宇宙戦艦ヤマト2199 大使の憂鬱 (とも2199)
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大使の憂鬱1 着任の夜

宇宙戦艦ヤマト2202とは別の世界線を歩んだ宇宙戦艦ヤマト2199の続編二次創作小説「大使の憂鬱」です。「白色彗星帝国編」の続編になります。


 彼は大きく息を吐き出して、窮屈な正装の胸のボタンを外した。

 

 彼のデスクの上には、記念品で受け取った地球産の酒が入った箱があった。彼は、無造作にそれを持ち上げて、包装を破り捨てた。彼の目に嵌め込んだ翻訳機は、箱の中身のボトルの表面を読み取って、瞬時にガミラス語で表示した。

「果実酒か。今すぐに飲みたいところだが。一体どうやって開けるんだ?」

 彼は、ボトルの口に何か詰まっているのを見つけた。彼は、暫し部屋を見回して考えるが、明らかに開封する道具がなさそうだった。

「失礼します」

 そこに、彼の秘書として連れてきた若い男が、ドアを開けて入ってきた。男と言っても、まだ少年のようなあどけなさが残っている。

「デスラー大使。本日は、着任初日のお仕事、大変お疲れ様でした。この後はどうされますか?」

「ああ。今夜はこの後、人と会う予定になって……」

 ランハルトは、言いかけた言葉が宙に浮いてしまった。秘書のケールの手に、明らかにこのボトルの中身と思われる飲み物が入ったグラスがあった。

 ランハルトがそれについて聞く前に、彼はグラスを差し出した。

「どうぞ」

 ケールは、にっこりと愛嬌のある笑顔で言った。

 ランハルトは、素直にそれを受け取った。

「すまない」

 ケールは、ランハルトの後ろのテーブルに、開封しようとしていたボトルと、箱の包装紙の残骸が散らばっている様子を確認していた。彼は頷いて、そこにあった箱を持ち上げた。そして、ランハルトを見上げた。ケールが箱を逆さまにすると、何か細い金属の棒が落ちてきて、彼の片方の手に収まった。

「大使、これですよ」

 彼は器用にその金属の棒を広げ、何かの器具へと変形させた。

「こちらが、それの栓抜きです。どうぞお使い下さい」

 ケールが、これからいたずらを始める子供のような笑顔でランハルトに栓抜きを差し出した。

 ランハルトは、少し赤面してばつの悪い思いをして、それを受け取った。

「どなたとお会いになりますか? よろしければ、私もお供させて頂けませんか?」

 ランハルトは、グラスに口をつけて、中身を少し飲んでから返事をした。

「いいだろう。相手はイスカンダルの特使だ」

 ケールは、目を輝かせて言った。

「ユリーシャ様にお会いするんですね? それでは、この様な地球人の衣装では失礼ですね。ガミラスの正装に着替えてきます!」

 ランハルトが止める間もなく、彼は、勢いよく部屋から出ていった。

 ランハルトは、小さく頭を振った。

「やれやれ。よく気が利くガキめ」

 悪態をつきながらも、彼はケールの持ってきたグラスを、一息で空にした。

 

 ケールは、車を出してランハルトを乗せて地球の夜の街を走らせていた。

 ランハルトは、後部座席に腰を落ち着けてケールが用意した携帯端末を見た。午後九時と出ている。今日会った名前も覚えられなかった地球人の官僚に聞いた話では、まだ夜はこれからとのことだった。

 ランハルトは、車中で出発前の出来事を思い返していた。

 

 地球への出発前――。

 

「それで? ディッツ提督。一体、今日は、何の用だ」

 ランハルトは、出航準備をしているゲルバデス級空母ダレイラの艦橋に居た。

「同期のガゼルが、長期で本星を離れるのでな。挨拶に来たのだ。せっかくなので、貴殿にも一言挨拶しておこうと思ってな」

 ランハルトは、冷酷そうに目を細めてディッツ提督の顔を眺めた。

「ほう? 俺は、ついでということだな」

 その一言で、ディッツ提督は、苦み走った表情になった。そこへ、ランハルトを警護する目的で編成された護衛艦隊司令に任命されたガゼル司令がやって来た。

「おい、小僧。誰に向かって言っておるのだ」

 ガゼル司令は、鬼のような形相でランハルトを睨みつけた。当のランハルトは、ガミラス軍の重鎮二人を前にして、悪びれる様子も無い。

 そんなガゼルを、ディッツ提督は手で制した。

「まぁ、よい。ガゼル。すまんが、頼むぞ。いろいろと大変だと思うがな」

「分かっておる」

 そんなディッツ提督の後ろに控えていたメルダは、早くこの場を去りたいと思って顔を伏せていた。しかし、ランハルトは、そのメルダの存在を訝しんで尋ねた。

「ディッツ提督。その、後ろにいる士官だが」

 ディッツ提督は、急に相好を崩して後ろに居たメルダの背を押した。

「前に会わせたことがあるだろう? メルダ中尉だ。今回の護衛艦隊の一隻を指揮することになっておるのでな。挨拶をさせておこうと思って連れて来たのだ」

 ほれ、挨拶せんか、と促されたメルダは、渋々前に進み出て、ガミラス式の敬礼で右手を上げた。

「メルダ・ディッツ中尉です。この度は、地球駐在大使の着任、おめでとうございます。駆逐艦の一隻を担当して同行します。どうぞよろしくお願い致します」

 メルダは、父親であるディッツが、デスラー体制崩壊後も、未だ純血主義を貫いているのを疑問に感じていた。以前は、自らもそう考えていたが、時代が変わったことを彼女は、理解していた。その父親は、恐らく、デスラー家との何らかの関わりが欲しいのだろう。最近、機会あるごとに、ランハルトに挨拶をさせられていた。

 しかし、そのランハルトは、露骨に不快な表情をした。

「ガミラス軍は、いつから中尉に艦長を任せる事になった?」

「それは……」

 メルダは、その指摘に表情を強張らせた。

「ディッツ提督。メルダ中尉が、貴方の娘だという事は知っている。だが、この様な恣意的な人事は頂けない」

 ディッツ提督は、再び表情を引き締めると言った。

「そのような指摘があることは、分かっておる。だが、娘は地球人との関わりが深いのでな。それに、ユリーシャ様とも交流を深めた経験がある。今回、何かお役に立てることがあるだろうと考えて、この様な人事を決定した。決して、娘だからとこの地位を優遇した訳ではない」

 ランハルトは鼻を鳴らして言った。

「ふん、どうだかな」

 メルダは、悔しそうな表情で項垂れた。言われていることは正論であり、恣意的と捉えられても仕方がないと思っていた。こうして、露骨に指摘されて、恥ずかしさも頂点に達していた。こんな所に顔を出すべきではなかったと彼女は後悔した。そして、軍を指揮する立場の父親ですら、何も言い返せないところから、この指摘は、正に痛いところをついたのだろう。

 しかし、これに腹を立てたのは、ディッツの盟友たるガゼル司令だった。

「そのぐらいにしておけ、小僧。メルダ中尉は優秀な軍人だ。わしは、いつか指揮官になる器だと思っておる。ここで若くして経験を積むことは、彼女の為になるだけでなく、将来の軍の為でもある。もう少し、総合的に評価するのだな、デスラー大使。これから、地球に行けば、貴方自身の器も試されるということを忘れるでない」

 これには、ランハルトも少し怯んでいた。彼自身も懸念していた点だったからである。地球に行けば、今の様なデスラー家の血筋の者としての特別扱いは無くなるだろう。自分自身の能力が試されるのだ。

 そして、ディッツ提督も、ガゼルが言いたい事を代弁してくれたことに感謝している様子だった。父親が同じ事を言っても説得力が無かったであろう。

 ランハルトは、分が悪いと判断して、話題を変えた。

「ところで、ユリーシャ様はどうなっている?」

 ディッツ提督は、それを聞いて頭を振った。

「自力で、イスカンダルの恒星間宇宙船シェヘラザードで行くと言って話を聞いてくれん。護衛する我々としても対応に苦慮している」

 ガゼル司令も、これには憮然とした表情をしていた。

「あの姫様は、前にお前に迷惑をかけたことがあるではないか。はっきり言ってやったらどうなんだ。勝手に行動されるのは迷惑だと。何なら、わしが言ってやろうか?」

「馬鹿を言うな。仮にも、ユリーシャ姫は、スターシャ女王の代わりの女王代行のお立場なのだ。その意向を真っ向から否定してへそを曲げられて、今回の地球行きを止められても困ると言う物。地球人は、我らと戦争をした記憶が鮮明に残っている状態だ。彼女の助けがあれば、ガミラスを否定的に見る勢力も抑え込めると踏んでいる。出来る限り、デスラー大使の着任には万全を尽くしたい」

 ガゼル司令はため息をついた。

「おぬし、大統領から穏便にやるように命令でもされているのか? 間に入って苦しい立場なのかも知れぬが、お前らしくもない」

 ランハルトも、これには腕組みをして聞いていた。

「ユリーシャ様には、俺からも危険だと話をさせてもらったんだが……大丈夫、大丈夫と言って聞いてもらえなかった。状況は変わらずということだな」

 ここまで黙って聞いていたメルダは、不思議に思って意見した。

「デスラー大使、ガゼル司令。それに父上……いや、ディッツ提督。私が説得してみましょうか? ガミラス艦隊の艦で行くように言えばよろしいんですよね?」

 三人の男たちは、その提案に少し驚いていた。ディッツ提督は、自らの娘の顔色を窺って言った。

「出来るか? それが良いかも知れんな。くれぐれも失礼の無いようにな」

「そこは心得ております」

 メルダは、その場でつかつかと艦橋の通信士の座席に向かうと、事情を説明して席を譲ってもらった。そして、すぐに通信をイスカンダルの宮殿へと繋いだ。

 しばらくすると、先方が通信を受諾し、艦橋のスクリーンにユリーシャの姿が浮かび上がった。

「ユリーシャ様、こちらメルダです」

 スクリーンに映るユリーシャは、にこにこと機嫌の良さそうな表情をしていた。

「メルダ! 今回はよろしくね。今、こっちも船の出航準備が大体終わった所だから」

 メルダは、笑顔を見せて彼女に語りかけた。

「ユリーシャ様。地球行き、楽しみですね。地球で会いたい人や、どこか行かれたい場所などはございますでしょうか? よろしければ、お聞かせ願えれば、こちらでも段取りをつけられると思いますが、いかがでしょうか?」

 ユリーシャは、会いたい人と聞いて、誰かを思い浮かべようとしていた。

「うーん。会いたい人? うーん?」

 そこで、はっとした表情になったユリーシャは、少し顔を赤らめて言った。

「いっ、いないよ、そんな人。……あ、いや、雪には会いたいかな。そうそう、雪には会おうと思ってるよ」

 メルダは、首を傾げてユリーシャの様子を窺った。何か誤魔化したようにも見えたが、失礼の無いように詮索はしない事にした。

「えーと……後は、行きたい場所……。地球の普通の人が暮らす街に行きたいかな。それから、イスカンダルには、こういう服しかないから、地球人の衣服とか持って帰れたらいいなぁ、って思ってるよ」

 ユリーシャは、自分の衣装を指差しながら少し照れたようにしていた。

 メルダは、ここぞとばかりに大きく頷いた。

「そのことなのですが、私から提案がございます。シェヘラザードは、一人乗りの宇宙船。航行中は、狭い艦内であまり自由が無いと聞いております。そのような衣服等のお土産を積むようなスペースはあまり無いのではありませんか? よろしければ、ガミラス艦隊の艦で一緒に来て頂ければ、それらを運ぶことはもちろん、艦内で着替えなどもお楽しみ頂けると思いますが、いかがでしょうか?」

 ユリーシャは、目から鱗が落ちたかのような顔をしていた。

「そっ、そっか。ガミラスの人たちに迷惑掛けたくないから自分の船で行こうとしてたんだけど……。そしたら、乗せてもらおうかな……?」

 メルダは、笑顔で言った。

「もちろんです。お好きな艦にどうぞ。広さで言えば、この空母ダレイラが一番のお薦めですが、いかがなさいますか?」

 ユリーシャは、再びうーんと考えているようだった。

「メルダも自分の艦があるんだよね? それに乗せてもらえると嬉しいかな。一緒にいろんな服に着替えられたら楽しそう」

「きっ、着替えを一緒にですか? ま、まぁ、私は構いません。よろしければ、これから迎えを送らせます」

 ユリーシャは嬉しそうに頷いた。

「分かった。待ってるね」

 通信が切れて、スクリーンからユリーシャの姿が消えると、男たち三人がメルダの周囲に集まって来た。最初に口を開いたのはガゼル司令だった。

「メルダ中尉。お見事だった。デスラー大使。ご覧の通りだ。彼女は優秀だと言っただろう?」

 ランハルトは、少し困ったような表情をしてから頷いた。

「うむ。確かに役に立ちそうだ。ユリーシャ様と懇意にやっているというのは本当だったのだな」

 それを聞いたディッツ提督は、満足げに笑っていた。

「メルダ中尉。では、ユリーシャ様を頼んだぞ」

「心得ました」

 メルダ自身も、ランハルトにひとまず認められてほっとしていた。

「しかし」

 ランハルトが最後に一言漏らした。

「地球人の街に行きたいと言っていたが……。今度は、あれを勝手にされないように注意せねばならない」

 何処までも、彼の胸中はユリーシャへの心配がつきなかった。

 

 そんな事を考えているうちに、車はそのユリーシャが待つ店に到着した。

 

 ランハルトが、ケールと共にレストランを訪れると、予約した席に若い女性が一人で座っていた。

 ランハルトは、膝をついて挨拶をした。

「これは、ユリーシャ様。お待たせしてしまったようで、申し訳ありません」

 後からついてきたケールも、同じ様に挨拶をしていた。

「え? いや、その」

 後ろにいたケールが、感激した様子だった。

「ユリーシャ様。地球人の衣装もよくお似合いです!」

 ランハルトは、顔を上げて彼女を見上げた。

「驚いた。確かにお似合いのようだ」

 彼女は、慌てたように両手を前に出して、手を振っていた。

「ちょ、ちが」

 そこに、ランハルトとケールの背後に一人の女が立っていた。

「何、やってるの?」

 二人が、後ろを振り返ると、そこにユリーシャが立っている。

 ランハルトは、鋭い目付きになって、後ろに立っている女と、席についている女を交互に見返した。背後の女は、イスカンダルの正装をまとっており、ランハルトは、後ろが本物だと判断した。そして席についている女を睨み付けて言った。

「貴様、何者だ!」

 ランハルトが、掴みかかりそうになっているのを見て、ユリーシャは、前に進み出た。

「ランハルト。この人は地球の人で、名前は雪」

 ユリーシャは、少し呆れたような顔をしていた。

 ランハルトとケールは、目を見開いて驚きの表情をしていた。ケールは、立ち上がって前に行き、ユリーシャと雪の顔を交互に見た。

「えぇー。そ、そっくりじゃないですかぁ」

 雪は、ほっとして小さく息を吐き出した。

「で、デスラー大使。前にお会いしたことありますが、覚えてません? 私のこと」

 ランハルトは即答した。

「ああ、全く記憶にない」

 雪は、苦笑いしつつ続けた。

「私はヤマトの乗員で、半年前に、ガトランティスとの決戦を行っている時にお会いしましたけど……」

「しつこい。記憶にないと言っている」

 ランハルトは、既に雪を無視して、テーブル席にあった椅子を引いて、ユリーシャを促していた。

 雪は、ランハルトのあまりの態度に、顔を引きつらせた。

「ちょっと、失礼じゃありませんか? 大使」

 雪の隣に座ったユリーシャが言った。

「こういう性格なの。許してあげて」

 ユリーシャは、呆れと諦めの表情だった。

 

 四人はテーブルを囲んで、やっと椅子に落ち着いていた。その日は、イスカンダルの特使と、ガミラスの地球駐在大使着任を歓迎する行事が執り行われ、最後には地球の大統領も参加した晩餐会が行われていた。既に、ユリーシャもランハルトも晩餐会で食事を食べており、テーブルには、飲み物だけが運ばれていた。

 晩餐会の後、ランハルトはユリーシャに、堅苦しい話を無しにした身内だけの懇親会を提案し、ここに集まっていた。

「俺は、ユリーシャ様だけをお誘いしたつもりだったが、何故地球人がここにいるんだ? 場違いだと思わなかったのか」

ここに至っても、ランハルトは雪を邪魔者扱いしていた。彼にとっては、高貴なイスカンダル人との親睦を深める滅多にない機会だったのだ。

「あなたねぇ……」

 雪は、怒気を含んだ声音でランハルトに抗議しようとした。それをユリーシャは制して言った。

「私が連れてきた。雪は、私の大切な友人なの。これ以上の雪への無礼は、私が許さないよ」

 ランハルトは、ユリーシャを怒らせてしまったかと思い、しぶしぶ雪を受け入れることにした。

「わかりました。申し訳ありません」

 ランハルトはそう言ってから、雪の方を見て全く悪びれた様子もなく続けた。

「これはこれは、大変失礼をしたようだ」

 ランハルトと雪は、暫し睨み合っていた。

 その空気を読んだケールが、場を和まそうと口を開いた。

「ユリーシャ様! 直接お話しする機会を頂き、大変光栄です。それから、雪さんも、大変お美しい方ですね。お会いできて嬉しいです。よろしければ、皆で乾杯しませんか?」

 ケールの愛嬌のある笑顔とその言葉で、ようやく雪も少し怒りを納め、四人は杯を交わした。

 

「ああいう場は、あまり好きじゃありません。政治家や官僚どもは狡猾な連中が多く、気を許せなくて疲れました」

 ランハルトは、今日の一連の仕事に疲れきって愚痴をこぼした。

 ユリーシャは、そんなランハルトを優しい目で見つめた。

「バレル大統領が、ランハルトをここに来させたのがどうしてか、ちょっとわかったかな」

 ランハルトは、ユリーシャの言葉に興味を持った。

「と、言いますと?」

 ケールが、ユリーシャに向かって言った。

「僕もそれ、わかりますよ」

 ランハルトが、ケールの顔を見ると、またあのいたずらをする子供のような笑顔を向けてきた。

「将来、大統領にする為ですよ、大使」

 ランハルトは、ユリーシャとケールの顔を見回して、心底嫌そうな顔をした。ユリーシャも、同じような笑顔をランハルトに向けてきた。

「そうそう。ケールは、察しが良くてとってもいい子だね」

 ユリーシャに褒められたケールは、照れくさそうにしている。

「ユリーシャ様に、そんなことを言ってもらえるなんて、夢のようです……」

 ランハルトはため息をついた。

「そう期待されているのは、認識しています。しかし、私がデスラー総統の代わりが務まると考えるのは、少々買い被り過ぎです」

 雪は、黙ってそのやり取りを見守っていた。慇懃無礼な彼にしては、殊勝な態度だと思っていた。そう言えば、と雪は、ガミラスでの出来事を思い出していた。二度目に訪れたガミラス星で行われた晩餐会の場で、二等ガミラス人への偏った考えを披露したガミラスの閣僚に対して、彼は強く怒りを訴えていた。あの時の真剣な彼の姿は、あの場の多くの人々が心打たれたものだった。雪は、無礼な態度の彼とどちらが本当の姿なのかを計りかねていた。

 

 ひとしきり歓談した頃、レストランの入り口が騒がしくなっていた。

 ランハルトが入り口の方を見ると、地球連邦防衛軍の制服を着た男達が十名程、雪崩れ込んで来るところだった。そのうちの一人が、四人のテーブルにつかつかと歩み寄った。

「ユリーシャ様、デスラー大使、探しました。勝手に出歩いて貰っては困ります!」

 怒鳴り付けてきたのは、彼等の警護を任されていた警備隊のリーダーだった。

 ユリーシャは、首をかしげて言った。

「はてな?」

 ランハルトは立ち上がって、彼等の前に立ちはだかると言った。

「無礼者! 貴様ら、高貴なお方に対して失礼だぞ! 下がれ!」

 雪が慌てて立ち上がって、ランハルトと警備隊のリーダーの間に割って入った。

 その男は、雪の顔を見て驚いていた。

「森船務長!? どうしてここに?」

「ユリーシャがどうしてもこっそり行きたいと言うから、私が連れ出したの。ごめんなさい、星名くん」

 雪は、手を合わせて、彼に謝罪した。

 ケールも、にこにことしながら悪びれる様子もなく、星名の前にやって来た。

「大使は、僕がこっそり連れて来ました。きっと邪魔だと言い出すと思ったので……」

 席にいたユリーシャも立ち上がって、星名の元にやって来た。

「星名」

 ユリーシャが星名を見る目は、どこか優しげな顔であった。

 星名は、なんとなく、ユリーシャの表情が百合亜に似ている気がして、少し顔を赤らめて目を逸らした。

「こ、困ります。これからは、勝手な行動は控えてください」

「わかった。ごめんね、星名」

 ランハルトは、先ほどまでの怒りは何処へやら、そんなユリーシャの親しげな様子に気が付いて、戸惑っていた。

 星名は、ランハルトの方に向いて、気を取り直して言った。

「デスラー大使。外を見てください」

「外?」

 ランハルトが窓の方を見ると、美しいビル群の明かりが瞬いていた。窓に近づいて下の様子を窺うと、路上に何やら人が集まっているのが見えた。街宣車の上に数名の男たちが立っており、その周りを群集が大勢取り囲んでいた。レストランの防音設備が優秀なのか、外の音はまったく聞こえてこない。ランハルトは、星名を振り返って無言で説明を求めた。

「あれは、ガミラスとの同盟に反対する勢力の集会です」

 ランハルトは、訝しげに、再び外の様子を見た。ケールやユリーシャも、窓に集まって外の様子を確認していた。

「すべての地球人が、この同盟関係を歓迎している訳ではありません。先の戦争のこともあって、ガミラス人を憎んでいる人々も大勢いるのです。いつ何があるかわかりせん。どうか、今後は、必ず我々を同行させてください」

 星名は、窓の外を見つめるユリーシャの横に並んで同じように話しかけた。

「ユリーシャ様、あなたもです。ガミラスとの戦争がきっかけで、異星人を信用出来ないと考える人々も少なからずいます。以前、テロで殺されかけたことがあるのもお忘れなく」

 星名は、街宣車の男たちを鋭い目つきで見つめていた。

 ランハルトは、そんな星名を向いて言った。

「これはまた。これから、せっかく友人として親しい関係になる段取りをつけようとしているのに。そういう活動家もいると、事前に教えられてはいたがな」

 そんなランハルトの前に、雪もやってきて言った。

「デスラー大使。地球では、どんな意見も自由に発言することができます。誰にも規制されません。これが、民主主義というものです。今、あなた方の国がやって行こうとしているのは、ああいうものなんです。私たちの国には、先の不幸な戦争で家族を失った人々も大勢います。それでも、私たちは、あなた方と一緒に前に進むことを決めました。だからと言って、それを納得できないと訴える声を封じることは出来ません。あのような意見も聞いて、どうすればよいか、皆で考え続ける必要があるのです」

 ランハルトは、雪が話す言葉に聞き入っていた。彼女は、民主主義国家としては、先輩だと言っているのと同じであった。

 ずいぶん、はっきりと言う、とランハルトは思い、心の中で苦笑した。ユリーシャに似ているという理由で、イスカンダルに取り入ろうとしている地球人かと勝手に思い込んでいたが、ずいぶん芯が通った女だと彼は思っていた。今頃になって、彼は、彼女がヤマトの第一艦橋にいたのを朧げに思い出してきていた。あの時は、激しい戦闘のすぐ後であり、アベルトやスターシャらに囲まれて会話していたため、周囲への注意が緩慢になっていたのは事実だった。

 ランハルトは、雪に向かって頷いた。

「意見として聞いておく」

 どこまでも、高飛車な態度のランハルトに、雪は再び怒りが湧いてくるのを感じていた。

 

続く…




注)pixivとハーメルンにて同一作品を公開しています。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。


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大使の憂鬱2 月面の墓標

宇宙戦艦ヤマト2202とは別の世界線を歩んだ宇宙戦艦ヤマト2199の続編二次創作小説「大使の憂鬱」です。「白色彗星帝国編」の続編になります。


 月面――。

 

 地球が空に大きく見えており、太陽光を反射して地球連邦防衛軍の月面基地を明るく照らしていた。

 かつてそこでは、地球まで迫ってきたガミラス軍と空間騎兵隊による激しい戦闘がおこなわれた。元あった月面基地は激しく破壊され、今では、小さな防衛陣地だけが残っていた。

 空間騎兵隊が死守したその防衛陣地のすぐ傍に、新たな基地が建設され、それが現在の基地となっていた。新造された地球艦隊や航空隊の基地として、今でも重要な防衛拠点として利用されているのだった。

 その防衛陣地を訪れるような奇特な者は皆無だった。そこは、宇宙から降り注ぐ微小隕石によって、既に穴だらけになっており、施設は朽ち果てるにまかせていた。しかし、その日は、二人の宇宙服を着た人間が、その陣地の傍にひっそりと訪れていた。

 その二人は、月面の岩石と小銃で作った幾つかの小さな墓の前に、しゃがんで祈りを捧げていた。

 そのうち、サイズの大きな宇宙服を着た方が、立ち上がって持っていた一升瓶の蓋を開けた。

「みんな、なかなか来られなくてすまねぇ。よかったら飲んでくれ」

 その男は、瓶の中の酒を、墓に向かって降り注いだ。重力の小さい極寒の月面では、思ったように中身が出なかったため、男は苦労して、すべての墓を回った。

 もう一人は、まだ一つの墓の前に座り込んでいた。

「お父さん、ごめんね。ここには初めて来ることになっちゃった。あたしはこの通り元気にしてるよ」

 桐生美影は、そう言って立ち上がった。

「始くん、ありがとね。連れてきてくれて」

 始くんと呼ばれた大柄の男は、酒を注ぎながら言った。

「美影ちゃんの頼みなら、いつでも歓迎だ」

 酒をすべて注ぎ切って、男は桐生を振り返った。

「俺もずっと来たかったんだ。地球に作られた墓もあるが、あいつらと桐生隊長が本当に眠っているのは、ここだからな」

 大柄の男は、月面基地の防衛を最後まで戦った空間騎兵隊の斉藤始だった。彼は、桐生の傍に戻ると、その足元の墓に向かって言った。

「桐生隊長。美影ちゃんは俺が守ってくから、心配しないで、安らかにな」

 斉藤は、前隊長の桐生とは家族ぐるみの付き合いがあった。彼は、少し歳の離れた美影を、妹のように大切にしてきたのだ。

 二人は、もう一度、手を合わせて祈りを捧げていた。

 

 斉藤と桐生は、墓を後にして、乗ってきた空間騎兵隊の大型輸送機に向かって月面を歩き始めた。

「始くん、仕事の途中だったんでしょ。本当に大丈夫だったの?」

 斉藤は、桐生の方を向いて言った。

「今は、新しく入隊した隊員の訓練をやっている。ちょうど今日で訓練が終わりだったから皆に頼んで寄らせてもらったんだ。皆良い奴でな、ぜひ行ってきて下さいって言うんだよ」

 桐生は、それを聞いて笑顔になった。

「そっか。ありがたいね。私まで乗せてもらっちゃって、ごめんね」

「いいだろ、このぐらい。桐生隊長がいなかったら、空間騎兵隊自体が無くなってたかもしれねぇ。俺たちにとっちゃ、偉大な先輩だからな」

 すると、ほんの数十メートル先に駐機していた大型輸送機が、突然ロケットを噴射して上昇し始めた。

「何だと!?」

「ええっ!?」

 斉藤は、急いで携帯通信機を肩から外して大型輸送機に連絡を取った。

「おい、何をやってる。俺たちを置いて行く気か!」

 そうしている間にも、みるみる大型輸送機は上昇し、暫くすると、肉眼でとらえることが出来なくなった。

「くそ! どうして通信に応えないんだ!?」

「始くん、どうしよう」

 斉藤は、心配そうな顔をしている桐生を見て、すぐに決断した。

「美影ちゃん、心配すんな。幸い、新しい月面基地は、こっからそう遠くない。歩いてそこまで行けばいいだろ」

「わかった」

 桐生は、腕に装着した生命維持装置のパネルを操作した。

「残存酸素量もそれなりにあるし、何とかなるね」

「だな。でも、あいつらがどうしたのか気になる。出来るだけ急ごう」

 二人は、防衛陣地から数百メートル先に見える月面基地を目指して歩き始めた。




注)pixivとハーメルンにて同一作品を公開しています。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。


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大使の憂鬱3 地球の休日

宇宙戦艦ヤマト2202とは別の世界線を歩んだ宇宙戦艦ヤマト2199の続編二次創作小説「大使の憂鬱」です。「白色彗星帝国編」の続編になります。


 ランハルトは、高いビルが建ち並ぶ街の道路の真ん中に立っていた。

 そこは、かつての東京の街並みだった。

 沿線のビルには、様々な店が並んでいる。ランハルトは、歩きながら気になった店に足を踏み入れた。そこは、雑貨店らしく、ところ狭しと細々した商品が陳列されていた。ランハルトは、店内を見回して、ふと気になったものを手に取った。それは、小さな懐中時計で、ほこりが被って汚れており、表面のガラスにひびが入って一部が欠けていた。

 後からついてきたケールも、店内を物色しており、彼は、布で出来た人形を持ち上げて、不思議そうに見つめていた。それは、何かの生物を模した物であることはわかったが、彼らには、それが熊のぬいぐるみであることまではわからなかった。

 ケールは、それが気に入ったのか、店を出た後も、それを抱いたまま歩いていた。

 歩き続けると、辺りの様子が突然変化した。そこは、博物館か美術館のようだった。

 ランハルトは、美しい色彩の印象的な風景画の前に立ち止まると、それに見入っていた。

 次の部屋に進むと、そこには、人の形をした彫刻が立ち並んでいた。ランハルトは、首も腕も無い羽が生えた白い彫刻の前に立ち止まって、興味深そうに眺めていた。首や腕は、何らかの理由で失われたのか、それとも、最初から意図してそのように作られた物なのか、地球人には昔、羽根があったのか、などと、彼は暫し思案していた。

 ランハルトが振り返ると、ケールは別の彫刻の前の椅子に腰掛けて、それと同じポーズを取っていた。ランハルトが近寄って、彫刻に付けられた作品名のプレートを覗き込むと、そこには「考える人」と書かれていた。

 

 そこは、仮想現実に没入する為の施設で、スタジアム規模の大きな建造物だった。

 ランハルトとケールは、ガミラスとの文化交流に相応しいものを探しており、地球連邦政府から、ここを紹介されていたのだ。

 少し離れた場所に、ユリーシャと雪もいた。

 雪は、藤堂長官からの命を受け、ユリーシャの地球滞在の間のエスコート役を勤めていた。その為、一時的にヤマト船務長の任を解かれており、ユリーシャは、ここぞとばかりに四六時中雪を連れ回していた。

 ランハルトは、任期が続く限り大使として滞在するが、ユリーシャは、一ヶ月ほどの滞在で、イスカンダルに戻る予定だった。彼女は、着任したばかりのガミラス大使の助けにならないかと、一緒に同行していた。ガミラスとイスカンダルの友好関係をアピールし、ランハルトの初めての大使としての公務が成功するの手伝おうとしていたのである。

 

 ユリーシャと雪は、先ほどランハルト達がいた、かつての東京をイメージした通りをぶらぶらと歩いていた。時折、気になった店に立ち寄って、ユリーシャは楽しそうに歩き続けた。

 百貨店らしき建物に入ると、ユリーシャは目を輝かせていた。そこは、地球人の衣装が多数展示されており、彼女は服を取っ替え引っ替えして、鏡の前の自分にあてがっていた。

「雪、こっち来て」

 ユリーシャは、いつの間にか試着室に入っており、中から手招きしていた。

 雪が中を覗き込むと、既にユリーシャは服を脱いで試着をしていた。

「うーん。ユリーシャ、これ仮想現実だから、持って帰ることは出来ないよ」

 それを聞いたユリーシャは、凄くがっかりした顔をしていた。

「そうだね……。そうだったね」

 寂しそうに言うユリーシャを、雪は暖かい目で見守った。

「ちゃんと本当に売っている店があるから、今度行こうよ」

 ユリーシャは、口元を尖らせて呟いた。

「星名が、そういう一般人が大勢いるところは、勝手に行っちゃだめだって……」

 そこまで言いかけて、ユリーシャは目を細めて雪を見つめた。

「いいこと、考えた」

 

 地球の衛星軌道上には、ランハルトと大使館員、そしてユリーシャを乗せてきた、ガミラス軍の護衛艦隊が待機していた。ユリーシャの予定の滞在期間の後、艦隊の半数は彼女を乗せて帰還することになっていた。残りの半数は、ランハルトの護衛のため、ガミラス大使館が存続する限り、そこに交替で常駐することになっていた。

 

 退屈していたガミラス軍の兵士らに朗報が届いていた。地球連邦防衛軍の航空隊との演習が企画されたのだ。艦隊の一隻の駆逐艦を任されて同行していたメルダ・ディッツ中尉の発案で、地球側にその意向を伝えたところ、軍同士の交流も重要と地球連邦政府も判断し、実現する運びとなった。

 しかし、最終的に、ドッグファイトではなく、双方の航空隊による編隊飛行の美しさを競う平和的な祭典となり、発案したメルダは、その事をしばらく悔しがっていた。

 

 その日、月面基地は、メルダの乗機を含むガミラスの航空隊や、大勢のマスコミが詰めかけ、賑わいをみせ、一種のお祭り騒ぎとなっていた。地球連邦防衛軍の代表として、メルダのたっての希望で選抜された山本らの所属する航空隊も、そこに集まっていた。地球側の航宙機は、ようやくコスモタイガーⅡが実戦配備されており、その御披露目も兼ねたイベントとなっていた。

 

 メルダと山本は、イベントの出番が終わると、半年前にガミラスで交わした約束を果たすため、月面基地から、地球軌道上のガミラス空母まで競争をすることにした。

「ねぇ! 本当にそっちの空母に着艦なんてしてもいいの!?」

 ツヴァルケのコックピットで発進準備を行いながら、メルダは通信で返事を返した。

「問題ない! ちゃんと許可は取っている。そっちこそ、イベントを抜け出して大丈夫か!?」

 山本も同様にコスモタイガーⅡのコックピットで発進準備を行っていた。

「大丈夫! こっちも許可は取っている!」

「わかった。じゃぁそろそろ出掛けるとしよう!」

 二人の機は、スラスターを使って月の上空の互いに示し合わせた発進位置の座標につけると、横に並び、コックピット越しに手で合図を送った。

 そうして、二人は同時に月を飛び出した。

 山本は、強烈なGを感じていたが、メルダとの勝負に負けるわけにはいかないと、最高速度に達するまでエンジンを噴かし続けた。

 メルダのツヴァルケも、ほとんど同じ速度で、二機は激しくつばぜり合いを始めた。

 最高速度に達すると、僅かに機体性能が上回るコスモタイガーが少しずつリードを始めた。そこで再び二人は手で合図すると、双方反対側に機体を傾けて大きく旋回して、そのまま互いの背後をとろうと、右に左に急角度で移動した。

 今まで、数度の対戦では、何れもメルダが勝利しており、山本は必死で背後をとろうと、蛇行しながら、高速で回り込もうとしていた。メルダも負けじと、機体を急角度で旋回させた。

 そして、遂にメルダが背後を取り、山本の機体にロックオンをしようと狙いを定めた。

 その瞬間、山本の機体が視界から消えた。

「何!?」

 山本は、急制動をかけて、そのままメルダの乗機が通りすぎると、チャンスとばかりにメルダの背後を取り、狙いを定めてロックオンした。

 ロックオン時の甲高い電子音が山本の宇宙帽の中で鳴り響いた。

「よし!」

 遂に一勝を掴み取った山本は、思わず拳を固めていた。山本の視界から、ゆっくりとメルダの機体が離れていくと、通信が入ってきた。

「もうひと勝負やるぞ。次は、こっちの番だ」

 負けたはずのメルダの声は、楽しそうに弾んでいた。

 

 その頃、月面基地を目指して歩いていた斉藤と桐生は、ようやく基地の近くまでたどり着いていた。

 ちょうど、基地の上空では、防衛軍とガミラス軍の航宙機が、アクロバット飛行を披露していた。

 斉藤は、肩の通信機を掴むと、通信を試した。

「こちら斉藤。永倉はいるか」

 宇宙帽のスピーカーと通信機は連動しており、雑音が響いていた。

「こちら、永倉。どうしたんだい、隊長」

「お前、今何やっている?」

「何って、このイベントの警備だよ」

「そりゃあ、わかってる。もし、忙しくなきゃ、俺を手伝ってくれ」

「いいよ。どうかしたのかい?」

「新人の訓練が終わったから、桐生隊長の墓参りに娘さんと立ち寄った。そしたら、騎兵隊の輸送機が勝手に出発して置いて行かれちまった。多分、地球の方に向かったと思う。ちょっと不味い状況だ」

「隊長、それ、上から大目玉だよ。まぁいいや。じゃあ空間騎兵隊本部に連絡して捜索させるよ」

「いや、どうも気になる。連絡が済んだら、もう一機の輸送機を出してくれ。今から、俺も探しに行く」

「了解、じゃぁ後で」

「始ちゃん、あれ見て。凄いよ」

 斉藤は、通信機を肩に戻しながら、桐生が指差す空の方を見上げた。

「随分盛り上がってるみたいだな。だが、今はそれどころじゃねぇ」

「だねー。ちょっと残念」

 桐生は、基地のエアロックのハッチを見つけると、その脇のパネルが収まった蓋を開けた。素早くパスワードを入力すると、パネルのディスプレイに、認証されたことが表示された。それを確認して、斉藤はハッチを開けるつまみを掴んで引っ張りながら回した。ハッチが開くと、二人は基地内に入っていった。

 

 その頃、ランハルトとケール、そしてユリーシャと雪は、ひとしきり仮想空間を堪能した後、施設を出ていた。その彼らを、外で待っていた星名ら地球連邦の警備隊員が待ち受けており、彼らを囲んで歩き出していた。施設の館長と仮想空間をデザインした企業の担当者が、設備の詳細について説明することになっていた為、ランハルト達は、隣接する事務所の会議室に通された。

 雪は、少し席を外すと言って、トイレに向かったため、ランハルトとユリーシャが会議室の椅子に並んで二人で腰掛けていた。ランハルトの背後に、ケールは立っている。

 隣に座ったユリーシャは、下を向いて元気が無さそうだった。

「どうかされましたか?」

 ランハルトは、ユリーシャの様子が気になって、顔色を窺おうとした。しかし、ユリーシャは髪で顔が隠れており、表情を窺い知ることは出来なかった。

「だいぶお疲れのようだ。ケール!」

 ランハルトは、後ろにいるケールに手で合図をした。

「はい!」

 ケールは、嬉しそうに返事をすると、どこに持っていたのか、クッションのようなものを取り出し、ユリーシャの前のテーブルに差し出した。

「少し、ここに頭を乗せてお休みになるといいですよ?」

 ユリーシャは、素直にそのクッションを掴むと、顔面をそこに乗せて黙って突っ伏した。

 ランハルトは、そんなユリーシャの様子を見て、暫く黙って静かにしていることにした。

 

 その時、雪がトイレの入り口からそっと頭を出していた。辺りを見回すと、少し離れた会議室の前で陣取っている警備隊の姿が見えた。彼女は、気付かれないように、そろそろと出口に向かって行った。そして、外へ出ると、小走りに近くの通りに向かい、走っていた無人タクシーを捕まえた。そして、すぐに無人タクシーはその場を離れて行った。

 タクシーの中で、雪はにやにやと笑いだした。

「やっちゃった」

 ユリーシャは、雪と入れ替わっていたのだ。仮想空間にいる時に、ユリーシャは、無理矢理雪と服を交換していた。

「ユリーシャ、駄目だよ。一人で出歩く何て危険だよ」

 ユリーシャは、雪の服を着て、鏡を満足そうに見ていた。

「だって、こうでもしなきゃ、好きに出来ないし。それにね」

 ユリーシャは、雪の耳元で囁いた。

 それを聞いた雪は、複雑な表情をした。

「う、うーん。まぁ確かにそうだと思うけど」

「大丈夫、大丈夫!」

 そう言ってユリーシャは、試着室を出ていった。

 残された雪は、鏡でユリーシャのイスカンダルの服を着た自分が似合っているかどうか確認していた。いくら似ているとは言え、よく知った人が見ればすぐにばれる扮装だった。恐らく、ランハルトがじっくりと見れば、すぐに別人だと気付くだろう。

 困ったことになった、と雪は、暗い表情をしていた。

 

 脱出に成功したユリーシャは、嬉しそうに伸びをした。

「自由だ!」

 そして、彼女はタクシーの座席に座って、持っていた携帯端末を操作して、行き先を考えていた。

「やっぱり、賑やかなとこがいいな。洋服も買いたいし」

 そして、タクシーの行き先を、街の中心部に設定した。

 しばらくして、ユリーシャは、タクシーを乗り捨てると、地球人が行き交う通りを歩き始めた。

 彼女は、地球連邦政府から支給された、特別なIDがふられた携帯端末を持っていた。その端末さえあれば、ユリーシャが買い物で困ることはなかった。

 通りを歩いていると、若い女性が集まっている小さな店があった。

 覗いて見ると、皆、何かの食べ物を買って、その場で食べているようだった。カラフルな包みに入ったその食べ物に興味を持った彼女は、店に並ぶ女性に混じって並んだ。店の中を覗き込むと、調理している様子が見える。ユリーシャは、わくわくしながら自分の番が来るのを待った。

 自分の番がやって来て、遂にその食べ物を手に入れると、ユリーシャはそれを恐る恐る食べてみた。

 彼女は、目を丸くして言った。

「美味しい!」

 周りにいた、若い女性達がユリーシャをちらちらと見ていたが、そんなことはお構いなしに彼女は、食べ続けた。

「甘くて美味しい。地球の食べ物って凄いな」

 そのまま、食べながら歩き出すと、ふと姉の顔が思い浮かんだ。

「お姉様が、歩きながら食べているのを見たら何て言うかな?」

 きっと、凄く怒るだろうな、と考えていると、急に可笑しくなっていた。

 暫く歩き続けると、通りには、若い男女のカップルがそこかしこにいて、ユリーシャは、羨望の眼差しでそれを見つめた。

「私も、ああいう人って出来るのかな?」

 彼女はこれまで、そういったことを、深く考えてこなかった。考えているうちに、姉が子供をもうけたり、デスラー総統に付き添って旅立ったことを思いだし、自分にも、いつかそういう人が現れるかもしれないと思うようになっていた。

 そうして暫く歩いていると、通り沿いに若い女性が出入りする、地球人の服を売っている店があった。そこは、少し高級な店だったが、そんなことは知らない彼女は、吸い込まれるようにそこに入っていった。

 ユリーシャは、目を輝かせて店内を眺めた。

 先程の仮想現実のように、地球人の衣服が、美しく展示してあった。

 ユリーシャは、気になった服を幾つも抱えて、試着室に向かった。それに店員が付き添って、お似合いですよ、お客様、などと言っており、ユリーシャは、何度も何度も着替えをして楽しんだ。

 そうして、何度目かの着替えをして、仕切りを開けて顔を出すと、店員の背後に、息を切らして立っている若い男性の姿が見えた。

 ユリーシャは、笑顔でその男を見た。

「やっぱり、来てくれた」

 男は、息を整えてから言った。

「帰りましょう、ユリーシャ様」

 星名は、少し怒っているようだった。

 ユリーシャは、少しだけ待って、と言って、試着した服をまとめて購入した。店を出るときには、たくさんの紙袋や手提げバッグを抱えることになり、星名は代わりにそれを預かった。

「ごめんね。でも、きっと来てくれると思ってた」

 星名は、呆れ顔で言った。

「荷物を持ってくれると思ってたんですか?」

 ユリーシャは、首をかしげた。

「違う。星名なら、きっと追いかけてきてくれるから、危険は無いって信じてた」

 星名は、ユリーシャを無視して、油断無く周囲を窺っていた。

「星名!」

 ユリーシャが、大きな声を出したので、星名は振り返った。すると、星名に無視されたユリーシャが、不満そうな顔をしてじっと見つめていた。

 それは、百合亜を彷彿とする表情だった為、星名は少しどぎまぎとしてしまった。

 彼女は、星名を見ると、百合亜に憑依していた時に感じた感覚や感情が甦っていた。

「少しだけ、ぎゅっとして欲しいかも」

 

 その時、山本は、速度を落として、肉眼でガミラスの戦闘空母を正面に捉えていた。

「開発中の空母向けの訓練はしてるけど……こいつは、まるで宇宙に浮かぶ針じゃないか」

 山本は、冷や汗をかきながらも、本物の空母着艦に興奮していた。

 空母自体も地球の衛星軌道上を高速に周回しており、月から飛行してきたメルダと山本の乗機は、まず衛星軌道に乗り、空母との速度をシンクロさせる必要があった。それが上手く行って、初めて空母へのアプローチが可能になる。

 技術的な方法は頭に入っていても、実際にやるのとではまるで違う。山本は、緊張感の中で高揚してくるのを感じていた。

 先行したメルダは、空母の速度に合わせて綺麗なランディングを決めた。

 負けるかと、メルダを意識した山本は、何とかして空母を正面に捉えようとするが、速度を上手く合わせられず、蛇行しながら空母に接近していた。

 すると、心配したメルダから通信で呼び掛けられていた。

「玲! 右だ! もう少し速度を落とせ! 少し左だ!」

 山本は、唇を噛んで操縦桿を操作し、足元のペダルを踏んだ。

 山本機は、ふらふらとしながらも、どうにか空母の甲板に着地した。

「玲! 凄いな」

 コックピットでぐったりしている山本に対して、メルダが通信を送ってきた。

 メルダが誉めていたが、山本はまるで嬉しくなかった。

「そっちは随分、そつなくやってたじゃないか」

 メルダは、きょとんとして言った。

「いや、私の機は、空母と連動するレーザー誘導で、ほぼ自動操縦だから当然だ」

「はあ!?」

 山本は、項垂れていた頭を上げて、メルダに抗議した。

 

 ガミラス護衛艦隊司令官のガゼル少将は、ゲルバデス級戦闘空母ダレイラの艦橋から、メルダと地球の戦闘機が着艦する様子を、眺めていた。ガゼルは、ディッツ提督とは長い付き合いで、メルダのことも幼い頃から知っていた。ガゼルは、将来指揮官となる逸材だと考えて、彼女の成長を見守っていた。

 そんなことをぼんやり考えていると、レーダー手が不審な動きをする地球の航宙機を捉えており、艦長のバルデス大佐が、ガゼルに報告してきていた。

「ガゼル司令。地球連邦防衛軍の大型輸送機と思われる機体が、こちらに接近してきます。こちらの呼び掛けに反応がありません」

 ガゼルは、即座に返事をした。

「全艦に、警戒体制移行を通達。至急、連邦軍にも問い合わせろ。その機への呼び掛けも、そのまま継続」

 

 空母ダレイラの甲板から、エレベーターで格納庫に降りていたメルダと山本にも、警戒体制の移行の艦内放送が聞こえていた。

 メルダは、近くにいた甲板員に状況を尋ねた。

「地球の不審機が接近中?」

 メルダは、格納庫の一角にあった端末を操作して、艦が捉えた映像を確認した。それを見た山本が言った。

「あれは、空間騎兵隊の大型兵員輸送機だ」

 メルダが映像の機体を指差した。

「これを見ろ。機体の一部が破損して、放電しているようだ。事故にでもあったのか?」

 

「ガゼル司令。先方と連絡が取れました。機体破損で操縦不能とのことです。牽引ビームによる救助を要請されました」

 バルデス艦長の報告を聞いたガゼル司令は、暫し考えた。

「わかった。救助しろ。念のため、地球連邦防衛軍にもこの事を連絡」

 それを受けてバルデス艦長は、各員に指示を出していた。

 

 その頃、ランハルトと雪が扮装したユリーシャの待つ会議室に、仮想現実館の館長と、それを開発した企業の責任者が訪れて、施設についての詳しい説明を始めていた。

 雪は、ケールに貰ったクッションを抱き抱えて意を決して顔を上げていた。

 どうかばれませんように、と雪は、祈っていた。幸い、ランハルトとケールは、説明を聞くのに集中しており、雪の方への注意が削がれていた。

 

「……ということで、ガミラス星の観光客の受け入れが実現した場合、一番の観光スポットになると我々は考えています」

 恰幅のいい館長は、ランハルトらに丁寧に説明をしていた。

 ランハルトは頷いた。

「確かに、これはよさそうだ。忘れて貰っては困るが、国交が正常化すれば、我がガミラスだけでなく、マゼラン銀河中の星間国家が、訪れる可能性もある」

 館長は、目を輝かせた。

「なるほど。それは素晴らしいですね! しかしその前に、私達は営利企業です。無償では残念ながら動くことが出来ません。地球とガミラスとの間の通貨の交換が必要になるでしょう」

 ランハルトは、通貨と聞いて若干渋い顔をした。

「通貨に関しては、現政府になってから、新たな制度を策定して運用を始めている。働いた対価としての賃金の制度等、マゼラン銀河の他の星系国家の運用を参考にして、整備を続けている。もともと、我がガミラスの大統領は貿易商を営み、星間国家を股にかけた商売を行ってきた実績がある。もう少したてば、一般市民にもそのやり方が浸透するだろう。私の方では、地球連邦政府と、為替に関しての協議を始めている」

 館長は、嬉しそうに返事をした。

「それは、ありがたい。そうすると、そちらにも、何か利益が無いといけませんね」

「その通りだ。例えば、この施設のような娯楽施設は、我がガミラスには、欠けているものだ。似たような施設を作って、こちらでも同様の観光スポットに出来ないか、と考えている」

 それまで黙っていた、もう一人の施設を開発した企業の責任者が口を開いた。

「科学力では、そちらの方が進んでいると聞いていますが、本気で仰っていますか?」

 痩せた線の細いその男は、眼鏡の位置を直しながら、ランハルトを見つめた。

「科学力の問題では無い。我々は、これまで全精力を軍事費に費やしてきた。こういった娯楽分野は、発想が乏しい状態だ。もちろん、時間が経てば、そのような文化が発展するだろうが、まだ時間がかかるだろう。協力して貰えれば、それを足掛かりに加速出来ると思う」

 雪は、ランハルトの話に聞き入っていた。想像した以上に、彼はまともだと思っていた。民主主義を定着させる為に、あらゆる努力をしようとしているガミラスの状況も理解でき、そして、それを実現する為に、出来ることを真摯に進める彼の姿勢は好感を持てるものだった。

 雪は、真剣な顔で交渉するランハルトの横顔をじっと見つめた。

「仰る事はわかりました。お話を進める前に、施設を体験されたご感想も、ぜひお聞かせ頂けませんか?」

 ランハルトは頷いた。

「とても有意義な体験だった。地球という惑星の文化が体験できる貴重なものだと思った。特に印象に残ったのは、街を歩いて、いろいろな商店をみた。ガミラスには無い珍しいものが沢山あって興味深かった。それから、美術館も良かった。美しい絵画などは、我がガミラスでも同様の文化があるが、貴重なものばかりで、今すぐにでも互いの美術品を交換して展示できればいいと考えている」

 線の細いその男は、下を向いて暫し黙っていた。そして、おもむろに顔を上げると、ランハルトを見つめた。

「補足しておきましょう。あそこにあったものは、今は存在しません。それを皆に懐かしんで思い出して貰うために作った施設なんですよ、ここは。あなた方が見たものは、すべてこの地球上から喪われてしまったのです。何故だか、お分かりですか?」

 ランハルトは、少し相手の様子がおかしいのに気が付いた。

 その男は、眼鏡を取ってランハルトを睨み付けた。

「遊星爆弾によるガミラスの攻撃で、すべて破壊され、燃やし尽くされたからですよ」

 突然の男の言葉に、ランハルトは驚かされた。しかし、動ずること無く、ランハルトは堂々言った。

「なるほど。それはとても残念だ。しかし、あなた方と我々は、過去の不幸な歴史を乗り越え、友好関係を築こうとしている最中だ。これからは一緒に、新たな文化を築いて行く努力をすべきだ」

 ランハルトは、このような場所で絶対に謝罪はしてはならないと考えていた。悪いと認めて謝罪することは、一時的には相手の感情を抑える事は出来るが、結局のところ、憎しみや、恨みの感情は簡単に消えることは無く、何も産み出さない。そもそも、あの戦争で亡くなったのは、地球人だけで無く、ガミラス人も大勢亡くなっていた。お互いに、前を向いてものを考えるように、気持ちを変えていくべきだと思っていた。

「それは、少々無理がありますね。喪われたのは、街並みや文化だけでなく、人々は家族を喪い、悲しみの淵にあります。皆、あなた方が殺したんだ」

 男は、ランハルトを睨み付けたまま、話が平行線となろうとしていた。

 館長は、慌てた様子で男を退席させるべきと判断した。

「大使。大変失礼しました。君、悪いが、この場所に君は相応しく無いようだ。退席してもらえるかね?」

 いつの間にか、ケールが会議室のドアの前に移動しており、ドアを開けて、彼が出ていくのを促していた。

「申し訳ありませんが、そのような話は、別途我が国の大使館員が承ります。この場は、どうぞ、お引き取り願います」

 ドアの向こうでは、会議室の不穏な空気を感じた数名の警備隊員が、中を覗き込んでいた。

 雪も、話の成り行きに戸惑っていた。この男は、ガミラスとの同盟に反対する勢力の一員なのだろうと、雪は、推測した。ここを紹介した地球連邦政府の仕事が随分ずさんだと彼女は思っていた。

 男は立ち上がると、周りを見回して言った。

「いいえ。むしろ、私に着いてきて貰いますよ」

 男が持っていた携帯端末を操作すると、天井から勢い良くガスが吹き出して来た。あっと言う間に部屋中にガスが充満し、部屋の外の廊下にも充満していた。

 そして、あっという間にそこにいた全員が、ばたばたとその場に倒れ込んだ。

 その男だけが、携帯マスクを口に当てて、ガスを吸わないように注意深く全員が意識を失ったのを確認していた。

 

 少し前――。

 星名は、ぎゅっとして欲しいと言って自分を見つめるユリーシャから目が離せなくなっていた。このままではいけない、と思った彼は、無理矢理視線を外した。

「ユリーシャ様、どうか、からかうのはお止め下さい」

 ユリーシャは、星名の傍に歩み寄って、顔を近付けて言った。

「自分でも不思議なの。からかっている訳じゃない」

 星名は、目の前のユリーシャの潤んだ瞳をどうしても見れなかった。

「それは……」

 星名は、躊躇したが、はっきりさせる必要があると思っていた。

「それはきっと、あなたが以前、百合亜の中に入ったことによる影響です。彼女の気持ちに影響されて、勘違いをなさっているだけです」

 ユリーシャは、少し悲しそうな顔をしていた。

「皆が私を、高貴なお方とか言って、神聖化するけど、私は普通の、ごく普通の女だよ。私が、そういう気持ちになるのは、いけないことなの? 星名が言うように、百合亜に影響されているだけかもしれない。だけど、それはいけないことなの?」

 ユリーシャの言っていることが、彼の胸に突き刺さった。彼女には要人として接してきたが、その本当の気持ちを聞いて、心が揺らいだ。星名は、そんな彼女の気持ちから逃げるように、少し後退ってから言った。

「その、百合亜が僕には大切な人なんです。彼女を裏切ることは出来ません。それに、あなたは地球の恩人、イスカンダルの要人です。僕の任務は、あなたをお守りすること。それ以上でも、それ以下であってもいけないんです」

 ユリーシャは、泣きそうな顔をしていた。それを見た星名は、罪悪感に苛まれた。

 そして彼は、優しい表情で言った。

「ユリーシャ様。一緒に戻りましょう」

 彼女は、泣きそうな顔をしていたかと思うと、今度は口を尖らせた。

「星名の、馬鹿」

 ユリーシャは、星名の前を通り過ぎて、どんどん先を歩いて行った。星名は、慌ててそれを追いかけた。

「どうして、私が入れ替わったのに気付いたの?」

 ユリーシャが、少し怒った声で聞いてきた。

「あなたの持つ携帯端末の位置情報を確認しました。それが、遠くに離れて行くのに気が付いて、急いで追い掛けて来ました」

 星名は、ここまで乗ってきた警備隊の車両にユリーシャを乗せると、車を走らせた。

 

 星名とユリーシャを乗せた車は、仮想現実館に戻っていた。事務所に足を運んだ二人は、廊下に警備隊員が全員倒れて折り重なっているのを目撃した。

「はてな?」

 ユリーシャは、その様子に首を傾げた。

 星名は、慌てて会議室に駆け込むが、そこには誰もいなかった。

 彼は、すぐにランハルトの携帯端末の位置情報を確認した。その表示は、地球連邦防衛軍の極東管区司令部の方に向かっていることを示していた。

 

続く…




注)pixivとハーメルンにて同一作品を公開しています。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。


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大使の憂鬱4 始まりの空

宇宙戦艦ヤマト2202とは別の世界線を歩んだ宇宙戦艦ヤマト2199の続編二次創作小説「大使の憂鬱」です。「白色彗星帝国編」の続編になります。


 永倉が操縦する空間騎兵隊の小型輸送機は、斉藤と桐生を乗せて地球に向けて移動していた。

「隊長、どうだい?」

 斉藤は、永倉の隣の副操縦士席で、レーダーによる捜索を行っていた。

「駄目だ。何処にもいねぇ」

 後部座席にいた桐生も、斉藤に声をかけた。

「始くん、地球の反対側にいたとしたら、レーダーには映らないよ」

 永倉は、それを聞いて言った。

「美影ちゃんって、そう言えば科学者だったっけ。あたしらと違って頭いいんだよね」

 桐生は、苦笑いした。

「いやぁ。それほどでもー」

 このぐらいの分析で、そんなことを言われて、桐生は少し恥ずかしがっていた。

「隊長、美影ちゃん、念のため、地球をぐるっと回るコースで行くよ!」

「頼む!」

 

 その頃、空間騎兵隊の大型兵員輸送機は、地球軌道上の空母ダレイラの甲板に駐機していた。操縦不能になって、地球に落下するコースで飛行していたところを、ダレイラの牽引ビームで捕捉して引き寄せたのだ。

 機体の前部が、大きく破損しており、そのせいで操縦不能になっていたようだった。

 怪我人も二名程出ているようで、宇宙服を着た四人の空間騎兵隊の兵士達が、怪我人を抱えていた。彼らは、迎えに出た空母ダレイラの甲板員に先導され、甲板から格納庫に移動するエレベーターに乗って下に降りていった。

 別の甲板員は、甲板上の機体の状況を確認していた。その周りを空間騎兵隊の兵士数名が取り囲んでいた。

 空母ダレイラの艦橋の窓から、ガゼル司令と、バルデス艦長が甲板の様子を窺っていた。

「どうやら、本当に機体の破損があったようです」

 バルデス艦長は、双眼鏡で確認して、ガゼル司令に報告した。

 ガゼル司令も、双眼鏡を受けとると、自身でも様子を確認して言った。

「地球連邦防衛軍に、故障した機体を本艦が確保したと連絡を入れておけ」

 

 空母ダレイラの格納庫では、怪我人を抱えていた空間騎兵隊の兵士達が、ガミラス人の甲板員に医務室に案内されようとしていた。

 メルダと山本も、その様子を近くで見守っていた。

「知り合いでもいるか?」

 メルダが山本と顔を見合わせた。

「いや、今まで総合演習の時ぐらいしか、空間騎兵隊と一緒になったことがない。残念ながら、友人はいない」

 すると、突然、甲板員が悲鳴を上げた。

 メルダと山本が、そちらの方を振り返ると、空間騎兵隊の兵士の一人が、甲板員に小銃を向けていた。メルダと山本は、一瞬呆気に取られたが、すぐにメルダは抗議に向かおうとした。山本は、そのメルダの腕を掴んで無言のまま止めた。

「なんだ。あんなふざけた真似を許す訳にはいかない」

 山本は、右の方を見るように、目で合図した。メルダがその方向を見ると、そこには、先程怪我人として抱えられていた兵士が起き上がり、隠し持っていた無反動砲を肩に担いで、メルダと山本の方へ向けていた。驚くメルダに、山本は小声で言った。

「どうやら彼らは、本気のようだ。あんなものを撃たれたら、ひとたまりも無い。じっとしていよう」

 

 その頃、甲板上の甲板員も、空間騎兵隊の兵士が取り囲み、背後から宇宙服の酸素供給管を引き抜かれてパニックになっていた。その彼を無理矢理歩かせて、甲板のエレベーターに向かっていた。大型兵員輸送機からは、まだ乗っていた残りの二十名程の兵士が、ぞろぞろとその後について、空母ダレイラの格納庫に降り立った。

 結局、そこには三十名程の空間騎兵隊の兵士達が武装して集結していた。格納庫内のガミラスの甲板員も兵士も、それほど人数が多く無かった為、あっさりと空間騎兵隊は全員を拘束し、占拠した。丁度、月面で開かれたイベントに参加するため、手薄な状態だったタイミングを彼らは狙ったのだ。

 空間騎兵隊の兵士のリーダーと思われる人物が、既に拘束されて後ろ手に縛られたメルダと山本の元にやって来た。彼は、腕に装着した端末を操作して、画像を呼び出していた。その画像と、メルダの顔を比較している。

「あんた、ガミラス軍の高官、ディッツ提督の娘のメルダ・ディッツだな」

 メルダは、その男を睨み付けて言った。

「だったら、どうなんだ」

 男は、被っていた装甲ヘルメットを外すと、メルダに顔を近付けた。メルダたちと年齢も変わらなそうな、若い男だった。

「ガミラス人にしちゃ、随分とべっぴんさんだな。丁度いい、お前は役に立ちそうだ」

 男は、メルダの隣にいた山本の方を一瞥した。

「これはこれは。高名なヤマトのエースパイロットの山本さんじゃないか。ガミラス人と必要以上に仲良くやっているって噂は、本当だったんだな」

 山本は、特に表情を変えずに、男の胸に貼り付けられたネームプレートを見た。

「お前は、KITAGAWAと言うのか。見たところ、お前の装甲宇宙服は、どこも傷付いても汚れてもいない。入隊したばかりの新人だな。お前のさっきから言っていることからの推測だが、お前たちは、ガミラス同盟に反対する、反政府勢力ってところか」

 北川は、図星を突かれて目を丸くした。

「なるほど。ヤマトのエースというのは伊達じゃないってことだな」

 北川は、山本の顔を見て、何かに気付いたようだった。山本の目を覗き込んでいる。

「その目……マーズノイドか。なるほどな、あんたは地球人が嫌いなんだろう」

 そう言って、彼はにやにやと笑っていた。

 山本は、火星出身者の血縁を揶揄するような事を言う人間が、まだ存在していることに辟易とした。内心では、相当な怒りが沸き上がっていたが、努めて表情に出ないようにした。

「いいや。テロリストのお前程じゃない」

 北川は、怒り心頭に達して、生意気な言動を繰り返すこの女も連れて行くことに決めた。

「お前ら、よく聞け! これから当初の計画通り、別れてこの船を占拠する。艦橋に向かうメンバーは、俺と一緒に来い。この女共二人を盾にして進めば、容易に目的を達せられるはずだ。行動開始!」

 

 バルデス艦長は、艦内通信によって、艦内で発生している事件について報告を受けていた。

「ガゼル司令! やつらの機体の損傷は偽装でした。武装した上で人質を取ってここに向かって来ています」

 ガゼル司令は冷静に確認した。

「人質とは?」

「メルダ中尉を人質に取られています」

 ガゼル司令は、これは、困ったな、と冷静に考えていた。

「手出し無用と艦内に通達しておけ。私がここでやつらと話す」

 

 北川らは、メルダと山本の背後から小銃を突きつけて進み、艦内エレベーターで上がると、艦橋に雪崩れ込んだ。

 艦橋では、ガゼル司令が真ん中で腕組みして仁王立ちしていた。

「お前がこの艦隊の司令官だな? この船は、俺たちが乗っ取った。今すぐに、護衛の駆逐艦を後退させろ!」

 ガゼル司令は、それを無視して言った。

「メルダ。お前らしく無いドジを踏んだな」

 メルダは、父の友人のガゼルに申し訳ないと思っていた。

「ガゼル司令。この失態は、どのような罰も受ける所存です」

「そちらは、メルダの地球人の友人か。とんだとばっちりのようだな」

 山本は、初めて会ったガゼルの冷静さに驚いていた。

「こちらこそご迷惑をお掛けします。同じ地球人として、お恥ずかしい限りです」

 北川は、自分を無視してのやり取りに、怒りを爆発させた。

「聞け! 俺たちが、ここで暴れれば、全員終わりだ。素直に言うことを聞くんだ!」

 北川の背後から、三人の空間騎兵隊の兵士が、現れ、無反動砲を構えていた。

 それを見たガゼルは冷静に考えた。

 あの無反動砲をここで撃たれたら、艦橋に穴が開き、確かに宇宙服を着ていない者は、全員死ぬだろう。だが、そんなことをすれば、この艦は航行不能になって、乗っ取りは不可能。やつらも実際には撃てまい。しかし、こんなところで全員が死ぬかもしれない決断をするのは時期尚早だ。ここは時間を稼ぎ、助けが動き出すのを待つのがセオリーだろう。

「わかった。言うことを聞いてやろう。お前らの目的を言え!」

 北川は、この司令官の迫力に押されていた。しかし、他のメンバーに気後れしているところを見られる訳にはいかなかった。

「上陸休暇中のお前らの艦隊の乗員を捕らえて確認した。この艦には、大量破壊兵器が搭載されている。俺たちは、それを必要としている」

 ガゼル司令は、何を欲しがっているか理解した。

「なんのことか、わからんな」

 北川は、激怒した。

「ふざけるな!」

 そして、メルダの顔に小銃を突き付けた。メルダは、後ろ手に縛られており、冷や汗をかいていた。ガゼル司令は、片手を振りながら言った。

「わかった、わかった。やめておけ。確かにそういう感じのものはあったかもしれん。そう言えば、ガミラスを出る前に、タラン国防相から指示されて搭載したものがある。今時、惑星間弾道弾を持っていくと目立つという理由だったな。ゲルバデス級空母には、今後、全艦に搭載するそうだ」

 ガゼル司令は、少しでも時間稼ぎをするため、わざわざ詳しく説明をした。

 北川は、にやりと笑った。

「あるんだな? 重核子(ハイペロン)爆弾が――」

 

続く…




注)pixivとハーメルンにて同一作品を公開しています。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。


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大使の憂鬱5 囚われの喧騒

宇宙戦艦ヤマト2202とは別の世界線を歩んだ宇宙戦艦ヤマト2199の続編二次創作小説「大使の憂鬱」です。「白色彗星帝国編」の続編になります。


 ランハルトは、微睡みから目覚めた。

 

 どうやら寝心地が悪かったようで、体のあちらこちらに痛みが走る。

 しかも、床に寝かされていたらしく、痛みの原因はそれと、腕を拘束されているせいだった。後ろ手に縛られており、縛られた手首が酷く傷んだ。よく見れば、足も縛られており、今の体勢から変えるのは難しかった。

 周りを見渡すと、白い壁面に囲まれた、長方形の小さな部屋だった。壁の一つに、自動扉らしきドアがあった。しかし、窓は見当たら無い。恐らく、会議用の小部屋と思われたが、さっきまでいた場所と同じところにいるのかは、見当もつかなかった。

 すぐ近くに、ユリーシャとケールが同じ様に縛られて倒れていた。

 ユリーシャは、自分と同じ様に、体勢が苦しいのか、辛そうな表情で眠っていた。

 ケールはというと、すやすやと気持ち良さそうに寝ており、時折寝言を言っていた。

「そ、そんなに・・食べられないです」

 ケールは、どんな夢を見ているのか、とても幸せそうだった。

 いらいらしたランハルトは、反動をつけてケールの傍に移動して、もう一度反動をつけて足を蹴った。

「あう!」

 ケールは、とても痛かったのか、一度で目が覚めたようだった。

「痛いじゃないですか!」

 すると、目の前にランハルトの顔があり、自分の置かれている状況を彼も確認した。

「あれれ? もしかして僕たち、監禁されてません?」

 ケールは、滅多に無いイベントの渦中にいることが嬉しいのか、嬉しそうに笑っていた。

「笑い事じゃ無い」

 ランハルトは、不快そうな顔でケールを睨んだ。

 ケールは、器用に体をくねらせると、尻をついて足を前に出した状態で起き上がった。

「ふう。大使も、この体勢の方が楽だと思いますよ?」

 簡単に言う、とランハルトは思いながら、苦労してケールと同じ体勢に体を持ち上げた。

「ここはどこだ」

 ランハルトは、腹立たしげにケールに尋ねた。

「うーん。僕も知りたいですね」

 すると、ユリーシャも気が付いたようだった。

「うぅ・・痛たた・・」

 痛そうに顔を歪めていたが、彼女も、自分の置かれた状況を把握したようだった。

「まさか・・捕まった?」

 ランハルトは、首だけをユリーシャの方へ向けて言った。

「ユリーシャ様。大丈夫ですか? その体勢だと、腕が痛むと思います。私と同じ体勢になると、少し楽ですよ」

 ユリーシャは、ランハルトと同じ様に、かなり苦労して、体を起き上がらせて隣に座った。

「ここ、どこ?」

「私もそれを調べようと・・」

 ランハルトは、横にいるユリーシャの顔をまじまじと見た。

 おかしい。違和感がある。

 ランハルトは、はたと思い付いた。

「あなたは・・本当にユリーシャ様か?」

 ユリーシャは、そう言われて、少しずつ、表情が変化していき、最後には、苦笑いになった。

 その顔を見たランハルトは確信した。

「貴様、ユリーシャ様ではないな!?」

 ユリーシャの服を着た雪は、苦笑したまま、正直に言った。

「あたり」

 ランハルトは、先程までの心配そうな顔から、露骨に嫌悪感を露にした表情になった。

「お前は、雪だな!?」

 雪は、仕方なく頷いた。

「そう。私は、森雪。ユリーシャじゃなくて、残念だったね」

 ランハルトは、衝撃と怒りが混じった複雑な表情をしていた。

「いつからだ」

「はい?」

「いつから入れ替わったか、と聞いている」

 そこに、ケールが割り込んできた。

「さっきの仮想現実の施設に入った時からですよね?」

 雪は、先程のケールはまるで気が付いて無かったのにと思い、不思議そうな顔でケールを見た。

「そう、正解。ケールくんって、もしかして、心が読めるの?」

 ケールが嬉しそうに答えようとすると、ランハルトが遮った。

「お前は、黙っていろ」

「はーい」

 ケールは、にこにこしながら、口に力をいれて閉じていた。

 雪は、そんなケールの顔を見て吹き出していた。

「何がそんなに可笑しい」

「だって……」

 ランハルトは、不快感を露にして言った。

「いったい何のために、入れ替わったりしたんだ? 本物のユリーシャ様は、無事なのか?」

 雪は、素直に回答するか迷ったが、さすがに要人の生命の問題なので仕方なく答えた。

「ユリーシャの我が儘が原因。恐らく、今は街で買い物中。ここにいないということは、彼女は、多分無事だと思う」

「まさか、お一人でそんな所に行ったのか?」

「十中八九、警備隊のリーダーの星名くんが一緒にいるはず。だから、心配無いかな」

「その十中八九、という言葉は、確率を意味している。まさか、確実じゃないというのか」

「そう、ね。でも、ここにいるよりはマシなんじゃありません?」

 そう言われたランハルトは、不承不承、今は諦めることにした。

 ランハルトが、心配のあまり、慌てているのが手に取るようにわかり、雪は、顔に出やすいタイプなのかと、考えて少し笑ってしまっていた。

「ふん。おい雪、笑っている暇があったら、脱出方法を考えろ」

 雪は、ランハルトの方を見て、目を細めて不満を漏らした。

「さっきまで、私がユリーシャだと思っていた時は、随分と優しそうでしたよね」

 ランハルトは、躊躇無く即答した。

「当然だ。お前に優しくする理由が無い」

 雪は、それはそれで心外だと思った。

「ふうん。デスラー大使って、もしかして、ユリーシャが好きなんですか?」

 着任初日の夜のことも思いだし、少し腹を立てた雪は、試しにストレートに言ってみることにした。しかし、ランハルトも、少しも動ぜずにきっぱりと言った。

「もちろんだ。あの高貴なお方を嫌いな人などいないだろう」

 ランハルトは、何を当たり前なことを、という顔をしていた。

「私が言いたいのは、そういうことじゃなくて……」

「くだらん話をいつまで続けるつもりだ。脱出する方法を考えろと言っているだろう!」

 高圧的な態度を続けるランハルトに、雪も遂に怒りを吐き出した。

「何を偉そうに! 少しは自分でも考えたらどうなの!?」

 ランハルトも、雪の言い方に腹を立てた。

「誰に向かって言ってると思ってるんだ!」

「何も出来ないくせに、威張り散らしている、あ・な・た、に言ってるけど」

 ランハルトは、怒り心頭に達したが、身動きがとれず、身悶えしていた。雪は、ランハルトと反対側を向いて、黙り込んだ。

「あのー。口を開いてもいいでしょうか?」

「黙っていろと「ケールくん、いいよ。何か思い付いた?」ランハルトが言おうとするのを、雪は、大きな声で遮った。

 ケールは、にっこりして言った。

「はい。まずは、この拘束を解きましょう。そうすれば、お二人のいらいらも少しは収まると思いますし・・」

「無理だ」

「無理ね」

 ケールのにこやかな顔が苦笑いに変わっていた。

「ま、まぁ、まずは拘束を何とかしましょう。幸い、手錠とかでは無く、電気コードのようなもので縛られています。これを切断します」

 ランハルトも雪も、足元の拘束が確かに電気コードで縛られているのを確認した。

「大使。僕のネックレスを、口で咥えて外して貰えませんか? これを使って切断します」

 ランハルトは、ケールの着ていた地球の服のシャツの下に、確かにネックレスらしきものがぶら下がっているのを確認した。

「この俺に、それをやれと言うのか?」

「雪さんにやって頂いてもいいですけど、ちょっと恥ずかしいかなーと思いまして」

 雪は、自分がそれをやるのを想像したが、確かに少し恥ずかしいかもと思っていた。

「仕方がない。では、すぐに始めるぞ」

 ランハルトは、身を少し屈めて、ケールの胸元に顔を寄せた。そして、口で器用にシャツのボタンを外していった。露になったケールの胸には、何か金属製の棒のようなものが細い鎖でぶら下がっていた。ランハルトは、ケールの胸に顔を近付けて、その棒を咥えた。

 それを見守っていた雪は、二人が、何かいけないことをしようとしてるように見えてしまって、思わず赤面していた。

 そして、ケールが頭を屈め、ランハルトがそのまま後ろに下がって、少しずつ鎖が頭から外れ始めた。そして完全に外れると、ケールは尻を移動させてランハルトに背を向けた。後ろ手に縛られているため、ランハルトの方に手を向ける形になった。

「大使、今度は、それを僕の手に渡して下さい」

 ランハルトは、頭をケールの手元の近くに寄せて、咥えたネックレスを、口から離してケールの手元に落とした。

「ありがとうございました。では、これから切断するので、少しお待ち下さい」

 ケールは、黙り込むと、暫く手をもぞもぞと動かし、作業を始めた。

 すると、五分ぐらい経ったところで、コードが切れたらしくケールの両手が自由になっていた。

 そのケールの右手には、先程の金属製の棒があった。

「お前、そんなものまだ持っていたのか」

 ランハルトは、呆れ気味に言った。

 ケールの手にあったのは、ワインのコルクを抜く栓抜きだった。彼は、自分の足元の電気コードを、その先端の尖った部分を使って器用に切断した。

「大使がまた使うかもしれないと思いまして。あの飲み物、気に入ってましたよね」

 そう言いながら、ケールは雪の傍に行き、コードの切断を始めた。

「何故、雪の方を先にするんだ」

 ランハルトが不満げに言った。ケールは、作業を続けながら、ランハルトに顔を向けた。

「レディー・ファーストって言葉が地球ではあるみたいです。あと、郷に入っては郷に従え、という言葉、ご存知です?」

「知らんな」

 そう言っている間にも、雪の拘束は解かれていた。

「ありがとう、ケールくん。君って、何かいい子だよね」

 ケールは、続いてランハルトのコードを切断し始めていた。

「よく、言われます。でも、これでも子供じゃないんですよ。よく間違えられますけど」

 そうして、三人とも体だけは自由になった。

「ふう。やはり、拘束が無くなっただけでも、随分楽になった」

 ランハルトは、床に腰かけたまま一息ついていた。ケールは、すでに部屋の四方を調べ始めていた。

「おい、ケール。さっきのは、どうして防げなかったんだ?」

「うーん。うまく説明出来ませんが、流れに身を任せた方がいいかなぁ、と感じまして」

 雪は、二人の会話の意味がよくわからなかった。

「あれを防ぐなんて、無理でしょう。どっちにしても、彼はボディーガードじゃないんでしょう? 彼にそこまで要望すべきじゃ無いと思うけど」

 すると、ランハルトも、ケールも黙り込んだ。

「あれ? 何かいけないこと言った?」

 ランハルトは、雪の方に手を振って言った。

「気にするな。こっちの話だ」

 それから三人は、それぞれが部屋の隅々はもちろん、天井も調べた。

「どこにも、脱出出来るような場所は無さそうね。あのドアから行くしか無いと思う」

 ランハルトは頷いた。

「そうだな。だとすると、どうやってあのドアを開けるかだが」

 ドアは、電気式のスライドドアで、ドアノブも無く、電子錠を解除する為のパネルも見当たらない。恐らく、外側からロックが掛かっているのだろうと、話し合った。

 ランハルトは、ケールの方を見た。ケールは、首を振った。

「ご期待に添えなくて、申し訳ありません」

「気にするな。なら、少し様子を見るしかないな」

 雪は、二人のやり取りを不思議そうに見守った。

 

 

 交通量の多いその通りの片隅に、それは落ちていた。

 星名は、それを拾って、ばらばらになった携帯端末を覆っていたパネルの内側を確認をしていた。

 星名は立ち上がって、すぐ傍に停めていた警備隊の車に戻った。車で待たせていたユリーシャが、隣で心配そうに言った。

「星名。どうだった?」

「間違いありません。携帯端末のシリアル番号は、政府から支給したランハルト様と秘書のケールさんのものでした。個人の物は、すぐに番号の確認ができませんが、一緒に落ちていた三台目の端末は、恐らく雪さんの物でしょう」

 ユリーシャは、驚いて両手で口元を覆い、呼吸が苦しくなっていた。

 彼女は、自らの軽率な行動が原因で、大勢の人を死地に追いやってしまった過去があった。その時の後悔を再び繰り返しただけでなく、今度は、雪やランハルトなど、彼女にとって大切な友人の身を危険にさらしてしまったことで、自らを責めていた。

 星名は、話しながら自分の携帯端末を操作して、車を自動運転で走らせた。同じ場所に留まるのは危険だと判断したのだ。

「恐らく、誘拐した犯人が携帯端末から足がつく可能性に気が付いたんでしょう。完全に足取りが途絶えてしまいました」

 ユリーシャは、嗚咽を漏らした。

「わ、私の代わりに、雪が、き、危険な目に合って……」

 星名は、ユリーシャを元気付けようと言った。

「ユリーシャ様、そう悲観したものでも無いですよ。いいですか。雪さんは、白兵戦の戦闘訓練も受けた、れっきとした戦士なんです。必ず、大使たちの助けになってくれるはずです。おまけに、あなたがこうして無事だった。それに、僕もこうして今動けているのも、ユリーシャ様のお陰ですよ」

 星名は、微笑んでユリーシャを見ていた。

 ユリーシャは、顔を上げて彼と見つめ合った。

「……ありがとう。星名は、優しい」

 すると、持っていた携帯端末に、地球連邦防衛軍から連絡がきたので、星名はそれに応答した。相手は、極東管区長官の藤堂からだった。

「藤堂長官、追跡していた携帯端末が路上に落ちているのを発見しました。これ以上の追跡は困難になってしまいました」

「こちらでは、つい先程、犯人グループからの連絡が入った」

「本当ですか?何と言っていますか?」

「大使とユリーシャ様を預かっていると、短いメッセージが映像付きで送られてきた。次の指示はまた連絡が来るようだ。取り敢えず、映像を転送するので見ておいて欲しい。それから、そちらにいるユリーシャ様だが、一旦そのまま預かっていて欲しい。新たな護衛チームを編成したらまた連絡する」

「承知しました」

 通信が切れると、映像が送られてきていた。ユリーシャも、その映像を覗き込んだ。

 そこには、どこかの小部屋で縛られて倒れている三人の姿が映っていた。三人の意識はないようで、身動きもしなかった為、生きているかどうかまでは確認できなかった。

 ユリーシャは、それを見て再び呼吸困難を起こしていた。それを見た星名は、どうすべきか少し迷ったが、彼女の体をそっと抱き寄せた。

「大丈夫。僕が必ず助け出します」

 ユリーシャは、星名の胸で小刻みに震えていた。

 

 その頃、衛星軌道上のガミラス空母ダレイラは、エンジンを始動して、移動を始めていた。周囲を囲んでいたガミラス駆逐艦は、そのままそこに留まって、徐々に空母が離れていった。空母ダレイラは、ゆっくりと地球の大気圏突入コースを取り始めた。

 

 永倉が操縦する小型輸送機は、行方不明になった大型兵員輸送機を捜索していたが、先程空間騎兵隊本部からガミラス空母の乗っ取り事件があり、空間騎兵隊の新人が関わっていると連絡を受けていた。

「ガミラスの空母は、大気圏に進入するみたいだぞ!」

「これからどうする? 空間騎兵隊本部からは、刺激するなって言われてるしさ。この小型輸送機じゃ、大気圏突入も無理だし」

 斉藤は、レーダーに映るガミラス空母の点をじっと見ていた。

「俺は行くぞ。乗っ取り何て大それたことをやる機会を与えたのは俺の責任だ。それに、あいつらを一発殴ってやらねえと気が済まねぇ!」

 永倉は、斉藤が立ち上がるのを見て、驚いていた。

「ちょっと、ちょっと、どうすんのさ!」

「この輸送機でこのまま近付いたら、多分撃墜される。だから、途中で降りて外を泳いで行く。もう少し近くに寄せてくれ」

「そんな無茶な!」

「大丈夫だ! 永倉は、隊に戻って部下を連れて後から来てくれ」

 後部座席の桐生は、その無茶な作戦の可能性を考えていた。

「どこで飛び出せば、空母に取り付けるか、私が計算してあげる! ちょっと待ってて」

 斉藤は、装甲宇宙帽を掴んで、後部座席まで下がって来て、桐生が操作する後部座席の端末を覗き込んだ。

「この機のコース、速度はそのままで、あと五分後に飛び出せばいける。私が飛び出し角度を教えるから、一緒に行こう!」

 桐生も、自分の宇宙帽を掴んで、被り始めた。

 永倉は、無茶を言うのが二人になって、困り果てた。

「美影ちゃんまで? 危ないよ! コースを誤ったら、大気圏にそのまま落ちちゃうじゃないか!」

 桐生は、宇宙帽の中の通信機のマイクから言った。

「だから、そうならないように、あたしが一緒に行く! だって、始くんが私の墓参りに付き合わなかったら、こんな事件起きてなかったかもしれない。私の責任だから、せめて始くんを助けさせて!」

 斉藤も、装甲宇宙帽を被って、桐生の肩を掴んだ。

「流石は、桐生隊長の娘だ! 必ず俺がお前を守る! だから、俺を手伝ってくれ!」

 永倉は、諦めた表情で言った。

「お前ら、最悪だ! 絶対に、死ぬんじゃないよ! 死んだら、許さないかんね!」

「おうよ! ちょっくら、行ってくる!」

 二人は、後部のエアロックのある部屋に移動して、扉が閉まると姿が見えなくなった。

 

 斉藤と桐生は、機外に出て、体を寄せあって、小型輸送機の下部に掴まっていた。

「なぁ、言い出した俺が言うのも何だが、宇宙デブリに当たったりする可能性もあるよな?」

「そしたら、私たちはおしまい! でもね、遊星爆弾のお陰で、地球の周りには、デブリなんてほとんど無いの。 そこは、安心して」

「なるほど。なんか納得いかねぇ話だが、不幸中の幸いってやつか。了解だ!」

「段取りを確認しておくよ?私の足に掴まってついてきてくれればいいから。まず、手元の端末で角度を確認して、側面のスラスターで角度を決める。さっき計算した時間になったら、後部のスラスターを三十秒だけ噴射する。それで辿り着けるはず! じゃぁ、行くよー!」

 斉藤は、桐生の足にしがみついた。桐生は、手を離して、小型輸送機の下を漂い始めた。輸送機同じ速度で移動しており、桐生は手元の端末で角度を見ながら、一瞬だけ右側面のスラスターを吹かした。そして、もう一度、今度は左側面のスラスターを一瞬吹かした。何度か繰り返すと、角度が決まった。

「カウントダウンを開始する!あと、十秒!」

 斉藤は、桐生の両足にある機材を張り付ける為のストラップを強く握りしめた。

「・・三、二、一! 後部スラスター噴射! 引き続きカウントダウン! 二十九、二十八・・」

 二人は、小型輸送機よりも、少し速度を上げ、ゆっくりと離れ始めた。

「・・五、四、三、二、一、スラスター停止!」

 桐生は、手元の端末を再び確認した。

「秒速十キロメートルで移動中! 大丈夫! 角度も問題ない! 絶対に辿り着ける!」

 

 そのまま移動すると、徐々に、肉眼でガミラス空母が見えてきていた。

「始くん! もうちょっとだよ!」

「わかった!」

 ガミラス空母のレーダーでは、物体が小さすぎて、デブリと見分けがつかず、検知されずにどんどん彼らは近付いて行った。

 そうして二人は、ガミラス空母に追い付いていた。空母の甲板が正面の少し下に見える。

「あれ、俺たちを置いていった輸送機がとまってるぞ!」

「ほんとだ! 始くん、このまま進むと、追い越しちゃう。最後は、始くんに任せたよ!」

「肉眼で見えればもう大丈夫だ! 俺に任せろ! 逆に俺の体に掴まってくれ!」

「わかった!」

 斉藤は、桐生の足から離れた。そして桐生は、器用に体を回転させて、斉藤の体にしがみついた。

 斉藤は、背中に背負った空間騎兵隊の装備のバックパックを操作して、急速に甲板に移動して降下した。そして、着地寸前に逆噴射して、正確に甲板に降り立った。

「やったー!」

 桐生は、両手を上げて喜びを爆発させた。

「ちょ、駄目だ、美影ちゃん。目立つと見つかる。体を低くして俺に着いてこい!」

 二人は、正面に見える、戦闘機を出すための出入口と思われる場所に走って移動した。しかし、足に装着した磁力靴によって張り付いているため、それほど早く走れない。

 斉藤は、目的の場所に辿り着くと、人が出入りするハッチを探した。

「おかしいな。出入口が無いぞ」

「始くん、もしかしたら、地球の船の空母みたいにエレベーターがあるかも。ほら、あそこ」

 桐生が指差す方向の甲板の隅に、確かにそれらしい繋ぎ目があった。

「よし、行こう!」

 二人がそこに行くと、確かにエレベーターだった。操作パネルを二人は探すと、脇に蓋を見つけ、それを開いてみた。そこには、ガミラス語で書かれた十個のボタンと、小さなディスプレイがついていた。

「こ、こいつは……」

 斉藤は、適当にボタンを押して見たが、何の反応も無い。

 それを見ていた桐生は、考え込んでいた。

「私がやるから、周りを見張ってて」

「す、すまねぇ」

 桐生は、ガミラス語については、以前に勉強したので読むことは出来た。しかし、そこに書いてあったのは、ただの一から十の数字だった。

「パスワードってことかな?」

 桐生は、手元の端末を確認した。

「大気圏突入まで、あと十分ぐらいか」

 桐生は、冷や汗をかきながら、どう入力すべきか考えていた。

 すると、よく見れば、汚れたボタンと綺麗なボタンにはっきりとわかれていた。汚いボタンが正解だとすると、四つのボタンしか使われていないようだった。

 それでも、全てのパターンを試す時間はなかった。

「どうしよう……」

 桐生は、真っ青になっていた。

「始くん。四桁の数字のパスワードだってことはわかったけど、大気圏突入までもう時間がない。間に合いそうもないよ」

 それを聞いた斉藤は、駐機していた空間騎兵隊の大型兵員輸送機に入って行った。

「駄目なら、最悪こいつで脱出するか……。撃墜されなきゃだが」

 一方、桐生は、数字のパターンを総当りで必死に入力し続けた。手元の端末は、残り時間が僅かなのを示していた。彼女が絶望的な気持ちになったその時、斉藤から呼び掛けられた。

「美影ちゃん、四桁だよな?」

「そうだけど」

「7318って入れてみてくれ」

 桐生は、どこからその数字が出てきたのか、と思ったが、汚れたボタンとも一致しており、藁をも掴む気持ちで入力した。

 すると、小さなディスプレイにガミラス語で、エレベーター稼働のメッセージが表示されていた。

「始くん! 正解! 早くこっち戻って来て!」

 斉藤は、輸送機から飛び出して、走ってきた。

 二人は、既に下降を始めていたエレベーターに慌てて乗った。

「何でわかったの?」

「最悪、あれで脱出出来るか確認しようとしたんだが、乗っ取りでここに来たやつらが、事前に情報を押さえているかも知れないと考えた。そしたら、四桁の数字のメモ書きがコックピットに張り付けてあったって訳だ」

「なるほど! さっすが、隊長殿! 本当にありがとう」

「絶対に守るって約束したろ。そろそろ、下に着くな。見張りがいると不味い」

 エレベーターは、下の格納庫の層に降りきっていた。二人が降りると、すぐにエレベーターは元の位置に上昇を始めた。

 斉藤は、体を低くするように桐生に指示し、周囲警戒した。航宙機と人を両方移動する為、大小のエアロックがついているようだった。

「あの小さな方のエアロックから入るみたいだ。中は、やつらが見張っている可能性がある。俺が先に進入するから、後ろにくっついて、絶対に離れるなよ」

「わかった!」

 斉藤は、背中に背負っていたバックパックを降ろすと、小銃を構えた。

 

 一部の空間騎兵隊の隊員に乗っ取られたガミラスの空母ダレイラが、地球に降りてくるという情報が、地球連邦政府と防衛軍を駆け巡った。

 空母が、極東管区に降りてくることが分かり、藤堂長官は、月面の軍の交流イベントに行かせていた芹沢宙将の呼び戻しの連絡と同時に、本土防衛軍に対するスクランブル要請を発した。

 地上防衛を担当する本土防衛軍の空軍の要撃機群は基地を緊急発進し、ガミラス空母に向かって飛び立った。

 空軍の機体は、地表に降りてくる最中のガミラス空母ダレイラの周囲を警戒しながら飛行し、後方につけた。命令があれば攻撃も辞さない覚悟で彼らは臨んでいた。

 

「藤堂長官。ランハルト大使を誘拐した犯人グループからのメッセージが入っています」

 藤堂長官は、地球連邦防衛軍極東管区司令部の指揮所で、ガミラス艦の乗っ取り事件の事態の推移を見守っているところであった。

「こちらに回せ」

 藤堂長官は、自席の端末を操作し、送られてきたメッセージを確認した。

「……」

 メッセージには、ガミラス艦への攻撃をした場合に、大使の命が保証できない、という内容が書かれていた。そして、空軍を下がらせるようにとメッセージは続いていた。

 藤堂長官は、厳しい表情でそのメッセージを何度も読み返した。

「ガミラス艦の乗っ取りと大使の誘拐は、同一グループによる犯行のようだ」

 藤堂長官は、静かな怒りを溜めていた。

「本土防衛軍の空軍に連絡、すぐに引き返させろ。ガミラス艦への接近も厳禁だと伝えろ。代わりに、ガミラス艦の着地予想地点に、本土防衛軍の陸軍の展開を要請しておきたまえ」

 

 男は、とある部屋の一室で、携帯端末に連絡を受けていた。

「はい。それでは、ガミラス空母が到着次第、次フェーズに移行します」

 痩せた神経質そうな顔をしたその男は、デスクから立ち上がって、眼鏡の位置を直した。そして、隣の部屋で控えている数名の仲間を呼んだ。

「ガミラス艦が到着したら、次の作戦を実行する。本土防衛軍の仲間に、作戦の準備するように伝えておけ」

「わかった。いよいよ本番だな」

「長年待った、この時が遂にやって来た」

「お前、気を抜くなよ」

「わかってるって! お前もな」

 仲間の意気や盛んな様子を確認した男は、にやりと笑って言った。

「皆、頼んだぞ」

 

 その頃、斉藤と桐生は、ガミラス空母ダレイラの艦内への侵入に成功し、甲板の下の艦載機格納庫に潜んでいた。

 格納庫内には、数名の空間騎兵隊が見張りをしており、その近くには、数十名程のガミラス兵士が拘束されていた。

「始くん、これからどうする?」

「見張りを何とかしねぇと、こっからは動けねぇ。人質がいるから手出しも出来ねぇな。さっきから、艦橋から指示が来ているようだから、やつらのリーダーは艦橋にいるはずだ。北川の野郎が首謀者だとはな。ったく、あの野郎、絶対にぶん殴ってやる」

 斉藤は、新人の中でも有望株だった北川のことを思い、信じられないという気持ちもあり、心中は複雑だった。

「気付かれずに、艦橋にたどり着ける方法がないか考えてる。美影ちゃんも、何かアイデアがあったら、言ってくれ」

「うん。考えてみるね」

 

 その頃、星名は、地球連邦防衛軍司令部の付近の通りで警備隊車両を走らせていた。

 既に、藤堂長官から、大使誘拐事件とガミラス艦の乗っ取り事件が同一犯の犯行と連絡を受けていた。しかし、手がかりはなく、犯行グループの次の動きを待つしかなかった。

 隣にいるユリーシャは、少し落ち着きを取り戻していたが、大使と雪たちの行方がわからないままで、不安な表情をしていた。

「今は、待つしかないか……」

 

 ガミラス空母ダレイラは、新東京港に向けて降下し続け遂に着水した。

 港に集まった百名規模の陸軍の兵士たちは、物陰に隠れて海上に浮かぶ空母の様子を窺っていた。

「本部に連絡。こちら、本土防衛陸軍一佐の稲森だ。陸軍の展開完了。このまま待機して次の指示を待つ」

 陸軍の作戦を指揮する稲森は、本土防衛軍本部に連絡を入れていた。

「まったく、宇宙軍の連中はどうするつもりだか。こっちは、こっちで準備を進めるぞ!潜入部隊に選抜したメンバーは、潜水服と装備を確認しておけ!」

 

 その頃――。

「雪。一つ聞いておきたい。ここを脱出出来たとして、お前は戦えるのか?」

 彼らは、まだ閉じ込められていた。あれから、数時間が経過していたが、脱出するチャンスは訪れていなかった。

 床に並んで座っていた雪もランハルトも疲れきっていた。しかし、ランハルトは、真剣な表情で尋ねていた。

「戦うのが俺一人だと厳しいので確認させてもらっている」

 雪は、目を細めてランハルトに言った。

「私はヤマトの士官だから。柔術も、銃器も扱う訓練を受けてる。そっちこそ、大丈夫なの?」

 ランハルトは、雪と目があった。疑いの眼で、彼の瞳を覗き込んでいる。

 こいつ、いつの間にか、ため口になっている。

 ランハルトは、気の強い女だ、と思っていた。

「俺を誰だと思っているんだ」

 彼は、天井の方を見つめ、遠い目をしていた。

「デスラーの名を持つ俺がどう生きてきたか。地球人のお前にはわからない、か」

 雪は、ランハルトが少しずつ、素直に本音を漏らすようになり始めているのに気が付いていた。

「良かったら聞かせてくれない?興味あるかな」

 ランハルトは、横目で雪を見た。雪も、彼の方を向いて、じっと見つめていた。

「ヤマトの乗組員にとって、デスラー総統は、地球を滅ぼそうとした恐ろしい敵の首領だった。でも、彼もまた、苦しんでいたことを、半年前のガトランティスとの戦争の時に、私はスターシャさんやユリーシャとの心の交わりによって、それとなく知ることになった。あなたも、バレル大統領が辺境の星系にいたのを見つけて連れてきたって、言ってたのを聞いた。何故、そんなところにいたの? あなたの家系って、何か複雑な事情を抱えているみたい」

 ランハルトは、雪の顔をまじまじと見た。

「ったく」

「はい?」

 ランハルトは、少し笑っていた。

「あんたは、面白い女だ」

「あら? 貴様とかお前、なんて言っていたのが、あんた呼ばわりまで変わってきた。そのうち、もうちょっと優しい言い方してもらえるのかしら?」

 ランハルトは、一瞬間を置いてから、笑いだした。雪は、そんなランハルトの様子に驚いていた。

「何がそんなに可笑しいの? デスラー大使」

 ランハルトは、まだ笑っていた。

「俺に向かってそんな口の聞き方をしてくるのは、ユリーシャ様以外には、あんたが初めてだ」

 ランハルトは、物怖じしない雪の気の強さが嬉しかった。

 これまで、デスラーの名を出せば、誰も本音を言わなくなってしまうのを目の当たりにしており、彼は孤独を感じていた。

 ユリーシャだけが、その孤独を癒してくれていたが、流石に高貴なお方を相手に礼を失した接し方は出来なかった。雪が相手なら、気を使われることもなく、自分の本当の姿を素直に見せられるのではないか、と彼は思うようになっていた。

「?」

 雪は、不思議そうに彼を見つめていた。ランハルトは、そんな彼女に、微笑を浮かべて言った。

「ここから、脱出できたら、色々話してもいいだろう。それから、俺のことはランハルト、と呼ぶがいい」

 雪は、突然の彼の変化に目を丸くした。

 その時、ドアの付近にいたケールが、声をかけてきた。

「大使、どうやら脱出の機会がやって来たようです」

 ランハルトと、雪は、ケールの方を振り返った。

「ケール。では、すまないがよろしく頼む」

 ケールは、にっこりと笑っていた。

 

続く…




注)pixivとハーメルンにて同一作品を公開しています。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。


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大使の憂鬱6 戦いの狼煙

宇宙戦艦ヤマト2202とは別の世界線を歩んだ宇宙戦艦ヤマト2199の続編二次創作小説「大使の憂鬱」です。「白色彗星帝国編」の続編になります。


 我々は、人類の真の独立を目指す組織、世界独立解放戦線であるー。

 我々の目的は以下の通りである。

 一つ、ガミラスとの同盟を直ちに破棄し、地球人類の純粋な独立をすること。

 一つ、ガミラス以外の異星との交流も、今後禁止すること。

 一つ、地球連邦政府は直ちに解体し、人類の純粋な独立を目指す新たな政権、つまり我々世界独立解放戦線に政権を譲り渡すこと。

 以上の目的の実現に協力することを要求する。

 受け入れられない場合、我々が拘束しているガミラス大使とイスカンダルの特使は、直ちに処刑する。

 また、我々の組織の構成員に対して、危害を加えようとする場合、現在、我々の支配下にあるガミラス艦に搭載されている爆弾を、直ちに使用する。この爆弾は、重核子(ハイペロン)爆弾といい、直接的に地球資産を破壊せず、人間の脳だけを破壊することが可能だ。ガミラス艦の周囲数千キロの範囲において、地上はもちろん、地下にいようと、この強力な放射線から逃れることは出来ない。

 これらの協力をする証拠として、まず、極東管区の地球連邦防衛軍の藤堂平九郎の投降を要求する。そして、地球連邦防衛軍旗艦、ヤマトを我々に譲り渡してもらう。最後に、大統領を含む、地球連邦政府の閣僚全員が投降してもらう。

 以上が、我々の目的、そして要求の全てである。

 最初の要求である藤堂の投降だが、この通達の後、一時間以内に、新東京港に来て欲しい。

 確認出来ない場合、処刑を直ちに実行に移す。

 以上――。

 

 地球連邦防衛軍司令部に届いたメッセージを藤堂は、側近や軍の高官に公開した。彼らは、藤堂を取り囲んでおり、首謀者の要求を皆が確認した。

「無茶苦茶だ!」

「こんな要求に屈してはならんぞ!」

「直ぐに軍を動かして、あのガミラス艦を沈めればいいい! ガミラス大使とイスカンダルの特使の二人だけの犠牲でかたをつけよう!」

「ところで、政府は、大統領は、何と言ってるんだ?」

 藤堂は、憮然とした表情で応えた。

「聞きたいかね?」

 当然だと、彼らは騒ぎ立てた。

「大統領には、即時の軍事行動によって、彼らを制圧するように言い渡された。仮に、爆弾が使用されても、この日本や中国など一部の地域の被害ですむ。人類全体が、このような要求を呑むことはあり得ないと言っている」

 極東管区の軍の高官らは、驚きと共に、憤りを口々に言っていた。藤堂は、黙り込んで周囲の熱が冷めるのを待った。

 そこへ、藤堂が呼び出した真田がやって来た。

 真田は、藤堂の周囲に群がる軍の高官らの様子を見て、暫し考え込んでいた。

「真田くん。来たまえ」

 藤堂は、周囲を無視して真田を呼び寄せた。

「真田一佐、参りました」

 真田は、藤堂のすぐ脇に立っていた。

「どうなさったんでしょうか?」

 内容が内容だけに、まだこの事実は一部の人間にしか伝えておらず、真田もまだ知らされていなかった。

 藤堂は、手短に事の経緯を説明した。

「この重核子(ハイペロン)爆弾というものだが、実際に製造は可能なのかね?」

 真田は、それを聞いて、少し咀嚼するため考えていた。

「恐らく、重核子に放射線を照射することによって放出される中性子を拡散させて、細胞を崩壊させる爆弾だと思います。要するに、地球で言うところの中性子爆弾です。それが、人間の脳細胞だけに影響を与えるように出来るかまでは解りません」

 藤堂は、それを聞いて立ち上がった。

「製造が可能だということがわかれば十分だ。では行ってくる」

 真田は、藤堂の顔を見た。それは、今まで見たこともない陰鬱な表情だった。

「どちらへ?」

「あと四十分程で、約束の時間だ。もう行かなければ」

 去ろうとする藤堂に、軍の高官が次々に問いかけた。

「藤堂長官、大統領命令に逆らうのかね?」

 藤堂は、振り返って言った。

「私が行かなければ、大使らが処刑されてしまう。そして、大統領の命令を聞くということは、我々日本人全員の命を差し出すことになる。そんなことは、私は望まない。それよりも、少しでも時間稼ぎをして、事態が好転する可能性に掛けた方がいいとは思わんかね?」

 それを聞いた彼らは、何も反論が出来なかった。藤堂は、踵を返して司令部の指揮所を去って行った。

 

 その頃――。

 監禁されているランハルトらの部屋に、世界独立解放戦線の構成員のうち、三人の男たちが向かっていた。そして、監禁部屋のドアを開けて言った。

「場所を移動……するぞ……?」

 部屋の中には、誰もいなかった。

 

 誰かが近付いてくる気配をケールは察知していた。先程までの笑顔が消え、表情を失っている。

 そして、ドアが開いて、男たちが中に入って来た。

 雪は、男たちに向かって何か言おうと、口を開きかけたが、ランハルトに口を手で塞がれた。彼は、静かにするように表情で訴えていた。

「場所を移動……するぞ……?」

 男たちには、ランハルトや雪が見えていないようだった。もぬけの殻だった部屋の中を、きょろきょろと見回している。

 ランハルトは、黙って雪の腕を掴むと、壁沿いに男たちを避けて入り口の方へ移動した。そして、ドアの外に出ると、ケールがドアの操作パネルをいじって、ドアをロックする電子錠をかけた。

 中に入った男たちが、ドアを叩いて何か騒いでいたが、防音が利いており、ごく小さな音だった。

 雪は、呆気にとられて、さっきまで閉じ込められていた部屋のドアの方を見つめた。

「どう、なってるの?」

 ケールは、ランハルトの顔をじっと見ていた。そしてランハルトが頷いた。それを見たケールは口を開いた。

「ちょっと、手品を使いました。僕らがいないって思わせておきました」

 雪の表情に、疑問符が広がっていた。

「僕は、ガミラス人と、イスカンダル人のハーフの子孫らしいんです。そのせいか、近くにいる人に、幻覚を見せることが出来ます。ただし、あんまり力が強くないので、油断している相手にしか通用しませんけど」

 ランハルトは、説明を補足した。

「ケールとは、俺がガミラスを離れて隠れていた星系で出会った。勘が非常に鋭く、近い未来に起こることが、良いことか悪いことかを、朧気に感じとる力がある。それで、よく気が利くので、地球にも秘書として連れて来ることにしたんだ。幻覚を見せる力については、いたずらするのに使ったりするので、今までは使用を禁止させていた」

 ケールは、にこやかな顔でウィンクをした。

「お役にたてたでしょ? 大使」

 ランハルトは、少し嫌そうな顔で言った。

「調子に乗るな」

 雪は、その説明を聞いて、少し前の彼ら二人の会話を思い出した。

「じゃぁ、こうやって監禁されることも、何となく察知していたの?」

「はい。何となく悪いことが起きるって程度ですけど。でも同時に、大使の身に何か良いことも起きるって感じたので、迷いましたが様子を見ることにしました」

 雪は、ランハルトの方を向いて、その表情を窺った。

「そう? 何か良いことなんてあった?」

 ランハルトは、少し困った表情をしている。

 それを見たケールは、にっこりと笑った。

「はい、それは……「いい加減にしろ! 脱出してから話せばいいことだ。行くぞ!」

 ランハルトは、二人の背中を押して、その場を離れていった。

 

 藤堂長官は、地球連邦防衛軍極東管区司令部の建物から車を飛ばして新東京港に到着していた。

 一緒についてきた三名の護衛が先に降り、周囲を見回し、その後、藤堂が姿を現した。

 港は、既に本土防衛隊の陸軍が待機しており、藤堂の到着を、すぐ近くの港の倉庫の中から見守っていた。

「情報通り、藤堂長官が現れた。我々は、いつでも動けるよう待機中だ。次の指示を待っている」

 陸軍の強襲部隊を指揮する稲森は、部隊をガミラス艦に潜入する小隊と、藤堂長官を拘束しようとやって来るであろう、世界独立解放戦線の者を阻止する小隊など、幾つかの小隊を編成して待機していた。

 しかし、ガミラス大使らの行方がわかっていない以上、手出しをするのは困難だった。

 

 藤堂長官は、港に吹く風を受け、潮の香りを感じていた。

 長いガミラスとの戦争で喪われた海が復活したのを確認しに、妻や娘の早紀と一緒に遊びに来たことが思い起こされた。

 地球人同士の争いなどで、命を失うようなことになるのは本意ではなかったが、これも人類を、日本人を守る為に必要なことだと決意を固めていた。

 司令部を出るときに、真田には太陽系外周パトロールを行っている土方司令への事態の説明と、ヤマトを呼び戻すように指示を出しておいた。しかし、彼らの要求通り、ヤマトを差し出すことになれば、もはや対抗できる戦力は、地球連邦防衛軍には存在しない。建造中のアンドロメダ他の艦船は完成間近ではあったが、この事態に対抗させるには、僅かに時間が足りなかった。

「後のことは、月から戻した芹沢くんが上手くやってくれることを祈るしか無いな……」

 藤堂は、そのままそこで立ち尽くしていた。

 

「誰も来ないな。奴等はどうするつもりなんだ」

 中隊を指揮する稲森は、直属の部下の士官らと共に、倉庫内に設営した簡易指揮所で待機し、藤堂の様子を捉えた外の映像を眺めていた。

 そこに、ガミラス艦の潜入部隊に選抜した十五名の精鋭部隊が、潜水服を着たまま稲森の元にぞろぞろとやって来た。

「おい、お前ら、川沿いから海に入れるように移動を指示したはずだが、何故戻って来た?」

 男たちは、一斉に小銃を構えると、稲森ら士官に狙いを定めた。

「何の真似だ!?」

 うち、一人が口を開いた。

「我々は、世界独立解放戦線の構成員だ。大人しく投降しろ。抵抗すれば、直ちに大使らの処刑を行うことになる」

 稲森ら士官たちは騒然となった。

「ばかな。お前らみたいのが混じっていたというのか!?」

「仲間は、この日の為に本土防衛隊に大勢入隊している。間もなく一斉に蜂起することになるだろう」

 それを聞いた士官の一人が、小銃を掴んで彼らに向けようと突然動いた。

 稲森は「やめろ!」と叫んだが、間に合わなかった。

 潜水服を着た男たちの一部が、その士官に向けて躊躇無く次々に小銃の引き金を引いた。

 銃を掴んだその士官は、蜂の巣になってその場に倒れ込んで、そのまま絶命した。

 彼の体から流れるおびただしい血液が、床を黒く染めていた。

「命を無駄にする必要はない。大人しく、部隊の全員を投降させろ」

 稲森は、険しい表情で、周りの士官たちに手を上げるように言った。

 

 藤堂は、港の倉庫から、本土防衛隊の者が近寄って来るのを見ていた。彼らは、藤堂とその護衛に銃を向けていた。

「そういうことか。反政府活動をするお前たちの組織は、軍に入り込んでいたのだな? これからクーデターを起こす気かね?」

 藤堂長官は、冷静に男たちに問いかけた。

「そんなところだ。あんたには、一緒にガミラス艦に来てもらう。お付きの護衛は俺たちに大人しく投降しろ」

 藤堂は、護衛の者たちが色めき立つのを、手で遮って、言うことを聞くように指示をした。

「わかった。言うとおりにしよう。君たちも無駄な殺生をすることはない」

「いい心がけだ。おい、連れていけ!」

 藤堂長官は、手を上げると、男たちに腕を掴まれて連れていかれた。

 

 その頃、ランハルトたちは、監禁場所から建物内の廊下をゆっくりと周囲を確認しながら移動していた。廊下には、監禁されていた部屋と同じような作りのドアが並んでいる。一方の壁には、細い小さな窓が所々ついており、窓の外に街並みが見えている。

「ここって……地球連邦防衛軍司令本部のすぐ近くみたい。ほら、あそこに司令部の建物が見える。ここが何の建物だったかまでは、すぐにはわからないけど」

 雪が指差す先をランハルトも確認した。

「自力で脱出出来ればいいが、場合によっては外に連絡して助けを呼ぶ必要があるかも知れない。雪、大体の場所を覚えておいてくれないか?」

 雪は、頷いて返事した。

「わかったわ、大使」

 ランハルトは、少し不満げな表情をしていた。

「俺の名はランハルトだ」

 雪は、先程そう呼ぶように言われたのを覚えていたが、少し気恥ずかしい感覚があった。

「うーん……。わかった、ランハルト」

 雪は、少し前を歩いていたケールが、こちらを笑顔で見ているのに、気がついた。彼女は、先程ランハルトに起こったという、「良いこと」の意味が何となくわかってきた。あれこれとその理由の可能性を考えていると、複雑な心境になったが、今は考えないようにした。

 そのまま廊下を進むと、曲がり角があり、ランハルトは、角の向こうに少しだけ頭を出して覗いてみた。

 そこには、廊下を塞ぐゲートとなる鉄格子の扉があり、その向こうの小部屋に、見張りが控えていた。

 ランハルトは、頭を引っ込めると、二人に状況を話した。

「ケール。この距離では無理か?」

 ケールも同じように角の向こうを覗いてみた。

「遠いですね。幻覚を見せるには、もっと接近しないと効果が出ないと思います」

 雪は、何か思い付いたようだった。

「他の部屋がどうなっているか、確かめて見ましょう」

「わかった。だが、俺たちを連れ出しに来た連中が何故戻って来ないか、そろそろ怪しみ出すはずだ。あまり時間が無いぞ」

 雪は、ランハルトに頷いて、曲がり角に一番近い部屋の前に向かった。ドアの横のパネルを操作してドアを開けると、そこには一つベッドがあり、男が寝ていた。

 三人は、寝ている男の様子を窺った。男の腕からは、注射針に繋がった管が延びており、その管はベッドの脇にぶら下がる薬剤のパックに繋がっていた。

「点滴を受けているみたい。この人は病気なのかな?」

「試しに他の部屋も見てみよう」

 他の部屋を見てみると、今度も男が寝ており、同じように点滴を受けていた。しかし、先程の男とは違い、身体中に包帯が巻かれており、酷い怪我を負っているようだった。

 更に隣の部屋を見てみると、今度は、頭や胸にケーブルが張り付けてあり、近くの装置に繋がっていた。装置の表示は、心拍数や血圧などを表示していた。

「もしかしたら、ここは病院なのかも知れない」

「こんな窓も無いような部屋でか?」

 雪は、言われてみれば、確かに変だと考えていた。そのうちに、地球連邦防衛軍司令部の近くにあった建物について思い出した。

「わかった! ここは、軍の病院。最近、反政府活動で、軍と衝突して捕まった人たちが大勢いたはず。その人たちじゃないかな。病人だけど、囚人でもある。だからこんな外から鍵のかかる部屋に入れられているのよ」

「だとすると、俺たちを拉致した奴等は、軍の関係者ってことになる」

「そうね……。ランハルト、その辺りの詮索は後回しにしましょうか。いい方法を思い付いた」

 雪は、寝ている人の傍にあったケーブルに繋がったスイッチを掴んだ。雪がそのスイッチを押すとブザー音が鳴った。

「急いで! 隣の部屋へ!」

 そう言って、雪はランハルトとケールを部屋から押し出した。そして、雪はベッドの下に潜り込んだ。

 すぐに、先程の見張りの男がブザーが鳴らされた部屋にやって来た。見張りが部屋に入るの見計らって、雪は、ベッドの下から転がり出て、見張りの男の足を思い切りすくった。男は、突然の襲撃に受け身もとれず、頭を床に強打して倒れた。見張りの男は、失神してしまったようである。

 雪は、すぐに男の服をまさぐり、ゲートを開ける鍵が無いか調べていた。すると、携帯端末がポケットに収まっており、雪は、それを取り出した。

 部屋から出ようと雪がドアを振り返ると、ランハルトとケールが唖然として部屋の中を覗いていた。

「雪さん……思ったよりも、ずっとワイルドでした」ケールが苦笑いをしていた。

 ランハルトも笑顔でこちらを見ていた。

「よくやった。あんたのことを見直したぞ」

 そんな風に見られているとは思っておらず、雪も、苦笑いで応えた。

「そ、それほどでも……行きましょうか?」

 雪は、部屋から出るとドアをロックした。そして、先頭に立って先程の角を曲がると、ゲートが自動的に開いた。

「多分、この端末を近付けることで認証して、開いたんだと思う」

 雪は、携帯端末をランハルトとケールに示した。ケールは、それを見て言った。

「雪さん、それでもしかしたら外に連絡出来ますか?」

 雪は、そう言われてその端末を確認してみた。確かに、通信が出来そうだった。

「良ければ、僕に貸して下さい。一つ、覚えている連絡先の番号があります」

 雪は、考えて見れば古代の番号ぐらいしか覚えていなかった。そして、素直にケールに端末を渡した。

 ケールは携帯端末を操作して、連絡をした。

 

 星名の元に、地球連邦防衛軍司令部にいる真田から連絡が入っていた。

「こちら星名です」

「星名。先程、世界独立解放戦線の要求通り、藤堂長官が連中に投降した。同時に、本土防衛隊の各軍に潜入していた連中の仲間が武装蜂起して、軍の一部が制圧されてしまった。私は土方司令にも連絡して、太陽系外周にいるヤマトを地球に戻す手筈もしたところだ」

「そうですか。いよいよ不味い状況になって来ましたね」

「大使の居場所はわかったかね?」

 星名は首を振って答えた。

「わかった。我々宇宙軍の動きだが、月面から芹沢宙将も、藤堂長官に替わって司令部で指揮を取るため帰還中だ。それから、空間騎兵隊が多数の部隊を引き連れて地球に向かっている」

「空間騎兵隊が来てくれるんですね」

「ああ。第七連隊を指揮する永倉一等宙曹の情報によれば、隊長の斉藤宙曹長が、ガミラス艦に先行して潜入しているらしい。うちの桐生美影もそれに同行しているそうだ」

「それは! ぜひとも連絡を取りたいですね」

「わかった。すぐに斉藤か桐生くんから君に連絡するように伝えておこう」

「お願いします。私も情報をいろいろ集めておきたいので」

「そうそう、ユリーシャ様の新しい護衛部隊も編成済だ。君が場所を指定してくれたら、向かわせる」

「わかりました。今はまだ私と一緒にいた方がよさそうなので、後程連絡します」

「わかった。それでは、一旦通信を終わる」

 星名は、落ち着かない様子で、携帯端末を握りしめるユリーシャを窺った。

 

 ガミラス空母ダレイラの艦載機格納庫では、斉藤と桐生が、通常の出入口以外の移動経路がないか探していた。すると、斉藤の携帯通信機に、着信を示すランプが点滅した。斉藤は、肩の通信機を掴むと小声で応答した。

「こちら斉藤」

 斉藤が耳に着けている小型イヤホンに、雑音が響いた。

「こちら永倉。隊長、部隊を連れて来た。もう少しで地球に到着するよ」

 斉藤はにやりと笑った。

「了解だ。いつでも、ガミラス艦を強襲出来るように準備しておいてくれ」

「それが隊長、そうもいかないんだよ」

 永倉は、これまでの情報を整理して斉藤に伝えた。

重核子(ハイペロン)爆弾? なんだそりゃ?」

「何でも、数千キロの範囲で人だけを殺すっていうおっかない爆弾らしいよ」

「そうすると、俺はそれを起爆出来ないようにしなきゃなんねぇな。そしたら、お前たちにも来てもらえるな」

「そういうことになるけど、ガミラス大使が人質になってるんだ。勝手に動くと今度はそっちがどうなるかわかんない。それを追っている星名って人が隊長と美影ちゃんに連絡取りたいってさ」

「わかった。連絡先を俺の通信機に送っておいてくれ。後は俺が何とかする。そっちはそっちで準備は進めてくれ」

「わかった。通信終わり」

 桐生は、斉藤の顔色を窺っていた。斉藤からも手短に今の情報を伝えた。

「そうなると、艦橋に行って、起爆出来ないように制御を奪わないといけないね」

「だな。早いとこ何とかしないと不味い」

 斉藤は、通信機のランプが再び点滅した。永倉から、星名の連絡先が届いていた。すぐに斉藤は、星名に連絡を取った。

「こちら斉藤……お前が星名か。永倉から聞いている。大使の救出作戦と、爆弾の起爆阻止を同時にやろうってんだろ? そっちはどうなってんだ?」

 

 ユリーシャは、星名が誰かと連絡を取り合っているのをぼうっと見守っていた。すると、地球連邦政府から支給された携帯端末に、着信ランプがつくのに気が付いた。ユリーシャが端末を操作すると、そこにはケールの姿が映っていた。

「ユリーシャ様、僕です」

 ユリーシャは、驚くと同時に喜びを爆発させた。

「ケール! 良かった! 雪とランハルトは無事!?」

「はい。大丈夫ですよ」

 ケールの笑顔の後ろに、ランハルトと雪が映っていた。

「ああ……!」

 ユリーシャは、片手で口元を抑えた。そして、その瞳からは安堵の涙が溢れた。

 星名は、斉藤との通信を中断して、ユリーシャの端末の映像通信を覗いて確認した。

「すいません、星名です。そちらの状況を教えて頂けますか?」

 ケールは頷いた。

「僕たちは、地球連邦防衛軍司令部近くの軍の総合病院で監禁されています。つい先程、監禁されていた部屋から三人で脱出し、この端末を入手したところです。これから、病院から脱出するための行動を行いますが、簡単には行かないかもしれません。助けが必要だと思って、ユリーシャ様の端末に連絡をしました」

「わかりました。救助に向かいたいと思いますが、こちらも難しい状況になっている為、お伝えしておきます」

 星名は、誘拐事件とガミラス艦乗っ取り事件が発生したことなどを、簡潔に伝えた。

 ケールに替わってランハルトが端末に出た。ランハルトは、険しい表情をしていた。

重核子(ハイペロン)爆弾など持って来させたのは、タラン国防相の仕業だな? 事が終わったら、俺から抗議しておく。今の話しの通りだとすると、俺たちがここを逃げ出すと、爆弾が使用される可能性があるんじゃないか?」

 星名は頷いた。

「はい。ですので、作戦を同時に実行する必要があります。爆弾の起爆阻止と、あなた方の救出です」

 星名は、まだ通信が繋がっていた斉藤に言った。

「聞いての通りです。これから大使らの救出に動きます。お互いに準備が出来たら、同時に実行しましょう」

「わかった。じゃぁ、こっちも準備するので、後で連絡する。そっちも頼んだぞ」

「わかりました。通信終わり」

 星名は、ユリーシャが両手で自分の体を抱き締めて安堵している様子を眺めた。

「ユリーシャ様。これから救出部隊を編成して、軍の総合病院に向かいます。あなたには、新しい護衛部隊の元に行ってもらいます」

 ユリーシャは、唖然とした表情で星名を見つめた。

「どうして……?」

 星名は困り果てていた。

「ユリーシャ様、私と一緒ではとても危険です。お願いですから、言うことを聞いて下さい」

「なら、その護衛部隊と一緒に、近くにいてもいい? ううん、近くに居たいの。お願い、星名」

「駄目です。今度ばかりは」

 ユリーシャの泣き顔は、百合亜にそっくりだった。星名は、心が揺れ動くのを感じていた。

「なら、ついていかないから。外で待ってる。せめて病院の近くで。お願い……」

 星名は、心の動揺を知られないように言った。

「わかりました。では、危険だと護衛部隊が判断したら、すぐに移動してもらいます。譲歩出来るのはここまでです」

 ユリーシャは、泣き顔のまま笑った。

「わかった。じゃぁ、行こう?」

 

 線の細いその男は、いらいらとしながら待っていた。

「もう、我々もガミラス艦に移動する時間だ。異星人を迎えに行かせた連中は、どうして戻って来ない!」

 テーブルを思い切り叩いたので、周りの仲間が驚いていた。

「そんなに苛つくなよ、伊東。今、確認に人をやった」

 仲間の一人が伊東と呼ばれた男に言った。

「伊東、イスカンダル人は、地球を元通りにしてくれた恩人だよな? 本当に、ガミラス人と同じ扱いにするべきなのか? 俺は、それだけはずっと疑問に感じてたんだ」

 伊東は、眼鏡を外して、その細い目を見開いた。

「同じだ。イスカンダル人は、俺たちを試した。俺たち地球人に、別の星に移住する計画を反故にさせて迷わせた。あんな失敗する可能性の高い無謀な旅をさせて、高みの見物をしてたんだ。俺の弟もその旅の途中で死んだ。あれが失敗すれば俺たち地球人は、皆死んでたんだぞ! 地球が元通りになったのは、奇跡としか言い様が無い。お前は、本気でそう思っているのか!?」

 伊東は、銃を向けて叫んだ。

「やめろ! わかった! もう二度と言わん! 危ないから、そんなものは降ろせ!」

 他の仲間が伊東に言った。

「やめとけ、伊東。俺たちの目的は、徐々に達成され始めている。本土防衛隊ももう少しで役に立たなくなる。後は、宇宙軍をなんとかすれば、地球連邦政府など、すぐに俺たちに平伏すことになる。今は、仲間割れなんてしてる場合じゃない」

 伊東は、ゆっくりと銃を降ろして、顔を伏せた。

「あのイスカンダルの女は、俺が一度殺し損ねた。今度は、死ぬよりも辛い思いをさせてやる。そうして、助かる可能性の低い試しをあの女に施してやる。そうだ、蜘蛛の糸だ。これに掴まれば助かるよ、と甘い言葉で囁くんだ。そうやって、地球人が、どんな思いでいたのか、必ず思い知らせてやる!」

 その時、別の仲間が血相を変えて飛び込んできた。

「ガミラス人とイスカンダル人が逃げたぞ!」

 伊東は、驚いてその仲間を見た。

「ふざけるな! すぐに探し出せ! 他の奴は、一階の入り口を封鎖して、仲間を武装して向かわせろ!」

 

 廊下を駆け抜けていく男たちの喧騒が聞こえてきた。ランハルトたちは、ゲートを抜けた先の部屋に飛び込んで、彼らをやり過ごしていた。

「どうやら、完全に逃げたのがばれたらしい」

「どうする? ランハルト」

「雪、少しここに隠れて様子を見よう。星名と連携すれば、脱出は不可能じゃない」

 雪は、ケールの顔色を窺った。

「大丈夫です。まだ見つからないと思います。僕が危険を感じたら、移動しましょう」

 

 その頃、ガミラス艦に潜んでいた斉藤は、ようやく移動を始めていた。

「メンテナンス用の通路が見つかったのはいいが、やたら狭いな」

 体の大きな斉藤は、通路を通ることが出来ず、装甲宇宙服を脱ぎ捨てて、通路を進んでいた。

 通路は、複雑な配管や配線が施してあり、所々高熱の区画もあった。

「もうちょっと我慢して、始くん」

 桐生は、斉藤に先行して、通路の隙間から艦内の様子を確認しながら進んでいた。

「見て」

 桐生が指差す先の艦内の様子を見ると、そこは狭い通路に、多くの扉が並んでいた。桐生は、その端の通路のプレートに書かれた文字を指し示した。

「ガミラス語で、居住区って書いてある。ヤマトでも、居住区からは艦橋にすぐに上がれるようにエレベーターがある。多分、近くにそれがあると思う」

 斉藤は、桐生に言った。

「エレベーターは不味いだろう。途中で誰かと鉢合わせたら、騒ぎになる。出来れば艦橋まで誰にも見つからずに行きたい」

 桐生は少し考えた。

「なら、エレベーターの中を通って行くのはどう?」

 斉藤は、目を丸くして桐生の顔を見た。

「美影ちゃん、結構大胆なんだな」

「そ、そうかなぁ?」

「いい作戦だ。行こうぜ、相棒」

「合点、承知!」

 慌てて斉藤は、桐生の口を抑えた。

 通路を、空間騎兵隊の制服を来た男が銃を持って歩いていた。二人は身を屈めて、メンテナンス通路の隙間から男が通りすぎるのを見守った。

「見張りが艦内を巡回しているみたいだ。エレベーターに登るにしても、急いで中に入る必要がありそうだ」

 斉藤と桐生は、巡回していた男が遠ざかるのを確認して、居住区の通路に出た。エレベーターを探すと、すぐにその場所は見つかった。

 桐生は、上に向かうボタンを躊躇せず押した。

 斉藤は、桐生の背中を押して慌ててエレベーターから離れた。

 物陰から様子を窺っていると到着したエレベーターの扉が開いた。中には誰も乗っていないようだった。

 斉藤は、走ってエレベーターに戻り、閉じる寸前の扉に手を突っ込んだ。斉藤は、振り返って無言で桐生を呼び寄せた。

 二人で中に入ると、桐生がエレベーターのボタンの脇のパネルを開いた。桐生がパネルの中のスイッチを操作すると、エレベーターは動かなくなった。

「今のうちに、エレベーターの天井から上に出よっか?」

 桐生の大胆さに、斉藤は舌を巻いた。

「美影ちゃん、ちょっと待て。どのくらいの高さがあると思う?」

 桐生は、少し考えてから言った。

「多分、この空母の大きさだと、十階建てビル位あるんじゃないかな?」

 桐生が、惚けた口調で言っていた。

「美影ちゃん、俺はこのぐらい何とかなると思うが、お前さん、本当に登れるのか?」

 桐生はにっこり笑った。

「多分、無理!」

 斉藤は、ため息をついた。

「だったら、やっぱりエレベーターを使おう。エレベーターを上の階に向かわせたら、俺たちは天井に隠れよう」

「なるほど! さっすが隊長!」

 斉藤は、少し呆れていたが、時間があまりないのを思い出した。

「誰かがここに来るといけねぇ。急ごう」

 斉藤は、屈んで桐生に体を登らせた。そして、彼女は天井のメンテナンス口を開いて、するすると登っていった。

 それを確認した斉藤は、先程桐生がエレベーターを止めるのに操作したスイッチをオンにした。そして、上の階のボタンを押すと、エレベーターが動き出した。

 メンテナンス口から顔を覗かせた桐生は、斉藤に手を伸ばした。斉藤は、手を振って桐生を退かすと、ジャンプしてメンテナンス口の端に掴まった。そのまま、腕の力だけで自らの体を持ち上げ、エレベーターの上に登った。

 すると、突然、エレベーターが停止した。

 桐生が急いで天井のメンテナンス口の蓋を塞ぐと、辺りは真っ暗になった。

 足下のエレベーターの中に誰かが入って来て、何か話しているのが聞こえてきた。

「居住区は異常無し」

「生活区画も異常無しだ」

 数階エレベーターは上昇し、止まるとエレベーターの中にいた者たちが出ていくのがわかった。

 斉藤は、腰に着けていたライトを点灯させて、辺りを照らした。上を見ると、明かりが届かない程の高さのようだった。

「まだ、結構上までありそうだ」

「頑張って登るって。ほら! あそこにメンテナンス用の梯子もあるよ!」

 斉藤は、ため息をついた。

「頼むぜ? 相棒」

 

 その頃、星名は、ユリーシャを新たな警備隊に引き渡し、同じ場所で救出部隊として編成されたメンバー二十名と合流した。

 そして、大型兵員輸送車に全員が乗り込むと、軍の総合病院に向かい、その隣のビルの死角から様子を窺っていた。ユリーシャを乗せた新たな警備隊車両も、そのすぐ傍に止まっていた。

「こちら星名。救出部隊は配置につきました。命令があり次第、突入出来ます」

司令部にいる真田から通信で返事が来ていた。

「わかった。そのまま待機せよ。芹沢宙将が先程到着したので、指示を仰ぐ」

「私からは、斉藤宙曹長にも連携しておきます」

「よろしく頼む」

 

 エレベーターの梯子を登る斉藤の通信機のランプが点滅していた。斉藤は、そこに留まって通信機を掴んだ。

「こちら斉藤。星名か?」

「こちら、星名。こちらは準備が整った。大使たちもまだ発見されていない。そちらの準備が整ったら知らせて欲しい」

「了解だが、まだもうちょっとかかるぜ。通信終わり」

 斉藤が下を見ると、少し遅れて桐生が梯子を登っていた。

「美影ちゃん、大丈夫か?」

「大丈夫・・じゃないけど、頑張る!」

 桐生は、息を切らして登っていた。

 すると、大きな音がした。エレベーターが動き出していた。遥か下にいたエレベーターが、彼らの元に迫って来ていた。

「丁度いい!あれに乗っていくぞ」

 桐生も下を見てそれを確認した。

「助かった・・」

 桐生は肩で息をしていた。

「よし、三つ数えたら、エレベーターの上に飛び乗るぞ。三、二、一、行くぞ!」

 二人は、梯子からエレベーターの天井に飛び乗った。その勢いで、桐生がバランスを崩して倒れそうになっていた。慌てて斉藤は、桐生の体を掴まえて支えた。

 エレベーターの中にいた空間騎兵隊の制服を着た男は、エレベーターの中で異音と揺れを感じた。しかし、少し疑問に思ったようだが、すぐに気にしなくなっていた。

 エレベーターは、最上階で停止し、乗っていた男も出ていく気配がしていた。

 斉藤と桐生は、顔を見合わせて頷いた。斉藤は、エレベーターの天井の蓋を、静かに動かして中を確認し、誰も居ないのを見てからエレベーター内に飛び降りた。続いて桐生も飛び降りた。二人は、エレベーターの扉を開けると、最上階の通路を窺った。

 先程エレベーターに乗っていた男は、通路に三つある扉のうち、右端の扉に向かって歩いているところだった。

 斉藤は、忍び足でその男の背後に迫った。そして、突然襲いかかると、左腕を男の首の下に回し入れ、右手で腕を固定して首を締め上げた。

 男は、抵抗しようと斉藤の腕を外そうともがいたが、声も出せずに徐々に力を失い、失神した。斉藤は、男を担ぎ上げると桐生を呼び寄せた。

「この扉は?」

 扉の上のプレートの文字を顎で指し示した。

「左右の扉は、士官の控え室兼会議室みたい。真ん中は、艦橋に入る扉」

「じゃぁ、この右端の扉から入る。見えないように横に隠れてろ。行くぞ!」

 斉藤は、扉の横のパネルのボタンを押し、扉の横に隠れた。

 そっと扉の中を覗くと、中は薄暗く、人影は見当たらなかった。斉藤は、扉の反対側にいた桐生に合図して、一緒に中に侵入した。

 そこには、会議用のテーブルがあり、テーブルの上には、太陽系の図が明るく表示されていた。

 そのテーブルの足元に、人影が潜んでいるのを斉藤は見つけて、慌てて小銃を向けた。

 しかし、そこにいた人影は、縛られた二人の女だった。斉藤は、担いでいた男を降ろすと、桐生を呼び寄せた。

 桐生が、その二人を見て小さな声で叫んだ。

「山本さん! それに、メルダさんも!」

「なんだ、知り合いか? 地球人が捕まってるのは情報になかったぞ」

 二人は、何か言おうとしているようだったが、後ろ手に手錠をはめられており、口にはテープが貼り付けられていた。斉藤は、静かにするように言いながら、山本の口元のテープを剥がした。

「・・桐生さんも捕まったのか!?」

 桐生は、山本の傍に行くと、人差し指を口の前に差し出して言った。

「山本さん、声が大きい。始くんは、助けに来たんだよ」

「始くん? 一体誰だ、お前は!」

 斉藤は、嫌な顔をして言った。

「俺は、空間騎兵隊第七連隊隊長の斉藤始だ。裏切者をぶん殴りにここまで来た。味方だよ、俺は」

 桐生は、メルダの口のテープも剥がしていた。

「・・あいつら、絶対に許さん! 早く手錠を外せ!」

 斉藤は、呆れていた。

「お嬢ちゃん二人を助けたつもりだったが、随分と威勢のいい元気な女どもだな」

「誰が威勢のいい女だって!?」

「貴様、失礼だぞ! 私を誰だと思ってるんだ!」

 斉藤は、二人の勢いに押されていた。

「わ、わかった、わかった。まずは冷静に、な?」

 斉藤は、手短に現在の状況を話した。そして、爆弾の起爆阻止と、大使らの救出の同時作戦を実行しようとしていることを説明した。

「少しは、冷静になってくれたか?」

「仕方ない。状況が状況だ。冷静に対処する。まずは、この手錠を外せ」

 メルダは、斉藤を睨み付けていた。

「本当に大丈夫かよ? いいか、絶対に勝手に動いたり、騒いだりするなよ?」

 斉藤は、腰にぶら下げたレーザーカッターを取り出し、二人の手錠の鎖を焼ききった。

「助かった。斉藤といったな。一応、感謝しておこう」

「何かいちいち、腹立つようなこと言ってくるのな、お前ら」

「私たちをこんな目に合わせたあいつらに後悔させてやろう」

 メルダと山本は、その場でストレッチを始めた。

「ま、味方が増えるのは助かるぜ。俺は星名と永倉に連絡する。大人しくしてろよ」

 斉藤は、通信機を掴んだ。

「こちら斉藤。こっちも準備は整った。作戦開始の指示を待つ」

 

続く…




注)pixivとハーメルンにて同一作品を公開しています。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。


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大使の憂鬱7 作戦開始

宇宙戦艦ヤマト2202とは別の世界線を歩んだ宇宙戦艦ヤマト2199の続編二次創作小説「大使の憂鬱」です。「白色彗星帝国編」の続編になります。


 地球連邦防衛軍司令部の指揮所に現れた芹沢は、軍の高官らに囲まれた。

「うるさい! 邪魔だ、どけ!」

 一喝すると、芹沢は真田を呼び寄せた。

「役立たずは放っておけ。今の状況と作戦を改めて確認しよう」

 真田は、これまでの経緯と現在の状況を簡潔に説明した。

「作戦失敗の場合のリスクは?」

「大使の死亡によるガミラス政府との関係悪化や、爆弾の起爆で日本及び周辺諸国の人間が全滅することでしょう」

「作戦を実行しない場合のリスクは?」

「彼らの組織に人類全体が支配されるのを阻止するため、地球連邦政府は、日本に核攻撃などの強硬な手段で解決しようとすると予想されます。やはり、大使らは死亡、そして日本人にかなりの被害が出るでしょう」

 芹沢は笑った。

「馬鹿馬鹿しい。我々のリスクが大きすぎる。しかし、作戦実行以外の選択肢はあり得ん、ということはわかった」

 真田は頷いた。

「私も同意します」

 芹沢は時計を見た。

「三分後に作戦開始。すぐ関係者全員に連絡しろ!」

「はっ!」

 真田は敬礼で応えた。

 

 連絡を受けた星名は、時計を見た。

 あと一分で作戦開始の時間だった。

 救出部隊は、兵員輸送車から降り、各員が病院の死角で待機した。

 

 斉藤も時計を見た。士官控え室の扉から今にも艦橋内に飛び出しそうなメルダと山本を抑えながら、扉を僅かに開けて、そっと内部を確認した。

 中央で、ガゼル司令と、バルデス艦長が拘束されていた。艦橋の士官らは、別の場所に連れて行かれたのか、そこには居なかった。

 士官の一人だけは、拘束されずに火器管制システムの制御席に着き、一人の空間騎兵隊の男に銃を突き付けられていた。

 他に二名の空間騎兵隊の制服を着た者たちが、艦橋の入り口にいた。

 中央には、北川が立っており、ガゼル司令に銃を突き付けていた。

「なるほど。四人か」

 斉藤は、山本とメルダを呼び寄せて、作戦を話し合った。

 

「時間だ。行くぞ!」

 星名は、部隊の全員に前進を指示した。

 武装した彼らは、病院の前の歩道を一気に走り抜けた。通りを歩く人々は、軍服を着た集団に驚いて悲鳴を上げた。隊員らは、避難するように声がけしながら走った。

 二手に別れた部隊は、正面玄関と裏口にまわった。一方の部隊が裏口に到着すると、そこは閉鎖されていた。

 正面玄関にいた星名は、裏口の入り口を爆破するように無線で指示した。

 一人の隊員が、裏口の扉に爆薬をセットした。彼らは、少し離れて屈むと、すぐに起爆した。

 何かが破裂するような甲高い音がして、扉を閉鎖していた電子錠が破壊された。

 正面玄関と裏口にいた隊員たちは、星名の指示で一斉に一列で中に入っていった。

 

 裏口から侵入した隊員たちは、入り口にあった病院の警備の受付の内部を確認した。誰もいないことを確認して進もうとするが、先頭の隊員が、後ろに止まるように指示をした。廊下を横切るように、足元にトラップと思われる細いケーブルが張られていた。それを跨いで行くように、各員に合図して進んだ。

 

 正面玄関から侵入した隊員らは、小銃を構えて周囲を確認した。そこは、病院の受付の待合所となっており、奥に受付の長いカウンターがあり、手前に患者らが座って待つ為のソファーが数列並んでいる。隊員たちは走ってソファーの影に隠れて、安全を確認すると、後方にいた隊員が、更に前の列のソファーの影に隠れた。星名は、少し右側にあった柱の影に走って隠れた。

 先頭の隊員は、ソファーの最前列から、病院の受付カウンターに進んで内側を確認しようとした。すると、受付カウンターの内側に、銃を持った男達が何人も潜んでいた。先頭の隊員は、そこに向けて銃を撃とうとするが、待ち構えていた敵の男達の方が早かった。頭を撃ち抜かれた隊員は、その場で仰向けになって倒れた。

 それをきっかけに、受付カウンターを挟んで激しい銃撃戦が始まった。

 

 斉藤は、時計を確認した。

「時間だ。嬢ちゃんたち、うまくやれよ・・」

 

 艦橋の中央にいた北川は、右舷の士官控え室から、大きな音が響いたのを聞いた。そして、入り口の見張りの男に合図して、確認に向かわせた。

 見張りの男が、右舷の士官控え室に入ると、メルダが一人だけ床に座っていた。口にテープも貼ってあり、手も後ろに回っており、拘束は解けていないようだった。

「もう一人はどうした!?」

「こっちだ!」

 すると、天井の配管に掴まっていた山本が、突然男の上に飛び降りてきた。男の首に跨がると、首を中心に体を捻って回転して引きずり倒した。後頭部を強打した男は、動かなくなった。

「メルダ!」

 男と一緒に床に転がった山本が叫んだ。

 メルダは、立ち上がってその男が持っていた小銃を奪った。

「どうした!?」

 北川たちは、その異変に気付き、小銃をそちらに構えた。入り口にいた見張りの一人も、そちらに気を取られて小銃を構えた。

 その時、斉藤が真ん中の扉を開けて艦橋内に飛び込んで来た。そして、入り口にいた見張りの男の背後に回り、両腕で服を掴んで思い切り頭の上まで持ち上げた。

「うおおお!」

 斉藤は、叫び声をあげると、そのまま、持ち上げた男の体を北川の方へ投げつけた。

 北川は、投げられた男がまともにぶつかり、持っていた小銃を落としてしまった。投げられた方の男の体は、手足が逆の方に向いて折れ曲がっていた。

 メルダは、小銃を構えて火器管制システムの制御席へ走った。そこにいた男が小銃を乱射したが、メルダは咄嗟に転がって男の足を小銃で撃ち抜いた。男が倒れると、すぐにメルダは起き上がって走った。そして、その男の頭に銃を突き付けた。

 メルダは、ガミラス人の士官に叫んだ。

「火器管制システムをロックしろ!」

 慌ててその士官はシステムの操作盤を弄った。

「ロックしました!」

 斉藤は、通信機を掴んだ。

「永倉、火器管制システムは停止させたぞ!」

 永倉はすぐに応答した。

「了解!」

 

 ガミラス艦の上空一万メートルにつけていた空間騎兵隊の大型輸送機では、永倉が大声で怒鳴っていた。

「隊長がやってくれたぞ! 野郎ども! 行け!」

 輸送機の後部の扉が開くと、そこから空間騎兵隊の隊員が、次々と外に飛び降りていった。

 ガミラス空母の甲板で見張りをしていた三人の男達は、空から無数の人が降下するのを発見していた。慌てて上空に小銃を乱射するが、ガミラス艦は、波で揺れており、狙いが定まらなかった。

 永倉は、先行して飛び降りた隊員たちに怒鳴った。

「あんな新人どもの弾に当たった奴がいたら、全員飯抜きだ!」

「そりゃぁ、ねえぜ姐さん! おい皆! 当たった奴がいたら、俺がぶん殴る!」

 先行していた隊員たちは、空から小銃を連射した。そして、確実に甲板の男たちを仕留めていった。

 そして、バックパックの小型ロケットを操作して降下速度を落とし、次々に甲板に着地した。

「いいぞ! 数名づつ固まって、艦内を制圧しに侵入しろ!」

 永倉は、降下しながら、ガミラス艦に接近するボートが向きを変えて港に引き返そうとしているのを見つけた。そして、バックパックのロケットを操作して、そのボート目指して降りていった。

「やっぱりそうか」

 ボートに接近すると、そこには藤堂長官の姿が見えた。ボートには、他に三人の潜水服が見えた。永倉は、上空から小銃で狙いをつけて、一人づつ狙撃していった。

 藤堂長官は、自分を運んでいた本土防衛隊の潜水服の連中が、次々と倒れて行くのを目の当たりにした。そして、上空から、一人の空間騎兵隊の隊員が降りてくるのを見守った。

 永倉は、見事に小さなボートに着地した。

「長官、怪我は無いかい?」

 藤堂長官は、呆気に取られていたが、いつものように冷静に言った。

「よくやった。私は問題無い」

 

 艦橋を制圧した斉藤は、小銃をその場に投げ捨てた。そして、北川の前に歩み寄った。

「北川、俺を騙すとはいい度胸だ」

 北川は、落とした小銃を拾おうと、銃に向かって飛び込んだ。斉藤は、北川の手を思い切り踏みつけると、小銃を足で蹴飛ばした。

 北川は、恐ろしいものを見るように、斉藤を見上げた。

「立てよ。ほら、かかってこい」

 斉藤は、右手をつきだして、指を手前に曲げた。

 北川は意を決して、斉藤を倒そうと、足に向かって飛び込んできた。斉藤は、腰を屈めてそれをがっちりと受け止めると、襟元を左手で掴んで引きずり上げた。

「桐生隊長が守った空間騎兵隊を汚しやがって! 制裁を加えてやる!」

 そして、思い切り右の拳を顔面に叩き込んだ。

 北川が床に転がって気を失うのを確認して、斉藤は通信機を掴んだ

「こちら斉藤。ガミラス艦の艦橋を制圧した! まだ作戦は継続中だが、爆弾が爆発する危険は去った!」

 

 その頃、軍の総合病院に正面玄関から突入した星名らの部隊は、一階の受付にいた敵を、射殺するか戦闘不能にして排除した。

 裏口から入った隊員らは、一部の隊員を裏口に残して、非常階段を一列になって二階へと向かった。

 星名たちは、一階の各部屋を確認し、小部屋に押し込められている医師や看護師、患者らを発見した。彼らに逃げるように指示をし、続けて同じように残りの部屋もしらみ潰しに確認していった。

 医師や患者らは、逃げようと飛び出したところで、一階が激しい銃撃戦の跡で傷だらけになっており、受付カウンターが破壊されているのを見た。そして、カウンター内に血を流して倒れている男たちを見て、悲鳴を上げて外に飛び出して行った。

 星名は、隊員たちを受付カウンターのところに集めていた。

「この建物は十階建てだ。二階は、検査や診察室、その上は入院患者用の病室がある。八階に事務所や会議室があり、その上は、犯罪者向けの病室がある。敵は、事務所のある八階に陣取っていると推測される。それから、大使らからの情報では、恐らく最上階の十階か九階に彼らは、隠れていると推測される。裏口から行った隊員に低層階の各階をしらみ潰しに確認してもらうので、僕たちは上層階に向かう」

 星名は、隊員の中でも精鋭のメンバーを指差して選抜した。

「僕たちは、まず八階に向かい、敵の主要メンバーを排除する。然る後に、大使らを保護しに九階と十階に向かう。残りの二名は一階に残って逃げ出す敵がいたら対応してくれ。何か質問は?」

 隊員たちは、無言か首を振っているのを星名は確認した。

「よし! では作戦行動を開始する!」

 星名たちは、一列になって階段を登り、先頭の隊員が安全を確認すると、後方の隊員と交代しながら、少しづつ上層階に登って行った。

 

 裏口から入った隊員らは、二階の各部屋をしらみ潰しに回っていくと、診察室や、各種の検査用の設備がある部屋が多数あった。そこでも、医師や看護師や患者らが多数見つかり、彼らは、向けた銃を降ろすと、速やかに外に出るように指示をした。隊員の一部が、避難誘導を行って、彼らを外に逃がして行った。

 三階に進むと、入院患者向けの部屋が並んでいた。各部屋を確認して行くと、動けずにベッドにいる患者が何名か残っていた。一部の隊員が、ベッドごと移動して、エレベーターで階下に運ぶことにし、一階の隊員と連携して、移動は速やかに行われた。その間も、しらみ潰しに各部屋を確認して行った。

 すると、ある部屋でベッドの布団を被って隠れている患者を見つけた。危険だから逃げるように声をかけるが、そこにいたのは敵の男たちだった。四つのベッドから、一斉に四人の敵が現れ、銃撃を受け、二人の隊員が負傷して倒れた。二人を部屋の外に引きずり出すと、別の隊員が、部屋に銃撃を加えた。

 

 八階の大会議室に、世界独立解放戦線の主要メンバーが集まっていた。

「ガミラス艦を占拠した空間騎兵隊の連中に連絡がつかない」

 男は、自分の携帯端末を会議机に放り出し、椅子に倒れ込んだ。

「まさか、やられちまったのか?」

「かも知れん。港にいる本土防衛隊の連中にも連絡がつかなくなった」

 中央の椅子に座っていた伊東は、戦況を聞いて怒りを露にした。

「もう、下の階の仲間にも連絡がつかない。大使らを見つけないと、俺たちはここで終わりだ。こうなったら、全員で九階と十階を捜索するぞ!」

 男たちは、皆、立ち上がって、部屋を出ようとした。その時、大きな音をたてて、部屋の扉が爆破された。近くにいた仲間が爆発で飛んで来た扉に当たってその場に倒れた。

「もうここまで来たのか!?」

 彼らは、屈んで後退し、会議机と椅子の影に隠れようとした。すると、部屋に何かが投げ込まれた。それが、大量の煙を吐き出し、僅かな時間で部屋中に煙が充満した。

「不味いぞ!何も見えない!」

 彼らは、パニックに陥っていた。

 星名らは、熱源探知スコープを装着して会議室内に侵入し、彼らを次々に銃撃して倒していった。

 伊東は、一人、僅かな隙を見つけて会議室を飛び出して逃げていった。

「僕が追う! 皆、後を頼んだぞ!」

 

 その頃、ランハルトたちは、追っ手から逃れる為、九階と十階の部屋を転々として逃げており、今は十階の小部屋に戻っていた。

「大使。何だか嫌な予感がします。この感じが、さっきからおさまりません」

 ケールのいつもの笑顔が消え、不安そうな表情をしていた。

「嫌な思いをさせてすまない」

 ランハルトは、彼の鋭い感覚が、このような危機的状況では、休まることが無いであろうことを気遣った。

「ランハルト、下の階が騒がしいから、救出部隊が近付いて来てるのは確か。あともう少しの辛抱だと思う」

 そう言いつつも、雪も不安そうな表情をしていた。先程からぎりぎりの状態で逃げ続けており、皆、疲れきっていた。

「雪。俺を狙った事件だというのに、巻き込んでしまった。すまなかったな」

 雪は、疲れた笑顔を浮かべた。

「でも、ここにいるのが、ユリーシャじゃなく、私なんかで良かったでしょ?」

 ランハルトは、雪を見つめたまま、考え込んだ。

「そうだな……」

「そうよ」

 ランハルトは、彼女が自分を元気付けようとしているのがわかっていた。こんな状況にもかかわらず、笑顔を向けて気を遣う、彼女の強さ。それが愛おしかった。

「そうだな。雪がいてくれて、本当に良かったと思っている。何とか無事にここを抜け出したら、君と……」

 そう言いかけて、ランハルトは黙り込んだ。

「あら、遂に呼び方が、きみ、になったね。大分大切にされるようになったかな?」

「茶化すんじゃない」

 ランハルトは、少し恥ずかしそうにしていた。

 雪は、表情にこそ出さなかったが、彼が何を言い出すのか、内心では困って慌てていた。

「雪、ケール。思いきって、脱出しないか? 階下は大分混乱しているようだ。俺は、今がチャンスだと思う」

 雪とケールは、顔を見合わせた。

「雪さん、僕は今、正常な判断が出来る状態じゃないと思います。お二人で決めて下さい」

 雪は、ランハルトの方を見つめた。

「さっきは、エレベーター前に二人の見張りが立っていた。奴らを倒して、一気にエレベーターで一階に行くんだ」

 ケールは、その案について考えていた。

「なら、僕が囮になってエレベーター前から、この部屋の傍に誘き寄せます」

 雪は、ケールを心配して言った。

「危険じゃない? 見つかったら、すぐに撃たれるかもしれない」

 ケールは、僅かに笑って言った。

「出来るだけ、上手くやるので、後はお願いします」

 ケールは立ち上がって、そっと部屋から出ていった。

「ランハルト」

「わかっている」

 ランハルトと雪は、部屋から何時でも飛び出せるように入り口で待機した。

 

 ケールは、ワインの栓抜きがぶら下がったネックレスを首から外して手で持っていた。廊下の曲がり角の先に、エレベーターはあった。ケールは、角から少し様子を窺った。

 そこには、先程と変わらず二人の見張りが立っていた。

 ケールは、手に持っていたネックレスを、エレベーターの傍に投げ込んだ。

 驚いた見張りたちは、周囲を警戒して銃を振り回した。

 ケールは、角からわざと体を出して、彼らに見つかるようにした。

「あそこだ!」

 見張りの二人が、猛然とケールの方へ向かって走り出した。

 ケールは、踵を返してランハルトと雪が待つ部屋の方へ全力で廊下を駆けた。

 ケールが部屋の前を駆け抜けたのを確認したランハルトは、雪に目配せして、見張りが通りかかるタイミングでスライドドアを開けた。

 見張りの二人が立ち止まって振り返ろうとした瞬間、ランハルトと雪は、一人づつ背後から襲いかかった。雪は、男の腕を取ると、捻りを加えて引きつけ、自分の腰に見張りの体を乗せると、その体は宙を舞って、床に叩きつけられた。

 ランハルトは、もう一人の見張りの足を蹴り上げ、仰向けに倒れたところに、体重をのせて首もとに肘を叩き込んだ。

 ランハルトは、雪の無事を確認しようと振り返ると、彼女が投げつけた男が、倒れたまま、朦朧としながらも、落とした銃を拾って雪に向けようとしていた。

「雪!」

 ランハルトは、狙いを外そうと慌てて雪に飛びかかって押し倒した。男が放った銃弾は、ランハルトのこめかみをかすめて外れていた。

 そこに戻ってきたケールが、見張りの男の腕を蹴ったため、銃は床を滑って遠ざかった。ケールはそのまま、見張りの背中に尻から思い切りのしかかった。

「大使! 大丈夫ですか?」

「ああ、問題無い。雪は、無事か?」

 雪は、ランハルトのこめかみから、血が流れているのを見た。

「ランハルト! あなたこそ、血が出てる!」

 ランハルトは、起き上がって、自分のこめかみに触れた。

 雪は、ランハルトを心配そうに見つめていた。彼は、微笑んで言った。

「かすり傷だ。心配無い」

 ランハルトは、ケールと一緒に見張りの二人を引きずって、囚人用の病室に放り込み、外からドアをロックした。

「よし、脱出しよう!」

 三人は、エレベーターの前に走って行った。

 ケールがエレベーターのボタンを押すと、エレベーターが稼働する音がしていた。皆、焦っていたため、エレベーターの到着は酷く長い時間に感じられた。

 エレベーターが到着し、三人は中に乗り込んだ。ケールが一階のボタンを押したので、ドアが閉じようとしていた。

 その時、ドアの外から、誰かの手が差し込まれ、ドアが再び開いた。

 そこには、伊東が立っていた。伊東は、ランハルトが銃を向けようとしていたため、すぐにその腕に銃弾を撃ち込んだ。

「うっ……!」

「大使!」

「ランハルト!」

 ランハルトは、腕から血を流して、持っていた銃を床に落とした。雪も、持っていた銃を伊東に向けようとするが、彼は、ランハルトの頭に銃を突きつけていた。

「銃を捨てるんだ、異星人め!」

 伊東は、やっと見つけた獲物を捕らえて、にやりと笑っていた。

 雪は、仕方なく銃をその場に捨てた。

 ランハルトは、ゆっくりと撃たれていない方の手で雪を庇い、彼女の前に進み出た。

「ほう、面白い。ガミラス人が、イスカンダル人を敬って大事にしているというのを噂で聞いていたが。噂は本当なんだね?」

 ランハルトは、痛みを堪えながら、伊東を睨み付けた。

「この人は、ユリーシャ様では無い。地球人だ。貴様が、用事があるのは俺のほうだろう?」

 伊東は、呆気に取られた後、笑いだした。

「これは傑作だ。そんな嘘で彼女を守ろうとするとはね」

「嘘じゃない。彼女は、今回の件に無関係だ」

 雪は、小声でランハルトに言った。

「私なら大丈夫だから」

「君を守ると俺は決めた。俺が勝手にやっていることだ。気にするな」

 伊東は、頷いた。

「そうやって、異星人同士仲良くやってるってわけか。だが、俺はガミラス人には興味が無い。俺が用事があるのは、イスカンダル、お前の方だ!」

 伊東は、ランハルトに向けて銃の引き金を引いた。銃弾は、ランハルトの右の胸に命中し、彼は、口から血を吐いてその場にゆっくりと倒れた。

「大使!」

 ケールは、倒れたランハルトの体に覆い被さった。

「ランハルト!」

 雪は、真っ青になって、屈んでランハルトの傷を見ようとした。

「おっと。イスカンダル、お前は俺と来るんだ」

 伊東は、雪の頭に銃を突き付けると、雪の腕を引っ張って、エレベーターから引きずり出した。

「ゆ……き」

 ランハルトは、苦しそうに雪を追おうとして、エレベーターの外に倒れ込んだ。

 ケールとランハルトが、見守る中、伊東は、雪を連れて屋上へ向かう階段を登って行った。

 

続く…




注)pixivとハーメルンにて同一作品を公開しています。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。


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大使の憂鬱8 戦いの終幕

宇宙戦艦ヤマト2202とは別の世界線を歩んだ宇宙戦艦ヤマト2199の続編二次創作小説「大使の憂鬱」です。「白色彗星帝国編」の続編になります。


「大使!」

 星名が、十階のエレベーター前に走ってやって来た。そして、倒れているランハルトの傷を確認した。

「くそ、遅かったか。酷い怪我だ」

「大使を、大使を助けて下さい」

 ケールが、目に涙を浮かべて懇願した。

「お……おれはいい……雪が……上に連れて……」

 ランハルトは言い終わる前に口から血を吐いた。

 星名は、無線機を掴んで連絡した。

「こちら星名! 大使が撃たれた。至急、衛生兵を十階のエレベーター前に寄越せ! 外に逃げた医者も呼び戻せ! 敵は、人質をとって屋上に逃げた! 手が空いている者は、屋上に集合しろ!」

 星名はケールに言った。

「人質は森さんだね?」

 星名はケールに尋ねた。

「はい。雪さんも助けて下さい。お願いです」

 星名は頷いた。

 そこへ、階下から上がってきた隊員が数名やって来た。星名はうち一名に大使を任せて屋上へ登る階段に向かった。

 

 星名が屋上に上がると、そこには、伊東が雪を人質にして立っていた。彼は、左腕を雪の首に回して力を込めて押さえ付けており、右手の銃を雪の頭に突きつけていた。

 雪が星名の姿を見て叫んだ。

「星名くん!」

 星名も小銃を構えた。

「もう、逃げられない! 大人しく投降するんだ!」

 伊東は、何かに気が付いたようだった。

「星名? お前、星名と言うのか?」

 星名は、油断無く小銃の狙いをつけ続けた。

「それがどうした?」

 彼は、急に笑いだした。

「ヤマトの保安部員だった星名だな?」

 そう言われて、知り合いだったか、と星名は考えた。この男の顔は、確かにどこかで見たことがある。ヤマト、保安部員というキーワードで、はっとした。その男は、伊東によく似ていた。

「伊東……?」

 伊東は、にやりと笑った。

「あいつは、真也は俺の弟だ。何て偶然だ。あいつを騙して陥れたお前に会えるとは」

 自らへの憎しみを向けられると思わなかった星名は、不安な気持ちになった。

「これで、イスカンダル人とお前がここに揃った。俺たちの組織の作戦は失敗に終わったが、俺の個人的な復讐を果たす事が出来るって訳だ。さぁ、銃を捨てろ!」

 伊東は、雪に向けた銃に力を込めた。

「……!」

 雪は、星名が後からやって来た隊員たちに、銃を捨てて後ろに下がるように指示をしている様子を見た。このままでは不味い、と雪は思った。

「銃をここに置く。しかし、あなたは勘違いをしている。その人はイスカンダル人じゃない。復讐したいのは僕だろう? 僕が代わりに人質になるから、その人を離してくれ」

 伊東は、呆れた顔で星名を見た。

「さっきのガミラス人といい、そんな話を信じる訳が無いだろう。さっさと銃を捨てろ!」

 星名がゆっくりと、屋上の床に小銃を下ろしていった。

 その時、雪を抱えていた伊東の腕が少し緩んだ。雪は、その一瞬を逃さず、伊東の左腕を掴んで、思い切り噛み付いた。

「いっ……!」

 伊東が一瞬怯んだ。伊東の腕から体を屈めて抜け出した雪は、そのまま低い体勢で逃げ出した。

 伊東は、慌てて雪を撃とうとするが、星名が小銃を掴み直して構えるのを横目で見た。

 星名と伊東はその一瞬睨み合い、互いに銃を向けて撃ち合った。

 伊東は、腹を撃たれていた。手の力が無くなり、銃を持っていられなくなった。銃を取り落として、その場に両膝をつき腹を手で押さえた。腹部からは、おびただしい血が流れ落ちていた。伊東は、胃から逆流した血を吐いてその場に倒れた。

 そして、伊東の銃弾は、星名の足に命中し、彼もその場に崩れ落ちていた。

 星名の背後にいた隊員たちは、銃を拾い上げて、一斉に伊東の周囲を取り囲んだ。雪は、星名の元に駆け寄った。

「星名くん、大丈夫!?」

「だ、大丈夫です。この程度なら」

 星名は、小銃を支えにして、再び立ち上がった。

 その時、屋上の入り口に、ランハルトがケールに支えられて姿を現していた。

「ランハルト!? な、何をしているの!?」

 雪が駆け寄ると、ランハルトは真っ青な顔をしており、立っていられずに倒れそうになっていた。ケールが苦労して支えようとするが、二人で一緒に倒れてしりもちをついていた。

 雪は、彼らの傍に座り、ランハルトの上半身を抱えて、膝の上で抱いた。彼の撃たれた傷を見ると、胸に開いた穴を塞ぐだけの、簡単な応急処置だけがされていた。包帯を巻かれた胸に血が溢れて真っ赤に染まっていた。

「馬鹿。無理をしたら死んじゃうじゃない」

「すまない……どうしても、し、心配でな……」

 雪は、その理由はわかっていたが、つい聞いてしまいたくなった。

「……どうして?」

 ランハルトは、苦しそうにしながら、ゆっくりと言った。

「あの時……超巨大戦艦の砲塔に突っ込んだ叔父のことを、俺は……理解出来なかった……今なら、少しはわかった気がする……」

 ランハルトは、目を閉じて少しだけ笑っていたが、そのまま意識を失った。

「本当、困った人……でも、嬉しいよ、ランハルト」

 雪は、彼の体を抱き締めた。

 

 その頃――。

 病院の外のユリーシャの護衛部隊の車両では、救出部隊からの連絡を受け、地球連邦防衛軍司令部に報告していた。

「犯人を全員無力化しました! 救出部隊の数名が死傷、犯人確保時にリーダーの星名准尉が負傷。犯人グループのリーダー格の名前が判明。伊東真一。ヤマト元乗組員の実の兄。以上です」

「星名が!?」

 それを聞いたユリーシャは、居ても立ってもいられずに、勝手に車のドアを開けて飛び出して行った。護衛部隊が、慌ててその後を追っていった。

 

 屋上に担架が運ばれ、ランハルトがそれに乗せられて行った。雪とケールは、それに付き添って一緒に階下に降りて行った。そして、伊東の元にも担架が運ばれたが、まだ息のあった伊東が拒否していた。

「必要無い。お、俺はじきに死ぬ……」

 伊東は、苦しそうにしていた。

 そんな伊東の傍に、星名が足を引きずってやって来て座り込んだ。

 伊東は、星名の方を見て話し出した。

「す……少し昔話を……しよう」

 星名は、痛む傷を堪えて頷いた。

「俺と弟は、国連軍で地球を脱出して人類の種を残す、イズモ計画を推進する仕事をしていた。自分がヤマトに乗れる訳じゃ無かったが、人類を存続させる崇高な計画だと思って真剣に取り組んだよ……。しかし、突然イスカンダルからもたらされた救済という甘い言葉に誘われ、国連はイズモ計画を破棄した。遠いイスカンダルまで行く、絶望的な可能性にかけると言う。俺は、そんな無茶な可能性を信じた連中を許せなかった。そして、人々を惑わし、試しを与えて見物するだけのイスカンダル人を許せなかった。俺はイスカンダルの使者を殺そうとしたが失敗し、軍を辞めて地下都市で隠れて暮らした……」

 伊東は、そこで激しく咳き込んで血を吐いた。それでも、彼の話は続いた。

「……弟は、イズモ計画を継続する企てを聞いて、軍に残って働いてた。あいつは居住可能な星を見つけたら迎えに来るって言ってたよ。だが、俺の予想に反して、ヤマトは目的を達成して地球に戻ってきたが、弟は、旅の途中で反乱を起こした罪で営倉に入れられ、そこでガミラスの攻撃で死んだと聞かされた。弟が地球の為を思って行動したのに、そのことで罪を問われて、犬死にしてしまったことに、俺は愕然とした……」

 伊東の瞳から涙が溢れていた。

「それで決意した。異星人を信じた連中とイスカンダル人に復讐し、弟の無念を晴らすと。それから、何年もかけて、ガミラスやイスカンダルに恨みを持つ仲間を集め、この計画を立てた。上手く行くと思ったんだがなぁ……」

 伊東は、だんだんと力尽きようとしていた。

 そこに、いつの間にかユリーシャが立っていた。星名は、傷の痛みで険しい表情をしていたが、彼女の顔を見て少しだけ優しい顔になった。

「ユリーシャ様、勝手に来てはいけないって言ったじゃないですか……」

 ユリーシャの表情は、決然とした意思を持っていた。

「伊東。私が、本物のイスカンダルのユリーシャ」

 伊東は、その細い目を見開いた。

「じゃぁ、さっきの別人だという話しは……本当だったのか……」

 ユリーシャは、伊東の手をそっと握った。

「あなたの弟の、本当の最後を私は知っている。あなたに、その時に私が見たこと、聞いたことを伝えたい」

「俺に触るな、異星人め……」

 その時、伊東は、ユリーシャの手を通じて見た。

 どこかの異星で、弟とユリーシャが連れだって歩いていた。弟は、ユリーシャを庇って致命的な怪我を負っていた。そして、ユリーシャにヤマトと地球を頼むと、そう願って死んでいった。

 そうか――。

 弟は、最後はそう願って、このイスカンダル人を信じ、そして地球を思う気持ちを託して死んでいったのか……。

 伊東は、今までやっていたことは何だったのか、と考えた。しかし、次第に意識が遠くなり、最後に何か暖かい温もりのような感覚を胸に覚えていた。

 

「死にました」

 彼の状態を見ていた隊員が言った。

 ユリーシャは、辛そうにしている星名の体にそっと寄り添った。

「彼に、何をしたんですか?」

「知っておいて欲しかったの。彼の弟がどんな気持ちだったか。それを見せてあげた」

 二人は、力尽きた伊東の顔を暫く見て、そして祈った。

 

 いつの日か、このような争いをせず、誰もが生まれが異なっても信じ合い、わかり合える日が来るようにと――。

 

続く…




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大使の憂鬱9 秘めた想い

宇宙戦艦ヤマト2202とは別の世界線を歩んだ宇宙戦艦ヤマト2199の続編二次創作小説「大使の憂鬱」です。「白色彗星帝国編」の続編になります。


 岬百合亜は、星名が入院している病院を訪れていた。

 一階は、弾痕が辺り一面に残っており、激しい戦闘があったことを窺わせていた。

 百合亜は、本当に彼が足の怪我だけで大丈夫だったのか心配して、艦隊の仕事を休ませてもらって、ここに駆けつけて来ていた。

 受付で病室を確認すると、五階の部屋だと教えてもらい、エレベーターに乗った。五階に着くと、地球連邦防衛軍の制服を着た人々が多数いて、彼らに、百合亜も身分証明を求められた。

 そうして、病室のある部屋に辿り着くと、彼女は部屋を覗いた。

 星名がベッドで寝ており、包帯を巻かれた足が天井から紐でぶら下がっていた。

 ベッドの脇には、一人の女性がおり、後ろ姿しか見えなかった為、百合亜は誰だろう、と疑問に思っていた。そのまま病室に入らずに、影から様子を窺っていると、何やら二人は楽しそうに会話をしていた。何の話しか聞こえなかった為、仕方なく百合亜は部屋に入って行った。

「百合亜、来てくれたんだね?」

 星名が、すぐに百合亜に気が付いて声をかけてきた。

「もー、心配したんだから。本当に大丈夫?」

 そう言いながら、百合亜は、そこにいる女が誰なのか、近付いて確認しようとした。

 すると、女が振り返った。百合亜が予想もしなかった、ユリーシャがそこにいた。

「ゆ、ユリーシャ? 何でこんなところにいるの?」

 百合亜は、今回の事件で、大使らの救出作戦があったのは知っていたが、ユリーシャは要人扱いなのにもかかわらず、こんなところで星名の見舞いをしているのを不思議に思っていた。

「お久しぶり。百合亜。彼には沢山お世話になったので、お見舞いにきたの」

 百合亜は、ユリーシャの横にあった椅子を引いて、彼女の隣に座った。ユリーシャも、星名も、微笑を浮かべており、特に変わった様子は無かった。

「ありがとう、ユリーシャ。ねぇ星名くん。私、休暇を取ったから、ずっと看病してあげられるからね」

 星名は笑っていた。

「足の怪我だけで、大したこと無いから、そんなにずっと居なくても大丈夫だよ。せっかくだから、地球でゆっくり過ごすといいと思うよ」

 百合亜は、頬を膨らませた。

「せっかく来たんだから、毎日来るもん」

 ユリーシャは、立ち上がった。

「彼女がいるから、もう来なくても大丈夫だね」

 ユリーシャは、少し寂しそうに星名を見ていた。星名も、ぎこちない笑顔でそれに答えた。

「うん。そうだね。今までありがとう、ユリーシャ」

 百合亜は、二人の会話に幾つかの疑問がわいた。

 もしかして、毎日お見舞いに来ていた? そういえば、彼はユリーシャのことって呼び捨てにしてなかったような……。

 ユリーシャは、部屋の入り口に下がると振り返った。

「じゃぁね。彼女と幸せにね」

 そう言って、ユリーシャは、笑顔で手を振って部屋を出ていった。

 それを確認した百合亜は、星名を疑惑の表情で見つめた。

「怪しい」

「え?」

「何か、おかしかった。二人とも」

 星名は、苦笑いをしていた。

「そ、そうかな?」

「まさか、浮気……?」

 星名は、慌てて両手を振った。

「そんなまさか、何にも無いって」

 百合亜は、星名に抱きついた。

「わかってるよ、そんなこと。ずっと心配してたんだからね」

 星名は、彼女の体をそっと抱いた。

「心配かけてごめんね、百合亜」

 しかし、そうしながらも、ユリーシャの寂しそうな表情が目に焼き付き、彼の胸の内は、複雑な感情に苛まれていた。

 

 ユリーシャは、六階に移動していた。今日まで毎日お見舞いに来ていたが、もう簡単には会えないと思うと彼女は寂しかった。

 六階には、ランハルトが入院しているので、その部屋を訪ねることにした。

 ベッドに寝ていたランハルトは、肺に穴が開く重傷だった為、開胸手術を受けていた。体に幾つもの管が繋がっており、完治にはほど遠いようだった。

 そして、その部屋には、ケールと雪がいた。

 ユリーシャは部屋に入ろうとして立ち止まった。

 何か深刻そうな雰囲気だったのだ。

「大使。何だか悪いことが起きる予感がします」

 ケールが暗い表情で言っていた。

 雪は、顔を赤らめて咳払いをしていた。

 ランハルトは、そんな雪の様子を黙って見ていた。

「それで、話したいことと言うのは何だ?」

 ランハルトは、痛みが酷いのか、あまり声に力が無かった。

「ランハルト。実は私には……」

 雪は、そこで言い淀んだ。好意を寄せてくれた彼には、どうしても伝えなければならなかった。雪は、意を決して言った。

「婚約者がいるの」

 ランハルトは、目を見開いていた。

 ケールも、やっぱりと思って目をきつく閉じていた。

 ランハルトは笑い出した。

「何を言い出すかと思ったら」

 雪は、ランハルトが何を言い出すのか、気になって、伏せていた顔を上げた。

「勘違いをさせたようで、すまなかった」

「は?」

「地球には、吊り橋効果、という言葉があると聞いた」

「はぁっ?」

「一時の気の迷いということだ。気にさせてすまなかった」

 雪は、真っ赤になって憤慨していた。

「な、何よそれ。せっかく気を使って、ちゃんと話さなきゃって思ってたのに」

 ランハルトは、雪と反対の方を向いて、表情を見られまいとした。

「別に、俺が誰をどう思おうが俺の自由だ。婚約者に大切にしろと言っておけ。そうしなければ、俺が……」

「え?」

「……何でも無い」

 そこまで聞いて、ユリーシャは部屋に入って行った。

「ユリーシャ!」

「ユリーシャ様!」

 ランハルトは、彼女の方を向いた。

「ユリーシャ様。ご無事で何よりです」

 ユリーシャは、笑顔でランハルトに言った。

「ランハルトの言うとおり。誰をどう思おうが、それは自由だよね」

 ユリーシャは、星名を想いながら、呟いた。

「……私も、そう思う」

 

続く…




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大使の憂鬱10 エピローグ(最終回)

宇宙戦艦ヤマト2202とは別の世界線を歩んだ宇宙戦艦ヤマト2199の続編二次創作小説「大使の憂鬱」です。「白色彗星帝国編」の続編になります。


エピローグ1

 

 その後――。

 

 ガミラス護衛艦隊の半数は、ユリーシャの帰還に伴い、出航準備を進めていた。既に、そのユリーシャも、メルダの艦に乗っていた。

 

「玲。それでは、暫しお別れだな」

 ガミラス駆逐艦の艦長室で、メルダは山本に最後の連絡をしていた。その彼女の背後では、ユリーシャが楽しそうに、地球から持って帰って来た様々なお土産を広げて眺めている。

 端末のスクリーンに小さく映る山本は、少しだけ寂しそうな表情をしている。

「もう、しばらく会えないかも知れないな。地球とガミラスは遠い。とても……」

 メルダも、そう言われて、少しだけ寂しそうに目を伏せた。

「デスラー大使が頑張ってくれれば、数年以内に国交が正常化するだろう。そうなれば、民間交流も始まる。いつかまた機会があるだろう」

 後ろで聞いていたユリーシャが一言ぽつりと言った。

「古代と雪の結婚式で呼ばれるかもよ? そうしたら、またすぐに会えるかも」

 メルダは、驚愕してユリーシャを振り返った。

「け、結婚式……?」

 ユリーシャは、鏡の前で地球で購入した衣服を取っ換え引っ変えして、どれを着てみようか考えているようだった。

「あ、でもランハルトはどうするのかな……」

 メルダは、考えたくも無い話題だったので、その話を無視することにして、山本の方を向いた。しかし、そのスクリーンの向こうの山本も、何故か真っ青な表情をしていた。少しだけ不思議に思ったメルダだったが、この話題は止めようと心に決めた。

 少しだけ、他愛もない会話を二人は交わした後、最後の別れを口にした。

「では、玲。またな」

 山本も瞳を真っ直ぐにメルダに向けて言った。

「ああ、またな。元気でな」

 通信を切ったメルダは、少しだけ感慨に耽っていたが、意を決して立ち上がった。

「ユリーシャ様。それでは、艦を出航させて来ます」

「後で行くー」

 ユリーシャは、相変わらず鏡の前にいる。

 メルダは、黙って艦長室を出ようとしたところへ、ユリーシャが声を掛けた。

「終わったら、一緒にお着替えするんだからね」

 メルダは、少し困ったような表情をして顔を赤らめた。

「は、はあ。では、後ほど」

 そう言い残して、メルダは艦長室を出ていった。

 後に残されたユリーシャは、持っていた地球の衣服をテーブルにそっと置くと、先程メルダが使っていた端末の方を眺めた。

 あの端末で通信をすれば、すぐに希望の接続先に連絡をつけることが出来るに違いない。ユリーシャは、ゆっくりと端末に近づいて操作を始めた。

 そして、地球連邦防衛軍のとある宛先を選択して、接続した。通信が繋がる間、しばしの間があった。

 その間に、ユリーシャは、百合亜の姿を思い浮かべた。彼女の身体の中で一緒に過ごしていた時間、彼女の想いや希望、将来の夢などの感情を思い返した。

 叶うはずもないことなのに、これ以上、星名と百合亜に迷惑を掛けることは出来ないと思い留まった。そして、寂しそうに暗い笑いを浮かべたユリーシャは、接続中の通信を切断した。

「二人の幸せを祈ろう。いつの日か、私にもきっと、いい人、出来るから」

 ただ今は、彼をそっと想い続ける。それは、その人に与えられた自由なのだから――。

 

 

エピローグ2

 

 彼は大きく息を吐き出して、持っていたお見舞いの果物や花などを執務室のデスクの上に乱雑に置いた。

 

 彼は、長い数ヶ月の入院生活を終え、ようやく大使館に帰って来たのだ。ある程度回復してからは、病院のベッドで書類仕事とケールを通じた指示を大使館員に出していたが、これから本格的に公務を再開することになる。

 既に、ユリーシャの滞在期間は過ぎ、彼女はイスカンダルに帰っていって地球にはいなかった。

 あの事件も、マスコミが大きく報道したため、ガミラス人に対する反感などが、今も地球人の間には根強く残っていることを彼は知ることになる。

 彼らが、あの病院を占拠できた理由も大きく報道されていた。軍の衛生面を統括する組織の長が、ガミラス排斥運動の黒幕だったのだ。彼は逮捕され、これから裁判が待っている。

 

 ランハルトは、かごに入った果物を取り上げ、匂いを嗅いだりしていた。赤や黄色やオレンジの様々な果物がかごには入っていた。

 そのうちのオレンジ色の果物の匂いを嗅いでみると、ガミラスにもある果物に似た匂いがしていた。

 彼は、それを食べてみようと、暫し部屋を見回して考えるが、明らかに果物を切るナイフ等の道具がなさそうだった。

「失礼します」

 そこに、ケールがドアを開けて入ってきた。

「デスラー大使。明日から復帰ですね。退院、おめでとうございます。この後はどうされますか?」

「ああ。さすがに今夜は部屋で寝るだけだ」

 ケールは、ランハルトが持っている果物を確認して、にっこりして頷いた。彼は、かごから同じものをもう一つ取ると、目の前で剥いて見せた。

「大使、道具は必要ありません。手で剥けるんですよ。便利ですよね」

 ケールが、これからいたずらを始める子供のような笑顔でランハルトにみかんを差し出した。

 ランハルトは、少し赤面してばつの悪い思いをして、それを受け取った。

「では、私はこれで。明日からよろしくお願いします」

 そう言って、彼は部屋から出ていった。

 ランハルトは、小さく頭を振った。

「やれやれ。相変わらずよく気が利くガキめ」

 悪態をつきながらも、彼はケールが剥いたみかんを食べてみた。

「うん、甘い」

 

 

宇宙戦艦ヤマト2199 大使の憂鬱

 

完――。

 




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