ああっ女神さまっ(黒) (ちゅーに菌)
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冥界の女主人


 作者は壊れそうなものばかり集めてしまうガラスの十代なので初投稿です。

 アニメのエレちゃんが可愛過ぎるんだよなぁ……(クソノンケ)











 

 

 

「うーん……この問題わからないなぁ」

 

 彼――藤丸立香は普通の青年である。

 

 容姿に関して言えば、クラス内で上から数えた方が早い程度には整っているが、学年のテストの点数は常に中の上。別段、何が優れているというわけでもないが、全体的にそこはかとなくこなせることが彼の特徴と言える。小学校の通信簿などを見てみればオール4の数字が並んでおり、逆に常人には取れない非凡な普通さが滲み出ている。

 

 そして、性格の特徴としては責任感と正義感があり、人当たりがよく柔軟な思考をしている。要するに概ね絵に書いたような善人だということだ。仕事場にひとり居るとついつい頼ってしまうようなタイプの人種であろう。

 

 そんな立香は現在、高校生であり、机に向かって学業に勤しみつつ、数学の問題で頭を悩ませていた。どちらかと言えば、彼は理数系よりも世界史などが好きな文系の人間だということも理由のひとつになるかもしれない。

 

「聞くか……」

 

 そう言いつつ、立香は携帯電話を取り出して電話帳を開くと、クラスメイトのひとりを見つけ、通話ボタンを押す。それは彼よりも理数系が得意な友人であり、こういったことで気楽に電話を掛けようとする行動力も彼の特徴の一端と言えよう。

 

 そして、数回のコールの後、特有のプツリとした音と共に電話が繋がり――。

 

 

『は、はいっ、"お助け女神事務所"なのだ……じゃない――ですっ!』

 

「えっ……?」

 

 

 全く想像もしていないところに繋がってしまった。

 

(あれ……? 電話帳から掛けたんだけど間違えたかな?)

 

 友人に電話を繋げた筈にも関わらず、明らかに女性かつ"お助け女神事務所"という聞いたこともない事務所に繋がったことに困惑しつつ、間違い電話をしてしまったことを謝ろうとしたが、その前に電話口の女性が声を掛ける。

 

『ご希望はそちらで伺うわ』

 

「そちら……?」

 

 立香はそちらという意味がわからずにいると、自室に立て掛けてある姿鏡に自分以外の姿が映った。

 

 黒いインナーとパンツに、外側が赤く内側が黒いマントを羽織り、左腕と右足にだけそれぞれ黒い袖と靴下を履き、金の靴を履き、全体的に金の装飾が施された服装をした長い金髪をツーサイドアップにまとめた女性である。

 

 また、頭には黒いティアラ、胸元には髑髏を象った装飾がなされており、年代物の赤ワインをグラスに入れて陽にかざしたように淡い赤の瞳と、黄金をそのまま髪の毛にしたかのようなきらびやかで艶やかな金髪に映えていた。

 

 立香は唐突に姿鏡に映った女性に唖然とした様子で見ていると、鏡の中にいる女性と目が合ったかと思えば――。

 

 

「よいしょっと……」

 

 

 ――女性は鏡の縁を跨いで立香の部屋へとさも当たり前のように入ってきた。

 

「こんばんは、何をお望みかしら?」

 

 想像を越える事態に口を開けたまま停止している立香の目の前に、女性は堂々とした足取りでやって来ると、余裕げな笑みを浮かべている。

 

 このとき、よく見ると女性の片手が小刻みに震えている様子が見られたが、生まれて初めての異常事態に直面している立香は全く気づいていない。

 

「――っとその前に自己紹介ね」

 

 すると女性は髪を掻き上げてから腰に手を当ててポーズを取り、朗らかな笑みを浮かべる。そして、恭しいまでに感じる動作で礼をしつつ、彼女は口を開く。

 

「冥界の女主人、"エレシュキガル"。契約に応じ参上したわ。一個人に力を貸すのは不本意だけど、呼ばれた以上は助けてあげる。感謝なさい」

 

 自己紹介を終えた女性――エレシュキガルは、決まったとでも言いたげな表情へと変わり、立香が言葉を返す事を待ち始める。

 

………………………………。

…………………………。

……………………。

………………。

…………。

……。

 

 そんなエレシュキガルの余りに唐突な言葉に立香は呆けてしまっていると、それまで余裕そうだった彼女の表情は徐々に不安げな様子になり、遂には彼女の方から口を開いた。

 

「――って、なんで黙っているのかしら!? 私、立派な女神なんですけど!」

 

「え? あ、はい。ごめんなさい」

 

 直ぐに反射的に立香が謝ると、エレシュキガルはやってしまったと言わんばかりの表情になりつつも、再び表情を引き締めて咳払いをする。

 

「コホン――ま、まあ、何も知らないのだから当然だったわね。私たちはあなたのように困りごとのある人間を救済するのが目的で、その要求が電話という形で届いたのよ」

 

「は、はぁ……救済?」

 

 既にとんでもなく胡散臭い話であるが、鏡の中から彼女が出てくるという奇跡的なものを目にしているため、立香は半信半疑ながらもそう聞き返した。

 

 するとこちらが興味を持ったと思ったのか、エレシュキガルはとても弾んだ声色で言葉を返す。

 

「あなたの願いを叶えます。ただし、ひとつだけに限ります」

 

「え、それって……何でも?」

 

「もちろん、どんなことでもよ。貴方が大金持ちになりたいのならそれもよし、また世界の破滅を望むのならそれも可能だわ。ただし、それを望むような人間のところには女神は来ないけれどね」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 エレシュキガル――メソポタミア神話に登場する冥界の女神であり、名前はアッカド語で"冥界の女王"を意味し、"日没するところの女王"とも称される。一般的にはシュメール名であるエレシュキガルと呼ばれるが、他のシュメール名では"ニンキガル"、またアッカド名では"アルラトゥ"と読まれることもある一方で、神話によっては"イルカルラ"や"ベリリ"であるなど、名前の表記が様々。

 

 また、逸話の他には冥界という暗い世界で抑圧された生活を送っていたために、その性格は短気でねじ曲がっているという伝承を立香は記憶しており、仮にエレシュキガルだとすれば"素直で優しそうな性格に思えるけどなぁ"等と考えていた。

 

「す、素直で優しそうなんてそんな……私なんか全然……」

 

「えっ? 何か言いました?」

 

「な、何でもないのだわ! それより願いは決めたかしら?」

 

 エレシュキガルは顔を赤くしながら聞き取れない声で何かを言っていたため、立香が聞き返したが、そう返事を返されたため、彼は願いを考える。

 

 しかし、今の環境に満ち足りており、これと言ったものは思い浮かばず、それよりも客人のエレシュキガルを特にもてなしていないことに気づいた。

 

「とりあえず、お茶淹れてきますね」

 

「えっ? あっ、はい……」

 

 立香はそう言ってエレシュキガルを残して立ち上がると、"女神に出せるようなお茶菓子なんて家にあるかな?"等と思いながらキッチンへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「美味しい……」

 

 キッチンから戻ってきた立香は、比較的高級な緑茶を淹れ、彼の住む街では有名な和菓子屋のカステラと、緑茶に合うかは謎であったが1番高そうだったのでマカロンをお茶請けにして、部屋の中央にある卓袱台に座るように促したエレシュキガルに出している。

 

 口にするなり、ポツリと呟いて目を輝かせたエレシュキガルの反応から"口に合ったかな?"と立香は考え、その様子に嬉しく思っていた。

 

「冥府にこんなものはないのだわ……」

 

 しかし、お菓子を食べていると何故かそんな言葉を溢しながら、酷く煤けたように背中に影が差すエレシュキガル。そんな様子の彼女にどうしたものかと立香が考えていると、彼女は自分でそれを振り払うと、彼に声を掛ける。

 

「も、もてなしありがとう……じゃなくて、それで願いは決まったのかしら?」

 

「願い……」

 

 立香は思い返してみるが、やはりこれと言って願いという願いは特にない。それを伝えて帰って貰おうかと考えていると、彼の友人が日頃から"彼女が欲しい"とよくぼやいていることを思い出した。

 

 まあ、その友人はそう言いながらもセクハラ、覗き、R-18指定の物を平然と学校に持ち込み人の目につくところでやり取りをする、といったことをしているため、彼女が出来ない理由は火を見るよりも明らかなのだが、今は関係のないことだ。

 

「君のような女神に――」

 

 しかし、立香とて聖人ではないので、そういったことに関心がないかと問われれば嘘になる。よって、小さな願望としてはこれ以上ないほど上等なものであったと言えよう。

 

「ずっとそばにいてほしい……っていうのはやっぱりダメですよね?」

 

「――――――――――へ?」

 

 たっぷりと時間を空け、口を開いたまま、呆けた様子のエレシュキガルは間の抜けた声を上げ――その直後、彼女の体が激しく光り輝く。

 

 それに立香が驚いていると、直ぐに光は止み、その場に尚も呆けた様子のエレシュキガルだけがポツリと残されていた。

 

「た……大変なのだわ!?」

 

 すると、ハッとした様子でなぜか青い顔に変わったエレシュキガルは、"電話お借りします!"と言いながら立香の携帯電話を借りて部屋の隅に移動すると、こちらに背をむけつつどこかへと電話を掛ける。

 

 

「もしもし、エレシュキガルですが――はい」

 

「いえ、先ほどの願いは流石に……え? アレもあり……? そんな!?」

 

「ま、待ってください!? 私には冥界での仕事がまだまだ沢山あって――え?」

 

「折角だから君は生まれてからずっと働き過ぎだし、たまには休め? 他の神話体系の神々も協力するから1世紀ぐらい余裕? そんな殺生なのだわ!?」

 

 

 暫くして電話を終えたエレシュキガルはその場にへたり込む。心なしか彼女のツーサイドアップがしなしなになったように見えた。

 

「――もう、先ほどの願いは受理されてしまって変更できないのだわ……」

 

「えっと……それって……」

 

「私は貴方が死ぬまで側に居なきゃらならないってこと……強制力も働くだろうし……」

 

 エレシュキガルはわなわなと震え出し、立香の方へと振り返る。その顔は真っ赤に染まっており、少しだけ目の端に涙が浮かんでいるようにも見える。

 

「な、なな、な……なんてことしてくれたのだわー!!!?」

 

 エレシュキガルは立香に詰め寄ると、ガクガクと彼を揺すり、そんなことを叫んだ――そんな矢先である。

 

「さっきから、うるさいわね。立香、一体何をやって――」

 

「あっ、母さん……」

 

「えっ……貴方のお母様?」

 

 すると立香の部屋の扉が開き、立香と似た顔の女性が現れる。女性――立香の母親は言葉を途中で止め、唖然とした表情で眺めていた。

 

 現在、エレシュキガルが立香に詰め寄る形になり、図らずも身体を密着させる構図になっているため、ここだけ切り取って見れば、これから男女が致す前のように見えなくもない。しかも、エレシュキガルの服装は控え目に言っても露出度が高く扇情的である。これを勘違いするなと言う方が無理があるだろう。

 

「オホホホ――試験勉強に励むみたいなこと言ってたから感心したら随分なご身分ね」

 

 立香の母親は、笑みを浮かべつつも額に青筋を立てており、片手の拳がわなわなと震えている辺りから、明らかに怒ってますといった様子である。

 

 無論、立香の母親が思っていることは完全な誤解であり、立香とエレシュキガルの間に、そのような事実は一切ないため、彼は弁解しようとした。

 

「母さん、これは誤解で――」

 

「違うもヘチマもあるか! 家の家訓を言いなさい!」

 

 突然だが、藤丸家は魔術家である。

 

 とは言え、この世界においては魔術家というものはさして珍しいものでもなく、神々や天使や悪魔や妖怪といった伝承上の存在が実際に存在することを知っており、魔術が使える人間程度の認識で間違いはない。

 

 その強さも家によってピンキリであるが、概ね聖書に載るような天使や悪魔を超えることはまずない。所詮はその程度のものである。

 

 立香の藤丸家もいわゆる普通の魔術家であった。要するに世界の裏側について知っているだけの一般人なのである。それに何か問題があるのかと言えば、魔術家には個々で独特な仕来たりや風習があることがある。藤丸家にも例に漏れず、それがあるのだ。

 

「えっと……"常に優雅たれ"?」

 

「それは私の家の方でしょうが! いや、それもあるけど違う! "男女7歳にして席を同じゅうせず"よ!」

 

 要するに7歳にもなれば、男女の別を明らかにし、みだりに交際してはならないということである。まあ、この場合は単純にセッ○スに及ぶんじゃねーよと言っているようなものであろう。立香からすれば酷い濡れ衣である。

 

「血は争えないって奴ね……」

 

 やや遠い目をしながらそう言った立香の母親は良い笑顔になると、親指を立てて部屋の外を指差した。

 

「ゴー! 暫く帰ってくんな」

 

「アッハイ」

 

 こうして、立香は屋外で頭を冷やすことになった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 快晴の星空の下。立香はエレシュキガルを連れて公園に来ていた。

 

 ベンチに二人は並んで座っているが、いつもと特に変わらない様子の立香に比べ、エレシュキガルはこの世の終わりのような表情で青い顔色を浮かべている。

 

「あ……ああ……私なんかを抱えたばっかりに貴方が帰る家を失ってしまったのだわ……」

 

「いや、2~3時間もしたら帰れると思うから大丈夫だよ」

 

 立香からすると、母親の行動は珍しくないということなのであろう。しかし、それだけではエレシュキガルを安心させれないと思ったのか、彼は更に言葉を続けた。

 

「エレシュキガルさんのこともちゃんと話すからさ。誤解だって分かってくれるよ。それに元は無茶苦茶なことを言った俺が悪いんだから……本当にごめんなさい」

 

「そ、そう……エレシュキガルでいいわ。申し訳ないけど、長い付き合いになると思うし……」

 

 あまりに自然体かつ朗らかな様子の立香に、今にも胃の中身を吐き出しそうな様子のエレシュキガルも安堵を浮かべる。

 

 立香としては"なぜここまでこの女神様は腰が低いんだろうか?"と疑問に思いつつ、公園に自動販売機があることに気付く。

 

「ちょっと待ってて」

 

「えっ? ええ……?」

 

 エレシュキガルに声を掛けてから立香は立ち上がって暖かい飲み物を購入した。まだ、夜は冷え込む季節のため、彼女を思ってのことである。

 

「どうぞ」

 

「あ、ありがとう……美味しい……」

 

 立香から渡されたミルクティーに口をつけたエレシュキガルは、味に頬を綻ばせて笑う。その動作と様子を見た立香は自分も嬉しくなり、小さく笑みを浮かべた。

 

「えっと……その……」

 

「はい?」

 

 そして、立香は頭を掻きつつ、やや歯切れの悪い様子でエレシュキガルに声を掛ける。両手を添えて飲み物を持ちながら彼女が小首を傾げて彼の言葉を待つと、彼は少し恥ずかしそうな様子で口を開いた。

 

「これからよろしくお願いします。女神さま」

 

「――ええ……! そうね……こうなった以上は、女神として確りとお勤めするのだわ!」

 

 エレシュキガルも今の今まで沈んでいたが、自身の新たな役割に意を決した様子で今までの彼女の中では一番力強い声で答える。

 

 こうして、特に取り柄のない一般人と、冥界の女主人との奇妙な生活が始まったのであった。

 

 

 

 







 展開がクッソ強引? 安心してください。女神を彼女にした日常系漫画――と思いきや、4割ぐらいモータースポーツ(ほぼバイク)漫画の原作(ああっ 女神さまっ)再現です。


~用語~

・お助け女神事務所
 様々な神話体系の神々が、現代風になった悪魔の契約を見て"おー、ええやん"ぐらいのノリで数多の神話体系の主神格がわざわざ協力して大々的に作った事務所。罰ゲームに、出会いに、 女神の新人研修に等々、女神たちにそれなりの人気を博している。

女神と人間と契約には――。

①その人間と最も相性の良い事務所にいる女神のもとへつながる。

②呼び出しを受けた女神が地上界に降臨。

③女神が契約者の願い事(ただしあからさまに悪意のある願いは拒否される、またはそういう願いを言いそうな人の電話はつながらない)を聞き入れ事務所へ送信。

④その女神の属する神話体系の主神に受理される(内容や事情によって受理されないこともある)。

⑤契約成立。

 ――と言った非常に見覚えのある経過で契約がなされる。





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愛の神

 

 

 

 エレシュキガルが藤丸家に来てから数日後。立香の母親によって家から追い出されたことは、彼の言う通り一時のものであり、お助け女神事務所の事と、彼女がメソポタミア神話の女神エレシュキガルであることを告げると、半信半疑ながら理解を示していた。

 

 そして、立香が一歩も引かずにエレシュキガルを家に置くことを懇願したことにはやや難色を示したが、最後には立香の母親の方が折れ、"やっぱり父親そっくりね……"等と溜め息混じりに溢していたという。

 

 立香の母親の心配は、立香とエレシュキガルにはよくわからなかったが、ひとまずエレシュキガルは藤丸家に居候することになったのである。

 

 そして、数日間が経過した現在、エレシュキガルはといえば――。

 

 

「お洗濯日和なのだわ!」

 

 

 冥界の更に下層にある冥府では一切、話すら聞かない太陽の日差しをベランダでこれでもかと存分に浴び、嬉々とした表情を浮かべながら洗濯物を干していた。

 

 元々、受動的・内向的な性格。高い知性と誇りを持つあまり、冥界の主人という役割に殉じてしまい、他の神々が見ても不憫に思うほど、がんじがらめになってしまっていたエレシュキガルという神性。そんな彼女が藤丸家で役割として何かをせずにいられる訳もなく、このように日中から炊事以外の家事全般を引き受けるようになっているのであった。炊事に関しても、勉強中である。

 

 許可をした立香の母親ですら、軽く心配になってしまうほどの働きっぷりであるが、冥府で彼女がしていたブラックどころかブラッディ等と他者から言われるレベルのハードワークを、ひとりでこなしていたエレシュキガルからすれば、バカンスのようなものであり、似たようなことを彼女自身も考えているのだから始末に負えない。

 

 無論、それが反って不憫さを引き立てているのだが、最早仕方なかろう。そもそも彼女は、女神の誓いによって、地上に出ることを禁じている身。故に何かしらの大義名分がなければ、ここにいることはあり得なかったのだ。

 

 エレシュキガルにとっては、太陽の下に居て、生命の溢れる場所に立っているだけで新鮮で嬉しい。つまりはそういうことなのである。

 

 

「そんなことでイチイチ楽しそうにするなんて、ホント根っからの雑用気質なんですね。私と少しでも似たようなタイプかと思っていたのが馬鹿みたいじゃないですか」

 

 

 すると突然、エレシュキガルの背後――立香の部屋の中から小さな少女の声が掛かる。

 

 エレシュキガルがそちらに振り向くと、立香の部屋のベッドの上に声の主がおり、それは血のように赤い瞳と、白に近い絹糸のような銀髪を襟元で切り揃えた髪型をした小さな少女だった。

 

 更に服装は半袖の緑のTシャツに円を貫くような模様が入り、その上に"Quick"と黄色い文字の入った奇妙なTシャツを着ており、寝転がったまま、ついているテレビを流し見しつつポテチを食べている。

 

「"カーマ"。枕も干すから渡して」

 

「…………はいはい、家政婦さんの言う通りにしますよーだ」

 

 そう言いながら少女――カーマは自身の頭の下にあった立香の枕を外し、見た目に反して凄まじい豪速球の枕投げにより、エレシュキガルへと投げ渡した。

 

「ありがとう」

 

 しかし、エレシュキガルは特に苦もなく片手で止めると、ベランダにある2本の竿の上に枕を置き、そんな様子を目にしたカーマは面白くなさげな表情で小さく舌打ちをする。

 

 何を隠そうこのカーマと呼ばれた少女は、インド神話の愛の神カーマ本人にして、藤丸立香の神器(セイクリッド・ギア)なのである。

 

 少し説明をすると、この世界に数ある神話体系の中で最大勢力を誇る"聖書の神"が人間へのシステムとして中心的に造ったもの――それが"神器(セイクリッド・ギア)"だ。

 

 セイクリッド・ギアは特定の人間のみに宿るシステムであり、多種多様な規格外の力。神器は人間に先天的に宿るものなので人間か人間の血を引く混血しか持たず、事実として歴史上の偉人の多くが神器所有者であったと言われている。そのほとんどは人間社会でのみ機能する程度だが、中には神・魔王・仏を脅かす能力のものも存在し、それらの神器は神滅具(ロンギヌス)と呼称される。

 

 立香が持つセイクリッド・ギアの名は"愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)"。

 

 見ての通りの完全自立型のセイクリッド・ギアであり、形状はさとうきびの弓と、花の矢。そして、神話においてシヴァに焼かれ、身体無き者(アナンガ)となった愛の神カーマの灰そのものが込められた特異なセイクリッド・ギアなのだ。

 

 まあ、カーマはその神話そのものが非常に特殊である――インドの神々がターラカという悪魔に悩まされていたとき、ターラカを倒せるのはシヴァ神とパールヴァティーの子とされていたが、苦行に没頭していたシヴァはパールヴァティーに全く興味がなかった。そこで、シヴァの関心をパールヴァティーに向けさせようとして、神々はシヴァのもとに愛の神であるカーマを派遣した。瞑想するシヴァはカーマの矢によって一瞬心を乱されたが、すぐに原因を悟り、怒って第三の眼から炎を発しカーマを灰にしてしまったというお話である。

 

 神話からして他のインドの神々のダチョウ倶楽部並みの押し付け合いと、キレたシヴァによって身体を失うというあんまりにあんまり過ぎる経緯がある。そのため、幾らなんでも酷過ぎたと罪悪感に苛まれたインド神によってカーマ灰を回収し、聖書の神へと渡されてセイクリッド・ギアへと改造され、人間を転々とすることになったのである。これはひねくれる。

 

 故にカーマは全てを諦めつつ、愛そのものに疲れて絶望しながらも愛の神として投げやり気味に、自分自身である"愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)"の神器保有者たちを次々と堕落させて行った。

 

 そもそもカーマとは、インド神話の魔王、魔神、あるいは天魔であり、チ○コの呼び方のひとつであるマラの語源であるマーラそのものである。そんな釈迦を堕落させようとしたり、某ゲームでの姿があまりにインパクトがあったりするカーマを保有して、堕落せずにいられる人間など、それこそ釈迦や聖人のようなものであろう。

 

 そのため、カーマ自身のねじ曲がり過ぎた性格と、所有者を堕落させる性質から、そのあまりの扱いにくさ故に神滅具(ロンギヌス)に数えられてはいないが、戦闘能力だけならば上位神滅具に匹敵すると言われている。まあ、愛の神とは言え、インド神の一柱が籠っているため、それも当然と言える。

 

 そして、そんな"愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)"が発現した藤丸立香も例に漏れず堕落――――することはほとんどなく、カーマが発現して堕落していない人間としては最長記録を更新し続けていた。現在、約10年ほど経過中である。

 

 ちなみにカーマには已に決まった姿は存在しないため、今の彼女の姿は、立香の記憶から無意識に彼が最も好みのタイプの女性を読み取り、その姿を取っているらしい。流石はマーラと言ったところであろう。

 

 故に聖書の神の神話体系であり、三大勢力のひとつの堕天使陣営の中心組織で、異能・超能力の研究を主目的とし、神器関連では、そのものの研究、神器所有者の保護、人工神器の開発などを行っている機関の神の子を見張る者(グリゴリ)にもその経緯から目を付けられ、何度か研究対象にされていたりもする。

 

 しかし、幾ら立香を調べようともお人好しなこと以外はこれと言って特筆すべきことはなく、カーマ自身も何も語らないため、立香が釈迦でも聖人でもないにも関わらず、カーマに堕落させられないのかは堕天使たちも首を傾げるばかりだ。

 

「あなたって神のクセに何かやりたい事とかないんですか? 神のクセに」

 

「え?」

 

 なぜか2回も"神"という部分を強調させつつカーマは、エレシュキガルに対してそんな質問を投げ掛けた。

 

 ちなみにカーマがエレシュキガルと契約がなされたときに出て来なかったのは、単純に神々に関わることの面倒さを身を持って知っているからであり、数日でカーマがこうしてエレシュキガルの前に姿を見せている事は、立香からすれば"少しは信頼している"とのことらしい。実に面倒な女である。

 

「やりたいこと……いつか、冥府に帰ったときのために、ここで見たことや、あったものを再現できないか考えることとか――」

 

「ああ、そういう優等生ぶったものじゃないです。男とか、美とか、家畜とかなにかあるでしょう?」

 

「えっ?」

 

「えっ……?」

 

 すると2人は顔を見合わせる。しかし、エレシュキガルが本気でそう言っており、他に何もないと言わんばかりの様子をしていることを感じ取ったカーマは、心底呆れたような表情を作る。

 

「はぁ……こんな神がまだ現代まで残っていたなんて……。とんだ化石じゃないですか」

 

「か、化石!?」

 

 流石に化石扱いは堪えたらしく、エレシュキガルの身体が跳ねる。とは言え、カーマの暴言に彼女も数日で慣れ始めたため、それに対して言及することはなかった。

 

「まっ、どうでもいいですけど。頑張れー、頑張れー」

 

「それならカーマは何かしたい事はあるの?」

 

 全く感情の籠っていない応援をしているカーマに、エレシュキガルはそんな質問をした。彼女が見る限り、カーマは日頃からダラダラとしているだけで、これと言って何かをしているようには見えなかったからである。

 

 するとカーマは"何を今さらそんなことを聞いているんですか?"とでも言いたげな呆れ顔になりつつも口を開いた。

 

「そんなの当然、私のマスターを愛して愛して、愛に溺れさせることですよ。私は愛の神なのですから、当然でしょう?」

 

 それを聞いたエレシュキガルは笑みを浮かべてそれに答える。

 

「なら私も冥界の女主人としての仕事に誇りがあるのだわ」

 

「………………………………ええ、とてつもなく嫌ですけど、仕事熱心なところだけは似ていますね私たち」

 

 そう言うとカーマは、話にならないとばかりに寝返りを打ち、エレシュキガルに背を向けたままポテチの咀嚼音を響かせた。

 

 しかし、既に洗濯物を干し終えて、カーマからの度重なる質問と、彼女の日頃の立香への態度に思うところがあったエレシュキガルは、更に彼女へと質問を投げ掛ける。

 

「ところで、カーマって立香のこと好きなのかしら?」

 

「はぁ?」

 

 すると、カーマは"この人は何を言っているんでしょうか"と言わんばかりの呆れ顔に加えて、わかりきったことを聞き返されたときに浮かべるような心底面倒臭そうな表情になる。それに加えて大きな溜め息を聞こえるように吐きながら彼女は口を開く。

 

「あのですねぇ……私は与える者。立香(マスター)は、不幸にも私を宿してしまった否応なしに与えられる者です。それ以上でも以下でもないんで――」

 

「カーマいるー?」

 

「――――――――――」

 

 立香の自室に、軍手を着けて枝切り鋏を持った彼がカーマの名を呼びながら入ってきた。

 

 その瞬間、それまでは精々一桁ほどの年齢に見えたカーマの姿が急成長し、高校2年生の立香とそう変わらない年齢になる。

 

「コホン――騒々しいですね。私、見ての通り休憩中なんですけど?」

 

「あはは、ごめんね。ちょっと庭の草刈りで木の枝の剪定をして欲しいんだ。流石に届かなくてさ」

 

 そして、カーマはリモコンでテレビを消してポテチをしまうと、流れるような動作でベッドに座り、咳払いを落としてから澄まし顔で立香に応対した。

 

「はいはい、しょうがないですねぇ……今準備しますよ」

 

「ありがとう、先に行ってるよ」

 

 そのときのカーマの声は、これまでエレシュキガルと話していた様子とは打って変わり、どこかよそよそしく弾むような声色をしている。

 

「………………」

 

「………………」

 

 立香が部屋から出て行ったことでバタンと扉が閉じ、カーマとエレシュキガルが残される。直ぐにカーマは急激に縮むと、また小さな少女の姿へと戻った。

 

「…………なんですか? 何か言いたいことがあるなら言えばいいじゃないですか?」

 

「な、なんでもないわよ……」

 

(こ、この娘とっても可愛いのだわ……)

 

 舌打ちと共にガンを飛ばして、不機嫌そうに眉を潜めるカーマに対し、エレシュキガルは何か微笑ましいモノを見たような感覚を覚えながら内心で悶える。彼女のイメージとして浮かぶのは、やさぐれた白猫といったところであろうか。

 

 藤丸家は、冥界の女主人と愛の神がいながらも、いつも通り平和なのであった。

 

 

 

 

 

 







~簡単な登場人物紹介~

藤丸立香
 言わずと知れた一般人の主人公。相変わらず、彼に戦闘能力は皆無のため、戦闘があればもっぱらエレシュキガルやカーマなどが駆り出される。過剰防衛。

エレシュキガル
 エレちゃん。神々の宴会に出席したところ、ゲームをして最下位になり、罰ゲームとしてお助け女神事務所で1回仕事をすることになった。その1回がこれであり、他の神々からも彼女は働き過ぎだと思われていたため、これを好機と見た神々によって立香の願いが受理された。
現在、絆レベル2ぐらい

カーマ
 カーマちゃん。この世界では彼の神器にクラスチェンジ。文字通り、立香とは離れられない関係になっている。立香のSECOM。容姿のモデルに関しては立香の叔母の若い頃かもしれない。
現在、絆レベル8ぐらい

立香ママ
 なんだかエレシュキガルに見た目が似ているような気がしないでもないが、世界には同じ顔の人間が3人いるらしいので気のせい。後、多分立香パパは女たらしのオレンジ頭。

立香叔母
 腹黒そう(小並感)



~神器~

愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)
 形状はさとうきびの弓、そして花の矢。また、この神器はシヴァに焼かれ、!身体無き者《アナンガ》となった愛の神カーマの灰そのもの。つまりは天魔レベルのインド神がそのまま神器になっているため、戦闘能力だけならば、自立型なことも相まって初期状態の神器では全神器中満場一致で最強の性能を誇る。
 しかし、人間どころか天使や悪魔のハーフでもカーマの誘惑により、発現から1ヶ月と持たずに堕落し、そもそも聖人ではカーマとの相性が絶望的に悪い。ヴィゾーヴニルの尾羽の尾羽のような堂々巡りの神器であり、そのあまりもの破滅的な使い難さによって神滅具には数えられていない。
 それ故にこの神器を発現させながら10年以上もの間、堕落せずに生存し、カーマ自身も満更でもない反応を示している藤丸立香という人間そのものが最大の謎である。



~作者の申し開き~

 アニメのエレちゃんが可愛過ぎてリビドーが爆発しそうだったので、ついでにバレンタインイベントが楽しみなカーマを追加して短編として書き上げました。後悔も反省もしてませんが、これ以上続くかは他の小説もありますので感想や評価次第で未定です(悪怯れろ)。




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藤丸家



 ハイスクールD×Dらしさを提供するために勉強中なので初投稿です。

 後、いつも私は一話で八千~一万字ぐらい書かないとなんとなく落ち着かないタイプなので、そのリハビリも兼ねて五千字ぐらいで緩く続けていけたらなと思います。頂いた感想はポリシーとして、全て次話投稿後に返信いたしますのでお待ち下さい。





 

 

 

「あれ? プリンターが……インク切れかな?」

 

 突然だが、藤丸立香がどの勢力に属しているのかと問われれば、どこにも属していないということが、彼が言った訳ではないが、彼という非常にフワフワとした存在の事実である。

 

 確かに"愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)"という最高ランクの神器を持ち、聖書の神の神話体系である三大勢力の堕天使の総本山といえる神の子を見張る者(グリゴリ)に、時々実験や研究をされてはいる。

 

 しかし、それはどちらかと言えば、グリゴリの総督であるアザゼルや副総督のシェムハザなどの割りとフットワークの軽い幹部による個人的なものであり、また"愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)"が極めて護衛向きで強力なセイクリッド・ギアのため、特に保護などを必要としないという面が強いからだ。そのため、別に堕天使陣営に属しているわけではない。

 

「あっ……パルムアイス切らしてる……。カーマ、食後にアレがないとちょっと不機嫌になるんだよなぁ……」

 

 コピー機のインクがないことに気づいたためか、立香は冷蔵庫の冷凍庫を見ると、いつもは大量にストックしてあったアイスを切らしていることに気付き、少しだけ困ったような顔になり、指で額を掻く。

 

「~♪ ~♪」

 

 そして、チラリと居間にいるエレシュキガルを見る。彼女は鼻唄混じりの様子で、せっせとガラス障子のガラスを拭いている姿があった。

 

 普通は仕事が一周しても中々手を出さないような部分の掃除すら楽しげに行っている辺り、エレシュキガルのワーカーホリックっぷりは相当なものと言えよう。

 

「うーん……」

 

 近くのコンビニかスーパーと、電気屋は真逆の位置にあるため、とても時間が掛かる。しかし、今日両親は家におらず、自身を除けば、お使いはしたがらないカーマと、ひとりでお使いをさせるにはまだ不安なエレシュキガルしか家にはいない。

 

 そもそもアイスなら兎も角、自宅のプリンターの正しいインクを購入してくることは、機械音痴の立香の母には出来ず、立香の父親か、立香がしてきたことのため、2人の女神に任せるのはお門違いであろう。

 

 だが、2ヶ所の店にこれから立香が赴くと、今日の夕飯を用意するのも立香なので夕飯の時間がずれ込み、結果的に神器にも関わらず、腹を空かせたカーマが不機嫌になるのである。まさに八方塞がりと言える。

 

 そのため、立香は何を思い立ったのか、居間にいる箪笥を開けると何かを探し始めた。

 

 話を三大勢力に戻すと、天界陣営はどうかと言えば、こちらに関しては全く繋がりがない。というのもカーマはキラキラした人間だけでなく、敬虔な信徒やそれに連なる天使のような存在も基本的に好きではない――というよりも、堕落させてしまいたいという本能が疼くらしく、滅多なことでは向こうから近付いてくることがあまりないのだ。

 

 そして、残った悪魔陣営。ある意味、これが一番密接な繋がりなのかもしれない。

 

 

「えーと……あったあった。グレモリーさんのとこの召喚チラシっと」

 

 

 何せ、普通に客として、生活の一部に悪魔召喚のチラシを使用しているのである。インスタント感覚で使って貰うために、駅前で配布等を日常的にされている物のため、使い方としては一切間違っていない。

 

 しかし、高位の女神を二柱も抱えている人間が、このような使い方で使用するのは、極めて異例と言えるが、立香としては"悪魔が経営している駒王学園に通っているし、グレモリーさんとシトリーさんの契約の助けになればいいかな?"ぐらいの善意で行っているため、誰に咎められる事でもないであろう。

 

「エレシュキガル。ちょっとだけ買い物に行ってくるけど、悪魔の人がアイスを持ってくると思うから受け取って、俺が戻るまで居間で待つように言って貰えるかな?」

 

「えっ、ええ……? あ、悪魔にアイス……? なんだかわからないけどわかったわ」

 

 それにしても現代の悪魔の使い方として、これが正しい形ではあるのだが、いざ言葉にしてみると如何なものであろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが立香の家か……」

 

 グレモリー眷属の新米悪魔であり、駒王学園に入って以来の藤丸立香の友人でもある青年――兵藤一誠ことイッセーは、彼の自宅の前で自転車のハンドルを握りながら立ち尽くし、そのやや古ぼけた広い武家屋敷の門構えを眺めていた。

 

 立香とは1年生と現在の2年生でも同じクラスメイトであり、彼の人当たりが良く、誰にでも分け隔てなく接する性格によって、イッセーも現在進行形で交友を深めており、たまに一緒に遊ぶようなことも多々ある。

 

 しかし、高校生にもなると、行動範囲の増加と、自宅から若干離れた場所から通うということもあるため、専ら駒王学園に近い場所の遊戯施設などで遊んでおり、立香の家に来るというのは今日が初めてであった。

 

 また、駒王学園での藤丸立香という男子生徒の評価は、イッセーが一切負の感情を抱かず、好意的な印象を抱いていることが全てと言えよう。かなり整った顔立ちをしてはいるが、自身の仲間かつ学園ではイケメン王子として有名な木場祐斗と比べれば遠く及ばない。しかし、それを余りある人柄の良さと、いっそ異常なほどのコミュニケーション能力の高さで、本当にどんな人間であろうと友好を結べ、いつでも気楽に話せるような存在が彼なのである。

 

 要は"誰にでも優しい友達"。それぐらいの評価をされていた。そのため、少なからずイッセーは、そんな立香が裏の世界と関わりのある人間だったということに驚いていた。

 

 そして、そういったことも出来るらしく、部室で起動した簡易召喚の術式に"パルムアイスを5箱買ってきてください"と書いてあったため、魔力不足によって魔方陣で跳ぶことが出来ず、自転車で契約者の元まで移動するイッセーに白羽の矢が立ったのである。

 

 

『いいイッセー? 彼はあなたにとっても友人かもしれないけど、私たち眷属にとっても似たようなもので、お得意様だから粗相のないようにね?』

 

 

 そして、途中のスーパーで購入し、確りとドライアイスで冷やしてあるパルムアイスを、イッセーは自転車のカゴから取り出すと、意を決してインターホンを押した。

 

(ありがとう……立香! 俺は本当にいい友達を持っ――――)

 

 これで良いのかとイッセー自身で思わなくもないが、既に悪魔の役目はこなしたようなもののため、ほとんど初めてマトモに悪魔としての依頼を達成できることにイッセーは内心で、感涙に咽び泣きつつ、立香への感謝を述べ――――。

 

 

 

「はーい、ご苦労様なのだわ!」

 

 

(――――は……?)

 

 

 

 ――イッセーが抱いていた立香への感謝と誠意は、愛憎のようにそのまま嫉妬と憎しみへと反転した。

 

 イッセーを出迎えたのは、金髪で赤い瞳をした女神のような美女の外国人であり、その上、武家屋敷に合わせてなのか、郷に入っては郷に従えということなのか、"割烹着"を着用している。

 

 正に神話の和洋折衷とでも形容すべき美女がそこにおり、その破壊力はイッセーを一撃でノックアウトして余りある程であった。

 

 しかもイッセーにとって重要なバストも割烹着越しにしっかりわかる程度にはある。むしろ、その着エロとでも呼ぶべき有り(よう)が、非常にイッセー的には好感度であり、いつもならば"ナイスおっぱい!"等と人目も気にせずに声を張り上げていた事であろう。

 

 しかし、今はそれ以上に重要で、重大な事柄がある。イッセーは比較的朗らかな笑みを浮かべ、割烹着姿の金髪の女性に不躾な質問を投げ掛ける。

 

「こんばんは。いきなりで申し訳ありませんが、立香とはどのような関係なんですか?」

 

「えっ? 立香との関係? えっと……」

 

 そう呟いた彼女は、頬をほんのりと染めて、どこか嬉しくも語るのが恥ずかしそうな様子で口を開いた。そのときにイッセーが真っ先に抱いた感想は、"若奥様みたい"である。

 

「一生を共にする大切な人……かしら?」

 

 その瞬間、イッセーの中で何かが弾け飛んだ。

 

 

「お……オオオオォォォォオォォ!!!!」

 

「ど、どど、どうしたのだわ!?」

 

 

  イッセーは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の藤丸立香を除かなければならぬと決意した。イッセーには政治がわからぬ。イッセーは、新米兵士の悪魔である。魔方陣を使えず、チャリに乗り地図を片手に来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

 

 エレシュキガルは何が何やらわからず、そんな中でも自身が何か仕出かしてしまったのではないかと思っていると、イッセーと彼女の間にひょこりと小さな影が割って入る。

 

「はいはい、その変態さんは放って置いていいですよ。いつもの発作みたいなものなので」

 

「こ、小猫ちゃんより小さな幼女まで!?」

 

 それは幼い少女の形態を取っているカーマであった。相変わらず、Quickと文字の入ったやや風変わりなTシャツを着ている。

 

 そんなカーマは少女にあるまじき怪力でイッセーからパルムアイスの詰まったスーパーの袋を引ったくると、その内のひとつの箱を開け、一本取り出して包装を開けてから口に咥えた。

 

 そして、そのままパルムアイスを上下に動かしつつ半眼で喋る。

 

私はアイスを仕舞うので(ははひははひふをひはふほへ)一応(ひひほう)変態さんを居間に上げておいてください(へんはいはんほひはにはへへほひへふははひ)

 

「…………全然聞き取れないけど言いたいことはなんとなく伝わったわ……」

 

 とりあえずはカーマの指示により、立香からも同じ事を言われていたことを思い出したエレシュキガルはイッセーを藤丸家へと招き入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただい――」

 

「お帰りなさ――」

 

「おらァ! 立香ァ!?」

 

「――まぁっ!?」

 

「――ええっ……!?」

 

 電気屋でプリンターの代えインクを購入し、自宅に戻ってきた立香は、居間に入った瞬間、血涙を流したイッセーからラリアットを貰い、後方に激しく転倒する。危ないので良い子は真似しないように。

 

 まあ、これぐらいのことが出来る程度に気の置けない関係の間柄なのであろう。高校生ならば珍しくもない話である。とは言え、イッセーが完全に我を失っていることは問題だが。

 

「いてて……あれ? なんでイッセーが家に来てるんだ?」

 

「なんでもクソもあるか!?」

 

 イッセーが悪魔になったことを知らず、人間と悪魔などの別種族との区別が見た目や力量だけで把握出来ない立香は、身体を起こしながら学友に攻撃されたことには言及せず、そちらに疑問を向ける。

 

 しかし、イッセーは一切それには答えず、心底濁り切りつつ、嫉妬に満ち溢れた表情で、居間にいる2人の女性を手で示す。

 

 片方は立香を居間で出迎えようと駆け寄ってきた体勢で固まって驚いているエレシュキガル。もう片方はこちらには目すら向けずにテレビを見て、バランスボールに腹を表にして乗りながら、パルムアイスを咥えつつ既に一箱開けている様子のカーマであった。

 

「お前……いつからだ!? いつからこんな羨ましい生活を送ってたんだ!?」

 

「羨ましい生活……?」

 

「エレシュキガルさんと、カーマちゃんとの生活だよ!」

 

「ああ、エレシュキガルが家に来たのは明日で3週目だからもう少しで1ヶ月ぐらいだ。カーマは……10年来の付き合いになるかな?」

 

「チクショウ!? どうり(道理)で仙人みたいにエロDVDに全く興味を示さないわけ……えっ、10年? カーマちゃんって何歳なの?」

 

「えーと……ああ見えても俺やイッセーよりも歳上だよ」

 

「ご、合法幼女だとッ!!!?」

 

 そこで何千歳やら何万歳やらと言わない辺りが、立香が他人に気遣いが出来る由縁と言えよう。ついでに彼は見ての通り、全く他者を恨まず、自身に纏わることでは怒ることもほとんどしないのである。

 

 しかし、今に関しては、その飄々とした態度が、イッセーの嫉妬心を煽る結果にしかならないため、珍しく逆効果に働いている。ちなみにエロDVDなるものに特に興味を示さない最大の理由は、やや特殊な立香の家庭環境にあったりするが、それを語るのはまた別の機会としよう。

 

 そして、これはイッセーを含む女性に恵まれない全俺たちの代弁者として、何かしなければならないと彼が考えた次の瞬間――。

 

 

「あなたの学園での変態っぷりは立香(マスター)と二心同体な私も、嫌々ながら周知しているところですけど、家にまで持ち込まないでくれます? というか、契約悪魔なのに契約者を攻撃するとかクレーム案件なんですけど?」

 

 

 普通にカーマにとても妥当な内容で怒られ、イッセーは我に返って、これまで膨らんでいた気持ちが風船が縮んだようにシュンとした。

 

 そして、部長にして自身の王のリアス・グレモリーや、眷属の皆の顔を思い出しつつ、流れるような動作で正座になり、三つ指をつくと勢いよく頭を下げる。

 

「申し訳ありませんでしたッ!!!」

 

「えっ……? いや、別にアイス買ってきてくれたみたいだし、全然いいよ。それより材料は余ってるし、よかったら夕飯食べていく? 今日は親がいないから俺が作るけどさ」

 

 それからイッセーは藤丸家の夕飯を馳走になった。

 

 味に関しては、流石は駒王学園女子生徒が選ぶ、嫁にしたい男ランキング2年連続1位の実力は伊達ではないと言ったところだ。

 

 これで本人になぜ美味しいのか聞くと"父親が料理するのをいつも手伝っているだけで、見様見真似(みようみまね)だよ"等と謙遜してくる。駒王学園男子生徒が選ぶ、女だったらよかった男ランキング1位に輝いているのも頷けるというものであろう。

 

 

「ああ、契約の対価は……あっ、カーマが昨日作ってたレモネードとかどう? 普段しないだけで料理上手だから美味しいと思うよ」

 

「………………」

 

「ん? どうしたのカーマ? なんかニヤニヤして?」

 

「いえいえ、どうぞどうぞ。そんなもので良ければ幾らでも持っていってください。なう」

 

 

 ちなみに今回の仕事の一部始終は、魔法によって王のリアス・グレモリーを含むグレモリー眷属全員に見られていたため、帰った後にイッセーはリアス・グレモリーからお叱りとお仕置きを受けることになり、仕事は失敗。

 

 そして、カーマのレモネードなるものの味が気に入り、ほとんどひとりで飲んだグレモリー眷属の戦車――塔城小猫が主に悲鳴を上げることになるのだが、それはまた別のお話である。

 

 

 

 

 







※イッセーくんはああっ女神さまっ名物変な友人枠も兼ねております。

 次回は立香と二柱の状況説明などのためにグレモリー眷属と関わったりすると思います。本格的に原作に関わるのは予定では2~3巻からになります。

 あっ、そうだ(唐突) 沢山の感想と評価が無茶苦茶嬉しかったから連載するゾ(ホモは現金)



~QAコーナー~

Q:駒王学園女子生徒が選ぶ、嫁にしたい男ランキング2年連続1位……?

A:父親の遺伝



~簡易当時人物紹介~

兵藤一誠
 イッセーくん。ハイスクールD×Dの主人公にしておっぱい星人。立香とはクラスメイトで友人。今回はまだ無印1巻ぐらいの時系列にで俺らの代弁者になって貰った。カーマは煩悩の化身のようなイッセーへの特効持ちなので、彼ではどんなに強くなっても根本的に勝つのは非常に難しいと思われる。



~用語~

・カーマのレモネード
 世の女性がぶちギレるレベルの超カロリーレモネード(パールヴァティー幕間参照)。立香はその事を知らずに渡しており、カーマは吐き気を催す邪悪(女性視点)。





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神衣



 日間1位や怒濤の評価の嬉しさに溺れそうですが初投稿です。

 今回でエレシュキガル、カーマ、そして最後の三柱が出揃いますが、ハイスクールD×Dの味を生かすため、黒髪で神で可愛らしいあの方が最後の女神となっておりますのでご了承ください。





 

 

 

「えっ!? カーマちゃ――カーマさんって立香の神器(セイクリッド・ギア)なのか!?」

 

「うん、発現したのが大体10年前なんだ」

 

「ああ……だから10年来の付き合いって言ってたのか」

 

 後日、学校の放課後にイッセーの仕事のお詫びも兼ねて、旧校舎にあるオカルト研究部の部室に招待された立香は、出されたお茶を飲みながらイッセーを中心に談笑をしている。

 

 互いに募る話というものもあると思われるため、丁度いい機会だったのであろう。既にイッセーの方の事情は大方話し終えたため、今は立香の家にいる2人の女性についての話をしている。その様子にイッセー以外のグレモリー眷属は安堵していた。

 

 元々、あからさまに怒りを抱くような人間ではないが、リアス・グレモリーにとっては大物のお得意様である。何せ、イッセーは知らないが、"世界で最も凶悪な神器を持つ神器保有者である"――と公には知られているため、そんな彼にラリアットを放ったのを見たときは、グレモリー眷属全員が肝を冷やしたものであろう。

 

 そして、彼が裏の世界で一目を置かれている由縁足る神器――"愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)"ことカーマは、少女の姿で立香の隣に座り、つまらなそうな顔をしつつも大人しくしていた。

 

 しかし、立香とカーマの前に置かれていたケーキは、立香の方はほとんど原型を残しているが、カーマの方は既に食べ切っている辺り、彼女の趣向が伺えるかも知れない。

 

ケーキ(それ)食べないんですか? 食べないんですね? 貰っちゃいますよ?」

 

「ああ、お腹一杯で食べないからあげるよカーマ」

 

「そうですか、食べられないなら仕方なく……仕方なく私が貰いますねー」

 

 カーマは"仕方なく"という言葉を強調し、相変わらずのつまらなそうな表情ながら、彼女を知る者には少しだけ嬉しそうに見える笑みを浮かべる。

 

 そして、立香が1割ほどだけ手を付けたケーキを皿ごと自分の前に移動させ、パクつき始めた。

 

「いいなぁ……」

 

 間違っても神器と神器保有者には見えない、偉く微笑ましい立香とカーマの関係性を見つつ、イッセーはそんな感想を漏らした。

 

 まあ、"愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)"という保有者喰らいとも言えるセイクリッド・ギアの真価をイッセーは知らないため、それも仕方のないことであろう。

 

 その後、神々によるおふざけで生まれた"お助け女神事務所"についての会話になり、エレシュキガルはそこから派遣されてきた女神だということがイッセーに伝えられ、彼は再び羨ましさを募らせる。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれるかしら……?」

 

 するとそれまではイッセーの隣に座って2人の会話を静観していたイッセーの王にして駒王学園3年生の上級悪魔――リアス・グレモリーが、困惑したような様子で口を挟んできた。

 

「ということは、あなたの家にいるエレシュキガルというのは……冥府にいた最も古い神々の一柱の女神エレシュキガルということよね?」

 

 女神エレシュキガル――。

 

 メソポタミア神話における死後の世界であり、冥府に当たる――冥界の女主人であり、死と腐敗の女神。植物の成長と腐敗を司り、疫病と熱病の権能を振るい、ガゼルや蛇や竜を使役し、冥界の使いであるガルラ霊を自在に操る。性格は残忍で、美しいものを妬み、醜いものを笑い、欲しいものは他人の手に渡らないよう殺してしまう。

 

 更に60の病気で人を殺すという疫病神且つ冥界の首相ナムタル、書記のベーレット・セリ、死者を裁く7人の裁判官を従えており、疫病と死の神であるネルガルを夫としている――と神話の伝承では伝わっている。

 

 そのため、イッセーの仕事のときに遠見の魔法でリアスらが目にした割烹着を着ていた金髪の女性は、その気になればこの駒王町など簡単に地獄に変えてしまえる存在だということを今察したのであろう。

 

 要するに伝承の通りならば、駒王町に核爆弾が持ち込まれたようなもののため、この町を統治しているリアスとしては、気が気ではなかったのである。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「……クッシュン!」

 

 立香が学校に行っている間、自宅で家事をしており、その合間の休憩中であったエレシュキガルは、両手を口元に当てて小さく可愛らしいくしゃみを落とす。

 

「少し冷えるのだわ……」

 

 そう言いつつ、彼女が居間から見た場所は中庭であり、戸が開け放たれていたため、直に夕方と言えど季節外れのやや冷たい風が入り、肌寒く感じる程である。

 

 しかし、居間から見える、緑と景観に合う花々で彩られた藤丸家の中庭を眺めるのが、エレシュキガルの小さな楽しみのひとつのため、戸を閉めることはなく、そのまま眺めていた。

 

「2人とも早く帰って来ないかしら?」

 

 そう言うエレシュキガルの表情は、寂しさではなく待望による期待感に胸を膨らませた笑みであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 再び、オカルト研究部の部室。

 

「そうですねグレモリー先輩。でもエレシュキガルはとっても優しくて芯の通った人ですよ」

 

「ああ……優しくて気立てがよくて、おっぱいが大きくていい人だったよなぁ……本物の女神かー、道理でそんな感じだったわけだ」

 

 全くエレシュキガルに対して懸念を抱いている様子のない立香に、それに続いて染々とした様子で自分が見たエレシュキガルという女性について語るイッセー。少なくとも、イッセーはエレシュキガルという女神を伝承では危険極まりない悪神とは知らないはずのため、本心からの評価なのであろう。

 

 2人の反応を見たリアスは、少し自分の中のエレシュキガルという女神の評価を改める。

 

 そもそもお助け女神事務所から派遣された女神は、どの女神がどこに行き、何を叶えたかという情報が主神格の神々を通して広く伝えられている。悪魔陣営に関しては、四大魔王に伝わる手筈になっているため、彼女の兄のサーゼクス・ルシファーを含む四大魔王からリアスに警告すら来ないと言うことは、知らなければ気に留める程のことでもないということなのだろう。

 

 また、古今東西、伝承通りの存在などそうはいない。むしろ、話が誇張されたり尾ひれがついたりして伝わることの方が日常茶飯事だ。ならば、女神エレシュキガルという存在が、立香の言うような本当に優しい女神である可能性も十分有り得る事と言える。

 

 そんな事を考えながらチラリとリアスは、立香のセイクリッド・ギアであるカーマの方を見た。

 

 

「嘘……嘘……1日2日であんなに増えるわけない……何かにハメられて――」

 

「ププッ――」

 

「――――!? まさか!?」

 

「私、知りませーん。あー、ケーキが美味しいでーすー」

 

「ぐぬぬっ……!?」

 

 

 なんだか、小さな女の戦争が勃発し始めている気がするが、最初からカーマが圧勝しているため、塔城小猫に勝ち目はない。

 

 そう言えば、今日は小猫が余りお菓子類に手を付けている様子がなく、誰に話すわけでもなく床を見ながらブツブツ呟いている姿を見掛けるため、どこか調子が悪いのかもしれないと、リアスは後で小猫に聞いてみることにした。

 

「…………そうね。少し気を張り過ぎていたかもしれないわ。話の邪魔をしてごめんなさいね」

 

 そもそも既に神器、"愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)"という特大の爆弾が駒王町にはいる。今更、同程度の存在が1人増えたところで全く変わらないであろう。

 

 結果として、藤丸立香との対談は、特になにもなく平和に終わったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「お帰りなさい!」

 

 陽が陰ってきた16時過ぎ頃。グレモリー眷属とのお茶会を終えて、真っ直ぐに自宅へと戻った立香は玄関まで出向いてきたエレシュキガルに出迎えられた。

 

 カーマはと言えば、セイクリッド・ギアとして立香の体内に戻って眠っているため、彼にはカーマの寝息が聞こえているが、それを気にした様子は特にない。

 

「これ、お土産。グレモリーさんたちに貰ったケーキだから是非食べて」

 

「わぁ……あ、ありがとう……」

 

 そして、立香はエレシュキガルへのお土産として、グレモリー眷属に包んで貰ったケーキの箱を手渡す。

 

 目を輝かせたエレシュキガルが、その場で箱を開けると、可愛らしい色とデザインのショートケーキが2つ入っていた。ひとつはいつもより長めに留守番をさせた事へのお詫びのようなものである。

 

「美味しそう……! 早速いただくわねっ!」

 

 そうして、少女のように嬉しげな様子になるエレシュキガルを立香は微笑ましいものを見るような面持ちで眺め、とりあえず靴を脱ごうと視線を離し――。

 

 

 

「本当に美味しそうね。ひとつは私の分かしら?」

 

 

 

 明らかに見た目からはそぐわない程の色気と、感覚はほぼ常人の立香ですら可視出来る程の神性を纏った人形のように愛らしい見た目の少女がそこにいた。

 

 人間では到底不可能な闇のように暗くありながらも、透き通るようなしっとりとした烏の濡羽色の長髪。

 

 顔立ちは本来の年齢よりもかなり幼げに見え、見るものに庇護欲を掻き立てるような儚さとあどけなさを残しており、悪戯をしたときに浮かべるようなしたり顔が似合いそうな少女である。

 

 身長は女性としては決して低くはなく、むしろ標準よりもやや高め。少しだけサイズの大きい清楚なブラウス、膝丈までの黒いスカートを履き、その中には白のペチコートが覗き、更に白いタイツで纏めることで無垢な印象を与え、少しだけ高い黒のヒールを履いて背伸びした大人のような雰囲気を醸し出す。全体的に見て、無垢で清楚なお嬢様といった風貌をしていた。

 

 そして、その体は彫像のように寸分の狂いもなく完璧に均等のとれたスレンダーなプロポーションと、幼い顔立ちに似つかわしくない大きく豊かな胸が服の清楚感と対極に位置することの相乗効果により、常人ならば男女問わず情欲を掻き立てる――着エロの極致を感じることであろう。

 

 そして、淡く柔らかな黄昏の陽のように鈍い輝きを帯びた瞳は、それにもかかわらず、夜闇のように吸い込まれそうな程澄んでいた。

 

 妖艶な笑みを浮かべるために少しだけ開かれた口から覗く歯は、全ての歯がインプラントなのでは無いかと思うほど歯並びも色も良い。また、そこに見え隠れするやや鋭い犬歯が覗いて可愛らしいくも見える。

 

 明らかに女神として完成し過ぎているその肢体は、常人には刺激が強過ぎ、1度や2度の傾国は容易であろう。

 

 そんな天上の美女にして、美少女を目にし、その無意識と意識された魅力を存分に向けられた立香は――。

 

 

「ああ、"ニュクス"さん。こんにち――いや、もうこんばんはかな? 今日はどうしたの?」

 

「………………………………他に何か私を見て言うことはないかしら?」

 

「…………? ――ああ! ニュクスさんらしい服装だね。とっても似合ってると思うよ」

 

「くっ……なんてこと…………夜なべして作った"童貞を殺す神衣(ふく)"でも効果がまるでないなんて……!」

 

「…………?」

 

 

 ――誰にでも取るようないつも通りの反応で、普通に接していた。

 

「やっぱりアレなのかしら……? 男色家? それとも鈍感なだけ? いや、その割には鋭いですし……やっぱり子供の1人でもこさえなければ無意味なのかしら? いえ、でもギリシャ神的にそれは私から音を上げた気がするし……」

 

「え……えっ? ニュクスってあのニュクス……?」

 

 突如その場に現れ、体と服を立香に見せつけてきたと思えば、難しそうな顔をしつつ、小声でブツブツと何かを言っているニュクスという名の女神を前に、エレシュキガルはそれについて思い返した。

 

 ニュクスと言えば、文字通り星の数ほどの淫行と問題行動を起こす神々たちで非常に有名なあのギリシャ神話の中で、主神ゼウスからも恐怖と共に一目を置かれている程の神性であり、純粋な神格ならば、エレシュキガルよりも上の女神だ。

 

 ついでに"お助け女神事務所"の設立にかなりの好感触を示し、多大な後押しをした女神でもあったりする。

 

 ギリシャ神話の神々は、まず原初の存在である混沌(カオス)があった。そして、そこから生まれ、オリュンポスの神々から少し遡った最初の代に当たる原初の神々――奈落(タルタロス)大地(ガイア)欲望(エロース)暗黒(エレボス)――そして、(ニュクス)の五柱。

 

 その中で名が夜を冠し、死をも司る原初の女神こそが"ニュクス"なのである。

 

 突然だが、カーマ――天魔マーラを10年間も身に宿して生活している藤丸立香という男の事を、裏の世間では普通はどう思われるであろうか?

 

 自然な考えならばこうであろう。"マーラですら落とせない男"、"釈迦の再来"――となるのは想像に難しくない。まあ、実態は特に後者に関しては釈迦等とは似ても似つかない普通の青年なのであるが。

 

 そして、神――とりわけ女神――特にギリシャ神話の連中を中心に、そのような男を自分の魅力で落としてみたいと考える神々が出始めるのは自然と言えよう。無論、向こうは娯楽のひとつとして程度の扱いである。

 

 まあ、カーマでさえ落とせない男というところは何も間違っていないため、始める前から結果は決まり切っていた。

 

 女性よりも何からなにまでしっかりしているため、女神でありながら女子力の差に絶望して敗退する者。好意は向けつつも衝撃的なまでに(なび)かない様に次第に飽きる者。友人程の関係でいいと満足する者。最終的にカーマの恋路を勝手に見守ろうという結論に至った者等々。

 

 ついでに様々なギリシャ神話の女神が現を抜かしていることに激怒したポセイドンが藤丸家に襲来し――1日過ごした結果、逆に惚れたポセイドンに立香が掘られそうになったこともあったが、カーマが撃退する一幕もあった。

 

 まあ、それらはギリシャ神話の神々の端迷惑なブームのようなもので、ほとんど収まったが、このニュクスという最後に残った女神だけがまだ律儀にアタックを続けているのである。どちらかと言えば、強靭で女神らしいプライドが災いして、今更引っ込みがつかなくなったというのが正しい。

 

「まあ、いいわ……」

 

「あっ……」

 

 ニュクスはエレシュキガルが持っているケーキのうち片方を素早く手に取ると、やけ食いのように一口で食べ切り、玄関扉の前に立って扉を開いたまま手を掛ける。

 

 

「また、来るわね……っ!」

 

 

 それを捨てセリフにビシリと音を立てて玄関扉は勢い良く閉じられ、小さく手を振っている立香と、開いた口が塞がらない様子のエレシュキガルだけが残された。

 

「な、な……なんだったのだわ……?」

 

 困惑しつつようやくそう呟くエレシュキガル。

 

 何せ、彼女が主に付き合いで参加している様々な神々が参加する宴会に出て知っているニュクスは、もっとずっと厳格で掴み所のない雲のような女神であり、非常に近寄り難い印象を受けた上にあのような様子ではなかったのである。

 

 立香は少しだけ考える素振りをしてから天井に向かって指を立てつつ呟いた。

 

「近所に住んでるお姉さん……みたいな方かな?」

 

「近所に住んでいるの!?」

 

 近所どころか、藤丸家のはす向かいにある土地を買い上げ、城のような家を立てて住んでいたりする。

 

 誰とある法学者が言ったが、平和とは待って得られるものではなく、自ら築き上げるもの。ある意味、藤丸立香という青年は無自覚にそれを体現しているのかも知れない。

 

 何せ、彼さえ居なければ、元より悪神や邪神の側面の方が遥かに強いニュクスは、平和とは無縁の別の道を歩んでいたであろう。

 

 故に――平和とはまったくそれでよいのだ。

 

 

 

 

 

 







 原作からして溶岩水泳部からの度重なる誘惑etcを藤丸立香くんちゃんは全て避けているらしいですので、これでFGOの方の原作を再現しているというのが怖い話ですね……。



~藤丸立香の三柱~

エレシュキガル
 ポジションはベルダンディー。

カーマ
 ポジションはスクルド。

ニュクスさん
 "夜"の異名を持ち闇を自在に操る高貴なる原初の女神。また、暗黒の莫大なオーラをまとい、手から黒々した波動を放ち、一帯を夜の闇で覆うことができ、戦闘能力自体も原作のニュクスをそのまま据え置きのため、圧倒的な種族値の暴力を誇る。純粋な身体能力と力の戦闘のみなら三柱最強。
 ポジションはウルド。個人的にサブカルチャーにドはまりしていない訳がないと思う。原作では真ハイスクールD×D 1巻(実質26巻か31巻)に登場する敵の童貞を殺す神衣(ふく)の方。無印とDXを含め、30巻分ほど先取りした過剰防衛。
 ギリシャ神話の原初の神の一柱"(ニュクス)"にして死の女神。カーマでも10年以上堕落させられていない立香を律儀に魅力で正面から攻略しようとしてド壺にはまった(ヒト)
現在、絆レベル6ぐらい。



~QAコーナー~

Q:イシュタルは……?

A:
 ああっ女神さまっのウルドは、空回りするだけでちゃんと気配り出来る妹想いで、隙あらば自分も捩じ込もうとする姉だけどfateのイシュタルはちょっと色々と問題が……(秩序・善属性の邪神)
 ああ、でもそのうち別のところで出て来ると思うのでお待ち下さい。



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カレーを作ろう


 カレー先輩が釣れそうなタイトルですがカレーではないので初投稿です。







 

 

 

 

 エレシュキガルが藤丸家に来てから約1ヶ月が経った頃。これまで特に理由があった訳ではないが、していなかった事柄をしてみることにした。

 

 まあ、強いて理由を挙げるとするならば、働き者のエレシュキガルにそこまでさせるのはどうかと思っていたため、やらせていなかったが、本人立っての希望もあり、実現した。

 

 

 

 それは――はじめてのおつかいである。

 

 

 

「えっと……スーパーは野菜売り場から外周をぐるりと回って買う……」

 

 現在、スーパーマーケットの野菜売り場に1人でエレシュキガルはいた。片腕には買い物カゴが下がっており、手にはメモが握られ、それを食い入るように見つめている。

 

 エレシュキガルの人間離れした美貌と少々風変わりな服装により、周りの人間から時々見られているが、彼女は気に掛けた様子ない。と言うよりも、そちらに気が向かないほど精神的にいっぱいいっぱいというのが正しいであろう。あるいは古い神らしくそう言った認識は若干欠如しているのかも知れない。

 

 そして、彼女の手元にある手書きのメモの内容はこうである。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

○カレーの具材

 

タマネギ 2個

ジャガイモ 2個

ニンジン 1本

鶏もも肉 300gぐらい

カレールウ 1箱

 

多く買ってもいいよ!

他に何か食べたいものがあれば自由に買ってね!

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 それはカレーの材料であり、今回のエレシュキガルのお使いの目標でもあった。

 

 なぜこのようなことをしているかと言えば、至極単純な話で、エレシュキガルは冥府の中でも特に下層から出た試しが数える程しかない。つまり、家から出たことのほとんどない箱入り娘のお嬢様も良いところの育ちであり、当然こうして人間の社会に出て公共の場に1人でいることは初めてなのである。

 

 むしろ、たった1ヶ月で自分からお使いをしたいと言い出し、それを実行に移しているという、彼女の細やかながらも涙ぐましい大きな一歩は讃えられるべきであろう。

 

 しかし、だからといって、彼女にいきなり全てを任せるのは、何か不測の事態があったときに取り返しのつかないことになるかもしれない――要するに立香は純粋にエレシュキガルを心配していたのである。どちらかと言えば親心に近いものだ。

 

 そんなわけで、立香はカーマに留守番を頼みつつ、バレないようにこっそりとエレシュキガルのお使いへついて行き――。

 

 

「ふふっ、面白いことになってるわね」

 

「何でいるのニュクスさん……」

 

 

 その途中で、どこからともなく現れたギリシャ神話の夜の女神に捕まっていた。

 

 エレシュキガルから10mほど後方に彼女を見つめる藤丸立香の姿があり、ニュクスはと言えば彼の片腕に自身の両腕を絡め、もたれ掛かるような体勢をしている。

 

「あら? 面白い事と素敵なモノに神々が惹かれるのは自然の摂理。だからあなたの側に私がいるのに何も不思議はないのよ?」

 

「そんな樹液に集まるカブトムシみたいなこと言われても……」

 

 ちなみにニュクスは、この前の童貞を殺す神衣なるものは着ておらず、少しサイズの大きなジーンズパンツと、"Arts"と黄色い文字で書かれた青い奇妙なTシャツを着用している。

 

 また、立香の方もたまたま"Extra Attack"と文字の書かれた白いTシャツを着ているため、一見するとカップルのように見えなくもない。

 

 しかし、目が醒めるような美少女の外見をしているニュクスも立香も周りの人間からは目を向けられておらず、むしろそこには何もいないように扱われているようにさえ見えた。

 

「まあ、私がいるからいいじゃない。私の闇で私たちの音を消し、光を呑んで姿を覆えば誰からもわからないわ」

 

 どうやらそういう原理らしい。そのため、エレシュキガルの10mほど後方でお使いに臨む彼女を見守れているのであろう。実に夜の女神の権能の無駄遣いである。

 

「真面目に答えると……私の闇をあなたの影に溶け込ませているから、私はいつでもあなたの居場所を知れるし、どこにいてもあなたの影から転移出来るわ……素敵よね?」

 

「えっ、なにそれ聞いてな――」

 

「ウフフ……当然でしょう? 私を本気にさせたのは紛れもなくあなた……。そして、夜からは誰も逃れられないのよ? それよりも彼女が動いたわ」

 

 ニュクスは笑みを浮かべつつも据わった目でとんでもないことを言ったが、エレシュキガルが動いたとのことで、立香は巨大なオナモミのように引っ付くニュクスを伴って追跡しつつ、そちらに目を向けた。

 

「ニンジンに……タマネギね」

 

 野菜売り場で硬いビニール袋に入れられ、沢山積まれているニンジンとタマネギを買い物カゴに入れていた。

 

 今のところ、とても順調そうに見えるが、ジャガイモを探して目的のネームプレートを見つけ、笑顔になったのもつかの間、エレシュキガルは目を丸くする。

 

「い、いっぱいあるのだわ……」

 

 日本で良く見られるジャガイモを大きく分けると男爵とメークインの2種類になるであろう。しかし、ジャガイモの種類は他の野菜に比べてかなり多く、何故かこういう品揃えに力を入れているスーパーマーケット等では、異様にジャガイモの品揃えがあったりするのだ。

 

 例えば皮が灰色で中身が紫色のシャドウクイーン、皮の赤いグラウンドペチカことデストロイヤーはまだ分かりやすいだけマシ。現在、色や形が若干違うだけで名前と値段が異なるという、イチゴの品種か何かと見紛うほどの種類のジャガイモが、エレシュキガルの目の前には並んでいたのである。

 

「くっ……しまった! 品種を書かなかった俺のミスだ……!」

 

「過保護過ぎやしないかしら?」

 

 ニュクスの呟きには答えずに、酷く悔やんだ顔をして、更にジャガイモだけでなく、鶏の胸肉やカレールウでも同様のことが起こってしまう可能性を考慮していなかった自分自身を立香は責めた。

 

 しかし、ここで助けることは、何よりもエレシュキガルのためにならないと心を鬼にしつつ、涙を飲む面持ちで成り行きを眺める。

 

「そうだわ!」

 

 しばらくジャガイモの前で難しい顔をしていたエレシュキガルは何か閃いたようで、明るい表情に戻る。

 

 すると、近くにいた中年の女性にカレーに使うジャガイモはどれがいいのか聞き始めたではないか。

 

「おお……! その手があったか!」

 

「……これって何かの企画モノだったりする?」

 

 引っ込み思案でやや自虐的な性格の彼女ではあるが、別にコミュニケーションに問題がある訳ではない。それ故の勝利と言える。

 

 また、エレシュキガルは一見すると外国人の若奥様が夫のために頑張っている構図等に見間違えてもおかしくはないため、周りの人間も助けを求められれば答えてくれることだろう。

 

 聞き出した情報から男爵イモを選択したエレシュキガルは鶏もも肉とカレールウも同様の方法で選択し、カゴ入れてレジへと向かった。メモに書いていたが、自分が食べたいものを特に購入しないのは真面目な彼女らしさといったところであろう。

 

 そんなエレシュキガルの姿を見た立香は優しげで朗らかな笑みを浮かべ、少しだけ天を仰ぎ見るように上を見上げると、どこかもの悲しげにポツリと呟いた。

 

「そうか……もう1人でも大丈夫なんだねエレシュキガル……。ちょっとだけ……寂しいかな」

 

「…………あなたって時々、おかしくなるわよね」

 

 ニュクスの呆れたような呟きを尻目に、立香は家で待っていた事を装うため、エレシュキガルよりも先に帰路に着くのであった。

 

 ちなみにニュクスがエレシュキガルが来てから今まで暫く顔を見せていなかった理由は、あの"童貞を殺す神衣(ふく)"とやらの製作に1ヶ月掛かったためらしい。

 

 結局のところ、似た者同士である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

<材料(8皿分)>

タマネギ――2個 約400g

ジャガイモ――2個 約300g

ニンジン――1本 約200g

鶏もも肉――300g

サラダ油――大さじ2杯

水――1000ml

カレールウ――1箱 約140g

 

 

「よーし、じゃあ、みんなでカレー作りを始めよう!」

 

「頑張るわっ!」

 

「わー、ぱちぱちぱちー……はぁ、めんどいです」

 

「私、自分で料理なんていつ以来かしら?」

 

 

 今回優先することは作りやすさであるため、どの家庭で誰が作ってもそれなりに美味しく出来るような作り方をしている。

 

 

①まずは具材を切り揃える。

 

 ちなみにタマネギやジャガイモに関しては、煮込めば溶けるため、切り方や大きさを指定する必要性はそこまでないが、大きく切り過ぎて、中身まで火が通ってないということを初心者はやりがちのため、今回は全ての具材を一口大にカットすることにする。

 

 お好みで1~2枚ほど皮を剥いてから、タマネギは繊維方向に沿って、くし型に切る。繊維方向に切ると、食べたときにシャキシャキ感が残りやすく、加熱しても形が崩れにくい。逆にあえて繊維方向に切らなければタマネギが崩れるので、タマネギをカレーに溶かして食べたい場合にはそちらを優先する。

 

 ジャガイモは、ピーラーか包丁で皮をむいて、芽を取り除く。ジャガイモの芽には強力な天然毒素を含み、死に至ることも決して珍しくもないのでここは怠らぬように。形が楕円形のためまず縦に半分に切り、一口大に切り揃えるとやり易いだろう。

 

 ニンジンもジャガイモと同様にピーラーか包丁で皮をむき、一口大に切っていく。やや厚めの半月切りぐらいが食感も楽しめるであろう。

 

 

「め、目が痛いのだわ!?」

 

「野菜だって生きていたんですから呪いですよ。野菜なんかに当てられるようじゃまだまだですね」

 

「そそ、そうなの!?」

 

「こらカーマ、嘘つかない」

 

 

 

②野菜を切り終えたら、次は肉。

 

 家庭によって、牛肉、豚肉、鶏肉などどれを使うかも、使う部位も異なるが、今回は急にシチューにしたくなっても違和感の少ない"鶏もも肉"を選択。

 

 肉の切り方に関しては、初心者は無理に包丁を使おうとせずに、キッチンハサミで野菜よりもやや大きめの一口大にカットすると非常にスムーズである。

 

 

「くうくうおなかがなりました」

 

「どうしたのカーマ?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

 

 

③次に炒めてから、煮込む。

 

 厚手の鍋を中火で熱し、サラダ油を大さじ2杯、鍋肌に馴染ませる。

 

 まずはタマネギを炒め、その全体に油が回ったら、ジャガイモ、ニンジン、そして肉の順番に入れる。具材全体に油が回り、タマネギがしんなりしたら、水を加える。

 

※ちなみにキノコ類を入れるときはニンジンと同じぐらいのタイミングで入れるとよい。

 

※更に蛇足だが、ここでカレーにひと手間を加えると、水ではなくざく切りにしたトマトを水の代わりとなるだけの量を入れて蓋をし、焦げやすいので時々混ぜつつ弱火で15分~20分ほど煮込むとよい。するとトマトから出た水分が水の代わりとなり、トマトが大量に入っていることなどほとんど気づかない無水のトマトカレーが出来上がる。春から夏に掛けてが旬で、子供も喜ぶ味に仕上がるためお試しあれ。

 

 煮込みに工程を戻すと、アクを取り、具材がやわらかくなるまで煮込む。弱火~中火で沸騰してから約15分程煮込むとよい。目安は箸の先端を具材に指して、スッと通るようになることだ。

 

 

「ぐーるぐーる♪」

 

「ホント、神のクセにそういう地味な作業大好きですよね貴女。プライドとかないんですか?」

 

「……? これぐらいで美味しくなるならいいことなのだわ」

 

「はぁ……相変わらず、貴女といると調子が狂いますねぇ……」

 

 

 

④最後にルウを入れて煮込む。

 

 煮汁が跳ねたり、ルウがダマになることを防ぐため、一旦火を止め、ルウを割り入れて溶かす。ルウが溶けたら、再び火を着け、時々鍋を底から掬うように掻き混ぜ、焦げないように注意しつつ弱火で10分ほど煮込むとよい。

 

 全体的にとろみが出てくれば美味しいカレーの出来上がりである。

 

 

「ねえ、このカレー煮てるとどんどん白くなるのだけれど?」

 

「えっ……ってニュクスさんその箱――それカレールウじゃなくて、シチューのルウだよ!?」

 

「あっ」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「美味しいシチューね」

 

 力強くシチューという部分を強調したのは、澄まし顔で居間にある炬燵に座り、シチューを食べているニュクスである。

 

 エレシュキガルが買ってきたカレーの素材を使い、立香の監修の下、成り行きでエレシュキガル、カーマ、ニュクスの三柱で料理をした結果、出来たものは実に美味しそうなシチューであった。

 

 主にこうなった原因は、戸棚にストックしていたシチュールウを何故かわざわざ取り出し、全く疑問に思うことなく鍋に投入したニュクスのせいである。

 

「わーいわーい、ホワイトカレーでーす」

 

「私も白いカレー初めてね」

 

「あなたたちそんなに私をイジメなくてもいいんじゃないかしら……?」

 

 多少申し訳なさそうにしながらも、口を尖らせてジト目でカーマとエレシュキガルを見回すニュクス。すると2人は目を合わせないように顔を背けた。ちょっとした意趣返しであろう。

 

「あはは……牛乳切らしてなければカレーシチューにしたんだけどね。うん、でもシチューも美味しいよ」

 

「はぁ……そういうところよ立香。いいわ、子供は何人欲しい?」

 

「まだ、学生なのでそういうのは遠慮しておきます」

 

「こっ、子供!?」

 

 そんな会話がニュクスと立香の間で行われたことで、エレシュキガルは驚き、ほんのりと顔を赤く染める。

 

 その様子に興味を持ったのか、眼光をやや艶かしいものに変えると、ニュクスはエレシュキガルに視線を向けた。

 

「あら? 私、こう見えても夫で実兄との間に3人、他に少なくとも11人ぐらい子供いるもの」

 

「え、ええ……実兄?」

 

「まあ、近親婚なんて神々では珍しくもないですからね」

 

「クロノスとレア、ゼウスとヘラだってそうよ。ちなみに両方とも弟姉ね。というかあなたも既婚者じゃなかったかしら?」

 

「わ、私はネルガルとは偽装結婚だし……」

 

「あら、随分プラトニックなのね」

 

(い、居心地が悪い……)

 

 立香がいるにも関わらず、ニュクスを中心にかしましい女神(ガールズ)トークが始まり、立香は何とも言えない居心地の悪さを感じる。まあ、彼は本質的にはただの男子高校生のため仕方なかろう。自身に直球で来ない分、逆に反応しにくいのである。

 

「それにギリシャ神話の女神なんて、不倫して子供作って育児放棄するまでが最早様式美よ? 私なんてまだまだマシな方だわ」

 

 ニュクスはオリュンポス十二神の一柱――旅の神ヘルメスについて語る。彼はペルセフォネ、アプロディーテ等の女神だけでなく、ゼウス、アポロン等から度々、育児放棄された子供を押し付けられているらしい。

 

「ひ、酷過ぎるわ……」

 

「まあ、そのヘルメスも押し付けられた子供をさらに他の人物に押し付けているのだけれどね」

 

「ええ……」

 

「悪いことは言わないから、ギリシャ神話の神々とだけは無為に交遊関係を持たないことね。誰も彼も股ぐらで物事を考えたがるし、最悪ポセイドンが飛んできて孕まされるわ」

 

「そこはゼウスじゃないんだ」

 

 立香はそうぼやいたが、実際にポセイドンに同性にも関わらず、襲われそうになった経験があるため、なんとなくニュクスの言わんとしていることは理解していた。

 

「ポセイドンは同性を含む男女関係ではゼウスとアポロンを悠に越えているのよ。そして、その半分は強姦や誘拐なの。頭の中までマーラーね」

 

「そこで私を例えに使うの止めてくれません……?」

 

「女神転生っていうゲームに出て来るご立派なあなた私は大好きよ?」

 

「んふふ……そんなに私に愛されたいんですかぁ? 仕方ないですねぇ」

 

「あら、こわいこわい」

 

 一瞬、笑顔のカーマから青い炎が噴き出す様を立香は幻視した。どうやらカーマは珍しく癪に触った怒ったらしい。

 

 流石のニュクスもこれ以上、カーマにちょっかいを掛けるのは一旦止めたようで、視線をエレシュキガルの方へと移す。

 

「そうね、だったら――」

 

 そして、肘をついてその片手を自身の顎に添えると、指で己の唇のなぞった後、心底愉快そうな人を喰った笑みを浮かべると口を開いた。

 

「エレシュキガル。あなたは立香とまず子供を作ったら如何かしら? 人間との子なら周りの神々もなんとも思わないだろうし、1人目はそれなりに可愛いものよ? どうせ、彼が死ぬまで一緒にいるんだから2人や3人、遅かれ早かれ勝手に出来上がるでしょうしね」

 

「――――――!?」

 

「ぶふっ!?」

 

 ニュクスからあらゆる過程をすっ飛ばして、さも当然のように放たれた言葉にエレシュキガルと立香は思わず噴き出す。特にエレシュキガルは顔を真っ赤に染めており、頭から湯気が立ち上っていそうにさえ思える。

 

「………………はぁ」

 

 流石に立香も、エレシュキガルに悪いので、ニュクスのほとんどセクハラのような会話を切り上げなければならないと考えていると、彼が口を開くよりも先にカーマが溜め息を吐く。

 

 そのときのカーマは何故かいつもより、2割増しで不機嫌になったように立香は感じた。

 

「セクハラついでにギリシャ神話の神々の放蕩三昧の常識を押し付けないでください。彼女の神話体系(メソポタミア神話)はそちらと違ってそこまで爛れてないんですよ」

 

「あら? 天魔ともあろう者がそちらの肩を持つのね。意外でもないけど可愛らしいわ――――妬いてるの?」

 

「はいはい、好きに言っててください。最早、卑しい神器の身の私は異教神のパワハラには屈しませんよーだ」

 

「会話のレベルが違うのだわ……」

 

「2人ともプロだからね……別方面に」

 

 エレシュキガルと立香は、夜の女神(ニュクス)愛の神(カーマ)の口喧嘩のようで喧嘩には発展しない言葉の応酬に疲れ始める。

 

(こどもだなんて……私にはそんな……考えられないわ)

 

 そんな中、エレシュキガルは、ふとさっきニュクスから言われたことを思い返す。単純に自分の今までの生涯を省みてみると、冥府での仕事を片付け、少しでも霊たちによい環境を提供しようとすることに全てを捧げており、そのようなことは考えても見なかった。

 

 この1ヶ月ここで過ごして彼女が改めて思ったことは――やはり彼はただの人間であるということだ。

 

 別段、特筆すべきほど優れた点がある訳ではない。ただ、側にいて、根暗で他者に誇れるような権能を持たないどうしようもない自分を心の底から肯定してくれて、隣にいて居心地がいい。それだけの人間だ。

 

 しかし、ニュクスが言ったように彼とこの先ずっと一緒に過ごしたのなら――自分は一体どうなってしまうのか? それだけはどれだけ考えても思い付かなかった。

 

 

「ふ―――うふふふふ。私、他者を弄ぶなら兎も角、他者から弄ばれるのは大嫌いなのは知っているでしょう? なのに、困った人もいるものですねー。恥ずかしいなあ、許せないなあ、いくらそこそこの付き合いでもちょっと見過ごせないかなー♡」

 

「あら? 自覚していないのと、自覚したくないのはまるで違うわよ可愛いボウヤ? それに、神器になってからまだただの一度も禁手に至っていないあなたが私に勝てた試しがあったかしら? まあ、あなたに負けるのも面白そうだけれど」

 

「ちょ、ちょっと2人ともストップ! 何か2人から漏れ出してるから!?」

 

「………………ふふっ!」

 

 

 ただ、徐々に白熱し始めたカーマとニュクスを見ていると、もう少しだけ自分に素直に、正直に生きてもいいのかなと思えた気がしただけでもいい。新たな日常となりつつある光景に自然と笑みが溢れたエレシュキガルはひとまずはそう思うことにした。

 

 

 

 

 







○三神にニュクスを選んだ理由
 カーマとこんな会話を出来そうな絶妙な立ち位置の女神をニュクス(貫禄)と、アフロディーテ(エンジョイ勢)と、キュベレー(貫禄)、エキドナ(ガチ勢)以外にあんまり思い当たらない。キアラさんはそういう意味ではもう少しマイルドですし、ティアマトさん(fate)はあんな汚いこと言わない(迫真)



~QAコーナー~

Q:ニュクスさんって既にどれぐらい立香のこと好きなの?

A:溶岩水泳部ぐらい。または寛容でアプローチの仕方が違い、大胆かつ独占欲が皆無なだけで、オリオンに対するアルテミスぐらい(オリオンをなぞる)




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スイーツ(女神)




 皆の笑顔のために頑張るので初投稿です。







 

 

 

「えっ……そんなことがあったの?」

 

《ああ、早速修行漬けだぜ……!》

 

 今日の学校でクラスメイトかつ友人であり、眷属ぐるみでの付き合いも最近するようになった兵藤一誠。そして、彼と同じグレモリー眷属のアーシア・アルジェントが公欠になっていたため、自宅に帰ってから自室でイッセーに電話掛けた立香は驚いた。

 

 イッセーから聞いた話をまとめると、どうやらリアス・グレモリーと、フェニックス家の三男のライザー・フェニックスとの非公式のレーティングゲームがあるらしい。そして、10日間の猶予を使い、山籠りの修行に来ているとのことである。

 

 その経緯はフェニックス家の三男の方が、本来大学卒業後の予定だったリアス・グレモリーとの結婚を踏み倒して来たことがそもそもの原因であり、それを解決するためにレーティングゲームを行うとのことだ。

 

 また、その過程でイッセーは自分の力の無さを痛感し、もっと強くなりたいと暗い声で述べており、オカルト研究部にライザー・フェニックスが来たときにあった何らかが尾をひいているように立香には思えた。

 

 ちなみにレーティングゲームとは、勢力を大きく減退させた悪魔が、転生により強力な眷属を増やし、かつ仲間を減らすことなく実戦経験を積むために行われる悪魔独自の競技のことである。

 

 爵位持ちの上級悪魔達が自身を"王"、下僕を文字通りチェスの駒として、あらゆるルールのもと、相手の悪魔眷属たちと競い合う。異空間に使い捨ての戦闘フィールドを創り出し、そこへ両チームが転移して行い、"王"自身が戦闘不能になるか降参を宣言した場合に敗北となるのだ。

 

 現政権で優遇されているため、実力主義の冥界ではゲーム成績が爵位や地位にまで大きく影響する最新の由緒あるスポーツといったところであろう。

 

「そっか……なら何か協力出来ることはないかな? 俺は悲しいことに全然戦えないけどさ」

 

《えっ、そうなのか? 部長からはライザーなんか一瞬で倒せるぐらいとんでもなく強いって聞いてたんだけど?》

 

「いやいやいや、それを出来るのはカーマだよ。すっごく頼りになる俺の大切な家族だ。俺はただの足手まといだからね」

 

「……………………」

 

 カーマと立香は言わば、二心同体に等しいため、イッセーとの会話を全て立香の部屋のベッドに寝転がっているカーマも聞いていた。

 

 そして、立香が何気なく放った言葉を聞いた彼女は、無言のまま顔を背けて髪を指で弄り、少し居心地が悪そうにしていたが、その表情はいつもより明るく見え、ふとした瞬間に立香の枕に顔を埋める。

 

 ちなみに立香自身が思っている戦闘時に自身が出来ることは、カーマが戦っている間に魔術で自分を強化して足手まといにならないように立ち回り、そのときに魔術で自身を強化すれば、俺の体の一部でもあるカーマも強化されるために間接的に支援出来る事。ガンドで敵の足止めをする等の直接的でないことのみである。

 

 ただの人間である立香が、戦闘において全く役に立たないことは、彼自身が一番理解している故の割り切りといったところであろう。また、少しでもマシになるように日頃から体を鍛えてはいるが、それを実感できることは未だにほとんどない。

 

《…………立香は立香で大変なんだな》

 

「あはは、悩みは十人十色だからね。イッセーだってそうだろう?」

 

 立香はイッセーのことを心配しつつ、自分がいつもカーマがお世話になっているグレモリー眷属と、友人のイッセーのために出来ることを改めて考えた。

 

 ちなみに立香が時々オカルト研究部に通っている理由及びカーマがお世話になっている訳は、そこに向かうと食べれる最高級菓子をカーマが気に入っており、非常に遠回しな表現で訴えてたまに行きたがるためである。

 

 すると、ある疑問が浮かんだため、イッセーに質問することにした。

 

「レーティングゲームのために山籠りで修行しているってことは、とりあえず戦闘力的な面で強くなれればいいのか?」

 

《ええ? ああ、そうだと思うけど……》

 

「だったら――――俺の友達に声を掛けてみるよ。"先生"がいた方が捗るんじゃないかな? 今は旅をしてる"2人"だし、1週間ぐらいなら協力してくれるよ」

 

 立香の中では既に誰に声を掛けるか決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんわー!」

 

 

 リアス・グレモリー眷属とライザー・フェニックス眷属とのレーティングゲームまで、後7日となった日の晩。彼らが修行のために来た山奥の別荘にて。

 

 雲ひとつない快晴の夜空に浮かぶ、大きな満月を背にしてふわりと舞い降りるようにそれは現れ、これから肉体強化の修行に入ろうとしていたグレモリー眷属の面々は等しく、視線が釘付けになった。

 

 

「………………お月見おっぱい」

 

 

 そして、何を思ったか、錯乱したのか、イッセーは唖然とした様子でそんな言葉を呟いている。

 

 グレモリー眷属の目の前に降り立ったそれは、より白に近い白銀の髪に、いっそ人間味が感じられないほど色白の肌をし、怖いほど澄んだ青白い瞳をした女性であった。

 

 また、柔らかな月光を糸に編んだような絢爛豪華ではないが、地味でもないドレスを纏い、白木を半月状にして作ったような弓に座るような姿勢で女性は宙に浮いており、何故かあまり可愛いデザインではない"熊"のぬいぐるみが女性の頭に乗っている。

 

 

「はいはーい☆ 月と狩猟の女神、アルテミスでーす!」

 

「今はぬいぐるみとかのオリべえでーす。よーろーしーくー」

 

 

 そして、女性の方は――女神アルテミスと名乗り、熊のぬいぐるみの方はその永遠のパートナーとして知られるオリオンと名乗った。

 

 アルテミスの全身から溢れる神性は明らかに嘘ではないことを示している。また、立香が可能なら先生を送りたいということはイッセーから王のリアスにも話が通っており、折角の申し出を無下には出来なかった上、願ってもない事だったため、イッセーを除くグレモリー眷属は完全に固まっている。

 

 最高でもエレシュキガルか、カーマが出向いてくるという心構えで待っていたのであろう。しかし、立香が寄越した存在は、その想像を遥かに超えていた。一体、どのような交友を持てば、このような異次元の事態が生まれるのかという話であろう。

 

「え……ええ……。あなた方が立香が言っていた先生……という事でいいのかしら?」

 

「うん! 立香から"不死鳥(フェニックス)を落とすために強くしてあげて欲しい"って聞いてるわ! 狩猟のことなら私とダーリンに任せて任せて! もうなんでも教えちゃうわ!」

 

「あらゆる魔獣、幻獣を狩猟した俺らはフェニックスを射った経験も勿論ある。まあ、ギリシャ神話(こっち)のフェニックスとはちょっと違うかも知れないけどな。要するに強くすりゃいいなら狩人でも務まるさ」

 

「ええと……失礼かもしれませんけれど、あなた方と立香との関係は?」

 

 また、信じられない様子のリアスが応対すると、アルテミスはポカンとした様子で首を傾げ、懐からスマートフォンを取り出す。

 

 そして、電話帳の中から"立香"という名前をグレモリー眷属らへと見せてから口を開いた。

 

「ただの友達よ?」

 

「め、女神アルテミスと友達……彼は一体!?」

 

「まあ、アイツは色々あってギリシャ神話の神々のメアドならかなり持ってるし、何よりニュクスさんがお熱だからなぁ……」

 

「えっ……ニュクスさんって私の領地に滞在している方よね?」

 

 ちなみにニュクスはしっかりと、リアス・グレモリーへ申請をした上で駒王町に滞在している。尤も他の事について、リアスは知らなかったようだ。まあ、立香に関しては当然事であり、特に聞かれなかったため、リアスには伝わっていなかったのであろう。

 

「あの方は本当にヤバいんだぜ……アルテミスが目じゃないレベルで……」

 

「私もニュクスさんは苦手だしねー。兎に角! みんなよろしくねー!」

 

 明るく間の抜けた様子のアルテミスにグレモリー眷属は困惑しつつも、次第に毒気が抜かれていき、2人が来た目的の修行の方に取り組むことになった。

 

 少なくとも、アルテミスはライザー・フェニックスが比べ物にならないほどの実力者のため、グレモリー眷属らは力強い先生が出来たと好意的に考えていると、思い出したような様子で手を叩く。

 

「あっ! でもレーティングゲームでフェニックスを落とせなかったら、鹿に変えて殺しちゃうから頑張ってね!」

 

『え……?』

 

 ふんわりとした印象のアルテミスから、その雰囲気のまま唐突に放たれた言葉と、唐突に設けられた背水の陣にグレモリー眷属は似たような困惑の声を上げる。

 

「もう、私は神話に名高き狩りの女神だよー? そのところはプライドもってまーす!」

 

 そう言って、屈託のない笑みを浮かべるアルテミス。到底、彼らの背後に死を突き付けた者の様子ではない。これこそが女神――取り分けギリシャ神話の神々の恐ろしさなのだ。

 

 しかし、アルテミスはこれでまだマシな部類なのだから始末に負えないところであろう。

 

「みんな、死ぬ気でかんばってね?」

 

「…………ま、気の毒だがこいつは強いぞー。頑張れよ」

 

 かなり含みのある言い方であるが、オリオンはアルテミスを嗜めなかった。というのも、オリオンに言わせれば、これでもアルテミス的には非常に優しくしてくれている方である。

 

 アルテミスから"あははははっ! 立香も面白いね~。オリオンは愛してるけどぉ、貴方もちょっぴり好きよ?"等と評価されている立香の友人が相手という事で甘めなのであろう。

 

「だいじょうぶ、ダーリンならフェニックスぐらい素手でも朝飯前だから!」

 

「いや、流石に素手は無茶苦茶アツいって」

 

 しかし、出来ないとは言わない辺りと、アルテミスの一切曇りない信用から、オリオンという狩人の実力が伺える。

 

 そして、その期待はグレモリー眷属らにも向けられ、アルテミスは大きく腕を掲げた。

 

「自分を信じて! エイ、エイ、オー!」

 

 尚、上級悪魔でも今は高く見積もっても中堅止まりのグレモリー眷属らが、ギリシャ神話でも何番目かに名前が上がる戦闘向きの女神とマトモな戦闘になるわけがない。

 

 とりあえず、実力を見るということで、アルテミスとの戦闘になったところ、全くなっていない奇妙な構えから百発百中の矢を放たれたり、とてつもない威力と非常に鈍い音のタックルで戦車の塔城小猫が車に跳ねられたように吹き飛ばされたりした結果、30秒と掛からずにグレモリー眷属全員がノックアウトされた。

 

 ネアカゆるふわスイーツ女神鬼教官による打倒フェニックスの1週間が幕を開けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"幽世の聖杯(セフィロト・グラール)"を探して旅をしているんですか?」

 

「うんそうなの! それがあればダーリンを生き返らせて元の姿に戻せるから!」

 

 土下座せんばかりのグレモリー眷属の懇願により、元々昼間にしていた知識の勉強をすることをゴリ押し、どうにか肉体を休める時間を確保した彼らは、稀な機会のため、勉強のついでにアルテミスとオリオンから話を聞いていた。勉強会もアルテミスの恋ばなにシフトしているが、それを咎める者はいない。

 

 

 "幽世の聖杯(セフィロト・グラール)"――。

 

 

 それは聖遺物の一つである聖杯が由来になっている神滅具(ロンギヌス)である。

 

 その能力は言ってしまえば強力な治癒能力と生命体の強化なのだが、回復系神器としては桁違いであり、アーシア・アルジェントの保有する聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)ですら不可能な、完全な欠損部位の再生すら容易に可能だという。

 

 だが、それもまた余技といっても過言ではなく、魂さえサルベージすることができれば、死者の蘇生すら可能とするという桁違いの力を保有している。

 

 アポロンに嵌められ、アルテミス自身に誤って射殺されたオリオン。それをなんとかアルテミスが魂を繋ぎ止めたため、このように"ゆるキャラ"と化したオリオンを幽世の聖杯(セフィロト・グラール)"で復活させるため、アルテミスとオリオンは2人で世界を旅をしているのだ。

 

 しかし、どういうわけかさっぱり手懸かりさえ見つからないため、探すための旅というよりも半ば長期旅行と化している。だが、本人たちは幸せそうなので誰が口を出せる訳でもないであろう。

 

「あれ……私たち最新の神話のページを本人たちから直接聞いてないかしら……?」

 

「まあ、オイノピオーンに謀られて、両目を抉られて盲目になったときは、オケアノスの果てまで治療しに旅するハメになったからな。今回は体を失っただけと思えば……思えば……うーん、キツい」

 

「その姿のダーリンもとってもキュートよ!」

 

 その上、熊のぬいぐるみなオリオンは兎も角、アルテミスは処女を司る女神であり、万人がおよそ思い浮かべるようなアルテミス像から掛け離れたスイーツ脳をしている。

 

 正直、対応していて疲れるというのが本音であり、立香は嫌がらせか何かで派遣したのかという考えも過ったが、翌々考えればたった10日で不死身のライザー・フェニックスに勝たなければならない彼らは、これぐらい色々と壮烈な方が励みになるということも間違ってはいない。

 

 スイーツ女神でも実力は間違いなくアルテミスであり、フェニックスを狩猟した者から直接思ってもいなかった"秘策"を聞き出せたため、相対的には完全にプラスなのである。

 

(いや、それにしてもさイッセーくんさぁ?)

 

「はい?」

 

 イッセーの肩に登ってきたオリオンは、グレモリー眷属の女性の面々を一望し、嬉々とした息を漏らしてから彼に小さく耳打ちする。

 

(いやー、本当にグレモリー眷属の可愛い子ちゃんたちのレベル高いよなぁ……)

 

(――!? そうですよねオリオンさん! 特におっぱいが最高ですっ!)

 

(ほほう、やっぱり思った通りだ。さん付けなんていいってことよ。だって俺たちほら――)

 

 オリオンはニヤリと口元を歪めつつ、怪しい眼光になる。

 

(似た者同士だろう? ところで女湯に興味ない?)

 

(――――!!!? いえ、オリオンさんと呼ばせてくださ――)

 

「だぁりん……?」

 

「ふぎゅるっ!」

 

 するとか何かを感じたのか、聞こえていたのかは不明だが、イッセーの肩にいたオリオンをアルテミスが掴み取った。その表情は笑みを浮かべつつ、ドスの効いた黒い何かを纏っている。

 

 そんな様子のアルテミスにオリオンは滝のような汗を流しつつ、イッセーへと1度目を向けてからアルテミスに向き合って口を開く。

 

「いやいやいや、誤解! 誤解だって! 男なら誰だってある性だから仕方な――らめえええ中身でちゃうぅぅぅぅぅ!!」

 

「オリオンさぁぁぁん!!!?」

 

 しかし、既に弁明を受け付ける様子がないアルテミスは、問答無用でオリオンを掴む力を徐々に強めた。まあ、ここで開き直ろうとしたオリオンの根性は凄まじいものと言えよう。

 

 イッセーとしては、歳の離れた新たな友人が生まれ、オリオンから見ても同様であった。

 

 

 

 

 







※原作に関わる(立香が直接関わるとは言っていない)

まあ、このままだと読者の方々に――。

読者「エレちゃんが入ってないやん。どうしてくれんのこれ(憤怒)」
作者「や、すいません」
読者「感想欄見てないの?あんたんところの店(作者ページ)」
作者「そげなことはないですけど」
読者「だけどないじゃんエレちゃんが。エレちゃんを読みたかったから開いたの!何でないの?」

――と怒られてしまいそうなのでエレちゃんたちは関係なくともほのぼの日常パートとして出ると思います。


 後、アルテミスさんをFGO基準にすると、ギリシャ神話の神々の多くがアバター持ちの巨大ロボット(or巨大戦艦)になるので、どうしようか考え中です。その設定自体がハイスクールD×D向けですし、そうなると逆にニュクスさんも本体が巨大ロボットになるのでそれが大変捨てがたい(男の子の夢)


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夜と月



 感想のみんなの想いでニュクスさんは巨大ロボ(or巨大戦艦)にしましたが、特に違和感がなかったので初投稿です。






 

「うーん……」

 

 藤丸家に住んでいる冥界の女主人――エレシュキガルは古いものや、普段使わない衣類を洗濯しているとあることに気がつく。

 

(明らかに女性モノの衣類が多いのだわ……)

 

 それは立香が高校生になったため、カーマと近所のニュクスもいるという事で、魔術の方に力を入れ、長期の出張が増えた立香の両親2人に、カーマとニュクスを足したとしても異様に余る女性用の衣類の数々であった。

 

 しかも、カーマが着ていれば似合いそうな物はあるが、カーマが着ているところをエレシュキガルが見たことはなく、ニュクスの趣味や、立香の母親の趣味からは掛け離れている。

 

(自然に考えれば、この家にそこそこの頻度で出入りしている他の女性の服よね……)

 

 そう考えると、一瞬立香が見知らぬ女性を家に連れ込む姿が思い浮かび、心の中に何か黒いモノが立ち込めたが、直ぐに立香はそんな人間ではないと否定して、その考えを振り払う。

 

 ふと、衣類の中でカーマや、ニュクスや、立香がたまに着ているデザインに近いTシャツを見つけて広げてみる。どのデザインとも異なり、赤い生地に"Buster"という文字の入ったTシャツである。

 

(………………なんだか、着てみたいのだわ)

 

 何故か直感的にそう感じたエレシュキガルは、おもむろにそのTシャツを袖を通してみる。

 

 しかし、身長159cmのエレシュキガルをして、若干ぶかぶかな大きさであった。恐らくは170cmほどの身長をした者が着ていたのであろう。

 

 その上、胸の辺りの生地が伸びているらしく、スペースが余っている。エレシュキガルは決して小さいサイズではない筈なのだが、なんとなく負けたような気分になる。

 

「大きいのだわ……」

 

「ああ、そのTシャツならもう少し小さいサイズがあるよ」

 

「ひゃいっ!?」

 

 急に掛けられた声にエレシュキガルは小さな悲鳴に似たものを上げつつ、声の方向を振り向く。そこには家主で、彼女の契約者である藤丸立香の姿があった。

 

「ごっ、ごめんなさい! 勝手に着ようというつもりじゃなくてその……」

 

「? ああ、全然いいよ。着られる方が服も幸せだろうし、家に置いて行ってるってことは予備みたいなものだから好きに着て」

 

「本当!? あ、ありがとう……。それじゃあ、出来ればその……これとこれと……後、このTシャツの小さい物を頂けないかしら?」

 

「もちろん、いいよ。あっ、そうだ。ニュクス知らない? 夕飯から暫くは居間にいたんだけど」

 

 立香は少しだけ困ったような表情を浮かべる。ニュクスは最近はいつでも立香の側におり、夜間には名前を呼ぶだけで直ぐに現れるのだが、神出鬼没でもあるため、探すと見つからなかったりするのである。

 

 まあ、この前に立香から離れた理由が、童貞を殺す神衣を作るためなので、基本的に大した理由でもなく、暫くすれば自然に戻ってくるため、立香としてもあまり気には止めていない。

 

「何か火急の用なのかしら? それなら私が――」

 

「いやいや、大したことじゃないから。学校の勉強――数学のことだからさ。帰ってきたら聞くよ」

 

「数学?」

 

 エレシュキガルが立香の手を見ると、駒王学園で使われている数学の教科書が握られている。

 

「うん、ニュクスって理数系が無茶苦茶得意みたいなんだよね。本人は"昔取った杵柄"って言ってるけど……」

 

「いや、そりゃそうでしょうよ……真体持ちのギリシャ神だもの……出来ない方が可笑しいわ」

 

「ははは、だよね」

 

 そんな冗談混じりの会話をしつつ、立香は勉強に戻り、エレシュキガルは誰が出入りしていたのかということを聞くことはさっぱり忘れ、楽しげに衣服の整理を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな! こんばんはー! 今日もいい夜ね!」

 

「はいはい、2日目も頑張れよー」

 

 アルテミスとオリオンが先生として来てから2日目の夜。昨日よりはやや欠けた月をしてはいるが、相変わらずアルテミスに気を使ったかのように雲ひとつない快晴である。

 

「じゃあ、アーシア! 頑張ってね!」

 

「は、はいぃ……!!」

 

 前日、グレモリー眷属は手も足も出ずに先生を務めている女神アルテミスに敗北し、その後、あのネアカな調子のまま何度も何度も転がされては、焦ったアーシア・アルジェントの回復型神器――"聖女の微笑(トワイライト・ヒーリング)"によってひたすら回復されるということを繰り返し、結果的に昨日はアルテミスへゾンビアタックをするばかりになっていた。

 

 そして、わざわざ声を掛けたということは今日も同じようなことをやる気らしい。実に効率的で人道という言葉をどこかに置き忘れてきた所業である。

 

「と、ところでなんだけれど……率直に言って私たちは実力的にどう思うかしら……?」

 

「えっ? もちろん、ものすっごく弱いわよ? やだー! リアスったら! そんなの当たり前じゃない!」

 

 ちなみに異様なほどの気安さもアルテミスの気質である。到底、ライザー・フェニックスとのレーティングゲームに勝てなければ、鹿に変えて殺すと宣言している相手への対応ではない。

 

「でも、このままだとフェニックスを倒すだなんて夢のまた夢よー?」

 

「そ……そう、理由を聞いてもいいかしら?」

 

「あー、その辺りは単純に実力差だな。昨日のアルテミスは力を抑えて、精々……"魔王クラス"ぐらいで戦ってたにも関わらず、せめて一撃も入れられてねぇじゃないか」

 

「あれで抑えてくれていたんですね……」

 

「そんなのあったり前よ。アルテミスが本気で殺しに来てたら、お前らは今頃、夜空のお星さまだぞ?」

 

 グレモリー眷属の騎士で金髪の青年――木場祐斗が渇いた笑いを浮かべながらそう言う。

 

 それはグレモリー眷属全体の総意にも近かったが、やや自虐混じりのオリオンの言葉に彼らは閉口する。

 

「そもそも、元々のリアス嬢ちゃんたちの作戦では、フェニックスの三男坊にイッセーの"赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)"で攻撃を倍加して、魔王クラスまで威力を高めて一撃で方を付けようとしていたみたいだが……ちょっと考えが甘過ぎるんじゃないか?」

 

 普段はアルテミスの付属品のようであり、お調子者でアルテミスに比べればずっと人間味があり、優しい人格者のオリオンからそのような叱る言葉が出たことに、少なからず、グレモリー眷属らは気を引き締めた。

 

「あのなぁ……街にいるような飛ぶ鳥だって好きに動くんだ。ちょっとでも狩猟の嗜みがあればわかると思うが、方法や技量もなしにそれを落とすのだって意外と難しいんだぜ? 一番肝心なそこを考えてなくてどうするよ?」

 

「それは……」

 

 リアスは自身が立てていた作戦にあまりにも致命的な穴があったことに今更ながら気付かされた。"赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)"で威力を高めた明らかに見え見えの攻撃を、策もなしに当てることは難しいという話である。

 

「向こうさんは風と炎を操り、自由に空を飛び、危ないと感じれば当たらないように避けるだろうよ。それに対してこっちは魔王クラスに達するまで威力を高めるのにどんなに早くとも数分は掛かりやがる。ライザーって奴に確実に当てれる自信がある奴がいるなら今手を上げてみろ?」

 

 それに対して、グレモリー眷属で手を上げられた者が居よう筈もなかった。

 

 現に前日のアルテミスとの戦いで、グレモリー眷属は空を浮遊したまま、必中に限りなく近いほど追尾してくる矢を放つだけのアルテミスに一撃たりとも入れることが出来なかったのだ。故にオリオンの言わんとしていることが、身をもってわかったことであろう。

 

「しかも、ライザーは格上の上級悪魔で、その眷属の数はリアス嬢ちゃんたちの約倍と来てやがる。数で負けてる以上はあまり攻勢は望めねぇだろうし、1度でも守手に入られたらライザーに取り付くのすら難しくなるだろ? だったら魔王クラスとまでは言わねぇけど、最上級悪魔クラスの相手を1体ぐらいは相手取れるぐらいの実力がないと厳しいんじゃないか?」

 

「えっ! ダーリンそれってもっと弱くしてってこと?」

 

「そりゃそうだ。昨日のままじゃ相手にもなってないもの。半分……いや、3分の1ぐらいで相手してやってくれ」

 

「えー……まあ、ダーリンの頼みならそうするけどー……」

 

 アルテミスは渋々といった様子で頬を膨らませつつそんな事を言う。終始この調子のアルテミスという女神の本来の実力が一体どれ程なのかグレモリー眷属には見当もつかなかった。

 

「しかし、立香の奴はその辺りを考えて俺らに頼んだんだのかもな。普通に技量を高める修行の適役なら他に幾らでもいただろうしよ。つーか、普通ならせめて、魔法使いと剣士と武術家を呼ぶだろ。アイツの交友なら余裕だ余裕」

 

「えっ!? でも立香は電話越に俺から簡単な話を1度聞いただけで……」

 

「それは――」

 

『彼はそういうタイプの才能を持ってるのよ。言葉に表すのは難しいけれど……強いて言えば、観察眼――"他者(ひと)を見る目に異様に優れている"といったところかしら? だから、無意識に相手にとって足りない事を本人よりも理解してるし、1番言って欲しい言葉を意識せずに掛けたりも出来るの。少なくとも私はそれに惹かれたわ』

 

 驚いた様子のイッセーに返そうとしたオリオンの言葉を遮って、どこからともなく妖艶ながら幼げにも思える女性の声が響き渡る。その声は"後、勘もいいのよ彼"と楽しげな声色で続けて呟かれる。

 

「あはは……ニュクスさん。こんばんはー」

 

「ニュ、ニュクスさん……今日はどんな要件で?」

 

 その声にグレモリー眷属が困惑していると、アルテミスとオリオンが虚空に対してそんな挨拶を行う。

 

 夜の女神ニュクス――ギリシャ神話の伝承において主神ゼウスにも畏れられている存在であり、現在は何故か駒王町に滞在している原初の女神の名だ。

 

『ええ、久し振りね。可愛い狩人のカップルさんたち』

 

 すると月明かりに照らされ、僅かに見えるグレモリー眷属らの影が最も多く交わった部分が隆起し、まるで泥沼から生えるように人影が現れた。

 

 体の表面を覆っていた影を霧散させ、全容を現したそれは、闇を束ねたような黒髪に、あどけなさを残す顔立ちをしながらも、それに不釣り合いなほどの妖艶な魅力と、明らかに人間のそれではない神性を纏った明らかな女神である。

 

「ふぅ……やっぱりちょっと透けるわねぇ」

 

「えっ? ニュクスって誰――」

 

 出現してから体の状態を確認しているニュクスに対し、何も知らないイッセーがそう呟こうとした直後、アルテミスの頭に乗っていたオリオンが駆け込むようにイッセーの肩へと飛び乗り、耳打ちする。

 

(き、気をつけろイッセー!? 詳しくは語れんが、ニュクスさんはアルテミスと比べても文字通り"規格外"なんだ!? その気になれば一瞬で――)

 

「うふふ、お口にチャックよ」

 

「あんっ……!」

 

「きゃっ!? ちょっと! ダーリンに乱暴しないで!」

 

「おまいう……」

 

 ニュクスがオリオンに指を向けて軽く振るうと、イッセーの肩からオリオンがボールが弾むように吹っ飛び、弧を描いてアルテミスの谷間に挟まった。

 

「夜の女神ニュクス……ここに一体何をしに来たの?」

 

「あらあらそんな固くならないの。大した理由じゃないわ。立香からリアスちゃん達が頑張っているってさっきのお夕飯のときに聞いたから応援しに来ただけよ? うふふ……本当にそれだけ」

 

 ただ、そこにいるだけで神性による存在感と闇そのもの故の威圧感を放つニュクスに、面識があろうとも明らかにリアスはアルテミスを前にしたとき以上に緊張している。

 

 無論、彼女の悪戯っぽくもある表情や仕草からそうは見えないとも受け取れた。そのため、夜の闇のように掴み所のない存在と言えよう。

 

「それに私は夜そのもの。夜の訪れは私の訪れ。誰も私からは逃れられず、どこにでも私はいる。闇夜に私の所在を訪ねるのは無駄よ?」

 

「そ、そう……。そう言えば立香との関係について……私、全く知らなかったのだけれど……?」

 

「そうだったかしら……ごめんなさいね? けれど他者の恋路に首を突っ込むのって野暮なんじゃないかしら?」

 

 そう言うとニュクスは何かに気づいたように"あら?"と声を上げ、嬉しそうに笑みを浮かべると口を開いた。

 

「彼が呼んでいるわ。帰らなくちゃね」

 

 すると今度は次第にニュクスの体が、徐々にほどけるように消えていく。それは余りに幻想的で現実味のない光景であり、神という存在がどれほど出鱈目な生物なのかということが一目でわかって尚、余りあるであろう。

 

「ああ、そうそう。リアスちゃん」

 

 その途中で、ニュクスはリアスに視線を向け、届かないにも関わらず、ニュクスは指でリアスの首筋を空になぞる。すると、確かにリアスはぞわりと何かに背を撫でられたかのような感覚を受ける。

 

『私は義理堅いの。死の具現でもあるニュクスの名に誓うわ。滞在することを許されている(よし)みで、願うのなら……1回だけあなたが死を与えたいと思った何かを滅ぼしてあげる。もちろん、使い途と相手はよく考えてね? フェニックスでも、街でも、国でも……私には出来てしまうのだから――ああ、それも愉しそう』

 

 それだけ言い残すと、ニュクスは再び夜の闇に沈むように消え、最初からそこには何も居なかったかのように跡形もなく消滅した。

 

 そして、誰も何も言えない無言の時間が続き、それを打ち破ったのは、頭を掻いて気を使った様子のオリオンである。

 

「あー……リアス嬢ちゃん……アルテミスをけしかけている身でこんなことを言うのもなんだが……悪いことは言わないから、神には関わらん方がいい――俺みたいになるぞ」

 

 オリオンの現実味が籠り過ぎた自虐に等しい言葉にグレモリー眷属は、表情を強張らせるしかなく、昨日よりも一体感を得た面々は、幾らかシンパシーを共有しつつ今日の修行が始まるのであった。

 

 

 

 

 







義理堅くてやさしいニュクスさん(ギリシャ神話基準)


もうちょっとだけフェニックス編は続くんじゃ(現状、ハイスクールD×Dにあるまじき戦闘描写の少なさ)



~QAコーナー~

Q:女性モノの服があるってことは立香は他にも女を囲ってるの?

A:立香くんのオレンジ頭の父親が発生しうる人間関係について考えてみよう。


Q:ニュクスさんってどんな用途のロボor戦艦の予定?

A:考えるのも楽しみだと思うので、明言はしませんが、ハイスクールD×Dの世界で真体があるのならば、ニュクス(真体)が設計段階で何と戦わせる予定だったのかということを考えております。





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カーマの休日



 おまけが本編ですが初投稿です。







 

 

 

 

――9:00――

 

 

 

「カーマ、朝ご飯作ったけど起きる?」

 

「んっ……はいはい、すぐ行きますよー……」

 

 立香に起こされたカーマは寝惚け眼を擦りつつ、半眼で答えながら彼女の1日は始まる。ちなみに今日は平日でなく、特に何も用事のない日曜日だ。

 

 また、カーマの姿はいつもしている小さな少女の姿ではなく、立香と同じ程に見える年齢の姿をしており、豊満な体つきの美少女というのが正しいであろう。

 

 カーマは枝豆の中身のような色合いで上下セットの寝間着姿のまま、立香の後ろを着いていき、途中で洗面台に向かうために別れ、整容を済ませてから居間へと向かった。

 

 

 

――9:10――

 

 

 

「――んっ」

 

 箸で卵焼きに手を付けたカーマは少しだけ目を開いて止まる。それを見た立香は微笑ましげな笑みを浮かべて口を開いた。

 

「カーマが好きだから卵焼きは少し甘くしてみたよ。もう少し甘くした方がいい?」

 

「………………もっと甘くしてください」

 

 何故か少しだけ間が空いてからカーマはそう言った。言うまでもなく彼女は甘党である。

 

 ちなみに平日の場合は立香の学校に合わせた朝食の時間になるため、2時間ほど早まり、休日に関しても立香が先に起きて朝食を用意した上で、起きて食べるかどうか聞くのが日常化しているため、襲撃でもされない限りは基本的にカーマが立香より先に起きることはまずない。

 

 

 

――10:00――

 

 

 

『――――――』

 

「………………」

「………………」

 

 そして、朝食後。歯磨きと着替えを終え、Quickと書かれたいつものTシャツにホットパンツという寝間着よりもラフな格好になったカーマは、立香と共にテレビにゲーム機を繋いでテレビゲームをしていた。

 

 ちなみにカーマは小さな少女の姿になっており、立香の膝の上に座る形でテレビゲームをし、プレイしているのは仏頂面なカーマで、それを面白そうに眺めているのが立香という構図になっている。

 

「カーマ、これ今何してるの?」

 

「今日はナットレイと、ドヒドイデと、ヌオーと、マホイップの厳選です」

 

「へー、そうなんだ」

 

「他にもエルフーンと、オニゴーリと、トゲキッスもそのうち作りますよ」

 

「たくさん育てるんだね」

 

「ええ、私ポケモン大好きなので……」

 

 そう語るカーマの表情は人を喰ったような笑みに染まっており、どこからどう見ても好きなモノを語る者の様子には見えなかった。しかし、立香からはカーマの頭しか見えないため、"純粋に好きなんだな"程度に感じていた。

 

「エルフーンとかトゲキッスは可愛くてカーマっぽいね」

 

「………………そうですか」

 

 そう言われたカーマは満更でもなさそうであり、彼から表情が見えないためか、少し顔を赤くしているように見える。

 

「マホイップは……よつばのミルキィまっちゃに進化させましょう」

 

「なんか美味しそうだね」

 

 ちなみに昼食を挟み、夕方までカーマは立香の膝に乗ってプレイしていたが、その間にトイレに立ったり、カーマのおやつを取りに行ったり、家事をしに離れる等のときに彼女は膝から降りるが、彼が戻ってくると彼女は直ぐに膝の上に乗りなおしていた。

 

 

 

――19:00――

 

 

 

「――――――(もっもっ)」

 

「カーマ、ご飯のお代わりいる? よそってくるよ?」

 

「いります」

 

(よく食べるのだわ……)

 

(リスみたいよねぇ)

 

 ちなみに今の藤丸家で一番エンゲル係数を上げている者はカーマである。

 

 

 

――20:00――

 

 

 

 かぽーん

 

「………………」

 

「………………」

 

 夕飯の後。立香は檜の浴槽に同年代の美少女形態のカーマと並んで入浴していた。互いにバスタオルを体に巻いており、一応最低限の慎みは保たれていると思われる。

 

「………………なんでエレシュキガルが来てから風呂に入ってくるようになったんだカーマ?」

 

「うるさいです……あなたを堕落させる私の勝手でしょう? マスターは欲望丸出しで、葛藤でもしていればいいんです」

 

 そう吐き捨てるとカーマは不機嫌そうに湯槽に顔を半分まで沈め、ブクブクと泡を立て始めた。

 

「というか、カーマは女の子なんだからあんまりこういうことは――」

 

「私は体があった頃は男神なので、男湯にも入れるので問題ないんですよーだ」

 

「いや、そのりくつはおかしい」

 

 別の世界線では本当のこと(男性限定クエストに連れて行ける)である。

 

 

 

――24:00――

 

 

 

「………………(もぞもぞ)」

 

 寝付く時間になった頃。立香が横になっているベッドに小さな少女の姿になったカーマが入り込んできた。決して広くはないベッドに滑り込むように入り、彼と並ぶと動きを止める。

 

「お休みカーマ」

 

「はいはい、おやすみなさい」

 

 さも当然のようにその会話が行われている辺り、風呂とは違い、いつも一緒に眠っているのは日常的な事らしい。

 

 まあ、セイクリッド・ギアは体内にあり、保有者の臓器の一部のようなモノのため、何も間違ってはいないのだが、1日を通して他者から見れば完全に関係の近過ぎる兄妹のような何かだった。

 

「Zzz……」

 

 そして、1分と立たず、立香は寝息を立て始めた。疲れていたからというわけでもなく、どこでもいつでもすぐに寝れるということが、彼の全く他者に誇れない特技のひとつと言える。

 

 その上、誰が言ったか、"また、レムレムしている……"等と例えられるほど1度寝付くと中々起きない上、たまに妙な夢を見る事もあるのだから不思議なものだ。

 

「…………はぁ」

 

 気持ち良さそうに眠る立香に溜め息を吐くと、カーマは体を彼と同じ程の年齢へと変える。そして、そっと彼の手を取ると自身の胸に置き、少しだけ強く握り締める。

 

「いつもおぞましいものばかり引き込んで……面倒で醜く、複雑で、ドロドロした与える者の私にさえずっとずっと与えて……本当に馬鹿で愚かな人……」

 

 しかし、誰に聞こえるわけでもなく小さく呟かれた言葉の内容とは裏腹に、その声色は嬉しさに震えるようで、実際に彼女の体は少しだけ震えていた。

 

「まあ、どのみち絶対にあなたは私から逃げられない……逃がしませんからね?」

 

 カーマは年相応の少女のように笑うと、眠る立香の頬にキスを落とす。

 

「おやすみなさい……私のマスターさん」

 

 その後、赤らんだ頬を隠すように布団の中に潜ると、身を立香へと寄せ、嬉しげな様子でカーマも眠りについたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふはぁ……」

 

 神話に名高い狩人であるアルテミスとオリオンによるグレモリー眷属への修行からはや4日が経った頃。イッセーは露天風呂に入りつつ、なんだかんだ慣れてきたことを感じていた。

 

 どうも1日目と2日目の最初は、グレモリー眷属ら全体のライザー・フェニックスになんとなく勝てるのではないかと考えていた自信をへし折ることが主な目的だったらしく、その後は非常にキチンとした修行であった。

 

 2日目からの修行はグレモリー眷属全体が協力して連携を取れば、辛うじて時々反撃を交えて戦えるほどの難易度になっており、最上級悪魔の中堅クラスで立ち回るアルテミスと戦いになっていた。戦えるレベルで、自身たちよりも格上の相手と交戦できるということはこれ以上ないほどのプラスになるであろう。

 

 また、グレモリー眷属がひとりでも脱落するとあっという間に瓦解するため、難易度の見極めについても非常に妥当だったと言え、その辺りの精査も1日目にしていたのかもしれない。

 

 まあ、難易度を落とす度に多少難色を示すアルテミスを見ていると、オリオンがブレーキ兼舵取りをしていなければとんでもないことになっていたということは想像に難しくなく肝の冷える話であろう。

 

 今は熊のゆるキャラなオリオンであるが、教示と他人の使い方の確かな手腕は、かつてギリシャ神話の大英雄のひとりであったことを感じさせた。

 

 そんなオリオンがアルテミス共々、今回のレーティングゲームについて少しだけ不服そうな様子で愚痴を溢していたことがある。それは"グレモリー眷属とライザー眷属の戦力比が釣り合っていない"ことだ。

 

 ちなみに王を含めず、女王9、戦車5×2、僧侶3×2、騎士3×2 、兵士1×8が悪魔の駒の価値であり、ライザー・フェニックスの駒の数は全て揃っているため、合計の最大値である39点ということになる。

 

 それに比べてリアス・グレモリーの駒は片方の僧侶は確実に出てこないことも勘定に入れると、女王、戦車、僧侶、騎士、兵士8個で合わせて、28点ということになる。点数上で11点グレモリー眷属は負けており、はっきりいってライザー有利のハンデキャップマッチもいいところだ。公式戦ではよくある話であるが、これは互いの家同士の非公式戦だ。ハンデの付け方など幾らでもあるであろう。

 

 まして、ライザー・フェニックスは公式戦で多数の経験があるにも関わらず、10日の猶予期間というそれだけでレーティングゲームが覆せたら世話はないと他の上級悪魔に鼻で嗤われそうなハンデだけ付け、故に他に何も自らにハンデを課さなかったライザーに対して"客観的なら大人げねぇし、主観なら男らしくねぇ"とオリオンはぼやいていた。

 

 蛇足だが、逆にアルテミスは"酷いわ! 恋する乙女の敵ね!"等と主にライザーの態度などについてぷんすか怒っていたりする。

 

 そもそもチェスに準えるのならば、グレモリー眷属は最初から僧侶・戦車・騎士が一体ずつ参加に足りない。その辺りの事情はライザーも知っている筈のため、今回のレーティングゲームは非公式で行うため――むしろ非公式なのだから本来ならばむしろ、自主的に自身の眷属をそれぞれ足りないだけ貸し与えてハンデにし、将棋でいうところの駒落ちで女王を抜く程度の貴族のプライド(器量)はあって然るべきであろう。

 

 ついでに言えばフェニックス家は"フェニックスの涙"というRPGでいうところのエリクサーのようなものを精製出来る唯一の存在であり、レーティングゲームでの所持も数量限定で認められているため、十中八九女王辺りに持たせていると思われる。

 

 まあ、要するにレーティングゲームでライザーがリアスに敗北をすれば、公式戦に参加すらしていない新米の悪魔相手に、ハンデを与えるどころか何故か貰っているような状態で、公式戦に参加している筈の悪魔があり得ない敗北をした上、婚約破棄までされるというこれ以上無いほど恥辱的で、フェニックス家に泥を塗るどころか、家紋に排泄物を投げ付けるレベルでの失態になることは想像に難しくない。

 

 むしろ、現状で絶対に負けられないのはライザー自身なのである。そもそもが、勝って当たり前の試合なのだ。

 

 

「よう、イッセー!」

 

「あっ、どうもオリオンさん!」

 

 

 そんなことをイッセーは考えてすらおらず、ただ主であるリアス・グレモリーのためにもっと頑張らなければならないと気持ちを引き締めているとオリオンが入ってきた。

 

 見ればこれまで肩に着ていた袈裟のような衣から、白いタオルを腰に巻くごく普通の入浴のための装いに変わっている。

 

「よっと……」

 

 すると露天風呂に入るなり、オリオンは風呂用の桶を衝立(ついたて)の目の前に置いて積み上げ始める。人を1人程度ならば立てる足場を作っているように見えた。

 

「えっ……? 何してるんですかオリオンさん?」

 

「そんなの決まってるだろイッセー……覗くんだ」

 

 そう言われてイッセーはオリオンが2日目の朝に持ち掛けて来たことを思い出す。

 

 そして、修行という名のシゴキを前に衝立の向こうにグレモリー眷属の女性陣とアルテミスが使っている女湯があることに今更ながら気付き、彼女らの声が微かに聞こえることから入浴しているということも理解できた。

 

「えっ!? でもオリオンさん、アルテミスさんにお仕置きされたばかりじゃ……」

 

 オリオンは持ち掛けた直後にアルテミスから握り潰され掛けただけに留まらず、それからも毎日のように何かしらセクハラ染みたことをしようとして、その度にどう見てもキツい折檻をアルテミスから受けている。まあ、誤解やアルテミスの思い込みで折檻されることも時々あったが、6割強はオリオンの自主的な行動によるものだ。

 

「バカ野郎。それとこれとは話が別だい。いいかイッセー? この薄っぺらい衝立の向こうには、可愛い子ちゃん達の桃源郷が広がっているんだ。男として……いや、男なら! 覗かない選択肢があるかってんだ!? それが女性として魅力的な彼女達に対する礼儀ってもんよ!!」

 

「――――!!!? オリオンさん……! 俺……間違ってました……! 部長や姫島先輩や小猫ちゃんの生おっぱいを覗きたいですっ……!」

 

「よし、そうと決まれば決行だ!」

 

 そう言うわけで、オリオンに乗せられつつ、イッセーはオリオンを頭に乗せて、桶の踏み台を登る。同じ男性である木場裕斗は、既に風呂から上がった後のため、最早、彼らを止める存在は居なかった。

 

「よーし……よーし……もうちょい……もうちょいだ」

 

 そして、高い衝立を超えるまで、後数cmというところになり、オリオンとイッセーの表情が嬉々としたものへと変わる。

 

「ああ、遂に――」

 

 衝立をオリオンの頭が超えようとした直前、バリッと破砕する音が響き、白くほっそりとした女神像のような腕が衝立を貫通してオリオンを掴んだ。

 

 

「ダーリン」

 

 

 そして、底冷えするほど抑揚のない声でアルテミスがそう呟いた声が聞こえる。

 

 頭が真っ白になりつつ、思考が冴えたイッセーは"あれ? そう言えば神話でアルテミスさんの沐浴を覗いた奴ってとんでもない目に合ってなかったっけ?"と自身の行動が、パンドラの箱を開けるようなものだったのではないかと既に手遅れのことを自覚した。

 

「あっ、アルテミス……まっ――」

 

「あはは! ダーリン、ここね!」

 

 衝立に空いた穴からイッセーは、目を細めて笑うアルテミスの屈託のない笑みと、いつもと変わらない調子に戻った言葉を聞き――。

 

「――――声筒抜けだよ……?」

 

 次に吐かれた声が、イッセーがこれまでのアルテミスから聞いたことがないほど、ドスが聞いており、まるで別人のように思え、目を細めた笑顔だと思っていた表情は、よく見れば薄目を開けており、笑顔でも何でもなかったということに気づいた瞬間、明確な恐怖を味わった。

 

 つまりこういうことである。アルテミスはオリオンが露天風呂に入ってきた時点で、衝立の前におり、聞き耳を立てていたのだ。流石のアルテミスの愛の重さと、オリオンへの女性関連の信用の無さと言える。

 

「う、うわぁぁぁぁ!!!?」

 

 恐怖に駆られたイッセーは、衝立から逃げ出し、露天風呂の洗い場に敷かれた石の床を走り、脱衣場へと逃げる。しかし、その行動は余りに手遅れであり、足取りは酷く緩慢であった。

 

「あはは、どうしようかなダーリン……? あっ、そうだっ! 天照ちゃんから教わった()()にしよっか!」

 

「――――――ヒイッ!!!? 頼むアルテミス……! 後生だからそれだけは止め――」

 

 そう言うとバスタオルを体に巻いているアルテミスは、オリオンを掴んだまま空高く飛び上がり、弓を構えるとイッセーへと狙いを定めた。

 

 それは、オリオン自体を矢に番えることで可能とした、不可避の折檻である。

 

 

 

射法・玉天貫(みこっと)――!!」

 

 

 

 どこかで聞いたような響きの掛け声と共に射出されたオリオンは、これまでグレモリー眷属らに放ったアルテミスの矢の中で、最大の威力と追尾性能を持ち、凄まじい速度でイッセーへと迫り――。

 

 

「――――――――――」

 

「――――――――――」

 

 

 ――イッセーの股間にオリオンが直撃した。

 

 これこそ、お仕置き兼男性特攻宝具。マスコットであるオリオンを矢の代わりに番え、男性の股間めがけて射出する特殊攻撃。

 

 さる良妻狐な傾国ミニスカ和服巫女兼隠れ太陽神はこう言った――。

 

 

 "ウワキ必ず殺すべし"と……。

 

 

 

 

 

 








すこしだけですが、やっとこの小説で初めての戦闘描写を出せましたね!(迫真)

イッセーくんもオリオンも生きているので次回は流石にレーティングゲームまで飛ぶと思います。



~QAコーナー~

Q:射法・玉天貫(みこっと)ってなに?

A:公式の宝具です(公式が最大手)。後、この作品の天照さんは仮に出すならば本体の頭の中身がみこーん!だと思います。



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レーティングゲーム 上

 友人たちとそれぞれをドラクエのキャラに例えると何かという話題になった結果、皆が人間のキャラに例えられる中、何故か私はゲマにされましたので、魔物が書いていますが初投稿です。






 

 

 

 現在、グレモリー家長女のリアス・グレモリーと、フェニックス家三男のライザー・フェニックスとの非公式のレーティングゲームが行われる会場の観客席。

 

 多数かつ多様な悪魔家の貴族悪魔たちが、今回のイベントを観戦するためにところ狭しと集まっていた。主にライザー・フェニックスが、自身の勝利を見せつけるためにあえて流した噂を聞き付けた貴族悪魔たちが多数を占めているだろう。

 

 しかし、そんな中でグレモリー家側の来賓用の観客席に座る者で、数名の悪魔ではない者たちが存在することにより、悪魔らは等しく畏怖に近い感覚を抱いていた。

 

 何せ、その数名が揃いも揃って魔王クラスを遥かに超え、あらゆる神話に名だたる神々なのである。

 

 

 

「あっ、立香だぁ! やっほー!」

 

「おう、立香じゃねぇか」

 

「こんばんはアルテミス、オリオン。引き受けてくれてどうもありがとう。これ、せめてものお礼にどうぞ」

 

「やったぁ! 立香のお菓子だ! ダーリン一緒に食べよっ?」

 

「わかったわかった。しっかし、相変わらず、物騒なメンツ連れてんな……。前会った時より、ひとり増えてるし……今に星座になっちまうぜ?」

 

「あはは、その時はその時かな。あの3人になら殺されても文句は言えないよ」

 

「お前、ホントそういうところだぞ……モガッ!?」

 

「ダーリン、あーん♪」

 

 まずは狩猟と貞淑を司る月の女神"アルテミス"及びギリシャ神話最高の狩人"オリオン"。

 

 如何なる者でも名を知らぬ者のないほど著名なカップルであり、2人の数奇な半生と悲恋は余りにも多くの者が知るところだ。それ故に信奉者も多く、見たこともなく憧れられる存在であろう。

 

 

 

「ほらカーマ、売店でキャラメルポップコーン買ってきたよ」

 

「…………頼んでないですよ。この姿はTPOに合わせているだけで、子供扱いされるのは心外ですよ!」

 

「あはは、そっか。じゃあ、買い間違えちゃったか」

 

「いや、ちょっと待ってください。別にそのポップコーンが要らないとは言っていません」

 

 そして、インド神話に置ける愛の神"カーマ"。

 

 現在はセイクリッド・ギアとなっているが、史上最悪のセイクリッド・ギアとも謳われる"愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)"そのものであり、神器保有者が付属品とまで言えてしまえるあまりに特異な存在だ。

 

 しかもカーマに関しては、ある意味自称が付く悪魔らの魔王とは異なり、仏教において正しい教えを害し、知恵や善い性質を失わせる天魔の王――すなわち"本物の魔王"の一柱である。

 

 

 

「悪魔が一杯なのだわ……それにスゴいスタジアム……」

 

「エレシュキガルはレーティングゲームを見るのは初めて?」

 

「ええ! だから今日は楽しませて――あっ……! ち、違うのだわ!? 別に立香のお友達をオモチャのように思うとかじゃなくて……」

 

「あはは、いや。グレモリーさんたちも観客席には楽しんで見てくれた方が喜ぶと思うよ。事情はあるけど、レーティングゲームは悪魔のスポーツだからね」

 

「そ、そうね……なら今日は楽しませてもらうことにするわ」

 

 次に冥界の女主人"エレシュキガル"。

 

 メソポタミア神話の冥府に当たる死後の世界を統括し、数多の死に連なる権能を持つ死の腐敗の女神。

 

 また、暗い世界で抑圧された生活を送っていたために、その性格は短気でねじ曲がっているといわれ、美しいものを妬み、醜いものを笑い、欲しいものは他人の手に渡らないよう殺してしまうと言われている。

 

 

 

「どうかしら?」

 

「ニュクスさんは体つきが素敵だからスゴく似合ってると思うけど、背中が寒そうかな。俺の上着いる?」

 

「くっ……また、夜なべして作った"童貞を殺すニット"も通じないのね!? ――折角だから上着は掛けて欲しいわ」

 

 最後に夜の女神"ニュクス"。

 

 ギリシャ神話において主神のゼウスさえ畏怖を抱く、原初の女神であり、ギリシャ神話に連なる神々や英雄ならば、名前を出すだけで表情が変わるほどの女傑だ。

 

 闇に属する者の中でも至高かつ、滅多に表舞台には上がらない謎に満ちた存在であるが、その全身から溢れる神性と色香は、ときに大淫婦のようにあらゆる者を狂わせることであろう。

 

 

 

「こ、こんばんは! 私、エレシュキガルっていい――」

 

「あっ、エレちゃんだぁ! 知ってるわよー、いつも宴会のときに隅っこにいるものね!」

 

「うっ――!?」

 

「それだけじゃないわアルテミス。誰にも話し掛けないでじっとして居て。近くにいる他の神々が笑うと、それに合わせて空気を読んで愛想笑いしたりもしているわね」

 

「ううっ……!?」

 

「へー、ひょっとしてあなたって友達とか少ないんですかー? そんな気してましたけど、かわいそー」

 

「虐めないで欲しいのだわ……」

 

 計4柱の神話に名だたる女神がいるのだから、観戦に来た悪魔たちからすれば、これから始まるレーティングゲームよりも気が気でないと言える。これが女神の悪戯だというのなら神罰とは如何なるものだろうか?

 

 しかし、女神が観戦すること以外は全く問題なく、定刻とおりにレーティングゲームは進む。

 

 司会がグレモリー眷属と、フェニックス眷属の紹介をし終えると、今回のレーティングゲームのバトルフィールドを映した立体映像が投影され、それは駒王学園をそのまま模した場所であった。

 

 そして、ゲームの開始の合図と共にグレモリー眷属が旧校舎のオカルト研究部室へ、フェニックス眷属が新校舎の生徒会室に転移する映像が映る。

 

「始まったみたいだね。ところでオリオンは今回のレーティングゲームでグレモリーさん達が勝てると思う?」

 

「おう、当たり前だ。何せ俺もアルテミスも戦いに関しちゃちょっとしたものだからな。今やれることは全部やったつもりだ」

 

 立香から問われたオリオンはそう言うと、"それに"と言って言葉を区切り、少しだけ肩を竦めると運のない相手を見るような表情を浮かべる。

 

「女神に比べりゃ、不死鳥ぐらい敵じゃねぇよ」

 

 

 

[ライザー・フェニックス様の"兵士"3名、戦闘不能!]

 

[ライザー・フェニックス様の"騎士"、戦闘不能!]

 

[ライザー・フェニックス様の"兵士"3名、戦闘不能!]

 

[ライザー・フェニックス様の"騎士"、戦闘不能!]

 

[ライザー・フェニックス様の"兵士"2名、戦闘不能!]

 

[ライザー・フェニックス様の"戦車"、戦闘不能!]

 

[ライザー・フェニックス様の"僧侶"、戦闘不能!]

 

[ライザー・フェニックス様の"戦車"、戦闘不能!]

 

[ライザー・フェニックス様の"僧侶"、戦闘不能!]

 

[ライザー・フェニックス様の"女王"、戦闘不能!]

 

 

 

 そして、オリオンの宣言通り、僅か数分後には会場に次々とフェニックス眷属の脱落を告げるアナウンスが響き渡り、戦局は大きく動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "自分達は強くなったのだろうか?"

 

 

 それはレーティングゲームが開始される数分前ですらグレモリー眷属のほぼ全員が抱えている不安事であった。

 

『だいじょーぶ! フェニックスぐらいなんとでもなるわ! 私が保証しちゃう! がんばって!』

 

 そう言って送り出したのは修行の先生を務めていたアルテミスだったが、アルテミスがあのような性格なだけにイマイチ信用に欠け、不安の種は拭えない。

 

 そもそも修行では結局、終止遊ぶような様子で最上級悪魔程に手加減をしているアルテミスに翻弄されっぱなしであり、彼女の緊張感に欠ける風体と強者の余裕とでも言うべき態度が相まって、まるで自分達が彼女を相手に成長出来ているという実感がなかったのだ。

 

 しかも修行の後半ではアルテミスが大きさも実力もグレモリー眷属と戦っているときのままで数体に分裂し、集団戦の修行が行われたため、更なる実力の開きを実感する他なかったという理由も拍車を掛ける。

 

 しかし、グレモリー眷属らは2つほど誤解をしていた。

 

 まずはアルテミスは終止最上級悪魔程の実力に留めていたのではなく、グレモリー眷属の急激な成長に合わせて実力を幾らか引き上げており、彼女らが気づかないうちに最終的には魔王クラスに手を掛ける程度の実力を出して修行を行っていたのだ。

 

 もうひとつはグレモリー眷属の構成員のポテンシャルの高さ。彼女らはアルテミスとオリオンも純粋に関心する程の才能を持っていたのだ。そんな彼女らを死力を尽くさせてアルテミスとオリオンが1週間みっちり鍛えたのである。

 

 

 そんな彼女らが、これまで討伐して来たはぐれ悪魔よりは強いが、最上級悪魔に届いている筈もない程度のライザー眷属を相手にした場合――。

 

 

「オラァァァ!!」

 

Boost(ブースト)!!』

 

「ぐぅぅぅ!? そ、そんな馬鹿な……これがあのときの男――」

 

「まだまだぁ!!」

 

「がぁぁぁっ!!?」

 

 

 開始から僅か5分足らず。"赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)"を使用したまま、誘い込むまでもなく新校舎の校庭に行き、戦闘を始めたグレモリー眷属の兵士――兵藤一誠は既にフェニックス眷属の兵士3名――ミラ、イル、ネルを倒し、騎士であるシーリスを構えていた大剣を砕きながら倒していた。

 

「イッセーくんの方も片付いたみたいだね」

 

 イッセーよりも先にフェニックス眷属の兵士――シュリヤー、マリオン、ビュレントと、騎士のカーラマインを倒したグレモリー眷属の騎士――木場佑斗は彼と合流する。流石は速さに長ける騎士の駒の転生悪魔と言ったところであろう。

 

「私が最後ですか……」

 

 最後に2人に合流したのはグレモリー眷属の戦車――塔城小猫である。彼女はフェニックス眷属の兵士――ミィ、リィと、戦車の雪蘭(シュエラン)を片付けていた。

 

 これにより、既にライザー・フェニックスの眷属は、王を除けば僧侶2体と騎士1体と女王の駒しか残っていない。

 

 

[ライザー・フェニックス様の"僧侶"、戦闘不能!]

 

 

 そして、たった今、フェニックス眷属の僧侶――美南風(みはえ)が倒されたようだ。

 

 3人は自分達がいる校庭とは逆の場所で、聳え立つ柱のような"雷光"の輝きが起きているところを目にし、グレモリー眷属の女王――姫島朱乃が行ったことだと全員が理解する。

 

「い……一体なにが……起こっていますの……?」

 

 そんな光景を3人が目にしていると、新校舎から唖然とした様子のフェニックス眷属の僧侶で、ライザー・フェニックスの妹であるレイヴェル・フェニックスが現れ――それを認識した瞬間、木場が弾丸のように飛び込む。

 

「お下がりくださいレイヴェルさ――」

 

 それに対応するため、レイヴェルの後ろに控えていたフェニックス眷属の顔の半分に仮面を着けたもう片方の戦車――イザベラが彼女の前に出ると――。

 

「遅いよ」

 

「――――――!!!?」

 

「は――?」

 

 直後にレイヴェルが認識するよりも先に殺到した木場が、片手に持つ"ナイフのように小さな魔剣"でシーリスの喉元を斬り裂く。

 

 当然、フェニックスでもなければ、それをされて無事で済む訳もなく、戦闘不能と判断されたシーリスは転送されて消えていった。

 

 

[ライザー・フェニックス様の"戦車"、戦闘不能!]

 

 

「ぐぅ――!?」

 

「余所見はいけないね」

 

 そして、間髪入れずに木場はレイヴェルにナイフを振るい、一文字に両目を斬り裂いた。当然、再生能力を持つフェニックスにとっては大した損害にはならないが、半分に割られた眼球が残っているため、一時的に視力を奪われる。全て消されていれば即座に再生出来るが、部分だけ残されているため、僅かに再生に時間が掛かった。

 

「せいっ!」

 

「――――!?」

 

 そのうちに到着した小猫にレイヴェルは殴られて怯みつつ吹き飛ばされ、眼球を再生することで視界が戻ると――目の前で既にナイフを振った様子の木場が映った。

 

「またですのッ!?」

 

 再び、ナイフの一閃と共に眼球が裂かれたことで、レイヴェルの視界が奪われる。

 

 それに戸惑っている最中――ペタリと手で体に触れられたことに感触で気づく。

 

「"洋服破壊(ドレスブレイク)"」

 

「えっ……?」

 

 "ビリッ"と、自身から何かが破ける音が響くと共に、全身をあってはならない解放感と、肌を風が撫でる感覚を覚える。

 

 それに疑問を覚えているとレイヴェルの眼球が再生し、視力が回復してしまった。

 

 まず、目の前には鼻の下を伸ばした様子のイッセー、非常に申し訳なさそうな様子の木場、イッセーをゴミを見るような目で眺める小猫が映る。

 

 そして、違和感の正体を探すために自分を見ると――一糸纏わぬ姿であった。

 

「なっ……な、なな……」

 

 数秒間が空き、沸騰するヤカンのように耳まで真っ赤になったレイヴェルは体を隠しつつ、倒れるように崩れ落ちると涙を浮かべながら叫ぶ。

 

「り、リタイア……リタイアですわぁ!?」

 

 その言葉により、レイヴェルは戦闘不能とみなされ、転送された。

 

[ライザー・フェニックス様の"僧侶"、戦闘不能!]

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「うっひょー! やったぜイッセー! 洋服破壊(ドレスブレイク)を考え付くなんて……。くぅ……お前は最高だな!!」

 

「だぁりん……?」

 

「あら見た目によらず着痩せするタイプね彼女」

 

「まあ、マスターのタイプではないですねー(もっもっ)」

 

「は、は、は、ハレンチなのだわ……!?」

 

「イッセーらしいなぁ……」

 

 グレモリー眷属の来賓用の観客席ではそんな思い思いの言葉が呟かれていた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「うふ……ふふふ……うふふふふふ!! あなた弱過ぎて話になりませんわ……」

 

「くっ……こ、こんな筈が……!?」

 

「あらあら? "フェニックスの涙"は使いませんの? ああ、ごめんなさい。もう全部使い切ってしまわれましたわね?」

 

 校舎の近くの森で、朱乃の戦っているのは、炎の魔力を得意とし、爆弾女王(ボム・クイーン)の異名を持つフェニックス眷属の女王――ユーベルーナであった。

 

 しかし、巫女服を着た姿で服にヨレすらない朱乃に比べると、ユーベルーナは所々焼け焦げており、肩で息をしている姿は明らかに満身創痍である。

 

「ふざけるな……クソぉぉぉ!!!?」

 

 半ばヤケクソ気味にユーベルーナは朱乃へ魔法を放つ。

 

 そして、魔法は朱乃へと殺到し――当たる直前で少しだけ斜めに体と首を傾けることで魔法は素通りし、空で花火のように爆発した。

 

「はぁ……直線にしか動かない魔法って本当に避けやすいのですわぁ……。私に当てたければ、避けても4~5回は再度向かってくるぐらいの魔法にしてくださいまし」

 

「馬鹿にして……!」

 

 そう言って溜め息を漏らす朱乃は、どこか遠い目をしていた。

 

 実際、朱乃はユーベルーナとの戦闘が始まってから一度たりとも攻撃を受けておらず、逆にカウンターを狙って放たれる朱乃の雷光は、全てユーベルーナに命中している。

 

 ユーベルーナがまだ倒されていないのは、彼女にとっては屈辱なことに朱乃があえてそこまで威力のある攻撃はせずに遊んでいるからに他ならない。

 

 ちなみに何故、朱乃の様子が明らかに可笑しく、雷光なるものを使っているかと言えば修行期間中に――。

 

 

『ねー、ねー! なんで朱乃は半堕天使なのに光力を使わないの?』

 

『――――そ、それは……』

 

『待ってアルテミス! それはこちらの問題で――』

 

『えー? なんでもいいけど、出し惜しみなんかしてると――間違えて殺しちゃうわよ……?』

 

 

 ――という低いトーンの鶴も泣く一声により、勝手にイッセーにも半堕天使ということがバラされた上に、無理矢理使用することを強要されたためである。

 

 今回のレーティングゲームに臨むに当たり、グレモリー眷属で内心が一番荒れていたのは他でもない朱乃であった。その怒りとストレスをユーベルーナにぶつけており、要はただの八つ当たりだ。

 

 

[ライザー・フェニックス様の"僧侶"、戦闘不能!]

 

 

 そんな状態でいると、2体目の僧侶が戦闘不能なったというアナウンスが響き、ユーベルーナはあり得ないと言った表情になる。

 

「なッ……!? レイヴェル様が――」

 

「まあまあ……これであなた1人ですわね」

 

「――がぁぁぁ!!!?」

 

 ユーベルーナは言い切る前に朱乃は彼女に、これまでとは明らかに威力が上の雷光を落とす。

 

 更に間髪入れずに数回雷光を当てると、全身から煙を上げたユーベルーナは遂に動かなくなり、強制転移によって回収されていった。

 

 

[ライザー・フェニックス様の"女王"、戦闘不能!]

 

 

 そんなアナウンスを聞きつつ、朱乃は溜め息を吐き、ポツリと呟く。

 

「あんなに強い者を知ってしまうと……弱い者虐めって存外面白くありませんわね……」

 

 これにより、開始7分でフェニックス眷属は、王のライザー・フェニックスを除き全滅したのであった。

 

 

 

 

 







\今回の話の修行の結果/

・リップヴァーン・ウィンクルの魔弾みたいなアルテミスの矢をそこそこ避けれるようになった!(全員)

・(後がないので)覚悟完了!(全員)

・もっと……もっと速く!(木場)

・雷光使わなきゃ……!(朱乃)

・オリオンとのゆゆうじょうパパワー!! 洋服破壊(ドレスブレイク)!(イッセー)

・目のハイライトを消せるようになった(全員)


 多対多ならライザーさんも普通に勝ち目あったんですけど、原作でも何故か最初から自分が動かない上、1対多に持ち込まれたらなぁ……(しんみり)



~QAコーナー~

Q:(グレモリー眷属の戦闘力の上がり方が)どういうことなの……。

A:RPGで例えれば2面のボス(ライザー)倒すために、クリア後に解放される裏ボスの1体(衛星兵器アルテミスさん)から師事をあおいでいるような状態ですから多少はね?

Q:えっ……? レーティングゲームでライザー負けるの?

A:アルテミスさんよりライザーさんが強ければ勝てると思います。



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レーティングゲーム 下



 お後がいいので短めですが初投稿です。







 

 

 

 

[ライザー・フェニックス様の"女王"、戦闘不能!]

 

「な……何が起きた……?」

 

 フェニックス眷属の王――ライザー・フェニックスは怒濤と言えてしまえる程の回数流された、自身の眷属が脱落するアナウンスにより、唖然とした様子で口につけていた紅茶を床に溢す。

 

 何せライザーは公式戦でここまでこっぴどくやられたことはない。というより、既に野球で言うところのコールド負けにも等しい状況である。

 

「マズい……!」

 

 公式戦に参加している上級悪魔が、ルーキーですらない上級悪魔に実質的なハンデマッチにも関わらず、たった数分で眷属を壊滅させられた。この事実だけでゴシップ記事が出来上がる程度には失笑モノの状況であり、既に勝っても負けても家名に泥を塗ることはほぼ間違いなかった。

 

 ライザーがその事実に対して、何処へ向けられる訳でもない怒りを覚えていると、窓から差し込んでいた月の光が遮られて影になったことでそちらを見る。

 

 そこにはドラゴンを模したデザインだという事のわかる"赤い鎧"を纏った人型の何かが窓の外に浮いており、ライザーを見下ろしていた。

 

「屋上に上がって来いライザー。一騎討ちだ」

 

「な――!?」

 

 ライザーが驚いたのはその容姿ではない。投げ掛けられた言葉が、豚に真珠だと足蹴にしたあの青年そのものであったからだ。

 

 それはたった10日で、"赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)"をセイクリッド・ギアの奥の手である"禁手(バランス・ブレイカー)"まで至らせ、"赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)"まで覚醒させたことに他ならない。

 

(そ、そんな馬鹿な……つい先日まで、ミラにいいようにされていたんだぞ!?)

 

 内心ではそう驚愕しつつも、眷属を全滅させられた状態で向こうからの一騎討ちに応じないことは、流石のライザーと言えども貴族悪魔として出来るわけがなく、重い腰を上げて屋上へと向かった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「来たなライザー!」

 

 屋上には全身を覆う龍を模した赤いプレートアーマーを纏う"赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)"を宿す兵士――兵藤一誠だけがそこにいた。

 

 ライザーが屋上を見渡してみるが、そこには他のグレモリー眷属は1人も見当たらない。回復神器を宿した僧侶すらいないのだから、つまりは本当にイッセーはライザーとタイマンで戦う気なのであろう。

 

「リアスたちはいないのか……本当に一騎討ちを所望されるなど舐められたものだな……!」

 

「舐める? 冗談じゃない――まだ、俺が加減が出来ないから危ないだけだ」

 

 ライザーの言葉にそう切り返すイッセー。実際、"赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)"によって既に高められ、全身から滾る魔力は想像を絶するものがある。

 

「………………」

 

「………………」

 

 そして、1拍の間があった後、どちらからともなく動くと、ライザーは炎の翼を展開し、イッセーは背中から魔力をブースターのように用いて互いに空へと飛び上がった。

 

「なにィ!?」

 

 飛び出してから数秒後、驚くことになったのは他でもないライザーである。

 

 何せ、フェニックスは風と炎をも司るため、鳥のように空中戦に慣れた悪魔家だが、イッセーの飛行技能は、それとそう変わらない程に達しており、如何にライザーが縦横無地に飛ぼうとも容易に並走してきたのだ。

 

「くっ!?」

 

「――ッ!」

 

 その上、ライザーは撃ち落とすために数多の炎弾や、風の刃を放つが、イッセーはまるで始めからそれを予知しているかの如く、最小限の動作かつ当たる直前の紙一重のところで躱し続けることで、並走を維持しており、粗削りながら生え抜きの技量を感じさせる。

 

(まてまてまて可笑しいだろ!? 一体、何をしたら……いや、何と戦ったらここまでの飛行能力がたった10日で身に付く!?)

 

 通常の悪魔ならば一生掛かってようやくの身に付くかもわからない飛行技能を、それだけの期間で身に付けたことに驚くと共に全く当てられないことに僅かずつ焦りが生じ、ライザーは幾らか欲張った攻撃を放つ。

 

「消し飛べぇ!!」

 

 それは小さな太陽のような炎弾であり、これまでとは異なり、イッセーの目の前に届いた瞬間に大爆発を起こし、爆炎がイッセーを包み込む。

 

「ふははは! 馬鹿め! 何度も同じ手は――」

 

「ああ、同じ手過ぎて欠伸が出るかと思ったぜ!」

 

 強い攻撃を放った後であり、イッセーが爆炎で姿が見えなかったことで、空中で動きを止めていたライザーの目の前に爆炎の中からイッセーが現れる。更に片腕を振りかぶっており、既に避けることは叶わないであろう。

 

 少しだけ鎧に煤や焦げ跡が見えるが、全く行動に支障はない程度であり、それにライザーは驚くが、如何に力が強まろうと、不死身の再生能力を持つフェニックスにとっては何をされても無意味だと考え、逆に攻撃後に反撃に出る手段を考え始める。

 

「喰らえライザー!!」

 

「何を馬鹿な――」

 

 イッセーは指を2本立て、ライザーの胴体に突き刺す。その指はライザーの赤熱する体に深く突き立ち、貫かんばかりの衝撃を与えるが、再生能力のあるライザーは意に介さず――。

 

 ここでオリオンがグレモリー眷属に与えた秘策についての話をしよう。

 

 例えば天使や堕天使は光力を発生させる器官を体内に持ち、悪魔は魔力が発生する器官を体内に持つ。それらは大小あれど全て等しくそうであり、普遍的かつ常識的な事だ。

 

 故に魔法とは、奇跡とは、実際に言葉のような意味合いはなく、科学的に証明出来てしまう。そのため、悪魔の貴族家にそれぞれにある能力というものも決して魔法のような代物ものではない。

 

 例えばバアル家にある"滅びの力"には魔力を発生する器官を通し、他の悪魔にはない特殊な器官や構造による発生機序を辿り、力の行使に至る。故に幾ら能力が逸脱しているからと言って、その生物学的な枠組みから外れることもほとんどない。まあ、"超越者"等と呼ばれる程の特異性があれば話は別だが、フェニックス家から輩出されたという話がない以上は関係のないことであろう。

 

 故にフェニックスにもまた不死身足り得る再生力を発現に至る器官と構造を体内に有している。そして、それは"神話のフェニックスでも悪魔のフェニックスでも大差ない"のだ。

 

「――――!?」

 

 そのため、最高の狩人であるオリオンは知っていたのだ。不死身の体内の深くにある再生器官において、破壊や消滅ではなく損傷させることにより、一時的に著しく再生能力を減退させる唯一の場所を。

 

「余所見すんな!!」

 

「がはぁ……!!!?」

 

 だが、実際のところこのような神業染みた外法は、最初の1回でしか使えないようなものであろう。しかし、オリオンからすればフェニックスをその1回、続けざまに放たれた2本目の矢で穿ち殺してしまえばいいだけの話。

 

 そして、今この瞬間において、再生能力が減退するほんの数秒の時間は、2人にとっては余りにも長かった。

 

 突然の再生能力の著しい鈍りに困惑するライザーの顔面に真っ正面から叩き込まれたイッセーの赤い拳は、岩石さえも軽く砕くような威力を持っており、ライザーの鼻の骨と前歯を容易くへし折り、顎の骨にヒビを入れる。

 

「うおおおぉぉぉぉおぉぉ!!!!」

 

「――――――――!!!?」

 

 更に間髪入れず、イッセーはライザーの全身を殴り続ける。当然、語るのも億劫なほどブーステッド・ギアによって倍加されているイッセーは、力だけならば既に軽く最上級悪魔に達しており、その一撃一撃が肉を断ち、骨を砕き、五体を擂り潰す。

 

 それによる物理的な痛みと苦しみ、そして自身の体内から直接響く体を内外から破壊される音は圧倒的な恐怖を与え、フェニックス家故に痛みに慣れていないライザーの心をへし折ることは余りにも容易かった。

 

「――オラァッ!!」

 

 最後の一撃が腹に突き刺さったライザーは、空から真っ逆さまに叩き落とされ、丁度真下にあった新校舎の屋上を突き破って倒壊させつつ、全く勢いは衰えずに1階の床まで衝突する。

 

 その余波だけでライザーが突き破った場所から左右に数mに渡って新校舎が崩壊しており、その凄まじい威力の高さが伺えよう。

 

「がっ……は……あ……ひ、ひぃ……!?」

 

 土煙が晴れた先には再生能力は既に戻っているにも関わらず、恐慌状態に陥っているため、満足に再生されていないライザーが現れる。

 

 そして、瞳に明らかなイッセーへの恐怖を浮かべたライザーの視界に映ったものは――明らかに魔王クラスまで高められた魔力によって練られた魔弾をこちらに向けられた光景であった。

 

 赤龍帝の名に相応しく、煌々と紅蓮に輝くそれは、仮に万全の状態であろうとも命中すれは跡形もなく消し飛ぶことはほぼ間違いない。まさにライザーにとって絶望の2文字以外の何者でもない様子であった。

 

「ま、まま……待て――」

 

「なあ、ライザー。もしお前が俺だったらさ」

 

 何かを言おうとしたライザーの言葉をイッセーが遮り、更に言葉を続ける。

 

「撃たない理由があると思うか?」

 

「――ぁ」

 

 ライザーはイッセーに対してオカルト研究部の部室で行った事や、罵倒を思い出し、単純な私怨でこの場にいるのなら既にどうやっても取り返しのつかない状況だということを自覚した。

 

 しかし、ライザーの様子を見てか、イッセーは赤い鎧の中で尚も鋭い眼光を向けながら、それを否定するように更に口を開く。

 

「俺は部長の兵士。だからこれは部長のための一撃だライザー――喰らえ!! ドラゴンショット!!!」

 

「ヒィィィィィィィイィィ――!!!?」

 

 そして、その言葉と共にドラゴンショットを宿す腕が掲げられ、強く輝くと共に、遂に精神的に限界に達したライザーが恐怖によって泡を吹いて気絶した。

 

 それによってライザーは戦闘不能とみなされ、ゲームセットを告げるアナウンスが鳴り響く。

 

「……………………」

 

 撃つタイミングはあったが、そうはせずに強制的に転移されて消えるライザーを見つつ、イッセーは無言で構えを解き、ドラゴンショットを霧散させる。

 

 今回のレーティングゲームに臨むための修行の結果、既に魔王クラスの攻撃を容易にライザーに叩き込めるだけの実力までイッセーは引き上がっていたのだろう。

 

 しかし、それを最後までせずにオリオンの秘策を使ったのは、師に対する敬意か、単純に自身の実力を過小評価していたのか、はたまたライザーを過大評価していたのかはイッセー自身しかわからないところだ。

 

「イッセー! よくやっ――」

 

「きゃー☆ やったわねリアス!」

 

「――たわっ!?」

 

 他のグレモリー眷属と共に、やや離れて見守っていたリアスが誰よりも速くイッセーの近くまで駆け寄って来たところ、どうやってかこの空間内に瞬間移動してきてリアスの目の前に現れたアルテミスが抱き着き、リアスの顔がアルテミスの胸に沈んでいる。

 

 そんな姿を見て、イッセーは"アルテミスさんだから仕方ない"と考えている辺り、既に適応しつつあるだろう。

 

「おめでとうみんな! ご褒美に私の女神像を建てることを許可しちゃうわ!」

 

「えっ……」

 

「ええ……」

 

 イッセーは、ひとまずリアス・グレモリーとライザー・フェニックスの婚約を破談にしたことを実感し、修行は無駄ではなかったと噛み締めるのであった。

 

 

 

 

 

 







 ライザーさんに原作よりもドラゴンへのトラウマを刻み込み、悪魔の社会的にも叩き落とした気がしますが、カーマちゃんとエレちゃんが可愛いことが真実なので気のせいです。



\今回の話の修行の結果/

・禁手を覚えざるおえなかった!(イッセー)

・唯一、マトモにアルテミスと空中戦が出来るようになった!(イッセー)

・魔王クラスぐらいの攻撃なら頑張れば出せるようになった!(イッセー)

・無理は嘘つきの言葉!(全員)

・アルテミスの女神像を建てる権利をやろう(グレモリー眷属)



~宝具~

女神像(アルテミス)
 実際に女神アルテミスの加護が得れるありがた迷惑な石像。駒王学園の庭園に(リアスが自費で)建設した。頭にオリオンがしっかり乗っている点がキュート(アルテミス談)。加護が掛かっているので、瞬間移動(ルーラ)のポイントになっており、たまにアルテミスとオリオンご本人がリアスたちに顔を出してくるおまけ付き。
 また、下手に加護がついているせいで女神像を蹴ったりすると、問答無用で多種多様な神罰が振り掛かるため、生徒には貴重なシンボルなので絶対に雑に扱わないようにとの呼び掛け及び、やんわりと柵で囲われ、トドメに侵入しないように微弱な人払いの結界が張られるという、石像にあるまじき管理体制で置かれている。たまに動く。多分、オブジェクトクラスはEuclid。
 ちなみに藤丸家の庭にも建っている。



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夢と猫と海獣




 とりあえず全て顔見せ程度ですので字数少ないですが初投稿です(ハイスクールD×D恒例の怒濤のキャラ追加)。







 

 

 

 

 

―――かないで―――

 

―――いかないで―――

 

―――れないで―――

 

―――はなれないで―――

 

 

 いつも同じ夢を見る。もうほとんど忘れてしまった温かい世界の夢。それに比べてここは酷く暗く冷たい場所で、私は手足を鎖で繋いでいる。そして、繋がれているのではなく、自分の意思で縛っていることも理解していた。

 

 

―――わたしから、また―――

 

―――また、わたしをおいていかないで―――

 

 

 でも、ここに自分の意思ではいない。他の何かに追いやられたことを知っている。そして、それに対して怒りよりも、悲しみが強く、またあの光溢れる世界に行きたかった。

 

 

かえってきて―――かえって―――

 

もういちど、わたしのもとに―――

 

もういちど―――もういちど―――

 

 

 怖い、悲しい、辛い。この想いに任せて全てを壊してしまいたいとすら考えた。そうすればきっと、また私は全てを愛することができるのだから。それしか私はできないのだから。

 

 

いえ―――いいえ―――

 

もうにどと―――もうにどと―――

 

 

 けれどそれは決して望んではならないこと。私はもういらないのだから。誰からも必要とされず、誰からも愛されない。それでいい、それでいいのだから――。

 

 

 どうか――私を愛さないで――

 

 

 

 

『あれ……どこだここ……?』

 

 

 

 

 そんな私だけがいる暗く冷たいこの空間に現れた、久しく見ていなかった生命は――一輪の桃色の花弁に乗って"(わたし)"の上に浮く奇妙な人間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……?」

 

「……………………起きましたか」

 

 藤丸立香が目を覚ますと、珍しくカーマが立香よりも先に起きており、正座をして枕元に座りながら、いつもよりもやや不機嫌そうに目を三角にしていた。

 

 朝っぱらから睨まれる理由はわからないが、"とりあえず、自身が悪いのでは?"と考えた立香は、起き上がるとカーマに向き合うように正座になる。

 

「マスターが時々レムレムして、他者の夢に入るのは知っていますが、"生命の海(ケイオスタイド)"に五体満足で立たせるのも大変なんですから、ああいう他神(ヒト)の夢に易々と入らないでください」

 

「えっ? あっ、うん……ゴメン」

 

 直ぐに口を開いた彼女に立香は全く思い当たる節がなく、言い放たれた単語にも聞き覚えがないが、とりあえず立香は謝る。

 

 そんな様子の立香を見てかカーマは自身の額に手を当てながら大きな溜め息を吐いた。

 

「――はぁ……って言っても夢のことは余り覚えていないんでしたね。今日見ていた夢について、何か見ていた夢について覚えていることはありませんか?」

 

「えっと…………なんでだろう? 寂しがっていたような……放って置けないよな……そんな気がする……他はよく覚えてないかな」

 

「どこまでお人好し何ですか……本当に馬鹿な人」

 

 そう言って再びカーマは小さく溜め息を吐くと、立香に近寄り、自身の額を彼の額に当てる。何気なく大胆に行われたその動作に思わず立香の胸が高鳴った。

 

「一応、熱などはないようですね。体に異常はありませんか?」

 

「えっ……あっ……ああ、いつも通りだよ」

 

「……? まあ、それならなんでもいいですけど。それなり……ええ、それなりに環境がいいので、私のマスターに勝手に死なれても困りますからー、それだけですよーだ」

 

 それだけ言うとカーマは立香から離れる。そして、部屋の入り口まで歩いて行くと、何か思い出したような様子で振り返り、口を開く。

 

「しばらく迷惑料として、私のおかず一品追加してくださいね」

 

 なんの事かわからなかったが、立香はカーマに意識・無意識下でお世話になっていることには変わりないと考え、快くその申し出を引き受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みー、みー、みー!」

 

「……………………」

 

「みー、みー……うーん、ダメか。ほーら、怖くないよー?」

 

 ある晴れた日の放課後。特に何か成績を残すわけでもなく球技大会を終えた藤丸立香は、道端で黒猫と戯れようとしていた。ちなみにクラス種目は野球であった。

 

 立香から3mほど距離を取って、湿った目でじっと見つめてくる黒猫は、スラッとして毛並みがよく美人な顔つきと体格の首輪のない猫である。動物好きでもある彼の心に火を付け、どうにか関係を縮めようと何やらしていた。

 

 ちなみにあの後、レーティングゲームは当然、リアス・グレモリーの勝ちになったため、ライザー・フェニックスとの結婚は破談になったのだが、当のライザーが心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症したらしく、精神病院に入院中とのこと。ちなみに軽度ではないらしい。

 

 ゲームセットの時点で立体映像の投影は終了していたため、リアスがアルテミスに抱き着かれた辺りは観客に映っていなかったので、メディアはライザーが"ハンデマッチでルーキー以下の婚約者に負けた公式戦選手"だの、"貴族悪魔の風上にも置けない"だの、"焼き鳥"だの、"婚約条件を反故にして結婚を前倒しにしようとした上に失敗して婚約破棄された貴族悪魔男児の恥"だの、"10分の男"だの、"カップ麺男"等々有名なSNSで人名を検索した時に出る候補並みに多様なあることないことを言いたい放題であったが、勝てば官軍負ければ賊軍というもの。

 

 結局、ゲームにおいて敗者は死人にも等しく、口など最初からないのだ。それに戦時中は末席もいいところだったフェニックス家が、レーティングゲームで台頭したことを快く思っている貴族悪魔の方が少数派だったことが大きいだろう。

 

 また、10分の男とカップ麺男という俗称は、非公式ではあるが、僅か7分で眷属が壊滅し、自身はほぼ3分ジャストで敗北したということが公衆の面前に晒され、到底火消しどころではなかったためである。

 

 フェニックスが炎上するとは、皮肉なこともあったものだ。敗北を知らずに生きてきたライザーの初めての敗北は、余りに取り返しのつかないものであったと言えるだろう。

 

 蛇足だが、悪魔の新聞社や各種通信会社に縁談の裏話まで文書でリークした人物は、マーラやらNYXやらと匿名で記入して出していたが、まさか本人なハズもあるまい。

 

 更に蛇足だが、最近カーマは突然、"悪魔向けのゴシップ雑誌を集めてニヤニヤしていることが多い"と立香は不思議に思っているが、因果関係は不明である。また、立香は人間なので悪魔のゴシップ雑誌に興味があるわけもなく、カーマはゴシップ雑誌の内容を何故か見せないようにしている節があるため、この出来事を立香が知ることはない。

 

 閑話休題。

 

「みー、みー、みー!」

 

「………………」

 

 この黒猫は最近になり、時々目にするようになったらしく、見掛ける度にこうしていつか撫でられるようにならないかとアクションを起こしているのだ。とは言え、3mほどの物理的な距離感は余りに遠いと言わざるをえない。ちなみに見ての通り、立香は生き物に話し掛けるタイプだ。

 

「家にはカーマがいるからなぁ……でも首輪付いてないし、捨て猫なら保護してあげたいなぁ……」

 

「………………」

 

 その呟きからはカーマをペットのように扱っているようにしか思えないが、流石に言葉のあやである。

 

 単純にカーマはペットの類いが全般的に嫌いらしく、飼いたがらないためであり、立香としてはペットを飼い始めたらなんだかんだ言いながら一番世話を焼いている様子が思い浮かぶため、飼ってもいいのではないかと考えてもいたりする。

 

 また、立香は哺乳類のペットを飼ったことはないが、その理由はパピーミルなどの存在を知り、ペットショップ等で買ってまで飼うことは控えるようになったからというだけであり、特に家庭の事情というわけではない。

 

「街にいるってことは君はやっぱり捨猫なのかな? こんな綺麗な黒猫を捨てるだなんて……酷いね」

 

「…………なー」

 

「おっ……お、おお……!」

 

 すると珍しく黒猫はひと鳴きし、更に黒猫の方から寄って来て、立香の1mほど前で一旦止まる。そして、ジリジリと恐る恐ると言った様子で距離を詰め、黒猫が来るまで動かないでじっとしている立香の手まで後、数cmのところまで接近し――。

 

 

「何をしているの?」

 

「――――――!!!?」

 

「あっ、エレシュキガル……」

 

 

 突然、買い物用の手提げ袋片手に1人と1匹の間に、そういった意図は無いであろうが、結果として割り込むようにエレシュキガルが現れた。まあ、実質的な家主が道端でしゃがみながら、黒猫と一進一退の攻防を繰り広げていれば声を掛けたくもなろう。

 

 エレシュキガルにとてつもなく驚いた様子で目を見開く黒猫は、尻尾まで全身の毛並みを逆立て、脱兎の如く逃げて行ってしまった。

 

「えっ……え、えっ? ど、どういうことなのかしら……?」

 

「あはは……うん、大丈夫だよ。何でもないからさ。それより買い物してくれたんだね。ありがとう、あはは……」

 

(め、目に見えて沈んでるー!? ち、ちっとも大丈ばないのだわ!?)

 

「わ、わわ、わたっ、私、何かやってしまったのだわー!?」

 

「エ、エレシュキガル!?」

 

 珍しく落ち込んだ様子の立香を目にし、とんでもないことをしてしまったと自責の念に駆られたエレシュキガルは、目の端に涙を浮かべながら黒猫のように逃げ出して行った。

 

 まあ、彼女も猫で例えれば黒猫っぽく思えるが、飼い猫なので、ほどなく自宅に戻るであろう。

 

「エレシュキガルが黒猫を抱いたら似合うだろうなぁ」

 

 しかし、それでも同居人で契約者の女神を放っておけない立香は、そんな言葉を呟いてからエレシュキガルの跡を追い掛けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見て見て立香!」

 

「どうしたのニュクスさ――」

 

 球技大会が終わってそう日は経っていない放課後。

 

 自宅の庭先で、立香が無駄に凝った造型のアルテミス像を磨いていると、ニュクスが声を掛けて来たため、そちらに振り返り、抱き抱えているものを見て言葉が止まった。

 

 

「……んぅ…………すぅ……」

 

 

 ニュクスにお姫様抱っこをされる形で抱えられていたのは、やや癖のあり、ふんわりとした紫色の長い髪をした少女であり、何故か眠っていた。

 

 その上、少女は一糸纏わぬ姿であり、幾ら大分暖かい暦を迎えたと言っても夕方の屋外にいるには余りに寒々しい様子である。

 

「中々の美人でしょう? 隔世遺伝で悪魔の力を持って生まれた混血児、それも発現していないから詳細はわからないけれど面白そうな波長の神器持ちよ。名前は"イングヴィルド・レヴィアタン"ちゃんね」

 

「元いたとこに返してきて」

 

 一瞬で笑顔から真顔になった立香の必死の懇願にも、ニュクスは全く意に介さない様子で、鼻歌でも歌い出さんばかりに機嫌よく更に口を開く。

 

「あら? いけずね。でも保有していたレヴィアタン派の貴族悪魔では眠りっぱなしの彼女に何も出来ないでしょう? 少しお金をチラつかせたらすぐに交渉してくれたわ。だからこの娘は正当に私のモ・ノ」

 

「猫みたいに拾って来ないで」

 

「悪魔特有の"眠りの病"に掛かってるけれど、私の子で眠りを司るヒュプノスに解除させるから心配しないでいいわ。うふふ、それはそれとして立香――"眠姦"に興味はないかしら?」

 

「お願い話を聞いて」

 

 

 その後、思考が狂化でもしているかの如く(ギリシャ神話の神々の平常運転)、意思疏通が図れないニュクスをなんとか立香が宥め、少女――イングヴィルドをどうするのか今いる家族会議(立香と三女神)で考えることになったのであった。

 

 

 

 

 

 








※ニュクスさんは普通に問題児です。


 原作の裏でレムレムして絆上げ中です。3巻は……ぶっちゃけ立香くんがやることがほぼ皆無なので、最終盤以外はこんな感じに半分レムレムパート(人魚っぽいものやイングヴィルドの絆上げ作業)、半分ほぼ日常パートぐらいの感じで進むと思います。



~簡単な登場人物紹介~

人魚っぽいもの
 立香の三女神同盟の切り札にも成り得る人魚ってぽいもの。立香の夢でたまに繋がる相手らしく、その度に沈まないようにカーマが頑張るが、立香は夢の中出来事を深く覚えていない。まだ、人に虐められた捨て猫の如く警戒心と敵意マシマシ。(ほだ)すためには2~5巻相当の期間が必要。

イングヴィルド
 ニュクスに買われたレムレムしている女の子。潜在能力が軽く魔王クラスを凌駕している上に何かしら面白げな神器を持つため、ニュクスは洗脳・改造・強制(適当に力を与え)て、立香にプレゼントする予定で購入した。寝ている状態でも立香がミジンコに見えるぐらい身体能力に差がある。
原作ニュクス「誘拐した」
今作ニュクス「買った」

黒猫
 最近、たまに見掛けるようになった黒猫。首輪がない上、近所では黒猫を飼っている家はないため、捨て猫だと考え、保護しようかと立香は検討している。保護したときはちゃんと動物病院に連れていって避妊・去勢手術をすることもしっかり視野に入れている。



~今の絆Lv~

エレシュキガル
絆Lv4

カーマ
絆Lv8

ニュクス
絆Lv7

アルテミス
絆Lv5

オリオン
絆Lv5

人魚っぽいもの
絆Lv0(絆5までに絆10に達する並みの絆ポイントが必要)

黒猫
絆Lv2(1~3が上がりにくく、4~5が無茶苦茶上がりやすいぐっちゃんパイセンタイプ)

イッセー
絆Lv5(5までの必要絆ポイントが最低値の1万のタイプ)

イングヴィルド
絆Lv0(スヤァ……)





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驟雨

原点に戻りエレちゃんは可愛いので初投稿です。


 

 

 

 

「……すぅ……すぅ…………」

 

『………………』

 

 仏間に敷かれた布団の上に寝かされたイングヴィルドの腹の上で、デフォルメされた白鳥ような小さめの鳥が脚を畳んで座り込みがら、ペコリと頭を下げていた。また、布団の周りには立香、エレシュキガル、カーマ、ニュクスが集まって座っている。

 

 どうやらこの白鳥っぽい生物(ナマモノ)は、ニュクスに呼ばれた眠りを司る神ヒュプノスの化身らしい。

 

「さて、イングヴィルドさんをどうするか考えようみんな」

 

「あなたへのプレゼントだから好きにしていいわよ?」

 

 ニュクスの呟きを無視しつつ、イングヴィルドを囲んでそれは始まった。この場においてニュクスは被告人である。尤も、だからといってニュクスの待遇や処遇が変わることはひとつもないのだが。

 

 まず、イングヴィルドの現状について確認をしよう。

 

 イングヴィルドは種族としては一応、どちらかと言えば人間に当たるが、隔世遺伝で悪魔の力を持って生まれた混血児であり、仮に完全に悪魔となれば、即座に魔王クラス程度にはなれる程のスペックを持っており、ニュクスとしてはそれだけでも買い付ける意味があったのでだろう。

 

 そして、未発現の神器。これは完全に現段階では詳細不明だが、ニュクスが"面白そうな波長"と評価しているため、その性能や希少性はかなりのものと思われる。

 

 最後に問題の"眠りの病"。これは寿命1万年と言われている悪魔にのみ掛かる特異な病であり、実質的な夭折となるため、全ての悪魔から恐れられている原因不明かつ治療方法の確立されていない不治の病と一般には伝わっていた。

 

 まあ、それを眠りを司る神を持ち出して治癒させるというのは、最早反則もいいところの治療方法のため、再現性は特になく、悪魔の種族自体が治療方法を確立するのが待たれるばかりだろう。

 

 そんなイングヴィルドをこれからどう扱うか。この会議の議題は1人の少女だけでなく、今後のことも考えると、とても重要な決定と言える。

 

 そして、真っ先に手を上げたのは――カーマであった。

 

 

「はいはーい」

 

「はい、カーマ」

 

「手っ取り早くバラして取り出した神器を"神の子を見張る者(グリゴリ)"に売り付けて、死体は海に棄てましょう。レヴィアタンの末裔なら精々海に還るのがお似合――」

 

「カーマ、おやつ抜き」

 

「ちょっ――!? かわいい冗談じゃないですか! やだなー、すぐに本気にするんですからもー!」

 

 だれがなんと言おうと、あのときのカーマの目はどう見ても本気(マジ)だったと後の立香は語る。

 

 そして、次に自信に満ち溢れた表情で手を上げたのはニュクスだ。

 

 

「はーい」

 

「はい、ニュクスさん」

 

「まず、イングヴィルドちゃんにあなたの事しか考えれないように洗脳するわ。メディア辺りに掛けられたものを参考にするわね。そして、記憶も眠りの病に落ちる前のものなんていらないから全部消すわ。そうすれば、それだけでも立香だけの強くて可愛らしい愛玩人形の出来上がりよ? それから身体と魔力に強化を施す肉体改造では――」

 

「行ってヒュプノスさん」

 

『――――――!』

 

 立香の指示を聞いたヒュプノスは、両手もとい両翼を上下に伸ばした構えを取ると、それをニュクスの顔へ向けて目とクチバシを見開き、一言だけ叫ぶ。

 

『エターナルドラウジネス!!』

 

「ちょっと、あなたたち今日で初対面――ぐぅ……」

 

 みょんみょんみょんという妙な効果音で放たれたそれは、座ったままニュクスを強制的に居眠りにつかせる。ニュクス被害者の会として一体感を覚えた立香とヒュプノスは思う、"悪は滅びた"と――何度でも甦るけど。

 

 

「な、なら……」

 

「はい、エレシュキガル」

 

 おずおずといった様子で手を上げたエレシュキガルを立香が指す。

 

 すると彼女はイングヴィルドの寝顔を見ながら髪を撫で、優しげでどこかもの悲しげな表情をしながら口を開いた。

 

「この娘……眠る前は普通の人間として暮らしていたのよね? だったら今の事も昔の事も全部教えて上げなきゃ可哀想よ。酷かも知れないけれど、ニュクスは拾ってきただけで、眠りに落とした張本人ではないからある種自然なこと。だったら、それもまた人生でしょう。私たちに出来ることは……立ち直る手助けだけ――ってなんで泣いているのかしら立香?」

 

「こういうの……こういうのでいいんだ……」

 

「………………(こくこく)」

 

 エレシュキガルが見ると、彼女の話を聞いて、涙を浮かべる立香と、翼を腕のように組んで首を縦に振るヒュプノスが目に入る。

 

 想像して欲しい。これまでは問題が起きたときの解決案を上げるのが、カーマとニュクスしかいなかったのである。よって、普通の意見など決して望めなかったのは、想像に難しくないだろう。

 

 会議はエレシュキガルの案を採用し、イングヴィルドを起こして最大限の支援をしつつ、その後に彼女がどうするのかは彼女の意思を最大限尊重するという事に落ち着いた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「よろしくお願いしますヒュプノスさん」

 

『――――――!』

 

 イングヴィルドの枕元に立ったヒュプノスは、立香の頼みに両翼を振り上げて答える。

 

 そして、その両翼でイングヴィルドの頭を包むように囲むと、翼から淡い光を放つ優しげながらどこか涼しげにも見える力がゆっくりと放たれた。

 

 

「…………んぅ――ぁ?」

 

 

 ヒュプノスの両翼から光が止むのと丁度同じタイミングでイングヴィルドが目覚める。初めて見る彼女の瞳は淡いオレンジ色をしており、天井を少し見つめた後で他に目を向ける。

 

「白鳥と……綺麗な人たちと……男の人……」

 

 イングヴィルドは寝惚け眼で辺りを見回しながらそんな言葉を吐く。その言葉は日本語ではなかったが、母親の教育で一部の外国語を使える立香は問題なく聞き取れ、他の三女神も意味を理解して聞き取れていた。

 

「ここ……どこ? あなたたちは……? お母さんとお父さんはどこ?」

 

「――――ッ!」

 

 その問いの答えを知っていた立香は返事が出来なかった。何せイングヴィルドは眠りの病によって、約一世紀ほど眠っており、彼女の両親は悪魔ではなく普通の人間だった。ただの人間だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イングヴィルドが藤丸家で目覚めてから3日後の昼間。平日のため、立香とカーマは学校に行っており、彼の影に潜むニュクスも着いて行っているため、屋内は酷く静かに感じることだろう。

 

 何をするわけでもなく縁側に座って佇むイングヴィルドは、その瞳にしとしとと降り頻る雨を見つめるも、その実、瞳には何も映しておらず、虚空を覗きながら喜も哀もない表情を浮かべるばかりだ。

 

「………………」

 

『………………』

 

 また、イングヴィルドは腕と膝で抱えるように乱雑に白鳥のデフォルメのような生き物――ヒュプノスの化身を抱き締めており、時折力を強めていた。

 

 何故かまだ帰っていないヒュプノスは、イングヴィルドにほとんどぬいぐるみのような扱いをされているが、何故かそれを普通に受け入れており、むしろどことなく幸せそうな表情をしているように見えなくもなかった。

 

 ニュクス曰く、"ヒュプノスがイングヴィルドを気に入ったため、加護を与えている"とのこと。まあ、ギリシャ神話の神々が人間などを気に入るのは珍しくもないため、普通の事と言えるかもしれない。

 

 また、この白鳥っぽいものはヒュプノスの化身であり、ダウングレード版の分霊であるため、本体には全く支障がない上、イングヴィルドが再び眠った場合にもすぐに起こして貰えるアフターケアに図らずもなっていたりする。しかし、やはり能力的にはほとんどマスコットに近く、この分霊がなのか本体もそうなのか全く喋らないため、会話は期待できないだろう。

 

「隣、失礼するわね」

 

「…………うん」

 

 するとそんな様子で何をしているわけでもないイングヴィルドの隣に金髪の女神――エレシュキガルが座る。

 

 エレシュキガルは三柱で唯一、真面目に家事などに取り組み、留守を預かっているため、イングヴィルドが起きてからの生活のケアの大半を引き受けており、少なからず、彼女に対してイングヴィルドは恩義を感じていた。

 

「どう? 藤丸家(ここ)には慣れた? まあ、私も来てから日は浅いんだけれどね」

 

「……わからない」

 

「そっか」

 

 エレシュキガルと顔を合わせず、縮こまるようにヒュプノスを抱き締めるつつそんな言葉をイングヴィルドは吐き、少しだけ間が空いたが、再びエレシュキガルが口を開く。

 

「私ね。生み出されてすぐに冥界の役割を振られて、そこにずっといたから両親についてはあんまり知らない……というよりも面識がないの。貴女が知っている家族という関係よりずっとドライだったと思うわ」

 

「…………そうなんだ」

 

 エレシュキガルが呟いた両親や家族という言葉にイングヴィルドは興味を示したようで、肩が跳ねて顔を向ける。

 

「だから……もしよければだけど貴女の知る家族について聞かせてくれないかしら?」

 

「………………」

 

 そう言って小さく優しげに微笑むエレシュキガル。その様子を見て、"本物の女神様はやっぱりスゴいな"等と考えたイングヴィルドが、ふと彼女が自分の膝に置いている手を見ると――ぷるぷると小刻みに震えている様子が目に入った。

 

 どうやらこの女神は、イングヴィルドをどうにか励まそうとする事にとても緊張し、既に割りと一杯一杯らしい。

 

 その事に気づいたイングヴィルドは、少しだけ驚くと――口に手を当てて藤丸家に来てから初めて笑みを浮かべた。

 

「――ふふっ」

 

「わ、笑われたのだわ……」

 

「ごめんなさい……でもわかった。なら私の家族のことを――」

 

 

 イングヴィルドはポツリポツリと自身の家族について、少しだけ笑みを浮かべながら語り始める。

 

 最初は父親と母親の特徴を、それから両親の好きなところや思い出を、そして深い話になるに連れて、話はかつての日常の他愛もない話に移り、両親にあった不満点などを話すと、徐々に両親から話は広がっていく。

 

 暮らしていた家とこの家の違い、食事の違い、衣服の違いから始まり、親しかった友人、近所の人間、住んでいた街の様子、そして確かにイングヴィルドの家族が生きていたこと。

 

 それはイングヴィルドにとっては、つい昨日のような事であり、世界にとっては、ほんの100年前の出来事の記憶であった。

 

「――あれ……?」

 

 ホロリとイングヴィルドの頬を涙が伝った。彼女が涙を流したのは目覚めてから初めてのことである。

 

 その表情は、嬉しげに昨日の出来事を、他愛もない小さな思い出を語るようであり、決して涙を浮かべるような顔ではなかったため、酷く調子外れに見える。

 

「あれ……あ……れ……? なんで……私?」

 

 実際、泣いているイングヴィルド自身が一番困惑しており、涙の訳を自覚できなかったのだろう。未だに彼女は、笑みを浮かべながら、外で降る雨のようにさめざめと涙を流しており、止めようと手で涙を拭うが、まるで止まる様子はない。

 

「あはっ……あはは……はは……。ごめんなさい私……すぐに止めて――」

 

「いいからっ!」

 

 エレシュキガルはイングヴィルドの言葉を遮って抱き寄せ、更に強く抱き締めた。

 

 尚も泣いているイングヴィルドは、エレシュキガルの行動に動きを止めて驚き、ふとエレシュキガルの表情を見ると、彼女の目の端にも涙が浮かんでおり、更に全身が震えていることも直接伝わってくる。

 

 そして、イングヴィルドにとって、肌を通して感じるエレシュキガルの体温は、酷く温かく思えた。

 

 

「我慢しないでいいから……! 泣いていいのだわ……!」

 

「………………ひっ……ぁ……あぁ…………わあああぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 大した話ではない。浦島太郎の物語の最後、彼には竜宮城での思い出が残り、他の全てを失った。起きたイングヴィルドには何も残っておらず、彼女は全てを失った。

 

 そして、その現実にたった今はじめて心が追い付いた。ただ、それだけのことだ。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

『………………!』

 

 泣きつかれていつの間にか眠ってしまったイングヴィルドを、エレシュキガルが布団に運び、ヒュプノスがそっとタオルケットを掛ける。

 

 そして、仕事を終えたとばかりにヒュプノスは、イングヴィルドの枕元に座ると脚を畳んで、香箱座りになるとクチバシを背中の羽毛に差して眠る体勢になった。

 

「ふふっ、可愛い寝顔……」

 

 エレシュキガルはイングヴィルドの頭を優しく撫で、そんな言葉を呟く。その姿は端から見れば母親か、少し歳の離れた姉に似ていたかもしれない。 

 

「ん……」

 

 そんなとき、イングヴィルドが小さく動き、眠ったままその唇を震わせて言葉を溢す。

 

 

「エレシュキガル……おねえちゃん……」

 

 

 それはただの寝言であり、何かの夢を見たか、たまたま別の言葉がそう聞こえただけなのかも知れない。

 

 しかし、今の状況でその単語はエレシュキガルの中を、冥界の赤雷よりも激しく強く速く全身を駆け巡り、エレシュキガルは嬉しさで破顔するほどの笑みを浮かべると、わなわなと体を震わせ、自身の両手を胸の前で引いてギュッと構え、体を左右に振る。

 

「――――ッうぅ……本当の妹が出来た気分なのだわ!」

 

『………………?』

 

 ヒュプノスは"実妹がエレシュキガルにはいたはずだ"と思って片目を開けたが、神話で一度殺したことすらあったことを思い返し、表情に出すことも口を開くこともなく、一瞬だけ垣間見えたエレシュキガルの闇を見ることはせず、そっと開けた目蓋を閉じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 







通りすがりの姉を名乗る不審者「やりましたねエレシュキガルさん! 妹が増えましたよ!」





※原点に近めなFakeのイシュタルの邪神っプリを見る限り、エレシュキガルも原点は相応にアレだと思われるので、あの姉妹がFGOで普通に並んでるのは、本当に奇跡に等しいですよねぇ……。



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魔性の女




この話をハイスクールD×Dと言い張る勇気ですが初投稿です。






 

 

 

 

 立香の夢の中。泥のようで水のようだが、そのどちらとも明らかに違う黒々とした何かが、海のように広がるだけの閉じた世界。

 

 虚構のようで悪夢のようなその場所。そこで、大きな水辺に咲く花に乗る青年と、明らかに人間でなくどこか水棲生物を思わせる女性が対峙していた。

 

 

『………………』

 

 

 女性は人間では到底不可能な半ば透き通るライトブルーの長髪をしている。更に両耳の後ろから生えている半ばから断ち切った輪を繋げたような黒緑色の大きな角をし、それに走る金色の装飾染みた規則的な模様が特徴的と言えるだろう。

 

 更に身長は160cm程で、その瞳は淡く柔らかな黄昏の陽のように鈍い輝きを帯びた濃い桃色の瞳をしつつ、無機質に真っ直ぐ立香の方を見つめていた。

 

 また、服装においては紐水着だけを着たような露出度の高さであるが、不思議と神性を帯びた神秘的な雰囲気から美しいものと理解できる。更に"その手足が鎖などで縛られている"ということはないが、向こう側からアクションを起こす様子はまるでない。

 

 そんな互いの距離は約1m程。手を伸ばせば触れられる距離で向き合っている。尤もさながら人魚のような女性は、黒い海から生えるように立ち、立香はそれに浮く小舟のようなモノのため、対等というわけでは間違ってもないだろう。

 

「………………」

 

 そして、立香は恐る恐るといった様子で、人魚のような女性にそっと手を向け――。

 

『――――――!?』

 

「…………うーん……」

 

 ビクリと女性の体が跳ねて怯える様子を見せたため、すぐに手を引っ込めた。

 

 立香は人魚のようなこの女性と会う夢をここ1ヶ月ほど見続けており、その結果がこの状態なのである。最初の1週間は酷いもので、立香が視界に入ると、歌のような声で叫んで全く寄せ付けようとせず、叫ばなくなったのは2週間目からである。

 

 それから立香の人畜無害っぷりが徐々に伝わったのか、毎日ちょっとずつ物理的に距離を縮め、3週間経った結果、この距離まで近づくことに成功したのだ。立香の頭に浮かんだのは、人魚でも魚でもなく、全身の毛を逆立てて威嚇してくるなつかない猫のイメージであった。

 

 ちなみに立香は、寝ているときはこの女性にあったことを覚えているが、起きているときは無意識にしなければならないことだと考える程度にしか覚えていないため、日中彼女のことを考えることはほぼ出来ないと思っていい。まあ、夢とは元来そういうものであろう。

 

「えーと……」

 

 とりあえず、前段階として隣に居れるようにはなったので立香は新しい試みを始める。それは"コミュニケーション"を図るというものだ。

 

 実は夢の中にも物を持ち込める。ここにいる立香が衣服を着ていることからもそれは明白であろう。なので日中の無意識の記憶やカーマのぶっきらぼうな促しを頼りに手提げ袋に入れて枕元に置くことで持ち込んだ品物を確認した。

 

 

・菓子パン 3個

・コ○ドーム 20個入り

・マンガ 4冊

・辞書

・エレシュキガルの手袋

 

 

 日中の自分はあまり覚えていないとは言え、一体何を思えばこのラインナップになるのか頭を抱えそうになった。ちなみにコ○ドームが入っているのはどうせいらない気を利かせたニュクスの仕業である。エレシュキガルが腕につけている長手袋は、この前に洗濯してから無くなったと言っていたので気になっていたが、こんなところに紛れていたらしい。後で返さなければ。

 

 マンガを取り出そうとしたが、立香はすぐに諦め、辞書に手を伸ばして取り出すとパラパラとページを捲る。普段立香が勉強に用いているただの国語辞典なのでこれと言って何があるわけでもない。

 

「言葉が伝わらないからなぁ……」

 

『………………』

 

 立香がそう言って難しそうな顔をしているのを見てか、人魚っぽい女性は湿った目を向けるばかりだ。

 

 と言うのもこの人魚っぽい女性は、立香の言葉をそもそも言語として通じていないらしく、声と言えば"Aaaa――"と歌のような透き通った鳴き声を上げるばかりなのだ。

 

 故に無意識にそれを覚えていた昼間の立香が入れたのが、辞典だったのであろうが、必要なのは辞典ではなく、幼児用のひらがなボードレベルのものであろう。しかし、漠然とした記憶の霞からそれを持ってくることは極めて難しいであろう。

 

「カーマ」

 

『イヤでーす。何が悲しくて私がこれ以上あなたの逢い引きのお世話をしなくちゃならないんですかぁー?』

 

 せめて昼間の自分に伝えて欲しいと頼もうとしたが、彼が立っている桃色の水辺の花と化しているカーマは、不機嫌そうにそう告げた。また、心なしかいつもより不機嫌な様子にも思える。

 

 立香としては一切、逢い引きなどではないのだが、文字通り体を張って立香を支えているカーマに言われてしまえば返す言葉がない。

 

 ならばと立香は袋入りの菓子パン――メロンパンを取り出した。買い溜めしていたものであり、コミュニケーションと言えば食べ物で釣ることだ。完全に野良猫扱いである。

 

「食べる?」

 

『………………?』

 

 そう言って立香は袋ごとメロンパンを見せてみたが、人魚っぽい女性は小さく首を傾げるばかりだ。

 

 仕方なく、とりあえずメロンパンの袋を開けてみる。するとプラスチック袋に包まれていたせいで感じなかった仄かに甘い匂いが、立香の鼻腔を擽ると――。

 

『――――――』

 

 メロンパンに人魚っぽい女性の視線が釘付けになった。それも明らかに凝視と言っていい程の見方であり、見れば小さく彼女が鼻をスンスンと鳴らして匂いを嗅いでいる姿もあった。

 

「………………」

 

『………………(じー)』

 

 ふと、立香がメロンパンを右に移動させてみると人魚っぽい女性の視線が右に移動する。

 

「………………」

 

『………………(じー)』

 

 更にメロンパンを左に移動させてみれば人魚っぽい女性の視線も左に移動した。

 

(なにこれ楽しい……)

 

『………………(じー)』

 

 立香はそう考えつつ、上下にもメロンパンを移動させ、両方とも目でメロンパンを追っている人魚っぽい女性を確認してから、メロンパンを差し出してみた。

 

『………………!? Aaaa……』

 

 さっき手を出した時のように肩が跳ねたが、今度は驚きつつも少しだけ立香の腕――もとい手にあるメロンパンに手を伸ばそうとして引っ込めた。そのとき、とてつもなく後悔したような表情をしているように見える。

 

(イケる……!)

 

 立香が思い出したのは、最近ようやく"ちゅーる"で釣れるようになり、撫でさせてくれるようになったあの黒猫の姿である。立香にとって人魚っぽい女性は野良猫と大差ないらしい。

 

 これを好機と見た立香はメロンパンを少しだけ千切って食べて見せる。そして、笑みを浮かべると残りのメロンパンを人魚っぽい女性に差し向けた。

 

「うん、美味しい! 何も入ってないよ!」

 

『………………Aaaa』

 

 すると毒味をしたためか、恐る恐るといった様子で人魚っぽい女性はメロンパンを受け取る。そして、しばらくメロンパンを凝視した後、意を決した様子で目を瞑りながらメロンパンに齧りつく。

 

『Aaaa――!』

 

 その次の瞬間、人魚っぽい女性は声を上げて桃色の星のような瞳を輝かせる。というよりも心なしかキラキラと実際に輝いて見えた。

 

 そのまま、メロンパンを両手で持ち、小さな口で食べ始めたのを立香は微笑ましい面持ちで眺める。

 

『軽く数千年振りの原初の神の食事にコンビニで買ったメロンパンを食べさせる人間って……』

 

「えっ? カーマ何か言った?」

 

『言ってませーん。気のせいでーすだ』

 

 それは言っている者しかしない反応であったが、カーマがそう言うならばと立香はそれ以上言及しなかった。元々、身体無き者(アナンガ)のため、水辺に咲く花となっているカーマは何故か、人魚っぽい女性と接することが全体的にお気に召さないらしい。

 

「えっ……早」

 

『………………』

 

 そんな会話をしていると人魚っぽい女性は既にメロンパンを食べ終えていた。更に立香の手提げ袋を凝視しており、明らかに何かを期待しているように思える。

 

「……………………いる?」

 

『………………!』

 

 立香がそう言いながら残り2つの菓子パン――メロンパンを袋から取り出すと、人魚っぽい女性は両手を伸ばして"くれ"とばかりに手を広げてくる。

 

 なので袋からメロンパンを取り出して渡すと、また両手で持ちながら小さな口でリスのようにもひもひと食べ始めた。

 

 その光景を目にし、"やっぱりコミュニケーションの基本は餌付けか"と何気に酷いことを考えていた立香であったが、それを知る者は心も繋がっているカーマだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか、立香から嫌な香りがするのだわ……」

 

「えっ? 臭うかな?」

 

 ある晴れた日の早朝の朝食前。珍しくどこか怪訝そうな様子で、エレシュキガルは立香に対してそう呟く。

 

「あっ!? い、いや、言葉通りの意味ではなくて! その……なんというか……会ったことはないけど、覚えのある神性の残り香というか……こっちの世界に絶対に居てはいけない気がするというか……。うー……言葉にし辛いのだわ……」

 

「あはは、なんか困らせているみたいでゴメンね?」

 

 唐突に放たれたエレシュキガルの言葉をそのまま受け取った立香は、自分の服の臭いを気にしたが、直ぐに取り繕ったエレシュキガルが言いたいのはそういう意味ではなく、"神様にしかわからない感覚"であるため、伝えるのが難しいようだ。

 

(立香ったら……絶対に何か危ないことに関わっているのだわ……。しかも本人は自覚してないっぽいし……)

 

「エレシュお姉ちゃん、お皿並べたよ?」

 

『――――――!』

 

「あっ、うん……ありがとう。イングヴィルド」

 

 何か良からぬことを肌で感じつつも、配膳をし終えて立香と入れ替わるようにやって来たイングヴィルドをエレシュキガルは褒める。

 

 あの日、エレシュキガルの胸を借りて泣いてからというもの、この通りイングヴィルドはエレシュキガルになつくようになったのだ。

 

 無論、未だ枕にするにはやや小さめのぬいぐるみのようなサイズのヒュプノスはイングヴィルドに居憑いており、頭の上に乗って何やら鳳凰のように翼を広げてポーズを取っているが、イングヴィルドは全く気にしている様子はない。つくづく、ギリシャ神話の神々がやることは意味がわからないとエレシュキガルは内心思っていた。

 

「ひょっとして立香の夢のこと……?」

 

「えっ、夢?」

 

「うん、立香ったら最近はいつも"目がキラキラしてる人"の夢に入ってるのよ?」

 

『………………(こくこく)』

 

 眠りを司る神であるヒュプノスも頷いている辺り、どうやら比喩でも何でもなく、立香は少なくとも他者の夢に入り込んでいるらしい。それがカーマの力によるものか、立香自身の能力によるものなのかは不明だが、少なくとも原因がそこにある可能性は多分にあった。

 

「夢……うーん、どうすれば……無理矢理割り込むのは危なそうだし……」

 

「――! なら今日の夜は、立香が寝た後で私と一緒に同じ布団で寝れば連れて行けるわ。ヒュプノスさまが」

 

『――――――!』

 

 胴体をイングヴィルドに持たれて、エレシュキガルの目の前に突き出されたヒュプノスは何故かビシッと敬礼を翼で行う。

 

 それに一抹の不安を覚えたが、名だたる神々の中でも眠りに関しては満場一致でこれ以上無いほどのスペシャリストのため、エレシュキガルはヒュプノスとイングヴィルドの不思議なコンビに頼ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「到着!」

 

『――――!』

 

(ほ、本当にサラッと着いたのだわ……。これだから良権能持ちの神々って便利よねぇ……色んな面倒ごと全部すっ飛ばせるし)

 

 何故か立香が見ているという夢に着くなり、頭上で鳳凰の真似をしているヒュプノスと同じく両手を広げているイングヴィルドを、少しだけ苦笑いを浮かべながら眺めつつ、そんなことをエレシュキガルは考える。

 

「…………ってここ虚数空間じゃない!?」

 

 虚数空間。通常の世界を実数空間とするのならば、単純にその裏側の世界と言っていい。通常の方法では侵入することは出来ず、またここから脱出することも容易ではない閉じた世界だ。

 

 次元の狭間もあくまで定義としては、実数世界に属しているため、ここは世界の裏側の裏側。本来ならば何もあってはならないような(うつ)ろな場所である。

 

「えっ……ま、まま……まさか、ということは――」

 

 ここが虚数空間だとするのならばエレシュキガルはあるものがいることを知っている。彼女からすれば、親から子に伝えられた祖先の伝承のようなものであり、元を辿れば自分自身がそれの血を引いているということも知っていた。

 

 エレシュキガルが恐る恐るといった様子で見ると、地は地平線まで黒い泥のような海で埋まっていることがわかる。彼女と隣にいるイングヴィルドとヒュプノスが泥に呑み込まれないのは、単純に神としての力で浮いているために過ぎず、通常の生命体ならばこの泥に身体の一部をつけただけでたちどころに呑み込まれてしまうであろう。

 

 そして、そんな生命に溢れつつも一切の生命が存在しない虚数空間の中で、一際目立つものが目に入る。

 

 それは大輪の水辺の花と化しているカーマと、それに乗っているいつになく真剣な表情を浮かべている立香――そして、その僅か1mという距離で対峙している存在が問題であった。

 

 一見するとそれは160cmほどの美しくも愛らしい姿をした女性であるが、それはエレシュキガルが恐れるモノの頭脳体でしかなく、実際の彼女の全身は既に目にしている。

 

 その大きさは優に7400万km2。インド洋の面積に等しく、内部は虚数のため体積は無限に等しい。すなわち、この虚数空間内の地平線まで広がる黒い泥の全てが、それそのものなのだ。

 

 元々、それが地上に居た頃は――無限龍(ウロボロス・ドラゴン)オーフィス、黙示録の赤き竜グレートレッドと並び、原初の神でありながら神龍に数えられていた存在。

 

 数ある神話の中でも特に古いメソポタミア神話の中で、原初の女神。

 

 その身は神にして原初の海――生命の海そのもの。そして、死の概念の存在しない龍。

 

 エレシュキガルが産まれるよりも前に最初の生命を産み、育み、愛するためだけに存在した神性。

 

 そして、やがて時が来て不要となったときに、この星に住まう古い神々や人間(産み出した者たち)が協力し、ようやくこの次元の狭間よりも空虚な虚数空間に追いやった最も古い罪。

 

 

 

 "原初の母(ファム・ファタール)ティアマト"

 

 

 

 この星の最凶の神にして、最悪の邪龍である。

 

 そんな存在は現在――。

 

 

 

 

「よしっ……! どうだ! ジョーカー込みでフルハウスだ!」

 

『Aaaa』

 

「ちょっ……エースのフォーカードって幾らなんでも引き良すぎないかな!?」

 

『――――!(ふんす)』

 

「得意気な顔だなぁ……。賭けたお菓子をどうぞどうぞー」

 

『Aaaa――!』

 

「立香、お菓子持って来たから私も入れて」

 

『――――!』

 

「あ、イングヴィルドも来たんだ。参加してもいいかな?」

 

『Aaaa――(ぐっ)』

 

 

 

(――なんで立香ったらティアマト神と、お菓子を賭けてトランプをしているのだわー!?)

 

 

 

 ――立香とそんなことをしており、たった今イングヴィルドとヒュプノスが仲間に加わった。

 

 するとエレシュキガルを見つけた立香は、カーマの花に乗ったまま滑るように生命の海の上を移動し、唖然としているエレシュキガルの前までやって来る。

 

「エレシュキガルか、丁度よかった。この手袋が紛れ込んでたみたいだから返すよ。俺、起きたらここでの出来事をほとんど覚えてないからさ。あはは」

 

「あ……! これ探してた奴! ありがとう――ってちっがーう!!」

 

『――――――!?』

 

「あっ、エレシュお姉ちゃん。人魚さんをビックリさせちゃだめ。大丈夫だからね? エレシュお姉ちゃんは優しいから」

 

『Aaaa……』

 

 何故かティアマトの頭に手を伸ばしてそっと撫でるイングヴィルド。ティアマトはそれを黙って受け入れ――よく見るとエレシュキガルとの間にイングヴィルドを挟んで盾にするような位置に移動していた。

 

 ちなみに水竜でもあったレヴィアタンの末裔のせいか、何故かティアマトはイングヴィルドには立香とは違い、最初から優しく、若干依存的にも見えるらしい。

 

 イングヴィルドの呟きから、そんな"色んな意味でエネルギッシュ過ぎる人魚が居てたまるか"とエレシュキガルは内心で叫んだが、この場の空気を読み、せめて何も言わなかった彼女を誰が責められようか。

 

 

 








立香:食べ物で釣れるなら賭けて遊んだら喜ぶんじゃないか?(尚、相手側の幸運値)



~FGOの人魚っぽいのとの違い~
・メンタル的にまだちょっと余裕があるので手足を縛っていない(ビースト少し手前)
・行動もよりドラゴンっぽい(例:食意地張ってる)
・でっかくてひねくれたオーフィスちゃん(性格)



~人魚っぽいのの絆Lvから見たこちらの評価~

絆Lv0←立香(約3割)
しゃー!(怖い侵略者)

絆Lv1←イングヴィルド(初期位置)
あんしん

絆Lv2
ちょっとすき

絆Lv3
すき

絆Lv4
私の新しい夫

絆Lv5
そうだ、彼のために世界を回帰させよう

絆Lv10
ここがあなたと私の楽園(剪定世界ルート)



~QAコーナー~
Q:イングヴィルドちゃんってなんでいるの?

A:神器で人魚っぽいのを唯一スヤァ…して止めれるストッパー兼水竜なレヴィアタンの末裔なので信頼獲得要員(超重要ポジション)





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一方その頃




やっと活動報告にも書いた用事が終わって再開するので初投稿です。








 

 

 

 

 

「あら……?」

 

 藤丸家のはす向かいにある自宅にて、ニュクスは新たな神衣として例のアレ――もとい胸開きタートルネックを作るためにやたら仰々しく、禍々しい形状のミシンに向き合っていると、ふとそんな言葉を溢す。

 

(やっと本格的に動いたのね)

 

 ニュクスは少し前から、この駒王町に入っているそれなりに高位の堕天使――コカビエルが駒王町自体に仕掛けられていた時限爆弾型の術式を起動したことを感じ取ったのである。

 

(立香たちは……みんな人魚様にご執心)

 

 藤丸家の方に意識を向ければ、立香を始めとした全員が眠りについており、起きる様子がないことは見て取れる。唯一、カーマは眠りながらも注意を払っているため、いざとなれば駒王町が丸ごと吹き飛ぼうとも、藤丸家の敷地だけは守護し、綺麗にそのまま残る筈だ。

 

 要するに我関せずだ。駒王町が消し飛ぼうが、立香さえ生きていればどうでもいいという考えが、それだけで伝わってくるため、いっそのこと清々しい程であろう。

 

「ふふっ、可愛いげがあるんだか……ないんだか……。仕方ないから(カラス)は私が退けるとしましょうか」

 

 そう呟くとニュクスは闇を纏い夜を利用して空間そのものを歪曲させ、コカビエルがいる場所――駒王学園の校庭を遠視してみる。結界が学園を覆うように張られていたが、彼女にとっては無いに等しい。

 

 そこでは見覚えのない聖剣使いを含めたグレモリー眷属が、数本のエクスカリバーを束ねたものを持った神父服を着た白髪の青年と交戦していた。

 

「ふーん……」

 

 ニュクスはそれを興味無さげに眺める。聖剣など彼女からすれば、料理をしない女にとっての包丁と大差無い。

 

 関わるのも面倒だと考えていると、木場の神器がこれまでとは別の方向性の覚醒を果たし、エクスカリバーを打ち破った様子を目にしたことで、ニュクスも目を丸くした。

 

(へぇ……考えてなかったけれど、"聖書の神"が死去してから神器の性質も少し変わったのね)

 

 神器の悪用の幅が広がったため、ニュクスが早速それに思考を割いていると、彼女の目にも映っていなかった人間をひとり殺したコカビエルが、グレモリー眷属に語り掛け始める。

 

「フフッ、お優しいこと」

 

 本来ならば"聖書の神"の死など教えてやる必要もない。三勢力の戦争に関わった者ですら大多数の者は、それすら知らずに死んでいるのだから冥土の土産にしても高過ぎる情報と言える。

 

 まあ、聖職者にその事実を突き付けた時の反応はニュクスも酒の肴ぐらいにはなると考えているため、決してわからないことでもなかった。

 

 そして、会話を終えるとすぐにコカビエルとグレモリー眷属たちとの戦闘が始まり、まず赤龍帝の鎧を纏ったイッセーが突撃し、コカビエルの光の槍と彼の拳か交錯したことで、余波だけで校庭にヒビを入れる衝撃波を生む。

 

(あらあら、四半期と経たずに、あれだけ成長しているのは流石赤龍帝ねぇ。今代の白龍皇とは勝負にもならないかと思っていたけど……中々どうしてわからないじゃない――)

 

 アルテミスとオリオンに鍛えられたとは言え、既に聖書の堕天使レベルの相手と互角に交戦出来ているだけでなく、若干コカビエルを押している様子のイッセーにニュクスは純粋に関心を覚える。ただの人間ではあったが、元々のポテンシャルもかなりのものなのだろう。

 

 しかし、それと同時にニュクスは、とても惜しいものを見るように少しだけ悲しげにイッセーを眺める。

 

(けれど、残念。ボウヤには早過ぎる相手だわ)

 

 実際にニュクスがそう思い始めてから徐々にイッセーがコカビエルに押され始めた。

 

 確かにイッセーは女神アルテミスによる修行で強くはなった。今の純粋な魔力や力はコカビエルさえも一回り以上超えていると見える。

 

 しかし、あまりにもイッセーとコカビエルとでは"経験の差"が違い過ぎたのだ。

 

 あくまでもイッセーはつい最近、転生悪魔になったばかりであり、戦闘経験で言えば1週間の女神アルテミスと、1回のライザー・フェニックス程度のもの。加えて、その戦闘スタイルは喧嘩殺法もいいところと言える。

 

 それに対してコカビエルは、常に最前線で天使と悪魔と戦ってきた堕天使。彼の実力よりも、その身に宿る戦術経験及び対悪魔技能は他の追随を許さない程に高い。伊達に戦争屋ではなく、防御とカウンターをしつつ、光の槍と剣を使い分けることでイッセーに己の武術を慣れさせないようにもしている。意外にも堅実な戦闘スタイルであり、それ故に今日まで生き残ってきたのであろう。

 

 結局のところ白龍皇と違い、赤龍帝の攻撃は当たらなければ何も怖くはないのである。また、完全な超高速での空中戦にコカビエルがシフトしているため、ほとんどグレモリー眷属の支援が望めないことも一因であろう。誰かひとりでも超高速で飛び回るコカビエルを空中で羽交い締めに出来るものでもいれば、勝負は一撃でついたかもしれないが、無い物ねだり以外の何物でもない。

 

 更にやはりというべきか、堕天使の光は悪魔にとっても弱点のため、防御するだけでも見た目以上に尾を引くダメージになることも拍車を掛けており、拳とコカビエルの光とが衝突する度に、少しずつイッセーにダメージが蓄積するため、長期戦は不利以外の何物でもなかった。

 

 ちなみに今のことは全て、コカビエルが戦闘の片手間にイッセーとグレモリー眷属に対して似たようなことを話していたりする。

 

「お人好しな堕天使ねぇ……」

 

 "意外とあの堕天使、お喋りで優しいんじゃないかしら……?"等とニュクスは考えていた。本来なら教えてやる義理もないことである。

 

(いえ……単に死に場所が欲しいだけかも知れないわね)

 

 コカビエルが生粋の戦争屋であることは、ニュクスからしても頷けることだった。しかし、三勢力のほとんどは既にこれ以上の戦争はしたくないと、和平という新たな道を歩もうとしているのはニュクスから見ても明らかである。

 

 そのため、時代に取り残されることを感じたコカビエルはそんな時代が来る前に、最後に一花咲かせて退場しようとしているのかも知れない。そのついでに、名のある堕天使であるコカビエル自身が、悪魔及び天使陣営に対して問題を起こせば、堕天使陣営は和平の席に着かざるをえなくなる。仮にそこまで考えて腹を括っての行動ならば、大したものだとニュクスは考えていた。

 

 ニュクスが思考していると、遂に戦局は決定する。

 

「残念。それまでね」

 

 イッセーがコカビエルから光の剣による一閃を受け、校庭に墜落させられた光景を見たニュクスはそう呟く。しかし、言葉とは裏腹に全く面白い娯楽を見せてもらったとでも言いたげな様子だった。

 

 そして、小さく溜め息を吐き、ふと天井を見つめながらニュクスは思い出したように笑みを浮かべる。

 

(私も……絆されたものね……)

 

 仮に一昔前の自分ならば、街ひとつ消える程度では娯楽にさえならなかったであろう。しかし、こうして重い腰を上げてでも"善い"ことをするなど、他のギリシャ神話の神々が見れば、ニュクスがこれまでしてきた事や態度や性格から比べて絶句するような光景と言えよう。

 

 ニュクスは指を鳴らすと服装をネグリジェから"童貞を殺す神衣"に着替え、駒王学園に繋げている闇と自身を繋げた。

 

(いえ……ようやく失いたくないものが見つかったと言うべきかしら?)

 

 更に街よりもひとりの人間。そんなことのために自分が動くのが可笑しくて堪らない。

 

 そして、とりとめのない、どうしようもないほど普通で矮小なただの男を守ることが、それと等しいほどニュクスは嬉しく、それ以上に愉しかった。

 

「私って案外……男の趣味が悪いのかしら?」

 

 そんなことを最後に呟き、ニュクスは闇と共に跡形もなくこの場から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敢闘賞といったところだな……」

 

 コカビエルは十枚の翼を広げ、遥か上空から地に伏して赤龍帝の鎧が解除されたイッセーを眺め、感心した様子でそう呟いた。

 

「くっ……うっ……クソッ!?」

 

 イッセーはなんとか体を起こして立ち上がり、再び戦おうとするが、そのままバランスを崩して倒れる。それを見たアーシア・アルジェントや、リアス・グレモリーが駆け寄り、"聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)"で回復を試みるが、結果は芳しくない。

 

 コカビエルはその様子を見つつ、光の剣を消すと胸ポケットから煙草を取り出して火をつけ、大きく煙を吐き出した後、口を開いた。

 

「無駄だ。悪魔に対して光力は、肉体以上に精神を削る毒だ。その神器では心までは癒せん。転生悪魔にしてはよく喰らいついてきたものだよ」

 

 そう言ってコカビエルは再び煙草を吹かす。そして、まだ火の付いた煙草を投げて捨てると、赤い瞳をつり上げ、満面の笑みを浮かべつつ虚空を眺める。

 

「ようやく本命のご登場か……」

 

 

『あらあら……最期の一服ぐらいもう少し楽しんでもよかったのよ?』

 

 

 その言葉と共に、リアスの影が不自然かつ不気味に隆起し、闇そのもので出来た人型を象る。そして、直ぐに闇そのものは、女性的なフォルムを帯び、余りに完成した美少女の姿をしたニュクスとなった。

 

 そして、直ぐにニュクスはリアスの肩にもたれ掛かり、愉しそうでありつつもどこか冷えた視線をリアスに向ける。リアスは死神に見初められたような感覚を覚え、小さく身震いする。

 

「にゅ、ニュクスさん……」

 

「……リアスちゃん。あなたの悪い癖よ? どんなことでも自分で解決出来るだなんて、思い上がりも甚だしいわ。一言……彼や私に声を掛けるべきだったのではなくて?」

 

 ニュクスはリアスを正面に向かせ、鼻が付きそうな程の距離まで近付く。同性すら容易に魅力するニュクスの美貌は、このときは恐怖をも含んでいた。

 

「そ、それは――」

 

「だーめ――」

 

「ひっ……」

 

 一切、抑揚を変えず、いつも通りの笑みを浮かべながらニュクスはリアスの首筋に舌を這わせる。酷く性的な動作と、それと対局に位置する底知れぬ闇による恐怖によって、リアスは青い顔をして遂には震え出した。

 

「可愛い娘……でも次はないわ」

 

 一瞬だけ、真顔になったニュクスは、そうリアスに釘を指してから彼女から離れ、コカビエルの元へと向かった。

 

 ニュクスが出現してから、グレモリー眷属と教会の聖剣使いであるゼノヴィアは、その余りに神らしく堂々としつつ、ふてぶてしいまでに圧倒的な存在感を前に一切、口を開くどころか動くことも叶わない。これが原初の女神の神威というものなのであろう。

 

 要するにそれほどまでに、藤丸立香が一方的に巻き込まれたことに対して、ニュクスは不機嫌だったのだ。

 

 そして、ニュクスはコカビエルと同じ高さに浮かび、いつもよりも暗く不敵な笑みを浮かべ、闇色の瞳を妖しく輝かせた。

 

「ふふっ、でもあなたはリアスちゃんよりも、もっとずっと傲慢で不遜な堕天使ね。リアスちゃんたちだけを殺すなら、私もカーマも動かなかったけれど――彼が住まい、彼を含めたこの駒王町そのものを対象にすれば、愛の神か、夜の神か、冥府の神を相手取ることになるのよ? その覚悟は出来ていて?」

 

「知ったことか。堕天使が最強だという証明。そして、戦争が出来ればそれでいい!」

 

「……ふーん、まあいいわ。あなたが本当の馬鹿でも、自己犠牲的な馬鹿でも私には関係のないことよ」

 

 そう言うとニュクスは、その艶かしい肢体に薄く闇を纏わせる。たったそれだけで、手足の周囲を空間が悲鳴を上げるように軋み、空が裂ける異音が響き、一目で並々ならぬモノだということが理解できた。

 

「なら"戦争ごっこ"をはじめましょう? 負けた方は勝った方の言うことを無条件で受け入れる。戦争らしいでしょう?」

 

「くだらん……殺すか、殺されるかだ!」

 

 ニュクスに対するコカビエルは、空を埋め尽くすほどの光の槍を駒王学園の上空に出現させ、両手に光の剣を構えて対峙する。

 

 コカビエルは高揚しつつも、その額には汗が浮かんでおり、震えながらも楽しむ様子から、彼が根っからの戦争屋だということが理解できよう。

 

「さぁ……幼子(おさなご)のように独りの闇夜を畏れなさい。誰だって――(わたし)は怖いのよ?」

 

「――――抜かせッ!!」

 

 先に動いたのはコカビエルであった。

 

 コカビエルはニュクスだけに対し、上空の全ての光の槍を放つ。空を覆う針山を一点へと向けたようなその光景は、聖書の再現そのものであり、グレモリー眷属らも思わず、ニュクスを気遣う声を上げる程だ。

 

 しかし、相手はギリシャ神話に名を轟かせる原初の女神である。そんな相手に、高々聖書の一節にある堕天使程度では、余りに不釣り合いと言えよう。

 

「私、天使も堕天使も好きよ? なんだかんだ明るいのは嫌いじゃないもの。ピカピカしてて素敵だわ」

 

 ニュクスがそう呟き、戦闘の光の槍が肢体に届いた次の瞬間――パチンと指を鳴らす音と共に、上空にあった全ての光の槍が、最初から無かったかのように次々と消滅し、暗く静寂な夜空へと戻った。

 

「なに……?」

 

 余りに異様な光景にコカビエルは、思わずそう呟くと共に放心する。ニュクスとの実力差はわかっていたが、ここまで彼の知る戦争から外れた自然現象のように異様な自体が起こるとは思っていなかったのであろう。

 

 そんなコカビエルの様子を見たニュクスは、舌を出し、自身の下唇に這わせてから、両手の人差し指で小さくバッテンを作って見せる。

 

「残念……けれどマッチ程度の光では、深淵を照らせはしないのよ。たちどころに夜風で掻き消されてしまう」

 

 そして、ニュクスは童話を読み上げるように言葉を吐きながら、コカビエルに片腕を向けた。

 

 すると、煙が晴れるように最初からその場にいなかったのではないかと錯覚するほど自然にニュクスが消え、それとほぼ同時にコカビエルは後ろに振り返ると虚空に光の剣を震う。

 

「こんな風に――」

 

「がぁぁぁ――!!!?」

 

 振り返って斬りつけたコカビエルの目の前に全く予備動作なく現れたニュクスは片腕を振り抜き、彼が構えていた2本の光の剣ごとただ殴り付けた。

 

 それだけで光の剣は意とも容易く霧散し、コカビエルの胴体に陶器のように白く柔らかそうな拳が突き刺さると共に、純粋な衝撃と破壊力のみでコカビエルを墜落させ、駒王学園の校庭を中心に巨大なクレーターを刻み、それだけにとどまらず新校舎の一部が倒壊する程の余波を生み出す。

 

 

「――ね?」

 

 

 誰が見ても明白であろう。勝負とも戦争とも言えるわけもない、ただの弱い者虐めは、たったの一撃で決したのである。

 

 コカビエルと比べれば遥かに体格が小さく、触れたら壊れてしまいそうな美しい人形のような体のニュクスが、ただの力業で捩じ伏せて見せたことにグレモリー眷属らは開いた口が塞がらない様子であった。

 

 叩き落とされてクレーターを刻んだコカビエルはどうにか立ち上がる。しかし、既に限界以上に体にダメージを与えられ、満足に動くことさえままならず、半ば引き摺るように戦争への執念だけで立っていたため、最早彼に憐れみさえ覚えてしまうだろう。

 

 原初の神とは、決して理解が及ばぬ畏怖と絶望の権現。ただ過ぎ去ることを待つだけの自然災害の具現。敬虔でたゆまぬ信仰の理想の果て。それらに名をつけただけに過ぎず、初めから相容れるモノでも、対峙できるモノでもないのだ。

 

 そして、ニュクスは"夜"。夜そのものに勝てる生物などそう易々と存在するわけもない。神とは全くそれでよいのだ。

 

「ぜぇ……ぜぇ……! ククク……まさか、原初の神クラスがここまでとは……!」

 

「あら? 少しばかり手加減し過ぎたわね。意識を刈り取るつもりだったんだけど――」

 

 次の瞬間、再び全く予備動作無しでニュクスは転移し、コカビエルの目の前に降り立つ。それに対してコカビエルは、絞り出した光力で光の槍を造り出し、辛うじてニュクスへと向ける。

 

 その矛先にニュクスは立てた人差し指を付けると、コカビエルの体は、まるで石像にでもなったかのように動かせなくなった。

 

「なっ……」

 

女神(わたし)とのお・ヤ・ク・ソ・ク。負けた方は勝った方の言うことを無条件で受け入れる。だからあなたはもう、"私の玩具(モノ)"よ?」

 

「ふざけ――」

 

 その直後、コカビエルは自分自身の影から伸びたニュクスの闇に全身を拘束され、更にそのまま沼に沈んで行くように闇へと徐々に堕ち始める。彼は抜け出そうともがこうとするが、それさえも紙に染み込むかの如く纏わりつく闇が許さない。

 

「くっ……こんなバカな……殺せぇぇ!!」

 

「やーだ。あなたは戦争ごっこに負けたの。うふふ……合法的に聖書の堕天使が手に入るだなんて、中々いい拾い物が出来たわ。ありがとう、リアスちゃん。これで今日の借しはなかった事にしてあげる」

 

「――えっ? あっ……そ、そそ、そう……ありがとうございます……?」

 

 急に話を振られたリアスは、全く予想していなかったようで、普段の彼女らしからぬ妙な事を口走っているが、そのうちにニュクスはコカビエルの回収を終えた。

 

 それからニュクスは服に少しだけ付いた砂埃を払う。そして、恭しく淑女らしいお辞儀をグレモリー眷属らに行いつつ背後に闇を浮かべ、そこに背をつけると徐々に沈み始める。

 

「では、皆々様。どうかいい夜をお過ごしください。さようなら」

 

 そして、消える直前、ニュクスは思い出したように指を立てると、夜空のある場所に半分だけ顔を向けてポツリと呟く。

 

「ああ、そうそう。ずっと見ていた白龍皇のボウヤ。隠れてないでもう出て来てもいいわよ? 後はよろしくねリアスちゃんたち」

 

『……………………』

 

 コカビエルを回収する予定で駒王学園に来ていたが、ニュクスの出現で全ての予定を狂わされた白龍皇――ヴァーリ・ルシファーから苦虫を噛み潰したような視線を受けつつ、ニュクスは楽しげに鼻唄を歌いながら消えて行った。

 

 

 

 

 








FGO名物負けたらギャグ要員。




『コカビエル』
・キャラクター詳細
旧約聖書のエノク書に登場し、グリゴリと呼ばれる一団に属する堕天使。シェムハザら200人の堕天使は人間の女性と交わる誓いを立て、コカビエルは人間に天体の(しるし)を教えたという。現在はテロを謀ったが、ニュクスに捕まったため、ニュクスの家で無理矢理働かされている。

・パラメーター
筋力:A 耐久:A
敏捷:B 魔力:A
幸運:C 宝具:C

・プロフィール1
身長/体重:?/?
出典:旧約聖書
地域:欧州
属性:混沌・悪 性別:男
最も壮烈に他の陣営と戦い抜いたグレゴリ幹部のひとりであり、既に生粋の戦争屋であった堕天使は彼を除いて残っていない。



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海と夜




ギリギリ半年立ってないし、今なら更新しても誰にもきっとバレない……そーっとそーっと……。

※この世界の神様の中身は天照がみこーん!だったりと、はっちゃけ具合がD×D基準と化しております。





 

 

 

 

 

「あっ、クロカちゃん朝から来てたんだ」

 

「なー」

 

 コカビエルが駒王学園を襲撃した翌日。既に飼っているようなものだが、最近になって藤丸家に入り浸るようになった黒猫に立香は声を掛けていた。

 

「なー……」

 

「よしよし、生餌とちゅー――」

 

「なー!」

 

「ちゅーるかぁ……グルメだなぁ」

 

 黒猫の背中を撫でつつ染々と呟く立香。そんな彼を見て、いつ見なく業を煮やした様子のエレシュキガルは、意を決した様子で彼に近寄ると口を開く。

 

「それどころじゃないのだわ!」

 

「え……?」

 

「なー……?」

 

 黒猫の首から眉間に掛けてをうりうりと呟きながら撫でていた立香と黒猫がそんな呟きを上げる。立香からすれば、エレシュキガルの様子はとても珍しいであろう。黒猫は途中で撫でるのが止まったため不満げである。

 

「ティアマトよ、ティアマト神! どうしてあんなことになっているのだわ!? いったい何を仕出かしたらああなるのか言いなさい!?」

 

「……? えっと……何のことだろう?」

 

「あの後、大変だったのよ!? ティアマト神とテキサスホールデムとか、大富豪とか、セブンブリッジとか、ツーテンジャックとか、ページワンとか、神経衰弱とか、ババ抜きとか……と、トランプ遊びは楽しかったけれど……それどころじゃないのだわ!?」

 

「そ、そうだったんだ……?」

 

 切羽詰まった様子で詰め寄るエレシュキガルに対して、立香は頭にハテナを浮かべている。

 

 ちなみに夢でおやつを賭けたトランプ大会は、幸運値の関係でティアマトとエレシュキガルが並び、それにイングヴィルドが続き、立香はドベであった。

 

 そのままエレシュキガルが立香の肩をガクガクと揺すっていると、棒アイスを加えたまま通り掛かった寝間着と大差ないラフな格好のカーマが、棒アイスを口から外して半眼で2人を見つめる。

 

「ダメですよ。この人は夢の事はほとんど覚えていませんから」

 

「えっ……? そうなの?」

 

「そうです。寝るとたまに他者の夢や異世界にお邪魔するんですよこの妙ちくりんなマスターは。その癖、しっかりと夢なのでほとんど覚えてないんです。ホンっとイチイチ付き合わされて迷惑してるんですから」

 

「あはは、ごめん……。うん、それで今回はどんなことがあったの? カーマは教えてくれないからさ」

 

「それは――」

 

 エレシュキガルはメソポタミア神話の原初の女神ティアマトについて立香に語る。主に彼女がどれほど桁外れの存在であり、また極めて危険な存在であるという内容だ。

 

 そして、全てを聞き終えた立香は、珍しくどこか怪訝な様子で眉を潜めていた。

 

「そうなんだ……。でも本当にそうなのかな?」

 

「えっ……?」 

 

「だってほら、一緒に皆でトランプしてるみたいだしさ。それにそもそも最初から殺す気なら俺、1度目の夢で死んでいると思うんだ。まあ、カーマが助けてくれたのかも知れないけれど、少なくとも何度もその……虚数空間?――には行っているみたいだから……」

 

 立香は少し間を開け、その間に少し迷う様子を見せたが、やがて確信したような表情に変わる。ティアマト神の危険性を知って尚、彼は希望と願いに満ちた表情を浮かべる。

 

「それに……なんだか、寂しそうだった気がするんだ。とてもとても寂しそうに……さ。きっとその人をずっとそのままにしておくのはよくないよ。嫌なモノを、見たくないものに蓋をし続けて……それで本当に皆幸せになれた? ずっといつまでも幸せかな? その人は今も生きているのに……」

 

「それは……そうだけど……」

 

 独り善がりの独善と言ってしまえばそれまでだが、彼はティアマト神に対して誰も善意を向けなかったことこそ彼は疑う。誰が言ったか、"悪が蔓延るのは善がなにもしなかったとき"という格言がある。要するに彼は愚かで呆れるほどに善人なのだ。

 

 彼の真っ直ぐ澄んで確かな意思を宿した瞳に見つめられ、エレシュキガルは言葉に詰まる。

 

 そして、そんな彼女の様子を眺めるカーマは小さく溜め息を吐くと、大袈裟におどけるようにわざわざ彼女の目の前に出て見せた。

 

「あーあー、こうなるから私の口から伝えたくなかったんですよーだ」

「えっ……?」

 

「だって別に私が教えたんじゃないですから、あなたの責任ですもの。どうしてくれるんですかこれ? 知っちゃったらマスターは、ティアマト神とやらをお日様の下に連れてくるまで絶対に止まらないですもの」

 

「そ、そんなこと――っていない!? どこにいったの!?」

 

 エレシュキガルが気づくと、いつの間にか立香の姿は忽然と消えていた。彼は考えると既に行動しているタイプのため、このようになるのはある種当然と言える。

 

 彼女の焦る姿をカーマは面白可笑しそうに見つめるばかりで、状況はどんどん彼を中心に進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もちろん、ティアマト神を表の世界に連れ出す方法ならあるわよ?」

 

 エレシュキガルから話を聞いた立香は、自身がいざというときに一番頼りになるパイプを持った存在――ニュクスの元に来ていた。

 

「そうなのか?」

 

「なー」

 

 そして、相談に乗ったニュクスは事も無げにそう言い、立香は拍子抜けな表情になり、思わず抱えてきていた黒猫と顔を見合わせる。

 

 ちなみに今いる場所は藤丸家ではなく、はす向かいに立つ城のようなニュクスの屋敷であるため、

 

「そっ、虚数空間に落とされているだけだから梯子を取り付けてやるだけで勝手に這い上がってくるわよ? 立香が思ってるほどアレは柔じゃないわ」

 

 しかし、ニュクスはそう言いつつ何が面白いのかニヤケた表情になると"でも"と言葉を区切る。

 

「"生命の海(ケイオスタイド)"。あんなものを出してしまえば、そこにあるだけで勝手に世界を塗り潰そうとして、未曾有の大災害になることは貴方も理解しているでしょう? アレはそういう生き物なのよ。そういう風にしか生きれない生き物なの。人間はやろうと思えば、なんにでもなれるかもしれないけれど、神は与えられた形以上には決してなれないのよ?」

 

「それは……」

 

「にゃー……」

 

 それまで意思に溢れた目をしていた立香に僅かな影が浮かぶ。そんな彼を眺めて、ニュクスはどこか加虐的な笑みを口許に浮かべており、愛するからこそ虐めたいという神らしい意識が伺えるであろう。

 

「いや、そうだね。俺もそれはわかってた……わかっていた筈なんだ。それでも……それでも誰かひとりぐらい手を差し伸べたものがいてもいいと思うんだ」

 

「まだ今は、顔も記憶もほとんど覚えていない相手によくそこまで献身的になれるわねぇ……」

 

「だって寂しそうだったから、きっと泣いていたから」

 

 しかし、立香は折れることなく、直ぐに再び更に強い意思を瞳に宿す。そんな様子そのものを見ながらニュクスは加虐的な笑みを浮かべていたとき以上にどこか嬉しげに見えた。

 

「うふふ……! ならどうするの? ちなみにだけれど、幾つか方法は用意してあるわよ? さあ、一番私の喜ぶ答えを当てて見せて?」

 

「与えられた形以上になれないのなら……与えられた以下の形にはなれるんだよね?」

 

 その問いにニュクスは答えずに笑みを強めながら彼との距離を詰め、絡むようにそっと触れる。しかし、立香は絶世の少女の身体をしている彼女を前にしても、その頭にあるのはティアマト神のことのみのようで、波のない水面のように一切揺らぐことはない。

 

 しかし、その目には確かにニュクスを映しており、彼女にはそれが堪らなく嬉しかった。

 

「それなら私にどうして欲しい? というよりも最初から私に何かを頼むためにここに来たのでしょう? だってあなたはそういうヒトだもの」

 

「なら――――――」

 

 その問いに立香は答え、ニュクスはそれまで最も嬉しげな笑みを浮かべると彼を抱擁し、それから行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……………………』

 

 虚数空間にポツンと佇む女神ティアマトの頭脳体は、どこかそわそわとした様子をしていた。そして、チラリと自身の左腕を眺めると、賭けの勝負の担保に彼から貰った腕時計があった。蛍光文字盤や日にちの表示機能などが付いているアナログ時計であり、名前ぐらいは多くが知るようなメーカーのモノのため、10万以上はすると思われる。

 

 そして、深夜に差し掛かる時刻を指し示していることに気づいたティアマトは、真顔のまま両手で小さくガッツポーズをした。

 

 

Aaa――(お菓子)Aaaaa――(今日も巻き上げる)

 

 

 その様はまるで彼女の(ここからは特別翻訳を)心の有り様が映し出されているようであった(交えてご覧いただく)

 

 そのまま、彼女は表情を変えずに唇を震わせ、透き通るような歌声が虚数空間に響き渡る。

Aaa――(おっ菓子♪)Aaa――(おっ菓子♪)Aaaa――(メロンパン~♪)

 

 どことなくそのリズムが、鬼のパンツの歌で有名なフニクリ・フニクラに酷似しているように思えなくもないが、恐らくは気のせいであろう。たまに立香がハンドカラオケを持ってきて歌わせたりもしているが、恐らく気のせいである。ちなみにティアマトはマイクを握るとまるで離さなくなる。

 

 ちなみにこの世界線のティアマトは、神々の中身がD×D基準のため、まだ精神的に余裕があったりする。具体的に言えば、後約2000~3000年は本気で"回帰"を始めない程度には余裕があった。

 

 とは言え、神々からすればあっという間の時間であり、立香が定期的にレクリエーションや差し入れをしていなければ、今すぐにでも"回帰"を始め兼ねないほどの精神状態だったことは記しておこう。

 

Aaa――(誰もが食べる)Aaaa――(メロンパ――)

 

「…………立香の話に聞いていたよりも随分元気ね……」

 

Aa――(ン゛!?)

 

 するとティアマトの隣に突然、絶妙な半笑いを浮かべたニュクスが出現し、ティアマトの唄が止まる。そして、訝しげに睨み付けていた。

 

「うふふ、こんばんは。私はニュクス。気に入らないなら別にこのアバターを壊してもいいわよ? どうせ使い捨ての予定だもの。また別のを寄越すわ」

 

 ニュクスの言葉は宛にせず、じりじりと離れると、徐々にケイオスタイドの中に沈み始め、口元まで沈み込んだ辺りでニュクスから声が掛かる。

 

「門前払いねぇ。彼――藤丸立香からの使者として来たのよ?」

 

Aaa……(本当かわからない)

 

 口元まで沈んでいたティアマトは、僅かに反応するとケイオスタイドから首まで出して半眼でニュクスを見る。これでもさっきよりはマシな対応に見えた。

 

「ほら、メロンパン」

 

Aaaa――(先に出せ)

 

 ニュクスがどこからともなくメロンパンを取り出すと、ティアマトは直ぐに再びケイオスタイドから浮上し、足先で水面に立つとニュクスからメロンパンを引ったくった。メロンパンにパクついている彼女を見るに信用を多少得ることには成功したのかも知れない。

 

Aa――(ドラゴンでも)Aaaa――?(ないのに私の言葉わかるの?)

 

「わかるわよ。だって私も貴女と同じで、原初の女神だもの」

 

Aaa――(異星からの)Aaa――(難民もどきの)Aaaaaaa――(分際で嗤わせる)

 

「まあ、貴女からすれば私はアメリカザリガニみたいなものだものねぇ。実際、私から見ると貴女は不憫な在来種なんですけれど」

 

『……Aa――(それで)? Aaaa――(ネジ巻き仕掛けの)Aaaaaa――(女神もどきが全てに捨てられた私に何の用)?』

 

「うーん……カーマちゃんと似たようなスレ方してるわねぇ」

 

 そう言って少しだけ困り顔を浮かべたニュクスは、自らの掌に赤黒く鈍い光を帯びる球体を出現させてみせる。

 

「これ、彼からのプレゼントよ」

 

Aaaa――?(なにそれ?)

 

「機能的には"聖杯"――けれど実態は神性に対しての細やかな改造パーツってところかしら? まあ、私もこんなの滅多に造らないから効果の程は保証できないけれど」

 

 聖杯――この場合の意味としては、純粋に巨大な魔力リソースかつ特定のことしか出来ないようにしてあるアートグラフという意味合いであろう。

 

Aaaaaa――(そんな得体の知れないものを)Aaaa――?(私が受け取ると思う?)

 

「いいえ、貴女は受け取るわ。私のこの身体はアバターで、本機の真体は別にあるということぐらいは知っているわよね?」

 

Aaaaaa――(あなたたちは神ですらない)

 

 実際のところ、多くの名のあるギリシャ神話の神々は、異星から来た機動兵器――ロボットの類いというのがこの世界の真実であり、ティアマトのような神々とは根本から異なるものである。人間で例えるならば、アンドロイドは人間足り得るかということだ。

 

 もっともそんな問題ぐらい実力で捩じ伏せる程度には、この星に来たギリシャ神話の神々は強く、世界では神と認められている。そのため、余ほどに古い神々でなければさして問題にしないことでもあろう。

 

 するとニュクスは口を大きめに開いて見せる。その直後、室内のほんの僅かな環境音と共に音声が流れ始めた。

 

 

《――"真体とアバター"を……ティアマト神に適応することは出来るかな?》

 

 

 それは紛れもなく藤丸立香の肉声そのままであり、開いたままの彼女の口の中からカセットテープか何かのように発声していたということが理解できただろう。

 

「うふふ……私の立香肉声コレクション。彼が発話した言葉は一字一句残さず常に録音しているのよ」

 

 ストーカーも真っ青なことを言いつつ、頬を少し朱に染めてクネクネと身体をくねらせているニュクス。そんな彼女を見たティアマトは少しだけメロンパンやお菓子をよくくれに来る青年に同情する。

 

 しかし、原初の女神としてギリシャ神の仕組みをしるティアマトは戯言だとは否定仕切れず、少しだけ彼の言葉に後ろ髪を引かれていた。

 

『……Aaaa――?(できるの?)

 

「あらあら、この私を誰だと思っているのかしら? そんなの余裕よ。何せ私の真体は艦隊の"造船兼工廠母艦"だもの。だから私に他の子たちは誰も頭が上がらない」

 

 そう言って何処か嫌らしい笑みを見せるニュクス。それが常に余裕を持ち、確固足る地位を持ちながらも好き勝手にしている理由らしい。

 

 最初のギリシャ陣営がこの星に飛来してくる以前に、ニュクス以外にも存在した工作艦や工廠艦は宇宙航海の途中で下落し、ニュクスの真体に併合されている。すなわち、真体の製造に加え、真体持ちの修理や改造が可能なモノはニュクスの真体1隻を除いて存在しないということだ。

 

 旅立った惑星のロストテクノロジーの全てを詰め込んでいるニュクス。逆に言えば、極論彼女さえ残っていれば、ギリシャ陣営は幾らでも再生出来るということに他ならない。故に仮に彼女の真体を襲うような世紀末的馬鹿が存在するのならば、その行動は名のあるギリシャ神全てを敵に回すことになるだろう。

 

「貴女が思っている以上にギリシャ陣営(我々)の技術ってオーパーツなんですもの。アザゼルとかの坊やたちが欲しがる程度にはね」

 

 "まあ、彼らが欲しいのは単純にロボット技術でしょうけど……"と口をへの字に曲げて呟いてから、ニュクスは表情と話を戻す。

 

「実はね。貴女の頭脳体を模したアバターはもう造ってあるのよ。彼の家で寝せてるわ。後は貴女がその聖杯を受け入れるだけ。まっ、仮初めの体だから気分転換ぐらいにしかならないと思うけれど、それぐらいなら誰にも何も文句は言われないし、なんなら私が言わせないわ」

 

『……………………』

 

 その言葉にティアマトは口を閉じて目を泳がせる。どうあれ限定的にでも長年求め続けた再び外へ出る方法を目の前にぶら下げられ、孤独と寂しさに飢えていた彼女に取っては得難く喉から手が出るほど欲しいものだっただろう。

 

 故にニュクスは必ず彼女が受け取ると踏んでいたのだ。

 

『……Aaaaa――?(どうして私なんかに?)

 

「"貴女が寂しそうだったから"……たったそれだけでここまで行動しちゃうような子なのよ彼は。全部知った上で、貴女と会うのは夢だから現実では記憶もろくに無いにも関わらずね」

 

Aaa――(馬鹿な人間)Aaaaa……(私は不要なものなのに……)

 

 ティアマトがふと思い返すと、記憶の中の立香はいつも笑っていた。彼女が何か食べる姿を見て微笑み、ゲームで酷い負け方をしても苦笑しながらも何処か楽し気で、彼女が何かして見せる度に少し大袈裟にも見えるほど自分のことのように喜んでいた。

 

 女神エレシュキガルですら明らかに怯えていたというのに、彼自身は何の力もないにも関わらず、ただいつもそこにあるかのように普通だったのだ。

 

『……Aaaaa――(彼に免じて受け取ってあげる)

 

「うふふ……はい、どうぞ」

 

 その言葉を聞いたニュクスは赤黒い玉のような聖杯をティアマトへと手渡す。直ぐにそれを彼女は自身の胸に押し当てると、少し粘りけのある水に落ちるように沈み込んでいった。

 

 

『――――――――――』

 

 

 その直後、ティアマトの頭脳体が淡く輝くと共に彼女の意識は溶けるように薄れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――」

 

 意識が覚醒したティアマトはそっと目を開ける。するとそこには彼女の顔を笑顔で覗き込んでいる立香の姿があった。どうやら彼女は布団に寝かされており、彼が隣で座っているらしい。

 

 寝起きの感覚により何をするわけでもぼーっと眺めている彼女に対して彼は口を開く。

 

「現実では初めましてだね。ティアマトさん」

 

 能天気にしか見えないその様子は、夢の中と相変わらずであり、神をも恐れぬ天然っぷりにティアマトはなんとなくムッとして口を尖らせると、彼の額に軽くデコピンを放った。

 

「いっっってぇぇ――!!!?」

 

「立香!?」

 

「ほらみたことですか、他神のトラブルにすぐ首を突っ込むのがいけないんですよーだ」

 

 すると彼の斜め後ろに1度遊びに来た女神エレシュキガルと、いつも足場になっているカーマが座り込んでおり、その更に後ろにはさっきまで虚数空間に居た筈のニュクスと、よく遊びに来ていたイングヴァルドとヒュプノスの分霊のセットも座っていた。

 

 ティアマトにとっては一応、全員知り合いである。

 

「ティアマトさん、おはよう」

 

『――――ッ!』

 

「Aaaa――」

 

 嬉しそうに寄ってきたイングヴァルドの頭をティアマトは撫で、何故か敬礼しているヒュプノスの分霊は気にしないでおいた。水竜の因子を持ち、目を細めて気持ち良さそうにしている彼女を見ているだけでもティアマトは来てよかったと密かに思い始めていた。

 

 そして、ふと彼女が窓の外を見る。

 

 そこにはよく手入れされた緑と細やかな季節の花で彩られた庭が広がっていた。日本庭園と言うほどの細やかさはなく、どちらかと言えば西洋被れもしている所謂、お屋敷の綺麗な庭先程度のものだっただろう。

 

 また、所々に立っている大小様々な神々の石像が絶妙に景観を破壊しているが、生命が溢れる光景そのものを見て、目の端から細く涙を流している彼女にとっては些細なことだった。

 

(ああ、やっぱりよかったな……)

 

 いつの間にか復活した立香はそんな彼女を見て、誰に何を言うわけでもなくそう思っていた。

 

 








『ティアマト』
・キャラクター詳細
頭脳体そっくりのアバターを貰って密かにメカ属性を取得した原初の女神ティアマト。それ故に陸地も難なく移動可能。アバター自体の出力は精々、魔王クラス程度だが、女神ティアマトの持つ権能はほぼ据え置きのため、ケイオスタイドさえ出してしまえば数十mの巨体になることも可能。

・パラメーター
筋力:A+ 耐久:EX
敏捷:C 魔力:A++
幸運:EX 宝具:―

・プロフィール1
身長/体重:160cm~7400万km2(インド洋の面積)/体重??kg(虚数なので計量不可、体積は無限)
出典:メソポタミア神話
地域:中東
属性:混沌・悪
自己封印を行う以前、自身のことが不要な存在だということは誰より己が最も理解している頃のティアマト。

第一再臨
黒のたてセタにロング丈のジーパンを着た頭脳体(メガネ差分の霊衣あり)。



『ニュクス』
・キャラクター詳細
ゼウスでさえ恐れたという夜の女神。その正体は遥か遠くの死した惑星から長旅の果てに飛来した機甲師団の一体。その中でも造船、工廠、解体などの全権を掌握している神性。清楚かつたおやかな少女の姿をしているが、それは原生生物向けに調整されたまやかしである。

・パラメーター
筋力:A+ 耐久:A+
敏捷:D+ 魔力:A+
幸運:EX 宝具:EX

・プロフィール1
身長/体重:?/?
出典:ギリシャ神話
地域:欧州
属性:混沌・悪 性別:女
アバターのさじ加減で容姿が変わるため、ニュクスのその日の気分によって身長体重が少し異なる。

第一再臨
童貞を殺す神衣を着たニュクス

Q:ギリシャ異聞帯とこの世界の差は?

A:惑星に辿り着いた瞬間のこのニュクスの有無。



黒歌(クロカ)
・キャラクター詳細
藤丸家や学校の周辺で時々見掛け、立香が暫く粘った末にペットになった黒い雌猫。買って貰った赤い首輪と金の鈴を付ける様は既に野良猫の面影はない。彼女を飼う前から時々黒髪の着物姿の女性が夢に出るようになり、最近は同じデザインの首輪をして夢に出てくる。

・パラメーター
筋力:B 耐久:B
敏捷:A 魔力:A+
幸運:E 宝具:C

・プロフィール1
身長/体重:?/?
出典:日本神話
地域:日本
属性:混沌・善 性別:女
下手な天使や悪魔を片手間に叩き返せる程度のステータスを持つ。明らかに猫ではない。いや猫だ。ねこですよろしくおねがいします。

第一再臨
黒い猫の姿



~藤丸家腕相撲ランキング~

1 ティアマト(筋力A+かつ怪力EX)
2 ニュクス(アバター)
3 エレシュキガル(筋力A)
4 ヒュプノス分霊(筋力C+)
5 黒猫(筋力B)
6 カーマ(筋力D)
7 イングヴァルド(旧魔王家の血)
8 藤丸立香(一般人)



~藤丸家常識度ランキング~

1 ヒュプノス分霊
2 エレシュキガル
3 黒猫
4 イングヴァルド
5 カーマ
6 立香 ニュクス ティアマト(横並び)



~適当人物紹介~

エレシュキガル
常識神だが、押しに弱い一面がある。絆Lv4

ニュクス
ゼウスやらポセイドンやらネアカ衛星兵器やらメロンパンやらタバコ髑髏などを製造しようと思えば出来ちゃうタイプの真体持ちの困ったちゃん。真体持ちは誰も頭が上がらない。絆Lv6→7
※アーツ多段ヒットの全体宝具持ち

カーマ
普通に超大盛りとかデカ盛りとかを頼んで食べるタイプの大食い。絆Lv8

ティアマト
平然とご飯茶碗で死ぬほどおかわりし続けるタイプの大食い。絆Lv0→絆Lv1
※アーツ多段ヒットの全体宝具持ち

黒猫
去勢日になると何故か忽然と姿を消すぬこ。最近、慣れたのかよく女神の膝の上で丸まっている。魚っぽいのかティアマトのお膝がお気に入り。絆Lv4→5

イングヴァルド
天然なので藤丸家に適応しているスゴい娘。歌うと何故かティアマトが寝る。

ヒュプノス分霊
イングヴァルドとそのものと、神器に興味を引かれ、どちらかと言えば父心によって分霊を授けている。まだ変身を2回残している。

立香
カーマとか、黒猫とか、ティアマトとか飼った生き物はちゃんと最後まで面倒を見る飼い主。ペットのご飯代は自分の足で稼ぐ。

メロンパン
ティアマトの好物。ないとご機嫌斜めになるので、常に幾つかストックしている。何故かメロンパンの保管場所にひとつだけやたら色鮮やかでふわふわ浮いている奴があるが食べられない。一回、ティアマトが歯を立てたせいで少し欠けた。





~後日談~



「Aaaa――(スッ)」

「あっ、あはは……ティアマトさんまたおかわり?」

「よ、よく食べるのだわ……」

「アバター基準に胃袋は作った筈なんだけれど……」

「あれでご飯茶碗19杯目ですよ。あー、あー、とんでもない拾い物してしまいましたねー(もっもっ)」

「はははは……バイト増やさないとな……」

「なー」

「ならこのおかずをティアマトさんに……(そー)」

『――――ッ!』

「うっ……そうねヒュプノスさん。嫌いなものも自分で食べなきゃ」







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白い夏の日




FGOの夏イベ前に初投稿です。







 

 

 

 

Aa――(りつか)Aaaa――(メロンパン)

 

「えーと……その目の光らせ方と気持ち上擦った声は……メロンパンかな? はい、ティアマトさん」

 

A――(うむ)Aaaa――(くるしゅうない)

 

「よかった。そろそろ言葉を覚えてくれないかなー? 聞くのは出来るみたいだから、後は話し言葉だけみたいだし……」

 

Aaa――(めんどい)

 

「あはは、スゴく嫌そう」

 

 最近になりエレシュキガルは立香の器というものを計り兼ねていた。

 

 今こうして如何なる神々や人間の手に負えなかった女神ティアマトが、まるで少し手の掛かる子供のように落ち着いている。些か融通が利かない上に懐疑的で傍若無人な所があるが、それでも概ね人間の日常生活の規範に則った――立香が根気よく何気ない誘導をして則らせていることは明白であろう。

 

「なー」

 

「んー、足にスリスリして来てどうした? クロカは可愛いなぁ……うりうり」

 

「みゃー……ゴロゴロ」

 

 あそこまで相手に嫌悪すら抱かせずに、人心掌握をする手腕は才能という生半可な枠組みを飛び越えており、悪魔的でさえあったかもしれない。しかし、彼に宿るのは悪事を犯す可能性すら考えられないほど底無しの善性だと言うことは、定義上は悪神でもあるエレシュキガルが何よりも理解していた。

 

「立香、見てこれ。ストリングプレイスパイダーベイビー」

 

『――――ッ!』

 

「わぁ、スゴいなイングヴァルド。偶々家にあったヨーヨーでここまで上達するなんて、俺には出来っこないや。……ヒュプノスさんその翼でどうやってやってるんだろう?」

 

 決して馬鹿するような笑いはせず、如何に下らない事でも相手の親身になり、相手の努力を想像してそれを褒める。何よりもそれらを意識せずに常にしているのだ。常人ならば気を使い過ぎてストレスになりそうなものだが、彼は全くそのような素振りはない。

 

 要は彼は余りに接していて気持ちのよい人間なのだ。ただ、そこにいることが普通でいて欲しい。そんなありふれた幸せが服を着て歩いているような細やかな者だ。

 

「…………? さっきからぼーっとしてどうかしたのエレシュキガル?」

 

「――へっ? あ……あっ、何でもないのだわ!」

 

「そうなのか? いや、平気ならいいんだ。風邪か何かで体調が良くないのかと思ってさ」

 

 彼はどんなに小さな他者の変化にさえ余りによく気づく。その上、特に彼が口を出すのは相手を気遣うことがほとんど。

 

 そして、エレシュキガルが複雑な想いを抱くのはそういったところであった。

 

「病を権能に持つ神が風邪引くわけないじゃないですか。いつも馬鹿ですけれど、今日は一段と酷いですね」

 

「あはは。まあ、そうかもしれないれど、もしもって時は誰にでもあるからね。一概にそうだなんて決めつけちゃうのはよくはないよ。カーマだってたまに寝込むときもあるしね」

 

「………………はいはい、相変わらずマスターはおセンチさんですねぇ。勝手に無駄な気を張っていればいいじゃないですか」

 

 ――コレだ。彼は誰にも色眼鏡を掛けようとしない。如何なる神魔霊獣、如何なる人間であろうとも心の有り様と名前程度の区別しかない。そこには異常とも言えてしまえることに善悪の区別さえも存在しなかった。

 

 彼の中で、カーマは愛に疲れて傷心したひねくれ者。ニュクスは破滅的な願望が見え隠れするどこか危うい者。ティアマトは寂しさと孤独を誰にも聞かれずに叫ぶ者。そして、エレシュキガルは誠実で有らんとする一方で己に自信が持てない者でしかないのだろう。

 

 彼は他者の隠れた本質と弱点を見抜き、そこに寄り添おうとするのだ。何でもないただひとりの人間として。だからこそ彼にとっておよそ万人が共通して認識している価値観や偏見は無意味であり、独善によって他が為に走り続けられるのだ。

 

 そして、そんな彼にいつしかエレシュキガルは――小さく不思議な感情を抱いていた。

 

 特筆するような大きな感情ではない。いつからか? どんな切っ掛けか? 等と問われようとも答えられない程度の小さく燻ったそれを、いつしか彼女は自覚し、それが何かを考える度に彼を見返し、その底抜けの善性を再確認する。

 

 そんな自問自答を繰り返してしまった末、最初は種火のようだったそれは、とっくに胸の内に秘めた温かな何かまで昇華していた。しかし、余りに人付き合いに乏しく、恋や愛を名前でしか知らぬ彼女にはそれが何か未だ理解出来ていない。

 

(本当に……本当に太陽みたいな人……。私なんか契約がなければ隣にさえ居れないような……ね)

 

 そして、エレシュキガルという神性は、やはり退廃的で悲観的であった。仮に彼女がカーマやニュクスのように少なくとも己の心を自覚していれば、また違っていたのだろう。

 

(私はいつか彼が居なくなった元の日常に堪えられるのだろうか? いっそ冥府に閉じ込めてしまえればいいのに――)

 

「……やっぱり変だ」

 

「――ひゃい!?」

 

 すると突然、考え事をしているエレシュキガルの額に立香の手が添えられ、同じく自身の額に手に添えている彼との距離が近づく。

 

「うーん、熱は無さそうだけど……あれ? やっぱり少し熱っぽいような――」

 

 彼女は固まったまま、目を白黒させながらゆでダコのように顔を朱に染めている。そして、わなわなと身体を小刻みに震わせると彼からそっと離れ――。

 

 

(こ、こここ……こんな! なんなの!? 顔見えな――――っ!!!? いったいなんなのだわー!)

 

 

 次の瞬間、訳もわからず自身の気持ちが暴走した彼女は、女神の身体能力をフル活用した全力失踪で脱兎のごとく逃げ出した。ピューなどと擬音を付けたいほどいっそ清々しいまでの逃げっぷりである。まあ、切っ掛けなく無自覚な恋など所詮こんなものであろう。

 

「…………? なんだかわからないけれどエレシュキガルが元気そうでよかったよ」

 

 そんなことを悪びれる様子もなく、少しだけ頭を傾げてから誰に言うわけでもなく呟いた立香と消え去ったエレシュキガルを横目に、カーマは半眼で溜め息を吐いた。

 

「なんですかあれ、クソ雑魚ナメクジ過ぎます……」

 

「…………ねぇ、坊や。あの娘後どれぐらいで堕ちると思う?」

 

「はあ……節穴ですかぁ? どう見てももうほぼ堕ちてるでしょうが」

 

「そうねぇ、エレちゃんが自覚するのは前提として、立香は主人公でもヒーローでもなく、攻略ヒロインだということに早く気づけばいいんだけどねぇ」

 

「相変わらず、そのイカれた電子頭脳にはエロゲしか詰まってないんですかあなた?」

 

 性格的には真逆で神々の中でも最高クラスで邪悪なソリの合わない二柱の筈なのだが、立香という共通点で繋ぎ止められており、気の置けない友のようにさえ見えてしまう今はきっと数奇な奇跡なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……? あら着信」

 

 ある日、藤丸邸の居間でいつものようにゲームをする少女形態のカーマを膝に乗せている立香は、近く寝転んでいたニュクスが上げた声に反応する。

 

「ニュクスさんの携帯が鳴るなんて珍しいなぁ」

 

「私に縁のあるギリシャ神は直接アバターに通信してくるからねぇ。実際、もっぱらスマホゲー用ですものコレ。宛名は……リアスちゃんみたいだわ」

 

「喰らえ大力平和飛沫。おらおら、おらおら――ゆーでっと」

 

 テレビ画面では、杖を持って少しウサ耳っぽい冠を付けて赤いオーラを纏ったカーマのキャラクターが、闇のような飛沫を飛ばして他プレイヤーのキャラクターを倒していた。ゲームに夢中な彼女は我関せずらしい。

 

 ちなみにニュクスがよくしているスマホゲーとは、過去の偉人や神話の人物や神々などを使役して人類の為に戦うゲームらしい。主人公が立香に似ている気がするとのこと。

 また、完全に蛇足だが、メインシナリオで敵対した数名の中で章のラスボスにまでなった癖に、ほぼ私情オンリーで僅か1週間で寝返り唯一の味方プレイアブル化し、そのまま勝ち組になったかと思えば、イベントやサブシナリオで暴れたりキャラブレイクをし続け、挙げ句主人公の部屋に立て籠り爆破するバグを起こし、果てにスマホゲーの常の水着イベントの配布キャラにまで登り詰めた女性がニュクスの推しキャラらしい。

 

「はい、ギリシャ神話体系、原初の神、夜と死を司る女神ニュクスです。どうかしたのかしら?」

 

(いつも思うけどスゴい電話の口上だなぁ……)

 

「さあ、次は高強靭残光ブンブンしたくなりました」

 

 電話に出たニュクスの言葉に少し眉を上げて何とも言えない表情を浮かべる立香。当たり前だが、電話の主はその後の口調から少なくとも彼女よりも格下の神格の存在らしい。

 

「え……どうしても行かなきゃダメかしら? ダメ……? そこをなんとか? うーん……そう……ええ…………そうなの、面倒ねぇ……。まあ、ちゃんと電話してくれたし、あなたの顔を立てることにするわ。はいはい、立香にも伝えとくわね。ええ、ではごきげんよう」

 

「俺?」

 

「ああ、そうそう立香。さっき、リアスちゃんから電話を受けたの」

 

 そう言うと居間に寝転んでいたニュクスは身体を起こし、そのまま立香の座るソファーまでやって来ると彼の隣に密着するように座った。

 

「……ふんっ」

 

 すると面白くないような表情で、隣に来たニュクスの膝にもカーマは座り込む。見た目だけは男女が身を寄せて座り、その中央に少女を座らせている微笑ましい絵に見えなくもない。

 

「聖書の神体系の三勢力の和平協定調印議会が、近々駒王学園で結ばれるそうだから見届け人としてコカビエルを下した私が呼ばれた……らしいわ。だからあなたも一緒に来てね?」

 

「えっ? そんな大切な場に俺が呼ばれるのは意味ないんじゃないかな?」

 

「別に大切でも仰々しくもないわよ。高々、ひとつの神話体系の種族3つが休戦してた戦争を止めて表面上の和平を掲げるだけ。別に異なる神話体系同士が戦争をおっ始める訳でも、戦争が止まる訳でもないわ」

 

「いや、まあそうだろうけれどスケールが大きいなぁ……」

 

 立香の控え目な発言にニュクスはどこか微笑ましげに肩を竦める。彼としては、自身はどこまで行こうとも魔術が少し使えるだけのただの人間のため、いきなりそのような大事に巻き込まれるのは尻込みするのだろう。

 

「愛に絶望したインド神、それぞれ冥府と虚数に縛られていたメソポタミア神、尽くす系黒髪ロング清楚ロボ最かわ美少女なギリシャ神。神だけでもそんな四柱を侍らせるあなたがスケールの話を論じるのはナンセンスじゃないかしら?」

 

「じゃないかしら……じゃないですよ。どれだけ厚顔無恥なんですか? あなたなんてオタクストーカーが関の山でしょうが」

 

「あら? めんどくさいツンデレがうるさいわね」

 

「うふふ……死にたいんですかぁ?」

 

「あらあら……私と遊びたいの坊や?」

 

「昼間っから止めなよふたりとも……」

 

 立香の間近で、愛を花弁に変えたオーラを纏うカーマと光を飲む闇を纏うニュクスが、互いに笑顔のまま火花を散らしているような光景を彼は幻視する。互いに身体が本体ではないため、立香が止めなければ本気で殺し合いをはじめるので始末に負えない限りだ。

 

「あれ? そもそもコカビエルさんを下したってどういうこと?」

 

「少し前にコカビエルがリアスちゃんたちの殺害やら、駒王町の破壊を目論んでいてね。それを私が計画ごと踏み潰して、捩じ伏せて小間使いにしたからよ」

 

「へー、コカビエルさんとそんなことがあったんだ」

 

「おい、ニュクス。庭の草取りは終わったぞ」

 

 すると居間の窓がガラリと開かれ、青いツナギを着た背の高い黒髪赤目の堕天使の男性――コカビエルがそんな言葉をややぶっきらぼうに吐いて来た。

 

「ご苦労様。なら今日はもう好きにしてていいわよ」

 

「どうも、ありがとうコカビエルさん、今からお昼作るからよかったらどうぞ」

 

「ふんっ……なぜこのようなことを俺が――」

 

 コカビエルはぶつぶつと何やら呟きながら更衣室代わりに使っている土蔵の方に向かっていった。彼が来てからというもの庭の管理がずっと楽になったとは立香談である。

 

「それにしても彼のしたことを聞いても、やっぱりあなたは特に変わらないのね」

 

「誰だって譲れないもののひとつやふたつはあるものだからさ。勿論、俺も知ってたら全力で止めたとは思うけれど――終わったことにとやかく言っても仕方ないよ」

 

「まあ、この世界じゃあよくあることだものねぇ」

 

Aa――(りつか)Aaaa――(お昼ごはん)

 

「はい、わかったよティアマトさん」

 

 そう何気なく言って笑い、居間に入ってきたティアマトに対応し始め、カーマの脇に手を入れて猫のようにニュクスの膝に移す立香。

 

 そんな彼を眺めるニュクスの表情には、細やかな呆れが浮かんでいるが、それ以上に嬉しげで微笑ましげな表情も垣間見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Aaaaaa――♪(お日さまぽかぽか)

 

「気持ち良さそうだねぇ、ティアマトさん」

 

 明くる日。

 

 立香はティアマトと共に駒王町で散歩をしていた。特に何が目的というわけではなく、夏らしい強い日差しを受け、何処の木々からでも聞こえるセミの鳴き声をBGMに町内をぶらぶらしている。

 

 彼は既に汗びっしょりな様子だが、汗のひとつすら流していない彼女は好きに出歩けるのが楽しいのか、鼻歌混じりであり、時折くるくるとその場で回転してしまうほど機嫌良さげだった。

 

「――! Aaaa――(食べたい)

 

「あはは……わかった」

 

 しかし、店頭販売をしている食べ物屋を見つけると、駆け寄っては無表情な顔にキラリと星を付けて要求してくるため、最初から立香は極力店の少ないエリアを散歩するようにしているが、何故かこういうときに限って絶滅したと立香も思っていた移動販売のアイス屋などが偶々通り掛かる。

 

 恐らく余ほどにティアマトの運がいい(幸運EX)のであろう。

 

「――――♪」

 

 両手の指の全てに黒鍵を挟むように丸い棒アイスを持って頬張るティアマト。それを眺めているだけで立香は自然と頬が緩むが、彼の小遣いは露と消えた。

 

 立香は流石に長時間炎天下に居過ぎたためか、ふたつのアイスキャンディーが真ん中で繋がっているタイプのモノを購入していた。もっともどうせ片方はティアマトに持っていかれると考えている故である。

 

 彼は人の夢と書いて儚いと読む等と詩的なことを考えながら、財布の中身を見つめて小さく溜め息を吐いていると、他者の気配を感じてそちらを眺めた。

 

「少しいいか?」

 

 するとそれと時を同じくして、その気配の主に声を掛けられる。

 

 それはやや黒目の銀髪をした青年だった。"綺麗な外国の男性の方だなぁ"ぐらいに立香は思い、道でも聞きたいのかと考えていると、彼は恭しく頭を下げてきた。

 

「お初に御目に掛かる。俺はヴァーリ。白龍皇――"白い龍(バニシング・ドラゴン)"だ。"善逝(ぜんぜい)"立香とは君のことか?」

 

「あっ……ははは……。その呼び名やっぱり海外でも広まっているのか……」

 

 善逝とは仏の十号のひとつ。そして、まず十号とは如来十号など共呼ばれ、如来・応供 ・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫 ・天人師・仏世尊――という仏に対する10種の称号を指す。

 

 そして、善逝とは、迷いの世界を脱して再び迷いに還らない者。あるいは"煩悩を断って悟りの彼岸に去った者"を意味する。寧ろ、このご時世にカーマを手中に収める彼以外に誰が持てた称号かと言ったところであろう。まあ、自身が無力なことを誰よりも自覚している彼からすれば歯痒い限りではあろうが。

 

「えーと、白龍皇ってことはイッセーの神器の対になるのを保有している方ってことだね?」

 

「ああ、その認識で構わない。失礼だが……噂に違わぬ平凡ぶりだな」

 

 頭の先から爪先まで立香を眺めたヴァーリはそう言った。それに立香は笑って返すが、実力も去ることながらいっそ一般人と呼んだ方が良いとまで思われる覇気の無さは誰が見ようともそう評価するだろう。

 

 そう言った直後、ヴァーリは視界の端に数枚の蓮花の花弁が、一瞬だけ景色に紛れるように移り込んだ気がした。しかし、蓮花の開花時期は4月頃な上、見渡しても自然の残る閑静な住宅地でしかないこの場所に水辺すらあるわけもない。

 

(なるほど……。どうやら使役しているカーマ神は想像以上にご執心らしいな)

 

「じゃあ――」

 

 すると何を思ったのか、立香は自身の持つダブルアイスキャンディーをパキリと真ん中から割ってふたつにした。

 

「お近づきの印に」

 

「………………ああ、悪い」

 

 そう言って立香は半分になったアイスキャンディーを手渡し、それをヴァーリは少し驚きつつ受け取る。

 

Aaaa――(てふてふだぁ)

 

 それを二人で口にしていると、既にアイスキャンディーを食べ終え、ヴァーリを気にする素振りすらなく、どこからかやって来たアゲハチョウをぼーっと眺めているティアマトが映る。

 

「アレが置き去りにされた神龍――原初の母(ファム・ファタール)ティアマトか……。どうやら噂は本当らしいな」

 

 彼女を見つつ、立香とヴァーリは互いに思ったことを口に出した。

 

「なんて強さだ……見ているだけで身体が震えてくる……!」

 

「相変わらず、自由奔放で可愛いヒトだなぁ……」

 

『「えっ?」』

 

 まるで真逆どころか掠りすらしていない評価に思わず声を上げる。その様は互いに認識しているものが違うとしか思えないほどだろう。実際、認識――と言うよりも多大な価値観の相違があることは間違いない。

 

 気を取り直して、ヴァーリは立香に声を掛ける。弱点すらない真性の怪物であるティアマト神をこうして連れ出していることには、きっと何らかの意味があると考えたからだ。

 

「ああ、散歩だよ。ティアマトさん、外に行きたそうにしていたからさ」

 

「散……歩……?」

 

Aaaaa――(お腹すいてきた)

 

 しかし、返って来たのはとてつもなく平凡で、逆に普通ではない答えであった。

 

 間違いなくこの世界で5本の指に入るほどの実力者を自身で掘り起こし、使役してしまったと思えば、それに当たり前のように散歩をさせている青年。これを異様と言わず、何を異様と言えばいいのだろうか。

 

 するとティアマトは、ヴァーリから隠れるように立香を盾にする位置に移動すると、立香の裾をちょいちょいと引っ張った。

 

Aa――(帰ろ)Aaa――(りつか)

 

「あらら、帰りたそう……。ヴァーリくん悪いけれどそろそろ――ああ、よかったら君も家でご飯食べに来る?」

 

「……いや、申し訳ないが遠慮しておくよ。まだ、やることが残っているからな」

 

「そっか、じゃあまたね」

 

 それだけ言って小さく手を振ると立香は、ティアマトを連れて去って行った。その背中が見えなくなるまで見送ったヴァーリは張り詰めた空気を吐き出すように溜め息を吐いた。

 

(少なくとも大物だということは違いない……いや、人智の外にいるような存在……か)

 

『なあ、ヴァーリ』

 

 するとヴァーリの白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)に宿るドラゴン――アルビオンが声を掛けてきた。その声色がいつ見なく真剣なもので、彼は目を丸くする。

 

「どうしたアルビオン?」

 

『言うか悩んだのだが……』

 

 アルビオンは若干口ごもる。それはまるで、言ってしまえば更なる何かを呼び起こすかのようにさえ思え、ヴァーリは疑問符を浮かべた。

 

 そして、ポツリと呟くようにアルビオンはそれを話す。

 

 

『立香というあの青年の影。正確にはその中にいた何かだが、ずっとこちらを見ていた。そして――それは今はお前の影の中にいる』

 

「なに……? ――――――ッ!!!?」

 

 

 その言葉の直後、これまで一切感じていなかった舐めるような視線とどこからともなく沸き上がるおぞましさ、何よりも自身と比べ物にすらならない圧倒的過ぎる上位者の純粋な力そのものを覚えさせられた。

 

 そして、ヴァーリの影が夜闇に篝火で照らされて出来た影のように不自然に伸び縮みをすると、女性とわかる造形をした容姿を取る。

 

 しかし、それは影がそのまま命を持ったように奇怪で無機質な何かに見え、生命が決して関わってはいけないと思わせる生理的悪寒を覚えさせるような何かであった。

 

 

『あらあら……? ばれちゃったわ。うふふ……白龍皇の破片とか。後々、便利そうだから少し採取したかったのに残念ねぇ……』

 

 

 それだけ言うと影は空に溶けるように姿を消す。

 

 既にそこには何もなく静寂と夏の日差しだけが残り、セミの声だけが虚しく響き、背筋に氷を入れられたかのように冷や汗を流しているヴァーリだけが残された。

 

「今のが夜の神ニュクスか……」

 

 それはとんでもないビッグネームであったが、名前以上に決して人間とはどうあっても相容れないような怪物であった

 

「なあ、アルビオン。参考までに聞きたいんだが……」

 

『なんだ?』

 

「カーマ神か、ニュクス神。どちらかと殺り合って俺に勝てる見込みはどれぐらいだ?」

 

『…………万――いや、億に一つもないだろうな』

 

「だよなぁ……」

 

『気にするな。ああいう奴らは既に純粋な実力という次元ではなく、自己の概念そのもので他の概念を押し潰すような次元で戦っている。両方とも全盛期の私とマトモに渡り合えるような連中だ。渡り合える方が可笑しい』

 

「どうやら想像以上の怪物のようだ……藤丸立香という男は」

 

 ヴァーリの中で立香の立ち位置が最上位に再配置される。確かに一見すると彼にはなんの力もない、しかしそれは個の力など必要すらないからとも思える。

 

 今日実際に見れた彼が抱える神性は、カーマ神とニュクス神の片鱗のみ。ティアマト神は全くの自然体であり、もう一柱いるというエレシュキガル神に関しては影も形もなかった。仮にその全てを使役しているとなれば、容易く他の神話体系を討ち滅ぼせるほどの過剰戦力だ。

 

 すなわち藤丸立香という名の運命共同体そのものというあまりに奇怪で歪な怪物であることが伺えるだろう。

 

「……他の奴がカーマ神と、ニュクス神を出し抜いてアイツを殺すことはあり得るか?」

 

『彼が殺される心配をしてるならそちらも不要だ。あんなの戦神や邪神だって手を出したがらんし、それらですら出し抜くのはほぼ不可能だろう。それほどまでに最悪の二柱だ』

 

「そうか……それなら安心だ」

 

『ヴァーリ、またお前の悪い癖か……』

 

 それを聞いて嬉しげにヴァーリは口角を引き上げ、アルビオンは小さく溜め息を吐いていた。その関係は神器と保有者というよりも、父と子のように見えたかも知れない。

 

 

 

 

 

 






立香SECOMの通常運転。



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授業参観日


水着アビーは引きます(鋼の意思)。引きました(事後報告)

徐福ちゃん可愛いです。






 

 

 

 駒王学園は授業参観日――と言うよりも公開授業日というのが正しい現在。そんなときに立香のクラスでは英語の時間に紙粘土で工作をしていた。英語教師による完全な独断だが、"たまにはいいんじゃないか"と普通に肯定している彼は、特に疑問に持たず紙粘土を捏ねていた。

 

「~♪」

 

 その上、ニュクスが授業参観にちゃっかり来ており、何故か立香の席にどこからか持ってきたパイプ椅子を付けて彼女も紙粘土を捏ねている。

 

 まあ、ニュクスの扱いを心得ている彼からすれば好きなようにやらせておくのが一番のため特に言うところはない。強いて言えば、後でクラスメイトに追及されると思われるため、適当に言い訳を考えておく程度だ。とは言え、去年も祖父の親戚という名目で公開授業に来ているため、クラスが通年なことも加味してそこまで追求はされないと思われる。本来ならば一番、追求して来そうなイッセーが既に裏側のモノになり、ニュクスを既に知っていることも理由に上げるべきかもしれない。

 

「ところで立香? この服はどうかしら?」

 

「うん……とってもファンシーで似合ってるよ」

 

「そうでしょ、そうでしょう?」

 

 何故かニュクスは"魔法少女ミルキースパイラル7オルタナティブ"というアニメのミルキーというキャラクターに扮した服装をしているようだが、その理由は複雑怪奇な原初の女神にしか理解できない大切な訳があるのだろう。たぶん、きっとメイビー。

 

「それはもう、あなたの学校に行くとなったら可愛らしく目立つ服を着ていかなきゃソンじゃない!」

 

「……そっかぁ」

 

 全く理解していないが、生返事で答える立香。ひょっとするとニュクスは学校をエロゲの中での妙ちくりんな設定でしか知らないのではないかと大変失礼なことを考えていたが、終ぞ彼が口に出すことはなかった。

 

「それより……ほら見て立香。マーラ様」

 

『……………………(ぷるぷる)』

 

 そうしている内にいつの間にか、とてつもなくご立派なモノが天を貫くように聳え立っていた。具体的に何がどうとは言えないが、一切臆することなく妖艶な笑みを浮かべながら素晴らしいイチモツを作るニュクスは残念を通り越して関心を覚えるレベルであろう。

 

 また、立香を通して全てを感じ取れるカーマが無言の半ギレになっていることもわかる。学校で暴れるのは流石にご法度のため、どうにか堪えてくれているようだ。

 

 気分転換に立香がイッセーの机を見ると、いつの間にか紙粘土でとても精巧なリアス=グレモリーのフィギュアのような裸婦像のようなものを完成させている光景が目に入る。

 

()が見たらスゴく喜びそうだなぁ……)

 

 ふと、立香は自身からみれば腹違いの妹のようなものだが、血の繋がりは諸事情で微妙なひとりの少女のいい笑顔(グッドスマイル)を思い返しながら紙粘土を捏ねて終了時間まで過ごした。

 

 ちなみに様々な事情により、立香の家系はサザエさんの磯野家よりも難解な家系図を描いているが、それを語るのは後のことでよいであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇあなた? こうしていると私たちどんな風に見えるかしら?」

 

従姉(いとこ)

 

「取り付く島もない!?」

 

 紙粘土で表現する英語の授業終了後の昼休み時。立香は廊下を歩いており、そんな彼に腕を絡ませて少しもたれ掛かるようにニュクスは歩いていた。

 

 二人の見た目はどう見ても恋人のようなのだが、一切それを感じさせない彼の堂々たるいつも通りの態度は称賛に値するレベルだと思われる。

 

「折角夜なべして作ったミルキーのコスプ――魔法少女の神衣もまるで効果がないわねぇ……」

 

「今の言い直す意味あったかな?」

 

 口をへの字にして少し不満げなニュクスと立香はそんな会話をしつつ、すれ違う生徒が彼女の美しさを目を見開いて驚く様を一切無視して廊下を歩く。

 

 立香自身、本人は謙遜するであろうが、人間性を加味しなければイッセーが普通に憎む程度には良い顔立ちをしているため、多少女性側の点数が高過ぎるとは言え、美男美女が並ぶ光景は十分絵になっていた。

 

 そんな折である――。

 

 

 

「あれー? まさか、その素敵な衣装はッ☆」

 

「あらあら……参観日にこの素晴らしい装いをするものが私以外にいるなんてねぇ?」

 

 

 

 "めんどくさいことになった"

 

 ニュクスと同じ魔法少女のコスプレをして授業参観日にやって来た悪魔陣営の四大魔王が紅一点――セラフォルー・レヴィアタンとの奇遇を立香は真顔でそう確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駒王学園にある広目のエントランスの一角。そこには現在、かなりの数の人間が屯し、囲うように人だかりになると共に、カメラのフラッシュの瞬きや携帯電話のカメラを向けているものが後を立たなかった。

 

「何かしらねコレ……」

 

 イッセー、木場、リアスのオカルト研究部員の3名は"魔女っ子が争っている"という情報を得たため、ここにやって来ると男女問わず(たむろ)した厚い生け垣が出来ており、その中央から軽快なアニメ音楽と歌声が鳴り響いていることだけは理解できる。

 

「なんかミニライブって感じですかね?」

 

「凄いね。本物みたいな熱気だ」

 

「なんでかしら……スッゴく嫌な予感がするから関わりたくないわ……」

 

 何故かまだ確認もしていないにも関わらず、表情を固くしているリアス。しかし、折角やって来たため彼らは人を掻き分けつつ件の魔女っ子を見てみることにした。

 

 無論、全力で後悔することになるのは言うまでもない。

 

 

「―――――♪ ――――♪」

 

「――――――――♪ ――♪」

 

 

 そこには曲に合わせてダンスをしている魔女っ子――セラフォルー・レヴィアタンと、もう片方の魔女っ子――ニュクスの姿があった。

 

 互いにほぼ同じダンスをしながら歌っているが、その様子は"踊り"というカテゴリーにおいて世界最高峰であることは誰が見ても明らかであり、コスプレの両者のそれは無駄に洗練された無駄のない無駄な技術であることは誰の目を見ても明らかであろう。

 

 しかもハイレベルの歌唱力も合わさり、元ネタを一切知らずともなんだかわからないが見ているだけで心が震えるという謎の現象を起こし、見るもの全てにカルト的な熱狂を生み出しているのだ。正に魔性である。

 

「す、すげぇ……!」

 

「わぁ……えっ、今の動き人間の関節では不可能な気がするんだけれど……?」

 

「にゅ!? ニュクスさん……!?」

 

 魔女っ子が争っているとは、四大魔王と原初の女神がダンスバトルをしているという普通の裏の勢力が聞けば鼻で笑い、ギリシャ陣営が聞けば全力で駒王学園から逃げ出しそうな光景であろう。無論、ニュクスについてはギリシャ神並みに理解しており、遠回しに殺され掛けてもいるリアスは今にも逃げ出しそうな様子であった。

 

「あれ……? 立香だ」

 

 イッセーがよく見れば、2人のその後方にどこからか持ってきたカラオケマシンを操作している表情を笑みのまま器用に無にした立香の姿がある。

 

 そのため、3人は大きく迂回しつつ彼の隣まで来て話を聞くことにした。

 

「どうもオカルト研究部の皆。まあ……見ての通りだよ」

 

「どういう通りなのよ……」

 

 このままではリアスが心労で倒れそうなほど煤けた瞳をしていたため、立香はこうなった経緯を説明する。

 

 バッタリと出会った2人は、同じコスプレからすぐに意気投合して立ったままそのアニメについて語り合ったまではよかった。しかし、どういうわけか片や作品その物への愛を語り、片や魔法少女への愛を語った辺りから雲行きが怪しくなる。そして、どちらがより、強く愛しているかという犬も食わないような理由でダンスバトルに発展して現在に至るのだ。

 

「マイケル・ジャクソンのミュージックビデオを見てるような気分だった」

 

「ごめんなさい。説明されてもよくわからない」

 

「ニュクスさんだから。後、セラフォルーさんもニュクスさんと同じレベルだったから」

 

「そうなの……そうかも……」

 

 戦いは同じレベルでなければ起こらないという格言を想起しながらリアスは現実逃避気味にそんな言葉を呟いた。隣でイッセーが"あの人、セラフォルーさんって言うんだ"等と呟いているが、補足して説明する気も今の彼女には起きなかった。

 

 触らぬ神に祟りなし。授業が始まればこの2人は自然解散してそれぞれの目的のところに行くであろうとリアスは考え、とりあえずこのことを悪魔の友人かつこの学園の生徒会長である支取蒼那ことソーナ・シトリーに伝えようと、彼女は電話を取り出し――。

 

 

「オラオラ! 天下の往来でライブたーいいご身分だぜ!」

 

 

 (すんで)のところで間に合わなかった。これが情報社会においての情報の重要さであり、パンドラの箱を開けてしまうのはいつだって人間である。

 

「ぶしつかえして」

 

「リアス先輩、幼児退行しないでください」

 

「しかになりたくないわ」

 

 酷く優しい声でそう言う立香の笑みの中にある瞳は、リアスには溝川のように濁って見えた。まるで類友を見つけ、喜びながら引き摺り込んで来ているように思えてならない。

 

 そんなやり取りをしている間にも生徒会の者たちは、騒動を抑えてテキパキと人々を解散させていく。蜘蛛の子を散らすように居なくなる様は見ているだけで見事であり、彼らの整理能力の高さも伺えた。

 

 生徒会のひとり――上級悪魔ソーナ・シトリーの兵士の転生悪魔である匙元士郎が、不満げに口をへの字に結んでいる件のふたりに近付いていった。リアスはもう見ていられないと言った様子で自身の顔を覆う。

 

「あんたらもそんな格好しないでくれ――ってもしかして親御さんですか? そうだとしても場に合う衣装ってものがあるでしょう。困りますよ」

 

「えー、だってこれが私の正装だもん☆」

 

「私はいつだって本気よ。愛に形を問うならばそれは最早愛ではないわ」

 

 そう言った2人は線対称にポージングをしながらにっこりと笑って顔を見合わせる。

 

「ねー☆」

 

「ねー★」

 

「ねーじゃないんですよ!?」

 

「何事ですか? サジ、問題は簡潔に解決しなさいといつも言って――」

 

「あっ、ソーナちゃん! 見つけた☆ お姉ちゃんソウルメイトができちゃったんだよ!」

 

 すると生徒会長のソーナが1人で現れた。どうやらリアスの兄と父親の案内をし終えて偶々通り掛かったらしい。そんな彼女にひょいとセラフォルーがソーナに飛びつく。

 

 

 

 

 

 その後、イッセーらにも四大魔王のセラフォルー・レヴィアタンだということが判明し、尚も同じテンションで振る舞い続けるセラフォルーにソーナが堪え切れなくなり逃走。それを追う形でセラフォルーも居なくなりこの場には残りの生徒会の面々やグレモリー眷族の面々――。

 

 

「うふふ……」

 

 

 そして、若干不機嫌そうな空気を纏うニュクスが残され、彼女について事柄を知るグレモリー眷族の面々は冷や汗を流していた。

 

「リアスさん。先に言っておきますね」

 

「え、ええ……何かしら?」

 

「本気でキレたニュクスさんとかカーマを俺は止められないからそれだけは理解して欲しいです。割りと藤丸家のヒエラルキー下位の方なんですよ俺」

 

「なんでこの期に及んで晴れやかな笑顔でそんなに情けない申告をしてくるの!?」

 

 立香のいつも通りと言えばいつも通りな様子に絶望と呆れとその他諸々の現在煮詰まった感情が爆発し、彼をがくがくと揺するリアス。人間と悪魔の筋力の差により"ぐえっ……"と彼はか細い悲鳴を上げているが、それを気にできるような精神状態ではないようだ。

 

「え……。なんで生徒会はニュクスさんの顔を知らないんだ?」

 

「ニュクスさんの顔写真とか……ソーナに回してないの……。ほらプライベートとか守秘義務とかあるだろうし……基本的に誰も触れたがらないからあの方の情報ってトップシークレットなのよ……。大体そんなのどうやってあの方に頼めってのよ……? カメラ向けてニコニコハイチーズって? 指をへし折ってやろうかしら、うふふふ……!」

 

「ぶ、部長!? 戻ってきてください!?」

 

「えっ……ニュクス?」

 

「ええ、如何にも。私がニュクスよ」

 

 匙の呟きに彼の含むこの場にいる生徒会のメンバーは目を見開いて固まる。

 

 何せ見た目だけはファンシーで中身はファンキーなロボ娘だが、その実態はギリシャ勢力主神級格かつ、間違いなく世界の実力者の中で上から数えた10体に入るような怪物である。悪魔の中で超越者と呼ばれているリアスの兄のサーゼクス・グレモリーですらそこには数えられていないため、次元の違う実力者の一角であることは明白であろう。

 

「確かサジくんだったかしら?」

 

「は、はい……!」

 

「ふぅん……いいわね。素直な子は好きよ?」

 

 そう言ってニュクスは正面から匙を見据える距離まで近付くと首筋に手を這わせる。

 

「けれど勉強不足ねぇ……。ギリシャ神が愉しく遊戯中に土足で踏み込んだ挙げ句、途中で無理矢理止めるだなんて……うふふふっ! 無知ねぇ可愛いわぁ……」

 

 絶世の美を体現した少女の姿をしている以上に得体の知れない何かが今目の前にいることで、沸き上がる不可解な恐怖と焦燥によって匙は指先ひとつ動かせなくなった。

 

「少し……己の行動と口の利き方には気を付けた方がいいわ。私ぐらい寛容で博愛主義の麗らかなギリシャ神でなければ――今ごろあなた散々辱しめられて死ぬか、死ぬより辛い目にあっているわよ?」

 

「あ、ああ……」

 

 ようやく匙の口から出た言葉はただそれだけだった。しかし、焦点の定まらない目と小さく過呼吸を起こしている様がそれ以上の畏怖を誰が見ようと思わせるであろう。

 

 言いたいことを言い終えると彼に興味を無くしたのか、ニュクスはリアスに近付くと花が開くようにゆっくりと薄く笑みを浮かべた。

 

「大丈夫、ただの忠告ですもの。けれど知らず無礼と、知って無礼では後者の方が少し嫌な感じよねぇ。わかるかしらリアスちゃん?」

 

「えっ……は、はい!」

 

「んもー、そんなカチカチになっちゃって可愛い……。私たち友達でしょう?」

 

「あっ、はは……ははは……そんな畏れ多い……」

 

「まあ、いいわ。喉渇いちゃったから飲み物買ってくるわね?」

 

 それだけ立香に伝えると、ニュクスは自販機のある方向へ歩いていった。その背を見ると、まだダンスをしていた感覚が抜けないのか、時折跳ねたり手足を動かしたりする素振りをしており何も知らない者が見れば微笑ましくも見えたことであろう。

 

 遠ざかって行くニュクスにこの場に残された多くが安堵した。その時――。

 

 

『あっ……じゃあ、私……そろそろ帰ります……』

 

「あっ、うんわかった。今日はありがとうございました」

 

『いえ……母のいつものことですので……』

 

 

 カラオケマシンが突如、女性的なマシンボイスを響かせながら喋り始めたのだ。聞く者が聞けば何故かVOICEROIDと呼ばれる音声ソフトを使用していることもわかるであろう。

 

「えっ……? は……? はえ……?」

 

「ああ、ごめん説明してなかったね。救急アバターを今回のためにカラオケマシンにして来てくれたこの方は、ニュクスさんの子供で、運命の三女神、モイラの一柱。クロートーさんとアトロポスさんの三姉妹。その次女のラケシスさんだよ」

 

『あっ、はい! す、すいません……私、"ラケシス"と申します……』

 

 どこにでもある普通の寸胴なカラオケマシン――ラケシスが頭を深々と下げている姿をそこにいる面々は幻視した。

 

 ここまで来ると最早なんでもありであるが、ギリシャ神話の神々のアバターは当人の気分で幾らでも変わったり増えたりするため、言うだけ野暮というものかも知れない。また、これには流石のイッセーもおっぱい談義のしようもない。

 

『えと……リアスさんでしたか……?』

 

「あ……ああ、はい」

 

 ラケシスが氷上でも滑るように平行移動をしてリアスの前までやって来る。そして、スピーカーから気遣うような様子で声を出した。

 

『人には、みんな役割があるんです……。どんな人にも……何かしらの天命が織り込まれた運命の糸が割り振られているんです……。この世にいらない人なんて……1人もいない……。だから……自分にはなんの意味も、価値も無いなんて言う人がいたら……それは違うんだって、はっきり言えます……』

 

「えっ……」

 

『傷ついても、道を間違えても、愛する人を失っても、

どんな苦難を前にしても……頑張って生きていかなければならないんです……。あなたなら……何があっても……最後にはきっと前を向いて歩いていけます……』

 

「ら、ラケシスさぁん……!」

 

(ああ、こうやって人は宗教にハマって行くんだなぁ……)

 

 ラケシスの励ましによって涙ながらにカラオケマシンに抱き着くリアスを見ながら立香は、何気にかなり酷いことを考えていた。しかし、それは彼が神という存在そのものを人一倍どころか何十倍、何百倍と知っているからであろう。

 

 そして、彼の結論は――基本的に"神様はトラブルメーカーなのがデフォルト"という一種の諦めであった。

 

『だから……あきらめないで……あなたの運命の糸は、ほら、こんなに………………ボロボロ……ですね……』

 

「えっ……?」

 

『あれ……? この糸……どこかで……あ……これ前になくした……。……えと……その……大丈夫ですよ……たぶん……』

 

 今のどこに大丈夫な要素があったのかを逆に知りたくなるほどに不安と不穏で満ちた発言であろう。

 

『で、では皆さま……私はこの辺りで失礼します……!』

 

 そう言うとラケシス――カラオケマシンの下部がジェットエンジンのようなものに置き換わる。そして、それが点火されると共に高く高くカラオケマシンは打ち上げられていき、透き通るような夏の青空の彼方に消えて星になった。

 

 そんな一部始終を見たリアスは渇いた笑いを浮かべると、その場にへたり込み笑みのまま床を見つめながら影が指した様子でポツリと呟く。

 

「ギリシャ神ってなんなの……」

 

『神なんてみんなクソなんですよ、リアスさん。いい勉強になりましたね』

 

「うふふ……そらきれい」

 

 カーマに諭され、ふと窓からリアスが見た夏の空は、呆れるほどに濃い青をしており、燦々と輝く太陽の傍にある少し珍しい昼の月が嫌に印象に残る。

 

「ただいまリアスちゃん! アイスティーしかなかったけれどいいかしら!?」

 

「ヒィ――!?」

 

 呆然とするリアスの背に抱き着いて驚かせる悪戯をしたニュクスを眺めつつ、彼女から受け取ったペットボトルのアイスティーに口をつけて彼は思い耽るのであった。

 

(しかし、ニュクスさん――無茶苦茶リアス先輩のこと気に入っているなぁ……)

 

 ちなみに立香からするとニュクスは、興味のない相手には存在及び思考レベルで無関心のため、今回のように魔法少女のコスプレをして授業参観に来ている。

 

 その観点からすると悪戯を仕掛ける程の興味を持っているリアスは、ニュクスにとって本当に友人と呼べるほど特別な存在だと思われるが、それを話してしまうほど空気を読めなくはない立香なのであった。

 

 

 

 

 

 









…ああ、あんた、どうやら俺は、しくじったらしい…

…扉の音が、まだ聞こえやがる…

…水着の殺し屋が、俺を殺しにやってくる…

…ずっと、ずっと…

…終わりなく…

…グウッ…ウッ…








 黒猫とパンケーキ作るっ みゃお!

 パンケーキに黒猫のせるっ みゃー!

 黒猫のパンケーキ 出来上がりっ!

 黒猫パンケーキ! みゃんみゃん!

 







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