだろう。無理やり話題を変えるべく語りかけてきた。

「ところで、そろそろ訪ねてきた目的を教えてくれても良いんじゃないかな?

まさか私が体調を崩しているのを予知していた訳ではあるまい」

そんな彼女の言葉にハッとする。すっかり忘れていたのだが、元はと言えば自分が先に訪ねて来たのだった。

「まぁ、おおかた任務関係だろう?

そうでもなければこんなに無愛想な女にわざわざ会いに来ることもないだろうからな」

少し寂しげな笑顔を浮かべたチャノキに、慌ててそうではないと否定する。

首を傾げるチャノキ。

どうやら本気で仕事の話をしに来たと思っているらしい。

そんな彼女に、せっかくの休日なのだから一緒にどこかへ出掛けないかと誘いに来たことを白状する。

「……ふぇっ!?」

きっといつもの悪態が飛んでくる。そう思っていたのだが、返ってきたのは思いの外気の抜けた、可愛らしい声だった。

目を真ん丸とさせて固まってしまった彼女を見つめていると、みるみるその顔が赤く染まっていく。

「と、突然何を言い出すんだキミは!?

私なんかをこの騎士団に置いてるのはキミが騎士団長で、私が花騎士で……。

ただそれだけの話だろう!?」

溜め込んだ分まで吐き出すように騒ぎ立てるチャノキを宥めつつ、まだ万全の状態ではないのだから落ち着くように言い聞かせる。

そもそも、騎士団長が休みの日を花騎士と過ごそうとすることがそんなにおかしなことだろうか?

「お、おかしいに決まっているだろう!

今日が非番の花騎士なんて他にもたくさんいるはずだ。なぜ私なのだ!?」

なぜ?と問われると返答に困ってしまう。

一緒に出かけたいと思ったからではダメなのだろうか?無理強いはしたくないが……

「っ……ダメとは言っていない!

そ、それが酔狂だと言うのだ。

この騎士団には悪態ばかりついてる私なんかより素直で可愛い子なんていくらでもいるじゃないか!?」

もはや支離滅裂である。

結局病み上がりに騒いだことで風邪が振り返してしまい、再び熱にうなされるはめになるのだった。

 

 

 

「団長くん団長くん!これが“雪”というものなのか?」

翌朝、すっかり体調の良くなったチャノキと外に出てみると、予想通り初雪がちらつき始めていた。

「白くてフワフワで……冷たっ!?」

手で受け止めようとした雪の冷たさに驚いて声をあげるチャノキに苦笑を浮かべていると、ハッとしたように彼女がこちらを見上げてきた。

どうやら一連の自らの行動を客観的に見ることで恥ずかしくなってしまったらしい。

当たり前と言っては当たり前なのだが、長らく“外の世界”から遠ざかっていた彼女にとっては雪が冷たいという事実も新鮮なのだろう。

「……あっ」

俯く彼女の両手を取ると最初は外気に触れたこちらの手まで冷えてしまったのだが、やがてじんわりと互いの熱で暖まっていくのがわかる。

十分に暖まったところで改めて手を繋ぎ、街へと足を運ぶ。

せっかく直ったのにまた体調を崩させる訳にはいかないので、足りなくなっていた備品の買い出しついでに防寒具を一式揃える予定なのだ。

初めての冬の街並みに興味を惹かれるのか、何度か足元が覚束なくなる。

指摘しようかとも考えたのだが、子供のように瞳を輝かせている彼女が実に可愛らしく、もう少しこのままで良いかと思い直す。

せめて転ばないようにと握る手に力を込めると、気付いたチャノキも繋いだ手を強く握り返してくれたのだった。

 




儚げな子って良いですよね……キャラクエがバナナオーシャンならぬ夏の海だったので、冬の雪で話を書いてみようというthe安直な思考ですw
ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。
次回は今度こそクリスマスになる予定です。


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32.「愛の喜び」と「初恋」の灰かぶり花騎士②―自らの意思で―

な、何とか間に合った(クリスマスイベント実装中という意味で)

サブタイも過去一で捻りもへったくれも無いという(苦笑)
もしかしたらいずれこっそりと編集してるかもしれません
※12/30サブタイを修正
本編も最後のところをちょっとだけ書き直しました。




執務室の窓から見下ろす先に広がるのはカラフルな装飾に彩られた街並み。今日はクリスマスとあって浮き足立った雰囲気が街全体を包んでいる。

家族や友人、恋人との時間を過ごす人々。

そんな人々に混ざって、正装で巡回にあたる花騎士たちがちらほらと確認できる。

こんな時くらい身体を休めて鋭気を養って欲しいというのが本音ではあるのだが、そんな事情など害虫にはお構い無しなのである。言ったそばから害虫出現の報告が届いたらしく、担当地区を警備する花騎士たちが慌ただしく駆け出し始める。

心配がないと言えば嘘になる。だが、幸い警報が発令されるレベルではないようなので自分も割り当てられた仕事をしっかりこなすことにする。

せっかくの特別な日が、害虫という無粋な存在によって悲劇に塗り替えられてしまわぬよう、いつも以上に気を引き締めて任務にあたらなければ……そんな使命感に駆られていると、タイミング良く扉を叩く音が室内に響いた。

「団長様、準備はバッチリです。

そろそろ出発しましょうか?」

入室してきたのは普段花騎士として着用している躑躅色の衣装ではなく、赤と白のサンタクロースをイメージした服装に身を包んだツツジである。

膝上丈の赤いワンピースドレスに肩までのケープ、赤い帽子。それぞれの裾にあたる部分にはふわふわとした白いファーが縫い付けられており、茶色のロングブーツを履いていた。

なぜ彼女がそんな格好をしているのかと言えば、今日の目的は中心街から離れた小さな村々や孤児院を回って物資を運ぶことであり、せっかくなので形から入ろうとなったからである。

だから決してこちらの趣味という訳ではない。断じて。

事前に示し合わせてはいたのだが、これは予想通り、いや……それ以上に可愛らしかった。

「可愛いですか?……良かった~。

パパとママが送ってくれた衣装なので、きっと二人も喜ぶと思います」

そう言ってその場でくるりと回って衣装をよく見せてくれるツツジ。今にも抱き締めてしまいそうになったが、これから任務に着ていく衣装をシワにしてしまうわけにはいかないので理性を総動員することでなんとか堪えるのだった。

 

 

 

深い森の中、ソリが地面を滑る音だけが辺りに響いている。

「えへへ」

辺りが静かだとちょっとした物音がよく響く。

どうやら隣に座るツツジが忍び笑いを漏らしたようで、どうしたのか問いかけると顔を真っ赤にして慌てだした。

「あ……すいません団長様。

わたし、これまで色んな事に巻き込まれてきたんですけど、サンタさんのお仕事には巻き込まれたことなかったんです。

まさか騎士団の仕事が初体験になるとは思ってなくて……」

一瞬何を言われたのか認識できずに呆然としてしまったのだが、はにかむ彼女を見ていると「この子ならやりかねない」、そんな思いが込み上げてくる。

彼女の巻き込まれ体質は折り紙付きであり、お祭りの行列や雪合戦にいつの間にか引き込まれているのは日常茶飯事。ボーっと外を歩いていたら害虫の巣の真っ只中に……なんてこともあったほどだ。

「キシャー!!」

こんな風に。……って、そんな馬鹿な!?

ソリの進路を塞ぐように立つクモ型害虫はかなりの大きさで、その後ろには小型の害虫がウヨウヨしているらしい。正確な数までは分からないが、月明かりを反射した目が怪しく光を放っている。

積み荷である食料を狙って害虫の襲撃に遭うことは想定していたのだが、これだけの数の群れがこちらに気付かれず接近したとは考えにくい。

おそらく、彼らの巣がある位置に我々が突っ込んだのだろう。

「あはは……すみません団長様。

巻き込まれ体質は相変わらずみたいで」

そう肩を落とすツツジに、気にする必要はないと応じる。

事前に調査隊が派遣されたルートを通ってきたはずなのだが、済んだことを嘆いても仕方ない。

彼女はまったく慌てた様子を見せていないのだから。

「もう慣れっこになってるみたいですね。

最初は団長様や皆さんに追いつくために必至でしたけど、ちょっとずつ対応できるようになって……害虫絡みのトラブルならむしろ任せてください!」

そう言って愛用の魔導書を広げつつ控えめな胸を張るツツジ。

「「「ギシャァァアア!!!!」」」

一方、自分たちのことを無視して会話を続けるこちらに痺れを切らしたのだろう。

先程よりも若干迫力を増した雄叫びに応えるように手下の小型害虫がこちらへ突っ込んでくる。

彼らは最期まで気付かなかったのだろう。相対したその瞬間から彼女を中心に高まり続ける魔力の奔流に。

 

 

 

ところ変わってすっかり日も落ちた執務室。

ソファーの対面に座るツツジに温かいミルクティーを差し出しながら今日1日の頑張りを労う。

あの後も何度か積み荷の食料を狙った害虫の襲撃があったりしたのだが、その度に彼女が対処してくれたおかげで事なきを得ていた。

感謝を込めて頭を下げると、向かいの席で慌てふためく気配が伝わってくる。

「そんな……あ、頭を上げてください団長様。

わたしなんてクロユリさんやゼラニウムさんたちに比べたらまだまだ至らないところばかりで……」

対害虫の最前線、コダイバナで戦う勇士の名前を挙げて謙遜するツツジ。しかし、今や彼女も同じ戦場で肩を並べる存在である。

徘徊する害虫の強さはもちろんのこと、花騎士としての実力を十分に発揮できない彼の地に派遣が許される花騎士はほんの一握りに過ぎない。

そんな栄誉を授かる花騎士が自らの騎士団から排出できたことを誇りに思うし、もっと自信を持って欲しい。

その言葉に顔を真っ赤にして縮こまるツツジ。

その姿からは、任務中の勇敢な様など想像もできない。

「団長様……」

どれくらいそうしていただろうか。

不意にこちらの名前を呼んだ彼女の瞳には、決意の色が見えた気がした。

何事かと問う質問には答えず、席を立ったツツジがこちらの隣へと席を移してしなだれかかってくる。

まだ着替えていなかったサンタクロースの衣装。

肌触りの良い生地を間に挟んではいるものの、意識されるのは女性特有の柔らかな感触。

控えめとは表現したものの、確かに感じられる女性らしさに胸が高鳴っていく。

普段の様子からは想像できない大胆な行動に驚きを隠せないでいると、まっすぐこちらを見上げた彼女が口を開く。

「えへへ……任務中に聞かれた時は恥ずかしくて誤魔化しちゃいましたけど、クリスマスの日に団長様とずっと一緒にいられて、わたし嬉しかったんですよ?

それだけで幸せなのにわたしを喜ばせるようなことを言うなんて……団長様!?」

辛抱堪らず彼女の軽い身体を持ち上げると、顔を真っ赤にして驚きの声をこぼしたもののされるがままだ。

しかし、優しくベッドに下ろしたところで待ったがかかる。

「団長様、ちょっとだけ待ってください。これは……この言葉だけは、流されるんじゃなくてわたしの口でちゃんと伝えたいんです!」

後に続く言葉は余程恥ずかしい勘違いでなければ想像はできるものの、彼女の意志を汲んで伸ばしかけた手を何とか引き留める。だが、そう長くは持ちそうにない。だから……

「わたし……わたしは、団長様が好きです!」

彼女がその言葉を言い切るまでが限界だった。

 

 

 

翌朝、差し込む日差しで目を覚ますと、隣には毛布に包まれてすやすやと寝息をたてるツツジがいた。

途中から記憶が定かではないのだが、どうにか寝落ちした彼女に毛布をかける判断力は残っていたようだ。風邪をひかせるわけにはいかないのでその点は一安心である。

しかし、欲望に負けて自分はなんてことをしているのかと昨夜の自分を小一時間問い詰めたい気分である。

やきもきしたまま身悶えしていると、こちらが起きた気配を感じ取ったのだろう。身を起こしたツツジがぼんやりと目を開く。

「ふぁ……うん?団長様、おはようございます」

どうやらまだ寝ぼけているようで焦点が結ばれていないようだが、こちらもおはようと返してやると徐々に意識がハッキリしてきたのか、やがて今の自分の格好を自覚したらしい。

ガバッと全身に毛布を被り直し、しばらくもぞもぞとしていたかと思うと昨日と同じサンタクロース衣装を身に付けたツツジが顔を出した。

「あうぅ……昨日はすみませんでした」

蚊の泣くような声で謝罪されたものの、お互い様なのでそれ以上は言及しないことにする。

その後、執務室からサンタクロース衣装のまま自室まで戻る彼女を誰にも見られないように送り届けると言うのは到底無理な話であり、後日その一部始終を目撃した花騎士たちに根掘り葉掘り説明を求められたのは言うまでもない。

 




というわけでクリスマス回の名を借りたほぼ嫁枠回という。
新春回はいつ投稿できることやら……
本当は来月の13日でこちらに投稿を初めてから1周年ということで何か書きたいんですが、このペースでやれるだろうか?
とりあえずやれるところまでやってみようと思います。


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33.「希望」と「信じる心」の酔いどれ花騎士―下手くそな隠し事―

ホップ
花言葉:「希望」「天真爛漫」「信じる心」等
思えば2話目(ネリネ回)アップした時にこの子書きたいって言ってたんですよね(苦笑)
およそ1年越しでやっとアップすることができました。




長いようで短かった1年も残り僅か。

常夏の世界花とも称されるバナナオーシャンでは冬の深まりと言っても少々気温が下がった程度であり、害虫の活動がめっきり減ってきている他国のようにはいかないものの、悩みの種であるコダイバナ方面からの襲撃が減ったことで人員にも多少の余裕を持てるようになった。

陽気な国民性で知られるバナナオーシャンの民がそんな絶好の機会を逃すはずもなく、新年を華々しく迎えるための準備が着々と進められていた。

「いやー、ちょうど人手が足りなかったから大助かりだよ。

ありがとうね団長様」

会場の設営には手透きの花騎士も駆り出されており、部下の手前こうして自身も寸法を確認したり角材を運んだりと汗を流していると、顔馴染みのおばちゃんに声をかけられた。

「ほら野郎共、いつまでも花騎士の嬢ちゃんたちばっかり目で追ってないで働きな!

いつも頑張ってくれてる団長様がここまでしてくださってるんだ。

私に働いてないと判断されたやつは明日の宴会を楽しめると思うんじゃないよ!」

並の害虫なら声だけで怯ませることができるのではないかというおばちゃんの檄を合図に慌てて作業へ戻る男たちに苦笑しつつ、騎士団長就任前とは様変わりした日常に想いを巡らせる。

儀礼としきたりを重んじるリリィウッドから就任した自分には、毎日のように催事ではしゃぎ倒す彼らに当初は困惑もあったものだが、今では過酷な現実に悲観することなく日々を楽しく生きようと奮闘する姿を誇らしいとさえ感じている。

そんな彼らに報いることができるのであれば、この程度はお安いご用なのであった。

 

 

 

やがて予定より早く任務を終えたという他の騎士団も合流し、夜通し交代で進める手筈だった作業も日暮れ前にはすべて完了させることができた。

余った資材を片付けるのみとなったところで後は自分たちでやるからという人々の好意に押されて帰り支度を整えていると、今朝から見かけなかったホップが歩み寄ってきた。

「いやっほー団長!今日もバナナオーシャンは暑い!

こう暑いと、キンキンに冷えたやつが欲しくならない?」

酒瓶を手にする彼女の足取りは覚束ない様子で、近くまで歩み寄ってきたかと思うと、勢いを殺しきれなかったのかそのまま抱き付いてくる。

「えへへ~、お仕事お疲れ様、団長」

既に出来上がっているかのような赤ら顔で身体を擦り寄せてくるホップ。

押し付けられる柔らかい2つの感触と相まって普段であれば目のやり場に困ることこの上ないのだが、さすがに作業直後とあって暑苦しいという感想が先にたった。

暑いと言うくらいなら身体を密着させなければ良いと思うのだが……

「えー、減るもんじゃあるまいし良いじゃない、仕様がないな~ほれ、うりうりっ!」

唐突に押し付けられた酒瓶は言葉通りよく冷やされており、うひゃっと情けない声が出てしまう。

何事かと視線が集まってくるが、元凶となった少女はそんなことなどどこ吹く風である。

「うひゃっ……だって、団長ってば可愛いんだから♪」

何がそんなに楽しいのか余計に身体を密着させてくるホップ。そんな我々を尻目に、他の花騎士たちは「またか」といった様子で黙々と作業に取り組んでいる。その一方で

「おっ、こんな時間からから熱いねぇお2人さん!」

「くぅ~羨ましいぜ!こうなったら今からでも騎士団長を目指して……」

「悪いことは言わない……止めとけ」

「そうそう、お前がなれるなら俺でも目指すわ」

「何だと!こうなりゃもう飲むしかねぇ!」

これが故郷のリリィウッドであったなら、終わりかけとは言え作業中に何をやっているのかと怒られそうなところだが、いつの間にか本番前の予行演習と称した宴会が始まるあたり、さすがはバナナオーシャンなのであった。

 

 

「ぷっはぁー!仕事の後はお酒が進むわぁ……」

屯所までの帰り道、さっきまでしこたま飲んでいたはずのホップがどこからか取り出した酒瓶を呷り始めた。

“予行演習 ”は日が完全に落ちきるまで続き、彼女以外の花騎士たちは先に屯所へ戻ったのを確認しているため、騎士団の関係者で最期まで残っていたのは我々だけである(ホップが離してくれなかったことも一因ではあるが)。

それにしても、まだ飲むのか……

「当たり前じゃない。むしろこれからが本番!

みんなでワイワイ騒ぐのも好きだけど、団長と2人でしっとり……ってのも格別なのよね」

何やら頭数に入れられている気がするのだが?

こちらとしては当然の疑問を呈しただけのはずなのだが、ホップはなにやら不満気だ。

「えー、たまには付き合ってくれても良いじゃない。最近は宴会の方にもあまり顔出してくれないし、付き合ってくれないと寂しいよぉ~。

さっきだってほとんど飲んでないみたいだし」

案外よく見ているものである。

まぁ、これ以上はこの状況を用意してくれた彼女が可愛そうなので素直にお誘いに応じるとしよう。

「ふぇ?……えええぇぇぇェッ!?」

やはり気付かれているとは思っていなかったようだ。ホップが驚きの声を上げる中、仕事を手伝ってもらったという花騎士が何人もお礼を言いに来たことを白状する。

これで隠し通せてるつもりだったのだから詰めが甘いどころではない。

最近は任務が立て込んでいたせいてホップ主催の宴会にもあまり参加できていなかったので、こちらとしても申し訳なく思っていたのだ。

「う、うぅ……」

酒せいだけではなく顔を真っ赤にするホップ。

やがて何を思ったのか手にした酒瓶の残りを一気に飲み干してしまった。

さすがに許容量を越えてしまったらしく、力なく崩れ落ちそうになる彼女を慌てて受け止める。

「うい~……ひっく……団長、あんまり無理しちゃダメよ?

こんな私でも信頼して任せてくれるのは、団長くらい、なんだから……」

「団長……大好……くぃ……す~……、す~……」

せめて最後のところは言い切って欲しかった!

常夏のバナナオーシャンとは言え、この時期の夜は多少冷える。

腕の中で寝息をたてる彼女を背負い直し、風邪を引かせてしまわぬように帰路を急ぐのだった。




前回のツツジ回に続いてそのうちこっそり編集しにくるやも。
何気にバナナっぽいバナナの子書いたの初めてと言うねw


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34.「無邪気」と「元気」の勇敢な花騎士―ヒーローの矜持―

オステオスペルマム
花言葉:「元気」「無邪気」「心も体も健康」「変わらぬ愛」等
予定変更等が重なって新年1発目の投稿がかなり遅れてしまいましたが、この子に決めました。
常に研鑽を重ね、その立ち居振る舞いは味方を鼓舞する。その姿、まさにヒーロー!



(世間的には)年が明けて最初の出勤日とあって、本日の予定は各国のお偉いさんとの面会ばかりだった。こちらは昨夜まで害虫の討伐に勤しんでいたにも関わらず、である。

本音を言えば今すぐベッドに潜り込みたいところではあるが、向かいの席で語り続けるどこかの上流貴族(名乗ってもらったはずだが忘れた)を前に船でも漕ごうものなら国際問題にまで発展しかねない。

ひたすら平身低頭に徹することで話を早く切り上げてくれるように内心で祈っていると、どうやら願いは通じてくれたらしい。

「それでは、今年も君の活躍に期待しているよ!」

そう言って腰を上げ、従者を引き連れて意気揚々と執務室を去っていくのを見届けると、緊張の糸が切れたように倒れ込んでしまった。

突然の衝撃に抗議するかのようにギシッと軋むソファーがかなりの大音量を響かせたことに慌てて正気を取り戻したものの、どうやら気付かずに離れてくれたらしい。

今度こそ完全に緊張を解いて横になる。

幸いこの後に急ぎで提出が必要な書類や出席が必要な会議などは予定されていない。

誰かが入室してこようものなら言い訳のしようがないほどにだらけきった姿勢ではあるが、もはや瞼が重力に抗うのも限界のようだ。

 

 

 

どれくらいの間そうしていただろうか?

一度手放した意識は何者かが執務室に近づいてくる気配を察知して僅かに浮き上がってくる。

慌てて姿勢を正そうと試みるが、再び沈みかけた意識を繋ぎ止めるのが精一杯のようだ。

先程と同様、今度は気配の主が執務室を素通りしてくれるように祈ってみたのだが、残念ながらその願いは聞き入れてもらえないらしい。

「団長くん、任務の報告書を……って、あれれ?

もしかして疲れちゃいましたか?」

聞こえてきた声はどうやらオステオスペルマムのようだ。

正義のヒーローを自認する彼女は『皆がゆっくり休んでいる今だからこそ、ボクが皆の分まで頑張ります!』と、自ら進んで件の任務に名乗りを上げてくれた花騎士の1人である。

報告書と思われる書類を執務机に置いた後、なにやら近くで囁く声が聞こえてくるものの、もはやその内容を聞き取ることも叶わない。

普段はヒーローとして常に研鑽を重ねる彼女の模範となるべく、騎士団長として恥じない立ち居振る舞いを心がけていたのだが、これはもしかしたら幻滅されてしまうだろうか?

そんな不安を抱えつつ、完全に意識を手放すのに時間はかからなかった。

 

 

 

目を覚ますことができたのはすっかり辺りが暗くなった後のことである。

徐々に意識を手放す前の記憶がはっきりしていく中で、一先ずオステオスペルマムが置いていった報告書を確認するのが先決である。そう判断して起き上がろうとしたのだが……

「……すぅ、……すぅ」

こちらに覆い被さるようにしてオステオスペルマムが気持ち良さそうに寝息を立てているではないか。

「……すぅ、……ハッ!!申し訳ありません団長くん。

お疲れの様子だったので一休みしてから起こそうと思ってたのに……こんな、時間……」

気づいたところで1度付けた勢いを殺しきれる訳もなく、飛び起きた拍子に起こしてしまった。

彼女が運んできてくれたらしい毛布がパサッと床に落ちる。

呆然としつつも情けないところを見せてしまったことを謝罪するが、首を振って否定される。

「ヒーローにも休息は必要ですから。

それに……」

何かを言い淀むオステオスペルマム。

ヒーローとしていつも堂々とした振る舞いを心がけている彼女には珍しいことである。

「うぅ、やっぱり分かっちゃいますよね。

団長くんだから白状しちゃいますけど、実はボク……暗いところが苦手なんです」

そう切り出した彼女は、幼少期の嫌な思い出を晒していく。

苦手なことくらい、誰しも1つや2つ持っていそうなものだが、ヒーローを自負するオステオスペルマムとしては看過できない弱点なのだろう。

下手な慰めは逆効果になると判断し、彼女の手を引いて私室まで送る傍ら、今日のことはお互い胸にしまっておくことを提案する。

軽々しく弱味を明かせない者同士、必要な協力は惜しまない、とも。

俯いたままの彼女が何を思っているかは判然としないものの、一先ず幻滅されてはいないことに安堵したのだった。

 

 

 

「団長くん、この間言っていた弱点を克服するための協力。今お願いしても良いですか?」

報告書をまとめ終え、私室に戻る支度を整えていたところにオステオスペルマムが訪ねてきた。

既に夜の帳が降りた後であり、廊下も松明の灯りがあるとはいえかなりの暗さだったはずだ。

そこまで急ぐことはないのではないか?そう尋ねようとしたのだが、まっすぐこちらを見据える瞳から確かな決意を感じ取れた。

発言の真意は未だに掴めていないが、必要な協力は惜しまないという言葉に嘘はない。

静かに頷いて返すと、オステオスペルマムは唐突に執務室の明かりを消していった。

僅かな月明かりだけが差し込む暗がり……彼女の姿はぼやけた輪郭しか見えないものの、不安を必死に堪えるように縮こまっているのは容易に想像できた。

さすがに荒療治過ぎるのではないかと微かに震える身体を優しく抱き締めると、抱擁を返す彼女の声が耳元で囁く。

「えへへ……団長くん。頼みたい協力っていうのはですね……今ここで、ボクのことを愛して欲しいんです」

震える声とは裏腹に、絞り出された言葉の内容はストレートそのものだった。

「嫌な思い出を忘れられるくらい幸せな思い出を作れれば、きっと暗闇も怖くなくなるはずだって思ったんです。

色々考えたんだけど、やっぱり好きな人に……だから!……うむっ!?」

自分で良いのか?

その質問が無粋と感じられるほどの覚悟に、彼女の唇をキスで塞ぐことで応える。

望み通り過去の記憶を新たな思い出で塗り潰すべく、されるがままの肢体に手を伸ばすのだった。




おかしい……まさにヒーローといった具合に害虫どもをバッタバッタと薙ぎ倒す彼女のSSを書いてたはずなのにどうしてこうなった(苦笑)

明後日は投稿初めて1周年なのに新作書く余裕が……やれるところまでやってみます!


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35.「信頼」に応える優等生花騎士②―据え膳食わぬは団長の恥―

冬の夜更けの凍てついた外気が頬を刺し、寝間着の上に羽織ったコートの襟を掻き合わせる。軽い散歩のつもりでまともな防寒対策をして来なかったのは失敗だった。

風邪をひく前に戻らなければ……そう踵を返しかけたのだが、ある物音がその足を引き止める。

微かではあるが確かに響くハンドベルの音色。

引き寄せられるように音のなる方へ足を向けると、やがて視界に映ったのは予想通りの人物だった……花騎士のコーレアである。

金色の髪が月光を浴びて輝くその姿は、ハンドベルの音色と合わさって実に幻想的だ。

あまりの美しさに惚けていると、こちらに気付いたコーレアが慌てて駆け寄ってくる。

「団長さま!?もしかして、起こしちゃいましたか?

すみません、音量には気を付けていたつもりだったのですが……」

しょんぼりと項垂れるコーレア。

どうやら演奏が中断されてガッカリした表情を浮かべていたのを悪い意味で受け取ってしまったらしい。

寝付けずに散歩をしていただけだと正直に白状したのだが、余程慌てていたのか、つい言わなくても良いことまで口走ってしまう。

彼女の演奏であれば毎晩就寝前にお願いしたいくらいだ、と。

「えっと、あの……」

案の定、コーレアの方も困惑したような表情を浮かべている。だが、今さら引っ込みもつかないのでひたすらに彼女の演奏を誉めちぎっていく。

「えへへ♪ ありがとうございます、団長さま。

私の演奏が聞きたくなったら、いつでも声をかけてくださいね?」

暗闇の中でも分かるほどに顔を真っ赤にしたコーレアが穏やかに微笑む。かなり恥ずかしいことをした自覚はあるのだが、彼女の笑顔が見れたのならその甲斐もあったと思うのだった。

 

 

 

「いかがでしたか、団長さま?」

日の暮れた後の執務室に演奏を終えたコーレアの元気な声が響く。

驚いたことに、彼女はあのやり取りがあってから毎日のように演奏を披露しに来てくれていた。

期待の込められたその視線にいつもながら見事な腕前だったと称賛を送り、言外に求められるまま頭を撫でてやる。

「んっ、団長さまのなでなで……気持ち、良いです……」

途端に弛みきった声を上げるコーレアを眺めつつ、執務室が防音仕様になっていて良かったとつくづく思う。

別に疚しいことは無いのだが、普段は真面目で礼儀正しく、いかにも優等生といった風貌のコーレアが頭を撫でられて蕩けきっている様は何と言うか……非常に目の毒なのである。

一時はこの有り様を恥じた彼女からの提案で矯正を試みたこともあったのだが、なでなでの間隔が空く毎に些細なミスを繰り返すようになってしまったためお互いに開き直ってしまったのだ。

自分だけが彼女のこうした一面を見ることができる……それを役得と思ってしまうのは不謹慎だろうか?

 

 

 

なでなでを終えた後もコーレアの放心状態は続いていたのだが、不意のノックであっという間に正気を取り戻すと、こちらと距離を取る。

その変わり身の早さに苦笑しつつ返事を返すと、慌てた様子の文官が入室してきた。

「団長殿、お寛ぎのところ申し訳ありません。

実は急ぎの書類が……」

入室と同時に彼女の抱えた書類の束が目に入り嫌な予感はしていたのだが、すまなそうな声音でそれは確信へと変わる。

大方、事務仕事を溜め込んでいた他の騎士団長が討伐任務を理由にこれ幸いと決裁だけで済むような書類を丸投げしてきたのだろう。

文句の1つも言ってやりたいところだが、こちらも似たようなことは日常茶飯事なので拒否するわけにもいくまい。

幸い、明日は大した用事もないので(だからこそ白羽の矢が立ったとも言える)徹夜をするはめになったとしてもたいした問題はないだろう。

頭を下げる文官に労いの言葉をかけつつ、コーレアにも先に休んでもらおうと口を開きかけたのだが、彼女は既に書類の1枚に目を通し始めたところだった。

「私も明日は非番ですから。

2人ならきっとすぐに終わりますよ♪」

それだけ言うと優先度の高い順に書類の束をどんどん仕分けしていく。

発しかけた言葉を飲み込み、感謝の言葉を伝えるとこちらも作業に取りかかる。しかし、どうしても申し訳なさが先立ってしまう。

しっかり者で皆からの信頼も厚いコーレアは指揮官としての適正も高く、普段から頼ってしまいがちな自覚はあった。

最初に訪ねてきた目的にしても、自分の余計な一言で彼女の負担を増やしてしまっているのではないか?やはり無理を言ってでも先に休ませるべきではないか?

そんな思いに駆られていると

「明日はせっかく2人ともお休みですし、これが片付いたら最後まで団長さまに甘えても……なんて言うのはわがまま過ぎますか?

ご褒美は頭をなでなでしてもらうだけで貰いすぎなくらいなのに……」

驚いて彼女の方に視線を向けると、顔を真っ赤にして熱に浮かされたような表情のコーレアと目が合った。当然、彼女がそれを望んでいるのなら断る理由などあるわけがない。

今すぐ彼女を押し倒さんとする衝動を必死に抑えつつ、曖昧な返事をした後はひたすら無言で目の前の書類を片付けることのみに注力したのだった。

 




と言うわけで、投票イベ開始前に何とか嫁の1角をダイマ。
何か最近徐々に1話が短くなってるような?仕事が繁忙期なんです許してください( ノ;_ _)ノ
オジギソウのダイマも書きたかったけどイベ中は周回に注力するのが筋だよな……でも、ニューカマー最推しのあの子はイベント中に布教回をアップしたい願望。


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36.「孤独な魂」に寄り添う花騎士なおくりびと②―甘い誘惑―

皆さんステージ周回は順調でしょうか?
私?このタイミングでSS投稿に来てる時点でお察しですね。

蜜もスキチケも既に使いきりましたが、残りのイベント期間も気合いで乗り切りたいと思います。


「さ、寒すぎぃ……。ウィンターローズ出身と言っても特別寒さに強い訳じゃないのにさ……」

冬晴れの空の下、訓練場を白く染め上げた新雪を踏み締めながら歩いていると隣を歩くプルモナリアが早速弱音を吐く。

貸し与えたブカブカのコートを羽織ってなおガタガタ震えている彼女はいかにも寒そうで、中に戻ろうかと提案してみるも首を大きく横に振って拒否されてしまった。

「いやいや、後になってこういうのが思い出に残ってたりするからね。

今は我慢しておくよ」

少々意固地になっている気もするのだが「冬の思い出を作りたい」と連れ出したのは彼女の方なので、それも致し方ないのかもしれない。

何より、プルモナリアは葬儀屋の娘という死を間近に感じる環境で生まれ育ったからか、明日が常に約束されたものでは無いことを誰よりも実感として知っている。そのため“思い出”というものをとても大切にしているのだ。

こちらが何か言ったところで、満足するまで戻らないだろう。

そんなことを考えながら彼女の様子を見守っていると、近場の雪を寄せ集め始めた。

かまくらでも作るのだろうか?

「ふふふーん♪ まだ秘密だ」

疑問符を浮かべつつ、取り敢えず彼女の元へ雪を運ぶ手伝いをしていると、いくらも掛からない内に雪の塊が形を成していく。

やがて姿を現したのは、葬儀屋の娘である彼女らしい逸品が姿を現す……そう、棺桶である。

「どお? わたしとしては結構良い出来栄え」

プルモナリアが胸を張る通り、細部の装飾まで作り込まれた棺桶はこの短時間で作ったものとは思えない完成度だ。

自分の葬儀の際には自作した棺桶に入りたいと豪語するだけあって普段から作り慣れているのだろう。それにしても、のんびりとした印象の強いプルモナリアなだけに予想外の速業である。

「木材と違って加工がしやすいからね。

良かったら団長の棺桶も雪で作ろうか?」

言われて気付いたのだが、目の前の棺桶は小柄な彼女が入るには大き過ぎた。もっと背の高い……そう、自分ならちょうど良いだろう。

何とも言えない感情を込めて彼女の方を見る。

「……冗談だよ?

団長の棺桶は、最高級の木材を使ったかっちょいいのを用意するって決めてるから」

そう言って笑うプルモナリアがクシュッと可愛らしいくしゃみをしたところで、風邪を引く前に室内へと避難するのだった。

 

 

 

暖炉に火を焚いて暖めていた室内に腰を落ち着け、温かい飲み物を用意する。

自分にはコーヒー、甘いもの好きなプルモナリアには牛乳とハチミツをたっぷり加えたココアだ。

「はぁ~やっぱり甘いものは最高だね。

ありがとう、偉い人」

余程気に入ったのか、おかわりを要求するプルモナリアに2杯目を用意するべく給湯室でお湯が沸くのを待っていると、数名の花騎士が通り掛かった。

「あっ、団長さんだ!」

「ねぇ、団長にも……」

「そうね、同性の意見ももらえるのはありがたいわ」

何やらこそこそと相談をしているようだが、やがて1人が代表するように進み出てくる。

「団長様、良かったら食べた感想を伺っても良いかしら?」

そう言って差し出された皿の上には、大量のチョコレートが並んでいる。

きっと試作品なのだろう。所々に形の不格好なものも見受けられるが、味の方は申し分無い。

その言葉に安心したのか、緊張で強張っていた顔が安堵の色を見せる。

その光景を見ていた他の花騎士たちからも続々とチョコレートが差し出され、素直な感想を返していく。

中にはかなり個性的な味付けのチョコレートもあったのだが、どうやら相手の好みに合わせたものらしい。

お湯が沸いたことを知らせる甲高い音が響いたのでプルモナリアの元へ戻ろうと断りをいれると、感想のお礼にとたくさんのお土産を包んでもらったのだった。

 

 

 

大量のチョコレートをお土産に部屋へと戻って来ると、案の定プルモナリアは瞳を輝かせて喜んだ。

1つまた1つとチョコレートを頬張る嬉しそうな顔を見つめていたのだが、不意に手を止めて疑問の言葉を口にする。

「バレンタインデー……って何?」

世間知らずと言うほどではないが、彼女はたまにこうしたイベントごとに疎いことがある。

だからその質問がそこまでおかしな事だとは思わないのだが、だとするとどうしてその単語を知っているのかという疑問が生じる。しかし、その答えはすぐに判明した。

最初は自分への問いかけかと思ったこの質問だが、プルモナリアの視線がこちらに向いていないのだ。

「ふむふむ、なるほど~」

端から見れば1人芝居でもしてるようにしか見えないのだが、それなりの時間を共有してきたことで彼女が今この世ならざる者と会話をしていることは容易に想像することができた。

騎士団長という立場上、不思議な能力を持つ花騎士と出会うことは珍しくないのだ。

散々気味悪がられてきたからか、入団当初はその力を隠していたプルモナリアだったが、少なくともこの騎士団に彼女を疑う者などいない。

命を救われた者は1人や2人ではないのだ。

プルモナリア曰く、『幽霊はみんな素直でワガママな寂しがり屋』なのだと言う。

彼らにとって、自分たちの主張を聞き届けてくれる彼女のような存在は貴重なことだろう。2人(?)の会話の邪魔にならぬよう、大人しく経過を見守るのだった。

 

 

やがて説明が終わったのか、明後日の方を向いていたプルモナリアの視線がこちらに戻って……来なかった。

「ねぇ、……偉い人?」

俯いたままモジモジとする彼女の様子に、そこはかとなく嫌な予感を感じつつ続く言葉を待っていると、意を決したようにプルモナリアの視線が上がった。

「バレンタインは好きな人に『チョコと一緒にわたしも食べて♥️』ってやるのが定番なんだね」

前言撤回。なぜ先程の自分は2人(?)の会話を止めなかったのだと後悔する。

ここか?ここなのか?彼女に余計なことを吹き込んだ変態がいると思われる箇所に思いっきり拳打を叩き込む。

「……団長?」

プルモナリアの呼び掛けのおかげで正気を取り戻すことができたのは、どれだけ無為な時間を過ごした後だっただろうか。

そう、まずは彼女の誤解を解くことが先決なのである。報復など後でいくらでもできる。

正しいバレンタインの在り方をプルモナリアに説くべく口を開きつつ、バナナオーシャンで巫女を営んでいる花騎士のツテにどうやって協力を取り付けるか思案しているあたり、自分はまったく冷静では無かったのだと思う。

「好きな人にチョコレートを渡す。そう聞いたとき、最初に思い浮んだのは偉い人の顔だったよ?」

だからこそ、続くプルモナリアの言葉に意図せぬ返事を返してしまったのだ。そうに違いない。

「わたしは、団長が好き……大好き……

だから、団長が嫌じゃなかったらだけど」

しかし、ここまで真っ直ぐな好意を寄せられて抗える男などいるだろうか?

「今日を生きられても、明日もそうとは限らない。

わたしは花騎士で、偉い人は騎士団長だから。だから……」

誘われるように触れ合った唇からはチョコレートの甘さが伝わってきたのだった。




という訳でニューカマー最推しのダイマと気の早いバレンタイン回(?)でした。
バレンタインはバレンタインで別の子書くと思いますが←自ら追い込むスタイル
どうかお手すきの票がありましたらお題3はプルモンにお願いします( ノ;_ _)ノ


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37.「敏感」と「鋭感」の寝坊助花騎士⑤―この平穏をいつまでもあなたと―

今回かなり短いですが、久しぶりに嫁回を投稿できて個人的には満足です。


今日は節分!節分と言えば豆まき!

豆まきと言えば、最も定番の口上は『鬼は外、福は内』であろうか。

実際、周辺の地域も例外ではないのだが、春庭全土から花騎士が集まってくる騎士団という組織においては必ずしもそうとは限らない。

特に『鬼は外』の部分はそれぞれの信仰や家庭の事情からタブーとされる場合も多いようだ。

数年前まではこの騎士団でもお決まりの口上が使われていたようだが、名前に「オニ」と付く者たちに配慮して徐々に『福は内』だけが使われるようになった。

他国から移籍してきた花騎士によると『鬼は(も)内』、逆に『福は外、鬼は内』なんていう地域まであるらしい。マロニエやソリダスターといった博識な花騎士がいれば細かな注釈付きで経緯を説明してくれそうだが、残念ながら両者とも任務中なので今は興味深いに留めておく他ない。

何はともあれ、今年も騎士団を挙げて盛大に豆まきを……と言いたいところなのだが、昨年に一部の花騎士が屋根の上やら訓練場やら所構わず豆をまいたせいで後処理に時間を取られてしまい、今年は自粛の厳命が下されてしまっていた。

おかげで若干の消化不良を感じつつ、こうして炒り豆をつまみながら事務仕事に精を出している次第である。

 

 

 

無心で書類を片付けていると、書類の山もだいぶ低くなってきた。大きく伸びをしつつ窓越しに外を覗くと、ちょうど夕飯時といった頃合いである。

さすがに炒り豆だけでは小腹も空いてきたので、食堂で軽く腹ごしらえでもしようかと席を立った時だった。

「団長さま、恵方巻きをお持ちしました~」

絶妙なタイミングでオジギソウがお盆を手に入室してきた(五感の鋭い彼女のことなので、実際にこちらが小休止を挟むタイミングを計っていたのかもしれない)。

執務室に仄かな磯の香りが広がり、彼女の手にしたお盆に視線を向けると海老やサーモンといった海鮮がふんだんに使われた2本の太巻きが皿に乗せられている。どうやら一緒に食べようということらしい。

当然断る理由などあるはずもないので、お礼を言ってから皿だけ受け取る。

「今、お茶を淹れてきますね~」

勝手知ったる様子でお茶の用意をしている間に来客用のソファーへと席を移すと、先程のお盆に湯飲みを乗せたオジギソウが戻ってきた。そのうちの片方を受け取り、彼女が対面に座るのを待ってから手を合わせて無言のままそれぞれの太巻きにかぶりついていく。

もちろん、今年の恵方である南南東に視線を合わせた上でだ。

しばらくは咀嚼音だけが空間を満たす。

そして、最後の一口を押し込んだところで再び対面を向くと、彼女はやっと半分を食べ終えたところだった。マイペースではあるが、着実に食べ進めていくオジギソウ。そんな様子を眺めていると、徐々に彼女の顔が赤く染まり始める。

最初は食べ続けるのが苦しくなってきたのかとも思ったのだが、どうやら違うらしい。

視線は一点を見つめているとは言え、こちらに見られているのが何となく分かるのだろう。

食べ終えた頃には、オジギソウは耳まで真っ赤になってしまうのだった。

 

 

 

「んも~! 団長さまのせいで失敗しかけたじゃないですか~」

しばらく俯いていたオジギソウだったが、顔を上げると同時に抗議してきた。

すまないとは応じてみるものの、本気で怒っている感じではない。きっと、恵方巻きにかけた願いが共通のものだからだろう。

その予想を裏付けるように席を立ってこちらの隣へと移動してくるオジギソウ。

肩に腕を回して引き寄せると抵抗もなく身体を預けてくれたので、優しく髪を梳くように撫でてやると気持ち良さそうに目を細めて密着を強めてくる。

今年も無事に何気ない一時を……その横に彼女が居てくれればそれ以上は望むまい。

もちろん、騎士団長としてオジギソウに限らず多くの花騎士や住民の命を預かる立場であることに変わりはない。来年もこうして平穏な時間を過ごせるように、自分の出来うる限りのことをしなくては……そのまま寝入ってしまったオジギソウの安らかな寝顔を眺めつつ、一先ず彼女を起こさないようにこの場を移動するためにはどうすべきかと思考を働かせるのだった。

 




という訳で本当は昨日の内にあげたかった節分回です。
(今日としてもかなりギリギリですが……)
ニュースによると2月2日が節分なのは124年振りらしいですね!
もったいないことをした……でも繁忙期の睡魔には勝てなかったよ(泣)


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38.「優しい憂鬱」のクズかわ天使な花騎士―特別な日を貴方と―

アンゼリカ
花言葉:「霊感」「優しい憂鬱」「インスピレーション」等
天使を意味する花の名前を冠しながら、花騎士を目指した理由から普段の言動までその内容は実に欲望丸出しという……だがそこが良い!



珍しくこれといった業務が予定されていない休日の朝、優雅にコーヒーを啜りながら久方振りの自由を満喫していると、その静けさを打ち破る者が現れた。

「おはようございます、団長さん! 今日は可愛いアンゼリカさんに付き合って見ませんか?」

執務室の扉を蹴破る勢いで現れたのは花騎士のアンゼリカである。

そこはかとなく嫌な予感がするものの、これといった用事が無いのも事実。加えて、今日が何の日であるかを少しも意識していなかったかと問われれば、答えは“No”と言わざるを得ないだろう。

いかにも意識していませんという表情を装いつつ、渋々といった体で頷きを返す。

だが、そんなこちらの機微など彼女には関係ないらしい。

「流石は団長さん! そう言ってくれると信じてましたよ!

じゃあ“コレ”お願いしますね♪」

若干タイミングを被せるよう何かの入った包みを手渡された。

中身にはまだ分からないのだが、少なくともこちらが想定したものとは違うらしい。

意気消沈としているこちらを置き去りにしつつ、彼女は着々と用意を進めていくのだった。

 

 

アンゼリカに連れ出された先は、多くの人々でごった返す広場だった。明らかに熱量の違う一角の中心に我々の姿はあった。

「はいどーも、皆さん初めまして! 私花騎士やってるアンゼリカって言います。

今日はバレンタインデー! と言うわけで、チョコレートのプレゼントにやって来ましたよ!」

「「「「「うおぉぉぉぉ!!」」」」」

彼女の一挙手一投足に視線の集まる様はさながらアイドルのステージだが、透き通るような白い長髪に清楚な見た目、頭には天輪が輝き、その姿はまさに“地上に遣わされた清らかな天使”そのもの。

そんな彼女が人々を守る希望の象徴“花騎士”でもあるというのだから、現在の状況も納得の一言だろう。

騎士団長としての贔屓目を差し引いても、アンゼリカの“容姿”ならアイドルにも引けを取らないと太鼓判を押しても良い。

自分はと言うと、角と羽の生えた白馬(ユニコーンというやつだろうか)のきぐるみを着せられ、ひたすら用意されたチョコレートを彼女の前に並べる作業に勤しんでいた。

文句の1つでも言ってやりたいところだが、今の状況では後が怖い。この人混みが捌けたら……と、機会を伺っていると、それまで元気に笑顔を振り撒いていたアンゼリカがある一点を指して手招きするのが見えた。

自然と道を空ける人々。

その先にいたのは幼い女の子だった。

突然の事態に目を丸くしていた様だが、憧れの花騎士から自分が呼ばれているという喜びが勝ったのだろう。最初はおずおずと、徐々に速度を上げて彼女の元へ駆けていく。

アンゼリカは走り寄ってきた女の子と視線を合わせるように膝を折ってしゃがむと、綺麗に包装されたお菓子の包みを差し出した。

「ありがとう、花騎士のお姉ちゃん!」

満面の笑みを浮かべて元いた場所へ戻って行く女の子。それを慈愛に満ちた笑顔で見送るアンゼリカ。

そんな一幕を皮切りに、それまで遠巻きに眺めているだけだった子どもたちが続々と人混みに加わっていく。

どうやら異様な雰囲気に萎縮してしまっていたらしい。その状況を作り出していた者たちは互いに気まずそうな表情を見合せつつ、今度は幾分大人しく人混みに加わるのだった。

 

 

 

「いやー、チョコレートを配ってるだけでチヤホヤされるって最高ですよねーバレンタイン!

これで一ヶ月後には返礼を取り立てる権利が得られるなんて……楽しみですね♪」

余ったチョコレートを噛りつつ、ゲスいせせら笑いを浮かべながらそんなことを宣うアンゼリカ。執務室に戻ってきた第一声がこれである。

その姿は少し前まで慈愛に満ちた笑顔を浮かべていた者と同一人物だとは到底思えない。

「まぁ良いじゃないですか? あの人たちもこんな可愛い女の子からバレンタインのチョコレートを受け取れて喜んでたんですからお互いにWIN-WINってことで♪」

調子の良いことを言うアンゼリカだが、言ってることそのものは事実なので扱いに困ってしまう。

それに、市販品を詰め直しただけとはいえあれだけの数を用意するにはそれなりに時間が掛かったはずである。最近の任務や訓練に消極的だった訳でもないため、打算の上とはいえたいしたものだ。

「ふぇ? だ、団長さん!?」

まさか褒められるとは思っていなかったのか、対面でチョコレートを頬張っていたアンゼリカが一瞬呆けた表情を浮かべたかと思うと次の瞬間顔を真っ赤に染める。

ここまで素直に照れる彼女はあまり拝めないため、悪戯心が湧いてきた。

やれ、気配りが細かいだの。

やれ、意外と努力家だの。

とにかく褒めて褒めて褒めまくる。

花騎士を目指した理由を問われれば玉の輿とお金儲け、周りからの称賛のためと答えて憚らない彼女を良く思わない声があることも知っている。

しかし、そのくらいなら程度の違いこそあれど誰でも少しは抱いている願望ではないだろうか?

実際、文句こそ言うものの与えられた業務はしっかりこなし、訓練も欠かしていない彼女が楽をして目的を遂げようとしている様には見えず、ただ素直なだけと考えるのであれば好意的に捉えることもできる。少なくとも責められる謂れは無いと個人的には思っているのだ。

「うぅぅぅ……!」

終いにはすっかり恥ずかしさからか俯いてしまい、少々やり過ぎたかと反省したのだが、意外な反撃を受けることとなった。

「そんなの、団長さんに気に入られたいからに決まってるじゃないですか!!」

突然の大声に怯んでいると、アンゼリカがさらに言い募ってくる。

「今日のことだって本当は団長さんを独り占めするための口実で、団長さん用のチョコレートだけはこうして手作りして……あっ」

…………は?

彼女の手には今日配ったものとは違うラッピングの施された箱が握られていた。

「あぁ、もう! はい、これ!

このアンゼリカさんが徹夜して作ったんですからしっかり味わってくださいよ!」

それだけ言うと、アンゼリカは箱をこちらに押し付けて執務室を出ていった。「一ヶ月後、楽しみにしてますからね~!」というお決まりの言葉と共に。

翌日、去り際のアンゼリカのセリフを聞き付けた花騎士たちによって情報が拡散され、当日にチョコレートを渡そうと自分を探し回っていた者たちから詳細を聞き出されることになろうとはこの時は想像もしていなかったのだった。




何とか当日に間に合った!
そしてクズという個性も突き抜ければ魅力になるという不思議。
別のキャラでもそうですけど、声を当ててる方の演技力もあって凄く人間味のあって好感の持てるキャラクターだと思います。

そして、祝通算UA5000回!
これも一重に稚作を読みに来てくださっている皆様のおかげに他なりません。この場を借りて感謝を。
投票イベを終えて少し燃え尽きぎみですが、その分は執筆に回したい願望。
書いてみたい子が恐ろしいほど貯まってるんですよね(苦笑)


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39.「愛嬌」溢れるおませな花騎士―つかの間の休息―

ウサギギク
花言葉:「愛嬌」
いつも元気いっぱいでとにかくちょこまか動く(可愛い)。かなりの負けず嫌いで、戦闘勝利時に見せる渾身のドヤ顔は必見(実に可愛い)。
それでいて趣味は大人の本漁りというおませさんな一面も。お月様を見ると色々高まる(意味深)らしいので、お迎えを検討中の団長諸兄は注意されたし(棒)。



人里離れた山奥を大勢の花騎士を引き連れて歩くこと暫し。 特筆すべきところのない中堅程度の騎士団とは言え、所属するほぼすべての花騎士が集結しているとなればその眺めは中々壮観である。

その戦力だけ見るのであればどれだけ激しい闘いを想定しているのかという話だが、当の花騎士たちに命のやり取りを目前に控えた緊張は感じられない。仲の良い者同士で談笑したり移動中にも関わらず酒を呷ったりと、むしろ弛緩した雰囲気が包んでいる。

それもそのはず、今日の目的は害虫討伐ではないのだから。

やがて開けた空間に出ると、先頭を歩いていたウサギギクがこちらを振り返りつつ声を張り上げた。

「ねっ、すごいでしょ~♪ この場所、あたしが見つけたんだよ!」

言うが早いか、唐突に駆け出すウサギギク。

彼女のすばしっこさは所属する花騎士の中でもトップクラスであり、その姿はあっという間に米粒ほどの大きさになる。

きっとこの場所がどれだけの広さなのか表現したいのだろうが、残念ながらこちらの視線は頭上に釘付けとなっていた。

雲ひとつない澄んだ青空を背景に、立ち並ぶのは満開の八重桜。時折吹く風に花弁が舞う様は、形容するのが憚られる美しさだ。あちこちから上がる感嘆の声で、みなが同じ感想を抱いていることが感じられる。

「どう? どう? こんなに団長さんの役に立つ花騎士、あたしの他にあんまりいないよっ!団長さんもそう思うよね!ねっ!?」

袖を引かれて視線を下げてみると、いつの間にか戻ってきていたウサギギクが渾身のドヤ顔を浮かべていた。これは調子に乗ってる顔だ。

任務中なら適度に諌める必要があるのだが、今日くらいは良いだろう。言外に求められるまま差し出された頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めるのだった。

そう、今日この場所を訪れた目的は慰労を兼ねたお花見である。

 

 

 

木陰でお昼寝する者、昼間から酒盛りを始める者、こんな時まで訓練に励む者……普段の様子とたいして変わらないのではないかと苦笑しつつ、思い思いの時間を過ごしている花騎士たちの様子を眺める。

本来なら開催されるイベントが多く害虫も活発に動き出すこの時期にこれだけの数の花騎士が一斉に休暇を取るなど申請が通るはずもないのだが、先日行われた複数の騎士団による害虫討伐作戦での功績が認められたことで女王陛下から上層部に打診があったようだ。

そんな経緯で賜った特別休暇。せっかくなので希望者を募ってお花見でも……と何気なく提案してみたのだが、まさかこれほどまでに規模が膨れ上がるとは思わなかった。

おかげで当初予定していた一般向けの観光地ではスペースが足りず、危うく計画が頓挫しかけたところでウサギギクがこの場所を見つけてきてくれたのだ。

「フスゥン! もう、団長さ~ん! 他の花騎士さんだけ見てたらダメだよ!

今日はあたしを1番構わないとダメなの! 」

そんな彼女は今、こちらの膝の上を陣取っている。ぷっくりと頬を膨らませ、分かりやすく不機嫌を主張してきていた。

小柄な体を目一杯揺らすので、心配せずとも(物理的に)ウサギギクの背中しか見えない。

「あたししか見えない!?

そ、それならオッケーだよ!

もう他の人を見てたらダメだからね♪」

何やらこちらの言葉が少々ねじ曲がって伝わったようだが、彼女の機嫌は直ったようなので敢えて気にしないことにするのだった。

 

 

 

「さぁ始まりました第1回花騎士のど自慢!

司会進行は不肖このヒペリカムが務めさせていただきます!

参加に関する条件や事前登録などは一切なし!

乱入飛び入り大歓迎!

我こそはという者は名乗りを上げろぉ!」

ややあって、広場全体に響き渡る声が静寂を打ち破った。自分が企画したものではない。

きっと有志によるものだろう。

「むっ、1番をかけた闘いとあればどんな勝負でも逃げるわけにはいきませんね」

「ほほう面白い、その勝負受けて立つ! ペポが!」

「ランタナちゃ~ん、勝手に私の名前で登録しないでよぉ……」

「ぷはー!もっと酒持ってこ~い!えっ?今手上げたでしょって?良く分かんないけどやってやろうじゃない!」

その場のノリと勢いも手伝って、何名かの花騎士が参加を表明する中、ウサギギクがこのようなイベントを見逃すわけがない。

「こんなに目立てるイベント、参加しない手は無いよね! 団長さん、あたしが優勝するとこちゃんと見ててね!」

気合い十分に立ち上がるウサギギクだが、花騎士の中には様々な職業を兼業している者も多い。

チラッと眺めて見ると、演奏や演劇を専門とする者も多く参加するらしい。優勝はさすがに難しいのではないか? そんな忠告が彼女の耳に届くことはなく、いつの間にか順番待ちの一団にその姿を確認する。忙しない子である。

しかし、そんな朗らかな空気に水を差す輩が乱入してきた。

「カカカカンパパパパァァッァァァイッ!!」

「モモモモイッパパパァァァァァァイッ!!」

酒に酔っているかのようにフラフラと蛇行しながら迫り来る害虫の群れ。どうやら楽しげな雰囲気に釣られて来たようだ。しかし……

「乱入飛び入り大歓迎とは言いましたけど害虫はお呼びじゃありませんよ!

お祭りを邪魔するなら容赦しません!」

「酒に呑まれて他所様に迷惑をかけるなんて……酔っぱらいの風上にもおけないわね」

突然の戦闘ではあったが、こちらは一般の花見客ではなく花騎士の一団である。守る対象もおらず存分に力を振るえるこの状況で苦戦などあり得ない。

「楽過ぎて何か退屈~。フスゥン!」

結果、最後の害虫がチリと消えるまでほとんど時間はかからなかった。

 

 

 

「ま、負けてないよ!あたしはまだまだ本気じゃなかったもんね!」

害虫討伐を無事に終え、再開されたのど自慢大会から戻って膝の上に舞い戻ってきたウサギギクの第一声がこれである。表情がコロコロ変わる彼女を見ているのは実に面白い。

「あっ、団長さん今笑ったでしょう!あたしは団長さんの1番になりたくて本気で頑張ったのにさ。フスゥン!フスゥン!」

おっといけない。

すっかり機嫌を損ねてしまった彼女を宥めるべく、 後ろから抱き締めた上で頭を撫でてやる。

「ふ、ふ~んだ。あたしは怒ってるんだからね!このくらいじゃ許してあげないんだから!」

耳まで真っ赤に染めたウサギギクであったが、今回はこれだけでは許してもらえないらしい。

どうしたら許してもらえるだろうか?

耳元で囁くと熟考した様子の後口を開く。

「じゃあ、執務室の本棚に隠してあったオトナな本に書いてあった……むぐぅ!?」

何とか核心部分を語られる前に彼女の口を塞ぐことに成功する。それ以上はいけない。

誰かに聞き耳をされてはいまいかと辺りを警戒していると、強引に拘束を脱したウサギギクが言い募る。

「ぷはっ!むぅ~、じゃあ、1日デート!今日みたいに皆でじゃなくて2人きりの!あたしが満足するまでだからね!」

今日休んだ分の書類も溜まっているだろうし、2人で日程を合わせてとなると……そんなことを頭で考えてはみるものの、即答以外の選択肢はこちらに用意されていない。

苦笑と共に頷きを返すと、ウサギギクが満面の笑みを浮かべた。

なお、途中で撃退した害虫の別動隊が近くで開催されていたイベント会場にも襲撃をかけていたらしく、噂伝いに撃退の件があっという間に広がると休暇中にも関わらずイベントの被害を最小限に抑えた立役者として勲章を授かることになるのだった。

どうやら約束を果たすタイミングは想定より早まりそうである。

 

 




えっと、最後に作品を投稿したのは……ぐはっ(吐血)
しばらくはブランクがキツそうだけど少しずつ前のペースに戻していきたい願望

何か周りのキャラ濃くしすぎたかな(苦笑)
次回があったらもっと活躍させて上げたい子です(書くとは言ってない)。
てか、結局花見らしいことほとんどしてねぇや……


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40.「あなたを信じる」果断な花騎士―信頼の証明―

ブーゲンビリア
花言葉:「情熱」「私はあなたを信じます」等
本人が自覚している通り、心の機微とかを察するのは下手なんだけど知識や経験から理解しようと頑張る真面目で努力家な子。
動物が好きで道端でじゃれあっていたり、季節ボイスでは素直に大好きって言ってくれたり……案外可愛らしい部分をたくさん見せてくれますよ!



『私はあなたを信じます』

花騎士としての私の名前、ブーゲンビリアが持つ花言葉の1つだ。

なんて似つかわしくない言葉だろう。そう思った。

私が信じるのは結果だけ。実績、戦績、功績、言葉は何でも良い。

私は曖昧なものを信じない。何かを察したり感じ取ったり、そういうのは苦手。

特に心の機微なんかがそう……本人にしか分からない過程とか頑張りとか、熱中なんかをどうやって察すれば良いのか分からない。

騎士学校にいたときは、それが原因で同級生とトラブルになることも多かった。何度も同じようなことがあって、私は周りと関わるのをやめた。

なぜみんなと同じようにできないのか悩むことはあったけど、特段困るようなこともなかったから。

でも、最近は少し考えが変わってきた。

一団から離れていた私に、彼女の方から話しかけてくれたのがきっかけ。

任務地への移動中、一匹の野良猫がすり寄ってきて、よほど機嫌が良かったのか無防備にお腹を晒してきた。

「猫がお好きなんですの?」

リリィウッド所属の花騎士。ブルーレースフラワーさんだ。

普段は話しかけてくる相手なんていなくて、盛大に撫で回していたところだったから気まずさもあって頷くだけの素っ気ない態度を取ってしまったと思う。

彼女はそんな対応に文句を言うでもなく、かと言ってぐいぐい来るでもない。

自然な距離感のまま、任務の後にはこんな私を“友達”だと言ってくれた。

言葉にしてくれる。ただそれだけのことがとても嬉しかった。

友達だと言ってくれる彼女の気持ちを分かりたい……そう思った。

曖昧なものは信じない。今でもその考えは変わってないけど、ちゃんと話をすれば明確な言葉が返ってくることもある。

そして、もう1人。

私に優しくしてくれる、ブルーレースフラワーさんと同じように少しでも気持ちを理解したい……そう思える人。

あの人に感謝を伝えたい。

「それでは、こんなのはいかがでしょう?」

どうやって伝えるべきかを相談したら、ブルーレースフラワーさんは少し考えてからある方法を提案してくれた。

正直、なぜそれで伝わるのか分からないけど。

でも、信頼している彼女が言うのならやってみようと思う。

◇◇◇

 

夕陽が差し込む執務室で残った書類を片付けていると、規則正しいノックの音が響き渡った。

文官が書類を急かしに来たのかと条件反射で身構えてしまったのだが、それにしては差し迫った雰囲気が感じられない。

特に来客の予定も入っておらず、不思議に思いながら入室を許可すると予想外の人物が顔を出した。

「団長。これからなんだけど……どうしたの? そんな信じられないものを見たような顔をして」

その人物、花騎士のブーゲンビリアが言いかけた言葉を中断して疑問を口にする。

相手の機微に鈍感であると自他ともに認める彼女が言葉を止めるほどなので、よほど分かりやすかったのだろう。

すぐに返事をせねばと思う一方、あまりのことに衝撃を隠せないでいた。

任務が終わればすぐにいなくなってしまう“あの”ブーゲンビリアが任務中でもないのに彼女の方からこちらを訪ねてくれているのだ。

最近はその傾向がさらに顕著であり、実は嫌われているのではないかと思っていたほどである。

「ああ、もしかして仕事が忙しかった?

迷惑なら日を改めるよ」

そんなこちらの困惑など露知らず、手元に広げていた資料を確認して退出しようとするブーゲンビリアを慌てて呼び止める。

あまりの嬉しさで驚いていただけだと説明すると、彼女はより疑問を強くしたようだ。

「……嬉しい? 団長は不思議なことを言うね」

何はともあれ足を止めてくれたのを確認してホッと胸を撫で下ろし、気を取り直して用件を尋ねてみると、既に振り切ったと思っていた衝撃を彼女は軽々と越えてきた。

「夕飯、まだだよね?

特に予定がないなら、1時間後に部屋まで来て」

再度のフリーズ。

食事に誘われている?

彼女の方から?

僅かに残った思考能力で特に予定がないことを確認し、壊れた機械のように不恰好な頷きを返したのを見届けると、用件は済んだとばかりにブーゲンビリアは淡々と執務室を去っていくのだった。

 

 

結局あの後の仕事は手に付かず、着替えを済ませて彼女の部屋の前にたどり着いたときには約束の時間ギリギリになってしまった。書き上げた(と思っている)書類の内容についても、後日しっかりと確認する必要があるだろう。

「いらっしゃい、団長」

気持ちを切り替えてドアをノックすると、直ぐにブーゲンビリアが出迎えてくれた。

まずは食事に誘ってもらったことに感謝を述べると、彼女は軽く頷いて応じた後、美味しそうに湯気を上げている料理が並ぶテーブルの方へとこちらを誘導する。質素で機能性を重視したようなデザインがいかにも彼女らしかった。

勧められるまま対面する形で席につき、 料理が冷めてしまってはいけないので食前の挨拶を済ませてからまず一口……うまい!

真面目な彼女のことなので味の心配はしていなかったのだが、正直もっと簡素な食事を想像していたため、素直に驚いたことを伝える。

「任務中なら素早く補給できる食事が推奨されるけど、今は違うから」

黙々と箸を進めていたブーゲンビリアが淡々と答えてくれた。そのまま食事に戻りかけて、一瞬言い淀んでから続ける。

「……それに、今日のは団長の好きなものを作ったから。勤務歴の長い花騎士さんたちに団長の好きな料理のレシピを聞いて」

言われて気付く。確かに好みに合うものばかり並んでいるとは思っていたのだが、どうやらリサーチ済みだったらしい。

こちらを食事でもてなすなら“確かな実績”のあるものをと考えるのがいかにも彼女らしい気遣いだった。

同時に、任務後の速すぎる帰還が嫌われてのことではないと分かり安堵する。

レシピを譲り受けた後も再現度を上げるべく努力を重ねていたのだろう。

「嫌うなんてあり得ない。

団長は優しくしてくれるし、任務中の指示も分かりやすいように工夫してくれてる。

でも、勘違いさせちゃったのは謝る……ごめんなさい」

俯くブーゲンビリアだが、謝る必要はない。

こちらに喜んでもらおうと思った結果なのだ。これほど喜ばしいこともない。

「うん。ありがとう」

こちらの返答に安堵したのか、微笑むブーゲンビリア。

では、食事の続きといこう。 そう言って他の料理に手を付けようとしたところで、でも……と彼女がさらに言い募る。

「でも、やっぱり思ってることはちゃんと口に出して伝えなきゃ。団長がいつもそうしてくれるみたいに」

最初は料理の練習のことを伝えていなかったことだと思った。それはもう謝ってもらったから気にしていないと伝えるも、首を振って否定されてしまった。

困惑するこちらに視線を合わせ、彼女は口を開く。

「いつもありがとう団長。大好きだよ」

 




最近やっと仕事が落ち着いてきたので、お迎えしたまま放置してた子のキャラクエもゆっくり見れるようになってきました。

こういうクールな子が不意に言ってくれる“大好き”って破壊力ヤバくないですか!?


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41.「知識」を蓄える読書家な花騎士―もうひとつの花言葉―

プミラ
花言葉:「知識」「あなたは私を元気づける」
ヒナソウやメコちゃんみたいにグイグイくる感じでは無いけど、知識欲は非常に旺盛。
個人的にはキャラクエのオチの付け方が秀逸だと思うのでオススメです。
団長に頼られるのも甘えるのも大好きな可愛い子なので、ぜひ期間内に虹メダルでの交換を!




リリィウッドが誇る高位政治機関『元老院』。

上司からの遣いで書類を届けにきたは良いものの、その厳かな雰囲気にこちらは終始緊張しっぱなしだった。

同伴者でもいれば多少はマシだったかもしれないのだが、突然依頼されたことで予定の合う者がいなかったのだ。唯一、プミラが同行を名乗り出てくれてはいたのだが、最近体調が優れないらしく念のため留守番をしてもらっている。

何とか無事に書類も届け終わり、帰途につこうとしたところで良く響く声に呼び止められた。

「おっ!?まさかこんなところでお前に会えるとはな」

懐かしい声に振り返ると、共に騎士学校で研鑽を積んだ男がこちらに手を振っているではないか。

リリィウッドの所属になったことは聞いていたのだが、偶然訪れた先で再開することになるとは思わなかった。

近付いていくと、声の印象通りガタイの良い体格に爽やかな笑みを浮かべた男。そしてその横に小柄な花騎士が控えていることに気付く。

最初は副官の花騎士かと思ったのだが……いや、結果的にその認識は間違っていなかったのだが、とにかくその正体に気付いて驚きの声を上げてしまった。

「あなたが常々話に出てくる団長様か?

我輩の名はタラゴン。リリィウッド元老院では上院副議長を務めている」

そう、リリィウッドのトップに名前を連ね、花騎士でもあるという才女、タラゴンその人である。本日は不在と聞いていたのだが……

「おいおい、どうしたんだよ? タラゴンがお偉いさんと分かってビビったか?」

慌てて恐縮しだす様が面白かったのか、盛大に笑いながらあろうことか彼女の髪をわしゃわしゃとかき乱し始めた。

こちらはその光景に唖然とするばかりだったのだが、ふと抗議するタラゴンの左薬指にシンプルながらも高価な品と分かる指輪がはめられていることに気付く。そして、同様の品が彼の方にも……どうやらこの男、よろしくやっているようである。

「まぁ、そういうこった」

こちらの視線が行き着く先に気付いたのだろう。恥ずかしげもなく胸を張る旧友に苦笑しつつ、そろそろ解放してあげれば良いのに……少々涙目になり始めた上院副議長様を不憫に思うのだった。

 

 

 

2人とはいずれ食事でもと約束をして別れ(男の頬に真っ赤な手形が残されていたが、自業自得なので同情はしてやらない)、多くの露店が立ち並ぶ一画に足を運んでいた。

付近で害虫の目撃情報があり、彼らを含む討伐隊が巣を殲滅したばかりで安全が確認されるまで定期便がストップしているらしく、空いた時間を使って留守番を任せてしまったプミラにお土産でもと思ったのだ。

「らっしゃい兄ちゃん、本を売ってる店を探してるんだって? そんなものより女の子を喜ばせるならやっぱりスイーツでしょ!

うちのオススメは……」

が、先程から少々強引な客引きに何度か捕まっていた。

こちらが騎士団長と分かるとほとんどは手を引くのだが、自分のような他国の騎士団長は商売する側の人間からすればかなりの売上げを狙える上客でもあるのだろう。

こんなことなら別れる前にオススメの店でも聞いておくべきだったなと後悔する。

定期便の運行も再開の目処が立ったので、あまりゆっくりもしていられない。

今回は諦めて無難なお菓子にしようかと思い始めたところで、やっと一件の古本屋を見つけた。

老夫婦が営んでいるらしいその店は、目を引くような派手な装飾が施されている訳でもなければ本人たちも積極的に客引きをするつもりがないらしく、道行く人々は気にも留めていない。

時折顔を上げたかと思えば顔見知りらしい通行人と二言三言語らうのみで、騒がしい一画でそこだけ空間から切り取られているかのように穏やかな空気が流れていた。

「いらっしゃい」

立ち寄ってみると、穏やかな印象そのままの声音で老婆が語りかけてくる。

確認したところ、好きに手を触れて構わないとのことだったので目に付いたものから適当にページを捲っていく。

雑多に積み上げられた古本は誰もが1度は目にしたことのある有名な童話から郷土料理の教本、旅行ガイド雑誌とジャンルは様々で、目を通してみるとこれが案外面白い。

余裕があればもう少し長居したいところだが、あいにくそんな余裕もないのでプミラが好みそうな歴史書などをいくつか見繕って近くにいた店主に購入の意志を伝える。

しかし、本を受け取った老翁は差し出された書籍を一瞥してなぜかニヤリと訳知り顔を浮かべると、手を伸ばしていた老婆を遮り、自ら丁重に包装を施してくれた。

釈然としない思いはあったのだが、時間も迫っていたためお代を置いてその場を去るのだった。

 

 

馬車を乗り継ぎ、城門前にたどり着いたのは、すっかり夜の帳が下りた後だった。

衛兵に身分証を提示して帰投手続きを済ませると申請より遅れた理由を追及されたが、事情を説明すると納得してくれた。

執務室の明かりは……当然消えている。

土産話を期待して、プミラが待ってくれているかもしれないという淡い期待があったのだが、予定より到着が遅れていることだし致し方あるまい。

明日以降は通常業務に戻るため、いつ彼女が訪ねてきても良いように買ってきた古本を執務室に置いておこうと部屋の前まで来てみたのだが、鍵を差し込んだところで違和感に気付く。

執務室の鍵が開いているのだ。

スペアを預けてきたので、退室するときに施錠するようにお願いしてあったはずなのだが……。

プミラはこちらが世間話として語った内容すら完璧に覚えているほどの記憶力を誇る花騎士であり、頼んだ仕事を忘れているなど考えられない。

不思議に思いながら扉をくぐると、その理由はあっさりと判明した。

「すぅ……すぅ……」

聞こえてきたのは穏やかな寝息。

分厚い本を枕にして寝落ちしているプミラを発見したのである。

起こすのは忍びないが、風邪を引かせる訳にもいかない。体調が優れないならなおさらである。

「ふぁ~……あれ、私寝ちゃって?

お帰りなさいです、団長さま」

軽く揺すってやると、寝起きのプミラが突然抱きついてきた。どうやら寝ぼけているらしい。

金糸を編み込んだかのような綺麗な髪から香ってくる彼女の匂いにくらくらしつつ、実はお土産があると懐にしまっておいた紙袋を差し出すと、受け取ったプミラが体を反転させて体重を預けてきた。ちょうど後ろから抱き締めてやるような格好だ。

「えへへ~♪ ありがとうございます団長さま。

あっ……これ 、ずっと欲しいなって思ってたんです! どこで見つけたんですか!?」

どうやら彼女のお眼鏡に叶うものがあったらしい。こちらとしても中々興味深い品がいくつかあったので、機会があれば2人で再び訪ねてみるのも良いかもしれない。

「本当ですか!? ぜひお願いしたいです!」

途端にキラキラとした視線を向けてくる。体勢が体勢だけに距離が近い。

苦笑しつつ、体調が優れないと聞いて心配していたので元気そうな様子に安心する。

「あっ、はい!団長さまから1日お休みを頂いたおかげでもうすっかり……あれ?」

安堵したのも束の間、何やら胸の辺りをおさえる仕草をするプミラ。もしや……

「はい……まだ調子が悪いみたいです。

胸が強く締め付けられるような感じで……」

普通にしていれば元気そのものなので1日休めば治ると思っていたのだが……

「でも、不思議なんです」

早急に医者にかかるべきだと夜間診療に対応している病院をリストアップし始めたところで、プミラが語りかけてくる。

何が不思議なのだろうか?

「確かに動悸が激しくなって胸も苦しいんですけど、同時にとても元気になるんです!」

…………?

胸が苦しい時点でまったく元気ではないと思うのだが、いったいどういうことだろうか?

問いかけると、再び体を反転させたプミラが抱きついてきた。顔をこちらの胸に埋めるようにしてさらに言い募る。

「やっぱり……安心します。

お留守番してる時よりも嬉しくて、とても元気になれるんですけど、なぜか胸が苦しくなるという……団長さま?」

あまりに可愛らしいことを言うので、抱きつくプミラをこちらからも抱き締めてしまった。

何はともあれ、彼女の症状は体調不良などではないらしい。未だに疑問の声が聞こえてくるが、それは自身で気付くべきことだろう。

病気などではないから安心して欲しいと伝えると、目を丸くする彼女に時間も遅いので今日のところは部屋に戻って休むように促すのだった。

 

◇◇◇

 

うぅ、いつもは優しいのに今日の団長さまは少し意地悪です!

僅かに残る胸の疼きが病気の類いではないことは保証してくれるとのことでしたが、結局答えは教えてくれませんでした。

こんな時は本に没頭するに限ります!

団長さまにはすぐに休むように勧められたけど、こんなモヤモヤを抱えたままでは到底眠れそうにありません。

没頭し始めると朝まで読み進めてしまいそうなので、これくらいの薄い本ならちょうど良いでしょうか?

それは団長さまがお土産に買ってきてくれた本と本の間に挟まれる形で入っていたもの。

小説、でしょうか? 読み進めていくと、何やら団長さまと触れ合っている時と似たドキドキを感じます……




プミラちゃん、いったい何の本を読んだんでしょうね(棒)
書きたいこと書いてたら普段の文字数越えちゃってたので収拾付けれなくなる前に投稿。
あんまりプミラちゃんっぽいこと書いてあげられなかったので、またの機会にちゃんと活躍させてあげたい願望


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42.「富」と「豊産」の自立を目指す花騎士―2人の夢のために―

コムギ
花言葉:「富」「裕福」「豊産」等
銀髪ポニーテールに金眼ジト目とかそれだけで可愛すぎますよね! しかも、2人だけの時は「にぃ」って呼んでくれる。
2人だけの時は「にぃ」って呼んでくれる!



提出期限の迫った報告書に先日の任務で消耗した備品を補充するための申請書、来週の調査任務に参加する部隊の編成とやるべきことは山積みなのだが、どうにもやる気が湧いてこない。

春の爽やかな陽気も、今ばかりは眠気を催す疎ましいものに思えてしまう。

何とか書き上げた書類を処理済の山へと放る達成感も、その何倍も積み上げられた未処理の書類にあっさり萎んでしまった。

何か気晴らしといきたいところだが、外出して文官に出会しでもしたら……最悪だ。

そんな暇があったら未提出の書類を書き上げろとせっつかれるのが関の山だろう。下手をすると見張りを付けるなんて事態になりかねない。

 

コンコンコン

 

いかに誰にも気付かれず執務室を脱出するか思考が巡り始めたところで、唐突にノックの音が鳴り響いた。

向こうからお出ましかとげんなりするのだが、抜け出すところを見られなかっただけマシと思うことにしよう。

しかし、続いた言葉は予期していたものとは違っていた。

「団長様、コムギです。

扉を開けてもらっても、いいですか?」

 

そう言えば、今日はコムギが非番の日だった。

時計を確認すると午後の休憩にちょうど良い時間帯であり、それまでの暗鬱とした気分が吹っ飛ぶ。

何か相談事の可能性もあるが、それならそれで1度思考を切り替えるのも悪くない。

 

「お仕事お疲れ様です。団長様。

試作品、今日はクッキーを焼いてみたんですけど、一緒に食べませんか?」

 

扉を開けた先では、最初の期待通りコムギが両手にお盆を抱えて立っていた。

いかに抜け出すかを考えていたことなどすっかり頭から消え失せ、彼女を迎え入れるとすれ違い様にほんのりと甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 

コムギは花騎士であると同時にパティシエールでもあるのだ。

非番の日には日夜料理の研究に励む努力家であり、自信作はこうして届けてくれることもある。

その腕前はプロにも引けを取らず、コンテストに参加すればプロを抑えて優勝候補に名を連ねるほどなのだ。

事実、費用は向こう持ちで出店してみないかというオファーが騎士団宛にいくつも届いている。

当然、今日持ってきてくれたクッキーも同様であり、執務室に備え付けてある紅茶との相性も抜群だ。

 

「お口に合ったみたいで何よりです」

 

感想を伝えるため、対面に座るコムギに向き直るとこちらが口を開く前に朗らかな笑みが浮かんだ。

実際にそう伝えるつもりではあったのだが、そんなに分かりやすかっただろうか?

 

「はい。にぃは、いつも美味しそうに食べてくれるから、コムギも作りがいがあります」

 

問いかけられたコムギはこくんと頷く。

いつの間にか、こちらへの呼称も普段の“団長様”ではなく2人だけの時に使うものへと変わっていた。

彼女なりに親愛の情を向けてくれていると分かってこちらも嬉しくなるのだが、少々気恥ずかしいものがある。

それを紛らわすべく暫し黙々とクッキーを放り込んでいくのだが、そんなペースで食べていては彼女の分が無くなってしまう。

 

「コムギの分はいつでも作れますから。

にぃが喜んでくれるならその方がいいです」

 

コムギはそう言ってくれるが、こちらとしても美味しそうに食べる姿を見て嬉しいのは同じなのだ。

1つ摘まんで彼女へ差し出すと、コムギは最初こそ照れた表情を浮かべたものの、驚いたことにこちらが手にしたままのクッキーを直接頬張った。

一瞬の出来事に硬直したままのこちらを差し置いて、もぐもぐとクッキーを咀嚼している。

 

「もぐ……んっ。

自分で言うのも何ですけど、やっぱりおいしいです」

 

当たり前のように感想を述べるコムギ。

 

………………

 

「にぃ、どうしたんです?」

 

やがて様子がおかしいことに気付いたコムギが問いかけてきたのだが、立ち直るにはもうしばらくの時間を要したのだった。

 

 

コムギとの時間が良いリフレッシュになったようで、休憩前に散々煮詰まり放棄していた部分も順調に片付き、あっという間に未処理の山が削られていく。

もちろん、いくら休憩を取ったところでいきなり効率が上がる訳もなく、休憩後は自室に戻ると思っていたコムギがそのまま事務仕事を手伝ってくれている結果である。

 

「にぃ、次はこの書類にしましょう。

今のと同じ要領で書けるはずです」

 

お菓子作りは計画性が大事と常々語っているコムギだが、それは事務仕事においても同じらしく、仕事の段取りを任せるとその才能を遺憾無く発揮してくれた。

やがて、最後の1枚がチェックを終えて処理済の山へ置かれたのだが、就業時間は多少過ぎてしまったものの、当初は徹夜を覚悟していたと思えば凄まじいペースである。

正直、かなり助かっのだが、せっかくの休暇に仕事を手伝わせて良かったものか……何より、大事な研究を途中で切り上げさせてしまっている。

 

「はい、大丈夫です。

確かにコムギの目標は、一人前のパティシエールとしてみんなに認められて、自分のお店を持つことでした。

でも今は、もうひとつ夢があります」

 

そう言うと、席を立ってこちらに駆け寄ってきた。

真っ直ぐ見つめてくる金色の瞳が、椅子に腰掛けたこちらの視線と同じ高さに合わされる。

初めて出場したコンテストで見事に優勝を飾った際、優勝記念のトロフィーを手に語ってくれた夢。

 

『素敵な旦那様と一緒に、お店を切り盛りしていきたい』

 

あの時と同じように、ひたすら真っ直ぐな視線がこちらを見据える。

 

「パティシエールになる夢。

団長様が背中を押してくれて。

コンテストで結果を残せるようになって。

みんながコムギのことを認めてくれるようになって」

 

「少しずつ、夢が目標として、手が届くところまで来て。

そしたらコムギ、団長様と一緒にお店を開く夢、見るようになったんです」

 

幸せそうに語るコムギを見て、こちらは誇らしい気持ちでいっぱいになる。

 

「コムギの夢は、もっと世界が平和になって、

にぃが団長様として働かなくてもいいようにならないとです。

にぃ、その時はコムギと一緒に……んっ」

 

そこまで言ったところで、言葉を遮るように唇を重ねた。

触れ合ったかどうかというキスを終え、立ち尽くしたままの彼女の体を抱き寄せる。

直ぐにこちらの背中へと回される彼女の細腕。

 

「この展開、夢でもありました。

キスのタイミングまで、いっしょ」

 

どうやら、この展開は夢の中の自分に先を越されていたらしい……この敗北感は何だろう。

ちなみに、その夢ではこの先はどうしたのだろうか。

 

「あうっ、それは……

にぃ、夢の中で言ってくれたことばっかり。

コムギ、我慢できなくなっちゃいます」

 

真っ赤に染まった頬と潤んだ瞳、僅かばかりの不安とそれを塗り潰すほどの期待を表した視線。それが何よりの答えだろう。

幸い、彼女のおかげで片付けなければならない仕事は終えてあることだし、何の支障もない。

人々が害虫の驚異に怯えなくても良くなった世界で、コムギと2人……その夢を叶えるために、明日からまた頑張ろう。

だが、一先ず今日のところは……これから2人でその時のための予行練習といこう。

耳元で呟くと、一瞬キョトンとした表情を浮かべたコムギが顔を真っ赤にした後に無言で頷きを返してくれる。

本人の承諾を得たところで、軽い彼女の体を抱え直し、寝室へと歩を進めるのだった。




という訳で、まんまデフォルト衣装のキャラクエと開花寝室の導入というね。
開花寝室のコムギちゃん、マジで可愛いのでオススメです。
ずっと気になってた子だったので、今回のキャンペーンでお迎えできた喜びのあまり急遽予定を繰り上げました(苦笑)
確変のおかげでまとまった数の虹、金レアの子をお迎えできたので、そちらのキャラクエが落ち着いたら増えた虹メダルを使ってクリスマス別Ver.もお迎え予定です!




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43.「内気」と「はにかみ」の引っ込み思案な花騎士―篝火のように―

シクラメン
花言葉:「内気」「はにかみ」
初期実装が最低レアリティである☆2からの☆6別Ver.実装確定と、控えめに言って快挙ですよね……これでこそ花騎士!
花言葉の通り内気なところもありますけど、直向きで素直な良い子……実装までに石貯めなきゃ!




薄暗い部屋の中で目が覚めた。

寝起きでぼやけた視界がはっきりしてくると、カーテン越しに見える夜明けの空がどんよりとした灰色の雲に覆われていることが見て取れる。

 

梅雨明けにはまだ早いため仕方ないと言われれば仕方ないのだが、こうも曇天が続くと気持ちまで滅入ってくるというものだ。

 

文句ばかり言っていても始まらないので重い腰を上げて身支度を始めるのだが、早速響いてきたパラパラという雨音に、ついつい溜め息がこぼれてしまう。

 

時刻はまだ早朝とは言え、普段であれば多くの花騎士が鍛練に精を出している時間帯である。

しかし、この天気では訓練場に足を運ぶ者も疎らのようで、城内は静けさに包まれていた。

 

憂鬱な気分のまま執務室で事務仕事を片付けていると、文官が1通の手紙を手に入室してきた。

フラスベルグ峡谷に設置されている警備詰め所から送られたもののようだが、それ自体は特段珍しいことではない。

 

フラスベルグ峡谷はベルガモットの南東、リリィウッドとの国境線にある峡谷である。

急峻な渓谷地帯として知られるベルガモットバレーでも特に起伏が激しく、そんな土地柄にも適応した害虫が多く生息していることから春庭全土でも屈指の難所と言われている。

一方、国境沿いということで両国にとって重要な行路でもあり、国家の威信にかけて警備が行われている要所でもあるのだ。

だからこそ、定期連絡という形で国内の全騎士団長に警備情報は共有されている。

今回もそうだろうと高を括っていたのだが、一目見た瞬間にいつもと違う雰囲気が感じられた。

その要因となっている一角へと視線が引き寄せられる。

 

見間違うはずもない、偽造不可能な魔力による押印……王家の紋章。

それはつまり、この手紙がベルガモットバレー女王、シュウメイギク様からの正式な指令書であることを意味していた。

震える手を何とか動かして開封し、内容を確認するや否や執務室を飛び出してある場所へと向かうのだった。

 

 

 

そもそもがおかしな話だったのだ。

ただの定期連絡であれば、一括送信可能な電報を用いれば済む話である。

個別の騎士団宛に送られてきた時点で“その可能性”を考慮するべきだった。

 

“まさか自分の指揮する花騎士から”なんて口にしようものなら、彼女に指摘できる立場ではないじゃないか!

 

「わ、わっ私にフラスベルグ峡谷への赴任要請ですか!?」

 

斯くして、指令書の内容を伝えられた花騎士、シクラメンは素っ頓狂な声を上げた。

 

入団当初の彼女であれば、「私にはそんな力ありませんよー」と弱音が返ってきたことだろう。

だが、(見上げる瞳いっぱいに涙を浮かべているものの)今の彼女はしっかりとこちらを見据えて次の言葉を待っている。

 

そのまっすぐな視線を受け、公的な指令書である以上手続きが必要ではあるが、決して強制ではないことも一応説明として加えておく。

しかし、考え込む素振りを見せる彼女の答えは何となく分かっていた。

伊達に騎士団の創設当初から苦楽を共にしてきた訳ではない。

 

「内気」を花言葉に持つシクラメンは、とても引っ込み思案な花騎士だった。

自分の持つ力に自信がなく、時にはそれが要因となって失敗を繰り返す日々。

だが、それでも今、彼女はこの場に立っている。

自分に自信がないからこそ、誰よりも努力を重ねてきた。

どれだけ弱音を吐いたとしても、決して逃げなかった。

その成果が、こういった形で確かに実を結んだのである。

 

「正直、私なんか足元にも及ばない人がたくさんいるのにどうしてって気持ちはあります」

 

「でも、団長さんや騎士団の皆が……ううん、こんな私に勇気をくれる皆さんの期待に応えたい。

私、そう思うんです!」

顔を上げ、照れくさそうに笑いながらもしっかりと言い切ったシクラメン。

それはいかにも彼女らしい……しかし、その宣言は強い決意に満ちている。

そんなシクラメンに呼応するように、いつしか曇天の空に一筋の光が射し込んでおり、彼女の旅立ちを祝福しているように感じられたのだった。

 

 

あれから数日が経った討伐任務終了後。

騎士団のメンバーが一堂に介し、盛大な宴会が催されていた。

 

シクラメンがフラスベルグ峡谷詰め所へ赴任する件は一応機密事項扱いではあったのだが、この日までに騎士団の誰もが知るところとなり、送別会の開催と相成ったのである。

 

今回の赴任は移籍の類いではなく、赴任期間が満了したら戻ってくるから送別会なんて大袈裟だと本人は遠慮ぎみだったのだが、最後は仲間からの要望に押し通されたらしい。

 

こちらとしてもしばらく彼女と会えなくなることを寂しく思っていたため、開催には大賛成である。

 

それにしても……騎士団に所属するほとんど全員が揃った宴会場を眺めながら独りごちる。

宴会で良く見る顔ぶれは今さらとして、普段はこういった場にあまり顔を出さない面々まで揃っているのは、やはりシクラメンの人望があってこそなのだろう。

 

篝火花ーシクラメンの別名である。

花の咲く様が夜道を照らす篝火に似ていることからそう呼ばれているのだが、騎士団における彼女の存在も、正にその通りなのだと思う。

 

シクラメンが仲間たちから慕われているのは、優しい人柄だけではなく長所を見抜く能力に長け、それを活かすように立ち回るからだ。

 

そんな事を考えていると、件の人物がこちらの方に近付いてくるのが見て取れた。

ちょうどこちらからも話しかけようとしていたところなのでそれは良い……良いのだが、どこか様子がおかしい。

足取りは覚束ず、何より目が据わっている。

これはもしや……

 

「……ヒック! 団長さ~~ん」

 

酔っているのか?

そう確認する暇もなく、シクラメンがこちらの腕に絡みついてきた。

アルコールのせいなのか普段よりも高い彼女の体温を間近に感じて、思わずドキッとしてしまう。

 

取り敢えず手近にあったジョッキの中身を呷ることで落ち着こうと試みてみたものの、彼女は構わず追撃を繰り出してきた。

 

「ふわぁ~~っ! 団長さんが2人もいます~!

あっ、でも……」

 

悩む様子を見せるシクラメンに、どうしたのかと問いかける。

会話を続けていればいずれ落ち着くだろう……そう考えてのことだったのだが、これが失敗だった。

 

「団長さんが2人もいたら私、どっちの団長さんに……お持ち帰りしてもらえば~ヒック! 良いんでしょう?」

 

危うく口内のアルコールを吹き出しそうになった。

何名かの花騎士が近くで同じセリフを聞いていたのだが、酒の席の冗談と受け取ったらしいのが幸いだった。

中には悪乗りして私も!と名乗り出る始末である。

 

何とかその場は落ち着いたものの、暫くするとこちらの腕に引っ付いたままのシクラメンが規則正しい寝息を立て始めたではないか。

 

何人かの花騎士が彼女を部屋まで運ぼうと試みたのだが、本当に寝ているのかという有り様で中々引き剥がすことができない。

 

「団長さ~ん、ここに戻ってくる頃には私……もっとお役に」

 

本当に酔って寝てるんだよな!?

シクラメンからの返答はないものの、心なしか腕に絡みつく力が強くなるのを感じてもはや溜め息しか出てこない。

 

「うちの出世頭を襲ったりしないでくださいよ~」

 

結局、そんな弄り半分の掛け声を背に彼女を部屋まで運ぶ役目を申し付かったのである。

いや、そんな言うなら誰か一緒に来てくれよ!

そんな心からの叫びは一笑に付されてしまうのだった。




ということで、見事6年越しの人気投票総合1位に輝いたシクラメンさん(なぜ敬語?)を書かせていただきました。
並み居るシクラメン団長殿には何を当たり前なことをと言われてしまいそうですが、「お持ち帰り~」のセリフって季節限定ながら本当に実装されてるボイスなんですよ!
寝室もそうですけど、普段は清楚が服着て歩いてるような子がこういう積極的な仕草を見せてくれるって良いですよね……


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44.「逆境に耐える」平身低頭な花騎士―その先の覚悟を添えて―

ローマンカモミール
花言葉「逆境に耐える」「苦難の中の力」等

隙あらば土下座をしようとするのは実花を見れば想像できなくもないのですが、某湖畔の子みたいにお仕置きを期待してるような描写があったり、お◯しょ疑惑(本人は否定)があったり、果てはお◯様パ◯ツ発言(団長により諸説あり)まで……もはや公式が面白がって詰め込んだとしか思えないネタっぷりですね(苦笑)



就業時間を過ぎて薄暗くなった城内。

見慣れた扉の前に立ち、ノックを1つ……これといった反応はないようです。

ただ、ドアノブに手をかけてみても鍵が掛かっている様子はありません。

忙しい時は気付いてもらえない場合もあるので少し悩みましたが、ちょっとだけ様子を見るくらいなら問題ないでしょう。

 

できるだけそ~っと。

あぁ、でも仮にお仕事中だとしたら、こんな粗相をしてしまったわたくしに、団長さまはどんな魅力的なオシオキをしてくださるんでしょうか?

 

昨年の秋頃、この執務室で偶然見かけた1冊の書籍『実践・花騎士へのお仕置き術』。

あの時は内容を拝見することは叶いませんでしたが、もしかしたらその一端がここで……コホン。

湧き上がりかけた衝動を咳払い1つで追い出しながら、ゆっくり扉を開けていきます。

いかに魅力的と言えども、団長さまのお手を煩わせるわけにはまいりません。

忙しそうなら素直に身を引きましょう。

扉が開いていくと共に広がっていく視界。

いつも作業をなさっている執務机には、広げられたままの書類と花瓶が1つ。

ですが、その先に人影はありません。

少し、ほんの少し残念ですが、現在は外出中のようでした。

 

 

 

団長さまの休日のスケジュールは取り合いになると伺いましたので、本日はベルガモットバレーの伝統文化“”土下座”を引っ提げてお願いにきた次第です。

 

わたくしも元は貴族と言われる家系で生まれた身。世間の常識に疎い部分があることは自覚しておりますが、当時仕えていた小作人からお願いする時や許しを請う時には“土下座”が1番と聞き及んでいます。

“必ずしも希望が通るとは限らない”ともおっしゃっていましたが、元々競争率の高いこと。

断られたのであれば、それは神さまに捧げている毎日の“お願い土下座”が足りなかったというだけです。

 

……とは言え、まだお仕事が残っているご様子ですし、今回は日を改めることに致しましょう。

そうして踵を返したまさにその時でした。

 

「あれ、団長いないんだ?」

 

開けっ放しになっていた扉の影から1人の女性が顔を出しました。

茶色の髪を一房だけ伸ばしたサイドテールに、赤みがかった瞳。 直接話したことはありませんが、背負った棺桶が印象的な花騎士。

お名前は確か……イトスギさん?

 

「えっと、ローマンカモミールさん……だっけ? 時間があればで良いんだけど、ちょっと頼まれてくれないかな」

 

キョロキョロと執務室を見回した後、彼女は申し訳なさそうな視線を向けてきました。

団長さまに用事みたいですが、わたくしと同じくタイミングが悪かったのでしょう。

 

「これの修理を頼まれたんだけど、専門外だから時間かかっちゃって……

代わりに渡してもらえると嬉しい」

 

そう言ってイトスギさんが手渡してきたのは、1本の万年筆でした。一目で高級品だと分かる木製の万年筆。

彼女はこれから討伐任務が控えているようで、それだけ言うと執務室を後にして行ってしまいました。

特段急ぎの用事があるわけでもありませんし、頼まれた以上は団長さまの帰りを待つことにしましょう。

 

 

 

イトスギさんが立ち去った後、とても多くの花騎士さんが執務室を訪ねて来ました。

わたくしと同じように休日のスケジュールを確認しに来られる方が1番多かったかしら?

 

思ったより帰りが遅れているのも、もしかしたらどこかで他の花騎士さんたちに予定を聞かれていたりしているのかもしれませんね。

噂が本当だったことを確かめられたのは収穫でしたが、これはやはり団長さまとの休日を過ごすのは一筋縄では行きそうにありません。

 

手持ち無沙汰になってきたので、せめてものお手伝いにと広げられたままの書類を整理しておくことにしました。

 

執務机にはイトスギさんから預かった物の他にも数本の万年筆が並べられていましたが、どれもが高級品……というわけではないようです。

同じくらい高価だと思われる逸品もあれば、比較的安価で買えそうな量産品まで様々……ですがある一点、長い間大切に使い込まれていると分かるのが共通していました。

彼女は専門外とおっしゃっていましたが、それを感じ取ったからこそ、時間ギリギリまでかけて修理を請け負ったのでしょう。

万年筆に限らず、目に映る備品のどれもが大事に扱われてきたのが良く分かります。

 

そして、団長さまが最も大切にしていることが読み取れるのが、わたくしが今拝見している書類の束でしょう。

内容は先日行われた討伐任務の報告書なのですが、ページの大部分は怪我人を出した地点の戦況分析に当てられていました。

その隣には、先程イトスギさんが出発した討伐任務における作戦指示書の写し。

どちらもギリギリまで加筆修正された跡があります。

ここまで一生懸命になれる人だからこそ、多くの花騎士たちに慕われている。

きっと団長さまなら、その隣に立つ“恋人”も、末永く大事にしてくださるでしょうから。

……ガチャン

 

物思いに耽っていると、何やら硬質な音が聞こえた気がします。何やら水が溢れるポタポタという音も……

そう言えば、今の書類だけ拾い上げたときの抵抗が大きかったような……

 

◇◇◇

 

訓練のスケジュールについて相談を受けていた花騎士を見送り、執務室への道を引き返す。

思えば、ちょっとした気分転換のつもりが随分な遠出になってしまった。

 

幸い急ぎの仕事は済ませてあるのだが、イトスギに頼んでいた万年筆は諦めるしかないだろう。

ただでさえ専門外の品物の修理を頼んでいたところだと言うのに、突然舞い込んだ討伐任務を宛がわれてしまったのだ。

 

彼女の性格なら頼まれた仕事は済ませているであろうことは容易に想像できる。しかし、部下とは言え女性の部屋に入り込んで中を物色するわけにもいくまい。

ようやく帰りついた執務室の扉を開くと、これまた予想外の光景を目の当たりにすることになった。

 

「罰ならなんでもお受けします

どうかお許しくださいませ……」

 

それは見事な土下座であった。

以前教えて貰った土下座の極意……手と膝(はドレスに隠れて見えないが)はきっちり揃え、額は床に押し付けるように下げられている。

 

最初は慌てたものだが、彼女の背後に見える濡れた床と割れた花瓶の破片がその理由を物語っているのは明白だった。

 

本音を言えば特別高価な品ではなく、誰かからの貰い物というわけでもないので彼女に怪我が無いようなら気にすることではないのだが、ローマンカモミールほどの美女に“何でも”と言われれば悪戯心が芽生えるのは男の性というものだろう。

 

都合良く手近なところに置いてあった紐を手に取り、彼女を後ろ手に縛り上げる。

 

「団長さま!? わたくしを縛ってなにをなさるおつもりですの?」

 

突然の行動に恐怖の表情を浮かべたローマンカモミールに心が揺らいだものの、その表情の奥に隠れた感情が最後に残った理性の欠片を破壊した……これから行われるオシオキに対する“期待”である。

 




割っちゃった花瓶は帰還したイトスギが直しました。
( =^ω^)

ということで、ローマンカモミール回です。
勘の良い方なら序盤読めばオチ分かっちゃうんじゃないかな……とビクビクしながら書いた寝室直前秋桜。

限定期間終わったのに嫌がらせか?とか、3週間どこほっつき歩いてた?とかいう意見はすべて覚悟の上(´∀`)b





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45.「奇跡」を創る「無限の可能性」を秘めた花騎士―奇跡の予兆―

レインボーローズ
花言葉:「奇跡」「無限の可能性」
普段はクールなお姉さんだけど、子どもが好きで定期的に開いている実験教室ではテンション高め。さらに、実花繋がりなのか気持ちがすぐ顔に出る可愛い一面も。
開花キャラクエの涙腺崩壊具合がヤバくて、なぜ今までお迎えしていなかったのかと後悔したレベルの完成度でした。


ギラギラと照りつける太陽が白く輝き、熱せられた空気がじっとりと汗ばんだ肌を包む。

時折吹く海風のおかげで息苦しさはあまり感じないものの、バナナオーシャンの夏はとにかく暑い。

 

だが、そんな暑さをも吹き飛ばすほどの熱気が騎士団本部の執務室まで届いていた。

先日の討伐任務で長らく害虫の支配下にあった村を取り戻すことができた祝勝記念ということだが、そこは元々陽気な国民性で知られるバナナオーシャン民。お祭り事の開催は日常茶飯事であり、とにかく騒げる口実があれば理由は何でも良いのかもしれない。

夏季とあって観光に訪れている者も多く、お祭りの規模は普段以上に膨れ上がっていた。

 

そうなってくると、当然考えなければならないのが警備の人員である。

害虫が侵攻の手を緩めてくれる訳もなく、むしろ騒ぎに引き付けられるように強力な個体が群を成して現れるため、ここ数日は会場の巡回や要人の護衛に奔走していた。

 

目の回るような忙しさではあったが、本日付けで以前知り合ったブロッサムヒルの騎士団長が応援に駆け付けてくれたため、頑張ってくれた花騎士たちに臨時の給金と休暇を確保できたので良しとする。

 

開け放った窓から聞こえてくる賑わいに耳を傾けつつ、溜まりに溜まった報告書を片付けながらそんなことを思うのだった。

 

 

 

滴る汗を拭いながら、ここ数日間の記憶を頼りに報告書を仕上げていると、執務室の扉をノックする音が響いた。

 

「団長、今大丈夫かしら?」

 

顔を出したのはレインボーローズだ。

バナナオーシャン所属の花騎士らしい露出度の高い衣装や、虹色に輝く髪が目を引くのだが、見た目の派手さに反して落ち着いた雰囲気の女性であり、子ども向けに実験教室を開催していたりもする。

衣装の上に白衣を着込んでいるあたり、休日も実験に精を出していたのだろう。

 

用件を尋ねると徐に口を開きかけ、執務机に広げたままだった書類の束を見て口ごもった。

 

「……っと、もしかしてお仕事が忙しかった?」

 

声は先程までと同じ平坦なトーンではあるものの、ガッカリしたように表情を曇らせるレインボーローズ。

 

そんな彼女に問題ないと応じ、書きかけの書類を脇に避ける。

確かに仕事が溜まってはいるのは事実だが、ブロッサムヒルからの応援が遅れていれば今日も巡回に出向く予定だったのだ、休憩がてら話を聞くくらいの余裕はあるだろう。

 

こちらの返答を聞くや、今度はパッと表情が明るくなった。

無垢な子どものような振る舞いに、ついつい表情が緩んでしまう。

 

「……っ!?

実は、団長に見てもらいたいものがあるんだけど……」

 

こちらの表情を見るや、決まり悪そうに1つ咳払いをすると、後ろ手に持っていたものを見せてくれた。

食べ物を入れる密閉式の容器らしく、執務机の上に食材が並んでいく。

 

牛乳に卵、砂糖に生クリーム。

ここまでは見慣れたものだが、最後に取り出されたのは……氷?

雪原の世界花、ウィンターローズで最も冷たいと称される川の流氷は特殊な魔力を帯び、一般の商隊を使ってもバナナオーシャンまで持つという話を聞いたことはあるのだが、噂は本当だったようだ。

 

「さすがは団長ね。

これを使って…… 」

 

レインボーローズは用意した材料を薄手の袋にいれ、先程の氷を敷き詰めた容器に移して布で覆い、シャカシャカと揺すったり時折袋を取り出して揉み込んだりし始めた。

 

少し時間がかかるから作業中は別のことをしていても良いと言われたのだが、何となく目を離せずに見守っていると、しばらくして1つ頷いたレインボーローズが袋の中身を用意してあった皿に移す。

 

すると、シンプルながらどこからどう見ても立派なアイスクリームが完成しているではないか!

驚きを隠せないこちらに、レインボーローズは得意気だ。

 

「ふふ、良かったら味見してもらえる?

はい、あーん」

 

呆けていたところに口許までスプーンで運ばれ、半ば反射的にアイスクリームを口に含む。

基本的な材料しか入っていないのだから当然だが、素朴な甘さが口一杯に広がった。

 

うむ、実験教室でやるなら味の種類は増やした方が良いかもしれないが、このままでも十分に美味しい。

 

「気に入ってもらえた?

なら、もう1口どうぞ!」

 

頭が状況に追い付いてきたところで急激に恥ずかしくなってきたのだが、顔を真っ赤にしてスプーンを差し出してくるレインボーローズの顔を見て拒否する気にはならなかった。

 

羞恥を紛らわすべく、混ぜる作業に体力を使いそうなので簡略化できないかなど、実験教室で行う際の改善点などを話し合っていく。

 

その後はレインボーローズも“実験に付き合ってくれたお礼”にと報告書の作成を手伝ってくれた。

論文の執筆で慣れてるからと語るレインボーローズの作業速度は凄まじく、数日かけて終わらせるはずだった量も就業時間を迎える頃にはほとんど片付いてしまうのだった。

 

 

 

就業後はレインボーローズと次回の実験教室について会話に花を咲かせていた。

彼女のおかげで明日は丸一日時間ができたことだし、件の“材料を混ぜる際の負担を軽減する装置”について試作品を試してみるのも良いかもしれない。

 

……おっと。

 

アイディアを形にするべく、新しい羊皮紙を取り出そうとしたところで誤って適当に積み重ねていた書類の一部を崩してしまう。

レインボーローズが集めるのを手伝ってくれたのだが、1枚の紙を手にした瞬間、その手が止まった。

 

「団長、この調査任務の依頼書って……」

 

彼女が手にしているのは、言葉通り1枚の依頼書。現在開催されている祭の要因にもなっている、害虫の支配から取り戻すことのできた廃村の被害状況を調査して欲しいというものだった。

 

ここ最近は討伐や護衛の任務が続いていて所属する花騎士とゆっくり情報交換をする場を設けていなかったため、彼女がこの村の奪還について知らなかったとしても不思議はない。

何か気にかかる点でもあっただろうか?

そう口にしかけたところでこちらも気づく。

この位置、確かこの村の近くには……

 

「父と母が……勤めていた研究所の近くね」

 

レインボーローズの両親は、害虫被害を無くすために尽力した高名な魔法学者だった。

彼女がまだ幼い頃に実験中の事故で亡くなったと聞いているが、彼らの死は多くの同業者や市民から惜しまれたと聞いている。

 

「ええ、2人は私の誇りよ。

そう、あの村が……」

 

呟く声と共に、レインボーローズが明後日の方を向く。

まだ幼かった頃の出来事とはいえ、両親の勤め先の近くということで何か思い入れもあるのだろう……そうとなればやることは1つだ。

 

よし、早速明日向かってみよう。

 

「…………あっ、明日!?

私は構わないけど……良いの?」

 

突然の大声に一瞬キョトンとしたレインボーローズだったが、突然の宣言に驚いているようだ。

 

文官に問い合わせたところ、警備任務に比べてどうしても優先度が落ちるために名乗り出る騎士団がおらず、是非頼みたいとのことだった。

 

最初は単なる思いつきからの行動。

まさかそれが、あんな奇跡を呼び起こすことになろうとは……

 




今回はリクエストを頂いていたレインボーローズさん!
開花キャラクエ前日譚(のような何か)を秋桜させていただきました!

団長になる前のイベ金はお迎えが後回し気味になっているのですが、いやはやここまで魅力的な方いるとは……これだから花騎士は辞められませんね!

某所でリクエストをしてくれた方には感謝が尽きません。
魅力的な娘をありがとうございました!


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46.「誠実」と「変わらぬ愛」のお天気屋な花騎士―七夕の夢―

ディモルフォセカ
花言葉:「誠実」「富」「元気」等
人気投票入賞者のアテンドという引き立て役に甘んじそうなポジションでの実装&同期が今では殿堂入りを果たした不動の人気キャラ2人+小物界の大物……
しかし、一旦落ち着いてキャラクエを覗いて見て欲しい……どうだい、とても魅力的なお姉さんだろう?
続いてボイスを聞いて欲しい……どうだい、とても魅りょ(ry


太陽が燦々と輝く蒸し暑いある日の昼下がり。

七夕のお祭りを今晩に控え、ベルガモットバレーから取り寄せた大きな笹を騎士団の花騎士たちが総出で街のあちこちに設置する作業が急ピッチで行われていた。

 

「みんな~、もうひと頑張りだよ~!

あっ、でも無理はダメだからね!」

「水分はちゃんと取ること!

おねえさんはまだまだ元気だから、休憩したい人は遠慮せずに声をかけてね!」

 

作業場には設営の指揮を任されたディモルフォセカの飛び切り明るい声が響き渡っている。

彼女の指示は非常に的確であり、進捗状況を確認する傍ら、自らも積極的に動き回って汗を流している。

そんな溌剌とした姿に感化されたのか、作業を見守っていた一般の市民まで協力を申し出てくるほどだ。

 

突然の協力者にも慌てることはなく、集めた情報を元に手の足りないポジションへ割り振りをしていくディモルフォセカ。

有り体に言って、頼もしい限りである。

正直、彼女がいなければ予定通りに開催することは不可能だっただろう。

 

予定していた輸送ルートが害虫同士の縄張り争いと重なってしまい、安全のためには大きく迂回する他なく、スケジュールに大きな遅れが生じてしまったのだ。

 

模造品で代用することも検討されたのだが、開催までに十分な数を用意する目処が立たず、結局は輸送部隊の到着を待つことになり、一時は開催中止も囁かれたのだが……

 

「わたしに考えがあります。

設営の指揮、任せてもらえませんか?」

 

会議に帯同していたディモルフォセカが自信満々に宣言したのである。

出来るわけがないと批判的な意見を述べていた者たちも、普段懇意にしている騎士団長たちに掛け合い、当日の作業人員も確保済だと述べられれば閉口する他ないだろう。

後は的確な指示を出せる人員がいれば良い。

まさにお誂え向き…… もはや反対意見を述べる者などいないのだった。

 

 

 

「あっ、お疲れ様です団長くん!」

 

休憩に入ったところを見計らって声をかけると、ディモルフォセカは 満面の笑みで迎えてくれた。

何だか元気を分けてもらったような気分になり、こちらが話す声のトーンもいくらか高くなっているのを自覚する。

こちらが懐から縦長の用紙を取り出すと、彼女はそれが何かを瞬時に察したらしい。

 

「笹に飾る短冊……かな?」

 

ご名答。

彼女の活躍で用意した笹もほとんど設置が完了し、手の空いた者から順次短冊を書いてもらっていた。

一緒に休憩を取っていた花騎士たちが先に短冊を受け取り、仲間たちとどんな願い事を書くかで盛り上がっている中、ディモルフォセカが口を開く。

 

「ふっふっふっ!おねえさんの願い事は、もう決まってるもんね~♪

ズバリ、みんなが幸せでいられますように!

あぁ、もちろん。みんなの中には団長さんも入ってるからね!」

 

それはいかにもディモルフォセカらしい願い事だった。

裕福な家庭に生まれた彼女は「いい思い」をたくさんしてきたと言って憚らない。

そうした「いい思い」を今度は皆に分け与えていきたい……彼女は常々そう語っている。

だからこそ、読めていた。

 

受け取ろうと手を伸ばす彼女を制し、予め書いておいたこちらの短冊を示す。

まさしく今彼女が願った内容が書かれた短冊。

 

キョトンとした表情を浮かべているディモルフォセカに、今年は団長の顔を立てると思ってこの願い事は譲って欲しいと頭を下げる。

 

「えー、団長くん、わたしの願い事を取らないでよー」

 

膨れっ面で子どものようなことを言うディモルフォセカに苦笑しつつ、そこを何とか……と頼み込む。こちらをからかっている……そう思ってのことだったのだが、どうやら違ったらしい。

 

「だってー、他のお願い事なんておねえさん考えられないー。

ねぇ……団長くんが他のお願い事にしてよー」

 

先ほどまでの底抜けの明るさはどこへやらだ。

まさかと思い空に視線を向けると、思った通り、どんよりとした雲がまさに太陽を覆い隠すところだった。

 

「うぇ……低気圧で頭がガンガンするー」

 

急激に元気を無くしたディモルフォセカの様子に、応援で駆け付けてくれた花騎士たちは心配そうな面持ちだが、想定内のことなので彼女の代わりに追加の指示をいくつか飛ばしつつ、心配ないと応じる。

 

事情を知る花騎士たちが作業を再開しながら説明をしてくれている様子だったので、そちらは任せることにする。

 

ディモルフォセカは日光の下だとこれ以上ないほどにハイスペックなのだが、少しでも雲ってしまうと思考がネガティブに傾いて元気をなくしてしまうのである。

 

「団長くん……わたし、まだ頑張れるよ?」

 

雨がポツポツと降ってきたので、すっかりネガティブモードに入ってフラフラとしているディモルフォセカを背負って移動しようとしたところ、背中から弱々しい声が届く。

 

確かに、この状態でも無理やり働かせることはできなくもないのだが、今はそんな必要もない。

事実、このタイミングで雨が降り始めることも彼女の想定に組み込まれており、笹と短冊を覆うための雨避けも各所に用意済みなのだ。

雲の様子から本降りになることもないだろうし、我々がこの場を離れたとしても滞りなく作業を完了させられるだろう。

 

「うぅ……大好きな団長くんの前では格好良いお姉さんでいたいのに……情けない姿なんて見せたくないでやんす……」

 

ネガティブモードのせいで思考力も低下しているのか、何やらディモルフォセカが興味深いことを言っている気がするのは聞かなかったことにしておこう。

 

「すぴー…すぴー……」

 

寝息を立て始めたディモルフォセカを背負いつつ副隊長たちを集めて残りの指示を任せると、彼女の体質をよく理解している面々は2つ返事で 了承してくれた。

 

去り際に何やら意味深な視線を送られている気配を感じたのだが、多分気のせいだろう。

 

◇◇◇

 

「お……さま…事業が……とかで……」

 

誰かがヒソヒソと囁いている。

最初はくぐもって聞き取り難かったそれは、次第にハッキリと届くようになってくる。

 

「成金の分際で……」

「お金持ちのところのお嬢さんは何もしなくて良いから……」

 

正直、嫌だな~って思うけど、耳を塞いだところで頭に直接響いてくるみたい。

きっとこれは夢なのだろう。

繰り返し繰り返し……負の感情が込められた言葉の数々。

 

妬みや嫉みをぶつけられることは慣れっこだと思ってたけど、気分が落ち込んでいるところにこられるとキツイものがある。

 

お祭りの準備は無事に終わったかな?

わたしがこうなることも想定して用意をしていたとはいえ、結局団長くんやみんなに迷惑かけちゃったな……

 

天気が悪かったり日が暮れるとダメダメになっちゃうからと言って、天気の良い日だけ活躍すれば良いってほど花騎士の仕事は簡単じゃない。

命令されれば眠くたって仕事はちゃんとこなすし、休憩中に害虫が出現したとあれば叩き起こされたって文句は言わない。

そう思っていたのに……

 

「ディモルフォセカはいつも誠実に任務をこなしてくれているのは知っている。

苦手なところは仲間に助けてもらえば良い」

 

団長くんは、わたしの弱いところも含めてそのまま受け入れてくれた。

情けないところは見せたくないけど、思いっきり甘えたいと思わせてくれる団長くんが、わたしは大好き!

 

「ディモルフォセカ?」

 

そんなことを考えていたから?

目の前には心配そうにわたしを見つめる団長くんの顔……外が暗くなってるのにわたしが起きていられるはずがないし、きっとまだ夢の続きなのだろう。

 

「……っ!?」

 

思わず抱きしめてしまったけど、夢の中なんだし、良いよね?

こんなに大胆なことをしたら、現実の団長くんもこんな顔をするのだろうか……お顔を真っ赤にしちゃって、ちょっと可愛い♪

そんなことを思っていると、団長くんが頭を撫でてくれる。

 

「悪い夢は覚めたのか?」

 

ゴツゴツした男の人の感触、随分リアルな夢だな……って、へ?

 

偶然見えた窓の外に、神秘的な光景が広がっていた。

知識としては知っていても、ちゃんと見たのは初めてかもしれない……雲1つない星空に、薄く幕を張るようにかかる天の川。

 

もしかしてこれは……現実?

気付いたところで、やっと今の体勢を客観的に見ることができた。

 

夜の寝室…団長くんと2人きり…抱きついている…しかもわたしの方から……

 

◇◇◇

 

「……うわああっ!?」

 

うなされているディモルフォセカを放っておけず、側に控えていたところに突然抱きつかれたと思ったら、今度は大声を上げて飛び退かれてしまった。

 

「ご、ごめんなさい団長くん……わたし、夢と現実が曖昧になってて。

うぅ……今日はおねえさん団長くんに情けないところ見せてばっかりだよ……」

 

何やら混乱しているようだが、元気そうな様子にひとまず安心する。

飛び退いた拍子に落としたらしい枕を拾い上げ、顔を隠して照れるディモルフォセカが可愛らしくて、ついついまた頭を撫でてしまう。

 

「うぅ……またそうやって甘やかす……」

 

言葉でこそ不満を述べるものの、こちらの手を振り払ったりする様子はない。

結局、この日はそのまま2人揃って眠ってしまい、作業場に戻らなかったことであらぬ誤解を与えてしまった面々に翌日説明して回るため四苦八苦することになるのだった。




ただいま7月7日の深夜52時前、なんとか七夕当日に間に合いましたね……嘘ですごめんなさい。
寝落ちしたクソ雑魚ナメクジは私です……

某所で普段から絡ませてもらってる方のお嫁さんでもあるので、(普段書いてる全員に言えることではあるのですが)ちゃんと魅力を伝えられてれば良いな……

そして、ここから月末まで私事でSSに時間が取れないと思うので、次回の投稿は8月になるかと……( ノ;_ _)ノ


せっかく依頼いただきましたし、次回はR-18リクエストに挑戦してみますかね……レート的にこちらでは無理なので、新規作品を立ち上げる形になるかと( ノ;_ _)ノ


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47.「敏感」と「鋭感」の寝坊助花騎士⑥―これが精一杯です―

リクエストも消化できてないのに何をやってるんだ私は……

しばらく嫁回書いてない&某所でのやり取りが刺さり過ぎて書きたい欲を制御できなかった模様。

突貫工事のため、普段以上の乱文にご注意ください
( ノ;_ _)ノ


終業時間を間近に控えた夕暮れ時、太陽が地平線の向こうに半ばまで沈み、窓越しに見える町並みを街灯の仄かな光が包み始める頃、控えめなノックの音が執務室に響き渡った。

ちょうど抱えていた仕事の目処が付き、凝り固まった身体を伸ばしていたタイミングだったため、慌てて居住まいを正しつつ入室を許可する。

 

「失礼します、団長様~」

 

こちらの返事を聞き、一拍置いてから丁寧なお辞儀とともに顔を出したのは1人の花騎士……オジギソウであった。

巡回任務の指揮を任せていたのだが、無事に帰還したらしい。

 

「えへへ♪ 心配しなくても、怪我とかはありませんよ~」

 

こちらの視線の動きから質問を先読みしたのか、その場でくるりと回って自らの無傷をアピールするオジギソウ。

言葉通り元気そうな様子に安堵しつつ、場合によっては彼女の実力を信用していないと思われかねないことに気付いて渋面を作る。

しかし、そんなこちらの葛藤など“すべてわかっています”とでも言うように、オジギソウは柔らかな笑みを浮かべるのだった。

 

 

「……報告は以上になります~」

 

簡潔な説明を終え、オジギソウがペコリと頭を下げる。

一緒に提出された報告書には、巡回中に遭遇した害虫の種類や数はもちろん、“巣”が形成されそうな地点の情報が事細かに記されていた。

 

「敏感」「鋭感」といった花言葉を持つオジギソウは、花騎士の中でも特に優れた五感を持つ。

それを利用した探知能力は非常に精度が高く、逃げ足も兼ね備えた彼女の斥候としての活躍は目覚ましいものがある。

任務における功績を評価され、副団長就任を果たしたのも団の全員が認めるところだ。

実際、オジギソウが着任してから任務中の負傷者は大きく数を減らしており、一般人の被害も……

 

「あ、あの~。 団長様?」

 

ふと、こちらを呼ぶ声に思考を中断される。

見ると、両手で顔を隠したオジギソウがしゃがみこんでいるではないか。

 

実はどこかに怪我でもしていたのでは?

慌てて席を立ち、駆け寄ろうとしたのだが、オジギソウが待ったをかける。

 

「あっ、いえ……怪我をしてた、とかでは無くてですね?

ただ、難しそうなお顔で団長様がどんなこと考えてるのかな~って、それで……」

 

言われて気づく。

服の袖でも隠しきれていない部分。彼女の耳と首筋にいたるまで、夕焼けの光が差し込む執務室内でもハッキリとわかるほど真っ赤に染まっていたのである。

 

つまり、こちらが心内で彼女をべた褒めしていたことを察知し、照れくさくてしゃがみこんでしまった……ということらしい。

 

この後、オジギソウとまともに会話ができたのは終業の鐘が辺りに響いた後になるのだった。

 

 

 

「ご迷惑をおかけしてすみません、団長様」

 

ようやく落ち着きを取り戻したオジギソウと応接用のテーブルで向かい合うと、深々と頭を下げられた。

仕事も片付いていたことだし、こちらとしては気にする必要はまったくないのだが、それで折れるオジギソウではない。

 

「でも、副団長としてこのままってわけにはいきませんから~」

 

確かに、副団長という立場上他の騎士団所属の花騎士や団長たちと公的な場でやり取りをすることは多い。

花騎士が悩んでいると言うのなら、力になるのも団長の務めだろう。

 

「……っ! ありがとうございます、団長様」

 

満面の笑みを浮かべるオジギソウ。なおさら力になりたいという思いが込み上げてくるのだが、実際どうしたものだろうか。

 

彼女の両親は躾に厳しかったらしく、これまでの公的な場における立ち振る舞いも完璧といって差し支えない。

悪いと言うわけではないが、花騎士の中には所属する騎士団の団長でも呼び捨てや愛称で呼ぶ者も多いため、きちんと様付で呼ばれる様子を羨ましがられたこともある(移籍要請は丁重に断っておいた)。

 

元来の恥ずかしがり屋な性格は一朝一夕でどうにかなるものでも……うん?

 

「……団長様、何か良い方法が?」

 

こちらが何か思い付いた気配を察したのか、身を乗り出すようにオジギソウが問いかけてくる。

ただの思い付きのようなものなので躊躇したのだが、 言うだけならタダというものだ。

 

 

「呼び捨てにしてみる……ですか?

私が、団長……様を?」

 

考えたこともなかったのだろう。

言葉を噛み締めるようにオジギソウがゆっくりとこちらの提案を復唱する。

 

自分や先輩の花騎士はもちろん、騎士学校を卒業したばかりの新人にも敬語で接するのがオジギソウである。

 

決して悪いことではなく、公的な場を想定するならむしろ褒められることなのだが、慣れた相手にくらい砕けたやり取りをしてみれば何か心境に変化があるかもしれない……そう思っての提案だった。

 

「えっと……それは、考えただけでかなり恥ずかしく……」

 

実際に言うところでも想像したのか、再び顔を真っ赤にして顔を覆ってしまうオジギソウ。

 

予想以上の反応に、今度はこちらが慌てる番だった。

普段の彼女にならまず言われることは無いだろう呼称をこの際に言わせてみたいという下心が無かったわけではないのである。

平常時のオジギソウなら間違いなくバレてお説教の流れだが、それも不可能な程に我を失っているらしい。

 

無理に急ぐことでもないわけで、彼女に無理をさせるのもしのびなく他の方法を考えよう……そう話を切り出そうとした時だった。

 

「……だ……ょ……さ……」

 

顔を伏せたままのオジギソウが、蚊の鳴くような声で何やら囁いているのが分かった。

こちらが気付いていなかっただけで、彼女の方は何度か口に出していたらしい。

 

聞こえるか聞こえないかの囁きが何度か繰り返された後、徐に顔を上げたオジギソウが目を合わせたままハッキリとその呼称を口にする。

 

「団長……“さん”!」

 

呼び捨てではなかった。しかし、彼女なりに精一杯妥協した上での呼称だったのは疑うべくもない。

 

「やっと、言えました~。

うぅ……でも、やっぱり恥ずかしいです~!」

 

達成感に満ちた笑顔は一瞬。

耐えられなくなったのか、あっという間に執務室を後にするオジギソウ(それでも退出時のお辞儀は忘れない)。

 

本気で駆ける花騎士の後を追うことなどできるはずもなく、しばらく彼女の立ち去った後を見つめ続けるしかないのだった。

 

翌朝、よほど恥ずかしかったのかこちらとまともに視線を合わせることもできないオジギソウの様子に騎士団内で良からぬ噂が出回ったのはまた別の話である。




というわけで突貫工事した久しぶりの嫁回でした……
一貫してこちらを立て、様付で呼んでくれる女の子が不意に砕けた口調に……ヤバない?


……はい、戯言言ってないで執筆に戻りますです


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【番外編】 オジギソウのダイマ小話

リクエストが停滞してるのに何をしてるんだ私は……(Part2)

タイトル通り、現在実施中の投票イベントでオジギソウが100位圏外ということで居ても立ってもいられず書き上げた作品になります。
どうかオジギソウに清き1票を……
( ノ;_ _)ノ


もうこんな時間ですか~

 

頼まれた書物や資料を図書館で探し、そのついでに用が済んだものから返却を繰り返すこと数度……お外はすっかり暗くなってしまいました。

あまり帰りが遅くなると団長さまが心配するので、急いで今日何度目かの道を戻ります。

 

 

 

団長さま、オジギソウです〜。

頼まれていた書類をお持ちしました~。

 

執務室の前までたどり着き、一声。

本来ならノックをするところなのですが、書物を両手に抱えている状態なので団長さまが扉を開けてくれる手筈だったのですが…一向にその気配はありません。 ひょっとして……

 

“親しき仲にも礼儀あり”ということで、普段はふとした時に向いてしまう意識を絶つように注意しているのですが、こういう場合は別……ですよね?

意識を閉ざされた扉の方に向けてみると、やっぱり留守という訳ではないようです。

確かに感じる団長さまの気配。

動くものがない静かな空間。

聞こえてくるのは規則正しい穏やかな呼吸音でした。

 

 

 

持ってきた書物を床にそっと置いて扉を開けると、“視た”通りの光景が広がっていました。

執務机に腰掛けた姿勢のまま、腕を枕にして眠っている団長さまの姿。

 

最近お疲れみたいですから……お忙しいですし。

 

とは言え、このまま放っておいたら団長さまが風邪をひいてしまいます。

しばらく逡巡した後、仮眠用のベッドまで運んであげることにしました。

私だって花騎士ですから、男の人を1人抱えて運ぶくらいへっちゃらです〜!

 

起こさないように気を付けながら団長さまを背負うようにすると、しがみつくように腕が回されました。

起こしてしまったかと少しビックリしましたが、どうやら無意識だったみたいで規則正しい寝息が耳許をくすぐります。

 

団長さまは、いつも私のことを気にかけてくれます。

痛みにも敏感な私を驚かせないように、触るのを我慢してるのも分かっちゃうんですよ?

でも、団長さまになら私は……むしろもっと触ってもらいたい、なんて♪

 

敏感過ぎる五感のせいで、討伐任務の後はいつも疲れて寝てしまう私を背負ってくれる優しい団長さま。

任務で一緒になった花騎士さんや団長さんから“過保護”だって茶化されることも珍しくありません。

でもその度に・・・えっと、考えてたら恥ずかしくなってきちゃいました〜。

 

思わず丸くなりそうになって、団長さまの重みを感じたことで我に返ることができました。

そうです…でも今は、いつもと逆なんですよね♪

そんな些細なことが嬉しくて、私は小さく鼻歌を歌いながら団長さまをベッドまで運ぶのでした。

 




投稿可能な文字数(ほぼ)ギリギリw

これから繁忙期に入るけど本当にそろそろ次話上げねば……3月は確実に無理なので2月中の投稿を目指したいところ


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48.「雄々しい」乙女な花騎士―うさぎに誘われて―

ソテツ
花言葉「雄々しい」
製鉄所という春庭では稀少な男だらけの環境で生まれ育った
それ故に男勝りなところも多々見受けられるが……



 

ハロウィンまで数日と迫った騎士団の詰所

 

今年も騒ぎに引き寄せられた害虫の討伐依頼をはじめ、催しに訪れる各国要人の警護や当日配るお菓子の準備と大忙しな日々が続いていた。

 

いかに花騎士が常人離れした身体能力を持っているとはいえ、さすがに疲労の色は濃い。

そろそろ巡回に当たっている部隊も帰ってくる頃合いだし、試食を兼ねた小休止の用意も整いつつある。

調理場の方から漂ってくる甘い匂いに気付いた者たちが色めき立つのを何とか制し、こちらも各所へ指示を飛ばしつつ方々を駆け回るのだった。

 

 

 

「団長、この荷物はこっちで間違いないか?」

 

小休止を終えて活気を取り戻した少女たちの中にあっても一際威勢の良い声に振り返ると、視界一杯の荷物の奥から声が聞こえて来るではないか。

それは確か数人で分担することになっていたはずだが……と考えるのは後回しにして、(見えているのか定かではないが)仮設の組立式テーブルの上を指し示すと彼女ー花騎士のソテツは涼しい顔で抱えていた荷物を指示した通りの場所へと下ろす。

「小さい頃から親父たちの荷物運びを手伝ってるから、こういうのは得意なんだ。

任せてくれ」

 

弓使いらしい線の細さながら、よく鍛えられた腕に力瘤を作って見せるソテツ。

彼女の父親はかつて製鉄所を営んでおり、害虫の襲撃を受けて廃業後も元従業員と共に炭鉱夫として働き続けているバリバリのガテン系である。

だが、ここまで気合いが入っているのはそれだけが理由ではないだろう。

なぜなら彼女は……

 

「それに、何て言ったってハロウィンのお祭りだからな。

こんな私でも気兼ねなくお菓子が貰えて最k……」

 

と、それまで饒舌に語っていたソテツが辺りをキョロキョロと窺い始めた。

ソテツが現れた時には注目の的だったが、今はそれぞれ自分の作業に戻っているようだ。

一通り辺りを見回してからホッと息をつく姿に苦笑がこぼれる。

 

「むっ、なんだその視線は。

団長にはもうバレているとは言ってもやはり…な?」

 

そう、生まれ育った環境からか男っぽい言動の多いソテツではあるが、実は甘いものや可愛いものに目がないのだ。

こちらとしては親しみ深くて良いと思うのだが、本人的にはカミングアウトするには勇気が足りないとのことなので言いふらすような真似はしていない。

もっとも、何名か薄々感づいていそうではあるが。

普段は快活で勇猛果敢な少女のしおらしい姿に、素直な感想が口をついて出る。

 

「か…かわいい!?

私をからかってるのか、団長。

もういい、私は作業に戻るからな!」

 

突然の大声に、1度は離れていた注目を再び浴びながら走り去るソテツ。

その顔は耳まで真っ赤に染まっていた。

 

 

 

ハロウィン当日

 

花騎士たちの頑張りのおかげで何とか無事に準備を終えることができた。

前日までの疲れは残っているが、詰所を訪れた子どもたちが楽しんでくれれば些末なことだ。

もっとも、こちらとて仮装(狼男)の上にお菓子を携えて先程から待ち構えては居るのだが、子どもたちはみんな花騎士たちの元へいってしまったので現在は暇をもて余してさえいる。

まぁ、騎士団の団長と言えど戦場で華々しい活躍を見せる彼女たちと比べればこんなものである。

……寂しくなんてないぞ。

 

「トリック・オア・トリート

お菓子をくれ、団長!」

手持ち無沙汰のため警備(という名目で)辺りを見回っていると、元気な声に呼び止められた。

振り向くと、うさぎのきぐるみがお菓子のたくさん入った籠を提げていた。

 

苦笑しつつ子どもたち用とは別に用意していたお菓子を籠の中に入れる。

可愛らしく頭を下げるうさぎのきぐるみだが、端からみればお菓子を配る花騎士の仮装というのは明らかな訳で。

 

「「「うさぎさんだ~!!」」」

 

子どもたちが即座に反応し、うさぎさんもというさぎのきぐるみを着用したソテツへと駆けていく。

 

彼女もまた今まで抱えていた籠をこちらに預けると、どこから取り出したのか配布用のお菓子が入った籠に持ち替え受け止める姿勢を取る。

なお、かなりの勢いで飛び込まれた様に見えたが、お菓子一つ溢すことなくびくともしていないのはさすがだ。

 

付き添いで来ていた親御さんに注意されて半べそをかいている子どもとそれを宥めるソテツの様子を微笑ましく眺めながら警備( )を続けるのだった。

 

 

「いや~、ハロウィン最高!」

 

後始末が終わり、戦利品(テーブルいっぱいに積まれていたはずがほぼ無くなってしまった)を口に放り込んだソテツはご満悦の様子だ。

 

場所は彼女の私室。

ところ狭しと飾られた“うさぎさん”グッズ。

少女チックな部屋を満たすのはお菓子の甘い香りと、それとは別の甘い匂い。

どうやら、こちらが残務処理を終えて部屋を訪れるまでの間に一風呂浴びたらしい。

 

さて、どうして自分がここに居るかだが…話は単純で部屋の主にお呼ばれしたからである。

その主はと言えば…名残惜しそうに最後のお菓子を口に放り込むところだった。

 

訪れる沈黙。

正直に言おう、下心が無いわけではない。

シチュエーション的にも勘違いという線は薄いだろう。

ただ、誘われた側の立場として一言待つのが道理…そんな逸る気持ちを見透かされたのか、ソテツが遂に口を開く。

 

「団長、なんか鼻の下が伸びてないか?」

 

ほえ?

思わず間の抜けた声が出た。

 

「実はハロウィン限定のうさぎさんグッズが手に入ってな。

是非とも団長に見てもらおうと思って…い、今持ってくるからちょっと待っててもらえるか?」

 

顔を赤くしながら立ち去る彼女の後ろ姿をポカーンとした表情で見送る。

しばらく状況を理解するのに時間を要したが、正気に戻ると同時に頭を打ち付けたい衝動に駆られ、自分の部屋ではないことを思い出して踏み留まる。

我ながら、なんて情けない顔をしているんだとツッコミたくなるあり様だ。

取りあえず、彼女が戻ったら謝罪しなくてh

 

「……どう、かな?」

 

そこに居たのは紛うことなく“うさぎさん”だった。

頭の上で揺れる白くて長い耳を引き寄せて顔を覆い、恥ずかし気に体を震わせる姿。

トップスとパンツに分かれた衣裳は引き締まった腹部を大胆に晒しており、モコモコとした生地から伸びる手足のラインも均整が取れていて美しい。

思わず見惚れていると、覚悟を決めたのか顔を隠しながらだが言葉が続く。

 

「い、今の私はお菓子を持っていないからな…

団長にトリック・オア・トリート何て言われたらまぁ、うん…」

 

「え、えっちな悪戯でも

今は夜だし…時と場合としtっ…むぅ!?」

 

尻すぼみになっていく言葉を皆まで聞くことなく、そこで理性の糸は切れた。

 

 




な、何とかハロウィンイベント中に書ききった……
じゃぶマイ後からネタ考え始めたのに遅筆にも程があるやろ
(ノ∀`)

まぁ、元からそんなもんやけど(おい
ちょっとずつリハビリしていかんとな


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