原作知識なしでルルーシュの兄 (まただ)
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どうしようもない不良娘の大出世

 その顔は美しく、しかしどこか恐かった。

 

「かわいいものは嫌いじゃないわ。でも面倒ごとはいやなのよ」

「あんたに母親としての情はないの? 乳くらいあげなさいな」

 

 英語? 完全に知らないわけではないが、あまり聞き取れない。脳が劣化している? いや、眠さのせいか?

 

「そりゃ何回かはあげるけどね。すぐ飽きちゃうと思うわよ」

「やっぱあんたに母親は向いてないわ。どうして産んじゃったのよ」

「ああはいはい、説教は聴きたくありませんー」

 

 乳房は温かく、大きかった。やけに弾力があり、筋肉質だったが、女性の柔らかさもあった。

 黒髪のとても若い女から、その女と似た顔の、やや歳を取った女へと受け渡される。

 

「はあ、かわいそうな孫。でも、私はあんたを見捨てないからね。ベイビー」

「じゃ、そういうことでー」

「はあ、我が娘ながら、なんとデタラメな」

 

 それが俺の最初の記憶だった。

 

 

 俺は珍しく前世の記憶をほんの少し持ったまま産まれた。前世は日本人だった。と言ってもこの世界にある日本とは違うのだが。今世はアメリカに位置する国、ブリタニアで産まれた。名前はケケラ・ランペルージ。母はマリアンヌ・ランペルージ。しかし彼女は14歳の不良娘であり父親は不明。しかも、彼女は子育てしたくないとかで、俺は彼女の弟という設定になり、彼女の母、つまり俺の祖母に預けられた。祖母の名は、ココロ・ランペルージ。

 この祖母は日本人のハーフらしく、アジア系の顔立ちをしている。母マリアンヌも黒髪だし顔立ちが少しアジア系に見えるところがある。しかし俺はヨーロッパ系だ。髪も赤い。ただ、この世界の人間は目がとても大きいので、前世の日本人やヨーロッパ人とは比べられないが。少女マンガみたいな顔だな。こんな世界観の作品は知らないが。全体的にクランプっぽく見える気もする。

 

 さて、俺の母親は14歳であり、祖父も父もおらず、祖母は定職についていない。俺の家には金がない。祖母は見た目がそこそこよく売春で金を稼いでいるようだが、その金の大部分はマリアンヌに取られてしまう。また、慈善家なのか何なのか、道端の物乞いにあげてしまうこともある。なので、毎回俺を食わせるぎりぎりの金しか残らない。酷い時は自分が食べずに俺にだけ食べさせる。周りからは、やさしいのではなく、奪われることを受け入れる弱い女だと見られている。こういう祖母だから、マリアンヌが荒れてしまったのかもしれない。

 ブリタニアは弱肉強食が国是だった。強者が弱い者から奪うことは正当だと見なされている。マリアンヌが祖母の金を取っても、祖母は何も言わない。マリアンヌが貴族にケンカを売っても、マリアンヌには何も言わなかった。ただ、家に貴族が押しかけてきた時は、ひたすら泣いて謝って、その後、身体を抱かせて許しをこうていた。こんなことを続けていたら、いつ身体を壊してもおかしくない。

 

 幸い、祖母もマリアンヌも、異常に身体が頑丈だった。マリアンヌは毎日のようにケンカをしているので、時にはお礼参りと言って大勢の不良が我が家に押しかけるのだが、それらを1人で華麗にのしてしまう。時には銃弾が飛び交うのだが、なんか壁や天井を走って華麗に避けていた。祖母も、お礼参りに来た不良から人質や見せしめとして狙われるのだが、毎回ほぼ無傷で逃げ切っている。マリアンヌと違って彼女から攻撃することはほぼないが、俺を抱えたままドラム缶や木の枝を蹴ってあっという間に屋根に上がり、隣の家の屋根から屋根へと飛び移るという離れ業を見せてくれる。はっきり言ってこの母娘は化け物だ。母曰く「マリアンヌには逆立ちしても勝てない」らしいので、マリアンヌの強さはまた格別らしいのだが、現代の感覚でも今世の感覚でも、この2人の身体能力はおかしい。

 

 俺は男である。前世も強さには憧れがあったが、こんなものを見せられては、最強を夢見てしまうというもの。俺はマリアンヌの遺伝子を持つ男なので、鍛えれば、彼女より強くなれる可能性が高い。そうすれば、世界がどんな風に見えるのだろう。ドラゴンボールみたいに空を浮いたりかめはめ波が出たりするんだろうか。それができずとも、不良相手の無双は、楽しそう。しかも、この国では強者は出世できる。金持ちになり貴族の女達からモテモテになっちゃうかもしれない。

 

 俺は1歳になったのを期に、トレーニングを始めた。近所を走ったり、レイピアに見立てて枝を振ったり、農業のために土を掘ったり。周りにはずいぶん奇妙な1歳に見えたことだろう。しかしマリアンヌもまた1歳の頃には走り回っていたらしいので、驚きは少ないようだ。

 俺が3歳になった頃、マリアンヌが家に戻らなくなった。もともとそこらじゅうに手下の男を作り、そいつらに貢がせ、家に戻ることは少なかったのだが、ケンカした相手が家にお礼参りに来る前後には、家に戻ることが多かった。しかし、男達が何度お礼参りに来ても、マリアンヌは家に帰ってこなかった。そのうち、家に軍関係者の人間がやってきた。何かやらかしたのかと思ったら、そうではなく、マリアンヌは軍人になっていたらしい。その軍では持ち前の身体能力と戦闘技術により結果を出しているが、若さと性格と身分の問題でなかなか出世できないようだ。しかし、今回は運よく貴族の目に止まり、昇進の話が来ているようで、軍人はマリアンヌの身辺調査のために、家に来たようだ。

 

「ほう、彼が弟か」

「はい。マリアンヌも昔からこの子のようにいい子で」

 

 祖母は嘘をついていた。母を思っての嘘だが嘘だとバレバレだった。

 

「ふふっ、顔は似ておるが、性格は似てませんな。彼女は上官にも平気で殴りかかるじゃじゃ馬だ」

「迷惑をおかけしているようで、すみません」

「迷惑ですとも! はあ。見た目のいい女だから、処刑はせずにおいているが、あれで男なら即打ち首にしてますよ!」

「違いない。ははは」

 

 どうやらマリアンヌは相当な問題児のようだ。まあ、分かっていたことだが。自由が信条である彼女が何を思って軍になど入ったのか、全く理解できない。

 

「今回の身辺調査、この街でケンカばかりしていたようだし、問題なしといかんわね」

「そうですか」

「いやいや、諦めるには早いですよ。お母様はあっちの仕事をしてらっしゃるようで」

「え?」

「私達を喜ばせれば、ついあの不良娘を贔屓しちゃうかも」

「はあ」

 

 その後、俺は外で遊んできなさいと言われ、家を追い出された。しばらくして、軍人達はつやつやした顔で家を出て、帰っていった。

 

 そんなことがあってから2年後、家に久しぶりにマリアンヌがやってきた。彼女は10代後半でまだ成長期だったようだ。身長がずいぶん伸びていたし、乳がバーンとでっかくなっていた。祖母は目に涙を浮かべて、娘との再会を喜んだ。しかしマリアンヌは開口一番「絶縁するから私の母親名乗らないでね。そっちの子も弟を名乗らないでね。戸籍上も完全に他人にするから」とそれだけ言って去っていった。本当にろくでもない女である。

 

 祖母はそれからしばらく、毎夜のように枕を濡らしていた。待ちに待った再開がこんなあり様では心を痛めるのも仕方ないだろう。だが、この家には前世の記憶を持つ俺がいる。俺は祖母のために食事や洗濯などの家事をこなし、少しだが畑も耕す。その俺の姿を見て、心を洗われたか何か知らないが、祖母は徐々に元気を取り戻していった。

 

 俺が小学生になってすぐ後、とんでもないニュースが街に入ってきた。あのマリアンヌが皇帝の騎士になったというのだ。この国でたった12人しかいない皇帝直属の最強の戦士、ナイトオブラウンズに。その権力は一代限りの貴族と言えど、皇帝の命令以外には従う必要がないという、ある分野では皇子をも凌ぐ物。その名誉は弱肉強食を国是とするこの国では最高の誉れ。とてつもない下克上をなしとげたのだ。報道では、庶子出身ということも、ケンカばかりしていたという醜聞も、その信じられない強さも、報じられた。

 昔のケンカ仲間やケンカ相手が家に来て、母に写真を見せて質問していた。「これ、絶対あのマリアンヌだよな」と。その写真の顔は俺の母のマリアンヌに違いなかった。しかし祖母は「似ているけど別人のようね」「別人よ。私は母だから間違えるわけないわ」と決して彼女が自分の子であることを認めようとはしなかった。マリアンヌの絶縁宣言を守っているのだ。写真を見る表情は喜んでいるから、完全に隠しきれているわけではないが、何と言う義理がたい、というか自分の意見のない女なのか。そういう性格だとは知っていたが、俺は改めて驚かされたのだった。

 

 しかし、事件はそこで終わらない。なんと、マリアンヌが皇帝に告白され、后になってしまったのだ。名前もマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアへと変わる。皇帝には100人近くの后がいるとは言え、庶子に告白した例はこれが初めて。しかも、明らかに他の后より関係が近い。顔がのろけている。マリアンヌは単なる皇后ではなく、皇帝から最も寵愛を受ける后。もし子が産まれれば、その子が皇帝になる可能性さえある。そういうとんでもない事態となったのだ。

 

 俺は内心浮き足立っていた。母は酷い女だが身内の出世とは喜ばしいものだ。だが、決して口にはしなかった。身内の自慢が情けないのもあるが、それ以上に恐怖を感じていたからだ。なぜあんな女が、という嫉妬。時には汚い手を使うことも厭わないという、貴族連中からの、どす黒い悪意。直接そういう貴族を見たわけではないが、報道のマリアンヌ叩きが酷いものだった。だから、いつか暗殺されるかもしれないと恐れるようになった。

 

 俺は祖母に引越しを願った。貴族に目をつけられたら、今度ばかりはお礼参りではすまないと説明した。祖母は数日悩んでいたが、ある日突然了承してくれた。と言っても、祖母は引っ越さずに、俺だけ養子として出されるという形になったが。

 

「君がマリアンヌ様の弟か。あまり似てないな」

「この子は父親に似たようで」

「ふむ。まあいいだろう。遺伝子を調べれば血縁は分かる。そうでなくとも、このご婦人がマリアンヌ様の母であることは、戸籍改変の形跡を辿って確かめてある。よって我々には君を養子として迎える価値があるというわけだ。アッシュフォードの名はやれんから、部下の養子にするがね」

「ありがとうございます。貴族様の養子になれば、きっと今よりも豊かな生活が送れることでしょう」

 

 そんな会話がなされ、俺は貴族に養子に出されてしまった。

 

 母マリアンヌは庶民の出でありながら武功のみでのし上がった女。それもあり、庶民や武人肌の貴族から好かれる傾向にあった。俺を引き取ったエルバ子爵もそういう貴族だった。見た目は筋肉と無精ひげがすごいおっさん。軍一筋で35歳にして嫁の貰い手なし。もっとも金で買っているお気に入りの女はいるようだが。エルバ家は代々軍人を輩出し、軍に強い影響力を持つが、酒や女やの金遣いが荒く、経済の方はいまいち。その例に漏れない男だった。しかしエルバ子爵は「男なら金はパァーッと使え」とそのことを逆に誇っていた。



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養子になって貴族パーティを楽しむ

 養父となったエルバ子爵に連れられて、ブリタニアの首都ペンドラゴンにやってきた。街の風景は、石でできたヨーロッパの王城をさらに巨大化させ、コンクリートのビル群を付け加えたもの、という感じだ。

 

「ここが今日からお前の家だ」

「はえーっ、ひっろい」

 

 目の前には人が100人くらい泊まれそうな大豪邸が。庭もとても広い。馬や牛が見える。

 

「ハハハ。ま、これでも貴族だからな。家くらいは立派にして、見栄張らないとな」

 

 こういうことやってるからすぐに金を失うのだろう。

 

「使用人は昔から家にいる連中と、軍で仲良くなった部下がいる。俺は勉強は好かんからそいつらに教えてもらえ。マリアンヌ様の弟なら頭もいいんだろ? つっても、6歳じゃあ頭がいいも何もないか」

 

 いや、あるぞ。神童は6歳で微分積分するぞ。前世の俺は神童じゃなかったけどな。今世の俺は、前世の記憶というズルにより偏微分も多項式行列演算のコンピュータ処理も行けるぞ。まあ、教科書見ないとちょくちょく抜けてると思うが。

 使用人との挨拶を済ませ、家を案内される。農耕用の牛、貴族のたしなみ的な乗馬、剣の訓練所、風呂、便所、俺の部屋、その他いろいろ見て回った。金はないらしいがここでは上流階級の生活が約束されている。今までと違い腹いっぱい食える。にぎやかな街で遊べる。祖母には悪いが、こちらの方が気分はいいかもしれないな。

 

 貴族で小学校に通う者もいるが、義務はないらしい。養父に「行きたいか?」と聞かれ「行きたくない。簡単すぎて退屈だから」と答えると「家で勉強するなら行かなくていい。手をぬくなよ」と言われた。小学校の勉強なんていまさらやってられないからね。仕方ない。なお、俺は使用人に勉強を教えられるうちに、とてつもない数学能力を持った神童であることがバレてしまうのであった。無知の振りするのも疲れるからね。仕方ない。実は思考速度自体はそこまですごくないけどね。

 

 それからの俺の日常は、午前中勉強し、午後訓練し、養父が帰ってきたら一緒に訓練、という感じだった。俺は1歳の頃から訓練しているし、マリアンヌの血も入っているから、この訓練でもとてつもない才能を持った神童であることがバレてしまうのであった。何せ、6歳にして12歳の平均を超える身体能力である。育てばどれほどの化け物になってしまうのか。武人肌の養父は優秀だからと言って訓練の手を抜かず、むしろ最強のラウンズに育てると言って厳しくされたが、仕方のないことか。

 

 とまあ勉強と訓練が日常のほぼ全てだが、パーティに招待されることも多かった。養父の属するマリアンヌ派の後ろ盾、ルーベン・アッシュフォード伯爵は大のパーティ好きで、暇さえあればパーティを開くからだ。これが毎回派手で、料理も豪華だが、ダンスや催し物も凝っている。踊り子を集めたり、皆で女装男装したり、猫の変装したり。我が母マリアンヌも派手なことが好きなので、時々このパーティには来ていた。なお、久しぶりに会った時の会話はこんな感じ。

 

「あれ? この子あいつに似てるわねえ」

「すみませんマリアンヌ様。弟さんを養子にしてしまいました」

「あー、ルーベンがそんなこと言ってたっけ。でもこいつ、私はもう縁切ってるのよ」

「それでもマリアンヌ様の弟さんですからね。あんな場所に放ってはおけません」

「ふーん。好きにすれば?」

「はい。そうさせていただきます」

 

 なお、その会話の後、養父は上機嫌だった。あのマリアンヌ様とこんなに長く会話できた、と。養父は母に惚れていたのだった。

 それから数年経つと、母に男の子が生まれた。俺の弟なわけだが、戸籍上は他人だ。しかも相手は皇子。直接出会うことは、なかなか叶わなかった。

 

 パーティでアッシュフォード伯爵を喜ばせると、アッシュフォード派での覚えがよくなるし、養父も喜ぶ。俺の肉体はとても優れており、曲芸じみたことができるので、本当に曲芸の練習をするようになった。逆立ちでジャンプしたり、逆立ちしたまま足で皿を回したり、空中ブランコしながら笛で演奏したり。毎回違う曲芸をやってのける俺はいつしかアッシュフォード家パーティの名物の地位を得ることになるのだった。

 

 そうして堕落とも真面目とも言いづらい生活を続けて、俺は早くも12歳となった。ブリタニアには12歳から入る全寮制の軍学校がある。軍人の家系であり俺を最強の騎士するつもりの養父は、絶対に軍学校に入れる気だった。アッシュフォード伯爵からもそう言われているらしい。つまり、この楽しい日々は12歳で終わってしまうのだ。

 軍学校入学前、最後のパーティとなった日、俺はアッシュフォード伯爵に呼ばれた。

 

「今日はマリアンヌ様の長子であられるルルーシュ殿下が来られる。そこで、ちょっとしたサプライズをしようと思ってな。新しい曲芸を披露した後に、空中ブランコでこのクス玉を割ってくれないか?」

 

 ルーベンは俺に大人がすっぽり入れそうな巨大なクス玉を見せた。ヒモがついており、それを引くと割れて中から何かが飛び出すのだろう。

 

 アッシュフォード家のパーティはいつもわいわいがやがや、身分を問わず酒飲ませたりダンスに誘ったりする。皇帝の女であるマリアンヌもまた、見るだけではつまらないと言って男とダンスを踊ることもある。しかし、この日は皇子であるルルーシュがいた。

 マリアンヌは彼にはいい母親だと見せているので、男がマリアンヌをダンスに誘ってはいけないし、昔の上官を殴った頃の話をしてもいけない。酒も嗜む程度でなくてはならない。そういう制約があるので、この日のパーティには緊張感が漂っていた。

 パーティの席では、マリアンヌとルルーシュ、及びアッシュフォード伯爵とその息子夫婦と孫娘が同じテーブルを囲い、他の客は少し離れた場所に座った。貴族はルルーシュに挨拶するが、時間はとても短い。こういう場所は初めてなので、彼を疲れさせないように気を使っているのだ。

 

「よし、ケケラ。俺達も挨拶に行くぞ」

「はい。義父上」

 

 そして俺達の挨拶の番になった。

 

「殿下、こちらはエルバ子爵。優秀な軍人ですぞ。お母様には敵いませんがね」

 

 まずアッシュフォード伯爵が紹介する。

 

「そうですか。確かに立派な筋肉をお持ちで強そうですね。僕はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。初めましてエルバ子爵」

「初めましてルルーシュ殿下」

 

 ルルーシュはとても物腰の柔らかい、理知的でやさしい男の子という感じだった。あの母や皇帝からは想像もつかないような性格である。

 

「こちらはエルバ子爵の息子のケケラ。彼も父に似て優秀でしてな、曲芸が得意なのでここ最近はわしのパーティで最後の催しを任せています」

「そうですか。それは見てみたいですね」

「本日もパーティ終盤に彼に曲芸をさせます。どうぞご覧になってください」

「はい。楽しみにしています」

「ほれ、ケケラ。挨拶せい」

「初めまして殿下、ケケラ・エルバです」

「初めまして」

 

 俺はチラと母の方を見た。血縁関係言っておく? みたいな。母は少し考えるような仕草をして、口を開いた。

 

「そう言えばあなた、多少は強くなったのかしら?」

「剣ならば幼年学校に敵はいないと自負しております」

 

 俺は義父から拳骨を食らった。昔は座り込むほど痛かったが、今では筋骨が強くなり過ぎてあまり痛くない。

 

「コラ! これから幼年学校に入ろうというものが、何も知らんくせに自惚れるんじゃない!」

 

 まあ自惚れではあるけど、たぶん事実だよ。だって母は現在断トツの世界最強らしいし、祖母曰く俺も母と同じくらい才能あるらしいから。

 

「私は気にしないわよ、エルバ子爵。だって私も軍に入る時は自分が一番強いと思っていたんだから」

「い、いや、しかしマリアンヌ様は特別ですからね?」

「この子も特別だって言うのなら、私が見てあげてもいいわよ。アリエスの離宮で」

「ほ、本当ですか!」

「私は嘘が嫌いなの。知ってるでしょ?」

「は、ははー。おい喜べケケラ。マリアンヌ様が特別に訓練をつけてくださるそうだぞ」

「そ、そうですね。ありがとうございます」

 

 あの母が、急に俺の世話をするだと!? まあいつもの気まぐれだろうけど。

 

「君、すごいね。母上が人を気にいるなんて、滅多にないのに」

 

 ルルーシュに話しかけられた。

 

「そうですね。運がよかったのでしょうかね」

 

 俺は兄だが、7つ下で5歳の弟相手に敬語で話すとは妙な気分だ。

 

「武術が得意なの? チェスの方は?」

「同年代では負けたことがありませんね、両方とも」

「ほんと!? 実は僕、チェスには自信があってね。今度一勝負やってよ」

「いいですよ」

 

 こういう反応はかわいらしい弟なんだがな。皇族が弟で癒されるとかほんと奇妙だ。

 ルルーシュとの挨拶はそこで切り上げ、自分の席に戻る。しばらくパーティを楽しんでから、いつものように曲芸の準備を始める。

 

「本日の曲芸は幼年学校入学前の最後となります。しばらくパーティには出席できませんから、最後にふさわしくストーリーを凝ってみました。題して不良から赤子を守る祖母です。どうぞお楽しみください」

 

 今回の曲芸は、祖母が俺を抱いて逃げた日々から思いついたものだ。あの祖母の動きは俺の命を守るためのものだったが、アクションシーンとして見てもとても興奮するものだった。使用人に不良役を手伝ってもらい、俺は赤子の人形を抱いたまま彼等の攻撃をかわしていく。できるだけ派手にジャンプしたり逆立ちしたりして、かわしていく。時には螺旋階段の手すりを駆け上がり、時には壁を蹴ってジャンプ。天井の付近のロープで空中ブランコ。余裕を見せるためにルルーシュ殿下に手を振ったりする。

 

「す、すごいです! 母上! 同じ人間とは思えません! あんなにすごいことができるのですね!」

「ふふっ、ルルーシュ。あれくらいは私もできるのよ」

「そうなのですか? 母上はすごいですね!」

 

 ルルーシュは大興奮。曲芸は成功と言ってもいいだろう。

 そして曲芸の閉めは、アッシュフォード伯爵に言われた通りクス玉を割る。

 

『祝! ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下とミレイ・アッシュフォードの婚約決定!』

 

 こんなことが書かれてある横断幕が出てきた。

 

「ほわぁ!」

「えっ! ど、どういうこと! おじい様!」

 

 下からルルーシュとミレイの絶叫が聞こえた。

 

 アッシュフォード家はブリタニアの大財閥で、自動車や医療器具を販売し学校経営もしている。武器商人でもある。前世の感覚からすると武器商人というだけで恐いイメージだが、ルーベン・アッシュフォード伯爵は気さくでお祭り好きな人。庶民にも見下すとかは一切ない。

 そのルーベンの惚れ込んだ女が我が母マリアンヌ。我がままですぐ軍の上官に暴行する彼女を長年庇い続けたのもこのアッシュフォード伯爵。母は早い段階で大貴族に目をつけられて運がよかった。母は見た目がいいし、単に強さに惚れ込んだのではなく女として手に入れたかったのかもしれないが。しかし残念、母は皇帝の女になってしまったのだった。さすがに皇帝の女には手を出せまい。だが、ルーベンは諦めていなかった。自分が叶わぬなら孫娘と長男を結婚させる、と。たぶんそんな感じなんじゃないかな。



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アリエスの離宮でゆるふわ訓練なんてなかった

「あらミレイ、ルルーシュじゃ不服?」

 

 マリアンヌがからかうように言う。6歳のミレイは大慌てだ。

 

「め、めめめ、めっそうもありません! た、ただ、殿下のお気持ちも聞かないと、しつれいかなー? と、思ってしまったりィ?」

「だってさルルーシュ。ミレイは婚約に前向きみたいだけど、あんたはどうするの? 男ならこんなかわいい子に恥欠かせちゃダメよ」

「ちょっ、母さん! ミレイさんも明らかに初耳で驚いてたじゃん! 会ったばかりだし、年齢もそうだし、ふつう婚約なんてまだしたくないよ! でも、母さんの口から言ったら断れるわけないでしょ!」

「あらあら。困った子ねー。貴族は空気を読まないとダメなのよ? ねえルーベン」

「おっしゃる通りです」

「こ、ここに味方はいないのか! うわあああ!」

 

 ルルーシュは叫びながら外へと駆けていった。ミレイも追いかけていった。その後にひっそりと使用人達が続く。

 

「情けないわねえ。ルルーシュは皇族なんだから妻は何人いたっていいのに」

「我々としては、側室はあっても正妻ミレイ一筋の方がありがたいですがな」

「それは皇帝批判かしら?」

「そんなわけないでしょう。全く、ルルーシュ様用の仮面が取れてますよ?」

「仕方ないじゃない。お行儀よくしてると肩こっちゃうんだもーん」

 

 やっぱ母はこうだよなあ。なんかダメ人間モードの方が安心する。

 

「あんた、失礼なこと考えてたでしょ」

 

 母が俺に向いて言う。

 

「いやいや、いつものマリアンヌ様の方が安心するという、とてもまっとうなことを考えていただけですよ!」

「安心? 生意気ね、大人ぶっちゃって。童貞の癖に」

「いやいや、私の年齢なら童貞がふつう! 幼年学校入ったらモテモテ間違いなしですけどね!」

「ちょっとは恥ずかしがりなさいよ。つまんないじゃない。はあ」

 

 母はため息をつき、突然ドレスの胸元を緩める。ピンクのぽっちり部分が見えそうで見えない、いや若干見える、という具合に。何をしているのか分からず固まってしまう。

 が、不意に理解した。これで12歳の男子っぽく緊張して見せろというのだろう。だが、母親相手に興奮するって難易度高くね?

 

「う、うぉおおお! 見え、見え見え、見ええええ、た?」

 

 俺が興奮の演技をしていると、母から拳骨が来た。とても痛い。

 

「ぐぉおおおおお、痛ええええええ!」

 

 視界が暗む。立っていられない。俺は頭を抱えて座り込む。

 

「はあ、へったクソな演技ねえ。ルルーシュでももっとマシな反応するわよ」

 

 そうしてパーティは終わった。

 

 アリエスの離宮は后妃マリアンヌとその子ども達のために作られた豪邸と庭園。使用人も大勢いる。后妃が大貴族である第一皇子や第二皇子の庭園と比べても遜色なく、皇帝がいかに母を愛しているか伺える。

 離宮に招待されたのは、幼年学校入学前の学校が長期休暇の時期。母は武闘派貴族から子弟の手ほどきを懇願されており、気まぐれに承諾することもある。今回も俺以外にそういう子弟がいて、一緒に訓練することになった。

 

「君、小さいなあ。まだ幼年学校にも通ってないんじゃないか?」

 

 彼等は10代後半から20代前半の者ばかり。12歳の俺はとても目立った。男女比は男15人対女5人で軍にしては女が多いのかな。ブリタニア軍はふつうに女性もいるからよく分からん。

 

「はい、この訓練が終わってすぐ入学です」

「ケッ、ガキは家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶってろ」

「ルキアーノ、選んだのはマリアンヌ様だぞ?」

「それもどうだかな。貴族が勝手にねじ込んだだけじゃねえか?」

「ありえるな」

 

 見た目のせいか、嫌われてるなあ。全員からではないが、男からは概ね嫌われている。女はまあかわいいからオーケー的な?

 

「その年齢で競争率の高い訓練志願者に選ばれるとは……。あっ、ひょっとして皇族の方ですか?」

「違います。エルバ子爵の長男です。マリアンヌ様の後ろ盾であるアッシュフォード伯爵によくしてもらってまして、その縁で知り合ったのです」

 

 本当は生まれた時から知り合いだけど言わない方がいいからね。

 

「なんだ、アッシュフォード派のつながりか」

「しかしエルバ子爵と言えば、軍でなかなか力のあるお方だったはずだ」

「ふむ、せいぜい期待してやろうかな。ははは」

 

 などという会話をしていると、母が使用人とルルーシュと小さい女の子を連れてやってきた。服は、高価そうな白いドレスだ。庭園の落ち着いた雰囲気も相まって、純朴そうに見える。なんという詐欺。しかし、動いて服が汚れても大丈夫なのだろうか。

 

「マ、マリアンヌ様だ」

「くぅううう、お美しい!」

「あの子どもはルルーシュ様とナナリー様では? 初めてお目にかかる!」

 

 母の姿を見た途端、無駄口を叩いていた若者達は感動に身を振るわせる。それから、軍人らしく身を整え、直立不動となる。俺も彼等を少し真似るが、母はどうせこんな細かいことを気にしないので、適当にしておく。

 

「わあ! おつよそうな方がいっぱいいるわ! ねえお兄様!」

「そうだねナナリー。この中からナイトオブラウンズも出るかもしれない。軍学校の成績優秀者達ばかりさ。1人は別だけど、彼もすごいよ」

「1人はべつ?」

 

 ナナリーは母の娘の名前。そう呼ばれているということは彼女が俺の妹のナナリーなのだろう。ルルーシュは短い黒髪だがナナリーは茶髪で、ちょこんとツインテールにしている。パッと見は黒髪だからルルーシュと母の顔が近いが、よく見ると鼻が低いとか目堀が浅いとか、アジア系の特徴を持つナナリーの方が母の顔に似ているかもしれないな。まあこの辺は個人差か。

 

「うーん、そうねえ。剣を教えろと言われても、基本はできてるだろうし、反復練習やっても私がつまらないからねえ」

 

 母はどうやって教えるか考えていなかったらしい。やはり気まぐれで生きている女だな。ストレス少なそう。

 ふと、母がパンと両手を合わせる。

 

「こうしましょう! あなた達、自分の剣で全員纏めてかかってきなさい! 私はその辺の木の枝一本で戦ってあげる!」

 

 どよめく訓練希望者達。

 

「この人数を相手に、1人?」

「さすがはマリアンヌ様だ」

「貴様、騎士としての意地はないのか? この人数で負けたら、マリアンヌ様の護衛などとても務まらない無能ということになるのだぞ!」

「ぬおお! 確かに!」

「まずい事態になりそうね」

「試験は、始まっている。マリアンヌ様の親衛隊に入るための、前段階の試験が!」

 

 母はただの気まぐれなのに、1のことを言うだけで勝手に10を想像してしまう連中だな。マリアンヌの熱心な信奉者というわけか。少し気味が悪い。

 訓練希望者は持参してきた道具を取り出すが、俺は剣など持ってきていない。俺も枝でいいか。

 

「ひゃはあっ、こんな上玉、他のやつにくれてやるかよ!」

 

 ルキアーノと呼ばれていた目つきの悪い青年が、一足早く母へと駆ける。速い。なるほど成績優秀者というわけだ。体格差があるし俺より強いだろうな。

 

「ふふっ。ほいほいほい、こっちよ」

「ぐっ、くそっ! 遊んでやがる。待てやオラ!」

 

 ルキアーノは明らかに殺意を持って剣を振るうが、マリアンヌは余裕のある笑顔で全て華麗にかわしてしまう。そしてかわしながら木の枝でルキアーノの鳩尾、脛、額などをバシバシしばいていく。

 しかしこのルキアーノ、貴族にあるまじき言葉遣いだな。ひょっとして平民か? 単に暴れん坊なだけか?

 

「ほらほら、あなた達もかかってきなさい?」

 

 母はそう言うが、無理だな。ルキアーノは連携などする気がない。今あの中に入ればルキアーノの大振りな攻撃に当たり殺されてしまう。

 

「くっ」

「お、おいルキアーノ! もっと小さく振れよ! 加勢できないじゃないか!」

「アアンッ! 俺に指図すんじゃねえよ! 雑魚共が!」

「なんだとぉ!」

 

 自分も早く戦いたいのに、あいつばかりずるい、そんな感情が訓練希望者に渦巻く。そして出した結論がこれ。

 

「まずルキアーノを手早く制圧、しかる後連携しながらマリアンヌ様に挑みましょう」

「それって、いいの?」

「まあいいだろう。あんなやつどうなろうと」

「確かに!」

 

 ルキアーノを除く訓練希望者18人の心が一致する。俺? いやあ、このノリはきついっす。まあ作戦自体はいいけどね。

 

「お、おいテメェ等!」

「あなた達、これはどういうことかしら? 仲間割れしてどうするの?」

 

 ルキアーノはやや優れているかもしれないが、訓練希望者同士に大きな差はない。彼は簡単に袋叩きにされ、拘束された。

 母は不満げだ。しかし、ルキアーノが連携を拒んでいることくらい見れば分かるだろうに。

 

「申し訳ありませんマリアンヌ様。しかしこやつの戦い方では加勢もできません。今後は、命じられた通り全員でかかる心持です」

「御託はいいからさっさとなさいな」

「では! ジェレミア・ゴットバルト! 胸を貸させていただきます!」

 

 どうでもいいけど緑髪だなこの男。珍しいな緑って。この世界はどんな髪色でもありなのかな。

 

「キューエル・ソレイシィ、行きます!」

「ノネット・エニアグラム。お相手願おう」

「コーネリア・リ・ブリタニア。参る!」

 

 なんか、皆名乗ってから攻撃を始める。自分を売り込むためか? 決闘の慣わしか? よく分からんな。あと1人ブリタニアって名前のやつがいるんだが。

 

「ええっ、コーネリア様だったの!」

「うむ。あえて言う必要もないと思ったが、隠すことでもないと思ってな」

「ほらほら、無駄口叩く余裕があるの?」

「くっ、早っ」

「閃、光……」

 

 母はルキアーノを相手にしていたのとは別次元の動きになっていた。俺の知っている15歳くらいの母よりずっと速い。先ほどまでは思いっきり手を抜いていたようだ。今が本気かと言われたらそれは分からないが。ともかく、1人また1人と訓練希望者が倒されていく。

 俺の方にも来やがった。

 

「ハイ! ハイハイハイ、ハイー!」

 

 木の枝を持ってる余裕がないので、手放して避ける。とにかく避けるのに集中する。それでも当たるけど痛みは我慢して耐える。そんで避けることに集中する。

 

「あんた剣は?」

「養父が離宮に持っていっていいわけないって言うからさあ」

「ふーん」

 

 マリアンヌはふと攻撃を緩め、倒れている訓練希望者に近寄っていく。そして剣を奪い、俺に投げる。

 

「さ、始めましょ」

「ふむ。いい剣だ」

 

 持っただけでなんとなく分かる。重心が安定しているというかなんというか。

 その後はふつうにボコられたけどね。何もできずに。

 

「はあー。さすがに疲れるわねえー。この人数相手だと」

 

 一対一でも勝てたらおかしい連中20人倒して、多少息が乱れた程度か。

 

「かっこよかったわ! お母様!」

「ありがとうナナリー」

「ここまで差があるとは。彼等も決して弱くはないのに」

 

 俺達が全員のされた後、ナナリーが母に近づいて褒めていた。ルルーシュは驚いて固まるという感じだった。

 

「ふむ。ルキアーノとノネットだっけ? あなた達は見込みがあるわね。ビスマルクに推薦しといてあげる」

「へっ、ありがてえ」

「身に余る光栄です」

 

 ビスマルクは、ナイトオブワンのことだな。帝国最強のラウンズの中でも最高の騎士がなるというワン。しかし最強は母らしいけどな。忠誠心とか頭脳とかもろもろ含めて最高という意味なのかな? 単に年功序列かもしれないが。

 

「他の連中は……。まあ、とりあえずビスマルクに指導させましょう。やっぱり私はこういうの向かないわ」

「ナイトオブワンに……」

「ありがとうございます!」

 

 母は通信機片手にビスマルクに連絡を取っている。オーケーが出たようだ。

 

 しばらくして、片目に眼帯をかけたイカついおっさんがやってきた。身長2m超えてるんじゃないか? めっちゃデカい。そんですっごい恐ろしい面だ。ルキアーノはちんぴら程度の悪人顔だが、この人は殺し屋か何かみたいな凄みが滲み出てる悪人顔だ。実際戦場で数え切れないほどの人間を殺してきたのだろう。年齢考えると母より多いかな。

 姿勢も軍人っぽくキリッとしているし、滅茶苦茶厳しそう。はあ、嫌だなあ。こんなのに教えられるのは。

 

「あれが、ナイトオブワン」

「マリアンヌ様に続き、ナイトオブワンにご指導頂けるなんて……」

 

 訓練希望者達は喜んでいるが、俺は嫌だな。はっきり言って。

 

「そこの」

 

 ビスマルクはまず俺の方を向いて口を開いた。はいどうせ悪口言われる。

 

「背筋が曲がっているぞ。表情も引き締めろ。私が指導するからには、ここは戦場だと思え」

 

 ほら、悪口だった。

 

「はい」

「声が小さい!」

 

 あー、めんど。

 

「はい!」

「もっとだ!」

「はぃいいいい!」

「いつもそれくらい出せ。分かったな」

「はぃいいいいいい!」

 

 あーっ、クッソめんどい。やっぱ軍人ってこういうのなんだよなあ。母はどうやって生き抜いたんだろうか。あの人がキリッと大声で返事してるところなんて想像つかないんだけど。

 

「ぷっ、くふふっ」

 

 マリアンヌめ、俺を見て笑ってやがる。やっぱあの人軍人らしさなんて心得てないよなあ。

 

「まずは挨拶からだ。全員そこに一列に並べ」

 

 ビスマルクが命じると、訓練希望者はサッと全力で並ぶ。俺も小走りで動くが、やや遅れる。

 

「最下位の貴様、他の者が挨拶を終えるまで腕立て伏せしていろ」

 

 はい来た。軍ってこういう所だよね。これも予想してたけどめっちゃうぜぇ!

 

「はい」

「声が小さい!」

「はぃいいいい!」

「特別に私が踏んでやろう」

 

 あ? 2m近くてゴツいおっさんとか、体重100kg近くあるだろう。12歳で自体重+100kgで腕立てとか、できるわけねえ。

 

「ふぐぐぐっ。ふん、ぐぐぐぐぐっ」

 

 あ、できちゃった。俺すげぇ。めっちゃ辛いけど、できちゃった。あのおっさんが全体重かけずに片足だけってのもあるが。

 

「よし。そこの緑髪のやつから順に、名前、所属、現在の目標を言え!」

「はっ! ジェレミア・ゴットバルト! ブリタニア士官学校1年! 目標は敬愛するマリアンヌ様をお守りする騎士となることです!」

「よし、次!」

「ふんっ、ぐぐぐっ」

 

 手早く挨拶が進んでいく。訓練希望者はマリアンヌの騎士希望が8人、ナイトオブラウンズ希望が10人、最強希望が1人だった。

 

「ぐぐっ、ぐへー」

 

 俺の番となったので、腕立てをやめて力を抜く。俺の背中を踏むおっさんの足が、俺を潰すように踏みつける。ぐしゃっとなって胸が痛い。

 

「誰が休んでいいと言った?」

 

 おっさんが脅すように言ってくる。うぜぇ。

 

「しかし、話すためには、一度腕立てを止めないと」

「誰が口答えしていいと言った?」

 

 うぜぇ。軍はこういう所だと知ってたけどうぜぇ。

 

「がはっ」

 

 ビスマルクの野朗、俺の背中を両足で思いっきり踏んづけやがった。肺が潰れるかと思った。こいつ後で俺が最強になったらぶっ殺そう。母以上のろくでなしだ。いや、以上はないか。

 

「かっ、かふっ。ごほっ、ごほっ」

「ふん、挨拶も満足にできんとはな。貴様には訓練を受ける資格さえない。立ち去るがいい」

 

 はあ? なんだこいつ。なんで母に呼ばれた俺がこいつの都合で帰らなければならない!

 

「ごほっ、げほっ」

「なんだ? その反抗的な目は? このナイトオブワンに挑む気か? 身の程知らずめ」

「ぐっ」

 

 突然視界が飛ぶ。何が起こった?

 と、腹に激痛が走る。全身には浮遊感。これは、蹴り飛ばされたようだ。胃が、肺が苦しい。

 蹴り飛ばされた勢いで転がる俺。砂まみれのボロボロになる。蹴られた時に足が深くめり込んだのか、腹が苦しく、しばらく立てそうにない。

 

「あそこのやつは放って置き、貴様等には基礎から叩き込んでやろう。まずは走り込みだ。あそこの木からこのラインまで、10往復全力で走れ。最下位のやつは腕立て伏せだ。始め!」

 

 立てそうにないが、これでよかったかも。極悪軍人のしごきを免れるから。

 倒れたまま走っている若者達を眺める。女の子が汗水垂らして走っている姿は、少し癒される。

 

「ケケラさん、大丈夫?」

 

 と、後ろから幼い声が。ルルーシュだ。ナナリーも近くにいる。俺を心配して見に来てくれたのか。やさしい子だな。

 

「お兄様、この方とおしり合いなのですか?」

「うん。先日アッシュフォード伯爵のパーティに行ったとき、知り合ってね。チェスの約束をしたんだ」

「パーティ!? もーう、お兄様ばっかりズルいですー!」

「ちょっ、ナナリー。皆の前で抱きつくのはよくないよ」

 

 ナナリーは頬を膨らませて、ルルーシュに抱きつく。ルルーシュは嫌がるそぶりをするが、内心うれしそう。ナナリーはとてもうれしそう。

 幼い兄妹で、ゆるふわな雰囲気。癒されますなー。

 

「あっ、ほっぺたに切り傷が」

 

 ルルーシュが俺の顔の傷を見つけ、不安そうな顔になる。いや、こんなもん今さら痛くないんだよ。問題は内蔵にダメージがあると思われる腹の方であってね。

 

「ばんそこうはってあげよっか?」

 

 ナナリーが言う。その気持ちは、とてもありがたいが、男としてこの程度で年下の女に甘えるわけにはいかない。しかも相手は皇族で、この現場を多くの者に見られているからな。

 

「これくらい、カスり傷ですよ。唾付けとけば治ります。ぺっ」

「あっ」

「きったなーっい! なんでつばなの!」

「唾には悪い菌の侵入を防ぐ作用があるんですよ」

「うそだ!」

「本当だよナナリー」

「えっ? そうなのお兄様」

「うん」

「へー。はじめて知った」

 

 兄が言ったら信じるのか。お兄ちゃん大好きっ子だな。俺も兄だから大好きになってもいいんやで。

 

「しかしケケラさん、この後どうするの? 皆が訓練している間ここに寝ているだけというのも」

「うーん。私はあいつの訓練受けに来たわけじゃなくて、マリアンヌ様が見るって言うから来たんですよねえ」

「母上に頼んでみようか?」

「いえ、ここで頼むと、あそこで訓練やってる恐いお兄さん達に妬まれてしまいます。時間を置いてから、こっそりお願いします」

「そっか。ま、やってみるよ」

「ありがとうございます」

「じゃ、それまでヒマよね! あそぼうよ!」

 

 え? それはまずいんじゃ。

 

「ナナリー様。訓練の横で遊ぶというのは、さらに妬まれる気が」

「そんなのどうだっていいじゃん! あそぼうよ!」

 

 うーん。どうでもいいような、どうでもよくないような。あいつら今後の軍の上の方に立つ連中だからなあ。嫌われると問題になりそうな、ならなさそうな。

 

「ナナリー、無茶を言ってはいけないよ。だいたいケケラさんは身体を痛めて動けないんだ」

「あっ、そっか」

「いや、もう動けますよ」

 

 この身体は回復力もすごいからな。そろそろ走るくらいはできるはず。

 

「そうなんですか?」

「はい。訓練はともかく、ナナリー様と遊ぶくらいなら」

「じゃ、追いかけっこしましょ! ほらっ、わたしをつかまえてみてー」

 

 これは、鬼ごっこみたいなやつだろうか。ナナリーは満面の笑みで誘っている。追いかけるしかあるまい。

 

「よーし。待たれい! ナナリー姫!」

 

 走ってナナリーを追いかける。よし、軽く走る程度ならできそうだ。腹は痛いが我慢できるレベル。

 しかしナナリー、地味に速いな。3歳くらいに見えるが。母に似て運動神経いいのかな。

 

「はい、捕まえたー」

「つかまっちゃったー。きゃははー」

 

 かわいい。やっぱいいなあ。妹って。しかも姫だよ姫。貴重な体験してるなー俺。

 

「おい貴様、何をやっている?」

 

 と、空気を読めないおじさんの声が。後方から大きな影が差す。ホラーだな。

 

「ナナリー様かわいいー」

「きゃははは」

 

 その現実を無視するように、ナナリーに抱きついて遊ぶ俺。

 

「喝っ!」

「ぐへえっ」

 

 いってぇええええ! 頭の上を何かが叩き割ったような感覚。いてええええええ!

 

「動けるようになったのならば、何故走らん! 軍人としての心構えがなっとらん! 罰として貴様は往復20回だ! 早く走れ!」

 

 く、くっそ。覚えてろよ。陰険な悪人面め。



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疲労、空腹、苦痛にルルが効く

「はっ! はあっ!」

「力を入れるだけではダメだ! スピードを出せ!」

 

 あー、腹痛い。あー、頭痛い。

 

「ふんっ!」

「隙が大きい! 攻撃直後に動く! 常に周りを見ろ!」

「はい!」

 

 あー、足重い。あー、息苦しい。

 ランニングで俺が遅れる間に、他のやつらは次のメニュー。俺は最下位の罰を受けてから次のメニュー。次のメニューも当然最下位(俺は別枠として下から二番目も罰を受けている)。いつまで経ってもメニューが追いつかん。むしろ差が広がるだけ。

 

「はぁー、やってられん」

 

 罰の筋トレ多すぎて腕も腹もビキビキ。ちょっと動いたらビキって痛む。もう嫌や。はよ辞めたい。

 

 俺の近くでは、ルルーシュとナナリーとコーネリアの同母妹であるユーフェミアが、長距離走の競走をしている。見ているだけではつまらないと言って、トレーニングの真似を始めたからだ。メニューは幼児向けのとても楽なものだが。ユーフェミアはいつ来たか分からない。いつの間にかいた。

 

「ぜえ、ぜえ」

「ファイトです! お兄様!」

「負けません! ルルーシュにもナナリーにも!」

 

 身長から見るに、ルルーシュとユーフェミアが1歳差、ユーフェミアとナナリーが2歳差くらいか。ルルーシュは12月に6歳になったから6,5,3歳かな。年齢を考えるとナナリーに勝ち目はないのだが、ルルーシュ及びユーフェミアといい勝負をしている。むしろ喋る余裕がある分ナナリー有利かもしれない。ルルーシュとユーフェミアにも平均程度の運動能力があるが、ナナリーが天才中の天才だからこういうことが起こるのだ。

 

「くっ、ぼ、僕の勝ちだぁあああ!」

「負けちゃいましたあ」

「すごいですお兄様!」

「ぜえ、ぜえ、ぜえ。がはっ、ごほっ、ごほっ」

 

 ほぼ同時にゴールしたが、ルルーシュが若干早かった。ルルーシュは男の意地を見せた格好だ。しかしゴール後のナナリーの余裕の表情と、ルルーシュの倒れ込み咳き込む姿を見れば、真の強者がどちらかは明らかだろう。ユーフェミアもナナリー程ではないが余裕がある。気を使ってもらっただけだぞ、ルルーシュ。

 

「よし! 今日はここまで! 私は宮殿の警備に向かわねばならんのでな」

「ありがとうございました!」

 

 あっ、幼い兄妹眺めて和んでるうちに、あいつら終わりやがった。えーなー、あいつら程よい運動でえーなー。俺明らかにオーバーワークだわ。差し引きマイナスだわ。はぁー。

 

「そこのやつ、最後の罰は素振り1000本! 終わるまでディナーは無しだぞ!」

「へーい」

「はいだと言っておろうが! 愚か者!」

「へーい」

「まったく」

 

 もうね、きびきび返事もできないのよ。精神的にも肉体的にも。しゅっと動いた瞬間筋肉つるからね。へーいが限界。頑張って痛みに堪えれば「はい」と言えるかもしれないが、頑張る気力もない。

 だが、ふふふ。やつめ時間が押してるからさすがに体罰は無理のようだな。帰りおったわ。

 

 んで、筋トレたくさん残ってるけど、その後の素振り? 何? 誰も見てないのに俺がやると思ってるの? やるわけねえよなあ。時間かけないと怪しまれるからしばらく寝てから屋敷行こう。

 と、ルルーシュがこちらを見ている。

 

「1人で残って訓練するの、辛くない?」

「1人で訓練には慣れてますが、量が多すぎるから、辛いですよ。くっ」

 

 あっ、敬語でしゃべっただけでビキッとなったわ。もうアカン。俺の身体が全身の力を抜けと言っている。

 

「大丈夫?」

「脇腹、あいつに蹴られた所、筋トレもしたから、攣っちゃって」

「攣る!? だ、大丈夫なの!? それ」

「よくあること、だ。厳しく、鍛えていると」

「そうなの?」

「喋るのも、きつい。しばらく寝さして」

「う、うん」

 

 弟とは言え殿下相手にこんな言葉遣いは問題になるかもしれない。しかしこのルルーシュはあの母から生まれたとは思えないほど優しい男の子なのだ。この程度の無礼は問題ない。そのくらいは分かる。

 しかし、俺はこの身体になってからそれなりにトレーニングしていたが、こんなに激しく攣ったのは初めてだ。本当ボロボロになったな。はあ。

 

 目を瞑り、穏やかに呼吸をする。ゆったりと、腹が痛くならないように。自然のままに。風の心地よさを感じながら。身体も心も、やすらいでいく。

 と、寝ていたようだ。しかも、知らぬ間にふとんを被っている。誰が持ってきてくれた? 原っぱの上にふとんが乗ってるから、泥がついてしまったぞ。

 

 ゆっくりと起き上がり、周囲を伺う。誰もいない。まあたぶん、ルルーシュが使用人に頼んでくれたのだろう。よし、このふとんを持って行き、感謝を伝えよう。そんでディナーをいただこう。罰の筋トレと素振りは無しで。

 屋敷の近く、使用人にふとんを渡し、ディナーの場所を案内してもらう。途中、それぞれ歓談している訓練希望者とすれ違う。

 

「お前、もう罰の素振りは済んだのか?」

「どうせサボったんだろう」

 

 バレバレである。まあ俺は動じない。無視すればいいだけだと気付いたのだ。

 

「理解できんな。マリアンヌ様に選ばれておきながら、なぜこのタイミングで頑張らない? 同時にナイトオブワンに直接指導していただけるというこの上ない栄誉だというのに」

 

 理解できんのはこっちだよ。あのテキトーおばさんに心酔しておいて、真面目とかさ。お前が憧れるあの人、軍の規律とか興味ないからな? むしろ破る側の人間だからな? 上官暴行は当たり前。軍に入る前は10代半ばでケンカ三昧、男多数手下、出産経験ありだからな?

 

 ディナー用の会場に着くと、母、ルルーシュ、ナナリー、ユーフェミア、コーネリアが同じテーブルに付き、おしゃれなスイーツを食べながら紅茶を嗜んでいた。その所作はとても優雅で洗練されている。いや、ルルーシュだけはトレーニングのダメージが残っているようで、腕でなんとか上半身を支えている。

 

「あら? あなた罰は?」

 

 母が俺を見て言う。正直に言うべきか? まあどうせバレるから正直に言おう。

 

「全身が痛むため、やってません」

「なに? まだ初日なのに諦めるだと?」

 

 何故かコーネリア殿下が口を挟んだ。

 

「勘弁してください。もう無理です」

「貴様ァ!」

「あらあら、もう弱音を吐くの? ダメダメね」

 

 コーネリア殿下が怒ってらっしゃる。母はいつも通り俺をバカにして楽しむ感じだが。ルルーシュ、ナナリー、ユーフェミアは純粋に心配してくれている感じだ。そう、こういうのでいいんだよ。ルルーシュは皇帝になったら、こういうのでいい世界に変えてくれよ。

 

「ご飯、食べていいですか?」

「いいわけないだろうが!」

 

 俺が母に尋ねると、コーネリアが断言した。クソッ、余計なことしやがって。母ならワンチャン許してくれると思ったのに。

 俺は目をうるませて母を見てみる。こんなかわいそうな子を放っておきますか的な。しかし母は腹を抱えて笑うだけ。子どもが苦しむ姿を見て喜ぶ、ろくでなしの姿であった。

 

「姉上、ケケラさんは小さいし、姉上と同じトレーニングは無理があったのでは?」

 

 ルルーシュ! 頼れるのは君だけだよ!

 

「それはもちろん分かっている。しかしこやつの場合、先に心が折れている。それが問題なのだ。無理だとしても、気持ちだけは負けてはいけない。特に今回は、誰もが憧れるマリアンヌ様やナイトオブワンとの訓練なのだぞ。ここに来たくても来れない者達が大勢いるのだ。彼等のことを考えても、この程度で弱音を吐くなど考えられん」

 

 その話は何回も聞いたよ! でも無視すればいいだけだと俺が気付いたんだぞ!

 

「うーん……」

 

 ルルーシュは俺とコーネリアを交互に見る。ついでに母も。俺をバカにする母の笑みは、ルルーシュには慈愛の笑みに見えているのだろうか。正体隠してるらしいからな。

 ふと、ルルーシュは意を決するように俺の方を見た。これはいいことがありそうだ。

 

「ケケラさん、1人で訓練するのは退屈じゃないかな。僕も一緒にやるよ」

「なっ、ルルーシュ!」

 

 驚くコーネリア。微妙な反応の俺。

 その歳で皇族なのに下々のために気を使ってくれるという点では感動する。だけど一緒にやったところで空腹と肉体のダメージはどうにもならんのよ。

 

「いいんじゃないかしら。ルルーシュはちょっと身体が弱すぎるわ。鍛えてらっしゃい」

「はい。母上」

「確かに、そうですが」

 

 母が肯定したので、コーネリアも折れる。これで決まりか。

 

「お兄様が行くなら私も行きます!」

 

 ナナちゃんも、ありがとね。

 

「ナナリー、ありがとう」

「私も! ルルーシュが行くなら!」

 

 ユーフェミアちゃんも、優しいね。

 

「ユフィが行くなら私も行くぞ!」

 

 お前は来んなよおい!

 

「うぉおおお! 皇族方に負けてはいられん! このジェレミア・ゴットバルトも!」

「いや君が行くとルルーシュ殿下のお心遣いの意味が……」

 

 コーネリアが来た時点で終わったんだよ。あばばばば。

 空腹と身体の疲労が残る身体で、再び訓練用の草っぱへ歩く。そう言えばルルーシュにふとんのお礼言ってなかったな。

 

「ルルーシュ殿下、原っぱで寝ている私に、ふとんを被せていただけたのは、殿下が」

「いやいや、風邪引くとよくないと思ってね。それだけだよ。礼ならふとんを運んでくれた使用人のクリスに言ってくれ」

 

 やっぱあのふとんもルルーシュだったか。

 

「ありがとうございます。ありがとうございます。殿下だけが頼りです」

「だから僕じゃなくて」

「やっぱりお兄様はお優しいですね! すごいです!」

「ルルーシュ、ふふっ」

 

 ナナリーがルルーシュの背中に抱きつき、ユーフェミアは腕を抱き寄せる。モテモテやなあ。

 

「そ、そうだ! よかったら僕に剣を教えてよ!」

 

 ルルーシュは気恥ずかしさを誤魔化すように言った。

 

「いいですとも」

「ルルーシュ。こやつに頼まずとも私が。いや、マリアンヌ様の方がふさわしいか」

「いやあ、同じ男ですし、年齢も近いので、姉上よりケケラさんの方が僕に合っていると思いまして」

「合っている以前に、こやつは軍の訓練さえ受けてないからなあ」

 

 コーネリアは否定的だが、ルルーシュは押し切ってくれた。ほんといいやつだわあ。

 

 原っぱにつくと、早速筋トレの続きから始める。ちょっと歩いたからと言って全身の疲労は抜けない。とてもしんどい中、休憩を多く挟みながら、少しずつ回数をこなしていく。ユーフェミアとナナリーは見るのに飽きてしまって、おしゃべりに夢中だ。ルルーシュはコーネリアに剣を教えられている。そしてかなり疲れてしまっている。この状況で俺に剣を教わるなどできるのか? まあ明日でいいか。

 

 俺は筋トレを終え、倒れこむ。ルルーシュもほぼ同時に倒れこむ。そのまま、両者しばらく立ち上がれない。コーネリアは満足したようで、ユーフェミアとナナリーの会話に交じった。

 

「ユフィ姉さまだれがかっこいいと思いました?」

「え? ルルーシュ以外の男性?」

「もちろんお兄様が一番かっこいいですよ。しかしそれでは話が進みません」

「うーん、そうねえ」

「男の話はやめないか? お前達にはまだ早い」

「えーっ、いいじゃないですか」

 

 月を眺めながら、女の話に耳を傾ける。平和だな。ブリタニアは戦争ばかりやってる国だけど、こんなに平和でいいんだろうか。

 ふと、ルルーシュが近づいてきた。

 

「シーッ」

 

 ルルーシュは人差し指を立てて静かにするようアピールする。そして懐から何かを取り出す。これは、ディナーのテーブルで見た上品なスイーツだ。ハンカチに包んである。訓練の影響で形はボロボロになっているが、そのようなことを気にする俺ではない。

 

「少しだけど、どうぞ。形は変になっちゃったけど、ばい菌はついてないはずだよ」

「いいんですか?」

「いいのいいの。どうせ僕は食べられなかったんだ。昼間のトレーニングでお腹が苦しくてさ」

 

 ルルーシュはにこっと笑う。愛嬌たっぷりだ。母の偽装の慈愛とは違う、心の奥底からの優しい笑み。

 この子、マジ天使やわ。ほんま天使やわ。女やったら絶対惚れてしまってるわ。

 

 おいしいスイーツとルルーシュの優しみで復活した俺は、残りの罰である素振り1000回をなんとかこなし、屋敷までなんとか戻り、ディナーにありつけた。

 翌日、さらに翌日と、筋肉痛は酷くなるばかりだったが、ルルーシュの助けもあってなんとか乗り切ることができた。そして4日目の最終日、もはや身体が何故動くかも分からないような状態だったが、意地と気合でなんとか乗り切った。訓練が終わった後にはルルーシュとチェスを打つ予定だったが、ルルーシュは無理なトレーニングがたたり発熱でダウン。俺は申し訳なさを感じると共に、こいつが困った時は俺が絶対助けてやる、と誓ったのだった。



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マリアンヌの遊び方

 幼年学校の入学式。集合場所の原っぱでまず思ったのは、肌が白くないということ。俺も日本の血が入っているので真っ白ではないが、ここの連中はもっと黒が混ざっている。メキシコ系? ネイティブアメリカン? 真っ黒な黒人は少ないが黒めのやつが多い。白い白人もいるにはいるが、5割くらいだ。俺が生きてきた街とは風景が違う。

 そして、白人は子どもっぽくはしゃいでいる場合が多いが、肌が黒っぽい人達は殺伐としている場合が多い。服がボロボロ、髪がボサボサも少なくない。まあこの辺は、俺が元々住んでた場所と似てるな。

 

「貴様等、名誉だな。みっともない格好しやがって」

「ウケるー」

「あいつら、舐めやがって」

「いつか、あいつらをぶっ殺せる立場に……」

「やめようよ。今日からは一緒に学ぶ仲間だよ」

 

 そうか、やつらは名誉ブリタニア人か。名誉ブリタニア人と言えば使用人のイメージだから、軍にもいることを忘れていた。何せここは軍系の貴族が子どもを通わせる場所だと思っていたからな。しかし人口比率を見ると、貴族はわずかで、ブリタニアの平民と名誉ブリタニア人が大半を占めるようだな。貴族っぽい所作のやつがいない。まあパッと見で貴族を見分けられるほど貴族の子どもを知らないが。

 言い合いを観ていると、気になる言葉が。

 

「ギャハハハ。仲間じゃねえよ。主人と奴隷だ」

 

 すっごい自然に奴隷と言い切った、ヨーロッパ系ののチンピラ。えっ、名誉と生まれついてのブリタニア人の差ってそんなに深刻だったの? こいつの仲間らしき連中も当然のような顔をしている。名誉達は、すっごい悔しそうな顔をしながら、言い返さない。あのチンピラの身体が大きいから恐がっているのもあるかもしれない。こういうのが日常なのか。知らなかった。

 

「名誉は奴隷じゃないよ!」

 

 ヨーロッパ系ブリタニア人の女が、話に入ってきた。ガキ大将の虐めを止める委員長的な雰囲気だな。

 

「あん? 平民が何口答えしてやがる。名誉だけの問題じゃねえよ。俺が貴族でお前が平民。俺が強くてお前が弱い。つまりお前は俺に従うべき奴隷なんだよ」

「えっ、き、貴族様……」

 

 ええっ、あのチンピラ貴族だったのか。ルキアーノでももっと品があったよ。母も性格はともかく所作は品があったし。やはり俺の観察眼は当てにならないな。

 

「このままボコってやってもいいが、ギャハハ。お前見た目がいいからな。言うこと聞くなら子分にしてやるぜ、女」

「えっ、えっ……」

 

 手が早いなあ、まだ入学式も始まってないってのに。盛り過ぎだろう。俺も入学してすぐにモテモテになるぜ、とか思ってたけど、これは完敗だわ。

 だが、ありがとう。分かりやすい悪役がいないと、暴力で人気を得るのは難しいからね。

 

「君、入学式前だよ。静かにしよう」

 

 チンピラ貴族の手を掴み、軽く捻る。

 

「いぎっ、いててててっ。なんだてめえ!」

「君と同じで今日入学する生徒さ。しかし、強さが主人を決めるというのなら」

 

 俺はチンピラの腕をさらに捻る。チンピラは痛みに耐えかね地面に蹲る。

 

「あぐっ」

「君は俺の奴隷になるべきではないかな」

 

 決まった。チンピラの子分は恐怖に固まっていて俺に歯向かえない。やつらの親分を簡単にのしてしまったのだ。実力差は明らかだろう。

 

「て、てめぇ! 覚えてろよ!」

 

 結局やつは大人しく去った。やつも実力差を感じてくれたようだ。復讐はあるかもしれないが、あの程度なら束になってかかってきても問題ない。

 

「あの、ありがとうございます。だけどあなた貴族に……」

 

 委員長っぽい雰囲気の女に感謝された。しかし貴族に歯向かったことを心配されているようだ。

 

「俺も貴族だ。心配ない」

「えっ、そうだったんですか」

「ああ。あいつが皇族でもない限り、俺にケンカは売れんだろう」

「えっ! 皇族でもない限り!? そんなに地位の高い貴族様なのですか!?」

 

 ちょっ、デカい声出すなよ。周りがざわついちゃったじゃないか。

 

「いや、ただの子爵の息子だよ。ケンカが売れんというのは、……俺が強いからだ」

 

 母の事情は言えないし、アッシュフォードやルルーシュに気に入られていると自慢するのも嫌われそうだし、今はこれでいいか。俺が強いのは事実だしね。

 

「報復を恐れるのは俺じゃない。あいつらだということだよ」

「は、はあ。そうなんですか。よほど腕に自信がおありなのですね」

「当然」

 

 よほどの有望株でもない限り、この学校の最上級生でも剣では俺に勝てないだろう。銃もそろそろかわせる気がする。たぶん。

 大人しく待っていると、集合場所にプラカードを持った教官が何人か現れる。俺は二組なので、2と書いてあるプラカードを持った教官の下へいく。因果なもので、例のちんぴら貴族、虐められていた名誉、委員長っぽいヨーロッパ系の女、全員同じクラスだ。女以外はいらないんだけどなあ。

 

 教官に従い入学式の会場へ。上級生が既にいた。はしゃぐ入学生と違い、彼等は静かだ。それに、さすが軍学校と言うべきか、面構えが違うな。生傷のある生徒も多い。特に名誉ブリタニア人に多いな。義手のやつさえいる。実戦経験者かな? 金のない名誉は早いうちに戦場で金や名誉を得て、少しでも生活を楽にって感じなのかな。だとしたら幼年学校に名誉が多いのもうなずける。

 

 校長やら理事長やらのつまらない話を聞き飛ばしていると、成績が最も優秀だった入学生代表として名前を呼ばれた。壇上に上がり適当に挨拶する。パーティで皆の前に立つのには慣れていたから緊張はなかった。そして入学式は終わった。

 その後は教室に入り、皆で自己紹介。

 

「このクラスは体力試験、筆記試験共に学年トップだったエルバ君がいる。まずはおめでとうと言っておこう」

「えっ、筆記も一番!」

「すごーい。強い上に賢いなんて」

 

 ま、当然だよね。

 

「彼から紹介を始めてもらおう。自分の名前と、そうだな、趣味と、長所と、短所でも」

 

 えっ、注文多いな。まあいいけど。

 

「ケケラ・エルバです。名前のケケラというのは何とかなるさという意味の古い言葉から取ったそうです。趣味は曲芸でしょうか。空中ブランコや皿回しをよく練習しました」

「えっ、サーカス入ってたの!?」

 

 名誉の女の子から声が上がる。この年齢だとサーカスに興味もあるだろう。

 

「いや、趣味です」

「へー、でも趣味でもサーカスみたいなことができるってすごいー」

 

 ざわめく男子、女子。その顔は憧れか。やはり幼年学校入ってすぐモテモテになれそうだな。

 

「なんでもいいからはよ自己紹介しろや。後がつっかえてんだ」

 

 例の貴族のガキは俺の人気に不満げだがな。

 

「は? 何あいつ?」

「やーねー野蛮ー」

「あいつ騒いでたやつじゃん。しかもケケラ君にボコられてたし。しょぼっ」

「んだとぉ!」

「おいおい落ち着け。ただの自己紹介じゃないか」

 

 教官が止めに入ってガキは静まる。

 

「長所は剣と数学。短所は……、自分より強い相手にケンカを売ってしまうことかな」

 

 俺の自己紹介終わり。次にあのチンピラが勝手に自己紹介を始める。

 

「ホーガン男爵の長男、ファルク・ホーガンだ。俺は貴族だからな。平民と仲良くする気はねえぜ。手下になりたいってなら別だがな」

 

 ほっ、あのチンピラは男爵の長男か。大貴族じゃなくてよかったぜ。

 

 その後、他の生徒達の自己紹介を見ていく。中一の年齢だし、いちいち騒いだりしてまだまだガキ臭い。このノリについていくのはしんどいかもしれないな。まあ、無理に合わせる必要もないか。

 

 とまあこの流れでゆるい学園生活が始まり、俺はすぐにモテモテになった。そろそろ彼女でも作るか、たぶん告白すれば余裕でOKもらえるはず。でもガキ過ぎて何だかなあ。ある意味貴重な体験かもしれないがなあ。

 とか思っていたら、一ヶ月も経たずこの学校から去ることになった。問題を起こしたからではない。優秀過ぎたからだ。飛び級を勧められたのだ。俺は校長に呼び出された。

 

「退屈かい? 学園生活は」

「いえ、毎日学ぶことでいっぱいです」

「ははは、謙遜しなくていい。君ほどの優秀な人間に幼年学校で教えることは何もない。飛び級で高等部に当たる士官学校へ行きなさい」

「……はい!」

 

 高等部となれば、訓練はきつくなる。それは嫌だ。しかしここは楽すぎて暇というのも確かだった。女の子もガキ過ぎるし。高等部であれば、満足できるだろう。断るのも変だし、肯定しておいた。

 だが、俺が流された高等部、ここが問題だった。

 

「ケケラ・エルバです。名前のケケラというのは何とかなるさという意味の古い言葉から取ったそうです」

「なんだあ? ガキじゃねえかよ」

「おうガキ、葉っぱ買ってこいや。ギャハハハハハ」

 

 かつてブラジルだったエリア。もともと格差が酷く麻薬が流通し治安の悪い地域だったのに、さらにブリタニアからの搾取も加わったのだ。まともであるはずがなかった。軍学校で当たり前の様に銃を振り回し、編入の挨拶時にそれを俺に向ける。しかも、発砲した。俺の頬の横を銃弾が過ぎる。

 

「あー、すまねえなあ。手が滑っちまって」

 

 教官は、無視。にやにやしながら現状を見つめている。おかしい。何故こんなやつが首にならない?

 

「ああん? なんだその反応的な目はぁ?」

 

 別のやつからの銃撃。肩を掠める。

 こんな学校があるのか。すぐに全員潰してやる。貴族の権力を使ってな。……いや、貴族の俺が教官やこいつらを処罰しようとしても、処罰されない自信があるのか? もしくは、葉っぱで頭がおかしくなっているのかもしれないが。

 

「ふー。授業が終わったら、先輩達に挨拶に行こうと思います」

 

 こういう場所は、たいてい先輩が権力を握っている。先輩の覚えをよくしておけば、攻撃されにくくなる。

 

「おー、いい心がけじゃねえか」

「ケツの穴差し出して命乞いしてみろよ。そしたら気に入ってくれるかもしれねえぞ」

 

 こんな場所に俺を送り込んだのは、母の仕業だろう。何をさせたいのか。黒い世界で、どうしようもない連中と戦い、生き抜けということなのか? それとも、力で屈服させればいいのか? 昔の母のように。

 さて、挨拶も終わり講義が始まる。銃弾を詰める、装甲車を整備する、近接戦闘する、という実戦的なものがほとんどで、不良達は自分達のやる気の出る講義だけ本気を出すという感じだった。体力はないが、妙に腕力が強かったり反射速度の早い者が多い印象だ。薬、ドーピングの影響が垣間見える。俺は、目立たないように中の上あたりを目指しておいた。嫉妬されていきなり銃撃されても困るし、かと言って舐められて麻薬を買わされるのも困るからな。

 

「おめえ貴族なんだって? 運がいいな。金さえ出せば死なずに済むぜ」

「ギャハハハハ。こんなとこに送られて来るなんて、何やらかしたんだ? 皇族の女にでも手を出したか?」

「いやいや、むしろ掘られたんだろ。ヒャハア」

 

 講義が終わると、俺に銃を向けた同級生から寮を案内される。俺の部屋ではない。この学校を仕切る先輩の部屋だ。そこに近づくにつれ、強烈な匂いが漂ってくる。麻薬と、香水の匂い。俺もスラム街で育ったから分かるのだ。

 これは、失敗だったかもしれない。初めの挨拶で、主従を誓わされる可能性が高い。

 案内された大部屋に入ると、そこには女を連れ込み麻薬で遊ぶ不良共。ざっと10名。カメラでセックスを撮影しているやつもいる。一部の女は泣いている。他の女はにやにやアヘアへ。弱みを握るための撮影をしているのか? やはり、来たのは失敗だったか。

 

「おっ? なんだベンジャミン。かわいらしいガキじゃないか。掘っていいのか?」

「いいですぜぇ。へっへっへ。今日ここに来た一年のガキだからよお。オラガキィ、挨拶代わりにケツ差し出しな!」

 

 ベンジャミンが俺に銃を差し向けながら言う。この状況、この敵地で、逆らうのは愚作。だが、麻薬を吸わされて、アヘアへの所で写真を取られ、弱みを握られるのも愚作。逃げるか。

 だが頭に向けられている銃は恐い。隙を作っておきたい所だ。

 

「先輩、私は実はどMでして、いつも銃口をケツにぶっ刺しながらプレイするんです。やってくれますか?」

「はっ?」

 

 一瞬の静寂。そして次に、大爆笑。

 

「ギャハハハハアハハハ! なんだこいつぅー!」

「こりゃあ傑作だ! 開発済みだったのかぁ!」

「かわいい顔して最近のガキは進んでんなあ」

 

 よし、隙ができた。逃げよう。

 

「あ、おい」

「はあ?」

「おいおい、笑われて恥ずかしくなったってのかあ? 急によお」

 

 俺をバカにして笑っている不良達。追いかけては来ない。このまま逃げ切れる。問題は、逃げたところで明日も出会ってしまうことだ。

 ……正直、こいつら相手にまともに卒業できる自信がない。麻薬中毒にされ、ケツを掘られ、弱みを握られた状態なら卒業できるだろうが、それは失う物が大きすぎる。たぶん、転校した方がいいだろう。

 自分の部屋に行き、荷物をまとめ、脱走する。教官も守衛も誰もやる気がないため、脱走は簡単だった。

 

 タクシーを呼び止め、政庁へ移動する。提示された料金は通常の3倍ほどでボッタクリ価格だったが、貴族はチップを払うものなのでそのまま支払っておく。政庁で受付を済ませ、国際電話を手に取り、本国のエルバ子爵に連絡する。屋敷のメイドが電話に出た。

 

「ああ、坊ちゃんですか。坊ちゃんから連絡が来ればマリアンヌ様に繋ぐよう言伝をいただいております」

 

 ああ、やはり母の悪戯だったのか。

 

「あら? どうしたのケケラ? まさかもう帰りたくなったとか言わないでしょうね?」

「いやいや、そんなレベルの問題じゃないですよ。なんですかあの人達は。編入の挨拶中に銃を撃ってくるし、寮でふつうに麻薬吸ってるし、はめ撮りしてるし、俺に麻薬を吸わせようとするし、教官はにやにやしてるだけだし」

「ケケラ、帰りたいからって嘘はよくないわよ。そんな軍学校がブリタニアにあるわけないじゃない」

 

 とか言っているが、その声音からは悪戯が成功した喜びが伝わってくる。

 

「いやいや、嘘じゃないですよ。早く処罰してくださいよこの学校。ブリタニアの恥ですよ」

「くくくっ、はいはい分かったわ。そうまで言うのなら、自分で潰してみなさい。ただし、本国の貴族の権力は使わせないから、そのつもりでね。エルバ子爵の養子からも外しておくわ。その軍学校を潰すまではね」

「はっ?」

 

 貴族の権力を使わずに、学校を潰す? そんなこと可能なのか? いやいやいや、無理でしょ。

 

「あと、期限も決めておくわ。5年、いや3年以内よ。それ以上時間がかかったら、あんた表向きは死んだことにして裏側の仕事に送るから。そのつもりで」

「いやいやいや。ここから3年間でどうしろと? 高校1年が軍学校潰せるわけないじゃん」

「それだけ時間があればできるわよ。私なら力で。シュナイゼルなら頭で。皇帝陛下でもできるでしょうね」

「何これ? 世界最高の才能があるかどうかのテスト?」

「そうよ。おもしろいでしょ?」

 

 何が?



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サバイバル開始

 母マリアンヌから指示された学園破壊。まず初めに思ったのは、別に命令無視してもよくね? ということだ。3年間どこかでゆっくりと過ごして、死んだことにされて、裏世界で仕事するよう誘導されても、それもまた無視できるのでは? 世界のどこかで隠れて過ごせばいかにブリタニアでも見つけられないのでは? 裏の世界よりもさらに人目につかない世界で生きていけばいいのだ。俺がつまらない生き方をしていれば、母が俺から興味を無くし、そもそも裏世界に勧誘することもなくなるかもしれない。問題は、俺がそのつまらない生活に耐えられるかどうか。はっきり言って余裕で耐えられる。前世の日本は平凡な人生だったしな。女や子どもは欲しいがまあどこかで引っかければついてくるだろう。俺はハイスペックなイケメンだからな。もちろん楽に学園破壊できるならそれに越したことはない。だが、俺のこの身体はまだ発展途上で全盛期ではない。こんな時期に無理して死んだらもったいない。キャッキャウフフな貴族生活には魅力を感じるが、死んだら元も子もない。

 だから、身の安全を確保して気楽に過ごしながら、戦力を集め学園破壊の隙を伺っていく。という方針で行こうと思う。戦力については、このエリアで集めていくのもありだが、本国に帰って本国で集めた方が効率がいいと思う。母は本国の貴族の権力を無くすと言っていたが、友人の手を借りてはいけないとは言われていない。いや、友人というほどの人間はいないけども。血縁なしで一番仲がいいのがアッシュフォード伯爵? だしな。だが、ジェレミアとかコーネリアあたりのクソ真面目な貴族に連絡を取れば、何らかの形で協力をしてくれると思う。そしたらこんなチンケな学校一発で終わりだ。母がそれを認めてくれるかは知らないが。

 

 よし、方針はこんな感じでいいだろう。となれば、まずは本国に帰るための資金集めだな。儲けやすい仕事をしよう。ホストあたりがいいのかな? 年齢的には問題だがこんなクズみたいなエリアなら余裕で雇ってくれるだろう。だが、遊びで麻薬を吸わされてアヘアへにされるリスクがある。まともな仕事となれば、まずブラジルで思いつくのは大規模農業だが、これは薄給奴隷労働の代表格だ。こんなことはやりたくない。食材関連なら、日本だとクロマグロ一本釣りで大もうけとかいう番組があった。ブラジルと言えばアマゾンの広大な自然。アマゾンのグルメで一発当てて、大儲けとかできないだろうか。俺の身体能力ならワニにも勝てると思う。ふつうの中一ではありえないことだけど俺は既に前世だとあらゆる競技で世界チャンピオンになれる程の運動能力を誇る。この世界の野生動物の強さが前世並みならば行けるはずだ。武器もあるしな。100kgくらいある巨大ワニ一匹で、本国に帰れるくらいの金にならないだろうか。まあ、その辺は政庁で調べればいいだろう。

 

 ……調べてみると、どうやらワニ肉は安いみたいだ。川にしかいないから同業者が集まっていて競争も激しいし、乱獲を防ぐための制限もある。大儲けは難しいようだ。残念。というかこの国には日本やブリタニアのような馬鹿げた値段のグルメが存在しない。観光客向けの高級店はあるが、そういう場所でバイトしても俺が望むようなペースで金は手に入らないだろう。そもそも高級店は俺を雇ってくれないだろうしな。怪しい所は知らんけど。技術系の仕事はもっと雇ってくれないだろうな。

 そう考えると、結局ワニ猟が一番儲かりそうだな。麻薬とか殺し屋とかを除けば。物は試しだ。アマゾン入ってみるか。しかし、その前に今日の宿だな。もう学園の寮では寝られんし、ホテルで寝泊りすると金がしんどい。野宿だと身包みはがされそう。いや、野宿でいいか。どうせ俺のこと舐めてる雑魚しか寄ってこないだろうし。ストリートチルドレンを装えば、金を持っているとも思われないだろう。俺もスラム暮らしは長いんだ。どういう身なりや行動をしていればストリートチルドレンっぽく思われるかは知っている。ラテン風にアレンジはしないといけないかもしれないが。

 

 善は急げ。質屋で貴族っぽい服、靴、を売却し、古着屋でボロボロの服と靴を購入する。これだけで本国までの格安チケットの半額が手に入った。移動方法によってはそのまま本国まで行けそうな気もするが、アマゾンを攻略したいという欲があるので保留する。その後、髪を水溜りに突っ込んでボロボロにし、身体を草にこすりつける。ストリートチルドレンっぽい見た目と匂いを手に入れる。と、ここで運よく怪しげな若者から盗んだと思わしき自転車を購入。移動手段が安く手に入った。予定変更。果物ナイフと冷蔵ボックスを買い、早速森へ向かう。

 俺の恐ろしい身体能力なら、自転車でも常時50km/hくらいは出る。多少疲れるが、休めばすぐに復活する。喉がかわいたから、川を目指しておく。

 

 移動を開始してすぐ、後方から車が近づいてきた。何かと思ったら、俺に自転車を売った2人組みだった。運転席、助手席に座る2人の顔は分かりやすいほどにやついている。

 

「おいお前、人の自転車盗んで何してやがる?」

「オラァ! 返せよ自転車」

 

 ……この2人組、売った自転車を盗まれたと言い張ってまた手に入れる気のようだ。手にはナイフを持ち、俺に差し向けている。ふつうのガキならビビって差し出してしまうだろう。

 

「そうですか。残念です」

 

 俺は自転車から降り、下を向く。手にナイフを持ちながら。

 

「ぷくくくくっ。そうそう、そうやって大人しく返せばいいんだよ」

「くくっ、所詮はバカなストチルよ。大金持っても何もできねえ。どうせ他人から盗んだか物乞いして手に入れた金だろ? お前の金は俺達が有効に使ってやるからよ、喜べや」

 

 2人はにやつきながら車を降りる。隙だらけだ。

 

「ナイフを向けたってことは、正当防衛だよな?」

「あん? っ、あぐっ」

 

 踝の少し上、カーフにローキック一発。それだけで20歳くらいの若者が倒れこむ。

 

「てんめっ、えぶっ」

 

 もう1人には、顔面に右ストレート。10mくらい吹っ飛んだ。我ながら恐るべきパワーだ。吹っ飛んだ男は立ち上がれない。どころか痙攣している。

 

「つ、つええ。なんてガキだ」

 

 ローキックで倒した男が、寝たまま俺を見上げている。

 

「ほら、財布寄越せよ。お前は俺にナイフを向けたんだ。俺に殺されたくないなら、誠意を見せないとダメだよな?」

「な、舐めんなよクソガキ! 俺はマルシアのメンバーだぞ!」

「いや、マルシアとか知らんし」

「バッ、んなわけねえだろ! どうせビビってんだろうが! オラ、泣いて謝るなら今のうち、ぐあっ」

 

 俺は男の後頭部を殴った。男は気絶し、動かなくなった。

 動かなくなった男2人の服を脱がし、ポケットに入っていた財布、携帯電話、車のキー、ナイフ、コンドーム等を手に入れる。車まで手に入ってしまった。酒と麻薬の匂いがきつい車だ。売れるだろうか? 売り方がよく分からんが。いい値で売れたら飛行機代は手に入りそうだ。財布に入っていたお金は、自転車代の5倍くらい。これでも格安チケットなら買えそう。アマゾン攻略の必要性が本格的になくなってしまったな。こんなんでいいのだろうか。今まで俺は暴力を金儲けに使ってこなかったが、案外簡単に儲けられるんだな。運がいいだけな気もするが。

 また政庁に戻り、飛行機のチケットを予約してみる。

 

「18歳未満はご両親、または保護者の同意が必要です」

 

 保護者か。……あっ、エルバ子爵は親じゃなくなったから、ひょっとして今の俺って戸籍上親なし? 保護者なし?

 

「……国際電話を使わさせてください」

「はい」

 

 もう一度子爵家に電話する。また使用人が出た。

 

「マリアンヌ様につなぎます」

「はい」

 

 しばらくして母が出る。

 

「どうしたの? 何かの確認?」

「いやあ、飛行機のチケットを買おうとしたんだけど、保護者の同意が必要と言われてしまって。俺の今の保護者って誰なの?」

「本国の力を借りるのはダメだって言ったでしょ。当然あなたに保護者なんていないわよ」

「ココロ母さんは?」

「どこにいるかも生きているかも知らないし、そもそも今は赤の他人で保護者じゃないわよ」

 

 うーん、やはりそういう条件だったか。あまり聞こうとするとコーネリアやジェレミアルートを完全に閉ざされてしまいそうだし、黙っていた方がいいかもしれないな。

 

「分かったよ、こっちの人だけで勝てばいいんだね」

「そういうこと。報告楽しみに待ってるわよ。ああそれと、ズルしようとしても無駄だから。ルーベンには一切協力するなと言ってあるからそのつもりでね」

 

 くぅー、一気に条件が苦しくなってしまったか。まあいい。俺は、アマゾンを攻略したかったからな。しばらく山で遊んでやるよ。

 なんだか物悲しくなりながら、車でアマゾンを目指す。携帯電話は、GPSを追跡されると面倒だから電源を切った。自転車にもGPSらしきものがついていたから、外しておいた。

 

 移動中、道端に露出の多い若い女がポツリポツリと立っている。売春してください的なアピールだろう。中には10歳かそれより下に見える子もいる。なんだったら男もいる。荒れ放題なこのエリアでは、当然こうなるだろう。本国で目が肥えている俺だが、2人買いたいと思えるいい女がいた。金に余裕があれば遊んでみよう。

 その後、何事もなく目的の森に到着する。少し探すと道の下に小川が見えた。ワニがいるかは分からないが、川には色んな野生動物がつきものだ。とりあえずここを拠点とすることにする。空き缶を手に車を降り、川の水を汲む。

 

「くぅー、生き返る」

 

 公害とは無縁の川の水。全身に力が漲るようだ。川原の石の隙間にはヤドカリやカニやカエル、それによく分からない小動物がたくさんいる。とりあえず片っ端から拾って、冷蔵ボックスに入れてみる。アマゾンの基本は虫食。土を掘れば幼虫が出てくるし、木にはアリがいる。食べればいい。川原のよく分からない小動物も、とりあえず食べればいい。植物も若葉ならたいてい食えるから小さい葉っぱを狙う。木の実は不味かったり美味かったりで当たり外れが大きいが、とりあえず食べてみて判断すればいい。これがアマゾンを攻略するというものだ。大型動物だけがサバイバルではない。

 食べる時には、例によって木を擦って火を起こしてもいいが、俺はそういうワンパターンなことはしない。食べられる物は生で食う主義だ。若葉は当然生で食べる。生野菜サラダみたいなものだ。カエルは皮膚の毒で有名だが、皮膚を剥いで足だけならば、生で食べられるだろう。幼虫はよく分からんが、生で食べられるだろう。アリもそうだ。蟻酸があるからあまり多く食べない方がいいと思うが、あんな小さいサイズは多少生で食べても問題ないはずだ。木の実も当然生で食べる。ヤドカリ、貝類は生だと恐い。これは焼いておく。

 テキトーに今夜の料理完成。さて、いただきます。

 

「うんうん。うん? おー、カエル柔らかくてうめー」

 

 幼虫は、何かクリームっぽい感じ。たぶん生で大丈夫なはずだ。その辺にあった若葉は、まあ多少苦いサラダだな。酸っぱいのもあるが。この味なら大丈夫だ。アリは小さすぎてよく分からないが、大丈夫な気がする。

 しかし、量が少ないなあ。カエルもっと探してこようか。

 

 腹いっぱい食って自信をつけ、就寝。そして起床。今日は、大物を探そうと思う。具体的にはワニだ。別に蛇や鳥でもいいけど、狙いはワニだ。

 川沿いを車で進んでみる。車が手に入ったのは本当に運がよかった。移動もそうだが、夜の蚊とか蛇を気にせずぐっすり眠れる。と、早速ワニ発見。小型だな。重さで言うと10kgくらいしかなさそうだ。だが、今日の食糧には十分。ある程度のお金にもなるだろう。問題は、勝てるかどうかというより、逃げられないかどうかかもしれない。ワニは小川の向こう側にいる。こちらまで呼び込む必要もある。

 

 車を降り、ナイフを片手にワニに近づいていく。向こうもこちらに気付いた。シーッとか言って牽制している。さあ、来い。

 俺は、わざと背中を向ける。少し逃げるそぶりをする。野生の本能なら、逃げる獲物を追おうとするはず。ワニは一歩こちらに踏み込んだ。だがそこで止まる。思ったより警戒心が強い。まあこのワニ大人の人間より大分小さいしな。

 俺はまた近づき、背中を向け、逃げるそぶりをする。ワニは、まだ来ない。もう一度ワニに近づく。今度はワニから目をそらし、川の水を飲もうとしてみる。動物番組を見るに、ワニは水を飲んでいる獲物を狙う習性があったためだ。俺の狙い通り、ワニが大きく動いた。ニョロニョロッと全身をうねらせて、川に飛び込む。音はほとんどない。プロの殺し屋のような静かな所作。俺も緊張感が高まる。隙を見せるとやられるのはこちらだろう。黒い影がこちらに近づいてくる。まだだ、まだ逃げてはいけない。相手はこちらに恐怖している。できるだけ油断させなければ、食いついてこない。黒い影が、いよいよ2mくらいまで近づいて、一端スピードを緩めた。隙を狙っているな。いいだろう、あえて隙を作ってやる。俺は頭を川に突っ込み、後頭部をワニに見せる。パシャン、僅かな音と共に影が差した。ワニが突っ込んできたのだ。

 

「シッ」

 

 俺は姿勢制御の要領で、ナイフを前方に向けながら頭を後方斜め上へと反らす。ワニの大口は目の前にあった。ここで失敗すれば顔を嚙つかれてしまうだろう。神経を集中し、ワニの鼻っ面を殴るように、ナイフを振るう。

 

「シャーッ」

 

 やはり小型のワニ。ナイフ一発でワニの顔面が逸れ、歯は俺の顔に届かない。また、俺のパワーが凄まじいので、ナイフの刃でワニの鼻が骨ごと抉れている。しかしワニは痛みをあまり感じないようで、もう一度顔をこちらに向けてきた。動きは先程よりも遅い。

 

「シャーッ」

「ウラァ!」

 

 今度は防ぐためではなく、捉えるためにナイフを振るった。上方から下に一線。ワニの顔の上側を串刺し、下まで貫通させる狙いだった。その狙い通り、ナイフはワニを串刺しにし、完全に下まで貫通した。

 

「かわいそうだが、世界は弱肉強食なんだよ」

 

 こうして俺は初のワニ肉を手に入れたのだった。

 売るのは、明日の朝がいいかな。たぶん朝だとマルシアとかいう不良共は寝ていて主婦とかジジババが主だと思うんだ。売り方は、自転車の移動販売で。から揚げとかにすれば生より高く売れるかな?

 この日は運よくもう一匹ワニが手に入った。ワニが二匹とカエル、幼虫たくさんを連れて、翌日の朝、街に戻った。

 

 街で肉を売る場所を探す。市場では、名誉ブリタニア人とナンバーズが並び、商品を売ろうと声を張り上げている。ブリタニア人も少しはいるが、割合は少ない。この中で明らかにブリタニア人の俺が混ざると目立ってしまう。マルシアにも一発でバレるかもしれない。なのでやめておく。

 ブリタニア人が多い住宅街に入る。名誉ブリタニア人がチラホラと出店をしている。主婦のブリタニア人は人当たりがよさそうだ。丁寧な物腰で購入している。不良共とは縁がなさそうな場所。ここで売ろう。服は、あの不良の服でいいか。そこそこいい生地だし、違和感ないだろう。多少長いが折れば許容範囲だ。

 車に乗っていると免許違反がバレそうなので、自転車に乗り換える。自転車で移動販売だ。買い物に出ている主婦に狙いを定め、近づいていく。

 

「ワニの丸焼きいかがっすかー。カエルゥー、貝もー、ありますー」

「あら見ない子ね。どうしたのこんな場所で?」

「いやあ、親から仕事を手伝えと言われてしまいまして。こうして移動販売してます」

「まあ、大変ね。手伝いも大事だけど、お勉強おろそかにしちゃダメよ」

「はい、ありがとうございます」

「じゃ、このお肉2つもらおうかしら」

「ありがとうございますー」

 

 よし、売れた。この調子で早めにどんどん行こう。たぶん朝8時頃にはおっさんも動き出すから、その前に森に戻った方がいいからな。ガキが学校行ってないと目立つからな。ストリートチルドレンと思われると警察を呼ばれる可能性がある。マルシアにも情報が渡ってしまうだろう。慎重に行かないと。

 

 ふむ、ワニ二匹でも一月は暮らせそうな金が手に入ってしまった。このエリアで暮らすの思ったより簡単かもしれないな。まあワニ肉は乱獲を防ぐための制限があるから、あまり目立つと警察が出張って捕まっちゃうのだろうけど。今日目立ったことでマルシアに見つかる可能性も上がっちゃったし、軍学校からの追跡もあるかもしれないし、このままスルスルとは行かないのだろうな。

 とりあえず夜まで待って、手に入ったこの金で道端に立っている女の子を買ってみよう。勘違いするなよ。仲間集めのためだぞ。今後ワニを販売する時に、俺本人ではなく誰かを仲介した方がいいというのもあるしな。



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