まちがいだらけの修学旅行。 (さわらのーふ)
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まちがいだらけの修学旅行。
まちがいだらけの修学旅行1~大宰府騒乱編


作者の処女作です。
文章下手すぎて嫌になっちゃいますね。
初投稿なので,みんな大好き修学旅行をテーマにしてみました。
例のセリフも当然出てきます……たぶん。
アンチヘイトにはならないと思うのですが,葉山グループから酷い目にあう人がでることになってますので,必要あればご指摘ください。
それまでは,九州観光をお楽しみくださいませ。



 奉仕部が戸部から受けた依頼は,修学旅行で海老名さんに告白したい,そして振られたくないということだった。

 

 俺と雪ノ下はこの依頼に全く乗り気ではなかったのだが,突然降ってわいたコイバナに目を爛々と輝かせた由比ヶ浜に押し切られる形で雪ノ下が依頼を受ける気になってしまい,所詮部内カースト最下層,校内カーストも最底辺なら家庭内カーストも親父と熾烈な最下位争いを繰り広げる無力な俺にとって,二人の意思に抗い続けることなど初めから不可能で,しぶしぶ仕事と理解して,戸部いわく「サポート的なこと?(笑)」を行うことになった。

 だが,この依頼は間違いだらけだ。

 第一の間違いはそもそもこの依頼を受けたこと。

 「告白を成功させる」ではなく,「告白を成功させるためのサポートを行う」ことで,辛うじて「飢えた者に魚の釣り方を教える」という奉仕部の理念に反しない形にはしたが,だいたい他人の色恋沙汰にくちばしを突っ込むべきではなかったのだ。

 決して面倒だからとかじゃないぞ?ほんとだよ?

 

 第二の間違いは戸部。

 戸部は決して悪い奴ではない。

 うるさくて騒がしくて騒々しくてやかましいがたぶんいい奴だ。

 しかし,それだけで告白のOKをもらえるかといえば答えはNO。

 むしろ,それゆえに答えはNOと言っても過言ではない。

 仮に,サッカー部でチャラくて金髪ロン毛でべーべー言っている男が好きだというビッチならOKをもうえる可能性もあるだろうが。

 誤解の無いように言っておくが,俺は決して戸部が嫌いなわけではない。ほんとだよ?

 

 そして第三の間違い。

 相手が海老名さんということ。

 彼女,海老名姫菜はサッカー部でチャラくて金髪ロン毛でべーべー言っている男が好きなタイプとは思えない。

 もちろん葉山グループに属しているくらいだから男嫌いというわけでもないだろうし,むしろ男が好きとまで言えるのかもしれないが,それは男同士のカップリングの話であり,彼女自身,男と恋愛をしたいと考えているかは謎だ。

 由比ヶ浜の話を聞く限りでは,戸部はかなり厳しい戦いを強いられるだろう。恐らくは脈はない。脈がないということは,お前はもう死んでいる。

 ドンマイ,戸部。迷わず成仏してくれよ。心から哀悼の意を申し上げる。ほんとだよ?

 

 四つ目の間違いは,修学旅行の行き先が変わってしまったこと。

 修学旅行の行き先は京都だった。

 そもそも,中学の修学旅行でも京都・奈良に行く学校が多いのに,高校でどうして京都なんだ?という疑問が無かったではないが,旅行先が京都と決まっている以上,奉仕部では二人が一緒に行動し、仲を深めて少しでも告白の成功率を上げるためのスポットを探したり,告白するに相応しい場所を考えたりしていた。

 

 だがしかし,まさか,校長が旅行業者と癒着して賄賂をもらっていたなんて。

 


 

 高校の修学旅行は中学時代よりも積み立てている金額は多い。

 なのに自由行動は中学の時より多く,その間の移動その他の費用は別途自腹になる分,旅行にかかる費用は少ないはずなのだ。

 

 修学旅行先が中学校と同じ京都ならば,その費用と代金の差額が旅行業者の懐に入り,見返りとして校長が賄賂を受け取っていたことが県議会で明るみに出て,業者,校長ともに贈収賄の容疑で逮捕されてしまった。

 ちなみに事を明るみにした県議会の爆弾男は雪ノ下議員ではない。

 すでに旅行会社に払っていた代金がすぐには返らないため,一時は修学旅行そのものが中止になるという話だったのだが(そうなってくれれば面倒な依頼も無くなって万々歳だった),子供たちには罪はないという世論(笑)に押される形で県議会も総武高校の修学旅行は何としてでも実施すべきと言い出したため,とりあえずは県が費用を出して修学旅行が実施されることになった。

 こちらの方は娘の修学旅行がかかっている雪ノ下議員が奔走したとかしないとか……

 結局,行き先は一度ケチのついた京都ではなく,団体で行ける場所をいろいろと探した結果,急遽九州に行くことになった。

 ただし,バタバタと行先を決めたため,詳しい日程も最後まではっきりしない状態で,デートコースや告白の場所をじっくり検討する間もなく修学旅行当日を迎えたのだった。

 

 戸部の恋愛模様の行く先を象徴するが如く,降り立った福岡空港の空模様は曇り。一面びっしりの雲。

 土砂降りでなかっただけありがたいと思え。八幡の恋はたどり着いたらいつも土砂降り。

 


 

「いやー,なんかさー,九州とか超あがるわー。南国気分っての?なんかハネムーンに来た感じとかしちゃうっていうか~?」

 戸部,まだ空港に着いただけだ。九州感なんてほとんどないぞ。それに福岡は千葉よりは多少南に位置するが言うほど南国じゃない。ちなみに福岡市の北緯33度35分はクジラ漁で有名な和歌山県の太地町と同じ緯度だ。

「ヒキタニくん!福岡と大分って,どっちが責めでどっちが受けだと思う?やっぱり福岡の強気責め,大分のヘタレ受けだよね!?で,佐賀県が総受けで熊本,長崎,鹿児島,宮崎に囲まれて……ブハァ!」

「姫菜!九州で何考えてんの!自重しろし」

 三浦が手慣れた手つきで海老名さんの鼻血を拭い,由比ヶ浜は「たはは……」と言いながら苦笑している。

 この告白がどうやったら成功するのか,全知全能の神がいるのなら教えてほしい。

 

 と言ったからではないが,福岡空港から観光バスに乗り,一番目の訪問地は太宰府天満宮に参拝。

 太宰府天満宮といえば,かの学問の神様・菅原道真の墓所に道真を祀るために建てられた全国12000社を数える天神社の総本宮ともいえる神社である。ちなみに京都の北野天満宮も天神社の総本宮を名乗っているが,やはり本家とか元祖とか神々たちの諍いがあったりするのだろうか?

 

 俺たちも来年は受験生だし,特に由比ヶ浜はお賽銭をはずんで念入りにお参りしたほうがいいと思う。もし雪ノ下が見放すようなことがあれば,恐らくはもう神頼みしか手段はないのだから。

「ヒッキー,今失礼なこと考えてなかった?」

「い,いえ,なんのことでしゅか?」

怖えよ!なんで分かるんだよ!

「だって,ヒッキー分かりやすい顔してるんだもん」

「おい,俺はポーカーフェイスにかけてはボッチ業界を代表してタイマン張れるほど定評があるんだぞ!中学時代も,『ヒキガヤくんって何考えてるかわからないよねー』って陰で称えられるくらいにな」

「いや,それって称えられてないから!」

「あんたさー,言ってて悲しくならない?」

 おっと,突然俺と由比ヶ浜の間に割り込んできた(修羅場的な何かではない),川,川......川本におののく俺。

「川崎だから!ぶつよ?」

 川崎,お前もか!

「いや,知ってて言ってるから。な,サキサキ」

「あんた,目を泳がせて言ってても何の説得力もないんだけど。あと,サキサキ言うな!」

 そうか,俺の表情が分かりやすいは本当のことだった。あと,サキサキ怖い。

 団体行動中はグループで動くため,由比ヶ浜,海老名さん,三浦,サキサキのグループと,俺,戸塚,戸部,葉山,戸塚のグループが一緒に行動して戸部のサポートを行うことになっていた。

 俺としては,戸部なんか置いといてすぐにでも戸塚と二人手に手を取って,かつて新婚旅行のメッカであった宮崎の日南海岸あたりに逃避行したいところだが,そんなことをすれば職務放棄の罪で部長様が放った雪ノ下家の刺客にすぐに追い詰められ,俺は戸塚だけでも生きてほしいと願うものの,それを拒否した戸塚と二人,二度と千葉の地を踏むことなく遥か九州の地にて果てることになってしまうのは必定。

 二人の物語を悲恋で終わらせないためにも,泣く泣くこの集団と一緒にいるしかなかった。

「はちまん……ちょっと痛い……」

気づかないうちに,俺は痛いほど戸塚の手をぎゅっと強く握りしてめいた。

「と,戸塚,すまん!大事な手を!」

「い,いや,別にラケットを持つ手と逆の手だし,別に嫌じゃなかったんだけど,ちょっと痛かったかな?なんて……」

戸塚~~~~~~~!!!!

「ヒッキーまじキモい」

 ガハマさんが雪の女王もかくあらんやというほど,ゴミくずか虫けらを見るような冷たい目で俺を見据えていた。

 やめろ,由比ヶ浜,ゾクゾクするだろう?

「とつはちキ・マ・シ・タ・ワーーーーーー!!!」

 海老名さんが貧血を起こしそうな勢いで血を吹き,三浦がティッシュでそれを止めようと鼻を押さえている。

「海老名になんかあったら,ヒキオ,殺す」

 み,三浦,今のは俺が悪いのか?俺か?戸塚が悪くない以上,俺が悪いんですねすみませんでした。

「と,とりあえずお参りしよ?せっかくここまで来たんだし……」

 三浦の殺気で我に返った由比ヶ浜が慌ててこの場を収めようとしていた。

 手水でお浄めをした後,本殿の前に皆で並び,賽銭を投げ入れ,二拝二拍手一拝を捧げ,それぞれにお祈りをする。

「海老名さんとの仲,オナシャス!」

 戸部,小さい声だが隣にいる俺にはだだ聞こえだぞ。

「はやはちがハッテンしますように」

 逆の隣にいる海老名さんから不穏な単語が聞こえてきた……

 だいたいここは学問の神様だぞ。なんで恋愛祈願(一部(腐))なんかしちゃってるの?

 そして,少し遠くから大きな柏手の音に引き続いて,

「結婚したい!」

という声が聞こえてきた。

「ヒッキー,あれ……」

「由比ヶ浜,あっちを見ちゃダメだ。涙を止めることができなくなる」

 俺たちは,その声の方向を決して向くことなくその場から退散したのだった。

 


 

「ねーねー,ヒッキー。この『うめけえだもち』って美味しそうじゃない?食べようよー」

「『うめがえもち』な」

「しっ,知ってるし!ワザと言ったんだし。ヒッキーまじキモい」

 おい,店の人の前で間違ったことを言って恥をかくのを未然に防いでやったのになんという言い草。いくらなんでも俺だってグサって来るんだぞ。

 言い草でグサって……くくくっ

 俺が心の中で一人自らの発言に笑いを堪えきれずにいると,

「ヒッキー,大丈夫?ほんとうに気持ち悪い顔になってるよ?」

 ガハマさん,キモいでお願いします!キモいでお願いします!冷静に気持ち悪い顔とか言われると本当に死んでしまうのでやめてさしあげろ。

「んじゃさー,みんなで梅ヶ枝餅?買って食べようよ。で,せっかくだから男女で食べさせあいっことかしたらどうかな?」

「このビッチはいったいなんてこと言い出すんだ?俺が女子に食い物をあーんさせるとかどんな罰ゲームなんだよ!!それで,相手の女子が泣き出して,クラス会でそれを言い出した奴じゃなくて,俺が泣かせたと言われて糾弾され,先生に怒られて半年くらいクラス全員からいじめられたんだぞ?」

「はちまん……」

「ヒキタニくん……」

「ヒキタニくん……」

「ヒキタニくん……」

「比企谷……」

「ヒキオ……」

「ヒッキー……」

 やめてー!!!何この人通りの多い参道でここだけブラックホールのごとくダークな空間ができてるの?

「八幡!八幡のは僕が食べてあげるから。八幡は僕のを食べて?」

 おおーーー戸塚はやっぱり天使だった。まるで後光が差しているかのような神々しさ。戸塚に巫女服を着せたら似合うだろうなと思ったのは内緒だ。

「ヒッキーだめ~~~~!男同士なんてダメだよ!だったらあたしが……」

「男同士!とつはち!またまたキマシタワー!戸塚くんが,ヒキタニくんに『ぼ・く・の・を・た・べ・て』……ブフッ」

「自重しろし!」

 堪りかねた三浦が上を向いた海老名さんの首筋をチョップする。

「はふん」

「ははは,まあまあ落ち着いて。梅ヶ枝餅,みんなの分買ったから食べよう」

「隼人,優しい……」

 このままじゃ埒があかないと思ったのか,いつの間にか葉山が人数分の梅ヶ枝餅を買っていた。

 さすがはみんなの葉山隼人。珍しく俺もみんなの中に入ってたよ。え?俺の分あるよね?ね?

「おい,いくらだった?」

「いいよ,俺のおごりさ」

「俺は養われるつもりはあっても人に施しを受ける気はない!」

 そう言うと葉山は俺の耳元で俺にだけ聞こえる声で,

「戸部の依頼の報酬ということでいいだろ?」

 おいやめろ!海老名さんが見たら今度こそ出血多量で死ぬぞ!

 慌てて葉山と離れ海老名さんの方を見たが,さすがに出血大サービスが過ぎたのか,ぐったり下を向いたまま三浦と梅ヶ枝餅を食べていた。

 

「これ美味しいねー。ゆきのんも一緒に食べられたらよかったのに」

「仕方ないだろ。初日,二日目はクラス単位での行動だからな」

「ヒッキー,まだ食べてないじゃん。隼人くんからヒッキーの分預かってるから」

「そうか,じゃあ」

と言って手を出すが,由比ヶ浜は梅ヶ枝餅を渡すそぶりを見せない。

「なにこれ,新しいいじめ?嫌がらせ?それともサブローみたくお預けなの?なんか芸とかしないとくれないの?」

「違うし!サブレだし!そうじゃなくて,あたしが食べさせてあげる。あーん」

「いやいや,一人で食べられるから。そんなことされたら俺のライフポイントがゼロになるだろ」

 すると由比ヶ浜がひそひそ声で,

「とべっちのフォローするんでしょ?あたしたちがやったら姫菜ととべっちもやる雰囲気作れるかもじゃん?まず隗より始めよ,だよ」

 俺は由比ヶ浜の言葉に驚愕した。

「よくそんな難しい言葉知ってたな」

「馬鹿にすんなし!もうあたしを馬鹿にした罰!はい,あーん」

「うっ……」

 いよいよ万事休すという時,元寇を蹴散らした神風はブリザードのように吹いてきた。

「あなたたちはいったい何をやっているの?由比ヶ浜さん,この男に脅されて無理やりさせられているならすぐに通報するわよ」

「おい,そのスマホをしまえ!これは,あれだ,依頼の一環で……」

「ヒキタニくん,依頼って何?」

 しまったあああ!海老名さんには戸部の依頼のことは内緒なのにいつの間にか話を聞かれていた。

「いや,これは,由比ヶ浜のおじいちゃんが具合が悪くて,大好きな餅を食べさせてあげるのに最適な角度,加速度,力,質量を知るために実験をするという依頼を……」

「結衣,いくら好きでも具合の悪いおじいちゃんに餅なんか食べさせちゃだめだと思うよ」

 海老名さん,ナイスだ!

「そうだよな。だから,この依頼はなしということで……」

「むー」

 まるで下関のフグのように膨れるガハマさん。ちなみに,下関では不具に通じて縁起が悪いということで,ふくと呼ぶらしいです。海老名さんの場合は腐具,だな。

「まったくこの男は……」

 雪ノ下がこめかみを押さえながら呆れたという表情を浮かべている。

「で,ゆきのんはなんでここに?クラスのグループの人たちは?」

「そ,それは……」

「なんだ,迷子か?」

「そうね。本殿でお参りを済ませて気が付いたら私はだざいふえんと言う遊園地にいたのだけれど,グループの人たちが迷子になっていたのよ。全員」

「ゆきのん……」

「由比ヶ浜さん,そんな憐れむような目で見ないでちようだい。比企谷くんは通報するわ」

「なんで俺だけ通報されるんだよ!とにかく,この後は一旦バスのところに集合して九州国立博物館に入館だから,そこでクラスの人たちにも合流できるだろ?どうせ俺たちもそっちへ向かうし一緒に行くか?」

「私は,一人でも全然問題ないのだけれど,比企谷くんがそれほどまで言うのなら,一緒に行ってあげることもやぶさかではないわ」

「もうー,ゆきのんったら,一緒に行きたいって素直に言えばいいのに」

 雪ノ下に抱き着くガハマさん。福岡でも百合百合してるんですね。眼福眼福。

「ゆ,由比ヶ浜さん,暑苦しいわ……」

「そうだ,由比ヶ浜,梅ヶ枝餅くれよ」

「はい,ヒッキー」

 一人分の紙袋に入った梅ヶ枝餅を由比ヶ浜から受け取って,半分に割って紙に包まれた方を雪ノ下に渡す。

「葉山からだと。俺とシェアじゃ嫌かもしれないが,そっちは直接手を触れてないから我慢してくれ」

 半分になって,あんこが見えている梅が枝餅を手にした雪ノ下は由比ヶ浜に抱きつかれていたせいか,顔が少し赤い。

「あー,ゆきのんずるい!」

「何がずるいだよ。お前一個丸々食べんだから文句言える筋合いじゃないだろ」

「うー,そうなんだけど,そうじゃないの。むー」

 なぜかガハマさんも顔を赤くしていらっしゃる。

 俺が梅が枝餅の半分をほおばり,

「さあ,そろそろ行こうぜ」

 と言ったら,梅ヶ枝餅を見つめていた雪ノ下がようやく再起動する。

「そ,そうね。行きましょう」

 歩きながら食べるのがお行儀が悪いと思っているのか,なおも餅を見つめていた雪ノ下だが,ようやく上品に少しずつ小さな口で食べ始めた。

「……美味しいわね」

「買っのは葉山だ。後でお礼を言っとくといい」

「分かったわ,後で伝えておくわね。うちの父から顧問弁護士の葉山くんのお父さんを通じて」

 お前,どんだけ葉山と話したくないんだよ!

 


 

 歩き出した俺の前に,銀髪ポニーテールの川……サキが立ちはだかった。

「比企谷」

「な,なんでひょか。もう餅は食べちゃっいました。ジャンプしても出ません」

「なんであたしが餅をカツアゲするみたいになってるんだよ……あたし,今お腹いっぱいであんま入らないからさ,あんた甘いもの好きだろ?残りやるよ」

「おっ,おう,そうか。サンキュな,サキサキ」

「サキサキ言うな!」

 怒りを露にした川崎が手に持った梅ヶ枝餅を俺の口に突っ込んだ。

「うっ,うぐっ,ふんがっふっふ」

 餅がのどに詰まり息ができない。今までの黒歴史が走馬灯のように頭の中で駆け巡っている最中,俺の有様に慌てた川崎が,あわあわしながら手にしたペットボトルの水を俺の口に注ぎ込む。

 

 なんとか餅を嚥下して涙目になりながら,川崎の方を見る。

 

 そして海老名さんがニヤニヤしながら近づいてきて,川崎に向かって,

「あれあれー?おっかしいぞー?ヒキタニくんが今飲んだ水って,サキサキがさっき直に口つけてなかった?これって間接……」

「おっ,おまっ!」

 川崎は,わ~~~という叫び声を上げながらバスの方へ駆け出して行った。

「……ヒッキーあたしのは食べてくれないのに沙希のは食べるんだ」

 いや,今の俺悪くないよね?どちらかというと被害者だよね?おい,雪ノ下,スマホで1・1・0と打つのはやめてください。お願いします。

「君たち,そろそろ集合時間だぞ。こんなところで何をやってるんだ?」

「あっ,平塚先生,それが今ー,ヒキタニくんがチョーハンパないっていうかー,ラブラブキッス的な?」

 おい戸部,平塚先生に言うのはやめてさしあげろ。ウッカリ死んじゃうだろ?主に俺が。

「ほほう。比企谷はずいぶん青春してるみたいじゃないかー」

 平塚先生,なぜ指をポキポキ言わせているのでしょう?

 なぜ俺に近づいてくるのかなー

 ははは,小町,お兄ちゃんは菅原道真とともにこの大宰府の地で眠ることになるかもしれん。

「衝撃のーーーー」

 



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まちがいだらけの修学旅行2~嗚呼壮烈岩屋城編

2話目です。
実は作者は岩屋城址行ったことないのです。
一度行ってみたいのですが,大宰府の駅から徒歩40分がネックになってまだ行けてません……
岩屋城は「九州制覇を目指す薩摩島津氏が1586年に岩屋城を攻撃、5万の大軍に囲まれてしまい、篭城したが、奮闘むなしく豊臣秀吉の援軍が来る前に陥落。当時城主であった高橋紹運は自害、全員討死した。しかし島津軍は岩屋城の攻略に時間が掛かりすぎたため後ほど撤退。岩屋城が島津軍の九州制覇を止めた形となった。」(大宰府観光協会サイトより)という歴史を持つ城ですが,櫓や天守などというのは残っていません。それでも一度は紹運が見た風景を見てみたいと思っています。
ちなみに今回はまだクロスしません。


 幸いにして太宰府天満宮参道という人通りの多いところでの教育的指導(物理)は,世間体というか先生の教師生命にかかわるということでファーストブリットはもらわずに済んだ。

 ただ,宿に入った時,一気に抹殺のラストブリットへと発展する可能性も無きにしも非ずなのだが……

 

「君は岩屋城の戦いを知っているかね?」

「ええ,大友家家臣・高橋紹運ら七百余名が城に立てこもり,島津方二万の軍勢を相手に半月の間戦い抜き,全員玉砕したものの島津方にも大打撃を与え,その間に豊臣秀吉が来援し主家・大友家を護ったっていう」

 平塚先生の説教が一段落し九州国立博物館に向かう道すがら,先生が戦国の話を振ってきた。材木座ではないけれどもやはり男子たる者,一度は戦国武将に憧れる時があるのだ。その中でも,信長や信玄,秀吉や家康といった有名な大名ではなく,知る人ぞ知る忠義の名将・高橋紹運は中二心をくすぐられ……いや,中二じゃねーし。もう。

「おっ,詳しいな。どうだ?ちょっと行ってみたくないか?」

「えっ?でも団体行動ですよね?」

「なに,点呼の後一旦博物館に入場してしまえば,集合時間までに戻れば分からないさ」

 おいおい,それでも先生かよ。

「どうする?」

 どうするって,聞かれたら……

「はあ,行ってみたいです」

 平塚先生は意外そうな顔で俺に尋ねた。

「ほう,君ならめんどくさいとか言いそうなものだがね?」

「博物館にいてもめんどくさいのは同じですし。それに……」

 気が進まない今回の依頼から離れられる,という言葉が口から出かかったが慌てて止めた。戸部の依頼は直接奉仕部に持ち込まれたものだ。もし先生に黙って勝手に依頼を受けたことがばれたら死んじゃうだろ?主に俺が。ていうか俺が。なんとなれば俺が。

「それに,なんだね?」

 先生,そこは流すところですよぉーーーー

 考えろ,考えるんだ,比企谷八幡!自らの死を回避するために,いつも通り最低で最悪な言い訳を。へらず口を。

「それに……高橋紹運は憧れの戦国武将なので……」

 結構ストレートに思いを語ってしまいました……恥ずかしい。

 平塚先生がじっと俺の目を覗き込んでくる。

 先生まつ毛長いなーとか,やっぱり美人だなーとかなんで結婚できないんだろかなーとかもういっそのこと俺が貰っちゃったりしてもいんじゃないかとか思ってたりなんかしないんだからねっ。

 なぜか平塚先生が少し頬を赤く染めて目を逸らした。えっ,まさか…… いや,まさか……

「コホン,じゃあ,後で連絡するから。そしたら,な?」

「分かりました。では後で」

 そうして俺は先を歩いていた由比ヶ浜たちと合流した。

 

「ねえヒッキー,平塚先生と何を話してたの?」

 ここで本当のことを言えば騒ぎになって,せっかく誘ってくれた先生にも迷惑がかかる。平塚先生がいつも言ってることといえば『婚活』とか『結婚したい』だな。結婚の話をしていたということにしよう。結婚,結婚……

「ああ,平塚先生との結婚の話で……」

 一瞬の静寂の後……

「ええええええええーーーーーーーー!!!!!」

 由比ヶ浜がこの世の終わりが来たかのような絶望的な叫び声をあげた。

「由比ヶ浜,うるさい」

「だ,だってだって,ひひひひひヒッキーとひら,ひら,ひら,ひらっ」

「ひらっひらって蝶々かよ」

「けけけけけけけっこん」

 何を言ってるんだこいつは?平塚先生の結婚話がそんなに珍しいか?平塚先生,『との』,結婚……

 

 この世は終わった……

 

 俺はその場に膝から崩れ落ちた。

 


 

 そこから九州国立博物館までの道すがら,これなら数学のテストで80点を取るためのテスト勉強の方が楽だと言わんばかりの努力をして,なんとか由比ヶ浜の誤解を解いた。

 戸部,すまん。お前のサポートみんな忘れてるよ。

 

 九州国立博物館に入ってしばらく展示物を見ていたら平塚先生からメールがあった。元より他人に存在を認識されにくい俺のこと,トイレに行くふりをして誰にも気づかれずに外へ出た。

 キョロキョロ辺りを見渡していると,

 

「比企谷,ここだ,ここだ」

と,平塚先生が手招きをしていた。

「お待たせしました」

「時間もないからタクシーで近くまで行こう」

 西鉄大宰府駅前のタクシー乗り場まで移動し,ドアを開けて待っていたタクシーに乗り込む。

「岩屋城址まで」

 先に乗り込んだ平塚先生が運転手にそう告げるとタクシーのドアが閉まる……前にもう一人乗ってきて,俺をシートの真中へと押しやった。

「ヒキタニくん,二人っきりで密会?やっぱり結婚の噂は本当?」

「な!?」

 俺の隣には,今回の依頼のターゲットである海老名さんが意味ありげな笑みを浮かべて座っていた。

 


 

 岩屋城址は,天守閣や櫓が残っているわけではない。

 目立つものでは『嗚呼壮烈岩屋城址』と書かれた石碑や高橋紹運と勇士の墓が建っているだけである。

 しかし,よく見てみれば多数の曲輪や竪堀、堀切、畝状空堀群などが残っているのがわかる。

「どうだね?比企谷」

「意外と狭い場所ですね。こんなところに籠って押し寄せる島津軍2万を相手に半月の間持ちこたえたかと思うとその心中いかばかりやと思います。敵から紹運の武将としての器量を惜しまれ降伏勧告が何度も送られても,『主家が盛んなる時は忠誠を誓い、主家が衰えたときは裏切る。そのような輩が多いが私は大恩を忘れ鞍替えすることは出来ぬ。恩を忘れることは鳥獣以下である』と言って断った話は胸に迫るものがあります」

「高橋紹運は敢えて島津勢が最初に攻撃するであろう岩屋城に入って迎え撃ったということだ。息子の立花宗茂や味方の黒田如水らが岩屋城が防衛に向かないために城を捨てて撤退せよと言ったらしいんだがね,この先に島津軍が進むであろう立花城には宗茂が,また宝満城には、紹運の妻や次男の高橋統増、岩屋城から避難した非戦闘員(女・子供)もいたから秀吉の援軍を待つ間の時間を稼ぐために死を覚悟してここに陣を敷いたのだろうね」

 平塚先生は煙草の箱を指でトンとたたいて一本取り出し,口にくわえようとしたが,この場で吸うことを躊躇われたのか,また箱に戻していた。

「君は紹運のことをどう思う?」

「主家に尽くす戦国武将の鑑というところですかね。俺にはそんな社畜みたいなことはできそうにありませんが」

「紹運にとっては自分がここで命を賭して戦うことが一番効率がいいとでも思ったのかな。誰かさんのように」

 平塚先生の視線が俺を射す。その眼を見ることができずに俺は返事をする。

「家族を守るためにそれが一番効率がよい方法だったとしたら,仕方なかったのかもしれません」

「だが実子の立花宗茂だって何度となくこの城が守るには適していないからと退去するように言ってきた。それを痛ましく思う者はいるんだ。戦国時代であっても,今でも」

 誰に向けて語ったのか分からない言葉を残し,もう少し下の方を見てくると言って先生は離れていった。

 代わりに赤い縁のメガネのフレームを反射させ,海老名さんが俺に近づいてきた。

 


 

「海老名さんが腐女子なだけじゃなくて歴女だったとは知らなかったよ」

「失礼だね,ヒキタニくんは。私だって歴史ロマンに想いをはせることだってあるんだよ?」

 考えてみれば,今回の依頼,戸部の話はたくさん聞いて対策を考えたが,肝心の攻略対象である海老名さんのことは腐女子であること以外何も知らなかった。

 海老名さんだって普通の女子で,当然腐女子以外の顔も持っているというのに。

「やっぱり,立花道雪と高橋紹運ってデキてるよね?道雪が紹運にお前のムスコをくれと迫ったって,キマシタワーーーー!!!」

 前言撤回。この女子は100%腐ったものでできてました。こら,尊い場所を鼻血で汚すんじゃない。

「ほれ,ティッシュ」

「はりがとー」

 海老名さんは鼻にティッシュを詰めたまま俺に話しかけてきた。

「ヒキタニくんもとべっちのこと絡んでるの?」

 驚いて彼女の目を見る。ただ,日の光を反射させたメガネのレンズは,その瞳を窺うことを妨げていた。

「え,海老名さん?」

「あ,ヒキタニくんととべっちの濃厚なくんずほぐれつの絡みの話でもいいけど?」

 そんないつも通りの彼女の言葉も今はそのままの意味ではとらえられなかった。

「知ってたのか?」

「分かるよ。女の子って敏感なんだよ?周りが浮足立ってるのとかさ,空気みたいなのを感じちゃうんだよ」

ほんの少し苦笑いを浮かべながら,

「結衣なんてわかりやすいから」

と付け加えた。

「分かってるならぶっちゃけて聞くけど,どうなんだ?」

 彼女は首を激しく横に振った。

「無理無理。ヒキタニくんだって分かってて聞いてるでしょ?」

「そんなことは」

「あるよ」

「戸部も悪い奴じゃないと思うがな」

「とべっちがもし“悪い奴”なら,私とっくにあのグループ辞めてるよ。でもね,違うの。そうじゃないの」

 大宰府の町の方へ顔を向けた彼女の眼差しは,その向こうにあるさらにどこか遠くを見ているようで。

「ヒキタニくんはさ,結衣と付き合わないの?」

 

「はああああ!?」

 

 なぜ由比ヶ浜?今,由比ヶ浜?

 

「えええ海老名氏はナニ,ナニ,ナニをおっしゃられているでおじゃるか?」

「ヒキタニくん,キャラがブレブレだよ……」

 

 彼女は人差し指で眼鏡の赤いフレームをずいとあげて続けた。

 

「だってあのおっぱいだよ?顔も可愛いし性格も素直だし,明るいしそしておっぱい」

 おっぱいが二度出てきた。それだけ大事なんですね分かります。

「なによりヒキタニくんのことをずっと一途に想ってる」

 は?この子はナニ言ってるの?

「そんなわけ」

「あるよ」

 俺が否定しようとする前にキッパリ断言されてしまった。

「ヒキタニくん,分かってて言ってるよね?」

 眼鏡の奥の瞳が俺を射抜くように見つめている。

「いくら他人の悪意に敏感で好意に鈍感な君とはいえ,さすがに結衣の態度はあからさますぎて否定なんかできないよね?それに今後あんな子と付き合える機会なんて終生ないかもしれないよ?」

 何だよ,俺,ここで一生分の恋愛運を使っちゃうのかよ!さすがにそれは……そうかも知れない。

「ヘイ,ユー!ユイはイイコだし付き合っチャイナ」

「そんなこと言ったってそう簡単なことじゃないだろ?」

「とべっちはいいやつだから付き合ったらって言うのに?」

「……」

 返す言葉がなかった。俺は,俺たちは自分なら決して肯定できないことを彼女に押し付けようとしていたことに今さらながら気が付いた。

「すまん,降参だ。俺が悪かった」

「いいよ。気にしてないから。とべっちは確かにいい人だと思う。ちょっと騒がしくて空気読んでるようで読み切れなかったり軽薄だったりするけどね」

 それはもうどこまでいい人なのか分からないんですが?

「私ね,今の関係が割と気に入ってるんだ。隼人くんのうすら寒い笑みにイラっとして,優美子の威張り散らしにイラっとして,結衣の空気を読んだあいまいな態度にイラっとして,とぺっちの軽さにイラっとして,大和くんの優柔不断さにイラっと来て,大岡くんにイラっと来たりするけれど」

 いやいや,もうイラっとしかしてないよね?大丈夫なの,君のグループ。てか,大岡,存在そのものにイラっとされてるぞ。

「それでも,私は今のグループが好き。こんなの初めてなんだ。私にとって初めての,奇跡みたいな場所なんだ。私とか隼人君とか優美子とか結衣とかとべっちとか大和君とか大岡君みたいなやつが,我慢せずありのままでいることが許される奇跡みたいな場所なんだ。だから……絶対壊したくないんだよ!」

「おいおい,それは友達が少ないやつがいうセリフだ」

 芝居がかった叫びから一転,鼻に詰めたティッシュを外し,素に戻る海老名さん。

「ふふふ,やっぱりヒキタニくんは分かってるなあ。ヒキタニくんだけだよこういう話できるのは」

「そうか?戸部だって好きな相手の趣味なら分かろうと努力するんじゃないか?」

 材木座でもいけるんじゃないか?ということは稲積水中鍾乳洞の奥に隠して彼女に問いかけてみた。

「無理無理。私ね……聞いちゃったんだ。とべっちが大和くん大岡くんと話してるのを,偶然」

 海老名さんは,一つ一つを思い出すように,少し間をおいて話を続けた。

「とべっちが私のことが気に入ってるみたいなこと言ったら,二人のうちのどちらかが,でもあの趣味はどうなん?って聞いたんだよ。そしたらさ」

 海老名さんはさらに間をあけて,戸部の口調を少し真似ながら言った。

「大丈夫大丈夫。俺の愛の力で変えてやるっしょー,ってね」

 こっちを見た彼女の瞳は,何やら悲しげだった。

「別に私の趣味とかそういうのは分かってもらわなくたっていいんだ。でもね,どうして変わらなきゃいけないの?どうして変えられなきゃいけないの?どうして今の私をそのまま受け入れてくれないの?」

 彼女はそこまで言うと,ふぅと軽く息を吐いて,

「だから,とべっちとは無理。彼とは付き合えないよ。やっぱり……」

海老名さんは俺に仄暗い笑顔で言った。

 

「私,腐ってるから」

 

 けど,の後,彼女は言葉を続けた。

 

「私,ヒキタニくんとならうまく付き合えるかもね」

 

 そう言った彼女の顔を,目を見て俺はドキッとした。

 

「冗談でもやめてくれ。あんまり適当なこと言われるとうっかり惚れそうになる」

「惚れたっていいんだぜ?その代わりに聞いてもらいたいお願いがあるんだけど」

「やっぱり美少女のお願いには裏があるんだな。ラッセンの版画なら買わないぞ。親父にきつく止められてるんだ。俺みたいになるなってな」

「美少女!?」

 クソ親父の話にドン引きするかと思ったのだが,海老名さんはなぜか少し頬を赤らめているようだ。

「そうじゃないよ。ヒキタニくんに依頼」

 彼女はふぅと小さく息を吸って続けた。

 

「とべっちの告白を止めてほしいの」

 

 俺は,彼女になんと返したらいいのか,にわかには分からなかった。

「とべっちが告白したら今のグループ壊れちゃうよ。それは……嫌なの」

「壊れるかどうかなんて分からないだろ?」

「分かる!分かるよ……だって」

 

「……私が壊すから」

 


 

 俺は,彼女のあまりにも深い闇をたたえた真剣な目に,つかの間何も言葉を発することができなかった。

 

「それは依頼なのか?だとしたら俺だけじゃどうにもできないぞ。そもそも奉仕部は戸部の告白のサポートをするって依頼を受けちまってるし……」

 海老名さんが,俺に近付き,手を取って言った。

「違うよ。これは比企谷八幡くんへのお願い。奉仕部じゃない。君個人へのお願い」

 握られた手が熱い。俺自身の顔も熱さを増しているのが分かる。

「個人というならそのお願いを聞かなければならない理由はないよな?報酬があるわけじゃないし」

「そう。じゃあ報酬は先払いするね」

 そして彼女は眼を瞑りそのやわらかい唇を俺の唇へと重ねた。

 一瞬自分の身に起きていることが何なのか分からなかった。それから,俺にとっては永遠とも思われるような時間,彼女の唇は押し当てられたままだった。

 ようやく思考を取り戻した俺は,彼女の両肩を掴んで引き離した。

 

「おっ,おまっ!」

「へへへ,キス,しちゃったね」

「しちゃったねじゃねえよ!なんでこんなこと……」

 顔を真っ赤にしながら少し微笑む彼女の意図を,俺は全く読めないでいた。

「言ったじゃない。依頼の報酬の先払い」

「そんなのもらったって上手くいくとは限らないぞ」

「上手くいかなかったなら上手くいかなかったでいいんだ」

「それじゃ前払いされた報酬を返すことなんでできないぞ」

「大丈夫だよ。これはうまくいかなかった時の保険でもあるんだから」

 保険?何の?俺には意味が分からなかった。

「こんな美少女のファーストキスがもらえるなんてとんだ果報者だぞ……と言いたいんだけど,ごめんね。私,初めてじゃないんだ」

 うつむき加減になった彼女は,少し苦しそうに話し始めた。

 

「昔ね,一つ上の先輩に告白されたことがあったの。私はその先輩のことをなんとも思っていなかったから当然断るつもりでいたんだけど,周りにいた人たちがその人の後押ししてて,なんかその人自身も勝手に盛り上がっちゃって告白の返事を聞く前に無理矢理私にキスしたの。周りの連中は告白が成功したと思ってはやし立てるし,私は突然のことにびっくりして泣き出したのに,その人はうれし泣きだと思ってさらに続けようとするしで」

 何かを思い出すかのように彼女はいったんそこで言葉を区切り,そして,

「泣き叫びながらそこらにあった石つぶてを手に取って思いっきり殴りつけたんだ。二度,三度と」

 ごくり,と,俺が息を呑む音が辺りに響いた,気がした。

「初めはまわりも笑ってたんだけど,頭からの出血が酷くて大騒ぎになっちゃった」

 彼女は上を向き,その表情をうかがい知ることはできない。

「私を止めた人たちが言うの。『たかがキスくらいで何てことを!』って。笑っちゃうよね。たかがキス?そいつらもぶん殴ってやろうと思ったよ。羽交い絞めにされてたからできなかったけど。その後,私は咎められなかったんだ。だってそいつのやったことって今でいう強制わいせつじゃない?事を穏便に済まそうとそいつは転校して私はその学校に居続けた。だけど,私の周りには誰もいなくなった。友達も,誰も彼も。褒められも,罵られも,いじめられすらされずずっと避けられてた。そんなことなら私が転校していきたかった。だから私は勉強して,その中学校からはほとんど進学する人のいない総武高校に入学したの」

「そのへんは俺と似てるんだな。俺も同級生が進学しないって理由で総武受けたから」

「そうなの?やっぱり私たち上手くやっていけそうじゃない?」

 そうやって笑う彼女の真意を未だに掴みかねていた。

「もう一人は嫌なの。たとえそれが仮初めでも,それが本物でなくても,今のグループを壊したくない。それでも壊れるんだったら」

 少しだけ,間をあけた後海老名さんは続ける。

「君が私の居場所になって。君が私のそばにいて。だからこれは保険」

 そして彼女は自嘲気味に吐き捨てた。

 

「ね?だから言ったでしょ。私,腐ってるって」

 

 そんな海老名さんの言葉を,否定も肯定もできなかった。

 

「俺もよく腐ってるって言われる。腐った魚のような眼をしてるってな」

「やっぱり私たちってお似合いじゃない?もう依頼とか関係なく付き合っちゃおか?」

「よしてくれ。冗談が過ぎる上に,俺が戸部に殺されて千葉の地を二度と踏めなくなっちまう」

「冗談……か。確かにファーストキスじゃないけど,女の子のほうからキスするのってすごく勇気がいるんだよ?それを冗談だと言うの?」

 少し怒り気味の海老名さんに,俺はしまったと思った。

「すまん。冗談と言ったのは失言だった。俺も恋愛経験がないから,どう言っていいのか分からなくて……。ちなみに俺もファーストキスじゃないぞ」

「え?うそ……」

 何,その信じられないものを見るような目つき。俺にキス経験があったらダメなんだろうか。

「結衣?雪ノ下さん?それとも本命の隼人くん?」

 葉山は勘弁してくれ。戸塚ならウェルカムだが。

「あと,小さいころに妹ちゃんとしたってのはノーカンだからね」

「チッ」

「そんなことだろうと思ったよ」

「だったら」

 勝ち誇ったように笑みを浮かべる海老名さんに俺は言った。

「海老名さんのもノーカンだろ?犬に噛まれたようなもんじゃないか。もっとも血だらけになったのは相手だがな」

 そう言うと,海老名さんは大きく目を見開いて俺の顔をじっと見た。

「それじゃ,さっきのが,ファーストキス,だね」

 心なしか彼女の目が潤んで見えた。

「……そう……だな」

 彼女の顔は真っ赤になっていた。たぶん俺もそうなのだろう。

「比企谷くん,さ」

 俺に呼びかけるや否や彼女は両手で俺の右手を掴み自分へと引き寄せ,自らの胸に俺の手を押し付けた。

「ん……」

 目をつぶったまま少し声を上げる海老名さん。ヤバいヤバい!何がヤバいかってとにかくヤバい!

「ごめんね。結衣ほどおっきくなくて。でもこの体に触れたのは君が初めてだから……」

 紅潮した顔でそんなことを告げる海老名さん。

「ね。こんなにドキドキしてる……」

 激しい鼓動が彼女のものなのか自分のものなのかは分からなかった。だが,潤んだ瞳で見上げる彼女に惹きつけられるように再び唇を重ねあった。

 


 

「おーい,そろそろ帰るぞー」

 遠くから聞こえてきた平塚先生の声に,海老名さんは自分に押し付けていた俺の手をパッと離し赤い顔のまま下を向いた。

 先生の呼びかけが良かったのかそうじゃなかったのか,たぶんその両方の気持ちが頭の中でゴチャゴチャになったまま,海老名さんの手をつかんで,

「ほら,行こう」

と彼女を引っ張った。彼女は,突然のことに驚いていたが,何も言わず連れられるままタクシーが待つ道路へと下りていった。

 

 帰りのタクシーは平塚先生が助手席で,後部座席は海老名さんと俺の二人。海老名さんは終始無言で下を向いたままだった。

 


 

「あー,ヒッキーこんなとこにいた!探したのにずっといなかったじゃん!」

 葉山グループの面々と一緒に戻ってきた由比ヶ浜が俺の横に座る海老名さんの姿を見て訝しげな顔で尋ねてきた。

「姫菜……どうしてヒッキーと二人で?」

 俺は,事前に考えておいた言い訳を言葉にした。

「あー,海老名さんが具合悪そうにしてたから先に戻って休んでもらってたんだ。それに二人じゃないぞ。平塚先生も一緒だ」

 後ろのほうのシートの座席を最大限倒して寝ていた平塚先生がむくりと起き上って歩いてきた。

「ああ,本当だ。私も彼らと一緒にいたよ」

 その設定で具合の悪い生徒をほったらかして後ろで寝ているというのはどうなんだ?という疑問はさておき,平塚先生がそう言ったことで由比ヶ浜もしぶしぶ納得したようだった。

「海老名さん大丈夫?ちょっと顔が赤いっしょ。熱ある系な感じ?」

 言い方は軽いが戸部は本気で心配しているようだ。ドンマイ,戸部。

「ううん,大丈夫だよ。朝早かったし,ちょっと疲れただけだと思う。ここで休んでたらだいぶ良くなったかな」

 

「ちょっとヒッキー」

 由比ヶ浜に袖を引かれ二人でバスの外に出る。

「なんでヒッキーが姫菜の看病なんかしてるわけ?」

「何でって、俺が海老名さんが辛そうにしてるのを見つけたから」

「そん時にとべっちに知らせてあげたら二人きりにできて,いい感じになったかもしれないのに」

 俺は由比ヶ浜のその言葉に少し腹が立ち,少し強めに反論した。

「は?海老名さんが俺の目の前で具合悪そうにしてるのに,依頼の方を大事にしろと?それとも俺が海老名さんの心配をしちゃいけないの?」

「そういうこと言ってるんじゃないじゃん!とべっちの気持ちを考えたらさあ」

「お前さ,戸部のことばっかり言ってるけど,海老名さんの気持ち考えたことあんの?」

「え?」

 海老名さんの本心を伝えるわけにもいかず,その言葉を口にした俺は,内心焦っていた。

「い…いや,気分が悪くなった海老名さんの気持ちをだな。一刻も早く休みたいだろうにと思ってな」

「でも……」

「でもじゃねえよ。もっと人の気持ち考えろ」

 

 恋愛優先で友達の体調を気遣えない由比ヶ浜の言葉に苛立ちもあった。だが,一番嫌悪していたのは,嘘に塗れた言葉で由比ヶ浜を責めたてる俺自身だ。人の気持ちを一番考えるべきなのは俺なのだ。

「ヒッキー……」

「この話は終わりだ。バスに戻るぞ」

 自分の気持ちを悟られぬよう強引に話を打ち切ってバスに戻る。

 

 その後,福岡市博物館で有名な志賀島の金印を見たり,福岡タワーと博多ポートタワーのタワーのハシゴという謎の行程を経て,1日目のホテルにたどり着いた。

 

 疲れた。とにかく疲れた。

 

 早く風呂に入りたい。戸塚と。

 



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まちがいだらけの修学旅行3~博多酒乱編

3話目です。
京都では天下一品総本店に向かった一行でしたが,宿泊先が博多になったので屋台になりました。
博多の屋台,楽しいですよねー♪
行ったことないけど……
なので,特定の屋台を想定したものではありませんので悪しからず。
あ,首トンは大変危険な行為ですので絶対に真似しないでください。
まだクロスにならないよ……


 ホテルで飯を食った後,疲れからかうっかり寝落ちしてしまい,戸塚との貴重な混浴タイムを逃してしまうという大失態を犯してしまったり,その後材木座や戸塚とUNOをして過ごしていたはずなのだが……

 

 なぜか今,平塚先生と雪ノ下と3人,中洲の屋台でラーメンを食べている。

 

 どうしてこうなった!?

 


 

 もちろん博多といえばラーメン,とんこつラーメンの聖地ともいえる場所でラーメン大好き比企谷さんともなれば気にならないはずもなく,平塚先生の口止め料という名の強制連行もさほど嫌だったわけではなかった。

 俺と一緒にロビーにいたがために道連れになった雪ノ下にはお気の毒だが。

 ただ誤算だったのは,ここが屋台ということだ。

 単にラーメンだけではなく,焼き鳥やホルモン,おでんなども置いてあるのである。ちなみに明太入りの玉子焼きはうまかった。

 問題は,それらがツマミであり,普通に一杯ひっかける人もたくさんいるのだ。

 初めはラーメンだけを食べていた平塚先生も周りの酔客の「若い」「綺麗」「(雪ノ下と)美人姉妹」との声と一杯どうぞの勧めに抗しきれず,「お嬢さんもう一杯いきんしゃい」が2杯,3杯となり,完全に酩酊状態に陥ってしまっているのである。

「ひきがや~~~わらしはなんで結婚れきないんらぁ?」

 左手で俺を抱え込むように自分に引き寄せる平塚先生。男子の夢が詰まったその膨らみが俺の顔に押し付けられる。思春期の高校生男子からすれば夢のようなシチュエーションだが,残念ながら相手は教師であり,泥酔して酒臭い女なのだ。八幡,ぜんっ然喜んでなんかいないんだからね。

 雪ノ下はこめかみを指で押さえている。

「こんなお酒の飲み方をしているから結婚できないのではないかしら」

 おい!恐らく全員が全員そう思っているだろうが,あえて口に出して差し上げるな。

「卑猥谷くんもそのデレデレした顔をなんとかしないと通報するわよ」

「おい,俺はデレデレなんかしてないぞ」

「なんだぁ~~~比企谷もオトコノコなんらなぁ。わらしにデレデレしてるんら。ホレホレ,おっぱいらろ。わらしと結婚したら毎日好きにし放題らぞ」

 さらに顔にバストを押し付けてくる先生。らめえ~~~このままだと貰っちゃう~~~

「雪ノ下,うぷ,お前のせいで,エスカ,レートしてっ。なん,とかしてくっ」

「あら,あなたはそのままバストに埋もれて窒息死できれば本望なのではなくて?」

「じょう…だん…じゃ…」

 ああ,なんかお花畑の中に羽の生えた戸塚と小町が見えてきた。天使が迎えにきたということは,俺はいよいよ天国に召されるのか……

「何言ってるの。あなたが召されるのは地獄に決まっているわ」

 そう言って雪ノ下が平塚先生の首の後ろを手刀で,とん,と叩くと平塚先生は力なく気を失った。

 雪ノ下さんパねえっす。合気道をやるとは聞いていたが,もう達人レベルっす。

 

 で、これどうするのん?

 

 グッタリした平塚先生をタクシーに乗せ、とにかく宿舎近くまで戻ってきた。

 だが,先生と生徒が外出して先生の気を失わせてしまったという事実は、それをやったのが俺じゃなくても有罪判決を受けるのは俺だということが文化祭等で証明済みである。タクシーを夜中に横付けするような目立つことをするわけにもいかず、少し離れたところから雪ノ下の先導で誰もいないのを確認しつつ平塚先生を背負って歩く。俺が。

 平塚先生の気を失わせた本人は平然と一人で歩き、俺はふぅふぅ言いながら一歩一歩進んでいるのである。

 何かが理不尽だ。

 しかし、こうして思うのは、普段あんなに大きく見える平塚先生が、背負ってみると意外と軽かったりするということ。いやもちろん背中に当たる2つのゲフンゲフンはもちろん大きいのだが……

 雪ノ下、なんで俺を睨む。

「寂しいよ……みんなわたしを置いて……」

 いつもの格好良さのカケラも見せない,泣き声も混じる弱々しい声でうわ言のように先生が呟いた。

そうなのだ。

 この人は,単に独身が寂しいというだけではなくて、毎年毎年多くの生徒と出会い、その数の分だけ別れを繰り返しているのだ。

 雪ノ下さんのように卒業してからも頻繁に顔を出す人なんてほんの一握りで、みんなが巣立った後もこの人はそこに留まり続け、また別れを迎えるために出会いを繰り返す。

 あんなに結婚したい結婚したいと言っているのは、移ろいゆく出会いと別れの中で,たった一つでもいい、変わらない確かなつながりを求めているからなのかも知れない。

 俺は雪ノ下に聞こえない小さい声で平塚先生に囁いた。

「……大丈夫です。俺はずっとそばにいますよ」

 


 

 なんとか無事に平塚先生の部屋にたどり着き、先生をベッドに寝かせて俺も部屋に戻る……はずだったのだが、なぜか先生を下ろそうとした時にそのまま抱きつかれ、ベッドインしてしまっているのである。

「この準強制性交谷くんは、とうとう越えてはならない一線を越えてしまったのね」

「おい、そのスマホの緊急ダイヤルを呼び出すな。だいたいお前一部始終見てだだろ」

「わたしが見たのは、酔って意識のない平塚先生を準強制性交谷くんがベッドに押し倒したシーンよ」

「話が全く逆だろ!あと名前、語呂悪すぎ」

「そんなの振りほどいて早く出てくればいいじゃない」

「それが、意外と力強くてなかなか抜け出せないんだ。なんか力が入らないように極められているかのような」

「そろそろ戻らないと班の人に怪しまれてまた変な噂が立ってしまうのだけれど」

「変な噂?」

 俺が疑問に思い聞き直してみると、雪ノ下が顔を真っ赤にして慌てて言った。

「あ、あなたには関係ないわ。ただ、クラスの女の子はみんな恋愛の話で盛り上がったりするものだから……」

「今の話が何で恋愛につながるのかよく分からないが……平塚先生の方は、力がゆるくなったら抜け出して部屋に戻るから、お前は先に戻ってていいぞ」

「あなたは……!そんなこと言って二人だけになったら本当に先生を襲うつもりなのではなくて?」

 そう言った雪ノ下の表情は『祈りなさい,せめて目覚めた時に命があることを』とか言って,全てを一瞬で急速冷凍せんばかりの冷たさである。

 あまりの寒さに布団を被って寝てしまいたいところだが、今ここでそれをすることはすなわち「死」そのものを意味する。

 まさに前門のスノーレパード、後門の大虎といった体で進退極まってしまった感じだ。

「私が先生の秘孔を突いて力を抜かせるからその間に抜け出しなさい」

 お、おお。雪ノ下は北斗神拳の使い手にもなっていたらしい。一子相伝だから姉妹の争いとかあるのだろうか?

 ま、雪ノ下さんがジャギということもなかろうから、やっぱラオウなんだろうな。雪ノ下が王道ならあの人は覇道を行くイメージだ。

 雪ノ下が先生の背中のあたりの秘孔?を一突きすると先生の力が緩み、抜け出せる状態になった。

「雪ノ下、サンキュな」

 小さな声で雪ノ下に感謝の気持ちを伝え、平塚先生の拘束から抜け出してベットを降りようとしたのだが、ズボンの裾を掴まれ、

「行かないで……」

と眠りながら涙を流していた。

 おいおいおい!

 なにこの破壊力!

 なにこの可愛い生き物!

 これを足蹴にしながら振り払って去ることのできる男がいたらそいつはクズだ!

 もう俺がもらっちゃってもいいかなーと思っていたところ、そんな先生の姿を見た雪ノ下は頭を押さえて首を振っていた。

「なあ、雪ノ下……」

「分かったわ。平塚先生が落ち着くまで添い寝を許可します。ただし……」

 小さくずうーっと息を吸って言葉を続けた。

「私もこの部屋にいるわ。その,万が一とはいえ間違いがあってはならないし」

「おい、万が一にも俺がそんなことするはずが……」

「それに」

 俺の反論を遮って雪ノ下が続けた。

「仮に何もなかったとしても、二人でいることが分かれば事実はどうあれ周りはそういう目で見るでしょうね。そしてどんなに言葉を重ねようともそれが真であることの証明はできない」

 たしかに雪ノ下の言う通りだ。いくら俺が何を言おうと男女が深夜二人きりでいるということは、世間から見れば何かがあったに違いないと見られてしまうものだ。

 ましてや俺は文化祭で学校1の嫌われ者になった男、かたや結婚に飢えたアラサ……ブフォウア!

 なんか平塚先生の裏拳が飛んできたんですけど!

 よく心の中を読まれるのはあるが、寝ていても分かられちゃうの!?

「とにかく,そんなことになったら奉仕部の部長として責任を持って備品を処分しなければならなくなるわ」

 怖い,怖いです雪ノ下さん!あと怖い。

「……平塚先生も教職を続けられなくなる」

 あっ,と大声を出しそうになって慌てて自分の口を塞いだ。そうだ。修学旅行で男子生徒と同衾なんて破廉恥極まりない事態だ。このことが知れたら教育委員会は黙っていないだろう。どんな言い訳をしたところで許されるものではない。謹慎くらいで済めばよいが,例えそうだとしても結局いろんな圧力がかかって自ら職を辞するよう追い込まれていくのだろう。

「じゃあ,一刻も早くここを出ないと……」

「それも駄目ね。こんな夜中に部屋から出ていくところを見られたらそれこそアウトよ。たぶんまだ眠っていない生徒だって多いと思うわ」

 一緒にいるのもダメ,出ていくのもダメ。それじゃいったいどうすれば……

「だからしばらく私もここにいることにするわ。万が一誰かに見つかっても私が証言すれば何もなかったことを証明できるし,奉仕部の関係で平塚先生に呼ばれて話をしているうちに寝落ちたことにしておけばいいから」

 なるほど,さすが雪ノ下だ。これなら平塚先生にとっても俺にとっても一番いい答えのように思える。しかし……

「雪ノ下,お前は大丈夫なのか?今日だって疲れただろ?早く部屋に帰って寝たほうがいいんじゃないか?だったら,今,二人で部屋を出れば誰かに見られたところでさっきと同じ言い訳ができるんじゃ……」

「だっ,だめよ。こんな深夜に二人でいるところを見られたら,クラスの人にまた……」

 怒っているのだろうか。顔を真っ赤にして俺の言葉を否定する雪ノ下。しかし,また,とは?

「とにかく,平塚先生が離してくれるまであなたは先生のそばにいなさい。とりあえず電気を点けたままだと外から見られるかもしれないから暗くするわね。後で起こしてあげるから少し休むといいわ」

「わり,雪ノ下。そうさせてもらうわ。んじゃ頼むな」

 そうして部屋が暗くなり,平塚先生の横に添い寝をしているうちにだんだん意識が遠ざかっていった……

 


 

 知らない天井だ……

 

 ま、初めて泊まるホテルだから当たり前なのだが。

 眼が覚めるといつのまにか夜が明けていた。

 アレ?雪ノ下,落ち着いたら起こしてくれるんじゃなかったのか?

 疑問に思い横を向くと,雪ノ下が同じ布団で寝ているのですが!

 すぅすぅと可愛い寝息をたてて眠っていらっしゃるのですが!

 むっちゃいい匂いするのですが!

 てか,横を向いたらもう5センチくらいしか距離がないんですが!

 唇が触れてしまいそうな距離なんですが!

「ん,ううん……」

 ゆ,雪ノ下!動くな!そんなことしたら……

 ん……!

 


 

「ひっ!」

 目を開けた雪の下が叫び声をあげそうになったので,慌てて手で口をふさぎ,体を押さえつけた。

 今,この状態で声をあげられて,外から人が来てはいろいろと終ってしまう。主に俺が。

「ん~~~~~~~~」

 手足をバタバタしながら雪ノ下が声にならない声を上げているが,この手を外すわけにはいかない。

「おとなしくしろ,雪ノ下。お願いだ,分かってくれ」

 俺がこの状況を飲み込んでもらえるよう懇願すると,ようやく雪ノ下は動きを止め静かになった。

「んんん,んんんんんんん」

「何だ,雪ノ下。何か言いたいことがあるのか?」

「んんんん,んんんんんん」

 俺が手で口をふさいでるから当然しゃべれないわな。たぶんこれ以上大声を出す恐れがないのを見て取って,雪ノ下の口を解放することにした。

 俺の下で横になったままの雪ノ下が口を開いた。

「あなたの……あなたの気持ちは分かったから乱暴はやめて」

 多少の罵倒は覚悟していた俺だが,俺の行動の意図が伝わりホッとして言った。

「すまなかった。でも俺の気持ちを分かってもらえてうれしいよ」

 柄にもなく素直な気持ちを口にしたら,雪ノ下が俺の頭の後ろに両手を伸ばし,目をつぶって俺をその桜色の唇へと導いた。

 えっ!?えっ!?えっ!?

 はちまんはこんらんしている。

 そして,まさにその唇に吸い寄せられようとする瞬間,

「ほほう。教師の部屋で不純異性交遊とはいい度胸じゃないか,比企谷。そもそもお前たちは何でこの部屋でそんなことを……」

 指をポキポキと鳴らし見下ろす先生に,

「平塚先生!」

「ひゃい!?」

 先生は,俺と雪ノ下の怒気を含んだ声に間抜けでかわいい声を上げながら後ろ向きにもんどりうって倒れてしまった。

 


 

 そして今,仁王立ちの雪ノ下とその横に立つ俺が見下ろす先で,平塚先生が絶賛土下座謝罪中である。

「比企谷,雪ノ下,本当にすみませんでした!教師としてあるまじき醜態をさらしご迷惑をお掛けしました」

 普段のカッコいい先生とはかけ離れた姿にいたたまれない思いをする俺だが、雪ノ下の表情はまさに怒り心頭である。

「もしこのことが他の先生方や教育委員会に対して明るみになったらどうなるか分かりますか!」

「はい……まことに申し訳ありません」

 青菜に塩をかけたようにうなだれている先生。あんまり責めるとますますしおらしくなって、うっかり俺がもらっちゃいそうになるのでここらでやめさせないとまずい。

「まあ、雪ノ下、先生も日頃のストレスとかいろいろあって溜まってたんだろうからその辺でいいんじゃないか?」

「比企谷……」

 先生が目を潤ませて俺を見つめる。ヤバい。破壊力ハンパない。そして消え入りそうな声で尋ねてきた。

「その、比企谷……一つ聞きたいんだが、昨日、私と一緒に寝ていたということは、あの……二人の間で間違いが起きたりとか……」

「そんなわけないでしょう!何のために私がここにいる羽目になったと思ってるんですか!」

「チッ」

 おいおい,今この人舌打ちしたよ!?さっき少しでも可愛いと思ってしまっていた俺の純情を返せ!

「ところで,君たちはさっき何をしていたのだね?私にはキスをしようとしていたように見えたのだが……」

「な……そんなことあるわけがないじゃありませんか!こんな死んだ魚のような腐った男にファーストキスを捧げるなんてありえません!」

 おい,腐った男って何だよ!俺はゾンビじゃない!せめて腐った目にしてくれ,という突っ込み以前に,さっきの雪ノ下の行動が何だったのかと思い返していた。

 やっぱりアレは雪ノ下が寝ぼけていたということなのだろうか?

 だがそれ以前に,アイツのファーストキスは……

 いやいや,アレはアイツが眠っていたのだからノーカンだ。ファーストキスに並々ならぬ思いを持っているであろうアイツがあのことを知ったら,俺を殺して自分も死ぬとか本気で言いかねん。このことは俺だけの胸の内にとどめ墓場まで持っていくしかない。

 

「だいたい先生は本当に反省しているんですか?さっきの舌打ちだって……」

 雪ノ下の説教が続いていたが,いつまでもこの部屋にいるわけにもいかない。

「おい雪ノ下,そろそろ部屋に戻らないとまずいんじゃないか?もう朝食の時間になるし」

「わ,分かったわ。それでは先生,この続きは後にさせてもらいます」

 続くのかよ……先生,ご愁傷様です……

「それと,先生,私は奉仕部の話をしていて先生の部屋で寝落ちたことにしておいてください。でないとクラスがまた騒がしくなるので」

「俺はどうするんだよ」

「そうね。この部屋にいたというといろいろと面倒なことになるから,一晩中墓場で彷徨っていたことにすればいいのではなくて?」

 だからゾンビじゃねえっての!

 



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まちがいだらけの修学旅行4~豊後旅情編

4話目です。
混迷してますね(苦笑)
今回登場する日田の田舎のほうに作者の実家があります。
土日はバスも来ない田舎です。
ちなみに駅前の食堂は「寶屋」と言って70年の歴史を誇る老舗です。
名物は「日田ちゃんぽん」だそうで。
2年前くらいに食べたけど,自分の小さいときにはそんなメニューなかったような気がしたけどなあ(笑)
日田は焼きそばでも有名ですね。想夫恋という店が日田焼きそばの元祖ですよ。ちょっとお高いのが玉に瑕ですが。
クンチョウ酒造の酒蔵資料館やサッポロビール工場,そしていいちこの日田蒸留所と平塚先生にはぜひまた新婚旅行でお越しいただきたいです。
温泉好きならぜひ日田と湯布院の間にある天ケ瀬温泉にもお立ち寄りいただきたいです。
観光地化されてないひなびたいい温泉街ですよ。
河原の温泉も有名です。


「八幡,夕べ帰ってこなかったけどどうしたの?」

 

 朝食会場でおきゅうとを食べていたら,戸塚が夕べのことを本気で心配してくれていた。ちなみにおきゅうととは福岡の朝によく食べられる,海藻を煮溶かして固めたものだ。ほとんど水分で栄養はあまりないが独特の食感がなかなかだぞ。

 そして,この天使の顔を曇らせたヤツ,万死に値する!

 俺だった……やっぱり俺はゾンビになる運命なのか……

「ああ,ジュースを買いに行ったら平塚先生に会って長々と話をしていたら消灯時間になってな,違う部屋に戻ってしまったんだが持ち前のステルスヒッキー・アドバンスが発揮されて誰にも気づかれずに一晩過ごしちまったんだよ」

「フフ,何それ」

 良かった。天使に笑顔が戻ってきたよ。

「でも,僕,本気で心配したんだからね。もうこういうのはだめだよ!」

 プンプンって擬音が本当に聞こえそうな感じで頬を膨らませて怒る戸塚もかわいい。とつかわいい。戸塚にこんな顔をさせてしまった以上,もう俺が責任とって戸塚をもらうしかないよね?もう戸塚エンドでいいよね?

「この男はなに気持ち悪い顔をしているのかしら?」

 なぜかJ組のはずの雪ノ下が俺たちの席の前に座った。

「おいどうした?お前クラスが違うだろ?それともアレか。俺と戸塚の仲に嫉妬して邪魔しに来たのか?」

「もう八幡ったら」

 照れる戸塚もかわいい。やっぱりとつかわいい。

「まったくこの男は……」

 雪ノ下が頭を抱えて嘆きの言葉を発する。

 クラスの方でもう食べてきたのかと思ったが,雪ノ下もどうやら一緒に食べるらしい。

「グループのメンバーから追い出されたのよ」

「なに?いじめか?お前,グループでハブられたりしてるの?」

「そんなわけないじゃない。あなたとは違うのよ」

 福岡でも安定の罵倒っぷりですね。そこにしびれる憧れるぅ。

「グループの皆が,あなたのところでご飯を食べて来いっていうの……」

「やっぱり罰ゲーム的なやつか。俺と飯を食うのが罰ゲームなんですね……すまないな,雪ノ下」

「そうじゃないわ。ただ……皆が……その……どちらかというと応援というか……」

 目を伏せてもじもじとする雪ノ下の声が次第に小さくなっていく。

「え?何だって?」

 俺は某難聴系友達が少ないその実ハーレム主人公ではないので当然聞こえているというか某難聴系友達が少ないその実爆ぜろ爆発してしまえハーレム主人公も本当は聞こえているのだが,と同じく聞こえないふりをした。

 ぼっちは人の悪意や悪い噂にも敏感なので,雪ノ下のクラスの人間が何を言っているのかは当然知っているが,雪ノ下にしてみれば単に部活が一緒というだけで悪い噂を立てられて迷惑な話だろうし,俺がそのことについて何か言おうものならすかさず自意識過剰谷くんとか罵倒が飛んできそうなので知らないふりをするのが花である。

 


 

「はろはろ~。おっ雪ノ下さんこんなところでご飯食べてるんだね。隣いいかな?」

 昨日,あんなことがあったにも関わらず,いつもと変わらぬ様子で海老名さんがやってきた。いや,俺のところに来る時点で「いつも」とは違うが。

「おはよう,海老名さん。あなたは三浦さんや由比ヶ浜さんのグループで一緒ではないの?」

「うん……なんかあっち,いつもと雰囲気が違う感じがして……結衣とかとべっちとか……」

 グループの中で,由比ヶ浜は戸部と海老名さんをできるだけくっつけようとし,戸部は海老名さんのポイントを稼ごうと必死に話しかけたりして,それに大和と大岡が「だな」「それな」と相槌を打っている様子に,いつもと違う何かを感じ取った海老名さんが困惑しているというところだろうか。大和と大岡はいつも通りのような気もするな。

 俺は昨日直接本人から話しを聞いているのではっきり分かるのだが,海老名さんの少し憂いを含んだ表情に,雪ノ下も何か感じ取っているのかもしれない。

「でね」

 その時,海老名さんのメガネのレンズがキラリと光った。

「やっぱり雪ノ下さんに腐教活動した方が有意義だと思ってこっち来たの!愚腐腐腐」

 いつもの海老名さんだ……

「布教?海老名さんは何かの宗教に入られているの?」

「雪ノ下,それ以上はやめとけ。感染するぞ」

「海老名さんは何かの病気なの?」

 隣に座った海老名さんに身構える雪ノ下。

「ひどいなあ,ヒキタニくんは。私は至ってノーマルだよ。ホモの好きな普通の女子」

「それ普通じゃねえから」

「え?ホモの嫌いな女子なんていないんだよ?」

「比企谷くん,頭が痛くなってきたのだけれど」

「え?雪ノ下さん,それはいけないなあ~。後で頭痛に効くBL本を貸してあげる!」

 頭痛に効くBL本ってなんだよ。ていうか,修学旅行にまでBL本持ってきてるの?

「それより早く飯食おうぜ。集合時間に遅れるぞ」

 それからも朝飯を食べ終わるまで海老名さんの腐教活動は続き,ようやく解放されて荷物をまとめるためそれぞれの部屋に向かう途中,一緒に歩いていた雪ノ下が声をかけてきた。

 


 

「比企谷くん」

「なんだ?雪ノ下。あんまり時間ねえぞ」

「さっきの海老名さんのことなのだけれど……」

「ホモの話しか?」

「そっちではないわ。グループのこと」

 俺はその場に足を止め,横を歩いていた雪ノ下の顔を見た。

「今回の依頼,海老名さんには迷惑だったのかしら」

「だろうな」

 正直に即答した俺に雪ノ下は訝しげな顔で問いかけた。

「あなたは,何か知ってるの?」

 もちろん昨日の岩屋城址でのできごとを言うことはできない。

「ばっか,お前,さっきやってきた時の海老名さんの表情を見れば,な。グループの雰囲気が変わってしまうのを嫌がってるんじゃないか?お前だってあれで思ったんじゃねえの?ま,俺はグループにいたことがないから知らんけど」

「戸部くんの依頼は奉仕部として受けてしまった以上,今さら断るわけにもいかないし,何より由比ヶ浜さんが乗り気で……それなのに海老名さんはそれを望んでない……私は……どうしたら……」

 いつもは自信満々な雪ノ下が今日ははかなり弱々しく見える。

「そんなに真剣に悩む必要はないだろ?どんなに頑張ったってダメなときはダメだし,グループだっていつまでも同じままじゃない。壊れるときは壊れるんだ。自分の思い通りに変わると思うのが傲慢なら,そのまま変わらない夢を見続けるのも傲慢。俺たちにできることは,それぞれが変わりゆく過程を見守るとしかないのさ」

「そんな……何もしないで見守るだけなんて……」

「何もしないなんて俺は言っちゃいねえぞ?どちらが正しくてどちらが間違っているなんて考えないで,見守るために何ができるかを考えるんだ。それでも,もしどうにもならくなったら俺がどうにかしてやるさ。大丈夫。全責任は俺が取る。こう見えて俺は運がいいらしいぞ」

「あなたに運がいい要素なんてどこを探しても見つからないのだけれど……」

 まあそうですよね。俺も転生して女神を連れた冒険者にでもなれば変わるのかもしれないがな。

「でも,ありがとう。少し気が楽になったわ。頼りにしてるわよ」

 そして,雪ノ下は去り際に俺の耳元で小さく囁いた。

「あなたが最初の相手でよかった」

 真っ赤になって脱兎のごとく走り去る雪ノ下を,俺は身動きすることもできず見送った。

 

 結局,集合時間に遅れました。

 


 

 二日目はバスに乗って佐賀県の吉野ケ里遺跡を見学し,長崎道,大分道を通って大分県は日田市に来た。

 日田は江戸時代には幕府直轄支配地である天領となり,西国郡代所が置かれて九州の他の直轄地を治める郡代支配の拠点となった地である。また大名に対して金貸しを行っていた大商人を中心に町人文化が栄え,九州の小京都とも呼ばれている。

 ここでは全体を2つのグループに分け,先に半分のクラスが駅前の老舗の食堂で昼食を摂り,残りのクラスは幕末の漢学者・広瀬淡窓が開いた私塾・咸宜園の跡や淡窓の生家の跡に建つ豪商・広瀬家の廣瀬資料館,それらを含む豆田町の古い町並みを見て歩くということになっていた。

 この町にある草野本家という元の大商家では,雛祭りの時期に古くて立派な雛人形を一般公開しているらしい。

 ウチの学校の『ひな』は腐っていて一般公開不可能だが。

 

 雪ノ下のJ組はF組と反対のグループになったため,この町で一緒になることはない。

 平塚先生は,市内にビール工場があると聞き行きたがっていたが,市の中心部からは離れているため行けないことを残念がっていた。しかし,豆田町の中に古い酒蔵を見つけて,俺をそこへ強制連行し一緒に資料館を見学した後,併設の蔵元ショップでこっそりと日本酒と焼酎を試飲の上買っていた。おいあんた昨夜のこと反省してないだろ!

 

 昼食と町並み散策が終わると時間差でバスに乗り,慈恩の滝を経由し,今日の宿泊地でもある湯布院へと向かった。

 慈恩の滝は,滝の裏側に回って見られるということで由比ヶ浜が戸部と海老名さんの二人でそこへ向かわせようとしたのだが,俺が海老名さんに袖を引っ張られ,えびとべカップルに同行する形になった。

 由比ヶ浜からは,ヒッキーお邪魔虫じゃん!と言われたが,本当の意味ではお邪魔虫は戸部なんだよなあ,とぼーっと考えていた。

 その時,指ぬきグローブを着けたデブが片手を高く上げ,「ジーク・ジオン!」と大声で叫ぶのが聞こえたが,知らない人なので無視することにした。

 

 ……やらなくてよかった。

 


 

 湯布院へ入ると,やはりオシャレなイメージがあるのか総じて女性陣のテンションが上がっていたようだ。

 

 由比ヶ浜はここで白馬の馬車を見つけ,この中で告白なんかされたら素敵かなあと目をキラキラさせながら俺の方をチラチラみていたが,貸切ではなくて乗合で告白どころではないため最後は残念そうな顔をしていた。その時も俺の方を見ていたのだが,残念そうというところで俺の方を見るのはやめてもらいたい。まるで俺が残念な人みたいだろ!

 残念そうに見るなら材木座にしろ!

 

 今夜の宿に入り,今日こそ戸塚との混浴が実現するかと思った矢先,由比ヶ浜と俺は雪ノ下に呼び出されてしまった。

「由比ヶ浜さん外一名,呼び出してごめんなさいね」

 ほか一名って何だよ!全然ごめんなさいなんて気持ちを持ってないだろ!

 戸塚との入浴のチャンスをまた失ってしまった俺は少々心がささくれ立っていた。

「ゆきのんどうしたの?」

「あの……由比ヶ浜さん,怒らずに聞いてほしいのだけれど……」

 まさか,雪ノ下,今朝の平塚先生の部屋であったことを由比ヶ浜に言おうとしているのだろうか?フェアであることを求めるこいつの考え方から言えば,その可能性も大いにありうる。

「お,おい,雪ノ下……」

「比企谷くんは黙っててもらえるかしら?これは私が言わなければならないのだから」

 雪ノ下の顔を見ると決意に満ちた眼をしていた。これでは俺が口を挟むことなんてできやしない。

 一方俺はどうだ?

 海老名さんから告白された。

 雪ノ下からも偶然とはいえ唇が触れたことを良かったと言われている。

 由比ヶ浜だって花火大会の夜のことを思い出せば俺の勘違いとは思えない。

 そんな彼女らを前にしてなんらかの決意を語ることができるだろうか?

 

 そんな俺の思いをよそに雪ノ下が口を開く。

「私、今度の戸部くんの依頼、やめようと思うの」

「え!」

「へ!?」

 由比ヶ浜は驚きを口にし、俺はマヌケな声を発してしまった。

「何で?どうして?」

 俺は自らの勘違いに黒歴史を増やしてしまい、一人悶々としていたが、雪ノ下が依頼を投げ出してくれるのは大いに助かるので、この流れに乗ることにした。

「俺も雪ノ下に賛成だ。この依頼は元々受けるべきじゃなかったんだ」

「そんなあ。とべっちが可哀想じゃん。ねぇーゆきのん、やめるなんて言わないでやろうよー」

 由比ヶ浜が雪ノ下の腕を取って揺さぶっている。由比ヶ浜の胸も揺れているが、雪ノ下の心も大いに揺れているはずだ。このままだと雪ノ下の決意が揺らぐのも時間の問題か?

「由比ヶ浜さん。今日まで基本的にクラス単位でのグループ行動だったから……一緒にいられなかったじゃない?それに由比ヶ浜さんも戸部くんの依頼で一生懸命だったって聞いてるし、でも明日の自由行動は依頼のこととか考えないで、あなたと……結衣と一緒にこの旅行を楽しみたいの……ダメ……かしら」

 由比ヶ浜が何が起きたのか分からないといった顔で固まっている。かく言う俺も何が何だか分からない面持ちで立ち尽くした。

 そして次の瞬間、

「ゆきのーーーーん!!!」

 由比ヶ浜が凄い勢いで雪ノ下にそのまま文字通り飛びついた。

「ゆきのん!いま、結衣って……」

 由比ヶ浜が涙を流しながら、笑いながら、ギュッと雪ノ下に抱きついている。

 もういつものゆるゆりじゃなくてガチユリであるありがとうございました。

「ゆきのんがそんなこと考えてくれてたなんて……あたし……あたし……」

「もちろん、戸部くんが使えそうなデートスポットや景色のいい場所とかは何箇所かピックアップして用意してあるわ。でも、サポートはおしまいにして明日は奉仕部で思い出を作りましょう」

 

 欺瞞を嫌う雪ノ下のことだ。これは海老名さんに脈がないのを見て便宜的に言い出したことじゃなくて本当に心からそう思ってのことだろう。ただ、今までの雪ノ下なら一度受けた依頼なら個人の感情を打ち捨ててでも完遂しようとしたに違いない。

 だが、彼女は依頼よりももっと大事なものを見つけ、手に入れようとしているのだ。やはり彼女は変わった。

「分かった、ゆきのん。とべっちにはあたしから話をしておくよ」

「いえ、奉仕部の部長は私よ。私がきちんと話をしなければいけないわ」

「そんなことないよ!あたしだって奉仕部の一員だし、何よりもあたしのグループの中の話だから」

「やっぱり部長の私が」

「グループのあたしが」

 これはアレですよね?

 伝統芸能的なアレ?

「ここは同じ男として俺が」

『ドウゾドウゾ!』

 二人揃ってのドウゾドウゾいただきました。分かってはいたが無視してはいけないような気がしてつい手を上げちまった。というか,雪ノ下が知っていたことに驚きだ。

「ふふふ。冗談よ。皆んなで戸部くんに謝りに行きましょう」

 


 

 その後は3人で戸部のところへ行き依頼の打ち切りを謝ったが、雪ノ下の作った資料を見て、

「これだけあれば楽勝っしょ!あとはベストスポットを探せばいい的な?そうと決まったらこれから隼人くんと明日の作戦会議いっちゃうべ。って事で、雪ノ下さん、結衣、ヒキタニくん,サンキュー!」

 

 戸部の元気が痛い。元々の依頼は振られない告白というものだったが、最終的には振られない告白のサポートをするということで引き受けたのだから、依頼としてはこれで完遂したと言ってもいい。

 それをどう使うかは戸部次第だ。ただ、今回に限って言えば、当の海老名さんに全くその気がないのだから、耳川の戦い以来の大敗北は必至なのだが。

 

 問題はそのあとだ。

 このままだと海老名さんはグループを壊して本当に俺を彼女の居場所にするという保険を発動しかねない。

 自分のことを腐っていると言っていたが、俺の手を自分の胸に引き寄せた時の手の震えは彼女の本気を表していた。

 だが、俺にはまだ覚悟がない。決めることができない。ヘタレと言われようがもう少し考える時間が欲しい。たとえそれが欺瞞だとしても,今,彼女の居場所を壊してしまうわけにはいかないのだ。

「ヒッキーってば!」

「おおう!?」

「さっきから呼んでるのに全然反応ないじゃん!」

「すまん、考え事をしていてな」

「もう!明日の自由行動、ヒッキーが行きたいところはない?って聞いてたのに!」

「ああ,それなんだが,一か所行きたいところがあるんだ。ただ,ちょっと遠くて朝早く出ないといけないし,別に面白いところでもないから俺一人で行って後で合流という形にしないか?お前たちだって行きたいところがあるだろ?」

「そんな気にしなくていいよ!ヒッキーが行きたいところだったらあたしたちだって行きたいし。ねっ,ゆきのん?」

「そうね。いかがわしいところでなければ,一緒に行動するのがいいのではないかしら」

 俺が行きたいと思っているのは,宇佐神宮という神社だ。場所は宇佐市というところにあり,旧国名でいうと今いる豊後国ではなく豊前国に属する。この由布院からだと,最後,駅からタクシーを使ったとしてもおよそ2時間はかかる。

 なんでそんな場所に行きたいかというと,日本三大八幡宮の一つで,全国に44,000社はあると言われる八幡宮の総本社なのだ。これはもう八幡である俺のルーツといって良いよね?やはりここ大分県まで来て宇佐神宮を訪れないというわけにはいかないだろ?ちなみに日本三大八幡宮のうちのもう一つ筥崎宮は福岡市にあって昨日参拝したよ。

「なんか理由がちょっとちゅうにっぽいけどヒッキーが行きたいならあたしも行きたいな」

「奈良時代からある古い神社ということらしいし,私も興味あるわね。皆で行きましょう」

 

 朝7時過ぎの汽車(電車じゃないよ)に乗って宇佐に向かうことを決めて解散となった。

 

 結局,また戸塚とお風呂に入れなかった(泣)

 

 ただ,日本で2番目の湧出量を誇る由布院の温泉はとてもよいお湯だったことだけを記しておく。



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まちがいだらけの修学旅行5~二豊熱情編

5話目です。
二豊とは,豊前,豊後の二国を指していう言葉で,豊前国が宇佐神宮のある宇佐市や中津唐揚げで有名な中津市,そして福岡県の豊前市,行橋市から小倉あたりまでのエリア,豊後は大分市,別府市,日田市,荒城の月で有名な竹田市など,豊前を除く大分県のエリアです。
今回,デートスポットに選ばれたのはサンリオの国内唯一の屋外型テーマパーク,サンリオ・ハーモニーランドでしたが,本文中に出てきたケーブルラクテンチや他には城島高原パークも楽しいんですよ。あと,日本最大級のサファリパーク,別府アフリカンサファリなどもデートによろしいのではないでしょうか?
……未だクロスオーバーにならないのを観光案内でごまかしているわけじゃないよ?ホントダヨ?



 翌朝,7時前の湯布院の町は盆地特有の「朝霧」と呼ばれる濃い霧に包まれていた。

 高台にある狭霧台などの展望台から見ると,町全体が雲海状の霧に沈む幻想的な風景が見られるという。

 7時3分,大分行きディーゼルカーのエンジンが唸りをあげ,辺りを覆い尽くす霧の中を切り裂くように由布院駅を発車した。

 朝早い列車を選んだので俺たちの他に総武高校生は誰も乗っていない……と思ったのだが……

「はろはろ~結衣,雪ノ下さん,ヒキタニくん,早いねー」

 腐海のプリンセスこと海老名さんがなぜかこの汽車に乗っていた。

「え?姫菜一人?とべっちとかみんなは?」

 由比ヶ浜は突然の海老名さん単独の登場に戸惑っているようだ。

「結衣が出ていくのを見かけて優美子とか声かけたんだけど,誰も起きてこなくて。男子同士は夜遅くまでナニをヤッてたのかな?愚腐腐腐」

 相変わらずの海老名さんの様子に,雪ノ下が頭イタポーズで苦い顔をしている。よほど昨日の海老名さんの腐教活動が堪えたらしい。

「姫菜,今日は奉仕部の三人で回ろうと思ってるから……」

 由比ヶ浜が言いにくそうに海老名さんの同行にお断りを入れようとしているのだが,

「えー,私一緒にいちゃダメかな?今から戻るのも大変だし,なんか仲間外れにされたみたいで嫌だな……」

 少し憂いを漂わせて由比ヶ浜に告げる海老名さん。由比ヶ浜の表情には困惑が見える。

「ね?ヒキタニくんはいいよね?私が一緒にいても」

 続いて俺に話を向けた彼女は,右手でその小ぶりな(とはいえ雪ノ下よりも大きいが)胸を持ち上げるようにして,俺に対し半ば脅迫気味のアピールをしていた。

「ま,まあ,今から宿に帰れというのも酷な話だし,一緒に来るぐらいはいいんじゃないの?知らんけど」

 つい彼女の胸に行きそうな視線を必死で逸らしながら俺は答えた。

「大丈夫だよ,結衣。優美子が行きたい場所が決まってるから,みんなとは後で合流する予定なの」

「ヒッキーとゆきのんがいいなら別にいいけど……」

 海老名さんがこうして一人で出てきたのは,戸部の告白を阻止するためにできるだけ接触を避けたいのだと理解する雪ノ下が反対することは当然ながらありえない。

 こうして奉仕部の宇佐神宮参拝に一名の同行者(腐属性)が付加されることになった。

 


 

 大分から特急ソニックに乗り宇佐駅へ。

 宇佐駅からはちょうどいい時間のバスがなかったのでタクシーで神社まで向かおうとするのだが……

 俺が助手席に座ろうとしたら,海老名さんの『奉仕部の三人に私がお邪魔してるんだから,私が助手席で後ろのシートは三人で仲良く座ってね,と海老名は気が遣えるところをさりげなくアピールします』という一言で,俺が真ん中に座って両側に雪ノ下と由比ヶ浜が座るというフォーメーションが形成された。特に関係ないが,海老名さんのクローンが2万体もいたら辺り一面に腐臭が漂いちょっと嫌かもしれないとなんの脈絡もなく思ってしまった。

 問題は,駅前に止まっていたタクシーが小型だったため後ろのシートに3人で座ると結構窮屈で,特に右側に座った由比ヶ浜の,どことは言わないが体の一部に俺の右手の肘が当たりそうになるのを避けるのにずいぶん腐心した。やだ,やっぱり腐りゆく運命は避けられないのか。

 え?左側は特に問題ありませんが何か?

 


 

 宇佐神宮の境内は清涼なピンと張りつめた空気に包まれて,まさに霊験あらたかという言葉を肌でヒシヒシと感じることができる場所だった。上宮,若宮,下宮と回り,小町の合格や家内安全健康増進ついでに平塚先生の結婚成就等諸々を祈願した。

 八幡大菩薩のお導きにより平塚先生に幸福な未来が訪れんことを。

 そして八幡が導かなければならない未来が訪れぬことを。

 途中でけぷこんけぷこんとかいう指ぬきグローブを着けて暑苦しいコートを着たデブの咳ばらいと「我と盟友ともに八幡大菩薩のご加護があらんことをー!」という叫び声が聞こえたような気がしたが,多分気のせいだろう。

 

 帰りもまたタクシーで駅まで向かうのだが、今度は左に由比ヶ浜、右に雪ノ下というフォーメーションである。

 何故か運転手はアロハ姿。もうかなり冷え込んでくる季節だと思うのだが、やはり九州は少し暖かいのだろうか?

 海老名さんの助手席は相変わらず。

 今回は右手がフリー「何か凄く不愉快な空気を感じるのだけれど」何でもありません。

 

 少し荒い運転で体が右へ左へ揺れていると,

「ひっきぃ……ひっきぃの肘が,あたしの……」

 少し上気した顔の由比ヶ浜が切なげな声を出した。

「す,すまん!」

 慌てて左手を引いたが,右側から謎の強烈な冷気が襲ってきた。

「あなた……とうとう本当の強制わいせつに手を染めたのね……」

「いや,これは不可抗力でだなあ」

「最後の情けよ。血の池地獄の熱泥の中に沈むか,竜巻地獄の105度の間欠泉に吹き飛ばされるか,鬼山地獄のワニの餌になるか,好きな死に方を選びなさい」

 おい!もう死に方って言っちゃってるよね?どこに情けがあるのか全く分からないんですが!?どこをどう向いても地獄!地獄!地獄!

「えーヒッキー死んじゃやだあ」

 そう言って由比ヶ浜が俺の左腕を掴んで俺を引っ張る。当たってる!当たってるからあ!

「ふふふ,君たちは面白いねえ」

 助手席で海老名さんが笑っていた。いやいや,あんたが後部座席に座ってくれていたらこんなことにはなってないよねえ?

「じゃあ,私からも」

海老名さんが一呼吸おいて,

 

「ど、どうか私のノーブラおっぱいをモミモミしてください、お願いしますっ! 」

 

 静まり返る車内。

 

「ひ,姫菜!何を言ってるの!」

「え,海老名さん。ちゃんとブラジャーをしないと胸の形が崩れるって言うわよ」

 雪ノ下,そこじゃない。そして由比ヶ浜にもこのネタわからなかったか……

「あ,結衣も雪ノ下さんも分からなかったかー。ヒキタニくんは分かるよね?」

「分かるけど……海老名さんノーブラじゃないし,メガネは合ってるけどあんなには無いだろ?」

「通報するわ」

「ヒッキーまじきもい」

「おいおいやめてくれ。うっかり坊主地獄の泥に埋もれて死んじゃうだろ」

 てか,ノーブラじゃないことを知ってるってウッカリ言っちゃってたよ。死ぬ。

 そんな喧騒の中、タクシーが止まった。

「はい。駅についたばい。ははは若い人たちは元気やねえ。何かよかこつでもあったんかい?」

 運転手さん、その咥えたタバコ、火、点いてませんよ。

 


 

 宇佐駅から再び特急ソニックに乗り,杵築駅を目指す。杵築駅からはバスに乗って,目的地はサンリオ・ハーモニーランドだ。

 俺は遊園地なら温泉も入れて名物!あひるの競争もあるケーブル・ラクテンチを推したのだが,いかにもサンリオキャラクターが好きそうな由比ヶ浜がハーモニーランドを主張し,「ほらほら,ゆきのん,キティちゃんは猫だよ!」という一言で大勢は決した。

 だがな,由比ヶ浜。正しくはキティちゃんは猫じゃなくてキティ・ホワイトというイギリス人だぞ。

と言いたかったが,猫だと思い込んでいる雪ノ下の前でそれを言うことは,サンタクロースは実はいませんという子供の夢を壊すがごとき行為と悟り,黙っておくことにした。

 決して『ヒッキーってそんなにキティちゃんに詳しいんだ,まじきもい』と言わて,国東半島の石仏に頭をぶつけて死にそうになるからではないぞ。

 

 海老名さんも三浦たちとハーモニーランドで合流することになっているらしい。

 場所の選択がゆきのんメモを参考にしているのだから当然選択の範囲は同一にならざるを得ず,ディスティニーランドのおしゃまキャットのメリーちゃんが好きだという三浦がここを選ぶのは想像に難くない。

 せっかく戸部の依頼から離れられると思ったのだが,そうは問屋が卸してくれないようだ。

 まあ奉仕部と葉山グループの両方に属している由比ヶ浜の立場を考えればこれがベストだったかもしれないが。

 

「八幡たちも来たんだね!」

 ハーモニーランドで俺を真っ先に出迎えたのは,キティちゃんでもマイメロちゃんでもなく戸塚の笑顔だった。

「戸塚ぁ!」

 守りたい,この笑顔。もうサンリオキャラクター・サイカちゃんができてもいいんじゃないかなあ。見てみたい。サイカちゃんのパレード。

「あんたたち,朝早くから出かけてたんだね」

「おう。かわ……川島も来たのか」

「いい加減ぶつよ」

「勘弁してください。500円でお願いします」

「なんであたしがカツアゲしたみたいになってるんだよ……それに500円って……」

「いや,お前がこういうところに来るイメージ無かったからな。金額が足りないならあと100円ならあるぞ」

「だからカツアゲじゃないっての。戸塚に誘われてさ。ショーとかパレードの写真見せたらけーちゃんも喜びそうだしね」

 見た目はヤンキーだが,本当は真面目で家族想いな川崎らしい理由だった。それにしても戸塚に誘われるとか羨ましすぎる!

「海老名さん,ヒキタニくんたちと一緒だったん?起きたらもういなくなっててビックリしたっしょ!」

 戸部が海老名さんを見つけて分かりやすくテンションを上げていた。

「ごめんごめん。男子同士の営みを邪魔したくなくてさー。結衣たちとは偶然駅で会ってね,行き先が同じだったから一緒に行動してたんだー」

「海老名来たん?結衣も一緒ジャン。それなら一緒に回ればよくない?」

「あ,あはは。優美子ごめん。今日は奉仕部で一緒に行動しようと決めたから……」

 三浦が由比ヶ浜の顔をじっと見つめて,

「ふうん。なら別にいいけど」

 あの三浦の誘いに対して恐縮しながらもはっきりと断った由比ヶ浜。三浦もあいまいな態度を取ろうものなら怒り出しただろうが,こう見えて三浦はちゃんと人を見ている。だが,このままだと由比ヶ浜の方に後ろめたさみたいなものが残ってしまうだろう。

「あー、由比ヶ浜」

「ヒッキー」

「別にいいんじゃねえの?一緒に回れば」

「はあ?あんた結衣がさ,どういう想いで今あーしの誘いを断ったか分かってるん?」

 さすが女王様の迫力!うっかりチビリそうになるすんでのところでところで踏みとどまった。

「だから,奉仕部とお前たちのグループみんな一緒に回ればWin-Winなリレーションでナイスなパートナーシップを築けるんじゃないか?」

「何言ってんか分かんなくてちょっとキモイけど,ヒキオなかなか冴えてんじゃん」

 お,おう。今,俺,褒められたんだよな?

「でも,ゆきのん大丈夫かな……」

「気にすることはないわ,由比ヶ浜さん。私は他に誰がいようと由比ヶ浜さんが一緒なら……」

「ゆきのーん!」

 デレた雪ノ下,いわゆる「でれのん」に由比ヶ浜が全身で飛び込んでいった。

「ゆ,由比ヶ浜さん、ちょっと苦しい」

「ヒッキーもありがとね。うれしかった」

「ばっか,俺は別にお前のためとかじゃなくて,それが合理的で効率がいいからだな」

「はいはい。じゃあみんなでいこー!」

 由比ヶ浜が雪ノ下と俺と腕を組んで歩き出した。

 まずは11時から11時半までプラザステージのショーを見て11時半からレストランで昼食,12時半からのパレードに備える。

 レストランで俺の向かいに座る雪ノ下が頼んだのはハローキティの栄養バランスカレー、その隣の由比ヶ浜はポムポムプリンのハッシュドビーフライス、俺はぐでたまのステーキ丼にした。キャラクターメニューなんて、とも思ったが、ステーキの上に乗ったぐでたまの目玉焼きになぜか親近感を覚えてしまい、つい頼んでしまった。こいつの顔を見ると働きたくなくなるなあ。あ、いつものことでした。テヘッ☆

 

 あっちのグループは、三浦と葉山、戸部と海老名さん、そして大和と大岡、戸塚,川崎に分かれようとしている。

 どうせ大和か大岡が考えたんだろうが、これは下策だ。

 葉山と二人になる三浦はまんざらでもないだろうが、戸部と海老名さんを二人きりにしたところで話が弾むわけではなし、かえって気まずい空気になるだけだ。ディスティニーに行ったカップルが別れるという話と同じだな。

 そして大岡や大和が戸塚と食事するなんて許されていいはずがない!たとえ全ての人類がそれを許したとしても、名もなき神である俺が絶対に許さない!

 あっ、葉山が声をかけてみんな一緒のテーブルになるみたいだ。三浦は不満そうだが、それがベストの選択だ。

 とりあえず、大和と大岡は俺の絶対許さないノート入りを逃れたことを喜ぶがいい。

 まあ、みんな仲良くが信条の葉山らしいといえば葉山らしいのだが、この旅行中、戸部と海老名さんをできるだけ二人きりにしないようにしているようにも見える。

 あいつは……

 


 

「葉山くんは海老名さんから告白を阻止して欲しいと頼まれたのかもしれないわね」

 雪ノ下が葉山グループの方をちらりと観てサラッと言い放った。

「えーどうしてー?なんで姫菜がそんな……」

 由比ヶ浜が戸惑い気味に雪ノ下に尋ねた。

「由比ヶ浜さんは彼女と同じグループだから言いづらいのだけれど、海老名さんが戸部くんのことを悪く思っているかどうかは別にして、必ずしも好意的には思っていないのはこれまでの彼女の様子を見ていれば明らかだわ」

「それでもグループの中でカップルができたら素敵だなあって」

「じゃあ由比ヶ浜、お前、大岡から告白されたらOKしてカップルになるか?」

「ヒッキー!なんでそんな酷いことを言うの!」

 酷いのはお前だ、由比ヶ浜。大岡に失礼だろ。ま、この例を持ち出した俺も大概だが。

「由比ヶ浜さん、それはあなたがさっき言ったことと矛盾してるわ。グループ内でカップルができたら素敵なんでしょう?」

「それは……」

 由比ヶ浜は俺の方をチラチラ観ながら言いよどむ。

「もし大岡くんがあなたに告白することを事前に知ったとして、あなたならどうする?」

「とりあえず、隼人くんに相談するかな……」

 由比ヶ浜はそう言った後、ハッとして雪ノ下の顔を見た。

「そう……彼はたぶん知っている。海老名さんが告白されたくないことを」

「じゃあなんで隼人くんはとべっちと奉仕部に……」

「海老名さんから相談を受けたのが戸部くんよりも後だったのかもしれないし、奉仕部に断ってもらえることを期待したのかもしれない」

「じゃあ、じゃあ、ゆきのんが昨夜とべっちの依頼をやめようって言ったのは、それが分かったから?奉仕部で思い出を作ろうって嘘だったの?」

 由比ヶ浜の目にみるみる涙が溜まっていく。

「いえ、それは嘘ではないわ。本当の気持ちよ」

「だって、結衣って呼んでくれたの、あの時だけだし……」

「それは……恥ずかし……かったから……ごめんなさい、あなたを不安にさせて……結衣」

「ゆきのん!」

 由比ヶ浜が雪ノ下に抱きついた。

 おい、ここはレストランなんだけど。葉山グループの面々もいったい何が起きたのかとこっちに注目してるし。そんな中食べたステーキ丼はまったく味がしなかった、なんてこともなくただただ美味しかったです。はい。

 


 

 ゆるゆりとした食事を済ませた俺たちは、野外でのパレードを見て、数々のショーやサンリオピューロランドにはないジェットコースターや大観覧車などのアトラクションを堪能した。

 観覧車には戸塚と二人きりで乗りたかったのだが、結局奉仕部の3人で乗ることになり、海老名さんは川崎と戸塚の3人で乗っていたようだ。

 あっちに乗りたかったとは口が裂けても言えないが……

 だってこっちは狭いゴンドラの片側に三人で座ろうとして,傾くは揺れるは柔らかいはなにやらエライことになってたしな。

 下で見ていた大岡からは,3(ピー)か!?3(ピー)なのか!?とずいぶん詰め寄られるし……(一部ピー音を入れてお伝えしております)

 

 そんなこんなでハーモニーランドを大いに楽しんだ俺たちは、ポムポムプリンやキキララ(正しくはリトルツインシスターズな)に見送られながらバスで暘谷駅に向かい、そこから電車で今日の宿泊地である別府を目指した。

 ちなみに暘谷駅のあたりは城下かれいという高級なカレイが有名であるらしい。初夏から8月にかけてが旬らしく今は季節外れではある。

 

 他にも関アジ,関サバ,冬はふぐと大分の海は美味しいものがたくさんあるけれど,修学旅行でそんなの食えないよね(涙)

 



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まちがいだらけの修学旅行6~地獄の別府あゝ無情編(完結編)

第6話でようやくファーストシーズン完結編です。
ちなみに別府地獄めぐりの竜巻地獄は間欠泉です。
かんけつへん,かんけつせん……
グハッ!(吐血)
まだまだ紹介したい場所がいくつもあるんですが,今回はこれにて失礼。
ちなみに作者一押しの公衆温泉は寿温泉です。地域の方が管理されている小さな温泉ですが,別府市民100円,その他200円で入れます。子宝の湯だそうで女性の利用者が多いそうです。元々は女性用の浴場しかなかったそうで,今でも女湯の方が大きいとか。覗いたことがないので真偽は不明ですが……
やはり近くに特殊浴場がありますので間違えて入らないようにしてください。
やっとクロスになりました(喀血)
何番煎じになるか分からないクロスオーバーですが,楽しんでいただければ幸いです。



 由布院温泉は日本で2番目の湧出量と言ったが、大分県でも2番目だ。

 なぜなら、日本で1番の湧出量を誇るのがここ、別府温泉だからだ。

 

 別府駅に着いた俺たちは、駅前広場の油屋熊八の像の前で両手を上げた熊八と同じポーズで写真を撮り、昭和初期の建物がそのまま残る竹瓦温泉に寄ってから宿に向かった。

 竹瓦温泉は市営で,なんと100円で入浴できるのだ。そのほかにも駅から歩ける範囲でも海門寺温泉など100円で入れる市営浴場が複数あり,市営以外も寿温泉や駅前高等温泉など100円から200円程度で入れる温泉がいくつも存在する。

 竹瓦温泉の建物は実に風情があって良かったのだが、周りには若干高校生には刺激が強い店も多く、大岡がソワソワしていたのは致し方ないことだと思う。

 戸塚は遊んで疲れたのか、先に宿へ戻ると行ってしまい、ここでも混浴の夢は叶わなかった。チクショー(泣)

 宿に着いて部屋に荷物を置き、夕食会場へ向かう廊下の途中で戸部に声をかけられた。

 


 

「ヒキタニくん、俺、今夜決めっから。場所も雪ノ下さんのリストから別府タワーの展望台に決めたわ。やっぱ告白って言ったら夜景っしょ!」

「何で俺にそれを言うんだよ。正直今回俺は何もできなかったし、最後には依頼を打ち切ったんだからな。お礼が言いたいなら、依頼を受けた由比ヶ浜かリストを作った雪ノ下に言ってくれ」

「俺、こんなんだけど海老名さんのことマジ惚れでさあ、この旅行中ずっと海老名さんのこと見てたんだわ。そしたらいつもヒキタニくんのこと見つめてるからさ,なんか海老名さんの気持ちが分かったっつーか。だけど今さら諦められねーし?だから、どう言ったらいいか分かんねーけど、俺、負けねーから!」

「……そうか」

「まあヒキタニくんには結衣とか雪ノ下さんがいるしー?そのどっちかとヒキタニくんがくっつくことになったら俺にもワンチャンある?みたいな」

 笑いながらそんなことを言っていたが、戸部の海老名さんに対する気持ちは本物のようだ。

「それなら、今告白しないでもう少し待ってた方がいいんじゃないのか?」

「いやーもうここまで来て止められないっしょ。もし海老名さんがヒキタニくんと付き合うことになったら気持ちを聞いてもらう機会すら無くなっちゃうからさー。それに」

 戸部は,一呼吸おいて俺の目をじっと見据えて続けた。

「ヒキタニくん,俺が今,告白しなかったら,俺のこと気にして海老名さんのことワザと振ったりするんじゃないかなーって」

 俺は,戸部がそこまで考えていたことに驚き,俺がうっすらと考えていたことを見抜かれてドキリとした。

「やっぱ好きになった人には幸せになってもらいたいじゃん?そりゃ元々ヒキタニくんにその気がないんなら仕方ねーけど,俺のせいで好きな人が幸せになれないっつーたら,なんかキツイっしょ」

 

 こいつ……

 

「分かった。それならもう俺は何も言わん。せいぜい頑張ってこい!」

 らしくもなく戸部の背中をバシッと叩いた。

「っつー!気合い入ったっしょ!ヒキタニくん、サンキューな!」

 手を振りながら走り去る戸部。

 ……お前は凄いな。

 

 そして……

 


 

「葉山,聞いてたんだろ?」

 

 廊下の曲がり角の先から葉山隼人が苦笑いしながら顔を出した。

「ヒキタニくん,分かってたのか」

「ぼっちは人の気配に敏感だからな」

「でも驚いたよ。戸部があそこまで覚悟してたなんてな」

「葉山……お前,戸部の応援をしてたんじゃないのか?」

「どうだろうな……俺は,今が気に入ってたんだよ。戸部も,姫菜も,みんなでいる時間も結構好きだったんだ」

「お前,海老名さんから……」

「ああ,姫菜からも相談を受けてね……戸部の告白を止めてほしいと。何度か諦めるようには言ったんだ。今じゃない。先のことは分からないから結論を急ぐなってね」

「だが戸部は」

「ああ,あいつの覚悟を聞いて,今の関係をただ壊したくないって思ってた自分が恥ずかしいよ。得ることよりも失わないことが大事なものだってあると思ってた自分が」

 変わりたくないという気持ち,それは俺にも理解できた。だから,葉山が恥ずかしいと感じるなら,今すぐに選ぶことのできない俺もまたおのれを恥ずべきなのだ。

「お前はどうする?」

「あとは見守るしかないだろう?ヒキタニくん,君と一緒に」

「海老名さんが聞いたら鼻血吹いて喜びそうなセリフだな」

「違いない」

 葉山が苦笑しながら俺に言った。

「案外,告白の現場で俺と君がイチャイチャでもしたら,解決はしないが,君お得意の解消はできるんじゃないかな?」

 冗談めかして言う葉山だが,俺は少しイラッとしてつい強い口調で言い返してしまった。

「それで告白は解消したとしても,三浦が怒り狂い,俺とお前はその後もホモ疑惑にさらされて結局グループは崩壊するだろ?お前には俺の真似は無理だ」

「そう,だな。忘れてくれ」

 少し口惜しげにそう言った葉山。おいおい,お前までフラグ立ってるんじゃないよね?もしそうなら海老名さん失血死するぞ。

 


 

 晩飯の後,平塚先生のラーメンの誘いを必死の思いで振り切り(あの人,どうして飯の後すぐにラーメンが食えるんだよ……),雪ノ下,由比ヶ浜とホテルを抜け出し,別府タワーへと足を向けた。

 

 別府タワーの完成は昭和32年5月10日,「塔博士」として名高い内藤多仲博士が建てた全国の6つのタワー,通称「タワー6兄弟」のうち,名古屋テレビ塔,通天閣に次いで3番目に建てられたタワーであり,そのことにちなんでこのタワーのゆるキャラは別府三太郎という名付けられている。

 ちなみに,修学旅行初日に訪れた博多ポートタワーは6兄弟の末っ子,六男坊にあたる。

 俺たちはタワー1階の自動販売機でチケットを買い,エレベーターで17階の展望台に上がった。

 エレベーターの出口正面,売店を兼ねた受付のおばちゃんにチケットを渡すと,葉山と三浦がそこにいた。葉山は三浦には内緒にしていたと思ったのだが,うっかり大和か大岡が別府タワーに行くことを漏らしてしまい,葉山とロマンチックな夜景が見られるとついてきてしまったらしい。 戸部と海老名さんはまだのようだ。大岡は竹瓦温泉の近くで行方不明になったとか。卒業できるといいな!

 


 

「なに,結衣,あんたたちも来たん?」

「優美子!?あははーちょっと夜景を見にね」

「せっかく隼人と二人で夜景が見られると思ったのに」

 どうやら大和はタワーには来たものの,邪魔になると帰されてしまったらしい。ドンマイ。

「あら,三浦さん,ここは多くの利用客が集まる観光スポットであなたたちだけのものではないのよ?一般の観光客が来た時でもそうやって威嚇して追い返すのかしら?ごめんなさい。野生動物の生態には詳しくなくて」

「雪ノ下さん!あんたさあ!」

「優美子!」

 掴みかからんばかりの勢いの三浦を葉山が制した。

「雪ノ下さんも」

「そうだよ!優美子もゆきのんも,せっかく来たんだから夜景を楽しもうよ!」

 由比ヶ浜も二人の仲裁に入ったが,俺たちは夜景を見に来たわけじゃないぞ。

 そんな時,葉山のスマホの着信音が鳴った。

「ああ,分かった。ありがとう」

「大和からだ。二人が来る。隠れないと」

 どうやら大和はタワーの入り口近くで二人が来るのを監視していたらしい。

「隼人?何があるん?」

「優美子,今は黙って隠れてくれ」

 とは言え,タワーの展望台に隠れる場所などない。とりあえずエレベーターの出口から陰になるところまで5人で移動する。

 チン,という音とともにエレベーターの扉が開き,戸部と海老名さんが無言で降りてきた。

 

「ひ…んんん」

 2人が降りてきた方を覗き込んでいた三浦が声を出して飛び出していきそうになったので,慌てて後ろから体を抱きとめ,もう一方の手で口を塞いだ。

「ん~ん~ん~」

「三浦,すまん」

「優美子,頼む。大人しくしていて欲しい」

 葉山に言われてようやく三浦は大人しくなった。抱えていた手を離すと,自分の身体を両腕で抱きしめるようにして赤い顔で俺をキッと睨んでいる。悪かったな葉山じゃなくて。

 なぜか雪ノ下と由比ヶ浜の視線も痛いほど俺に突き刺さる。

「それは三浦さんの方が少しは,ええ少しは大きいかもしれないけれど,あんなのはただの脂肪の塊で……」

「大きさなら優美子よりもあたしの方が……ヒッキーさえよかったらいつでも……」

 二人が何やらブツブツ言っているが,戸部と海老名さんが一周ぐるっとできる回廊状になった展望台を俺たちが逃げた方に向かって歩き出した。

「こっちに来る。逃げるぞ」

 小声で全員に伝え,まだ事情が呑み込めていない三浦の手を引き,二人が回る同じ向きにぐるっと逃げて行った。

 三浦が声なき抗議をしているようだが今は逃げることが先決だ。売店と真反対の側に二人が立つのを見て,また陰からこっそりと見守ることにした。

「ヒキオ,あんた……」

「悪い。文句なら後でいくらでも聞く。今は二人を黙って見守ってくれ」

三浦が飛び出して行かないように俺は手を握ったままでいた。

「隼人,戸部は……」

「ああ,今から戸部は姫菜に告白する」

三浦が驚愕の表情を浮かべた。

「何で?そんなの止めないと。あーしらの関係が!海老名,全部捨てちゃう。あーし,そんなのやだ!」

「それでも!」

 俺は三浦を強く引き寄せ背中に手を回し,戸部たちに聞こえないよう顔の真ん前で小さな声で,しかし三浦の目をじっと見据えて言った。

「お前らのグループの関係が本物になるためには,見守るしかないんだ」

 葉山が,由比ヶ浜が黙って頷いていた。

 三浦が二人の顔を見て,最後に俺の顔を見た。

「ヒキオ……」

「分かってくれたか?」

「……近い」

 よく見ると三浦が赤い顔をして怒っているようだ。

 慌てて握った手と体を離す。

「あっ」

 三浦が小さく声を上げた。

「す,すまん。後で土下座でもなんでもする。今はこれで勘弁してくれ」

 葉山は苦笑し,由比ヶ浜は犬のようにウーと唸っていた。

 


 

 戸部たちの立っている海側は真っ暗で,時々船の灯がぽつんと見える程度の,とても夜景の奇麗な告白スポットとは言い難く,そのどこまでも深い闇は告白の行方を暗示しているようにも思えた。

 そして,外の闇はタワーのガラスに海老名さんの顔を反射していた。ならば,俺たちのことも海老名さんの方から見えているのだ。

 ところどころひびの入ったタワーの窓に映った海老名さんの顔は少し笑っているようにも見えた。

 あっ,海老名さんがこちらに,いや俺に向かってウインクをした。

 海老名さんも覚悟したのか。新しい居場所へ向かうことを。

 だが俺はどうだ?

 三浦に偉そうなことを言ったが,本当に俺に覚悟はあるのか?

 このまま何もしなくて良いのか?

 頭の中がこんがらがって整理できないままただ二人を見つめている。

 

 そして戸部の口が動いた。

「あの……」

「うん……」

 声をかけると,海老名さんは薄く反応した。

「俺さ,その」

「……」

 海老名さんは何も答えない。

「あ,あのさ……」

 

「ずっと前から好きでした。オレと付き合ってください」

 

 言われた海老名さんは目を丸くする。

 当然だ。俺もびっくりだ。

 戸部だって驚いていた。

 言うはずだった言葉を奪われてぽかーんとしている。

 

 海老名さんは戸惑っていたが,すぐに答えた。

 

 

「あなた誰?」

 


 

「オレの名はマッスル日本!悪を許さぬ正義の男!」

 

 海老名さんに告白したのは,マッスル日本と名乗ったモヒカン,タンクトップの筋肉男。

 いや,マジ誰なんだよ。

 

「正義の味方には癒しを与えてくれるパートナーが必要なのだよ。お嬢さん。どうかオレと付き合ってほしい!」

 

 葉山がマッスルの方を見て小声で俺に囁いた。

「びっくりしたな。あんな隠し玉があるなんて。さすがだな,ヒキタニくん」

 いやいや,俺知らないよ,あんなの。

「うまく説明ができなくて,もどかしいのだけれど……。あなたのそのやり方,とても嫌い」

 だから俺じゃないって!

「でもさ。こういうの,もう,なしね」

 本当に違うっての!

 

「マッスルさん,私,好きな人がいるのであなたとは付き合えません」

 

「なんだと!正義の味方に協力できないということは,君は悪に唆されているのか?誰だ,その悪人は!」

 

 海老名さんは一瞬俺の方に目線をやったが,その後黙って戸部を指差した。

 

「貴様が悪人か~~~~っ!!」

「えっ,俺!?」

「うおおおーマッスル日本~~っ!!」

 どかーーーーん!!!

 

「悪は滅びた。しかし,戦いはいつも空しい……」

 

「戸部!」

「とべっち!」

「戸部くん!」

 

 葉山,三浦,雪ノ下,由比ヶ浜も戸部の元へ駆けつけていった。

 戸部は体をピクピクさせながら,

「え,えびなさんの想い人が俺っしょーー」

と,うわ言のように呟いていた。

 戸部,いい夢が見ろよっ。

 

 そして,雪ノ下の姿を見たマッスルは,

 

「うっ,美しいーーー。ずっと前から好きでした。オレと付き合ってください」

と手を差し出し,深々とお辞儀をした。

 

 にっこりと笑った雪ノ下が,下を向いて無防備になったマッスルの首筋に,トンっと手刀を入れると,マッスルが膝から崩れ落ち,その場で意識を失った。

 それを見た三浦が青い顔で葉山に聞いた。

「雪ノ下さんって何なん?」

「いや,俺もびっくりだ」

 


 

「比企谷くん!」

 海老名さんが飛び込むように俺に抱きついてきた。

「怖かった……」

 ぎゅっと力を込めて俺を抱きしめる海老名さん。それはそうだろう。突然,モヒカン,タンクトップ,筋肉の男に告白され,自分の目の前で同級生がその男に半殺しの目に合わされたのだ。

 俺も海老名さんを抱きしめ,優しく頭を撫でてあげた。

「ヒヒヒヒ,ヒッキー,姫菜,何をしてるの!?」

「結衣、ゴメンね……私、怖くて……今だけ、ヒキタニくんの胸、借りるね……」

 涙声で由比ヶ浜に告げる海老名さん。

「そうだよね……姫菜、怖い思いしたんだもんね。ヒッキー、姫菜に優しくしてあげてね」

「ああ」

 そうして海老名さんを抱きしめていると俺の耳元で俺だけに聞こえる声で囁いた。

「……今まではやはちが至高だと思ってたけど、ますはちもありかなーって」

 抱きついていて彼女の顔は見えないが,相当悪い顔をしているに違いない。

 女怖い。ただ怖い。あと怖い。

 

「ところで戸部はどうしよう?俺たちではホテルに連れて帰るのは難しいんじゃないかな?かといって、救急車とか呼んだら大事になるし……」

 葉山が一応戸部の心配をしていた。

「私に任せなさい。この近くにも雪ノ下建設と取引のある会社があるからそこに助けてもらいましょう」

 雪ノ下の提案で、戸部はその会社の人に運んでもらうことになった。

 


 

 雪ノ下がその会社に電話をした後しばらくしてエレベーターからゾロゾロと人が降りてきた。

 先頭にいたのは赤髪にレオタード姿の女で年齢は俺たちと変わらないくらいだろうか,その後ろから「下っぱ」と言うお面を着けた男たち、最後に降りてきたのは、登頂ハゲに長髪、ゴーグルに怪しげなスコープを着けた男と恰幅のいい(デブの)つるっ禿げ男の中年二人組だった。なんだこいつら。

「おい、食通!お前太りすぎなんだよ!エレベーターがキツイから少し痩せろ!」

 食通と呼ばれたデブが怒鳴られているところを見る限り、レオタード女はどうやらこの集団の上役らしい。

 中年にもなってこんな若い変な格好の女にこき使われるとか、やっぱり俺は働きたくない。

 

 下っぱ面の男の一人がレオタード女に小声で文句を垂れていた。

「バラダギ様、こんな時間に一体何ですか」

「仕方ないだろ。やんごとなき上得意様からの要望だ。それにちゃんと残業手当も出るみたいだから給料分の仕事はするぞ」

 今,ばらだぎ?と呼ばれた女上司を観察してみると,何というか,顔は幼く見えるが美少女と言えるレベル。それよりもレオタードのせいでボディラインがくっきり出ていて,その,なかなかスタイルもよく,雪ノ下に比べて……

「なにかしら,比企谷くん?そろそろ冥界に帰りたくなった?」

 ニッコリ笑う雪ノ下。風は語りかけないが,怖い,怖すぎる!

 その女上司がこっちへ向き直り、明るい声で言った。

「まいど〜〜〜。ご注文の死体の回収に伺いました〜〜〜」

 いやいやいや、戸部まだ死んでないから!

 たぶん。

「あなたが木曽屋の方ね。雪ノ下建設の関係者で雪ノ下雪乃です」

「材木商・木曽屋の原滝です。よろしくお願いします」

 雪ノ下と原滝と名乗ったレオタード女が握手をした。ばらだぎ?はらたき?こっちの方言で訛ったのか?

「回収して欲しいのはそこに転がってるものよ。一応まだ死んではいないから処分の方は必要ないわ。ホテルまで運んで置いといてくれれば十分よ」

 おい!処分って一体何?

 いやいや、やっぱり聞きたくない!多分土建屋の闇とかあるのだろうか?なんか聞いてはイケナイことのような気がする……

「承知しましたー。もし動かないようでしたらウチで改造とかもできるんで。オプションでミサイルとかも付けられますから是非ともご用命を!」

 戸部が下っぱどもに運ばれていった後、女幹部と中年二人組が残り、雪ノ下に対して、

「すみません。ここにサインをお願いします……はいこちらが控えになりますので、お荷物の到着まで失くさずにお持ちください。それでまた……」

 

 その時,帰ろうとする女幹部と視線が合った。けっ、決して可愛いからずっと見ていたとかじゃないんだからね☆

「あ〜〜〜〜〜っ。おい!鶴崎!食通!改良人間が脱走してるぞ!確保〜〜〜〜〜!」

「おいっ!何を‼︎!」

 おっさん二人に捕まり連行される俺。

「大変お騒がせしましたー」

 チン!

 エレベーターに乗せられて俺は訳がわからないまま展望台を後にした。

 

 後には、雪ノ下、由比ヶ浜、葉山、三浦、海老名が唖然として立ち尽くしていたという。

 

 ちなみに大岡は,個室のお風呂屋さんに潜入しようとしたが,学割で,と生徒手帳を出し高校生ということがばれて叩き出され,ついでに学校に通報されてしまったとか。卒業できなかったばかりか,本当の卒業も危うくなったな。大岡,哀れ。

 


 

 その後……

 

 なぜか俺は悪の秘密結社、電柱組と言うところに拉致されている。

 表向きは木曽屋という屋号で営業している材木商らしいが。

 

「いや、だって、あんな目をしてるからてっきり新しい改良人間がまた脱走したのかと……」

 昨日タワーで原瀧と名乗った女がボスらしき若い男に必死に言い訳をしていた。

「ええい!そんな言い訳は聞きたくないわ!お前のおかげでお得意様カンカンなんだよっ!よって、バラダギ大佐、昨日のバイト代なしね!」

「将軍!チルソニア将軍!是非ご再考を!このバイト代が無いと修学旅行先で使うお金がっ!」

 悪の秘密結社の幹部が高校生のバイトとか、大◯県はいったいどうなってるんだろうか。

「修学旅行で東京へ行って、羽田沖で照明弾食らって死んだ親の弔いとディスディニーへ行くのが唯一の楽しみなのに〜〜〜」

 なんか今、サラッとヘビーなことを聞いたような気がするが……

「お前んとこ、修学旅行は東京なのか?」

「ああ。県立高校はたいがい東京だ。東京といえばやっぱりディスティニーランドだろう?ハーモニーランドより少しばかり大きいと聞いている」

 いやいや、ハーモニーランドも楽しかったけれども、規模は全然違うからね。それよりも……

「ディスティニーランドは東京じゃない。千葉だ」

「うっ、嘘を言うな!あんなに東京ディスティニーランド東京ディスティニーシー、東京ディスティニーリゾートと宣伝してるじゃないか!」

「本当だ。千葉県民の俺が言うんだから間違いない!」

「千葉県民が言うから嘘なんだろ!東京ディスティニーランドというからには東京に決まってる!」

「千葉を馬鹿にするな!ならお前、大分県にある日本最大のサファリパーク、別府アフリカンサファリだって別府市じゃなくて安心院町(現・宇佐市)にあるじゃないか!」

「ああああああ…………」

 バラダギと呼ばれた女幹部はショックで膝をついてがっくりと肩を落とし、この世の終わりかと思わんばかりに落胆していた。

 ディスティニーが千葉だったっていうだけでそんなに落胆するものなの?俺、地味に傷つくんだけど。ただそんなに楽しみにしていたとなると、夢を壊してしまったことにちょっと責任を感じないわけでもない。

「まあ、東京も千葉も同じようなもんだ。東京ドイツ村もららぽーとTokyo-Bayもみんな千葉にあるからな。もし千葉に来たら、サイゼで飯でも奢ってやるよ」

「サイゼ……」

 しまった!今時の女子高生にサイゼなんて言ったらまた笑いもんだ……

「なんだそりゃ?」

 は?

「サイゼだよサイゼ。サイゼリヤ。すっげえ美味くて超安いイタリアンのファミリーレストランだぞ」

「ファミリーレストランといえばジョイフルだろ?おい、下っぱ6番、さいぜりあって聞いたことあるか?」

「いえ、全く」

 どうなっているんだ!俺は異世界にでも紛れ込んだのか?そしてサイゼリヤな。

「ああ!」

 昨夜、食通と呼ばれていた太ったおっさんが大声を上げた!

「そういえば聞いたことが……九州では福岡と佐賀だけに存在するという幻のイタリアンレストランの話を……」

 大分県にはサイゼリヤが無い!?

 サイゼリヤは当然日本全国津々浦々にまであると思っていた俺は、その衝撃の事実に、今度は自らが膝を屈してうなだれることになるのだった。

 俺の落胆ぶりを見かねたのか、バラダギが俺の背中に手をやって話しかけた。

「千葉に行ったら、連れて行ってくれるのだな?サイゼリヤ」

「あ、ああ……」

「いい店なのだろう?」

「勿論だ!」

「ついでにディスティニーにも連れてって?」

「当たり前だ!って、何?」

「へへーん、言質取ったからな。下っぱ6番と鶴崎、お前ら証人ね」

「おい、汚ねーな」

「知らなかったのか?電柱組は悪の秘密結社なんだぞ?悪いことが仕事なんだ」

 そうやって笑ったバラダギは、なんかその、少しだけ可愛かった。本当に少しだけな。

 これで俺の,俺たちの間違いだらけの修学旅行の話は終わりだ。

 だが、間違った修学旅行は千葉に場所を変えて続くようで,バラダギとディスティニーを回れるのを少しだけ楽しみにしている俺ガイル。

 

バン!

 

「私は今津留高校の物理科主任の真船だ!」

 突然ドアが開いて、白衣を着た変なおっさんが現れた。

「ま、発明おじさんとでも呼んでくれ」

 

 自らを発明おじさんと言った男は俺の顔をジロジロ見て,

「その目の腐った改良人間をサイボーグ化することによって真人間に戻そうというのだな!ミサイルランチャーも強化版を用意した!」

 

「やめんか!」

 

 バラダギと俺の声が重なった,初めての共同作業である。

 

 お家に帰るまでが修学旅行。まだまだ修学旅行は終わりそうにない。

 

 

 




[あとがきと言う名のいいわけ]

本来の構想ですと,最終話のまっするが八幡の代わりに告白し、目が腐っているため電柱組に拉致されるというところだけが思い浮かんでそこだけを書く予定だったのが,ただそれだと場所が大分だよなあ,大分に修学旅行先を変える理由を書かなきゃいけないかなあ,と考えていくうちにこんな悲惨なことになってしまいました。
要は,前5話と最終話の4/5くらいまでは全て蛇足,ということになりますな。
このラストについては賛否両論否多め覚悟の上でした。
大変申し訳ありませんでした!(ドゲザ)

県立地球防衛軍なんて誰も知らない(覚えてない)よね?
連載してたのは週刊少年サンデー増刊号って月刊誌でしたが,あだち充先生のナインや雁屋哲・新谷かおる先生のファントム無頼,島本和彦先生の風の戦士ダンなど魅力的な作品がいっぱいだったなあ。
あ,そうそう。名探偵コナンに時々出てくる怪盗キッドも増刊号で連載していたまじっく快斗が元なんですよね。
とにかく県立地球防衛軍の作者の安永航一郎先生が大分県出身で,舞台が大分県なのです。
実はそのために総武高校一行には大分までご足労いただいたようなわけなのです。

書いた当時はもうこんなしんどいことなんかやるもんか,断然ロム専に戻ってやる!と思ってたのになあ……
半年後にうっかりセカンドシーズンを始めてしまいまして……

まあ,自分で書くようになって他の作家さんに対する目が優しくなりました。自分の文章見てたら他人の文句なんかとても言えません。もう即ドゲザする勢いです。

ご覧いただき誠にありがとうございました。

少し休んでセカンドシーズンアップします。


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まちがいつづける修学旅行。
まちがいつづける修学旅行。① ~下総騒乱編~


セカンドシーズンを迎えました。

ファーストシーズンの最終話でようやく「県立地球防衛軍」とのクロスオーバーになったんですが,Pixivでの公開時,若い人は誰も知らねーだろという至極もっともなご指摘をいただきました。
およそ35年くらい前の作品ですから致し方ないですよねえ……
興味のある方はAmazonKindleで売ってますので,スマホ等で見てみてください。
まあ,誰も知らないならもうオリキャラ扱いでいいよね?ということで続きです。
ただ,千葉についてはあまり行ったことがなく,今回,それほど移動もないため前作のような観光案内要素は皆無,前シーズンの見どころの9割が失われるという惨憺たることになると思います。

だからと言うわけではありませんが,セカンドシーズン1話から修羅場です。

安易だなあ……

駄作者がほんっとすみません。




あの狂乱の修学旅行からひと月,俺の日常は元通り……とはならなかった。

 

 マッスル日本の活躍?により戸部の告白はうやむやになり,葉山グループは今まで通りの関係を取り戻すかに思われたが,まず戸部が大分の狭間医大に入院中である。さすがに県立地球防衛軍のようなギャグ漫画とは世界観が異なるため,大けがをしても翌日にはピンピンしているというわけにはいかない。

 

 一応意識は取り戻したみたいだが,まだしばらく入院・加療とリハビリが必要とのこと。

 今でも病床で,ヒキタニくん,アレはないわーと言ってるとか。だから俺じゃねーってぇの。

 ちなみに,戸部が海老名さんの思い人という話は,海老名さんはじめ全員でそんな事実はなかったんやと言った結果,戸部の幻覚ということになった。虚言を嫌う雪ノ下まで一緒に口裏合わせに乗ってくれたのは意外であったが,彼女曰く,元が嘘だから海老名さんが指さした事実よりも,思い人が戸部ではないという真実の方を大事にした結果だそうだ。

 本人は、「そっかー、夢かー。でもコレきっと正夢っしょ!」と極めて元気らしい。

 ただ,この一件に関しては,県議会肝いりで行われた修学旅行で生徒が重傷となる事件があったとなればそれこそ大不祥事であるため,雪ノ下建設が動いて闇に葬られることになった。

 戸部自身が闇に葬られなくて良かったな!

 

 大岡も一か月後の今も学校に出てきていない。理由?察しろ。

 どうしても知りたいというなら前回を読んでほしい。

 


 

 そして放課後。

  奉仕部の部室は依頼人もなく、俺と雪ノ下が静かに本を読み、由比ヶ浜が携帯をポチポチしているいつもの風景……ではなく,

 

「愚腐っ」

 なぜか腐海のプリンセス・海老名さんがおかしな笑い方をしながらBL本を読んでいる。いいのか?学校だぞ?ラル大尉もビックリだよ。

 一番分からないのが,

 

「ヒキオ~~~暇!なんか面白い話ししろし!」

 獄炎の女王・三浦までもが奉仕部の部室に入り浸るようになった。

「ここはあなたたちの溜まり場ではないのだけれど……」

「別にいいじゃん?結衣もいるし,雪ノ下さんとあーしらの仲だし?」

「いつそんな関係が結ばれたのかしら……」

「まあまあ,ゆきのん。依頼人が来ない間は暇だし。ね?」

 なんか部室が打って変ってかしましくなっている。

 かしましくって字は女を3つ書いて姦しくなのだが,女4人いるこの状況は,やかましくとか言うでもいいんじゃないだろうか。

「ヒキオ~~~面白いはなし~~~」

「俺に面白い話求めるとか,無茶ぶりもいいとこだろ。葉山とか大和はどうしたんだよ?」

「隼人も大和も部活だし。あと,大和とか面白いこと言わないし。戸部が振った下らない話に,だな,とか,それな,とか言ってるだけだし」

 おい,由比ヶ浜。うんうん頷いてるけど,お前ら同じグループだよね?二人とも戸部と大和と大岡の扱いが雑すぎない?ねえ?

 


 

「邪魔するぞ」

 平塚先生はいつものようにノックもなしに入ってきた。これはあれだ,雪ノ下が先生ノックを、と言うパターン……

「邪魔するんやったら帰ってーーー」

「あいよー」

 くるっと回れ右して部室の外へ出ていく先生。雪ノ下セリフが違えよ!

「なんでやねん!用があるから来とるんじゃい!」

 先生、それ,丸々下っぱのチンピラのセリフです!

 ビバ新喜劇!

 ところで下っぱと言えば,何か忘れているような気が……

「コホン。比企谷にお客さんだ。入ってきなさい」

 先生か開け放たれた扉の外へ呼びかける。

 

「どうもーーー。八幡ひさしぶり!」

 平塚先生に促されて入ってきたのは,修学旅行先の大分県で俺を怪人と間違えて拉致した悪の秘密結社・電柱組のJKバイト女幹部バラダギ大佐こと原滝龍子だ。明るい声で挨拶をする原滝は,バイトの時のレオタード姿とは違ってセーラー服に眼鏡姿で,ちょっとかわいい。

 その後ろから,同級生と思しきイケメン男子もくっ付いてきた。原滝の彼氏か?ケッ,爆ぜろ。

「木曽屋の原滝さんね。その節はお世話になったわね」

「こっ,これは雪ノ下建設のお嬢さま!?」

「ようこそ奉仕部へ。とにかくおかけになって。そちらの方も,紅茶でいいかしら?」

 雪ノ下に促され,原滝とイケメン男子は俺が用意した椅子に座った。もちろん自主的に用意したのではなく,雪ノ下の目が『この無能な男は椅子ひとつ用意できないの?全く役立たずにもほどがあるわ。その眼は何のためについているのかしら?あ,ごめんなさい。腐ってて見えていなかったのね。早く地面の下でお休みになった方がいいのではなくて?永遠に』と語っていたため,仕方なく用意した。

「は,はい。いえ,お構いなくっ」

 原滝は,雪ノ下の実家がバイト先の表の顔,材木商・木曽屋の上得意様とあって,かなり恐縮しているようだ。

 


 

「先日は大変失礼いたしました!」

 雪ノ下の淹れた紅茶の皿を手に,頭を深々と下げる原滝。

「まったく,奉仕部の備品を勝手に持って行かれては困るわ」

「雪ノ下,いつものことだが俺を備品扱いするのはやめろ。結局,九州からの帰りは,翌週火曜日の朝4時に大分港を出港するRO-RO船で26時間かけて東京港有明のフェリーターミナルまで運ばれたんだぞ。どいつもこいつも俺をモノ扱いしやがって」

 ちなみにRO-RO船とはカーフェリーのようにトレーラーとかトラックが乗船できるランプを備え,それらを収納する車両甲板がある貨物船のことだ。船の名前はむさし丸だった。今の武蔵川親方じゃないぞ。

「すまないな,八幡。ちるそにあがケチだから電柱組の予算では飛行機賃がでなくて」

 ちるそにあとは原滝の上司の将軍で,電柱組のボスだ。本名は,木曽屋チルソニアン文左衛門Jr.と言うらしい。

「いや船で帰るのはいい。だが,しいたけを積んだトレーラーの荷台に詰め込まれていっしょに運ぶのは勘弁してくれ。おかけで全身しいたけ臭くなっちまった」

「あら,しいたけも菌でできてるから一緒に出荷されたのね。比企谷菌」

「小学校の時のトラウマえぐるのはやめろ。やめてください。お願いします」

「ヒキタニくん、今は菌活って言って菌がもてはやされる時代だよ。特にキノコは菌を体に直接取り入れることができて、キレイで健康的な身体を作ることができるんだよ」

 海老名さんがBL本から目を離し,謎の健康知識を振ってきた。だが,俺が菌である前提でのフォロー,全く嬉しくありません。

 

「えっ,ヒッキーのキノコを体の中に入れるとキレイになれるの?」

 

 ぶふぉーーーーーー!

 

 俺は飲んでいた紅茶を吹き出し,その場にいた全員が椅子から転げ落ちた。

 新喜劇かっ!

「結衣、さすがにそれは……」

 BL関係なら相当踏み込んでくる海老名さんもドン引きだ。

 実は純情オカンのあーしさんも真っ赤な顔で固まったまま。

 雪ノ下に至っては息をしているかどうかも怪しい。

 

「?」

 

 発言した張本人だけが意味が分からずキョトンとしていた。

 やっぱり女性もシイタケも天然ものに限りますね(消費者の声)

 いえいえ,大分の栽培しいたけは天然ものにも勝るとも劣らない,肉厚で味わい深く素晴らしい美味しさです(作者の声)

 

 器用に紅茶をこぼさないように床に転がってた原滝が起き上がり,俺の耳元でささやいた。

「やっぱりご奉仕部ってのはいかがわしい部活なのか?」

 おい,『ご』を付けるな!いかかわしさが増す。いや元々いかがわしさなんて全く無い!それよりも,そんなことを雪ノ下に聞かれたら……

「原滝さん?奉仕部がいかがわしいとはどういうことかしら?」

 ほらな。シベリア寒気団もかくやという雪ノ下の声に部室内は凄まじい冷気で包まれ,原滝はガクガクと震えている。俺ももうすこしでちびるところだった。

「やややや,お嬢様,いかがわしいと申し上げましたのは,先ほどの部員様の発言が……」

「原滝さん,ごめんなさい。全面的に謝罪します」

 雪ノ下が謝った!?しかも一瞬で!

「ねえ?何でゆきのんが謝ってるの?」

 お前だ!お前!と断罪したかったが,アンチヘイトタグが立つと嫌なので黙っていたら,海老名さんが,

「結衣,結衣。ヒキタニくんのキノコを体に入れるっていうのは……」

 と手に持っていたBL本を使って由比ヶ浜に説明している。あそこに描いてある絵で俺のことを説明しているかと思うとすごく嫌だ。

 すると由比ヶ浜の顔がみるみる赤くなり,

「わーーーー!違うの!さっきの無し!さっきの無し!」

と大声で叫んでいた。

 しかし,時すでに遅し。覆水盆に返らずのことわざのとおり,この場の誰もが由比ヶ浜をビッチと認識してしまっていることだろう。

「結衣,さすがにあーしもフォローできないし」

「だから,そんなつもりで言ったんじゃないっていうか,ヒッキーのならやぶさかではないっていうか,恐縮ですっていうか,たはは」

 たはは,じゃねえよ! 前にも言ったが,某難聴系(略)主人公じゃないから全部聞こえてるぞ! ただ,それに反応して復唱された日には逃げ道が無くなるので,聞こえなかったことにしようと心に決めた。

 その時,雪ノ下が, 

「ところで,原滝さんは何か用事があってお見えになったのではなくて?」

と聞いてくれた。ナイスだ,雪ノ下! これで話題も変わって部室内も平和になる……と思っていた時がありました。が,

 

「ええ、八幡と,でえとの約束をしたのでそれを果たしてもらおうと」

 

 な⁉︎

 お、おま、なんちゅう事を!

 由比ヶ浜は口をパクパクしてるし,雪ノ下に至っては目を見開いたまま体を硬直させていた。

「あ…あ…「あ,ありえないわ。この男がデートなんて……」

 ようやく再起動を果たした雪ノ下が,うわごとのようにブツブツ言っている。

 俺だってデートくらい……雪ノ下とは買い物に出かけ,由比ヶ浜とも花火を見に行き,先生ともラーメンを……走馬灯のように思い出すあれやこれやはデートではなかったと……やべっ,目から心の汗が……ていうか、走馬灯って俺死ぬんじゃね?ゾンビだからもう死んでるって?やかましいわ!

 いや、そんなことよりも……

 

 原滝はなぜ俺の隣に座り,腕をギュッと抱えているのでしょうか?大きくはないけれども柔らかい膨らみの感触が腕にバッチリ伝わっているのですが……

「原滝さん,いったい何をしているのかしら?そんなに接触すると比企谷菌に感染してお嫁にいけなくなってしまうわよ?それとさっきこの男とデートするとかいう不穏な言葉が聞こえたような気がしたのだけれど,私の幻聴,あるいはポルターガイスト現象かしら?」

 お嫁に行けなくなるって,比企谷菌どんだけ強力なんだよ!

「そ,そうそう!さっきからハッキー,ヒッキーのこと名前で呼んでるし!」

 ハッキー?原滝のこと?なんか福岡県の梨の生産で有名な現朝倉市でかつて朝倉郡に属していた町の名前みたいなネーミングだな! ヒッキーハッキーでなんか漫才コンビみたい。やっかましいわ!

「八幡,ハッキーってあたしのこと?」

「それだよ!それ!!」

「由比ヶ浜うるさい。そして何にでも頭の悪そうなあだ名を付けるんじゃない」

「だって……」

「原滝とは俺が拉致されていた時に,大分にはサイゼが無いって言うから連れて行ってやる約束をしただけだ。それによく考えてみろ。原滝は彼氏と一緒じゃねーか。デートな訳ないだろ?」

「へ?」

「は?」

 原滝とその彼氏が素っ頓狂な声を上げる。

「こいつが?彼氏?いやいやないから!」

 なるほど、このテンプレな受け答えは付き合ってはおらず自覚はしていないが,何らかの好意を持っていると見た。要はまだ彼氏未満ってやつか。ボッチの観察眼を舐めるなよ。

「あんたは原滝のことをどう思ってるんだ?こいつ,見た目は可愛いし,やっぱり好意を持ってたりするのか?」

「いや〜それは無いっす。比企谷さんこそどうなの?」

「どうなのって言われても……だいたい君と会うの初めてだよね?俺と原滝の接点とか知らないよね?」

 初めて会うのに,前から知り合いだったような距離の詰め方。リア充の思考はよく分からん。

「え?比企谷さん僕のこと覚えてないんですか?いやー酷いなー」

 イケメン男が心底心外だという顔で俺になれなれしく話しかける。

「こ、これはヒキタニくんとイケメンくんの新たなカプの予感♡キマシタワーーーー!」

「姫菜、自重しろし!」

 アクア様の花鳥風月のごとき見事な鼻血を噴き上げた海老名さんを三浦が介抱している。

「はふん」

 とにかく、こんなイケメン男に全く見覚えがない。ハーモニーランドか別府市内のどこかで会ったか?なにせこんな目の腐った男が,見た目は美少女の集団と一緒にいたのだからそりゃ悪目立もするか。

「すまん、お前の顔を覚えてないんだが,どこで会ったかな?」

「もう~比企谷さん、僕ですよ、僕」

 と、男はおもむろに下っぱと書かれたお面を顔にあてた。

 

 分かるかああああーーーーー‼︎

 

「お前、下っぱ六番とかいうやつか?」

「比企谷さん,何言ってるんですかー。六番は下級生です。僕は14番」

 

 分かるかああああーーーーー‼︎ 

 

 「一応これでも電柱組の幹部なんでな。お付きがついてるんだ」

 と,自慢げに語った原滝だが,

「バラダギ様,自分の携帯持ってなくて,首領のちるそにあ様がケチで業務用の携帯の持ち出し許可を出さなかったもんだからこの学校の場所が分からず,僕がここまで案内してきたんです」

「おい!下っぱ14番!私のビンボーをバラすんじゃない!」

 慌てる原滝。幹部の威厳も何もあったもんじゃねえな。

「じゃあ比企谷さん,僕はちょっとフクダ電子アリーナにトリニータの試合を見に行くんでバラダギ様のこと,よろしくお願いします。あ,今夜は帰さなくてもいいですから」

「お,おい!ちょっと待て!」

 俺の必死の呼びかけも空しくぴゅーっと風のように部室から去って行く下っぱ14番。

 


 

 残されたのは俺の腕にしがみつく原滝。そして周りの冷ややかな目。

「おい!そもそもなんで腕にしがみついていらっしゃるんでしょうか」

「なんで敬語!? でえとをする男女というのは下の名前を呼んだり,こういうことをしたりするものなんじゃないのか?」

 どっからそんな知識得てくるんだよ!あれか?小町が読んでる偏差値低そうな雑誌からか?

「原滝さん,比企谷くんは私のものだからそのような行為は控えてもらいたいのだけれど」

 いつものように雪ノ下が俺を備品扱い……じゃなかったぞ?え?わたしのもの……?

「おまっおまっ,藪からスティックに何を言い出すんだよ!」

「ゆゆゆゆゆ……ゆきのん!? いつからヒッキーがゆきのんのものに?」

 由比ヶ浜も最大限にテンパっている。

「あら,だって比企谷くんは私のファーストキスを奪ったじゃない?」

 顔をコテンと傾けて雪ノ下が言う。ちょっと可愛い。……が,今ここでそれを言うかー!

「いや,あれは事故のようなもので……」

「でもそのあと平塚先生の邪魔が入らなければ……」

 まさにその通りなので反論のしようもない。平塚先生が起きなければ,もう一度はっきりした意識のままキスをしていたに違いないのだ。

「やっぱりお前ら,私の部屋でいかがわしい行為に及ぶところだったのかー!」

 さすがにいかがわしいというほどの行為まではしないよ!

「でも,でも,ヒッキー,タクシーの中であたしのおっぱいを肘を使って乳繰り回したし」

「なんだよ!乳繰り回したって人聞きが悪い! ちょっと肘が当たったくらいだろうが!」

「そんな,肘が当たったって程度じゃなかったし! あたし,あれで結構感じちゃって……わーーーー,だめーーーー!忘れてーーーーー!!」

「そんなら,あーしだってタワーでヒキオに後ろからおっぱいをまさぐられたし」

 おい三浦,お前まで参戦してどうするんだよ!それにおっぱいをまさぐられたって……ちょっと柔らかい感触を思い出した……スマン。

「おい比企谷,私を背負った時に背中で感じたおっぱいが忘れられずにそんなことしてたのか!それとも同じ布団の中で一夜を過ごしたという……」

 センセーーーーー!あんた教師だろ!これ以上混乱に拍車をかけてどうするんだよ!それにこの展開だと……

「愚腐腐腐」

 あ,詰んだ。海老名さんがすごく悪い顔で笑っている。俺に待つのはこの教室のシミとなって果てる運命か……

 


 

「ヒキタニくん,私とはキスもしたし,おっぱいも触ったよねえ?」

 

 部室の中に,ピキッ!という音が走った。まさかラスボスがこの人とは誰も思わなかったに違いない……

 だが,続く海老名さんの行動は俺の想像のはるか斜め上を行くものだった。

 

「こんな風に」

 

 立ち上がった海老名さんは俺の手を取って自分の胸に押し当て,俺の唇に自分の唇を合わせ,舌を絡め,しゃにむに口づけを重ねた。あの岩屋城址の時と同じように。ただ,今は皆が周りで見ている。

 すぐに手を,唇を離さなければならないのに,俺はなぜかその唇から離れることができなかった。

「姫菜,どうして?」

 由比ヶ浜が肩をわなわなと震わせながら海老名さんに問いかける。

 ようやく長い口づけを終わらせた海老名さんが由比ヶ浜の方に向き直り,彼女の問いに答えようとする。

「結衣……わたしね」

 

 パアン!

 

 海老名さんが口を開きかけた時,平手で頬を打つ音が部屋に響いた。

 眼鏡を飛ばされた海老名さんはそれをしゃがんで拾う。

「突然ビンタなんて酷いなー。この眼鏡高いんだけどなー」

 彼女は打たれた頬を手で押さえながら立ち上がった。

 

「雪ノ下さん」

 

 俺は,正直驚いた。こんなのはおよそ雪ノ下らしからぬ激情にかられた行いだからだ。

「あなたは……この場所で何てことをしてくれるの?ここは,わたしと由比ヶ浜さん……結衣と比企谷君3人の大切な場所なの」

「ゆきのん……」

 雪ノ下の声は震え,目には少し涙が浮かんでいる。

「それを遊び心か何か知らないけれど,ここでそんなことをするなんて許せない。この泥棒猫!……い,いえ,猫は悪くないのよ。あなたのような人を猫に例えるなんて猫に失礼だわ。この泥棒犬!」

「ゆきのん?犬を悪く言うのはダメだよ?うちのサブレだってそんなことしないし!」

「わ,分かったわ。この泥棒八幡!」

 おい!俺の名前が悪口みたいになってるじゃねえか。なんだよ,泥棒八幡って。

「アレだな。恋泥棒的な意味で泥棒八幡ってピッタリだよな?」

 原滝,上手いこと言うな,ってそんな場合じゃない。

 

「ねえ,雪ノ下さん。わたし,ヒキタニくん……比企谷くんが好きなの。もちろん結衣の気持ちも知ってる。結衣,分かりやすいしね。雪ノ下さんだってそうなんでしょ?でもね,ダメなの。彼じゃなきゃダメなの。遊び心?ふざけたこと言わないで。わたしはね,もうちゃんと告白もしたんだよ?まだ返事はもらってないけどね。雪ノ下さんは自分の気持ちを彼に伝えたの?それすらもできないで彼を自分のものとか,人のことを泥棒八幡とか言わないで欲しいかな」

 だから泥棒八幡やめて!

 海老名さんの挑発とも宣戦布告ともとれる発言に,雪ノ下は両の手のこぶしをギュッと握り,うつむき加減でプルプルと震えている。これはヤバい!武道の達人である雪ノ下が本気になれば海老名さんの命,そして俺の命も風前の灯だ。仮に雪ノ下の北斗神拳から奇跡的に逃れられたとしても,後に控える平塚先生の抹殺のラストブリッドで確実に死を迎えることになることは必定。将棋の藤井七段の終盤の差し回しのごとく華麗なる詰みという運命がポッカリと口をあけて待っている。最後にミラノ風ドリア,食べたかったなあ……



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まちがいつづける修学旅行。② ~下総争乱編~

セカンドシーズンの2話目です。
前回の修羅場の続き。
バラダギ様と八幡のオリヒロ,オリ主感がハンパないっす。
誰だこれ?っていうレベル。ゆきのんもキャラ崩壊。
はいそこ,石投げない!
葉山君が潰されてしまいますが決してアンチヘイトではないのです。
違います。違う,よね?
駄作者がほんっとすみません。


「いやよ……」

 

 雪ノ下の発した言葉に,俺が,そしてその場にいる全員がゴクリと唾を飲んだ。

 

「ひきがやくんはゆきののものなの!ゆきののひきがやくんとっちゃいや!いや!いやあ!」

 その場にいた全員の目が点になった。

 あの雪ノ下が幼子のように駄々をこねて泣きだしたのだ。だいたい6歳児といったところか?普段の凛とした雪ノ下からは微塵も想像つかない今の姿である。

「おねえちゃん!おねえちゃん,どこ?ゆきののひきがやくんがとられちゃう!はるのおねえちゃん,なんとかして!おねえちゃん!」

 雪ノ下はとうとう喚きながら雪ノ下さんの名前を呼びだした。強い精神的ショックを受けたせいか完全に幼児退行している。幼いころの雪ノ下はおそらく雪ノ下さんといつも一緒に行動し,雪ノ下が可愛い雪ノ下さんは雪ノ下のわがままを何でも聞いてくれていたのだろう。だが,今,ここに雪ノ下さんはいない……

「八幡,雪ノ下と雪ノ下さんがゴチャゴチャして分かりづらい」

 原滝!モノローグに突っ込みを入れるな!

 とにかくここには雪ノ下さんはいない……

「雪乃ちゃんどうしたの!」

 ガシャ,バターン!と部室のドアを蹴破る勢いで飛び込んできたのは雪ノ下の姉の雪ノ下陽乃。普段の雪ノ下はこの人を嫌うそぶりをし,この人も雪ノ下にちょっかいをかけては嗜虐的に悦んでいるように見えるが,実はこの二人,互いに好きがこじれてこんなことになっているのではないかと俺は常々思っていた。それにしてもなんであんたここにいるんだよ……

「おーよしよし,おねえちゃんがきたからもう安心だよー。いったい何があったの?」

 雪ノ下さんが雪ノ下を抱きしめて……ややこしいから俺のモノローグではこれから,陽乃さん,とするが、ともかく陽乃さんが赤子をあやすように雪ノ下の背中をとんとんしている。雪ノ下も少し落ち着いてきたようだ。

「あのね,おねえちゃん,グスッ。ひきがやくんはゆきののものなのに,ゆきのからとりあげようとするの」

 陽乃さんの美しい仮面が,まるで般若のような歪んだお面に変わり,周りの人間を睨みつける。

「誰?誰なの?私の雪乃ちゃんを泣かしたのは!雪乃ちゃんのものを取ろうとしたのは誰!!」

 由比ヶ浜に三浦,あまつさえ平塚先生ですら陽乃さんの憤怒の表情に一言も発することができずその場に固まってしまった。

「それなら隼人くんに決まってるでしょう? ヒキタニくんのモノは隼人君のもの! はやはちこそ究極! はやはちこそ至高! 隼人くんの激しい責めに初めは抵抗していたヒキタニくんもいつしか素直に,そして自ら積極的に受け入れるようになり,やがて二人は……ブフォー!!」

 海老名さんが別府の竜巻地獄のようなすごい勢いで鼻血を吹きあげ,そのまま後ろに倒れこむ。

「は~~や~~と~~!よくも雪乃ちゃんを~~~~~!!」

 陽乃さんは,入ってきた時以上の勢いで,暴走機関車のごとく部室から飛び出していった。

 せめて葉山の命だけでも残るよう祈ってやるか。祈るだけだがな。

 


 

「お,おい!大丈夫か?」

 床に落ちるすんでのところで海老名さんの体を抱き留める。あの体勢のまま倒れていたら,後頭部を激しく打って大変なことになっていたかもしれない。

「ヒキタニくん,ごめんね。腰が抜けて立ち上がれない……」

 力なく笑う海老名さん。別府タワーの時とは違い,本当に脱力して俺に身体を預けている。それほどの恐怖だった。俺なんか少しちびっちゃったかもしれん。それにしても海老名さんの胆力には心底驚かされた。あのマッスル日本をはるかに上回る魔王・雪ノ下陽乃の恐怖に一歩も怯むことなく,葉山という尊い犠牲を払いながら,見事魔王をこの場所から遠ざけることに成功したのだから。

 

「ていうか,八幡,お前最低だな」

 原滝が海老名さんを抱く俺の耳元でぼしょりとそんなことを言った

「おい,俺のどこが……」

「お前さあ,ここにいる女子全員に何をしたか,胸に手を当ててよく考えてみな」

 いったい俺が何をしたと……原滝の言うとおり胸に手を当てて考えてみる。むにゅ。ムニュ!?︎

 

「バ,バカヤロー!自分の胸に手を当てるんだ!なんであたしの胸に手を当てる~~~///」

 あ,うっかり原滝の胸に手を当てちゃった。テヘッ☆

「ヒキタニくん……さすがにそれはないよ……」

「ヒッキー……」

「ヒキオ……」

「比企谷……」

 床にへたり込んでしくしく泣いているゆきのちゃん(6歳相当)を除く全員の冷たい視線が……

「ヒキタニくん、さっき私の胸を散々触ったのにまだ足りなかったの?だったらもっと触っていいよ?」

 力を取り戻した海老名さんが俺に抱きつく。柔らかいいい匂い!

「ひ、ひ、ひ、姫菜、何をしてるし!そもそもヒッキーはおっきなおっぱいが好きなんだよね?部活の時、いつもあたしの胸を見てるもん。だからおっぱいを触りたいならあたしの……///」

「いや、あーしだって大きさとか形とか?結衣にも負けてないし///」

「はっはっはー!大きさなら私が一番だな!それに張りだってまだまだ君たちには負けてないぞー。ほら,比企谷,私と結婚したらこのおっぱいを毎晩貪り放題だ!」

 向けられていたのは熱い視線でしたー。由比ヶ浜に三浦までが何で張り合ってんの!? そして先生,あんた教師だろ!校内で何言ってるんだよ!もちろん校外でもアウトだが。本当に誰か早くもらってあげて!!

 


 

「で,ヒキタニくんは誰のおっぱいを選ぶの?」

 海老名さんが俺に抱きついたまま,問いかけてくる。

「ヒッキー?」

「ヒキオ?」

「比企谷?」

「なるほど。これが修羅場というやつだな」

 原滝がニヤニヤしながら俺に聞いてきた。

「何を他人事のように言ってやがる。こんな事態を招いたのも,元々はお前がここに来たせいだろうが」

「おいおい、あたしのせいにするな!どう考えてもお前があっちこっちでチューしたり乳をいじくり回しとんのが原因やないかい!しかも,最後のトドメはあたしの乳を揉んだからだろうがー!」

「大変申し訳ありません!」

 得意の華麗なるド・ゲ・ザを決めてみせる俺,うん。カッコ悪い。

 

ピーポーピーポー

 その時、グラウンドの方から救急車のサイレンの音が聞こえてきた。いったい何がー(棒)

 


 

 そして,またゆきのちゃん(6歳相当)が声を上げて泣き出した。

「えーん!みんなおっぱいがあるのにゆきのだけないのー!ゆきの、ひきがやくんに嫌われちゃう。おねえちゃーん!おねえちゃーん!」

 お,おい!今,そんなこと言ったら……

 

 ガシャーン!

 

「雪乃ちゃんどうしたの!」

 戻って来ちゃったよ……恐怖の大魔王が……

「おーよしよし,雪乃ちゃん。悪い隼人は退治してきたからね,もう心配いらないよー」 

 葉山退治されちゃったのかよ……心配しかねえよ……

「おねえちゃんっ,みんなが,みんながずるいの……」

 しゃくりあげるように泣きながら,雪ノ下が陽乃さんに訴えている。

「ゆきのちゃん,誰がどうずるいの?おねえちゃんが根絶やしにしてあげるから言ってみなさい?」

 怖えよ!根絶やしって何だよ!

「あのね、みんなおっぱいがおっきいのにゆきのだけちっさいの。ゆきのだけひきがやくんに嫌われちゃうの」

「ゆきのちゃん……」

陽乃さんが雪ノ下をヒシと抱きしめる。

「ゴメンね。おねえちゃん、それだけはどうにもできないの。不甲斐ないおねえちゃんでごめんねぇ」

陽乃さんがさらにギュッと抱きしめると、その豊かなバストが雪ノ下の顔に押し付けられる格好になった。

「お、おねえちゃんのバカー〜〜〜」

さらにびえぇと大きな声で泣き始める雪ノ下。そして、グハッと言って膝から崩れ落ちる陽乃さん。あんた、妹好きすぎだろ!

 陽乃さんの心が折れてしまった今、もはや雪ノ下をなだめることのできる者は誰もいなくなったかに思われたが、意外な伏兵が現れた。

「雪ノ下さん,大丈夫だよ。私もそんなにおっきくないけど,ヒキタニくんは喜んで揉みしだいてくれたよ」

 やめてーーーー!人聞きが悪すぎるだろ!揉んだかもしれないけど,しだいてはいない……はず。

「それによく考えてみて,ヒキタニくんの好きな人を。小町ちゃんに戸塚くんに隼人くんにわたし,みんなおっぱいが小さい人ばかりでしょ?ヒキタニくんが好きな人はみんなおっぱいが小さいんだよ?だから,おっぱいが小さいことは全然悲しむべきことじゃないの。むしろ誇っていいんだよ!」

 おい!戸塚はいいが葉山を入れるな! そして,こっそり自分を入れてやがる。

「ほんと?おっぱいちいさくていいの?」

「そうだよ!さあ,わたしの後に続けて。ちっぱいは正義!」

「ちっぱいはせいぎ」

「貧乳はステータス!」

「ひんにゅうはすてーたす!」

「はやはちこそ至高!!」

「はやはちこそ……」

「幼子に何言わせんの!自重しろし!」

 さすがオカンだ! 三浦が海老名さんの後頭部に丸めた雑誌をクリーンヒットさせたぞ!

 ドサクサに紛れて幼子になったぺドのんに腐教活動をしようとは,海老名姫菜,恐ろしい子。

 


 

「で,結局何しに来たんだよ。お前」

 騒動の元凶である原滝に改めて問いかけてみる。

「はじめから言ってるじゃないか。八幡とでえとをしに来たと」

「いやいや,俺,サイゼに連れて行ってやるとは言ったけど,デートするとか言ってないよね?」

「何を言う。若い男女がオシャレなイタリアンレストランで食事をするんだろ?これをデートと言わずして何をデートと言うか」

「いやいや,サイゼはそんな大層な……」

「さいぜりあというのはオシャレではないのか?」

「サイゼリヤ,な。ばっかお前,サイゼといえば最高にオシャレな……アレ?」

「やっぱりオシャレなイタリアンなんだろ?やっぱりでえとだな!」

 ドヤ顔の原滝に,俺はぐぬぬと唸る。 俺のサイゼ愛が完全に裏目に出た格好だ。

「それにディスティニーにも連れてってくれると約束したからな。明後日は空けといてくれよ」

「いや,明後日はアレがアレでアレなもんで」

「よし。なんの用事もないんだな。じゃあ、日曜日、メインエントランス前に7時半集合で」

「早えよ!それにディスティニーはどさくさに紛れて言わされただけだろ!約束なんかした覚えはない!」

「おっぱい揉んだ……」

「謹んでお供させていただきます!」

 再び華麗に土下座を決めて,ついでに明後日の予定も決まってしまった。

「ちょ,ちょっと!なんでハッキーとヒッキーがディスティニーに行くことになってるし!?」

 由比ヶ浜が俺と原滝のデートに異議を唱えた。いいぞ,もっと言え!俺のニチアサを守って!

「あたしも行きたい!みんなで行ったほうが楽しいよ!」

 ちーん。比企谷八幡,死亡。

「ならあーしも行くし」

「比企谷が不純異性交遊を起こさんとも限らんからな。保護者として私もついていく必要があるだろう」

 なんで先生まで!?カオスすぎる……こうなったら戸塚も呼べば……

「え?なんで八幡とあたしのでえとにみんな付いてくる話になってるの?ふたりきりで行きたいんですけど」

「だって……ハッキーは,ヒッキーのこと,好きなの?」

「いやそんな,この前ちょっと拉致ったばっかりで,まだ好きとか嫌いとかは」

「だったら!」

「まあ,由比ヶ浜。そんなにいきり立つな。デートというのは必ずしも好きあった同志がするものじゃないぞ。例えばな,婚活パーティーで意気投合すると、とりあえず好きかどうかは置いといてデートするだろう?そこで初めてお互いを知り,だんだん愛を育んでいってやがては結婚に至るというわけだ。だから,原滝の言うデートは特に付き合っている男女が行うそれとは別の意味だ」

「平塚先生、先生はそうやってデートを重ねてるんですか?」

 俺の説明が思わぬ方向に飛び火した形だが,由比ヶ浜の何気ない質問に,先生は一瞬こめかみの辺りをヒク、とさせたが、つとめて平静さを装いながら答えた。

「ははは、まあ意気投合すればそういうこともあるんじゃないかなー」

「ほえー、それなのに先生、どうして結婚できないんだろう?」

「ぐはっ!」

 由比ヶ浜、やめろ!その発言は先生にスマッシュヒットしてるぞ!

「こんなに優しくて美人でスタイルも抜群なのに。そりゃ、ちょっとガサツで暴力的でだらしないところもあって時々おっさん臭かったりするし」

 由比ヶ浜〜〜〜〜!

「あと,タバコ臭いし酒癖悪いし食べ物の趣味とか古い少年マンガ好きとかビミョーに女子力低いけれど」

 ちーん。平塚静、死亡。

「あと……」

 頼むからもうやめて差し上げろ。先生,息してないぞ。死体蹴りみたいになってるからあ!

 


 

「ま,まあ,要は,俺と原滝は別に付き合ったりしているわけではないが,男女で出かることを原滝はデートって言ってるだけだ」

「だから,なんでハッキーとヒッキーが二人でお出かけする話になってるのってこと!」

「そりゃあ,まあ,アレがアレでアレだから……」

「あたしが八幡に依頼したんだ」

 由比ヶ浜の厳しい追及にしどろもどろになっていた俺を見るに見かねたのか,原滝がはっきりとした口調で由比ヶ浜に言い放った。

「このご奉仕部ってのは,依頼者のお願いを聞いてくれる部活って聞いた。だからあたしは八幡にあたしとのでえとを依頼したい」

 だから,ご奉仕部はやめろ!

「そんなのだめだよ! 奉仕部のりねん?っていうのに反するから。奉仕部って言うのはね,魚の釣り方を教えてあげる部活なんだよ?」

 由比ヶ浜,それじゃ釣り教室だろうが。言葉の足らない由比ヶ浜に代わり,俺が説明する。

「正確には,飢えた人に魚を釣ってあげるのではなくて魚の釣り方を教えてあげる,悩みを解決してあげるのではなくて,自己変革を促し,悩みの解決へと導くんだそうだ」

「じゃあ問題ないな。あたしは八幡とのでえとを依頼する」

「なんでそうなるし!」

 原滝の言い分に由比ヶ浜は全く納得していない。

「あーしも分かんないな。やっぱそのへん曖昧なままなら認められないし」

 いや認めるも何もあーしさん,奉仕部じゃないよね?

「まあ,大した理由とかあるわけじゃないんだけど」

 カップに残っていた紅茶をぐっと飲み干し、原滝が話を続けた。

 


 

「八幡は前に聞いたと思うけど、私の両親、羽田沖で照明弾喰らって死んじまってさ、身寄りもないもんだから町に出て豆腐屋の2階に下宿して電柱組のバイトで高校通ってるのね」

 たしかに前にも聞いたが,相変わらずサラリと重いことを言うな,コイツ。

「学校でも友達がいないわけじゃないし,下宿先のご夫婦も良くしてくれてるんだけど,高校生が一人で生きていくために,学校が終わったらすぐにバイトへ行って,バイトが終わったら下宿に帰って飯食って銭湯へ行くだけの毎日。仕方ないって分かっていてもやっぱキツいんだ。この修学旅行だって、バイト先の仲間がカンパしてくれたり,下宿屋のおじちゃんおばちゃんの仕事を手伝ったら過分にお小遣いもらえたりして,ようやく来ることができたんだ。だからせめてこの旅行の間だけ,少しでも青春らしいことをしたい、どんなものなのか知りたいって思ってる」

 みんな黙って原滝の話を聞いていた。三浦なんか少し涙ぐんでいたかも知れない。やっぱりオカンだ。

「でも,でも,どうしてヒッキーなの?それだったらさ、隼人くんとかもっと相応しい相手が……」

「隼人はダメ。潰しちゃったから……」

葉山ェ……陽乃さん,一体ナニを潰しちゃったの?

「ほ、ほら。さっきのお面の人とかもイケメンだったし」

「アレは部下だから。最近はパワハラとかうるさいし。それにアイツ彼女いるしな」

 チッ、やっぱイケメン男は彼女持ちかよ。爆ぜろ。

「八幡。お前そんなこと思ってると、大分県全人口以上の数の男子から怨みを買うぞ」

 だからモノローグにツッコミを入れるんじゃねーっての。ちなみに大分県の人口は114万人で、福岡市の人口158万人より若干少ないぞ。それでも九州では福岡県、熊本県、鹿児島県、長崎県に続いて5番目に人口が多いんだぞ。

「あたしさ、クラスの中で話をする女子はいても,普段あんま遊んだりする相手とかいなくて。だから,拉致してるときに八幡からイタリアンレストランに連れてってくれるって言われて,あたし,本当に嬉しかったんだ。ほんと嬉しかった。その上、ディスティニーにも連れてってくれるっていうしな」

 いたずらっぽく俺に向かってウインクしてみせた原滝の嬉しそうな顔を見てしまったら、最後のはドサクサまぎれに誘導されたやつだろう、と言い返す気にはなれなかった。

 

「あたしみたいなのがこういうお願いしちゃダメなのかな?」

「分かりました、原滝さん。奉仕部部長としてあなたの依頼をお受けします」

「ゆきのん……」

「雪ノ下……」

 ペドのんはいつのまにかいつもの雪ノ下に戻っていた。

「何かしら?その気持ちの悪い生暖かい目は?」

「ゆきのん、お帰り!」

「由比ヶ浜さん?わたしはどこにも行っていないのだけれど?」

「いや、お前さっき幼児化して泣き喚いて……」

「何を言っているのかしら、この男は。何のことかは分からないけれどとりあえず通報するわ」

 おい!何か分からないなら通報するな! 千葉県警はそこまで暇じゃないんだぞ!

「雪乃ちゃーん!」

 いつもなら由比ヶ浜が抱きつくところ、今日は陽乃さんが雪ノ下に抱きついている。

「ねえさん、ちょっと、暑苦しいのだけれど」

「雪乃ちゃん、またおねえちゃんって呼んで?」

「ねえさんは何を言っているのかしら。わたしがそんなこと言うわけないじゃない」

 いやいや、君、さっき言ってたからね。ペドのん、おねえちゃんて言ってたからね。

 ……言ってたよね?

「えーん、比企谷くーん、雪乃ちゃんが冷たいー」

 いつもなら嘘泣きのところ,今日の陽乃さんは本気で嘆き悲しんでいるようだ。

「とりあえず八幡、部長様の許可も出たし、さいぜりあ?に連れてって」

「サイゼリヤな。分かった分かった。じゃあ雪ノ下、俺たち行くわ」

「そうね。そろそろ完全下校時間だし、わたしたちも帰りましょう。おねえちゃんも帰るわよ」

「ゆ、雪乃ちゃん、今、おねえちゃんって言った!?」

「言ってません」

「今、言ったよね?ガハマちゃんも聞いたよね?」

「わたしがそんなこと言うわけないじゃない。ね?由比ヶ浜さん,いえ結衣」

「いやー、その、何て言うか、たははー」

  由比ヶ浜は陽乃さんと雪ノ下の板挟みになってあたふたしている。

「行くぞ原滝」

 このまま居ると面倒ごとに巻き込まれかねないので、原滝の手をひいて急いで部室を後にする。

「で、でえとって言ったけど、八幡、意外と大胆だな」

 ひとまずこの混沌とした場を離れるため、あえて難聴系主人公を貫くことにした。

 慌てて繋いだ原滝と俺の手がの指が絡まり合い、いわゆる恋人繋ぎと言うやつになっていたことなど全くあずかり知らぬ話である。ほ,ほんとに知らないよ。

 



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まちがいつづける修学旅行。③ ~下総波乱編~

セカンドシーズン3話目。
この話はフィクションで出てくるファミレスは架空の店です。
このような店舗も店員も店長も実在しません。
ワグ○リアでもありません。
また,メニューは初出時のもので現在のものとは異なります。
そしてよいこのみんなはファミレス店内で騒いじゃ駄目だよ?
ファミレスでの修羅場はお店と他のお客さんに迷惑がかかるからやめようね。
お兄さんとの約束だよ?

すみません!ワタクシ嘘を申し上げました~~~お兄さんじゃありません。おっさんでしたぁ~~~(ドゲザ


「お、おい、大丈夫なのか?自転車の二人乗りはいけないことなんだぞ」

 

 通学に使っている自転車の後ろに原滝を乗せて駅前のサイゼを目指す。

「悪の組織の幹部が何言ってやがる。振り落とされないように掴まってろよ」

 本来ならこの自転車の後ろは小町専用なのだが、今日だけは特別だ。

 こんなところをあいつらに見られでもしたら何言われるかわからんから全速力で自転車を漕ぐ。抱きつかれた背中に何かやわらかいものが当たっているような気がするが、気のせい気のせい,無心無心。

 京葉線の駅に着いたところで原滝には先に自転車を降りてもらい、駐輪場に停めてから二人で店への階段を上がり入り口のドアを開ける。

 


 

「いらっしゃいませ。サイゼリヤへようこ……なんであんたがここにいるのさ?」

「それはこっちの台詞だ。川……川……」

「いいかげんにしないと本気でぶつよ」

 いやいや、一応これでも客なんですけど。ぶつよとか言っちゃっていいのかよ。

「川崎」

「店長……」

 ほら、ちょっと怖そうな女店長に怒られるだろ。そして川崎だった。

「パフェ」

「店長、お客様の前ですので」

「君は今、コイツをブン殴るとか言ってたじゃないか。揉め事が起きているなら舎弟たちに相手させるが」

 ちょっと,舎弟って何!?

「いえ、何でもありません。お客様は、えと……」

「あ、2名です」

「2名様ですね。当店は全席禁煙に……2名?」

 川崎、睨むなよ。

「あ、はい。彼氏の八幡と2人でえ」

「あ゛?」

 原滝、腕にしがみつくな。川崎、顔が怖ええよ!

 


 

「……それではご注文がお決まりになりましたらボタンでお呼びください」

 席に着くまで全く生きた心地がしなかった。心のオアシスであるサイゼリヤでどうしてこんな……

 

「八幡、凄いな!なんかオシャレな絵があるぞ!」

 まあ、原滝が喜んでいるからいいか。

「メニューはこっちで適当に決めるがいいか?何か食べられないものはあるか?」

「そうだな!でえとだから八幡が決めてくれ。食べられないものはないぞ。そうだな,しいたけヨーグルト以外な」

「しいたけヨーグルトがどんなものかは全く分からんが、分かった」

 呼び出しボタンで店員を呼び出す。

 

「お待たせいたしましたー」

「あのー、え?」

「はろはろー、ヒキタニくん。ご注文は決まりまして?」

 何で海老名さんがこんなところに!?

「おやおや。何でこんなとこに?って顔してるね」

「ナチュラルに心の中を読まないで」

「分かりやすい顔してるからねー」

 そんなわかりやすい顔してるのかな。ポーカーフェイスを自認してたのに。

「さっき、サキサキもここにいたんだが」

「だって、この店紹介したの私だもん。なんか前,深夜にこっそりバイトしてたみたいだけど、どこかのおせっかいな人のせいで辞めることになったって。それで予備校と妹さんのお迎えのない日はここで働いてるんだよ。もっとも、わたしは別の店がレギュラーなんだけど、今日はこの店で欠員が出てヘルプなの」

 へえ、偶然ってのもあるもんだ。

「それでお客さま、ご注文をお伺いいたします」

「あ、ああ。んじゃ、これとこれと、こっちの……これ、そしてこれはふたつ。あと……」

 メニューを指さして注文をし、海老名さんがそれをハンディに打ち込んでいく。

「それでは注文を繰り返します。プ……」

 海老名さんが注文を復唱しようとしたところ、彼女の唇に人差し指を当てて止める。

 最初こそ目を白黒させていた海老名さんだが、すぐに意図を理解してくれたようだ。ホントはマニュアルに反してるんだけどな、とウインクをしながら去っていった。

「八幡,今回はまあ,模擬みたいなもんだからいいけどさ、でえと中に他の女にデレデレすんのはどうかと思うぞ」

「いや、別にデレデレしてねーし。ないよね?」

「どーだか」

「とりあえずドリンク取りに行くか。何か飲みたいものは?」

 立ち上がりながら原滝に聞いてみるも、

「初めてだから何があるか分からん。あたしも一緒に行こう」

 確かにそうか。それなら原滝に俺の分も取って来てもらえばいいんじゃね?と、名案を思いついたが、我ながらゲスいので口にするのはやめた。

「八幡はよく知ってるのだろう?何ならあたしが取ってきてやろうか?」

「おっ、それじゃあ……」

バシッ!

 突然後頭部に痛みが走る。何かで叩かれたような?

 原滝、は目の前にいるから違うよな?キョロキョロと辺りを見回してみるが、それらしい様子はない。まさか幽霊?それとも平塚先生の生霊の仕業……?

 俺が首を捻っていると、

「八幡、一緒に取りに行くか」

「お、おう」

 原滝がニヤニヤしているのが気にはなったが,とりあえず二人でドリンクコーナーへ向かった。

 


 

「むむむ!」

 ドリンクバーのベンディングマシンの前で原滝が唸っている。

「八幡,大変だ!」

「どうした,なんかあったか?」

「ドリンクバーにスープが無いぞ!」

「ああ,サイゼにはスープバーは無いな」

「なんだと!? ジョイフルに行ったら必ずスープ3種類を最低3杯ずつ飲むのに!」

 スープ9杯はいくらなんでも飲みすぎだ。塩分過多とかにならないのかね。

「スープは別に頼んであるから、ドリンク持って戻るぞ」

「む、八幡、何かオススメはあるか?なんか、ドリンクを混ぜるといいようなことが書いてあったが……」

「やめとけ。モクテルなんて言っても美味くはならん。下手に手をかけずそのままの味で飲むのが一番だ」

「そう言う割に、その手に持っている大量のシュガースティックとコーヒーフレッシュは何だ?そのままの味で飲むんじゃないのか?」

「ばっかお前,ここには千葉の象徴たるマックスコーヒーがないからこうするしかないんだよ。練乳じゃない分,くどい甘さに欠けるがな」

 マックスコーヒーがなんでサイゼに置いていないのか甚だ疑問だ。ここのベンディングマシンはコカコーラなのに。

「ジョイフルならカフェモカがあるのにな。ドリンクバーはジョイフルの圧勝だな」

「お前,サイゼを馬鹿にしたな!いいか,千葉にあるジョイフルと言えばジョイフル本田のことなんだよ!千葉に6店舗もあるホームセンターだ。ファミレスのジョイフルなんぞ知らん!」

 俺の完璧に近い論陣に原滝もさぞやたじたじになったかと思いきや,

「ほほう。八幡は面白いこと言うな。マックスコーヒーが千葉の象徴だと?だが,今の名前はジョージア・マックスコーヒーで,ジョージアは北九州コカコーラボトリングが開発したブランドだから,チバラギが北九州の軍門に下ったということになるな」

「ぐぬぬ……」

「そして,ジョイフル本田が6店舗?ファミレスのジョイフルは千葉県内に11店舗もあるのだが,八幡は知らなかったのか?千葉県の知識が足りていない,ひいては,千葉県に対する愛が足りないのじゃないのかね?」

 ガーーーーン!!!

 俺の,千葉愛が,足りないだと……

 俺は原滝の言葉に絶望し,へたへたとその場に崩れ落ちた。

「比企谷……」

「川崎……か……俺は……普段あれだけ千葉愛を説いておきながら、実際は千葉のことなんてなーんにも知っちゃいなかった。無様だろ?笑っていいんだぜ」

 だが、意に反して川崎は俺に手を差し伸べてくれた。

「立てよ、比企谷」

「川崎……」

 川崎の手を掴んでゆっくりと立ち上がる。こいつの手、思ったよりも白くてほっそりしてるんだな……

「こ、こんなところで座り込まれたんじゃ他の客に迷惑だからね。ほら、早くドリンク持って行きな!」

 顔を真っ赤にして怒って行ってしまった川崎。そりゃそうか。知り合いがバイト先に押しかけてきて迷惑行為じゃ,あいつも店内での立場がなくなるよなあ。

 気を取り直してコーヒーとメロンソーダを手に席に戻る。

 


 

「八幡,なんか茶番を繰り広げている間に注文が来てるぞ!」

 原滝は料理を前にワクワクが隠せないでいる。それと茶番とか言うな。

「そうか。じゃあ早速食べようか」

 手に持ったトレイの飲み物をテーブルに置き、原滝の向かいの席に座った。座ったのだが……

「なんでわざわざ俺の隣に座るんだよ……」

 原滝がなぜか席を立って俺の隣に座り直してしまった。

「いいだろ,でえとなんだから隣に座ったって。それにあっちの席はちょっと食べづらいんだよ」

「なら俺があっちに行くからそこをどいてくれ」

「ダメ!それは絶対に駄目だ」

 なんであっちの席がダメなのか全く意味が分からないが,無理やりどかしてあちらに行こうとすれば原滝を押し倒すことになり通報は必至。そして,テーブルの下に潜り込んであっちに行こうとすれば,スカートの中を覗いたと言われてやはり千葉県警のお世話になることになる。進退窮まった今,押してダメなら諦めろが信条の俺としては泣く泣く原滝と並んで座ることにした。別にドキドキしたりときめいたりとかしていない。していないったらしていない。

「は,八幡,どれから食べたらいいかな?なんかスープとサラダとハムみたいいなのが来てるが」

「まずはスープからだな。ミネストローネスープな。こっちはパンプキンスープだ。好きなほうを選んでいいぞ」

「これはジョイフルの飲み放題には無いやつだ。迷うなあ。八幡のおススメはどっちだ?」

「両方とも季節限定モノでどっちもおススメだな」

「そうか,八幡は選べないタイプなんだな」

 俺が軽くディスられた後,しばらく,ぐぬぬと唸っていたがようやく腹を決めたようだ。

「やっぱり両方たべたい!」

 まあ仕方ないかと両方の皿を彼女の前に差し出す。

 まずはミネストローネの皿にスプーンを突っ込む原滝。

「八幡!これは野菜がいっぱいとれるな!美味いぞ!」

 続いてパンプキンスープをすくって口に運んでいる。すずっ。すする音を立てて食べるのはマナー違反だが、サイゼだし,そこまで目くじらを立てるようなことでもないよな。

「は,八幡!このスープ冷たいぞ!」

「ああ,『冷たいパンプキンスープ』だからな」

「でもカボチャが甘くて美味しいな!」

 いちいち感動する奴だな。でもまあ,目を輝かせてスープをすする姿は,まあその,悪くない。悪くないが,その,あんまり美味そうに食べるから俺も食べたくなってきた。

「おい,ちょっと俺にもくれないか?」

「ああ,当たり前だ。両方食べたいって,全部食べると言ってるわけじゃないからな!」

 そ,そうなのね。てっきり全部食べちゃうのかと思ってた。すまん,

 

「ほれ」

 んぐっ!

「いやー,美味いよな,パンプキンスープ」

「お,おおお……」

 突然起きた事態に唖然として酸素不足の鯉のように口をパクパクしていると,

「なんだ,ミネストローネの方も欲しいのか,ほれ」

 うくぐっ,ゴクッ!うん,美味い。

 じゃない!

「おまっ!何してるんだよ!」

「ん?八幡にスープを飲ませただけだが」

「いや,そのスプーン,お前が今スープを飲むのに使ってたヤツだよね?そのスプーンを今,俺の口に突っ込んだよね?」

「そうだが。なんだ。あたしは別にジステンバーとか病気は持ってないぞ」

 ジステンパーって犬の病気だろうが!人間にはうつらないよ。たぶん。

「やっぱり,あーんとかすべきだったかな?」

「いや,そうじゃなくて……さっきのって間接キキキキキ……」

「なんだ,間接キスとか気にしてるのか」

 え?なんで平然としてるの?なんか俺がおかしいのん?

「だってさ,お前,部室であれだけ濃厚なディープキスをぐっちょんぐっちょん人前で晒しといて,いまさら間接キスとか気にすることもないだろうに」

 いやん♪そりゃそうだろうけどそうじゃない。それとぐっちょんぐっちょんはやめて!

 

「……エスカルゴのオーブン焼きとセットのプチフォッカ,半熟卵のミラノ風ドリア,そしてアスパラガスとエビのクリームスパゲティです。お待ちどうさまでした」

 そこには,クリームスパゲティの中のエビのように茹で上がって真っ赤な顔をした海老名さんが料理を持って立っていた。

「そうそう,あんただあんた。八幡と,ぐっちょんぐっちょん」

「ちょっと」

「ひっ」

 海老名さんの背後に立ったサキサキのかなり低い声に海老名さんが軽く悲鳴を上げる。

「海老名……ぐっちょんぐっちょんってどういうこと?ちょっと店の裏に来て」

「ヒキタニくん,た,助けて……」

 海老名さんがガクガク震えている。俺も少しチビリそうだが,このまま放っておくわけにもいかないよな。

「サキサキ,まあその辺で……」

「あ゛あ゛?」

 怖え,怖えよ!本当にチビるとこだったよ!

「川崎」

 すると件のちょっと怖そうな女店長がまた川崎を呼んだ。まあ客の前でこんな怖い顔してたんじゃ厳重注意だよな。

「パフェ」

 うん,八幡分かってた。なんとなく読めてたよ。

「店長,いま取り込み中で……」

「3度目は言わんぞ。川崎……パフェ」

「は,はい!」

 あの鬼神モードの川崎がビビッて下がっていった。あの店長どれだけ怖いんだよ……

 


 

「た,助かったあ」

 へなへなとその場にへたり込む海老名さん。

「まあ助かっちゃいないけどな。後で説明しなきゃいけないだろ」

「それまでに何か言い訳考えとくよ。さっきは止めようとしてくれてありがとね」

「まあ俺のことでもあるからな」

「それでも嬉しかった」

 少し頬を染めた海老名さんと思わず見つめ合う。彼女の唇から目を離せない俺は,自然とそこへ引き寄せられ……

「おい,一応あたしとのデートなんだからさ,あたしを挟んでぐっちょんぐっちょんやるのやめてくれない?」

 立ち上がっていた俺と海老名さんの間に原滝が座っていたことを失念していた。

「ははは,こんな公衆の面前でそんなことするわけがないじゃないかー」

「そ,そうだよ。いくらなんでも自分のバイト先でそんな,ね」

「どうだか」

 呆れたように吐き棄てた原滝の声にすっかり我に返った俺と海老名さん。

「そけじゃごゆっくりー」

 トレイを抱え,逃げるように海老名さんがカウンターの方へ戻っていった。

 

「……食べようか」

「ああ」

 席に座り直した俺は,小エビのサラダとやわらかチキンのサラダ,キャベツとアンチョビのソテーにプロシュートなどを小皿に取り分けていく。

「エスカルゴはこの皿から直接取って食べてくれ」

「エスカルゴって,カタツムリか?」

「まあ,カタツムリだな」

「カタツムリなんか食えるのか?」

「当たり前だ。これは食用だからな。味付けだってしっかりしているから安心して食べろ」

「八幡がそう言うなら……」

 原滝が恐る恐るフォークを突き立ててエスカルゴを口にする。

「う……ううう……」

「口に合わなかったか?無理して食う必要はないぞ」

 

「うまい!」

 

 思わずずっこけた。

「これは美味いな!あたしが山の中で取ってきて,茹でて食べたカタツムリとは大違いだ。あれは超絶不味かった」

 お前いったい何食ってんだよ!下手したら寄生虫とかで死ぬぞ。

「このドリアは熱そうだなー」

「ああ,俺は猫舌だからすぐには食えん。先食っていいぞ」

「そうか,八幡は猫舌なんだな。じゃあ」

 原滝がカトラリーからもう一つのスプーンを取り出してドリアをすくっている。それ,俺のスプーンなんだけど……まあ,追加でもらえばいいか。

「本当に熱々だな」

 すくったドリアから湯気が立ち上る。原滝がそれにふぅふぅと息を吹きかけ覚ましている。

「はい,八幡,あーん」

「なんでだよ!ドリアくらい一人で食うから」

「どうした?間接キスが嫌って言うからわざわざ新しいスプーン使ってやったんだぞ。どこに文句がある?」

 いやいや,ふうふうあーんとかどこのメイド喫茶だよ!俺が恥ずか死ぬわ。

「別に恥ずかしいことはないだろ?今どきのバカップルだと思えば」

「それが恥ずかしいんだよ!周りの目が気になるし」

「八幡は自意識過剰なんだよ。意外と周りの人とか関心ないから。ねえ,後ろの座席の人。見てませんよねえ?」

 

「見てませーん」

 

「ほら,見てないってさ」

 いやいや,おかしいから。見てないって返事は見てたってことだから!それに今の声……

 俺たちが座っている後ろの席を上から覗き込むと,由比ヶ浜と雪ノ下がこっちから見えないよう姿勢を低くして椅子の背にへばりついていた。

「や、やっはろー」

「お前ら,何してるんだよ」

「たはは、見つかっちゃったか」

「声出せば分かっちゃうだろ。それと由比ヶ浜はともかく雪ノ下まで何一緒にバカなことやってるんだよ」

「バカとは何よ。由比ヶ浜さんはともかく私に対してその言葉は名誉毀損で訴えるわよ」

「二人とも何気に酷い!?」

「何をしてるって、わたし達は勉強をしにきただけよ。ええ、このままだと由比ヶ浜さんの期末テストの成績は壊滅的でしょうからね」

「ゆきのん!?」

 お前、何気に由比ヶ浜に対して酷いよな。それに教科書とか参考書広げてないよね?

「ファミリーレストランという公衆の面前で痴態を繰り広げる痴情谷くんに何か言われる筋合いはないわね」

 痴情谷くんって何だよ!まったく破廉恥だわ。フレンチじゃなくててイタリアンなのが残念だけど。

「さっき、その二人にあっちからジーッと見られてたから向こうの席に座って食べ辛かったんよ」

「原滝さん!? あなた何を言っているのしら?とうとう比企谷菌に感染して目が腐ってしまったのね。かわいそうに」

 比企谷菌感染力強えな!もうパンデミックだよ。最近の出来事は比企谷菌の感染患者が引き起こしてるのかもしれないな。

 比企谷菌を研究すれば,モテワクチンとかできるんじゃないかな?もうノーベル賞ものだろ,コレ。フヒッ。

「何かロクでもないことを考えているのかしら。すごく気持ちの悪い顔になっているわよ」

「まじきもい」

 由比ヶ浜,頼むからマジ顔で言うのはやめて!うっかりミニフィセルに頭ぶつけて死んじゃうとこだったぞ。

 


 

「まあまあ八幡,気を取り直して,ほら,あーん」

 うっかり差し出されたドリアをバクッと口に入れてしまう。

「ヒヒヒ,ヒッキー!何あーんされてるの!?」

「由比ヶ浜,これは新しいスプーンで,間接キスとかじゃないからいいだろ?」

「そうそう,それはさっきスープでやったからな」

 おいおい,何余計なこと言っちゃってんの!そんなこと言ったら火に油だろ……

「それはまあ,偶然に,本当に偶然わたしたちの目に入っていたけれど,特に言うことはないわね」

「そうそう,無理やりみたいだったし,それに部室で姫菜とのアレを見せられちゃってるからね」

「ね。あんなぐっちょんぐっちょんのを見せつけといて今さら何言ってんだって感じだよな」

 いやあああ!もうそのぐっちょんぐっちょんやめてーーーー!!

 

「……イタリアンハンバーグにパンチェッタと若鶏のグリル,お待たせしました」

 さっきよりもさらに顔を真っ赤にした海老名さんがそこに立っていた。

 

「姫菜……」

それっきり無言のまま立ち尽くす三人。そんな中……

「原滝,お前,この状況でよくモリモリ食べていられるな」

「だって,せっかく作ってもらった料理が冷めちゃったら調理してくれた人に失礼だろう?」

 なかなか見上げた心がけだが,サイゼは調理済みの食材を温めてだしているだけなんだな。ただ,徹底した温度管理や品質管理,そして栽培・収穫から加工、調理まで一貫して行うことによりコストダウンを図り,この味と値段を両立させている。

 べ、別にサイゼの回し者じゃ無いよ(汗)



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まちがいつづける修学旅行。④ ~下総混乱編~

セカンドシーズン4話目。
タイトル通り混乱中。
なんでこんなに長くなってるんだろう……
そして相も変わらず修羅場が続く……
再度念押しいたしますが,架空の店舗です。
ワグ○リアでもありません!
また,サイゼリヤのどの店舗にも高級ワインがあるわけでもないのでご注意ください。
そして重ねて注意しますが,首トンは大変危険です!絶対に真似しないでください!!
駄作者がほんっとすみません。


「ほら,海老名。ボーっとしてないで新しいお客さんだよ」

 この均衡を破ったのは川崎の一言だった。ようやく再起動した海老名さんが店の入り口へ向かっていった,のだが……

「ひゃっはろー!」

 

 なんか聞き覚えのある声が……たぶん空耳だ,空耳に違いない。空耳であってくれ……

「海老名ちゃんだっけ?さっき部室で比企谷くんとぐっちょんぐっちょんしてすぐにいなくなったと思ったらこんなところで働いてたんだね。あ,おねえちゃん,雪乃ちゃんと待ち合わせでえす」

 やめれーーー!その,ぐっちょんぐっちょんって流行ってるの?八幡のMPもHPもとっくにゼロよ!

 俺の心からの祈りもむなしく,雪ノ下姉こと恐怖の大魔王・雪ノ下陽乃の登場である。

「雪乃ちゃーん!やっぱりこっちだったねー。念のためイオンの店で張ってたけど、ここが学校に一番近いもんね。14号の方の店に行った三浦ちゃんももうすぐ合流するよ」

「ね,ねえさん,ななな何を言っているのかしら?わたしは,由比ヶ浜さんと勉強をしに来て偶然比企谷君と居合わせただけなのだけれど?張ってるとかなんとか,妄言はやめてもらえるかしら」

 雪ノ下が慌てた様子で陽乃さんに反論しているが,今さら取り繕ったところで,とっくに全部ばれてるんだけどな。

「まーまー,あ,海老名ちゃん,ワインリスト持ってきてくれる?」

 サイゼリヤには,グランドメニューに書いてあるワインメニューとは別に,少しお高いワイン(とは言え,高いもので7,500円くらいだけど)のリストが存在するのだ。しかし,なんで陽乃さんがそんなものの存在を知っているのだろう?

「これでもねー西千葉でキャンパスライフを送る花の女子大生なんだから友だちとサイゼリヤぐらいは行くよ?比企谷くんともよくチェーンのドーナツ屋さんで密会してるしねー」

「雪ノ下さん,人聞きの悪いこと言わないでください。たまたま遭遇するだけですからね,たまたま」

「ふふふ,たまたまって思ってるのは君だけかも知れないよ?」

 怖えよ! なんか俺の知らないところで陰謀が渦巻いてたりするの?

「って,なんでこのテーブルに座ってるんですか。雪ノ下と待ち合わせをしていたのならあっちの席へ行ってください」

「えー,雪乃ちゃんは由比ヶ浜ちゃんと勉強しに来たんだから邪魔しちゃいけないよー」

「それじゃ,デート中の男女の邪魔をするのはいいんですかね?」

「あれ?比企谷くん,デートなの?デートであることを認めるの?」

「いや,デートという形をとった依頼といいますか,なんと言うか……」

 陽乃さんの問いに,デートと答えればこの場を切り抜けることができるのだろうが,雪ノ下,由比ヶ浜,海老名に川崎の刺すような視線にその一言が言えない。背中に嫌な汗が流れる。てか,海老名,川崎,仕事しろ。

 

「……バローロをお持ちしました。グラスは一つでよろしかったですか?」

 あ,仕事してたのね。川崎,すまん。

 川崎が赤ワインのボトルとグラス,そして開けたコルクを置いていく……一体いつの間に頼んだんだろう?

「ありがとう。後で静ちゃんも来ると思うから,グラスもう一個持ってきてくれるかな?」

「かしこまりました」

 ええーーー平塚先生来るの?そんでもって飲むの?これ早く帰らないと死ぬよね?死ぬやつだよね?

「このカシワも美味いな。八幡は食べないのか?」

 若鶏のグリルに手を付けている原滝。器用にナイフで切り分けてフォークに刺し,

「ほれ」

 と俺の目の前に差し出した。

 それを俺はパクッと……もうこうなったらヤケだ。

「おやおや、お二人さんお熱いねーこのこの」

 と陽乃さんが正面から俺のほっぺたを指で突っついている。やめい。

 

「ねえさんは一体そこで何をしているのかしら」

「えー,ゆきのちゃんはガハマちゃんとお勉強をしに来たんでしょうから関係ないでしょう?それとも勉強ってのは嘘なのかなー?」

 後ろの席から,ぐきぎ,とか聞こえてはいけないような声が聞こえた。雪ノ下の声で。

「結衣,教科書を出して」

「え!? ゆきのん,本当に勉強するの?」

「当り前じゃない。勉強をしに来たのだから」

「でもそれは……」

「わたし,暴言も失言も吐くけれど,虚言だけは吐いたことがないの。仮に虚言を吐いたとしても,それを真実にしてしまえばそれは虚言ではなくなるわ」

「ええーーー」

 哀れ由比ヶ浜。陽乃さんにまんまと乗せられた雪ノ下の巻き添えになったな。まあ,あいつの成績を考えればここで勉強をしておいた方が本人のためか。

 


 

「ヒキオ,ドリア一口もらうし」

 いつの間にかあーしさんがスプーンを持って向かいの席に座っている。なんなんだよいったい。

「八幡,なんか騒がしくなってきたな」

「そうだな,そろそろ帰るか?」

 これじゃさすがにデートは続行不可能だろう。これじゃ,部室の修羅場が場所を変えただけになってしまう。

「いや,さっきから料理を食べられてるし,追加注文したいかなって」

 おーい!気づけば陽乃さんはミラノサラミをアテにワインを飲んでるし,三浦もドリアと若鶏とセットのパンチェッタに手を伸ばしている。

「あんたら,何食ってんだよ!」

「いいよいいよ。おねえさんが全部払ってあげるから好きなだけ注文しなさい」

 それなら俺は,リブステーキを特製デミソースで……ってちがーーーう!

「ところで静ちゃんは三浦ちゃんと同じ店にいたんじゃないの?」

「ああ,先生,待ってる間にワイン飲み始めたら止まんなくなって……」

 陽乃さんと三浦が顔を見合わせて黙り込んでいる。

 このお通夜のような空気にいたたまれなくなり,席を立ってドリンクコーナーに向かうことにした。

「原滝,お代わりどうする?」

「ありがとう。それじゃ,ウーロン茶をお願い」

「ヒキオ,あーしは野菜と果実」

「おねえちゃんはチェイサー代わりに炭酸水をもらおうかな」

 あ,みんな頼むんですね。パシリは辛いね。

「ヒッキーひとりじゃ大変だよね?手伝おうか?」

 由比ヶ浜結衣は優しい女の子だ。以前の俺なら、彼女の優しさに勘違いしないよう、その優しさは本物であるがゆえに嘘だと断じていたであろう。

 だが、今の俺は知ってしまったのだ。彼女の気持ちが、その優しさが、嘘でも勘違いでもないことを。そして、今の俺はその気持ちにあらゆる意味で応えることができないのも知っている。

「ほら、ヒッキー行こう」

 そんな考えを遮るように,由比ヶ浜が俺の手をひっぱり,二人でドリンクバーのコーナーに向かう。

 


 

「ねえ,ヒッキーってハッキーのこと好きなの?」

 はあ!?

「なんでそんなことになるんだよ」

「えー,だって,いつものヒッキーならアレがアレでアレだからとかいってデートなんかしないじゃない」

 うっ,全く否定できない。普段の俺なら間違いなくそう言ってたな。

「九州にいるときに依頼を受けたんだよ。まあ,アレだ,仕事みたいなもんだ」

「いつもは働きたくないでござるって言ってるのに?それに,あたしの,ハニトーの約束だって……あたしのほうが……先だったのに……」

 由比ヶ浜の声がだんだん小さく,少し涙声が混ざっていく。

「すまん,由比ヶ浜。忘れてたわけじゃないんだ。ただ,その……俺から言い出すのが照れくさくてな……お前,待たないでこっちから行くって言ってただろ?その言葉に甘えていたのかも知れん。不安にさせたのなら……謝る」

 由比ヶ浜が俯いていた顔を上げた。目元には,やはりわずかに涙が浮かんでいた。

 ああ,もう!こういうのは俺のキャラじゃないんだがなあ…… 

「ハニトーの約束は必ず守る。だから……」

 そう言って由比ヶ浜の背中に手を回し、彼女の体をグッと引き寄せる。

 由比ヶ浜は少し驚いた表情を見せたあと、目を瞑り俺に身体を委ねる。

「分かった。信じてるから……」

「ああ……」

 

「あの……お客さま?」

 掛けられた声に二人とも寄せ合った身体をパッと離した。

「店内での過度なイチャコラは他のお客様の手前、ご遠慮願いたいのですが……」

「いや、海老名さん、これは、その……」

 何か言い訳をしようとするが、しどろもどろになって言葉が出てこない。

 海老名さんがふぅとため息をついて、

「やっぱ目の前でこういうの見るとキツイね。わたし、部室で酷いことしちゃったね」

「ううん。あたしだって今、ヒッキーの優しさにつけ込むようなことになると思ったけど、気持ちは止められないもん。好きになったら仕方ないよ」

 こんな素敵な女の子たちがこんなに思ってくれているのに、俺は二人にかける言葉を全く見つけられないでいた。しょうがないだろ。今まで生きてきて、こんな瞬間が来るなんて全く思いもしなかったんだから。

 ボッチ舐めんな、とは、もう言えんよなあ。

「それより早くドリンク持っていかないとみんな待ってるんじゃないかな?」

「あ」

 二人していつまでも帰ってこないとなると、あとで何を言われるか分かったもんじゃない。慌ててドリンクをトレイに乗せ、由比ヶ浜と二人で元の席に戻ったのだが……

 


 

「八幡,遅い!遅いなー,あと遅い!」

 待ちくたびれた原滝が顔を真っ赤にして怒っていらっしゃる。

 対照的に陽乃さんの顔は少し青ざめているように感じた。

「どうせまた,その乳のでかいねーちゃんと乳繰り合ってたんだろ?」

「しょしょしょ,しょんなことは,にゃあ?」

 失礼,噛みながら由比ヶ浜に同意を求める。

「……う,うん」

 少し頬を赤らめてうつむき加減で答える由比ヶ浜。それじゃ否定になってないっての! カミカミの俺が言えた義理じゃないけどな。

「にゃあ……ねこ?」

 雪ノ下、猫はいない。

「どう見てもお前らなんかあったんじゃねーか! このデカイ乳をアレヤコレヤしてたんじゃないのか?」

 そう言って由比ヶ浜の胸を正面から揉みしだく原滝。

「や、やん」

 そんな声出すな! うっかり前屈みになっちゃうだろ!

「ほれ。八幡も揉め」

「バ、バカ! できるわけないだろ!」

「どーして?」

「どーしてもこーしてもないだろうが」

「あたしの胸は触ったのに?」

「うぐっ」

「部室であたしのおっぱいはモミモミしたのに?」

「揉んでねえーーー! 胸に手を当てただけだ!」

「ヒッキー、ハッキーのはおっぱいは揉むのにあたしのは揉めないんだ……」

 由比ヶ浜さん!ややこしくなるんで今はやめてください!

「そういうことを言うなら,揉め」

 何その超理論。などと考える間も与えず,原滝が俺の手を掴み,自らの胸に持っていった。

「ほれ」

「ほれ,じゃねぇ!」

 ぎゅむ。

「あん。はち……もっと優しく……」

 原滝が顔を赤らめながら切なげな声を……って,ツッコミの際にうっかり力が入り,結論だけ言えば,形だけ見れば原滝の胸を鷲づかみにしてしまっていたあ!

 こ,これでは部室の修羅場の再現必至である。なんなら社会的に抹殺乃至稲毛海岸の沖にコンクリート漬けで沈められるまである。なにせここには土建屋さんの御令嬢が二人もいらっしゃる。俺を沈めるコンクリート材料の調達には事欠かないだろう。

「申し訳ございませんでしたあぁーーー」

 すかさずその場で土下座敢行。これだけ綺麗な土下座はなかなかお目にかかれるもんじゃないぜ。ふっ,決まったな。

 だが,床に付けた頭の先に何やら気配を感じる。そっと頭をあげてみると,陽乃さんがさらに綺麗な土下座姿を見せていた。

 


 

「比企谷くん,本当にごめんなさい。私のせいなの」

 土下座では誰にも負けないと自負していた俺の自信は,陽乃さんの見事な土下座姿にガラガラと音を立てて崩れ去った。

「陽乃さん,やめてください。なんであなたが土下座してるんですか」

「あのね,比企谷くんがなかなか戻ってこない間に飲み物がなくなっちゃって,原滝ちゃんが喉が渇いてそうだったからワインを飲ませちゃったの。そうしたらあんなになっちゃって……」

「未成年飲酒ってマズいじゃないですか。店にも迷惑がかかりますよ?」

「そうなの。だから本当にごめんなさい」

「あの……お客様」

 土下座する俺たちの上から少し低い声が聞こえてきた。

「他のお客様のご迷惑になりますので土下座はご遠慮ください」

 フロアスタッフの川崎が騒ぎを聞きつけ注意しにきたようだ。

「川崎……迷惑かけてすまん!」

 俺は川崎に向かい,床に額をこすりつけるようにひれ伏した。

「だから土下座やめろって言ってんだろ!いいかげんぶつよ!」

「イエス,マム!」 

 跳ねるように立ち上がり,ビシッと敬礼をかます。およそ店員とは思えない物言いだが,どう考えても全面的にこちらが悪い。

「……ばっかじゃないの」

 おおう。その冷たい言葉,ゾクゾクくるぜ。

「はちまん。この女もおっぱいおっきかねー」

 原滝が川崎の背中に抱き着き,後ろから川崎の胸を掴もうとする。

 おい,それはヤバいぞ!川崎は空手の使い手だ。そんなことすりゃ骨折どころじゃ済まないぞ!

「ひゃい!?」

 なんか可愛い声が聞こえたような……

「ほれほれ。これは揉みごたえんあるおっぱいばい」

「や……やめて……ああっ,んっ」

 川崎は力が入らない様子で抵抗できないみたいだ。さすがにこれは止めなきゃいけないだろうと川崎の前に立って,

「原滝,さすがにそれは行き過ぎ……」

「比企谷!見るな!うっ,お願い……見ないで……」

 川崎の言葉に思わず後ろを向いてしまう。しかしこのままでは川崎が……

「雪ノ下ーーー!頼む!」

 はあ,という雪ノ下の溜息が聞こえたと同時に原滝が静かになり,そしてドサリと何ものかが床へ崩れ落ちる音がした。

 振り返れば雪ノ下は手刀を構えたままだ。おそらく得意の首トンで一瞬のうちに原滝を沈黙させたのであろう。

「サンキュな雪ノ下」

 雪ノ下は俺の礼を気にかけることもなく、長い髪をファサッとなびかせながら、振り向いて自分の席に戻っていった。

 


 

 倒れた原滝も気になるが、川崎もまた両手で胸を押さえながらその場にしゃがみこんでいた。

「ううう……ぐすっ」

 こんな時,どうやって声をかけたらいいか全く思いつかねえ。小町なら抱きしめて頭を撫でてやるところだが,これまでボッチ歴=年齢だった俺にすすり泣く同級生の相手なんてムリゲーすぎんだろ……

「ひ,比企谷!?」

「へ!?」

 川崎の驚く声に思わず素っ頓狂な声をあげちまったい。そして,冷静になって今の状況を確認してみた。

1.俺の身体:しゃがみこんで川崎と同じ高さ。

2.俺の左手:川崎の背中に回し、彼女の体をぐっと引き寄せている。

3.俺の右手:青みがかった髪の上に置かれ、彼女の頭を撫でまわしている。

結論:はい,アウト〜〜〜!

すぐにでも体を離し、そのまま土下座の体制に入ろうと思ったが、川崎が目を瞑り、うっとりとした顔で俺に体を預けてしまっていて、このまま体を離したのでは俺という支えが無くなった川崎の体が前につんのめり、悪くすれば頭を打って大怪我の可能性もあるため、仕方なくそのまま頭を撫で続けていた。本当に仕方なくだよ?

 


 

「川崎」

気づけばすぐそばに女店長が立っており、川崎の名を呼んでいる。

「腹減った」

絶対そう言うと思っていたよ。プレないよな,この人。

川崎は店長の呼びかけに慌てて立ち上がった。少し名残惜しいとか思ってない。思ったりしていない。大事なことだから2回言った。

「て、店長、すみません」

「どうした川崎。こいつに泣かされたのなら帰り道,舎弟に闇討ちさせるぞ」

怖えよ!なんだよ闇討ちって。それ本人の前で言ったら闇討ちになってないからね!?

「いえ、店長、別にこちらのお客様は関係なくて……その……」

「とは言え、このままでは私のパフェ作りに影響……じゃなくて他のお客様に迷惑がかかる」

今この人、自分のパフェ作りに影響が出るって言ったよ!この店大丈夫?

「すみません。いろいろお騒がせしまして。これはほんのつまらないものですが」

俺はカバンから、なごみの米屋のぴーなっつ最中を取り出し女店長に差し出す。

女店長は無表情でそれを受け取ると、

「なかなか見どころのあるやつじゃないか。今度バイトの面接やるから時間のあるときに顔を出せ。ごゆっくり」

 ふぅ,ひとまず危機は回避したな。え?なんでぴーなっつ最中を持ってたかって?千葉県民なら誰でも常備してるだろ?

「比企谷……あんた凄いね」

「 いや、単純に腹減って食い物が嬉しかっただけだろ?だいたい俺は働きたくないからな。バイトの面接なんか絶対来ないぞ」

「来ないと、舎弟の人たちが呼びに行くかもしれないよ。ちょっと手荒に」

 何だよ,ちょっと手荒にって!ここサイゼだよね?大丈夫なの?サ○ゼとか伏せ字使わなきゃダメな奴なの?

「ごめん,比企谷,冗談だから。さっき泣かされたお返し。店長が言ってたのも冗談だと思う……たぶん」

「いや,俺が泣かしたんじゃないだろ?小学校の頃のトラウマを思い出すからやめて。何?この後学級会で糾弾されちゃうの?」

 そもそもやったの原滝だし。それとサイゼの名誉のためにそこは冗談と言い切ろうよ,ね!?

「比企谷くんは分かってないなー。川崎ちゃんはさ,比企谷くんに見られたくない恥ずかしい姿をガン見されたから泣いちゃったんだよ」

「誤解を招く言い方はやめてください。ガン見なんてしてないですから」

 せいぜいチラ見くらいのもんだ。本当だよ?川崎の息が上がって紅潮した顔なんて見てないよ?

「だいたい雪ノ下さんが原滝に酒を飲ませたのが全ての元凶ですからね!」

 ついつい強めに言ってから,しまった,と思った。この後どんな仕打ちが待っているかと戦々恐々としていたんだが……

「それ言われると困っちゃうんだよね……うちの父親,県議会議員なのに,その娘が未成年飲酒に加担してたなんてとんだスキャンダルだよ……」

 いつになく弱気な陽乃さん,なんか調子狂うな。

「まあアレです。店や川崎,そして海老名さんにも迷惑がかかりますから,言いふらしたりしませんよ」

「本当に?」

 今にも消え入りそうな声で陽乃さんは俺に問いかける。

「だいたい俺が話をする相手なんていないじゃないですかー?」

「比企谷くん」

「はい?」

「今のこの状況で本気でそれを言ってる?」

「いや……その……」

 少し涙目の陽乃さんに、いつもの軽口で返すこともできず、つい口ごもってしまう。

 これまでの状況を鑑みれば,どうみてもボッチだなんて言えない。

「分かりました。それじゃ雪ノ下さん、俺はあなたのために、このことは誰にも口外しません。それでいいでしょう?」

「ホントに?」

「ホントです」

「信じていいの?」

 今日の陽乃さんの上目遣いは,これまでの計算されたそれとは全く違っていた。

「はい。小町と戸塚に誓って」

「ふふふ、ブレないなー、比企谷くんは」

 陽乃さん声が聞こえたと思ったら,ふいに視界が塞がれた。

 頭の後ろには陽乃さんの手,顔は何やら柔らかいものに押し付けられ,前が全く見えない。

 そしてなんかすげえいい匂い。だめだー。頭がクラクラしてきた。もうどうにかなりそうだー

「ひ,比企谷くん。いったい何をしているのかしら?こんな公衆の面前で強制わいせつに及ぶなんて。すぐに通報しないといけないようね」

「ヒッキー,マジキモい」

 なんか俺を罵倒する声がかすかに聞こえる。が,自分の身に何が起きているのかも分からず……

 すまん,嘘だ。俺は今,陽乃さんの胸に顔をうずめている。

 決して俺の意思ではない,大事なことなのでもう一度言うが俺の意思で陽乃さんの豊かな胸に顔をうずめているのではない。だが,はっきり言ってここは天国だ。鼻孔をくすぐる官能的なこの匂い,そして顔に伝わる柔らかさ。自らの意思ではどうにも離れられない。

 


 

「あ,ヒキタニくんの妹さんがサキサキの弟さんと腕を組んで入ってきた」

「何,小町が大志と!? くそっ,あの毒虫,一族郎党もろともぶっ殺してやる!」

 殺気立った目で店内をぐるりと見回してみるもののそれらしき人影はない。

「ゴメン。人違いだったみたい」

 ペロッと舌を出す海老名さん。ちょっと可愛いと思っちまったじゃないかコノヤロウ。

 かつて魔王様と呼ばれた(俺が呼んでいただけだが)陽乃さんは,俺の顔が離れたことで少し寂しそうな顔をしている。やめてー,勘違いちゃうから!

 そして,振り返ると川崎沙希が阿修羅のような顔をして仁王立ちしていた……

 

「あんた,うちの大志が毒虫?一族郎党もろともぶっ殺してやるだって?あ゛?」

 

 いたよー!一族郎党ここにいたよ!

 

「いや,それはその,言葉の平野綾といいますか,ハレ晴レユカイといいますか、その……」

「言い訳しないで! 大志とけーちゃんと下の弟を守るためにアンタを殺してアタシも死ぬ!!」

「おいおい、過ぎたシスコン、ブラコンはやめろ!」

「どの口が言うんだい、この超ど級シスコン男!」

 釘バットを手ににじり寄る川崎,じりじりと壁際まで追い詰められた俺。いや,なんでファミレスに釘バットとかあるんだよ!なんてことはこの際どうでもいい。まさに絶体絶命。はっきりカタをつけるどころか俺が片づけられちゃうまである。

「愛してるぜ,川崎。だからその釘バットを下ろせ」

「ゴメンね、アンタ。この世では一緒になれなかったけど、あの世でアタシと一緒になってくれるかい?」

 ポロポロと涙をこぼしながら俺に問いかける川崎。目が本気だ。これはもうダメかもしれない。

「やめろ、川崎!」

 女店長が川崎の肩を掴んで止める。この時ばかりはこの店長が女神さまのように思えた。

「勝手にあたしの釘バットを持ち出すんじゃない」

 釘バット,お前のかーーーーー!

「だいたいお前が死んだらシフトに穴が空くし,これからあたしのパフェを誰が作るんだ!」

 うん、知ってた。この店長ブレないって。

「それにそいつはピーナッツ最中をあたしにくれた。殺すのはダメだ」

 今日ほどピーナッツ最中を持ち歩いてて良かったと思える日はなかった。やっぱり千葉のピーナッツは偉大だぜ。

「あとで店を出たら舎弟に半殺しにさせるから今日のところはそれで抑えてくれ」

 半殺しにされちゃうのかよ!女神かと思ったのにやっぱり悪魔だったか。

「おいお前、何か失礼なこと考えてなかったか?」

「いえいえ、今度は落花生さぶれなんかも持ってこようかなーなんて思いまして……」

「すまん川崎、半殺しも無しだ」

 命拾いしたよー。偉大だな、千葉の落花生!ありがとう、なごみの米屋!

「あのー、ヒキタニくん?」

「どうした?海老名さん」

「彼女、ずっと倒れたままなんだけど……」

 あ!原滝のこと、すっかり忘れてたよ……

「おい原滝、起きろ」

 揺すったりさすったりしてみたものの、気を失ったまま一向に起きる様子はない。

「雪ノ下、お前の首トンでこうなったんだから、背中をグイッとやって気付けをする技とかないのかよ」

「この男は何を言っているのかしら?そんな漫画みたいなことできるわけないじゃない」

 いや、その前に首トンも相当漫画じみてるけどな!

「ちなみに気を失わせる技は素人がやると気を失ったまま起きられなくなったり、最悪死んでしまうことがあるから、決して真似してはダメよ」

 いやいや、現在進行形で起き上がってこない人がここにいるんですけど!

「川崎、とりあえずこんなとこに寝かしたままにするのはマズい。休憩室へ運ばせろ」

「わ、分かりました店長。比企谷、手伝え」

 なんで俺が……とは言えんわな。フロアには男手は無さそうだし、そもそも原滝は俺の知り合いだしな。

「分かった。その休憩室とやらに案内してくれ」

川崎にそう告げて、原滝を横抱きにして抱える。意識を失ってグッタリしているから相当重く感じるな。

両足を踏ん張って、一気に持ち上げる!

「ヒ、ヒッキー!なんでお姫様抱っこしてるし!?」

「しょうがねえだろう。意識ねえし、男が俺だけなんだから」

「うー」

 由比ヶ浜がサブ……サブロー?のように唸ってるが、仕方ないものは仕方ない。

 原滝って意外と良い匂いすんなとか、なんか柔らかいとかいうのは置いといてとにかくこれは仕方がないことなのだ。

「川崎、頼む」

「あ、ああ、こっちだよ」

 原滝を抱えて休憩室へ向かった。意外と軽いな、こいつ。ちゃんと食べてんのか。



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まちがいつづける修学旅行。⑤ ~下総淫乱編~

セカンドシーズン5話目。
タイトルはこんなんですがR18とかではないのでご安心ください。
……たぶん大丈夫。
本当はセカンドシーズン全4話くらいで考えていたのに既に超えてしまいました。

そして,県立地球防衛軍並びにバラダギ様ファンの皆様,誠に申し訳ありません。

どうしてこうなった?

キャラの暴走のせいだよなあ,房総だけに……

ほんとごめん。



 川崎の案内で休憩室へ来てみたものの、原滝を寝かせられるベッドなりソファなりはなく、ミーティングテーブルと折りたたみ椅子があるのみである。

 

「川崎、こいつをどこに置けばいいんだ?まさか床ってわけじゃないんだろ?」

「あ、そうだね……店長に言われるままあまり考えずに来ちゃったから……」

 日頃から身体を鍛えているわけではない俺の腕はプルプルと震えだし、そろそろ限界を迎えつつあった。

「か、川崎……」

「と、とりあえずテーブルの上でも乗せときな。毛布か何か探してくるから」

「おう,頼んだ」

 川崎が出て行った後、慎重に原滝をテーブルの上に寝かせる。

 一息ついて,横たわる原滝の顔を見て思う。

 大人しくしてればただの美少女なんだがなあ。

 こいつが悪の組織の幹部なんてな。ま、やってることはずいぶん間抜けなことばかりみたいだが。

 

「う、うーん」

 原滝が寝返りをうった拍子にテーブルの端から身体がこぼれ,床に向かって落ちていく。

 俺は,慌てながらも自らの身体をすべり込ませ,床に激突する間際に原滝の身体を抱き留めることに成功した。ふぅ,ギリギリセーフ。

 

「比企谷くん,あなたはいったい何をしているのかしら」

 アウトだった。

 

「もう言い逃れはできないわね。意識のない女性に劣情を抱いて床の上で襲おうとするなんて……」

「雪ノ下,俺の話を聞いてくれ」

「問答無用よ。残念だけど、司直の手にかかる前に私が引導を渡してあげる。ごめんなさい。今まで罵倒ばかりであなたを傷つけるだけだった……でも決して本心ではなかったのよ?あなたを独りで逝かせはしないから……先に逝って待っててね」

 

 雪ノ下、お前もか〜〜〜!

 ダメだコレは。目がマジだ。マジと書いて本気と読むやつだ。

 こいつの本気の首トンを延髄に叩き込まれれば、俺ごときひとたまりもなくあの世行きであろう。

 今すぐ逃げ出したい。脱兎のごとく逃げ出したい。

 なんならリトルルーキーのように逃げ出したい。あ,あのウサギ野郎は逃げないか。

 が,俺の上にぐったりとした原滝がいて動くに動けず万事休す,進退窮まった。

 だが、そんなことで諦める俺ではない。どんな卑怯な手を使ってでも切り抜ける、それが俺だ。

 それにしても原滝柔らかいいい匂い。

「ゆ、雪ノ下、落ち着け。次の世界で一緒にいられるという保証なんかどこにもないだろ?お前は天国に行くだろうが俺はこのままじゃ地獄行きだろうからな。それなら今、この世界で結ばれるという選択肢もあるんじゃないか?」

 一瞬、雪ノ下の動きが止まる。

「俺は不確実なあの世とやらに期待するよりもこの世でお前と一緒にいたいんだ。ダメか?」

「比企谷くん……」

 心なしか雪ノ下の目が潤む。

 よし、いける!このまま押し切れば命拾いできる!

 俺的には数ある黒歴史に新たな1ページを加えようとしているが背に腹は代えられん。命あっての物種という言葉もある。

「雪ノ下,落ちてくる原滝を受け止める時に転倒して腰を打ったみたいなんだ。手を貸してもらえると助かる」

 下手に言い訳を重ねるより,自然に今の体勢が不可抗力によってもたらされているということがアピールできるだろ。そして,そのまま体を起こして原滝を元に戻す。これで万事OKだ。さあ,雪ノ下,俺の手を取ってくれ。

 


 

「ううぅ,はっ!?」

 その時,原滝が,目覚めた。

「は,八幡!? なんであんたあたしを抱きしめてるの?」

「いやいや,俺,お前を抱きしめてなんかいないから。とにかく早く俺の上からどいてくれ」

「だ,だって……八幡が,ギュッとしてるから起き上がれない……」 

 そ、そうか。原滝が落ちないように身体を両手で捕まえてたんだっけ。こういうのを抱きしめるって言うんだな。今日は勉強になった、うん。 

 

「あたし,どうなって……まずは,着衣の乱れ……あり」 

 もぞもぞと自分の身なりを確認しはじめる原滝。

 たしかにセーラー服の上着が少しまくれ上がり、わずかに背中が見えている。おそらく前から見たらおへそが見えるんだろうな。

 てか,なんでシャツ着てないんだよ……

 

「八幡のはちまん……ビンビン……」

 こら!女の子がそんなハシタナイこと言っちゃいけません!!

 じゃなくて,なんで俺のナニの状態を確認してるのん?

 今,一瞬つまんだよね!?

「しょうがねーだろ,お前みたいな美少女が上に覆いかぶさってるんだ。そりゃ,男として当然の反応というか,逆に何もなければ失礼というか……」

「美,美少女……!」

 原滝の顔が真っ赤になった。たぶん俺も赤くなっているのだろう。

 そして,何やら俺の上で再びゴソゴソしている原滝。いい加減起き上って確認したほうがいいのじゃないだろうか。そりゃ俺はいい匂いだしやわらかいしやぶさかではないのだが,刺激を与え続けられて間違って暴発なんかしたらもう死ぬしかなくなっちゃうだろ。

 

「パンツ……無い……あたしパンツ履いてない……」

 

 え

 

 ええええええええーーーーーー!!!!

 


 

 原滝の顔がみるみる青くなっていく。俺も混乱している。え!? 今,俺の上に乗っているのはノーパン女子?

 上着と同様にスカートも少しめくり上がりそうになっていて,その奥には……ゴクリ

「うぇええーーーん、気を失っている間に処女も失ったーーーー」 

 ちょ!おまっ!何言ってんの!?

「ううぅ,しくしく」

「いや,俺,何もしてないからね?」

「だって,パンツを脱がしたらやることなんかひとつだろ?」

「お前,どんな考えしてるんだよ。まず,俺がパンツ脱がしたっていうのが間違いだ。俺は何もしていない」

「初めてなのになんの記憶も無いなんてひどいよおー」

「だから,人の話を聞け!俺は何も……」 

 

「八幡……」

 涙目で俺をにらむ原滝の顔が目の前にある。それにしても近い!怖い!あと近い!

「とりあえず落ち着いて,通報だけはやめ…… んぐっ、んん……」

 はらたきのキッス!

 はちまんはこんらんしている。

 はちまんはからだがしびれてうごけなくなった!

「な,なんで!? ききき,きしゅにゃんか」

 大いに噛んでしまったがそんなことはもうどうでもいい。はちまんに80000のダメージ! 

 原滝が上半身を起こし,馬乗りの体勢で俺を見下ろしながら言った。

「だって……だって……はじめてなのに何も覚えてないなんてあんまりじゃないか。だから,あたしははじめてのやり直しを要求する!」

「いや,それはお前の勘違い……はあ!?」

 はちまんはますますこんらんした!

「って,上着を脱ぐな!お前は脱ぎ女か!こっこら!スカートを下ろそうとするな!お前,その下履いてないだろ!!」

 セーラー服の上を脱いで,上半身ブラジャー一枚になり,スカートに手をかけた原滝を止めるべく,俺も慌てて上半身を起こし,両手で原滝を抱え込むように抱きしめた。

「やめろ……もっと自分を大切にしろよ」

「はちまん……」

 原滝が静かに目を瞑り,ピンク色の唇を突き出してきた。

 これはアレですね,さっきは自分から無理矢理キスをしたけれど,今度は俺の方からしろと。なんてハードルの高いことを……俺にそんなことができると思うのか?だって俺だぞ?

 だが,目を瞑っていてもまだ少し涙が滲む原滝を,俺は,すごく可愛いと思った。

 もう,原滝ルートでもいいよね?俺は,そっと原滝の唇に俺の唇を合わせ……

 


 

「あ,あ,あ,あなたたちは一体何をしているのかしら」

 

 血も凍らんばかりの低い声に振り返れば,我が奉仕部部長でいらっしゃるところの雪ノ下雪乃さんが,ゴゴゴゴゴという効果音が聞こえてきそうな佇まいで立っていらっしゃった。

 そういえば雪ノ下,最初からそこに居たんだったな。 

「お嬢さま,止めないでください!これはあたしが女として生きていくうえですごく大事なことなんです!」

「原滝さん……可哀そうに,この男に襲われておかしくなってしまったのね……今,この男と一緒に楽にしてあげるわ」

「お嬢さま,今少しだけ時間をください!初めての記憶も無いまま死んでいくなんて……せめて八幡とのコトが終わるまで待ってもらえないでしょうか?その後,あたしはもうどうなってもいいんで……ただ,八幡は……八幡だけは助けてあげてください。そしてあたしの後で嫌かもしれませんが,お嬢さまも八幡と結ばれていただければ」

「ははは,原滝しゃん,あにゃたがにゃにを言っているのか全く分からにゃいのだけれど」

 雪ノ下があからさまに動揺して噛みまくって,猫の怪異に取りつかれたようになっている。

「私の目の前でいきゃぎゃわしいことにゃんて許せにゃいのにゃ。お前らはここで死ぬのにゃ」

 もうそれ,噛んだとかいうレベルじゃないよねえ。明らかにブラックゆきのんだよねえ?

「もういい。八幡,ヤるぞ」

 そう言って自分の背中に手を回し,ブラのホックを外そうとする原滝。

 

 スパーン!スパーン!スパーン!

 

「あんたら,いいかげんにするし!」

 何故か三浦が手にした大阪名物ハリセンチョップで俺たちの頭をはたいていった。

「み,三浦さん,なぜ私まで……」

「ごめん,雪ノ下さん。なんかずいぶん興奮してたみたいだったから」

「な,三浦さん,私は二人の情事に興奮なんか……」

「落ち着けし!あーし,そういうこと言ってるんじゃないから」

 それよりなぜ三浦がハリセンチョップを持っているかについてはスルーでいいのだろうか。

「原滝、アンタも服着ろ」

「だって……だって……あたしは八幡との初めての記憶が……」

「いや、俺は何もやってないし!」

「だからさ、アンタちゃんと自分の状態を確認しな?もし何かされたっていうなら痛みとか、何かが挟まったままの感覚とか色々あるっしょ?」

「いやでも三浦さん、その男のモノが痛みを感じさせないほど小さいという可能性も」

「雪ノ下さん、少し黙っててくれる?」

「はい……」

 三浦に言い負かされる雪ノ下。何か新鮮だな。

「原滝、ちょっと立ってこっちに来な。ヒキオは目を瞑ってるし」

「三浦、何を……」

「目ぇ開けたら潰すかんね?」

 怖え、怖えよ。何を潰すんだよ!ナニか?ナニなのか?

 何を潰されるのか詳しくは聞かされなかったが、怖いから目を瞑っていよう、そうしよう。

 ……少しくらいなら分からないよね?

 俺がそうーっと目を開けると、横たわる俺の目の前に三浦が座っていた。

「よし、潰す」

「ままま、待ってくれ!ほんの出来心なんだ!もう二度と目は開けない!誓う、誓います!」

「次は無いかんね?」

 俺は今度こそギュッと目を瞑り、静かに時が過ぎるのを待つ。

 

 三浦……ピンクだったな……

 


 

「よし、原滝、スカートをめくるし」

 

 な!原滝のスカートの下は……一体何が行われようとしているのか?!

 ハッキリ言って見たい!これからここで行われる何事かをしっかりと見届けたい!

 しかしまた、これが三浦の策略であるという可能性も捨てきれない。

 目を開ければ目に飛び込んでくるピンクを代償に、目玉か頭かとにかく何らかのタマが潰されてしまうのは必定。

 俺はまだ命も視力も男も捨てたくはないのだ。

「……ふぅん、ちょっと触ってみるし」

「ちょ、ちょっと、あン……」

 見たいいいいい!

 もうタマ潰されてもいいから、目を開けちゃおうかなー、でもなー、などと逡巡していると、

「ヒキオ、もういいよ」

 残念なことに、事態は終息してしまったらしい……

 そこには,上着を着なおして身なりをきちんと整えた原滝が立っていた。

「八幡……すまない。あたしの勘違いでとんだ迷惑をかけてしまって」

「い、いや、分かってくれたらいいんだよ」

「比企谷くん、私も2人が抱き合ってるのを見て、つい取り乱してしまったわ。ごめんなさい。」

 あの雪ノ下が謝る……だと? やっぱり俺の命は今日で尽きてしまうのかもしれん。

「それにしても,三浦のおかげで助かったよ。ほんとサンキュな」

「べ、別にヒキオのためにやったわけじゃないし?ヒキオの帰りが遅いから心配に……なんてなってないし!」

 お,おう。三浦のツンデレ?デレツン?は凄い破壊力があるな。だいたいさっきのピンクといい……

「三浦可愛い」

「は!?」

「へ!?」

「ななな,何言ってるん?ヒキオのくせに生意気なんだけど。あーしには隼人が……隼人が……でも隼人は可愛いなんてこと言ってくれたことないし……」

 うわぁ,つい思ったことが口に出てしまった!三浦,真っ赤な顔をして怒ってるじゃないかよ。

「いやまあ,とにかく経験者がいてくれてよかった。さすが三浦だな」

「は!?」

「へ!?」

「経験者ってどういうことだし!?」

「い,いや,お前,その,そっちの方の経験が豊富だから原滝がまだだって分かったんだろ?」

「はぁ?なにそれっ!あーしはまだ処――う,うわわ!な,なんでもないっ!」

 俺,なんかこのシーンにすごい既視感があるんだけど……

「別に恥ずかしいことではないでしょう。この年でヴァージ――」

 そのセリフもなんか既視感ハンパないんだけど……

「わーわーわー!ちょっと何言ってるんだし!? そりゃあーしだって,その,好きな人となら……いつでも……だけど……」

 なんだこりゃ!?目の前にいるのはホントに獄炎の女王・三浦優美子なの?

「ヒキオ!アンタ,あーしのこと,一体何だと思ってんの?」

 これはあれだ。淫魔と呼ばれる悪魔・サキュバスであるにも関わらず至高の御方を一途に思い処女のままであるナザリック地下大墳墓の守護者統括のように……

「乙女だ……」

「は!?」

「へ!?」

「ヒヒヒヒヒ,ヒキオ―――!あ,あ,あんたっ,あんたっ!」

 またやっちゃったよ……三浦がゆでダコのような真っ赤な顔で,口をパクパクさせている。もう怒り心頭,阿蘇山大噴火5秒前といったところ。やっぱり俺,死ぬのかなあ……

「ヒキタニくん,サキサキから毛布を持っていくよう頼まれたんだけど……優美子どうしたの?真っ赤な顔して」

「へ,海老名!? べ,別に何でもないし」

 海老名さんが三浦と俺の顔を順番に見回し,

「はあ」

 とため息をついた。

「もう今さら一人くらい増えたところで仕方ないのは分かってるけどね」

 え?何が分かっているのか八幡全然分からないんだけど。

 


 

「原滝さんも目が覚めたようだし,もう毛布はいらないね」

「すみません。ご迷惑をおかけしました」

 申し訳なさそうに首をたれる原滝。

「いいよいいよ。わざと飲んだんじゃなさそうだし、店もお酒を出しちゃったことがばれたら営業停止とかまずいことになっちゃうからさ、お互いに忘れましょうということで、ね」

「分かった、ありがとう」

「さあ、みんな客席で心配してるから戻ったほうがいいよ」

「そうだね。ヒキオ、いくよ」

「あ、優美子、ヒキタニくんちょっと借りていいかな?この毛布サキサキにとってもらったんだけど,高いところにあったから私じゃ戻せないんだ」

「そう。じゃ原滝、雪ノ下さん,いこ?」

 いやいや、じゃ,じゃないよ。俺、手伝うとか一言も言ってないんだけど?なんで勝手に借りられちゃってんの?

「ヒキタニくん,お願いね」

「ああ」

 俺ぇぇぇぇぇぇ!

 意志弱すぎだろ!なんでノーと言えないの?ここはお得意のアレがアレで都合が悪いとか言って言い逃れるところだろ!まあ,それで言い逃れられたことないけどね……

 海老名さんに手を引かれ,薄暗い倉庫に入っていく。

「えっとね。毛布をこのダンボールに入れて,そこのロッカーの上に置いてほしいんだ」

 なるほど,毛布一枚くらいなら背伸びして上げられないことはないだろうが,ダンボールに入れるとなると話は別で,ふらついてかなり危なそうだ。

 実際,ダンボールには他にも何枚かの毛布が入っているようで結構な重量感があり,これを海老名さんが一人でロッカーの上に上げるのは難しかっただろう。

 はぁ,とひとつため息をついて,よいしょとばかり毛布の入ったダンボールをロッカーの上に置いたところで,開いていた扉が閉まったのか倉庫の中がさらに暗くなり,そして後ろの方でカチャリと音がした。

「海老名さん?」

 振り向いた俺の胸に海老名さんが体ごと飛び込んでくる。

 そして,両手で頬を挟まれ唇を重ね,三たび,貪るような口づけを交わした。

 

「ヒキタニくんが悪いんだよ」

 眼鏡の奥の瞳を潤ませて海老名さんが言った。

「原滝さんとずいぶん親密にしてたようだし」

「あれは原滝の誤解によるもので他意はないだろ」

「それに優美子のことも」

「三浦には助けられたけど,あいつ最後には顔を真っ赤にして怒ってたし」

「君のことを好きな女の子はいっぱいいるし,私,ずっと不安だったんだよ……あの時,もし止められなかったら原滝さんと最後までいってたでしょ?」

「ま,まさか,そんなことがあるわけが……」

「本当に?」

「だいたい海老名さん見てたんだろ?だったらそんなことできるわけないじゃないか」

「見てなかったらしたんだ……」

「うっ」

「したんだ……」

「いや,原滝は別に俺が好きとかじゃなくて単に誤解からああいう流れになっただけだ。そんな相手となんてありえん」

 

「ならさ……私と,今ここで,しよ?」

 

「はあ!?」

 こ,この子,いったい何を仰っていらっしゃるのん!?

「私なら誤解でも何でもなく,ヒキタニくんのことが好きだよ?」

「ほら,海老名さん仕事中だし……」

「私はヘルプで今日はもう上がりの時間なの」

「海老名さんもこんなところで初めてなんて嫌だろ?床は堅いし」

「私は全然問題ないよ。床だってさっきの毛布を下して重ねれば大丈夫だよ」

「俺が戻らないと怪しまれるんじゃ……」

「後でついでに倉庫の整理を手伝って貰ったことにするから……それにそんなに長い時間はかからないよ,天井のシミでも数えてたら直ぐ済むから」

 いや,それ普通逆だろ。てか,俺が天井を眺める側で,直ぐ終わっちゃうんですね……(自虐気味)

「じゃあもう問題ないね」

 いやいや問題大有りだろ,と突っ込む間もなく海老名さんが俺から体を離し,するするとパンツを下して足から抜き取った。

「ヒキタニくん,はい」

 

 白!そしてほかほかとあったかい!じゃないよ!!

「ほら,いま私,このスカートの下,ノーパンだよ?」

 そう言って少しずつスカートをめくりあげていく。俺の視線は,その部分にくぎ付けになる。

 あと少しですべてが見える……

 


 

 と思った瞬間,倉庫の入り口の方からカチャカチャという音がして,すぐにドアが開いた。

「海老名,ストローの在庫が……って何してんの?」

「サキサキ……さっきの毛布のダンボール,私じゃ上げられないからヒキタニくんにお願いして上げてもらったんだよ。ね?」

 俺は不自然に思われるほど首を縦にブンブン振った。

「鍵をかけて?」

「あれー?鍵はかけてなかったはずだけどなー。中に誰もいないと思って誰かが外から鍵かけたんじゃないかなー」

「ふうん……」

「それよりサキサキ,ストロー取りに来たんじゃないの?」

「サキサキ言うな!そうだね。早く持っていかないと」

「じゃあ私はもう上がりの時間だから着替えて帰るね」

「あたしもあともう少しだけどね。お疲れ」

「ヒキタニくんもお疲れさま。ありがとうね」

「あ,ああ」

 普段と変わらない様子の海老名さん。やっぱりさっきまでの出来事は夢じゃなかったのかとさえ思う。

「比企谷,ポケットからハンカチがはみ出てるよ」

「え?」

 

 ぱんつぅぅぅぅぅ!!!

 まったく,なんちゅうものを残してくれるんだ!

「あたしが畳んであげようか?」

「いやいやいや,大丈夫だから!別に畳まなくても問題ない!」

 俺は慌てて海老名さんの脱ぎたてパンツをポケットの奥に押し込んだ。

「あ,そう。じゃあ,ここ閉めるからそろそろ席に戻りな」

「ああ分かった」

 まったく冷や汗ものである。ここでうっかり汗を拭くためにポケットからパンツを取り出してバレるのが一つのテンプレートなんだろうが,そんな迂闊な真似はしない。努めてクールさを装いつつ客席に戻る。

 


 

「ヒッキー遅ーい」

 由比ヶ浜が頬を膨らませて不満をぶつけてくる。

「いやね海老名さんにダンボールに入った荷物を高いところに戻す作業を依頼されたんだがな,うっかり中身をぶちまけてしまって片づけに手間取ってしまったんだよ」

「雑用も満足にできないのかしら?雑ガヤくん」

「それだと俺がすごい雑な人間に聞こえるからやめろ。俺ほど繊細な人間はそうそういないぞ。繊細すぎて周りの人間が言う悪口にすごい敏感だぞ」

「悪口前提なんだ……」

「ところでさあ,原滝はなんでノーパンだったん?」

「えええ!ノーパン!?」

「あ,結衣はこの話聞いてなかったんだっけ?」

「え?ヒッキーに脱がされたの?」

「おいちょっと待て。どうしてすぐに俺が脱がしたことになるんだ?痴漢冤罪とかこうやって作られるんだな。俺が女物のパンツなんて持ってたりなんて……」

 

 するよ!持ってるよ!パンツ!白!

 

「いや,お恥ずかしいことながら,替えの下着をかばんに入れるのを忘れちゃって,夕べ洗濯して干したんだけど,今朝見たらまだ乾いてなくて,時間がなかったからそのまま出てきちゃったのをすっかり忘れて……」

「それならその辺で買えばよくね?」

「修学旅行に来るだけでもギリギリなのに途中でパンツとか買ってる余裕はない!バイト先の上司とか同僚にお土産も買わなきゃだし」

「意外と義理堅いんだな」

「そりゃそうだ。義理を欠いたら人間終わりだぞ?」

 いや,悪の組織の幹部に義理を語られても……

「百均とかなら,あ,もう閉まっちゃってるかな?ヒッキー,知ってる?」

「そうだな,このあたりの百均は遅くても午後9時には閉まっちゃうだろうな」

「どうしたらいいのかな?かな?」

 陽乃さん,ひぐらしがなくのでそれやめてください。

「まあ,旅館に帰れば干してあるパンツが乾いているだろうから当面は……あ!旅館の門限……」

 そうか。こいつ、修学旅行中だったな。

「ハッキー,門限って何時?」

「22時……」

「今から急げばまだ間に合うよ!ねっ!」

「ホテル,本郷なんだ……」

「幕張本郷なら海浜幕張まで2駅でそっからバスで13分。楽勝っしょ」

「まあ,ウチの最寄だし,また俺の自転車で良ければ送っていくが」

「違うんだ……東京の文京区の本郷三丁目……」

 文京区の本郷三丁目って……

「東京大学の最寄駅ね。どんなに急いでも1時間では着かないわね」

 雪ノ下の成績なら進路として当然東大も視野に収めているのだろう。もうオープンキャンパスとか行ったのだろうか?

 よく考えれば、雪ノ下よりも優秀だという陽乃さんなら,本来東大でも楽勝だったんだろうな。千葉大学だって高偏差値の大学であることには変わりないが東大には及ばない。そこに進学するにあたっては家の事情とかがあったのだろうか。

「でもほら、東京で夜の10時ならまだ早いし、なんとか入れてもらえるんじゃないかな?ねっ、ヒッキー」

「俺に振られても東京事情に詳しいわけじゃないから知らないが、旅館そのものの門限と言うよりは学校側が設けた門限じゃないか?」

「あたしってビンボーで特待生になってるから門限破りとか学校に知られちゃうと不味いんだ」

 何気にこいつ優秀なんだな。しかしそれならどうしたら……平塚先生の車でかっ飛んでいけばあるいは……いやダメだ。あの人,別の店でワイン飲んでベロベロになってるんだった。

「朝はラジオ体操の時間を考慮して6時には開くらしいから,朝食の時間までに戻れば……」

 じゃあ、行けるところまで行って適当なホテルでも泊まって……いや,下着が買えないのにホテル代なんか到底無理だ。

「んじゃ,誰かん家泊めてやって,始発で帰ればよくね?」

 三浦、ナイスアイデアだ!なら、一人暮らしの雪ノ下の家とか……

「あ、雪乃ちゃんはダメだよ?明日の朝,実家の用事があるから今日は連れて帰るように言われてるんだよ」

「ねえさん,そんなことは聞いていないのだけれど」

「だって雪乃ちゃん電話に出てくれないし,部室で言おうと思ってたら雪乃ちゃんが『ゆきのちゃん』になってて言えるような状況じゃなかったし」

「ねえさん,それ読者には分かっても声で聞いている私たちには区別がつかないのだけれど」

 雪ノ下,メタい。そしてお前には区別がつくのかよ。すげえな!

「はあ,分かったわ。行けばいいのでしょう」

「うん。都築を待たせてあるから」

 え,都築さんずっと待ってるの?誰か持ち帰りメニューのミラノサラミのピザとか辛味チキン持ってってあげて~

「じゃあどうしよう?あたしんちでもいいけど,全く知らない人を連れてきたって言ったらママはともかくパパはなんて言うかなー」

 由比ヶ浜の言うとおり,原滝は,改良人間として拉致された俺と別府の時の依頼主である雪ノ下は関係があるが,他の人間とは関係を持っていない。それでも雪ノ下のように一人暮らしならなんとかなるだろうが,両親やほかの家族がいる家庭でいきなりというのは難しいのではないだろうか。

「あたしなら別にその辺の公園とかで寝ても構わないが……」

「だ,だめだよ,ハッキー!女の子が公園で寝るとか危ないから」

「でも,みなさんにご迷惑をおかけするわけにも……」

 

「そういうことでしたら,小町におまかせです☆」

 

 きゃぴるんと現れた,愛しのマイ・シスター、小町……ってなんでお前ここにいるの?

 



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まちがいつづける修学旅行。⑥ ~下総狂乱編~

セカンドシーズン6話目。
どうしてこうなった?継続中。
まさに狂乱。
ファミレス回が終わらないので引き取りに小町出したら小町まで暴走。
おかしいなー。元はファミレスからバラダギが門限で帰り,残された八幡が皆に囲まれて,あ~~~~~くらいの終わり方だったはずなのに,何やってるんだよ!

まったく作者の顔が見てみたいぜ。



「お兄ちゃんが外でご飯っていうから,小町も塾帰りに晩ご飯食べて帰ろうかと思って。お父さんお母さんもいないし,一人分だけ作るのもね。お兄ちゃんがここにいるのは知らなかったけど」

 それはそうと,その隣にいる……

「大志!あんた何やってんだい。あんたの分の晩飯は家にあるだろう?」

「ねーちゃん,俺は家で食べるよ。比企谷さんが一人だからドリンクバー付き合っただけだよ」

「なんだと?小町と付き合ってるだ!? ふざけたことをぬかしやがると一族郎党もろとも……」

「あ゛?」

「い、いや、その、もろ……ともだちになろう?」

 怖え!怖えよ、川……サキ! そして、もろ、ともだちになろうって何だよ、俺!

「お兄ちゃん。大志くんと小町はもう友達だよ」

「比企谷さん」

「小町と大志くんはずっとずっと友達だよ。いつまでもいつまでも友達だよ!」

「比企谷さん……」

 今にも泣きそうな顔の大志。我が妹の所業ながら、同情を禁じ得なかった。

 

「それで、原滝さんには今晩我が家に泊まってもらいます!」

 あの,小町ちゃん、何言っちゃってるの?

「さっき言ったでしょ?お父さんもお母さんもいないって。だったら何の問題もないでしょ?」

 問題大ありだよ、小町ちゃん!

「ダメー!そんな、両親のいない家でヒッキーとハッキーが一緒だなんて……」

「え?二人が一緒だと何か問題が起きるんですか?」

「問題と言うか間違いと言うか……」

 由比ヶ浜。お前はさっきあったことを見てないだろうから知らないだろうが、それ割とシャレになってないからね?

「間違いってアレですか?さっきお兄ちゃんがやらかした」

 小町ちゃーん!どうしてそのこと知ってるの?そして、やらかしたのは俺じゃないからね?そこんとこ重要。

「え?何?ヒッキー,何があったの?」

「んー、雪乃さんは初めから全部見ていたようですから聞いてみてください」

「ちょ,ちょっと小町さん!?」

「ゆきのん,何を知ってるの?ゆきのんだけずるい!」

 雪ノ下が由比ヶ浜に問い詰められている間に、小町の耳に口を寄せてこっそりと問い質す。

「小町,お前、どこから知ってるんだよ?」

「んー,お兄ちゃんのがビンビンってあたりから?」

 こここ小町ちゃぁぁん!なんてとこ聞いちゃってんの!

「ヒヒヒ,ヒッキーのがビンビンってどう言う意味!?」

 ガハマさんー!そこは掘り下げないでー!!

「結衣さん,それはですねー、お兄ちゃんの……」

「わ〜〜〜〜〜!」

「ヒ,ヒッキー!?」

 お前,なんちゅうこと説明しようとしてるんだよ!!

「ほら,行くぞ、小町!原滝も!」

 このままだと何を言われるかわからないので、二人の手を引いて慌てて店を出て行く。

「ありがとうございましたー。またのご来店をお待ちしています」

 後ろから,ひっきーとか比企谷とか比企谷くんとかヒキオーとか相棒~とかいろんな叫び声が聞こえたような気がしたが、多分気のせいだ。今日は疲れたんだな,うん。

 


 

「あ,おじゃましまーす」

「どうぞ龍子さん。遠慮しないで上がってくださーい」

 帰路,いつのまにか打ち解けている小町と原滝。我が妹ながらコミュ力の高さに驚愕する。多分俺が母親の腹の中に忘れていったものを全部受け継いだに違いない。

「どうぞこちらがリビングです。ゆっくりくつろいで下さーい。お兄ちゃん,お茶入れて」

 小町ちゃん,人使いが荒い。何で俺がお茶を……

 

「ほれ,お茶」

「ありがとう。八幡,お前の妹、すごいな」

「だろう?自慢の妹だぞ?」

「お前とは大違いだな。おっ,このお茶,美味しい」

「言うな。そんなこと俺が一番分かってる」

「でも,あたしはそうじゃない八幡の方が安心できるけどねー」

 お,おまっ,そんな恥ずかしいことを堂々と……

「やーい,赤くなったー♪」

「ほほう,お二人なかなかいい感じですなあ」

 我が妹,マイ・エンジェル小町がリトル・デビルな顔でやってきた。

「龍子さん,お風呂沸いたので先入っちゃってください」

「ありがとう,こまっちゃん。でも,その……」

「愚兄なら心配しないでください。ちゃーんと小町が見張ってますから」

 小町ちゃーん,お兄ちゃんを覗き魔扱いとか酷くない?ね,酷くない?

「いや,そうじゃなくて,あの……着替えが……宿には指定のジャージがあるけど……」

 そういや原滝ノーパンだったな。制服のまま寝るわけにもいかないだろうし。

「あーそう言うことなら何か用意しときますんで安心してください」

「な、なら……」

 原滝が小町に連れられて風呂に行き,一人リビングに佇む俺。

 なんか今日は疲れた。非常に疲れた。無性に疲れた。

 思い返せば,あんなことやこんなことや……まさにTo Loveる続き。

 雪ノ下に由比ヶ浜,川崎に陽乃さん,三浦,海老名さん,原滝……

 原滝,今,ウチの風呂に入ってるのか……

 いやいや、ダメだダメだ。煩悩退散,煩悩退散。

 とりあえずマックスコーヒー飲んで心を落ち着かせて……落ち着く……落ち……

 


 

「……おにいちゃん……起きて」

 ん,小町の声?もう朝か?

「お兄ちゃん,何寝ぼけてんの?早くお風呂入って」

 ちょっと低い声で冷たく言い放つ小町ちゃん。

「龍子さん,お兄ちゃんにおやすみの挨拶してからって言ってたけど,お兄ちゃん起きないし,龍子さん朝早いみたいだから先に寝てもらったよ。まったく」

 リビングのソファーでそのまま寝落ちたのか。あ,マッカンも飲みかけだ。

 ぬるくなったマッカンに口をつけて飲んでいると、

「お兄ちゃん,龍子さん入ったお風呂の水飲まないでね。小町だって入ったんだから」

 ブフォー!

「お兄ちゃん,汚い」

 まるで汚いものを見るような目で小町が言い放つ。まあ,汚いんだけどねっ。

「お前が変なこと言うからだろ,ケホッケホッ」

「小町先に寝るから,ちゃんと拭いといてね。じゃおやすみ」

「お、おう」

 妹が冷蔵庫から出したばかりのマッカンより冷たい。泣く。

 

 その後に入った風呂は,小町が変なことを言ったおかげで妙に意識してしまい,疲れをいやすどころかかえって疲れたような気がした……

 


 

 疲れた体を引きずって自分の部屋に戻る。もう日も変わっていたが,ようやく長い一日が終わる。

 やっと安らぎの時間が……って布団に入ると,手に何か柔らかいものの感触が……アレ?

「ん……はち……まん?」

「は,原滝!? なんで俺のベッドに?」

「……いや、こまっちゃんに……ここで寝てって」

 こまちぃ〜〜〜!お前、何てことを……じゃあ、この手に触れているものは……

「はちまん……Tシャツ一枚でブラつけてないんだ……優しくしてくれないか……」

 やっぱりかーーー!

「す,すまん!」

「いや,いい」

 いやいや,乳触られていいわきゃないよね?ビッチなの?ねえ,ビッチなの?それとも,この『いい』は『気持ちいい』のいいなの?って、現在進行形で乳を触りながらそんなことを考えている俺が一番気持ち悪いって話なのだが。

「八幡には勘違いで拉致した詫びと一宿一飯の恩義もあるし、そしてディスティニーにも連れてってもらうしな。優しく触ってくれるなら,別にいい。なんならファミレス休憩室の続きをするか?」

「バカ,何言ってるんだよ。あれは誤解だって分かっただろ?なら,続きをする理由なんかねえよ」

「今日は安全日だから中○しし放題だぞ?」

「オイコラ下品な会話やめろ。となりの部屋に小町がいるんだぞ」

 一瞬の間をおいて,原滝が小さな声で囁いた。

「八幡は,あたしとじゃ嫌か?」

 原滝がぴったりと身体を寄せてくる。眩暈を起こしそうなほどの女の子の匂いがして理性がどこかへ飛んでいきそう。

「お前が嫌とかそういうんじゃないんだ。ただ,恩とかお詫びとかでそういうことするのは違うだろ?」

「もちろんあたしだって誰でもいいってわけじゃない。それに,恩とか詫びとかだけじゃない」

 原滝は俺の手の上に自分の手を重ね,さらに自分の胸に押し付ける。

「こんなにドキドキしてる……ね,分かる?」

「原滝……」

 俺は自らの左手を原滝の頬に添えて言う。

 


 

「心臓は左だ。それじゃ鼓動は伝わらんぞ」

「……」

「ぷっ」

「あははははははは」

 大笑いする原滝。そ、そんなにおかしかったかな?

「ヒィ〜、ハァハァ,あたしが決死の覚悟で迫ってるのに何よそれ。ほんとあたしがバカみたいじゃない」

「まあ、心臓の右と左を間違えてる時点であまり賢くはないな」

「ねえ……やっぱりあたしじゃダメ?」

 素の表情で問う原滝に、俺もはぐらかさないで答えるべきだと思った。

「ダメじゃない。お前みたいな美少女に迫られたら,昔の俺なら速攻で落ちてただろう。それどころか俺から告白して振られちゃうまである。振られちゃうのかよ!」

「あははは。ならなんでよ?」

「もちろん,中学ん時にちょっと優しくされた女の子に告って振られて翌日にはクラス全員に知れ渡ってずっとそのことでバカにされ,半ばトラウマみたいになったという話は置いといて」

「うわぁ」

 おい、そこ引くな。地味に傷つくぞ。

「部室やサイゼでのやり取りを見て分かる通り、こんな俺でも好きになってくれる女の子がいてな」

「ほんとどこのハーレム主人公かと思ったよ」

 原滝は呆れ顔だ。ほんとすみません。

「俺自身、なんでこんな男を好きになるのか分からなくて,あいつらの思いに応えられないでいる……違うな。俺は選べないんだ。今まで俺に選択肢なんてなかったから選ぶ必要なんてなかった。こんなの初めてなんだ。これまで生きてきて初めて出会えた優しい世界。だから今でも思うんだ。こんなの勘違いじゃないのか?選んだ瞬間に夢から醒めて全てを失うんじゃないかってな」

「八幡はさ……」

 彼女は,直前の呆れ顔から一転,優しい顔をして少し動いたら唇が触れてしまいそうな距離で俺に語りかける。

「考えすぎなんだよ。別にすぐに答えを出す必要もないけれど,そのことで必要以上に相手を拒むこともないだろ?そのうちに一番無くしたくないものが分かったら、それだけあれば自分の世界全てを満たしてくれるものが見つかったなら、その時はそれを選べばいい。それまではそんな深刻に考えないで好きに振舞ったらいいんだ。だから,しよう」

「しねえっての。なんでそういう結論になるんだよ」

「あたしは修学旅行が終わったら大分に帰っちゃうから後腐れないぞ。そのまま忘れて今まで通りの日常を過ごせばいい。な?」

 


 

「できねえよ」

「八幡?」

「そんな,失われることが分かっているのに,恩とかお詫びだけでそんな関係になれるだなんてそんなの偽物だ。偽物の思いでそんなことをしたって傷つくのはお前だ。思い出の中で『あれは本物だった』と言ってみみても『だった』と言う時点でそれはもう本物じゃないんだ。その時,そこになきゃダメなんだ」

「八幡,あたしは傷つく覚悟で踏み込んでるんだ。八幡を傷つける覚悟でこうしてるんだ。だから,応えられないならそれでいい。でも,誰でもいいんじゃないんだ。仮に恩とかお詫びが始まりだったとしても,それだけが全てじゃない。今,この時,あたしがどんな思いでこうしているか考えてみて。あたしの思いを偽物扱いするのはやめて」

 俺ってやつは,全く学習しないな。こいつを傷つけたくないなんて言って,本当は俺自身が傷つくのが怖いんだ。思いを寄せてくれる人に対して俺が選べないのだって,誰かが傷つくから嫌なんじゃない,俺が傷つくのを避けているんだ。だが,こいつは違う。自分が傷つく覚悟も俺を傷つける覚悟もあると言った。それだけの強い思いを持っているんだ。海老名さんだって,由比ヶ浜の思いを知って,それでもなお,俺に自分の思いをぶつけてくる。他のみんなもそうだ。俺だけが取り残されている,一人立ち止まり足踏みを続けているんだ。

 なあ,原滝,俺はいったいどうしたらいい?

「またなにか難しいことを考えているな?そんな顔だ。もっとシンプルに考えろ」

 そう言って原滝は寝ている俺の上になり,唇を重ねた。

「あたしは八幡が好き,だからキスをする。それだけだ。そして,もっと深い関係になりたいと思っている。でもまあ,それはあたしの想い。八幡がしたくないなら仕方がない。あたしに魅力が足りなかったってだけ。そりゃ,あんなに美人に囲まれてちゃな」

「そんなことは,ない。お前だって超絶美少女だろ。ただな,お前はこの旅行が終わったら帰ってしまう。もう俺が求めても手の届かないところにいるかもしれん。それに耐える覚悟が俺にはないってことだ」

「八幡はどうして与えられた状況が全てだと思うんだ? 優しくされた女の子に恋をした。相手が優しくしてくれたのを俺に好意があると勘違いして告白した。そして振られた」

「お前,俺のトラウマをえぐるんじゃねえよ」

「だからって,自分が恋をしたことまで勘違いにはならないんだよ。勘違いしたのは相手が自分に好意を持ってくれているということだけ。恋ってのはさ,相思相愛じゃなきゃしちゃいけないってわけじゃないんだ。その時八幡は,相手に振り向いてもらえるよう何か努力したのか?何もしないで相手の好意を勘違いして振られて恋そのものを否定するなんて傲慢すぎるだろう?怠惰で傲慢,それが昔の八幡だ」

 おいおい,怠惰で傲慢って,どこの大罪司教なんだよ。あ,傲慢は空席か。

「仮に世界が変わらないとしても,人の心は変えられるんだ。自分の心は変えなくてもいいんだ。もし,その恋が叶わないとしても,それそのものを嘘にしちゃダメなんだ」

 原滝が再び俺に口づけをする。

「もしこれで離れたとしても,あたしと一緒にいたいと思ってくれるなら,お前が大分大学に入学して電柱組に就職すればいい。そしたらずっと一緒にいられる」

「大分大学か。国立大学は……俺は数学の成績が壊滅的でな,到底受かりそうにないんだわ」

「まだ2年の秋だろ?あと1年頑張れば八幡ならできる。変える努力を何もしないで今の状況のみで考えるのは傲慢だと言っただろう?」

「……善処する」

「それは前向きの姿勢で取り組むってことで……お前やる気ないだろ?」

「数学の授業は貴重な睡眠時間だからな。って,お前,朝早いんだろ?いいかげん寝ないと睡眠時間なくなるぞ」

「ああ,そうだな。なあ,八幡,今日は仕方ないけど,次はお前からキスしてくれよ?」

「……善処する」

「ところでさ,さっきからあたしの身体になんか固いものが当たってるんだけど」

「そ,それは仕方ないだろ?Tシャツ一枚の美少女が俺の上に乗ってるんだぞ?サイゼの時もそうだったが,一応俺だって男なんだ。生理的現象まではどうにもならん」

「まあ,やるのは諦めるとして,これはなんとかしたほうがいいよねえ?」

 ニヤリと悪い笑みを浮かべる原滝。

「ほれほれ~~~♪」

「おいバカ,さするな!」

「うりうり~~~♪」

「やめれ~~~~~!」

 

 

「ゆうべは おたのしみでしたね」

 

 小町,いや,小町さん。頼むからやめてください。

 


 

 まだ日も登りきらない道を自転車の後ろに原滝を乗せて駅に向かう。心なしか,昨日のサイゼに向かう時よりもギュッと強く抱きつかれているような気がする。

「明日のディスティニー,楽しみにしてるからな」

「ああ,俺と一緒で楽しめるかは分からんが。善処はする」

 

 原滝を総武線の駅まで送り家に戻る。あの後,原滝はほどなく眠りについたが,俺の方はよく眠ることができなかった。ベッドの下に布団を敷くか両親の部屋に行って寝ようかと思ったものの,原滝に,両親が亡くなってから誰かと一緒に寝ることがなかったから一緒にいてほしいと言われて断ることもできず,朝までずっと抱きつかれたままだった。そんな状態で寝られるわけないだろ?

 今日は土曜日だし,部屋に戻って二度寝しようかと思ったら,小町が俺のベッドの上でなにやらゴソゴソしていた。

「何やってんの?」

「お兄ちゃんが大人の男になった決定的証拠を探しているのです」

 いやいや、マジ何しちゃってるの?小町さん。

「安心しろ。昨夜、そんな事実は無かった。いくら証拠を探しても何も見つからんぞ」

「そ、そんな!? 夜中、あんなにドッタンバッタンと乱痴気騒ぎを繰り広げていたのに?」

 小町さんや、よくそんな言葉知ってたな。

「ないもんはないんだよ。俺はまだ眠いんだ。早く寝かせてくれ」

「えー、でもこのゴミ箱のティッシュ……」

「だー!鼻を噛んだだけだ。ホントやめて頼むから」

 コラッ!くんくんニオイ嗅ぐの禁止!

「で、お兄ちゃん、このズボンのポケットにこんなのが入ってたんだけど……」

 あ、海老名さんのパンツ!

「龍子おねえちゃん昨夜ノーパンって言ってたけど、何かのプレイだったの?」

「違う!これは海老名さんの……あっ」

 またもやリトルデビルになった我が妹がすごく悪い顔をしている。

「なるほど、お兄ちゃんが昨夜手を出さなかったのは姫菜お義姉ちゃんがいたからかー」

 うん。小町ちゃん、何かがおかしいね。

「ひょっ、ひょっとして、お兄ちゃんはもう姫菜さんと経験済みだった!? なかった事実は、大人の男になったのが昨夜ということで、実はもうそれ以前に大人の階段を登りきっていたと」

 こまちぃ〜〜〜!どうしたらそんな結論になるんだよ!

「お兄ちゃんが卒業式を済ませてたとなれば,これは今夜はお赤飯ですなあ」

「おいやめろ、親まで誤解しちゃうだろ」

「だってこんな動かぬ証拠が出てきたからには言い逃れはできませんぞ?」

 う、うぜぇー!

 とにかくこれ以上は詮索されたくないし誤解も解かねばならない。それに眠い。だいたいこのままやられっぱなしというのも癪だ。あと眠い。

「小町、俺は原滝とも海老名さんとも男女の関係になどなってはいない。まだ卒業もしていない。なぜなら俺には愛する女性がいるからだ」

「え、なになに?お兄ちゃんがその二人の他に愛する女性?!雪乃さん?結衣さん?それとも大志くんのお姉さん?」

 まさに興味津々といった体ですり寄ってくる小町。

 その小町の肩を掴んでベッドの上に押し倒す。

「小町……」

 俺は真剣な眼差しで上から小町の瞳を見つめる。

「ちょ、お兄ちゃん、こういうの小町的にポイント……低い……かな」

「俺が愛してるのは、小町、お前だ」

「ええっ!?」

「お前を愛しているのに他の女の人を抱くなんてありえないだろ?だから俺は誰ともどうもなっていない。小町……愛してる」

 これで小町が何ばかなこと言ってるのさ、プンプン、と出て行ってくれればとりあえずは寝られる。

 見ろ。もうすでに顔を真っ赤にして激おこぷんぷん丸のようだ。

 起きた後は、まあ、寝ぼけていたとか記憶にございませんとか言っておけばよいだろう。さあ、小町、早よ、早よう。

 


 

「お兄ちゃん……小町も……小町もお兄ちゃんのこと愛してる……」

 

 え?

 

 えええーーー!!!

 

「でも、お兄ちゃんと小町は兄妹……お兄ちゃんが雪乃さんか結衣さん、またはそれ以外の女の人とつきあうことになったら、そうしたら諦められるって,ずっと……でも,もうそんなのいいや……お兄ちゃんと小町は相思相愛だし,このままだとお兄ちゃんはずっと童貞のままだもんね。小町なら……いいよ……来て……」

 そう言うや目を閉じて,俺の口づけを待っている。

 え?ちょっと、何この展開。いや、自分で仕掛けたのだけれども、まるで千葉の兄妹のような、いや、千葉の兄妹だけれども。

 え?いいの?小町ルート入っちゃっていいの?脱童貞が妹でいいの?

 頭の中がグルグルして目眩が……そのうち身体を支えることができず小町に覆いかぶさるように倒れた。

 小町の「お兄ちゃん、嬉しい」という声が遠くに聞こえる中、俺は意識を手放した……

 


 

 気がつくと俺は自室のベッドの上だった。スマホで時刻を確認すると、ちょうど昼過ぎ。腹が減ったのも目が覚めた原因かもしれない。

 いい夢を見た,という記憶はある。しかし,眠る前に起こったこととその後に見た夢がどうにもごっちゃになっていて,どこまでが現実でどこまでが夢なのかどうにも区別がつかない。もし全て現実であったりしたら,それはそれは大問題なのだが……

 

 一階に降りると小町が昼ご飯を作っているようだ。

「小町さんや、今日の飯は何かね?」

 

「……」

 

「小町、お昼ご飯……」

 

「……」

 

 小町ガン無視。作っている料理を見ると、フレッシュトマトのパスタにトマトのサラダ、トマトのチーズ焼きとトマト料理のフルコース。俺、何か悪いことしたか?

 

 夢に見たようなこと……はしてない……よな?

 じゃあなんで小町は怒っている?

 寝ぼけ頭を働かせて、眠りに入る前の俺の所業を思い出す。

 あ、小町に嘘告白して怒らせて部屋から出ていくよう仕向けたんだっけな?

 あの時は、部屋から出て行って欲しい一心で後のことをよく考えてなかったんだよなあ。とりあえず申し開きをしないとなあ。

「小町、あの、すまん。なんと言っていいか、その……」

 小町がパスタを茹でながら俺を一瞥し、

「バカ……ボケナス……ヘタレ……」

 小町ちゃん、ヘタレってどういう意味?そこは八幡じゃないの?いや、八幡は悪口じゃないけれども。

「その……なんか寝ぼけていてな、何かいい夢を見ていたような記憶はあるんだが……」

「……いい夢って、どんな夢?」

 少し低い声で、小町が問いかけてくる。

「それは小町と俺が、禁断の……バカ!言わせるな、恥ずかしい」

 俺の答えを聞いて再びパスタ鍋に向き直る小町。鍋から立ち上がる湯気にあてられたか、顔が少し赤くなっている。

「ふ、ふーん。お兄ちゃん、そんな恥ずかしい夢を見たんだ」

「ま、まあな」

 俺の顔は、鍋の湯気もないのに真っ赤になっていたと思う。なんなら俺自身から湯気が立ちそうだ。

「でも小町をその気にさせた罰でトマト料理は全部残さず食べてもらうからね!」

 その気にさせた、の意味はよく分からんが、とにかく機嫌は治ったようだ。小町の笑顔が戻るなら、トマトなんかいくらでも鼻を摘んで食ってやるさ。

 ヤダ、俺ってば千葉の兄の鑑。ん?千葉の兄妹?何か重大な見落としがあるような気がするが、まあ、いいか。

 

 その夜、小町の夜這いをなんとかなだめすかして躱したのはまた別の話。

 



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まちがいつづける修学旅行。⑦ ~下総散乱編~

セカンドシーズン7話目。
ようやくディスティニー回。
園内の描写が少ないのは,ほとんど行ったことがないから。
ディスティニーであひるの競走やってるかどうか分からなかったので今回は出していません。
賭けたアヒルが一等になるとオリジナルグッズがもらえるんだぜ!

さすがに取材って言っておっさん一人でディ○ニー行けないので……

とりあえず今回は構想通り1話で終わったー!
理由が↑の通りなので全然威張れた話じゃないけれど……

キャラ崩壊してますね。
バラダギ様は完全オリヒロだし,ゆきのんはアレだし……

今回は何かが散る話です。

ちなみに,大分県にはかつて12もの郡がありましたが,今は町村合併で3つだけになってしまいました。



 翌日,原滝とディスティニーデートのため,朝早く起きて準備をする。

 

 べ,別に原滝とのデートが楽しみで早起きしたわけじゃないからね!

 日曜日だが開園時間に合わせてエントランス前で待ち合わせをしているので,プリキュアは録画視聴ということで。

 まあ,開園時間に待ち合わせとか,実に俺らしくない。が,今夜は閉園時間までいるとまた門限過ぎてしまうので早めの集合となった。

 

 家を出る直前,海老名さんからLINEが来ているのに気付いた。

 

「はろはろ~ 今日は原滝さんとディスティニーデートだね。結衣とか雪ノ下さんも行くって言ってたから邪魔されないように気を付けてね。私は行かない。ヒキタニくんのこと信じてるから……では月曜日,学校で 愛しの姫菜ちゃんより」

 

 信じてる,か。

 

「追伸 例のモノは返さなくていいから存分に使ってね。また欲しくなったらいつでもイってね。愚腐腐」

 うん。いろいろおかしいね,姫菜ちゃん。

 

 今日が終われば原滝は九州へ帰る。そして俺に課された依頼は終わり,それぞれの日常が戻ってくる。だから今日は,今日だけは全てを忘れて原滝の依頼を全うする,それでいいはずなのに,なぜか胸の奥がチクリと痛んだ。

 


 

 待ち合わせの時間よりも15分ほど早くエントランスの前に着いたのだが,

「おーい,はっちまーん!」

 もっと早く来ていた赤髪の美少女が俺に向かって手を振っていた。

 街中でこんな子が大声で手を振ってたら目立ってしまい,すぐさま回れ右してその場を立ち去るところだが,今,ここは開園前のエントランス。待ち合わせのカップルも多いしそんなに目立つこともあるまい……と思っていたら,カップルの片割れも含めて,めっちゃ男どもの視線を集めてるんですけど!?

 そしてカップルの男!気づくんだ!隣でパートナーの女がすごい顔でお前を睨んでるぞ!

 

「よ,よお……」

 ぎこちなく片手を挙げて呼びかけに応える。原滝に集まっていた視線が怨嗟の視線となって俺に向けられた。大方,なんでこんな腐った魚のような目の男にこんなかわいい子が,というものだろうが,あいにくと雪ノ下や由比ヶ浜と歩いている時に向けられる視線でそんなのはもう慣れっこである。

 ただ,一昨晩のことを思い出すと原滝の顔をまともに見ることができない。

「来てくれてありがとう」

「まあ、依頼だからな。礼を言われるほどのことでもない」

「それでも、な」

 今日の原滝は一昨日のセーラー服姿と違って白いパーカーに黄色のシャツ、黒いミニスカートの私服姿だ。

「本当は自由行動中も制服着用なんだけど,どう、かな?」

 ちょっとだけ自信なさげに聞いてくる原滝。

「あ,いや、よく似合ってる。なんなら持ち帰って床の間に飾りたいまである」

「別に持ち帰ってもらっても構わんのだぞ?」

「ばっかお前、モノの例えだ」

 そんな会話を交わしているうちに開園時間を迎えた。

「ほれ,チケット。日付指定券だから入場制限時でも入れるやつだ」

「ありがとう。前もって用意してくれてたんだな。じゃあ行こうか」

「ちょっと待て。朝,マックスコーヒーを飲み損ねたんだ。持ち込みはできんから飲んでからな」

 マッカンをグシュグシュ振った後,カシュッとプルトップを開け,ゴクゴクとのどを潤す。

「そんな甘いのばっかり飲んでるとそのうち糖尿になるぞ。ところで,今日はちゃんとぱんつを履いてきたんだ。見るか?」

 

「ブ~~~~ッ!」

 少しスカートをまくりあげた原滝に思いっきりコーヒーを噴出した。

「汚いなあ。かかったらどうすんだ」

「おま,お前がへんなこと言うからだろうが!」

「なんだ,ノーパンの方が良かったのか?」

「そういうことじゃねぇ~~~!」

 缶を捨てて入場しようとしたら,自然に手をつながれました。いわゆる恋人つなぎというやつで……

 ま,まあ,一応,依頼とはいえデートなんだし。おかっ,おかしくはないよね?

 ただ,知り合いに見られたら何を言われるか分からないがな。

 そうして,俺たちは夢の国のゲートをくぐった。

 

一方……

 

「由比ヶ浜さん,急がないと開園時間に間に合わないわ」

「いや,ゆきのんが道に迷って待ち合わせ場所に遅れたんだからね!?」

「なんであーしまでこんな朝早くに……」

「あの男はちゃんと見張っていないと,いつ原滝さんにいかがわしいことをするか分からないわ。見落としの無いように見張りの目は多い方がいいもの」

「あたしは,ゆきのんと優美子と三人でディスティニーへ来れるなんて思ってなかったから嬉しいけどねー」

「由比ヶ浜さん,そんな女三人で腕を組むなんて,フランスデモではないのだから」

「結衣,ちょっと歩きにくいし」

「へへっ,姫菜も沙希も来られたらよかったのにねー。二人ともバイトだって」

「由比ヶ浜さん,結衣,そんなきつく腕を組んだら,あなたの肉の塊が。くっ」

「雪ノ下さん……」

「やめて,三浦さん。そんな憐みの目で見ないで……」

 


 

 とりあえず,ディトナ・ジェームズ・アドベンチャー:ダイヤモンドスケルトンの魔宮のファストパスをアプリで取ってジュエストーリー・マニアに向かう。その後も午後のタワー・オブ・テンプルのファストパスを取得しつつなんか空を飛ぶようなアトラクションなどを楽しんだ。

 ファストパスを取っていないアトラクションを並んでいるときも苦にはならなかった。こいつから自然に話しかけてくれるし,黙っていても楽しそうな表情をしていて気まずい思いをすることはなかった。

 

「昼もだいぶ過ぎたし,少し何か腹に入れるか?」

「そうだね。楽しすぎて時間を忘れちゃってたけど,言われるとお腹すいたな」

「じゃあ,その辺で適当にハンバーガーでも食べるか」

 とは言うものの,実は事前に下調べをして,簡単なくまのキャラクターショーが見られるレストランに自然に向かうように歩いてきたのだ。

 原滝はミートソース&チーズのハンバーガーのセット,俺はフライドチキンバーガーのセットに二人分のシーフードチャウダーを持って席に着く。

「おっ,このシーフードチャウダー,パンがアレの形だな」

「お前,それ絶対口に出すなよ」

 

 その頃,

 

「雪ノ下さんさあ,またバンブーファイト乗るん?」

「ここで待っていればあの男はきっと来るわ」

「だけどゆきのんの後ろのライドに乗ってたら,ゆきのんには分からないよ?」

「うっ,由比ヶ浜さんに指摘されるなんて……雪ノ下雪乃一生の不覚……」

「馬鹿にしすぎだからぁ!」

 


 

「あれれー?原滝さんやない?」

「ほんなこつ原滝さんやき」

「こらたまがった。優等生の原滝さんが私服で遊びよるたあ」

「速見さん……」

 一昨日見た原滝と同じ制服を着たこの3人の女はどうやら原滝と同じ学校の修学旅行生、おそらくはクラスメイトのようだ。

「ねーねー,原滝さん。こん横にいる男ん子紹介してよー」

「ん,ああ。こっちは,千葉の総武高校の比企谷くん。こちらは,速見さん,大野さん,直入さん」

「へぇー,千葉の……彼氏とデートとか青春しちょるねー。どげえして知り合ったん?」

 この速見という女。もし由比ヶ浜なら「はやみん」とか言うんだろうなあ。

 

その頃,

 

「今,由比ヶ……結衣からすごく不愉快な空気を感じたのだけれど」

「冤罪だ⁉︎」

「結衣,冤罪なんてよく知ってたし」

「馬鹿にしすぎだからぁ!」

 

 

 そしてこの女,俺を値踏みするように俺を見て,やはり笑みを浮かべた。あの時と同じ厳然たる嘲笑。この女もまた,"原滝龍子の連れている男"を見て嘲笑を浮かべるのだ。

 だが,状況はあの花火大会の時よりもさらに悪い。

 あの時はやきそばを理由にその場を離れたが,ここはレストランで原滝だけを残して立ち去るわけにもいかない。

 そして,こいつらが大分に帰ってしまえば俺は関係なくなるが,原滝はその後もこいつらと一緒だ。俺のためにずっと笑われ続けるのは可哀そうだ。

 ていうか俺がムカつくんだよ。

 そうであれば,俺のやることは一つ。いつもどおり最低のやり方でこの場を収める。俺が原滝の弱みを握って無理やり連れまわしていると言えば,学校に帰ってもこいつは悲劇のヒロインとして同情を集め,俺はまあ,俺のいないところで何を言われようが問題ない。

 今すぐ通報されないかだけが心配だが,まあこいつらも脅しておけば大丈夫だろう。

 そうと決まれば,

「おい,お前ら―――」

 勢いよく立ちあがったところ,原滝も同時に立ち上がり,俺の肩に両の手を置いて唇を重ね―――

 えっ!?

 3人の友人がぽかんと口を開けて見守る中,貪るようなキスが続く。

 クラクラと気が遠くなりそうになった頃,ようやく彼女の唇が離れた。

「は,は,原滝しゃん,なんしよっと?」

 はやみんが目をパチクリさせて原滝に問いかける。

「別に彼氏だし?夜も一緒に寝たし?」

「な!? 原滝,おまっ」

「あんたたちもおなごんじょうでつるみよらんで,そこらで暇しよる男ば捕まえちきたらどげんね?」

 原滝が少し挑発気味に煽ったのに続き,

「しんけんダァーーーッシュ!」

「ぴゃーーーー!」

 突然の大声に,おかしな声を上げ凄まじい勢いで飛び出していくはやみん。

「速見,待ちない!」

「ウチらをほたらんといてー」

 取り巻きどもも慌てて付いていく。男つかまるといいな。基本,男だけで来てるような奴はほとんどいないと思うが。

 

「ほれほれ,お昼お昼♪」

「お前,何であんなことを……後でアイツらにバカにされたりするんじゃないのかよ」

「そんなのはもういいんだ。あたしはさ,自分がバカにされるより,八幡がバカにされる方が嫌なんだ。八幡もそう思ってなんかしようとしたんだろ?」

「……分かってたのか」

「分からいでか。あたしはあんたの彼女だぞ?」

「今日限定だけどな」

「それでも,だ」

 にかっと笑って席に着く原滝。

 俺もそれに続いて座ろうとふと辺りを見ると,周りの客とステージ上で踊っていた熊までが動きを止めて俺たちを見ていた。

「お,おい!周り中から見られてたみたいだぞ。早くここを出よう」

「何言ってるんだ?まだ全然食べてないじゃないか。ショーも見たいし。ほら,このシーフードチャウダー美味いぞ。このミッ……」

「やめろ。その続きを言ってはいけない。ここはディスティニーだ」

 

 まあ,チキンバーガーとシーフードチャウダーは確かに美味かった……ような気がする。半分くらい食べた気がしなかったが。

 

 その後もアトラクションやショーを見て廻り,時間を忘れるほど楽しい時間を過ごした。

 本当に楽しそうな顔をしている原滝を見ていたら,それだけで俺も心から楽しい気分でいられたんだ。

 それでも次第に夜のとばりが降りてきて,きらびやかさを残しながら辺りを闇が支配する時間になった。

 


 

「八幡,今日はありがとな。ほんとうにいい思い出になったよ」

「まあ,依頼だからな。俺も楽しかったし,お前が喜んでくれたなら依頼は成功ってことだ」

「……そうだな。依頼……だったな」

 原滝が下を向く。そう,これは依頼なんだ……

 

 その時,ひゅぅぅぅという音がして,夜空にどーんと大輪の華を咲かせた。

 その音に天空を見上げた原滝の顔を,大きな光輪が白く赤く照らしている。

 そして俺は……彼女を正面から抱きしめて,強引に唇を奪った。

 一瞬目を見開いて驚いた表情を見せた原滝だったが,すぐに目をつぶりそれを受け入れた。

 

「八幡……」

「これで依頼完遂だ。俺の方からというリクエストだったからな」

「覚えてたのか」

 意外そうな顔をする原滝。

「まだ一昨晩のことだ。忘れねえよ」

「あたしが……九州に帰ったら……八幡は忘れるのかな?あたしのこと」

「忘れねえよ。まあ,いつまでもとは言えないけれどな。お前が覚えてる間くらいは忘れねえ」

「じゃあ,あたしはいつまでも忘れない。だからいつまでも覚えてろ」

「……善処する」

「ねえ」

 少し思いつめた表情で彼女が問いかけた。

「今夜……帰りたくないな……」

 上目づかいに懇願する彼女。

 俺もつい流されそうになる。だが,

「……だめだ。 夢は……ここで終わりだ」

 俺の言葉を聞いて,彼女はふっと笑った。

「そうか……そうだな……」

「ああ。俺たちにはそれぞれ帰るべき日常がある」

「んじゃ,行こうか。戻るならそろそろ行かないと……アレ?」

 原滝の瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちた。

「なんで?最後は笑顔で別れようと思ってたのに……なんで……」

 俺は静かに原滝の背中に手を回しそっと抱きしめてやった。

 彼女は,俺の胸で声をあげて泣いた。

 響き渡る花火の音がそんな彼女の声をかき消してくれていた。

 

 舞浜駅のホームに京葉線の電車が入ってきた。

 モノレールの中からここまで,手をつないだままの二人はずっと無言だった。

 ドアが開く。ホームで待っていた人が電車の中に吸い込まれていく。

「八幡。また,大分に来ることがあったら連絡くれな」

「その時はな」

「また,LINEする」

「ああ,いつでもいいぞ。返事はいつになるか分からんが」

「ふふ,八幡らしいな」

 狭い世界の歌が鳴り,それが終われば電車の扉が閉まる。

 名残惜しげに二人の指が離れていく。

 本当にこれで夢は終わり。

 ドアに隔てられた彼女の顔は,今度は笑っていた。

 無理矢理なぎこちない笑顔。それでも一生懸命笑顔を作っていた。

 おれは軽く右手を上げ,走り去る電車が見えなくなるまでその手を小さく振り続けた。

 

 



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まちがいつづける修学旅行。⑧ ~下総腐乱編~

7話目のラスト,笑いが無くてドキドキしたわ。
これでよかったのかな?と。
「その頃……」とか入れてゆきのんラストにしようかな?と悩んだけれど,ネタが思い浮かばず断念。

さて,セカンドシーズン8話目。

当初の構想ではこんなエピソードは影も形もなかったんですよねー。
無くても物語としては多分成り立つはずなんですけど,こういうのを入れるから話が長くなるんでしょうね。
八幡のキャラがちょっとアレですし……
タイトルから,まああの人のターンです。
腐要素は全くありませんが。
Pixivの初出からタイトルを変更しました。

バラダギ様亡き後(死んでません)メインヒロイン争奪戦はどうなる?
まさかの新たな挑戦者!?

駄作者がほんっとすみません。



 家の前まで帰ってくると,玄関の前に人影があった。

 

「はろはろー。おかえり,ヒキタニくん」

「海老名さん……」

「ディスティニーは楽しかった?」

「まあそれなりに,な。それよりどうして?」

「口では信用してるなんて言ってもさ,やっぱり不安で仕方なかったんだよ。今夜,本当に帰ってくるのかってね」

 もし帰ってこなかったらずっとここに立ってたのか?だいたいいつからここに立ってたんだ?

「まあ,帰ってきたよ」

「……いろいろあったみたいだね」

「分かるのか?」

「まあね。これでも結構ヒキタニくんのこと見てるんだよ?」

 おどけるように言った後,少しトーンを変え,俺の目を見て言った。

「でも帰ってきてくれた」

「まさかここで海老名さんが待ってくれてるとは思わなかったがな。まあ,お守りも持ってたし」

「お守り?」

「ああ」

 と言って,俺はズボンの左ポケットからそのお守りを取り出す。

 玄関の薄明かりの下で海老名さんがそれを目を凝らして見る。

「それは,わたしの,パンツ!? それずっと持ち歩いてたの?」

 海老名さんの問いに俺は首肯してみせた。

「ぷっ,はははははっ。ヒキタニくんサイコーだよ。ひぃ~」

「まあ,流されて忘れないように,な」

 海老名さんが勢いをつけて抱きついてきた。

「ありがとね,ヒキタニくん……」

「いや,俺はヘタレだからな。まだ何も決められない,それだけだ」

「でも,わたしのことを考えていてくれた……それだけで十分だよ」

 昼間はまだ少し暖かいとはいえもう秋も深まってきて,夜は結構冷え込む時期だ。抱きついた彼女の身体はやはり少し冷たくなっていた。

「かなり長い時間待ってたんだろ?身体が冷えてるぞ」

「ううん,こうしてたら温かいから……しばらくこのままで……ね?」

 俺は海老名さんの言うとおり,しばらくの間,そのまま彼女を抱きしめていた。

 


 

「そろそろ行かなくちゃ」

 俺の耳のすぐそばでそう囁いた彼女。ちょっとくすぐったい。

「上がっていかないのか?お茶くらい入れるけど」

「やめとくよ。上がったら帰りたくなくなりそうだもん。それにお茶じゃなくて違うものを入れられたりするかもだしね」

「ばっ,ばっか。何言ってんだよ!」

「ふふふ,そういうことだから,今日は帰るね」

「分かった。なら送ってくよ。もう遅いし」

「ヒキタニくんも疲れてるでしょ?わたしなら大丈夫だよ?」

「俺が送りたいんだよ。言わせんな,恥ずかしい」

「もー,そういうとこだよ!大好き!」

「お,おお……」

 かなり寒くなってきているはずなのに,顔は熱く,身体はほてっていた。彼女の顔も真っ赤だから,たぶん同じなんだろう。

 駅まで自転車で送って行こうと言ったんだが,少しでも長い時間一緒にいられるから,と二人で歩いていくことになった。

 

 改札の前まで来て,ここまででいいよ,と彼女は言ったんだが,眼鏡の奥の目が少し淋しそうにしていたのを俺は見逃さなかった。

「もう少し一緒にいたいんだ。だめか?」

 と言ったら,このジゴロ,女たらし,女の敵と言われてしまった。解せぬ。

 それでも嬉しそうに腕に抱きつかれてそのままの体勢でホームから電車中へ,そして彼女の最寄りの駅から家までの歩を進めた。

 


 

「ヒキタニくん,本当にありがとう。すごく嬉しかった」

「別にお礼を言われるようなことはない。俺が自分のためにやったんだから」

「……ねえ,上がってく?」

 彼女の問いに俺は首をすくめるように答えた。

「やめとく。上がったら帰りたくなくなるだろ?」

 俺の答えに彼女はふふっと笑う。

「そうだ。まだパンツ持ってるよね?それ,返してもらっていいかな?」

「え,ああ,そうだな。もうお守りとしての役割を十分果たしたしな」

 俺はポケットに手を突っ込み,パンツを出そうとするが,

「ここで出されるのはちょっと恥ずかしいかな?玄関の中まで入ってくれる?」

 門扉を通り抜け,彼女が玄関を開け中に入るのに付いていく。

「姫菜,おかえりー」

 奥からお母さんらしき人の声がした。

「ただまー」

「遅かったのねー,今日もアルバイト?」

「うん」

「早くご飯食べちゃいなさいー」

「分かったー,部屋で着替えたらすぐ行くねー」

「お,おい,俺,こんなとこにいて大丈夫か?」

 小声で彼女に聞いてみる。

「大丈夫大丈夫。この時間,お母さんは2階でテレビ見てるし,私の部屋は1階だから」

「とにかくこれは返すな」

 再びポケットからパンツを取り出し,彼女に渡す。べ,別に名残り惜しくなんかないんだからねっ!

「それじゃあ」

 慌てて玄関を出ようとするが,

「静かにドアを開けないとばれちゃうよ」

「お,おおう」

 確かにその通りだ。玄関が開くのが分かったら,帰ってきた娘がまたもや出て行こうとしているんじゃないかと不審に思われちまう。

 きわめて静かに,そーっと玄関の扉を開けようとすると,

「ヒキタニくん」

 と小声で呼び止められた。振り向くと,はい,と何かを手渡された。

 玄関の明かりを点けてなかったので,薄く暗い中,目を凝らして見てみると,

「パッ,パン……!」

「シーーーー!」

 思わず声を上げそうになっちまった。だてそうだろ?俺の手の中にあるのは,

 パンツ!今度は縞パン! しかもまだ温かい!

「新しいのに交換ね。今履いてたやつだからね。わたしのぬくもりを感じて。あ,でも今ここで匂いをかぐのはやめてほしいかな。それは家に帰ってからね」

 いやいや,しないからね,そんなこと。

 たぶん……

 それよりもこの脱ぎたてほやほやのパンツが俺の手の中にあるってことは……

「当然ノーパンだね」

 そう言って,スカートをチラっと捲ってみせた。

 キ・マ・シ・タ・ワー!

 危うく鼻血を吹いて倒れるところだったがなんとか踏みとどまった。

「おまっ,おまっ!」

「ヒキタニくんのエッチ。なんて卑猥な単語を言おうとしてるの」

 違うちがーーーーう!! そうじゃ,そうじゃない!

 と言って叫び出したいところだが、2階にお母さんがいるのではそういうわけにもいかない。

「なんでこんな……」

「わたしだって……わたしだって必死なんだよ?わたしには何もないから……雪ノ下さんみたいに綺麗じゃないし、結衣みたいにおっぱいも大きくない。優美子みたいにプロポーションも良くなければサキサキみたいに家庭的でもない。そこへもってきて原滝さん……こうでもしなくちゃ君の心を……つなぎ止めておけない……」

 チクショウ。彼女はずっと不安に苛まれてたんじゃないか。原滝のことだけじゃなくて、ずっと、ずっと。冷えた体で家の前に立っていたことで気づいていたはずなのに。言葉の最後の方を涙声しながら訴える彼女に俺はどうすれば?

「うぅっ」

 いや、その前に、今泣かれたら上のお母さんに俺がいることがバレちまう。だからといって、このままの海老名さんを置いて逃げ帰ることなんてできるわけがない。束の間でも彼女を安心させて泣き出すのを止めるために俺は何をすれば?

 何をすればだって?どれだけ欺瞞を重ねるんだ。俺はもうその方法を知っている。知っていてできない。いつまで経っても変わらない、変わることができない。だが……

「ひぐっ、んん……」

 今にも泣き出しそうな海老名さんの唇を俺の唇で塞ぐ。

 上の階にお母さんがいるのにこんなことをしてていいのか、そんな考えも唇を重ねるうちに薄れていき、俺たちは周囲に水音が響くほどの長く甘い口づけを交わし続けた。

 


 

「落ち着いたか?」

「うん。ありがとね」

「海老名さんは他の誰にも負けないくらいの魅力があるんだからもっと自信を持っていい。それに俺は泣き顔よりも笑顔が似合うと思うぞ」

「ヒキタニくんってホント女たらしだね」

「失礼な。こんなこと誰にでも言うわけじゃないぞ。戸塚とか小町とか、あと戸塚とか」

 ま、まあ、小町は今までみたいに冗談では済まされないことになっているから気を付けないといけないが。だからと言って,戸塚への想いは冗談じゃなくて真剣だぞ?

「いいよ。誰にでもは言わないうちの一人に入れてもらってるからね」

「じゃあ,海老名さん,今度こそ帰るから」

「姫菜」

「へ?」

 うっかり間抜けな声を上げちまったい。

「姫菜って,名前で……呼んでほしいな」

「名前呼びは,ボッチにはハードルが高いな」

「これだけの女の子に好かれていてもうボッチでもないし,キスよりハードルが高いっておかしくない?」

 ぐぬぬ。たしかにそうだ。そうなんだが……

「ひ,姫菜」

「はちまんくん」

 今さらと思われるかもしれないが,二人とも顔を真っ赤にして互いの名前を呼んだ。

「やっぱりちょっと恥ずかしいね」

 そうは言いながら,姫菜……はすごく嬉しそうだ。

「今日は,送ってくれてありがとうね」

 姫菜がが静かに目を瞑る。

 最後にそっとお別れのキスをした。

 

 玄関を離れ,少し歩いたところで振り向いてみると,ドアを少しだけあけて姫菜が小さく手を振っている。俺もそれに応えて小さく手を振る。

 京葉線のホームを思い出して,少しだけ胸が痛んだ。

 


 

「たでーまー」

 疲れた。今日も疲れた。

 今日一日は悪い日ではなかった。ディスティニーは楽しかったし,姫菜との時間も全く嫌ではなかった。

 だがしかし,一昨日からいろんなイベントが続きすぎて疲れの癒える間がなかった。

 帰ってくる途中も電話やLINEの着信がガンガンあったが,それらをガン無視しつつようやく愛しの我が家にたどり着いたのだった。

「おにいちゃんおかえりっ!小町にする?小町にする?それとも,こ・ま・ち?」

「じゃあ小町で」

「お兄ちゃん……」

 小町の目が潤んでる! しまった! 大変まずい! 実にまずい! うかつな口を撃ち抜きたい!

 

 こら,こんなところで服を脱ぐな! 抱きつくな! キスをしようとするな!

 玄関でひと悶着していると,二人してスパーン!スパーン!とスリッパで後頭部をひっぱたかれた。

「あんたたち,兄妹して玄関先で何やってんの!」

「あ,今日はお母さん家にいたんだったーテヘ★」

 テヘ★じゃねーよ! 俺まで一緒にひっぱたかれてるじゃねーか。

「まったく……いくら千葉の兄妹だからってこんなところで何してんの。お父さんに見つかったりしたら殺されちゃうわよ。主に八幡が。もっぱら八幡が。ひたすら八幡が」

 やだ,なにその理不尽。

 なんで俺は何もしてないのに俺だけが殺されちゃうんだよ!

「小町! だめよ,こんなところじゃ。ちゃんと部屋でヤりなさい」

 かあちゃーーーーん! 部屋でも駄目だろーが! いったい何言ってくれちゃってんの!

「じゃあお兄ちゃん,お母さんの許しも出たことだし,行こ?」

「可愛く言っても駄目だ。まずはお前,服を着ろ」

「えーーーーー」

「かーちゃんもおかしなこと言うな。小町が本気にしちゃうだろ」

「え?何? 八幡は母ちゃんがいいのかい? でもそんな親子で……もしあの人に見つかったら……」

 それじゃ,見つからなかったらいいみたいじゃねーか!

「とりあえず俺は疲れたんだよ。飯は後でいいから先に風呂入るわ」

「しょうがないねえ。じゃあ小町,あたしたちだけで先にご飯にしようか」

「しかたないなあ。お兄ちゃん,ちゃんとカラダを洗って出てきてね」

 小町ちゃんが何が言いたいのか、ハチマンよくワカラナーイ。

 

「ふひぃー」

 もはや家の中ですら憩いの場所ではなくなった俺にとって、風呂だけが俺の安住の地だ。

 テンプレな状況ならここで小町が入ってくるところだろうが、ちゃんと入り口に鍵は掛けたからそんなTo LOVEるは起きようもないのだ。やったねハチマン完全勝利!

 どう考えてもこれはフラグだな……

 とりあえず股間は念入りに洗って……ってちがぁーう!

 兄妹で禁断の一線を越えるなんてあってはならないのだ。なぜか原滝と姫菜の顔が頭の中に浮かんだが、それはまあ関係ない。違うことを考えろ。戸塚、戸塚……

 やべ、八幡のハチマンが……

 戸塚はダメだ、別のことを考えろ。

 由比ヶ浜、由比ヶ浜……おっぱい。

 ますますダメだー!

 川崎、川崎……黒のレース。

 あかーーーん!

 

 ガチャ。

 

 ん?ガチャ?

 

 なぜか鍵をかけたはずのドアが開いて、かーちゃんと小町が入ってきた。

「な、なんで入ってきてるんだよ! 鍵は掛けたはずなのに」

「いや、あんたあんなまり出てこないからのぼせて倒れてるんじゃないかと思って、心配で心配で」

「そうだよ、お兄ちゃん。小町とお母さんはお兄ちゃんを心配して」

「だったらなんで二人ともスッポンポンなんだよ!」

 そう、小町もかーちゃんも一糸纏わぬ姿で風呂場に入ってきたのだ。

「そこはそれ。そう、蛇の道は蛇って言うじゃない?ねえ小町」

「そうそう。受験勉強で出てきたやつ」

「そんなわけあるかー! 全く意味不明だわ」

「今日はあの人も帰ってこないって連絡があったから、たまには八幡も含めた親子3人でさ」

「親子3人の3(ピー)だねっ!」

 こまちィィィ!そのネタ前に使用済みだぞ。そしてナチュラルにかーちゃんを入れるなよ。も、もちろん妹もダメだが。

「は、はちまん?!」

「なんだよかーちゃん?」

「どうしてお前のアソコはそんなにやっはろーしてるんだい?」

 うわァーーー! 慌てていて股間を隠すまもなくそのまま応対してたよ!

「あんなに小さかった八幡がこんなに立派に……」

 今、その言葉を使うとちょっとおかしな意味になるからな!

 小町もうっとりとした表情で見ない!

 

 結局、風呂のドアの鍵は、コイン一枚あれば開いてしまうらしい。それこそ中で倒れてるかもしれないことを考えると至極当然ではあるのだが。

 


 

 部屋の鍵をかけてベッドに倒れ込む。

 家にいるのに俺がこんなに疲れるのはまちがっている。

 おわ……らないよなあ……まだ……

 顔の横に置かれたスマホがブルブルとバイブレーションしている。

 画面の表示は「愛しの姫菜ちゃん」って,そういや朝は気づかなかったが,いつの間に登録されたんだろう?しかも登録名……

 LINEメッセージなら後で返事しようと思ったのだが、鳴り続けていることをると、どうやら電話がかかってるようだ。

 仕方がないのでその電話に出てみる。

「はろはろー、はっちまんくーん,さっきぶりー」

「どうしたんだ?姫菜。深夜ではないにしてもこんな時間に電話をかけてくるなんて」

「えっとねー,声が聴きたかったと言うのもあるけど,実はね」

 姫菜がひと呼吸おいて衝撃と畏怖の一言を投下していった。

「あの,玄関でのやり取り,うちお母さんに見られてましたー」

 

 は?!

 

 見られてた?

 

「どこから?」

「んー,わたしがパンツを脱いだとこ?」

 ほぼ全部じゃねーか! 数ある黒歴史に更なる一ページが……

「でね,お母さんがぜひ今度家に連れてきて紹介しなさいって」

「俺に拒否権は……?」

「もちろんあるよ。優美子じゃあるまいし,そんな強制はしないよ?」

 よかった。こっちはなんとか断れそうだ。ていうか,姫菜が三浦のことをどう思っているかよーく分かった。

「ただ、来てくれないとウッカリお父さんの前で口を滑らしちゃうかも,だって。お父さん、わたしが一人っ子だからか,なんかゴルフバッグに猟銃を潜ませてたり」

 怖え,怖えよ! 結局,会いに行くの一択じゃねえか!

「じゃあそのうち時間を見つけてな」

「お母さんからは,お父さんが出張とかでいない時に来てね,だって」

 ま,まあ,俺も命が惜しいからな。それに越したことはない。

「夕食時に来てくれたら,八幡くんさえよければ親子丼をご馳走しますって……」

 

 ブツッ

 

 ツーツー

 

 ……寝よう

 



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まちがいつづける修学旅行。⑨ ~下総動乱編~(完結編)

突然ですがセカンドシーズン最終回です。
長かった……
一応エピローグは1話で完結できました。
あと,「あの子」が帰ってきます!
ついに物語が動く!←最終回だってぇの!!

最終回もまた修羅場。
このシーズンはこればっかだなあ……

ラストは本作の最期にふさわしいお定まりのアレです。
また後ほど,お会いしましょう。



 原滝の修学旅行から1ヶ月が過ぎた。

 

 原滝とディスティニーに行った翌日,由比ヶ浜から,自分たちもディスティニーランドにいたのに全然会わなかった,いったいどこにいたのかと詰問された。やっぱりいたのか。まあ,園内は広いし休日で人も多いから会わなかったんだろうと言っておいた。

 雪ノ下からは,なぜパンさんのバンブーファイトに来なかったのか,この背教者!と罵倒された。

 解せぬ。俺はいつパンさん教に入信したのだろう。こっそり家に福音書とか届いてたっけ?

 

 この間に生徒会選挙があり、紆余曲折あって一色いろはという一年生が生徒会長になった。

 そしてなぜか奉仕部に入り浸り今に至る。

 クリスマスイベントの手伝いを奉仕部として行っているが,雪ノ下に由比ヶ浜,三浦や姫菜の手も借りて極めて順調である。

 当初,海浜総合高校の生徒会長がなにやら訳の分からないビジネス用語を駆使して会議が進まないと一色に泣きつかれたが,三浦と雪ノ下を連れて行ったことで雰囲気は一変。

 それまで,停滞していた会議は雪ノ下の弁舌(毒舌?)と三浦の一睨みで海浜側は何も言うことができなくなり,以降は余裕を持ったスケジュールで進んでいる。もちろん,恐怖政治により相手方を従わせているだけではなく,一色のあざとい上目遣いや由比ヶ浜の気遣いとおっぱいの力で極めて友好的な協力関係が保たれている。

 夏休み以来の再会を果たした鶴見留美は,姫菜の演出する演劇のヒロインとして皆から一目を置かれつつあり,独りぼっちという状況ではなくなった。ただ,彼女の俺を見る目が以前とは異なっていること,そして,ふと漏らしたはやはちという単語に若干の不安を覚えている。

 

 そんなこんなで,三浦と姫菜……部室では海老名さんが奉仕部にいるのは俺たちが修学旅行から帰ってきて以来続いていて,もう奉仕部の一員とみなしてもいいくらいだと思うのだが(雪ノ下曰く「にゅうぶとどけ」を出していないから部員ではないらしい),時々みんなの前で「姫菜」と呼びそうになって慌てることもしばしば。

 一度寝ぼけて三浦を「おかあさん」と呼んだ時は烈火のごとく怒られたがな。

 最近ではバイトのない日の川崎がそこに加わって三浦と睨み合いをしたり、さらには陽乃さんが顔を出した日などはもうカオスとしか言いようがない状態に陥ってしまっている。

 家でも小町の襲来に気の休まらない日が続き、俺が癒されるのは、朝や休み時間に戸塚と話ができる瞬間くらいのものだ。

 


 

「八幡、おはよう!」

「毎朝味噌汁を作ってくれ」

「もう、八幡。僕,男だよ?」

 ううぅ、戸塚だけはずっと変わらないでいておくれ。

「そういえば、今日転入生が来るって噂だよ。朝、日直の人が職員室の平塚先生のところですごく可愛い女の子を見たって言ってたからウチのクラスかなあ」

 ウチの担任が今体調を崩して休んでいるため、うちのクラスのホームルームは平塚先生が行っているのだ。

「戸塚、俺はお前さえいれば良い。転入生なんてどうでもいい」

「もう、八幡たらぁ」

 ぷんぷんという擬音語が聞こえてくるかのごとく頬を膨らませて怒る戸塚,しんけん可愛い。とつかわいい。

 しかし、美少女の転入生……まさかな……

「べー、美少女の転入生、やっぱあがるっしょー!」

「でもなんでこんな終業式も近いのに転入してくるんだろ。新学期からにすればいいのにな」

「それな」

 戸部はようやく大分の大学病院を退院し、総武高校へ戻ってきた。だが戸部よ……お前、海老名さんが好きなんじゃなかったのか?

 そんな美少女転入生にテンションアゲアゲになってるようじゃその恋は叶わんぞ……って、俺が言うと嫌味だな……

 大岡もようなく謹慎が解けて復学している。戸部と違い美少女転入生の話題に盛り上がらないあたり,相当処分が堪えたのだろうか。

「でも,もうすぐ冬休みだろ?もし遠くから来てこっちになじんでいないようならいろいろ案内してあげる体でデートに誘えるんじゃないか?」

 ……前言撤回。やっぱり大岡は大岡だ。

「それな」

 大和も……いつも通りだ。

 それにしても,ひと月の間葉山がいなくてもこのグループで会話が弾んでいるあたり,チェーンメール事件を経て,こいつらもちゃんと友達になったんだな。

 おそらくはこいつらの誰かが犯人だったのだろうが,こういう結論を得られたのならそんなことはどうでもいいことなんだろう。 

 


 

「よーし、ホームルームを始めるぞー」

 平塚先生が入ってきて、友人(笑)の席の近くに陣取っていた生徒どもが自席にもどっていく。

「入ってきなさい」

 平塚先生が廊下にいた生徒に声をかけて中に入るように促した。

 結論から言えば、入ってきたのはたしかに前評判通りの美少女ではあったが,原滝ではなかった。

 ざ、残念とか思ってないんだからねっ。

 ただ、初めて会うはずなのに、この美少女にはどこか見覚えがある……

 

「自己紹介……がいるかね?」

「はい」

 その美少女が話し出した。

 

「葉山はやこです。葉山隼人が訳あって女になりました。改めて皆さん、これからもよろしくお願いします」

 

 は、葉山〜〜〜?!

 

「えー、葉山は一月前、不慮の事故で生命の危機に陥ったが、たまたま千葉大学に学会のためいらっしゃった大分は狭間医科大の猪上博士と、今津留高校物理科主任の真船先生のお力で一命を取り止め、今日から再びみんなのクラスメイトとして戻ってくることになった。変わらず仲良くしてやってくれ」

 衝撃の事実にクラスの半分以上が椅子から転がりおちていた。

「は、隼人ぉ〜」

 三浦もあまりの出来事にひっくり返ってパンツ丸見えでしたごちそうさまでした。

 

「ヒキタニくん」

 葉山が自分の席への道すがら,俺の横に来て声をかけた。

「放課後、奉仕部に行く。そこで話があるから待っててくれるかい?」

「お前に言われなくても強制的に部活だ。勝手に休むとウチの部長様に何言われるかわからんからな」

「ははは,分かった。じゃあな」

 そう言って、葉山(♀)は一月ぶりの自席に戻っていった。

 

 放課後,教科書などを鞄に収めていると,葉山が再び俺の席にやってきた。

「ちょっとサッカー部に顔を出してから奉仕部へ行くよ。この姿だと選手としてはもう続けられないからさ」

 寂しそうに葉山は言った。ずっと続けてきたサッカーをこんなことで諦めなければならないんだ。その心中やいかばかりか。

「ああ,待ってるわ」

「ありがとう」

 葉山が眩しいくらいの笑顔を俺に見せ、そして去っていった。

「隼人くん大丈夫かな?」

 由比ヶ浜もそんな葉山の背中を不安げに見送る。

「さあな。俺はあいつは嫌いだが、ああなった原因に少しでも俺が関係しているとするなら,俺にできることはなんでもしてやろうと思う」

 憐みなのかもしれない。罪悪感なのかもしれない。それは俺が忌み嫌っていた欺瞞であるのかもしれない。それでも俺は……

「そっか。じゃあ、ヒッキー、部活行こ?」

 そう言って少し嬉しそうな顔をした由比ヶ浜が俺の手を握り引っ張っていこうとする。

「お、おい」

 ウッカリ勘違いしちゃうだろ、という言葉を出しかけて、そのまま飲み込んだ。

 そういや勘違いなんかじゃなかったな。

 結局,由比ヶ浜に手を引かれるまま特別棟の部室へと向かうことになった。

 


 

「むう。なんでせんぱいは結衣先輩と仲良く手を繋いで歩いてきたんですか?」

 頬っぺたを膨らまして不満顔の一色が言う。

「あざとい。やり直し」

「むきー,何なんですか?全然あざとくなんかないですよーだ」

 リアルにむきーとかいう人間初めて見たわ。

「まあまあ,いろはちゃん。それで今日はサッカー部に行かないの?」

 興奮気味の一色を由比ヶ浜が宥めるようにとりなした。

「あ,サッカー部のマネージャー,昼休みに辞めてきました」

「お前,葉山が女になったんでもうサッカー部には用がないから速攻で辞めてきたってか?」

「せんぱいは私のことを何だと思ってるんですかー」

「あざとい後輩」

「ちょっと,先輩の中の私,ひどくないですかー?まあいいです。クリスマスイベントとか生徒会の方が忙しくてサッカー部との両立は難しいかなーというのと,葉山先輩からマネージャーになりたいって話聞いたんですけど,今のままだと人手が足りてるんで,だったら私が辞めたら枠が空くかなあって思って」

 葉山に枠を空けるためにマネージャーを辞めたという話に少し驚いたが,ゆるふわ系の見た目と違って,本来この子はこういう気を遣える優しい女の子なんだな。

「あああ,隼人ぉー」

 葉山の名前を聞いて,改めてショックを受けた三浦が泣き崩れている。

 今度は椅子からひっくり返ることもなくパンツも見えなかったが。

「ヒキオぉ,あーしを慰めろし」

 いやいや,想い人が突然性別を変えてしまったなんて,どうやって慰めたらいいんだよ。

「ヒキオ……お願い……」

 ぐぅ,涙目で弱々しく懇願する三浦。普段の女王様っぷりと違うこのギャップは相当の破壊力だ。

 仕方ないので,小さい子をあやすように正面から抱きしめて背中をポンポンしてやる。

「大丈夫だ,三浦。世の中にはいい男なんて掃いて捨てるほどいるからな。お前は可愛いんだから,いつかきっと葉山よりもっといい男が現れる。だいたいお前に涙は似合わん。だから,泣くな,な?」

「うん……ぐすっ」

 なにこれ。これ本当に三浦優美子なの?もはや誰コレ?って感じなんだが。

 その様子を見た由比ヶ浜がうーと唸り,雪ノ下がにゃあと鳴き,姫菜はなにやら海老名的にポイントが低いとかのたまっている。どこで使えるか分からないポイント制度の乱立は由々しき事態だ。

 


 

 ようやく三浦が落ち着いた時に扉がガラガラと開いた。

「平塚先生,あれほどノックを,と……」

 雪ノ下が言いかけたところで,入ってきたのが平塚先生でないことに気付いたようだ。

「あの……どなたかしら?」

 ああ,雪ノ下はまだ会ってなかったんだな。

「ごめんね。ノックをしたつもりだったんだけど,誰の返事もなかったから……」

「ゆきのん,紹介するね。こちら葉山はやこさん」

「え……あなたが,葉山君?」

 雪ノ下もショックだろう。男の幼馴染がいきなり女になってしまったのだから。

「そして私が狭間医大教授の猪上」

「私が今津留高校物理科主任の真船。発明おじさんとでも呼んでくれ」

 おっさん二人が葉山と一緒に部屋に入ってきてなにやら胸を張っている。どうやらこの二人が葉山を改造,いや命を救った人たちらしい。

「ふむ」

 白衣姿の発明おじさんこと真船教諭が俺を見て、

「久しぶりだねえ。君の目は忘れようにも思い出せないよ」

 忘れとるやないかい!

「実に興味深い目をしておるのう。真船、お前が改造したのか?」

 真船教諭が首を横に振る。

「信じがたいことですが、これは天然なのです」

「なんとこれが天然とは……ぜひサンプルとして1つくらい摘出させてもらいたいものだ」

「おいやめろ」

 こいつら,絶対マッドサイエンティストだ。真船教諭に関しては,電柱組で俺を改造しようとした時から知っていたが。

 ひょっとしたら葉山も必要もないの女にさせられたのではなかろうか……

 

「隼人……」

 

 再び目に涙をためる三浦。俺はいったん身体を離し,葉山と正対させた。

 身体を離す時,一瞬三浦が,あっ,と言ったが聞こえないふりをした。

「優美子……」

「あんたらが隼人を……」

 三浦の顔が猪上博士と発明おじさんに向き,少し怒気を含んだ声で言った。

「救急に担ぎ込まれた時にはかなり危険な状態でね,とくに完全に潰されていたから,彼は彼女として生きる道しか残されていなかったのだ」

 猪上博士が三浦に説明する。

 で,完全に潰されたって何が?ナニが?

「優美子,お二人を責めないでくれ。俺の命はお二人のおかげで救われた。それに今は女になって良かったとすら思っているんだ」

 そう言うと葉山は俺に向き直り,

「ヒキタニくん」

 正面からじっと俺を見つめる。

「ああ,俺に用があるんだったな。何の用……んぐっ」

 とりあえず分かることだけ話すと,俺が葉山にキスをされている。

 な?なんのことだか分からないだろ?

 周りからは,悲鳴ともなんともつかない声が聞こえてきた。

 

 すぐさま唇を離し,葉山を問い詰める。

「お前,一体どういうつもりなんだ!?」

「俺は……君が嫌いだった。俺ができないことを,俺が認められない方法で解決していく君が。結衣はずっと君に恋していて,いつのまにか雪乃ちゃんも君の姿を追いかけ,俺には向けることのない暖かい目を君に向けるようになった。そんな君の姿を見るだけで,こう,胸の奥にもやもやっとしたものが溢れてきて,なんとも言い表すことのできない気持ちになった。だが,今回女に生まれ変わって初めてこの気持ちの正体に気付いた」

 葉山はそこで一呼吸おいて,さらに続けた。

「俺は,君に恋をしていたのだと」

 

 は?

 

「俺は結衣や雪乃ちゃんに嫉妬していたんだと。もうみんな仲良くはやめた! 俺は君だけの特別になりたいんだ。ヒキタニくん,俺と付き合ってください!」

 いやお前何言っちゃってんの?あまりに超展開すぎて,俺,ついていけてないんだけど!?

 姫菜なんて,こんなのは私の望むはやはちじゃないって絶望してるし。てか,まだはやはちは放棄してなかったのね……

 雪ノ下や由比ヶ浜,一色,三浦に川崎まで吉本新喜劇ばりにひっくり返って,白に縞,ピンクにライムグリーンに黒のレースまでより取り見取りだぜ!

 いやいや,そんな場合じゃない!

 葉山にじりじりとにじり寄られて壁際まで追い込まれてしまった。

 目の前にいるのは確かに美少女だ。だが,葉山だ。でも女だ。

 だったらいいのか?

 いやいやだめだ。

 姫菜の,原滝の,みんなの気持ちを考えればここで流されるわけには……

 だが壁ドンされて再び葉山の唇が迫ってくる。俺はいったいどうしたら……

 


 

「下っぱ1013号! あいつを止めろ!」

 

 そんな声が聞こえたかと思うと,下っぱ面を着けた男が葉山を後ろから羽交い絞めにして俺から引き離した。

「助かった。てか,何やってんだよ,材木座」

「何を言っておるのかなー?我は,電柱組関東支部所属,下っぱ1013号……」

「いくらお面をかぶっても,その体型と指ぬきグローブで丸わかりだ材木座」

「はぽん」

「原滝,お前か?」

 開け放たれた扉に向かって声をかけると,そこから総武高校の制服を着た原滝がひょっこりと顔を出した。

「八幡,久しぶりっ」

 チクショウ,総武高校の制服も似合うじゃないか。

「今度,電柱組の関東支部を作ることになってな,そこの支部長として赴任したんだ。この高校には今日,転入した」

「で,そこのお面をかぶったデブは……」

「同じクラスで新しい支部の下っぱとして雇った。関東支部の下っぱの番号は,千葉だけに1000番台を付番することになっていて本来なら1001番なのだが,本人がどうしても13番がいいというのでな」

「我は剣豪将軍であるからな。室町幕府13代将軍足利義輝にちなんで13番は当然である」

 しかし材木座……

「材木座くん……頼むから俺の胸を掴むのはやめてもらえるかな?」

 後ろから羽交い絞めにするのはいいが,完全に雪ノ下よりも立派そうな葉山のおっぱいを後ろから揉みしだく形になっている。

「これはしたり!」

「財津君,あなた最低ね」

「中二,それはちょっと……」

「木材先輩,ドン引きです」

「ザイモク,痴漢は犯罪だし」

「いや,我,我は……」

 女性陣に追いつめられる材木座。

「ぶひっ,ぶひひーーーーー!」

 何やら訳のわからん雄叫びを上げながら遁走する材木座。何はともあれ女子のおっぱいが触れてよかったな。葉山のだけど。

 


 

「どうするんだ八幡。せっかく見つけた下っぱに逃げられたじゃないか」

 え,それって俺の責任なの?

「だから,責任取ってお前,電柱組に入れ」

「なんでだよ!電柱組ってのは悪の秘密結社だろうが」

 しかも俺が下っぱ面とか……似合いすぎる自信がある,うん。番号は80000号でお願いしようかな。

「関東支部は悪事は働かない。実は雪ノ下建設様と材木商木曽屋の合弁会社でな,雪ノ下建設様の裏の仕事を引き受けるのが主要業務だ」

 うわー,悪事のにおいがプンプンするのだが。

「キャッチフレーズは『笑顔の絶えないアットホームな職場です』な」

 う,うさんくせぇ〜〜〜

「今なら関東支部ナンバー3の中佐待遇を約束しよう。ちなみに関東支部のトップはハルノ大元帥だぞ」

 間違いなくブラック企業だ,コレ。絶対にダメなやつだ。一色ばりのお断り芸で断るしかないな。

「……あたしは八幡と一緒にいたい……ひと月前のあの夜のこと……あたしは今でも忘れてないぞ……」

「イエス,マイ・ロード!誠心誠意,働かせていただきます!バラダギ大佐に心からの忠誠を誓います!」

 我ながら見事な手のひら返しだが,仕方ないのだよ……男にはいろいろとあるんだ……

 あ、でも卒業はしてないよ。ホントダヨ。

 雪ノ下が部長である私の許可が,とか,一色がわたしに対する責任云々と言っているが,お前らハルノ大元帥に最後まで逆らうことなんてできないだろ?

 周囲の雑音をシャットアウトして一人考えふけっていると,今度は,姫菜が近寄ってきて俺の耳元で囁いた。

「ヒキタニくん,いや,八幡くん……わたしも君と一緒にいたいなあ……そのポケットの中のもののように……」

 ズボンのポケットをまさぐるとなにやら温かくて柔らかい布が入っている。

「今……履いてないんだよ?」

「ちょっ!?」

「ねっ?」

 可愛らしい笑顔でウインクする姫菜。やってることは悪魔そのものなんだがな。

 いったいいつの間にポケットに……こんなことがばれたら通報を待つまでもなくこの場で処刑だ。

「大佐!バラダギ大佐!この、ひな……海老名さんを一緒に電柱組で働かせてもらうことを条件にさせてもらっていいでしょうか!」

「えー」

「原滝さん、わたしは役に立つよー。とりあえずコレをお納めください」

 鞄から取り出した何やら薄い本を原滝に渡す姫菜。

 数ページパラパラと読んで、

「採用」

 とだけ言った。一筋の鼻血を流しながら。

「やったね、八幡くん!これで一緒にいられるよ!」

 俺の手を取り喜ぶ姫菜。

 一瞬俺の顔を見たと思ったら顔を赤くして俯いてしまった原滝の様子に,一体あの薄い本には何が書かれていたのか、実に,実に気になるのだが、目下の問題はそこではない。

 

「姫菜、はちまんくんってなんだし⁈」

「ヒキオもさっき,ひなって言ってたよね?」

「あと、原滝さんもその下っぱ谷君と何かあったのかしら?きちんと説明してもらうわよ」

「せんぱい、私も気になりますぅ」

「比企谷、さっき海老名があんたのポケットに何か入れてただろう?おとなしく出しな」

「ヒキタニくん、俺という女がありながら……くっ」

 葉山、やめろ!そして、みんな迫ってくるな。

 今ならさっきの材木座の気持ちがよく分かる。だとすれば俺の取りうる行動はただ一つ。

「逃げろ!」

 俺は姫菜と原滝の手を取るや、脱兎の如く部室を飛び出した。

「あー!ヒッキー逃げた!」

「ヒキオ、逃さないし!」

「せんぱーい!私も連れてってくださーい!」

「比企谷、あたしに愛してるって言ってくれたのに!」

「ちょっと待って!川崎さん、そのことについて詳しく聞かせてもらえないかしら」

「あ,いや、その……」

 

「はっはっはー、ワシら空気だな。真船」

「うむ。とりあえずジョイフルにしんけんハンバーグでも食いに行くか、猪上」

 


 

「八幡!」

「八幡くん!」

「とにかく走れ!捕まったら死ぬ」

 俺たちは後ろを振り返ることなく駅に向かって必死に走った。

 

 駅の改札口の前で追手が来ていないことを確認してひとまず安堵する。

「ふぅ,とりあえず逃げられたようだな」

「それはどうかな?かな?」

 背筋に寒いものを感じて振り返ると,そこにハルノ大元帥閣下がお立ちになられていた。

「ゆ,雪ノ下さんっ」

「比企谷くんは両手に花ですかあ。私というものがありながら浮気は感心しませんなあ」

「浮気とかじゃないですから」

「それじゃ,本気?ますます感心しませんなあ」

 脇腹をぐりぐりするのやめれ~!

「わざわざここに現れたということは全てご存じなんでしょ?」

「ふふふ,さすがだね,ハチマン中佐。海老名ちゃんは少佐でいいかな?どう?大佐」

「ハッ,大元帥閣下の御心のままに!」

 直立不動の姿勢でビシッと敬礼をする原滝。

「で,比企谷君は二人のうちから決めることにしたの?」

 陽乃さんの目がマジだ。

「……いえ,俺がこの二人に好意を持っていることは確かですし,この二人が一番踏み込んでくれているのも事実です。でも,まだ俺には決められない……」

 陽乃さんのことだから,ここからさらに追撃が来ると覚悟していたのだが,

「そか。それならそれで仕方ないね」

 彼女は優しい目でそう言った。

「おっ,比企谷君は意外だという顔をしているね?」

「ええ,もっと問い詰められるんじゃないかと思ってたので」

「答えが出ない問いを重ねても仕方ないじゃない?今ここで無理矢理結論を出させても,後悔するだけだよ。関係しているみんながね。それに……」

 飛び切りの笑顔でウインクをしながら続けた。

「ここで結論が出なければ,おねえさんにもまだ可能性が残るでしょ?」

 ヤバい。この笑顔は反則だろ。いつもの取り繕った笑顔ではなく,悪戯っぽい表情でありながら心からの笑顔。

 やっぱりラスボスはこの人だったか。

「さあて,電柱組関東支部の幹部が揃ったところで,さっそく社員旅行にでも行こうか。もちろん経費で落とすよー」

「はい,はい,はい!ハルノ大元帥閣下!」

「はい,バラダギ大佐,発言を許します」

「とりあえずディスティニーランドへ行きたいです!この前はディスティニーシーだったので,エレクトロマスターパレードが見られませんでした!」

「他に意見がなければそれで決めるけどいい?」

「わたしは八幡君と一緒ならどこでもいいかなー」

 俺は,東京ドイツ村と言う言葉が喉まで出かかったが,原滝の意向を優先してただ首を縦に振った。

 しかし,ディスティニーはまあ東京のすぐ隣にあるからいいけど,ドイツ村は袖ヶ浦市にあって,どう考えても東京ではない。やっぱあれかな?埼玉の人とかが地方に行くと,「東京の方から来ました」というのと同じ原理で,ドイツからすれば,千葉も東京も誤差の範囲内ということなんだろうか。

「じゃあディスティニーランドにけってーい!そうと決まれば都築の車を待たせてるから乗って乗って!」

 駅のロータリーに都築さんが後部座席のドアを開けて立っていた。

 


 

 いつぞやに俺をはねたリムジンの後部座席の真ん中に俺,その両側に原滝と姫菜,そして陽乃さんが進行方向に背を向ける形で俺と向い合せのシートに座っている。

「都築,ディスティニーランドまでお願い。あと,ディスティニーホテルの部屋を押さえて。4人で泊まれるところね」

 は!? 何言っちゃってるの?

「雪ノ下さん,ホテルって……んぐっ」

 陽乃さんの両手が両頬に優しく添えられ。正面から口づけをされる。

 いいかげんいきなりのキスにも慣れ……ないよなあ。やはりドキッとするし,男の子だからこんな美人にキスされるのは嬉しくもある。葉山の時はちょっと複雑だったが。

 ただ,人前はちょっと……

 都築さんも一瞬,バックミラー越しにチラッと覗いてたし。

「雪ノ下さん,なんで……」

「雪ノ下さんじやなくて陽乃」

「いや,でも……」

「は・る・の」

「陽乃さん,なんでこんな……」

「え?私だって比企谷君のこと好きだよ?それこそずっと前から。さっきも言ったでしょ?で,バラダギちゃんを使って比企谷君を手に入れることにしましたー♪はい拍手ぅ〜♪ぱちぱち」

 何その謀略。会社を使って秘密結社まで立ち上げるとか公私混同も甚だしすぎ。

 そして原滝と姫菜,なにパチパチ手を叩いてんの。

「彼女もこっちに出てこられて比企谷君と一緒にいられるんだからWin-Winな関係だね。海老名ちゃんは想定外だったけど,そうじゃないと比企谷君を手に入れることができないなら仕方ないよね。三人でWin-Win-Winってなんか電気仕掛けのオモチャみたいでなんかいやらしい響き(笑)」

 よしなさい。雪ノ下家の御令嬢がなに下ネタぶっこんでんの。

「私はね,比企谷君を独占するつもりはないんだ。ただ,私のそばにいてくれるならそれでいいの」

「さっきホテルがなんとかって聞こえたんですけど……」

「ふふっ,旅行だから当然お泊りでしょ?明日はアンデルセン公園と東京ドイツ村がいいかな?でも,4人で同じ部屋に泊まったら,まちがいが起きて社員旅行ならぬ比企谷君の卒業旅行になっちゃうかもねー♪」

 それを聞いた原滝と姫菜も怪しい笑みを浮かべている。

「愚腐腐腐」

「八幡,今夜は寝られそうにないな」

 ディスティニーホテルで待ち受けるは天国か地獄か。

 俺たちの修学旅行がまちがいつづけることだけはまちがいないらしい。

 


 

「このままでは終われないのだけれど」

 

「ヒッキー!これからは遠慮しないでこっちからガンガン行くよ!」

 

「ヒキタニ君。俺の愛を受け入れてくれるまで諦めないからな!」

 

「比企谷,俺たちの戦いはこれからだ!」

 

 (声を揃えて)「先生,それはちょっと……」

 

 打ち切りエンド

 




[簡単にあとがきという名のいいわけ]

本シリーズを閲覧いただきありがとうございました。
当初の目論見では,
①バラダギ様奉仕部へ
②サイゼで川崎と遭遇、ジョイフルとの比較
③ディスティニーランドへ
④葉山くん変身
と4話くらいで完結するはずだったのに……

部室にはるさん先輩は来る予定もなく、サイゼには川崎さんだけで海老名さんも登場せず、シーじゃなくてランドの方でエレクト○カルパレードの喧騒の中で口づけ,八幡に想いを寄せる葉山くんが自ら性転換して,こんなのはわたしの求めるはやはちじゃない!と海老名さんが言うことしか決まってなかったんですが……

どうしてこうなった?

なんか勝手にキャラが崩壊して暴走しだすという木山先生もビックリする事態の責任は一体どこに?

「え?私は悪くないわよ?そうよ,勝手に暴走するキャラクター達が悪いのよ!それよりもシーズンを完結させたんだからもっと私を敬って!う・や・ま・っ・て!とりあえず完結祝いの花鳥風月♪」

ウッ、今何かが憑依してたような……

とにかく、うまく行かないのは世間が悪い。

ほんっと,ウチの駄作者がすいまっせん!

弊作の御閲覧,心より感謝いたします。

サードシーズンアップまでほんの少しだけお時間をいただきますので,その間,一人のアクシズ教徒に戻って街でコツコツと洗剤を配ろうと思います。

飲めるの。


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クリスマスは踊る。
クリスマスは踊る(1) AND EVERYTHING IS YOU


ハイ、またお会いしましたね!

まちがいだらけの修学旅行から始まったこの世界の彼らの物語もサードシーズンに入りました。
といってもセカンドシーズンの最終回から3日後の話ですが。
今回はいよいよ皆様お待ちかね,クリスマスイベントです。
本シリーズでは順調に進んでいたはずのイベント準備にトラブルが!?
八幡はこのトラブルをどう解決するのでしょうか?
それではゆっくりとご覧ください。

昭和な前振りだ……

あ,本シリーズでは修学旅行がアレでアレだったので「それでも俺は本物が……」というのありませんから。
ディスティニーにも行かないので,「いつか,私を……」ってのも無し。
悪しからず。
今回は少し一話あたりの字数が少なめになる……予定です。




 悪の秘密結社・電柱組のバラダギ大佐こと原滝龍子が新設された電柱組関東支部、通称「関東電柱組」のナンバー2として引き抜かれ,大分県立今津留高校から千葉市立総武高校に転入してきたのは先週金曜日のこと。その後なんだかんだあって俺と姫菜も関東電柱組の幹部の一員となり,これまたなんだかんだあって,首領のハルノ大元帥こと雪ノ下陽乃も含めた4人で,即日社員旅行に行くことと相成ったのだが,その日の夜のことについては別稿に譲る。←書きません(作者)

 本来なら週末もクリスマスイベントの準備の手伝いの予定だったが,準備自体は順調に進んでいたこともあり,まあ生徒会だけで十分だろうと一色に断って欠席することにした。

 一色が何やらわあわあ喚いていたが,横にいた陽乃さんが,「あっ!」と叫んだかと思ったらそのまま電話を切ってしまい,さらには電源も切られてしまったのでその後のことは全く分からない。

 しばらくして再び電源を入れた際には一色からのメッセージがエライことになっていたが,小町公認のヘタレ男であるところの俺は当然未読スルーである。

 後のことは後の俺がなんとかするだろうとそのまま眠りについた。

 

 週明け,正直言って学校に行きたくない。

 残念ながら,目が覚めると2週間前に戻っている……などということもなく,月曜日の朝を迎えたのだった。

 雪ノ下や由比ヶ浜と顔を合わせれば週末のことを根掘り葉掘り聞かれた上で罵倒されるのはほぼ決定事項で,更には女となった葉山に迫られることも既定路線。

 その上,平塚先生に三浦,川……サキサキまでもが手ぐすね引いて待ち構えており,前門の狼後門の虎どころではなく,別府アフリカンサファリに放り込まれたヒキガエルのごとく全方位猛獣だらけの状況なのだ。そんな中にわざわざ飛び込んでいくのは自殺行為としか思えないだろう?

 ヒキガエルのくだり要らなかったな……

 

 ぶっちゃけいろいろあって夕べも寝不足で,死んだ魚のような目がさらにやばいことになっている自覚もあり,具合が悪いと家で寝ていようとしたんだが,それを聞いた小町が自分も学校を休んで看病をする,とりあえず人肌で温めないと,と言って全裸で布団にもぐりこんできたので、慌てて体調がV字回復したからと布団と家を飛び出してきたわけだ。←イマココ

 先週末に学校へ自転車も置いてきてしまったので,どうせ遅刻確定だろうからと衝撃のファーストブリットを覚悟しつつトボトボと歩いていたら,校門の前に姫菜と原滝が立っているのが見えた。

「よ,よう」

「八幡くん……おはよう」

「八幡……遅かったな」

 なぜか二人とも顔を赤らめている。俺も顔のあたりがちょっと熱いが,ここはクールに,そう,クールにだ。

「おはにょう」

 死にたい。

 


 

「でさ,転校二日目にして学校が突如休校なんだよ」

 原滝,頼むから突っ込んでくれ。スルーはますます辛い。

「ほんと,事前に何の告知もないから,登校してきた人,みんなびっくりしてたよ」

「そうか,初めから分かってりゃ家から出なくて済んだのにな」

 とはいえ,俺的には遅刻が帳消しになって超ラッキーだった。一限目現国だったし。ホント命拾いした。

「ところで,お前らなんでいんの?」

「八幡くん来るの待ってたんだよ?」

「ふぇ?」

 うっかり間抜けな声をあげちゃったよ!

「なぜか海浜総合やこの辺の小学校も一斉に臨時休校なんだって。なので急きょコミュニティセンターでクリスマスイベントの準備をすることになりました,特にせんぱいはサボらずに来てくださいねっ,メッセージの未読スルーの問題については後でOHANASHI☆ですって一色さんから伝言をもらったの」

 一色ェ……

「それだけならわざわざ立って待ってなくても,メールとかメッセージでよかったんじゃないか?」

「八幡,鈍いな。お前の顔が見たいからに決まってるだろ? それ以外にこんな寒空に立ってる意味があると思うか?察しろ」

「お,おう,なんかすまん……じゃ帰るか」

「なんでだよ!」

「え?だって寒いし」

「理由になってない!」

 今回の原滝はツッコミキャラか。さっきのおはにょうにはツッコんでくれなかったのに(泣)

「だってさ,イベントの準備は順調に進んでるんだろ? もう生徒会メンバーだけでよくね?」

「あのね,雪ノ下さんからも伝言があって,奉仕部は全員強制参加ですって」

 何それ。ブラック部活とブラック組織のバイトとのかけもちって俺,どんだけブラックライフ送ってんだよ。最近は家庭までブラック化しつつあるしな。

「いや,お前の生活,どちらかといえばピンク色だろ」

 だから原滝,モノローグにツッコミを入れるなっての!

「とりあえず,お昼にコミュニティセンター前集合,昼食は食べてこないように,って言ってたよ」

「え?メシ抜きで働かされるの?どんだけブラック部活なんだよ。もう労働基準監督署とかに訴えていい?」

「どうしたらそんな捻くれた考えができるんだ? 昼時に集合ってことは一緒にご飯を食べようってことだろ?」

「そうか……今まで,大概一人だけ違う集合時間を伝えられて他の連中がメシ食い終わった後に集合してたから,全く気付かなかったわ」

「八幡……」

「八幡くん……」

 やめて!そんな憐みの目で見ないで!そして,ナイショにしていたはずの俺ににうっかり「昼食ったオニオンソースのハンバーグ,美味かったよな」と話しかけて,周り中の空気を凍らせた挙句,後で皆に責められてた清川くん。俺にも気を遣って話しかけてくれるいい奴だったが,それがアダになったな。

「とりあえず昼までまだ三時間くらいあるけど,どうする?帰る?」

「八幡,お前,帰ったら二度と外へ出てこないだろ」

「ばっか,そんなことあるか。ちゃんと出てくるぞ,明日,学校に」

「やっぱり出てこないんじゃないか!」

「それは見解の相違だな。じゃあ話し合いは物別れということで帰ろう」

「平塚先生の伝言は『比企谷,分かるな』だったね」

 怖え,怖えよ!まったく分かりたくない,分かりたくないのだが,コレ,拳で語り,体で分からされるパターンや。アカンやつや。

「はあ,この前逃げちまったから雪ノ下とかに顔合わせたくなかったんだがな。まあ,仕方ねえか」

 俺がため息をついていると姫菜が俺の手を握り,

「大丈夫だよ。私たちがついてるから」

「そうそう。それにハルノ大元帥閣下もコミュニティセンターに顔出すみたいだから大丈夫だろう」

「おい!それ全然大丈夫じゃないやつだからね!」

 

「何が大丈夫じゃないって?」

 

 背中に冷たい汗が流れた。

 

「ひゃっはろ~!関東電柱組幹部の諸君,おつかれー! 比企谷くんは後でOHANASHI☆ね」

 ぴゃ~~~!小町……おにいちゃんはもうお家には帰れないかもしれません……こんなことになるのなら一度くらい希望を叶えてあげたらよかったよ……

「大元帥,集合は13時だったのでは?」

「え~,雪乃ちゃんたちとお昼食べる約束してるんでしょ? 私だけ仲間外れなんてひどいよー,およよ」

 自分でおよよって言葉に出して泣きまねする人初めて見たよ……

「というわけで,都築の車を待たせてるから,お昼までドライブとでも洒落こもうじゃないか!」

「おー!」

「おー?」

「お,おお……」

 一番元気がいいのが原滝で,ちょっと疑問形なのが姫菜,一番キョドってるのがオレな。

 


 

 都築さんが運転するリムジンは,俺たち4人を乗せて静かに総武高校を離れた。この前も感じたが,本当に静かなんだよな。親父の運転する強制空冷2ストローク直列2気筒・356ccエンジンのスバル360とは大違いだ。改めて,俺が轢かれたときに「車が傷ついた,どうしてくれる」とか言われなくてよかった……

「ところで,雪ノ下さんはどうしてランチ会のことを知ったんですか?」

「陽乃」

「は?」

「は・る・の」

「いやいや,雪ノ下さん,そんな下の名前でなんて」

「ぶー,この前この車の中で呼んでくれたじゃない」

「あれは雪ノ下さんが無理やり……」

「それに海老名ちゃんは姫菜って呼んでるのに」

「それは,まあ,いろいろとあるんです」

「えー,私とも色々あったじゃない」

 うぐっ。

「ディスティニーのホテルで……」

「陽乃……さん。これで勘弁してください」

 ディスティニーのホテルでナニがあったかは,また別の番外編で……←だから書かないっての! (作者)

「ま,いっか。とりあえずそんなとこだよねー」

「八幡,八幡。あたしは?」

「お前はバラダギで」

「ガックリ」

 いやいや,ガックリって口で言うなよ。

「あ,そうそう。バラダギちゃん,本社の文左衛門から電話が来てねー」

「チルソニアからですか?一体何と?」

「なんかアッチ大変なことになってるみたいよ。バラダギちゃん居なくなって,下っぱはスト起こすわ怪人は脱走するわ部屋は散らかり放題だわって大騒ぎなんだって。頼むから返してくださいって言われたんだけどー」

「えっ!?」

「返すわけないじゃん。移籍金だって払ってるしね。端金目当てで売っといて今更どのツラ下げてそんなこと言えるのってことよ」

「あ,やっぱり売られたんだ,あたし……」

「でもそのおかげで比企谷くんと一緒にいられるでしょ。それとも帰りたい?」

「いえ,こちらにいたいです。お給料もちゃんといただけそうですし」

「そうね。お給料の心配はしなくて大丈夫よ。誰かさんはブラックバイトとか言ってるようだけどー」

「だ,誰でしょうね。はっはっはー」

「九州のこともちゃーんと考えてあるから心配はいらないよ♪」

「そう言えば,大元帥閣下はどうしてご自身のことは名前で呼ばせて八幡のことは比企谷くんなんですか?」

「それはね,台本形式じゃないから,おねえさんが八幡と呼んでも八幡君と呼んでも誰がしゃべってるか分からなくなるからだよ」

「ゆきのし……陽乃さん,メタい発言はやめてください」

「おや?比企谷くんはおねえさんにも名前で呼んでもらいたい? このこの♪」

 脇腹つつくのやめれー! あと,うざったい。

「とりあえず,時間までお茶でもしよっか。駅前の京成ホテルミラマーレのラウンジが開く時間だね。おねえちゃん朝ごはん食べてないからみんな行こ。もちろん経費だよ♪」

 おいおい,この会社大丈夫なのかね。

「比企谷くんが疲れてるならホテルに部屋を取ってもいいんだけど?」

「いえ,ますます疲れそうなので遠慮します……」

「都築」

 バックミラー越しに黙って頷き,車をJR千葉駅前に向ける都築さん。

「ところで比企谷くん」

「はい?」

「おはにょうって何?プークスクス」

 チクショウめ!

 

 このあとメチャクチャお茶した。

 



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クリスマスは踊る(2) 愛のノクターン

ハイ、またお会いしましたね!

前回はコミュニティセンターへも至らずクリスマスイベント編が名ばかりになってしまいましたが,今回はいよいよ現地に関東電柱組御一行様が到着いたします。
そこで繰り広げられる人間模様。
物語はどう動いていくのでしょうか?
乞うご期待!

……今回,場所がほぼ変わらないので,名所案内もサイゼのメニュー紹介もありません。本SSの見所が9割9分無くなってしまいました。
不甲斐ない作者でごめんね。



「雪乃ちゃん,ひゃっはろ~♪」

 

「どうして呼んでもいないねえさんがここにいるのかしら。比企谷くんは後でOHANASHI★よ」

 ぴゃ~~~!もうやだこの姉妹……

 コミュニティセンター前に着くと,雪ノ下,由比ヶ浜,三浦,一色が待っていた。川崎は,家族にお昼を食べさせてからけーちゃんを連れて後で来るらしい。

「雪乃ちゃん,ひどいじゃない。おねえちゃんだけ仲間外れなんてー,ぷんぷん」

「ねえさんは総武高校の生徒でもでも海浜総合高校の生徒でもないのだからお呼びでないわ。こらまった失礼しましたと帰って頂戴」

 雪ノ下,それはちょっとクレイジーだぞ。

「まあまあ,ゆきのん。陽乃さんも悪気があってのことじゃないだろうし」

「ありがとう,ガハマちゃん。私たちはちょーっと,クリスマスイベントを乗っ取りにきただけだよ」

「100パーセント悪気しかないじゃない!」

 雪ノ下が激高している。いいぞ,もっとやれ。

「雪ノ下さん,あーしお腹空いたんだけど」

「コホン。とにかくねえさんの分のお昼ご飯は用意してないわ。すたこらさっさと帰って頂戴」

「えーん,比企谷くん,雪乃ちゃんが冷たい。しくしく」

「ウソ泣きはやめてください,陽乃さん」

「てへ☆」

 おい,可愛いなこいつ。片目つぶって舌出して自分の頭をコツンとか,あざとさのレベルが一色とは段違い。なんなら本物じゃないかと勘違いするレベル。もう持ち帰っちゃっていいかな? いや,ダメだダメだ! どれだけ可愛くてもこれは偽物,それでも俺は,本物がほしい! うっかり騙されてラッセンの版画を買わされるところだったぜ,ふぅ。

「比企谷くん……」

 雪ノ下が地の底から響くような低い声で俺の名前を呼ぶ。陽乃さんを持ち帰りたいって一瞬でも思ったことを読まれちゃった? 俺ってそんな分かりやすい顔してる?

 


 

「いつからねえさんのことを名前で呼ぶようになったのかしら?」

 ほっ,サトラレたわけじゃなかったよ,よかった……じゃねえ!

「まあ,それはアレがアレでアレなもんで……」

「え? 何? 雪乃ちゃん,嫉妬? ジェラシー? 自分も名前で呼んでほしいの?」

「そ,そういうわけではないけれど,雪ノ下家の次女として跡継ぎたる長女が今まさにウォーキングデッド谷くんの餌食になろうとしているのを見過ごしてはおけないだけよ」

 いくらなんでも語呂悪すぎだろ!なんだよ,ウォーキングデッド谷君って。せめてゾンビ谷君にしろよ! いや,死んでないけれども!

「とにかくこれは奉仕部の問題なのだから,ねえさんはアラホラサッサと帰って頂戴」

「そんなこと言われても,おねえちゃん,もう身も心も比企谷くんのものだしぃ」

 

ピキィッ!

 

 今,ピキィって音がした!ほんとそんな音がした!

 恐る恐る雪ノ下の方を見るが……

「ヒッキー……身も心もヒッキーのものってどういうこと? どういうことかちゃんと説明してもらえるかな? ねえ? ねえ? ねえ?」

 由比ヶ浜,お前かい!

「これはあれだ,いわゆる陽乃ジョークってやつだ。雪ノ下をからかって言ってるだけだから,な,な,な?」

「ホント二?」

 目が光を失ってるよ! 死ぬ,これは死ぬる!

「結衣,大丈夫だよ。陽乃さんは今,八幡くんのバイト先の上司だからそう呼ばせているだけ。だから安心して」

「姫菜……」

「ね?」

「どうして姫菜はヒッキーのことを名前で呼んでいるのかなー? この前,部室でヒッキーが姫菜のことを名前で呼んでいたのもなぜかなー?」

「あちゃー」

 姫菜が俺をすがるような目で見てくるが,俺にはどうすることもできない。彼女の手を引いて逃げたいところだが,前門の由比ヶ浜,後門の雪ノ下。二人に挟まれて絶体絶命である。どうせ挟まれるなら由比ヶ浜の方がいいなと思ったりなんかしてない! 由比ヶ浜のアレにナニを挟まれたいとか絶対に思っていない!

 


 

「ちょっと,結衣に雪ノ下さんさあ~,いい加減お昼にしないと打合せとか作業が始まっちゃうんだけどー」

 ここで三浦の助け舟! 愛してるぜっ!

「ヒキオの処分は今日が終わってからでいいっしょ?」

 あ,処分されることは確定なんですね。やっぱり泥船だった……

「今日は私たちがお昼を作ってきたから,コミュニティセンターで食べようと思っていたのよ。ねえさんが来ることは聞いてなかったから,本当に用意がないの」

「じゃじゃーん!そんなこともあろうかと,ちゃんとおねえちゃんもお弁当を持ってきましたー!これなら文句ないでしょ?」

 後ろに控えていた都築さんが,風呂敷に包まれたお重を陽乃さんに差出し,それを雪ノ下の前で高々と掲げた。

「くっ」

 雪ノ下,どんだけ悔しいんだよ。

「ヒッキー!あたしもお弁当作ってきたから食べてね!」

「俺の処分ってそういうことか……儚い人生だった……」

「どういうことだし!?」

「比企谷くん,私の家で厳重な監視下の下,間違いが起こらないよう一切の余分な材料を持たずつくらず持ち込ませずの三原則を順守して作ったから,少なくとも死ぬことはないわ」

 由比ヶ浜の料理は核兵器並み!?

「隠し味に使おうと思ってた桃缶は,料理の時にはゆきのんにとりあげられちゃったから後でデザートで食べようね」

 雪ノ下GJ! 心なしかやつれて見えるのは気のせいだろうか。

「せんぱい,私も食後のデザートにお菓子を作ってきたので食べてくださいね♪」

「なんですか,お菓子が作れる可愛い女子をアピールですか。ちょっとときめいちゃったけど,あざとさが勝って一瞬で醒めちゃったのでごめんなさい」

「せんぱい,なんで私が振られたみたいになってるんですかー」

 一色が胸のあたりをポカポカ叩いてくる。怒ってもあざとい奴だ。

「ところで,本牧とか稲村とか他の生徒会役員共は?」

「え? 他の人たちには13時集合って伝えてるのでまだ来ませんよ?」

「おいおい大丈夫なのか?」

「ちゃんと生徒会の分は別にクッキーを焼いてきたから大丈夫でえす」

 ちゃんと考えてるんだな,一色。

「じゃあみんなでお昼ご飯にレッツゴー♪」

「なんでねえさんが仕切っているのかしら……」

 雪ノ下がブツブツ言っているのをスルーしながらコミュニティセンターの中へ入っていく。

「八幡,お昼代が浮いてラッキーだな☆」

 ビンボー苦学生の原滝が,すごくいい笑顔で喜んでいたことだけは特記事項として追加しておきたい。

 

 そこから女子たちが作ったお弁当でのランチタイムと相成ったわけだが,雪ノ下のサンドイッチが美味いのは当たり前として,三浦が作ったから揚げとサラダが結構いけたのは意外な感じがしたのだが,真に特筆すべきは由比ヶ浜の作った玉子焼きが,普通だったのだ! 普通に食べられたのだ! それだけで感動して泣きそうになった。由比ヶ浜の料理の腕を知らない原滝と由比ヶ浜本人を除いた全員が。

 食後に桃缶を食べようと思ったら缶切りが無く,由比ヶ浜が心底残念そうな顔をしていたのをよそに一色の作ったカップケーキと雪ノ下の入れた紅茶を楽しんでいたら,生徒会副会長の本牧が血相を変えてその場に飛び込んできた。

 

「か,会長,大変です!」

「副会長,そんなに慌ててどうしたんですか?皆さんにはクッキーを焼いてきたからおやつの時間に食べましょう」

「それどころじゃないです! 海浜が,海浜が……」

「海浜がどうかしました? あちらの会長,お年寄り相手の陶芸教室をやるって張り切ってたじゃないですかー」

「そ,それが,イベントを中止したいと言ってきたんだ!」

「は?」

「……」

 

「ええーーーーっ!!!」

 

 青天の霹靂とはまさにこのこと,その場にいた全員がぶったまげである。

 ろくろを回す手を骨折して陶芸教室が中止になったと言うのなら話はわかるが,イベント自体を2日前に中止しようと言うのはただ事ではない。

「ちょっと,あーし文句言ってくるし!」

 怒りの表情を浮かべて鉄砲玉のように飛び出していこうとする三浦。

 単に怒鳴り込むくらいのことなら問題ないが,この勢いのまま飛び込んでいき,まかり間違って暴力沙汰にでもなろうものなら,たとえそれが偶発的なものだとしても海浜総合の申し入れ云々に関係なくイベントは中止されてしまうだろう。

 このまま行かせてはだめだと判断した俺は,慌てて三浦を止めようと後ろから羽交い絞めにした。

「おい,ちょっと落ち着け!」

 

 むにゅう。

 

 むにゅう?

 

「あ……んん……」

 

 三浦の艶めかしい声に我に返り,置かれている状況を冷静に確認する。今,俺の手の中に2つの柔らかいものがある。

 はっきり言って,おっぱい。

 三浦の柔らかい,おっぱい。

 おっぱい。

 

 あ,死んだ。

 



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クリスマスは踊る(3) 涙のチャペル

ハイ、またお会いしましたね!

サードシーズンの3話目です。
玉縄ら海浜勢が突如クリスマスイベント中止を言い出した!?
それに対して八幡たちはどう対処するのでしょうか?
ご期待ください!

って、ネタがないとすぐ修羅場に走るのは悪い癖ですね。
なんかクリスマスイベントそっちのけですがいいのでしょうか?



 三浦は両腕を組んで胸を隠すようにしてその場でうずくまっている。

 由比ヶ浜はブルドックのようにウーと唸り姫菜はため息をつき原滝は呆れた表情を見せている。

 後ろに立つ雪ノ下の表情をうかがい知ることはできないが,背中に絶対零度の冷気が伝わり,それこそ,お仕置きです!とか言われて何らかの力で吹っ飛ばされかねない霊圧を感じる。

 

「ヒキオ……」

「はい!ヒキオです」

 三浦の呼びかけに反射的に返事をしてしまった俺。

 静かに俺の名を呼ぶ三浦,風は語らないが,怖い,怖すぎる! これならいつものように炎のごとく怒鳴られた方がまだましだ。いや,それも十分怖いけれども。

 まさに嵐の前の静けさか,この後にやってくる大災害を思い,静かに目を閉じて心の中で念仏とお題目とアーメンを唱えながらメッカの方向に向かって礼拝を行っていたところへ三浦が再び口を開いた。

「責任とれし……」

「せっ,責任というのはやはり金銭的補償でしょうか? ででで,でんちゅう組のバイト代が出るまでは全く持ち合わせがないので,少々待っていただいてもよろしいでしょうか?」

「あーしの体と純情を弄んで金で解決しようとするわけ?」

 今度は振り向きざま,キッと睨みながら俺を非難する三浦。

 だが,俺に向けられた目は涙で潤み,俺がしてしまったことの重大さを物語っていた。三浦だってオカンである前に一人の乙女なのだ。いや,本当にオカンじゃないけれども。

 俺のしでかしたことを考えれば,本来なら罪悪感で押しつぶされるくらいになっていて当然なのだが,正直に言って今の三浦の姿を,

「かわいい……」

と思ってしまった。

 

「な……!? ヒキオあんた……」

 三浦が驚愕に満ちた顔をしている。

 WHY?

「たぶん気づいていないと思うけど,八幡くん,今,声に出てたよ」

「え,マジ?」

 姫菜の指摘に今度は俺が驚愕する番だ。コレ死んだ。もう死んだ。ディレイマジック・トゥルーデスだ。

 


 

 立ち上がった三浦がどんどん俺に近づいてくる。蛇に睨まれたヒキガエル,おばあさんに睨まれた加藤清正の如く俺の身体が固まって,一歩も,1ミリたりとも身体を動かすことができなかった。決して体の一部分を硬くしたとかいう下ネタでは全くない。

 三浦の身体がずんずん迫ってくる。その手が前に突き出され俺の頭の後ろに回され……?

「はいストップ!」

 姫菜が三浦の手をチョップで払い落とし,俺と三浦の間に身体を割り込ませてくる。

「優美子……今,八幡くんにキスしようとしたよね?」

 え゛!?

「だって……」

「駄目だよ,こんな人前でそんなハシタナイことを」

 いや,あなた前シーズン,奉仕部の部室でみんな見ている中,公開キッスをしてましたよね? 自分の胸に手を押し付けさせて。

「そうだそうだ,こんな人の多いところでキスなんか間違ってるぞ」

 原滝,お前はもっと人の多いディスティニーシーのレストランで,当時のクラスメイトのはやみんとかに見せつけるように俺とキスしてたからな。

「優美子はさ……隼人くんが好きだったんじゃないの? 隼人くんがはやこさんになったからってすぐに乗り換えるような子だったの?」

 由比ヶ浜の目に光がない。怖い。あと怖い。

「あーしはヒキオに責任を……だって,男の人に胸を触られたのヒキオが初めてで……だけどそれがちっとも嫌じゃなかったし……」

 おおぅ,そうだったのか。それならそうと言ってくれればもう少し……我ながらゲスいな……

「それに隼人はあーしに何も言ってくれなかったけど,ヒキオは本音でかわいいとか言ってくれた……これまで下心丸出しの奴に同じことを言われても嫌悪感しかなかったけど,ヒキオに言われた時は嫌悪感どころか何か分からないけどとにかく嬉しかった……そんなの今まで生きてきてヒキオだけだし……その人を好きになって悪いの? あーしが……悪い……の……?」

 目に一杯の涙を溜め,最後はかすれ気味に声が小さくなった三浦。

 えっ? これは誰? 本当にあの獄炎の女王なの?

 はあ,と再び大きなため息をつき,姫菜が三浦に語しかける。

「優美子は悪くない,悪くないよ。悪いのは……」

 姫菜がチラッと俺を見る。え? 俺が悪いの?俺悪くないよね? 泣かせたの,姫菜と原滝と由比ヶ浜だよね?

 すると,姫菜が両の手で自らの(慎ましやかな)バストを鷲掴みにする仕草をした。

 ハイッ! 全面的に俺が悪いです! ホントごめんなさい。そしてごちそうさまでしたっ‼︎

「三浦、ほんとスマン。いや,ごめんなさい。お前を傷つけちまったよな。この埋め合わせは必ずする。だから今はクリスマスイベントのことを先にしていいか?」

「ホントに埋め合わせしてくれる?」

「お,おお……」

 何この破壊力!

 今にも涙がこぼれて落ちそうな潤んだ瞳で上目遣いに見つめられたら,もう完落ち寸前でしゅ。

 由比ヶ浜はブルドックのようにウーと唸り姫菜はため息をつき原滝は呆れた表情を見せている(2回目)

 三浦が小指を突き出す。

 つ,詰めろとでも言うのかな?

「約束」

「へ!?︎」

「指切り」

「あ,ああ……」

 指切りとはまた,三浦も乙女のようなことをするもんだ。いや,今日の三浦は乙女だな。

 差し出された小指に俺の小指を絡める。

「ゆびきりげんまん,嘘ついたらニューカレドニアのチャペルで挙式! 指切った!」

 おい! 何だよその斬新な指切りは!

 嘘ついただけで終身刑確定なの?それとも人生の墓場直行の極刑?

 あと,語呂悪い。

 


 

「あー,優美子ズルイ!」

 由比ヶ浜,ズルイはおかしくないか? いや,この指切り自体がおかしいのだけれども。

「そこは嘘ついたらはやはち……あ,隼人くんが女だったー! とべはち? ざいはち?」

 姫菜,材木座は勘弁してくれ! 罰ゲーム……約束を破るのが前提だから罰ゲームでいいのか? それでもとつはちでお願いします! 断固とつはち希望!!

「だって,こうでも言わないと約束守ってくれそうにないし……」

 おい! 俺ってそんなに信用ないのか?と言いかけたが,そういや普段から信用されるような言動してないな,はは。

「そ,そりゃヒッキー,あたしとのパセラでハニトーの約束も果たしてくれてないけど……あ,あたしもハニトーの約束を果たしてくれないなら結婚でいいかな?」

 いや,いいわけないよね? ハニトーの代わりに結婚って……もしそれが通るなら平塚先生にも教えてあげて欲しい。ま,先生の場合はハニトーより酒盗の方だろうけど。

「はいはい,部下の不始末は上司の不始末。三浦ちゃんにはさ,こんど比企谷くんとの温泉旅行をプレゼントしちゃうから,今日のところは我慢してくれないかな?」

「ぐすっ,ホントに?」

「ホントホント。わたし,暴言も失言も吐くけれど,虚言だけは吐いたことはないんだよ?」

「ねえさん,私のセリフをパクらないでもらえるかしら?ひどく不愉快だわ」

「別にいいじゃない,仲良し姉妹だし」

「誰が仲良し姉妹よ。もうそれが虚言じゃない」

「ちっちっちっ,雪乃ちゃんは分かってないなー。雪乃ちゃんは正しいことを選んで口にしているんだろうけど,わたしは口に出したことを正しいことにしちゃうんだよ。仮にそれが間違ったことであってもね。最後には正しくなる,正しくする。だから虚言ではないの」

「そんなの詭弁よ」

「そうかな?雪乃ちゃんのやり方じゃ世の中を,世界を変えることはできないよ?いくら正しいことを説いて廻ったとしても世の中は変わらない」

「どうして?間違ったことをしている人に間違っていることを指摘して正しい方向に導いてあげれば世の中を変えることができる」

「わけないじゃない。いい?世の中の半分はかつて正しかったことをいまだに正しいと信じてやっている人。だから間違っていると指摘しても信じることができない。それがすでに腐ってるのに鯛を信じてる。腐ってしまえば何の価値もないのに,それを捨てきれない人」

 腐ってるというところで俺と姫菜が目を合わせお互いに苦笑いをした。

「でもあと半分の人が正しさを認識すれば……」

「あとの半分は,それが間違ってると分かっていてそれでもやめられない人。例えば,いじめが間違っていることは誰だって知ってるのに,それを面白がって続けたり,周りからの同調圧力でやめたくてもやめられなかったりする。そしてそれを止めようとしたら,今度はその人がいじめのターゲットにされる」

 雪ノ下は何も話さない。あいつは今,あの千葉村の,そしてこのイベントに参加している留美のことを思い浮かべているのだろう。

「そんなところで,いじめはやめよう、間違っている,話せば分かると言ってそれが受け入れられると思う?もしそんなことを思っているなら,隼人並みにおめでたい頭の持ち主ってことになるわね」

 言いたいことは分かる。千葉村での葉山の言動を思えばまさにその通りだと思う。しかし陽乃さん,まるで見てきたかのような口ぶりも気にはなるが,それよりもアンチヘイトタグを付けられたくないのでその辺で勘弁ください。

 


 

「ただ正しいというだけでは何の力にもならない。今は正しくなくても最後に正しくあるために,正しく変えるために,あえて間違う勇気も必要なの。ね?比企谷くん」

「俺は世の中を正そうなんて大それたこと考えたことないですから……せいぜいその場を取り繕う悪巧みくらいですよ」

「それでも君は周りを変えてきた……君に救われた人間は一人や二人じゃないはずだよ。わたしもそう……君がいたから,君がいるからわたしは自由になれる,自由でいられる」

「俺なんかいなくても陽乃さんは元々自由じゃないですか」

「好き勝手に振舞うのと自由であることは違うよ。狭い檻の中でやりたい放題できたとしても本当の自由は得られない。檻を壊して外へ出なきゃ,やりたいことを自覚してそれを実現できる術を持たなくちゃダメなんだ。君と,海老名ちゃんと,バラダキちゃんと,みんなで壊すんだ,檻を。あ,これから三浦ちゃんも一緒かな?」

「あ,あーし?」

「そう。比企谷くんと温泉旅行行くんでしょ? 会社のお金で行くからには社員になってもらわないとねー」

 陽乃さんがタダで温泉旅行をプレゼントするなんて,と思ってたら,狙いはこれか!関東電柱組の勢力拡大に余念がない。そしてそのエサが俺か。いいのかね? このエサ,たぶん腐ってるよ?

「……わーった。何するか分かんないけど,姫菜,原滝,ヒキオ,よろしく」

「み,三浦さん,あなたまで……」

 雪ノ下が珍しく動揺している。雪ノ下と三浦は水と油,炎とブリザードのように全く相容れない二人で三浦が電柱組に入ろうが雪ノ下的にはどうでもいいんだろうと思っていたのだが。正義を旨とする雪ノ下にとって,悪の秘密結社が勢力拡大していくことが許せないのかもしれない。

「比企谷君,今に見てなさい。いつかあなたを取り戻すから」

「雪ノ下,何を言ってるんだ? 俺は奉仕部を辞めるわけじゃないぞ?そりゃバイトがあるから今までのように毎日というわけにはいかないが……」

「八幡は鈍いな」

「八幡くん,そういうことじゃないと思うな」

 原滝と姫菜が呆れ顔で俺を見る。解せぬ。

 



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クリスマスは踊る(4) DOO-WOP! TONIGHT

ハイ、またお会いしましたね!

サードシーズン4話目。
雪ノ下姉妹の論争から今日のお話は始まります。
二人の間に吹くすきま風。
二人は再び今まで通りの仲良し姉妹に戻れるのでしょうか?
それでは,お楽しみください。

セカンドシーズンを見ていただければ分かりますが,陽乃さんはゆきのんが大好きです。好きだからこそ,自立してほしいと試練を与えているのです。

たぶんね。


「雪乃ちゃんはさ,持つものが持たざるものに慈悲の心をもってこれを与える,とか,飢えた人に魚を与えるのではなくて魚の獲り方を教える,自立を促すなんて言うじゃない?」

 

 陽乃さんは三浦の電柱組入りに動揺する雪ノ下に対し,さらに挑発するように話を続ける。

「そうよ。それが間違っているとでも言うの?」

「もちろんそれも大切なこと。でもね,わたしたちが先頭に立って最前線で戦って後に続く人たちを導かなければ世の中を変えることなんてできないよ。魚の獲り方を教えるんじゃなくて,まずはわたしたちが魚を獲って,そこに魚がいること,魚の獲り方が間違っていないことを知らしめてみんなが魚を獲りたいと思うように導かなきゃいけないんだ。魚を欲する人に魚を与えるか獲り方を教えるかじゃなくて,魚を欲していない人にも魚を獲りたくなるようにしなきゃいけないんだよ」

「それじゃ,その人たちはねえさんに動かされるままじゃないの」

「そうだよ。だって,みんなバラバラの方を向いてたって物事を変える力にはならない。わたしの向く方を皆が向くことによって世の中を変えることができるんだよ」

「そんなの……その人たちの自由を奪って自分の目的のために使役するなんて許されるはずがないわ」

「何を言ってるの。彼らは自己の意思を実現するために,自らの意思に従ってわたしと目的を同じにして一緒に進んでいくの。自らの意思を実現できないところに自由なんて存在しないよ」

 これはアレだ。二人の考える自由の概念が異なっているのだから,この話はどこまでいっても平行線だろう。しかし……

 


 

「陽乃さん,もうそのくらいでいいでしょう? 雪ノ下も今はクリスマスイベントのことを先にしてくれないか。ルミルミやけーちゃんも今日までこのイベントを成功させようと一生懸命頑張ってきたんだ。今さら中止になんかさせたくない。頼む」

「そ,そうね。これは奉仕部への依頼でもあるのだから,部外者の,ええ,部外者のねえさんに惑わされて取り乱すなんてはしたないことだったわ。ごめんなさい」

「ねえ,雪乃ちゃん,今,部外者を2回も言ったのはなぜなのかな?かな?」

「陽乃さん!」

「ごめーん,比企谷くん。今はそれどころじゃないよね……おねえちゃん反省……」

 しおらしく見せてはいるけれども,本当に反省しているかどうかは実に怪しい。だいたい俺がツッコみたかったのは,ひぐらしネタは前にもやってそろそろ飽きられるからよしなさいということだったのだが……まあそれよりも第一に考えなければならないのは,海浜の玉縄会長にイベント中止を翻意させることなんだ。

「なあに,おねえちゃんがちょっとおど……説得すればすぐに聞いてもらえるから」

 今この人,脅すって言いかけたよね? そりゃあ悪の組織の大元帥閣下でいらっしゃいますから,当然そのくらいのことはなされるんでしょうけれども。

「みんな今日まで頑張ってきたんだから,なんとしてもクリスマスイベント開催するよ、おー!」

 めぐり先輩のように握ったこぶしを突き上げて気勢を上げる陽乃さんだが,ぽわぽわした癒し要素は全くない。それに……

「ねえさんはこれまで何もしてないじゃない。さもずっと頑張ってきたたような振る舞い,厚かましいことこの上ないのだけれど」

 そう,それ。今日までクリスマスの飾りや演劇の準備,そして玉縄の相手やらで苦労をさせられてきた立場からすれば当然そう思うよね。

「もう、雪乃ちゃんは硬いなー。それじゃあ,おねえちゃんがこのイベントのために裏でどんな暗躍をしてたか聞かせてあげようか?」

 裏で暗躍って,怖い。ただただ怖い。

 雪ノ下が頭を抱えている。俺も頭痛に加えて背筋も寒い。頭が痛くて背中に寒気を感じるとなればこれはもう風邪だよね? こじらせないように帰って寝てもいいかな?とも思ったが,ルミルミとけーちゃんの哀しむ顔が頭に浮かび,そんな真似はできないと思い直す。

 け,けっしてこのまま帰ったら後でもっと酷い目に合うから諦めたとかじゃないよ? ホントダヨ?

 


 

「せんぱい,ほんとにヤバいです……わたしの生徒会長としての初めての大きな仕事なのに,こんなのって……」

 一色はいつものあざとさをカケラも感じさせることなく,まるで捨てられた仔犬のように,今にも泣きだしそうな顔で俺に呟いた。

「大丈夫だ,一色。お前の初仕事を台無しになんかさせない」

 つい小町を慰める時のように一色の亜麻色の髪を頭ポンポンしてしまう。

「ヒ,ヒッキー,まじキモい」 

「通報ね」

 いつもの方々からのいつもの反応ありがとうございます。当然一色からも……

「せんぱい……」

 お,おい,うっとりとした目で俺を見るな! いつもの高速お断り芸はどこいった? そんで俺の上着の端をちょこんとつままないで! あざとさが無い一色なんてただただかわいいだけだろ! それにしても周りの視線が超痛い。原滝と姫菜はジト目でにらんでるし陽乃さんは何やら含みのあるニヨニヨとした笑顔を浮かべている。

 とにかく今は本牧に話しかけてこの雰囲気を変えよう。そうしよう。 

「で,イベント中止の理由は何だ?」

「それが何を言っているか全くわからないんだ。海浜の連中,全員が全てをほっぽりだしてドンチャン騒ぎを始めてるしな」

「は?」

 玉縄が何を言ってるのか分からないのはもはやデフォだが,全員がドンチャン騒ぎだと!?︎ 本牧が告げた事実に,玉縄たちへの怒りがふつふつと湧き上がるのを抑えることができない。これまでのみんなの思いや努力を踏みにじりどんちゃん騒ぎとか,あいつらいったい何をやってるんだよ!

 こんなことならさっき三浦を止めずにそのまま行かせればよかった。そしたら少なくとも変なフラグが立つこともなかったよな……

「ふざけてるわね。そんな非道が許されていいはずがないわ」

「ゆきのんの言うとおりだよ。みんなで抗議に行こう! こんなの絶対だめだよ!!」

 この場にいる全員の思いが一つになり海浜勢に抗議に行くことになった。

 元々それぞれの学校が自らの企画をやるという二部構成になっていたし,最悪,総武だけでイベントを開催することはできる。海浜のプログラムはバンドとクラシックの演奏だったか,バンドのほうは,雪ノ下に陽乃さん,平塚先生に由比ヶ浜がこのイベントに関係しているのだから,あとはめぐり先輩だけ呼べば文化祭の時の即席バンドの完成だ。そのめぐり先輩も一色を心配して当日は見に来てくれることになっているから,予定の方は大丈夫。事前に曲の打ち合わせしておけばOKだ。

 クラシックは,今からフルオーケストラを用意するのは難しいだろうが,陽乃さんのヴァイオリンと雪ノ下のチェロで美人姉妹の二重奏ならば観客も大喜びじゃないだろうか?

 ついでに姉妹で童謡を歌うなんてのもいいな。えと,何だっけ……阿佐ヶ谷姉妹?

 陶芸教室は……材木座に頭に手ぬぐい被らせて,作務衣姿でロクロ回してればなんとか見た目だけは取り繕えるよな?

 明日一日,地獄の特訓だな。たぶん雪ノ下あたりが指導することになるだろうから,1日で10キロくらい痩せるかもしれん……

 あれ? もう海浜いなくても何も問題ないんじゃね?

 ……と言えるような雰囲気じゃないよなあ。とにかく会計の稲村,書記の藤沢も合流し,全員で海浜勢が作業場としている会議室に乗り込んでいったのだが……

 

「せんぱい……これはいったい何ですか?」

 一色が唖然とした表情で海浜勢を見つめている。

 他のメンバーも開いた口がふさがらないという顔だ。

 

「かっぽれ かっぽれ 甘茶でかっぽれ ♪」

 ちゃんちきちゃん♪

 

 そこでは,玉縄を除く海浜勢が総出でかっぽれを踊っていた。

 その輪の中で玉縄が番傘の上に四角くて大きな枡を乗せ,くるくると回している。

 回すのはロクロだけじゃないとか,何気に器用だな,玉縄。 

 

 なにこれ。

 



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クリスマスは踊る(5) 悲しみのブルー・クリスマス

ハイ、またお会いしましたね!

サードシーズンも5話目を迎え,いよいよ佳境。
突如イベントを中止すると言い出した玉縄会長たち海浜総合高校。八幡たちは彼らを翻意させ,無事クリスマスイベントを開催することができるのか?
危うし,クリスマスイベント!
彼らの逆転の一発は?
八幡たちの活躍に乞うご期待!

と言うわけで,クリスマスらしくお目出度く参りたいと思います。

そして,お待たせいたしました!
ようやく皆様お馴染みのあの男が登場します!!



 かっぽれを踊る海浜勢と番傘の上で一升枡を回す玉縄を前に,さすがの雪ノ下も頭を抱えてどこから突っ込んでいいのか悩んでいるようだ。

 

 とりあえずは玉縄だ。奴と話をしなければ何も始まらないのだが,あの傘を無理やり止めようとすれば上で回る枡がどこに飛んでいくやも知らず,当たりどころが悪ければ最悪死人が出るかもしれん。

 とにかく声をかけようにも,傘の上しか見ていない玉縄を前に飛び込んでいく間合いすら見つけることができない。

 

「比企谷君,いつものように何か小ずるいことでも考えてなんとかしなさい」

「おい雪ノ下,小ずるいとか言うな」

 一つだけ方法を思いついてはいるのだが,俺の理性がそれを拒む。

「せんぱい……」

 一色,泣きそうな目で俺を見るな。

「比企谷先輩……」

 そうか。書記の藤沢にとっても一年生で生徒会役員になって初めての大仕事なんだよな。

 俺は,はぁ,と一つため息をつき,かっぽれのリズムが鳴り響く部屋の中へ足を踏み入れようとした。

 

「八幡くん……あの修学旅行で無理なお願いをした私がこんなこと言うのもおかしいと思うけど,自分が傷つくような方法じゃないよね?」

 寸前,姫菜が心配そうに俺に尋ねる。

「ああ,大丈夫だ。お前らを悲しませるようなことはしない」

 嘘だ。これをやれば確実に俺は傷つくだろう。だが,今,俺がやらなければ……

「信じてる……」

 姫菜の声が,視線が,俺の胸に突き刺さり,ズキンとした痛みを感じさせる。それでも俺は……

 


 

 全てを振り切るように玉縄のいる部屋の真ん中へ飛び込んで行き,両手を大きく何度も打ち叩いた。

 

「あめでとうございまーす!」

 

「いつもより余計に回しておりまーす」

 

「一升枡を回しまして,これを見た人,一生ますますごはってーん!!」

 

 俺が大声で叫ぶと,玉縄は傘を大きく跳ね上げ枡を高く飛ばし,一瞬のうちに傘を畳み落ちてきた枡をキャッチする。

 

「ありがとうございまーす!」

 玉縄も大声で答える。

 

 はいっ!っと玉縄と二人で手を広げて観客にアピールする。

 いつの間にかかっぽれのリズムは止み,部屋の入り口では総武勢があんぐりと口を開けて立ち尽くしている。

 

「ぷっ,ひ……ひきがや……超ウケる!ひぃ~~~可笑しい~~~」

 部屋の端で見ていた折本が腹がよじれるくらいウケてくれて,俺は辛うじて救われた。

「あーっはっはっはっ! さすがは比企谷くん! 私が見込んだ男だけはあるね」

 大元帥も気に入っていただいたようで何よりです。

「ま,まさかのたまはちコラボ!お前の枡にオレの傘をぶち込んで……タマに縄ではち,マンを責める……キマシタワー!!」

「姫菜,自重しろし」

 久しぶりに竜巻地獄もビックリの鼻血を噴出した姫菜の面倒をみる三浦。姫菜自体はあの修学旅行以前も今も変わらないのだろう。俺だってそうだ。たぶん何も変わっていない。それでも,今までなら玉縄ら海浜勢を罵倒してヘイトを集め,それを一色か本牧あたりに咎めさせて海浜にこちらの話を聞いてもらうというような方法を採っていたかもしれない。もちろん葉山隼人(♂)のように勘のいい人間がいないと成り立たないということもあるのだが、それよりも今回それをしなかったのは俺自身が変わった,のではなくて姫菜や原滝,雪ノ下に由比ヶ浜,陽乃さん,川崎,三浦(嫌々ながら葉山も含め)俺を取り巻く環境が変わった結果,それぞれの引力で今までとは同じ位置に立っていられなくなったということなのだろう。これまでぼっちだったから誰の影響も受けずずっと同じところに立っていられたが今はもうそうではない。

 ではあいつらと一切の関わりを拒否したら元の位置に戻れるのか?相手から飛び込んできている以上,斥力を働かせたところでやはり元の場所にはいられない。何より,その考えをこの俺自身が否定している。以前の俺なら与えられるものも,貰えるものも,それはきっと偽物でいつか失ってしまうからと何も欲しなかっただろう。だが,今は違う。今,ここにあるものが本物なのか偽物なのか,本物にするか偽物にしてしまうかということ自体が俺にかかっているのだ。本物が欲しいなんて傲慢だ。まだ本物か偽物か分からないものを俺自身の力で,努力で本物にしなければならないのだ。

 フランク三浦はフランク・ミュラーの偽物じゃなく,その歩みによって本物のフランク三浦として……

 


 

「比企谷くん。何か真剣な顔で小難しいことを考えているようだけど,染之助染太郎ポーズじゃ様にならないよ……プークスクス」

「あ,いや,ワタクシ,頭脳労働担当なんで……」

「OK!では次は土瓶を……」

「ちょ,ちょっと待て!」

 玉縄が次の演目に入る前に慌てて止めに入る。

「ここからが新しい芸をオーディエンスにローンチするクライマックスシーンなんだが」

「いやいや,そうじゃなくてだな。我々やステークホルダーに何のコンセンサスもなくスキームをゼロベースにするというディシジョンを下したということについてアグリーしかねるということを……」

「せんぱい,はっきり言ってキモイです」

「……言うな,一色。俺が一番そう思ってる」

「この期に及んでクリスマスイベントを中止するだなんて一体どういうことかしら?あなたたちの準備が整わなくてできないというのならもうあなたたちには頼らないわ。私たち総武高校だけでイベントを行います。もうこの場から消えてもらっていいかしら」

 いつになく雪ノ下が辛辣だ。藤沢は怯えているし一色の顔はこれ以上ないほどにひきつっている。俺が相手に寄り添ってできるだけ穏便に話を進めようとしているのに台無しじゃねえか。

「いや,君たちが何を言ってるか分からないのだが」

「お前にだけは言われたないわ!」

 うっかり怒鳴っちゃったよ。まだ人間ができてないね。八幡反省。

 

「なぜにバテレンの祝い事などを我々がしなければならないのだね?」

 

「は?」

 

 総武高生全員が頭にクエスチョンマークを浮かべていた。

 そもそもこのクリスマスイベントを持ちかけてきたのは海浜総合側で,イベントについてのコンセプトとグランドデザインに関するコンセンサスは共有できていたはずだ。今更何を言ってるんだ?こいつは。

「ジャパニーズならクリスマスじゃなくてニューイヤーをセレブレートすべきじゃないかな」

 もはや意識高い系じゃなくてただのルー大柴である。

 しかもニューイヤーなんてまだ先だろうが。たしかに欧米ではクリスマスカードに「Merry Christmas and Happy New year」と新年の挨拶も併せて書くが,それはあくまでもクリスマスカードに一緒に書くだけであって,クリスマスと正月がいっぺんにやってくるという意味ではない。

「君たちの学校もきょうは正月休みだったろう?小学校も中学校もみんな正月休みだぞ。だったらクリスマスはもう終わっているのだから,正月を祝うのは当然じゃないか。そのためにこうやって目出度い芸を練習してるんだ。さあ,みんな一緒に歌い騒ごうではないか!」

 

「富士の白雪ゃノーエ 富士の白雪ゃノーエ 富士のサイサイ♪」

 ちゃんちきちゃん♪

 


 

 また歌えや踊れやのどんちゃん騒ぎがはじまった。正月休み?こいつら頭大丈夫か?

「そう言えばせんぱい,きょう学校で休みを告知する張り紙のところにしめ縄飾りも飾ってありました……」

「なんだと?」

「そうそう,ウチの高校もなんか日の丸とか掲揚しちゃってて何の祝日かと思ってたんだけどさ。千佳とミスドでだべってて,ちょっと遅れてきたらみんなこうなってて超ウケるよね」

「いやウケねえから」

「ま,まさか……」

 原滝の顔が急激に真っ青になった。

「おい,なんか知ってるのか?」

 

「あけましておめでとうございます!!」

 

 そこに現れたのは,頭の上に門松を乗せ,額に日の丸の扇,賀正と書かれた裃にイセエビのついたしめ縄飾りを股間に下げた,一言でいえば変態だった。

 



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クリスマスは踊る(6) アンチェインド・メロディ

ハイ、またお会いしましたね!

全国1億数千万の正月ファンの皆様,お待たせいたしました!
皆様お馴染みのあの男と八幡たち総武高校の面々との全面対決!
熱い男たちの戦いに女たちの想いは……
いよいよサードシーズンクライマックス!
愛の力は正月に勝てるのか?
ご期待ください!!

……何のことかさっぱり分からん。
サードシーズン6話目ですが,実質,この話が本シリーズの完結編みたいなものです。
なぜなら本シリーズはこの男を出すためにあったのですから。
とはいえこのあと番外編もありますので,あと3~4話お付き合いください。



「私は正月仮面! このうえなくお正月を愛する男!」

 

「脱走した改良人間とはお前のことだったのか!」

 どうやらこの正月仮面と名乗る変態男は原滝の知り合いらしい。

「私は正月が1年に3日しかないことがこの上なく悲しい。過去に一年365日をすべて正月にしようとしたのだが,日本人の心のふるさと,お盆にあえなく敗れてしまった。だが,バテレンの祭りであるクリスマスなどに負ける道理はない。まずはこの千葉を手始めに日本中のクリスマスを正月に変えてやるのだ」

「そんなことは許さないぞ! このクリスマスイベントには俺たちの汗と涙,そして地域の人々や子供たちの夢と希望が詰まってるんだ! お正月になんかさせない!!」

「副会長……」

 生徒会副会長の本牧が前に出て大見得を切り,書記の藤沢がうっとりとした目でそれを見つめている。

「この会計の稲村,義によって副会長に助太刀いたす!」

「おおー,二人とも頑張ってください! あんな変態やっつけちゃえ!」

 おい,一色。応援するのはいいが俺の陰に隠れて言うのはやめろ。

「仕方ないな。とりあえず藤沢も危ないから俺の後ろに隠れてろ」

「え,あ……はい……」

 俺の言うことに大人しく従い,一色とともに後ろに隠れる藤沢。

 そうこうしているうちに生徒会役員の二人がジリジリと正月仮面ににじり寄る。

「稲村,僕は右から行くから,お前は左から頼む。一気に抑え込むぞ」

「よし,分かった」

「お,おい!不用意に近寄るな!」

 原滝が焦った声で叫ぶ。だが二人は止まらない。

「いくぞ!」

 

「初もうでビーム!!」

 ちゅいーん!

「うわっー!」

 しゅぼむ!

 

 本牧と稲村は,正月仮面の出したビームを真正面から浴びてしまった!

 

「金毘羅ふねふね追い手に帆かけてシュラシュシュシュ♪」

 どんちゃんどんちゃん♪

 

 よく分からんリズムとともに踊り狂う本牧と稲村。

 とうとう総武高校からも尊い犠牲者が……

 

 本牧と稲村は正月になった……

 


 

「せ,せんぱい,わたし正月は好きですが,正月になるのは嫌です……」

 さすがにいつものあざとさは影も形もなく,本気で怯えているようだ。

「比企谷先輩,ど,どうしましょう……」

 藤沢の声も震えている。そりゃこんな変態を前にしたら怖いよな。俺でもチビる。

「原滝! お前,こいつを知ってるんだろ? 何か弱点とか無いのか?」

「そうだな……こいつはインド人に弱いぞ」

 いや,インド人いないよね,ここに。だいたいなんでインド人なんだよ。

「インド人には日本の正月光線は通用しないんだ」

 じゃあ,イギリス人でもいいよな? 由比ヶ浜に金髪のヅラを被らせて「カレンデース!!」とでも名乗らせておけば大丈夫か?

「いや,それは父親が日本人だからダメだろ」

 だから,原滝,モノローグにツッコミを入れるのはやめろ!

「あとは口車だな。さっきあいつが言ったように,以前,地球防衛軍のやつらの口車で正月がお盆に敗北し,無力化されたからな」

「地球防衛軍!? そんな奴らがいるのならここには来てくれないのか?」

「あいつらは県立だから大分県以外には出動しない」

「チクショウメ!」

(※ちなみに,実際にはCIAの要請により変態の都,ロサンゼルスに派遣された実績があります。作者註)

 

「さあ,次は誰が正月を祝ってくれるのかな?」

 

「そこまでよ,悪党!」

 

 雪ノ下が一歩前に進み,正月仮面と対峙する。

 

「下がりなさい、悪党。こんなひどい事して、私は許さない」

 

「バ,バカ!お前,こんなところに出てくるな!」

「これだけの被害者が出てるのよ? この男を放置すれば,学校だってずっと正月休みのままになってしまうわ」

 え,そうなの? 学校行かなくていいって,ひょっとしてサイコーじゃね?

「そうなれば私たちは永遠に総武高校2年生のまま……平塚先生の年齢になっても高校の制服を着続けなければならないのよ?」

 ちょっと平塚先生が高校の制服姿でディスティニーランドを闊歩する姿を想像してしまった……うん,知り合いに見つかったら死ねるってやつだな。あるいは,いかがわしい企画物のビデオなら思い当たる節が……

「平塚先生はちょっとアレだが,お前なら案外その年になったとしても似合うんじゃないか?」

「ちょ,ちょっと比企谷君!? こんな時にいったい何を言い出すのかしら」

 雪ノ下の顔がゆでダコのように真っ赤になった。やべえ,烈火のごとく怒っていらっしゃる。

 ちなみに,烈火と言えば神戸の植垣製菓という会社が作っている「烈火わさび」というおかきがアホほど辛い。涙なくしては食べられないほどだ。辛い物が苦手な人や小さなお子様は決して口にするんじゃないぞ。

 


 

「雪ノ下,こいつの相手は俺がする。お前は一色と藤沢を連れて逃げろ」

「なっ! またあなただけが犠牲になると言うの? それで自分だけ助かるなんてできるわけないじゃない!」

「雪ノ下……俺は,お前がかっぽれを踊る姿なんか見たくない。それに,このままじゃこいつらまで正月になっちまう。今,これを頼めるのはお前しかいないんだ」

「そんな言い方……ずるいわ」

「頼む,雪ノ下」

 はぁ,とため息をつきながら小さく頷く雪ノ下。

「なあに,こう見えて俺は運がいいらしいぞ」

「ふふ,あなたにそんな要素は欠片も見られないのだけれど。いいわ,これが解決したら結婚しましょう」

「ヤメロ!それ,完全に死亡フラグだからっ!! まあ,結婚はできないがちゃんとカタはつけてやる。小町と戸塚がいないところでくたばるわけにはいかないからな」

「小町さん言うところのごみいちゃんの本領発揮というところかしら? それとも,クズマン,カスマン,ゲスマン,ヒキニートと呼んだ方がいい?」

「ごみいちゃんでお願いします……」

「私の一世一代のプロポーズを断ったのだから,絶対無事に帰って来なさい」

「ああ」

 雪ノ下にサムズアップで応える俺。

「書記ちゃん,わたしたち,なんか空気じゃない?」

「でも,比企谷先輩,私たちのために……かっこいいです……」

「書記ちゃん!?」

 


 

「おい,正月,俺が相手だ。どっからでもかかってこい」

 ずいっと正月の前に立ちふさがり,その隙に雪ノ下に一色と藤沢の手を引かせてこの場から離脱させる。

「ほほう,自ら名乗り出るとはなかなかよい心がけである。どうせ逃げたところで遅かれ早かれ全員正月を迎えてもらうのにな。おっ,殊勝な奴がもう一人いるようだぞ?」

 振り返ると,雪ノ下と入れ替わるように姫菜が俺の方に向かってきていた。

「姫菜っ! お前どうして……」

 せっかく雪ノ下たちを逃がしたのにこれじゃ……

「さっきの雪ノ下さんとのやり取りを見てたら,このままじゃメインヒロインの座が危ういと思ってねー」

「なんだよそれ。俺の覚悟はどうしてくれちゃうのん?」

 笑顔で軽口を叩く姫菜に力が抜けて,張り詰めた緊張感がどっか行っちゃったよ。

「まあまあ。それにさ,わたしなら雪ノ下さんのように正統派ヒロインじゃないから,かっぽれ踊ってもいけると思うんだよねー。ヨゴレもOKだよ? どうせならユー,ダンシング・トゥギャザーしようぜ!」

 ウチの学校にもいたよ,大柴系。

 てか,緊張感どっか行っちゃったなんて言ってはみたものの,そもそも周りでは玉縄ら海浜勢と本牧,稲村が踊り狂ってて緊張感のカケラも無いんだよなぁ。おいこら,そこ! クリスマス用のシャンメリーで酒盛りを始めるんじゃない!

 

「ひとつ出たホイのよさホイのホイ♪」

 チャカポコチャカポコ♪

 


 

「あははは……でもまあ,二人の愛の力があれば正月なんかには負けないよ!」

 臆面もなくよくそういうことを言うね,君は。

「それにね,全く勝算が無いわけじゃないんだ。わたしたちだからこそ勝てるかも知れない」

「そうなのか?」

「だーいじょうぶ! まーかせて!」

 と,言いながら中指を突き立てるポーズを取る姫菜。

 こら! そんなはしたないポーズは不許可であ~る。

 とは言え,何の根拠もない,とにかくすごい自信に少しだけ安心したりもする。

「そろそろ茶番は終わりか? じゃあお熱い二人にワクワクドキドキの初詣をプレゼントしてやろう」

 

 正月仮面がビームの構えに入る。

 俺の右側に立った姫菜の左手と俺の右手を硬く握りあって,目を瞑り歯を食いしばって正月仮面のビームに備える。

 

「あけましておめでとうございまーす! 初もうでビーム!!」

 ちゅいーん!

「ぐっ!」

 しゅぼむ!

 

「八幡!」

「比企谷くん!」

「ヒッキー! 姫菜!」

「ヒキオ! 姫菜!」

「せんぱい!」

「比企谷先輩!」

「ひきがや!」

 


 

「ははははは!これでお前たちも正月の虜に……」

 

「……何ともない」

「……ほら,言ったとおりでしょ?」

「な,なぜだ! どうして私の初もうでビームが効かないんだ‼︎」

 正月が信じられないものを見たという顔で驚愕に打ち震えている。

「愚腐腐腐。これがわたしたちの愛の力だよ」

 

「ギリッ!」

 

「……今,ゆきのんから何か聞こえちゃいけないような音が聞こえたんだけど」

「……由比ヶ浜さん……結衣,それは気のせいじゃないかしら?」

「でも『ギリッ』って」

「気のせいよ」

 

「姫菜,説明してくれるか?」

「そ,そうだ! お前ら,インド人でもないのになぜビームが効かないんだ!」

「それはね……八幡くんは正月だからって浮かれて初詣に出かけたり正月らしいことをする?」

「……いや,一緒に出かける友達もいないし家族もいつのまにか俺を置いていなくなってたりするからな,家でダラダラしてゲームしたりラノベ読んだり,いつもの日曜日と変わらん。それよりも,正月と日曜日が重なると正月番組でプリキュアの放送が中止になったりして,どちらかといえば憎むまである」

「わたしも同人誌即売会の後で魂が抜けたようになってるから正月らしい正月は迎えられないんだよね。だから,わたしたちに無理矢理正月を迎えさせたところで何も変わらないんだよ」

 ボッチと腐女子の組み合わせ最強だな!

「くっ,お前らは本当に日本人なのか? それでは,これはどうだ! 年賀状カッター‼︎」

「出す相手も,くれる友達もいない‼︎」

「グハッ!」

 俺の繰り出す自虐が正月仮面にクリティカルヒットした。ただ,なぜか俺にも相当なダメージが加わっているのは気のせいだろうか?

 

「やらせはせんぞ! 貴様らごときボッチと腐女子に,正月の栄光をやらせはせん! この俺がいる限り、やらせはせんぞーっ!」

 いや,それも壮大な死亡フラグだろ。

「八幡くん!滅びの言葉だよ!」

 え? 言うの?

「せっかく手を握ってるしね」

 ついで感ハンパないな!

 握られたままの二人の手を前に突き出し,

「せーの」

 

「バルス‼︎」

 


 

 シーン……

 

 沈黙。当然のことながら何も起こるはずがない。

 すると姫菜が俺の手を引きながら身構える正月の前までツカツカと歩いて行き,

 

「えい♡」

 

とばかり,空いた右手の中指と人差し指を正月仮面の目に突き立てる。

 

「ぐおおおお!目がっ!目がぁぁぁぁ‼︎」

 目を押さえて床を転げ回る正月仮面。

「やったね,八幡くん!やっぱり愛の力だね」

 いえ,普通にサミングという反則技だと思います。

 

「うう,ゼイゼイ……お前らに技が効かないからといってまだ正月が敗れたわけではないぞ」

 不屈の精神で正月仮面は再び立ち上がる。しかし,

「一年全部が正月になったら冬コミも夏コミも無くなっちゃうんだよ? そしたら,こういう本も出せないし読めなくなっちゃうんだよ?」

 姫菜がどこから取り出したのかわからないが一冊の薄い本を正月に渡す。

「ぬ? 何だこれは?」

 パラパラと本のページをめくる正月だが,だんだんページをめくる速度が遅くなり,とうとうじっくりと魅入るように真剣に読み出し,

「キ,キマシタワー!!!」

 と叫び声とともに鼻血を吹き上げ,後ろにぶっ倒れた!

「今,世の中を正月にしてしまったら,冬コミで売る予定のはやはちシリーズの完結編が日の目を見ずにお蔵入りになるんだけど,どうする?」

「ぎゃあああ! うおおおお!」

 正月が断末魔の叫び声を上げる。

「すんまへんっ私がわるぅございましたっ‼︎」

 その場でへへーっと土下座する正月仮面。

 

「確保〜〜〜〜〜!」

 その隙を見逃すことなくハルノ大元帥の号令一閃,大元帥直轄雪ノ下家黒服部隊が突入,正月仮面はあっという間に制圧され,ぐるぐる巻きでわっしょいわっしょいと担ぎ上げられて今は軽トラの荷台だ。

 


 

「ちょっとー文左衛門?あんたんとこの脱走改良人間をこっちで確保したんだけど,あちこち正月になって大迷惑してるのよ! この落とし前どうつけてくれるわけ? え? 聞こえないんだけどー」

 

 大元帥は大分にある電柱組本部のチルソニア将軍に激おこ電話中である。

「おい,なんで脱走なんかしたんだよ?」

 原滝が拘束された正月を詰問している。

「ぬ? お前がいなくなってからバイトの下っ端は辞めるわ店の中は荒れ放題だわ,防衛軍は受験で相手してくれないわで居心地が超絶悪くなってな。人手不足で監視の目も行き届いていない隙をついて脱走し,新門司港からオーシャン東九フェリーで東京港フェリーターミナルへ着いたのだ」

 コノヤロウ!俺なんかRO-RO船でしいたけと一緒に運ばれたってのにお前ずいぶん快適な船旅を満喫しやがって!!

 恨みを込めてキッと正月野郎を睨むと向こうも俺の視線に気づいたようだが,ポッと顔を赤らめて目を逸らされた。

 オイコラやめろ! さっきの薄い本にいったい何が書いてあったんだ? そういえば一瞬物騒な単語が聞こえていたような……

「どんな内容か知りたい?」

「いや,知りたいような知りたくないような,知ってはいけないような……。ところでなぜに姫菜さんはまだ手を握ったままなの?」

「ん~,今手を放すと,手の中のものがみんなに見えちゃうんだよね~」

 そう言えば,握った手の中に何かの感触が……

「ほら,もしみんなにこれが見えちゃったら,わたしがノーパンだってばれちゃうしー」

 やっぱりそれか~~~~~!

「だってこれは二人の愛の絆だから……」

 いい感じに言ったってパンツはパンツですっ!

「ヒッキー! もう事件は解決したのにどうして姫菜と手をつないだままだし!?」

「いや,それはその……」

「結衣,これはね,さっきの怪光線を浴びたせいで手が離れなくなっちゃったんだよ。無理やり剥がしたりしたら手の皮が剥がれちゃうかもしれないから自然に離れるのを待ってるの」

「えええ!?」

「いや,私の初もうでビームにはそんな効果は……」

「……はやはち」ボソ

「わーはっはっはっ!見たかね,私のビームの威力を!!」

「ほらね♪」

 由比ヶ浜に向けてニコッと笑顔を向ける姫菜。怖い,女怖い。はやはち怖い。

 


 

 かくして正月仮面は『初荷』と派手に飾られたトラックで大分へ向けて返送され,クリスマスイベントは無事開催された。

 せっかく企画したということで,元々の総武・海浜の企画に加え,雪ノ下たちのバンド,美人姉妹の弦楽二重奏,ついでに玉縄の太神楽までが演目に追加され,史上かつてない最高の盛り上がりを見せたのであった。

 

 あ,これ初めての企画だったわ。

 

 俺? もちろん玉縄と一緒に舞台に立ち,頭脳労働させられてきましたよ。玉縄もいつもより余分に傘と枡を廻していて,この企画が一番シナジー効果を生んでたな,うん。

 



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クリスマスは踊る番外編 KOMACHI☆の聖夜〜夢の中で会えるでしょう

ハイ、またお会いしましたね!

今回は番外編です。
ぶっちゃけ,初出時に最終話を元旦に公開すべく穴埋めのためにやっつけで書いたものです。
本当は2日くらい空いてもいいかなと思ったんですが,それまでは連日公開でしたし,本編で小町が全く出てきませんでしたので,千葉の兄妹ファンに贈る意味も込めてアップさせていただきました。
まあね,考えに考えて書いても1日で書いても低いクオリティに変わりはありませんでしたけどね……
こちらでの公開に合わせて誤字とか述語のキモチ悪さとかは若干修正しているもりではありますが……
本編は八幡視線で書かれていますが,番外編は例外ということでご容赦ください。
それにしても拙作の小町,酷い(苦笑)



 小町です。

 

 クリスマスイベント当日はお菓子作りや袋詰め,お客さんへの配布など大活躍した小町ですが,今シーズン本編では全く出番がありませんでした……

 あまつさえ新しいお義姉ちゃん候補も現れる始末。

 これまで小町はお兄ちゃんへの気持ちを断ち切るため,早くお兄ちゃんに彼女を作ってもらおうとして,結果,お義姉ちゃんコレクターなどと呼ばれてきましたが,前シーズンでお兄ちゃんと小町が相思相愛ということが分かったので,本当はもうお義姉ちゃん候補は要らないのです。

 とはいえ小町とお兄ちゃんは兄妹,いくら千葉の兄妹でも兄妹は兄妹。コッソリと結婚式を挙げることはできても本当に結婚することはできません。少子化を理由に重婚制度ができたり兄妹間の結婚が許されるなんてご都合主義のSSのような展開に期待などはできないのです。

 したがって,お兄ちゃんにはカモフラージュの彼女を作ってもらい,真の愛は小町と育むというのが理想なんですが,その彼女に誰が相応しいかというとなかなか難しいものがあります。

 

 まずお兄ちゃんの気持ちを一番に考えるなら戸塚さんです。

 戸塚さんは可愛らしいし優しいし,それでいて芯の強さも感じさせ,何よりいつもお兄ちゃんの味方でいてくれる理想の彼女です。

 だがしかし男です。男の子です。残念ながら候補からは外すしかありません。最近,九州の狭間医大というところの先生が男性を完璧な女性にする手術を行ったという噂がありますが,まあガセでしょう。

 ただ,もしそれが本当だとして戸塚さんが完璧な女性になった日には小町の方を振り向いてもらえなくなる可能性もあるのでやはりご遠慮いただきましょう。

 

 次はもちろん雪乃さんです。

 雪乃さんは綺麗で頭も良く,何でも完璧にこなす人で,お兄ちゃんが足らないところを色々と補ってくれるに違いありません。また,猫好きですからうちのかーくんも可愛がってもらえるでしょう。それでいて少し抜けているところもあって可愛らしさも持ち合わせていますから,お兄ちゃんのパートナーとしては最適かもしれませんが,どう考えてもお兄ちゃんが尻に敷かれる未来しか見えません。また,いくらお兄ちゃんが許しているとは言え,お兄ちゃんが罵倒されるのを聞くのは身内としては辛いものがあります。

 最愛の人が罵倒されるのを大人しく聞いていられる女がどこにいるでしょうか?

 え? ごみぃちゃん? 何のことでしょう?

 もし,小町とお兄ちゃんの関係が分かってしまった時に,「妹に手を出すなんて、筋金入りの変態ですね。エッチ,変態,汚らわしい,ぶち殺しますよ!」とか言われて本当に殺されかねないので雪乃さんは却下です。

 

 そして結衣さんです。結衣さんは可愛くて明るくて優しくて,なんか母性も感じさせる,まるで聖母のような女性です。

 ただ,結衣さんもお兄ちゃんのことをキモいキモいと言って傷つけてました。そりゃ、お兄ちゃんはよくキョドッて気持ち悪い時がありますが,それでもそんなにしょっちゅう言わなくてもいいと思います。

 また,料理の腕が壊滅的なのはいただけません。小町の作戦ではうちの実家に一緒に住んでもらわなければならないので,万に一つの……千に一つ……百……十に一つの確率だとしても結衣さんの料理を食べて落命すると言うリスクは避けたいものです。

 それにあのおっぱい。お兄ちゃんがあのおっぱいに溺れて小町のことを構ってもらえなくなったら大変です。やはり却下です。

 


 

 お義姉ちゃん候補はなまる急上昇中なのは姫菜さん。

 今まで千葉村でちょっとお会いしたことがある程度で,BL好きでお兄ちゃんとはあまり接点がないんだろうなあとノーマークでしたが,お兄ちゃんが九州の修学旅行から帰ってきたあたりから急接近しているようです。

 また,前シーズンでお兄ちゃんが姫菜さんのパンツをポケットに隠していたりと,ただならぬ関係を覗わせます。お兄ちゃんの方も「姫菜」と,小町以外では唯一の名前呼びです。

 時々夜中にお兄ちゃんが「彩加~~~! うっ!」という声を上げていることはこの際置いておきましょう。

 姫菜さんとはあまり直接お話ししたことはありませんが,ただものではない感じがします。その正体は分かりませんが,小町の本能が危険だと告げています。

 

 得体の知れなさでは,雪乃さんのお姉さんの陽乃さんも同じく,あるいはそれ以上に危険な匂いがします。

 雪乃さん同様の美しさと聡明さを兼ね備え,加えて雪乃さんにはない胸のゲフンゲフンにお兄ちゃんが惑わされてもおかしくはありません。

 お義姉ちゃんにするにはあまりにも危険すぎます。

 何より,このお二人は小町とお兄ちゃんの秘密の関係にすぐに気づきそうです。

 そのまま受け入れて……くれないよね、たぶん。

 

 今の総武高校の生徒会長のいろはさん。

 今回のクリスマスイベントで初めてお会いしましたが,可愛らしい感じの女性です。

 ただ小町には分かります。年下の立場とあざとさを十二分に使って男を手玉に取ろうとするタイプです。

 残念ながら一つの家庭に同じタイプは二人も要りません。

 

 あと,イベントでお兄ちゃんに絡んでいた人では藤沢さんと折本さんと呼ばれていた人がいましたが,藤沢さんは大人しい人で折本さんは賑やかな人という印象しかありません。

 ただ,聞くところによるとクリスマスイベントが中止になりかけた時,お兄ちゃんに変態から助けられたとかでひょっとして好意を持っている可能性もあるので今後要注意です。

 

 一番最近の候補では優美子さん。千葉村の時には怖いお姉さんという印象でしたが,クリスマスイベントでは参加者の子供たちを,甘やかすだけでなく厳しく叱り付けるだけでもなく,まるでお母さんのような感じで面倒を見ていましたね。

 そして,お兄ちゃんを見る目がまるで乙女のようだったのが印象的でした。今度,仲良くする機会を作ってもう少し知らなければ……もちろん連絡先は交換済みです!

 


 

 修学旅行の後しばらくして家に泊まった龍子さんは小町的には好感度高いです。

 聞けばご両親を亡くされて色々と苦労をされたみたいですが,それを感じさせないくらい明るくふるまっていて,美人でプロポーションもいいし特待生になれるほど頭もいいと聞いているので候補者としての資格は十分。そして,家に泊まった時に一晩中どったんバッタンと乱痴気騒ぎを繰り返しながら何もなかったという話を聞いて,初めはお兄ちゃんはやっぱりあの千葉村で会ったイケメンさんのことを……と思ったけれど,実は選ばれたのは小町でした〜ということだったので,お兄ちゃんの中の序列が小町より下なのが確定しているのも小町的にポイント高い!

 気も合いそうだし,龍子お義姉ちゃんなら3(ピー)もあるかも?

 

 あ,大志くんのお姉さんの沙希さんを忘れてました。

 沙希さんは強面の外見とは裏腹に家族思いで家庭的,努力家でお兄ちゃんが小銭稼ぎのタネにしているスカラシップも家庭のために獲るくらい頭もいいし,やっぱり美人でプロポーションもいいときている。

 ていうか,お兄ちゃんの周り美人多すぎでしょ……

 大志くんのお姉さんはお兄ちゃんと同じくシスコン,ブラコンですから,ひょっとしたら大志くんとただならぬ関係を結びたいとか思ってるかも知れませんねー。

 そうしたら小町と沙希さんの利害関係が一致して,小町が大志くんと,沙希さんがお兄ちゃんと結婚して同居すればWin-Winなリレーションシップが結べるというものです。え? 小町と大志くんは仮面夫婦ですから何もしませんよ?

 

 クリスマスイベントの会場に葉山はやこさんという美人さんもいましたが,あの人もお兄ちゃんのこと好きなのかなあ。やたら絡んでたもんなあ。千葉村であったイケメンさんと同じ名前だったし似てるような気がしたけど,双子かな? 

 小町,あんまり好きになれそうなタイプじゃなかったけど。

 

 千葉村といえば,あの時いじめにあっていた留美ちゃんもコミュニティセンターにいたよね。お芝居上手かったなあ。可愛いし将来性十分。お兄ちゃんのこと「八幡」って呼び捨てにしてたけど,どういう関係なんだろう?

 もし留美ちゃんがお義姉ちゃんになったら……小町のアドバンテージが無くなりそうだからやっぱダメだな。

 

 だいたい候補者はこんなとこだよね?

 


 

 さて,お兄ちゃんは奉仕部だか電柱組だかの打ち上げで帰りが遅くなるって聞いてるので,先に帰った小町はお兄ちゃんのベッドの布団に潜り込み,頭にサンタ帽,首にはリボンを巻いてそのほかは全裸待機という,名付けて『クリスマス チキチキKOMACHI☆をプレゼント大作戦』の実行中なのです。

 本当はお兄ちゃんがベッドに入った後にサンタ衣装で現れ,脱いだら全裸姿で『プレゼントは小町だよ☆』としたかったのですが,最近お兄ちゃんが寝る時に中から部屋の鍵をかけてしまうので仕方なく初めからベッドに潜り込んでいるのです。

 これだと,小町は事前にお風呂で念入りに身体を洗ってきたけど,お兄ちゃんが先に部屋に荷物を置きにきた時はシャワーを浴びてないことになるから……それはそれで小町的にポイント高いかも……

 そんなことを考えていたら,布団に残るお兄ちゃんの匂いが気になって……

 あー,今,お兄ちゃんの匂いに包まれて……なんか安心する……

 

 お兄ちゃん……

 


 

 チュンチュン

 

 はっ,お兄ちゃん!

 小町寝ちゃった⁉︎

 

 あれ?小町のベッド……

 パジャマ着てる……

 小町,たしかお兄ちゃんのベッドに……アレレ!?

 

「おーい,小町! 朝ごはんできてるぞー」

 

 お兄ちゃんだ! 朝ごはん作ってくれたんだ。

 昨夜のは夢だったのかなあ……

 まいっか。

 

「はーい! 今行くであります!」

 

 さあ起きて……

 

 あ,枕元にお兄ちゃんからのプレゼント……

 


 

「陽乃〜〜私じゃ比企谷の嫁候補に入れてもらえんのかなあ〜〜〜」

「その酒癖を直さないと無理だと思うよ。クリスマスイブに朝まで飲んでるなんて……陽乃的にポイント低い!」

「比企谷……結婚したい……ぐすっ」

 



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クリスマスは踊る番外編 SAKISAKI☆の大みそか〜I'M ON MY WAY

ハイ、またお会いしましたね!

番外編第2弾です。
サキサキも本編で活躍がありませんでしたので,サキサキファンの方に贈るこの愛情一本!
ただ,基本,本作は笑かし目的で書いてるのですが,今回ちょっと難しかった。サキサキが真面目すぎる処女ビッチな件……じゃなかった本作ではどちらかというと真面目担当なので,笑かし要素が少なめになってしまいました。

その分,蛇足の茶番が……(苦笑)
すっかりオチ要員になってしまった平塚先生。
ヒロインの座に返り咲くことはあるのでしょうか……
実は本編6話の内容がここに生きるとは,作者も全く思ってもみなかった。本当に偶然。
「ダンベル何キロ持てる?」#10と「とある科学の超電磁砲」#17を見たことのない人にはなんのこっちゃですが。
良かったら見てください。

「ダンベル~」の方は今ならAbemaTVで無料で見られます。プライム会員の方はAmazonプライムビデオでも見ることができます。
「とある~」の方は,屋台のイメージをニコ動さんでご覧いただければ。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm20370415


「大志,窓拭き終わったかい?」

「ああ,終わったよ,姉ちゃん」

 アタシと弟の大志は朝から家の大掃除を始めて,昼前にようやく終わりを迎えようとしていた。

「じゃあアタシは母さんと年越し蕎麦作ってるから,あの子たちの面倒頼んだよ」

「分かった。美味しい蕎麦期待してるよ!」

「ああ,任せな」

 妹と小さい弟の相手を大志に頼み,アタシは台所へ向かう。

 台所では母さんが卵を溶いたボウルに小麦粉を混ぜ入れて天ぷらの衣を作っていた。

「母さん,掃除終わったよ」

「すまないねえ,手伝えなくて」

「いいよ。母さんはおせち料理作ったり忙しいんだから。蕎麦はアタシに任せてよ」

「じゃあお願いしようかしら。みんな海老が好きだからねえ,今日は奮発して海老天にしちゃった」

「そりゃみんな喜ぶね。じゃあ母さんはおせち作りに専念して。天ぷらはアタシが揚げるよ。蕎麦は?」

「お父さんが今打ってるよ。ほんと男の人は凝り性だよねえ」

 我が家の年越し蕎麦は父さんが蕎麦打ちをして打ち立てを食べるのが恒例となっている。初めのうちは太く短い蕎麦ができて縁起でもないなんて笑ってたけど,去年あたりからちゃんと習わしの通り細く長い蕎麦が打ち上がるようになってきた。

「じゃあ,そろそろ大鍋にお湯を沸かしておくかな。沸くまでのあいだに天ぷらを揚げておくね」

「ありがとう。夕方から出かけるんだっけ?」

「う,うん」

「遅くなるの?」

「んー,分かんない……かな」

「あんたのことだからおかしなことはないだろうけど,気をつけなよ」

「……そうだね。もう心配かけるようなことはしない……から」

「ふふっ,じゃあちょっとお父さんところへ行って蕎麦の様子見てくるから,豆を煮てる鍋の火,見といてね」

「分かった。ちゃんと見とく」

 夕方からはアイツ……アイツらと……

 


 

「サキサキ,はろはろー♪」

 

 今日はアタシがサイゼのバイトを休む代わりに海老名にシフトに入ってもらい,その上がりの時間に合わせて店で合流することにしていた。

「海老名,サキサキはよしな。でも,アンタ年末はコミケ?とかで忙しかったんだろ? アタシは家のことができて大助かりだったけど,シフト代わってもらって大丈夫だったのかい?」

「それがね,うちのサークルは昨日出店したんだけど,今年出したはやはち本の完結編も事前の告知が効いたのか,いつもより多めに刷ったのに昼前には完売しちゃって。めぼしいサークルの本は横のつながりで当日ブースに行かなくても手に入るようにしてるし,今日も午前中だけ適当にフラフラーっとしただけだからね。明日からバイトの出張だけどここのバイトくらいなら余力十分だよ。朝8時35分成田発だから早起きはしないとだけど,サキサキとヒキタニくんとのお出かけ楽しみなんだー」

「本,完結したんだね」

「そう。隼人くんが女の子になってこれ以上創作意欲が保てないと思ったから。その分,これまでの思いの丈を全てブチ込んだから今回のは力作だよ! まさにイロイロブチ込んじゃってるよ!」

「おい,鼻血!」

 ティッシュを取り出して海老名に渡す。一瞬けーちゃんが鼻をかむときのように海老名の鼻にそのティッシュを当てがおうとして寸でのところでやめた。

「はふん」

「アンタ変わらないね」

「読者の評判も上々でなんでやめるの?って言われるんだけど,こればっかりはねー」

「なんか羨ましいよ、アンタはあれこれ好きにできて。アタシなんか下の面倒とか家のこととかあるし,大学だって私立行くお金なんて家に無いから勉強だってしなきゃいけない。アンタみたいに他のことに割く時間も余裕も無くてさ」

 しまった! つい嫌味みたいになっちゃった……

 こんなこと言うつもり無かったんだけど,自由に何でもできる海老名を見てたらつい妬ましくなっちゃったんだ……

「サキサキ……」

「だからサキサキ言うな!」

「わたしね,悪いとかごめんなさいとか思わないよ。わたしが自由にするのをやめたらサキサキが自由にできるわけじゃ無いし,それにサキサキが自由じゃないのはサキサキに原因があるんだから」

「な!? あんた,アタシの話聞いてた? それでもアタシが悪いって言うのかい?」

「そうだよ。サキサキが悪い」

 駄目だ,海老名! アタシ,自分で自分を抑えられないよ,こんなの……

 


 

 パァン!

 

 突然の平手打ち……

 された,アタシが?!

「なんで……海老名……」

 右手で左の頬を抑えながら,信じられないものを見るように海老名に問いかける。

「サキサキ……甘えも言い訳も駄目だよ」

「アタシのどこが甘えてるって……」

「だってそうじゃない! 家や大学のことを言い訳にして,できることも全部できないようなフリしてる」

「アンタにアタシの何が分かる!」

「分かるよ!」

 海老名の勢いにアタシは少したじろぐ。

「サキサキさ,ヒキタニくん……もういっか,八幡くんのこと好きだよね?」

「な!? 海老名,何だよ藪から棒に。アタシはアイツのことなんか何とも……」

「前,この店に八幡くんがバラダギちゃんと初めてきた時,あの世で一緒になろうって無理心中までしようとしてたのに?」

「うぐっ」

「バラダギちゃんにおっぱい揉みしだかれた恥ずかしい姿を見られて泣き出したのは,八幡くんにそんな姿を見られたくなかったからでしょう?」

「ううう……」

「ほら,ユー,認めチャイナ?」

「ああ,好きだよ! アタシは比企谷のことが好き! 大好きだ! だからってどうしろって言うんだよ……アイツの周りにはずっと雪ノ下や由比ヶ浜がいて,今はアンタや原滝,そして雪ノ下の姉もいる。アタシの入り込む隙なんかどこにもないじゃないか!」

「サキサキ……それが言い訳じゃなくてなんなの?」

「え?」

「それって,サキサキが八幡くんを好きなことと全然関係ないよね?」

  海老名……アンタはいったい何言ってるの?

「あの修学旅行でとべっちの告白を止めてもらいたいって思ってたわたしが言うのはおかしいかもだけど,相手を好きになるのは自由,告白するのも自由,なのに自分からそれに蓋をしてるのはサキサキ自身でしょ?」

「だって,どうせ振り向いてなんかもらえやしないし……」

「サキサキ……振り向いてもらうために何かした?」

「……」

「わたしからしたらさ,こんなエロいボディとか,この男心をそそる泣きボクロとか持ってるのに,なんでこれを使って籠絡しようとかしないのか不思議だよ」

「ばっ,ばっかじゃないの」

「わたしはね,こんな貧弱な身体しか持ち合わせてないけど,それでも八幡くんの気を引きたくて必死で頑張ったんだよ。わたしが本気だってことを伝えるためにね。できることをやらないで恨み言ばかり言うのが甘えでなくてなんなの?」

 


 

 海老名の言葉に打ちのめされたアタシは立ってるのが精一杯だった。頭がクラクラしていよいよ倒れそうになったそのとき,

「大丈夫。サキサキならできるから……」

 気づけば海老名が正面からアタシの身体を抱きとめてくれていた。アタシの方が身長が高いから,側から見たら綺麗な抱擁とはいかないだろうけど,それでも海老名はアタシを支えてくれている。

「サキサキ……八幡くんから聞いたよ? 深夜に無理してバイトしてたのを,彼からスカラシップを教えてもらって,それでやらなくて済むようになったんでしょ? できないって思っていることも,ちょっと考えたらできるようになるかもしれないんだよ? 諦めちゃダメ。まずどうしたらできるようになるか考えないと」

「海老名……なんでそこまで……比企谷のことならアンタ敵に塩を送るようなことしてるんだよ?」

「もちろん八幡くんを譲る気はないし,負ける気もしないよ。でもね,ちゃんとサキサキと戦いたいんだ。諦められたら嫌なんだ。諦めて欲しくないんだ。八幡くんのことだけじゃなくて,これからも,ずっと」

 海老名の声は,あくまでも優しく,そして強いものだった。

「分かった。アタシも比企谷をアンタにただ譲ることはしない。正々堂々と戦って勝ち取るからね」

「負けないよ,サキサキ」

「だからサキサキはやめろっての!」

 


 

「あの……盛り上がってるところ悪いんだけど……」

 その言葉に振り向くと,

「当事者の目の前でそういうのやめてもらえる? 俺が恥ずか死ぬんだけど……」

「ひ,比企谷!? なんで?」

「お前,シフト表見てなかったのかよ……前シーズンでここの店長に見込まれて週一でバイト入ってるだろうが……」

「いや,だからって,そんな……どこから見てた?」

「……お前が姫菜に平手打ちされたとこ?」

「ほとんど全部じゃないか!」

「いや,まあ,お前の気持ち……薄々感じてたけど今すぐどうこう答え出すこともできねえし,最低かもしれねーけどお手柔らかに頼むわ」

 そう言って頭をかく比企谷見てたら今までモヤモヤしてたものが全部どっか行って晴々とした気持ちになった。

「ふふ,ほんとアンタ最低だね。とりあえず手始めに黒のレース,上下どっちから見る?」

「おまっ,吹っ切れすぎだろ!」

「比企谷」

「て,店長!俺ももう上がりの時間ですからパフェはこの時間の人に作ってもらってください。この後,海老名と川……と一緒に忘年会に行って,みんなで除夜の鐘を突きに行くんで……」

「あたしの下着はラペルラの赤のリーバーズレースだ」

「いや,聞いてませんって!」

「ところで海老名,例のものは持ってきたのか?」

「モチのロンです! はい,はやはち完結編。サキサキの分も、はい」

「ちょっ,海老名! 比企谷のいる前でアンタ‼︎」

「店長! サキサキ! お前らもかっ‼︎」

「サキサキ言うな!」

 

 まあ,勝ち目があろうとなかろうと,やるだけやってみるさ。アタシが,アタシの自由を手に入れるためにね。

 見てろよ比企谷!

 アタシの戦いはこれからだ!

 


 

「立花先生,愛菜先生,ほらもっと飲みましょう。ほらグーっと」

「平塚先生,飲み過ぎです。少し水をいただかれた方がいいんじゃないですか?」

「おじさん,くさやですぅ」

「あいよっ」

「立花先生,先生と平塚先生,それに愛菜先生はディスティニーランドで一緒になったじゃんよ?」

「黄泉川先生……。ええ……まあ……愛菜先生と私は同じ学校で勤めてて,平塚先生とは全国教研集会で面識がありまして……たまたま栃木ディスティニーランドで……」

「3人とも園内をセーラー服で歩いてたんですよねっ?」

「小萌先生,それ,大声で言うのはやめてもらえねーかなって……」

「えー愛菜先生,なんでですか?いつまでもセーラー服が着られるなんて羨ましいのですぅ」

(いや,小萌先生は園児服似合いそうですけどね)

「こんなところで知り合いにあったら死ねるなー,なんて思ってたら2人も知り合いに会っちゃったんですから……」

「おじさん,ホンオフェですぅ」

「あいよっ」

「まあ,学園都市内をそんなカッコで歩いてたら公序良俗に反してるじゃんってことで私らアンチスキルの摘発対象になるかもだけど,テーマパークの中なら全然問題ないじゃん」

「街なら公序良俗に反してるんだ……」

「まあまあ,今夜は教師同士,女5人屋台酒,とことんまで飲みましょう! 黄泉川先生ももっと」

「だから平塚先生は飲み過ぎです!」

「立花先生も堅いこと言ないで,もっと飲まねーと」

「愛菜先生まで……」

 

 ゴーーーーン

 

「あ,除夜の鐘……」

「今年も終わるじゃん」

「はあ」

(平塚・立花・愛菜)「結婚したい……」

「おじさん,シュールストレミングサンドですぅ」

「あいよっ!」

 

「小萌先生……」

 

「臭いです……」

 

 ゴーーーーン

 



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クリスマスは踊る(最終話)正月は踊る。 ラストダンスはヘイ・ジュード

ハイ、またお会いしましたね!

いよいよサードシーズンの本編最終話です。
最後なんでぶっちゃけます。
正直蛇足です。
でもまあ、エピローグなんてたいがい蛇足ですか。
前話で終わっても何も問題なかったと思いますが,やっぱり温泉回大事よね。水着回か温泉回を入れないとやはり円盤の売り上げが……(爆)
3話の内容を回収するという意味もあるし。
で,やっぱり修羅場ですわ(苦笑)
温泉×修羅場=地獄? 天国?

ラストはやっぱりアレです。



 かぽーん

 

 そして,ハルノ大元帥が三浦と約束した温泉旅行で露天風呂に浸かる俺がいる。

 あーいい湯だなー

 温泉はいい。

 ゆっくりお湯に浸かっていると身も心も休まる……

 はずなのに……

 

「ヒキオ……こっち見たらコロス」

 なんで三浦と混浴に⁉︎

 

かぽーん

 


 

「あけましておめでとうございまーす!」

 

 正月仮面がまた来たわけではない。

 本物の正月が来たのだ。

 

『私とバラダギちゃんは用事で遅れるから三浦ちゃんよろしくねー』

 結局,陽乃さんの言う温泉旅行は大分の電柱組本部に乗り込んで原滝に代わり三浦が喝を入れるという仕事のついでに別府温泉に泊まるというものだった。

 俺にとっては途中で拉致されて強制終了させられた修学旅行の続きという意味もあるかな。

 そういや,あの時,拉致されてきたのがここだったな。2ヶ月ちょっと前のことだけど妙に懐かしい。

 冒頭の挨拶は,俺たちが電柱組本部を訪れた際に,電柱組のメンバーから言われたものだ。支部の人間が本部に乗り込んで管理しようというのだから,ある程度の反発を予想していたのだが,どうやら歓迎ムードであるらしい。

 

「あーしが来たからにはハンパはさせないし!」

 一応,俺と姫菜も付いていったが,現場はまさに獄炎の女王の独壇場。三浦の号令一下,下っぱさんや幹部連中が直立不動の姿勢で全員整列。居並ぶ面々に対し三浦が檄を飛ばすやいなや,店内の清掃,帳簿の記帳,書類の整理,諸々管理状況の確認や作戦計画の策定など,今まで滞っていたことがみるみるうちに片付いていく。

 さっきチルソニア将軍が廊下で雑巾掛けしていたな……

 姫菜が地下牢にいる正月画面に何やら薄い本の差し入れに行っていたことは見て見ぬふりを決め込んだ。

 それにツッこむこともこともその本の内容を知ってもいけないと俺の本能が警告していたからだ。

 これから1ヶ月に1回乃至2回,三浦が訪問して状況確認を行うと言い残して電柱組本部を後にしたのだが,下っぱの人総出で万歳三唱で見送られたのは少々面映かった。

 

 そして別府の温泉宿にチェックインしたところまではよかったのだが……

 


 

 かぽーん

 

「仕方ないっしょ? 陽乃さんから貸切温泉の枠取ってあるから必ず入るようにと電話で言われたし」

「いや,だからと言って一緒に入ることはないだろ?」

「だって……半分ずつじゃ時間が短くなってゆっくり入れないじゃん。せっかくの露天風呂だし……あーしにすぐに出ろって言うん?」

 女王に強く睨まれれば蛇に睨まれたヒキガエルのように何も言い返せない俺。

「まあまあ,優美子の言うようにせっかくの温泉なんだから楽しまなくちゃ,ね?」

 と言って,女性陣の方を見ないように後ろを向いた俺の背中にピタッとくっついてきた姫菜。

「おわっ!」

 控えめながら何やら柔らかいものが背中に当たってるんですが……

「ふふ,当ててるの」

 いや,今俺声に出てなかったよね? 声に出てたら前半部分で怒られそう……とかじゃなくてだな……

「ひ,姫菜!何してるし‼︎」

「え?わたし,八幡くんのことずっと好きって言ってるし,別に普通じゃない?」

「いや,おかしいっしょ! あーしの見てる前でそんな……」

「優美子が……優美子が見てるからだよ」

「え?」

「優美子,もう気付いているよね? 自分の気持ち……だけど,わたしも負けるつもりはないんだ。これは優美子に対する宣戦布告だから」

 後ろを振り向けない俺は二人がどんな顔をして相対しているのか分からない。だが,気の強い三浦のこと。こんな挑発的なこと言われたら姫菜に掴みかかったりするんじゃないだろうか。

 その時俺はどうやって止めればいい? もう堂々と三浦のヌードを見て,ヘイトを俺に集めるしかないよね?

 べ,別に三浦の裸を見たいとかじゃなくて,姫菜のために仕方なく,そう仕方なくだからねっ!

 そうしているうちに,姫菜に向かって進む三浦のたてる水音が近づいてくる。

 姫菜が俺から剥がされたタイミングで振り向けばいいかな?

 べ,別に姫菜の胸の感触を最後まで感じていたいとかじゃないからねっ!

 

【悲報】俺氏,キモい。

 

 だが,水音は俺の横を通り過ぎ,バスタオルを巻いた三浦が俺の前に立つ。

「ヒキオ……」

「はい,ヒキオです!」

 すると三浦は,体に巻いていたバスタオルを一気に引き剥がし,生まれたままの姿を俺の前に晒した。

 

「ど,どう?」

 どうって,三浦,いったいどうしちゃったの?

 これは凝視しちゃいけない,いけないと頭では思っていても,どうしても視線を外すことができない。

「いや,あの,はっきり言って,綺麗です……女神様が降臨したのかと思いました……」

 だって、すらっと伸びた足,引き締まった腰,豊かで張りのあるバスト,そして……どこをどうとっても綺麗としか言いようがないじゃないかっ!

「ふふん。ま,まあ当然っしょ」

 腰に手を当てて自信満々なセリフを吐く三浦だが,言葉とは裏腹に,真っ赤になった顔を俺から逸らすようにそっぽを向いている。

 

「八幡くん」

背中にくっついていた姫菜が俺の肩を掴んで振り向かせる。

 大きさこそ三浦ほどではないが,綺麗なバストが嫌でも(全然嫌じゃないけど)俺の目に入る。

「ごめんね。優美子ほど大きくなくて」

 あの岩屋城跡からもう何度目か分からないが,姫菜が自らの胸に俺の手を導き,唇を押し当ててくる。

 ただあの時と異なるのは,俺の手は裸の胸に置かれていて,口づけもいつ果てるとも分からないくらい激しいものだった。

 熱く絡み合う舌,周囲に響くくちゅくちゅという水音。

 つい胸の上の手に力が入り,姫菜が,「あ,ん……」と小さな声を漏らす。

「姫菜……ヒキオ……」

 三浦の呼びかけにも俺たちの口づけはとどまる様子もなく,俺の背中に回されていた姫菜の手がいつのまにか水の中に沈み,俺の太腿あたりを弄っている。俺の左手もいつの間にか姫菜の腰の辺りを掴み,あるいはこのまま最後まで,と思われた刹那,

 


 

「ちょ,ちょ,ストーッ,ストーップ! 二人ともこんなとこでなにやってるの!?」

 ボディにバスタオルを巻いた陽乃さんが二人の間に分けて入った。

 見ると,原滝もバスタオル姿ですぐそばに立っている。

「二人とも,さすがにこんな場所で盛り上がりすぎじゃないかなあ。だいたい比企谷くんは何でここにいるの?」

「何でって,あなたの差し金でしょう? 一緒に入るようにって」

「はあ? わたし,ちゃんと男女別に入れるように貸切風呂の時間,2枠取ったんだからね? 三浦ちゃんにちゃんと伝えてあったはずだけど」

 三浦のほうを振り向くと,どっぷり湯につかって視線を逸らし,あさっての方向を見ながら口笛を吹いている。

 

 諮ったな,シャア!

 

「三浦,どうして……」

「だって……あーし,姫菜とか原滝よりも出遅れてるから……少しでも差を取り戻したいって……それにヒキオとの思い出も欲しかったし……」

 最後は消え入るような声になる三浦。コミュニティセンターの時と同じだ。三浦優美子という女の子は,強く見せていても本質はか弱い乙女なのだということを再認識する。

「三浦ちゃんさー,そんな遅れとか気にする必要はないよ。比企谷くんがすぐに誰かを選ぶとは思えないしねー。今のところ海老名ちゃんが一歩リードって感じかも知れないけど。さっきの見てたら」

 いたずらっぽく笑う陽乃さん。一方,俺と姫菜は勢いでしてしまったことを思い出し,元近鉄のマニエル並に真っ赤っかな顔をして湯の中にいた。

「あ,そうそう,一応報告だけど,此度の不祥事で木曽屋を雪ノ下建設の100%子会社にして電柱組の本拠地も千葉に移し,わたしが代表を務めることになったから。で,バラダギちゃんが守護者統括ね」

 バラダギ,サキュバスなの!? そして陽乃さん,とうとう大元帥から魔導王になっちゃったよ!

 『戸塚彩加! お前には失望したぞ!』とか言っちゃうのかな。ん? なんで戸塚なんだ? 戸塚に失望なんてあるはずがない。戸塚にあるのは希望だけだ! そして失望されることに関しては俺の右に出る者はいないぜ!!

 ……言ってて悲しくなってきた。

「そんで関東方面の守護者が海老名ちゃん,九州が三浦ちゃんね」

「あの……俺は?」

「そうね,比企谷くんは恐怖公?」

「ごめんなさい,それだけは勘弁してください」

「まあ,比企谷くんには電柱組一の知恵者として参謀級の活躍をしてもらうから」

 くっ,やっぱりカエルかよ! まあ,Gよりはマシということで納得するしかないが……

「でね,新生電柱組のモットーは『みんなで幸せになろうよ』にしたから」

 うわっ,なんかブラックな感じしかしないんですが……

「だからさ……」

 言うが早いか,自分と原滝が身体に巻いているバスタオルをはぎ取って投げ捨てた。

「な!?」

「ちょ,大元帥!?」

 陽乃さんはギリシャ彫刻を思わせる見事な肢体を堂々と晒し,原滝は身をよじってなんとかバストやその他の部分を隠そうとしている。

 原滝,お前もいいプロポーションしてるな!

 俺と原滝が驚く中,陽乃さんは,全裸のまま俺に抱き着き,

「ほら,バラダギちゃんも三浦ちゃんも海老名ちゃんもさ,みんなで比企谷くんに幸せにしてもらおう!」

「八幡くん……」

「八幡……」

「ヒキオ……」

「おい,お前ら,落ち着け! 話せばわかる……な?」

 

 バシャバシャ!!

 

「ア~~~~~~~~~~!!!」

 

 あの修学旅行の続きがさらにまちがい続けることは間違いないようだ。

 


 

「このままでは終われないのだけれど」

 

「ゆきのん,突然どうしたの?」

「あのような悪の組織を放置することは許されないわ」

「でもあれって,ゆきのんちが作ったんじゃなかったっけ?」

「そう。あれはねえさんが母にお願いして作ったそうよ。でも,あの組織が変なことをすれば父の選挙に差し支えが出る。だから,父にお願いして県に予算を付けてもらったの」

「雪乃ちゃん,県予算まで出してもらって何をしようとしてるんだい?」

「あなたに雪乃ちゃんて呼ばれる覚えは……まあ,前作で葉山く……さんも女同士になったのだから今回は許します。あの悪の組織に対抗できる組織を作るの。名付けて,千葉県立地球防衛軍よ!」

「千葉県立地球防衛軍!?」

「顧問は平塚先生にお願いしたわ」

「ああ,私も教え子が悪に染まるのを見過ごすわけにはいかないからな」

「メンバーは私と結衣,そして,実に遺憾ではあるのだけれど,葉山く……さん,あなたにお願いするわ」

「その『葉山く……さん』って,なんか臭いみたいに聞こえるからやめてもらっていいかな?」

「ねえねえゆきのん,沙希……川崎さんにもお願いしてみたらどうかな?」

「川崎さんには断られてしまったわ。家の用事とアルバイトが忙しいのだそうよ」

「いろはちゃんは?」

「生徒会長の立場として,対立する組織の一方にだけ肩入れすることはできないと言われたわ」

「じゃあ,中二……」

「ごめんなさい,それは無理」

「話は聞かせてもらったわよ」

「あ,あなたは……」

「さがみん!」

「結衣ちゃん,その呼び方そろそろやめてもらえないかな……とにかく,うちも比企谷を取り戻すのに協力するから。まあ,真打登場とでも,申しましょうか」

「相模さん,微妙にキャラがブレてるよ。それにこのお話これで完結なのに,新たな登場人物増やしてどうするつもりなんだい」

「葉山くさん,ごめん。ちょっと何言ってるか,うちわからない」

「もう今初めから『くさん』って言ってるよね?」

「そんな臭いとか臭くないとかどうでもいいことよ。うち達がやらなければならないのは比企谷をとりもどすことだから」

「いやいや,臭くはないよね?……ないよね? ヒキタニ君がいないと俺にこんな役が回ってくるのか……早くヒキタニ君を取り戻さなければ……」

「そうだぞ,葉山!俺たちの戦いはこれからだ!」

 (声を揃えて)「だから先生,それはちょっと……」

 

 今度こそ打ち切りエンド

 




[言い訳と言う名のあとがき]

あけましておめでとうございます!
……と初出時には元旦の公開だったのです。

クリスマスに正月仮面出したいよなあ,という構想から始まった本作。

どうしてこうなった‼︎

今回,時期に間に合わせるために,あまりじっくり書けなかったんですよね。そして,長々と駄文を重ねてきたわりには最後はお定まりの打ち切りエンドでした。
製作の裏側としては,決まっていることがクリスマスイベントに正月仮面参上!ということだけで,そこまでの展開は全く行き当たりばったり。その前の修羅場とか海浜勢のかっぽれとか元々の構想には無かった……違いますね。そもそも構想すらなくてキャラが勝手に動くのを待つスタイルなので,作者には何の責任もありません。
まさか玉縄君が傘の上で枡を廻しているなんてね。
作者の正月のイメージがよ……

さなみに,今シーズンのサブタイトル,特に意味はありません。
それらしい歌のタイトルを並べただけです。悪しからず。

駄作者がほんっとすみません。

最後に,今シーズンのセリフ等でネタとして使った作品のうち引用元を記していないものの一覧を列記しておきます(順適当)

この素晴らしい世界に祝福を
シャボン玉ホリデー
ヤッターマン
十万石まんじゅう
ひぐらしのなく頃に
お染ブラザーズ
きんいろモザイク
Re:ゼロから始める異世界生活
ダンベル何キロ持てる?
究極超人あ〜る
機動戦士ガンダム
天空の城ラピュタ
俺の妹がこんなに可愛いわけがない
幼女戦記
とある科学の超電磁砲
オーバーロード

もし他に似たような台詞があったとしても,それらは偶然です(たぶん)。

本シリーズを最後までご覧いただいた方には心より感謝申し上げます。

本編はこれで打ち切りエンドを迎えてしまいましたが,もし万が一またお会いすることがあるとしたら,プロムでしょうか。
マラソン大会は葉山くんが女の子になっちゃったんで依頼が成立しませんし。進路も雪乃との噂も。
バレンタインも同様に,葉山君にチョコを受け取ってもらうというミッションそのものが成り立たないので。

とにかく、うまく行かないのは世間が悪い。

エリスの胸はパッド入り。

あ,この後,番外編がもう一本あります。


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クリスマスは踊る 番外編 YUKINO☆のバースデー〜ダンシング・ムーンライト

ハイ、またお会いしましたね!

番外編第3弾。
サードシーズン本編終了後ですが,雪乃の誕生日に合わせて公開しました。
……2日ほど遅れて。

本編ではあまりヒロイン扱いされませんので,せっかくの誕生日ですからヒロイン回やってみました,ということです。

そして,もはや恒例となってしまいました,番外編の締めはあの人です。
てか,茶番がだんだん長くなる……

ほんとごめん。

次はもっと短くするから←次もやるのかよ!

屋台のイメージはこちらから。
ニコ動さん→ https://www.nicovideo.jp/watch/sm20370415


 1月3日は私の誕生日。昼間は私が一人暮らしをするマンションに由比ヶ浜さん……結衣がお祝いに来てくれた。

 

 葉山く……さんもお祝いに来たいと言っていたけどお断りした。

 どうせ彼……彼女とは夜に行われる家の誕生パーティーで顔を合わせるのだし……

 

 私の誕生日を祝う人など誰もいない私の誕生パーティー。県議会議員で雪ノ下建設の社長でもある父と,その父が呼んだ政界や経済界のお偉いさんといった来場者にとっては,新年の賀詞交換会くらいの意味合いしか持たない退屈極まりない私の誕生会。

 葉山く……さんだって,親に連れてこられるから仕方なく参加しているにすぎないはずよ。それに,いつもねえさんの玩具として引きずり回されていたから,私とお話しすることなんてほとんどなかったわね。

 一度母に,私を知らない,私も知らない人たちのお祝いなんかいらないと言ったのだけれど,いつも家の行事には出ないという私のわがままを聞いてあげているのだから,年に一度くらいはこちらの言うことも聞きなさいと言われて押し黙るしかなかった……

 

 ならば,せめて昼間だけでも友達とお祝いをさせてとお願いして開いた,本当の友達との二人きりの誕生会。

 結衣がケーキを焼いてきてくれると言ったのだけれど,それは丁重にお断りさせていただいたわ。今思えば,結衣のケーキを食べて,夜の誕生会なんか出られなくなればよかったと少し後悔したりもするのだけれど。

 とにかく夜のパーティーの何百倍も楽しい時間を過ごしたの。

 でも,それでも二人とも何か物足りなさを感じていたわ。

 これまで結衣がお泊まりに来てくれたりして二人で過ごす時間には慣れていたはずなのに,二人にとって一番そこにいて欲しい人がいなかったから,だから少し,ええほんの少し,微粒子レベルで淋しさが存在していたのね。

 

 比企谷くん……

 

 このお正月,ねえさんが彼を大分に連れて行ってしまったから初詣にも一緒に行けなかった……

 修学旅行の時に彼と行った思い出の宇佐神宮で撮られた初詣の写真がねえさんから送られてきた時には,少し,ええほんの少し,微粒子レベルで殺意が存在していたわね。本当にほんの少しよ?

 宇佐神宮といえば,修学旅行の3日目の朝,由布院を出る同じ汽車に海老名さんが乗り合わせていたのは,偶然ではないと思っていたけれど単に戸部くんを避けるためとその時は考えていたわ。

 今にして思えば,海老名さんは比企谷くんと一緒にいたいと思っていたのね。だって,あの時にはもう比企谷くんに告白して,そのキ,キスも済ませていたのだし。

 もちろん私だって博多のホテルで比企谷くんと偶然とはいえ,く,く,口づけを交わしたのだし,あのまま平塚先生の邪魔が入らなければもっと……

 

 私ったら何を考えているのかしら……

 


 

 とにかく,もしかしたら比企谷くんが来てくれるかもと思い,ケーキを3つに切り分け,お料理の皿も紅茶を入れるカップも3つ用意したの。いつ彼の来訪を告げるインターホンが鳴ってもいいように。

 ねえさんから出張日程を聞かされていたから,まだ彼が帰ってこないことは分かっていたのだけれど。

 帰りは別府国際観光港からフェリー「さんふらわあ」に乗って翌朝大阪南港に到着,その足で新世界に向かい通天閣に上ってから新幹線で帰京するだなんて,比企谷くんを帰さないためのねえさんの作為,いえ悪意を感じるわ。

 修学旅行で博多ポートタワーと別府タワーに行ったのなら,内藤多仲博士のタワー六兄弟の次男坊,通天閣にも上らなきゃなんてもっともらしい理由で比企谷くんを丸めこんで。

 

 比企谷くんは今頃海の上なのね……

 

 あんな悪の組織はしんけんぶっ潰して,一刻も早く比企谷くんを取り戻さなければならないわね。

 まさか相模さんが千葉県立地球防衛軍に参加したいと言ってくるなんて思ってもみなかったから,それには本当に驚かされた。

 比企谷くんを取り戻したいという思いを同じくすることが分かったから防衛軍の一員になってもらったのだけれど,やはりその……比企谷くんへの……その……思いも同じなのかしら?

 だとしたら,比企谷くんを取り戻した後は彼女もライバルに?

 まあそれは無いわね。仮に彼女の思いが単なる贖罪では無いにしても,ここまでこのシリーズでフラグが立つシーンどころか出番すらなかったのだから私や結衣と互角に戦えるとは思えないわ。やはり最大のライバルは結衣よ。

 比企谷くんが決してそうだとは思わないのだけれど,やはり男の人を魅了するあの脂肪の塊は脅威だわ。

 私も毎日,むさしの牛乳を飲んでいるのだけれど,なかなか目に見える効果は現れないの……

 比企谷くんが毎日胸のマッサージをしてくれればあるいは……

 きゃっ!私としたことがなんてはしたないことを……

 そういえば,ファーストシーズン,セカンドシーズンで海老名さんは比企谷くんに,その,胸を触らせたのよね?

 ……何か効果があったか今度聞いてみようかしら?

 効果があるのなら,部長権限で胸のマッサージを命じましょう。

 そうよ,比企谷くんは奉仕部を辞めたわけではないのだから,部活の時は部長の言うことは絶対なのよ。これは,単なるマッサージなのだから不純異性交遊には当たらないわ。ええ,そうよ。学校内で不純異性交遊なんてあってはならないことよ。

 でも,もし比企谷くんが劣情を催すようなことになったら,実に遺憾ではあるけれど,そう,誠に遺憾ではあるけれど,部員が他所で性犯罪を犯したりしないように,わ,私のマンションで,その,彼の劣情を鎮めるのも部長の責任としてやぶさかではないわ。ええ,これは治安維持のために仕方のないことよ……

 


 

「雪乃ちゃん……雪乃ちゃん……」

 

 気づけば誕生会の立食パーティーでグラスを持ったまま考え事をしていたのね。

「何かしら?葉山く……さん」

「まだそれ続くんだね……一条家の次期当主が雪乃ちゃんにダンスを申し込みたいと言っているのだけれど,さっきから話しかけづらい雰囲気だったから……」

「そう……ごめんなさいね。ちょっと気分がすぐれないの。外の風に当たってくるから葉山く……さん,代わりに踊っておいてもらえるかしら」

「雪乃ちゃん,それもうわざとだよね? とにかく分かった。代わりに踊ってくるよ」

「それと……」

「何だい?」

「次から女性を誘うなら自分の口でちゃんと誘いなさいと伝えてもらえる? 私に限れば『次』なんて無いのだけれど」

「……そうだね,伝えておくよ」

 そう言って,遠くから私たちの様子を窺う一条さんに笑顔で一礼してその場からお暇した。

 


 

 庭に出てみると,1月の風は冷たかった。

 なにか上に羽織ってくるんだったわ。

 部屋の中を見ると一条さんが葉山くさんとダンスを踊っている。

 

 自分の誕生日なのに本当に疲れる。

 ねえさんはしょっちゅうこんな思いをさせられているのね。

 そのことに関してだけは,ねえさんのことを本気で尊敬するわ。私には無理よ。

 さっきの一条さんに向けた笑顔,ねえさんのようにちゃんと笑えてたかしら?

 比企谷くんに見られたら,まだまだと言われそう。初対面でねえさんの笑顔の正体を見抜いた比企谷くんなら。

 寒い。でもあの部屋には戻りたくないわ。

 その時,後ろからふわりとストールが掛けられた。

 


 

「この寒い夜にこんなところで何してるんだ? 雪ノ下」

 それは今,一番聴きたかった人の声。

「比企谷……くん……どうして?」

 思わず涙が溢れそうになる。

「陽乃さんがな……雪ノ下には1日ずらした嘘の日程を知らせてたんだ。そもそもこのパーティーに出席する予定だったんだが,関ヶ原の積雪で新幹線が遅れて今になっちまった」

 タキシード姿で頭を掻く比企谷くん。

 室内を見ると,今度はねえさんが一条さんと踊っている。やはりあれを見せられると私の笑顔なんて全然及ばないと思い知らされる。

 あっ,こっちに向かってウインクをした。本当に腹立たしいねえさんだわ。

 

 ……ありがとう。

 

「どうする?寒いだろ。中に戻るか?」

「比企谷くん……ちょうど最後の曲みたい。このまま……ここで私と踊っていただけないかしら?」

「ダンスなんてしたことがないんだが……中学の時のキャンプのフォークダンスも一人だったしな。だが,まあ,誕生日だし言うことを聞かなきゃならないか」

 初めから喜んで,と言えばいいのに,本当に捻くれているわね。それに本当は男性の方から誘わなければいけないのよ?

 

 ……ありがとう。

 

 そうして私たちは体を寄せ合ってその場でラストダンスを踊ったの。

 いつの間にか寒さなんて感じなくなっていた。

 見上げると比企谷くんの顔がそこにある。私がヒールのある靴を履いているから,もしまた偶然があるならば,うっかり触れてしまいそうな距離に彼の唇がある。

 もうすぐ曲が終わってしまう。少し背伸びをしたなら……

 それとも彼の首に回した手に少し力を入れて引き寄せたなら……

 


 

 そのまま最後の曲は終わった……

「そろそろ戻らないと……パーティーの主役が不在じゃ締められないだろ?」

「どうせ私を祝いに来た人たちじゃないから私なんかいなくても関係ないわ。あそこに戻っても寒いことには変わりないし。それよりももう少しこのままでいてもらえないかしら?」

 最後の曲が終わっても私たちは抱き合ったままでいた。ここで,こうしている方が,暖房の効いたあの部屋の中よりも暖かさを感じていられたから。

 

「比企谷くん……」

 

 そっと目を瞑り上を向く。

 

「雪ノ下……」

 

 彼の唇が重なるのを待つ刹那,

 

「陽乃さんが見てるから……」

 その言葉に振り向くと,ねえさんが窓際でニヤニヤしながらこちらをじっと見ていた。

 前言撤回よ! 私の感謝の気持ちを返して‼︎

 ねえさんに文句を言うために,比企谷くんの手を引いて室内にとって返そうとする。

「雪ノ下」

 比企谷くんが手を引っ張って私を止める。

「誕生日おめでとう。出張中でちゃんとしたものが用意できなかったけど……」

 比企谷くんがお土産袋に入ったプレゼントを渡してくれた。

「あ,ありがとう」

 彼が来てくれたことが一番のプレゼントだったから何もなくても良かったのだけれど……

「パーティーも終わりみたいだから俺はこれで帰るな。陽乃さんによろしく」

 

「あっ」

 

 彼の手が離れる。

 手の中にあった温もりが消えていく……

 

 彼は走り出そうとして一瞬逡巡し,私の前髪を上げておでこにキスをして走り去った。

 

 私はその場に立ち尽くし,彼の背中をただ黙って見送った。

 

 外の寒さに変わりはなかったけれど,おでこに残った暖かさはいつまでもそこにあった。

 

「雪……」

 


 

 彼からのプレゼントはざびえる堂本舗の『瑠異沙』というお菓子と別府三太郎のボールペン,そして別府のTシャツだった。

 

「で,雪乃ちゃんは比企谷くんから貰ったTシャツを着ているわけね」

「そうよ。彼から貰ったこれを着ていると彼と一つになれる感じがするの」

「そのシャツには『毎日が地獄です』って書いてあるけどね」

「シャツのデザインなんてどうでもいいことよ。彼からこれを貰えたという事実だけで,私は天国にいる気持ちになれるのだから」

 

 見てなさい,ねえさん。ねえさんの作った悪の秘密結社なんですぐに潰して,比企谷くんの心を取り戻してみせるから。

 

 私,暴言も失言も吐くけれど,虚言だけは吐いたことがないの。

 

 Happy Birthday YUKINO!

 


 

「平塚先生,今日はとことん飲みましょう!」

「愛菜先生,立花先生どうしたじゃんよ?大晦日の時は止める側だったのに今日はえらく積極的じゃん」

「おじさん,関サバのお刺身ですぅ」

「あいよっ」

「ああ,立花先生,この正月に昔の教え子女子から結婚報告5件,新しい家族が増えました報告5件,実家からの孫の顔の催促1件が年賀状で届いてちょっと荒れてんだ。おーっとっと」

「あのー,それでツッコミ要員として私が呼ばれたんですか?」

「鉄装先生,そんなことはないですぅ。新年だしみんなで楽しく飲みましょうと,あ,おじさん,とり天ですぅ」

「あいよっ」

「立花先生〜,教え子たちが幸せになろうとしてるんです。私たちがそれを祝うのはもはや義務です。血の涙を流しながら祝わなければならんのです!」

「平塚先生,それもう祝ってないですよね?どちらかと言うと呪ってますよね?」

「鉄装! 祝いと呪いの字がが似てるなんて,読者は分かっても,聞いてるだけじゃ分からないじゃんよ!」

「あのー,黄泉川先生が何を言ってるのかよく分からないんですが……」

「鉄装先生,細かいことが気になるのは飲みが足りない証拠ですぅ。はい,別府限定むぎ焼酎『毎日が地獄です』飲みましょう」

「いや,月詠先生,私はそんなに飲め……て言うか,別府限定なのに何でこの屋台にあるんですか」

「立花先生! 先生はまだいいです! 私,正月に実家に帰ったんですが,もはや両親が露骨に結婚とか子供とかの話題を避けるようになりまして……昔の教え子たちも他の先生には旦那の写真や子供の写真が付いた年賀状を寄こすのに私にだけコンビニで買ったイラスト付きの年賀状を送るようになり……皆の心遣いが痛い!」

 ダン!

「平塚先生,お酒がこぼれますから……」

「鉄装!」

「はいっ!」

「そう言うお前はどうなんじゃん?」

「は,はい?」

「結婚願望とかあるんじゃん?」

「そうですよ,鉄装先生もお年頃さんなんですから~,恋愛の一つや二つはしないといけないのです。命短し恋せよ乙女ですよ~。おじさん,どんこしいたけの串焼きですぅ。かぼす絞ってください〜」

「あいよっ」

「いや〜,学校とアンチスキルの仕事でいっぱいいっぱいですし……私はまだ若いですから,今すぐ結婚とかは……」

「え゛」

「あ゛」

「お゛」

「ひ,ひいい〜〜愛菜先生まで」

「鉄装,お前,地雷を超踏み抜いたじゃんよ」

「そ,そんな〜〜〜」

「私だって,努力してるんだ!今日だって婚活新年会に行ったのにどうだ?結果,誰ともアベックになれずに女6人屋台酒だ!比企谷だってラーメン初めに誘ったら女と温泉旅行だという。クッソー!あの野郎,混浴温泉であんなことやこんなことをしてるに違いない‼︎ チクショー,羨ましい‼︎ どうせ男なんかみんな若い女がいいんだろ?どうせ私は選ばれないんだ!おっちゃん,冷!」

「平塚先生,親の小言と冷酒は後で効くって言いますよぉ。おじさん,りゅうきゅうと『クンチョウ純米無濾過生原酒』,70度でお燗ですぅ」」

「あいよっ」

「平塚先生」

「ぬ゛」

「もう無理だって諦めたら そこで終わる。自分でも気付かない力がまだあるかもしれないのに」

「……」

「自分で自分の限界を決めちまったらダメじゃん、てこと」

「黄泉川先生……」

「と,言うことで今日はとことん飲むです! おじさん,だご汁と鮎のうるかと粕取焼酎『三隈』ストレートですぅ!」

「あいよっ!」

「よし! 立花先生! 愛菜先生! 私たちも明日からまた頑張りましょう! おっちゃん! 長期貯蔵樽熟成麦焼酎『麹屋伝兵衛』ストレートと味噌ラーメン背脂ギタギタニンニクマシマシで!!」

「あいよっ‼︎」

(まずはその辺から直さないと結婚は難しいのでは……)

 

 美女たちの正月の夜はふけてゆく……

 

「誰が老けてゆくだ?ゴルァ‼︎」

 




これで本当にサードシーズン終了です。

作者は昔フェリーでよく関西と九州を往復しました。
別府からのさんふらわあもよく乗りましたが,当時は神戸港中突堤に寄港して大阪南港行きで作者は神戸港で下船して大阪南港には行ったことがありません。神戸から乗るときも東神戸港からの阪九フェリーだったりしましたから。何年か前には,本編でも登場したオーシャン東九フェリーで東京から徳島まで行ってきました。レストランとかの設備はないカジュアルフェリーでしたが,なかなか快適でしたよ。
九州まで乗ると,トータルで30時間以上かかるのでよほど時間に余裕がないと……
2021年度には横須賀~北九州間を20時間30分で結ぶ新航路開設も予定されているようです。楽しみですね。

今回,クリムゾン・プリンスは雪乃さんに振られてしまいました。ドンマイ。

ちなみに,今回のラストの茶番に出てきた食べ物は味噌ラーメン背脂ギタギタニンニクマシマシを除き基本大分の名物です。ぜひ大分旅行で見かけたら口にしてみてください。
お口に合うかどうかについては全く保証の限りではありませんが……
あ,『麹屋伝兵衛』はちょっと大きな酒屋さんなら置いてあると思いますよ。

それでは,100万の想い出を胸に,涙のグラジュエーション・デイあたりでまたお会いしましょう。

グッド・ナイト・ベイビー!

サヨナラ,サヨナラ,サヨナラ!


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バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!
バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!(上)


誰も待ってないけどお待たせしました!

……もうホワイトデーも目前だというのに,今頃バレンタインデーですよ。
しかも,短編で終わらせる予定だったのに,続くんですよ。

上下2回で終わればホワイトデーには終わるんですけどねー。
オチが見えないので無理だな……(涙)

これだけ遅れていて見切り発車。
書けば書くほどクオリティが下がる。
そして今回,防衛軍要素は一切ありません。
改良人間も怪人も出ません。

駄作者がほんとごめん。


「比企谷くん。何かクリスマスイベントをやったコミュニティセンターで,バレンタインデーに向けたお菓子作り教室のイベントをやるそうじゃない?」

 

 雪ノ下建設の本社ビルの一室にある電柱組本部に呼び出された俺は,大元帥改めハルノ魔導王こと陽乃さんから少し怒り気味の問いを受けていた。

「らしいですね。葉山が女になったんで,てっきりやらないものだと思ってたんですけど」

「そんなことはどうでもいいのよ。それより,わたし呼ばれてないんだけど」

「いや,総武高校生徒会の主催ですよ? なんで呼ばれると思ってたんですか」

「だって,文化祭でもクリスマスイベントでも大活躍のわたしだよ? 呼ばれて当然じゃないの?」

「いやいや,文化祭は地域の有志枠があったけど,クリスマスイベントは完全に押しかけじゃないですか。今回は完全にクローズドですから魔導王閣下の出番はありません」

「だって,めぐりも呼ばれてるって言ってたのに」

「あ,めぐり先輩も来るんですね。でも,めぐり先輩はまだ総武高生です」

「ぶー。じゃあじゃあ,比企谷くんが招待してくれてもいいんじゃないの?」

 ちょっと膨れる陽乃さん。チクショウ,可愛いな,おい。

「今回のイベントは生徒会と女子主導で動いてますから,当日以外は野郎の出番もないんですよ。参加者も生徒会が決めてます」

「で,比企谷くんは,いっぱいチョコ貰うんだ」

「まあ,バレンタイン当日というわけでもありませんし,チョコを貰うというか試食です,試食。由比ヶ浜のは毒見かもしれませんが。て言うか毒かもしれませんが。毒ですが。どうしても行きたいと言うなら一色に頼んでみますけど?」

「なんか自分から行きたいって頼むなんてみっともないじゃない? 雪乃ちゃんの勝ち誇った顔が目に浮かぶわよ」

 めんどくせえな,この姉妹。

「だいたいわたし,バレンタインデーって大っ嫌いなのよねー。なんでわたしがつまんない男どもにお菓子業界の策略に乗ってチョコなんかあげなきゃいけないわけ?」

 あ,なんかスイッチ入った。

「なんで一方的に女が男にチョコを渡さなければならないの?」

「いや,最近は友チョコとか逆チョコとかもありますし……」

「それで、『陽乃,義理チョコでいいからさあ,俺にもチョコくれよ』とかいいやがんのよ」

 俺の話なんかまったく聞いちゃいねえな,この人。 

「はあ〜〜〜〜〜!? 義理チョコでもいいから? 一体何様のつもり! あの似非イケメン野郎ども!!」

「いや,どんな方々か分かりませんけれども」

「そもそもわたしの方からチョコをあげる義理すらないっていうのに,義理チョコでいいぃぃぃ!?,ふざけんなあぁぁぁぁ!!!」

 最近の陽乃さんは,俺の前では取り繕った顔など一切見せることなく怒り,喜び,哀しみなどの素の感情を出してくることが多い。

「父さんも父さんよ。一条とか十文字の次期当主にはチョコを贈っておきなさいとか言うの。それはわたしの義理じゃなんて父さんや会社の義理でしょう? 一条のプリンス(笑)は雪乃ちゃんにご執心みたいだからいいけどさあ,ナンバーズなんて宝くじだけで十分よ! もしそれで勘違いなんかされたらどうするつもりよ,まったく!」

 この人にかかったら我が国を代表する名家も形無しだな。

「はあはあ,もしわたしが,告白,するんなら」

「水飲んでください,水!」

 陽乃さんがゴクゴクと喉を鳴らしながらペットボトルの水をラッパ飲みする。

「ふぅ,それで,もしわたしが告白するなら」

 あ,この話続けるんですね。

「チョコレートをあげるなんてまどろっこしいことしないで,わたし自身をあげるわよ,わたし自身を」

 そして,ジロリと俺を睨み,

「もっとも,人生でこれまでしたことのない覚悟までしてわたし自身をあげようとしたのに,受け取らなかった不届き者もいるけど」

「そ,それは本当に不届き者ですね~~~」

「本当にね♪」

 こ,怖い。さっきのお怒りモードより笑顔の方が数倍怖い。

「ほ,ほら,あの時はみんな一緒で,そういう雰囲気でもなかったですし……」

「そうなの? わたし,別に比企谷くんを独占したいなんてことは言わない。家のこともあるから,比企谷くんと結婚できるとかは思ってないんだ。ただ,わたしの思いを受け入れてほしいだけなの。二人きりならわたしの気持ち受け入れてくれるの? 今……この部屋……私たち二人だけだよ?」

 陽乃さんがうっとりとした目で俺を見つめている。しまった! 大変まずい! 実にまずい! うかつな口を撃ち抜きたい!

「いやその……魔導王閣下……上着脱がないで! ブラウスのボタン外すのやめて!!」

「陽乃……はるのって……呼んで?}

「は,は,は,陽乃さん,駄目です,会社でそんな……」

「わたしなら……ここで全部脱いでもいいんだよ? わたしの全てをあげるなんてことは言えない。雪ノ下陽乃であるわたしにはできない。でも,わたし自身ならあげられるから……」

 椅子から立ち上がり,俺の前に立つ陽乃さん。着ていたブラウスをパサリと後ろに落とし,更にはタイトスカートのスプリングホックに手をかけ,外そうとしている。

「駄目です! こんなの……駄目です……」

 陽乃さんを正面から抱き留めて,その手の動きを止めさせる。

「わたしじゃ……だめなのかな……」

 強く,固く抱きしめているから彼女の顔を見ることはできない。が,震える声は,今までに見たことのない彼女の生の感情を示していた。

 温泉で裸で抱きついてきた時とも違う,彼女の本当の覚悟。それでも俺は……

「違います。陽乃さんが悪いんじゃありません。気持ちは,すごく嬉しいんです。俺が……俺がその気持ちを受けとめることができないだけです。俺が悪いんです。だから……こんなのやめてください」

 二人きりの部屋に,彼女の泣き声だけが響いた。

 

「落ち着かれましたか?」

「うん,ごめんね。迷惑かけちゃって」

 脱いだブラウスと上着をきちんと整えて再びエグゼクティブチェアに座りなおす陽乃さん。

「いえ,全然迷惑なんて思ってないですから」

 これは本当に思ってない。彼女がぶつけてきたもの全てを受け止めてあげることはできなかったけれど,気持ちだけは受け止めることができたと思っていたから。

「やっぱり比企谷くんは優しいね。その優しさが時に残酷だったりもするけどね」

「……」

「あのさ,たぶんお化粧くずれてちょっとひどい顔になってると思うの。少しだけ後ろ向いててくれない?」

「それなら席を外しましょうか?」

「ううん,後ろを向いててくれるだけでいい。今,この部屋で独りにされたらまた泣いちゃいそうだから,ね,ここにいて?」

 そう言われた俺は,すぐさま回れ右をし,しばらくその場にぼーっと立っていた。背後から,キャー,何この顔,ひどーい,比企谷くんみたいとか声が聞こえてきたけれど無視無視。なんか一部,俺の悪口が混ざっていたような気がしたけれど聞こえない聞こえなーい。

「もういいよ」

 そう言われて陽乃さんの座る方へ振り返ると,

「んっ」

 いつの間にか目の前に立っていた陽乃さんに抱きつかれ口づけされた。

 ただ,その柔らかい唇は,すぐに離れ,そして,

「これはわたしの気持ち。今すぐ君が受け入れる必要はないから」

 その言葉にも何も返せない俺をよそに,彼女は三たび自分の席に戻り,両の手で自分の頬を2回,パチンパチンと叩いて,気合を入れなおす。

「よっし! じゃあお仕事の話しよっか」

 いつもの陽乃さんに戻ったことを俺は少しだけ安堵する。 

「でね,わたしをこんな気持ちにさせたバレンタインデーに報復をしなければならないと思うの」

 あれ? 仕事の話は?

「お菓子作り教室は2月11日だったよね?」

「そうですけど……」

「その日,電柱組主催でイベントやるから」

「は!?」

「聞こえなかった? 電柱組でイベントやるから仕事ね」

「いやでも,祝日ですし……」

「仕方ないじゃない。休日出勤手当は弾むわよ」

「生徒会のイベントを手伝う約束が……」

「比企谷くん,仕事舐めてるの? そんなお遊びと仕事,どっちが大事だと思う?」

 いや,これもうブラック企業の社長の言い草でしょ?

「比企谷くん……そんなにあっちのチョコレートがいいの……? わたしを手伝っては……くれないの?」

 くうぅぅぅ! 消え入りそうになる悲しげな声の陽乃さんに,さっきの泣き声が耳に戻ってきて,これ以上断り続けることができなかった。

「分かりました! 仕事,仕事ですね。やります! やらせていただきます!!」

「ありがとう!大好きだよ,比企谷くん!!」

 一転,満面の笑みを浮かべる彼女の顔に,これでよかったんだと自分自身を納得させる。

 まあ,俺もリア充どものイベントであるバレンタインデーなんてどっか行っちまえ! と,去年まではずっと思ってたし,今年は小町も受験で小町チョコ略してコマチョコも貰えそうにないしな。それに今年のコマチョコはなんかイケナイものが入ってそうで,今年が受験で本当に良かったと思う。最近は,流石に受験勉強も佳境で夜這いに来ることもなくなったので,そのまま大人しくなってくれれば助かるのだが。時々,夜中に聞こえる荒い息遣いとおにいちゃーーーん! という声は,まあ幻聴だろう。受験勉強してるんだからな。それにバレンタインデー当日はお料理教室のまだ先だ。その日手伝わなかったからと言って,チョコが貰えないこともないだろう。いや,別にチョコが欲しいわけじゃないよ? そりゃ甘いものは嫌いではないから,くれるというなら喜んでもらうけど,別に女の子から貰えるから喜ぶとかそういうもんじゃないから。

 もし男だった頃の葉山から貰ったって,チョコはチョコ,罪を憎んでチョコを憎まず,それを食べすぎたとしても鼻血を出すのは俺じゃなくて姫菜だったりしたんだろうからなっ。

 戸塚のホモチョコ……じゃなくて友チョコなら,なお大歓迎だ。あ,俺も戸塚に用意しなきゃな。あ,それを手作りしたくてお料理教室さんかする予定だったっけ? 仕方ないから,戸塚にはゴンチャロフかモロゾフのチョコレートをあげるかな? あ,でも千葉にはゴンチャロフは高島屋柏店か流山おおたかの森のタカシマヤフードメゾンにしかないんだよな。ちなみに,日本でバレンタインデーにチョコを贈る習慣を初めたのは神戸のモロゾフと言われているぞ。

「比企谷くん,聞いてる?」

「はっ! はい,聞いてます! バレンタインにはゴンチャロフですよね」

「そんなこと一言も言ってないよ! もう!」

 プンプンという擬音がピッタリの陽乃さん,ちょっと可愛い。略してはるかわいい……今ひとつだな……

「だいたい何でゴンチャロフなのよ。もっと,ル・ショコラ・アラン・デュカスとかいろいろあるでしょうに……詳細は後でメッセージで送るから。11日は予定空けといてねっ」

「承知しました。バラダギ大佐とか,ひ……海老名少佐への連絡は?」

「それもわたしから送っておくわ。イベントの場所の手配とか宣伝とかは関東方面守護者の海老名ちゃんに頼むから,比企谷くんは適宜手伝ってあげて」

「分かりました。あとは……」

「今日はもういいわ。もっと一緒にいたい気持ちはあるけど,これ以上一緒にいたら,また雪ノ下陽乃でいられなくなるから」

 少しさびしげな笑顔で発せられたその言葉に,応えるでなく,聞こえないふりをするでもなく,ただ無言で一礼し部屋を出た。

 ドアを閉めると全身の力が抜けたかのように,ふぅと大きく息を吐いて背中からドアにもたれかかる。

 もし彼女が,全てを捨て,ただの陽乃だけになったわたしをあげると言ったなら,俺はどうしただろう……

 だがしかし,彼女は「雪ノ下陽乃」を選んだ。そけは彼女の生き方。雪ノ下陽乃という生き方。彼女にはそれしか選ぶことができなかった。俺もそれを捨てろとは言えなかった。だから今,俺たちの間には,このドアがある。

 ドアの向こうからは,微かに陽乃さんの嗚咽が漏れてきていた。

 

 翌日,奉仕部の部室には,いつもの雪ノ下,由比ヶ浜,一色き加え,もはやレギュラーになりつつある三浦とバラダギ,そして川崎がいた。

 ただ,いつもはここに姫菜もいるのだが,今日はは昨日陽乃さんが言っていた電柱組の仕事のために出勤だそうだ。べ,別に寂しくなんかないんだからねっ!

 今日の緊急ミッションは,雪ノ下と一色に,11日は急遽バイトが入ったからお菓子作り教室には参加できないと伝えることだ。

一言口にするだけの簡単なおしごとなのだが,その一言が言えない。

 さっきから二人は当日のレシピ等について話していて,なかなか切り出すタイミングがない。クリスマスイベントの準備の時も俺たちに手作りお菓子を作ってきたお菓子作りが得意という一色と,お料理全般なんでもござれの雪ノ下が喧々轟々と議論するテーマは,由比ヶ浜でも一人でできるお菓子作り,である。だが,テーマがテーマだけになかなか二人の間で結論を得ることができない。

 そして二人がため息をつくたびに由比ヶ浜が酷い!とかあんまりだ!とか合いの手をいれているのである。

 なかなかに微笑ましい風景(当事者にとっては半ば修羅場)なのだが,それだけに付け入る隙がない。はて,どうしたものかと考えあぐねていると,

「ヒキオ,あんたあんなに甘いコーヒーばっかり飲んでるからにはやっぱり甘いものとか好きなん?」

と,三浦に話しかけられた。

「まあそうだな。甘いものは嫌いじゃないな」

 そう返すと三浦は,金髪の髪を右手の指先でくるくる弄りながら,

「そ,そう。なら,あーしも頑張るから,楽しみにしてろし」

 だー! もじもじと恥じらう三浦もちょっと可愛いじゃないか! 略してゆみかわいい……これもイマイチだな……

 でも,電柱組のイベントがあるってことは、三浦も当日仕事なのでは? まあ,今それをいうのは野暮ってもんだよな。第一,俺自身が一色や雪ノ下にそれを伝えきれていないのだから。

「ねえ,ちょっと」

 青みがかった長い髪の,川……川……あ,さっきちゃんと川崎って言ってたわ。

「なんか気に障るからぶっていい?」

「いいわきゃねーだろ! で,何の用だ? 川島」

「よし! やっぱ死にたいみたいだね」

「ジョ,ジョークだ。はちまんジョーク! ほんと何の用?」

「ん……ちょっとここだと……ちょっと,外,いい?」

 何? 表へ出ろ,だと? やっぱボディとか殴られんのか? こんなことなら,全米ナンバーワンのフィットネストレーナーであるトニー・リトルが開発した腹筋トレーニング機器,アブアイソレーターでちゃんと腹筋を鍛えておくんだった……

 二人で席を立ち,部室の外へ出て行こうとしたところを三浦に呼び止められた。

「ちょ,ふたりでどこ行くし?」

「アタシが比企谷とどこに行こうがアンタに関係ないよね?」

「はぁ?」

「あ゛?」

 喧嘩をやめてー! 二人を止めてー! 私のために争わないでー!!

 ……うん,キモイな。

「三浦,川崎とはちょっと話をしに行くだけだ。大方バイトのシフトとかそういう内輪のことだから他の奴らには聞かせられないんだろうよ」

「ヒキオがそういうなら……」

 よかった,三浦が大人しく引いてくれて。そうして,二人で部屋を出ようとすると,

「あー! 沙希!! ヒッキーとどこへ行くの!?」

 ズコー!!

 

 そんなこんなでようやく川崎と廊下に出る。

「で,なんだよ?」

「ん……」

 川崎が目線で示した先を見ると部室の扉が少し開いており,5つの顔が上下に並んでいた。

 君たち何気に仲がいいな,とか思うのだが,そもそも雪ノ下まで何バカなことやってんだよ!

「ゆ,由比ヶ浜さん……あ,あなたの脂肪の塊が上に乗っていて重いのだけれど……」

 思わず涙しそうになった……雪ノ下……強く生きろ……。

 

「走るよ」

「え?」

 言うが早いか,川崎は俺の手を引いて走り出した。

「ヒッキー逃げた!」

「ちょっ! 由比ヶ浜さん!?」

 身体を前に乗り出した由比ヶ浜に圧し掛かられた雪ノ下が前のめりに倒れ,全員が総崩れになった。

 後ろから,ヒキオ~,ヒッキ~,比企谷くん~,せんぱい~,八幡~,相棒~などという声が聞こえてきたが,決して振り返ってはいけない。ここは三十六計,一心不乱に逃げ続けるのみである。

 

「ぜい,ぜい……」

 川崎に手を引かれたまま,彼女との邂逅の場である屋上にたどり着き,俺は肩で息をしながら辛うじて立っている状態だ。川崎に至っては,膝を立てながらフェンスを背に,天を仰いで座り込んでいる。

「はぁ,はぁ……結局,何の,用事だったんだよ……」

「んんっ,あのさ,はぁ,あっ,はぁ」

 なんか荒い息遣いがちょっとエロいんですけど!?

「おっ,おいっ,ちゃんと息を整えてからでいいからゆっくり話せ」

「んっ,はぁーっ,ふぅーっ」

 川崎はその場で大きく深呼吸した。由比ヶ浜ならここで,ひっひっふーとかラマーズ法しちゃったりするんだろうけどな。

「今度のお菓子作りのイベント!」

「は?」

「アンタも参加するんでしょう?」

「あ,いや,俺は……」

「アタシ,参加しようと思うんだ」

 俺はあまり群れるのを好まない,一匹狼タイプの川崎がこのようなイベントに参加するということにちょっと意外な感じがした。

「お前なら料理も得意だし,別に参加しなくてもいいんじゃないか?」

「いや,けーちゃん……妹の京華がさ」

「別にけーちゃんでいいだろ?そんな畏まらなくても。俺も知ってるしな」

「ん,けーちゃんがはーちゃんとチョコレート作りするのすごく楽しみにしててさ」

 そこ! はーちゃんはダメだろ, はーちゃんは! なあ,さーちゃん。

「だから,ひょっとしたら美味しくないかもしれないし,不格好なものになるかもしれないんだけど,ちゃんと食べてあげてほしいんだ」

 そんなのけーちゃんのためならお安い御用だ! と,言いたいところだが,何分当日は仕事が入っている。けーちゃんには悪いが,お菓子作り教室には……

「アンタ……見た?」

「へっ!? な,なんのことでせう……」

 額から変な汗がダラダラと流れてきた。おっかしいなー,走った汗はそろそろ引いてくる頃なのに。

「黒のレース……見たんでしょ?」

「そそそ,そんな手には引っかからないぞ。だいたい今日のお前は紫の……あっ!」

「やっぱりね……」

 座っていたスカートのお尻の部分をパンパンとはたきながら立ち上がる川崎。

「あんたがスカートの中を覗いていたこと,雪ノ下や由比ヶ浜,ついでに平塚先生に言ってもいいんだけど……」

「おおお,脅しか?」

 特に平塚先生は命に関わるんだけど。

「海老名がさ,アイツ,当日はバイトで来れないって言ってたから,ひょっとしたらアンタも来ないんじゃないかと思って,前もって手を打とうと思ったんだ」

「俺を嵌めたのか?」

「けーちゃんが楽しみにしてるのは本当さ。あの子ががっかりする顔なんて見たくないんだ。アタシ自身は嫌われても何を言われてもいいから,コミュニティセンターに来て! いや来てください。このとおりっ!」

 そう言って深々と頭を下げる川崎。こいつのシスコンぶりも相当なものだが,妹を悲しませたくないという気持ちは痛いほど分かる。

「どうしてもって言うなら,アタシのことは好きにしてもいいからさ……」

 そう言って,素早く短いスカートのホックを外しファスナーを下すと,川崎の短いスカートはストンとコンクリートの屋上のスラブ面に落ちていき,紫色の下着が露になった。

 川崎,お前もかーーーっ!

 この2月の寒空に下着姿でいたら風邪をひきかねないし,そもそもこんなところを誰かに見られたら俺もこいつも終わってしまう。俺はすぐに川崎を正面から抱き留め,

「分かった! 分かったからもうやめろ!」

「じゃあ……」

「ああ,ちゃんとイベントには参加する,参加するからちゃんと服を着てくれ。こんなところで風邪をひいて一緒にイベントに参加できなくなったらそれこそけーちゃんが悲しむだろう?」

「……そう,だね」

 川崎が落ち着いたところで,俺は後ろを向き,

「ほら,今のうちに早くスカートを履け」

「ふふふ,別に見ててもいいのに」

「馬鹿言ってないで早くしてくれ」

「もう履いたよ。こっち向いて大丈夫だから」

 俺は恐る恐る振り向いてみると,全裸……なんてことはなくちゃんとスカートを履きなおした川崎がそこに立っていた。

「じゃあそろそろ部室に……」

 と,言いかけたところで今度は川崎に正面から抱きしめられる。

「か,かわしゃきしゃん!?」

「さっきアンタに抱きしめられて嬉しかったからさ,今度はアタシが抱きしめる番♪」

 そんな心底嬉しそうな声で言われましても……

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~! ヒッキー! 沙希! 何をしてるし!!」

「ヒキオっ! コロス!!」

「そんな簡単に殺すだけでは生ぬるいわ。まずは指と爪の間に焼けた火箸を……」

 雪ノ下,表現がリアルすぎて怖えよ!

 屋上の入り口付近から聞こえる物騒な声にどうしても顔をそちらの方へ向けることができない。

 今度こそ死んだな……

「アンタたち何言ってるんだい。アタシと比企谷は話をしていただけだけど?」

「川崎っ! どこをどう見たらそれが話し合いに見えるんだしっ!!」

「いや,ここで話をしてたんだけどさ,話すら満足にさせてくれない連中から全力で逃げたせいか比企谷が貧血で倒れそうになったからアタシが倒れないように抱き留めたんだよ。比企谷がこんなことになったのは,追っかけまわそうとしたあんたらが悪いっ!」

 ピシっ!っと雪ノ下たちを指さす川崎。

 川崎からの思わぬ反撃に,三人はあたふたしたりしどろもどろになったりしている。

「比企谷,そろそろ一人で立てるようになったんなら下へ戻ろうか」

「……お,おお」

 普段ならいくらでも軽口が出てくる俺だが,いざというときにはやっぱり女の方が強いな……

 川崎の肩に手を置いて,ヨロヨロと歩きながら建物内への入り口を目指す。

「ヒッキー……ごめんね。あたしたちのせいで……大丈夫?」

「ああ,もう大丈夫だ……」

 由比ヶ浜の顔は本気で俺の心配をしているようで,少し心が痛み,まっすぐに彼女の眼を見ることができなかった……。

 

 そして,結果,ダブルブッキングである。

 トリプルブッキングなら,芸能事務所「レイ・プリンセス」に頼んで,我が校の文化祭のライブにもぜひシークレット出演してもらいたいところだがな。

 こんなのどうやったって解けない二次方程式。無理やり答えを出したところで,片方がプラスでも片方はマイナス。

 頭の中に浮かぶは陽乃さんの泣き顔とけーちゃんのしょんぼりとした顔。どちらも見たくない。 

 いっそのこと思いっきり人ごみの中に飛び込んで,インフルエンザにでも罹ってしまおうかとも思ったが,イベントの翌日から前期の高校入試で,もしも小町に感染し,それが原因で受験に失敗するようなことになれば,まさに万死に値する。

 そもそも今の小町なら,受験なんか行かないで俺の看病をする,全裸で,とか言い出しかねない。まだ風邪すらひいていないというのに背筋がゾッと寒くなった。

 こんな時こそ,国語学年三位の頭脳をいかんなく活用し,何か小狡いことでも考えてこの場を切り抜けなければ……。

 おいっ,小狡いなんて言うなよ。

 誰も言ってない。キモイな……俺。

 

 そう言えば,陽乃さんが何のイベントをどこでやるかまだ全然聞かされてなかった。姫菜に後で聞いておくか……。

 



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バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!(中)

はい,またお会いしましたねっ!

中編ですよ。
ということは,あと1回で終わらせなきゃいけないんですが……
ということで,ちょっと多めに投稿してみました。

ペース配分がなってないな……

駄作者がほんっとすみません。


 そうして迎えた2月11日。建国記念の日,祝日。

 どうせなら大雪が降るとか台風が来るとかしてイベントが中止にならないかと思ったが,抜けるような青空,まるで俺の顔のように真っ青な青空。

 どちらのイベントも午後からだけど,お菓子作り教室の方は材料や道具の搬入を午前中に行うため,まずはその手伝いにコミュニティセンターに向かう。

 学校は翌日の入試のために立ち入り禁止になっているので,生徒会役員共や奉仕部のメンバーで材料や道具を少しずつ家に持ち帰り,当日の午前中に持ち寄る段取りになっていた。

 俺は,我が愛車,デュラハン号のカゴと荷台に荷物を載せて,コミュニティセンターに駆け付けた。

 荷台に括り付けたロープをほどき,荷物を建物の中へ持っていこうとしていたら,戸部が自転車の前と後ろにアホみたいに大きな荷物を括り付け,エッチラオッチラとペダルを踏みながらやってきた。

 おい,戸部。それ,荷物で前が見えてないんじゃないか?

「いろはす~~~! 荷物持って来たべ! これ,どうするん?」

 戸部が建物の中へ大声で叫ぶと,中からひょっこりと一色が出てきた。

「戸部先輩,お疲れさまです。それじゃ,ちゃっちゃと中へ運んでください」

「いろはす,これ一人で一回じゃ運べないべ?」

 これだけの荷物を一人で自転車で持ってきただけでも大変だっただろうからな。さすがに戸部が不憫に思えた。

「俺,荷物そんなに多くないから少し手伝おうか?」

「おっ,ヒキタニくんナイス! サンキュー!!」

「あ,せんぱいは中ですぐにしてもらいたい仕事があるので無理でーす。戸部先輩,一人で運んでください」

「え……」

 鬼畜はすの一言に流石の戸部も意気消沈である。そもそも姫菜からのチョコを期待してここに来たんだろうが,姫菜は陽乃さんのイベントの方にかかりきりでこちらには来ない。イベントが始まりそのことを知った戸部がさらに落ち込むのは火を見るよりも明らかなのだから,今くらいもう少し優しくしてもいいのではないだろうか?どうもこのいろはすはドライ炭酸のようだ。

「一回で運べないなら何回にも分けて運べばいいんですよー」

「なるほど! さっすが生徒会長いろはす! 冴えてるぅーっ‼︎」

 戸部ェ〜〜〜(涙)

 

 そんなやりとりがあった後,3階の料理実習室に自宅から持ってきた荷物を置き,一色のところへ顔を出す。

「で,俺にさせたい仕事って何? 今の間ならなんでもやるぞ?」

「おや? せんぱいがやる気なんて珍しいですね。今日はヤリでも降るんじゃないですかねー?」

 ヤリが降ってくれたらどれだけうれしかったことか……

「んー,せんぱいには何をやってもらいましょうか」

 おい! 俺に仕事を頼みたいから戸部にあの荷物一人で運ばせたんじゃないのかよ。

「それじゃ,これ,貼るの手伝ってください。入り口に貼るので一緒にお願いします」

 そう言って一色が取り出したのは,急造のB2サイズのポスターだ。まあ,ポスターといっても色とりどりの極太ペンでごりごり手書きされただけのものだ。

「このくらい,別に一人で貼るぞ」

「一人じゃポスターがまっすぐに貼られているか分からないじゃないですかー。やっぱりこういうのイベントの顔なんですから,ちゃんとしたいかなーって」

 まあ確かに,このくらい大きいポスターだと,貼った後で左右のどっちかが上がってたり下がってたりするんだよな。

 そして,セロハンテープとポスターを持って一色と二人で玄関前に移動する。

「戸部先輩,ガンバです!」

「おーう!」

 何往復めかわからないが,戸部が両手一杯の荷物を持って館内に入っていく。すまないな,俺,楽な仕事で。

「せんぱい,わたしポスター持ってますんで,後ろからまっすぐになってるか見てもらえますか?」

 一色がポスターの中ほど少し上の部分を持ち,大方のあたりをつけて入り口横のガラス部分に押し付けている。

「ところで,一色,ここにポスター貼って大丈夫なのか?」

「せんぱい,いまさら何を言ってるんですか。少しくらいなら大丈夫ですよ。それより腕が疲れるんで早く見てください」

「おお……」

 ちょっと怪しい感じもするが,仕方なく少し離れてポスターの位置を見る。

「んー」

「しぇんぱい……まだですかー」

「ちょっと右が下がり気味だな。きもち上げて……それだと上がりすぎだ,少し下げて……そうそう,そんな感じ」

 ちょうどいい位置になったところで一色のところへ近づいていく。

「しぇんぱい……すみませんが,上の角にテープを張ってください。わたし。このまま支えてますんで……」

 一色が立っている後ろから3センチほどにカットしたセロハンテープを右と左の角に貼っていく。

「せんぱい,貼れたら下の角は私が貼るので,そのまま,上のテープを貼ったところを両手の指で押さえておいてください」

「分かった」

 俺から渡されたテープで横と下の角の左右を留めていく一色。俺がそのまま貼ってもよかったんじゃね?とも思ったが,少し高い位置にポスターを掲げたため一色も手が疲れたんだろう。正直,一色の後ろから手を目いっぱい伸ばしてポスターを押さえているので,俺もちょっときつい感じだ。

「一色,どうだ? 貼れたか?」

 俺の問いに答える代わりに,一色は両手を伸ばして俺の手を掴み,

「せんぱい,これってあすなろ抱きってい……ひゃい!?」

 今,起こったことをそのまま話すと,一色が俺の伸ばした手を自分の前に持ってきたのだが,上から下へ持ってきたため,あすなろ抱きの体勢を通り越して俺の手が一色のつつましやかな胸の位置にある。つまりは,俺が後ろから一色のおっぱいを掴んでいるように見えるわけだ。しかし,実際に「見える」ではなくて掴んでするのだが。

「しぇ……しぇんぱい……」

 後ろからなのでその表情をうかがい知ることはできないが,一色は切なげな声で俺のことを呼んだ。

 すぐに手を離そうと思ったのに,一色が俺の手の上から自分の手を重ね,離れないようにしていた。

「お,おい,一色……」

 

「あ,あ,あなたたちは,い,い,いったい何をしているのかしら」

 あ,これはアレだ。いつものやつだ。だいたいこういう場面になると二人が現れて,罵声を浴びせられる展開だ。もうテンプレ過ぎて慣れっこになるまであるな。

「比企谷くん……」

「ヒッキー……」

 雪ノ下,由比ヶ浜,頼むからそんな悲しそうな顔しないで,いつものとおり通報ね,とかキモいとかって罵ってくれ! いや,罵られたいとかそういう性癖じゃないけれども。

「川崎さんに飽き足らず一色さんまで毒牙に……」

 それじゃまるで俺が連続暴行魔みたいじゃないか!

「せんぱい,わたしにこんなことしといて,川崎先輩を毒牙にってどういう意味ですか?」

「いや,これはお前が……」

「でも海老名さんに続いて一色さんの胸を揉んでいたということは,比企谷くんは大きいのがいいというわけではないのよね。それなら私の胸だって十分触ってもらえる可能性があるということね。そう考えると,これは必ずしも悪いことではないのかしら? 比企谷くんがこれ以上の犯罪を重ねないためにも,かねてからの予定通り部長権限で胸のマッサージを,そしてその後,私の部屋で……」

 雪ノ下が何やらブツブツ独り言を言い始めたぞ。おーい,帰ってこーい!

「ヒッキーはどうして姫菜やいろはちゃんのようなちっぱいばっかり……あっ,でも優美子のも触ってたしおっきいのが嫌いってわけじゃないよね? あたしだって,か,感度?だって負けないし触りごこちなら一番って自信もあるし,ヒッキーが望むなら,いつでもヒッキーだけのビッチになって,おっぱいだけじゃなくてもっと……」

 由比ヶ浜~~~,頼むからお前まで遠いところへ行かないでくれ~~~!!

「はぅ,せんぱい……わたし,もう……」

 んん!? 一色の様子が……って,しまった!!!! 俺,一色の胸,触ったまんまじゃん!!!!!

 俺の手の上に重ねられた一色の手を跳ねのけるように強引に手を離し,すぐさま土下座の体制に入ろうとするが,その前に振り向いた一色の腕が首に巻きつけられ,サボンの香りとともにふんわりと俺を包み込む。

 

「ここはたくさん人がいるからキスはお預けです。ごめんなさい」

などと,いつになくゆっくりと,ハッキリと聞こえるお断り芸を見せた後,

「でも,わたしをこんな気持ちにした責任……取ってくださいね……」

と,俺の耳元で柔らかくささやいた。

 いや,たくさん人がいるなら抱きつくのもだめじゃないでしょうかと思いながら,さっきまで俺がやっていたことを考えると何も返すこともできず,雪ノ下と由比ヶ浜は相変わらず呪文のような何かをブツブツと唱え続けていた。

 

「せんぱい,お昼ごはんどうしますか? 今日は調理イベントなので,後で毒見役……味見役の戸部やせんぱいがお腹いっぱいになったら困るなーって思って,軽いものしか用意してないんですけど」

 俺と一色は,小分けにされた割れチョコミックスほかの材料を料理実習室の各テーブルに撒き,ちょうど終わったところで一色が俺に聞いた。ちなみに,戸部は手伝いの人全員分の飲み物を買いに行かされている。

 しかし君、しれっと言い直したけどハッキリ毒見役って言ってるからね? そして,サラッと戸部って呼び捨てにしてるよね? バカみたいにウェイウェイやってるけど一応君の先輩だからね? 一応。

「ちょっと用事があってな。始まる頃には戻ってくるから」

「そうですか……じゃ,じゃあ,サンドイッチ,作ってきたんで,持っていって食べてください」

 一色が小さな包みに入ったそれを,両手を前に出して俺に差し出す。

「えっ? いいの?」

「モチのロンです! 雪ノ下先輩のようにうまくできてるかどうか分かりませんけど……」

 俺はそれを右手でひょいとつまみ上げ,

「サンキューな。ちょうど忙しくてお昼を食べられるかどうか分からなかったから正直助かる」

「それはよかったです。わたしも朝早く起きて作った甲斐がありましたー」

 そうか,一色,今日のためにがんばってたんだな。

「でも,せんぱいがバイトを二つ掛け持ちしてその上奉仕部の活動までなんて,なんか以前のせんぱいからは考えられないですよねー」

 ふふっと笑いながら,一色がそんな感想を漏らした。

「それに加えて生徒会の手伝いも入ってるからね? まあ,働きたくないのは今でも変わらんが,最近はどれもそれなりに楽しんでるからなぁ」

「生徒会のお手伝いも楽しんでもらえてますか? 生徒会のお手伝いは奉仕部の活動の一環だと思ってましたけど,せんぱいの中では別ものと思ってもらってるって理解でいいですか? 仮にもし,奉仕部が無くなったとしても,本当に仮に,ですよ? それでも,生徒会を……わたしを,手伝ってくれますか?」

 上目使いにそう尋ねる一色。いつものあざといしぐさはなく,ただ不安な眼をして俺の答えを待っている。

「まあ……その,なんだ,生徒会長にしちまった責任とかも,あるからな……奉仕部じゃなくても,俺が最後まで面倒見てやる」

「せんぱい……言質……とりました……もう……ひっこめられませんよ……」

 彼女の目は潤み,少しずつ俺との間を詰めてくる。

「今なら……ふたりきりです……」

 一色は,まだ記憶に新しいサボンの香りがふわりと漂う距離まで身体を寄せ,そっと目を瞑り上を向いて……。

「いろはす~~~! 飲み物買ってきたべ。いろはすはグランティーレモンティーでいいよな? ヒキタニくんはさー,マックスなかったからクラウンコーヒーのカフェオレで。甘いのがいいっしょ? おいしさダントツキャラメル&ミルクも甘いけどどっちがいいー? 他にもミラクルボディVとかうれしいはちみつレモンとかあるから早い者勝ちだべ。あ,つぶつぶナタデココ入り白桃&黄桃は結衣が飲みそうだから取っといてー。あと,ジャングルマンは俺っち飲むからさー」

 おおい,戸部! マックスコーヒーが無いからってなんでほとんどサンガリアなんだよっ! そして最後だけチェリオなのも謎だよ!

「……」

 いっ,一色さんが超怖い顔で戸部を睨んでいる。そこはちゃんとあざとさ仕事しようよ。

「一色,じゃあまたあとでな。サンドイッチサンキュー!」

 俺は,戸部が作ってくれた好機に乗じ,カフェオレを掴むとすぐさまこの場から離脱することにした。

「あ,せんぱい……」

「ヒキタニくん,ちぃーす!」

「戸部先輩……」

「ん? いろはす,どうしたん? 怖い顔して」

「正座」

「ひっ」

 戸部,俺が戻るまで無事でいてくれよ……本当はどうでもいいけど。

 階段を使って1階まで下りて玄関まで出てみると,雪ノ下と由比ヶ浜の独り言がまだ続いていた……

 

 そこから自転車を飛ばし,一路,稲毛海浜公園を目指す。

 目的地の少し手前に自転車を止め,一色からもらったサンドイッチを食べた。これを持ったまま姫菜や陽乃さんの前にいくのをためらったからだ。

 サンドイッチはハムとたまご,ツナに野菜とオーソドックスなものだったが,とても美味しかった。そのままの感想を伝えた時の一色の笑顔を想像し,ほんの少しだけ後ろめたい気持ちになった。

 

 目的地の野外音楽堂に着いてみると,辺りは異様な雰囲気に包まれていた。

「比企谷くん,おっそーい」

 良かった,いつもの陽乃さんだ……って,なんなんですかね,これ!?

「八幡くんやっと来たー。はい,これ」

 と,姫菜から渡されたのは,電柱組と書かれた白い工事用のヘルメット,いわゆるどかヘルに雪ノ下建設のタオル。

「これを被って,両耳のところから下がってるループにタオルを通して覆面にしてね♪」

 姫菜はすでにその格好で,いつもの赤ブチのメガネをしていなければ姫菜と分からなかったかもしれない。

 陽乃さんは,ヘルメットこそ被っているが覆面はせず,黒いサングラスで目を隠している。

 そのヘルメット,雪ノ下建設と安全第一って書いてあるけど大丈夫なの?

 そしてこの野外音楽堂を埋め尽くすほどの男どものほとんどがそのヘルメット姿にマスクやタオルの覆面姿でいるのだ。

「陽乃さん,これはいったい……」

「言ったでしょ? バレンタインデーを粉砕するって。バレンタインデーに怨嗟の感情を持つ男たちを集めた名付けて『バレンタインデー粉砕!全国統一行動千葉集会』だよ!」

 確かに野外音楽堂のステージにはそんな横断幕が掲げてあった。

「全国統一行動って,他でやってるところないですよね?」

「んー,渋谷でデモ行進やってるって聞いたけど?」

「それにしても,どうやってこれだけの人を集めたんですか」

 そう,それが疑問だ。この野外音楽堂のキャパは椅子席500,芝生席1000といったところだが,明らかにもっと多くの人間がひしめき合っていた。

「んー,実動員2000人くらい? 主催者発表でおよそ3000人ってことにする予定だけど。なんだっけ,下っぱ1013号?君がSNSとかいろんなことを駆使してこれだけ集めてくれたんだよねー。世の中にはこんなにモテない男の子がいるんだって感心するよ」

 材木座ーーーー! お前,何やってんだよ!!

「そう言えば原滝はどこに?」

「あそこ」

 陽乃さんが指さした先には,九州の時に見たレオタードにマント姿の原滝がヘルメット集団に囲まれて写真を撮られていた。

「バラダギちゃんには,一応,幹部の制服で来てもらったんだけど,可愛いし,非モテ男子に大人気みたいだねえ」

 原滝は,むさくるしい男どもの奏でる無限のシャッター音に戸惑いを隠せない様子だった。

「むほん。顔こっち向けてー,後ろ髪をちょっと持ち上げるしぐさで,男を誘うような表情で」

 材木座ーーーー! ほんっと,お前,何やってんだよ!!

「わたしは,ちょっとそういうの苦手だから,顔を隠させてもらってるんだ」

 姫菜は,原滝に対して申し訳なさそうにそういった。

「こんなに男の人が集まっていても,なんか捗らないよねー」

 やっぱりいつも通りの姫菜さんでした。

「ところで,八幡くん」

 ちょっとヘルメットの奥の目が鋭く光ったように見えたけど……

「一色さんの胸のさわり心地はどうだった?」

「ひっ! な,何のことでせう」

「サンドイッチ,美味しかったのかな?」

「いや,それは,その,なんのことだかさっぱり」

 胸の件は玄関先だったから誰かが見ていた可能性もあるが,俺がサンドイッチを貰ったことは戸部しか知らないはず。出てくるときにうっかり,サンドイッチサンキューなんて言っちゃったからな。しかし,姫菜が戸部と連絡を取っているとも思えないし,ブラフか? いやでも,「お弁当」ならまだしもサンドイッチと言い当てているところから見ると,当てずっぽうであるとも思えない。

「どうなの?」

「え,いや……美味しかったです……」

 それを聞いた姫菜の目が一瞬にして悲しげなものになる。

「そう……」

 その時,彼女が手に持っていたものを体の後ろに隠したのが見えた。

 チクショウ,彼女も俺のためにお弁当を作ってきてくれていたのか。しかも,こんなところで食べるのだとすれば,おそらくはおにぎりかサンドイッチ,彼女の表情を見れば,それはサンドイッチだったのだろう。このイベントの準備で朝から動いていたはずだから,一色以上に早起きをして作ってくれたに違いないのに。

 俺は,姫菜の正面からその後ろに隠した包みを両手で掴むようにして,

「すまなかった。でも,俺,これも欲しい」

「は,はちまんくん……」

 傍から見ると俺が姫菜を抱きしめるような形になっていて,

「周りの……目が……」

 このイベントの趣旨を考えれば,周り中非モテ男子で溢れているのだから,そんな中こんなことをすれば殺意に満ちた視線にさらされるのは自明のことであった。

「姫菜……すまん,俺の横っ面を本気で張ってくれ」

 俺は周りの喧騒に紛れて,こっそりと耳打ちをする。

「え!? でも……」

「頼む。このままじゃ,俺は生きてここを出られない……」

 少し考えていた姫菜だが,小さく「分かった」と言い,

「何すんの! この変態!!」

と思いっきり体重の乗ったビンタを俺の左頬にぶちかました。

 ひょっとして世界を狙えるんじゃね?というほどの想像を超える衝撃に,俺は右側に吹っ飛びバッタリと倒れ伏した。いや,マジで。

 それを見ていた周りからは,

「よくやった!」

「ナイス,チャレンジ!!」

「それでこそわが相棒!」

と,盛大な拍手とともに賞賛を浴びたのだった。

 しんけん痛い……たぶん半分くらいは本気が混ざってたな……。

「俺,ちょっと目立っちゃってここに居づらいですから,群衆に紛れてきますね」

「あっはっはっ! お腹抱えて笑っちゃったよ。ナイス茶番!!」

 茶番言うなよ,はるのん。

「あ,そうそう。比企谷くん,13時半開始で,フォークソングの歌唱と何人かにスピーチをしてもらって,そのあと稲毛海岸駅までデモ行進の予定なんだけど,スピーチのトリは比企谷くんにやってもらうから。本当はもっと前にやってもらおうかと思ってたけど,さっきの見て気が変ったわ。お願いね♡」

「あの……俺に拒否権は?」

「あると思う?」

 デスヨネー。

「出番になったらマイクで呼び出すから,それまで会場内にいてね」

「分かりました……」

 そして,そこから離れようとした瞬間,すれ違いざま,姫菜がさっきの包みを無言で差し出した。

 俺も周囲に知られぬよう何食わぬ顔でそれを受け取り,目だけで礼の気持ちを伝えた。

 陽乃さんに,これ食べてくるんで一瞬会場を離れますと告げ,いったん野外音楽堂を出る。

 こんなところで女の子の作ったサンドイッチなんかパクついていたら,怨嗟の視線で胃に穴が開いてしまいそうだからな。

 姫菜のサンドイッチは,サーモンにエビのタルタル,チーズとスクランブルドエッグなどが挟まったホットサンド。これならプレスされている分,崩れにくくて立ったままでも食べやすく,この時のために考えてくれてたんだなあと感心した。味は文句なしに美味しかった。一色のとどっちが美味しかったかだって? そんなもの比較できるわけないだろう?

 サンドイッチ2人前を平らげた俺は,重たいお腹を抱えてつつ,再びコミュニティセンターに向かってわがデュラハン号を全力で漕ぎ続けた。いくら軽めのサンドイッチとはいえ2人前も食った後の全力疾走はちょっと吐きそう。

 

「あー,はーちゃんだー」

 俺が料理実習室に入っていったら,すぐにけーちゃんに見つかってしまった。

「はーちゃん,おそーい」

 恐らくは,川崎の手作りであろうエプロンをつけ,川崎と同じ青っぽい髪を三角巾で隠したけーちゃんは,少しお怒りじゃった。

「ごめんごめん。けーちゃんはもう作り始めてるの?」

「うん! けーか,今,さーちゃんとチョコレートをとかしてるとこ」

 川崎が湯せんのボールを支え,けーちゃんがシリコンのヘラでゆっくりとかき混ぜているところのようだ。

「雪ノ下にさっき作り方を教わってね。今,二人でやってるところなんだ」

「そうか,けーちゃんえらいな」

「はーちゃんも手伝って」

「なにをすればいいのかな?」

「えっとねー,けーかといっしょにぐるぐるするの」

「悪いね。本当は忙しかったんだろう?」

「なあに,けーちゃんと一緒にチョコ作りができるんだからな。何をおいてでも時間は作るさ」

「はーちゃん,おててが止まってる」

「ああ,ごめんごめん」

「はーちゃん,ごめんごめんばっかり」

「ごめんごめ……アレッ!?」

 声をあげて笑うけーちゃん。おててが止まってるよ。

「比企谷くーん,おひさしぶりー」

「あ,先輩,お久しぶりです」

「聞いたよー,玄関前での一色さんとのこと。やっぱり君は最低で不真面目だね♪」

 笑いながらそう言っためぐり先輩の言葉は,俺を非難しているようには聞こえなかった。

「あーあー,私がもっとこの学校にいられたら,比企谷勢力の一員になれたのかなー」

「何ですか,それ。初耳なんですけど」

「んー,一部で噂されてるよー。いつの間にか比企谷くんを中心に美少女の集団ができていて,しかも勢力拡大中だってね」

「いやー,別に俺が中心とかじゃなくて,便利に使われているだけですよ。特に一色とか陽乃さんとか」

「そうかなー,そう言えば,はるさんのこと名前で呼んでるんだね」

「まあ,なりゆきで……」

「じゃあ,私のことも名前で呼んでくれる?」

 めぐり先輩が何を言ってるのか分かりません。モノローグではめぐり先輩ってずっと言ってるけど,素でそんなこと言えるはずがないじゃない?

「あー,はーちゃんうわきー,はーちゃんにはさーちゃんがいるからだめなんだよ」

「あわわ,けーちゃん,なんてこと言うの!」

 川崎がかなり慌ててけーちゃんを止めようとしている。

「へ? えーと,川崎さん,だよね? 体育祭の衣装を作ってくれた。川崎さんと比企谷くんはお付き合いしてるの?」

「さーちゃんとはーちゃんはけっこんするんだよ。いつもさーちゃんが言ってるもん」

「けけけ,けーちゃん!?」

 突如降ってわいたような身内からの暴露に川崎は茹で上がったタコのような真っ赤な顔で慌てていた。 

「あの,あの,比企谷! けーちゃんの言ってることはただの冗談だから,そう,冗談」

「むー。けーか,嘘言ってないもん!」

「いや,けーちゃん,それは違うくて……」

 本来なら,いつもクールな川崎があたふたしているさまを笑ってやりたいのだが,一方の当事者が俺であるだけに笑うどころか顔が火照って熱いまである。この部屋,暖房が効きすぎてるんじゃないかなあ?

 めぐり先輩は,ふうんといった体で川崎の顔を覗き込み,

「川崎さんも比企谷勢力なのかあ……今度,はるさんにお願いして私も入れてもらおうかなあ?」

 比企谷勢力に入るのって陽乃さんの許可がいるの? もうそれ,陽乃勢力じゃない?

「まあ,冗談はこのくらいにしておくけど……」

 そう言うと,めぐり先輩は俺の耳元で囁くような小声で言った。

「一部の暗部組織が比企谷勢力を危険視してるみたいだから,気をつけてね」

 あの……こっちの方が冗談ですよね? なんか変な争い事に巻き込まれたりしないですよね?俺の右手にできることなんて,せいぜい女の子の胸を揉むくらいのことなんですが……

「それと……」

 再び俺の正面に向き直り,少しだけ真顔になり,

「はるさんを……はるさんを支えてあげて。あの人は,なんでもできるすごい人。私が尊敬する先輩。だけど,とっても寂しがり屋でとっても弱い人だから……」

と言った。

 以前の俺なら,陽乃さんが弱い? いったい何を言ってるんですか? と聞き返したところだろう。でも,俺は知ってしまった,あの人の弱さを。見てしまった,あの人の涙を。聞いてしまった,あの人の泣く声を。扉越しに聞こえてきた嗚咽が未だに耳から離れない。だから……

「分かりました,約束します。俺があの人を支えます」

 そう言うと,めぐり先輩は,はじめこそ少し驚いたような表情を見せたが,すぐにこぼれんばかりの笑顔になり,

「うん! ありがとう,よろしくね。あーあ,やっぱり私,もう少しこの学校にいたかったなあ……あ,そうだ! 来年,比企谷くんが私と同じ大学に来たらいいんだよ♪」

「いやでも,先輩どこの大学でしたっけ?」

「私は指定校推薦で青山学院大だよ。比企谷くん,私立文系って言ってたよね? 頑張れば私と同じ指定校推薦もらえるかもよ?」

「はあ,善処します……」

「よっし,青山目指してガンバロー,おー!」

「お,おぉ……」

 元気よく右手を突き上げるめぐり先輩に気おされて,恐る恐る右手を上げる俺。いや,青山行くなんて全然決めてないけど。それに内申最悪だろうから,指定校推薦なんて絶対もらえないけど。

「あ,そうだ♪ 私が作ったチョコレート,味見してもらえるかな?」

「もちろ……んぐっ」

 俺が返事をしようとめぐり先輩の方を見た瞬間,少しほろ苦くて甘いものを口の中に押し込まれた。まあ,ご想像の通りチョコなのだが,問題は全く想定外の出来事だったため,めぐり先輩の指ごと口に含んでしまったことだった。

「んっ……」

 俺の口に指が触れたのがよほど不快だったのかめぐり先輩は小さな声を漏らす。

「めぐり先輩!すっ,すみません‼︎」

「うふふ,どう? 美味しかった?」

「えっ、あっ,はい……」

 正直ドキドキしすぎてチョコの味がよく分からんのですが……

「それよりも,今,名前で呼んでくれたねっ」

「それは……その……」

 ドギマギする俺をよそに,めぐり先輩はココアパウダーのついた自分の指をじっと眺め,そしてその桜色の唇でそれを包んだ。

「!」

「じゃ,じゃあね。本番はもっと美味しいの作るから」

 少し頬を染めた先輩は,手をフリフリしながら立ち去っていく。

 残された俺と川崎は,椅子に座ったまま呆然とめぐり先輩を見送った。

「さーちゃんもはーちゃんもおててが止まってる!」

「あ,ああ……」

 けーちゃんの声にようやく再起動を果たす俺たち。

「川崎,鍋,鍋!」

 川崎が温めていた生クリームが沸騰し,小さなミルクパンから吹きこぼれそうになっていた。

「ああっ!」

 慌てて火を消す川崎。

「火傷とかしてないか?」

「うん……ごめん……」

「いや,こっちこそすまん……」

 下を向いて黙り込む二人に再びけーちゃんから声がかかる。

「もう!,さーちゃん!これ,入れるんでしょ!」

 けーちゃんが小さな両の手でさーちゃん……川崎に差し出したのは,黄色地にギザギザ模様のスチール缶,こっ,これは……マックスコーヒー缶,いわゆるマッカン‼︎

「あ,ああ,そうだったね。けーちゃん,ありがと」

「川崎……これは……」

「アンタがこれが好きだって話をしたら,けーちゃんがこれを入れるって」

「でも,いくら甘くてもコーヒーだしカフェイン入ってるから,けーちゃんが食べられなくなるんじゃないか?」

「いいの。これははーちゃんにあげるんだからはーちゃんの好きなものを入れるの」

「け,けーちゃん……」

 けーちゃんの優しさに思わず涙が溢れそうになる。もうけーちゃんみたいな妹が欲しかった……いやいや,世界一の妹は小町だけれど,だとしたら……

「けーちゃんは世界一の嫁,かな?」

「な,な,な,ア,アンタ……」

 なんかワナワナ肩を震わせているのだが? なんで?

「しょうがないなー,さーちゃんの代わりにけーかがはーちゃんとけっこんしてあげる」

 言うが早いか俺の右頬に軽く唇を触れるけーちゃん。

 えへへ,と可愛くはにかむけーちゃんの横には,鬼神と化した川崎沙希。

「アンタ……いろんな女に手を出してると思ったら,とうとう京華まで……」

「お,落ち着け! 俺は別に何も……」

「何をしらばっくれてるんだい! さっきけーちゃんは世界一の嫁だって言ってただろう?」

「え? 口に出てた?」

 コクンとうなづく川崎。

「さすがに京華を毒牙にかけるような真似は見過ごせないね……」

 川崎の右手には,いつのまにか洋包丁が握られている。

 おいおい,チョコ作りに包丁の出番なんてなかったよね!?

「待て待て! けーちゃんが世界一の嫁と言ったのは,けーちゃんの優しさにほだされたからだ。俺の嫁にしたいってわけじゃないからな‼︎」

 何とか言い逃れようとした俺だが,危機は別のところからやってきた。

「はーちゃんはけーかのこときらいなの?」

 目に涙を溜めて訴えるけーちゃん。誰だよ!いたいけな子にこんな顔させたやつ‼︎

 ……俺だよね。

「そんなことない! はーちゃんはけーちゃんのこと大好きだぞ」

「じゃあ,けーかをおよめさんにしてくれる?」

 ウッと言葉に詰まる俺。横を見ると川崎がすごい顔して睨んでるし。

「けーちゃん,はーちゃんはさーちゃんも好きだから今すぐ選べないな。けーちゃんが大人になったらもう一度言ってくれる?」

「なっ!」

「わかった! けーか,大人になったらもう一度はーちゃんにおよめさんにしてって言う」

「ありがとね。けーちゃん」

 恐る恐る横を見ると,川崎が赤い顔しながら口をパクパクさせていた。

「さーちゃん,おい,さーちゃん」

「ひひひ,比企谷,さーちゃん言うな!」

「その生クリーム入れるんだろ? チョコ混ぜてるから早くしよう」

「あ,ああ……」

「はーちゃんとさーちゃんのはじめてのきょうどうさぎょう?だね」

「けけけ,けーちゃん!?」

 小さい子ってこういうの,どこで覚えてくるんだろうか。

「さーちゃん,落ち着いて。こぼれるから。生クリームがこぼれるから」

「だから,さーちゃん言うな!」

 



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バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!(下)

はい,またお会いしましたね!

上中下の下です。

これで完結……するはずだったのになあ……

駄作者がほんっとすみません(ドゲザ


 大騒ぎしながらとりあえずトリュフチョコの生地を作り終えたけーちゃんとさー……川崎は,冷蔵庫で生地を冷ましている間,1階の幼児室に遊びにいっている。

 ふぅー。

 カシュっと音を立ててマッカンのプルトップを開け一息をつく。

「ねぇ」

 ん? ねぇさん事件です,じゃなかったお呼びですよー。

「ちょっとあんた,何無視してるの?」

 あんたさんも呼ばれてますよー。

「いいかげんにしてくんない?」

「何の用だよ,相模」

 せっかくのブレイクタイムなのであまり振り向きたくはなかったのだが,仕方なく相模の呼びかけに応えた。

「分かってんじゃん」

「お前の声も顔も忘れることなんてできねえよ」

「なっ! あんた何言ってんの? ちょっとキモいんだけど」

 顔を赤くして怒る相模。そんなにキモいキモいって言うんなら話しかけなければいいと思います。

「今度さ,うち,雪ノ下さんの地球防衛軍に入ることになったから。これからあんたとは敵同士ってことだから」

 陽乃さんから地球防衛軍結成の話は聞いていたのだが,相模の参加は正直言って意外だった。俺を憎んでいるからという動機には別に驚きはないが,あれだけミーハーで見栄っ張りなヤツが雪ノ下の下に付くということを自ら選んだことが信じられなかった。

「わざわざそれを言いにきたのか?」

 すると相模は後ろ手に持った小さな包みを俺の前に差し出し,

「これ,うちからの宣戦布告のチョコ。心配しなくても変なものとか入れてないから。そこまで小さい人間じゃ無いから」

 いや,十分小さい人間だと思います。そもそも宣戦布告のチョコって何だよ!

「ねぇ,なんか言うことないの?」

「んー,受けて立つ?」

「ちょっと! 女の子から手作りチョコ貰ったんだから他になんか言うことあるでしょ‼︎」

 おおい! お前が宣戦布告って言ったから受けて立つって言ったんじゃん‼︎

「あ,ありがとう?」

「なんでさっきから疑問形なのよ……とにかく昨日うちが頑張って作ったんだから心して味わいなさいよ!」

 捨てゼリフを残して立ち去る相模。一体なんだったんだろう?

 アイツに一番ピッタリのセリフは「チクショー! 覚えてやがれっ‼︎」だよな?

 

 そこへスマホに連絡が入った。

「はちえもーん! もうすぐ我の順番でその次がお主の番なんだけど……」

「おい,材木座! 俺のスピーチが始まる二人くらい前までには連絡くれって言ったよな?」

「それが,我も登壇することになって,スピーチの内容を考えておったら,知らぬ間にタイムリープして我の順番になっておったのだ……」

「おい,お前,一人で10分くらい時間を稼げ。分かったな?」

「そんなご無体な……」

「できなかったらもう二度とお前のラノベ読んでやらないからな」

「オニー!悪魔!八幡!」

「八幡は悪口じゃないだろうが! じゃあ切るぞ」

「あ,はち……」ブツッ,ツー,ツー

 

「ヒッキー! 冷蔵庫で冷やす前に味見してくれる?」

「由比ヶ浜,すまん! 少し用事ができてな。お前のチョコは後で完成品を食べたいから,ちょっと待っててくれ」

「ほんと? じゃあ,約束だよ?」

「ああ……」

 俺は死の瞬間を少し先延ばしにしながら,再び自転車を置いている場所へと急いだ。

 ここで行かなければ,仮に由比ヶ浜のチョコを生き残れたとしても,やはり陽乃さんから死の宣告を受けるは必定。

 死の瞬間を1分1秒でも伸ばすには,とにかく稲毛海浜公園野外音楽堂へ向かうしかないのだ。

 我が愛車,デュラハン号を足も千切れんばかりのスピードで漕ぎ続け,息せき切らせて野外音楽堂近くまでやってきた。

 途中,白バイが追っかけてきていたのを全速力で振り切ったのだが,ヘルメットにタオル姿で顔も分からないから多分大丈夫だろう。いや,そもそも追っかけられる原因がこの姿だな……。

 自転車を置き,歩いて野外音楽堂へ入っていくと,舞台の上では材木座が熱の入った演説を繰り広げていた。

「この悲しみも怒りも忘れてはならない! 我々は今,この怒りを結集し,リア充どもに叩きつけて、初めて真の勝利を得ることができる。 この勝利こそ,非モテ民全てへの最大の慰めとなる。県民よ立て!悲しみを怒りに変えて、立てよ!県民よ! 我らボッチ民こそ選ばれた民であることを忘れないでほしいのだ。 優良種である我らこそ人類を救い得るのである。ジーク・ボッチ!」

 ワアアアァ!と,満場の喝采が材木座に贈られる。

 満足げにステージから下りてくる材木座。

 あっ,けつまずいて顔から地面に突っ込んだ。

「それでは,最後の登壇者〜!」

 レオタード姿でステージの上に登場した原滝に,会場のヘルメット男たちのボルテージも最高潮!

 ……って,バレンタインイベントとここへくることだけ考えていて,スピーチの内容を何も考えてないんだけど!?

 ひょっとして,俺,ピンチじゃね?

「ザ・キング・オブ・ボッチ! 電柱組所属,132パウンド〜,はっちま〜〜〜ん‼︎」

 キング・オブ・ボッチって何!? ボクシングのコールかよ! それに俺のウエイト適当だろ‼︎

 ……って,一人でツッコんでみたところで状況は変わらず,音楽堂全員の大きな拍手で登壇を促された。

 ステージの脇に立っているハルノ魔導王もワクワクした目で俺の登場を待っている。

 ええい,ままよ!

 意を決してマイクの前に立ち,すぅーっと大きく深呼吸をする。

「せ……」

 喋り出そうとしたところで,キーンとスピーカーから大きなハウリング音が鳴る。

 場内にどよめきと笑いが起こる。

 少し心が折れそうだ。

 相模のやつ,こんな思いをしてたのか。

 だが,ここで焦ったら相模の二の舞だ。俺はあの時のあいつの顔を思い浮かべながら,さっきよりも大きな深呼吸をし,ゆっくりと話し始めた。

「青春は嘘であり,悪である……」

 

「あはははは! やっぱり比企谷くんサイコーだね!! 特に最後のリア充爆発しろ! のくだりで会場に集まった男子が一丸となって大盛り上がりだったもんね!!

「はあ,大元帥に気に入ってもらえて何よりです」

 ぶっちゃけ,平塚先生に出した作文,そのままなんだけどな。これが大うけするとは,いよいよ時代のほうが俺に追い付いてきたってとこかな?フヒッ。

「八幡,大丈夫か? なんか,顔がすごく気持ち悪いことになってるぞ」

「原滝,ヘルメットとタオルで隠してるから俺の顔,ほぼ見えてないだろうが」

「何を言ってるんだ。眼を見ればお前のことなんかすべてお見通しだ」

 ちょっといい感じに言ってるけど,気持ち悪い顔って言ったんだからね? いくら俺でも,気になる女の子にそんなこと言われると地味に傷つくんだぞ。

「そんな,気になる女の子だなんて……」

「おい,顔を赤らめるな。そして,なんで俺の考えてることが分かるんだよ!」

「だって,一行前に書いてあった」

「だから,モノローグを読むなっての!」

「はっちまんくーん! さっきの演説よかったよー!満場の男子が身も心もひとつに……愚腐腐腐」

 君はほんと,マンチェスター・シティのデ・ブライネのようにどの角度からでもゴールを狙ってくるね。てか,心はまだしも身は一つになってないからね!?

「それで,デモ行進なんだけど,公園内を進んで駐車場の手前から海浜公園通りから総武高校を過ぎて角を左折,海浜松風通りを右折して直進,京葉線の駅の南口で解散だから」

 姫菜が一歩近づいて,俺にだけ聞こえる声で言った。

「こっちは,私とザザくんでごまかしておくから,早くコミュニティセンターへ行ってあげて」

「ひっ,姫菜……」

「待ってる人がいるんでしょ? ほら,早く」

「いいのか?」

「その代り,ちゃんと駅に来て。最後はわたしのところに戻って来て」

 少し不安げでそして真剣ななまなざしに,いつものように軽口で返すこともままならず,俺にできることは正面から向き合うことだけだった。

「分かった,約束する。必ず駅に向かうから」

 俺は顔のタオルを下にずらし姫菜の両肩に手を置いた。姫菜も黙って目を瞑った。そして二人の距離が縮まり……

 コツン。

 ヘルメットとヘルメットがぶつかった。

 姫菜と俺はお互いㇷ゚ッと噴き出した。

 ゴン!

「あいっつー!」

 頭にすさまじい衝撃を受けて俺はその場にしゃがみ込む。

 何が起こったのか分からないまま上を向くと,手に角材,いわゆるゲバ棒を持った原滝が俺を睨むように見下ろしていた。

「おい! お前,何を……」

「お前な,さっき人のことを気になるとか言っといて,その女の前で他の女とキスしようとかどんだけクズなんだよ!」

 ~~~~~何も言い返せねえ。

 だが,原滝は頭を押さえてうずくまる俺に手を差し伸べ,

「何やってんだよ。時間がないんだろ? 早く行け!」

「……悪いな」

 俺は原滝の手を取って立ち上がり,姫菜と原滝の肩をポンと叩いてその場から走り去った。

 愛車・デュラハン号を駆って再び海浜松風通りをコミュニティセンター目がけて疾走する。

 

 息も絶え絶えに3階の調理実習室まで階段を駆け上がると,川崎が幼児室からけーちゃんとともに戻ってきていた。

「比企谷,いったいどこへ……って,あんたどうしたんだい!?」

 膝に手をついて肩で息をする俺を,優しい川崎も心配してくれているらしい。

「なんでヘルメット?」

 違ったー! そういえばヘルメット被ったまんま来ちゃってた。心配してくれてるとか勘違いを……うわ……恥ずかしい……バカじゃない!?俺……。

「それにそんなに辛そうに……とりあえず水飲みな」

 やっぱり心配してくれてました。「ほんと,川崎はいい女だな」

 ガシャーン!

 川崎の手からグラスが滑り落ち,床に水と破片が散らばった。本人は信じられないものをみたりきいたりしたというように目を大きく見開いたまま固まっている。

「お,おい,大丈夫か?」

「ひゃい!」

 俺が手を差し伸べた瞬間,素っ頓狂な声を上げて飛びのこうとした川崎だったが,濡れた床に足を滑らせてしまい,ガラスの欠片が散らばる床へ倒れそうになった。

「川崎っ!」

 俺は叫ぶが早いか川崎の手を引き,もう一方の手を背中に回して身体を支え,辛うじてこいつが倒れこむのを回避することができた。

「い,い,い,い……」

「よかった……お前が無事で……」

「ひ,ひ,ひ,ひ……あ,あぅ…………」

 耳元で俺が安堵の声をささやいた途端,突如川崎が気を失い,その身体が崩れ落ちそうになる。

「おい,川崎!」

 いくら女子とはいえ,ぐったりと力の抜けた相手を腕の力だけで支えるのには無理があるため,さらに川崎の体を引き寄せ,ぴったりと身体を合わせ俺にもたれかからせることで辛うじて床に倒れるのを防いだ。

「さーちゃんどうしたの?」

 けーちゃんが心配そうに俺たちを見つめている。ここで俺が慌ててしまえばけーちゃんをさらに不安にさせてしまう。それは何としてでも避けねばならない。

「うーんとね,はーちゃんとさーちゃんはラブラブだからぴったりくっついてるんだよー」

「えー,さーちゃんだけラブラブずるい!」

「あとでけーちゃんもラブラブしてあげるからね」

「ほんと?」

「ほんと」

「やくそくする?」

「ああ,約束する」

「わーい! はーちゃんとラブラブだー♪」

 何か致命的な間違いを犯してしまったような気がするのだが,とりあえずけーちゃんが喜んでくれたようでよかった。

 

「あ,あ,あなたは,い,い,いったい何をしているのかしら」

 うん,大体分かってたよ。もうテンプレートだよ。

「あのね,はーちゃんとさーちゃんはラブラブしてるんだよ。あとでけーかもラブラブしてもらうの」

「こ,こんな小さい子まで毒牙に……」

 ちょっと待て! さすがにそれは人聞きが悪すぎるだろ!!

「誤解だ,誤解。まずは俺の話を聞いてくれ」

「問答無用よ。その悪の組織のヘルメットが何よりの証拠。大方,川崎さんを人質にとって,何かを要求するのね,極左暴力主義谷くん」

「いくらなんでも語呂悪すぎ! 何だよ,極左暴力主義谷くんって。それに暴力行為はしてないからね?」

「じゃあ,極左冒険主義谷くんね」

「いやいや,語呂の悪さ変わってないから! だいたいよくそんな言葉知ってたな。さすがはユキペディアさん」

「その胡乱な通り名はやめてもらえるかしら。酷く不愉快だわ」

「お前は,人のふり見て我がふり直せということばを知らんのか!」

「とにかく,川崎さんを失神させて幼女を手なずけ,ここに立てこもって法外な要求をいるつもりね。いったい何を要求しようというの? まさかこの私の……川崎さんと京華さんとの人質交換で私を手に入れて,そのまま衆人環視の前で私に辱めを与えようと言うのね。でも,この私の体は好きにできても、心まで自由にできるとは思わないことね。凌辱谷くん!」

 お前はいったいどこのパーティーのくっころせいだーだよ! それにしてもどんだけ罵倒してもちゃんと『くん』だけはちゃんと付けてくれるのな。変に律儀な奴だな。

「違うんだ。そこは山より青く、海よりも高々とした理由があんだよ、ゆきのたん」

「ゆ,ゆきのたん///」

 雪ノ下が頬に手をあてて恥らっている。ここはチャンス……。

「騙されちゃだめだ! 雪乃ちゃん」

「あなたは……」

「お前は……」

「葉山く……さん!」

「それ,まだ続くのか……とにかくこれは罠だ! 相手は悪の組織の幹部なんだ。川崎さんが解放されないまま君まで籠絡されてしまったら,千葉県立地球防衛軍はどうなるんだ!」

「そ,そうよね。危うく悪の口車に引っかかるところだったわ。ありがとう,葉山く……さん」

「そろそろ,それやめにしてもらえないかな……」

「葉山! お前はどういうつもりか分からないが,いくら姿が美少女でも口調が男のままだから,『く……さん』って言われるんじゃないのか?」

「ガーン!」

 いや,口で言うな,ガーンって。

「なるほど……それは一理あるな……でも今まで17年間ずっと男として生きてきたんだ。急に体が女の子になったからって,心まで女になれるわけじゃない」

「いや,お前,セカンドシーズンで俺に恋してるとか言ってたよね? 心が男のままなら,リアルはやはちなわけ?」

「うっ,そっ,それは……」

「お前,俺にキスしたけど,男同士のつもりでキスしたわけ?」

「いや,俺はそういうつもりでは……」

「そんでもって,男の心のまま女の身体になったとしたら,最初はやっぱ,風呂上りに自分の身体を姿見に映して,おっぱいとか触ったりしちゃったわけ?」

「ううう……」

 やったな,こいつ……。

「比企谷がどかヘルで美人を失神させた上に人質とって幼女たぶらかして美少女に凌辱を要求してさらに別の美少女にはドSかますとか超ウケる」

「ウケねーよ! お前の中で俺はどんだけ鬼畜設定なんだよ!」

「衆目の中,美少女生徒会長の胸を触ったり」

「ごめんなさい,俺です。鬼畜谷です。すみません」

「比企谷,ちょっと変わったよね。昔とか超つまんないとか思ってたもん」

 いやこの状況でそれ言われても……。

「けど,人がつまんないのって,結構見る側が悪いのかもね」

 ということは,今,俺が鬼畜に見えるのも見る側が悪いってことですね。

「……でさ,今の比企谷なら付き合ってもいいかな? なんて思うんだよね///」

 は? 何言ってんのこの子。

「人が見ている玄関前で,いきなりおっぱいとか揉まれたらさあ,彼氏があんなんだったら耐えられないでしょー。普通に興奮とかしちゃうし」

 ここにも変態いました~~~~!

「で,比企谷はあたしにはどういうことしてくれんの?」

「だから何もしねえっての」

「くうぅぅ~。放置プレイとか,ウケるぅ~」

 ダメだこいつは。早く何とかしないと……。

「で,せんぱいは何を要求するんですか? ま,まさか,胸だけじゃ飽き足らず,わたしの……」

 だー!こいつもダメだー!!

 いつの間にか,雪ノ下,折本,一色に囲まれている。由比ヶ浜と三浦はどうしただろうと見回すと,由比ヶ浜がチョコ作りに悪戦苦闘し,なぜか三浦があれやこれやと世話を焼いているらしい。とうとう雪ノ下もさじを投げ,オカン体質の三浦だけがほっとけなくて面倒みているのか……。

 遠目で見ても三浦の疲れっぷりがよく分かる。疲れが癒えるよう後で美味しいチョコでも買ってあげよう。当面チョコなんか見たくないという可能性もあるがな。

「よし,お前らがそこまで言うなら今から要求をする! いいな?」

 三人がゴクリと息を呑む。

「まずは散らばったガラスの除去,そして濡れた床を拭け!!」

「こっ,これはまずは床をきれいにして,寝転がれるようにしてから床の上で私たちを凌辱しようというのね。さすが鬼畜凌辱谷くんだわ」

 やめろ,名前がますます酷くなってんじゃねえか!

「ガラスの上のプレイも捨てがたいものがあると思うんだけどなー,ウケるし」

 まったくウケねーわ!!

「分かりました。戸部先輩,あっちから箒とちり取りとモップ持ってきてチャッチャと片付けてくさいー」

「えー,いろはす,なんで俺っち?」

「戸部先輩,いや,戸部。あのガラスの上で正座したいですか?」

「いろはすさん,こええーっての。やる, やるから正座は勘弁してほしいっしょ……」

 戸部ェ~~~~(涙)

 戸部の孤軍奮闘により,すぐに床はキレイになった。サンキュな,戸部!

 ようやく静かに川崎を床に寝かせることができる。

「ま,まずは川崎さんからなのね。意識のない川崎さんを妹が見ている前で凌辱とか,鬼畜を通り過ぎて悪魔の所業ね,鬼畜凌辱悪魔谷くん」

 また長くなったよ! どんだけ進化するんだよ,俺の名前。

「そんなことするわけねーだろ。人質は解放だ。俺は投降する。誰か川崎の面倒を見てやってくれ」

 両手を上げて無抵抗の意を示す。

「比企谷~,ほんとに何もしないの?」

「こんな人前でそんなことするか! 俺はいたってノーマルなんだよ」

「ふうん,人前じゃなくて,ノーマルならいいんだ」

「いや,それは……」

「じゃあ今度よろしくね~。ウケるし」

「だからウケねえっての」

「あ,そうそう,チョコ,比企谷の分も作ってあるからさ。後で食べに来てね~」

 折本はそんなセリフを残し,手をフリフリしながら海浜勢が陣取る調理台の方へ戻っていった。

「雪ノ下さん,こんなとこにいた。あーし一人じゃ結衣の面倒見きれないし,あーしのチョコが作れないからちょっと来て」

「み,三浦さん!? 私はこの鬼畜凌辱悪魔ひとでなし谷君に用事が……」

 そんな長ったらしい名前を残しながら,雪ノ下も三浦に連れられて退場する。

「せんぱい,やっぱり最後にせんぱいのそばにいるのはいろはちゃんだけですよ」

「あざとい,やり直し」

「もう,あざとくないですぅ~」

 いや,もうその言い方がもうあざといだろ! まあ,昼間のように真剣に迫られても困るんだが……。

「う,うーん……」

 その時,川崎がようやく目を覚ましたようだ。

「あたし……床に……?なんで?」

「さーちゃんはね,さっきまではーちゃんとラブラブしてたんだよ」

「え? あたしと比企谷が床でラブラブ……?」

 おーい,けーちゃん! たしかにラブラブは俺がごまかすために言った言葉だけど,今ここでそれを言ったら決定的に勘違いされるだろー!!

「あたし……こんなところで,比企谷にはじめてを?」

 川崎! そのくだりセカンドシーズンで原滝がやってるからな? 二番煎じはウケないぞ。

「で,次はけーかがはーちゃんにラブラブしてもらうの♪」

「けーちゃんがラブラブ……?」

 やあ,これは新鮮な展開……じゃなくて,やめてー! 俺が社会的に死ぬ! その前に川崎の手で本当に死ぬ!!

「ひーきーがーやーーー!!!」

 川崎が鬼神モードで再起動する。

「まて,誤解だ,川崎,いったん落着け」

「あたしのカラダだけじゃ飽き足らずけーちゃんにまで手をだそうなんて!」

「違う! 俺は,けーちゃんに何もしようとはしていない!!」

「はーちゃん……あとでけーかとラブラブするって,うそだったの……」

「け,けーちゃん……嘘じゃない,嘘じゃないけど……」

「やっぱりアンタ……」

 うわー! なにこの姉妹による修羅場!! 俺が生き残る道がどこにも見えねえ……。

「あ,あの……」

 絶体絶命のピンチに救いの手を差し伸べてくれたのは,生徒会書記の藤沢だった。

「比企谷先輩は,その……気を失った川崎先輩が倒れないようにずっと支えてて,それで,妹さんが不安にならないようにラブラブしてるって言って,その後,ガラスとか水が散らばった床を片付けさせて,優しく床に寝かせただけです。その他のことは一切していません」

「比企谷,本当?」

「だから,最初から誤解だって言ってるだろ。藤沢のいうとおりだ」

「そうか……それは迷惑かけちまったね,すまない。アンタ,藤沢さんだっけ? ありがとね。アンタが言ってくれなかったら,比企谷を殺してアタシも死ぬとこだったよ」

 川崎,怖えよ!

「藤沢,ほんと助かったわ。ありがとうな」

「いえ,比企谷先輩にはクリスマスイベントの時に助けてもらいましたから……少しでも恩を返せてよかったです」

「むー,わたしが最後,華麗にせんぱいを助けようと思ってたのに~」

 あざとい計算が裏目に出たな,一色。

「それに書記ちゃんにまでフラグを立てるとか……書記ちゃんには副会長がいたんじゃないんですか?」

「それが,本牧先輩はあのクリスマスイベント以来,私と目を合わせてくれなくなって……それに別にお付き合いしているとかいうわけでもありませんし……」

 まあ,自分がかっぽれやら金毘羅船船を踊り狂っているところを女子に見られたんじゃ目も合わせたくないわなあ……本牧……強く生きろ。

「むきー! すべてあの正月野郎のせいですね! でもわたしはせんぱいにおっぱいをモミモミされたんですからね。書記ちゃんには負けません!」

 せんぱいにおっぱいってちょっとおもしろいよね? おもしろくないか……。

「わ,私だって,比企谷先輩が望むならおっぱいモミモミくらい……」

「あの……ここ,小さい子もいるから,おっぱいモミモミとかやめてくんない?」

「ひっ!? すっ,すみません。比企谷先輩///」

「さーちゃんもおっぱいモミモミされたいの?」

「け,けーちゃん!?」

「けーちゃん,さーちゃんはね,ラブラブの方が好きなんだよ。けーちゃんもラブラブするんだったね。ほうら」

 少ししゃがんでけーちゃんと胸を合わせ,グッとその小さな身体ごと持ち上げる。

 ついでにそのまま自分体ごとクルクルっと回転させると,キャッキャっと声を上げて喜んでくれたようだ。

「はーちゃん,ラブラブ楽しい〜♪」

 いつもより余計に回してるからな。玉縄,羨ましそうにこっち見んな!

 ちょっと目が回りそうになったところで回転を止め,ゆっくりとけーちゃんを下におろす。

 屈んでけーちゃんの足を床に着けたところでけーちゃんが俺の頬に両手を当てて,その可愛い唇を俺の唇に……。

 チュッ。

「!?」

 えへへっとはにかむけーちゃん,混乱する俺。

 状況を整理してみると,まったく幼女は最高だぜ!,このままけーちゃんルート開放か? と思う以前に俺の生命が閉ざされようとしているようだ。

「アンタ……けーちゃんに何てことを……あたしはアンタに何をされようと構わないけど,けーちゃんに手を出すなら死んでもらうしかないね。ゴメンね,こんな終わり方で」

 菩薩のように優しい顔をした川崎。しかし,同じ包丁を握る姿も,鬼神モードの時より心の底から恐怖を覚えた。そもそも俺が手を出したわけじゃない!と言いたかったのだが,今更そんな話を聞いてもらえるような状況ではないようだ。

「さーちゃん,さーちゃん」

 けーちゃんに呼びかけられた川崎は,構えていた包丁を後ろに隠し,やわらかな表情のまましゃがみこみ,けーちゃんと同じ目線になって言った。

「なあに,けーちゃん」

 ここから逃げるには今しかない,これが最後のチャンスだと頭では分かっているものの,足がすくんで一歩も動くことができない。

 すると,けーちゃんが俺にしたように川崎のの頬に両手を当てて,チュッと唇を押し当てた。

「なっ!?」

 かわさきはこんらんした

「さーちゃん,はーちゃんとけんかしたらメッ! さーちゃんにもはーちゃんのチューを分けわけしてあげるからなかよしさんして」

 チューを分けわけって,しんけん可愛い。けいかわいい。しかしそれって……

「間接キス……」

 川崎がペタリと床に座り込み,自分の唇に指を当てて呟いた。

 だが,幼女の追及はこれで終わったわけではなかった。

「さーちゃん,なかよしさんできる?」

「あ……ああ……ちゃんとはーちゃんとなかよしさんできるよ」

「はーちゃんは?」

「もちろん,俺もさーちゃんとなかよしさんするよ」

「じゃあ,はーちゃんとさーちゃん,なかなおりのチューして」

「へ!?」

「は!?」

 二人して間抜けな声を上げてしまったが,正直,意味が分からない。

「けーちゃん,俺とさーちゃんはもうなかよしさんだから,仲直りのチューはしなくても大丈夫だよ」

「だめだもん。パパ言ってたもん」

「けーちゃん,とうさん,何て言ってたの?」

「あのね,けーかが夜におめめをさましたの。おしっこしたかったからママのところに行ったら,パパとママがけんかしてたの。だからけーかが,けんかはだめーってお部屋に入ったら,パパとママがはだかでチューしてて,パパがもうなかなおりしたからだいじょうぶって言ったの。パパは,おとこの人とおんなの人がなかなおりする時はチューするんだよって言ったの。だから,さーちゃんとはーちゃんもチューしないとだめなの。だめなの……」

 けーちゃんは今にも泣きそうな顔をしている。しかし……。

「おい,川崎。それって……」

「言うな,比企谷……とうさんもまったく……」

 まあ,川崎家,両親仲睦まじくて良かったじゃないか。川崎に新しい弟か妹ができる日も近そうだ。

「けーちゃん,けーちゃんパパが言ったことはちょっと違うかな?」

「パパ,けーかにうそのこと言ったの? けーかのパパはうそつきなの?」

 ヤバい。けーちゃんの目に涙が溜まってきた。

「あんた,何,妹を泣かせてんだい!」

「いや,でもなあ……」

「ゴチャゴチャ言うんじゃないよ!!」

 言うが早いか,川崎が俺のあごをくいっと持ち上げ,自分の唇を俺の唇に押し当てた。

 まあやだ男らしい,じゃないよ!

「か,川崎!?」

「仕方ないだろ,京華が泣きそうなんだから。ほーら,けーちゃん,はーちゃんとさーちゃんはなかよしでしょ?」

「うん! はーちゃんとさーちゃんなかよし!!」

 溢れんばかりの笑顔で応えるけーちゃん。この笑顔を見られたのなら,これで良かったのかな?

「せんぱい,いったい何やってるんですか……」

「比企谷先輩……それはちょっと沙和子的にポイント低いです……」

 あ,そういや君たちここにいましたね。てか,また新たなポイント制度が……。

「いや,これは訳あってだな……て言うか,一部始終見てたんならおおよその事情は分かるだろ? ほら,川崎も何か言って……」

「エヘ,エヘヘ,比企谷とキス……」

 おーい!かわさきさーん,おーい! 戻ってこーい‼︎

「はーちゃんとさーちゃんはなかよしさんなんだよ。だからチューするんだよ」

「じゃ,じゃあ,せんぱいとわたしも仲良しさんですからチューしましょう」

「か,会長! 抜け駆けはズルイです! それなら私も比企谷先輩と……」

「書紀ちゃんはせんぱいとそれほど仲がいいわけじゃないじゃないですかー」

「わ,私だって比企谷先輩と仲良くしたいです! 会長はさっきおっぱいモミモミされたんですから,今回は遠慮してください」

 だから,おっぱいモミモミやめろー! 藤沢も意外と暴走するタイプなのな。俺と仲良くという前にまず君たちが仲良くしなさい!

 そんなことを考えていたら,遠くのほうからシュプレヒコールが聞こえてきた。そろそろデモ隊が近づいてきているようだ。いつまでもこんなことやってる場合じゃないな。

「一色,藤沢,生徒会でこのお菓子作りイベントやってるんだったら,まずは立派にこのイベントを成功させることがお前たちにとって大事だろ?  俺は試食くらいしかできないけど,お前らもチョコ作ったんなら早く持ってきな」

「はい! わたし,クリスマスイベントの準備の時にもせんぱいに食べてもらってるし,お菓子作りには自信がありますから書記ちゃんには負けませんよ!」

「私だって比企谷先輩に美味しく食べてもらえるよう頑張ったんですから会長にだって負けません!」

「いや,お前らちゃんと仲良くしろよ。でないと……」

 下に目を移すとけーちゃんがジーっと二人の顔を見ている。

「このままだと,お前ら二人でキスするハメになるぞ」

 二人の耳元でそっとそんなことを囁くと,

「や,やだなー。わたしたち元々仲良しですからねー」

「そ,そうです。会長と私,仲良しですからー」

 ぎこちない笑顔で肩を組み,おほほほほーと言いながら二人してこの場を去っていった。

「はーちやん,はーちゃん。これけーかが作ったの」

 と言って,袋に入ったチョコレートを俺に差し出した。

「おお,サンキュ。よくできてんじゃん。なかなかやるな,けーちゃん」

 頭を優しくなでてあげると目を閉じて気持ちよさそうにしている。

「比企谷……それ,あ,あたしが作ったのも混ざっちゃってるかもしんないけど」

「なんだ,さーちゃんも頭なでなでして欲しいのか?」

「ばっ,ばっかじゃないの?」

 川崎が真っ赤な顔をしているの見たら,前の俺なら激怒してんのかとか思っちゃったんだろうなあ……。

「チョコありがとな。あとでゆっくり食べさせてもらうわ」

「今日はすまなかったね。いろいろと迷惑かけちゃって」

「ま,別に迷惑ってほどのことでもないしな」

 けーちゃんをなでる反対の手で自分の頭をポリポリと掻いてみる。

「じゃあ,けーちゃん,そろそろ帰ろっか。晩ごはんの買い物もあるしね」

「はーい。じゃあ,はーちゃん,またね」

「おう。気をつけてな」

「はーちゃん,またさーちゃんと仲良ししてねー」

「ゴホッゴホッ」

 発した本人はいたって無邪気だが,それを聞いた俺はさっきの口づけを思い出し,思わず咳きこんでしまった。

「か,帰るよ,けーちゃん!」

 再び元阪神のブリーデンのように真っ赤な顔をした川崎もたぶん俺と同じことを考えているのだろう。

 俺に向かって手をフリフリするけーちゃんの反対の手を引いて,慌てて階段を下って行った。

 いよいよデモ隊の声も大きくなってきて時間的余裕がなくなってきた。

「せんぱい,わたしのガトーショコラ,食べてみてくださいよ~」

「比企谷先輩,私の作ったタルト オ ショコラ,味見してください」

 一色と藤沢がそれぞれに手作りのお菓子を皿に乗せて俺に差し出してきた。

「見た目は二人ともよくできてるじゃないか」

「見た目だけじゃありません。中身も絶品ですよ,わたしみたいに♡」

 きゃびるんとウインクをしてポーズをとる一色。

 手にした皿には粉砂糖もしっかり振り,ホイップクリームにブルーベリーまで添えてある。

 うん,たしかに一色と同じくあざとい。

 小さなフォークで先端の部分を切り取り口に運んでみる。

「……これは,旨いな」

「でしょう? これ,小麦粉を使わないでメレンゲをしっかり立てて作るんです。手間はかかってますけど,その分,いろはちゃんの愛情たっぷりです♪」

 まあ,あざといだけじゃなく,見えないところでがんばってたりするところが本当に一色みたいだな。

「でも,これ相当いい材料を使ってるんじゃないか?」

「はい! せんぱいのために生徒会の予算と海浜さんの予算もふんだんにブチ込んで,原料のチョコに卵,お砂糖に生クリーム,バターにいたるまで厳選した材料で作ってみましたー」

 おーい! この生徒会長大丈夫なのか? こういうちゃっかりしてるとこも一色らしいといえば一色らしいが……。

「か,会長,ずるいです……そんな材料までいいものを使うなんて……」

 藤沢の声が消え入りそうになり,一度は元気よく差し出されたお皿も少しずつ後ろへ下がっていく。

 その皿からひょいと藤沢の作ったタルトを摘み上げる。

「なかなかよくできてるじゃないか,藤沢」

「そんな……会長のに比べたら私のなんて……」

「そうか? 俺は可愛いと思うがな」

「ふぇ!?」

 なんか変な声を出したかと思うと藤沢の顔がみるみる赤くなった。

 藤沢のタルトはタルト生地の中にアーモンドのキャラメリゼが入り,コーヒーのガナッシュにちょっとラムの香りがする大人な味だ。

「藤沢,俺は好きだぞ」

「す,好き……あわわわ」

 藤沢の様子がなんかおかしいがいったいどうしたんだ?

「むむむむ……書記ちゃん,行きますよ。仕事です,仕事!」

 ずるずると一色に引きづられていく藤沢。

「比企谷先輩,私も好きですよー」

 そりゃそうだよな。藤沢が自分で手作りしたんだもんな。これが藤沢の好みの味かぁ。

 マッカンと一緒に食べたらグンバツに合うと思うな。

 そろそろこの場を出て行こうと思ったら,目の前に由比ヶ浜が立ちはだかった。

 四天王の最後はこいつか……。

 それまでの三天王が誰と誰と誰かは全く分からんが。

「ヒッキー,やっとできたから,食べてくれる?」

 恥ずかしそうにもじもじしながら何やら黒茶けた物体を乗せた皿を前に突き出す由比ヶ浜。

 見た目は,アレだ,なにやらぐにゃぐにゃしたものにチョコレートをぶっかけたような?

 何を言ってるのか分からないだろうが,見たまんまを言えばとにかくそんな感じだ。

 渡されたフォークを持ったまま躊躇していると,

「やっぱり……見た目悪いし,食べたくないよね……ごめんね……頑張ったんだけどな……」

 悲しげな目をしてうつむき加減に呟く由比ヶ浜。

 その由比ヶ浜の手から皿を奪い,そのチョコらしき物体を皿から口の中にかきこみ,むしゃむしゃと食べた。

「ヒッキー!? そんな無理に食べなくても……」

「……うまい」

「え? え?」

「これ,美味いぞ,由比ヶ浜」

「ほんとに?」

「ほんとだ! よくやったな,由比ヶ浜!!」

 思わず由比ヶ浜のウェーブのかかった茶髪をぐじぐじと撫でまわす。

「えへへ,ヒッキー,キモいよぉ」

 そんな言葉とは裏腹に,満面の笑顔で目じりには少し涙まで浮かんでいる。

「これ,桃が入ってるのか?」

「そう! クリスマスイベントの準備の時に缶切りがなくて開けられなかった桃缶にチョコレートをコーティングしたの!」

「そうか,甘みと酸味のバランスが良くてほんと美味い。がんばったな,由比ヶ浜」

 俺も少し目頭が熱くなってきた。

「ところで雪ノ下と三浦は?」

「んー,あっちで休んでるみたい」

 由比ヶ浜の指差す方を見ると,三浦と雪ノ下が二人して床に座り込んでいるのが見えた。

「ゆ,雪ノ下さん……あーしら,頑張ったよね?」

「そ,そうね……持てる力のすべてを出し切ったのではないかしら……」

 元々体力のない雪ノ下はともかく,三浦までもが息も絶え絶えに身体を寄せ合ってへたり込んでいたのだ。

 お前らも相当頑張ったんだな。俺の涙腺はとうとう崩壊してしまった。

 三浦が今日もピンクであったことなどはほんの些末なことであるよ。

 俺は,疲れ切った二人にありがとう,命拾いをしたと礼を言うと,デモ隊に合流すべく調理実習室を出て階段を下りていく。

「ちょっ,ちょっとー待ってよー,ひきがやー」

 踊り場で振り返ると,折本が走って俺に追いついてきた。

「はぁ,はぁ,さっき後で食べに来てねって言ったじゃん。黙って出ていくなんてウケないんだけど」

 そういえば,さっき,そんなこと言ってたっけ。

「すまんすまん。あんまり時間がないんだが,すぐに部屋に戻ればいいか?」

「いいよ。ここに持ってきたから」

 そう言って,手に持ったセロハンに包まれたチョコレートブラウニーを差し出した。

 俺がそれを受け取ろうとすると,折本が手を引っ込める。

「おい,俺が勝手に出ていこうとしたから,何かの嫌がらせ?」

「ぷっ,嫌がらせとかウケる」

「いや,ウケねーから」

 そう言うと,セロハンを解いてブラウニーを取り出した。

 だいたいの流れは読めた。これは,あーんイベントですね。まあ,幸いにしてここは踊り場。他に見ている奴もいないし,無駄に抵抗して費やす時間も惜しい。

 仕方なく目を瞑り,口を開けて待っていると,口の中に甘いものと,舌が進入!?

「んっ,ふっ,うんっ」

 驚いて目を開けると,目の前には折本の顔。

「んんっ」

 俺は慌てて絡み合う口を離した。

「お,おまっ,何を……」

「……あたしが作ったお菓子を口移しで食べさせてあげただけだけど?」

「だけって,いやいやいや,いくらなんでも,お前,な,な,なんでこんな……」

「ふふっ,焦った比企谷とかウケる」

「いや,これはさすがにウケねーだろ!」

「あたし,言ったじゃん。今の比企谷なら付き合ってもいいかなって」

「だからって……」

「まあ,あたしの気持ちを知ってもらえればいいかなーって。今の比企谷なら彼女の一人や二人いそうだし,さすがに付き合ってとは言えないよねー。中学の時のこともあるからさ……」

「折本……」

 いつも明るい折本が少し翳りのある笑顔で言った言葉は,喉に刺さった小骨のように心に引っかかった。

「あれは……俺がお前のことをよく知りもせず,俺のことを知ってもらう努力も何もしないで勝手に告白して自爆しただけだ。お前のせいじゃない」

「そかー,中学時代のあたしって何見てたんだろうね……ブラウニー,まだ少し残ってるけど,もいっかい口移しする?」

「いや,時間ねーし,もう行くわ」

「残念,時間あったらしてくれたのか。ウケる」

「そういう……じゃあな」

 振り向いて走り出そうとした瞬間,折本に手を引っ張られ,再びその唇が重ねられる。

「んっ」

 甘いものを介さない一瞬の口づけの後,少し泣きそうな笑顔で彼女は言った。

「ごめんね」

 俺はその言葉に何も答えず,ただ黙って階段を下りて駆け降りた……。



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バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ‼︎(完)

あれれー?
おっかしいぞー
上中下で完結してないぞー
ま,アレは「バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!」というお話を上中下に分けただけで,3話で完結するとは一言も……。
そんなわけで,バレンタイン編完結です。
ほんっとすいません。



 デモ隊は海浜松風通りを進行し,先頭の方はもう駅のロータリーに到達しているようだった。

 人の波に紛れるように合流し,材木座の声がするあたりを目指す。

 材木座が拡声器で「バレンタインデー粉砕!」と叫ぶと,周りの参加者が声を合わせて「ふんさーい!」と叫ぶ。

 その材木座から拡声器を受け取り,俺もハンドマイクで辺りに存在をアピールすべく,大音量で叫んだ。

「青春をー,楽しむー,おろか者どもー,砕け散れーーー!」

「砕け散れー!」「砕け散れー!!」

 シュプレヒコールの波が通り過ぎる。程なくして,ほぼ最後尾に位置していた俺たちも京葉線の駅前に到着したのだった。

 

 駅前で集会はできないので,到着後流れ解散となる。

 解散地点まで来ると,陽乃さんと原滝と姫菜が千葉ブランド銘菓創造委員会の四社共同開発商品である「千葉のつきと星」,そしてなごみの米屋創業120周年記念菓の「なごみるく」をそれぞれ一個ずつ配っていた。

 ここに来て陽乃さんも姫菜も顔をさらして一人ひとりに笑顔でお菓子を手渡ししている。

 まあ,ここは交番もあってさらに県警の機動隊もついてるし,滞留して写真会というわけにもいかないからもう大丈夫ということなのだろう。

「比企谷くん,お疲れさまー」

「陽乃さんもお疲れ様です。最後,お菓子配ってるんですね」

「そうだよー。ただリア充に嫉妬するだけじゃなくて,チョコレート会社の思惑を粉砕して地元のお菓子をアピールするイベントでもあったんだよ」

「それに陽乃さんや原滝,姫菜のような美女,美少女からお菓子がもらえるんですから,モテない参加者は天にも昇る気持ちでしょうね」

「おっ,モテる男は余裕の発言だねー。周りの参加者に実態を知られたら殺されちゃうよ」

 周りには聞こえないように耳元でささやく陽乃さん。俺も陽乃さんに近づき,小さな声で言葉を返す。

「勘弁してください。俺がモテるなんて,たぶん夢かうつつか幻の類ですよ」

 すると陽乃さんが訝しげに俺に言った。

「んん? なんか比企谷くんからチョコレートのような甘い匂いがするぞ」

 その鋭さに一瞬ドキッとしたが,努めて冷静さを装うようにする。

「ああ,さっき疲れたので材木座が持ってたチョコをちょこっと貰ったから,たぶんその匂いじゃないですかね」

「ふうん……」

 顎に手をあてて考え込まないで! チョコをちょこっとのところツッコんで!(悲痛)

「原滝もお疲れさん。そのレオタードじゃ寒くなかったか?」

 このまま陽乃さんの相手をするのは危険と戦術的撤退を決め込み,原滝の方へと向かった。

「これでも山の育ちだからな,九州とはいえ冬は冷え込むし,寒さには結構強いんだ」

 なるほど,と原滝の格好をマジマジと見てみる。

「八幡,なに人の身体をジロジロ見てんだよ?」

「いや,やっぱお前なかなかいいプロポーションしてるなと……」

 ゴンッ!!

「いっつー! だからゲバ棒はやめろっつーの!」

「お前,また別府の混浴を思い出してたんだろ? 冷静になってみると,あれはあたしも恥ずかしいんだ。忘れろ! 忘れられないんなら,このバールで忘れさせてやる」

 おいやめろ! それ本気で死ぬ奴だからな? こんな強化プラスチックのヘルメットじゃひとたまりもないぞ!! てか,なんでバールなんか持ち歩いてるんだよ!? 交番の目の前なんだから,お巡りさん仕事してくださーい!

「わっ,忘れた! ちゃんと忘れました! だからヤメロ!!」

「ほんとか……?」

 原滝は俺の目を見て,その後,頭の先からつま先までゆっくりと視線を動かし,股間のあたりで目を止めて,ぽっ,と顔を赤くした。

 おい! お前こそ忘れろよ!!

 

 駅前からデモ隊はほとんどいなくなり,我々電柱組メンバーも解散することになった。

「今日はみんな疲れただろうから,打ち上げはまた日を改めることにして今日は解散しよう。都築を待たせてるからみんな送っていくよ?」

「あ,俺,自転車を置いてあるんで大丈夫です」

「わたしも自転車なので……」

「となると,バラダギちゃんと私だけかー。じゃあバラダギちゃん乗って乗って」

 陽乃さんは,乗り込んだリムジンの後部座席の窓を開けて,

「比企谷くんと海老名ちゃんも気を付けて帰ってね」

と言って手を振りながら帰って行った。

 

「姫菜も疲れただろ? 自転車はコミュニティセンターに置いてあるから取ってきたら送ってくよ」

「八幡くん」

 なにやら姫菜さんがこめかみに青筋を立ててプルプル震えながら笑顔をされていらっしゃる。

「正座」

「はっ?」

 ちょっと,この子,何言っちゃってんの?

「聞こえなかった? 正座」

「いや,ここ歩道の上だし」

「は・ち・ま・ん・せ・い・ざ」

「はいっ!」

 怖い。笑顔が怖い。

「なんで正座させられてるか分かるかな?」

「いや……正直,何の事だかさっぱり……」

「わたし,コミュニティセンターに行ってとは言ったけど,サキサキとキスしていいとは言ってないよね?」

 は?

「折本さんと口移しとかしていいなんてこれっぼっちも言ってないよね?」

「どうしてそれを,いや,その……それにはアレがアレな事情が……」

「隠そうとしてたの?」

 少し悲しげな顔で俺に問いかける。

「そんなことは……ん……隠すつもりはなかったけど,でも,まあ,言わなかっただろうな……」

 姫菜は,はぁ,と短く息を吐く。

「わたしね,嬉しいの。八幡くんが皆んなに好かれて。ほら,文化祭の後とか,まだ本当に君を知る前だったけど,いろんな噂されてて,ちょっと嫌だった。君は知らなかったと思うけど,結構見てたんだよ,わたし。主な理由ははやはちだけどね」

 ふ,ふーん。理由が理由だけにあまり素直には喜べないけど,そうだったのね。たしかに修学旅行でいきなりなんてことはないよね。

「その時は好きとまではいかなかったけど,もっとお話ししてみたいな,とは思ってたんだ。でもね,君は文化祭で学校一の嫌われ者になって,周りの目とか優美子のこととか考えたら話しかけられなくて,視線の先の君は辛そうで,少し心が痛かった。だから,今みたいに君の周りに君のことが好きな人がいっぱいいて,ちょっと嬉しい。君が何事もないような顔で辛いことに堪えてる姿を見なくて済むことが嬉しいの」

 姫菜は正座する俺の上から優しい顔で俺に語りかける。だが,彼女のそんな顔はそこまでだった。

「でもね,辛いの。苦しいの。みんなが君に好意を寄せることが。わたし,君の彼女でもなんでもないし,それに対して何か言える立場じゃない。分かってる。でもね,ダメなの……君が誰かから思いを寄せられるたびに,わたしはいつか君に見向きもされなくなる,君に見捨てられる,そんな思いがだんだん強くなる……怖いの……わたし怖いの……」

 正座する俺の前に立つ姫菜の両手はギュッと握られ,その瞳からは大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。

 俺はいったい何をやっているのだろう? 俺のせいでまた姫菜に悲しい思いをさせてしまっている。この先もこんな思いをさせるのだとしたら,今,この関係を終わらせるべきなんじゃないか? 簡単な話だ。こいつに嫌われるようにふるまうだけでいいんだ。罵倒して,離れて,関係を閉ざす。今までだってやってきたことだ。簡単なことなんだ。一時的に泣かせることになっても,これ以上俺がこいつを泣かせることがないようそうすべきなんだ。そうすれば,いつか誰かがこいつを笑顔にしてくれる。だから……。

 だけど……嫌だ……。

 こいつを,姫菜を笑顔にするのは俺でいたい……ほかの誰かじゃ駄目だ。俺じゃなきゃ嫌なんだ。

 俺は,二代目博多淡海のごとく地面に正座した形のまま一気の跳躍で姫菜の前に立ち,両手で腕ごと強く抱きしめる。

「姫菜! 俺はお前のことが……」

「駄目……だめだよ,八幡くん……」

「姫菜……」

「それは君の勘違いだよ……わたしなんて,君に好きになってもらえる資格なんかない……わたしが抜け駆けして君に一番に告白した,結衣の気持ちを知っていたのに……」

「由比ヶ浜は関係ないだろう? そう,姫菜は一番に告白してくれた。勇気を出して俺に気持ちを伝えてくれた,それだけで人を好きになるのに十分じゃないか? それに勘違い? 俺の気持ちを勝手に推し測って諦めてんじゃねえ! そりゃ,たくさんの人が俺に好意を寄せてくれるのは,正直言って嬉しい。だからと言って,俺がお前を見向きもしなくなる? 馬鹿にすんじゃねえぞ!」

「ふふふ……」

 姫菜が泣きながら少し笑う。

「おかしい……勘違いだなんて,いつもなら八幡くんのセリフなのにね。その人にわたしが説教されちゃった」

「……そう,だな。ははは」

 本当にその通りだ。今までの俺を思い出し,苦笑するしかなかった。

「ねえ……八幡くん」

「なんだ?」

「みんなと縁を切ってわたしだけを選ぶなんて言わないでほしいの」

 俺は,姫菜の言ってることが理解できなかった。こいつは,俺が他の女の子と一緒にいることで不安に思ったのだろう? なら……。

「俺はお前だけいればそれで……」

 だが,姫菜は静かに首を横に振る。

「君がそんなことしたら,わたしがきっと後悔する。君にそうさせてしまったことを」

「そんなことは……」

「あるよ。わたし,やっぱりあの城あとでのことは心に引っかかってるんだ。もちろん,今,こうしていられるのだから後悔はないよ。そうしてよかったとも思ってる。でもね,結衣や雪ノ下さん,サキサキに申し訳ないなって気持ちもやっぱりあるんだよ。よかったって思う自分が嫌い……今,ここでこうして泣いて,それで君の心を手に入れるって,やっぱりずるいよね? 君の優しさにつけこんで,もしそうなったら,わたしはもう,どうやっても自分のことを好きになれない気がする。だから今はやめて。わがままかもしれないけれど,今はダメ。君がみんなの好意を受け止めて,そのうえで最後にわたしのことを選んでくれるなら本当にうれしい。それまで,いくらでも待つよ。それでもし,君がほかの誰かを好きになったとしても,心の片隅にでもわたしのことを置いてくれるって約束してくれるなら,わたしは堪えられる。我慢できる。だからお願い。今は……言わないで……」

 俺の胸に顔をうずめ,姫菜は話し続ける。

「ねえ,こういうこと言うの,ずるいのは分かってる。でも,たしかな気持ちが,その証が欲しいんだ……これから,君を好きでい続けられるように……堪えられるように……」

 姫菜の声がかすかに震える。

「これから……家に来てくれないかな? 今夜,お父さん……いないんだ……」

 俺はゴクリと息を飲む。

「姫菜,それって……」

 俺の目を見ないまま,姫菜はただ,コクリと頷く。

 姫菜の決意を受けとめた俺は,下を向く姫菜のあごを左手で持ち上げ,右手でヘルメットのあごひもを解く。

 そのままヘルメットを外し,じっと姫菜の目を見つめる。

 姫菜はそっと目を瞑り,少し顔を上に向けた。

 そしてゆっくりと唇を重ね……。

 

 ガン!!!

 

「がはっ!」

 ヘルメット越しに脳天を貫く衝撃が走る。

「ぐあぁぁぁ!」

 あまりの痛みに膝をついて地面に崩れ落ち,思わず叫びだしてしまった。

 いったい何が起こったと……。

 

「比企谷! お前,ウチの店の真ん前でで何をイチャコラやってるんだ」

 よく考えたら,ここはたくさんの人が通りかかる京葉線の駅前。そして,俺のバイト先のファミレスの目と鼻の先でした。

 てへっ☆

 じゃねえ。

「店長……」

「杏子さん……」

 見上げると,釘バットを持った店長が仁王立ちしてました。

「店長,いったいどこから?」

「ん? お前が正座させられたところからだ」

 ほぼ全部やないかい!

 こんな人通りの多いところで正座させられるは泣かれるは抱き合うはキスしそうになるは店長にみられるは釘バットで殴られるは……殺してくれ~~~~! 頼むから殺してくれ~~~~!!

「ん? 比企谷,なんか死にたそうな顔してるな? ヘルメット外したら一発だぞ」

 おい! FRPのヘルメットなんだから,外さなくても下手したら死ぬるわ!!

「比企谷,海老名,お前らこれからバイトだ。早く着替えろ」

「っつー,いや,俺たち今日はシフト入ってないはず……」

「お前らがへんなデモとかして駅前で解散するから,歩き疲れた参加者が殺到して店がてんやわんやなんだ。 ヘルプで呼んだ舎弟は,外で修羅場ってるカップルがいると仕事をサボって見に来たからちょっと締めたら再起不能になって人手が足らん」

 コラッ! 半分くらいお前の責任じゃないかっ!この鬼! 悪魔! 年増!!

「おい,お前,今何か不愉快なこと考えてなかったか?」

「い,いえ,滅相もありません」

 どうやら店に来た客から,駅前でお菓子を配っているという話を聞いて出てきたところで俺たちが修羅場っていた,ということらしい。それで,周りの野次馬を睨みつけて蹴散らしてくれていたようだ。

 そりゃ,こんな目つきの悪い女が釘バット持って立ってたら見ないようにしてコソコソいなくなるよね。で,あまりにも盛り上がりすぎということで,止めに入ったと。ちょっと手段がアレで,今もまだ頭が痛むが,ちょっとは感謝しないといけないな。

「店長,これ,さっき姫菜が配ってた千葉ブランド銘菓創造委員会の四社共同開発商品である「千葉のつきと星」,そしてなごみの米屋創業120周年記念菓の「なごみるく」でございます。どうぞお納めを……」

「うむ,苦しゅうない」

 まるで時代劇の悪代官のごとく賂を受け取った店長だが,両手で高く頭の上に持ち上げて,わーいと喜ぶさまはちょっとかわいい。

「とにかく海老名の店の店長とエリアマネージャーにも話は通してある。お前らの責任だからちゃんと働けよ」

 やっぱりかわいくない。

「八幡くん,泣く子と杏子さんには勝てないよ。いこ?」

 姫菜の手を借りてようやく立ち上がる。

「ああ……やるか」

「ちなみに,お菓子のお礼でわたしの下着を見せてやるから,後で店長室に来い」

「だっ,ダメです,杏子さん! そんな乱れたことは許されません」

「お前ら,公衆の面前でキスするのは乱れた行為じゃないのか?」

「ぐっ……」

 思わず押し黙る姫菜。ただ,お菓子2個で下着見せるとか,アンタの下着姿ずいぶんやっすいな!

「まあ,冗談だ。とにかく店内は人で溢れかえってるからな。頼んだぞ」

 アンタ,表情あんま変わんないから冗談言ってるように見えないんだよ!

 

「仕事終わったら……遅くなるから,家まで送ってね……」

 俺の耳元でこっそり囁く姫菜,黙って頷く俺。

 今夜,お父さんいないって言ってたよな……まあ,こいつが気にするだろうから,その……変なことをするつもりはないけれど,ちょっとばかし家に行くことを期待している俺だった。

 


 

「おまちどうさまでした。ワインリストです……」

 俺は,ワインリストを渡すとともに,テーブルの上に転がる数本のワインのボトルを回収する。

「くっそー! 一色のヤツ,なんで私を呼ばないんだ!! 私だってバレンタインデーにチョコを渡したい相手だっているんだぞ!」

「いや,明日入試だから普通に忙しはずですよね?だから誘わなかったんだと思いますよ」

 そう,何を隠そうって言うか,隠しようもないのだが,ここでワインボトルを何本も空けて大騒ぎしているのは我らが顧問,平塚先生である。

「そんな気遣いはいらん! そりゃあ私は若手だからな,仕事は多いさ。だけど,声くらいかけてくれたっていいじゃないか! 仕事の合間にちょっとくらい顔を出すことだってできたし……おい,聞いてるのか? 比企谷!」

「あの,教え子の働いているファミレスでくだを巻くのはやめてください。他のお客様の迷惑にもなりますので……」

「おまちどうさまでした。熟成ミラノサラミです」

「海老名! お前ら,こんなとこでもイチャイチャしてんのか,コンチクショウ!」

「いえ,さすがに仕事場でイチャイチャなんかしません」

 いやいや,姫菜さん,あなたセカンドシーズンで倉庫の中でパンツ脱いでましたけど?……とは,口が裂けても言えないよなあ。

「と言うことは,ここじゃないところでイチャイチャする気だな,コノヤロー!」

「先生,ほんとやめましょう。明日入試なんですから,こんなとこで一人で飲んでないで早く帰った方がいいですって」

「こんなところとは随分な言い方だな,比企谷」

「て,店長……」

「お客様,ウチの舎弟……じゃなかった従業員に何か落ち度がございましたら奥の方で話を伺いますが」

「比企谷! お前,こんな年増女にまで手を出してるのか!」

 今,店長の方からピキッて音がしたよ! なんか,額に青筋たてて震えてるんですけど……。

「おい,お前,年増女に年増女呼ばわりされたくないんだが」

「ぬ゛!?」

「あ゛!?」

 アカン,これは混ぜるな危険や,俺の本能がそう告げている。この二人が争ったら店が崩壊して周りに大変な犠牲が出る可能性が高い。いざと言うときには,姫菜の手を引いてアイツだけでも無事に逃す算段を考えないと……。

 

「平塚せんせいも店長さんも喧嘩してはダメなのですよ」

 竜虎相搏つまさに修羅場に突如現れた鶴見留美よりも少し下かと思われる小学生くらいの女の子。

「お嬢ちゃん,こんなところに来ては危ないですよ。早くお母さんのところに戻りなさい」

「んもう,わたしは平塚せんせいに会いに来たのですよ」

「えっ,平塚先生に? 先生,この子は先生の親戚の子ですか? それとも,ま,まさか先生の隠し……」

「抹殺のラストブリット!!」

 い,いきなりラストブリッド!?

 俺は目を瞑り身を固くして次に来る衝撃に耐えようとした。

 走馬灯のように修学旅行や部室でのこと,別府での混浴や今日のキスのことが頭の中を駆け巡る。

 なんかエロいことばっかだな……。

 ……が,一向に痛みが襲ってこないので,そーっと目を開けてみると,先ほどの小学生がその場に倒れていた。

「あわわわ……つ,月詠先生……」

 平塚先生がこの上もなく慌てている。

 って,月詠……せんせい~~~~!?

 この小学生みたいなのが!?

 こども店長とかそういうやつだろうか?

「比企谷,とりあえずこのお客さんを抱えてソファー席に寝かせろ! お前の身代わりでこの暴力女のパンチを食らったんだ」

 暴力女はアンタもだろ!と喉元まで出かかったが釘バットが怖いので黙っておくことにした。

 俺は,月詠先生?と呼ばれた女の子の小さな体を抱え,そっとソファーに横たえる。

「あなたが比企谷ちゃんなのですねー,平塚先生からお話は聞いてますよ」

 息も絶え絶えに俺に話しかける女の子。こんな小さな体で抹殺のラストブリッドを受けてしまったとしたらそうとう痛むだろうに……。

「大丈夫ですか? すみません,俺なんかの代わりに……」

「俺なんか,じゃありませんよ」

「え?」

「比企谷ちゃんは,俺『なんか』じゃありません。どんな人だって,きっと誰かの大切な人,なのです。だから自分で自分のことを『なんか』って言うことは,その大切に思ってくれている人のことも傷つけることになるのですよ」

 昔の俺なら,俺のことを大切に思う人なんているはずがない,と反論していただろうが,今なら分かる。俺が知らなくても俺のことを思ってくれる人がいた,いや,俺が心を閉ざして知ろうとしなかっただけで,それでも俺のせいで傷つく人がいたのだということに。

「月詠先生……本当に申し訳ありません……」

 平塚先生が完全に酔いも醒め,青い顔で項垂れている。

「平塚せんせい……生徒さんに手を出すなんてことは,酔っていようといまいと絶対にいけないことなのです」

「しかし,言って聞かない奴は,拳で語るしか……」

 いや,どこの熱血少年マンガだよ!

「平塚先生は,今,ちゃんと言葉を尽くしましたか? やってませんよね。まずは言葉を尽くして,それで分かってもらえないなら,もっと言葉を尽くすのです。それでも分かってもらえなかったら,もっともっと言葉を尽くさないといけないのです。それでダメだったとしても,生徒さんに暴力を奮うのは絶対にダメなのです……」

「それでも,私たち教師が責任を果たすためには,時には心を鬼にして生徒に愛の鞭をふるう必要が……」

「比企谷ちゃん,ちょっと手を貸してください」

 俺が手を貸すと,月詠先生はソファーの上に立ち,

 

 バシン!

 

「あっ!」

と,驚く一同をよそに平塚先生の横っ面を引っ叩いた。

「月詠先生,何を……」

 平塚先生が目を見開き,信じられないと言った表情で月詠先生を見つめている。だが,

 

 バシン!

 

月詠先生はさらに追い打ちをかけるように全身を振って,反対側の頬も打った。

 

 そして,バシン,バシンと左右の頬を叩く。

「月詠先生,やめてください!」

 平塚先生も思わず両腕で顔をガードして,月詠先生の平手打ちを避ける。

「月詠先生,何でこんなことを……」

 ソファー席の上に立つ小さな先生は,泣いていた。

「平塚せんせい,痛いですか……」

「はい……痛いです……だから止めてください……」

「なんで痛いのに人を殴るんですか?」

「それは……」

「わたし,平塚せんせいを叩くとき,自分自身もすごく痛い思いをしました。泣いているのはそのせいなのです。平塚せんせいは比企谷くんを殴るときに痛みを感じてましたか?」

「……」

「どんな口で愛情を説いたところで,暴力は暴力なのですよ。生徒さんに決して暴力を奮うことがあってはいけないのです……いけないのです……」

 月詠先生は,はらはらと涙を流す。

「黄泉川せんせいは,過去に『警備員』として子供に武器を向けて死なせてしまったことがあって,それ以来,どんな能力者であっても,決して子供には武器を向けないと誓ったそうです。自分の命が危うくなっても,です。それだけの覚悟で子供たちと対しているんです。平塚せんせいもここで誓ってください。二度と子供たちに手を上げ……ないと……」

 言葉の最後は,肩を震わせしゃくりあげるようになって,もうよく聞こえなかった

「それは……」

 平塚先生は最後の一言を躊躇している。

 横を見ると,店長が抑えることもせず涙を流していた。

 鬼の目にも涙とかこのことかっ!

「おい,お前! 今,この人の話をきいてまだ分からんのかっ! どうしても分からないというのなら,この釘バットで分からせて……」

 あんたが一番分かってねー! 今の話の流れでどうしてそうなる?

「あたしは身内を守るためなら身体でも命でもなんでも張るんだよ! 比企谷,お前はもうあたしの身内だからな,この女がまだお前を殴るというならあたしは躊躇なくこのバットをふるう」

「店長……」

 俺,今,少しだけこの店に入ってよかったと思った。

「お前に何かあったら,あたしのパフェ生活に差し障りが出るしな」

「てんちょお……」

 やっぱりこの店に入ったことを少し後悔しよう。

「杏子さん,照れてるんだよ」

 姫菜の指摘にちょっとだけ照れる店長。ちょっとかわいい,てんちょかわいい……語呂悪すぎだな……。

「で,どうなんだ?」

 平塚先生は,ふっと笑い,両手を高く上げ,

「お手上げだ,負けた負けた。月詠先生には負けました。そして,店長のアンタ,アンタにも負けた。比企谷の周りにはいい大人もいるんだな」

 まあ,普段はすごく子供っぽいですけれどね,ということは,今日の振る舞いに免じて言わないでおくことにした。

 

「そうと決まれば飲み直しなのです。ワインをじやんじゃん持ってきてくださいー」

「いやいや,未成年のお客さんにはお酒をお出しできない決まりでして……」

「比企谷ちゃん,何を言うんですか。せんせいはせんせいなのですよぉ。平塚せんせいや店長さんよりも年上さんなのです」

「えっ! マジ!?」

 驚いて平塚先生の方を見ると,先生が縦に首を振り,

「マジだ。学園都市の七不思議のひとつとされているらしいがな」

 後ろの方から,合法ロリ,キタコレ~~~~!!! という叫び声が聞こえてきた。うるさいぞ,材木座。

 

「あの……月詠先生,お年はおいくつなんですか?」

「比企谷ちゃん,レディに年齢を聞くものではないのですよ。それと,生徒さんたちはみな『小萌せんせい』と呼んでくれてますから,比企谷ちゃんもそう呼んでください」

「……はあ,善処します」

「そうと決まれば比企谷,酒だ! あとつまみも適当に見繕って持ってきてくれ!」

 平塚先生,ここは居酒屋じゃありません。そんな注文の仕方はありません。

「比企谷ちゃん,燗酒とパインセオと竹の子のお刺身お願いしますぅー」

 ここは屋台ではないのでそんなものはありません。

「比企谷,あたしはパフェ」

 あんたブレないな! そして仕事しろ!!

 

「パインセオと竹の子のお刺身,お待たせしました。燗酒は今おつけしておりますので少々お待ちください」

 

 なんであるんだよ!

 


 疲れた……。

 とにかく疲れた……。

 休憩室で休んでいると,部屋の外で姫菜が家に電話をしているらしかった。そりゃそうだな。急にバイトが入ったから,連絡しないとお母さんも心配するよな。

 

「えー,八幡くん来るの遅くなるのー? もうウナギのとろろ丼とすっぽんと牡蠣鍋の用意できてるのにー。お母さんがっかり。でも明日は学校,入学試験でおやすみなんでしょ? 今夜は泊っていってもらいましょう♪ お父さんいないからちょうどベッド一つ空いてるし。え? お母さんがそんな変なことするわけないでしょう? ちょっと横で寝てもらうだけだから。ん,ダメ? もう,とにかくその話は帰ってきてからね。気を付けて帰ってきなさいよ。はい,それじゃあ」

 

 ぶるる。

 なぜか身震いが止まらない俺だった。

 

 それにしても,明日入試なのに先生はこんなに飲んで大丈夫なんだろうか?

 


 

「それでは副校長先生から連絡事項です」

 

「えー,平塚先生は2週間ほどお休みされることになりました。その間の国語の授業につきまして,それぞれのクラス担任の先生には学年主任から連絡がありますので,全校集会終了後,一旦職員室にお集まりください。以上です」

 

 どうやら2週間の謹慎処分となったらしい。

 ドンマイ。

 

 ちなみに,あの日の夜は……げふんげふん。

 




あれれー?
おっかしいぞー
最後,なんで小萌先生出てきてるんだー?
番外編の先生トークだけのはずなのに,本編に出てきちゃダメでしょ!

こんなはずじゃなかった……。
単にお定まりの平塚先生オチでファミレスに先生呼んだだけなのになー。

ラストも含め,行き当たりばったりでこんなことになってしまい,まことにあいすみません。

今回は本当に難産で,タイトルも決まらずようやく公開前日に決まって,オチも最後まで決まらず苦し紛れにこんな感じで,そもそもバレンタインどころかホワイトデーも過ぎてしまうありさまでして……。

正直,力尽きました……。
追い詰められて手管に走ってしまいまして……。
笑ってくれていいんだぜ。

あ,こんな結末ですがアンチヘイトじゃありませんので念のため。

駄作者でほんっとすみません。

たぶんこんなことになってしまったのも魔王軍の仕業だと思います。

『悪魔殺すべし』
『魔王しばくべし』

次こそはプロムだよね? ねっ?


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バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!番外編 いろはす色の☆ウインク100万%(前編)

ハイ、またお会いしましたね!

本編からずいぶん間をおいての番外編投入となりました。
みなさん,もん本編忘れてますよね?(涙)
そもそもまだ2月の話なんですよ?
なんとか,明日までに次を投稿すれば1か月遅れで済みますけどね。

そして,番外編は短編であるにも関わらず前編です。
一話で完結してません。

どうしてこうなった?

駄作者がほんっとすみませんm(_ _)m


「早くせんぱい起きて来ないかなあ……」

 緊張の中,ふと漏らしたつぶやき。

 なぜ緊張しているかというと,今,わたしが座っている場所が,せんぱいのお家のリビングのソファーだからです。

 本日2月15日,時刻は午前8時50分。

 どうやらせんぱいはまだおやすみになられているみたい。

 夕べ夜更かしでもされたんですかねー。

 昨日はいっぱいチョコレートをもらったでしょうから,食べ過ぎて興奮して眠れなかったかもですね。

 まあ,男子の休日の朝なんて普通にこんなものかもしれないですけど。

 朝,8時過ぎにドキドキしながらインターホンの前で押すか押さないか逡巡していると,ちょうどお父様が出ていらっしゃって,小町?お米?のお友だちですかって聞かれて,いえ,せんぱい……八幡先輩の後輩で総武高校の生徒会長をしている一色いろはと申します,と言ったらすごく驚かれて,お出かけされるところだったにも関わらずお家に上げていただいて,お茶まで出していただいたんですよねー。

 それで「八幡とはどんなご関係で」と聞かれたので,おっぱいを揉まれました……とはさすがに言えないので,先輩には生徒会のお仕事をいつもお手伝いいただいて……と言ったらさらに驚かれて,「えっ,あの八幡が生徒会を? まあ,あなたのような美少女の手伝いならある意味当然かもしれません。やはり,ひねくれてはいても血は争えませんなー,はっはっはっ」と笑っていらっしゃいました。少しキモイですけど,いいお父様です。

 ただ,その後に出ていらっしゃったお母さまに「あなた! 会社はどうしたの!!」と,耳を引っ張られて行ってしまわれました。ご両親とも休日なのにお仕事お疲れさまです。

 お母さまは少し怒ったような顔で「この泥棒猫……」と呟かれてましたが,このあたりでも野良猫が出てお魚とかくわえていて,お母さまも追っかけて裸足で追っかけていかれたりするのかな? 意外とゆかいなお母さまかもしれませんねー。

 


 

 そんなことを考えていたらもう9時になっちゃいますね。

 せんぱいの部屋が分かってたら起こしにいっちゃうのに。そして,寝ているせんぱいにいたずらしようとしたら,せんぱいほんとは起きていて,逆にベッドの上でいたずらされ~~~~~///

 ちょっと! わたしったら何考えてるんでしょう。それもこれも,あんなところでおっぱいを揉んだせんぱいが悪いんです! やっぱりしっかり責任を取ってもらわないと!!

 あ,2階から階段を下りる足音が聞こえてきましたよ?

「ふわぁ~,なんだ,小町起きてるのか~?」

 せんぱいです! リビングに明かりがついてるからお米ちゃんと間違えてますね? これはソファーの背に身を潜ませ,いきなり飛び出して驚かせるチャンスです!!

 ふっふっふっ,見ててくださいよ。せんぱいの驚く顔が見ものです。

「あれ? 誰もいないのか? 親父とおふくろ,電気の消し忘れかよ」

「じゃーん! おはよーございますせんぱい!! いろはちゃんが会いに,来,て,あ,げ……」

 勢いよく飛び出して見た先輩の姿は,上はTシャツ一枚に下は……。

「ななな,なんで,おぱ,おぱ,おぱ,おぱんつ一枚なんですか!?」

「きゃー,いろはさんのエッチ!」

「なんでわたしが,ことあるごとに静香ちゃんの入浴シーンに出くわすメガネ少年みたいな立ち位置になってるんですかー! それにせんぱいのまいっちんぐポーズとか,わたし以外にどこにも需要ありませんから!!」

「お前にはあるのかよ……」

「そうじゃなくて,せんぱいのおぱんつです!」

「いや,だってここおれの家だし。てか,なんでお前勝手に入ってきてんだよ」

「勝手にだなんて失礼な!ちゃんとお父さまに家に招き入れていただいてご挨拶もすませました。お父さまが『八幡のこと,これからもよろしくお願いします』と仰られたので,わたしも『こちらこそ,不束者ですが末永くよろしくお願いします』と返したら,涙を流して喜んでおられましたよー」

「お前も親父も何してくれちゃってんの? おふくろは?」

「お母さまは,お父さまの耳を引っ張って一緒にお仕事に行かれました。仲睦まじくていいご夫婦ですね」

「どう見たらそう見えるんだよ……そうだったら俺ももっと気が休まるんだけどな……」

「えっ? せんぱい,どうかしたんですか?」

「いや……なんでもない……」

「ところで,どうしてせんぱいは,その,マチコ先生の形のままなんですか? 最初は驚きましたけど,もう大丈夫ですよ?」

「いや……まあその,なんだ……男にはいろいろあんだよ」

「せんぱいなんですかー? そんな片足立ちじゃ疲れますよね? こっち向いてくださいよー」

「おい,危ない! 引っ張るなって……」

 せんぱいの腕を引っ張って,せんぱいが目の前に立ってみると……その……おぱんつの前の部分が……。

「しぇしぇしぇ,しぇんぱい。そのせんぱいのせんぱいがやっはろーしてるのって……」

 せんぱいは真っ赤な顔でそっぽを向いています。

「それって,わたしのせいですか……?」

「は?」

「その……わたしの顔を見て,この前のことを思い出したからそうなった,とか……」

「いやいやいや,これは朝の生理現象というか,男なら誰でも普通にあることで,別に一色のせいというわけでは……」

「もし,わたしのせいなら,わたしが治めてあげなきゃなー,なんて……」

 ちょっと! わたし,なに口走っちゃってるんでしょう。

「いやいやいや,一色さんのお手を煩わせるようなことでは……」

 焦ったせんぱいってちょっとかわいいですね♪

「せんぱい……手でいいならいくらでも……なんならそれ以上でもいいんですよ?」

 きゃー! わたしの歯止めが利かなくなってる!! もしこのままいったら……。

「ちょっと~,おにいちゃん,なに朝っぱらから騒いでんの?」

 階段から足音と人の声。おにいちゃんという言葉から,クリスマスイベントの当日,いろいろと手伝ってくれた妹のお米ちゃんですね。

 ちょっとホッとしたような,残念なような……。

「女の人の声がしたけど,リビングのテレビでエロゲとか……」

 ええええーーーー!!!

「お,おこ,おこめこめこめこめこめこめこ」

「一色ヤメロ! その噛み方はダメだ!!」

「おこめちゃん! なんで全裸なんですかーーーー!!!」

 そう,リビングに入ってきたお米ちゃんはすっぱだか,まるはだか,いわゆるまっぱだったのです!

「きゃー,いろはさんのエッチ!」

 兄妹して言ったセリフもまいっちんぐポーズも全くおんなじですよ。似たもの兄妹ですねー。 いや,今はそういう問題ではありません。

 

「だから,なんで全裸?」

「いやだって,お兄ちゃん一人でいろはさんがいるなんて思ってなかったから……」

 わたしよりもさらに慎ましやかな……いえ,わたしは年相応にそれなりにあるんです! そりゃ,結衣先輩のようなバケモノは別にして,絶対に雪ノ下先輩よりはあると思うんですよねーって,それは置いといて,慎ましやかな胸を隠しながらお米ちゃんはそんなこと言ってますけど,あれれー?おっかしいぞー? それなら……

「せんぱいに見られるのはいいんですか?」

「それはもちろん! むしろ見て? あるいは,バッチこい!! みたいな?」

「バカなこと言ってるんじゃない!」

 あ,お米ちゃん,せんぱいにチョップされた。

「いった~い」

 片足立ちが解けて手で頭を押さえてるからいろいろ丸見えになっちゃってるんですけど!?

 するとせんぱいが自分のTシャツを脱いでお米ちゃんに頭から被せた!

「ほれ,これでも着てちゃんと隠せ」

 せんぱいのTシャツ……羨ましいなあ。

 お米ちゃんはTシャツをたくし上げて鼻のところへ持ってきてクンカクンカ匂いを嗅いでいるもんだから,せっかく着せてもらったのに大事な部分がまた丸見えです……。

「おっ,おい,小町……」

「おにいちゃん!」

「はっ,はいっ!」

「小町,お兄ちゃんのTシャツでいろいろ捗りそうだから,自分の部屋に行ってくるであります!」

「おっ,おう……」

 そしてすぐにピシっと敬礼をして,また階段を上がっていきました。

 羨ましいなあ……。

 あっけにとられる先輩のことをよくよく見てみると,上半身裸でおぱんつ一枚という恰好じゃないですかー!

「ああ,しぇんぱい……シャツを脱いだということは,次はいよいよおぱんつも脱いで,わたしはここでせんぱいに初めてを……」

「お前はどこのヤツメウナギの吸血鬼だ!」

 そう言ってせんぱいはわたしにもチョップをくれやがったですよ。

「あいたっ! じゃなかった,いったーい,せんぱい,ひどいですぅ」

「言い直してあざとくするな!」

「あざとくないですぅー,ていうか本当に地味に痛いんですけど……」

 素で痛いって言ったら,せんぱい少しあせってるようです。

「そ,そんなに強くしたつもりはなかったんだがな……大丈夫か?」

「こぶとかできてないか,ちょっと見てください」

 せんぱいに向けて頭を少し下げてみる。せんぱい頭なでてくれないかな?

「いっ,一色さん?」

 せんぱいがさらに焦った声を出してます。本当にこぶとかできてたのかな?

 少し顔を上げて上目づかいにせんぱいの顔を見上げると,顔を横へ向けながら,目だけがチラチラとこっちを見ている。

「せんぱい,どうしたんですかー」

 ちょっと不満げにせんぱいに文句を言うと,

「いや,その,なんだ……その……ニットのセーターの首元が緩いから……その,白いものと谷間……」

 えっ!? 今日は確かわたしはフリルのついたかわいい白いブラを……。

「きゃあ!!」

 慌てて両手で胸を押さえてその場にうずくまる。そりゃ,いつせんぱいに見られてもいいようにって,今日はかわいい下着を選んで付けてきましたけど,心の準備ってものがあるじやないですかー。こんなのって,こんなのって……。

「いっ,一色,すまん。悪気があったわけじゃないんだが……」

 せんぱいが心配そうに声をかけてくれる。そんなの黙っていればよかったのに……せんぱいは,いつもいつも優しくてお人好しで……残酷です……。

「……見たんですね?」

「見たというか,見えたというか,その……」

「見・た・ん・で・す・ね・?」

「ハイっ! 見ました! ワタクシ比企谷八幡は,一色いろはさんの胸の谷間を見てしまいました!」

 うずくまったままチラッと先輩の方へ視線を向けると,せんぱいは直立不動の姿勢で立っていた。

 おぱんつ一枚でのそんな格好は,ちょっとおかしみを感じる。

 でも,そんな態度はお首にも出してはいけない。

 ゆっくりとその場で立ち上がり,固まったままのせんぱいの前に立ち,少しうつむき加減で,

「……責任,とってください」

「いや,しかし,今のは事故みたいなもので……」

「……コミュニティセンターでの責任も取ってもらってません」

「あれだってお前が……」

「ずっと触ってました。せんぱいの力なら振りほどけたはずなのに」

「うっ」

「たくさんの人に見られました」

「ううっ」

「少し……力,入ってました」

「うううっ」

「だから……」

 せんぱいの裸の胸に指を這わせる。

 普段はあんなに細っこく見えるのに意外と逞しい胸。やっぱり男の子ですね。

「せんぱい……ふたりきりです……」

「一色……」

 そのまませんぱいの胸に手のひらをあてて,少し背伸びをする。今日のコロンの香り,あの日と同じなの,せんぱい気付いてくれるかな?

 せんぱいの唇まであと少し。わたしは目を瞑り……

 

「ああっ! おっ,おにいちゃんっ!」

 突然の声に,せんぱいがパッと飛び退いた。

「んんっ! あン! おにいっ,んっ!」

 二階から突然聞こえたお米ちゃんの……。

せんぱいとふたり,少し離れたところで赤い顔して下を向く。

「せんぱい,これって……」

「一色,言うな。小町のやつ,ドア開けっ放しで……」

 お米ちゃん! 捗りすぎです‼︎

「俺,ちょっとシャワー浴びてくるわ。一色はゆっくりしていてくれ」

「あ,せんぱい……」

 せんぱい……行っちゃった……。

 


 

「せんぱい,いますか?」

「一色!?」

「はい,いろはちゃんですよー」

 せんぱいんちのバスルームの脱衣所まで来てしまいました。

「お前,なんで……」

 シャワーの音がするバスルームの扉越しにせんぱいとお話しする。

 半透明の中折れ戸の向こうにせんぱいのシルエット。

 シャワーを浴びているわけだし,さっきまで履いていたせんぱいのおぱんつはここにあるので,当然せんぱいは全裸。

「お前,リビングで待ってろよ。お前にそこにいられると……処理が……」

「せんぱい,リビングはお米ちゃんの声が聞こえてきて,あんなとこひとりでいられません」

「そ,そうか……そうだよな……」

 せんぱいの言ってた処理の意味は分かりませんが,あんな声聞いてたら,わたしまで変な気分になっちゃいます。

 ……正直,ここにいてもそんな気分になっちゃいそうですけど。

「せんぱい……わたしも入っていいですか?」

「いいわきゃねーだろ! 早くセーターを着ろ!」

 あれ? セーター脱いでたのバレてる?

「シルエット……見えてるから……」

「あ」

 とっさにそこにあったバスタオルで胸を隠す。

 一緒にバスルームに入って全部見てもらうつもりだったのに変ですね。やっぱりまだ,覚悟がないのかな?

「あの……一色さん……俺,そろそろ出たいんだけど……」

「どうぞ?」

「いや,どうぞじゃねえし」

「え?」

「頼むから出てってくれ! 早く‼︎」

「あ,すみません!」

 慌ててバスルームを出る。そりゃわたしがいたら出られないよね。

 あ,わたしバスタオル掴んで,セーターは脱衣カゴの中でした。

 セーターを取りに再び脱衣所に戻ると,

ガチャ

「いっ,一色……」

「せんぱい……」

 ちょうどバスルームから出てきたせんぱいと鉢合わせしてしまいました。

 せんぱいは……濡れそぼってて……髪の毛が顔にかかって目線が見えません。

 目線は見えないけど,やっはろーしたせんぱいのせんぱいがまる見えでした……。

「せんぱい……タオルです」

 手に持っていたバスタオルを先輩に差し出す。

「一色……下着が……」

 そうでした。わたし,セーターを脱いだままです。

 でも,せんぱいは全裸なのですから,わたしも覚悟を決めなければなりません。

「……そう,ですね。せんぱいだけ裸なのは不公平ですよね。わたしも……」

 両手を後ろに回し,ブラのホックを外そうとする。手が震えてうまく外せない。

 すると,せんぱいがさっき渡したバスタオルでわたしを包む。

「無理すんな……」

「せんぱい……」

 せんぱい,すぐ近くにいるのに,やっぱり目線が見えないです……でも……。

「……あたってます」

「うわっ! しょっ,しょうがないだろ,お前みたいな美少女が半裸で目の前にいるんだから」

「び,美少女!?」

 恥ずかしくてせんぱいの顔が見られません。でも,下を向くとせんぱいのせんぱいが……。

 せんぱいはバスタオルでわたしを包んでいるから前を隠せませんし。

「えいっ!」

「一色さん!?」

 思いっきり先輩に抱きついて密着してやりました。これでもう,せんぱいのせんぱいは見えません。

 ただ,さっきよりも強くわたしにあたっていて,よりせんぱいを感じてしまいます。はっきりいってイケナイ気分になりそうです。

 

 

 

「あー! おにいちゃんといろはさん,ふたりで何やってるんですか‼︎」

 相変わらずの全裸姿でお米ちゃんが姿を現しました。

「おにいちゃんが全裸,いろはさんが半裸で抱き合ってるって……ふたりだけずるい! 小町も混ぜて‼︎」

 そう言って,脱衣所へ飛び込んでくるお米ちゃんにせんぱいが迎撃チョップ!

「痛いっ!」

「お前は何を考えてんだ。そんなんじゃないから」

 いや,この姿,どう見てもそんなんですよね? ちょっとお米ちゃんが可哀そうです。

「せんぱい,これはわたしたちが悪いです。お米ちゃんに勘違いされても仕方ありません。お米ちゃん,大丈夫ですか? 勢いよく飛び込んできたから痛くなかったですか?」

「い,いろはお義姉ちゃん……」

 な,なんかニュアンスが違うような気がしますけど悪い気はしません。

「とにかく俺は服を着るから,一旦出てけ!」

 脱衣所を追い出されてしまった半裸のわたしと全裸のお米ちゃん。

 はっきり言って気まずい。

「いろはお義姉ちゃんは,やっぱり兄のことが好きなんですか……?」

「そうだね。せんぱいのことが好き。そう言うお米ちゃんも,せんぱいのこと,一人の男の子として好きなんでしょ?」

「はい!」

「躊躇無いんだね……」

「隠しても仕方ないですから。でも兄とは結婚できませんし,一緒にいられて小町のことを少しでも女として意識してもらえればそれでいいかなって。だから,いろはお義姉ちゃんが兄のことを傷つけずにいてくれるなら,小町はいろはお義姉ちゃんのことを応援しますよ!」

「そか……せんぱい,傷つきやすそうだもんね。分かった。約束するよ,お米ちゃん! お姉ちゃんに任せなさい‼︎」

「一応,小町という名前があるんですが……」

「あの……」

 脱衣所のドアが開いてせんぱいが出てくる。残念ながら,I♡千葉のTシャツとデニムパンツを履いている。

「ドアの向こうに俺いるんだから,お前らの会話,だだ聞こえなんだけど……」

「ぷっ」

 お米ちゃんとふたりで吹き出してしまう。そりゃそうだよね。まあ,ふたりともはなから隠す気なんて毛頭無いからね。

「おにいちゃん! 小町,ベトベトだから早くシャワー浴びたいの!早く代わって‼︎」

「お,おう」

 なんでベトベトなのかはこの際ツッコまないことにしよう。

「せんぱい,とにかく今日は生徒会の買い出しにららぽーとへ行きますよ! そんなカッコじゃ困りますから,もっとちゃんとしたカッコに着替えてきてください!」

「えー,買い出しくらいこれにコートでも着ればいいんじゃね?」

「せんぱい! せんぱいがお寝坊さんだからこのままじゃ昼になっちゃいます。お昼食べるのにコート脱ぐでしょう? それでそんなのが下から出てきたらわたしが恥ずかしいじゃないですかー」

「もうお昼食べるのまで決定事項なのね……」

「せ,せんぱいがさっき,び,美少女って言ったんですから,せめてその美少女をエスコートするのに恥じないカッコしてください」

「分かった,分かった。後で小町にコーディネートさせるから,その……」

「?」

「まずはお前が服を着ろ」

「きゃっ!」

 せんぱいが赤い顔をしてそっぽ向いてると思ったら,わたしまだ上半身下着姿でしたぁ!

「お,お米ちゃん! わたしのセーターが中に! ドア開けてくださーい‼︎」

 

 



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バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!番外編 いろはす色の☆ウインク100万%(中編)

ハイ、またお会いしましたね!

いやいや,中編ってどういうことですか!?
昨日,なんとか3月中に終わりそうとか言っときながらこの体たらく。

完全にフラグでしたねぇ……。

駄作者がほんっとすみませんm(_ _)m


 まあ……いろんなアクシデントはありましたが,とりあえずせんぱいを連れ出すことに成功して,今は京葉線の電車に並んで座ってます。

 ここに来るまで,朝早かったアピールをして,電車に乗ったらせんぱいにもたれかかって寝たふりです。

 そして,今日の目的地はららぽーとTOKYO-BAYではなくて,実は葛西臨海水族園なのです。せんぱいは優しいから,わたしが寝ていれば強くは起こさないでしょう。そして,葛西臨海公園駅の手前で目を覚まして,仕方ないから水族園に行きましょうと誘う完璧な流れ。

 最初から水族館デートしましょうって言っても,アレヤコレヤ言って家を出ようとしないでしょうからね。

 もう完全勝利間違いなしです!

 そうと決まればもっと寄っかかってもいいかな?

 ん……やっぱりせんぱいの匂い,なんか安心しますね…………。

 


 

「おい,一色,起きろ」

「んん……あれ,ホントに寝ちゃった? もう葛西臨海公園ですか?」

「何言ってるんだ。ここは終点,東京駅だ」

「えっ!?」

 辺りをキョロキョロ見まわすと,たしかに東京という駅名表示版がある。

「せんぱい! なんで葛西臨海公園で起こしてくれないんですか!」

「いや,目的地は南船橋だったろうが……どうする? 戻るか?」

 このまま戻っては,今度は葛西臨海公園駅で降りてはくれませんね。

 ここから水族館に向かうとすると,品川かサンシャイン。

 サンシャインならプラネタリウムもありますねー。東京駅からなら地下鉄で行けばすぐです。

 あらゆるシミュレーションをしていたのが功を奏しました。

 目指すは池袋です!

「せんぱい,池袋に行きましょう!」

「え……池袋は……」

「せんぱいには責任取ってもらうんですから拒否権はありませーん」

「くっ」

 やったね,いろはちゃん大勝利!

 ただ,京葉線のホームから地下鉄に乗り換えるのムチャクチャ時間かかるんですよねー。同じ東京駅とは思えないレベルです。

 総武快速線からならそれほどでもないんですけどー。

 でも,どさくさに紛れてせんぱいに手を繋いでもらってます。

 最初は,えっていう感じでしたけど,こんなところではぐれたら怖いです……って,少し怯えた表情をしたらイチコロですよ。

 恋人つなぎでないのがちょっと不満ですが,まあよしとしましょう。

 だったら,長い乗り換えの道のりもバッチこいです!

 逆に動く歩道が速すぎると感じたほど。

 そうして,地下鉄丸の内線の東京駅にたどり着きました。

 せんぱいはまだ池袋行きに戸惑いがあるようですが,ここまで来て往生際が悪いです。

 押してもダメなら諦めろが信条のせんぱいらしからぬ態度ですねー。

 地下鉄に乗ると並んで座れる席がありませんでした。

 せんぱいは押し込むようにひと席空いた場所にわたしを座らせて自分は当たり前のようにわたしの前に立っている。

 もう! そんなところも大好きです!

 丸の内線は,地下鉄なのに途中2回ほど地上に顔を出しながら池袋に着きました。

 まあ,東西線も途中からほとんど高架線を走っていて,そのせいでちょっと風が吹くと遅れたり止まったりしますから,そんなもんですかねー。

 下調べもここまで。

 ここからサンシャインシティまでの道のりは未知のままです。

 道のりが未知,みちのりがみち……ブフッ。

 ……こほん。

 池袋はますます人が多そうだから,ということで再び手を繋いで歩いてもらいます。

 こんなところで一人になんかされた日にはたまったもんじゃありません。だってここは埼玉県民のエリア。こんなところに千葉県民の美少女が一人で歩いているということが埼玉県民に知れたら,もう二度と千葉の地を踏むことはできません。

 ここはなんとしてでもせんぱいに守ってもらわないと……。

 せんぱいにもわたしの緊張感が伝わったのでしょうか,いつのまにか恋人つなぎになっているのに気付いていないようです。

 もし分かっててこれをやってるとしたら,せんぱいこそあざといですよねー。

 とりあえずサンシャイン60通り?を目指して,グリーン大通りという大きな通りを歩きます。

 分からない場所でも,目的地を入れるとナビゲートしてくれる,スマホ様々ですね。

 意気揚々と歩いていると,せんぱいが急に立ち止まりました。

 

「平塚先生……」

 えっ,平塚先生!? なんで?

「比企谷と……一色……君たちはどうしてこんなところに……」

「俺たちは,まあ,生徒会の買い出して……それより先生,謹慎になったと伺いましたが……」

「いや,それはだな,入試の日,ほんの少し,ごくわずかな時間遅れてしまってだな。た,体調不良だったんだ,仕方がなかったんだ。ただ,副校長に酒臭いとかあらぬ疑惑をかけられて,それはもう全くの冤罪なのだが,疑惑を晴らす手段が無く,結果として謹慎ということになってしまった。この私があれしきの酒で二日酔いになんかなるわけがないじゃないか,なあ?」

「せんせえ……」

 せんぱいが泣きそうになってる。ここはわたしがなんとかしないとですねー。

「平塚先生は何をしこんなところへいらっしゃったのですかー?」

「うむ。この東池袋には元々つけ麺の生みの親,ラーメンの神様と呼ばれる山岸一雄師の東池袋大勝軒があってな,その流れを汲む東池袋大勝軒本店もこの通りにあるのだが,まずは元の店の場所に聖地巡礼というわけさ。それよりも君たち,生徒会の買い出しと言ったが,わざわざ東京の池袋まで」

「先生,そんなことより謹慎中にこんなところをフラフラしてていいんですか?」

「うぐっ」

「副校長先生に知られたら今度は謹慎では済まないんじゃないですかぁ?」

「グハッ」

「だいたい女一人でわざわざ千葉からつけ麺の聖地巡礼ってなんですか。そんなことだから嫁の貰い手がな」

「一色やめろ! 平塚先生が息をしていない」

 チーン! 平塚静,死亡。

「ささ,この隙に行きましょう,せんぱい」

「いや,でも……」

「大丈夫です。平塚先生は強く生きていきますよ,ひとりで」

 なんか平塚先生から魂が抜け出してたような気がしましたが,そんなことは知ったこっちゃないです。せんぱいの背中を押してこの場を離脱しましょう。

 


 

 サンシャイン60通りへ入り,次の目標は東急ハンズ。別に生徒会の買い出しという名目もありますが,サンシャインシティへの入り口が東急ハンズの横にあるのです。まさに一石二鳥,やったねいろはちゃん大勝利です!

 ちなみに,サンシャイン通りというのはサンシャイン60通りとは別の通りなので要注意です。

 サンシャイン60通りの方がサンリオのギフトゲートがあったり賑やかなんで,そちらを選びましたけど,サンシャイン通りを選んでいれば,尊い犠牲を出さずに済んだかと思うと少し心が痛みますね。少し。

 総武快速線から直通の品川や総武緩行線が走っている秋葉原・新宿・中野と違って池袋は乗り換えないと来られないところですから,よっぽどのラーメンキチ◯イでなければ知り合いになんか会うはずがありません。なので,

「えいっ!」

 思い切ってせんぱいの腕に抱きついちゃいます。

「お,おい,一色」

「大丈夫ですよ,せんぱい。心配しなくても,知ってる人に見られたりなんか……」

 

「姫菜……」

 へっ!?

 せんぱいの視線の先をたどると海老名先輩が超絶イケメンさんと腕を組んで歩いてます。しかし……。

「姫菜!」

 せんぱいはわたしの腕を振り解き,海老名先輩とイケメンさんのところへ駆け寄ります。

「あっ,せんぱーい,待ってくださーい!」

 もう! せんぱい,今日はいろはちゃんとデートなんですから,そんなのスルーしてくださいよ……。

 でもまあ,これは修羅場ですよね? お得意の。カップルのパートナーがそれぞれ別の人と腕組んで歩いてるんですから。

「姫菜……」

 腕を組む二人の後ろから呼びかけるせんぱい。

 振り向いた海老名先輩は,まるで心を持たないクローン人間のように冷ややかな目でせんぱいを見つめます。

「姫菜……ですか? とエビナは問い返します。ああ,お姉さまのことですか」

「は?」

「このエビナの検体番号は10032号ですよ,とエビナは懇切丁寧にあなたに説明します」

「姫菜っ! ……そうだよな,こんな男,愛想尽かされても仕方ないよな……すまなかった,邪魔して……」

「あ,あなたの言語中枢に異常はありませんか,とエビナは不安要素を述べてみます……」

 なんかこのまませんぱいが海老名先輩のことを諦めてくれれば,せんぱいはわたしのこと……。

「海老名先輩」

「エビナは……」

「あ,そういうのいいんで。海老名先輩はそちらのイケメン彼女と同伴出勤ですかあ?」

「えっ,彼女?」

「せんぱい気づかなかったんですか? 同性ならすぐ分かりますよ? 男装喫茶の方ですよね?」

「マジ?」

「ふぅ,二人の邪魔をしないように気づかないフリしてたんだけどなー。八幡くんは声かけてくるし,一色さんはネタばらししちゃうし」

「姫菜……」

「ここは乙女ロードがあってわたしのテリトリーだから,ふたりでデートするにしても他でやってくれないかなー。こうやって詳らかにされたら,どっちを選ぶの?なんて,修羅場やるしかなくなっちゃうじゃない?」

「姫菜……それはもちろん」

 せんぱいの袖口を掴み,その次に続くせんぱいのことばを遮るように海老名先輩に告げる。

「海老名先輩……海老名先輩とせんぱいとのことは知ってます。せんぱいの気持ちも分かってるつもりです。でも……でも,今日は嫌です。今日のせんぱいはわたしの,です。今日は……わたしが……」

 あれ? なんで涙が?

 今じゃないですよねー。だって涙を流すならせんぱいと二人きりの時の方が効果的じゃないですかー。でも,なんでですかね,涙が止まらない……。

「はぁ,わたしは初めから邪魔するつもりなんてなかったからさ。彼女でもないし,止める権利もないからね。だから,ちゃんと楽しんできて」

 そして,海老名先輩はわたしの耳元で,わたしだけに聞こえる声で言いました。

「ただ,ひとつだけ約束してね。八幡くんを困らせたり悲しませるようなことはしないで。楽しんでくれたらそれでいい。それだけ,お願い」

 だからわたしも海老名先輩だけに返事します。

「分かりました。ありがとうございます」

「お前ら,何話してるの?」

「八幡くん,女同士の話に口を突っ込むなんて野暮だよ。それに八幡くんは突っ込むより突っ込まれるほうでしょ? やっぱりはちはやじゃなくてはやはちこそ至高。現世で実現はできなくなったけど,想像の世界ならいくらでも,愚腐腐腐……」

「やっぱり池袋の磁場とか地脈がそうさせるのかな……昔に戻った感じだ……」

「何を言ってるんですか,せんぱい。何かが変わったからと言ってその人の全てが変わるわけじゃありません。海老名先輩が先輩を好きになったからと言って腐女子であることをやめたわけでもないし,わたしがあざとくなくなるわけでもありません。それを全部受け止めてもらわなきゃ困ります」

「……そう,だな。そう思ってたつもりだったが,姫菜,すまん。一色もありがとう」

 せんぱいは,ずいぶん変わりましたね。気づいてますか? それでも,たぶん,せんぱいの優しさは,昔も今も変わらないんだと思います。

「じゃあ一色,行くか」

「はい!」

 ……思い返してみたら,わたし,じぶんのことあざといとか言っちゃってましたね。あざとくないです,これが素なんですぅ!

 海老名先輩がイケメン女子と腕を組みながら手を振ってます。強いなあ,あの人……。

 わたしなら,あざとく泣いて引き留めるんだろうなあ……だからあざとくないですっ!

 


 

「せんぱい,もうお昼ですよ? 何か食べません?」

「そうだな……何か食べたいものがあるか?」

 いつの間にかデートという認識ができてしまい,生徒会の買い物などそっちのけ,東急ハンズをスルーしてサンシャインシティへ向かう動く歩道の上にいます。

 正直,ランチは水族園の中のレストランでまぐろカツスパゲティでいいですかねーなんて雑に思ってたので,何もプランがありません。

「せんぱいの食べたいものでいいですよー。ラーメンでもカレーでもせんぱいの行くところならどこへでもご一緒させていただきます。あ,でも,ニンニクマシマシのラーメンと餃子は勘弁してくださいね♪」

 やっぱり,あとで,キ,キスとかすることになったら気になりますし……。

「分かった」

 せんぱいはそう言うと,スマホをいじって何やら検索を始めたようです。

「んじゃ,何食べたいか分からんからブッフェでいいか」

「はいっ!」

 ふふふ,なんかせんぱいらしいですねー。でも,ハンバーガーで簡単に済ませようとかでない分,いろは的にはすこしポイント高いです。

 そうしてエレベーターに乗ったんですが,こ,このエレベーター速いです。なんか重力をぎゅーっと感じます。

 そして58階でエレベーターを降りたんですが……。

「せんぱい,ここ,ちょっと高くないですか?」

「そりゃ58階だからな。なんだ,一色は高所恐怖症だったか?」

「そうじやなくて! なんかランチブッフェ,税別3000円って書いてあるんですけど……わたしのお小遣いだとちょっと……」

「ああ,そっちか。まあ,ちょうどバイト代が入ったとこでな。意外といいお給料もらってるんだよ,電柱組」

「え!?」

「だから,おごってやるって言ってんだよ。デートなんだろ? 言わせんな恥ずかしい」

「しぇ,しぇんぷぁい……こんなのおごってもらったら,わたし,どうやってお返しすれば……はっ,まさか,わたしのからだでお返ししろとかそういうことですか? 本当はまだそこまで覚悟できてませんでしたけど,そこまで言われるなら覚悟を決めますのでよろじぐお願いじまず」

「おい,半分泣きそうになりながら何言ってんだよ。そこはちゃんと断れよ。いや,そもそも求めてないけど!」

 わたしのからだ,そんなに魅力ないでしょうか? ちょっと自信無くします……結衣先輩はともかく海老名先輩にはそれほど負けてないと思ってたんですけど,せんぱいの揉み比べの結果,わたしの方がアレだったんでしょうか……。雪ノ下先輩には絶対に負けてない自信があるんですけどねー。

 

「何かしら? 急にいろはかるたをぶっ叩いて取りたい気分なのだけれど」

「ゆきのん,どうしたの!?」

 

 なんだか夢のようです。

 お料理はおいしいし,58階かせら見える外の景色もすごく良くて,これが夜だったら夜景はもっと奇麗なんだろうなあと思いました。

 コースのディナーとかでなくてもいいんです。先輩とふたり,またここで食事できたら……。

 


 

 ブッフェということで,ちょっと食べ過ぎてしまいましたけど,当初の目論見通りサンシャイン水族館へ向かいます。

 一旦エレベーターで下まで降り,ワールドインポートマートビル1階から,今度は水族館行きエレベーターに乗って屋上を目指します。

 エレベータを降りると,まずは滝がお出迎え。

 エントランスは南国リソートのような雰囲気を漂わせていて,いやがおうにも気分が高まります。

 館内に入ると,サンゴ礁の海が広がっていました。

 水槽の底からは,チンアナゴが顔を出していて,その……今朝のことをちょっと思い出しちゃいました……。

 ゾウギンザメっていうのもなんか胸ビレをひらひら動かして泳いでてなんかダンボを思い出しちゃいました。

 そのあとのサンシャインラグーンもキレイな魚がいっぱい泳いでます。

 巨大なエイの顔はちょっとアレでしたけどね。

 クラゲのトンネルはちょっと幻想的な感じ。

 せんぱいは,こうやってゆらゆらとなにもしないで漂っていてえなあとかロクでもないことを呟いてましたよ。生徒会の仕事があるんですからそんなわけにはいきません。

 2階に上がると水辺の旅,グリーンイグアナのところでも,こいつらじっとしてていいんだから羨ましいとかぬかしてましたね。せんぱい,こんなに見世物にされて平気でいられるんでしょうかね?

 カエルはノーサンキューですが,アザラシはちょっとかわいかったです。

 さらに上に上がると天空のオアシス「マリンガーデン」。

 ここではなんと言っても「天空のペンギン」。

 まるでペンギンがビル群の上空を飛んでるように見えるんです!

 見上げると頭の上でペンギンが羽ばたいているんですよ!

 草原のペンギンもよかったなあ。ちっちゃい子供を育てるペンギンの夫婦なんてのもいました。

 ペンギンは一度夫婦になれば,一生そのパートナーと一緒にいると言われているそうな。

 その時,せんぱいの方を見たんですけど,せんぱいも同時にわたしのこと見ててくれたらなあ……。

 せんぱいは楽しんでくれてるのかなあ……。

 ちょうどコツメカワウソのお散歩の時間に遭遇して,その愛らしい姿にキャアキャアはしゃいじゃいました。また,せんぱいに「あざとい」って言われるかな?と思ったんですけど,せんぱいはやさしい顔で見守ってくれてました。

 アシカのパフォーマンスは人でいっぱい。横の人に押されて仕方なく,あくまでも仕方なくせんぱいと密着しちゃいました。えへへ。

 ショップでは,せんぱいはお米ちゃんに持って帰るお土産を探すと言ってました。

 わたしはせんぱいにナイショで,ペアのストラップを買いました。

 あとで渡してどこかに付けてもらいましょう。今日という日の思い出に……。

 ケープペンギンが描かれたかわいい婚姻届もありました。

 一瞬買おうかな,と思いましたけど,平塚先生に見つかったら死んでしまいますね。せんぱいが。

 


 

「これからどうする?」

「そうですねー,ちょっと歩いて疲れたので,プラネタリウムでも行きませんか? 同じ屋上ですから移動しなくてもすみますし」

「そうだな。俺,寝ちゃうかもしれないけどな」

「そしたら,せんぱいの寝顔をずっと見てますよ?」

「星見ろよ……まあ,お前の寝顔は息の電車で見たけどな」

「!」

 せんぱいの思わぬ逆襲に,顔が熱くなるのを感じます。

 わたし,へんな顔で寝てなかったでしょうか?

 寝たふりのつもりだったのに本気で寝ちゃったから,どんな顔してたかなんて全くわかりません。

 でもせんぱいに聞いたらやぶ蛇になりそうだし……。

「大丈夫だ。かわいい寝顔だったぞ」

 こっ,この人は……///

「もう! せんぱい,行きますよ!!」

 せんぱいの顔を見ずに,手を引っ張ってプラネタリウムへ向かいます。

 プラネタリウムでは,カップル用の雲シートとか芝シートとかのプレミアムシートがあって,せんぱいとふたりで寝転がって見られたらなあ,と思いましたけど,残念ながらそれぞれ5組と3組限定ということで,もう埋まっていました。残念。

 でもせんぱいと隣に座れるなら,普通のシートでも全然問題ないです。

 ただ,隣り合ったシートの間の肘掛けは上に跳ね上げて,ふたりの間の障害は取り除いておきます。

「せんぱい,おやすみになるんならいつでもわたしにもたれかかっていいですよー」

「はい,あざといあざとい」

「んもう,あざとくないって言ってるじゃないですかー」

 リクライニングほ最大限に倒して,始まるのを待ちます。

 横をみるとせんぱいの顔がすぐそこに……。

 早く暗くならないかなあ……。

 上映が始まる。せんぱいと同じ星を眺める。この椅子,結構ゆったりしている。もっと小さい椅子でもっとせんぱいを近くに感じられたらいいのに。

 勇気を出してせんぱいの手を握り指を絡める。

 せんぱいの手が一瞬ビクッてしたけど,手を引くこともなくそのままでいてくれている。

 さっきまで歩く時も手をつないでいたけれど,暗闇の中で手探りしながら指を絡めるのは,また違う感じがする。

 歩いてるときは,迷子にならないようにとか理由もあるし歩くことに集中しているからそれほど気にならなかったけれど,今は全神経がこの手のひらと指先に集まっているんじゃないかと思えるくらい。

 はっきり言って星座のナレーションももう聞こえない。せんぱいの顔しか見えない。

 せんぱいは上を向いたまま。今,わたしの方を向いてくれたら,この距離をゼロに詰めることだってできるのに……。

 


 

「んー,なかなか面白かったなー」

 ドームを出た後,伸びをしながらせんぱいが言った。

 せんぱいは,わたはがずっとせんぱいのことを見つめていたのも気づいていないんですね。

「お前が手を握っていてくれたおかげで寝ずにすんだよ。サンキュな」

「あ,はい……」

「どうした? お前の方が眠くなったのか?」

「いえ……」

「そろそろ暗くなってきたし,遅くなると親御さんも心配するだろうから行くか」

「はい……」

 プラネタリウムに入るまではあんなに楽しかったのになあ……。

 もう終わりかあ……。

 でも帰りはせんぱいから自然と手を握ってくれた。

 今日はこれでいいのかな……。

 噴水広場を過ぎたあたりで,せんぱいの,手を握る力が少し強くなった。

「せんぱい?」

「もう少しだけ,遊んでいくか」

「え?」

 そのまませんぱいはわたしを連れてエレベーターへと乗り込む。

 着いた先は展望台。

「せっかくここまで来たんだから,やっぱり展望台へ登っておかないとなあ」

 ダメだ。また涙が出そう。せんぱいったらどこまであざといんですかー。

 展望台と言っても,ここは巨大な万華鏡のような光と鏡のトンネルがあったり,VR体験ができたりとただ外を眺めるだけじゃなくて,いろんなアトラクションのような楽しみ方ができるところでした。

 VRのウルトラ逆バンジー,マジヤバでした。

 直前にトイレに行ってなかったらまずいことになっていたかもしれません……。

「そろそろかな?」

「そうですね,十分遊びました。ありがとうございます」

 さっきまでの悲しい気持ちも吹っ飛ぶほど遊んでしまいました。

「ん……その前に」

 せんぱいに大きな窓の前に連れて行かれ,肩に手を回されました。

 ドキッとするわたしをよそにせんぱいは窓の外を指さします。

「ほら」

 促されるままに外を見ると,辺りはすっかり暗くなって,一面にきらきらとした宝石箱のような夜景が広がっていました。

 な,なんなんですか,これは!

 わたしの横にいるのは,どこのイケメンですか!!

 正直,葉山先輩ならこのくらいのことをしてもおかしくないなと思いますけど,せんぱいがこんなことをするなんて。

 葉山先輩と恐らく違うのは,せんぱいが照れくさそうにしているところ。

 それでも,無理してわたしのためにせいいっぱいあざとい演出をしてくれている。

 なぜか自然に,口に手を当てて涙を流していました……。

 たぶん,夜景が目に染みただけですよね……?

 

 



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バレンタインデー粉砕! 同志ヨ,チバ二結集セヨ!番外編 いろはす色の☆ウインク100万%(後編)

ハイ、またお会いしましたね!

よかったですよ。
何とか完結しましたよ。
しかし本編4話しかないのに,番外編が3話って……。

駄作者がほんっとすみません。


 帰りは京葉線じゃなくて総武快速線で千葉まで。

 せんぱいのお家は快速が止まらない幕張本郷が最寄ですが,暗くなったから家まで送ってくれるそうです。

 本当に大好きです。

 今度は初めから寝たふりじゃなくてせんぱいにもたれかかって寝てしまいました。

 ちょっと遊びすぎて疲れちゃいましたかねー。

 気づいたらもう千葉駅で,なんか損した気分です。

 でも,目が覚めたらせんぱいもわたしにもたれかかって寝ていて,少しだけ寝顔が見られたのでやっぱりよかったのかな?

 目が覚めたら横に寝ている人がいるって,ちょっとアレですよねー///

 千葉で千葉都市モノレールに乗り換えてわたしの家を目指します。

 ここは地元ですから,いつ誰にみられるか分かったもんじゃないんですけど,もう感覚がマヒしてるのか,モノレールの中でも手をつないだままでした。

 

 そんな楽しい時間もあっという間に過ぎて,わたしの家の前まで来てしまいました。

「せんぱい,上がっていきますか? お茶くらいならだしますよ?」

「いや,ご家族もいるだろうし,家に小町が待ってるからな」

「分かりました。今日はいろいろありがとうございました♪」

「まあ……お前には,いろいろと酷いことしちゃったからな。こんなことで罪滅ぼしになるとも思わんが」

 せんぱい……今日の一日ってずっと罪滅ぼしの気持ちだけで付き合ってくれたんですか?

 それは,わたしがいつも責任取ってくださいって言うからせんぱいはそれに応えたに過ぎなかった……。

 本当は,ずっと苦痛だったんですか?

 せんぱいは,わたしのこと……どう思ってるんですか?

「そうですねー。いろはちゃんのおっぱいがこんなものだと思われたら困っちゃいますねー」

 違う。

「せんぱいにはまだまだ責任取ってもらわないとー」

 そうじゃない。

「生徒会の仕事もまだまだ手伝ってもらいますからねー」

 そんなこと言いたいんじゃない。

「そう……だよな。今日は俺も随分楽しい思いをしちまったから,全く罪滅ぼしにならねえよな」

 もう,このせんぱいは不意打ちが過ぎます……。

 そうか,せんぱいも楽しんでくれたんですね。よかった……。

 でも,まだ聞けてない。あと一言……。

「じゃあ帰るわ。また来週」

「はい,また来週……」

 だめ……まだ、いかないで……。

 わたしは,いつのまにかせんぱいに抱きついてその胸に顔をうずめていました。

「せんぱい,せんぱい……」

「いっ,一色,どうした?」

「せんぱい……わたし,せんぱいが好きです!」

「……」

「せんぱいは……わたしのこと……」

 私の言葉に一瞬だけ考え込むような素振りをし,ゆっくりと口を開く。

「ああ……俺も一色のことは好きだ。だが……」

「言わないで! 」

 せんぱいを抱きしめる力を強めて,次の言葉を押しとどめる。

「言わないで……ください……その次の言葉,分かってますから……」

 せんぱいはそこで言葉を止める。わたしは,せんぱいを抱く腕を緩め,せいいっぱいの笑顔を作り先輩の顔を見る。

「今は……せんぱいの好きということばが聞けただけで満足です。でも見ていてくださいね。まだ終わっていません。いろはちゃんの戦いはこれからですから」

「そうか,ありがとな。こんな俺を好きになってくれて」

 せんぱいがわしゃわしゃとわたしの髪をかきまわします。

 むぅ,今日のデートのためにセットした髪型が台無しです。まあ,もうこのデートも終わりですし,せんぱい以外の人に見られることもないからいいんですけど。

「今日は疲れたろ? 風呂入って早く寝るんだぞ?」

「せんぱいが一緒にお風呂入ってくれて,一緒に寝てくれたらぐっすりと眠れる気がしますけどー」

「アホか。そんなの俺が寝られる気がしねえ」

「なんですか一緒にお風呂はいってそのあと一緒に寝るの意味を今夜はお前を寝かさねえよっていうふうにとらえましたかとっくに覚悟はできてますけど今日は泣き顔とか見られて目が腫れたりぶさいくになってるかもしれないのでごめんなさい」

「久しぶりに出たな,高速お断り芸」

「でも,もしこんなぶさいくでもいいって言ってくれるなら……いつでもいいですよ♪」

「バカ言ってんじゃねえよ!」

「いたっ!」

 また,チョップされました。でも少しうれしいです。

「お前はぶさいくなんかじゃねーだろ。言わせんなよ,恥ずかしい」

 もう! せんぱいこそあざとすぎます!!

「じゃあな」

 笑顔で小さく手を振りながら帰ろうとするせんぱい。

 そのせんぱいに再び駆け寄り,両手をせんぱいの頬に添えて,一気にせんぱいの唇を奪う。

 すぐに突き飛ばされるかと思ったけど,せんぱいはわたしの背中に手を回し,わたしの口づけに応えてくれました。

 永遠とも思えるわずかな時間が過ぎ,どちらからともなく唇が離れていきます……。

「キス……しちゃいましたね……」

 せんぱいは,少し困ったような,少し悲しそうな顔をしていました。

「じゃあ,今度こそさよならです。せんぱい,本当にありがとうございました」

「ああ,またな……」

 わたしはせんぱいが去っていく背中を見たくなくて,すぐに振り向き,家の玄関に駆け込みました。

 そのまま自分の部屋に入り,大きな音で音楽をかけ,そして,声をあげて泣きました。

 「わぁぁぁ,うっ,うっ,ごめんなさい……ごめんなさい……お米ちゃん,海老名先輩……わたし,約束,守れませんでした……」

 せんぱいを傷つけてしまいました。せんぱいを悲しませてしまいました。

 そして,せんぱいは何も言いませんでした……。

 

 本当にせんぱいは,いつもいつも優しくてお人好しで……残酷です……。

 

 せんぱいとペアで付けようと思ってたケープペンギンのストラップ……渡せませんでしたね……。

 


 

「会長,どうしたんですか?」

「なんですか,書記ちゃん,藪からスティックに」

「会長,海浜の会長じゃないんですからやめてください」

 それは地味に傷つきますねー。二度と言わないようにしましょう。

「いや今日の会長,お身体の調子でも悪いのかな,と」

「そうですか? 別にそんなことはありませんけど」

「だって会長が生徒会室にいるんですよ?」

「書記ちゃんはわたしを何だと思ってるんですか。わたしは生徒会長なんですから生徒会室にいてあたりまえじゃないですか」

「いえ,いつもなら奉仕部に行ってるか,生徒会室にいるときには比企谷先輩と一緒じゃないですか」

「いつまでもせんぱいを頼ってばかりいられませんから。そういえば,お二人は?」

「お二人は今日もいらしてません。でも……」

「いつもの……ですか」

 書記ちゃんと二人でため息をつく。

 あのクリスマスイベントの準備の日以来,かっぽれ副会長と金毘羅ふねふね会計は生徒会に顔を出しやがりません。

 でも,わたしたちが生徒会室に来ると,お二人の担当の書類が処理されてちゃんとデスクの上に置いてあるのです。

 これではまるで小人の靴屋です。

 しかし,最低限の仕事はしくれているので文句を言うわけにもいきません。

「じゃあ,今日は書記ちゃんと二人で頑張りますか」

「そうですね,比企谷先輩がいないのは寂しいですけど」

 せんぱいは,もう生徒会の仕事なんか手伝ってくれないでしょうね……そもそもせんぱいに哀しい思いをさせたわたしに,手伝ってくれなんて言う資格はありません。

 後悔はして……います。

 それでも,わたしにとって忘れられない思い出です。

 わたしはそっと自分の唇に指を這わせ,せんぱいの唇の感触を思い出していました……。

 


 

「邪魔するぞ」

「邪魔するんやったら帰ってー」

「あいよー」

 と,踵を返す平塚先生。相変わらずノックがありません。

「なんでやねん! 用があるから来とるんじゃい!!」

 むむむ,まるで黄色いジャケットを着たチンピラみたいな物言いです。

 平塚先生に乳首ドリルがしたくて仕方ありません。

 でも,今,ここでそんなことしたら,平塚先生が悶えてるところへせんぱいがやって来て,先生となんらかのフラグが立ちそうなのでやめておいた方がいいですよね?

 

 ……いえ,せんぱいがここに来るなんでありえないことでした。

 なぜか頭の中に浮かぶのはせんぱいのことばかり。

 ほら,せんぱいのこと考えすぎて,目の前にせんぱいの幻影まで見えてきました。

 はっ! そう言えば平塚先生は自宅謹慎のはず。

 まさか,この平塚先生も幻?

 やはり,昨日落ちこんだ気分を上げようと,吉本新喜劇のすっちーと吉田裕と松浦真也のやり取りを見すぎたせいでしょうか。

 ひょっとして,目の前に立っているのは借金の取り立てに来たヤクザで,うしろにいるせんぱいに見える人は子分? その証拠に,よく見れば片手に借金のカタにぶんどってきたギターを持っています。

 やはり,わたしは乳首ドリルをしなければならないのでしょうか。

 

「よ,よう,一色」

「せん……ぱい……?」

 恥ずかしそうにギターを持たない方の手を軽く上げて応えるせんぱい。

 このしぐさ,まさしくせんぱいです!

「あの……平塚先生はご自宅にいらっしゃると伺ったのですが……」

 書記ちゃんが平塚先生に聞いてます。正直,そんなことはどーだっていいのですが。

「いや……ちょっと職場に置いてあったものを取りに,な。今,比企谷が持っているギターもそうだ。生徒会室の前を通ったらこいつが入りにくそうにしていたので,ギターを持たせて代わりに入ってきたというわけだ」

 せんぱいがきまりの悪そうな顔でポリポリと頭をかいてます。

 平塚先生GJ!謹慎中に 池袋でお見かけしたことを副校長先生に訴えるメールは,書きかけのまま削除してあげましょう。

 なんで職場にギターを置いていたのかは謎ですが。

「どうして……ですか?」

「ん,いや,この前……お前,辛そうにしてたからな」

「心配してくれてます?」

「まあ,そんなとこだ」

 もう駄目です。涙腺崩壊です。

「うううっ,しぇ……しぇんぱい……」

「お,おい,どうした!?」

 せんぱいがうろたえてます。

 でも止められないんです。せんぱいの顔を見たときからかなりヤバかったのに,もう我慢できません。

 せんぱいがわたしだけを選んでくれないとしても,妹としてしか思ってくれないとしても,やっぱりせんぱいのそばがいいです!

「会長,比企谷先輩と何かあったんですか!?」

「ふふふ,ナイショ,です」

「ちょっと,会長ずるいです!」

「まあまあ。書記ちゃん落ち着いて。しぇんぱい,お茶飲んでいってください。今日は仕事はありませんから,仕方ないから書記ちゃんも入れてお話ししましょう」

「そうだな。お菓子も持ってきたぞ」

「しぇんぱいが素直だと,なんかありそうで怖いですね,えへへ」

「お前,泣きながら笑うなよ……」

「あ,比企谷先輩! それ,ペンギンのもちもちたまごですね! サンシャイン水族館に行かれたんですか?」

「ま,まあな」

 せんぱい,ちょっと焦ってます。

「わたしもしぇんぱいにあげるものがありました。これ,ペンギンのストラップです。鞄とか財布とかに付けてもらえたらうれしいです」

「むむむ,会長もペンギンですか。なにか怪しいです」

「書記ちゃん,偶然ですよ,ぐ・う・ぜ・ん」

 疑う書記ちゃんを軽くいなし,せんぱいの後ろに回ってせんぱいの背中を押します。

「さあ,中に入ってください。書記ちゃんがお茶を淹れますから」

「お前が淹れるんじゃないのかよ……」

「ふふっ,いろはちゃんの淹れたお茶が飲みたかったですか? でも,書記ちゃんが淹れるお茶,おいしいんですよ? 雪ノ下先輩にも負けてないかもしれません」

「もう……会長,おだてたってお茶しか出ませんよ?」

「いや,それでいいですから! お願いしますね」

「藤沢,悪いな」

「いえいえ,比企谷先輩,美味しく淹れますので楽しみにしててください♪」

「わたしはおやつを用意してありますから,そちらも食べていってください」

 そしてせんぱいだけに聞こえる声でそっと囁きます。

「わたしが持ってきたのは,キスチョコ,です」

「ぶふっ」

 せんぱいが噴き出しました。

 思う壺です。

 せんぱい,大好きです。

 

「わ,私の分のお茶はないのかなあ……」

「平塚先生は,わたしがこの副校長先生へのメールのリターンキーを押す前におとなしくお家に帰って謹慎しててください」

「はい……」

 


 

「早くせんぱい起きて来ないかなあ……」

 緊張の中,ふと漏らしたつぶやき。

 なぜ緊張しているかというと,今,わたしが座っている場所が,せんぱいのお家のリビングのソファーだからです。

 先週に引き続いてお義父さまには「いつでもうちの娘になっていいんだよ」と優しく歓迎していただきました。

 お義母さまは相変わらず厳しい顔をしていらっしゃいました。そうやってお家の中で男の人を甘やかさず厳しく律していらっしゃるのですね。そうしないとせんぱいはいくらでも怠けそうですからねー。見習わなくてはいけません。

 さて,ご両親も仕事に出て行かれて,わたしの方も準備万端。あとはせんぱいが起きてくるのを待つだけです。

 あ,階段を下りてくる音。この足音はせんぱいですね。

「せんぱい,おはようございます!」

「ふわぁ,一色来てるのかよ。今日はちゃんと下にジャージを……ぶっ!!」

 せんぱいが驚いてます。

「いいいいいいいいい,いっ,いっしきさん…おぱおぱおぱおぱ……」

 せんぱい噛みまくりです。せんぱいの視線を感じます。

「なんでおっぱい丸出しでおぱんつも履いてないんだよ!!!」

 そう,わたしの格好はいわゆる,ぜ・ん・ら。

 生まれたままの姿です。

 一応,片手で胸を,もう一方の手で大事な部分を隠してますけど……やっぱり……ちょっと恥ずかしいですね。てへ♡

「わたしって,せんぱいにとって妹みたいなものじゃないですかー。で,千葉の妹は全裸って先週お米ちゃんに教えてもらったのでわたしもそうしてみました」

「ばっ,バカ野郎! お前は妹なんかじゃないから,頼むから服を着ろ!!」

 妹じゃない!? 嬉しいこと言ってくれますねー。やっぱりせんぱいの方があざといですよね?

「じゃあ,せんぱいの着ているTシャツを着せてください」

「は? いや,お前の服がそこにあんじゃねえの!?」

「今,服を取ろうとしたら手が外れてせんぱいに全部を見られてしまいます。それでいいなら……」

「だー! 俺が後ろ向くから,その間に服を……」

「いやでーす。早くせんぱいがTシャツ着せてくれないと,お米ちゃんが起きてきて,この様子を見られちゃいますよ」

「分かった分かった!Tシャツ着せてやるから!!」

 初めからそう言ってくれればいいのに……。

 せんぱいが自分の着ているTシャツを脱いで,わたしの頭からすっぽりとかぶせました。

 今,わたしはせんぱいの匂いに包まれています……。

「これでいいだろ? 早く服を着ろ」

「仕方ありませんねー」

 せんぱいのTシャツの上からセーターを着て,パンツとスカートも履き,コートを羽織ります。

「おい,その……ブラ……とかしないのかよ」

「あ,今日はノーブラです。ほら」

 せんぱいの手を掴んでわたしの胸に押し付けます。

「いっ,一色さーん!」

「せんぱい,生で触った方がよかったですか?」

「そうじゃないっての!」

「わたし,これからもっと大きくなりますから,今の大きさを確かめておいてください」

「なんでだよ! それじゃあ,お前のが大きくなるたびに俺が確かめなきゃいけないみたいだろが!」

「じゃあわたし,今日はこれで帰ります。お米ちゃんから,せんぱい,今日はバイトって聞いてますから」

「お前ら内通してるのかよ……」

「今日はキスはお預けですけど,わたしの感触,忘れないでくださいね♡」

 はっきり言って,わたしもメチャクチャ恥ずかしかったので,すぐさまリビングを出ていきます。

「お,おい! 俺のTシャツ……」

「おにいちゃん,朝からうるさい」

「小町,いやな,今,一色が……おーい! お前も全裸かよ!!」

「お前……も?」

「あ」

 なんか後ろの方で修羅場めいた声が聞こえますけど,わたしにはよく分かりません。

 それより早く家に帰らないと。

 ……いろいろ捗りそうですし。

 

 せんぱい,やっぱり大好きです♡

 


 

「平塚せんせい,謹慎処分になったのですねー。わたしもちょっと責任を感じてしまいますぅ。おじさん,一文字のぐるぐるですぅ」

「あいよ」

「まあ,別に月詠先生のせいではありませんから……おっちゃん,冷や」

「あいよ」

「でも,こんな屋台で飲んでていいじゃんよ? 外から丸見えじゃん」

「黄泉川先生,学園都市なら同僚や生徒たちもいないでしょうから……この前,都内はちょっと危ないと思うことがありまして……」

「それにしても,今日は立花先生も愛菜先生もこられなくて残念ですぅ。おじさん,辛子蓮根ですぅ」

「あいよ」

「皇桜女学院は定期考査中みたいだから仕方ないじゃん。それより鉄装はどうしたじゃんよ?」

「そうですねー。鉄装せんせいちょっと遅いですねー」

「くぅぅぅー,効くなー。おっちゃん,冷や,もう一杯」

「おっ,平塚先生,いい飲みっぷりじゃん! おっちゃん,こっちにも冷じゃん!」

「あいよ」

「教え子がね,私の目の前でイチャコライチャコラしやがるんですよ。当てつけかってえの!」

「平塚せんせい,それって比企谷ちゃんのことですかぁ?」

「そーです,あの比企谷です! チクショー,私の気持ちも知らないでアンニャロー!!」

「平塚せんせいは,比企谷ちゃん狙いなのですねー,比企谷ちゃんなかなかいい子でしたけど,生徒と先生の禁断の恋,刺激的ですぅー。おじさん,馬刺しですぅ」

「あいよ」

「こらっ,平塚っ! 子供に武器を使うとか,けしからんじゃん!」

「私は武器なんか使ってません。比企谷には拳一本で……」

「なにを!? こんな立派な女の武器を使って教え子を誑かそうとしてるじゃん!」

「黄泉川先生!? 平塚先生の胸を後ろから揉みしだいて何されているんですかっ?」

「おう,鉄装! 遅かったじゃん!! 今,教え子を惑わすこの女の武器を……鉄装……」

「な,なんですか? 黄泉川先生」

「お前もなかなかけしからんものを持ってるじゃんよ」

「ちょ,ちょっと,黄泉川先生,迫って来ないでください! だいたい黄泉川先生は,とあるシリーズ屈指のバストサイズを,きゃー!!」

「……おじさん,豊胸に効果のある大豆イソフラボンと寄せてあげるブラですぅ」

「あいよぉ(涙)」

「上条ちゃんは……小さくても平気ですよね? ぐすっ」

 

 




(あとがきという名の言い訳,的な何か)

なんでいろは短編がこんなに長くなっちゃいましたかねー。
ワタクシ的には,そこまで思い入れがあるキャラじゃなかったんですけどねー。
池袋で時間を取りすぎましたかね?
もしお時間がございましたら池袋へも足をお運びください。

ちなみに,新しくなった展望台もサンシャイン水族館も行ったことがないので,行かれた後で違うじゃないか!!と仰られても,責任は負いかねますのであしからずご承知おきのほどよろしくお願いいたします。

番外編名物の女屋台茶番劇,前回が長くなったのでコンパクトにまとめてみました……っていうか,ネタ切れですね。
平塚先生オチかと思いきやまさかの小萌先生オチという。
小萌先生ごめんなさい。
ぶっちゃけ今回いらないかなーと思ったんですけど,前中編に比べて後篇が短かったので字数稼ぎです。てへっ。

この屋台の茶番,次回は無いかもしれません。
どうせ読みたい人もいないだろうしね……(やさぐれ感)

次こそプロムです。

このペースだとたぶんゴールデンウィークあたりに……。

それまでは,水の街アルカンレティアで湯治をしながら次回作の構想を練ってます。

『悪魔殺すべし』
『魔王しばくべし』

それではまた,お会いしましょう。
「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ!」



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