転生したので反則技で魔法少女のお手伝い/敵することにした (絶也)
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プロローグ:転生チュートリアル

自己満足、プロローグなのは要素なし。


酷く意識が揺れている。

誰かが傍らから何かを呼びかけるような声が聞こえるが何を言っているのか、どころかそれが男か女かということさえ判然としない。

何もかもがわからない中、五感すら頼りにならなくなっていく感覚にただ1つ『死』を理解する。

多分、俺は死んでしまうのだろう。

 

冷たい海に仰向けに沈んでいくような、不思議な感覚だ。

実際にそうなったことはないけれど、この感覚を形容する言葉は印象としてのそれしか思い浮かばない。

 

───ああ。

そんな機会、ないに越したことがないのは知っているけど。

それでも、一度くらい。

誰かを救ってみたかったな。

 

 

 

 

─────────────────────────────

 

 

 

……起きた。

指の先まで完全に感覚が通り、多分頭もここ最近で1番回る。

急に意識が戻ったのに自分は立ってる、って状況は気になるが、ひとまず手足も意識も問題なく動くのは確認できる。

ふむ………察するに、これは。

 

「さっきまでの全部夢か…」

 

「いえ、完全無欠に死んでますよ貴方。」

 

独り言のつもりで呟いた言葉に反応され、割りと心の底から驚く。

というか、実際に三歩ぐらい引いてしまった。

 

「天坂帝翔さん、1996年、12月24日生まれのA型…この辺どうでもいいですね。享年は23歳…間違いありませんね?」

 

見上げてみれば、随分な美人が当然の情報のように読み上げながらこちらを見ている。

というか髪が金色だし、顔立ちも日本人には見えないが。

…いや待て、今この人さらっと聞き流せないこと言ってなかったか?

 

「……すみません、今なんて言いました?」

 

「天坂…」

 

「その前です。」

 

「…あっ、もう一度言うのはいいですけどパニックにならないでくださいね。」

 

これもう確定っぽいな。

 

「貴方、実はもう死んでいるんです。」

 

………。

………………。

………………………。

 

「なんでパニックにならないんですか?なってくださいよ。」

「なんでならなかったのに責められてるんだ俺…?」

 

なに、悪いの?なるなって言ったのそっちだろフリなの?

 

「いえ、パニックにならないならスムーズに説明できて助かるんですけど、なんか物足りないというか…死んでる自覚足りてます?冷静すぎません?もう生きてないんですよ?」

 

「死んでる自覚ってなんだよ。…いや、死んだのに生きてる、みたいなこの状況に困惑してるってのが正直なところだよ。」

 

表情に出にくいだけでな。と付け加えながら周りに目を配る。

質の悪い誘拐かとも思ったが、俺を誘拐してもしょうがないし、何よりこの場所が何かおかしい。

真っ暗な世界に電気もないのに俺とこの女の人の居るところだけやけに明るい。不自然さしかないが、現世でないと言うなら納得もするというものだ。

 

が、流石に訳がわからない。いい加減に説明してもらうことにしよう。

 

「で、この状況はなんなんだ。」

 

「急に態度変わりましたね……」

 

取り繕う必要がなさそうだったからな。

 

「えー…現世の創作では広く知られているものだそうですが、異世界転生って知ってますか?」

 

「ああ………」

 

なんか、その一言で全てに合点が行った。

これが夢ではないかすぐにでも確認したいところだが、多分それに意味はないんだろう。

 

「…てことはなんだ。チートで楽々異世界ライフでもするのか。」

 

「ああいえ、そういうのではないんですよ。」

 

入った否定に少し眉をひそめてしまう。そういうのじゃない?

 

「そもそも自分の意思で転生の仕方を選べる人自体、条件があるんですね。本来なら色んな死後の世界を経て、その人の生前の行いなどを加味してどういう転生をするのかが決まりますから。」

 

返答は広く知られるような輪廻転生の成り立ちだった。

だからこそ、大きな違和感がある。そんな中で異世界転生なんか有り得るものなのか?

 

「ですが、死んだ人の中には強い未練や願いを持つ人が居ます。それが死後に出来ないものだった場合、そういう人は意識的であれ無意識的であれ、現世にまで影響を及ぼす何かになる可能性があるんです。」

 

「……ああ、そういうことか。」

 

「そういう人は危険があるので、一度それを発散してから改めて通常の転生のプロセスに入ろう、ということです。ですが、それは今いる現世で出来なかったからそうなっているので。」

 

「その人間が望む所に転生させてやろう、と……」

 

「理解が早くて助かります。」

 

「けど、望む所、なんてそんなこと出来るのか?並行世界とかそういうあれなんか学者だってよくわかってないだろう。」

 

「あ、アニメだとかそういうのでもいいですよ。」

 

ほら出たそういうの。

 

「………尚のこと無理だろ、そんなの。」

 

「人間が思い描ける程度のものは、大抵本当に存在しますよ。それをアンテナみたいなので感じ取ってるのかも、なんて仮説もあるくらいで。」

 

そう言われれば納得できなくもないが……

 

「さて。次があるので、あまり時間もありません。早く済ませちゃいましょう。」

 

「(何の世界でもいい、ってことは……)」

 

「誰かの為になってみたい、誰かを救いたいのが、貴方の願いでしょう?なら、それを叶える為の世界への道と、力を与えましょう。勿論、その世界を崩さない程度に、ですが。」

 

…憧れてたものに手が届く機会でもある訳だ。だとすると、色々ともう決まってるな。

 

「では…行きたい世界はお決まりですか?」

 

口にするのは正直恥ずかしいが、死んでいるというならこの際流してしまおう。

俺だって、大の男がこんな名前大真面目な顔して言っていたら笑わない自信はちょっとない。

それでも、行けると言うなら行きたいんだから仕方ない。

 

「魔法少女リリカルなのは。」




これからリリカルマジカル頑張っていく。


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1話 転生者で転校生になることにした

ここからやっていく。モチベーションの問題で小分け。
リリカルなのはへの理解度が低いので面白くないけど自己満足。
あと転生描写省いてます。多分後々やります。


暗い部屋の中、知らない天井を見る自分が居る。

俺は天坂帝翔、年齢は7歳。異世界転生者だ。

転生するに当たって、不自然なくその世界に…俺が望むものに溶け込もうと思ったらこう選んでいた。

 

……使う魔法とか、そういうのが選べるのは予想してたが、まさか環境レベルで選べるとは…神様とかいうのは、加減を知らないのだろうか。神様だからこれくらい出来る、と言われれば返す言葉もなくなるが。

 

父親、母親は都合で海外、一緒に暮らしてた親戚も既に居なくなって一人暮らし…この方が何かと都合がいい。この上で生活に不自由しない環境が選べなかったら不自由この上なかったので助かる。

 

そんな訳で1人しか居ない静かな家、夜の闇に包まれている部屋の中でベッドから起きる。手の中にある確かな感触を確かめた上で、開いてそれを確認する。

 

小さな宝石のような紫の輝きが、夜に溶け込んでいてもわかる。

俺が選んだ、俺のデバイス。

 

「──これからよろしく、クロッカス。」

 

宝石が光り、何語かわからない言葉を返してくる。それが挨拶の言葉を表しているのは、わざわざ理解せずとも伝わった。

 

人を救いたい、それと憧れと目的があり、俺はこの世界を選んだ。

が、一方で俺という異物が混じり、行動を起こすことで俺の知っている未来がどれほど変わるのか想像もつかない。

 

この辺りは転生者と言うよりもタイムトラベラーになった気分だ。

多分、多少行動して未来を変えても俺の目的にまでは辿り着ける。

が、同時にそれを果たすだけだと意味がないのだ。その為に来る時間まで選び、その為の力を得たのだから。

慎重に行動しなきゃならない。

 

とはいえ、クロッカスや環境を見る限り、選んだものは本当にそのまま反映されているようだ。であるなら、概ね思う通りに行動は出来るだろう。どこかでガッツリ戦える練習をしたいが、おいそれと動けないから不便だ。

 

幸いにして…というのも変だが、時間はある。ひとまず今日は寝て、明日起こることにしっかり備えることにした。

慣れないベッドに潜り込み、瞳と意識を閉じる。

さぁ、夢でなければ動くのは明日からだ。

 

 

 

 

 

そんな訳で、朝が来た。

目覚めた時間は朝の7時30分。自分にしては早起きだと適当に評価を付ける。

軽く二度寝でもするか、と思ったところで、自分の手が目に入る。

どう見ても子供の手、というか腕の長さ。

思考が一瞬停止するほど当惑しかけて、昨日の出来事を思い出す。

頭が痛くなりそうだが、どうやらこのふざけた異世界転生というやつは夢ではなかったらしい。

 

それを認識すると、世界が開けるように情報が頭を駆け巡る。

と言っても比喩表現でしかないが…ともあれ、俺の願いが…この世界に来た目的が、ただのその場の勢いではなかったことを自分で確認して、少しホッとする。

勢いで決めても取り返しがつくものと、取り返しがつかないものが人生には度々あるが、これは明らかに後者だからだ。

つまり、この決断を誰かのせいにしないで済む。それだけでも僥倖だ。

 

これから起きるであろう出来事に考えを寄せようと思ったところで、ふと思い出す。

 

この体は7歳で、俺はもう天坂帝翔としてこの世界に居る。

そうするに当たって、確か俺はなのは達と同じ、私立聖祥大学付属小学校に通うことになったのではなかったか。

 

それを思い出せば、7時30分…つらつらと考えているうちに5分が過ぎて、もう35分か。それはあまり時間のある方ではないなと思い至る。

一旦考えるのは後にして、軽い朝食を済ませて、10年ぶりの小学校登校をするとしよう。

 

軽い朝食を済ませると、準備を済ませて家を出る。20歳を超えているのに、自分の為に小学校の教材や筆箱を用意するというのは何とも新鮮な気分だった。……屈辱に近いものもあった気はするが。

 

聖祥大付属小学校は、劇中を見る限りバス通学だ。しかし、それについての詳しい言及はあまりされていなかった。

というかその辺の面倒なことを1から覚えようとすれば嫌でも目立つ。今までお前はどこに居たんだとツッコまれかねない。

 

そうならない為には、孤立するか不自然をなくすしかない。

ただ、俺自身は良くても目的を思うと孤立はあまり良くないので、これについては転生する時にちょっとした仕掛けを先に打っておいた。

 

 

「いってきまーす!」

 

 

家を出てすぐに、隣の家から快活でまだ未発達な声が聞こえる。不思議と声だけで、見上げれば広がる青空がよく似合っている気がした。

いいや、気がした、じゃない。きっと本当によく似合う。俺はこの声を知っているから。

隣の家から、幼い少女が出てきたのが見えた。

一方的だが、知っている。

 

白く清潔な制服を纏い、あまり長くは見えない髪を、ちょこんとツインテールで結ったこの少女を、知っている。

高町なのは。

この世界で、所謂主人公となる少女だ。

 

そう、これがちょっとした仕掛け。

お隣さんなのだ、俺の家と高町家は。

……お隣と言っても、高町家はかなり大きいのだが。

要は、なのはに先に行ってもらい、バス停まで案内して貰おう、という算段な訳だ。1回覚えればそれで問題ない。

 

そう思って顔を上げると、件のなのはとバッチリ目が合った。

合ってしまった。

 

「(まずい…!)」

 

すぐに顔を伏せ、悪手だったと頭を抱えそうになる。ここは会釈の1つでもして自然に流す場面だったろうが…!

 

「…あのー…?」

 

流石に不自然だったか、なのはが話しかけてくる。初手からこれではこの先が思いやられる。

というか。

 

「(おいおい、なのはは基本的に同学年、居ても女子と話すんじゃないのか、なんで今話しかけられてるんだ俺は…!?)」

 

もう未来が揺れ動いていそうで気が気でない。今すぐにでも家に篭って動く時を待ちたいくらいだ。

というかこの場から消えてなくなりたい。

 

そんなこととは露知らず、なのはは話しかけてくる。

 

「…何年生、ですか?」

 

恐ろしく勘がいい。

…初対面で、しかも知らない相手だぞ。同じ学校でも話しかけないだろ。何の勘が働いてるんだそれ。

 

「……さ、3年生…」

 

「クラスは?」

 

「A組……」

 

「同じクラス…うーん……」

 

神様設定異世界転生だぞ、勘づいてないかこの小学生…!?

でも、大丈夫だ。こういう時の為に、便利な言い分は用意してある。

 

「…俺、転校生なんだ。もしかして、同じクラス?」

 

「あ、そうなんだ!同じクラスなのに覚えてなかったのかなと思っちゃった…」

 

たはは、と苦笑いするなのは。可愛らしくはあるが、正直こっちは何かが変わってしまわないかと気が気でない。

さしあたっては、学校のバスに遅れさせないことだ。ここで乗るバスには、なのはの級友が乗っているはずだから。

 

「…自己紹介とかしときたいけど、話は歩きながらかな。遅刻しちゃうしね?」

 

「うん、そうだね。」

 

快く頷いてくれ、あまり変わらない歩幅で送迎バスの来る場所に一緒に歩く。といっても距離はないのだが。

大人の時の自分、イメージしていた子供の歩幅ともまた食い違った歩行感覚にやや戸惑いはしたものの、今のうちに慣れておけるのはいいことだ。

 

しかし、バスにはなのはの級友が乗っている。それはいい、それ自体は大いに結構だ。問題は…

 

「私、高町なのは!あなたは?」

 

この目の前の主人公だ。なのはと一緒に居ると、1番目立ちたくない所と嫌でも話さなければならなくなる。

かといって、悪印象で突き放す訳にはいかない。まだ早い、というだけでそのうち友好的にはなりたかったから、ある種願ったり叶ったりだ。だから問題なんだけど……仕方ない。

 

「俺は天坂帝翔、よろしく高町さん。」

 

「あははっ、なのはでいいよ。みんなそう呼ぶから。」

 

「…じゃあ、よろしくなのは。」

 

「うん、よろしく。」

 

今このくらいなら、まだ大きく未来を動かすことはないはずだ。起こるべき出会いが起こらない、なんて事態は起こらない。俺が俺として存在している以上、ある程度覚悟はしてるが心臓に悪い。

 

パッパッ!と甲高い音がする。なのはも音源に目を向けたので、俺も見てみる。

わかりやすく聖祥大学付属小学校、と書かれたバスが来た。

出来ることならここで引いて、なのはと別のバスで向かいたいところだが……転校生だと知った以上は友達にも話すだろう。なら、俺がここで引くことは悪目立ちになりかねない。

 

「おはようございまーす。」

「…おはようございます。」

 

元気に、しかし普通の日常として挨拶してバスに乗り込むなのはに、1歩間隔を空けて俺も乗り込む。

 

「なのはちゃん」

「なのはー、こっちこっちー」

 

柔らかな声と、ちょっと鋭そうな性格を感じさせる声がなのはを呼んでいたので、そっちに目を向ける。

なのはが手を振りながら近づいていく1番後ろの席の2人の女の子。

正反対な印象を抱かせるような2人は、なのはの級友…否、親友だ。

 

折角この日常に入れたのだからもう少し会話を聞きたいところだが、正直自分のせいでこれからが変わるかと思うとマジでそれどころじゃない。

2人となのはは軽い挨拶を交わしているようだが、その中でなのはが振り返って俺に手を向けてくる。

 

ああ、ダメだこれ。もう今更なかったことには出来ないわ。

諦めて2人の所に行くことにする。どうして未来を知っているはずの俺が既になのはに振り回されつつあるんだろうか。

 

「この子が転校生?」

 

金髪でやや強い口調と性格を感じさせる女の子が元気に口を開く。当然知っている相手だ。名前は、

 

「あたしはアリサ・バニングス。よろしく。それで、」

 

「わたしは月村すずか、よろしくね?」

 

アリサに促されるようにして、隣に居た柔らかな少女が微笑み交じりに口を開く。

勿論知っているが、それを悟られる訳にもいかない。

というか、割りと緊張してそれどころじゃない。肉体が変わると、好みも引っ張られたりするのだろうか。

ここは愛想良く行こう。

 

「俺は天坂帝翔、よろしく。アリサ、すずか。」

 

ああダメだ、緊張して名前呼ぶ時に顔引きつった。

この子供たち、あまりにも顔がいい。

引きつった顔が引っ掛かったか、アリサが少しむっとしてる。そうだよなそういう子だよな。でもこれ、ただ好きなアニメの可愛いキャラに会って緊張してるだけなんだよなぁ……

 

なのはだけなら不思議とそういうのはないんだけどな。

しかし、転校生相手だからか抑え気味ながら、それでも口を開きそうなアリサに一応先んじて伝えておこう。

 

「ごめん、上手く笑えなかった…苦手なんだ、笑ったりするの…」

 

よし、嘘はついてない。というか治した方が良いと言われてた俺の悪癖だから本当のことだ。

実際仲良くしたくない訳じゃない…というか個人的には近づきたいくらいだから申し訳ないのも事実だ。

 

「ふーん…」

 

結果不完全燃焼になったか、アリサが少し唇を尖らせながら引き下がる。

それを見たすずかがフォローに入ってくれる。

 

「あはは、気にすることないよ。ね?アリサちゃん?」

 

「…そうね、あたしはちょっと気になるけど。」

 

それ、生前、というか前の人生で何回も言われた。まさか1回死んでも尚引きずるとは欠片も思ってなかったが。

 

「もー、アリサちゃんはすぐそういうこと言うんだから〜」

 

どう反応したものかと迷っていると、なのはが笑って流してくれる。こっちの落ち度だったから重ねて申し訳なくなるが、なのはとすずかが上手くやってくれたお陰でどうにか普通のガールズトークで流れてくれそうだ。

取っ組みあって仲良くなっただけあって、互いへの理解度が高い。

 

「ほら、座ろ?」

 

と、バスが動いてるのに俺となのはは立ったままだった。ダメだな、俺だけならともかく、なのはもならそれくらいの気は回さなきゃいけないのに。

 

アリサが少し横に移動し、なのはがアリサとすずかの間に座る。アリサが引っ張りがちだが、なのはが中心といった傾向が強いので当然と言えば当然なのだろう。

 

しかし、お陰で元々通れなかったすずかの隣への道がより行きにくくなってしまった。この流れで座らない訳にもいかず、すずかの隣に行くとアリサを避けたようになる。流石にそれはいただけない。俺は決してアリサが嫌いということはないのだ。

そんな訳でまだ空いているアリサの隣に座る。不興を買わなければいいが。

 

前を通る時、なんとも言い難い視線を向けられた気がしたが、座ってしまえば楽なものだった。

 

「天坂くんはどこから来たの?」

 

「…ん、俺は…少し遠い所から。でも、前からこの街に住んでみたかったから今はわくわくしてる。」

 

「へー、そうなんだ!」

 

すずかが質問してきたので、これについては本心から答える。住んでみたかったのは事実だ。次元が違ってたから諦めるしかなかったけど。聞いたなのはが笑顔を見せて…と、アリサも俺に話しかけてくれる。不機嫌になってないようで何よりだ。

 

「だったら外、見てみなさい。なのはの方ね?」

 

簡潔にそう言われたので、窓の外に目を向ける。

丁度海沿いに走る道だったらしく、恐らくアリサが意図した景色が目に入る。

 

澄んだ青空と太陽の光を受け、輝くばかりの深い青を見せるどこまでも広がるような美しい海。

汚れた海ばかりがイメージになってしまっていた俺は、バス越しだというのにその景色に圧倒されてしまった。

 

「すーごいでしょ!♪」

 

機嫌の良さそうな、どこか自慢げなアリサの声。どうしてアリサが自慢げなんだ、と思いかけて、この街が好きなんだろうなと思い至る。

だから、素直に答えよう。

 

「…ああ、凄い……」

 

もっと気の利いた感想が言えれば良かったのに、咄嗟に頭が回らなかった。それでも気持ちは伝わったのか、アリサの視線がきっと本来の性格通りの優しいものになり、なのはとすずかが回してくれていた気を抜いていったのが伝わってきた。

 

それからはちょくちょく話題を向けられることはあれど、基本的にはなのはとアリサ、すずかが楽しく話しているのを聞きながら、時折向けられる意識に相槌を打つ。良くも悪くもゲスト扱いして貰えてるらしい。

 

……しかし、小学生ってこんな大人びてるものだっけか?小学生怖いな……

 

 

 

長くも短くもない程度の時間を挟み、バスが小学校に着く。

アニメで何度か見た程度、ではあるが、やっぱり清潔な学校だ。

それに空気が心なしか綺麗に思える。ひとえに校内の民度の高さから来るものだろう。

綺麗な街だ。そりゃあ好きにもなるし、誇りに思うこともあるだろうとすんなり納得した。

 

「あ……」

 

と、歩みを進めようとしたところで気づく。俺は転校生だから、なのは達と同じようには行けない。多分、転校生は最初に職員室に行くものだろう。

一瞬悩んだが、流石にこれはしょうがない。というかもう既にそれなりに干渉してしまってるし、この際頼った方がいいだろう。

 

「なのは、アリサ、すずか、悪いんだけどこのまま職員室の案内を頼んでいい?場所わからなくてさ。」

 

バスで狭い空間で一緒に過ごしたおかげか、俺も多少マシに話せるようになってきたらしい。すんなり言葉が出てきた。

 

「あ、そっか。転校生だもんね。」

 

「そうねー、クラスメイトになるんだしそれくらい任せなさい♪」

 

「ちょっと馴染んでたから忘れかけてたね〜」

 

すずかの笑顔のちょっと発言がグサッと来た。

いや、ものの十数分とかしか一緒に居なかったから、むしろ馴染んでただけ凄いくらい、というかこの3人のそういう絆される空気に感謝すべきなんだけど。

 

「今頼れるの、君達しか居ないからさ。…それに、これから頼れる人が増えても、君達と仲良くしたいしね。」

 

つい口調まで丸くなってしまう。これ、本当に体に引っ張られてないか?

多分転生前の俺だったら小っ恥ずかしくて言えなかったような言葉を聞いて、なのはが明るい笑顔を見せてくれる。

 

「──うん!」

 

ああ─本当に、青空みたいな子だな…と、俺はその笑顔を見て思った。




クラス内描写くらいまでは行こうと思ったけど三日坊主なので小分け投稿。


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2話 不思議な出会いを見ることにした 前

大体1話を半分に分ける感じでいこうと思った


他愛もない雑談を聞き、時折混ざったりしながら職員室に案内してもらい、3人と分かれる。転校生の俺が教室に入るのは授業…というより始業のチャイムが鳴ってからだ。そこまで付き合ってもらうのは普通に不可能だからな。

 

そんな感じで、見覚えがあるような、ないような、そんな先生と少し話をして、教室に案内される。今の俺に対しては当たり前ではあるのだが、子供に接するような…いや、比喩表現じゃなく本当に子どもに接する時の態度が少し気に障るが、転生前でも先生より年下だったと思えばそれも収まる。

 

そもそもそうなるような条件を選んだのは俺なのだから、そこに腹を立てるのは筋が通らない。

 

そんなどうでもいいことをつらつらと考えながら相槌を打っていると教室に着いたらしい。少し待っているように指示され、先生が先に教室に入る。

 

……懐かしい。

転校の経験はないが、小学校の雰囲気とか、そういうのが懐かしく感じる。

子どもの時には抱くこともなかった気持ちなんかを思うと、相手はみんな小学生だというのに緊張してきた。

なのは達ならともかく、そうでない相手にまでとは情けない。

 

そして、小学校の景色が懐かしくて浸っているうちにドアが開いた。

どうやら呼ばれてることに気づいてなかったようだ。

軽く先生に謝ってから、教室に入る。

小さな子供たちの視線が集中してるが、いざ前に立って一望してみると相手が子どもだとよくわかり、緊張が薄れてきた。

 

「…天坂帝翔です、よろしくお願いします。」

 

それでも、不自然がないようにちゃんと挨拶はする。これで地味な印象を持ってくれればなのはの方に行きやすくなるので儲けものだが…そうもいかなそうだ。

なのはとアリサ、すずかなんかはもう話したからそうでもないが、それ以外の子は転校生という響きと未知の相手に目を輝かせている。

疲れか緊張がほぐれたからか、何から来てるのか自分でも判別し難い息を小さく吐き、拍手に囲まれつつ言われた席に向かう。

 

「みんな仲良くしてあげてくださいね?さて、それでは授業を始めます。」

 

流石に先生にそうまとめられると静かになるものの、どこかそわそわしていてこの時間は休み時間の逃げ方を考える羽目になりそうだった。

 

 

 

けっきょく、にげきれませんでした。

小学生と言っても聖祥の雰囲気となのは達の落ち着きからしてまあワイワイ来ることはないだろう、と思っていたが甘かった。

休み時間に入るとあっという間に囲まれた俺は、ろくになのは達の方に行くこともできず質問責めに遭っていた。

アニメでフェイトが囲まれてたの、美少女だからじゃなくて…いやそれもあるのか。単純に転校生、留学生っていう存在のレア度だったんだな。

 

相手は小学生だし、余裕を持って軽くいなせる、と思っていたのだがそれも甘かった。相手が子供だと思うとかえって強く出られないし、強く言わないと聞きもしない。ただ、ここで強く言うと悪い意味の方でこれから目立つ気がする。それはここに溶け込む上で枷にしかならない。

 

適当に流しながら考え、なのは達3人を見るとあっちも苦笑いして会話していた中から、アリサが溜息をするところだった。

見た覚えのある反応だ、あれは確かリリカルなのはA'sでフェイトがこういう状況に置かれてた時に助け舟を出した時だったか。

 

……つまり、あの時のアリサにとってのフェイトと変わりないくらい困ってるように見えた訳だ。ほほう。

助け舟を出してくれると言うなら確かにありがたいが、それに頼ると元とはいえ大人の男として色々終わりな気がする。

 

仕方ないので少し強引に行くことにしよう。

 

「ちょ、ちょっとごめん。少し話したい人が居るから、どいてもらっていいかな?」

 

席を立って少し前に出ながら主張する。

流石にこれなら聞いてくれるようで、諸々の話を抑えて道を開けてくれる。

丁度来ようとしてたのか、アリサが少し意外そうな顔を見せて止まっているのを見て、自分でどうにかできて良かったと再確認。

質問してきてた子達の手前、教室の外にも出づらいのでそのまま3人に近づく。

 

「天坂くん、大丈夫だった?」

 

最初に声をかけてくれたのはすずかだ。

心配されたのは俺なんだけど、いい子なんだなと他人事のような感想を抱いてしまう。

 

「うん、大丈夫だよ、ありがとう。」

 

軽く笑って手を振り、答えた…つもりだったが、自分でも今笑った時に顔が引きつったのがわかった。

しっかりすずかにも伝わってしまったようで、微妙な表情をされている。これだから俺って奴は本当に……

 

「ごめん、また上手く笑えなかったな…」

 

「あはは…」

 

苦笑いでも上手く笑えるすずかが少し羨ましく見えてしまう。

以前は諦めていたのに、転生したからどこか諦めが悪くなってしまったのかもしれない。子どもになるってそういうことなのか?

 

前は居なかったとはいえ、仲良くしたい相手にくらいは愛想良くしたい、と思ったことのないことについて悩んでいると、なんでもない調子でなのはが口を開く。

 

「んー…気にしなくてもいいんじゃないかな?だって、笑うって無理にすることじゃないでしょ?」

 

…子どもだから言えるような、単純な話。

笑ってしまいそうだが、笑えない。笑いそうになるが精々だった。

それで良いと言えるのは子供だからか、なのはの人格か…多分後者だろう。

 

「それならいいんだけどな……」

 

「そうね。それに、無理に笑おうとしてるの見たら、あたしはムカッとしちゃうし。」

 

続くアリサの言葉を聞いて、笑えはしないものの口元が緩んでしまう。

 

「うん、それは知ってる。」

 

「それどういう意味!」

 

どうも気に障ったらしい。とはいえそこまで怒ってる様子もないし、この話題を続けるには少し場所が嫌だからさっさと考えてた用件を伝えることにしよう。

 

「ごめんごめん、アリサが優しいのは俺でもわかるって意味だよ。それより、ちょっと頼みがあるんだけどいい?」

 

「なぅっ…」

 

…………。

今のはないな。自分でも引くわなんでスラッと言った。

案の定、すずかが口を覆って「わぁ…」とか言ってる。恥ずかしいが、言ってしまった以上平気な顔を取り繕っておくしかない。笑うのと違ってそっちは得意分野だ。

 

「あ、あははは…なんか凄いね、天坂くん。」

 

頼むなのは、今そういうこと言われるのほんっっっとーに辛いからやめてくれ。

 

「それで、頼みってなに?」

 

「あ、うん。もし良かったらなんだけど、なのはとアリサとすずかに、この学校の案内して欲しいと思って。」

 

「わたし達に?」

 

何かまくし立ててくるかと思って少し身構えていたのに、何故か黙り込んだアリサに代わってか、すずかが疑問を挟んでくる。

 

「ほら、まだ…というか多分これからもこうなること多いと思うんだけど、今はちゃんと話せる相手ってなのはとアリサとすずかしか居ないからさ。」

 

「うーん…放課後は塾があるから、お昼休みでいいかな?」

 

なのはの提案に、ふと思い出す。

そうか、ここで俺が放課後に案内を頼んでいたら、起きるべき出会いがなかった可能性があるのか。…本当に迂闊な行動できないな。昼休みにってのは願ったり叶ったりだ。

 

「全然オッケー。それで頼むよ。」

 

「うん、わかった。」

 

「あ、なのはちゃん、天坂くん、そろそろチャイム鳴るよ?」

 

と、最初の囲まれてたくだりで時間使い過ぎたか。一応昼休みの案内は決まったし、これ以上無理して引き伸ばすこともない。

あとなんか、なのは達と話してる現実を意識してちょっと手が震えてきたから早く座りたい。

 

「それじゃ、お昼休みに案内だね。」

 

「うん、よろしくね。」

 

時間がなくなると自然と着席する優等生が多いらしく…いや、これなんとなくそういう空気になってるからそうしたくない子もそうしてるのか?ともあれ、なのは達に軽く手を振ってから周りまで空いて戻りやすくなった自分の席に戻る。

 

「ほら、アリサちゃん、そろそろ授業始まっちゃうよ?」

 

「…はっ!」

 

そんなすずかの声を聞いて、そういえばなのはの劇中でなのは達が赤の他人に褒められてることってあんまりなかったなと思い出す。 アリサ褒められ慣れてなかったのか。俺にとってももう現実世界だし、そんな都合よくホイホイフラグは立たないだろうしまあいいか。

 

 

 

「この前みんなに調べてもらった通り、この町にはたくさんのお店がありましたね?」

 

転校初日だ知らん。

などと言う訳にもいかず、大人しく授業を受けはするものの、さすがに小学校、退屈だった。

初日から欠伸してる姿を見せるのもあまり印象は良くないだろう。子供だから、前日眠れなかっただとか、新しい環境に疲れたとか言えば笑い話にできそうではあるが、子供になっても可愛げには自信がないのでやめておく。なんせ中身がこのざまだ。

 

「みんなは将来どんなお仕事に就きたいですか?」

 

どうでもいいことから意識を戻し現実に目を向けると、先生が丁度そんなことを言っているところだった。

将来…将来か。目先のこと、直近の出来事しか考えてなかったけど、今はここが俺の現実なんだよな。

 

「今から考えてみるのも、いいかもしれませんね。」

 

一度将来という現実を受けた上で、今度はなのは達と歩く未来。

それを思うと、そんなことを考えるにはまだ早いだろうと笑う気にはなれなかった。

 

 

 

授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、昼休み。

この後案内してもらうし…という建前のもと、雑に用意していた飯を詰めただけの弁当を持ってなのはの所に行く。

本音を言うとただ単に推し、ではないが好きな美少女と一緒にご飯を食べたい。

と、なのはも同じように考えてくれたのか(絶対に同じではない)、こっちを見るところだった。

 

狭い教室なのでほぼ同じタイミングでアリサとすずかも合流する。

三人の性格を思うに拒否はされないだろうが、一応許可はもらうべきだろう。

 

「なのは、アリサすずか、折角だからお昼一緒してもいい?」

 

「うん!」

「もちろん!」

「ま、いいんじゃない?」

 

聞いておいて恐ろしくなるほど二つ返事だった。美点だと知っているしこういうところが好きなのだが、いささかまぶしい。

ほだされながら三人を見ていると、気に食わなかったかアリサがかみついてくる。

 

「なによ?」

 

若干うなっているように見えるのは気のせいだろうか。

さっきの恥ずかしい言葉をまだ引きずっているらしく、警戒を解いてもらえない。

優しい子だとは知っているが、こうなるとなんかもう番犬のように見えてきた。アリサが多くの犬を飼ってるからだろうか?

 

「いやごめん、なんでもないよ、ありがとう。」

 

ラノベ主人公とかスゲーな、こういうときに歯の浮くようなこと言ってフラグ建てるんだろ?恥ずかしすぎるぞあれ、しれっと言って平静を保つのはちょっと無理だ。

 

「ほらアリサちゃん、天坂くん、早く行こ?のんびりしてたら案内する時間なくなっちゃうよ?」

 

なだめる意味合いもあるのかもしれないが、なのはが少し急かすようにそんなことを言ってくる。

実際その通りだ、こうして話してるのも楽しいが、案内してほしいのも大マジだからな。

 

「屋上で食べるのが気持ちよくて美味しいんだよ~」

 

すずかが心なしかのんびり言っているのを見ると、なんとなく早く行きたくなる。

 

「そうなんだ、それじゃあ期待しよっかな。」

 

「うん、じゃあいこー♪」

 

なのはの元気な掛け声とともに、俺は都市伝説とまで思っていた屋上昼食デビューするのだった。

 

 

そうして3人と一緒に移動しながら、遅まきながらアニメで見た時はベンチが3人で少し広く座ってピッタリ埋まるくらいの大きさだったことを思い出す。

これが高校生とかなら、飯を食わないとか学食でおにぎりだのパンだのを買って立って食べれば済むのだが、小学生だとそうもいかない。

 

かといって案内を頼んだ手前逃げることも出来ず、仕方ないので何か良い案がないか思考を巡らせてみる。

 

①なのは達の前で床に座って食べる。

 

1番気が楽な選択肢は間違いなくこれだ。というかこれにしたい。が、ナチュラルにそういうのを嫌うなのは、1人だけそういう風になってるのを見るのが嫌であろうすずか、なんだかんだ優しいからなんなら怒るまであるアリサが相手では多分却下される。

 

②3人が広く座って、なら4人になっても詰めれば行ける。

 

無理だ。物理的ではなく、心理的に無理だ。話すだけでも長引くと少し震えてくるくらいなのに、推し(ではないが好き)と密着するとかどうなるかわからない、俺が。心臓麻痺でもしそうだ。

 

③弁当を落として昼飯に当たらない素振りをしてみる

 

いいんじゃないかと思いかけたが、Noだ。これを実行すると、ないとは思う。ないとは思うが、おかずを分けられてしまう可能性がある。それも所謂あーんの形で。死ぬぞ、俺。

 

どう考えても詰みでは……とこの世の絶望に浸りつつも気持ち悪いオタクになってるなーと俯瞰的に自分を見つめているうちに、屋上に着いてしまう。

 

「あ、あそこ空いてるね。」

 

なのはの声を聞き、ワンチャンにかけて③の選択肢を取るか、と思いながら顔を上げると、確かに椅子があった。

ただ、なんか思っていたのと違う。4人くらい余裕を持って座れそうだ。

 

ありがたい。ありがたいのだが…これくらいで何かが変わっていることはないだろうとは思いつつ、他の席を見渡す。どれも同じくらいの広さだ。

俺の記憶違いか?それとも、こんな微細で、誰にも関わらないような点にまで変化は起きるのだろうか。

 

「ほら、ボサっとしてないでさっさと座る!学校の案内してほしいんでしょ?」

 

アリサに背を叩かれ、一旦考えるのは後回しにすることにする。

当たり前だが、この世界でなのはのアニメを見たりはできない。少なくとも現時点でそれが出来てしまうと、諸々おかしくなることもあるのだ。そのせいで確認できないのが悔やまれる。

 

右からすずか、アリサ、なのはと座り、なのはが隣を空けてくれたので1番左、なのはの隣に座る。

ああヤバい、俺今からなのは達と昼ご飯食べるのか…

正直、もうこれだけでお腹いっぱいなほど言葉にし難い感動を噛み締めていると、なのは達が弁当を開いたので俺も次いで開く。

ついでなので、声も揃えて。

 

「いただきます。」

 

内心はとても落ち着いたものではないが、転生して、主人公のはずのなのは達と関わっているにしては溶け込めている方ではないかな、と今のところの自分の行動を評価してみる。

 

「…将来かぁ…」

 

少し食べたところでタコさんウインナーを持ちながら、なのはがやや遠くを見るように呟く。さっきの授業のことだろうアニメで見た。

 

「アリサちゃんとすずかちゃんは、もう結構決まってるんだよね。」

 

……3人の会話に入るな、これは。気配を殺しておこう。俺は空気俺は空気……

 

「ウチはお父さんもお母さんも会社経営だし、いっぱい勉強して、ちゃんと跡を継がなきゃ…くらいだけど?」

 

「私は機械系が好きだから──」

 

すずかが柔らかな声で言ってから、小さくはむっとご飯を食べるのが可愛らしい。ロリコンなのか精神が小学生に引っ張られてるのかどっちだろう…後者であることを願う。

 

「──工学系で専門職がいいなぁ、と思ってるけど…」

 

アリサもすずかも、明確にやりたいこと、やるべきことを見つけているのに最後に『けど』と言ってしまうのは、漠然とした不安でも抱いているのだろうか?小学校低学年でそこまで見つけているのなら、むしろ大したものなのだが。

 

「そっかぁ…2人ともすごいよねー。」

 

「でも、なのはは喫茶翠屋の2代目じゃないの?」

 

「んー…」

 

肯定するようでぼかすようななのはの返事。あまり実感が持てていないのか?

 

「それも将来のビジョンの1つではあるんだけど…やりたいことは、何かあるような気もするんだけど、まだそれがなんなのかはっきりしないんだ。」

 

当たり前だ小学生。

……思わず沈黙をやめて突っ込んでしまいそうだった。しかし、これは本当に小学三年生の会話なのだろうか、何かが違う気がしてならない。

 

「私、特技も取り柄も、特にないし…」

 

…アニメでも思ってはいたけど、やっぱりなのははどこか自分を軽く見る自罰傾向があるように思える。別に悪いことしてないのにな。

 

「ばかちん!」

 

突然の大きな声になのはが目を丸くしながら顔を上げると、その頬に薄切りレモンが叩きつけられた。

ああ、アリサさん怒ってらっしゃる。まあこれは言いたくもなるわな。同じ世界に来てようやく実感できた。

 

「自分からそういうこと言うんじゃないの!」

 

「そうだよ、なのはちゃんにしかできないこときっとあるよ?」

 

「大体あんた、理数の成績はこのあたしよりいいじゃないの!」

 

ずびし!という効果音が聞こえてきそうな勢いでアリサがなのはを指さす。…ああ、今までは普通に設定として馴染んでたけど、この3人超優等生でしたね…小学生のうちは大丈夫だと思うけど、成長しても置き去りにならないように俺もちゃんとしなくちゃいけないな。

 

「それで取り柄がないとか、どの口が言うわけ?あぁ〜?」

 

口調だけ見たらちょっと不良っぽくて面白いなこのやり取り…

でもなのはが口引っ張られて何言ってるか分からなくなってるからそろそろ会話入った方が良さそうだ。体育も苦手って辺りまでは聞き取れたけど、オロオロしてるすずかが不憫だしな。

 

「なのは、アリサ、そういうのはここじゃやめよう。目立つって。」

 

「むっ…そういえばあんたはどうなの?将来のこととか。」

 

「あぅー…口がいひゃいよ…天坂くんのお父さんとお母さん、何してるの?」

 

時空管理局に入ろうと思ってます。

馬鹿正直に答えられるはずもない。まだ何も知らないただの子供なのだ。なので当たり障りなく誤魔化しておこう。

 

「親は何してるかよく知らないけど、海外飛び回ってるよ…アリサみたいに、ではないけど、俺にして欲しいことはあるみたいだから、それでいいかなって思ってる。」

 

「へー…」

 

すずかが返事をしてくれはするものの、3人ともいまいち伝わってなさそうだ。3人に比べて具体的なことは何一つ言えなかったからだろうか。普通はこんなもんだと思う。

とはいえ、それであんまり関わらないようにしようとか思われても困るので、一応の本心は言ってみよう。

 

「ただまあ、そうだな。何をするにしたって、人の役に立って、人を助けられるなら…俺はそれでいいんだよ。」

 

ここに関しては、本当に何一つ偽りはない。それは、転生なんてしてしまうほどに引っかかっていた俺の未練であり、望みだ。

少しくらいは伝わってくれたようで、今度は納得したような声を洩らしてくれた。

 

「やっぱり、なんか色々すごいんだね、天坂くん…」

 

ある程度未来を知った上で言ってると思えば情けない気もしてきたが、そう思って貰えるならそれに越したことはない。

 

話しているうちに、もう昼食も食べ終わった。手を合わせて軽くごちそうさまを口にして、ベンチから立ち上がる。

 

「別にそんなことないよ。それより、早速で悪いんだけど、学校の案内頼んでいい?」

 

「まっかせなさい。」

 

「あはは、お昼休みが終わる前に、早く行こっか。」

 

笑って受け入れてくれる3人を騙しているようで若干の心苦しさは覚えつつも、嬉しいものは嬉しいのでそれぞれの手荷物を持ち、みんなで校内を回ってお昼休みが終わった。

あとは昼の授業を済ませて…その後からが本番だ。

 

 

 

夕暮れ時、下校時刻を過ぎ赤く染まっていく空を軽く見やる。とりあえず3人が塾に行くまでの間、一緒にいさせてもらうことにした。ここまで来ている以上、出会いは変わらないと思うし問題はないだろう。

雑談に時折混ざりつつ歩き、散歩中の犬と飼い主の女性とすれ違い、かと思えば急に方向転換して犬が甲高い声で吠えてきた。

 

「BE QUIET!」

 

振り返って躾けるというか、もはや対抗する勢いで言うアリサが少し面白い。家に多くの犬を飼ってるだけあって、犬に関しては一家言あるのかもしれない。

ここは俺も「へぇ、おもしれー女」くらいは言うべきだろうか。

 

「あ、こっちこっち!ここを通ると塾までちょっと近道なんだ。」

 

「え?そうなの?」

 

馬鹿なことを考えているうちに少し進んだようで、アリサが先行して近道を教えている。人が行けないような所ではないが、あまり率先して寄り付きたい道には見えない。なのはとすずかも同様の感想を抱いたのか、疑問の声には僅かな躊躇いを感じる。

 

「ちょっと道悪いけどね。」

 

少しフォローするようにそんなことを言いながら先行するアリサを見て、なのはとすずかも歩き出す。

 

……そろそろ、始まりの出会いだ。

横に並ぶように歩きながら、なるべく注意深くなのはを観察する。ここは重要だ。俺の存在が、あまりにも大きな影響を及ぼしてしまわないか、これでわかる。

 

アリサとすずかが前を向いて進む中、なのはは辺りを見渡している。そしてはたと何かに気づいたように立ち止まった。

確か、なのははこの先出会う相手を…ユーノを、夢で見ていたはずだ。そうして見た記憶と、今居る場所を照合しているのだろう。

 

「どうしたの?」

「なのは?」

 

急に立ち止まったなのはを不自然に思ったのか、少し前に進んでいたアリサとすずかも立ち止まって振り返る。

大体わかってはいるが、もし歴史が変わっているなら別のことの可能性もある。一応聞いておくか。

 

「なのは、何かあった?」

 

「ぁ、ううん、なんでもない!ごめんごめん。」

 

「大丈夫?」

 

「うん。」

 

なのはが短い距離の小走りで前の2人に追いついたので、なのはとすずかが話している間に追いついておく。

 

「じゃあ行こ。」

 

アリサが先導するように言って、すずかと2人で先に進む。

なのははと言えばまだ疑問に思っているのか、あさっての方向を見て呟いていた。急かされる前に言っておこう。

 

「まさかね…」

 

「なのは、置いて…かれはしないだろうけど、離れるよ?」

 

「あ、うん!」

 

少しだけ小走りで、揃ってアリサとすずかに追いつく。

それからも2人は談笑しながら歩いているが、なのはは話にも入らず物思いに耽っているようだった。

静かなのは嫌いじゃないが、話さない空間というのは少し居心地が悪い。何か適当に話を振って待った方がいいだろうか…

 

 

────助けて。

 

 

なのはがはっと気づいたように顔を上げる。俺にも聞こえた。これからのことを思うと聞こえたこと自体悟られない方がいいので公に行動はできないが、一先ず最初のターニングポイントが変わった様子はないことに一安心だ。

 

「ん、なのは?」

 

また立ち止まったなのはに談笑していた2人も足を止める。

そりゃあ疑問にも思うだろう。何も無いところで友達が2回も突然足を止めたら。

そう思われていること自体が、なのはから見た疑問の答えなのだが。

 

「今、なにか聞こえなかった?」

 

「なにか…?」

 

「なんか、声みたいな。」

 

真面目に問うなのはの質問に、アリサとすずかが顔を見合わせる。

 

「別に…」

「聞こえなかった、かな?天坂くんは聞こえた?」

 

おっと、そりゃあ今は当事者なんだから俺も聞かれるか。

聞こえてはいた。聞こえてはいたが、ここでそれを答えると後々に響く。

 

「んー…いや、ごめん。アリサとすずか以外の声は、何も。」

 

それを聞くと、返事すらせず辺りを、今度は隈無く見るとばかりに見渡し始め。

 

────助けて!

 

2度目のその声が俺の頭の中に響いた直後、誰を待つこともなく、誰に言うこともなく走り出してしまった。

…俺が同じ立場だったらもっと疑いそうなものだが、小学生特有の行動力なのかなのはの性格なのか判断がつかない。

 

「なのは!」

「なのはちゃんっ?」

 

「追いかけよう。」

 

とりあえず止めることも急かすこともできない身としては、そんなことしか言えなかった。

それに追いつくのが早すぎるのも良くない。俺のは違うが、タイムトラベルなんて、制約だらけのロクでもないものだったんだな。

 

追いついたりはしないように気をつけた上で2人の前を走りながら、なのはの背中を捉え続ける。

なんとなく足が早い印象があったのだが、そうでもないようだ。むしろあっさり追いついてしまいそうで、アリサやすずかに気づかれないようにする方が大変に思える。そういえば体育も苦手って言ってたな。なのは自身がどこか抜いてるようにも見えるけど…

 

と、考えているうちになのはが立ち止まり、屈みだした。

きっと見つけたのだろう。つまり、俺の存在はこの出会いを歪めることはまるでなかった。それだけでも個人的には上々といったところだ。

 

「どうしたのよなのは!急に走り出して…」

 

「あっ、見て?動物…怪我してるみたい」

 

「う、うん。どうしよう?」

 

こんな場面ではあるが、子どもらしい動揺を見られたことに少し安心してしまう。病院、いやいや獣医さんとてんやわんやする3人を見ていると、大丈夫なのは知っているが口を出そうという気になってしまう。今は友達だから、それでいいだろう。

 

「誰か家の人に電話かけられる?近くの獣医さんがどこか聞いてみよう。教えてくれるか、調べてもらった方が確かだ。」

 

「そ、そうね。」

 

「ちょっと待って、私電話してみる。」

 

すずかが携帯を取り出して電話をかける。何気にこういう時の行動が早い子だ。正直なのはとアリサに引っ張られる子だと思っていたから、直接目にして印象が変わった。

 

1つ目の山場は超えた。ここからのなのは達と、俺自身が何をすべきか、そうすることで何が起きるのか。今のうちに考えておこう。




つづく。


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2話 不思議な出会いを見ることにした 後

続きです


すずかの家に連絡がつき、4人で最寄りの動物病院に足を運ぶ。

槙原動物病院。

そう看板にある。

とは言っても、なのはの腕に収まるフェレットがどの程度の容態なのかは聞くまでもなくもう知っていることなのだが。

ちょっとやそっと(とりあえず俺の存在の有無)で歴史が変わったりしないことはわかったが、それでも影響を与えないに越したことはない。犬以外の動物はあんまり得意じゃないことにして、なのは達が獣医さんに話を聞く間、俺は外で待たせてもらうことになった。

 

3人を待ちつつ、壁を背にして少し考えてみる。

今のところ、思っていたのと違うことは1つも起きていない。今のところ、と言うにはまだ時間が経っていなさ過ぎる気はするが、これは体感の問題だ。一応、常に歴史が変わってしまわないか気を配りながら行動していると気を張ってしまい、体感長く感じてしまうのだ。

 

これから起こること…なのはが魔法少女になること。まずそれは達成されると見ていい。

問題になるのはその後だ。

何をどうしても歴史に影響を出してしまう。いいや、元々それが目的だからそれ自体に問題はないが、それによってどう転ぶのか正確なところが全くわからない。

 

というか、未だにアニメで見た通りの展開になるとは決まっていない。俺が居るからな。

どこまでそのままで、どこから変わるのか。

どこから変えるのか。

転生者と言っても見知らぬ異世界じゃなく、自分の望む世界に転生するとここまで不自由するものなのか。

 

そうして考え込んでいると、動物病院の戸が開く音がしたので一度考え事を止めて振り返る。

 

「じゃあ院長先生、すみません、また明日来まーす!」

 

見送って手を振っている院長先生を横目で捉えつつ、出てきたなのはに声をかける。知ってはいたけど、あの様子ならとりあえず大丈夫そうだな。

 

「なのは、どうだった?」

 

「うーんと…しばらく安静にした方がいいから、とりあえず明日まで預かってくれるって」

 

「じゃあ明日からあの子どうするか…だけど、みんな塾なんだっけ。」

 

「うん、ごめんね?」

 

「ま、決まったら明日教えるわ。今ちょっと時間危ないし。」

 

続くアリサの言葉を聞いて、そりゃそうだろうと内心頷く。

 

「わかった。じゃあ…話して引き止めたりするのもなんだし、俺はここで。」

 

「うん、わかった!」

 

「またね、天坂くん。」

 

「また明日。」

 

別れの挨拶をしてから、時間がないからか心做し早足に見える3人を見送りながら、少し遅れて胸の内が熱くなってくる。

また明日、また明日か…なのは達が、俺に向けてそう言ってくれる。その事実だけでなんか泣きそうだ。

 

とはいえ、その場でただ立ち尽くしている訳にも、まさかこの場で泣く訳にもいくまい。魔法の練習なんかも視野に入れたいが、生憎ここはユーノのすぐ近くだ。刺激したくない。

結局、出した結論はそのまま踵を返して帰る、だった。

 

 

 

 

「…ただいま、っと。」

 

何事もない帰路につき、鍵を開け、暗い無人の家に帰ってくる。

当然応える声はない。夕暮れに少し朱く彩られた闇中に溶ける声に少し虚しくなりかけ、元々これが普通だと思い返す。

1日で絆されすぎでは……

 

真っ直ぐ部屋に行き、電気を点け、空白だけのノートを開く。

別に日記なんてメルヘンなものをつける訳じゃないが、似たようなものではあるんだろう。

というか小学生なら別に男女問わずメルヘンでもないか。

 

左のページに元々の歴史…アニメで見た通りの流れを書き起こし、右のページに今俺がこの世界で体験していることを記す。

記憶違いが一度でも起きたら、取り返しがつかなくなりかねない。長く一緒に居て記憶が混じる前に、今のうちに全話分左に書いておこう。A'sまでだけど。

 

合計が20を越える物語をペンで書く、というのも馬鹿にならない多さだ。書いているうちに日が落ちてくる。

今頃なのは達はあの逆作画崩壊と言われた辺りだろうか。

日が完全に落ち、街に夜が来たら動き出す時間だ。

良い子は家でぐっすりするかもしれないが、悪い子(子ですらない)には関係ないのだ。

 

しばらくしてから書き起す手を止め、外を見る。

すっかり日が落ち、時計を見やれば遅くない家はそろそろ夕飯を食べるような時間だ。多分なのは宅もここに含まれる。

そろそろ準備するか、と思いリビングに行って、適当に済まそうと思ったところでちゃんとした弁当が明日も要ることに思い至り、しょうがないので料理する。

 

出来上がったものを皿にのせて、机に乗せて座り、手を合わせる。

 

「いただきます。」

 

………………1人で言って食べるのって、思いの外虚しいな。

転生前は別にそんなこと思っていなかったと思うが、やっぱりこれ外見に引っ張られてないか?それともなのは達とお昼を食べたからか?

 

夕飯を終え、他諸々の作業を済ませ、風呂以外ならあとは寝るだけ、というところまで来たところで、脳が震えるような奇妙な感覚に覆われる。

さっきのユーノの声を聞いた時と同じ感覚だ。とすると間違いなく。

 

───聞こえますか。僕の声が─聴こえますか──?

 

やはり、だ。きっと、なのはも今聴いているのだろう。そしてユーノはそのなのはに伝える為にこうして念話している。

頭の中に直接響く声は、やはり1人に向けたメッセージを続ける。

 

───聞いてください、僕の声が聞こえるあなた─

───僕に少しだけ、力を貸してください──

 

───お願い─僕の所へ──!

───時間が─危険が、もう─!

 

そんな切羽詰まった声と不穏な言葉を最後に、その声は聞こえなくなってしまう。

同時に、精神的な疲労でも掛かったのか少しふらつき、ベッドに座ってしまう。そういえばなのはも最初こんな風になってたな。

 

確か名前は槙原動物病院、だったか。

なのはは今頃、ユーノが保護されるそこに向かう準備をしているだろう。家族の誰に言うことも無く。

そして同時に、動物病院の方は惨事になる筈だ。

 

だから、俺も行く。

あの出会いと始まりを、変えていないことを確認する義務がある。

 

最初から備えてはいたので着替える必要はなく、適当な上着を引っ掴み羽織る。

あとは自分の部屋の窓から下を見下ろして、少し待つ。

すると大した時間を挟むことなく、茶色い髪を短く2つに結った女の子が走って出ていくのが見えた。

上からでは少し見えにくいが、黄色と赤の明るい配色で上下を揃えたなのはだ。夜闇の中でよく目立つ。

 

それは白い上着の俺が言えたことでもないか。もう少しだけ待って、なのはが離れたであろうことを確認したところで俺も動き出す。

 

「行くぞ、クロッカス。」

《All right》

 

紫のデバイスが光る羽のようなもので羽ばたき飛んできたのを掴み、ポケット深くに突っ込む。

バレるリスクが高くなるが、万が一何か変わってしまった時の対処の為だ。

 

さっさと階段を降り、家を飛び出す。そこまで遠い場所でもないが、全力疾走ではなのはに追いつく可能性があるので抑えて走る。

走っているうち、ほんの少しだけだが足元が揺れてる気がした。何が起きてるかを知っているから、感覚が機敏になっているのかもしれない。

あるいはただの気のせいか。

 

槙原動物病院が視界に入ったところで、さっきまで見えていた深緑が倒れていくのが見えた。なのははともかく、どのみち近づき過ぎると俺の方は大怪我しかねない。

けど、あれが目に入ったってことはなのははもう敷地内だろう。しかもこの後逃げてくる。

 

見つからないように、尚且つこっちは向こうを見ていられるように先回りして走る。

ここまで来たら滞りなく進むだろう。普通に考えて、何事もなく終わるには帰っておくのが正しい選択だ。

が…

 

「(……最初の出会いの所、めちゃくちゃ見たいんだよな…)」

 

見たい。

出来ることなら出ていって立ち会いたいくらいだ。

ただ、それをするとなのはがこの先秘密にしておくつもりのことをアリサやすずかに先んじて俺だけが知って、しかもそれをなのはと共有してしまう。それは避けたい。

 

走った先の陰に隠れ、後ろを見る。遠目だが、明るい配色が建物の敷地から飛び出すのが見えた。腕には白く見える何かを抱えている。間違いない。

そのままこっちに走ってくる。多分、腕の中に居るフェレットと話しながら。

 

話しているせいか、なのはが立ち止まる。

しかし、そんな悠長にしていることを許さないと言うように、長い暗雲のようなものが旋回して、地上のなのはとユーノへと襲いかかる。

それなりの音を鳴らし、地面にクレーターらしいものが出来ていて、ほんの少し震えそうになる。

 

これがなのは達がこれから先向かい合い続ける危険かと思うと、流れも何もかも無視して止めたくなってしまう。

やっぱり気軽に背負ったなのはが異常だこれは。どう考えたって子供が向き合う危険じゃない。

 

当のなのはと言えば、電柱の陰でユーノから赤い宝玉…レイジングハートを受け取るところだった。

耳を済ませてみれば、ユーノはなのはへ、なのはは呪文を唱えるように虚空へ呟いているのが聞こえる。

告げる。

 

「我、使命を受けしものなり。」

「契約の下、その力を解き放て。」

「風は空に、星は天に。」

「そして、不屈の心は──この胸に!」

「この手に魔法を─!レイジングハート、セット・アップ!」

 

祝詞のような言葉を受け、赤い宝玉は輝く。仄かな桃色を帯びた白い閃光が天へ昇っていく。

正直俺にはわからないが、あれはなのはが持つ莫大な魔力の顕れなんだろうか。

 

光に気を取られてからもう一度なのはを見る。

だが、そこになのはの姿は見えなかった。虹色の輝きが護るように包んでいる。その輝きはさっきも見た桃の光へと変わり、柔らかな羽が空間を舞う。

 

光の中から現れたなのはは、先程までの2色の私服ではなく、眩しいほどの白に包まれていた。その手に握る杖の先には赤い宝玉がキラリと光る。

しかし、受ける印象は聖祥の制服に似ている。魔法少女としての姿を想像するに当たって、ベースにしたんだったか。

 

初めての魔法少女への転身に立ち会って、喜びで鳥肌が立ち震える一方で、なんとも言い難い感覚が残ってしまう。本当に止めなくて、この時点で変えなくて良かったのかと。

何を思ったところで時間は戻らないものだ。

だからまずは見守ろう。初めて魔法少女になってべらぼうに困惑してるなのはと、既に臨戦態勢になっている黒い龍のようなシルエットの化物の戦いを。

 

飛び上がった黒い影は、大きく丸い体躯をどう工夫することもなく、ただ単純な力で押し潰しに来るように突進をしかける。

そもそもの思考能力に欠けているんだろうけど、実際問題としてあの攻撃はあの体躯なら正解だ。反射神経が良い人間は普通に避けられそうだが。

 

ただ、今この瞬間では流石にまだ困惑を引きずっているのか、なのはは怯えて杖を掲げるだけだった。

それでも、突進が小さな子供を吹き飛ばすようなことは起きない。掲げられた杖、レイジングハートがバリアを張って防ぎ切った。

 

防がれた影は突破しようとぶつかり続けていたが、やがて耐えきれなくなったか炸裂四散してしまった。

炸裂した影は固まった泥のようで、壁、地面、電柱…とにかく近くにある物へと鋭く突き刺さる。

根元の方に刺さった電柱に至っては、自重を支えられなくなって、近くの家の塀へと倒れてしまった。

大怪我どころじゃ済まない。下手をすれば死ぬぞ、これ。

 

突然降って湧いた死へのリアリティに一瞬硬直する。

なのはと化物が戦っているのは、角で数えて1つ先の道。もしなのはがもう少し先、こっちまで逃げようものなら巻き込まれる。

流石にまた死ぬのは御免だぞ…

 

固形化した泥のようなものは身体の一部だったらしく、化物は触手のような物を伸ばし、それらを回収して元の形へ戻っていく。

その間になのはとユーノは、何かの話をしていた。確かここでしたのは、戦う為の魔法について、少しだけ詳しい説明だ。

当然待たれたりはしない。

突っ込んでくる化物を注視して、自分の印象を撤回した。

龍なんかじゃない、というか近い動物が浮かばない。まるで毛玉。黒を持て余してただその形を取っただけのような、簡素な毛玉だ。

 

それは飛び上がって、またしても泥のような触手をなのはへと伸ばす。

対するなのはは今まで目を瞑っていたのかと思えば、目を見開き、今度は自分の意思で杖を振り掲げた。

 

《Protection》

 

やはり触手が届くことはない。またしてもレイジングハートが張った…いいや、なのはが張ったバリアが容易くそれを防ぎ切った。

知ってはいたが、直接死にそうな被害を見てから、こうして直ぐに魔法を使うなのはを見ると流石に凄まじい度胸だと言わざるを得ない。

 

毛玉のような化物も僅かな理性はあるのか、或いは本能に近いのか。それを見て小さな狼狽を見せるも、すぐにまた跳ぶ。

が、なのははもうそんなことには拘泥していなかった。

 

「リリカル・マジカル!」

 

言葉を引き継ぐように、もしくは教えるように、フェレットのユーノが叫ぶ。

 

「封印すべきは忌まわしき器、ジュエルシード!」

 

「ジュエルシード、封印!」

 

レイジングハート、なのはの杖に、翼のような装飾が生まれる。

意趣返しにも思える光が毛玉へと伸び、こっちは防がれることなどあるはずもなく、その全身を縛り付ける。

縛り付けられた黒の頭部と思しき箇所には、『XXI』という文字が浮かんでいた。

 

「リリカル・マジカル、ジュエルシード、シリアル21──封印!」

 

新たに伸びていく光が交差する様相はまるで網だ。

が、封印と言ってもあからさまに捕獲する訳じゃない。その光は、毛玉を容赦なく突き貫き、消滅させてみせた。

 

終わってみれば、あっさりしたものだった。

それが居たはずの壊れた地面瓦礫の下に、石ころほどに小さな白光が見える。

 

「……あれがジュエルシード…」

 

なのはが歩み寄りレイジングハートを近づければ、ジュエルシードもまたレイジングハートに近づき、赤い宝玉の中へと吸収された。初めてのジュエルシード、その戦いは本来と何も変わることなく終えられた。俺の存在は、何一つとして影響を与えていないことに安堵する。

 

小さな溜息を吐きながら、ふと近くにある家の1つを見る。

と言うよりも、その窓を。

年の頃は俺達と同じくらいだろうか。黒く長い髪の少女が俺を見下ろしていた。

あんな子は知らない。リリカルなのはを見ていて、あんな女の子が出てきたことは一度もない。

訝しんでいると、サイレンの音が聞こえてくる。

 

「あっ」

 

思わず、さっきまで戦いがあった方を見る。

壁に電柱、地面…住宅そのものに被害がないのは最早奇跡と言っていい。そんな惨状。誰がどう見たって子どもにどうこうできる被害ではない。ない、のだが…

 

「……俺、もしかしてここに居ると大変アレなのでは…?」

 

ああ、そういえばなのはも全く同じこと呟いてたな…

そのなのはは誰に謝っているということもないのだろうが、謝罪の言葉を大きく言いながらもう逃げていた。

逃げないといけないと思いつつ、もう一度さっきの少女の方を見る。しかし、既にカーテンが締め切られていた上に、もう離れたのかシルエットを確認することさえ出来なかった。

 

「…しょうがない、とりあえず…俺は何もしてません、色々見送っちゃっただけですごめんなさい、と…」

 

南無南無、と合掌しておきながらこの場から逃げ、遠回りして家へ向かう。警察のご厄介になった挙句軽い問題児扱いなんかになったらたまったものではない。

それに、流石に少し落ち着いてからなのは達を追いかけると今度は見つかるかもしれない。そういった事情も重なり、直帰なのだった。




戦闘描写が苦手すぎる。
1ヶ月無料で今なら全話見れるから全人類U-NEXTでリリカルなのは見ろ。U-NEXTじゃなくてもいいけどリリカルなのはは見よう。


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3話 転生2日目で修羅場に陥った

2つに分けようと思ったけど、書いてから分ける内容じゃないなーと思ったから編集しました。実質的に内容は増えてないと言っていい。


新しい朝が来た。

 

結局あの後、高町なのはが魔法少女になるのを見届けてからなんやかんや直帰して、風呂に入って寝てしまった。

いやまあ、どうせあの後のなのはの行動は公園でユーノと話し、そのまま帰って高町家でユーノに関するお話と、なのはが夜遅くに1人で出歩いたことのお叱りなんかだから、俺が介入する余地なんかなかったのだが。

 

少し早くに起きたのが丁度いいので、机のなのはノート(A'sまでの流れを書いたノート)に向かい合い、2話に当たるページの右側に昨日の出来事を書く。

なのはが魔法少女になったこと…ではない。書きはするがクローズアップするほどじゃないんだ。

 

気になるのは、昨日俺を見下ろしてた少女。至極当たり前の話だが、この世界に生きてるのはなのは達リリカルなのはの主要人物だけじゃない。当然名も知らない一般人の方が多い。

あの女の子はその1人で、本来のストーリーに絡まないのにたまたま俺が認知した。それだけの話なのかもしれない。

 

しかし、モブっぽい登場人物が認知されることで物語に巻き込まれるような話もない訳じゃない。これのせいで戦いに巻き込まれるようになることも充分考えられる。

 

迂闊だった。なのは達と関わることで起こる歴史の改変には大分警戒していたけど、その方向の警戒はまるっきりしてなかった。

まあそこまで全部に警戒していたら何も出来なくなるから、これからも基本的には除外するけど。

 

 

メモを残しておき、1階に降りて適当な朝食を取ってから弁当を詰める。あとは鞄に諸々の準備を放り込んでから、俺自身の準備を済ませた。

白い制服、というのはやっぱり新鮮だ。

 

「ふぅ……今日も一日頑張るゾイ、と。いってきます。」

 

応える声はない。唯一答えてくれそうなクロッカスも、俺のポケットにしまい込んでいた。

家を出るとほぼ同時に、隣の家からもドアの開閉の音と明るそうな声がする。

 

「いってきまーす。」

 

丁度なのはと出るのが被るところだった。嬉しい偶然だが…正直気分の方は微妙だ。しかし、挨拶しない訳にはいかない。昨日から友達…友達だよな?友達って言っていいんだよな?そうじゃないならむしろこっちから声掛けるの怖いな……

我ながら卑屈な思考に陥りそうになっていると、幸いにして向こうから声をかけに来てくれた。どうやら友達かはわからないが、知り合い程度には判定してくれているようだ。

 

「おはよ。えっと……天坂君の家、隣だったんだね、ビックリ。」

 

「おはよう。こっちこそビックリだよ。なのはとお隣さんだったのか。」

 

自分でそうなるようにしていたが、説明できないので歩きながらすっとぼけておく。

…高町家は大きいし、2日目ということを差し引いても正直お隣さんという感じはあんまりない。

というか、今の会話の間に妙に違和感を感じたのはどうしてだろう。

 

「?…天坂君?なんか顔が険しいよ?」

 

表情に出ていたらしい。なのはがそんな俺を疑問に思ってやや覗き込むようにしてくる。

この…小学生とはいえ、こういう男子を勘違いさせるムーブは良くないと思う。これは俺が悪いんだけど。…いや違う、大人のはずの俺がなのはに勘違いしそうなことの方が問題なのかこれ。深く考えるとヤバい議題だこれは。

 

「い、いや、なんでもないよ。それより、そういえば今のが初めてだね。なのはが俺の名前を呼んだのって。」

明後日の方向に飛んだ思考の中で気づいた違和感の正体でどうにか自分の考えをさっきの話から逸らす。

なのははどうも、人の名前をよく呼ぶから昨日1日通して呼ばれたのが初めてなことは珍しい気がする。

 

「あれ?そうだっけ?」

 

「うん、そうだよ。」

 

なのはに名前を呼ばれてないことは忘れてても、なのはに名前を呼ばれていたら流石に覚えていると思う。我ながら結構好きだと思うから、自分を呼ばれてたら残るはずだ。ショックで飛ぶ可能性ならあるかもしれなかったが。

 

「(というか、下の名前で呼ばれないことも珍しいような…)」

 

「うーん……ごめん天坂君、やっぱり帝翔君って呼んでもいい?」

 

「ひゅおあっ」

 

思わず声が上ずった挙句になんか違う生き物の鳴き声みたいになってしまった。

いや、ダメだってこれは心臓バクバク言ってるぞ、しかも顔が熱い気がする……

言った本人は目を丸くして「今の何?」みたいな顔してるし。お前のせいだよと言いたい。

 

「い、いや、うううん、勿論いいよ。」

 

「な、なんか…ちょっと慌ててない?」

 

ヤバい、抜けきらないオタクの面が出て軽く引かれそうになっている。一度深呼吸を挟もう。

ふー…………。

 

「……うん、大丈夫。いいけどなんでいきなり?天坂君って呼んでから五分も経ってないよ?」

 

「んー…えっとね、なんか、人のことを苗字で呼ぶのってなんかあんまりしたくなくて。」

 

そりゃあ友達内どころかクロノもユーノも、リンディさんも全員名前に敬称でこれから呼ぶことになるからな。

納得いったがめちゃくちゃに慌てさせられたので、異議を申し立てたいがここでこれを言うのはただの自意識過剰だ。我慢。

 

「あ、バス来た。」

 

グッと堪えているとなのはがそう言い、顔を上げると聖祥行きのバスが来ていた。

先に乗り込むなのはに続きバスに乗って、後ろの方の席を見る。

今日は早めに行ったりしていたのか、アリサとすずかの姿はそこになかった。

 

「んっ、しょっと。」

 

隣合って座って、それから適当な雑談に興じて到着を待つ。

それから学校に着くまでとうとうユーノの話題が出ることはなかったが、なのはから話さないなら俺がほじくるよりもアリサとすずかと一緒に聞く方がいいんだろう。

 

学校に着き、バスから降りても何についてとか特に決めることなく話しながら教室までの道を歩く。

教室に入る時、中にとにかく目立つ金髪と、隣の紫の髪が目に入る。やっぱり先に登校していたようだ。

 

「おっはよー。」

「おはよ…。」

 

「なのは、帝翔、夕べの話聞いた?」

 

なのはと俺が合流するなり、僅かに焦っている…いいや、不安がるようにアリサが声を掛けてくる。

反対になのはの方はなんの話かとぽけっとしている。

 

「夕べ?」

 

「あー…なんか、事故だっけ。」

 

「うん、そうなの…昨日行った病院で事故か何かあったらしくて、壁が壊れちゃったんだって…」

 

「えっ、あれ昨日の所だったのか…」

 

「あのフェレットも無事かどうか心配で……」

 

不安な気持ちを押し殺すことも出来ず、アリサが胸を押さえている。そして、それに釣られるようにすずかもまた俯いてしまった。家にペットを飼っていることもあるんだろうけど、こういうところに2人の根っこの優しさが出ていると思う。

で、知っている人は。

 

「あ…えーとね、その件は、その……」

 

 

間。

 

 

話してる間、大体目を逸らしてたなのはが全て説明してくれた。知ってたけど。

 

「そっかー、無事でなのはの家に居るんだー!」

「でも、凄い偶然だったね〜、たまたま逃げ出したあの子と、道でばったり会うなんて。」

「「ねー♪」」

 

安心から顔を見合わせて上機嫌なアリサとすずか。

対面に絶対心の中で嘘はついてない本当のことも言ってないだけみたいなことを考えてる苦笑いのなのは。

絵面が妙に面白くて笑うのが苦手な俺でも軽く吹き出しそうだった。もはや耐えたことを褒めて欲しい。

 

…まあ、そんな苦笑いで誤魔化せるほど親友の目は甘くないよ。アリサもすずかも今は口に出さないけど、今のなのはの態度で何かあることくらいは勘づいてる。アニメのことがなくても、今ここに居る俺が何かを察してることに気づけるくらいにはな。

 

「あーそれでね?なんだかあの子、飼いフェレットじゃないみたいで、当分の間うちで預かることになったよー。」

 

「そうなんだ〜!」

 

「名前つけてあげなきゃ!もう決めてる?」

 

「あえてイタチとか名前つけてみる?」

 

「なんでそうなんのよ。フェレットでしょ?」

 

「ごめん冗談。蚊帳の外だったから軽くジョークでもって。で、なのは。名前決めてるの?」

 

「あ、うん!ユーノ君、って名前。」

 

「ユーノ君?」

 

「うん、ユーノ君。」

 

「へぇー!」

 

「…っと、もうそろそろチャイム鳴りそうだ。俺席に戻るよ。」

 

「あ、アタシもね。」

 

「わたしも〜」

 

そんな話をして、なのはの席に集まっていた俺とアリサ、すずかが散って、自分の席へと戻る。

…さっきのなのはの苦笑いで2人が勘づきだした時、一瞬雰囲気が不穏だったな。そういう目で見ていたから、そう見えただけかもしれないけど。

でも、その空気は好きじゃない。これからどうしていくか、気持ちとも向き合わないといけないと、窓の外の青空を見上げると同時に、1日の始まりを告げるような鐘の音が鳴るのだった。

 

 

気づけば最後のチャイムが鳴っていた。

一応聞いてはいるけど、小学校の授業って今になって聞くようなことがあんまり多くない上に短いからすぐに終わってるように思えるな…

疲れを体現するように伸びをするなのはのツインテールの片方を悪戯で引っ張って遊ぶアリサを見て笑い流し、美しい海沿いに歩いて帰路に着く。

 

なのはは今、きっとユーノと心の中で話している。なのはがレイジングハートを持った今、何を話しているのか正確にはもうわからない。ただ、今そうしながらアリサとすずかにそれを秘密にしていることが、これからを知っていても傍目に不安だった。

 

まるっきり豪邸の月村家にすずかを送り届け、今日日テレビでも中々見ないようなあからさまに金持ちな黒長い車に乗るアリサを見送り、2人になっても何かを話すことはない。

俺から話しかけるようなことはないし、なのはは今ユーノと話しているはずだ。

 

 

──ふと、空気が変わる。

形容しがたい感覚だ。むしろその感覚そのものに直接違和感をぶん投げてくるような、そんな奇怪なもの。

今この感じを共有できるのはなのはただ1人だけだが、それを言ったりはできない。

通行人のおっさんにぶつかりそうななのはを軽く引っ張って避けさせ、あくまでも普通に声をかける。

 

「なのは、ボーッとしたら危ないよ。」

 

「あっ…うん、ありがとう。…………」

 

そのまま黙り込むなのはが険しい顔になっていくのを見て、この先の展開を思い出す。

2つ目のジュエルシードだ。同行できないのがもどかしいが、また後をつけようと、そう思った時。

 

昨日の少女が居た。

昨日と何一つ変わらない…今度は物陰から同じ高さで、だからこそわかる妙に冷たい目で、俺達を見ていた。

 

「ごめん帝翔君、私行くとこあるから!」

「……大丈夫、こっちも今出来たから。」

 

なのはが言いながら走り出すのに頷き、もう一度そちらを向くと少女は物陰の奥へと身を引く。

けど、流石にこうなったら追わない訳にはいかない。あれがもし俺の出した影響で関わり始めるなら、俺が何とかしておく義務がある。なのはとは逆方向、人が大勢通る街の中、俺は少女の居た方へと走る。

 

物陰…と言うより近いのは路地か。その奥へと去り、先に続く道路に姿を消す少女のほんの少し見かけて、疲れてもないのに息が詰まるかと思った。

長く翻った、特徴的な白い制服。間違いなく聖祥の初等部…俺達と同じ小学校の制服だ。

よりにもよって、同じ学校から歴史の影響者を出しちまったか…!

 

昨日感じた軽い命の危機以上に焦っていた。ただ俺が居るだけでさえどれだけの影響が出るかわからず慎重になっているのに、何者か全く分からない奴まで勘定に入れるなんて流石に無理だ。せめてどこの誰かくらいは知らないと…!

 

もはやなりふり構ってはいられない。最悪転身することまで視野に入れて、ポケットからクロッカスを引き抜き握り締め路地裏を駆ける。あの少女が逃げた先の道へ。

 

しかし、広がっていたのは何ら変わりのない日常。人が通る歩道に、車が走っている道路だった。

正面は道路、車が行き交っている上に向こうも似たような歩道。わざわざ行くことはないだろう。なら、逃げたのは左右と見ていい。

 

せめて後ろ姿が少しでも見えたら、追いかける方向を決められるのに。そう思いながら目をさらにして左右を見渡す。聖祥の制服だけでも──

 

「高町なのはから手を引きなさい。」

 

───後ろっ!?

 

「っ!」

 

反応が遅れながらも振り返ろうとすると、背中に鈍痛と圧力を覚える。飛び出しながら中途半端に振り向く俺の視界で捉えられたのは、冷たい目で蹴りの姿勢の少女。そしてその少女が身を包むようなサイバーラインが僅かに目に入っただけだった。

 

それ以上は、耳障りなクラクションと共に意識持っていった車が支配してしまう。

 

「っ──…クロッカス!」

《All right》

 

視界が大きく揺れ動く。地に足つかない生活ってこういうことか。なるほど御免だと、ふざけた思考が瞬間に駆け巡る程度には余裕があるが、所詮は子供の体躯。咄嗟に握りこんでいたクロッカスが防護してくれたが、吹っ飛ぶくらいはしておかないとかえって不自然だ。

そうして宙を舞い、道路に転ばされる。

 

「い…ってぇ……」

 

転んだ時に擦り傷でもしたか。微かな痛みを膝に覚えつつ辺りを見やる。左右にも、路地裏にも…あの少女、いや、危険人物の姿はなかった。あの野郎…クロッカスの展開が遅れてたら、本当に死にかねないぞ、今の。

 

「リリカルなのはらしくないガチの殺人行為仕掛けて来やがって…なんだあいつ……」

 

軽い目眩を覚えながら起き上がり、今しがた俺を吹っ飛ばした車を見る。防護魔法で凹ませたりしてなければいいが……こんな高そうなくる…ま……

 

「…あれ?この黒い車って確か……」

 

「ちょっとアンタ!大じょう…帝翔!?」

 

頭の中で思い浮かべた人物─アリサ・バニングスその人が後部座席から出てきて駆け寄ってきた。隣には運転手だったのだろうか、使用人のような印象を受ける白がかった髪と、相応に歳のいった男性が付き添っている。

 

「ああ、アリサ、さっきぶり……」

 

「さっきぶりじゃないでしょ!この、こんな…どうしたのこれ!?」

 

かなり狼狽してるなこれ……大人の人の方とまず話そう。

 

「申し訳ありません、こちらの注意が…」

 

それはおかしい。蹴り出されたとはいえ、あっちから見たら俺は避けようがないいきなりの飛び出しをしてきた子供のはずだ。絶対に印象は良くないどころか、最初の一発目から荒れ狂うほど怒られても文句は言えない。

 

「いえ、そんな訳ないです。飛び出したのはこちらですし…こちらこそ、こんなことにしてしまってすみません…怪我とか、そういうのは大丈夫ですからお気遣いなく…」

 

「んな訳ないでしょーが!病院行くわよ病院!」

 

アリサの一声にどうしたものかと迷いかけると、あっという間にアリサに後部座席に連れ込まれ、さっきの男性が野次馬になりそうなところに会釈して運転席に乗り込み、そのまま車を発進させてしまった。

拒否権は、と問いたいが、流石に状況が状況だけに、これはそんなことを言ってられなかった。

 

 

 

 

 

一先ずアリサに強制連行されての病院送り、検査を終え、ついでに警察どうこうの話は大体向こうに任せておく。

怪我は膝の擦り傷だけ、他は大きい怪我も後遺症も特になし、結果としては走って転んで擦りむいたレベルの怪我しかなかった。

 

『当たっておいてなんですが、あの衝突でこんな怪我とは……』

『あ、当たり所が良かったんじゃないですかねぇ?は、はは、ははは……』

『このくらいの年の子なら、体重がとても軽いのでそのお陰でぶつかって、吹っ飛んで落ちたりしても大怪我がない、というのはたまにありますね。』

『なるほど……』

『(そんなことあるのか助かった……)』

 

みたいなやり取りがあって、魔法がバレないかヒヤヒヤしたものだ。とりあえず車の方にも傷らしい傷はなかったから、俺としてはもうオールオッケー。

なん、だ、けど……

 

「……………。」

 

病院外のベンチ。ムスッとした表情のアリサが視界を埋めている。大層ご立腹らしい。

さて、これ、何に対して怒ってるかしっかり当てないと大爆発コースな気がするぞ…出会って2日目にしてもう取り返しのつかない失敗とか流石に遠慮したい…

 

「…………………。」

 

事故に遭ったこと…じゃないな。飛び出したこと?これは有り得る。いや待て、飛び出したのは俺のせいじゃないし、そもそも今回のこれについて俺には落ち度はないはずだ。昨日の晩初めて見て、今日いきなり後ろから蹴られたんだぞ。心当たりも全くない。流石にそれで怒られるのは不条理だ。

とはいえ、向こう視点なら悪いのは全面的に俺だ。そこは納得出来る。

 

ならまずはそれを説明するためにも一旦落ち着いてもらわないといけない。問題はどうやってか、だがこういうことについて俺は聡くない。であればこういう時にこそ頼るべきは科学の力。理論でどうにかしよう。

怒りを抑える為には…そもそも、理論的に、どうして怒っているのかを解析するなら……

 

………カルシウム、だな?

 

「…アリサ、牛乳飲む?」

「な・ん・で・そうなる訳ぇー!」

 

怒られた。

それはもう、怒涛の勢いで。

 

 

閑話休題。

 

 

一通りお怒りのアリサの言葉を受け止め、落ち着かせることに成功した俺は事故による影響自体は特になかったので、運転してた男に謝り倒した後にそのままその車で家まで送られることになった。事故を起こした車で送られるのも妙な気分だが、考え事をしたかったので厚意に甘えさせてもらった。

 

ついでに警察にも色々聞かれたりしたが、結局俺の不注意ってことにして穏当に済ませてもらった。聖祥から殺人未遂が出た、なんてことになったら、今ここにいる俺達はともかく、これから先の転校生が来れなくなるかもしれないから。

 

隣の席に座るアリサを横目で捉えつつ、思い出す。

 

『…じゃあ、アンタは誰かに蹴られて、そのせいでぶつかっちゃったのよね?』

 

『そういうことになるね。』

 

『相手はわからないの?』

 

『さっぱり、って程でもない。確信がある訳でもないけど。』

 

俺自身の事情で、警察には頼れなくなってしまった。だから、俺の手でどうにかするしかない。

しかし、俺の今の気分を現すのは不安とかではなく怒りだった。

 

チラッと見えたあの姿から想像出来るものが間違ってなければ確定だが、そうでなくても、だ。

原作には登場しない少女。

『高町なのはから手を引きなさい』という言葉。

それに明確に俺を狙った殺人行為。

 

「(……あの女神、ちゃんと説明しておけよ。俺以外にも転生者が居るとか聞いてないぞ。)」

 

考えてみれば、当たり前なのかもしれない。想いがどうとか後悔が云々とか、そういった条件を踏まえるにそもそも転生者自体きっとそう多くは出てこないんだ。

しかもそこから同じ世界を選ぶ、となったらもっと減ることだろう。多分それなりにレアなケースなのだろう、説明を忘れたとしてもおかしくはない。

 

とはいえこっちはそれで全く警戒してなかったせいで死にかけたことを思うと、流石に少しは悪態をつきたくなるというものだ。

 

「………はぁ…」

 

重い気分に引っ張られ、つい大きな溜息を吐いてしまう。

すると、気を遣ってでもいてくれたのかすぐにアリサが声をかけてきてくれた。

 

「どうしたの?…やっぱり、どこか痛い?」

 

「自己申告ならともかく、お医者さんが大丈夫って言ってたんだから信じなよ……いや、その、なんというか…」

 

「む、なぁによ、ハッキリ言いなさいってば。」

 

「あー……ごめん、やっぱり暗い話だからパスで。」

 

ただでさえイラつき顔なアリサが余計にしかめっ面になっていくのを見るのは、あんまり気分の良いものじゃない。

転生周りのことはどうせ相談できない、しかも殺されまでする謂れはないのに殺されかけたなんて話をしたら、アリサの気分まで落ちてしまう。それは嫌なんだよ。

 

「そんなことどうでもいいでしょ。もう友達なんだから、ちょっとくらいは話しなさいよ。…それに、蹴ったのはそいつでも跳ねちゃったのはウチだし…」

 

でも、そのアリサの方は俺の懸念事をそんなことと一蹴した挙句、狡い言い方をする。アリサに責任はない。あそこに居たのがアリサのせいだとでも言いだしそうな勢いだが、アリサの家以外に跳ねられた可能性の方が高いくらいだ。それを思えば、感謝すらしてもいいのに。

何よりも、友達と。

そう断言してくれた。

それが何よりも嬉しく、昨日別れた時のように胸が熱くなる。

 

話せないことは多いけど、それでも少しくらいは口に出して相談してみようか。その結果何か変わるとしても、俺はもう、早くもその覚悟を決めなきゃならないのかもしれない。

……しかし、小学3年生と話してる感じはしないな、これ。

 

「アリサって、思ってたより馬鹿なんだな。」

「はぁ!?」

 

ああ、第一声からこれだよ。救いようがないな俺って人間は。

口に出してから後悔したとて、今の言葉が取り消される訳じゃない。当然、いきなり馬鹿呼ばわりされてまたしても怒りの形相に変わっていくアリサの機嫌が直ってくれるわけもない。

今にも噛みつきそうなアリサをどうどうとなだめると、ここが車の中だからか、それとも事故のことを気にしているのか、意外にあっさりと話しを聞く態度に落ち着いてくれる。

…前者の理由ならともかく後者の理由であれば、そういうところが馬鹿だと言うのに。

 

「…で、それどういう意味?言っとくけど、それによってはアタシ普通に怒るからね?」

 

「だってそうじゃないか?何を思ってるのかよくわからないけど、どう考えたってこの車が俺を跳ねたことに関してはアリサの家も、もちろんアリサも悪くない。アリサが責任を感じるのは筋が通らないって。」

 

「む…」

 

何か言いたげではあるが、流石に優等生。理屈の上では俺の言い分が正しいことはわかってくれたらしい。それでも感情と合わせて全然割り切れず、頭を煮えたぎらせてしまう姿が、ようやく見えた年相応の振る舞いのように思える。

 

「いじめられる方にも原因があったなんて言わせない。誰でもわかる簡単な話だけど、そんなのやったほうが悪いに決まってる。だからアリサは罪悪感とか背負わなくていいんだ。──ただ、そういう酷いやつが居るんだって一緒に怒って、ついでにその後で一緒に甘いおやつでも食べてくれれば、言うことないかな。」

 

我ながらちょっと決まった、と思いながらアリサを見ると少し…いやかなりポカンと、何を言っているんだろうみたいな顔をしていた。

……これはひょっとして、決まったどころかめちゃくちゃかっこ悪い?勝手に一人で盛り上がって、らしくもなく饒舌になった挙句に見当違いのかっこつけた台詞言ってた?

内心冷や汗をかきつつも平静を取り繕いアリサの様子を伺っていると、おかしいものを見ていたような表情は崩れ、今度は本当におかしいものを見たように笑い始めた。

 

「あっはははは!なにそれ、変なの」

 

これはどういう笑いだ?笑ってくれてるのかただ笑われてるだけなのかどっちだ?

 

「はー、全然顔は変わらないくせにこういう時にはよくしゃべるのねアンタって。」

 

「顔変わらないのは今関係ないだろ…」

 

「でもそーね、確かに帝翔が事故に遭ったのだって帝翔は悪くないし、というかその蹴っ飛ばしたやつ以外悪くないものね。楽になったかも。」

 

「そ、そうだろ?」

 

あまりにも心臓に悪い一瞬を経てアリサが見せる笑顔を見て情けないことに割と心底から安心してしまう。大の大人が赤の他人の小学生の笑顔に心からほっとするなんてどうなんだ。

いや、違うか。赤の他人じゃないんだ。

 

「…友達、か。」

 

「それがどうかしたの?」

 

「いや全然。しかし、なんかアリサと話してるとあんまり小学生と話してる感じしないな。」

 

「なんでそんなにアンタは小学生じゃないみたいな言い方してるのよ。」

 

心臓に悪いどころか心臓が跳ねた気がした。

いや、これはどう考えても俺のヘマなのだが、それにしたってツッコミの入れ方だよ。むしろ少しは笑ってくれよ。怖い。

 

「って言っても、実はアタシもそんな感じのことは思ってたのよね。パパとママ…とは違うけどなのはとすずかとも、うちのクラスの男子ともなんか違うっていうか…んー……」

 

いくらなんでも勘が良すぎないか。それとも俺の子供の振る舞いそこまでへたくそだったのか?でも考えてみれば子供らしい振る舞いはしていなかったな。

まして相手は小学生、中学生が大人に見え、高校生ならもはや雲の上みたいに見える時期だ。そう考えると俺の振る舞いに違和感を抱くのはある種当然なのかもしれない。

 

「家族の影響かな…子供っぽくないみたいなことはよく言われるんだ。」

 

「あ、そうなんだ。家族って、昨日海外に行ってるって言ってた?」

 

「あー……いや、親じゃない。姉弟、というか姉かな。そっちも今はいないんだけど。」

 

うん、嘘はついてない。『ここにはいない』のは事実だ。そもそもどこにいるんだかわからないヤバい姉だったから、仮に転生なんてしてなくても同じことを言えるのだが。

 

「ふーん、どんな人?」

 

「どんな人…強いて言うなら天才とか、超人とかそういうのかな。どうもあれには、どんなことをやっても勝てない気がする。得意なこととか大抵姉の方が得意だからな……」

 

「へー…あれ?帝翔って今誰と暮らしてるの?」

 

「え、一人だけど。」

 

言ってからやってしまったと気づく。今の俺は小学3年生、一人暮らしがこの上なく不自然な立場にある。となるとやっぱり。

 

「…アタシたちまだ三年生なんだけど?」

 

そう来るよな。うん、流石に一回流したい危なさだ。

折よく車の窓から見る外の景色が見覚えのあるものに戻ってきた。もうそろそろ家が近い。

 

「あ、すみません。俺ここまでで大丈夫です。」

「ちょっと、まだアタシの話」

 

流石に訝しんでるアリサを頷いてくれた運転手の人とのコミュニケーションをとる形でスルーしておく。ここは公園の近くか。軽く見上げてみると空が橙に落ちてきていた。どうやら事故周りの話をしているうちにかなり日が暮れてきていたようだ。

どうにか完全にスルーしたいが、それは義理に欠けるというものだ。ので、

 

「アリサ、その話は長くなりそうだし、また今度にしよう。すみません、色々とお時間取らせた上に送ってもらって。」

 

アリサに言ってから中にいる運転手の人に挨拶を済ませ、半分くらい無理やり帰宅の雰囲気を作り上げる。アリサもそれを汲み取ってくれたのか、聞こうとするのを諦め引いてくれた。

 

「そうね、もう時間もちょっと遅くなってきちゃったし。あ、帝翔。」

 

「なに?」

 

「一緒に怒ったから、後は甘いお菓子ね?なのはとすずかとお茶する時に誘うわね、それじゃ♪」

 

言うだけ言うと車のドアを閉め、すぐに発進する。

だというのに、俺の方はと言えばたっぷり10秒は車の後ろ姿を固まって眺めていた。

 

「………お茶会?」

 

なんだろう。普段の3人に溶け込むことにはさして抵抗はなくなったものの、お茶会の方はダメじゃないか?なんかこう、秘密の花園に土足で踏み込むようなものじゃないか?

未だかつてないほど男として生まれてきたことに後悔しつつ、ちょっと足が振るえるのを抑えて踵を返して帰路を辿る。

学校の昼食であんな気持ち悪くオタクになるのに、お茶会なんて行ったら死ぬんじゃないだろうか。殺されるのではなく、死ぬんじゃないだろうか。

物理的ではなく、精神的に。




事故の体重軽かったから怪我がほとんどなかったかもしれない、というのは筆者の実体験から来てます。ぶつかられた方で。


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4話 街の危険に向かうことにした・前

前話に追記編集入れたので、まだ見てない方はそっちからどうぞ。


日曜日の朝。

閉じた視界を光に埋め尽くされ、否が応でも目が覚める。意識はいまいち覚めないが、考えてれば覚めてくることだろう。

カーテンの隙間から差す朝日が煩わしく、閉じるか開くか悩んでから結局開いてなるべく意識を覚醒に向かわせることにする。ついでだから思考も回して起きるとしよう。

 

結局、事故に遭った、というか遭わされたあの日から、何事も起きず平和そのもので日常は過ぎていった。

殺されかけたことで少し印象が弱くなったが、早くもなのはと別行動になって今どうしているのかがわからなくなっている。そのうえ、アリサと仲良くなってしまった。

それ自体は嬉しいけど、そうなるのがこうも早いとこれから先の影響がないか不安なところだ。

 

机に置いてあるなのはノートを開き見る。

事実と照らし合わせるに、幸いなのはの行動はまだ把握してる範囲であり、アリサはそもそもまだなのはの秘密を知らないからどのみち簡単に歴史に踏み込むことはなさそうなことか。後者は希望的観測が多分に含まれてるが。

 

休みに入る前に、なのはとすずかにも一応事故に遭った話くらいはした。半分以上は注意喚起、というか同じことをさせないために軽く広めておくのが目的だ。次は見逃さないぞ、と。

だから、その相手がアリサのとこの車だったこと、そして悪意を持って遭わされたことは言っていない。

言えなかった、というのもある。

知っていればわかる、という前提がつく程度のものではあるが、ここ数日のなのはは傍目に見ても疲れているように思えたから、自己解決できることで心配をかけたくなかった。

昼は小学生、夜は魔法少女、夜の活動は休みなしとなれば、そりゃあ子供にはきついんだろう。

 

窓の外を見て、青空にはあまり似つかわしくない俺のデバイス、クロッカスを見て思う。

転校してきて…転生してきて大体1週間。未だに正体の掴めないイレギュラーな相手こそあったものの、それなりに馴染んできたんじゃないかと自己評価する。一方で、ストーリーに沿うようにしているのはあっても、馴染め過ぎているのではないかという危惧がないでもない。

もしこのまま、気づかないほど自然に未来が変わってしまったらどうしようかと常に考えてしまうのだ。

 

「はぁ…」

 

それでも願う未来があるのならやるしかない、とわかっていても大きな溜息が漏れる。

なのは達と一緒に過ごす日々それ自体は楽しいのが救いだ。今日も誘われてはいるしな。

友達として一緒にいることは苦じゃないし、眠気覚ましに欠伸をかみ殺して今日も行くかと身を伸ばす。

さて。

今日も1日頑張ろう。

 

 

 

 

 

なんかもう頑張りたくない。

朝の意気込みから即落ちもいいところだが、もうダウンしてしまった。

 

「どうしたの帝翔君?」

 

不思議そうに声をかけてくるなのはに大丈夫とサインを送りつつ、原因君なんですよと敬語で言いそうになる。

今日の約束はサッカー観戦。といってもプロの試合を観に行くとかそんな仰々しいものではなく、なのはの父親、高町士郎さんがコーチ、とオーナーもだったか。兼任で務めるサッカーチームの試合の日。

…名前が出てこない。なんだったか、確か…

 

「にしても、強いわよね翠屋JFC。」

「ね~、今日も勝ったらいいなぁ。」

「サンキューアリサ、すずか。」

「え?なんで帝翔がお礼?」

「?」

 

翠屋JFCだ。なのはの家が経営するお店、喫茶翠屋のチームか何かなのかもしれないが俺はよく知らない。

で、その試合を見に来ただけでどうしてこうも俺の気力が奪われているのかというと…

 

 

『お父さーん!』

『んー?おーなのは、それにみんなも、よく来てくれたね。…ん?知らない子が居るな。』

『あ、初めまして。天坂帝翔(あまさかていと)といいます。よろしくお願いします。』

『おや、これはご丁寧な挨拶をどうも。なのはの父の士郎と言う。なのはと仲良くしてやってくれ。』

 

 

丁寧に挨拶しつつも、可愛い娘にできた初めての男友達ということで軽い威圧が入った気がする。そんなことはないだろうとは思いつつもこの身体でガタイのいい大人と話すのって思ってたより疲れる。

自分でも信じられないことに、たったそれだけでめちゃくちゃ気力が持っていかれた。確かなのはの兄が凄まじい実力者だったはずだから、その系譜で本当に脅かされてたりしたらこうなるのも…いや、それならもっと酷いか。

 

応援席となるベンチには残念ながら(助かった)いつもの3人が座れる程度の大きさしかなかったので、仕方なく(本当に助かった)その横に立つ。行き場のない腕を組みながらもさっきのことを思い出し、また気力を吸われる気分で項垂れていると、我らがなのはのお父さんこと士郎さんと、相手チームのコーチらしき人の会話が聞こえてくる。

 

「さて、応援の席も埋まってきたようですし、そろそろ試合を始めますか。」

「ですな。」

 

サッカーねぇ…見に来ておいてなんだが、俺はこの手のスポーツはあまり好かない。

退屈な時間になりそうだ。

 

 

試合開始のホイッスルが鳴りフィールドのボールが転がると、外からの声援も入り始める。もちろん、こういう時3人の中でも一際強く楽しむのはアリサだ。かといって、ぱっと見内気そうに見えるすずかも声を出さない訳じゃない。二人とも同じくらいの声量で、楽しそうに声援を送っている。一瞬、このサッカーチームに入れば俺も応援してもらえるだろうかと真剣に検討してしまうくらいには。

 

ちなみになのははあんまり声を出していない。膝の上のユーノと話しているのだろう。

フィールドで鎬を削る2チームの試合も熱くなり、翠屋JFCが点を入れるとこっち側の応援席が大いに盛り上がる。向こうのシュートを止めた時なんて俺まで感心した。

…。

……。

…………。

 

 

 

試合は2-0で翠屋JFCの勝利。

試合が終われば歓声が上がり、思い思いの声が吐き出される。今日の俺は勝った方を応援していたからか、たくさんの嬉しい声がよく聞こえ、マネージャーの女の子がキーパー君とグッドサインをするのまで見えた。

かなり見入ってしまった…面白いわサッカー…思わず拍手しちゃうしいつもなら爆ぜろと思うグッドサインも見逃すくらいよかったわ…

そんなわけで試合も終わり士郎さんがチームを呼び集めていた。

 

「よーし、みんな良かったぞ!練習通りだ!」

「「「はい!」」」

「じゃ、勝ったお祝いに飯でも食うか!」

 

用意はいいかとばかりに腕を掲げ言われた台詞に、子供たちが歓喜の声を上げる。

よく運動した後は腹も減るよな、たくさん食べろよ子供たち。

 

 

 

ところ変わって、喫茶翠屋。

なのはの家、つまり高町家が営む喫茶店だ。内装もお洒落で、ケーキが美味しいとの評判は俺でも聞いたことがあるような地元で評判のお店というやつだが、今日は同じ服を着た少年たちで席を埋め尽くされていた。飯でも食うかとはここだったようだ。

 

で、俺たち4人はそんな喫茶翠屋の外でお茶していた。

 

「こう来たかー…」

「?」

 

ケーキを前にしたすずかがちょっと不思議そうな顔をしていたが、そんなものはすぐに消えてしまった。

差し当たっては、もっと別に気になることがあったのである。

テーブルの真ん中には小さく長い胴体。ご存知ユーノ君がアリサとすずかの視線を受け、なんとも言えない顔をしていた。

だからなんでなのはも同じ顔してるんだよ面白いな。

 

「それにしても、改めて見るとこの子フェレットとちょっと違わない?」

 

ぉおっと初っ端からアリサが核心ついてきた!

なのはからギクッ!という擬音が聞こえてくるかのようだ。

 

「そういえばそうかなぁ、動物病院の院長先生も変わった子だねって言ってたし。」

 

これはヤバい、みたいな感情がなのはの顔からかんたんに見て取れる。

今だけは笑うのが苦手な自分に感謝しよう。でなければここで爆笑した可能性も否定できない。

 

「あーええと、まあちょっと変わったフェレットってことで…ほらユーノ君、お手っ。」

「キュッ」

 

なんとか笑いと勢いで乗り切り、芸を見せたユーノにアリサが心底感嘆した声をあげる。

すずかに至ってはもうメロメロになってkawaiibotと化している。俺も正体知らなかったらアリサみたいな反応をしただろうな。

左右から挟み込まれ、撫でまわされるユーノがちょっと不憫だった。

 

と、そんな風にもみくちゃにされているユーノを眺めていた時だった。なのはがハッとこっちを見てくる。正確には、俺の背後。

お茶を飲みつつ横目で確認すると、サッカー組はもう解散だったようでさっきの試合で活躍していたキーパー君が歩いているのを見ている。

 

これが色恋の視線だったなら悪態をついていたところだが、知っている。次のジュエルシードはここだ。魔力でも感じ取ったか、それに僅かながらも勘づいているのだろう。

走ってきたマネージャーと話しながら去る二人を見ながら、俺が見てわかるくらいには表情が険しくなっている。確信よりは不安といった様相だが、それこそ俺よりわかりそうな仲良し勢はというと、

 

「はー面白かった、はいなのは。」

 

ユーノが目を回すまで延々と可愛がっていた。

気持ちはわかるけど手加減してやれよユーノダメになってるし差し出されたなのは困ってるじゃん。

 

「さて、じゃあアタシたちも解散?」

「うん、そうだね~」

 

下に置いていた手荷物を持つアリサに同じようにすずかも乗る。

 

「ん、今日は早いんだな。いつもこれくらい?」

 

「今日は二人とも、午後から用事あるんだよ。」

 

「そうなの、わたしはお姉ちゃんとお出かけ。」

 

「パパとお買い物!」

 

「いいね、月曜日にお話し聞かせてね?」

 

「なのはのついでに俺にも聞かせてくれると嬉しいです。」

 

「なにその口調…」

 

「お、みんなも解散か?」

 

そうこう話していると、俺達より…いや、男は俺だけなんだから俺よりか。一回りも二回りも低い声で話に入ってきたのは士郎さんだ。キーパー君が帰っていて、恐らくサッカー部の方は解散しているのだから娘の様子を見に来るのは当たり前の流れだ。

 

「あっ、お父さん!」

 

「今日はお誘いいただきまして、ありがとうございました!」

 

「今日の試合、かっこよかったです。」

 

アリサ、すずかと丁寧な挨拶をしている。

先に2人に挨拶とかしたいだろうし、一度流そう。俺と2人とじゃ親密さ全然違うからな。

というか士郎さん、流石に翠屋ではお客さんとして振る舞わないからエプロン着けて店側の人になってるな…

 

「ああ、アリサちゃんもすずかちゃんも、ありがとなー応援してくれて。」

 

「…凄く練習してるんですね、それに楽しそうでした。」

 

「お、そうかそうか。サッカーは楽しいぞー?えー…」

 

「天坂帝翔君、だよ?お父さん。」

 

「天坂帝翔君か、ごめんなー、すぐに覚えてやれなくて。」

 

「いえ、初対面ですし気にしてません。改めてよろしくお願いします。」

 

「しっかりしてるなぁ…はい、よろしく頼むよ。それで、皆帰るなら送っていこうか?」

 

頭を下げて挨拶すると少し感嘆したように返してくれる。こっちは第一印象のせいか正直今も緊張しっぱなしなのだが、そんなこと士郎さんに関係ないのでにこやかに俺…というよりはアリサとすずかに話しかけてくる。

 

「いえ、迎えに来てもらいますので。」

「同じくです!」

「近いので大丈夫です。」

 

「そっか。なのははどうするんだ?」

 

「んー…おうちに帰って、のんびりする!」

 

「そっか、父さんもうちに戻って一風呂浴びて、お仕事再開だ。一緒に帰るか?」

 

「うん!」

 

嬉しそうに返事するなのはを微笑んで見返す士郎さん。お姉さんとお出かけすることになってるすずかも、お父さんと買い物に行くらしいアリサも、3人揃って家族仲が良好なのを見ると少しばかりの寂しさを覚えないでもない。

 

転生モノではあまり見たことないような感覚だから忘れていた。この世界、今の俺に家族が居ないのは覚えていても、それに対し寂しさを覚えることになろうとは。だからといってどうにもならないし、どうにかしたいとも思わないが。

 

「(……そうなっても、やりたい事があるんじゃしょうがないよなぁ…)」

 

3人が席を立とうとしていたので、考え事を切り捨てて俺も立つ。どうにもならないことよりも、今からしなきゃならないことを考えよう。1つ目に考えておくべき動きは、多分ここからだからな。

 

「「じゃーねー!」」

「それじゃ。」

 

「またあした〜!」

 

アリサとすずかと一緒の帰路につき、手を振りあう3人を微笑ましく見守る。

 

いつものことだからかそれはすぐに終わり、俺だけがなのはと士郎さんを見ていると、2人もまた何か話しているようだった。距離と声の大きさで何も聞こえないが、和やかなそれはやはり家族故か。

 

一抹の寂しさは感じるが、それもすぐに気にならなくなる。

きっと、こんな感情よりも未練が大きかったから転生なんてしたのだろう。

だとすれば、なのはも、アリサもすずかも家族が大好きなのに対して、俺だけがどこか狂っているのかもしれなかった。




なんかしっくり来ないけど投稿するよ。


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4話 街の危険に向かうことにした・戦

つづき。


考える。

考える。

考える。

 

元々俺の考えていたやり方はどうだった。

何事もなく日々を過ごす、ではない。何事もないように日々をやり過ごす、だ。似ているが、この2つには大きな差がある。

前者であれば、そもそも魔法なんて必要としないのだ。そして、それによって起きる影響も考える必要がない。

一方、元々考えていた後者は、『未来をなるべく変えることなく、必要な時まで行動を起こさないこと』を目的とする。

 

つまり、俺は今まですぐに動かなければいけないとは全く考えていなかった。

状況が変わったのは、もう1人の転生者と思しきあの女の子が出てきてからだ。

 

条件が強い未練を遺して死んだとかいう中々キツいものであることを踏まえてもこの世界に転生してきたのが俺以外ではあの女1人とは限らないが、まずは目下の問題であるあの女を考慮しよう。

 

高町なのはから手を引け、という言葉からして、俺がなのは達と関わることを良しとはしていない。

気持ちはわかる。関わってる俺自身そう思うくらいだ。

問題なのはその良しとしていない、が下手すると死にかねないほどのものだということだ。

 

それも、事故に遭う瞬間の見間違いでなければ、向こうも確かに何らかの転生による恩恵を受けている。転生した者同士である以上どっちが上とかは流石に予想がつけられないが、ひとまず互角と考えよう。

 

時期が時期であることと、向こうがそもそもなのは達に関わることを良しとしないなら、恐らく実戦経験もほとんどない。お互い様だが、それだけでも一方的にやられる要素は1つ減った。

ただし、向こうは道路に蹴り出すくらいだから、なんなら俺が死んでもいいと考えている。

 

出来ることなら、そんな躊躇いのないおかしい奴は直接戦う以外の方法で遠ざけるべきだ。

そんな手段が、

 

「思いつかねー…………」

 

思わずベッドに身を投げ出す。

アリサとすずか、2人の迎えが来て帰ったのを見送ってすぐ、俺は自宅に帰ってきていた。

 

手段、手段か…正確に言うといくつかは思いついている。どれもこれも当初の思想と食い違うが。

しかし、俺自身命が懸かっていることを考えるともうそこは多少なり変えてしまった方がいいのかもしれない。目的を変えてしまう訳ではないし。

 

現時点で既に、俺は手をひけという言葉を無視してみんなと過ごしている。これだけでもきっと許し難いことだろう。つまり、1人で行動する時の俺の安全地帯はもはやほぼないと考えるべきだ。尾行されて家特定なんてされようものなら家までそうなる。

 

「……直接戦ってねじ伏せる、かぁ…?」

 

いまいち閃がなく、ボヤきながら持っていたなのはノートを閉じると同時に、脳が揺れるような感覚が来る。魔力を感じ取っている感覚、が多分これだ。そしてタイミングとしても間違いはない。ジュエルシードだ。

あのキーパー君が持っていた、今度は間違いなく、たくさんの人を危険に晒すジュエルシード。

 

「………。クロッカス。」

《Yes,master》

 

着替えていなかった服もそのままに、飛んでくるクロッカスを掴んで起き上がる。

同時に全身が、いいや近隣全てが揺れる。巨大な何かが身を起こそうとしているかのようだ。

 

得た者の願いを叶える力、ジュエルシード。

その叶える形は様々で、きっと使い方を間違えなければ本当に幸せを運ぶ宝石になり得るのだろう。

が、これは違う。こんな暴力的な振動が、キーパー君の願うものであるはずがない。

 

窓の外を見ようとすると、既になのはが走っていくのが見えた。

あの方向に向かうとなのはとぶつかるな…

 

階段を駆け下り、家を飛び出す。

まずは事態を一望するために、ひと目でわかる高い場所。

まあなのはが向かったのが1番大きなそれなのだが、俺は俺で別の所を目指す。

 

適当な建物を見繕い、その屋上に来てみれば事態はすぐに把握出来た。

というか、今まで把握出来なかったのが不思議なくらいだ。

その全貌は、一言で言えば歪んだ樹木。街で1番大きなビル、それを容易く凌駕するほど巨大で、歪んだ形のそれがそびえ立っている。街に根を張るような破壊を起こしながら。

 

つい飛び出してしまったが、確かこの先に犠牲らしい犠牲はなかったはずだ。

だから手を貸すようなことは特にない。

とはいえ…画面越しの脅威だったものを、今初めて現実のものとして認識した。

人が手にしたジュエルシードは、その力を使うつもりがなくともこれ程の力を発揮するのか。

 

「……ユーノが早く回収したがる訳だ…」

 

こんなもの、少しだって長く野放しにしておくべきものじゃない。

これからのことを知らなければ、俺だってなりふり構わなくなっていたかもしれない、そういうものだ。

 

とはいえ、やはり今回はわざわざ出てこなくても良かったな。

脅威の認識は大事ではあるが、危険と天秤にするほどじゃない。

空を駆ける薄桃の閃光を見ながらそう思う。

今のはサーチ、つまりこの街を囲むほど巨大なこの樹木の元となる部分を探していたのだろう。

 

程なくして、事態は収束する。

それを示すように、向かい側の1番大きなビルから、同じような色の光が見えた。閃光が樹木の一部分を掠めると、まるで街に破壊の爪痕を残したそれはまるで夢だったかのように霧散する。

空は夕暮れ。一日が終わりに向かうには、少しばかり街に瓦礫が多いように思える。

 

なのはは今回のジュエルシードがキーパー君であることに勘づいていた。

いずれにしろこれを未然に防ぐなんて、魔法少女であること以外はあくまで普通の小学3年生のなのはに出来たとは思えないのだが、それはそれ。自分がそれを出来る立場にいた、というだけでも罪悪感は覚えるだろう。

 

あまり引きずりこそしないが、今回の件で少し落ち込むことを知っている。どれくらいかは知っているが、今はちゃんとした友達である以上ちょっとだから良いかとはならない。

 

「……なのはの責任じゃないんだから、あんまり落ち込まなきゃいいんだけどな…」

 

 

「それはお前の気にすることじゃない。」

 

 

独り言のつもりで放たれた言葉に応える声。

話したことがある訳ではない。だが、鮮烈に印象に残る、それだけのことをしてきた主の声。

噂をすれば影が差す、とは聞くが、考え事の議題にしていただけでそうなるとは恐れ入る。

 

「……なんなんだ、殺したいほど俺が憎いのか、お前。」

 

振り返れば奴がいる。

逃げも隠れもせず、堂々と歩いてくる姿。学校がないからか今日は動きやすそうな私服らしい。やはり推察される歳は俺達、なのは達よりも2つほど上だろうか?

黒く長い髪を風に揺らし、大人びた表情に冷たい瞳を湛えながらじっとこちらを見つめている。

 

「憎い?お前が私に何かをした?」

 

いっそ無邪気に、不思議そうに聞き返してくる。

だからこそますます疑問だ。引き剥がそうとすることはあっても、初っ端から殺しに来られる謂れがない。

 

「…何もしてないよ。だからわからない。なんなんだお前。」

 

「私は警告した。一度目はどうせ生き残るだろうと踏んでいたし、死んでいたらそれはそれで構わなかった。」

 

質問には答えられない。代わりのように、あの事故の際の奴の意図を淡々と話してくる。

酷く、危うい。無表情で話すそいつを見て、俺が抱いたのはそんな感想だった。

 

「だというのに、お前は聞かなかった。なら直接手を下す。明日からの学校で、お前が席に着くことは無い。」

 

ただ一つ明確に伝わってきたことは、交渉だとか説得だとか、命乞いすらも聞き届ける気は毛頭ない、という強い意志だけ。そして、俺が感じたそれを裏付けるかのように懐から取り出したそれを見せつけてくる。

 

「…ベルカの魔法陣…?いや、それを模ったデバイスか。」

 

「そう、名前はエクスギアース。もう気づいてるんだろうけど、転生で私が手にした、私のデバイス。お前も聞いてるし、持ってるんでしょ?あの転生のシステムと、デバイスを。」

 

「……」

 

こんなことになるとは思っていなかったとはいえ、自分に関わることだ。ちゃんと聞いている。

確か、この転生は───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『バランスぅ?』

 

『はい、バランスです。』

 

期待していたような俺TUEEEEはありませんよ、と目の前の女神とやらは付け加える。

別にそこまでの期待はしていなかったのだが、そうはっきり言われると異世界転生に転生したらやりたい放題チートし放題、みたいなイメージを持っていた俺としては落胆する気持ちも否定できない。

 

『はー…で、それじゃあ転生って何ももらえずただ生きる世界が変わるだけなのか?』

 

『まさか。あなたみたいな人の未練が解消できないでしょうそれじゃ。』

 

『ごもっとも。じゃあどうするんだよ。』

 

『だから、バランスって言ってるじゃないですかばーか。』

 

『は?』

 

『転生者っていうのはいわば神様からの直接の使いです。その恩恵を自ら選んで授かれるんですから。では、仮にそれで転生して君臨したとしましょう。そこで元々生きて、己を研鑽していた人にとって、その存在はどうなんでしょうね?』

 

『……なんでそこまで強いのかわからないのに、そいつの努力全部無に帰すクソチート野郎、だな…』

 

なるほど、この女神の言いたいバランスって言葉の意味がわかってきた。チートを手にやりたい放題する異物、ではなくその世界に生きる人の一人になれ、ってことか。王ではなく民から始めて、欲しいこと、やりたいことは自分の力でつかみ取れ、と。

 

『いいな、理不尽は抑え目って感じで。』

 

『かといってあっけなく死んでも意図した未練解消できなくて本末転倒なので、転生先の世界においてバランスを崩して個人でめちゃくちゃにしたりはできないくらいのギリギリ「うーん、チート?か?」みたいなラインがあなたの貰える恩恵になります。』

 

『筋は通ってるな。神様のくせに。』

 

『神様なので、えらいのです。』

 

えっへん、と胸を張る女神はどうでもいいのでスルーして、肝心の内容を聞きたいところだ。

 

『で?俺はなのは世界でのどれくらいまでもらえる?』

 

『ご自分で好きな恩恵を選んで、上限まで授かれます。』

 

『上限?』

 

『装備スロットって知ってます?』

 

俗世に染まりすぎだろ神様。

 

 

 

 

 

 

 

 

考えるにアホな記憶が出てくるばかりだが、確かに転生上のシステムは説明されていた。決められたスロットの数に、総合的に受ける恩恵が5以下ならいい、とかそんなだったはずだ。

つまり、一応サイズ5まで恩恵を受けてる俺と、何をどれだけ貰ったかわからないあいつも、持っている力は互角な訳だ。

 

「一応聞きたいんだけど、和解の道は?俺にはお前と戦う理由全然ないんだけど。」

 

「ない。お前がなのはと関わり続ける限り、私はお前を敵と認識し続ける。嫌なら手を切りなさい。」

 

「………どんな信念、いや、未練を持ってここに転生してきたかは知らない。けど、お前がそれを理念に俺を殺そうとしてるなら、やっぱり俺には受け入れられない。」

 

もう隠す意味もない。というより、本気で殺しかねない相手の前でそんな余裕はない。ポケットから羽を携えて飛び出したクロッカスを掴み取り、見せつけるように突き出す。

 

「お前がそう行動するように、俺にも転生するだけの未練と、心底からやりたいと思うことがあるんだ。だから、ここは退いてやらないぞ。」

 

俺の言葉が、どれだけ受け止めてもらえたのかはわからない。それに、正直もう説得なんて諦めてる。だって、俺だったらどれだけ言葉を尽くして説得されてもきっとこれを止めたりなんかしないから。

同じように転生してきたあいつが、お互いのことを何も知らないのに口先で止まるはずがない。

 

ここから先はガチバトル。

初陣だ。

 

「………エクスギアース。」

「クロッカス!」

「「セットアップ!」」

 

転身、というのはどういった感覚なのか、気になってはいた。アニメなんかではよく長く変身バンクが入るが、実際にはどうなのか。自分で経験した時、本当にあれだけの時間が掛かるのか、それとも一瞬なのか。

 

答えは両方だった。

 

着ていた衣服はすでになく、代わりに俺が纏うのは紫紺のローブ。それに腕まで覆う左手のみの手甲、シュテルをイメージしたものだ。自分の姿は見えないが、今の俺は黒と紫紺の混じるダークカラーの魔導士になってるはずだ。この手に握る槍のような杖、転身に合わせて変化したクロッカスがそれを示す。

 

一つ一つの服が、転身したものに変わっていく感覚。体感的には長く思えたが、なんとなくわかる。これはほんの一瞬なんだ。

 

そして一瞬で済んだのは向こうも同じ。

彩やかな、夕陽の落ちていく今の時間によく似合い黄色く光るサイバーライン、ベースとなるスーツはパッと見ると薄黄色のセーターのような印象を受けるが、所々に見られる近未来的な装備と、何よりも手に持った剣…ヴァリアントザッパーがそんな平和な思考を吹き飛ばす。

 

車とぶつかる瞬間、確かに見えた光の線。間違いなんかじゃなかった。

疑う余地はない。

 

「システム、フォーミュラ…!」

 

元々存在するなのは世界の人間や管理局の人間の中で、未だ誰も経験したことのないテクノロジー。

しかし、あれが凄まじいものであり、気の抜けないものであると知っている。

 

「ええそう、魔法はあんまり使える機会も多くなさそうだったし、そもそも私はお前のような奴を殺そうと思ってここに居るから、もっと物理的に、確実に殺れる物が良かった。だからこそのこれ。」

 

「…確かにそれなら、練習とかなくても普通に剣とかで殺せるもんな…!」

 

迂闊だった。さあどうする、向こうは普通の喧嘩のようなやり方で充分俺を仕留められる一方で、俺は全く魔法の練習なんか出来てない。不思議と怖さはあまりないが、あまりにも単純に技術が足りない。

 

互いの間合いを測りかね、俺も奴も、1歩進んでは退く、といった探り合いが続く。

が、俺にとってこれは都合がいい。動かないうちは、まだ練習だ!

 

 

槍のような形状となった杖のクロッカスを薙ぐように振り、こうするのだろうと半ば確信して、己の意思で魔法を使う。

そして、それは俺の考えから寸分の狂いもなく複数の魔法の弾となって現れた。それは俺のすぐ傍を滞空し、

 

「俺を殺したいんだろ、だったらここは精々落ちるのを祈れ!」

 

それらで牽制しながら…それなりに高い、少なくとも人が落ちれば死は避けられない程度の建物から跳ぶ。

視界は別段変化してないはずなのだが、やや目まぐるしい変化を起こしているように思えるのは高い所から落ちようとしている為か。

 

「行け!」

 

重力に従い落下が始まる中、滞空させた弾を飛び降りる俺を追えずにいるあの女へと放つ。数は5つ、当たれば上々、止めれば目的通りだ。

だが、それを見送ってはいられない。既に物理法則によって加速し、地上へと近づくこの身体をどうにかしなければならないのだから。

 

《Master》

「わかってる!飛ぶ、飛ぶ──翔ぶ!」

 

力を得た絵空事は、現実へと変わる。

世界中、何の乗り物もなければ誰もが従う当たり前の引力を振り切ったような感覚。

新しい世界が拓けたとさえ錯覚するほどに、自由を感じた。

落ちるどころか昇っていく。俺は、空を飛んだ。

 

……後ろから普通にあの女飛んで追っかけてきてるな。

 

「俺の感動返せこの野郎!」

 

杖の矛先を追ってくる女に向けて、今度は少し強い光線をイメージする。

が、これはまずい。防がれるとか避けられるとかではなく、まずい。

そもそもの前提条件からして無理がある。あっちも素人とはいえこっちも素人、得ている恩恵は総合的には(恐らく)互角。つまり単純な強弱の舞台において、俺と奴は同等といえる。

だから、まずいのはそこじゃない。

 

「フォトンバスター!」

 

イメージを解き放つ。クロッカスの応える声を聞きながら、穂先をあの女へと。

大した威力ではないが、向こうは素人。追いかけては来ても、そこまで自由自在な空戦技術はないはずだ。当たれば勿論、避けられても僅かな時間は稼げるだろう。その間に少しでも早く、遠くに逃げてやり過ごさないと。

 

「アクセラレイター、オルタ。」

 

放った光が奴に届こうかという刹那───その姿が消失する。

そして、困惑している暇もなかった。どころか考えてもいない。

全身が総毛立つような危機感、ただの直感に全てを委ね、お辞儀するような体勢で背を丸める。

その直後に空を裂く鋭い一閃が俺の首があった箇所を通り過ぎる。いや、それ死ぬだろ!?

 

丸めた背筋を伸ばすこともできないうちに、剣が外れた合間を埋めるように思い切り蹴り飛ばされ叩き落される。

クロッカスの防護がちゃんと働いてくれたので墜落させられても大きなダメージは受けずに済んだ。

が、普通に蹴られた痛みはあるので、ズキズキ痛む背中を堪え立ち上がり空から睥睨するあの女を見上げる。

 

これだ、本当にまずいのは。

他の要素が互角である以上、俺達を分けるのは戦意、あるいは殺意と言っていい。

俺は奴を殺せない。奴は俺を殺しに来る。

俺がするのは撤退戦だが、奴がするのは正面からの殺人だ。まして互いに魔法を使っているのだから警察になど駆け込めるわけもない。

 

「……いっつ…手の内を隠している場合じゃなさそうだな…」

《I agree》

「しょうがない、一瞬だけやるぞクロッカス。」

《All right》

 

流石にあんなものまで持ち出されてはもう魔法を隠してはいられない。

 

「カウントショット。」

 

纏うローブによく似た色の小さな弾を生成する。質よりも量を。あのスピードを打ち崩す為の数を求めて。常に生成する弾は全て周りに滞空させ、奴を見ながらも心は研ぐ。

脅威的なのは、パワー以上に視界から消失するほどのスピード。あれをどうにかしないと、一回避けても二回斬られて二度目の人生おしまいだ。

 

「一度かわせるのか…けど、あれなら二回目で切り殺せる。アクセラレイターオルタ!」

 

何かを言っていたようだが、離れすぎて内容は聞き取れない。

だが、その全身から明るい光が噴き出ているのは見えた。剣が夕日に煌めくを見て、ゾッとする。

 

消失する。音すらも置き去りにして。

 

、斬

《Anticipation》



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4話 街の危険に向かうことにした・間

ノれなかったので短いまま気分転換投稿


微睡みの中、まるで手を引かれるように目を覚ます。

記憶が少し曖昧で、さっきまで自分が何をしていたのか、思い出すことができない。

だが、目の前には確かに見覚えのある相手が居る。

 

「…いう人は意識的であれ無意識的であれ、現世にまで影響を及ぼす何かになる可能性があるんです。」

 

転生の説明というか、一通りの説明をしてきたあの女神。

とするなら、また死んでしまったのだろうか?もしそうなら笑い話にもならない。何もなせず、何も出来ず、二度目の人生にあってなお一度目の未練を晴らすことさえできなかったのか。他人事ではなく自分事なら、せめて自分くらいは笑ってやるべきだろうか。

何はともあれ、とりあえず何があって今ここに居るのかはこの女神に聞くとしよう。

 

…と思ったのだが、どういうわけか口が動かない。

口だけでなく体も動かせない。極めつけには何も言っていないのに他人事のように自分の声が聞こえてくる。

どういうことだろうと考え、聞いているうちに妙な違和感を覚える。

 

「そういう人は危険があるので、一度それを発散してから改めて通常の転生のプロセスに入ろう、ということです。ですが、それは今いる現世で出来なかったからそうなっているので。」

 

この話、というか一連の会話、聞き覚え、いや身に覚えがある。

それに気づくと、途端に答えが見えた気がした。これは夢、それも明晰夢とかいうやつだろう。夢の中で明確な自意識を持つんだとか。

直近の一番刺激の大きかった出来事だから、夢に見ているんじゃないかと当たりをつける。

 

気づき思考すると、景色が遠ざかり始めた。

きっと夢から覚めるんだ。眠った覚えがないという点は解決されてないけど、それも起きれば周りを見て思い出せるはずだ。

今は憂いなく、目覚めることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

そうやって。

意識が連続していることからあまり寝ていた自覚を持てないままに、『私』は目を覚ます。

横になってはいるようだが、ベッドで寝ているにしてはやけに床が硬いな。

 

「君、君!…良かった、目が覚めたか。」

 

「ん、ん…?」

 

目が覚めたかはともかく、良かった?というか知らない男の声だ。何がどうなって

 

起き上がり、状況を確認しようと辺りを見渡し絶句する。

瓦礫だらけの地面、崩れた壁。どうしてすぐそこにある建物の多くが無事なのかの方が理解しがたい惨状は、意識が覚醒したばかりの『私』の頭を凍り付かせるには充分だった。

 

「驚いたよ、こんなところでひとりで倒れていたから大けがでもしたんじゃないかと。」

 

この状況ならそう思うのも無理はないが、どうでもいいのでザックリ無視する。

…そうだ、思い出してきた。あの時私は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アクセラレイター・オルタ!』

 

一度目を凌がれ、仕留め損ねはしたものの二度目を必殺と決め、あらゆるスペックを向上させ、目に見えないほどの速さで動き出す。向こうからは見えなくても、こっちからはそれなりに目が追い付いている。

地上から対峙し、見上げてくるあの男は自分の周りに弾を滞空させている。

 

確かに、すぐ側に置いていれば、このスピードでも多少の反撃には出られるかもしれない。けれど、私は勝利を確信していた。

既に私は奴の懐に飛び込んでいる。

弾も反応して動き出してはいても、当たるまでに2回は斬ることができる。勘は鋭いようだが、一度避けられても物理的に二度目はもうかわせないだろう。

 

だから。

避けられてもいいと思っていた一度目に度肝を抜かれることになろうとは思いもしなかった。

 

《Anticipation》

 

そんな声が聞こえると、錯覚ではなく。間違いなく。

あの男がいきなり私の方を見て。

──消えた。

そして間もなく、他の何に目をやる暇もなく鈍い痛みが脳を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これ以上の記憶が出てこない。換装していたから、頭だろうと一発殴られたりしたくらいで気絶するとは思えない。何かあったんじゃないかと思うが、思い出そうとすると頭がズキズキ痛くなってきた気がする。こうも痛むとやはり頭に何かあったのではないかと思う。

それで意識が落ちて、このお人好しそうなおじさんに拾われたというわけか。

…ルックスが悪いわけでもなく、怪しいおっさんというわけでもない。なのは世界に居ても違和感のない男モブって感じだな。いよいよどうでもいい。

 

「すみません、いきなりでビックリしてたみたいです。ご迷惑をおかけしました。」

 

「だ、大丈夫なのかい?」

 

「はい、別にケガはしてないのでご心配なく。では。」

 

半分押しのけるようにして立ち、さっさと歩くことにする。

少しそっけなかっただろうか?いや、どうでもいい相手だとさだめた以上、気にするのは時間の無駄だ。それよりも、どうして仕留められなかったのか、あの男がなんの魔法を使っていたのかを考えて、その対策を考える方が幾分有益だ。

警告は聞き入れなかった。

だから。

必ず殺すために。




実はこの女の子、名前が完全に決定してません。


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4話 街の危険に向かうことにした・後

三人称視点?的なやつ入れていきます。不評なら自分で気に入らない限りやめます。
あと転生パートは毎度のことながら雑です。個人的にどうでもいいと思ってそうですね。多分そのうち全部繋げた番外編の転生パート作ります。


天坂帝翔と未だ名前も知らぬ少女、2人の転生者が互いにそれが何かもわからないままに転生するほどに引きずった未練を抱えぶつかった末に、当の少女が意識を失った頃。

この世界において主人公と呼ぶべき少女、高町なのはとより関わる道を選んだ転生者、天坂帝翔は意識を失うことなく、自宅へと帰り着いていた。

だが、そこに思考はほとんどない。

帰巣本能、という言葉がある。

それは動物が持つ、自分の帰るべき場所に帰る本能。

もしかすると、天坂帝翔の足を動かしたのはそんな本能だったのかもしれない。そんなものがなくてはならないほど、少年となった者は追い詰められていた。

 

帰宅し、その扉が閉まりきるのも確認せず階段を駆け上がり、それこそ巣とも言うべき自分の部屋へと到着した彼が最初に行った行動は、ベッドに飛び乗り布団にくるまる、だった。

初めての魔法を使った戦いを終えた健常な少年とは凡そ遠く見える行動にも勿論理由はある。

というより、そこまでで限界が来た。

 

「………ぁぁぁあああああああああいってぇぇぇえぇえええぇえぇええええ!!!!!!」

 

胎児のように身を丸め、絶叫する。くるまり、埋め、外に漏れ出る声を出来るだけ押し殺す処置を取っても尚響き渡るような叫び。

だが、もし一連の戦いを全て観ていた誰かが居たならば、きっとこういうだろう。「そうはならないだろう」と。

だから、一度神の視点で見てみよう。どうして敗北したはずの少女が眠り、勝利したはずの少年が叫ぶことになったのか。

 

 

 

当然ながら、事の発端は天坂帝翔がこのリリカルなのはの世界へと転生する前まで遡る。

 

 

 

 

 

 

『…と、そういうわけですから、バランスについてはこちらで最初からある程度あうように調整されてますのであとはスロットに合うように恩恵を選んでください♪』

 

話しているうちに楽しくなってきたか、声色に変化が見られる金髪美女の女神が気軽に指を鳴らせば、黒一色に光だけがあった世界は一転、さながら電脳空間のような大量のスクリーンに囲まれた海の中に近くさえ思える世界へと変わる。

突然人を超えたそれに放り込まれた笑えない青年、天坂帝翔は溜息を一つ。

 

『このスクリーンが全部転生で得られるスキルってやつか、いよいよキャラメイクみたいになってきたな…』

 

げんなりしながらも、見たい思ったものが勝手に見やすい前まで下りてくるのを見て、思わず感嘆の声を漏らす。

人間は人間なので、便利なものには弱かった。

 

『名前に効果、横にあるのがスロットってやつか。』

 

『合計五つまでですがご自由にどうぞ。条件を言えば絞り込みもできますよ。こういう世界に行く人は結構最初にスロット5を見たりしますね。』

 

『炎熱変換に収束魔法、ベルカ式…いや待てやっぱゲームだろこれ。』

 

参加資格が強い未練を持って死ぬとか鬼畜かよ、と悪態すらつきながら、次々に見ていき、やがて思いついたように口にした。

 

『条件の絞り込みな…できるだけ、というか基本、魔法で人を傷つけないやつがいい。』

 

『あれ、魔法の世界に行くのに戦わないので?』

 

目まぐるしく動き、口にされた条件に従い変わってゆくスクリーンを見送りながら意外そうに尋ねる声は、前例からくるものだ。

故に、それを全く知らない天坂帝翔にとってはどうでもいい話だが、退屈でもあったか返答する。

 

『戦うよ、多分それなりの回数。…回復に修復、悪くはないけど戦いにくいな。』

 

『矛盾してますねぇ…』

 

『してないよ、何も。傷つけず、戦って救う。矛盾なんかない。……なぁ、この時間魔法、ってのは?なのはで見たことないぞ。』

 

『そういうものもあるということでしょう。効力を見ては?』

 

『無機物の逆行、停止、抑制に促進…有機物とか事象に対しても同じ感じか。いいな、これにする。…ん?有機物に先取り、ドクロマークあるな。それに生物には停止が効かない。』

 

『じゃあ最悪死にますね。』

 

『なんの為の転生だよっ!?』

 

『そういうのがいいという人間が結構いまして。まあ、名前から察するに未来の自分の力を借りて、体に負荷がかかる、とかそういうのでしょう。』

 

『ああ…色々腑に落ちたけど、それくらいならいいか。よっぽど変わらない限り使うこともないだろ。』

 

嗚呼、無常なりや人の思考。避けているつもりであっても、転生する前ですらフラグというものは生まれるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アクセラレイター・オルタ!』

 

いっそ儚いような薄黄色の輝きを纏い、剣を携えた少女は明確な殺意を持って、そして正しくこれを必殺と定め、躊躇いすら抱かずその剣を奮っていた。

そして、

 

《Anticipation》

 

天坂帝翔のデバイス、クロッカスがそう言い放ち、少女の意識はこの直後に途切れた。

だが、一方の帝翔はそうではなかった。

背後から、ぐらりと揺れる少女の頭に握った杖の先を向けていた。

 

『勝った…みたいだな。意識と思考の抑制、上手くいってよかった。何よりも先取りが、だけどな…』

 

少女にとってはにわかには信じがたいであろうことに、この時、この瞬間。

天坂帝翔は絶対的でさえあったその速さを超えていた。

Anticipation、つまりは先取り。

その魔法は、どれだけ先か、しかし確かに少女の必殺を超える力を授けたのだった。

ただし。

 

『…ぎっ、つ!?』

 

瞬間的に迸る、というよりはまるで全身を這い、同時に絞め上げたような恒久的な激痛に駆られる。

何の代償もなく、同格であり分野の違う相手と同じ舞台に立ち、相手の分野で、相手の切り札を凌駕する。そんなことが容易くまかり通るほど、世界は甘くできてはいなかった。それは、魔法という超常が存在するこの世界においても例外ではなく。

今回天坂帝翔が支払った代償は、全身に襲い掛かる今すぐにでも叫びだしたいほどの激痛。

 

『クロッ、カスっ、抑制頼む!』

《Yes master》

 

呼応するデバイスが形作る弾、光線と同色の紫の光を持つ魔法陣が足元に現れれば痛みに身悶えるような動作がやや収まりを見せ、落ち着きを取り戻す為の深呼吸を取る。

だがその表情に安堵の色はない。どころか冷や汗が引いていない。

それでもとまるで痛みから逃れるように、あるいはそれが戦いであるかのように口元を引き締め、自分の肉体を引きずるようにして歩きだす。

 

 

 

 

 

かくして、現在。

 

「あああああぁぁっぎ!ぐぅぅぅぅぅ…‼」

 

抑制していた痛みが降りかかったか、自宅はおろか近隣まで響き渡りそうなほどの絶叫を上げる天坂帝翔は慣れるはずもない痛みに身を駆られ続けた末に。

 

「か、ふっ…」

 

せめてもの自己防衛か、その意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

目が覚めてみると知らない天井だった。

…どこだここ。物凄い痛みくらいは覚えてるけど、病院か?その割にはなんというか、随分と家庭的な気がするが。

ともあれ、時間経過で消えるものなのか知らないが、とりあえず俺の身体にもうあの痛みはない。

時間魔法の抑制って、和らげるだけでなくならないしある程度経ったら効果が切れて元に戻るのか?だとしたら魔法すらも世知辛いな。

 

そんな風に考えながら軽い溜息を吐くと、

 

「あ、帝翔君起きた?」

 

聞き慣れた声に呼ばれた。

…いや待て。落ち着け俺。確かにここは俺の家じゃない。じゃないが、そんなことがあるのか?

恐る恐る、声がした方に振り向くと、そこにはやはりクラスメイト、というか友達で、この世界の主人公こと高町なのはがコップを持ってこちらに来ていた。

 

「はい、お水をどうぞ?」

 

「あ、うん、ありがとう。」

 

ありがとうじゃねぇよ。

あまりに自然に差し出されたのでつい普通に受け取ってしまった。

待て待てなんだこれ。どういう状況だ?

頭痛がしてきた気がして軽くこめかみを抑えてから改めてなのはを見る。

 

「?」

 

うん、いつものなのはだな可愛い。

じゃないんだよバーカ。

状況を整理しよう。

 

 

俺、意識が飛ぶ。

     ↓

起きたらそこになのはが居る。

     ↓

とうとうナニかやらかした?

 

 

……ふむ、なるほど。落ち着いて考えてみればどうということはない。

 

「帝翔君?いきなり立ったらまだ危ないと思うんだけど…どうしたの?」

 

「いや、ちょっと警察に自首しようかと…」

 

「え?な、なんで?」

 

「なんでってそりゃあ、なのはに…」

 

「私に?」

 

……この反応は何もないやつだ。俺が勝手にアホな誤解してるだけだ。

というか、なんで最初に思考が飛んだんだ心の底から馬鹿だろ俺死ねよ。

一回死んだからここに居るんだった。

 

「えーっと。帝翔君、ほんとに大丈夫?」

 

「ああ、ごめん、なんか今やっと冷静に…大丈夫?何が?」

 

大丈夫かなどと言われることをした覚えがない。

いや違う、そうじゃないな。

一線を越えた訳じゃないし、まして朝チュンでもない。そもそも知らない天井だと言っただろう。

加えて、高町家はお隣さんだ。だとすると、

 

「おお、目が覚めたか。」

 

聞いたばかりのはずだが、随分と久しぶりに聞くような気がする声に振り向いてみれば、ナイスガイなサッカーコーチこと高町士郎さんだ。

であるなら、ここは高町家と見て間違いないだろう。

問題は、俺がどうしてここにいるか、だ。といってもそれも大体わかってはいるが。確証はないから聞きはするけどな。

 

「こんばんはですなのはのお父さん。…すみません、俺、なんでここに居るかわからないんですけど…」

 

「ん、あー、天坂君?は寝ていたから知らないな。その様子なら大丈夫そうだけど、なんにしてもまずはごめんな。」

 

「?」

 

「えっとね、帝翔君。帝翔君のお家から凄い声っていうか、叫びみたいなのが聞こえたから様子を見に行ったんだ。そしたら鍵が開いてて…」

 

「どうするか考えたんだが、なのはが叫び声を聞いたって言うからもし一刻を争うようなら危ないと思って入ったら…」

 

「……俺の意識が飛んでた、と。」

 

「う、うん……。」

 

「で、勝手に入ってごめんな、って。」

 

「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしたようですみません。」

 

…なんで今なのはが目をそらした?

少なくともこれまで、俺はそれなりにいい感じの普通のキャラとしていたはずだ。別に勝手に家に入られたからといって、目を逸らされるほどのことはないはずだし、転生前と違って部屋にグッズがあるわけでもない。

引かれることなど何もないはずだ。

 

「いやー、それにしても驚いたよなぁ。中々なさそうな顔して気絶してたから何かと思ったのに何事もないときたもんだ。」

 

なのはがまた顔を逸らした。

いやまさか、まさかだよな。でも大事でなかった以上なくはなさそうだ。

とりあえずこの真偽を確かめる為には、士郎さんに居られるとちょっと都合が悪いな。かといってここは高町家で、士郎さんはその大黒柱だ。こっちから遠ざけられるはずもない。というかそんなことできる立場じゃない。

純粋な善意の下、助けてくれたという状況なのだから。

 

「天坂君。持病とかはあるかな?それとご両親は…」

 

「持病はないです。親は海外です。」

 

「海外?じゃあ家に他に人は、」

 

「居ません。一人で住んでます。」

 

「小学生なのに?」

 

「はい。」

 

なのはには確かこの話をしていたから、ここで嘘をつくこともできない。

しかし参った、俺ならこの話を聞いてお隣さんで一人暮らしの小学生を放っておこうとは思わない。それは多分、痛みからくる叫びだったとはいえ心配で家まで踏み込んでくる士郎さんも同じじゃないかと思う。

そうなったら次に言うことは、

 

「それはいけないな。今日くらいはうちでご飯を食べていきなさい。ちょうどこれからみんなで晩ご飯食べるんだ。」

 

そうくるよな、やっぱり。

さて、どうしたものか。正直、そのお誘い自体はありがたさしかない。ここまで来てるならもう未来が変わる云々は今更でしかないし、もう既に時間帯は夜といっていい。

何よりも、何の他意もなく純粋な善意でそう言ってくれる人のそんな言葉を無碍にしたくない。

ただもうそこまでいくとその善意すらも申し訳なく、受け取りたくないというのもまた本音だ。

どうしたものか…

 

「帝翔君?」

 

……まあ、1度くらいはいいか。今断って帰っても、無用な心配を掛けるだけかもしれない。気遣いを拒んで、その上心配までさせることこそ心苦しいというものだ。

というかなのはにこういう心配そうな顔されて普通に断れる奴は人間じゃない。

 

「すみません、じゃあ…お言葉に甘えさせていただいていいですか?」

 

「んん、任せなさい。母さんにはもうOK貰ってるからな。」

 

さては何がなんでも納得させるつもりだったな?流石高町家、強情さはどの人も変わらない。

さておき、そうなるとあと士郎さんが言ったなのはの母さん以外に、あと2人居るはずだ。なのはのお兄さんと、お姉さん。

 

「ただいま。」

「あれー、なのはのお友達が起きてるね。」

 

噂をすれば、というのは考えただけでも反映されるものなのかと思うほどピッタリなタイミングで2人の男女が戻ってきた。

 

イケメン高身長の世界が違えば主人公してそうな方は高町恭弥、魔法抜きならこの世界でも飛び抜けた実力を持ってる猛者だったはずだ。

もう1人の眼鏡を掛けてる方は高町美由希。ぶっちゃけ影が薄い。が、兄の恭弥に鍛えられてるらしいので現時点で結構な実力者のはずだ。

なるほど、転生前の世界では戦闘民族高町家などと揶揄される訳だ。

 

「すみません、ご迷惑をおかけしてます。」

 

「いえいえ、ご丁寧にどうも。」

 

「アリサちゃんとすずかちゃん以外のお友達の話はあまり聞かないからな。なのはと仲良くしてやってくれ。」

 

どっちも大人びてるな…転生前の俺より歳下の筈だが、さっきまでアホみたいなことで取り乱して自首しようとしてた俺が恥ずかしくなってくる。それは恥じておくべきだな。

それにしても、恭弥は士郎さんによく似ているし、美由希は恭弥と兄妹と言われてすんなり納得出来る。顔立ちは似てるには似てるものの、髪色なんかも諸々含めて見たら末っ子のなのはがあまり似ていないように思える。

 

「あらあら、いつにも増して賑やかな感じね。」

 

が、間違いなく兄妹で高町家の末っ子だ。たった今リビングから顔を出した一家のほんわかお母さん、高町桃子さんがそれを雄弁に物語っている。恭弥、美由希とはそこまで似ていないが、なのはと桃子さんはそっくりだ。お母さん似なんだろう。

 

「母さん、天坂君も晩ご飯を食べていくことになったよ。」

 

「あ。す、すみません、自分で言うべきなのに…」

 

「いいえ〜?ふふ、むしろいつでも来ていいのよ?なのはがお家にお友達を呼ぶことなんてあんまりないし」

 

「そうだなぁ、アリサちゃんかすずかちゃんか、何にしても出掛けることの方がずっと多いからなぁ。」

 

「あ、あはは…」

 

両親が俺にそう言っているのを聞いてなのはが若干どう反応したものか困ってる。うんうん、こういうこと言われてると子供としてはどう反応していいのかよくわからないよな。昔そんな経験があったようななかったような気がする。

 

「それに、さっきちょっと聞こえてたけどご両親は海外なんでしょう?だったら尚更、いつでもご飯くらい食べに来て?」

 

……そうか、これどっかで見たことあるような気がするなーと思ったら、大人になってからのなのはだ。特に意識したこともなかったけど、あれは桃子さん譲りだったのか。このほんわかした空気、なんか断れない強さがある。

 

「うんうん、子供のうちからそれはいけないぞ?子供は甘えてなんぼだ。」

 

士郎さんまで乗っかってきて、しかもこれ社交辞令とかじゃなく多分本気で言ってる。オールマジだ。タチが悪い。でも考えてる事は至極真っ当で、言ってることとしては正しいんだよな。見た目は子供、頭脳は大人の名探偵もビックリな立場の一般人の俺がこの場合はおかしいだけで。

 

「いえ、流石にそこまでお世話になる訳には……」

 

「うちは全然いいんだぞ?」

 

「そうよー?」

 

「父さん、母さん、天坂君が困ってるからそこまでにしてあげなよ。」

 

士郎さんと桃子さんに気分的に詰め寄られてたところを恭弥に助け舟を出された。正直助かった。小学生の押しの強さにもたじろいでたが、元の年齢から見ても普通に歳上の相手だともうただただ断りづらくて困ってたところだったんだ。

 

「えーとねー、天坂君?だよね?」

 

と、そっちをとりなしてくれてる間に美由希の方が俺に声をかけてきた。

 

「あ、はい。合ってます。」

 

「父さんと母さんもああ言ってるし、恭弥も止めたりはしたけど、本当にいつでも来ていいんだよ?一人暮らしってやっぱり色々大変だし、そういうのって高校生になっても中々難しいからさ?」

 

お説ごもっとも。最もじゃないのは俺の年齢だけだった。

 

「それに、なんだかんだ言ってもなのはのお友達が気になるのはみんな同じだからね。」

 

「お、お姉ちゃん…」

 

優しいなぁ高町家…男だからとかじゃなく、純粋に心配で、俺に精神的な負担を負わせずに頷いて貰おうっていう気遣いが伝わってくる。それに、本当に言ってること自体はその通りなんだ。

親になったことはないが、大人になったことはある。あるいは子供でいられなくなっただけかもしれないけど。

それでも、今の俺みたいな立場の小学生が居たら、やっぱり心配になると思う。それが家族の友達だったなら尚更。

 

そう考えると、なんか胸の内は温かくなってきて、そういうのも悪くないんじゃないかと思えてしまう。

 

「…ありがとうございます。じゃあ、本当に困ったりした時はお願いしてもいいですか?」

 

だから、なるべく礼を欠かないように答えよう。なるべくは来ない、という意味合いで。

 

「もちろん♪」

 

「大人な受け答えするなぁ…よしわかった。」

 

士郎さんの感心したような声に思わず身体が跳ねてしまう。

しまった、歴史の影響とかそういうのばっかり考えてたし、3人組見てるうちにすっかり慣れきってて別にいいと思ってたけど今3年生なんだ俺。素面で通すな。素面じゃないけど。

 

「じゃあ、とりあえず今日は食べていくのよね?うんうん、腕によりを掛けて作っちゃうから、期待しててね〜♪」

 

「お母さん、ほんとにお料理上手なんだ♪」

 

機嫌良さげに引っ込んだ桃子さんと、料理の味でも思い出してるのかほんわかした顔のなのはが本当にそっくりで、少し笑いそうになる。

ああ、そんな顔見てればよーく伝わってくるよ。料理が上手いことも、なのはが家族が大好きなことも、愛されてることも、よくよく全部。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「晩ご飯ご馳走様でした。本当に、ご迷惑おかけしてすみません。」

 

夕食を終え少し時間を取って雑談を交えた休憩を挟んでから、俺は家に帰ろうとしていた。

隣だけどな。

 

「いえいえ。またいつでも来なさい。」

 

「初めての男友達っていうから心配だったけど、いい子そうで良かったよ〜。」

 

「お姉ちゃんは心配し過ぎだよー…」

 

「心配があったことは否めんな。杞憂だったが。」

 

「お兄ちゃんまで?」

 

「またいつでもおいでね?お隣さんなんだから助け合わなくちゃ♪」

 

賑やかな見送りに頭を下げ、高町家を後にする。見送ってくれる一家に、団欒の場に交ぜてもらって感じた家族というものの暖かさに名残惜しさを感じるが、家族周りのことは本当に全て自分で決めたことで、言ってしまえば自業自得だ。それを惜しむのも妙な話ではあるが、本当に、それくらい高町家は温かった。

 

「帝翔君!」

 

高町家を出てすぐ、隣の家に歩いていく途中に後ろから聞きなれた声を掛けられる。

振り向けば元気な小さいツインテールをぴょこんと跳ねさせ、なのはが手を振っていた。

 

「また明日ねー」

 

曇りない笑顔で手を振ってくれるなのはに、ほんの少し息苦しさを感じる。俺がここに居ていいのかとか、そういうのだ。

けど、それはこの際気にしないことにしよう。なのはにとっての、ただの友達で居られることの幸せはとても心地がいいから。

 

「…ああ、また明日。」

 

「あ。」

 

軽く手を振り返してから、今度こそ家に戻る。

 

 

正直、転生は半分くらいゲーム感覚が混じっていた。ただそこにある物語に入らせてもらうだけとか、ゲスト感覚みたいな、曖昧なもの。

だが、確かに皆生きている。

これがなのはが魔法少女を続け、管理局に入って守っていたいものなのかと思うと、強く納得した。

 

そうだな。そこまで大胆にはなれない。

けど、ここで生きてる以上もう歴史を変えないとかは俺には絶対に出来ない。

ならもう少しくらい、派手にいこう。

 

そんなふうに考えながら、今夜もまた床に就く。




深夜テンションって怖いですね。なのはの家のくだりを書き始めた夜の自分を助走つけてなぐってやりたい。いい感じにまとまってたら幸いです。

日にち跨いだ上に眠過ぎて何書いてるかわからなくなるね。


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5話 もう1人の魔法少女

まだアニメ換算4話ってマジ?
あと前回なのはが顔を逸らしてた理由書けなかったので、多分どっかで番外編とかそういう形で平日の学校の様子でも書くと思います。やるかどうかは未来の自分に丸投げします。

更新遅いから数少ないであろう読んでくれてる人はサボってるとでも思いましたか?ざっつらいと。バンドリって楽しいですね。書くつもりはありませんけど。


天坂帝翔という男、つまり俺は時間通りの行動というのがどうにも苦手だ。

予定くらいは立てるものの、いざ行動するとなれば身体が重くズルズル先延ばしにしてしまう、と言えば覚えのある人も結構多いんじゃなかろうか。

 

そんな俺だが、現状学校は無遅刻無欠席、そして今日も珍しく時間通りに、いつもより早く行動していた。

今日は休日、今度はすずかの家でお茶会なんだとか。俺には合わない場だと思うのだが、お呼ばれしたからにはホイホイ行く。というか友達の誘いが普通に嬉しい。

 

学校にしても、なのは達が居ると楽しいってだけだしな。勉強のレベル、小学3年生とは思えないが。一応中身は大人(若い方)なのでどうにかなっているが聖祥恐るべし…中学頃にはもう勉強しないとついていけないかもしれない。

 

さておき、時間通りに行動してバスを待つ。

アニメで言えば4話の最初ですずかの家に行くバスだが、なのはは恭弥と一緒に行くはずだ。ついでにバスの時間ギリギリとも言っていた覚えがある。

なのはだけならともかく、恭弥まで合わせて鉢合わせて気まずい空気になるのが御免で早めの行動をしていたのだった。

 

到着したバスに乗り込み、過ぎてゆく景色を見ながら少し昨日のことを思い出す。

 

結局名前も知らないあの女、聖祥の制服を着ていたから調べようとこの1週間学校で同じクラスの奴を中心に調べたが、何せ名前も知らない、特徴と言えば黒髪の長髪とかいう没個性だ。誰に聞いたとて思い思いの答えしか出てこず、わからずじまいだった。

そもそもなのは世界に転生してるからといって、聖祥に通ってるとは限らない。ないとは思うが、カモフラージュに聖祥の制服を着ている可能性だってなくはないのだ。

 

一方で、向こうもリリカルなのはを見ていたならなのは達の行動を把握するのは容易く、それによって俺がなのはと行動を共にする限り向こうは俺の動向を簡単に把握できる。この一方的な関係性は早めに何とかしなきゃならない。

 

今のところそれでもあれから追撃を受けていないのは恐らく大きくわけて2つ。多分、俺に負けたあの時俺が何をしたかがわかっていないことと、何よりも俺がほとんど常になのはと居ることによって、自分の行動で何かを変えてしまうことを恐れているんだ。だが、どちらの理由もそう長くはもたないだろう。

なんとかする訳ではなく、あの女を引っ掻き回すだけなら方法がないでもないが。

 

主に後者の理由は、時間が経てば経つほど何をしても変わるようになってしまうから、早めに対処したい筈なのだ。そしてそれに引っ張られ、前者はある程度スルーしかなくなる。

つまり、どう転んでもそう遠くないうちにまた戦うことになる。

その前に奴の正体を補足したい。のに、転校生ですらヒットしなかった。多分最初から在校生、ということにして溶け込んでいるんだろう。どうやったものか…

 

 

深く思考に没入してるうちに一駅分乗り逃した。

 

「んのアホ…!」

 

自分に呆れて悪態をつきながらも早歩き。走って汗かいてお茶会行くのは流石に悪い。早めに家を出た恩恵がこんな所で出るとは、早起きは三文の徳とかいうことわざも馬鹿にならないらしい。そもそも俺が馬鹿やらなきゃこうはならんのだが。

 

しかしこの街、一駅分の距離中々大きいな。すずかの家の敷地が大きいから、というのはあると思うけど、それにしたって一駅分の距離が歩くの億劫なくらいには。

腕時計を見てみると、早歩きでも時間は微妙に危ない。普通に間に合いはするだろうが、ギリギリに出たくらいの時間になりそうだ。

 

ということは、だ。

 

 

「あ、帝翔君だ。」

「む。」

 

月村家近くまで来たところで、なのはと恭弥、高町家の長男&末っ子と鉢合わせる。いやまあ、バス内で気まずい空気になりたくなかっただけだし、ここで会う分には別にいいけどな。

 

「あれ?なんでそっちから…?」

 

「…考え事してたらバス乗り逃した。」

 

「あー…あはは…」

 

なのはの苦笑いと恭弥の少し呆れたような息がちょっと痛い。姿まで大人だったらプライドがベッキリ芯から折られてたような気がする。そもそも姿が大人だったら呼ばれないこととか、恭弥から小言の1つでも入りそうなことはさておいて。

しかし似てないなこの兄妹。strikers、つまり大人になってからのなのはならやや雰囲気が似てるかもしれない。物憂げな空気なんかが。

 

ともあれ偶然ながらも合流した俺達が少しばかり歩くと、明らかに私有地だなって感じの敷地に入った。奥には大きな屋敷が…屋敷が……

 

デッッッッカ。

 

なのはの家も全体を見ればかなり大きいが、これはなんか、毛色が違う。The・洋館というか、知ってはいたけどお嬢様だなすずか。一応前にも来たことはあるけど、入るとなれば印象が変わる。塗装変えたら小学校って言われても信じるかもしれない。

と、なのはがインターホンを鳴らす。軽快な音が鳴り一拍置くと、

 

「恭弥様、なのはお嬢様、いらっしゃいませ。」

 

明るい配色の紫髪をした綺麗なメイドさんが出迎えてくれた。高町家以外だとこういう年代の人とは全くと言っていいほど会わないので少し新鮮だ。

 

「ああ、お招きに預かったよ。」

「こんにちは〜」

 

なのはと恭弥の返事に満足気な微笑みを返すと、今度はこちらに向いてきた。

美少女と居ることに慣れてなかったらキョドってた自信あるな。

 

「そちらは天坂帝翔様ですね、すずかお嬢様からお話は聞いております。ようこそおいでくださいました。私は月村家のメイド長を勤めております、ノエルと申します。」

 

「あ、はい。こちらこそ、お招き頂いてありがとうございます。」

 

流石は本職のメイド。一礼することすらサマになるというか、所作が流麗だ。

思わずこっちも90°のお辞儀で返してしまった。いやしまったじゃないな、友達の家と言っても初めてだし初対面だしでこれでいいんだ。

あと当然ながらなのは達とは違う慣れのない壁というか、異物感がちょっと居心地悪い。これについてはそのうち慣れてなくなっていくだろうからいいけど。

 

挨拶を済ませると、ノエルさんの案内を受けて屋敷の中へと通される。なのはと恭弥は慣れたものだろうが、俺にしてみれば慣れてないどころの話じゃない。

お嬢様だすずか。

そんな語彙力のない感想しか浮かんでこないくらい完全無欠にお屋敷だった。

 

みっともないだろうからキョロキョロするような真似はしないが、ちょっと体が固くなってしまう。いかん、緊張してるな。肩の力を抜きたいが、正直これは何ともなりそうにない。せめていつものメンバーが揃えばな……

そんないつものメンバーこと、アリサとすずかの待つ部屋に案内される。そもそも目的がお茶会だから会うのが当たり前だけど、今この状況で会えるとなるとなんだか異様にありがたみがある。

 

猫。

とことこ歩いてる子も居れば椅子の上で丸くなってる子も居る。とりあえずは合計4匹か。皆一様にとても落ち着いていて心地良さそうだ。猫。4つある椅子、1個占領されてんな…

それに、席の方にも会ったことのない女性が居る。女性というには若々しさに過ぎる気もするが、女の子というには幼さに欠ける、どこかすずかの面影がある…逆か。この女性の面影がすずかにあるんだ。とにかく、そんな人だ。

 

「なのはちゃん!天坂くん、恭弥さん!」

「ん、おはようすずか。」

 

案内され、部屋に入った俺達にすずかが嬉しそうに声を掛けてくる。純粋だなぁ。それになのはが挨拶を返すと、なのはの肩に乗っかるユーノもキュッと鳴き声を出していた。

あーこの内輪に紛れ込んじゃったみたいな空気、陰キャには辛いやつだ。少しボーッとしながら整理しよう。

 

「なのはちゃん、いらっしゃい!」

 

なのはの方には仲良さげな、正直あんまり世代も離れて見えない幼げなメイドが声をかけてくる。確か名前はファリンさん…だったはずだ。後でなのはかすずかか本人に聞こう。

 

「恭弥、いらっしゃい。」

 

女性の方は月村忍、すずかが一緒にお出かけとかそんな事を言いながらポロッと言ってたすずかの姉だ。元を辿れば訳ありな人だが…まあ、リリカルなのは世界ではそれもなさそうだしどうでもいいか。小学生組もメイドさんも無視して見つめ合ってイチャついてること以外は大体どうでもいい。リア充滅べ。

 

…転生モノのチートってよく色んな概念系能力だの魔法だのがあるけど、リア充・ラブコメ主人公系男子をピンポイントで殲滅するチート能力とかないんだろうか。もしあったらワンチャンそれ選んでこの世界来てた可能性……ないな。そもそもなのは世界にリア充自体がそんな多くないから無駄チートだろそれ。

 

「天坂様はどうなさいますか?」

「ぉぁっ」

「ぷふっ…」

 

ノエルさんに急に名前を呼ばれたもんで思わず変な声が出て、しっかり聞こえてたらしいアリサに笑われた。

なんか妙に恥ずかしい。

 

「?天坂様?」

「あ…すみません、あんまり聞いてませんでした。」

「お茶をご用意致しますが、何がよろしいですか?」

「あー…お任せしていいですか?」

 

陰キャ特有の前置きのあ、とかあー、はもう生態なのかとかどうでもいい事ばかりが浮かんで欲しいお茶とか浮かんでこない。というか紅茶とかそういうのの詳しい種類を知らない。知ってるのは麦茶とか緑茶とか、そんな誰でも知ってる枠組みくらいのものだ。

 

「かしこまりました。ファリン。」

「はい、了解です、お姉さま」

 

頷き微笑むノエルさんがなのはと仲良い方のメイドさんを呼ぶと、呼ばれたメイドさんはピシッと敬礼してお茶を淹れる為か一度出口の方に歩いてくる。

 

「じゃあ、私と恭弥は部屋にいるから…」

「はい、そちらにお持ちしますね。」

 

さらっと手を繋ぐのを見せるな。リア充に対する恨みが強くなっちゃったらどうする。非モテの怨念は世界を滅ぼ…せたらとっくに世界滅んでるか、じゃあ取るに足らないな。悲しい。

そんなこんなでメイドさん2人は一礼して出ていき、恭弥と忍も続くように部屋を変えに行く。

 

結果、予定通りにいつものメンバーでお茶会だ。

 

「んっしょっと」

 

窓際の席に向かいつつ、椅子でダラーっとしている猫を退かすなのはを見る。未練がましくニャーと鳴く猫がふてぶてしいが、さして気にする様子もない。

 

「2人ともおはよー」

「うん、おはよー」

「おはようアリサ。」

「相変わらずすずかのお姉ちゃんとなのはのお兄ちゃんは、ラブラブだよね〜」

 

朝の挨拶から流れるようなリア充の話に思わず瞑目する。

 

「あはは、うん。お姉ちゃん、恭弥さんと知り合ってからずっと幸せそうだよ。」

 

微笑み、姉の幸せを喜ぶすずかに心の中で土下座する。

ごめんすずか、俺さっきまでその2人の滅亡を願ってました…もはや迅雷つけてnetに接続するレベルで。

 

「うちのお兄ちゃんは…どうかなぁ。でも、昔に比べて、なんだか優しくなったかな。」

 

「へぇ〜」

 

「…ちょっと意外。なのはの家でご飯食べた時ちょっとだけ話したけど、ずっと一貫してそうな人だと思ってた。」

 

「あはは、どうなんだろうね。優しくなったっていうか…なんていうんだろ?とにかく、よく笑うようにはなったかも。」

 

リア充の滅亡を願ったことを全力で懺悔したい気持ちになってきたが、こんな小学3年生が居るか。

手を繋ぎ、移動していく2人の兄と姉を見送ると、入れ替わるようにいつの間にやらなのはのバッグに入っていたユーノがひょっこり出てくる。

 

「そういえば、今日は誘ってくれてありがとね。」

「あ、俺もだ。」

 

なのはが礼を忘れないようにと言ったことで思い出し、緊急同調。

さておきユーノが猫の中の1匹にジリジリと詰められてるがそれはいいのか?俺には冷や汗ダラダラに見えるけど。

 

「ううん、こっちこそ、来てくれてありがとう。」

「なのは、今日は元気そうね。」

 

アリサの言葉に不思議そうな顔をするなのは。

視聴者として元々知ってはいたけど、友達として近くになって改めて思う。なのははやっぱり自分のことはとても鈍い。

友達から自分がどう見えてるのかとか、それすらも。

それに敏感なことは必ずしも美点ではないけど、だから鈍ければいいってものじゃないんだ。

 

事実。

友達が自分が隠し事をしてることに気づいてることにも気づいてないことは、付き合いの浅い俺がアニメとかを振り返らなくても分かるくらいに。

 

「なのはちゃん、最近少し元気がないから…何か心配事があるなら、話してくれないかなって2人で話してたんだ。」

 

「……すずかちゃん…アリサちゃん……」

 

……人が自分を見てくれている、って実感出来る瞬間ってのはやっぱり嬉しいものなんだろう。なのはが感極まってちょっと泣きそうな目してる。

あと返事がわりに行儀良くお茶を飲みながらウインクするアリサは良い女過ぎるぞ。ほんとに小学生かっていつも言ってるな。

 

一生続いていきそうな美しい女の子同士の友情にうんうんと頷いていると、予想だにしなかったような大きな鳴き声。

全員揃ってその元を辿ってみれば、さっきユーノに詰め寄っていた猫が大きな鳴き声を上げながら逃げるユーノを追いかけ回していた。

 

なのはとすずかがそれぞれを静止するように立ち上がったので、一緒に俺も立ち上がって、ついでに入口の方に歩く。

ま、未来を知ってる特権をささやかなトラブルを防ぐのに使ってもバチは当たらないだろ。

 

「はーい、お待たせしました、いちごミルクティーと、クリームチーズクッキーでーす♪…わわっ!?」

 

呑気な様子でメイドのファリンさん?が入ってきた。名前聞くの忘れてたな。

で、そんな折悪く入ってきたファリンさんの足下を猫とユーノが駆け回り、引っ掻き回され目を回したファリンさんが持ってきた茶菓子をひっくり返す。言ってしまえばそれだけだが、まあ危ないことが少ないことに越したこともない。

 

「落ち着いてくださいね。危ないです。」

 

慌てて止めようとするなのはとすずより先に駆けずり回るチビ助2匹に足下を取られそうなファリンさんの肩と持ってきた茶菓子を持つ手を支えてやる。

最終的に転んで怪我したりすることはないから別にする意味もないが食器とかお菓子とか用意し直すのも悪いだろう。

 

「えあ、あ?ありがとう、ございます?」

 

急でなければとりあえず落ち着くことは出来るタチなのか、ひとしきりチビ助達が走り回り離れると、お茶菓子は無事に済んだ。

やっぱり、何の目的もなかったならこれくらいの些細なことに未来を知っているというハンデを使うくらいの方が楽だ。

 

「あ、天坂くん…?」

「帝翔君、なんかわかってたみたいに動いてたね…」

「はー…」

 

と、そうやって自分のことばかり考えていると、すずかはいまいち追い付いてないような顔で、なのはは感心したような顔で、思い思いの感想を驚いたままに述べていた。どんな顔しても可愛いの普通にズルだな。

ちなみに最後のは急転する状況に未だちょっと追い付けずにいるファリンさんの反応だ。

 

うーんこれは…変な爽快感というか、幼い頃にあった幼稚な万能感みたいなものが胸の内を渦巻いている。ありていに言えば気持ちいい。なるほどな、今転生モノの小説を書く人と主人公の気持ちがわかったかもしれない。この周りを抜き去ってる感が好きなのか、要は。その上可愛い女の子に好かれるとなれば人によっては好みもするだろう。そんな異世界転生をしたいものだ。

それが選べる立場で切り捨てておいて思うことではないし、俺には早めに動きすぎたせいで若干引かれてるように見えるが。

 

「すっごい早かったわね、今動くの。」

 

「勘はいい方でさ。後でアリサの家の夕飯でも当ててみようか?」

 

「それ、もう勘じゃないでしょ」

 

呆然としてから立ち直ってきたアリサになるべく茶化すように返答してから、ファリンさんが危ない感じで持ち上げかけてたお盆を持つ手を平常な高さへと降ろさせる。

 

「いきなりですみません、怪我ないですか?」

 

「へ?あ、はいっ、ごめんなさい!」

 

いえいえと返しつつ、この後どうなってたんだったかとアニメを思い返す。なんか別室の恭弥とすずか姉に食器ひっくり返した音とか聞いて呆れられてたのは覚えてる。それはもう変わってるだろうが。

ああ思い出した。確かこの後は、そうだ。なんでか知らないけどいつの間にか庭?かどこかでお茶してた。

 

「すずか、ここだと楽しくお茶会、っていくには猫には狭いみたいだし、天気もいいからすずかが良ければ外でお茶会にしないか?」

 

「外って…あ、お出かけじゃなくて、お庭でってこと?」

 

伝わるかどうか微妙だと思ったがすずかさえ良ければ、の部分で理解してくれたか、言いたいことを汲み取ってくれる。

それに対して首肯しつつ、目線でなのはとアリサにもそれで良いかと問いかけてみるとなのはは逃げる方とはいえユーノが関わった騒動からか苦笑い、アリサは肩を竦めて返してくれた。OKらしい。

アリサについてはちょっと好きにしたらみたいな感じがしたが、それはいいだろう。

 

「どうかな。」

 

「もちろんいいよ?」

 

「という訳なので…ファリンさん、持ってきてすぐで申し訳ないんですけど……」

 

「だ、大丈夫!落としたりしません!」

 

頼もしいな。頼もしいか?ユーノと猫がチョロチョロして目を回したのを知らなかったら頼もしかったかもしれない。いやそんなことないな。

しかし、それでもすずか専属のメイド。なんやかんや任されているということは、普通に頼りになるメイドさんなんだろう。

 

そんな訳で俺となのはは来たばかり、下ろしたばかりの荷物をまとめ、4人揃って広い月村屋敷の庭へ案内されたのだった。

 

 

 

 

裏庭、なのだろうかここは。

屋敷の裏の方に来たと思ったら、想像以上の大きさの裏庭だった。具体的にはポケットに入るモンスターでおじさんが自慢してそうな裏庭。全然具体的じゃないなこの説明。

ともあれ、平凡人生を歩んだ俺には例の挙げようもないような広い場所。大きい公園にでもできそうだ。

 

場所は移り、そんな裏庭のど真ん中にテーブルと4つの椅子を立ててお茶会と洒落こんでいた。

洒落こんでいたというか本当にお茶会なのだが、なんかこう、生きてる世界の違いを突きつけられた気分なので慣れないうちは洒落こんでいることにしないと何かが折れそうだった。

 

足下でじゃれている色んな種類、柄の猫たちを見やりつつ微笑んでいたアリサがふと顔を上げ、口を開く。

 

「しっかし、相変わらずすずかんちは猫天国よね。」

 

「えへへ」

 

「………。」

 

「あ、猫っていえばさっき帝翔に聞こうと思ってたんだけど」

 

「んっ?」

 

足下にちっこいのにほのぼのしつつ美少女に囲まれティータイム、という前世で死にかけの人を助けたくらいの徳を積んだんじゃないかと思う天国の時間から声を掛けられ、紅茶を仰ぐ手を止めアリサを見る。

だから前世からそのまま転生してきたっつってんだろそんな徳は積んでないわ。

 

「フェレットもそうだけど、帝翔って犬以外の動物は嫌いって言ってなかった?」

 

「え?」

 

言ったかそんなこと?俺は基本虫以外は鳥類爬虫類までかーわーいーいーって言える程度には動物好きなんだけど。

 

「…あ、そういえばそんなこと言ってたような…ユーノ君を動物病院に連れていった時だよね?」

 

それを聞いて思い出したように続くすずかと、さらっと言った動物病院という単語になのはがギクリと肩を跳ねたのを見て思い出した。言ってたな、言った言ったそんなこと。適当ぶっこいただけだし、なのはが魔法少女になるのを見届けたりしたからもうその日のうちに忘れてた。

けど、

 

「違う違う、俺は犬以外の動物は『得意じゃない』んだ。嫌いな訳じゃないよ。今見てて普通に可愛いなーとは思うしさ。」

 

軽く屈み、手を伸ばしてやると子猫がフンフンと指先を嗅ぎ、お菓子の甘い匂いでも残っていたか軽く舐めてくる。ザラっとした舌がくすぐったいが、愛嬌があって可愛いものだ。猫かわいい。

 

「ふーん。あ、じゃあ今度ウチにも来なさい?ウチは犬屋敷だから♪」

 

屋敷かー…

などと屋敷という言葉1つにたじろいでもいられない。見た目のインパクトこそ大きいが、要は友達の家なのだ。騙されるな俺。

 

「あぁ、楽しみにしてる。」

 

満足そうに笑うアリサを見て微笑み、なのはが机の下の猫達を見て話題を変える。

 

「でも、子猫たち可愛いよね。」

 

「うん!…里親が決まってる子もいるから、お別れもしなきゃならないけど…」

 

「そっか…ちょっと、寂しいね。」

 

「…でも、子猫たちが大きくなっていってくれるのは、嬉しいよ?」

 

そう言って戯れる子猫に視線を向け微笑むすずかは寂しそうで、だけどそれはいい事なのだという嬉しさも入り交じった、そんな慈愛の表情をしていた。

小学3年生がする顔じゃないだろそれ。親元を離れ、巣立っていく子を見送る母親とかそういう顔だ。しまいにはママって呼ぶぞ。

 

「そうねー…」

 

「すずかは凄いな…俺だったら、もっと自分のことばっかり考えて、お別れに文句言うかも。」

 

「えっ?あはは…そうかな?」

 

そうそう、と頷いたところで。

 

 

ピリッと、肌を突くような感覚。

覚えのある、先週と合わせて2週間で慣れてきた感覚を受け、ほぼ反射的になのはを見ると何かを感じ取ったような少し険しい顔をしていた。

間違いない、ジュエルシードだ。

そしてここのジュエルシードで何が起こるか、誰と出会うのか、俺は知っている。

 

アリサとすずかはそれぞれ猫を抱っこして文字通りに猫可愛がりしている。それを交互に見て思い悩むなのはの意思を汲んだようにユーノがなのはの膝から跳びおり、走り出した。

 

「ユーノ君?」

 

一拍置いて、なのはもその意図に気づき立ち上がる。

 

「ユーノどうかしたの?」

 

「うん…何か見つけたのかも。ちょ、ちょっと探してくるね?」

 

「一緒に行こうか?」

 

「大丈夫、すぐ戻ってくるから待っててね。」

 

そう言って走り出したなのはを2人が心配そうに見送る。

そうだな、そう言われたら理屈で考えてついていきにくいよな。まして2人はなのはの親友だ。もしかしたら、ここで一緒に行くのは余計なお世話だとか、信用していないことになるとかそんなことを思っているのかもしれない。

 

俺には関係ないけどな。

 

バスの中で考えていたあの女を引っ掻き回す方法を実行するなら早い方がいい。

 

「すずかの家だから大丈夫だとは思うけど、俺もちょっと行ってくる。」

 

「え?」

 

「なのはとユーノを追いかけて見つけるだけだし、すぐ戻るよ。」

 

反論させるつもりもなければ聞く気もないのでさっさと言い逃げしなのはの後を追う。幸い、脚の速さは最初に確認した。充分追いつけるだろう。

 

軽く走れば本当にすぐになのはの背中が見えた。ユーノと何か話しているようだ。

一度木陰に隠れて様子を伺うと、ユーノが何か翠に輝く魔法陣を開いている。当然魔法を行使する合図だ。

1人ではジュエルシードの回収も、なのはのような広域索敵もできないユーノがこの状況で使う魔法といえば…

 

「結界か……」

 

直後、世界は色褪せた。

スイッチを切り替えたように景観だけが同じ、灰色の世界に放り込まれたのかと錯覚する。いや、界を結ぶのだから、事実その通りなのかもしれない。

だが、その存在を主張するように風に揺れる木々は鮮やかな緑の顔を僅かに見せる。全部が灰色になるとか、そういうのではなさそうだ。

 

そして、そちらに目を奪われている場合ではないぞと言わんばかりの発光が起き、巨大な影が……

 

猫。

 

みゃーと響く鳴き声1つ。

今回のジュエルシードの起動者である猫は、呑気にも鈴を鳴らして鳴いていた。つぶらな瞳は全く変わらず、どこをどう見ても凶暴な獣になど見えるはずもない。

知っていたはずなのに、一瞬目の前の光景の馬鹿らしさに思考を放棄しそうになる。

 

きょーもせかいはへいわだなー……

 

「ぅ、ぅん……?」

「…………………」

 

ほら見ろ、なのはも気を張ってたのにこれだから反応に困った顔してるし、ユーノに至っては絶句して枯れてるぞ。

 

「にゃーお」

 

にゃーおじゃないが???

どんなに可愛かろうと巨体は巨体。その四足で歩を進めればズシンズシンと地が響くものだが、予想外のNYAONに毒気を抜かれたなのははすっかり呆然としていた。

 

「ぁ、ぁぁ…あ、ああ、あれは……」

 

「た、多分…」

 

「にゃーお」

 

うるせぇ猫。

 

「あの猫の大きくなりたいって願いが、正しく叶えられたんじゃないかと……」

 

そう、猿の手でもなければどこぞの聖杯でもあるまいし、ジュエルシードは願いを歪めて叶えるばかりじゃないのだ。基準はよく知らないが、その願いを正しく受け止め、真っ当に叶えることもある。いずれにせよ、人の手に余るものだとは思うが。

にゃーお。

 

「そ、そっか……」

 

片手で頭を抱えるような仕草を見せるなのはがやけに不憫だ。いやまあ、うん、アニメになってないところでもこんなのと戦うことはなかったんだろうな。そりゃ気も抜ける。

 

「だけど、このままじゃ危険だから元に戻さないと。」

 

「そうだね、流石にあのサイズだとすずかちゃんも困っちゃうだろうし。」

 

普通に喋ってるユーノ君の至極ごもっともな意見に何かちょっとズレているような気がしてならない受け答えをキリッとした顔で返すなのは。困りはするだろうけど、なんか、そうじゃないと思う。

 

「にゃーお。」

 

「襲ってくる様子はなさそうだし、ささっと封印を…レイジングハート!」

 

首からかけ、普段は胸元に隠しているらしい赤い宝石レイジングハートを取り出し、その名を呼ぶ。

だが、そうすることでなのはが魔法少女へと変身することはなかった。何故なら、それよりも速くなのはの背後から飛んだ黄色い閃光が巨大な猫を攻撃したからだ。

 

悲痛な鳴き声を上げ、揺れる巨体。

それを見てすぐに、閃光が飛来した方向へ振り返る。多分、なのはも同様に。

並ぶ電柱、その1つの先。眩しいほどに光を受けて輝くような綺麗な金髪を2つに結った端正な顔立ちの少女が、私服とは縁遠い黒を基調とした服を纏い、マントをはためかせながらその杖を構えていた。

 

遠く、何を言っているかはわからない。だが、何らかの指示を受けたその杖は再び光を灯し、黄色の閃光がいくつも放ち巨大化した猫を攻撃する。

なすすべもなくそれを受け、またも痛そうな鳴き声を上げ倒れかかる巨大猫。

 

「あ、あれは…魔法の光…!?そんな…!」

 

信じ難いものを見たように立ち尽くすユーノを置き、なのはは宣言する。

 

「レイジングハート、お願い!」

 

俺にとっては一瞬、多分アニメとかで見るなら一分ほどだろう時を経て、なのはは魔法少女に変身し、猫の元へと飛ぶ。

そして容赦ない追撃、閃光の雨に対してその魔法で防壁を作り、猫への攻撃を防いでいた。

 

《Master》

 

そうやってなのはが守ったのを見て初めて、呼び掛けられていたことに気づく。下げていたはずの手の内にクロッカスを握り、身体が今にも飛び出そうと木陰から乗り出していた。

2人が互いに気を取られていたお陰か幸運にも気づかれてはいなかったが、自分でも気づいていなかった。

……頭に血が上ってたみたいだ。

 

足元を撃たれた猫が、今度こそ倒れる。バランスを崩しそうになりながらもゆっくり飛んで着地したなのはの前、木々の1つ、その枝に斧にも似た杖を持った少女は降り立つ。

フェイト・テスタロッサ。

彼女もまた、俺が好きな魔法少女。

その筈だ。

表情1つ変えずあの猫を攻撃するのを目の当たりにして、俺自身の煮え返るような戦意に気づいた今では、断言できない。俺は本当にここから、この世界で、フェイトを好きになれるのかどうか。どんな事情があるか、知っているのに。

 

だけど、あの猫が攻撃されていることに憤っているのかと言われれば、それもありはするけど厳密には違うと思う。表情1つ動かなかったことかと言われれば、多分それもあるだけで違う。凄く惜しい気はするが、自分の怒りの理由が掴めない。

 

「同系の魔導士…ロストロギアの探索者か。」

 

俺の想いは当然、なのはの思いも他所に、フェイトがその存在を認識するように話しだす。いいや、話というには一方的に過ぎる気もするが。

 

「間違いない、僕と同じ世界の住人…そしてこの子、ジュエルシードの正体を…」

 

ユーノが呟くようにその正体を考える。

しかし、赤い瞳は揺れない。思っていなかった誰かに会っても、その目は冷静にその誰かではなく、その杖を捉え、分析する。

 

「バルディッシュと同じ、インテリジェントデバイス。」

 

「バル、ディッシュ…?」

 

「ロストロギア…ジュエルシード。」

 

その声に応えるようにその杖、バルディッシュは斧のようであったその刃を開き、光の刃を以てその形を大鎌へと変える。

 

「申し訳ないけど、頂いていきます。」

 

それを構えたフェイトの言葉に、煮えくり返る戦意が、怒りが、どうして湧いてくるのかに気づく。

しかもその理由は、答えまでとっくに知っているものだった。なんて身勝手なことか。

 

初撃を回避し、空中での鍔迫り合いに入った2人は程なくして離れそれぞれがほとんど最初と同じ立ち位置につく。フェイトは枝を足場に。なのはは倒れている猫を背に守るように。

そうして2人はお互いに、自身の杖を向け合う。銃を突きつけ合うように。

 

ふと思い出す、これから起こること。

なのはの敗北と、少しの時間の気絶。

経緯や更にその後のことを思い出すには時間が足りないけど、なのはが気絶したならアリサとすずかがどんな顔をするのか、今の俺には想像に難くなかった。

 

そして、猫が身じろぎし、なのはがそれに気を取られた瞬間。

フェイトが僅かに開いた口は、聞こえないほどに小さく、だが確かに呟いた。

 

「…ごめんね。」

《Fire》

 

あれだけ気を配って、必要な時までなるべく未来を変えないようにってやってきただろうに、バカだろ俺。

まあしょうがない、あの女を引っ掻き回す方策でもあるしな、と後から言い訳をつける。

実際にはただ飛び出してしまっただけだったが。

 

「えっ…!?」

「クロッカス行くぞ!」

《Yes master》

 

転身は一瞬だ。こと男に関してはアニメですらそうだからな。

私服だった俺の服装も2人と同じように、そこから縁遠いものへと変貌する。だが2回目だからといって何か気にする暇などない。

 

「ボーッとするな!」

 

なのは諸共生身なら転ぶように、だが転身してる為になのはを押し出すように共に翔ぶ。

直後、なのはが居て、俺が通った場所をバルディッシュから放たれた必殺と呼ぶべき類の雷光が撃ち抜いた。

いいや、撃ち抜いたどころの話じゃない。光が広がる。離れようとしてる俺達にまで。

 

「わっ」

「クロッカス!レイジングハートも手伝ってくれ!」

《All right》

 

2つのデバイスが全く同じ返事をする。なのはを守る為か、レイジングハートもまた応えてくれた。

 

《Protection》

 

二重の防護魔法。なのは自身が予想外の出来事から防御に参加できてないからかレイジングハート側の防御力がデバイスと俺自身が一体として参加してるのに比べて弱い気はするが、それでも直撃を避けてから衝撃の余波を防ぐには充分すぎるくらいだ。

 

「!」

 

その様子を見ていたフェイトがその表情に僅かな驚きを見せる。

すまし顔がちっとは動いてなによりだ。そういうの、キャラじゃないだろ。

 

「また魔導士…それも、インテリジェントデバイス。」

 

「て、帝翔君…?」

 

「なのは、後で説明するからちょっとだけ静かにしてて。」

 

原作キャラを黙らせるとか普通にあり得ないが、まあしょうがない。元々ならなのははここで気絶しているのだから、話せないことで不都合は起きないはずだ。

対照的に臨戦態勢に入りつつあるフェイトは、本来の歴史から大きく外れてしまう可能性が高い。だからなのはを助けた今俺がすべきことは。

 

「…?何を…」

 

「見てわかるだろ、道を空けてる。」

 

「……何のつもりで…」

 

疑ってるな。無理もない。横から突然入ってきて、それも相手の魔法少女と顔見知りで助けるような行動を取ったのに、戦う素振りも見せずにジュエルシードを譲ろうとしている。疑いもするだろう、俺でもそうする。

 

「必要なんだろう、ジュエルシードが。でも、あの猫をなるべく苦しまないように回収してくれ。そうしてくれるなら文句ない。」

 

「帝翔君!?ダメだよ、あれはユーノ君の大事な…!」

 

そこまで言ってから、言ってしまったことに気づいて口をつむぐ。聞いていなかったはずもないが、ひとまずは無視でいい。

 

「…わかった。でも、邪魔をするなら、」

 

「しないよ。とりあえず今は。…けどまあ、俺をやるなら今のうちにやっといた方がいいよ。俺は今後どこかで必ず、邪魔になると思うから。」

 

「……何を見ているのかわからない…その女の子と、何か違うような…」

 

「今はこれでいい。でも、俺が今やりたいことは前もって言っとこう。さっき決まったようなもんだから偉そうに言うもんじゃないけど。」

 

クロッカスの杖先を困惑を湛えつつもやはり揺らがない…いいや、戻らない表情に突きつける。

そう、フェイトは猫を傷つけ、なのはを倒すほど攻撃して、聞こえないように謝罪までしておきながら全く表情が動かなかった。それは、何も感じてないから、なんかじゃない。

最初から、ずっと悲しかったから。傷つける前から、ずっと悲しい顔をしていたから、その後に続く行いに顔色ひとつ変えていないように写っていただけだった。

 

だから、結末を知っていても。

余計なお世話だとしても。

宣言せずに居られない。

 

 

「俺は絶対、その辛くて悲しそうな顔を止めさせる。きっちり助けてやるから覚悟しとけ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、フェイトは見逃した。なのはも俺が言ったことに思うところでもあったのか、信じてくれたのか…それともただ動けなかったのか、どうあれ引き下がっていてくれた。

なのはの腕の中にはユーノが、俺の腕の中にはジュエルシードをフェイトに回収され、元のサイズに戻ってぐったりしてる猫が居る。

 

「ジュエルシードがなくなって、攻撃されたりした疲れが来てるんだと思う。すぐに元気になるよ。」

 

と、ユーノは言う。

そう、ユーノがだ。

それはつまり、喋ることができるのを俺に隠すのをやめたことを意味する。俺が魔法を使えることを隠さなくなったから。

 

「……えっとね、帝翔君。」

 

「ごめんなのは。」

 

「へっ?」

 

これから話を切り出そう、というところで早速出鼻をくじかれ、素っ頓狂な声を出すなのは。

面白いけど笑ってる場合じゃないな。そもそも笑えてないな。

 

「色々聞きたいことはあるだろうけど、多分1番聞きたいいつからって質問から答えて、先に謝っとく。」

 

「う、うん…」

 

「最初から、全部。なのはがユーノと出会ったところから、今までのあの宝石を回収する戦い、全部知ってた。俺にもユーノの声、聞こえてたから。なのに、全部見逃してた。」

 

「えっ」

 

「あ、あはは…やっぱり?」

 

まさか他に聞いている人間が居るなんて思ってもみなかったんだろう。今度はユーノが言葉に詰まっている。

一方のなのははこの答えを予想していたらしく、元気のない苦笑いを浮かべる。あぁ、この顔は見たくなかった。もっとタイミングも、言葉も、表情も選べれば良かったんだけどな。

 

「色々言いたいことはあるだろうし、俺も話さないといけないんだろうけどとりあえず戻ろう。あんまり時間かけたらアリサとすずかに心配かける。」

 

「……うん。」

 

グッと堪えるように頷く。聞きたくはあるけど、そうして時間を掛けた結果アリサとすずかがしてくれるだろう心配が心苦しい、といったところか。

言い訳らしい言い訳が成り立って良かった。何をどう言ったものか考える時間が欲しかったんだ。考えなしにも程があるだろうに。

 

どちらから、どうだろうと話を切り出せば話し切れないような気がしてか、俺もなのはもただ黙って歩くだけの時間が過ぎる。

この雰囲気はあれだ、普段教室の隅に居るようなキャラが何かの機会にはしゃいで、それをクラスの奴に見られてドン引きされてできる微妙な空気感に似てる。

要するに超気まずい。

 

流石にこの沈鬱とした空気のまま戻ったら俺までなんかあったのかと思われそうだ。

ここは適当に軽快なトークでも挟むのがいいだろう。

 

「……………」

 

「……………」

 

陰キャにできるかそんなこと。

多分出来たら今頃はなのは達以外のクラスメイトにも馴染んでる。

沈黙が痛いが、俺にはどうしようもないことがわかってしまった。…そうだ、そういえば、話題あるな。なんですぐに確認しなかったんだって思うやつが。

 

「…そういえばユーノ、さっきまで結界張ってたんだよね?」

 

「え、うん。」

 

頷いたユーノが示す通り、色褪せていた景色はすっかり豊かな緑を取り戻していた。

ザザ、と風に揺られる音が心地好い。

 

「その結界ってどういうの?俺も実は魔導士になってからの日にちはなのはと同じくらいだし、戦闘経験はなのはよりずっと少ないからわからなくて。」

 

「…じゃあキミは僕がなのはに見つけてもらってから?」

 

「そんな感じ。だからアリサとすずかにさっきのあれこれ聞こえてたりしたら…」

 

「ううん、大丈夫。ちゃんと説明するよ。僕の結界は魔法効果の生じてる空間と、通常空間の時間進行をずらすんだ。だから2人は何も知らないままだよ。」

 

何も知らない。

その言葉を聞いて俺もなのはも、あるいはユーノも。

少し気分が沈んでしまう。それはそうだ、特になのはは。友達に、親友に隠し事をして心配されることが辛くないはずもない。心配される事に感動してたりはしたがそれはまた別の話なのだろう。

 

 

結局、時間進行をズラすという結界の効果がよく出ていたらしく、アリサとすずかには何があったかも知られず、あまり時間も経っていなかったようだった。

本来ならなのはが気絶してすごく心配させたはずだったが、そこははっきり言ってあまり変わらない。何も話さず、無理に聞き出せない。なのはと、アリサすずかのそんな距離感はまだ変わらず、心配はされたまま。

 

日が沈む頃、家へと帰る道に着き、お隣さんだが特に意味もなくなのは、恭弥とは違う道を辿り1人歩く。

空を仰げば吹く夜風が、やけに冷たく思えてしまった。




転生モノは好みが出ますね。創作は大げさな性癖暴露大会だとあれほど。
かくいう私はその性癖ですら迷走しています。いきなり主人公ムーブするな。4話だぞ。


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6話 月曜日は憂鬱なのか?

5話に当たるところ書いてた時にふと思い立ったので書く。というか普通先こっち書けよと自分でも思う。

前回投稿は2ヶ月前だけどこれ書き始めたのはその直後です。そろそろ亀に抜かされる頃。兎は泣き寝入りするのです。なんという自業自得。
ではかなり久しぶりですがお楽しみ頂ければ幸いです。


憂鬱なんだよ。

 

俺がリリカルなのはの世界に転生してからもうそこそこに時間が過ぎた。週末になる度なのは達に遊びに誘われる生活にも馴染んできてさあ今週も月曜日。

今日ほど月曜日が憂鬱になったことはない。いや言い過ぎた。日曜日が明ける度にこんなんだった気がする。何せ俺自身が暗い。そりゃあ日よりは月ってタイプだ。『月が綺麗ですね』ではなく『月は綺麗ですね』って言われるタイプの陰の者である。これ好きな子に言われたりしたら泣くな。

 

だが、これまでにないは言い過ぎでも人生で三本の指に入るくらいには憂鬱な月曜日であることは確かだ。窓の外に見える晴れ渡る青空が気分に合わなすぎてやや腹が立ってくるほど。

俺にとってももはや定例となりつつあった週末の遊び。昨日は月村家に遊びに行っていた。

俺は知っていたが、そこでジュエルシードを巡る戦いが起きた。それは、高町なのはが今まで体験したことのない、人間同士での争い。もう1人の魔法少女、フェイト・テスタロッサとの戦いである。どんな結末を辿るかまで含め、全部知っている俺は何かをするつもりはなかった。実際、する必要もなかっただろう。

 

だというのに飛び出してしまった。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまでとなると自分に感心するまである。しないな、後悔はしてないがそれはそれとして昨日の自分を殴りたい。

その結果、明らかに早いタイミングで俺は正体…ではないな。魔法使いであることを、なのはとユーノに知られてしまった。

 

そして、昨日の今日だ。当然ながら、魔法という戦う手段を持ち、なのはの昨日までの戦いを全て知っているのにそれら全てを静観していた俺には、この説明をする義務がある。バカ正直に「ボク実は1回死んで転生して来たんだ!これからのこと全部知ってるからよろしく!」などと言えるはずもない。もし俺がそんなこと言ってる奴と会ったらコイツ頭おかしいだろと思うし、証拠を見せられたらコイツ全部知ってるとか気持ち悪…と思う。

 

だからお茶を濁す感じで答えはするのだが、そもそもこの話をする時のなのはは、きっと明るい表情を見せてはくれない。

そんな顔を見ること自体が本意でないのだから、気分も沈む。

怒られるだろうか?ひょっとすると嫌われるかもしれない。そう思ったところで、俺はもう随分となのは達を好いているんだなと気づく。気づいたところで沈む一方だが。

 

転生してから今まで、無遅刻無欠席、授業もちゃんと受ける優等生やってきたが、初めて心の底から学校行きたくないと思った。最も、そもそも学校自体好きではない俺がそう思うのに数週間も掛かったというのだから、よくぞここまでもったと自分を褒めてやりたいくらいだ。

そんな気分じゃないけど。

 

「………行くか…」

 

だが嘆くのもタダじゃない。時間を無為に過ごす代価がある。暇してる時ならいいが登校前となるとそうはいかない。そもそも自業自得である。無理やりに気分を上げ、朝食を終え、弁当…は今日は昼までだからいらないんだよな。身だしなみを軽く整えて登校準備を整え家を出たところで隣の家からここ数週間でもう聞き慣れてきた、しかしいつもよりやや元気のない少女の声が聞こえる。

 

「いってきます。……あ」

 

明るい茶髪を白いリボンで小さなツインテールに結び、清廉な印象を与える白い制服をまとった女の子。

友達であり、俺の憂鬱の原因…いや、遠因である高町なのはは、同じように家から出てきた俺と目が合うと、やはり浮かない顔をしていた。ここは肩でも組みながら「ヘいガール、調子はどうだい?」なんて気の利いた言葉の1つでも言うべきだろうか?俺がなのはの立場ならぶん殴ってるなそんな奴。

 

上手く笑えないのは元々として、心中でふざけてみても重くなる足取りがマシになっているとは思えない。せめてなのはにそれが伝わっていないといいのだが。

 

「…おはよ、帝翔君。」

「………ん、おはようなのは。」

 

学校に行くのだから、その肩にも鞄にもユーノは居ない。とはいえなのはとユーノは離れていても頭の中ですぐに会話出来る上、基本的にそれは人に聞こえないと言う携帯電話もビックリな魔法があるから一緒に居るようなものなんだけどな。

 

「…………」

「…………」

 

示し合わせた訳でもないのに、俺となのははよく登校時間が被る。そのお陰かそのせいか、近いから一緒に行こうとか、そういう約束をしたことはない。しかし、今ばかりはそれが少しだけ恨めしかった。顔を突合せても、並んで歩いてもお互いにどう話を切り出していいかわからなくて起きる沈黙が、お互いの思いを雄弁に伝えている。それも悪い方向にばかり。

でも、このままで良いはずもない。こればっかりは、俺から切り出すべき話だ。

 

「「あの」」

 

…………………。

なんで話しかけるタイミングまで被るんだよ。登校時間だけで間に合ってるよお腹いっぱいだよ。

偶然に心の中で愚痴りつつ、一瞬の気まずい雰囲気をやり過ごす。

 

「「あのさ(ね)、なのは(帝翔君)」」

 

…………………………………。

気づけば挙手していた。

なんとなく雰囲気で伝わったのか、まるで教師が生徒を指名するようになのはが俺を呼んでくる。

 

「はい、帝翔君?」

 

言わなきゃいけないことも、聞かれるだろうことも結構ある。それに、知られた今は俺にとって言った方がいいこともあるだろう。全てを話すことは出来なくても、話せることはあるのならそれは話しておくべきだ。

だから、何から話したものかと少し迷って、迷っている間も待っているなのはの顔を見て、何を言うか決めて口を開く。

 

そう。

とりあえず。

 

「ごめんなのは、この話放課後にしない?」

 

朝のバスで出来る話ではないよな。

 

 

 

 

 

 

おはよー、という挨拶がそこかしこから聞こえてくる。それは廊下からのものであったり、教室内であったりと様々だ。男女問わず皆一様に同じ言葉を交わし挨拶する様は、秩序と混沌が混ざるようだった。

大仰に説明してみても、俺達もそれは例外じゃない。

なのはとあまり話すことも出来ず、距離だけは無駄に近い気まずいバス時間をやり過ごし、足並み揃えず、しかし頭は揃えて自分たちのクラスに歩く。

 

到着すると小学生たちは大体みんな仲良い友達に合流しては雑談に花を咲かせて笑っている。それにならえでいつもと変わらず当たりをつけると、中でも際立つ(友達としての主観も混じってるだろうか?)金髪と、落ち着いた明るめな黒っぽい紫の髪を見つける。

 

ご存知、アリサ=バニングスと月村すずか。高町なのはの親友である。

 

「アリサちゃんすずかちゃん、おはよー」

「あ、なのはおはよう。」

「ふふっ、おはようなのはちゃん。」

 

仲良いなぁ…見ててホッコリするわ。大人の姿だったら通報されてた。そんなこと考えてる時点で今でも通報されるまである。

 

「おはよう2人とも。」

「ん、帝翔もおはよ。」

「うん、おはよう天坂くん。」

 

挨拶する度に俺は幸せ者かと思うのが割と毎日の事なのだが、今日ばかりはそうでもない。放課後のことを思うと既に今から若干憂鬱である。

が、そういう気分はあまり隠せるものではないらしく、

 

「どうしたの帝翔?なんか元気ないけど。」

「何かあった?」

 

とアリサとすずかに声を掛けられた。おい嘘だろ。表情が変わりにくいのは俺の数多い欠点の1つ。そこまで行けば当然悪いのも顔に出にくい。ここまでくると長所、というかもはやこれ以外長所がないまである。少なくともなのはほどわかりやすくないだろなんでわかったんだ。

 

「うーん…なんだか目が変だよね?」

「疲れてるとか?あたしはそういうのないからわかんないけど…」

 

………ははぁ、なるほどな?

さては俺、憂鬱で目が腐ってたんだな?俺の馬鹿野郎。

 

「いつもこんな感じだと思うけどな…心配してくれてありがとう。」

「べっつに心配とかしてないわよ」

 

ツンデレの様式美のように腕を組んでフイっと顔を逸らしたアリサは、しかし直ぐにその腕とともに端正な顔に暗い陰を落とす。そうかそうか、心配させたのは心苦しい。

 

「ただ…なのははここのところなんか疲れてるみたいだったし、あんたまでそうなったらどうしようって思っただけ。」

 

続いて吐き出されたそんな言葉に思わず身体が強張る。多分なのはも同じだ。でも、その理由は同じじゃない。

なのはは気づかれてることにだろうが、それは知ってた。俺のことまで気にかけてくれたことには感動さえ覚えている。が、

 

「(早すぎるだろ…)」

 

気づいてはいても、アリサがそのことに触れるのはしばらく先だったはずだ。そして、アリサはその性格上一度言ったらきっと爆発してしまう。正直早いか遅いかの問題な気もするが。

 

「そ、そうかなぁ…あはは……」

 

俺が見ても1発でわかるくらい明らかに、誤魔化すように笑うなのは。そこにはやはり疲れが見える。

そして、そんな様子は見せるのに一向に何も話そうとしないどころか、未だにその疲れすらも隠そうとするなのはにアリサが怒りを表しそうになる。これはダメな流れだ。

 

「なのっ──!」

「ストップアリサ。」

 

ので、大声で怒ろうとしそうなアリサの口を手で塞いで止める。

というか、なのはのなの…まで言いかけたせいか教室がやや静まって俺たちの方を注目してる。

………つまり俺今女子小学生の口を塞いで黙らせてるのを注視されてる訳だな?そろそろ本当に逮捕される覚悟を決めた方がいいかもしれない。

一方で、注目を浴びてアリサも少しだけ冷静になったのか、多分怒りか突然注目された恥ずかしさで顔を赤くしている。なんなら俺が睨みつけられてる。これ俺が悪いのか?いやそもそもの遠因俺だから俺が悪いのか。

そんな強気な視線から逃れる意味も込めてなのはとすずかを見やる。意図を汲んでくれたのか、あるいは初めからそうするつもりだったのか2人はすぐに行動に移してくれた。

 

「ごめんごめん、なんでもないの。」

「うん、そうそう、ちょっとおしゃべりしてただけで…」

 

2人が周囲の子たちを適当に流してるうちに、と。

 

「……アリサ、授業まであとちょっとだから、少しだけ廊下で話そう。」

「…………ん。」

 

この場はとりあえずそれで抑えて欲しい、という要求でもあったのだが、そこまで伝わったかは流石に知らない。しかしまあ、とりあえずそれで納得してくれたようなのでなのはとすずかに少し出るとジェスチャーで伝えてから、2人して廊下に出る。時計を見れば授業まであと10分。本当に少ししか話せなそうだ。

 

 

「で?」

「で?って?」

「帝翔が連れ出したんでしょ…それで、なのはのこと何か知ってるの?」

 

《知ってる》

《知らない》

《俺のせいだ》

みたいな選択肢が目に浮かぶようだ。ゲームならアリサルートにでも突っ込んでいるのかもしれないが、残念ながら現実なのでしらばっくれるしかない。

 

「いや、知らない。そもそも親友のアリサがわからないなら、俺が知ってるようなこともないって。」

 

こういう時、真顔で言いきれる俺の顔は役に立つ。ジッとほんまか?みたいに見つめてくるアリサに内心冷や汗ダラダラだけど。

 

「…じゃあ、なんで庇うのよ。なのははほっといたら絶対無茶するのに。」

 

目が点になった。

…いや、これは心底驚いた。本当に何も知らないんだよな?と思ったくらいだ。だって、何も知らないのになのはは無茶するなんて言い切ったんだから。日夜戦いに勤しんでることなんて知らないだろうに。知らないよな?

 

「なに。」

 

不機嫌そうにそんな俺を見てるアリサに取り繕う。

 

「いや…なんか、見てきたように言うなって思って…」

「そりゃあまあ、あたしもすずかも親友だし?…でも、だからなんにも話してくれないのはちょっとムカッとしちゃう。ちょっとくらい、相談してくれてもいいのに…」

 

ちょっと自慢げになったかと思えば今度は不満そうに唇を尖らせ、最後には憂うような表情さえ見せるアリサ。あと6年ほど先だったら惚れてたかもしれない。

そんなことを考えているのも知らず、アリサがピッと俺を指さす。

 

「だから、今は帝翔もなーんかムカつくのよね。」

「ずっとじゃん。」

 

ほぼ反射的に返したらめっちゃ怒られそうな形相になったので頭を下げて抑えてもらい。

 

「でなんで?ここ最近でアリサに怒られるようなことしてないと思うんだけど……」

 

もしやコイツ小学生じゃないだろと常々思ってるのがバレてるのだろうか。

 

「最近じゃなくて今。なんか、なんだろ…なのはとおんなじような顔してた。」

 

嘘つき、隠し事をしているようだと言われているような気がして、思わず背筋が伸びる。

でも多分、アリサが言っているのはそういうことじゃない。優しいアリサのことだ、多分何かを隠しているというのは合ってるが、その先に心配だから話して欲しい、相談して欲しいというのが続いてる。気持ちはわかる、とは言えないけど。

 

「……そーだなぁ…でもアリサ。」

「なに?」

「話したくても話せないことって、多分あるんだよ。」

 

それを聞いても、それが何なのかと癇癪を起こしたり問い詰めようとはしない。黙り込み、考え込む。本当に心底賢い子だと思い知らされる。

 

「だから、もう少し待ってあげてくれないか?」

 

多分そのうち話してくれるから、とは続けられなかった。

それがタイミング悪くチャイムが鳴ってしまったからなのかは、俺自身がよくわかっている。

 

「…ん、席戻んないと。行こ帝翔?」

「…わかっ」

 

た、とまで言えなかった。

が、今度はチャイムが原因じゃない。見えたからだ。聖祥の制服のスカートと長い黒髪を翻し、階段を駆け上がる前に1度だけ立ち止まってこっちを見ていた少女を。

 

「フォーミュラの女…!」

「帝翔!?チャイム鳴ってるってば!」

 

そんな事は知っている、その上で無視してるんだ。

と言う余裕はなかった。せめてどこのクラスかだけでも確かめようと思って走る。

そして階段に差し掛かる角に入ったところで、

 

「うわっ!」

「っ!?」

 

先生にぶつかりかけ、足を止められる。

思わず顔を確認すると担任の先生だった。当然、階段を見てもあの少女の姿はとうにない。

 

「天坂君、どこに行くんですか?もうチャイムは鳴ってますよ?」

 

そんな事は知っている。その上で無視してるんだ。

とはとても言えなかった。呼び出されるわ。

結局止められてから教室に連れ戻される。先生に連れ添うように戻ってきた俺を見たアリサの何やってんの馬鹿、みたいな視線が痛かった。

 

 

 

 

 

結局、朝見た少女で頭がいっぱいになり、授業は全く頭に入ってこないまま4時間目が終わり、全員が下校の準備に入る。

速攻で用意して階段で待ち伏せれば、あの女を見つけられるかもしれない。そう思った俺もまたご多分にもれずせっせと下校の準備をしていると。

 

「帝翔くんっ」

「帝翔ー」

 

と、なのはとアリサに同時に声を掛けられた。ハモった2人が顔を見合わせている。

何だこれ?何だこの…俺がモテ男みたいなシチュエーション。嫌いじゃない。このままめくるめくラブストーリーに入るというなら全力前進するぞ。

 

「朝言ってたことなんだけど…」

「朝の話のつづき…」

 

またしても似たようなことでハモる2人だが、今度は現実を思い出した。どっちも少なくとも気分が盛り上がるような話ではない。もはや後ろで首を傾げてるすずかが1番の癒しまである。

そうそう、悲しいけどこれ現実なのよね。現実なので美少女にモテモテとかハーレムとかない。ある奴は散ればいい、粉々に。

 

だが、そんな馬鹿な現実逃避してもこの気まずい空間はやり過ごせないのだ。よって渋々ピントを現実に合わせる。多分朝のことがある以上、向こうはすぐ帰ってると思うから今から追いかけても間に合わない。ので大人しく2人とお話ししよう。

 

「…えー、何?なのは、アリサ。」

「ん、なのははいいの?」

「あ、うーん…わたしは後ででもいいかも。」

 

最悪念話があるし、という副音声を聞いた気がした。とはいえろくでなしの俺でもこういうことは直接話すべき、くらいの意識は持ち合わせているので、出来ればそうはしたくないところだ。

 

「ふーん…?じゃああたしの話先にするわよ?」

「いやまぁ、どっちの話もするけどとりあえず帰りながらにしないか?」

 

 

そんな感じで忘れ物がないかを確認して教室を出た俺たちは、前になのはとすずか、後ろに俺とアリサという2列状態で歩く。横に広がると通行の邪魔だからしょうがないな。

というのは建前で、俺がアリサに後ろに来てもらった。

 

「でもアリサ、朝の話なら俺一応区切ったと思うんだけど。」

 

しかも我ながらそこそこいい感じで。正直あれ以上何を言えばいいのかわからない。

 

「ん、まあ、そっちはそうなんだけど、帝翔ってばあの後すぐ授業なのに飛び出してったじゃない。なんで?」

「あー……それかー…」

 

殺されかけた相手を学校で見かけたから追いかけました、なんて説明はしづらいが、不幸中の幸いと言うべきか。アリサはフォーミュラを使って直接的に殺しに来たのと別で、俺があの女に殺されかけたのを知っている。もっとも、アリサは姿を知らないのだが。

 

「まぁただんまりするつもり?」

 

ともかく、だ。この件についてはアリサに対して隠す必要がない。普通に説明しよう。

 

「いや、女が居たから…」

「…はぁ?」

 

いかん、必要な部分を端折ったらしい。

 

「え、何それ…あたし帝翔が何考えてるのか全くわからなくなっちゃった……」

 

結果ドン引きされてるが、果たしてこの引き方は10歳にも満たない少女の引き方なのだろうか?俺が小さい時の周りの女子はもうちょい頭パッパラパーだった気がしないでもない。いや、アリサが賢いってだけならいいんだけど。

 

「や、違う違う。ほら、例の事故の時の…」

「……あぁ、そういえばうちの制服着てたって言ってたもんね。」

「とっ捕まえてやろうと思って、思わずさ。」

「ふーん…」

 

事故の時の、と言ってからは真剣に話を聞いてくれる。この話についてはアリサも無関係じゃなくなる以上、適当ではいられないんだろう。…いや嘘だな、アリサがこういう時真面目な顔するのは、大体いつも友達の為だ。つまり俺だ。

嬉しさで涙のひとつも出そうだが、そうも言っていられない。

 

「アリサ、その子階段登っていってたんだけど、俺たちの上の階ってどの学年が使ってたっけ?」

「んー、そうねぇ…4年生から5年生、あと、そのもう1つ上に6年生ね。」

「範囲広いな…」

 

背格好から特定、といきたいところだが、小学生でまして相手は転生者。どんな見た目だろうとどの学年に居ても不自然はない。なのはから手を引け、って言ってたから、何なら同学年だと思ってたくらいだが、それは先週調べた時点で違うとはわかってた。そもそも本当に学校が同じだとわかったのも今日なくらいだ。

 

「…同じ学校ってわかっただけでも良し、ってことにするかぁ……」

「そうじゃないとうちの制服なんて持ってないでしょ。」

 

オタクを舐めてはいけないぞアリサ。下手すると衣装は自作するし、推しと同じ所に居るのがおこがましいってタイプのオタクなら制服だけ持ってるけど通ってる学校は別、なんてことも有り得るんだ。

なんて説明したら変なの扱いを受けるのは俺な気がしたので曖昧に返事をして受け流しておく。

 

「…ま、あたしの話はそれだけ。話したくないことの方はしばらく待つわね。」

「ごめんアリサ、そのうちちゃんと説明する。具体的には1年後くらいに。」

「何それ。」

 

笑って流されたが、至極真面目だ。1年後なら露呈してもいいと思ってるからな。

 

「なのはと話さないの?」

「ん、まあ、家隣だしこの後でいいよ。」

 

 

とは言ったものの、どちらかと言えばこのままアリサと話していたい気分だった。なのはとの話の方は、基本全面的に俺が悪いので憂鬱でしかない。…いや、そんなこと言う資格ないわな。隠し事を知られてて、その上その相手が友達で、魔法も使えるのに手伝わなかったって知ったなのはの方が多分キツいと思う。

 

ともあれ、暗い気分の時の時間が遅くすぎて欲しい、なんて体感時間を最大限に高めるこれ以上ないくらいのコンボだ。気づけばあっという間にすずかとアリサは別々の帰路に着き、お隣さんの俺となのはだけが一緒に歩いていた。

 

「………」

「………」

 

朝と同じ、気まずい沈黙が俺となのはの間に流れる。

いつまでも黙っている訳にもいかないが、話を切り出しにくい。それで朝の焼き直しになっては本末転倒だが、朝のように切り出しで被ったらどうしようと思ってしまう。

結果、互いに何も話せない悪循環。そのままなのはの家の前まで着いてしまった。

 

そのくせ話は何一つとして進んでいない。このまま帰るのもなんか…というようになのはも家の前で止まってるし、俺もそれに応じるように止まってしまっている。

…まあ、仕方ないか。

 

「……なのは。」

「う、うん?」

「とりあえずここで話すようなことじゃないし、公園でも行かない?」

「…うん、いいよ。」

「じゃあなんか…とりあえず、ユーノ連れてきてくれる?」

「うん、わかった。」

 

やっぱりこの話になってる間、なのはは笑顔を見せない。当然ではあるが、原因としては心が痛むばかりだ。

ユーノを連れてくる為に一度家に入るなのはを見送りつつ、話の切り出し方とどう話すかを考えることにする。我ながら小癪な気がするが、それはこの際言いっ子なしだ。

 

──と。

そんな時、肌を突くような感覚が迸る。敢えて言葉にするのなら、悪寒と言うのが1番近いだろう。ジュエルシードの感覚だ。

ジュエルシードの感覚なのだが…はっきり言って、全く見た覚えがない。今過ごしているのは、なんでもない日常の一幕だ。

つまり、

 

「…本編外、下手すると今まで本編で出たこともないやつだな……」

 

完全なアドリブ。歴史(アニメ)になかった展開だ。それも状況的には俺の存在が必ず折り込まれる。

 

「帝翔君!」

 

そう呼びながら出てきたなのはは腕にユーノを抱えており、言外に気づいているかと問うている。

そしてこうなった以上誤魔化すのは無駄、というか悪いくらいだ。

だからもう、この際諦めて一緒に戦おう。

 

「なのは、今度は俺も戦う。行こう!」

「うん!」

 

秘密を共有出来る部外者が見つかってか、あるいは初めて誰かと一緒に戦えることか…胸中を推し量るのは俺には出来そうもないが、昨日から──体感的には、ずっと前から見られていなかったような気がする嬉しそうななのはの顔を見て、どうでも良くなってしまった。

 

そうだな、俺なら未来を全部知ってる奴は気持ち悪いと思うんだもんな。それで気持ち悪がられたくないなら、未来を俺の知らないものに切り替えればいいだけだ。

最初っからずっと怖がってたことだけど、なのはの笑顔に比べたら安いもの。

これから戦いに赴くと言うのに並んで走るなのはの顔は、まだ何も言ってなくともどこか晴れやかだった。




アリサとすずかのキャラは、特にアリサは常になんか違うんじゃないかと思いながら書いてる。

あ、一応生存はしてます。
文章にしたいけど無粋だから書けない、みたいなことが大分多くて『書きたいから書いてるのに書きたいものが書けない…オタクとは一体…ウボァー』とかずっと言ってます。


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7話 3人目は魔法使いなの?

歴史が歪み始めているな…(世界の破壊者)
ではなく。
3人目です。誰がなんと言おうと3人目です。主人公だろうと1話から出てようと3人目です。1人目はなのは2人目フェイトは絶対。
3人目なので三人称視点チャレンジ。


高町なのはは魔法少女である。

魔法少女、と言われれば多くの人は何をイメージするだろうか?

少女が不思議なステッキを使い、フリルの多いファンシーな衣装に変身した姿だろうか。あるいは、衣装どころか髪や背丈さえも変わる印象がある者もいるだろうか。

 

高町なのはの場合は前者と考えて差し支えない。些か魔法少女と呼ばれるには露出が少ないと思う者も居るかもしれないが、そういう輩にはスケベの称号を授けるので悪しからず。

 

悩み多き、と呼ぶにはまだ幼いものの、だからといってそれは悩みがないと(イコール)で結ばれはしない。恐らく、と推測の話で申し訳ない限りだが高町なのははとりわけ悩みが多い方だった。それも常人にはあまりないものだ。

 

例えば、ユーノ・スクライア。

彼の助けになることに迷いはなく、またそれに対して後悔もしていない。毒づいたことさえも。

だが、魔法少女となって戦い回る日々に貯まる疲労や新たに発見した自分の可能性に自分が進む道を迷うことはある。

 

例えば、もう1人の魔法少女。

2つに結んだ金色の髪をした自分と同じくらいの少女が見せる表情に、何とも思わない訳じゃない。

しかし、最初に迷わず武力行使を行った少女に対してどう接するのか、まだ答えは出ていない。

 

例えば、アリサ・バニングスと月村すずか。

2人の親友の心配をよそに、秘密を明かすことができないことが心苦しい。

それでも、その秘密を明かすことは出来ない。そう思っているからこそ、心遣いが尚のこと胸に刺さる。

 

例えば、天坂帝翔。

数週間…もう1ヶ月になるだろうか。新たに増えた友達は、自分の秘密と戦いを知っていて、全て見逃してきた魔法使いだった。

助けて欲しかった訳じゃない。彼に危険な目に遭って欲しいとは言えないから。だけど、何も言ってくれなかったことが、心を直接握られたような痛みを与えている。

 

いいや、与えていた。

 

喜ばしくも高町なのはの悩み事の1つは、たった一日で解決の芽を見ていた。

隣で並び走る少年の顔を見て、何かを話す決心をつけたのだと。

そして、一緒に戦ってくれる友達ができたことが曇り空のようになっていた心を晴らす喜びをくれる。

ただ1つ心配事があるとすれば、

 

「帝翔君っ」

「何なのはっ、走ってるから短く頼む!」

「当たり前なんだけど、戦ったら危ないよ!?」

 

戦ったら怪我をするかもしれない。

危険かもしれない、のような曖昧な可能性の話ではない。もっと直接的に危ないのだと、そんな簡単な話を、ちゃんとわからないままであったなら友達に戦わせてしまう訳にはいかないと。

己のことを棚に上げ、そんな葛藤を胸に抱いていた。

 

「…そうだよ。戦ったら危ないんだ。それを知ってて、なのはがそれに入っていくのをずっと見逃してた。最初の1回から、止めもせず、知ってるとも、俺も戦えるとも言わずにさ。」

 

立ち止まり、表情に影を落とした少年になのはの足も止まる。

 

「違うよ、私は自分で───」

「違わないよ。なのはは、俺がやったら心配するようなことをやってたんだ。」

 

閉口する少女に、帝翔はだから、と結び続ける。

秘密にしていたが為に、誰も言わなかったことを。

 

「俺も戦うんだ。なのはが少しでも多く笑えるように。」

 

「……帝翔君…」

 

感動が表情と瞳に現れ、目頭が少し熱くなるなのはを見て誤魔化すように咳払いし、気恥しさを覚えた彼は軽口を叩いて流すことにした。

 

「それに、全部知ってた上に黙って見てたとか…もしバレたらアリサが怖い。俺はホラーが苦手でさ。」

 

「…あははっ!そっか!」

 

ほとんど変わらず、映えもしない表情から放たれるそんな言葉が、そして何故かそんな絵面がありありと頭に浮かんで思わず笑い出すなのはと、屈託のない笑顔を見て口元が緩む帝翔。2人でほんの少しの間笑い合う。

 

「…さぁ行こうなのは、一緒に出掛けるなら楽しいことの方がいい。危ないことはさっさと終わらせて、」

「うん、街の人も守らないとね!」

 

頷き合い、魔力を感じた元へと走る。

 

「(…ぼくも居るんだけどなぁ……)」

 

尚、これはなのはの腕に抱かれほとんどぬいぐるみと化していたユーノの思考だと記載しておく。

 

 

 

 

魔力を辿り、2人が走った末に辿り着いたのは八束神社。

妙に長い階段が疲れと共に印象を植え付ける少し広い神社だ。それを上ることに対する悪感情はあるが…

 

「(人が居たら危ないし、なのはの手前めんどくさがってもられないな…)」

「また神社…」

「ああ、そういえば俺が事故に遭った時の…」

「え?」

「え?…あっいやなんでもない!またって?」

 

マヌケが隠し事を晒しそうになったので慌てて階段を駆け登り、追いかけるように無垢な少女もまた登り出す。

そうしながらも、高町なのはは至って冷静で、合理的だった。

 

「ユーノ君!この上で間違いない!?」

「う、うん!間違いないはず!」

「帝翔君っ、それなら飛んだ方が早いんじゃないかな!?」

「もしかしてなのはって天才だったりする?」

 

とまぁ、そんな具合にアホが気づき、2人して自らの相棒とも呼ぶべき名を叫ぶ。

 

「レイジングハート!お願い!」

「クロッカス、セットアップ!」

 

応えるように少女と少年の掲げた宝石たちが自らの色彩を示すように輝いた。まばゆいほどに紅い光が、あるいは鈍重な闇のような紫紺の光が二人を包む。

実際に過ぎた時間は一秒にも満たなかっただろう。

だが、そこに小学校の制服をまとった少年少女はもういない。

 

高町なのはは制服から大きくはかけ離れていない、無垢な白を身にまとい。

天坂帝翔は白い制服とは打って変わって暗雲のようなダークカラーに変わる。その腕にある大きな爪のような装備を見て、ひいき目抜きに味方と判断する人間は恐らくいない。

だが、高町なのははそれが友達だと知っている。

 

「…そういえば帝翔君、セットアップって?私もあんまり考えずに言ってたんだけど…」

「あー…なんか魔法使いっぽくない?雰囲気作りとか…やる気スイッチ的なのだよ、多分。」

 

そういえばアニメで言ってたのいつからだっけ、と思う少年の心境など高町なのはが知るはずもなく、そんな他愛ない会話を交わすと二人の魔法使いは互いに顔を合わせ、短く頷き駆け上がる。階段ではなく、空を。

まるで滑るように飛行する2人はすぐに神社にたどり着いた。

だが、そこに居たのはジュエルシードに願いを叶えられた者ではなかった。正確にはそれも居たが、それは重要ではなかった。

 

ヘルメットを被った妙な奴が、弱り切った大きなカラスのような生き物の頭部を掴んでいたからだ。

それも、明らかに一般的とはほど遠い装いで。

 

予定調和のように(多分)二人のほうに目を向けてくるそいつを見て、予想だにしなかった人間の存在に揃って面食らってしまう。ただし、驚き方はそれぞれ違っている。

より具体的に言えば。

 

「だ、誰…ですか?」

「(フォーミュラ女…!?もう俺を潰すのに手段選ばなくなりやがったのか!?)」

 

そう、少年は…いや、この場合は男と言うべきか。彼は彼女を知っている。

なにせ一度本気で殺されかかった仲だ。とうに正気など失せたような環境で生きない限り、忘れたくとも忘れられないだろう。

 

何も知らない少女の疑問に答える声はない。その人間は雑にカラスを放り投げると、地に落ちるより先に槍のような蹴りを因縁ある男へと放つ。

 

「うぐっ!?」

「帝翔君!」

「こっちはいい!なのはっ、ジュエルシードを回収するんだ!」

「…わかった!」

 

それを間一髪、手に持ったイルカの頭に似た形状の先端を持つ杖で防ぎ、勢いを乗せ地を蹴れば、落ちることなく空へと飛び立つ。今や重力に反することは、この場の全員にとって当たり前となっていた。

それは当然、彼女にとっても。

 

「やっぱ追ってくるよな…!」

「気でも効かせたか?」

 

顔を隠そうとしていたそいつは、空に飛ぶなり…否、高町なのはから距離を取るなりあっさりと被っていたヘルメットを脱ぎ捨てた。

当然の如く2人は顔見知りだ。ことここに至り、人違いなど有り得なかった。

 

「空のドライブにもヘルメットって要んの?もしそうなら俺もなのはも逮捕案件だな。」

「…お前はなのはだけじゃなく、フェイトにも早々に関わろうとしている。もう少し様子を見てようかと思ったけど、見過ごせない。」

 

皮肉げな笑みをあっさりと無視し、その女は真っ直ぐに突きつけてくる。剣と、明確な殺意を。

本当に現代人か、とは男も今更口にしない。そんなことは以前戦った時から思っている。

だから、返礼は言葉ではなくその手の武器を突きつけ返すことで行う。ついでに挑発も兼ねて。

 

「──でもアンタさ、前俺に負けたじゃん。」

 

そこから先に返答はなかった。それよりも速く、鋭く、接近してきた少女の剣が振るわれる。

迫り来るその一撃を眺めながらも、天坂帝翔は場違いな感想を抱いていた。

 

「(……コイツ、黒髪じゃないじゃん。)」

 

薄い紫色、だ。それもどこか、無理やりに飾ったような。その髪色はサイバースーツの色とあまり合わないんじゃないか、と。

 

ガッギィイン!

金属がぶつかり合うような鈍い音が鳴り響く。実際のところ、それが何で出来ているかなど、普通の地球出身の所持者達にわかるはずもない。

だが、その恩恵は確かに活かされていた。

あるいは、目の前の男を殺す為に奮われた剣として。

あるいは、目の前の女を止める為に受け止めた杖として。

 

鍔迫り合いを不利と見たか女は即座にそれを切り上げると、何ら躊躇うことなく宣言する。

 

「──アクセラレイター・オルタ!」

「何!?」

 

天坂帝翔が驚いたのも無理はなかった。

それは、ほんの少し前に使い、そして他でもない天坂帝翔本人に破られた力だったのだから。

しかし、驚いている暇などない。発光し、男の視界から消失した彼女が空からの一閃でその身を2つに裂こうとする最中、彼女は聞いた。

 

《Anticipation》

 

と。

今度は逃すことのない、自らのとっておきを打ち砕いたらしい、その声を。




なんかダメでしたね。
女視点に続きます。


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8話 転生者の敵

女視点です。
転生して理想の自分になれたなら、別の名前名乗りたくない?自分じゃない誰かになりたいって悲しい欲求は残念ながらあるものなのです。


美しいものが好きだった。

 

ありふれた感性だと思う。

私は、多分どう贔屓目に見ても変人ではない。狂人でもない。もしそうなれたなら、と思ったことは何度もあるし、普通な自分が嫌になったことなんて数え始めればキリがない。

 

そんな私は生まれ直す前…生前は『魔法少女リリカルなのは』が好きだった。

別にファンタジーが好きだった訳じゃないけれど、たまたま出会ったそれにとても心惹かれていた。

 

始まりの物語も、続いていく物語も、将来の物語も、全部が好きだった。

だって、どれもとても美しかったから。

女の子達が?いいや、あの子たちが歩んで行った物語全てが、だ。出会いも、別れも、その全てが愛おしくなる。

 

死後、強い未練を残していた私が好きな世界に転生できる、なんて言われてもそこには行きたくない。私という不純物が入ることで、その世界を乱したくないと、本気でそう思っていたくらいだ。

だけど、女神が放ったたった一言で、私のそんな思いは変わった。

 

 

『生前好きだったのは魔法少女リリカルなのは?…あぁ、そういえばあなたの1つ前の男の人もその世界に転生してましたね。』

 

転生した。

それも男。

大方彼女たちが目当てか、もしそうでなかったとしてもどうでもいい。

 

『でもまあ、貴女が望むなら同じ世界でも違う時間軸に行けば、それで会わずに済みますよ?』

 

何も知らなかったらそれでも良かった。

というか、多分普通はそうやっているんだろう。

だけど、聞いたからには無視できない。と言うよりも、まさしく腸が煮えくり返る思いだった。

どうしてあんなにも美しい彼女たちの物語を、土足で踏み荒らそうとする?

どうしてそんな真似ができる?

 

怒りの混じった疑問ばかりが湧き上がる。

転生先は、1つ前の男が転生したリリカルなのはの世界で、その日の夜。

使う力はシステム・フォーミュラにした。枠は3つ使ったけど、人を殺すには魔法よりもこっちの方が向いていると思った。

 

そこまで考えて、自然に殺すと考えていた自分に驚く。

どこまでも一般的だと思っていた自分も、どうやら狂った所があったらしい。こんな形で露見しても、何も嬉しくないのが残念だ。

だけど、その殺意を否定する気は起きなかった。

 

そしてその日、私は子供になった。

ありふれた日本名は気取った横文字の名前に変えてみたし、黒い髪は、不自然のない薄紫色に。本当は青や深い紫にしようかと思ったけど、馴染んだ黒い髪からそこまで離す勇気はなかった。

転生というのは自由でいい。

 

「……ベルリア=エッセンス、か…」

 

自分で決めた名前ながら、違和感だらけだ。私にはネーミングセンスというやつがないのかもしれない。慣れるものなのだろうか?

エッセンスとは、真髄という意味だそうだ。ベルリアはただ思いついた名前がベリアルだったから入れ替えただけ。半分人殺しの為にここに来たようなものな私には存外丁度いいと思う。

人殺しの、真髄?

酷い名だ。本来のなのはの物語、とかそういう意味でつけたつもりだったけど。

 

何よりも不思議だったのは、子供ながらに生前よりも溢れてくる力だった。力、と言えばなんだか超自然的なものを想起するので、活力や筋力と言い換えてもいい。

どうやらシステムフォーミュラを扱う為の強靭な身体も手に入っているようだった。

 

そんな折、ふと外に何かを感じ取った。

見覚えのない部屋のカーテンを開き、窓の外を見れば白無垢のような憧れが…魔法少女、高町なのはが居た。

心が踊る、というのはこの瞬間のことを言うのだろうと本気で思ったが、それも一瞬だった。

 

この家のすぐ近くに、小さな男の子が居た。

平時であれば、だからどうということもなかっただろう。

けれど、今ここに魔法少女高町なのはの目撃者は居ないはずだ。

だからあれは。

紛うことなき、私の怨敵。

私が殺さなければいけない相手だ。

カーテンを閉じ、角張った三角状の私のデバイスを見る。

名は【エクスギアース】。

なのは達の物語を元通りに進める歯車となる為の、私の力。

この力をもって、私は転生したらしい男を殺す。

他に転生した奴が居るのなら、そいつも殺す。

私がなのは達の歩む道を守るんだ。

 

 

 

 

だけど、負けた。

1度目は、自分の心に躊躇いが残っているかどうかの確認を兼ねた、死ねばラッキーくらいの警告だった。

だけど2度目は、その恩恵をほとんど全力で活かして、ただ敗北した。

同じ転生者で、聞いていた通りならその恩恵に差などほとんどあるはずもないのに。

 

それからは、ただ見ているつもりだった。

いつか必ず、あの男を殺してやる為に、その機会を伺おうと。

でも、それはすぐに出来なくなった。あの男は、こともあろうに高町なのはとフェイト・テスタロッサの出会いにまでしゃしゃり出てきたのだ。

 

一度ほんの僅かに話して、コイツはなのは達を目当てにした色狂いじゃないのかもしれない、と思った。本物の命の危険を前にして、譲れないと言い切る度胸には感心する所もあったと、殺そうとした私でも思う。

 

けど、それだけ。

そこまでの思いであるだけに、私とは決して相容れないという確信も、同時にあった。

考えてみれば死後に持ち越すような未練、それが何かはわからないけどそれがぶつかり合うなら、譲歩なんてできる訳が無い。

そして人間というのはいつの時代も、譲歩のしようもない想いがぶつかりあったなら戦うより他にない。

どちらかが。

折れるまで。

 

 

 

 

 

横薙ぎ一閃、それで終わりだ。

たったそれだけで、私の宿敵は胴体と下半身が別れを告げる。

 

《Anticipation》

 

だというのに、忌々しい声が耳に届く。

それは最初の敗北、その最後の瞬間に聞いたものと同じ。

曖昧な記憶を辿り、その瞬間を思い返す。

 

あの時は、何も知らなかった。

反応されるなんて夢にも思わなかったし、ましてあそこから負けるなんて論外とさえ思っていた。

実の所、それ自体は今でもあまり変わっていない。

けれど、負けたからには認めなければならない。コイツは、アクセラレイター・オルタを使っても生き残るだけの『何か』を持っているのだと。

 

だから今度は油断しない。

一瞬たりとて目は離さないし、何があっても驚かない。

たとえばこんな風に。

 

──アクセラレイター・オルタの攻撃に対して、全身で回避してまるで普通の速度のように反撃してきたとしても。




なのはの最初の変身の時の帝翔は道端から部屋の窓を見上げていたので、薄紫と黒髪を見間違えてます(小話)


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9話 4人目も転生者らしい

果たしてこれを4人目にカウントしていいんでしょうか。タイトル詐欺。
今回から視点揺れ入れていきましょう
あと残念ながらデバイスの言ってる言葉なんぞわからないので、魔法以外は《》の中身を日本語にします。馬鹿晒していく。


ッガギン!

再び金属がぶつかり合うような甲高い音が鳴り響く。

起きたことそのものは至極単純だ。ただ少女──ベルリア=エッセンスが振った剣を(かわし)た天坂帝翔が反撃に鈍器のように手にした杖、クロッカスを振り下ろし、ベルリアがそれを受け止めただけ。

それ自体は単純行動の繰り返し。

異常だったのは、その速度。

 

お互いにその速度は一般的な人間、まして子供が出すそれではない。まるで全身が充分に加速したジェット機になったかのような超加速。そしてそれは速さだけではなかった。

 

「ぐっ、ぎぎ…‼」

「っ…!」

 

剣を一文字に構え、両手で支え受け止める少女は知っている。それが以前の自分の敗北した要因そのものであると。

だが、少女は知らない。万力を込め自分を打ち落とそうとする少年が、以前にもその勝利に代償を払っていたことを。

そして、今まさに、その激痛に耐えていることを。

 

「(なんて、力…抑えきれない…!)」

 

「づっあぁ…クロッカス‼速攻でケリぃつけるぞ!」

《わかりました》

 

叫ぶように自らの相棒を呼ぶ少年の声に応え、その足下に紫の魔法陣が現れる。

警戒するように鍔迫り合いを強引に打ち切り飛ぶ少女だったが、それに反して大きな現象は起きない。

当然、知らない。その魔法が、今すぐにでも絶叫したくなる痛みを一時的に抑えるためのものであるなど。

 

「サンキュー…」

《戦闘次第ですが、15分です》

「そっか、本当に速攻で決めるしかなくなったな!」

 

比喩でもなんでもなく、死線の最中少年は口元を吊り上げ、笑みすら浮かべながら叫ぶ。

 

「(笑ってる…?)」

 

当たり前のことだが、普通に生きている人間はよほど運が悪くない限り死線を潜り抜けるような経験はしない。

もちろん、その感覚に慣れるなどもっての外だ。

それは人を殺すと自覚してなおも揺らぐことのなかった少女、ベルリア=エッセンスも知るところであり、自身の異常な部分を知ったからこそその姿はよりおかしなものとして映る。

 

目の前で笑みを浮かべられる彼は、素人目に見てわかるくらいに素人だ。戦いに慣れてる素振りもない。

冗談じゃなく命の削りあいになるこの勝負、臆することが正常な場面で堪えきれない笑みを漏らす。

それはつまり。

この少年は。

性根から、殺し合いを楽しめる人間としてできている…?

 

「──だったらオマエは…なのはの側に絶対に居てはいけない……‼」

 

そんな人間とは真逆の場所にある美しい物語を愛している。

故にこそ、その存在は少女にとって容認できない、してはならないと思うには充分過ぎた。

 

「…一貫してそういうこと言ってるけど、そういうお前は何がしたいんだ、よっ!!」

 

一方でそんな殺意を向けられた少年は今にも絶叫しそうなほどの激痛を己のデバイスに抑えてもらいながらも、なお全身を駆け巡る痛みを噛み殺し、拮抗するデバイス同士のぶつかり合いを強引に突き放し、その切っ先を少女へと向ける。

高町なのはの傍にいようとする天坂帝翔と、高町なのはの近くにいるべきでない者を殺そうとする少女、ベルリア=エッセンス。

帝翔ににとっては名も知らない女の子、ではあるが互いに相いれない理想を持つ相手だと思っていた。

煮えたぎる怒りを込めたその言葉を聞くまでは。

 

だって、それではおかしい。お話が成り立たないのだ。

 

「お前だって転生したんなら、それなりの未練がないとおかしいだろ。」

 

 

 

 

 

恐らく読み流している、あるいはとうに忘れている諸兄方のために復習しよう。

この世界には転生がある。この俺、天坂帝翔がそうであるように。

あるいは、俺の前に立ち塞がるこの女がそうであるように。

だが同時にこの転生には大前提として、強い未練を残した者が選ばれる。女神の言っていたあの言葉に嘘がないのなら、この女のしていることは何かがおかしい。

なのはに近づくな、なのはの側に居てはいけない。一つ一つの言葉だけで見れば別におかしくない。正直、気持ちはわからないでもないしな。

 

だけど、転生してからずっとやりたいことがそれだとするとまるで話が変わる。

その目的は今は当たり前であっても以前はそうではなかった大きな壁がある。

次元の壁、すなわち高町なのはの実在だ。

今は友達としてほとんど毎日会っていて、毎週のように遊んでいたとしても、以前の…いや、生前の俺達にはそうじゃない。

 

なのはは、アリサは、すずかは。

ここに来るまで、俺たちにとって実在しない人物だった。

なら、その実在が前提となるこの女の行動は、それが未練故の行動だとしたら少なくともなのは達の為ではない。

 

交通事故に遭わされたその日からずっと疑問だったモヤモヤを、ようやく形にしてぶつけることができた。

そして、それを聞いたそいつは。

 

「……………」

 

鳩が豆鉄砲を食らったような、呆然とした顔をしていた。

なんだその顔?

まるで信用しきっていた機械が誤作動でも起こしたような…

そんな僅かな硬直を挟んで相対する中、目の前のあの女に複数の魔力弾が飛来する。

 

「…っ!」

 

よほど呆然としていたらしいそいつは、あんなスピードの中で生きてるくせに叩き落すこともできないままにそれを受けて上空へと浮かび上がり、入れ替わるようにそれを放った主が俺の方に飛んでくる。

 

「帝翔くん!」

 

「なのは、ジュエルシードは?」

 

「うんっ、ちゃんと回収した!それで…あの子、知ってる子なの?」

 

まだまだ元気!と言うようにガッツポーズを見せたなのはの視線があいつに向かう。そりゃあこんな状況だ。気にするなという方が無理があるというものだろう。

問題は、知ってる子かと問われれば知らないとしか言えないことだ。まさか俺と同じ転生者だよ言える訳もない。なんなら俺がそうだとも言えない。

 

「…っち」

 

そんな小さな舌打ちを聞いた。そして、なのはから視線をあいつに移す頃にはアクセラレイターを使って高速飛行で逃げていくのが見える。

追い掛けるか?いや、追いかけて何をする。さっきの続きを聞いたとしても、あの調子じゃ本人がわかってるかがまず怪しいぞ。

何より地の文じゃわからないかもしれないが、これでも全身が常に痛む。

今はこれで満足、くらいの結果は得られたとはいえそれで魔法の代償が消えてなくなる訳じゃないのだ。

つまり、時間切れだ。

 

「っふぅ……なのは、降りよう。」

 

なるだけ急いで、帰らなきゃならない。前は痛みのあまり気絶したみたいだから、そんなの外で来たらどうなるかわかったものじゃない。

 

「あ、うん…」

 

一方のなのははひとまず同意はしてくれたものの、その表情は晴れやかではない。そりゃまあそうだろう。

Q.あの子知ってる?

A.降りよう。

Q&Aが成立してない。聞かれたことに答えて欲しいと思うのは当然だ。しかし、悪いことに1分も無駄にできないくらいにはこの神社から家まで遠いのだ。のんびり話してたらまた気絶してなのはの家に運ばれそうだ。それはそれで悪くないな……いや悪いわ。

というか速攻でケリつけるとか言ったのにこれかっこ悪いな、なのはが聞いてなくて良かった。

 

隣に並ぶなのはと共に神社へと降りるが、当然俺の方は内心穏やかではない。何か理由をでっち上げて引き上げなければたちまち痛みにやられるだろう。

 

そんな風に考えたところで、一瞬そうではない考えも過ぎる。

何も難しいことはない。なのはに話してしまえばいいのだ。それだけで、1人になって痛みに悶えたところで何かが聞こえてもなのはは誤魔化してくれる。今やお互いが魔法を使えることを知っている以上、もう隠す必要はないのだから。

 

だから話してしまおうか?多分なのはは心配するし、その上でそれについて士郎さん達を誤魔化してもらってついでに罪悪感あるも抱えてもらおうか?

Noだバーカ。

とはいっても流石に目の前で不信感を抱かせずごまかせるほど俺のメンタルは硬くないので、二人で地上に降り立ち転身を解きながらなのはに話しかける。

 

「ふぅ…お疲れ、なのは。」

 

「ううん、帝翔くんこそ。」

 

どこか晴れやかに答えるなのはは青空のように眩しい。

いつまでも見ていたいが、

 

「ごめんなのは、俺ちょっと急用ができたからすぐ帰っていい?」

 

「えっ?あ、うん。」

 

「本当ごめん、色々あとでちゃんと説明するよ。」

 

言うだけ言って、踵を返して走り出す。

後ろでなのはが何か言ってた気がするが、それを聞いている余裕はもうなかった。聞きたいことなら、明日にでも聞けば済むだろうしな。

そして帰宅後。二回目ではあるが、長々とあの痛いのを説明することに需要は特にないだろう。

なので簡潔に説明しよう。

布団噛んで叫びを止めて悶えました。

ちなみに今回は気絶せずに耐えきった。バカみたいに痛いけどやるじゃん俺。

 

 

 

・・・

 

・・・・・・

 

・・・・・・・・・

 

 

 

ところ変わって高町家。

そのソファに俺となのはは並んで座っていた。

 

「なぜ俺はここにいる!?」

 

「わっ!?て、帝翔くん大丈夫?」

 

「あ、うんごめん。ビックリさせた?」

 

「大丈夫だよ。」

 

・・・・・・・。

 

「や、じゃなくて俺なんでここに?意識失ってたりはしなかったと思うんだけど…」

「帝翔くん、ほんとに大丈夫?なのはのお家までは自分で歩いてたよ?」

「なんですと?」

「なにそれ」

 

いまいち要領が掴めなかったので一通り説明を聞いてみたところ、俺の方も段々と思い出してきた。

つまりこういうことのようだ。

 

当初なのはは俺をまた夕飯に招こうとは特に考えていなかったらしい。だが、さっきの戦いを終え、神社から急いで帰った俺は、我らが聖祥小学校のカバンをすっかり忘れてきてしまった。

言い訳させてもらうのなら、そもそも荷物を持ってきてたことなんて頭からすっぽ抜けるくらいには、マジで切羽詰まっていたのだ。

それっぽい理由をつけるとしたら、なのはが一度家にカバンを置けたのもあって、余裕のなかった俺は釣られて忘れてしまったというのはどうだろう?ダメですか、ダメですね。

 

ともあれ、そうやって自分のカバンを忘れてダッシュで帰ったマヌケと違い、なのははそれを忘れていってることに気づいていたそうだ。というか、ちゃんと言ってくれたらしい。

そうか、後ろから聞こえたなのはの声はそれだったのか。

 

で、ここまでが切っ掛け。これだけでは高町家に訪問してる理由にはならない。

問題となる理由の方に移ろう。

 

 

 

 

 

『帝翔君、明日も学校あるんだからこれがないと困るよね?』

 

隣に並ぶ影もなく、聖祥大学付属小学校の3年生にして現在は魔法少女というちょっと変わった女の子、高町なのはは街の中にある神社の長い階段を歩み降りながら1人呟く。

否、1人ではない。

その小さな肩に乗るもっと小さなフェレット…?ことユーノくんがキュゥ?と聞き返すように首を傾げる。

常識に物事をあてはめ考えるのなら、小学3年生の女の子がペットの動物に話しかけているという、微笑ましい画だっただろう。しかし彼女の…彼女たちの場合は、少しばかりその常識と違っていた。

 

小学3年生の女の子は魔法少女であり、フェレットで通っているユーノは魔法生物であった。

1人呟く声にさえ、応える声はある。厳密に言うなら、応えるそれは空気を震わす音ではなく、いわゆるテレパシーのようなものなのだが。

 

(困る…とは思うけど、急用って言ってたしちょっと待った方がいいんじゃないかな?)

 

(やっぱりそうかなぁ……)

 

(うーん。でも急用が家ならすぐに届けられるし、一旦行ってみるのもいいかも。なのははもっと話しておきたいんじゃないかな?)

 

(それは……うん、ちょっと。)

 

(それなら、僕は1回届けてみてちょっとでも話せそうなら話しておいた方がいいと思う。)

 

思考によって伝える会話とは別に、そうすることで少しでも高町なのはの苦労を減らすことができるなら、一緒に戦ってくれる高町なのはの友達に頼るのもいいかもしれない、と器用に考えながらユーノは伝える。

元を辿ればこういう生活を強いるようになったのは、自分が原因であるという意識は彼の中でやはり大きい。

 

(う、ん…そうだね、そうしよっか。ありがとうユーノ君。)

 

(ううん、こちらこそだよ、なのは。)

 

そうして誰にも聞こえることのない会話を切り上げた1人と1匹は、小さなフェレットが少女の腕の中に収まる形で2人して神社を駆け下りていく。

 

 

 

 

 

そうして高町家…に戻る前に。

私、高町なのはは我が家のお隣さんで、一人暮らしらしいお友達の天坂帝翔くんのお家の前に来ました。

親友のアリサ・バニングスちゃんと月村すずかちゃんよお家にはよくお邪魔しますが、実は帝翔くんのお家に来るのはお隣さんながら初めてだったりします。

 

帝翔くんのお家は二階建ての一軒家、私たちみたいな子どもが1人で住むにはちょっと大きい気もするけど…それはともかく、帝翔くんの忘れ物のカバンを届けないといけないのでした。

 

「帝翔くーん、いるー?」

 

呼び鈴を鳴らして、外からちょっと呼びかけてみる。

反応を待ってみても、帝翔くんの声は聞こえてきません。

 

「急用ってお外ですることだったのかなぁ…」

「しょうがないよ、なのは。明日の朝、学校に行く前に届けてあげよう。」

「あ、うん。」

 

明日の学校の準備とかしようとしたときに、カバンがなかったら帝翔くんも慌てると思うんだけど…そうだ!

 

「お夕飯の時に…」

 

高町家に戻りながらユーノ君に思いついたことを言いかけたとき、キィ…とドアが開く音が聞こえました。

ちなみに高町家のドアは引き戸になっていて、ガラガラっていう音が鳴ります。だからこの音は帝翔くんのお家のドアの音で、

 

「…………………ぁぁ…なの…」

 

見てみたら、今にも倒れそうな顔色の帝翔くんがなのはの方を見ていました。

 

「帝翔くん!?大丈夫!?」

 

「……だぃ……」

 

大丈夫じゃなさそうです。

本当はお母さんとお父さんにも言って、カバンを届けるついでにお夕飯に帝翔くんを呼べたらいいなと思ってたりしたのですが、こんな顔をしている帝翔くんを放っておけないので…

 

 

 

 

 

「で、なのはの家に連れてきてくれた、と。」

 

話聞く限りほとんど無意識に対応してるな。あまりの痛みに意識飛んでたんじゃないか?情けなっ。

出来ることならそんなこと言ってないと言いたいところなのだが、困ったことに話を聞いてみると見覚えがある。見覚えがあり聞き覚えがあり、身に覚えがある。

 

「うんうん、そうなんだ。ちょっと休んだら顔色も良くなって、安心した〜。」

 

「心配かけてごめん、ありがとう。」

 

「ううん、どういたしましてなの。でも、帝翔くん本当に大丈夫?もしかして、その…凄く疲れるんじゃあ……」

 

家の中に居る桃子さん…つまり母親の方を気にしながら、言葉を濁して聞いてくる。

難しい聞き方だ。戦いが疲れるのかと聞かれれば、全然そんなことはない。というかもしそうなんであれば、なのはが日夜それをしていることを見逃していた俺にそんなことを言う資格はない。

 

しかし魔法が原因で疲れているのかと聞かれれば、答えはYESでもあるのだ。こうなった原因は間違いなく、クロッカスにしてもらってる無茶なブーストにある。原因自体は魔法であるせいで間違ってはいないものの、そこになのはが気に病むようなことは何一つない。

 

なら普通に考えてそう言えば良いのだが、こうなるとなのはの性格が厄介だ。こうなってるのになのはは関係ないと言ったところで、気にしないという器用な選択ができる子ではないのだ。背負いすぎで、優しすぎる。

かといって使ったらこうなる魔法があるんだよー、とか言ったらやっぱり1人でジュエルシードの問題を解決しようとするだろう。

 

詰みでは?

 

「…そっか…」

 

「いや、そういうんじゃないんだほんと。」

 

どう答えたものかと考え込んでいた沈黙がなのはにはYESに取れてしまったのだろう。隠そうとはしているが、少ししょんぼりしてるのが顔に出てしまっている。

そんな顔をさせたくないから、一緒に戦うと決めたのに。

 

「ただ…そう、なんていうか、コイツが凄くって、まだ慣れてないんだ。」

 

宝珠のような形態で手に収まるクロッカスをなのはに見せ、嘘はつかずに答える。

それを聞いたなのはが何を答えるよりも先に

 

「あら、それなぁに?」

「わっ!?」

 

お茶目お母さん高町桃子さんがソファの後ろから覗き込むように見ていて、なのはがビックリした声を上げてしまった。……いや、正直俺もかなりビビったんだけど。あらあら、と朗らかに微笑む桃子さんは普段笑った時のなのはの顔によく似ている。

 

「アクセサリーかしら。帝翔くんもそういうの好きなのね〜♪」

 

く、なんだこの恥ずかしさ…別に何も恥ずかしいことはしてないのに、この、小学生の時に女児向けアニメ見てるのかよ的なことを言われた時みたいなやつ…!

いい歳して魔法少女が好きな上に転生先までそうした身にはなにも反論できない。反論できないので一旦会話を打ち切ることにしよう。

 

「こんばんはっ、お邪魔します…というかしてます。またお世話になるみたいですみません。」

「いいえ〜、なのはのお友達だし、私たちも大歓迎よ〜。いつでも来ていいって言ったでしょう?」

 

なんなら、毎日♪と気分よく付け足す桃子さんに釣られて段々と気分が明るくなってきた。どうにもこの人の雰囲気は絆されるというか、不思議と和やかになる。

 

「体調の方はもう大丈夫みたいね。酷い顔色だったから心配だったのよ?」

 

いやほんと申し訳ない。そんなに酷かったのか。

 

「ご心配おかけしてすみません…多分貧血気味なんだと思います。」

 

「ちゃんとご飯は食べてる?」

 

「食べ」

 

朝:ヨーグルトとかか何も食べない

昼:パンくらい

夜:気が向いた時以外インスタント

 

「食べ………」

「そういえば帝翔くん、最初に一緒にお昼食べた時以外はいっつもお昼パン1つとか2つとかだよね。」

「なのは!?」

 

答えに窮していたところ、隣のなのはに事実上の解答をされてしまう。が、何も間違ってないので否定できるわけもなく…桃子さんに火をつけてしまった。

 

「育ち盛りの男の子がそんな食生活じゃだーめ!何もない時はうちに食べに来なさい!たくさん食べないとおっきくなれないわよ!」

「え、お母さんいいの!?」

「もちろん、なのはのお友達だもの。いつもこんな風に倒れそうになるんじゃ放っておけないじゃない?」

「ありがとうお母さん!」

 

叱られたのかお誘いを受けたのか判断に困る。

なのはがやけに嬉しそうなのが余計に困るのだが…正直、ありがたい。願ってもない、と言うのはあまりにも贅沢というか、恩知らずの物言いだが、こういうお叱りは心に暖かさが残る。

 

「……ありがとうございます、なのはのお母さん。」

「ええ、どういたしまして♪」




クリスマスも過ぎましたね。だというのに今もまだA'sはおろか無印5話にすら届いてないというカタツムリも甲羅を巻く遅さ、やかやかなる。
来年こそはクリスマスまでにA'sの1話にくらい辿り着いておきたいものです。目標があまりにも雑魚ですがクリスマスにはシャケを食ったのでそこは雑魚ではなく鮭ということでどうぞ1つ。本懐を遂げたギャングラーも満足してくれているでしょう。

ちなみに筆者はクリスマスをひたすら家で過ごしました。なのは達と過ごすクリスマスはどこにあったのか。脳内か?脳内か。
じゃあ実質クリスマスをなのは達と過ごしたリア充ということで、対戦ありがとうございました。

ちなみにこれを投稿する時には既に大晦日です。はよやれ。


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9話 4人目も転生者らしい・サイドB

伏線とか特にないし、先のことも特に考えずに書いてるのでもうめちゃくちゃ。その場のノリで書いてるところありますね。どうしよ。


私、ベルリア=エッセンスは高町なのはを中心に紡がれるリリカルなのはの物語が大好きだ。

嘘偽りなく、愛していると言ってもいいとそう思っていた。

そう、思っていたのだ。今日までは。

時間を掛けても尚やはり人を殺すことに躊躇が持てなかったことからして自分自身が歪んでいることはそれなりにわかっているつもりだった。だというのに、今ほど自分の事がわからなくなったことはない。

 

今は自分の家となった、まだどうにも慣れない自宅の鍵を開けて中に入る。どうせ誰も居ない家だ、日も沈んでないうちからリビングに用はない。階段を一段一段上がりながら、考える。考えてしまう。

 

私は、自分がこのリリカルなのはの世界に転生した理由がわかっていない。

もしもそれに意味をつけるとするのなら、やはりそれは2度に渡って戦ったあの少年…いいや、それは見た目だけの話か。あの男を殺すことこそが転生した意味なのだと、胸を張ることは出来ずとも断言することはできる。

ただしそれは意味だ、理由ではない。

 

正体を隠すために着ていたジャージを脱ぎ捨てる。ヘルメットは…捨てたきり置いてきてしまった。回収しに行くか…?いいや、顔も見られた今じゃ役にも立たないし捨てに行くだけにしよう。それよりも、今はシャワーを浴びたい。

 

夕方にもならないうちにシャワーをのんびり浴びられることに誰に向ける訳でもないちょっとした優越感…贅沢感?を覚えつつ、着替えとタオルを手に階段を降りる。

木製のそれを踏み降りながら思い返す。忌々しくもあの男が放った言葉がどんな意図を持ち、どんな疑問を持ち、何故ぶつけてきたのか。それはわかるつもりだ。

 

─────お前だって転生したんなら、それなりの未練がないとおかしいだろ──

 

その通りだ。普通の人間の私には詳しいことは何もわからないけれど、それでも生前のあの世界においては狂おしいほどの未練を持つことが転生の条件だったはずだ。それを解消して、好きな世界でその生を終えさせることで安全に輪廻に入れるとか、なんとか。

 

つまり、私にも相応の未練がある筈だ。なぜならあの男を殺すという理由は死後転生出来ることを知ってから得たものであって、最初から持っていたはずがないのだから。

だというのに、それほどに強い未練なのに、他に何があるとも思えない。

 

そしてそのせいで、私は戦う理由…転生した意味さえも少しずつ失いつつあった。

眼を見ればわかるだとか、剣を合わせればわかるとか、そういうファンタジーな見分け方ではないけれど、あれは紛れもなく、少なくとも私の方からは殺し合いだった。

それに怯えもせず打ち合って、以前にも思ったことを確信した。

あれはなのは達目当ての色狂いとか、そういうのじゃない。

 

そもそも基本的に、人間誰だって戦うのは普通怖いのだ。最初から何故かかなり覚悟決まり気味だったなのはみたいな例が特異なだけで、私だって戦うのは怖かったりする。

それでもやるのは、やらなきゃいけないと思っているからだ。いいや、今は思っていたと言うべきだろうか?

そしてそれは恐らく、あの男も同じ。

何かどうあっても成したい事があるから、ああして戦うのだろう。

 

それを、この戦う理由さえ朧気な私が殺して叩き折ってしまって良いのか?そんな躊躇いが私の中に生まれている。

考え事ばかりしてるうち、無意識にシャワーを浴びる準備がバッチリだったので栓を捻り、人工的な雨のようなお湯を浴びる。

 

泥のようにこの思考も流れてくれないだろうか……

そもそも、どうして私はあいつを殺さなきゃいけないんだっけ…なのは達に悪影響を及ぼさないなら、それでいいじゃ──

 

寒気が走る。忘れてはならなかったものが襲いかかってきたかのようだ。

何故殺さなきゃならないか?そんなもの決まっている。なのは達の物語が、変わってしまうかもしれないからだ。

私はリリカルなのはの物語を愛している。何故か?美しいからだ。

それを奴がぶち壊しかねない。

 

理由は見失った。意味も正直危うい。だけど、奴は殺さなきゃダメだ。奴の存在でもしこの先、なのは達が解決するはずだった事件が1つでもおかしくなったらどうする?美しくなくなってしまったら、その時にはもう手遅れだ。

 

未練なんかどうでもいい……とは言えない。それはそれで大事な事だ、ちゃんと思い出す。だけど今はそれよりも大事なことがある。

 

シャワーを止め、顔に掛かった水滴をタオルで拭き取りながら今一度確認する。

私の意思を。

私の殺意を。

 

「……私はあいつを殺す。何があっても、いいや、何かがある前に。大きな影響になる前に、必ず。」




シャワー周りの話いる?いらない。


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やさしいじかん

タイトル変えた。


正直、今日を含めて何もない時は食べに来なさいと言われたときああは答えたものの、流石に士郎さんか恭弥のどっちかに何らかの苦言を呈されるんじゃないかと思っていた。お世話になりっぱなしだが、普通に考えてここまでしてくれてるのにこの上更にとか社交辞令以外では考えにくかったからだ。

ところが高町家はその考えにくい方だった。

美由紀は勿論のこと、士郎さん、恭弥まで二つ返事でOKを貰ってしまった。どうやら俺が自分で考えてた以上に小学生の一人暮らしというのは他人でも心配らしい。

 

そうだな、普通に考えてとか言い出したら娘の友達の小学三年生が一人暮らしでよく顔色悪くなる上にご飯もちゃんと食べてない、となればこうなるのはむしろ自然なのかもしれない。そこまで頭が回らなかった俺の落ち度だ。

 

とかなんとか御託を並べてみたものの……高町一家と囲む食卓は楽しくて、毎日こう出来るならそれはとても嬉しい、というのが素直な感想だった。誰かと話すのが、とかじゃなく、この家の暖かさに囲まれるのは心地いい。

 

俺が席に加わったことで今は椅子が6つあり(1つはうちから持ってきた)、広いテーブルの中桃子さんと士郎さんが並んで座り、その反対側で恭弥と美由紀が並んで座り、それぞれの隅っこで俺が桃子さん士郎さん側、なのはが恭弥美由紀側で対面して座っている。ちなみに桃子さんの料理自体は頬が落ちるほど美味しい。

 

「どう?帝翔くんのお口にも合うといいんだけど」

 

桃子さんが感想を求めてきた。合うといいんだけど、という口振りの割りには楽しみにしたような表情を見るに、料理の腕には自信があるのだと思う。

実際、その自信はしっかりと実力が伴っていて、取り繕うまでもなく自然に言葉がこぼれ落ちた。

 

「んっく……すごくおいしいです。なのはのお母さん、料理凄い上手なんですね。」

 

「あらあら…♪」

 

「そうだろそうだろう、母さんの料理は高町家の自慢だ!」

 

「もう、あなたってば♪」

 

おかしい、素直に受け答えしたらあまりにも自然に惚気られた上にそのまま新婚ムードでイチャつかれた。

少し呆気に取られて唖然としてると、向かい側のなのはがちょっと引きつった笑いを浮かべながらこっちに手を合わせてくる。

 

反射的にお皿を見てもご飯はまだまだ残ってるし……ああ、代わりに謝ってるのかこれ。多分ごめんねお父さんとお母さんが困らせちゃって、とかそんな感じだろ。

 

「もー、お父さんお母さん、今は天坂くんも居るんだよ?」

 

「お、おー、すまんすまん、でも母さんの料理が美味しいのはちゃんと…」

 

「父さん、天坂君も美味しいと言ってるんだから、そう何度も言う必要はないんじゃないかな。」

 

「う、うむ…」

 

これ家族以外に奥さん自慢できるのが嬉しかったんだな。ペット自慢する人がやりがちなやつだ。

ずっと聞くのは正直アレだけどちょっとくらいならむしろ聞きたい。

問題は聞き始めたらちょっとで済まずに長くなりそうなことなんだけどな。だからこうして美由紀と恭弥が止めてくれたんだろう。

 

「あはは、帝翔くんごめんね?」

 

「いいよ、本当に美味しいしさ。」

 

ちょくちょく話しながらでも箸が進む。確かにこれは、誰かに嫁自慢のひとつもしたくなるだろう。

そんなこんなで、ご馳走様でしたと告げる時まで高町家の談笑に混ぜてもらって楽しく食事できた。あまり笑えない俺のことだから、楽しんでないように見えていたらどうしようと思ったりもしたのだがどうにも杞憂だったらしい。ひょっとするとなのはから何か聞いていたのかもしれない。

 

で。

 

 

「……ん?なあ母さん、なのはと天坂くんは?」

 

「2人ともなのはの部屋に行きましたよ。」

 

「んん…そうか。」

 

 

 

初めて同年代(※ただし現在の戸籍に限る)の女の子の部屋に来てしまった。

なんかいい匂いしてる気がする。

 

「入って?」

 

「う、うーん?」

 

うーんってなんだようんでいいだろ。いかん、ちょっとテンパってるな。

 

「ごめん、ちょっと入る前に深呼吸させて。」

 

「えっ?」

 

なのはに心底なんで?って顔されたけど気にしない。というか気にしてる余裕はない。大きく息を吸って、吐いて…

 

「よし。じゃあお邪魔します。」

「あっ、うん…あはは、変な帝翔くん。」

 

笑ってくれたのか笑われたのかどっちだ。

さておき、招待されたからには遠慮なく入ることにする。もう家にはいる訳だし、関係性が友達な以上ここでうだうだ言う方が変だからな。

 

「ごめんね、散らかってて」

 

どこが散らかってるんだろう…まさかあの落ちてる黄色と青の2つのクッションのことを言ってるんだろうか。

そう思いはしたがぐっと呑み込むことにして、本題に入ろう。

 

「全然大丈夫。それで、部屋まで呼んだってことは夕方の話の続き…で合ってる?」

 

「うん、そろそろ聞きたいなって。」

 

学校で話す訳にもいかないし、リビングで話してもなのはの家族に聞かれる。ユーノも居る状況で話す選択肢としては妥当なところだ。

 

「もちろんいいよ、もう変身したところまで見せちゃったし…そうだな、何から話そうか。」

 

「君の魔法との出会いを聞かせてくれないかな。」

 

フェレットが喋ってる。

ではなく、ユーノが話に入ってきた。元々なのはの部屋を選んだのはその為でもあったし当然だが、いざ喋ってるとこに立ち会うとなんか度肝抜かれるな。生で動物が喋ってるとこ見るなんて経験ないだろ。

 

「出会い、出会いか……」

 

1度死にました、だけど転生して2回目の人生を歩めることになったので、好きな魔法を選んだデバイスを持って来ました。

なんて馬鹿正直に言えるはずもない。ここはでっち上げなきゃならないのだが、後々のこと考えると適当なことも言えない。出来るだけ偶発的な答えとなると…

 

「拾ったんだ。」

 

これしかないわな。

 

「拾った?」

 

「そう。海鳴に来て、折角だからと思って散歩してる時に道でキラッと光るのが見えたから寄っていったら宝石みたいなのが落ちてて…」

 

俺のズボンのポケットの中から光の翼を携えた紫の宝石が飛び出す。

 

「それがこのデバイス、クロッカス。それで拾ったらクロッカスと相性良かったらしくて、話しかけられて、以来一応魔法使い…って感じ。」

 

「へー、それじゃあ私と似てる、かな?」

 

「んー…どうだろう、ユーノみたいな本場?の魔法使い?に会ったりしたわけじゃないし、なのはみたいにこの人の力になりたい!…みたいな立派な志みたいなのがあるでもないから、そうでもないかも?」

 

「あ、あはは…立派とか大げさだよ?」

 

照れくさいのか困ってるのか、微笑みを浮かべるなのははいまいち判別に困るが、その感想に関しては嘘はない。

事実、立派だと思う。

 

「立派だよ。…ユーノと出会って、魔法と出会って、人のために体を張って…誰でもできることじゃない。」

 

「そ、そうかな?」

 

「そうそう。」

 

ふと目をやるとクロッカスの前になのはのレイジングハートが出てきてなんか浮いてる。あっちはあっちで会話でもしてるんだろうか?

 

「…改めて、ごめんなのは。」

 

「えっ?」

 

「ほら、俺家がここだからさ。なのはが初めて転身した時、ユーノの声が聞こえてたから見えるところまで行ってたんだ。そこでなのはがこうなってるのも知った。それで……」

 

話そうとして顔を上げ、なのはの純粋でまっすぐな瞳と視線がぶつかる。言おうとしていたホラ話が、口をついて出なくなってしまう。友達に、嘘をつく。今更な罪悪感が、本当に今更になってのしかかってきたような気分だ。

 

「うん…それで?」

 

それでも、なのはの声は優しい。自分が今までやってきたことを知った上で秘密にされていた、ということに対してこの女の子は怒らない。きっと、自分も秘密にしていたからだろう。

だけど、危険に巻き込まない嘘と、危険を黙認する嘘とでは重さが違う。

 

「……なのは、なんで怒らないんだ?」

 

「え?」

 

思わず問いかけた言葉に首を傾げるなのは。質問の答えではなく、頭に浮かんだ疑問の方をぶつけてしまった。

質問を質問で返すな、とはよく聞くのに自分の立場になってみると上手くいかないものだ。

 

「今日戦う前にちょっと喋った時にも思ったんだ。なのは、俺がこのこと話しても嬉しそうにすることはあっても怒ったり、悲しんだりって感じじゃなかった。普通怒るだろ?」

 

何せ言葉を選ばずに言えば、見捨てられていたようなものだ。俺の方からは大丈夫だと知ってたとはいえ、なのはから見ればそんなの知らないに決まっている。だというのに、まるで怒ることなく、自分が戦っていたのも棚に上げて戦ったら危ないなどと言う。

 

「んー…えっとね?ほんとのこと言うと、結構ショックだったんだ。すずかちゃんのお家に遊びに行った日…あの子と会った日、帝翔君が知ってたこととか、ほんとは魔法を使えたこととか、色々。」

 

だよな、と口には出さず肯定する。

 

「でも、その時にもちょっぴり嬉しかったの。お父さんとお母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、アリサちゃんにも、すずかちゃんにも…誰にも話せなかったこと、初めて話せるお友達が居たんだって。」

 

「…や、それとこれとは…」

 

「それからちょっとだけ考えて、もしも最初から一緒に居たらって思って…やっぱり、危ないことだから巻き込みたくないなって。それでも帝翔君はすずかちゃんのお家で私を助けてくれたでしょ?怒ったりなんか、するわけないよ。」

 

「…………。」

 

絶句。

言葉が出なかった。優しさに触れて、とかじゃなく。

その優しさの、歪さに。

今となっては何もしなかった自分に腹が立つ。どうせ最後には変えるのだから、最初から一緒に居るべきだった。

わかっていたのに、知っていたはずなのに。

なのはの優しさに、なのは自身は勘定されてないと。

 

「ありがとう、なのは。でも、これからは一緒に戦う。」

 

「…うんっ」

 

「けど。」

 

「?」

 

今ならアリサのなのはを放っておけないという気持ちがよくわかる。全くもって、賢しい女の子だ。言語化できるか、意識してるかしてないかは知らないけど、こういうところをとうに見抜いているのだろう。

 

「とてもずっと見て見ぬふりをしてた俺が言えたことじゃないけど、なのはが俺がもし戦ってたら心配してたように、なのはが戦うと心配する人もたくさん居る。」

 

そんなこと、俺が言わなくてもわかっているから誰にも話せない秘密にしているんだろうけど。

 

「だからなのは、これからは俺もいる。誰も心配されないくらい、ちゃんと自分も守って、学校もジュエルシード集めも頑張ろう。」

 

そういう自己犠牲も治して、と言おうと思った。

だけど、きっとそれは言う時は今じゃないし、言う人は俺じゃない。

まだ自覚はないだろうから、これからのいつか、その時に伝えよう。

 

「うんっ!」

 

そんな明るい声と笑顔で応えるなのはを見て、そう決めた。

願わくば、俺がその自己犠牲を埋められる腕になれるように。

 

 

 

 

 

 

随分と長居をしてしまった。

なのはがお風呂に入る時間が来たのもあり(聞いてめっちゃドキドキした。やっぱりロリコンなのかと凹んだ)、今日はお暇することに。

あまりお世話になるのは申し訳ないのだが、不思議とこれからもお世話になる気がしてならない。

 

当然各々用事はあるので、靴を履いてから玄関までわざわざ見送りに来てくれた桃子さんとなのはに向き直る。

 

「えっ…と…なのはのお母さん、ご馳走さまでした。夜ごはん、とても美味しかったです。」

 

「いーえ、久しぶりに家族以外にも食べてもらえて私も嬉しかったわ♪さっきも言ったけど、育ち盛りの男の子なんだからいつでもうちに食べに来ていいのよ?」

 

小学生の一人暮らしなんて、凄く大変なんだからと少し唇を尖らせて言う。俺に怒っていると言うより、文字通りの方で親の顔が見てみたい、といった調子だ。

非実在で申し訳ない。

というかこの転生のシステム便利すぎるな、どうなってるんだ。

 

「ありがとうございます、またぜひお邪魔します。なのはのお兄さんとお姉さん、お父さんにも…」

 

「私から伝えておくわね。それと帝翔くん、明日のお弁当はある?」

 

「?はい、またパンを…」

 

いかんやった。

口を(つぐ)んだ時には既にニッコリ笑顔の桃子さんがタッパーを差し出していた。

 

「そう言うと思って、はい♪急だったから今日は晩ご飯の残りになっちゃうけど、明日のお弁当に食べて?」

 

「いや、流石にそこまでしてもらう訳には…」

 

「遠慮しないの!」

 

やや強引に持たされてしまった。

こんな人だったっけ?…いや、俺が遠慮するだろうと思って気をつかってくれてるのか。

いい人だなぁ…

 

「……ありがとうございます。いただきます。」

 

その優しさがしみじみ嬉しい。

 

「帝翔君」

 

微笑んでくれる桃子さんの隣で笑っていたなのはが声をかけてくる。

そして、夜だということさえ一瞬忘れるような、青空を想起させる優しい笑顔で

 

「また、明日ね。」

 

そう言ってくれた。

 

「…うん、また明日。」

 

 

話せて、肩の荷が降りた。それは俺の勝手かもしれないけど、もしそれでなのは喉のつかえも呑み込めたのなら、何よりもなのはの心を軽くできたのなら、今はそれが1番嬉しいと思える。

手を振って別れ、桃子さんのお風呂入ってきて、という声を聞きながらすぐ隣の自宅への1分と掛からない短い帰路を歩き、夜空を見上げる。

雲一つない、月のよく見えるいい夜で。

今夜はよく眠れそうだった。




誕生日おめでとう、なのは


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ここ海鳴は湯の町らしい・前

頭の中ではエースまでいってます。敗北者ではありません。多分。


日本国内は全体的に連休を迎えていた。

サービス業に休日はない、というのが残念ながら通説であり、高町家が経営する喫茶店【翠屋】も例外ではない。

しかし、当の高町一家はというと店を他の店員に任せていた。

さてそんな高町さんのお家がそんな連休に何をしているのかというと。

 

 

その日はサンサンと輝く太陽が青空に眩しく、翳り(かげり)などないというほどに光が照らす日だった。

雲ひとつない青空の下、2台の車がエンジンの音を鳴らし他に車の通っていない道路を走る。

そこに乗っているのは高町家一同、月村家からすずかに忍さん、メイドのノエルとファリン。それにアリサと、ユーノ、俺こと天坂帝翔である。

と言ってもユーノは籠に入れられて俺の膝の上なんだけどな。女の子じゃなくて悪い。

 

昨今の車は静かに走るもので、かなり裕福な家である友達の家はそういう車ではないかとも思ったりはしたが、よく考えるに日本の技術進歩は1年単位でどんどん進歩する中、ここは俺が居た時代よりそこそこ前だということに気づいて思い直した。裕福だろうがんなもん持ってないのが普通なのだった。果たしてこの友人達とその家族が普通であるかと聞かれれば首を傾げるが、まあ普通なのだろう。

 

ところで日本語の擬音語である、太陽が照り輝くことを示すところのサンサンというのは英語のSunから来るものなのだろうか。あるいはそもそも英語でSunと言うのが大昔の人が太陽にサンサンとしたイメージを持った結果生まれたものなのだろうか。こんな誰にでも思いつきそうなことはもう明らかになっているのかもしれないが、残念ながら学のない俺にはさっぱりわからない。

 

そんな益体もないことをこの十数分、ずっと考えていた。

 

物事には理由があるものだ。よってこんな思考自体に意味はなくとも理由はある。1人で延々と思考をこねくり回すことになった方に。

 

聡明なる第三者が居たならきっとわかるのだろうが、ここ最近の週末俺は大体いつもなのは達に遊びに誘われてはホイホイ乗っかっていた。

この休日もそんな例に漏れず、普通に遊ぶものだと思いお呼ばれした訳だ。アニメで明確な日付なんかがほぼ言及されてないのが災いした。「外でお泊まりだからお着替えも持ってきてね」なんて言われてもまだ気づいてなかった(しかもテンション上がってウッキウキで準備した)今朝の俺に説教してやりたいところだ。というか小学生にそう言われたら気づいても良さそうなものだが…外泊な上になのは達と遊ぶなら夜は一人だとテンションが上がってしまったのだった。陰キャは1人の自由時間が好きなのだ。

 

いや、強がりではなく本当に別段困ったことはない。ここはエロゲじゃなければ(とらいあんぐるハートではない)ラブコメ時空でもない(ToLOVEるでもない)ので、一緒にお風呂とかそんな都合のいいことは起きないのだ。そんなことが許されるのは動物になってるユーノだけである。動物に生まれ変わりたいなぁ…

 

さておき、そんな感じで困ることはないのだが、さしあたっての問題は今乗ってる車の席順がなのは達の1つ前、美由紀の隣であることだ。座席の順番で言えば運転席になのはのお父さんこと士郎さん、助手席に同じくなのはのお母さんこと桃子さん。次いでその後ろの席、運転席の後ろの席が美由紀。助手席の後ろが俺で、最後尾になのは、すずか、アリサの仲良し3人組といった具合だ。ちなみに恭弥は月村家の車の方。席順なんかは見ると忍さんと恭弥のイチャコラを見て「リア充爆発しろ」と思うのが目に見えてるので見ていない。リア充爆発しろ。

 

ともあれ、美由紀も気をつかってくれてちょくちょく話は振ってくってくるのだが、年下なのに年上、しかも友達の姉という何とも言えない相手にどういう接し方をすべきか持て余している、というのが実際の所だった。有り体に言うと話しかけにくいし反応しにくいしで気まずい。俺って人間はどこまでもクソザコミュニケーション能力のようだ。

 

これは伝わる人にしか伝わりにくい感覚かもしれないが、車というのはなんとなーく隣の相手以外には話しかけにくい。それが簡単に出来るのは修学旅行のバスで後ろに仲良い友達が居る時くらいのものだ。ちなみに俺はそういう時大概いつもそれらしい友達が居ないので1人で寝てた。なんだそれ地獄か?

 

という訳で振られた話に相槌を打つくらいのことしかできず、結果話さなくなってきた時間を潰す為にどうでもいいことを延々と考えている。いや、なのは達に話を振る形で助けを求めればそれで住んだのかもしれないが、女の子が三人よれば文殊の知恵より姦しいのは当然であり、そこに男が入れば(なぶ)られるのは世の常であり、突っ込まぬが吉なのは自明の理だった。端的に言うと談笑してるのに割り込めない。いわゆる最悪の選択肢というやつではなかろうか。

 

 

高町家はこういう連休の時、家族で2泊の旅行に行くそうだ。恭弥の彼女である月村忍さんが来るのもそうおかしな話じゃないだろう。だから、ここですずかが家族ぐるみで(親は抜きにしても)来ていることはおかしくも何ともない。彼女と温泉旅行とか爆ぜろと思わなくもないが、それは一旦置いておく。

アリサは連れも居ないが、なのはの親友だ。月村家、即ちすずかが来るとなれば呼ばれるのは自然なことだろう。

そのメンバーで2泊の旅行、というのが高町家のいつもの旅行プランなのだとなのはが嬉しそうに話していた。

 

めっちゃ気まずい。

 

女子親友同士、恋人関係もある家族で一緒に旅行に行くのはおかしくない。

俺が呼ばれたことについても、訳が分からないということはない。魔法を使えることを隠さなくなった今、ジュエルシード回収の競合相手、金髪の魔法少女フェイト・テスタロッサや未だ名前も知らないままのフォーミュラ女、あいつに警戒する意味も込めて同行することになるのは何らおかしいことではない。関係性が友達である以上、誘われることにも不自然はない。

 

しかし、それはそれというか…なのは達が話してることに気をつかってくれて美由紀が話しかけてくれ、それを見てか(あるいは元々そんなつもりがないのかはわからないが)なのは達もわざわざ前の座席の俺に話しかけては来ない。

結果、あんまり話すこともできず気まずい空間が出来上がっていた。美由紀に申し訳ない。

 

(───どうかした?)

 

ふと、頭の中に声が響く。ユーノの声だ。

俺が魔法を使えることを隠さなくなったから、ユーノもまた俺には念話をするようになった。

 

(いや、なんとなく気まずくてさ。そもそも旅行なんてあんました事ないし、何してたらいいかわからないんだ。)

 

(ああ…うん、女の子しかいないと、どう過ごしてたらいいのかちょっと困っちゃうときあるよね。)

 

流石俺の転生がなければこの時点では事実上唯一といってよかった男手(姿はフェレットだけど)、説得力が違う。そしてまさしくその通り。

とはいえ、なのはの気遣いを無碍にはできない。美由紀の話を繋げなかった時点で割と無碍になってる気もするが、だから割り切っていいという話でもない。なのはの日常に警戒しなければいけない物事を持ち込んだ責任もあるし、せめてしっかり楽しんでいると見せないと。

 

「ねね、帝翔君。」

 

そうして意識を戻した傍から美由紀に話しかけられた。

まずはちゃんとコミュニケーションを取るところから始めなければ。転生してるのに人生経験周回遅れになってる気がするのは目を逸らしておこう。

 

「学校でのなのは、ってどんな感じ?」

 

こういう連休の時にこうして外泊に行くのが恒例行事になっているのなら、そういうのはアリサやすずかに聞いていてもいいものだと思う。

いや、違うか。

これ質問の前に「天坂帝翔から見た」って前置きが挟まってるんだな。そうなれば俺にしか答えられない質問だ、よしきたお任せあれ。

 

「んー…」

 

雰囲気が柔らかくて、明るくて、人当たりが良くて、問題らしい問題もなく成績も良い、強いて言えば運動神経がちょっとダメな方かもしれない…?改めて並べたら凄いな、なんだこの完璧美少女。

 

「たぶん、家っていうか…普段と何にも変わらないですよ?」

 

「ふーん…?」

 

・・・・・・。

圧倒的雑魚…ッ!

求められてたのこういう答えじゃないのわかってただろそんな当たり障りない答えは求められてないんだよ。大喜利した方がまだマシだったぞ。

 

「じゃあさ、普段のなのはは、どう見える?」

 

ほらそれ、そういうの聞かれてたんだよな。気を遣わせてばかりな上に同じ質問を二度させてしまって本当にすまない。

普段のなのは、だよな。普段のなのは…

 

「…青空みたいです。澄んでいて、温かくて、明るくて、優しくて、でもたまに青空ではないかも?って思わせてくれるようなちょっと困ったり自信なさげな所が逆に素敵だったりして、凄く………」

 

なんか後ろ静かじゃないか?

思うままに口を開いてすぐにふと冷静になった。さっきまで姦しく話していた後部座席の3人の声が聞こえない。

心なしか首がちょっと硬くなる。体感的にはギ、ギ、ギという音が鳴っているような有様で後ろを見た。

 

「あ、あはは…」

「ふーん…」

「わぁ…」

 

仲良し3人組が三者三様の反応を見せていた。なのはは自分のことを人から聞くのを慣れてないのか顔が赤いし、アリサはその、何?その顔マジで何わかってるじゃんとわかってないわコイツみたいな微妙な顔してるし、すずかは逆にニコニコしてる。

 

うわ、なんだこれ、別に何がどうって訳じゃないけどなんかこう、急に死にたくなってきた。

 

「へー、なのはのことよく見てるんだね?」

 

やめろやめてくれ美由紀今そんなこと言うな変態みたいだろ。

そしてなのははむしろなんか言ってくれ。

 

「そういえばなのはも最近ちょっと元気戻ってきたわよね?」

「ふぇっ!?」

「ああ、うん確かに。なのはちゃん、ちょっと前まで元気なかったけど、この1週間くらい。」

「すずかちゃんまで…」

 

秘密話せる相手出来たからちょっと軽くなったんだよ絶対説明できないけど…!

まずい、この流れは非常にまずい。事情を知っていればなんてことはないのに、その事情が全く説明できない。

そうなると何が起きるかって?

弄られるんだよ。

 

「俺もう着くまで話すのやめる……」

 

お喋りボイコットだお喋りボイコット。もう知らん。気まずいとか知らん。

 

「えー、もっと聞かせてよ色々とさー。お姉ちゃん的には可愛い妹がどんな風に過ごしてるのかなーって気になるんだよ?」

「お、お姉ちゃん…」

 

相手が相手なだけになのはが強く出られなくて困ってる。ていうか内容が内容なだけに誰にも強く出られない。

でも内情があれなだけに俺も強く出られる訳じゃないから全力の会話拒否を通させてもらう。ごめんなのは、頑張れ。

 

 

俺にとってかなのはにとってか、あるいは俺たち2人にとって幸いな事に、この数分後には今回の旅行先である海鳴温泉に着いた。

正直苦しそうではあったものの、なんとかそっちに話題をシフトさせてなのはは乗り切っていた。

いやほんと、なのはに申し訳ないので今度お詫びになんかしよう。

 

 

高町家はこういった連休の日に旅行に行くのはいつものことらしい、というのは先程も挙げた通り。

そしてその行き先が温泉なのも、ゆっくり温かいお湯に浸かり日頃の疲れを癒そうという高町家のいつものプランなのだそうだ。家族団欒で聞いてて見てて幸せになる。

 

そんな感じで緑豊かな山の中。

【旅館 山の宿】と看板にある旅館に入り決められた部屋に荷物を置くと、まずはちょっとした自由時間と相成った。

 

「あ、なのは、帝翔。アタシとすずかはちょっとここを見て回るけど、あんた達はどうする?」

 

「うーん、なのははお外出てこようかなぁ。すっごく暖かくて気持ちよさそうだったし。」

 

「なんか別行動珍しいな。じゃあ俺もなのはと日向ぼっこしてこようかな、実は俺も気持ちよさそうだなと思ってた。」

 

「オッケー、じゃあまた後で!」

 

興奮冷めやらぬ、といった調子で談笑しながらすずかと歩いていくアリサの背中を見送りつつ、俺も俺でなのはと一緒に緑の中へ歩くことに。

 

 

 

「ん〜〜…お日様が気持ちいい♪」

「そうだなぁ、ポカポカする。」

 

言葉の通りに気持ちよさそうに頬を緩め、両手の指を絡め伸びをするなのは…あれ?

 

「なのは、ユーノは?」

「今はお母さんとお姉ちゃんと一緒。お母さん、ユーノ君好きだから…」

 

あはは、と苦笑いするなのはを見てなんとなくわかる。メロメロなんだな、あの人。

 

「そういえばなのは、今回の旅行誘ってくれたのは嬉しいんだけど、なんでわざわざ?アリサとすずかは親友だし、いつも通りだろうけど。」

 

「え?帝翔君もお友達だからなんだけど、迷惑だった?」

 

そんな心底意外な質問されたみたいな顔されてもこっちも困る。なんか俺だけなのは達とそこまで仲良くないと思ってるみたいじゃん。いや距離感的に考えて俺が思ってるくらいの仲良し度となのは達の思う仲良し度に乖離があるかもしれないのはそうだけど。

 

「いや、言ったばっかりだけど、嬉しいよ。誘ってくれてありがとうなのは。」

 

「うんっ♪」

 

ザザ…と風に揺られる木々の音が温かな日差しと相まって心地いい。自然の良い所だ。確かにのんびりと羽を伸ばすにはピッタリな所だろう。

 

「なのは、この2日間くらいは魔法のこととか忘れてのんびりしよう。」

 

「うん、年相応に遊んじゃおう!」

 

「年相応にってなんだ。いや、確かに普段やってる事年相応ではないしな…」

 

でも魔法少女なんだから小学生は年相応であると言われればそうな気もする。

というか年相応じゃない事してる自覚、あったんだな…

 

 

とは言うものの、ここは温泉旅館。

遊ぶも何も、何はなくともまずは温泉ということになった。

通り道がてら、先に近い女湯の方になのは達が行くのを見届ける、はずだったが。

 

「じゃあまた後でー」

 

その腕にすっぽり入ったユーノはなんだキサマ。

そうだな、そうだったな。元々ここユーノはなのは達と一緒に入ることになってたもんな。

クッッッッソ羨ましい…

ロリだとか対象年齢だとか関係なく、所謂『そういうのわからない年齢or動物だから一緒に入っても大丈夫だよね☆』枠で美少女と温泉に入るっていう行為そのものが歯ぎしりするほど羨ましい。

のでそうはさせんぞ。

 

「待ってなのは、ユーノはこっちで入れるよ。」

 

アニメはなのは視点で進むから良かったけど、今は俺にとっては現実なんだ。なのは達の様子を見られない以上ユーノだけ役得は許さん。誰得の男湯に付き合ってもらう。

 

「えー」

 

だよななのははまだ魔法のフェレットだと思ってるもんなペット枠だもんな。

だが、ここは至極単純な方法でユーノをこっちに連れてくることができる。何故なら、

 

 

(ユーノ、ユーノも男湯の方がいいよな?)

 

(あ、うん。そうだね。)

 

ユーノ本人がそもそも男湯の方に行きたがってるからだ。針のむしろだもんな、俺がユーノの立場なら絶対女湯の方行くけど。

 

(えー?ユーノ君もこっちで一緒に入りたいよね?)

 

(え、あ、う、ううーん…)

 

俺にはわかるぞ、倫理的に男湯の方に来たいけど普通に考えて男としてそっちに行きたくないわけがないから嘘つかずには肯定も否定もしにくいんだよな。よく最初にうんって言ったなお任せあれ、言質取れた以上俺が強引に連れていこうじゃないか。

 

 

「どうしたんだ天坂くん、急に止まって。入らないのかー?」

 

士郎さんが急に戻ってきた。

えっ。えなんで?マジでわからない。なのはと話してるように見えて、なのはが入れなくなってたから?

 

「なのはも皆をあまり待たせるもんじゃないぞ?」

 

「はーい。いこっかユーノくん♪」

 

えっ、というユーノの断末魔が頭の中で響いた気がした。

 

「いやちょっ……」

 

言い訳させてもらいたい。

俺はなんとか止めようとしたんだ。言質も取れてたからユーノを連れていこうとした。

しかし、《婦人の湯》。

プレートに書かれたその文字と、女湯というその存在の圧。

ズモモモモ…というオーラが目に見えるかのようだった。

無理だろコレ。

 

「天坂くんも行こう、折角の温泉なんだから、長く浸からないと勿体ないぞ?」

 

「はい………」

 

この時の俺は羨ましさと脱力感で、恐らくここ最近で1番沈んだ声を出していたと思う。しかしそんなものは、これから始まる試練には及ぶべくもなかったのだとすぐに知った。

 

 

即ち。

女友達の父親と風呂で裸の付き合い、という試練に比べればッ…!

やべぇ。やべぇこれ。

連れられて入ったにも関わらず温泉に入ってから流されるまま士郎さんの隣に浸かってるのにもう10分くらい士郎さん何も喋ってくれない。

何ならもう1つ向こう側に居る恭弥も澄ました顔してるばっかりで喋らない。マジで顔いいなコイツ腹立ってきた…

 

「うん、うん…やはり、聞いておくべきか……しかし…」

 

なんか士郎さんがうんうん唸っていて、部分的に聞こえる小学生という言葉が引っ掛かった。

俺になんか聞きたいことあるのか?ていうかこれ俺から聞くべきか?小学生こういう時自分から聞くのか?

色々考えた結果、俺も士郎さんの隣でうんうん唸る羽目になってしまった。

小さな息を吐き、恭弥が口を挟んでくる。

 

「父さん、天坂くんに何か聞きたいんだろ。天坂くんも困ってるよ。」

 

「う、うむ。いやしかし、母さんにも心配性と言われたばかりでな…」

 

何?心配性になるようなことを聞こうとしてたの?

一瞬そうは思ったものの、ある種当然と言えば当然かもしれない。今のところ高町家に行ったのは俺が無理な魔法の使い方したせいでぶっ倒れた時ないしそれに近しい状態の時だ。何かしているのかと思うのは当たり前の疑問だろう。あるいは度を越して病弱なのか、とか。

でもそれについては有耶無耶って言うとあれだけど、何となく大丈夫みたいな伝え方したつもりだったんだけどな。

 

「えっと…なんですか?」

 

「ああうん…君は、なんというか、いわゆるそう…なのはのことが好きなのかい?」

 

好きですけど。

ほとんど即答で答えかけていた。むしろ好きのすまでは言っていた。

 

「す……きとかはまだあんまり…わからないです。」

 

「わからない、か。じゃあ、なのはのことを可愛いとか…」

 

「父さん。」

 

頼れる長男恭弥が短く(いさ)め、呻きのような声を漏らして士郎さんが黙り込む。傍目に見てもちょっと反省してるっぽいのが見て取れる。その隙に顔を見られない、というか口が滑らないように口まで浸かる。

 

いや、まあ、わかるよ。可愛い娘、それも末っ子に初めて出来た家に入れるほどの男友達(同年代)。心配にもなるよな。共通の秘密があるから二人だけで仲良くしてる風にも見えたろう。親の気持ち、ってやつは親になったことがないからわからないが、可愛い娘に手を出す男殺す、みたいになってる漫画を見ることも多い。訂正、多かった。

 

なのはくらいいい子だとそれはそれは心配だろう。

しかし申し訳ない、士郎さん。流石にここを正直には答えられない。

なのはは好きだ。嫌いなわけがない。普通と答える者あらば我が右ストレートで沈めてやる。

なのはは可愛い。可愛くないわけがない。あれで可愛くなければ何を可愛いと言うのか。

だがそんなことをその相手より先に父親に面と向かって言える奴は勇気があるというよりヤバい奴なのだ。

 

ここは小学3年生として、知らぬ存ぜぬで切り抜けるしかない…!

 

「しかしな恭弥、なのはももう3年生で」

 

「まだ3年生だよ、父さん。」

 

それにしても、ユーノは今頃なのは達とお風呂か。いいなぁ、テレビの向こうでは見れたのに現実になった今見れないもんなぁ…

面と向かって言うのは憚られて言えたことはないけど、なのはは可愛い。今日の服も可愛かった。一回くらいちゃんと言いたいな。

 

「まだ子供なんだから、そうやって詰めるのはよくないよ。」

 

「そ、それはわかってるんだが…」

 

今頃なのはもお風呂、みんなでお風呂…アリサやすずか、ファリン達も一緒だっけ。

せめて妄想しなければ男の名折れ。

ほわんほわん、って妄想…できない……

 

「?父さん、天坂君が」

「お…ぉ!?天坂君!?」

 

なんで慌ててんだこの人たち。つか、なんだ、考えが、まとまら……

 

 

ポチャッという軽い音とともに、馬鹿の意識が落ちた。




顔がいい腹立つとかほざいてますが帝翔はアッシュ系の髪色でAPP14〜15くらいはあります。非常に殴りたいですね。


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ここ海鳴は湯の町らしい・中

士郎さんの性格口調その他諸々の書き方わかんねえんだよぉ!!!!!!!!(PCをぶん投げる音)
あとテスト的に念話の形式を「(────)」にしました。


そこには、明かりが少なかった。

上を向いて歩いたりはしなかった。だから、そこが何故暗いのか俺にはわからない。

だけどその瞬間まで、下だけは見ていた。この道のように、暗い人間だったんだろう。

キキーッ!!という甲高い音が静かな世界に響く。手を伸ばして、俺は─────

 

 

 

のぼせてぶっ倒れた。

起きがけに士郎さんにそう聞いて、思わず自分に笑ってしまった。コイツどこでも倒れてんな。多分急に長考したからじゃないだろかと俯瞰する。ばーっかじゃなかろうか。

冷たい水を取ってくれてる士郎さんの背中を見てながら、さっき見た夢について考える。

 

どこにでもありそうな道だったが、そこには痛烈な既視感があった。それに、どこかで聞いたような音。

思い出そうとしてみるが、何せ夢だ。曖昧でもうほとんど忘れてる。

 

「大丈夫かい、天坂君。まだクラクラするかな?」

 

ウンウン唸る俺に冷えた水を差し出してくれる士郎さん。

ありがたい、喉がカラカラだ。

 

「ありがとうございます、士郎さん。」

 

我ながら少し声がかすれてしまってるのがわかる。雑魚だな俺。

乾いた喉に冷えた水を流し込む中、申し訳なさそうに、しかしちょっと茶化すように話しかけてくる。

 

「ごめんな、緊張させたんだろう。」

 

「いえ、そんな…」

 

緊張はしたけど。

めっちゃドキドキしたんだからな、あの尋問(?)

 

「恭弥と美由紀は、正直なところもうあまり心配してないんだが…なのははまだまだ、でね。」

 

「あ、はい…俺が言うのもなんですけれど、小学生ですしそれでいいと思います。」

 

「しっかりしているなぁ、君は。…少し話、いいかい?」

 

「もちろん、まだあんまり動けないですし」

 

苦笑いし(たつもり)ながら答えると、士郎さんはニコリと笑ってから決めていた言葉を滑らせ始めた。

 

「なのはと君は、何か2人で隠していることがあるんじゃないか?」

 

心臓が止まるかと思った。

そんな俺を知ってか知らずか、言葉を続ける。

 

「そうは見えないけど、天坂君は体が弱いのかな?」

 

ああうん、短期間の間にこれ合わせてもう3回はぶっ倒れるかそれに近い状態になってるもんなそう思うよな…

栄養不足の貧血とか何とか適当ぶっこくのは簡単だけど、そういう言い訳だと多分高町家に伝わりそうなんだよな。でも今はそれどころじゃない。

 

「いや、体が弱いんだとしても別にそれを責めたりはしないんだ。当たり前だけど、天坂君が悪いわけじゃない。…ただそうでなくて、少し思ったんだよ。もしかしたら何か無茶をすることがあって、そのせいでよくああいう風になるんじゃないか、とね。」

 

ああいう風、というのは気絶してたりだの顔色ヤバかったりだの、という風のことだろう。

けど、そんなことはどうでもいい。今の言葉で、のぼせてたらしい頭は冷水を浴びせられたように完全に冷えていた。

気づいてる?

そんなはずはない、と信じたいが、なのはじゃなく俺からなら気づいてもおかしくはない。でもそれは流石に、色々変わりすぎるぞ。

 

「なんとなく、最近なのはの様子が変だとは思ってて…天坂君と出会ってからだから、もしかしたらそのことで何か思い詰めることがあったんじゃないかと思っていた。」

 

俺と出会ってから?…そうか、士郎さんから見ればユーノはあくまでもフェレット、俺っていう具体的な人物の切っ掛けがあればなのはの変化に気づいてもおかしくない。そしてそれで気づいたなら、まるでなのはの変化は俺の影響みたいに映るのか。

 

「かと思えば最近のなのははまた明るくなって、だからあんな質問をしたんだ。驚かせてすまなかった。」

 

「あ、いえ…」

 

「そして、無茶をすることがあるなら言ってもらいたい。今、なのはが何かに打ち込んでいるらしいことはわかる。だけどそれが危ないことなら、なのはの父親として止めなきゃいけない。」

 

………至極ごもっともで。

やや飛躍した発想な気もするが、士郎さんなら俺の体が強いか弱いかくらいはわかっててもおかしくないし、そこから考えるに危ないことをしてると思ってもまあおかしくない。

 

返す言葉も見当たらないが、かと言って本当のことを言えるわけもない。それは、ちゃんとそれを知った後で、なのはの口から伝えられるべきことだ。俺が言うことじゃないし、絶対に今ではない。

 

だから、俺に言えることは…

 

「……士郎さん。なのはを心配する気持ちとか、親じゃなく友達としてですけど…わかります。」

 

お陰様で頭が冷えたので、貰った水を傍に置いて正座で士郎さんと向かい合う。

 

「でも、ごめんなさい。言えないです。心配する気持ちは最もだし、まだ親の気持ちとかちゃんとわかるって言えないけど…きっと、父親として止めなきゃいけないってこともあるのはわかります。」

 

「…………。」

 

士郎さんは口を挟むことなく聞いてくれている。

覚悟していたわけじゃないから、多分自分で思っているよりも言葉から言葉の間隔は長かったと思う。それでも、士郎さんは俺の言葉を聞き届けてくれる。

 

「まだ友達になって長くはないけど、『これ』はなのはにとって多分凄く大事で…上手く言えないけど、まだ話せることでもないと思います。勿論、本当に危ないと思ったら止めるつもりです。」

 

言った瞬間、士郎さんの目が鋭く、真剣に、俺の目を覗き込むのがわかる。

嘘はつけない。今嘘をついたら、きっとこれから信じて貰えることは無い。

 

「今なのはは、やりたいと…やらなきゃと思えることをしてます。それは自分の為だけじゃなくて、困ってる人の助けにもなることで…だから、お願いします。もう少しの間……話せる時が来るまで、見守っていてあげてくれませんか?」

 

真剣な士郎さんの目に、俺にできる限りの誠意を込めたつもりで見つめ返してから、頭を下げる。

随分な無茶を言ってると思う。まだ10歳にも満たない娘が、危なくなるかもしれないことをしていることを事実として聞き、その上で何も聞かずに見逃してくれなどと。

 

それも、まだ付き合いの浅いただの友達の言葉だ。

だけど、俺にはこれくらいのことしか言えない。

 

その全てを聞いて、少しの沈黙が流れる。

頭を下げているから顔は見えないけど、士郎さんは瞑目してるのだろうとなんとなく思う。

 

「……なんというか…天坂君、君は本当に小学3年生とは思えない顔をするな。」

 

こんな時になんだが、なのはやアリサを見てると割りと小学3年生ってそんなもんじゃなかろうかと最近思う。

 

「わかった。とりあえずは君を信じよう。」

 

「!本当ですか?」

 

「ああ。第一、本当にすぐにでも話すべきことなら、なのははもう話してるだろうからね。君が真剣にそう言ってくれているのを見て、少し安心した。」

 

そうなんだろうか…魔法のことを言ってないのはなのは自身の判断な気もするが…それはまあいいか。

 

「いやぁ、ごめんなさっきから。(おど)かすつもりはなかったんだよ。」

 

ともあれ、そうして朗らかに笑う士郎さんを見て、こっちも肩の力が抜ける。正直今目の前に居なかったらクソ長い溜め息が漏れ出てたかもしれないくらいだ。

 

「よし、じゃあー…今度はゆっくりのんびり風呂に入るか!」

 

「いや、あの、流石にもーちょっと湯冷めしてからにさせてください…」

 

一日に2回ものぼせるとかマジ勘弁。さっきは多分軽い知恵熱みたいなのだったから軽度だったけど、本当はもう入らない方がいいくらいじゃないだろうか。

 

「はっはっは。…こんなこと言うのも妙な話だが…あの子は賢いけど、変なところで前しか見えなくなる時があるから、なのはをよろしくな?」

 

その台詞、重くないか?

でもさっきの今じゃ、返す言葉は頑張りますとかじゃ足りないわな。

 

「…任せてください。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は高町なのはが天坂帝翔とお風呂前で分かれた所まで遡る。

ユーノ・スクライアは魔法使いである。

 

自分が発掘したせいで散乱した危険な宝石、ロストロギア・ジュエルシードを回収するべく高町なのはらの住む海鳴市へとやってきた。

 

ロストロギアとは何ぞや、という話についてはここでは省く。

 

しかし、彼自身もジュエルシードを回収する身から、決して弱くはない。

 

ピンチに陥り、偶然か必然か。高町なのはと出会い、彼女を魔法の道へと導いた。

 

 

 

そんな魔法使い(フェレット)、ユーノ・スクライア。

 

現在彼は、海鳴に来て再びのピンチを迎えていた。

 

何が、などとは聞くべくもない。彼が直面する事態を見れば、そんなことは一目瞭然なのである。

 

即ち。

 

「(────ユーノ君、温泉入ったことある?)」

 

男1人、女湯に放り込まれるという(羨ましすぎる)修羅場…‼

いっそそこで振り切れる感性があったならまさしくこの世の天国だっただろうが、ユーノ・スクライアはそこまでの感性の持ち主ではなかった。

 

ガッチガチに緊張して震えながら全力で後ろを向いて見ない見ないとしている。

だが、今の彼にとってその楽園は待つものではない。手を伸ばしてくるものだ。

 

「(────あ、うんそのー…公衆浴場なら入ったことあるけど……)」

 

「(────えへへへー、温泉はいいよ〜)」

 

「(────本当?)」

 

間延びし、楽しみにしているのが聞いてるだけで(ユーノにしか聞こえてない)わかるような弾んだ声で話しながら脱いだ服を籠に入れていく。

楽しむのが礼儀だろうか。そんなことを考え、恐る恐ると振り返る。

 

然して、そこに広がる光景は至極当然に桃源郷である。

 

あるいは月村忍。歳の頃もあり、発育が良いと断ずることのできるその身体は既に大人の魅力を発揮している。

 

あるいは月村すずか。姉の忍とよく似ているが、幼い体は発展途上。隣の忍を見る限り、今はもちろん将来的な期待値も高まる。

 

あるいは高町美由紀。忍より歳が下なことを踏まえると、やや出るところが出過ぎてる気もするが、今はそれよりも鍛えられたスレンダーボディが目を引く。

 

あるいはアリサ・バニングス。紫、茶色、黒寄りとダークカラーの多い髪のこの中では特に目を引く輝くばかりの金の髪。身体の全てからその将来性をヒシヒシと感じる。

 

 

 

アリサと美由紀は互いを脱がせ、一糸まとわぬ姿にさせ合ってたりもするのだが、もちろんユーノ・スクライアにそれをまじまじと見ることは出来なかった。

そして、誰に何を言うことも出来ないフェレットの行き先は1人に絞られる。

 

「(──な、なのは!僕はやっぱり─っ)」

 

「ほぇ」

 

慌てるユーノの声に振り返る高町なのはも、やはり髪のリボンを除いて何も着ていない。直視できるはずもないフェレットはそれを目の当たりにして、硬直した挙句倒れそうだった。

 

「(──その、僕はやっぱり、恭弥さんや士郎さんと男湯の方に──)」

 

「(────えー、いいじゃない。一緒に入ろうよー。)」

 

絞り出したその言葉と共にぐったり伸びたユーノの提案は、無慈悲にも不満げななのはにあっさりと棄却された。

ピクピクと時折跳ねながら倒れるフェレットに、もはや抗う気力は残っておらず。

海鳴に来て2度目のピンチは、魔法使いを逃がしてはくれなかった。

 

 

 

 

士郎さんとの対話を終え、2度目のお風呂はなんとか夜にして今は頭を冷やさせてくださいということで手を打った天坂帝翔。

つまり俺は、これでジュースでも買っておいでと渡された千円札を握りしめて廊下で立ち尽くしていた。

申し訳ない気持ちでいっぱいだったとか、別にそういうわけではない。いやその気持ちは確かにあるけど、それで立ち尽くしてた訳じゃない。

 

視線の先、いつもの仲良し3人組。なのは、アリサ、すずかが(ついでにユーノも)3人並んで歩きながら談笑している。アリサが真ん中で少し前に出ているのが関係性というか性格が出ているなーと冷静な思考が回ってるのを自覚してと。

 

一言で言って、浴衣だった。

そして髪を下ろしていた。普段ツインテールに結んでるなのはが。

破壊力やべー…かわい…人が死ぬわこんなん……

 

「…んっ?……帝翔?何してるのうずくまって。」

 

悶え死にかけてた俺にアリサが声をかけてくる。ダメだ、実在する相手になってもこういうのが抜けない。

だがしかし、そこは表情が変わりにくいことが数少ない長所(数多い短所)のこの俺。切り替えればなんということはない。

 

「いや、なんでもない。ちょっと足の指ぶつけた。」

 

「あー、痛いわよね、あれ。」

 

「帝翔君、さっきお兄ちゃんにのぼせてたって聞いたけど…」

 

苦々しい表情でうんうん頷くアリサをよそに、なのはが心配そうに見てくれる。

さっきまでなのはの話を父親としていただけに、一瞬どんな顔をすればいいか困る。

 

「平気なの?」

 

でも、心配させる顔だけは違うな、と思った。表情変わりにくいのにな。

 

「うん、もう大丈夫。ちょっと暑いから、飲み物買ってこようと思ってたとこ。」

 

「あ、じゃあ帝翔くんも一緒にいかない?今3人でここ探検してるんだ。」

 

ノリノリだなすずか、ちょっと意外かも。アリサに埋もれがちだけど、意外とアクティブだよな。

断る理由もなければジュース買いに行く道すがら、

 

「んん、それじゃあぜひともご一緒させていただきましょう。」

 

「ノエルさんみたい」

 

アリサのなにそれ顔が多分正解の反応だ。本職のメイドさんであるノエルさんに失礼な気がしてしょうがない。

それはそれとして快く了承してもらえたので、なんとなくいつもの前にアリサとすずか、後ろに俺となのはの2列になる。

 

「ところでなのは、心なしかユーノちょっと疲れてない?」

 

心なしどころか普通にぐったりしてるように見える。

 

「うん、一緒にお風呂入ってる時にね?アリサちゃんが洗ってくれて、疲れちゃったみたい。」

 

「あたしの洗いフェレットテクニックに参っちゃったのよね!なんて、ほんとは洗うの犬なんだけど。」

 

…忘れてたわ。ユーノさっきまでなのは達と風呂入ってたんだよな。ほほう、なるほど?アリサに?ほほう?その体を?隅から隅まで?ほほうほうほう?洗ってもらったと?

 

「(────帝翔、なんだか寒気を感じるんだけど…)」

 

「(────コノウラミ、ハラサデオクベキカ。)」

 

「(────えっ!?本当に何!?)」

 

「?どうしたのユーノ君。」

 

ビクゥ!と飛び起きた肩のユーノに、疑問顔のなのは、逆恨み以外の何物でもないことを知りつつ渾身のサムズアップをする俺。

中身はどうあれ気の抜けてる4人(5人)に、話しかけてくる声があった。

 

「はぁ〜い、おチビちゃん達。」

 

陽気で高い、傍から聞けばテンションが高いように聞こえるような声。

しかし、そう言うにはどこか冷めた表情を浮かべるグラマラスな美女。八重歯が口から少し出ていて、何より額に宝石のようなものがあるように思える彼女は、呆けるアリサ達を無視して歩いてくる。

 

あんな風に声を掛けられると逃しそうになるが、わかる。その声に潜んでいるのは敵意、悪意、ないしそれに類するものだ。

だから、俺は3人より1歩前に出ておく。

 

「ふんふん…君たちかね、うちの子をアレしてくれちゃってるのは。」

 

値踏みするように俺となのはを視界に捉え、屈んでじっと見据えてくる。

 

「え、えぇ…」

 

「あんま賢そうでも強そうでもないし、ただのガキんちょに見えるんだけどなー…」

 

なのはは完全に困惑しきっていて、何も言えなくなっている。

 

「なのは、帝翔、お知り合い?」

 

後ろでアリサが警戒し、友達としてなのはを守る為に聞いているのを聞く。

 

「う、ううん…」

 

「知らない。」

 

知ってる。でも知識としてだし、実際会うのはこれが初めてだ。だから、知ってるとか言えるわけない。

 

「だから聞くとこ。誰かとお間違いじゃないですか?」

 

「2人ともあなたを知らないって言ってますけど、どちら様ですか。」

 

間違いであるはずもないって知ってるのにな。

一緒に前に出て聞くアリサの語気もいつもより強い。相手を拒み、遠ざける声色だ。

それを知ってか知らずか…否、確実に知った上で腰を上げた目の前の彼女は冷たく俺たちを見ている。

 

「…ふふ、あーっははははは!あははははは!ごめんごめん、人違いだったかな?知ってる子によく似てたからさぁ」

 

やがて大きな笑い声を上げ、一転してやはり陽気に態度を軟化させる。少なくとも、表面上は。

 

「ああ、なんだ、そうだったんですか…」

 

安心したように小さな息を吐いたのがわかる。不審者だとしか思えない相手が単なる間違いだったなら、安心するのも無理はない。だが、今回ばかりはなのはの肩で未だ気を張ってるユーノの方が正しい。

 

「あっははは、可愛いフェレットだねぇ。」

 

「あ、はいっ」

 

「よしよし、なでなで〜…」

 

ユーノを撫でるお姉さんに、なのはは既に警戒心を解いてしまっている。確かにこの場では害はないけど、それはそれとして。

 

「(───なのは、ダメだ、その人は…)」

 

「え?」

 

 

「(───今のところは、挨拶だけね。)」

 

 

いつもする念話に入る異物。

そのお姉さんの声を頭の中に直接聞いた瞬間、目の色が変わり気が引き締まったのが見て取れた。

 

「(───忠告しとくよ。子供はいい子にして、お家で遊んでなさいね。おいたが過ぎるとガブッと行くわよ。)」

 

初めての対人戦とはまた違う。目的の為の無機質な行動ではなく、明確な悪意に晒され、なのはが少し怖がってしまっている。

 

「……すみませんお姉さん。俺たち、行く所あるのでこれで失礼します。行こう、3人とも。」

 

「んー?あー、はいはい。じゃあねー。」

 

歩いて通り過ぎる瞬間まで、鋭い視線を向けてきた。それこそ文字通りに、釘を刺すように。

苛立ちを隠そうともせず腕を組んで唸るアリサをどうどうと宥め、反対側へ歩いていくその人を歩きながらしっかり見送る。

言っておきたい言葉の1つや2つなくはないが、それは言ってもしょうがないというやつだ。

 

今はおいたが過ぎるとガブッとくる獣より、怒りで顔が赤くなってるこっちの可愛い獣を宥めた方が良さそうだ。

 

「…んぬぬぬ、なぁーにぃー!あれ!!」

 

「あはは、変わった人だったね…」

 

「昼間っから酔っ払ってんじゃないの!?気分悪!」

 

ちゃんと居なくなったのを確認してから溜まった怒りが爆発したアリサ、ほんといい子だなー。あと怒りの挙動が多い。全身で表現してる。

 

「ま、こうして他人に迷惑かけるのはご法度だけど、基本的にここはやすらぎの湯な訳だし昼から酒飲む人も居るんじゃないかな。」

 

「あはは…そうそう、くつろぎ空間だし、色んな人がいるよ…」

 

「だからといって、節度ってもんがあるでしょ節度ってもんが!」

 

怒る気持ちはよくわかる。実際目の前にしてあんな絡み方されると、原作キャラだひゃっほいってテンション上がるよりまずムカついた。元からそうではあったけど、実在する友達になると、なのはの辛そうな顔や悲しそうな顔を見るのはしんどい。原因が見えているとそれこそ噛みつきたくなるくらいに。

 

「まあまあ、ジュースちょっと分けるから頭冷やそう?」

 

そのジュースを買うお金は士郎さんがくれたものだけど。マジで申し訳ない。

 

「むむむむ……」

 

不服げなアリサは、イラつき放出フェイズから自分納得フェイズに入りつつあったのでなのはの方に念話を飛ばす。

 

「(────なのは、大丈夫?)」

 

「(────うん、平気…)」

 

念話ながらも沈んだ声で返事をするなのはの表情は、やはり沈んでいた。

 

 

 

 

その夜のこと。

 

小学生と言えども一応男の子と女の子。天坂帝翔こと俺は、男性陣と一緒に寝ることになってなのは達とは別で寝ることになる。

 

もの、だと、思ってたんだけどなー……

 

男性陣…というか中学生以上組はもう少し遅くまで起きているので、小学生の俺に付き合わせる訳にはいかない、との事で小学生組としてまとめられ、川の字で寝る(アリサ、なのは、すずかの順番である)3人の上に横向きで配置されたのだった。

 

本を読み聞かせた後、俺たちが寝たことを確認したファリンが様子を見ていたのを気配と襖越しの話し声で察知しつつ、寝てない俺は目を開く。

とは言ったものの、ファリンが部屋を抜けてすぐ、桃子さんが襖を開いて確認しに来たりはしたのだが。

 

ともあれ、寝たフリでそれをやり過ごしてからの話だ。

 

アリサとすずかにとっては、昼間のあれはマナーの悪い他の客に絡まれた、程度のことでしかなく、一眠りすれば記憶から薄れていくような出来事であるに違いない。

 

だけど、なのはに…なのはとユーノ、それに俺にとっては違う。大きな意味を持っている。

あんなことがあった後で、「それじゃあ今日も楽しかったね!明日も楽しく過ごそうね!おやすみなさーい!」とはいかない。

多分俺と同じに目を開いているだろうなのはから、頭の中に声が響く。

 

 

「(───ユーノ君、帝翔君、起きてる?)」

 

「(───うん。)」

 

「(───起きてる…というか、流石に寝れない、かな。なのはもそうでしょ?)」

 

「(───それは…うん。)」

 

 

尚、頭の中で返事をしているユーノの現在地はアリサの手の中である。片手で握られている。哀れな…

 

ユーノがその手からスルッと抜け出し、なのはの元に来るのを横目で見ていると、なのはも体を起こした。寝たフリというか、寝転ぶのは落ち着かないのかもしれない。なんとなく釣られて俺も起き、3人…2人と1匹?で話すことに。

 

 

「(───昼間の人、こないだの子の関係者かな。)」 

 

「(───うん、多分ね。)」 

 

「(───また、こないだみたいなことになっちゃうのかな…)」 

 

「(───多分……)」

 

 

会話というより思考に近しい感覚で話す2人に特に横槍を入れることもなく聞いていると、ふとユーノが目を伏せる。

…フェレットの表情はよくわからないけど、今のユーノが考えていることくらいなら、大体想像がつく。

 

でも、だからこそ口は出さない。なのはとユーノはお互いの気持ちを共有しておくべき、というのは勿論だけど、何よりも俺自身が今のなのはの気持ちをちゃんと聞いておきたい。

 

 

「(───ねえなのは。あれから色々考えたんだけど…ここからは、やっぱり僕が…)」

 

「(──ストップ!…そこから先言ったら、怒るよ?)」

 

 

話を止められ、少し目を丸くするユーノの頭に手を乗せるなのはは、そのまま撫でながらユーノの言葉を引き継ぐ。

茶化す訳でもないが、正直この言葉は一言一句違わなかったんじゃないかと思う。 

 

「(───ここからは、やっぱり僕が一人でやるよ。これ以上なのはを巻き込めないから……とか、言うつもりだったでしょ。)」

 

「(───うん。)」

 

「(───……ジュエルシード集め、最初はユーノ君のお手伝いだったけど…今はもう違う。…私が、自分でやりたいって思ってることだから。)」

 

 

…なのはは、自分のことを割りと名前で呼ぶ時がある。一人称は普通に私だったりするのに。

 

その基準がわからなかったけど、今こうして話を聞いていると思う。何も他人事じゃない時…どう表現するのが正解なのかはよくわからないが、自分で受け止めなきゃならないことの時に、一人称が私になるんじゃないだろうか。なのははこういう性格だから、それが多くて自然と一人称も落ち着いていっただけで。

 

思いの丈を伝えながら、微笑んで小さなフェレットの体を抱き上げ、なのはは言葉を紡ぐ。もちろん、口ではないけれど。

 

 

「(───私を置いて、一人でやりたいなんて言ったら…怒るよ。)」

 

「(───うん。)」 

 

「(───というかユーノには悪いけど、ユーノがそう言っても俺はこれからはジュエルシード集め、手伝うよ。)」 

 

「(───えっ…もし一人でやるって言っても…って事、だよね?)」

 

「(───うん。今聞いてて改めて思ったけど、もしそう言われたら、今度はなのは、魔法も持たないのに自分からユーノを探して巻き込まれると思うんだ。)」

 

 

ほら2人して目を逸らす。なんとなく自分たちでもわかってるじゃないか。 

 

 

「(───今はもう、2人だけの秘密じゃないし…1人でさせるつもりもない。そのどっちになっても、なのはが暗い顔することあるからさ。)」 

 

「(───う…私、そんなに顔に出てるかなぁ?)」 

 

「(───あはは…ど、どうだろうね…)」 

 

「(───なのはがジュエルシード集めがやりたいことになったみたいに、俺も今は、黙って見てるなんてできないし、したくない。)」

 

 

そうすることは、約束を破ることだからな。

他でもないなのはのお父さんが、なのはと俺を信用して、今はこれでいいと認めて任せてくれた。

だから。 

 

「(───ユーノも、巻き込みたくないって思ってるんなら、もう諦めた方が賢いと思うよ?)」

 

「(───うん。じゃあ…そうさせて、もらおうかな。)」 

 

「(───あははっ…うん。2人とも、少し眠っとこう?今夜にも、何かあるかもしれないから。)」

 

 

なのはも、ユーノも、俺自身も、言いたいこと、確認しておきたいことをちゃんと言葉にして交わして…多分、隠し事とか心配事とか、たくさん増えてきた最近では凄くスッキリした気分で、また布団に入れたと思う。

 

だけどやっぱり、今夜はあまり眠れそうになかった。




ここまでお付き合いくださってる皆さんには
なぁーにぃー!(Cv.釘宮理恵)の後に
やっちまったな!
が自動再生されるバフを掛けておきます。良かったですね。せやろか。そもそも通じるか。


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