まちがいだらけの修学旅行。 (さわらのーふ)
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まちがいだらけの修学旅行。
まちがいだらけの修学旅行1~大宰府騒乱編


作者の処女作です。
文章下手すぎて嫌になっちゃいますね。
初投稿なので,みんな大好き修学旅行をテーマにしてみました。
例のセリフも当然出てきます……たぶん。
アンチヘイトにはならないと思うのですが,葉山グループから酷い目にあう人がでることになってますので,必要あればご指摘ください。
それまでは,九州観光をお楽しみくださいませ。



 奉仕部が戸部から受けた依頼は,修学旅行で海老名さんに告白したい,そして振られたくないということだった。

 

 俺と雪ノ下はこの依頼に全く乗り気ではなかったのだが,突然降ってわいたコイバナに目を爛々と輝かせた由比ヶ浜に押し切られる形で雪ノ下が依頼を受ける気になってしまい,所詮部内カースト最下層,校内カーストも最底辺なら家庭内カーストも親父と熾烈な最下位争いを繰り広げる無力な俺にとって,二人の意思に抗い続けることなど初めから不可能で,しぶしぶ仕事と理解して,戸部いわく「サポート的なこと?(笑)」を行うことになった。

 だが,この依頼は間違いだらけだ。

 第一の間違いはそもそもこの依頼を受けたこと。

 「告白を成功させる」ではなく,「告白を成功させるためのサポートを行う」ことで,辛うじて「飢えた者に魚の釣り方を教える」という奉仕部の理念に反しない形にはしたが,だいたい他人の色恋沙汰にくちばしを突っ込むべきではなかったのだ。

 決して面倒だからとかじゃないぞ?ほんとだよ?

 

 第二の間違いは戸部。

 戸部は決して悪い奴ではない。

 うるさくて騒がしくて騒々しくてやかましいがたぶんいい奴だ。

 しかし,それだけで告白のOKをもらえるかといえば答えはNO。

 むしろ,それゆえに答えはNOと言っても過言ではない。

 仮に,サッカー部でチャラくて金髪ロン毛でべーべー言っている男が好きだというビッチならOKをもうえる可能性もあるだろうが。

 誤解の無いように言っておくが,俺は決して戸部が嫌いなわけではない。ほんとだよ?

 

 そして第三の間違い。

 相手が海老名さんということ。

 彼女,海老名姫菜はサッカー部でチャラくて金髪ロン毛でべーべー言っている男が好きなタイプとは思えない。

 もちろん葉山グループに属しているくらいだから男嫌いというわけでもないだろうし,むしろ男が好きとまで言えるのかもしれないが,それは男同士のカップリングの話であり,彼女自身,男と恋愛をしたいと考えているかは謎だ。

 由比ヶ浜の話を聞く限りでは,戸部はかなり厳しい戦いを強いられるだろう。恐らくは脈はない。脈がないということは,お前はもう死んでいる。

 ドンマイ,戸部。迷わず成仏してくれよ。心から哀悼の意を申し上げる。ほんとだよ?

 

 四つ目の間違いは,修学旅行の行き先が変わってしまったこと。

 修学旅行の行き先は京都だった。

 そもそも,中学の修学旅行でも京都・奈良に行く学校が多いのに,高校でどうして京都なんだ?という疑問が無かったではないが,旅行先が京都と決まっている以上,奉仕部では二人が一緒に行動し、仲を深めて少しでも告白の成功率を上げるためのスポットを探したり,告白するに相応しい場所を考えたりしていた。

 

 だがしかし,まさか,校長が旅行業者と癒着して賄賂をもらっていたなんて。

 


 

 高校の修学旅行は中学時代よりも積み立てている金額は多い。

 なのに自由行動は中学の時より多く,その間の移動その他の費用は別途自腹になる分,旅行にかかる費用は少ないはずなのだ。

 

 修学旅行先が中学校と同じ京都ならば,その費用と代金の差額が旅行業者の懐に入り,見返りとして校長が賄賂を受け取っていたことが県議会で明るみに出て,業者,校長ともに贈収賄の容疑で逮捕されてしまった。

 ちなみに事を明るみにした県議会の爆弾男は雪ノ下議員ではない。

 すでに旅行会社に払っていた代金がすぐには返らないため,一時は修学旅行そのものが中止になるという話だったのだが(そうなってくれれば面倒な依頼も無くなって万々歳だった),子供たちには罪はないという世論(笑)に押される形で県議会も総武高校の修学旅行は何としてでも実施すべきと言い出したため,とりあえずは県が費用を出して修学旅行が実施されることになった。

 こちらの方は娘の修学旅行がかかっている雪ノ下議員が奔走したとかしないとか……

 結局,行き先は一度ケチのついた京都ではなく,団体で行ける場所をいろいろと探した結果,急遽九州に行くことになった。

 ただし,バタバタと行先を決めたため,詳しい日程も最後まではっきりしない状態で,デートコースや告白の場所をじっくり検討する間もなく修学旅行当日を迎えたのだった。

 

 戸部の恋愛模様の行く先を象徴するが如く,降り立った福岡空港の空模様は曇り。一面びっしりの雲。

 土砂降りでなかっただけありがたいと思え。八幡の恋はたどり着いたらいつも土砂降り。

 


 

「いやー,なんかさー,九州とか超あがるわー。南国気分っての?なんかハネムーンに来た感じとかしちゃうっていうか~?」

 戸部,まだ空港に着いただけだ。九州感なんてほとんどないぞ。それに福岡は千葉よりは多少南に位置するが言うほど南国じゃない。ちなみに福岡市の北緯33度35分はクジラ漁で有名な和歌山県の太地町と同じ緯度だ。

「ヒキタニくん!福岡と大分って,どっちが責めでどっちが受けだと思う?やっぱり福岡の強気責め,大分のヘタレ受けだよね!?で,佐賀県が総受けで熊本,長崎,鹿児島,宮崎に囲まれて……ブハァ!」

「姫菜!九州で何考えてんの!自重しろし」

 三浦が手慣れた手つきで海老名さんの鼻血を拭い,由比ヶ浜は「たはは……」と言いながら苦笑している。

 この告白がどうやったら成功するのか,全知全能の神がいるのなら教えてほしい。

 

 と言ったからではないが,福岡空港から観光バスに乗り,一番目の訪問地は太宰府天満宮に参拝。

 太宰府天満宮といえば,かの学問の神様・菅原道真の墓所に道真を祀るために建てられた全国12000社を数える天神社の総本宮ともいえる神社である。ちなみに京都の北野天満宮も天神社の総本宮を名乗っているが,やはり本家とか元祖とか神々たちの諍いがあったりするのだろうか?

 

 俺たちも来年は受験生だし,特に由比ヶ浜はお賽銭をはずんで念入りにお参りしたほうがいいと思う。もし雪ノ下が見放すようなことがあれば,恐らくはもう神頼みしか手段はないのだから。

「ヒッキー,今失礼なこと考えてなかった?」

「い,いえ,なんのことでしゅか?」

怖えよ!なんで分かるんだよ!

「だって,ヒッキー分かりやすい顔してるんだもん」

「おい,俺はポーカーフェイスにかけてはボッチ業界を代表してタイマン張れるほど定評があるんだぞ!中学時代も,『ヒキガヤくんって何考えてるかわからないよねー』って陰で称えられるくらいにな」

「いや,それって称えられてないから!」

「あんたさー,言ってて悲しくならない?」

 おっと,突然俺と由比ヶ浜の間に割り込んできた(修羅場的な何かではない),川,川......川本におののく俺。

「川崎だから!ぶつよ?」

 川崎,お前もか!

「いや,知ってて言ってるから。な,サキサキ」

「あんた,目を泳がせて言ってても何の説得力もないんだけど。あと,サキサキ言うな!」

 そうか,俺の表情が分かりやすいは本当のことだった。あと,サキサキ怖い。

 団体行動中はグループで動くため,由比ヶ浜,海老名さん,三浦,サキサキのグループと,俺,戸塚,戸部,葉山,戸塚のグループが一緒に行動して戸部のサポートを行うことになっていた。

 俺としては,戸部なんか置いといてすぐにでも戸塚と二人手に手を取って,かつて新婚旅行のメッカであった宮崎の日南海岸あたりに逃避行したいところだが,そんなことをすれば職務放棄の罪で部長様が放った雪ノ下家の刺客にすぐに追い詰められ,俺は戸塚だけでも生きてほしいと願うものの,それを拒否した戸塚と二人,二度と千葉の地を踏むことなく遥か九州の地にて果てることになってしまうのは必定。

 二人の物語を悲恋で終わらせないためにも,泣く泣くこの集団と一緒にいるしかなかった。

「はちまん……ちょっと痛い……」

気づかないうちに,俺は痛いほど戸塚の手をぎゅっと強く握りしてめいた。

「と,戸塚,すまん!大事な手を!」

「い,いや,別にラケットを持つ手と逆の手だし,別に嫌じゃなかったんだけど,ちょっと痛かったかな?なんて……」

戸塚~~~~~~~!!!!

「ヒッキーまじキモい」

 ガハマさんが雪の女王もかくあらんやというほど,ゴミくずか虫けらを見るような冷たい目で俺を見据えていた。

 やめろ,由比ヶ浜,ゾクゾクするだろう?

「とつはちキ・マ・シ・タ・ワーーーーーー!!!」

 海老名さんが貧血を起こしそうな勢いで血を吹き,三浦がティッシュでそれを止めようと鼻を押さえている。

「海老名になんかあったら,ヒキオ,殺す」

 み,三浦,今のは俺が悪いのか?俺か?戸塚が悪くない以上,俺が悪いんですねすみませんでした。

「と,とりあえずお参りしよ?せっかくここまで来たんだし……」

 三浦の殺気で我に返った由比ヶ浜が慌ててこの場を収めようとしていた。

 手水でお浄めをした後,本殿の前に皆で並び,賽銭を投げ入れ,二拝二拍手一拝を捧げ,それぞれにお祈りをする。

「海老名さんとの仲,オナシャス!」

 戸部,小さい声だが隣にいる俺にはだだ聞こえだぞ。

「はやはちがハッテンしますように」

 逆の隣にいる海老名さんから不穏な単語が聞こえてきた……

 だいたいここは学問の神様だぞ。なんで恋愛祈願(一部(腐))なんかしちゃってるの?

 そして,少し遠くから大きな柏手の音に引き続いて,

「結婚したい!」

という声が聞こえてきた。

「ヒッキー,あれ……」

「由比ヶ浜,あっちを見ちゃダメだ。涙を止めることができなくなる」

 俺たちは,その声の方向を決して向くことなくその場から退散したのだった。

 


 

「ねーねー,ヒッキー。この『うめけえだもち』って美味しそうじゃない?食べようよー」

「『うめがえもち』な」

「しっ,知ってるし!ワザと言ったんだし。ヒッキーまじキモい」

 おい,店の人の前で間違ったことを言って恥をかくのを未然に防いでやったのになんという言い草。いくらなんでも俺だってグサって来るんだぞ。

 言い草でグサって……くくくっ

 俺が心の中で一人自らの発言に笑いを堪えきれずにいると,

「ヒッキー,大丈夫?ほんとうに気持ち悪い顔になってるよ?」

 ガハマさん,キモいでお願いします!キモいでお願いします!冷静に気持ち悪い顔とか言われると本当に死んでしまうのでやめてさしあげろ。

「んじゃさー,みんなで梅ヶ枝餅?買って食べようよ。で,せっかくだから男女で食べさせあいっことかしたらどうかな?」

「このビッチはいったいなんてこと言い出すんだ?俺が女子に食い物をあーんさせるとかどんな罰ゲームなんだよ!!それで,相手の女子が泣き出して,クラス会でそれを言い出した奴じゃなくて,俺が泣かせたと言われて糾弾され,先生に怒られて半年くらいクラス全員からいじめられたんだぞ?」

「はちまん……」

「ヒキタニくん……」

「ヒキタニくん……」

「ヒキタニくん……」

「比企谷……」

「ヒキオ……」

「ヒッキー……」

 やめてー!!!何この人通りの多い参道でここだけブラックホールのごとくダークな空間ができてるの?

「八幡!八幡のは僕が食べてあげるから。八幡は僕のを食べて?」

 おおーーー戸塚はやっぱり天使だった。まるで後光が差しているかのような神々しさ。戸塚に巫女服を着せたら似合うだろうなと思ったのは内緒だ。

「ヒッキーだめ~~~~!男同士なんてダメだよ!だったらあたしが……」

「男同士!とつはち!またまたキマシタワー!戸塚くんが,ヒキタニくんに『ぼ・く・の・を・た・べ・て』……ブフッ」

「自重しろし!」

 堪りかねた三浦が上を向いた海老名さんの首筋をチョップする。

「はふん」

「ははは,まあまあ落ち着いて。梅ヶ枝餅,みんなの分買ったから食べよう」

「隼人,優しい……」

 このままじゃ埒があかないと思ったのか,いつの間にか葉山が人数分の梅ヶ枝餅を買っていた。

 さすがはみんなの葉山隼人。珍しく俺もみんなの中に入ってたよ。え?俺の分あるよね?ね?

「おい,いくらだった?」

「いいよ,俺のおごりさ」

「俺は養われるつもりはあっても人に施しを受ける気はない!」

 そう言うと葉山は俺の耳元で俺にだけ聞こえる声で,

「戸部の依頼の報酬ということでいいだろ?」

 おいやめろ!海老名さんが見たら今度こそ出血多量で死ぬぞ!

 慌てて葉山と離れ海老名さんの方を見たが,さすがに出血大サービスが過ぎたのか,ぐったり下を向いたまま三浦と梅ヶ枝餅を食べていた。

 

「これ美味しいねー。ゆきのんも一緒に食べられたらよかったのに」

「仕方ないだろ。初日,二日目はクラス単位での行動だからな」

「ヒッキー,まだ食べてないじゃん。隼人くんからヒッキーの分預かってるから」

「そうか,じゃあ」

と言って手を出すが,由比ヶ浜は梅ヶ枝餅を渡すそぶりを見せない。

「なにこれ,新しいいじめ?嫌がらせ?それともサブローみたくお預けなの?なんか芸とかしないとくれないの?」

「違うし!サブレだし!そうじゃなくて,あたしが食べさせてあげる。あーん」

「いやいや,一人で食べられるから。そんなことされたら俺のライフポイントがゼロになるだろ」

 すると由比ヶ浜がひそひそ声で,

「とべっちのフォローするんでしょ?あたしたちがやったら姫菜ととべっちもやる雰囲気作れるかもじゃん?まず隗より始めよ,だよ」

 俺は由比ヶ浜の言葉に驚愕した。

「よくそんな難しい言葉知ってたな」

「馬鹿にすんなし!もうあたしを馬鹿にした罰!はい,あーん」

「うっ……」

 いよいよ万事休すという時,元寇を蹴散らした神風はブリザードのように吹いてきた。

「あなたたちはいったい何をやっているの?由比ヶ浜さん,この男に脅されて無理やりさせられているならすぐに通報するわよ」

「おい,そのスマホをしまえ!これは,あれだ,依頼の一環で……」

「ヒキタニくん,依頼って何?」

 しまったあああ!海老名さんには戸部の依頼のことは内緒なのにいつの間にか話を聞かれていた。

「いや,これは,由比ヶ浜のおじいちゃんが具合が悪くて,大好きな餅を食べさせてあげるのに最適な角度,加速度,力,質量を知るために実験をするという依頼を……」

「結衣,いくら好きでも具合の悪いおじいちゃんに餅なんか食べさせちゃだめだと思うよ」

 海老名さん,ナイスだ!

「そうだよな。だから,この依頼はなしということで……」

「むー」

 まるで下関のフグのように膨れるガハマさん。ちなみに,下関では不具に通じて縁起が悪いということで,ふくと呼ぶらしいです。海老名さんの場合は腐具,だな。

「まったくこの男は……」

 雪ノ下がこめかみを押さえながら呆れたという表情を浮かべている。

「で,ゆきのんはなんでここに?クラスのグループの人たちは?」

「そ,それは……」

「なんだ,迷子か?」

「そうね。本殿でお参りを済ませて気が付いたら私はだざいふえんと言う遊園地にいたのだけれど,グループの人たちが迷子になっていたのよ。全員」

「ゆきのん……」

「由比ヶ浜さん,そんな憐れむような目で見ないでちようだい。比企谷くんは通報するわ」

「なんで俺だけ通報されるんだよ!とにかく,この後は一旦バスのところに集合して九州国立博物館に入館だから,そこでクラスの人たちにも合流できるだろ?どうせ俺たちもそっちへ向かうし一緒に行くか?」

「私は,一人でも全然問題ないのだけれど,比企谷くんがそれほどまで言うのなら,一緒に行ってあげることもやぶさかではないわ」

「もうー,ゆきのんったら,一緒に行きたいって素直に言えばいいのに」

 雪ノ下に抱き着くガハマさん。福岡でも百合百合してるんですね。眼福眼福。

「ゆ,由比ヶ浜さん,暑苦しいわ……」

「そうだ,由比ヶ浜,梅ヶ枝餅くれよ」

「はい,ヒッキー」

 一人分の紙袋に入った梅ヶ枝餅を由比ヶ浜から受け取って,半分に割って紙に包まれた方を雪ノ下に渡す。

「葉山からだと。俺とシェアじゃ嫌かもしれないが,そっちは直接手を触れてないから我慢してくれ」

 半分になって,あんこが見えている梅が枝餅を手にした雪ノ下は由比ヶ浜に抱きつかれていたせいか,顔が少し赤い。

「あー,ゆきのんずるい!」

「何がずるいだよ。お前一個丸々食べんだから文句言える筋合いじゃないだろ」

「うー,そうなんだけど,そうじゃないの。むー」

 なぜかガハマさんも顔を赤くしていらっしゃる。

 俺が梅が枝餅の半分をほおばり,

「さあ,そろそろ行こうぜ」

 と言ったら,梅ヶ枝餅を見つめていた雪ノ下がようやく再起動する。

「そ,そうね。行きましょう」

 歩きながら食べるのがお行儀が悪いと思っているのか,なおも餅を見つめていた雪ノ下だが,ようやく上品に少しずつ小さな口で食べ始めた。

「……美味しいわね」

「買っのは葉山だ。後でお礼を言っとくといい」

「分かったわ,後で伝えておくわね。うちの父から顧問弁護士の葉山くんのお父さんを通じて」

 お前,どんだけ葉山と話したくないんだよ!

 


 

 歩き出した俺の前に,銀髪ポニーテールの川……サキが立ちはだかった。

「比企谷」

「な,なんでひょか。もう餅は食べちゃっいました。ジャンプしても出ません」

「なんであたしが餅をカツアゲするみたいになってるんだよ……あたし,今お腹いっぱいであんま入らないからさ,あんた甘いもの好きだろ?残りやるよ」

「おっ,おう,そうか。サンキュな,サキサキ」

「サキサキ言うな!」

 怒りを露にした川崎が手に持った梅ヶ枝餅を俺の口に突っ込んだ。

「うっ,うぐっ,ふんがっふっふ」

 餅がのどに詰まり息ができない。今までの黒歴史が走馬灯のように頭の中で駆け巡っている最中,俺の有様に慌てた川崎が,あわあわしながら手にしたペットボトルの水を俺の口に注ぎ込む。

 

 なんとか餅を嚥下して涙目になりながら,川崎の方を見る。

 

 そして海老名さんがニヤニヤしながら近づいてきて,川崎に向かって,

「あれあれー?おっかしいぞー?ヒキタニくんが今飲んだ水って,サキサキがさっき直に口つけてなかった?これって間接……」

「おっ,おまっ!」

 川崎は,わ~~~という叫び声を上げながらバスの方へ駆け出して行った。

「……ヒッキーあたしのは食べてくれないのに沙希のは食べるんだ」

 いや,今の俺悪くないよね?どちらかというと被害者だよね?おい,雪ノ下,スマホで1・1・0と打つのはやめてください。お願いします。

「君たち,そろそろ集合時間だぞ。こんなところで何をやってるんだ?」

「あっ,平塚先生,それが今ー,ヒキタニくんがチョーハンパないっていうかー,ラブラブキッス的な?」

 おい戸部,平塚先生に言うのはやめてさしあげろ。ウッカリ死んじゃうだろ?主に俺が。

「ほほう。比企谷はずいぶん青春してるみたいじゃないかー」

 平塚先生,なぜ指をポキポキ言わせているのでしょう?

 なぜ俺に近づいてくるのかなー

 ははは,小町,お兄ちゃんは菅原道真とともにこの大宰府の地で眠ることになるかもしれん。

「衝撃のーーーー」

 



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まちがいだらけの修学旅行2~嗚呼壮烈岩屋城編

2話目です。
実は作者は岩屋城址行ったことないのです。
一度行ってみたいのですが,大宰府の駅から徒歩40分がネックになってまだ行けてません……
岩屋城は「九州制覇を目指す薩摩島津氏が1586年に岩屋城を攻撃、5万の大軍に囲まれてしまい、篭城したが、奮闘むなしく豊臣秀吉の援軍が来る前に陥落。当時城主であった高橋紹運は自害、全員討死した。しかし島津軍は岩屋城の攻略に時間が掛かりすぎたため後ほど撤退。岩屋城が島津軍の九州制覇を止めた形となった。」(大宰府観光協会サイトより)という歴史を持つ城ですが,櫓や天守などというのは残っていません。それでも一度は紹運が見た風景を見てみたいと思っています。
ちなみに今回はまだクロスしません。


 幸いにして太宰府天満宮参道という人通りの多いところでの教育的指導(物理)は,世間体というか先生の教師生命にかかわるということでファーストブリットはもらわずに済んだ。

 ただ,宿に入った時,一気に抹殺のラストブリットへと発展する可能性も無きにしも非ずなのだが……

 

「君は岩屋城の戦いを知っているかね?」

「ええ,大友家家臣・高橋紹運ら七百余名が城に立てこもり,島津方二万の軍勢を相手に半月の間戦い抜き,全員玉砕したものの島津方にも大打撃を与え,その間に豊臣秀吉が来援し主家・大友家を護ったっていう」

 平塚先生の説教が一段落し九州国立博物館に向かう道すがら,先生が戦国の話を振ってきた。材木座ではないけれどもやはり男子たる者,一度は戦国武将に憧れる時があるのだ。その中でも,信長や信玄,秀吉や家康といった有名な大名ではなく,知る人ぞ知る忠義の名将・高橋紹運は中二心をくすぐられ……いや,中二じゃねーし。もう。

「おっ,詳しいな。どうだ?ちょっと行ってみたくないか?」

「えっ?でも団体行動ですよね?」

「なに,点呼の後一旦博物館に入場してしまえば,集合時間までに戻れば分からないさ」

 おいおい,それでも先生かよ。

「どうする?」

 どうするって,聞かれたら……

「はあ,行ってみたいです」

 平塚先生は意外そうな顔で俺に尋ねた。

「ほう,君ならめんどくさいとか言いそうなものだがね?」

「博物館にいてもめんどくさいのは同じですし。それに……」

 気が進まない今回の依頼から離れられる,という言葉が口から出かかったが慌てて止めた。戸部の依頼は直接奉仕部に持ち込まれたものだ。もし先生に黙って勝手に依頼を受けたことがばれたら死んじゃうだろ?主に俺が。ていうか俺が。なんとなれば俺が。

「それに,なんだね?」

 先生,そこは流すところですよぉーーーー

 考えろ,考えるんだ,比企谷八幡!自らの死を回避するために,いつも通り最低で最悪な言い訳を。へらず口を。

「それに……高橋紹運は憧れの戦国武将なので……」

 結構ストレートに思いを語ってしまいました……恥ずかしい。

 平塚先生がじっと俺の目を覗き込んでくる。

 先生まつ毛長いなーとか,やっぱり美人だなーとかなんで結婚できないんだろかなーとかもういっそのこと俺が貰っちゃったりしてもいんじゃないかとか思ってたりなんかしないんだからねっ。

 なぜか平塚先生が少し頬を赤く染めて目を逸らした。えっ,まさか…… いや,まさか……

「コホン,じゃあ,後で連絡するから。そしたら,な?」

「分かりました。では後で」

 そうして俺は先を歩いていた由比ヶ浜たちと合流した。

 

「ねえヒッキー,平塚先生と何を話してたの?」

 ここで本当のことを言えば騒ぎになって,せっかく誘ってくれた先生にも迷惑がかかる。平塚先生がいつも言ってることといえば『婚活』とか『結婚したい』だな。結婚の話をしていたということにしよう。結婚,結婚……

「ああ,平塚先生との結婚の話で……」

 一瞬の静寂の後……

「ええええええええーーーーーーーー!!!!!」

 由比ヶ浜がこの世の終わりが来たかのような絶望的な叫び声をあげた。

「由比ヶ浜,うるさい」

「だ,だってだって,ひひひひひヒッキーとひら,ひら,ひら,ひらっ」

「ひらっひらって蝶々かよ」

「けけけけけけけっこん」

 何を言ってるんだこいつは?平塚先生の結婚話がそんなに珍しいか?平塚先生,『との』,結婚……

 

 この世は終わった……

 

 俺はその場に膝から崩れ落ちた。

 


 

 そこから九州国立博物館までの道すがら,これなら数学のテストで80点を取るためのテスト勉強の方が楽だと言わんばかりの努力をして,なんとか由比ヶ浜の誤解を解いた。

 戸部,すまん。お前のサポートみんな忘れてるよ。

 

 九州国立博物館に入ってしばらく展示物を見ていたら平塚先生からメールがあった。元より他人に存在を認識されにくい俺のこと,トイレに行くふりをして誰にも気づかれずに外へ出た。

 キョロキョロ辺りを見渡していると,

 

「比企谷,ここだ,ここだ」

と,平塚先生が手招きをしていた。

「お待たせしました」

「時間もないからタクシーで近くまで行こう」

 西鉄大宰府駅前のタクシー乗り場まで移動し,ドアを開けて待っていたタクシーに乗り込む。

「岩屋城址まで」

 先に乗り込んだ平塚先生が運転手にそう告げるとタクシーのドアが閉まる……前にもう一人乗ってきて,俺をシートの真中へと押しやった。

「ヒキタニくん,二人っきりで密会?やっぱり結婚の噂は本当?」

「な!?」

 俺の隣には,今回の依頼のターゲットである海老名さんが意味ありげな笑みを浮かべて座っていた。

 


 

 岩屋城址は,天守閣や櫓が残っているわけではない。

 目立つものでは『嗚呼壮烈岩屋城址』と書かれた石碑や高橋紹運と勇士の墓が建っているだけである。

 しかし,よく見てみれば多数の曲輪や竪堀、堀切、畝状空堀群などが残っているのがわかる。

「どうだね?比企谷」

「意外と狭い場所ですね。こんなところに籠って押し寄せる島津軍2万を相手に半月の間持ちこたえたかと思うとその心中いかばかりやと思います。敵から紹運の武将としての器量を惜しまれ降伏勧告が何度も送られても,『主家が盛んなる時は忠誠を誓い、主家が衰えたときは裏切る。そのような輩が多いが私は大恩を忘れ鞍替えすることは出来ぬ。恩を忘れることは鳥獣以下である』と言って断った話は胸に迫るものがあります」

「高橋紹運は敢えて島津勢が最初に攻撃するであろう岩屋城に入って迎え撃ったということだ。息子の立花宗茂や味方の黒田如水らが岩屋城が防衛に向かないために城を捨てて撤退せよと言ったらしいんだがね,この先に島津軍が進むであろう立花城には宗茂が,また宝満城には、紹運の妻や次男の高橋統増、岩屋城から避難した非戦闘員(女・子供)もいたから秀吉の援軍を待つ間の時間を稼ぐために死を覚悟してここに陣を敷いたのだろうね」

 平塚先生は煙草の箱を指でトンとたたいて一本取り出し,口にくわえようとしたが,この場で吸うことを躊躇われたのか,また箱に戻していた。

「君は紹運のことをどう思う?」

「主家に尽くす戦国武将の鑑というところですかね。俺にはそんな社畜みたいなことはできそうにありませんが」

「紹運にとっては自分がここで命を賭して戦うことが一番効率がいいとでも思ったのかな。誰かさんのように」

 平塚先生の視線が俺を射す。その眼を見ることができずに俺は返事をする。

「家族を守るためにそれが一番効率がよい方法だったとしたら,仕方なかったのかもしれません」

「だが実子の立花宗茂だって何度となくこの城が守るには適していないからと退去するように言ってきた。それを痛ましく思う者はいるんだ。戦国時代であっても,今でも」

 誰に向けて語ったのか分からない言葉を残し,もう少し下の方を見てくると言って先生は離れていった。

 代わりに赤い縁のメガネのフレームを反射させ,海老名さんが俺に近づいてきた。

 


 

「海老名さんが腐女子なだけじゃなくて歴女だったとは知らなかったよ」

「失礼だね,ヒキタニくんは。私だって歴史ロマンに想いをはせることだってあるんだよ?」

 考えてみれば,今回の依頼,戸部の話はたくさん聞いて対策を考えたが,肝心の攻略対象である海老名さんのことは腐女子であること以外何も知らなかった。

 海老名さんだって普通の女子で,当然腐女子以外の顔も持っているというのに。

「やっぱり,立花道雪と高橋紹運ってデキてるよね?道雪が紹運にお前のムスコをくれと迫ったって,キマシタワーーーー!!!」

 前言撤回。この女子は100%腐ったものでできてました。こら,尊い場所を鼻血で汚すんじゃない。

「ほれ,ティッシュ」

「はりがとー」

 海老名さんは鼻にティッシュを詰めたまま俺に話しかけてきた。

「ヒキタニくんもとべっちのこと絡んでるの?」

 驚いて彼女の目を見る。ただ,日の光を反射させたメガネのレンズは,その瞳を窺うことを妨げていた。

「え,海老名さん?」

「あ,ヒキタニくんととべっちの濃厚なくんずほぐれつの絡みの話でもいいけど?」

 そんないつも通りの彼女の言葉も今はそのままの意味ではとらえられなかった。

「知ってたのか?」

「分かるよ。女の子って敏感なんだよ?周りが浮足立ってるのとかさ,空気みたいなのを感じちゃうんだよ」

ほんの少し苦笑いを浮かべながら,

「結衣なんてわかりやすいから」

と付け加えた。

「分かってるならぶっちゃけて聞くけど,どうなんだ?」

 彼女は首を激しく横に振った。

「無理無理。ヒキタニくんだって分かってて聞いてるでしょ?」

「そんなことは」

「あるよ」

「戸部も悪い奴じゃないと思うがな」

「とべっちがもし“悪い奴”なら,私とっくにあのグループ辞めてるよ。でもね,違うの。そうじゃないの」

 大宰府の町の方へ顔を向けた彼女の眼差しは,その向こうにあるさらにどこか遠くを見ているようで。

「ヒキタニくんはさ,結衣と付き合わないの?」

 

「はああああ!?」

 

 なぜ由比ヶ浜?今,由比ヶ浜?

 

「えええ海老名氏はナニ,ナニ,ナニをおっしゃられているでおじゃるか?」

「ヒキタニくん,キャラがブレブレだよ……」

 

 彼女は人差し指で眼鏡の赤いフレームをずいとあげて続けた。

 

「だってあのおっぱいだよ?顔も可愛いし性格も素直だし,明るいしそしておっぱい」

 おっぱいが二度出てきた。それだけ大事なんですね分かります。

「なによりヒキタニくんのことをずっと一途に想ってる」

 は?この子はナニ言ってるの?

「そんなわけ」

「あるよ」

 俺が否定しようとする前にキッパリ断言されてしまった。

「ヒキタニくん,分かってて言ってるよね?」

 眼鏡の奥の瞳が俺を射抜くように見つめている。

「いくら他人の悪意に敏感で好意に鈍感な君とはいえ,さすがに結衣の態度はあからさますぎて否定なんかできないよね?それに今後あんな子と付き合える機会なんて終生ないかもしれないよ?」

 何だよ,俺,ここで一生分の恋愛運を使っちゃうのかよ!さすがにそれは……そうかも知れない。

「ヘイ,ユー!ユイはイイコだし付き合っチャイナ」

「そんなこと言ったってそう簡単なことじゃないだろ?」

「とべっちはいいやつだから付き合ったらって言うのに?」

「……」

 返す言葉がなかった。俺は,俺たちは自分なら決して肯定できないことを彼女に押し付けようとしていたことに今さらながら気が付いた。

「すまん,降参だ。俺が悪かった」

「いいよ。気にしてないから。とべっちは確かにいい人だと思う。ちょっと騒がしくて空気読んでるようで読み切れなかったり軽薄だったりするけどね」

 それはもうどこまでいい人なのか分からないんですが?

「私ね,今の関係が割と気に入ってるんだ。隼人くんのうすら寒い笑みにイラっとして,優美子の威張り散らしにイラっとして,結衣の空気を読んだあいまいな態度にイラっとして,とぺっちの軽さにイラっとして,大和くんの優柔不断さにイラっと来て,大岡くんにイラっと来たりするけれど」

 いやいや,もうイラっとしかしてないよね?大丈夫なの,君のグループ。てか,大岡,存在そのものにイラっとされてるぞ。

「それでも,私は今のグループが好き。こんなの初めてなんだ。私にとって初めての,奇跡みたいな場所なんだ。私とか隼人君とか優美子とか結衣とかとべっちとか大和君とか大岡君みたいなやつが,我慢せずありのままでいることが許される奇跡みたいな場所なんだ。だから……絶対壊したくないんだよ!」

「おいおい,それは友達が少ないやつがいうセリフだ」

 芝居がかった叫びから一転,鼻に詰めたティッシュを外し,素に戻る海老名さん。

「ふふふ,やっぱりヒキタニくんは分かってるなあ。ヒキタニくんだけだよこういう話できるのは」

「そうか?戸部だって好きな相手の趣味なら分かろうと努力するんじゃないか?」

 材木座でもいけるんじゃないか?ということは稲積水中鍾乳洞の奥に隠して彼女に問いかけてみた。

「無理無理。私ね……聞いちゃったんだ。とべっちが大和くん大岡くんと話してるのを,偶然」

 海老名さんは,一つ一つを思い出すように,少し間をおいて話を続けた。

「とべっちが私のことが気に入ってるみたいなこと言ったら,二人のうちのどちらかが,でもあの趣味はどうなん?って聞いたんだよ。そしたらさ」

 海老名さんはさらに間をあけて,戸部の口調を少し真似ながら言った。

「大丈夫大丈夫。俺の愛の力で変えてやるっしょー,ってね」

 こっちを見た彼女の瞳は,何やら悲しげだった。

「別に私の趣味とかそういうのは分かってもらわなくたっていいんだ。でもね,どうして変わらなきゃいけないの?どうして変えられなきゃいけないの?どうして今の私をそのまま受け入れてくれないの?」

 彼女はそこまで言うと,ふぅと軽く息を吐いて,

「だから,とべっちとは無理。彼とは付き合えないよ。やっぱり……」

海老名さんは俺に仄暗い笑顔で言った。

 

「私,腐ってるから」

 

 けど,の後,彼女は言葉を続けた。

 

「私,ヒキタニくんとならうまく付き合えるかもね」

 

 そう言った彼女の顔を,目を見て俺はドキッとした。

 

「冗談でもやめてくれ。あんまり適当なこと言われるとうっかり惚れそうになる」

「惚れたっていいんだぜ?その代わりに聞いてもらいたいお願いがあるんだけど」

「やっぱり美少女のお願いには裏があるんだな。ラッセンの版画なら買わないぞ。親父にきつく止められてるんだ。俺みたいになるなってな」

「美少女!?」

 クソ親父の話にドン引きするかと思ったのだが,海老名さんはなぜか少し頬を赤らめているようだ。

「そうじゃないよ。ヒキタニくんに依頼」

 彼女はふぅと小さく息を吸って続けた。

 

「とべっちの告白を止めてほしいの」

 

 俺は,彼女になんと返したらいいのか,にわかには分からなかった。

「とべっちが告白したら今のグループ壊れちゃうよ。それは……嫌なの」

「壊れるかどうかなんて分からないだろ?」

「分かる!分かるよ……だって」

 

「……私が壊すから」

 


 

 俺は,彼女のあまりにも深い闇をたたえた真剣な目に,つかの間何も言葉を発することができなかった。

 

「それは依頼なのか?だとしたら俺だけじゃどうにもできないぞ。そもそも奉仕部は戸部の告白のサポートをするって依頼を受けちまってるし……」

 海老名さんが,俺に近付き,手を取って言った。

「違うよ。これは比企谷八幡くんへのお願い。奉仕部じゃない。君個人へのお願い」

 握られた手が熱い。俺自身の顔も熱さを増しているのが分かる。

「個人というならそのお願いを聞かなければならない理由はないよな?報酬があるわけじゃないし」

「そう。じゃあ報酬は先払いするね」

 そして彼女は眼を瞑りそのやわらかい唇を俺の唇へと重ねた。

 一瞬自分の身に起きていることが何なのか分からなかった。それから,俺にとっては永遠とも思われるような時間,彼女の唇は押し当てられたままだった。

 ようやく思考を取り戻した俺は,彼女の両肩を掴んで引き離した。

 

「おっ,おまっ!」

「へへへ,キス,しちゃったね」

「しちゃったねじゃねえよ!なんでこんなこと……」

 顔を真っ赤にしながら少し微笑む彼女の意図を,俺は全く読めないでいた。

「言ったじゃない。依頼の報酬の先払い」

「そんなのもらったって上手くいくとは限らないぞ」

「上手くいかなかったなら上手くいかなかったでいいんだ」

「それじゃ前払いされた報酬を返すことなんでできないぞ」

「大丈夫だよ。これはうまくいかなかった時の保険でもあるんだから」

 保険?何の?俺には意味が分からなかった。

「こんな美少女のファーストキスがもらえるなんてとんだ果報者だぞ……と言いたいんだけど,ごめんね。私,初めてじゃないんだ」

 うつむき加減になった彼女は,少し苦しそうに話し始めた。

 

「昔ね,一つ上の先輩に告白されたことがあったの。私はその先輩のことをなんとも思っていなかったから当然断るつもりでいたんだけど,周りにいた人たちがその人の後押ししてて,なんかその人自身も勝手に盛り上がっちゃって告白の返事を聞く前に無理矢理私にキスしたの。周りの連中は告白が成功したと思ってはやし立てるし,私は突然のことにびっくりして泣き出したのに,その人はうれし泣きだと思ってさらに続けようとするしで」

 何かを思い出すかのように彼女はいったんそこで言葉を区切り,そして,

「泣き叫びながらそこらにあった石つぶてを手に取って思いっきり殴りつけたんだ。二度,三度と」

 ごくり,と,俺が息を呑む音が辺りに響いた,気がした。

「初めはまわりも笑ってたんだけど,頭からの出血が酷くて大騒ぎになっちゃった」

 彼女は上を向き,その表情をうかがい知ることはできない。

「私を止めた人たちが言うの。『たかがキスくらいで何てことを!』って。笑っちゃうよね。たかがキス?そいつらもぶん殴ってやろうと思ったよ。羽交い絞めにされてたからできなかったけど。その後,私は咎められなかったんだ。だってそいつのやったことって今でいう強制わいせつじゃない?事を穏便に済まそうとそいつは転校して私はその学校に居続けた。だけど,私の周りには誰もいなくなった。友達も,誰も彼も。褒められも,罵られも,いじめられすらされずずっと避けられてた。そんなことなら私が転校していきたかった。だから私は勉強して,その中学校からはほとんど進学する人のいない総武高校に入学したの」

「そのへんは俺と似てるんだな。俺も同級生が進学しないって理由で総武受けたから」

「そうなの?やっぱり私たち上手くやっていけそうじゃない?」

 そうやって笑う彼女の真意を未だに掴みかねていた。

「もう一人は嫌なの。たとえそれが仮初めでも,それが本物でなくても,今のグループを壊したくない。それでも壊れるんだったら」

 少しだけ,間をあけた後海老名さんは続ける。

「君が私の居場所になって。君が私のそばにいて。だからこれは保険」

 そして彼女は自嘲気味に吐き捨てた。

 

「ね?だから言ったでしょ。私,腐ってるって」

 

 そんな海老名さんの言葉を,否定も肯定もできなかった。

 

「俺もよく腐ってるって言われる。腐った魚のような眼をしてるってな」

「やっぱり私たちってお似合いじゃない?もう依頼とか関係なく付き合っちゃおか?」

「よしてくれ。冗談が過ぎる上に,俺が戸部に殺されて千葉の地を二度と踏めなくなっちまう」

「冗談……か。確かにファーストキスじゃないけど,女の子のほうからキスするのってすごく勇気がいるんだよ?それを冗談だと言うの?」

 少し怒り気味の海老名さんに,俺はしまったと思った。

「すまん。冗談と言ったのは失言だった。俺も恋愛経験がないから,どう言っていいのか分からなくて……。ちなみに俺もファーストキスじゃないぞ」

「え?うそ……」

 何,その信じられないものを見るような目つき。俺にキス経験があったらダメなんだろうか。

「結衣?雪ノ下さん?それとも本命の隼人くん?」

 葉山は勘弁してくれ。戸塚ならウェルカムだが。

「あと,小さいころに妹ちゃんとしたってのはノーカンだからね」

「チッ」

「そんなことだろうと思ったよ」

「だったら」

 勝ち誇ったように笑みを浮かべる海老名さんに俺は言った。

「海老名さんのもノーカンだろ?犬に噛まれたようなもんじゃないか。もっとも血だらけになったのは相手だがな」

 そう言うと,海老名さんは大きく目を見開いて俺の顔をじっと見た。

「それじゃ,さっきのが,ファーストキス,だね」

 心なしか彼女の目が潤んで見えた。

「……そう……だな」

 彼女の顔は真っ赤になっていた。たぶん俺もそうなのだろう。

「比企谷くん,さ」

 俺に呼びかけるや否や彼女は両手で俺の右手を掴み自分へと引き寄せ,自らの胸に俺の手を押し付けた。

「ん……」

 目をつぶったまま少し声を上げる海老名さん。ヤバいヤバい!何がヤバいかってとにかくヤバい!

「ごめんね。結衣ほどおっきくなくて。でもこの体に触れたのは君が初めてだから……」

 紅潮した顔でそんなことを告げる海老名さん。

「ね。こんなにドキドキしてる……」

 激しい鼓動が彼女のものなのか自分のものなのかは分からなかった。だが,潤んだ瞳で見上げる彼女に惹きつけられるように再び唇を重ねあった。

 


 

「おーい,そろそろ帰るぞー」

 遠くから聞こえてきた平塚先生の声に,海老名さんは自分に押し付けていた俺の手をパッと離し赤い顔のまま下を向いた。

 先生の呼びかけが良かったのかそうじゃなかったのか,たぶんその両方の気持ちが頭の中でゴチャゴチャになったまま,海老名さんの手をつかんで,

「ほら,行こう」

と彼女を引っ張った。彼女は,突然のことに驚いていたが,何も言わず連れられるままタクシーが待つ道路へと下りていった。

 

 帰りのタクシーは平塚先生が助手席で,後部座席は海老名さんと俺の二人。海老名さんは終始無言で下を向いたままだった。

 


 

「あー,ヒッキーこんなとこにいた!探したのにずっといなかったじゃん!」

 葉山グループの面々と一緒に戻ってきた由比ヶ浜が俺の横に座る海老名さんの姿を見て訝しげな顔で尋ねてきた。

「姫菜……どうしてヒッキーと二人で?」

 俺は,事前に考えておいた言い訳を言葉にした。

「あー,海老名さんが具合悪そうにしてたから先に戻って休んでもらってたんだ。それに二人じゃないぞ。平塚先生も一緒だ」

 後ろのほうのシートの座席を最大限倒して寝ていた平塚先生がむくりと起き上って歩いてきた。

「ああ,本当だ。私も彼らと一緒にいたよ」

 その設定で具合の悪い生徒をほったらかして後ろで寝ているというのはどうなんだ?という疑問はさておき,平塚先生がそう言ったことで由比ヶ浜もしぶしぶ納得したようだった。

「海老名さん大丈夫?ちょっと顔が赤いっしょ。熱ある系な感じ?」

 言い方は軽いが戸部は本気で心配しているようだ。ドンマイ,戸部。

「ううん,大丈夫だよ。朝早かったし,ちょっと疲れただけだと思う。ここで休んでたらだいぶ良くなったかな」

 

「ちょっとヒッキー」

 由比ヶ浜に袖を引かれ二人でバスの外に出る。

「なんでヒッキーが姫菜の看病なんかしてるわけ?」

「何でって、俺が海老名さんが辛そうにしてるのを見つけたから」

「そん時にとべっちに知らせてあげたら二人きりにできて,いい感じになったかもしれないのに」

 俺は由比ヶ浜のその言葉に少し腹が立ち,少し強めに反論した。

「は?海老名さんが俺の目の前で具合悪そうにしてるのに,依頼の方を大事にしろと?それとも俺が海老名さんの心配をしちゃいけないの?」

「そういうこと言ってるんじゃないじゃん!とべっちの気持ちを考えたらさあ」

「お前さ,戸部のことばっかり言ってるけど,海老名さんの気持ち考えたことあんの?」

「え?」

 海老名さんの本心を伝えるわけにもいかず,その言葉を口にした俺は,内心焦っていた。

「い…いや,気分が悪くなった海老名さんの気持ちをだな。一刻も早く休みたいだろうにと思ってな」

「でも……」

「でもじゃねえよ。もっと人の気持ち考えろ」

 

 恋愛優先で友達の体調を気遣えない由比ヶ浜の言葉に苛立ちもあった。だが,一番嫌悪していたのは,嘘に塗れた言葉で由比ヶ浜を責めたてる俺自身だ。人の気持ちを一番考えるべきなのは俺なのだ。

「ヒッキー……」

「この話は終わりだ。バスに戻るぞ」

 自分の気持ちを悟られぬよう強引に話を打ち切ってバスに戻る。

 

 その後,福岡市博物館で有名な志賀島の金印を見たり,福岡タワーと博多ポートタワーのタワーのハシゴという謎の行程を経て,1日目のホテルにたどり着いた。

 

 疲れた。とにかく疲れた。

 

 早く風呂に入りたい。戸塚と。

 



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まちがいだらけの修学旅行3~博多酒乱編

3話目です。
京都では天下一品総本店に向かった一行でしたが,宿泊先が博多になったので屋台になりました。
博多の屋台,楽しいですよねー♪
行ったことないけど……
なので,特定の屋台を想定したものではありませんので悪しからず。
あ,首トンは大変危険な行為ですので絶対に真似しないでください。
まだクロスにならないよ……


 ホテルで飯を食った後,疲れからかうっかり寝落ちしてしまい,戸塚との貴重な混浴タイムを逃してしまうという大失態を犯してしまったり,その後材木座や戸塚とUNOをして過ごしていたはずなのだが……

 

 なぜか今,平塚先生と雪ノ下と3人,中洲の屋台でラーメンを食べている。

 

 どうしてこうなった!?

 


 

 もちろん博多といえばラーメン,とんこつラーメンの聖地ともいえる場所でラーメン大好き比企谷さんともなれば気にならないはずもなく,平塚先生の口止め料という名の強制連行もさほど嫌だったわけではなかった。

 俺と一緒にロビーにいたがために道連れになった雪ノ下にはお気の毒だが。

 ただ誤算だったのは,ここが屋台ということだ。

 単にラーメンだけではなく,焼き鳥やホルモン,おでんなども置いてあるのである。ちなみに明太入りの玉子焼きはうまかった。

 問題は,それらがツマミであり,普通に一杯ひっかける人もたくさんいるのだ。

 初めはラーメンだけを食べていた平塚先生も周りの酔客の「若い」「綺麗」「(雪ノ下と)美人姉妹」との声と一杯どうぞの勧めに抗しきれず,「お嬢さんもう一杯いきんしゃい」が2杯,3杯となり,完全に酩酊状態に陥ってしまっているのである。

「ひきがや~~~わらしはなんで結婚れきないんらぁ?」

 左手で俺を抱え込むように自分に引き寄せる平塚先生。男子の夢が詰まったその膨らみが俺の顔に押し付けられる。思春期の高校生男子からすれば夢のようなシチュエーションだが,残念ながら相手は教師であり,泥酔して酒臭い女なのだ。八幡,ぜんっ然喜んでなんかいないんだからね。

 雪ノ下はこめかみを指で押さえている。

「こんなお酒の飲み方をしているから結婚できないのではないかしら」

 おい!恐らく全員が全員そう思っているだろうが,あえて口に出して差し上げるな。

「卑猥谷くんもそのデレデレした顔をなんとかしないと通報するわよ」

「おい,俺はデレデレなんかしてないぞ」

「なんだぁ~~~比企谷もオトコノコなんらなぁ。わらしにデレデレしてるんら。ホレホレ,おっぱいらろ。わらしと結婚したら毎日好きにし放題らぞ」

 さらに顔にバストを押し付けてくる先生。らめえ~~~このままだと貰っちゃう~~~

「雪ノ下,うぷ,お前のせいで,エスカ,レートしてっ。なん,とかしてくっ」

「あら,あなたはそのままバストに埋もれて窒息死できれば本望なのではなくて?」

「じょう…だん…じゃ…」

 ああ,なんかお花畑の中に羽の生えた戸塚と小町が見えてきた。天使が迎えにきたということは,俺はいよいよ天国に召されるのか……

「何言ってるの。あなたが召されるのは地獄に決まっているわ」

 そう言って雪ノ下が平塚先生の首の後ろを手刀で,とん,と叩くと平塚先生は力なく気を失った。

 雪ノ下さんパねえっす。合気道をやるとは聞いていたが,もう達人レベルっす。

 

 で、これどうするのん?

 

 グッタリした平塚先生をタクシーに乗せ、とにかく宿舎近くまで戻ってきた。

 だが,先生と生徒が外出して先生の気を失わせてしまったという事実は、それをやったのが俺じゃなくても有罪判決を受けるのは俺だということが文化祭等で証明済みである。タクシーを夜中に横付けするような目立つことをするわけにもいかず、少し離れたところから雪ノ下の先導で誰もいないのを確認しつつ平塚先生を背負って歩く。俺が。

 平塚先生の気を失わせた本人は平然と一人で歩き、俺はふぅふぅ言いながら一歩一歩進んでいるのである。

 何かが理不尽だ。

 しかし、こうして思うのは、普段あんなに大きく見える平塚先生が、背負ってみると意外と軽かったりするということ。いやもちろん背中に当たる2つのゲフンゲフンはもちろん大きいのだが……

 雪ノ下、なんで俺を睨む。

「寂しいよ……みんなわたしを置いて……」

 いつもの格好良さのカケラも見せない,泣き声も混じる弱々しい声でうわ言のように先生が呟いた。

そうなのだ。

 この人は,単に独身が寂しいというだけではなくて、毎年毎年多くの生徒と出会い、その数の分だけ別れを繰り返しているのだ。

 雪ノ下さんのように卒業してからも頻繁に顔を出す人なんてほんの一握りで、みんなが巣立った後もこの人はそこに留まり続け、また別れを迎えるために出会いを繰り返す。

 あんなに結婚したい結婚したいと言っているのは、移ろいゆく出会いと別れの中で,たった一つでもいい、変わらない確かなつながりを求めているからなのかも知れない。

 俺は雪ノ下に聞こえない小さい声で平塚先生に囁いた。

「……大丈夫です。俺はずっとそばにいますよ」

 


 

 なんとか無事に平塚先生の部屋にたどり着き、先生をベッドに寝かせて俺も部屋に戻る……はずだったのだが、なぜか先生を下ろそうとした時にそのまま抱きつかれ、ベッドインしてしまっているのである。

「この準強制性交谷くんは、とうとう越えてはならない一線を越えてしまったのね」

「おい、そのスマホの緊急ダイヤルを呼び出すな。だいたいお前一部始終見てだだろ」

「わたしが見たのは、酔って意識のない平塚先生を準強制性交谷くんがベッドに押し倒したシーンよ」

「話が全く逆だろ!あと名前、語呂悪すぎ」

「そんなの振りほどいて早く出てくればいいじゃない」

「それが、意外と力強くてなかなか抜け出せないんだ。なんか力が入らないように極められているかのような」

「そろそろ戻らないと班の人に怪しまれてまた変な噂が立ってしまうのだけれど」

「変な噂?」

 俺が疑問に思い聞き直してみると、雪ノ下が顔を真っ赤にして慌てて言った。

「あ、あなたには関係ないわ。ただ、クラスの女の子はみんな恋愛の話で盛り上がったりするものだから……」

「今の話が何で恋愛につながるのかよく分からないが……平塚先生の方は、力がゆるくなったら抜け出して部屋に戻るから、お前は先に戻ってていいぞ」

「あなたは……!そんなこと言って二人だけになったら本当に先生を襲うつもりなのではなくて?」

 そう言った雪ノ下の表情は『祈りなさい,せめて目覚めた時に命があることを』とか言って,全てを一瞬で急速冷凍せんばかりの冷たさである。

 あまりの寒さに布団を被って寝てしまいたいところだが、今ここでそれをすることはすなわち「死」そのものを意味する。

 まさに前門のスノーレパード、後門の大虎といった体で進退極まってしまった感じだ。

「私が先生の秘孔を突いて力を抜かせるからその間に抜け出しなさい」

 お、おお。雪ノ下は北斗神拳の使い手にもなっていたらしい。一子相伝だから姉妹の争いとかあるのだろうか?

 ま、雪ノ下さんがジャギということもなかろうから、やっぱラオウなんだろうな。雪ノ下が王道ならあの人は覇道を行くイメージだ。

 雪ノ下が先生の背中のあたりの秘孔?を一突きすると先生の力が緩み、抜け出せる状態になった。

「雪ノ下、サンキュな」

 小さな声で雪ノ下に感謝の気持ちを伝え、平塚先生の拘束から抜け出してベットを降りようとしたのだが、ズボンの裾を掴まれ、

「行かないで……」

と眠りながら涙を流していた。

 おいおいおい!

 なにこの破壊力!

 なにこの可愛い生き物!

 これを足蹴にしながら振り払って去ることのできる男がいたらそいつはクズだ!

 もう俺がもらっちゃってもいいかなーと思っていたところ、そんな先生の姿を見た雪ノ下は頭を押さえて首を振っていた。

「なあ、雪ノ下……」

「分かったわ。平塚先生が落ち着くまで添い寝を許可します。ただし……」

 小さくずうーっと息を吸って言葉を続けた。

「私もこの部屋にいるわ。その,万が一とはいえ間違いがあってはならないし」

「おい、万が一にも俺がそんなことするはずが……」

「それに」

 俺の反論を遮って雪ノ下が続けた。

「仮に何もなかったとしても、二人でいることが分かれば事実はどうあれ周りはそういう目で見るでしょうね。そしてどんなに言葉を重ねようともそれが真であることの証明はできない」

 たしかに雪ノ下の言う通りだ。いくら俺が何を言おうと男女が深夜二人きりでいるということは、世間から見れば何かがあったに違いないと見られてしまうものだ。

 ましてや俺は文化祭で学校1の嫌われ者になった男、かたや結婚に飢えたアラサ……ブフォウア!

 なんか平塚先生の裏拳が飛んできたんですけど!

 よく心の中を読まれるのはあるが、寝ていても分かられちゃうの!?

「とにかく,そんなことになったら奉仕部の部長として責任を持って備品を処分しなければならなくなるわ」

 怖い,怖いです雪ノ下さん!あと怖い。

「……平塚先生も教職を続けられなくなる」

 あっ,と大声を出しそうになって慌てて自分の口を塞いだ。そうだ。修学旅行で男子生徒と同衾なんて破廉恥極まりない事態だ。このことが知れたら教育委員会は黙っていないだろう。どんな言い訳をしたところで許されるものではない。謹慎くらいで済めばよいが,例えそうだとしても結局いろんな圧力がかかって自ら職を辞するよう追い込まれていくのだろう。

「じゃあ,一刻も早くここを出ないと……」

「それも駄目ね。こんな夜中に部屋から出ていくところを見られたらそれこそアウトよ。たぶんまだ眠っていない生徒だって多いと思うわ」

 一緒にいるのもダメ,出ていくのもダメ。それじゃいったいどうすれば……

「だからしばらく私もここにいることにするわ。万が一誰かに見つかっても私が証言すれば何もなかったことを証明できるし,奉仕部の関係で平塚先生に呼ばれて話をしているうちに寝落ちたことにしておけばいいから」

 なるほど,さすが雪ノ下だ。これなら平塚先生にとっても俺にとっても一番いい答えのように思える。しかし……

「雪ノ下,お前は大丈夫なのか?今日だって疲れただろ?早く部屋に帰って寝たほうがいいんじゃないか?だったら,今,二人で部屋を出れば誰かに見られたところでさっきと同じ言い訳ができるんじゃ……」

「だっ,だめよ。こんな深夜に二人でいるところを見られたら,クラスの人にまた……」

 怒っているのだろうか。顔を真っ赤にして俺の言葉を否定する雪ノ下。しかし,また,とは?

「とにかく,平塚先生が離してくれるまであなたは先生のそばにいなさい。とりあえず電気を点けたままだと外から見られるかもしれないから暗くするわね。後で起こしてあげるから少し休むといいわ」

「わり,雪ノ下。そうさせてもらうわ。んじゃ頼むな」

 そうして部屋が暗くなり,平塚先生の横に添い寝をしているうちにだんだん意識が遠ざかっていった……

 


 

 知らない天井だ……

 

 ま、初めて泊まるホテルだから当たり前なのだが。

 眼が覚めるといつのまにか夜が明けていた。

 アレ?雪ノ下,落ち着いたら起こしてくれるんじゃなかったのか?

 疑問に思い横を向くと,雪ノ下が同じ布団で寝ているのですが!

 すぅすぅと可愛い寝息をたてて眠っていらっしゃるのですが!

 むっちゃいい匂いするのですが!

 てか,横を向いたらもう5センチくらいしか距離がないんですが!

 唇が触れてしまいそうな距離なんですが!

「ん,ううん……」

 ゆ,雪ノ下!動くな!そんなことしたら……

 ん……!

 


 

「ひっ!」

 目を開けた雪の下が叫び声をあげそうになったので,慌てて手で口をふさぎ,体を押さえつけた。

 今,この状態で声をあげられて,外から人が来てはいろいろと終ってしまう。主に俺が。

「ん~~~~~~~~」

 手足をバタバタしながら雪ノ下が声にならない声を上げているが,この手を外すわけにはいかない。

「おとなしくしろ,雪ノ下。お願いだ,分かってくれ」

 俺がこの状況を飲み込んでもらえるよう懇願すると,ようやく雪ノ下は動きを止め静かになった。

「んんん,んんんんんんん」

「何だ,雪ノ下。何か言いたいことがあるのか?」

「んんんん,んんんんんん」

 俺が手で口をふさいでるから当然しゃべれないわな。たぶんこれ以上大声を出す恐れがないのを見て取って,雪ノ下の口を解放することにした。

 俺の下で横になったままの雪ノ下が口を開いた。

「あなたの……あなたの気持ちは分かったから乱暴はやめて」

 多少の罵倒は覚悟していた俺だが,俺の行動の意図が伝わりホッとして言った。

「すまなかった。でも俺の気持ちを分かってもらえてうれしいよ」

 柄にもなく素直な気持ちを口にしたら,雪ノ下が俺の頭の後ろに両手を伸ばし,目をつぶって俺をその桜色の唇へと導いた。

 えっ!?えっ!?えっ!?

 はちまんはこんらんしている。

 そして,まさにその唇に吸い寄せられようとする瞬間,

「ほほう。教師の部屋で不純異性交遊とはいい度胸じゃないか,比企谷。そもそもお前たちは何でこの部屋でそんなことを……」

 指をポキポキと鳴らし見下ろす先生に,

「平塚先生!」

「ひゃい!?」

 先生は,俺と雪ノ下の怒気を含んだ声に間抜けでかわいい声を上げながら後ろ向きにもんどりうって倒れてしまった。

 


 

 そして今,仁王立ちの雪ノ下とその横に立つ俺が見下ろす先で,平塚先生が絶賛土下座謝罪中である。

「比企谷,雪ノ下,本当にすみませんでした!教師としてあるまじき醜態をさらしご迷惑をお掛けしました」

 普段のカッコいい先生とはかけ離れた姿にいたたまれない思いをする俺だが、雪ノ下の表情はまさに怒り心頭である。

「もしこのことが他の先生方や教育委員会に対して明るみになったらどうなるか分かりますか!」

「はい……まことに申し訳ありません」

 青菜に塩をかけたようにうなだれている先生。あんまり責めるとますますしおらしくなって、うっかり俺がもらっちゃいそうになるのでここらでやめさせないとまずい。

「まあ、雪ノ下、先生も日頃のストレスとかいろいろあって溜まってたんだろうからその辺でいいんじゃないか?」

「比企谷……」

 先生が目を潤ませて俺を見つめる。ヤバい。破壊力ハンパない。そして消え入りそうな声で尋ねてきた。

「その、比企谷……一つ聞きたいんだが、昨日、私と一緒に寝ていたということは、あの……二人の間で間違いが起きたりとか……」

「そんなわけないでしょう!何のために私がここにいる羽目になったと思ってるんですか!」

「チッ」

 おいおい,今この人舌打ちしたよ!?さっき少しでも可愛いと思ってしまっていた俺の純情を返せ!

「ところで,君たちはさっき何をしていたのだね?私にはキスをしようとしていたように見えたのだが……」

「な……そんなことあるわけがないじゃありませんか!こんな死んだ魚のような腐った男にファーストキスを捧げるなんてありえません!」

 おい,腐った男って何だよ!俺はゾンビじゃない!せめて腐った目にしてくれ,という突っ込み以前に,さっきの雪ノ下の行動が何だったのかと思い返していた。

 やっぱりアレは雪ノ下が寝ぼけていたということなのだろうか?

 だがそれ以前に,アイツのファーストキスは……

 いやいや,アレはアイツが眠っていたのだからノーカンだ。ファーストキスに並々ならぬ思いを持っているであろうアイツがあのことを知ったら,俺を殺して自分も死ぬとか本気で言いかねん。このことは俺だけの胸の内にとどめ墓場まで持っていくしかない。

 

「だいたい先生は本当に反省しているんですか?さっきの舌打ちだって……」

 雪ノ下の説教が続いていたが,いつまでもこの部屋にいるわけにもいかない。

「おい雪ノ下,そろそろ部屋に戻らないとまずいんじゃないか?もう朝食の時間になるし」

「わ,分かったわ。それでは先生,この続きは後にさせてもらいます」

 続くのかよ……先生,ご愁傷様です……

「それと,先生,私は奉仕部の話をしていて先生の部屋で寝落ちたことにしておいてください。でないとクラスがまた騒がしくなるので」

「俺はどうするんだよ」

「そうね。この部屋にいたというといろいろと面倒なことになるから,一晩中墓場で彷徨っていたことにすればいいのではなくて?」

 だからゾンビじゃねえっての!

 



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まちがいだらけの修学旅行4~豊後旅情編

4話目です。
混迷してますね(苦笑)
今回登場する日田の田舎のほうに作者の実家があります。
土日はバスも来ない田舎です。
ちなみに駅前の食堂は「寶屋」と言って70年の歴史を誇る老舗です。
名物は「日田ちゃんぽん」だそうで。
2年前くらいに食べたけど,自分の小さいときにはそんなメニューなかったような気がしたけどなあ(笑)
日田は焼きそばでも有名ですね。想夫恋という店が日田焼きそばの元祖ですよ。ちょっとお高いのが玉に瑕ですが。
クンチョウ酒造の酒蔵資料館やサッポロビール工場,そしていいちこの日田蒸留所と平塚先生にはぜひまた新婚旅行でお越しいただきたいです。
温泉好きならぜひ日田と湯布院の間にある天ケ瀬温泉にもお立ち寄りいただきたいです。
観光地化されてないひなびたいい温泉街ですよ。
河原の温泉も有名です。


「八幡,夕べ帰ってこなかったけどどうしたの?」

 

 朝食会場でおきゅうとを食べていたら,戸塚が夕べのことを本気で心配してくれていた。ちなみにおきゅうととは福岡の朝によく食べられる,海藻を煮溶かして固めたものだ。ほとんど水分で栄養はあまりないが独特の食感がなかなかだぞ。

 そして,この天使の顔を曇らせたヤツ,万死に値する!

 俺だった……やっぱり俺はゾンビになる運命なのか……

「ああ,ジュースを買いに行ったら平塚先生に会って長々と話をしていたら消灯時間になってな,違う部屋に戻ってしまったんだが持ち前のステルスヒッキー・アドバンスが発揮されて誰にも気づかれずに一晩過ごしちまったんだよ」

「フフ,何それ」

 良かった。天使に笑顔が戻ってきたよ。

「でも,僕,本気で心配したんだからね。もうこういうのはだめだよ!」

 プンプンって擬音が本当に聞こえそうな感じで頬を膨らませて怒る戸塚もかわいい。とつかわいい。戸塚にこんな顔をさせてしまった以上,もう俺が責任とって戸塚をもらうしかないよね?もう戸塚エンドでいいよね?

「この男はなに気持ち悪い顔をしているのかしら?」

 なぜかJ組のはずの雪ノ下が俺たちの席の前に座った。

「おいどうした?お前クラスが違うだろ?それともアレか。俺と戸塚の仲に嫉妬して邪魔しに来たのか?」

「もう八幡ったら」

 照れる戸塚もかわいい。やっぱりとつかわいい。

「まったくこの男は……」

 雪ノ下が頭を抱えて嘆きの言葉を発する。

 クラスの方でもう食べてきたのかと思ったが,雪ノ下もどうやら一緒に食べるらしい。

「グループのメンバーから追い出されたのよ」

「なに?いじめか?お前,グループでハブられたりしてるの?」

「そんなわけないじゃない。あなたとは違うのよ」

 福岡でも安定の罵倒っぷりですね。そこにしびれる憧れるぅ。

「グループの皆が,あなたのところでご飯を食べて来いっていうの……」

「やっぱり罰ゲーム的なやつか。俺と飯を食うのが罰ゲームなんですね……すまないな,雪ノ下」

「そうじゃないわ。ただ……皆が……その……どちらかというと応援というか……」

 目を伏せてもじもじとする雪ノ下の声が次第に小さくなっていく。

「え?何だって?」

 俺は某難聴系友達が少ないその実ハーレム主人公ではないので当然聞こえているというか某難聴系友達が少ないその実爆ぜろ爆発してしまえハーレム主人公も本当は聞こえているのだが,と同じく聞こえないふりをした。

 ぼっちは人の悪意や悪い噂にも敏感なので,雪ノ下のクラスの人間が何を言っているのかは当然知っているが,雪ノ下にしてみれば単に部活が一緒というだけで悪い噂を立てられて迷惑な話だろうし,俺がそのことについて何か言おうものならすかさず自意識過剰谷くんとか罵倒が飛んできそうなので知らないふりをするのが花である。

 


 

「はろはろ~。おっ雪ノ下さんこんなところでご飯食べてるんだね。隣いいかな?」

 昨日,あんなことがあったにも関わらず,いつもと変わらぬ様子で海老名さんがやってきた。いや,俺のところに来る時点で「いつも」とは違うが。

「おはよう,海老名さん。あなたは三浦さんや由比ヶ浜さんのグループで一緒ではないの?」

「うん……なんかあっち,いつもと雰囲気が違う感じがして……結衣とかとべっちとか……」

 グループの中で,由比ヶ浜は戸部と海老名さんをできるだけくっつけようとし,戸部は海老名さんのポイントを稼ごうと必死に話しかけたりして,それに大和と大岡が「だな」「それな」と相槌を打っている様子に,いつもと違う何かを感じ取った海老名さんが困惑しているというところだろうか。大和と大岡はいつも通りのような気もするな。

 俺は昨日直接本人から話しを聞いているのではっきり分かるのだが,海老名さんの少し憂いを含んだ表情に,雪ノ下も何か感じ取っているのかもしれない。

「でね」

 その時,海老名さんのメガネのレンズがキラリと光った。

「やっぱり雪ノ下さんに腐教活動した方が有意義だと思ってこっち来たの!愚腐腐腐」

 いつもの海老名さんだ……

「布教?海老名さんは何かの宗教に入られているの?」

「雪ノ下,それ以上はやめとけ。感染するぞ」

「海老名さんは何かの病気なの?」

 隣に座った海老名さんに身構える雪ノ下。

「ひどいなあ,ヒキタニくんは。私は至ってノーマルだよ。ホモの好きな普通の女子」

「それ普通じゃねえから」

「え?ホモの嫌いな女子なんていないんだよ?」

「比企谷くん,頭が痛くなってきたのだけれど」

「え?雪ノ下さん,それはいけないなあ~。後で頭痛に効くBL本を貸してあげる!」

 頭痛に効くBL本ってなんだよ。ていうか,修学旅行にまでBL本持ってきてるの?

「それより早く飯食おうぜ。集合時間に遅れるぞ」

 それからも朝飯を食べ終わるまで海老名さんの腐教活動は続き,ようやく解放されて荷物をまとめるためそれぞれの部屋に向かう途中,一緒に歩いていた雪ノ下が声をかけてきた。

 


 

「比企谷くん」

「なんだ?雪ノ下。あんまり時間ねえぞ」

「さっきの海老名さんのことなのだけれど……」

「ホモの話しか?」

「そっちではないわ。グループのこと」

 俺はその場に足を止め,横を歩いていた雪ノ下の顔を見た。

「今回の依頼,海老名さんには迷惑だったのかしら」

「だろうな」

 正直に即答した俺に雪ノ下は訝しげな顔で問いかけた。

「あなたは,何か知ってるの?」

 もちろん昨日の岩屋城址でのできごとを言うことはできない。

「ばっか,お前,さっきやってきた時の海老名さんの表情を見れば,な。グループの雰囲気が変わってしまうのを嫌がってるんじゃないか?お前だってあれで思ったんじゃねえの?ま,俺はグループにいたことがないから知らんけど」

「戸部くんの依頼は奉仕部として受けてしまった以上,今さら断るわけにもいかないし,何より由比ヶ浜さんが乗り気で……それなのに海老名さんはそれを望んでない……私は……どうしたら……」

 いつもは自信満々な雪ノ下が今日ははかなり弱々しく見える。

「そんなに真剣に悩む必要はないだろ?どんなに頑張ったってダメなときはダメだし,グループだっていつまでも同じままじゃない。壊れるときは壊れるんだ。自分の思い通りに変わると思うのが傲慢なら,そのまま変わらない夢を見続けるのも傲慢。俺たちにできることは,それぞれが変わりゆく過程を見守るとしかないのさ」

「そんな……何もしないで見守るだけなんて……」

「何もしないなんて俺は言っちゃいねえぞ?どちらが正しくてどちらが間違っているなんて考えないで,見守るために何ができるかを考えるんだ。それでも,もしどうにもならくなったら俺がどうにかしてやるさ。大丈夫。全責任は俺が取る。こう見えて俺は運がいいらしいぞ」

「あなたに運がいい要素なんてどこを探しても見つからないのだけれど……」

 まあそうですよね。俺も転生して女神を連れた冒険者にでもなれば変わるのかもしれないがな。

「でも,ありがとう。少し気が楽になったわ。頼りにしてるわよ」

 そして,雪ノ下は去り際に俺の耳元で小さく囁いた。

「あなたが最初の相手でよかった」

 真っ赤になって脱兎のごとく走り去る雪ノ下を,俺は身動きすることもできず見送った。

 

 結局,集合時間に遅れました。

 


 

 二日目はバスに乗って佐賀県の吉野ケ里遺跡を見学し,長崎道,大分道を通って大分県は日田市に来た。

 日田は江戸時代には幕府直轄支配地である天領となり,西国郡代所が置かれて九州の他の直轄地を治める郡代支配の拠点となった地である。また大名に対して金貸しを行っていた大商人を中心に町人文化が栄え,九州の小京都とも呼ばれている。

 ここでは全体を2つのグループに分け,先に半分のクラスが駅前の老舗の食堂で昼食を摂り,残りのクラスは幕末の漢学者・広瀬淡窓が開いた私塾・咸宜園の跡や淡窓の生家の跡に建つ豪商・広瀬家の廣瀬資料館,それらを含む豆田町の古い町並みを見て歩くということになっていた。

 この町にある草野本家という元の大商家では,雛祭りの時期に古くて立派な雛人形を一般公開しているらしい。

 ウチの学校の『ひな』は腐っていて一般公開不可能だが。

 

 雪ノ下のJ組はF組と反対のグループになったため,この町で一緒になることはない。

 平塚先生は,市内にビール工場があると聞き行きたがっていたが,市の中心部からは離れているため行けないことを残念がっていた。しかし,豆田町の中に古い酒蔵を見つけて,俺をそこへ強制連行し一緒に資料館を見学した後,併設の蔵元ショップでこっそりと日本酒と焼酎を試飲の上買っていた。おいあんた昨夜のこと反省してないだろ!

 

 昼食と町並み散策が終わると時間差でバスに乗り,慈恩の滝を経由し,今日の宿泊地でもある湯布院へと向かった。

 慈恩の滝は,滝の裏側に回って見られるということで由比ヶ浜が戸部と海老名さんの二人でそこへ向かわせようとしたのだが,俺が海老名さんに袖を引っ張られ,えびとべカップルに同行する形になった。

 由比ヶ浜からは,ヒッキーお邪魔虫じゃん!と言われたが,本当の意味ではお邪魔虫は戸部なんだよなあ,とぼーっと考えていた。

 その時,指ぬきグローブを着けたデブが片手を高く上げ,「ジーク・ジオン!」と大声で叫ぶのが聞こえたが,知らない人なので無視することにした。

 

 ……やらなくてよかった。

 


 

 湯布院へ入ると,やはりオシャレなイメージがあるのか総じて女性陣のテンションが上がっていたようだ。

 

 由比ヶ浜はここで白馬の馬車を見つけ,この中で告白なんかされたら素敵かなあと目をキラキラさせながら俺の方をチラチラみていたが,貸切ではなくて乗合で告白どころではないため最後は残念そうな顔をしていた。その時も俺の方を見ていたのだが,残念そうというところで俺の方を見るのはやめてもらいたい。まるで俺が残念な人みたいだろ!

 残念そうに見るなら材木座にしろ!

 

 今夜の宿に入り,今日こそ戸塚との混浴が実現するかと思った矢先,由比ヶ浜と俺は雪ノ下に呼び出されてしまった。

「由比ヶ浜さん外一名,呼び出してごめんなさいね」

 ほか一名って何だよ!全然ごめんなさいなんて気持ちを持ってないだろ!

 戸塚との入浴のチャンスをまた失ってしまった俺は少々心がささくれ立っていた。

「ゆきのんどうしたの?」

「あの……由比ヶ浜さん,怒らずに聞いてほしいのだけれど……」

 まさか,雪ノ下,今朝の平塚先生の部屋であったことを由比ヶ浜に言おうとしているのだろうか?フェアであることを求めるこいつの考え方から言えば,その可能性も大いにありうる。

「お,おい,雪ノ下……」

「比企谷くんは黙っててもらえるかしら?これは私が言わなければならないのだから」

 雪ノ下の顔を見ると決意に満ちた眼をしていた。これでは俺が口を挟むことなんてできやしない。

 一方俺はどうだ?

 海老名さんから告白された。

 雪ノ下からも偶然とはいえ唇が触れたことを良かったと言われている。

 由比ヶ浜だって花火大会の夜のことを思い出せば俺の勘違いとは思えない。

 そんな彼女らを前にしてなんらかの決意を語ることができるだろうか?

 

 そんな俺の思いをよそに雪ノ下が口を開く。

「私、今度の戸部くんの依頼、やめようと思うの」

「え!」

「へ!?」

 由比ヶ浜は驚きを口にし、俺はマヌケな声を発してしまった。

「何で?どうして?」

 俺は自らの勘違いに黒歴史を増やしてしまい、一人悶々としていたが、雪ノ下が依頼を投げ出してくれるのは大いに助かるので、この流れに乗ることにした。

「俺も雪ノ下に賛成だ。この依頼は元々受けるべきじゃなかったんだ」

「そんなあ。とべっちが可哀想じゃん。ねぇーゆきのん、やめるなんて言わないでやろうよー」

 由比ヶ浜が雪ノ下の腕を取って揺さぶっている。由比ヶ浜の胸も揺れているが、雪ノ下の心も大いに揺れているはずだ。このままだと雪ノ下の決意が揺らぐのも時間の問題か?

「由比ヶ浜さん。今日まで基本的にクラス単位でのグループ行動だったから……一緒にいられなかったじゃない?それに由比ヶ浜さんも戸部くんの依頼で一生懸命だったって聞いてるし、でも明日の自由行動は依頼のこととか考えないで、あなたと……結衣と一緒にこの旅行を楽しみたいの……ダメ……かしら」

 由比ヶ浜が何が起きたのか分からないといった顔で固まっている。かく言う俺も何が何だか分からない面持ちで立ち尽くした。

 そして次の瞬間、

「ゆきのーーーーん!!!」

 由比ヶ浜が凄い勢いで雪ノ下にそのまま文字通り飛びついた。

「ゆきのん!いま、結衣って……」

 由比ヶ浜が涙を流しながら、笑いながら、ギュッと雪ノ下に抱きついている。

 もういつものゆるゆりじゃなくてガチユリであるありがとうございました。

「ゆきのんがそんなこと考えてくれてたなんて……あたし……あたし……」

「もちろん、戸部くんが使えそうなデートスポットや景色のいい場所とかは何箇所かピックアップして用意してあるわ。でも、サポートはおしまいにして明日は奉仕部で思い出を作りましょう」

 

 欺瞞を嫌う雪ノ下のことだ。これは海老名さんに脈がないのを見て便宜的に言い出したことじゃなくて本当に心からそう思ってのことだろう。ただ、今までの雪ノ下なら一度受けた依頼なら個人の感情を打ち捨ててでも完遂しようとしたに違いない。

 だが、彼女は依頼よりももっと大事なものを見つけ、手に入れようとしているのだ。やはり彼女は変わった。

「分かった、ゆきのん。とべっちにはあたしから話をしておくよ」

「いえ、奉仕部の部長は私よ。私がきちんと話をしなければいけないわ」

「そんなことないよ!あたしだって奉仕部の一員だし、何よりもあたしのグループの中の話だから」

「やっぱり部長の私が」

「グループのあたしが」

 これはアレですよね?

 伝統芸能的なアレ?

「ここは同じ男として俺が」

『ドウゾドウゾ!』

 二人揃ってのドウゾドウゾいただきました。分かってはいたが無視してはいけないような気がしてつい手を上げちまった。というか,雪ノ下が知っていたことに驚きだ。

「ふふふ。冗談よ。皆んなで戸部くんに謝りに行きましょう」

 


 

 その後は3人で戸部のところへ行き依頼の打ち切りを謝ったが、雪ノ下の作った資料を見て、

「これだけあれば楽勝っしょ!あとはベストスポットを探せばいい的な?そうと決まったらこれから隼人くんと明日の作戦会議いっちゃうべ。って事で、雪ノ下さん、結衣、ヒキタニくん,サンキュー!」

 

 戸部の元気が痛い。元々の依頼は振られない告白というものだったが、最終的には振られない告白のサポートをするということで引き受けたのだから、依頼としてはこれで完遂したと言ってもいい。

 それをどう使うかは戸部次第だ。ただ、今回に限って言えば、当の海老名さんに全くその気がないのだから、耳川の戦い以来の大敗北は必至なのだが。

 

 問題はそのあとだ。

 このままだと海老名さんはグループを壊して本当に俺を彼女の居場所にするという保険を発動しかねない。

 自分のことを腐っていると言っていたが、俺の手を自分の胸に引き寄せた時の手の震えは彼女の本気を表していた。

 だが、俺にはまだ覚悟がない。決めることができない。ヘタレと言われようがもう少し考える時間が欲しい。たとえそれが欺瞞だとしても,今,彼女の居場所を壊してしまうわけにはいかないのだ。

「ヒッキーってば!」

「おおう!?」

「さっきから呼んでるのに全然反応ないじゃん!」

「すまん、考え事をしていてな」

「もう!明日の自由行動、ヒッキーが行きたいところはない?って聞いてたのに!」

「ああ,それなんだが,一か所行きたいところがあるんだ。ただ,ちょっと遠くて朝早く出ないといけないし,別に面白いところでもないから俺一人で行って後で合流という形にしないか?お前たちだって行きたいところがあるだろ?」

「そんな気にしなくていいよ!ヒッキーが行きたいところだったらあたしたちだって行きたいし。ねっ,ゆきのん?」

「そうね。いかがわしいところでなければ,一緒に行動するのがいいのではないかしら」

 俺が行きたいと思っているのは,宇佐神宮という神社だ。場所は宇佐市というところにあり,旧国名でいうと今いる豊後国ではなく豊前国に属する。この由布院からだと,最後,駅からタクシーを使ったとしてもおよそ2時間はかかる。

 なんでそんな場所に行きたいかというと,日本三大八幡宮の一つで,全国に44,000社はあると言われる八幡宮の総本社なのだ。これはもう八幡である俺のルーツといって良いよね?やはりここ大分県まで来て宇佐神宮を訪れないというわけにはいかないだろ?ちなみに日本三大八幡宮のうちのもう一つ筥崎宮は福岡市にあって昨日参拝したよ。

「なんか理由がちょっとちゅうにっぽいけどヒッキーが行きたいならあたしも行きたいな」

「奈良時代からある古い神社ということらしいし,私も興味あるわね。皆で行きましょう」

 

 朝7時過ぎの汽車(電車じゃないよ)に乗って宇佐に向かうことを決めて解散となった。

 

 結局,また戸塚とお風呂に入れなかった(泣)

 

 ただ,日本で2番目の湧出量を誇る由布院の温泉はとてもよいお湯だったことだけを記しておく。



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まちがいだらけの修学旅行5~二豊熱情編

5話目です。
二豊とは,豊前,豊後の二国を指していう言葉で,豊前国が宇佐神宮のある宇佐市や中津唐揚げで有名な中津市,そして福岡県の豊前市,行橋市から小倉あたりまでのエリア,豊後は大分市,別府市,日田市,荒城の月で有名な竹田市など,豊前を除く大分県のエリアです。
今回,デートスポットに選ばれたのはサンリオの国内唯一の屋外型テーマパーク,サンリオ・ハーモニーランドでしたが,本文中に出てきたケーブルラクテンチや他には城島高原パークも楽しいんですよ。あと,日本最大級のサファリパーク,別府アフリカンサファリなどもデートによろしいのではないでしょうか?
……未だクロスオーバーにならないのを観光案内でごまかしているわけじゃないよ?ホントダヨ?



 翌朝,7時前の湯布院の町は盆地特有の「朝霧」と呼ばれる濃い霧に包まれていた。

 高台にある狭霧台などの展望台から見ると,町全体が雲海状の霧に沈む幻想的な風景が見られるという。

 7時3分,大分行きディーゼルカーのエンジンが唸りをあげ,辺りを覆い尽くす霧の中を切り裂くように由布院駅を発車した。

 朝早い列車を選んだので俺たちの他に総武高校生は誰も乗っていない……と思ったのだが……

「はろはろ~結衣,雪ノ下さん,ヒキタニくん,早いねー」

 腐海のプリンセスこと海老名さんがなぜかこの汽車に乗っていた。

「え?姫菜一人?とべっちとかみんなは?」

 由比ヶ浜は突然の海老名さん単独の登場に戸惑っているようだ。

「結衣が出ていくのを見かけて優美子とか声かけたんだけど,誰も起きてこなくて。男子同士は夜遅くまでナニをヤッてたのかな?愚腐腐腐」

 相変わらずの海老名さんの様子に,雪ノ下が頭イタポーズで苦い顔をしている。よほど昨日の海老名さんの腐教活動が堪えたらしい。

「姫菜,今日は奉仕部の三人で回ろうと思ってるから……」

 由比ヶ浜が言いにくそうに海老名さんの同行にお断りを入れようとしているのだが,

「えー,私一緒にいちゃダメかな?今から戻るのも大変だし,なんか仲間外れにされたみたいで嫌だな……」

 少し憂いを漂わせて由比ヶ浜に告げる海老名さん。由比ヶ浜の表情には困惑が見える。

「ね?ヒキタニくんはいいよね?私が一緒にいても」

 続いて俺に話を向けた彼女は,右手でその小ぶりな(とはいえ雪ノ下よりも大きいが)胸を持ち上げるようにして,俺に対し半ば脅迫気味のアピールをしていた。

「ま,まあ,今から宿に帰れというのも酷な話だし,一緒に来るぐらいはいいんじゃないの?知らんけど」

 つい彼女の胸に行きそうな視線を必死で逸らしながら俺は答えた。

「大丈夫だよ,結衣。優美子が行きたい場所が決まってるから,みんなとは後で合流する予定なの」

「ヒッキーとゆきのんがいいなら別にいいけど……」

 海老名さんがこうして一人で出てきたのは,戸部の告白を阻止するためにできるだけ接触を避けたいのだと理解する雪ノ下が反対することは当然ながらありえない。

 こうして奉仕部の宇佐神宮参拝に一名の同行者(腐属性)が付加されることになった。

 


 

 大分から特急ソニックに乗り宇佐駅へ。

 宇佐駅からはちょうどいい時間のバスがなかったのでタクシーで神社まで向かおうとするのだが……

 俺が助手席に座ろうとしたら,海老名さんの『奉仕部の三人に私がお邪魔してるんだから,私が助手席で後ろのシートは三人で仲良く座ってね,と海老名は気が遣えるところをさりげなくアピールします』という一言で,俺が真ん中に座って両側に雪ノ下と由比ヶ浜が座るというフォーメーションが形成された。特に関係ないが,海老名さんのクローンが2万体もいたら辺り一面に腐臭が漂いちょっと嫌かもしれないとなんの脈絡もなく思ってしまった。

 問題は,駅前に止まっていたタクシーが小型だったため後ろのシートに3人で座ると結構窮屈で,特に右側に座った由比ヶ浜の,どことは言わないが体の一部に俺の右手の肘が当たりそうになるのを避けるのにずいぶん腐心した。やだ,やっぱり腐りゆく運命は避けられないのか。

 え?左側は特に問題ありませんが何か?

 


 

 宇佐神宮の境内は清涼なピンと張りつめた空気に包まれて,まさに霊験あらたかという言葉を肌でヒシヒシと感じることができる場所だった。上宮,若宮,下宮と回り,小町の合格や家内安全健康増進ついでに平塚先生の結婚成就等諸々を祈願した。

 八幡大菩薩のお導きにより平塚先生に幸福な未来が訪れんことを。

 そして八幡が導かなければならない未来が訪れぬことを。

 途中でけぷこんけぷこんとかいう指ぬきグローブを着けて暑苦しいコートを着たデブの咳ばらいと「我と盟友ともに八幡大菩薩のご加護があらんことをー!」という叫び声が聞こえたような気がしたが,多分気のせいだろう。

 

 帰りもまたタクシーで駅まで向かうのだが、今度は左に由比ヶ浜、右に雪ノ下というフォーメーションである。

 何故か運転手はアロハ姿。もうかなり冷え込んでくる季節だと思うのだが、やはり九州は少し暖かいのだろうか?

 海老名さんの助手席は相変わらず。

 今回は右手がフリー「何か凄く不愉快な空気を感じるのだけれど」何でもありません。

 

 少し荒い運転で体が右へ左へ揺れていると,

「ひっきぃ……ひっきぃの肘が,あたしの……」

 少し上気した顔の由比ヶ浜が切なげな声を出した。

「す,すまん!」

 慌てて左手を引いたが,右側から謎の強烈な冷気が襲ってきた。

「あなた……とうとう本当の強制わいせつに手を染めたのね……」

「いや,これは不可抗力でだなあ」

「最後の情けよ。血の池地獄の熱泥の中に沈むか,竜巻地獄の105度の間欠泉に吹き飛ばされるか,鬼山地獄のワニの餌になるか,好きな死に方を選びなさい」

 おい!もう死に方って言っちゃってるよね?どこに情けがあるのか全く分からないんですが!?どこをどう向いても地獄!地獄!地獄!

「えーヒッキー死んじゃやだあ」

 そう言って由比ヶ浜が俺の左腕を掴んで俺を引っ張る。当たってる!当たってるからあ!

「ふふふ,君たちは面白いねえ」

 助手席で海老名さんが笑っていた。いやいや,あんたが後部座席に座ってくれていたらこんなことにはなってないよねえ?

「じゃあ,私からも」

海老名さんが一呼吸おいて,

 

「ど、どうか私のノーブラおっぱいをモミモミしてください、お願いしますっ! 」

 

 静まり返る車内。

 

「ひ,姫菜!何を言ってるの!」

「え,海老名さん。ちゃんとブラジャーをしないと胸の形が崩れるって言うわよ」

 雪ノ下,そこじゃない。そして由比ヶ浜にもこのネタわからなかったか……

「あ,結衣も雪ノ下さんも分からなかったかー。ヒキタニくんは分かるよね?」

「分かるけど……海老名さんノーブラじゃないし,メガネは合ってるけどあんなには無いだろ?」

「通報するわ」

「ヒッキーまじきもい」

「おいおいやめてくれ。うっかり坊主地獄の泥に埋もれて死んじゃうだろ」

 てか,ノーブラじゃないことを知ってるってウッカリ言っちゃってたよ。死ぬ。

 そんな喧騒の中、タクシーが止まった。

「はい。駅についたばい。ははは若い人たちは元気やねえ。何かよかこつでもあったんかい?」

 運転手さん、その咥えたタバコ、火、点いてませんよ。

 


 

 宇佐駅から再び特急ソニックに乗り,杵築駅を目指す。杵築駅からはバスに乗って,目的地はサンリオ・ハーモニーランドだ。

 俺は遊園地なら温泉も入れて名物!あひるの競争もあるケーブル・ラクテンチを推したのだが,いかにもサンリオキャラクターが好きそうな由比ヶ浜がハーモニーランドを主張し,「ほらほら,ゆきのん,キティちゃんは猫だよ!」という一言で大勢は決した。

 だがな,由比ヶ浜。正しくはキティちゃんは猫じゃなくてキティ・ホワイトというイギリス人だぞ。

と言いたかったが,猫だと思い込んでいる雪ノ下の前でそれを言うことは,サンタクロースは実はいませんという子供の夢を壊すがごとき行為と悟り,黙っておくことにした。

 決して『ヒッキーってそんなにキティちゃんに詳しいんだ,まじきもい』と言わて,国東半島の石仏に頭をぶつけて死にそうになるからではないぞ。

 

 海老名さんも三浦たちとハーモニーランドで合流することになっているらしい。

 場所の選択がゆきのんメモを参考にしているのだから当然選択の範囲は同一にならざるを得ず,ディスティニーランドのおしゃまキャットのメリーちゃんが好きだという三浦がここを選ぶのは想像に難くない。

 せっかく戸部の依頼から離れられると思ったのだが,そうは問屋が卸してくれないようだ。

 まあ奉仕部と葉山グループの両方に属している由比ヶ浜の立場を考えればこれがベストだったかもしれないが。

 

「八幡たちも来たんだね!」

 ハーモニーランドで俺を真っ先に出迎えたのは,キティちゃんでもマイメロちゃんでもなく戸塚の笑顔だった。

「戸塚ぁ!」

 守りたい,この笑顔。もうサンリオキャラクター・サイカちゃんができてもいいんじゃないかなあ。見てみたい。サイカちゃんのパレード。

「あんたたち,朝早くから出かけてたんだね」

「おう。かわ……川島も来たのか」

「いい加減ぶつよ」

「勘弁してください。500円でお願いします」

「なんであたしがカツアゲしたみたいになってるんだよ……それに500円って……」

「いや,お前がこういうところに来るイメージ無かったからな。金額が足りないならあと100円ならあるぞ」

「だからカツアゲじゃないっての。戸塚に誘われてさ。ショーとかパレードの写真見せたらけーちゃんも喜びそうだしね」

 見た目はヤンキーだが,本当は真面目で家族想いな川崎らしい理由だった。それにしても戸塚に誘われるとか羨ましすぎる!

「海老名さん,ヒキタニくんたちと一緒だったん?起きたらもういなくなっててビックリしたっしょ!」

 戸部が海老名さんを見つけて分かりやすくテンションを上げていた。

「ごめんごめん。男子同士の営みを邪魔したくなくてさー。結衣たちとは偶然駅で会ってね,行き先が同じだったから一緒に行動してたんだー」

「海老名来たん?結衣も一緒ジャン。それなら一緒に回ればよくない?」

「あ,あはは。優美子ごめん。今日は奉仕部で一緒に行動しようと決めたから……」

 三浦が由比ヶ浜の顔をじっと見つめて,

「ふうん。なら別にいいけど」

 あの三浦の誘いに対して恐縮しながらもはっきりと断った由比ヶ浜。三浦もあいまいな態度を取ろうものなら怒り出しただろうが,こう見えて三浦はちゃんと人を見ている。だが,このままだと由比ヶ浜の方に後ろめたさみたいなものが残ってしまうだろう。

「あー、由比ヶ浜」

「ヒッキー」

「別にいいんじゃねえの?一緒に回れば」

「はあ?あんた結衣がさ,どういう想いで今あーしの誘いを断ったか分かってるん?」

 さすが女王様の迫力!うっかりチビリそうになるすんでのところでところで踏みとどまった。

「だから,奉仕部とお前たちのグループみんな一緒に回ればWin-Winなリレーションでナイスなパートナーシップを築けるんじゃないか?」

「何言ってんか分かんなくてちょっとキモイけど,ヒキオなかなか冴えてんじゃん」

 お,おう。今,俺,褒められたんだよな?

「でも,ゆきのん大丈夫かな……」

「気にすることはないわ,由比ヶ浜さん。私は他に誰がいようと由比ヶ浜さんが一緒なら……」

「ゆきのーん!」

 デレた雪ノ下,いわゆる「でれのん」に由比ヶ浜が全身で飛び込んでいった。

「ゆ,由比ヶ浜さん、ちょっと苦しい」

「ヒッキーもありがとね。うれしかった」

「ばっか,俺は別にお前のためとかじゃなくて,それが合理的で効率がいいからだな」

「はいはい。じゃあみんなでいこー!」

 由比ヶ浜が雪ノ下と俺と腕を組んで歩き出した。

 まずは11時から11時半までプラザステージのショーを見て11時半からレストランで昼食,12時半からのパレードに備える。

 レストランで俺の向かいに座る雪ノ下が頼んだのはハローキティの栄養バランスカレー、その隣の由比ヶ浜はポムポムプリンのハッシュドビーフライス、俺はぐでたまのステーキ丼にした。キャラクターメニューなんて、とも思ったが、ステーキの上に乗ったぐでたまの目玉焼きになぜか親近感を覚えてしまい、つい頼んでしまった。こいつの顔を見ると働きたくなくなるなあ。あ、いつものことでした。テヘッ☆

 

 あっちのグループは、三浦と葉山、戸部と海老名さん、そして大和と大岡、戸塚,川崎に分かれようとしている。

 どうせ大和か大岡が考えたんだろうが、これは下策だ。

 葉山と二人になる三浦はまんざらでもないだろうが、戸部と海老名さんを二人きりにしたところで話が弾むわけではなし、かえって気まずい空気になるだけだ。ディスティニーに行ったカップルが別れるという話と同じだな。

 そして大岡や大和が戸塚と食事するなんて許されていいはずがない!たとえ全ての人類がそれを許したとしても、名もなき神である俺が絶対に許さない!

 あっ、葉山が声をかけてみんな一緒のテーブルになるみたいだ。三浦は不満そうだが、それがベストの選択だ。

 とりあえず、大和と大岡は俺の絶対許さないノート入りを逃れたことを喜ぶがいい。

 まあ、みんな仲良くが信条の葉山らしいといえば葉山らしいのだが、この旅行中、戸部と海老名さんをできるだけ二人きりにしないようにしているようにも見える。

 あいつは……

 


 

「葉山くんは海老名さんから告白を阻止して欲しいと頼まれたのかもしれないわね」

 雪ノ下が葉山グループの方をちらりと観てサラッと言い放った。

「えーどうしてー?なんで姫菜がそんな……」

 由比ヶ浜が戸惑い気味に雪ノ下に尋ねた。

「由比ヶ浜さんは彼女と同じグループだから言いづらいのだけれど、海老名さんが戸部くんのことを悪く思っているかどうかは別にして、必ずしも好意的には思っていないのはこれまでの彼女の様子を見ていれば明らかだわ」

「それでもグループの中でカップルができたら素敵だなあって」

「じゃあ由比ヶ浜、お前、大岡から告白されたらOKしてカップルになるか?」

「ヒッキー!なんでそんな酷いことを言うの!」

 酷いのはお前だ、由比ヶ浜。大岡に失礼だろ。ま、この例を持ち出した俺も大概だが。

「由比ヶ浜さん、それはあなたがさっき言ったことと矛盾してるわ。グループ内でカップルができたら素敵なんでしょう?」

「それは……」

 由比ヶ浜は俺の方をチラチラ観ながら言いよどむ。

「もし大岡くんがあなたに告白することを事前に知ったとして、あなたならどうする?」

「とりあえず、隼人くんに相談するかな……」

 由比ヶ浜はそう言った後、ハッとして雪ノ下の顔を見た。

「そう……彼はたぶん知っている。海老名さんが告白されたくないことを」

「じゃあなんで隼人くんはとべっちと奉仕部に……」

「海老名さんから相談を受けたのが戸部くんよりも後だったのかもしれないし、奉仕部に断ってもらえることを期待したのかもしれない」

「じゃあ、じゃあ、ゆきのんが昨夜とべっちの依頼をやめようって言ったのは、それが分かったから?奉仕部で思い出を作ろうって嘘だったの?」

 由比ヶ浜の目にみるみる涙が溜まっていく。

「いえ、それは嘘ではないわ。本当の気持ちよ」

「だって、結衣って呼んでくれたの、あの時だけだし……」

「それは……恥ずかし……かったから……ごめんなさい、あなたを不安にさせて……結衣」

「ゆきのん!」

 由比ヶ浜が雪ノ下に抱きついた。

 おい、ここはレストランなんだけど。葉山グループの面々もいったい何が起きたのかとこっちに注目してるし。そんな中食べたステーキ丼はまったく味がしなかった、なんてこともなくただただ美味しかったです。はい。

 


 

 ゆるゆりとした食事を済ませた俺たちは、野外でのパレードを見て、数々のショーやサンリオピューロランドにはないジェットコースターや大観覧車などのアトラクションを堪能した。

 観覧車には戸塚と二人きりで乗りたかったのだが、結局奉仕部の3人で乗ることになり、海老名さんは川崎と戸塚の3人で乗っていたようだ。

 あっちに乗りたかったとは口が裂けても言えないが……

 だってこっちは狭いゴンドラの片側に三人で座ろうとして,傾くは揺れるは柔らかいはなにやらエライことになってたしな。

 下で見ていた大岡からは,3(ピー)か!?3(ピー)なのか!?とずいぶん詰め寄られるし……(一部ピー音を入れてお伝えしております)

 

 そんなこんなでハーモニーランドを大いに楽しんだ俺たちは、ポムポムプリンやキキララ(正しくはリトルツインシスターズな)に見送られながらバスで暘谷駅に向かい、そこから電車で今日の宿泊地である別府を目指した。

 ちなみに暘谷駅のあたりは城下かれいという高級なカレイが有名であるらしい。初夏から8月にかけてが旬らしく今は季節外れではある。

 

 他にも関アジ,関サバ,冬はふぐと大分の海は美味しいものがたくさんあるけれど,修学旅行でそんなの食えないよね(涙)

 



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まちがいだらけの修学旅行6~地獄の別府あゝ無情編(完結編)

第6話でようやくファーストシーズン完結編です。
ちなみに別府地獄めぐりの竜巻地獄は間欠泉です。
かんけつへん,かんけつせん……
グハッ!(吐血)
まだまだ紹介したい場所がいくつもあるんですが,今回はこれにて失礼。
ちなみに作者一押しの公衆温泉は寿温泉です。地域の方が管理されている小さな温泉ですが,別府市民100円,その他200円で入れます。子宝の湯だそうで女性の利用者が多いそうです。元々は女性用の浴場しかなかったそうで,今でも女湯の方が大きいとか。覗いたことがないので真偽は不明ですが……
やはり近くに特殊浴場がありますので間違えて入らないようにしてください。
やっとクロスになりました(喀血)
何番煎じになるか分からないクロスオーバーですが,楽しんでいただければ幸いです。



 由布院温泉は日本で2番目の湧出量と言ったが、大分県でも2番目だ。

 なぜなら、日本で1番の湧出量を誇るのがここ、別府温泉だからだ。

 

 別府駅に着いた俺たちは、駅前広場の油屋熊八の像の前で両手を上げた熊八と同じポーズで写真を撮り、昭和初期の建物がそのまま残る竹瓦温泉に寄ってから宿に向かった。

 竹瓦温泉は市営で,なんと100円で入浴できるのだ。そのほかにも駅から歩ける範囲でも海門寺温泉など100円で入れる市営浴場が複数あり,市営以外も寿温泉や駅前高等温泉など100円から200円程度で入れる温泉がいくつも存在する。

 竹瓦温泉の建物は実に風情があって良かったのだが、周りには若干高校生には刺激が強い店も多く、大岡がソワソワしていたのは致し方ないことだと思う。

 戸塚は遊んで疲れたのか、先に宿へ戻ると行ってしまい、ここでも混浴の夢は叶わなかった。チクショー(泣)

 宿に着いて部屋に荷物を置き、夕食会場へ向かう廊下の途中で戸部に声をかけられた。

 


 

「ヒキタニくん、俺、今夜決めっから。場所も雪ノ下さんのリストから別府タワーの展望台に決めたわ。やっぱ告白って言ったら夜景っしょ!」

「何で俺にそれを言うんだよ。正直今回俺は何もできなかったし、最後には依頼を打ち切ったんだからな。お礼が言いたいなら、依頼を受けた由比ヶ浜かリストを作った雪ノ下に言ってくれ」

「俺、こんなんだけど海老名さんのことマジ惚れでさあ、この旅行中ずっと海老名さんのこと見てたんだわ。そしたらいつもヒキタニくんのこと見つめてるからさ,なんか海老名さんの気持ちが分かったっつーか。だけど今さら諦められねーし?だから、どう言ったらいいか分かんねーけど、俺、負けねーから!」

「……そうか」

「まあヒキタニくんには結衣とか雪ノ下さんがいるしー?そのどっちかとヒキタニくんがくっつくことになったら俺にもワンチャンある?みたいな」

 笑いながらそんなことを言っていたが、戸部の海老名さんに対する気持ちは本物のようだ。

「それなら、今告白しないでもう少し待ってた方がいいんじゃないのか?」

「いやーもうここまで来て止められないっしょ。もし海老名さんがヒキタニくんと付き合うことになったら気持ちを聞いてもらう機会すら無くなっちゃうからさー。それに」

 戸部は,一呼吸おいて俺の目をじっと見据えて続けた。

「ヒキタニくん,俺が今,告白しなかったら,俺のこと気にして海老名さんのことワザと振ったりするんじゃないかなーって」

 俺は,戸部がそこまで考えていたことに驚き,俺がうっすらと考えていたことを見抜かれてドキリとした。

「やっぱ好きになった人には幸せになってもらいたいじゃん?そりゃ元々ヒキタニくんにその気がないんなら仕方ねーけど,俺のせいで好きな人が幸せになれないっつーたら,なんかキツイっしょ」

 

 こいつ……

 

「分かった。それならもう俺は何も言わん。せいぜい頑張ってこい!」

 らしくもなく戸部の背中をバシッと叩いた。

「っつー!気合い入ったっしょ!ヒキタニくん、サンキューな!」

 手を振りながら走り去る戸部。

 ……お前は凄いな。

 

 そして……

 


 

「葉山,聞いてたんだろ?」

 

 廊下の曲がり角の先から葉山隼人が苦笑いしながら顔を出した。

「ヒキタニくん,分かってたのか」

「ぼっちは人の気配に敏感だからな」

「でも驚いたよ。戸部があそこまで覚悟してたなんてな」

「葉山……お前,戸部の応援をしてたんじゃないのか?」

「どうだろうな……俺は,今が気に入ってたんだよ。戸部も,姫菜も,みんなでいる時間も結構好きだったんだ」

「お前,海老名さんから……」

「ああ,姫菜からも相談を受けてね……戸部の告白を止めてほしいと。何度か諦めるようには言ったんだ。今じゃない。先のことは分からないから結論を急ぐなってね」

「だが戸部は」

「ああ,あいつの覚悟を聞いて,今の関係をただ壊したくないって思ってた自分が恥ずかしいよ。得ることよりも失わないことが大事なものだってあると思ってた自分が」

 変わりたくないという気持ち,それは俺にも理解できた。だから,葉山が恥ずかしいと感じるなら,今すぐに選ぶことのできない俺もまたおのれを恥ずべきなのだ。

「お前はどうする?」

「あとは見守るしかないだろう?ヒキタニくん,君と一緒に」

「海老名さんが聞いたら鼻血吹いて喜びそうなセリフだな」

「違いない」

 葉山が苦笑しながら俺に言った。

「案外,告白の現場で俺と君がイチャイチャでもしたら,解決はしないが,君お得意の解消はできるんじゃないかな?」

 冗談めかして言う葉山だが,俺は少しイラッとしてつい強い口調で言い返してしまった。

「それで告白は解消したとしても,三浦が怒り狂い,俺とお前はその後もホモ疑惑にさらされて結局グループは崩壊するだろ?お前には俺の真似は無理だ」

「そう,だな。忘れてくれ」

 少し口惜しげにそう言った葉山。おいおい,お前までフラグ立ってるんじゃないよね?もしそうなら海老名さん失血死するぞ。

 


 

 晩飯の後,平塚先生のラーメンの誘いを必死の思いで振り切り(あの人,どうして飯の後すぐにラーメンが食えるんだよ……),雪ノ下,由比ヶ浜とホテルを抜け出し,別府タワーへと足を向けた。

 

 別府タワーの完成は昭和32年5月10日,「塔博士」として名高い内藤多仲博士が建てた全国の6つのタワー,通称「タワー6兄弟」のうち,名古屋テレビ塔,通天閣に次いで3番目に建てられたタワーであり,そのことにちなんでこのタワーのゆるキャラは別府三太郎という名付けられている。

 ちなみに,修学旅行初日に訪れた博多ポートタワーは6兄弟の末っ子,六男坊にあたる。

 俺たちはタワー1階の自動販売機でチケットを買い,エレベーターで17階の展望台に上がった。

 エレベーターの出口正面,売店を兼ねた受付のおばちゃんにチケットを渡すと,葉山と三浦がそこにいた。葉山は三浦には内緒にしていたと思ったのだが,うっかり大和か大岡が別府タワーに行くことを漏らしてしまい,葉山とロマンチックな夜景が見られるとついてきてしまったらしい。 戸部と海老名さんはまだのようだ。大岡は竹瓦温泉の近くで行方不明になったとか。卒業できるといいな!

 


 

「なに,結衣,あんたたちも来たん?」

「優美子!?あははーちょっと夜景を見にね」

「せっかく隼人と二人で夜景が見られると思ったのに」

 どうやら大和はタワーには来たものの,邪魔になると帰されてしまったらしい。ドンマイ。

「あら,三浦さん,ここは多くの利用客が集まる観光スポットであなたたちだけのものではないのよ?一般の観光客が来た時でもそうやって威嚇して追い返すのかしら?ごめんなさい。野生動物の生態には詳しくなくて」

「雪ノ下さん!あんたさあ!」

「優美子!」

 掴みかからんばかりの勢いの三浦を葉山が制した。

「雪ノ下さんも」

「そうだよ!優美子もゆきのんも,せっかく来たんだから夜景を楽しもうよ!」

 由比ヶ浜も二人の仲裁に入ったが,俺たちは夜景を見に来たわけじゃないぞ。

 そんな時,葉山のスマホの着信音が鳴った。

「ああ,分かった。ありがとう」

「大和からだ。二人が来る。隠れないと」

 どうやら大和はタワーの入り口近くで二人が来るのを監視していたらしい。

「隼人?何があるん?」

「優美子,今は黙って隠れてくれ」

 とは言え,タワーの展望台に隠れる場所などない。とりあえずエレベーターの出口から陰になるところまで5人で移動する。

 チン,という音とともにエレベーターの扉が開き,戸部と海老名さんが無言で降りてきた。

 

「ひ…んんん」

 2人が降りてきた方を覗き込んでいた三浦が声を出して飛び出していきそうになったので,慌てて後ろから体を抱きとめ,もう一方の手で口を塞いだ。

「ん~ん~ん~」

「三浦,すまん」

「優美子,頼む。大人しくしていて欲しい」

 葉山に言われてようやく三浦は大人しくなった。抱えていた手を離すと,自分の身体を両腕で抱きしめるようにして赤い顔で俺をキッと睨んでいる。悪かったな葉山じゃなくて。

 なぜか雪ノ下と由比ヶ浜の視線も痛いほど俺に突き刺さる。

「それは三浦さんの方が少しは,ええ少しは大きいかもしれないけれど,あんなのはただの脂肪の塊で……」

「大きさなら優美子よりもあたしの方が……ヒッキーさえよかったらいつでも……」

 二人が何やらブツブツ言っているが,戸部と海老名さんが一周ぐるっとできる回廊状になった展望台を俺たちが逃げた方に向かって歩き出した。

「こっちに来る。逃げるぞ」

 小声で全員に伝え,まだ事情が呑み込めていない三浦の手を引き,二人が回る同じ向きにぐるっと逃げて行った。

 三浦が声なき抗議をしているようだが今は逃げることが先決だ。売店と真反対の側に二人が立つのを見て,また陰からこっそりと見守ることにした。

「ヒキオ,あんた……」

「悪い。文句なら後でいくらでも聞く。今は二人を黙って見守ってくれ」

三浦が飛び出して行かないように俺は手を握ったままでいた。

「隼人,戸部は……」

「ああ,今から戸部は姫菜に告白する」

三浦が驚愕の表情を浮かべた。

「何で?そんなの止めないと。あーしらの関係が!海老名,全部捨てちゃう。あーし,そんなのやだ!」

「それでも!」

 俺は三浦を強く引き寄せ背中に手を回し,戸部たちに聞こえないよう顔の真ん前で小さな声で,しかし三浦の目をじっと見据えて言った。

「お前らのグループの関係が本物になるためには,見守るしかないんだ」

 葉山が,由比ヶ浜が黙って頷いていた。

 三浦が二人の顔を見て,最後に俺の顔を見た。

「ヒキオ……」

「分かってくれたか?」

「……近い」

 よく見ると三浦が赤い顔をして怒っているようだ。

 慌てて握った手と体を離す。

「あっ」

 三浦が小さく声を上げた。

「す,すまん。後で土下座でもなんでもする。今はこれで勘弁してくれ」

 葉山は苦笑し,由比ヶ浜は犬のようにウーと唸っていた。

 


 

 戸部たちの立っている海側は真っ暗で,時々船の灯がぽつんと見える程度の,とても夜景の奇麗な告白スポットとは言い難く,そのどこまでも深い闇は告白の行方を暗示しているようにも思えた。

 そして,外の闇はタワーのガラスに海老名さんの顔を反射していた。ならば,俺たちのことも海老名さんの方から見えているのだ。

 ところどころひびの入ったタワーの窓に映った海老名さんの顔は少し笑っているようにも見えた。

 あっ,海老名さんがこちらに,いや俺に向かってウインクをした。

 海老名さんも覚悟したのか。新しい居場所へ向かうことを。

 だが俺はどうだ?

 三浦に偉そうなことを言ったが,本当に俺に覚悟はあるのか?

 このまま何もしなくて良いのか?

 頭の中がこんがらがって整理できないままただ二人を見つめている。

 

 そして戸部の口が動いた。

「あの……」

「うん……」

 声をかけると,海老名さんは薄く反応した。

「俺さ,その」

「……」

 海老名さんは何も答えない。

「あ,あのさ……」

 

「ずっと前から好きでした。オレと付き合ってください」

 

 言われた海老名さんは目を丸くする。

 当然だ。俺もびっくりだ。

 戸部だって驚いていた。

 言うはずだった言葉を奪われてぽかーんとしている。

 

 海老名さんは戸惑っていたが,すぐに答えた。

 

 

「あなた誰?」

 


 

「オレの名はマッスル日本!悪を許さぬ正義の男!」

 

 海老名さんに告白したのは,マッスル日本と名乗ったモヒカン,タンクトップの筋肉男。

 いや,マジ誰なんだよ。

 

「正義の味方には癒しを与えてくれるパートナーが必要なのだよ。お嬢さん。どうかオレと付き合ってほしい!」

 

 葉山がマッスルの方を見て小声で俺に囁いた。

「びっくりしたな。あんな隠し玉があるなんて。さすがだな,ヒキタニくん」

 いやいや,俺知らないよ,あんなの。

「うまく説明ができなくて,もどかしいのだけれど……。あなたのそのやり方,とても嫌い」

 だから俺じゃないって!

「でもさ。こういうの,もう,なしね」

 本当に違うっての!

 

「マッスルさん,私,好きな人がいるのであなたとは付き合えません」

 

「なんだと!正義の味方に協力できないということは,君は悪に唆されているのか?誰だ,その悪人は!」

 

 海老名さんは一瞬俺の方に目線をやったが,その後黙って戸部を指差した。

 

「貴様が悪人か~~~~っ!!」

「えっ,俺!?」

「うおおおーマッスル日本~~っ!!」

 どかーーーーん!!!

 

「悪は滅びた。しかし,戦いはいつも空しい……」

 

「戸部!」

「とべっち!」

「戸部くん!」

 

 葉山,三浦,雪ノ下,由比ヶ浜も戸部の元へ駆けつけていった。

 戸部は体をピクピクさせながら,

「え,えびなさんの想い人が俺っしょーー」

と,うわ言のように呟いていた。

 戸部,いい夢が見ろよっ。

 

 そして,雪ノ下の姿を見たマッスルは,

 

「うっ,美しいーーー。ずっと前から好きでした。オレと付き合ってください」

と手を差し出し,深々とお辞儀をした。

 

 にっこりと笑った雪ノ下が,下を向いて無防備になったマッスルの首筋にトンっと手刀を入れると,マッスルが膝から崩れ落ちその場で意識を失った。

 それを見た三浦が青い顔で葉山に聞いた。

「雪ノ下さんって何なん?」

「いや,俺もびっくりだ」

 


 

「比企谷くん!」

 海老名さんが飛び込むように俺に抱きついてきた。

「怖かった……」

 ぎゅっと力を込めて俺を抱きしめる海老名さん。それはそうだろう。突然,モヒカン,タンクトップ,筋肉の男に告白され,自分の目の前で同級生がその男に半殺しの目に合わされたのだ。

 俺も海老名さんを抱きしめ,優しく頭を撫でてあげた。

「ヒヒヒヒ,ヒッキー,姫菜,何をしてるの!?」

「結衣、ゴメンね……私、怖くて……今だけ、ヒキタニくんの胸、借りるね……」

 涙声で由比ヶ浜に告げる海老名さん。

「そうだよね……姫菜、怖い思いしたんだもんね。ヒッキー、姫菜に優しくしてあげてね」

「ああ」

 そうして海老名さんを抱きしめていると俺の耳元で俺だけに聞こえる声で囁いた。

「……今まではやはちが至高だと思ってたけど、ますはちもありかなーって」

 抱きついていて彼女の顔は見えないが,相当悪い顔をしているに違いない。

 女怖い。ただ怖い。あと怖い。

 

「ところで戸部はどうしよう?俺たちではホテルに連れて帰るのは難しいんじゃないかな?かといって、救急車とか呼んだら大事になるし……」

 葉山が一応戸部の心配をしていた。

「私に任せなさい。この近くにも雪ノ下建設と取引のある会社があるからそこに助けてもらいましょう」

 雪ノ下の提案で、戸部はその会社の人に運んでもらうことになった。

 


 

 雪ノ下がその会社に電話をした後しばらくしてエレベーターからゾロゾロと人が降りてきた。

 先頭にいたのは赤髪にレオタード姿の女で年齢は俺たちと変わらないくらいだろうか,その後ろから「下っぱ」と言うお面を着けた男たち、最後に降りてきたのは、登頂ハゲに長髪、ゴーグルに怪しげなスコープを着けた男と恰幅のいい(デブの)つるっ禿げ男の中年二人組だった。なんだこいつら。

「おい、食通!お前太りすぎなんだよ!エレベーターがキツイから少し痩せろ!」

 食通と呼ばれたデブが怒鳴られているところを見る限り、レオタード女はどうやらこの集団の上役らしい。

 中年にもなってこんな若い変な格好の女にこき使われるとか、やっぱり俺は働きたくない。

 

 下っぱ面の男の一人がレオタード女に小声で文句を垂れていた。

「バラダギ様、こんな時間に一体何ですか」

「仕方ないだろ。やんごとなき上得意様からの要望だ。それにちゃんと残業手当も出るみたいだから給料分の仕事はするぞ」

 今,ばらだぎ?と呼ばれた女上司を観察してみると,何というか,顔は幼く見えるが美少女と言えるレベル。それよりもレオタードのせいでボディラインがくっきり出ていて,その,なかなかスタイルもよく,雪ノ下に比べて……

「なにかしら,比企谷くん?そろそろ冥界に帰りたくなった?」

 ニッコリ笑う雪ノ下。風は語りかけないが,怖い,怖すぎる!

 その女上司がこっちへ向き直り、明るい声で言った。

「まいど〜〜〜。ご注文の死体の回収に伺いました〜〜〜」

 いやいやいや、戸部まだ死んでないから!

 たぶん。

「あなたが木曽屋の方ね。雪ノ下建設の関係者で雪ノ下雪乃です」

「材木商・木曽屋の原滝です。よろしくお願いします」

 雪ノ下と原滝と名乗ったレオタード女が握手をした。ばらだぎ?はらたき?こっちの方言で訛ったのか?

「回収して欲しいのはそこに転がってるものよ。一応まだ死んではいないから処分の方は必要ないわ。ホテルまで運んで置いといてくれれば十分よ」

 おい!処分って一体何?

 いやいや、やっぱり聞きたくない!多分土建屋の闇とかあるのだろうか?なんか聞いてはイケナイことのような気がする……

「承知しましたー。もし動かないようでしたらウチで改造とかもできるんで。オプションでミサイルとかも付けられますから是非ともご用命を!」

 戸部が下っぱどもに運ばれていった後、女幹部と中年二人組が残り、雪ノ下に対して、

「すみません。ここにサインをお願いします……はいこちらが控えになりますので、お荷物の到着まで失くさずにお持ちください。それでまた……」

 

 その時,帰ろうとする女幹部と視線が合った。けっ、決して可愛いからずっと見ていたとかじゃないんだからね☆

「あ〜〜〜〜〜っ。おい!鶴崎!食通!改良人間が脱走してるぞ!確保〜〜〜〜〜!」

「おいっ!何を‼︎!」

 おっさん二人に捕まり連行される俺。

「大変お騒がせしましたー」

 チン!

 エレベーターに乗せられて俺は訳がわからないまま展望台を後にした。

 

 後には、雪ノ下、由比ヶ浜、葉山、三浦、海老名が唖然として立ち尽くしていたという。

 

 ちなみに大岡は,個室のお風呂屋さんに潜入しようとしたが,学割で,と生徒手帳を出し高校生ということがばれて叩き出され,ついでに学校に通報されてしまったとか。卒業できなかったばかりか,本当の卒業も危うくなったな。大岡,哀れ。

 


 

 その後……

 

 なぜか俺は悪の秘密結社、電柱組と言うところに拉致されている。

 表向きは木曽屋という屋号で営業している材木商らしいが。

 

「いや、だって、あんな目をしてるからてっきり新しい改良人間がまた脱走したのかと……」

 昨日タワーで原瀧と名乗った女がボスらしき若い男に必死に言い訳をしていた。

「ええい!そんな言い訳は聞きたくないわ!お前のおかげでお得意様カンカンなんだよっ!よって、バラダギ大佐、昨日のバイト代なしね!」

「将軍!チルソニア将軍!是非ご再考を!このバイト代が無いと修学旅行先で使うお金がっ!」

 悪の秘密結社の幹部が高校生のバイトとか、大◯県はいったいどうなってるんだろうか。

「修学旅行で東京へ行って、羽田沖で照明弾食らって死んだ親の弔いとディスティニーへ行くのが唯一の楽しみなのに〜〜〜」

 なんか今、サラッとヘビーなことを聞いたような気がするが……

「お前んとこ、修学旅行は東京なのか?」

「ああ。県立高校はたいがい東京だ。東京といえばやっぱりディスティニーランドだろう?ハーモニーランドより少しばかり大きいと聞いている」

 いやいや、ハーモニーランドも楽しかったけれども、規模は全然違うからね。それよりも……

「ディスティニーランドは東京じゃない。千葉だ」

「うっ、嘘を言うな!あんなに東京ディスティニーランド東京ディスティニーシー、東京ディスティニーリゾートと宣伝してるじゃないか!」

「本当だ。千葉県民の俺が言うんだから間違いない!」

「千葉県民が言うから嘘なんだろ!東京ディスティニーランドというからには東京に決まってる!」

「千葉を馬鹿にするな!ならお前、大分県にある日本最大のサファリパーク、別府アフリカンサファリだって別府市じゃなくて安心院町(現・宇佐市)にあるじゃないか!」

「ああああああ…………」

 バラダギと呼ばれた女幹部はショックで膝をついてがっくりと肩を落とし、この世の終わりかと思わんばかりに落胆していた。

 ディスティニーが千葉だったっていうだけでそんなに落胆するものなの?俺、地味に傷つくんだけど。ただそんなに楽しみにしていたとなると、夢を壊してしまったことにちょっと責任を感じないわけでもない。

「まあ、東京も千葉も同じようなもんだ。東京ドイツ村もららぽーとTokyo-Bayもみんな千葉にあるからな。もし千葉に来たら、サイゼで飯でも奢ってやるよ」

「サイゼ……」

 しまった!今時の女子高生にサイゼなんて言ったらまた笑いもんだ……

「なんだそりゃ?」

 は?

「サイゼだよサイゼ。サイゼリヤ。すっげえ美味くて超安いイタリアンのファミリーレストランだぞ」

「ファミリーレストランといえばジョイフルだろ?おい、下っぱ6番、さいぜりあって聞いたことあるか?」

「いえ、全く」

 どうなっているんだ!俺は異世界にでも紛れ込んだのか?そしてサイゼリヤな。

「ああ!」

 昨夜、食通と呼ばれていた太ったおっさんが大声を上げた!

「そういえば聞いたことが……九州では福岡と佐賀だけに存在するという幻のイタリアンレストランの話を……」

 大分県にはサイゼリヤが無い!?

 サイゼリヤは当然日本全国津々浦々にまであると思っていた俺は、その衝撃の事実に、今度は自らが膝を屈してうなだれることになるのだった。

 俺の落胆ぶりを見かねたのか、バラダギが俺の背中に手をやって話しかけた。

「千葉に行ったら、連れて行ってくれるのだな?サイゼリヤ」

「あ、ああ……」

「いい店なのだろう?」

「勿論だ!」

「ついでにディスティニーにも連れてって?」

「当たり前だ!って、何?」

「へへーん、言質取ったからな。下っぱ6番と鶴崎、お前ら証人ね」

「おい、汚ねーな」

「知らなかったのか?電柱組は悪の秘密結社なんだぞ?悪いことが仕事なんだ」

 そうやって笑ったバラダギは、なんかその、少しだけ可愛かった。本当に少しだけな。

 これで俺の,俺たちの間違いだらけの修学旅行の話は終わりだ。

 だが、間違った修学旅行は千葉に場所を変えて続くようで,バラダギとディスティニーを回れるのを少しだけ楽しみにしている俺ガイル。

 

バン!

 

「私は今津留高校の物理科主任の真船だ!」

 突然ドアが開いて、白衣を着た変なおっさんが現れた。

「ま、発明おじさんとでも呼んでくれ」

 

 自らを発明おじさんと言った男は俺の顔をジロジロ見て,

「その目の腐った改良人間をサイボーグ化することによって真人間に戻そうというのだな!ミサイルランチャーも強化版を用意した!」

 

「やめんか!」

 

 バラダギと俺の声が重なった,初めての共同作業である。

 

 お家に帰るまでが修学旅行。まだまだ修学旅行は終わりそうにない。

 

 

 




[あとがきと言う名のいいわけ]

本来の構想ですと,最終話のまっするが八幡の代わりに告白し、目が腐っているため電柱組に拉致されるというところだけが思い浮かんでそこだけを書く予定だったのが,ただそれだと場所が大分だよなあ,大分に修学旅行先を変える理由を書かなきゃいけないかなあ,と考えていくうちにこんな悲惨なことになってしまいました。
要は,前5話と最終話の4/5くらいまでは全て蛇足,ということになりますな。
このラストについては賛否両論否多め覚悟の上でした。
大変申し訳ありませんでした!(ドゲザ)

県立地球防衛軍なんて誰も知らない(覚えてない)よね?
連載してたのは週刊少年サンデー増刊号って月刊誌でしたが,あだち充先生のナインや雁屋哲・新谷かおる先生のファントム無頼,島本和彦先生の風の戦士ダンなど魅力的な作品がいっぱいだったなあ。
あ,そうそう。名探偵コナンに時々出てくる怪盗キッドも増刊号で連載していたまじっく快斗が元なんですよね。
とにかく県立地球防衛軍の作者の安永航一郎先生が大分県出身で,舞台が大分県なのです。
実はそのために総武高校一行には大分までご足労いただいたようなわけなのです。

書いた当時はもうこんなしんどいことなんかやるもんか,断然ロム専に戻ってやる!と思ってたのになあ……
半年後にうっかりセカンドシーズンを始めてしまいまして……

まあ,自分で書くようになって他の作家さんに対する目が優しくなりました。自分の文章見てたら他人の文句なんかとても言えません。もう即ドゲザする勢いです。

ご覧いただき誠にありがとうございました。

少し休んでセカンドシーズンアップします。


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まちがいつづける修学旅行。
まちがいつづける修学旅行。① ~下総騒乱編~


セカンドシーズンを迎えました。

ファーストシーズンの最終話でようやく「県立地球防衛軍」とのクロスオーバーになったんですが,Pixivでの公開時,若い人は誰も知らねーだろという至極もっともなご指摘をいただきました。
およそ35年くらい前の作品ですから致し方ないですよねえ……
興味のある方はAmazonKindleで売ってますので,スマホ等で見てみてください。
まあ,誰も知らないならもうオリキャラ扱いでいいよね?ということで続きです。
ただ,千葉についてはあまり行ったことがなく,今回,それほど移動もないため前作のような観光案内要素は皆無,前シーズンの見どころの9割が失われるという惨憺たることになると思います。

だからと言うわけではありませんが,セカンドシーズン1話から修羅場です。

安易だなあ……

駄作者がほんっとすみません。




あの狂乱の修学旅行からひと月,俺の日常は元通り……とはならなかった。

 

 マッスル日本の活躍?により戸部の告白はうやむやになり,葉山グループは今まで通りの関係を取り戻すかに思われたが,まず戸部が大分の狭間医大に入院中である。さすがに県立地球防衛軍のようなギャグ漫画とは世界観が異なるため,大けがをしても翌日にはピンピンしているというわけにはいかない。

 

 一応意識は取り戻したみたいだが,まだしばらく入院・加療とリハビリが必要とのこと。

 今でも病床で,ヒキタニくん,アレはないわーと言ってるとか。だから俺じゃねーってぇの。

 ちなみに,戸部が海老名さんの思い人という話は,海老名さんはじめ全員でそんな事実はなかったんやと言った結果,戸部の幻覚ということになった。虚言を嫌う雪ノ下まで一緒に口裏合わせに乗ってくれたのは意外であったが,彼女曰く,元が嘘だから海老名さんが指さした事実よりも,思い人が戸部ではないという真実の方を大事にした結果だそうだ。

 本人は、「そっかー、夢かー。でもコレきっと正夢っしょ!」と極めて元気らしい。

 ただ,この一件に関しては,県議会肝いりで行われた修学旅行で生徒が重傷となる事件があったとなればそれこそ大不祥事であるため,雪ノ下建設が動いて闇に葬られることになった。

 戸部自身が闇に葬られなくて良かったな!

 

 大岡も一か月後の今も学校に出てきていない。理由?察しろ。

 どうしても知りたいというなら前回を読んでほしい。

 


 

 そして放課後。

  奉仕部の部室は依頼人もなく、俺と雪ノ下が静かに本を読み、由比ヶ浜が携帯をポチポチしているいつもの風景……ではなく,

 

「愚腐っ」

 なぜか腐海のプリンセス・海老名さんがおかしな笑い方をしながらBL本を読んでいる。いいのか?学校だぞ?ラル大尉もビックリだよ。

 一番分からないのが,

 

「ヒキオ~~~暇!なんか面白い話ししろし!」

 獄炎の女王・三浦までもが奉仕部の部室に入り浸るようになった。

「ここはあなたたちの溜まり場ではないのだけれど……」

「別にいいじゃん?結衣もいるし,雪ノ下さんとあーしらの仲だし?」

「いつそんな関係が結ばれたのかしら……」

「まあまあ,ゆきのん。依頼人が来ない間は暇だし。ね?」

 なんか部室が打って変ってかしましくなっている。

 かしましくって字は女を3つ書いて姦しくなのだが,女4人いるこの状況は,やかましくとか言うでもいいんじゃないだろうか。

「ヒキオ~~~面白いはなし~~~」

「俺に面白い話求めるとか,無茶ぶりもいいとこだろ。葉山とか大和はどうしたんだよ?」

「隼人も大和も部活だし。あと,大和とか面白いこと言わないし。戸部が振った下らない話に,だな,とか,それな,とか言ってるだけだし」

 おい,由比ヶ浜。うんうん頷いてるけど,お前ら同じグループだよね?二人とも戸部と大和と大岡の扱いが雑すぎない?ねえ?

 


 

「邪魔するぞ」

 平塚先生はいつものようにノックもなしに入ってきた。これはあれだ,雪ノ下が先生ノックを、と言うパターン……

「邪魔するんやったら帰ってーーー」

「あいよー」

 くるっと回れ右して部室の外へ出ていく先生。雪ノ下セリフが違えよ!

「なんでやねん!用があるから来とるんじゃい!」

 先生、それ,丸々下っぱのチンピラのセリフです!

 ビバ新喜劇!

 ところで下っぱと言えば,何か忘れているような気が……

「コホン。比企谷にお客さんだ。入ってきなさい」

 先生か開け放たれた扉の外へ呼びかける。

 

「どうもーーー。八幡ひさしぶり!」

 平塚先生に促されて入ってきたのは,修学旅行先の大分県で俺を怪人と間違えて拉致した悪の秘密結社・電柱組のJKバイト女幹部バラダギ大佐こと原滝龍子だ。明るい声で挨拶をする原滝は,バイトの時のレオタード姿とは違ってセーラー服に眼鏡姿で,ちょっとかわいい。

 その後ろから,同級生と思しきイケメン男子もくっ付いてきた。原滝の彼氏か?ケッ,爆ぜろ。

「木曽屋の原滝さんね。その節はお世話になったわね」

「こっ,これは雪ノ下建設のお嬢さま!?」

「ようこそ奉仕部へ。とにかくおかけになって。そちらの方も,紅茶でいいかしら?」

 雪ノ下に促され,原滝とイケメン男子は俺が用意した椅子に座った。もちろん自主的に用意したのではなく,雪ノ下の目が『この無能な男は椅子ひとつ用意できないの?全く役立たずにもほどがあるわ。その眼は何のためについているのかしら?あ,ごめんなさい。腐ってて見えていなかったのね。早く地面の下でお休みになった方がいいのではなくて?永遠に』と語っていたため,仕方なく用意した。

「は,はい。いえ,お構いなくっ」

 原滝は,雪ノ下の実家がバイト先の表の顔,材木商・木曽屋の上得意様とあって,かなり恐縮しているようだ。

 


 

「先日は大変失礼いたしました!」

 雪ノ下の淹れた紅茶の皿を手に,頭を深々と下げる原滝。

「まったく,奉仕部の備品を勝手に持って行かれては困るわ」

「雪ノ下,いつものことだが俺を備品扱いするのはやめろ。結局,九州からの帰りは,翌週火曜日の朝4時に大分港を出港するRO-RO船で26時間かけて東京港有明のフェリーターミナルまで運ばれたんだぞ。どいつもこいつも俺をモノ扱いしやがって」

 ちなみにRO-RO船とはカーフェリーのようにトレーラーとかトラックが乗船できるランプを備え,それらを収納する車両甲板がある貨物船のことだ。船の名前はむさし丸だった。今の武蔵川親方じゃないぞ。

「すまないな,八幡。ちるそにあがケチだから電柱組の予算では飛行機賃がでなくて」

 ちるそにあとは原滝の上司の将軍で,電柱組のボスだ。本名は,木曽屋チルソニアン文左衛門Jr.と言うらしい。

「いや船で帰るのはいい。だが,しいたけを積んだトレーラーの荷台に詰め込まれていっしょに運ぶのは勘弁してくれ。おかけで全身しいたけ臭くなっちまった」

「あら,しいたけも菌でできてるから一緒に出荷されたのね。比企谷菌」

「小学校の時のトラウマえぐるのはやめろ。やめてください。お願いします」

「ヒキタニくん、今は菌活って言って菌がもてはやされる時代だよ。特にキノコは菌を体に直接取り入れることができて、キレイで健康的な身体を作ることができるんだよ」

 海老名さんがBL本から目を離し,謎の健康知識を振ってきた。だが,俺が菌である前提でのフォロー,全く嬉しくありません。

 

「えっ,ヒッキーのキノコを体の中に入れるとキレイになれるの?」

 

 ぶふぉーーーーーー!

 

 俺は飲んでいた紅茶を吹き出し,その場にいた全員が椅子から転げ落ちた。

 新喜劇かっ!

「結衣、さすがにそれは……」

 BL関係なら相当踏み込んでくる海老名さんもドン引きだ。

 実は純情オカンのあーしさんも真っ赤な顔で固まったまま。

 雪ノ下に至っては息をしているかどうかも怪しい。

 

「?」

 

 発言した張本人だけが意味が分からずキョトンとしていた。

 やっぱり女性もシイタケも天然ものに限りますね(消費者の声)

 いえいえ,大分の栽培しいたけは天然ものにも勝るとも劣らない,肉厚で味わい深く素晴らしい美味しさです(作者の声)

 

 器用に紅茶をこぼさないように床に転がってた原滝が起き上がり,俺の耳元でささやいた。

「やっぱりご奉仕部ってのはいかがわしい部活なのか?」

 おい,『ご』を付けるな!いかかわしさが増す。いや元々いかがわしさなんて全く無い!それよりも,そんなことを雪ノ下に聞かれたら……

「原滝さん?奉仕部がいかがわしいとはどういうことかしら?」

 ほらな。シベリア寒気団もかくやという雪ノ下の声に部室内は凄まじい冷気で包まれ,原滝はガクガクと震えている。俺ももうすこしでちびるところだった。

「やややや,お嬢様,いかがわしいと申し上げましたのは,先ほどの部員様の発言が……」

「原滝さん,ごめんなさい。全面的に謝罪します」

 雪ノ下が謝った!?しかも一瞬で!

「ねえ?何でゆきのんが謝ってるの?」

 お前だ!お前!と断罪したかったが,アンチヘイトタグが立つと嫌なので黙っていたら,海老名さんが,

「結衣,結衣。ヒキタニくんのキノコを体に入れるっていうのは……」

 と手に持っていたBL本を使って由比ヶ浜に説明している。あそこに描いてある絵で俺のことを説明しているかと思うとすごく嫌だ。

 すると由比ヶ浜の顔がみるみる赤くなり,

「わーーーー!違うの!さっきの無し!さっきの無し!」

と大声で叫んでいた。

 しかし,時すでに遅し。覆水盆に返らずのことわざのとおり,この場の誰もが由比ヶ浜をビッチと認識してしまっていることだろう。

「結衣,さすがにあーしもフォローできないし」

「だから,そんなつもりで言ったんじゃないっていうか,ヒッキーのならやぶさかではないっていうか,恐縮ですっていうか,たはは」

 たはは,じゃねえよ! 前にも言ったが,某難聴系(略)主人公じゃないから全部聞こえてるぞ! ただ,それに反応して復唱された日には逃げ道が無くなるので,聞こえなかったことにしようと心に決めた。

 その時,雪ノ下が, 

「ところで,原滝さんは何か用事があってお見えになったのではなくて?」

と聞いてくれた。ナイスだ,雪ノ下! これで話題も変わって部室内も平和になる……と思っていた時がありました。が,

 

「ええ、八幡と,でえとの約束をしたのでそれを果たしてもらおうと」

 

 な⁉︎

 お、おま、なんちゅう事を!

 由比ヶ浜は口をパクパクしてるし,雪ノ下に至っては目を見開いたまま体を硬直させていた。

「あ…あ…「あ,ありえないわ。この男がデートなんて……」

 ようやく再起動を果たした雪ノ下が,うわごとのようにブツブツ言っている。

 俺だってデートくらい……雪ノ下とは買い物に出かけ,由比ヶ浜とも花火を見に行き,先生ともラーメンを……走馬灯のように思い出すあれやこれやはデートではなかったと……やべっ,目から心の汗が……ていうか、走馬灯って俺死ぬんじゃね?ゾンビだからもう死んでるって?やかましいわ!

 いや、そんなことよりも……

 

 原滝はなぜ俺の隣に座り,腕をギュッと抱えているのでしょうか?大きくはないけれども柔らかい膨らみの感触が腕にバッチリ伝わっているのですが……

「原滝さん,いったい何をしているのかしら?そんなに接触すると比企谷菌に感染してお嫁にいけなくなってしまうわよ?それとさっきこの男とデートするとかいう不穏な言葉が聞こえたような気がしたのだけれど,私の幻聴,あるいはポルターガイスト現象かしら?」

 お嫁に行けなくなるって,比企谷菌どんだけ強力なんだよ!

「そ,そうそう!さっきからハッキー,ヒッキーのこと名前で呼んでるし!」

 ハッキー?原滝のこと?なんか福岡県の梨の生産で有名な現朝倉市でかつて朝倉郡に属していた町の名前みたいなネーミングだな! ヒッキーハッキーでなんか漫才コンビみたい。やっかましいわ!

「八幡,ハッキーってあたしのこと?」

「それだよ!それ!!」

「由比ヶ浜うるさい。そして何にでも頭の悪そうなあだ名を付けるんじゃない」

「だって……」

「原滝とは俺が拉致されていた時に,大分にはサイゼが無いって言うから連れて行ってやる約束をしただけだ。それによく考えてみろ。原滝は彼氏と一緒じゃねーか。デートな訳ないだろ?」

「へ?」

「は?」

 原滝とその彼氏が素っ頓狂な声を上げる。

「こいつが?彼氏?いやいやないから!」

 なるほど、このテンプレな受け答えは付き合ってはおらず自覚はしていないが,何らかの好意を持っていると見た。要はまだ彼氏未満ってやつか。ボッチの観察眼を舐めるなよ。

「あんたは原滝のことをどう思ってるんだ?こいつ,見た目は可愛いし,やっぱり好意を持ってたりするのか?」

「いや〜それは無いっす。比企谷さんこそどうなの?」

「どうなのって言われても……だいたい君と会うの初めてだよね?俺と原滝の接点とか知らないよね?」

 初めて会うのに,前から知り合いだったような距離の詰め方。リア充の思考はよく分からん。

「え?比企谷さん僕のこと覚えてないんですか?いやー酷いなー」

 イケメン男が心底心外だという顔で俺になれなれしく話しかける。

「こ、これはヒキタニくんとイケメンくんの新たなカプの予感♡キマシタワーーーー!」

「姫菜、自重しろし!」

 アクア様の花鳥風月のごとき見事な鼻血を噴き上げた海老名さんを三浦が介抱している。

「はふん」

 とにかく、こんなイケメン男に全く見覚えがない。ハーモニーランドか別府市内のどこかで会ったか?なにせこんな目の腐った男が,見た目は美少女の集団と一緒にいたのだからそりゃ悪目立もするか。

「すまん、お前の顔を覚えてないんだが,どこで会ったかな?」

「もう~比企谷さん、僕ですよ、僕」

 と、男はおもむろに下っぱと書かれたお面を顔にあてた。

 

 分かるかああああーーーーー‼︎

 

「お前、下っぱ六番とかいうやつか?」

「比企谷さん,何言ってるんですかー。六番は下級生です。僕は14番」

 

 分かるかああああーーーーー‼︎ 

 

 「一応これでも電柱組の幹部なんでな。お付きがついてるんだ」

 と,自慢げに語った原滝だが,

「バラダギ様,自分の携帯持ってなくて,首領のちるそにあ様がケチで業務用の携帯の持ち出し許可を出さなかったもんだからこの学校の場所が分からず,僕がここまで案内してきたんです」

「おい!下っぱ14番!私のビンボーをバラすんじゃない!」

 慌てる原滝。幹部の威厳も何もあったもんじゃねえな。

「じゃあ比企谷さん,僕はちょっとフクダ電子アリーナにトリニータの試合を見に行くんでバラダギ様のこと,よろしくお願いします。あ,今夜は帰さなくてもいいですから」

「お,おい!ちょっと待て!」

 俺の必死の呼びかけも空しくぴゅーっと風のように部室から去って行く下っぱ14番。

 


 

 残されたのは俺の腕にしがみつく原滝。そして周りの冷ややかな目。

「おい!そもそもなんで腕にしがみついていらっしゃるんでしょうか」

「なんで敬語!? でえとをする男女というのは下の名前を呼んだり,こういうことをしたりするものなんじゃないのか?」

 どっからそんな知識得てくるんだよ!あれか?小町が読んでる偏差値低そうな雑誌からか?

「原滝さん,比企谷くんは私のものだからそのような行為は控えてもらいたいのだけれど」

 いつものように雪ノ下が俺を備品扱い……じゃなかったぞ?え?わたしのもの……?

「おまっおまっ,藪からスティックに何を言い出すんだよ!」

「ゆゆゆゆゆ……ゆきのん!? いつからヒッキーがゆきのんのものに?」

 由比ヶ浜も最大限にテンパっている。

「あら,だって比企谷くんは私のファーストキスを奪ったじゃない?」

 顔をコテンと傾けて雪ノ下が言う。ちょっと可愛い。……が,今ここでそれを言うかー!

「いや,あれは事故のようなもので……」

「でもそのあと平塚先生の邪魔が入らなければ……」

 まさにその通りなので反論のしようもない。平塚先生が起きなければ,もう一度はっきりした意識のままキスをしていたに違いないのだ。

「やっぱりお前ら,私の部屋でいかがわしい行為に及ぶところだったのかー!」

 さすがにいかがわしいというほどの行為まではしないよ!

「でも,でも,ヒッキー,タクシーの中であたしのおっぱいを肘を使って乳繰り回したし」

「なんだよ!乳繰り回したって人聞きが悪い! ちょっと肘が当たったくらいだろうが!」

「そんな,肘が当たったって程度じゃなかったし! あたし,あれで結構感じちゃって……わーーーー,だめーーーー!忘れてーーーーー!!」

「そんなら,あーしだってタワーでヒキオに後ろからおっぱいをまさぐられたし」

 おい三浦,お前まで参戦してどうするんだよ!それにおっぱいをまさぐられたって……ちょっと柔らかい感触を思い出した……スマン。

「おい比企谷,私を背負った時に背中で感じたおっぱいが忘れられずにそんなことしてたのか!それとも同じ布団の中で一夜を過ごしたという……」

 センセーーーーー!あんた教師だろ!これ以上混乱に拍車をかけてどうするんだよ!それにこの展開だと……

「愚腐腐腐」

 あ,詰んだ。海老名さんがすごく悪い顔で笑っている。俺に待つのはこの教室のシミとなって果てる運命か……

 


 

「ヒキタニくん,私とはキスもしたし,おっぱいも触ったよねえ?」

 

 部室の中に,ピキッ!という音が走った。まさかラスボスがこの人とは誰も思わなかったに違いない……

 だが,続く海老名さんの行動は俺の想像のはるか斜め上を行くものだった。

 

「こんな風に」

 

 立ち上がった海老名さんは俺の手を取って自分の胸に押し当て,俺の唇に自分の唇を合わせ,舌を絡め,しゃにむに口づけを重ねた。あの岩屋城址の時と同じように。ただ,今は皆が周りで見ている。

 すぐに手を,唇を離さなければならないのに,俺はなぜかその唇から離れることができなかった。

「姫菜,どうして?」

 由比ヶ浜が肩をわなわなと震わせながら海老名さんに問いかける。

 ようやく長い口づけを終わらせた海老名さんが由比ヶ浜の方に向き直り,彼女の問いに答えようとする。

「結衣……わたしね」

 

 パアン!

 

 海老名さんが口を開きかけた時,平手で頬を打つ音が部屋に響いた。

 眼鏡を飛ばされた海老名さんはそれをしゃがんで拾う。

「突然ビンタなんて酷いなー。この眼鏡高いんだけどなー」

 彼女は打たれた頬を手で押さえながら立ち上がった。

 

「雪ノ下さん」

 

 俺は,正直驚いた。こんなのはおよそ雪ノ下らしからぬ激情にかられた行いだからだ。

「あなたは……この場所で何てことをしてくれるの?ここは,わたしと由比ヶ浜さん……結衣と比企谷君3人の大切な場所なの」

「ゆきのん……」

 雪ノ下の声は震え,目には少し涙が浮かんでいる。

「それを遊び心か何か知らないけれど,ここでそんなことをするなんて許せない。この泥棒猫!……い,いえ,猫は悪くないのよ。あなたのような人を猫に例えるなんて猫に失礼だわ。この泥棒犬!」

「ゆきのん?犬を悪く言うのはダメだよ?うちのサブレだってそんなことしないし!」

「わ,分かったわ。この泥棒八幡!」

 おい!俺の名前が悪口みたいになってるじゃねえか。なんだよ,泥棒八幡って。

「アレだな。恋泥棒的な意味で泥棒八幡ってピッタリだよな?」

 原滝,上手いこと言うな,ってそんな場合じゃない。

 

「ねえ,雪ノ下さん。わたし,ヒキタニくん……比企谷くんが好きなの。もちろん結衣の気持ちも知ってる。結衣,分かりやすいしね。雪ノ下さんだってそうなんでしょ?でもね,ダメなの。彼じゃなきゃダメなの。遊び心?ふざけたこと言わないで。わたしはね,もうちゃんと告白もしたんだよ?まだ返事はもらってないけどね。雪ノ下さんは自分の気持ちを彼に伝えたの?それすらもできないで彼を自分のものとか,人のことを泥棒八幡とか言わないで欲しいかな」

 だから泥棒八幡やめて!

 海老名さんの挑発とも宣戦布告ともとれる発言に,雪ノ下は両の手のこぶしをギュッと握り,うつむき加減でプルプルと震えている。これはヤバい!武道の達人である雪ノ下が本気になれば海老名さんの命,そして俺の命も風前の灯だ。仮に雪ノ下の北斗神拳から奇跡的に逃れられたとしても,後に控える平塚先生の抹殺のラストブリッドで確実に死を迎えることになることは必定。将棋の藤井七段の終盤の差し回しのごとく華麗なる詰みという運命がポッカリと口をあけて待っている。最後にミラノ風ドリア,食べたかったなあ……



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まちがいつづける修学旅行。② ~下総争乱編~

セカンドシーズンの2話目です。
前回の修羅場の続き。
バラダギ様と八幡のオリヒロ,オリ主感がハンパないっす。
誰だこれ?っていうレベル。ゆきのんもキャラ崩壊。
はいそこ,石投げない!
葉山君が潰されてしまいますが決してアンチヘイトではないのです。
違います。違う,よね?
駄作者がほんっとすみません。


「いやよ……」

 

 雪ノ下の発した言葉に,俺が,そしてその場にいる全員がゴクリと唾を飲んだ。

 

「ひきがやくんはゆきののものなの!ゆきののひきがやくんとっちゃいや!いや!いやあ!」

 その場にいた全員の目が点になった。

 あの雪ノ下が幼子のように駄々をこねて泣きだしたのだ。だいたい6歳児といったところか?普段の凛とした雪ノ下からは微塵も想像つかない今の姿である。

「おねえちゃん!おねえちゃん,どこ?ゆきののひきがやくんがとられちゃう!はるのおねえちゃん,なんとかして!おねえちゃん!」

 雪ノ下はとうとう喚きながら雪ノ下さんの名前を呼びだした。強い精神的ショックを受けたせいか完全に幼児退行している。幼いころの雪ノ下はおそらく雪ノ下さんといつも一緒に行動し,雪ノ下が可愛い雪ノ下さんは雪ノ下のわがままを何でも聞いてくれていたのだろう。だが,今,ここに雪ノ下さんはいない……

「八幡,雪ノ下と雪ノ下さんがゴチャゴチャして分かりづらい」

 原滝!モノローグに突っ込みを入れるな!

 とにかくここには雪ノ下さんはいない……

「雪乃ちゃんどうしたの!」

 ガシャ,バターン!と部室のドアを蹴破る勢いで飛び込んできたのは雪ノ下の姉の雪ノ下陽乃。普段の雪ノ下はこの人を嫌うそぶりをし,この人も雪ノ下にちょっかいをかけては嗜虐的に悦んでいるように見えるが,実はこの二人,互いに好きがこじれてこんなことになっているのではないかと俺は常々思っていた。それにしてもなんであんたここにいるんだよ……

「おーよしよし,おねえちゃんがきたからもう安心だよー。いったい何があったの?」

 雪ノ下さんが雪ノ下を抱きしめて……ややこしいから俺のモノローグではこれから,陽乃さん,とするが、ともかく陽乃さんが赤子をあやすように雪ノ下の背中をとんとんしている。雪ノ下も少し落ち着いてきたようだ。

「あのね,おねえちゃん,グスッ。ひきがやくんはゆきののものなのに,ゆきのからとりあげようとするの」

 陽乃さんの美しい仮面が,まるで般若のような歪んだお面に変わり,周りの人間を睨みつける。

「誰?誰なの?私の雪乃ちゃんを泣かしたのは!雪乃ちゃんのものを取ろうとしたのは誰!!」

 由比ヶ浜に三浦,あまつさえ平塚先生ですら陽乃さんの憤怒の表情に一言も発することができずその場に固まってしまった。

「それなら隼人くんに決まってるでしょう? ヒキタニくんのモノは隼人君のもの! はやはちこそ究極! はやはちこそ至高! 隼人くんの激しい責めに初めは抵抗していたヒキタニくんもいつしか素直に,そして自ら積極的に受け入れるようになり,やがて二人は……ブフォー!!」

 海老名さんが別府の竜巻地獄のようなすごい勢いで鼻血を吹きあげ,そのまま後ろに倒れこむ。

「は~~や~~と~~!よくも雪乃ちゃんを~~~~~!!」

 陽乃さんは,入ってきた時以上の勢いで,暴走機関車のごとく部室から飛び出していった。

 せめて葉山の命だけでも残るよう祈ってやるか。祈るだけだがな。

 


 

「お,おい!大丈夫か?」

 床に落ちるすんでのところで海老名さんの体を抱き留める。あの体勢のまま倒れていたら,後頭部を激しく打って大変なことになっていたかもしれない。

「ヒキタニくん,ごめんね。腰が抜けて立ち上がれない……」

 力なく笑う海老名さん。別府タワーの時とは違い,本当に脱力して俺に身体を預けている。それほどの恐怖だった。俺なんか少しちびっちゃったかもしれん。それにしても海老名さんの胆力には心底驚かされた。あのマッスル日本をはるかに上回る魔王・雪ノ下陽乃の恐怖に一歩も怯むことなく,葉山という尊い犠牲を払いながら,見事魔王をこの場所から遠ざけることに成功したのだから。

 

「ていうか,八幡,お前最低だな」

 原滝が海老名さんを抱く俺の耳元でぼしょりとそんなことを言った

「おい,俺のどこが……」

「お前さあ,ここにいる女子全員に何をしたか,胸に手を当ててよく考えてみな」

 いったい俺が何をしたと……原滝の言うとおり胸に手を当てて考えてみる。むにゅ。ムニュ!?︎

 

「バ,バカヤロー!自分の胸に手を当てるんだ!なんであたしの胸に手を当てる~~~///」

 あ,うっかり原滝の胸に手を当てちゃった。テヘッ☆

「ヒキタニくん……さすがにそれはないよ……」

「ヒッキー……」

「ヒキオ……」

「比企谷……」

 床にへたり込んでしくしく泣いているゆきのちゃん(6歳相当)を除く全員の冷たい視線が……

「ヒキタニくん、さっき私の胸を散々触ったのにまだ足りなかったの?だったらもっと触っていいよ?」

 力を取り戻した海老名さんが俺に抱きつく。柔らかいいい匂い!

「ひ、ひ、ひ、姫菜、何をしてるし!そもそもヒッキーはおっきなおっぱいが好きなんだよね?部活の時、いつもあたしの胸を見てるもん。だからおっぱいを触りたいならあたしの……///」

「いや、あーしだって大きさとか形とか?結衣にも負けてないし///」

「はっはっはー!大きさなら私が一番だな!それに張りだってまだまだ君たちには負けてないぞー。ほら,比企谷,私と結婚したらこのおっぱいを毎晩貪り放題だ!」

 向けられていたのは熱い視線でしたー。由比ヶ浜に三浦までが何で張り合ってんの!? そして先生,あんた教師だろ!校内で何言ってるんだよ!もちろん校外でもアウトだが。本当に誰か早くもらってあげて!!

 


 

「で,ヒキタニくんは誰のおっぱいを選ぶの?」

 海老名さんが俺に抱きついたまま,問いかけてくる。

「ヒッキー?」

「ヒキオ?」

「比企谷?」

「なるほど。これが修羅場というやつだな」

 原滝がニヤニヤしながら俺に聞いてきた。

「何を他人事のように言ってやがる。こんな事態を招いたのも,元々はお前がここに来たせいだろうが」

「おいおい、あたしのせいにするな!どう考えてもお前があっちこっちでチューしたり乳をいじくり回しとんのが原因やないかい!しかも,最後のトドメはあたしの乳を揉んだからだろうがー!」

「大変申し訳ありません!」

 得意の華麗なるド・ゲ・ザを決めてみせる俺,うん。カッコ悪い。

 

ピーポーピーポー

 その時、グラウンドの方から救急車のサイレンの音が聞こえてきた。いったい何がー(棒)

 


 

 そして,またゆきのちゃん(6歳相当)が声を上げて泣き出した。

「えーん!みんなおっぱいがあるのにゆきのだけないのー!ゆきの、ひきがやくんに嫌われちゃう。おねえちゃーん!おねえちゃーん!」

 お,おい!今,そんなこと言ったら……

 

 ガシャーン!

 

「雪乃ちゃんどうしたの!」

 戻って来ちゃったよ……恐怖の大魔王が……

「おーよしよし,雪乃ちゃん。悪い隼人は退治してきたからね,もう心配いらないよー」 

 葉山退治されちゃったのかよ……心配しかねえよ……

「おねえちゃんっ,みんなが,みんながずるいの……」

 しゃくりあげるように泣きながら,雪ノ下が陽乃さんに訴えている。

「ゆきのちゃん,誰がどうずるいの?おねえちゃんが根絶やしにしてあげるから言ってみなさい?」

 怖えよ!根絶やしって何だよ!

「あのね、みんなおっぱいがおっきいのにゆきのだけちっさいの。ゆきのだけひきがやくんに嫌われちゃうの」

「ゆきのちゃん……」

陽乃さんが雪ノ下をヒシと抱きしめる。

「ゴメンね。おねえちゃん、それだけはどうにもできないの。不甲斐ないおねえちゃんでごめんねぇ」

陽乃さんがさらにギュッと抱きしめると、その豊かなバストが雪ノ下の顔に押し付けられる格好になった。

「お、おねえちゃんのバカー〜〜〜」

さらにびえぇと大きな声で泣き始める雪ノ下。そして、グハッと言って膝から崩れ落ちる陽乃さん。あんた、妹好きすぎだろ!

 陽乃さんの心が折れてしまった今、もはや雪ノ下をなだめることのできる者は誰もいなくなったかに思われたが、意外な伏兵が現れた。

「雪ノ下さん,大丈夫だよ。私もそんなにおっきくないけど,ヒキタニくんは喜んで揉みしだいてくれたよ」

 やめてーーーー!人聞きが悪すぎるだろ!揉んだかもしれないけど,しだいてはいない……はず。

「それによく考えてみて,ヒキタニくんの好きな人を。小町ちゃんに戸塚くんに隼人くんにわたし,みんなおっぱいが小さい人ばかりでしょ?ヒキタニくんが好きな人はみんなおっぱいが小さいんだよ?だから,おっぱいが小さいことは全然悲しむべきことじゃないの。むしろ誇っていいんだよ!」

 おい!戸塚はいいが葉山を入れるな! そして,こっそり自分を入れてやがる。

「ほんと?おっぱいちいさくていいの?」

「そうだよ!さあ,わたしの後に続けて。ちっぱいは正義!」

「ちっぱいはせいぎ」

「貧乳はステータス!」

「ひんにゅうはすてーたす!」

「はやはちこそ至高!!」

「はやはちこそ……」

「幼子に何言わせんの!自重しろし!」

 さすがオカンだ! 三浦が海老名さんの後頭部に丸めた雑誌をクリーンヒットさせたぞ!

 ドサクサに紛れて幼子になったぺドのんに腐教活動をしようとは,海老名姫菜,恐ろしい子。

 


 

「で,結局何しに来たんだよ。お前」

 騒動の元凶である原滝に改めて問いかけてみる。

「はじめから言ってるじゃないか。八幡とでえとをしに来たと」

「いやいや,俺,サイゼに連れて行ってやるとは言ったけど,デートするとか言ってないよね?」

「何を言う。若い男女がオシャレなイタリアンレストランで食事をするんだろ?これをデートと言わずして何をデートと言うか」

「いやいや,サイゼはそんな大層な……」

「さいぜりあというのはオシャレではないのか?」

「サイゼリヤ,な。ばっかお前,サイゼといえば最高にオシャレな……アレ?」

「やっぱりオシャレなイタリアンなんだろ?やっぱりでえとだな!」

 ドヤ顔の原滝に,俺はぐぬぬと唸る。 俺のサイゼ愛が完全に裏目に出た格好だ。

「それにディスティニーにも連れてってくれると約束したからな。明後日は空けといてくれよ」

「いや,明後日はアレがアレでアレなもんで」

「よし。なんの用事もないんだな。じゃあ、日曜日、メインエントランス前に7時半集合で」

「早えよ!それにディスティニーはどさくさに紛れて言わされただけだろ!約束なんかした覚えはない!」

「おっぱい揉んだ……」

「謹んでお供させていただきます!」

 再び華麗に土下座を決めて,ついでに明後日の予定も決まってしまった。

「ちょ,ちょっと!なんでハッキーとヒッキーがディスティニーに行くことになってるし!?」

 由比ヶ浜が俺と原滝のデートに異議を唱えた。いいぞ,もっと言え!俺のニチアサを守って!

「あたしも行きたい!みんなで行ったほうが楽しいよ!」

 ちーん。比企谷八幡,死亡。

「ならあーしも行くし」

「比企谷が不純異性交遊を起こさんとも限らんからな。保護者として私もついていく必要があるだろう」

 なんで先生まで!?カオスすぎる……こうなったら戸塚も呼べば……

「え?なんで八幡とあたしのでえとにみんな付いてくる話になってるの?ふたりきりで行きたいんですけど」

「だって……ハッキーは,ヒッキーのこと,好きなの?」

「いやそんな,この前ちょっと拉致ったばっかりで,まだ好きとか嫌いとかは」

「だったら!」

「まあ,由比ヶ浜。そんなにいきり立つな。デートというのは必ずしも好きあった同志がするものじゃないぞ。例えばな,婚活パーティーで意気投合すると、とりあえず好きかどうかは置いといてデートするだろう?そこで初めてお互いを知り,だんだん愛を育んでいってやがては結婚に至るというわけだ。だから,原滝の言うデートは特に付き合っている男女が行うそれとは別の意味だ」

「平塚先生、先生はそうやってデートを重ねてるんですか?」

 俺の説明が思わぬ方向に飛び火した形だが,由比ヶ浜の何気ない質問に,先生は一瞬こめかみの辺りをヒク、とさせたが、つとめて平静さを装いながら答えた。

「ははは、まあ意気投合すればそういうこともあるんじゃないかなー」

「ほえー、それなのに先生、どうして結婚できないんだろう?」

「ぐはっ!」

 由比ヶ浜、やめろ!その発言は先生にスマッシュヒットしてるぞ!

「こんなに優しくて美人でスタイルも抜群なのに。そりゃ、ちょっとガサツで暴力的でだらしないところもあって時々おっさん臭かったりするし」

 由比ヶ浜〜〜〜〜!

「あと,タバコ臭いし酒癖悪いし食べ物の趣味とか古い少年マンガ好きとかビミョーに女子力低いけれど」

 ちーん。平塚静、死亡。

「あと……」

 頼むからもうやめて差し上げろ。先生,息してないぞ。死体蹴りみたいになってるからあ!

 


 

「ま,まあ,要は,俺と原滝は別に付き合ったりしているわけではないが,男女で出かることを原滝はデートって言ってるだけだ」

「だから,なんでハッキーとヒッキーが二人でお出かけする話になってるのってこと!」

「そりゃあ,まあ,アレがアレでアレだから……」

「あたしが八幡に依頼したんだ」

 由比ヶ浜の厳しい追及にしどろもどろになっていた俺を見るに見かねたのか,原滝がはっきりとした口調で由比ヶ浜に言い放った。

「このご奉仕部ってのは,依頼者のお願いを聞いてくれる部活って聞いた。だからあたしは八幡にあたしとのでえとを依頼したい」

 だから,ご奉仕部はやめろ!

「そんなのだめだよ! 奉仕部のりねん?っていうのに反するから。奉仕部って言うのはね,魚の釣り方を教えてあげる部活なんだよ?」

 由比ヶ浜,それじゃ釣り教室だろうが。言葉の足らない由比ヶ浜に代わり,俺が説明する。

「正確には,飢えた人に魚を釣ってあげるのではなくて魚の釣り方を教えてあげる,悩みを解決してあげるのではなくて,自己変革を促し,悩みの解決へと導くんだそうだ」

「じゃあ問題ないな。あたしは八幡とのでえとを依頼する」

「なんでそうなるし!」

 原滝の言い分に由比ヶ浜は全く納得していない。

「あーしも分かんないな。やっぱそのへん曖昧なままなら認められないし」

 いや認めるも何もあーしさん,奉仕部じゃないよね?

「まあ,大した理由とかあるわけじゃないんだけど」

 カップに残っていた紅茶をぐっと飲み干し、原滝が話を続けた。

 


 

「八幡は前に聞いたと思うけど、私の両親、羽田沖で照明弾喰らって死んじまってさ、身寄りもないもんだから町に出て豆腐屋の2階に下宿して電柱組のバイトで高校通ってるのね」

 たしかに前にも聞いたが,相変わらずサラリと重いことを言うな,コイツ。

「学校でも友達がいないわけじゃないし,下宿先のご夫婦も良くしてくれてるんだけど,高校生が一人で生きていくために,学校が終わったらすぐにバイトへ行って,バイトが終わったら下宿に帰って飯食って銭湯へ行くだけの毎日。仕方ないって分かっていてもやっぱキツいんだ。この修学旅行だって、バイト先の仲間がカンパしてくれたり,下宿屋のおじちゃんおばちゃんの仕事を手伝ったら過分にお小遣いもらえたりして,ようやく来ることができたんだ。だからせめてこの旅行の間だけ,少しでも青春らしいことをしたい、どんなものなのか知りたいって思ってる」

 みんな黙って原滝の話を聞いていた。三浦なんか少し涙ぐんでいたかも知れない。やっぱりオカンだ。

「でも,でも,どうしてヒッキーなの?それだったらさ、隼人くんとかもっと相応しい相手が……」

「隼人はダメ。潰しちゃったから……」

葉山ェ……陽乃さん,一体ナニを潰しちゃったの?

「ほ、ほら。さっきのお面の人とかもイケメンだったし」

「アレは部下だから。最近はパワハラとかうるさいし。それにアイツ彼女いるしな」

 チッ、やっぱイケメン男は彼女持ちかよ。爆ぜろ。

「八幡。お前そんなこと思ってると、大分県全人口以上の数の男子から怨みを買うぞ」

 だからモノローグにツッコミを入れるんじゃねーっての。ちなみに大分県の人口は114万人で、福岡市の人口158万人より若干少ないぞ。それでも九州では福岡県、熊本県、鹿児島県、長崎県に続いて5番目に人口が多いんだぞ。

「あたしさ、クラスの中で話をする女子はいても,普段あんま遊んだりする相手とかいなくて。だから,拉致してるときに八幡からイタリアンレストランに連れてってくれるって言われて,あたし,本当に嬉しかったんだ。ほんと嬉しかった。その上、ディスティニーにも連れてってくれるっていうしな」

 いたずらっぽく俺に向かってウインクしてみせた原滝の嬉しそうな顔を見てしまったら、最後のはドサクサまぎれに誘導されたやつだろう、と言い返す気にはなれなかった。

 

「あたしみたいなのがこういうお願いしちゃダメなのかな?」

「分かりました、原滝さん。奉仕部部長としてあなたの依頼をお受けします」

「ゆきのん……」

「雪ノ下……」

 ペドのんはいつのまにかいつもの雪ノ下に戻っていた。

「何かしら?その気持ちの悪い生暖かい目は?」

「ゆきのん、お帰り!」

「由比ヶ浜さん?わたしはどこにも行っていないのだけれど?」

「いや、お前さっき幼児化して泣き喚いて……」

「何を言っているのかしら、この男は。何のことかは分からないけれどとりあえず通報するわ」

 おい!何か分からないなら通報するな! 千葉県警はそこまで暇じゃないんだぞ!

「雪乃ちゃーん!」

 いつもなら由比ヶ浜が抱きつくところ、今日は陽乃さんが雪ノ下に抱きついている。

「ねえさん、ちょっと、暑苦しいのだけれど」

「雪乃ちゃん、またおねえちゃんって呼んで?」

「ねえさんは何を言っているのかしら。わたしがそんなこと言うわけないじゃない」

 いやいや、君、さっき言ってたからね。ペドのん、おねえちゃんて言ってたからね。

 ……言ってたよね?

「えーん、比企谷くーん、雪乃ちゃんが冷たいー」

 いつもなら嘘泣きのところ,今日の陽乃さんは本気で嘆き悲しんでいるようだ。

「とりあえず八幡、部長様の許可も出たし、さいぜりあ?に連れてって」

「サイゼリヤな。分かった分かった。じゃあ雪ノ下、俺たち行くわ」

「そうね。そろそろ完全下校時間だし、わたしたちも帰りましょう。おねえちゃんも帰るわよ」

「ゆ、雪乃ちゃん、今、おねえちゃんって言った!?」

「言ってません」

「今、言ったよね?ガハマちゃんも聞いたよね?」

「わたしがそんなこと言うわけないじゃない。ね?由比ヶ浜さん,いえ結衣」

「いやー、その、何て言うか、たははー」

  由比ヶ浜は陽乃さんと雪ノ下の板挟みになってあたふたしている。

「行くぞ原滝」

 このまま居ると面倒ごとに巻き込まれかねないので、原滝の手をひいて急いで部室を後にする。

「で、でえとって言ったけど、八幡、意外と大胆だな」

 ひとまずこの混沌とした場を離れるため、あえて難聴系主人公を貫くことにした。

 慌てて繋いだ原滝と俺の手がの指が絡まり合い、いわゆる恋人繋ぎと言うやつになっていたことなど全くあずかり知らぬ話である。ほ,ほんとに知らないよ。

 



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まちがいつづける修学旅行。③ ~下総波乱編~

セカンドシーズン3話目。
この話はフィクションで出てくるファミレスは架空の店です。
このような店舗も店員も店長も実在しません。
ワグ○リアでもありません。
また,メニューは初出時のもので現在のものとは異なります。
そしてよいこのみんなはファミレス店内で騒いじゃ駄目だよ?
ファミレスでの修羅場はお店と他のお客さんに迷惑がかかるからやめようね。
お兄さんとの約束だよ?

すみません!ワタクシ嘘を申し上げました~~~お兄さんじゃありません。おっさんでしたぁ~~~(ドゲザ


「お、おい、大丈夫なのか?自転車の二人乗りはいけないことなんだぞ」

 

 通学に使っている自転車の後ろに原滝を乗せて駅前のサイゼを目指す。

「悪の組織の幹部が何言ってやがる。振り落とされないように掴まってろよ」

 本来ならこの自転車の後ろは小町専用なのだが、今日だけは特別だ。

 こんなところをあいつらに見られでもしたら何言われるかわからんから全速力で自転車を漕ぐ。抱きつかれた背中に何かやわらかいものが当たっているような気がするが、気のせい気のせい,無心無心。

 京葉線の駅に着いたところで原滝には先に自転車を降りてもらい、駐輪場に停めてから二人で店への階段を上がり入り口のドアを開ける。

 


 

「いらっしゃいませ。サイゼリヤへようこ……なんであんたがここにいるのさ?」

「それはこっちの台詞だ。川……川……」

「いいかげんにしないと本気でぶつよ」

 いやいや、一応これでも客なんですけど。ぶつよとか言っちゃっていいのかよ。

「川崎」

「店長……」

 ほら、ちょっと怖そうな女店長に怒られるだろ。そして川崎だった。

「パフェ」

「店長、お客様の前ですので」

「君は今、コイツをブン殴るとか言ってたじゃないか。揉め事が起きているなら舎弟たちに相手させるが」

 ちょっと,舎弟って何!?

「いえ、何でもありません。お客様は、えと……」

「あ、2名です」

「2名様ですね。当店は全席禁煙に……2名?」

 川崎、睨むなよ。

「あ、はい。彼氏の八幡と2人でえ」

「あ゛?」

 原滝、腕にしがみつくな。川崎、顔が怖ええよ!

 


 

「……それではご注文がお決まりになりましたらボタンでお呼びください」

 席に着くまで全く生きた心地がしなかった。心のオアシスであるサイゼリヤでどうしてこんな……

 

「八幡、凄いな!なんかオシャレな絵があるぞ!」

 まあ、原滝が喜んでいるからいいか。

「メニューはこっちで適当に決めるがいいか?何か食べられないものはあるか?」

「そうだな!でえとだから八幡が決めてくれ。食べられないものはないぞ。そうだな,しいたけヨーグルト以外な」

「しいたけヨーグルトがどんなものかは全く分からんが、分かった」

 呼び出しボタンで店員を呼び出す。

 

「お待たせいたしましたー」

「あのー、え?」

「はろはろー、ヒキタニくん。ご注文は決まりまして?」

 何で海老名さんがこんなところに!?

「おやおや。何でこんなとこに?って顔してるね」

「ナチュラルに心の中を読まないで」

「分かりやすい顔してるからねー」

 そんなわかりやすい顔してるのかな。ポーカーフェイスを自認してたのに。

「さっき、サキサキもここにいたんだが」

「だって、この店紹介したの私だもん。なんか前,深夜にこっそりバイトしてたみたいだけど、どこかのおせっかいな人のせいで辞めることになったって。それで予備校と妹さんのお迎えのない日はここで働いてるんだよ。もっとも、わたしは別の店がレギュラーなんだけど、今日はこの店で欠員が出てヘルプなの」

 へえ、偶然ってのもあるもんだ。

「それでお客さま、ご注文をお伺いいたします」

「あ、ああ。んじゃ、これとこれと、こっちの……これ、そしてこれはふたつ。あと……」

 メニューを指さして注文をし、海老名さんがそれをハンディに打ち込んでいく。

「それでは注文を繰り返します。プ……」

 海老名さんが注文を復唱しようとしたところ、彼女の唇に人差し指を当てて止める。

 最初こそ目を白黒させていた海老名さんだが、すぐに意図を理解してくれたようだ。ホントはマニュアルに反してるんだけどな、とウインクをしながら去っていった。

「八幡,今回はまあ,模擬みたいなもんだからいいけどさ、でえと中に他の女にデレデレすんのはどうかと思うぞ」

「いや、別にデレデレしてねーし。ないよね?」

「どーだか」

「とりあえずドリンク取りに行くか。何か飲みたいものは?」

 立ち上がりながら原滝に聞いてみるも、

「初めてだから何があるか分からん。あたしも一緒に行こう」

 確かにそうか。それなら原滝に俺の分も取って来てもらえばいいんじゃね?と、名案を思いついたが、我ながらゲスいので口にするのはやめた。

「八幡はよく知ってるのだろう?何ならあたしが取ってきてやろうか?」

「おっ、それじゃあ……」

バシッ!

 突然後頭部に痛みが走る。何かで叩かれたような?

 原滝、は目の前にいるから違うよな?キョロキョロと辺りを見回してみるが、それらしい様子はない。まさか幽霊?それとも平塚先生の生霊の仕業……?

 俺が首を捻っていると、

「八幡、一緒に取りに行くか」

「お、おう」

 原滝がニヤニヤしているのが気にはなったが,とりあえず二人でドリンクコーナーへ向かった。

 


 

「むむむ!」

 ドリンクバーのベンディングマシンの前で原滝が唸っている。

「八幡,大変だ!」

「どうした,なんかあったか?」

「ドリンクバーにスープが無いぞ!」

「ああ,サイゼにはスープバーは無いな」

「なんだと!? ジョイフルに行ったら必ずスープ3種類を最低3杯ずつ飲むのに!」

 スープ9杯はいくらなんでも飲みすぎだ。塩分過多とかにならないのかね。

「スープは別に頼んであるから、ドリンク持って戻るぞ」

「む、八幡、何かオススメはあるか?なんか、ドリンクを混ぜるといいようなことが書いてあったが……」

「やめとけ。モクテルなんて言っても美味くはならん。下手に手をかけずそのままの味で飲むのが一番だ」

「そう言う割に、その手に持っている大量のシュガースティックとコーヒーフレッシュは何だ?そのままの味で飲むんじゃないのか?」

「ばっかお前,ここには千葉の象徴たるマックスコーヒーがないからこうするしかないんだよ。練乳じゃない分,くどい甘さに欠けるがな」

 マックスコーヒーがなんでサイゼに置いていないのか甚だ疑問だ。ここのベンディングマシンはコカコーラなのに。

「ジョイフルならカフェモカがあるのにな。ドリンクバーはジョイフルの圧勝だな」

「お前,サイゼを馬鹿にしたな!いいか,千葉にあるジョイフルと言えばジョイフル本田のことなんだよ!千葉に6店舗もあるホームセンターだ。ファミレスのジョイフルなんぞ知らん!」

 俺の完璧に近い論陣に原滝もさぞやたじたじになったかと思いきや,

「ほほう。八幡は面白いこと言うな。マックスコーヒーが千葉の象徴だと?だが,今の名前はジョージア・マックスコーヒーで,ジョージアは北九州コカコーラボトリングが開発したブランドだから,チバラギが北九州の軍門に下ったということになるな」

「ぐぬぬ……」

「そして,ジョイフル本田が6店舗?ファミレスのジョイフルは千葉県内に11店舗もあるのだが,八幡は知らなかったのか?千葉県の知識が足りていない,ひいては,千葉県に対する愛が足りないのじゃないのかね?」

 ガーーーーン!!!

 俺の,千葉愛が,足りないだと……

 俺は原滝の言葉に絶望し,へたへたとその場に崩れ落ちた。

「比企谷……」

「川崎……か……俺は……普段あれだけ千葉愛を説いておきながら、実際は千葉のことなんてなーんにも知っちゃいなかった。無様だろ?笑っていいんだぜ」

 だが、意に反して川崎は俺に手を差し伸べてくれた。

「立てよ、比企谷」

「川崎……」

 川崎の手を掴んでゆっくりと立ち上がる。こいつの手、思ったよりも白くてほっそりしてるんだな……

「こ、こんなところで座り込まれたんじゃ他の客に迷惑だからね。ほら、早くドリンク持って行きな!」

 顔を真っ赤にして怒って行ってしまった川崎。そりゃそうか。知り合いがバイト先に押しかけてきて迷惑行為じゃ,あいつも店内での立場がなくなるよなあ。

 気を取り直してコーヒーとメロンソーダを手に席に戻る。

 


 

「八幡,なんか茶番を繰り広げている間に注文が来てるぞ!」

 原滝は料理を前にワクワクが隠せないでいる。それと茶番とか言うな。

「そうか。じゃあ早速食べようか」

 手に持ったトレイの飲み物をテーブルに置き、原滝の向かいの席に座った。座ったのだが……

「なんでわざわざ俺の隣に座るんだよ……」

 原滝がなぜか席を立って俺の隣に座り直してしまった。

「いいだろ,でえとなんだから隣に座ったって。それにあっちの席はちょっと食べづらいんだよ」

「なら俺があっちに行くからそこをどいてくれ」

「ダメ!それは絶対に駄目だ」

 なんであっちの席がダメなのか全く意味が分からないが,無理やりどかしてあちらに行こうとすれば原滝を押し倒すことになり通報は必至。そして,テーブルの下に潜り込んであっちに行こうとすれば,スカートの中を覗いたと言われてやはり千葉県警のお世話になることになる。進退窮まった今,押してダメなら諦めろが信条の俺としては泣く泣く原滝と並んで座ることにした。別にドキドキしたりときめいたりとかしていない。していないったらしていない。

「は,八幡,どれから食べたらいいかな?なんかスープとサラダとハムみたいいなのが来てるが」

「まずはスープからだな。ミネストローネスープな。こっちはパンプキンスープだ。好きなほうを選んでいいぞ」

「これはジョイフルの飲み放題には無いやつだ。迷うなあ。八幡のおススメはどっちだ?」

「両方とも季節限定モノでどっちもおススメだな」

「そうか,八幡は選べないタイプなんだな」

 俺が軽くディスられた後,しばらく,ぐぬぬと唸っていたがようやく腹を決めたようだ。

「やっぱり両方たべたい!」

 まあ仕方ないかと両方の皿を彼女の前に差し出す。

 まずはミネストローネの皿にスプーンを突っ込む原滝。

「八幡!これは野菜がいっぱいとれるな!美味いぞ!」

 続いてパンプキンスープをすくって口に運んでいる。すずっ。すする音を立てて食べるのはマナー違反だが、サイゼだし,そこまで目くじらを立てるようなことでもないよな。

「は,八幡!このスープ冷たいぞ!」

「ああ,『冷たいパンプキンスープ』だからな」

「でもカボチャが甘くて美味しいな!」

 いちいち感動する奴だな。でもまあ,目を輝かせてスープをすする姿は,まあその,悪くない。悪くないが,その,あんまり美味そうに食べるから俺も食べたくなってきた。

「おい,ちょっと俺にもくれないか?」

「ああ,当たり前だ。両方食べたいって,全部食べると言ってるわけじゃないからな!」

 そ,そうなのね。てっきり全部食べちゃうのかと思ってた。すまん,

 

「ほれ」

 んぐっ!

「いやー,美味いよな,パンプキンスープ」

「お,おおお……」

 突然起きた事態に唖然として酸素不足の鯉のように口をパクパクしていると,

「なんだ,ミネストローネの方も欲しいのか,ほれ」

 うくぐっ,ゴクッ!うん,美味い。

 じゃない!

「おまっ!何してるんだよ!」

「ん?八幡にスープを飲ませただけだが」

「いや,そのスプーン,お前が今スープを飲むのに使ってたヤツだよね?そのスプーンを今,俺の口に突っ込んだよね?」

「そうだが。なんだ。あたしは別にジステンバーとか病気は持ってないぞ」

 ジステンパーって犬の病気だろうが!人間にはうつらないよ。たぶん。

「やっぱり,あーんとかすべきだったかな?」

「いや,そうじゃなくて……さっきのって間接キキキキキ……」

「なんだ,間接キスとか気にしてるのか」

 え?なんで平然としてるの?なんか俺がおかしいのん?

「だってさ,お前,部室であれだけ濃厚なディープキスをぐっちょんぐっちょん人前で晒しといて,いまさら間接キスとか気にすることもないだろうに」

 いやん♪そりゃそうだろうけどそうじゃない。それとぐっちょんぐっちょんはやめて!

 

「……エスカルゴのオーブン焼きとセットのプチフォッカ,半熟卵のミラノ風ドリア,そしてアスパラガスとエビのクリームスパゲティです。お待ちどうさまでした」

 そこには,クリームスパゲティの中のエビのように茹で上がって真っ赤な顔をした海老名さんが料理を持って立っていた。

「そうそう,あんただあんた。八幡と,ぐっちょんぐっちょん」

「ちょっと」

「ひっ」

 海老名さんの背後に立ったサキサキのかなり低い声に海老名さんが軽く悲鳴を上げる。

「海老名……ぐっちょんぐっちょんってどういうこと?ちょっと店の裏に来て」

「ヒキタニくん,た,助けて……」

 海老名さんがガクガク震えている。俺も少しチビリそうだが,このまま放っておくわけにもいかないよな。

「サキサキ,まあその辺で……」

「あ゛あ゛?」

 怖え,怖えよ!本当にチビるとこだったよ!

「川崎」

 すると件のちょっと怖そうな女店長がまた川崎を呼んだ。まあ客の前でこんな怖い顔してたんじゃ厳重注意だよな。

「パフェ」

 うん,八幡分かってた。なんとなく読めてたよ。

「店長,いま取り込み中で……」

「3度目は言わんぞ。川崎……パフェ」

「は,はい!」

 あの鬼神モードの川崎がビビッて下がっていった。あの店長どれだけ怖いんだよ……

 


 

「た,助かったあ」

 へなへなとその場にへたり込む海老名さん。

「まあ助かっちゃいないけどな。後で説明しなきゃいけないだろ」

「それまでに何か言い訳考えとくよ。さっきは止めようとしてくれてありがとね」

「まあ俺のことでもあるからな」

「それでも嬉しかった」

 少し頬を染めた海老名さんと思わず見つめ合う。彼女の唇から目を離せない俺は,自然とそこへ引き寄せられ……

「おい,一応あたしとのデートなんだからさ,あたしを挟んでぐっちょんぐっちょんやるのやめてくれない?」

 立ち上がっていた俺と海老名さんの間に原滝が座っていたことを失念していた。

「ははは,こんな公衆の面前でそんなことするわけがないじゃないかー」

「そ,そうだよ。いくらなんでも自分のバイト先でそんな,ね」

「どうだか」

 呆れたように吐き棄てた原滝の声にすっかり我に返った俺と海老名さん。

「そけじゃごゆっくりー」

 トレイを抱え,逃げるように海老名さんがカウンターの方へ戻っていった。

 

「……食べようか」

「ああ」

 席に座り直した俺は,小エビのサラダとやわらかチキンのサラダ,キャベツとアンチョビのソテーにプロシュートなどを小皿に取り分けていく。

「エスカルゴはこの皿から直接取って食べてくれ」

「エスカルゴって,カタツムリか?」

「まあ,カタツムリだな」

「カタツムリなんか食えるのか?」

「当たり前だ。これは食用だからな。味付けだってしっかりしているから安心して食べろ」

「八幡がそう言うなら……」

 原滝が恐る恐るフォークを突き立ててエスカルゴを口にする。

「う……ううう……」

「口に合わなかったか?無理して食う必要はないぞ」

 

「うまい!」

 

 思わずずっこけた。

「これは美味いな!あたしが山の中で取ってきて,茹でて食べたカタツムリとは大違いだ。あれは超絶不味かった」

 お前いったい何食ってんだよ!下手したら寄生虫とかで死ぬぞ。

「このドリアは熱そうだなー」

「ああ,俺は猫舌だからすぐには食えん。先食っていいぞ」

「そうか,八幡は猫舌なんだな。じゃあ」

 原滝がカトラリーからもう一つのスプーンを取り出してドリアをすくっている。それ,俺のスプーンなんだけど……まあ,追加でもらえばいいか。

「本当に熱々だな」

 すくったドリアから湯気が立ち上る。原滝がそれにふぅふぅと息を吹きかけ覚ましている。

「はい,八幡,あーん」

「なんでだよ!ドリアくらい一人で食うから」

「どうした?間接キスが嫌って言うからわざわざ新しいスプーン使ってやったんだぞ。どこに文句がある?」

 いやいや,ふうふうあーんとかどこのメイド喫茶だよ!俺が恥ずか死ぬわ。

「別に恥ずかしいことはないだろ?今どきのバカップルだと思えば」

「それが恥ずかしいんだよ!周りの目が気になるし」

「八幡は自意識過剰なんだよ。意外と周りの人とか関心ないから。ねえ,後ろの座席の人。見てませんよねえ?」

 

「見てませーん」

 

「ほら,見てないってさ」

 いやいや,おかしいから。見てないって返事は見てたってことだから!それに今の声……

 俺たちが座っている後ろの席を上から覗き込むと,由比ヶ浜と雪ノ下がこっちから見えないよう姿勢を低くして椅子の背にへばりついていた。

「や、やっはろー」

「お前ら,何してるんだよ」

「たはは、見つかっちゃったか」

「声出せば分かっちゃうだろ。それと由比ヶ浜はともかく雪ノ下まで何一緒にバカなことやってるんだよ」

「バカとは何よ。由比ヶ浜さんはともかく私に対してその言葉は名誉毀損で訴えるわよ」

「二人とも何気に酷い!?」

「何をしてるって、わたし達は勉強をしにきただけよ。ええ、このままだと由比ヶ浜さんの期末テストの成績は壊滅的でしょうからね」

「ゆきのん!?」

 お前、何気に由比ヶ浜に対して酷いよな。それに教科書とか参考書広げてないよね?

「ファミリーレストランという公衆の面前で痴態を繰り広げる痴情谷くんに何か言われる筋合いはないわね」

 痴情谷くんって何だよ!まったく破廉恥だわ。フレンチじゃなくててイタリアンなのが残念だけど。

「さっき、その二人にあっちからジーッと見られてたから向こうの席に座って食べ辛かったんよ」

「原滝さん!? あなた何を言っているのしら?とうとう比企谷菌に感染して目が腐ってしまったのね。かわいそうに」

 比企谷菌感染力強えな!もうパンデミックだよ。最近の出来事は比企谷菌の感染患者が引き起こしてるのかもしれないな。

 比企谷菌を研究すれば,モテワクチンとかできるんじゃないかな?もうノーベル賞ものだろ,コレ。フヒッ。

「何かロクでもないことを考えているのかしら。すごく気持ちの悪い顔になっているわよ」

「まじきもい」

 由比ヶ浜,頼むからマジ顔で言うのはやめて!うっかりミニフィセルに頭ぶつけて死んじゃうとこだったぞ。

 


 

「まあまあ八幡,気を取り直して,ほら,あーん」

 うっかり差し出されたドリアをバクッと口に入れてしまう。

「ヒヒヒ,ヒッキー!何あーんされてるの!?」

「由比ヶ浜,これは新しいスプーンで,間接キスとかじゃないからいいだろ?」

「そうそう,それはさっきスープでやったからな」

 おいおい,何余計なこと言っちゃってんの!そんなこと言ったら火に油だろ……

「それはまあ,偶然に,本当に偶然わたしたちの目に入っていたけれど,特に言うことはないわね」

「そうそう,無理やりみたいだったし,それに部室で姫菜とのアレを見せられちゃってるからね」

「ね。あんなぐっちょんぐっちょんのを見せつけといて今さら何言ってんだって感じだよな」

 いやあああ!もうそのぐっちょんぐっちょんやめてーーーー!!

 

「……イタリアンハンバーグにパンチェッタと若鶏のグリル,お待たせしました」

 さっきよりもさらに顔を真っ赤にした海老名さんがそこに立っていた。

 

「姫菜……」

それっきり無言のまま立ち尽くす三人。そんな中……

「原滝,お前,この状況でよくモリモリ食べていられるな」

「だって,せっかく作ってもらった料理が冷めちゃったら調理してくれた人に失礼だろう?」

 なかなか見上げた心がけだが,サイゼは調理済みの食材を温めてだしているだけなんだな。ただ,徹底した温度管理や品質管理,そして栽培・収穫から加工、調理まで一貫して行うことによりコストダウンを図り,この味と値段を両立させている。

 べ、別にサイゼの回し者じゃ無いよ(汗)



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まちがいつづける修学旅行。④ ~下総混乱編~

セカンドシーズン4話目。
タイトル通り混乱中。
なんでこんなに長くなってるんだろう……
そして相も変わらず修羅場が続く……
再度念押しいたしますが,架空の店舗です。
ワグ○リアでもありません!
また,サイゼリヤのどの店舗にも高級ワインがあるわけでもないのでご注意ください。
そして重ねて注意しますが,首トンは大変危険です!絶対に真似しないでください!!
駄作者がほんっとすみません。


「ほら,海老名。ボーっとしてないで新しいお客さんだよ」

 この均衡を破ったのは川崎の一言だった。ようやく再起動した海老名さんが店の入り口へ向かっていった,のだが……

「ひゃっはろー!」

 

 なんか聞き覚えのある声が……たぶん空耳だ,空耳に違いない。空耳であってくれ……

「海老名ちゃんだっけ?さっき部室で比企谷くんとぐっちょんぐっちょんしてすぐにいなくなったと思ったらこんなところで働いてたんだね。あ,おねえちゃん,雪乃ちゃんと待ち合わせでえす」

 やめれーーー!その,ぐっちょんぐっちょんって流行ってるの?八幡のMPもHPもとっくにゼロよ!

 俺の心からの祈りもむなしく,雪ノ下姉こと恐怖の大魔王・雪ノ下陽乃の登場である。

「雪乃ちゃーん!やっぱりこっちだったねー。念のためイオンの店で張ってたけど、ここが学校に一番近いもんね。14号の方の店に行った三浦ちゃんももうすぐ合流するよ」

「ね,ねえさん,ななな何を言っているのかしら?わたしは,由比ヶ浜さんと勉強をしに来て偶然比企谷君と居合わせただけなのだけれど?張ってるとかなんとか,妄言はやめてもらえるかしら」

 雪ノ下が慌てた様子で陽乃さんに反論しているが,今さら取り繕ったところで,とっくに全部ばれてるんだけどな。

「まーまー,あ,海老名ちゃん,ワインリスト持ってきてくれる?」

 サイゼリヤには,グランドメニューに書いてあるワインメニューとは別に,少しお高いワイン(とは言え,高いもので7,500円くらいだけど)のリストが存在するのだ。しかし,なんで陽乃さんがそんなものの存在を知っているのだろう?

「これでもねー西千葉でキャンパスライフを送る花の女子大生なんだから友だちとサイゼリヤぐらいは行くよ?比企谷くんともよくチェーンのドーナツ屋さんで密会してるしねー」

「雪ノ下さん,人聞きの悪いこと言わないでください。たまたま遭遇するだけですからね,たまたま」

「ふふふ,たまたまって思ってるのは君だけかも知れないよ?」

 怖えよ! なんか俺の知らないところで陰謀が渦巻いてたりするの?

「って,なんでこのテーブルに座ってるんですか。雪ノ下と待ち合わせをしていたのならあっちの席へ行ってください」

「えー,雪乃ちゃんは由比ヶ浜ちゃんと勉強しに来たんだから邪魔しちゃいけないよー」

「それじゃ,デート中の男女の邪魔をするのはいいんですかね?」

「あれ?比企谷くん,デートなの?デートであることを認めるの?」

「いや,デートという形をとった依頼といいますか,なんと言うか……」

 陽乃さんの問いに,デートと答えればこの場を切り抜けることができるのだろうが,雪ノ下,由比ヶ浜,海老名に川崎の刺すような視線にその一言が言えない。背中に嫌な汗が流れる。てか,海老名,川崎,仕事しろ。

 

「……バローロをお持ちしました。グラスは一つでよろしかったですか?」

 あ,仕事してたのね。川崎,すまん。

 川崎が赤ワインのボトルとグラス,そして開けたコルクを置いていく……一体いつの間に頼んだんだろう?

「ありがとう。後で静ちゃんも来ると思うから,グラスもう一個持ってきてくれるかな?」

「かしこまりました」

 ええーーー平塚先生来るの?そんでもって飲むの?これ早く帰らないと死ぬよね?死ぬやつだよね?

「このカシワも美味いな。八幡は食べないのか?」

 若鶏のグリルに手を付けている原滝。器用にナイフで切り分けてフォークに刺し,

「ほれ」

 と俺の目の前に差し出した。

 それを俺はパクッと……もうこうなったらヤケだ。

「おやおや、お二人さんお熱いねーこのこの」

 と陽乃さんが正面から俺のほっぺたを指で突っついている。やめい。

 

「ねえさんは一体そこで何をしているのかしら」

「えー,ゆきのちゃんはガハマちゃんとお勉強をしに来たんでしょうから関係ないでしょう?それとも勉強ってのは嘘なのかなー?」

 後ろの席から,ぐきぎ,とか聞こえてはいけないような声が聞こえた。雪ノ下の声で。

「結衣,教科書を出して」

「え!? ゆきのん,本当に勉強するの?」

「当り前じゃない。勉強をしに来たのだから」

「でもそれは……」

「わたし,暴言も失言も吐くけれど,虚言だけは吐いたことがないの。仮に虚言を吐いたとしても,それを真実にしてしまえばそれは虚言ではなくなるわ」

「ええーーー」

 哀れ由比ヶ浜。陽乃さんにまんまと乗せられた雪ノ下の巻き添えになったな。まあ,あいつの成績を考えればここで勉強をしておいた方が本人のためか。

 


 

「ヒキオ,ドリア一口もらうし」

 いつの間にかあーしさんがスプーンを持って向かいの席に座っている。なんなんだよいったい。

「八幡,なんか騒がしくなってきたな」

「そうだな,そろそろ帰るか?」

 これじゃさすがにデートは続行不可能だろう。これじゃ,部室の修羅場が場所を変えただけになってしまう。

「いや,さっきから料理を食べられてるし,追加注文したいかなって」

 おーい!気づけば陽乃さんはミラノサラミをアテにワインを飲んでるし,三浦もドリアと若鶏とセットのパンチェッタに手を伸ばしている。

「あんたら,何食ってんだよ!」

「いいよいいよ。おねえさんが全部払ってあげるから好きなだけ注文しなさい」

 それなら俺は,リブステーキを特製デミソースで……ってちがーーーう!

「ところで静ちゃんは三浦ちゃんと同じ店にいたんじゃないの?」

「ああ,先生,待ってる間にワイン飲み始めたら止まんなくなって……」

 陽乃さんと三浦が顔を見合わせて黙り込んでいる。

 このお通夜のような空気にいたたまれなくなり,席を立ってドリンクコーナーに向かうことにした。

「原滝,お代わりどうする?」

「ありがとう。それじゃ,ウーロン茶をお願い」

「ヒキオ,あーしは野菜と果実」

「おねえちゃんはチェイサー代わりに炭酸水をもらおうかな」

 あ,みんな頼むんですね。パシリは辛いね。

「ヒッキーひとりじゃ大変だよね?手伝おうか?」

 由比ヶ浜結衣は優しい女の子だ。以前の俺なら、彼女の優しさに勘違いしないよう、その優しさは本物であるがゆえに嘘だと断じていたであろう。

 だが、今の俺は知ってしまったのだ。彼女の気持ちが、その優しさが、嘘でも勘違いでもないことを。そして、今の俺はその気持ちにあらゆる意味で応えることができないのも知っている。

「ほら、ヒッキー行こう」

 そんな考えを遮るように,由比ヶ浜が俺の手をひっぱり,二人でドリンクバーのコーナーに向かう。

 


 

「ねえ,ヒッキーってハッキーのこと好きなの?」

 はあ!?

「なんでそんなことになるんだよ」

「えー,だって,いつものヒッキーならアレがアレでアレだからとかいってデートなんかしないじゃない」

 うっ,全く否定できない。普段の俺なら間違いなくそう言ってたな。

「九州にいるときに依頼を受けたんだよ。まあ,アレだ,仕事みたいなもんだ」

「いつもは働きたくないでござるって言ってるのに?それに,あたしの,ハニトーの約束だって……あたしのほうが……先だったのに……」

 由比ヶ浜の声がだんだん小さく,少し涙声が混ざっていく。

「すまん,由比ヶ浜。忘れてたわけじゃないんだ。ただ,その……俺から言い出すのが照れくさくてな……お前,待たないでこっちから行くって言ってただろ?その言葉に甘えていたのかも知れん。不安にさせたのなら……謝る」

 由比ヶ浜が俯いていた顔を上げた。目元には,やはりわずかに涙が浮かんでいた。

 ああ,もう!こういうのは俺のキャラじゃないんだがなあ…… 

「ハニトーの約束は必ず守る。だから……」

 そう言って由比ヶ浜の背中に手を回し、彼女の体をグッと引き寄せる。

 由比ヶ浜は少し驚いた表情を見せたあと、目を瞑り俺に身体を委ねる。

「分かった。信じてるから……」

「ああ……」

 

「あの……お客さま?」

 掛けられた声に二人とも寄せ合った身体をパッと離した。

「店内での過度なイチャコラは他のお客様の手前、ご遠慮願いたいのですが……」

「いや、海老名さん、これは、その……」

 何か言い訳をしようとするが、しどろもどろになって言葉が出てこない。

 海老名さんがふぅとため息をついて、

「やっぱ目の前でこういうの見るとキツイね。わたし、部室で酷いことしちゃったね」

「ううん。あたしだって今、ヒッキーの優しさにつけ込むようなことになると思ったけど、気持ちは止められないもん。好きになったら仕方ないよ」

 こんな素敵な女の子たちがこんなに思ってくれているのに、俺は二人にかける言葉を全く見つけられないでいた。しょうがないだろ。今まで生きてきて、こんな瞬間が来るなんて全く思いもしなかったんだから。

 ボッチ舐めんな、とは、もう言えんよなあ。

「それより早くドリンク持っていかないとみんな待ってるんじゃないかな?」

「あ」

 二人していつまでも帰ってこないとなると、あとで何を言われるか分かったもんじゃない。慌ててドリンクをトレイに乗せ、由比ヶ浜と二人で元の席に戻ったのだが……

 


 

「八幡,遅い!遅いなー,あと遅い!」

 待ちくたびれた原滝が顔を真っ赤にして怒っていらっしゃる。

 対照的に陽乃さんの顔は少し青ざめているように感じた。

「どうせまた,その乳のでかいねーちゃんと乳繰り合ってたんだろ?」

「しょしょしょ,しょんなことは,にゃあ?」

 失礼,噛みながら由比ヶ浜に同意を求める。

「……う,うん」

 少し頬を赤らめてうつむき加減で答える由比ヶ浜。それじゃ否定になってないっての! カミカミの俺が言えた義理じゃないけどな。

「にゃあ……ねこ?」

 雪ノ下、猫はいない。

「どう見てもお前らなんかあったんじゃねーか! このデカイ乳をアレヤコレヤしてたんじゃないのか?」

 そう言って由比ヶ浜の胸を正面から揉みしだく原滝。

「や、やん」

 そんな声出すな! うっかり前屈みになっちゃうだろ!

「ほれ。八幡も揉め」

「バ、バカ! できるわけないだろ!」

「どーして?」

「どーしてもこーしてもないだろうが」

「あたしの胸は触ったのに?」

「うぐっ」

「部室であたしのおっぱいはモミモミしたのに?」

「揉んでねえーーー! 胸に手を当てただけだ!」

「ヒッキー、ハッキーのはおっぱいは揉むのにあたしのは揉めないんだ……」

 由比ヶ浜さん!ややこしくなるんで今はやめてください!

「そういうことを言うなら,揉め」

 何その超理論。などと考える間も与えず,原滝が俺の手を掴み,自らの胸に持っていった。

「ほれ」

「ほれ,じゃねぇ!」

 ぎゅむ。

「あん。はち……もっと優しく……」

 原滝が顔を赤らめながら切なげな声を……って,ツッコミの際にうっかり力が入り,結論だけ言えば,形だけ見れば原滝の胸を鷲づかみにしてしまっていたあ!

 こ,これでは部室の修羅場の再現必至である。なんなら社会的に抹殺乃至稲毛海岸の沖にコンクリート漬けで沈められるまである。なにせここには土建屋さんの御令嬢が二人もいらっしゃる。俺を沈めるコンクリート材料の調達には事欠かないだろう。

「申し訳ございませんでしたあぁーーー」

 すかさずその場で土下座敢行。これだけ綺麗な土下座はなかなかお目にかかれるもんじゃないぜ。ふっ,決まったな。

 だが,床に付けた頭の先に何やら気配を感じる。そっと頭をあげてみると,陽乃さんがさらに綺麗な土下座姿を見せていた。

 


 

「比企谷くん,本当にごめんなさい。私のせいなの」

 土下座では誰にも負けないと自負していた俺の自信は,陽乃さんの見事な土下座姿にガラガラと音を立てて崩れ去った。

「陽乃さん,やめてください。なんであなたが土下座してるんですか」

「あのね,比企谷くんがなかなか戻ってこない間に飲み物がなくなっちゃって,原滝ちゃんが喉が渇いてそうだったからワインを飲ませちゃったの。そうしたらあんなになっちゃって……」

「未成年飲酒ってマズいじゃないですか。店にも迷惑がかかりますよ?」

「そうなの。だから本当にごめんなさい」

「あの……お客様」

 土下座する俺たちの上から少し低い声が聞こえてきた。

「他のお客様のご迷惑になりますので土下座はご遠慮ください」

 フロアスタッフの川崎が騒ぎを聞きつけ注意しにきたようだ。

「川崎……迷惑かけてすまん!」

 俺は川崎に向かい,床に額をこすりつけるようにひれ伏した。

「だから土下座やめろって言ってんだろ!いいかげんぶつよ!」

「イエス,マム!」 

 跳ねるように立ち上がり,ビシッと敬礼をかます。およそ店員とは思えない物言いだが,どう考えても全面的にこちらが悪い。

「……ばっかじゃないの」

 おおう。その冷たい言葉,ゾクゾクくるぜ。

「はちまん。この女もおっぱいおっきかねー」

 原滝が川崎の背中に抱き着き,後ろから川崎の胸を掴もうとする。

 おい,それはヤバいぞ!川崎は空手の使い手だ。そんなことすりゃ骨折どころじゃ済まないぞ!

「ひゃい!?」

 なんか可愛い声が聞こえたような……

「ほれほれ。これは揉みごたえんあるおっぱいばい」

「や……やめて……ああっ,んっ」

 川崎は力が入らない様子で抵抗できないみたいだ。さすがにこれは止めなきゃいけないだろうと川崎の前に立って,

「原滝,さすがにそれは行き過ぎ……」

「比企谷!見るな!うっ,お願い……見ないで……」

 川崎の言葉に思わず後ろを向いてしまう。しかしこのままでは川崎が……

「雪ノ下ーーー!頼む!」

 はあ,という雪ノ下の溜息が聞こえたと同時に原滝が静かになり,そしてドサリと何ものかが床へ崩れ落ちる音がした。

 振り返れば雪ノ下は手刀を構えたままだ。おそらく得意の首トンで一瞬のうちに原滝を沈黙させたのであろう。

「サンキュな雪ノ下」

 雪ノ下は俺の礼を気にかけることもなく、長い髪をファサッとなびかせながら、振り向いて自分の席に戻っていった。

 


 

 倒れた原滝も気になるが、川崎もまた両手で胸を押さえながらその場にしゃがみこんでいた。

「ううう……ぐすっ」

 こんな時,どうやって声をかけたらいいか全く思いつかねえ。小町なら抱きしめて頭を撫でてやるところだが,これまでボッチ歴=年齢だった俺にすすり泣く同級生の相手なんてムリゲーすぎんだろ……

「ひ,比企谷!?」

「へ!?」

 川崎の驚く声に思わず素っ頓狂な声をあげちまったい。そして,冷静になって今の状況を確認してみた。

1.俺の身体:しゃがみこんで川崎と同じ高さ。

2.俺の左手:川崎の背中に回し、彼女の体をぐっと引き寄せている。

3.俺の右手:青みがかった髪の上に置かれ、彼女の頭を撫でまわしている。

結論:はい,アウト〜〜〜!

すぐにでも体を離し、そのまま土下座の体制に入ろうと思ったが、川崎が目を瞑り、うっとりとした顔で俺に体を預けてしまっていて、このまま体を離したのでは俺という支えが無くなった川崎の体が前につんのめり、悪くすれば頭を打って大怪我の可能性もあるため、仕方なくそのまま頭を撫で続けていた。本当に仕方なくだよ?

 


 

「川崎」

気づけばすぐそばに女店長が立っており、川崎の名を呼んでいる。

「腹減った」

絶対そう言うと思っていたよ。プレないよな,この人。

川崎は店長の呼びかけに慌てて立ち上がった。少し名残惜しいとか思ってない。思ったりしていない。大事なことだから2回言った。

「て、店長、すみません」

「どうした川崎。こいつに泣かされたのなら帰り道,舎弟に闇討ちさせるぞ」

怖えよ!なんだよ闇討ちって。それ本人の前で言ったら闇討ちになってないからね!?

「いえ、店長、別にこちらのお客様は関係なくて……その……」

「とは言え、このままでは私のパフェ作りに影響……じゃなくて他のお客様に迷惑がかかる」

今この人、自分のパフェ作りに影響が出るって言ったよ!この店大丈夫?

「すみません。いろいろお騒がせしまして。これはほんのつまらないものですが」

俺はカバンから、なごみの米屋のぴーなっつ最中を取り出し女店長に差し出す。

女店長は無表情でそれを受け取ると、

「なかなか見どころのあるやつじゃないか。今度バイトの面接やるから時間のあるときに顔を出せ。ごゆっくり」

 ふぅ,ひとまず危機は回避したな。え?なんでぴーなっつ最中を持ってたかって?千葉県民なら誰でも常備してるだろ?

「比企谷……あんた凄いね」

「 いや、単純に腹減って食い物が嬉しかっただけだろ?だいたい俺は働きたくないからな。バイトの面接なんか絶対来ないぞ」

「来ないと、舎弟の人たちが呼びに行くかもしれないよ。ちょっと手荒に」

 何だよ,ちょっと手荒にって!ここサイゼだよね?大丈夫なの?サ○ゼとか伏せ字使わなきゃダメな奴なの?

「ごめん,比企谷,冗談だから。さっき泣かされたお返し。店長が言ってたのも冗談だと思う……たぶん」

「いや,俺が泣かしたんじゃないだろ?小学校の頃のトラウマを思い出すからやめて。何?この後学級会で糾弾されちゃうの?」

 そもそもやったの原滝だし。それとサイゼの名誉のためにそこは冗談と言い切ろうよ,ね!?

「比企谷くんは分かってないなー。川崎ちゃんはさ,比企谷くんに見られたくない恥ずかしい姿をガン見されたから泣いちゃったんだよ」

「誤解を招く言い方はやめてください。ガン見なんてしてないですから」

 せいぜいチラ見くらいのもんだ。本当だよ?川崎の息が上がって紅潮した顔なんて見てないよ?

「だいたい雪ノ下さんが原滝に酒を飲ませたのが全ての元凶ですからね!」

 ついつい強めに言ってから,しまった,と思った。この後どんな仕打ちが待っているかと戦々恐々としていたんだが……

「それ言われると困っちゃうんだよね……うちの父親,県議会議員なのに,その娘が未成年飲酒に加担してたなんてとんだスキャンダルだよ……」

 いつになく弱気な陽乃さん,なんか調子狂うな。

「まあアレです。店や川崎,そして海老名さんにも迷惑がかかりますから,言いふらしたりしませんよ」

「本当に?」

 今にも消え入りそうな声で陽乃さんは俺に問いかける。

「だいたい俺が話をする相手なんていないじゃないですかー?」

「比企谷くん」

「はい?」

「今のこの状況で本気でそれを言ってる?」

「いや……その……」

 少し涙目の陽乃さんに、いつもの軽口で返すこともできず、つい口ごもってしまう。

 これまでの状況を鑑みれば,どうみてもボッチだなんて言えない。

「分かりました。それじゃ雪ノ下さん、俺はあなたのために、このことは誰にも口外しません。それでいいでしょう?」

「ホントに?」

「ホントです」

「信じていいの?」

 今日の陽乃さんの上目遣いは,これまでの計算されたそれとは全く違っていた。

「はい。小町と戸塚に誓って」

「ふふふ、ブレないなー、比企谷くんは」

 陽乃さん声が聞こえたと思ったら,ふいに視界が塞がれた。

 頭の後ろには陽乃さんの手,顔は何やら柔らかいものに押し付けられ,前が全く見えない。

 そしてなんかすげえいい匂い。だめだー。頭がクラクラしてきた。もうどうにかなりそうだー

「ひ,比企谷くん。いったい何をしているのかしら?こんな公衆の面前で強制わいせつに及ぶなんて。すぐに通報しないといけないようね」

「ヒッキー,マジキモい」

 なんか俺を罵倒する声がかすかに聞こえる。が,自分の身に何が起きているのかも分からず……

 すまん,嘘だ。俺は今,陽乃さんの胸に顔をうずめている。

 決して俺の意思ではない,大事なことなのでもう一度言うが俺の意思で陽乃さんの豊かな胸に顔をうずめているのではない。だが,はっきり言ってここは天国だ。鼻孔をくすぐる官能的なこの匂い,そして顔に伝わる柔らかさ。自らの意思ではどうにも離れられない。

 


 

「あ,ヒキタニくんの妹さんがサキサキの弟さんと腕を組んで入ってきた」

「何,小町が大志と!? くそっ,あの毒虫,一族郎党もろともぶっ殺してやる!」

 殺気立った目で店内をぐるりと見回してみるもののそれらしき人影はない。

「ゴメン。人違いだったみたい」

 ペロッと舌を出す海老名さん。ちょっと可愛いと思っちまったじゃないかコノヤロウ。

 かつて魔王様と呼ばれた(俺が呼んでいただけだが)陽乃さんは,俺の顔が離れたことで少し寂しそうな顔をしている。やめてー,勘違いちゃうから!

 そして,振り返ると川崎沙希が阿修羅のような顔をして仁王立ちしていた……

 

「あんた,うちの大志が毒虫?一族郎党もろともぶっ殺してやるだって?あ゛?」

 

 いたよー!一族郎党ここにいたよ!

 

「いや,それはその,言葉の平野綾といいますか,ハレ晴レユカイといいますか、その……」

「言い訳しないで! 大志とけーちゃんと下の弟を守るためにアンタを殺してアタシも死ぬ!!」

「おいおい、過ぎたシスコン、ブラコンはやめろ!」

「どの口が言うんだい、この超ど級シスコン男!」

 釘バットを手ににじり寄る川崎,じりじりと壁際まで追い詰められた俺。いや,なんでファミレスに釘バットとかあるんだよ!なんてことはこの際どうでもいい。まさに絶体絶命。はっきりカタをつけるどころか俺が片づけられちゃうまである。

「愛してるぜ,川崎。だからその釘バットを下ろせ」

「ゴメンね、アンタ。この世では一緒になれなかったけど、あの世でアタシと一緒になってくれるかい?」

 ポロポロと涙をこぼしながら俺に問いかける川崎。目が本気だ。これはもうダメかもしれない。

「やめろ、川崎!」

 女店長が川崎の肩を掴んで止める。この時ばかりはこの店長が女神さまのように思えた。

「勝手にあたしの釘バットを持ち出すんじゃない」

 釘バット,お前のかーーーーー!

「だいたいお前が死んだらシフトに穴が空くし,これからあたしのパフェを誰が作るんだ!」

 うん、知ってた。この店長ブレないって。

「それにそいつはピーナッツ最中をあたしにくれた。殺すのはダメだ」

 今日ほどピーナッツ最中を持ち歩いてて良かったと思える日はなかった。やっぱり千葉のピーナッツは偉大だぜ。

「あとで店を出たら舎弟に半殺しにさせるから今日のところはそれで抑えてくれ」

 半殺しにされちゃうのかよ!女神かと思ったのにやっぱり悪魔だったか。

「おいお前、何か失礼なこと考えてなかったか?」

「いえいえ、今度は落花生さぶれなんかも持ってこようかなーなんて思いまして……」

「すまん川崎、半殺しも無しだ」

 命拾いしたよー。偉大だな、千葉の落花生!ありがとう、なごみの米屋!

「あのー、ヒキタニくん?」

「どうした?海老名さん」

「彼女、ずっと倒れたままなんだけど……」

 あ!原滝のこと、すっかり忘れてたよ……

「おい原滝、起きろ」

 揺すったりさすったりしてみたものの、気を失ったまま一向に起きる様子はない。

「雪ノ下、お前の首トンでこうなったんだから、背中をグイッとやって気付けをする技とかないのかよ」

「この男は何を言っているのかしら?そんな漫画みたいなことできるわけないじゃない」

 いや、その前に首トンも相当漫画じみてるけどな!

「ちなみに気を失わせる技は素人がやると気を失ったまま起きられなくなったり、最悪死んでしまうことがあるから、決して真似してはダメよ」

 いやいや、現在進行形で起き上がってこない人がここにいるんですけど!

「川崎、とりあえずこんなとこに寝かしたままにするのはマズい。休憩室へ運ばせろ」

「わ、分かりました店長。比企谷、手伝え」

 なんで俺が……とは言えんわな。フロアには男手は無さそうだし、そもそも原滝は俺の知り合いだしな。

「分かった。その休憩室とやらに案内してくれ」

川崎にそう告げて、原滝を横抱きにして抱える。意識を失ってグッタリしているから相当重く感じるな。

両足を踏ん張って、一気に持ち上げる!

「ヒ、ヒッキー!なんでお姫様抱っこしてるし!?」

「しょうがねえだろう。意識ねえし、男が俺だけなんだから」

「うー」

 由比ヶ浜がサブ……サブロー?のように唸ってるが、仕方ないものは仕方ない。

 原滝って意外と良い匂いすんなとか、なんか柔らかいとかいうのは置いといてとにかくこれは仕方がないことなのだ。

「川崎、頼む」

「あ、ああ、こっちだよ」

 原滝を抱えて休憩室へ向かった。意外と軽いな、こいつ。ちゃんと食べてんのか。



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まちがいつづける修学旅行。⑤ ~下総淫乱編~

セカンドシーズン5話目。
タイトルはこんなんですがR18とかではないのでご安心ください。
……たぶん大丈夫。
本当はセカンドシーズン全4話くらいで考えていたのに既に超えてしまいました。

そして,県立地球防衛軍並びにバラダギ様ファンの皆様,誠に申し訳ありません。

どうしてこうなった?

キャラの暴走のせいだよなあ,房総だけに……

ほんとごめん。



 川崎の案内で休憩室へ来てみたものの、原滝を寝かせられるベッドなりソファなりはなく、ミーティングテーブルと折りたたみ椅子があるのみである。

 

「川崎、こいつをどこに置けばいいんだ?まさか床ってわけじゃないんだろ?」

「あ、そうだね……店長に言われるままあまり考えずに来ちゃったから……」

 日頃から身体を鍛えているわけではない俺の腕はプルプルと震えだし、そろそろ限界を迎えつつあった。

「か、川崎……」

「と、とりあえずテーブルの上でも乗せときな。毛布か何か探してくるから」

「おう,頼んだ」

 川崎が出て行った後、慎重に原滝をテーブルの上に寝かせる。

 一息ついて,横たわる原滝の顔を見て思う。

 大人しくしてればただの美少女なんだがなあ。

 こいつが悪の組織の幹部なんてな。ま、やってることはずいぶん間抜けなことばかりみたいだが。

 

「う、うーん」

 原滝が寝返りをうった拍子にテーブルの端から身体がこぼれ,床に向かって落ちていく。

 俺は,慌てながらも自らの身体をすべり込ませ,床に激突する間際に原滝の身体を抱き留めることに成功した。ふぅ,ギリギリセーフ。

 

「比企谷くん,あなたはいったい何をしているのかしら」

 アウトだった。

 

「もう言い逃れはできないわね。意識のない女性に劣情を抱いて床の上で襲おうとするなんて……」

「雪ノ下,俺の話を聞いてくれ」

「問答無用よ。残念だけど、司直の手にかかる前に私が引導を渡してあげる。ごめんなさい。今まで罵倒ばかりであなたを傷つけるだけだった……でも決して本心ではなかったのよ?あなたを独りで逝かせはしないから……先に逝って待っててね」

 

 雪ノ下、お前もか〜〜〜!

 ダメだコレは。目がマジだ。マジと書いて本気と読むやつだ。

 こいつの本気の首トンを延髄に叩き込まれれば、俺ごときひとたまりもなくあの世行きであろう。

 今すぐ逃げ出したい。脱兎のごとく逃げ出したい。

 なんならリトルルーキーのように逃げ出したい。あ,あのウサギ野郎は逃げないか。

 が,俺の上にぐったりとした原滝がいて動くに動けず万事休す,進退窮まった。

 だが、そんなことで諦める俺ではない。どんな卑怯な手を使ってでも切り抜ける、それが俺だ。

 それにしても原滝柔らかいいい匂い。

「ゆ、雪ノ下、落ち着け。次の世界で一緒にいられるという保証なんかどこにもないだろ?お前は天国に行くだろうが俺はこのままじゃ地獄行きだろうからな。それなら今、この世界で結ばれるという選択肢もあるんじゃないか?」

 一瞬、雪ノ下の動きが止まる。

「俺は不確実なあの世とやらに期待するよりもこの世でお前と一緒にいたいんだ。ダメか?」

「比企谷くん……」

 心なしか雪ノ下の目が潤む。

 よし、いける!このまま押し切れば命拾いできる!

 俺的には数ある黒歴史に新たな1ページを加えようとしているが背に腹は代えられん。命あっての物種という言葉もある。

「雪ノ下,落ちてくる原滝を受け止める時に転倒して腰を打ったみたいなんだ。手を貸してもらえると助かる」

 下手に言い訳を重ねるより,自然に今の体勢が不可抗力によってもたらされているということがアピールできるだろ。そして,そのまま体を起こして原滝を元に戻す。これで万事OKだ。さあ,雪ノ下,俺の手を取ってくれ。

 


 

「ううぅ,はっ!?」

 その時,原滝が,目覚めた。

「は,八幡!? なんであんたあたしを抱きしめてるの?」

「いやいや,俺,お前を抱きしめてなんかいないから。とにかく早く俺の上からどいてくれ」

「だ,だって……八幡が,ギュッとしてるから起き上がれない……」 

 そ、そうか。原滝が落ちないように身体を両手で捕まえてたんだっけ。こういうのを抱きしめるって言うんだな。今日は勉強になった、うん。 

 

「あたし,どうなって……まずは,着衣の乱れ……あり」 

 もぞもぞと自分の身なりを確認しはじめる原滝。

 たしかにセーラー服の上着が少しまくれ上がり、わずかに背中が見えている。おそらく前から見たらおへそが見えるんだろうな。

 てか,なんでシャツ着てないんだよ……

 

「八幡のはちまん……ビンビン……」

 こら!女の子がそんなハシタナイこと言っちゃいけません!!

 じゃなくて,なんで俺のナニの状態を確認してるのん?

 今,一瞬つまんだよね!?

「しょうがねーだろ,お前みたいな美少女が上に覆いかぶさってるんだ。そりゃ,男として当然の反応というか,逆に何もなければ失礼というか……」

「美,美少女……!」

 原滝の顔が真っ赤になった。たぶん俺も赤くなっているのだろう。

 そして,何やら俺の上で再びゴソゴソしている原滝。いい加減起き上って確認したほうがいいのじゃないだろうか。そりゃ俺はいい匂いだしやわらかいしやぶさかではないのだが,刺激を与え続けられて間違って暴発なんかしたらもう死ぬしかなくなっちゃうだろ。

 

「パンツ……無い……あたしパンツ履いてない……」

 

 え

 

 ええええええええーーーーーー!!!!

 


 

 原滝の顔がみるみる青くなっていく。俺も混乱している。え!? 今,俺の上に乗っているのはノーパン女子?

 上着と同様にスカートも少しめくり上がりそうになっていて,その奥には……ゴクリ

「うぇええーーーん、気を失っている間に処女も失ったーーーー」 

 ちょ!おまっ!何言ってんの!?

「ううぅ,しくしく」

「いや,俺,何もしてないからね?」

「だって,パンツを脱がしたらやることなんかひとつだろ?」

「お前,どんな考えしてるんだよ。まず,俺がパンツ脱がしたっていうのが間違いだ。俺は何もしていない」

「初めてなのになんの記憶も無いなんてひどいよおー」

「だから,人の話を聞け!俺は何も……」 

 

「八幡……」

 涙目で俺をにらむ原滝の顔が目の前にある。それにしても近い!怖い!あと近い!

「とりあえず落ち着いて,通報だけはやめ…… んぐっ、んん……」

 はらたきのキッス!

 はちまんはこんらんしている。

 はちまんはからだがしびれてうごけなくなった!

「な,なんで!? ききき,きしゅにゃんか」

 大いに噛んでしまったがそんなことはもうどうでもいい。はちまんに80000のダメージ! 

 原滝が上半身を起こし,馬乗りの体勢で俺を見下ろしながら言った。

「だって……だって……はじめてなのに何も覚えてないなんてあんまりじゃないか。だから,あたしははじめてのやり直しを要求する!」

「いや,それはお前の勘違い……はあ!?」

 はちまんはますますこんらんした!

「って,上着を脱ぐな!お前は脱ぎ女か!こっこら!スカートを下ろそうとするな!お前,その下履いてないだろ!!」

 セーラー服の上を脱いで,上半身ブラジャー一枚になり,スカートに手をかけた原滝を止めるべく,俺も慌てて上半身を起こし,両手で原滝を抱え込むように抱きしめた。

「やめろ……もっと自分を大切にしろよ」

「はちまん……」

 原滝が静かに目を瞑り,ピンク色の唇を突き出してきた。

 これはアレですね,さっきは自分から無理矢理キスをしたけれど,今度は俺の方からしろと。なんてハードルの高いことを……俺にそんなことができると思うのか?だって俺だぞ?

 だが,目を瞑っていてもまだ少し涙が滲む原滝を,俺は,すごく可愛いと思った。

 もう,原滝ルートでもいいよね?俺は,そっと原滝の唇に俺の唇を合わせ……

 


 

「あ,あ,あ,あなたたちは一体何をしているのかしら」

 

 血も凍らんばかりの低い声に振り返れば,我が奉仕部部長でいらっしゃるところの雪ノ下雪乃さんが,ゴゴゴゴゴという効果音が聞こえてきそうな佇まいで立っていらっしゃった。

 そういえば雪ノ下,最初からそこに居たんだったな。 

「お嬢さま,止めないでください!これはあたしが女として生きていくうえですごく大事なことなんです!」

「原滝さん……可哀そうに,この男に襲われておかしくなってしまったのね……今,この男と一緒に楽にしてあげるわ」

「お嬢さま,今少しだけ時間をください!初めての記憶も無いまま死んでいくなんて……せめて八幡とのコトが終わるまで待ってもらえないでしょうか?その後,あたしはもうどうなってもいいんで……ただ,八幡は……八幡だけは助けてあげてください。そしてあたしの後で嫌かもしれませんが,お嬢さまも八幡と結ばれていただければ」

「ははは,原滝しゃん,あにゃたがにゃにを言っているのか全く分からにゃいのだけれど」

 雪ノ下があからさまに動揺して噛みまくって,猫の怪異に取りつかれたようになっている。

「私の目の前でいきゃぎゃわしいことにゃんて許せにゃいのにゃ。お前らはここで死ぬのにゃ」

 もうそれ,噛んだとかいうレベルじゃないよねえ。明らかにブラックゆきのんだよねえ?

「もういい。八幡,ヤるぞ」

 そう言って自分の背中に手を回し,ブラのホックを外そうとする原滝。

 

 スパーン!スパーン!スパーン!

 

「あんたら,いいかげんにするし!」

 何故か三浦が手にした大阪名物ハリセンチョップで俺たちの頭をはたいていった。

「み,三浦さん,なぜ私まで……」

「ごめん,雪ノ下さん。なんかずいぶん興奮してたみたいだったから」

「な,三浦さん,私は二人の情事に興奮なんか……」

「落ち着けし!あーし,そういうこと言ってるんじゃないから」

 それよりなぜ三浦がハリセンチョップを持っているかについてはスルーでいいのだろうか。

「原滝、アンタも服着ろ」

「だって……だって……あたしは八幡との初めての記憶が……」

「いや、俺は何もやってないし!」

「だからさ、アンタちゃんと自分の状態を確認しな?もし何かされたっていうなら痛みとか、何かが挟まったままの感覚とか色々あるっしょ?」

「いやでも三浦さん、その男のモノが痛みを感じさせないほど小さいという可能性も」

「雪ノ下さん、少し黙っててくれる?」

「はい……」

 三浦に言い負かされる雪ノ下。何か新鮮だな。

「原滝、ちょっと立ってこっちに来な。ヒキオは目を瞑ってるし」

「三浦、何を……」

「目ぇ開けたら潰すかんね?」

 怖え、怖えよ。何を潰すんだよ!ナニか?ナニなのか?

 何を潰されるのか詳しくは聞かされなかったが、怖いから目を瞑っていよう、そうしよう。

 ……少しくらいなら分からないよね?

 俺がそうーっと目を開けると、横たわる俺の目の前に三浦が座っていた。

「よし、潰す」

「ままま、待ってくれ!ほんの出来心なんだ!もう二度と目は開けない!誓う、誓います!」

「次は無いかんね?」

 俺は今度こそギュッと目を瞑り、静かに時が過ぎるのを待つ。

 

 三浦……ピンクだったな……

 


 

「よし、原滝、スカートをめくるし」

 

 な!原滝のスカートの下は……一体何が行われようとしているのか?!

 ハッキリ言って見たい!これからここで行われる何事かをしっかりと見届けたい!

 しかしまた、これが三浦の策略であるという可能性も捨てきれない。

 目を開ければ目に飛び込んでくるピンクを代償に、目玉か頭かとにかく何らかのタマが潰されてしまうのは必定。

 俺はまだ命も視力も男も捨てたくはないのだ。

「……ふぅん、ちょっと触ってみるし」

「ちょ、ちょっと、あン……」

 見たいいいいい!

 もうタマ潰されてもいいから、目を開けちゃおうかなー、でもなー、などと逡巡していると、

「ヒキオ、もういいよ」

 残念なことに、事態は終息してしまったらしい……

 そこには,上着を着なおして身なりをきちんと整えた原滝が立っていた。

「八幡……すまない。あたしの勘違いでとんだ迷惑をかけてしまって」

「い、いや、分かってくれたらいいんだよ」

「比企谷くん、私も2人が抱き合ってるのを見て、つい取り乱してしまったわ。ごめんなさい。」

 あの雪ノ下が謝る……だと? やっぱり俺の命は今日で尽きてしまうのかもしれん。

「それにしても,三浦のおかげで助かったよ。ほんとサンキュな」

「べ、別にヒキオのためにやったわけじゃないし?ヒキオの帰りが遅いから心配に……なんてなってないし!」

 お,おう。三浦のツンデレ?デレツン?は凄い破壊力があるな。だいたいさっきのピンクといい……

「三浦可愛い」

「は!?」

「へ!?」

「ななな,何言ってるん?ヒキオのくせに生意気なんだけど。あーしには隼人が……隼人が……でも隼人は可愛いなんてこと言ってくれたことないし……」

 うわぁ,つい思ったことが口に出てしまった!三浦,真っ赤な顔をして怒ってるじゃないかよ。

「いやまあ,とにかく経験者がいてくれてよかった。さすが三浦だな」

「は!?」

「へ!?」

「経験者ってどういうことだし!?」

「い,いや,お前,その,そっちの方の経験が豊富だから原滝がまだだって分かったんだろ?」

「はぁ?なにそれっ!あーしはまだ処――う,うわわ!な,なんでもないっ!」

 俺,なんかこのシーンにすごい既視感があるんだけど……

「別に恥ずかしいことではないでしょう。この年でヴァージ――」

 そのセリフもなんか既視感ハンパないんだけど……

「わーわーわー!ちょっと何言ってるんだし!? そりゃあーしだって,その,好きな人となら……いつでも……だけど……」

 なんだこりゃ!?目の前にいるのはホントに獄炎の女王・三浦優美子なの?

「ヒキオ!アンタ,あーしのこと,一体何だと思ってんの?」

 これはあれだ。淫魔と呼ばれる悪魔・サキュバスであるにも関わらず至高の御方を一途に思い処女のままであるナザリック地下大墳墓の守護者統括のように……

「乙女だ……」

「は!?」

「へ!?」

「ヒヒヒヒヒ,ヒキオ―――!あ,あ,あんたっ,あんたっ!」

 またやっちゃったよ……三浦がゆでダコのような真っ赤な顔で,口をパクパクさせている。もう怒り心頭,阿蘇山大噴火5秒前といったところ。やっぱり俺,死ぬのかなあ……

「ヒキタニくん,サキサキから毛布を持っていくよう頼まれたんだけど……優美子どうしたの?真っ赤な顔して」

「へ,海老名!? べ,別に何でもないし」

 海老名さんが三浦と俺の顔を順番に見回し,

「はあ」

 とため息をついた。

「もう今さら一人くらい増えたところで仕方ないのは分かってるけどね」

 え?何が分かっているのか八幡全然分からないんだけど。

 


 

「原滝さんも目が覚めたようだし,もう毛布はいらないね」

「すみません。ご迷惑をおかけしました」

 申し訳なさそうに首をたれる原滝。

「いいよいいよ。わざと飲んだんじゃなさそうだし、店もお酒を出しちゃったことがばれたら営業停止とかまずいことになっちゃうからさ、お互いに忘れましょうということで、ね」

「分かった、ありがとう」

「さあ、みんな客席で心配してるから戻ったほうがいいよ」

「そうだね。ヒキオ、いくよ」

「あ、優美子、ヒキタニくんちょっと借りていいかな?この毛布サキサキにとってもらったんだけど,高いところにあったから私じゃ戻せないんだ」

「そう。じゃ原滝、雪ノ下さん,いこ?」

 いやいや、じゃ,じゃないよ。俺、手伝うとか一言も言ってないんだけど?なんで勝手に借りられちゃってんの?

「ヒキタニくん,お願いね」

「ああ」

 俺ぇぇぇぇぇぇ!

 意志弱すぎだろ!なんでノーと言えないの?ここはお得意のアレがアレで都合が悪いとか言って言い逃れるところだろ!まあ,それで言い逃れられたことないけどね……

 海老名さんに手を引かれ,薄暗い倉庫に入っていく。

「えっとね。毛布をこのダンボールに入れて,そこのロッカーの上に置いてほしいんだ」

 なるほど,毛布一枚くらいなら背伸びして上げられないことはないだろうが,ダンボールに入れるとなると話は別で,ふらついてかなり危なそうだ。

 実際,ダンボールには他にも何枚かの毛布が入っているようで結構な重量感があり,これを海老名さんが一人でロッカーの上に上げるのは難しかっただろう。

 はぁ,とひとつため息をついて,よいしょとばかり毛布の入ったダンボールをロッカーの上に置いたところで,開いていた扉が閉まったのか倉庫の中がさらに暗くなり,そして後ろの方でカチャリと音がした。

「海老名さん?」

 振り向いた俺の胸に海老名さんが体ごと飛び込んでくる。

 そして,両手で頬を挟まれ唇を重ね,三たび,貪るような口づけを交わした。

 

「ヒキタニくんが悪いんだよ」

 眼鏡の奥の瞳を潤ませて海老名さんが言った。

「原滝さんとずいぶん親密にしてたようだし」

「あれは原滝の誤解によるもので他意はないだろ」

「それに優美子のことも」

「三浦には助けられたけど,あいつ最後には顔を真っ赤にして怒ってたし」

「君のことを好きな女の子はいっぱいいるし,私,ずっと不安だったんだよ……あの時,もし止められなかったら原滝さんと最後までいってたでしょ?」

「ま,まさか,そんなことがあるわけが……」

「本当に?」

「だいたい海老名さん見てたんだろ?だったらそんなことできるわけないじゃないか」

「見てなかったらしたんだ……」

「うっ」

「したんだ……」

「いや,原滝は別に俺が好きとかじゃなくて単に誤解からああいう流れになっただけだ。そんな相手となんてありえん」

 

「ならさ……私と,今ここで,しよ?」

 

「はあ!?」

 こ,この子,いったい何を仰っていらっしゃるのん!?

「私なら誤解でも何でもなく,ヒキタニくんのことが好きだよ?」

「ほら,海老名さん仕事中だし……」

「私はヘルプで今日はもう上がりの時間なの」

「海老名さんもこんなところで初めてなんて嫌だろ?床は堅いし」

「私は全然問題ないよ。床だってさっきの毛布を下して重ねれば大丈夫だよ」

「俺が戻らないと怪しまれるんじゃ……」

「後でついでに倉庫の整理を手伝って貰ったことにするから……それにそんなに長い時間はかからないよ,天井のシミでも数えてたら直ぐ済むから」

 いや,それ普通逆だろ。てか,俺が天井を眺める側で,直ぐ終わっちゃうんですね……(自虐気味)

「じゃあもう問題ないね」

 いやいや問題大有りだろ,と突っ込む間もなく海老名さんが俺から体を離し,するするとパンツを下して足から抜き取った。

「ヒキタニくん,はい」

 

 白!そしてほかほかとあったかい!じゃないよ!!

「ほら,いま私,このスカートの下,ノーパンだよ?」

 そう言って少しずつスカートをめくりあげていく。俺の視線は,その部分にくぎ付けになる。

 あと少しですべてが見える……

 


 

 と思った瞬間,倉庫の入り口の方からカチャカチャという音がして,すぐにドアが開いた。

「海老名,ストローの在庫が……って何してんの?」

「サキサキ……さっきの毛布のダンボール,私じゃ上げられないからヒキタニくんにお願いして上げてもらったんだよ。ね?」

 俺は不自然に思われるほど首を縦にブンブン振った。

「鍵をかけて?」

「あれー?鍵はかけてなかったはずだけどなー。中に誰もいないと思って誰かが外から鍵かけたんじゃないかなー」

「ふうん……」

「それよりサキサキ,ストロー取りに来たんじゃないの?」

「サキサキ言うな!そうだね。早く持っていかないと」

「じゃあ私はもう上がりの時間だから着替えて帰るね」

「あたしもあともう少しだけどね。お疲れ」

「ヒキタニくんもお疲れさま。ありがとうね」

「あ,ああ」

 普段と変わらない様子の海老名さん。やっぱりさっきまでの出来事は夢じゃなかったのかとさえ思う。

「比企谷,ポケットからハンカチがはみ出てるよ」

「え?」

 

 ぱんつぅぅぅぅぅ!!!

 まったく,なんちゅうものを残してくれるんだ!

「あたしが畳んであげようか?」

「いやいやいや,大丈夫だから!別に畳まなくても問題ない!」

 俺は慌てて海老名さんの脱ぎたてパンツをポケットの奥に押し込んだ。

「あ,そう。じゃあ,ここ閉めるからそろそろ席に戻りな」

「ああ分かった」

 まったく冷や汗ものである。ここでうっかり汗を拭くためにポケットからパンツを取り出してバレるのが一つのテンプレートなんだろうが,そんな迂闊な真似はしない。努めてクールさを装いつつ客席に戻る。

 


 

「ヒッキー遅ーい」

 由比ヶ浜が頬を膨らませて不満をぶつけてくる。

「いやね海老名さんにダンボールに入った荷物を高いところに戻す作業を依頼されたんだがな,うっかり中身をぶちまけてしまって片づけに手間取ってしまったんだよ」

「雑用も満足にできないのかしら?雑ガヤくん」

「それだと俺がすごい雑な人間に聞こえるからやめろ。俺ほど繊細な人間はそうそういないぞ。繊細すぎて周りの人間が言う悪口にすごい敏感だぞ」

「悪口前提なんだ……」

「ところでさあ,原滝はなんでノーパンだったん?」

「えええ!ノーパン!?」

「あ,結衣はこの話聞いてなかったんだっけ?」

「え?ヒッキーに脱がされたの?」

「おいちょっと待て。どうしてすぐに俺が脱がしたことになるんだ?痴漢冤罪とかこうやって作られるんだな。俺が女物のパンツなんて持ってたりなんて……」

 

 するよ!持ってるよ!パンツ!白!

 

「いや,お恥ずかしいことながら,替えの下着をかばんに入れるのを忘れちゃって,夕べ洗濯して干したんだけど,今朝見たらまだ乾いてなくて,時間がなかったからそのまま出てきちゃったのをすっかり忘れて……」

「それならその辺で買えばよくね?」

「修学旅行に来るだけでもギリギリなのに途中でパンツとか買ってる余裕はない!バイト先の上司とか同僚にお土産も買わなきゃだし」

「意外と義理堅いんだな」

「そりゃそうだ。義理を欠いたら人間終わりだぞ?」

 いや,悪の組織の幹部に義理を語られても……

「百均とかなら,あ,もう閉まっちゃってるかな?ヒッキー,知ってる?」

「そうだな,このあたりの百均は遅くても午後9時には閉まっちゃうだろうな」

「どうしたらいいのかな?かな?」

 陽乃さん,ひぐらしがなくのでそれやめてください。

「まあ,旅館に帰れば干してあるパンツが乾いているだろうから当面は……あ!旅館の門限……」

 そうか。こいつ、修学旅行中だったな。

「ハッキー,門限って何時?」

「22時……」

「今から急げばまだ間に合うよ!ねっ!」

「ホテル,本郷なんだ……」

「幕張本郷なら海浜幕張まで2駅でそっからバスで13分。楽勝っしょ」

「まあ,ウチの最寄だし,また俺の自転車で良ければ送っていくが」

「違うんだ……東京の文京区の本郷三丁目……」

 文京区の本郷三丁目って……

「東京大学の最寄駅ね。どんなに急いでも1時間では着かないわね」

 雪ノ下の成績なら進路として当然東大も視野に収めているのだろう。もうオープンキャンパスとか行ったのだろうか?

 よく考えれば、雪ノ下よりも優秀だという陽乃さんなら,本来東大でも楽勝だったんだろうな。千葉大学だって高偏差値の大学であることには変わりないが東大には及ばない。そこに進学するにあたっては家の事情とかがあったのだろうか。

「でもほら、東京で夜の10時ならまだ早いし、なんとか入れてもらえるんじゃないかな?ねっ、ヒッキー」

「俺に振られても東京事情に詳しいわけじゃないから知らないが、旅館そのものの門限と言うよりは学校側が設けた門限じゃないか?」

「あたしってビンボーで特待生になってるから門限破りとか学校に知られちゃうと不味いんだ」

 何気にこいつ優秀なんだな。しかしそれならどうしたら……平塚先生の車でかっ飛んでいけばあるいは……いやダメだ。あの人,別の店でワイン飲んでベロベロになってるんだった。

「朝はラジオ体操の時間を考慮して6時には開くらしいから,朝食の時間までに戻れば……」

 じゃあ、行けるところまで行って適当なホテルでも泊まって……いや,下着が買えないのにホテル代なんか到底無理だ。

「んじゃ,誰かん家泊めてやって,始発で帰ればよくね?」

 三浦、ナイスアイデアだ!なら、一人暮らしの雪ノ下の家とか……

「あ、雪乃ちゃんはダメだよ?明日の朝,実家の用事があるから今日は連れて帰るように言われてるんだよ」

「ねえさん,そんなことは聞いていないのだけれど」

「だって雪乃ちゃん電話に出てくれないし,部室で言おうと思ってたら雪乃ちゃんが『ゆきのちゃん』になってて言えるような状況じゃなかったし」

「ねえさん,それ読者には分かっても声で聞いている私たちには区別がつかないのだけれど」

 雪ノ下,メタい。そしてお前には区別がつくのかよ。すげえな!

「はあ,分かったわ。行けばいいのでしょう」

「うん。都築を待たせてあるから」

 え,都築さんずっと待ってるの?誰か持ち帰りメニューのミラノサラミのピザとか辛味チキン持ってってあげて~

「じゃあどうしよう?あたしんちでもいいけど,全く知らない人を連れてきたって言ったらママはともかくパパはなんて言うかなー」

 由比ヶ浜の言うとおり,原滝は,改良人間として拉致された俺と別府の時の依頼主である雪ノ下は関係があるが,他の人間とは関係を持っていない。それでも雪ノ下のように一人暮らしならなんとかなるだろうが,両親やほかの家族がいる家庭でいきなりというのは難しいのではないだろうか。

「あたしなら別にその辺の公園とかで寝ても構わないが……」

「だ,だめだよ,ハッキー!女の子が公園で寝るとか危ないから」

「でも,みなさんにご迷惑をおかけするわけにも……」

 

「そういうことでしたら,小町におまかせです☆」

 

 きゃぴるんと現れた,愛しのマイ・シスター、小町……ってなんでお前ここにいるの?

 



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まちがいつづける修学旅行。⑥ ~下総狂乱編~

セカンドシーズン6話目。
どうしてこうなった?継続中。
まさに狂乱。
ファミレス回が終わらないので引き取りに小町出したら小町まで暴走。
おかしいなー。元はファミレスからバラダギが門限で帰り,残された八幡が皆に囲まれて,あ~~~~~くらいの終わり方だったはずなのに,何やってるんだよ!

まったく作者の顔が見てみたいぜ。



「お兄ちゃんが外でご飯っていうから,小町も塾帰りに晩ご飯食べて帰ろうかと思って。お父さんお母さんもいないし,一人分だけ作るのもね。お兄ちゃんがここにいるのは知らなかったけど」

 それはそうと,その隣にいる……

「大志!あんた何やってんだい。あんたの分の晩飯は家にあるだろう?」

「ねーちゃん,俺は家で食べるよ。比企谷さんが一人だからドリンクバー付き合っただけだよ」

「なんだと?小町と付き合ってるだ!? ふざけたことをぬかしやがると一族郎党もろとも……」

「あ゛?」

「い、いや、その、もろ……ともだちになろう?」

 怖え!怖えよ、川……サキ! そして、もろ、ともだちになろうって何だよ、俺!

「お兄ちゃん。大志くんと小町はもう友達だよ」

「比企谷さん」

「小町と大志くんはずっとずっと友達だよ。いつまでもいつまでも友達だよ!」

「比企谷さん……」

 今にも泣きそうな顔の大志。我が妹の所業ながら、同情を禁じ得なかった。

 

「それで、原滝さんには今晩我が家に泊まってもらいます!」

 あの,小町ちゃん、何言っちゃってるの?

「さっき言ったでしょ?お父さんもお母さんもいないって。だったら何の問題もないでしょ?」

 問題大ありだよ、小町ちゃん!

「ダメー!そんな、両親のいない家でヒッキーとハッキーが一緒だなんて……」

「え?二人が一緒だと何か問題が起きるんですか?」

「問題と言うか間違いと言うか……」

 由比ヶ浜。お前はさっきあったことを見てないだろうから知らないだろうが、それ割とシャレになってないからね?

「間違いってアレですか?さっきお兄ちゃんがやらかした」

 小町ちゃーん!どうしてそのこと知ってるの?そして、やらかしたのは俺じゃないからね?そこんとこ重要。

「え?何?ヒッキー,何があったの?」

「んー、雪乃さんは初めから全部見ていたようですから聞いてみてください」

「ちょ,ちょっと小町さん!?」

「ゆきのん,何を知ってるの?ゆきのんだけずるい!」

 雪ノ下が由比ヶ浜に問い詰められている間に、小町の耳に口を寄せてこっそりと問い質す。

「小町,お前、どこから知ってるんだよ?」

「んー,お兄ちゃんのがビンビンってあたりから?」

 こここ小町ちゃぁぁん!なんてとこ聞いちゃってんの!

「ヒヒヒ,ヒッキーのがビンビンってどう言う意味!?」

 ガハマさんー!そこは掘り下げないでー!!

「結衣さん,それはですねー、お兄ちゃんの……」

「わ〜〜〜〜〜!」

「ヒ,ヒッキー!?」

 お前,なんちゅうこと説明しようとしてるんだよ!!

「ほら,行くぞ、小町!原滝も!」

 このままだと何を言われるかわからないので、二人の手を引いて慌てて店を出て行く。

「ありがとうございましたー。またのご来店をお待ちしています」

 後ろから,ひっきーとか比企谷とか比企谷くんとかヒキオーとか相棒~とかいろんな叫び声が聞こえたような気がしたが、多分気のせいだ。今日は疲れたんだな,うん。

 


 

「あ,おじゃましまーす」

「どうぞ龍子さん。遠慮しないで上がってくださーい」

 帰路,いつのまにか打ち解けている小町と原滝。我が妹ながらコミュ力の高さに驚愕する。多分俺が母親の腹の中に忘れていったものを全部受け継いだに違いない。

「どうぞこちらがリビングです。ゆっくりくつろいで下さーい。お兄ちゃん,お茶入れて」

 小町ちゃん,人使いが荒い。何で俺がお茶を……

 

「ほれ,お茶」

「ありがとう。八幡,お前の妹、すごいな」

「だろう?自慢の妹だぞ?」

「お前とは大違いだな。おっ,このお茶,美味しい」

「言うな。そんなこと俺が一番分かってる」

「でも,あたしはそうじゃない八幡の方が安心できるけどねー」

 お,おまっ,そんな恥ずかしいことを堂々と……

「やーい,赤くなったー♪」

「ほほう,お二人なかなかいい感じですなあ」

 我が妹,マイ・エンジェル小町がリトル・デビルな顔でやってきた。

「龍子さん,お風呂沸いたので先入っちゃってください」

「ありがとう,こまっちゃん。でも,その……」

「愚兄なら心配しないでください。ちゃーんと小町が見張ってますから」

 小町ちゃーん,お兄ちゃんを覗き魔扱いとか酷くない?ね,酷くない?

「いや,そうじゃなくて,あの……着替えが……宿には指定のジャージがあるけど……」

 そういや原滝ノーパンだったな。制服のまま寝るわけにもいかないだろうし。

「あーそう言うことなら何か用意しときますんで安心してください」

「な、なら……」

 原滝が小町に連れられて風呂に行き,一人リビングに佇む俺。

 なんか今日は疲れた。非常に疲れた。無性に疲れた。

 思い返せば,あんなことやこんなことや……まさにTo Loveる続き。

 雪ノ下に由比ヶ浜,川崎に陽乃さん,三浦,海老名さん,原滝……

 原滝,今,ウチの風呂に入ってるのか……

 いやいや、ダメだダメだ。煩悩退散,煩悩退散。

 とりあえずマックスコーヒー飲んで心を落ち着かせて……落ち着く……落ち……

 


 

「……おにいちゃん……起きて」

 ん,小町の声?もう朝か?

「お兄ちゃん,何寝ぼけてんの?早くお風呂入って」

 ちょっと低い声で冷たく言い放つ小町ちゃん。

「龍子さん,お兄ちゃんにおやすみの挨拶してからって言ってたけど,お兄ちゃん起きないし,龍子さん朝早いみたいだから先に寝てもらったよ。まったく」

 リビングのソファーでそのまま寝落ちたのか。あ,マッカンも飲みかけだ。

 ぬるくなったマッカンに口をつけて飲んでいると、

「お兄ちゃん,龍子さん入ったお風呂の水飲まないでね。小町だって入ったんだから」

 ブフォー!

「お兄ちゃん,汚い」

 まるで汚いものを見るような目で小町が言い放つ。まあ,汚いんだけどねっ。

「お前が変なこと言うからだろ,ケホッケホッ」

「小町先に寝るから,ちゃんと拭いといてね。じゃおやすみ」

「お、おう」

 妹が冷蔵庫から出したばかりのマッカンより冷たい。泣く。

 

 その後に入った風呂は,小町が変なことを言ったおかげで妙に意識してしまい,疲れをいやすどころかかえって疲れたような気がした……

 


 

 疲れた体を引きずって自分の部屋に戻る。もう日も変わっていたが,ようやく長い一日が終わる。

 やっと安らぎの時間が……って布団に入ると,手に何か柔らかいものの感触が……アレ?

「ん……はち……まん?」

「は,原滝!? なんで俺のベッドに?」

「……いや、こまっちゃんに……ここで寝てって」

 こまちぃ〜〜〜!お前、何てことを……じゃあ、この手に触れているものは……

「はちまん……Tシャツ一枚でブラつけてないんだ……優しくしてくれないか……」

 やっぱりかーーー!

「す,すまん!」

「いや,いい」

 いやいや,乳触られていいわきゃないよね?ビッチなの?ねえ,ビッチなの?それとも,この『いい』は『気持ちいい』のいいなの?って、現在進行形で乳を触りながらそんなことを考えている俺が一番気持ち悪いって話なのだが。

「八幡には勘違いで拉致した詫びと一宿一飯の恩義もあるし、そしてディスティニーにも連れてってもらうしな。優しく触ってくれるなら,別にいい。なんならファミレス休憩室の続きをするか?」

「バカ,何言ってるんだよ。あれは誤解だって分かっただろ?なら,続きをする理由なんかねえよ」

「今日は安全日だから中○しし放題だぞ?」

「オイコラ下品な会話やめろ。となりの部屋に小町がいるんだぞ」

 一瞬の間をおいて,原滝が小さな声で囁いた。

「八幡は,あたしとじゃ嫌か?」

 原滝がぴったりと身体を寄せてくる。眩暈を起こしそうなほどの女の子の匂いがして理性がどこかへ飛んでいきそう。

「お前が嫌とかそういうんじゃないんだ。ただ,恩とかお詫びとかでそういうことするのは違うだろ?」

「もちろんあたしだって誰でもいいってわけじゃない。それに,恩とか詫びとかだけじゃない」

 原滝は俺の手の上に自分の手を重ね,さらに自分の胸に押し付ける。

「こんなにドキドキしてる……ね,分かる?」

「原滝……」

 俺は自らの左手を原滝の頬に添えて言う。

 


 

「心臓は左だ。それじゃ鼓動は伝わらんぞ」

「……」

「ぷっ」

「あははははははは」

 大笑いする原滝。そ、そんなにおかしかったかな?

「ヒィ〜、ハァハァ,あたしが決死の覚悟で迫ってるのに何よそれ。ほんとあたしがバカみたいじゃない」

「まあ、心臓の右と左を間違えてる時点であまり賢くはないな」

「ねえ……やっぱりあたしじゃダメ?」

 素の表情で問う原滝に、俺もはぐらかさないで答えるべきだと思った。

「ダメじゃない。お前みたいな美少女に迫られたら,昔の俺なら速攻で落ちてただろう。それどころか俺から告白して振られちゃうまである。振られちゃうのかよ!」

「あははは。ならなんでよ?」

「もちろん,中学ん時にちょっと優しくされた女の子に告って振られて翌日にはクラス全員に知れ渡ってずっとそのことでバカにされ,半ばトラウマみたいになったという話は置いといて」

「うわぁ」

 おい、そこ引くな。地味に傷つくぞ。

「部室やサイゼでのやり取りを見て分かる通り、こんな俺でも好きになってくれる女の子がいてな」

「ほんとどこのハーレム主人公かと思ったよ」

 原滝は呆れ顔だ。ほんとすみません。

「俺自身、なんでこんな男を好きになるのか分からなくて,あいつらの思いに応えられないでいる……違うな。俺は選べないんだ。今まで俺に選択肢なんてなかったから選ぶ必要なんてなかった。こんなの初めてなんだ。これまで生きてきて初めて出会えた優しい世界。だから今でも思うんだ。こんなの勘違いじゃないのか?選んだ瞬間に夢から醒めて全てを失うんじゃないかってな」

「八幡はさ……」

 彼女は,直前の呆れ顔から一転,優しい顔をして少し動いたら唇が触れてしまいそうな距離で俺に語りかける。

「考えすぎなんだよ。別にすぐに答えを出す必要もないけれど,そのことで必要以上に相手を拒むこともないだろ?そのうちに一番無くしたくないものが分かったら、それだけあれば自分の世界全てを満たしてくれるものが見つかったなら、その時はそれを選べばいい。それまではそんな深刻に考えないで好きに振舞ったらいいんだ。だから,しよう」

「しねえっての。なんでそういう結論になるんだよ」

「あたしは修学旅行が終わったら大分に帰っちゃうから後腐れないぞ。そのまま忘れて今まで通りの日常を過ごせばいい。な?」

 


 

「できねえよ」

「八幡?」

「そんな,失われることが分かっているのに,恩とかお詫びだけでそんな関係になれるだなんてそんなの偽物だ。偽物の思いでそんなことをしたって傷つくのはお前だ。思い出の中で『あれは本物だった』と言ってみみても『だった』と言う時点でそれはもう本物じゃないんだ。その時,そこになきゃダメなんだ」

「八幡,あたしは傷つく覚悟で踏み込んでるんだ。八幡を傷つける覚悟でこうしてるんだ。だから,応えられないならそれでいい。でも,誰でもいいんじゃないんだ。仮に恩とかお詫びが始まりだったとしても,それだけが全てじゃない。今,この時,あたしがどんな思いでこうしているか考えてみて。あたしの思いを偽物扱いするのはやめて」

 俺ってやつは,全く学習しないな。こいつを傷つけたくないなんて言って,本当は俺自身が傷つくのが怖いんだ。思いを寄せてくれる人に対して俺が選べないのだって,誰かが傷つくから嫌なんじゃない,俺が傷つくのを避けているんだ。だが,こいつは違う。自分が傷つく覚悟も俺を傷つける覚悟もあると言った。それだけの強い思いを持っているんだ。海老名さんだって,由比ヶ浜の思いを知って,それでもなお,俺に自分の思いをぶつけてくる。他のみんなもそうだ。俺だけが取り残されている,一人立ち止まり足踏みを続けているんだ。

 なあ,原滝,俺はいったいどうしたらいい?

「またなにか難しいことを考えているな?そんな顔だ。もっとシンプルに考えろ」

 そう言って原滝は寝ている俺の上になり,唇を重ねた。

「あたしは八幡が好き,だからキスをする。それだけだ。そして,もっと深い関係になりたいと思っている。でもまあ,それはあたしの想い。八幡がしたくないなら仕方がない。あたしに魅力が足りなかったってだけ。そりゃ,あんなに美人に囲まれてちゃな」

「そんなことは,ない。お前だって超絶美少女だろ。ただな,お前はこの旅行が終わったら帰ってしまう。もう俺が求めても手の届かないところにいるかもしれん。それに耐える覚悟が俺にはないってことだ」

「八幡はどうして与えられた状況が全てだと思うんだ? 優しくされた女の子に恋をした。相手が優しくしてくれたのを俺に好意があると勘違いして告白した。そして振られた」

「お前,俺のトラウマをえぐるんじゃねえよ」

「だからって,自分が恋をしたことまで勘違いにはならないんだよ。勘違いしたのは相手が自分に好意を持ってくれているということだけ。恋ってのはさ,相思相愛じゃなきゃしちゃいけないってわけじゃないんだ。その時八幡は,相手に振り向いてもらえるよう何か努力したのか?何もしないで相手の好意を勘違いして振られて恋そのものを否定するなんて傲慢すぎるだろう?怠惰で傲慢,それが昔の八幡だ」

 おいおい,怠惰で傲慢って,どこの大罪司教なんだよ。あ,傲慢は空席か。

「仮に世界が変わらないとしても,人の心は変えられるんだ。自分の心は変えなくてもいいんだ。もし,その恋が叶わないとしても,それそのものを嘘にしちゃダメなんだ」

 原滝が再び俺に口づけをする。

「もしこれで離れたとしても,あたしと一緒にいたいと思ってくれるなら,お前が大分大学に入学して電柱組に就職すればいい。そしたらずっと一緒にいられる」

「大分大学か。国立大学は……俺は数学の成績が壊滅的でな,到底受かりそうにないんだわ」

「まだ2年の秋だろ?あと1年頑張れば八幡ならできる。変える努力を何もしないで今の状況のみで考えるのは傲慢だと言っただろう?」

「……善処する」

「それは前向きの姿勢で取り組むってことで……お前やる気ないだろ?」

「数学の授業は貴重な睡眠時間だからな。って,お前,朝早いんだろ?いいかげん寝ないと睡眠時間なくなるぞ」

「ああ,そうだな。なあ,八幡,今日は仕方ないけど,次はお前からキスしてくれよ?」

「……善処する」

「ところでさ,さっきからあたしの身体になんか固いものが当たってるんだけど」

「そ,それは仕方ないだろ?Tシャツ一枚の美少女が俺の上に乗ってるんだぞ?サイゼの時もそうだったが,一応俺だって男なんだ。生理的現象まではどうにもならん」

「まあ,やるのは諦めるとして,これはなんとかしたほうがいいよねえ?」

 ニヤリと悪い笑みを浮かべる原滝。

「ほれほれ~~~♪」

「おいバカ,さするな!」

「うりうり~~~♪」

「やめれ~~~~~!」

 

 

「ゆうべは おたのしみでしたね」

 

 小町,いや,小町さん。頼むからやめてください。

 


 

 まだ日も登りきらない道を自転車の後ろに原滝を乗せて駅に向かう。心なしか,昨日のサイゼに向かう時よりもギュッと強く抱きつかれているような気がする。

「明日のディスティニー,楽しみにしてるからな」

「ああ,俺と一緒で楽しめるかは分からんが。善処はする」

 

 原滝を総武線の駅まで送り家に戻る。あの後,原滝はほどなく眠りについたが,俺の方はよく眠ることができなかった。ベッドの下に布団を敷くか両親の部屋に行って寝ようかと思ったものの,原滝に,両親が亡くなってから誰かと一緒に寝ることがなかったから一緒にいてほしいと言われて断ることもできず,朝までずっと抱きつかれたままだった。そんな状態で寝られるわけないだろ?

 今日は土曜日だし,部屋に戻って二度寝しようかと思ったら,小町が俺のベッドの上でなにやらゴソゴソしていた。

「何やってんの?」

「お兄ちゃんが大人の男になった決定的証拠を探しているのです」

 いやいや、マジ何しちゃってるの?小町さん。

「安心しろ。昨夜、そんな事実は無かった。いくら証拠を探しても何も見つからんぞ」

「そ、そんな!? 夜中、あんなにドッタンバッタンと乱痴気騒ぎを繰り広げていたのに?」

 小町さんや、よくそんな言葉知ってたな。

「ないもんはないんだよ。俺はまだ眠いんだ。早く寝かせてくれ」

「えー、でもこのゴミ箱のティッシュ……」

「だー!鼻を噛んだだけだ。ホントやめて頼むから」

 コラッ!くんくんニオイ嗅ぐの禁止!

「で、お兄ちゃん、このズボンのポケットにこんなのが入ってたんだけど……」

 あ、海老名さんのパンツ!

「龍子おねえちゃん昨夜ノーパンって言ってたけど、何かのプレイだったの?」

「違う!これは海老名さんの……あっ」

 またもやリトルデビルになった我が妹がすごく悪い顔をしている。

「なるほど、お兄ちゃんが昨夜手を出さなかったのは姫菜お義姉ちゃんがいたからかー」

 うん。小町ちゃん、何かがおかしいね。

「ひょっ、ひょっとして、お兄ちゃんはもう姫菜さんと経験済みだった!? なかった事実は、大人の男になったのが昨夜ということで、実はもうそれ以前に大人の階段を登りきっていたと」

 こまちぃ〜〜〜!どうしたらそんな結論になるんだよ!

「お兄ちゃんが卒業式を済ませてたとなれば,これは今夜はお赤飯ですなあ」

「おいやめろ、親まで誤解しちゃうだろ」

「だってこんな動かぬ証拠が出てきたからには言い逃れはできませんぞ?」

 う、うぜぇー!

 とにかくこれ以上は詮索されたくないし誤解も解かねばならない。それに眠い。だいたいこのままやられっぱなしというのも癪だ。あと眠い。

「小町、俺は原滝とも海老名さんとも男女の関係になどなってはいない。まだ卒業もしていない。なぜなら俺には愛する女性がいるからだ」

「え、なになに?お兄ちゃんがその二人の他に愛する女性?!雪乃さん?結衣さん?それとも大志くんのお姉さん?」

 まさに興味津々といった体ですり寄ってくる小町。

 その小町の肩を掴んでベッドの上に押し倒す。

「小町……」

 俺は真剣な眼差しで上から小町の瞳を見つめる。

「ちょ、お兄ちゃん、こういうの小町的にポイント……低い……かな」

「俺が愛してるのは、小町、お前だ」

「ええっ!?」

「お前を愛しているのに他の女の人を抱くなんてありえないだろ?だから俺は誰ともどうもなっていない。小町……愛してる」

 これで小町が何ばかなこと言ってるのさ、プンプン、と出て行ってくれればとりあえずは寝られる。

 見ろ。もうすでに顔を真っ赤にして激おこぷんぷん丸のようだ。

 起きた後は、まあ、寝ぼけていたとか記憶にございませんとか言っておけばよいだろう。さあ、小町、早よ、早よう。

 


 

「お兄ちゃん……小町も……小町もお兄ちゃんのこと愛してる……」

 

 え?

 

 えええーーー!!!

 

「でも、お兄ちゃんと小町は兄妹……お兄ちゃんが雪乃さんか結衣さん、またはそれ以外の女の人とつきあうことになったら、そうしたら諦められるって,ずっと……でも,もうそんなのいいや……お兄ちゃんと小町は相思相愛だし,このままだとお兄ちゃんはずっと童貞のままだもんね。小町なら……いいよ……来て……」

 そう言うや目を閉じて,俺の口づけを待っている。

 え?ちょっと、何この展開。いや、自分で仕掛けたのだけれども、まるで千葉の兄妹のような、いや、千葉の兄妹だけれども。

 え?いいの?小町ルート入っちゃっていいの?脱童貞が妹でいいの?

 頭の中がグルグルして目眩が……そのうち身体を支えることができず小町に覆いかぶさるように倒れた。

 小町の「お兄ちゃん、嬉しい」という声が遠くに聞こえる中、俺は意識を手放した……

 


 

 気がつくと俺は自室のベッドの上だった。スマホで時刻を確認すると、ちょうど昼過ぎ。腹が減ったのも目が覚めた原因かもしれない。

 いい夢を見た,という記憶はある。しかし,眠る前に起こったこととその後に見た夢がどうにもごっちゃになっていて,どこまでが現実でどこまでが夢なのかどうにも区別がつかない。もし全て現実であったりしたら,それはそれは大問題なのだが……

 

 一階に降りると小町が昼ご飯を作っているようだ。

「小町さんや、今日の飯は何かね?」

 

「……」

 

「小町、お昼ご飯……」

 

「……」

 

 小町ガン無視。作っている料理を見ると、フレッシュトマトのパスタにトマトのサラダ、トマトのチーズ焼きとトマト料理のフルコース。俺、何か悪いことしたか?

 

 夢に見たようなこと……はしてない……よな?

 じゃあなんで小町は怒っている?

 寝ぼけ頭を働かせて、眠りに入る前の俺の所業を思い出す。

 あ、小町に嘘告白して怒らせて部屋から出ていくよう仕向けたんだっけな?

 あの時は、部屋から出て行って欲しい一心で後のことをよく考えてなかったんだよなあ。とりあえず申し開きをしないとなあ。

「小町、あの、すまん。なんと言っていいか、その……」

 小町がパスタを茹でながら俺を一瞥し、

「バカ……ボケナス……ヘタレ……」

 小町ちゃん、ヘタレってどういう意味?そこは八幡じゃないの?いや、八幡は悪口じゃないけれども。

「その……なんか寝ぼけていてな、何かいい夢を見ていたような記憶はあるんだが……」

「……いい夢って、どんな夢?」

 少し低い声で、小町が問いかけてくる。

「それは小町と俺が、禁断の……バカ!言わせるな、恥ずかしい」

 俺の答えを聞いて再びパスタ鍋に向き直る小町。鍋から立ち上がる湯気にあてられたか、顔が少し赤くなっている。

「ふ、ふーん。お兄ちゃん、そんな恥ずかしい夢を見たんだ」

「ま、まあな」

 俺の顔は、鍋の湯気もないのに真っ赤になっていたと思う。なんなら俺自身から湯気が立ちそうだ。

「でも小町をその気にさせた罰でトマト料理は全部残さず食べてもらうからね!」

 その気にさせた、の意味はよく分からんが、とにかく機嫌は治ったようだ。小町の笑顔が戻るなら、トマトなんかいくらでも鼻を摘んで食ってやるさ。

 ヤダ、俺ってば千葉の兄の鑑。ん?千葉の兄妹?何か重大な見落としがあるような気がするが、まあ、いいか。

 

 その夜、小町の夜這いをなんとかなだめすかして躱したのはまた別の話。

 



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まちがいつづける修学旅行。⑦ ~下総散乱編~

セカンドシーズン7話目。
ようやくディスティニー回。
園内の描写が少ないのは,ほとんど行ったことがないから。
ディスティニーであひるの競走やってるかどうか分からなかったので今回は出していません。
賭けたアヒルが一等になるとオリジナルグッズがもらえるんだぜ!

さすがに取材って言っておっさん一人でディ○ニー行けないので……

とりあえず今回は構想通り1話で終わったー!
理由が↑の通りなので全然威張れた話じゃないけれど……

キャラ崩壊してますね。
バラダギ様は完全オリヒロだし,ゆきのんはアレだし……

今回は何かが散る話です。

ちなみに,大分県にはかつて12もの郡がありましたが,今は町村合併で3つだけになってしまいました。



 翌日,原滝とディスティニーデートのため,朝早く起きて準備をする。

 

 べ,別に原滝とのデートが楽しみで早起きしたわけじゃないからね!

 日曜日だが開園時間に合わせてエントランス前で待ち合わせをしているので,プリキュアは録画視聴ということで。

 まあ,開園時間に待ち合わせとか,実に俺らしくない。が,今夜は閉園時間までいるとまた門限過ぎてしまうので早めの集合となった。

 

 家を出る直前,海老名さんからLINEが来ているのに気付いた。

 

「はろはろ~ 今日は原滝さんとディスティニーデートだね。結衣とか雪ノ下さんも行くって言ってたから邪魔されないように気を付けてね。私は行かない。ヒキタニくんのこと信じてるから……では月曜日,学校で 愛しの姫菜ちゃんより」

 

 信じてる,か。

 

「追伸 例のモノは返さなくていいから存分に使ってね。また欲しくなったらいつでもイってね。愚腐腐」

 うん。いろいろおかしいね,姫菜ちゃん。

 

 今日が終われば原滝は九州へ帰る。そして俺に課された依頼は終わり,それぞれの日常が戻ってくる。だから今日は,今日だけは全てを忘れて原滝の依頼を全うする,それでいいはずなのに,なぜか胸の奥がチクリと痛んだ。

 


 

 待ち合わせの時間よりも15分ほど早くエントランスの前に着いたのだが,

「おーい,はっちまーん!」

 もっと早く来ていた赤髪の美少女が俺に向かって手を振っていた。

 街中でこんな子が大声で手を振ってたら目立ってしまい,すぐさま回れ右してその場を立ち去るところだが,今,ここは開園前のエントランス。待ち合わせのカップルも多いしそんなに目立つこともあるまい……と思っていたら,カップルの片割れも含めて,めっちゃ男どもの視線を集めてるんですけど!?

 そしてカップルの男!気づくんだ!隣でパートナーの女がすごい顔でお前を睨んでるぞ!

 

「よ,よお……」

 ぎこちなく片手を挙げて呼びかけに応える。原滝に集まっていた視線が怨嗟の視線となって俺に向けられた。大方,なんでこんな腐った魚のような目の男にこんなかわいい子が,というものだろうが,あいにくと雪ノ下や由比ヶ浜と歩いている時に向けられる視線でそんなのはもう慣れっこである。

 ただ,一昨晩のことを思い出すと原滝の顔をまともに見ることができない。

「来てくれてありがとう」

「まあ、依頼だからな。礼を言われるほどのことでもない」

「それでも、な」

 今日の原滝は一昨日のセーラー服姿と違って白いパーカーに黄色のシャツ、黒いミニスカートの私服姿だ。

「本当は自由行動中も制服着用なんだけど,どう、かな?」

 ちょっとだけ自信なさげに聞いてくる原滝。

「あ,いや、よく似合ってる。なんなら持ち帰って床の間に飾りたいまである」

「別に持ち帰ってもらっても構わんのだぞ?」

「ばっかお前、モノの例えだ」

 そんな会話を交わしているうちに開園時間を迎えた。

「ほれ,チケット。日付指定券だから入場制限時でも入れるやつだ」

「ありがとう。前もって用意してくれてたんだな。じゃあ行こうか」

「ちょっと待て。朝,マックスコーヒーを飲み損ねたんだ。持ち込みはできんから飲んでからな」

 マッカンをグシュグシュ振った後,カシュッとプルトップを開け,ゴクゴクとのどを潤す。

「そんな甘いのばっかり飲んでるとそのうち糖尿になるぞ。ところで,今日はちゃんとぱんつを履いてきたんだ。見るか?」

 

「ブ~~~~ッ!」

 少しスカートをまくりあげた原滝に思いっきりコーヒーを噴出した。

「汚いなあ。かかったらどうすんだ」

「おま,お前がへんなこと言うからだろうが!」

「なんだ,ノーパンの方が良かったのか?」

「そういうことじゃねぇ~~~!」

 缶を捨てて入場しようとしたら,自然に手をつながれました。いわゆる恋人つなぎというやつで……

 ま,まあ,一応,依頼とはいえデートなんだし。おかっ,おかしくはないよね?

 ただ,知り合いに見られたら何を言われるか分からないがな。

 そうして,俺たちは夢の国のゲートをくぐった。

 

一方……

 

「由比ヶ浜さん,急がないと開園時間に間に合わないわ」

「いや,ゆきのんが道に迷って待ち合わせ場所に遅れたんだからね!?」

「なんであーしまでこんな朝早くに……」

「あの男はちゃんと見張っていないと,いつ原滝さんにいかがわしいことをするか分からないわ。見落としの無いように見張りの目は多い方がいいもの」

「あたしは,ゆきのんと優美子と三人でディスティニーへ来れるなんて思ってなかったから嬉しいけどねー」

「由比ヶ浜さん,そんな女三人で腕を組むなんて,フランスデモではないのだから」

「結衣,ちょっと歩きにくいし」

「へへっ,姫菜も沙希も来られたらよかったのにねー。二人ともバイトだって」

「由比ヶ浜さん,結衣,そんなきつく腕を組んだら,あなたの肉の塊が。くっ」

「雪ノ下さん……」

「やめて,三浦さん。そんな憐みの目で見ないで……」

 


 

 とりあえず,ディトナ・ジェームズ・アドベンチャー:ダイヤモンドスケルトンの魔宮のファストパスをアプリで取ってジュエストーリー・マニアに向かう。その後も午後のタワー・オブ・テンプルのファストパスを取得しつつなんか空を飛ぶようなアトラクションなどを楽しんだ。

 ファストパスを取っていないアトラクションを並んでいるときも苦にはならなかった。こいつから自然に話しかけてくれるし,黙っていても楽しそうな表情をしていて気まずい思いをすることはなかった。

 

「昼もだいぶ過ぎたし,少し何か腹に入れるか?」

「そうだね。楽しすぎて時間を忘れちゃってたけど,言われるとお腹すいたな」

「じゃあ,その辺で適当にハンバーガーでも食べるか」

 とは言うものの,実は事前に下調べをして,簡単なくまのキャラクターショーが見られるレストランに自然に向かうように歩いてきたのだ。

 原滝はミートソース&チーズのハンバーガーのセット,俺はフライドチキンバーガーのセットに二人分のシーフードチャウダーを持って席に着く。

「おっ,このシーフードチャウダー,パンがアレの形だな」

「お前,それ絶対口に出すなよ」

 

 その頃,

 

「雪ノ下さんさあ,またバンブーファイト乗るん?」

「ここで待っていればあの男はきっと来るわ」

「だけどゆきのんの後ろのライドに乗ってたら,ゆきのんには分からないよ?」

「うっ,由比ヶ浜さんに指摘されるなんて……雪ノ下雪乃一生の不覚……」

「馬鹿にしすぎだからぁ!」

 


 

「あれれー?原滝さんやない?」

「ほんなこつ原滝さんやき」

「こらたまがった。優等生の原滝さんが私服で遊びよるたあ」

「速見さん……」

 一昨日見た原滝と同じ制服を着たこの3人の女はどうやら原滝と同じ学校の修学旅行生、おそらくはクラスメイトのようだ。

「ねーねー,原滝さん。こん横にいる男ん子紹介してよー」

「ん,ああ。こっちは,千葉の総武高校の比企谷くん。こちらは,速見さん,大野さん,直入さん」

「へぇー,千葉の……彼氏とデートとか青春しちょるねー。どげえして知り合ったん?」

 この速見という女。もし由比ヶ浜なら「はやみん」とか言うんだろうなあ。

 

その頃,

 

「今,由比ヶ……結衣からすごく不愉快な空気を感じたのだけれど」

「冤罪だ⁉︎」

「結衣,冤罪なんてよく知ってたし」

「馬鹿にしすぎだからぁ!」

 

 

 そしてこの女,俺を値踏みするように俺を見て,やはり笑みを浮かべた。あの時と同じ厳然たる嘲笑。この女もまた,"原滝龍子の連れている男"を見て嘲笑を浮かべるのだ。

 だが,状況はあの花火大会の時よりもさらに悪い。

 あの時はやきそばを理由にその場を離れたが,ここはレストランで原滝だけを残して立ち去るわけにもいかない。

 そして,こいつらが大分に帰ってしまえば俺は関係なくなるが,原滝はその後もこいつらと一緒だ。俺のためにずっと笑われ続けるのは可哀そうだ。

 ていうか俺がムカつくんだよ。

 そうであれば,俺のやることは一つ。いつもどおり最低のやり方でこの場を収める。俺が原滝の弱みを握って無理やり連れまわしていると言えば,学校に帰ってもこいつは悲劇のヒロインとして同情を集め,俺はまあ,俺のいないところで何を言われようが問題ない。

 今すぐ通報されないかだけが心配だが,まあこいつらも脅しておけば大丈夫だろう。

 そうと決まれば,

「おい,お前ら―――」

 勢いよく立ちあがったところ,原滝も同時に立ち上がり,俺の肩に両の手を置いて唇を重ね―――

 えっ!?

 3人の友人がぽかんと口を開けて見守る中,貪るようなキスが続く。

 クラクラと気が遠くなりそうになった頃,ようやく彼女の唇が離れた。

「は,は,原滝しゃん,なんしよっと?」

 はやみんが目をパチクリさせて原滝に問いかける。

「別に彼氏だし?夜も一緒に寝たし?」

「な!? 原滝,おまっ」

「あんたたちもおなごんじょうでつるみよらんで,そこらで暇しよる男ば捕まえちきたらどげんね?」

 原滝が少し挑発気味に煽ったのに続き,

「しんけんダァーーーッシュ!」

「ぴゃーーーー!」

 突然の大声に,おかしな声を上げ凄まじい勢いで飛び出していくはやみん。

「速見,待ちない!」

「ウチらをほたらんといてー」

 取り巻きどもも慌てて付いていく。男つかまるといいな。基本,男だけで来てるような奴はほとんどいないと思うが。

 

「ほれほれ,お昼お昼♪」

「お前,何であんなことを……後でアイツらにバカにされたりするんじゃないのかよ」

「そんなのはもういいんだ。あたしはさ,自分がバカにされるより,八幡がバカにされる方が嫌なんだ。八幡もそう思ってなんかしようとしたんだろ?」

「……分かってたのか」

「分からいでか。あたしはあんたの彼女だぞ?」

「今日限定だけどな」

「それでも,だ」

 にかっと笑って席に着く原滝。

 俺もそれに続いて座ろうとふと辺りを見ると,周りの客とステージ上で踊っていた熊までが動きを止めて俺たちを見ていた。

「お,おい!周り中から見られてたみたいだぞ。早くここを出よう」

「何言ってるんだ?まだ全然食べてないじゃないか。ショーも見たいし。ほら,このシーフードチャウダー美味いぞ。このミッ……」

「やめろ。その続きを言ってはいけない。ここはディスティニーだ」

 

 まあ,チキンバーガーとシーフードチャウダーは確かに美味かった……ような気がする。半分くらい食べた気がしなかったが。

 

 その後もアトラクションやショーを見て廻り,時間を忘れるほど楽しい時間を過ごした。

 本当に楽しそうな顔をしている原滝を見ていたら,それだけで俺も心から楽しい気分でいられたんだ。

 それでも次第に夜のとばりが降りてきて,きらびやかさを残しながら辺りを闇が支配する時間になった。

 


 

「八幡,今日はありがとな。ほんとうにいい思い出になったよ」

「まあ,依頼だからな。俺も楽しかったし,お前が喜んでくれたなら依頼は成功ってことだ」

「……そうだな。依頼……だったな」

 原滝が下を向く。そう,これは依頼なんだ……

 

 その時,ひゅぅぅぅという音がして,夜空にどーんと大輪の華を咲かせた。

 その音に天空を見上げた原滝の顔を,大きな光輪が白く赤く照らしている。

 そして俺は……彼女を正面から抱きしめて,強引に唇を奪った。

 一瞬目を見開いて驚いた表情を見せた原滝だったが,すぐに目をつぶりそれを受け入れた。

 

「八幡……」

「これで依頼完遂だ。俺の方からというリクエストだったからな」

「覚えてたのか」

 意外そうな顔をする原滝。

「まだ一昨晩のことだ。忘れねえよ」

「あたしが……九州に帰ったら……八幡は忘れるのかな?あたしのこと」

「忘れねえよ。まあ,いつまでもとは言えないけれどな。お前が覚えてる間くらいは忘れねえ」

「じゃあ,あたしはいつまでも忘れない。だからいつまでも覚えてろ」

「……善処する」

「ねえ」

 少し思いつめた表情で彼女が問いかけた。

「今夜……帰りたくないな……」

 上目づかいに懇願する彼女。

 俺もつい流されそうになる。だが,

「……だめだ。 夢は……ここで終わりだ」

 俺の言葉を聞いて,彼女はふっと笑った。

「そうか……そうだな……」

「ああ。俺たちにはそれぞれ帰るべき日常がある」

「んじゃ,行こうか。戻るならそろそろ行かないと……アレ?」

 原滝の瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちた。

「なんで?最後は笑顔で別れようと思ってたのに……なんで……」

 俺は静かに原滝の背中に手を回しそっと抱きしめてやった。

 彼女は,俺の胸で声をあげて泣いた。

 響き渡る花火の音がそんな彼女の声をかき消してくれていた。

 

 舞浜駅のホームに京葉線の電車が入ってきた。

 モノレールの中からここまで,手をつないだままの二人はずっと無言だった。

 ドアが開く。ホームで待っていた人が電車の中に吸い込まれていく。

「八幡。また,大分に来ることがあったら連絡くれな」

「その時はな」

「また,LINEする」

「ああ,いつでもいいぞ。返事はいつになるか分からんが」

「ふふ,八幡らしいな」

 狭い世界の歌が鳴り,それが終われば電車の扉が閉まる。

 名残惜しげに二人の指が離れていく。

 本当にこれで夢は終わり。

 ドアに隔てられた彼女の顔は,今度は笑っていた。

 無理矢理なぎこちない笑顔。それでも一生懸命笑顔を作っていた。

 おれは軽く右手を上げ,走り去る電車が見えなくなるまでその手を小さく振り続けた。

 

 



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まちがいつづける修学旅行。⑧ ~下総腐乱編~

7話目のラスト,笑いが無くてドキドキしたわ。
これでよかったのかな?と。
「その頃……」とか入れてゆきのんラストにしようかな?と悩んだけれど,ネタが思い浮かばず断念。

さて,セカンドシーズン8話目。

当初の構想ではこんなエピソードは影も形もなかったんですよねー。
無くても物語としては多分成り立つはずなんですけど,こういうのを入れるから話が長くなるんでしょうね。
八幡のキャラがちょっとアレですし……
タイトルから,まああの人のターンです。
腐要素は全くありませんが。
Pixivの初出からタイトルを変更しました。

バラダギ様亡き後(死んでません)メインヒロイン争奪戦はどうなる?
まさかの新たな挑戦者!?

駄作者がほんっとすみません。



 家の前まで帰ってくると,玄関の前に人影があった。

 

「はろはろー。おかえり,ヒキタニくん」

「海老名さん……」

「ディスティニーは楽しかった?」

「まあそれなりに,な。それよりどうして?」

「口では信用してるなんて言ってもさ,やっぱり不安で仕方なかったんだよ。今夜,本当に帰ってくるのかってね」

 もし帰ってこなかったらずっとここに立ってたのか?だいたいいつからここに立ってたんだ?

「まあ,帰ってきたよ」

「……いろいろあったみたいだね」

「分かるのか?」

「まあね。これでも結構ヒキタニくんのこと見てるんだよ?」

 おどけるように言った後,少しトーンを変え,俺の目を見て言った。

「でも帰ってきてくれた」

「まさかここで海老名さんが待ってくれてるとは思わなかったがな。まあ,お守りも持ってたし」

「お守り?」

「ああ」

 と言って,俺はズボンの左ポケットからそのお守りを取り出す。

 玄関の薄明かりの下で海老名さんがそれを目を凝らして見る。

「それは,わたしの,パンツ!? それずっと持ち歩いてたの?」

 海老名さんの問いに俺は首肯してみせた。

「ぷっ,はははははっ。ヒキタニくんサイコーだよ。ひぃ~」

「まあ,流されて忘れないように,な」

 海老名さんが勢いをつけて抱きついてきた。

「ありがとね,ヒキタニくん……」

「いや,俺はヘタレだからな。まだ何も決められない,それだけだ」

「でも,わたしのことを考えていてくれた……それだけで十分だよ」

 昼間はまだ少し暖かいとはいえもう秋も深まってきて,夜は結構冷え込む時期だ。抱きついた彼女の身体はやはり少し冷たくなっていた。

「かなり長い時間待ってたんだろ?身体が冷えてるぞ」

「ううん,こうしてたら温かいから……しばらくこのままで……ね?」

 俺は海老名さんの言うとおり,しばらくの間,そのまま彼女を抱きしめていた。

 


 

「そろそろ行かなくちゃ」

 俺の耳のすぐそばでそう囁いた彼女。ちょっとくすぐったい。

「上がっていかないのか?お茶くらい入れるけど」

「やめとくよ。上がったら帰りたくなくなりそうだもん。それにお茶じゃなくて違うものを入れられたりするかもだしね」

「ばっ,ばっか。何言ってんだよ!」

「ふふふ,そういうことだから,今日は帰るね」

「分かった。なら送ってくよ。もう遅いし」

「ヒキタニくんも疲れてるでしょ?わたしなら大丈夫だよ?」

「俺が送りたいんだよ。言わせんな,恥ずかしい」

「もー,そういうとこだよ!大好き!」

「お,おお……」

 かなり寒くなってきているはずなのに,顔は熱く,身体はほてっていた。彼女の顔も真っ赤だから,たぶん同じなんだろう。

 駅まで自転車で送って行こうと言ったんだが,少しでも長い時間一緒にいられるから,と二人で歩いていくことになった。

 

 改札の前まで来て,ここまででいいよ,と彼女は言ったんだが,眼鏡の奥の目が少し淋しそうにしていたのを俺は見逃さなかった。

「もう少し一緒にいたいんだ。だめか?」

 と言ったら,このジゴロ,女たらし,女の敵と言われてしまった。解せぬ。

 それでも嬉しそうに腕に抱きつかれてそのままの体勢でホームから電車中へ,そして彼女の最寄りの駅から家までの歩を進めた。

 


 

「ヒキタニくん,本当にありがとう。すごく嬉しかった」

「別にお礼を言われるようなことはない。俺が自分のためにやったんだから」

「……ねえ,上がってく?」

 彼女の問いに俺は首をすくめるように答えた。

「やめとく。上がったら帰りたくなくなるだろ?」

 俺の答えに彼女はふふっと笑う。

「そうだ。まだパンツ持ってるよね?それ,返してもらっていいかな?」

「え,ああ,そうだな。もうお守りとしての役割を十分果たしたしな」

 俺はポケットに手を突っ込み,パンツを出そうとするが,

「ここで出されるのはちょっと恥ずかしいかな?玄関の中まで入ってくれる?」

 門扉を通り抜け,彼女が玄関を開け中に入るのに付いていく。

「姫菜,おかえりー」

 奥からお母さんらしき人の声がした。

「ただまー」

「遅かったのねー,今日もアルバイト?」

「うん」

「早くご飯食べちゃいなさいー」

「分かったー,部屋で着替えたらすぐ行くねー」

「お,おい,俺,こんなとこにいて大丈夫か?」

 小声で彼女に聞いてみる。

「大丈夫大丈夫。この時間,お母さんは2階でテレビ見てるし,私の部屋は1階だから」

「とにかくこれは返すな」

 再びポケットからパンツを取り出し,彼女に渡す。べ,別に名残り惜しくなんかないんだからねっ!

「それじゃあ」

 慌てて玄関を出ようとするが,

「静かにドアを開けないとばれちゃうよ」

「お,おおう」

 確かにその通りだ。玄関が開くのが分かったら,帰ってきた娘がまたもや出て行こうとしているんじゃないかと不審に思われちまう。

 きわめて静かに,そーっと玄関の扉を開けようとすると,

「ヒキタニくん」

 と小声で呼び止められた。振り向くと,はい,と何かを手渡された。

 玄関の明かりを点けてなかったので,薄く暗い中,目を凝らして見てみると,

「パッ,パン……!」

「シーーーー!」

 思わず声を上げそうになっちまった。だてそうだろ?俺の手の中にあるのは,

 パンツ!今度は縞パン! しかもまだ温かい!

「新しいのに交換ね。今履いてたやつだからね。わたしのぬくもりを感じて。あ,でも今ここで匂いをかぐのはやめてほしいかな。それは家に帰ってからね」

 いやいや,しないからね,そんなこと。

 たぶん……

 それよりもこの脱ぎたてほやほやのパンツが俺の手の中にあるってことは……

「当然ノーパンだね」

 そう言って,スカートをチラっと捲ってみせた。

 キ・マ・シ・タ・ワー!

 危うく鼻血を吹いて倒れるところだったがなんとか踏みとどまった。

「おまっ,おまっ!」

「ヒキタニくんのエッチ。なんて卑猥な単語を言おうとしてるの」

 違うちがーーーーう!! そうじゃ,そうじゃない!

 と言って叫び出したいところだが、2階にお母さんがいるのではそういうわけにもいかない。

「なんでこんな……」

「わたしだって……わたしだって必死なんだよ?わたしには何もないから……雪ノ下さんみたいに綺麗じゃないし、結衣みたいにおっぱいも大きくない。優美子みたいにプロポーションも良くなければサキサキみたいに家庭的でもない。そこへもってきて原滝さん……こうでもしなくちゃ君の心を……つなぎ止めておけない……」

 チクショウ。彼女はずっと不安に苛まれてたんじゃないか。原滝のことだけじゃなくて、ずっと、ずっと。冷えた体で家の前に立っていたことで気づいていたはずなのに。言葉の最後の方を涙声しながら訴える彼女に俺はどうすれば?

「うぅっ」

 いや、その前に、今泣かれたら上のお母さんに俺がいることがバレちまう。だからといって、このままの海老名さんを置いて逃げ帰ることなんてできるわけがない。束の間でも彼女を安心させて泣き出すのを止めるために俺は何をすれば?

 何をすればだって?どれだけ欺瞞を重ねるんだ。俺はもうその方法を知っている。知っていてできない。いつまで経っても変わらない、変わることができない。だが……

「ひぐっ、んん……」

 今にも泣き出しそうな海老名さんの唇を俺の唇で塞ぐ。

 上の階にお母さんがいるのにこんなことをしてていいのか、そんな考えも唇を重ねるうちに薄れていき、俺たちは周囲に水音が響くほどの長く甘い口づけを交わし続けた。

 


 

「落ち着いたか?」

「うん。ありがとね」

「海老名さんは他の誰にも負けないくらいの魅力があるんだからもっと自信を持っていい。それに俺は泣き顔よりも笑顔が似合うと思うぞ」

「ヒキタニくんってホント女たらしだね」

「失礼な。こんなこと誰にでも言うわけじゃないぞ。戸塚とか小町とか、あと戸塚とか」

 ま、まあ、小町は今までみたいに冗談では済まされないことになっているから気を付けないといけないが。だからと言って,戸塚への想いは冗談じゃなくて真剣だぞ?

「いいよ。誰にでもは言わないうちの一人に入れてもらってるからね」

「じゃあ,海老名さん,今度こそ帰るから」

「姫菜」

「へ?」

 うっかり間抜けな声を上げちまったい。

「姫菜って,名前で……呼んでほしいな」

「名前呼びは,ボッチにはハードルが高いな」

「これだけの女の子に好かれていてもうボッチでもないし,キスよりハードルが高いっておかしくない?」

 ぐぬぬ。たしかにそうだ。そうなんだが……

「ひ,姫菜」

「はちまんくん」

 今さらと思われるかもしれないが,二人とも顔を真っ赤にして互いの名前を呼んだ。

「やっぱりちょっと恥ずかしいね」

 そうは言いながら,姫菜……はすごく嬉しそうだ。

「今日は,送ってくれてありがとうね」

 姫菜がが静かに目を瞑る。

 最後にそっとお別れのキスをした。

 

 玄関を離れ,少し歩いたところで振り向いてみると,ドアを少しだけあけて姫菜が小さく手を振っている。俺もそれに応えて小さく手を振る。

 京葉線のホームを思い出して,少しだけ胸が痛んだ。

 


 

「たでーまー」

 疲れた。今日も疲れた。

 今日一日は悪い日ではなかった。ディスティニーは楽しかったし,姫菜との時間も全く嫌ではなかった。

 だがしかし,一昨日からいろんなイベントが続きすぎて疲れの癒える間がなかった。

 帰ってくる途中も電話やLINEの着信がガンガンあったが,それらをガン無視しつつようやく愛しの我が家にたどり着いたのだった。

「おにいちゃんおかえりっ!小町にする?小町にする?それとも,こ・ま・ち?」

「じゃあ小町で」

「お兄ちゃん……」

 小町の目が潤んでる! しまった! 大変まずい! 実にまずい! うかつな口を撃ち抜きたい!

 

 こら,こんなところで服を脱ぐな! 抱きつくな! キスをしようとするな!

 玄関でひと悶着していると,二人してスパーン!スパーン!とスリッパで後頭部をひっぱたかれた。

「あんたたち,兄妹して玄関先で何やってんの!」

「あ,今日はお母さん家にいたんだったーテヘ★」

 テヘ★じゃねーよ! 俺まで一緒にひっぱたかれてるじゃねーか。

「まったく……いくら千葉の兄妹だからってこんなところで何してんの。お父さんに見つかったりしたら殺されちゃうわよ。主に八幡が。もっぱら八幡が。ひたすら八幡が」

 やだ,なにその理不尽。

 なんで俺は何もしてないのに俺だけが殺されちゃうんだよ!

「小町! だめよ,こんなところじゃ。ちゃんと部屋でヤりなさい」

 かあちゃーーーーん! 部屋でも駄目だろーが! いったい何言ってくれちゃってんの!

「じゃあお兄ちゃん,お母さんの許しも出たことだし,行こ?」

「可愛く言っても駄目だ。まずはお前,服を着ろ」

「えーーーーー」

「かーちゃんもおかしなこと言うな。小町が本気にしちゃうだろ」

「え?何? 八幡は母ちゃんがいいのかい? でもそんな親子で……もしあの人に見つかったら……」

 それじゃ,見つからなかったらいいみたいじゃねーか!

「とりあえず俺は疲れたんだよ。飯は後でいいから先に風呂入るわ」

「しょうがないねえ。じゃあ小町,あたしたちだけで先にご飯にしようか」

「しかたないなあ。お兄ちゃん,ちゃんとカラダを洗って出てきてね」

 小町ちゃんが何が言いたいのか、ハチマンよくワカラナーイ。

 

「ふひぃー」

 もはや家の中ですら憩いの場所ではなくなった俺にとって、風呂だけが俺の安住の地だ。

 テンプレな状況ならここで小町が入ってくるところだろうが、ちゃんと入り口に鍵は掛けたからそんなTo LOVEるは起きようもないのだ。やったねハチマン完全勝利!

 どう考えてもこれはフラグだな……

 とりあえず股間は念入りに洗って……ってちがぁーう!

 兄妹で禁断の一線を越えるなんてあってはならないのだ。なぜか原滝と姫菜の顔が頭の中に浮かんだが、それはまあ関係ない。違うことを考えろ。戸塚、戸塚……

 やべ、八幡のハチマンが……

 戸塚はダメだ、別のことを考えろ。

 由比ヶ浜、由比ヶ浜……おっぱい。

 ますますダメだー!

 川崎、川崎……黒のレース。

 あかーーーん!

 

 ガチャ。

 

 ん?ガチャ?

 

 なぜか鍵をかけたはずのドアが開いて、かーちゃんと小町が入ってきた。

「な、なんで入ってきてるんだよ! 鍵は掛けたはずなのに」

「いや、あんたあんなまり出てこないからのぼせて倒れてるんじゃないかと思って、心配で心配で」

「そうだよ、お兄ちゃん。小町とお母さんはお兄ちゃんを心配して」

「だったらなんで二人ともスッポンポンなんだよ!」

 そう、小町もかーちゃんも一糸纏わぬ姿で風呂場に入ってきたのだ。

「そこはそれ。そう、蛇の道は蛇って言うじゃない?ねえ小町」

「そうそう。受験勉強で出てきたやつ」

「そんなわけあるかー! 全く意味不明だわ」

「今日はあの人も帰ってこないって連絡があったから、たまには八幡も含めた親子3人でさ」

「親子3人の3(ピー)だねっ!」

 こまちィィィ!そのネタ前に使用済みだぞ。そしてナチュラルにかーちゃんを入れるなよ。も、もちろん妹もダメだが。

「は、はちまん?!」

「なんだよかーちゃん?」

「どうしてお前のアソコはそんなにやっはろーしてるんだい?」

 うわァーーー! 慌てていて股間を隠すまもなくそのまま応対してたよ!

「あんなに小さかった八幡がこんなに立派に……」

 今、その言葉を使うとちょっとおかしな意味になるからな!

 小町もうっとりとした表情で見ない!

 

 結局、風呂のドアの鍵は、コイン一枚あれば開いてしまうらしい。それこそ中で倒れてるかもしれないことを考えると至極当然ではあるのだが。

 


 

 部屋の鍵をかけてベッドに倒れ込む。

 家にいるのに俺がこんなに疲れるのはまちがっている。

 おわ……らないよなあ……まだ……

 顔の横に置かれたスマホがブルブルとバイブレーションしている。

 画面の表示は「愛しの姫菜ちゃん」って,そういや朝は気づかなかったが,いつの間に登録されたんだろう?しかも登録名……

 LINEメッセージなら後で返事しようと思ったのだが、鳴り続けていることをると、どうやら電話がかかってるようだ。

 仕方がないのでその電話に出てみる。

「はろはろー、はっちまんくーん,さっきぶりー」

「どうしたんだ?姫菜。深夜ではないにしてもこんな時間に電話をかけてくるなんて」

「えっとねー,声が聴きたかったと言うのもあるけど,実はね」

 姫菜がひと呼吸おいて衝撃と畏怖の一言を投下していった。

「あの,玄関でのやり取り,うちお母さんに見られてましたー」

 

 は?!

 

 見られてた?

 

「どこから?」

「んー,わたしがパンツを脱いだとこ?」

 ほぼ全部じゃねーか! 数ある黒歴史に更なる一ページが……

「でね,お母さんがぜひ今度家に連れてきて紹介しなさいって」

「俺に拒否権は……?」

「もちろんあるよ。優美子じゃあるまいし,そんな強制はしないよ?」

 よかった。こっちはなんとか断れそうだ。ていうか,姫菜が三浦のことをどう思っているかよーく分かった。

「ただ、来てくれないとウッカリお父さんの前で口を滑らしちゃうかも,だって。お父さん、わたしが一人っ子だからか,なんかゴルフバッグに猟銃を潜ませてたり」

 怖え,怖えよ! 結局,会いに行くの一択じゃねえか!

「じゃあそのうち時間を見つけてな」

「お母さんからは,お父さんが出張とかでいない時に来てね,だって」

 ま,まあ,俺も命が惜しいからな。それに越したことはない。

「夕食時に来てくれたら,八幡くんさえよければ親子丼をご馳走しますって……」

 

 ブツッ

 

 ツーツー

 

 ……寝よう

 



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まちがいつづける修学旅行。⑨ ~下総動乱編~(完結編)

突然ですがセカンドシーズン最終回です。
長かった……
一応エピローグは1話で完結できました。
あと,「あの子」が帰ってきます!
ついに物語が動く!←最終回だってぇの!!

最終回もまた修羅場。
このシーズンはこればっかだなあ……

ラストは本作の最期にふさわしいお定まりのアレです。
また後ほど,お会いしましょう。



 原滝の修学旅行から1ヶ月が過ぎた。

 

 原滝とディスティニーに行った翌日,由比ヶ浜から,自分たちもディスティニーランドにいたのに全然会わなかった,いったいどこにいたのかと詰問された。やっぱりいたのか。まあ,園内は広いし休日で人も多いから会わなかったんだろうと言っておいた。

 雪ノ下からは,なぜパンさんのバンブーファイトに来なかったのか,この背教者!と罵倒された。

 解せぬ。俺はいつパンさん教に入信したのだろう。こっそり家に福音書とか届いてたっけ?

 

 この間に生徒会選挙があり、紆余曲折あって一色いろはという一年生が生徒会長になった。

 そしてなぜか奉仕部に入り浸り今に至る。

 クリスマスイベントの手伝いを奉仕部として行っているが,雪ノ下に由比ヶ浜,三浦や姫菜の手も借りて極めて順調である。

 当初,海浜総合高校の生徒会長がなにやら訳の分からないビジネス用語を駆使して会議が進まないと一色に泣きつかれたが,三浦と雪ノ下を連れて行ったことで雰囲気は一変。

 それまで,停滞していた会議は雪ノ下の弁舌(毒舌?)と三浦の一睨みで海浜側は何も言うことができなくなり,以降は余裕を持ったスケジュールで進んでいる。もちろん,恐怖政治により相手方を従わせているだけではなく,一色のあざとい上目遣いや由比ヶ浜の気遣いとおっぱいの力で極めて友好的な協力関係が保たれている。

 夏休み以来の再会を果たした鶴見留美は,姫菜の演出する演劇のヒロインとして皆から一目を置かれつつあり,独りぼっちという状況ではなくなった。ただ,彼女の俺を見る目が以前とは異なっていること,そして,ふと漏らしたはやはちという単語に若干の不安を覚えている。

 

 そんなこんなで,三浦と姫菜……部室では海老名さんが奉仕部にいるのは俺たちが修学旅行から帰ってきて以来続いていて,もう奉仕部の一員とみなしてもいいくらいだと思うのだが(雪ノ下曰く「にゅうぶとどけ」を出していないから部員ではないらしい),時々みんなの前で「姫菜」と呼びそうになって慌てることもしばしば。

 一度寝ぼけて三浦を「おかあさん」と呼んだ時は烈火のごとく怒られたがな。

 最近ではバイトのない日の川崎がそこに加わって三浦と睨み合いをしたり、さらには陽乃さんが顔を出した日などはもうカオスとしか言いようがない状態に陥ってしまっている。

 家でも小町の襲来に気の休まらない日が続き、俺が癒されるのは、朝や休み時間に戸塚と話ができる瞬間くらいのものだ。

 


 

「八幡、おはよう!」

「毎朝味噌汁を作ってくれ」

「もう、八幡。僕,男だよ?」

 ううぅ、戸塚だけはずっと変わらないでいておくれ。

「そういえば、今日転入生が来るって噂だよ。朝、日直の人が職員室の平塚先生のところですごく可愛い女の子を見たって言ってたからウチのクラスかなあ」

 ウチの担任が今体調を崩して休んでいるため、うちのクラスのホームルームは平塚先生が行っているのだ。

「戸塚、俺はお前さえいれば良い。転入生なんてどうでもいい」

「もう、八幡たらぁ」

 ぷんぷんという擬音語が聞こえてくるかのごとく頬を膨らませて怒る戸塚,しんけん可愛い。とつかわいい。

 しかし、美少女の転入生……まさかな……

「べー、美少女の転入生、やっぱあがるっしょー!」

「でもなんでこんな終業式も近いのに転入してくるんだろ。新学期からにすればいいのにな」

「それな」

 戸部はようやく大分の大学病院を退院し、総武高校へ戻ってきた。だが戸部よ……お前、海老名さんが好きなんじゃなかったのか?

 そんな美少女転入生にテンションアゲアゲになってるようじゃその恋は叶わんぞ……って、俺が言うと嫌味だな……

 大岡もようなく謹慎が解けて復学している。戸部と違い美少女転入生の話題に盛り上がらないあたり,相当処分が堪えたのだろうか。

「でも,もうすぐ冬休みだろ?もし遠くから来てこっちになじんでいないようならいろいろ案内してあげる体でデートに誘えるんじゃないか?」

 ……前言撤回。やっぱり大岡は大岡だ。

「それな」

 大和も……いつも通りだ。

 それにしても,ひと月の間葉山がいなくてもこのグループで会話が弾んでいるあたり,チェーンメール事件を経て,こいつらもちゃんと友達になったんだな。

 おそらくはこいつらの誰かが犯人だったのだろうが,こういう結論を得られたのならそんなことはどうでもいいことなんだろう。 

 


 

「よーし、ホームルームを始めるぞー」

 平塚先生が入ってきて、友人(笑)の席の近くに陣取っていた生徒どもが自席にもどっていく。

「入ってきなさい」

 平塚先生が廊下にいた生徒に声をかけて中に入るように促した。

 結論から言えば、入ってきたのはたしかに前評判通りの美少女ではあったが,原滝ではなかった。

 ざ、残念とか思ってないんだからねっ。

 ただ、初めて会うはずなのに、この美少女にはどこか見覚えがある……

 

「自己紹介……がいるかね?」

「はい」

 その美少女が話し出した。

 

「葉山はやこです。葉山隼人が訳あって女になりました。改めて皆さん、これからもよろしくお願いします」

 

 は、葉山〜〜〜?!

 

「えー、葉山は一月前、不慮の事故で生命の危機に陥ったが、たまたま千葉大学に学会のためいらっしゃった大分は狭間医科大の猪上博士と、今津留高校物理科主任の真船先生のお力で一命を取り止め、今日から再びみんなのクラスメイトとして戻ってくることになった。変わらず仲良くしてやってくれ」

 衝撃の事実にクラスの半分以上が椅子から転がりおちていた。

「は、隼人ぉ〜」

 三浦もあまりの出来事にひっくり返ってパンツ丸見えでしたごちそうさまでした。

 

「ヒキタニくん」

 葉山が自分の席への道すがら,俺の横に来て声をかけた。

「放課後、奉仕部に行く。そこで話があるから待っててくれるかい?」

「お前に言われなくても強制的に部活だ。勝手に休むとウチの部長様に何言われるかわからんからな」

「ははは,分かった。じゃあな」

 そう言って、葉山(♀)は一月ぶりの自席に戻っていった。

 

 放課後,教科書などを鞄に収めていると,葉山が再び俺の席にやってきた。

「ちょっとサッカー部に顔を出してから奉仕部へ行くよ。この姿だと選手としてはもう続けられないからさ」

 寂しそうに葉山は言った。ずっと続けてきたサッカーをこんなことで諦めなければならないんだ。その心中やいかばかりか。

「ああ,待ってるわ」

「ありがとう」

 葉山が眩しいくらいの笑顔を俺に見せ、そして去っていった。

「隼人くん大丈夫かな?」

 由比ヶ浜もそんな葉山の背中を不安げに見送る。

「さあな。俺はあいつは嫌いだが、ああなった原因に少しでも俺が関係しているとするなら,俺にできることはなんでもしてやろうと思う」

 憐みなのかもしれない。罪悪感なのかもしれない。それは俺が忌み嫌っていた欺瞞であるのかもしれない。それでも俺は……

「そっか。じゃあ、ヒッキー、部活行こ?」

 そう言って少し嬉しそうな顔をした由比ヶ浜が俺の手を握り引っ張っていこうとする。

「お、おい」

 ウッカリ勘違いしちゃうだろ、という言葉を出しかけて、そのまま飲み込んだ。

 そういや勘違いなんかじゃなかったな。

 結局,由比ヶ浜に手を引かれるまま特別棟の部室へと向かうことになった。

 


 

「むう。なんでせんぱいは結衣先輩と仲良く手を繋いで歩いてきたんですか?」

 頬っぺたを膨らまして不満顔の一色が言う。

「あざとい。やり直し」

「むきー,何なんですか?全然あざとくなんかないですよーだ」

 リアルにむきーとかいう人間初めて見たわ。

「まあまあ,いろはちゃん。それで今日はサッカー部に行かないの?」

 興奮気味の一色を由比ヶ浜が宥めるようにとりなした。

「あ,サッカー部のマネージャー,昼休みに辞めてきました」

「お前,葉山が女になったんでもうサッカー部には用がないから速攻で辞めてきたってか?」

「せんぱいは私のことを何だと思ってるんですかー」

「あざとい後輩」

「ちょっと,先輩の中の私,ひどくないですかー?まあいいです。クリスマスイベントとか生徒会の方が忙しくてサッカー部との両立は難しいかなーというのと,葉山先輩からマネージャーになりたいって話聞いたんですけど,今のままだと人手が足りてるんで,だったら私が辞めたら枠が空くかなあって思って」

 葉山に枠を空けるためにマネージャーを辞めたという話に少し驚いたが,ゆるふわ系の見た目と違って,本来この子はこういう気を遣える優しい女の子なんだな。

「あああ,隼人ぉー」

 葉山の名前を聞いて,改めてショックを受けた三浦が泣き崩れている。

 今度は椅子からひっくり返ることもなくパンツも見えなかったが。

「ヒキオぉ,あーしを慰めろし」

 いやいや,想い人が突然性別を変えてしまったなんて,どうやって慰めたらいいんだよ。

「ヒキオ……お願い……」

 ぐぅ,涙目で弱々しく懇願する三浦。普段の女王様っぷりと違うこのギャップは相当の破壊力だ。

 仕方ないので,小さい子をあやすように正面から抱きしめて背中をポンポンしてやる。

「大丈夫だ,三浦。世の中にはいい男なんて掃いて捨てるほどいるからな。お前は可愛いんだから,いつかきっと葉山よりもっといい男が現れる。だいたいお前に涙は似合わん。だから,泣くな,な?」

「うん……ぐすっ」

 なにこれ。これ本当に三浦優美子なの?もはや誰コレ?って感じなんだが。

 その様子を見た由比ヶ浜がうーと唸り,雪ノ下がにゃあと鳴き,姫菜はなにやら海老名的にポイントが低いとかのたまっている。どこで使えるか分からないポイント制度の乱立は由々しき事態だ。

 


 

 ようやく三浦が落ち着いた時に扉がガラガラと開いた。

「平塚先生,あれほどノックを,と……」

 雪ノ下が言いかけたところで,入ってきたのが平塚先生でないことに気付いたようだ。

「あの……どなたかしら?」

 ああ,雪ノ下はまだ会ってなかったんだな。

「ごめんね。ノックをしたつもりだったんだけど,誰の返事もなかったから……」

「ゆきのん,紹介するね。こちら葉山はやこさん」

「え……あなたが,葉山君?」

 雪ノ下もショックだろう。男の幼馴染がいきなり女になってしまったのだから。

「そして私が狭間医大教授の猪上」

「私が今津留高校物理科主任の真船。発明おじさんとでも呼んでくれ」

 おっさん二人が葉山と一緒に部屋に入ってきてなにやら胸を張っている。どうやらこの二人が葉山を改造,いや命を救った人たちらしい。

「ふむ」

 白衣姿の発明おじさんこと真船教諭が俺を見て、

「久しぶりだねえ。君の目は忘れようにも思い出せないよ」

 忘れとるやないかい!

「実に興味深い目をしておるのう。真船、お前が改造したのか?」

 真船教諭が首を横に振る。

「信じがたいことですが、これは天然なのです」

「なんとこれが天然とは……ぜひサンプルとして1つくらい摘出させてもらいたいものだ」

「おいやめろ」

 こいつら,絶対マッドサイエンティストだ。真船教諭に関しては,電柱組で俺を改造しようとした時から知っていたが。

 ひょっとしたら葉山も必要もないの女にさせられたのではなかろうか……

 

「隼人……」

 

 再び目に涙をためる三浦。俺はいったん身体を離し,葉山と正対させた。

 身体を離す時,一瞬三浦が,あっ,と言ったが聞こえないふりをした。

「優美子……」

「あんたらが隼人を……」

 三浦の顔が猪上博士と発明おじさんに向き,少し怒気を含んだ声で言った。

「救急に担ぎ込まれた時にはかなり危険な状態でね,とくに完全に潰されていたから,彼は彼女として生きる道しか残されていなかったのだ」

 猪上博士が三浦に説明する。

 で,完全に潰されたって何が?ナニが?

「優美子,お二人を責めないでくれ。俺の命はお二人のおかげで救われた。それに今は女になって良かったとすら思っているんだ」

 そう言うと葉山は俺に向き直り,

「ヒキタニくん」

 正面からじっと俺を見つめる。

「ああ,俺に用があるんだったな。何の用……んぐっ」

 とりあえず分かることだけ話すと,俺が葉山にキスをされている。

 な?なんのことだか分からないだろ?

 周りからは,悲鳴ともなんともつかない声が聞こえてきた。

 

 すぐさま唇を離し,葉山を問い詰める。

「お前,一体どういうつもりなんだ!?」

「俺は……君が嫌いだった。俺ができないことを,俺が認められない方法で解決していく君が。結衣はずっと君に恋していて,いつのまにか雪乃ちゃんも君の姿を追いかけ,俺には向けることのない暖かい目を君に向けるようになった。そんな君の姿を見るだけで,こう,胸の奥にもやもやっとしたものが溢れてきて,なんとも言い表すことのできない気持ちになった。だが,今回女に生まれ変わって初めてこの気持ちの正体に気付いた」

 葉山はそこで一呼吸おいて,さらに続けた。

「俺は,君に恋をしていたのだと」

 

 は?

 

「俺は結衣や雪乃ちゃんに嫉妬していたんだと。もうみんな仲良くはやめた! 俺は君だけの特別になりたいんだ。ヒキタニくん,俺と付き合ってください!」

 いやお前何言っちゃってんの?あまりに超展開すぎて,俺,ついていけてないんだけど!?

 姫菜なんて,こんなのは私の望むはやはちじゃないって絶望してるし。てか,まだはやはちは放棄してなかったのね……

 雪ノ下や由比ヶ浜,一色,三浦に川崎まで吉本新喜劇ばりにひっくり返って,白に縞,ピンクにライムグリーンに黒のレースまでより取り見取りだぜ!

 いやいや,そんな場合じゃない!

 葉山にじりじりとにじり寄られて壁際まで追い込まれてしまった。

 目の前にいるのは確かに美少女だ。だが,葉山だ。でも女だ。

 だったらいいのか?

 いやいやだめだ。

 姫菜の,原滝の,みんなの気持ちを考えればここで流されるわけには……

 だが壁ドンされて再び葉山の唇が迫ってくる。俺はいったいどうしたら……

 


 

「下っぱ1013号! あいつを止めろ!」

 

 そんな声が聞こえたかと思うと,下っぱ面を着けた男が葉山を後ろから羽交い絞めにして俺から引き離した。

「助かった。てか,何やってんだよ,材木座」

「何を言っておるのかなー?我は,電柱組関東支部所属,下っぱ1013号……」

「いくらお面をかぶっても,その体型と指ぬきグローブで丸わかりだ材木座」

「はぽん」

「原滝,お前か?」

 開け放たれた扉に向かって声をかけると,そこから総武高校の制服を着た原滝がひょっこりと顔を出した。

「八幡,久しぶりっ」

 チクショウ,総武高校の制服も似合うじゃないか。

「今度,電柱組の関東支部を作ることになってな,そこの支部長として赴任したんだ。この高校には今日,転入した」

「で,そこのお面をかぶったデブは……」

「同じクラスで新しい支部の下っぱとして雇った。関東支部の下っぱの番号は,千葉だけに1000番台を付番することになっていて本来なら1001番なのだが,本人がどうしても13番がいいというのでな」

「我は剣豪将軍であるからな。室町幕府13代将軍足利義輝にちなんで13番は当然である」

 しかし材木座……

「材木座くん……頼むから俺の胸を掴むのはやめてもらえるかな?」

 後ろから羽交い絞めにするのはいいが,完全に雪ノ下よりも立派そうな葉山のおっぱいを後ろから揉みしだく形になっている。

「これはしたり!」

「財津君,あなた最低ね」

「中二,それはちょっと……」

「木材先輩,ドン引きです」

「ザイモク,痴漢は犯罪だし」

「いや,我,我は……」

 女性陣に追いつめられる材木座。

「ぶひっ,ぶひひーーーーー!」

 何やら訳のわからん雄叫びを上げながら遁走する材木座。何はともあれ女子のおっぱいが触れてよかったな。葉山のだけど。

 


 

「どうするんだ八幡。せっかく見つけた下っぱに逃げられたじゃないか」

 え,それって俺の責任なの?

「だから,責任取ってお前,電柱組に入れ」

「なんでだよ!電柱組ってのは悪の秘密結社だろうが」

 しかも俺が下っぱ面とか……似合いすぎる自信がある,うん。番号は80000号でお願いしようかな。

「関東支部は悪事は働かない。実は雪ノ下建設様と材木商木曽屋の合弁会社でな,雪ノ下建設様の裏の仕事を引き受けるのが主要業務だ」

 うわー,悪事のにおいがプンプンするのだが。

「キャッチフレーズは『笑顔の絶えないアットホームな職場です』な」

 う,うさんくせぇ〜〜〜

「今なら関東支部ナンバー3の中佐待遇を約束しよう。ちなみに関東支部のトップはハルノ大元帥だぞ」

 間違いなくブラック企業だ,コレ。絶対にダメなやつだ。一色ばりのお断り芸で断るしかないな。

「……あたしは八幡と一緒にいたい……ひと月前のあの夜のこと……あたしは今でも忘れてないぞ……」

「イエス,マイ・ロード!誠心誠意,働かせていただきます!バラダギ大佐に心からの忠誠を誓います!」

 我ながら見事な手のひら返しだが,仕方ないのだよ……男にはいろいろとあるんだ……

 あ、でも卒業はしてないよ。ホントダヨ。

 雪ノ下が部長である私の許可が,とか,一色がわたしに対する責任云々と言っているが,お前らハルノ大元帥に最後まで逆らうことなんてできないだろ?

 周囲の雑音をシャットアウトして一人考えふけっていると,今度は,姫菜が近寄ってきて俺の耳元で囁いた。

「ヒキタニくん,いや,八幡くん……わたしも君と一緒にいたいなあ……そのポケットの中のもののように……」

 ズボンのポケットをまさぐるとなにやら温かくて柔らかい布が入っている。

「今……履いてないんだよ?」

「ちょっ!?」

「ねっ?」

 可愛らしい笑顔でウインクする姫菜。やってることは悪魔そのものなんだがな。

 いったいいつの間にポケットに……こんなことがばれたら通報を待つまでもなくこの場で処刑だ。

「大佐!バラダギ大佐!この、ひな……海老名さんを一緒に電柱組で働かせてもらうことを条件にさせてもらっていいでしょうか!」

「えー」

「原滝さん、わたしは役に立つよー。とりあえずコレをお納めください」

 鞄から取り出した何やら薄い本を原滝に渡す姫菜。

 数ページパラパラと読んで、

「採用」

 とだけ言った。一筋の鼻血を流しながら。

「やったね、八幡くん!これで一緒にいられるよ!」

 俺の手を取り喜ぶ姫菜。

 一瞬俺の顔を見たと思ったら顔を赤くして俯いてしまった原滝の様子に,一体あの薄い本には何が書かれていたのか、実に,実に気になるのだが、目下の問題はそこではない。

 

「姫菜、はちまんくんってなんだし⁈」

「ヒキオもさっき,ひなって言ってたよね?」

「あと、原滝さんもその下っぱ谷君と何かあったのかしら?きちんと説明してもらうわよ」

「せんぱい、私も気になりますぅ」

「比企谷、さっき海老名があんたのポケットに何か入れてただろう?おとなしく出しな」

「ヒキタニくん、俺という女がありながら……くっ」

 葉山、やめろ!そして、みんな迫ってくるな。

 今ならさっきの材木座の気持ちがよく分かる。だとすれば俺の取りうる行動はただ一つ。

「逃げろ!」

 俺は姫菜と原滝の手を取るや、脱兎の如く部室を飛び出した。

「あー!ヒッキー逃げた!」

「ヒキオ、逃さないし!」

「せんぱーい!私も連れてってくださーい!」

「比企谷、あたしに愛してるって言ってくれたのに!」

「ちょっと待って!川崎さん、そのことについて詳しく聞かせてもらえないかしら」

「あ,いや、その……」

 

「はっはっはー、ワシら空気だな。真船」

「うむ。とりあえずジョイフルにしんけんハンバーグでも食いに行くか、猪上」

 


 

「八幡!」

「八幡くん!」

「とにかく走れ!捕まったら死ぬ」

 俺たちは後ろを振り返ることなく駅に向かって必死に走った。

 

 駅の改札口の前で追手が来ていないことを確認してひとまず安堵する。

「ふぅ,とりあえず逃げられたようだな」

「それはどうかな?かな?」

 背筋に寒いものを感じて振り返ると,そこにハルノ大元帥閣下がお立ちになられていた。

「ゆ,雪ノ下さんっ」

「比企谷くんは両手に花ですかあ。私というものがありながら浮気は感心しませんなあ」

「浮気とかじゃないですから」

「それじゃ,本気?ますます感心しませんなあ」

 脇腹をぐりぐりするのやめれ~!

「わざわざここに現れたということは全てご存じなんでしょ?」

「ふふふ,さすがだね,ハチマン中佐。海老名ちゃんは少佐でいいかな?どう?大佐」

「ハッ,大元帥閣下の御心のままに!」

 直立不動の姿勢でビシッと敬礼をする原滝。

「で,比企谷君は二人のうちから決めることにしたの?」

 陽乃さんの目がマジだ。

「……いえ,俺がこの二人に好意を持っていることは確かですし,この二人が一番踏み込んでくれているのも事実です。でも,まだ俺には決められない……」

 陽乃さんのことだから,ここからさらに追撃が来ると覚悟していたのだが,

「そか。それならそれで仕方ないね」

 彼女は優しい目でそう言った。

「おっ,比企谷君は意外だという顔をしているね?」

「ええ,もっと問い詰められるんじゃないかと思ってたので」

「答えが出ない問いを重ねても仕方ないじゃない?今ここで無理矢理結論を出させても,後悔するだけだよ。関係しているみんながね。それに……」

 飛び切りの笑顔でウインクをしながら続けた。

「ここで結論が出なければ,おねえさんにもまだ可能性が残るでしょ?」

 ヤバい。この笑顔は反則だろ。いつもの取り繕った笑顔ではなく,悪戯っぽい表情でありながら心からの笑顔。

 やっぱりラスボスはこの人だったか。

「さあて,電柱組関東支部の幹部が揃ったところで,さっそく社員旅行にでも行こうか。もちろん経費で落とすよー」

「はい,はい,はい!ハルノ大元帥閣下!」

「はい,バラダギ大佐,発言を許します」

「とりあえずディスティニーランドへ行きたいです!この前はディスティニーシーだったので,エレクトロマスターパレードが見られませんでした!」

「他に意見がなければそれで決めるけどいい?」

「わたしは八幡君と一緒ならどこでもいいかなー」

 俺は,東京ドイツ村と言う言葉が喉まで出かかったが,原滝の意向を優先してただ首を縦に振った。

 しかし,ディスティニーはまあ東京のすぐ隣にあるからいいけど,ドイツ村は袖ヶ浦市にあって,どう考えても東京ではない。やっぱあれかな?埼玉の人とかが地方に行くと,「東京の方から来ました」というのと同じ原理で,ドイツからすれば,千葉も東京も誤差の範囲内ということなんだろうか。

「じゃあディスティニーランドにけってーい!そうと決まれば都築の車を待たせてるから乗って乗って!」

 駅のロータリーに都築さんが後部座席のドアを開けて立っていた。

 


 

 いつぞやに俺をはねたリムジンの後部座席の真ん中に俺,その両側に原滝と姫菜,そして陽乃さんが進行方向に背を向ける形で俺と向い合せのシートに座っている。

「都築,ディスティニーランドまでお願い。あと,ディスティニーホテルの部屋を押さえて。4人で泊まれるところね」

 は!? 何言っちゃってるの?

「雪ノ下さん,ホテルって……んぐっ」

 陽乃さんの両手が両頬に優しく添えられ。正面から口づけをされる。

 いいかげんいきなりのキスにも慣れ……ないよなあ。やはりドキッとするし,男の子だからこんな美人にキスされるのは嬉しくもある。葉山の時はちょっと複雑だったが。

 ただ,人前はちょっと……

 都築さんも一瞬,バックミラー越しにチラッと覗いてたし。

「雪ノ下さん,なんで……」

「雪ノ下さんじやなくて陽乃」

「いや,でも……」

「は・る・の」

「陽乃さん,なんでこんな……」

「え?私だって比企谷君のこと好きだよ?それこそずっと前から。さっきも言ったでしょ?で,バラダギちゃんを使って比企谷君を手に入れることにしましたー♪はい拍手ぅ〜♪ぱちぱち」

 何その謀略。会社を使って秘密結社まで立ち上げるとか公私混同も甚だしすぎ。

 そして原滝と姫菜,なにパチパチ手を叩いてんの。

「彼女もこっちに出てこられて比企谷君と一緒にいられるんだからWin-Winな関係だね。海老名ちゃんは想定外だったけど,そうじゃないと比企谷君を手に入れることができないなら仕方ないよね。三人でWin-Win-Winってなんか電気仕掛けのオモチャみたいでなんかいやらしい響き(笑)」

 よしなさい。雪ノ下家の御令嬢がなに下ネタぶっこんでんの。

「私はね,比企谷君を独占するつもりはないんだ。ただ,私のそばにいてくれるならそれでいいの」

「さっきホテルがなんとかって聞こえたんですけど……」

「ふふっ,旅行だから当然お泊りでしょ?明日はアンデルセン公園と東京ドイツ村がいいかな?でも,4人で同じ部屋に泊まったら,まちがいが起きて社員旅行ならぬ比企谷君の卒業旅行になっちゃうかもねー♪」

 それを聞いた原滝と姫菜も怪しい笑みを浮かべている。

「愚腐腐腐」

「八幡,今夜は寝られそうにないな」

 ディスティニーホテルで待ち受けるは天国か地獄か。

 俺たちの修学旅行がまちがいつづけることだけはまちがいないらしい。

 


 

「このままでは終われないのだけれど」

 

「ヒッキー!これからは遠慮しないでこっちからガンガン行くよ!」

 

「ヒキタニ君。俺の愛を受け入れてくれるまで諦めないからな!」

 

「比企谷,俺たちの戦いはこれからだ!」

 

 (声を揃えて)「先生,それはちょっと……」

 

 打ち切りエンド

 




[簡単にあとがきという名のいいわけ]

本シリーズを閲覧いただきありがとうございました。
当初の目論見では,
①バラダギ様奉仕部へ
②サイゼで川崎と遭遇、ジョイフルとの比較
③ディスティニーランドへ
④葉山くん変身
と4話くらいで完結するはずだったのに……

部室にはるさん先輩は来る予定もなく、サイゼには川崎さんだけで海老名さんも登場せず、シーじゃなくてランドの方でエレクト○カルパレードの喧騒の中で口づけ,八幡に想いを寄せる葉山くんが自ら性転換して,こんなのはわたしの求めるはやはちじゃない!と海老名さんが言うことしか決まってなかったんですが……

どうしてこうなった?

なんか勝手にキャラが崩壊して暴走しだすという木山先生もビックリする事態の責任は一体どこに?

「え?私は悪くないわよ?そうよ,勝手に暴走するキャラクター達が悪いのよ!それよりもシーズンを完結させたんだからもっと私を敬って!う・や・ま・っ・て!とりあえず完結祝いの花鳥風月♪」

ウッ、今何かが憑依してたような……

とにかく、うまく行かないのは世間が悪い。

ほんっと,ウチの駄作者がすいまっせん!

弊作の御閲覧,心より感謝いたします。

サードシーズンアップまでほんの少しだけお時間をいただきますので,その間,一人のアクシズ教徒に戻って街でコツコツと洗剤を配ろうと思います。

飲めるの。


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クリスマスは踊る。
クリスマスは踊る(1) AND EVERYTHING IS YOU


ハイ、またお会いしましたね!

まちがいだらけの修学旅行から始まったこの世界の彼らの物語もサードシーズンに入りました。
といってもセカンドシーズンの最終回から3日後の話ですが。
今回はいよいよ皆様お待ちかね,クリスマスイベントです。
本シリーズでは順調に進んでいたはずのイベント準備にトラブルが!?
八幡はこのトラブルをどう解決するのでしょうか?
それではゆっくりとご覧ください。

昭和な前振りだ……

あ,本シリーズでは修学旅行がアレでアレだったので「それでも俺は本物が……」というのありませんから。
ディスティニーにも行かないので,「いつか,私を……」ってのも無し。
悪しからず。
今回は少し一話あたりの字数が少なめになる……予定です。




 悪の秘密結社・電柱組のバラダギ大佐こと原滝龍子が新設された電柱組関東支部、通称「関東電柱組」のナンバー2として引き抜かれ,大分県立今津留高校から千葉市立総武高校に転入してきたのは先週金曜日のこと。その後なんだかんだあって俺と姫菜も関東電柱組の幹部の一員となり,これまたなんだかんだあって,首領のハルノ大元帥こと雪ノ下陽乃も含めた4人で,即日社員旅行に行くことと相成ったのだが,その日の夜のことについては別稿に譲る。←書きません(作者)

 本来なら週末もクリスマスイベントの準備の手伝いの予定だったが,準備自体は順調に進んでいたこともあり,まあ生徒会だけで十分だろうと一色に断って欠席することにした。

 一色が何やらわあわあ喚いていたが,横にいた陽乃さんが,「あっ!」と叫んだかと思ったらそのまま電話を切ってしまい,さらには電源も切られてしまったのでその後のことは全く分からない。

 しばらくして再び電源を入れた際には一色からのメッセージがエライことになっていたが,小町公認のヘタレ男であるところの俺は当然未読スルーである。

 後のことは後の俺がなんとかするだろうとそのまま眠りについた。

 

 週明け,正直言って学校に行きたくない。

 残念ながら,目が覚めると2週間前に戻っている……などということもなく,月曜日の朝を迎えたのだった。

 雪ノ下や由比ヶ浜と顔を合わせれば週末のことを根掘り葉掘り聞かれた上で罵倒されるのはほぼ決定事項で,更には女となった葉山に迫られることも既定路線。

 その上,平塚先生に三浦,川……サキサキまでもが手ぐすね引いて待ち構えており,前門の狼後門の虎どころではなく,別府アフリカンサファリに放り込まれたヒキガエルのごとく全方位猛獣だらけの状況なのだ。そんな中にわざわざ飛び込んでいくのは自殺行為としか思えないだろう?

 ヒキガエルのくだり要らなかったな……

 

 ぶっちゃけいろいろあって夕べも寝不足で,死んだ魚のような目がさらにやばいことになっている自覚もあり,具合が悪いと家で寝ていようとしたんだが,それを聞いた小町が自分も学校を休んで看病をする,とりあえず人肌で温めないと,と言って全裸で布団にもぐりこんできたので、慌てて体調がV字回復したからと布団と家を飛び出してきたわけだ。←イマココ

 先週末に学校へ自転車も置いてきてしまったので,どうせ遅刻確定だろうからと衝撃のファーストブリットを覚悟しつつトボトボと歩いていたら,校門の前に姫菜と原滝が立っているのが見えた。

「よ,よう」

「八幡くん……おはよう」

「八幡……遅かったな」

 なぜか二人とも顔を赤らめている。俺も顔のあたりがちょっと熱いが,ここはクールに,そう,クールにだ。

「おはにょう」

 死にたい。

 


 

「でさ,転校二日目にして学校が突如休校なんだよ」

 原滝,頼むから突っ込んでくれ。スルーはますます辛い。

「ほんと,事前に何の告知もないから,登校してきた人,みんなびっくりしてたよ」

「そうか,初めから分かってりゃ家から出なくて済んだのにな」

 とはいえ,俺的には遅刻が帳消しになって超ラッキーだった。一限目現国だったし。ホント命拾いした。

「ところで,お前らなんでいんの?」

「八幡くん来るの待ってたんだよ?」

「ふぇ?」

 うっかり間抜けな声をあげちゃったよ!

「なぜか海浜総合やこの辺の小学校も一斉に臨時休校なんだって。なので急きょコミュニティセンターでクリスマスイベントの準備をすることになりました,特にせんぱいはサボらずに来てくださいねっ,メッセージの未読スルーの問題については後でOHANASHI☆ですって一色さんから伝言をもらったの」

 一色ェ……

「それだけならわざわざ立って待ってなくても,メールとかメッセージでよかったんじゃないか?」

「八幡,鈍いな。お前の顔が見たいからに決まってるだろ? それ以外にこんな寒空に立ってる意味があると思うか?察しろ」

「お,おう,なんかすまん……じゃ帰るか」

「なんでだよ!」

「え?だって寒いし」

「理由になってない!」

 今回の原滝はツッコミキャラか。さっきのおはにょうにはツッコんでくれなかったのに(泣)

「だってさ,イベントの準備は順調に進んでるんだろ? もう生徒会メンバーだけでよくね?」

「あのね,雪ノ下さんからも伝言があって,奉仕部は全員強制参加ですって」

 何それ。ブラック部活とブラック組織のバイトとのかけもちって俺,どんだけブラックライフ送ってんだよ。最近は家庭までブラック化しつつあるしな。

「いや,お前の生活,どちらかといえばピンク色だろ」

 だから原滝,モノローグにツッコミを入れるなっての!

「とりあえず,お昼にコミュニティセンター前集合,昼食は食べてこないように,って言ってたよ」

「え?メシ抜きで働かされるの?どんだけブラック部活なんだよ。もう労働基準監督署とかに訴えていい?」

「どうしたらそんな捻くれた考えができるんだ? 昼時に集合ってことは一緒にご飯を食べようってことだろ?」

「そうか……今まで,大概一人だけ違う集合時間を伝えられて他の連中がメシ食い終わった後に集合してたから,全く気付かなかったわ」

「八幡……」

「八幡くん……」

 やめて!そんな憐みの目で見ないで!そして,ナイショにしていたはずの俺ににうっかり「昼食ったオニオンソースのハンバーグ,美味かったよな」と話しかけて,周り中の空気を凍らせた挙句,後で皆に責められてた清川くん。俺にも気を遣って話しかけてくれるいい奴だったが,それがアダになったな。

「とりあえず昼までまだ三時間くらいあるけど,どうする?帰る?」

「八幡,お前,帰ったら二度と外へ出てこないだろ」

「ばっか,そんなことあるか。ちゃんと出てくるぞ,明日,学校に」

「やっぱり出てこないんじゃないか!」

「それは見解の相違だな。じゃあ話し合いは物別れということで帰ろう」

「平塚先生の伝言は『比企谷,分かるな』だったね」

 怖え,怖えよ!まったく分かりたくない,分かりたくないのだが,コレ,拳で語り,体で分からされるパターンや。アカンやつや。

「はあ,この前逃げちまったから雪ノ下とかに顔合わせたくなかったんだがな。まあ,仕方ねえか」

 俺がため息をついていると姫菜が俺の手を握り,

「大丈夫だよ。私たちがついてるから」

「そうそう。それにハルノ大元帥閣下もコミュニティセンターに顔出すみたいだから大丈夫だろう」

「おい!それ全然大丈夫じゃないやつだからね!」

 

「何が大丈夫じゃないって?」

 

 背中に冷たい汗が流れた。

 

「ひゃっはろ~!関東電柱組幹部の諸君,おつかれー! 比企谷くんは後でOHANASHI☆ね」

 ぴゃ~~~!小町……おにいちゃんはもうお家には帰れないかもしれません……こんなことになるのなら一度くらい希望を叶えてあげたらよかったよ……

「大元帥,集合は13時だったのでは?」

「え~,雪乃ちゃんたちとお昼食べる約束してるんでしょ? 私だけ仲間外れなんてひどいよー,およよ」

 自分でおよよって言葉に出して泣きまねする人初めて見たよ……

「というわけで,都築の車を待たせてるから,お昼までドライブとでも洒落こもうじゃないか!」

「おー!」

「おー?」

「お,おお……」

 一番元気がいいのが原滝で,ちょっと疑問形なのが姫菜,一番キョドってるのがオレな。

 


 

 都築さんが運転するリムジンは,俺たち4人を乗せて静かに総武高校を離れた。この前も感じたが,本当に静かなんだよな。親父の運転する強制空冷2ストローク直列2気筒・356ccエンジンのスバル360とは大違いだ。改めて,俺が轢かれたときに「車が傷ついた,どうしてくれる」とか言われなくてよかった……

「ところで,雪ノ下さんはどうしてランチ会のことを知ったんですか?」

「陽乃」

「は?」

「は・る・の」

「いやいや,雪ノ下さん,そんな下の名前でなんて」

「ぶー,この前この車の中で呼んでくれたじゃない」

「あれは雪ノ下さんが無理やり……」

「それに海老名ちゃんは姫菜って呼んでるのに」

「それは,まあ,いろいろとあるんです」

「えー,私とも色々あったじゃない」

 うぐっ。

「ディスティニーのホテルで……」

「陽乃……さん。これで勘弁してください」

 ディスティニーのホテルでナニがあったかは,また別の番外編で……←だから書かないっての! (作者)

「ま,いっか。とりあえずそんなとこだよねー」

「八幡,八幡。あたしは?」

「お前はバラダギで」

「ガックリ」

 いやいや,ガックリって口で言うなよ。

「あ,そうそう。バラダギちゃん,本社の文左衛門から電話が来てねー」

「チルソニアからですか?一体何と?」

「なんかアッチ大変なことになってるみたいよ。バラダギちゃん居なくなって,下っぱはスト起こすわ怪人は脱走するわ部屋は散らかり放題だわって大騒ぎなんだって。頼むから返してくださいって言われたんだけどー」

「えっ!?」

「返すわけないじゃん。移籍金だって払ってるしね。端金目当てで売っといて今更どのツラ下げてそんなこと言えるのってことよ」

「あ,やっぱり売られたんだ,あたし……」

「でもそのおかげで比企谷くんと一緒にいられるでしょ。それとも帰りたい?」

「いえ,こちらにいたいです。お給料もちゃんといただけそうですし」

「そうね。お給料の心配はしなくて大丈夫よ。誰かさんはブラックバイトとか言ってるようだけどー」

「だ,誰でしょうね。はっはっはー」

「九州のこともちゃーんと考えてあるから心配はいらないよ♪」

「そう言えば,大元帥閣下はどうしてご自身のことは名前で呼ばせて八幡のことは比企谷くんなんですか?」

「それはね,台本形式じゃないから,おねえさんが八幡と呼んでも八幡君と呼んでも誰がしゃべってるか分からなくなるからだよ」

「ゆきのし……陽乃さん,メタい発言はやめてください」

「おや?比企谷くんはおねえさんにも名前で呼んでもらいたい? このこの♪」

 脇腹つつくのやめれー! あと,うざったい。

「とりあえず,時間までお茶でもしよっか。駅前の京成ホテルミラマーレのラウンジが開く時間だね。おねえちゃん朝ごはん食べてないからみんな行こ。もちろん経費だよ♪」

 おいおい,この会社大丈夫なのかね。

「比企谷くんが疲れてるならホテルに部屋を取ってもいいんだけど?」

「いえ,ますます疲れそうなので遠慮します……」

「都築」

 バックミラー越しに黙って頷き,車をJR千葉駅前に向ける都築さん。

「ところで比企谷くん」

「はい?」

「おはにょうって何?プークスクス」

 チクショウめ!

 

 このあとメチャクチャお茶した。

 



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クリスマスは踊る(2) 愛のノクターン

ハイ、またお会いしましたね!

前回はコミュニティセンターへも至らずクリスマスイベント編が名ばかりになってしまいましたが,今回はいよいよ現地に関東電柱組御一行様が到着いたします。
そこで繰り広げられる人間模様。
物語はどう動いていくのでしょうか?
乞うご期待!

……今回,場所がほぼ変わらないので,名所案内もサイゼのメニュー紹介もありません。本SSの見所が9割9分無くなってしまいました。
不甲斐ない作者でごめんね。



「雪乃ちゃん,ひゃっはろ~♪」

 

「どうして呼んでもいないねえさんがここにいるのかしら。比企谷くんは後でOHANASHI★よ」

 ぴゃ~~~!もうやだこの姉妹……

 コミュニティセンター前に着くと,雪ノ下,由比ヶ浜,三浦,一色が待っていた。川崎は,家族にお昼を食べさせてからけーちゃんを連れて後で来るらしい。

「雪乃ちゃん,ひどいじゃない。おねえちゃんだけ仲間外れなんてー,ぷんぷん」

「ねえさんは総武高校の生徒でもでも海浜総合高校の生徒でもないのだからお呼びでないわ。こらまった失礼しましたと帰って頂戴」

 雪ノ下,それはちょっとクレイジーだぞ。

「まあまあ,ゆきのん。陽乃さんも悪気があってのことじゃないだろうし」

「ありがとう,ガハマちゃん。私たちはちょーっと,クリスマスイベントを乗っ取りにきただけだよ」

「100パーセント悪気しかないじゃない!」

 雪ノ下が激高している。いいぞ,もっとやれ。

「雪ノ下さん,あーしお腹空いたんだけど」

「コホン。とにかくねえさんの分のお昼ご飯は用意してないわ。すたこらさっさと帰って頂戴」

「えーん,比企谷くん,雪乃ちゃんが冷たい。しくしく」

「ウソ泣きはやめてください,陽乃さん」

「てへ☆」

 おい,可愛いなこいつ。片目つぶって舌出して自分の頭をコツンとか,あざとさのレベルが一色とは段違い。なんなら本物じゃないかと勘違いするレベル。もう持ち帰っちゃっていいかな? いや,ダメだダメだ! どれだけ可愛くてもこれは偽物,それでも俺は,本物がほしい! うっかり騙されてラッセンの版画を買わされるところだったぜ,ふぅ。

「比企谷くん……」

 雪ノ下が地の底から響くような低い声で俺の名前を呼ぶ。陽乃さんを持ち帰りたいって一瞬でも思ったことを読まれちゃった? 俺ってそんな分かりやすい顔してる?

 


 

「いつからねえさんのことを名前で呼ぶようになったのかしら?」

 ほっ,サトラレたわけじゃなかったよ,よかった……じゃねえ!

「まあ,それはアレがアレでアレなもんで……」

「え? 何? 雪乃ちゃん,嫉妬? ジェラシー? 自分も名前で呼んでほしいの?」

「そ,そういうわけではないけれど,雪ノ下家の次女として跡継ぎたる長女が今まさにウォーキングデッド谷くんの餌食になろうとしているのを見過ごしてはおけないだけよ」

 いくらなんでも語呂悪すぎだろ!なんだよ,ウォーキングデッド谷君って。せめてゾンビ谷君にしろよ! いや,死んでないけれども!

「とにかくこれは奉仕部の問題なのだから,ねえさんはアラホラサッサと帰って頂戴」

「そんなこと言われても,おねえちゃん,もう身も心も比企谷くんのものだしぃ」

 

ピキィッ!

 

 今,ピキィって音がした!ほんとそんな音がした!

 恐る恐る雪ノ下の方を見るが……

「ヒッキー……身も心もヒッキーのものってどういうこと? どういうことかちゃんと説明してもらえるかな? ねえ? ねえ? ねえ?」

 由比ヶ浜,お前かい!

「これはあれだ,いわゆる陽乃ジョークってやつだ。雪ノ下をからかって言ってるだけだから,な,な,な?」

「ホント二?」

 目が光を失ってるよ! 死ぬ,これは死ぬる!

「結衣,大丈夫だよ。陽乃さんは今,八幡くんのバイト先の上司だからそう呼ばせているだけ。だから安心して」

「姫菜……」

「ね?」

「どうして姫菜はヒッキーのことを名前で呼んでいるのかなー? この前,部室でヒッキーが姫菜のことを名前で呼んでいたのもなぜかなー?」

「あちゃー」

 姫菜が俺をすがるような目で見てくるが,俺にはどうすることもできない。彼女の手を引いて逃げたいところだが,前門の由比ヶ浜,後門の雪ノ下。二人に挟まれて絶体絶命である。どうせ挟まれるなら由比ヶ浜の方がいいなと思ったりなんかしてない! 由比ヶ浜のアレにナニを挟まれたいとか絶対に思っていない!

 


 

「ちょっと,結衣に雪ノ下さんさあ~,いい加減お昼にしないと打合せとか作業が始まっちゃうんだけどー」

 ここで三浦の助け舟! 愛してるぜっ!

「ヒキオの処分は今日が終わってからでいいっしょ?」

 あ,処分されることは確定なんですね。やっぱり泥船だった……

「今日は私たちがお昼を作ってきたから,コミュニティセンターで食べようと思っていたのよ。ねえさんが来ることは聞いてなかったから,本当に用意がないの」

「じゃじゃーん!そんなこともあろうかと,ちゃんとおねえちゃんもお弁当を持ってきましたー!これなら文句ないでしょ?」

 後ろに控えていた都築さんが,風呂敷に包まれたお重を陽乃さんに差出し,それを雪ノ下の前で高々と掲げた。

「くっ」

 雪ノ下,どんだけ悔しいんだよ。

「ヒッキー!あたしもお弁当作ってきたから食べてね!」

「俺の処分ってそういうことか……儚い人生だった……」

「どういうことだし!?」

「比企谷くん,私の家で厳重な監視下の下,間違いが起こらないよう一切の余分な材料を持たずつくらず持ち込ませずの三原則を順守して作ったから,少なくとも死ぬことはないわ」

 由比ヶ浜の料理は核兵器並み!?

「隠し味に使おうと思ってた桃缶は,料理の時にはゆきのんにとりあげられちゃったから後でデザートで食べようね」

 雪ノ下GJ! 心なしかやつれて見えるのは気のせいだろうか。

「せんぱい,私も食後のデザートにお菓子を作ってきたので食べてくださいね♪」

「なんですか,お菓子が作れる可愛い女子をアピールですか。ちょっとときめいちゃったけど,あざとさが勝って一瞬で醒めちゃったのでごめんなさい」

「せんぱい,なんで私が振られたみたいになってるんですかー」

 一色が胸のあたりをポカポカ叩いてくる。怒ってもあざとい奴だ。

「ところで,本牧とか稲村とか他の生徒会役員共は?」

「え? 他の人たちには13時集合って伝えてるのでまだ来ませんよ?」

「おいおい大丈夫なのか?」

「ちゃんと生徒会の分は別にクッキーを焼いてきたから大丈夫でえす」

 ちゃんと考えてるんだな,一色。

「じゃあみんなでお昼ご飯にレッツゴー♪」

「なんでねえさんが仕切っているのかしら……」

 雪ノ下がブツブツ言っているのをスルーしながらコミュニティセンターの中へ入っていく。

「八幡,お昼代が浮いてラッキーだな☆」

 ビンボー苦学生の原滝が,すごくいい笑顔で喜んでいたことだけは特記事項として追加しておきたい。

 

 そこから女子たちが作ったお弁当でのランチタイムと相成ったわけだが,雪ノ下のサンドイッチが美味いのは当たり前として,三浦が作ったから揚げとサラダが結構いけたのは意外な感じがしたのだが,真に特筆すべきは由比ヶ浜の作った玉子焼きが,普通だったのだ! 普通に食べられたのだ! それだけで感動して泣きそうになった。由比ヶ浜の料理の腕を知らない原滝と由比ヶ浜本人を除いた全員が。

 食後に桃缶を食べようと思ったら缶切りが無く,由比ヶ浜が心底残念そうな顔をしていたのをよそに一色の作ったカップケーキと雪ノ下の入れた紅茶を楽しんでいたら,生徒会副会長の本牧が血相を変えてその場に飛び込んできた。

 

「か,会長,大変です!」

「副会長,そんなに慌ててどうしたんですか?皆さんにはクッキーを焼いてきたからおやつの時間に食べましょう」

「それどころじゃないです! 海浜が,海浜が……」

「海浜がどうかしました? あちらの会長,お年寄り相手の陶芸教室をやるって張り切ってたじゃないですかー」

「そ,それが,イベントを中止したいと言ってきたんだ!」

「は?」

「……」

 

「ええーーーーっ!!!」

 

 青天の霹靂とはまさにこのこと,その場にいた全員がぶったまげである。

 ろくろを回す手を骨折して陶芸教室が中止になったと言うのなら話はわかるが,イベント自体を2日前に中止しようと言うのはただ事ではない。

「ちょっと,あーし文句言ってくるし!」

 怒りの表情を浮かべて鉄砲玉のように飛び出していこうとする三浦。

 単に怒鳴り込むくらいのことなら問題ないが,この勢いのまま飛び込んでいき,まかり間違って暴力沙汰にでもなろうものなら,たとえそれが偶発的なものだとしても海浜総合の申し入れ云々に関係なくイベントは中止されてしまうだろう。

 このまま行かせてはだめだと判断した俺は,慌てて三浦を止めようと後ろから羽交い絞めにした。

「おい,ちょっと落ち着け!」

 

 むにゅう。

 

 むにゅう?

 

「あ……んん……」

 

 三浦の艶めかしい声に我に返り,置かれている状況を冷静に確認する。今,俺の手の中に2つの柔らかいものがある。

 はっきり言って,おっぱい。

 三浦の柔らかい,おっぱい。

 おっぱい。

 

 あ,死んだ。

 



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クリスマスは踊る(3) 涙のチャペル

ハイ、またお会いしましたね!

サードシーズンの3話目です。
玉縄ら海浜勢が突如クリスマスイベント中止を言い出した!?
それに対して八幡たちはどう対処するのでしょうか?
ご期待ください!

って、ネタがないとすぐ修羅場に走るのは悪い癖ですね。
なんかクリスマスイベントそっちのけですがいいのでしょうか?



 三浦は両腕を組んで胸を隠すようにしてその場でうずくまっている。

 由比ヶ浜はブルドックのようにウーと唸り姫菜はため息をつき原滝は呆れた表情を見せている。

 後ろに立つ雪ノ下の表情をうかがい知ることはできないが,背中に絶対零度の冷気が伝わり,それこそ,お仕置きです!とか言われて何らかの力で吹っ飛ばされかねない霊圧を感じる。

 

「ヒキオ……」

「はい!ヒキオです」

 三浦の呼びかけに反射的に返事をしてしまった俺。

 静かに俺の名を呼ぶ三浦,風は語らないが,怖い,怖すぎる! これならいつものように炎のごとく怒鳴られた方がまだましだ。いや,それも十分怖いけれども。

 まさに嵐の前の静けさか,この後にやってくる大災害を思い,静かに目を閉じて心の中で念仏とお題目とアーメンを唱えながらメッカの方向に向かって礼拝を行っていたところへ三浦が再び口を開いた。

「責任とれし……」

「せっ,責任というのはやはり金銭的補償でしょうか? ででで,でんちゅう組のバイト代が出るまでは全く持ち合わせがないので,少々待っていただいてもよろしいでしょうか?」

「あーしの体と純情を弄んで金で解決しようとするわけ?」

 今度は振り向きざま,キッと睨みながら俺を非難する三浦。

 だが,俺に向けられた目は涙で潤み,俺がしてしまったことの重大さを物語っていた。三浦だってオカンである前に一人の乙女なのだ。いや,本当にオカンじゃないけれども。

 俺のしでかしたことを考えれば,本来なら罪悪感で押しつぶされるくらいになっていて当然なのだが,正直に言って今の三浦の姿を,

「かわいい……」

と思ってしまった。

 

「な……!? ヒキオあんた……」

 三浦が驚愕に満ちた顔をしている。

 WHY?

「たぶん気づいていないと思うけど,八幡くん,今,声に出てたよ」

「え,マジ?」

 姫菜の指摘に今度は俺が驚愕する番だ。コレ死んだ。もう死んだ。ディレイマジック・トゥルーデスだ。

 


 

 立ち上がった三浦がどんどん俺に近づいてくる。蛇に睨まれたヒキガエル,おばあさんに睨まれた加藤清正の如く俺の身体が固まって,一歩も,1ミリたりとも身体を動かすことができなかった。決して体の一部分を硬くしたとかいう下ネタでは全くない。

 三浦の身体がずんずん迫ってくる。その手が前に突き出され俺の頭の後ろに回され……?

「はいストップ!」

 姫菜が三浦の手をチョップで払い落とし,俺と三浦の間に身体を割り込ませてくる。

「優美子……今,八幡くんにキスしようとしたよね?」

 え゛!?

「だって……」

「駄目だよ,こんな人前でそんなハシタナイことを」

 いや,あなた前シーズン,奉仕部の部室でみんな見ている中,公開キッスをしてましたよね? 自分の胸に手を押し付けさせて。

「そうだそうだ,こんな人の多いところでキスなんか間違ってるぞ」

 原滝,お前はもっと人の多いディスティニーシーのレストランで,当時のクラスメイトのはやみんとかに見せつけるように俺とキスしてたからな。

「優美子はさ……隼人くんが好きだったんじゃないの? 隼人くんがはやこさんになったからってすぐに乗り換えるような子だったの?」

 由比ヶ浜の目に光がない。怖い。あと怖い。

「あーしはヒキオに責任を……だって,男の人に胸を触られたのヒキオが初めてで……だけどそれがちっとも嫌じゃなかったし……」

 おおぅ,そうだったのか。それならそうと言ってくれればもう少し……我ながらゲスいな……

「それに隼人はあーしに何も言ってくれなかったけど,ヒキオは本音でかわいいとか言ってくれた……これまで下心丸出しの奴に同じことを言われても嫌悪感しかなかったけど,ヒキオに言われた時は嫌悪感どころか何か分からないけどとにかく嬉しかった……そんなの今まで生きてきてヒキオだけだし……その人を好きになって悪いの? あーしが……悪い……の……?」

 目に一杯の涙を溜め,最後はかすれ気味に声が小さくなった三浦。

 えっ? これは誰? 本当にあの獄炎の女王なの?

 はあ,と再び大きなため息をつき,姫菜が三浦に語しかける。

「優美子は悪くない,悪くないよ。悪いのは……」

 姫菜がチラッと俺を見る。え? 俺が悪いの?俺悪くないよね? 泣かせたの,姫菜と原滝と由比ヶ浜だよね?

 すると,姫菜が両の手で自らの(慎ましやかな)バストを鷲掴みにする仕草をした。

 ハイッ! 全面的に俺が悪いです! ホントごめんなさい。そしてごちそうさまでしたっ‼︎

「三浦、ほんとスマン。いや,ごめんなさい。お前を傷つけちまったよな。この埋め合わせは必ずする。だから今はクリスマスイベントのことを先にしていいか?」

「ホントに埋め合わせしてくれる?」

「お,おお……」

 何この破壊力!

 今にも涙がこぼれて落ちそうな潤んだ瞳で上目遣いに見つめられたら,もう完落ち寸前でしゅ。

 由比ヶ浜はブルドックのようにウーと唸り姫菜はため息をつき原滝は呆れた表情を見せている(2回目)

 三浦が小指を突き出す。

 つ,詰めろとでも言うのかな?

「約束」

「へ!?︎」

「指切り」

「あ,ああ……」

 指切りとはまた,三浦も乙女のようなことをするもんだ。いや,今日の三浦は乙女だな。

 差し出された小指に俺の小指を絡める。

「ゆびきりげんまん,嘘ついたらニューカレドニアのチャペルで挙式! 指切った!」

 おい! 何だよその斬新な指切りは!

 嘘ついただけで終身刑確定なの?それとも人生の墓場直行の極刑?

 あと,語呂悪い。

 


 

「あー,優美子ズルイ!」

 由比ヶ浜,ズルイはおかしくないか? いや,この指切り自体がおかしいのだけれども。

「そこは嘘ついたらはやはち……あ,隼人くんが女だったー! とべはち? ざいはち?」

 姫菜,材木座は勘弁してくれ! 罰ゲーム……約束を破るのが前提だから罰ゲームでいいのか? それでもとつはちでお願いします! 断固とつはち希望!!

「だって,こうでも言わないと約束守ってくれそうにないし……」

 おい! 俺ってそんなに信用ないのか?と言いかけたが,そういや普段から信用されるような言動してないな,はは。

「そ,そりゃヒッキー,あたしとのパセラでハニトーの約束も果たしてくれてないけど……あ,あたしもハニトーの約束を果たしてくれないなら結婚でいいかな?」

 いや,いいわけないよね? ハニトーの代わりに結婚って……もしそれが通るなら平塚先生にも教えてあげて欲しい。ま,先生の場合はハニトーより酒盗の方だろうけど。

「はいはい,部下の不始末は上司の不始末。三浦ちゃんにはさ,こんど比企谷くんとの温泉旅行をプレゼントしちゃうから,今日のところは我慢してくれないかな?」

「ぐすっ,ホントに?」

「ホントホント。わたし,暴言も失言も吐くけれど,虚言だけは吐いたことはないんだよ?」

「ねえさん,私のセリフをパクらないでもらえるかしら?ひどく不愉快だわ」

「別にいいじゃない,仲良し姉妹だし」

「誰が仲良し姉妹よ。もうそれが虚言じゃない」

「ちっちっちっ,雪乃ちゃんは分かってないなー。雪乃ちゃんは正しいことを選んで口にしているんだろうけど,わたしは口に出したことを正しいことにしちゃうんだよ。仮にそれが間違ったことであってもね。最後には正しくなる,正しくする。だから虚言ではないの」

「そんなの詭弁よ」

「そうかな?雪乃ちゃんのやり方じゃ世の中を,世界を変えることはできないよ?いくら正しいことを説いて廻ったとしても世の中は変わらない」

「どうして?間違ったことをしている人に間違っていることを指摘して正しい方向に導いてあげれば世の中を変えることができる」

「わけないじゃない。いい?世の中の半分はかつて正しかったことをいまだに正しいと信じてやっている人。だから間違っていると指摘しても信じることができない。それがすでに腐ってるのに鯛を信じてる。腐ってしまえば何の価値もないのに,それを捨てきれない人」

 腐ってるというところで俺と姫菜が目を合わせお互いに苦笑いをした。

「でもあと半分の人が正しさを認識すれば……」

「あとの半分は,それが間違ってると分かっていてそれでもやめられない人。例えば,いじめが間違っていることは誰だって知ってるのに,それを面白がって続けたり,周りからの同調圧力でやめたくてもやめられなかったりする。そしてそれを止めようとしたら,今度はその人がいじめのターゲットにされる」

 雪ノ下は何も話さない。あいつは今,あの千葉村の,そしてこのイベントに参加している留美のことを思い浮かべているのだろう。

「そんなところで,いじめはやめよう、間違っている,話せば分かると言ってそれが受け入れられると思う?もしそんなことを思っているなら,隼人並みにおめでたい頭の持ち主ってことになるわね」

 言いたいことは分かる。千葉村での葉山の言動を思えばまさにその通りだと思う。しかし陽乃さん,まるで見てきたかのような口ぶりも気にはなるが,それよりもアンチヘイトタグを付けられたくないのでその辺で勘弁ください。

 


 

「ただ正しいというだけでは何の力にもならない。今は正しくなくても最後に正しくあるために,正しく変えるために,あえて間違う勇気も必要なの。ね?比企谷くん」

「俺は世の中を正そうなんて大それたこと考えたことないですから……せいぜいその場を取り繕う悪巧みくらいですよ」

「それでも君は周りを変えてきた……君に救われた人間は一人や二人じゃないはずだよ。わたしもそう……君がいたから,君がいるからわたしは自由になれる,自由でいられる」

「俺なんかいなくても陽乃さんは元々自由じゃないですか」

「好き勝手に振舞うのと自由であることは違うよ。狭い檻の中でやりたい放題できたとしても本当の自由は得られない。檻を壊して外へ出なきゃ,やりたいことを自覚してそれを実現できる術を持たなくちゃダメなんだ。君と,海老名ちゃんと,バラダキちゃんと,みんなで壊すんだ,檻を。あ,これから三浦ちゃんも一緒かな?」

「あ,あーし?」

「そう。比企谷くんと温泉旅行行くんでしょ? 会社のお金で行くからには社員になってもらわないとねー」

 陽乃さんがタダで温泉旅行をプレゼントするなんて,と思ってたら,狙いはこれか!関東電柱組の勢力拡大に余念がない。そしてそのエサが俺か。いいのかね? このエサ,たぶん腐ってるよ?

「……わーった。何するか分かんないけど,姫菜,原滝,ヒキオ,よろしく」

「み,三浦さん,あなたまで……」

 雪ノ下が珍しく動揺している。雪ノ下と三浦は水と油,炎とブリザードのように全く相容れない二人で三浦が電柱組に入ろうが雪ノ下的にはどうでもいいんだろうと思っていたのだが。正義を旨とする雪ノ下にとって,悪の秘密結社が勢力拡大していくことが許せないのかもしれない。

「比企谷君,今に見てなさい。いつかあなたを取り戻すから」

「雪ノ下,何を言ってるんだ? 俺は奉仕部を辞めるわけじゃないぞ?そりゃバイトがあるから今までのように毎日というわけにはいかないが……」

「八幡は鈍いな」

「八幡くん,そういうことじゃないと思うな」

 原滝と姫菜が呆れ顔で俺を見る。解せぬ。

 



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クリスマスは踊る(4) DOO-WOP! TONIGHT

ハイ、またお会いしましたね!

サードシーズン4話目。
雪ノ下姉妹の論争から今日のお話は始まります。
二人の間に吹くすきま風。
二人は再び今まで通りの仲良し姉妹に戻れるのでしょうか?
それでは,お楽しみください。

セカンドシーズンを見ていただければ分かりますが,陽乃さんはゆきのんが大好きです。好きだからこそ,自立してほしいと試練を与えているのです。

たぶんね。


「雪乃ちゃんはさ,持つものが持たざるものに慈悲の心をもってこれを与える,とか,飢えた人に魚を与えるのではなくて魚の獲り方を教える,自立を促すなんて言うじゃない?」

 

 陽乃さんは三浦の電柱組入りに動揺する雪ノ下に対し,さらに挑発するように話を続ける。

「そうよ。それが間違っているとでも言うの?」

「もちろんそれも大切なこと。でもね,わたしたちが先頭に立って最前線で戦って後に続く人たちを導かなければ世の中を変えることなんてできないよ。魚の獲り方を教えるんじゃなくて,まずはわたしたちが魚を獲って,そこに魚がいること,魚の獲り方が間違っていないことを知らしめてみんなが魚を獲りたいと思うように導かなきゃいけないんだ。魚を欲する人に魚を与えるか獲り方を教えるかじゃなくて,魚を欲していない人にも魚を獲りたくなるようにしなきゃいけないんだよ」

「それじゃ,その人たちはねえさんに動かされるままじゃないの」

「そうだよ。だって,みんなバラバラの方を向いてたって物事を変える力にはならない。わたしの向く方を皆が向くことによって世の中を変えることができるんだよ」

「そんなの……その人たちの自由を奪って自分の目的のために使役するなんて許されるはずがないわ」

「何を言ってるの。彼らは自己の意思を実現するために,自らの意思に従ってわたしと目的を同じにして一緒に進んでいくの。自らの意思を実現できないところに自由なんて存在しないよ」

 これはアレだ。二人の考える自由の概念が異なっているのだから,この話はどこまでいっても平行線だろう。しかし……

 


 

「陽乃さん,もうそのくらいでいいでしょう? 雪ノ下も今はクリスマスイベントのことを先にしてくれないか。ルミルミやけーちゃんも今日までこのイベントを成功させようと一生懸命頑張ってきたんだ。今さら中止になんかさせたくない。頼む」

「そ,そうね。これは奉仕部への依頼でもあるのだから,部外者の,ええ,部外者のねえさんに惑わされて取り乱すなんてはしたないことだったわ。ごめんなさい」

「ねえ,雪乃ちゃん,今,部外者を2回も言ったのはなぜなのかな?かな?」

「陽乃さん!」

「ごめーん,比企谷くん。今はそれどころじゃないよね……おねえちゃん反省……」

 しおらしく見せてはいるけれども,本当に反省しているかどうかは実に怪しい。だいたい俺がツッコみたかったのは,ひぐらしネタは前にもやってそろそろ飽きられるからよしなさいということだったのだが……まあそれよりも第一に考えなければならないのは,海浜の玉縄会長にイベント中止を翻意させることなんだ。

「なあに,おねえちゃんがちょっとおど……説得すればすぐに聞いてもらえるから」

 今この人,脅すって言いかけたよね? そりゃあ悪の組織の大元帥閣下でいらっしゃいますから,当然そのくらいのことはなされるんでしょうけれども。

「みんな今日まで頑張ってきたんだから,なんとしてもクリスマスイベント開催するよ、おー!」

 めぐり先輩のように握ったこぶしを突き上げて気勢を上げる陽乃さんだが,ぽわぽわした癒し要素は全くない。それに……

「ねえさんはこれまで何もしてないじゃない。さもずっと頑張ってきたたような振る舞い,厚かましいことこの上ないのだけれど」

 そう,それ。今日までクリスマスの飾りや演劇の準備,そして玉縄の相手やらで苦労をさせられてきた立場からすれば当然そう思うよね。

「もう、雪乃ちゃんは硬いなー。それじゃあ,おねえちゃんがこのイベントのために裏でどんな暗躍をしてたか聞かせてあげようか?」

 裏で暗躍って,怖い。ただただ怖い。

 雪ノ下が頭を抱えている。俺も頭痛に加えて背筋も寒い。頭が痛くて背中に寒気を感じるとなればこれはもう風邪だよね? こじらせないように帰って寝てもいいかな?とも思ったが,ルミルミとけーちゃんの哀しむ顔が頭に浮かび,そんな真似はできないと思い直す。

 け,けっしてこのまま帰ったら後でもっと酷い目に合うから諦めたとかじゃないよ? ホントダヨ?

 


 

「せんぱい,ほんとにヤバいです……わたしの生徒会長としての初めての大きな仕事なのに,こんなのって……」

 一色はいつものあざとさをカケラも感じさせることなく,まるで捨てられた仔犬のように,今にも泣きだしそうな顔で俺に呟いた。

「大丈夫だ,一色。お前の初仕事を台無しになんかさせない」

 つい小町を慰める時のように一色の亜麻色の髪を頭ポンポンしてしまう。

「ヒ,ヒッキー,まじキモい」 

「通報ね」

 いつもの方々からのいつもの反応ありがとうございます。当然一色からも……

「せんぱい……」

 お,おい,うっとりとした目で俺を見るな! いつもの高速お断り芸はどこいった? そんで俺の上着の端をちょこんとつままないで! あざとさが無い一色なんてただただかわいいだけだろ! それにしても周りの視線が超痛い。原滝と姫菜はジト目でにらんでるし陽乃さんは何やら含みのあるニヨニヨとした笑顔を浮かべている。

 とにかく今は本牧に話しかけてこの雰囲気を変えよう。そうしよう。 

「で,イベント中止の理由は何だ?」

「それが何を言っているか全くわからないんだ。海浜の連中,全員が全てをほっぽりだしてドンチャン騒ぎを始めてるしな」

「は?」

 玉縄が何を言ってるのか分からないのはもはやデフォだが,全員がドンチャン騒ぎだと!?︎ 本牧が告げた事実に,玉縄たちへの怒りがふつふつと湧き上がるのを抑えることができない。これまでのみんなの思いや努力を踏みにじりどんちゃん騒ぎとか,あいつらいったい何をやってるんだよ!

 こんなことならさっき三浦を止めずにそのまま行かせればよかった。そしたら少なくとも変なフラグが立つこともなかったよな……

「ふざけてるわね。そんな非道が許されていいはずがないわ」

「ゆきのんの言うとおりだよ。みんなで抗議に行こう! こんなの絶対だめだよ!!」

 この場にいる全員の思いが一つになり海浜勢に抗議に行くことになった。

 元々それぞれの学校が自らの企画をやるという二部構成になっていたし,最悪,総武だけでイベントを開催することはできる。海浜のプログラムはバンドとクラシックの演奏だったか,バンドのほうは,雪ノ下に陽乃さん,平塚先生に由比ヶ浜がこのイベントに関係しているのだから,あとはめぐり先輩だけ呼べば文化祭の時の即席バンドの完成だ。そのめぐり先輩も一色を心配して当日は見に来てくれることになっているから,予定の方は大丈夫。事前に曲の打ち合わせしておけばOKだ。

 クラシックは,今からフルオーケストラを用意するのは難しいだろうが,陽乃さんのヴァイオリンと雪ノ下のチェロで美人姉妹の二重奏ならば観客も大喜びじゃないだろうか?

 ついでに姉妹で童謡を歌うなんてのもいいな。えと,何だっけ……阿佐ヶ谷姉妹?

 陶芸教室は……材木座に頭に手ぬぐい被らせて,作務衣姿でロクロ回してればなんとか見た目だけは取り繕えるよな?

 明日一日,地獄の特訓だな。たぶん雪ノ下あたりが指導することになるだろうから,1日で10キロくらい痩せるかもしれん……

 あれ? もう海浜いなくても何も問題ないんじゃね?

 ……と言えるような雰囲気じゃないよなあ。とにかく会計の稲村,書記の藤沢も合流し,全員で海浜勢が作業場としている会議室に乗り込んでいったのだが……

 

「せんぱい……これはいったい何ですか?」

 一色が唖然とした表情で海浜勢を見つめている。

 他のメンバーも開いた口がふさがらないという顔だ。

 

「かっぽれ かっぽれ 甘茶でかっぽれ ♪」

 ちゃんちきちゃん♪

 

 そこでは,玉縄を除く海浜勢が総出でかっぽれを踊っていた。

 その輪の中で玉縄が番傘の上に四角くて大きな枡を乗せ,くるくると回している。

 回すのはロクロだけじゃないとか,何気に器用だな,玉縄。 

 

 なにこれ。

 



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クリスマスは踊る(5) 悲しみのブルー・クリスマス

ハイ、またお会いしましたね!

サードシーズンも5話目を迎え,いよいよ佳境。
突如イベントを中止すると言い出した玉縄会長たち海浜総合高校。八幡たちは彼らを翻意させ,無事クリスマスイベントを開催することができるのか?
危うし,クリスマスイベント!
彼らの逆転の一発は?
八幡たちの活躍に乞うご期待!

と言うわけで,クリスマスらしくお目出度く参りたいと思います。

そして,お待たせいたしました!
ようやく皆様お馴染みのあの男が登場します!!



 かっぽれを踊る海浜勢と番傘の上で一升枡を回す玉縄を前に,さすがの雪ノ下も頭を抱えてどこから突っ込んでいいのか悩んでいるようだ。

 

 とりあえずは玉縄だ。奴と話をしなければ何も始まらないのだが,あの傘を無理やり止めようとすれば上で回る枡がどこに飛んでいくやも知らず,当たりどころが悪ければ最悪死人が出るかもしれん。

 とにかく声をかけようにも,傘の上しか見ていない玉縄を前に飛び込んでいく間合いすら見つけることができない。

 

「比企谷君,いつものように何か小ずるいことでも考えてなんとかしなさい」

「おい雪ノ下,小ずるいとか言うな」

 一つだけ方法を思いついてはいるのだが,俺の理性がそれを拒む。

「せんぱい……」

 一色,泣きそうな目で俺を見るな。

「比企谷先輩……」

 そうか。書記の藤沢にとっても一年生で生徒会役員になって初めての大仕事なんだよな。

 俺は,はぁ,と一つため息をつき,かっぽれのリズムが鳴り響く部屋の中へ足を踏み入れようとした。

 

「八幡くん……あの修学旅行で無理なお願いをした私がこんなこと言うのもおかしいと思うけど,自分が傷つくような方法じゃないよね?」

 寸前,姫菜が心配そうに俺に尋ねる。

「ああ,大丈夫だ。お前らを悲しませるようなことはしない」

 嘘だ。これをやれば確実に俺は傷つくだろう。だが,今,俺がやらなければ……

「信じてる……」

 姫菜の声が,視線が,俺の胸に突き刺さり,ズキンとした痛みを感じさせる。それでも俺は……

 


 

 全てを振り切るように玉縄のいる部屋の真ん中へ飛び込んで行き,両手を大きく何度も打ち叩いた。

 

「あめでとうございまーす!」

 

「いつもより余計に回しておりまーす」

 

「一升枡を回しまして,これを見た人,一生ますますごはってーん!!」

 

 俺が大声で叫ぶと,玉縄は傘を大きく跳ね上げ枡を高く飛ばし,一瞬のうちに傘を畳み落ちてきた枡をキャッチする。

 

「ありがとうございまーす!」

 玉縄も大声で答える。

 

 はいっ!っと玉縄と二人で手を広げて観客にアピールする。

 いつの間にかかっぽれのリズムは止み,部屋の入り口では総武勢があんぐりと口を開けて立ち尽くしている。

 

「ぷっ,ひ……ひきがや……超ウケる!ひぃ~~~可笑しい~~~」

 部屋の端で見ていた折本が腹がよじれるくらいウケてくれて,俺は辛うじて救われた。

「あーっはっはっはっ! さすがは比企谷くん! 私が見込んだ男だけはあるね」

 大元帥も気に入っていただいたようで何よりです。

「ま,まさかのたまはちコラボ!お前の枡にオレの傘をぶち込んで……タマに縄ではち,マンを責める……キマシタワー!!」

「姫菜,自重しろし」

 久しぶりに竜巻地獄もビックリの鼻血を噴出した姫菜の面倒をみる三浦。姫菜自体はあの修学旅行以前も今も変わらないのだろう。俺だってそうだ。たぶん何も変わっていない。それでも,今までなら玉縄ら海浜勢を罵倒してヘイトを集め,それを一色か本牧あたりに咎めさせて海浜にこちらの話を聞いてもらうというような方法を採っていたかもしれない。もちろん葉山隼人(♂)のように勘のいい人間がいないと成り立たないということもあるのだが、それよりも今回それをしなかったのは俺自身が変わった,のではなくて姫菜や原滝,雪ノ下に由比ヶ浜,陽乃さん,川崎,三浦(嫌々ながら葉山も含め)俺を取り巻く環境が変わった結果,それぞれの引力で今までとは同じ位置に立っていられなくなったということなのだろう。これまでぼっちだったから誰の影響も受けずずっと同じところに立っていられたが今はもうそうではない。

 ではあいつらと一切の関わりを拒否したら元の位置に戻れるのか?相手から飛び込んできている以上,斥力を働かせたところでやはり元の場所にはいられない。何より,その考えをこの俺自身が否定している。以前の俺なら与えられるものも,貰えるものも,それはきっと偽物でいつか失ってしまうからと何も欲しなかっただろう。だが,今は違う。今,ここにあるものが本物なのか偽物なのか,本物にするか偽物にしてしまうかということ自体が俺にかかっているのだ。本物が欲しいなんて傲慢だ。まだ本物か偽物か分からないものを俺自身の力で,努力で本物にしなければならないのだ。

 フランク三浦はフランク・ミュラーの偽物じゃなく,その歩みによって本物のフランク三浦として……

 


 

「比企谷くん。何か真剣な顔で小難しいことを考えているようだけど,染之助染太郎ポーズじゃ様にならないよ……プークスクス」

「あ,いや,ワタクシ,頭脳労働担当なんで……」

「OK!では次は土瓶を……」

「ちょ,ちょっと待て!」

 玉縄が次の演目に入る前に慌てて止めに入る。

「ここからが新しい芸をオーディエンスにローンチするクライマックスシーンなんだが」

「いやいや,そうじゃなくてだな。我々やステークホルダーに何のコンセンサスもなくスキームをゼロベースにするというディシジョンを下したということについてアグリーしかねるということを……」

「せんぱい,はっきり言ってキモイです」

「……言うな,一色。俺が一番そう思ってる」

「この期に及んでクリスマスイベントを中止するだなんて一体どういうことかしら?あなたたちの準備が整わなくてできないというのならもうあなたたちには頼らないわ。私たち総武高校だけでイベントを行います。もうこの場から消えてもらっていいかしら」

 いつになく雪ノ下が辛辣だ。藤沢は怯えているし一色の顔はこれ以上ないほどにひきつっている。俺が相手に寄り添ってできるだけ穏便に話を進めようとしているのに台無しじゃねえか。

「いや,君たちが何を言ってるか分からないのだが」

「お前にだけは言われたないわ!」

 うっかり怒鳴っちゃったよ。まだ人間ができてないね。八幡反省。

 

「なぜにバテレンの祝い事などを我々がしなければならないのだね?」

 

「は?」

 

 総武高生全員が頭にクエスチョンマークを浮かべていた。

 そもそもこのクリスマスイベントを持ちかけてきたのは海浜総合側で,イベントについてのコンセプトとグランドデザインに関するコンセンサスは共有できていたはずだ。今更何を言ってるんだ?こいつは。

「ジャパニーズならクリスマスじゃなくてニューイヤーをセレブレートすべきじゃないかな」

 もはや意識高い系じゃなくてただのルー大柴である。

 しかもニューイヤーなんてまだ先だろうが。たしかに欧米ではクリスマスカードに「Merry Christmas and Happy New year」と新年の挨拶も併せて書くが,それはあくまでもクリスマスカードに一緒に書くだけであって,クリスマスと正月がいっぺんにやってくるという意味ではない。

「君たちの学校もきょうは正月休みだったろう?小学校も中学校もみんな正月休みだぞ。だったらクリスマスはもう終わっているのだから,正月を祝うのは当然じゃないか。そのためにこうやって目出度い芸を練習してるんだ。さあ,みんな一緒に歌い騒ごうではないか!」

 

「富士の白雪ゃノーエ 富士の白雪ゃノーエ 富士のサイサイ♪」

 ちゃんちきちゃん♪

 


 

 また歌えや踊れやのどんちゃん騒ぎがはじまった。正月休み?こいつら頭大丈夫か?

「そう言えばせんぱい,きょう学校で休みを告知する張り紙のところにしめ縄飾りも飾ってありました……」

「なんだと?」

「そうそう,ウチの高校もなんか日の丸とか掲揚しちゃってて何の祝日かと思ってたんだけどさ。千佳とミスドでだべってて,ちょっと遅れてきたらみんなこうなってて超ウケるよね」

「いやウケねえから」

「ま,まさか……」

 原滝の顔が急激に真っ青になった。

「おい,なんか知ってるのか?」

 

「あけましておめでとうございます!!」

 

 そこに現れたのは,頭の上に門松を乗せ,額に日の丸の扇,賀正と書かれた裃にイセエビのついたしめ縄飾りを股間に下げた,一言でいえば変態だった。

 



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クリスマスは踊る(6) アンチェインド・メロディ

ハイ、またお会いしましたね!

全国1億数千万の正月ファンの皆様,お待たせいたしました!
皆様お馴染みのあの男と八幡たち総武高校の面々との全面対決!
熱い男たちの戦いに女たちの想いは……
いよいよサードシーズンクライマックス!
愛の力は正月に勝てるのか?
ご期待ください!!

……何のことかさっぱり分からん。
サードシーズン6話目ですが,実質,この話が本シリーズの完結編みたいなものです。
なぜなら本シリーズはこの男を出すためにあったのですから。
とはいえこのあと番外編もありますので,あと3~4話お付き合いください。



「私は正月仮面! このうえなくお正月を愛する男!」

 

「脱走した改良人間とはお前のことだったのか!」

 どうやらこの正月仮面と名乗る変態男は原滝の知り合いらしい。

「私は正月が1年に3日しかないことがこの上なく悲しい。過去に一年365日をすべて正月にしようとしたのだが,日本人の心のふるさと,お盆にあえなく敗れてしまった。だが,バテレンの祭りであるクリスマスなどに負ける道理はない。まずはこの千葉を手始めに日本中のクリスマスを正月に変えてやるのだ」

「そんなことは許さないぞ! このクリスマスイベントには俺たちの汗と涙,そして地域の人々や子供たちの夢と希望が詰まってるんだ! お正月になんかさせない!!」

「副会長……」

 生徒会副会長の本牧が前に出て大見得を切り,書記の藤沢がうっとりとした目でそれを見つめている。

「この会計の稲村,義によって副会長に助太刀いたす!」

「おおー,二人とも頑張ってください! あんな変態やっつけちゃえ!」

 おい,一色。応援するのはいいが俺の陰に隠れて言うのはやめろ。

「仕方ないな。とりあえず藤沢も危ないから俺の後ろに隠れてろ」

「え,あ……はい……」

 俺の言うことに大人しく従い,一色とともに後ろに隠れる藤沢。

 そうこうしているうちに生徒会役員の二人がジリジリと正月仮面ににじり寄る。

「稲村,僕は右から行くから,お前は左から頼む。一気に抑え込むぞ」

「よし,分かった」

「お,おい!不用意に近寄るな!」

 原滝が焦った声で叫ぶ。だが二人は止まらない。

「いくぞ!」

 

「初もうでビーム!!」

 ちゅいーん!

「うわっー!」

 しゅぼむ!

 

 本牧と稲村は,正月仮面の出したビームを真正面から浴びてしまった!

 

「金毘羅ふねふね追い手に帆かけてシュラシュシュシュ♪」

 どんちゃんどんちゃん♪

 

 よく分からんリズムとともに踊り狂う本牧と稲村。

 とうとう総武高校からも尊い犠牲者が……

 

 本牧と稲村は正月になった……

 


 

「せ,せんぱい,わたし正月は好きですが,正月になるのは嫌です……」

 さすがにいつものあざとさは影も形もなく,本気で怯えているようだ。

「比企谷先輩,ど,どうしましょう……」

 藤沢の声も震えている。そりゃこんな変態を前にしたら怖いよな。俺でもチビる。

「原滝! お前,こいつを知ってるんだろ? 何か弱点とか無いのか?」

「そうだな……こいつはインド人に弱いぞ」

 いや,インド人いないよね,ここに。だいたいなんでインド人なんだよ。

「インド人には日本の正月光線は通用しないんだ」

 じゃあ,イギリス人でもいいよな? 由比ヶ浜に金髪のヅラを被らせて「カレンデース!!」とでも名乗らせておけば大丈夫か?

「いや,それは父親が日本人だからダメだろ」

 だから,原滝,モノローグにツッコミを入れるのはやめろ!

「あとは口車だな。さっきあいつが言ったように,以前,地球防衛軍のやつらの口車で正月がお盆に敗北し,無力化されたからな」

「地球防衛軍!? そんな奴らがいるのならここには来てくれないのか?」

「あいつらは県立だから大分県以外には出動しない」

「チクショウメ!」

(※ちなみに,実際にはCIAの要請により変態の都,ロサンゼルスに派遣された実績があります。作者註)

 

「さあ,次は誰が正月を祝ってくれるのかな?」

 

「そこまでよ,悪党!」

 

 雪ノ下が一歩前に進み,正月仮面と対峙する。

 

「下がりなさい、悪党。こんなひどい事して、私は許さない」

 

「バ,バカ!お前,こんなところに出てくるな!」

「これだけの被害者が出てるのよ? この男を放置すれば,学校だってずっと正月休みのままになってしまうわ」

 え,そうなの? 学校行かなくていいって,ひょっとしてサイコーじゃね?

「そうなれば私たちは永遠に総武高校2年生のまま……平塚先生の年齢になっても高校の制服を着続けなければならないのよ?」

 ちょっと平塚先生が高校の制服姿でディスティニーランドを闊歩する姿を想像してしまった……うん,知り合いに見つかったら死ねるってやつだな。あるいは,いかがわしい企画物のビデオなら思い当たる節が……

「平塚先生はちょっとアレだが,お前なら案外その年になったとしても似合うんじゃないか?」

「ちょ,ちょっと比企谷君!? こんな時にいったい何を言い出すのかしら」

 雪ノ下の顔がゆでダコのように真っ赤になった。やべえ,烈火のごとく怒っていらっしゃる。

 ちなみに,烈火と言えば神戸の植垣製菓という会社が作っている「烈火わさび」というおかきがアホほど辛い。涙なくしては食べられないほどだ。辛い物が苦手な人や小さなお子様は決して口にするんじゃないぞ。

 


 

「雪ノ下,こいつの相手は俺がする。お前は一色と藤沢を連れて逃げろ」

「なっ! またあなただけが犠牲になると言うの? それで自分だけ助かるなんてできるわけないじゃない!」

「雪ノ下……俺は,お前がかっぽれを踊る姿なんか見たくない。それに,このままじゃこいつらまで正月になっちまう。今,これを頼めるのはお前しかいないんだ」

「そんな言い方……ずるいわ」

「頼む,雪ノ下」

 はぁ,とため息をつきながら小さく頷く雪ノ下。

「なあに,こう見えて俺は運がいいらしいぞ」

「ふふ,あなたにそんな要素は欠片も見られないのだけれど。いいわ,これが解決したら結婚しましょう」

「ヤメロ!それ,完全に死亡フラグだからっ!! まあ,結婚はできないがちゃんとカタはつけてやる。小町と戸塚がいないところでくたばるわけにはいかないからな」

「小町さん言うところのごみいちゃんの本領発揮というところかしら? それとも,クズマン,カスマン,ゲスマン,ヒキニートと呼んだ方がいい?」

「ごみいちゃんでお願いします……」

「私の一世一代のプロポーズを断ったのだから,絶対無事に帰って来なさい」

「ああ」

 雪ノ下にサムズアップで応える俺。

「書記ちゃん,わたしたち,なんか空気じゃない?」

「でも,比企谷先輩,私たちのために……かっこいいです……」

「書記ちゃん!?」

 


 

「おい,正月,俺が相手だ。どっからでもかかってこい」

 ずいっと正月の前に立ちふさがり,その隙に雪ノ下に一色と藤沢の手を引かせてこの場から離脱させる。

「ほほう,自ら名乗り出るとはなかなかよい心がけである。どうせ逃げたところで遅かれ早かれ全員正月を迎えてもらうのにな。おっ,殊勝な奴がもう一人いるようだぞ?」

 振り返ると,雪ノ下と入れ替わるように姫菜が俺の方に向かってきていた。

「姫菜っ! お前どうして……」

 せっかく雪ノ下たちを逃がしたのにこれじゃ……

「さっきの雪ノ下さんとのやり取りを見てたら,このままじゃメインヒロインの座が危ういと思ってねー」

「なんだよそれ。俺の覚悟はどうしてくれちゃうのん?」

 笑顔で軽口を叩く姫菜に力が抜けて,張り詰めた緊張感がどっか行っちゃったよ。

「まあまあ。それにさ,わたしなら雪ノ下さんのように正統派ヒロインじゃないから,かっぽれ踊ってもいけると思うんだよねー。ヨゴレもOKだよ? どうせならユー,ダンシング・トゥギャザーしようぜ!」

 ウチの学校にもいたよ,大柴系。

 てか,緊張感どっか行っちゃったなんて言ってはみたものの,そもそも周りでは玉縄ら海浜勢と本牧,稲村が踊り狂ってて緊張感のカケラも無いんだよなぁ。おいこら,そこ! クリスマス用のシャンメリーで酒盛りを始めるんじゃない!

 

「ひとつ出たホイのよさホイのホイ♪」

 チャカポコチャカポコ♪

 


 

「あははは……でもまあ,二人の愛の力があれば正月なんかには負けないよ!」

 臆面もなくよくそういうことを言うね,君は。

「それにね,全く勝算が無いわけじゃないんだ。わたしたちだからこそ勝てるかも知れない」

「そうなのか?」

「だーいじょうぶ! まーかせて!」

 と,言いながら中指を突き立てるポーズを取る姫菜。

 こら! そんなはしたないポーズは不許可であ~る。

 とは言え,何の根拠もない,とにかくすごい自信に少しだけ安心したりもする。

「そろそろ茶番は終わりか? じゃあお熱い二人にワクワクドキドキの初詣をプレゼントしてやろう」

 

 正月仮面がビームの構えに入る。

 俺の右側に立った姫菜の左手と俺の右手を硬く握りあって,目を瞑り歯を食いしばって正月仮面のビームに備える。

 

「あけましておめでとうございまーす! 初もうでビーム!!」

 ちゅいーん!

「ぐっ!」

 しゅぼむ!

 

「八幡!」

「比企谷くん!」

「ヒッキー! 姫菜!」

「ヒキオ! 姫菜!」

「せんぱい!」

「比企谷先輩!」

「ひきがや!」

 


 

「ははははは!これでお前たちも正月の虜に……」

 

「……何ともない」

「……ほら,言ったとおりでしょ?」

「な,なぜだ! どうして私の初もうでビームが効かないんだ‼︎」

 正月が信じられないものを見たという顔で驚愕に打ち震えている。

「愚腐腐腐。これがわたしたちの愛の力だよ」

 

「ギリッ!」

 

「……今,ゆきのんから何か聞こえちゃいけないような音が聞こえたんだけど」

「……由比ヶ浜さん……結衣,それは気のせいじゃないかしら?」

「でも『ギリッ』って」

「気のせいよ」

 

「姫菜,説明してくれるか?」

「そ,そうだ! お前ら,インド人でもないのになぜビームが効かないんだ!」

「それはね……八幡くんは正月だからって浮かれて初詣に出かけたり正月らしいことをする?」

「……いや,一緒に出かける友達もいないし家族もいつのまにか俺を置いていなくなってたりするからな,家でダラダラしてゲームしたりラノベ読んだり,いつもの日曜日と変わらん。それよりも,正月と日曜日が重なると正月番組でプリキュアの放送が中止になったりして,どちらかといえば憎むまである」

「わたしも同人誌即売会の後で魂が抜けたようになってるから正月らしい正月は迎えられないんだよね。だから,わたしたちに無理矢理正月を迎えさせたところで何も変わらないんだよ」

 ボッチと腐女子の組み合わせ最強だな!

「くっ,お前らは本当に日本人なのか? それでは,これはどうだ! 年賀状カッター‼︎」

「出す相手も,くれる友達もいない‼︎」

「グハッ!」

 俺の繰り出す自虐が正月仮面にクリティカルヒットした。ただ,なぜか俺にも相当なダメージが加わっているのは気のせいだろうか?

 

「やらせはせんぞ! 貴様らごときボッチと腐女子に,正月の栄光をやらせはせん! この俺がいる限り、やらせはせんぞーっ!」

 いや,それも壮大な死亡フラグだろ。

「八幡くん!滅びの言葉だよ!」

 え? 言うの?

「せっかく手を握ってるしね」

 ついで感ハンパないな!

 握られたままの二人の手を前に突き出し,

「せーの」

 

「バルス‼︎」

 


 

 シーン……

 

 沈黙。当然のことながら何も起こるはずがない。

 すると姫菜が俺の手を引きながら身構える正月の前までツカツカと歩いて行き,

 

「えい♡」

 

とばかり,空いた右手の中指と人差し指を正月仮面の目に突き立てる。

 

「ぐおおおお!目がっ!目がぁぁぁぁ‼︎」

 目を押さえて床を転げ回る正月仮面。

「やったね,八幡くん!やっぱり愛の力だね」

 いえ,普通にサミングという反則技だと思います。

 

「うう,ゼイゼイ……お前らに技が効かないからといってまだ正月が敗れたわけではないぞ」

 不屈の精神で正月仮面は再び立ち上がる。しかし,

「一年全部が正月になったら冬コミも夏コミも無くなっちゃうんだよ? そしたら,こういう本も出せないし読めなくなっちゃうんだよ?」

 姫菜がどこから取り出したのかわからないが一冊の薄い本を正月に渡す。

「ぬ? 何だこれは?」

 パラパラと本のページをめくる正月だが,だんだんページをめくる速度が遅くなり,とうとうじっくりと魅入るように真剣に読み出し,

「キ,キマシタワー!!!」

 と叫び声とともに鼻血を吹き上げ,後ろにぶっ倒れた!

「今,世の中を正月にしてしまったら,冬コミで売る予定のはやはちシリーズの完結編が日の目を見ずにお蔵入りになるんだけど,どうする?」

「ぎゃあああ! うおおおお!」

 正月が断末魔の叫び声を上げる。

「すんまへんっ私がわるぅございましたっ‼︎」

 その場でへへーっと土下座する正月仮面。

 

「確保〜〜〜〜〜!」

 その隙を見逃すことなくハルノ大元帥の号令一閃,大元帥直轄雪ノ下家黒服部隊が突入,正月仮面はあっという間に制圧され,ぐるぐる巻きでわっしょいわっしょいと担ぎ上げられて今は軽トラの荷台だ。

 


 

「ちょっとー文左衛門?あんたんとこの脱走改良人間をこっちで確保したんだけど,あちこち正月になって大迷惑してるのよ! この落とし前どうつけてくれるわけ? え? 聞こえないんだけどー」

 

 大元帥は大分にある電柱組本部のチルソニア将軍に激おこ電話中である。

「おい,なんで脱走なんかしたんだよ?」

 原滝が拘束された正月を詰問している。

「ぬ? お前がいなくなってからバイトの下っ端は辞めるわ店の中は荒れ放題だわ,防衛軍は受験で相手してくれないわで居心地が超絶悪くなってな。人手不足で監視の目も行き届いていない隙をついて脱走し,新門司港からオーシャン東九フェリーで東京港フェリーターミナルへ着いたのだ」

 コノヤロウ!俺なんかRO-RO船でしいたけと一緒に運ばれたってのにお前ずいぶん快適な船旅を満喫しやがって!!

 恨みを込めてキッと正月野郎を睨むと向こうも俺の視線に気づいたようだが,ポッと顔を赤らめて目を逸らされた。

 オイコラやめろ! さっきの薄い本にいったい何が書いてあったんだ? そういえば一瞬物騒な単語が聞こえていたような……

「どんな内容か知りたい?」

「いや,知りたいような知りたくないような,知ってはいけないような……。ところでなぜに姫菜さんはまだ手を握ったままなの?」

「ん~,今手を放すと,手の中のものがみんなに見えちゃうんだよね~」

 そう言えば,握った手の中に何かの感触が……

「ほら,もしみんなにこれが見えちゃったら,わたしがノーパンだってばれちゃうしー」

 やっぱりそれか~~~~~!

「だってこれは二人の愛の絆だから……」

 いい感じに言ったってパンツはパンツですっ!

「ヒッキー! もう事件は解決したのにどうして姫菜と手をつないだままだし!?」

「いや,それはその……」

「結衣,これはね,さっきの怪光線を浴びたせいで手が離れなくなっちゃったんだよ。無理やり剥がしたりしたら手の皮が剥がれちゃうかもしれないから自然に離れるのを待ってるの」

「えええ!?」

「いや,私の初もうでビームにはそんな効果は……」

「……はやはち」ボソ

「わーはっはっはっ!見たかね,私のビームの威力を!!」

「ほらね♪」

 由比ヶ浜に向けてニコッと笑顔を向ける姫菜。怖い,女怖い。はやはち怖い。

 


 

 かくして正月仮面は『初荷』と派手に飾られたトラックで大分へ向けて返送され,クリスマスイベントは無事開催された。

 せっかく企画したということで,元々の総武・海浜の企画に加え,雪ノ下たちのバンド,美人姉妹の弦楽二重奏,ついでに玉縄の太神楽までが演目に追加され,史上かつてない最高の盛り上がりを見せたのであった。

 

 あ,これ初めての企画だったわ。

 

 俺? もちろん玉縄と一緒に舞台に立ち,頭脳労働させられてきましたよ。玉縄もいつもより余分に傘と枡を廻していて,この企画が一番シナジー効果を生んでたな,うん。

 



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クリスマスは踊る番外編 KOMACHI☆の聖夜〜夢の中で会えるでしょう

ハイ、またお会いしましたね!

今回は番外編です。
ぶっちゃけ,初出時に最終話を元旦に公開すべく穴埋めのためにやっつけで書いたものです。
本当は2日くらい空いてもいいかなと思ったんですが,それまでは連日公開でしたし,本編で小町が全く出てきませんでしたので,千葉の兄妹ファンに贈る意味も込めてアップさせていただきました。
まあね,考えに考えて書いても1日で書いても低いクオリティに変わりはありませんでしたけどね……
こちらでの公開に合わせて誤字とか述語のキモチ悪さとかは若干修正しているもりではありますが……
本編は八幡視線で書かれていますが,番外編は例外ということでご容赦ください。
それにしても拙作の小町,酷い(苦笑)



 小町です。

 

 クリスマスイベント当日はお菓子作りや袋詰め,お客さんへの配布など大活躍した小町ですが,今シーズン本編では全く出番がありませんでした……

 あまつさえ新しいお義姉ちゃん候補も現れる始末。

 これまで小町はお兄ちゃんへの気持ちを断ち切るため,早くお兄ちゃんに彼女を作ってもらおうとして,結果,お義姉ちゃんコレクターなどと呼ばれてきましたが,前シーズンでお兄ちゃんと小町が相思相愛ということが分かったので,本当はもうお義姉ちゃん候補は要らないのです。

 とはいえ小町とお兄ちゃんは兄妹,いくら千葉の兄妹でも兄妹は兄妹。コッソリと結婚式を挙げることはできても本当に結婚することはできません。少子化を理由に重婚制度ができたり兄妹間の結婚が許されるなんてご都合主義のSSのような展開に期待などはできないのです。

 したがって,お兄ちゃんにはカモフラージュの彼女を作ってもらい,真の愛は小町と育むというのが理想なんですが,その彼女に誰が相応しいかというとなかなか難しいものがあります。

 

 まずお兄ちゃんの気持ちを一番に考えるなら戸塚さんです。

 戸塚さんは可愛らしいし優しいし,それでいて芯の強さも感じさせ,何よりいつもお兄ちゃんの味方でいてくれる理想の彼女です。

 だがしかし男です。男の子です。残念ながら候補からは外すしかありません。最近,九州の狭間医大というところの先生が男性を完璧な女性にする手術を行ったという噂がありますが,まあガセでしょう。

 ただ,もしそれが本当だとして戸塚さんが完璧な女性になった日には小町の方を振り向いてもらえなくなる可能性もあるのでやはりご遠慮いただきましょう。

 

 次はもちろん雪乃さんです。

 雪乃さんは綺麗で頭も良く,何でも完璧にこなす人で,お兄ちゃんが足らないところを色々と補ってくれるに違いありません。また,猫好きですからうちのかーくんも可愛がってもらえるでしょう。それでいて少し抜けているところもあって可愛らしさも持ち合わせていますから,お兄ちゃんのパートナーとしては最適かもしれませんが,どう考えてもお兄ちゃんが尻に敷かれる未来しか見えません。また,いくらお兄ちゃんが許しているとは言え,お兄ちゃんが罵倒されるのを聞くのは身内としては辛いものがあります。

 最愛の人が罵倒されるのを大人しく聞いていられる女がどこにいるでしょうか?

 え? ごみぃちゃん? 何のことでしょう?

 もし,小町とお兄ちゃんの関係が分かってしまった時に,「妹に手を出すなんて、筋金入りの変態ですね。エッチ,変態,汚らわしい,ぶち殺しますよ!」とか言われて本当に殺されかねないので雪乃さんは却下です。

 

 そして結衣さんです。結衣さんは可愛くて明るくて優しくて,なんか母性も感じさせる,まるで聖母のような女性です。

 ただ,結衣さんもお兄ちゃんのことをキモいキモいと言って傷つけてました。そりゃ、お兄ちゃんはよくキョドッて気持ち悪い時がありますが,それでもそんなにしょっちゅう言わなくてもいいと思います。

 また,料理の腕が壊滅的なのはいただけません。小町の作戦ではうちの実家に一緒に住んでもらわなければならないので,万に一つの……千に一つ……百……十に一つの確率だとしても結衣さんの料理を食べて落命すると言うリスクは避けたいものです。

 それにあのおっぱい。お兄ちゃんがあのおっぱいに溺れて小町のことを構ってもらえなくなったら大変です。やはり却下です。

 


 

 お義姉ちゃん候補はなまる急上昇中なのは姫菜さん。

 今まで千葉村でちょっとお会いしたことがある程度で,BL好きでお兄ちゃんとはあまり接点がないんだろうなあとノーマークでしたが,お兄ちゃんが九州の修学旅行から帰ってきたあたりから急接近しているようです。

 また,前シーズンでお兄ちゃんが姫菜さんのパンツをポケットに隠していたりと,ただならぬ関係を覗わせます。お兄ちゃんの方も「姫菜」と,小町以外では唯一の名前呼びです。

 時々夜中にお兄ちゃんが「彩加~~~! うっ!」という声を上げていることはこの際置いておきましょう。

 姫菜さんとはあまり直接お話ししたことはありませんが,ただものではない感じがします。その正体は分かりませんが,小町の本能が危険だと告げています。

 

 得体の知れなさでは,雪乃さんのお姉さんの陽乃さんも同じく,あるいはそれ以上に危険な匂いがします。

 雪乃さん同様の美しさと聡明さを兼ね備え,加えて雪乃さんにはない胸のゲフンゲフンにお兄ちゃんが惑わされてもおかしくはありません。

 お義姉ちゃんにするにはあまりにも危険すぎます。

 何より,このお二人は小町とお兄ちゃんの秘密の関係にすぐに気づきそうです。

 そのまま受け入れて……くれないよね、たぶん。

 

 今の総武高校の生徒会長のいろはさん。

 今回のクリスマスイベントで初めてお会いしましたが,可愛らしい感じの女性です。

 ただ小町には分かります。年下の立場とあざとさを十二分に使って男を手玉に取ろうとするタイプです。

 残念ながら一つの家庭に同じタイプは二人も要りません。

 

 あと,イベントでお兄ちゃんに絡んでいた人では藤沢さんと折本さんと呼ばれていた人がいましたが,藤沢さんは大人しい人で折本さんは賑やかな人という印象しかありません。

 ただ,聞くところによるとクリスマスイベントが中止になりかけた時,お兄ちゃんに変態から助けられたとかでひょっとして好意を持っている可能性もあるので今後要注意です。

 

 一番最近の候補では優美子さん。千葉村の時には怖いお姉さんという印象でしたが,クリスマスイベントでは参加者の子供たちを,甘やかすだけでなく厳しく叱り付けるだけでもなく,まるでお母さんのような感じで面倒を見ていましたね。

 そして,お兄ちゃんを見る目がまるで乙女のようだったのが印象的でした。今度,仲良くする機会を作ってもう少し知らなければ……もちろん連絡先は交換済みです!

 


 

 修学旅行の後しばらくして家に泊まった龍子さんは小町的には好感度高いです。

 聞けばご両親を亡くされて色々と苦労をされたみたいですが,それを感じさせないくらい明るくふるまっていて,美人でプロポーションもいいし特待生になれるほど頭もいいと聞いているので候補者としての資格は十分。そして,家に泊まった時に一晩中どったんバッタンと乱痴気騒ぎを繰り返しながら何もなかったという話を聞いて,初めはお兄ちゃんはやっぱりあの千葉村で会ったイケメンさんのことを……と思ったけれど,実は選ばれたのは小町でした〜ということだったので,お兄ちゃんの中の序列が小町より下なのが確定しているのも小町的にポイント高い!

 気も合いそうだし,龍子お義姉ちゃんなら3(ピー)もあるかも?

 

 あ,大志くんのお姉さんの沙希さんを忘れてました。

 沙希さんは強面の外見とは裏腹に家族思いで家庭的,努力家でお兄ちゃんが小銭稼ぎのタネにしているスカラシップも家庭のために獲るくらい頭もいいし,やっぱり美人でプロポーションもいいときている。

 ていうか,お兄ちゃんの周り美人多すぎでしょ……

 大志くんのお姉さんはお兄ちゃんと同じくシスコン,ブラコンですから,ひょっとしたら大志くんとただならぬ関係を結びたいとか思ってるかも知れませんねー。

 そうしたら小町と沙希さんの利害関係が一致して,小町が大志くんと,沙希さんがお兄ちゃんと結婚して同居すればWin-Winなリレーションシップが結べるというものです。え? 小町と大志くんは仮面夫婦ですから何もしませんよ?

 

 クリスマスイベントの会場に葉山はやこさんという美人さんもいましたが,あの人もお兄ちゃんのこと好きなのかなあ。やたら絡んでたもんなあ。千葉村であったイケメンさんと同じ名前だったし似てるような気がしたけど,双子かな? 

 小町,あんまり好きになれそうなタイプじゃなかったけど。

 

 千葉村といえば,あの時いじめにあっていた留美ちゃんもコミュニティセンターにいたよね。お芝居上手かったなあ。可愛いし将来性十分。お兄ちゃんのこと「八幡」って呼び捨てにしてたけど,どういう関係なんだろう?

 もし留美ちゃんがお義姉ちゃんになったら……小町のアドバンテージが無くなりそうだからやっぱダメだな。

 

 だいたい候補者はこんなとこだよね?

 


 

 さて,お兄ちゃんは奉仕部だか電柱組だかの打ち上げで帰りが遅くなるって聞いてるので,先に帰った小町はお兄ちゃんのベッドの布団に潜り込み,頭にサンタ帽,首にはリボンを巻いてそのほかは全裸待機という,名付けて『クリスマス チキチキKOMACHI☆をプレゼント大作戦』の実行中なのです。

 本当はお兄ちゃんがベッドに入った後にサンタ衣装で現れ,脱いだら全裸姿で『プレゼントは小町だよ☆』としたかったのですが,最近お兄ちゃんが寝る時に中から部屋の鍵をかけてしまうので仕方なく初めからベッドに潜り込んでいるのです。

 これだと,小町は事前にお風呂で念入りに身体を洗ってきたけど,お兄ちゃんが先に部屋に荷物を置きにきた時はシャワーを浴びてないことになるから……それはそれで小町的にポイント高いかも……

 そんなことを考えていたら,布団に残るお兄ちゃんの匂いが気になって……

 あー,今,お兄ちゃんの匂いに包まれて……なんか安心する……

 

 お兄ちゃん……

 


 

 チュンチュン

 

 はっ,お兄ちゃん!

 小町寝ちゃった⁉︎

 

 あれ?小町のベッド……

 パジャマ着てる……

 小町,たしかお兄ちゃんのベッドに……アレレ!?

 

「おーい,小町! 朝ごはんできてるぞー」

 

 お兄ちゃんだ! 朝ごはん作ってくれたんだ。

 昨夜のは夢だったのかなあ……

 まいっか。

 

「はーい! 今行くであります!」

 

 さあ起きて……

 

 あ,枕元にお兄ちゃんからのプレゼント……

 


 

「陽乃〜〜私じゃ比企谷の嫁候補に入れてもらえんのかなあ〜〜〜」

「その酒癖を直さないと無理だと思うよ。クリスマスイブに朝まで飲んでるなんて……陽乃的にポイント低い!」

「比企谷……結婚したい……ぐすっ」

 



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クリスマスは踊る番外編 SAKISAKI☆の大みそか〜I'M ON MY WAY

ハイ、またお会いしましたね!

番外編第2弾です。
サキサキも本編で活躍がありませんでしたので,サキサキファンの方に贈るこの愛情一本!
ただ,基本,本作は笑かし目的で書いてるのですが,今回ちょっと難しかった。サキサキが真面目すぎる処女ビッチな件……じゃなかった本作ではどちらかというと真面目担当なので,笑かし要素が少なめになってしまいました。

その分,蛇足の茶番が……(苦笑)
すっかりオチ要員になってしまった平塚先生。
ヒロインの座に返り咲くことはあるのでしょうか……
実は本編6話の内容がここに生きるとは,作者も全く思ってもみなかった。本当に偶然。
「ダンベル何キロ持てる?」#10と「とある科学の超電磁砲」#17を見たことのない人にはなんのこっちゃですが。
良かったら見てください。

「ダンベル~」の方は今ならAbemaTVで無料で見られます。プライム会員の方はAmazonプライムビデオでも見ることができます。
「とある~」の方は,屋台のイメージをニコ動さんでご覧いただければ。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm20370415


「大志,窓拭き終わったかい?」

「ああ,終わったよ,姉ちゃん」

 アタシと弟の大志は朝から家の大掃除を始めて,昼前にようやく終わりを迎えようとしていた。

「じゃあアタシは母さんと年越し蕎麦作ってるから,あの子たちの面倒頼んだよ」

「分かった。美味しい蕎麦期待してるよ!」

「ああ,任せな」

 妹と小さい弟の相手を大志に頼み,アタシは台所へ向かう。

 台所では母さんが卵を溶いたボウルに小麦粉を混ぜ入れて天ぷらの衣を作っていた。

「母さん,掃除終わったよ」

「すまないねえ,手伝えなくて」

「いいよ。母さんはおせち料理作ったり忙しいんだから。蕎麦はアタシに任せてよ」

「じゃあお願いしようかしら。みんな海老が好きだからねえ,今日は奮発して海老天にしちゃった」

「そりゃみんな喜ぶね。じゃあ母さんはおせち作りに専念して。天ぷらはアタシが揚げるよ。蕎麦は?」

「お父さんが今打ってるよ。ほんと男の人は凝り性だよねえ」

 我が家の年越し蕎麦は父さんが蕎麦打ちをして打ち立てを食べるのが恒例となっている。初めのうちは太く短い蕎麦ができて縁起でもないなんて笑ってたけど,去年あたりからちゃんと習わしの通り細く長い蕎麦が打ち上がるようになってきた。

「じゃあ,そろそろ大鍋にお湯を沸かしておくかな。沸くまでのあいだに天ぷらを揚げておくね」

「ありがとう。夕方から出かけるんだっけ?」

「う,うん」

「遅くなるの?」

「んー,分かんない……かな」

「あんたのことだからおかしなことはないだろうけど,気をつけなよ」

「……そうだね。もう心配かけるようなことはしない……から」

「ふふっ,じゃあちょっとお父さんところへ行って蕎麦の様子見てくるから,豆を煮てる鍋の火,見といてね」

「分かった。ちゃんと見とく」

 夕方からはアイツ……アイツらと……

 


 

「サキサキ,はろはろー♪」

 

 今日はアタシがサイゼのバイトを休む代わりに海老名にシフトに入ってもらい,その上がりの時間に合わせて店で合流することにしていた。

「海老名,サキサキはよしな。でも,アンタ年末はコミケ?とかで忙しかったんだろ? アタシは家のことができて大助かりだったけど,シフト代わってもらって大丈夫だったのかい?」

「それがね,うちのサークルは昨日出店したんだけど,今年出したはやはち本の完結編も事前の告知が効いたのか,いつもより多めに刷ったのに昼前には完売しちゃって。めぼしいサークルの本は横のつながりで当日ブースに行かなくても手に入るようにしてるし,今日も午前中だけ適当にフラフラーっとしただけだからね。明日からバイトの出張だけどここのバイトくらいなら余力十分だよ。朝8時35分成田発だから早起きはしないとだけど,サキサキとヒキタニくんとのお出かけ楽しみなんだー」

「本,完結したんだね」

「そう。隼人くんが女の子になってこれ以上創作意欲が保てないと思ったから。その分,これまでの思いの丈を全てブチ込んだから今回のは力作だよ! まさにイロイロブチ込んじゃってるよ!」

「おい,鼻血!」

 ティッシュを取り出して海老名に渡す。一瞬けーちゃんが鼻をかむときのように海老名の鼻にそのティッシュを当てがおうとして寸でのところでやめた。

「はふん」

「アンタ変わらないね」

「読者の評判も上々でなんでやめるの?って言われるんだけど,こればっかりはねー」

「なんか羨ましいよ、アンタはあれこれ好きにできて。アタシなんか下の面倒とか家のこととかあるし,大学だって私立行くお金なんて家に無いから勉強だってしなきゃいけない。アンタみたいに他のことに割く時間も余裕も無くてさ」

 しまった! つい嫌味みたいになっちゃった……

 こんなこと言うつもり無かったんだけど,自由に何でもできる海老名を見てたらつい妬ましくなっちゃったんだ……

「サキサキ……」

「だからサキサキ言うな!」

「わたしね,悪いとかごめんなさいとか思わないよ。わたしが自由にするのをやめたらサキサキが自由にできるわけじゃ無いし,それにサキサキが自由じゃないのはサキサキに原因があるんだから」

「な!? あんた,アタシの話聞いてた? それでもアタシが悪いって言うのかい?」

「そうだよ。サキサキが悪い」

 駄目だ,海老名! アタシ,自分で自分を抑えられないよ,こんなの……

 


 

 パァン!

 

 突然の平手打ち……

 された,アタシが?!

「なんで……海老名……」

 右手で左の頬を抑えながら,信じられないものを見るように海老名に問いかける。

「サキサキ……甘えも言い訳も駄目だよ」

「アタシのどこが甘えてるって……」

「だってそうじゃない! 家や大学のことを言い訳にして,できることも全部できないようなフリしてる」

「アンタにアタシの何が分かる!」

「分かるよ!」

 海老名の勢いにアタシは少したじろぐ。

「サキサキさ,ヒキタニくん……もういっか,八幡くんのこと好きだよね?」

「な!? 海老名,何だよ藪から棒に。アタシはアイツのことなんか何とも……」

「前,この店に八幡くんがバラダギちゃんと初めてきた時,あの世で一緒になろうって無理心中までしようとしてたのに?」

「うぐっ」

「バラダギちゃんにおっぱい揉みしだかれた恥ずかしい姿を見られて泣き出したのは,八幡くんにそんな姿を見られたくなかったからでしょう?」

「ううう……」

「ほら,ユー,認めチャイナ?」

「ああ,好きだよ! アタシは比企谷のことが好き! 大好きだ! だからってどうしろって言うんだよ……アイツの周りにはずっと雪ノ下や由比ヶ浜がいて,今はアンタや原滝,そして雪ノ下の姉もいる。アタシの入り込む隙なんかどこにもないじゃないか!」

「サキサキ……それが言い訳じゃなくてなんなの?」

「え?」

「それって,サキサキが八幡くんを好きなことと全然関係ないよね?」

  海老名……アンタはいったい何言ってるの?

「あの修学旅行でとべっちの告白を止めてもらいたいって思ってたわたしが言うのはおかしいかもだけど,相手を好きになるのは自由,告白するのも自由,なのに自分からそれに蓋をしてるのはサキサキ自身でしょ?」

「だって,どうせ振り向いてなんかもらえやしないし……」

「サキサキ……振り向いてもらうために何かした?」

「……」

「わたしからしたらさ,こんなエロいボディとか,この男心をそそる泣きボクロとか持ってるのに,なんでこれを使って籠絡しようとかしないのか不思議だよ」

「ばっ,ばっかじゃないの」

「わたしはね,こんな貧弱な身体しか持ち合わせてないけど,それでも八幡くんの気を引きたくて必死で頑張ったんだよ。わたしが本気だってことを伝えるためにね。できることをやらないで恨み言ばかり言うのが甘えでなくてなんなの?」

 


 

 海老名の言葉に打ちのめされたアタシは立ってるのが精一杯だった。頭がクラクラしていよいよ倒れそうになったそのとき,

「大丈夫。サキサキならできるから……」

 気づけば海老名が正面からアタシの身体を抱きとめてくれていた。アタシの方が身長が高いから,側から見たら綺麗な抱擁とはいかないだろうけど,それでも海老名はアタシを支えてくれている。

「サキサキ……八幡くんから聞いたよ? 深夜に無理してバイトしてたのを,彼からスカラシップを教えてもらって,それでやらなくて済むようになったんでしょ? できないって思っていることも,ちょっと考えたらできるようになるかもしれないんだよ? 諦めちゃダメ。まずどうしたらできるようになるか考えないと」

「海老名……なんでそこまで……比企谷のことならアンタ敵に塩を送るようなことしてるんだよ?」

「もちろん八幡くんを譲る気はないし,負ける気もしないよ。でもね,ちゃんとサキサキと戦いたいんだ。諦められたら嫌なんだ。諦めて欲しくないんだ。八幡くんのことだけじゃなくて,これからも,ずっと」

 海老名の声は,あくまでも優しく,そして強いものだった。

「分かった。アタシも比企谷をアンタにただ譲ることはしない。正々堂々と戦って勝ち取るからね」

「負けないよ,サキサキ」

「だからサキサキはやめろっての!」

 


 

「あの……盛り上がってるところ悪いんだけど……」

 その言葉に振り向くと,

「当事者の目の前でそういうのやめてもらえる? 俺が恥ずか死ぬんだけど……」

「ひ,比企谷!? なんで?」

「お前,シフト表見てなかったのかよ……前シーズンでここの店長に見込まれて週一でバイト入ってるだろうが……」

「いや,だからって,そんな……どこから見てた?」

「……お前が姫菜に平手打ちされたとこ?」

「ほとんど全部じゃないか!」

「いや,まあ,お前の気持ち……薄々感じてたけど今すぐどうこう答え出すこともできねえし,最低かもしれねーけどお手柔らかに頼むわ」

 そう言って頭をかく比企谷見てたら今までモヤモヤしてたものが全部どっか行って晴々とした気持ちになった。

「ふふ,ほんとアンタ最低だね。とりあえず手始めに黒のレース,上下どっちから見る?」

「おまっ,吹っ切れすぎだろ!」

「比企谷」

「て,店長!俺ももう上がりの時間ですからパフェはこの時間の人に作ってもらってください。この後,海老名と川……と一緒に忘年会に行って,みんなで除夜の鐘を突きに行くんで……」

「あたしの下着はラペルラの赤のリーバーズレースだ」

「いや,聞いてませんって!」

「ところで海老名,例のものは持ってきたのか?」

「モチのロンです! はい,はやはち完結編。サキサキの分も、はい」

「ちょっ,海老名! 比企谷のいる前でアンタ‼︎」

「店長! サキサキ! お前らもかっ‼︎」

「サキサキ言うな!」

 

 まあ,勝ち目があろうとなかろうと,やるだけやってみるさ。アタシが,アタシの自由を手に入れるためにね。

 見てろよ比企谷!

 アタシの戦いはこれからだ!

 


 

「立花先生,愛菜先生,ほらもっと飲みましょう。ほらグーっと」

「平塚先生,飲み過ぎです。少し水をいただかれた方がいいんじゃないですか?」

「おじさん,くさやですぅ」

「あいよっ」

「立花先生,先生と平塚先生,それに愛菜先生はディスティニーランドで一緒になったじゃんよ?」

「黄泉川先生……。ええ……まあ……愛菜先生と私は同じ学校で勤めてて,平塚先生とは全国教研集会で面識がありまして……たまたま栃木ディスティニーランドで……」

「3人とも園内をセーラー服で歩いてたんですよねっ?」

「小萌先生,それ,大声で言うのはやめてもらえねーかなって……」

「えー愛菜先生,なんでですか?いつまでもセーラー服が着られるなんて羨ましいのですぅ」

(いや,小萌先生は園児服似合いそうですけどね)

「こんなところで知り合いにあったら死ねるなー,なんて思ってたら2人も知り合いに会っちゃったんですから……」

「おじさん,ホンオフェですぅ」

「あいよっ」

「まあ,学園都市内をそんなカッコで歩いてたら公序良俗に反してるじゃんってことで私らアンチスキルの摘発対象になるかもだけど,テーマパークの中なら全然問題ないじゃん」

「街なら公序良俗に反してるんだ……」

「まあまあ,今夜は教師同士,女5人屋台酒,とことんまで飲みましょう! 黄泉川先生ももっと」

「だから平塚先生は飲み過ぎです!」

「立花先生も堅いこと言ないで,もっと飲まねーと」

「愛菜先生まで……」

 

 ゴーーーーン

 

「あ,除夜の鐘……」

「今年も終わるじゃん」

「はあ」

(平塚・立花・愛菜)「結婚したい……」

「おじさん,シュールストレミングサンドですぅ」

「あいよっ!」

 

「小萌先生……」

 

「臭いです……」

 

 ゴーーーーン

 



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クリスマスは踊る(最終話)正月は踊る。 ラストダンスはヘイ・ジュード

ハイ、またお会いしましたね!

いよいよサードシーズンの本編最終話です。
最後なんでぶっちゃけます。
正直蛇足です。
でもまあ、エピローグなんてたいがい蛇足ですか。
前話で終わっても何も問題なかったと思いますが,やっぱり温泉回大事よね。水着回か温泉回を入れないとやはり円盤の売り上げが……(爆)
3話の内容を回収するという意味もあるし。
で,やっぱり修羅場ですわ(苦笑)
温泉×修羅場=地獄? 天国?

ラストはやっぱりアレです。



 かぽーん

 

 そして,ハルノ大元帥が三浦と約束した温泉旅行で露天風呂に浸かる俺がいる。

 あーいい湯だなー

 温泉はいい。

 ゆっくりお湯に浸かっていると身も心も休まる……

 はずなのに……

 

「ヒキオ……こっち見たらコロス」

 なんで三浦と混浴に⁉︎

 

かぽーん

 


 

「あけましておめでとうございまーす!」

 

 正月仮面がまた来たわけではない。

 本物の正月が来たのだ。

 

『私とバラダギちゃんは用事で遅れるから三浦ちゃんよろしくねー』

 結局,陽乃さんの言う温泉旅行は大分の電柱組本部に乗り込んで原滝に代わり三浦が喝を入れるという仕事のついでに別府温泉に泊まるというものだった。

 俺にとっては途中で拉致されて強制終了させられた修学旅行の続きという意味もあるかな。

 そういや,あの時,拉致されてきたのがここだったな。2ヶ月ちょっと前のことだけど妙に懐かしい。

 冒頭の挨拶は,俺たちが電柱組本部を訪れた際に,電柱組のメンバーから言われたものだ。支部の人間が本部に乗り込んで管理しようというのだから,ある程度の反発を予想していたのだが,どうやら歓迎ムードであるらしい。

 

「あーしが来たからにはハンパはさせないし!」

 一応,俺と姫菜も付いていったが,現場はまさに獄炎の女王の独擅場。三浦の号令一下,下っぱさんや幹部連中が直立不動の姿勢で全員整列。居並ぶ面々に対し三浦が檄を飛ばすやいなや,店内の清掃,帳簿の記帳,書類の整理,諸々管理状況の確認や作戦計画の策定など,今まで滞っていたことがみるみるうちに片付いていく。

 さっきチルソニア将軍が廊下で雑巾掛けしていたな……

 姫菜が地下牢にいる正月画面に何やら薄い本の差し入れに行っていたことは見て見ぬふりを決め込んだ。

 それにツッこむこともその本の内容を知ることもしてはいけないと俺の本能が警告していたからだ。

 これから1ヶ月に1回乃至2回,三浦が訪問して状況確認を行うと言い残して電柱組本部を後にしたのだが,下っぱの人総出で万歳三唱で見送られたのは少々面映かった。

 

 そして別府の温泉宿にチェックインしたところまではよかったのだが……

 


 

 かぽーん

 

「仕方ないっしょ? 陽乃さんから貸切温泉の枠取ってあるから必ず入るようにと電話で言われたし」

「いや,だからと言って一緒に入ることはないだろ?」

「だって……半分ずつじゃ時間が短くなってゆっくり入れないじゃん。せっかくの露天風呂だし……あーしにすぐに出ろって言うん?」

 女王に強く睨まれれば蛇に睨まれたヒキガエルのように何も言い返せない俺。

「まあまあ,優美子の言うようにせっかくの温泉なんだから楽しまなくちゃ,ね?」

 と言って,女性陣の方を見ないように後ろを向いた俺の背中にピタッとくっついてきた姫菜。

「おわっ!」

 控えめながら何やら柔らかいものが背中に当たってるんですが……

「ふふ,当ててるの」

 いや,今俺声に出てなかったよね? 声に出てたら前半部分で怒られそう……とかじゃなくてだな……

「ひ,姫菜!何してるし‼︎」

「え?わたし,八幡くんのことずっと好きって言ってるし,別に普通じゃない?」

「いや,おかしいっしょ! あーしの見てる前でそんな……」

「優美子が……優美子が見てるからだよ」

「え?」

「優美子,もう気付いているよね? 自分の気持ち……だけど,わたしも負けるつもりはないんだ。これは優美子に対する宣戦布告だから」

 後ろを振り向けない俺は二人がどんな顔をして相対しているのか分からない。だが,気の強い三浦のこと。こんな挑発的なこと言われたら姫菜に掴みかかったりするんじゃないだろうか。

 その時俺はどうやって止めればいい? もう堂々と三浦のヌードを見て,ヘイトを俺に集めるしかないよね?

 べ,別に三浦の裸を見たいとかじゃなくて,姫菜のために仕方なく,そう仕方なくだからねっ!

 そうしているうちに,姫菜に向かって進む三浦のたてる水音が近づいてくる。

 姫菜が俺から剥がされたタイミングで振り向けばいいかな?

 べ,別に姫菜の胸の感触を最後まで感じていたいとかじゃないからねっ!

 

【悲報】俺氏,キモい。

 

 だが,水音は俺の横を通り過ぎ,バスタオルを巻いた三浦が俺の前に立つ。

「ヒキオ……」

「はい,ヒキオです!」

 すると三浦は,体に巻いていたバスタオルを一気に引き剥がし,生まれたままの姿を俺の前に晒した。

 

「ど,どう?」

 どうって,三浦,いったいどうしちゃったの?

 これは凝視しちゃいけない,いけないと頭では思っていても,どうしても視線を外すことができない。

「いや,あの,はっきり言って,綺麗です……女神様が降臨したのかと思いました……」

 だって、すらっと伸びた足,引き締まった腰,豊かで張りのあるバスト,そして……どこをどうとっても綺麗としか言いようがないじゃないかっ!

「ふふん。ま,まあ当然っしょ」

 腰に手を当てて自信満々なセリフを吐く三浦だが,言葉とは裏腹に,真っ赤になった顔を俺から逸らすようにそっぽを向いている。

 

「八幡くん」

背中にくっついていた姫菜が俺の肩を掴んで振り向かせる。

 大きさこそ三浦ほどではないが,綺麗なバストが嫌でも(全然嫌じゃないけど)俺の目に入る。

「ごめんね。優美子ほど大きくなくて」

 あの岩屋城跡からもう何度目か分からないが,姫菜が自らの胸に俺の手を導き,唇を押し当ててくる。

 ただあの時と異なるのは,俺の手は裸の胸に置かれていて,口づけもいつ果てるとも分からないくらい激しいものだった。

 熱く絡み合う舌,周囲に響くくちゅくちゅという水音。

 つい胸の上の手に力が入り,姫菜が,「あ,ん……」と小さな声を漏らす。

「姫菜……ヒキオ……」

 三浦の呼びかけにも俺たちの口づけはとどまる様子もなく,俺の背中に回されていた姫菜の手がいつのまにか水の中に沈み,俺の太腿あたりを弄っている。俺の左手もいつの間にか姫菜の腰の辺りを掴み,あるいはこのまま最後まで,と思われた刹那,

 


 

「ちょ,ちょ,ストーッ,ストーップ! 二人ともこんなとこでなにやってるの!?」

 ボディにバスタオルを巻いた陽乃さんが二人の間に分けて入った。

 見ると,原滝もバスタオル姿ですぐそばに立っている。

「二人とも,さすがにこんな場所で盛り上がりすぎじゃないかなあ。だいたい比企谷くんは何でここにいるの?」

「何でって,あなたの差し金でしょう? 一緒に入るようにって」

「はあ? わたし,ちゃんと男女別に入れるように貸切風呂の時間,2枠取ったんだからね? 三浦ちゃんにちゃんと伝えてあったはずだけど」

 三浦のほうを振り向くと,どっぷり湯につかって視線を逸らし,あさっての方向を見ながら口笛を吹いている。

 

 諮ったな,シャア!

 

「三浦,どうして……」

「だって……あーし,姫菜とか原滝よりも出遅れてるから……少しでも差を取り戻したいって……それにヒキオとの思い出も欲しかったし……」

 最後は消え入るような声になる三浦。コミュニティセンターの時と同じだ。三浦優美子という女の子は,強く見せていても本質はか弱い乙女なのだということを再認識する。

「三浦ちゃんさー,そんな遅れとか気にする必要はないよ。比企谷くんがすぐに誰かを選ぶとは思えないしねー。今のところ海老名ちゃんが一歩リードって感じかも知れないけど。さっきの見てたら」

 いたずらっぽく笑う陽乃さん。一方,俺と姫菜は勢いでしてしまったことを思い出し,元近鉄のマニエル並に真っ赤っかな顔をして湯の中にいた。

「あ,そうそう,一応報告だけど,此度の不祥事で木曽屋を雪ノ下建設の100%子会社にして電柱組の本拠地も千葉に移し,わたしが代表を務めることになったから。で,バラダギちゃんが守護者統括ね」

 バラダギ,サキュバスなの!? そして陽乃さん,とうとう大元帥から魔導王になっちゃったよ!

 『戸塚彩加! お前には失望したぞ!』とか言っちゃうのかな。ん? なんで戸塚なんだ? 戸塚に失望なんてあるはずがない。戸塚にあるのは希望だけだ! そして失望されることに関しては俺の右に出る者はいないぜ!!

 ……言ってて悲しくなってきた。

「そんで関東方面の守護者が海老名ちゃん,九州が三浦ちゃんね」

「あの……俺は?」

「そうね,比企谷くんは恐怖公?」

「ごめんなさい,それだけは勘弁してください」

「まあ,比企谷くんには電柱組一の知恵者として参謀級の活躍をしてもらうから」

 くっ,やっぱりカエルかよ! まあ,Gよりはマシということで納得するしかないが……

「でね,新生電柱組のモットーは『みんなで幸せになろうよ』にしたから」

 うわっ,なんかブラックな感じしかしないんですが……

「だからさ……」

 言うが早いか,自分と原滝が身体に巻いているバスタオルをはぎ取って投げ捨てた。

「な!?」

「ちょ,大元帥!?」

 陽乃さんはギリシャ彫刻を思わせる見事な肢体を堂々と晒し,原滝は身をよじってなんとかバストやその他の部分を隠そうとしている。

 原滝,お前もいいプロポーションしてるな!

 俺と原滝が驚く中,陽乃さんは,全裸のまま俺に抱き着き,

「ほら,バラダギちゃんも三浦ちゃんも海老名ちゃんもさ,みんなで比企谷くんに幸せにしてもらおう!」

「八幡くん……」

「八幡……」

「ヒキオ……」

「おい,お前ら,落ち着け! 話せばわかる……な?」

 

 バシャバシャ!!

 

「ア~~~~~~~~~~!!!」

 

 あの修学旅行の続きがさらにまちがい続けることは間違いないようだ。

 


 

「このままでは終われないのだけれど」

 

「ゆきのん,突然どうしたの?」

「あのような悪の組織を放置することは許されないわ」

「でもあれって,ゆきのんちが作ったんじゃなかったっけ?」

「そう。あれはねえさんが母にお願いして作ったそうよ。でも,あの組織が変なことをすれば父の選挙に差し支えが出る。だから,父にお願いして県に予算を付けてもらったの」

「雪乃ちゃん,県予算まで出してもらって何をしようとしてるんだい?」

「あなたに雪乃ちゃんて呼ばれる覚えは……まあ,前作で葉山く……さんも女同士になったのだから今回は許します。あの悪の組織に対抗できる組織を作るの。名付けて,千葉県立地球防衛軍よ!」

「千葉県立地球防衛軍!?」

「顧問は平塚先生にお願いしたわ」

「ああ,私も教え子が悪に染まるのを見過ごすわけにはいかないからな」

「メンバーは私と結衣,そして,実に遺憾ではあるのだけれど,葉山く……さん,あなたにお願いするわ」

「その『葉山く……さん』って,なんか臭いみたいに聞こえるからやめてもらっていいかな?」

「ねえねえゆきのん,沙希……川崎さんにもお願いしてみたらどうかな?」

「川崎さんには断られてしまったわ。家の用事とアルバイトが忙しいのだそうよ」

「いろはちゃんは?」

「生徒会長の立場として,対立する組織の一方にだけ肩入れすることはできないと言われたわ」

「じゃあ,中二……」

「ごめんなさい,それは無理」

「話は聞かせてもらったわよ」

「あ,あなたは……」

「さがみん!」

「結衣ちゃん,その呼び方そろそろやめてもらえないかな……とにかく,うちも比企谷を取り戻すのに協力するから。まあ,真打登場とでも,申しましょうか」

「相模さん,微妙にキャラがブレてるよ。それにこのお話これで完結なのに,新たな登場人物増やしてどうするつもりなんだい」

「葉山くさん,ごめん。ちょっと何言ってるか,うちわからない」

「もう今初めから『くさん』って言ってるよね?」

「そんな臭いとか臭くないとかどうでもいいことよ。うち達がやらなければならないのは比企谷をとりもどすことだから」

「いやいや,臭くはないよね?……ないよね? ヒキタニ君がいないと俺にこんな役が回ってくるのか……早くヒキタニ君を取り戻さなければ……」

「そうだぞ,葉山!俺たちの戦いはこれからだ!」

 (声を揃えて)「だから先生,それはちょっと……」

 

 今度こそ打ち切りエンド

 




[言い訳と言う名のあとがき]

あけましておめでとうございます!
……と初出時には元旦の公開だったのです。

クリスマスに正月仮面出したいよなあ,という構想から始まった本作。

どうしてこうなった‼︎

今回,時期に間に合わせるために,あまりじっくり書けなかったんですよね。そして,長々と駄文を重ねてきたわりには最後はお定まりの打ち切りエンドでした。
製作の裏側としては,決まっていることがクリスマスイベントに正月仮面参上!ということだけで,そこまでの展開は全く行き当たりばったり。その前の修羅場とか海浜勢のかっぽれとか元々の構想には無かった……違いますね。そもそも構想すらなくてキャラが勝手に動くのを待つスタイルなので,作者には何の責任もありません。
まさか玉縄君が傘の上で枡を廻しているなんてね。
作者の正月のイメージがよ……

さなみに,今シーズンのサブタイトル,特に意味はありません。
それらしい歌のタイトルを並べただけです。悪しからず。

駄作者がほんっとすみません。

最後に,今シーズンのセリフ等でネタとして使った作品のうち引用元を記していないものの一覧を列記しておきます(順適当)

この素晴らしい世界に祝福を
シャボン玉ホリデー
ヤッターマン
十万石まんじゅう
ひぐらしのなく頃に
お染ブラザーズ
きんいろモザイク
Re:ゼロから始める異世界生活
ダンベル何キロ持てる?
究極超人あ〜る
機動戦士ガンダム
天空の城ラピュタ
俺の妹がこんなに可愛いわけがない
幼女戦記
とある科学の超電磁砲
オーバーロード

もし他に似たような台詞があったとしても,それらは偶然です(たぶん)。

本シリーズを最後までご覧いただいた方には心より感謝申し上げます。

本編はこれで打ち切りエンドを迎えてしまいましたが,もし万が一またお会いすることがあるとしたら,プロムでしょうか。
マラソン大会は葉山くんが女の子になっちゃったんで依頼が成立しませんし。進路も雪乃との噂も。
バレンタインも同様に,葉山君にチョコを受け取ってもらうというミッションそのものが成り立たないので。

とにかく、うまく行かないのは世間が悪い。

エリスの胸はパッド入り。

あ,この後,番外編がもう一本あります。


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クリスマスは踊る 番外編 YUKINO☆のバースデー〜ダンシング・ムーンライト

ハイ、またお会いしましたね!

番外編第3弾。
サードシーズン本編終了後ですが,雪乃の誕生日に合わせて公開しました。
……2日ほど遅れて。

本編ではあまりヒロイン扱いされませんので,せっかくの誕生日ですからヒロイン回やってみました,ということです。

そして,もはや恒例となってしまいました,番外編の締めはあの人です。
てか,茶番がだんだん長くなる……

ほんとごめん。

次はもっと短くするから←次もやるのかよ!

屋台のイメージはこちらから。
ニコ動さん→ https://www.nicovideo.jp/watch/sm20370415


 1月3日は私の誕生日。昼間は私が一人暮らしをするマンションに由比ヶ浜さん……結衣がお祝いに来てくれた。

 

 葉山く……さんもお祝いに来たいと言っていたけどお断りした。

 どうせ彼……彼女とは夜に行われる家の誕生パーティーで顔を合わせるのだし……

 

 私の誕生日を祝う人など誰もいない私の誕生パーティー。県議会議員で雪ノ下建設の社長でもある父と,その父が呼んだ政界や経済界のお偉いさんといった来場者にとっては,新年の賀詞交換会くらいの意味合いしか持たない退屈極まりない私の誕生会。

 葉山く……さんだって,親に連れてこられるから仕方なく参加しているにすぎないはずよ。それに,いつもねえさんの玩具として引きずり回されていたから,私とお話しすることなんてほとんどなかったわね。

 一度母に,私を知らない,私も知らない人たちのお祝いなんかいらないと言ったのだけれど,いつも家の行事には出ないという私のわがままを聞いてあげているのだから,年に一度くらいはこちらの言うことも聞きなさいと言われて押し黙るしかなかった……

 

 ならば,せめて昼間だけでも友達とお祝いをさせてとお願いして開いた,本当の友達との二人きりの誕生会。

 結衣がケーキを焼いてきてくれると言ったのだけれど,それは丁重にお断りさせていただいたわ。今思えば,結衣のケーキを食べて,夜の誕生会なんか出られなくなればよかったと少し後悔したりもするのだけれど。

 とにかく夜のパーティーの何百倍も楽しい時間を過ごしたの。

 でも,それでも二人とも何か物足りなさを感じていたわ。

 これまで結衣がお泊まりに来てくれたりして二人で過ごす時間には慣れていたはずなのに,二人にとって一番そこにいて欲しい人がいなかったから,だから少し,ええほんの少し,微粒子レベルで淋しさが存在していたのね。

 

 比企谷くん……

 

 このお正月,ねえさんが彼を大分に連れて行ってしまったから初詣にも一緒に行けなかった……

 修学旅行の時に彼と行った思い出の宇佐神宮で撮られた初詣の写真がねえさんから送られてきた時には,少し,ええほんの少し,微粒子レベルで殺意が存在していたわね。本当にほんの少しよ?

 宇佐神宮といえば,修学旅行の3日目の朝,由布院を出る同じ汽車に海老名さんが乗り合わせていたのは,偶然ではないと思っていたけれど単に戸部くんを避けるためとその時は考えていたわ。

 今にして思えば,海老名さんは比企谷くんと一緒にいたいと思っていたのね。だって,あの時にはもう比企谷くんに告白して,そのキ,キスも済ませていたのだし。

 もちろん私だって博多のホテルで比企谷くんと偶然とはいえ,く,く,口づけを交わしたのだし,あのまま平塚先生の邪魔が入らなければもっと……

 

 私ったら何を考えているのかしら……

 


 

 とにかく,もしかしたら比企谷くんが来てくれるかもと思い,ケーキを3つに切り分け,お料理の皿も紅茶を入れるカップも3つ用意したの。いつ彼の来訪を告げるインターホンが鳴ってもいいように。

 ねえさんから出張日程を聞かされていたから,まだ彼が帰ってこないことは分かっていたのだけれど。

 帰りは別府国際観光港からフェリー「さんふらわあ」に乗って翌朝大阪南港に到着,その足で新世界に向かい通天閣に上ってから新幹線で帰京するだなんて,比企谷くんを帰さないためのねえさんの作為,いえ悪意を感じるわ。

 修学旅行で博多ポートタワーと別府タワーに行ったのなら,内藤多仲博士のタワー六兄弟の次男坊,通天閣にも上らなきゃなんてもっともらしい理由で比企谷くんを丸めこんで。

 

 比企谷くんは今頃海の上なのね……

 

 あんな悪の組織はしんけんぶっ潰して,一刻も早く比企谷くんを取り戻さなければならないわね。

 まさか相模さんが千葉県立地球防衛軍に参加したいと言ってくるなんて思ってもみなかったから,それには本当に驚かされた。

 比企谷くんを取り戻したいという思いを同じくすることが分かったから防衛軍の一員になってもらったのだけれど,やはりその……比企谷くんへの……その……思いも同じなのかしら?

 だとしたら,比企谷くんを取り戻した後は彼女もライバルに?

 まあそれは無いわね。仮に彼女の思いが単なる贖罪では無いにしても,ここまでこのシリーズでフラグが立つシーンどころか出番すらなかったのだから私や結衣と互角に戦えるとは思えないわ。やはり最大のライバルは結衣よ。

 比企谷くんが決してそうだとは思わないのだけれど,やはり男の人を魅了するあの脂肪の塊は脅威だわ。

 私も毎日,むさしの牛乳を飲んでいるのだけれど,なかなか目に見える効果は現れないの……

 比企谷くんが毎日胸のマッサージをしてくれればあるいは……

 きゃっ!私としたことがなんてはしたないことを……

 そういえば,ファーストシーズン,セカンドシーズンで海老名さんは比企谷くんに,その,胸を触らせたのよね?

 ……何か効果があったか今度聞いてみようかしら?

 効果があるのなら,部長権限で胸のマッサージを命じましょう。

 そうよ,比企谷くんは奉仕部を辞めたわけではないのだから,部活の時は部長の言うことは絶対なのよ。これは,単なるマッサージなのだから不純異性交遊には当たらないわ。ええ,そうよ。学校内で不純異性交遊なんてあってはならないことよ。

 でも,もし比企谷くんが劣情を催すようなことになったら,実に遺憾ではあるけれど,そう,誠に遺憾ではあるけれど,部員が他所で性犯罪を犯したりしないように,わ,私のマンションで,その,彼の劣情を鎮めるのも部長の責任としてやぶさかではないわ。ええ,これは治安維持のために仕方のないことよ……

 


 

「雪乃ちゃん……雪乃ちゃん……」

 

 気づけば誕生会の立食パーティーでグラスを持ったまま考え事をしていたのね。

「何かしら?葉山く……さん」

「まだそれ続くんだね……一条家の次期当主が雪乃ちゃんにダンスを申し込みたいと言っているのだけれど,さっきから話しかけづらい雰囲気だったから……」

「そう……ごめんなさいね。ちょっと気分がすぐれないの。外の風に当たってくるから葉山く……さん,代わりに踊っておいてもらえるかしら」

「雪乃ちゃん,それもうわざとだよね? とにかく分かった。代わりに踊ってくるよ」

「それと……」

「何だい?」

「次から女性を誘うなら自分の口でちゃんと誘いなさいと伝えてもらえる? 私に限れば『次』なんて無いのだけれど」

「……そうだね,伝えておくよ」

 そう言って,遠くから私たちの様子を窺う一条さんに笑顔で一礼してその場からお暇した。

 


 

 庭に出てみると,1月の風は冷たかった。

 なにか上に羽織ってくるんだったわ。

 部屋の中を見ると一条さんが葉山くさんとダンスを踊っている。

 

 自分の誕生日なのに本当に疲れる。

 ねえさんはしょっちゅうこんな思いをさせられているのね。

 そのことに関してだけは,ねえさんのことを本気で尊敬するわ。私には無理よ。

 さっきの一条さんに向けた笑顔,ねえさんのようにちゃんと笑えてたかしら?

 比企谷くんに見られたら,まだまだと言われそう。初対面でねえさんの笑顔の正体を見抜いた比企谷くんなら。

 寒い。でもあの部屋には戻りたくないわ。

 その時,後ろからふわりとストールが掛けられた。

 


 

「この寒い夜にこんなところで何してるんだ? 雪ノ下」

 それは今,一番聴きたかった人の声。

「比企谷……くん……どうして?」

 思わず涙が溢れそうになる。

「陽乃さんがな……雪ノ下には1日ずらした嘘の日程を知らせてたんだ。そもそもこのパーティーに出席する予定だったんだが,関ヶ原の積雪で新幹線が遅れて今になっちまった」

 タキシード姿で頭を掻く比企谷くん。

 室内を見ると,今度はねえさんが一条さんと踊っている。やはりあれを見せられると私の笑顔なんて全然及ばないと思い知らされる。

 あっ,こっちに向かってウインクをした。本当に腹立たしいねえさんだわ。

 

 ……ありがとう。

 

「どうする?寒いだろ。中に戻るか?」

「比企谷くん……ちょうど最後の曲みたい。このまま……ここで私と踊っていただけないかしら?」

「ダンスなんてしたことがないんだが……中学の時のキャンプのフォークダンスも一人だったしな。だが,まあ,誕生日だし言うことを聞かなきゃならないか」

 初めから喜んで,と言えばいいのに,本当に捻くれているわね。それに本当は男性の方から誘わなければいけないのよ?

 

 ……ありがとう。

 

 そうして私たちは体を寄せ合ってその場でラストダンスを踊ったの。

 いつの間にか寒さなんて感じなくなっていた。

 見上げると比企谷くんの顔がそこにある。私がヒールのある靴を履いているから,もしまた偶然があるならば,うっかり触れてしまいそうな距離に彼の唇がある。

 もうすぐ曲が終わってしまう。少し背伸びをしたなら……

 それとも彼の首に回した手に少し力を入れて引き寄せたなら……

 


 

 そのまま最後の曲は終わった……

「そろそろ戻らないと……パーティーの主役が不在じゃ締められないだろ?」

「どうせ私を祝いに来た人たちじゃないから私なんかいなくても関係ないわ。あそこに戻っても寒いことには変わりないし。それよりももう少しこのままでいてもらえないかしら?」

 最後の曲が終わっても私たちは抱き合ったままでいた。ここで,こうしている方が,暖房の効いたあの部屋の中よりも暖かさを感じていられたから。

 

「比企谷くん……」

 

 そっと目を瞑り上を向く。

 

「雪ノ下……」

 

 彼の唇が重なるのを待つ刹那,

 

「陽乃さんが見てるから……」

 その言葉に振り向くと,ねえさんが窓際でニヤニヤしながらこちらをじっと見ていた。

 前言撤回よ! 私の感謝の気持ちを返して‼︎

 ねえさんに文句を言うために,比企谷くんの手を引いて室内にとって返そうとする。

「雪ノ下」

 比企谷くんが手を引っ張って私を止める。

「誕生日おめでとう。出張中でちゃんとしたものが用意できなかったけど……」

 比企谷くんがお土産袋に入ったプレゼントを渡してくれた。

「あ,ありがとう」

 彼が来てくれたことが一番のプレゼントだったから何もなくても良かったのだけれど……

「パーティーも終わりみたいだから俺はこれで帰るな。陽乃さんによろしく」

 

「あっ」

 

 彼の手が離れる。

 手の中にあった温もりが消えていく……

 

 彼は走り出そうとして一瞬逡巡し,私の前髪を上げておでこにキスをして走り去った。

 

 私はその場に立ち尽くし,彼の背中をただ黙って見送った。

 

 外の寒さに変わりはなかったけれど,おでこに残った暖かさはいつまでもそこにあった。

 

「雪……」

 


 

 彼からのプレゼントはざびえる堂本舗の『瑠異沙』というお菓子と別府三太郎のボールペン,そして別府のTシャツだった。

 

「で,雪乃ちゃんは比企谷くんから貰ったTシャツを着ているわけね」

「そうよ。彼から貰ったこれを着ていると彼と一つになれる感じがするの」

「そのシャツには『毎日が地獄です』って書いてあるけどね」

「シャツのデザインなんてどうでもいいことよ。彼からこれを貰えたという事実だけで,私は天国にいる気持ちになれるのだから」

 

 見てなさい,ねえさん。ねえさんの作った悪の秘密結社なんですぐに潰して,比企谷くんの心を取り戻してみせるから。

 

 私,暴言も失言も吐くけれど,虚言だけは吐いたことがないの。

 

 Happy Birthday YUKINO!

 


 

「平塚先生,今日はとことん飲みましょう!」

「愛菜先生,立花先生どうしたじゃんよ?大晦日の時は止める側だったのに今日はえらく積極的じゃん」

「おじさん,関サバのお刺身ですぅ」

「あいよっ」

「ああ,立花先生,この正月に昔の教え子女子から結婚報告5件,新しい家族が増えました報告5件,実家からの孫の顔の催促1件が年賀状で届いてちょっと荒れてんだ。おーっとっと」

「あのー,それでツッコミ要員として私が呼ばれたんですか?」

「鉄装先生,そんなことはないですぅ。新年だしみんなで楽しく飲みましょうと,あ,おじさん,とり天ですぅ」

「あいよっ」

「立花先生〜,教え子たちが幸せになろうとしてるんです。私たちがそれを祝うのはもはや義務です。血の涙を流しながら祝わなければならんのです!」

「平塚先生,それもう祝ってないですよね?どちらかと言うと呪ってますよね?」

「鉄装! 祝いと呪いの字がが似てるなんて,読者は分かっても,聞いてるだけじゃ分からないじゃんよ!」

「あのー,黄泉川先生が何を言ってるのかよく分からないんですが……」

「鉄装先生,細かいことが気になるのは飲みが足りない証拠ですぅ。はい,別府限定むぎ焼酎『毎日が地獄です』飲みましょう」

「いや,月詠先生,私はそんなに飲め……て言うか,別府限定なのに何でこの屋台にあるんですか」

「立花先生! 先生はまだいいです! 私,正月に実家に帰ったんですが,もはや両親が露骨に結婚とか子供とかの話題を避けるようになりまして……昔の教え子たちも他の先生には旦那の写真や子供の写真が付いた年賀状を寄こすのに私にだけコンビニで買ったイラスト付きの年賀状を送るようになり……皆の心遣いが痛い!」

 ダン!

「平塚先生,お酒がこぼれますから……」

「鉄装!」

「はいっ!」

「そう言うお前はどうなんじゃん?」

「は,はい?」

「結婚願望とかあるんじゃん?」

「そうですよ,鉄装先生もお年頃さんなんですから~,恋愛の一つや二つはしないといけないのです。命短し恋せよ乙女ですよ~。おじさん,どんこしいたけの串焼きですぅ。かぼす絞ってください〜」

「あいよっ」

「いや〜,学校とアンチスキルの仕事でいっぱいいっぱいですし……私はまだ若いですから,今すぐ結婚とかは……」

「え゛」

「あ゛」

「お゛」

「ひ,ひいい〜〜愛菜先生まで」

「鉄装,お前,地雷を超踏み抜いたじゃんよ」

「そ,そんな〜〜〜」

「私だって,努力してるんだ!今日だって婚活新年会に行ったのにどうだ?結果,誰ともアベックになれずに女6人屋台酒だ!比企谷だってラーメン初めに誘ったら女と温泉旅行だという。クッソー!あの野郎,混浴温泉であんなことやこんなことをしてるに違いない‼︎ チクショー,羨ましい‼︎ どうせ男なんかみんな若い女がいいんだろ?どうせ私は選ばれないんだ!おっちゃん,冷!」

「平塚先生,親の小言と冷酒は後で効くって言いますよぉ。おじさん,りゅうきゅうと『クンチョウ純米無濾過生原酒』,70度でお燗ですぅ」」

「あいよっ」

「平塚先生」

「ぬ゛」

「もう無理だって諦めたら そこで終わる。自分でも気付かない力がまだあるかもしれないのに」

「……」

「自分で自分の限界を決めちまったらダメじゃん、てこと」

「黄泉川先生……」

「と,言うことで今日はとことん飲むです! おじさん,だご汁と鮎のうるかと粕取焼酎『三隈』ストレートですぅ!」

「あいよっ!」

「よし! 立花先生! 愛菜先生! 私たちも明日からまた頑張りましょう! おっちゃん! 長期貯蔵樽熟成麦焼酎『麹屋伝兵衛』ストレートと味噌ラーメン背脂ギタギタニンニクマシマシで!!」

「あいよっ‼︎」

(まずはその辺から直さないと結婚は難しいのでは……)

 

 美女たちの正月の夜はふけてゆく……

 

「誰が老けてゆくだ?ゴルァ‼︎」

 




これで本当にサードシーズン終了です。

作者は昔フェリーでよく関西と九州を往復しました。
別府からのさんふらわあもよく乗りましたが,当時は神戸港中突堤に寄港して大阪南港行きで作者は神戸港で下船して大阪南港には行ったことがありません。神戸から乗るときも東神戸港からの阪九フェリーだったりしましたから。何年か前には,本編でも登場したオーシャン東九フェリーで東京から徳島まで行ってきました。レストランとかの設備はないカジュアルフェリーでしたが,なかなか快適でしたよ。
九州まで乗ると,トータルで30時間以上かかるのでよほど時間に余裕がないと……
2021年度には横須賀~北九州間を20時間30分で結ぶ新航路開設も予定されているようです。楽しみですね。

今回,クリムゾン・プリンスは雪乃さんに振られてしまいました。ドンマイ。

ちなみに,今回のラストの茶番に出てきた食べ物は味噌ラーメン背脂ギタギタニンニクマシマシを除き基本大分の名物です。ぜひ大分旅行で見かけたら口にしてみてください。
お口に合うかどうかについては全く保証の限りではありませんが……
あ,『麹屋伝兵衛』はちょっと大きな酒屋さんなら置いてあると思いますよ。

それでは,100万の想い出を胸に,涙のグラジュエーション・デイあたりでまたお会いしましょう。

グッド・ナイト・ベイビー!

サヨナラ,サヨナラ,サヨナラ!


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バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!
バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!(上)


誰も待ってないけどお待たせしました!

……もうホワイトデーも目前だというのに,今頃バレンタインデーですよ。
しかも,短編で終わらせる予定だったのに,続くんですよ。

上下2回で終わればホワイトデーには終わるんですけどねー。
オチが見えないので無理だな……(涙)

これだけ遅れていて見切り発車。
書けば書くほどクオリティが下がる。
そして今回,防衛軍要素は一切ありません。
改良人間も怪人も出ません。

駄作者がほんとごめん。


「ちょっと比企谷くん,この前クリスマスイベントをやったコミュニティセンターで,何かバレンタインデーに向けたお菓子作り教室のイベントをやるそうじゃない?」

 

 雪ノ下建設の本社ビルの一室にある電柱組本部に呼び出された俺は,大元帥改めハルノ魔導王こと陽乃さんから少し怒り気味に詰問されていた。

「らしいですね。葉山が女になったんで,てっきりやらないものだと思ってたんですが」

「そんなことはどうでもいいのよ。大事なのは,わたしが呼ばれてないってことよ」

「いや,総武高校生徒会の主催ですよ? そもそもなんで呼ばれると思ってたんですか」

「だって文化祭でもクリスマスイベントでも大活躍したわたしだよ? 呼ばれて当然でしょ?」

「文化祭は地域の有志枠で正式に参加してましたけど,クリスマスの方は完全に押しかけだったじゃないですか。今回は完全にクローズドないベントですから魔導王陛下の出番はありません」

「めぐりも呼ばれてるって言ってたのに?」

「あ,めぐり先輩来るんですね。でも,めぐり先輩はまだ総武高生ですから」

「ぶー。じゃあじゃあ,比企谷くんが招待してくれてもよかったんじゃないの?」

 ちょっと膨れた顔の陽乃さん。チクショウ,可愛いな,おい。

「今回のイベントは生徒会と女子主導なんで,当日以外は野郎の出番もないんですよ。あまり大人数が入る場所でもないですし,参加者も生徒会が決めてます」

「で,比企谷くんは,いっぱいチョコ貰うんだ?」

「バレンタインデー当日じゃないですから,チョコを貰うというより単なる試食ですよ,試食。由比ヶ浜のは毒見かもしれませんが,て言うか毒かもしれませんが,恐らく毒ですが」

 死なないよね? 俺。

「陽乃さんがどうしても行きたいと言うなら一色に頼んでみますけど?」

「呼ばれてもいないのに自分から行きたいなんて,ちょっとみっともないじゃない? 雪乃ちゃんの勝ち誇った顔が目に浮かぶわよ」

 めんどくせえな,この姉妹。

「あのさあ,わたし,バレンタインデーって大っ嫌いなのよねー。なんでわたしがつまんない男どもにお菓子業界の策略に乗せられてチョコとかあげなきゃいけないわけ?」

 あ,なんか変なスイッチ入った。

「だいたいなんで一方的に女が男にチョコを渡さなければならないの?」

「いや,最近は友チョコとか逆チョコとかもありますし必ずしも一方的というわけでは……」

「それで、『陽乃,義理チョコでいいからさあ,俺にもチョコくれよ』とかいいやがんのよ」

 俺の話,まったく聞いちゃいねえな,この人。 

「はあ〜〜〜〜〜!? 義理チョコでもいいから-? 一体何様のつもり! あの似非イケメン野郎ども!!」

「いや,どんな方々か分かりませんけれども」

「そもそもわたしの方からチョコをあげる義理すらないっていうのに,義理チョコでいいぃぃぃ!?,ふざけんなあぁぁぁぁ!!!」

 最近の陽乃さんは,俺の前だと一切取り繕うことなく,怒り,喜び,哀しみなどの素の感情を出してくることが多い。

「父さんも父さんよ。一条とか十文字の次期当主にはちゃんとチョコを贈っておきなさいとか言うの。それはわたしの義理じゃなんて父さんや会社の義理でしょ? 一条のプリンス(笑)は雪乃ちゃんにご執心みたいだからいいけどさあ,ナンバーズなんて宝くじだけで十分! それでもし変な勘違いなんかされたらどうするつもりなのよ,まったく!」

 この人にかかったら我が国を代表する名家も形無しだな。

「はあはあ……,もし,わたしが,告白,するんなら……」

「水飲んでください,水」

 陽乃さんがゴクゴクと喉を鳴らしながら俺が手渡したペットボトルの水をラッパ飲みする。

「ふぅ……,それで,もしわたしが告白するなら」

 あ,この話続けるんですね。

「チョコレートをあげるなんてまどろっこしいことしないで,わたしをあげるわ,わたし自身を」

 そして,ジロリと俺を睨み,

「もっとも,生きてきてこれまでしたことのない覚悟までしてわたし自身をあげようとしたのに,受け取らなかった不届き者もいるけど?」

「そ,それは本当に不届き者ですね~~~」

「本当にね♪」

 にこっという擬音が聞こえてきそうなくらい満面の笑みを浮かべる陽乃さん。

 こ,怖い。さっきのお怒りモードよりもこの笑顔の方が数十倍怖い。

「ほ,ほら,あの時はみんなと一緒でしたし,そういう雰囲気でもなかったですから……」

「そうなの? わたし,別に比企谷くんを独占したいなんてことは言わないよ。家のこともあるし,比企谷くんと結婚したいなんて望みは持ってないんだ。ただわたしの思いを受け入れてほしいだけなの。ねえ,二人きりならわたしの気持ち,受け入れてくれるの? 今……この部屋……私たちだけだよ?」

 陽乃さんがうっとりとした目で俺を見つめている。しまった! 大変まずい! 実にまずい! うかつな口を撃ち抜きたい!

「いやその……魔導王陛下……あの,ちよっと,上着脱がないで! ブラウスのボタン外すのやめて!!」

「陽乃……はるのって……呼んで?}

「は,は,は,陽乃さん,駄目です,会社の中でそんなこと……」

「わたしは……ここで全部脱いでもいいんだよ? わたしの持つ全てをあげるなんてことは言えない。雪ノ下陽乃であるわたしにはできない。でも,わたし自身,ただの陽乃なら,今ここで全部あげられるから……」

 椅子から立ち上がり,俺の前に立つ陽乃さん。着ていたブラウスをパサリと後ろに落とし,更にはタイトスカートのスプリングホックに手をかけ,外そうとしている。

「駄目です! こんなの……駄目です……」

 陽乃さんを正面から抱き留めて,その手を止めさせる。

「わたしじゃ……だめなのかな……ごめんね,わたし……わたし……」

 強く,固く抱きしめていて彼女の顔を見えない。が,震える声は,今までに見たことのない彼女の,生の感情を表していた。

 温泉で裸で抱きついてきた時とも違う,彼女の本当の覚悟を前に,それでも俺は……

「ごめんなさい……陽乃さんが悪いんじゃありません。気持ちはすごく嬉しいんです。俺が……俺がその気持ちを受けとめることができないだけです。俺が悪いんです。だから,こんなのやめてください……」

 二人きりの部屋に,彼女のすすり泣く声だけが響く。

 

「落ち着かれましたか?」

「うん,ごめんね。迷惑かけちゃって」

 身なりをきちんと整え直し,エグゼクティブチェアに深く腰掛ける陽乃さん。

「いえ,全然迷惑なんて思ってないですから」

 これは本当だ。彼女がぶつけてきたもの全てを受け入れてあげることはできなかったけれど,その気持ちだけははっきり嬉しかったからだ。

「やっぱり比企谷くんは優しいね。その優しさが時に残酷だったりもするけど」

「……」

「あのさ,たぶんお化粧がくずれてちょっとひどい顔になってると思うの。お願いだから少しだけ後ろ向いててくれない?」

「それなら席を外しましょうか?」

「ううん,後ろを向いててくれるだけでいい。今,独りにされたらまた泣いちゃいそうだから,ね,ここにいて?」

 そう言われて,すぐさま回れ右をした俺は,入り口のドアを眺めながらしばらくその場にぼーっと立っていた。背後から,キャー,何この顔,ひどーい,比企谷くんみたいとか声が聞こえてきたけれど無視無視。なんか一部,俺の悪口が混ざっていたような気がしたけれど聞こえない聞こえなーい。

「もういいよ」

 そう言われて陽乃さんの座る方へ振り返ると,

「んっ」

 いつの間にか目の前に立っていた陽乃さんに優しく抱きつかれ,その柔らかい唇を押し付けられた。

「これはわたしの気持ち。今すぐ君が受け入れる必要はないから」

 呆然と何も返せず立ち尽くす俺をよそに,彼女は三たび自分の席に戻り,気合を入れなおすように両の手で自分の頬を2回,パチンパチンと叩いた。

「よっし! じゃあお仕事の話しよっか」

 いつもの陽乃さんだ。俺は少しだけ安堵する。 

「でね,わたしをこんな気持ちにさせたバレンタインデーに報復をしなければならないと思うの」

 あれ? 仕事の話は?

「お菓子作り教室は2月11日だったよね?」

「そうですが……」

「その日,電柱組主催でイベントやるから」

「は!?」

「聞こえなかった? 電柱組でイ・ベ・ン・ト。仕事よ,仕事」

「いやでも,祝日ですし……」

「仕方ないじゃない。休日出勤手当は弾むわよ」

「あの,俺,生徒会のイベントを手伝う約束が……」

「比企谷くん,仕事舐めてるの? そんなお遊びと仕事,どっちが大事だと思う?」

 いや,これもうブラック企業の社長の言い草でしょ?

「比企谷くん……そんなにあっちのチョコレートがいいの? わたしを,手伝っては……くれないの?」

 くうぅぅぅ! 消え入りそうな陽乃さんの悲しげな声に,これ以上断り続けることができなかった。

 俺の頭の中に,さっきの泣いていた陽乃さんの声と顔が戻ってきていた。

 「分かりました,仕事,仕事ですよね。やります! やらせていただきます!!」

「ありがとう!大好きだよ,比企谷くん!!」

 一転,満面の笑みを浮かべた彼女の顔に,これでよかったんだと自分自身を納得させる。

 まあ,俺もリア充どものイベントであるバレンタインデーなんてどっか行っちまえ! と,去年まではずっと思ってたし,今年は小町も受験直前だから小町チョコ略してコマチョコも貰えそうにないしな。

 それに今年のコマチョコはなんかイケナイものが入ってそうで,今年が受験で本当に良かったと思う。

 最近は,流石に受験勉強も佳境に入ったせいか俺の部屋に夜這いに来ることもなくなっていたので,そのまま大人しくなってくれれば大いに助かるのだが。時々,夜中に聞こえる荒い息遣いとおにいちゃーーーん! という声は……まあ幻聴だろうな,うん,幻聴だ。小町は受験勉強してるんだからな。

 それにバレンタインデー当日はお料理教室のまだ先。その日手伝わなかったからと言って,チョコが貰えないこともないだろう。いや,別にチョコが欲しいわけじゃないよ? そりゃ甘いものは嫌いではないから,くれるというなら喜んでもらうけど,別に女の子から貰えるから喜ぶとかそういうもんじゃないしぃ?

 もし男だった頃の葉山から貰ったって,チョコはチョコ,罪を憎んでチョコを憎まず,それを食べすぎたとしても鼻血を出すのは俺じゃなくて姫菜だったりしたんだろうからなっ。

 戸塚のホモチョコ……じゃなくて友チョコなら,そりゃもう大歓迎だ。熱海駅前でマイクロバスを停めて,旗を持ってお迎え上がる温泉旅館の番頭さんくらいに大歓迎だ。

 俺も戸塚にあげるチョコを用意しなきゃな。あれ? それを手作りしたくてお料理教室さんかする予定だったっけ? 仕方ないから,戸塚にはゴンチャロフかモロゾフのチョコレートをあげようかな? あ,でも千葉にはゴンチャロフは高島屋柏店か流山おおたかの森のタカシマヤフードメゾンにしかないんだよな。ちなみに,日本でバレンタインデーにチョコを贈る習慣を初めたのは神戸のモロゾフと言われているぞ。

「比企谷くん,聞いてる?」

「はっ! はい,聞いてます! バレンタインにはゴンチャロフのチョコですよね」

「そんなこと一言も言ってないよ! もう!」

 プンプンという音が聞こえてきそうな顔をした陽乃さん,ちょっと可愛い。略してはるかわいい……今ひとつだな……。

「だいたい何でゴンチャロフなのよ。もっと,ル・ショコラ・アラン・デュカスとかいろいろあるでしょうに……詳細は後でメッセージで送るから,ちゃんと11日は予定空けといてねっ」

「承知しました。バラダギ大佐とか,ひ……海老名少佐への連絡は?」

「それもわたしから送るわ。イベントの場所の手配とか宣伝とかは関東方面守護者の海老名ちゃんに頼むから」

「分かりました。あとは……」

「今日はもういいわ。もっと一緒にいたいって気持ちはあるけど,また雪ノ下陽乃でいられなくなるから」

 少し寂しげな笑顔から発せられたその言葉に,応えるでなく,聞こえないふりをするでもなく,ただ無言で一礼し俺は部屋を出た。

 ドアを閉め,ふぅと大きく息を吐くと,まるで全身の力が抜けたかのように背中からドアにもたれかかった。

 もし彼女が,全てを捨て,ただの陽乃だけになったわたしをあげると言ったなら,俺はどうしていただろうか……。

 それでも,彼女は「雪ノ下陽乃」であることを選んだ。そけは彼女の,雪ノ下陽乃という生き方。彼女にはそれしか選ぶことができなかった。俺もそれを捨てろとは言えなかった。だから今,俺たちの間には,このドアがある。

 ドアの向こうから,微かに陽乃さんの嗚咽が漏れていた。

 

 翌日,奉仕部の部室に向かうと,雪ノ下,由比ヶ浜,一色のいつものメンバーに加え,もはやレギュラー化しつつある三浦とバラダギ,そして川崎がいた。

 いつもはさらに姫菜もいるのだが,どうやら今日は,陽乃さんが言っていた電柱組の仕事のために出勤しているらしい。べ,別に寂しくなんかないんだからねっ!

 今日の緊急ミッションは,雪ノ下と一色に,11日は急遽バイトが入ったからお菓子作り教室には参加できないと伝えることだ。

一言口にするだけの簡単なおしごとなのだが,その一言がなかなか言えない。

 さっきから二人は当日のレシピ等について話していて,どうにも切り出すタイミングが見つけられない。クリスマスイベントの準備の時も俺たちに手作りお菓子を作ってきて,お菓子作りが得意という一色と,お料理全般なんでもござれの雪ノ下が喧々轟々と議論するテーマは,由比ヶ浜でも一人でできるお菓子作り,である。しかし,テーマがテーマだけにそう易々と結論を得ることはできないようだ。

 そして二人がため息をつくたびに由比ヶ浜が酷い!とかあんまりだ!とか合いの手を入れている。

 見ている分にはなかなか微笑ましい風景(当事者にとっては半ば修羅場)ではあるだが,それだけに付け入る隙がない。はて,どうしたものかと考えあぐねていると,

「ヒキオ,あんた,あんなに甘いコーヒーばっか飲んでるからにはやっぱり甘いものとか好きなん?」

と,三浦に話しかけられた。

「まあそうだな。甘いものは嫌いじゃない」

 そう返すと三浦は,金髪の髪を右手の指先でくるくる弄りながら,

「そ,そう。なら,あーしも頑張るから,楽しみにしてろし」

 だー! もじもじと恥じらう三浦もちょっと可愛いいな! 略してゆみかわいい……これもイマイチだ……。

 あれ? でも,電柱組のイベントがあるってことは、メンバーの一員となった三浦も当日仕事なのでは? まあ,今それをいうのは野暮ってもんだよな。第一,俺自身が一色や雪ノ下にそれを伝えきれていないのだから。

「ねえ,ちょっと」

 青みがかった長い髪の,川……川……あ,さっきちゃんと川崎って言ってたわ。

「なんか気に障るからぶっていい?」

「いいわきゃねーだろ! で,何の用だ? 川島」

「よし! やっぱ死にたいみたいだね」

「ジョ,ジョークだ。はちまんジョーク! ほんと何の用?」

「ん……ちょっとここだと……外,いい?」

 何? 表へ出ろ,だと? やっぱボディとか殴られんの? こんなことなら,全米ナンバーワンのフィットネストレーナーであるトニー・リトルが開発した腹筋トレーニング機器,アブアイソレーターでちゃんと腹筋を鍛えておくんだった……。

 二人で席を立ち,部室の外へ出て行こうとしたところを三浦に呼び止められた。

「ちょ,ふたりでどこ行くし?」

「アタシが比企谷とどこに行こうがアンタに関係ないよね?」

「はぁ?」

「あ゛?」

 喧嘩をやめてー! 二人を止めてー! 私のために争わないでー!!

 ……うん,キモイな。

「三浦,川崎とはちょっと話をしに行くだけだ。大方バイトのシフトとかそういう内輪のことだから他の奴らには聞かせられないんだろうよ」

「ん……ヒキオがそう言うなら……」

 よかった,三浦が大人しく引いてくれて。再び部屋を出ようとしたら,

「あー! 沙希!! ヒッキーとどこへ行くの!?」

 ズコー!!

 

 そんなこんなでようやく川崎と廊下に出る。

「で,なんだよ?」

「ん……」

 川崎が目線で示した先を見ると部室の扉が少し開いており,5つの顔が上下に並んでいた。

 君たち何気に仲がいいな,とも思うけれど,雪ノ下まで何バカなことやってんだよ!

「ゆ,由比ヶ浜さん……あ,あなたの脂肪の塊が上に乗っていて重いのだけれど……」

 思わず涙しそうに……雪ノ下……強く生きろ……。

 

「走るよ」

「え?」

 言うが早いか,川崎は俺の手を引いて走り出した。

「ヒッキー逃げた!」

「ちょっ! 由比ヶ浜さん!?」

 身体を前に乗り出した由比ヶ浜に圧し掛かられた雪ノ下が前のめりに倒れ,全員が総崩れになった。

 後ろから,ヒキオ~,ヒッキ~,比企谷くん~,せんぱい~,八幡~,相棒~などという声が聞こえて来るが,決して振り返ってはいけない。ここは三十六計,一心不乱に逃げ続けるのみである。

 

「ぜい,ぜい……」

 川崎に手を引かれてながら学校中を逃げ回り,ようやく追手を巻いてたどり着いた先は,彼女との邂逅の場である屋上だった。本来なら立ち入り禁止になっているここにはあいつらも来るこはないだろう。

 俺は肩で息をしながら手を膝について辛うじて立っているような状態。一方の川崎はフェンスにもたれ掛かる形で膝を立てながら座り込み,天を仰いでいた。

「はぁ,はぁ……結局,何の,用事だったんだよ……」

「んんっ,あのさ,はぁ,あっ,はぁ」

 なんか荒い息遣いがちょっとエロいんですけど!?

「おっ,おいっ,ちゃんと息を整えてからでいいからゆっくり話せ」

「んっ,はぁーっ,ふぅーっ」

 川崎はその場で大きく深呼吸をした。由比ヶ浜ならここで,ひっひっふーとかラマーズ法しちゃったりするんだろうけどな。

「今度のお菓子作りのイベント」

「は?」

「アンタも参加するんでしょう?」

「あ,いや,俺は……」

「アタシ,参加しようと思うんだ」

 俺はあまり群れるのを好まない一匹狼タイプの川崎が,こんなイベントに自らの意思で参加を表明するということにちょっと意外な感じを覚えた。

「お前なら料理も得意だし,別に参加しなくても大丈夫だろ?」

「いや,けーちゃん……妹の京華がさ」

「別にけーちゃんでいいだろ? 俺も知ってるしな」

「ん,けーちゃんがはーちゃんとチョコレート作りするのすごく楽しみにしててさ」

 そこ,はーちゃんはダメだろ,はーちゃんは! なあ,さーちゃん。

「だから,ひょっとしたら美味しくなくて不格好なものになるかもしれないけど,けーかのチョコ,ちゃんと食べてあげて欲しいんだ」

 そんなのけーちゃんのためならお安い御用! と,言いたいところだが,あいにく当日は仕事。けーちゃんには悪いが,お菓子作り教室には……

「……見た?」

「へっ!? な,なんのことでせう……」

 額から変な汗がダラダラと流れてきた。おっかしいなー,走った汗はそろそろ引いてるはずなのに。

「黒のレース……見たんでしょ?」

「そそそ,そんな手には引っかからないぞ。だいたい今日のお前は紫の……あっ!」

「やっぱりね……」

 コンクリ床の上に座っていたスカートのお尻の部分をパンパンとはたきながら立ち上がる川崎。

「あんたがスカートの中を覗いていたこと,雪ノ下や由比ヶ浜,ついでに平塚先生に言ったらどうなるかな……」

「おおお,脅しか?」

 特に平塚先生は命に関わるんだけど。

「海老名がさ,アイツ,バイトでイベントに来れないって言ってたから,ひょっとしたらアンタも来ないんじゃないかと思って,前もって手を打とうと思ったんだ」

「俺を嵌めようと?」

「けーちゃんが楽しみにしてるのは本当。あんな嬉しそうにしているところ見ちゃったら,あんたがいないのを知って悲しむけーちゃんの顔なんて想像すらしたくないんだ。アタシ自身は嫌われても何を言われてもいいから,コミュニティセンターに来て! いや来てください。このとおりっ!」

 そう言って深々と頭を下げる川崎。こいつのシスコンぶりも相当なものだが,妹を悲しませたくないという気持ちは痛いほど分かる。

「アタシのことは好きにしてもいいから……ね?」

 そう言って,素早く短いスカートのホックを外しファスナーを下すと,川崎の短いスカートはコンクリートの屋上のスラブ面にストンと落ち,すらりと伸びた足とともに紫色の下着が露になった。

 川崎,お前もかーーーっ!

 この2月の寒空に下着姿でいたら風邪をひきかねないし,そもそもこんなところを誰かに見られたら俺もこいつも終わってしまう。俺はすぐに震える川崎を正面から抱き留め,

「分かった! 分かったからもうやめろ!」

「じゃあ……」

「ああ,ちゃんとイベントには参加する,参加するからちゃんと服を着てくれ。こんなところで風邪をひいてお前がイベントに参加できなくなったら,それこそけーちゃんが悲しむだろう?」

「……そう,だね」

 川崎が落ち着いたところで,俺は後ろを向き,

「ほら,今のうちに早くスカートを履け」

「ふふふ,別に見ててもいいのに」

「馬鹿言ってないで早くしてくれ」

「もう履いたよ。こっち向いて大丈夫だから」

 俺は恐る恐る振り向いてみると,全裸……なんてことはなくちゃんとスカートを履きなおした川崎がそこに立っていた。

「じゃあそろそろ部室にもど……」

 と,言いきにないうちに今度は川崎に正面から抱きしめられる。

「か,かわしゃきしゃん!?」

「さっきアンタに抱きしめられて嬉しかったからさ,今度はアタシが抱きしめる番だよ」

 そんな心底嬉しそうな声で言われましても……。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~! ヒッキー! 沙希! 何をしてるし!!」

「ヒキオっ! コロス!!」

「そんな簡単に殺すだけでは生ぬるいわ。まずは指と爪の間に焼けた火箸を……」

 雪ノ下,表現がリアルすぎて怖えよ!

 屋上の入り口付近から物騒な声が聞こえたが,どうしても顔をそちらの方へ向けることができない。

 今度こそ死んだな……。

「アンタたち何言ってるんだい。アタシと比企谷は話をしていただけだけど?」

「川崎っ! どこをどう見たらそれが話し合いに見えるんだしっ!!」

「そ,そうだよ! その……ヒッキーと抱き……」

「いや,アタシたちがここで話をしてたら,急に比企谷が貧血で倒れそうになったからアタシが倒れないように抱き留めたんだよ。比企谷がこんなことになったのは,話すら満足にさせてくれない連中から逃げなきゃいけなかったためだろ? だとしたら,その原因を作ったあんたらが悪いっ!」

 ピシっ!っと雪ノ下たちを指さす川崎。

「か,川崎さん,私たちはその……」

「邪魔しようとか思ってなくて……」

「あーしもヒキオを傷つけようとか気持ちはなかったし……」

 川崎からの思わぬ反撃に,三人はしどろもどろになりながら答えていた。

「比企谷,そろそろ一人で立てるようになったんなら下へ戻ろうか」

「……お,おお」

 普段ならいくらでも軽口が出てくる俺だが,いざというときにはやっぱり女の方が強いな……

 川崎の肩に手を置いて,ヨロヨロと歩きながら建物内への入り口を目指す。

「ヒッキー……ごめんね。あたしたちのせいで……大丈夫?」

「ああ,もう大丈夫だ……」

 俺は由比ヶ浜の問いかけに,少し伏し目がちに答えた。

 本気で俺のことを心配をする彼女の眼をまっすぐ見ることができなかったんだ……。

 

 そして,結果,見事にダブルブッキングである。

 トリプルブッキングなら,芸能事務所「レイ・プリンセス」に頼んで,我が校の文化祭のライブにもぜひシークレット出演してもらいたいところだがな。

 こんなのどうやったって解けない二次方程式。無理やり答えを出したところで,片方がプラスでももう一方はマイナス。

 頭の中に浮かぶは陽乃さんの泣き顔とけーちゃんのしょんぼりとした顔。

 どちらも見たくはない。 

 いっそのこと思いっきり人ごみの中にでも飛び込んで,インフルエンザにでも罹ってしまおうかとも思ったが,イベントの翌日から前期の高校入試なので,もしも小町が感染してそれが原因で受験に失敗するようなことがあれば,まさに万死に値する。

 そもそも今の小町なら,受験なんか行かないで俺の看病をする,全裸で,とか言い出しかねない。

 まだ風邪すらひいていないというのに背筋がゾッと寒くなった。

 こんな時こそ,国語学年三位の頭脳をいかんなく活用し,何か小狡いことでも考えてこの場を切り抜けないと……。

 おいっ,小狡いなんて言うなよ。

 誰も言ってない。

 キモイな……俺。

 

 そう言えば,陽乃さんからは,まだ何のイベントをどこでやるか全く聞かされてなかった。姫菜に後で聞いておくか……。



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バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!(中)

はい,またお会いしましたねっ!

中編ですよ。
ということは,あと1回で終わらせなきゃいけないんですが……
ということで,ちょっと多めに投稿してみました。

ペース配分がなってないな……

駄作者がほんっとすみません。


 そうして迎えた2月11日。建国記念の日,祝日。

 どうせなら大雪が降るとか台風が来るとかしてイベントが中止にならないかと思ったが,抜けるような青空,まるで俺の顔のように真っ青な青空。

 どちらのイベントも午後からだけど,お菓子作り教室の方は材料や道具の搬入を午前中に行うため,まずはその手伝いにコミュニティセンターに向かう。

 学校は翌日の入試のために立ち入り禁止になっているので,生徒会役員共や奉仕部のメンバーで材料や道具を少しずつ家に持ち帰り,当日の午前中に持ち寄る段取りになっていた。

 俺は,我が愛車,デュラハン号のカゴと荷台に荷物を載せて,コミュニティセンターに駆け付けた。

 荷台に括り付けたロープをほどき,荷物を建物の中へ持っていこうとしていたら,戸部が自転車の前と後ろにアホみたいに大きな荷物を括り付け,エッチラオッチラとペダルを踏みながらやってきた。

 おい,戸部。それ,荷物で前が見えてないんじゃないか?

「いろはす~~~! 荷物持って来たべ! これ,どうするん?」

 戸部が建物の中へ大声で叫ぶと,中からひょっこりと一色が出てきた。

「戸部先輩,お疲れさまです。それじゃ,ちゃっちゃと中へ運んでください」

「いろはす,これ一人で一回じゃ運べないべ?」

 これだけの荷物を一人で自転車で持ってきただけでも大変だっただろうからな。さすがに戸部が不憫に思えた。

「俺,荷物そんなに多くないから少し手伝おうか?」

「おっ,ヒキタニくんナイス! サンキュー!!」

「あ,せんぱいは中ですぐにしてもらいたい仕事があるので無理でーす。戸部先輩,一人で運んでください」

「え……」

 鬼畜はすの一言に流石の戸部も意気消沈である。そもそも姫菜からのチョコを期待してここに来たんだろうが,姫菜は陽乃さんのイベントの方にかかりきりでこちらには来ない。イベントが始まりそのことを知った戸部がさらに落ち込むのは火を見るよりも明らかなのだから,今くらいもう少し優しくしてもいいのではないだろうか?どうもこのいろはすはドライ炭酸のようだ。

「一回で運べないなら何回にも分けて運べばいいんですよー」

「なるほど! さっすが生徒会長いろはす! 冴えてるぅーっ‼︎」

 戸部ェ〜〜〜(涙)

 

 そんなやりとりがあった後,3階の料理実習室に自宅から持ってきた荷物を置き,一色のところへ顔を出す。

「で,俺にさせたい仕事って何? 今の間ならなんでもやるぞ?」

「おや? せんぱいがやる気なんて珍しいですね。今日はヤリでも降るんじゃないですかねー?」

 ヤリが降ってくれたらどれだけうれしかったことか……

「んー,せんぱいには何をやってもらいましょうか」

 おい! 俺に仕事を頼みたいから戸部にあの荷物一人で運ばせたんじゃないのかよ。

「それじゃ,これ,貼るの手伝ってください。入り口に貼るので一緒にお願いします」

 そう言って一色が取り出したのは,急造のB2サイズのポスターだ。まあ,ポスターといっても色とりどりの極太ペンでごりごり手書きされただけのものだ。

「このくらい,別に一人で貼るぞ」

「一人じゃポスターがまっすぐに貼られているか分からないじゃないですかー。やっぱりこういうのイベントの顔なんですから,ちゃんとしたいかなーって」

 まあ確かに,このくらい大きいポスターだと,貼った後で左右のどっちかが上がってたり下がってたりするんだよな。

 そして,セロハンテープとポスターを持って一色と二人で玄関前に移動する。

「戸部先輩,ガンバです!」

「おーう!」

 何往復めかわからないが,戸部が両手一杯の荷物を持って館内に入っていく。すまないな,俺,楽な仕事で。

「せんぱい,わたしポスター持ってますんで,後ろからまっすぐになってるか見てもらえますか?」

 一色がポスターの中ほど少し上の部分を持ち,大方のあたりをつけて入り口横のガラス部分に押し付けている。

「ところで,一色,ここにポスター貼って大丈夫なのか?」

「せんぱい,いまさら何を言ってるんですか。少しくらいなら大丈夫ですよ。それより腕が疲れるんで早く見てください」

「おお……」

 ちょっと怪しい感じもするが,仕方なく少し離れてポスターの位置を見る。

「んー」

「しぇんぱい……まだですかー」

「ちょっと右が下がり気味だな。きもち上げて……それだと上がりすぎだ,少し下げて……そうそう,そんな感じ」

 ちょうどいい位置になったところで一色のところへ近づいていく。

「しぇんぱい……すみませんが,上の角にテープを張ってください。わたし。このまま支えてますんで……」

 一色が立っている後ろから3センチほどにカットしたセロハンテープを右と左の角に貼っていく。

「せんぱい,貼れたら下の角は私が貼るので,そのまま,上のテープを貼ったところを両手の指で押さえておいてください」

「分かった」

 俺から渡されたテープで横と下の角の左右を留めていく一色。俺がそのまま貼ってもよかったんじゃね?とも思ったが,少し高い位置にポスターを掲げたため一色も手が疲れたんだろう。正直,一色の後ろから手を目いっぱい伸ばしてポスターを押さえているので,俺もちょっときつい感じだ。

「一色,どうだ? 貼れたか?」

 俺の問いに答える代わりに,一色は両手を伸ばして俺の手を掴み,

「せんぱい,これってあすなろ抱きってい……ひゃい!?」

 今,起こったことをそのまま話すと,一色が俺の伸ばした手を自分の前に持ってきたのだが,上から下へ持ってきたため,あすなろ抱きの体勢を通り越して俺の手が一色のつつましやかな胸の位置にある。つまりは,俺が後ろから一色のおっぱいを掴んでいるように見えるわけだ。しかし,実際に「見える」ではなくて掴んでするのだが。

「しぇ……しぇんぱい……」

 後ろからなのでその表情をうかがい知ることはできないが,一色は切なげな声で俺のことを呼んだ。

 すぐに手を離そうと思ったのに,一色が俺の手の上から自分の手を重ね,離れないようにしていた。

「お,おい,一色……」

 

「あ,あ,あなたたちは,い,い,いったい何をしているのかしら」

 あ,これはアレだ。いつものやつだ。だいたいこういう場面になると二人が現れて,罵声を浴びせられる展開だ。もうテンプレ過ぎて慣れっこになるまであるな。

「比企谷くん……」

「ヒッキー……」

 雪ノ下,由比ヶ浜,頼むからそんな悲しそうな顔しないで,いつものとおり通報ね,とかキモいとかって罵ってくれ! いや,罵られたいとかそういう性癖じゃないけれども。

「川崎さんに飽き足らず一色さんまで毒牙に……」

 それじゃまるで俺が連続暴行魔みたいじゃないか!

「せんぱい,わたしにこんなことしといて,川崎先輩を毒牙にってどういう意味ですか?」

「いや,これはお前が……」

「でも海老名さんに続いて一色さんの胸を揉んでいたということは,比企谷くんは大きいのがいいというわけではないのよね。それなら私の胸だって十分触ってもらえる可能性があるということね。そう考えると,これは必ずしも悪いことではないのかしら? 比企谷くんがこれ以上の犯罪を重ねないためにも,かねてからの予定通り部長権限で胸のマッサージを,そしてその後,私の部屋で……」

 雪ノ下が何やらブツブツ独り言を言い始めたぞ。おーい,帰ってこーい!

「ヒッキーはどうして姫菜やいろはちゃんのようなちっぱいばっかり……あっ,でも優美子のも触ってたしおっきいのが嫌いってわけじゃないよね? あたしだって,か,感度?だって負けないし触りごこちなら一番って自信もあるし,ヒッキーが望むなら,いつでもヒッキーだけのビッチになって,おっぱいだけじゃなくてもっと……」

 由比ヶ浜~~~,頼むからお前まで遠いところへ行かないでくれ~~~!!

「はぅ,せんぱい……わたし,もう……」

 んん!? 一色の様子が……って,しまった!!!! 俺,一色の胸,触ったまんまじゃん!!!!!

 俺の手の上に重ねられた一色の手を跳ねのけるように強引に手を離し,すぐさま土下座の体制に入ろうとするが,その前に振り向いた一色の腕が首に巻きつけられ,サボンの香りとともにふんわりと俺を包み込む。

 

「ここはたくさん人がいるからキスはお預けです。ごめんなさい」

などと,いつになくゆっくりと,ハッキリと聞こえるお断り芸を見せた後,

「でも,わたしをこんな気持ちにした責任……取ってくださいね……」

と,俺の耳元で柔らかくささやいた。

 いや,たくさん人がいるなら抱きつくのもだめじゃないでしょうかと思いながら,さっきまで俺がやっていたことを考えると何も返すこともできず,雪ノ下と由比ヶ浜は相変わらず呪文のような何かをブツブツと唱え続けていた。

 

「せんぱい,お昼ごはんどうしますか? 今日は調理イベントなので,後で毒見役……味見役の戸部やせんぱいがお腹いっぱいになったら困るなーって思って,軽いものしか用意してないんですけど」

 俺と一色は,小分けにされた割れチョコミックスほかの材料を料理実習室の各テーブルに撒き,ちょうど終わったところで一色が俺に聞いた。ちなみに,戸部は手伝いの人全員分の飲み物を買いに行かされている。

 しかし君、しれっと言い直したけどハッキリ毒見役って言ってるからね? そして,サラッと戸部って呼び捨てにしてるよね? バカみたいにウェイウェイやってるけど一応君の先輩だからね? 一応。

「ちょっと用事があってな。始まる頃には戻ってくるから」

「そうですか……じゃ,じゃあ,サンドイッチ,作ってきたんで,持っていって食べてください」

 一色が小さな包みに入ったそれを,両手を前に出して俺に差し出す。

「えっ? いいの?」

「モチのロンです! 雪ノ下先輩のようにうまくできてるかどうか分かりませんけど……」

 俺はそれを右手でひょいとつまみ上げ,

「サンキューな。ちょうど忙しくてお昼を食べられるかどうか分からなかったから正直助かる」

「それはよかったです。わたしも朝早く起きて作った甲斐がありましたー」

 そうか,一色,今日のためにがんばってたんだな。

「でも,せんぱいがバイトを二つ掛け持ちしてその上奉仕部の活動までなんて,なんか以前のせんぱいからは考えられないですよねー」

 ふふっと笑いながら,一色がそんな感想を漏らした。

「それに加えて生徒会の手伝いも入ってるからね? まあ,働きたくないのは今でも変わらんが,最近はどれもそれなりに楽しんでるからなぁ」

「生徒会のお手伝いも楽しんでもらえてますか? 生徒会のお手伝いは奉仕部の活動の一環だと思ってましたけど,せんぱいの中では別ものと思ってもらってるって理解でいいですか? 仮にもし,奉仕部が無くなったとしても,本当に仮に,ですよ? それでも,生徒会を……わたしを,手伝ってくれますか?」

 上目使いにそう尋ねる一色。いつものあざといしぐさはなく,ただ不安な眼をして俺の答えを待っている。

「まあ……その,なんだ,生徒会長にしちまった責任とかも,あるからな……奉仕部じゃなくても,俺が最後まで面倒見てやる」

「せんぱい……言質……とりました……もう……ひっこめられませんよ……」

 彼女の目は潤み,少しずつ俺との間を詰めてくる。

「今なら……ふたりきりです……」

 一色は,まだ記憶に新しいサボンの香りがふわりと漂う距離まで身体を寄せ,そっと目を瞑り上を向いて……。

「いろはす~~~! 飲み物買ってきたべ。いろはすはグランティーレモンティーでいいよな? ヒキタニくんはさー,マックスなかったからクラウンコーヒーのカフェオレで。甘いのがいいっしょ? おいしさダントツキャラメル&ミルクも甘いけどどっちがいいー? 他にもミラクルボディVとかうれしいはちみつレモンとかあるから早い者勝ちだべ。あ,つぶつぶナタデココ入り白桃&黄桃は結衣が飲みそうだから取っといてー。あと,ジャングルマンは俺っち飲むからさー」

 おおい,戸部! マックスコーヒーが無いからってなんでほとんどサンガリアなんだよっ! そして最後だけチェリオなのも謎だよ!

「……」

 いっ,一色さんが超怖い顔で戸部を睨んでいる。そこはちゃんとあざとさ仕事しようよ。

「一色,じゃあまたあとでな。サンドイッチサンキュー!」

 俺は,戸部が作ってくれた好機に乗じ,カフェオレを掴むとすぐさまこの場から離脱することにした。

「あ,せんぱい……」

「ヒキタニくん,ちぃーす!」

「戸部先輩……」

「ん? いろはす,どうしたん? 怖い顔して」

「正座」

「ひっ」

 戸部,俺が戻るまで無事でいてくれよ……本当はどうでもいいけど。

 階段を使って1階まで下りて玄関まで出てみると,雪ノ下と由比ヶ浜の独り言がまだ続いていた……

 

 そこから自転車を飛ばし,一路,稲毛海浜公園を目指す。

 目的地の少し手前に自転車を止め,一色からもらったサンドイッチを食べた。これを持ったまま姫菜や陽乃さんの前にいくのがためらわれたからだ。

 サンドイッチはハムとたまご,ツナに野菜とオーソドックスなものだったが,とても美味しかった。そのままの感想を伝えた時の一色の笑顔を想像し,ほんの少しだけ後ろめたい気持ちになった。

 

 目的地の野外音楽堂に着いてみると,辺りは異様な雰囲気に包まれていた。

「比企谷くん,おっそーい」

 良かった,いつもの陽乃さんだ……って,なんなんですかね,これ!?

「八幡くんやっと来たー。はい,これ」

 と,姫菜から渡されたのは,電柱組と書かれた白い工事用のヘルメット,いわゆるどかヘルに雪ノ下建設のタオル。

「これを被って,両耳のところから下がってるループにタオルを通して覆面にしてね♪」

 姫菜はすでにその格好で,いつもの赤ブチのメガネをしていなければ姫菜と分からなかったかもしれない。

 陽乃さんは,ヘルメットこそ被っているが覆面はせず,黒いサングラスで目を隠している。

 そのヘルメット,雪ノ下建設と安全第一って書いてあるけど大丈夫なの?

 そしてこの野外音楽堂を埋め尽くすほどの男どものほとんどがそのヘルメット姿にマスクやタオルの覆面姿でいるのだ。

「陽乃さん,これはいったい……」

「言ったでしょ? バレンタインデーを粉砕するって。バレンタインデーに怨嗟の感情を持つ男たちを集めた名付けて『バレンタインデー粉砕!全国統一行動千葉集会』だよ!」

 確かに野外音楽堂のステージにはそんな横断幕が掲げてあった。

「全国統一行動って,他でやってるところないですよね?」

「んー,渋谷でデモ行進やってるって聞いたけど?」

「それにしても,どうやってこれだけの人を集めたんですか」

 そう,それが疑問だ。この野外音楽堂のキャパは椅子席500,芝生席1000といったところだが,明らかにもっと多くの人間がひしめき合っていた。

「んー,実動員2000人くらい? 主催者発表でおよそ3000人ってことにする予定だけど。なんだっけ,下っぱ1013号?君がSNSとかいろんなことを駆使してこれだけ集めてくれたんだよねー。世の中にはこんなにモテない男の子がいるんだって感心するよ」

 材木座ーーーー! お前,何やってんだよ!!

「そう言えば原滝はどこに?」

「あそこ」

 陽乃さんが指さした先には,九州の時に見たレオタードにマント姿の原滝がヘルメット集団に囲まれて写真を撮られていた。

「バラダギちゃんには,一応,幹部の制服で来てもらったんだけど,可愛いし,非モテ男子に大人気みたいだねえ」

 原滝は,むさくるしい男どもの奏でる無限のシャッター音に戸惑いを隠せない様子だった。

「むほん。顔こっち向けてー,後ろ髪をちょっと持ち上げるしぐさで,男を誘うような表情で」

 材木座ーーーー! ほんっと,お前,何やってんだよ!!

「わたしは,ちょっとそういうの苦手だから,顔を隠させてもらってるんだ」

 姫菜は,原滝に対して申し訳なさそうにそういった。

「こんなに男の人が集まっていても,なんか捗らないよねー」

 やっぱりいつも通りの姫菜さんでした。

「ところで,八幡くん」

 ちょっとヘルメットの奥の目が鋭く光ったように見えたけど……

「一色さんの胸のさわり心地はどうだった?」

「ひっ! な,何のことでせう」

「サンドイッチ,美味しかったのかな?」

「いや,それは,その,なんのことだかさっぱり」

 胸の件は玄関先だったから誰かが見ていた可能性もあるが,俺がサンドイッチを貰ったことは戸部しか知らないはず。出てくるときにうっかり,サンドイッチサンキューなんて言っちゃったからな。しかし,姫菜が戸部と連絡を取っているとも思えないし,ブラフか? いやでも,「お弁当」ならまだしもサンドイッチと言い当てているところから見ると,当てずっぽうであるとも思えない。

「どうなの?」

「え,いや……美味しかったです……」

 それを聞いた姫菜の目が一瞬にして悲しげなものになる。

「そう……」

 その時,彼女が手に持っていたものを体の後ろに隠したのが見えた。

 チクショウ,彼女も俺のためにお弁当を作ってきてくれていたのか。しかも,こんなところで食べるのだとすれば,おそらくはおにぎりかサンドイッチ,彼女の表情を見れば,それはサンドイッチだったのだろう。このイベントの準備で朝から動いていたはずだから,一色以上に早起きをして作ってくれたに違いないのに。

 俺は,姫菜の正面からその後ろに隠した包みを両手で掴むようにして,

「すまなかった。でも,俺,これも欲しい」

「は,はちまんくん……」

 傍から見ると俺が姫菜を抱きしめるような形になっていて,

「周りの……目が……」

 このイベントの趣旨を考えれば,周り中非モテ男子で溢れているのだから,そんな中こんなことをすれば殺意に満ちた視線にさらされるのは自明のことであった。

「姫菜……すまん,俺の横っ面を本気で張ってくれ」

 俺は周りの喧騒に紛れて,こっそりと耳打ちをする。

「え!? でも……」

「頼む。このままじゃ,俺は生きてここを出られない……」

 少し考えていた姫菜だが,小さく「分かった」と言い,

「何すんの! この変態!!」

と思いっきり体重の乗ったビンタを俺の左頬にぶちかました。

 ひょっとして世界を狙えるんじゃね?というほどの想像を超える衝撃に,俺は右側に吹っ飛びバッタリと倒れ伏した。いや,マジで。

 それを見ていた周りからは,

「よくやった!」

「ナイス,チャレンジ!!」

「それでこそわが相棒!」

と,盛大な拍手とともに賞賛を浴びたのだった。

 しんけん痛い……たぶん半分くらいは本気が混ざってたな……。

「俺,ちょっと目立っちゃってここに居づらいですから,群衆に紛れてきますね」

「あっはっはっ! お腹抱えて笑っちゃったよ。ナイス茶番!!」

 茶番言うなよ,はるのん。

「あ,そうそう。比企谷くん,13時半開始で,フォークソングの歌唱と何人かにスピーチをしてもらって,そのあと稲毛海岸駅までデモ行進の予定なんだけど,スピーチのトリは比企谷くんにやってもらうから。本当はもっと前にやってもらおうかと思ってたけど,さっきの見て気が変ったわ。お願いね♡」

「あの……俺に拒否権は?」

「あると思う?」

 デスヨネー。

「出番になったらマイクで呼び出すから,それまで会場内にいてね」

「分かりました……」

 そして,そこから離れようとした瞬間,すれ違いざま,姫菜がさっきの包みを無言で差し出した。

 俺も周囲に知られぬよう何食わぬ顔でそれを受け取り,目だけで礼の気持ちを伝えた。

 陽乃さんに,これ食べてくるんで一瞬会場を離れますと告げ,いったん野外音楽堂を出る。

 こんなところで女の子の作ったサンドイッチなんかパクついていたら,怨嗟の視線で胃に穴が開いてしまいそうだからな。

 姫菜のサンドイッチは,サーモンにエビのタルタル,チーズとスクランブルドエッグなどが挟まったホットサンド。これならプレスされている分,崩れにくくて立ったままでも食べやすく,この時のために考えてくれてたんだなあと感心した。味は文句なしに美味しかった。一色のとどっちが美味しかったかだって? そんなもの比較できるわけないだろう?

 サンドイッチ2人前を平らげた俺は,重たいお腹を抱えてつつ,再びコミュニティセンターに向かってわがデュラハン号を全力で漕ぎ続けた。いくら軽めのサンドイッチとはいえ2人前も食った後の全力疾走はちょっと吐きそう。

 

「あー,はーちゃんだー」

 俺が料理実習室に入っていったら,すぐにけーちゃんに見つかってしまった。

「はーちゃん,おそーい」

 恐らくは,川崎の手作りであろうエプロンをつけ,川崎と同じ青っぽい髪を三角巾で隠したけーちゃんは,少しお怒りじゃった。

「ごめんごめん。けーちゃんはもう作り始めてるの?」

「うん! けーか,今,さーちゃんとチョコレートをとかしてるとこ」

 川崎が湯せんのボールを支え,けーちゃんがシリコンのヘラでゆっくりとかき混ぜているところのようだ。

「雪ノ下にさっき作り方を教わってね。今,二人でやってるところなんだ」

「そうか,けーちゃんえらいな」

「はーちゃんも手伝って」

「なにをすればいいのかな?」

「えっとねー,けーかといっしょにぐるぐるするの」

「悪いね。本当は忙しかったんだろう?」

「なあに,けーちゃんと一緒にチョコ作りができるんだからな。何をおいてでも時間は作るさ」

「はーちゃん,おててが止まってる」

「ああ,ごめんごめん」

「はーちゃん,ごめんごめんばっかり」

「ごめんごめ……アレッ!?」

 声をあげて笑うけーちゃん。おててが止まってるよ。

「比企谷くーん,おひさしぶりー」

「あ,先輩,お久しぶりです」

「聞いたよー,玄関前での一色さんとのこと。やっぱり君は最低で不真面目だね♪」

 笑いながらそう言っためぐり先輩の言葉は,俺を非難しているようには聞こえなかった。

「あーあー,私がもっとこの学校にいられたら,比企谷勢力の一員になれたのかなー」

「何ですか,それ。初耳なんですけど」

「んー,一部で噂されてるよー。いつの間にか比企谷くんを中心に美少女の集団ができていて,しかも勢力拡大中だってね」

「いやー,別に俺が中心とかじゃなくて,便利に使われているだけですよ。特に一色とか陽乃さんとか」

「そうかなー,そう言えば,はるさんのこと名前で呼んでるんだね」

「まあ,なりゆきで……」

「じゃあ,私のことも名前で呼んでくれる?」

 めぐり先輩が何を言ってるのか分かりません。モノローグではめぐり先輩ってずっと言ってるけど,素でそんなこと言えるはずがないじゃない?

「あー,はーちゃんうわきー,はーちゃんにはさーちゃんがいるからだめなんだよ」

「あわわ,けーちゃん,なんてこと言うの!」

 川崎がかなり慌ててけーちゃんを止めようとしている。

「へ? えーと,川崎さん,だよね? 体育祭の衣装を作ってくれた。川崎さんと比企谷くんはお付き合いしてるの?」

「さーちゃんとはーちゃんはけっこんするんだよ。いつもさーちゃんが言ってるもん」

「けけけ,けーちゃん!?」

 突如降ってわいたような身内からの暴露に川崎は茹で上がったタコのような真っ赤な顔で慌てていた。 

「あの,あの,比企谷! けーちゃんの言ってることはただの冗談だから,そう,冗談」

「むー。けーか,嘘言ってないもん!」

「いや,けーちゃん,それは違うくて……」

 本来なら,いつもクールな川崎があたふたしているさまを笑ってやりたいのだが,一方の当事者が俺であるだけに笑うどころか顔が火照って熱いまである。この部屋,暖房が効きすぎてるんじゃないかなあ?

 めぐり先輩は,ふうんといった体で川崎の顔を覗き込み,

「川崎さんも比企谷勢力なのかあ……今度,はるさんにお願いして私も入れてもらおうかなあ?」

 比企谷勢力に入るのって陽乃さんの許可がいるの? もうそれ,陽乃勢力じゃない?

「まあ,冗談はこのくらいにしておくけど……」

 そう言うと,めぐり先輩は俺の耳元で囁くような小声で言った。

「一部の暗部組織が比企谷勢力を危険視してるみたいだから,気をつけてね」

 あの……こっちの方が冗談ですよね? なんか変な争い事に巻き込まれたりしないですよね?俺の右手にできることなんて,せいぜい女の子の胸を揉むくらいのことなんですが……

「それと……」

 再び俺の正面に向き直り,少しだけ真顔になり,

「はるさんを……はるさんを支えてあげて。あの人は,なんでもできるすごい人。私が尊敬する先輩。だけど,とっても寂しがり屋でとっても弱い人だから……」

と言った。

 以前の俺なら,陽乃さんが弱い? いったい何を言ってるんですか? と聞き返したところだろう。でも,俺は知ってしまった,あの人の弱さを。見てしまった,あの人の涙を。聞いてしまった,あの人の泣く声を。扉越しに聞こえてきた嗚咽が未だに耳から離れない。だから……

「分かりました,約束します。俺があの人を支えます」

 そう言うと,めぐり先輩は,はじめこそ少し驚いたような表情を見せたが,すぐにこぼれんばかりの笑顔になり,

「うん! ありがとう,よろしくね。あーあ,やっぱり私,もう少しこの学校にいたかったなあ……あ,そうだ! 来年,比企谷くんが私と同じ大学に来たらいいんだよ♪」

「いやでも,先輩どこの大学でしたっけ?」

「私は指定校推薦で青山学院大だよ。比企谷くん,私立文系って言ってたよね? 頑張れば私と同じ指定校推薦もらえるかもよ?」

「はあ,善処します……」

「よっし,青山目指してガンバロー,おー!」

「お,おぉ……」

 元気よく右手を突き上げるめぐり先輩に気おされて,恐る恐る右手を上げる俺。いや,青山行くなんて全然決めてないけど。それに内申最悪だろうから,指定校推薦なんて絶対もらえないけど。

「あ,そうだ♪ 私が作ったチョコレート,味見してもらえるかな?」

「もちろ……んぐっ」

 俺が返事をしようとめぐり先輩の方を見た瞬間,少しほろ苦くて甘いものを口の中に押し込まれた。まあ,ご想像の通りチョコなのだが,問題は全く想定外の出来事だったため,めぐり先輩の指ごと口に含んでしまったことだった。

「んっ……」

 俺の口に指が触れたのがよほど不快だったのかめぐり先輩は小さな声を漏らす。

「めぐり先輩!すっ,すみません‼︎」

「うふふ,どう? 美味しかった?」

「えっ、あっ,はい……」

 正直ドキドキしすぎてチョコの味がよく分からんのですが……

「それよりも,今,名前で呼んでくれたねっ」

「それは……その……」

 ドギマギする俺をよそに,めぐり先輩はココアパウダーのついた自分の指をじっと眺め,そしてその桜色の唇でそれを包んだ。

「!」

「じゃ,じゃあね。本番はもっと美味しいの作るから」

 少し頬を染めた先輩は,手をフリフリしながら立ち去っていく。

 残された俺と川崎は,椅子に座ったまま呆然とめぐり先輩を見送った。

「さーちゃんもはーちゃんもおててが止まってる!」

「あ,ああ……」

 けーちゃんの声にようやく再起動を果たす俺たち。

「川崎,鍋,鍋!」

 川崎が温めていた生クリームが沸騰し,小さなミルクパンから吹きこぼれそうになっていた。

「ああっ!」

 慌てて火を消す川崎。

「火傷とかしてないか?」

「うん……ごめん……」

「いや,こっちこそすまん……」

 下を向いて黙り込む二人に再びけーちゃんから声がかかる。

「もう!,さーちゃん!これ,入れるんでしょ!」

 けーちゃんが小さな両の手でさーちゃん……川崎に差し出したのは,黄色地にギザギザ模様のスチール缶,こっ,これは……マックスコーヒー缶,いわゆるマッカン‼︎

「あ,ああ,そうだったね。けーちゃん,ありがと」

「川崎……これは……」

「アンタがこれが好きだって話をしたら,けーちゃんがこれを入れるって」

「でも,いくら甘くてもコーヒーだしカフェイン入ってるから,けーちゃんが食べられなくなるんじゃないか?」

「いいの。これははーちゃんにあげるんだからはーちゃんの好きなものを入れるの」

「け,けーちゃん……」

 けーちゃんの優しさに思わず涙が溢れそうになる。もうけーちゃんみたいな妹が欲しかった……いやいや,世界一の妹は小町だけれど,だとしたら……

「けーちゃんは世界一の嫁,かな?」

「な,な,な,ア,アンタ……」

 なんかワナワナ肩を震わせているのだが? なんで?

「しょうがないなー,さーちゃんの代わりにけーかがはーちゃんとけっこんしてあげる」

 言うが早いか俺の右頬に軽く唇を触れるけーちゃん。

 えへへ,と可愛くはにかむけーちゃんの横には,鬼神と化した川崎沙希。

「アンタ……いろんな女に手を出してると思ったら,とうとう京華まで……」

「お,落ち着け! 俺は別に何も……」

「何をしらばっくれてるんだい! さっきけーちゃんは世界一の嫁だって言ってただろう?」

「え? 口に出てた?」

 コクンとうなづく川崎。

「さすがに京華を毒牙にかけるような真似は見過ごせないね……」

 川崎の右手には,いつのまにか洋包丁が握られている。

 おいおい,チョコ作りに包丁の出番なんてなかったよね!?

「待て待て! けーちゃんが世界一の嫁と言ったのは,けーちゃんの優しさにほだされたからだ。俺の嫁にしたいってわけじゃないからな‼︎」

 何とか言い逃れようとした俺だが,危機は別のところからやってきた。

「はーちゃんはけーかのこときらいなの?」

 目に涙を溜めて訴えるけーちゃん。誰だよ!いたいけな子にこんな顔させたやつ‼︎

 ……俺だよね。

「そんなことない! はーちゃんはけーちゃんのこと大好きだぞ」

「じゃあ,けーかをおよめさんにしてくれる?」

 ウッと言葉に詰まる俺。横を見ると川崎がすごい顔して睨んでるし。

「けーちゃん,はーちゃんはさーちゃんも好きだから今すぐ選べないな。けーちゃんが大人になったらもう一度言ってくれる?」

「なっ!」

「わかった! けーか,大人になったらもう一度はーちゃんにおよめさんにしてって言う」

「ありがとね。けーちゃん」

 恐る恐る横を見ると,川崎が赤い顔しながら口をパクパクさせていた。

「さーちゃん,おい,さーちゃん」

「ひひひ,比企谷,さーちゃん言うな!」

「その生クリーム入れるんだろ? チョコ混ぜてるから早くしよう」

「あ,ああ……」

「はーちゃんとさーちゃんのはじめてのきょうどうさぎょう?だね」

「けけけ,けーちゃん!?」

 小さい子ってこういうの,どこで覚えてくるんだろうか。

「さーちゃん,落ち着いて。こぼれるから。生クリームがこぼれるから」

「だから,さーちゃん言うな!」

 



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バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!(下)

はい,またお会いしましたね!

上中下の下です。

これで完結……するはずだったのになあ……

駄作者がほんっとすみません(ドゲザ


 大騒ぎしながらとりあえずトリュフチョコの生地を作り終えたけーちゃんとさー……川崎は,冷蔵庫で生地を冷ましている間,1階の幼児室に遊びにいっている。

 ふぅー。

 カシュっと音を立ててマッカンのプルトップを開け一息をつく。

「ねぇ」

 ん? ねぇさん事件です,じゃなかったお呼びですよー。

「ちょっとあんた,何無視してるの?」

 あんたさんも呼ばれてますよー。

「いいかげんにしてくんない?」

「何の用だよ,相模」

 せっかくのブレイクタイムなのであまり振り向きたくはなかったのだが,仕方なく相模の呼びかけに応えた。

「分かってんじゃん」

「お前の声も顔も忘れることなんてできねえよ」

「なっ! あんた何言ってんの? ちょっとキモいんだけど」

 顔を赤くして怒る相模。そんなにキモいキモいって言うんなら話しかけなければいいと思います。

「今度さ,うち,雪ノ下さんの地球防衛軍に入ることになったから。これからあんたとは敵同士ってことだから」

 陽乃さんから地球防衛軍結成の話は聞いていたのだが,相模の参加は正直言って意外だった。俺を憎んでいるからという動機には別に驚きはないが,あれだけミーハーで見栄っ張りなヤツが雪ノ下の下に付くということを自ら選んだことが信じられなかった。

「わざわざそれを言いにきたのか?」

 すると相模は後ろ手に持った小さな包みを俺の前に差し出し,

「これ,うちからの宣戦布告のチョコ。心配しなくても変なものとか入れてないから。そこまで小さい人間じゃ無いから」

 いや,十分小さい人間だと思います。そもそも宣戦布告のチョコって何だよ!

「ねぇ,なんか言うことないの?」

「んー,受けて立つ?」

「ちょっと! 女の子から手作りチョコ貰ったんだから他になんか言うことあるでしょ‼︎」

 おおい! お前が宣戦布告って言ったから受けて立つって言ったんじゃん‼︎

「あ,ありがとう?」

「なんでさっきから疑問形なのよ……とにかく昨日うちが頑張って作ったんだから心して味わいなさいよ!」

 捨てゼリフを残して立ち去る相模。一体なんだったんだろう?

 アイツに一番ピッタリのセリフは「チクショー! 覚えてやがれっ‼︎」だよな?

 

 そこへスマホに連絡が入った。

「はちえもーん! もうすぐ我の順番でその次がお主の番なんだけど……」

「おい,材木座! 俺のスピーチが始まる二人くらい前までには連絡くれって言ったよな?」

「それが,我も登壇することになって,スピーチの内容を考えておったら,知らぬ間にタイムリープして我の順番になっておったのだ……」

「おい,お前,一人で10分くらい時間を稼げ。分かったな?」

「そんなご無体な……」

「できなかったらもう二度とお前のラノベ読んでやらないからな」

「オニー!悪魔!八幡!」

「八幡は悪口じゃないだろうが! じゃあ切るぞ」

「あ,はち……」ブツッ,ツー,ツー

 

「ヒッキー! 冷蔵庫で冷やす前に味見してくれる?」

「由比ヶ浜,すまん! 少し用事ができてな。お前のチョコは後で完成品を食べたいから,ちょっと待っててくれ」

「ほんと? じゃあ,約束だよ?」

「ああ……」

 俺は死の瞬間を少し先延ばしにしながら,再び自転車を置いている場所へと急いだ。

 ここで行かなければ,仮に由比ヶ浜のチョコを生き残れたとしても,やはり陽乃さんから死の宣告を受けるは必定。

 死の瞬間を1分1秒でも伸ばすには,とにかく稲毛海浜公園野外音楽堂へ向かうしかないのだ。

 我が愛車,デュラハン号を足も千切れんばかりのスピードで漕ぎ続け,息せき切らせて野外音楽堂近くまでやってきた。

 途中,白バイが追っかけてきていたのを全速力で振り切ったのだが,ヘルメットにタオル姿で顔も分からないから多分大丈夫だろう。いや,そもそも追っかけられる原因がこの姿だな……。

 自転車を置き,歩いて野外音楽堂へ入っていくと,舞台の上では材木座が熱の入った演説を繰り広げていた。

「この悲しみも怒りも忘れてはならない! 我々は今,この怒りを結集し,リア充どもに叩きつけて、初めて真の勝利を得ることができる。 この勝利こそ,非モテ民全てへの最大の慰めとなる。県民よ立て!悲しみを怒りに変えて、立てよ!県民よ! 我らボッチ民こそ選ばれた民であることを忘れないでほしいのだ。 優良種である我らこそ人類を救い得るのである。ジーク・ボッチ!」

 ワアアアァ!と,満場の喝采が材木座に贈られる。

 満足げにステージから下りてくる材木座。

 あっ,けつまずいて顔から地面に突っ込んだ。

「それでは,最後の登壇者〜!」

 レオタード姿でステージの上に登場した原滝に,会場のヘルメット男たちのボルテージも最高潮!

 ……って,バレンタインイベントとここへくることだけ考えていて,スピーチの内容を何も考えてないんだけど!?

 ひょっとして,俺,ピンチじゃね?

「ザ・キング・オブ・ボッチ! 電柱組所属,132パウンド〜,はっちま〜〜〜ん‼︎」

 キング・オブ・ボッチって何!? ボクシングのコールかよ! それに俺のウエイト適当だろ‼︎

 ……って,一人でツッコんでみたところで状況は変わらず,音楽堂全員の大きな拍手で登壇を促された。

 ステージの脇に立っているハルノ魔導王もワクワクした目で俺の登場を待っている。

 ええい,ままよ!

 意を決してマイクの前に立ち,すぅーっと大きく深呼吸をする。

「せ……」

 喋り出そうとしたところで,キーンとスピーカーから大きなハウリング音が鳴る。

 場内にどよめきと笑いが起こる。

 少し心が折れそうだ。

 相模のやつ,こんな思いをしてたのか。

 だが,ここで焦ったら相模の二の舞だ。俺はあの時のあいつの顔を思い浮かべながら,さっきよりも大きな深呼吸をし,ゆっくりと話し始めた。

「青春は嘘であり,悪である……」

 

「あはははは! やっぱり比企谷くんサイコーだね!! 特に最後のリア充爆発しろ! のくだりで会場に集まった男子が一丸となって大盛り上がりだったもんね!!

「はあ,大元帥に気に入ってもらえて何よりです」

 ぶっちゃけ,平塚先生に出した作文,そのままなんだけどな。これが大うけするとは,いよいよ時代のほうが俺に追い付いてきたってとこかな?フヒッ。

「八幡,大丈夫か? なんか,顔がすごく気持ち悪いことになってるぞ」

「原滝,ヘルメットとタオルで隠してるから俺の顔,ほぼ見えてないだろうが」

「何を言ってるんだ。眼を見ればお前のことなんかすべてお見通しだ」

 ちょっといい感じに言ってるけど,気持ち悪い顔って言ったんだからね? いくら俺でも,気になる女の子にそんなこと言われると地味に傷つくんだぞ。

「そんな,気になる女の子だなんて……」

「おい,顔を赤らめるな。そして,なんで俺の考えてることが分かるんだよ!」

「だって,一行前に書いてあった」

「だから,モノローグを読むなっての!」

「はっちまんくーん! さっきの演説よかったよー!満場の男子が身も心もひとつに……愚腐腐腐」

 君はほんと,マンチェスター・シティのデ・ブライネのようにどの角度からでもゴールを狙ってくるね。てか,心はまだしも身は一つになってないからね!?

「それで,デモ行進なんだけど,公園内を進んで駐車場の手前から海浜公園通りから総武高校を過ぎて角を左折,海浜松風通りを右折して直進,京葉線の駅の南口で解散だから」

 姫菜が一歩近づいて,俺にだけ聞こえる声で言った。

「こっちは,私とザザくんでごまかしておくから,早くコミュニティセンターへ行ってあげて」

「ひっ,姫菜……」

「待ってる人がいるんでしょ? ほら,早く」

「いいのか?」

「その代り,ちゃんと駅に来て。最後はわたしのところに戻って来て」

 少し不安げでそして真剣ななまなざしに,いつものように軽口で返すこともままならず,俺にできることは正面から向き合うことだけだった。

「分かった,約束する。必ず駅に向かうから」

 俺は顔のタオルを下にずらし姫菜の両肩に手を置いた。姫菜も黙って目を瞑った。そして二人の距離が縮まり……

 コツン。

 ヘルメットとヘルメットがぶつかった。

 姫菜と俺はお互いㇷ゚ッと噴き出した。

 ゴン!

「あいっつー!」

 頭にすさまじい衝撃を受けて俺はその場にしゃがみ込む。

 何が起こったのか分からないまま上を向くと,手に角材,いわゆるゲバ棒を持った原滝が俺を睨むように見下ろしていた。

「おい! お前,何を……」

「お前な,さっき人のことを気になるとか言っといて,その女の前で他の女とキスしようとかどんだけクズなんだよ!」

 ~~~~~何も言い返せねえ。

 だが,原滝は頭を押さえてうずくまる俺に手を差し伸べ,

「何やってんだよ。時間がないんだろ? 早く行け!」

「……悪いな」

 俺は原滝の手を取って立ち上がり,姫菜と原滝の肩をポンと叩いてその場から走り去った。

 愛車・デュラハン号を駆って再び海浜松風通りをコミュニティセンター目がけて疾走する。

 

 息も絶え絶えに3階の調理実習室まで階段を駆け上がると,川崎が幼児室からけーちゃんとともに戻ってきていた。

「比企谷,いったいどこへ……って,あんたどうしたんだい!?」

 膝に手をついて肩で息をする俺を,優しい川崎も心配してくれているらしい。

「なんでヘルメット?」

 違ったー! そういえばヘルメット被ったまんま来ちゃってた。心配してくれてるとか勘違いを……うわ……恥ずかしい……バカじゃない!?俺……。

「それにそんなに辛そうに……とりあえず水飲みな」

 やっぱり心配してくれてました。「ほんと,川崎はいい女だな」

 ガシャーン!

 川崎の手からグラスが滑り落ち,床に水と破片が散らばった。本人は信じられないものをみたりきいたりしたというように目を大きく見開いたまま固まっている。

「お,おい,大丈夫か?」

「ひゃい!」

 俺が手を差し伸べた瞬間,素っ頓狂な声を上げて飛びのこうとした川崎だったが,濡れた床に足を滑らせてしまい,ガラスの欠片が散らばる床へ倒れそうになった。

「川崎っ!」

 俺は叫ぶが早いか川崎の手を引き,もう一方の手を背中に回して身体を支え,辛うじてこいつが倒れこむのを回避することができた。

「い,い,い,い……」

「よかった……お前が無事で……」

「ひ,ひ,ひ,ひ……あ,あぅ…………」

 耳元で俺が安堵の声をささやいた途端,突如川崎が気を失い,その身体が崩れ落ちそうになる。

「おい,川崎!」

 いくら女子とはいえ,ぐったりと力の抜けた相手を腕の力だけで支えるのには無理があるため,さらに川崎の体を引き寄せ,ぴったりと身体を合わせ俺にもたれかからせることで辛うじて床に倒れるのを防いだ。

「さーちゃんどうしたの?」

 けーちゃんが心配そうに俺たちを見つめている。ここで俺が慌ててしまえばけーちゃんをさらに不安にさせてしまう。それは何としてでも避けねばならない。

「うーんとね,はーちゃんとさーちゃんはラブラブだからぴったりくっついてるんだよー」

「えー,さーちゃんだけラブラブずるい!」

「あとでけーちゃんもラブラブしてあげるからね」

「ほんと?」

「ほんと」

「やくそくする?」

「ああ,約束する」

「わーい! はーちゃんとラブラブだー♪」

 何か致命的な間違いを犯してしまったような気がするのだが,とりあえずけーちゃんが喜んでくれたようでよかった。

 

「あ,あ,あなたは,い,い,いったい何をしているのかしら」

 うん,大体分かってたよ。もうテンプレートだよ。

「あのね,はーちゃんとさーちゃんはラブラブしてるんだよ。あとでけーかもラブラブしてもらうの」

「こ,こんな小さい子まで毒牙に……」

 ちょっと待て! さすがにそれは人聞きが悪すぎるだろ!!

「誤解だ,誤解。まずは俺の話を聞いてくれ」

「問答無用よ。その悪の組織のヘルメットが何よりの証拠。大方,川崎さんを人質にとって,何かを要求するのね,極左暴力主義谷くん」

「いくらなんでも語呂悪すぎ! 何だよ,極左暴力主義谷くんって。それに暴力行為はしてないからね?」

「じゃあ,極左冒険主義谷くんね」

「いやいや,語呂の悪さ変わってないから! だいたいよくそんな言葉知ってたな。さすがはユキペディアさん」

「その胡乱な通り名はやめてもらえるかしら。酷く不愉快だわ」

「お前は,面々の蜂を払うということわざを知らんのか!」

「とにかく,川崎さんを失神させて幼女を手なずけ,ここに立てこもって法外な要求をいるつもりね。いったい何を要求しようというの? まさかこの私の……川崎さんと京華さんとの人質交換で私を手に入れて,そのまま衆人環視の前で私に辱めを与えようと言うのね。でも,この私の体は好きにできても、心まで自由にできるとは思わないことね。凌辱谷くん!」

 お前はいったいどこのパーティーのくっころせいだーだよ! それにしてもどんだけ罵倒してもちゃんと『くん』だけはちゃんと付けてくれるのな。変に律儀な奴だな。

「違うんだ。そこは山より青く、海よりも高々とした理由があんだよ、ゆきのたん」

「ゆ,ゆきのたん///」

 雪ノ下が頬に手をあてて恥らっている。ここはチャンス……。

「騙されちゃだめだ! 雪乃ちゃん」

「あなたは……」

「お前は……」

「葉山く……さん!」

「それ,まだ続くのか……とにかくこれは罠だ! 相手は悪の組織の幹部なんだ。川崎さんが解放されないまま君まで籠絡されてしまったら,千葉県立地球防衛軍はどうなるんだ!」

「そ,そうよね。危うく悪の口車に引っかかるところだったわ。ありがとう,葉山く……さん」

「そろそろ,それやめにしてもらえないかな……」

「葉山! お前はどういうつもりか分からないが,いくら姿が美少女でも口調が男のままだから,『く……さん』って言われるんじゃないのか?」

「ガーン!」

 いや,口で言うな,ガーンって。

「なるほど……それは一理あるな……でも今まで17年間ずっと男として生きてきたんだ。急に体が女の子になったからって,心まで女になれるわけじゃない」

「いや,お前,セカンドシーズンで俺に恋してるとか言ってたよね? 心が男のままなら,リアルはやはちなわけ?」

「うっ,そっ,それは……」

「お前,俺にキスしたけど,男同士のつもりでキスしたわけ?」

「いや,俺はそういうつもりでは……」

「そんでもって,男の心のまま女の身体になったとしたら,最初はやっぱ,風呂上りに自分の身体を姿見に映して,おっぱいとか触ったりしちゃったわけ?」

「ううう……」

 やったな,こいつ……。

「比企谷がどかヘルで美人を失神させた上に人質とって幼女たぶらかして美少女に凌辱を要求してさらに別の美少女にはドSかますとか超ウケる」

「ウケねーよ! お前の中で俺はどんだけ鬼畜設定なんだよ!」

「衆目の中,美少女生徒会長の胸を触ったり」

「ごめんなさい,俺です。鬼畜谷です。すみません」

「比企谷,ちょっと変わったよね。昔とか超つまんないとか思ってたもん」

 いやこの状況でそれ言われても……。

「けど,人がつまんないのって,結構見る側が悪いのかもね」

 ということは,今,俺が鬼畜に見えるのも見る側が悪いってことですね。

「……でさ,今の比企谷なら付き合ってもいいかな? なんて思うんだよね///」

 は? 何言ってんのこの子。

「人が見ている玄関前で,いきなりおっぱいとか揉まれたらさあ,彼氏があんなんだったら耐えられないでしょー。普通に興奮とかしちゃうし」

 ここにも変態いました~~~~!

「で,比企谷はあたしにはどういうことしてくれんの?」

「だから何もしねえっての」

「くうぅぅ~。放置プレイとか,ウケるぅ~」

 ダメだこいつは。早く何とかしないと……。

「で,せんぱいは何を要求するんですか? ま,まさか,胸だけじゃ飽き足らず,わたしの……」

 だー!こいつもダメだー!!

 いつの間にか,雪ノ下,折本,一色に囲まれている。由比ヶ浜と三浦はどうしただろうと見回すと,由比ヶ浜がチョコ作りに悪戦苦闘し,なぜか三浦があれやこれやと世話を焼いているらしい。とうとう雪ノ下もさじを投げ,オカン体質の三浦だけがほっとけなくて面倒みているのか……。

 遠目で見ても三浦の疲れっぷりがよく分かる。疲れが癒えるよう後で美味しいチョコでも買ってあげよう。当面チョコなんか見たくないという可能性もあるがな。

「よし,お前らがそこまで言うなら今から要求をする! いいな?」

 三人がゴクリと息を呑む。

「まずは散らばったガラスの除去,そして濡れた床を拭け!!」

「こっ,これはまずは床をきれいにして,寝転がれるようにしてから床の上で私たちを凌辱しようというのね。さすが鬼畜凌辱谷くんだわ」

 やめろ,名前がますます酷くなってんじゃねえか!

「ガラスの上のプレイも捨てがたいものがあると思うんだけどなー,ウケるし」

 まったくウケねーわ!!

「分かりました。戸部先輩,あっちから箒とちり取りとモップ持ってきてチャッチャと片付けてくさいー」

「えー,いろはす,なんで俺っち?」

「戸部先輩,いや,戸部。あのガラスの上で正座したいですか?」

「いろはすさん,こええーっての。やる, やるから正座は勘弁してほしいっしょ……」

 戸部ェ~~~~(涙)

 戸部の孤軍奮闘により,すぐに床はキレイになった。サンキュな,戸部!

 ようやく静かに川崎を床に寝かせることができる。

「ま,まずは川崎さんからなのね。意識のない川崎さんを妹が見ている前で凌辱とか,鬼畜を通り過ぎて悪魔の所業ね,鬼畜凌辱悪魔谷くん」

 また長くなったよ! どんだけ進化するんだよ,俺の名前。

「そんなことするわけねーだろ。人質は解放だ。俺は投降する。誰か川崎の面倒を見てやってくれ」

 両手を上げて無抵抗の意を示す。

「比企谷~,ほんとに何もしないの?」

「こんな人前でそんなことするか! 俺はいたってノーマルなんだよ」

「ふうん,人前じゃなくて,ノーマルならいいんだ」

「いや,それは……」

「じゃあ今度よろしくね~。ウケるし」

「だからウケねえっての」

「あ,そうそう,チョコ,比企谷の分も作ってあるからさ。後で食べに来てね~」

 折本はそんなセリフを残し,手をフリフリしながら海浜勢が陣取る調理台の方へ戻っていった。

「雪ノ下さん,こんなとこにいた。あーし一人じゃ結衣の面倒見きれないし,あーしのチョコが作れないからちょっと来て」

「み,三浦さん!? 私はこの鬼畜凌辱悪魔ひとでなし谷君に用事が……」

 そんな長ったらしい名前を残しながら,雪ノ下も三浦に連れられて退場する。

「せんぱい,やっぱり最後にせんぱいのそばにいるのはいろはちゃんだけですよ」

「あざとい,やり直し」

「もう,あざとくないですぅ~」

 いや,もうその言い方がもうあざといだろ! まあ,昼間のように真剣に迫られても困るんだが……。

「う,うーん……」

 その時,川崎がようやく目を覚ましたようだ。

「あたし……床に……?なんで?」

「さーちゃんはね,さっきまではーちゃんとラブラブしてたんだよ」

「え? あたしと比企谷が床でラブラブ……?」

 おーい,けーちゃん! たしかにラブラブは俺がごまかすために言った言葉だけど,今ここでそれを言ったら決定的に勘違いされるだろー!!

「あたし……こんなところで,比企谷にはじめてを?」

 川崎! そのくだりセカンドシーズンで原滝がやってるからな? 二番煎じはウケないぞ。

「で,次はけーかがはーちゃんにラブラブしてもらうの♪」

「けーちゃんがラブラブ……?」

 やあ,これは新鮮な展開……じゃなくて,やめてー! 俺が社会的に死ぬ! その前に川崎の手で本当に死ぬ!!

「ひーきーがーやーーー!!!」

 川崎が鬼神モードで再起動する。

「まて,誤解だ,川崎,いったん落着け」

「あたしのカラダだけじゃ飽き足らずけーちゃんにまで手をだそうなんて!」

「違う! 俺は,けーちゃんに何もしようとはしていない!!」

「はーちゃん……あとでけーかとラブラブするって,うそだったの……」

「け,けーちゃん……嘘じゃない,嘘じゃないけど……」

「やっぱりアンタ……」

 うわー! なにこの姉妹による修羅場!! 俺が生き残る道がどこにも見えねえ……。

「あ,あの……」

 絶体絶命のピンチに救いの手を差し伸べてくれたのは,生徒会書記の藤沢だった。

「比企谷先輩は,その……気を失った川崎先輩が倒れないようにずっと支えてて,それで,妹さんが不安にならないようにラブラブしてるって言って,その後,ガラスとか水が散らばった床を片付けさせて,優しく床に寝かせただけです。その他のことは一切していません」

「比企谷,本当?」

「だから,最初から誤解だって言ってるだろ。藤沢のいうとおりだ」

「そうか……それは迷惑かけちまったね,すまない。アンタ,藤沢さんだっけ? ありがとね。アンタが言ってくれなかったら,比企谷を殺してアタシも死ぬとこだったよ」

 川崎,怖えよ!

「藤沢,ほんと助かったわ。ありがとうな」

「いえ,比企谷先輩にはクリスマスイベントの時に助けてもらいましたから……少しでも恩を返せてよかったです」

「むー,わたしが最後,華麗にせんぱいを助けようと思ってたのに~」

 あざとい計算が裏目に出たな,一色。

「それに書記ちゃんにまでフラグを立てるとか……書記ちゃんには副会長がいたんじゃないんですか?」

「それが,本牧先輩はあのクリスマスイベント以来,私と目を合わせてくれなくなって……それに別にお付き合いしているとかいうわけでもありませんし……」

 まあ,自分がかっぽれやら金毘羅船船を踊り狂っているところを女子に見られたんじゃ目も合わせたくないわなあ……本牧……強く生きろ。

「むきー! すべてあの正月野郎のせいですね! でもわたしはせんぱいにおっぱいをモミモミされたんですからね。書記ちゃんには負けません!」

 せんぱいにおっぱいってちょっとおもしろいよね? おもしろくないか……。

「わ,私だって,比企谷先輩が望むならおっぱいモミモミくらい……」

「あの……ここ,小さい子もいるから,おっぱいモミモミとかやめてくんない?」

「ひっ!? すっ,すみません。比企谷先輩///」

「さーちゃんもおっぱいモミモミされたいの?」

「け,けーちゃん!?」

「けーちゃん,さーちゃんはね,ラブラブの方が好きなんだよ。けーちゃんもラブラブするんだったね。ほうら」

 少ししゃがんでけーちゃんと胸を合わせ,グッとその小さな身体ごと持ち上げる。

 ついでにそのまま自分体ごとクルクルっと回転させると,キャッキャっと声を上げて喜んでくれたようだ。

「はーちゃん,ラブラブ楽しい〜♪」

 いつもより余計に回してるからな。玉縄,羨ましそうにこっち見んな!

 ちょっと目が回りそうになったところで回転を止め,ゆっくりとけーちゃんを下におろす。

 屈んでけーちゃんの足を床に着けたところでけーちゃんが俺の頬に両手を当てて,その可愛い唇を俺の唇に……。

 チュッ。

「!?」

 えへへっとはにかむけーちゃん,混乱する俺。

 状況を整理してみると,まったく幼女は最高だぜ!,このままけーちゃんルート開放か? と思う以前に俺の生命が閉ざされようとしているようだ。

「アンタ……けーちゃんに何てことを……あたしはアンタに何をされようと構わないけど,けーちゃんに手を出すなら死んでもらうしかないね。ゴメンね,こんな終わり方で」

 菩薩のように優しい顔をした川崎。しかし,同じ包丁を握る姿も,鬼神モードの時より心の底から恐怖を覚えた。そもそも俺が手を出したわけじゃない!と言いたかったのだが,今更そんな話を聞いてもらえるような状況ではないようだ。

「さーちゃん,さーちゃん」

 けーちゃんに呼びかけられた川崎は,構えていた包丁を後ろに隠し,やわらかな表情のまましゃがみこみ,けーちゃんと同じ目線になって言った。

「なあに,けーちゃん」

 ここから逃げるには今しかない,これが最後のチャンスだと頭では分かっているものの,足がすくんで一歩も動くことができない。

 すると,けーちゃんが俺にしたように川崎のの頬に両手を当てて,チュッと唇を押し当てた。

「なっ!?」

 かわさきはこんらんした

「さーちゃん,はーちゃんとけんかしたらメッ! さーちゃんにもはーちゃんのチューを分けわけしてあげるからなかよしさんして」

 チューを分けわけって,しんけん可愛い。けいかわいい。しかしそれって……

「間接キス……」

 川崎がペタリと床に座り込み,自分の唇に指を当てて呟いた。

 だが,幼女の追及はこれで終わったわけではなかった。

「さーちゃん,なかよしさんできる?」

「あ……ああ……ちゃんとはーちゃんとなかよしさんできるよ」

「はーちゃんは?」

「もちろん,俺もさーちゃんとなかよしさんするよ」

「じゃあ,はーちゃんとさーちゃん,なかなおりのチューして」

「へ!?」

「は!?」

 二人して間抜けな声を上げてしまったが,正直,意味が分からない。

「けーちゃん,俺とさーちゃんはもうなかよしさんだから,仲直りのチューはしなくても大丈夫だよ」

「だめだもん。パパ言ってたもん」

「けーちゃん,とうさん,何て言ってたの?」

「あのね,けーかが夜におめめをさましたの。おしっこしたかったからママのところに行ったら,パパとママがけんかしてたの。だからけーかが,けんかはだめーってお部屋に入ったら,パパとママがはだかでチューしてて,パパがもうなかなおりしたからだいじょうぶって言ったの。パパは,おとこの人とおんなの人がなかなおりする時はチューするんだよって言ったの。だから,さーちゃんとはーちゃんもチューしないとだめなの。だめなの……」

 けーちゃんは今にも泣きそうな顔をしている。しかし……。

「おい,川崎。それって……」

「言うな,比企谷……とうさんもまったく……」

 まあ,川崎家,両親仲睦まじくて良かったじゃないか。川崎に新しい弟か妹ができる日も近そうだ。

「けーちゃん,けーちゃんパパが言ったことはちょっと違うかな?」

「パパ,けーかにうそのこと言ったの? けーかのパパはうそつきなの?」

 ヤバい。けーちゃんの目に涙が溜まってきた。

「あんた,何,妹を泣かせてんだい!」

「いや,でもなあ……」

「ゴチャゴチャ言うんじゃないよ!!」

 言うが早いか,川崎が俺のあごをくいっと持ち上げ,自分の唇を俺の唇に押し当てた。

 まあやだ男らしい,じゃないよ!

「か,川崎!?」

「仕方ないだろ,京華が泣きそうなんだから。ほーら,けーちゃん,はーちゃんとさーちゃんはなかよしでしょ?」

「うん! はーちゃんとさーちゃんなかよし!!」

 溢れんばかりの笑顔で応えるけーちゃん。この笑顔を見られたのなら,これで良かったのかな?

「せんぱい,いったい何やってるんですか……」

「比企谷先輩……それはちょっと沙和子的にポイント低いです……」

 あ,そういや君たちここにいましたね。てか,また新たなポイント制度が……。

「いや,これは訳あってだな……て言うか,一部始終見てたんならおおよその事情は分かるだろ? ほら,川崎も何か言って……」

「エヘ,エヘヘ,比企谷とキス……」

 おーい!かわさきさーん,おーい! 戻ってこーい‼︎

「はーちゃんとさーちゃんはなかよしさんなんだよ。だからチューするんだよ」

「じゃ,じゃあ,せんぱいとわたしも仲良しさんですからチューしましょう」

「か,会長! 抜け駆けはズルイです! それなら私も比企谷先輩と……」

「書紀ちゃんはせんぱいとそれほど仲がいいわけじゃないじゃないですかー」

「わ,私だって比企谷先輩と仲良くしたいです! 会長はさっきおっぱいモミモミされたんですから,今回は遠慮してください」

 だから,おっぱいモミモミやめろー! 藤沢も意外と暴走するタイプなのな。俺と仲良くという前にまず君たちが仲良くしなさい!

 そんなことを考えていたら,遠くのほうからシュプレヒコールが聞こえてきた。そろそろデモ隊が近づいてきているようだ。いつまでもこんなことやってる場合じゃないな。

「一色,藤沢,生徒会でこのお菓子作りイベントやってるんだったら,まずは立派にこのイベントを成功させることがお前たちにとって大事だろ?  俺は試食くらいしかできないけど,お前らもチョコ作ったんなら早く持ってきな」

「はい! わたし,クリスマスイベントの準備の時にもせんぱいに食べてもらってるし,お菓子作りには自信がありますから書記ちゃんには負けませんよ!」

「私だって比企谷先輩に美味しく食べてもらえるよう頑張ったんですから会長にだって負けません!」

「いや,お前らちゃんと仲良くしろよ。でないと……」

 下に目を移すとけーちゃんがジーっと二人の顔を見ている。

「このままだと,お前ら二人でキスするハメになるぞ」

 二人の耳元でそっとそんなことを囁くと,

「や,やだなー。わたしたち元々仲良しですからねー」

「そ,そうです。会長と私,仲良しですからー」

 ぎこちない笑顔で肩を組み,おほほほほーと言いながら二人してこの場を去っていった。

「はーちやん,はーちゃん。これけーかが作ったの」

 と言って,袋に入ったチョコレートを俺に差し出した。

「おお,サンキュ。よくできてんじゃん。なかなかやるな,けーちゃん」

 頭を優しくなでてあげると目を閉じて気持ちよさそうにしている。

「比企谷……それ,あ,あたしが作ったのも混ざっちゃってるかもしんないけど」

「なんだ,さーちゃんも頭なでなでして欲しいのか?」

「ばっ,ばっかじゃないの?」

 川崎が真っ赤な顔をしているの見たら,前の俺なら激怒してんのかとか思っちゃったんだろうなあ……。

「チョコありがとな。あとでゆっくり食べさせてもらうわ」

「今日はすまなかったね。いろいろと迷惑かけちゃって」

「ま,別に迷惑ってほどのことでもないしな」

 けーちゃんをなでる反対の手で自分の頭をポリポリと掻いてみる。

「じゃあ,けーちゃん,そろそろ帰ろっか。晩ごはんの買い物もあるしね」

「はーい。じゃあ,はーちゃん,またね」

「おう。気をつけてな」

「はーちゃん,またさーちゃんと仲良ししてねー」

「ゴホッゴホッ」

 発した本人はいたって無邪気だが,それを聞いた俺はさっきの口づけを思い出し,思わず咳きこんでしまった。

「か,帰るよ,けーちゃん!」

 再び元阪神のブリーデンのように真っ赤な顔をした川崎もたぶん俺と同じことを考えているのだろう。

 俺に向かって手をフリフリするけーちゃんの反対の手を引いて,慌てて階段を下って行った。

 いよいよデモ隊の声も大きくなってきて時間的余裕がなくなってきた。

「せんぱい,わたしのガトーショコラ,食べてみてくださいよ~」

「比企谷先輩,私の作ったタルト オ ショコラ,味見してください」

 一色と藤沢がそれぞれに手作りのお菓子を皿に乗せて俺に差し出してきた。

「見た目は二人ともよくできてるじゃないか」

「見た目だけじゃありません。中身も絶品ですよ,わたしみたいに♡」

 きゃびるんとウインクをしてポーズをとる一色。

 手にした皿には粉砂糖もしっかり振り,ホイップクリームにブルーベリーまで添えてある。

 うん,たしかに一色と同じくあざとい。

 小さなフォークで先端の部分を切り取り口に運んでみる。

「……これは,旨いな」

「でしょう? これ,小麦粉を使わないでメレンゲをしっかり立てて作るんです。手間はかかってますけど,その分,いろはちゃんの愛情たっぷりです♪」

 まあ,あざといだけじゃなく,見えないところでがんばってたりするところが本当に一色みたいだな。

「でも,これ相当いい材料を使ってるんじゃないか?」

「はい! せんぱいのために生徒会の予算と海浜さんの予算もふんだんにブチ込んで,原料のチョコに卵,お砂糖に生クリーム,バターにいたるまで厳選した材料で作ってみましたー」

 おーい! この生徒会長大丈夫なのか? こういうちゃっかりしてるとこも一色らしいといえば一色らしいが……。

「か,会長,ずるいです……そんな材料までいいものを使うなんて……」

 藤沢の声が消え入りそうになり,一度は元気よく差し出されたお皿も少しずつ後ろへ下がっていく。

 その皿からひょいと藤沢の作ったタルトを摘み上げる。

「なかなかよくできてるじゃないか,藤沢」

「そんな……会長のに比べたら私のなんて……」

「そうか? 俺は可愛いと思うがな」

「ふぇ!?」

 なんか変な声を出したかと思うと藤沢の顔がみるみる赤くなった。

 藤沢のタルトはタルト生地の中にアーモンドのキャラメリゼが入り,コーヒーのガナッシュにちょっとラムの香りがする大人な味だ。

「藤沢,俺は好きだぞ」

「す,好き……あわわわ」

 藤沢の様子がなんかおかしいがいったいどうしたんだ?

「むむむむ……書記ちゃん,行きますよ。仕事です,仕事!」

 ずるずると一色に引きづられていく藤沢。

「比企谷先輩,私も好きですよー」

 そりゃそうだよな。藤沢が自分で手作りしたんだもんな。これが藤沢の好みの味かぁ。

 マッカンと一緒に食べたらグンバツに合うと思うな。

 そろそろこの場を出て行こうと思ったら,目の前に由比ヶ浜が立ちはだかった。

 四天王の最後はこいつか……。

 それまでの三天王が誰と誰と誰かは全く分からんが。

「ヒッキー,やっとできたから,食べてくれる?」

 恥ずかしそうにもじもじしながら何やら黒茶けた物体を乗せた皿を前に突き出す由比ヶ浜。

 見た目は,アレだ,なにやらぐにゃぐにゃしたものにチョコレートをぶっかけたような?

 何を言ってるのか分からないだろうが,見たまんまを言えばとにかくそんな感じだ。

 渡されたフォークを持ったまま躊躇していると,

「やっぱり……見た目悪いし,食べたくないよね……ごめんね……頑張ったんだけどな……」

 悲しげな目をしてうつむき加減に呟く由比ヶ浜。

 その由比ヶ浜の手から皿を奪い,そのチョコらしき物体を皿から口の中にかきこみ,むしゃむしゃと食べた。

「ヒッキー!? そんな無理に食べなくても……」

「……うまい」

「え? え?」

「これ,美味いぞ,由比ヶ浜」

「ほんとに?」

「ほんとだ! よくやったな,由比ヶ浜!!」

 思わず由比ヶ浜のウェーブのかかった茶髪をぐじぐじと撫でまわす。

「えへへ,ヒッキー,キモいよぉ」

 そんな言葉とは裏腹に,満面の笑顔で目じりには少し涙まで浮かんでいる。

「これ,桃が入ってるのか?」

「そう! クリスマスイベントの準備の時に缶切りがなくて開けられなかった桃缶にチョコレートをコーティングしたの!」

「そうか,甘みと酸味のバランスが良くてほんと美味い。がんばったな,由比ヶ浜」

 俺も少し目頭が熱くなってきた。

「ところで雪ノ下と三浦は?」

「んー,あっちで休んでるみたい」

 由比ヶ浜の指差す方を見ると,三浦と雪ノ下が二人して床に座り込んでいるのが見えた。

「ゆ,雪ノ下さん……あーしら,頑張ったよね?」

「そ,そうね……持てる力のすべてを出し切ったのではないかしら……」

 元々体力のない雪ノ下はともかく,三浦までもが息も絶え絶えに身体を寄せ合ってへたり込んでいたのだ。

 お前らも相当頑張ったんだな。俺の涙腺はとうとう崩壊してしまった。

 三浦が今日もピンクであったことなどはほんの些末なことであるよ。

 俺は,疲れ切った二人にありがとう,命拾いをしたと礼を言うと,デモ隊に合流すべく調理実習室を出て階段を下りていく。

「ちょっ,ちょっとー待ってよー,ひきがやー」

 踊り場で振り返ると,折本が走って俺に追いついてきた。

「はぁ,はぁ,さっき後で食べに来てねって言ったじゃん。黙って出ていくなんてウケないんだけど」

 そういえば,さっき,そんなこと言ってたっけ。

「すまんすまん。あんまり時間がないんだが,すぐに部屋に戻ればいいか?」

「いいよ。ここに持ってきたから」

 そう言って,手に持ったセロハンに包まれたチョコレートブラウニーを差し出した。

 俺がそれを受け取ろうとすると,折本が手を引っ込める。

「おい,俺が勝手に出ていこうとしたから,何かの嫌がらせ?」

「ぷっ,嫌がらせとかウケる」

「いや,ウケねーから」

 そう言うと,セロハンを解いてブラウニーを取り出した。

 だいたいの流れは読めた。これは,あーんイベントですね。まあ,幸いにしてここは踊り場。他に見ている奴もいないし,無駄に抵抗して費やす時間も惜しい。

 仕方なく目を瞑り,口を開けて待っていると,口の中に甘いものと,舌が進入!?

「んっ,ふっ,うんっ」

 驚いて目を開けると,目の前には折本の顔。

「んんっ」

 俺は慌てて絡み合う口を離した。

「お,おまっ,何を……」

「……あたしが作ったお菓子を口移しで食べさせてあげただけだけど?」

「だけって,いやいやいや,いくらなんでも,お前,な,な,なんでこんな……」

「ふふっ,焦った比企谷とかウケる」

「いや,これはさすがにウケねーだろ!」

「あたし,言ったじゃん。今の比企谷なら付き合ってもいいかなって」

「だからって……」

「まあ,あたしの気持ちを知ってもらえればいいかなーって。今の比企谷なら彼女の一人や二人いそうだし,さすがに付き合ってとは言えないよねー。中学の時のこともあるからさ……」

「折本……」

 いつも明るい折本が少し翳りのある笑顔で言った言葉は,喉に刺さった小骨のように心に引っかかった。

「あれは……俺がお前のことをよく知りもせず,俺のことを知ってもらう努力も何もしないで勝手に告白して自爆しただけだ。お前のせいじゃない」

「そかー,中学時代のあたしって何見てたんだろうね……ブラウニー,まだ少し残ってるけど,もいっかい口移しする?」

「いや,時間ねーし,もう行くわ」

「残念,時間あったらしてくれたのか。ウケる」

「そういう……じゃあな」

 振り向いて走り出そうとした瞬間,折本に手を引っ張られ,再びその唇が重ねられる。

「んっ」

 甘いものを介さない一瞬の口づけの後,少し泣きそうな笑顔で彼女は言った。

「ごめんね」

 俺はその言葉に何も答えず,ただ黙って階段を下りて駆け降りた……。



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バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ‼︎(完)

あれれー?
おっかしいぞー
上中下で完結してないぞー
ま,アレは「バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!」というお話を上中下に分けただけで,3話で完結するとは一言も……。
そんなわけで,バレンタイン編完結です。
ほんっとすいません。



 デモ隊は海浜松風通りを進行し,先頭の方はもう駅のロータリーに到達しているようだった。

 人の波に紛れるように合流し,材木座の声がするあたりを目指す。

 材木座が拡声器で「バレンタインデー粉砕!」と叫ぶと,周りの参加者が声を合わせて「ふんさーい!」と叫ぶ。

 その材木座から拡声器を受け取り,俺もハンドマイクで辺りに存在をアピールすべく,大音量で叫んだ。

「青春をー,楽しむー,おろか者どもー,砕け散れーーー!」

「砕け散れー!」「砕け散れー!!」

 シュプレヒコールの波が通り過ぎる。程なくして,ほぼ最後尾に位置していた俺たちも京葉線の駅前に到着したのだった。

 

 駅前で集会はできないので,到着後流れ解散となる。

 解散地点まで来ると,陽乃さんと原滝と姫菜が千葉ブランド銘菓創造委員会の四社共同開発商品である「千葉のつきと星」,そしてなごみの米屋創業120周年記念菓の「なごみるく」をそれぞれ一個ずつ配っていた。

 ここに来て陽乃さんも姫菜も顔をさらして一人ひとりに笑顔でお菓子を手渡ししている。

 まあ,ここは交番もあってさらに県警の機動隊もついてるし,滞留して写真会というわけにもいかないからもう大丈夫ということなのだろう。

「比企谷くん,お疲れさまー」

「陽乃さんもお疲れ様です。最後,お菓子配ってるんですね」

「そうだよー。ただリア充に嫉妬するだけじゃなくて,チョコレート会社の思惑を粉砕して地元のお菓子をアピールするイベントでもあったんだよ」

「それに陽乃さんや原滝,姫菜のような美女,美少女からお菓子がもらえるんですから,モテない参加者は天にも昇る気持ちでしょうね」

「おっ,モテる男は余裕の発言だねー。周りの参加者に実態を知られたら殺されちゃうよ」

 周りには聞こえないように耳元でささやく陽乃さん。俺も陽乃さんに近づき,小さな声で言葉を返す。

「勘弁してください。俺がモテるなんて,たぶん夢かうつつか幻の類ですよ」

 すると陽乃さんが訝しげに俺に言った。

「んん? なんか比企谷くんからチョコレートのような甘い匂いがするぞ」

 その鋭さに一瞬ドキッとしたが,努めて冷静さを装うようにする。

「ああ,さっき疲れたので材木座が持ってたチョコをちょこっと貰ったから,たぶんその匂いじゃないですかね」

「ふうん……」

 顎に手をあてて考え込まないで! チョコをちょこっとのところツッコんで!(悲痛)

「原滝もお疲れさん。そのレオタードじゃ寒くなかったか?」

 このまま陽乃さんの相手をするのは危険と戦術的撤退を決め込み,原滝の方へと向かった。

「これでも山の育ちだからな,九州とはいえ冬は冷え込むし,寒さには結構強いんだ」

 なるほど,と原滝の格好をマジマジと見てみる。

「八幡,なに人の身体をジロジロ見てんだよ?」

「いや,やっぱお前なかなかいいプロポーションしてるなと……」

 ゴンッ!!

「いっつー! だからゲバ棒はやめろっつーの!」

「お前,また別府の混浴を思い出してたんだろ? 冷静になってみると,あれはあたしも恥ずかしいんだ。忘れろ! 忘れられないんなら,このバールで忘れさせてやる」

 おいやめろ! それ本気で死ぬ奴だからな? こんな強化プラスチックのヘルメットじゃひとたまりもないぞ!! てか,なんでバールなんか持ち歩いてるんだよ!? 交番の目の前なんだから,お巡りさん仕事してくださーい!

「わっ,忘れた! ちゃんと忘れました! だからヤメロ!!」

「ほんとか……?」

 原滝は俺の目を見て,その後,頭の先からつま先までゆっくりと視線を動かし,股間のあたりで目を止めて,ぽっ,と顔を赤くした。

 おい! お前こそ忘れろよ!!

 

 駅前からデモ隊はほとんどいなくなり,我々電柱組メンバーも解散することになった。

「今日はみんな疲れただろうから,打ち上げはまた日を改めることにして今日は解散しよう。都築を待たせてるからみんな送っていくよ?」

「あ,俺,自転車を置いてあるんで大丈夫です」

「わたしも自転車なので……」

「となると,バラダギちゃんと私だけかー。じゃあバラダギちゃん乗って乗って」

 陽乃さんは,乗り込んだリムジンの後部座席の窓を開けて,

「比企谷くんと海老名ちゃんも気を付けて帰ってね」

と言って手を振りながら帰って行った。

 

「姫菜も疲れただろ? 自転車はコミュニティセンターに置いてあるから取ってきたら送ってくよ」

「八幡くん」

 なにやら姫菜さんがこめかみに青筋を立ててプルプル震えながら笑顔をされていらっしゃる。

「正座」

「はっ?」

 ちょっと,この子,何言っちゃってんの?

「聞こえなかった? 正座」

「いや,ここ歩道の上だし」

「は・ち・ま・ん・せ・い・ざ」

「はいっ!」

 怖い。笑顔が怖い。

「なんで正座させられてるか分かるかな?」

「いや……正直,何の事だかさっぱり……」

「わたし,コミュニティセンターに行ってとは言ったけど,サキサキとキスしていいとは言ってないよね?」

 は?

「折本さんと口移しとかしていいなんてこれっぼっちも言ってないよね?」

「どうしてそれを,いや,その……それにはアレがアレな事情が……」

「隠そうとしてたの?」

 少し悲しげな顔で俺に問いかける。

「そんなことは……ん……隠すつもりはなかったけど,でも,まあ,言わなかっただろうな……」

 姫菜は,はぁ,と短く息を吐く。

「わたしね,嬉しいの。八幡くんが皆んなに好かれて。ほら,文化祭の後とか,まだ本当に君を知る前だったけど,いろんな噂されてて,ちょっと嫌だった。君は知らなかったと思うけど,結構見てたんだよ,わたし。主な理由ははやはちだけどね」

 ふ,ふーん。理由が理由だけにあまり素直には喜べないけど,そうだったのね。たしかに修学旅行でいきなりなんてことはないよね。

「その時は好きとまではいかなかったけど,もっとお話ししてみたいな,とは思ってたんだ。でもね,君は文化祭で学校一の嫌われ者になって,周りの目とか優美子のこととか考えたら話しかけられなくて,視線の先の君は辛そうで,少し心が痛かった。だから,今みたいに君の周りに君のことが好きな人がいっぱいいて,ちょっと嬉しい。君が何事もないような顔で辛いことに堪えてる姿を見なくて済むことが嬉しいの」

 姫菜は正座する俺の上から優しい顔で俺に語りかける。だが,彼女のそんな顔はそこまでだった。

「でもね,辛いの。苦しいの。みんなが君に好意を寄せることが。わたし,君の彼女でもなんでもないし,それに対して何か言える立場じゃない。分かってる。でもね,ダメなの……君が誰かから思いを寄せられるたびに,わたしはいつか君に見向きもされなくなる,君に見捨てられる,そんな思いがだんだん強くなる……怖いの……わたし怖いの……」

 正座する俺の前に立つ姫菜の両手はギュッと握られ,その瞳からは大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。

 俺はいったい何をやっているのだろう? 俺のせいでまた姫菜に悲しい思いをさせてしまっている。この先もこんな思いをさせるのだとしたら,今,この関係を終わらせるべきなんじゃないか? 簡単な話だ。こいつに嫌われるようにふるまうだけでいいんだ。罵倒して,離れて,関係を閉ざす。今までだってやってきたことだ。簡単なことなんだ。一時的に泣かせることになっても,これ以上俺がこいつを泣かせることがないようそうすべきなんだ。そうすれば,いつか誰かがこいつを笑顔にしてくれる。だから……。

 だけど……嫌だ……。

 こいつを,姫菜を笑顔にするのは俺でいたい……ほかの誰かじゃ駄目だ。俺じゃなきゃ嫌なんだ。

 俺は,二代目博多淡海のごとく地面に正座した形のまま一気の跳躍で姫菜の前に立ち,両手で腕ごと強く抱きしめる。

「姫菜! 俺はお前のことが……」

「駄目……だめだよ,八幡くん……」

「姫菜……」

「それは君の勘違いだよ……わたしなんて,君に好きになってもらえる資格なんかない……わたしが抜け駆けして君に一番に告白した,結衣の気持ちを知っていたのに……」

「由比ヶ浜は関係ないだろう? そう,姫菜は一番に告白してくれた。勇気を出して俺に気持ちを伝えてくれた,それだけで人を好きになるのに十分じゃないか? それに勘違い? 俺の気持ちを勝手に推し測って諦めてんじゃねえ! そりゃ,たくさんの人が俺に好意を寄せてくれるのは,正直言って嬉しい。だからと言って,俺がお前を見向きもしなくなる? 馬鹿にすんじゃねえぞ!」

「ふふふ……」

 姫菜が泣きながら少し笑う。

「おかしい……勘違いだなんて,いつもなら八幡くんのセリフなのにね。その人にわたしが説教されちゃった」

「……そう,だな。ははは」

 本当にその通りだ。今までの俺を思い出し,苦笑するしかなかった。

「ねえ……八幡くん」

「なんだ?」

「みんなと縁を切ってわたしだけを選ぶなんて言わないでほしいの」

 俺は,姫菜の言ってることが理解できなかった。こいつは,俺が他の女の子と一緒にいることで不安に思ったのだろう? なら……。

「俺はお前だけいればそれで……」

 だが,姫菜は静かに首を横に振る。

「君がそんなことしたら,わたしがきっと後悔する。君にそうさせてしまったことを」

「そんなことは……」

「あるよ。わたし,やっぱりあの城あとでのことは心に引っかかってるんだ。もちろん,今,こうしていられるのだから後悔はないよ。そうしてよかったとも思ってる。でもね,結衣や雪ノ下さん,サキサキに申し訳ないなって気持ちもやっぱりあるんだよ。よかったって思う自分が嫌い……今,ここでこうして泣いて,それで君の心を手に入れるって,やっぱりずるいよね? 君の優しさにつけこんで,もしそうなったら,わたしはもう,どうやっても自分のことを好きになれない気がする。だから今はやめて。わがままかもしれないけれど,今はダメ。君がみんなの好意を受け止めて,そのうえで最後にわたしのことを選んでくれるなら本当にうれしい。それまで,いくらでも待つよ。それでもし,君がほかの誰かを好きになったとしても,心の片隅にでもわたしのことを置いてくれるって約束してくれるなら,わたしは堪えられる。我慢できる。だからお願い。今は……言わないで……」

 俺の胸に顔をうずめ,姫菜は話し続ける。

「ねえ,こういうこと言うの,ずるいのは分かってる。でも,たしかな気持ちが,その証が欲しいんだ……これから,君を好きでい続けられるように……堪えられるように……」

 姫菜の声がかすかに震える。

「これから……家に来てくれないかな? 今夜,お父さん……いないんだ……」

 俺はゴクリと息を飲む。

「姫菜,それって……」

 俺の目を見ないまま,姫菜はただ,コクリと頷く。

 姫菜の決意を受けとめた俺は,下を向く姫菜のあごを左手で持ち上げ,右手でヘルメットのあごひもを解く。

 そのままヘルメットを外し,じっと姫菜の目を見つめる。

 姫菜はそっと目を瞑り,少し顔を上に向けた。

 そしてゆっくりと唇を重ね……。

 

 ガン!!!

 

「がはっ!」

 ヘルメット越しに脳天を貫く衝撃が走る。

「ぐあぁぁぁ!」

 あまりの痛みに膝をついて地面に崩れ落ち,思わず叫びだしてしまった。

 いったい何が起こったと……。

 

「比企谷! お前,ウチの店の真ん前でで何をイチャコラやってるんだ」

 よく考えたら,ここはたくさんの人が通りかかる京葉線の駅前。そして,俺のバイト先のファミレスの目と鼻の先でした。

 てへっ☆

 じゃねえ。

「店長……」

「杏子さん……」

 見上げると,釘バットを持った店長が仁王立ちしてました。

「店長,いったいどこから?」

「ん? お前が正座させられたところからだ」

 ほぼ全部やないかい!

 こんな人通りの多いところで正座させられるは泣かれるは抱き合うはキスしそうになるは店長にみられるは釘バットで殴られるは……殺してくれ~~~~! 頼むから殺してくれ~~~~!!

「ん? 比企谷,なんか死にたそうな顔してるな? ヘルメット外したら一発だぞ」

 おい! FRPのヘルメットなんだから,外さなくても下手したら死ぬるわ!!

「比企谷,海老名,お前らこれからバイトだ。早く着替えろ」

「っつー,いや,俺たち今日はシフト入ってないはず……」

「お前らがへんなデモとかして駅前で解散するから,歩き疲れた参加者が殺到して店がてんやわんやなんだ。 ヘルプで呼んだ舎弟は,外で修羅場ってるカップルがいると仕事をサボって見に来たからちょっと締めたら再起不能になって人手が足らん」

 コラッ! 半分くらいお前の責任じゃないかっ!この鬼! 悪魔! 年増!!

「おい,お前,今何か不愉快なこと考えてなかったか?」

「い,いえ,滅相もありません」

 どうやら店に来た客から,駅前でお菓子を配っているという話を聞いて出てきたところで俺たちが修羅場っていた,ということらしい。それで,周りの野次馬を睨みつけて蹴散らしてくれていたようだ。

 そりゃ,こんな目つきの悪い女が釘バット持って立ってたら見ないようにしてコソコソいなくなるよね。で,あまりにも盛り上がりすぎということで,止めに入ったと。ちょっと手段がアレで,今もまだ頭が痛むが,ちょっとは感謝しないといけないな。

「店長,これ,さっき姫菜が配ってた千葉ブランド銘菓創造委員会の四社共同開発商品である「千葉のつきと星」,そしてなごみの米屋創業120周年記念菓の「なごみるく」でございます。どうぞお納めを……」

「うむ,苦しゅうない」

 まるで時代劇の悪代官のごとく賂を受け取った店長だが,両手で高く頭の上に持ち上げて,わーいと喜ぶさまはちょっとかわいい。

「とにかく海老名の店の店長とエリアマネージャーにも話は通してある。お前らの責任だからちゃんと働けよ」

 やっぱりかわいくない。

「八幡くん,泣く子と杏子さんには勝てないよ。いこ?」

 姫菜の手を借りてようやく立ち上がる。

「ああ……やるか」

「ちなみに,お菓子のお礼でわたしの下着を見せてやるから,後で店長室に来い」

「だっ,ダメです,杏子さん! そんな乱れたことは許されません」

「お前ら,公衆の面前でキスするのは乱れた行為じゃないのか?」

「ぐっ……」

 思わず押し黙る姫菜。ただ,お菓子2個で下着見せるとか,アンタの下着姿ずいぶんやっすいな!

「まあ,冗談だ。とにかく店内は人で溢れかえってるからな。頼んだぞ」

 アンタ,表情あんま変わんないから冗談言ってるように見えないんだよ!

 

「仕事終わったら……遅くなるから,家まで送ってね……」

 俺の耳元でこっそり囁く姫菜,黙って頷く俺。

 今夜,お父さんいないって言ってたよな……まあ,こいつが気にするだろうから,その……変なことをするつもりはないけれど,ちょっとばかし家に行くことを期待している俺だった。

 


 

「おまちどうさまでした。ワインリストです……」

 俺は,ワインリストを渡すとともに,テーブルの上に転がる数本のワインのボトルを回収する。

「くっそー! 一色のヤツ,なんで私を呼ばないんだ!! 私だってバレンタインデーにチョコを渡したい相手だっているんだぞ!」

「いや,明日入試だから普通に忙しはずですよね?だから誘わなかったんだと思いますよ」

 そう,何を隠そうって言うか,隠しようもないのだが,ここでワインボトルを何本も空けて大騒ぎしているのは我らが顧問,平塚先生である。

「そんな気遣いはいらん! そりゃあ私は若手だからな,仕事は多いさ。だけど,声くらいかけてくれたっていいじゃないか! 仕事の合間にちょっとくらい顔を出すことだってできたし……おい,聞いてるのか? 比企谷!」

「あの,教え子の働いているファミレスでくだを巻くのはやめてください。他のお客様の迷惑にもなりますので……」

「おまちどうさまでした。熟成ミラノサラミです」

「海老名! お前ら,こんなとこでもイチャイチャしてんのか,コンチクショウ!」

「いえ,さすがに仕事場でイチャイチャなんかしません」

 いやいや,姫菜さん,あなたセカンドシーズンで倉庫の中でパンツ脱いでましたけど?……とは,口が裂けても言えないよなあ。

「と言うことは,ここじゃないところでイチャイチャする気だな,コノヤロー!」

「先生,ほんとやめましょう。明日入試なんですから,こんなとこで一人で飲んでないで早く帰った方がいいですって」

「こんなところとは随分な言い方だな,比企谷」

「て,店長……」

「お客様,ウチの舎弟……じゃなかった従業員に何か落ち度がございましたら奥の方で話を伺いますが」

「比企谷! お前,こんな年増女にまで手を出してるのか!」

 今,店長の方からピキッて音がしたよ! なんか,額に青筋たてて震えてるんですけど……。

「おい,お前,年増女に年増女呼ばわりされたくないんだが」

「ぬ゛!?」

「あ゛!?」

 アカン,これは混ぜるな危険や,俺の本能がそう告げている。この二人が争ったら店が崩壊して周りに大変な犠牲が出る可能性が高い。いざと言うときには,姫菜の手を引いてアイツだけでも無事に逃す算段を考えないと……。

 

「平塚せんせいも店長さんも喧嘩してはダメなのですよ」

 竜虎相搏つまさに修羅場に突如現れた鶴見留美よりも少し下かと思われる小学生くらいの女の子。

「お嬢ちゃん,こんなところに来ては危ないですよ。早くお母さんのところに戻りなさい」

「んもう,わたしは平塚せんせいに会いに来たのですよ」

「えっ,平塚先生に? 先生,この子は先生の親戚の子ですか? それとも,ま,まさか先生の隠し……」

「抹殺のラストブリット!!」

 い,いきなりラストブリッド!?

 俺は目を瞑り身を固くして次に来る衝撃に耐えようとした。

 走馬灯のように修学旅行や部室でのこと,別府での混浴や今日のキスのことが頭の中を駆け巡る。

 なんかエロいことばっかだな……。

 ……が,一向に痛みが襲ってこないので,そーっと目を開けてみると,先ほどの小学生がその場に倒れていた。

「あわわわ……つ,月詠先生……」

 平塚先生がこの上もなく慌てている。

 って,月詠……せんせい~~~~!?

 この小学生みたいなのが!?

 こども店長とかそういうやつだろうか?

「比企谷,とりあえずこのお客さんを抱えてソファー席に寝かせろ! お前の身代わりでこの暴力女のパンチを食らったんだ」

 暴力女はアンタもだろ!と喉元まで出かかったが釘バットが怖いので黙っておくことにした。

 俺は,月詠先生?と呼ばれた女の子の小さな体を抱え,そっとソファーに横たえる。

「あなたが比企谷ちゃんなのですねー,平塚先生からお話は聞いてますよ」

 息も絶え絶えに俺に話しかける女の子。こんな小さな体で抹殺のラストブリッドを受けてしまったとしたらそうとう痛むだろうに……。

「大丈夫ですか? すみません,俺なんかの代わりに……」

「俺なんか,じゃありませんよ」

「え?」

「比企谷ちゃんは,俺『なんか』じゃありません。どんな人だって,きっと誰かの大切な人,なのです。だから自分で自分のことを『なんか』って言うことは,その大切に思ってくれている人のことも傷つけることになるのですよ」

 昔の俺なら,俺のことを大切に思う人なんているはずがない,と反論していただろうが,今なら分かる。俺が知らなくても俺のことを思ってくれる人がいた,いや,俺が心を閉ざして知ろうとしなかっただけで,それでも俺のせいで傷つく人がいたのだということに。

「月詠先生……本当に申し訳ありません……」

 平塚先生が完全に酔いも醒め,青い顔で項垂れている。

「平塚せんせい……生徒さんに手を出すなんてことは,酔っていようといまいと絶対にいけないことなのです」

「しかし,言って聞かない奴は,拳で語るしか……」

 いや,どこの熱血少年マンガだよ!

「平塚先生は,今,ちゃんと言葉を尽くしましたか? やってませんよね。まずは言葉を尽くして,それで分かってもらえないなら,もっと言葉を尽くすのです。それでも分かってもらえなかったら,もっともっと言葉を尽くさないといけないのです。それでダメだったとしても,生徒さんに暴力を奮うのは絶対にダメなのです……」

「それでも,私たち教師が責任を果たすためには,時には心を鬼にして生徒に愛の鞭をふるう必要が……」

「比企谷ちゃん,ちょっと手を貸してください」

 俺が手を貸すと,月詠先生はソファーの上に立ち,

 

 バシン!

 

「あっ!」

と,驚く一同をよそに平塚先生の横っ面を引っ叩いた。

「月詠先生,何を……」

 平塚先生が目を見開き,信じられないと言った表情で月詠先生を見つめている。だが,

 

 バシン!

 

月詠先生はさらに追い打ちをかけるように全身を振って,反対側の頬も打った。

 

 そして,バシン,バシンと左右の頬を叩く。

「月詠先生,やめてください!」

 平塚先生も思わず両腕で顔をガードして,月詠先生の平手打ちを避ける。

「月詠先生,何でこんなことを……」

 ソファー席の上に立つ小さな先生は,泣いていた。

「平塚せんせい,痛いですか……」

「はい……痛いです……だから止めてください……」

「なんで痛いのに人を殴るんですか?」

「それは……」

「わたし,平塚せんせいを叩くとき,自分自身もすごく痛い思いをしました。泣いているのはそのせいなのです。平塚せんせいは比企谷くんを殴るときに痛みを感じてましたか?」

「……」

「どんな口で愛情を説いたところで,暴力は暴力なのですよ。生徒さんに決して暴力を奮うことがあってはいけないのです……いけないのです……」

 月詠先生は,はらはらと涙を流す。

「黄泉川せんせいは,過去に『警備員』として子供に武器を向けて死なせてしまったことがあって,それ以来,どんな能力者であっても,決して子供には武器を向けないと誓ったそうです。自分の命が危うくなっても,です。それだけの覚悟で子供たちと対しているんです。平塚せんせいもここで誓ってください。二度と子供たちに手を上げ……ないと……」

 言葉の最後は,肩を震わせしゃくりあげるようになって,もうよく聞こえなかった

「それは……」

 平塚先生は最後の一言を躊躇している。

 横を見ると,店長が抑えることもせず涙を流していた。

 鬼の目にも涙とかこのことかっ!

「おい,お前! 今,この人の話をきいてまだ分からんのかっ! どうしても分からないというのなら,この釘バットで分からせて……」

 あんたが一番分かってねー! 今の話の流れでどうしてそうなる?

「あたしは身内を守るためなら身体でも命でもなんでも張るんだよ! 比企谷,お前はもうあたしの身内だからな,この女がまだお前を殴るというならあたしは躊躇なくこのバットをふるう」

「店長……」

 俺,今,少しだけこの店に入ってよかったと思った。

「お前に何かあったら,あたしのパフェ生活に差し障りが出るしな」

「てんちょお……」

 やっぱりこの店に入ったことを少し後悔しよう。

「杏子さん,照れてるんだよ」

 姫菜の指摘にちょっとだけ照れる店長。ちょっとかわいい,てんちょかわいい……語呂悪すぎだな……。

「で,どうなんだ?」

 平塚先生は,ふっと笑い,両手を高く上げ,

「お手上げだ,負けた負けた。月詠先生には負けました。そして,店長のアンタ,アンタにも負けた。比企谷の周りにはいい大人もいるんだな」

 まあ,普段はすごく子供っぽいですけれどね,ということは,今日の振る舞いに免じて言わないでおくことにした。

 

「そうと決まれば飲み直しなのです。ワインをじやんじゃん持ってきてくださいー」

「いやいや,未成年のお客さんにはお酒をお出しできない決まりでして……」

「比企谷ちゃん,何を言うんですか。せんせいはせんせいなのですよぉ。平塚せんせいや店長さんよりも年上さんなのです」

「えっ! マジ!?」

 驚いて平塚先生の方を見ると,先生が縦に首を振り,

「マジだ。学園都市の七不思議のひとつとされているらしいがな」

 後ろの方から,合法ロリ,キタコレ~~~~!!! という叫び声が聞こえてきた。うるさいぞ,材木座。

 

「あの……月詠先生,お年はおいくつなんですか?」

「比企谷ちゃん,レディに年齢を聞くものではないのですよ。それと,生徒さんたちはみな『小萌せんせい』と呼んでくれてますから,比企谷ちゃんもそう呼んでください」

「……はあ,善処します」

「そうと決まれば比企谷,酒だ! あとつまみも適当に見繕って持ってきてくれ!」

 平塚先生,ここは居酒屋じゃありません。そんな注文の仕方はありません。

「比企谷ちゃん,燗酒とパインセオと竹の子のお刺身お願いしますぅー」

 ここは屋台ではないのでそんなものはありません。

「比企谷,あたしはパフェ」

 あんたブレないな! そして仕事しろ!!

 

「パインセオと竹の子のお刺身,お待たせしました。燗酒は今おつけしておりますので少々お待ちください」

 

 なんであるんだよ!

 


 疲れた……。

 とにかく疲れた……。

 休憩室で休んでいると,部屋の外で姫菜が家に電話をしているらしかった。そりゃそうだな。急にバイトが入ったから,連絡しないとお母さんも心配するよな。

 

「えー,八幡くん来るの遅くなるのー? もうウナギのとろろ丼とすっぽんと牡蠣鍋の用意できてるのにー。お母さんがっかり。でも明日は学校,入学試験でおやすみなんでしょ? 今夜は泊っていってもらいましょう♪ お父さんいないからちょうどベッド一つ空いてるし。え? お母さんがそんな変なことするわけないでしょう? ちょっと横で寝てもらうだけだから。ん,ダメ? もう,とにかくその話は帰ってきてからね。気を付けて帰ってきなさいよ。はい,それじゃあ」

 

 ぶるる。

 なぜか身震いが止まらない俺だった。

 

 それにしても,明日入試なのに先生はこんなに飲んで大丈夫なんだろうか?

 


 

「それでは副校長先生から連絡事項です」

 

「えー,平塚先生は2週間ほどお休みされることになりました。その間の国語の授業につきまして,それぞれのクラス担任の先生には学年主任から連絡がありますので,全校集会終了後,一旦職員室にお集まりください。以上です」

 

 どうやら2週間の謹慎処分となったらしい。

 ドンマイ。

 

 ちなみに,あの日の夜は……げふんげふん。

 




あれれー?
おっかしいぞー
最後,なんで小萌先生出てきてるんだー?
番外編の先生トークだけのはずなのに,本編に出てきちゃダメでしょ!

こんなはずじゃなかった……。
単にお定まりの平塚先生オチでファミレスに先生呼んだだけなのになー。

ラストも含め,行き当たりばったりでこんなことになってしまい,まことにあいすみません。

今回は本当に難産で,タイトルも決まらずようやく公開前日に決まって,オチも最後まで決まらず苦し紛れにこんな感じで,そもそもバレンタインどころかホワイトデーも過ぎてしまうありさまでして……。

正直,力尽きました……。
追い詰められて手管に走ってしまいまして……。
笑ってくれていいんだぜ。

あ,こんな結末ですがアンチヘイトじゃありませんので念のため。

駄作者でほんっとすみません。

たぶんこんなことになってしまったのも魔王軍の仕業だと思います。

『悪魔殺すべし』
『魔王しばくべし』

次こそはプロムだよね? ねっ?


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バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!番外編 いろはす色の☆ウインク100万%(前編)

ハイ、またお会いしましたね!

本編からずいぶん間をおいての番外編投入となりました。
みなさん,もん本編忘れてますよね?(涙)
そもそもまだ2月の話なんですよ?
なんとか,明日までに次を投稿すれば1か月遅れで済みますけどね。

そして,番外編は短編であるにも関わらず前編です。
一話で完結してません。

どうしてこうなった?

駄作者がほんっとすみませんm(_ _)m


「早くせんぱい起きて来ないかなあ……」

 緊張の中,ふと漏らしたつぶやき。

 なぜ緊張しているかというと,今,わたしが座っている場所が,せんぱいのお家のリビングのソファーだからです。

 本日2月15日,時刻は午前8時50分。

 どうやらせんぱいはまだおやすみになられているみたい。

 夕べ夜更かしでもされたんですかねー。

 昨日はいっぱいチョコレートをもらったでしょうから,食べ過ぎて興奮して眠れなかったかもですね。

 まあ,男子の休日の朝なんて普通にこんなものかもしれないですけど。

 朝,8時過ぎにドキドキしながらインターホンの前で押すか押さないか逡巡していると,ちょうどお父様が出ていらっしゃって,小町?お米?のお友だちですかって聞かれて,いえ,せんぱい……八幡先輩の後輩で総武高校の生徒会長をしている一色いろはと申します,と言ったらすごく驚かれて,お出かけされるところだったにも関わらずお家に上げていただいて,お茶まで出していただいたんですよねー。

 それで「八幡とはどんなご関係で」と聞かれたので,おっぱいを揉まれました……とはさすがに言えないので,先輩には生徒会のお仕事をいつもお手伝いいただいて……と言ったらさらに驚かれて,「えっ,あの八幡が生徒会を? まあ,あなたのような美少女の手伝いならある意味当然かもしれません。やはり,ひねくれてはいても血は争えませんなー,はっはっはっ」と笑っていらっしゃいました。少しキモイですけど,いいお父様です。

 ただ,その後に出ていらっしゃったお母さまに「あなた! 会社はどうしたの!!」と,耳を引っ張られて行ってしまわれました。ご両親とも休日なのにお仕事お疲れさまです。

 お母さまは少し怒ったような顔で「この泥棒猫……」と呟かれてましたが,このあたりでも野良猫が出てお魚とかくわえていて,お母さまも追っかけて裸足で追っかけていかれたりするのかな? 意外とゆかいなお母さまかもしれませんねー。

 


 

 そんなことを考えていたらもう9時になっちゃいますね。

 せんぱいの部屋が分かってたら起こしにいっちゃうのに。そして,寝ているせんぱいにいたずらしようとしたら,せんぱいほんとは起きていて,逆にベッドの上でいたずらされ~~~~~///

 ちょっと! わたしったら何考えてるんでしょう。それもこれも,あんなところでおっぱいを揉んだせんぱいが悪いんです! やっぱりしっかり責任を取ってもらわないと!!

 あ,2階から階段を下りる足音が聞こえてきましたよ?

「ふわぁ~,なんだ,小町起きてるのか~?」

 せんぱいです! リビングに明かりがついてるからお米ちゃんと間違えてますね? これはソファーの背に身を潜ませ,いきなり飛び出して驚かせるチャンスです!!

 ふっふっふっ,見ててくださいよ。せんぱいの驚く顔が見ものです。

「あれ? 誰もいないのか? 親父とおふくろ,電気の消し忘れかよ」

「じゃーん! おはよーございますせんぱい!! いろはちゃんが会いに,来,て,あ,げ……」

 勢いよく飛び出して見た先輩の姿は,上はTシャツ一枚に下は……。

「ななな,なんで,おぱ,おぱ,おぱ,おぱんつ一枚なんですか!?」

「きゃー,いろはさんのエッチ!」

「なんでわたしが,ことあるごとに静香ちゃんの入浴シーンに出くわすメガネ少年みたいな立ち位置になってるんですかー! それにせんぱいのまいっちんぐポーズとか,わたし以外にどこにも需要ありませんから!!」

「お前にはあるのかよ……」

「そうじゃなくて,せんぱいのおぱんつです!」

「いや,だってここおれの家だし。てか,なんでお前勝手に入ってきてんだよ」

「勝手にだなんて失礼な!ちゃんとお父さまに家に招き入れていただいてご挨拶もすませました。お父さまが『八幡のこと,これからもよろしくお願いします』と仰られたので,わたしも『こちらこそ,不束者ですが末永くよろしくお願いします』と返したら,涙を流して喜んでおられましたよー」

「お前も親父も何してくれちゃってんの? おふくろは?」

「お母さまは,お父さまの耳を引っ張って一緒にお仕事に行かれました。仲睦まじくていいご夫婦ですね」

「どう見たらそう見えるんだよ……そうだったら俺ももっと気が休まるんだけどな……」

「えっ? せんぱい,どうかしたんですか?」

「いや……なんでもない……」

「ところで,どうしてせんぱいは,その,マチコ先生の形のままなんですか? 最初は驚きましたけど,もう大丈夫ですよ?」

「いや……まあその,なんだ……男にはいろいろあんだよ」

「せんぱいなんですかー? そんな片足立ちじゃ疲れますよね? こっち向いてくださいよー」

「おい,危ない! 引っ張るなって……」

 せんぱいの腕を引っ張って,せんぱいが目の前に立ってみると……その……おぱんつの前の部分が……。

「しぇしぇしぇ,しぇんぱい。そのせんぱいのせんぱいがやっはろーしてるのって……」

 せんぱいは真っ赤な顔でそっぽを向いています。

「それって,わたしのせいですか……?」

「は?」

「その……わたしの顔を見て,この前のことを思い出したからそうなった,とか……」

「いやいやいや,これは朝の生理現象というか,男なら誰でも普通にあることで,別に一色のせいというわけでは……」

「もし,わたしのせいなら,わたしが治めてあげなきゃなー,なんて……」

 ちょっと! わたし,なに口走っちゃってるんでしょう。

「いやいやいや,一色さんのお手を煩わせるようなことでは……」

 焦ったせんぱいってちょっとかわいいですね♪

「せんぱい……手でいいならいくらでも……なんならそれ以上でもいいんですよ?」

 きゃー! わたしの歯止めが利かなくなってる!! もしこのままいったら……。

「ちょっと~,おにいちゃん,なに朝っぱらから騒いでんの?」

 階段から足音と人の声。おにいちゃんという言葉から,クリスマスイベントの当日,いろいろと手伝ってくれた妹のお米ちゃんですね。

 ちょっとホッとしたような,残念なような……。

「女の人の声がしたけど,リビングのテレビでエロゲとか……」

 ええええーーーー!!!

「お,おこ,おこめこめこめこめこめこめこ」

「一色ヤメロ! その噛み方はダメだ!!」

「おこめちゃん! なんで全裸なんですかーーーー!!!」

 そう,リビングに入ってきたお米ちゃんはすっぱだか,まるはだか,いわゆるまっぱだったのです!

「きゃー,いろはさんのエッチ!」

 兄妹して言ったセリフもまいっちんぐポーズも全くおんなじですよ。似たもの兄妹ですねー。 いや,今はそういう問題ではありません。

 

「だから,なんで全裸?」

「いやだって,お兄ちゃん一人でいろはさんがいるなんて思ってなかったから……」

 わたしよりもさらに慎ましやかな……いえ,わたしは年相応にそれなりにあるんです! そりゃ,結衣先輩のようなバケモノは別にして,絶対に雪ノ下先輩よりはあると思うんですよねーって,それは置いといて,慎ましやかな胸を隠しながらお米ちゃんはそんなこと言ってますけど,あれれー?おっかしいぞー? それなら……

「せんぱいに見られるのはいいんですか?」

「それはもちろん! むしろ見て? あるいは,バッチこい!! みたいな?」

「バカなこと言ってるんじゃない!」

 あ,お米ちゃん,せんぱいにチョップされた。

「いった~い」

 片足立ちが解けて手で頭を押さえてるからいろいろ丸見えになっちゃってるんですけど!?

 するとせんぱいが自分のTシャツを脱いでお米ちゃんに頭から被せた!

「ほれ,これでも着てちゃんと隠せ」

 せんぱいのTシャツ……羨ましいなあ。

 お米ちゃんはTシャツをたくし上げて鼻のところへ持ってきてクンカクンカ匂いを嗅いでいるもんだから,せっかく着せてもらったのに大事な部分がまた丸見えです……。

「おっ,おい,小町……」

「おにいちゃん!」

「はっ,はいっ!」

「小町,お兄ちゃんのTシャツでいろいろ捗りそうだから,自分の部屋に行ってくるであります!」

「おっ,おう……」

 そしてすぐにピシっと敬礼をして,また階段を上がっていきました。

 羨ましいなあ……。

 あっけにとられる先輩のことをよくよく見てみると,上半身裸でおぱんつ一枚という恰好じゃないですかー!

「ああ,しぇんぱい……シャツを脱いだということは,次はいよいよおぱんつも脱いで,わたしはここでせんぱいに初めてを……」

「お前はどこのヤツメウナギの吸血鬼だ!」

 そう言ってせんぱいはわたしにもチョップをくれやがったですよ。

「あいたっ! じゃなかった,いったーい,せんぱい,ひどいですぅ」

「言い直してあざとくするな!」

「あざとくないですぅー,ていうか本当に地味に痛いんですけど……」

 素で痛いって言ったら,せんぱい少しあせってるようです。

「そ,そんなに強くしたつもりはなかったんだがな……大丈夫か?」

「こぶとかできてないか,ちょっと見てください」

 せんぱいに向けて頭を少し下げてみる。せんぱい頭なでてくれないかな?

「いっ,一色さん?」

 せんぱいがさらに焦った声を出してます。本当にこぶとかできてたのかな?

 少し顔を上げて上目づかいにせんぱいの顔を見上げると,顔を横へ向けながら,目だけがチラチラとこっちを見ている。

「せんぱい,どうしたんですかー」

 ちょっと不満げにせんぱいに文句を言うと,

「いや,その,なんだ……その……ニットのセーターの首元が緩いから……その,白いものと谷間……」

 えっ!? 今日は確かわたしはフリルのついたかわいい白いブラを……。

「きゃあ!!」

 慌てて両手で胸を押さえてその場にうずくまる。そりゃ,いつせんぱいに見られてもいいようにって,今日はかわいい下着を選んで付けてきましたけど,心の準備ってものがあるじやないですかー。こんなのって,こんなのって……。

「いっ,一色,すまん。悪気があったわけじゃないんだが……」

 せんぱいが心配そうに声をかけてくれる。そんなの黙っていればよかったのに……せんぱいは,いつもいつも優しくてお人好しで……残酷です……。

「……見たんですね?」

「見たというか,見えたというか,その……」

「見・た・ん・で・す・ね・?」

「ハイっ! 見ました! ワタクシ比企谷八幡は,一色いろはさんの胸の谷間を見てしまいました!」

 うずくまったままチラッと先輩の方へ視線を向けると,せんぱいは直立不動の姿勢で立っていた。

 おぱんつ一枚でのそんな格好は,ちょっとおかしみを感じる。

 でも,そんな態度はお首にも出してはいけない。

 ゆっくりとその場で立ち上がり,固まったままのせんぱいの前に立ち,少しうつむき加減で,

「……責任,とってください」

「いや,しかし,今のは事故みたいなもので……」

「……コミュニティセンターでの責任も取ってもらってません」

「あれだってお前が……」

「ずっと触ってました。せんぱいの力なら振りほどけたはずなのに」

「うっ」

「たくさんの人に見られました」

「ううっ」

「少し……力,入ってました」

「うううっ」

「だから……」

 せんぱいの裸の胸に指を這わせる。

 普段はあんなに細っこく見えるのに意外と逞しい胸。やっぱり男の子ですね。

「せんぱい……ふたりきりです……」

「一色……」

 そのまませんぱいの胸に手のひらをあてて,少し背伸びをする。今日のコロンの香り,あの日と同じなの,せんぱい気付いてくれるかな?

 せんぱいの唇まであと少し。わたしは目を瞑り……

 

「ああっ! おっ,おにいちゃんっ!」

 突然の声に,せんぱいがパッと飛び退いた。

「んんっ! あン! おにいっ,んっ!」

 二階から突然聞こえたお米ちゃんの……。

せんぱいとふたり,少し離れたところで赤い顔して下を向く。

「せんぱい,これって……」

「一色,言うな。小町のやつ,ドア開けっ放しで……」

 お米ちゃん! 捗りすぎです‼︎

「俺,ちょっとシャワー浴びてくるわ。一色はゆっくりしていてくれ」

「あ,せんぱい……」

 せんぱい……行っちゃった……。

 


 

「せんぱい,いますか?」

「一色!?」

「はい,いろはちゃんですよー」

 せんぱいんちのバスルームの脱衣所まで来てしまいました。

「お前,なんで……」

 シャワーの音がするバスルームの扉越しにせんぱいとお話しする。

 半透明の中折れ戸の向こうにせんぱいのシルエット。

 シャワーを浴びているわけだし,さっきまで履いていたせんぱいのおぱんつはここにあるので,当然せんぱいは全裸。

「お前,リビングで待ってろよ。お前にそこにいられると……処理が……」

「せんぱい,リビングはお米ちゃんの声が聞こえてきて,あんなとこひとりでいられません」

「そ,そうか……そうだよな……」

 せんぱいの言ってた処理の意味は分かりませんが,あんな声聞いてたら,わたしまで変な気分になっちゃいます。

 ……正直,ここにいてもそんな気分になっちゃいそうですけど。

「せんぱい……わたしも入っていいですか?」

「いいわきゃねーだろ! 早くセーターを着ろ!」

 あれ? セーター脱いでたのバレてる?

「シルエット……見えてるから……」

「あ」

 とっさにそこにあったバスタオルで胸を隠す。

 一緒にバスルームに入って全部見てもらうつもりだったのに変ですね。やっぱりまだ,覚悟がないのかな?

「あの……一色さん……俺,そろそろ出たいんだけど……」

「どうぞ?」

「いや,どうぞじゃねえし」

「え?」

「頼むから出てってくれ! 早く‼︎」

「あ,すみません!」

 慌ててバスルームを出る。そりゃわたしがいたら出られないよね。

 あ,わたしバスタオル掴んで,セーターは脱衣カゴの中でした。

 セーターを取りに再び脱衣所に戻ると,

ガチャ

「いっ,一色……」

「せんぱい……」

 ちょうどバスルームから出てきたせんぱいと鉢合わせしてしまいました。

 せんぱいは……濡れそぼってて……髪の毛が顔にかかって目線が見えません。

 目線は見えないけど,やっはろーしたせんぱいのせんぱいがまる見えでした……。

「せんぱい……タオルです」

 手に持っていたバスタオルを先輩に差し出す。

「一色……下着が……」

 そうでした。わたし,セーターを脱いだままです。

 でも,せんぱいは全裸なのですから,わたしも覚悟を決めなければなりません。

「……そう,ですね。せんぱいだけ裸なのは不公平ですよね。わたしも……」

 両手を後ろに回し,ブラのホックを外そうとする。手が震えてうまく外せない。

 すると,せんぱいがさっき渡したバスタオルでわたしを包む。

「無理すんな……」

「せんぱい……」

 せんぱい,すぐ近くにいるのに,やっぱり目線が見えないです……でも……。

「……あたってます」

「うわっ! しょっ,しょうがないだろ,お前みたいな美少女が半裸で目の前にいるんだから」

「び,美少女!?」

 恥ずかしくてせんぱいの顔が見られません。でも,下を向くとせんぱいのせんぱいが……。

 せんぱいはバスタオルでわたしを包んでいるから前を隠せませんし。

「えいっ!」

「一色さん!?」

 思いっきり先輩に抱きついて密着してやりました。これでもう,せんぱいのせんぱいは見えません。

 ただ,さっきよりも強くわたしにあたっていて,よりせんぱいを感じてしまいます。はっきりいってイケナイ気分になりそうです。

 

 

 

「あー! おにいちゃんといろはさん,ふたりで何やってるんですか‼︎」

 相変わらずの全裸姿でお米ちゃんが姿を現しました。

「おにいちゃんが全裸,いろはさんが半裸で抱き合ってるって……ふたりだけずるい! 小町も混ぜて‼︎」

 そう言って,脱衣所へ飛び込んでくるお米ちゃんにせんぱいが迎撃チョップ!

「痛いっ!」

「お前は何を考えてんだ。そんなんじゃないから」

 いや,この姿,どう見てもそんなんですよね? ちょっとお米ちゃんが可哀そうです。

「せんぱい,これはわたしたちが悪いです。お米ちゃんに勘違いされても仕方ありません。お米ちゃん,大丈夫ですか? 勢いよく飛び込んできたから痛くなかったですか?」

「い,いろはお義姉ちゃん……」

 な,なんかニュアンスが違うような気がしますけど悪い気はしません。

「とにかく俺は服を着るから,一旦出てけ!」

 脱衣所を追い出されてしまった半裸のわたしと全裸のお米ちゃん。

 はっきり言って気まずい。

「いろはお義姉ちゃんは,やっぱり兄のことが好きなんですか……?」

「そうだね。せんぱいのことが好き。そう言うお米ちゃんも,せんぱいのこと,一人の男の子として好きなんでしょ?」

「はい!」

「躊躇無いんだね……」

「隠しても仕方ないですから。でも兄とは結婚できませんし,一緒にいられて小町のことを少しでも女として意識してもらえればそれでいいかなって。だから,いろはお義姉ちゃんが兄のことを傷つけずにいてくれるなら,小町はいろはお義姉ちゃんのことを応援しますよ!」

「そか……せんぱい,傷つきやすそうだもんね。分かった。約束するよ,お米ちゃん! お姉ちゃんに任せなさい‼︎」

「一応,小町という名前があるんですが……」

「あの……」

 脱衣所のドアが開いてせんぱいが出てくる。残念ながら,I♡千葉のTシャツとデニムパンツを履いている。

「ドアの向こうに俺いるんだから,お前らの会話,だだ聞こえなんだけど……」

「ぷっ」

 お米ちゃんとふたりで吹き出してしまう。そりゃそうだよね。まあ,ふたりともはなから隠す気なんて毛頭無いからね。

「おにいちゃん! 小町,ベトベトだから早くシャワー浴びたいの!早く代わって‼︎」

「お,おう」

 なんでベトベトなのかはこの際ツッコまないことにしよう。

「せんぱい,とにかく今日は生徒会の買い出しにららぽーとへ行きますよ! そんなカッコじゃ困りますから,もっとちゃんとしたカッコに着替えてきてください!」

「えー,買い出しくらいこれにコートでも着ればいいんじゃね?」

「せんぱい! せんぱいがお寝坊さんだからこのままじゃ昼になっちゃいます。お昼食べるのにコート脱ぐでしょう? それでそんなのが下から出てきたらわたしが恥ずかしいじゃないですかー」

「もうお昼食べるのまで決定事項なのね……」

「せ,せんぱいがさっき,び,美少女って言ったんですから,せめてその美少女をエスコートするのに恥じないカッコしてください」

「分かった,分かった。後で小町にコーディネートさせるから,その……」

「?」

「まずはお前が服を着ろ」

「きゃっ!」

 せんぱいが赤い顔をしてそっぽ向いてると思ったら,わたしまだ上半身下着姿でしたぁ!

「お,お米ちゃん! わたしのセーターが中に! ドア開けてくださーい‼︎」

 

 



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バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!番外編 いろはす色の☆ウインク100万%(中編)

ハイ、またお会いしましたね!

いやいや,中編ってどういうことですか!?
昨日,なんとか3月中に終わりそうとか言っときながらこの体たらく。

完全にフラグでしたねぇ……。

駄作者がほんっとすみませんm(_ _)m


 まあ……いろんなアクシデントはありましたが,とりあえずせんぱいを連れ出すことに成功して,今は京葉線の電車に並んで座ってます。

 ここに来るまでに朝早かったアピールをして,電車に乗ったらせんぱいにもたれかかって寝たふりです。

 そして,今日の目的地はららぽーとTOKYO-BAYではなくて,実は葛西臨海水族園なのです。せんぱいは優しいから,わたしが寝ていれば強くは起こさないでしょう。そして,葛西臨海公園駅の手前で目を覚まして,仕方ないから水族園に行きましょうと誘う完璧な流れ。

 最初から水族館デートしましょうって言っても,アレヤコレヤ言って家を出ようとしないでしょうからね。

 もう完全勝利間違いなしです!

 そうと決まればもっと寄っかかってもいいかな?

 ん……やっぱりせんぱいの匂い,なんか安心しますね…………。

 


 

「おい,一色,起きろ」

「んん……あれ,ホントに寝ちゃった? もう葛西臨海公園ですか?」

「何言ってるんだ。ここは終点,東京駅だ」

「えっ!?」

 辺りをキョロキョロ見まわすと,たしかに東京という駅名表示版がある。

「せんぱい! なんで葛西臨海公園で起こしてくれないんですか!」

「いや,目的地は南船橋だったろうが……どうする? 戻るか?」

 このまま戻っては,今度は葛西臨海公園駅で降りてはくれませんね。

 ここから水族館に向かうとすると,品川かサンシャイン。

 サンシャインならプラネタリウムもありますねー。東京駅からなら地下鉄で行けばすぐです。

 あらゆるシミュレーションをしていたのが功を奏しました。

 目指すは池袋です!

「せんぱい,池袋に行きましょう!」

「え……池袋は……」

「せんぱいには責任取ってもらうんですから拒否権はありませーん」

「くっ」

 やったね,いろはちゃん大勝利!

 ただ,京葉線のホームから地下鉄に乗り換えるのムチャクチャ時間かかるんですよねー。同じ東京駅とは思えないレベルです。

 総武快速線からならそれほどでもないんですけどー。

 でも,どさくさに紛れてせんぱいに手を繋いでもらってます。

 最初は,えっていう感じでしたけど,こんなところではぐれたら怖いです……って,少し怯えた表情をしたらイチコロですよ。

 恋人つなぎでないのがちょっと不満ですが,まあよしとしましょう。

 だったら,長い乗り換えの道のりもバッチこいです!

 逆に動く歩道が速すぎると感じたほど。

 そうして,地下鉄丸の内線の東京駅にたどり着きました。

 せんぱいはまだ池袋行きに戸惑いがあるようですが,ここまで来て往生際が悪いです。

 押してもダメなら諦めろが信条のせんぱいらしからぬ態度ですねー。

 地下鉄に乗ると並んで座れる席がありませんでした。

 せんぱいは押し込むようにひと席空いた場所にわたしを座らせて自分は当たり前のようにわたしの前に立っている。

 もう! そんなところも大好きです!

 丸の内線は,地下鉄なのに途中2回ほど地上に顔を出しながら池袋に着きました。

 まあ,東西線も途中からほとんど高架線を走っていて,そのせいでちょっと風が吹くと遅れたり止まったりしますから,そんなもんですかねー。

 下調べもここまで。

 ここからサンシャインシティまでの道のりは未知のままです。

 道のりが未知,みちのりがみち……ブフッ。

 ……こほん。

 池袋はますます人が多そうだから,ということで再び手を繋いで歩いてもらいます。

 こんなところで一人になんかされた日にはたまったもんじゃありません。だってここは埼玉県民のエリア。こんなところに千葉県民の美少女が一人で歩いているということが埼玉県民に知れたら,もう二度と千葉の地を踏むことはできません。

 ここはなんとしてでもせんぱいに守ってもらわないと……。

 せんぱいにもわたしの緊張感が伝わったのでしょうか,いつのまにか恋人つなぎになっているのに気付いていないようです。

 もし分かっててこれをやってるとしたら,せんぱいこそあざといですよねー。

 とりあえずサンシャイン60通り?を目指して,グリーン大通りという大きな通りを歩きます。

 分からない場所でも,目的地を入れるとナビゲートしてくれる,スマホ様々ですね。

 意気揚々と歩いていると,せんぱいが急に立ち止まりました。

 

「平塚先生……」

 えっ,平塚先生!? なんで?

「比企谷と……一色……君たちはどうしてこんなところに……」

「俺たちは,まあ,生徒会の買い出して……それより先生,謹慎になったと伺いましたが……」

「いや,それはだな,入試の日,ほんの少し,ごくわずかな時間遅れてしまってだな。た,体調不良だったんだ,仕方がなかったんだ。ただ,副校長に酒臭いとかあらぬ疑惑をかけられて,それはもう全くの冤罪なのだが,疑惑を晴らす手段が無く,結果として謹慎ということになってしまった。この私があれしきの酒で二日酔いになんかなるわけがないじゃないか,なあ?」

「せんせえ……」

 せんぱいが泣きそうになってる。ここはわたしがなんとかしないとですねー。

「平塚先生は何をしこんなところへいらっしゃったのですかー?」

「うむ。この東池袋には元々つけ麺の生みの親,ラーメンの神様と呼ばれる山岸一雄師の東池袋大勝軒があってな,その流れを汲む東池袋大勝軒本店もこの通りにあるのだが,まずは元の店の場所に聖地巡礼というわけさ。それよりも君たち,生徒会の買い出しと言ったが,わざわざ東京の池袋まで」

「先生,そんなことより謹慎中にこんなところをフラフラしてていいんですか?」

「うぐっ」

「副校長先生に知られたら今度は謹慎では済まないんじゃないですかぁ?」

「グハッ」

「だいたい女一人でわざわざ千葉からつけ麺の聖地巡礼ってなんですか。そんなことだから嫁の貰い手がな」

「一色やめろ! 平塚先生が息をしていない」

 チーン! 平塚静,死亡。

「ささ,この隙に行きましょう,せんぱい」

「いや,でも……」

「大丈夫です。平塚先生は強く生きていきますよ,ひとりで」

 なんか平塚先生から魂が抜け出してたような気がしましたが,そんなことは知ったこっちゃないです。せんぱいの背中を押してこの場を離脱しましょう。

 


 

 サンシャイン60通りへ入り,次の目標は東急ハンズ。別に生徒会の買い出しという名目もありますが,サンシャインシティへの入り口が東急ハンズの横にあるのです。まさに一石二鳥,やったねいろはちゃん大勝利です!

 ちなみに,サンシャイン通りというのはサンシャイン60通りとは別の通りなので要注意です。

 サンシャイン60通りの方がサンリオのギフトゲートがあったり賑やかなんで,そちらを選びましたけど,サンシャイン通りを選んでいれば,尊い犠牲を出さずに済んだかと思うと少し心が痛みますね。少し。

 総武快速線から直通の品川や総武緩行線が走っている秋葉原・新宿・中野と違って池袋は乗り換えないと来られないところですから,よっぽどのラーメンキチ◯イでなければ知り合いになんか会うはずがありません。なので,

「えいっ!」

 思い切ってせんぱいの腕に抱きついちゃいます。

「お,おい,一色」

「大丈夫ですよ,せんぱい。心配しなくても知ってる人に見られたりなんか……」

 

「姫菜……」

 へっ!?

 せんぱいの視線の先をたどると海老名先輩が超絶イケメンさんと腕を組んで歩いてます。しかし……。

「姫菜!」

 せんぱいはわたしの腕を振り解き,海老名先輩とイケメンさんのところへ駆け寄ります。

「あっ,せんぱーい,待ってくださーい!」

 もう! せんぱい,今日はいろはちゃんとデートなんですから,そんなのスルーしてくださいよ……。

 でもまあ,これは修羅場ですよね? お得意の。カップルのパートナーがそれぞれ別の人と腕組んで歩いてるんですから。

「姫菜……」

 腕を組む二人の後ろから呼びかけるせんぱい。

 振り向いた海老名先輩は,まるで心を持たないクローン人間のように冷ややかな目でせんぱいを見つめます。

「姫菜……ですか? とエビナは問い返します。ああ,お姉さまのことですか」

「は?」

「このエビナの検体番号は10032号ですよ,とエビナは懇切丁寧にあなたに説明します」

「姫菜っ! ……そうだよな,こんな男,愛想尽かされても仕方ないよな……すまなかった,邪魔して……」

「あ,あなたの言語中枢に異常はありませんか,とエビナは不安要素を述べてみます……」

 なんかこのまませんぱいが海老名先輩のことを諦めてくれれば,せんぱいはわたしのこと……。

「海老名先輩」

「エビナは……」

「あ,そういうのいいんで。海老名先輩はそちらのイケメン彼女と同伴出勤ですかあ?」

「えっ,彼女?」

「せんぱい気づかなかったんですか? 同性ならすぐ分かりますよ? 男装喫茶の方ですよね?」

「マジ?」

「ふぅ,二人の邪魔をしないように気づかないフリしてたんだけどなー。八幡くんは声かけてくるし,一色さんはネタばらししちゃうし」

「姫菜……」

「ここは乙女ロードがあってわたしのテリトリーだから,ふたりでデートするにしても他でやってくれないかなー。こうやって詳らかにされたら,どっちを選ぶの?なんて,修羅場やるしかなくなっちゃうじゃない?」

「姫菜……それはもちろん」

 せんぱいの袖口を掴み,その次に続くせんぱいのことばを遮るように海老名先輩に告げる。

「海老名先輩……海老名先輩とせんぱいとのことは知ってます。せんぱいの気持ちも分かってるつもりです。でも……でも,今日は嫌です。今日のせんぱいはわたしの,です。今日は……わたしが……」

 あれ? なんで涙が?

 今じゃないですよねー。だって涙を流すならせんぱいと二人きりの時の方が効果的じゃないですかー。でも,なんでですかね,涙が止まらない……。

「はぁ,わたしは初めから邪魔するつもりなんてなかったからさ。彼女でもないし,止める権利もないからね。だから,ちゃんと楽しんできて」

 そして,海老名先輩はわたしの耳元で,わたしだけに聞こえる声で言いました。

「ただ,ひとつだけ約束してね。八幡くんを困らせたり悲しませるようなことはしないで。楽しんでくれたらそれでいい。それだけ,お願い」

 だからわたしも海老名先輩だけに返事します。

「分かりました。ありがとうございます」

「お前ら,何話してるの?」

「八幡くん,女同士の話に口を突っ込むなんて野暮だよ。それに八幡くんは突っ込むより突っ込まれるほうでしょ? やっぱりはちはやじゃなくてはやはちこそ至高。現世で実現はできなくなったけど,想像の世界ならいくらでも,愚腐腐腐……」

「やっぱり池袋の磁場とか地脈がそうさせるのかな……昔に戻った感じだ……」

「何を言ってるんですか,せんぱい。何かが変わったからと言ってその人の全てが変わるわけじゃありません。海老名先輩が先輩を好きになったからと言って腐女子であることをやめたわけでもないし,わたしがあざとくなくなるわけでもありません。それを全部受け止めてもらわなきゃ困ります」

「……そう,だな。そう思ってたつもりだったが,姫菜,すまん。一色もありがとう」

 せんぱいは,ずいぶん変わりましたね。気づいてますか? それでも,たぶん,せんぱいの優しさは,昔も今も変わらないんだと思います。

「じゃあ一色,行くか」

「はい!」

 ……思い返してみたら,わたし,じぶんのことあざといとか言っちゃってましたね。あざとくないです,これが素なんですぅ!

 海老名先輩がイケメン女子と腕を組みながら手を振ってます。強いなあ,あの人……。

 わたしなら,あざとく泣いて引き留めるんだろうなあ……だからあざとくないですっ!

 


 

「せんぱい,もうお昼ですよ? 何か食べません?」

「そうだな……何か食べたいものがあるか?」

 いつの間にかデートという認識ができてしまい,生徒会の買い物などそっちのけ,東急ハンズをスルーしてサンシャインシティへ向かう動く歩道の上にいます。

 正直,ランチは水族園の中のレストランでまぐろカツスパゲティでいいですかねーなんて雑に思ってたので,何もプランがありません。

「せんぱいの食べたいものでいいですよー。ラーメンでもカレーでもせんぱいの行くところならどこへでもご一緒させていただきます。あ,でも,ニンニクマシマシのラーメンと餃子は勘弁してくださいね♪」

 やっぱり,あとで,キ,キスとかすることになったら気になりますし……。

「分かった」

 せんぱいはそう言うと,スマホをいじって何やら検索を始めたようです。

「んじゃ,何食べたいか分からんからブッフェでいいか」

「はいっ!」

 ふふふ,なんかせんぱいらしいですねー。でも,ハンバーガーで簡単に済ませようとかでない分,いろは的にはすこしポイント高いです。

 そうしてエレベーターに乗ったんですが,こ,このエレベーター速いです。なんか重力をぎゅーっと感じます。

 そして58階でエレベーターを降りたんですが……。

「せんぱい,ここ,ちょっと高くないですか?」

「そりゃ58階だからな。なんだ,一色は高所恐怖症だったか?」

「そうじやなくて! なんかランチブッフェ,税別3000円って書いてあるんですけど……わたしのお小遣いだとちょっと……」

「ああ,そっちか。まあ,ちょうどバイト代が入ったとこでな。意外といいお給料もらってるんだよ,電柱組」

「え!?」

「だから,おごってやるって言ってんだよ。デートなんだろ? 言わせんな恥ずかしい」

「しぇ,しぇんぷぁい……こんなのおごってもらったら,わたし,どうやってお返しすれば……はっ,まさか,わたしのからだでお返ししろとかそういうことですか? 本当はまだそこまで覚悟できてませんでしたけど,そこまで言われるなら覚悟を決めますのでよろじぐお願いじまず」

「おい,半分泣きそうになりながら何言ってんだよ。そこはちゃんと断れよ。いや,そもそも求めてないけど!」

 わたしのからだ,そんなに魅力ないでしょうか? ちょっと自信無くします……結衣先輩はともかく海老名先輩にはそれほど負けてないと思ってたんですけど,せんぱいの揉み比べの結果,わたしの方がアレだったんでしょうか……。雪ノ下先輩には絶対に負けてない自信があるんですけどねー。

 

「何かしら? 急にいろはかるたをぶっ叩いて取りたい気分なのだけれど」

「ゆきのん,どうしたの!?」

 

 なんだか夢のようです。

 お料理はおいしいし58階から見える外の景色もすごく良くて,これが夜だったら夜景はもっと奇麗なんだろうなあと思いました。

 コースのディナーとかでなくてもいいんです。先輩とふたり,またここで食事できたら……。

 


 

 ブッフェということでちょっと食べ過ぎてしまいましたけど,当初の目論見通りサンシャイン水族館へ向かいます。

 一旦エレベーターで下まで降り,ワールドインポートマートビル1階から,今度は水族館行きエレベーターに乗って屋上を目指します。

 エレベータを降りると,まずは滝がお出迎え。

 エントランスは南国リソートのような雰囲気を漂わせていて,いやがおうにも気分が高まります。

 館内に入ると,サンゴ礁の海が広がっていました。

 水槽の底からは,チンアナゴが顔を出していて,その……今朝のことをちょっと思い出しちゃいました……。

 ゾウギンザメっていうのもなんか胸ビレをひらひら動かして泳いでてなんかダンボを思い出しちゃいました。

 そのあとのサンシャインラグーンもキレイな魚がいっぱい泳いでます。

 巨大なエイの顔はちょっとアレでしたけどね。

 クラゲのトンネルはちょっと幻想的な感じ。

 せんぱいは,こうやってゆらゆらとなにもしないで漂っていてえなあとかロクでもないことを呟いてましたよ。生徒会の仕事があるんですからそんなわけにはいきません。

 2階に上がると水辺の旅,グリーンイグアナのところでも,こいつらじっとしてていいんだから羨ましいとかぬかしやがってましたね。せんぱい,こんなに見世物にされて平気でいられるんでしょうかね?

 カエルはノーサンキューですが,アザラシはちょっとかわいかったです。

 さらに上に上がると天空のオアシス「マリンガーデン」。

 ここではなんと言っても「天空のペンギン」。

 まるでペンギンがビル群の上空を飛んでるように見えるんです!

 見上げると頭の上でペンギンが羽ばたいているんですよ!

 草原のペンギンもよかったなあ。ちっちゃい子供を育てるペンギンの夫婦なんてのもいました。

 ペンギンは一度夫婦になれば,一生そのパートナーと一緒にいると言われているそうな。

 その時,せんぱいの方を見たんですけど,せんぱいも同時にわたしのこと見ててくれたらなあ……。

 せんぱいは楽しんでくれてるのかなあ……。

 ちょうどコツメカワウソのお散歩の時間に遭遇して,その愛らしい姿にキャアキャアはしゃいじゃいました。また,せんぱいに「あざとい」って言われるかな?と思ったんですけど,せんぱいはやさしい顔で見守ってくれてました。

 アシカのパフォーマンスは人でいっぱい。横の人に押されて仕方なく,あくまでも仕方なくせんぱいと密着しちゃいました。えへへ。

 ショップでは,せんぱいはお米ちゃんに持って帰るお土産を探すと言ってました。

 わたしはせんぱいにナイショで,ペアのストラップを買いました。

 あとで渡してどこかに付けてもらいましょう。今日という日の思い出に……。

 ケープペンギンが描かれたかわいい婚姻届もありました。

 一瞬買おうかな,と思いましたけど,平塚先生に見つかったら死んでしまいますね。せんぱいが。

 


 

「これからどうする?」

「そうですねー,ちょっと歩いて疲れたので,プラネタリウムでも行きませんか? 同じ屋上ですから移動しなくてもすみますし」

「そうだな。俺,寝ちゃうかもしれないけどな」

「そしたら,せんぱいの寝顔をずっと見てますよ?」

「星見ろよ……まあ,お前の寝顔は行きの電車で見たけどな」

「!」

 せんぱいの思わぬ逆襲に,顔が熱くなるのを感じます。

 わたし,へんな顔で寝てなかったでしょうか?

 寝たふりのつもりだったのに本気で寝ちゃったから,どんな顔してたかなんて全くわかりません。

 でもせんぱいに聞いたらやぶ蛇になりそうだし……。

「大丈夫だ。かわいい寝顔だったぞ」

 こっ,この人は……///

「もう! せんぱい,行きますよ!!」

 せんぱいの顔を見ずに,手を引っ張ってプラネタリウムへ向かいます。

 プラネタリウムでは,カップル用の雲シートとか芝シートとかのプレミアムシートがあって,せんぱいとふたりで寝転がって見られたらなあ,と思いましたけど,残念ながらそれぞれ5組と3組限定ということで,もう埋まっていました。残念。

 でもせんぱいと隣に座れるなら,普通のシートでも全然問題ないです。

 ただ,隣り合ったシートの間の肘掛けは上に跳ね上げて,ふたりの間の障害は取り除いておきます。

「せんぱい,おやすみになるんならいつでもわたしにもたれかかっていいですよー」

「はい,あざといあざとい」

「んもう,あざとくないって言ってるじゃないですかー」

 リクライニングほ最大限に倒して,始まるのを待ちます。

 横をみるとせんぱいの顔がすぐそこに……。

 早く暗くならないかなあ……。

 上映が始まる。せんぱいと同じ星を眺める。この椅子,結構ゆったりしている。もっと小さい椅子でもっとせんぱいを近くに感じられたらいいのに。

 勇気を出してせんぱいの手を握り指を絡める。

 せんぱいの手が一瞬ビクッてしたけど,手を引くこともなくそのままでいてくれている。

 さっきまで歩く時も手をつないでいたけれど,暗闇の中で手探りしながら指を絡めるのは,また違う感じがする。

 歩いてるときは,迷子にならないようにとか理由もあるし歩くことに集中しているからそれほど気にならなかったけれど,今は全神経がこの手のひらと指先に集まっているんじゃないかと思えるくらい。

 はっきり言って星座のナレーションももう聞こえない。せんぱいの顔しか見えない。

 せんぱいは上を向いたまま。今,わたしの方を向いてくれたら,この距離をゼロに詰めることだってできるのに……。

 


 

「んー,なかなか面白かったなー」

 ドームを出た後,伸びをしながらせんぱいが言った。

 せんぱいは,わたはがずっとせんぱいのことを見つめていたのも気づいていないんですね。

「お前が手を握っていてくれたおかげで寝ずにすんだよ。サンキュな」

「あ,はい……」

「どうした? お前の方が眠くなったのか?」

「いえ……」

「そろそろ暗くなってきたし,遅くなると親御さんも心配するだろうから行くか」

「はい……」

 プラネタリウムに入るまではあんなに楽しかったのになあ……。

 もう終わりかあ……。

 でも帰りはせんぱいから自然と手を握ってくれた。

 今日はこれでいいのかな……。

 噴水広場を過ぎたあたりで,せんぱいの,手を握る力が少し強くなった。

「せんぱい?」

「もう少しだけ,遊んでいくか」

「え?」

 そのまませんぱいはわたしを連れてエレベーターへと乗り込む。

 着いた先は展望台。

「せっかくここまで来たんだから,やっぱり展望台へ登っておかないとなあ」

 ダメだ。また涙が出そう。せんぱいったらどこまであざといんですかー。

 展望台と言っても,ここは巨大な万華鏡のような光と鏡のトンネルがあったり,VR体験ができたりとただ外を眺めるだけじゃなくて,いろんなアトラクションのような楽しみ方ができるところでした。

 VRのウルトラ逆バンジー,マジヤバでした。

 直前にトイレに行ってなかったらまずいことになっていたかもしれません……。

「そろそろかな?」

「そうですね,十分遊びました。ありがとうございます」

 さっきまでの悲しい気持ちも吹っ飛ぶほど遊んでしまいました。

「ん……その前に」

 せんぱいに大きな窓の前に連れて行かれ,肩に手を回されました。

 ドキッとするわたしをよそにせんぱいは窓の外を指さします。

「ほら」

 促されるままに外を見ると,辺りはすっかり暗くなって,一面にきらきらとした宝石箱のような夜景が広がっていました。

 な,なんなんですか,これは!

 わたしの横にいるのは,どこのイケメンですか!!

 正直,葉山先輩ならこのくらいのことをしてもおかしくないなと思いますけど,せんぱいがこんなことをするなんて。

 葉山先輩と恐らく違うのは,せんぱいが照れくさそうにしているところ。

 それでも,無理してわたしのためにせいいっぱいあざとい演出をしてくれている。

 なぜか自然に,口に手を当てて涙を流していました……。

 たぶん,夜景が目に染みただけですよね……?

 

 



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バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!番外編 いろはす色の☆ウインク100万%(後編)

ハイ、またお会いしましたね!

よかったですよ。
何とか完結しましたよ。
しかし本編4話しかないのに,番外編が3話って……。

駄作者がほんっとすみません。


 帰りは京葉線じゃなくて総武快速線で千葉まで。

 せんぱいのお家は快速が止まらない幕張本郷が最寄ですが,暗くなったから家まで送ってくれるそうです。

 本当に大好きです。

 今度は初めから寝たふりじゃなくてせんぱいにもたれかかって寝てしまいました。

 ちょっと遊びすぎて疲れちゃいましたかねー。

 気づいたらもう千葉駅で,なんか損した気分です。

 でも,目が覚めたらせんぱいもわたしにもたれかかって寝ていて,少しだけ寝顔が見られたのでやっぱりよかったのかな?

 目が覚めたら横に寝ている人がいるって,ちょっとアレですよねー///

 千葉で千葉都市モノレールに乗り換えてわたしの家を目指します。

 ここは地元ですから,いつ誰にみられるか分かったもんじゃないんですけど,もう感覚がマヒしてるのか,モノレールの中でも手をつないだままでした。

 

 そんな楽しい時間もあっという間に過ぎて,わたしの家の前まで来てしまいました。

「せんぱい,上がっていきますか? お茶くらいならだしますよ?」

「いや,ご家族もいるだろうし,家に小町が待ってるからな」

「分かりました。今日はいろいろありがとうございました♪」

「まあ……お前には,いろいろと酷いことしちゃったからな。こんなことで罪滅ぼしになるとも思わんが」

 せんぱい……今日の一日ってずっと罪滅ぼしの気持ちだけで付き合ってくれたんですか?

 それは,わたしがいつも責任取ってくださいって言うからせんぱいはそれに応えたに過ぎなかった……。

 本当は,ずっと苦痛だったんですか?

 せんぱいは,わたしのこと……どう思ってるんですか?

「そうですねー。いろはちゃんのおっぱいがこんなものだと思われたら困っちゃいますねー」

 違う。

「せんぱいにはまだまだ責任取ってもらわないとー」

 そうじゃない。

「生徒会の仕事もまだまだ手伝ってもらいますからねー」

 そんなこと言いたいんじゃない。

「そう……だよな。今日は俺も随分楽しい思いをしちまったから,全く罪滅ぼしにならねえよな」

 もう,このせんぱいは不意打ちが過ぎます……。

 そうか,せんぱいも楽しんでくれたんですね。よかった……。

 でも,まだ聞けてない。あと一言……。

「じゃあ帰るわ。また来週」

「はい,また来週……」

 だめ……まだ、いかないで……。

 わたしは,いつのまにかせんぱいに抱きついてその胸に顔をうずめていました。

「せんぱい,せんぱい……」

「いっ,一色,どうした?」

「せんぱい……わたし,せんぱいが好きです!」

「……」

「せんぱいは……わたしのこと……」

 私の言葉に一瞬だけ考え込むような素振りをし,ゆっくりと口を開く。

「ああ……俺も一色のことは好きだ。だが……」

「言わないで! 」

 せんぱいを抱きしめる力を強めて,次の言葉を押しとどめる。

「言わないで……ください……その次の言葉,分かってますから……」

 せんぱいはそこで言葉を止める。わたしは,せんぱいを抱く腕を緩め,せいいっぱいの笑顔を作り先輩の顔を見る。

「今は……せんぱいの好きということばが聞けただけで満足です。でも見ていてくださいね。まだ終わっていません。いろはちゃんの戦いはこれからですから」

「そうか,ありがとな。こんな俺を好きになってくれて」

 せんぱいがわしゃわしゃとわたしの髪をかきまわします。

 むぅ,今日のデートのためにセットした髪型が台無しです。まあ,もうこのデートも終わりですし,せんぱい以外の人に見られることもないからいいんですけど。

「今日は疲れたろ? 風呂入って早く寝るんだぞ?」

「せんぱいが一緒にお風呂入ってくれて,一緒に寝てくれたらぐっすりと眠れる気がしますけどー」

「アホか。そんなの俺が寝られる気がしねえ」

「なんですか一緒にお風呂はいってそのあと一緒に寝るの意味を今夜はお前を寝かさねえよっていうふうにとらえましたかとっくに覚悟はできてますけど今日は泣き顔とか見られて目が腫れたりぶさいくになってるかもしれないのでごめんなさい」

「久しぶりに出たな,高速お断り芸」

「でも,もしこんなぶさいくでもいいって言ってくれるなら……いつでもいいですよ♪」

「バカ言ってんじゃねえよ!」

「いたっ!」

 また,チョップされました。でも少しうれしいです。

「お前はぶさいくなんかじゃねーだろ。言わせんなよ,恥ずかしい」

 もう! せんぱいこそあざとすぎます!!

「じゃあな」

 笑顔で小さく手を振りながら帰ろうとするせんぱい。

 そのせんぱいに再び駆け寄り,両手をせんぱいの頬に添えて,一気にせんぱいの唇を奪う。

 すぐに突き飛ばされるかと思ったけど,せんぱいはわたしの背中に手を回し,わたしの口づけに応えてくれました。

 永遠とも思えるわずかな時間が過ぎ,どちらからともなく唇が離れていきます……。

「キス……しちゃいましたね……」

 せんぱいは,少し困ったような,少し悲しそうな顔をしていました。

「じゃあ,今度こそさよならです。せんぱい,本当にありがとうございました」

「ああ,またな……」

 わたしはせんぱいが去っていく背中を見たくなくて,すぐに振り向き,家の玄関に駆け込みました。

 そのまま自分の部屋に入り,大きな音で音楽をかけ,そして,声をあげて泣きました。

 「わぁぁぁ,うっ,うっ,ごめんなさい……ごめんなさい……お米ちゃん,海老名先輩……わたし,約束,守れませんでした……」

 せんぱいを傷つけてしまいました。せんぱいを悲しませてしまいました。

 そして,せんぱいは何も言いませんでした……。

 

 本当にせんぱいは,いつもいつも優しくてお人好しで……残酷です……。

 

 せんぱいとペアで付けようと思ってたケープペンギンのストラップ……渡せませんでしたね……。

 


 

「会長,どうしたんですか?」

「なんですか,書記ちゃん,藪からスティックに」

「会長,海浜の会長じゃないんですからやめてください」

 それは地味に傷つきますねー。二度と言わないようにしましょう。

「いや今日の会長,お身体の調子でも悪いのかな,と」

「そうですか? 別にそんなことはありませんけど」

「だって会長が生徒会室にいるんですよ?」

「書記ちゃんはわたしを何だと思ってるんですか。わたしは生徒会長なんですから生徒会室にいてあたりまえじゃないですか」

「いえ,いつもなら奉仕部に行ってるか,生徒会室にいるときには比企谷先輩と一緒じゃないですか」

「いつまでもせんぱいを頼ってばかりいられませんから。そういえば,お二人は?」

「お二人は今日もいらしてません。でも……」

「いつもの……ですか」

 書記ちゃんと二人でため息をつく。

 あのクリスマスイベントの準備の日以来,かっぽれ副会長と金毘羅ふねふね会計は生徒会に顔を出しやがりません。

 でも,わたしたちが生徒会室に来ると,お二人の担当の書類が処理されてちゃんとデスクの上に置いてあるのです。

 これではまるで小人の靴屋です。

 しかし,最低限の仕事はしくれているので文句を言うわけにもいきません。

「じゃあ,今日は書記ちゃんと二人で頑張りますか」

「そうですね,比企谷先輩がいないのは寂しいですけど」

 せんぱいは,もう生徒会の仕事なんか手伝ってくれないでしょうね……そもそもせんぱいに哀しい思いをさせたわたしに,手伝ってくれなんて言う資格はありません。

 後悔はして……います。

 それでも,わたしにとって忘れられない思い出です。

 わたしはそっと自分の唇に指を這わせ,せんぱいの唇の感触を思い出していました……。

 


 

「邪魔するぞ」

「邪魔するんやったら帰ってー」

「あいよー」

 と,踵を返す平塚先生。相変わらずノックがありません。

「なんでやねん! 用があるから来とるんじゃい!!」

 むむむ,まるで黄色いジャケットを着たチンピラみたいな物言いです。

 平塚先生に乳首ドリルがしたくて仕方ありません。

 でも,今,ここでそんなことしたら,平塚先生が悶えてるところへせんぱいがやって来て,先生となんらかのフラグが立ちそうなのでやめておいた方がいいですよね?

 

 ……いえ,せんぱいがここに来るなんでありえないことでした。

 なぜか頭の中に浮かぶのはせんぱいのことばかり。

 ほら,せんぱいのこと考えすぎて,目の前にせんぱいの幻影まで見えてきました。

 はっ! そう言えば平塚先生は自宅謹慎のはず。

 まさか,この平塚先生も幻?

 やはり,昨日落ちこんだ気分を上げようと,吉本新喜劇のすっちーと吉田裕と松浦真也のやり取りを見すぎたせいでしょうか。

 ひょっとして,目の前に立っているのは借金の取り立てに来たヤクザで,うしろにいるせんぱいに見える人は子分? その証拠に,よく見れば片手に借金のカタにぶんどってきたギターを持っています。

 やはり,わたしは乳首ドリルをしなければならないのでしょうか。

 

「よ,よう,一色」

「せん……ぱい……?」

 恥ずかしそうにギターを持たない方の手を軽く上げて応えるせんぱい。

 このしぐさ,まさしくせんぱいです!

「あの……平塚先生はご自宅にいらっしゃると伺ったのですが……」

 書記ちゃんが平塚先生に聞いてます。正直,そんなことはどーだっていいのですが。

「いや……ちょっと職場に置いてあったものを取りに,な。今,比企谷が持っているギターもそうだ。生徒会室の前を通ったらこいつが入りにくそうにしていたので,ギターを持たせて代わりに入ってきたというわけだ」

 せんぱいがきまりの悪そうな顔でポリポリと頭をかいてます。

 平塚先生GJ!謹慎中に 池袋でお見かけしたことを副校長先生に訴えるメールは,書きかけのまま削除してあげましょう。

 なんで職場にギターを置いていたのかは謎ですが。

「どうして……ですか?」

「ん,いや,この前……お前,辛そうにしてたからな」

「心配してくれてます?」

「まあ,そんなとこだ」

 もう駄目です。涙腺崩壊です。

「うううっ,しぇ……しぇんぱい……」

「お,おい,どうした!?」

 せんぱいがうろたえてます。

 でも止められないんです。せんぱいの顔を見たときからかなりヤバかったのに,もう我慢できません。

 せんぱいがわたしだけを選んでくれないとしても,妹としてしか思ってくれないとしても,やっぱりせんぱいのそばがいいです!

「会長,比企谷先輩と何かあったんですか!?」

「ふふふ,ナイショ,です」

「ちょっと,会長ずるいです!」

「まあまあ。書記ちゃん落ち着いて。しぇんぱい,お茶飲んでいってください。今日は仕事はありませんから,仕方ないから書記ちゃんも入れてお話ししましょう」

「そうだな。お菓子も持ってきたぞ」

「しぇんぱいが素直だと,なんかありそうで怖いですね,えへへ」

「お前,泣きながら笑うなよ……」

「あ,比企谷先輩! それ,ペンギンのもちもちたまごですね! サンシャイン水族館に行かれたんですか?」

「ま,まあな」

 せんぱい,ちょっと焦ってます。

「わたしもしぇんぱいにあげるものがありました。これ,ペンギンのストラップです。鞄とか財布とかに付けてもらえたらうれしいです」

「むむむ,会長もペンギンですか。なにか怪しいです」

「書記ちゃん,偶然ですよ,ぐ・う・ぜ・ん」

 疑う書記ちゃんを軽くいなし,せんぱいの後ろに回ってせんぱいの背中を押します。

「さあ,中に入ってください。書記ちゃんがお茶を淹れますから」

「お前が淹れるんじゃないのかよ……」

「ふふっ,いろはちゃんの淹れたお茶が飲みたかったですか? でも,書記ちゃんが淹れるお茶,おいしいんですよ? 雪ノ下先輩にも負けてないかもしれません」

「もう……会長,おだてたってお茶しか出ませんよ?」

「いや,それでいいですから! お願いしますね」

「藤沢,悪いな」

「いえいえ,比企谷先輩,美味しく淹れますので楽しみにしててください♪」

「わたしはおやつを用意してありますから,そちらも食べていってください」

 そしてせんぱいだけに聞こえる声でそっと囁きます。

「わたしが持ってきたのは,キスチョコ,です」

「ぶふっ」

 せんぱいが噴き出しました。

 思う壺です。

 せんぱい,大好きです。

 

「わ,私の分のお茶はないのかなあ……」

「平塚先生は,わたしがこの副校長先生へのメールのリターンキーを押す前におとなしくお家に帰って謹慎しててください」

「はい……」

 


 

「早くせんぱい起きて来ないかなあ……」

 緊張の中,ふと漏らしたつぶやき。

 なぜ緊張しているかというと,今,わたしが座っている場所が,せんぱいのお家のリビングのソファーだからです。

 先週に引き続いてお義父さまには「いつでもうちの娘になっていいんだよ」と優しく歓迎していただきました。

 お義母さまは相変わらず厳しい顔をしていらっしゃいました。そうやってお家の中で男の人を甘やかさず厳しく律していらっしゃるのですね。そうしないとせんぱいはいくらでも怠けそうですからねー。見習わなくてはいけません。

 さて,ご両親も仕事に出て行かれて,わたしの方も準備万端。あとはせんぱいが起きてくるのを待つだけです。

 あ,階段を下りてくる音。この足音はせんぱいですね。

「せんぱい,おはようございます!」

「ふわぁ,一色来てるのかよ。今日はちゃんと下にジャージを……ぶっ!!」

 せんぱいが驚いてます。

「いいいいいいいいい,いっ,いっしきさん…おぱおぱおぱおぱ……」

 せんぱい噛みまくりです。せんぱいの視線を感じます。

「なんでおっぱい丸出しでおぱんつも履いてないんだよ!!!」

 そう,わたしの格好はいわゆる,ぜ・ん・ら。

 生まれたままの姿です。

 一応,片手で胸を,もう一方の手で大事な部分を隠してますけど……やっぱり……ちょっと恥ずかしいですね。てへ♡

「わたしって,せんぱいにとって妹みたいなものじゃないですかー。で,千葉の妹は全裸って先週お米ちゃんに教えてもらったのでわたしもそうしてみました」

「ばっ,バカ野郎! お前は妹なんかじゃないから,頼むから服を着ろ!!」

 妹じゃない!? 嬉しいこと言ってくれますねー。やっぱりせんぱいの方があざといですよね?

「じゃあ,せんぱいの着ているTシャツを着せてください」

「は? いや,お前の服がそこにあんじゃねえの!?」

「今,服を取ろうとしたら手が外れてせんぱいに全部を見られてしまいます。それでいいなら……」

「だー! 俺が後ろ向くから,その間に服を……」

「いやでーす。早くせんぱいがTシャツ着せてくれないと,お米ちゃんが起きてきて,この様子を見られちゃいますよ」

「分かった分かった!Tシャツ着せてやるから!!」

 初めからそう言ってくれればいいのに……。

 せんぱいが自分の着ているTシャツを脱いで,わたしの頭からすっぽりとかぶせました。

 今,わたしはせんぱいの匂いに包まれています……。

「これでいいだろ? 早く服を着ろ」

「仕方ありませんねー」

 せんぱいのTシャツの上からセーターを着て,パンツとスカートも履き,コートを羽織ります。

「おい,その……ブラ……とかしないのかよ」

「あ,今日はノーブラです。ほら」

 せんぱいの手を掴んでわたしの胸に押し付けます。

「いっ,一色さーん!」

「せんぱい,生で触った方がよかったですか?」

「そうじゃないっての!」

「わたし,これからもっと大きくなりますから,今の大きさを確かめておいてください」

「なんでだよ! それじゃあ,お前のが大きくなるたびに俺が確かめなきゃいけないみたいだろが!」

「じゃあわたし,今日はこれで帰ります。お米ちゃんから,せんぱい,今日はバイトって聞いてますから」

「お前ら内通してるのかよ……」

「今日はキスはお預けですけど,わたしの感触,忘れないでくださいね♡」

 はっきり言って,わたしもメチャクチャ恥ずかしかったので,すぐさまリビングを出ていきます。

「お,おい! 俺のTシャツ……」

「おにいちゃん,朝からうるさい」

「小町,いやな,今,一色が……おーい! お前も全裸かよ!!」

「お前……も?」

「あ」

 なんか後ろの方で修羅場めいた声が聞こえますけど,わたしにはよく分かりません。

 それより早く家に帰らないと。

 ……いろいろ捗りそうですし。

 

 せんぱい,やっぱり大好きです♡

 


 

「平塚せんせい,謹慎処分になったのですねー。わたしもちょっと責任を感じてしまいますぅ。おじさん,一文字のぐるぐるですぅ」

「あいよ」

「まあ,別に月詠先生のせいではありませんから……おっちゃん,冷や」

「あいよ」

「でも,こんな屋台で飲んでていいじゃんよ? 外から丸見えじゃん」

「黄泉川先生,学園都市なら同僚や生徒たちもいないでしょうから……この前,都内はちょっと危ないと思うことがありまして……」

「それにしても,今日は立花先生も愛菜先生もこられなくて残念ですぅ。おじさん,辛子蓮根ですぅ」

「あいよ」

「皇桜女学院は定期考査中みたいだから仕方ないじゃん。それより鉄装はどうしたじゃんよ?」

「そうですねー。鉄装せんせいちょっと遅いですねー」

「くぅぅぅー,効くなー。おっちゃん,冷や,もう一杯」

「おっ,平塚先生,いい飲みっぷりじゃん! おっちゃん,こっちにも冷じゃん!」

「あいよ」

「教え子がね,私の目の前でイチャコライチャコラしやがるんですよ。当てつけかってえの!」

「平塚せんせい,それって比企谷ちゃんのことですかぁ?」

「そーです,あの比企谷です! チクショー,私の気持ちも知らないでアンニャロー!!」

「平塚せんせいは,比企谷ちゃん狙いなのですねー,比企谷ちゃんなかなかいい子でしたけど,生徒と先生の禁断の恋,刺激的ですぅー。おじさん,馬刺しですぅ」

「あいよ」

「こらっ,平塚っ! 子供に武器を使うとか,けしからんじゃん!」

「私は武器なんか使ってません。比企谷には拳一本で……」

「なにを!? こんな立派な女の武器を使って教え子を誑かそうとしてるじゃん!」

「黄泉川先生!? 平塚先生の胸を後ろから揉みしだいて何されているんですかっ?」

「おう,鉄装! 遅かったじゃん!! 今,教え子を惑わすこの女の武器を……鉄装……」

「な,なんですか? 黄泉川先生」

「お前もなかなかけしからんものを持ってるじゃんよ」

「ちょ,ちょっと,黄泉川先生,迫って来ないでください! だいたい黄泉川先生は,とあるシリーズ屈指のバストサイズを,きゃー!!」

「……おじさん,豊胸に効果のある大豆イソフラボンと寄せてあげるブラですぅ」

「あいよぉ(涙)」

「上条ちゃんは……小さくても平気ですよね? ぐすっ」

 

 




(あとがきという名の言い訳,的な何か)

なんでいろは短編がこんなに長くなっちゃいましたかねー。
ワタクシ的には,そこまで思い入れがあるキャラじゃなかったんですけどねー。
池袋で時間を取りすぎましたかね?
もしお時間がございましたら池袋へも足をお運びください。

ちなみに,新しくなった展望台もサンシャイン水族館も行ったことがないので,行かれた後で違うじゃないか!!と仰られても,責任は負いかねますのであしからずご承知おきのほどよろしくお願いいたします。

番外編名物の女屋台茶番劇,前回が長くなったのでコンパクトにまとめてみました……っていうか,ネタ切れですね。
平塚先生オチかと思いきやまさかの小萌先生オチという。
小萌先生ごめんなさい。
ぶっちゃけ今回いらないかなーと思ったんですけど,前中編に比べて後篇が短かったので字数稼ぎです。てへっ。

この屋台の茶番,次回は無いかもしれません。
どうせ読みたい人もいないだろうしね……(やさぐれ感)

次こそプロムです。

このペースだとたぶんゴールデンウィークあたりに……。

それまでは,水の街アルカンレティアで湯治をしながら次回作の構想を練ってます。

『悪魔殺すべし』
『魔王しばくべし』

それではまた,お会いしましょう。
「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ!」



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バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!番外編めぐり☆涙のグラジュエーション・デイ(1)

バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!番外編めぐり☆涙のグラジュエーション・デイ(1)


「在校生送辞、一色いろは」

「はい」

 

 生徒会長である一色さんの名前が呼ばれ,たった一人、在校生席にぽつんと座っていた彼女が演壇に向かって歩いていく。

 3年間通い続けたこの総武高校とも今日でお別れ,そう,今行われているのは私たちの卒業式。

 一色さんの送辞に続いて卒業生の答辞を行うのは私。

 手にした式辞用紙に視線を落としながら、緊張感が湧き上がってくるのをひしひしと感じている。

 あの壇上でお話をするのなんて生徒会長の時はあたりまえだったし、この原稿だって何回も何回も読んで練習したのになー。

 

「この千葉の地でもようやく冬の寒さが和らぎ、陽の光、風の暖かさに春の息吹を感じられる今日、在校生を代表して卒業生の先輩方に……」

 

 一色さん,私の後任の生徒会長。彼女が生徒会室の扉を叩いたのは,嫌がらせで生徒会長に立候補させられてしまったから何とかして欲しいって言ってたんだよね。私たち生徒会役員は選挙管理委員会を兼ねてたんだけど、規約をどう読んでも立候補を無効にすることはできないし、平塚先生と一緒に一色さんの担任にお話しに行っても、勝手に自分の中で感動的なストーリーを作り上げて聞く耳を持ってもらえず途方に暮れちゃったんだった。

 最後,平塚先生に連れられて藁をも掴む思いで奉仕部に相談に行ったのが昨日のことのように思い出せるよ。

 最終的に一色さんから生徒会長をやりますと言われた時には本当に驚いたし、一年生で生徒会長を務めるということだけでもすごいのに、海浜総合高校との合同クリスマスやバレンタインデーのチョコ作り教室なんて今までになかったイベントも見事に成功させて、今もこうして素晴らしい送辞を送ってくれている。

 正直、生徒会長としてここまで立派にやってもらえるなんて思ってなかったよ。

 ごめんね。

 

「……最後になりましたが,先輩方のご健康とご活躍を祈念して,在校生代表の送辞とさせていただきます。在校生代表、一色いろは」

 

 終りの方,少し涙声になりながらの送辞が終わった。卒業生の満場の拍手に包まれて壇上から降りてくる。

 あ、こっちを見てウインクした。

 私も、気合を入れないと。心の中で、おーっ!と声を上げ,小さく拳を握ってみる。

 

「続いて,卒業生代表による答辞です。卒業生代表、城廻めぐり」

「はいっ!」

 

 進行を務める副校長先生の声に大きな声で返事をする。

 壇上へと続く階段をゆっくりと上がり、上がりきったところでいったん足を止め、ステージ上に貼られた校旗と日の丸の旗に一礼、そしてパイプ椅子に座っている校長先生をはじめとする先生方にも会釈をする。

 本来ならば来賓席にも一礼するところなんだけど、新型コロナ感染症の影響で来賓の参加はご遠慮いただいてたため来賓席は設けられていない。

 私は、舞台中央に置かれた演台のところまで歩を進め、全体に一礼をして式辞用紙を広げた。

 少し大きく息を吸って会場を見回す。

 本来なら卒業生の後ろは在校生が座っていて、そのさらに後ろは保護者席だったはず。

 なのに今日はその部分がポッカリと空いてしまっている。

 どうしてこんなことになっちゃったんだろう……。

 私の卒業を心待ちにしてくれていたお父さんお母さん、そして私のこの姿を一番見てもらいたかった捻くれた後輩……。

 そんなことを考えていたら自然に涙が零れて何も言葉が出てこなくなった。

 沈黙を続ける私の異変に気付いた会場がざわめき始めた。

 こんなことじゃダメ!一色さんだってちゃんと送辞を読んでくれたんだ。他の在校生はいなくても一色さんがいる。全員ではないけれどもお世話になった先生だって見守ってくれている。

 一緒に卒業する皆んなの代表としてここに立ってるんだ。目の前の式辞用紙に書いてある文字を読めばいい。ただそれだけなのに……。

 涙が止めどなく溢れ、,答辞の文字もにじんで読めない。

 私の嗚咽がマイクを通して全員に伝わり,卒業席からもすすり泣く声が漏れてきた。私のせいだ……私のせいでみんなの卒業式が台無しになる……。

 助けて……はるさん……助けて……比企谷くん……。

 


 

「あーっはっはっはっは!」

 どこからともなく聞こえてきた女性の高笑いが講堂中に響き渡り会場がどよめく。

 その声に顔を上げた瞬間,目の前が白いもので占められた。

 ―――その刹那。

 

「お●んぽおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 え!?

 

 今,何て? おち……いやいやいや,ちょっと待って。

 

「おいこら! 何言っちゃってんの!? 馬鹿なの? そんなこと言って大丈夫なの?」

「もう心配性ねえ。大丈夫大丈夫,同じガガガ文庫だし♪」

「いや,何言ってるか全く分からないんだけど」

 

 うん,私も全然分からないけど,分かったことが一つある。

 今,私の目の前に立ってるの,はるさんと比企谷くんじゃん!

 

 はるさんはてるてる坊主のように全身を白いタオルですっぽり包み,頭をなんか白い布で隠してる。

 妹の雪ノ下さんのような長い黒髪だけど,わたしがはるさんの声を間違えるわけない!

 

 比企谷くんは……な,な,なんで上半身裸で女性ものの高級ランジェリーにガーターベルトなの!?

 顔ははるさんと同じく白い布を被ってるけど,文実でも体育祭でも何回も聞いた声だもの。この前のバレンタインイベントでも会ってるし間違いようがないよ。それにアホ毛が被った布の横からはみ出てるし!

 

 なんというか……ふだんは猫背だから分からなかったけど,筋肉質とまではいかないけどわりと大きな背中でやっぱり男の子なんだなーとか,お尻とか結構締まってて,やっぱり自転車通学してるからかなーとか,いや私,何考えちゃってるの!?

 たしかにさっき心の中ではるさんと比企谷くんに助けを求めたけど,いくらなんでもおちん……ってどういうこと!?

 

「あの……はるさんに比企谷くん……」

「なにを言ってるのかしら,めぐり。私たちは下ネタテロ組織『SOX』のメンバーで私の名前は『雪原の青』,そしてひき……こっちの死んだ魚のような目をしたのが『センチメンタル・ボマー』よ」

 振り向いた二人が頭から被っていたのは女物の下着~!?

 アホ毛だけじゃなくてその目は間違いなく比企谷くんだよね?だいだい今,ひき……って言ってたし!

「お二人はなぜ……?」

「それがね,ひき……センチメンタル・ボマーが,めぐりが困ったことになったら助けたいって言うから」

「比企谷くん,私のために……」

「めぐり先輩,俺の名前はセンチメンタル・ボマーで……」

「で,どうして比企谷くんはそんな恰好を? その……頭にパンツ……」

「こっ,これは俺が考えたわけじゃなくて,その……はる……雪原の青が……」

 さっきからお互い名前出しかけてるし,めぐりとかめぐり先輩とか言ってるけど!?

 あ,比企谷くんが名前,呼んでくれてる。

「だって,さっきも言ったけど,他社のレーベルはマズいでしょ?県立地球防衛軍は同じ小学館だからいいけど」

「でも,番外編で出てくるダン持ては裏サンデーで小学館ですけど,とあるシリーズは電撃文庫だからKADOKAWAですよ?」

「比企谷くんうるさい」

 いやもう隠す気ゼロだよね!?

 


 

「おい,われら,そがんとこで何しよぉるんじゃ! 大事な卒業式をわやにすっ気か!!」

 厚木先生が大きな声を上げながらステージに向かって走ってくる。

 それに合わせて再び会場が騒めく。

「厚木教諭,そこで止まりなさい! そこで止まって席に戻らないと大変なことになるわよ」

「われ,何いいよるか!」

「このタオルの下は裸! 私のことを取り押さえようと乱暴なことをすれば,その瞬間,私はすっぽんぽんよ!」

 はるさんが得意気に言い放つ。

「ぐ……っ」

 怯んだように呻く厚木先生。

 そこへ平塚先生が駆け寄り,そっと耳打ちをした。

 平塚先生に肩を抱かれ悔しそうに教員席に引き上げていく厚木先生。

 

 しかし,タオルの下が全裸と聞いて,会場内の騒めきは一層高まる。

「まずいわね。もう一度みんなを静かにさせないと」

 はるさんがマイクを取って大きく息を吸い,

「おちん……」

「それはもういいから!」

 再びナニかを叫ぼうとしたはるさんを比企谷くんが止めた。

「ぶー,まあいいけど」

 そして少し不満そうな顔をしながら再びマイクに向かう。

「おまえらー,ち●ぽついてんのかー!!」

「おいこら,女子には付いてないだろ!」

「じゃあ女子はおま」

「ほんとうにやめて」

 まるで夫婦漫才のようなやり取りを繰り広げる二人。ちょっとうらやましい。

 


 

「あなたたち,何をうつむいているの? 顔をあげなさい! そして前をしっかり見なさい!!」

 卒業生たちが俯いていた顔を上げ,一斉に壇上を向く。

「卒業式は悲しいものよ。悲しければ涙が出る,それは当たり前のこと」

 はるさんは,チラッと私の方を見てまた会場に向き直る。

「その悲しみは,3年間の楽しい思い出があって,別れがたい友達がいて,それらから離れがたいから悲しいの。前に進むために後ろに置いていかなければならないものがあるから人は悲しむの。でもね,あなたたちの今の思いは違う!」

 会場が静まる。私はゴクリと息を飲む。

「今日,この晴れ姿を見てもらいたかったお父さんお母さん,大切な後輩がこの場にいない,なんでこんなことになったんだろう,なんで私たちだけがこんな目に遭わなければならないんだろうって」

 そうだ。それこそが私の思い,私たちの思い……。

「全く馬鹿げているわ」

 えっ……はるさん……?

「あなたたちには今日までこの総武高校で積み上げてきた3年間があるはずよ。喜びも悲しみも分かち合ってきた人たちがあなたの横にいるはずよ。そのことを忘れて一人で情けない顔なんかしてるんじゃないわよ!」

 卒業生のすべてが目を見開いてはるさんを黙って見つめている。

「思い出した? 今日の卒業式がほんの少し違う形で行われたからといって、3年間の思い出全てを悲しい想いで塗りつぶしてしまうなんてナンセンスよ。今いない人のことで悲しむより、今ここにいる人との別れを悲しみなさい。3年間の思い出を語り、それが終わったら新しい道に思いを馳せなさい。それでもまだ思い出せないというのなら、思い出せるようプレゼントを用意したわ。上を見なさい」

 会場にいた皆が上を向く。はるさんが小さくマイクに入らない声で比企谷くんと呼んだ。女性もののパンツを被ったままの比企谷くんが何やらスイッチのボタンを押す。

 すると、天井からぶら下がっていたくす玉が突然開き、中からたくさんの四角い紙がひらひらと舞い降りてくる。

「これはあなたたちの3年間の思い出。卒業アルバムには載っていないお宝写真よ。君が好きな女の子や男の子のあんな写真やこんな写真を私たち、SOXからプレゼントするわ。男子の股間をビクンビクンさせる写真じゃなくてごめんねー。でも、中にめぐりがあられもない姿で写ってる着替え写真とかもあったかなー」

「「「「「おおおおおっ!?」」」」」

 ちょっ、はるさん、なんてことしてくれちゃってるの!?

 男子の間から、地鳴りのような歓声が上がり、我先にと写真に群がっていく。

「めぐり、安心して。アレはほんの冗談だから」

「もう! 本気で心配しちゃいましたよ!!」

「ごめんごめん。こんな写真,他の人に見せられるわけがないじゃない?」

 そう言ってはるさんが見せてくれた写真。

 

「にゃ,にゃあ~~~~~!!」

 そこに写っていたのは,プールの後で水着を脱いだ私の姿、って言うか、すっぱだか、いわゆる、ぜ・ん・ら!

「ななな、なんですかーこの写真……!?」

「めぐりってだいたーん、バスタオルとか使わないでマッパで着替えるんだねー」

「この時はたまたま生徒会にプール掃除を任されたあとで次の予定が差し迫ってたから……ってそうじゃないですっ!」

「ふふん♪ わたしにせいぜい感謝するがいいわよ、めーぐーりー」

「こんなのどうやったら感謝できるんですかっ!」

 全裸写真を突き付けられて喜ぶような性癖は持ち合わせていない……よね?

「この写真、更衣室を盗撮していたカメラに写ってたものよ。わたしが未然に押さえてなかったら世の中に出回ってたかも知れないんだよ」

「え? そんなことがあっただなんて全然……」

「そりゃそうよ。カメラには雪乃ちゃんの肢体も写ってたのよ! 警察に届け出たりなんかして雪乃ちゃんのちっぱいが警官どもの目に晒されるなんてありえないじゃない? ね、ねっ?」

 はるさん……相変わらず妹さん大好きなんだなあ……。

「だからね、盗撮犯には別件でブタ箱に入ってもらうことにしたの。旅行会社からバックマージンを貰っていたことを暴いてね」

 元校長~~~~~!

 収賄だけじゃなくて盗撮までしてたの!?

「それでね, 初犯だからって執行猶予が付いたみたいなんだけど、奥さんや子供からも縁を切られて,その後は行方不明になったって。まあ,雪乃ちゃんの裸を盗撮しようとしてたんだから,然るべき報いを受けるべきよね。ふふふ」

 不気味な笑みを浮かべるはるさん。

「は、はるさん……まさか木更津沖とか……」

「バカね,そんなヤツのために千葉の海を汚したりなんかするはずがないじやない♪」

 千葉の海という言葉にそこはかとない不安を覚えるけど……これ以上触れてはいけないような気がする。

 それはそうと……。

「比企谷くん……見た?」

「な、なんのことでせう……自分ははセンチメンタル・ボマー,そんな比企谷なる人物では……」

 目を逸らしてとぼける比企谷くんだけど,その目は完全に泳いでいて焦りが隠せてないよ,それに……

「いつから私の横に立ってたの? そこからだと私と一緒にはるさんの写真見えてたよね?」

「いやそれは,その,アレがアレで……」

「そんな……見るに堪えないほど私のからだ酷かったんだね……」

 少し涙目で比企谷くんに訴えてみた。

「そんなことないです! それはもう,ほれぼれするほどとても綺麗で……」

「見たんだ……」

「うっ」

「嘘……ついたんだね」

「それは……あの……ソレはソレで……」

「君は……本当に不真面目で……最低……」

 本当は綺麗って言ってくれたの,少し嬉しかったんだけど,生まれたままの姿を見られたのがこんな盗撮写真だったことになんだか悲しさが込みあげて涙が零れ落ちた。

「すっ,すみませんでした~~~~~!」

 比企谷くんは,パンツを被った額を床に擦りつけるようにして,それはそれは見事な土下座を披露した。

「ちっ,違うの。そうじゃないの……」

 それでも涙は止まってくれない。比企谷くんは分かりやすくオロオロとうろたえてた。

「もう,比企谷くん……じゃなかった狸吉! 会場が混乱している間にずらかるわよ!」

 はるさん,その設定まだ続けるんですね……。

「すみません,めぐり先輩。この埋め合わせは必ずしますから」

 比企谷くんは立ち上がってはるさんについていこうとする。

「めぐり,あとはしっかりやりなさいよ! 私と一緒にバンドをやったこと,生徒会活動,楽しいこともいっぱいあったでしょ! それを思い出して立派にやり遂げなさい!!」

「は,はい! ありがとうございます!!」

 やっぱりはるさんは私のことを心配して……。

 


 

「そこまでですわよ!悪事を働くテロリストさん」

 声のする方に視線を向けると、はるさんの妹さんと、おっぱいの大きな……由比ヶ浜さんだったかな?そして、文化祭や体育祭で実行委員長をやった、忘れようとしても思い出せない……ん、相模さん! あと一人、見覚えがあるような気はするんだけどどうしても思い出せない美人さんの4人が立っていた。でも、雪ノ下さん、口調おかしくない?

「あなたたち、逃がしませんわよ……あなたたちを捕まえて正しいことをすれば比企谷君はわたくしの愛を受け入れてくれるのですわ」

「雪乃ちゃ……雪ノ下さん……なんか別のキャラになっちゃってるよ……」

「葉山く……さん、私もこんなこと言いたくないのだけれど、世界観があるからって注意されたのよ」

「注意って誰から……それと、そろそろその葉山く……さんって言うのやめて欲しいんだけど」

 葉山くさん? あ、あのサッカー部の葉山くんに似てるんだ!

「雪乃ちゃん、もうその茶番いいかな? そろそろ帰りたいんだけど」

「茶番はそっちよ、ねえさん……じゃなくて雪原の青! 大事な卒業式をこんなに混乱させてただで済むと思わないことね。大人しく私たち、千葉県立地球防衛軍の軍門に下りなさい!」

 うん、どっちも茶番だと思うな……。

「そんなこと言っていいのかな? 雪乃ちゃんが自分のおっぱいが大きくなるように毎日比企谷くんの写真の前でモミモミしてるの、比企谷くんにバラしちゃうよ?」

「ね、ねえさん!?」

 はるさん、それ全部ばらしちゃってますよ!?

「お願いねえさん! 比企谷くんには言わないで……」

 え、ちょっと、雪ノ下さん、比企谷くんそこにいるよね? まさか気づいてないの?

 比企谷くんのパンツから出てる顔の部分、真っ赤なんだけど。

「もし雪乃ちゃんがわたしの顔を晒そうとしたら、被ってるパンツを式場に投げ入れちゃうからね」

「それがどうしたと言うの?」

「だって、これ、雪乃ちゃんのパンツだよー」

「え?」

「この、雪乃ちゃんが今朝まで履いていた脱ぎたてほやほやのパンツを、あの、リビドー溢れる男の子たちの真ん中に投げ入れたら、いったいどんなことになるかしらー?」

「にゃ、にゃぁああああ~~~~~!」

 鬼だ、鬼がいる……。

 と言うか、自分の履いていたパンツを人前で見せびらかされるなんて、私だったら恥ずか死んじゃうな。

「ゆきのん! 陽乃さんっ、どうしてこんな酷いことするんですか!」

「ガハマちゃん……だっけ? これって、そんな酷いことかな?」

「だって……だって、ゆきのん、あんなに……」

「これはね、雪乃ちゃんに対するわたしの愛なの……」

「え……」

「愛なの」

「ごめんなさい。陽乃さんが言ってること、何一つ分からないんですけど……」

「ガハマちゃんは、雪乃ちゃんが履いていたパンツを被ることができて?」

「それは……」

「わたしはできるわ! だって愛があるから!」

 いや、はるさん、そんなこと,指をビシッと立てながら言い切られても……。

「あ、あたしだって!」

 え?

「できます! あたしだってゆきのんのこと大好きですから!!」

 ええっ!

「言葉にするだけなら誰だってできるわ。だいたい女の友情はサガミオリジナル001

より薄いって言うじゃない?」

 いや、言わないです!……言わないよね?

「うちのこと呼んだ?」

「話がややこしくなるからさがみんは黙ってて!」

 うん、そうだね。はるさんと相模さんの組み合わせは混ぜるな危険。文化祭のあの惨劇は未だに忘れられないよ……。

「あたしだって、ゆきのんのパンツ被れます!」

 由比ヶ浜さん!? 話がおかしな方向に向かってるよ?

「……へぇー、それをどうやって証明するの?」

「ゆきのん!」

「な、何かしら……由比ヶ浜さん」

「パンツ脱いで!」

「ちょっ,由比ヶ浜さん!?」

「だって,そうしないとゆきのんへのあたしの愛が示せない! あたしが陽乃さんよりゆきのんのことが好きだって示したい! あたし,陽乃さんに負けたくない!!」

 どうしてそうなっちゃうの? この子大丈夫なの? いくらなんでも雪ノ下さんがそんな話に乗ってくるわけ……。

「由比ヶ浜さん……いえ,結衣! 私,やるわ! 結衣と私の絆がねえさんなんかに負けるはずがないもの! そうよ,ねえさんに負けることなんてあってはならないのよ!!」

 雪ノ下さ~~~ん! 雪ノ下さんまでおかしくなっちゃった!?

「ゆきのん!」

「結衣!」

 いやいや,なんか二人で盛り上がってるけど,言ってることもやろうとしていることも全ておかしいんだよ!?

 そうして,雪ノ下さんがスカートの脇からパンツに手を……って,ダメー!

 はるさん! はるさんは妹さんが公衆の面前でパンツを脱ごうとしていても平気なの!?

 はるさんの顔を見ると,笑っているようで少し冷や汗をかきながら口元をヒクヒクさせていた。

 あ(察し)

 これは,話が思わぬ方向に行ってしまったけれど,自分が煽った手前,止めるに止められなくなっちゃったってそんな顔だ。

 私も止めようと思うけど,焦れば焦るほど声を出せなくなってしまう……。

 もうこの場をなんとかできるのは比企谷くんしかいないよ。お願い,比企谷くーーん!!

 私の声にならない叫びが聞こえたか,比企谷くんがするするっと雪ノ下さんの前に立つ。そして,両の手で彼女のスカートをぷわっと……。

 ぶわっと!?

「きゃー!」

 悲鳴を上げてスカートを抑える雪ノ下さん。

「ちぃ,まだ早かったか。もう少しでパンツの下の全てが丸見えだったのに」

 君は,またそんな手段をとるんだね……。

 雪ノ下さん,赤い顔でプルプル震えてるよ……そうだよね……丸見えは逃れたとしてもパンツはバッチリ見られたんだから……。

「ひっ,比企谷くんになら見せてもいいけど,あなたのような卑怯なエロテロリストなんかに見られるなんて……」

 おーい,雪ノ下さーん,比企谷くんですよー,念願の比企谷くんですよー。

「ゆきのん泣いてるじゃない! あたしだってヒッキー以外の人に下着見られのなんか嫌だし! 誰だか知らないけど絶対許さないから!」

 知ってるよー。よーく知ってる人だよー。

「そんなに見たいなら雪乃ちゃんの代わりに俺の下着を見ろ!」

 ちょっ、あの、葉山君に似た子自分でスカートをまくり上げちゃったよ!?

 だいたいボクっ娘って聞いたことあるけど、オレっ娘なんて聞いたことないよ?

 ほら,比企谷くん困ってる。いっそ被ってるパンツを脱いで顔を晒してしまおうかと逡巡してるみたい。

「だめだよ,ひきっ,狸吉。そのパンツは取っちゃダメだよ。この場はわたしに任せて」

 そう比企谷くんに注意して、また数枚の写真をずらっと手にする。

「さあ,雪乃ちゃんの恥ずかしい写真だよっ」

 と言うが早いか,パッと空中高くそれらをばらまいた。

 

「にゃ,にゃーーーーー!」

 何? あの反応。まさか雪ノ下さんの着替え写真を!?

 ひらひらと舞い落ちる写真を一枚手に取ると,雪ノ下さんが猫耳と尻尾を付けて,にゃーとネコのポーズをとっている写真だった。

 雪ノ下さん……ある意味,裸よりも恥ずかしいかもしれないね……。

 地球防衛軍のメンバーがその写真を拾い集めているすきにはるさん達は逃げるようだ。

 逃げる直前,はるさんが私の耳元でそっとつぶやいた。

「ちなみに,比企谷くんの被ってるパンツ,めぐりのパンツだからねっ♪」

 え? 今なんて?

「おっ,おい! 聞いてないぞ,そんなこと」

「言ってないもん。わたし,めぐりのお母さんにも信用あるから,今朝受け取りに行ったらなんの疑いもなく渡してくれたわよー」

 ちょっ,おかあさーん!!

「ひきっ,狸吉,わたしのだと思った? ごめんねー,それはまた今度♪ あ,今顔から外しちゃじゃダメだよー。こんなことで顔バレしたら退学ものだからねー」

「ぐぬぬ……」

「じゃあね,めぐり。さよならパイパイ,またいつか!」

 ………………。

 にゃ,にゃぁあああああああ~~~~~~~!! 

 


 

 はるさん達が去ってしばらく経ち,ようやく会場が落ち着きを取り戻した頃に卒業式は再開された。

 私の答辞は……そこから何を言ったかよく覚えていないんだけど,みんなが拍手してくれていたから多分ちゃんとできていたと思う 。

 今回の卒業式はDVDにして配布されることになっているからあとで確かめてみよう。

 あのおち……から始まる騒動はさすがに編集でカットされているんだろうけど。

 私のパンツが卒業式のビデオに映ってるなんて,黒歴史どころの話じゃないわ。

 お母さんにはあとでシッカリと言い聞かせなきゃと思ったけれど,あなたの渡したパンツを頭に被った男の子が卒業式で大暴れしたよーなんて言えないよね……。



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バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!番外編めぐり☆涙のグラジュエーション・デイ(2)

はい,またお会いしました。
めぐり番外編2話目です。
前回の番外編のように前・中・後編としなかったあたり,何話で完結するか自信のなさが表れてますね……。
前回同様3話で終わらせられれば良いのですが……。

今回からお読みいただいた方につきましては、ぜひ本シリーズの1話、2話(大宰府編、岩屋城編)だけでも流し読みいただけると背景がお判りいただけるかなーと思います。
前回出てきた「前校長の所業」と、なぜ正史からズレてしまったのかをご確認いただければ幸いです。



 その後,教室に戻った私たち。最後のHRで担任の先生から貰ったはなむけの言葉にみんなで泣いた。

 

 全てが終わった後も私たちは名残を惜しむかのようにその場に残り,この3年間を,あるいは笑いながら,あるいは泣きながら語り合った。

 本当はすぐに下校するようにという指示だったれど,先生は見て見ぬふりをしてくれた。

 それでもお世話になった先生にこれ以上ご迷惑をおかけするわけにもいかないから,また近いうちに集まろうねと固い約束を交わし,高校生活の最後の一年を過ごした教室に別れを告げた。

 

 みんなはそのまま家に帰るって言ってたけど,私は一人生徒会室に足を向ける。

 会長になる前の役員時代から数えて2年以上を過ごしたあの部屋。

 私の後任の生徒会長がなかなか決まらなかったから,他の人よりもほんの少し長くいたんだったなー。

 一色さんの持ち込んだ私物で,私の時とは部屋の様子もずいぶん変わったみたいだけど。

 生徒会室の前まで来ると,一色さんが部屋の鍵を閉めていた。

 

「あ,城廻先輩,改めてご卒業おめでとうございます」

「ありがとう一色さん。今日はもう終わりなの?」

「はい。本当なら卒業式の後片付けとかあるんでしょうけど,在校生わたし一人しかいませんし,早く帰れと指示が出てますから」

 そっか,そうだよね……去年は役員の人たちと体育館の片付けしたんだけどなー。

「先輩,中に入りますか?」

「ううん,迷惑になるからまた今度。一色さんが生徒会長のうちにまた遊びに来るよー。あ,でも一色さんはまだ1年生だし,しばらくは大丈夫だね♪」

「ははは……でもせんぱ……比企谷先輩がいなくなった後も生徒会長の任期が残ってると思うと,ちょっと憂鬱ですよねー。いったい誰に仕事を押し付け……手伝ってもらったらいいかって」

「こらっ,比企谷くんはもう受験なんだから,卒業と言わずあんまり面倒かけちゃだめだぞ?」

 それ以前に仕事を押し付けるって言ってた気がするけど。

「ま,まあ,そうですよね……でもせんぱいには責任がありますから。わたしを唆して生徒会長にしたこととか,全部見ちゃったこととか……」

「えっ!?」

「いっ,いえ,なんでもないです! 次の選挙の時には,かっぽれ副会長……じゃなかった本牧先輩とか新3年生に代わって新しい役員になるでしょうから,これまでの経験を生かしてこき使……手を携えて頑張っていきます!」

 今、こき使うとか言ってたよね!?

 その前に、全部見ちゃった責任って何のこと?

 比企谷くんに何見せちゃったの!?

「じゃあ、職員室に鍵を返しに行きますんで、またいつでも遊びに来てくださいね。城廻先輩ならいつでも美味しいお茶を入れて大歓迎します。書紀ちゃんが」

「一色さん……」

「じょ、冗談ですよお。城廻先輩には,ほんっとに感謝してますから。いやがらせで生徒会長に立候補させられた時,先輩に相談してなかったら今のわたしはありませんでした。わたし,生徒会長になって本当に良かったと思ってるんです。だから,ありがとうございました!」

 そして彼女は深々とお辞儀をした。

 ずるいなあ、最後に真面目な顔でそんなこと言うんだもの。

「一色さんも,がんばって……ね」

 そう言って、彼女を正面から抱きしめた。

 あの時、彼女は自分から生徒会長をやると言ってくれたけど、それでも,私の力が足りないせいで彼女を本当ならなりたくなかった生徒会長にしてしまったという思いが,ずっと心の奥で小さな棘のように刺さったままだった。

 けれど、今の彼女の一言が私をその思いから解放してくれた。

 ありがとう,一色さん。感謝しなければならないのは私だよ。

 


 

 その後,一色さんと一緒に職員室に鍵を返し行ったら,いろんな先生から声をかけられたけど,最後にお礼を言いたかった平塚先生は席にいらっしゃらなかった。まだ体育館で片付けをされているのかな? いつものように,若手は辛いなーとか言いながら。

 

 職員室を出て一色さんと別れ,特別棟のあの場所へ足を向けた。

 

 奉仕部 ―― 入口のプレートはたくさんのシールで彩られていた。最初に平塚先生に連れられて訪れた時よりもずいぶん増えたような気がする。

 けれど,その部屋の電気は消えていた。

 扉には鍵がかかっていた。

 

 そうだよね……今は部活も禁止だもんね……。

 今日が最後なのにまた彼に言ってしまった。

 最低で不真面目だって。

 本当は全然そんなことないのに。

 すごく真面目なので,みんなのことを思って行動してくれていたのに。

 自惚れかも,勘違いかもしれないけれど,今日も私のためにあんなことをしてくれたんだよね?

 

 だから最後に一言いいたかった。

 

 ありがとう,そしてごめんなさい。

 

 私の心に残ったもう一つの棘。

 ダメだ,ここで泣いちゃ。せっかく彼が笑顔をくれたのに。

 


 

 ぐしぐしと目をこすっていると,廊下の端に何かがいるのが見えた。

 

 うさぎ?

 うさ耳が付いた,まるでバニーと呼ばれる亜人族のような姿をしたチョッキ姿の女の子が懐中時計を見ながらせかせかとどこかへ向かっていくのが見えた。

 まるで,不思議の国のアリスの世界に迷い込んだような気がした私は,とにかくそのうさぎさんの後を追うことにしたの。

「待って! うさぎさん!!」

 私がそう言っても,ちっとも待ってくれないうさぎさんは校舎の中をあっちへこっちへ走り廻り,私は必死でそれを追いかけた。

 そろそろ,息が切れてこれ以上は……と思ったところで,うさぎさんは一つの部屋へ飛び込んだ。

 ここって……会議室?

 

 扉のガラスの部分に目張りがしてうるのか中の様子を覗うことはできない。

 ちょっと怖いけれど,ゆっくりと扉を開けて足を踏み入れた。

 その瞬間,突然ドアが閉められ,視界が闇で閉ざされた。

 左右から複数の手が伸びて身体を押さえられて,制服を剥ぎ取らようとしている。

 

 いっ,いやあ!

 

 だけど,声を上げようとしても後ろから口元を押さえられて声が出せない。

 一生に一度の,高校の卒業式なのに,どうして……。

 安易に部屋に入ってしまった自分の迂闊さを呪ってみても今さらどうすることもできない。

 いやだ,助けて……助けて……。

 

「比企谷くん!」

 抵抗しながら必死に出した叫びは,やはりあの後輩の名前だった。

 


 

「はい」

 え? 今の気だるげな声……。

 そして突然射した光に目が眩む。

 

 手で光を遮りながら、ようやく明るさに慣れた瞳に映ったのは,カクテルライトに照らされてキラキラ光る天井のミラーボール,LEDサインで彩られた部屋,そしてタキシード姿の比企谷くん。

 さっき,女性下着にガーターベルト,さらに顔にパンツを被っていた人とは思えないくらい素敵だなあ。

 

 そうだ! 私,さっき服をはぎ取られて……。

 あれ?

 改めて自分の姿を見るとワインカラーでAラインスカートのビスチェドレスを着ている……いつの間に?

 デコルテが全部出ていてちょっと恥ずかしい……。

 あれれ? 私,今日,普通のブラ着けてきたのに,なんで肩紐がないの!?

 

「どうぞこの靴にお履き替えください」

 そう言って,少しヒールのある靴を私の前に差し出したのは,さっきのうさぎさん。

 ええと,この子はたしか……?

「戸塚,悪かったな」

「ううん,僕は八幡が頼ってくれたから嬉しいよ」

 そうそう,戸塚くん! たしかテニス部の部長さんだったよね?去年の体育祭の棒倒しで紅組の大将だった子だ。

 彼女……じゃなかった,彼から少しヒールの高い靴を受け取った。

 たしかに学校の上履きでこのドレスはちょっとミスマッチだよね。

 

 ちょうど靴を履き終えた時,唐突にアップテンポな曲が始まった。

 振り向くと,雪ノ下さんがギターを,平塚先生がベースを弾き,はるさんがドラムを叩いている。

 ああ,文化祭のエンディングセレモニーの前のライブを思い出すなー。

 今日はみんなドレス姿だけど,平塚先生だけいつものパンツスタイルに白衣というスタイル。平塚先生って国語の先生なのになんで白衣なんだろう?

 

 あの時は,エンディングセレモニーを前にして実行委員長の相模さんがいなくなり,探す時間を稼ぐために急きょ決まった演奏だったけど,はるさんに言われてキーボードを弾いたんだったよねー。

 今,私の代わりにキーボードを弾いているのは赤髪の知らない女の子だ。

 

「めぐり先輩,踊りましょう」

 周りを見ると,一色さんや,由比ヶ浜さん,体育祭を手伝ってくれた,たしか海老名さん,そして三浦さんに相模さんも綺麗なドレスを着て踊っている。

 比企谷くんに促され,私も踊り始めた。

 クラブとか行ったことないし,こういう激しいダンスは得意じゃないかもだけど,千葉の名物踊りと祭り! 同じ阿呆なら踊らにゃsing a song!!

 比企谷くんも慣れてないんだね。ちょっとぎこちない動きだったよ。

  

「お前,キーボードとか弾けたんだな」

 演奏の合間,明かりが点いて,壁際のテーブルに用意された食べ物や飲み物をいただきながらの休憩タイム、比企谷くんはドリンクを手にキーボードの女の子に声をかけていた。

 比企谷くん、またあの甘いコーヒー飲んでる……。

「まあな。昔,別府のキャバレーで,モグモグ,歳をごまかして,クチャクチャ,バンドの生演奏のバイトやってたんだ。ふんがふっふ」

 女の子は,お皿にローストビーフとかサーモンのマリネ,から揚げ,ポテト,エビフライ,ピザなんかを山盛りにして,モリモリ食べながら比企谷くんの問いに答えていた。

「おい、食うか喋るかどっちかにしろよ」

 ずいぶん気安く声をかけてるみたいだし彼女の方も親しげな感じ。二人はどういう関係なんだろう? 私,気になります!

「比企谷くんの知り合い?」

 私もお皿にオードブルやサンドイッチを載せて二人の会話に加わる。

「こいつ,12月の終業式直前に編入してきましたから,年明けて自由登校のめぐり先輩はご存じないですよね。同じ学年の原滝です」

「原滝龍子です。大分から八幡を追いかけて東京に出てきて,今は陽乃大元帥の元でお世話になってます」

「おい,待て原滝,ここは千葉だ。東京じゃない」

「またまた,そんなこと言って。東京ディズニーランドにららぽーと東京ベイ,東京ドイツ村もあるんだから,これはもう東京だろ?」

「くっ……」

「だいたい田舎の方で会った千葉県とか埼玉県,あまつさえ群馬県や茨城県の人も大抵『東京の方から来ました』って言うぞ?」

「ぐぬぬ……」

「神奈川の人間だけは,『横浜から来た』って言うけどな」

 

 なんだか仲いいなー,この二人。

 

「原滝さんね。去年まで生徒会長をやってた城廻です。私は卒業してこの学校からいなくなっちゃうけど,はるさんのお知り合いならまたお会いすることもあるかもだから,これからもよろしくね」

「あ……はい,よろしくお願いします」

 それにしてもこの子も比企谷くんのこと……。八幡を追っかけて,とか言ってたもんね。わざわざ九州から千葉まで追っかけてくるなんてすごいよ。それに名前呼び。私にはできないよ。

 

 私も,

「八幡」

 って言えたらな……。

 

「め,めぐり先輩?」

 んん? 比企谷くんが何か焦った顔してる?

「比企谷くん,どうしたの?」

「その……名前……いや,何でもないです……」

 何だろう? おかしな比企谷くん。

「ちっ,このねーちゃんもかー」

 えっ? 私,何か悪いこと言ったかな?

 


 

「で,比企谷くん。そろそろ説明してもらっていいかな?」

「それは私から説明しまーす!」

 ちょっと丈の短いピンク色のドレスを着た一色さんが,きゃぴるんと私の前に来た。

「実はですねー,元は3年生の皆さんのために,謝恩会として大々的なプロムを企画してたんですけど,学校も休校だしそれどころじゃなくなっちゃって,でも,城廻先輩だけはみんなで盛大に送り出したいなーって」

「一色さん……」

「本当はこれもだめなんでしょうけど,そこは平塚先生がなんとか」

 

「平塚先生……体育館のアレも先生がいろいろと気を配ってくれたんですよね?はるさんのアレにはちょっとびっくりしましたけど,あんなくす玉、学校関係者に黙って用意なんかできないですから」

「ははは,たしかに陽乃のアレには私もビックリした。まあ,君たちにしてやれることもこれが最後だからな」

 照れくさそうに頭を掻く平塚先生。

「ありがとうございます」

 私は先生に向かって深々と頭を下げた。

「はるさん,雪ノ下さん,そしてみんな,ありがとう」

 会場にいるみんなにもお礼を告げる。

「いえいえ,まさかねえさんがあんな暴挙にでるとは思いませんでしたけど,無事に終わって何よりでした。それにしても,ねえさんの隣にいたあの変態は誰だったのでしょう?」

「あはははー,誰だったのかなー」

 比企谷くんの方を見ると何だかきまりの悪い顔してる。

 まあ,ここは黙っといてあげようね。

 

「思い出した! 比企谷くん,私のパンツ返して!!」

「め,めぐり先輩!?」

「あっ」

 これ……たぶんだけど,今言っちゃいけなかったやつだよね?

「城廻先輩,その……パンツとはどういう意味でしょうか?」

「雪ノ下さん,それは,その……」

「ヒッキー! なんでヒッキーがめぐり先輩のパンツを持ってるの!?」

「お,落ち着け。それは,アレがアレでアレだから……」

「はいはい,雪乃ちゃんもガハマちゃんも落ち着いてー。そろそろ再開するよー。ほら雪乃ちゃんは持ち場について」

 パンパンと手を叩きながら,はるさんがダンスと演奏の再開を宣言する。

 後で追及されるのは間違いないけど,それまでに言い訳を考えとけってことだよね?

 はるさんグッジョブ! と思ったけど,どう考えてもはるさんが主犯だよー。

 

「ちょ,ちょっと待って!」

 ああ……赤髪の子が残った食べ物を全部口の中に押し込んでるよ。普段,ご飯食べてないのかな?

 


 

 再び明かりが落とされ,今度はムーディーな音楽がゆっくりと流れる。

 いつの間にかチークタイムに移行したらしい。

 

 比企谷くんは,由比ヶ浜さん,そして三浦さんから請われるまま,身体を寄せて踊っている。

 海老名さんは少し離れたところからその様子を覗っている。

 相模さんもやはり距離を置いてその様子を見ている。比企谷くんと相模さん,まだ仲が悪いのかな?

 でも,相模さんが比企谷くんを見る目が,決して憎んでいる目じゃないような気もするんだけどなー。

 

 今度は,戸塚くんだ。

 なんかお似合いのカップルだなー。

 って,よく見たら戸塚くん、いつの間にか綺麗なドレス着てる!?

 戸塚くん、ちょっと膨れた顔をしてるけど,比企谷くんと踊ること自体はまんざらでもないみたい。比企谷くんの顔もいつになく緩んでるし。

 ちょっと悔しいな。私と踊るときもああいう顔してくれるかな?

 

 あ,海老名さんが鼻血を噴き上げて三浦さんに介抱されてる。

 

 今度は,平塚先生のところへ行った。

 平塚先生が,えっ,私?って感じでドギマギしてる。

 恥じらいつつ踊る平塚先生,なんか乙女っぽくて可愛い♡

 

 いよいよ次は私の番かなーなんて,ちょっと期待してたんだけど,曲がそこで終わってしまう。

 次の曲もこんなスローな曲でだったらいいな……。

 

 だけど、平塚先生から告げられた言葉は非情なものだった。

 

「すまない。完全下校時間をかなり過ぎてしまっている。この場は私が後で片付けるから君たちはすぐに帰りたまえ」

 

 え?

 

「ごめんねー、時間を忘れてたよ。着替えの時間無いみたいだからドレスはそのままでいいよ。気に入ったならそのままあげる。今日は都築にリムジンで来るように言ったからみんな送っていくよ。荷物だけまとめて玄関の車寄せに集合ね」

 

 はるさん、私、まだ比企谷くんと踊ってません……。

 私、まだ比企谷くんに謝っていません……。

 


 

「みんな……今日は、私のためにありがとうね。最後に、いい思い出になったよ」

 無理やり作った笑顔で最後にもう一度お礼を言った。

「城廻先輩、また奉仕部の部室に遊びに来てくださいね」

「千葉県横断お悩みメール、いつでも送ってください。待ってます!」

「雪ノ下さん、由比ヶ浜さん、ありがとう」

「城廻先輩、真っ先に生徒会室に来てくださいね。先輩のホームは生徒会室なんですから」

「うん、絶対に顔出すから。一色さんも頑張ってね」

「一色さん。あなたいつも奉仕部の部室にいるような気がするのだけど」

「やだなー,雪乃先輩。ちゃんと生徒会の仕事もしてますよー,ははは」

 

 それからみんな口々にお別れの言葉を告げてくれて、私も一人一人にそれを返した。

 でも比企谷くんだけは、少し離れたところに立ってこちらの様子を伺っているだけだった。

 比企谷くん、私、今日で最後なんだよ? もう東京へ行っちゃうんだよ?

 

「陽乃さん、俺,自転車ですから車は大丈夫です。まだ休校続くみたいなんで自転車持って帰りたいですし」

「分かった。気を付けてね」

「じゃあ戸塚は私が送って行こう。女子ばかりの車じゃ居づらいだろうからな」

 見た目は女子の中に混ざっても全く違和感ないと思うけど。まだドレス姿のままだし。

 

「それなら戸塚君は静ちゃんにお願いするね」

 そして再び比企谷くんの方に目をやったけれど、彼はもうそこに居なかった……。

 

「じゃあ、みんな乗って。めぐりは一番最初に送って行くからすぐ降りられるよう乗る順番は最後ね」

 みんなが車に乗り込む間、私は暗くなった玄関を見つめていた。

 相模さんが乗って、いよいよ次は私の番……。

 白髪の運転手さんがじっとドアの側に立ち,私が乗るのを待っている。

 最後にもう一度振り向いて玄関を見たけれど、やはりそこに彼の姿はなかった。

 

 悲しい顔を悟られないように少し俯き加減のままドレスの裾を持ち上げ、車に乗る。

 私の気持ちをよそに運転手さんがドアを閉めた。

 

「都築、出して」

 はるさんの指示の下,ヘッドライトを点灯させたリムジンが何の音もなく滑らかに車寄せを離れようとした刹那、キッ!っという急ブレーキの音とともに体が前のめりになっだ。

 

「比企谷くん!?」

 そう叫ぶはるさんの声に前を見ると,まさに車の真ん前,それこそ一瞬でもブレーキが遅れていたら跳ね飛ばされていたであろう場所に自転車に跨る比企谷くんがいた。

 


 

「めぐりせんぱーい!」

 ピッタリと窓の閉まった車の中、彼の声は聞こえない。それでも私の名前を叫んでいるのが分かる。

 

「比企谷くん!」

 車のドアをバァンと開け放ち、比企谷くんのいる車の前へ飛び出す。

 

「めぐり先輩、乗ってください!」

 比企谷くんの差し出した手を取って、彼の自転車の荷台に横座りした

「落ちないようにしっかり掴まって!」

 彼の背中に頬をくっつけ、腰に手を回す。

 それを確かめるや否や,比企谷くんの両手は自転車のハンドルをグッと引き付け,その足はペダルを力強く踏み出した。 

 そうして私を後ろに乗せた自転車はもの凄い勢いで門を飛び出していった。

 

「つ、都築さん、あの自転車を追って!」

「雪乃お嬢様、小回りの利かないこのリムジンの車長では、自転車を相手に追いかけることは難しいと思います。残念ですが……」

「そんな……城廻先輩の安全が……てっ、貞操が……」

「大丈夫です。八幡くんはそんなことをする人じゃありません」

「だな、八幡だし」

「海老名さん……原滝さん……二人とも彼を凄く信頼してるのね」

「信頼っていうか、な?」

「ヒキオにそんな度胸があったら,あーしらとっくに……」

「ねっ、ふふふ」

「な、その笑いはどういう意味かしら? とっくにって何なの? どうして三浦さんは顔を赤らめているのーーー?」

 

「比企谷くん、どこへ向かってるの?」

「さあ、何も考えてません。とにかく今はあそこから離れないと」

 比企谷くんはそうして一生懸命、全速力で自転車をこぎ続ける。

 私は、風を切って進む自転車の揺れに堪えられるよう腰に回した腕の力をさらにギュッと強くして、彼の背中に身体を預けた。



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バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!番外編めぐり☆涙のグラジュエーション・デイ(3)

はい,またお会いしました。
めぐり番外編3話目。事実上これで終わったようなもんなんですけどね。
番外編名物(?)茶番屋台が入りきれなかったんですよー。
これだけでうっかり1万字超えちゃったもので……。
なので,次回4話目に突入します。
本当に駄作者がすみません……。


「ここでいいですかね?」

 

 比企谷くんと私は,稲毛海浜公園にあるいなげの浜海水浴場の検見川寄りの砂浜に立っていた。

 ここは去年から白い砂浜に変わったんだよね。

 ヒールのある靴では砂に埋まって歩けないからと靴を脱いで裸足になる。

 革靴を履いていた比企谷くんも裸足。

 足の裏で砂がキュッとして少し気持ちいい。

 まだ日も暮れたばかりで辺りには何組かのカップルがいるけど、タキシードにドレス姿で裸足の男女なんて私たちだけだね。

 

「ねえ比企谷くん」

「はい?」

「……どうして迎えに来てくれたの?」

「いや、まあ……」

 やっぱり少し照れ臭そうに頭をかく比企谷くん。

 

「俺、めぐり先輩にちゃんと謝らなきゃって思って……」

 

 えっ?

 

「文化祭も、体育祭も、いつも先輩には不真面目で最低だって言われて……俺、いつも効率が一番いいからなんて言い訳してたけど、周りの人の気持ちなんかひとつも考えてなかった、いえ、考えようとしてなかったんです」

 

 そうじゃないよ……。

 

「いつかお詫びしようと思ってたんですけど、この前のバレンタインイベントも機会が無かったし今日も最後まで言えなかったから……だから、すみませんでした!」

 言い終わった比企谷くんは深々と頭を下げる。

 

 違う、違うよ、比企谷くん……そうじゃないんだよ……。

 いつの間にか私は彼を正面から抱きついていた。

 

「め、めぐり先輩?」

「ごめん、ごめんね、比企谷くん。悪いのは私、私なの。君はいつもみんなのために懸命に頑張ってくれたのに、ちっとも不真面目なんてことなかったのに、最低なんてことはひとつもなかったのに、私の言葉で君を傷つけた……だから謝らなければならないのは私だよ、だから……だから……」

 私,きっとその時,泣きそうな顔をしていたんだろうと思う。

「めぐり先輩……踊りませんか?」

「えっ?」

「さっき、めぐり先輩と最後のダンスを踊れなかったんで……」

 やっぱり君は……。

「私が……ラストダンスを踊れなくて寂しそうにしてたのを見て?」

「い、いや、そういうわけじゃなくて、俺がめぐり先輩と踊りたいと思って、いや、それもちょっとキモイかな……」

 あたふたする比企谷くん、可愛いなあ。

 彼は、一旦目を瞑り手を自分の胸に置いて呼吸を整え、目を開くや否や私の瞳を見つめながら言った。

 

「先輩、俺と踊ってもらえますか?」

 そうして差し出された彼の右手をとり、

「ええ、喜んで」

 と私は答えた。

 


 

 彼は,自分のスマホを操作してポンと砂浜に放り投げた。

 

 そこから聞こえてきたのはムーディーな曲。

 私たちは再び手を取り身体を合わせながらゆっくりと踊りだす。

 とうに日は落ちて満天の星空の下,比企谷くんと私のラストダンスが始まった。

 まだ3月だから海からの風は少し冷たいはずなのに,彼の熱で今は心が体が暖かい。

 比企谷くんは慣れた感じで私をリードしてくれている。

 さっきみんなと踊っていたから?

 それとも,もっと前からなのかな?

 周りの人が見ているかもしれないけど気にはならない,比企谷くんと私,二人だけの時間,二人だけの空間。

 そして,比企谷くんの胸と私の胸が重なったとき,私は気づいた。

 

 私,ブラしてない!?

 

 いろいろ展開が速すぎて忘れていたけれど,たしか肩が出ているピスチェドレス着ているのにブラの肩ひもがないことに疑問を持っていたのよね?

 私の胸に比企谷くんの胸の感触がダイレクトで伝わる。

 細く見えるけど意外としっかりしているんだなぁなんてことはどうでもいいの!

 昼間,さんざん目にしたしねっ!

 べっ,別に男の人の裸なんてわいせつでもなんでもないし!

 

 そうじゃなくて! 比企谷くんの感触が私に伝わるってことは,私のむ,む,胸の感触も比企谷くんに伝わってるってことよね?

 比企谷くん,意識してくれてるのかな?

 いつもはるさんとか由比ヶ浜さんとかと一緒にいるみたいだから,ちょっと自信ないな……。

 

 チラッと比企谷くんの顔を覗き見ると,意識してわざと視線を逸らしているようにも見えた。

 暗くて顔の色までは分からないけど,きっと赤い顔してるよね? 

 そう思ったら,ちょっと悪戯心が出てきちゃったんだゾ♪

 えいっ!っとさらに胸を押し付けてみる。

 今,比企谷くんの身体がビクンと震えた。

 反応が可愛い♡

 それでも無理に身体を離したりしないでちゃんとダンスをリードしてくれている。

 

 もうすぐこの時間も終わっちゃうのかあ……いつまでもこの時間が続けばいいのに。

 そんな私の望みをよそに曲は終わりを迎える。

 片手を握ったまま恭しく礼をする。

 彼の温もりが無くなることに,少し寂しさを感じているのかもしれない。

 


 

「あーあ,本当に高校生活,終わっちゃうんだなあ」

 比企谷くんと私は,タキシードとドレスという格好で砂浜に並んで膝を立てて座っていた。

 

「めぐり先輩なら,もう大抵のことはやりつくしたんじゃないですか?」

 そんなことを言いながら彼はいつもの缶コーヒーをカシュッと開ける。

「そんなことはないよー。私だってやり残したこといっぱいあるよー」

 私は彼の買ってくれたホットココアに口をつける。

 もう時間が経ってしまってお互いに冷めてしまっているけどね。

「やっぱりその甘いコーヒー飲んでるんだ」

「まあ……今さら何飲んだらいいかよく分からなくて……もう習慣みたいなもんで」

 少し口を付けた缶を指でつまみながら軽く振ってみる比企谷くん。

「少し,もらっていい?」

「ああ,飲んでみたいなら帰りに買いますよ」

「んー,なんかすごく甘そうだから,一缶は飲めない気がするんだよねー」

「そんなことはないでしょう? そのココアだってずいぶん甘いと思いますけど」

「じゃあ,飲み比べする?」

「それはちょっと、だって……」

「ひょっとして比企谷くん、間接キスとか気にしてる?」

「そりゃ気にしますよ。めぐり先輩だって俺なんかと嫌でしょう?」

 ふふっ,照れる比企谷くんも可愛いなあ。

 

「それじゃ,間接キスが気にならなくなるおまじないをしてあげるね♪」

 言うが早いか比企谷くんの顔に右手を添えて,最初は軽く,次に強く自分の唇を彼の唇に押し付ける。

 

「ん……ふっ」

 唇が離れ,あっけにとられていた彼に言った。

「んー,甘いキスって言うけど本当に甘いね」

「いや,なんで……」

 何が起こったのか理解できていないという顔で彼が問いかける。

「これでもう間接キスくらいじゃ気にならないでしょう?」

「それはそうですけど,でもそうじゃなくて……」

「いいのいいの。じゃあ,これ少しもらうね♪」

 そう言って,彼の手から缶コーヒーを奪い取り,代わりに私のココアを手渡す。

「んーやっぱり甘ーい」

 一口含んだそれは、さっきのキスと同じ、とても甘い味がした。

「比企谷くんも私のココア飲んでいいよー」

「はあ……」

 ちょっとだけココア缶とにらめっこした比企谷くんは、ムムムっと唸りながら意を決したように缶に口を付ける。

「……甘い」

「フフッ、同じだね」

「いや、違いますよ。全然違う」

「えー、そうかな?」

 

「じゃあ、もう一回試してみるね」

 彼の前に右手を差し出してココアの缶を受け取り……それをそのまま砂浜に落とし、両手を広げて比企谷くんに抱き着き再び口づけを交わす。

 

「んっ」

 私のココアと彼のコーヒーが白い砂浜に染みをつくる。

 夜の帳と波の音だけが私たちを包んでいた……。

 


 

 二人の唇が離れた後、

 

「めぐり先輩も大胆ですね。周りはカップルだらけなのに……」

 

 かああ。

 

 そう言う彼の言葉に、急に顔が火照っていくのを感じた。

 よく考えたら周りだってカップルなんだから他のカップルのことなんか気にしてなかったんだろうけど、その時は気づかなかったんだよね……。

「ひっ、比企谷くん、行こっか」

 赤くなった顔を隠すように少し俯き加減で右手を差し出す。

 先に立ち上がった比企谷くんがその手を取って立ち上がらせようとしてくれたのだけれど、一瞬砂に足を取られてしまう。

 

「ひゃっ!」

 軽く悲鳴を上げ,前に転ぶ私を比企谷くんが抱きとめて,その勢いのまま二人とも砂浜に倒れこんだ。

 

「ごっ,ごめんね! 頭を打ったりとかしてない?」

 私は慌てて砂浜に手をついて彼から離れようとしたけれど,彼はそれを押しとどめるように背中に回した腕に力を入れ,私を強く抱きしめた。

「めっ、めぐり先輩!」

 切羽詰まった声で私の名前を呼ぶと,砂の上で体勢を入れ替え,今度は彼が上になり私の身体の上に覆いかぶさる。

 

 どどど,どうしちゃったの!?

 

 さっき,周りに人がいるって話だったのにこの状況。もちろん嫌じゃないけど,やっぱり恥ずかしい。

 でもそっかー。私はここで比企谷くんに初めてを……。

 比企谷くんも初めてなら,一緒に卒業式を迎えるんだね。

 

「比企谷くん……いいよ……でも,優しくしてね……」

 私はそっと目を瞑った……。

 

「ちっ、違います,そういうんじゃないですから!!」

「え?」

 

 キョトンとする私をよそに、そっぽを向く比企谷くんが続けた。

 

「めぐり先輩、服!服!」

 頭の上に巨大なクエスチョンマークを浮かべながら自分の姿を見ると、ドレスの胸の部分が落ちて、の……私のおっぱいが丸見えになってた。

 

「にゃ、にゃぁああああーーー!」

 えっ、なんで⁉︎

 そりゃ、さっき覚悟はしたけど、心の準備ってものが……。

 

「比企谷くん、もう少しムードが欲しいな……」

「そうじゃないです! さっきめぐり先輩が転んで支えようとした時に、タキシードの袖が背中のファスナーに引っかかって……」

「そうなの? でもそれじゃ比企谷くんが私の上に覆い被さっている理由にならないよ? それとも、初めは偶然だったけど私の胸を見て、つい欲望に負けて襲っちゃったっていうこと?」

「負けてない!負けてません! それにすぐに抱きついたんで,俺、見てないです。でもこうしないと、周りの人に先輩の,その,胸を見られちゃいますから」

 比企谷くん、私のために……でも、

「見てないの?」

「はい」

「ほんとに?」

「本当,です,よ?」

  露骨に目を背ける比企谷くん。

 

「そっか……やっぱりはるさんとか由比ヶ浜さんとか三浦さんは立派だから……私の胸なんか見るに値しないよね……」

 少し悲しげにポツリと呟いた。

「そっ、そんなことありません! めぐり先輩のも形も良くてすっごく綺麗でした!」

「……のも?」

「あ、いや、その……」

「他の人『のも』見たんだ……」

「あの、それはー」

「そして私の胸も見たんだ……」

「……」

 

「見・た・ん・だ・ね?」

 

「すっ、すみませーん! ここは土下座して最大限の謝意を表したいのですが、そうすると先輩の胸が……」

 私は私の上でアタフタする比企谷くんの背中に手を回してギュッと力を込める。

「……いいよ、比企谷くんが私のためにやってくれたことだし、ワザとじゃないんだもんね」

「はいっ! それはもう、大天使である小町と戸塚に誓って‼︎」

「んもう。そこで他の子の名前が出てくるのはめぐり的にポイント低いよ?」

「また新たなポイント制度が……」

「とはいえ、どうしよっか? 周りの人が誰もいなくなるまでこのままっていう訳にもいかないし。やっぱり、しちゃう?」

「だから、しません! 冗談も大概にしてください‼︎」

 うーん、私の決意が冗談にされちゃった……ちょっとだけ傷ついちゃうな……。

「とにかく少し離れてくれないとドレスを上げられないよー」

「どうしましょう……」

「んー、あっ、そうだ」

「何か閃きました?」 

 比企谷くんの問いかけには応えずに、私は下から比企谷くんのタキシードを脱がしにかかる。

「先輩、何を⁉︎」

「んー? 比企谷くんの上着を脱がしてるんだよ?」

「それは分かります! そうじゃなくてなんで、と」

「いやね,とりあえず比企谷くんのタキシードで隠せないかなと思って。比企谷くんが自分で脱いだら私が丸見えになっちゃうでしょ? それに比企谷くんにも見られちゃうし」

「見ませんよ。 その時はちゃんと目を瞑って……」

「……さっき嘘ついた」

 ジト目で私の顔の横にある比企谷くんの顔を睨むと,

「ほんとうにごめんなさいっ‼︎」

 ふふっ,全力で謝ってる。でもあんまり耳の横で声出されるとちょっとくすぐったいんだよね。

 

「じゃあ大人しくしててね」

 そう言って、私は再び彼の服を脱がし始める。

 

「あの……めぐり先輩?」

「何かな? 今、ちょっと今、大変なんだ」

「いや、タキシードを脱がすのに、シャツのボタンを外す必要は無いと思いますが……」

「チッ」

「先輩⁉︎」

 いけないいけない。つい舌打ちしちゃった。テヘ☆

「だってー,私だけ見られてるのってずるいよー」

「いやいや,ここで俺が上半身裸になったら,まったく言い訳できないですから」

「じゃあ,後でね」

「それは……」

 

「あ・と・で・ね♪」

 

「……はい」

 そんなに嫌なのかなあ……私,本当は比企谷くんに見られても全然平気なのに。

「じゃあ,袖を抜くから右手を少し浮かせてー,そうそう」

 覆いかぶさった彼の下からごそごそとやってるから,時々上半身を浮かせることになって私の胸を彼に押し付ける形になってる。今,右手を上げてるから左側に重心がかかって彼の顔がちょうど私の顔の右隣にある。

 

 はむ。

 

「ひゃあ!」

 彼の右耳をちょっとだけ甘噛みしたら可愛い声聞こえちゃった♪

 

 はむはむ。

 

「ちょっ、ちょっとやめて……」

 

 はむはむはむ。

 

「あぅっ、耳……弱いので……」

 

 はむはむはむはむ。

 

「いいかげんにしてくださいっ!」

「きゃっ!」

 比企谷くんが可愛い反応してくれたから、ついやりすぎちゃったよー

 今、彼は自分の両手で私の広げた手を押さえ、私の上から私を見下ろしている。

 見下ろして……???

 

「えっ!?」

「あっ!」

 比企谷くんが慌てて目を逸らしたけれど、今の私は比企谷くんに組みしだかれて露になった胸を隠すこともできない状態だ。いわゆる丸見え。周りから見たら比企谷くんが私を襲っているようにしか見えないよね。

 全裸写真も見られてるし,さっきもチラッと見られたと思うけど,こうあからさまだとやっぱり恥ずかしい。でも……。

 


 

「比企谷くん,痛いよ……」

「あ,はいっ,ごめんなさい!」

 彼が私の手の上に置かれた自分の手をずらした隙に,

「えいっ!」

 と勇気を出して彼の首の後ろに私の手を回し,さっと引き寄せる。

 手の支えを失いバランスを崩した彼の顔を私の胸へと導く。

 

「めめめめめぐりしぇんぷぁい!?」

「あんっ♪ 今動いたらくすぐったいよぉ。じっとしてー」

「でででも,しょのー」

「やっぱり比企谷くんは私みたいな胸が小さい子は嫌い……?」

「しょ,しょんなことはないです! 大好きでしゅ!!」

「嬉しい~!」

 彼を抱きしめる力を強くして,さらにギュッと押し付ける。

「うっぷ,しぇしぇしぇしぇんぱい,今日は,どっ,どうしたんでしゅかっ」

 彼の頭を抱く腕の力をを少し緩める。

「ぷはー,死ぬかと思った」

「ふふっ,そんな息ができなくなるほど大きくないよー」

 そう言って、私は上半身を起こして彼と向かい合う。

 

「せ、先輩! 周りから見えちゃいますから‼︎」

「見たい人には見せとけばいいよ、どうせ私の裸なんてそんな価値もないし……」

「そんなことはないです! さっきも言ったけど、その……とても綺麗ですし、俺が嫌なんです。他の男どもに見られるのが」

 そう言って、比企谷くんはタキシードの上着をふわっと私に羽織らせてくれた。

 私は少しうつむき加減になりながら,交差させた両手でその前襟をギュッと掴み,しっかりと体に纏わせる。

 他の男に見せたくないって,もう俺の女ってこと? 別に嫌ってわけじゃないんだけど,やっぱりまだ心の準備が……。

 顔が火照って赤くなるのが自分でも分かる。ここが暗くてよかった。彼に見られたら恥ずかしいもんね?

 赤い顔より裸の方が恥ずかしいんじゃないかって?

 それもそうだけど,でも違うの!

 まあ,裸も十分来恥ずかしいんだけど……。

 

「あのね,比企谷くん……私ね,この三年間って本当に楽しかったんだ」

 私は,少しの間沈黙して思い出を噛みしめる。そして再び言葉をつなぐ。

 

「一年生の時,文化祭の実行委員になってね,その時の文化祭,はるさんが実行委員長で史上最高の盛り上がりを見せたって話は聞いてるよね? 私はそのはるさんの姿に,ああ,こうしてみんなで行事を盛り上げたりするのって素敵だなって思ったんだ。 だからその年の生徒会選挙で書記になったの」

 比企谷くんは黙って私の話を聞いている。

 

「そして2年の時,今度はみんなが私を生徒会長に推してくれたんだ。初めは私なんかでいいのかなって思ったけど,私の一年間の活動を見てそう言ってくれたことが素直に嬉しかったし,周りの人たちも私を支えてくれるって言うから最終的に決意したの。結局,他に立候補者もいなくて信任投票で当選したんだよ。もちろん最初の言葉通りみんな私のことを助けてくれた」

 ここで言葉が途切れる。

 比企谷くんの顔を見る。ちょっと言いづらいけど,でも言わなくちゃ。

「そして去年の文化祭……私,君のこと、最低なんて言っちゃったし,終わった後もなんか悪い噂が流れたりして君には辛い思いをさせちゃったけど、それでも私にとってはいい思い出だったんだ」

「まあ,俺がやったことが最低だったのは間違いありませんし……それでもめぐり先輩が楽しかったって思ったのなら,俺にとってもいい文化祭だったんですよ。知らんけど」

「……やっぱり君は優しいね」

「そんなこと……」

「あるよ。君は優しい。そして、私が高校生の3年間得られなかったこんな時間をくれた。男の人と自転車の二人乗りして,浜辺で踊って……キスして……胸を見られたのはちょっと恥ずかしかったけど,なんか,青春してるって感じがした。ふふっ,楽しいね」

「めぐり先輩ならいくらでもモテたんじゃ? 生徒会にも男の人がたくさんいたでしょうし。中学時代の俺だったらソッコーで恋して告白してフラれてましたよ」

「フラれちゃうんだ……というか私が振るんだ……」

「でもちょっと意外でした。先輩が望めばデートくらい簡単に……」

「そうだね。生徒会のみんなが優しくしてくれたのは確かだよ。いろんな人から告白のために呼び出されたしね。ちょっと自慢に聞こえちゃう?」

 少しはにかみながら彼の表情を伺う。

「それじゃ……」

「でもね,生徒会では私をそういう対象にしちゃいけないみたいな不文律があったみたいで、告白してくれた人は……」

 その時,私はそのうちの一人のことを思い出していた。

 


 

 そう,あれは生徒会のみんなと卒業式の後で講堂の片付けをしていた時に、胸に赤い花をつけた先輩から腕を引っ張られて体育館の裏に連れてこられたんだった。

 

「城廻……めぐりくん。 ずっと前から君のことが気になってた。俺とお付き合いしてくれないかな」

「えっと……初めまして、ですよね? 私、先輩のことよく知らないんですけど……」

「えっ,俺のことを知らない? サッカー部の……」

「ごめんなさい。あまりスポーツには詳しくなくて……」

「ごめんなさい,か……いや、すまなかったね」

「え? いや,あの……」

 

 その人、逃げるように走り去って、私一人ポツンとその場に残されたんだったな。

 後で聞いたところによると、その人はサッカー部のエースストライカーで爽やかイケメン,ウチの学校はそんなに強くなかったけど,その人だけはJリーグからスカウトが来るくらい有名人らしく,それこそ学校中の女子の憧れの的だったのになんでOKしなかったのって友達から散々言われたけど、私もその人も互いのことを知らないのにお付き合いなんて考えられなかったんだよね。

 でも,いつの間にか私が誰ともお付き合いする気がないからその先輩を振ったって噂が流れてて。

 今思えば、その先輩が自分のプライドが傷つかないようにそんな話を言いふらしたんだろうな。

 その噂が出て以来、私に告白してくる人は誰もいなくなったんだ。

 

「先輩……めぐり先輩……」

 比企谷くんが心配そうに私の顔を覗き込んでる。

「あっ,ごめん。ちょっと昔のことを思い出してたんだー」

 私は自問する。

 誰からも告白されなくなって残念だった?

 そんなことない。

 十分充実した高校生活を過ごすことができたって今なら言える。もちろん恋もしてみたかったけど,それは私が知らない,そして私を知らない人とお付き合いすることじゃなかったと思う。

 

「君がさっき私を迎えに来てくれたことがすごく嬉しかった。一緒にダンスを踊ってくれたことがすごく嬉しかった。高校生活の最後に、こんな素敵な思い出をくれたことが、すっごくすごく嬉しかった。もしかしたら君じゃなくても良かったのかもしれない。でも、私が寂しそうにしてるのを見てここまで連れてきてくれたのは君だった。他の人に比べたらほんの僅かかも知れないけど、私は君の優しさを知ってる。だから、心の底から、今ここにいるのが君で良かったと思ってる」

 だから、私は……。

 

「比企谷くん……最後にもう一つ、わがままを聞いて、欲しいな……」

 決して寒さだけじゃなく震える体を無理やり動かして彼の胸に飛び込んでいく。

 暖かい……。

 

「私、もっと、しっかりとした思い出が欲しいの……君とのこの時を、私の身体に刻み込んで……」

 この暖かさをもっと欲しくなったんだ。

 

「ね? 私と最後まで……」

 そこまで言いかけた時、比企谷くんは、私の肩に両手をつき,私の身体を引き離すようにして、

 

「駄目です」

 と、ハッキリした声で言った。

 

「先輩の気持ちはすごく嬉しいです。嬉しいけど……俺,好きな人がいるんで……」

 そうか。私、彼のことを知った気になって、彼の気持ちを全然考えてなかった。

 私は、曖昧な笑顔を浮かべながら、彼に言った。

 

「そ、そうだよね。ごめんね。ううん、気にしないで。本当に私のわがままだから。さっきも言ったように君じゃなくても良かったかも知れないって……」

 そこまで言いかけた時、今度は比企谷くんが私の身体をギュッと抱きしめた。

 

「な、んで?」

 さっき私を拒絶したのに,どうして?

 混乱する私の耳元に彼が囁く。

 

「だって、めぐり先輩,泣いているから」

 えっ、うそっ?

 彼に言われて初めて,涙が頬をツーっと伝うのを感じた。

 その時になってようやく私は気づいた。

 

 誰でもいいわけじゃない,彼で良かったんじゃないんだ。彼じゃなきゃ駄目だったんだ。

 

 今さら気づいても遅いのに。

 今さら気づいてもどうしようもないのに。

 そんなこと気づかなければ良かったのに……。

 それでも……彼の……この残酷な優しさに甘えられたら……。

 彼を苦しめてしまうかもしれないけど、それでも……。

 


 

 パコン!

 

 それは唐突に鳴ったピコピコハンマーの音。

 

「ちょっと! いつまでやってるの‼︎」

「はっ、はるさん⁉︎」

 そこに赤いピコピコハンマーを手にしたはるさんが立っていた。

 

「痛っつー。そんなんでも思いっきりぶっ叩かれたら痛いんですよ?」

「だっていつまでも終わらないんだもん。もうそろそろ帰らないとめぐりの親御さんだって心配するだろうし。」

 え? そんなに長い時間いたの!? いつの間にか時間が経つのを忘れてたよ。

 

「めぐりは……その慎ましやかな胸を早く隠しなさい」

「えっ? きゃっ!」

 慌てて両腕を交差させて胸を隠す。

 それにしても慎ましやかな胸って……そりゃはるさんは立派なものをお持ちでしょうけど……

「ちょっと……比企谷くんには堂々と見せるのに、私に見せるのは恥ずかしいってどういうこと? だいたい周りからも丸見えだったんだよ?」

「うっ、うう……」

 途中から2人の世界に入って全然気にしてなかったよー。急に恥ずかしくなってきちゃった。

「まあ、周りにいた男どもは雪ノ下家の戦闘メイドさんたちが退治したから安心していいけど」

「あの……陽乃さん、戦闘メイドって……あそこで聖印を象ったような大きな武器を振り回してるの戸塚じゃないですか?」

「あれはうちの戦闘メイドのベータさんよ」

「いや、戸塚じゃ……」

 

「ベータさんよ」

 

「……」

 はるさんの強い言葉にも比企谷くんは納得いかないという表情を浮かべている。

 

「あっちで暴れてるのは一色ですよね!」

「あれも戦闘メイドのイプシロンさんよ」

「どう見ても一色……」

 

「イ・プ・シ・ロ・ン・さ・ん」

 

「……」

 とうとうこれ以上の口ごたえは無駄だと悟ったみたい。

 

「ちょっと胸の無いめぐりにはビスチェドレスは合わなかったかもねー。ほら、早くちゃんとドレスを引き上げてそのちっぱいを隠しなさい!」

「さっきからずいぶん辛辣じゃ無いですか?」

「だってぇー、比企谷くんと二人きりでいい雰囲気になって、あんなことやこんなこと、ハッキリ言って羨ましいかったんだもん!」

 ちょっと膨れるはるさん可愛いけど……。

「じゃなくて、はるさん、あんなことやこんなことって、いつから見てたんです?」

「そうね。二人がダンスを始めたくらいからかな?」

「ほぼ全部じゃないですか!」

 それこそキスしたり彼の顔を私の胸に押し付けたりとか全部見られてたってことだよね……。

 

「まあ、私やバラダギちゃん、姫菜ちゃんに優美子ちゃんは比企谷くんに胸だけじゃなくて全部見られてるけどねー」

「ア、アンタ! 何を言い出して……」

「ちょっとはるさん⁉︎ それってどういうことですか?」

「はーい、みんな撤収撤収〜あっちにリムジン置いてるから比企谷くんとめぐりはそれで送っていくよー。戦闘メイドの皆さんもお疲れ様でした〜!」

「ちょっ、はるさ~ん‼︎」

 


 

 3人を乗せた黒塗りのリムジンは、はるさんからも比企谷くんからも何も聞きだせないまま私の家の前に滑り込んだ。

 

 白髪の運転手さんがドアを開けてくれて、私は車の外へと足を下ろす。

 運転手さんは、そのまま私の荷物を一足先に家の玄関まで運んでくれている。

 その間,車の窓越しに二人に挨拶をした。

 

「はるさん、今日はありがとうございました」

「めぐりにはお世話になったからね……東京に行ってもしっかりやんなよ」

 いつものはるさんのようだったけど,ほんの少しだけ声が震えていた。

 

「比企谷くんも……」

「俺も……めぐり先輩のために少しでも何かできたのなら……もし、俺に好きな人がいなかったら、ソッコーで告白して振ら……」

 車の窓越しに私の唇で彼の口を塞いで、その言葉を途中で遮った。

 

「そしたら、両思いで恋人同士だったのにね」

 泣きそうな笑顔で彼に答えた。

 

 荷物を置いて戻ってきた運転手さんが帽子を手に取って私に一礼し、運転席に乗り込んで車のエンジンをかける。

 車の窓が上がり比企谷くんとの間が隔てられた。

 

「さようならー、ありがとうー!」

 車の中の彼も何かを口にしていたけど、私の耳にその声は届かなかった……。

 静かに動き出した車に向かい、私は一生懸命に手を振った。

 

 さようなら、私の高校生活……さようなら、比企谷くん……さようなら、私の恋……。

 カーテンの引かれたリアウインドウに、彼の姿はもう見えなかった。

 

 あっ、比企谷くんにパンツ返してもらうの忘れてた……。

 



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バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!番外編めぐり☆涙のグラジュエーション・デイ(4)

はい,またお会いしました。
めぐり番外編もようやく完結です。

番外編最終回は、
「さらば平塚静!貴女の雄姿を忘れない!!」
番外編と言えば茶番屋台ですが、3話目が長くなったので……。

正直,今回の番外編シリーズは本当に難産でした。
完結できて心からほっとしています。

それではまた後程お会いしましょう。


 あの卒業式からしばらく経ち,3月28日の千葉日報には高校教員の人事異動が載っていた。

 

 そこには私の知らないとある高校に異動する平塚先生と厚木先生の名前があった。

 平塚先生は県外の,厚木先生は県内の。

 

 時節柄、離任式は行われず、お二人とも生徒の誰にも見送られることなく総武高校を去っていかれたらしい。

 

 今思えば、私の卒業式の時にはもう総武高校を去ることが分かっていたんだろう。

 パーティーの席で平塚先生はこう言っていた。

 

「君たちにしてやれることもこれが最後だよ」

 君、じゃなくて君たちって,確かに言ってた。

 

 平塚先生、先生にはたくさんの思い出をもらいました。

 ありがとうございました……。

 私が20歳になったら、はるさんと一緒にお酒を飲みましょうね。

 


 

「おっちゃん、竹鶴純米にごり、燗で」

「あいよ」

「今日の平塚せんせいはペースが早いですね〜。おじさん、神亀純米を70度ですぅ」

「あいよ」

「小萌センセー、鉄装センセー、聞いてくださいよー。私だってね、あいつらにちゃんと別れの言葉を言いたかったんですよ? それで、みんな泣いて、抱き合って、そんでどさくさに紛れで比企谷に抱かれたかったのに!」

「ちょっ、教え子と、そんなゴニョゴニョ……なんて駄目じゃないですか‼︎」

「まあまあ鉄装せんせい、平塚せんせいだって教師である前に一人の女。時には女豹になりたい時だってあるのですぅ。木山せんせいだってそう思いますよね?」

「いや、その前に私はなぜこの場に呼ばれたのか……」

「今日は黄泉川せんせいは人事異動,皇桜女学院の先生方も新学期の準備でお忙しいみたいなので,同じ先生ということで木山せんせいをお呼びしたのですぅ」

「小萌先生,あのー,私も新学期の準備があるのですが……」

「大丈夫ですよお,鉄装せんせい。そんなの一日あればすぐできるのですぅ」

「え,一日……」

「それよりも私は教師じゃなくて大脳生理学の研究者なのだが……」

「ちゃんと黄泉川せんせいから聞いているのです。木山せんせいが教え子を助けるために我が身を顧みず力を尽くされたということを」

「それは……」

「ですから子供たちのことを思う先生同士,今夜はとことん飲みますよぉ」

「しかし,私はお酒はあんまり……」

「まあまあ,そう言わないでグッとやってください!」

「そうだそうだ! 教え子のことを思うならもっと飲め!」

「ちょっと,小萌先生も平塚先生も何言ってるんですか! 木山先生もお困りじゃないですか!!」

 

~一時間後~

 

「そうだ! そもそもあの木原幻生のジジイが一番悪い! あのジジイのせいで子供たちは……子供たちは……」

「私だって真剣に頑張ってるんです! そりゃいつも失敗ばかりしてますけど,それでも決して手を抜いたり怠けたりしてるんじゃなくて懸命にやった結果なんですから,黄泉川先生だってもっと……」

「ありゃりゃ。木山先生も鉄装先生もいい感じになってきましたねー。おじさん,ソルティドッグですぅ」

「あいよっ」

「ひきがやぁ~! わたしは諦めないぞー!!」

「そうだっ! 教師が教え子を諦めることなんでできない!!」

「木山先生~平塚先生の言ってるのは意味が違いますから~」

 

「木山先生は教え子ちゃんと何かあったんですかぁ?」

「いや……別に,ちょっと俺の彼女になれとか言われたくらいで特には……」

「な・ん・だ・と? 教え子に告白された,だと!? なんといううらやまけしからん!!」

 

 パシャッ!

 

「あっ! 木山先生にお酒が!!」

「平塚せんせい! そんな,お酒を人にかけるなんて,もったいなくてお酒の神様に怒られてしまうのですぅ」

「小萌先生! それどころじゃありませんよ。木山先生,上半身びしょ濡れじゃないですか!! おじさん,何か拭くものを」

「あいよっ」

「まあ大したことはないよ。濡れたままにしとくのはちょっと気持ちが悪いがね」

「だからって,ブラウスを脱ぐのはやめてください!! ああっ,ブラもはずしちゃダメ―!!」

「しかし,あなたや平塚先生と違って起伏の乏しい私の身体を見て劣情を催す男性がいるとも思えないのだが……」

「それでもダメです!」

「そうですよぉ。女は恥じらいも大事なのです。おじさん,着替えのブラウスとブラジャーですぅ」

「あいよっ」

 

「小萌先生……本当にここ,なんの屋台なんですか……」

 


 

「あっ,比企谷くんおかえり~」

 

「いや,なんでめぐり先輩ここにいるんですか? 東京の大学に行かれたはずでは」

「え? だって,緊急事態宣言で入学式も新入生のオリエンテーションも中止になったし,東京なんて危ないところに置いておけないってお父さんがマンションも解約しちゃったから」

「そうだとしても,なんで俺の部屋のベッドの中にいるんですか!?」

 そう,私が今いるのは比企谷くんのベッドの中。比企谷くんがはるさんの用事で留守にしている時に来ちゃったから,リモートワークで在宅されていたご両親にご挨拶して比企谷くんの部屋で待たせてもらったんだけど。

 

「んー,眠くなったから横になってたんだけど。ちょっと寒いから布団に包まってたら,なんか比企谷くんの匂いで安心してぐっすり眠っちゃった」

「とにかく布団の中から出てきてくださいよ」

「えー」

「えーじゃありません。そんな……匂いとか言われたら……俺もちょっと恥ずかしいですし……」

 比企谷くん,少し顔を赤くしてる。かわいいなあ。

 

「でも,布団から出ていくのは私も恥ずかしいよぉ」

「とにかくそんな寝っ転がったままじゃお話もできないですから,起きてきてください」

 そうは言われてもまだ覚悟が……。

 

「あのね,比企谷くん……今,この布団の中の私,何も着てないの」

 

「は!?」

 

「この前,浜辺で胸,見られちゃったから大丈夫かなーって思ったんだけど,やっぱり恥ずかしいね」

「な,な,なんでそんな……」

 

 その時,ドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえてきた。

 

「せんぱーい! 愛しのいろはちゃんが会いに来てあげましたよー♪って……」

「いっ,一色!?」

「な,なんで東京に行ったはずの城廻先輩がせんぱいの家にいるんですかー! しかもベッドの中!! まっ,まさか,事後!?」

「そんなわけあるかー! それよりお前は何しに来た? しかもすっ裸で」

 そう,一色さんは全裸姿で比企谷くんの前に立っている。

 

「え? だってせんぱいの妹ですし?」

「いや,その何言ってるの?みたいな顔やめてー! 何? 俺がおかしいの? 今,この世界は全裸がデフォで服着てる俺が間違っているの? 『やはり俺の着衣ラブコメはまちがっている。』なの?」

「せんぱい,何訳の分からないこと言ってるんですか,ちょっとキモイんですけどー」

 

「がはぁ」

 あ,比企谷くんが分かりやすくダメージを受けて膝をついている。

「一色さんって比企谷くんの妹さんだったんだねー。ごめんねー,今まで気づかずにいて」

「いや,違いますから! 俺の妹は小町だけですから!」

「え?ええ??」

「何ですか? やっぱりお前は妹じゃなくて一番の大切な人だから今すぐ結ばれようって言うんですか?でも今そのベッドには城廻先輩がいるので帰った後にたっぷり愛してくださいごめんなさい」

「いったい俺は何回お前に振られるんだよ……」

 え? 今の振ってた? どう考えてもその,ゴニョゴニョ……のお誘いだったよね?

「はぁぁぁ」

 一色さんが呆れ切ったという顔で大きなため息をついた。

「せんぱい,それ本気で言ってるんですか? わたしがどんな気持ちでこんな格好してるか本当に分からないんですか? わたしだって恥ずかしいですけど,せんぱいに襲ってもらいたくて意を決して裸身を晒してるんですよ?」

「いや,それは……」

 そ,そうだよね。 私ができないことを一色さんはやってるんだから,本当にすごい覚悟だよね。そして比企谷くんはそれが分った上でああいう反応してたんだね……。

 私……駄目だ。一色さんのような覚悟もないし,比企谷くんに振り向いてもらえる自信なんか全くないよ……。

 

 でも……

 

「私も比企谷くんにすべてをさらけ出さなきゃだめだよね!」

「やーめーてー! 」

 

「ちょっとお兄ちゃん!うるさいよ, 何騒いでんの!!」

 私たちが騒ぎすぎたのか、比企谷くんの妹さんが怒鳴り込んできた,けど……

 

「小町,お前もか~~~! とにかく全員服を着ろーーー!!」

 


 

「で,小町と一色は着替えに行きましたけど、めぐり先輩はなんでベッドに入ったままなんですか?」

「あのね……比企谷くん……お願いがあるの……」

「え……」

「言いにくいんだけど……」

 でも言わなくちゃ。

 

「この前持って行った私のパンツ,返してもらえる?」

「あっ」 

 それから比企谷くんは慌ててベッドの下に潜って一枚のパンツを取り出してきた。

 私がベッドの上に横たわっているのに,そのベッドの下に男の人がいるなんてちょっと変な気分。

 

「比企谷くん……これ,へんなことに使ったりしてない?」

「ええ,ちゃんと洗濯されていたものでしたし,自分の頭に被ったものでそんな変なことはできませんよ」

「それじゃ,洗濯されていなくて自分の頭に被ったものでなければナニかしたのかな?」

「そそそんな,滅相もない!」

「それはそれで傷ついちゃうな……それよりね,これ,私のじゃないんだけど……」

「げっ」

 そうしてまた比企谷くんはベッドの下に潜り私のパンツを手にして出てきた。

 

「さっきのパンツ……ひょっとして,一色さんの? その……この部屋で……しちゃったりしたの,かな?」

「ちっ,違います! 一色とは何もありませんから! あれは姫菜から手渡されたものでそんなんじゃ……」

 名前呼び……そっか……君はその姫菜ちゃんのパンツ……大事にしてるんだね……

 私は無言のまま手渡されたパンツを受け取り,もそもそと布団の中で履いた。

 

「比企谷くん,そこの椅子の背に掛けてあるブラ……取ってもらえる?」

「あ,いえ,俺,部屋の外に行くんで,ゆっくり着替えてください」

「でもそれじゃ,いつ君が入ってくるかもしれないし,覗いているかもしれないじゃない?」

「俺はそんな……」

「だったら私から視界にいる方が安心できるから……」

「そっ,そうですか。それじゃ……」

 そう言ってしぶしぶ私のブラを指先でつまんで渡してきた。

 それじゃ,なんかばっちいものを触ってるみたいじゃない! 私のブラはそんな汚くないよ!!

 無いよね……?

 

「それじゃ,これは起き上がらないと着けられないからちょっと後ろ向いててもらえる?」

「はいっ!」

 彼が後ろを向いたのを見て,ようやく私はベッドの上で体を起こす。

 後ろを向いているから見えないはずなのに,彼はギュッと目を瞑っている。

 このまま彼の背中に抱き着きたい。あのいけなげの浜の夜のように……

 

 でもダメ。君の心の中には『姫菜ちゃん』がいるんだよね?

 君が……君が,本当に不真面目で最低な人だったらどんなにかよかっただろう……

 

 そのまま比企谷くんの背中を見ながら無言で着替えを済ませた。

 


 

「比企谷くん,今日は,帰るね」

「めぐり先輩……」

 精一杯の作り笑顔で比企谷くんに挨拶をして部屋を出る。

 

 彼には想い人がいる。

 

 分かってたはずなのにな。

 今日だけは,ちょっと無理。

 

「あ,城廻先輩……」

「一色さん,私,先に帰るから」

 リビングにいた一色さんに声をかけ玄関で靴を履いていると,

「わたしも帰るので一緒に行きましょう」

と追いかけてきた一色さんが隣に立った。

 


 

「一色さんは,その,いつもああいうことを?」

「そんなあ,ほんの2度目ですよ? それより城廻先輩の方が意外だったんですけど」

「……そうだね。私も意外だった」

「はぁ……城廻先輩も……せんぱいのこと,好きになっちゃったんですね」

「一色さんも? ってそうだよね。あれだけのことができるんだから」

「あー,もう恥ずかしいからやめてください! せんぱいよりも城廻先輩に見られたことの方が恥ずかしいんですから―!!」

「一色さんは……比企谷くんに好きな人がいることを知ってるの?」

「海老名先輩のことですかー? もちろん知ってますよー。せんぱいと池袋でデートした時にも鉢合わせちゃいましねー。その時にあの二人のつながりを嫌というほど思い知らされましたし」

 海老名……ああ,あの体育祭の時に手伝ってくれた子……そうか,あの子が……。

「でも,でも,まだ終わっていません! わたしの戦いはまだ終わっていません!!」

「だって,比企谷くんの心は……」

「そんなの知ったこっちゃありませんよ」

「えっ!?」

「わたしは,生徒会長選挙までせんぱいのことなんて全く知りませんでしたし,元々は葉山先輩のことが好きでした。でも,いろいろあってせんぱいにせんぱいのことを好きにさせられました。わたしの心は変えさせられたんです。だから今度はわたしがせんぱいの心を変えるんです! 今のせんぱいの心なんて関係ないです。未来のせんぱいの心はわたしのものです。これはもう確定事項なんです!!」

「けど,その間に比企谷くんが傷ついちゃうんじゃ……」

「傷ついたらわたしが癒してあげます! それでプラスマイナスゼロです。なんならこのいろはちゃんに癒される分プラスです!!」

「一色さんは強いね……」

「恋は女の子を強くするんですっ♡」

 そうか……そうだね。私も,彼女のように強くなりたい。

 今,比企谷くんの心が私になくても,いつの日か―――

 

「ありがとう,一色さん。私,頑張るよ!」

「もちろん城廻先輩にも負けません! すべてのライバルに勝たないと仮にせんぱいの心を掴めても安心できませんからね」

 そうやってウインクをする一色さん。すごいなあ。でも,この子にも勝たなきゃいけないんだ。

 

「私も負けないよ! おーっ!!」

 


 

「で,めぐり先輩,なんでまた俺のベッドに寝てるんですか?」

 

「んー,比企谷君が好きだから?」

「っ! あのー,もしかしてその布団の中は……」

「もちろんはだかだよー♪」

「やっぱり……」

「それでね,比企谷くん。前回,履いていた方のパンツを忘れて帰っちゃったんだけど」

 

「げっ」

「……使った?」

「い,いや,先輩が何をおっしゃっているのかさっぱり」

「だって,『洗濯されていなくて自分の頭に被ったもの』でなければナニかするんだよね?」

 比企谷くん,目が泳いで汗をダラダラ流してる。

 

「ちょっと恥ずかしいけど……うれしい,かな?」

 あ,赤くなった。たぶん私の顔も真っ赤だろうけど。

「で,パンツは返してもらえるのかな?」

「は,はひっ!」

 また前のようにベッドの下に潜りこんだ比企谷くん。私のパンツも大事にしてくれているんだよね?

 

「めぐり先輩,これ……ひっ!」

 ベッドの下から出てきた比企谷くんの前に立っていたのは,全裸のわ・た・し。

 

「どう……かな……」

「す……すごく綺麗です。じゃなくて,その……どうして……」

「さっきも言ったけど,比企谷くんが好きだから,だよ」

 そう言って裸のまま比企谷くんに抱き着いた。

 

「ああああのののの,せせせせんぱいの気持ちはあり,あり,ありがたいのですが,その気持ちには……」

「知ってる,知ってるよ。でも,私の気持ちも知ってもらいたかったから」

 

「せんぱーい!またまた愛しのいろはちゃんが会いに……って,城廻先輩,何してるんですか!!」

 

「ちょっと,またまたうるさい……って,この泥棒猫ども! お兄ちゃんから離れろー!!」

 

「おい,なんで全員全裸なんだよ~~!!」

 

「んー,これは服を着てる比企谷くんの方が間違ってるんだよ」

「そんなわけ……」

「そうですねー。せんぱいだけ服着てるのはずるいです」

「こ,小町,この二人になんとか言ってくれ!」

「お二人とも! 脱がすのは小町です! お二人はお兄ちゃんを抑えておいてください!!」

 

「こっ,この,裏切り者~~~!!」

 比企谷くんに抱き着いたままの私は,彼の耳元でそっとささやいた。

 

「あの時,あとで脱いでくれるって約束したよねー?」

 

 私の一言にがっくりうなだれる比企谷くん。ごめんねー。

 でも,いつか私を好きになってもらうんだから,覚悟してね♡

 

「先輩と、後輩と、妹に、、、、助けて~~~~~~!!」

 

(了)

 

 

 




 と,言うわけでバレンティンデーイベントのシリーズは本当に完結です(恐らく)。

 原作同様平塚先生は異動してしまいますが、昨年3月末の空気感で特にイベント等は用意されません。
 また何かの番外編を書くことがあれば、茶番屋台でお会いしましょう。

 一応本編は「県立地球防衛軍」とのクロスなので,最後にどうしても出さなければならない怪人がいるのですが,去年は花見どころではなくてどうしようかと思ってるうちに年を越してしまいました……。
 そして秋にはみんな大好きあの時間あの場所で全編を完結させる予定だったんですがそれも果たせていません。
 とはいえ,作品内の時間は経っていないので,発表はいつになるかわかりませんが,一応予定通りあと2シリーズで完結する予定です。
 こんなのでも見ていただけるという方がいらっしゃれば,気長にお付き合いいただければ幸いです。

 駄作者がほんっとすみません。

「エリスの胸はパッド入り!」
 でもパッドも好きですよ~~~

 それではまた,(たぶん)本編でお会いしましょう。サヨナラサヨナラ,サヨナラ。


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千葉最大の侵略〜花も嵐も踏み倒せ!
開花宣言


はい、またお会いしました~
 およそ1年半のご無沙汰でございました。
 今回は「県立地球防衛軍」のターンでございます。
正直、今回の作品のアイデアは以前からあったものの、果たしてネタにしてよいものかを迷いつづけた挙句、そろそろいいかなーと、そぉーっと出す次第です。
 前シーズン「バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!」の続きとなっており2020年春頃を舞台としているとお思いください。
 次シーズンにて本作は完結予定ですが、「県立地球防衛軍」とのクロスを名乗る以上どうしても出さなければならない怪人がおり、本シーズンを挟んだ次第です。
半ばやっつけ仕事なので、展開が強引だとか、文のクオリティが低いとかいうのは目を瞑っていただければ幸い。
とりあえずよろしくお願いいたします。


「……」

 

 雪ノ下建設本社ビル内にある電柱組本部の陽乃さんの執務室(通称:「玉座の間」)にて、大きなエグゼクティブデスクに両肘を立て、両手を口元に持ってくるいわゆる「ゲンドウポーズ」で部屋の真ん中に立たされている俺とバラダギ大佐こと原瀧龍子を黒メガネ越しにギョロリと睨みつけている。

 

 シーン。

 

 広がる静寂。

 

 しかし、そのポーズに合わせてわざわざ白手袋まで嵌めているのはいささか演出が過ぎやしませんかね。

 

「……」

 

 じっと睨まれた俺はまさに蛇に睨まれたヒキガエル、ゲンドウに睨まれたシンジと言った体で、ただ冷や汗をかいて立っているだけだった。

 

 ううっ、気まずっ。

 

 俺は、のしかかる重々しい空気に堪えかねて口を開いた。

 

「あのー、そろそろ何か言ってもらわないと……」

 

 だが、そんな俺に原瀧は、

 

「お前、大元帥閣下に対して失礼だぞ。閣下のことだからはきっと深い考えがおありで黙っていらっしゃるんだ」

 

 と小声で喰ってかかる。

 そんな原瀧は、普段見る制服姿とは違って、電柱組の仕事の時は、バイト用の制服?であるレオタードを着用していた。

 

 ……この服、身体にピッタリフィットしてボディラインがハッキリ出てしまうから、いいプロポーションしてるのが丸わかりなんだよなあ。

 

「いいぷ、ぷろぽーしょんって……お前、見過ぎだ」

 

 恥ずかしそうに身をよじっている原瀧。

 

「おっ、お前、また俺の思考を……じゃあ陽乃さんが何をいいたいのかも分かるのか?」

「そんなの分かるわけないだろ。閣下の場合は地の文にモノローグが出ないからな」

 

 おい! それじゃ俺の考えてることはみんな分かるってことじゃね!?

 そもそも思考を読むならまだしも、地の文を読むとかメタいからホントやめてください(汗;

 

「とりあえず、大元帥閣下が沈黙している間に前回までのあらすじを」

「ちょっと! 前回までのあらすじって何⁉︎」

 

「千葉県立総武高校へ通うぼっち高校生、比企谷八幡は、胡乱な作文を書いて国語教師であり生徒指導の残念美人女教師の不興を買い」

 

「残念はやめてあげて」

 

「ご奉仕部といういかがわしい部活に無理やりぶち込まれ」

 

「いかがわしくないからっ! あと、ご奉仕部いうな」

 

「その斜め下の思考を用いて数々の依頼をこなしてきたが、目立つことなくひっそりと過ごしたいという本人の意向とは裏腹に文化祭で決定的なヤラカシを行い学校一の嫌われ者に無事昇格」

 

「昇格って何!? そして、ヤラカシやめて」

 

「しかしながら、修学旅行をめぐる校長の汚職という大ヤラカシの下で悪い噂も雲散霧消して迎えた北部九州への修学旅行。リア充グループの戸部から告白のサポートを頼まれたにもかかわらずその対象と山の上でチュッチュモミモミ」

 

「恥ずかしいのでチュッチュモミモミはやめてください、本当に」

 

「その後も女教師とベッドイン、さらには女部長とも同じ布団で一夜を共にし、さらには数々の女の子とキスしたり胸をもんだり」

 

「ごめんなさい、土下座したらやめてくれますか」

 

「いろいろあって、訪問した電柱組で出会った清く貧しく美しい少女、原瀧龍子と運命の出会いを果たす」

 

「訪問じゃなくて勘違いでお前が拉致したんじゃねえか。それに自分で美しい少女とか言うか? まあ、間違っちゃいねえけどよ」

 

「……八幡、そういうとこだぞ」

 何だよ、急に顔を赤らめて……。

 

「そして、修学旅行から戻った学校で、同級生・葉山隼人が男でなくなるという些細な事件を挟みつつ超絶美少女・原瀧龍子との運命の再会」

 

「いや、葉山女になったの全然些細じゃないよね!? そして運命好きだな」

 

「二人はお洒落なイタリアンレストランでデート、しかし、八幡はいつの間にか気を失った龍子の処女を……」

 

「わーーー! 何もなかっただろうが、何も」

 

「奪うという疑惑を挟みつつその晩は同じ部屋で一夜を共にし、後日ディスティニーシーでデート、二人はお互いの気持ちを確かめながら口づけを与え合い」

 

「おいっ! って、キスしたことは否定できねえ……」

 

「自らを慕って転校してきた龍子と三度の出会いを果した八幡は、手を取り合って千葉電柱組に加入しともに働く仲間となる」

 

「脅されて無理やりなんだが。と言うか、ちょっと長くない?」

「仕方ないだろ。作者が1年半もほったらかしにしてたからな。初めて見る人もいるかもしれないのにシリーズをはじめから見直せなんて言えないし? 無駄に長いんだよこの話」

「おい、無駄に長いとか言うなよ」

 

「じゃああとは端折って……クリスマスイベント、バレンタインイベントと順調にフラグを立てまくり、正月は別府温泉で混浴ハーレムを堪能、家では前・現生徒会長を全裸にして……」

 

「わわわーーーーーやめろーーーー!」

 

「なんだよ。ちゃんと端折って説明しただろ?」

「いやなんで一色とかめぐり先輩のことまで知ってるの!? いや、俺が脱がせたわけじゃないけどっ!陽乃さんからも何か言ってやってください!」

 

 チラッ。

 

「……」

 

 二人でこれだけ騒ぎまくったにもかかわらず陽乃さんはずっと同じ姿勢のまま沈黙を続けている。

 

 これ以上は堪えられそうにないので、小声で「お前何とかしろよ」と原瀧の脇腹を肘でつついて促してみたが、原瀧も「お前がやれ」と俺の脇腹をつつき返す。

 

 こんにゃろ~~~。

 

 反撃に出た俺はさっきよりも強く脇腹をつつくと、こいつ今度は左手で俺の脇腹をぐちぐち摘まみやがって。

 ちょっ、ちょっとやめてっ!脇腹弱いんだからねっ!!

 さらに調子に乗った原瀧の攻撃をぐにぐに見悶えながら堪えていたその時、

 

「はろはろー、二人とも元気だねー。何かいいことでもあったのかい?」

 

 電柱組関東方面領域守護者、海老名姫菜のまったく緊張感のない入室によって、長く続いた沈黙はあっけ無く破られたのであった。

 

「学校が休校になっちゃって顔を合わせるのって久しぶりだよねー。城廻先輩の卒業式以来かな?」

 

 めぐり先輩の卒業式……。

 

 思い返せば、夜の浜辺でめぐり先輩と繰り広げたあんなことやこんなことを思い出すにつけ湧き上がってくる恥ずかしさや後ろめたさ……。

 あれから姫菜とはメッセージのやり取りや電話の会話はあったけれど、バイト先でも互いの店がヘルプを必要とするほど忙しくなくて顔を合わせる機会は訪れなかった。

 もちろんこちらから連絡すれば会うことだってできただろうが,休校中は不要不急の外出を控えるよう注意されていたし、いかんせん俺から女の子をデート?に誘うなんてハードルが高すぎた。

 そういや、女の子どころか男の友達を遊びに誘うなんてこともしたことはないし、いわんや性別"戸塚"をや、だったな……。

 材木座は知らんっ!

 

 当然、めぐり先輩との間であったことは姫菜には話していない。

 べっ、別にやましいことなんて何もないけど、やっば知られたくはないこと、だよな……。

 あの晩、あそこに居合わせた陽乃さんさえ沈黙してくれていれば……。

 

「……卒業式の夜は城廻先輩とずいぶんお楽しみだったようですね」

 

 俺の耳元でボソりと囁く姫菜の声。冷たい汗が背中をつたう。

 おっ、お楽しみなんて何も、何もなかったんや!

 ホントに何もなかったけど、変に勘繰られるのは本意ではないから、冷静に返事を……。

 

「ななな、なんのことでせう」

 

 だー! できませんでしたー!!

 メンタル弱すぎだろ、俺ェ。

 

 いや、まだだ! 落ち着け八幡。まだ諦めるような時間じゃない。

 今、姫菜は『お楽しみ』としか言わなかった。

 きっとこれはブラフだっ!

 自転車でめぐり先輩と逃避行に出たのは見られたが,その後何があったかまでは知る由もない。

 いや、別に何も無かったんですけどっ!

 そう、何も無かったんだから、このままシラを切り通せば大丈夫……。

 

「暗い浜辺で城廻先輩を半裸にして砂の上に押し倒し……」

 

 全然大丈夫じゃねぇーーーーー!

 陽乃さんっ!

 怒気を込めキッと睨むと、陽乃さんはゲンドウポーズのままフルフルと小刻みに首を振って私じゃないと言っている。

 若干黒メガネの奥の目が泳いでいるが、さりとて嘘をついているわけでもなさそうだ。

 もし陽乃さんが犯人なら、「てへっ☆」とか言ってごまかそうとするよな、この人。

 

「どうして?って顔してるねー。戸塚くんと一色さんから聞いたの」

 

 その言葉に俺は再び陽乃さんの方を向き、

 

「やっぱりあの時のメイド姿の二人は戸塚と一色でしたよね!」

 

 と詰め寄っるものの、

 

「違うよ。あそこにいたのは雪ノ下家の戦闘メイド、ベータさんとイプシロンさんだよ」

 

 などと、ようやく口を開いたと思えばまだそんなたわ言を……。

 

「いやだって、今、姫菜が戸塚と一色から聞いたって。陽乃さん以外であの場にいたのは……」

「違うから! ベータさんとイプシロンさんだからっ」

 

「……」

 

「ベータさんとイプシロンさん」

 

「……」

 

「……」

 

 互いに譲る気配を見せないまま睨みあう俺と陽乃さん。

 まあ、こんなどうでもいい押し問答を続けても仕方がないんだが。

 しかーし!

 戸塚のスカート姿はどうでもいいことじゃないぞ!

 あのスカートがひらりひらりと舞う大立ち回りをもっとしっかり目に焼き付けておくべきだった……。

 

 ん?

 

 と言うことは、めぐり先輩とのアレヤコレヤも戸塚にハッキリクッキリシャッキリと見られていたってことっ⁉︎

 

 ……死のう。

 

 じゃなかった!

 今は姫菜の誤解を解くことが先決だ。

 死ぬのはそのあとで。

 死にませんけどっ!

 

「違うんだ!あれは偶然めぐり先輩のドレスの上半身の部分がはだけて、周りから先輩の裸を見られないよう仕方なくそうしただだけで、天地神明に誓ってやましいことなど何一つしていませんっ!」

 

「ふうん……」

 

 俺の必死の言い訳にも姫菜は薄い反応を返しただけだ。

 

「まあ、いいんだけど」

 

 素っ気ない言葉とは裏腹に、眼鏡の奥の瞳は寂しそうに見えた。

「別に君と城廻先輩の間で何があったとしても、私がとやかく言うことじゃないしね」

 そう。俺たちはまだ恋人同士でもなんでもない。

 姫菜は俺に好意を示してくれて、俺もそれに応えたいと思っている。

 なのに、お互いに最後の言葉が出せずにいたんだ。

 

 だとしても、俺の気持ちは……。

 うつむいた彼女の華奢な肩を両手で掴む。

 少し潤んだ瞳で俺の顔を見あげる姫菜。

 ふたりの目線がぴたりと合う。

 

「姫菜……」

「八幡くん……」

 

 そっと目を瞑る彼女。

 わずかに突き出された桜色の唇。

 俺は引き込まれるように自らの唇を重ね……。

 

グワズドシャバコォォォン!

 

「うぎゃえおぉぉぉォォォーーー!」 

 

 いきなり脳天に雷が落ちたかのような激しい衝撃を受け,俺は玉座の間の絨毯の上を転げまわった。

 

「お前,あたしと大元帥閣下の前で何をイチャコラしとるんじゃ!」

 激痛が走る頭の上を両手で押さえながら涙目になって視線を上げると,ゲバ棒を持った原瀧が阿修羅が如き憤怒の表情で仁王立ちしていた。

 

「おっ,おまっ! ヘルメットも無しにそんなゲバ棒で殴られたら最悪死んじまうぞっ!!」

「峰打ちだ、安心しろ」

「ゲバ棒で殴るのに峰打ちも何もあるか! そう言っとけば何でも許されるわけじゃないからな!」

 そもそも、どっから出してきたんだよ、そのゲバ棒!

 

「うるさい! だいたい元カノの前でヘーキでイチャコライチャコラするお前が悪いっ!!」

「誰が元カノだ、誰が! いつ俺がお前の彼氏になった!?」

「一緒にディスティニーシーへに行っただろ! もう忘れたのか?」

「ばっか、そもそもアレは依頼で、彼氏彼女の関係だってその日限りの嘘の……」

「嘘だろうが何だろうが、お前とあたしがあそこでデートをして、最後はお前からしてくれたじゃないか、熱いキ……」

 

「騒々しい! 静かにせよっ!!」

 

 威厳に満ちた声で右手を大きく横に振る陽乃さんの溢れんばかりの絶望のオーラに威圧され、原瀧も姫菜もそしてもちろん俺も慌てて片膝をつき忠誠の意を示す。

 これが支配者としての真の姿を現した陽乃さんなのか。

 まさかこれ程のものとは……。

 さっき目を泳がせていた人と同一人物とは思えないような迫力だった。

 てか、 原瀧が言いかけた熱いキ……って、キスの事だよね?

 姫菜が聞いてるんだから、俺からしたなんて言うなよ、あぶねーな、おいっ!

 

「ん……。じゃあみんな揃ったところで、今日集まってもらった理由を説明するわね」

 

 俺は陽乃さんの言葉に少し違和感を感じて遮るように発言した。

 

「あの、三浦は……?」

「三浦ちゃんは定時監察で大分よ」

「ああ、ちょうどそんな時期でしたね」

 

 大分か……元々電柱組の本部は大分の材木商・木曽屋に置かれていたが、正月仮面の脱走という不祥事により各方面に大惨事を招いたことで木曽屋は雪ノ下建設の子会社に、そして電柱組の本部も千葉に移され陽乃さんが首領に、大分の電柱組は千葉の下部組織に組み入れられ元首領の木曽屋チルソニアン文左衛門Jr.も責任を取らされて一支部長に降格、定期的に見回りに訪れる三浦の監督下に置かれているんだった。

 正月にみんなで行ったときは、下っぱや改良人間の方々から大歓迎されたっけ。チルソニア人望ねえな……。

 そういえばその後、別府温泉に行って貸切露天風呂で……。

 

「八幡、あたしたちの裸でも思い浮かべてるのか?」

 

「にゃにゃにゃ、にゃにぅを?しょんなことはなかですばってん」

「お前……考えていることがバレバレだ……」

 

 そっ、そりゃあ思春期の男の子にとって同い年くらいの女子との混浴なんてそうそうあるもんじゃないからさ? 少しくらい思い出したって仕方なくね?

 

「コホン。もういい?」

 

 分かりやすく咳ばらいをする陽乃さんの顔も少し赤い。

 あなたも思い出したんですね……。

 

「で、桜の季節よ」

 

 そりゃまぁ、そろそろ千葉あたりでも桜の花がポツポツと咲き始めているけれど、まさかみんなで花見をしようとか言うんじゃないよね?

 

「この前の三連休はかなりの人出があったようだけど、感染症対策のためシートを敷いての宴会は禁止されていた。しかし、今週末辺りはちょうど見頃を迎える桜の名所にはさらにたくさんの人が押し掛けることが予想されるわ。中には座り込んで宴会をしようなんて輩も出てくるでしょうね。私たち電柱組はその対策に乗り出します」

「えっ? そういうのは、普通、市とか県の人間がパトロールして注意とかするんじゃ……」

「あまいっ!甘い甘い甘い甘い!! 君がいつも飲んでる練乳入りのコーヒー飲料並みに大甘だよ、比企谷くん!」

 

 ちょっと、俺が甘いことを言うのにマックスコーヒーを引き合いに出さなくてもいいんじゃない!?

 

「酔っぱらいにそんな理性的な判断ができると思う? セカンドシーズンのファミレスで酔っ払ったバラダギちゃんがどうなったか覚えてないの?」

 

 そう言った後で、シマッタという顔をした陽乃さん。

 

「……まあ、あれは私が起こした不祥事だったね、ごめん」

「いえいえ、あたしもその、酔っぱらうと気分がよくなって……みんなに迷惑を……」

 

 俺もあの晩を思い出し、姫菜を除く三人がズーンと深く落ち込む。

 

「とっ、とにかく花見客が酔っぱらってしまう前に対処する必要がある。いえ、桜の咲き誇る場所に近づけなくすることが大事なの」

「でも、本当にそんなことが可能ですか?」

 

 事前に桜の名所に陣取ったところで四六時中見張っているわけにもいかないし、押し寄せる花見客に対応するためには相当の戦力が必要だ。

 

「そこは、守護者統括たるあたしが昔の経験を元に完璧な作戦を立案した。まあ、シャトル・ハイウェイラインの『しゃとるおおいた』のような大船に乗ったつもりで任せてくれ」

 

 たしかに『しゃとるおおいた』は15,137トンの大型フェリーではあったが、シャトル・ハイウェイラインって、2004年に大分・横須賀間に就航し、あっという間の2007年には運行停止となった航路で、そんなものに例えられても行き詰まる未来しか見えないのだが……。

 

 胸を張って任せろとかどうやったら言えるのか……。

 不安げな視線を原瀧に向けていると、 

 

「八幡……あたしの胸を凝視しすぎだ」

「ばっ、ばっかじゃねーの?別に胸なんか見てねーし!」

「ふうん、やっぱり比企谷くんはおっきなおっぱいが好きなんだ?」

 

 陽乃さん! ニヤニヤしながら自分の胸を突き出さない!!

 

「八幡くん……私みたいなちっぱいじゃ不満だよね……」

 

 姫菜、胸を隠しながらそんな悲しい目をしないでくれ……。

 

「違うぞ! 俺は……俺は……」

 

 今はいつものように軽口で誤魔化すんじゃなくて、真摯に正直な俺の思いを叫んだ。

 

「大きくても小さくても、俺はオッパイが大好きなんだ〜!!」

 

 玉座の間に広がる沈黙……。

 

 原瀧、うわぁ〜という顔をするな!

 陽乃さん、その苦笑いやめて!

 姫菜、どうして視線を逸らす!?

 

「ま、まあ、比企谷くんの性癖はこの際置いといてー」

 

 くっ、殺せー!殺してくれー!!

 

「 と、言うわけで明後日土曜日の早朝、雪ノ下家の黒服部隊、戦闘メイドの皆さん、そして雪ノ下建設の使える社員を総動員して、千葉の花見の名所でバラダギ大佐の作戦を実行します」

「あ、陽乃さん、すみません。私、その日はファミレスのバイトのシフトが入ってて……」

 

 姫菜が申し訳なさそうに不参加を伝える。

 

「海老名ちゃんは欠席かー。まあ仕方ないね、急な話だし」

「あのー、陽乃さん、俺も土曜日はアレがアレで……」

「比企谷くんは暇なのね。じゃあよろしく〜」

「そうじゃなくて俺もファミレスのバイト」

「が、無いことは白藤店長に確認済みだから」

 

 店長っ! いつの間に陽乃さんと通じていた?

 

「原瀧ちゃんのことでご迷惑をおかけした時に、びーなっつ最中、ぴーなっつ饅頭、ぴーなっつパイの千葉めぐり3種を持って後日お詫びに行ったら大いに喜ばれて意気投合、それからお菓子と交換に比企谷くんの情報とか貰ったりしてるのよねー」

 

 あんの年増〜〜〜! 個人情報をお菓子で売り渡してんじゃねーよ!!

 

「 む? なぜか比企谷から失礼なことを言われた気がする。ヤツのシフトを倍に増やすか? それとも……」

 ブン!ブン!(釘バットのスイング音)

 

 ひっ! なっ、なんか今、強烈な寒気が……。

 

「じゃあ二人は明後日よろしくね〜♪ バラダギちゃんは下っぱの皆さんへの伝達もお願い。というわけで今日は解散〜」

 


 

 陽乃さんの号令を機に玉座の間を退出し、俺たちは雪ノ下建設本社ビルの廊下を歩いていた。

 

「姫菜……その……元気そうでよかった」

「うん、逢えないのは淋しかったけど、電話とかメッセージくれてたから大丈夫だよ。ただ、城廻先輩の話は少しだけ不安になっかな」

「そうか……悪かったな。たしかにあの時、別れの雰囲気に流されていろいろあったけど、やましいことは誓って何もしていないから。それだけは信じて欲しい」

「もちろん信じてるよ。信じてるけど……ごめんね。私、そんなに強くないから……」

「俺だってそうさ。前は何だっていつでも棄てられると思ってたんだが」

 

 ただそれは、本当に棄てられないものを持っていなかった、それだけなのかもしれない。

 

 文化祭で学校一の嫌われ者になった。

 それでも、あの二人は俺のことを信じてくれた。

 

 修学旅行で姫菜は俺となら付き合えると言ってくれた。

 

 ……口付けをした。

 

 それまで、俺から告白することは何度もあったが、女の子の方から気持ちを伝えられたのは生まれて初めてだった。

 

 そして、あの修学旅行から、雪ノ下、由比ヶ浜、陽乃さん、川…サキ、そして一色にめぐり先輩。みんなこんな俺に好意を示してくれる。いつの間にかたくさんの棄てられないものができた……。

 

 並んで歩く俺たちの手はいつの間にか触れ合い、指が絡まり、恋人つなぎで結ばれ……。

 

「おいこら! あたしがいることを忘れんな!! そして、棄てられないものにあたしが入ってない!!」

 

 あ、原瀧いたな。 そして、地の文に原瀧入れ忘れてた。

 

「あたしも八幡と出逢えて嬉しかったのにな……」

「す、すまん。でも、お前とは明後日一緒に働くだろ? で、何すんだ、作戦ってのは?」

「それは秘密だ。もしこの作戦が外部に漏れたなら必ず横槍が入って目的が達成できなくなるからな。まあ、ここから先は当日のお楽しみにしとこう。今回は特別ボーナスも出るようだから頑張るぞー!」

 

 原瀧が張り切っているのはそれか。

 今は雪ノ下建設の社員寮に入れてもらって九州の時よりは生活も楽になったようだが、やはり女子高生が一人で生きていくのは大変なんだろう。

 

 そういうことなら俺も頑張って働くか。

 

 いや、何で俺は原瀧のために頑張る?

 やはり原瀧も「棄てられない大切」なのだろうか。

 

「まあ強いて言うなら、『電柱組らしい汚れ仕事』だ。にひひ」

 

 そう言って原瀧はすごく悪い顔で笑った。

 

「それに、言っちゃうと八幡は間違いなくずる休みするだろうからな……」

 

 ぽつりとこぼれ出た言葉も、難聴系主人公ではない俺にはしっかり聞こえてしまった。 

 さっきの決意と疑問が、全て不安に置き換わった瞬間だった……。

 

 やっぱり働きたくねえ……。



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二分咲き

はい、またお会いしました~。
第2話です。
ここでは県立地球防衛軍らしさを少しでも出せたら、と思っていますがいかがでしょうか?
こんなのは俺ガイルじゃない!という方がいらっしゃったら誠に申し訳ないのですがその通りです。
あらかじめ謝っておきます。

ごめんちゃい(人生幸朗)


 土曜日の早朝、まだ薄暗い中、俺たちはマスク姿で千葉市内にある某桜の名所に立っていた。

 

 朝早いせいか、ジョギングのランナーが時々通りがかるくらいで殆ど人はいない。

 詳細な場所を記すのは勘弁してほしい。風評被害が発生する可能性があるからだ。

 

 とは言え、市内外の主要な桜の名所も、電柱組構成員ほかの手によって同じような事態に陥っているのだが……。

 

「なあ、原瀧……」

「おい、あまり口を開くな」

「でもなあ……」

「口を開くなと言っただろ?」

 

 確かに口を開くと辛い。しかし言わざるを得ない。

 

「クサいっ!!!」

 

 何が悲しゅうて休日の早朝に桜の名所に来てわざわざ馬糞なんかばら撒かなきゃならんのだ……。

 

「八幡、間違ってるぞ。あたしらが撒いてるのは牛糞だ」

「馬糞でも牛糞でも同じだわ! て言うか、地の文を読むなと言っただろ!!」

 

 原瀧の考えた作戦は、桜の名所で桜の樹に肥料を与えるという名目で馬糞「牛糞な」……牛糞を撒いて、同時にその臭いによって人々が桜の名所に近付こうとすることを防ぐというものだった。

 これと同じ事が各地で行われているのだ。

 人のことを言えた義理ではないが、どうしてこんな斜め下な方法を思いつくんだか……。

 

「ほら、ちゃっちゃと済ませて焼き肉を食べに行くぞーっ!」

 

 焼き肉って、これの排出元を食うのか? 特にこれが通った部位であるホルモンは食べたくねえなあ……とほほ……。

 


 

「ごの悪人ども! どうどう馬脚を表じだわね。ごれ以上の暴虐は、私だぢ千葉県立地球防衛軍が許ざない!」

 

 俺たちが牛糞を撒いている現場に、雪ノ下、由比ヶ浜、葉山の3人が現れた。

 

「今日はお前ら3人か。 相模はどうした?」

「相模ざんはゴンビ二のバイドでごれないわ。それにあなだだぢの相手なんてわだじだぢだけで十分よ」

 

 全く朝早くからご苦労なこった。しかし……。

 

「その鼻に付けた洗濯バサミは何だ。 3人ともせっかくの美少女が台無しだぞ」

 

「び、美少女……いいえ、ぞんな言葉なんがで誤魔化ざれだりじないわ。因みにごれは洗濯バザミじゃなぐで鼻ぐりっぶよ」

「ゆぎのん、顔が緩んでる……」

「じょじょ、じょんなごどがあるわげがないでじょう?」

 

「ヒキタニくんが俺を美少女……ふふ、ふふふ」

「隼人ぐん!? じゃなかっだはやごしゃん!? 鼻ぐりっぶ取っだらぐざいよ?」

「だってヒキタニくんが美少女って言ってくれたんだよ?結衣は嬉しくないのかい?」

「ぞれは嬉じぐないと言っだら嘘になるげど……どうぜなら二人ぎりの時に言ってほじいなーなんで……だはは」

 

 そんな3人の様子を見て原瀧が俺の耳元でボソッと囁く。

 

「あたしが言うのも何だけどさ、あの3人チョロすぎないか?」

 

 原瀧、言ってやるな。俺もちょっと心配なんだ。

 

「とにかく、そんなことはどうでもいいわ。その不法行為を一刻も早くやめなさい!」

 

「ゆぎのん、鼻ぐりっぶは!?」

「こんな匂い、どうという事ないわ。それは、ちょっとだけくっ、くさいかもしれないけど、悪の組織と対峙する私たち地球防衛軍がこれ以上みっともない姿を世間に晒すわけにはいかないもの」

「ゆぎのん……ぞうだよね!ビッギーの前で恥ずがじいの嫌だもんね。わたしも……」

 

 勢いに任せて鼻クリップを外した由比ヶ浜だったが……。

 

「臭い!臭いよぉー」

 

「由比ヶ浜さん……じゃなくて結衣、無理しなくてもいいのよ? それに葉山く、さいも」

「雪乃ちゃん!? 今、間違いなく葉山く、さいって言ったよね?」

「言ってません」

「いや、でも確かに……」

 

「失礼、噛みました」

「違う! わざとだ!!」

「噛みまみた」

「わざとじゃない!?」

 

 何だこの茶番。雪ノ下の声でやられると違和感半端ないな。

 

「と、僕はキメ顔でそう言った」

 

 それだよそれ! じゃなくてやめれーっ!!

 

「雪ノ下さん、そして葉山くさい?だっけ? あたしたちがどんな不法行為をしたって?」

「そんな、公共の場で馬糞を撒くなんて行為が許されるわけがないわ!」

「だからぁ~、これは馬糞じゃなくて牛糞」

「馬糞でも牛糞でもどっちでもいいわ! みんなこの臭いで迷惑してるのよ」

「都会の人間はコレだから……田舎へ行けば牛糞の臭いなんて当たり前なんだよ!」

「でも、でも、こんな臭かったらお花見に来た人とか迷惑するし……」

「この感染症蔓延下で、人々が密になって飲み食いするお花見をさせることがあんたらの言う正義なのか? 由比ヶ浜さんよぉ」

「そ、それは……」

「それにあんた達、なんでマスクしてないの? 感染症予防が叫ばれているのに、マスクをしない正義の味方ってどうなの?」

 

 原瀧の厭味ったらしい言い方に、少し相模を思い出したのはナイショ。

 

「原瀧さん、近所のドラッグストアや薬局薬店、スーパーにコンビニ、どこへ行ってもマスクは品切れで、今、手に入れることは容易じゃないんだよ」

「だったらこんなところ出歩いてないで、家でおとなしくしてなっての 」

「それでも悪を見逃すわけにはいかないわ!」

「だから、あたし達がどんな悪いことをしたって言うんだい、え? 雪ノ下サンよぉ」

 

 原瀧、お前のセリフはモブのチンピラそのものだぞ。

 

「あたしたちは蔓延防止のため人が集まったりしないように考えて行動してんだ。地球防衛軍だ、正義の味方だなんて言いながら、あんた達は何をしてるの?」

「俺たちだって、花見に来た人に一人一人訴えかけて……」

「葉山くさい、お前バカだろ」

「何を言うんだい、原瀧さん。それとくさいはやめて」

「そんな話だれが聞いてくれる? 高校生のお遊びにいちいち付き合ってくれるやつなんて誰もいやしないんだよ」

「私たちのやっていることがお遊びですって?」

 

 雪ノ下の言葉には明らかに怒気がこもっていた。

 

「お遊びだろ? 自己満足の」

「それは聞き捨てならないな、原瀧さん。俺たちは真剣にやっているんだ。 撤回してもらえないか」

 

 葉山も抑え気味ではあるが、端々に怒りが滲み出ている。

 

「真剣だから何だ? 花を見られるのは今だけなんだぞ? お前ら何の権限で花見を邪魔するんだ! ちょっとくらいいいじゃねーか。 みんなだって見てるだろ? 一年に一回の俺たちの楽しみを奪うな!……って言われてあんたら何て答える?」

「それは……皆さんの気持ちは分かります。 でも、今は我慢してもらえないでしょうか! 感染症の蔓延を抑えるために今だけでも……」

 

 実に葉山らしい答えだ。だが……。

 

「今だけって、今見なきゃ桜の花が散っちゃうだろうが!小娘どもがごちゃごちゃうるせーんだよ! それよりお前らベッピンさん揃いだな。よし、こっち来て酌をしろ、おらっ、パンツ見せろ! 乳揉ませろ!!」

 

 は、原瀧しゃん!? 実際にスカートめくりながら後ろから乳を揉みしだくのはいかがなものかと……。

 

「ゆ、雪乃ちゃん、助けて! きゃー、やめてー!!」

 

 ファミレスで酔っぱらった時のように、狼藉をはたらく原瀧。やられているのは葉山だが……。

 

 あの葉山がまるで女の子のような声を上げて……たしかに今は女の子だけど!

 

 レモンイエローの女性用のパンティ履いてるけど!

 

 やっ、ヤバい! このまま放っといたらまた雪ノ下の首トンが……。

 

「は、葉山君が私よりも大きいだなんていったいどういうことなの!? いえいえ違うわ。所詮あれは作り物、比企谷君だって絶対に私の方が……そうよ、比企谷くんは小さい胸が好きなのだから、これは負けじゃないわ。むしろ大勝利と言ってもいいわね。そもそも胸の大きさで女の価値が決まるわけではないのだし……」

 

 雪ノ下は一人で何かぶつぶつ言っていて、とりあえず葉山のことには関心がないらしい。

 

「おらおら! パンツの下はどうなってるんだ!? ほら脱げ! 脱がないならあたしがひん剥いて……」

 

「おい、いくらなんでもやりすぎだ!」

 

 葉山の下着に手をかけた原瀧の頭に勢いよくチョップを叩き込む。

 

「あいっつー、八幡、少しは手加減しろよ」

 

 頭を押さえながらしゃがみこみ、口を尖らせて俺への恨み言をこぼす原瀧。

 だって、ほっといたらどこまでエスカレートするか分らねーし?

 別に葉山のパンツの下なんか見たくねーし?

 

 ……見たくねーし?

 

「ハッキー、どうしてはやこさんにこんな酷いことするの?」

「酷いこと? あたしは、生半可な気持ちでやったって、酔っぱらった花見客にこんな目にあわされるぞっていうデモンストレーションをしたまでだ」

 

 いや原瀧、お前、本気で葉山の下着脱がしにかかってただろ!

 

「本物の酔っ払いはこんなもんじゃ済まないかもしれないんだぞ? 雪ノ下さんは武術の心得があるようだが、所詮は多勢に無勢。大勢で抑え込まれたりしたらどうするんだ? それに対する備えも覚悟も無しに説得? 笑わせるよなぁ、雪ノ下さん、そして葉山くさい」

 

 原瀧から挑発とも取れる言葉を投げかけられた雪ノ下と葉山だが、

 

「それでも比企谷くんに胸マッサージをしてもらったら少しは……となれば部長命令で由比ヶ浜さんが三浦さんたちと出かけている時に……いえ、それでは不十分ね。やはり私の家に呼んで、二人きりで……」

 

「はぁはぁ……ヒキタニ君以外の人にこんなことされるなんて嫌っ……今すぐヒキタニ君にこの胸を揉んでもらって上書きを……それにヒキタニ君にならパンツを脱がされても……」

 

 

 こいつらはもうだめかも知れない……。

 

 

「ほら! あたしたちはお遊び学生を相手にしている場合じゃないんだ。用が無いなら帰れ帰れ! 邪魔をするなら牛糞ぶっかけるぞ! 」

 

 言うが早いか防衛軍の面々の足元にひしゃくですくった牛糞をぶちまける原瀧。

 

「きゃあ!」

 

 ……葉山の黄色い悲鳴とか違和感しか……いや違う。違和感ないわ。

 

「こ、ここは戦略的撤退よ! 結衣! 葉山くさいも!」

「言った! 今言った! 雪乃ちゃん、くさいって言った!!」

 

「葉山、お前がすごく臭かろうとちょっとしか臭くなかろうとどうでもいいだろ?」

「ヒキタニ君……それじゃどっちにしても俺が臭いと言うことになっちゃうじゃない……ぐすっ」

 

 おいおい、美少女の泣き顔とか、ちょっとグッと来ちゃうだろ? 葉山だけど。

 

「ねえ、ヒキタニ君!俺、臭くないよね? 俺の潔白を示すためにもヒキタニ君に俺の全てを見てもらって……」

「分かった分かった! お前は臭くない、臭くないからその履いているホットパンツに手をかけるのはやめろ!!」

 

 いくら葉山でも今は美少女。

 目の前で公衆に裸を晒されるのは、やはり胸が痛い。

 

「本当に臭く……ない?」

 

 涙目で問いかける葉山を宥めるように俺は……。

 

「臭い!」

 

「あーん、やっぱり臭いんだー! やっぱり全部脱いでヒキタニ君に嗅いでもらうー」

 

「比企谷くん、やはり、あなた鬼畜ね。そんなに美少女の裸が見たいの?この悪魔!」

「雪ノ下、おいコラ待て。 元々はお前が葉山くさいと言ったのが事の発端だろうが。 大体、俺は何も言ってないぞ」

「チッ、だからアイツらを巻き込まないよう早く帰らそうとしたのに……遅かったか」

「原瀧、何を言って…… 」

 

「始まるんだよ、千葉最大の侵略がな……」

 

 

 



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三分咲き

はい、またお会いしました。
第3話です。
いよいよ例の怪人の登場です!
この人が出ないので最終話に行けなかったのです。
しかし、このご時世にのんびり花見の話なんて書いていいのかとずいぶん悩みました。
悩みに悩んだ挙句そろそろいいかな?とそろーっと出したわけです。
なので、そろーっとご覧いただけると幸いです。


「始まるんだよ、千葉最大の侵略がな……」

 

 ギャグキャラとは思えないほどいつになく真剣な原瀧の表情に、ただならぬ事態が起こりつつあることを感じさせた。

 

「いったい何が起きるというんだ……」

 

 

「臭い! 何だここは!! どうして花見の場所取りをしているサラリーマンが誰一人おらんのだ!!」

 

 

 大声とともに目の前に現れたのは、烏帽子を被りふんどし姿に寿と書かれた剣道の胴、そして垂。眼鏡に髭、そしてすね毛丸出しの、ハッキリ言って変態であった。

 


 

「原瀧、あれは何だ」

「あれは……」

 

べべーーーん!

 

「皆まで言う必要はない! わたしは下戸の味方、心から桜を愛し花見を愛する者、そして鉄の肝臓を持つ男、グリコーゲンXだっ!!」

 

「グっ、グリコーゲンXだと!?」

 

 俺は正月仮面に続く変態の登場に戦慄した。クリスマスの時は姫菜の機転により、辛うじて正月野郎を撃退することができたものの、毎回そう上手くいくとは限らない。

 第一、今、この場には姫菜がいない。

 

「原瀧、アイツのことは知っていたのか?」

「ああ……大分県に行った優美子から情報が来ていた。奴は桜前線と共に鹿児島に上陸し、大分県に襲来。そして……」

 

「貴方がグリコーゲンXね。貴方の情報は大分県警から千葉県警、そして県議である父を通じて私たちの元へ入っていたのよ。今日私たちがここにいるのも偶然だとは思わないことね」

 

 雪ノ下もグリコーゲンXの出現を知っていたのか。

 

「千葉県警の精鋭部隊の皆さん、よろしくお願いします!」

 

 雪ノ下の掛け声一閃、制帽にTシャツ短パン姿のマッチョな男たちが一気に飛び出した……え? これが千葉県警が誇る精鋭部隊なの?

 

「わははは、かかったな、グリコーゲンX! おとなしくお縄につけ!」

 

 ちょっと見た目はアレだが、確かにこれだけがタイのいい、まるでアメコミに出てきそうな男たちが一斉にかかれば、さしもの変態男もひとたまりもないであろう。

 

「どう思う? 原瀧」

「みんな死ぬだろ」

「は?」

 

 ビックリして思わず原瀧の顔を見る。いくら何でも物騒すぎるだろ! ダークファンタジーとかじゃなくて所詮笑かしのお話しなんだからね。人死にとかありえねえだろ。

 

「い、いや、そういう心構えも必要だということだ、うん」

 

 まったく、どこぞの漆黒のアダマンタイト級冒険者なんだか……。

 

「満開バスターーー!!!!!」

 

 ボムッ!

 

「ぐわっ!?」

 

 出し抜けに発せられた声に異変を感じ、思わず振り向いてみると、県警の精鋭部隊は瞬く間に満開の桜と成り果てていた。

 何を言っているのかよく分からないだろ? 俺だって全く分からないんだ。ただ一つ明らかなのは、県警の精鋭部隊の全身が桜の花で覆われ怪奇さくら男となり果てて、うん、ちょっとキモイ。

 

 そんな感慨に耽ってる場合じゃないぞ。

 

「原瀧、アレはなんだ!」

 

「満開バスター、ビームが当たったところに所構わず桜の花が咲くという、あ奴……グリコーゲンXの必殺技だ」

 

「満開……バスター……」

 

「それも優美子から……ヤツは大分県警の特殊部隊を一瞬にして撃退、続いて優美子もヤツの犠牲に……」

「三浦が⁉︎ 三浦、三浦は大丈夫なのか? 」

「ああ、今、大分の狭間医大に入院している。かなりのダメージを受けたが命に別状はない」

 

 原瀧の言葉にとりあえずはほっと胸を撫で下ろす。だが、狭間医大と言えば葉山を女にしたあマッドサイエンティストのひとり、猪上博士が在籍しているところじゃないか。獄炎の女王に本物の火炎放射器が実装されないかマジ心配になってきた……。

 

「安心しろ八幡。今、猪上博士は大学を不在にしているからその心配はない」

 

 だから地の文を読むなっての!

 


 

 そんな俺の心の中に構いなく原瀧は辺りをキョロキョロと見渡し、大声で叫びだした。

 

「ちるそにあー! ちるそにあー、いるのだろうー?」

 

 原瀧が大呼んだのは電柱組の前主領で陽乃さんの手によって今や支部に格下げされた大分電柱組のトップ、木曽屋チルソニアン文左衛門Jr.の名だった。

 

「ふっふっふ、よく分かったな、バラダギ君」

 

 そんなセリフとともに扇子で口元を隠したチルソニア将軍が桜の大木の陰から姿を現した。

 

「優美子が救急車で運ばれる直前、最後の力を振り絞って連絡してきたからな。文左衛門、謀反、と」

 

 三浦がそんなことを……。

 

「お前! なんで三浦を傷つけた‼︎」

「仕方ないだろ。あの女、いろいろとうるさいからさー」

「うるさい? そんな些細なことで三浦は半殺しの目にあったっていうのか!」

「些細なこと、ね。はっはっは」

 

 だが、次の瞬間、チルソニアの目がジロリと俺を睨む。

 

「おい小僧、舐めてんじゃねえぞ!」

 

 奴の放った底冷えのするような低い声は、一瞬にして俺の背筋を凍りつかせた。

 

「電柱組は先祖代々続く木曽屋の家業だ。それが何だ、あの女は!わしに向かってあーしろこーしろとエラソーに。しかも下っぱや改良人間どもも揃いも揃ってあの女に尻尾を振りやがって!!」

 

「だから三浦を?」

 

「そうだ。やさぐれて夜の城址公園の桜の下で酒を飲んでいたら、たまたま出会ったぐりこさんと意気投合してな、あの女は下戸に酒を強要する悪いヤツだと教えてあげたらたちまち成敗してくれたよ。ついでに県警の犬と防衛軍とやらも殲滅してもらい、桜前線とともに上京したのだ!」

 

 なん、だと……?

 

「テメェ、ふざけんな! 三浦はワガママで高圧的な態度を取ることはあっても、飲めない奴に無理やり酒を飲ませるようなゲスじゃねえ。ああ見えても面倒見のいい、優しいヤツなんだよ!」

 

 自分でも冷静さを欠いているのは分かっている。全く俺らしくないことも。だが、三浦がそんなことをする人間じゃないことを俺は知っている。アイツが偽りの罪で断罪され酷い目に遭わされていいはずはどこにもない!

 

「ふん、全てはあの陽乃とかいう女が悪いんだ。アイツはいつのまにか木曽屋も電柱組もわしから奪い去った。何もかもアイツのせいだ!」

 

 この野郎は自分の不始末で木曽屋が雪ノ下建設に買収され電柱組の首領の座を奪われたというのに、自分のことは棚に上げ陽乃さんを逆恨みした挙句三浦を襲わせたと?

 

「だからな、このぐりこの旦那の力で東京もんを全員ぶっ倒し、電柱組をわしの手に取り戻すべくこの地にやって来たのだ!」

 

 お前もアレか、千葉と東京の区別がつかないやつか!

 


 

 俺の怒りもいよいよ頂点に達しようとしているところへ原瀧が俺の肩をポンッと叩いた。

 

「八幡、落ち着け。少しクールダウンしろ。怒りに任せてもロクなことにならんぞ」

「これが落ち着いていられるか! 千葉を、千葉を馬鹿にされたんだぞ! ついでに三浦も傷つけられて!!」

「おい、そっちがついでかっ!」

「冗談だ」

「まあ冗談が言えるようなら大丈夫か」

 

 本当は、はらわたも煮えくり返るような思いは続いていたが、原瀧が一呼吸入れてくれたことで頭の方はほんの少しだけ冷静さを取り戻していた。

 

「結衣……私たちとしては三浦さんは敵なのだから、その敵がやられたというのは、あの人は私たちの味方ということになるのかしら?」

「ゆきのん、ダメだよ! 優美子は今は敵かもしれないけど、わたしの友達だし同じ総武高校の生徒なんだよ!」

「そ、そうよね。あなた、ちるそにあとか言ったかしら? わたしたちの友だち……ではなくて知り合い?とにかく当校の生徒の三浦さんを傷つけたその罪、この千葉県立地球防衛軍の雪ノ下雪乃が許さないわ!」

 

「雪ノ下ぁ? お前、あの陽乃の関係者か?」

 

 雪ノ下という名前を聞いたチルソニアの気が雪ノ下たち防衛軍の方へ向く。

 

「実に不本意ではあるのだけれど、誠に遺憾ではあるのだけれど、雪ノ下陽乃は私の姉よ」

「ほほう、じゃあ姉の代わりにまずお前から贄となってもらおうかな」

 

 雪ノ下雪乃はどこまでも真っ直ぐな女の子だ。悪の存在に対して正面から立ち向かうことしか考えられないのだろう(さっきあいつらを味方かと思いかけたことは目を瞑っておこう)。

 

 だが、今、この状況でそれは悪手だ。雪ノ下に由比ヶ浜、それに女になった葉山が到底立ち向かえる相手ではない。ここは、俺が雪ノ下たちを罵倒しつつ、さらにチルソニアを挑発して相手の関心をこちらに向けるしか……。

 

「おい、チルソニア」

 

 しかして、先に動いたのは原瀧だった。

 

「なんだ、バラちゃん。わしの元へ戻ってくる気になったか? 今なら給料半額カットくらいで戻してやらんこともないぞ」

 

 自らの状況を絶対的有利と見てとるや、露骨に足元を見てやがる。やることがいちいちセコイ。

 

「お前……ウンコ踏んでるぞ」

 

「は?」

 

 原瀧の指摘にグッと目を凝らしてみると、チルソニアの靴の裏にさっき俺たちが撒いた牛糞が、それはもうベットリと付着していた。

 

「ぎゃああああ!」

 

「やーい、チルソニアのウンコ野郎~えんがちょえんがちょ♪」

 

 原瀧、そういうのは止めてやれ。昔、小学校のころバリアさえ効かない比企谷菌感染者として隔離された思い出が俺の視界を歪ませるだろ。

 

「ききき、貴っ様~~~! こんなことをしてただで済むと思っているのか!!」

 

 追い打ちをかけるかのように囃し立てる原瀧に、チルソニアはまさに怒髪天を衝く勢いで怒っている。

 

「いや、お前が勝手にウンコ踏んだだけだろ?」

 

「ぐりこの旦那! アイツらはウンコをバラまいて花見を台無しにしようとする大罪人です。みんなまとめてやっちゃってください!!」

 

 チルソニアに促され、再びグリコーゲンXが口を開く。

 

「ぬう、お前たちは何ゆえに日本国憲法により日本国民に等しく与えられた花見の権利を阻害しようとしているのだ!」

 

「日本国憲法にはそんなことは書いていないのだけれど」

 

 雪ノ下、それはその通りだが、多分そういうことじゃないぞ。

 

「たっ、大宝律令かな? 武家諸法度?」

 

 ぐりこさん、ちょっと心弱い?

 

「ええい! そなことはどうでもよい。なぜお前たちは花見を妨害するのだ!!」

「私たちは花見を妨害なんかしていないわ。妨害しているのは―」

 

 雪ノ下の白くてほっそりとした白魚のような指がすっと俺たちを指し示し……って、原瀧と下っぱどもはとっとと俺の傍からから離れ、え、俺?

 

 自らを指さしながらキョロキョロする俺にぐりこさんの鋭い目が向く。

 

「お前かぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ひっ、ひぃぃぃぃぃ〜〜〜!!!

 

 地の底から響き渡るような怒声に思わずちびっちゃうところだったじゃねえか!

 

「あーん、ちょっと漏らしちゃったぁ……もうお嫁に行けないよぉ……」

 

 内股でその場に座り込んでシクシクと涙声の葉山……おい、カワイイなお前! お嫁に行けないって、なんか前より女子化しちゃってるんじゃないの!? このままはちはやルート行っちゃったらどうすんだよ!!

 

「やーい、やーい!腐った魚のような死んだ目をした男が女の子を泣かせたぞー!! 謝罪だ謝罪!あ、ソレ、しゃ〜ざ〜いっ、しゃ〜ざ〜いっ!!」

 

 おい、チルソニア! 泣かせたのは俺じゃない! 小学校の学級会を思い出して俺が泣いちゃうぞ。

 

「お前、酷いやつだな」

 

 こら、グリコ野郎! なに人のせいにしとるんじゃゴルァ! 泣かせたのはオンドレじゃろうがぁぁぁ!!!

 

「とりあえず悪は退治しておくか、まずはガソリンの補給じゃ!」

 

 言うが早いか鷲掴みにした源蔵徳利の首に掛けた紐を引き寄せ、直に口をつけて酒をあおるグリコーゲンX。

 

「エネルギー充填完了っ‼︎」

 

「マズいぞ八幡。報告によるとヤツは飲めば飲むほど強くなるらしい」

 

 ドランクモンキーかよっ! なんかちょっとかっこいいじゃねえかっ‼︎

 

 しかし、平塚先生の衝撃のファーストブリットから抹殺のラストブリットまでを喰らっても耐えきれる防御力を備え、雪ノ下家のリムジンに跳ねられても足の骨折で済んだ俺なら、多少殴る蹴るされても耐えればいいだけだが、原瀧をそんな目に合わせるわけにはいかない。

 原瀧だけじゃない。雪ノ下や由比ヶ浜、ついでに葉山までこの争いに巻き込まれて満開の桜にされてしまう可能性だってあるんだ。

 俺が原瀧や雪ノ下に悪態をついて一人でグリコ野郎のヘイトを集めることができればあいつらを助けることができるか……。

 

 いや、ダメだ!文化祭で逃げた相模を屋上で罵倒した時は、全てを飲み込んだ葉山が呼吸を合わせてくれたおかげでうまく事を運ぶことができたが、今回、葉山はしくしく泣きじゃくっているし、そもそも俺のやり方なんてあいつらにはすべてお見通しだ。その場で否定されてうまくいきっこない。

 それに、そんな方法じゃ結局あいつらを、姫菜を悲しませてしまう。

 

 ならどうしたらいい?

 

 助けを求める?

 

 誰に?

 

 

 平塚先生……。

 

 

 俺の脳裏に真っ先に浮かんだのはずっと俺を導いてくれていた恩師の姿。

 あの人なら拳でも酒でもこの男と互角以上に渡り合えるかもしれない。

 

 だが、今朝の千葉日報は伝えていた。

 平塚先生が総武高校を去ってしまうことを。

 

 だから……いつまでも先生に頼れない。

 ま、親にはずっと脛を齧らせてもらうつもりなんだが……。

 

 とにかく俺ひとりの力でこいつを倒さないと平塚先生は安心して新しい赴任校に向かえないんだ。

 

「少年、何を一人でジャイアンに立ち向かうのび太のような悲壮な顔をしている?」

 

 ポンと俺の頭に置かれた手。優しく、そして力強い感じ……。

 

「平塚……先生……?」

 



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四分咲き

はい、またお会いしました。
第4話です。
平塚先生が他校へ異動されてしまいましたので、代わりの先生が来ました。


「平塚……先生……?」

 

 だが、そこにいたのはあの恩師ではなかった。

 

「君たちはまだ子供なんだから、小難しいこと考えてないで大人に頼るじゃん?」

 

 俺の横に立つ長い髪を後ろで縛ったその人は、白衣ではなく緑色のジャージに身を包んだ美女。

 胸のサイズならば平塚先生にも負けず劣らず……ゲフンゲフン。

 

「あの……あなたは?」

 

「私は黄泉川、黄泉川愛穂。厚木先生に代わって4月から総武高校で体育を教えることになった」

 

 黄泉川と名乗ったその先生は、優しい微笑みをたたえながらで俺に向かって右手を差し出した。

 

「え、あ、はい、いや、あの……」

 

 きょどりながら右手を差し出そうとしたが、今まで牛糞を巻いていたことを思い出し、慌ててゴム手袋を外すや否や、緑のジャージの先生は俺の手を取り。

 

「よろしくじゃん」

 

 と笑顔を見せた。

 

 しかし、その顔をグリコーゲンXに向けた途端、少し垂れ目がちな瞳は一転鋭く、苛烈なものに変わった。

 

「おい、そこの男! この子たちに刃を向けるというなら、この私が許さないじゃんよ」

「ぬぬぬ、そいつらは花見を妨害しようとする大悪人だぞ? 悪いことをしたらお仕置きされるのが当然だ!」

 

「それでも!」

 

 何かを思い出すように瞳を閉じ、少しの沈黙ののち再び目を見開いて、

 

「子供たちを傷つけることは許されない」

 

 と、グリコーゲンXに向けてなのか、それとも他の誰か、あるいは自分に対してか、絞り出すように、しかし力強く言い放った。

 

「そうか。そいつらを庇いだてするというなら、お前も悪人といことで、問題、ないな?」

「問題大ありじゃん。どう見たってそっちが悪人じゃんよ」

「こっ、こらっ貴様! 人は見た目で判断しちゃいけませんとお母さんに教わらなかったのか!!」

 

 そうだ、そうだ! 見た目で判断なんかするから、俺がいつも不審者谷君とか性犯罪者谷君とか罵倒されるんだぞ!

 って、全部雪ノ下じゃん‼︎

 

「そんなことないから安心しろ。八幡は大体の人に不審者と思われているからな」

 

 安心できる要素がどこにもねー! てか、地の文を読むのはヤメロと何度も言ってるだろ‼︎

 

「ま、まぁ、お前の優しさは分かりにくいからな。一度それを知ったらそんなことを言う奴はいないだろうけど、な」

 

 お、おうっふ。

 

 頬をほんのり紅色に染めた原瀧のツンデレタ〜イム!

 これはなかなかの破壊力だな。

 全くもってご馳走様です。

 そんな益体もないことを考えている間も黄泉川先生とグリコーゲンXのにらみ合いは続いていた。

 

「グリコ先生、そんな女とっととやっつけて、早く悪の総本山、陽乃をやっつけに行きましょう!」

 

 膠着状態に痺れを切らしたチルソニアがグリコーゲンXに決着を促す。しかし、

 

「うぬぬ……この女、できる。この勝負、先に動いた方が負ける」

 

 二人の睨み合いはいつ果てるともなく続く……と思われたその時、

 

「えいっ♡」

 

 というかわいい声とは裏腹に、グリコーゲンXの後頭部に黒光りする大きな金属製のハンマーが振り下ろされる。

 お、おい! 普通の人間なら死んでるぞ、アレ。

 さすがのグリコさんも後頭部を押さえてその場にうずくまっちゃってるじゃん。

 

「均衡状態が続くなら、バランスを崩してあげればいいじゃない♪」

 

 可愛く言い放っても、手に持ったトンカチにはベットリと血糊がついてるっての!

 当然、こんな悪魔のような所業を笑顔で行えてしまうのは我らが魔導王・陽乃元帥閣下しかいらっしゃられない。

 

 やっぱりこの人には絶対に逆らってはだめだ……。

 深く心に刻んだ瞬間だった。

 


 

「オイコラ! お前は人の心というのを持たんのか、この人でなし!悪魔! はるのっ!!」

 

「陽乃は悪口じゃないでしょ!だいたい元・悪の組織の首領が何をいまさら言ってるのかな、木曽屋チルソニアン文左衛門Jr.!」

「バッ、バカっ! フルネームはやめれー!!」

「じゃあ文左衛門」

「チルソニアと呼べ!チルソニアと!!」

 

 さしもの元電柱組主領様も我らが大元帥閣下の前では型なしである。

 

 そんな緊張感ありそうで途切れてしまった中、血まみれのグリーゲンXがぬらりと体を起こしチルソニアに対し、

 

「うーい、酒じゃ、酒持ってこーい!!」

 

 と命令した。

 その声に「へへーい」と言いながらそそくさと一升瓶を差し出すチルソニア。

 ウッ、カッコワルイ。

 それよりグリコさん、そんな怪我してるんですからお酒飲んじゃ駄目なんじゃ……。

 

「心配には及ばん!鉄の肝臓(アイアンレバー)全開っ‼︎」

 

 一升瓶に入った酒をグビグビと飲み干し切ったその瞬間、奴の肝臓は閃光を発し、囂々とした唸りをあげ稼働するっ!!

 

「わははははは!グリコーゲンX完全復活っ!!」

 

 驚いたことにあれほど噴き出ていた血はピタリと止まり、ズオオオオオオオオオっという擬音とともに燦然と立ち上がるグリコーゲンXっ!!

 

「ふうん……」

 

 顎に指を当てて何か考えごとをしている陽乃さん。

 おもむろに右手の指をビシッとグリコーゲンXに向けて、

 

「あなたの実力は見せてもらったわ。今日のところはあなたも怪我をしているみたいだしこの辺で勘弁しといてあげる!」

 

 と高らかに宣言する。いやいや、グリコさんめっちゃ元気そうなんだけど!?

 

「逃げるのか?雪ノ下陽乃っ!」

 

 そんな強気な発言をするチルソニアだが、ずっぽしグリコさんの背中に隠れ、声を出す時だけ表に出てきていている。

 はっきり言って格好悪い。

 

「バラダギっ、謝るなら本当に今のうちだぞ?これ以上は泣いて謝っても絶対、ゼェ〜っタイ許してやらないんだからねっ!!」

 

「チルソニア……あたしの心と体の置き場所はもう決めてある。アンタのところに戻ることはあり得ない」

 

 いつになく真剣な表情の原瀧。おっ、おい。これ、ギャグだよね?笑かしだよね!?

 

 ここで俺が傘の上で枡をクルクル回せばよいのだろうか?

 しっ、しまったーっ!俺は頭脳労働専門だった!!

 こんな時こそ玉縄、ヤツの出番じゃないかっ!

 

「やあ僕は玉縄、海浜総合高校生徒会の……」

 

「満開バスター!!」

 

 しゅぼむっ!!! 

 

 ああっ、俺が不用意なフラグを立ててしまったために、うっかり現れた玉縄が怪奇さくら男に〜〜〜!!

 

 すまん玉縄……。

 


 

「貴様、とうとう子供達を毒牙に……」

 

 黄泉川先生は垂れ目がちなまなこを吊り上げ、烈火の如き怒りを露わにしている。

 

「ふんっ、私と桜前線の行手を阻もうとするものは何人たりとも許すことはできんのだっ!」

 

 再び差し出された一升瓶を一息に飲み干すグリコーゲンX。

 

「ぐりこの旦那っ!もうこいつら、ギッタンギッタンにかちくらわしちやっちください!」

 

 そしてその陰に隠れつつチラチラ顔を見せながら煽っているチルソニア。カッコ悪い。

 

「はいはい、みんな落ち着いて」

 

 パンパンと手を叩きながら割って入る陽乃さん。

 

「あなた、グリコーゲンXさんだっけ?」

「いかにもっ、私が鉄の肝臓を持つ男っ、グリコーーーーーーゲン、エェーーーックスだっ!!」

 

 くっ、くどいっ!!

 

「あなたカラオケが得意なんでしょう?」

「花見といえばカラオケ!超音波カラオケは私の一番の得意技だっ!!」

「じゃあ、明日の正午、花見川千本桜緑地にいらっしゃい。あなたとの対決に相応しいステージを用意してあげる」

「ぐっ、ぐりこの旦那っ!あんな女の口車なんかに乗っちゃいけやせんぜ!! ここは一気に……」

 

「待てーい!」

 

 グリコーゲンXが戦いを促すチルソニアを制し、陽乃さんに向き直る。

 

「カラオケのステージを用意すると?」

「もちろん。そこでカラオケ対決をして雌雄を決しましょう」

「ずいぶん自信ありげだな」

「自信がなければこんなことなんて持ちかけないわ」

 

 陽乃さんはただでさえ自己主張の激しい胸をこれ以上ないほど張って、その自信のほどを露にする。

 

「くっ……!」

 

 雪ノ下、なんでお前が悔しがる?

 

「よかろう。そこまで言うのならその安い挑発に乗ってやろう。明日は私の美声に酔いしれるがよいわっ!」

 

 踵を返し、引き揚げていくグリコーゲンX。

 

「チクショー!お前ら、明日は覚えてろよー!!」

 

 小物感満載の捨て台詞を残し、チルソニア将軍が「へっへっへー」と揉み手をしながらグリコーゲンXの後を付いていく。

 超かっこ悪いぞ。

 だが100メートルほど離れたところで、グリコーゲンXが突如振り返ったかと思うと、ずばばばばと俺の鼻先まで顔を寄せてくる。

 

 ちょっ、近い近い近い!あと酒臭い!!

 

「若者っ!」

 

「はっ、はひっ!?」

「カラオケはDAMを頼む。できればLIVE DAM Aiでな」

「わっ、分っかりましたぁ~~~!」

 

「では、バッハハーーーイ!!」

 

 言うが早いか桜吹雪をまき散らしながらしゅぱぱぱぱぱと一瞬の間に走り去っていった。

 

 呆然と立ち尽くす俺の横で、陽乃さんは不敵な笑みを浮かべ、余裕の態度でグリコーゲンXの行く方を見送っている。

 

「さあー、明日は野外音楽堂に朝9時集合ね。比企谷君はプリキュアの録画を忘れないでね」

「いやいや、ステージ昼からですよね?戦隊とライダーは見られないですけどプリキュアは間に合うんじゃ……」

「何言ってるの。私たちは主催者側なんだからね。先に来て準備をするのは当たり前でしょう?」

「いやしかしその時間はアレがアレで……」

 

「大分に行ってたんだよ」

 

 陽乃さんは遠く西の方を見やりながら、まるで独り言を呟くかのように言葉を続ける。

 

「私が……私が、巻き込んだ……」

 

 きっとその眼には、病院のベッドに横たわる三浦の姿が映っているのだろう。

 

「チルソニアが私に反感を持っていたのは分かっていたけど、どうせあの男一人じゃ何もできないだろうと見くびっていた、これは私の落ち度。でも、そのために優美子ちゃんが傷ついてしまったことが許せない。あの男も、私自身も」

 

 強く拳を握りしめ、俺に向き直る陽乃さん。俺を見つめるその瞳はわずかに潤んでいた。

 

「もちろん比企谷くんを危険な目に晒すのも本意じゃない。みんなの安全を再優先すべきなのは分かってる。でも、それでも……」

 

 俺は、声の震える陽乃さんを正面から抱きしめ、そのセミショートの髪に優しく指を這わせる。

 

「大丈夫です。責任感の強い三浦のことだから自分の身も顧みず相手に抵抗したのでしょう。このまま投げ出したのではあいつのやったことが無駄になる。三浦の無念も、陽乃さんの悔しさも何とかして見せます。俺が……」

 

「俺が、じゃなくて、あたしたちが、だろ?」

 

 俺の方にポンと手を置いた原瀧が微笑む。

 

「原瀧……」

 

「バラダギちゃん……」

 

「おーおー、青春してるじゃんよ、若者たちは♪」

 

「由比ヶ浜さん、いえ、結衣。私たちは何を見せられているのかしら……」

「でもいいなあ……あたしも混ざりたい」

「結衣!?」

 



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五分咲き

はい、またお会いしました。
いろんな読者を置いてけぼりにしながら話は進……んでるのかも怪しいですが。
本日のネタが全てわかる人は確実に40代以上です。
ま、県立地球防衛軍の方が究極超人あ~るより古いので、それを知ってる時点で確実にそうなんですけどね。
怠惰な駄作者がほんっとすみません(汗;)
ちなみに、ここに出てくる某ファミレスのメニューは、話が2020年当時という設定のため現在のグランドメニューとは異なる場合があります。各位にはご承知おき願います。


「というわけで作戦会議よ」

 

「いや、あの、作戦会議はいいんですが……」

 

 俺と陽乃さん、原瀧で一つのテーブルを囲み、明日のことについて話し合いの場を持っているのだが……。

 

「はっ八幡、この、リ、リ、リブステーキ、頼んでも大丈夫かな?」

「大丈夫だよ、原瀧ちゃん。全部経費で落とすから」

「じゃあそれとエビとブロッコリーのオーロラソースパスタを大盛で。それにクラムチャウダーとシーザーサラダも!」

「比企谷、暇してるなら私のパフェを作れ」

「いや、今は電柱組のバイト中ですので……」

 

 本来、機密性の高い打合せだと思うのだが、なんでファミレスなんかで……しかも俺のバイト先……。

 

「注文決まった?」

 

 えーと、こいつはかわ、かわ……

 

「いいかげん、本当にぶつよ?」

 

 今、俺、声に出してなかったよね!?

 それに一応こっちは客なんだからその言い方はどうなんだ?

 

「川崎、今の比企谷は客だ」

 

 さしもの店長もこの所業は許せないよな。そして川崎だったな。

 

「だからお前が私のパフェを作れ」

 

 やっぱそれかー!

 

「今、海老名が休憩に入ってて人が足りないので、休憩上がったら海老名にやらせます。それまでは我慢してください」

「ちぇーっ」

 

「と、いうわけで打ち合わせに参加しにきましたー」

 

 いつの間にかスタッフの制服の上にカーディガンを羽織って姫菜参上。そして俺の隣に座る……って、ボックスの4名様席の片側に3人ってさすがに狭いんだけど……。

 

「あのー、狭いからどっちか陽乃さんの隣に座ってもらえると……」

「八幡くん」「八幡」

「却下♪」

 

 それはまあいい笑顔で、声を揃えて拒否されました。

 

「じゃ、じゃあ俺が陽乃さんの隣に……」

「駄目だよー」「駄目だな」

「却下♪」

 

 言うが早いか二人に両側から腕を組まれて身動き一つとれなくなる俺。

 さらに近いし柔らかいしいい匂い!!

 

「……そろそろ本題に入りたいんだけどいいかな?」

 

 少し苛立ちを含ませ……るでもなく、いつになく殊勝な雰囲気の陽乃さん。

 

「明日のグリコーゲンXとの対決なんだけど……」

 

 陽乃さんの前に座る俺たち3人は、ぐっと前のめりに陽乃さんの次の言葉を待つ。

 俺は両側から腕を組まされているので、仕方なく前のめりになっているだけだが。

 

「何も策がないの。どうしよう……」

 

 思わずずっこけそうになるところ、腕に絡みつく二人に支えられてなんとか踏みとどまる。

 

「さっきはあんなにも自信ありげに……」

「だってそうでもしないと収まらなかったから…… 一応対決の場は手配したけれど、どうしたら勝てるかなんて……」

 


 

「そんな弱気でどうするのかしら、姉さん」

 

 前の席に座っていた雪ノ下が突然立ち上がり、長い髪をなぴかせてこちらを振り返る…って、お前、そんなところにいたのかよ!!

 

「カラオケ対決、私と結衣も参加するわ。弱気な姉さんに代わって私たちがあの怪人を倒すわ。私たちが歌えばどんな相手でも負けるはずはないもの」

 

 雪ノ下が無い胸を張ってとにかくすごい自信を迸らせている……なんて考えていたらギロリと睨まれたでござる……俺、今、口に出してなかったよね!?

 

「雪乃ちゃん……これは遊びじゃないんだよ?本当に危険なの。 できれば雪乃ちゃんを巻き込みたくないの」

「そこの男や海老名さん、原瀧さんは巻き込んでも、私は身内だから特別扱い?ふざけないで!そんなことで私が喜ぶと思うの?著しく不満!不愉快!不本意!ああ~脳が震えるっ!!」

 

 ゆっ、雪ノ下が愛に、愛に目覚めた!?

 

「……こほん。それに本校の生徒である三浦さんが傷つけられているのに危険だからと逃げ回るのは、千葉県立地球防衛軍の沽券かかわるのよ」

 

 何事もなかったかのように取り繕っても、お前、今怠惰だったからな?

 

「決意は固いんだね?」

 

 陽乃さんは雪ノ下の目をじっと見すえて、確かめるように言う。

 

「愚問ね」

 

 雪ノ下は、つややかな長い髪をファサッとかき上げながら答える。

 

「比企谷君も……歌ってもらえる?」

 

「俺が歌!?……って、断れる雰囲気でもありませんしね。押してダメなら諦めろ、押すもダメなら諦めろ。やりますよ。勝てるかどうかは分かりませんが」

「じゃあ、八幡はあたしとデュエットで!」

「いいえ八幡くんは私と……」

「原瀧、姫菜、すまん。ボッチだからデュエット曲なんて歌えないんだ」

「それじゃ今から特訓、というわけにもいかないだろうな」

「そうだね。今度二人きりでカラオケ行こうね☆」

「お、おう……」

 

 ウインクしながら姫菜にドキドキが治まらない俺。もうボッチなんて言えないんだったな。今度、一人でカラオケ行って練習しとこう。

 

「むう」

 

 原瀧は少し不満そうだが、仕方ないだろ?姫菜は俺の、俺の……何だろう……。

 


 

「それでどうやったらグリコーゲンXに勝てるかなんだけど……」

 

「別に勝つ必要はないでしょ?」

 

「えっ?」

 

 意外そうな顔をする三人。いや、雪ノ下を入れると4人か。

 

「カラオケ対決で勝つのが目的ではないでしょう?あいつを止める、そして三浦の仇を取る、それだけです」

「……手段と目的を取り違えていた……そう、そうね。由比ヶ浜さんの依頼を思い出すわ」

「ああ、だからカラオケで勝つ対策なんて必要ないんだ。だいたいどうやったら勝ちかなんて基準なんか無いだろう?」

「それ以外の戦力を整えるべき……か。でも、相手は大分県警の精鋭部隊も撃退されたほどの実力の持ち主よ。戦闘の記録が送られてきているけれど、どれだけの戦力を揃えれば相手を抑え込めるか分からないわ」

 

 陽乃さんの疑問はもっともだ。それでもやらなければならない。

 

「奴の能力については原瀧から聞きました。それで陽乃さんに急ぎ用意してもらいたいものがあります」

 

 俺は対グリコーゲンXの備えに陽乃さんに揃えて貰いたいものを告げる。

 

「……分かったわ。今すぐ準備する。それじゃ、私は先に失礼するわね。ここのお代は心配しなくてもいいわ」

 

 陽乃さんは店を出ようとすぐに立ち上がる。

 そして、俺を見据えて、

 

「危険なこと、自分を犠牲にするようなことはしないでね。これはお願いじゃなくて命令……いえやっぱりお願い。私の心からのお願い」

 

 少しだけ心許なげな声でそう言った。

 言葉こそ発しないものの、雪ノ下も陽乃さんと同じ目で俺を見つめていた。

 それと同時に両側から抱えられた腕にもぎゅっと力がこもる。

 

「そんな心配いりませんよ。もう間違えることにも凝りたんで」

 

 それが成長なのかどうかは分からない。変わったのは俺自身ではなく周りのほうだ。今までは孤高を気取り周りからの干渉を拒んでいたから何も変わらずにいられただけだ。ただ、その周りというやつを受け入れられているあたり、やっぱり俺は変わったのだろうか。

 

「おい八幡、大丈夫か?気持ち悪いぞ」

 

 心の中で苦笑していたら酷い言われようをされたでござる。泣くぞ?

 

「信じていいんだね、比企谷君」

 

 未だ不安を隠しきれない陽乃さんに向かって、大きな声を張り上げる。

 

「だーいじょうぶ!まーかせて!」

 

 仁王立ちに中指を立てて、自信満々に応えてみたが……。

 

「……」

 

 やめて!そんな白い目で見ないでくれ!!

 

「比企谷、それは少しネタが古いな」

 

 てっ、てんちょおぉぉぉぉ!心温まるツッコミありがとうございます!!一生付いていきます!

 

「分かった。君のことを信じる。でも、困ったことはまだあるんだ……」

 

 依然として陽乃さんの憂いは晴れない。

 

「この際だから何でも言ってください。どんな困難でも俺が」

「いいの?甘えても」

「ええ、まあ、できる限りで……」

 

 請うような陽乃さんの視線にちょっとだけトーンダウンしてしまう。

 だって俺だぞ?

 

「じゃあ、言うね……」

 

 一瞬コップの水を口にした陽乃さんが再び口を開く。

 

「比企谷君がグリコーゲンXにLiveDAMを約束してたけど、私が用意したのはJOYSOUNDだったの……」

 

 どんな真剣な話が来るかと思ってたらカラオケの機種の話かよーーーー!

 

「比企谷君に騙されたグリコーゲンXが怒り狂ってその怒りの矛先を君に向けたら、君がどうなっちゃうんだろうって思ったら不安で不安で……」

 

「いやいやいや、それ不安に思うくらいなら今すぐ第一興商に電話してください!」

 

 てか、別に俺が騙したわけじゃないけんだけど!?

 

「そっ、そうだよね。うん、今すぐ都築に電話させるねっ」

 

 スマホを取り出して都築さんに連絡を取ろうとするのだが、

 

「おいこらそこの女、お席での電話の通話はご遠慮しろください」

 

 店長!通話を止めるのはいいけど、お客さんに対する言葉じゃないぞ、それ。

 

「ご、ごめんなさい。ちょっと下で待ってる都築のところ行ってくるね」

 

 都築さんまた一人で待ってるの!? 誰かファミリーコンボの辛味チキン&ポップコーンシュリンプ持って行ってあげて~~~!

 


 

 陽乃さんが席を立つと、入れ替わるように俺の前に席に雪ノ下が座った。

 

「両手に華でずいぶんと嬉しそうね。鼻の下伸ばし谷くん」

 

 雪ノ下さんや、それはいくら何でも語呂悪すぎじゃないですか? いや、むしろうしろゆびさされ隊並みに語呂が良くなってる……!?

 

「別に鼻の下なんか伸ばしてねーし?なんなら身の置き所がなさすぎて縮んでしまうまである」

 

 そんな益体もない返事をして、いつものように雪ノ下が呆れた顔を見せ……てはいなかった。

 

「ふふっ、まるで部室にいる時のようね。ほんのひと月会ってないだけなのに、もう何年も会えずにいたような気がするわね」

 

 静かに微笑みを湛える彼女の瞳は、しかしほんの少しの憂いと悲しみを宿す。

 

「ゆ、雪ノ下?」

 

「夏休み、千葉村から帰って学校が始まるまでの時間は、あなたに事故のことを言えずにいたことで会うのが少し怖かったのだけれど、同じ一か月でもこの一か月は早く貴方に会いたい、あの部室で紅茶の香りに包まれて今のようになんてことのない会話をして過ごしたいって思っていたわ」

「おっ、おう」

「姉さんはバイトだからってあなたを呼び出していつでも会えるけど、部活ができなければ私は……」

 

 話すたび瞳に滲んでいた涙は、とうとう堪えきれずに一筋、紅潮する頬を伝って流れ出した。

 こういう時、リア充イケメンならなにか気の利いた言葉で慰めたりできるのだろうが、生憎長年ボッチを拗らせていた俺はそんなスキルなんて持ち合わせちゃいない。

 

「べっ、別にお前に会いたないというわけじゃないんだから、連絡くれればバイトのない時間の空いているときに顔を合わせるくらい……」

「だって、私はあなたの連絡先を知らないもの……」

 

 そうか、由比ヶ浜には無理やり連絡先を交換させられたけど、雪ノ下とはしたことなかったな。

 

「しかしそれは、前に俺が友達になろうと言いかけたときにお前が断ったからだろ」

「それは……一度目は初めて会った時であなたがどんな人間かよく分からなかったから」

 

 彼女はその白く細い指で零れ落ちた涙を拭う。

 

「二度目は……あなたとは、その……ただの友達じゃ嫌だと、思ったの。その気持ちが何なのか、その時は良くわからなかったのだけれど」

 

 そして、まだ涙に潤む瞳はじっと俺の目を見据え、桜の花のようにほんのりと赤みを帯びた唇は、静かにその気持ちを告げる。

 

「今は知っている。その気持ちを、あなたを……」

 

 もしもこの言葉をあの修学旅行の前に聞いていたら、俺は……。

 

「おい八幡! なに二人の世界に浸りきってるんだ!? 」

 

 いっ、いててっ! 原瀧に左側の頬っぺたを強く引っ張られて現実に引き戻された。

 

「お前、あたしらがいること忘れてただろ!!」

 

 正直忘れてました……。

 

「雪ノ下さんよぉ、あたしたちのいる前でいつまでアンタのターンが続くと思ってんの?これで終わりだ、お・わ・りっ!」

 

「チッ」

 

 ちょっ、今、雪ノ下舌打ちした!?

 

 姫菜も怒ってるんだろーなー、と恐る恐る右を向くが、

 

「わたし、そろそろ仕事に戻るね」

 

 彼女はそう言い残すと、寂しそうに微笑みながら席を立つ。

 

「姫菜……」

 

 去っていく背中をただ見つめることしかできない俺に原瀧が、温もりを込めた声で語りかけた。

 

「若鶏のディアボラ風とティラミスを追加で頼んでもいいかな?」

 

 ……もう好きにして。

 

「よっしゃ! エスカルゴとポップコーンシュリンプも追加で!!」

 

 俺の半熟卵のミラノ風ドリアも頼んでくれ……。

 



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六分咲き

はい、またお会いしました。
いよいよのどぢまん大会開幕です!
おっかしいな~。本当ならこの辺で満開になっててもおかしくないのに無駄に長くなってるぞ。
いや、無駄にとか言うなよ。
今から12分咲きとかになったらどうしようと戦々恐々です。。。


「はーい、お茶の間のみな様こんにちはーっ」

「素人のどぢまん大合戦の時間でーすっ」

「本日はるばる大分くんだりからアーバンな大都会の千葉へとやって参りました、司会の諸出いぼぢろうです」

「アシスタントの安棚るみですぅ」

 

 カラオケ対決って、カラオケボックスのパーティールームかなんかでやるのかと思ったら、わざわざ特設ステージにアナウンサーの司会とタレントのアシスタントまで用意して歌合戦をやるとは……。

 

「新型コロナ感染予防のため、このイベントは関係者のみの完全無観客、私たちもフェイスシールド着用でお送りしております」

「なお、この現場の近くには無数の地雷原が準備されており、どう猛な軍用犬の巡回も行ってますので決して近づかないでくださいねーっ」

 

 おいおい、物騒だな! そういえば、さっき桜の木の上に、桜の花に紛れて花柄の迷彩服を着た着た狙撃手みたいなのもいたような気がしたが、まさかな……。

 

「そう言えば安棚さん、先ほど係員の制止を振り切って無理やり立入禁止区域内に足を踏み入れたおじいさんが地雷を踏んで吹っ飛んだとか」

「その後、軍用犬に引きずられてエリア外につまみ……無事連れ出されました。大事にならなくて本当に良かったですぅ」

「そうですね、はっはっはーっ」

 

 はっはっはーっじゃねえよ! それ絶対に大事になってるよね!? それに今、つまみ出されたって言いかけただろ!!

 

「さあそれでは、花見川千本桜緑地の桜の下から一番の方どぞー」

 

「始まるね……」

 

 ステージ上をじっと見つめる陽乃さんの目からはいつもの余裕は感じられなかった。

 

「できる限りの手は打ちました。大丈夫です、俺が保証します」

 

 ポンっと軽く陽乃さんの肩に手を置く。

 もちろん比企谷君に保証されてもねーって軽口が返ってくるものとばかり思っていたのに、

 

「うん」

 

 と短い返事を返し、ステージから目を離すことなく肩に置いた俺の手に、柔らかくて白い手を重ねた。

 その手はわずかに震えていた。

 やっぱり不安なんだ。

 この人だって俺より3つ上なだけの女子なんだよな。誰だよ、魔王なんて呼んでるのは。

 


 

「一番、チルソニア将軍、歌います!」

 

 なぜか一番最初に出てきたのはチルソニア将軍だった。

 

「あそーれ♪いっろはのいっの字はどーかくのっ、とくーら」

 

 がっくぅーっ!

 

「おい! なんで宴会芸なんだよっ! さっきまでの緊張感を返せーっ!!」

「そんなこと知るかっ! 花見なんだから宴会芸は当たり前だろーがっ!!」

 

 ええーーー、これ、歌合戦だよね?

 

「こりゃ♪いっろはーのろの字はどーかっくのぉー」

 

 すると、電光石火のごとくステージに駆け上がった制服姿の女子総武高生がスカートをたくし上げ、

 

「こーぅしてこーぅして、こーう書っくのーっ♪」

 

 と、歌に合わせて尻文字を……って、あの亜麻色の髪は、いっ、いっしきぃ~~~!?

 

「おっ、おいっ、一色!」

 

「あっ、せんぱぁ~い!なんか呼ばれたようなので出てきちゃいましたー。どうですか、わたしのお・し・り♡」

「お・し・り♡じゃねーよ! お前なにやってんだよっ!」

「なんか体が勝手に動いちゃいましたぁ~。でも、これぷるまぁですし、下着もその中身も見せたのはせんぱいだけですよ♪」

「おっ、おまっ!? 何を言って……ひっ!!」

 

 身も心も凍らんばかりの凄まじい冷気を背中に感じ、恐る恐る振り向いてみると……。

 

「今のはいったいどういうことかしら、おしり谷君」

 

「おっ、落ち着け、雪ノ下っ! あれは、その、アレだ。下着姿を見せるのは俺だけと宣言したにすぎん」

「いいえ、一色さんはたしかに見せたのは、と言ったわ。しかも下着だけじゃなくて、その……中身も、と」

 

 ちっ、よく聞いてやがるなー。ここは何としても気を逸らさないことには……。

 

「いっしきぃ~、いくらブルマでもそんな姿、みんなに見られたらさすがに恥ずかしいだろーが!」

「えー、でも今日は無観客ですし、他の男の人は舞台裏で出番を待ってますし、客席にいる男の人はせんぱいだけですから」

「馬鹿っ! 今日の大会は千葉テレビを通じて全千葉に放送されているんだぞっ!」

 

「え……」

 

 一色はステージの上で呆然とした顔を見せたかと思うと、

 

「きゃあーっ!?」

 

 と、おしりを隠しながらその場にしゃがみ込む。尻込みをするとはこのことか。

 

「せっ、せんぱ~い……わたし、どうしたら……」

 

 あーはいはい、あざといあざとい……と言いたいところだが、目にいっぱい涙を溜めて今にも泣きだしそうな顔を見たらそんな冗談なんて言ってられない、よな?

 自業自得と言ってしまえばそのとおりだが、アイツが俺のためにアレをやったというなら、俺に責任が全く無いとは言えない。だとしたら、可愛い後輩のために俺がなんとかしてやろうじゃないか!

 

 俺はすぐさまステージに駆け上り、突っ立っていたままのチルソニアのマイクを奪い、奴に向けてビシッと指をさす。

 

「おいっ、チルソニアっ! お前はなんてひどい奴なんだーっ。自分のステージを盛り上げるために一色を洗脳してこんな恥ずかしいことをさせるなんてぇー、その悪逆非道な振る舞い、決して許すことなどできないぞぉー」

 

 渾身のマイクアピールも最後はちょっと棒読みになったが、しゃがみ込んだ一色に手を差し伸べながら、この茶番に加わるよう目配せで促してみる。

 突然のことに一色は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、俺の意図を一瞬でに理解したのか、俺の手を取りすごく悪い顔をしながら立ち上がる……悪い顔?

 

「んぐっ!?」

 

 一色は勢いをつけて俺の胸に飛び込むように立ち上がり、俺に抱き着いたかと思ったらそのまま俺の唇に自分の唇を重ねてきた。

 

 なななっ!?

 

「あー! 悪者が私にかけた洗脳の魔法も王子様が与えてくれたキスで綺麗さっぱり解けましたー。愛してます王子様ぁ!!」

 

 その王子様はたぶん今、鳩が豆鉄砲食らったような顔になっているよ。て言うか、王子様が与えたんじゃなくて強引に君が奪っていったよね?これもう強盗と言っても過言じゃないよね?

 

 とはいえ、事態の収拾のためには一色の棒読みセリフに乗っかるしかない。

 

「お前の野望は完全に潰えた! だとしてもお前がこの美少女に行った所業が全て消えてしまうわけではないぞぉー!!」

 

「おい、アイツ、あの少女を洗脳して恥ずかしい踊りをさせたんだってよ」ヒソヒソ

「サイテーな野郎だな。だいたい出てきた時からいやらしい顔してると思ってたんだよな」ヒソヒソ

 

 この会場、純粋な観客はいないが照明さんや音響さんなど多くのスタッフが口々にチルソニアの悪行を謗っている。

 なるほど悪評ってのはこうやって広まるのか、なんてことを考えていたら、なぜだか俺の目から涙が……。

 

「いや、私はそんな魔法なんぞ……」

 

 かぁーーーーん♪

 

「は~い、一番の方、残念でした~」

 

 えー、今さらという感じで鳴らされた鐘一つ。

 

「極悪非道なセクハラパフォーマンスでステージを盛り上げてくれた1番さんには参加賞の『なごみどら焼き桜餡』を差し上げまぁす」

 

「だから私はセクハラなどしていないっ!」

 

「何言ってんだーこのセクハラ野郎っ!」

「そうだそうだっ! そーれ、セークッハラー!」

「セークッハラー! セークッハラーッ!」

 

 チルソニアの必死の訴えも空しく、あたり一面にセクハラコールが響き渡る。

 も、もうやめてあげて~! いくら一色を救うためだったとは言え、小学校の時の学級会を思い出した八幡のハートはもう限界よ~~!!

 

「えーん、覚えてやがれ~!!」

 

 子供のような泣き声をあげて、転がり落ちるようにステージから去っていくチルソニア将軍。

 横を見ると一色も周りに合わせてセクハラコールをしている。

 おいこら! 元はと言えばお前が調子に乗って踊り出てきたのが原因だろうがっ!会場の誰よりも一番大きい声でセクハラコールしてるんじゃないよ!!

 

 

 

 ようやくセクハラコールも落ち着いてきたのを見計らって、司会の女性タレントが、

「それでは、極悪セクハラ男からお姫さまを救い出した王子様、そしてその王子様に目覚めさせてもらったお姫様、お二人に盛大な拍手を~!」

 

 と呼びかけると、会場には嵐のような拍手が鳴り響いた。

 一色は客席に向かって右手を振りつつ左の腕で俺と腕を組み、そのまま俺を引っ張りながらステージ下へはけようとする。

 

「お、おい、ちょっと近すぎないか」

 

 体をぴったりと寄せているがために控えめながらも一色の胸の感触が俺の腕に伝わってくる。

 なんとか振りほどこうとわずかばかりの抵抗を試みるも、一色は、俺の耳元で、

 

「せんぱいはわたしを救った王子様なんですから、退場の間くらいそれらしくしてください」

 

 などと小さな声で囁く。

 

「いやしかしだな……」

 

 そりゃ実際、裸の胸も見ちゃったりしてるけれども、触れるのはまた別。俺のSAN値がゴリゴリ削られていく音が聞こえるほどだ。

 とは言え、事ここに至っては最後まで押し通すしかないので、仕方なく俺もひきつった笑顔を浮かべながら小さく手を手を振りステージ上を歩いていく。

 画面映えしそうなあざとい笑顔の一色と異なり、俺はきっと不細工に映ってるんだろうなーって考えながら……ん? 映っている?そういえばこれって……。

 

「せんぱい、わたしたち、全千葉の公認カップルですよ」

「なん……だと……?」

「せんぱいがわたしにくれた情熱的なキスのシーンも千葉全域と一部関東、そして神戸サンテレビの視聴者に見られちゃってます♪」

 

 おいーっ‼︎ だからアレは俺があげたんじゃなくてお前が奪っていったんだろっ!それよりも、コレ、サンテレビでも中継しちゃってるの⁉︎

 俺の頬を一筋の汗がタラーリと流れていく。

 

 あれっ?なんでこいつサンテレビにも中継されてるの知ってるんだ?

 

 謀ったな! いっしきぃぃぃぃ!!!

 

 それよりも気になるのは……。

 腕を組んではしゃぐ一色とともに歩きながらふと観客席に目を移すと、雪ノ下が辺り一面凍り付かんばかりの冷気を発していた。

 満開の桜の中、その一角だけブリザードが吹き荒れてるよっ!

 あいつ、事象干渉力強すぎだろ!

 

 一方、陽乃さんは腹を抱えて笑っている。

 おそらく「バカだ、バカがいる!」とか言って喜んでやがるんだろうなあ。チクショウメ!!

 

 原瀧は……心の底から呆れましたというような顔だ。

 

 めぐり先輩は……って、めぐり先輩来てたの!?

 一見ぽわぽわしたオーラを発しているように見えるが、あれはただの笑顔ではない。なにか底知れぬ闇を秘めた笑顔だ。

 

 そして姫菜は……何やら微笑ましいものを見るような、少し寂しいような微妙な顔をしていた。

 

 なぜだか俺の胸がチクリと痛む。

 俺は姫菜にどんな顔でいて欲しかった?

 

 怒り顔?

 

 笑い顔?

 

 呆れ顔?

 

 いずれにしても今のあいつの顔じゃないことは確かだ。

 

 俺はその顔を見ていられなくて、顔をそむけたまま一色に舞台裏へと連れられていった。



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七分咲き

はい、またお会いしました。
今回話が一歩も進んでないよっ!
12分咲きが現実のものになろうとしているよ!!
次からは巻いていかないとなあ……。


「はあ……」

 

「せんぱい、どうしたんですかー? そんなゾンビブレスばかり吐いてると生者が逃げていきますよー?」

 

 いや、ゾンビが来たら生者は普通逃げるだろってゾンビじゃねえしっ!

 

「誰のせいだと思ってるんだ、誰のっ」

「えー、こんな美少女にキスできたんですよー。喜びの声を上げこそすれ、ため息なんか出るわけがないじゃないですかー。それともアレですか、キスだけじゃ我慢できなくていますぐ襲いたくなっちゃったげどできなくてため息ついちゃいましたかわたしとしては全然やぶさかではないんですけど間違って千葉県内全域と一部関東地域及び兵庫県と大阪府の皆様にせんぱいとわたしの愛の営みを覗き見されてしまうのはちょっと興味ありますけどほんの少しだけ恥ずかしいのでやっぱり初めては二人きりでお願いしますごめんなさい」

「いったい俺は何回フラれればいいんだかね……」

「むぅー。せんぱい、いい加減気づいてくださいよー」

 

 いや、全裸で俺の部屋にやってくる女の子の気持ちに気づかないなんてさすがにありえないよな。それでも以前の俺なら葉山に対する予行演習だと思って……さすがにそれは無いか、うん、無いな。それでも……一色の気持ちに応えることができない以上、俺は……。

 


 

「おい、八幡っ! お前、いつまでイチャイチャしてるんだ? 」

 

 いつものレオタード姿でつかつかと歩み寄ってくる原瀧。

 

「べっ、別にイチャイチャなんかしてねーし」

「そうですよ。わたしとせんぱいの心は固く結ばれてるんだから、これはイチャイチャじやなくて恋人同士の自然な営みです!」

「だっ、誰が恋人だ!」

「えー、だって私たちせんぱいの部屋で全裸で抱き合った仲じゃないですか~」

「ばっ、ばかっ! 全裸だったのはお前だけだっ!!」

「そうですよねー。せんぱい一人着衣で全裸のわたしに……」

 

 一色ぃ~! 誤解を生むような言い方をやめろっ!!

 

「ほーん、あたしは八幡と全裸で風呂に入ったこともあるし、同じベッドで一晩中あんなことやこんなこともしたけどな」

 

 原瀧ィ~! お前まで対抗意識燃やして何言っちゃってんの!? "あんなこと"なんてした覚えは全くないっ!……"こんなこと"の方はされたかもしれないけれども……(赤面)

 

「うふふふふふっ……」

「んふふふふふっ……」

 

 ちょっ、ちょっと! 向かい合う二人の間に炎が見えるんだけどっ!?

 

「二人とも、児戯はやめよ」

 

「はいっ、せんぱいっ!」「はいっ、八幡っ!」

 

 二人とも、それはまあいい笑顔で……思わず項垂れつつ右手で顔を覆う。

 

「八幡さ、お前、なに深刻な顔してるんだよ」

「いや、俺は……」

「お前の気持ちはわかるよ。そりゃ、好きな女の前でほかの女とキスして、それをまざまざと見せつけたんだからな。あたしはもう、慣れたって言うか呆れるだけだがな」

 

 そりゃそうだよな……こんな男、愛想を尽かされて当然……。

 

「あたしも海老名も愛想なんか尽かしゃしねえよ」

 

 だから、地の文読まないでくれるかなー。

 

「今のは地の文じゃなくて読んだのはお前の顔だ」

 

 俺、そんなに分かりやすい顔してるか? じゃなくて、今、やっぱり地の文読んだよね!?

 

「ただまあ、今はそういう顔して欲しくは、ないな……」

 

 そ、そうか。こんなカラオケ大会ではあっても、今はグリコーゲンXとの対決中だよな。俺の個人的な感情で沈んでる場合じゃ……。

 

「今回は『県立地球防衛軍』のターンなんだぞ。『県立地球防衛軍』は笑かしなんだから、そういうシリアスな雰囲気は困る」

 

 そんな理由かよーーー!!!

 真剣に考えて損したぜ、まったく。

 

「だからさ、海老名にゃ海老名の考えもあるだろうが、今は信じて対決のことを考えろ。お前も歌うんだろ? せいぜい頑張って笑かしてくれよ」

 

 俺の歌は笑かし前提なんですね。そのほうが俺的には気は楽なんだが。

 

「ま、海老名が愛想尽かしたってあたしがいるからさ」

 

 そう言って、ポンと俺の肩を軽く叩き、片手をヒラヒラと振りながら去っていく原瀧。

 最後にニカっと笑った顔は、その、少し眩しかった。

 ありがとうな、原瀧。

 

 

 

「むー、せんぱい。いろはちゃんだっているんですからね。いつだって身も心も捧げる覚悟です! 何なら今ここでからだを捧げても……」

「そこまでせんでいい! 話が元に戻るだろうが!! けどまあ、ありがとな。俺を励ましてくれて」

「えっ! せっ、せんぱいがデレた……ひょっとして、今日で千葉が終わったりするんじゃ……」

「ちょっといろはす酷くない~!? 略してひどはすじゃない~!?」

「せんぱい……なんか戸部みたいで気持ち悪いんですけど」

 

 いろはす本当に酷いな……。

 一応、戸部、君の先輩だよねえ⁉︎いくら本人の前じゃないとはいえ呼び捨てアリなの?

 

「でも……せんぱいが感謝してくれるならその気持ちを形にしてくれても、いいんですよ……」

 

 シュルリ……。

 

「いっ、一色さん? なぜ制服のリボンを外す?」

 

 パサッ……。

 

「こっ、こら、制服の上着を地面に落としたら汚れる……」

 

 プチッ、プチッ……。

 

「お、おい……なんでブラウスのボタンを上からひとつひとつ……お前、こんなところで……」

 

「こんなところでなーにしちゃってるん?ヒキタニ君」

 

「とっ、戸部」

「俺たちの出番近づいてっからリハしようと思ったらヒキタニ君いねえべ? 俺っち、チョー探しまくりんぐよー」

「なんですか、せんぱいと二人きりのところへなに邪魔しにきてるんですか戸部」

 

 こっ、こらっ!あざとさ仕事しろ、一色ぃぃぃ!

 ボタンが外れて下着の見えかかっていたブラウスの前を隠しながら悪態ついてるけど、一応君の先輩だからね?

 さすがに本人の前で呼び捨てやめようよー。

 

「ちょっ、いろはすナニ怒ってんのー? あー、その格好……そういうこと……」

 

 これはマズい……今の一色の恰好を見たら二人の関係を誤解されても仕方ない。

 いくら俺が一色に一方的に迫られていると言っても誰にも信用されないだろう。

 あまつさえ俺が無理やりこんな場所で一色を脱がしにかかっているという噂まで出かねん。

 むしろ普段の俺の評判を考えたらそっちの噂の方が広まる可能性が大だ。

 

 そしてこのことは、戸部の口を通じて同じグループである姫菜にもすぐに伝わるだろう。さっきのステージを見られて上でこれでは、どんなに言い訳したところで誤解は解けない。

 ましてや戸部は 姫菜のことが好きだ。戸部だって馬鹿じゃない。この機会に姫菜の心の自分に向けさせるためこのことを利用しようとするだろう。

 だが、それが分かっていたとしても俺にはそれを止める術も資格もない……。

 

「いろはすもヒキタニ君とのどぢまんに出ようと思ってるっしょ? でもそれ、無理だから〜。 もうとっくの昔にエントリー終わってるし、ヒキタニ君は俺っちと出ることになってっから。ホントざ〜んねん‼︎」

 

 ざ〜んねんなのはお前の頭だ、戸部。

 まあ、俺はそのおかけで助かってるけど。

 

「そ、そうだな、そろそろ出番だものな。行くかー、戸部!」

 

 俺は戸部の肩を抱きながら一色を置いてその場を離れようとする。

 

「せんぱいっ!」

 

 背中の方で一色が叫ぶ。

 

「わたし、諦めませんからっ! ずっとずっと諦めませんからーっ!!」

 

 俺は、振り返ることができずただ前だけを見て歩く……。

 

「だからエントリー終わってるつていうのに、いろはすも諦め悪すぎっしょ」

 

 戸部の頭が残念で本当に良かったわー……。

 



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八分咲き

はい、またお会いしました。
ようやくのどぢまん大会っぽくなってきたかな?
でも満開まであと2回しかないんだよ?
終わるの?あと2回で終わるの?


「4番、白藤杏子、『光あふれて』歌います」

 

 いや、店長なんでのどぢまん出てるの!?

 

「わたる原野の風青く~♪」

 

 そして何気に上手いんだけどー!?

 

 キンコンカンコンキンコンカンコンキーンコーンカーン♪

 

「おめでとうございまーす! いやー、とってもお上手でしたー」

「どうぞ賞品のチーバくん、ふなっしー、超Cちゃんスペシャル詰め合わせセットでぇす」

「いや私も『なごみどら焼き桜餡』を……」

「どうもありがとうございましたー! それでは次の方どうぞー」

「あの……どら焼き……」

 

 やっぱりどら焼き欲しさかー! いらないならあとで超Cちゃんを俺の黒平まんじゅうと替えてもらおう。

 

「ヒキタニくん、ボーっと見てる場合じゃねーべ。次、俺たちだから、ほら行った行ったー!」

「おっおい、急に押すな!」

 

 戸部に押し出されつんのめるようにステージ上に姿を現す。

 客席を見ると基本的に無観客なので、それほど緊張せずに済みそうだが。

 

「おっとー、次の挑戦者は先ほどお姫様を悪漢から救い出して、ステージ上でホニャララしていた王子様だー!」

 

 こらーっ! ホニャララはやめろー!!

 

「王子さまー! キスをありがとー!!」

 

 一色ぃぃぃ! はっきり言うのもやめてー!!

 

「ぐぬぬ……」

 

 雪ノ下、そんなに悔しがるなー!

 

「ヒッキートキス……ヒッキートキス……ヒッキートキス……コロスコロスコロスコロス……」

 

 由比ヶ浜ァ!怖い! 怖すぎる!!

 


 

「ええ……それでは自己紹介を」

 

「……比企谷八幡です」

 

 …………。

 

「えっ、それだけ? 何か意気込みなどを一言」

 

 ほら、微妙な空気になっちゃったじゃないか! 千葉県全域と関東地方の一部、そして神戸サンテレビでたくさんの視聴者の方々にご視聴いただいている前でぼっちに何か言えなんてハードル高すぎだろ……。

 

「うぇーい! 俺っちは戸部翔! ヒキタニ君の友達にして恋のライバルっしょ!!」

「おぉー! ここで恋のライバル宣言!! そのヒキタニという人はどんな方か分かりませんが」

 

 俺なんだけどね! ま、しかし、戸部のおかけで俺のターンがキャンセルされたみたいだし、ここで名乗りを上げたところでもっと面倒くさいことになりそうだから黙っとこうっと。

 

「そして、なんと王子さまは また別の美人さんをお供にしているぞー!!」

「そんな、美人だなんて……。葉山はやこです。今日は愛するヒキタニ君のために一生懸命頑張ります!」

「おー! 戸部君の恋のライバル、ヒキタニ君がまた登場~! 戸部君の思い人はこのはやこさんなんですか?」

「違うっしょ! 俺っちが好きなのは海老名さんでしょー。海老名さん見てる~?」

 

 戸部が大きく手を振っているが、会場の中には姫菜の姿は見えない。

 

「そうなると、ヒキタニ君という方は、こんな美人のはやこさんに思われながら、別の女性を戸部君と争っているということですね」

「べーっ、ヒキタニ君はそれだけじゃなくて、何人もの女の人に好かれてるんだわー。しかも揃いもそろって美人ばかり。もーマジハーレム!!」

「それは……男としては憧れ半分、嫉妬半分といったところでしょうか。女性の安棚さん、どう思いますか?」

「それはもう女の敵って感じですね。そのヒキタニ君、爆発してもらいたいです」

 

 俺なんだけどね! 今ここで俺が爆発したら、真横にいるあんたも木っ端微塵なんだけどね!!

 

「それでは歌ってもらいましょう!」

 

 その言葉をきっかけに、司会の二人は袖にはけていく。

 

 ステージの真ん中に独り残される俺。

 厳密には、ステージ上には戸部と葉山もいるんだが、二人は少し離れたところで1本のスタンドマイクを挟んで立っている。二人にはバッキング・ボーカルを頼んでいるからな。

 

 しかしまあ、不安要素だらけだ。

 いくら無観客とはいえちらほら他の出演者や関係者がいるし、テレビカメラの向こうには数多くの視聴者もいる。

 そして、バックの葉山も女声になっていてどんな風になるかは全くの未知数。

 

 そもそも何で俺が歌うことになってるんだ?

 一般市民に被害の出ない場所でグリコーゲンXが歌う場所を作るというのが目的ではなかったのかね?

 そう考えたら、今すぐ辞退してもいいのでは……。

 

 

「ヒッキー! ファイトー‼︎」

 

 由比ヶ浜……サンキューな。

 

「せんぱーい! 愛しの後輩の応援で勇気出してくださーい‼︎」

 

 一色……相変わらずあざといな。

 

「比企谷君、あなたなら、できるわー!」

 

 雪ノ下……何をだ?

 

「はちまーん! それは聞かない約束だー!!」

 

 原瀧……だからほんとやめて……。

 

「比企谷くーん! 頑張ったらお姉さんをあげちゃうー!」

 

 陽乃さん……本当にやめてください。雪ノ下が今にもニブルヘイムを発動しそうな顔してます……。

 

 姫菜、姫菜は、とその姿を探してみるものの、観客席には見当たらなかった。

 

 俺のステージなんて見る価値もないということか。

 

 はは……ついに見限られたかな……。

 

 たくさんの女の子から声援を受けていい気になっていたつもりはないが、自分自身も気づかないうちにそうなっていたとしたら呆れられても仕方ないよな……。

 

 それでも、今は悩んでなんかいられない。

 千葉を、みんなを護るため、俺がやることはただ一つ、歌でグリコーゲンXに勝つことだ!

 

 チバテレが用意した生バンドの皆さんが準備に入り曲が始まるのを待つ刹那、戸部と葉山に目でサインを送る。

 

 戸部は親指を立ててそれに応え、葉山は少しはにかみながらウインクを返す。

 

 うっ、やはり元々がイケメンなだけあって、女になった葉山もまた超絶美少女なんだよなあ。

 どうして俺なんかにみんな好意を持ってくれるんだか……。

 それとも、本当の俺に気づいたらみんな俺から離れていくんだろうか……。

 

 姫菜のように……。

 

 やめだやめだ! そんな思いを振り切るように、ふぅーっとひとつ息を吐く。

 

 激しいビートで始まったイントロにね体でリズムを刻みながらスタンドマイクをぎゅっと握り、下を向いて歌い出しのタイミングを待つ。

 

 その時、不意に姫菜の声が聞こえたような気がした。

 

 いや、目の前にあるモニタースピーカーからの爆音ですぐそばにいる由比ヶ浜や一色の声援も聞こえないのだから、あいつの声が聞こえるはずがない。

 それでも声を頼りに視線を走らせると、観客席のはるか遠くの向こうにポツンと一人、花びら舞い散る桜並木の真ん中に米粒くらいの大きさで、めいっぱい大きく手を振る人が見えた。

 

 どんなに小さくても俺には分かる!

 

 姫菜っ!!

 

 演奏と距離に阻まれて本来聞こえるはずもないその声が、俺の耳には鮮明に届く。

 

「はちまーん、いっけぇーーーー!」

 

 その時、いたずらな春の風が彼女のスカートを捲り上げ、あいつはスカートを押さえながらその場に座り込んだ。

 

 …………。

 

キ、キ、キマシタワ〰〰〰!!

 

 ありがとう春風さん!!

 あいつから貰った勇気を頼りに、俺は彼女の元へ届くように声を振り絞って歌い始めた!

 


 

♪~ 

ひとりぼっちでかまわない

 つながりなんてなにもない

 今日も安定 守るだけ

「っべー。ヒキタニくん、マジ、パないわー」

 

 ささいなことじゃ動じない

 同じ罠にはかからない

 俺のスペック 超優秀

「相変わらずあなたらしいわ、比企谷…クン」

 

 (ちょっと、♀版葉山のサイドボーカルは違和感がある……)

 

 トラウマならとっくに 黒く塗って捨てた

 希望なんか持たなけりゃ 傷だってつかないよ 「傷だって〜」おっかけ

「ウェイウェイウェイウェイ」

 

 このままでいい (It's OK!)

 変わらなくていい (keep your way!)

 そのままを貫けば 孤高に変わるから

 取り繕わず (It's alright!)

 無理はしないで (stay your way!)

 無抵抗 無接触

 ほらそれなりの毎日 yeh

 

「こんの大馬鹿者〜〜〜‼︎」

 

 突如、俺達の歌を遮り、勢いをつけてグリコーゲンXステージに乱入してきた!

 

「こっ、こっ、この楽しい花見に、お前はなんという寂しい歌を歌っとるんだ~~~~~!!」

 

 グリコさん大激怒である。

 

「おい、俺たちの歌を遮ってどういうつもりなんだ? これは俺たちとお前の対決だろうがっ」

 

「お前の歌なんぞ聞いてたら酒が不味くなるっ! これから私(わたくし)の歌をたんと聞かせてやるから、耳の穴かっぽじって大いに聞き惚れるがよいわっ!! 演奏スタートォー!!」

 

 シーン……。

 

「何故じゃ! なぜ演奏が始まらん!!」

 

「いや、あの、急に言われましても、生バンドなので譜面の入れ替えとかチューニングとかいろいろ準備が……」

 

 男の司会者が恐る恐るグリコさんに説明するが、

 

「私はLive DAMを用意するように言ったはずじゃ! 生バンドなんぞ望んでおらんぞっ‼︎ これはお前らの陰謀かっ!!!」

 

 ヤバい、グリコさん大激怒だ。男の司会者は、いや、あの、その、と狼狽しきっている。

 俺が直接言われたならとっくの昔にちびってるところだ。

 なんか葉山(♀)が涙目でプルプルしているが、そっとしておいてやろう。

 

 

「それは私から説明するわ」

 

 

 我らが大元帥閣下、雪ノ下陽乃魔導王が司会者からマイクを受け取りグリコーゲンXに対峙する。

 

 

「あなたの……」

 

 

 グリコーゲンXの射抜くような視線にも堪え、逆に睨みつけるように言い放つ!

 

 

「あなたのエントリーした曲がDAMには無いのよっ!……ないのよっ……ないのよっ……いのよっ……のよっ……よっ……」

 

 

 いや、なんでこんなところで最大限のエコーかけてんの!?

 

 

「なな、なんじゃとぉー!」

 

 ……。

 

「どーして、私の時だけエコーがかからぬ!!」

 

「それは、あなたがマイクを使っていないからよっ……からよっ……らよっ……よっ……よっ……」

 

「がーん!!」

 

 

 "がーん"て、口で言うな、口で!

 

 

「そっ、そんな汚い手を使ってまでこの私を陥れたいのかっ、かっ、かっ、かっ」

 

 

 とうとう自分の口でエコー始めちゃったよ。

 

 

「書き文字だとあまり区別つかないけどな」

 

 

 いつの間にかステージの俺の横に立つ原瀧がボソッと呟くのだが、それもメタいからやめていただきたい。

 

 

「と、言うわけだから少し待ちなさい。その間に別の出場者が歌うから大人しく待つこと。いいわねっ……いわねっ……わねっ…ねっ…ねっ…ねっ……」

 

 

「ぐぬぬ……」

 

 

 グリコーゲンXが悔しがっているところ、俺は気になっていることを陽乃さんに尋ねた。

 

 

「そういや俺たちの歌、鐘が鳴ってないんですけど、採点はどうなってるんすか?」

 

 

 さっきから店長が鐘一つのお菓子を期待してステージの真下から熱く見つめていて気になって仕方なかったのだ。

 

 

「あー、そうね。比企谷君とグリコーゲンXの対決は別枠だから鐘は鳴らないの。特別審査員による審査で雌雄を決することになるのよ」

 

 

 あ、店長が膝から崩れ落ちた。

 

 

「まあ参加してるわけだから参加賞は上げるけど。はい、なごみどら焼き桜餡」

 

 

 店長復活! わーいと言いながら諸手を挙げて喜んでるぞ。はいはい、後でちゃんとあげますから。戸部と葉山の分も。

 

 

「ほら、そんなわけだから比企谷君たちもグリコさんも一旦ステージから降りて。じゃあ、次の出演者~!」

 

 

「諸出さん、私たちの出番……」

 

「安棚さん、言わないで……」

 



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九分咲き

はい、またお会いしました。
ヤバいよヤバいよ!チェン、ヤバいよ!!
次で桜は満開なのに、まだグリコさ歌ってないよ!
終わるの?ねえ、ほんとに終われるの?


「おつかれっ、ヒキタニくん!」 

 

 っぶねー! ステージ下への階段を下りていると、後ろから戸部が勢いをつけて肩を抱いてきた。危うく足を踏み外すとこだったじゃねーか!!

 

「おっ、おおぅ……」

 

 いやだって、こんなリア充っぽいイベントなんか今まで縁がなかったから、こういう時どう返していいかなんて判らねえだろ!?

 

「なぁなぁ、ヒキタニくん……」

 

 戸部が俺の耳元で俺だけに聞こえるような声で話しかけてきた。ちょっ、近ぇっての!

 

「さっき、歌ってるときに遠くの方で女の子が俺たちのこと応援してハンカチかなんか振ってたべ? あれが海老名さんだったら俺っちも全力出せたのになー」

 

 海老名さんだよっ! お前の愛しい海老名さんだよっ!!

 

「でさぁ、最後にぶわーって風が吹いて、スカートが捲れちゃってさあ、俺、下着見ちゃったかもー♪ ただ遠すぎて何色かまでは分かんなかったけどー」

 

 こいつ……見てはいけないものを見てしまったな……。

 いばら姫でも雇って消すか?

 

「戸部……お前はスカートの下の下着なんか見てはいない。俺だって何も見てないぞ」

「えっ!? いや、見えたって!パンツ!!」

 

 さっき姫菜が振っていたのは、ハンカチじゃなくてあれは自分のパンツ……つまり、スカートの下は……だから、お前が下着を見ることは不可能だ。

 

 だが、とにかく姫菜のスカートの下を見たという事実そのものを失くしてしまわなければならない。

 陽乃さんに頼んで、戸部そのものを失くしてしまう方が簡単なんだがな……。

 

「よく考えてみろよ? このエリアは野次馬が入り込まないよう厳重に立ち入りが制限されているんだぞ? そんなところに人がいるわけねえだろ」

 

「そっ、そりゃそうだけどー」

 

 ゴクリッ、戸部の息を吞む音がはっきりと聞こえた。

 

「昔から桜の樹の下には死体が埋まっているというしな……戸部……お前が見たのはたぶん……」

「ちょっ、ヒキタニくーん、ないわー、それないわー。冗談は顔だけにしてくれよー」

 

 チッ!

 

「隼人くーん! 隼人くんも見たべ? あの向こうの桜の樹の下に女の人がいたのをー」

「え、見てないよ、女の人なんて」

 

「……マジで?」

 

 コクコクと頷く葉山。

 戸部は、ひぃっと軽く悲鳴を上げたと思ったら急にガタガタ震えだした。

 俺の言葉は信じないで、葉山の言うことなら聞くのかよ、チクショー!

 って、信じるも何も俺が言ってるのは嘘なんだけどな。

 とは言え葉山も「ヒキタニくんの横顔を見てたから他のことなんて目に入らなかった」と小声で付け加えていたが、怯えきった戸部の耳には入らなかったようだ。

 

「そうだな、お前、見ちゃいけないものを見てしまったな。早く忘れてしまわないと、取り憑かれたりするかもな」

「ヒっ、ヒキタニくん、これヤベーやつじゃん……どうすべ……」

 


 

「わっはっはっ! 悩める少年よ、わしらに任せ給え!」

 

 出たな! マッドサイエンティストども!

 高笑いとともに現れたのは大分は狭間医大の猪上博士、そして今津留高校の真船教諭、俺の目をくり抜いてついでにロケットランチャーを付けようとしたり葉山を女にしたりと人体実験大好きな変態どもだ。

 

「君は戸部くんだったね? その後、身体の具合はどうかね?」

「あっ、猪上博士っ! はいっ、サッカー部にも復帰してバリバリやってます!! それどころか、怪我する前よりも足も早くなったっていうかー」

「ふむ。加速装置は順調に動作しとるようじゃの」

 

 おっ、おい、今さらっと加速装置とか言ってなかったか?戸部、 他にも何か改造されちゃったりするんじゃないの!?

 

「真船先生、その節はありがとうございました。先生のおかげで真実の愛に目覚めることができました!」

「葉山くんとか言ったかな? いや、今は葉山さんだね。そういうことを言ってもらえるのは科学者冥利に尽きるというものだ。私も面白半分で君を女の子にした甲斐があった」

 

「ちょっと待てーーーーい!

 

「おお! 君はいつぞやの天然激レアロッテンアイズの少年」

 

 ええー、何それちょっとカッコイイ……じゃなくて!

 

「お前、今、面白半分と言っただろ!!」

「確かにそう言ったが何かな?」

 

 こっ、こいつ、悪びれもせず……。

 

「面白半分で人の運命を変えるなんて許されるはずがないだろ!」

 

「何故だね?」

 

「は?」

 

「何故許されないのかと聞いているのだが」

「何故って……そんなの当たり前だろ」

「当たり前とは何のことかね。私は科学者だよ? ”当たり前”を疑うのが仕事なのだよ」

「それは屁理屈……」

「屁理屈などと意味のないレッテルを君が貼るのは勝手だが、これは立派な理屈だよ?それに、面白半分なのかどうかは置いておいても、私の手によって運命が変わったとは言えないのではないかね?」

「どうしてだ! 現に葉山は男として生きてきたのにお前の手によって運命が捻じ曲げられたんだろうが!!」

「それは見解の相違だねぇ。彼は瀕死の重傷を負い、私と猪上の手で女性として生まれ変わった。そのことが運命なのではないかね? 現に今そこにいる彼女はそのことを受け入れ、剰え喜んですらいるのだよ? 君が言う彼女が男のままで生き続けるという運命なるものの方があり得ない幻想だったのではないかね」

 

 くっ、この俺が屁理屈で負ける、だと?

 

「それにね、面白半分と言ったが、半分は真剣と言うことだよ? いいかね? この私が半分も真剣に取り組んだのだよ? この私がだ! これはもうすごい事だよ? 賞賛されこそすれ、非難される謂れは全くないっ!」

 

 えっへんと胸を張るこのおっさんを見ていたら何が正しくて何が間違っているか分からなくなってきた……。

 だんだん頭が痛くなってきたところで、何かを忘れているような気がしているのだが……忘れる?

 

「ヒキタニくーん、俺っちのこと忘れてんべー?」

 

 そうだ! 戸部から姫菜の記憶を忘れさせることを忘れてた!!

 

「だから、忘れたいことがあればワシらに任せるがよい」

「センセー、おなシャス!」

 

 おいおい、こんな奴らに頼って大丈夫なのか?とは言え、現状、戸部そのものを消してしまう以外それしか方法はないのだが。

 

「ワシの内科的手法と真船の外科的手法があるがどちらがいいかな?」

「いやー、忘れられるならどっちでもいいって言うかー」

「ところで、内科的手法っていうのはどんな?」

「それは、ワシが作ったこの薬を飲むだけじゃ。古来より、忘れてしまいたいことやどうしようもない寂しさに包まれた時に男が飲む薬で、これを飲んで飲んで飲まれて飲んで、飲んで酔い潰れて眠るまで飲んでー」

「おいちょっと待て〜い! 今、酔い潰れてとか言わなかったか?」

「うむ。確かにそう言ったな」

「それは単なるお酒だろが! 未成年なんだから却下だ却下!!」

「単なる酒とは失礼な! 最新の医学・薬学・化学・醸造学の粋を極めて製造された酒じゃぞ?」

 

 やっぱ酒じゃん! どんなに取り繕っても酒じゃん!!

 

「教育者としては、さすがにはいそうですか、と認めることはできないじゃん」

 

 じゃん?……と振り返るとそこにいたのは昨日と同じ緑のジャージに全身を包んだ、えーと……。

 

「黄泉川じゃん、少年」

 ニカっと笑いながら、俺の頭をポンと叩く。

 そうそう、黄泉川先生……って、先生、いらしてたんですね。そして、俺の名前は比企谷なんですが……。

 

「では仕方ありませんね。私の外科的手法で解決するしかないでしょう」

 

 眼鏡をクイっと上げた真船教諭が猪上博士に代わって前に出てきた。

 

「もう外科でも下戸でもいいんで、早くオナシャス!」

 

 戸部は結構切羽詰まった顔しているんだが、元々俺の虚言から始まったことなので罪悪感が無いわけではない。

 外科的手法って手術とかするんだろうか? いくら姫菜のあられもない姿を忘れさせるためとはいえ、戸部自身が姫菜であることを認識していない(ついでにノーパンであったことも)以上、そこまでしなくても……。

 

「あのー、そこまで大げさにすることは……」

「安心したまえ。そこまで大げさなことではない。戸部君だったか、まずはここに来て、そう、私に背を向けてくれたまえ」

 

 戸部が後ろ向きに立ったのを確認すると、

 

「そこで、この医学・生物学・物理学・金属学の粋を凝らして製造されたこの記憶消滅装置で……」

 

 いやいや、白衣のポケットから取り出されたのは、どう見てもただのトンカチなんだけど!?

 

「衝撃を与える」

 

 しっかりと脳天に振り下ろした……って、えええーーーーー!!

 

 その場にバッタリと倒れた戸部。ちょっとーーー、何してくれちゃってんの!?

 

「これで術式終了」

 

「おっ、おい! 戸部、死んでるんじゃないか!?」

「安心したまえ。装置の重量から完璧に計算されたベクトル量を有効な作用点に与えている」

 

「……」

 

 戸部、倒れたままピクリとも動かないんですが……。

 

「真船、加速度の計算に間違いがあったのではないか?」

「いや、そんなはずは……大分と千葉の重力場の違いが効果に現れたのだろうか? 最悪、彼の脳を摘出し人工知能に差し替えれば……で解剖する準備は万端だ」

「うむ。科学の発展のためじゃ。彼も本望じゃろう」

 

 こっ、こんのマッド・サイエンティストども〜〜〜〜!

 

 はじめからそれ狙ってただろ!!

 だが、そこで戸部がガバッと上半身を起こした。

 

「戸部っ!」

「うっ、ヒキタニくん? 俺は……」

「おい、大丈夫か? 何があったか覚えてるか?」

「俺は……そうそう、俺は海老名さんに告白しようとして……ヒキタニくん、わりぃけど、俺負けねぇから」

 

 どうやら、戸部の記憶は修学旅行くらいまで無くなっている?

 て言うか、この世界線ではそのセリフ言ってないからな?

 

「ふむ。記憶の消失量の調整がまだ必要なようだ。やはり脳を摘出して解剖を……」

 

 やめれ!

 


 

 黄泉川先生によって救護テントに戸部が運ばれるのを見送っていると、ステージ上から文化祭で聞いた曲が流れてきた。

 

「見つめるたび ドキドキしてる!キミにもっと近づきたいよ〜♪」

 

 あの時、体育館の闇の中で、一人で、一番後ろで眺めていたあのステージを思い出していた。

 今、ステージの上に平塚先生はいないけれど。

 今、ステージの上にめぐり先輩はいないけれど。

 あの光を、あの熱狂を俺は忘れない。

 きっとこの先、ずっとずっと忘れない。

 

 それでも、あの日、あの時から時を経て、忘れられない思い出が、忘れられない想いが増えた。

 その一つ一つが大切で、捨てられなくて、それを捨てることで誰も傷つけたくなくて。

 一体誰が言ったんだろうか。誰も傷つかない世界が簡単に完成するなんてこと。

 あの時、相模を追いかけた屋上で、俺は変わらないと誓った。

 なのに俺は変わってしまった。

 周囲が、環境が、評価軸が歪み、変わったんじゃない。

 いや、正確じゃないな。周囲も、環境も、評価軸も変わったんだろう。

 ただ、それは俺の中での話だ。

 実際は俺の周囲に対する見方が変わったんだ。

 今まで見えてなかった……見ようとしなかったものが見えてきたということ。

 

 変わったのは俺自身の心なんだ。

 

 そしてどうやら俺は間違えることにひどく臆病になってしまったらしい。

 友達を作ると人間強度が下がるといったやつがいたが本当なのかもしれないな。

 俺だけが傷ついてすむのならいくらでも間違えてやる。

 でも俺が間違えることで誰かが傷つくとしたら……。

 


 

「いいんじゃないか、間違ったって」

 

 いつの間にか横に立っていた原瀧がぽつりと漏らした。

 

「間違ってるかどうかなんて、どうせすぐには分かりゃしない。最後まで結論が出ないことだってあるんだしそんなことにこだわってどうする? 間違ったならやり直せよ」

「そんな……簡単じゃねえだろ」

「簡単じゃないよ。簡単じゃないから間違える。でもそれでいいじゃないか」

「そうしたら俺が傷つけたやつはどうなる? 俺はそいつらにどう償えばいい?」

「そんなの知るか」

「知るかって……」

「お前が意としてそいつを傷つけたんじゃなければ、それはそいつの自己責任だ。お前が責任を取らなきゃいけないような話じゃない」

「そんな無責任な」

「お前自身がすべての責任を負うことなんでできないんだ。諦めろ」

「それでも俺は……」

「だったらさ」

 

 今まで俺と同じくステージを見ながら話していた原瀧の視線が俺の方を向く。

 

「だったら、お前はあたしを選んでくれるのか? お前を慕って九州から東京へ出てきたあたしを」

 

「それは……」

 

 俺は俺を見つめる原瀧の真剣なまなざしから視線を逸らし、至極簡単な答えを言いよどむ。

 

「あたしはさ、そのまま九州にいたら防衛軍のやつとラブコメやってる未来があったかもしれない、なんて思うこともあるんだよ」

 

 再びステージの方を向いた原瀧は、少し懐かしむように語った。

 

「こんなでもちょっといい感じになってたやつだっていたんだぜ」

 

 そうだよな……ここに来なければこいつはもっと幸せになってたかもしれないんだ。やっぱりその間違いを悔いて……。

 

「それでも、それでもあたしはさ、もし時が戻ってもう一度選びなおすことができたとしてもここにくる。お前の隣に立とうとするだろうな」

 

「どうしてだ……」

 

「は?」

 

 原瀧は俺の問いに意外そうな顔をしているが、俺にはどうしても理解できなかった。

 

「なんで答えが間違っていると分かっているのにまた同じことを繰り返す! どうしてそんなことができるんだ!!」

 

「お前、そんなことも分からないのか? だから数学のテストで7点しか取れないんだよ」

「数学のテストの点は関係ないだろうが。そして7点じゃなくて9点だ」

「7点も9点も同じようなもんだ。2点くらい配点上の誤差だろうが」

「ばっかお前、2点を馬鹿にするものは2点に泣くんだぞ。29点と31点なら赤点になるかならないかの瀬戸際だ」

「7点と9点じゃいずれにしても赤点だ」

 

 くう~~~、完膚なきまでに言い負かされてしまったぜ。

 

「お前はさ、結果でしか間違ったかどうかを判断できないんだな」

「そりゃそうだろ? 答えが違ってたらそれは間違いだ。どうせ間違うなら解くだけ無駄だろ」

 

「そんなことはない、そんなことはないよ」

 

 横に立った原瀧が俺の袖を掴んだのを、引かれた腕の感覚で知る。下を向くその表情を読み取ることはできなかったけれど。

 

「数学にだって部分点ってのがあるだろ? 答えは間違っても答えを解く過程が大事なんだよ。お前に選ばれなかったからってあたしがお前と過ごした時間が……全部無駄で無意味なものだったなんて……そんな……そんな悲しいことを言うなよ……」

 

 いくら俺が鈍感でも今の原瀧がどんな顔してるかくらいは分かるさ。

 震えながら消え入るように小さくなっていった声、ポタポタと地面に染みを作る雫。

 

 だが、俺がこいつのためにできることは何もない。

 

 こいつの思いを受け止められない俺は、何もできない。

 なのに、何故か俺の部屋でこいつと過ごした夜のことを思い出す。

 二人で行ったディスティニーシーの花火の明かりに照らされた、こいつの顔が浮かんでくる。

 

 気がつけば、俺はステージに背を向けて正面からこいつを抱きしめていた。

 

 涙でぐちゃぐちゃになった原瀧の顔が露になる。

 結論から言えばこんなのやり方は間違っている。

 

 俺はこいつを選ばない。

 

 それでも、いますべきことは、できることはこれだけなんだ。

 これまで、間違ったやり方で正しい答えを出そうとしてきた俺が、たぶん正しいやり方で間違った答えを出そうとしているのだ。

 

 何度やり直すとしても、俺にはこの方法しかない。

 


 

 原瀧が落ち着いて俺の体からその身を離す頃、気づけばあいつらの歌は終わっていた。

 

「バラダギちゃん、大丈夫?」

 

 心配した陽乃さんが俺達の横に立っていた。

 

「ハルノ様……ご心配かけて申し訳ありません。もう大丈夫ですから……」

 

 少し鼻をすすりながら原瀧が答える。

 

「バラッチ、ヒッキーに何かされたの? その……い、いやらしいこととか」

 

 由比ヶ浜! ステージを降りて早々俺の冤罪をバラまくんじゃない!! そりゃ正面から抱きしめたから、ちょっと雪ノ下にはない胸の大きさとか感じちゃったけど……。

 

「原瀧さん、安心して。今通報したから」

 

 おい! なぜ雪ノ下は俺をキッと睨む? そして通報やめろ!!

 

「みんな、騒いでる場合じゃない。次はいよいよ"あの男"の出番だよ」

 

 俄かに陽乃さんの顔の目が鋭くなる。

 

 そしてこの場にいる全員に緊張感が走る。

 

 そう、あの三浦を病院送りにした、グリコーゲンXの歌の番が回ってきたのだ。

 



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満開!

はいまたお会いしました。
ようやく……ようやく満開を迎え、本日で今シーズンを完結することができました。
最後の最後で展開早すぎですかね?
この期に及んでのゲスト登場でほとんどの読者を置いてけぼりにします!
そういう芸風です!!これは仕様なんです!!!
……ほんとすみません。
今日のネタが全てわかる人は50歳以上かつ関西人かつ千葉県民です。
こんな駄作をご覧いただき本当にありがとうございました。
目指すところは駄作を超える超駄作です。
少しでもその頂きに近づけていたら幸いです。
爪も切ろうと思います。


「13番、鉄の肝臓を持つ男、グリコーーーーーーゲン、エェーーーックス、推参!」

 

「グリコーゲンXさんと仰っしゃられるのですね。今日はどちらから?」

 

 目立ちたい素人の対応に慣れているのか、司会の安棚るみさんはグリコーゲンXの大仰な自己紹介をサラッと流して質問していた。

 

「あ、はい。桜前線とともにジェットスターに乗ってはるばる大分県からやってきました」

 

 チクショー! RO-RO船で運ばれた俺のときとずいぶん扱いが違うじゃねーか(怒)

 

「比企谷くん、司会者が時間を引き伸ばしている間に早くこれを!」

 

 陽乃さんに指示された雪ノ下家の黒服部隊、そして戦闘メイドの方々が手際よく対グリコ装備を関係者に配布していく。

 

「それではキングコング、聞いてください」

 

 全員が身構える中短い前奏が流れ、いよいよグリコーゲンXの歌が始まる。

 

 ♪ ウッホ ウホウホ ウッホッホー

 大きな山を ひとまたぎ キング~コングがやって来る~

 

「……普通だ」

 

 御世辞にも上手いと言えるものではないが、グリコーゲンXの歌は普通に聞けている。

 情報では、この歌を聴いて三浦が発狂寸前まで追い込まれたということだったのだが。

 

♪ こわくなんか ないんだよ~ キング~コングは 友だちさ

 

「そこはワシらに感謝したまえ」

 

 またもや出たな、マッドサイエンティスト軍団。

 

「そうね、グリコーゲンXの殺人怪音波をほぼ無効にするノイズキャンセリングイヤホンをわずか2日間で作り上げることができたのは、私の通う千葉大学工学部の技術力、それと猪上博士と真船先生のおかげ。そして、苦しみながらもこの音のサンプルを残してくれた優美子ちゃんのね……」

 

 三浦……。

 

「このイヤホンの優れているところは、その強力なアクティブノイズキャンセリング性能もさることながら、その操作性にもあるんじゃ。例えばこの左側のイヤホンの感圧センサー部分をタップすることによって……」

 

 猪上博士が横に立っていた雪ノ下の左耳のイヤホンを軽くタッチすると、

 

「国道40号ばばばばばえおうぃおい~べべべべべべべべべえべえええべえべべべえ」

 

「このように外音取り込みモードとなって周囲の音が聞こえるようになり……」

 

 おっ、おいっ! 雪ノ下が訳の分からない音を出しながら転げまわってるぞ!!

 

「もう一度タッチするとノイズキャンセリングモードに戻るんじゃ」

 

「雪ノ下、お前大丈夫か? 今、お前から断末魔的な声が聞こえてたぞ」

「ぜーぜー、何を、はーはー、言ってるのかしら、ぜーぜー、そんなこと、はーはー、あるわけ」

 

「ここをタッチするとモードが変わるのね」

 

 ぜいぜいと肩で息をしながらようやく立ち上がった雪ノ下の左耳に再び陽乃さんが手を触れる。

 

「ぐべべべべべ、くぁwせdrftgyふじこlp」 ちーん……。

 

 雪ノ下雪乃、沈黙。

 


 

「はっ、陽乃さん! 何てことを!! 」

 

「比企谷くん……これは仕方がないことなの」

「何が仕方ないんですかっ! 雪ノ下が死んじゃってるじゃないですか!!」

「私だってかわいい妹の雪乃ちゃんにこんなことをするのは気が引けたわよ。今までならこれは隼人の役割だったんだけど、今の隼人は(CV:堀江由衣)、日ナレの先輩なんだからこんな汚れ役をやってもらうわけにはいかないわ」

 

「雪ノ下ならいいって言うんですかっ」

「雪乃ちゃんはまあ、事務所の後輩だから」

「いや、俺、陽乃さんの言ってることが何一つ分からないんですが……」

 

 それよりも、学校一の美少女で文武両道完璧超人、清楚にして凛とした雪ノ下のこんな姿は見たくなかった……。

 

 すると陽乃さんはステージ上のグリコーゲンXを指さし、

 

「私のかわいい妹をこんな目に合わせるなんて、絶対に許さないわ、グリコーゲンX!」

 

 いや、半分はあなたのせいですからね!?

 

「むう、きさまらはそこの女のように私の歌に酔いしれんっ!!」

「聞くに堪えんで気絶しただけじゃっ!!」

 

 おっと、つい声を荒げちまったぜー。

 

「そんな馬鹿なっ! それならもう一曲……」

 

「はい、ありがとうございましたー、特別審査員のキダ・タロー先生いかがでしたでしょー?」

 

 さらに歌おうとするグリコーゲンXを遮り、司会の女性がいつの間にか陣取っていた審査員に話を振る。

 

「そうですね。声量があるのは認めますが、音程悪い、リズム感悪い、発音悪い、表現悪い、顔悪い、大きく見積もっても少なめに見積もっても0点です」

 

「な、なにぃ~~~! お前のようなヅ……」

 

「は、はい、ありがとうございました~~~!」

 

 あ、あやうく放送事故になるところだったぜ~~~司会のお姉さんGJ!

 

「それでは、はぐれチルソニア軍団と電柱組の対決の結果につきましては、審査員の点数の合計で決定しますぅ」

 

 あ、そういえば元々そういう企画でしたね。すっかり忘れてたわ。

 

「おい貴様っ! はぐれチルソニア軍団とはなんだァ! ワシらこそが真の電柱組だ!! 人をラッシャー木村みたいに言うなっ!!」

 

 コノヤロー、チル公! ラッシャー木村みたいで何が悪いっていうんだ!? ブルドッキング・ヘッドロックで首根っこへし折るぞ!!

 

 ぴーぽーぴーぽー

 

「あっ、ちなみに司会の諸出いぼぢろうアナはうっかりさっきの歌が耳に入り病院送りになってしまったため、司会は私、安棚るみが単独でお送りしますぅ」

 

 アナウンサーさん……合掌。

 

 そして、雪ノ下まだ倒れたままだけど、誰か助けてやれよ……。

 


 

「それでは、先攻、比企谷さんの点数はっ」

 

 ずだだだただだだだだだーででん!

 

「キダ・タロー先生8点、高木東六先生9点、大久保怜先生8点、古関裕而先生9点、淡谷のり子先生10点、合計44てーん!」

 

 き、基準がないのでこれがいい点数かどうかは分からないが、とりあえずはまあまあの点がもらえた……と思いたい。

 

「そして、後攻のグリコーゲンXさんの点数は」

 

「キダ・タロー先生0点、高木東六先生0点、大久保怜先生0点、古関裕而先生3点、淡谷のり子先生0点、合計3てーん、比企谷さんが歌った電柱組の勝利ーぃ!!」

 

 かっ、勝ったぁー。三浦、お前の仇は取ったぞ……。

 

「納得いかーーーん!」

 

 当然のことながらグリコさん大激怒である。

 

「私の時だけなぜドラムロールが無いのだ!!」

 

 怒るとこそこ!?

 

「そしてなぜあんなチャラチャラしたボッチソングに私の魂の歌唱が負けるのだ!」

 

 いや、チャラチャラしたボッチソングって何? それって二律背反じゃない!?

 

「こんなのは八百長だ! さっき淡谷先生の点のボタンを横に座った生田悦子さんが押してるのを見たぞ!!」

 

 いやいや、生田悦子さんいないでしょ!? ……いなかったよね?

 

「そうだそうだ! グリコの旦那が負けるわけがないっ!! 雪ノ下陽乃っ、お前、審査員を買収したな!!」

 

 チルソニア、お前さっきまで耳栓しててグリコさんの歌聞いてなかっただろうが!

 

「私がそんなことするわけないでしょ。負け犬の遠吠えとはこのことね。フフン」

「うくぐっ……」

 

 いやいやいや、なんかモーレツに悔しがってるが、指摘するべきはそこじゃないんだよなあ……。

 

「まてーーーーい! この審査員は全員偽物だっ! 本物は全部とっくの昔に死んでるじゃないかー!

 

 そうそう、この審査員って全部鬼籍に入られた方……ってキダ・タロー先生はご存命じゃあー!!

 

「ちっ、バレたか」

 

 陽乃さん! どうしてこれがバレないと思ってた!?

 

「とは言えキダ先生だけは本物よ。そうなると、去年の5月30日の日ハムVSロッテ戦と同じく8対0であなたの負けね」

 

 陽乃さん、それ、マリーンズが負けた試合じゃないですかっ !せめて勝った試合で例えてください!!

 

「うぬぬ……どうせあのキダ・タローも偽物だろ!」

「何を言ってるの。偽物なのは頭の上の……」

 

「ストーーーーーーップ!! 陽乃さん、それ以上言ってはいけない……」

 

「とにかくこんなのは八百長だ! 負けなんか認めないぞ!! グリコの旦那、こいつら全部満開バスターで桜に変えちゃってください!!」

 

 なんだかんだ言いながら、他力本願のチルソニア。うう、カッコ悪い。

 

 だが、この期に及んでグリコーゲンXを止められる存在があるのか?

 なんとか俺だけの犠牲でみんなを守る方法があるだろうか。

 ここには姫菜に原瀧、陽乃さんや雪ノ下、由比ヶ浜に一色もいる。

 自己犠牲と言われようか何だろうが、こいつらを守るために俺ができる方法を……。

 

「はあ、この判定に納得いかないなら、審査委員長においでいただくしかないわね」

 

 審査委員長!? 委員長キダ先生じゃないの? 今の日本にキダ先生を差し置いて審査委員長に相応しい人間がいるのか?

 


 

「ミナサァ~~ン♪コンニチハ~~! 元気かぁ~~い♪」

 

「あっ、あなたは……!」

 

「誰なんだ? このド派手なじーさんは」

 

 《b》ボグォォォ!ズドドド! ズベシャッ!ドッコン! ベクッ! ゴキッ! グワシャ! バゴーーーーーーン!!《/b》

 

「チルソニアっ、てめーっ! この方に失礼なことをぬかすとぼてくりこかすぞ!!」

 

「比企谷くん……もうぼてくりこかしちゃってるじゃない……」

 

 陽乃さんの、心配、ではなく心底呆れましたという声にふと我に返る。

 

「はっ! つい、自分を見失ってしまった!?」

 

「そこのキミ、暴力はヨクナイヨォ~~♪」

 

 なん……と、尊いお言葉……心からの反省を貴方様に捧げます……。

 

「で、いったいこの人は誰なのだ」

「ちっ、正義の味方を自称するわりにこのお方を存じあげないとは、グリコーゲンX、さてはお前モグリだな」

「グゥワーーーーン!! このお方はそんなにも有名な方なのか!?」

「当たり前だ! ちなみにこの方はヒトではない。この方は、悪魔を倒すためにJAGUAR星からこの地球に降臨された千葉の英雄・ジャガーさんなのだっ!!」

 

「……」

 

「ジャガーさんなのだっ!!」

 

「それは分かったのだが、だから何だというのだ」

「いや、ジャガーさん知らないとか、お前千葉の人間じゃないだろ」

「もともと千葉の人間ではないわっ!」

「そんな気持ちで千葉を侵略しようとしていたのか? あまりにもかたはら痛すぎてへそで茶が沸きそうだわ」

「むむむ、こっちだって酒を飲んで私のアイアンレバーを全開にすれば茶くらい余裕で沸かせるわい!」

 

「ちょっとそこっ! 二人で盛り上がってないで審査委員長のお話を聞くよ!」

 

 そっ、そうだった! ジャガーさんの前でなんと不敬な……。

 

 俺はその場に正座してジャガーさんのお話しを聞くことにした。

 その勢いにつられたか、グリコーゲンXまで一緒に正座している。

 チルソニアは先ほどの失礼な言動を反省したのか地面に突っ伏してジャガーさんのありがたいお言葉を賜ろうとしているようだ。

 

「みなさ~ん、 争いはヨクナイヨォ~~♪ 歌で競うのはいいけどォ~、それを争いの道具にするのはダメだヨォ~♪」

 

 ジャガーさん……俺が、俺が間違ってましたぁぁぁぁぁ~!

 

「ワタシはね~、地球での仮の姿で1歳の時、東京大空襲の焼夷弾の炎に巻かれて火だるまになったの。両親が必死に火を消してくれてナントカ助かったよぉ~♪ だからと言ってネ、LOVE&Peaceを声高に叫ぼうなんてのは思ってナイの。だけどネ、音楽は好きだから、それ以外のことを音楽の優劣で決めようとするのはダメだヨ~♪だから、今回の判定は、ノーゲーム・ノーサイドだヨォ~~♪」

 

 ああ……尊きお言葉……今日こそ千葉に生まれて良かったと思う日はありません!!

 

 そして横を見ると、グリコーゲンXが号泣していた。

 

「あああああ! 私が、私が間違ってましたぁ~~~!!」

 

 ようやくグリコーゲンXもジャガーさんの尊さに目覚めたようだった。

 

「それじゃ~ミナサァ~~ン 安全にお過ごしくださいネ~。アリガトサァ~~ン♪」

 

 そしてジャガーさんは去っていった。ありがとうジャガーさん! 千葉県民はあなたの雄姿を決して忘れません!!

 


 

「少年よ、ここの桜ももう終わる。私は桜前線とともにこの地を去る。花見の宴はできなくとも花は変わらず咲き続ける。この感染症を人類が克服する日が来たら、心ゆくまで花見を楽しもうじゃないか」

 

「グリコさん……」

 

「少年……」

 

 そして俺たちはひしと抱き合うのであった。肌寒い季節とは言え暑苦しい暑苦しい。そして酒臭い。

 

「ん~~、ぐりはちは海老名的にポイント低いかな~」

 

 ひ、姫菜~~~そっちじゃないんだー!!

 

「で、この落とし前はどうつけてくれるのかしら? ち・る・そ・に・あ」

 

 ドサクサに紛れてソォーっと立ち去ろうとするチルソニアだったが、陽乃さんの目をごまかすことなどできるはずもなかった。

 

「ふっふっふっ……今日のところはジャガーさんに免じて引き分けにしといてやる……さらばっ!!」

 

 と、脱兎のごとくこの場から離れようとするものの、当然のように確保されてしまう。

 

「戦闘メイドの皆さん、連行」

 

「オイコラ、やめい! チクショー、コノヤロー、鬼! 悪魔! 雪ノ下陽乃~~~っ!! ほんとにやめて……あっ」

 

 哀れ陽乃さんの号令一下、断末魔の叫びを残しながら6人の戦闘メイドたちにずるずると引きずられていくチルソニア。

 でもやっぱあのうちの赤髪と金髪の二人は戸塚と一色だよねえ?

 

「まったく往生際が悪いったら。それに雪ノ下陽乃は悪口じゃないっての。ねえ、比・企・谷・く・ん」

 

「いっ、イエス、ユア・マジェスティ!」

 

 ひゃ~~~、今の陽乃さんの顔、ちびるかと思うくらい怖かったわー。魔王様の面目躍如だわー。

 

「私、そんなに怖くないよ? それと、ベータさんとイプシロンさんだからねっ」

 

「陽乃さんまで地の文読むのやめてください‼︎」

 

 ちなみに、この後、チルソニアが大分の地を踏むことは二度となかったという……。

 



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散り始め~そして葉桜 (完)

はい、またお会いしました~

満開で終わり、ではございませんぞ!
咲いた花なら散るのは覚悟、というわけで、散るところまでが桜なのでございます。
本日で今シーズンを完結と言ったが、今回で、とは言ってない!

散る桜、残る桜も散る桜。

花の最期を、どうぞご覧くださいまし。


「皆さん、今日採用になりました、木曽屋=チルソニアン=文左衛門=Jr.君です。シイタケの本場、大分県出身ということで即戦力として期待しています。木曽屋君、私は現場の取りまとめを任されている瀬波洲といいます。以後よろしく」

 

「いや、なんでワシがこんな辺ぴなところに連れてこられたんだ」

 

「そりゃ、人口47万人の大分市に比べれば多少は人口が少ないかもしれませんが、辺ぴ呼ばわりされる筋合いはありませんねえ。それにあなたは雪ノ下様に逆らったかどでここに売られてきたんですから。ちゃんと働いてもらわないと困りますよ」

「いや、大分県民がみんなしいたけ栽培に詳しいと思ったら間違いだからな! 誰が手伝いなどするものか」

「困りましたねー。そのような非協力的な態度を取られるということになると……」

「生きたまま椎茸の種駒を打ち込んで菌床にでもすればよいのではないかしら」

「そんなー、手っ取り早く肥やしにしてしまったほうが早いっすよ」

 

「ひっ、ひぇ〜〜〜!」

 

「イプシロンさん、ベータさん、お二人ともおやめなさい」

「はっ、瀬波洲様」

「それは最後の手段です。まだまだ教育が足りないようですから、恐怖公の部屋へお連れしてください」

 

「いっ、いやあぁぁぁぁ〜〜〜! もうあんなとこへは行きたくないっ‼︎ なんでもします!なんでもしますからアレだけは勘弁を〜〜〜あ〜〜〜!!!」(ズルズル)

 

「安心してください。このあと、眷属たちが美味しくいただきました」(はるの)「恐怖しかないわっ!」(八幡)

 


 

「陽乃さん、この焼き椎茸、肉厚で口に入れるとエキスがじゅわーっと溢れてきてすごく美味しいっすね」

「ほんと八幡の言うとおり、プリプリした食感は大分のどんこにも負けない味です。はぐはぐ」

「バラダギちゃんも気に入ってくれた? 今年、佐倉にあるきのこ園を雪ノ下建設の子会社にしたの。そこで栽培してる椎茸なのよ」

「へぇ〜。はぐはぐ」

「周りが落ち着いたらさ、今度みんなでバーベキューでもしに行こっか。優美子ちゃんや姫菜ちゃんも一緒にさ」

「あー、いいっすねー」

 

 三浦もまもなく退院できそうだと、大分の下っぱから連絡が入っていた。

 

「八幡くん」

「 ん? 姫菜、どうした」

「店長にバレちゃった、てへ」

 

「比企谷~、店に私物を持ち込んで調理させるとか、なかなかいい度胸してるじゃないか~」

 

 釘バットを持った店長が阿修羅のような顔をして仁王立ちしていたでござる。

 

「いや、これはですねー、アレがアレでアレでして……」

「どうした? 遺言はそれだけか?」

 

 言うが早いか、後ろに回られてスリーパーホールドで首を締め上げられてしまった。

 

「くっ、くるっ……」

「バットだと店が汚れるからな。これで天国にご招待、だ」

 

 これはもうだめだ。絶対死ぬやつだ。

 陽乃さんも原瀧も店長の勢いに押されて手を出せず……原瀧、椎茸旨そうだな。

 

 最期の食事が椎茸かあ……どうせならさんが焼きも食べたかったなあ……。

 

 それにしても、頭の後ろにあたる店長のゲフンゲフンもなかなか立派な……こんなことを思ってしまうのは種の保存にかける男の本能だろうか。

 

 そんな益体もないことをうつろな頭で考えていたら、姫菜の声が耳に響いた。

 

「てっ、店長! 店長の分は今、焼いていますので……」

「おおそうか! じゃあ後で私の部屋まで持ってきてくれ~♪」

 

 店長の"わーい"という声とともに俺の意識は遠ざかっていった……。

 


 

「……くん、はちまんくん」

 

 微かに姫菜の声が聴こえる。

 頭には柔らかい感触。

 誰かに膝枕されているようだ。

 いや、誰か……じゃないな。

 

 県立地球防衛軍のようなギャグマンガなら実は膝枕をしているのは材木座で、姫菜のお面を被ってたりするのだろうが、俺には分かる。

 ゆっくりと頭を撫でる手の優しさ、微かに漂うコロンの香り、僅かに聞こえる息づかい。

 

「よぉ……」

 

「……気がついた?」

 

 静かに目を開ければ、不安げな顔の姫菜がいた。

 

「ごめんね。わたしが店長の方を先に持って行ってたら……」

 

「ん」

 

 小さく声を出してゆっくりと体を起こし、店のソファーだったことに気づく。

 

「どのくらい経った?」 

「んー、15分くらい?」

「そっか。重くなかったか?」

「全然大丈夫だったよ。八幡くんはもう大丈夫なの?」

「まだ少しボーッとしてるかな……」

 

 頭にかかったモヤのようなものを振り切るように、軽く頭を振ってみる。

 

「心配、したよ……?」

「すまなかったな、姫菜……」

 

 徐々に近づいてくる顔、その桜色の唇に目を奪われ、そして……。

 

「いででで!」

 

 なぜか頬っぺたを思いきりつねられたでござる。そして痛い。

 

「ひっ、姫菜しゃん、なにぅを……」

「ねぇ、店長のおっぱいは気持ちよかった?」

 

 あれれ〜? おっかしいぞ〜、一気に笑顔が怖くなったぞ〜。

 

「そっ、そんなの分かる訳ないだろ。自分が殺されようとしているときに」

 

「あんなの本気な訳ないでしょ。あの女が本気で殺しにかかったら真っ先に首の骨を折りにいくわよ」

 

「陽乃さん、いたんすね……」

 

 ため息交じりに背筋が凍るような話をしたすぐ後に、にニカッと悪い笑みを浮かべたと思ったら、

 

「おっぱいならここにもあるぞ〜うりうり♪」

「ちょっ、顔に押し付けるのやめ……」

 

「君はやっぱりおっきいおっぱいがいいんだね……やっぱりわたしじゃ……」

 

 目を伏せて両の手を自らの手を置き、消え入りそうな声の姫菜。

 だめだ。こいつを悲しませることだけは……。

 俺は勢いよく立ち上がり、姫菜の肩に手を掛け、驚いたように上を向いた姫菜の目をしっかりと見つめ自らの思いを伝える。

 

「俺は……俺は、姫菜のおっぱいが好きなんだぁぁぁぁぁ!」

 

 好きなんだぁー好きなんだぁー好きなんだぁぁぁ。

 

 …………………………。

 

「あの……八幡くん……その言葉はうれしいんだけど、その……」

 

 顔を真っ赤にして俯く姫菜。

 

「比企谷くん、さすがにそれは……」

 

「八幡、なかなか度胸あるなー。ここ、お前のバイト先だろ? 」

 

 陽乃さんと原瀧の言葉に我にかえった俺があらためて周りを見ると、店内のすべての客が食事の手を止めて俺に視線を注いでいた。

 

 さっきの俺……。

 

 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーー!!!!

 

 恥ずかしい!恥ずかしい!恥ずかしい!恥ずかしい!

 

 自分の発言を思い出し、声を上げてそのまま床を転げまわろうとしたが、ぐいっと襟首を掴まれてそれを阻まれた。

 

「比企谷」

 

「かっ、川崎か」

 

 今日は川崎もシフト入ってたんだっけ。それにしても、いつにも増して不愛想な気が……。

 

「今の騒ぎについて杏子さん……店長が話を聞きたいってさ」

「たたた頼む川崎! 見逃してくれ!!」

 

「諦めな。アンタを連れて行かないとあたしがどうかされちまう」

「はっ、陽乃さん、助けてくださいっ!」

「ちょっとあれは擁護できないかな……」

「原瀧っ!」

「大人しく2,3発殴られりゃ収まるだろ」

 

 いやいや、あんな釘バットで殴られたら2発でも死ぬって!

 

「姫菜っ!」

「怪我したら私が看病してあげるね」

 

 ちょっ、怪我するの前提なの!?

 

「ほら、行くよ」

 

 とにかくこの場から逃げ出そうと最後の抵抗を試みてみたものの、

 

「せいっ!」

 

 っと、首根っこ掴まれたまま仰向けに倒され、そのまま引きずられていく。

 

「くっ、 首っ!、首しまっ……自分で……歩ける……がはっ!!」

「うっさい。大人しく連行されな」

 

 頭の中ではドナドナのメロディ、そしてズルズルという音とともに俺はバックヤードへと連れて行かれたのだった。

 

 その後、俺が入ったすぐ後に、カチャリと鍵をかけられた店長室で何をされたかは、陽乃さんにも原瀧にも、もちろん姫菜にも内緒だ。

 ただ言えることは、釘バットよりももっと凶悪な店長の武器により俺がノック・アウトされたということだけだった。

 

「安心してください。このあと、私と川崎で美味しくいただきました」(杏子) 「いただかれてないっ!」(八幡)「なんであたしまで……(赤面)」(沙紀)

 


 

「このままでは終われないのだけれど」

 

「ゆきのん……一応聞くけど、いったいどうしたの?」

 

「少し私の扱いが酷すぎると思うのよ」

「あははは……それは……少しかどうかは分からないけど……まあ……」

 

「いったい何なの!? どうして正ヒロインであるはずの私があんな汚れ役を引き受けなければならないのかしら!」

「ごめんね……代わってあげられるものなら代わってあげたかったけど」

「いいえ、葉山く……さんを責めているわけではないの。問題はねえさんよ!」

 

「雪乃ちゃ、雪ノ下さん、いいかげんやめてくれない? 葉山く……さんって言うの」

「あら? あなただって『雪乃ちゃ、雪ノ下さん』って言うじゃない。わざとではないの。つい口をついて出てしまうのよ」

「そうだよ、葉山くさん。うちもわざとじゃないからね」

「いや、相模さんは絶対わざとでしょ!?」

 

「ゆきのんもさがみんもはやこさんもやめようよ。このくだり、しつこくてみんな飽きてるよ」

「まさか結衣にこんな正論で諭されるとは思わなかったわ」

「ゆきのん!?」

「あの結衣ちゃんがこんなに成長するだなんて……うち……うち、うれしいよ」

「さがみんも馬鹿にしすぎだからぁ!」

 

「そっ、それで陽乃さんの話だったよねっ」

「そっ、そうだったわ。何よ、ねえさんのあの言い分!いくら事務所の先輩だからって何をしてもいいわけではないのよ?」

「ちょ、ゆきのん!? おねえさんだよね? 事務所の先輩って何??」

「由比ヶ浜さんだって相模さんだってみんな同じ年なのに私だけこんな目に合わなければならないの?」

「同じ学校の同じ学年だから当たり前だよね? そしてはやこさんも同じ年でしょ?」

 

「結衣ちゃん……」

「え、相模さん、なあに?」

「あ、違います。由衣さんじゃなくて由比ヶ浜結衣ちゃんの方です。すみません」

 

「なんで、はやこさんが反応したの? そしてなんでさがみんは敬語!?」

「あのね、今、この作品上であの人は(CV:堀江由衣)、大先輩なの。だからよ」

 

「もうゆきのんもさがみんも何を言ってるのか分からないよ!」

 

「そんなことより、もっと大変なことがあるわ。結衣」

「もう、何を言われてもツッコんだりしないからね」

「平塚先生がいなくなったからこの会話が落ちないの」

 

「雪ノ下さん! それ本当に大変じゃんね! どうしよう? うちが屋上とかに逃げたらいい? そしたら比企谷がやってきてなんとかしてくれるかも」

 

「さがみん……ヒッキーに助けられたっていう自覚あったんだ……」

 

「……そりゃ、うちだってそこまで馬鹿じゃないよ。時が過ぎて考えてみたら分かることだってあるよ」

 

「相模さん……あなたにとっても比企谷くんは大切な存在なのね。やはり比企谷くんをあの悪辣なねえさんから取り戻すためにもこれからも千葉県立地球防衛軍として頑張りましょう」

 

「ゆきのん……」

「雪乃ちゃん……」

「雪ノ下さん……」

 

「おっ、いいねー、お前ら青春してるじゃん!」

 

「黄泉川先生、いらっしゃったんですか!?」

「一応、平塚先生から頼まれた奉仕部と防衛軍?の顧問だからねー。いてもおかしくないじゃん?」

 

「それではこの後のことも……」

 

「おう、雪ノ下、まかせるじゃん。あの悪ガキどもを正すための私たちの闘いはこれからじゃん!」

 

(先生、それは打ち切り……♪)

 

 




【あとがきのような何か、人はそれを蛇足と言ふ】

本シリーズをご覧いただきありがとうございました。

今回のシーズンは、ほんと悩みに悩んだ挙句見切り発車という感じなのです。
一番最初の前書きにも書いた通り、ラストに向けて避けて通れない怪人がいる。
ただ、新型コロナウイルス感染症がまん延している中でのほほんと花見の話なんか書けるのか、と。
前シーズンで、感染症の禍中ということにしてしまったため、全く別の世界の話です~というのが使えませんで……。
やっぱり志村けんさんが亡くなられたのは衝撃でした。
なので、世の中の雰囲気を見て、そ~っと出してみたというのが本音です。
ただ、この時間の経過も多少影響していて、ジャガーさんが出てきたのはやはりジャガーさんがジャガー星に帰還された影響でしょう。
そして、キダ・タロー先生がいまでもお元気なのは何よりです。
もともとこんな話になる予定ではなかったんですが、いつも通り書き始めるとキャラが暴走してしまい収拾がつかなくなるので……。
そして、前回の前書きにも書きましたとおり全ての人を置いていくのが芸風です。
ですが、どこかで、あれはあのネタだ!と思ってくれる人がいたらちょっと喜びます。

さて、本来ならこのあと番外編を書くところ、最近、他の原作のストーリーそのままに登場人物だけ入れ替える二次ってどこが面白いんだろうと思ったりしてまして、もちろん書き手としてですが。
なので、お試しでそういう話を書いてみようと思い、番外編はお休みしてそっちに取り掛かろうかな、と。
で、3話くらい書いてみて、面白くないなーと思ったら打ち切ります。
その時のセリフは当然、
「俺たちの戦いはこれからだ!」
です。
予定では、県立地球防衛軍のような古くて誰も知らない作品ではなくて、アニメ化もされて累計発行部数130万部以上を誇る人気ラノベをベースにしようと思ってまして。
なので、似たような作品がもうあるぞ!と思っても見逃してください(原作ペースだと大体展開は同じになっちゃいますからね)。

本作もいよいよ次シーズンにて完結します。
次はこんなに長くなりません。
もうアイデアも気力もありません。

(以下、次回予告)
この物語では回避されたはずのあのイベントが……。
やはり世界線は収束するのか?
あの時間 あの場所で キミの"時"がもう一度始まる
修学旅行シリーズファイナルシーズン
「なのにあなたは京都へゆくの」(仮題)

乞うご期待!

……内容は予告なく変更になる場合があります。

それではまた、お会いしましょう。
サヨナラサヨナラ、サヨナラ。


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千葉最大の侵略〜花も嵐も踏み倒せ!番外編 YUI☆捨てられた仔犬のように Ⅰ

はい、またお会いしました。
ワタクシ、嘘を申し上げてしまいました。
次は最終回と言いながら、番外編ヤってしまいました。
予定してた期間限定の新シリーズの進捗が思わしくなく、ついつい手を染めてしまいました……。
ほんの出来心なんですっ!
悪気はないんです!
とはいえ、ガハマちゃんの番外編が無いのもシリーズとしてバランスを欠くかなあということで、最後の番外編として数話お送りしたいと思います。
これ以降、折本番外編とかありませんので悪しからず。


「うん、ゆきのん、じゃあ明日!」

 

 あたしはスマホ画面の終話ボタンを押すと、両手を広げたままベッドに倒れ込んで天井を見上げた。

 お風呂で濡れた髪を乾かす間もなくゆきのんに電話をしたからまだ少し髪が湿っていたかもしれないな。

 それでも、そんなことが気にならないくらいあたしは明日が楽しみで仕方なかった。

 緊急事態宣言が明けてもなお休校が続いていた学校が明日から始まる。

 16時30分までという制限はあるけれど、ようやくヒッキーに会える……。

 あの歌合戦以来学校は休校が続いてて、その間ゆきのんのマンションで受験勉強を教えてもらってたからゆきのんとはいつも会ってたけど、ヒッキーとはまったく会うことができなかった。

 ヒッキーのバイト先に行けば顔を合わせることはできたかもだけど、ヒッキーバイト先の店長さんが姫菜のことを気に入って他店舗から引き抜いたらしく、今、二人は同じ店にいる。

 もし二人が仲良くしてたらなんとなく居づらいという気もしたし、何よりそんな二人の姿をあたし自身が見たくなかったんだ……。

 でも、部活は、あの部屋は、あたしとヒッキーとゆきのんと、たまに?よく?いつも?いろはちゃんがいる気もするけれど、あたしたちの場所だ。

 そんな場所がようやく戻ってくるんだ。

 もちろん、ヒッキーがバイトの時はさがみんがやって来てぼうえいぐん?の拠点とかいうことになってるけど。

 それでもあの部屋はあたしたち3人にとって特別な場所。

 あの場所だけはいつまでも……。

 

 あたしは枕を抱きしめて、小さくヒッキーの名を呼んだ。

 

 


 

「やっはろー!」

 

 朝、教室の入り口であたしは、数ヶ月ぶりのやっはろーを一際大きな声で発した。

 

「ユイ、おはよー」

「優美子! もう身体大丈夫なの?」

 優美子はしばらく九州の病院で入院してたって。

 学校が休みだったから本当はお見舞いにも行きたかったけど、そんなことできなかったから……。

「ん……ユイにも心配かけたね。もう大丈夫だから」

 少しトーンが低いけど大丈夫という言葉にほっと胸を撫でおろす。

「結衣、優美子、はろはろー」

 姫菜も休校前と変わらない様子だ、でも……。

「姫菜、やっはろー!」

「海老名、おはよぅ」

 やっぱり優美子は少し元気がなさそう。

 原因は……。

 

「学校で会うの久しぶりだねー。こっちはどう?」

「まだ分からないよー、クラス変わったばっかだし。でも、優美子とは一緒だったから」

 

 そう、3年生に進級して、あたしと優美子は同じクラスだったけど姫菜とは別のクラスになってしまった。そして……。

 

「……ヒッキーはどうしてる?」

「ヒキタニくん? ヒキタニくんはまだ来てないよー。たぶん遅刻ギリギリなんじゃない? ユイだって知ってるでしょ?」

 

 ヒッキーとも別のクラスになった。姫菜はヒッキーと同じクラス。姫菜は普段ヒッキーのことを八幡くんって名前で呼んでいるのに、あたしの前ではヒキタニくん呼びをする。

 

「ちぃーす。あ、海老名さんじゃん! どしたん? 俺っちに会いに来てくれた?」

「戸部、そんなわけないっしょ。姫菜はあーしに会いに来たんだし」

「まじかー、でもクラス離れてもシクヨロっしょ!」

「ふふふ」

 

 とべっちはあたしたちと同じクラスだけど、元隼人くんや大和くんそして……もう一人とも別のクラスになっちゃった。

 クラスが変わっても変わらず同じグループで……って思ってたけど、みんな受験だしそうもいかないよね……。

 

 元隼人くんはバラっちと同じ国立文系のクラス。

 あたしはヒッキーと同じ私立文系志望にしたから、ワンチャン同じクラスになれるかなーって期待してたんだけど、運命の女神様はあたしには微笑んでくれなかった。

 となりのクラスだからそこまで離れ離れというわけでもないけど、休み時間に遊びに行くのってなんか恥ずかしいし、優美子もいるから……。

 姫菜みたくヒッキーがこっちに来てくれないかなーって思うけど、ないよね……。

 

 それでも、部活に行けば、あの部屋に行けばヒッキーに会える!

 そして、けだるげな顔でラノベ?を読むヒッキーの横顔をあたしが携帯をいじりながら眺めてたら、ヒッキーも時々あたしの胸のあたりをチラチラ見てたりして――――――

 

 

「……ユイ、ユイ」

「んー、ヒッキーのエッチ!」

「ユイ、どしたん? ヒキオになんかされた?」

「え、優美子!? べ、別になんでもないよ!?」

 今の、口に出ちゃってた!? 首をぶんぶん振って慌てて否定する。

 

「そうなん? ユイ、なんかボーっとしてるし」

 つい妄想が口に出ちゃったよ……。

 

「大丈夫、ほんとなんでもないから」

「ならいいけど、ヒキオになんかされたらすぐにあーしに言いな。いつでも締めてやっから」

 優美子は本気で心配してくれているようだけど、あたしの妄想のせいでヒッキーが酷い目にあわされたらさすがに可哀そうだよね。

 

「その、何もないと言いますか、どっちかというとなんかあったらなーなんて」

「ユイ、願望が漏れ出てる」

「ええーーー!? いやいやいや、たははは」

 姫菜が冷静にあたしの言葉に突っ込んでくるよー。

 

「それじゃ、そろそろ先生来そうだからクラスに戻るねー」

 クラスに戻ったら、ヒッキーと仲良くお話しとかするのかな……。

 もし、あたしが同じクラスだったらな……。

 


 

 しばらくは短縮授業らしく授業そのものは早く終わったけど、感染予防とか生活上のいろんな注意でホームルームが長引いてる。

 早く部活行きたいんだけどなー。

 

 日直の起立、礼の号令とともにホームルームが終わった!

 

「優美子、あたし今日部活だから!」

 カバンに教科書やノートを詰めて、ガタンと音を立てて立ち上がると、すぐに教室を出て隣のクラスの戸を開けた。

 

「ヒッキー! 部活……」

 でも、そこで見たのは、姫菜とヒッキーが窓際で楽しげに話をしている姿。

 中に入っていってヒッキーの腕を引っ張って部活行こう!っていいたかったけど……。

 

 二人とも入り口に立つあたしには気づいていないみたいで、あたしは静かにドアを閉めてゆっくりと特別棟へ向かった……。

 

 奉仕部の部室の扉を開けると、マスク姿のゆきのんが、一枚の絵画のような佇まいで静かに本を読んでいた。

 

「あら、由比ヶ浜さん……いえ、結衣、いらっしゃい」

 ゆきのんはまだ名前呼びに慣れないようだけど、頑張って結衣と呼んでくれている。

 

「やっ、やっはろー……」

「大丈夫? 元気がないようだけど」

「え? うん。久しぶりの学校で少し疲れちゃったかなー、ははは」

 ゆきのんに心配されてる。あたしはごまかすようにせいいっぱい笑顔を作って答えた。

 

「座って。お茶を淹れるわ。そういえば比企谷くんは?」

「ヒッキーとはクラスが別になったから……」

「あ、ごめんなさい。国際教養科はクラス替えがないものだから……」

 ゆきのんは立ち上がって電気ポットに水を入れ、電源を入れた。

 その時、部室のドアが開く音がして、

 ヒッキー! と、慌てて振り向いたけれど、

 

「ゴラムゴラム。久しく我の新作に触れることができずそろそろ禁断症状が出てるのではないかと思い……あの……八幡は……」

 そこに立っていたのは中二だった。

 

 どうやらあたしとゆきのんは相当厳しい顔をしてたみたいで中二の声がみるみる小さくなっていく。

 

「比企谷くんはまだ来てないみたいだけど、何か用? 私たちにその小説のようなものを批評してもらいたいのかしら」

「い、いえ……すみませんでしたー!!」

 ドタドタと音を立てながら中二は廊下を走り去った。

 

「こんにちはー! 今、木材先輩がブヒブヒ叫びながら廊下を駆けてましたけど。廊下をは走るの禁止なんですけどねー」

 次にやってきたのはいろはちゃんだった。

 

「あれ? せんぱいまだ来てないんですかー?」

「ええ、そうね。今年度の部活初めだと言うのにたるんでいるわ。あとでお仕置きが必要かしら?」

「ちょ、ちょっと雪乃先輩がお仕置きなんて言ったら怖いですー」

「え? ほんの冗談よ?」

「雪乃先輩の場合、冗談に聞こえないです。せんぱいは再生の魔法とか使えないんですからやめてくださいよー」

 

 

 

「雪ノ下の場合は精神系の魔法とか得意そうだけどな」

「あ、せんぱい!」

「うーす」

「ヒッキー、やっはろー!」

「おう」

 いつの間にか姿を見せたヒッキー。気だるげな挨拶も前と同じだ。

 

「あなたは……まともな挨拶一つできないのかしら」

「おい、やっはろーはいいのかよ、やっはろーは!」

「由比ヶ浜さん……結衣はいいのよ」

「じゃあお前も使ったら。やっは……」

「嫌よ」

「即答だ!?」

「はあ、先輩方相変わらず仲がいいですねー。それぞれ対立する組織に属してるとは思えませんよ」

「あら、一色さんはどちらの味方?」

 ゆきのん、にこやかに聞いてるけど目が笑ってないよ……。

 

「ゆ、雪乃先輩!? わっ、わたしは……そう、わたしは奉仕部の味方です! 生徒会長として学校の外の組織の一方だけに肩入れするわけにはいきませんから」

「うまく逃げたわね」

「な、なんの事でしょう。ヒューヒュー」

 いろはちゃん、口笛鳴ってないし……。

 

「まあいいわ。お茶を淹れようとしてたところなの。一色さんも召し上がるでしょう?」

「あ、はい!いただきます」

「ヒッキー」

「なんだ?」

「なんかずっと学校休みだったのが信じられないね」

「そう、だな」

 ヒッキーは目を細めながら、良い香りを漂わせながらゆきのんが紅茶を淹れるのを見ている。

 うん、本当に今までと変わってない。きっとこれからも変わらない。

 

「でも、新入生もようやく入って来ましたけど部活も新歓どころじゃありませんし、奉仕部も2年生いないから先輩方がいなくなったらどうなるんですかねー?」

 いろはちゃんの言葉に今までわざと考えないようにしていたことが突きつけられた思いがした。

 

「そうね。このままだと私たちの代でこの部活も終わりかしら。引退とかはないから卒業までは続けようと思うけど」

 卒業……このまま卒業したらどうなるの?

 この部活が続くなら、OB・OGとしてまたここに集まって、なんて思ってたけど、このままこの部屋無くなっちゃったらあたしたちはどうなんちゃうんだろう。

 

 ゆきのんとはいつまでも友だちでいたいし、ヒッキーとは……。

 

「結衣……結衣……」

 ゆきのんの呼び声にあたしの思考は現実へと戻される。

 

「やはり 体の調子が悪いのなら今日はもう終わりにしてもいいのだけれど」

「そ、そんなことないよ! ちょっと考えごとしてただけだから」

「由比ヶ浜が考えごとなんて、明日は雨が降るんじゃないか?」

「ちょ、ヒッキー、バカにしすぎだし!」

「結衣、今は梅雨時だからいつ雨が降ってもおかしくないわよ」

「ヒッキー!!」

「すまんすまん。それで雪ノ下、木曜日だったな」

「ええ。今週の木曜日は本当なら比企谷くんはアルバイトで私たちは防衛軍なのだけれど、その日は奉仕部の日にしてもらおうと思うのよ」

「ああ、俺もそれで問題ない」

「ほえ? なんで??」

 あたしが頭の上にクエスチョンマークを浮かべていると、ゆきのんは頭を抱えてヒッキーは信じられないものを見るような目であたしを凝視してた。

 そんなに見られるとちょっと恥ずかしいな……。

 

「結衣先輩、結衣先輩、木曜日、結衣先輩の誕生日ですよね?」

「あっ、そーか!」

 あたし、今の今まで自分の誕生日のこと忘れてたよ。

 学校がこんなことになっていつ再開するかも分からなかったから、自分の誕生日を祝ってもらえるなんて思ってなかったんだ。

 

「こんな時だから、外のお店で大々的にお祝いというわけにはいかないけれど、せめて奉仕部でささやかにお祝いできればと思って」

「ありがとうゆきのん! ありがとうヒッキー!」

「あのー、わたしもできれば参加したいんですけどーもう奉仕部のメンバーと言っても過言ではありませんし」

「一色さん、貴女は入部届を出していないから部員ではないわね」

「書きます! 入部届くらい何枚でも書きますよー!! 元々サッカー部のマネージャーと兼務してたんですから、奉仕部もやります!」

「おい一色、ちゃんと入部届って漢字で書けるか?」

「せんぱい、わたしを馬鹿にしすぎですよ! そんなの書けるに決まってるじゃないですか」

「いや、だってな、クククッ」

「ヒッキー! あたしは書けないんじゃなくて敢えて書かなかっただけなんだからね!」

 ちょ、ちょっといろはちゃん? なんで、うわぁって顔してるの?!

 

「冗談よ。一色さんも一緒に結衣の誕生日を祝ってもらえたら嬉しいわ」

 ゆきのんの優しい笑みを見たいろはちゃんは、

 

「な、なんですかこの威力は!これがツンデレですか、この微笑みがあれば幾万の男を落とせるでしょうけどせんぱいもこんな強烈なのを浴びたら瞬く間に落ちていきそうなのでやめてくださいごめんなさい」

「お前は雪ノ下まで振るのかよ……」

 いろはちゃんがうろたえるほどゆきのんの微笑みは凄かったけど、ヒッキーはいつもの通り平常運転だよね。

 たぶん普段から恥ずかしくてゆきのんの顔を正面から見ようとしないようにしてるからなんだろうけど。

 でもあたしはこんな時間が好きだな。

 それでも終わりの時間はやってくる。

 

 

 

「入るじゃん」

 平塚先生とは違って、黄泉川先生はちゃんとノックをして部室に入ってきた。

 

「君たち、もう完全下校時間じゃん。早く帰り支度しなさい」

 16時半までなんてあっという間だった。もっとみんなと、ヒッキーと一緒にいたいのに。

 

「あ、わたし、一応生徒会の方見てきますね」

 いろはちゃんがバタバタと鞄を抱えて走っていく。

 

「おーい、一色〜〜廊下を走るのは校則違反じゃなかったのかよ〜〜〜」

 ヒッキーの注意にも構わずいろはちゃんは生徒会室へと向かって行った。

 

「鍵は私が預かるから、君たちは早く帰るじゃん」

「黄泉川先生、それではお願いします」

「おう」

「せんせー、さようならー」

「気をつけて帰るじゃんよー」

 先生はドアに鍵がかかっていることを確かめた上で職員室へと戻っていく。

 

「結衣、あなたはどうやって帰るのかしら?」

「え、あたし? あたしはいつも通りバスだけど」

「あの……それなら、うちの車に乗って行かない? お父さまが心配して送り迎えは当分車でと言われているのだけれど……」

「でも、なんか悪いかなー」

って言ったら、目に見えてゆきのんはシュンとしちゃって。

 可愛いなあ、ほんとにもう。

 

「でも、せっかくだからお願いしちゃおうかなー」

「そ、そう。ならすぐに電話するわね」

「ヒッキーは自転車?」

「おう。ちょっとマスクが息苦しいけどな」

「ならヒッキーも乗せて貰えば?」

「いや、女子二人と狭い車の中で一緒とか、別の意味で息苦しいわ」

「失礼ね。うちの車はリムジンだからそんな狭くないわよ。それに比企谷菌も強力殺菌できる空気清浄機も付いてるわ」

「いやいや、俺自身が殺菌されて無くなっちゃうんじゃねえの?」

「あら、意外と綺麗な比企谷くんに生まれ変わったりするかもよ?」

「生まれ変わりって、もう死ぬの前提じゃん。なんなの? お前、女神様なの?」

「め、女神様……///」

 あーあ、ゆきのん真っ赤になっちゃったよ。

 ヒッキーって、時々こういうことするんだよね……。

 

「まあ、明日の登校が大変だから今日は自転車で帰るわ。明日はバイトだからまた明後日な」

「あ、明後日は事情があって部活はお休みにしようと思うの。だから次、みんな集まるのは結衣の誕生日の日ね」

「了解。じゃあな」

 そう言うと、ヒッキーは自転車置き場の方へそろそろと歩いて行った。

 

 その後、ゆきのんがマンションに戻るなら一緒に行きたかったけど、今は実家に住んでいるみたいなので、運転手さんにお願いして少しだけ遠回りしてもらった。

 そうしてできたわずかな時間だけだ、あたしたちは少しの間も惜しんでお話しをした。

 だって、あたしに、あたしたちに残された時間は多くないから。

 

 だから、あたしは……。

 



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千葉最大の侵略〜花も嵐も踏み倒せ!番外編 YUI☆捨てられた仔犬のように Ⅱ

はい、またお会いしましたっ。
一応、世界観としては2020年ごろということになってますが、あの当時、こんなことしてちゃダメじゃん!とか、あの店は休業してたんじゃない?なんていうご指摘があったとしても、できる限り大きな心でご容赦いただければ幸いです。
で、ハニトーって千葉のどこで食べられるのか、調べてみたけどよく分からず。


 パン、バァン!

 

「お誕生日おめでとう!」

 

 クラッカーの音鳴り響く中、みんな声を揃えてお祝いの言葉をかけてくれた。

 

「先輩方、本当はご時世柄こういうのダメなんですからね。もう少し大人しくしてくれないと~」

「おい、一色、お前先頭に立ってクラッカー鳴らしてたじゃねえか」

「さてなんのことですかねー、ヒューヒュー」

「あははは……ありがとね、いろはちゃん、ヒッキー、ゆきのん」

 

 今日は3人が奉仕部の部屋であたしの誕生日を祝ってくれている。

 大人数の集まりはだめだから優美子や姫菜からは昨日お祝いしてもらったんだ。

 

「本当ならケーキにキャンドルを立てて吹き消してもらうところなのだけれど、部室で火は使えないし感染症対策もあるからごめんなさいね」

「ううん、こんな立派なケーキまで用意してもらってすごくうれしいよ」

「校則ではこんなの学校に持ち込めないですけどね」

「そこはアレだ。これは雪ノ下が昨日、家庭科室で作ったもので外から持ち込んだものじゃないからセーフだ、セーフ」

「ほんとせんぱいったら、悪知恵だけは働くんですね」

「うっせ。お前だってこのケーキを生徒会室の冷蔵庫に預かってたんだから同罪だろ」

 

 そっか。昨日部活がお休みだったのはこのケーキを作るためだったんだね。

 ヒッキーが考えて、ゆきのんが作ってくれて、いろはちゃんが預かってくれたんだ……。

 やだ、ちょっと泣きそう。

 

「みんな……本当にありがとう……」

「ちょ、結衣先輩、泣かないでくださいよ」

 あれ!? あたしもう泣いちゃってたんだ。

 

「由比ヶ……結衣、さあ、ケーキを切り分けるからみんなで食べましょう。このケーキに合わせたお茶も用意してあるわ」

「じゃあさ、その前にこのケーキと一緒に写真撮らない?」

「そうですねー。結衣先輩まずケーキを持って一枚♪」

 それからしばらくは写真撮影会みたいに角度やポーズ、ゆきのんやいろはちゃんとも写真を撮ったんだ。

 ヒッキーも嫌がってたけど、いろはちゃんが問答無用で横にくっつけて、ゆきのんがひと睨みしたら大人しく写真に収まってくれたよ!

 

「じゃあ次はみんなで撮りましょう」

「なら俺が撮るから、お前ら由比ヶ浜を真ん中にして……」

「この男は……何を自分が外れること前提で話を進めているのかしら……奉仕部なんだからあなたも入るのよ」

「いやしかし、そしたら誰が写すんだ? このためだけに材木座なんか呼びたくないぞ」

「あなたが呼べる相手は財津君しかいないのね……」

「はーい! なら奉仕部のお三方が並んでわたしが……」

「一色、お前だって『にゅうぶとどけ』を書いたんだから奉仕部の一員だろ?」

「えっ、せ、せんぱい……」

 

 あー、いろはちゃんの目が潤んじゃってるよ。ヒッキーって天然でこういうことしちゃうんだよね。そんなところも好きなんだけど。

 


 

「と、いうわけで、通りすがりの部活顧問の出番じゃん♪」

 

「よ、黄泉川先生!? 平塚先生ではないんですからちゃんとノックをしてください」

「ノックしたけど盛り上がってて気づかなかったのお前らじゃん。ま、そんなことはどうでもいいから並んだ並んだ♪」

 黄泉川先生に促されて、ケーキを持つあたしの隣にゆきのんとヒッキーが並び、ヒッキーの隣にいろはちゃんが立った。

 

 そしてあたしのスマホをもった黄泉川先生が、

「はい、いくよー! ピーナッツ!!」

 ピロリン♪という音があたしたちの姿がスマホに収まったことを告げてくれている。

 

「せ、先生も随分と千葉に馴染まれたようですね……」

「ん? ああ、この掛け声だとピーの時に口が広がって笑顔に見えるからいいって聞いたじゃん。な、しょーねん♪」

「いや、あのそれはですね……」

「まったくこの男は……」

 出たよ!ゆきのんのアタマイタポーズ!!

 

 楽しいなあ、この時間。

 

「ところでどうして先生はいらしたんですか?」

「いや、特別棟の方から発砲音が聞こえたって通報があったじゃん。今は活動してない部活も多いから、結構音が響くじゃんよ」

 

「あ……」

 あたしたちは顔を見合わせて、しまった!って表情をしてたんだけど、

 

「まあ、だいたいの事情は分かったから、間違って風船でも割ったことにしとくじゃん」

 いや、その風船どっから出てきたの?なんてヒッキーがブツブツ言ってたけど、先生がそういうことにしといてくれるっていうんだから、いいよ、ねえ?

 

 「では、あとで先生の分のケーキもお持ちしますね」

「雪ノ下、ありがとさん。それじゃ私は職員室に戻ってるから、最終下校時間までには帰るじゃん」

 それだけ言うと、サッと手を上げて後ろ向きのまま、

 

 

「君たちはまだ子どもなんだから、ちゃんと避妊はするじゃんよー」

と、大きな爆弾を落として部室を出ていった。

 

 って、えええー!? ひ、避妊ーーー!

 

「ちょっ、ちょっと、あの先生何言っちゃってくれてるの?!」

 ヒッキーも分かりやすく動揺してるし。

 

「ほんとですよ! せんぱいとだったらわたしは別に避妊なんかしなくても……」

 

「いろはちゃん!?」

 

「一色さん、何を仰ってるのかしら」

 あ、ゆきのんがすごく冷たい顔してる。

 

「私たちはまだ高校生なのだから、そんな無責任なことはできないわ。きちんと対策を立てておくことは貴女の身体を守ることでもあるし、貴女と比企谷くんのご家族に迷惑をかけないためにも大事なことよ」

 そっち? が前提になってる!? そっ、そりゃここに男の子はヒッキーしかいないけど。

 でも、ヒッキーの気持ちとか……。

 

「ね、ねえヒッキー。ヒッキーも、その……そういうこと、してみたいと……思うの……?」

 

「はあぁぁぁぁ!?」

 あたしがぽつりと言ったことにヒッキーが大声で反応し、場の空気が一変した。

 

「そ、そうですねー。この場にいる男性はせんぱい一人ですし、黄泉川先生の注意もせんぱいに対して言ったことでしょうから、まずはせんぱいが私たちとその、そういうことをしたいかしたくないのかを確認しないとー」

「一色、おまっ、何を言って……」

 

「そうね。一色さん、それはおかしいわよ」

「そ、そうだ。雪ノ下、ちゃんと言いいきかせてやれ」

 

「比企谷くんはそういうことがしたいに決まっているのだから、問題は、まず誰としたいかよ」

「雪ノ下っ! おかしいのはお前だっ!!」

「それはまあ年下好きのせんぱいならわたしを選ぶに決まってますけど、今日は結衣先輩の誕生日ですし、せんぱいの初めては結衣先輩に譲りますよ」

「そうね。今日に限ればそういうこともしかたないのではないのではなくて。ねえ、結衣」

 

「ふぇ!?」

 ちょっ、ここであたしに振るの?

 

「おい、ふざけるな! こんなとこでそんないかがわしいことができるわけがないだろ!!」

 

「じゃあ、こんなとこ……でなければいいのかしら?」

 

「は?」

 

「あなたが言ったのよ? こんなところでは駄目だと」

「ちょっ、落ち着け雪ノ下。それはあくまでも言葉の綾というやつで……」

「 あなたにしては往生際が悪いわね。押してダメなら諦めろ、ではなかったの?」

 なんか話がおかしな方向に行ってる!? でも、あたしと、ヒッキーが……えへへ。

 

「由比ヶ浜、どうした、なんか顔が緩んで。なんか変なことでも考えてるのか?」

 

「へ?」

 どうも妄想が表情に出ていたみたいで、あたしは顔が一気に熱くなった。

 

 

「ヒッ、ヒッキーまじキモい!!」

「これは通報ね」

「言い逃れできませんね」

「わ、悪かった! だから通報は勘弁してください、お願いします!!」

 

 また言っちゃった……キモいなんて全然思ってないのに。

 どうしていつもこうしてヒッキーを傷つけること言っちゃうんだろう……。

 ヒッキーは土下座してるけど、本当に謝らなくちゃいけないのはあたしだよ……。

 

 その時、校舎に最終下校時間を告げるチャイムが鳴り響いた。

 

「そんなことやってるうちに最終下校時間になってしまったわ」

「あ、もうすぐ16時半ですか。わたし生徒会室閉めてこないといけないのでお先に失礼しまーす」

「私は部屋を片付けて鍵を返しに行くけれど、結衣と比企谷くんは先に帰ってもいいわよ」

「それじゃお言葉に甘え……」

「ううん、あたしも手伝うよ。みんなでやれば片付けも早く終わるし。ねっ、ヒッキー!」

「あ、うん、そうだな。主賓がやるんじゃ俺もやらないとなー」

 そう言うと、不承不承ヒッキーも片付けを手伝い始めた。

 

 え? 不承不承なんてよく知ってたって?

 馬鹿にしすぎだからあ!

 

 三人でやると片付けもあっという間に終わって、そのまま部室を出た。

 ゆきのんは扉の鍵を掛けると鍵を返しに行くと言って職員室の方へ消えて行った。

 

 残されたヒッキーとあたしは、昇降口で靴を履き替え校舎の外へ出る。

 

「じゃあ俺は自転車だから……」

 

 ヒッキーが自転車置き場の方へ行っちゃう。

 ここでお別れなの?

 高校最後のあたしの誕生日、このまま終わっちゃうの?

 嫌だ。まだヒッキーと一緒にいたい!

 でも、だったらどうすれば……。

 頭の中で考えがまとまらないまま、あたしは無意識にヒッキーの腕を掴む。

 

「ハッ、ハニトー!」

 

「は?」

 

 咄嗟に口から出た言葉はハニトー。

 

「去年の文化祭の、ハニトーの約束、まだ果たしてもらってない……」

「いや、でもこんな時期だしな……また今度でいいだろ?」

「だってそう言ってずっとそのままだったし、あたしたちこれから受験だし……あたしの……高校最後の誕生日だし……もう……来年は……」

 あたしの声はだんだん小さくなる。

 来年のことを考えたら急に寂しさや哀しさが込み上げてきたんだ。

 

 本当は来年も、ゆきのんと、ヒッキーと今日みたいに……でも、たぶん……。

 

 ヒッキーはひとしきり頭をガシガシと掻いて、半ば諦めたように、

「仕方ねえな。自転車取ってくるからここで待っててくれ」

 と言った。

 

 あたしは、今日という特別な日に少しでも長い時間ヒッキーと一緒にいられることが嬉しくて、

「うん!」

 と、大きな声で返した。

 

 駅までの道すがら、自転車を押すヒッキーと並んで歩く。

 

「で、どこへ行くんだ? 千葉の方?」

「んー、千葉にあるかは分かんないけど、とりあえず電車で反対側かな?」

「そっか。まあ任せる」

 

 駅前の駐輪場に自転車を置いたヒッキーと改札を通り抜け、京葉線の電車が来るのを待つ。

 いつもより時間が早いからなのか、それとも在宅わーく?ってのをしているせいか、帰宅するサラリーマンの人の姿は少なかった。

 ヒッキーと手を繋ぎたいけど、総武の制服を着た生徒の姿はちらほら見えるから、やっぱりちょっと恥ずかしい。

 そんなことを考えてたら、あたしは去年の花火の日、さがみんたちに会った時のことを思い出していた……。

 

 電車もなんとか二人並んで座れたから、やっぱりお客さん少ないんだろうな。

 手は握れないけど、軽く目を瞑って少しだけ身体を傾け、ヒッキーにもたれかかるようにしてみた。

 

「おっ、おい!」

 

 ヒッキーは焦った声を立ててるけどあたしの体には直接触れようとしないの。

 だからあたしは狸寝入りをして今しばらくこうしていようと思う。

 ヒッキーが無理やり起こしたりなんかしないことも分かってるしね。

 

 やっぱりあたしってズルい女の子だな……。

 



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千葉最大の侵略〜花も嵐も踏み倒せ!番外編 YUI☆捨てられた仔犬のように Ⅲ

はい、またお会いしました。
えっと、基本笑かしでやってるんですが、なんともうまくいきません。
そして、番外編は一話完結が理想なんですけど、また長くなってしまいました……。
せめて3話で終わって欲しかった……。
(まあ、Ⅰ,Ⅱ,Ⅲとか番号付けてる時点で怪しいんですが)


「……由比ヶ浜、おい、由比ヶ浜」

 ん……あれ? ヒッキーの声……。

 

「終点まで来ちまったぞ。起きてくれ」

 あれれ、 あたし、本当に寝ちゃってた!?

 

「ご、ごめん、ヒッキー……」

「いやまあ気にするな。こういうパターン、初めてでも無いしな」

 しょんぼりするあたしをヒッキーが慰めてくれてるんだけど、初めてじゃないって何のことだろう?

 

「どうするんだ? どこまで戻る?」

 本当は西船橋あたりで乗り換えたかったんだけどなー。でもここまで来たら仕方ないよね。

 

「えと、こっちかな?」

 ヒッキーの手を引いてケイヨウストリートと呼ばれる通路へと歩き始める。

 

「お、おい、手は繋がなくても……」

「ダメ! 人も多いし迷子になっちゃうから……あたしが」

「お前がかよ!」

 本当は東京駅での京葉線からの乗り換えは距離が長くて嫌なんだけど、こうしてヒッキーと手をつなげるんなら却って長い距離のほうが嬉しいよね。

 

 なんか気がつけばあっという間に京浜東北線と山手線のホームに着いちゃった。

 

「今回は地下鉄じゃねーんだな」

「今回って、ヒッキーは前にも来たことがあるの?」

「んんっ!? 前にも来たというか、お、俺も前に寝過ごしてな。そん時は地下鉄で池袋に行ったんだ」

「……それって、姫菜と?」

「違う違う! あいつとじゃないぞ」

「あいつとじゃない? じゃあ……」

「そっ、それよりどこへ向かってるんだ? そろそろ教えてくれてもいいだろう?」

 なんかはぐらかされたような気もするけど、まいっか。

 

「えと、ここから二駅行ったところ」

「二駅って言うと……」

 


 

「あーきはーばらー!!」

 

 秋葉原駅の電気街口を出たら、突然ヒッキーが叫び出したんだけど……。

 

「……すまん。忘れてくれ」

「え? うん、今のはゆきのんには黙っておいてあげる」

「恩に切る」

 一瞬ヒッキーがおかしくなったのかと思ったけど、とりあえず正気に戻ってくれたみたいでよかった。

 

「で、どこまで行くんだ?」

「ここだよ! ここのカラオケ屋さん!!」

 あたしは再びヒッキーの手を引いてカラオケ店の扉をくぐった。

 

 南国リゾート風の部屋に通されて、ヒッキーが先に座ったのをみてあたしはその隣に座りこむ。

「おい、席はあるんだからわざわざ隣りに座らなくても……」

「えー、ほらデュエットとかするかもだし、友達同士でカラオケ行ったら隣に座るのは常識だよ」

「そ、そんなもんなのか? すまん、カラオケはいつも一人でしか行かないから……」

「あ、うん……なんかこっちこそごめん……」

 なんか少し気まずい雰囲気になっちゃったけど……。

「ドリンクとハニトー頼まなきゃ、ね?」

「あ、ああ、そうだな。このメニューを見ればいいんだな。こっちの電話で頼むのか?」

「ううん、このリモコンで頼めるんだよ?」

「おお! それは人との会話が苦手なぼっちにも優しい仕様だな!」

「あ、うん……」

 ヒッキーは最後までマックスコーヒーを探してたみたいだけど、メニューに無いのをみて残念そうにカフェオレを選ぶ。あたしはオレンジジュース、そして念願のハニトーも頼んだ。

 

「これで入力完了、と」

「それじゃ歌おっか」

「おう。で、どっちが先に歌う?」

「ヒッキーがが決めていいよ?」

「そうか? どっちがいいかなー。ハニトー作るのに時間がかかりそうだから、1曲目で早々に歌ったほうがいいか? それとももっと時間がかかって3曲目になるとすると、先は譲って2曲目に歌った方が……うーむ」

「ヒッキー、なに悩んでるの?」

「いや、俺がプリキュアとか歌ってて店員がハニトーを持って入ってきたりしたら気まずいだろうが。だから順番を考えてるんだよ」

「いや、店員さんが来るまではもっと無難な歌にしたほうがいいと思うんだけど……」

「プリキュアじゃなくても、歌の途中で入ってこられるとぼっちには気まずいんだよ。まあ、今悩んだところで少し時間が経ったから、ハニトーが来るのは2曲目だな。よし、俺が先に歌わせてもらうぞ!」

 

 そうしてヒッキー曰く深夜アニメの主題歌?をタブレット端末で入れて歌い始めた。

 聞いたことない曲だったけど、ヒッキー何気に声がいいし歌も上手なんだよねー。

 あたしがうっとりと聞き惚れていると、

「お待たせしましたー! 先にドリンクのアイスのカフェオレとオレンジジュースをお持ちしました〜」

「あ、はい……」

 

 ヒッキー気まずそう……。

 

 ちなみに、ハニトーは3番目にヒッキーが歌ってる時に届きました。

 


 

「じゃあ食べよっか!」

 去年の文化祭から長がったけど、ようやくヒッキーと約束したハニトーが食べられる!

 あたしがハニトーを切り分けようとナイフとフォークを握ったら、ヒッキーがカバンからゴソゴソと綺麗な包装紙の小さな包みを取り出して、あたしの目の前に差し出した。

 

「ヒッキー、これって……」

「いや……さっきは部室でなんか変なことになっちまったからな」

「プレゼント?」

「まあ、その……なんだ、誕生日おめでとう」

 ヒッキーは照れくさそうに頭をかきながらそう言った。

 

「あ、あの……ありがとう。すごくうれしい……」

 少し涙声になりながらヒッキーのくれたプレゼントを胸にしっかりと抱いて、歓びを噛みしめる。

 

「ねえ、開けていい?」

「ああ、そうだな。ちょっと恥ずかしいけど……」

 ちょっと横を向いて赤い顔のヒッキー、ちょっと可愛い。

 あたしは包み紙を丁寧に開けて中のプレゼントを取り出した。

 

「首輪? またサブレの?」

 去年の誕生日にもサブレの首輪を貰ったけど、勘違いして自分の首に付けちゃったんだよね。あれは恥ずかしかったな。

 

「違う違う! これはお前のだから!!」

「あたしの……首輪?」 

 あたしが首を傾げていたら、

「なんでお前の首輪なんだよ! チョーカー、チョーカーだ」

 そっ、そうだよね。あたしの首輪だったら、ヒッキーが飼い主……って、それも悪くないかも。でへへ……。

 

「去年、その、サブローの首輪をあげた時、お前、自分で付けてただろ? あまりに嬉しそうだったから、なんか違ってて悪かったかなと思って。俺ひとりで選んだからどういうのがいいか分からなくて、気に入らなかったらすまん」

「そんなことない! そんなことないよ。ヒッキーが選んでくれたんもん。気に入らないなんてこと絶対にないから!それとサブレだし!!」

 そう言うとあたしたちは自然と笑い合った。

 二人でこんな誕生日を迎えられるなんて思わなかったよ。

 ヒッキーから貰ったのはリボンのチャームの付いた黒のチョーカー。

 

「これ、すごく綺麗だけど、高かったんじゃない?」

「まあ、それなりにはするけど、今バイトしてるから。一年前ならバイトしたお金で女子にプレゼント買うなんて思わなかったけどな」

 あたしはそのチョーカーのバックルを外し、自分の首に着けようとして途中で手を止めた。

 

「ねえヒッキー、これ、付けてくれない?」

「あ……はっ?」

「せっかくだからヒッキーに付けてもらいたいなーなんて……だめ?」

 あたしが少し上目遣いでそう言うと、ヒッキーは、むむむ……なんて唸り声をあげてる。

 ちょっとずるいかもだけど、こういう風にお願いをするとヒッキーがあれこれ文句を言いながらも断れないのは知ってる。

 最後はハァとため息をつきながら、

「ほら、貸せ」

と右手を差し出してきた。

 あたしは、「うん!」と明るく返事をして、貰ったばかりのチョーカーをヒッキーに渡し、両手で髪の毛を持ち上げ、上向き加減で首を露わにした。

 

「こ、こういうのやったことないから知らんけど、普通後ろから付けるんじゃねえのか?」

「いいの、これで。 ね? 早く、お願い」

 なおも何かブツブツ言ってるけど、あたしの真ん前に立ったヒッキーは、恐る恐るチョーカーをあたしの首にあてている。

 首に触れるチョーカーが少しこそばゆい。

 あたしは目を瞑っていたけれど、吐息がかかるほど近い距離にヒッキーを感じる。

 このカラオケボックスの中にはヒッキーとあたしの二人だけ。

 そしてチョーカーが首に巻く手が離れようとした刹那、あたしは思わず体ごとヒッキーの胸に飛び込んでいた。

 

「ヒッキー!」

 

「おっ、おい!」

 突然のことに慌てたヒッキーは、戸惑ったような声を上げる。

 

「好き、 好きなの! ヒッキーのことが大好き!!」

 瞳からは自然に涙が零れる。

「ずっと、ずっと前から……」

「由比ヶ浜……」

 ヒッキーも両手をあたしの背中に回し、そのまま優しく抱きしめてくれていた。

 

「ありがとう、由比ヶ浜……お前の気持ちはすごく嬉しい。俺もお前のことは嫌いじゃない。どちらかと言えば、好き……なんだろうな……でも……すまん……」

 ヒッキーの答えは、分かっていたよ。だけど……。

 

「姫菜が、姫菜がいるから?」

「……」

 あたしの問いに、ヒッキーは酷く辛そうな顔をした……。

 

「あたしね……昨日、優美子と姫菜に誕生日のお祝いをしてもらったんだ。その時……」

 昨日のことを思い出し、わずかの沈黙。そして、

 

「姫菜を……引っ叩いたの……思い切り……」

 と言った。

 ヒッキーは何も言わなかった。

 


 

「姫菜に聞いたんだ。いつから、どうしてって。前に部室で聞きかけたけど、ゆきのんが姫菜に平手打ちしてそのままになってたから。そしたらね、言ったの。元々は、とべっちの告白を止めるためだった、それをヒッキーに依頼をしたってこと」

 それを聞いて最初に怒ったのは優美子だった。

 

「なんであーしに先に言わないん? あーしら友達じゃん!」

「友達、だからだよ。友達だから、優美子が大切にしているグループを壊してしまうなんて言えなかったの」

「そんな……」

「グループが壊れても優美子には隼人君がいた。結衣には奉仕部がある。でも私には誰も……何も……」

「あーし! あーしがいるっしょ?」

「私がグループを壊すんだよ? どの面下げて優美子のそばにいられるって言うの?」

「それは……」

「だからね、私はヒキタニ君にキスをした。そうしたら彼が止めてくれると思ったから。もしだめでも彼に私の居場所になってもらおうと思ったから」

「ヒキオを利用した、と?」

「そう、だね。ヒキタニ君を利用した……そう言われても仕方ないね。だけど……」

 

 その時、あたしは気持ちを抑えることができなくなった。前に、ゆきのんがそうだったように……。

 

 ヒッキーを利用した? 告白を止めたい? そんなことのためにあたしとゆきのんからヒッキーを奪った?

 優美子に止められなければあたしはもっと姫菜を叩いていたかもしれない。

 それほど姫菜が、憎かった。

 

 

「どうして……どうして姫菜なの?」

 

 無言のヒッキーがどんな顔をしてるのか分からなかったけど、あたしは続けた。

 

「姫菜と今までほとんど接点も無かったよね? 姫菜は、キスすればヒッキーが責任を感じて嫌と言えないの分かっててやったんだ……ずるい! そんなのずるいよ!!」

 その時、ヒッキーはあたしの肩を掴んで体を離し、あたしの目をじっと見つめながら言ったんだ。

 

「由比ヶ浜、それは違うぞ。俺は海老名さん……姫菜からキスされて、それだけで好きになったんじゃない」

「じゃあなんで……」

「あいつ、姫菜が、俺を必要としてくれたから……」

「あ、あたしだってヒッキーは必要だよ! それこそずっとずっと前から……」

 

「……初めてだったんだよ。小町以外で俺が、この俺が必要なんだってはっきりと言われたのは」

 その時のヒッキーは、目を瞑りその情景を思い出すようにしていた。

 

「あいつが自分の思い出したくない過去を俺に晒けだして……その上で俺を選び気持ちを形にしてくれたから……」

 

 姫菜の過去……そう言えば優美子が昔、姫菜に男の子を紹介しようとして断られた、なんかそういうの嫌いなんだと思うって言ってたけど、詳しい理由は聞いたことなかったな……。

 グループの中はそんな雰囲気じゃなくて、姫菜もそのことにあえて触れなかったし。

 

 だけどヒッキーには話した……。

 

「でも……でも……まだヒッキーと姫菜は付き合ってはいないんだよね?」

「……ああ。俺の気持ちを整理して、きちんと向き合いたいんだ。姫菜にも、こんな俺のことを好きだと言ってくれたみんなにも」

 

 ふたりがまだ付き合ってないんなら……。

 

「ヒッキーの心、まだ揺れてるんだよね?」

「いや、もう俺の心は……」

 

 ヒッキーの答えには関係なく、あたしの気持ちは決まっていた。

 

 ソファから立ち上がり、入り口の脇にあるスイッチで部屋の明かりを落とす。

 

「あたしだって、気持ち、形で表すこと、できるよ……」

 ヒッキーを方へ振り返り、制服の赤いリボンをシュルリ、と解く。

 続いて黙ったままブラウスのボタンをプチ、プチ、と上から一つずつ外していく。

 

「おっ、おまっ、何を……」

 ヒッキー慌ててる……。

 それでも私の手は止まらない。止められない。

 

 すべてのボタンが外されると、少し開いたブラウスの間から、あたしのお腹がチラリと覗く。

 

 今度はスカートのファスナーを摘んで、それをゆっくりと引き下ろした。

 そして一瞬躊躇したけど、んっ、と言う声をあげスカートのホックも外す。

 手を離したスカートは、ちょっとだけおしりの膨らみに引っ掛かりながら、ストンと音を立てて床に落ちた。

 暗くて静かな部屋には、隣の部屋から漏れるカラオケの音がわずかに響く。

 

「分かった、由比ヶ浜、お前の気持ちは十分分かったから、もう……」

 あたしは構わずブラウスに手をかけ、左肩、右肩を露わにし、最後はバサッという音とともに後ろに脱ぎ捨てた。

 今あたしが着けているのは、下着と靴下、そしてヒッキーにもらったチョーカーだけだ。

 こんなことなら、もっと可愛い下着にすればよかった……。

 

「ヒッキー……どう、かな……」

「あ……ああ、綺麗だ……」

 お互いが互いを直視できなくて目を逸らしあっているけれど、でも綺麗って言ってくれた……。

 

「あたしを、あたしを選んでくれるよね?」

 あたしは期待を込めた瞳でヒッキーを見る。でも……。

 

「いや……だからそれはできない……」

 ヒッキーは目を逸らしたまま、小さな声で返す。

 

「やっばり、姫菜を選ぶんだね……」

「……」

「あたし、ゆきのんなら仕方ないと思った。 ヒッキーが選んだのがあたしじゃなくてもゆきのんだったら……」

「姫菜だって友達だろ? どうして雪ノ下ならよくてあいつはだめなんだ?」

「それは……」

 それは―

 

「嘘が服を着て歩いているような俺が言っても何の説得力もないけどな」

 そんな前置きをしてヒッキーは言った。

 

「由比ヶ浜……嘘はだめだ」

 嘘? それってどういうこと?

「非難してるわけじゃないんだ。でもな、お前は仮に俺が選んだのが雪ノ下だったとしても納得はできなかった」

「そんなことないよ! ゆきのんなら、ゆきのんだったら……」

 そうだよ、ゆきのんなら……もちろん、ゆきのんにだって負けたくはないけど、ゆきのんになら負けても仕方ないと思ったし、素直にお祝いできた……。

 

 本当に……?

 

「由比ヶ浜……」

 さっきまで目を逸していたのに、今はいつにない真剣な目であたしを見つめている。

 

「お前に嘘は似合わない」

「……」

「こんなの俺のわがままでしかないが、お前にはついて欲しくないんだ。自分への嘘を」

 あたしが……自分に……嘘?

 

「あたし、嘘なんて……」

「一年以上もお前のこと見続けてきたんだ。『人間観察』を百八の特技にする俺なら、お前のことは分かってるつもりだ。ボッチ舐めんなよ」

「ヒッキー、もうボッチじゃないじゃん! ゆきのんだって、いろはちゃんだって、それに……あたしだって……」

「あ、ああ、そうだな、そうだよな」

「でも……あたしのこと、ちゃんと見ててくれてたんだ。ありがとね」

 指で目に浮かんだ涙をすくいながらそう言うと、ようやくあたしの姿を思い出したのか、再び目を逸らしつつさっと後退りした。

 

「べ、別に嘘を責めているわけじゃないぞ。お前が……その……俺を好きになってくれたことは正直嬉しい。でもな……」

 

 

「ヒッキーがあたしのことをずっと見てくれていたと言うなら……もっと……見て、欲しいな……」

 

「は?」

 

「あたしの……すべてを見て……そして……シよ?」

 

「おっ、おまっ、何を……」

 焦るヒッキーに構わず、あたしは背中に手を回す。

 ブラのホックを外そうとするんだけど、手が震えて上手く外せない。

 

「や、やめろ。それじゃまるでビッチみたい……」

「ビッチって、何よ……あたしはまだ処———処女……だよ?」

「おっ、おう……」

 ようやくブラが外れ、でも、まだ少し恥ずかしくて片手で胸を隠している。

 そして、膝を曲げて片足を上げ、残った方の手でショーツを引き抜いて……。

 

 その時、不意にあたしは正面からヒッキーに抱きしめられた。

 ギュッと、強く。

 片足を上げていたから少しバランスを崩して完全にヒッキーに身体を預ける形になる。

 

 ヒッキーも我慢できなくなったんだね。

 ああ、あたしはここでヒッキーに初めてを……。

 

 でもヒッキーの口から出た言葉は、あたしへの愛の言葉じゃなかった……。

 

 

「やめろ! やめてくれ……由比ヶ浜……」

 

「どうして? さっき言ったじゃん……嘘はつくなって……だからあたしは……」

「だからって、こんなのは駄目だ……」

「いいの、 ヒッキーが姫菜のことを好きでも……今日だけ、今日だけでいいから……明日になったら全部忘れるから……」

 やっぱりあたしは嘘つきだ……自分にも……ヒッキーにも……。

 もしここでシちゃったら、ヒッキーは責任を感じてあたしを捨てたりしないだろう……。

 それが分かってこんなふうに迫ってるあたしは、やっぱりズルい女の子だ……。

 それでも……。

 

「頼む…… 俺は……俺は……お前を嫌いになりたくない。だから……」

「あたしはっ! あたしは、嫌われてもいいから! 嫌われてもいいから、ヒッキーが欲しいのっ!!」

 いつの間にかあたしは泣いていた。涙がとめどなく流れた。

 

 身体はくっついていても、ふたりの距離は果てしなく遠く感じた。

 

 その時、部屋の扉が強めにノックされ、お互いの姿が見えない程度に少しだけ扉が開く。

 身体がピクンと震える。

 

「お客様、当店でのそのような行為はご遠慮いただきたく……今なら、う……わたくしの胸の内で収めておきますが、これ以上は店長にも報告し、学校やご家族へも連絡がいくことになるかと思いますので……」

 

 外から聞こえた女の店員さんの声に冷や水をぶっかけられたように冷静になり、今の自分の姿を思うとすごく恥ずかしくて。

 ヒッキーは扉に背中を向けながら裸のあたしをかばって見えないようにして、

「す、すみません! つい、気分が盛り上がっちゃって……すぐに片付けるので扉、閉めてもらえませんか?」

 と店員さんにお願いしてくれた。

 

「……分かりました。それではよろしくお願いいたします」

 

 ガチャリと扉が閉まる音がして店員さんがいなくなったのを確認すると、今度はあたしに背中を向け、

「ほら、今のうちに早く服を着ろ」

 と言った

  あたしもヒッキーに背を向けて、無言で床に落とした下着とブラウス、スカートを拾い、それらを身に付けていく。

 

「ごめん、ヒッキー。もういいよ……」

 そう告げられたヒッキーは、恐る恐る振り返ってあたしがちゃんと服を着てるのを見て、ようやくホッとした表情を見せた。

 

「もういこっか……」

 あたしはいたたまれなくてすぐにでも店を出たかったんだけど、

 

「まだ、ハニトー、食べてないだろ?」

 テーブルの上に置かれたハニトーを見てヒッキーが言った。

 

「これを食べに来たんだもんな」

「そう……だね」

 あたしたちは再びソファーに座りなおし、ヒッキーは今までのことが何もなかったかのようにナイフでハニトーを切り分けていく。

 上に乗ったアイスクリームはとっくに溶けて食パンに染み込んでしまっていたけど。

 

 その後、二人とも無言でハニトーを食べた。

 

 ヒッキーとのはじまりになるはずだった甘い甘いハニトーは、今は二人の終わりを告げるしょっぱい味がした……。

 

 

 

 帰りの電車の中でもあたしたちに言葉は無かった。

 途中、快速に乗り換えることなく秋葉原駅で乗った黄色い電車にそのまま乗り続けたのは、どちらもそのことを言い出せなかったからなんだろう。

 

 それは長い時間だったような、短い時間だったような……気づけば行きと同じようにあたしは眠りについていた。

 ただ、行きと違ったのは、あたしが目を覚ました時ヒッキーもまたあたしにもたれかかって眠っていたことだった。

 意外とまつ毛長いなーなんてヒッキーの寝顔を見て思う。今までならすごく嬉しかったんだろうけど、ヒッキーともこれで最後なんだと思ったら、また少し涙が滲んできた……。

 

「ヒッキー、起きて」

 まだ気まずさはあったけど、ヒッキーの最寄駅が近づいたので仕方なく声をかける。

 

「ん……由比ヶ浜……?」

「もうすぐ幕張本郷だよ。ヒッキー降りるでしょ?」

「あ、寝ちまってたか……お前、京葉線だよな? すまん。俺なんかほっといて乗り換えてくれればよかったのに」

「ううん、あたしも寝ちゃってたし、それに稲毛で降りてバスに乗るから大丈夫だよ」

「そうか」

 これ以上一緒にいたらまた泣いてしまいそうで、ヒッキーから早く離れたいという気持ちと、やっぱりまだ離れたくない、一緒にいたいという気持ちがごちゃ混ぜになって、あたしの心はひどく乱れていた。

 それでも、あたしの気持なんかにお構いなく、二人を乗せた黄色い電車はホームへと滑り込んでいく。

 

 引き止める?

 それてもあたしもここで降りる?

 

 そんなことしたってどうにもならないよ。

 だって、あたしは拒絶されたんだから……。

 

 電車のドアが開く。発車のメロディがホームに鳴り響いているけどヒッキーは座ったままだ。

 

「ヒッキー、降りなきゃ……」

「いや、もう遅いから、家まで送ってく」

「そんな……あたしは大丈夫だから……」

「俺が心配なんだよ。俺なんかと一緒は嫌だろうが、俺が安心したいから黙って送られてくれ」

 よく分かんないけど、あたしが気にしないように言ってくれてるんだよね?

 いつもの捻くれた言い方で、いつもの優しいヒッキー。

 その優しさが嬉しくて、辛い。

 

 あたしはただ頷き、あと少しの間だけヒッキーにもたれるように座っていた。

 

 稲毛で乗り換えたバスを降り、あたしたちは暗い道を二人で歩いている。

 

 ヒッキーと手を繋いで歩きたかった。

 でも、あたしにはすぐそこにあるその手が取れない。

 

 無言のまま、あたしの住むマンションのそばの公園に着いた。

 

「……ここで大丈夫だよ。ほんとすぐ近くだから」

「ん? ああ……」

「今日はありがとね。やっと、ハニトーの約束果たしてくれたし」

「いや、その……なんか期待に添えなくてすまん?」

「そこなんで疑問系? でもなんか思い出すね。去年の花火の夜もこうやって送ってきてくれたよね」

「そうだったな……」

 

 もし、あの時、あたしにほんの少しの勇気があれば……。

 もし、さがみんに対して堂々と恋人宣言していれば……。

 もし、ママの電話なんか構わずに、ヒッキーに告白できていれば……。

 

「近くだからって油断するんじゃないぞ。おうちに帰るまでが遠足だからな」

「遠足って何だし……ヒッキーこそ帰り気をつけてね」

「ああ、じゃあな」

 ヒッキーは軽く右手を挙げ、背中を丸めながら帰っていく。

 

 もし、あの時、去って行くヒッキーを追いかけて、抱きついてキスをしていたら……。

 もし、今……。

 

 結局、ヒッキーの背中が見えなくなるまで、ただ黙って見つめることしかできなかった。

 

 あたしはもう泣かなかった。

 

 さよなら、ヒッキー。

 



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千葉最大の侵略〜花も嵐も踏み倒せ!番外編 YUI☆捨てられた仔犬のように Ⅳ

はい、またお会いしました。
ようやく番外編、完結です。
ご都合主義とドタバタ感は否めませんが、それがワタクシの実力なんです。
ヒロインを無駄に脱がしたり、ひょっとしてワタクシは材木座義輝なのではないかと思えてきました。
そう思われたら、本作も温かい目線でご覧いただければ幸いです。


 次の日、あたしは特別棟にあるあの部室に足を向けていた。

 本当は部活に出られる気分じゃなかった。

 今日はヒッキーはバイトでいなくて奉仕部じゃなくてぼうえいぐん?の日だけど、あの部屋にいたらどうしても昨日のことを思い出してしまう。

 なにより、あたし自身の本当の気持ちが分かってしまった今、ゆきのんにも顔を合わせづらかったんだ。

 だけど、今日は優美子もバイトらしいし、姫菜には水曜日にあんなことをしてしまったから遊びに誘うこともできない。

 それに昨日あれだけお祝いしてもらったのに何の用事もなしに急に休むだなんて言ったら、あのあと何かあったんじゃないかってゆきのんを心配させるかもしれないし。

 ヒッキーを失ってしまった今、やっぱりゆきのんは親友で大切な人。

 ヒッキーに言われたとおり、自分自身に嘘はつかない。

 ちゃんとゆきのんとも向き合おう。

 あたしはそう決意して部室の扉を開け、いつも以上に元気な声で挨拶をする。

 

「やっはろー!」

 

 ただ、そこにいた人物と目が合うと、あたしはひっと小さく悲鳴をあげた。

 

「な、なんでヒッキーがここにいんのよ!?」

「……いや、俺ここの部員だし」

「そ、そうじゃなくて、今日はバイトって言ってなかったっけ?」

「ああ……このご時世でな、ファミレスも営業時間短縮で客も少ないからシフト減らされてんだよ」

「ふ、ふーん」

 正直、昨日のことがあってまともにヒッキーの顔が見られない。

 ヒッキーの方もできるだけ平静を装おうとしてるけど、視線が合わなかったり少しよそよそしい感じが出てたんだろうな。

「あなたたち、ちょっと様子が変ね。昨日あれから何かあったのかしら? もし比企谷くんに何かいかがわしいことをされたというなら恥ずかしいことかもしれないけど泣き寝入りはダメよ。ウチの父の持てる力という力を使って、千葉から、いえこの世から抹殺してもらうわ」

「おい、こええよ! 別に何もなかったってえの」

「結衣、そうなの?」

「う、うん……何もなかったって言うか、ん……本当に何もなかった、よ……」

 あたしの様子でゆきのんは何かを感じ取ったのかな。

「そう……ならいいのだけれど。じゃあお茶を入れるわね」

 それ以上何も言わず、立ち上がってティーセットを用意始めた。

 

 いつもならすぐに携帯をいじり出すんだけど、今は黙って下を向いてた。

 ヒッキーも手にした文庫本を伏せたままだ。

 少しだけヒッキーの視線を感じる。

 やはり昨日のことが気になっているのかな。

 あたしもカラオケでのことを思い出して顔が熱くなって、自然に両手で胸の辺りを隠すようにしてしまった。

 

「……やはり通報が必要なようね」

「おっ、おい! 冤罪やめろっ!!」

「犯罪者の常套句ね。もはや警察権力の手を借りる必要もないかしら」

 

 そんなある意味日常の会話が続いていた時に、不意に奉仕部の扉が開いた。

 

「あー! やっぱりせんぱい!! どうして奉仕部にいるんですかっ!!」

「いやだから俺はここの部員だと……」

「そうじゃなくて、せんぱい今日バイトだったんじゃないですか!?」

 やって来たのは生徒会長のいろはちゃん。ぼうえいぐんには不干渉と言って、ヒッキーのいない日には普通はこの部室には来ないんだけどな。

 

「バイトのシフトがなくなったんだよ。てか、お前はなんでここにいるんだ?」

「バイト無くなったなら生徒会室に来てくれればいいじゃないですか! わたしは書記ちゃんから部室に向かうせんぱいを見たって聞いて、対立組織間の諍いで見過ごせない事態が起こるかもと思い、生徒会長としての責務を果たすためやって来たんです!」

「いや、別に普段から奉仕部として集まってるし、昨日だって一緒にいたし」

「せんぱいは重大なことを見落としてますよ。奉仕部の日と防衛軍の日の大きな違いを……」

「何だよそりゃ……」

 あー、何となくいろはちゃんの言いたいことが分かったような……。

 もし今日の日程変更がちゃんと伝わっていなかったとしたら……。

 


 

「やっほー、結衣ちゃんごめんねー、昨日誕生日祝えなくて……って、なんでアンタがここにいるのさ!?」

 そうだった……ぼうえいぐんの日はさがみんが来るんだった……。

 

「……いやいや、だから俺はここの部員だってえの」

「今日は防衛軍の日でしょ! あんたの居場所なんてないっつーの」

「ま、まあさがみん、今日はヒッキーもバイトが無くなったっていうし、ね?」

「だいたい防衛軍の活動をやるのは勝手だが、部員が部室をいつ使おうがお前の知ったこっちゃねえことだろうが」

「きいい! まじムカつく!! 結衣ちゃんに免じてこっから追い出さないでやるけどさウチらの活動に口出さないでよ!」

「へいへい」

 と、言ったところで、特に何もなければ防衛軍の日だってみんな本読んだり携帯いじったり世間話してだらだら過ごすんだけど。

「結衣、私たちは受験生なのだから勉強もしなければダメよ」

 えっ、 ゆきのんに思考を読まれた!?

 

「てかさー、あんたそこうちの席なんだけど」

「はぁ? ここはいつも俺が座ってる席だし」

「ちょっとあんた!ひょっとしてうちがいない日にうちのお尻が触れた座面に頬ずりとかしてるんじゃないでしょうね!?」

「はっ、バッカお前、いつも雪ノ下が俺が来る前に来てんだぞ? そんなことできるわけないだろ!」

「じゃあ、雪ノ下さんがいなかったらやってたってこと!?」

「そっ、そうじゃねえ、 どうしてそーなるだよ! 冤罪をバラまくな!!」

「どうだか……だいたいそれ犯罪者の常套句じゃん。とにかくあんたはそこから動く気はないってことね」

「ああ、だからお前も後ろから椅子を持って来て勝手に……って、おい!?」

「ちょ、さがみん!?」

 あまりに急すぎて何が起きたか一瞬分からなかったんだけど、さがみんが突然ヒッキーが座っている上にそのまま自分も座っちゃって、まるでヒッキーが人間椅子みたいになっちゃってる!?

 

「おいこらどけ! 俺の上から離れろ!!」

「嫌よ。ここはうちの場所なのになんでうちがあんたの命令に従わなきゃいけないわけ?」

「いやだって普通に重いし」

「ムキー! 乙女に向かって重いとか、ほんとウザっ。マジのマジでちょームカつく!!」

「いやほんと、お願いですからどいてください。色々マズイから……」

 

「……あんた」

「ひゃい!?」

「うちのお尻の下になんか硬いものが当たってるんだけど……」

「OH……」

 おっ、お尻の下の硬いものって、それ……ヒッキーのヒッ……。

 

「うちが座った時からだから、うちのお尻に刺激されてじゃないよね? 何、あんた、年中発情魔なの?」

「ち、違う! これはたまたま……」

「それとも結衣ちゃんのおっぱいとか想像してた?」

「うっ……」

「ちょっと、そのリアクション……まさか図星!?」

 えっ、あたしの……えええ!?

 ヒッキー、昨日のことを思い出して、そう、なっちゃったのかな?

 

「せんぱい、違いますよね? わたしの全裸を思い出してそうなっちゃったんですよね?」

「ちょっ、いろはちゃん!? わたしの全裸って、いろはちゃんもヒッキーに裸を見せたの?」

「……由比ヶ浜さん、今、聞き捨てならないことが聞こえたのだけれど。いろはちゃん『も』って、どういうことかしら?」

「あ」

「それって結衣ちゃんもこいつに裸を見せちゃったってこと?」

「あは、あはははー」

 どうしよう……あたしが答えに窮してると、突然ヒッキーがさがみんを押しのけて立ち上がり、

 

「いやーそれはだなー、俺が昨日由比ヶ浜のショッピングに付き合わされて、こいつ服が試着してたときにうっかりフィッティングルームの中に飛び込んでしまって目にしちゃったんだよ、本当に悪かった! だから通報だけはやめてください」

 そう言ってあたしの前で土下座するヒッキー。

 このままだとゆきのんとあたしが仲違いすると思って、自ら泥を被ろうとしてるんだよね。

 そんなヒッキーの想い、無駄にはしたくないよ。でもね……。

 

「ヒッキー、いいよ、そんな嘘つかなくても」

「いや、由比ヶ浜、でもな……」

 

「ゆきのん、あたしが自分で服を脱いでヒッキーに迫ったの。だからヒッキーは悪くないの」

 そう言って土下座するヒッキーの前にあたしも跪く。

 

「ヒッキーがあたしとゆきのんのために自分を悪者にしようしてたんだよね」

「いや、それはちが……」

「ううん、分かってるから……ありがとね」

 あたしはヒッキーの頬を両手で押さえ、そっと自分の唇をヒッキーの唇に押しあてた。

 

「ゆ、由比ヶ浜さん、あなた……!」

「結衣先輩……」

「結衣ちゃん……」

 何やら口をパクパクさせているヒッキーを床に残し、ゆきのんの前にスッと立つ。

 

「ゆきのん、あたし、ゆきのんにちゃんと話しておきたいことがあるんだ」

「由比ヶ浜さん……いえ、結衣。そうね、私もあなたとじっくりお話ししたいわ」

 ゆきのんとあたしがじっと見つめあって、部室は沈黙に包まれる。 

 その緊張感に満ちた空間を破ったのはさがみんの一言だった。

 

「じゃあさ、今日はもう終わりにしない? あたしたちは邪魔にならないように出ていくから。比企谷、あんたもそれでいいよね?」

「おっ、おおう」

「……ふぅ、分かったわ。今日は部活も防衛軍もお終いにしましょう」

 ゆきのんはため息ともつかない息を吐いて、さがみんの提案を了承する。

 

「じゃあ行くよ」

「あ、ああ、分かった」

 さがみんに促されて立ち上がったヒッキーは、事態の急展開に戸惑いつつ鞄を掴み部室を後にしようとしている。

「それじゃわたしも生徒会に……」

「待って、一色さん。あなたにも聞かなければならないことがあるからここに残りなさい。いいわね?」

「いや、あの、そのー」

 いろはちゃんも二人に便乗して出て行こうとしたみたいだけど、ゆきのんのすごく怖い笑顔を前にしてしどろもどろになってた。

 

「一色、頑張れよ」

「せ、せんぱい、かわいい後輩を助けてくれないんですかぁ〜〜〜」

「これはお前が乗り越えなければならない試練なんだ。せめて命があることを祈っているぞ」

「そ、そんなぁぁぁ……」

 がっくりうなだれるいろはちゃんを置いて、じゃあという言葉を残して二人は出て行った。

 

「じゃあ、改めてお茶を入れ直すわね」

「うん、今日は全部話すから。あたしの気持ち、ヒッキーのこと、ゆきのんのこと」

 そうだ。あたしはもう逃げない。ゆきのんからも、ヒッキーからも。

 そして、全部手に入れるんだ。

 

 そう決意したあたしは、部室が紅茶の香りで満たされるのを晴れやかな気持ちで待っていた。

 


 

(ご存知♪ 茶番屋台)

 

「それじゃ、かんぱーい!」

 

「おじさん、あゆの塩焼きですぅー」

「あいよ」

「いやー、それにしても平塚先生は元気してたじゃん?」

「はあ、毎日悪ガキどもの相手で大変ですよ」

「それはもう、平塚せんせいは黄泉川せんせいの代わりに警備員(アンチスキル)として大活躍なのですぅー。スキルアウトの子たちからは『静の姉御』と呼ばれて、それはそれは慕われているのですよ」

「どっちかというと恐れられている方じゃないでしょうか……」

「鉄装せんせい、物事は悪い方に悪い方に解釈すべきではありませんよぉ。あ、おじさん、城下かれいのお刺身ですぅ」

「あいよっ」

 

「なんかそっちも楽しそうで羨ましいじゃん」

「そっちはどうですか? 比企谷とかちゃんとやってますか?」

「ま、危なっかしいところもあるけど、一応元気にやってるじゃん?」

「いや、そこなんで疑問系なんですか?」

「そうか、鉄装は比企谷知らないじゃんね? まあ、基本的にいい子なんだけど、捻くれてて、そんでハーレム主人公じゃん。いつか刺されないかちょっと心配じゃん」

「はあ、ハーレム主人公」

 

「ハーレム主人公ならこっちにもいますよー。ねー、平塚せんせい?」

「いや、私は上条のことなんか何とも……」

「わたしは上条ちゃんのことなんて一言も言ってないのですよぉ?」

「あ」

「平塚先生、あの少年となんかあったじゃん?」

「それがですねぇ」

「こっ、小萌先生やめてください!」

「上条ちゃんが吹寄ちゃんって女生徒に追われて逃げ込んだ部屋で平塚せんせいがお着替えしてて、せんせい下着姿を見られちゃったんですぅ。それで、平塚せんせいが衝撃のファーストブリットを放った時に止めようとした上条ちゃんの右手が間違って平塚せんせいのおっぱいを掴む形になっちゃって」

「こもえせんせい〜、もうやめ……」

「平塚せんせいその場にしゃがみ込んで動けなくなっちゃったんですよぉ」

「あ、ああああ……」

「月詠先生、それはハーレム主人公というよりラッキースケベ事案なのでは……」

「すごいじゃん! あの少年の右手は超能力と魔法だけじゃなくて平塚先生まで無力化するとは!」

 

「ところで月詠先生はどうしてそのことをそんなに詳しく知ってるんですか?」

「よくぞ聞いてくれました、鉄装せんせい。実はですねぇ、せんせいもそこで着替えしてたんです。あ、おじさん、別府限定焼酎『毎日が地獄です』お湯割りですぅー」

「あいよっ」

「いや、別府限定なのに何であるんですかってそうじゃなくて、月詠先生はいいんですか!?着替え見られて」

「まあ、上条ちゃんとはこれまでもいろいろあったのですよぉ〜、いろいろ~♪」

 

「で、その後少年はどうなったじゃん?」

「追ってきた吹寄ちゃんに引っ叩かれて後から来た姫神ちゃんにぶっ叩かれてシスターちゃんに頭齧られてましたよー、不幸だぁ~なんて叫びながら」

「でもまあ子供のやることじゃん。私ら大人は堂々と構えてればいいじゃん」

「そうは言っても黄泉川せんせい、女は時には女豹になりたい時もあるのですよー」

 

「ああああ、おっちゃん!スピリタス、生(き)で!」

「平塚先生、大丈夫なんですか!? それってアルコール度数96%ですよね?って、ええー! そんな一気にぃ!?」

「おっ、平塚先生やるじゃん、おっちゃんこっちにも同じものを!」

「ちょ、黄泉川先生まで!? いくら明日学校休みだからってどうするんですか? 私、二人はおぶって帰れませんよ?」

「大丈夫なのです。その時には上条ちゃんでも呼び出して連れて帰ってもらいますからぁ」

「いや、先生が教え子におぶわれて帰るってどうなんですか……」

「かみじょうらとぉ、わらひにはひきぎゃやっていう者がぁ〜〜〜!」

 

「おじさん、あと30分したらタクシーですぅ」

「ぁぃょ」

 


 

「相模、助かったよ。ありがとうな」

 

「比企谷に素直に謝られるとなんか気持ち悪いんだけど。それに別に一緒に出てきたの、あんたのためじゃないし」

「それもそうだが……昨日、カラオケで声かけてくれたの……お前だろ?」

「さ、さあ、何を言って……」

「由比ヶ浜はテンパってたから気付かなかったかもだけどな……俺はお前の声、聞き間違えたりしねえよ」

「ひっ、比企谷!あんたって奴は……」

「何だよ、そんなに顔真っ赤にして怒らなくても……」

「はあ、バレたんならしょうがないけど、あれだってあんたのためじゃないから」

「じゃあ何だよ」

「結衣ちゃん、結衣ちゃんがあれ以上傷つくのを見てられなかったのよ……」

「由比ヶ浜のため?」

 

「……うち、一年の時は結衣ちゃんと同じグループでつるんたんよ。 一応、友だちって言っていいのかな? 2年に上がった時に三浦が結衣ちゃんを自分のグループに入れてから疎遠になったけどね。で、あんたも知ってのとおりうち体育祭で遥とかゆっこと仲違いしたじゃん? あの時は女の友情なんて0.01mmより薄いなんて嘆いてたけど、そのうち防衛軍の活動に参加して、また結衣ちゃんと一緒につるめるようになって、うち正直嬉しかったのよ。なのに昨日……結衣ちゃんのあんな顔、見たくなかったから……」

 

「そう、だな……。あの時の由比ヶ浜をあのまま強く拒絶しても、その場限りで受け入れても結局あいつが深く傷つくことになったろう。そして、たぶん俺には何もできなかった。俺のためでなくてもお前おかげで助かったのは事実だ。感謝する」

 

「でも、うち驚いたわよ。今日の結衣ちゃん、すごく強くなってた。うちらとつるんでた時や2年のはじめの頃、三浦に振り回されておどおどしてた結衣ちゃんとは全然違った。これもあんたや雪ノ下さんに出会ったからって思ったら、ちょっと嬉しいけどかなり悔しい」

「俺ってことはないだろ。大部分は雪ノ下のおかげだ」

「はあ、あんた、ちゃんと自己評価した方がいいよ」

「バッカ、お前、基本これまで周りにディスられてばっかだったから、そんな肯定的な自己評価なんてできるわけないだろ。だいたいお前だって文化祭のあと、俺の悪評流してたじゃねえか」

 

「あれは……ホントごめん……」

「い、いや、別に責めるつもりで言ったわけじゃねえし、なんかお前に素直に謝られるとなんか調子狂うな」

「なにあんた、ひょっとしてドMなの?」

「そんなわけあるか!お前こそ、南のMはドMのMじゃねえのかよ」

「何言ってんの。相模のSはドSのSだって知らなかった? って、あんた、うちの名前……」

「あ、すっ、すまん!キモかったよな」

「べっ、別にそういうわけじゃないけどさ……っていうか、うちとあんたでこんな話する日が来るなんて思ってなかったわ」

「俺もだ」

 

「くくく……」

「ははは……」

 

「はぁー、なんか部活早く終わったし、なんか食べに行かない?」

「そうだな、たまにはそういうのもいいか」

 

「ちょっと……本当にどしたん? 普段のあんたなら真っ先に家に帰りたいって言いそうなもんなのに」

「……まあ、家には家でいろいろあるんだよ」

「なんか複雑な事情がありそうね。まあいいわ、別に興味ないし。じゃあ稲毛海岸駅前のフレッシュネスとかどう?」

「待て! 駅前はマズイ。俺のバイト先の目と鼻の先で別の店に入って行くところを店長に見られたら釘バットでオシオキされかねん」

「……あんたの店、いったいどうなってんのよ。そんなことだから店名出せなくなってんじゃないの?」

「おいバカやめろ」

 

「じゃあマリンピアの中の店ならいいでしょ? サンマルクとか」

「まあ、それなら」

「んで、あんたの奢りね」

「何で俺が……」

「あれれー? うちに感謝してるんでしょー?」

「はあ、仕方ねえな。高いもんはやめろよ」

「何言ってんの。ダブルバイトで潤ってんだからケチケチすんなっての!」

「分かった分かった。んじゃ行くぞ」

「偉そうにうちに命令しないで。うちが命令する側だから。比企谷、行くよ!」

「結論は同じじゃねえかよ……てか、相模、お前楽しそうだな?」

「何言ってんの。べっ、別にあんたとお茶するのが楽しみとかじゃないんだからねっ! お腹が空いてなんか食べるのが楽しみなだけなんだからね‼︎」

 

「おっ、おおそうか……結構、強烈だな、これも」

「なんか言った?」

「いや、何でもねえ」

「ふふっ♪」

 


 

「結衣、あなたの気持ちは分かったわ。これからは私も遠慮しないから覚悟してね」

「うん、あたしも負けないから! 」

 

「と言うか、まさか一色さんや城廻先輩が比企谷くんの家まで行ってそんな破廉恥なことをしていたなんて思いもよらなかったわ」

 

「うー、しくしく、全部洗いざらい吐かされてしまいましたー」

 

「私も……覚悟を決めて比企谷くんの前で全てをさらけ出すべきかしら……」

「雪乃先輩の身体では、却って逆効果になるのでは……」

 

「ギヌロ」

 

「ひっ、ひえーーー」

「ところでゆきのん、ヒッキーとさがみんを二人きりで帰して良かったの? さがみんも前とは違ってヒッキーのこと悪くは思ってないみたいだけど……」

 

「あ」

 

「雪乃先輩、ひょっとしてそのことに気づいてなかったんですか?」

「だって仕方ないじゃない。結衣の想いに向き合うのに全力で、それ以外のことまで考えが回らなかったのよ」

 

「ゆきのん……」

 

「結衣先輩も感動してる場合じゃないですよ! 早く何とかしないと」

「でもほら、あたしとも結局何にも無かったんだし、さがみんとヒッキーがどうかなるって思えないんだけど……」

「結衣先輩甘いです! なごみの米屋の極上羊羹よりも大甘です! 乙女の戦いはもうはじまってるんですから、ここで一歩でも相模先輩にリードを許したら、後々響いてくるかもしれませんよ!!」

「そうね! 一色さんの言う通りだわ。とにかく二人はまだ遠くへは行っていないはずよ! どうせあの男のことだから行くところなんて限られているし、みんなで探せばすぐ見つかるはずだわ!」

「分かりました! 生徒会からも書記ちゃんを召喚して一緒に探させましょう!!」

「いろはちゃん、それはやりすぎじゃ……」

「そんなことないわよ! 今、私の第六感が比企谷くんの周りに立ち上るらぶこめ臭を察知したわ。もはや一刻の猶予も許されない!! この雪ノ下雪乃が敗北するなんてことはあってはならないのよ。ええ、絶対にあってはならないことなの! 打てる手は全て打たなければ!!」

「それでこそ雪乃先輩です!」

 

「結衣、一色さん! 私たちの戦いはこれからよ!!」

 

(ゆきのん、それは負けフラグじゃないかなあ……でも、まいっか! ねっ♪)

 

 




[いつもすぎる言い訳]

皆様、ご覧いただきありがとうございます。

当初番外編は1話完結のはずだったんですが、だんだん長くなりますね。
本当は本編が1シリーズこのくらいの長さで、番外編1話が理想なんですけど。
まあ番外編はこれで最後だと思うのでご容赦願います。

一応原作のメインヒロインなので、番外編を書いておかないと収まりが悪いということでこれで心置きなく最終回に向かえます。

次回修学旅行シリーズファイナルシーズン
「なのにあなたは京都へゆくの」(仮題)

乞うご期待!

「ちょっと、私の番外編は1話だけだったのに一色さんが3話、城廻先輩と結衣の番外編が4話というのは納得がいかないのだけれど」
「ひっ、雪乃さん……雪乃さんは本編の方で活躍されているので勘弁してください」
「その本編の扱いも最近酷いから文句を言っているのよ。メインヒロイン中のメインヒロインであるこの私をオチ要員に使うとか、いったいどういう了見なの?」
「雪乃さん、原作でヒロインの座を勝ち取ってるんだからいいじゃないですか」
「だめよ。二次創作だろうと私が負けヒロインになるなんて許されないわ。そんな作者はお仕置きです!コキュートス!!」
「ぐぇっ!」
チーン……。

「あ……お兄様、お兄様! 再成をお願いします!!」

「って、私の兄弟姉妹は姉だけのはずなのだけれど、どうしてお兄様がいるのかしら……」



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千葉最大の侵略〜花も嵐も踏み倒せ!番外編 MINAMI☆天気予報がはずれたら 前編

はい、またお会いしました。

ワタクシ、嘘を申し上げてしまいました。
次は最終回と言いながら、またまた番外編ヤってしまいました。

……いや、元々そういう意図ではなかったって言うか、成り行きと言うか、前回の引きがそういう感じだったもので……。

悪気はないんです!
ほんの出来心なんですっ!

というわけで、ほんの短い間ではございますが、相模さんの番外編にお付き合いいただければ幸いです。

これ以降、折本さんとか三浦さんの番外編とかありませんのでファンの方には悪しからずご了承くださいませ。


 オッス、オラ、相模南! 因縁の相手、比企谷八幡とマリンピアへやってきたぞ!

 これからの展開にオラ、わくわくすっぞっ!!

 

 ……って、突然降ってわいたような比企谷とのデートに相当テンパってるうち。

 

 いや、デートじゃないっつーの!

 

 そんな自分自身へのおかしなツッコミを入れるくらい訳わかんないのよ。

 生憎の、なのか、幸いに、なのかわかんないけど、今日は雨。

 今は互いに傘をさしててお互いに距離があるし、雨音にも遮られてるから会話が無いことは別に気にならないんだけど、このあと何を話したらいいか全然考えがまとまらない。

 

 うちだって分かってんのよ。やらなきゃいけないことくらい。

 

 まずは謝る。

 文化祭でうちがしたこと、その後に悪評を流したこと。

 それから感謝を伝えること。

 そりゃ、コイツがうちを助けんがために屋上であんなことしたなんて思ってないよ?

 だけど、うちは救われた。他ならぬコイツに。そうじゃなきゃ文化祭のあと、周りから責められてたのはうちだもん。

 それに体育祭でもずいぶん助けてもらったし。相互確証破壊とか、言うことと考えることはサイテーだったけどね。

 それとさ……。

 

 とは言え、いくら成り行きって言っても、展開、急すぎない?

 うちだって心の準備が欲しいっつーの!

 まあ、誘ったのうちなんだけど……。

 

 とりあえず今日、可愛い下着でよかった……。

 

 って、こいつとそんな関係になるなんてありえないからね!?

 ほっ、ほら、あれよ!

 うちがこいつに弱みを握られてるのをいいことに襲われるかもじゃん?

 そんな時にイケてない下着とかだったら恥ずかしいじゃん?

 慰みものにされた上に笑いものってもう生きていけないレベルよ。

 

 それはさておきっ、とにかくうちって流されやすいからさ。

 文化祭も葉山くんに推されたからって実行委員なんて引き受けちゃうし。

 そりゃあ、委員長になったのだって自尊心だけじゃないのよ?

 やっぱりうち自身が変わりたい、なんか変えたいって思ってたし、文化祭だってやるならちゃんとやりたいと思ったから平塚先生に相談したら奉仕部?とか紹介されて、サポートをお願いしたんだよ?

 でもね、やる気を出してみたのはいいけど、やっぱ雪ノ下さんと比較されたらやっぱうちってザコじゃん?

 自分で言うのもなんか悲しくなるけどもさ。

 みんなが雪ノ下さん雪ノ下さんって言うもんだから実行委員会の中にうちの居場所なんてなくなっちゃって、陽乃さんが来たタイミングでクラスに逃げちゃったのよね。

 雪ノ下さんがそんなに優秀だって言うなら全部雪ノ下さんがやればいいじゃん、って。

 

 でもね、一緒に防衛軍の活動して分かったことがあるの。

 彼女は彼女なりに不器用だってこと。

 あの時だってうちは雪ノ下さんに委員長のサポートをお願いしたつもりだったんだけど、不器用な分どうしていいか分からなくて、自分で回すことしかできなかったのよ。

 やっぱり知ろうと思わないと分からないことってあるんだね。

 

 そしてコイツ。

 

 奉仕部に相談しに行ったらいたのがコイツよ。

 陰キャだし何考えてるかわからないし目つきだけ見たら性犯罪者だし?

 葉山くんの推薦じゃなかったらコイツと実行委員なんてまっぴらごめんだったわ。

 スローガン決めの時だってとんでもないスローガンぶち上げちゃってくれるし。

 なんなのよ!『人~よく見たら片方楽してる文化祭~』って!!

 ふざけるにもほどがあるってのよ!

 

 まっ、まあ、アレはうちにスマッシュヒットしたんだけどさ……。

 

 最後、うちが屋上に逃げた時に真っ先に現れたのがコイツって、運命の神様はうちをどんだけがっかりさせるのって思ったね。

 その上、ずけずけとうちの一番痛いところついてくるし。

 でも……コイツが一番うちのことを知ってたんだ……。

 

 うちの居場所、うちのこと……。

 

 だけど腹立たしいのはさ、コイツ、うちのことなんて何とも思ってないんだよね。

 ちっ、違うよ? 別にコイツに好かれたいとかじゃないよ?

 だって、うちって自分で言うのもなんだけど結構イケてる方だと思うんよ?

 少しくらいはときめいてくれたって罰は当たらなくない?

 そりゃさ、雪ノ下さんとか結衣ちゃんと毎日のように一緒るから、うちなんてザコにしか見えないかもしれないけどさ……。

 それでもうちだって結構みんなからカワイイとか言われるんだから、少しぐらい襲おうって気になられてもよくない?

 

 えっ、コイツに……襲われる……。

 

「おい……おい……」

 

 やっぱりいくらこんなひょろっとした奴でも男の子だし、強引に迫られたら抵抗なんてしても……。

 

「おい、相模!」

 

「ひゃい!? やめて!お願い、乱暴にしないで!優しくして……」

 

「おいバカやめろ! こんな人前で何言ってんだよ‼︎」

 

 んんっ?

 

 気づけばいつの間にかマリンピアの前に立っていて、周りの人からは奇異な目で見られていた。

 うちは、顔がかぁっと熱くなるのを感じて俯き加減に慌てて傘を閉じる。

 

「ほら、比企谷行くよっ!」

 顔を伏せたまま比企谷の手を引っ張って建物の中に入る。

 さすがにこんな感じで1階の店には入りづらいから、そのままずんずんとエスカレーターに乗って上の階を目指した。

 

「あの……相模さん?」

 エスカレーターの途中で比企谷から声がかかる。

 

「何よ!」

「いや、そろそろ手を離してもらえないかと……」

 

 え!? なんかうちら手を繋いじゃってる!?

 

「ちょっと!あんたなにうちの手を握ってんの!いいかげんキモいんだけど」

「いや、手、握ってんのお前……」

「うっさい!!」

「なにその理不尽……」

 分かってるっての! 手を握ったのはうち! 悪いのはうち!

 それに何よ! いくらテンパってたからって、なんでよりにもよって恋人繋ぎなんてしちゃってるの!?

 

「で、離さないのかよ……」

「こんなエスカレーターの途中で離したら危ないでしょ! そんなことも分かんないの?」

「ええ……」

 

 結局、4階にあるパスタのお店に入るまで手は繋がれたままでした。

 


 

「……」

「……」

 ど、どうしよう。

 やっぱり何話していいか分かんないよー(汗)

 

「ちょっと! あんた男なんだからさー、いいかげんなんとかしなさいよ」

「いや、お前、俺に何期待してんの、っつーか、何をどうすればいいんだよ」

「それを考えるのがあんたの仕事でしょ」

「おい、ボッチの非モテ男子にゃ無理ゲーすぎんだろ……」

 ちょっとコイツ何言ったんのよ。もうボッチでも非モテでもないくせにさ。刺されたいの?

 

「ってかさー、結局パスタ食べんならあんたのバイト先でもよかったんじゃないの?」

「バッカお前、ウチの店なんて行ったら、メシ食うどころか仕事でもないのにパフェとか作らされんだぞ。店長の」

「バカとは何よ、バカとは! それに店に行きたくないのだって……」

 他の女の子といるところをあの腐女子に見せたくないんでしょ、と言いかけた言葉をぐっと飲み込む。

 以前のうちなら、コイツが嫌がるならなおさら店に引っ張っていったと思うけど、今回はこいつに謝るのが目的で、とは言え同級生が見ている前でコイツに謝るのは癪だし、それに、もしこいつと腐女子がそこでイチャイチャなんかしてたらうちの方が心折れそうじゃん……。

 

「まあいいわ。でさ、あんたに言いたいことがあって……」

「サラダセットにドリンクバー付いてるんだったよな?俺が取ってくるから何がいい?」

「え、あ、うん……うち、オレンジジュースで……」

「おう。じゃあ待ってろ」

 そう言って、席を立って行っちゃったよ。

 なんでこんな時に気を利かせちゃってんのよ! せっかくうちが話し始めようとした時に、もう!

 

 ホントムカつく!

 

「ほれ」

 比企谷が戻ってきてうちの前にオレンジジュースとストローを置く。

 うちは黙ってそれを見つめる。

 どうも、くらい言ったらいいのに、どうしてもその一言が出てこない。

 

 こんなんでこいつに謝れるの?

 ありがとうって言える?

 

 そんなうちの気持ちも知らないで、こいつは目の前の席にドッカと座ったと思ったら、アイスコーヒーにこれでもかこれでもかと言わんばかりにプチプチとガムシロを入れていく。

 ちょっとあんた、さすがにそれは入れすぎでしょ?

 そんな入れて、将来糖尿病とかになっちゃうんじゃないの?

 べ、別にうちがあんたの将来を心配したって仕方ないんだけどねっ。

 

「飲まないのか? 氷溶けて薄くなんぞ」

「あんたに言われなくったって飲むわよ!」

 うちはストローでガチャガチャ氷をかき回し、それを咥えてジュースを喉に流し込む。

 こいつもほとんどガムシロの味しかしないであろうコーヒーのグラスに口をつけた後、

 

「で、今日は何の用だ? 何か言いたいことでもあるんじゃねえのか」

 と言った。

 やっぱりこいつはうちのことなんてまるっとお見通しなんだ。

 

「ん……」

 うちはストローから口を離して少しだけ逡巡し、ようやくと言った体で重い口をひらく。

 

「あ、あのさ……」

 

 だけど、うちの決心はまたもやくじかれることになる。

 

「あれれー、南ちゃんじゃん!」

「さがみん久しぶりー!」

「ゆっこ……遥……」

 

 そこにいたのはうちと仲が良かったゆっこと遥。

 去年の体育祭実行委員会で仲違いするまでは……。

 そのとき、比企谷のことをジロジロと見廻し、ふっと笑みを浮かべたゆっこの表情をうちは見逃さなかった。

 

「あ、そうなんだー! 一緒に来てるんだねー。あたしたちなんて女ふたり飯だよー。いいなー、青春したいなー」

 この顔は、花火大会の時のうちだ……比企谷と結衣ちゃんに声をかけたうちの顔だ。

 うちって、こんな醜い顔してたんだ……。

 

「何そのテレ東深夜のグルメ番組で使われそうな言い方……」

 そう返しながらちらっと見た比企谷は、いつも以上に何かを諦めたような目で、ふーっとため息をつき、おもむろに口を開いた。

 

「あーあ、お前の秘密を黙っておく代わりにお前のこと好きにしていいっていうからその前に飯くらいはおごってやろうと思ったのによー、怖気づいて友だち呼んでうやむやにしようとしてんだな。あーあ、がっかりだ。お前なんか身体しか取り柄が無いっていうのによ」

 

 なっ……!?

 

「ちょっと! 南ちゃん脅していやらしいことしようとしてたってわけ?」

 

 えっ、ちがっ……。

 

「ほんとサイテーね! さがみん、こんなやつの言うことなんて聞く必要ないよ。あんたなんか二度と学校に来れないようにしてやるからっ」

 

 いやっ、そうじゃ……。

 

「相模、俺の言うとおりできないなら、このままそこのオトモダチとどっかに行って……」

 

「……うるさい」

 うちは低い声で比企谷の言葉を遮る。

 

「うるさいうるさいうるさいっ!」

 

「お前、あのな……」

「あんたは黙って。うるさいうるさい! だいたいいつもいつも何様のつもりなの?」

 うちは比企谷をキッと睨みつける。

 

「そんな嘘ついてうちが喜ぶと思った? 自分を傷つけてうちを救って、それで満足?』

「な、そんなことあるわけ……」

「あるでしょ? あるよね? そんなことしてあんた、自分がどうなるか分かってんの? 文化祭のあと、どんな目にあったか覚えてないの?」

 そうよ、うちはよく覚えているわよ。あんたが周りから責められてどんな酷い目にあったかを。

 

「ゆっこ、遥、こいつはね、あんたらが思ってるようなやつじゃない。あんたらが侮っていいような男じゃないの」

「なっ、何よ、その言い方! あたしらはあんたのことを心配して言ったんじゃない!」

「そうそう、そもそもこいつを一番馬鹿にしてたのはあんたでしょ!」

「ま、まあもどっちも少し落ち着いて……」

「そっ、そんなことうちが一番良く分かってるわよ!」

 なだめようとする比企谷を遮って、うちはさらに声を荒らげた。

 そう、文化祭のあと、こいつが辛い目にあったのはうちのせい。そうなるように仕向けたのは、こいつの悪評を流したのは、うちなんだから……。

 

「だから……うちは反省してるって……こいつに謝ろうって……うちの思いを伝えようって……」

 そして、そこで言葉に詰まる。

 

「相模……お前……」

 

「えっ……」

 目の前にいる比企谷の姿が滲んでいる。

 気付けばうちの瞳は涙で溢れていた。

 

「あ、あれ? うち、なんで……」

「さがみん、やっぱりこいつに脅されて……」

 

「そんなわけないじゃない! もしこいつがうちの身体が欲しいっていうなら脅したりなんかしなくったっていつでも……」

 

「みっ、南ちゃん!?」

「さがみん?」

「相模!?」

 

 ゆっこと遥、そして比企谷までが金魚のように口をパクパクさせなかせら辛うじてうちの名前を呼ぶ。

 

 えっ、何? 何が起こった?

 

 うちは、今、自分が言った言葉を思い返す。

 こいつがうちの身体が欲しいっていうなら……えっ?

 

 あ、ああああ、あぁぁぁ!

 

 いろんなことをすっとばして、あいつに抱かれてもいいって言っちゃってる!?

 気がつけばうちはマリンピアの中を駆けていた。

 さすがに居た堪れなくなってまた逃げちゃったよ……。

 

 やっぱりうち、何も変わってない……。

 

 とにかくいったん熱くなった頭を冷やさなきゃと思い、うちは歩みを緩めながらそのま館内を進んでいった。

 


 

「ちょっと、何、アレ」

「なんか変なこと言ってたよね……」

 

「えっと、相模の友だち……だったかな」

「はっ、はい!?」

「もうすぐ料理が来るんだが、もしいま来たばっかりなら俺達の代わりに食べてもらえないか? 相模を追いかけなきゃだからよ。もちろんその分の代金は置いておくから」

「あんなのほっとけば?」

「いや、泣いてる女をほっといたら後で妹に怒られんだよ」

「何?、あんたシスコン? キモ」

「まあ、そういうことで。あ、デザートも頼んでいいから、あとよろしく」

「あ、ちょっと……」

「行っちゃったよ……」

「ねぇ、このお金……ちょっと多くない?」

「そんなにデザート食べられるかな?」

「そうじゃないでしょ! でも……」

「うちらも泣いたら追っかけてくれるのかなぁ……」

 

「なんかちょっといいな……」

「うん……」



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千葉最大の侵略〜花も嵐も踏み倒せ!番外編 MINAMI☆天気予報がはずれたら 中編

はい、またお会いしました。

中編、なんですけど話が進まないなあ……。
いつもの茶番屋台もあるんであと1話で終わるのか心配になってきました。
前回みたく数字振るんだった……。


かぽーん。

 

 いや、ビジネスホテルのユニットバスでそんな効果音しないけど!?

 

 てかなんでうち、裸で膝を抱えながらユニットバスの浴槽に浸かってんの?

 たしかにお風呂は裸で入るものけどそうじゃないの、そういうことじゃないのよ!

 なんかあれよあれよという間に比企谷にマリンピアのすぐそばのビジネスホテルのダブルベッドの部屋に連れ込まれてお風呂に放り込まれて今に至るってことなんだけど。

 

 え? 何この状況。

 

 コレってアレだよね? うちの妄想じゃなくて比企谷に襲われるんだよね?

 

 ええ!?

 

 うち、ここで比企谷に初めてを?

 

 ちょっと! お前みたいなのが初めてなわけないって言ってるの誰?

 先生怒らないから正直に名乗り出なさい、って絶対怒るやつよね。

 うちは子供の頃、アレで大人の汚さを知ったわ。

 

 それにしてもちょっと失礼じゃない?

 そりゃさ、そういう機会が全くなかったわけじゃないよ?

 これでもうち、イケてるほうじゃん?

 あれは1年の秋だったかな?

 結衣ちゃんはいなかったけど、ゆっこと遥と3人で歩いてたら、やっぱり相手も3人組の年上の男にナンパされてカラオケに行ったんだけど。

 いつの間にかそのうちのひとりと2人きりにさせられて。

 気づいたら明かりを落とされて隣に座ったそいつがカラダを触ってきてうちの服を脱がそうとすんの。

 いくらなんでも初めてがそんなムードもへったくれもないのって嫌じゃん?

 それでも相手が葉山くんとかだったらその気になったかもしれないけどさ、さすがに全然知らない男とかないわー。

 だから、ちょっ、ちょっとトイレって部屋を出て行こうとしたんだよね。

 そしたらさ、そいつなんて言ったと思う?

 

 えー、ここですればいいじゃん、って。

 

 無理、絶対無理!

 

 ひきつった笑みを浮かべながらそれはちょっと……って部屋を出ようとしたら、なんで荷物まで持っていくんだってめざとく見てんのよ。

 女の子には身だしなみとかあるからって言ったんだけどそれでも置いてけばいいじゃんってしつこいから、相手のズボンとパンツ下ろして、荷物引っつかんで逃げちゃった。

 

 どうよ、うちのヘタレぶり。

 逃げることならうちの右に出るものはいないって言っても過言じゃなくない?(過言です)

 あとでゆっこと遥に聞いたら、残りの二人もうち狙いだったみたいでさ、別の部屋にいてうちとそいつとのことが終わったら順番にうちらの部屋に来て襲う予定だって言っててドン引きしたって。

 

 おい、だったら助けなさいよ!

 

 やっぱり女の友情は0.01ミリより薄いって本当だったわ。

 もちろんこれ、うちオリジナルな考えだけど何か?

 

 ま、まあ、そんなこんなで逃げ女として定評のあるうちだけど、比企谷にはなぜか捕まっちゃうのよね。

 

 文化祭の時だって、今日だって……。

 


 

「はぁはぁ、はぁっ、やっと見つけた。お前、こんなとこで何してんだよ」

 うちはあの時のように屋上のフェンスに寄りかかり、誰か……いや、今日に限っていえば、こいつが来るのを待ってたんだ。

 

「あんたなら見つけてくれると思ってさ」

 だから……うちはこの場所で……。

 

「相模の考えを読んで相模を探せゲームのことか?」

 比企谷が傘を差しかけながらそんなことを言った。

 そっか、これはうちと比企谷のゲーム……。

 

「お前さあ、見つけて欲しいならもっと素直に本館の屋上にいろよ……いくら棟続きとはいえなんで附属する立体駐車場の、しかも建て増しした一番奥の建物の屋上なんかにいるんだよ」

「だって仕方ないじゃない! レストランフロアからまっすぐ走ってたらいつの間にか立体駐車場にいて、うちだってよくわからないうちにここに着いちゃったんだから」

「おかげでこっちは本館から順に屋上巡りすることになったんだからな。もしここにいなきゃ専門館の屋上まで行くとこだったわ」

「うちが屋上にいることは疑わなかったんだ……」

「まあ、ある意味、俺たちの因縁の場所だしな……」

「そっか……そうだね……じゃあ、やっぱりこのゲーム、あんたの勝ちよ。賞品は、うちでいいかな……くしゅん!」

「なにバカなこと言ってるんだよ。こんな探しにくい屋外で傘も持たずにいるから、びしょ濡れになっちまってるじゃねえか」

「そうだよ。うちがこんなに濡れちゃったのはあんたのせいだかんね。だから、責任とってよ」

「たしかにこんなびしょびしょじゃ電車やバス、タクシーすら乗れないだろうしな……ちょっと待て」

 そう言って少し離れたとこでどこかに電話をしだした比企谷。

 

 えっ、ええ? うちをこんだけビショビショに濡らしちゃった責任とってくれるの?

 

「ほれ、行くぞ」

「ちょ、ちょっと!?」

 急に比企谷に手首を掴まれて強引に引っ張られて……。

 


 

 かぽーん。

 

 だからかぽーんは無いって!

 

 責任……とってくれるってやっぱりそういうことだよね?

 なんか急だったけど、身体だってちゃんと洗ったし。

 そろそろ覚悟を決めないと、うん。

 

 コンコン

 

「ひゃい!?」

 

「相模、俺だ。入るぞ」

「比企谷!?」

 ドアの外から聞こえる比企谷の声。

 

 やっぱまだムリムリムリ!

 慌ててシャワーカーテンをピッタリと閉めてバスタブに閉じこもる。

 そんな急に入ってこられたって、まだ心の準備ができてないっつーの!

 

「な、何?」

「ああ、お前の服……これか。ちょっと預かっていくからな」

「ちょ、ちょっと待って!」

 とは言っものの、ヘタレなうちがシャワーカーテンを開けて出て行けるわけもなく……。

 再びガチャリと音がした後、そっとシャワーカーテンを開けて覗き見ると、洗面台の上に脱ぎ散らかした服が跡形もなく無くなっていた。

 

 えっ、下着も……?

 

 Arghhhhhhhhhh!!!!!!!!!!!

 

 とりあえず今日、可愛い下着でよかった……。

 

 ってそうじゃないよ!

 え、え?どういうこと!?

 

 うちが逃げ出さないように?

 そんなことしなくたってもう……。

 いやいや、やっぱうちヘタレだし?

 このくらいしないと逃げ出すって知られてる?

 そうだよ。さっきだってあいつはうちを見つけてくれたし、うちのことを誰よりも知ってる……。

 でも下着……びしょびしょで濡れ濡れのうちの下着を持っていくって……(雨で濡れているだけです)

 

 はっ! うちの下着で何をしようとしてるの!?

 

 今、出て行ったらアイツ、ベッドの上で……。

 

 ど、どうしよう……。

 そりゃ一度、弟の部屋のドアをいきなり開けた時に弟が一人でシてるの見たことあるけど。

 でもさ、ここに裸の女がいるのに下着でゴニョゴニョとかって、ひょっとしてアイツ変態?

 

 バスタブの縁に手をかけて立ち上がり、シャワーカーテンを全部開ける。

 そして洗面台の上の鏡に映った自分の姿を見る。

 

 うち……綺麗かな?

 

 結衣ちゃんほどおっきくはないけど形はいいと思うし、腰のくびれとかプロポーションも悪くないと思うんだけど……。

 

 うん、大丈夫!

 

 ようやく決意が固まりバスルームから出ていこうとして、便座の上に何か置いてあるのに気がついた。

 

 バスタオルとナイトガウン、そしてカップ付きキャミソールとパンツ……?

 比企谷が用意してくれたの?

 これ、コンビニのブランド……いつの間にか買いに行ってくれたんだ……。

 

 バスタオルで身体を拭いてナイトガウンを身にまとい、出ていこうとノブに手をかけた時、もう一度鏡を見て気がついた。

 

 今のうち、どすっぴんじゃん!

 

 どうしよう……うち、すっぴんだと少し幼く見えちゃうんだよね……。

 ひどい顔とかじゃないけど、可愛くないわけじゃないけど……。

 こんな顔であいつの前に出てっていいのかな?

 こんな顔であいつと……。

 

 と言っていつまでも籠ってもいられないから、うつむき加減でそーっとユニットバスを出る。

 


 

「あのさ、比企谷……」

 とにかくまず声をかけてみたけれど、ベッドの上は綺麗なまま、部屋の中には誰もいなかった……。

 

「比企谷、比企谷あーっ!」

 

 うちの声は無人の部屋に吸い込まれていく。

 

 どうして? なんで?

 あいつがうちをここに連れ込んだのに……。

 ようやく心を決めて出てきたのに、なんで?

 どうして、うちを、ひとりにするの……。

 やだ、うち、また泣いてんじゃん……。

 

 ガチャ。

 

 突然、部屋の扉が開く音が聞こえてきて、急いで音のした方へ振り向く。

 

「比企谷?」

 

「ん、相模、大丈夫か?」

「あんた、どこ行ってたのよ! うちを、置い……て……」

 座っていたベッドから立ち上がったうちは、ゆっくりと部屋の中へ歩みを進めた比企谷に飛びかからんばかりに駆け寄り、襟首を掴んでありったけの気持ちをぶつける。

 そうしたら、またポロポロと涙が溢れ出てきた。

 

「おっ、おおう……」

 うちの涙に分かりやすく動揺していた比企谷だけど、

 

「とにかく落ち着け、な」

 そう言ってうちの背中をゆっくりと、何度も優しくさすってくれたんだ。

 


 

「で、どこ行ってたのよ?」

 なんとか落ち着きを取り戻したうちは、ベッドの端に並んで座っている。

 こいつはまだうちの背中に手を当てたままだ。うちはこの温もりが消えるのが惜しくてそのことについては何も言わなかった。

 

「あ、ああ、お前の服を……」

「そう! うちの服! あれどうしたのよ!!」

「それは……」

「その……下着も……見たんだよね? 触ったよね? その……どう……思った?」

「ま、まあ、俺んち、両親とも忙しくて家事も妹と分担しててな、俺が妹の下着を洗濯することもあるから女ものの下着くらいは別に……」

「違うじゃん!」

「うぇっ!?」

「違うじゃん! うち、妹じゃないじゃん! なんでうちの下着に興味持たないの!!」

「だってよ、俺が女子の下着に興味持つとか単にキモいだけだろ? もしそんな素振りでも見せようもんならまた学校で言いふらされたり……」

「そりゃ、今までのうちならそう思われるのも仕方ないけど……でも……でも……」

 あ、あれ? なんでまた涙……。

 

「いや、す、すまん! 悪かった、俺が悪かったから泣くのはやめてくれ、な」

 うちの涙に比企谷はまたオロオロしている。

 

「それはそうと相模さん?」

「何よ……ぐすっ」

「あの……先ほどから、その、ナイトガウンが少々はだけてきてて……中が……えっと、俺の買ってきたキャミソールは……?」

「だって着ていいなんて言われてないし」

「は? じゃあ、下も……」

「当然履いてないわよ」

「いや何でだよ! あんな分かりやすいところに置いてあるんだから普通分かるだろ!」

「え? どうせ脱ぐんだし……」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

「なんで脱ぐことが前提なんだよ!」

「だってあんた、うちを襲うんでしょ? もう覚悟はできてるけど、うち初めてなんだからやさしくしてね……」

 

「えっ!?」

 

「えっ!?」

 

「……」

 

「……」

 

「ちょっと、あんたもうちが初めてなわけないとか思ってんの!?」

「ちっ、ちがっ……」

「違わないでしょ! あんただってどうせ……」

 悔しい……。

 こいつにそう思われたことよりも、そう思われるような自分が悔しい……。

 

「そうじゃなくて、どうして俺が襲うことになってるんだって言ってんの!」

 あ、そっちか……なんか少しだけ、ホッとしたような……。

 

「だって、あんた、女の子をホテルに連れ込んで先にシャワー浴びさせて……そしたらあとはやることなんてひとつでしょ?」

「おい、待て待て! どうしてそうなる!」

「えっ? だって……」

 こいつはうちを憎んでて、結衣ちゃんのように大事にする必要ないし、欲望のままうちを求めたっておかしくない。

 そして負い目のあるうちはそれに従うほかない。

 

「言っとくがな、俺はお前をどうこうする気はねえぞ?」

 

「へっ?」

 

「だから何もしないっての」

 

「どうしてよ……」

 

「相模?」

 

「どうして何もしないのよ!」

 

「ちょ、ちょっと待て! それじゃまるで俺に襲われたいように聞こえるが……」

 

「そうよ……」

 

「はっ?」

 

「だから、あんたに襲われたいって言ってんの!」

 

「はっ、はあああ?」

 

「なのにどうして襲わないの? こんなところに連れ込んどいてそれはないんじゃない? それともいざとなったらヘタレた? うちみたいに」

「ちょっと相模さん、いったん落ち着こうか」

「そんな葉山くんが言いそうな薄っぺらいセリフ言ったってごまかされないからね!」

「お前の中の葉山の評価がそんなものだったとはビックリだわ。あのな、ここに連れてきたのは、はる……雪ノ下のねーちゃんの指示なんだよ」

 

「……陽乃さんの?」

「あ、ああ」

「それいったいどういうこと? なんでそこで陽乃さんが出てくんの?」

 

「お前、雨に打たれて全身ぐしょ濡れだっただろ? あれじゃバスや電車、タクシーとかの公共交通機関じゃ帰れないからな。 それで雪ノ下家の車を出してもらおうと思ったんだが……ちょうど出払ってたみたいで、それならとこの部屋を押さえてくれたんだ。考えてみろ、高校生がこんな部屋取れるわけないだろ」

 考えてみれば制服を着た高校生だけでチェックインなんかできないよね……そっか……陽乃さんが……。

 

「でも、でもさ、うちの着てるもの持っていってうちがここから逃げられないようにしたじゃん。それって……」

「それはだな、服を濡れたままにしといたんじゃどうにもならんから、ランドリーで洗濯してるんだよ」

「下着……も?」

「ああ、元々の貸出品にはなかったが、聞いてみたら業務用で使ってる洗濯ネットを貸してもらえたから心配はいらん」

「それはありがとうだけど、そうじゃないのよ!」

「は? 感謝したり怒ったり、いったいなんなんだよ……」

 はあ? 全部うちの勘違い? それってバカみたいじゃん、うち。

 

 いや違う。すべてが勘違いなわけじゃない。だって……。

 

 ドンドンドン!

 えっ、何? 誰かがドアを叩いてる?

 

「おーい。比企谷! お前がここにいるのは分かってるんだ。おとなしく出てきて私のパフェを作れ」

 

「て、店長!?」

 

「店長ってバイト先の?」

「ああ、今出ていったら絶対に面倒なことになる。ここは居留守でやり過ごすぞ」

 さらにドンドンと扉が打ちつけられる中、うちは小さくうなずいてベッドに座ったまま比企谷とともに息を殺して嵐が過ぎ去るのを待つ。

 

「比企谷~いい加減出てこい! そっちが出てこないというならこの扉を釘バットで破壊して引きずり出してでも……」

「わぁー、分かりました! 出ます、今出ますから!!」

 

「あ……」

 慌てて立ち上がり、バタバタと入り口に向かう比企谷。

 

 いや、そもそも釘バットって何?

 あいつのバイト先ってそんなにヤバいとこなの?

 そんなことを思っていたら、比企谷がドアロックをかけたままわずかに扉を開く。

 するとすぐに二人の話す声が聞こえてきた。

 

「俺、今日はシフト入ってないですし、たしか川崎がいますよね? あいつに作ってもらってください」

「川崎? あいつはダメだ。私が作れと言ったら食べすぎだから出せませんと言いやがった。あいつは私の母ちゃんかっての」

「それは分かりますが……」

「だからお前、店に来てパフェを作るんだ」

「しかし……」

「四の五の言うなら力づくで連れていくぞ。お前がここに入るのを見つけた舎弟もそぱに待機させてる。とにかくドアを開けろ。でないと……」

「わっ、分かりました! 行きます! 行きますから乱暴は……」

 

 えっ、比企谷が行っちゃう?

 

 やだ! 行っちゃやだ!!

 ずっと勘違いばかりだったけど、ひとつだけ、これだけは勘違いじゃないって間違いなく言える。

 うちのあいつへの想い……。

 それを伝える資格があるかどうかはわからないけど、だからといって無かったことになんかできない。

 

 気づいたら、うちは立ち上がって入り口の方へ向かっていた。

 

 ドアロックを外し、内側へドアを引いて外へ出ていこうとする比企谷の袖を引いて訴えた。

 

「やだよう、比企谷……置いていかないでよう……」

 今日何度目か分からない涙がまた溢れてくる。

 

「うちを独りにしないで……うちをこんなにした責任とって……」

 

「さっ相模!?」

 

「あー、比企谷、どうも取り込み中のようだな。すまん、悪かった。パフェはまた今度でいいから。ごゆっくり」

 店長さんはなにやら慌てた様子でドアを閉めて去っていった。

 

「帰っちゃった、ね」

「それはいいから、お前は服を着ろ~~~~~!」

 

「えっ!?」

 

 気づけば、途中でナイトガウンが脱げて、いつの間にかうちは全裸になっていた。

 

「きゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」



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千葉最大の侵略〜花も嵐も踏み倒せ!番外編 MINAMI☆天気予報がはずれたら 後編

はい、またお会いしました。
後編です……が、いつもの茶番屋台入れちゃうと1万字超えちゃうので(予想通り)続いてしまいました。
被害者の方々には心よりお詫び申し上げます。


「お前の服だって洗濯してるしパフェ作ったらまた戻ってくるんだから、そんなに慌てることはないだろ」

 

 再びナイトガウンを羽織ってベッドに座るうちと比企谷。

 うちは、ガウンの襟の部分をキュッと閉めて俯き加減でいた。

 

「だって……戻ってこないかも……しれないじゃない……」

「そんなこと……」

「うち……もう独りは嫌なの……文化祭の時だって、あんたが来てくんなきゃあの屋上でずっと独りだった」

「そんなことねえだろ? 遅かれ早かれ葉山が見つけてたはずだしな」

「ううん、あんたが見つけてくれたから、うちは葉山くんたちと行けたんだよ。だってとっくに閉会式の時間を過ぎてたんだから、怖くて体育館なんかに戻れるわけないじゃない」

 そう、あんたの「演技」がなきゃうちは葉山くんについて行くことすらできなかった。

 

「体育祭の後、ゆっこと遙とも疎遠になって……そりゃ普通に話す友達はいたかもだけど、うちはずっと独りだった」

「それでも今は雪ノ下や由比ヶ浜と一緒にいるだろ? あいつらだって今のお前ならそんなに邪険にはしないと思うぞ」

「……あの二人は……だめ」

「なんでダメなんだよ。もしお前が何か疎外感を感じるようなことがあれば俺から何か言ってやっても……」

「ふふっ、あんたは優しいね。でもさ、あの二人の問題じゃないの。うちにその資格がないだけなんだよね」

 そう、うちには二人に隠してることがある。

 それをそのままにして仲良くなんてなれないんだ……。

 

「それってアレか? お前が陽乃さんのスパイだってことか?」

 

 え?

 

「なんであんたがそれを!?」

「……やっぱりな」

 え?え?どういうこと?

 

「確証はなかったんだがな……ずっと引っかかってたんだよ」

「……何が?」

「まずはお前が防衛軍に入ったってことだな。雪ノ下との関係を考えたらありえないからな」

「い、いや、あれは理念に賛同して……」

「それと、バレンタインデーのイベント。俺のコミュニティーセンターでの行動が海浜公園にいた電柱組メンバーに筒抜けだったこと。その時は、誰が伝えてるかは分からなかったが」

「じゃ、じゃあ……」

「そして昨日だ。千葉市内ならまだしも秋葉原で、しかもあんなシチュエーションで偶然その場に居合わせるなんていくらなんでもできすぎだ」

「それは……」

「決定的だったのは、俺がさっき『雪ノ下のねーちゃん』って言ったのに、お前、『陽乃さん』って返しただろ?あの文化祭でも『雪ノ下さんのお姉さん』と呼んでたお前が、だ。そんで、お前と陽乃さんの関係を考えてみたら、あり得る選択肢としてお前が陽乃さんに使われてるって結論が出たわけだ」

「そっか……じゃあ分かるでしょ? うちが雪ノ下さんたちと仲良くできない理由……陽乃さんからは雪ノ下さんや結衣ちゃん、地球防衛軍の活動も監視するように言われてんの。そんな秘密を持つうちが二人と仲良くするなんて……」

「いいだろ、別に」

 

「は? あんた何言ってんの?」

 ほんと意味分かんない。うちにそんな資格あるわけ……。

 

「秘密なんてのはな、誰にだってあるんだよ。由比ヶ浜だってお前が見てなかったら昨日のことは誰にも知られなかっただろうし、雪ノ下も……ここだけの話、アイツ最近胸のパッドを……」

 

 

 

「ゆきのんどうしたの? 急に胸の辺りを押さえて震え出して」

「いえ、何か胸の辺りに不愉快な感覚が……早く比企谷君を見つけてとっちめてやらないと」

「今日日そんな言葉聞かないけどね!?」

 

 

 

「あんたなんでそんなこと知ってんのよ!? さすがにそれはちょっとキモいんだけど」

 女子の胸パッド事情に詳しいとか、うちでなくてもドン引きだよ……。

 

「陽乃さんから聞いた」

 あの姉、いったい何やってんのよ! しかもそれを妹の同級生の男子に話すとか、そっちの方がドン引きだったわ。

 

「まあ、そのくらいの諜報なんてお手のものなんだろ。だからな、あの人が本気でお前に防衛軍の情報を探らせる必要なんて本来はありえないんだよ」

「はぁ? じゃあなんで……」

「さあな、あの人の考えることなんて俺に分からるわけないだろ。ただ、雪ノ下の友だちが由比ヶ浜だけじゃ共依存になりかねないから、異分子であるお前をあの中に入れたとか、あるいは文化祭でちょっかいかけた罪滅ぼしにお前に居場所を作ってやろうとしたとか……」

「え、それ本当?」

「分からんって言っただろ? 関西の人間なら知らんけどって言葉じりにつけるレベル」

 何よ! 無責任なこと言っちゃって。でも、本当にそうなのかな……。

 

「だからさ、そんな不確かなことはカッコに入れてどっかへ置いといて、今はお前がしたいことを考えて行動すればいいんだよ。結局、お前はあの二人と仲良くしたいの?したくないの?」

「したい!したいよ!! 」

 そんなの分かりきってる。したくないわけがない。

 

「結衣ちゃんは元々友だちだったし、雪ノ下さんだってうちが文化祭であんな酷いことしたのに体育祭も手伝ってくれて、防衛軍に入っても色々と気にかけてくれて、美味しい紅茶を淹れてくれて……だけど……だけど!」

「だったら仲良くすりゃいいんだよ。 お前がそう思うなら、あの二人は拒んだりしない。俺と違って、本気の人間には正面から向き合えることのできる奴らだからな。知らんけど」

「……あの二人をずいぶん信頼してるんだね」

 少しだけ二人に嫉妬しちゃうな。

 

「そりゃ、俺みたいなやつにもちゃんと向き合ってくれる二人だ。今のお前なら余裕なんじゃねえの」

 やっぱりこいつはうちのことをちゃんと見ててくれる。以前も、そして今も。

「……そっか。ありがとね。月曜日、ちゃんと二人と話してみる」

「ああ、それがいい」

 だから、うちは言わなければならないことがあるんだ。

 

「それでさ……比企谷」

「なんだ?」

「あの二人の前に、うち、あんたと仲良くしたい……」

「は? なんで?」

 いや、そこまで意外そうな顔されるとうち、地味に傷つくんだけど……。

 

「だって、あんた今ここにいるじゃん。雪ノ下さんとか結衣ちゃんの前にまずはあんたでしょ?」

「それは、そうかもしれんが……俺がお前と仲良くするとか違和感しかねえぞ」

「そんなの、あんたと仲良くなんて誰でも違和感しかないわよ」

「おい、それが仲良くしたいって言ってる相手にいうセリフか?」

「だって、あんたとあの……腐女子とか……違和感しかないじゃん……」

「そう、か……」

「そうだよ。だからさ……」

 だから、今こそ……。

 

「改めて言うね。比企谷……ほんとごめん……そしてありがとう……」

「なんか、素直な相模とか調子狂うな」

「ちょっと! それってどう言う意味よ!! でもさ、うちがあんたに酷いことをして、そしてうちがあんたに助けられたのも事実じゃん」

「そりゃそうかも知れんが……」

「だからうちが謝ってうちが感謝する、何も間違ってないでしょ?」

「間違ってはいない……な」

「こんなの今さらだし、あんたにとっては不快なだけかもしれないけどさ……それでも、このことをはっきりさせないままあんたと仲良くなんてできないと思ったのよ」

 そう、これはうちの自己満足。

 うちがうちを許すための儀式。

 

 欺瞞。

 

 こいつには全部お見通しなんだろうな。

 それでも、嘘でもいいから、こいつの赦すって言葉が欲しいんだ。

 でないと、うちは前に進めない。

 いつまでもこいつに囚われて、うちは、こいつを……諦められない……。

 

「相模……」

 続くこいつの言葉を、うちは小さく息を呑んで待つ。

 

「何言ってんだ、お前。バッカじゃねーの?」

「はあ!? あんたこそ何言ってんの?」

 

 だめだよ、比企谷。そんな答えじゃ……。

 

「だからさ、別にお前を助けようとしてやったわけじゃねーし、俺がお前を罵倒したのも事実だろ? だからお前から謝罪も感謝ももらう義理なんかねえよ」

「でも、それでも……」

「あー、もうこの話はやめだ、やめ。そんな謝罪とか無くたってお前が俺と仲良くしたいって言うなら……その……別に何が何でも仲良くできないって思ってるわけじゃねえよ?」

「なんで疑問形!?」

 回りくどい言い回ししながら頭をポリポリ掻いてるこいつ見てたら、なんか真剣に考えているのが馬鹿らしくなってきたわ。

 

「くっくっくっ、やっぱあんたは比企谷だわ」

「何だよそれ。俺は俺に決まってんだろ」

 そしてこいつは少し目線を外しながら、うちにこう言ったんだ。

 

「だからよ、お前もお前のままでいいんだよ。相模南は相模南、それでいいだろ?」

 ちょっと! こいつ、こんな顔してなんでこんなイケメンなこと言えんのよ!

 まったくどこかのレベルゼロかと思っちゃったわよ!!

 そっ、それゃよく見たらツラも悪いわけじゃないけどさ……どっちかって言えば目以外はイケメンの部類に入るんじゃないかなーって思うし、その目にしてもよく見たらなんかやさぐれ感がちょっと乙女心を刺激するっていうか……。

 

 やばい、なんか顔、熱くなってきた。

 いや、もうとっくに落ちてるんだけどさ。

 

「でも、それならこれからもあんたに嫌みったらしいこと言うかもしれないよ? またいざという時に逃げ出して迷惑かけるかもしれないんだよ?」

「お前の嫌みなんか雪ノ下の毒舌に比べたら屁でもねえよ。それにな、逃げちゃいけないなんて誰が決めたんだ? 俺なんかいつも逃げてばっかだぞ。まあ、平塚先生とか逃げ切れたことねえけどな」

「はあ!? だってあんた、あの時うちを屋上まで追っかけてきたじゃない! 逃げたうちを罵倒したじゃない!」

「そりゃすまなかった。けどな、別にお前が逃げたから罵倒したわけじゃないぞ。あの時は体育館に戻って欲しかったからな」

 

 そっか……そうだね。それでうちも救われたんだ……。

 

「逃げて……いいの?」

「ああ、逃げなきゃならないなら逃げていいんだ。自分が救われるならそれでいい」

「何よそれ……うちの時だって、あんたが一番救われてないじゃない……」

「俺はいいんだよ。そういうやり方しかできないんだから。それに分かってくれるやつは分かってくれるだろ? 今のお前みたいによ」

 も、もうーーーー! 陰キャのくせになんでそんなイケメンなセリフ言えんのよーーーー!!

 こいつの言葉に見悶えしながら立ち上がったうちは、ベッドに座ったままの比企谷の前に立つ。

 心臓の音がうるさすぎて次に言うべき言葉がうまく出てこない。

 はっきり言って怖いよ。すぐにこの場から逃げ出したいよ。

 でも、でも、今はダメ。怖くても言わなきゃいけないんだ。

 

 意を決して、ナイトガウンの紐を解き、重ねた前を開いてパサリと床に落とす。

 

「ちょ、おま、何を!」

 うちの全裸を前にうろたえる比企谷。ほんとはうちがうろたえたいんだけどっ!

 

「何よ、なんか文句ある?」

「文句じゃなくて、とにかく服を着ろ!」

「嫌よ。なんであんたに指図されなきゃならないの」

「ええーーー」

 こいつは不服気な声をあげながら顔を背けているけれど、チラチラ覗き見てるのはこっちからは丸わかりなんだからね!

 

「ちょっと……何か言うことはないの? そりゃ、結衣ちゃんのからだ見た後ならうちのなんかショボく見えるかもしれないけどさ……」

「そ、そんなことはないぞ! お前だって十分魅力的で……」

「み、魅力的って……」

 いつものうちなら、嫌味たらしい笑みを浮かべながら散々からかっていじり倒すところだけど、今fはうちももういっぱいいっぱいでそんな余裕ないからね?

 

「そう思うならさ……」

 次の言葉をだす前に、すうっーと大きく息を吸う。

 

「うっ、うちと付き合って! うちの、初めてをもらって‼︎」

 言い切った後は比企谷の顔をまともに見られなくてギュッと目を瞑り返事を待つ。

 その一瞬が永遠にも続くかと思われた刹那、人の気配を感じそっと瞼を開いた。

 

「ひき……がや……?」

 目の前に立った比企谷に抱きしめられる、と思った瞬間、床に落ちていたはずのナイトガウンがふわっと肩にかけられた。

 

「無理……すんな。お前震えてんじゃねえか」

「そんな、うち、震えてなんか……」

 そうは言ったけど、こいつに言われて初めて気づいた。うち、震えてた。怖かった。

 

「その……お前から告白されたこと、意外だったし、正直嬉しかった」

「なら……」

「でもな、すまん。お前の気持ちには応えられない……」

「ど、どうして……」

 そうは言ってみたけど答えは分かってた。

 

「俺は、もう……決めたから……」

 そうか……こいつ、あの腐女子のこと、そんなにも……。

 

「あーあ。あんた後悔するよ、うちを振ったこと。嘘でもうんと言っとけ場内のこの体を抱けたのに」

「そうかも知れねえな。失敗したかな」

 心にも思っていない癖にそんなこと言わないでよ……。

 

「うち、ちょっと疲れたから少し休むね」

 うちはベッドに入り、比企谷に背を向けて掛け布団にくるまる。

 

「あんた、うちを振ったんだからムラムラしたとしても襲わないでよ」

「善処する」

「……あと……ひとりは嫌だから……そこに……いてね」

「分かった……」

 これでいい、これで……。

 これでようやくこいつを忘れることができる。前に進むことができる……。

 

 その……はずなのに……どうして涙が溢れるの?

 どうしてこんなに胸が潰れそうなの?

 

「うぐっ、えぐっ……」

 枕に顔を押し付けて声を押し殺す。

 駄目だよ、比企谷に聞かれちゃうじゃん。

 そう思っても涙も泣き声も止められない。

 その時、布団越しに背中にそっと手が当てられていることを感じた。

 やめてよ。これ以上優しくしないで。

 そんな気持ちとはうらはらに、うちの心はすぅっーと落ち着いていった。

 

 比企谷……。

 


 

 う、うーん……。

 

 窓から差し込む光にうちは目を覚ます。

 あれ? 知らない天井……?

 ここ、どこ?

 寝ぼけ眼で回らない頭を何とか動かして昨日のことを思い出す。

 あ、比企谷っ!

 ガバッと身体を起こして振り向いてみたら、あいつは隣でスヤスヤという寝息を立てながら寝ていた。

 

 ……ずっと隣にいてくれたんだね。

 

 そっとその髪に触れる。

 目を瞑ったこいつは、ずいぶん可愛く見えた。

 疲れてたんだな。うちが散々振り回したんだもんね。

 

 ごめんね。

 

 男の子と一緒に一夜を明かしたなんてなんか不思議な気分。

 そう思ってゆっくりと比企谷の全身を見回すと……。

 

 ん?

 

 なんか一部分盛り上がってるところがあるんだけど……あれって……。

 好奇心からちょっとだけ制服のスラックスの前を開く。

 下着が露になるとますます膨らんでいるところがはっきりと分かる。

 もうここまで来たら止められないよね? ねっ?

 下着も少し下ろしてみると、ポロンと男の人の、その、アレがやっはろーした。

 家のお風呂場で間違って入ってきた弟のものは目にしたことはあるけれど、こんな状態になったのは見た事ないし……。

 比企谷は眠ったまま。

 いっそこのまま、これをうちの中に……。

 ううん、だめ。

 これ以上、こいつを傷つけることなんてできない。

 今までのうちとは違うんだ。

 それに……いざ、目の前にしてみるとやっぱりちょっと怖い。

 もしこいつとそういうことになるとしたら、やっぱり耳元でやさしい言葉とか囁かれながら……。

 やだ、うちっちば乙女!

 でもこいつだとなんかしっくりこないなー。

 それとも、怯えるうちの気持なんか顧みないで荒々しく一気に……。

 って、なんちゅう想像してんのよ、うち!

 んもう! おかげでうちのうちが大変なことになっちゃってるじゃん!!

 

 ……もう、いいかな?

 ……もう、いいよね?

 

 R-18タグ付いちゃうけど、仕方ないよね?

 比企谷が悪いんだよ?

 そんな無防備な顔で寝てるから。

 そんな無邪気な顔で寝てるから。 

 もし比企谷が傷つくなら、うちも一緒に傷つくから……。

 

 ごめんね。

 

 ほんと、ごめ……んっ!

 

 

 

「あ、比企谷、起きた?」

「ん……相模? 俺……どうして……」

 まだ寝ぼけて夢うつつって感じだね。

 

「何、比企谷、覚えてないの?」

「覚えてないのって、何のことだ?」

「ひどい……うち……初めてだったのに……」

「は!? 俺が、お前に???」

 うちの泣き真似に、焦った顔の飛び起きた比企谷が布団を跳ね上げ、うちの肢体が露になる。

 今度はうちが慌ててシーツを掴み、自分の身体に巻きつける。

 

「ちょっ、ちょっと! 比企谷、恥ずかしいから……それに、あんた、それ……」

 うちが顔を背けて指差す先を追って、訝しげに視線を下に向けるアイツ。

 ズボンもパンツも履いてない、ナマの比企谷がそこにあった。

 

「キャー! 相模さんのえっち!!」

「ちょっと! なんであんたが年がら年中1日3回以上風呂入ってる焼き芋好きのバイオリンヘタクソ少女みたいになってんのよ!」

「お、俺のこの姿……本当に俺がお前を……?」

 両手で股間を隠しながら、震える声で尋ねる比企谷。

 さすがにちょっと可哀想かな……。

 今までのうちならもっとこんな姿を見たがったんだろうけどさ。

 

「冗談よ、冗談。あんたは何にもしてないでただ寝てただけよ」

 そしてうちは小さく付け加える。

 

「あんたはさ……」

 うちの呟きが聞こえたかどうか分からないが、こいつは変わらずうろたえ続けている。

 

「じゃあなんでこんな格好に……」

「さあ? 夜中に起きてトイレに行ったみたいだから、その時に脱いで履き忘れたんじゃない?」

「マジかー。今までそんなことあったかな……」

 まあ、実際にはうちが脱がせちゃったんだけどね。

 

「別にいいじゃん。うちは全裸なんだから上を着てる分あんたの方がマシよ」

「いや、下半身だけ裸の方がなんか変態チックじゃない?」

「なんならそのままルパンダイブでもする?」

「しねえよ。それで、なんでお前はいつまでも全裸でシーツにくるまってるんだよ」

「だってうちの服も下着もあんたが持っていってそのままじゃない」

「あっ! すっ、すまん。洗濯に持っていってそのままだったわ」

「あー、どうしよー。もし着るもの無くなってたらうちはこのまま全裸でいなきゃー。どう責任取ってもらおうかなー」

「おい!棒読みで俺を追い詰めるのやめろ! 分かったよ、今すぐ取りに行ってくるから、その……」

「何よ」

「下を履きたいからちょっとの間、目を瞑っててくれない?」

「ああ、そんなこと。別に気にしないわよ。うちんとこ弟もいるし」

「俺が気にするんだよ! お前は弟の全裸をいつもガン見してんのかよ」

「そっ、そんなわけないでしょ! うちをなんだと思ってるのよ!?」

「だったら……」

「だって……比企谷のだから、見たいんだよ?」

「いや、ここでそんなデレいらないんだけど! ? 何なの? お前、俺のこと好きなの?」

「好きだけど?」

「は?」

「だから、あんたのことが好きだって言ってんの! 夕べ告白したじゃん、覚えてないの?」

「あ、いや、そうだったな。すまん」

 すまんじゃないわよ、まったくもう! うちの覚悟……何だと思ってんの……。

 

「いや、ほんとに悪かった。だから……泣くな」

 不意にまた、比企谷に抱きしめられて背中に手を回された。

 え、嘘? うち、また泣いてた?

 そんなキャラじゃないってのに……。

 でもさ、今のシチュエーションって、全裸にシーツを巻きつけた女と下半身丸出しの男がベッドの上で抱き合ってんのよ。

 

 嘘みたいだろ? これで何にもないんだぜ!?

 

 週刊誌にすっぱ抜かれて何もありませんでしたなんて言っても周り中から袋叩きにされるやつだわ。

 ま、こいつは泣いた子をあやすように抱きしめて背中をポンポンしてるだけなんだけど。

 妹が泣いた時とかこうやってあやしてたんだろうな。

 でね、両手でうちを抱きしめてるから、さっきまで隠してたハチマンくんが丸見えなのよ。

 今はあの時と違ってずいぶん可愛いお姿だけどさ。

 そんなこと考えてたらちょっと可笑しくなっちゃって、でも声を出さないように下を向いたまま肩を震わせてたのね。

 

「たっ、頼むから泣き止んでくれ、なっ」

 少し焦りながら背中をさする比企谷。

 ああ、もう我慢できない……。

 

「ぷっ、ふひひひひひ。ダメだー! これ以上はダメーっ!」

 うちは満面の笑顔で比企谷に抱きついた。

 

「比企谷、好きっ! あんたがうちのことを好きじゃなくても、うちはあんたが好きだから!」

「おっ、おいっ!」

 比企谷は夏服のシャツ、うちは薄いシーツ一枚。

 うちはこいつにその感触が伝わるよう、柔らかい胸をギュッと押し付ける。

 これでも少しはあるんだからねっ。

 

 あ、ハチマンくん、少し元気になった……。

 



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千葉最大の侵略〜花も嵐も踏み倒せ!番外編 MINAMI☆天気予報がはずれたら エピローグ

はい、またお会いしました。
後編の後のエビローグです。

が、

ど・う・し・て・こ・う・な・っ・た

とりあえずさがみん番外編も完結を迎えたところで、千葉最大の侵略〜花も嵐も踏み倒せ!も大団円でございます。
本来なら2話に分けたいところでしたが、キリが悪いので1話にしました。
長いと思ったら一旦ブックマークして2日くらいに分けてお読みください。

ほんとごめん。


「失礼しまーす、ってあんた何やってんの?」

 

 月曜の放課後、うちらが防衛軍の拠点にしている特別棟の一室、奉仕部の部室とも言うんだけどね、そこに入っていったら、雪ノ下さんと結衣ちゃん、そして生徒会長ちゃんに囲まれて比企谷が床で正座させられていた。

 

「あら、相模さん、ちょうどいい時に来たわね。この逃走中谷君がなかなか口を割らないものだから、あなたからお話が聞ければと思ってたのよ」

 雪ノ下さん、口調は穏やかだけど、目が笑ってない……。

 

「さ〜が〜み〜ん〜、や〜っはろ〜〜〜」

 結衣ちゃん、怖いっ!単純に怖いよ!

 

「相模先輩、飛んで火に入る夏の虫とはこのことですねぇ、ふっふっふっ」

 生徒会長ちゃん! あざとさちゃんと仕事してよっ!

 

「あの、うち、ちょっと用事を……」

 踵を返して部屋を出て行こうとすると、

 

「相模、今きたとこっしょ? もっとゆっくりしていけばいいじゃーん」

「あは、あははは、三浦……さん」

 いつのまにか入口を三浦優美子に塞がれている。

 

「もう諦めた方がいいよ」

 三浦の横にいた腐女子・海老名姫菜が近づいてきて耳元でそう囁いた。

 

 仕方なく、断頭台に登る囚人のような面持ちで三人の鬼の前に立つ。

 今のうちの目、きっと比企谷みたいになってるんだろうな……。

 

「で、聞きたいことって……」

「それは金曜日……」

「そっ、その前にっ」

 一旦雪ノ下さんの言葉を遮り、うちが、

「あのー、このままじゃ比企谷辛そうだから、椅子の上に座らせてあげたらどうかな……」

 と言ったら、結衣ちゃんが、

 

「さがみん、いつからそんなにヒッキーと仲良くなったの!?」

と、目を見開いて驚愕の表情を浮かべていた。

 そっ、そんなに驚くこと!?

 

「別に仲良くというか、単純に可哀想と思っただけなんだけど……」

「いえいえそんなはずないですよ! 相模先輩なら、せんぱいが床に座らせられてたら、『ふひっ、比企谷ざまぁ』とか言いそうじゃないですかー」

 ちょっと!? 委員長ちゃんの中のうち酷くない?

 ま、以前ならその通りだと思うけどさ……。

 

「ま、まあいいじゃん? ほら、比企谷」

 うちが比企谷に向かって手を差し伸べると、

 

「ああ、すまん」

 と言ってうちの手を取って立ち上がった。

 

「……やっぱりあなたたちずいぶん仲がいいのね」

「これだけで仲がいいなんてことはないだろ」

「えー、だってせんぱいなら女の子が手を出してきたとしても『アレがアレでアレだからー』とか訳のわからないこと言って手を取ることを拒みそうじゃないですかー」

「ぐっ……」

 せっ、生徒会長ちゃん、意外と鋭いわね……。

 

「足が痺れて一人じゃ立ち上がれなかったんだよ。背に腹はかえられぬって言うだろ。相模、すまねえな」

「べっ、別に人として当たり前のことをしただけだからねっ」

「だから、その人として当たり前のことができないのが相模先輩ですって」

「ちょっと、それってうちのこと、ヒトデナシって言ってるよね!?」

「コホン、そろそろいいかしら?」

 あ、雪ノ下さんのこと忘れてたよ。

 

「一色さんもそのくらいにして。比企谷君は椅子に座っていいわ。ええと、相模さんの椅子は……」

「今はうちのはいいわ。それより聞きたいことがあるって……」

「そう……だったわね。金曜日のことなんだけど、あなたたち二人はどこでどうしてたのかしら?」

 それやっぱり聞かれちゃうのね。

 これまでのうちなら誤魔化したり逃げ出したりしたんだろうけど、今、ここでうちが逃げ出したらこいつが酷い目に合うじゃん?

 昨夜あいつは逃げてもいいなんて言ってくれたけど、今、自分が救われたってあんたが救われないんじゃそれは救われたことにならないんだよ。

 

「あのね……ここを出て、うちら、マリンピアの4階のパスタ屋さんに行ったのよ。お腹も空いてたし、カフェとかと違って同級生とかいなさそうじゃん? だって、うち……比企谷に謝りたかったから……それを知り合いに見られたくなかったし……」

 そう言うと、奉仕部の部室に、一瞬の沈黙が流れる。

 それを破ったのは結衣ちゃんの一言だった。

 

「で、でも、あたしたち4階も行ったけど二人の姿は見かけなかったよ?」

 あ、やっぱり探されてたんだ……。

 

「それはだな……」

「比企谷君、あなたには聞いてないわ」

「いや、雪ノ下さん? さっきまで俺にさんざん聞いてたよね? 固ーい床に正座させて」

「あなたのことだからどうせ自分を悪者にして相模さんを救おうとするのでしょう?」

「いや、それは……」

「そうなの! うちらが店にいたら、ゆっこと遥……うちの元友達がやってきてうちのこと馬鹿にしてきたのよ。それでその二人にうちを脅してカラダを求めてるとか比企谷が言って……」

 あれ? なんか部室の温度が少し下がったような……。

 それなのに比企谷だけ滝のような汗をかいてるようだけど……。

 

「それでそんなことして欲しくないって、うちが店を飛び出しちゃって……だから、もうそこにはいなかったの」

「比企谷君、これは本当のことなの?」

「……はい、その通りです」

「まったくあなたって人は……」

 これで雪ノ下さんたちの追及をなんとかかわせたと思ったんだけど……。

 

「それで?」

「え?」

「それでそのあとどうしたの?」

 あ、あれで終わりじゃないんだ……。

 

「え……と、それで、逃げ出したうちを比企谷が追いかけてくれて……それだけ……です」

「それだけ……ではないでしょう?」

「おい雪ノ下! なんの根拠があって……」

「小町さんからお兄ちゃんが帰ってこないのだけれど、何か知りませんかと連絡があったのよ」

「小町ぃ……」

「それで相模さんの家に電話をしたのだけれど、友達の家に泊まると連絡があったと……これは偶然かしら?」

「そりゃそうだろ。俺が追いかけて行った先の屋上で相模を罵倒したから、去年の文化祭のことを思い出して友達んとこへ愚痴りに行ったんじゃねえか?」

「ならあなたはどこにいたのかしら?」

「いや、それはだな……俺も友達の家に……」

「嘘ね。だってあなた友達いないじゃない」

「うぐぐ……」

 

「うちだって!」

 とうとう我慢できなくなってうちは大きな声を上げた。

 比企谷と雪ノ下さん、そしてその場にいた人みんなが驚いた顔をしてたけど、構ってなんかいられなかった。

 

「うちだって泊めてくれる友達なんかいないわよ! もうそんな嘘やめて…… あんた、うちに優しくしてくれたじゃん。一緒にいてくれたじゃん……それを……無かったことにするなんて……酷いよ……どんなに罵倒されるよりも……辛いよ……」

 うちはたまらず泣き出してしまった。

 皆んなが見ているのもはばからず……。

 

「相模さん、落ち着いたかしら?」

「ごめんね、雪ノ下さん。もう大丈夫」

 比企谷に慰めてもらえることを少し期待したけど、さすがにみんなが見ていて……特にあの腐女子もいる前で昨夜のように慰めてはくれないよね……。

 

「紅茶を淹れたわ。おかけになったら?」

「ありがとう。でも、まだうちの用事が終わってないから」

「そう……。それで今日はなんの用事で来られたのかしら?」

「そっ、そうだよ!今日はぼうえいぐんの日じゃなくて奉仕部の日だよ?」

「うん。えっとね、防衛軍の隊長じゃなく奉仕部部長の雪ノ下さんにお願いがあって来たんだ」

 うちはそう言ってカバンから封筒を取り出し、雪ノ下さんに差し出した。

 

「……入部……届?」

「ちゃんと漢字で書かれてるな……」

「ヒッキーうるさい」

 

「私たちは3年生で受験勉強とか忙しいと思うのだけれど、大丈夫なのかしら?」

「うん。 もちろん覚悟の上だよ。それに防衛軍の時もそうだけど、依頼がない時はここで受験勉強できるでしょ? 雪ノ下さんとか比企谷とか頭のいい人もいるから勉強も捗りそうだしね。一応、平塚先生には話してあるよ」

「で、でも、どうして?」

「えっとさ……去年の文化祭でうち、自身の成長を依頼したじゃん? 体育祭でもみんなに手伝ってもらったけど、やっぱりあれから全然成長してないなと思うことが最近あって……。それで、今度は自分自身で成長したいと思った……だから……」

「そう……あなたが私たちに成長させてほしいと言うならその依頼、受けることはできないけれど、自身が成長したいと思って行動するのなら私たちは全力でお手伝いさせてもらうわ」

 そう言った後、雪ノ下さんは立ち上がり、

 

「相模さん、ようこそ、奉仕部へ」

 と、右手を差し出した。

 

「ありがとう、お世話になります」

 うちはそう言って差し出された手を握り返す。

 

「さがみん、これで防衛軍に奉仕部と、ずっと一緒だね」

「うん、結衣ちゃん、あの……もしよかったら、また、うちと友達になってくれるかな?」

「えっ、さがみんなに言ってるの?」

 えっ、まさかのここにきて拒絶!?

 さすがのうちもへこむんだけど……。

 

「もう防衛軍で一緒にやってる時から友達でしょ? もちろんゆきのんも一緒に。ね?ゆきのん」

「い、いえ、私は……そもそも友だちになるということの定義が……」

「またそんな難しいこと言って……大丈夫。ゆきのんは照れてるだけだから」

「ありがとう、結衣ちゃん」

 結衣ちゃんとも両手で固く握手した。

 

「相模先輩、よろしくお願いします」

「え、生徒会長ちゃんも奉仕部だったの?」

「酷いですぅー、わたしも今や奉仕部の一員なんですからね」

「相模、よろしくっしょ」

「相模さん、私もよろしくね」

 いつの間にか結衣ちゃんと比企谷の間に椅子を持ってきて座っている三浦優美子と腐女子からも声をかけられた。

 

「三浦さん、海老名さん、あなたたちは部員ではないのだけれど」

「雪ノ下さん、そんな硬いこと言わなくてもいいっしょ? あーしも姫菜も常連みたいなもんじゃん? それに雪ノ下さんも結衣も友だちだし?」

「いつから私たちは友達になったのかしら? そもそも友だちの定義というものが……」

 雪ノ下さんがなにやらブツブツ言ってるのを横目に、椅子に座って早速文庫本を開いていた比企谷の前に立つ。

 

「比企谷……これから、よろしくね」

 こいつは座ったまま、本に向けていた目線をわずかに上げてうちを見ながら、

 

「ああ」

 とだけ言った。

 相変わらず愛想のないやつだけど、今のうちにはそれだけで十分こいつの気持ちは伝わった。

 


 

「それで、相模さんの座る場所なのだけれど、今日は三浦さんと海老名さんもいらっしゃるし、椅子も埋まってるからまずは後ろから余っている椅子を取ってきて……」

「あ、いいよいいよ。うち、いつもの椅子に座るから。おっ、お邪魔しまーす」

 そう断って、いつもうちが使っている椅子の上に座る比企谷の太ももの上にお尻を乗せる。

 

「おっ、おい!」

「なによ。また重いなんて言うんじゃないんでしょうね」

「いや、そうじゃなくてだな……」

「何か既視感が……」

 雪ノ下さんが頭を押さえて渋い顔をしてる。

 

「氣志團?」

 結衣ちゃん、氣志團じゃなくて既視感だよ!

 それと雪ノ下さん、既視感じゃなくて金曜日、まんまおんなじこと見てるからね?

 

「ちょっと相模何してるんだし?」

「え? うち、防衛軍の時はこの椅子に座ってるからいつもと同じ椅子に座ってるだけなんだけど?」

「いや、それ、椅子じゃなくてヒキオっしょ!」

「三浦さん、そう言う細かいことどうでも良くない?」

「細かくないし! それにあんたらが金曜の夜、どこにいたかまだちゃんと聴いてないし! でしょ、雪ノ下さん?」

「そっ、そうね。相模さんも泊めてくれる友達がいないのなら結局どこにいたのかしら? 」

 あちゃー、せっかくうやむやになりかけてたのに〜。

 

「そうだよ! さっきヒッキーに一緒にいてくれたとか言ってたし……」

「え……と、それは……一緒にホテルに泊まりました……」

「ホッ、ホテルゥ!?」

 みんな、声を揃えて驚いちゃったよ……。

 でも、結衣ちゃんはともかく雪ノ下さんや三浦さんを前に嘘をつき通せる自信なんかないし、それにいくらその、ゴニョゴニョ……はしなかったと言ってもあの時間を無かったことにはしたくないから……。

 

「おっ、おい!それは……」

「比企谷君は黙ってて」

「いや、俺も当事者なんだから何か言う権利くらいあるだろ」

「どうせせんぱいが何か言ってもアレがアレでアレだからとかしか言わないんですから。この場合のアレはアレとみなしますからねっ!」

「いや一色の中のアレってどれなんだよ……」

「せんぱい、わたしにナニを言わそうとしてるんですかー。それ、えっちです!セクハラです!!」

「ヒキオ、サイテー」

「ええ……」

 世の中って理不尽だよね。比企谷、強く生きて!

 

「その卑猥発言強制谷君は置いといて」

「おい、聞き捨てならない上に語呂悪すぎだろ!」

「相模さん、その……ホテルの部屋で何をしていたのかしら?」

 うわー、雪ノ下さんからピキピキッって音が聞こえてくるような気がするよ……。

 それでも、ここは正直に答えるしかないし……。

 

「あの……濡れちゃったうちを比企谷が優しく慰めてくれて……それで、一緒に寝ましたっ!」

 

 シーン……。

 

 あれ? 何のリアクションもない?

 周りを見回すと、雪ノ下さんが目を見開き口をパクパクさせて、三浦さんはなんか白目むいて気絶してる。結衣ちゃんはハイライトの消えた瞳でコ○スコ○スコロ○とか小声で呟いちゃってるし、生徒会長ちゃんは不気味な笑みで溶かしちゃいましょうとか物騒なこと言ってるよ。

 

 二人とも怖すぎるって!

 

「で、でも、比企谷からは何も変なことはされてないから」

「今の言葉のどこがそんなふうに聞こえると言うのかしら」

「コ○スコ○スコ○ス○ロス○ロス」

「ほんと違うから!あと、結衣ちゃんは正気に戻って!」

「海老名さん、貴女は何か言うことはないの?」

「うん、私は八幡くんのこと信じてるから……それに八幡くんがもしそんな人だったら、この中の大半がもうバージンを失っててもおかしくないと思うんだけど……」

「そっ、そうだよね。もしそうならあたしだってあの時ヒッキーに……」

「ですです。わたしもせんぱいに何もされていません!」

 凄いなー、やはりこれが正妻の余裕ってヤツなのかな。一瞬でこの場が収まっちゃったよ。さっきもホテルのところで一人だけ驚いてなかったし……。

 

 なんか悔しい……。

 

「あの……相模?」

「なによ」

「そろそろ降りてくんない? いいかげんちょっとヤバいんだけど……」

「ガーン! うちってヤバいほど重い!?」

「いや、そういうことじゃなくてだな……」

 

 んんっ!?

 

「……ねえ、比企谷」

「ひゃい!?」

「うちのお尻の下になんか硬いモノが当たってるんだけど……」

「OH……」

「これって……うちのせい、ってことでいいんだよね? あの時のうちのこと思い出して発情したってことでいいんだよね?」

「おい、発情とか言うな」

「ううん、違う。責めてるんじゃないの。うち、嬉しかったから。比企谷がうちのこと、少しでも意識してくれてることが、あの時のこと覚えてくれてることが」

 うちは身体を反転させて正面から抱き合う形で比企谷の上に座る。

 

「バカ、やめろ。いやほんとやめてください、お願いします」

 そんな言葉には耳を貸さず、こいつの耳元に唇を寄せてそっと囁いた。

 

「あのね、うち、今、スカートの下にパンツ履いてないんだ……あんたのせいでちょっと大変なことになっちゃったから……無理やり振りほどこうとしたら見えちゃうよ」

「おっ、おまっ!」

 

 あ、またちょっと硬くなった……///

 

 すると、突然うちを抱えたまま比企谷が立ち上がった。

 うちは比企谷の首に手を、腰に足を絡ませ比企谷もうちの腰に両手を回してうちの身体を持ち上げる。

 

 ちょっ、この格好!

 

 それに、今にもズボンを突き破りそうなこいつの硬くなった……アレが、うちの……その、部分に当たって……。

 はっ! まさかズボンを突き破った勢いでうちも突き破ろうと!? こんなみんなが見てる前でうちは初めてを!?

 

「比企谷、あの……嫌じゃないけど、ちょっと恥ずかしいかな……あの時も言ったけど、うち、初めてだから優しくして……」

「おいおい、なんでそうなる!?」

 言うが早いか、比企谷はくるりと身体を反転させて、静かにうちを椅子に座らせた。

 えっ、またうちの勘違い?

 うちの覚悟、うちの気持ち……。

 そして、こみ上げる悲しみで涙を堪えることができなかった。

 

「うわああん、ひどい、酷いよぉー。比企谷に、比企谷に弄ばれたぁ!」

「ちょ、お前何言ってんの? 」

「あなた、まさか今の一瞬の間に相模さんの純潔を……」

「えっ、ヒッキー早すぎない?」

「えっ、相模が処女とか冗談っしょ?」

 結衣ちゃんも三浦さんも何気に酷い!?

 

「いや、みんな見てる前でそんなことできるわけないだろ!」

「……うちなら別にみんなが見てる前でも」

「ちょっと黙ってて!」

「ふっ、ふえええん!!」

「あーあ、相模泣かせた」

「ヒッキー!さがみんに謝ってよ!!」

「鬼畜陵辱早漏いじめ谷君、これはさすがに見過ごせないわね」

「おい! 冤罪以前に最低の名前だな!!」

「でも、相模さん泣いてるじゃない。あなた以外の行為でそうなったとは思えないのだけれど?」

「くっ……」

 もちろん比企谷が原因で泣いちゃったんだけど、比企谷が悪いわけでもないんだけどな……。

 

 あ、比企谷がうちの正面の床に座り込んで……土下座!?

 

「相模、とにかく俺が変なことしたせいでお前を泣かせてしまった。すまん」

「ひっ、比企谷……うちが泣いたのは全部が全部あんたのせいじゃないから……それはいいんだけど……」

 うちの言葉で比企谷が少し顔を上げる。でも……。

 

「そこで土下座されたら……見えちゃうから……スカートの中……」

 うちが座っている比企谷の席は長テーブルの外れで隠れるものがない。

 ここの制服のスカートって進学校のくせにやたら短すぎるし、うちも手で押さえたり足をピッタリ閉じたりしてないから、アイツの位置なら見えちゃったはず。

 

「お前、見せびらかすとか、変態……かよ……」

「ちょっと! 誰にでも見せるわけじゃないからねっ! 比企谷……だからだよ……」

 やっぱり見えたのね。

 その証拠に真っ赤な顔して少し目を逸らしてるし。

 まあ、うちの顔もちょっと火照ってこいつの顔を真っ直ぐに見られないけどさ。

 


 

「さて、鬼畜陵辱早漏いじめ卑劣秘部覗き谷君、覚悟はできてるかしら?」

 あ、雪ノ下さんの目にハイライトがない。それにしても秘部覗き谷君はやめてー!うちが恥ずかしすぎるじゃん!!

 

「祈るがいい。せめて命があることを」

 ちょ、ちょっと雪ノ下さん、それコ○しに来てるよね!?

 

「タオす! 私! あなたを!!」

 結衣ちゃん!両手にスタンガン構えるのやめて!

(黒コゲになりますが、安全なスタンガンを使用しております。)

 それ、絶対に安全じゃないから!

 

「普通にコ◯すのではなく、ありえないほどの苦痛を与えるべきでしょう」

 生徒会長ちゃん!? 声が普段より全然低いし、言ってること怖すぎだよ!!

 

「狩りの時間よハサ次郎!お仕置きタ〜イム!!」

 三浦さんはハサミを置いて!あと、キャラブレ過ぎ!!

 

 比企谷、早く逃げて!……って、ガマの油をタラタラ流しながら、完全に固まっちゃってるし。

 ここでこいつの手を引いてこの迫り来る異次元キャラから助けることができたなら、うちもヒロインになれるのかな……。

 

 でもうちも全く動くことができない……。

 うちのヘタレぶりを舐めちゃいけないよ!

 腐女子、腐女子何してんの?

 あんたの彼氏が命の危機だってのに、どうしてあんたはそんな泣きそうな顔してただ見てるのよ……。

 誰か、誰か比企谷を助けて……。

 

 その時、部室のドアが不意に開いた。

 

「おーい、八幡。依頼人連れてきたぞー」

 入ってきたのは、赤髪の……えと、去年末に転校してきた原瀧さんだっけ? それと、戸塚くん?

 

「はちまーん、部活が活動制限であまり練習できないからトレーニング手伝って……って、どうしたの?」

「とっ、戸塚! 頼む! この荒ぶる女たちから俺を助けてくれ!!」

「え?え? なんだかよく分からないけど、八幡が僕を頼ってくれるなら!!」

 そうして、戸塚くんは比企谷の手を引いてあっという間に部室を出て行った。

 

 一瞬の出来事に、呆気に取られる雪ノ下さんたち。

 

「え? 何? 何がどうなった? ひょっとしてあたしの出番これで終わり!?」

 転校生が何か喚いてるけど、とにかくあいつが助かってよかった……。

 

 それでも、あいつはうちを助けてくれたのに、肝心な時にうちはあいつを助けることができなかった……。

 こんなうちにあんたはどんな言葉をかけてくれる?

 

 ねえ……八幡……。

 


 

(ご存知、茶番屋台)

 

「あっ、おじさーん、タクシー呼ばなくていいわよ。あと、グラスのカヴァをお願い」

「あいよっ」

 

「えっと、貴女は……」

「雪ノ下姉じゃん」

「鉄装せんせいは陽乃ちゃんは初めてですもんね。あ、おじさん、鱧の落としですぅ]

「あいよ」

 

「月詠先生は以前どこかでお会いになられたんですか?」

「いいえ初めてですよぉ〜。あ、ここ座ってください」

「じゃあなんで昔から知ってるふうなんです!?」

「そこはそれ、蛇の道はヘビって言うじゃないですかー」

「それ何の説明にもなってませんからね? それでタクシーをキャンセルって、こんな状態の平塚先生、わたしおぶって帰れないんですけど……」

「ああ、安心してください。ウチの車を待たせてますから。あっ、かんぱーい!」

「カンパーイ! で、雪ノ下姉は学園都市に何しに来たじゃんよ? 用もなく入れるようなところじゃないじゃん?」

「いや、平塚先生は以前から特に用もなくこの屋台に来てましたけどね……」

「鉄装! そんな細かいツッコミばかりしてたら、学園都市の闇に取り込まれちゃうじゃんよ? で?」

「これでも雪ノ下建設は千葉県や東京都における公共工事等の入札参加資格でA等級の企業なんですよ? それで今度、この学園都市でも入札参加資格を取ろうと思ってその手続きに。ほら、ここいろいろ事件があって結構建物が壊れたりするみたいだから、なかなかいい商売になりそうでしょ?」

「ふーん……それだけ?」

「ついでに静ちゃん……平塚先生の様子も、ね。どうですか、こっちでの様子は?」

「そうですねースキルアウトの人たち追いかけて楽しそうにやってるみたいですよぉー。でも時々寂しそうな顔してますかねー。あ、おじさん、だご汁ですぅー」

「あいよ」

 

「そうですか。でもなんかうらやましいなー。こうやって自分をさらけ出して一緒にいられる人たちがいて……」

「雪ノ下姉もそういう人を作ればいいじゃん? ほら、あのアホ毛の少年とか」

「私ね……彼の前で、泣けなかったんです……私が『雪ノ下陽乃』だから……」

「そんなの、ただの幻想じゃん。疲れるだけじゃんよ」

「そうですそうですぅ~。そんなふざけた幻想は、上条ちゃんの右手でぶち殺されればいいのですよ~」

「でも、あの少年、ラッキースケベ体質もあるから、おっぱいくらい揉まれちゃうじゃん?」

「そうですねー、せんせいも着替え中に下着姿とか見られちゃいましたー」

「ふふ、みなさん、ありがとうございます」

 

「まあ、何か行き詰まったら、平塚先生みたいにここへ来て浴びるほど飲めばいいじゃん。そうと決まったら駆けつけ三杯じゃん。おっちゃん、ドン・フリオ アネホ、2杯ずつショットで人数分じゃん!」

「あいよ」

 

「黄泉川先生、それ、テキーラですよね? そんなの2杯もストレートで飲んじゃって大丈夫なんですかって、ええっ、私も!?」

「全員で乾杯のやり直しじゃん。それじゃ……」

 

「はるの〜〜〜ようこそがくえんとしへ〜かんぷぁ〜〜〜い!!」

 

「平塚先生はもうこれ以上呑まないでください!!!」

 


 

「ねえ……さっきどうして黙ってたの? あのままじゃ比企谷大変なことになってたかもしれないのに……」

 うちは部室の隅で腐女子……海老名さんと小声で話していた。

 

「そんなことにはならないよ。みんなヒキタニくん……八幡くんのことが大好きなだけだから。本気でそんな酷いことするわけないじゃない」

「それならなんであんたはあんな顔してたの?」

「……みんなあんな感情をあらわにするくらい八幡くんのことが好きなのに、私はどうなんだろうって……私なんかが彼のこと好きになってもいいのかなって思うんだ……」

 そんなこと言われたら、散々あいつのことを傷つけてきた、傷つけようとしたうちなんて全く資格なんかないじゃん……。

 

 そう、うちはあの時、またあいつを傷つけようとしたんだ……。

 

 今、思い返しても苦い思い出……。

 

 


 

 もし比企谷が傷つくなら、うちも一緒に傷つくから……。 

 ごめんね。

 ほんと、ごめ……んっ!

 

 うちが眠ってる比企谷に跨り、腰を下ろそうとした時、ヒュンという音とともに顔の近くを何かが通り過ぎるのを感じた。

 え? 今の何?

 思い直してもう一度、比企谷のハチマンくんを手で支える。

 ふぅーっと息を吐き、そして再び大きく吸ってそのまま息を止め、もう一度……。

 ヒュン!

 今度はうちのほんとに目のすぐ前を何か赤いものが飛んでいくのが見えた。

 その行方を目で追うと、

 

 風車?

 

 赤い風車のついた手裏剣が2本、壁にぶっ刺さっていた。

 まかり間違ってこんなものが身体に刺さってたら大変なことになってたよ!

 うちは、壁に刺さった血のように赤い風車にゾッとする。

 それとともに一時の興奮は冷め、少し冷静に考えた。

 比企谷はこの部屋は陽乃さんが用意したものって言ってたわよね?

 あの人のことだから、無策で若い男女2人を黙って一つの部屋に置いておくはずがない。

 ならば、この部屋の領域守護者がどこかにいて今もうちらを見張っていることは必然だった。

 今も……どこかで……。

 

 ひゃあ!

 

 比企谷を起こさないよう、うちは声にならない悲鳴をあげた。

 もちろんそれは女の人かもしれないけど、そうじゃない可能性だってある。

 今、このからだを比企谷以外の男に見られるのは嫌だ!

 戸塚くんならワンチャンあり……?

 いやいや、戸塚くんも男の子。

 やっぱり嫌だよ。

 慌ててそこにあるシーツを裸のからだに巻きつける。

 一旦熱情が覚めると、こいつの意思を無視してまで最後までしようなんて考えは消え去っていた。

 とはいえ、男の子の……ソレについての興味まで失くしたわけじゃなかったし、弟に見せろとか言って逆に発情されても困っちゃうから、風車に怯えながらも少しだけ、触ったり、いじったりしてみた。

 結論から言うと、最後までするようなそぶりを見せなければ風車が飛んでくるようなことはなかったんだけど。

 

 うん。あれは苦かった。

 

 


 

「ねえ、あんた、うちと比企谷のあの部屋でのこと、見てた?」

「私はみてないよ、私は」

 そう、あんたは見てはなかったけど、誰かが見ていて、あんたもそれを知ってるってことね。

 

「うち、比企谷が好き」

「そう……」

「でもさ、資格で言ったらそんなもんあるわけないのよ。あいつにやる気が無いならうちがあいつを幸せにしてもいいよね?」

「それで八幡くんが幸せになれるのなら……」

「なら答えは出てるでしょ?」

「えっ?」

「あいつを一番幸せにしてやれる奴はあんた以外にいないのよ。うちもあいつに振られたし、結衣ちゃんがあのおっぱいを晒して迫ってもあいつ断ったんだよ! 悔しいけど、あんたしかいないんだよ……あんたしか……」

「相模さん、ありがとう。彼のことそんなに思ってくれて……私、考え直してみる。自分の気持ち……彼の気持ち……」

 これでいい……これでいいんだ……。

 そう思うのに、なぜか涙が溢れてくる。

 なんだ。そんな簡単にあきらめきれないくらいあいつのこと好きになってるんじゃん。

 

「あのーお二人で盛り上がってるのはいいんですけどー」

 いつの間にか生徒会長ちゃんがうちらのことを覗き込むように見てた。

 慌ててこぼれそうになる涙をぐしぐし手で拭う。

 

「せんぱいたちを追わなくていいんですかあ?」

「そうね。先週の相模さんとのこともあるわけだし、何かあってからでは遅いわ」

「ヒッキー、彩ちゃんのこと大好きだしね、それと、あたしとヒッキーのことをなんでさがみんが知ってるのか後でOHANASHIね」

 しまった! 比企谷が知ってたから忘れてたけど、結衣ちゃんは知らない話だったよ……。

 

「えー? 男同士でトレーニングに行ったってだけっしょ? 別にほっといて良くない?」

 そっ、そうよね。なんだかんだ言っても2人とも男の子なんだから……。

 

「あまい!あまいあまいあまいあまいあまいっ!」

「ゆっ、雪ノ下さん!?」

「アナタ……怠惰デスネ?」

 うわっ、雪ノ下さんの脳が震えてる……。

 

「あの男の戸塚くん愛は常軌を逸してるわ。このままほっとけば戸塚くんの貞操が危ない!早くみんなで追わなければ!!」

 そんな馬鹿なことっ……うん、ダメかもしれない。

 

「結衣、一色さん! 三浦さん! 海老名さん! 原瀧さん! そして相模さん! 私たちの戦いはこれからよ!!」

 雪ノ下さん……それ完全死亡フラグだから……。

 ま、なんか楽しくなってきたからいいけど。

 そうだ。こんなことで身を引くなんてうちらしくない!

 うちはうちらしくあいつのことを想い続けよう。

 負けヒロインだって、追っかけるくらいいいじゃん?

 うちのしたいことを考えて行動すればいいって言ったのはあんたなんだよ。

 だからさ、比企谷、覚悟して待っててね♪

 




[あ・と・が・き]

ご覧いただいた皆様

ほんとうに申し訳ありません_(_^_)_

長い!長いよ!
番外編なのに長すぎる!

全体も長いけど、最後のエピローグなんて、それまでの2倍くらいの分量あるじゃん!
勢いで書いてそのまま載せないでちゃんと整理しようよ……俺。
ま、ラストが長いのは作者が無理やり入れた茶番屋台のせいなんですが……。
どこにも需要ありませんが、好きなんです。黄泉川先生。

それと、内容もまあ、焼き直しが多すぎて……もうちょっと考えろよ……俺。

あと、正直、これが一番最初に来ていたら、このシリーズのヒロインは相模さんでしたね。
出会いとかエピソードとか、順番って大事なんですよ。

いよいよ次回は、ラストシーズンへ!

修学旅行シリーズファイナルシーズン
「なのにあなたは京都へゆくの」(仮題)

乞うご期待!

「ちょっと作者、本当に次はファイナルシーズンに行くのかな、かな……?」
「え、陽乃さん!? も、もちろんそうに決まってるじゃないですかー」
「嘘だッ!」

 ごめんなさい……たぶん嘘です……。

 このシリーズとは別のお試しシリーズが全く進んでないんですが、そちらを先に出せればと……。
 累計発行部数130万部の、と言ってましたが、もたもたしてるうちに累計発行部数は190万部になってました……。
 アニメ二期の前にぜひ一話だけでも出したいと思います。
 ま、3話くらいで計画倒産予定ですが(苦笑)

「もちろん、その作品のヒロインは私よね?」
「いえ、陽乃さんはその作品のヒロインというわけでは……」
「重ねて申し訳ありませんが、これからあなたを拷問しようと思っています」

 ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ!!!!!


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千葉最大の侵略〜花も嵐も踏み倒せ!番外編 SAIKA☆さよなら友達(ⅰ)

はい、またお会いしました。
前回の引きから予想されていた方もいらっしゃったのではないでしょうか。
戸塚くんの短編です。
最終話までの最後の短編です。
そして、初めに謝っておきます。
パクリです!
パクってます!!
あ、石は投げないでっ!!


 僕は戸塚彩加。

 

 緊急事態宣言が明けて学校が再開して一週間後の月曜日、テニス部の練習の後に奉仕部の部室に顔を出したんだけど、なぜか友達の八幡に助けを求められたんだ。

 事情はよく分からないけど、とにかく八幡の手を引いて逃げ出し、今は二人で校外の道を駆けている。

 

「……か、……塚」

 

 これまで僕が八幡を頼ることはあっても、八幡から僕を頼ってくれるなんてなかなか無かったから、頼ってくれて少し嬉しいんだ。

 八幡は、なかなか分かりづらいけど、誰かが困っていたら助けずにはいられない、本当はとても優しい人。 

 僕はそんな八幡に憧れて、いつか八幡のような男になりたいと思ってたから、これで少しくらいは近づるかな?と思ったり。

 でも……。

 

「戸塚!」

 

「はぅん!」

 

「毎日俺のために味噌汁を作ってくれ」

「もう! 八幡はいつも僕をからかって! 僕、男の子だよ!」

 そう、八幡はいつも僕をからかってくる。りまだまだ男らしさが足りないのかな……。

 

「いや、すまんすまん。ちょっと声が可愛かったもんでな。それより、もうそろそろ大丈夫じゃないか。あいつらも追ってこないようだし」

「あ、そうだね。無我夢中で走ってたから気づかなかったよ。僕は運動部だから大丈夫だけど、八幡は大変だったよね」

「いや、俺も大丈夫だ。お前と手に手を取って逃避行なんて、明日死んでももう悔いはないからな」

「そんな……死ぬとか軽々しく言っちゃダメなんだよ! もし八幡が死んじゃったら……僕……」

「わわわー、悪かった! 俺が悪かったから泣くのだけは勘弁してくれ!

「ふふ、何馬鹿なこと言ってるの。そんな泣くだなんて……アレ?」

 なぜか僕の頬を一筋、何かが伝っていく。

 

 なんで?

 

 そのことを想像しただけで悲しくなったの?

 それって、八幡が僕の親友だから?

 

「ほれ」

 八幡は僕にハンカチを差し出してくれた。

 

「ありがとう」

 やっぱり八幡は優しいなあ。こういうところも僕は好きなんだ。

 

 好き……?

 

「とにかく助かったよ、サンキュな。あのままお前が来てくれなかったら、俺、あそこでどんな目に遭わされていたか……」

「んもう、八幡は大袈裟だなー」

 そうは言ってみたものの、八幡の顔色はかなり悪くて、思い出しただけで少し震えているようだ。

「そっ、それで戸塚は何をしに部室に来たんだ?」

「あっ、そうだった。あのね……」

 そう言った時に繋いだ手を離されて、

 つい、

「あっ」

って言っちゃったんだ。

 

 なんでだろ? 

 八幡の手の温もりがなくなるのが名残惜しかった?

 いや、今はそういうことじゃなかった。

 

「学校は再開したけど、部活って午後4時半で終了しなきゃじゃない? だからなんか体を動かし足りなくて……もし八幡がよかったら一緒に汗を流してもらうればって」

「いっ、一緒に汗っ!?」

 どうしたんだろう? 八幡、もうすでに大量の汗流しちゃってるんだけど……。

 

「ダメ、かな?」

 ちょっと上目遣いにお願いしてみた。そうしたら、

「もっ、もちろんだ! お前のお願いを断ることができるだろうか? いや、無い」

って。

 八幡、国語が得意なだけあって反語表現なんだね(汗)

 でも、嬉しいな。

 嬉しすぎて思わず八幡の腕に僕の腕を絡ませて腕を組んじゃった。

 だけど、友達だからいいよね?

 八幡はなんかアタフタしてるけど。

 

「でも、このご時世、やってるスポーツ施設なんてあるのか?」

「大丈夫。営業してる施設じゃ無いけど、場所を借りる許可はもらったんだ」

 僕らはお話ししながらその場所に向かった。

 腕はずっと組んだままで。

 


 

「ここだよ」

 僕はある建物の前に八幡を連れて行った。

「戸塚、ここって……」

 着いた場所に少し驚いているみたい。

 

「雪ノ下建設って書いてあるんだが……」

「うん、そうだよ。ここの福利施設を貸してもらえることになったんだ」

「なにそれ。俺、ここでバイトしてるのにそんなのがあるの知らないんだけど!?」

「そう? 僕は雪ノ下さんのお姉さんに聞いたんだけど」

「あの人かー! でもお前、あの人とどんな繋がりが?」

「え? ああ、えっと、ほら、卒業式の時のパーティーでね。ほら、僕がうさぎさんの格好をしたのも、城廻先輩を驚かそうとしたお姉さんのアイデアだったし」

「ああ、そんなこともあったな。そういえば、あの夜のお前のドレス姿……」

「んもう! 八幡、恥ずかしいから思い出さないでよ!」

「すまんすまん」

「でも僕もあの時のダンス覚えてるけどねって、八幡、なんで泣いてるの!?」

 

「へえー、このビルの地下にこんな施設があったとはな」

 八幡とやってきたのは、地下3階にあるスカッシュコートの部屋。

 

「うん。ここなら誰にも見られないから、このご時勢でも後ろ指刺されることもないしね」

「そうだな」

「僕と八幡の、二人だけ……だよ?」

「うっ、ちょ、ちょっと、俺、着替えてくる……」

「うん。僕はもうウェア着てきてるから待ってるね」

 その後戻ってきた八幡はやけにスッキリした顔してたけど……。

 

 スカッシュは4面を壁で囲まれたコートの中で、小さい、中が空洞のゴムボールをテニスよりも少しスマートになったようなラケットで交互に打ち合うスポーツ。

 インドアで壁に向かってボールを打つんだけど、短時間でかなり汗を流すことができる結構激しいスポーツなんだ。

 八幡は初めてって言ってたけど、やっぱり筋がいいんだね。

 最後は僕の方がスタミナ切れになっちゃった。

 肩で息をするようになって、はぁはぁって息遣いが荒くなっちゃったんだけど、そしたら八幡もハァハァ言い出しちゃった。

 八幡も普段あまり運動してないみたいだから大変だったのかな?

 

「汗、いっぱいかいちゃったね」

 そう言って、テニスウェアの襟元をパタパタさせていると何故か八幡が目を逸らしてる。

「戸塚、それなら風呂でも入ってくか?」

「えっ、お風呂とかもあるの?」

「そっちは戸塚も知らなかったんだな。俺は花見の季節にバイトで牛糞撒いた後使わせてもらって知ったんだけどな」

 牛糞!? 牛糞を撒くバイトって何?

 

「そっか……でも、僕、ちょっと体に欠陥があって、お父さんから他の人と一緒にお風呂に入っちゃダメだって言われてるんだ……」

「そっか……いや、何か悪いこと言っちゃったな。お前が悩んでること気づかなくてすまん」

「ちっ、違……八幡が悪いわけじゃないから!」

 本当に八幡が申し訳そうな顔してて……八幡は知らないだけで何も悪くないのに……。

 でも、八幡なら……本当に八幡が僕の親友なら、受け止めてくれるよね?

 怖い……でも、本当の親友になるためには、覚悟を決めなきゃいけないこともあるんだ。

 

 僕は、立ち去ろうとする八幡の手首を掴んで、

「八幡が気味悪がらないでいてくれるなら、僕、八幡と……」

「あ、ああ、もちろんだ! お前のことを気味悪いとか思うわけないだろ!! 約束する! お前にどんな秘密があろうと、全部俺が受け入れてやる!!」

「ありがとう!」

 やっぱり八幡だ! 僕は嬉しくて少し泣きそうになっちゃった。

 そのまま手を繋いだまま、八幡の案内で大浴場に向かった。

 

「八幡……やっぱり恥ずかしいから先に入ってもらっていいかな……?」

「ん、ああ分かった。それより無理すんな。ダメそうなら無理に入ってこなくていいからな」

「ありがとう!」

 やっぱり八幡は優しいな。

 今でも不安は残ってるけど、八幡の気持ちに応えるためにももう逃げることはできないんだ。

 

 八幡が服を脱いで、先に浴室に入っていく。

 僕は、その背中を見届けてテニスウェアの上を脱ぎ始める。

 


 

「おっ、おじゃましまーす」

 やっぱり恥ずかしいから前を隠しながら浴室に足を踏み入れた。

 だって、さっき見た八幡の……はずいぶん立派だったし……。

 それに比べて僕……。

 

 八幡はカランの前に座って頭を洗っていた。

 僕もその隣に座って身体を洗い始める。

 

「八幡、そのままで聞いてもらいたいんだ。さっき、僕、体に欠陥があるって言ったんだけど……」

「べ、別に嫌なら無理に言わなくてもいいんだぞ」

「いや、八幡には聞いてもらいたから」

「おお、そうか。分かった、聞かせてくれ」

 八幡が頭の泡を流し切るのを待って話を続けた。

「僕……」

 まだ髪の毛の雫が垂れ、下を向いたままの八幡のゴクリという息を飲む音が聞こえた。

 

「まだ生えてないの!」

 

「は?」

 

「僕、まだ生えていないんだ……」

 

 八幡がクックックって笑う声が聞こえる。

 

「酷いよ……僕、真剣に悩んでるのに……」

「いや、すまんすまん。お前を笑ったわけじゃないんだ。ただ、この年で生えてないなんて別に恥ずかしいことじゃないからな? 俺も修学旅行で他の奴らと風呂に入ったけど、まだ生えてないやつなんて普通にいたぞ?」

「えっ、本当?」

「俺が嘘言ってるように見えるか?」

 僕は八幡の目をじっと見る。

 

 八幡、いつもみんなは君の目を腐った魚のような目だなんて言うけど、僕は大好きだよ?

 

「戸塚……ちょっと顔が近くないか?」

「あ、ごめんね。でも八幡が嘘なんて言ってないことは、よくわかったから」

 近いって言われてなんか意識しちゃったせいか、急に恥ずかしくなって下を向いちゃった。

 八幡も赤い顔してるけど……。

 

「だったら、せっかくだから見せ合いっこしないか?」

「え、でも、恥ずかしいよ……」

「男同士、恥ずかしがることなんてないだろ?」

「でも、前に海老名さんが見せてくれた本だと、葉山くんと八幡がお風呂で互いのアソコを見せ合った後、葉山くんが八幡に……」

「わーーー! 姫菜のやつ、戸塚になんちゅうもんを見せるんだ! あれはあくまでも創作だから! 本物の俺はそんなことしないから!!」

「そ、そう、しないんだ……」

 あれ? 僕、なんかガッカリしてる? いや、あの本では八幡はされる方だったし、そういうことだよね?

 

「じゃあ、見るぞ……」

 八幡が僕の閉じた膝を両手で開こうとするけど……やっぱり恥ずかしい〜!

 それでも、僕が足を閉じようとする力より八幡の腕の力の方が強くて、強引に……。

 八幡は俺のも見ていいからって言うけど、やっぱり八幡は凄くて、それに比べて僕は……。

 急に八幡の動きが止まり、僕の顔を見る。

 

「……戸塚……無いんだけど」

「だから言ったじゃない。生えてないって!」

「いや、俺はてっきり毛の話だとばっかり……」

「今はまだ付いてないけど、男らしい男になったらアレ生えてくるってお父さんが言うから……」

「そ、そうか、そうだよな。こんな可愛い子が男のはずがないよな……」

 その言葉を残して、八幡は鼻血を噴き上げながら後ろ向きにお風呂場の床へ倒れて行った。

 

「はっ、はちまーーーん!!」

 


 

「それで私が呼ばれたと?」

 

「陽乃さんもいないし、今、ここで頼れるのはお前だけなんだ」

 八幡がそう言うと、海老名さんは「はぁー」っとため息を吐きながら、僕のズボンとパンツの中に片手を突っ込んできた。

 

「海老名さ……あン……だ、ダメ……」

 股間をひとしきり触られて、つい声が出ちゃった……。

 八幡の見てる前でこんなことされてこんな声出すなんて、凄く恥ずかしい……。

 

「八幡殿、此奴、やはり女子めにございまするぞー!」

 えっ!? 何言ってるの? 僕は男の子なのに……。

 

「姫菜、すまん。戸塚にちゃんと説明してもらえないか?」

「分かった……仕方ないね……」

 海老名さんが何か諦めたようにそう言い、僕は彼女に手を引かれて、女子トイレの個室に連れ込まれた。

 そこでいきなり海老名さんにパンツを下ろされた時は悲鳴をあげそうになったけど、その後彼女から聞いた話は驚くことばかりで、海老名さんは手に持ったテキストを使って、僕に男の子と女の子の違いについて詳しく説明してくれたんだ……。

 その結果……。

 

「八幡……僕、もう八幡みたいにはなれない……」

 そう、僕は男の子じゃなかった……。

 

「僕は今まで八幡を欺いていたんだね……ごめん……」

「とっ、戸塚が謝ることじゃないさ。お前自身は知らなかったんだろ?

 

「八幡……」

 八幡は優しいからそう言ってくれるけど、僕自身が僕を許せないんだ……。

 

「僕……八幡みたいな男らしい男の子に憧れて……いつかそうなりたいって……でも……」

 その頃には、僕は涙が溢れて声を出して嗚咽を漏らしていた。

 すると八幡は正面からふわりと僕を抱きしめて、

 

「泣くな、戸塚。お前が男だろうと女だろうと、俺たちが友達であることには変わらないだろう?」

 そう言って優しく背中をさすってくれた。

 



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千葉最大の侵略〜花も嵐も踏み倒せ!番外編 SAIKA☆さよなら友達(ⅱ)

はい、またお会いしました。
えーと、なんでこうなった?
パクリの次はこの迷走。
そして前回、初めに謝っておきますと言いながら全く謝ってなかったことに気づきました。
ほんとごめん。


「ただいまーって……これどうなってるの?」

 僕たちのところへ現れたのは、この場所を貸してくれた雪ノ下さんのお姉さんだった。

 

「あ、陽乃さん、あの、戸塚君が女で、そのことで泣いちゃって、それを八幡くんが慰めてて……」

 僕はまだ泣いてて声にすることができなかったし八幡は僕を慰めてくれていたから、海老名さんが代わりにこの状況について説明してくれていた。

 

「あちゃー、バレちゃったかー」

「バレたって……あんた、戸塚が女だって知ってたのか?」

 八幡が低い声で尋ねた。

「うん、知ってたよ。だって、戸塚君のお父さんから聞いたんだもの」

「なんで黙ってた……」

「それは戸塚君ちの家庭の事情だからね」

「だからって!」

 八幡は少し怒気を帯びた声で雪ノ下さんのお姉さんを追及する。

 

「比企谷くんはさ」

 それでもお姉さんは冷静に応えた。

 

「その事情を聞いてどうするの? それを聞いて最後まで責任が取れる? ちゃんと覚悟を持って話が聞ける? それは彼……もう分かっちゃったから彼女でいいか、彼女を傷つけるかも知れないんだよ? それでもいいの?」

 そうだよ、八幡……。

 僕が傷つくのは構わない。だって僕は君を騙していたんだから。

 でも、そのことで君が負い目を感じたり、傷つくようなことになったら……僕……。

 

「俺は……戸塚の……親友だから……例え傷つけることになっても……戸塚のためにできることがあるなら……戸塚とともに傷ついてやれるなら……」

「八幡!」

 今度は僕から八幡に抱きつくいた。

 そして再び八幡の胸で泣きじゃくった。

 

「仕方ないわね。こんな廊下じゃなんだから、玉座の間に行こうか」

 


 

「落ち着いた?」

「ありがとうございます。もう大丈夫です」

 その後、八幡と海老名さんとともに「玉座の間」と呼ばれる部屋に連れてこられ、そこで温かいココアを貰って、僕はようやく気分を落ち着かせることができた。

 八幡は相変わらず、あの甘いコーヒーを飲んでるけど。

 

「え……と、どこから説明したらいいかな?」

「まずはなんであなたが戸塚が女だってことを知っていたかです」

 そ、そうだよね。

 僕だって知らなかったのに。

 

「そうね、まず、戸塚くんには雪ノ下家の戦闘メイドとしてバイトしてもらってたんだけど……」

 

「おい、ちょっと待てーい!」

 

「何よ、話の腰を折って」

「あんた、卒業式の晩に稲毛の浜で暴れてたのは戸塚じゃないって言ったよな?」

 

「言ってません」

 

「嘘を言うな! 俺があれは戸塚だろ、と言ったら違うと」

 

「言ってません」

 

「いや、確かに……」

 

「私、暴言も失言も吐くけれど、虚言だけは吐いたことがないの」

「それ、あんたの妹のセリフな!?」

 えっ? 卒業式の日? 稲毛の浜? ううっ、記憶が……。

 

「私が言ったのは、『あれはベータさん』と言うことだけで、戸塚くんじゃないとは言ってないわ」

「それは屁理屈……」

「あら? こういうのは君の得意分野じゃない?」

「ぐぬぬ……」

「それにね……必ずしも戸塚くんとは断言できないんだ……」

「ちょっと、何を言って……」

 

「八幡……」

「なんだ戸塚?」

「あのね、僕、あの卒業式の夜、少し記憶が曖昧なんだ……」

 そう……うさぎさんの格好をして城廻先輩をパーティー会場に誘導し、ドレスを着て八幡とダンスを踊ったことはよく覚えてるんだ。

 でも、雪ノ下さんの家のリムジンに乗ってその後……。

 


 

「あの夜、あの浜にいたのは戸塚くん、でも戸塚くんじゃなかった……」

 

「俺には全くチンプンカンプンなんだが……」

「分かりやすく言うと、あそこで暴れていたのは戸塚くんの別人格なの」

「戸塚の、別、人、格……」

 

 そ、そうなんだ……朧げながら海岸にいたような気がしたけど、ずっと夢か何かかと思ってた。

 でも、あれが現実で……。

 その時、僕は……。

 

「普段の戸塚君なら、あんな他人をどつきまわるようなことしないでしょ?」

「たっ、たしかに……」

「あれは、カルマ値マイナス200の戸塚くん。アライメントは凶悪。あの時の彼……彼女は嗜虐心に満ちていたわ。まあ、それを利用してウチの仕事をしてもらったんだけどさ」

 

 カルマ値200の僕……って、よく意味が分からないけれど、八幡は意味を理解して驚きの表情を浮かべていた。

 

「だ、だが、まだ疑問はある。陽乃さんとと戸塚の接点なんて無かったはずだが」

「それはね、これよ!」

 

 そう言って雪ノ下さんのお姉さんが僕と八幡に見せたのはスマホの画面。

 そこには、「電柱組が解決する! 千葉県縦断お悩み相談メール!!」というページが表示されていた。

 

「おい! これって奉仕部の『千葉県横断お悩み相談メール』のパクリじゃねえか!」

「さあ、何のことかしら~ほほほほ」 

「で、これが何だって言うんですか」

「これを通じてね、戸塚君のお父さんから相談があったの」

 

「え、僕の?」

 家では何も変わったところはなかったのに……。

 

「君のお父さんがね……もう限界だと相談を……」

「後は私から説明させてください」

 そう言って部屋に備え付けられた高さ80センチほどのサイドボードの、よく高級そうなブランデーとかが並んでいるスペースから、まるでエスパーのように折り畳まれた身体を、ニョキニョキと延ばすように出てきたのは……僕のお父さん!?

 

「はじめまして、戸塚彩加の父です。はいい〜〜〜」

 そうやって、片足を上げて手を開く決めポーズを取る父。

 

「お父さん! なんでこんなところに!?」

「いや、ソファで待つように言われたのだが、皆さんの声が廊下から聞こえてきたら急に怖くなって思わず隠れてしまったんだ」

 

「戸塚のお父さん、こんな狭いところに入ると、股関節症とかになってしまいますよ」

「君が、比企谷君だね。彩加からいつも話は聞いているが、やはり君は優しいな。私のことはお義父さんと呼んでもらっても構わないからね。むしろ推奨♪」

「えっ、たしか今、お父さんと呼んで……アレ? 何か微妙にニュアンスが違うような……」

「お父さん!? いったい何を言っちゃってるの? 僕と八幡はまだそんな関係じゃ……」

「まだ、ね。フフーン♪」

 ん、わが父ながらちょっとウザい。

 


 

「さて、彩加の話だったね……私たちは、娘、彩加を、慈しみ深い、愛の溢れる人として育てようと、それはそれ愛情を注いで育ててきた。そして、『彼』は期待に応えてくれた。それは分かってもらえるかね? 比企谷君」

「は、はい! こんな俺でも分け隔てなく接してくれて、話しかけてくれて……それはもう、何度も昇天しかけてしまうくらい、まるで天使と見まごうくらいの存在です!!」

 

 ちょっ、ちょっとー! 八幡、僕が目の前でそんな、恥ずかしすぎるよ〜〜〜!

 

「比企谷くんは実際、夜中に何度も昇天してるしね♡」

「ちょっ、陽乃さんこんなところで何言ってんすか! おい、姫菜、どうして俺を睨む?」

 は、八幡が実際に昇天したってどういうこと!?

 海老名さんも怖い顔してるし……。

 

「分かるっ! 分かるよー、比企谷君!! 私も自分の娘でなかったら、ぐへへ」

 あ、これはダメだ。僕ののお父さんはダメな人だ──

 

「コホン。ま、そのことは置いといてだね、ひょっとしたら私たち夫婦は、自分たちの理想とする人格を押し付けすぎたのかもしれない。人間誰しも清い部分と汚い部分を持つ。しかし、清い部分だけを表に出し、汚い部分を抑圧された心は、いつしかそれを抑えることができなくなり、嗜虐的な別人格を生み出した」

 

 そんな……僕の中に別の人格? 僕は信じられないと言った面持ちで父の話を聞いた。

 

「元々、彩加に男の子の格好をさせようとしたのは妻だ。娘を溺愛する私を何故か妻は警戒し、彩加を男の子として育てるようになった」

 

「……戸塚、悪いが俺はお母さんが正しいような気がする」

 

 八幡……僕もそう思うよ……。

 

「しかし! しかししかししかーし!」

 

 おっ、お父さん!?

 

「彩加はこんなに可愛いんだぞ? そんなことに納得できるかっ! だから私は、時々妻に隠れて彩加に女の子の服を着せ、その可愛い姿を堪能していたのだっ!」

 

 ダメだこいつ……早くな何とかしないと……。

 

「だが、悲劇は起こった。男の子として育つのが日常で女装が非日常……それに合わせるように日常では優しい彩加、非日常に嗜虐的な彩加が現れるようになってしまった……」

 

 え?

 

「私が女装彩加にこのことはお母さんには内緒だよ、全て忘れるんだと言い聞かせていたら本当にその時のことは忘れるように……かくして全く別の人格が形成されるようになってしまったのだ!」

 

「なぁ戸塚……俺、全く話についていけないんだけど」

「偶然だね、八幡。僕もだよ……」

 

「女装というか女の子を意識することによって現れる別人格……そんな彩加に虐げられることも私の喜びではあったが……いや、抑圧された人格が爆発しないよう、仕方なく、それはもう仕方なくその別人格をたまに表に出し、私の身でその嗜虐心の受け皿となっていたわけだが……」

「いや、あんた今、ちょっと本音出てただろ?」

「はっはー、何のことかな?ヒュッ、ヒュー~~~」

 とぼけた顔で鳴らない口笛を吹くお父さん。

 

「しかしながら、それも続けることはできなくなった」

「それはどうして?」

「それはね、比企谷君、彩加がテニスを始めて力が付いてきたせいか、いよいよ私のカラダの傷も隠しきれないものとなり、妻にバレそうになっているからなのだよ」

 

 お父さん! なんか浮気してる人みたいだけど、それ、相手、僕なんだからやめてよ!

 

「そこで、たまたま千葉県縦断お悩み相談メールの存在を知り、この雪ノ下陽乃さんにご協力いただいて雪ノ下家の戦闘メイドとして別人格時の性格を活用してもらっているのだ!」

 

 お父さん……そんな、ババーン!って感じで胸を張られても、何一つ同意も共感もできないんだけど……。

 

「だが、いつまでも騙し続けることはできない」

「ど、どうしてですか?」

「それはね……これまで、女性の身体に起きる月に一度の生理現象を、男の子のち○ちんが生える過程だと説明してきたが、当然いつまで経ってもそんなものが生えるわけがないのだよ」

 

 そ、そうだよね……なんで海老名さんに教えられるまでそんなこと信じてたんだろう……。

 


 

「そっ、そんなこと言われても信じられない! そりゃ、戸塚が聖印を象ったような武器で暴れているところは見ましたけど、嗜虐的なんて……」

「じゃあ、比企谷くんにはこれを観てもらおうかな?」

 お姉さんがそう言ってリモコンを操作し、壁のテレビに映像を映し出した──

 

------------------------------------------------------------

「困りましたねー。そのような非協力的な態度を取られるということになると……」

「生きたまま椎茸の種駒を打ち込んで菌床にでもすればよいのではないかしら」

「そんなー、手っ取り早く肥やしにしてしまったほうが早いっすよ」

「ひっ、ひぇ〜〜〜!」

 

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「これは『千葉最大の侵略〜花も嵐も踏み倒せ! 散り始め~そして葉桜 (完)』のワンシーンよ」

 こっ、これが僕? 肥やしにするって何? こんな記憶、全然ないんだけど!?

 

「戸塚がこんなことを言うなんて……ということは、一色も二重人格?」

「いえ、彼女は素よ」

「ああ、そうですか……」

 でも、これで僕が二重人格ということが……えっ、でも……。

 


 

「しかし、その話はおかしい! 女装した戸塚が嗜虐的になって暴れるというのなら、めぐり先輩の卒業パーティーでドレスを着た戸塚は、普通の戸塚でした」

 

「そこよ! それなのよ!!」

 わぁ、びっくりした!

 突然お姉さんが大声をあげて八幡に向かってビシッと指を刺した。

 

「『バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!番外編 めぐり☆涙のグラジュエーション・デイ(2)』での戸塚くんは、綺麗なドレスに身を包みながら、比企谷くんと大人しくチークダンスを踊っていたわ」

 

「な、何? 彩加がドレス姿でチークダンス! そっ、その映像はないのかね!?」

「お父さんうるさい」

「ぎゃひい!」

 お父さんが分かりやすくショックを受けてるけど、同情心は一切湧かなかった。

 

「彼……いえ彼女は、比企谷くんの前では、女の子の姿でもそのままの戸塚くんでいられるということなのよ」

「ええー!!」

 

「ここからはわたしが説明しよう」

 そう言ってこの部屋に入ってきた白衣を着たこの人は……誰だっけ?

 

「あっ、あんたは……」

 

「君に会うのは『千葉最大の侵略〜花も嵐も踏み倒せ! 九分咲き』以来だな、特殊な目をした少年」

「出たなー、この、マッドサイエンティスト!」

「はっはっはー、それは褒め言葉と受け取っておこう。おっと、こちらの少女に会うのは初めてだったねー。私は、大分県立今津留高校物理科教諭 真船だ。発明おじさんとでも呼んでくれたまえ」

 そう言って、片膝を立てた状態で僕の手を取って手の甲にキスを……。

 しようとしたところで、八幡とお父さんにぼてくりこかされていた。

 

「陽乃さん! どうしてこんな奴が……」

「この人は元々電柱組の科学顧問をやってるから……それで今回の戸塚くんのことを解析してもらってね、さっきの結論に至ったの。それをあの時試してみたのよ」

 

 真船さんと言った人が何事もなかったかのように立ち上がり、人差し指でメガネをグイッと上げて言った。

 

「これは一言で言って、『恋』なのだよ」

 

 ……は?

 

「戸塚君だったね、いや、戸塚さんと言うべきか。彼女の心の中では比企谷君に感じていた男の友情が、本人も気づかないまま女性としての愛情に変化しており、さらに恋する男の前で汚い自分を出さないようにと嗜虐的性格も表に出さずに済んでいたと言うわけだ。これぞ恋のなせる技!」

 

 いや、そんなハッキリ言われると恥ずかしいんだけど、僕が八幡に恋……///

 

「だからね、比企谷君。彩加が綺麗な彩加として女の姿のままで生きていくためには君の存在が不可欠なんだよ! そうすれば、妻公認で女子姿の彩加が……ぐへへ」

 

「いや、これ本当に何とかしないとダメだろ!」

 

「私なら今すぐ何とかできるが? この『物理的人格矯正装置』で」

「だから、白衣のポケットからトンカチを取り出すのやめい!」

 

 八幡は止めるけど、僕は本当にお父さんの人格が矯正されるならそれでもいいと思った。

 これはたぶん嗜虐心じゃなくて、心からの願いだ。

 

「戸塚、別に生き方を変える必要なんか無いぞ。俺は今までどおり親友だって思ってるし、戸塚もそうだろ?」

 

 僕は────

 

[newpage]

「駄目だよ……」

 

「えっ?」

「僕は君をずっとずっと相手騙してたんだ……だから、君と親友でいる資格がないんだ……」

「そんな……お前は知らなかったんだし俺を騙しちゃいないだろ?」

 そうして僕に手を差し伸べる八幡。

 

「八幡、ごめん……」

 

 僕はその手を取ることなく部屋を飛び出た。

 

「戸塚っ!」

 

 背中から八幡の声が聞こえる。

 でも、振り返ることなんてできなかった。

 だって、僕はもう君の親友ではいられないんだ。

 

 僕は君を騙していたから。

 

 僕は僕を騙していたから。

 



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千葉最大の侵略〜花も嵐も踏み倒せ!番外編 SAIKA☆さよなら友達(ⅲ)

はい、またお会いしました。
今回、普段より短め。
普段からこのくらいだといいのでしょうけど、なかなか切れが悪く……。
それじゃ自分のションベンじゃろがい!
キリが悪くてうまくいきませぬ。
構成が下手なのでおじゃる。


 翌日から僕は学校を休んだ。

 

 突然、自分が女の子だったという現実を突きつけられてどうすればいいのか分からなかったし、何より八幡に合わせる顔がなかったから……。

 ずる休みだと知りながら、お母さんは何も言わないでいてくれてる。

 お父さんとお母さんは昨夜、僕の話をしたらしい。

 

 しばらくして大きな音がして、その後お父さんの姿は見えなくなった。

 

 ずる休みなんてしたことがないから、どんな時間の過ごし方をしたらいいか分からないや。

 受験生だし、参考書を開いてみたりもしたけれど、八幡の顔が浮かんできて内容が全く頭に入ってこないんだ。

 

 八幡……君は今、何をしてるのかな……。

 

 そろそろ日も傾きかけた頃、不意に玄関のインターホンが鳴った。

 またお父さんが変なDVDでも買ったのかなとモニターを覗き込むと、そこに立っていたのは海老名さんだった。

 

『はろはろー、戸塚くん……じゃなくて戸塚さんと言った方がいい?』

 インターホンの小さなモニターに映った彼女の表情は、夕日を反射したメガネのせいでよく分からなかった。

 

「こんにちは。それ、まだなんかしっくりこないかな。はは……」

 

 そんなことより確かめなければならないのは───

 

「え、と……どうして海老名さんが?」

『学校からのプリントと差し入れ、かな?』

 そう言って紙袋を掲げてモニターに映して見せた。

 

「え? でもクラスも違うのに……」

『いろいろとナイーブな問題もあるから、事情を知ってる私が来たって感じ』

 そうなんだ……確かにクラスの人とかには事情を話してないから、学校側も気を遣ったのかもしれない。

 

「あの、は、八幡は……」

 事情を知っているということなら、八幡も該当すると思うんだけど……。

 

『そこは同じ女の子だから、ということだと思うよ』

「そ、そうなんだ……」

 その言葉を聞いて、僕はホッとすると同時に淋しさを感じた。

 

『一応、担任の先生に確認するように言われてるんだけど、学校来れそう?』

「ん……まだ、心の整理がつかなくて。クラスのみんなやテニス部のみんなを騙してたってのもあるんだけど、何より八幡に合わせる顔が……」

 それは僕の気持ち、そして……。

 

「それに八幡だってずっと騙し続けていた僕なんかに会いたくないだろうし……」

 

『そんなことないよ!』

 突然、モニターの向こうの海老名さんが大きな声で叫んだ。

 

『そんなこと、あるわけがない。八幡くんはそんな人じゃないよ。一番信頼している君にそんなこと言われたら、彼、傷ついちゃうんじゃないかな』

「でも僕は……」

『彼はいつも戸塚くんの性別は戸塚だっていつも言ってたよ。君の肉体的な性別が男でも女でも関係ないんだよ。だから、君は八幡くんを騙したことにはならないよ』

「それでも……」

『そう思うのは仕方ないと思う。君にとってはショックだったんだろうから。でもね、八幡くんがそんな君を責めたりするような人じゃなあってことだけは覚えておいて欲しいかな。じゃあ、わたしは帰るね。差し入れ、玄関のドアノブに下げておくから、後で回収して」

 

 そうして、海老名さんの姿はモニターから消えた。

 

 彼女はあんなに八幡を信用してるんだ。

 なのに僕は……。

 


 

 玄関の鍵を開けてそっと扉を開き、ドアノブにかかった紙袋に手を伸ばす。

 すると、突然伸ばした手が何者かに掴まれた。

 

「ひっ!」

 そしてそのまま身体を玄関に押し戻され、鍵がカチャリと閉められた音が聞こえた。

 

「戸塚くん、つーかまーえたー」

 僕は腕を掴まれたまま、框の部分に押し倒される。

 

「え、海老名さん!? なんで……」

「ふふふ、わたし、ホモも好きだけど、女の子同士もイケるクチなんだよ?」

 

 えええー!!

 

「八幡くんに呼ばれて戸塚くんのアソコを触った時の声が可愛くて……ね?」

「ちょっと! ね? じゃないから!!」

「いいからいいから、今まで女の子って分からなかったんだから、女の子のキモチイイとこ知らないよね? だから、教えてア・ゲ・ル」

「嫌、やめて!」

 Tシャツを捲り上げて海老名さんの指が僕を胸のあたりを這う。同時にショートパンツと下着を一緒に膝の辺りまで下ろされ、その中心部分にもう片方の手が伸びる。

 

「あっ、だめ……そんな……」

 

 抵抗しようとしているのになぜか力が入らない。

 ならいっそこのまま海老名さんに身体を委ねてしまう?

 

 嫌だ、そんなの嫌!

 

 助けて……助けて……。

 

「助けて、八幡!」

 

 するとそれを聞いた海老名さんの手がピタリと止まった。

 

「それが君の本当の気持ち、でしょ?」

 

 僕の……本当の気持ち──

 

「だったらさ、素直になればいいと思うよ」

 そう言って、彼女は立ち上がり、自分のスカートをパンパンっとはたいた。

 

「あの……どうして……」

 続いて僕も下着とショートパンツを上げ、はだけたTシャツを正しながら立ち上がった。

 

「八幡くんが心配してるから、かな?」

 

「でも、でも、僕が本当に素直な気持ちを出したら、海老名さん的には良くないんじゃないの? 僕の八幡に対する思いは……」

 

 そう。とっくに分かってたんだ。

 僕の八幡に対する気持ちは友情なんかじゃないって。

 

「それとも、正妻の余裕?」

 悔しいけれど、今の八幡の気持ちは────

 

「んー、ちょっと違うかな? 私的には八幡くんとずっと一緒にいられたらと思う。でもさ、二人だけで依存しあって生きていても彼を幸せにすることはできないし、何より────」

 そこで間を置いた彼女は、

 

「もし私がいなくなったとしても、八幡くんには笑っていてほしいからさ」

そう言って、少しだけ淋しそうに笑ったんだ。

 

 僕がその儚げな表情から目を離せずにいたら、だんだん彼女の顔が近づいてきて、

 

「ん……」

 僕の唇と彼女の唇が重なった。

 

「あんまり熱く見られてるから、思わずキスしちゃった。これって浮気になるのかな? 八幡くんにはナイショね。じゃ、また学校で────」

 そう言い残してバタバタと彼女は玄関のドアを開けて出ていった。

 

 僕は指で唇を押さえながらその場に立ち尽くしていた……。

 



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千葉最大の侵略〜花も嵐も踏み倒せ!番外編 SAIKA☆さよなら友達(ⅳ)

はい、またお会いしました。
いよいよ「千葉最大の侵略~」シリーズも本当の本当に最後です。

それにしても今回の番外編は酷かった。
パクリとかパクリとかパクリとか。
ワタシ、怠惰デスネ。
の、ののののののの脳が震えるぅぅぅ!!

ごめんて。


「おはよう、八幡!」

 海老名さんが家に来た日の翌朝、ようやく登校した僕は八幡の教室に立っていた。

 

「八幡、遅い!」

「すまんすまん、昨夜遅くまでラノベ読んでてな」

 もう少しで始業という時間に八幡は気だるげに入ってきて、自分の椅子に座った。

 

「戸塚。もう大丈夫なのか?」

 ちょっと会わなかっただけなのに、ずいぶん懐かしく聞こえる八幡の声。

 マスク越しで少し聞こえづらいけど、ずっと聞きたかった声。

 

「うん。僕はもう大丈夫、だよ」

 僕は立ったまま、少しだけ前のめりになり顔だけを八幡の顔の近くに置いて話をする。

 本当はあまり近づいて話をしちゃいけないんだろうけど、お互いの声がマスクで聞こえづらくて、かと言って周りには聞かれたくないから大きな声も出せないので必然的に二人の距離は近くなる。

 

「八幡は、さ……僕のこと……どう思ってる……の?」

 僕は、周りに聞こえないくらいの小さな声で、恐る恐る八幡に問いかける。

 

「何言ってるんだ。戸塚は戸塚だろ? これからも俺たちは友達……で、いいのか? 俺、今まで友達いたことないからよく分からんが」

「そっ、そうだよね。僕たち、変わらないよね、ははっ」

 八幡から変わらないと言われたことで僕は安心感を覚えた。

 なぜか少しだけモヤモヤしてたけど。

 

「戸塚、戸塚……」

「えっ?」

「そろそろ教室、戻らなくていいのか?」

「そ、そうだね!」

 いつの間にか始業の時間。慌ててその場を離れようとしたけれど、気ばかり焦って足がついていかず、身体のバランスを崩して座ったままの八幡に覆い被さるように倒れ込んでしまった。

 

「戸塚、大丈夫か?」

「う、うん。ごめんね。八幡が支えてくれたからだいじょう……」

 気づけば八幡の左手は背中に回され、右手は僕の胸を掴むような体勢になっていた。

 

「きゃっ!」

「と、戸塚、すまん!」

 

 僕は両手で胸を押さえて八幡の教室から走り去った。

 

 今までだったらこんな風に動揺なんてしなかったくだろうけど。

 だけど……やっぱり今まで通りじゃいられないんだ……。

 せっかく変わらないって言ってくれたのに、

 ごめんね八幡。

 

 さよなら友達────

 


 

(ご存知!茶番屋台)

 

「あのー、月詠先生、今日は私たち3人ですか?」

「そうですねー。緊急事態宣言が明けたとはいえ、まだ、人の流れも戻ってませんし、学園都市の出入りは以前にも増して厳しくなってますからねー。皇桜女学院の立花先生や愛菜先生、千葉にいる黄泉川先生も来づらいでしょうし。あ、おじさん、耶馬美人ロックですぅ」

「あいよ」

 

「それで、私たち、こうやって一席ずつ離れて座ってるんですね」

「そうです。鉄装先生、ソーシャル・ディスタンスが大事なのですよぉ〜。おじさん、曲のリクエスト、アルフィーの星空のディスタンスですぅ」

「あいよ」

「きょ、曲のリクエストなんかもあったんですね……」

「鉄装先生も何かあったらリクエストしてみてください」

 

「それで……」

「どうしましたか?」

「また日も落ち切っていないのに平塚先生はどうしてもう酔い潰れて突っ伏して寝ちゃってるんですか!?」

 

「ああ、それは学校が早く終わったけど、予定してた婚活パーティーがことごとく中止になって早い時間から飲んでたからですぅ。この屋台も時短営業ですし」

「あ、そうなんですね」

「なので、鉄装先生もどんどんいっちゃってくださいー。おじさん、わたしと鉄装先生にレモンハート151、ストレートですぅ」

「あいよ」

 

「……ぐすっ、比企谷〜私を貰って──」

 

「誰なんですか? 比企谷って」

「平塚先生の千葉時代の教え子だった男の子ですねー。一度だけ会ったことありますけど、黄泉川先生の話だと、上條ちゃんみたく素直じゃないけどいい子だそうですよー」

「へぇー、そうなんですね。私も一度会ってみたいかな?」

「おやー、鉄装先生が男の子に興味を持つなんて珍しいですねー。先生もそろそろ恋をしたくなったんですか?」

 

「い、いえ、全然そんなんじゃないですから! 月詠先生かんぱーい!!」

「あ、そんな一気に!」

 

「くはー! あれ? なんか世の中が回って……」

 

「あちゃー、このお酒75度もあるんですよー。そんな一気飲みなんてしちゃったら……二人とも寝ちゃいましたねー。おじさん、おでん盛り合わせですぅ」

「あいよ」

 


 

 あれから────

 

 僕は海老名さんの行動について考えてみた。

 

 だって、僕にとってはファースト・キ……キスだったんだよ?

 

 別に嫌だったとかそんなんじゃないんだけど、彼女がなんでそんなことをしたか分からなくて。

 

 海老名さんが僕のことを好き?

 

 そんなことはあり得ないよ。

 だって、彼女は八幡が好きなんだし。

 

 でも、でもでも、もし本当に彼女が僕を好きであんなことをしたとしたら?

 ほら、彼女は男の子と男の子が、その……仲良くする話とか好きだし、ひょっとしたら女の子同士も……?

 

 だけど僕は、僕の気持ちは……。

 

 その時浮かんだのは八幡の顔。

 

 八幡────

 

 そうか。

 

 友情とか、それは単に言葉に過ぎなかったんだ。

 ただ、気持ちに素直になけばよかったんだ。

 

 だけど、今まで女の子として考えたことがなかったからどうしたらいいのか分からないよ。

 

 奉仕部に相談する?

 

 ダメだよね。八幡がいるし、それに雪ノ下さんや由比ヶ浜さんだって八幡のことが好きなんだから、そんな人たちに相談できないし。

 

 同じ理由で三浦さんや原滝さん、一色さんとそして相模さんにも無理……。

 一体どうしたらいいのかな……。

 


 

 そして土曜日。

 

 こんな僕の話を聞いてくれる人がいて、その人のアドバイスを受けながらとにかく僕にできることをしようと八幡の家にやってきた。

 

 僕がチャイムを鳴らすと、お父様が玄関先で出迎えてくれて、また新しい嫁候補が、と笑顔で迎えてもらった。

 次に出てこられたお母様は、八幡から僕の名前を聞いたことがあったらしく、やっと八幡の男の子の友達が家に、と、やはり大いに歓迎してくれて、お二人とも、八幡はまだ寝てるけど、ゆっくりしていってくださいねと言い残して休日にも関わらずお仕事に向かわれた。

 

 たしかに小さい時からご両親のこんな姿を見ていたら、八幡が働きたくないと言うのも分かるけど、口ではそんなことを言いながら、本当は誰よりも責任感が強くて働き者なんだよね。

 

 そんな八幡だから僕は────

 


 

「おっ小町、朝ごはん作ってるのか? なんかいい匂いが……」

 誰かが階段を降りてくる音、そして八幡の声が聞こえてきた。

 

「あっ、八幡! おはよう!!」

「その声、戸塚か? どうして戸塚が……って、ええっ!?」

 

「まだ、お料理は勉強したてで自信ないんだけど、食べてもらえたら嬉しい、かな?」

「いや、なんで戸塚が朝ごはんを作ってるんだ?」

 

「だって、八幡がいつも言ってるんだよ? 毎日俺のために味噌汁を作ってくれって。毎日は無理だけど休日くらいはと思って」

「たっ、確かにそれは言ったがしかし……」

 

「八幡は、僕に嘘をついてたの?」

「いや、そうじゃなくてだな……」

「だったら、どうして僕から目を逸らしてるの?」

「それは……」

 

 やっぱり八幡は僕を見てくれない……。

 僕の目に少し涙が滲みかけたその時、

 

「せんぱーい、愛しのいろはちゃんが参上しましたよ……って、戸塚先輩!?」

「はちくーん、今日も来ちゃった……って戸塚くん!?」

「お兄ちゃん、朝っぱらからうるさくて捗らないんだけど……って戸塚さん!?」

 

「おい、一色にめぐり先輩に小町! 全員服を着ろ!!」

 

 僕がいたからか、みんな慌てて奥へ引っ込んだけど、ほんとびっくりしたー。

 だって、全裸だよ!?

 ほら、今まで男の子として育てられてきたから他の女の子の身体とか見たことなかったし、それに……。

 

「ねえ、八幡って、あの……みんなと……その……エッチなこと、してるの?」

 僕は恥ずかしながら思ってた疑問を口に出す。

 

「いや、そんなことしてねえから!」

 みんな当たり前のように全裸だったけど、本当に、そうなのかな……でも、八幡は僕に嘘をついたりしないよね?

 

「分かった。僕、八幡を信じる」

「戸塚……ありがとうな。それで、俺からも一ついいか?」

 

「彩加!」

 

「はっ?」

 

「僕だけ名前で呼ぶのって、なんかずるい。八幡にも名前で呼んでほしいな」

「いや、しかしだな……」

「前に呼んでくれたことだってあったのに」

「あの時はほら、お前を男だと思ってたから……女の子を名前呼びなんて、ぼっちにはハードルが……」

 

「海老名さんのことは下の名前で呼んでるし、さっき城廻先輩にも」

「それはまあ、アレがアレで……」

 

「呼んで、くれないの……?」

 少し上目遣いで目を潤ませてみる。

 

 こうすれば八幡が断れないのを知っててお願いしてる……本当は僕の方がずるい人間だ……。

 

「ん〜〜〜〜〜、さい、か……?」

 

「八幡!」

 名前呼びされたことに嬉しくなってて思わず抱きついちゃった。

 

「わわわわ! 彩加!」

「八幡〜〜〜♪」

 

「それで、だな……」

 

「あ、八幡も何か言いたいことあったんだよね」

「ああ、いいか、言うぞ……」

 八幡はすぅーっと息を吸って、

 


 

「なんで彩加は裸エプロンなんだ!?」

 

 僕は八幡が何を言ってるのか分からなくて、首をこてっと傾けてみた。

 

「おっ、おい、可愛いなチクショウ!」

 

「そんな可愛いだなんて……えへっ」

「いや、だから裸エプロン……」

「えっ? だって、お料理するならやっぱりエプロンをしないと」

「そっ、それはそうだけどそうじゃねーんだよ!」

 え? いったいどういうことだろう?

 

「いやーびっくりしました、まさか戸塚先輩がいたなんてって、裸エプロン!?」

「戸塚くんの裸エプロン姿……」

「戸塚さん……眩しい……」

 

 いつの間にか3人が服を着て戻ってきていた。

 

 僕はみんなに聞こえないようにそっと八幡に耳打ちをした。

 

「僕が女の子だったってこと、まだ他の人にはナイショにしてね」

「どうしてなんだ?」

「僕、高校生活最後の夏の大会が終わるまで、今の部活の仲間たちと一緒に男子テニス部としてやっていたいんだ。だから、お願い……」

「……そうか。それがお前の依頼なら、俺はそれに従うだけだ」

「ありがとう……八幡」

 

「せんぱいも戸塚先輩も、どうして男同士でそんなヒソヒソやってるんですか! 海老名先輩にチクっちゃいますよ? いいんですか? 海老名先輩失血死しちゃいますよ?」

 

 ははは……海老名さんは僕が女の子だってこと知ってるんだけどな……。

 

「それで、戸塚さんは朝ごはんを作りに来たんですか? ソレハコマチノシコトナノニ」

 

「それもあるんだけどね……」

 僕はエプロンのポケットに入れてあった半紙を取り出した。

 

「僕は八幡の愛人になるためにやってきたんだ!」

 広げられた半紙には、綺麗な文字で『愛人』と書かれていた。

 

「あ!?」

「い!?」

「じん!?」

 

 なんか女子3人が雷に撃たれたような顔をしてるんだけど……。

 

「お、おい、戸塚!」

「彩加!!」

「彩加、いったいなに言っちゃってるの!?」

 

「え、だって、人を愛するって書いて愛人でしょ? 僕は八幡から愛される人になるためにやってきてるんだよ?」

「いや、確かにそう書く、そうなんだけどそうじゃなくてだな……」

 

「僕、たまたま同じテニススクールに通ってる七条さんっていう、別の学校なんだけど同学年のすごいお嬢様に相談したんだ。そしたらいろいろと教えてくれて、このお習字もその人に貰ったんだよ。綺麗な字だよねー」

 

「まさか、その裸エプロンもその人から聞いたのか?」

「これはそのお嬢様に付いていたメイドさんに教わったの」

「おい、ツッコミ役ちゃんと仕事しろ!」

 

「はっくしょん!!」

「どうした、風邪か? 津田よ」

「あ、会長。寝る時にちょっと薄着だったからかもしれませんね」

「ひとりHしながら下半身に何も履かないまま寝落ちしただと!?」

「いってねー!!」

 

「せんぱいの愛人……」

「そうか、愛人なら何人いても……」

「兄妹で結婚はできなくても愛人ポジなら……」

「一色、めぐり先輩、小町?」

「一色先輩! 城廻先輩! そうと決まればここは共闘のために小町の部屋で作戦会議です!!」

「おー!」

 なんか盛り上がって3人とも2階に上がって行っちゃった……。

 


 

「何なんだ、あいつら……」

「八幡……朝ごはん食べよっか」

「そ、そうだな」

 テーブルに座る八幡の前にご飯とお味噌汁、焼き鮭、卵焼き、ほうれん草のお浸しを並べる。

 それでも八幡は僕から目を逸らしてる。

 

「もう! 八幡、ちゃんと僕を見て!」

両手で八幡の顔を掴み、グッと僕の方へ向ける。

 

「!」

 八幡の顔が近い……。

 八幡の唇から目が離せない……。

 

 そして、吸い込まれるように、僕の唇をそこへ重ねていく……。

 

 ファーストキスじゃなくなったけど、そのわずかな時を僕はすごい充実感とともに迎えた。

 

「彩加……」

 八幡が僕の方をしっかりと見て、そして名前を呼んでくれた。

 

「俺は……」

 

「いいよ、言わなくても分かってるから」

 

 本当は、こんなエプロンなんか剥ぎ取って、今すぐ裸の自分で八幡の胸に飛び込みたいんだ。

 でも、それをしたら八幡が困るのは分かってるから……。

 それをやってしまったら君は僕を拒絶しなければならなくなるから……。

 

 それでも、僕は……。

 

「わたしもそれなりってところを見せてあげるっスよ────」

 

 少し嗜虐的な顔をした僕に、八幡がビクンと反応した。八幡のこんな姿を見ると、なぜかすごくゾクゾクしてくる。

 

 あれ?

 

 何だろ?この感覚。

 

 このまま、学校なんか行かないで八幡と一緒にいられたらいいのに。

 

 あーあ、学校、滅んでくれないかなー

 

 

 




[謝罪と言い訳の項]

「戸塚彩加!お前には失望したぞ!」

ほんとごめん。

パクリだわクオリティ低いわ難産だわ。
読者の方が作者に失望してますわね。

ただ、今回、ラストでなにかの引きは無かったので次こそ本当にラストシーズンいきます!
総武高校が滅ぶ回とかはありません。

修学旅行シリーズファイナルシーズン
「なのにあなたは京都へゆくの」(仮題)

乞うご期待!

その前に「陽乃様、リトライ!」の続きを書くかどうか……。

例え需要はなくとも、まだ出オチネタを2つくらい書きたいので、アニメ4話くらいまでは行ければと思うのですけれども……。

「陽乃様、リトライ!は異世界の話だから小町でてきませんよね?」
「これはこれは小町さん。そうですね。あっちは基本、八幡と陽乃さん以外はまおリトメンバーになりますから」
「なら、早くラストシーズンで小町と兄の濃厚なラブシーンを……」
「一応、本作は全年齢向けですし、今のところメインヒロインは決まってるので、残念ながら小町さんは……」

「私はね、人を殺すのが大好きで、恋していて愛しているの。あっ!? 拷問も大好きだよ」

「んばゃあ~~~ー!」

ちーん


以下のシリーズの続きです。

修学旅行シリーズ
ファーストシーズン
「まちがいだらけの修学旅行。」
セカンドシーズン
「まちがいつづける修学旅行。」
サードシーズン
「クリスマスは踊る。」
フォースシーズン
「バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!」


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