ハリー・ポッターと銀髪の少女 (くもとさくら)
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入学前
始まり


ヴォルデモートは死んだ。

 

今、ここに戦いは終わった。   

 

激しい戦いの舞台になったホグワーツの戦いに終止符が打たれた。

 

 

 

 

 

 

─────闇に勝ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

あちこちで歓声が湧き、お互いに抱き締め会う人が大勢おり、怪我を心配し合っていた。

 

それでも人々は皆、満面の笑みを浮かべていた。

 

 

 

カタンッ

 

 

 

ある一人の少年が手に持っていた杖が、音をたてて床に落ちた。

 

ハリー・ポッター。

 

彼はそのままガクリと膝を崩しうつ伏せに倒れ込んだ。

 

「───終わった……」

 

戦いが始まってからずっと張り詰めていた糸がプツリと切れた。

 

 

 

皆に守られて生きてくることが出来た。

 

 

 

皆に守られた命だった。

 

 

 

いったい何人の魔法使いが、この結末を僕が迎えるためだけに命を失ったのだろう。

 

 

 

きっと、それは、数えられないくらい。

 

 

 

それなのに僕は何が出来た?

 

 

 

彼らに何をした?

 

 

僕に関わった大勢が死んだ。

 

 

ヘドウィグも

 

 

ムーディも

 

 

ドビーも

 

 

フレッドも

 

 

セドリックも

 

 

トンクスも

 

 

ルーピン先生も

 

 

ダンブルドア先生も

 

 

母さんも

 

 

父さんも

 

 

シリウスも

 

 

───そして

 

スネイプ先生も…

 

 

 

 

名前をあげたら限りがない。

 

 

 

僕は……僕はただ…ただ守られていた。

 

 

きっとその人たちにも大切な家族がいて、きっとその人たちも愛されていて…。

 

その人の死を悲しむ人もいっぱい居るはずなんだ。

 

 

 

ヴォルデモートは居なくなった。

闇は消えた。

 

 

 

でも、それを成し遂げるためだけに彼らは死んだ。

 

───後悔はしていないだろうか。

 

 

自分に関わったせいで彼らは死んだ。

 

 

───僕を恨んでいないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

もう。英雄でいるのは疲れた。

 

 

 

 

 

なにもしていないのに英雄だと崇められるのは耐えられなかった。

 

 

苦しかった。

 

 

本や新聞に載っている自分を見る度に叫びたくなった。

 

 

──僕は英雄なんかじゃないと

 

 

 

 

 

 

 

全身が痛い。デスイーターやヴォルデモートとの戦いでハリーは全身に傷を負っていた。

 

 

 

「あぁ……。」心も、体もじくじくと痛み涙がとどめなく溢れる。

 

「ハリー?!」ハリーの異変に気が付きジニーが駆けつける。

 

「ああ…ハリー?!なんて怪我…!」ジニーが慌てて鞄を漁るも、既に用意してあった治療薬は底をついていた。

 

「そんなっ!やだ!!ハリーッ!!しっかりして!」ジニーがハリーにすがりつくようにして泣き、杖で治癒魔法を掛けようとするが、ジニーの魔力も限界で、大きな効力はなかった。

 

「ハーマイオニー!皆っ!!どうしよう!このままじゃハリーが!」

 

皆がジニーのその叫ぶような声にわらわらとハリーの元へと駆けつけ息を飲んだ。

 

ハリーの周りには既に血溜まりが出来ており、誰が見てもハリー・ポッターの命はそう長くなかった。

 

「ジニー…」掠れる声でハリーがジニーを呼んだ。

「ハリー!!しっかりして!お願い!死なない「もう………いいんだ…。」

 

「もういいんだよ………ジニー……。」

 

ハリーは傷だらけの手でジニーの頬を撫でた。

 

 

「君が……無事でよかった…──。」

 

ジニーの瞳から流れ出た涙がハリーの手を濡らす。

 

 

「泣かない…でよ……ジニー。……笑って。幸せに……なるんだ……。好きになってくれて…ありがとう」

 

ハリーが震える指先でジニーの涙を拭った。

 

「「ハリーっ!!!」」

 

人混みを掻き分けてハーマイオニーとロンがやって来て、ハリーのそばに膝をつき、二人がかりで治癒魔法をかけていく。

 

だが、それは到底ハリーの全身の傷には追い付かない。

 

「やめてよ……。二人とも……、」

 

ハリーがふんわりと笑ってそれをやんわりと止める。

 

 

「僕は…もういいんだ。十分だよ……。英雄は…もう……必要ない。なんにもない僕と…、親友でいてくれてありがとう。幸せになってね………。二人は、僕の自慢だ」

 

ハリーはくしゃりとした笑顔を二人に向けた。目尻からは一筋の涙が伝った。

 

「あ……あ…。もう……終わりみたいだ………」

 

視界がだんだんと白くなっていく。

 

不思議と痛みは感じなかった。

 

「やだっ!!!!なんでっ?!何であなたがっ!!!」

 

すべてが真っ白になる直前。

ハーマイオニーの悲痛な叫びが聞こえた。

 

だんだん体に重みが圧し掛かって、上手く息ができない。意識が遠のく。

 

薄れていく世界で、ハリーは願った。

 

もう一度…やり直せるのなら…。

 

 

──僕が皆を守る……。救う─。

 

 

 

 

 

 

 

「──ありがとう」

 

 

 

命の炎が消える直前。

 

ハリーは小さな、小さな声でそう呟いた。

 

 

─────────

───────

───

──

 

 

 

「ここは……」

 

目が覚めるとそこは知らない部屋であった。

 

ハッ、と我に帰りガバッと体を起こして、左、右、と見たあと自分の手じっと見て、自分の額に手を当てた。

 

 

「────え…?」

 

 目覚めたハリーがまず目にしたのは、病室の白い天井――ではなかった。天井ではない何かに頭上が覆われていた、横にもカーテンのような布が垂れている。

 

(これは……天蓋付きベッド……?)

 

 

 

 

白い壁、窓に掛かった薄いピンクのカーテン。

見覚えのない机やクローゼット等のアンティーク調の家具。ベッドの周りに置かれたたくさんの可愛らしいぬいぐるみ。

 

 

そして高い声。

 

自分の声じゃないみたいな声。

 

激しい困惑に襲われる。

 

全身の傷がない。

 

当然痛みもない。

 

体が軽い。

 

身長が縮んでいる…?

 

 

 

 

───ついさっき。

 

 

いや、今さっきまで僕はホグワーツでヴォルデモートと戦っていたはず…。

 

「ヴォル……デモート……?」

 

そう口にした途端、ハリーは激しい寒気に襲われた。

 

「うっ、、、」

 

激しい頭痛。

 

吐き気。

 

体の芯が蝕まれるような悪寒。

 

ハリーは状況を理解しないまま気を失い仰向けに倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティアラ…、目が覚めた…?」

 

 

ふっ、と意識が暗闇から浮き上がり薄く開いたまぶたの向こうに人影が見える。

 

 

ぱちんぱちんと数回まばたきをしていくとその輪郭はだんだんと線になっていく。

 

 

 

 

「……ティアラ?」

 

 

 

 

「っ……?!」

 

 

 

「ああ、ティアラ……!よかった……目が覚めたのね…」

 

 

 

その女性の姿を目に捉えた瞬間、ハリーは身動きがとれなくなっていた。

 

 

ベッドの脇にいた女性はハリーのことを抱き締めていたのだ。

 

 

状況を全く理解できていないハリーは、ただ口をパクパクするしかない。

 

 

「……ティアラ。本当によかった…!」

 

 

───ティアラって誰?

 

そもそもなんだこの部屋は?

 

僕は何をしていた…?

 

 

考えようにもガンガンと変な頭痛に襲われて思考がうまくまとまらない。

 

 

「ティアラ…?どうしたの?」

 

 

何も言葉を発っさない僕を不思議に思ってか、僕を抱き締めていた女性は絡めていた腕を手解き今度は肩に手を置いた。

 

 

「……え……っと…。」

 

 

──ここはどこですか

 

 

──ティアラって誰ですか

 

 

──あなたは何者ですか

 

 

──みんなはどこですか

 

 

──ヴォルデモートはどうなったんですか

 

 

聞きたいことが一斉に溢れ出して、喉の奥で詰まり、目の前の景色がくしゃりと歪む。

 

「……っ…、」

 

頬に体温と同じ温度の水が流れているのを感じて、あわてて手の甲でそれを拭った。

 

「ティアラ…、?……大丈夫よ。どうしたの…?ゆっくりでいいから話して…?」

 

優しい声が降ってきて、一気に気が緩み自制が出来なくなる。

次々と涙が溢れだし押さえられなくなって頭の中心が熱くぼぅ、と滲んだ。

 

「……っ……。…あ、なたは…誰?……みんなはどこですか…?」

 

「……え?」

 

「……?…お願いします…。教えてください…。ロンは…?ハーマイオニーは…?……ここは…どこですか?」

 

 

 

「……ティアラ?大丈夫?」

 

 

「………?」

 

 

「私の事わかる??ティアラ?どうしたの?」

 

 

その女性はだんだんと必死になっていくようだった。

 

「…わ、かりません」

 

「……!」

 

「どなたです…か…?」

 

 

 

「……っ…そんな……、……待ってて。ルークを呼んでくるわ」

 

 

 

 

 

 

 

ひとり部屋に取り残されたハリーには状況を理解することはできなかった。

 

 



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時巻軸の矛盾

 

 

 

その女性はマリアといった。

 

 

ルークと呼ばれた男性は白衣を着ていた。話の内容を聴いた限り聖マンゴで働いている『この体』の父親だ。

 

 

 

 

 

これが現実なのだとしたら

 

 

 

こんなことはありえない

 

 

 

記憶が他の人に乗り移るなんて

 

 

 

 

でも…治療を受けている限りそうとしか思えない。

 

 

 

 

混乱した。

 

 

 

 

信じられなかった。

 

 

 

 

 

あの戦いのあと、友達たちがどうなったのか知りたかった。

 

 

 

 

でも、どうやって?

 

 

 

 

 

 

娘が突然、あの戦いについてあれこれ聞いたらさらに混乱するだけではないか。本にも全く載っていない。

 

 

 

目が覚めてから数日後、状況をやっと整理したハリーは『父』がいる書斎のドアを叩いた。

「どうぞ…ってティアラか」

 

「こ、んばんは…」

 

「どうした」

 

ルークは立ち上がり椅子を引いてくれる。  

 

ハリーは《ティアラ》と呼ばれたことに動揺しつつも、おとなしくそこに座るとゆっくりと口を開いた。

 

「話を…話を聞かせてもらえませんか…?…その……あなた方の娘の話を。ティアラ・ヴァレンタインのことについて」

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

  

 

 

 

 

 

 

───まさか

 

そんなの、 ありえない──

 

 

 

ふらふらと書斎から出るとハリーはその場に座り込んだ。

 

 

ありえない

 

 

ありえない

 

 

ありえない…

 

 

 

そんな…

 

 

 

 

──戻っているなんて。

 

 

 

だったら…あれはなんだったのか

 

 

 

あの長くて苦しかった人生は。

 

 

 

皆が死んでいったのは。

 

 

 

すべて──すべて夢だったのか。

 

 

 

 

 

 

ハリーは気がついてしまったのだ。

 

 

 

 

 

話しているとき、彼の机の上にあったカレンダー

 

 

 

 

それがいつを指しているのか

 

 

 

 

ハリーは気がついてしまった。

 

 

 

 

 

あの戦いがどんな本を見ても書いていない理由を。

 

 

 

 

 

知ってしまった。

 

 

 

 

 

今の時間軸が大きく歪み、矛盾していることに

 

  

 

 

 

          今 が、

 

 

 

 

   "僕"がホグワーツに入学する一年前

 

 

 

    1990年10月31日だということを

 

 

 

 

 

 

バチンッ!という音と共にティアラの姿がハロウィン一色に染まるゴドリックの谷に現れる。

 

それと同時にティアラはその場に崩れ落ちた。

 

「はぁっ……、はっ、………」

 

おそらく彼女の身体が姿現しという上級魔法について行けていないのだ。

 

 

 

それはそうだ。つい昨日までは魔法界に生まれ、すくすくと成長していたまだ魔法学校にも通っていない一人の少女の体なのだから。

 

 

 

ハリーはあることを確認するために、ここに足を運んだ。

 

 

姿現しは難しいが感覚を覚えさえすれば使える呪文だ。書斎を出た足で人気のない部屋に向かいこの呪文を使った。

 

ハリー、もといティアラは何かに取り付かれたようにふらふらと立ち上がり、おぼつかない足取りで記憶の通りに雪道を進んで行く。

 

 

 

「──あっ…た…」

 

 

 

ハリーがそう呟いたのはリリーとジェームズの墓の前にたどり着いた時だった。手でお墓に積もった雪を払うと、ハリーは乾いた笑い声をあげてその場にへなへなと座り込む。雪を含んだ風がティアラの白銀の髪をさらい、コートに白い雪の装飾をつける。

 

 

 

 

ハリーは光のない目で震える自らの手を見つめた。

その手の震えが寒さによるものからなのか、はたまたあの戦いがもう一度起こることに対する恐怖からなのか、ヴォルデモートがまだ存在することによる不安からなのか──自分自身に問いかけてみても答えは出ない。

 

「っ、、…もう…一度………っ?」

 

ハリーは光の宿らない目で雪の降る空を見上げ、暗い空に向かって叫んだ。

 

「………あなたはっ、…!──あなたはもう一度あの悪夢を見ろと言うのですか?!ハリー・ポッターとして生き、幾度も命の瀬戸際に立たされ続けた!どこへ行っても英雄と唄われ、心休まる場所は親友達の隣だけだったっ!!」

 

それはだんだんと悲嘆へと変わって行く。

 

「今度は記憶を持ったままティアラ・ヴァレンタインとして生きろと?!もう……!もう、うんざりだ……っ、!」

 

頬を伝った涙がポタリと墓石へ落ち、雪を溶かす。

 

もう人が死ぬのを見たくない。

 

二度と大切な人を失いたくない。

 

──英雄なんかじゃない

 

魔法のない世界で、なにも知らず平凡に生きたい。

 

この願いはそんなにも叶わない願望なのだろうか。

 

ハリー・ポッターが死ぬとき。

 

それはこの記憶の死も意味していたはずで、二度とこの記憶に主ができることはあってはいけないはずで──。

 

すでにこの体はティアラ・ヴァレンタインとして8年生き、ティアラを大切に思う大切な家族だっている。

 

 

このからだに宿る大切な思い出だってあるはずで…。

ティアラが『ティアラ』として生きていくはずだったのに。

 

 

ハリー・ポッターの記憶がいっそのこと目覚めなければよかったのに──。

 

 

へたりこんだままなにも考えられずにいると、墓場の入り口あたりから雪を踏む音が聞こえてきた。

 

 

 

 

さく、さく、とゆっくりとした足音で、それでも確実にこちらに向かって来ている。

 

 

 

 

 

ティアラは回らない頭でどうにか体を動かし、ふらふらと立ち上がり、そちらに体を向ける。

 

 

さく

 

さく

 

さく────。

 

 

 

その足音は顔が見えるところでピタリと止まった。

 

 

 

 

「───っ…?!」

 

ティアラはその足音の主の顔を見上げると言葉を失い、若草色の瞳から一粒の涙を流した。

 

その涙は頬を伝たり真っ白な雪に吸い込まれる。

 

「────ス…ネイプ…先生…?」

 

視線の先には、白百合を持ち、真っ黒なローブに身を包んだスネイプ先生が、呆然と立っていた。

 

 

「先生……が、、生き……て…る……?」

 

 

 

──じゃあ──

  

 

 

 

 

「──救える…?」

 

 

 

 

ポツリと呟いた言葉は相手には届かず、降り積もる雪に掻き消さた。

 

 

 

それでも、別の人物として過去に戻ったという現実は耐え難く、簡単に受け入れることができるものではなかった。

 

 

 

ティアラ(・・・)の涙に濡れた若草色の瞳は、スネイプを見たまま、現実を拒否するように首を横にふるふると振り、呟く。

 

「………、……もう一度なんて…っ!…そんなの…、!」

 

スネイプから逃げるようにじりじりと後退し、コンッ、とかかとがお墓に当たったところでティアラは我に帰った。

 

「……、!」 

 

ティアラは姿眩ましでヴァレンタイン邸へ向かった。

 



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ダイアゴン横丁

月日は流れ私は先週11才の誕生日を迎えた。

 

 

ティアラ・ヴァレンタイン。

 

記憶の限り、『前』はそのような名前の子はいなかった。この世界では、あのロウェナ・レイブンクローの直系の子孫とされている。

ヴァレンタインの血を引くものは美しい銀色の髪を持っていた。

 

 

母であるマリアが現在の当主。マリアは血の通り銀色の髪に青い瞳だったがティアラは違った。

銀色の髪に若草色の瞳を持っていた。

 

そう。ハリーのような、綺麗な緑色の瞳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の早朝、私は何かが窓を叩く音で目を覚ました

 

 

「ん・・・?」

 

 

起き上がり目を擦ながら窓の方を見ると梟が嘴で窓を叩いている。

 

 

──あっ

 

 

 

一瞬で状況を理解したティアラの眠気は一気に消し去り、ベッドから飛び降りて窓を開けた。

 

すると眩しいくらい真っ白なふくろうが羽を整えながら部屋のなかに入ってきた。

 

どうやら誇り高い性格らしい。

そのかわいらしい姿に思わず微笑んだティアラは"お疲れ様"と声を掛けて真っ白な羽を華奢な指でそっと撫でた。

そしてその嘴に咥えている手紙をそっと受け取りティアラは一つため息をついた。

 

「ついに……始まる…」

 

不思議そうに首をかしげた梟にもう一度微笑むと"ありがとうね、さあ、もうおうちに帰って" と小声で声を掛ける。

 

するとその梟はそれが分かったかのように開け放たれた窓から勇ましく飛び立った。  

 

 

 

梟が飛び立ったのを確認してティアラは一つ呪文を唱えた

『コロポータス(扉よ閉まれ)』

すると窓は音一つ立てずにしっかりと閉まった。

 

独学で魔法の練習を1年。

 

 

呪文は勿論のことハリーの時には練習不足で使えなかった《同時複数呪文》も1年の月日をじっくりと練習に当てられたことにより習得済みだ。

 

 

ホグワーツでの緊急事態のとき、自分がどれだけ人の役に立てるのかは未知数だ。

 

 

これからやるべきことはまだまだある。

 

ホグワーツではなにが起きるか解らない。

最も安全で、最も危険な場所。

だから入学前に万全の状態にしておきたかった。

そして私にはホグワーツ魔法学校でしなくてはいけないことがある。

それは滴り落ちる数多くの命を救うこと。

ハリーはもちろん。

シリウスも。

フレッドも。

そして…リリーを、母を最後まで愛した僕が知っている中で最も勇気を持っている人。

彼を救わなかったら過去に生まれ変わった意味がない。

 

 

 

 

 

 

 

──私は皆を救いたい

 

 

 

──ううん。どんな手を使っても絶対に救う

 

 

 

──そのためならこの命を差し出してもいい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

───

 

 

──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「母様、私ダイアゴン横丁へ行かなくっちゃ」

 

扉を開けてリビングに入ったティアラが封筒の中に入っていた一枚の紙を取り出し、マリアに手渡した。

 

 

──────────────────

一年生は次の物が必要です

 

・制服

 

 普段着のローブ三着(黒)

 

 普段着の三角帽(黒)一個 昼用

 

 安全手袋(ドラゴンの革またはそれに類するもの)一組

 

 冬用マント一着(黒、銀ボタン)

 

*衣類には名前をつけておくこと

 

 

 

・教科書

 

 全生徒は次の教科書を各一冊準備すること

 

 「基本呪文集(一学年用)」 ミランダ・ゴスホーク著

 

 「魔法史」 バチルダ・バグショット著

 

 「魔法論」 アドルバード・ワフリング著

 

 「変身術入門」 エメリック・スィッチ著

 

 「薬草ときのこ千種」 フィリダ・スポア著

 

 「魔法薬調合法」 アージニウス・ジガー著

 

 「幻の動物とその生息地」 ニュート・スキャマンダー著

 

 「闇の力―護身術入門」 クエンティン・トリンブル著

 

 

 

・その他学用品

 

 杖(一)

 

 大鍋(錫製、標準、2型)

 

 ガラス製またはクリスタル製の薬瓶(一組)

 

 望遠鏡(一)

 

 真鍮製はかり(一組)

 

 

 

*ふくろう、または猫、またはヒキガエルを持ってきてもよい

 

*一年生は個人用箒の持参は許されないことを、保護者はご確認ください

 

──────────────────

 

「あらまあ懐かしい!」マリアが手紙を手に取る。

「明日にでもみんなで行こうか」と新聞を読んでいたルークが顔をあげて言った。

 

ティアラは久しぶりのお出かけに心を踊らせ、うん!と答えた。

 

 

───────────

────────

─────

───

 

 

「ダイアゴン横丁だ…!」そこへ着くとティアラは跳び跳ねるように喜び駆けていく。

もう二度と見れないと思っていたのに。と嬉しさを堪えきれず笑みをこぼす。

「ティナ、怪我しないように!」はしゃぐ娘を心配して、ルークがティアラに向かって言う。

 

「あなた、私は食材を買ってくるわね。ついでに教材も買っておくからあの子をオリバンダーの店に連れていってあげて?例の杖を準備してくれているはずだから」

 

「わかった。君も気を付けるんだよ」

 

そういって二人は別れ、ルークはティアラの手を引いて杖屋へと向かった。

 

『オリバンダーの店 紀元前382年創業』

 

「杖ならここが一番だからね」重たいドアを開けてティアラを中へと促す。

 

中に入ると前回と同じようにどこか奥の方でチリンチリンとベルが鳴った。

店内には天井近くまで整然と積み重ねられた何千もの細長い紫色の箱の山がある。

その一つ一つから別々の魔力が溢れ出ていて主が来るのを待っているようだった。

「いらっしゃいませ」

柔らかな声に顔をあげると目の前の老人と目があった。

 

 

オリバンダー翁は白髪の小柄な魔法使いだった。

 

「これはこれは、お久しぶりですなルーク・ポッター殿、おや、こちらは?」 

 

「お久しぶりですオリバンダーさん。今の名前はヴァレンタインですよ。この子は私の娘です。」

 

 

ティアラは杖選びに胸を踊らせていたがオリバンダーの言葉に思考が停止する。

 

「パパ…?今、《ポッター》って言った?」

 

「ああ、ティナにはまだ言ってなかったかな?私の旧姓はポッターなんだよ。ルーク・ポッター」

 

ルークはなんでもないような顔をして言った。

 

「──ルーク…、ポッター……」

 

 

───まさか…そんな繋がりがあったなんて…

 

ティアラが驚いているとオリバンダーさんは嬉しそうに話し始めた。 

 

「そうですか…そうですか。確かあなた様の杖は楓でしたかな?ヴァレンタイン…ということは…マリア殿ですか…ほうほう…。…いやはや、時が経つのは速いものですな」長い独り言をオリバンダーが呟いている間にティアラは気持ちを落ち着かせていた。驚いたけれどそれで何かが変わるわけではない。

 

 

 

もしかしたら探していないだけでもっと親戚が居たのかもしれない。そしたらハリーがあんな扱いを受けることは───。

  

 

 

「それで、ティアラ殿の杖腕はどちらですかな?」これでもかというほど顔を近づけてオリバンダーが聞いた。

 

「……!み、右です」

一旦考えていたことを止めて杖に集中することにする。

 

「おっと、オリバンダー爺?、この子に合う杖は準備してあると、前におっしゃっていましたよ」

 

ルークがやんわりとオリバンダーに伝えると「ああっ!」とオリバンダーはしわしわの片手で自分の頭を掻いた。

 

「これはこれは、ルーク殿。すっかり忘れておりました。年を取るとだめですなぁ。只今取って参ります」

 

そう言ってオリバンダーは動く梯子に乗って店の奥へ消えてしまった。

 

「私もねティアラ、オリバンダーさんにこの杖を選んでもらったんだよ」ルークが胸ポケットから深い茶色の杖を取り出して言った。

 

「きっとティアラには、あの杖が合うはずだよ」

 

「あの杖?」

 

「ヴァレンタイン一族が代々使ってきた杖だ。君のお祖母様も使っていた杖でね、最も美しい杖って言われてるんだ。僕も見たことがないけどね」

 

「どうしてここにあるの?お母様はどうして使っていないの?」

 

「マリアは今の姿からは想像が出来ないくらいやんちゃだったんだよ、昔はね。」

 

懐かしそうに目を細め、ははっ、と笑いながら続ける。

 

「自分の杖は自分で作る!って言って一ヶ月杖作りの師匠のところに通い詰めて、本当に自分の杖を作ってきたんだよ」

 

「じゃあ、あの杖は自分で?」

 

「そうだよ、後でじっくり見せてもらうといい。」

 

 

 

「ティアラ殿!お待たせいたしました!こちらでございます。」

 

しわくちゃな手に乗っていたのは美しい装飾が彫られた真っ白な木箱だった。

 

「どうぞ、お開けくだされ。この箱は、マリア殿とティアラ殿にしか開けられませぬ。」

 

その箱が手渡され、ティアラはゆっくりとその蓋を持ち上げた。

 

「わぁ……」

 

それは、前世でも見たことがないほど美しい杖だった。

夜空のような黒の杖に星のようにキラキラと輝く小さな宝石が埋め込められ、持ち手には豪華な装飾が施されその中心に大きな宝石がひとつ填まっていた。

 

「全魔法界でも5本指に入る傑作の杖でございます。お手にとって見てくだされ。セフィロトの杖。別名夜空の宝石。言い伝えによるとその杖の芯はクリスタルで出来ているそうでございます。その昔、ヴァレンタイン家に家族と命を救われた私の先祖が最後に残した杖です。頑丈で振りやすく、闇の魔術には向かない。」

 

ティアラがそっとそれを持ち上げるとその杖は命を吹き返したかのように輝きを増した。

 

杖のオーラと自分の中を流れている暖かなものが合わさり、強い流れを生む。力強く、暖かい光がティアラを包み込み、からだの中に消えた。

 

懐かしい感覚に思わず笑みがこぼれる。

 

「ブラボー!!おめでとうございます。ティアラ殿。貴女に魔法の祝福がありますよう。」

 

「おめでとうティアラ。これで君も魔法使いの仲間入りだね」

 

「オリバンダーさん!お父様!ありがとう!」

 

店の外に出ると、ちょうどマリアがこちらに向かって歩いてきているところだった。 

「ララ、あの杖はあなたに合った?」

ティアラは得意気にその杖を見せる。

「よかったわ!おめでとう!その杖でたくさん勉強するのよ」

マリアが優しく微笑み、それにつられティアラもふんわりと笑みをこぼした。

 

「さぁ、最後は制服だな」

 

『マダム・マルキンの洋装店――普段着から式服まで』そう書いてある看板の店に、三人で入る。

 

「まあ、いらっしゃい。ホグワーツの新入生かしら?」

そう藤色ずくめの服を着た、ずんぐりとした女性が愛想よく話かけてくる。

「ええ、制服をこの子の分お願いします」

「はい、わかりましたよ。じゃあ、そちらの台の上に立ってね、採寸をするから」

 

 

─────

───

記憶の限りでは二回目の制服作りを終え、夕暮れ近くの太陽が空に低くかかっていた。親子三人はダイアゴン横丁を、元来た道へと歩いた。

 

 

 

 

 



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ホグワーツ特急

 

この世界のドラコとは彼の10歳を祝うパーティーで出会った。

 

 

ヴァレンタイン家はマルフォイ家の屋敷に招待された。

「いらっしゃいませ、ヴァレンタイン家の皆様」

 

純血貴族が多く招待されるパーティーにヴァレンタイン家も招待されたのだ。

 

「あらシシー、どうしたのそんな口調で」

ナルシッサ・マルフォイとマリア・ヴァレンタインはホグワーツ時代同級生だった、と聞いていた。

 

二人が仲良さげに話しているのを見て不思議な気持ちになった。

 

「こんにちは、私はナルシッサ。あなたのお母さんにはシシーって呼ばれてるわ」

「こんにちは。ティアラ・ヴァレンタインです。」

「たしか…うちのドラコと同い年よね?」

「ええ、そういえば…今日の主役はどこにいるの?」

 

マリアがそういったのを聞いて、ナルシッサもそういえば…と辺りを見回した。

 

すると、人混みの向こうに美しいブロンドの髪を見つけた。

 

───ドラコ…?

ちらりと見えた懐かしい姿を追い、人の間を縫ってそちらに向かうとドラコと、その隣で不機嫌そうに立っているルシウス・マルフォイがいた。

 

──…叱られたのかな?

 

いくらドラコでも誕生日に目に涙を浮かべているのはかわいそうだ。ティアラはゆっくりと二人に近づいた。

「マルフォイさんこんにちは、ティアラ・ヴァレンタインと申します。」

ルシウスはティアラの白銀の髪を見てすぐに先程の表情を仮面の下に隠し、にっこりと微笑んだ。

 

「ああ、ようこそ。ヴァレンタインのお嬢さん」

「ドラコさん、お誕生日おめでとう。」

「う、うん。ありがとう…」

ドラコは正式な場所で緊張しているのか、顔つきはこわばっておりお辞儀の動きもぎこちなかった。

 

──そんなこと気にしなくてもいいのに…。

 

だんだんドラコが可愛そうになってきて、ティアラはドラコの手を取った。

 

「私たちこの9月からホグワーツの同級生ね!なか良くしましょう?」

 

わざと声を明るくしてにこりと微笑む。

 

「…き、君も?」

「ええ」

 

同級生とわかったからか、ドラコは突然元気になって、たくさんの事をはなし、教えてくれた。

 

クィディッチのこと、今の生活のこと、ホグワーツのこと。

年相応に楽しそうに話すドラコはどうしても前のドラコには重ならない。

 

きっと、これがドラコの素なんだなぁと思うと嬉しくなってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は待ちに待った9月1日。ホグワーツ入学の日だ。

「ティア!時間よ!」

「すぐ行くわー!」

ティアラは部屋の鏡で自分の顔をみて頬をパチンと叩いた。

 

「さあ、戦いの始まりよ」

 

キングスクロス駅に着き預けていたトランクを受けとると、ティアラはドラコとルシウス・マルフォイそしてナルシッサと合流した。

 

「ティア、ホグワーツでもうちのドラコと仲良くしてね」

そう言って優しく微笑むナルシッサは前世よりもほんの少し柔らかい印象だった。 

ティアラも笑って、はいっ!というと、今度はマリアがドラコに声をかけた。

「あら、それを言うならドラコ?ティアが体を壊したらすぐにベッドに張り付けてちょうだいね。この子すぐに無茶するから」にっこりと微笑んでティアラを見るマリアは無言で''無茶をするな''と圧をかけた。

「はいっ!任せてください!」とドラコも元気に返事をする。

「ですが……」ルシウスがこちらを向いてふっ、と微笑み口を開いた。

「ティアラの体調が良くなって本当によかったですな。以前のように顔色も悪くない。」

その言葉を聞いた大人4人はティアラをじっと見る。

きれいに編み込まれたヴァレンタイン家の特徴とも言える美しい銀の髪。真っ白な肌は決して"顔色が良い"とは言えないがその髪と相まって美しいと十分に言い表せることができるだろう。若草色の大きな瞳にピンク色の形の良い唇。ティアラはどこからどう見ても美少女だった。

 

だが当の本人は元々鈍感なのに加え、男として十数年生きて来た事もあり、全くといって良いほど自分自身に向けられる視線に興味がなかった。もちろん異性からの好意にも気が付けるわけがない。

自分を見つめる大人4人を逆にぽかんと見るティアラを見てマリアはため息をついた。

「なんだか色々と心配になってきたわ…、ドラコ、本当にこの子の事よろしくね」

ドラコもこの鈍感すぎる幼馴染みを見てため息をついた。

「はい。そうしますね」

 

 

「さぁ、みなさん。行きましょう。もう45分ですわ」ナルシッサの一言で一行は9と3/4番線に向かって歩き始めた。

 

────────────

─────────

──────

───

 

《プシュー……》

柱を潜り、開けた視界。

 

ティアラがそっと瞳を開けるとそこには懐かしすぎる光景が広がっていた。

 

──煙を吐く真っ赤なホグワーツ特急。

 

心地よく、懐かしいホームの香り。

 

ホグワーツ特急に乗り込む子供たちを見送る親。

 

懐かしい紅色の蒸気機関車が、乗客でごった返すプラットホームに停車していた。

 

どれもこれも当たり前の事だが、この光景がティアラに何よりの幸福感をもたらした。

 

「さて、ティア、ドラコ。前も言った通り私たちはいろいろな家族に挨拶にいかなければならない。寂しいがここでお別れだ。」ルークが言った。

「二人とも体には気を付けるのよ」マリアも心配そうに言う。

「ドラコ。マルフォイ家として恥をさらすなよ」とルシウス。

「ドラコ、元気にね」とハンカチを握ったナルシッサ。

 

マルフォイ家もヴァレンタイン家も一応、いろいろと祝辞を述べに行かなければならないらしい。 

 

「わかったわママ、パパ。必ず手紙を送るわ」

「父上も母上も、お元気で。」

 

ドラコとティアラが両親と別れると、「お嬢様、荷物をお預かりします」とホグワーツの屋敷しもべがドラコとティアラのトランクを受け取りに来た。

 

「ありがとう」お礼を言ってティアラはドラコに向き合い、どこに座るかと聞いた。

 

「1号車に部屋をとってある。そこへ行こう」

「わかった」

 

ドラコに手を引かれ、一号車のコンパートメントでドラコと一緒に座る。

 

 

窓を全開にして、大きく乗り出してみる。

 

 

その時、ホーム全体に汽車の大きなベルが鳴り響いた。

 

 

 

───汽笛だ。そろそろ出発する。

 

 

おい、危ないぞ。そうドラコが腰に腕を回してくる。

 

その行動にやっぱりドラコだってただの優しい少年なのだと思い直す。

 

 

運命に狂わされただけなのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

だがティアラはホームに目を走らせ、真っ赤に燃えるような赤毛を探す。

 

 

───いた…!

 

 

ティアラが彼らを目にとらえたのと同時に列車は滑るように発車した。

 

 

母親から離れ、走り出す列車を小さな少女が一生懸命走り、泣き笑いで手をふっている。

 

 

「ジニー…」

 

 

うっかりと口に出して自分で驚いてしまった。

 

 

ドラコが「ん?何か言ったか?」と顔を覗き込んでくる。

 

 

ティアラはそれをごまかすようにコンパートメントの中に身を引いた。

 

列車はどんどんと加速し、暫くするとキングスクロス駅の姿はほんの小さな点になる。

 

 

ティアラは、「風が入るから窓閉めるよ」と言って立ち上がったドラコの服の袖をきゅ、と握った。

 

「ねえドラコ、私できたらこの電車でお友達を作りたいの。だからドラコとは別々に乗っても良いかしら?」

 

 

それを聞くとドラコは一瞬ムッとした表情になるが、ティアラの言うことも分かるのか「わかった」と呟く。

 

 

ティアラはパァッと顔を輝かせて「ありがとう!」と美しく笑い、ドアを開けてコンパートメントを出た。

 

 

──さぁ、ハリー達を探さなくっちゃ

 

 

ティアラはひょろりとしたのっぽの後ろ姿を思い出す。

 

 

懐かしのロン。

 

 

生涯の友となる相棒。

 

 

最後までハリー・ポッターの一番の親友で居てくれた。

 

 

大切な家を燃やされ、兄弟を傷つけられ、家族を失っても、僕に文句のひとつも言わなかった。

 

 

 

ロンはただ黙ってそばに居てくれた。ハリー・ポッターが何度彼に助けられたか、もはや数えることはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

──だから僕は……それを知っている人がいないとしてもロンに恩返しがしたい。

もう二度と家族を失って涙を流している姿を見たくない。

 

 

 

 

ティアラは決意を固め、さっきジニーが手を振っていた方へと足を進めた。

 

──未来を変える。

 

そして──今度こそ守る──。

 

 

 

 

 

もう時計の針は進んでいる。ただ一直線に。

 

 

あの未来へと。

 

 

 

 

 

だからきっと、何もかもを起きなかったことにはできない。

 

 

こんなに弱いのだからもしかしたらなにも救えないかもしれない。

 

 

でも未来を知ってて見殺しする事なんか、もっとできない。

 

震える手で少し躊躇いながらもハリーとロンがいるであろうコンパートメントの扉をノックする。

《コンコンッ…》

 

『──はい、どうぞー』

 

「……!」

 

───懐かしい、あまりにも懐かしいロンの声が聞こえた。

 

最後に聞いたのはいつだったか。

 

 

ふと、さまざまな出来事が頭を過り、ドアを開けるのを躊躇する。

 

 

『ねぇハリー、ちょっと開けてみてよ』

 

 

 

ノックはあったのにドアが空かないのを不審に思ったのか、ドアが少し開き中から幼い二つの瞳がこちらを向いた。

 

 

「君も座るところがないの?ここ、空いてるから入ってよ」

 

 

 

ティアラの姿を確認するとハリーは大きく扉を開けてティアラを中に促した。

 

 

 

「ありがとう…、座るところがなくて困ってたの」

 

 

 

 

そういって部屋を見渡す。

 

…と、ティアラはコンパートメントの一点を見てピシリと固まった。

 

 

 

 

「え…?」

 

 

 

 

その視線の先には…ハーマイオニー・グレンジャー。

 

 

──彼女がいた。

 

 

突然動かなくなったティアラを3人はじっと見つめる。

その視線に弾かれるようにしてティアラは動きを取り戻す。

 

──おかしい…。…違う。

 

──ハーマイオニーと出会ったのはまだもう少しあとのはず。

 

 

 

 

ティアラは少し混乱しながらもハーマイオニーの隣、ハリーとロンの前の座席にぽすんと座り、3人を見た。

 

 

 

ずいぶんと幼く見える3人はこちらを見てにこにこと笑っていた。

 

 

 

 

「それで、君の名前は?」ロンが言う。

 

「あっ、ごめんなさい。─私の名前はティアラ・ヴァレンタインよ。よろしくね」

 

「ヴァレンタインって…君もしかして」

 

 

聖28一族の事を知っているのか、ロンが言った。

 

 

 

「ええ、一応純血よ。でも私も、うちの両親もそんなことにはこだわらないわ。どうか普通に接してちょうだいね」

 

 

 

「へぇ、珍しいね。まぁとにかくティアラ、よろしくね。僕の名前はロナルド・ウィーズリー。みんな僕の事をロンって呼ぶ。で、こいつはハリー。あのハリー・ポッターだ。」

 

 

 

少し得意気にロンは言うがハリーは困ったように眉を寄せて笑った。

 

 

 

「僕はそんな大したものじゃないよ。全然覚えてないしね。ティアラよろしくね。あ、彼女は…「ハーマイオニー・グレンジャーよ。よろしくねティアラ。仲良くしましょう」

 

 

 

ハリーの言葉を遮って言うハーマイオニーに、相変わらずだなあ、と苦笑する。

 

 

 

「ハリーにロンにハーマイオニーね?よろしく!」

ふふっ、と笑ってみんなと握手をし4人は軽い自己紹介をした。

 

ロンは自分の兄達について話し始めた。

 

「子供が4人もいるからママも大変なんだ。」

「4人兄弟なの?いいなぁ、僕には家族がいないんだ」ハリーが言った。

 

 

「ホグワーツに通うのは四人さ。ほんとは上にもう二人いて、妹も一人いる。それに、そんなに良いもんじゃないよ。期待にそうのは大変。一番上のビルは監督生で首席だったし、チャーリーはクィディッチのキャプテンだった。それに今度はパーシーが監督生だ。あいつ、夏休み中僕らにバッチを自慢してきた。それから、フレッドとジョージはみんなの人気者。イタズラばっかだけど......。それで僕がスリザリンなんかに選ばれてみろ。ほら、ホグワーツに入ると組分けの儀式があるだろ......きっとみんなの笑い者さ。」

 

 

ロンが想像したくもないと言うように顔をしかめた。

 

「じゃあ、あなたはグリフィンドールがいいの?さっき、フレッドが言ってたわ、グリフィンドールで会おうって。」とハーマイオニー。

 

「うーん、スリザリンじゃなきゃ、どこでも。でも、マルフォイとか、ノットとか......スリザリンは血を重んじるから、血を裏切るものじゃあ、そもそも、入れないかもしれないけど。」

 

「血を裏切るもの?」ハリーが聞いた。

 

「純血のクセにマグル贔屓だって、そういうんだ。」

 

「…、私はマグルも魔法族も壁隔たりなく扱われるべきだと思うわ。ハーマイオニーは?一人っ子?」

 

「ええそうよ。私の家族に魔法族は誰もいないの。だから手紙をもらったとき、驚いたわ。でももちろんうれしかった。だってホグワーツって最高の魔法学校なんでしょう?」

 

「ああ、ダンブルドア居る最高の学校さ!」

どうやら既にハーマイオニーとロンは仲良くなったらしい。

 

話しているうちに汽車はロンドンを後にして、スピードをあげ、牛や羊の居る牧場のそばを走り抜けていった。

 

四人はしばらく黙って通りすぎていく野原や小道をボーっと眺めていた。

 

十二時半ごろ、通路でガチャガチャと大きな音がしてえくぼのおばさんがニコニコ顔で扉を開けた。

「車内販売よ。なにか要りませんか?」

 

ハリーは朝からなにも食べていなかったので勢いよく立ち上がったが、ハーマイオニーも朝食は既に済ませているらしく、丁寧に「大丈夫です」と答える。

 

「私はカエルチョコレートを4つ貰えるかしら」とティアラ 。

 

「はいよ、カエルチョコレートだね?えぇと、4クヌートだよ。」

「はい」

「はい。確かに。」

 

4つの箱を受けとり、ロンとハーマイオニーとハリーに渡した。

 

「え、ティアラ?いいの?貰っちゃって」

 

「ええ。友達になった記念よ」

 

「「ありがとう!」」

 

「いえいえ、ハリーはなにを買う?」

 

「うーーん……」

ハリーは悩みながらもそれぞれを全種類買うことに決めたようだ。

 

 

ハリーが両手一杯のおやつを買い空いている席に………。

空いている席がない。

 

 

「わぁ、置場所考えずに買っちゃった…」

 

「大丈夫よ、ハリー。置かなければいいのよ」

 

「「「……?」」」

 

3人揃えて首をかしげるのに見ててと言って、荷物から杖を取り出した。

 

『ウィンガーディアム・レビオーサ 浮遊せよ』

 

そう唱えるとハリーの腕の中にあったお菓子はふわふわとコンパートメントの中にバラバラに浮かんだ。

 

「ずっけぇや…」とロンが見上げる。

 

「食べたいおやつの名前を言えば飛んで来るわよ。そうね…例えば…」

 

『かぼちゃパイ』 そう言うと上のほうでふわふわしていたパイはゆっくりとティアラの手の中に向かっていった。

 

「「すごい…」」

「ティアラ、もう魔法が使えるの?」とハリー。

 

「少しだけよ?ほんの少し」

「へぇ、すごいや。僕は全然。」

「ふふっ、ありがとう。さあカエルチョコ食べましょ」

 

その後はカエルチョコのカードの見せ合いや、百味ビーンズで盛り上がり楽しい時間を過ごした。

 

ロンがクィディッチの演説をしたり、

ハーマイオニーがレイブンクローかグリフィンドールに入りたいと言ったり、ハリーは…カエルチョコを捕まえるのが大変そうだった。

 

そんな風にわちゃわちゃしていたら車内に声が響き渡った。

 

「あと5分でホグワーツに到着します。荷物は別に学校に届けますので、車内においていってください」

 

四人は我に返り、急いで学校指定のローブに着替えた。

 

 

ハリーもロンもハーマイオニーも緊張で顔が青白い。

おやつを詰め込み通路に溢れる人の群れに加わった時には列車の速度はだいぶ落ちていた。

 

 

汽車はますます速度を落とし、完全に停車した。

 

押し合いへし合いしながら列車の戸を開けて外に出ると、小さな、暗いプラットホームだった。

 

「イッチ(一)年生!イッチ年生はこっち!」

隣にいたハリーは大きなひげ面に飛び付いた。

 

「ハグリッド!」

 

「おぉ!ハリー!元気か?」

 

「うん!」

 

「さあ、ついてこいよ──イッチ年生はいないかな?足元に気をつけろ。いいか!イッチ年生、ついてこい!」

 

滑ったり、躓いたりしながら、険しくて狭い小道をハグリットに続いて降りていった。

 

「みんな、ホグワーツがまもなく見えるぞ」

 

ハグリットが振り返りながら言った。

 

「この角を曲がったらだな」

「「「「「わぁーーーっ!!」」」」」

 

生徒から一斉に大きな歓声が沸き起こった。

 

狭い道が開け大きな湖の畔に出た。

 

向こう岸に高い山がそびえそのてっぺんに壮大な城が見えたからだ。

 

大小さまざまな棟が建ち並び、キラキラと輝く窓が星空に浮かび上がっていた。

 

「四人ずつボートに乗って!」

 

ハグリットは岸辺につながれた小舟を指した。 ハリーとロンが乗り、ティアラとハーマイオニーが続いて乗った。

 

「みんな乗ったな?!」

 

ハグリットが大声を出した。 一人で大きなボートに乗っている。

 

「よーし!では、進めっ!」

 

ボート船団は一斉に城に向かって動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先頭の何艘かが崖下に到着し、暗いトンネルを潜ると地下の船着き場に到着した。 全員が岩と小石の上に降り立った。

みんなは石段を登り、巨大な柏ノ木の扉に集まった。

ハグリットは大きな拳を振り上げて城の扉を三回叩いた。

 

 

 



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賢者の石
組分け


 

 

「新入生の歓迎会が始まりますが、その前に、皆さんが入る寮を決めます。

寮は四つ。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、そしてスリザリン。ホグワーツにいる間は、寮が皆さんの家です。良い行いをすれば寮に加点がされ、逆に悪い行いをすれば減点されます。学年末には最高得点の寮に名誉ある寮杯が与えられます。どの寮に入っても、皆さん一人一人が寮にとって誇りとなる存在になるよう望みます。まもなく全校列席の前で組分けの儀式が始まります。待っている間、できるだけ身なりを整えておきなさい」

 

そんな挨拶のしばらくあと、

 

マグゴナガル先生を先頭に、ハーマイオニー、ティアラ、ロン、ハリー、と新一年生が順々に大広間へと足を踏み入れる。

 

最後尾にいたドラコが入ったところで大広間の大きなドアは静かに閉まった。

 

在校生達は、どの子がかの有名なハリー・ポッターなのかと、首を伸ばして一行を見渡している。

 

ティアラは歩きながら、来賓席に座っている教員達の顔を見渡した。

 

 

────あぁ………!

 

 

ティアラはとっさに口元を抑えた。

 

若草色の瞳から一筋の涙が零れる。

 

 

──皆がいる。

 

 

ダンブルドア先生。

 

マクゴナガル先生。

 

フリットウィック先生 。

 

トレローニー先生。

 

そして──スネイプ先生。

 

 

 

 

ダンブルドア先生。

空色の目を細め、わずかに微笑みながら私たちを目で追っている。

 

 

スネイプ先生の漆黒の瞳は不機嫌そうにグリフィンドールの席を映していたが、すぐにハリーに視線を向けたことがわかる。

 

すると眉間にはみるみるうちにしわが寄り不機嫌さを丸出しにする。

 

表情がころころと変わるその姿を見てティアラは幸せそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

生きてるんだ……。

 

 

 

みんな、みんな生きてる…

 

 

 

今のティアラは《生きている》事がどれだけ大切なのかを知っている。

 

嬉しかった。

 

「よかった…。」

 

ティアラは一人、そうぽつりとこぼした後、気が付かれないようとっさに俯き涙を拭いた。

 

 

 

「レパロ……。ウィンガーディアムレビオーサー。アクシオ…。」

 

ハーマイオニーの隣に並び耳を済ますとハーマイオニーは、一人の世界に浸かり、なにやらぶつぶつと魔法の呪文を呟いていた。

 

多分組分けは能力別だと思っているのだろう。

そんないつか見た光景を微笑ましく思いながらティアラはハーマイオニーの耳元で囁いた。

 

「ハーマイオニー、……ハーマイオニー」

「な、なに?」

「見て、多分組分けはあの帽子がしてくれる。魔法のテストはないわ」

 

こじんまりとした木の椅子に乗っているのは懐かしい真っ黒な組分け帽子。それをハーマイオニーの肩越しに指差す。

 

「あれを被ると帽子が魔法で分けてくれるのよ」

 

するとハーマイオニーはすぐに「そうなの…?」とぶつぶつと呟くのをやめた。

 

「新一年生の皆さん、在校生もお静かに!組分けを始めます!」

 

 

 

マクゴナガル先生が長い羊皮紙の巻き紙を手にして前に進み出た。

 

 

「ABC順に名前を呼ばれたら帽子をかぶって椅子に座り、組み分けを受けてください」

 

「ハンナ・アボット」

 

ピンクの頬をした、金髪のおさげの少女が、転がるように前に出た。スツールに腰掛け、マクゴナガル先生が帽子を被せる。一瞬沈黙し……

 

「ハッフルパフ!」

 

と帽子が叫んだ。右側のテーブルから歓声と拍手が上がり、ハンナはハッフルパフのテーブルについた、

 

「ボーンズ・スーザン!」

 

帽子がまた「ハッフルパフ!」と叫び、スーザンは小走りでハンナの隣に座った。ハンナは笑顔でスーザンを迎えた。

 

 

 

 

その儀式は記憶の通り、そっくりそのまま厳かに進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ティアラ・ヴァレンタイン」

 

 

 

ティアラの前にいた人混みは横に移動し人のいない道ができた。 そこをゆっくり歩き少し視線を上げる。

 

するとダンブルドア先生も含めほとんど全員の先生が私のことを見ていた。

 

 

 

 

 

その時、やっと帰ってきた自覚が持てた。

 

 

 

──生きているんですね。先生。

 

本当に。

 

 

 

今度こそは。

 

 

 

 

 

口をきゅっと結び椅子に座った。

 

『ほぅ…これは……』 低い声がティアラの頭のなかで聞こえた。

 

『君はどこから来たのかね?』 ──え?

 

『どの未来から来たのじゃ?』

 

帽子の言葉に驚きつつティアラは静かに首をふった。

 

─………。ごめんなさい。それは言えない。でも私にはやるべきことがあるの。

 

 

 

『ふむ…では、君自身はどちらを望む?』

 

 

 

《 どちら 》 つまりグリフィンドールかスリザリン。

 

 

──私は………わかんない。わからないんです。

 

私には……。

 

ずっと考えてた。ずっとずっと。でも、わからないんです。

 

 

『ふむ、これはわからなくても無理はない。 実際儂にもわからん。』

 

 

──………私は…どうするべきなんですか?

 

 

帽子の外からはざわざわし出した生徒たちの声が聞こえる。 時間のかかりすぎている組分けに興味を持っているのだ。

 

 

『儂が決めていいのかね?後悔はしないのかね?』

 

──するかもしれない。でも……。

 

『わかった。では……これを提案しよう。

君の本質はグリフィンドールだ。そこへゆけばあなたが傷つくことはない。だが、救えるのも最小限。

本質を犠牲にしてスリザリンを選ぶのならば君が傷つき命の危険にもさらされる。それを脱するのは君の力次第だ。そして命を救うチャンスにも恵まれる。そのチャンスを生かすのも君次第だがな。

さあ、どうする?』

 

──今のを聞いて決心がついた。ありがとう。

  帽子さん。

 

 

『そっちを選ぶと思っていたよ。命を大切にするんだよ』

 

 

──ええ。本当にありがとう。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スリザリンッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い長い組分けの時間が終わりティアラはまだ誰も一年生が座っていないスリザリンの席へ向かった。 そこは美人の純血がやって来た!と大喜びだったがそれに気がつくティアラではない。 そういう事に関しては超が付くほど鈍感なのだ。

 

教員団はロウェナ・レイブンクローの子孫であるヴァレンタイン一族の娘がスリザリンに入ったことに衝撃を受けざわついていた。

 

「ようこそスリザリンへ、歓迎するよ」

 

監督生のPバッチを付けた高学年の先輩がティアラを途中まで迎えに来てくれた。

 

「君はヴァレンタイン家だね」

 

「歓迎しよう。君たち!スリザリンに入ったティアラ・ヴァレンタインだ」

 

「「「ヴァレンタイン、よろしく!」」」

 

「「よろしくティアラ!」」

 

「「歓迎しよう!」」

 

 

 

それからすべての新一年生の組分けが終わり、 アルバス・ダンブルドアが立ち上がった。

 

 

腕を大きく広げ、皆に会えるのがこの上もない喜びだと言うようににっこり笑った。

 

「おめでとう!ホグワーツの新入生よ、おめでとう! 歓迎会を始める前に、二言、三言言わせていただきたい。それでは行きますぞ!

 

そーーれ!

 

わっしょい!

 

どっこらしょい!以上!」

 

ティアラの右隣には1個上の先輩、左隣にはドラコそして前には同学年のシャルルが座った。

 

「私はティアラ・ヴァレンタインよ、よろしくね」

「ドラコ・マルフォイだ。ティアラとは幼馴染みなんだ」

「私は シャルル・ジェラルド。シャルって呼んで」

シャルの隣、ドラコの前には黒髪の少女が座っていた。

「 ニカ・グラニャよ、よろしく。シャルとは旧友なの 」

 

今しがた気が付いたことなのだがスリザリンの生徒はほとんどがみんな美しい金色の髪を持っていた。 もちろん多少の例外はいる。 これも純血志向の影響なのだろうか。

 

うん。みんないい子そう。

 

ハリーの時に抱いていたスリザリンへの考え方は偏見だったと今更ながら反省した。

 

「「「わぁ!」」」

 

生徒全員から歓声が沸き起こった。

 

クラス編成が終わり目の前にある大皿が食べ物で一杯になっていたのだ。

 

ローストビーフ、ローストチキン、ポークチョップ、スラムチョップス、ソーセージ、ベーコン、ステーキ、ゆで卵、ケチャップ グリルポテトフレンチフライ、豆、人参、サラダ。

そしてなぜかハッカキャンディー。

 

これは…ダンブルドアの仕業かな?

 

ダンブルドアに視線を向けるとダンブルドアは人差し指でハッカキャンディーをつまんで口に放り投げ目が合った私にパチンッ!とウィンクををした。

 

「ふふっ、、」 私が思わず笑ってしまったのに素早く反応したのはドラコだ。

「どうした?」

「いえ、何でもないわ、この料理とっても美味しいわね!」

「あ、ああ…、」

 

ん?ドラコのいつもは白い頬がピンクに染まっている。

 

「ねえドラコ?熱あるの?顔が赤いわよ?」

「なっ!!!だ、大丈夫だ!ちょっと暑いだけだ!」

「あら、そう?そうでもない気がするけど…」

 

この会話を聞いていた前に座るニカとシャルは顔を見合わせ声のない会話をした。

 

『ねぇシャル?』 『なにニカ』 『この子、鈍感なのかしら?』 『そうとしか考えられないわね』 『そうよね』 『ドラコが気の毒だわ』

 

 

 

 

 

ティアラの腰まで届く柔らかな白銀の髪は絹のように輝き、歩くたびにサラサラと揺れる。

 

肌には染み一つなく、触れればまるで赤ん坊の肌のように柔らかい。 足はスラリと長く、手は指の先まで見ても無駄がない。柔らかな儚ない瞳は美しい緑で透き通っており、形の整った小鼻に桜色の唇。

 

ふんわりと笑うだけでその周りに花が咲いたような暖かさになるのだ。何をしても様になる。

 

ティアラは"美少女"だった。

 

ドラコが顔を赤くするのも納得がいく。

 

──まぁ、どれもこれも本人は気がついていないが…。

 

同じ女のニカとシャルルから見てもティアラは可愛い。しかもそれを鼻に掛けることがないのだから憎めない。

 

 

 

そこでテーブルの下から血みどろ男爵が急に出てきた。

 

「「「わっ!」」」

 

『ごっほん!さてスリザリンの新入生諸君、儂こそが血みどろ男爵。スリザリンのゴーストだ。スリザリンは6年連続で寮杯を取っている。この記録を途絶えさせないように』

 

まるで脅迫のような言い方に新入生はコクコク頷くことしかできない。

 

「男爵、そこら辺にしてください。新入生が驚いているでしょう」

 

Pバッチの生徒がそう声を掛けると男爵はさっさと地面のしたに消えてしまった。

 

「ねぇ、君たちはクィディッチ、どのチームが好き?」

 

ドラコが話を持ちかけると全員が食いついた。

 

「僕はアイルランドナショナルチーム!あのチームは最高さ!」

「あらドラコ!私の好きなチームもアイルランドナショナルチームよ?!」

「本当かい?シャル?」

 

3人がクィディッチの話で盛り上がっているときティアラは再び来賓席を見上げた。

 

マクゴナガル先生はダンブルドア先生と話していた。 ハグリットは大きなゴブレットでグビグビ飲んでいる。 クィレル先生はどぎまぎしながらもデザートを口に運んでいた。 スネイプ先生は相変わらず土気色の顔をしていた。心配になるほど。

 

そのまま動いているスネイプ先生を見ていると、さっと先生が視線を上げてこちらを見た。

 

「っ………!」

慌てて視線を逸らそうとしたけど彼の暗色の目に捕らわれて目をそらすことができなかった。

 

その時、ダンブルドア先生が立ち上がり、いくつかの注意と知らせが入った。

 

そこで金縛りは強制的に解けた。

 

ダンブルドアの話はまとめるとこうだ。

 

禁断の森に入ってはならない事。

 

廊下で魔法を使わない事。

 

クィディッチのチームに入りたい人はマダム・フーチに連絡する事。

 

そして死にたくなければ4階右側の廊下に入らぬ事、と。

 

最後に生徒全員での校歌斉唱が行われ、全員がそれぞれの寮へと案内されていった。

 

寮へと続く石階段を下りながら、ティアラが考えるのはこれからの授業の事だった。

今の段階でこんなことになっていたら魔法薬学の授業はまともに受けられるのだろうか。

 

頬を両手でぺちん!と叩いて気合いをいれた。

 

──ヴァレンタイン・ティアラ!しっかり!まだ始まったばかりよ!

 

 

 

 

 

「さあ新入生諸君。ここが我らがスリザリンの談話室だ。」

 

Pバッチの生徒──クリストバル = バルデラー が重そうな扉を開けた。

 

「「「わぁ…」」」

 

新入生から本日3度目の歓声が上がった。

 

そこはグリフィンドールの談話室とは比べ物にならないほど広い空間と高価そうな家具が並べられていた。

 

──水中洞窟みたい…。

 

その印象は、削り痕も荒々しい石壁と、大きな窓から望む湖底の景色から受けるものだった。ホグワーツ城の土台部分にあるスリザリンの談話室は、城に面した湖の底に接している。

 

今は、水を通り抜けてきた夕焼けの光が、ゆらゆらと談話室に模様を描いていた。

 

真ん中におかれた暖炉には様々な表彰状や昨年取ったのであろう寮杯トロフィーが飾られていた。

 

「これらの家具は皆の親や卒業生から頂いたものだ。手荒に扱って壊さないように。

 

右の階段は女子寮。 左の階段が男子寮に繋がる。 女子は男子寮に入れるが男子は女子寮には入れない、注意すること。 自分の部屋は寮の前に名簿があるから各自確認すること。 シャワールームは各寮の奥にある。 説明は以上だ。質問があるものは後から私のところに訪ねてくるように。 ──では今日は解散。」

 

一気に説明されみんな頭が混乱していたが取り敢えず寮前の名簿を確認することになった。

 

 

 

 

 

 

《ガチャッ》

 

 

ティアラが部屋に入るとそこにはすでにルームメイトであろう2人がソファーに座っていた。

 

「ティアラ!」

「ニカ?シャルまで!」

 

つい先程まで大広間で話していた二人が部屋の中にいた。

 

「うれしいわ!これからもよろしくね!」

「こちらこそ!」

 

 



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セブルス・スネイプ

上質のベッドから気持ちよく目覚めシャワーを浴びると、部屋に備え付けられたソファーには、既にニカとシャルが私の事を待っていた。

 

「ティア、おはよう」

 

「おはよう」

 

ニカとシャルとは本当に気が合った。 二人とも純血だけど完璧な純血主義者じゃない。 それに二人と話すのはグリフィンドールの生活を思い出すことができてとっても楽しい。

 

朝食を済ませ寮を出たとたん、ハリーについての噂がホグワーツ廊下中を飛び交っていた。

 

「全く…ハリー、ハリーって!落ち着きのない…!迷惑よね」

 

二人は純血主義者じゃないけどグリフィンドールの事は毛嫌いしている。

 

「まあすぐに静かになるわ、ね?」

 

「そうね。そんなことより校内の地図を覚えなくっちゃ!この学校広すぎよね!?」

 

 

 

そう。

 

ホグワーツには142もの階段がある。

 

広い壮大な階段。

 

狭いガタガタの階段。

 

金曜日にはいつもと違うところへつながる階段。

 

真ん中辺りで毎回一段消えてしまうので忘れずにジャンプしないといけない階段。

 

 

 

扉も色々ある。

 

正確に一定の場所をくすぐらないと開かない扉。

 

丁寧にお辞儀をしないと開かない扉。

 

扉のように見えるけど実は何でもないただの壁のもの。

 

それにここでは物というものが動いてしまう。

 

例えば 肖像画の人物もしょっちゅう訪問しあっているし鎧だって歩ける。

だからそれも目印に使うことができない、覚えるのを大変にするひとつの理由だ。

 

 

 

確かに新一年生には慣れるのにとてつもない努力が必要だろう。

 

苦労した覚えがあるからニカが怒るのもわかる。

 

だがティアラはすでに6年をここで過ごしたことがあるのだ。多少は抜けてしまっているとはいえそこを補充するだけであとは迷わずに歩ける。

 

 

それから3日が経過し今日はティアラが待ちに待った授業がある日だ。

 

マクゴナガル先生の変身術と 

 

スネイプ先生の魔法薬学だ。

 

もちろんティアラにとって一年生の最初の授業など目をつぶって1㎞離れていても出来る内容だ。

 

つまりただ単にその二人に会いたいだけ。 

 

 

 

 

 

 

変身術の教室に入り、みんなが揃った。

 

するとすぐにマクゴナガル先生は変身術の説明を始めた。

 

「皆さんおはようございます。変身術ではホグワーツで学ぶ魔法の中でも最も複雑で危険なもののひとつです。いい加減な態度で私の授業を受ける生徒は出て行ってもらいますし、二度とクラスには入れません始めから警告しておきます」

 

…説明…というよりは脅し…?

 

それから先生を机を豚に変え、また元の姿に戻して見せた。 生徒たちは感激し早く試したくてうずうずしていた。

しかし家具を動物に変えるようになるまでにはまだまだ時間がかかることがすぐにわかった。複雑な板書をノートに写した後、一人一人マッチ棒が配られそれを針に変える練習が始まった。

 

ティアラの目標は《目立たない》だ。

 

もちろん最初に成功するのだけは一番避けたかった。が、いくらが授業の終盤になっても…誰一人成功しなかった。

 

そして授業の終わりかけ、先生の前で一人一人やることになる。

 

「どうぞ、ミス・ヴァレンタイン」

 

「あ…えっと………」

 

「やって見せてください」

 

ティアラがマッチ棒に向かって杖を振ると一瞬でマッチは美しい装飾入りの銀色の針になった。変身術は苦手でも得意でもなかったけど、1年生の最初の呪文を失敗する方が無理難題だ。

 

「…!これはこれは…!」

 

「皆さん!見てください!ミス・ヴァレンタインが成功しましたよ!」

 

すると生徒たちはわらわらと私の周りに集まってきた。

 

───今度はもっと慎重にしないと…

 

その後滅多に見ることができないマクゴナガル先生の笑顔を見ることができてこれもこれでよかったと思ってしまったのはティアラだけの秘密だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ティアラは昼休憩を早めに終わらせグリフィンドールの寮の入り口でハリー達が出てくるのを待っていた。

 

魔法薬学の授業が始まる前にハリーに言わなくてはいけないことがあったのだ。

 

3分ほど待ったところで肖像画がパッと開きハリーとロン。そしてハーマイオニーが出てきた。

 

 

「「「ティアラ!?」」」

 

「ハリー、ロン、ハーマイオニー。久しぶり。私のこと、覚えてる?」

 

冗談混じりに挨拶をするとハーマイオニーがばっと飛び付いてきた。

 

「ティア!会いたかったわ!」

 

「私もよハーマイオニー」 

 

ハーマイオニーを受け止めて背中越しに心配そうにしている二人を見た。

 

「ティアラ、寮は大丈夫?」とロン。

 

やはりそこをとても心配しているらしい。

ハーマイオニーがパッと離れて同じように心配そうな顔をした。

 

「そんな顔しないの!大丈夫!上手くやってるわよ?みんないい子だしね。 でも噂に聞いた通りグリフィンドールとの仲は最悪ね…」

 

今話しているこの瞬間にも緑のローブを着ている私に向けられる視線は刺々しい。

 

「ティア…あのね!僕らで話してたんだけど、やっぱり僕おかしいと思うんだ。ティアがスリザリンのはずがない。だからさダンブルドアとかマクゴナガル先生とかに言って「ハリー」」

 

一気に捲し立てたハリーの言葉を静かに遮った。

 

「ハリー?言ったでしょ?私は心のどこかでここの寮がいいと思ってたのかも知れない。それを帽子が判断しただけよ」

 

「…でも…。」

 

「大丈夫!さあ!ハーマイオニーもロンもそんな顔しないの!さあ、次の授業の予習しましょ?スネイプ先生はおっかないらしいわよ」

 

 

 

 

 

ティアラがわざわざここに来たのはそれが目的だった。

 

おそらく今回もスネイプ先生はハリーに質問を出してくるだろう。 全問正解とはいかなくても1問くらいは正解してほしい。

 

 

だけど正直あのときなんて質問をされたのかあまり覚えていない。

 

 

──覚えてたら答えを教えればいいだけなんだけど…

 

 

「いいアイデアね、早めに教室行って予習しましょう!」

 

それから四人で魔法薬学の教室へ向かい教科書を開いて予習をした。基本問題を中心に。

 

 

 

 

授業が始まるまであと五分になりパラパラとスリザリンとグリフィンドールの生徒が部屋にやって来て視線が気になりはじめた頃、ハリーが素晴らしいお誘いをしてくれた。

 

「ねぇ、ティア、ロン、ハーマイオニー。この授業が終わったらハグリットにお茶に誘われてるんだ。よかったら一緒にどうかな」

 

「え、いいのかい?」

 

「もちろんさロン!ハーマイオニーとティアは?」

 

「私も行ってもいいの?スリザリンだけど…」

 

「スリザリンだからって怖がるなってティアが言ってたじゃないか」

 

「…、そうねハリー、ありがとう。私もお邪魔させてもらうわ。ハーマイオニーは?」

 

「とっても残念だけど今日は図書室に行きたいの。ごめんなさい」

 

「…残念ね……」

 

「ごめんなさい。ハリー、また誘ってね」

 

「うん!もちろん!じゃあねティア。またあとで!…って言っても教室は同じだけどさ」

 

「ふふっ、そうね。じゃあ」

 

ティアラがスリザリン側の席に座るとすぐにニカとシャルがやって来た。

 

「ティアラ!もう来てたのね?心配したわ」

 

「ごめんなさい…、先生に質問があって先に来ちゃったの。先生居なかったけど…」

 

「そうだったのね…」

 

シャルが右に、ニカが左に着席したところでバンっ!とドアが開きスネイプ先生が入ってきた。

 

早くもハリーに向けられた冷たい視線にこの頃から嫌われていたと改めて思い知り、 胸がきゅぅーっ、と痛くなったのに知らない振りをする。  

 

バンッ!と教科書を机に置くとスネイプ先生はおもむろに口を開いた。

 

「さて。このクラスでは杖を振り回すような馬鹿げたことはやらん。そこでこれでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。 フツフツと沸く大釜。ゆらゆらと立ち上る湯気。人の血管の中をはいめぐる液体の繊細な力、 心を惑わせ感覚を狂わせる魔力……。この見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である。ただし、我輩がこれまでに教えてきたうすのろ達より諸君がまだまだましであれば…の話だが。」

 

スネイプ先生の大演説のあとクラスの大半はぽかーんと口を開け、意識が明後日に飛んでいた。

 

 

 

 

とスネイプ先生が突然「ポッター!」と呼んだ。

 

それにより全員の意識がここに戻ってくる。

 

 

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」

 

「あ、えっと…」

 

頑張ってハリー!

 

「ね、眠り薬?」

 

ハリーが不安げに答えるとスネイプ先生は器用に片眉をあげいかにも意外そうな顔をした。

 

「ほう、ではポッター、もうひとつ聞こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたらどこを探すかね?」

 

あ…、これは…

 

そっとハリーに視線を向けるとやはり頭の上に『?』が3つ浮かんでいる。

 

「わかりません。」ハリーが答えた。

 

「ふむ。我らが新しいスターはクラスに来る前に教科書を開いて見ようとは思わなかったのかね?え?」

 

ハリーは冷たい目で一生懸命スネイプの事を睨み付けていた。

 

──私ってこんなに反抗的だったのね……まあ先生も先生だけど…

 

さあ、最後の質問だ。

 

「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンの違いは?」

 

「え、ち、違い?」

 

しまった。さっきやったのはアコナイトについてだ。どれもトリカブトの事を指しているのだがハリーは恐らくそれを知らない。

 

「…わかりません…」

 

「ふん、有名なだけではどうにもならんらしい」 「………」

 

ハリーが下を向いたまま何かを言っている

 

「…?」

 

スネイプ先生が、それに気がついた。

 

「…ティアなら、ティアなら答えられます!」とハリーが叫ぶように言った。

 

「へ?!」思わず喉から変な声が飛び出した。

 

「ふむ。ではミス・ヴァレンタイン。答えられるのかね?」

 

「……あ、え……えと…最初の質問の答えは…ハリーの言った通りです。その眠り薬はあまりに強力なため『生ける屍の水薬』とも言われています。ベゾアール石は山羊の胃から取り出すものです。大抵の毒の解毒剤となるもの。 3つ目の質問の答えはモンクスフードとウルフスペーン、そしてアコナイトは全部おんなじ植物。トリカブトです。

 

…合ってますか?」

 

「正解だ。君はしっかり予習をしていたらしい。スリザリンに5点。しかし君たちはなぜ今のを全部ノートに写さないのだ?」

 

すると一斉に羽ペンと羊皮紙を取り出す音がした。 その音に被せるように先生が言った。

 

「ポッター、予習不足でグリフィンドールは一点減点」

 

ようやく本格的な授業に入ることができ私はドラコとペアを組むことになった。

 

「よろしくね、ドラコ」

「ああ」

 

 

この授業ではおできを直す簡単な薬を作る。ハリーが高学年の時にやっていた調合に比べると難易度が比べ物にならない。

 

「さて、最初に諸君には調合の準備をしてもらう。干しイラクサを計り蛇の牙を砕け。量は黒板にかいてあるからしっかり見るように。では始め。」

 

その声にあわせてみんながそれぞれの机で準備を始めた。

 

ドラコもさすがというべきか、会話のレベルが高くて話しやすい。そして驚くほどサクサクと調合が進んだ。

 

あとは瓶に詰めるだけ、という段階になり、ティアラがふと周りを見渡すとネビルが大鍋の上に山嵐の針を持ち入れようとしている姿が目に飛び込んできた。

 

「あっっ!!!それ入れちゃダメっ!」

 

そう言って駆け出しネビルの腕を掴んだときにはすでに針が大鍋に落ちていっている途中だった。

 

『プロテゴッ!(防御せよ)』

 

《ガチャーーンッ!》

 

ハリー達は、誰かが聞いたことのない呪文を唱える声と、何かが割れる音を同時に聞いた。

 

 

地下牢いっぱいに強烈な緑の煙が広がりシューシューという大きな音が広がる。

 

濃い煙が晴れると、ティアラとその後ろで震えているネビルがいた。

 

「ネビル!怪我はない?!」

ティアラはサッと杖をローブにしまい、振り返る。

「だ、大丈夫…、ありがとう……」

真っ青な顔をしたネビルはロボットのように固い動きで頷いた。

 

「何があった!」

部屋の向こうからスネイプ先生がカツカツと足音を響かせてやってきた。

「ひっ、、!」

 

 

散らばった鍋の破片、真っ青なロングボトムの様子を見て何があったかを察する。

 

 

「…誰も怪我はないな。ネビル・ロングボトム…貴様は罰として次の授業までに失敗した理由を羊皮紙2枚に纏めておけ。」

 

――そして…と言葉を続けたスネイプは…

 

「聞きたいことがある。ヴァレンタイン、来なさい」

 

「…え…?」

 

クラスの大半は驚いたかのようにスネイプの顔を見た。

 

スネイプが言った言葉に驚いたのだ。

 

彼は今ネビルではなくティアラを呼び出した。

 

 

この状況からいって罰せられるのはネビルだろう。なぜティアラが。

 

 

「お言葉ですが先生。ティアラはその子を助けたように見えました。ティアラに非はありません。」

 

一連のことをみていたシャルがもっともな事を質問する。

 

 

「誰が罰すると言った。聞きたいことがあるだけだ。ヴァレンタイン、さっさと来い。他の者はレポートを提出し各自解散すること。」

 

 

先生はそう言ってまた杖を一振りし鍋を消すとすぐに教室を出た。

 

「じゃあ…行ってくる…」

 

その後ろを不安そうなティアラが続いて部屋を出た。

 

 

*

 

「…あの…「長々と話すつもりはない。」」

 

冷たい廊下に腕を組もたれ掛かっていた先生のところに駆けると突然そう言われた。

 

「え」

 

「守護呪文を使ったのはお前か?」

 

「しゅ、ご…呪文…ですか」

 

「そうだ。」

 

先生は杖を取り出すと小さくプロテゴと唱え、目の前に半透明の盾を作り出した。

 

それは一目みただけで明らかに上質なものだとわかった。

盾に見惚れていると先生はバッとそれを消し「あんなに近距離にいたにも関わらず怪我がないとは信じられん。呪文を唱える声が聞こえた気もした。お前か?」

 

「……いえ、──先生。私、ついこの前入学したんですよ、その呪文、上級呪文ですよね?私には到底扱えません」

 

先生。

 

私はこれから先生に嘘を沢山付きます。

 

 

許してください。

 

 

どうか。

 

 

どうか許してください。

 

 

 

「っ……」

 

 

 

先生が突然ハッと息を飲んだ。それに私も我に帰る。

 

 

「……もういい。帰れ」

 

「…はい……」

 

 

 

振り返り一目散にみんなのもとへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は予定通りハリーたちとハグリットのところに向かって、ハグリットを紹介してもらった。

 

色々話を楽しく聞いて気がついたらすぐに夜になってしまった。

 

「ハグリット、楽しかったわ。ハリーと一緒にまた来てもいいかしら?」

 

「ああ!もちろんだ!お前さんみたいなスリザリンは初めてだよ!」

 

「ありがとう。これからもよろしくね」

 

ハリー達と城へ戻る道は暖かく、懐かしく、心地のいいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

それから二日後、スリザリンの談話室の掲示板の前に、一年生の人だかりができていた。

 

「なにかしら」

「行ってみましょ」

 

ニカとシャルと人だかりに近付き、紙を目で追うと、隣にいた二人がはぁ、とため息を漏らした。 ─────────────────

 

飛行訓練は木曜日に始まります。

 

グリフィンドールとスリザリンの合同授業です。

 

─────────────────

 

「グリフィンドール!ってことはこの前ティアラを怪我させかけた子が居るじゃない!」 

 

「もうシャル!あれはなんでもなかったじゃない」

 

「だからティアラは優し過ぎるのよ!」

 

「そうよ、ティアラ。あのネビルって子がちゃんと先生の言ってる事をちゃんと聞かなかったから!」

 

周りにいた子達も私たちの会話に気がついたのか、そこはあっという間にグリフィンドールの悪口を言う大会になっていた。

 

「ストップ!もうやめて」

 

ティアラがそう叫ぶと今までのざわめきが嘘のように静まり返った。

 

「そんなことを言っても何も始まらないわ」

 

「…………」

「ね?」

「……うん。飛行訓練は楽しみましょうか」

「ええ!」

 

ティアラがくしゃりと笑った。 そこにいた男子達が顔を赤らめたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

魔法使いの家の子はみんなひっきりなしにクィディッチの話をした。 ニカはそうでもなかったが、特に男子、その中でもドラコは暇さえあれば他の男子たちと大論争をやらかしていた。箒に乗るの全員が楽しみにしているのだ。

 

木曜日の朝、ティアラはハリーとハーマイオニーとロンとネビルと朝食を食べる約束をしていた。 ハリー達と仲の良いティアラはすでにグリフィンドールの中でも《スリザリンらしくない子》として有名だった。

 

だが、血筋や普段の立ち回り、美しい顔立ち、そしてティアラの優秀さはスリザリン内でも認められており別にティアラがグリフィンドールと仲良く話していても特に咎めるものは居なかった。

 

5人で話しながら豪華な朝食を食べているとき、めんふくろうがネビルのおばあさんから小さな包みを持ってきた。 ネビルは嬉しそうに包みを開け中から見覚えのあるガラス玉を取り出した。

 

「『思いだし玉』だ!ばあちゃんは僕が忘れっぽいってこと知ってるから──何か忘れてるとこの玉が教えてくれるんだ。見てて、こういうふうにぎゅっと握るんだよ。もし赤くなったら…あれ…」

 

突然中に入っていた煙のようなものが真っ赤に光だした。

 

「…何かを忘れてるってことなんだけど…」

 

何を忘れてるのか忘れたや、とネビルが頭を捻る。

 

ティアラは視界の端で近づいてくるドラコの姿をとらえた。

 

「ねえネビル?私も握ってみてもいいかしら!」

「ああ勿論だよ!」

「ありがとう」

 

ティアラが玉を手に持つと同時にドラコがハリー達の後ろを通った。

 

「あらドラコ!みて!ネビルの思い出し玉!とっても面白いのよ?」

 

「…そうか。」

 

そう呟くとドラコはつまらなさそうにそのまま離れていった。

 

「なんだ、あれ」と唖然としたロン。

 

「へんなの」同じような反応のネビルとハリー。

 

「ティアラ、見てみて、これ。」そんなことはお構いなしに『クィディッチ今昔』を読んでいるのはハーマイオニーだ。

 

 

 

 

その日の午後。ティアラ、ローズ、アーネの三人は飛行訓練を受けるため正面階段から校庭へと急いだ。 校庭につくとスリザリン生は居るもののグリフィンドールの生徒は一人もいなかった。

 

「あら?今日って合同授業よね?」

 

「グリフィンドールはいつもギリギリなのよ」 そんな会話が聞こえてきてティアラは少しだけ前の人生を反省した。

 

それから10分後、無事にグリフィンドールの生徒も揃いマダム・フーチがやって来て訓練が始まった。

 

最初の段階の『上がれ!』で箒が上がったのはハリーとティアラだけで二人は顔を見合わせてふふっ、と笑い合った。 それをドラコが恨めしそうに見ているのには誰も気がつかなかった。

 

そして事は起きた。 フーチが地面を蹴るときのカウントをしていた最中にネビルが思いっきり地面を蹴ってしまったのだ。

 

 

 

「「「ネビル!」」」

 

 

「こら!戻ってきなさい!」先生の大声をよそに、ネビルはシャンパンのコルク栓が抜けたようにヒューと飛んでいった。

 

──ぐんぐんと高さが上がっていくにつれネビルの顔も真っ青になっていった。

 

「っっ、このままじゃ!」

 

ティアラは居ても立ってもいられずに強く地面を蹴った。

 

「ヴァレンタインまで!」

 

そう叫ぶ先生の声が聞こえたけど今はそれどころじゃない。

 

──大丈夫。うまく乗れてる。

 

これでも前はクィディッチのシーカーだったのだ。

 

箒には手慣れている。

 

2、3秒でネビルと同じ高さに着いた。

 

「ネビルっ!いい?!落ち着いて聞いて!」

 

「し、ティアーーーー!!!」

 

「ネビル!いい?そのまましっかり掴まって柄を水平に保っ「うわぁぁぁぁーーー!!」」

 

「っっ!!!」

 

ティアラが言い終わらないうちにネビルは箒の柄を離してしまった。 声にならない悲鳴をあげ、ネビルは箒から真っ逆さまに落ちていく。

 

 

ティアラは片手で柄を真下に向け急降下しながら、片手でローブから杖を取り出しネビルに向かって呪文を唱えた。

 

『アレストモメンタムッ!(動きよ止まれ!)』

 

するとネビルはだんだんとスピードを落とし無事に、急降下してやってきたティアラにキャッチされた。

 

ネビルは気を失っているだけで全くの無傷だ。

 

「ああ、ミス・ヴァレンタイン!無事ですね?!よかった。」

 

先生は他の生徒の方に向き直った。

 

「私はこの子を医務室に連れていきますから、その間は誰も動いては行けません。わかりましたね?」

 

二人が声の届かないところにいったとたんドラコが大声で笑いだした。

 

「あいつの顔見たか?あの大まぬけの。またティアラがかばっていたじゃないか!」

 

他のスリザリン生もはやし立てた。

 

「そうだぞ!2回目じゃないか!」

 

「ティアが怪我したらどうする!」

 

 

 

「ごらんよ!」 マルフォイが草むらから何かを拾い出した。

 

そのあとは大体前と一緒だ。

 

ハリーはシーカーに推薦され、そわそわと落ち着きがなくなったことが目にとれる。きっと、クィディッチの練習が始まったのだろう。

 

ネビルが怪我をしなかったこと、そして歴史の流れが変わっていないことに安堵し、ティアラは落ち着きのないハリーを見守った。

 



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ハロウィンの夜

 

 

 

空が高くなり、やや肌寒い風が秋を運んできた。10月の終わりに近づいたホグワーツ城では、着々とハロウィンの準備が進んでいた。

 

ハロウィーンが近づいていることもありティアラはどうすれば先生とハーマイオニー達を危険から遠ざける事ができるのか考えてるため、部屋に籠ることが多くなった。

 

窓から差し込む夕日が本を読んでいたティアラの横顔を照らす。

 

少女には似つかわしくない美しさがにじみ出ていた。ティアラは肩にかかる色素の薄い髪を払うと、その視線をそっと伏せた。

 

あれからいつくかの授業がありその度に先生たち評価されている。

スリザリンにしたら寮点がたくさん入って良いことかもしれないが、 ハリーだった時は決して勉強ができる方ではなかったし、今だってハリーのときの経験があるからできるだけ。

 

努力しているハーマイオニーや友人たちを見るとなんだかずるをしているみたいで心苦しかった。

 

「……」  

 

ふぅ、とひとつ息をつきハロウィンのことに集中しようと軽く頭をふった。

 

フラッフィーは音楽を聴くと眠りに落ちる。

先生が怪我をしないためには眠らせるのが一番手っ取り早い。

先生が部屋にたどり着く前に眠らせておく? でもそんなことしたら犯人探ししそう。

 

バレてしまっては元も子もない。

 

そしたら先生にオルゴールをプレゼントする? でもそんなことした理由がわかったら…。

 

その前にプレゼントを渡す理由がない。

クリスマスとかだったら誤魔化せるけど。

 

やっぱり立ち会ってばれないようにプロテゴをかけて急いでハリー達のところに行くしかないのかな……。

 

でも──どこまで自分の体が実戦魔法を使うのについて行くのかわからない。

 

 

ティアラは結論のでない問いに1つため息をついてシャル達がいるであろう談話室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハロウィーンの朝、ティアラは早く起きて友達に配るための人数分のクッキーとパイを作っていた。

 

 

手際よく進めるティアラの足元では背の低いホグワーツの屋敷しもべ達がみんな、ティアラの手の動きを目でおっている。

 

 

「あの、ティアラ様、我々にも何かお手伝いを……」

 

 

 

「大丈夫よ。お菓子作りは、自信があるの。前にハーマイオニーに叩き込まれたから。ありがとう。いつも忙しいでしょう?あなた達が作るご飯。とっても美味しいわ」

 

ティアラは生地をかき混ぜる手を一旦止めてしゃがみこみ、目線をおんなじにして"ありがとう"と言った。

 

「「うわぁーーーーん!!!」」

 

「わわっ、ど、どうしたの?」

「我々にそんなに優しくしてくださるスリザリンは今まで一人たりとも居りませんでした!ティアラさまぁーーー!!!」

 

突然多数の小妖精達が泣き出しティアラに抱きついてきた。

 

「あらら、…」

「ティアラさまぁぁーーー!!!」

「……ふふっ、、」

ティアラは大きく手を広げ、後ろの方で羨ましそうに見ていた子達も誘い、そっと抱き締めた。

 

またまた本人は気がついていないがこの出来事によってホグワーツの屋敷しもべ達はティアラに心からの忠誠を誓ったのだった。

 

 

 

 

 

「よしっ!できたー!」

 

袋で小分けにしてその中のいくつかはキッチンを貸してくれた屋敷しもべ達にプレゼントした。

 

談話室に戻りみんなが起きるのを待っていると、最初にドラコが起きてきた。

 

「やあ、おはよう。ティナ」

「おはようドラコ。これ食べない?焼きたてなの。」

「いいのかい?これって君の手作り?」

「ええ。カボチャのクッキーにチョコレートパイ」

「ありがとう!頂くよ!」

ドラコは少し顔を赤らめて、それを大切そうにローブのポケットに入れた。

 

「ティア、おはよう」

「はよーティア」

「おはよう、ニカ、シャル。よかったらこれ、受け取ってもらえない?ハロウィーンのお菓子。手作りなの」

 

「まぁ!すごい!しかも暖かいわ!今作ってきたの?」

 

「ええ。キッチンを借りて」

 

「もぉ!そんな楽しそうなこと一人でしないでよー!私達もやりたかったわ!」

「ご、ごめんなさい、あまりにも気持ち良さそうに寝てて……」

「うっ、……それ言われちゃうと…」

「皆さまも!ここにクッキーとチョコレートパイを置いておきます!ご自由に取っていってくださ…」

 

ティアラが言い終わらないうちに男子達がわらわらとテーブルに近づきあっという間に籠は空になってしまった。

 

「まぁ!ティアラったら大人気ね」

 

とニカとシャルは嬉しそうに言っている。

 

「え…?どういうこと?」

訳がわからなくて聞き返すと、シャルが私の肩をがっしり掴んで顔を近づけた。

 

「…ティアラ……?あなた、目、ある?」

「あ、あるわよっ!」

「そうよねぇ…じゃあ、鏡見たことある?」

「あるわ?それがなに?」

 

鏡を見て髪を整える位は毎朝するが、もともと男子であるティアラに<自分はきれいだ>と認識する能力は0だ。

 

それ以前に彼女は《自分》に関心がない。

 

休日には、優先すべきものがあれば食事をとるのも忘れてしまう。

そんな姿を何度か目にしたことがある二人は、急に黙り混み、二人で無言の会話をし始めた。

 

「よしっ!決まったわ!ティアラ!今日はハロウィーンよ!あなたには大変身をしてもらうんだから!」

「…へ?」

「まあいいわ!夜のお楽しみ!ハロウィーンパーティーで大変身させてあげる!ドラコ!あなたも手伝いなさい!」

 

「へ、あ、うん?」

 

ドラコは何がなんだかわからないまま返事をしてしまい、ティアラはシャルとニカに連れられ、大広間に向かった。

 

大広間につくとそこにはすでに数々のハロウィーンの装飾がなされており、生徒たちもどこか浮わついている。

 

ティアラはいつもより少しだけ豪華な朝御飯を食べながら今日するべきことを頭の中で確認した。

 

まずグリフィンドールは午前中が妖精魔法の授業。そこでロン達が喧嘩をする。 ハーマイオニーが女子トイレにこもる。 大広間でハロウィーンパーティーをしている途中クィレルがトロール事件を起こす。 スネイプ先生が賢者の石は無事なのか確認をしに行って怪我をする。私はその時先生にばれないようにしてプロテゴをかけ女子トイレに向かってハリー達を先生達が来る前に助け出す……。

今考えただけでもハードなスケジュールだ。

 

『ティアラ』のからだが魔法についてきてくれることをただただ祈る。

 

 

 

*

 

 

 

ティアラは午後の授業を終え、皆がハロウィーンパーティーの準備のために寮へと帰る波に乗っていた。

 

寮に帰り、授業の荷物を部屋に置き、部屋を1歩出ると忙しそうな生徒達の声が聞こえきた。

 

杖がローブに入っていることを確認し、ティアラは談話室中央のソファーに座った。

 

世話しなく動き回る生徒達を眺めていると、少し興奮した様子のドラコがやって来た。

 

「ティア、見て!」

 

ドラコはその場で一回転をして衣装を見せてくれた。

 

まだ幼いドラコに黒いタキシードは《ぴったり》とは言い難かったが、金色の髪と整った顔立ち、笑ったときにちらりと覗くヴァンパイアの牙がリアリティーを醸し出していた。

 

「素敵ね!とっても格好いいわ!」

 

にっこりと笑うとドラコは顔を赤らめて笑った。きっと恥ずかしいのだろう。ティアラはそう結論付けて考えをまとめた。

 

「ありがとう!ティアは?なにもしないの?」

 

いまだに黒と深緑のローブに身を包んだティアラを見て、ドラコは不思議そうに言った。

 

例年、ハロウィンの仮装はホグワーツの恒例行事になっている。低学年から高学年までだんだんレベルが上がり、公認ではないがコンテストもあるほどだ。強制参加ではないものも、仮装をしないものはあまりいない。でも、何年も生きてきて''もうそんな年ではない''と自分の中の誰かが言うのを聞き逃しはしない。気恥ずかしさも乗っかり、ティアラは仮装をするつもりはなかった。

 

「ええ。私は…いいかな」

「そう言うだろうと思って!母上様が君に」

 

ドラコが胸元のポケットから薄緑の封筒を取り出し、ティアラに渡した。

 

「これは?」

「母上の魔法だ。きっと気に入るよ。開けてみて!」

 

せかされるまま蝋で固められていた封を開くと、突然、スニッチサイズの黒い玉が飛び出し、ティアラの上で爆発した。

 

《パンッ!!》

 

声を出す暇もないまま、ティアラは黒色の煙に包まれた。

 

「え…?ドラコ?なに?これ」

 

「大丈夫、じっとしてて」

 

どこからか聞こえてくる声の通りにすると、その煙は5秒もたたないうちに晴れた。

 

「「わぁ…!」」「「綺麗……」」

 

どこからか、そんな声が上がる。

 

ティアラが身に付けていたローブは夜空のような黒いドレスに変わっていたのだ。お陰に、牙まではえている。

 

「ええ…?!」

 

ティアラは自分の姿を見下ろし、驚きの声をあげた。

 

「ティナ、こっち!」

 

ドラコに導かれるまま鏡の前に立つと、最初こそローブがドレスに変わったことに驚いていた。

 

が、こんなに落ち着いた色ならば恥ずかしくはない。すぐに笑顔になり、ありがとう!と笑った。

 

その笑顔は弾けるように可愛らしく、笑ったときに覗く牙まで可愛らしい。

爆発音でティアラに注目していた男子たちはとっさに目を逸らした。

それもそのはずで、今のティアラはナルシッサの魔法により、髪を纏められ、星空を詰め込んだかのような美しいドレスを身にまとっている。ノースリーブのそれは、ティアラの真っ白な肌が惜しげもなく出している。そんな格好での笑顔は破壊度が抜群だった。

 

仮装を済ませた女子生徒がわらわらとティアラの側によっていく。

 

「素敵ね!」「綺麗だわ!」

 

そんな波に押され、遠ざかりそうになっていたドラコはティアラの腕をつかんで引き寄せた。

 

「どうだ?気に入ったか?」

「うん!ありがとう、ドラ「ドラコ?あなた、ティアとお揃いにしたわね?」

 

なかなかクオリティの高い妖精の仮装をしたシャルがドラコに詰め寄った。

 

「な、、な、何を言っている!ジェラルド!」

「ほぉぅら!あたしのことは名字呼びなのにティアラのことはティナ呼び!特別扱いしてるのバレバレなのよ!」

 

「う、うるさいっ!だいたいな───…!!!」

 

 

シャルとドラコが喧嘩をしている間に、ティアラは密かに人だかりから抜け出し、寮を出た。

 

 

走って女子トイレに行きハーマイオニーをここから出るように説得をするも、よほど会いたくないのかハーマイオニーはそこから一歩も動いてはくれなかった。

 

 

 

「…どうしよう」

 

悩みながら廊下を歩いていると、突然目の前を飛ぶ花火が横切った。

 

───これって、もしかして!

 

それを追って角を曲がると、人だかりのなかにフレッドとジョージがいるのを見つけた。どうやら、いたずらグッズの販売をしているらしい。

 

「これを一つくれ!」

「私はこれを!」

「私が先よ!」

 

その商品をも求める生徒たちは長い列を作っていた。

 

前世と変わらぬ光景にティアラは心から幸せそうに微笑んだ。

 

「…おっと!先生メーターが反応したぞ!フレッド!」

「生徒のみんな!続きは中庭だ!」

「俺らにつづけー!」

 

その声のあと、底にいた生徒たちはすぐに姿を消した。

 

「ふふっ、相変わらず逃げ足も早い…」

 

するとすぐに前からスネイプ先生がやって来た。バチリと目が合い、ティアラはふんわりと微笑み、会釈をした。

 

スネイプはそれに驚いたかのように目を見開いたあと、すぐに眉間にシワを寄せた。

 

「……アクシオ」

 

スネイプは小さく呟き杖を振った。

 

ティアラはスネイプが杖を構えた瞬間、ハリーだった頃の癖で、怒られるのではないかと思い肩をすくめ目を閉じたが、肩に感じたのはふんわりとした布の感触だった。

 

「…え?」

 

そっと目を開けると、肩にかかった白いチュールに気がつき驚いたようにスネイプを見上げた。

 

「……肌寒そうに見えただけだ。」スネイプは表情の見えない顔でそう呟くとそっぽを向き早歩きで去ろうとしていた。

 

「あ、あの!ありがとうございます!」ティアラはそのチュールを握りしめながら、黒いローブがはためくその背中に向かってそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく生徒全員が楽しみにしていたハロウィンパーティーだ。

 

大広間に近付くにつれて人が増え、パーティーの前の楽しい雰囲気が高まっていく。

 

大広間に入ると、すぐに壮大な飾り付けが見えた。 懐かしい光景にティアラは微笑んでしまうのを止めることができない。

 

いつも冷静なドラコも、飾り付けを見て目を輝かせている。

 

二人がテーブルについて少しすると、シャルとニカがやって来た。二人が座れるよう隣のスペースを空ける。

 

三人は楽しそうに話を始める。だが、ティアラは緊張で上手く話をできなかった。

 

始まる。

 

みんなを…守らなきゃ…。

 

そんなことを考えていると、金色のお皿にご馳走が現れた。 新学期の時と一緒で、みんなすぐに自分のお皿に取り分け始める。

 

 

「早く食べないと全部なくなるぞ。」

 

ドラコがまだ料理に手をつけていないティアラを見かねて言った。

 

「そうね...ありがとう。」

 

ティアラはドラコにお礼を言い、料理を自分のお皿に取り分け始めた。 どれも美味しそうだ。 それにハロウィンらしいかぼちゃのお菓子が沢山ある。

 

まず甘い物以外を一通り取り分け、皮付きポテトを口に運ぼうとした。

 

その時だった。

 

ドタドタと音がして、クィレル先生が全速力で大広間に駆け込んで来た。 ターバンは歪み、顔は恐怖でひきつっている。

 

異常な様子の先生をみんなが手を止めて見つめた。 ティアラも皮付きポテトを口に入れるのを止め、フォークを置き先生を見た。

 

──来たわね…。

 

先生はふらふらとしながらダンブルドア先生の席まで辿り着き、テーブルにもたれ掛かり、息も絶え絶えで言った。

 

「トロールが...地下室に...!!お知らせしなくてはと思って..。」

 

クィレル先生はそう言い終わるとその場で気を失い、バッタリと倒れてしまった。

 

大広間はみんなの恐怖の声で満たされた。

 

回りを見渡してみると隣のレイブンクローのテーブルにいた女の子は泣いている。 スリザリンの生徒たちも悲鳴を上げ、涙目になっている子もいた。 ドラコの声にも恐怖の色が滲み、顔はいつもよりずっと青白くなっている。

 

「静かに!!」

 

ダンブルドア先生が声を張って言ったが、みんな混乱して騒いでいる。 ダンブルドア先生が杖の先から紫色の爆竹を何度か爆発させて、やっとみんなが静かになった。

 

「監督生よ」

 

先生の重々しい声が轟いた。

 

「すぐさま自分の寮の生徒を引率して寮に通って帰るように。」

 

先生がそう指示すると、大広間は再びざわめきで満たされた。

 

「スリザリンの生徒はこっちだ!1年生、急いで!」

 

ティアラは、混乱の渦のなかスネイプ先生が大広間を飛び出すのを見て、列を密かに抜け出しそのはためく黒いローブを追った。

 

「今から移動するから、しっかり後ろに着いて来て。絶対に離れないで!」

 

後ろから監督生の声が聞こえるが、止まっている暇はない。

 

ティアラはドレス姿のまま、ホグワーツの廊下を静かに駆けた。

 

 

 

 

 

 

ティアラは急いで自分に探知不可魔法をかけ、音無く先生の後ろをついていった。

 

先生がドアを開け、中に一歩足を踏み入れたのと同時に、フラッフィーの爪が振り下げられるのを見た。

 

爪が先生の足に当たる前に、ティアラは無言呪文で盾の魔法をかけた。爪と魔法の盾がぶつかり音をたてる。 だがスネイプを敵だと判断しているフラッフィーは攻撃をやめない。 ティアラとフラッフィーの無言の対決が続いていた。

 

無言呪文は魔力の消費が激しい。

 

はやく!

 

その時、ティアラのからだに電流のような鋭い痛みが走った。

 

「い、っっ、、!」

 

からだが無理だと言っている。まだ早いと。こんな呪文は慣れていないと。

その痛みのせいで術をかけるのが遅れ、先生に爪が当たりそうになる。

 

スネイプはさっと隠し扉が開いていないことを確認するとすぐに扉を閉じこちらに向かってあるいてきた。

 

(よかった。足、引きずってない)

 

スネイプの安全を確認するとティアラは振り返り女子トイレへと急いだ。

 

 

 

 

予想通り、そこにはトロールの姿があった。 背は4メートルはあるだろう。鈍い灰色の岩のような肌に、ずんぐりとした巨体。足はコブだらけで、異常に長い腕は太い棍棒を引きずっている。

いつか見たその姿は、大きく、威圧的で、ティアラは思わず眉間にシワを寄せる。

 

だが、端でトロールと応戦する三人を見て逃げ出すことなんてできない。

 

三人とトロールの間に飛び込み、怯えて震える3人を庇いながら、杖を構えた。

 

「ティアラ?!どうしてここに!」

「3人とも無事?!」

「怪我はしてない!」

「そう、よかった」

 

緊張しないとは言わない。

 

恐ろしくないと言ったら嘘になる。

 

けれど、これはやらねばならないこと。

 

私ができるせめてもの恩返し。

 

僕の親友でいてくれた二人への。

 

 

 

ダンダンッ!と、トロールが地団駄を踏み、こん棒を振り上げる。

 

…そこで限界だったのか、耳元でハーマイオニーの甲高い叫び声を聞いた。

 

「きゃぁぁぁぁあああ…!!!!」

 

ハーマイオニーは目をつむり、耳を両手で押さえた。ロンとハリーも涙目でトロールを見上げたまま固まっている。

 

その叫び声に反応したのだろう。ブンッと鈍く振りかぶる音が聞こえて───瞬時に3人の頭を押さえて姿勢を低くさせ、その上に覆い被さる。トイレの個室の壁を破壊しながら、頭上を棍棒が通りすぎていった。

 

「いっ…!」

 

鋭い痛みを感じる。どうにか杖腕は守ったが、左腕に壁だった木材が突き刺さってしまったようだ。とはいえ、治す暇なんてない。

 

トロールが棍棒を持ち直す間に、動けない3人をどうにか行き止まりだった角から引っ張り出した。

 

どうにかして3人を逃がしたい。

 

───でも、どうやって?

 

魔法は、使えてあと一度だ。もう、魔力が残っていない。

 

他のところに集中したせいで守りがおろそかになり、トロールが壊した洗面台の破片が右足を切り裂いた。

 

「ああっ、!!!!」

 

激しくなる鼓動の音を押さえながらティアラは必死に頭を回転させる。

 

じくじくと痛む腕と足が思考の邪魔をした。

 

「ティアラ!!!怪我が!!!!」

 

ロンの悲痛な叫びが聞こえる。

 

───っっ!!!仕方ない。これをっ。

 

『プロテゴ!(守れ) コンフリンゴ!!(爆発せよ)』

 

呪文を唱えた瞬間、気を失いそうになるが寸前のところで耐える。

 

トロールの上の空気が爆発し、爆発音と共に熱風が4人を襲うが白銀の盾に守られ、それは届かない。

 

トロールは突然の爆発音と熱風に驚き、気絶をするように倒れた。

 

「っっ、、」

 

ティアラも腕を押さえて崩れ落ちる。

 

───先生が貸してくれたチュールが…。

 

真っ白だったチュールは鮮やかすぎる赤に染まっている。

 

ティアラの背中に隠れていたハリーが叫んだ。

 

「ティアラ…?!」

「だ、…大丈夫だから、ね…?…心配…、しないで、っ、ハリー、」

 

「ああっ!!ごめんなさい、私のせいだわ…!!」

 

今にも泣きそうなハーマイオニーに、大丈夫よ、と声をかける。安心させたかったのだが、なぜか彼女は顔をこわばらせてしまった。

 

治癒魔法を使いたいが、残念ながらそれは難しいことがわかる。すでに、時折ブラックアウトの波に飲み込まれそうになっていると言うのに。

 

ハリー達も、さすがのハーマイオニーでも、入学2カ月で治癒魔法は使えないだろう。

 

ドタバタと足音が聞こえ、閉じていた重たいまぶたを少し開く。

 

マクゴナガル先生、スネイプ先生、クィレル先生の順に飛び込んできて、ティアラはほっ、吐息をついた。

 

これでハリーたちは安全だ。

 

スネイプ先生は、倒れているティアラには気づかず、トロールを覗き込み呪文を呟いたのが聞こえる。

 

 

マクゴナガル先生の瞳がティアラを映し…短く悲鳴をあげる。

 

「ミス・ヴァレンタイン?!ああ、なんということでしょう…!」

 

そんなマクゴナガルの声にスネイプが目を向ける。

 

「……?………っ!」

 

マクゴナガルは今にも泣きそうな表情で叫んだ。

 

「なんてこと!!大変!!」

 

「…、っ、大丈夫です、マクゴ…ナガル先生…。見た目ほど、酷くはありませんから…」

 

「大丈夫なわけがありません!セブルス、早く手当てを、医務室へ!」

 

「だ、大丈夫です…って。」くたりとしたティアラが微笑んで見せる。  

 

 

大丈夫、もっとひどい怪我はたくさんした。

 

 

 

「そんな顔で大丈夫と言うのではありませんっ!!!」

 

マクゴナガル先生はスネイプ先生を見、スネイプ先生はわずかに頷いた。スネイプも盛大に眉間にシワを寄せティアラを睨む。

 

「なにが大丈夫だ馬鹿者!そんな顔で笑うな。」

 

ティアラは横目でスネイプ先生が怪我をしていないことをチェックし今日の目的は果たせたらしい。と言うことに気がつき口角をあげる。

 

「せん…せ、?…ごめん、なさい…これ、…よごしてしまっ…て、」

 

ティアラが震える指先で赤く染まったチュールをほんの少し持ち上げた。

 

「…そんなもの…っ、!」

スネイプ先生は苦しそうに目元を歪ませ、噛みつくように言った。

 

「もういい、馬鹿者が。黙れ。喋るな。」

命令口調で言われたその言葉に懐かしさを感じ、わずかに微笑むとティアラはすぐに意識の闇へと身を委ねた。

 

 

 

 

 

気を失った彼女の顔は青白く、とうてい「大丈夫」と言える様子ではなかった。

腕には木片が刺さり、足には何かに引っ掛かれたか、切り裂かれた後があり、真っ白な肌に鮮血が流れ生々しく、見ているこちらが眉を潜めてしまうほどだ。

 

気を失う直前、意識が混濁しかけながらも《これを汚してしまってすまない》そう言った。

 

そんなもの、どうだっていい。

なぜ怪我をした。

一人だけ。

 

授業や他の教授達からヴァレンタインが優秀な成績であることは知っている。

だが、何であの場所にいて、なぜ一人でトロールと戦った?

 

 

ハロウィンパーティーが始まる前、彼女は廊下で黒いドレスを身にまとったまま佇んでおり、ノースリーブのドレスが真っ白な肌を晒しているのを見て、なにも考えないまま、いつの間にか《アクシオ》と唱えていた。

 

 

自分の行為に自分で驚き、すぐにその場を立ち去った。

 

 

ハロウィンパーティーの途中、クィレルが突然入ってきたとき、明らかに罠だとわかったが石が無事か早く確認しなくてはという焦りもあり、ハグリッドのペットである三頭犬のことを意識せず入った。

 

だが、突然上から大きな爪が降ってきて慌てて杖を構えたが、到底間に合わない、傷を負うのを覚悟した。

 

それなのに想像した衝撃はいつまでたっても来ず、構えていた杖を下ろすと目の前には半透明の蒼色の盾が出現していた。

 

三頭犬が私に攻撃をしようとする度に盾は消えたり、動いたりしている。

 

誰かがあの場にいて呪文を唱えているようにしか見えなかった。 しかし呪文を唱える声は全く聞こえなかった。

 

あれはなんだったのだろう。

誰が──。

 

「っ、、」

 

ティアラの呻き声に、現実に意識が戻ってくる。

スネイプはティアラが眠る医務室のベッドの隣に立ち、ティアラをじっと見据えて呟いた。

 

「まったく…、なんて無茶を…。」

 

窓から漏れる月光が髪を照らし、白銀の髪が青く光る。その髪を一房持ち上げる。滑らかなそれは指の間を縫いシーツの海に落ちた。

 

「…やはり……。」

 

2年前の今日、ゴドリックの谷で出会ったのはこの子で間違いないだろう。

 

白銀の髪と爽やかな若草色の瞳。

 

今日はリリーの命日、それもあと3,4分で終わりだ。リリーが亡くなってから、命日に墓にいかなかったのはこれが初めてだった。

 

あの日、あの時、この子はどうしてあそこにいて、どうして目から涙を溢していたのだろう。

 

 

 

 

 

 

スネイプはひとつため息をつくと、ティアラのずれていた布団を肩まで押し上げた。

 



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ホグワーツの冬

 翌日──

 

 

 

ティアラは瞼の向こうのまばゆい光にゆっくりと意識を浮上させた。

 

 

銀色の睫に縁取られた瞳がふるふると開く。

 

 

 

「ティナ?」

 

 

 

ベッドの側のイスに座っていたドラコはティアラの目が開いたことに気がつき、バッと立ち上がった。

 

 

「…ド…ラコ」その姿を視界にいれたとたん、ティアラはポツリとその名前を呟いた。

 

 

ドラコに支えられてティアラはゆっくりと身体を起こす。

 

「…大丈夫…?」

 

 

 

ティアラの後ろから朝日が差し込み、色素の薄い髪に当たるそれは幻想的で、どこか儚く消えてしまいそうで…。

 

 

ドラコは無意識に握っていた手に力を込めた。

 

 

不安そうに目を向けるドラコにティアラはふんわりと微笑んだ。

 

「大丈夫。ありがとう」

 

 

 

「僕、シャルとニカを連れてくるよ!二人とも凄く心配してた」

「…ありがとう。でも、ドラコ。もうすぐ朝食の時間が終わるわ」

ベッドの脇に置いてあった時計を指差す。

「あっ」

「ごはん食べてないんでしょう、食べてきて?私はもう大丈夫だから」

「…そう……?」

不安そうにこちらをうかがうドラコに笑いかけるとしぶしぶながらも了承してくれる。

 

 

「また、後でね」

 

 

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

ドラコがカーテンの向こうへ行ったのを見届けたティアラは、服をそっとめくり傷を受けたところに目をやった。

 

──傷が…

 

魔法で塞がれ痛みはないものの、そこにはそれなりの大きさの創痕があった。

 

──ごめんなさい…。

 

自分の身体だけれども、自分の身体ではない。それを傷つけるのはなんとも言えない罪悪感があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあまあ、おはようございます。起きましたね、」

 

 

ドラコとの会話の声に気がついていたのか、手に包帯を持ったマダム・ポンフリーが声に気がつきカーテンをめくってやってきた。ティアラは慌てて服をもとに戻し平常を装った。

 

 

「ありがとうございました。マダム」

 

「いえいえ。大事がなくてよかった。お父様も心配していらしゃいましたよ。」

 

「父様が?」

 

「はい。話すときはやはり緊張しますね」

 

「え?」

 

 

 

 

「あなたのお父様ですよ、聖マンゴの院長様。」

 

 

 

───院長…って…

 

 

 

「え…、…あ……そ、そうですね…」

 

院長…。

知らなかった。確かに聖マンゴで癒者として働いているとは知っていたが…。

 

 

 

 

「ああ、その傷跡はだんだんと薄くなるでしょう。安心してくださいね」

 

 

 

 

ポンフリーは手早く傷痕をチェックし、薬を塗り込み包帯を巻く。その手慣れた手付きに懐かしさを感じた。

 

 

「はい。終わりました!もう寮に戻っても構いませんよ」

 

「ありがとうございました」

 

 

ドラコが持ってきてくれたローブをはおり、医務室を出ようと扉に手をかけた時、思い出したかのようにポンフリーが口を開いた。

 

「セブルスも心配していましたよ、顔を見せてあげなさい」

 

 

 

ティアラは弾かれたかのように振り返った。

 

 

ポンフリーはにこやかに笑いかける。

 

 

「あんなに取り乱すのは珍しいですからね。さあ、行きなさい。まもなく一限目が始まりますよ」

 

 

「はい…」

 

 

 

 

廊下を駆けるティアラの頭にはどうも拭いきれない違和感があった。

 

 

 

───取り乱す?

 

 

 

彼が?

 

 

 

終始冷静な彼が?

 

 

 

たかが一人の生徒が怪我を負っただけで…

 

 

 

「なんで……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その疑問となんとも言えない違和感を抱いたまま、いつの間にか木々が葉を落とし、雪が降り積もる季節になった。湖は冷たい鋼のように張つめ、校庭には毎朝霜が降りた。白く吐く息が頬を撫でる。

 

クィディッチ・シーズンの到来だ。

 

 

 

グリフィンドールのシーカーがハリーになっていることは極秘というのがウッドの作戦だったらしいが、校内の誰もがそのことを知っており、もはや極秘ではなくなっていた。

 

 

いくつかの夜を越え、ついに土曜日、クィディッチの初戦の日の朝になった。今日はスリザリンとグリフィンドールがクィディッチでハリーの記念すべきデビュー戦だ。

 

大広間はこんがり焼けたソーセージの美味しそうな匂いと、クィディッチの試合を楽しみにするウキウキしたざわめきで満たされている。

 

 

11時になり学校中が、新シーカー。生き残った男の子、ハリー・ポッターを一目見ようと競技場の観客席につめかけていた。

 

 

 

 

ティアラはスリザリンの観客席には向かわず、全体を見渡せる教員席の下、組み立てられた木材に腰掛け、杖を構えていた。

 

 

 

 

更衣室では選手達がクィディッチ用の真っ赤なローブに着替えていた。

 

「みんな聞け」

 

全員が着替え終わったところでキャプテンであるウッドが声をあげた。

 

「いいか諸君!相手はスリザリンだ!気を抜くな。ハッフルパフとは相手が違う。だが今回は新シーカー、ハリー・ポッターも参戦だ。私が知る限りでは今までで最高のシーカーだ!よーし!さあ時間だ!全員頑張れよ」

 

ハリーはウッドの隣に続いて大歓声に迎えられグラウンドに出た。ハリーの手にはニンバス2000。

ハリーは押さえようのない高揚感に広角をあげる。

 

 

 

「選手たちが出てきたぞ!」

 

何処からか上がったそんな大声にティアラはグラウンドの方に向き直る。

 

大歓声が起こり、選手たちがグラウンドに並び始めていた。

 

フーチ先生がホイッスルを手にする。

 

そしてけたたましい笛の音が今年最初のクィディッチの試合の開始を告げた。

 

 

 

 

選手たちがコート内を縦横無尽に飛び回り、試合が進んでいく。

選手たちが箒で空を飛び乱れて目にも止まらぬ速さでボールを追いかける。

 

その合間を縫うように鉛色のボールが普通ではありえない軌道を描いて飛んでいく。

 

飛行訓練の時の動きとは比べ物にならないほど高機動に飛ぶ箒に、私は純粋に心を惹かれた。

 

クィディッチは好きだ。きっと、『2回目』じゃなかったらみんなと同じようにあの席で大歓声で応援をしているだろう。

 

ゲームの進行を見ながらハリーの姿を探した。どうやらまだやることがないらしく、ブラッジャーを避けながらコート内をグルグル回っている。

 

 

と、その時スリザリンの選手がブラッジャーをハリーに狙いをつけて叩いた。

 

しかしハリーは華麗にそれを避ける。

 

その直後からハリーの様子がおかしくなった。箒が上下左右に揺れて、まるで暴れ馬のようにハリーを振り落とそうとしている。

 

と、次の瞬間、ハリーの箒が物凄い勢いで横に揺れた。

 

──来たっ!!!

 

早くしないと危ない。

 

ティアラはハリーに杖を向けて、クィレルが掛けているであろう呪文の反対呪文を唱える。

 

時を同じくしてスネイプもハリー・ポッターの異変に気がつき、ティアラと同じように打消しの呪文を唱えていた。

 

二人の援護呪文により、ハリーは持ち直し再びスニッチを探し始める。

 

 

「やった!ハリーが持ち直したぞ!」

 

観客席からそんな言葉が聞こえる。

 

次の瞬間、ハリーが一気に急降下した。

 

ハリーの手の10センチ手前にスニッチが飛んでいるのが見えた。

 

どうやら一緒に急降下しているようだ。ハリーは1回手を振るうが取り逃す。そして体勢を崩した拍子にスニッチを飲み込んでしまった。そしてそのまま地面に軟着陸するとスニッチを手の平に吐き出す。

 

「「「おい!ポッターがスニッチを取ったぞ!!」

 

 

ハリーがにこやかな表情で天高くスニッチを振り上げたとたんグリフィンドールの観客席からは物凄い大喝采が沸き起こった。

 

 

それと同時にティアラは呪文を呟くのをやめ、ほっ、と息をついた。

 

───よかった…。

 

どっと疲労がのし掛かり、体が重くなる。

 

どうも思う通りに魔法を使えない。

 

思い通りに行かない悔しさと、スネイプ先生が変にハーマイオニー達に疑われなかったことへの安心を胸に、ティアラはゆっくりと寮への道を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月。本格的な真冬の寒さに加え、真っ白な粉雪が氷の張った湖に重なってゆく。周囲を彩る雪原が太陽の照り返しで海辺のように白く光る。

 

今、ホグワーツに残っているのは普段の10分の1ほどの生徒だけ。

 

そう。今はクリスマス休暇。

 

 

 

ティアラはギリギリまで学校に残るか、家に帰るか迷った。家からは帰って来てと何度も手紙が来ていたからだ。

 

だが、今の段階では自分の力が到底クィレルやヴォルデモートには届かないと言うことをこの3カ月でひしひしと感じていた。

 

ハロウィンの時もトロール相手に怪我を負っていては全く話しにならない。

 

魔力が足りない。

 

 

筋力が足りない。

 

 

この身体についての知識が足りない。

 

 

 

何とかしなければいけないと、ティアラは焦っていた。

 

一歩学校を出れば未成年の魔法使いは魔法が使えなくなる。つまり、練習はできないと言うことになってしまう。

 

 

なんとか、あの戦いの前に自分を鍛えなければ。

 

 

 

 

ティアラはそんな想いで両親に手紙を出して学校に残らせてもらったのだ。

 

 

 

 

スリザリンの生徒は由緒正しい家柄が多いせいか、学校に残っているスリザリン生は運がいいのか悪いのかティアラ一人だけだった。

 

 

「…急がなくちゃ……。」

 

 

ティアラは毎日、朝から晩まで必要の部屋に通いつめ自分の魔力の限界まで魔法を使い続け、身体を動かし続けた。

 

 

クィレルがこの学校にいる時点でここは安全ではない。

 

 

教授達は気がついていなくとも、ヴォルデモートが私の正体に気がついていない可能性は0とは言い切れない。

 

常に心には閉心術を掛け、実践魔法の練習に集中する。

 

 

 

朝から夕方まで必要の部屋に籠り、その途中で自らがキッチンで作ったビスケットをつまむ。

時々クィレルになにかおかしな動きがないか彼を見張る。

 

 

昼の練習の最中、魔力を使い果たし気を失い、そして起きたら真夜中、そんなことも何度かあった。

 

「……、もう朝…?」

 

今日で何日目だろうか…。

体が限界を迎え、ガクンと力が抜け、ティアラはその場にしゃがみこんだ。

 

冷たい床に足が付くと、今まで隠れていた疲れが一気にのし掛かってきた。

 

 

「……こんなのじゃ…っ…ダメなのに…」

 

自身への苛立ちが沸々と募り、ぎゅっと手を握る。

 

 

疲労を振り払うように頭を振り、結っていた銀の髪を下ろし立ち上がった。

 

 

 

無性にお腹が減っている気がする。

そう言えば、何日まともな料理を食べていないのだろうか。

 

「……そろそろ顔を見せなくちゃ……かな、」

 

ティアラは所々が血ににじんだ服から、用意してあったニットのセーターに着替え、寮へ向かった。

 

 

 

 

*

 

 

 

ギィと音をたてる寮の入り口のドアを開くと、誰もいない談話室にパッと電気が灯り、暖炉に火がついた。

 

ティアラはふらふらと暖炉の前のソファーに近づくと、どさりと倒れ込みほぅ、と息をついた。

 

身の回りを包む暖かな空気が心地よく、まともに何日も寝ていない体が睡魔に襲われた。

 

 

 

 

 

 

//────//

 

 

 

 

 

 

 

『ハリー・ポッター───貴様はおしまいだ』

 

みぞの鏡の前に立ち尽くすハリーに向かってヴォルデモートが死の呪文を唱える。

 

 

 

       

        だめっ!

 

 

 

 

 

ティアラがそう叫ぼうとするが、口も、指先ひとつ動かすことができない。

 

『アバタケダブラーー!!!』

 

おぞましい声と共に、杖先から緑の光が飛び出し、ハリーを包み込んだ。

 

「やめっ…─────!!!

 

 

 

 

 

 

 

「───はっ、は、、は……っ」

ティアラは荒い息を吐いてソファーからガバリと身を起こした。

 

──夢…?

 

さっきの事が現実ではなく夢だったとわかり、今だにバクバクと音をたてる心臓を押さえ、ふーーー、とゆっくりと息を吐いてソファーから身を起こした。

 

どうやらあのまま眠ってしまっていたらしい。

 

窓の外を見るともう暗くなっている。

暖炉の上の大きな時計を見ると5時を少し過ぎた位の時間だった。

 

今日はクリスマスイブ。夕食に顔を出さなければ。

ティアラは再び深呼吸をすると、ゆっくりと起き上がり、準備をし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ……」

 

久しぶりに来た大広間はすっかりクリスマス色に染まり、たくさんの装飾品が中に浮いてキラキラと輝いていた。

 

 

「ああ、ミス・ヴァレンタイン!来たのですね!ここ数日姿が見えず心配していたのですよ」

 

 

誰もいないスリザリンの席に座ったと同時にグリフィンドールの席の方にいたマクゴガナル先生がやって来た。

 

来賓席にはスネイプ席も座っていた。目が合ったため軽く会釈をする。

 

 

 

「少し痩せましたか?この頃食事にいらしていないようですがきちんと食べていました?」

 

「あ…あははは、」

 

ごまかして笑うと先生は少し心配そうに微笑み、グリフィンドールの席で食事をするように言った。

スリザリンの机は、残っている人が少ないからか料理は用意されていなかった。

 

「ポッター達も心配していましたよ」

 

「すいません…じゃあお言葉に甘えて…」

 

グリフィンドールの席へ向かうとすぐにハリーが気がついてこちらに向かって走り寄ってきた。

 

「ティア!」

 

「ハリー、久しぶりね」

 

「本当だよ!今まで何してたの?!ずっと探してたのにっ!」

 

頬を膨らませて怒るハリーに謝っていると、ハリーの後ろからロンがやって来た。

 

「ティアラ!心配してたよ!元気かい?よかったら僕たちのとなりで食べない?」

 

「ありがとう。そうさせてもらってもいいかしら」

 

「もちろんっ!」

 

席に付くと、どうやらここはウィーズリー兄弟達が集まっている場所だと気がついた。

 

「おう、姫さん」「久しぶりだな!」

と軽く挨拶をしてくる。

 

手ににたくさんのいたずらグッズを持った双子や、パーシーに挨拶をして、小皿にサラダを盛った。

「ティアラ…なんか痩せたね」

 

「…そう…かな…」

 

「ご飯、ちゃんと食べてる?」

 

「…食べてるつもりなんだけど…」

 

「…そっか、なんかあったら言ってね」

 

「ありがとう」

 

トロールの事件が終わって暫くたった頃から、図書室で三人の姿をよく見るようになり、特にハーマイオニーが様々な本を読み漁っているのを見て、石に近づいているのを知っていた。

 

私が知っている未来になれば私がヴォルデモートと戦うことができる。

 

あの時、ハリーは2度目の『人の死』を見た。

 

それも故意的ではないとしても自らの手でクィレルを死に追いやってしまった。

 

その罪悪感は時間がいくら経っても拭うことはできず、何度も何度も夢を見て飛び起きた。

 

それを知ったからこそ、ハリーにはそんな思いはしてほしくない。

 

 

いや、してはいけない。

 

 

それは、本当はここに居てはいけない私が背負うべきものだから。

 

双子達のいたずら見て笑っているロンとハリーの横顔を、まるで母親のように見ているティアラに気が付くものは居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、クィレルの見張りから寮の部屋に戻ると、部屋の半分ほどが大小様々な箱で埋め尽くされていた。

 

「え…?な、なにこれ…」

 

確かにハリーの時もプレゼントはもらった。 貰ったけど…

 

「私…こんなに友達いたかしら…?」

 

パッと見渡しただけでもプレゼントの箱はゆうに100個を越えている。

 

私がプレゼントを交換する友好関係にあるのは 知っている限りドラコとかシャル、ニカ。そしてハリーとハーマイオニー、ロンの6人とスリザリンの同級生位のはず。

 

名前も聞いたことのない人からプレゼントが送られてきているのはどういうことなの?

 

中には名前も書いていないものもある。

 

むぅ…と眉間に皺を寄せて考え込んでいると、少しだけ頭と体が重い気がした。

 

──風邪?

 

でも今は休んでいる暇はない。

誰かが怪我をする前にクィレルを止める力がいる。

 

突然扉が開いてふよふよと新しいプレゼントが部屋に入ってきた。

 

 

それをみてティアラはふぅ、とひとつ息を吐き、髪をひとつに纏めた。

 

「…取り合えず……仕分けね」

 

杖をひと振りして知り合い達のプレゼントと知らないひとからのプレゼントを分ける。

 

シャルとニカからはなぜか手鏡とメークセット。

ドラコからはエメラルドのネックレスが送られてきていた。

 

ドラコ…11才がプレゼントするものじゃないわよ。

 

でも…ドラコらしい。

 

ハリーからは淡い水色の髪飾り。

 

ハーマイオニーからは花柄のレターセット。

 

ロンからは本の栞が送られてきた。

 

一人一人のプレゼントに少しずつ性格が出ていて、クスクスと笑いながら開封をしていく。

 

…問題はこっちね…

 

 

ティアラが視線を向けた先には、90個以上のプレゼントの箱がある。

 

名前を書いていないものが半分以上だ。

 

ハリー達に聞きたいけどスリザリンの寮には入れないし、スリザリン生は私しかいない。

 

「困った……」 

 

大量のプレゼントを前に途方に暮れていると突然部屋のドアがノックされた。

 

………?誰?

 

スリザリン生は皆いないはず。

 

まさか……クィレル…?

 

「っ………」

 

杖を構えて扉を開くと、

 

「マクゴガナル先生?!」

 

 

そこにはいつも通りの威厳を持ったマクゴガナル先生が立っていた。

 

「おはようミス・ヴァレンタイン。…なぜ杖を構えているのですか?」

「え、あ、何でもないです。それよりどうして先生がここに?」

 

「…昨日のあなたの様子にセブルスが心配して朝食に連れてくるよう私に頼んだのですよ」

 

「スネイプ先生が…?」

 

 

ええ。ですが……と先生は部屋を見渡した。

「仕分け中でしたね。またあとで出直しましょう。」

 

「あ!ま、待ってください!」 こんなチャンスはない。

 

いくら考えてもわからないことは先生に聞かなくっちゃ。

 

「…あの……知らない方達からプレゼントが来てて…その…名前も書いてなくて……。何でこんなに来るのかもわかんないし…」

 

そう言うと先生は不思議そうな顔をしてニカとシャルと同じ質問を私にした。

 

「…鏡は持っていますか?」

「え?あ、はい。」

「見たことは?」

「ありますけど…?」

 

 

 

何も分かっていなさそうな幼い少女は首をかしげて言う。

 

これから先この子に恋心を抱くであろう数多くの人が苦労するのが目に見える。

 

こんなに鈍感な子はいるのだろうか。

 

若草色の瞳はじっとこちらを見つめ、答えが来るのを待っている。

その瞳は彼女にとてもよく似ていて、エバンスではないと解っていても、ふとしたときにリリー・エバンスの面影を見てしまう。

 

 

 

深呼吸をし、その考えを振り払ってプレゼントに向かった。

 

───こっちは魔法薬入り。こっちは変身薬入り。これは……魔法指輪入り…。これは……惚れ薬入り…。

 

「……これは私の分野ではないようです…。スネイプ先生に来てもらうのがいいでしょう。」

 

「…えと……なにかあったんですか?」

 

「大有りですよ。取り合えずセブルスに来てもらいましょう。犯人特定をしなくては」

 

「え?犯人??」

 

不思議そうな顔をしているティアラを見てマクゴガナルはそっと息を吐き、守護霊を呼び出した。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

───魔法薬に変身薬、惚れ薬、服従指輪……。

 

「先生?」

 

この学校の魔法薬学の教員であるセブルス・スネイプは、スリザリンの生徒、ヴァレンタイン・ティアラの部屋の中にある魔法薬が入ったプレゼントを見てほしい。とミネルバの守護霊に頼まれ、プレゼントの検品をしていた。

 

 

「…………」

 

「先生?何かありましたか?どうしたんですか?」

 

「セブルス、私が問題があるものを預かります。」

 

一通り見終わり、薬物が入っている物をよけた。 不思議そうに私の手元を見るリリーの目を持つ少女は自分が何を送られたのか全く知らないようで、思わず深いため息が出た。

 

ミネルバに目配せをして、問題のあるプレゼントの山を示す。

 

服従指輪を渡してどうするつもりだったのかなど理解したくもない。 無意識に名前のないプレゼントを睨み付けていると、ふともうひとつ気になることがあったと思い出し視線を向けないまま問いかけた。

 

「ミス・ヴァレンタイン、これらに心当たりは?」

 

「………」

返ってこない返事を不審に思い後ろを振り向くと、ヴァレンタインは壁にもたれかかって、顔を真っ青にしていた。

 

それを視界に捉えたとたんに彼女の体が急に傾き倒れた。

寸前のところで手が届き、彼女の身体を支える。あまりの身体の軽さに驚きつつ声をかける。

 

「おい!どうした、返事しろ」

声をかけても何も反応しない。

 

私の声にミネルバも彼女の様子がおかしいことに気がつく。

 

「どうしたのですかヴァレンタイン…!」

 

脈を計ろうと腕を取るがその腕は全くと言っていいほど力が入っておらず、さらに驚くほど熱かった。

 

自然と眉間に力が入る。

 

「大変っ!セブルス、マダムは不在ですよ!」ミネルバも焦った声を出す。

 

そう基本的にクリスマス休暇中はポンフリーは不在だ。

 

もし休暇中に具合が悪いものが出たら、教員の許可を取って薬を自分で飲むか、聖マンゴ魔法病院の出張手続きを申し込むことになっている。

 

だがこの様子からはとても申請が通るのを待っている余裕はない。

 

「……なぜ昨日の段階で誰かに言わんのだ…!」

 

スネイプは近くにあったブランケットでティアラを包み込み、膝裏に手を入れて体を持ち上げ、早足で自分の部屋へ向かった。 

 

*  

 

ケホッ、コホ…乾いた咳がベッドの上であがる。

 

スネイプはベッド脇の床に膝立ちそんな咳き込むティアラの額に手を当てた。

 

「……高い。なぜ放っておいた」

 

「ごめ……な…さ、「いい。喋るな。喉が腫れているのだろう?」

 

そう言うとおとなしく静かになる。涙の膜が張った若草色の瞳は苦しげに閉じられる。

 

「…私は隣の部屋でレポートを採点する。何かあったら呼べ」

 

真っ赤な顔で力なくベッドに横たわるティアラの姿を見るのは何となく辛い。

 

 

緑の瞳は昔の想い人を思い起こさせる。

 

──ちがうっ、彼女は私が殺したもう…もういない…!もういないのだ。

 

スネイプは自分のベッドの上に力なく眠る少女の顔を見てそっと息を吐いた。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──二日目の夜。

 

 

夜になって急激にまた熱が上がった。

 

ティアラは酷い寒気にガタガタと震えながら目を覚ましたのだ。 高熱にはあまり慣れていない。

 

 

ハリーの時から大病らしい病気をしたことも無く、こんな風に高熱が続いたことは記憶にある限り無かったので、多少心細くなっていた。

 

 

…きっと、先生が献身的に看病してくれなければもっと不安になっていただろう。

 

スネイプ先生はもちろん、マクゴナガル先生も暇さえあれば看病をしにやって来てくれた。

 

お陰で一旦は熱が下がり、夕方ごろは先生とテーブルについて食事も出来たのだ。

 

──ぶり返し?…どこまで熱、上がるんだろ。

 

夜中の高熱は怖い。

 

部屋の中は真っ暗だし先生も起きている時間帯ではない。

 

ティアラは、スネイプをつい呼びたい衝動に駆られるが…堪えた。

 

ただでさえ、昨晩もずっと看病してくれていたのだ。

 

明日も仕事があるというのにこれ以上甘えて先生まで体調を崩させる訳にはいかない。

 

風邪は治りどきが移りやすいと聞いたこともある。

 

先生は、『何かあったら絶対に呼ぶように』と言ってくれたがそれをしつこく大丈夫だからと追いやった。

 

──それなのに、熱がぶり返すとは。

 

とにかく寒かった。 寒いという事はまだまだ熱が上がるということだ。

 

布団だけでは足りず、とにかく何か着るものを。

 

「つえ…杖がいる」

 

この寒さを抑えるものをと考え、怠い足を何とかベッドから落としてティアラは部屋の衣類掛けに掛けてあった自分のローブから、杖を取り出しに行こうと重い頭を持ち上げた。

 

 

──ガタッと近くに置いておいたローテーブルが音を立てる。

 

薬や水差しなどを置くためのそれの角に膝が当たったらしいが大した音では無く、これなら違う部屋にいる先生を起こすことも無かったろうと、そのまま今度はテーブルに気をつけつつ上半身を起こしかけた時だった。

 

 …カチャ……

 

 

隣の部屋に続く扉が静かに開いた。そこには、ルーモスで杖を光らせているスネイプの姿があった。

…暗闇の中、起き上がろうとしているティアラを見とがめた途端に、先生はバッと黒いローブを翻してティアラの側に来た。

 

「……熱がまた上がったのか。起きるな。いいから寝てるんだ。羽織るものを」

 

ティアラの頭に手をつけると有無を言わせず落としていた足に杖を向けてはベッドに寝かせた。

 

「……どう……して、です…か?寝てなかっ、たの…?」

 

ハァハァと、熱で乱れる息の合間にティアラは訊ねた。 …先生はキビキビと動く。今の今まで寝ていたとは思えない。

 

「……  だ」

 

「…え?」

「貴様が私に心配かけまいとすること、万が一こうして…体調が悪化した時に一人で我慢しようとするだろうこと。この3ヶ月で十分思い知った。」

 

先生が熱を測るように腕を取った。

 

スネイプの手はひんやりと冷たくて気持ちが良かった。

どうして身体はこんなに寒いのに、皮膚は燃えるように熱いのか…不思議だ。

頭が朦朧としていた。 …心細い時に、助けに来てくれて。 …自分のことを全て折り込んだ上で、包み込んでくれる。

 

無言になったスネイプを、ティアラは必死に探して見つめた。 …微かに視界も熱のせいでか、それとも浮かぶ生理的な涙のせいかで滲んでいて、覚束無いながらもスネイプの姿を暗闇の中で探り当て、笑いかけた。

 

「……ちょっと、本当…は、熱になれ…てなくて……心細か…ったん…です。だから……だから、ありがとうご…ざいます」

「………」

言うだけ言って少女は少し微笑みを浮かべて瞳を閉じた。すぐにスースーと安定した息づかいが聞こえてきた。

 

布団から出ていたその白く、細い手首を持ち上げると、祈るように目を瞑る。

 

 

 

 

 

「…っ、……リリー……」

 

 

 

 

いけないとわかっていても、その瞳に彼女を見てしまう。

 

 

 

 

「……すまないっ……、私を…許してくれ…」

 

 

スネイプの呟きは誰の耳に入ることもなく消えていった。

 



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のぞみを映すかがみ

クリスマス、彼女が倒れて3日がたった。

 

一度治ったと思ったそれは2日目の夜に盛り返したようで、物音にレポートを採点していた手を止め駆けつけると、あろうことか真っ青な顔で起き上がろうとしていた。

 

慌てて押さえつけ毛布に保温魔法をかけると大きな爆弾を無自覚に落として、当の本人は安心したように眠りについた。

 

……この子は危機感というものが全くないのだろうか。 プレゼントの時といい、今回の事といい…

スネイプはベッドに流れていた色素の薄い髪を指でそっと撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティアラの熱が下がった次の日の昼下がり、ティアラはスネイプに寮まで送っていってもらっていた。

 

目の前の背中を見上げると、先生がゆっくりと振り返る。

 

「ヴァレンタイン」

「は、はい」

ティアラは、スネイプを見上げ、言葉の続きを待った。

「………」

 

……どうしたんだろう?

眉を寄せなにかを考える先生が、やがて口を開く。

 

「……何をそんなに必死になっているんだ?」

 

「え……?」

 

思いがけない言葉に、私は声をあげた。 同時に、ここ最近の生活を思い出す。

 

確かに…無茶をしすぎたかもしれない。倒れてしまっては本末転倒だ。

 

 

でも先生に、ヴォルデモートと賢者の石の事が心配だ、ハリーにクィレルを殺させたくない。なんて言っても…。

 

余計な心配はかけたくない。

 

ほんの少し考えを巡らせたティアラは顔をあげ、笑みを浮かべながら私は言った。

 

「大したことじゃないです」

 

「……………………」

 

ますます眉を寄せ、先生が私を見下ろす。何か言いたげにしているがなかなか声を発しない。

 

(あれ………何か怒ってる…?)

 

「……………あ」

声をかけようとした時、廊下の先からハリーとロンが顔を出した。

 

「ティアラ?よかった!心配してたんだ!今から大広間行くんだけどよかったら一緒にどう?」

「でも、…」

 

「…………」 ちらりと見上げると、先生はやはり黙ったままだった。

 

「ねぇ、ティアラ、行こうよ」

 

「え、っと・・・・・」

 

ロンの言葉を聞くと、先生はそのまま歩いて行ってしまった。

 

先生・・・?

 

 

すると、近づいてきたハリーが軽く首を傾げた。 「先生、何か怒ってると思う…?」

 

「スネイプが?ふんっ!あいつはいっつも怒ってるだろ?気にしない方がいいよ」

 

ティアラは先生の後ろ姿を振り返りながら、小さく息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その夜──午後11時。

 

 

誰からか届いた透明マントを被り、ベッドを抜け出したハリーとロンは誰もいない暗い廊下を、足音を忍ばせて2人で歩いていた。

 

 

 

「あの鏡に僕の両親が映るんだ!見せてあげるよ」

 

「君の?」

 

「うん。さっき、僕の死んだ家族が確かに見えたんだ!」

 

ハリーがロンを案内した部屋は、今は使われていない教室のようだった。 天窓から月の光が降り注ぎ、中央に置かれた等身大の鏡を照らし出している。

 

───だが…そこには先客がいた。

 

「…ティア?」

 

透明マントを近くの机の上に放り出して鏡に背を向けて立っているティアラに駆け寄る。

 

「どうして君が…ここに?」

 

ハリーは一度だけ鏡の両親に笑いかけてから、ティアラに目を向けた。

 

「…?」

 

ロンもすぐにティアラのそばに駆け寄った。

 

「…?どうかした?」

 

ティアラは応えなかった。

その代わりにそっと瞳を開ける。緑色の瞳が月光を拾って淡く光る。

 

「──ハリー…ロン…わたし……」

 

ぽつりと消えそうな声で呟いた。

 

───……?

 

その声は聴いたこともないほど不安気で、いつも支えてくれている大人っぽいティアラの印象とはかけ離れていて、…儚く、今にも手の中からこぼれ落ちてしまいそうだった。

 

ハリーは鏡に背を向けているティアラがまるで鏡を見たくないように思っていると感じた。

 

「……、ああ、ティアラみてよ僕の家族!僕の家族が見えるんだよ!」

 

なんだか元気のないティアラに家族を見せてあげようとハリーはティアラに声をかけた。

 

ティアラはそっと鏡に近づいた。

 

が、……数歩手前で凍りつき、目を見開いて鏡を凝視した。

 

「………―――…?」

 

ティアラはまるで何かを求めるかのように、ふらりと鏡に近づいてその震える手を伸ばした。

「ーー………」

 

今のティアラには鏡しか見えていないと直感的にわかる。

 

「―――……」

 

指先が鏡の表面に触れた瞬間、ティアラは衝撃を受けたかのような顔をして、手を引っ込めた。

 

目を閉じてぐっと手を握りこめてから、再び目を開けてそっと鏡の表面を撫でる。

 

ティアラが泣き笑いのような笑みを浮かべているのを見て、ハリーとロンは目を見張った。

 

とても綺麗な微笑なのに、とても悲しい微笑だった。

 

「あぁ……やっぱり…見放すなんてできないよ」

 

ティアラは頭をこつんと鏡に当てて俯いてしまった。

 

彼女の色素の薄いの髪がさらりと流れて、表情を覆い隠してしまう。 ハリーには、ティアラが心の中で泣いているように見えた。

 

 

 

「ハリー、ロン」

 

ふるふると顔をあげたティアラは、何もなかったかのように柔らかく微笑んでいた。

 

「この鏡が何なのかわかったの」

 

 

ハリーは困惑して目を瞬いた。

 

ティアラは鏡を見ていただけのはずなのに。

 

 

「だってほら、ここにちゃんと書いてあるわ」

 

ティアラが示したのは、鏡の縁に刻まれていた飾り文字だった。

 

けれどくずれた英文字で書かれており、ハリーとロンには残念ながら何と書かれているのかさっぱり読めない。

 

「わたしはあなたのこころのそこにあるのぞみをうつす──ですって、」

 

ティアラはくずれた英文字を指でなぞりながら静かに言った。

 

「心の底…にある、望み…?」

 

「そう。ハリーは両親が見える?ロンは?ロンは何が見える?」

 

「…僕は……首席になってクィディッチのキャプテンになってる!」

 

ティアラは二人を見た。

 

見たこともない、今、ロンとハリーにだけ向けられる、温かくて、少し悲しみの混じった優しい笑み。

 

「ハリーはずっと両親に会いたかった。ロンは兄弟にまけない何でもできる自分になりたかった。この鏡は、鏡を覗く人間の内に秘められた一番の願いを見せる」

 

ティアラはそっとため息をついていた。

 

気力を振り絞って話しているようにも見える。

 

「でもね、ハリー、ロン。この鏡は『現実』を見せてくれるわけじゃない。『真実』も見せてくれない。見せてくれるのは自分の欲望──それだけ。」

 

ハリーは冷水を浴びせられた気分だった。

 

目を背けたかった事実を、ティアラが目の前に突きつけてくる。

 

そう、鏡の中でハリーに笑いかけてくれている人たちは、もうこの世にいない。

 

10年前に死んだ。

 

すべては、幻──。

 

───自分の欲望。

 

「まやかしに、心を囚われないでハリー。この鏡に囚われてはいけない。私たちは、過去でも未来でもない、今この時を生きているの」

 

そう言うティアラの、深く澄んだ緑色の瞳を見ているうちに、だんだんと心が落ち着いてくるのがわかった。

 

ハリーのその様子に気がついて、ティアラがほっとしたように笑う。

 

「──ティアラには、何が見えるの?」

 

ティアラは珍しく言葉に詰まった。

 

なおも返事を待ってじっと見ていると、ティアラは静かに首を横に振った。

 

「見えたのは信じていた過去、かな…。 当たり前であるべき現実。当たり前でなくなってしまった世界。 もう二度と叶わないかもしれない望み。 望んだものは、そのほとんどがこの手のひらからこぼれ落ちていく。…うんん。すでにこぼれ落ちちゃった…。 私はただそれを救いたい。違う。救わないといけない。」

 

ハリーもロンもは首を傾げていた。

 

その困惑した顔を見て、また余計なことを話してしまったと苦笑する。

 

確かに、最後のは、言いすぎた。

 

「もう0時近くね。そろそろ帰らなくちゃ」

 

二人は曖昧に頷き、再び透明マントを被りながら、ぼんやりと考える。

 

結局のところ、ティアラには何が見えたのだろう。と。

 

「ティアラは?マントに入る?」

「いいえ、私は先生に見つからないように帰るわ。ありがとう」

 

そう言うとティアラは大きな扉を押し、廊下の闇へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠りについている城と森。

 

 

まっすぐ寮に帰る気分にはなれず、ティアラは時計台に来ていた。ダンブルドア先生がなくなった場所。彼はここから真っ逆さまに落ちていった。

 

 

 

真っ暗な湖に吸い込まれそうになり、ふらふらと窓辺に近づく。

 

 

 

まるでこの世界に自分一人が取り残されたかのように錯覚する。

 

 

 

「私は…───どこまで出来るの?」

 

 

思うように使えない魔法。こんなのでみんなを守れるだろうか。

 

 

あのみぞの鏡の向こうで、みんな笑っていた。

"僕"がいなかったら訪れていたであろう景色がそこにあった。

 

 

 

そんな未来を"私"は作れるのだろうか?

 

 

雪を含んだ冷たい風が心の底を拐って行く。

 

言い表せられないほど心がじくじくと痛んだ。

 

 

 

ティアラは杖をぎゅっ、と握りしめ暗い雲で濁った空に向ける。 

 

『エクスペクト・パトローナム……!!!』

 

杖先から力強く青銀の光が飛び出し、それはゆっくりと一ヶ所に集まる。

 

「これ、は……!!」

 

そこに浮かんでいたのは雌鹿だった。

 

その鹿はティアラを一瞬振り返ると光を連れながら力強く空に向かって駆け出し、濁った雲の奥へと消えた。

 

ティアラはそれを見ると眉を寄せ、困ったように微笑んだ。

 

「これは、…どういう意味なのかしらね。」

 

 

見切りを付け、寮に戻ろうと後ろを振り返ったところで、慌てたような足音がひとつ、聞こえてきた。姿を隠そうとするも足音の主が姿を表す方が早かった。

 

「──君は…何者じゃ……!」

 

目を見開いてよろよろとこちらに走ってくるダンブルドア先生は見たことがない程取り乱していた。

 

大きく目を見開き、三日月型のメガネはほんの少し歪んでいる。

 

 

 

「ダンブルドア先生……」

 

 

 

目の前まで来ると、先生はなにかを確かめるように肩に手を置いて息も絶え絶えに言葉を紡いだ。

 

「何故…っ!」

 

「先生…!落ち着いてくださ「何故守護呪文を操れる!何故雌鹿をっ…!何故……っ!…その瞳を持つ…!」

 

落ち着きを取り戻さないまま先生は自分に問い掛けるように叫んだ。

 

「落ち着いてください!」

 

「───っ…!」

 

炎の灯った不思議な緑色の瞳を持つ少女の叫び声でダンブルドアははっ、と我に帰った。

 

意思を持った力強い瞳はじっとダンブルドアを見据える。

 

「落ち着いて下さい。お話…します」

 

 

ティアラは時折雪が吹き込む時計台の上でゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

「私は…少し未来を知っています。あの石のことも。クィレル先生のことも。」

 

「…何故そなたが?」

 

「それ…は、今はお話しできません。でも、ひとつだけ。あなたの敵ではないことは誓います。ハリーに危害を加える気も全くありません。──私は…ただ。あなた方の重荷になりたくないんです。」

 

「それを儂が聞けば、それが儂の重荷になる…と?」

 

「はい。これ以上。背負う必要はありません。」

 

ダンブルドアはじっと覚悟を決めたような少女らしからぬ表情をしたティアラを見つめた。

 

「……本当に、君は──あちら側ではないのだね?」

 

「はい。」

 

嘘をついている表情ではないことを確認すると、ダンブルドアはふぅ、と一つため息をついてティアラに背を向けた。

 

「…先生……?」

 

「ならば、言うことはない。ああ、ひとつだけあったね。"なぜこんな時間に生徒がここにいるのかな?"」

 

首だけをこちらに傾けてそういたずらっぽく言った後、先生はコツリ、コツリと靴音を響かせて廊下の先の闇へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もいないスリザリンの寮に帰ると、ティアラは1人、ため息を付いた。

 

軽率だった。

 

こんなに早く、先生に勘づかれてしまうなんて。

 

 

 

 

 

視線を上げ、窓の外の湖の景色を見る。

 

湖の表面は凍っていているのに中はたくさんの生命が生きている。

 

吸い込まれそうなくらい真っ黒な窓に向かうと、それに自分の姿が鏡のように映り込んだ。

 

ゆっくりと近づき、窓に手を当てると、ひんやりとした感覚が手から伝わってくる。

 

窓の向こうの自分と目が合った。

 

よく知っている緑色の瞳。

 

それを縁取る白いまつ毛。

 

考えれば考えるほど不思議なことではないだろうか。

 

ハリー・ポッターとして生き、闇を滅した英雄として死んだ。

 

あのとき僕は確かに願った。

 

──みんなを救いたかった、と。

 

どうして僕は今"ティアラ・ヴァレンタイン"なんだろうか。

 

『ヴァレンタイン家』の一人娘として、生きているなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな魔法は存在しないし、死ぬ間際に願えば叶うなんて。あり得ない。

 

ティアラは軽く頭を振って、窓から手を離した。

 

 

──考えても仕方ない。

 

わからないものはわからない。

 

なにかに与えられた命。

 

きっと、みんな守って見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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賢者の石の戦い

 

 

 

 

それから二週間後、クリスマス休暇を終え大勢の生徒達がホグワーツに戻り、学校は一段と騒がしくなっていた。

 

 

 

すっかり賑やかさを取り戻したグリフィンドールの談話室では…

 

 

「これだ!これだよ!!」

 

談話室のソファーの上でハリーが飛び上がっていた。

 

その声を聞いてロンがところにすっ飛んでくる。

 

「ここ見て!」 ハリーが本の1節をなぞる。

 

『ニコラス・フラメルは我々の知る限り、賢者の石の創造に成功した唯一の者。 また、ホグワーツ校長アルバス・ダンブルドアの研究のパートナーである』 その言葉を聞いてロンの頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ。

 

 

「なにそれ?」

 

やはりロンは石に関する知識がないらしい。

 

「ここ読んでみて。」ハリーはロンのほうに本を突き出した。そこには賢者の石に関する情報が乗っている。

 

──どんな金属も黄金に変え、飲めば不老不死になる「命の水」を作り出す。

 

「これならスネイプが狙うのも無理はないよ!誰だって欲しいもの。」

 

「そうだね…」 誰だって欲しい、賢者の石が。

 

二人はこれに心を奪われたスネイプがホグワーツに隠された賢者の石を狙っている、と。

 

 

 

 

 

 

 

数日後、クィディッチの試合があった。

 

審判がスネイプ先生だということでハリーたちはギリギリまで試合に出るべきか悩んでいたようだったが、結果を見れば出て正解だっただろう。

 

ハリーは、スリザリンのシーカーが見つける前にスニッチを見つけ、スネイプ先生が妨害を加える暇もなく試合を自分のチームの勝利という形で終わらせたのだ。

 

 

一年生とは思えないハリーの箒さばきはすぐに有名になり、グリフィンドールが戦うときはホグワーツ全生徒が競技場に押しかける事態となっていた。

 

そんな試合があってすぐのこと。 ハリーは浮かれているものかと思ったが、何か緊急のことがあるらしく神妙な面持ちをしていた。

 

 

グリフィンドールの授業が終わったあと、ハリーはハーマイオニーとロンを空き教室に引っ張っていくと、誰もいないことを確認して話し始めた。

 

「僕らは正しかった。賢者の石だったんだ!それを手に入れるのを手伝えってスネイプがクィレルを脅していた。」

 

「ハリー、スネイプ"先生"よ。それにクィレル"先生"。」

 

「……スネイプ先生がクィレル先生を脅していた。スネイプ先生はフラッフィーを出し抜く方法を知っているかって聞いてた……。それと、クィレルの――」

「先生。」

 

 

「ーークィレル先生の怪しげなまやかしのことも何か話してた……フラッフィー以外にも何か特別なものが石を守っているんだと思う。きっと人を惑わすような魔法がいっぱい掛けてあるんだよ。」 

 

ハリーが神妙な顔で二人を見た。 

 

 

 

 

本来なら学年末テストも近いので勉強しなければならないのかも知れないが──

 

ハグリッドと一緒にドラゴンを育てていたかと思えば、夜間出歩いているところをハリーやロングボトムと共にマクゴナガル先生に見つかり3人合計で150点もの減点を食らったり…

 

 

それが原因で禁じられた森で罰則をこなさなければならなくなったり…

 

 

その罰則中禁じられた森で何者かに襲われ、 ケンタウロスに助けられ、 その何者かというのはユニコーンの血を吸って生きながらえているヴォルデモートだった。等と言うとんでもない体験をしているのだ。 今さらテスト何てどうでもいい。と、ハリーとロンは諦めていた。

 

無論、ハーマイオニーは一人黙々と机に向かっていたが。

 

 

 

「もしスネイプ先生がクィレル先生を問い詰めているとして、クィレル先生はよく持っているほうね。やはり闇の魔術に対する防衛術の担当教師なだけはあるのかしら。」

 

 

「まあ、スネイプ先生がそのようなことをする人だとは思えないが、ハリーたちから言わせてみればスネイプ先生は欲のために石を狙ってるんだろ、どーせ」

 

 

無理矢理結論付けると三人は立ち上がり、談話室へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

そしてそれから数日後…進級試験の最終日、ハリーはハグリッドが酒場でドラゴンの卵をくれた男に、賢者の石が隠された場所を守っている三頭犬に対処する方法を教えてしまったことを知った。

 

 

「ハーマイオニー!ロン! 大変なことが分かったんだ!一緒に来て!」

ハリーは談話室で大声で叫けんだ。

 

 

3人は寮を出ると急ぎ足で校長室の方へ向かった。

 

「ハグリッドが怪しい奴にフラッフィーの手懐け方を教えてしまった。ドラゴンの卵をハグリッドに上げたのは変装したスネイプかヴォルデモートだったんだ! 村のパブでハグリッドを酔わせてしまえばあとは簡単だったに違いない。早くこのことをダンブルドア先生に伝えないと!」 ハリーが早足で歩きながら説明した。

 

 

「でもそれって随分と前の話じゃない。今更な感じがあるけど……。」 

 

 

角を曲がったその時…

 

《ドンッ、》

 

 

「きゃ、」「わわっ、」

 

鈍い音と同時に本がドサリと落ちる音と、女の子の小さな叫び声が廊下に響いた。

 

 

「ティアラ!?」

 

「…ハーマイオニー…」

 

ぶつかったのは胸にたくさんの本を抱えたティアラだった。

 

「いてててて、…あ、…ティアラ」

 

「久しぶりね、ロン。ハリー。」

 

立ち上がりローブについた汚れを払う。

 

ハリーがティアラに賢者の石の石の事を言おうと口を開きかけた時、急に反対側から声が響いていた。

 

「そこの4人、こんなところで一体何をしているんですか?テストが終わったのですから、グラウンドにでも行ってはいかがです?」

 

マクゴナガル先生だ。彼女もまた、両腕に山のように本を抱えている。

 

「マクゴガナル先生、こんにちは」

 

「ごきげんよう、ミス・ヴァレンタイン」

 

 

「あの、ダンブルドア先生にお目にかかりたいんですけど…」

 

「ダンブルドア先生にお目にかかる?理由は?」 ハリーが少し悩むような顔をする。

 

「…秘密なんです。」

 

そんなハリーの返答を聞いて先生は怪訝そうな顔をする。

 

「緊急なのだとしたら誰であれ事情を話すべきなのでは?ダンブルドア先生なら魔法省から緊急のふくろう便が来て、先ほどロンドンに飛び発たれました。」

 

 

「先生がいらっしゃらないんですか?この肝心な時に!?」 ロンが慌てたように叫ぶ。

 

「ウィーズリー。ダンブルドア先生は大変多忙でいらっしゃいます。そう簡単に会えるお方ではありません。」

 

マクゴナガル先生のそれは完全に癇癪を起した子供をたしなめるものだった。

 

「でも重要なことなんです。」

 

「魔法省の件よりもですか?」

 

マクゴナガル先生の眼鏡がキラリと光る。 石のことを秘密にして話すには限界だと感じたようでハリーは意を決して真実を告げる。

 

 

 

 

 

 

「実は…その……賢者の石のことなんです。」

 

 

 

 

その言葉は完全にマクゴナガル先生の予想の外にあったものらしい。

 

 

先生の手からバラバラと本が落ちたが先生は拾おうともしなかった。

 

 

仕方がないのでハーマイオニーとティアラが拾う。

 

その間にも上で話は進んでいた。

 

 

「どうしてそれを?」

 

 

もう既に先生はおろおろしていた。

 

 

「誰かが石を盗もうとしています。どうしてもダンブルドア先生にお話ししなくてはならないのです。」

 

「……彼の帰りは明日お帰りになります。どうやって石のことを知ったのか分かりませんが安心なさい。石の守りは強固です。誰にも盗むことは出来ません。さあ、私は試験の採点をしなければ」

 

マクゴナガル先生はそういうと散らばった本を拾おうとしたのか下を見て屈む。だが本はすでにハーマイオニーとティアラが全て拾っていたので1冊も地面には落ちていなかった。

 

 

「あ、ああグレンジャー、ヴァレンタイン。ありがとう」

 

 

先生は私たち二人からさっと本を受け取って、背中を向けて歩いていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

後に残された4人は顔を見合わせた。

 

 

 

 

「……えっ……と、」

 

 

 

 

 

ハリー、ハーマイオニー、ロンは"ティアラ"は何も知らないと思っている。

 

ここで変に動いては3人に怪しまれてしまう。

 

 

なんて言おうか言い澱んでいると…

 

 

「テ、ティア!ぼ、僕達…その…」

 

気まずそうにハリーが口を開いた。

 

「…賢者の石って、ニコラス…の?」

 

 

 

そう呟くと3人は驚いたかのように目を見開いた。

 

 

 

「そう。そうよ、」

 

「っ、ハーマイオニー…!」

 

「いいじゃない。ティアラなら必ず私たちの力になってくれるわ」

 

「…そうだね、ハーマイオニーの言う通りだ。ハリー、全部ティアラに話そう。」

 

 

「…わかった。…でもティア、約束して。絶対に口外しないって。」

 

「…約束するわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今夜…?」

 

 

 

 

 

話を聞き終わったティアラは、ハーマイオニーの口から飛び出した"今夜"という言葉に動揺を隠せなかった。

 

 

 

──今夜…

 

 

 

作戦の決行は今夜らしい。

 

 

 

ケルベロスの突破方法がハグリットの口から外部に漏れた今、ダンブルドア校長がいない今夜が、敵にとって絶好のチャンスだと3人は考えたのだ。

 

 

 

今夜…。そう……

 

 

 

ティアラは正直"前"の時何日に決行したかを覚えていなかった。テストが終わってから終業式までの間のうちの1日。

 

 

その日に備えて今日から色々準備をする予定だったというのに。

 

 

ティアラは自分の記憶力の無さを内心で呪う。

 

 

「……事情はわかったわ。出来るだけ手伝う。」

 

 

 

──スネイプ先生が盛大に疑われているのは納得が行かないけれど。

 

 

 

 

ここまで来たら彼らが怪我をしないように。

クィレルが死なないように。

どうにか立ち回るしかない。

 

 

 

どうか。

 

どうか、成功しますように。

ハリー・ポッターがクィレルを殺さずに済みますように。

 

 

 

──私の身体が…魔法に付いてきてくれますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁーーーー!!!」

 

 

 

 

三人の叫び声と共にケルベロスの唸り声が部屋に響き渡った。

 

 

「速く入って!」

 

ティアラが隠し扉を開いてる間に三人は順番にそこに飛び込んだ。

 

三人が入ったことを確認したティアラはケルベロスに向かって杖を振る。

 

『イモビラス!(動くな!)』

 

白色の光がケルベロスを包んだ。

 

「ごめんなさいね」

 

固まったケルベロスに向かってポツリと呟くとティアラもその扉に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

下では予想通りパニックが起きていた。3人が思い思いに叫び声をあげる。

 

ティアラの「動かないで」という声はハーマイオニーの高い叫び声と、ロンとハリーの泣きそうな叫び声にすっかりかき消されてしまっていた。

 

 

 

「っ、…ハーマイオニー…!!!」

 

全員に『動いては行けない』と言うのはやめて、すぐ右にいたハーマイオニーに向かって叫ぶ。

 

「ハーマイオニー!!これは悪魔のワナよ!」

「…悪魔のワナ…?!じゃあっ」

「そう、もがかなければっ…!」

 

それに気がついたハーマイオニーはすんなりと下に落とされた。ティアラもそのすぐあとに下の硬い地面に吐き出された。

 

「「うぁぁぁーー!!!!」」

 

上からは相変わらず二人の叫び声が聞こえてくる。

 

「悪魔のワナ…悪魔のワナ…っ、!そうだわ!悪魔のワナは日光を嫌うっ…!『ルーマス・ソレム!』」

 

それに気がついたハーマイオニーが天井のつるに向かってそう呪文を唱えた。

 

 

光が当たった所からみるみるうちにほどけてゆき、ハリーとロンが上から降ってくる。

 

「うわっ、」「わっ!」

 

『レビコーパス(身体よ浮け)』

 

地面にぶつかる寸前、ティアラの魔法によって2人の身体はピタリと止まった。

 

「……こ、怖かった…」顔を真っ青にしたロンが地面に座りみそう溢した。

「ハーマイオニー、ありがとう」

 

「いいの。悪魔のワナって教えてくれたのはティアだから…私はなにも」

 

「日の光に弱いって私は知らなかったわ。ハーマイオニーのおかげよ。さあ、先に進みましょう。」

 

 

 

 

ティアラとハーマイオニーを先頭に次の部屋に進んだが、鍵の部屋ではティアラが手を出す間もなく、ハリーの天才的な箒捌きによって鍵を手に入れ、チェスの部屋ではロンのチェスの能力を最大限に生かして、突破することができた。

 

 

 

 

────が…

 

 

「「ロンっ!!」」ロンが意識を失い、砂ぼこりの積もる床に倒れ込んだ。

 

 

 

 

記憶の通り、着々と事は進んでゆく。

 

 

自分というイレギュラーな存在があるにも関わらず。

 

 

ティアラは倒れ込んだロンの手を握った。ティアラはほんのすこしの安心感と、確かな不安があった。

 

 

 

自分というイレギュラーが居ても、知っている通りに歴史が進んで行くのが不安だった。自分の知らない方向に物事が進んで行っては、どうにもできないからだ。

 

ただ…。その中の一部分を、都合よく変えられるのだろうか。

その不安だけがティアラの心のなかをぐるぐると回っていた。

 

 

 

「っ…、ハーマイオニー。君はロンを連れて戻るんだ。誰でもいい、先生に状況を伝えてくれ。僕とティアは先に進む。石を奴から守らなきゃ。」

 

「……わかったわ。気をつけて」

 

「ティア、行こう。」

 

「…ええ」

 

 

2人に背を向け、歩き始めた。石の部屋へと続く扉が近づいてくるにつれ、ティアラの背に石が乗っかって来るかのようだった。

 

 

「ティア…?大丈夫?顔色が…」

「…っ!、大丈夫よ。ありがとう。」

 

 

 

 

─うまくいくだろうか。

 

私のせいで、ハリーが怪我をするなんて事になったら…。

 

悪い考えが次々と頭をよぎる。

 

 

「っ、考えても仕方がないわ…。やるしかないんだからっ。」

 

そう自分に言い聞かせるかのように呟き、ティアラは目の前の大きな扉に手を掛けた。

 

「ハリー。あなたはここで待っていて。」

「えっ…?」

 

ティアラは大きな扉に顔を向けたまま深く息を吸い込んだ。

 

「ど、どうして?」

ハリーは不思議そうにティアラの顔を見る。ティアラは扉から手を離し、ハリーの手を握った。

 

「…お願い。私が呼ぶまで。絶対に入ってきちゃだめ。あなたを守るためなの。」

 

「っ、でもそしたらティアは…」

 

「私は大丈夫。だから…お願い」

 

ハリーの緑色の瞳を見つめる。

 

「…わかった。でも!危ないと思ったら呼んでね」

 

「うん」

 

ハリーは扉の前に。ティアラは賢者の石の部屋に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

「何者だ!」

部屋に一歩足を踏み入れたとたん。

クィレルの突然怒鳴り声が聞こえた。

私は階段を下り、ターバンを巻いたクィレルと対面した。

 

「こんばんわ。いい夜ですね。先生。」

 

 

私の目の前にはいつものオドオドした表情ではなく、非常に厳しい表情をしたクィレル先生が立っていた。

 

 

 

「授業ではお世話になっております。ヴァレンタインです。」

「…ヴァレンタインか、そこをどけ。私はその鏡に用がある。」

 

「賢者の石……ですよね」

 

 

クィレル先生がジロリと私を睨む。

 

 

「どうやら君は事情を知っているようだ。私は我が主の為に賢者の石を手に入れないとならない。さあ、さっさとそこをどけ。」

 

 

私は素直に鏡の前を開ける。

 

 

その様子を見てクィレル先生は不審そうな顔をした。

 

別にクィレルが鏡を見ることには何の意味もないのだから。

 

 

「……まあいい。この鏡からどうにかして石を取り出さなければ。一体どうなっているんだ? 鏡を割ってみるか?」

 

 

クィレル先生はブツブツと呟きながら鏡を叩いたり裏に回ったりしている。 私はその様子を警戒して見る。

 

 

「この鏡はどういう仕組みなんだ? どういう使いかたをするのだろう。」

 

 

クィレル先生は顎に手を当てて考え込む。 ティアラはクィレル先生の方に歩み寄る。

その様子にクィレル先生は一瞬警戒したが、何もできないだろうと結論付けたのか攻撃はしてこない。

なんと言ったって、クィレルのなかでは"ヴァレンタイン"は無力の1年生なのだから。

 

 

「この鏡は自分の欲を映します。貴方の望みが賢者の石を使うことならその場面が映り、賢者の石を見つけることならその場面が映るはずです。」

 

 

 

私も鏡を見る。 相変わらず、泣きたくなる光景がそこに映し出されるだけだった。

 

 

あの時のように賢者の石は自動的にポケットには入ってくれない。

 

 

(私じゃやっぱりハリーの代わりにはなれない…か…)

 

 

同じように鏡を見ていたクィレルはまるで小さな子供のように鏡に見入っていた。

 

 

「…っ!これはこれは…!私が我が主に…!」

 

 

クィレルがだんだんと鏡に近づき、あと一歩!と言うところで、どこからともなく恐ろしい声が響いた。

 

 

『『クィレルッ!』』

「は、はいっ!」

 

 

どうやらこの声はヴォルデモートらしい。

 

クィレルから声が出ているように感じる。

 

 

『『その小娘は知りすぎだ。殺れ。』』

 

 

「で、ですが…『『いいから殺れっ!』』」

 

 

「はいぃっ!」

 

 

クィレルはローブから黒い杖を出すと、少し躊躇したものの禁断の魔法を使った。

 

 

『アバダ・ケダブラッ!』

 

 

ティアラは杖を構え、それに応戦する。

 

「バカにしないでっ!ただの11歳じゃないのよっ!」 『サルビオヘクシア・マキシマッ!(最大の呪い避け)』

 

 

ティアラのギリギリ前まで飛んできた死の呪いはティアラの呪文により後ろの壁に避けられ、壁に当たった。

 

 

《ドォンッ!》 「なっ!」

 

 

こんな上級魔法が使えると知らなかったのか、クィレルは一瞬固まる。もちろんその隙を突かない手はない。

 

 

『エクスペリ・アームスッ!(武器よ去れ)』

『アバダ・ケダブラッ!』

『エクスペリ・アームス!』

『プロテゴッ!』

『クルーシオッ!』

 

次々と二人の呪文が部屋のあちこちでぶつかり、火花が散る。

 

『エクスペリ・アームス!!!!』

 

ティアラの声にハッとしたクィレルは慌ててプロテゴをかけた。が間に合わず杖は飛び、クィレルの体も後ろにとんだ。

 

 

「っ、、」

 

 

二人とも砕けた壁の破片や魔力の消費で大分ボロボロだったがそこに先程の声が割って入ってきた。

 

 

『『使えない奴め!ターバンをはずせっ!俺様が殺る!』』

「は、はいっ!」

クィレルがターバンを外す。

 

 

《ゴゴゴゴッ》

その時…私が入ってきたドアが再び開いた。

 

 

「ティア!」

 

──ハリーだ。

 

 

「ハリー!?どうしてっ!!…来ちゃだめ!」

 

 

 

『『ほぅ、ポッター。やっときたか…』』

 

「クィレル?!」

 

 

ハリーはここにいるのがスネイプ先生だと思っていたのだろう。想像していた状態とはかけ離れており、軽くパニックを起こしているようだった。

 

 

『『ハリー・ポッター!ここに立つのだ。何が見える?』』

 

クィレル、いや、ヴォルデモートはハリーに鏡の前に立つように言った。

 

ハリーが動くのと同時にティアラは、ヴォルデモートがハリーに開心術をかけようとしていることに気がついた。

 

すぐに無言呪文でそれを防御し、ハリーにプロテゴをかける。

 

 

『『…何が見える』』

「えっと、…ぼ、僕がダンブルドア先生と握手して『『嘘をつくなっ!』』」

 

「っ…!ハリー!伏せてっ!」

 

『『クルーシオッ!』』

 

『プロテゴ・トタラムッ!』

 

ヴォルデモートの呪文とティアラの杖から作り出される精巧な盾がぶつかる。

 

「っ、、」

「ティア…大丈夫…?」

「大丈夫…よ」

 

ティアラの魔法の盾にぶつかったそれはまばゆい光を放ちつつ辺りに消えるように散らばった。

 

『『小娘…邪魔だ。無駄な抵抗はやめてポッターを寄越せ』』

 

「それは出来ない相談ね」

 

『『・・・・・』』

 

「・・・・・・」

二人が杖を構えたままタイミングを計る。次々と二人の呪文が部屋のあちこちでぶつかり、火花が散る。

 

 

 

暫くすると、クィレルの標的が明らかにハリーに変わったのがわかった。

 

「っ…!ハリー!伏せてっ!」

 

『『クルーシオッ!』』

 

『プロテゴ・トラタムッ!』

 

ヴォルデモートの呪文とティアラの杖から作り出される精巧な碧色の盾がぶつかる。

 

 

「っ、、これじゃ…あ!──っ、!!!」

 

──破られる…っ、

 

 

 

ティアラがハリーの前に咄嗟に飛び出すのと、クィレルの呪文が盾を破るのは同時だった。

 

 

 

「そんなっ、駄目だ、…───!」部屋に大きな爆発音とハリーーの叫び声が響く。

 

 

ハリーには声も発する暇もなかった。

ハリーの目の前でティアラの胸に呪文が直撃したのだ。

 

「っ……─!」ティアラは身が張り裂けるような痛みに顔を歪ませる。

 

ポタリと床に鮮やかな血が飛び散った。

 

「ティア!!!!」

 

ハリーが倒れ込み腕から血を流すティアラのそばに血相を変え駆け寄る。

 

 

 

そんなハリーにもクィレルは容赦なく杖を振る。

 

『『クルーシオッ!』』

 

『っ、プロ、テゴッ』

 

 

ティアラは傷口から血が出ているのにも関わらず守護呪文を唱える。

 

 

『『っ、小娘!邪魔をするなっ』』

 

ハリーに近づいたクィレル、ヴォルデモートは真っ黒な靴でティアラの脇腹を蹴った。

 

「っ、、」

 

「っっ!やめろーっ!!」

 

ハリーがクィレルに体当たりをする。

 

『『うぁぁあぁー!!!て、手がっ!私の手がぁ!』』

 

ハリーが触ったそこは火傷のように赤く爛れ、とても杖を持てる様子ではなくなる。

 

『『ちっ!貴様の手なんてどうでもいいっ!さっさと殺せ!』』

 

「手がっ!ぐあぁぁぁっ!」

 

その二人の様子にハリーは自分の手を見比べて、クィレルに再び触ろうとした。

 

「っ、、は、ハリー……や、…め…、だめ…、」

 

ティアラは苦しさに痺れる体を叱咤しふらふらと立ち上がった。

 

一方、ヴォルデモートは必死にクィレルの体を操ろうとするがクィレルはあまりの痛みに我を忘れている。

 

「、ハリー…やめてっ」

 

ティアラはハリーの腕をパシンッと掴んだ。

 

「ハリー…っ、だめ。これ以上はっ、」

 

今にもクィレルに飛びかかろうとしていたハリーはハッと我に帰った。

 

「ティア…」 

 

『『クソッ、!小娘が邪魔をするなっ!クィレル!さっさと殺れ!』』

 

ヴォルデモートが声をあげるが、もはや痛みに悶えるクィレルを操ることはできない。

 

『『あああああぁぁぁぁーーー!!!!』』

 

雄叫びをあげたヴォルデモートは黒い霧となってクィレルのからだから抜け出した。

その衝撃でクィレルの体は地面に崩れ落ちる。

 

「う、……」

 

「ハリー!」

 

黒い霧は最後の抵抗なのかハリーの体をすり抜けて天井へと消えた。

 

からだの力がガクンと抜けたハリーの体を支えたためティアラもそれにつられ地面に崩れ落ちた。

 

ハリーが息をしていることを確認するとティアラはドクドクと血が出ている右腕を押さえながら立ち上がり、浅い息を繰り返しているクィレルの側に崩れ落ちた。

 

「っ、なんだ。私を嘲笑いに来たか…っ」

 

「っ、ちがう…っ、」

 

ティアラは痛みに顔を歪ませながら、黒く染まりポロポロと崩れ落ちてゆくクィレルの腕に杖を向けた。

 

 

『サルビオ・ヘクシア(呪いを避けよ)』

ティアラの杖先から微かに出る水色の光はクィレルの腕を優しく包み込む。

 

「っ……、」

 

ティアラの魔力は限界を向かえようとしていた。杖先から出る光は細く弱くなってゆく。

 

──まだ、…まだ足りない…

 

クィレルの顔を見ると彼はすでに目を瞑り意識を失っていた。

 

「お願いっ、もうすこしなの…」

 

ティアラは杖を両手で持ち、何度も呪文を唱える。

 

「サルビオ・ヘクシア…」

 

「…サルビオ…ヘクシア」

 

「サ……ル…ビオ……、」

 

 

次の瞬間、ドサリという音と共にティアラの身体がクィレルの上に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

ハリー、ティアラ、クィレル。

 

 

 

その部屋は3人の浅い息づかいが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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一年のおわり

 

 

魔法省から帰ってきたばかりの校長と話していると、血相を変えた様子のミネルバがどたばたと校長室に入ってきた。

 

「ああ校長!お帰りでしたか!セブルスも良いところに!」

「何事じゃ、ミネルバ」

「大変です、たった今グレンジャーが来てっ、ポッターが!」

 

 

 

 

 

 

 

 

‥‥‥‥‥

 

 

 

 

 

 

 

 

バンっ!!とドアが開き、中央にみぞの鏡が置かれた大きな部屋に、慌てた様子の三人が姿を表した。

 

ダンブルドアとスネイプ、そしてマクゴナガルだ。

 

 

「っ……!!」

 

 

───ヴァレンタイン…っ、

 

 

思っても見なかった少女の姿にスネイプは大きく目を見開いた。

 

小さな体は、クィレルの体に倒れ込んでいた。

 

スネイプはすぐにそれを起こし、浅くか弱いが息をしていることに気がつき、ほっと息を付いた。

 

「ポッター?それに…ヴァレンタインまで!」

 

ミネルバはポッターの側に駆け寄り、校長はクィレルの脈を取るのが視界の端に見える。

 

「これ…は…」

 

杖を握っているヴァレンタインの手を見ると大きな傷が見えた。

 

 

何があった?

 

 

 

頭がカッ、と熱くなり杖を握る手がぶるぶると震える。

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、固く目を閉じる彼女がふいにリリーに重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

突然周りから音が消え、心臓がどくんと嫌な音を立てる。

 

 

 

 

 

 

 

「っ………」

 

 

 

 

冷たい汗が背を伝う。

 

 

 

 

 

「セブ───」

 

 

 

 

 

「セブルス─」

 

 

「……!」

 

 

「セブルス、冷静になるのじゃ」

 

 

「っ……、…」

 

 

 

 

 

そうだ。

 

落ち着いて…

 

すぐに治療をせねば。

 

 

 

軽く頭を振って取りつく考えを振り払うと、スネイプは外傷だけでも治そうと痛々しい傷に杖を向けた。

 

 

『エピスキー…(傷よ癒えよ)』

 

 

 

何度も何度もそう唱えるが小さな少女の顔色は一行に良くならない。

 

 

 

 

「セブルス、ミネルバ。ここには闇の呪文の痕跡がある。その二人が禁じられた呪文を受けていたら命の危険がある。すぐに治療をせねばならぬ」

 

 

 

 

ダンブルドアが眉を歪ませてハリーとティアラを見た。

 

 

 

 

「今回は緊急じゃ。姿現しで上へ戻るぞ。はやくわしに捕まれ」

 

 

 

 

 

ダンブルドアはクィレルの腕を掴み、マクゴナガルもハリーの手をしっかりと握り、スネイプは自らのローブでティアラをくるみ、身体を支える。

 

 

 

 

「ゆくぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

‥‥‥‥‥…………

 

 

 

 

 

どこか懐かしい香り。

 

 

 

 

 

 

 

それはいい香りで、頭がひんやりして、どこか懐かしく、ずっと包まれていたいそう願うような、そんな感じ。

 

 

 

 

 

 

 

暖かなものに頬を寄せると、身を包んでいた柔らかなものが肩を滑り落ち肌寒さが襲ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、我に返りぱちりと目が覚める。

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 

 

 

柔らかなものは肩に掛けられていた黒いブランケット。   

 

 

 

 

 

そして、目線の先にはベッドの足元で、腕と足を組んで眠っているスネイプ先生がいた。

 

 

 

 

 

 

 

大きな声を出しそうになったのをぐっ、と堪える。

 

──眠っている…?

 

うつむいて眠っている先生を見ると、どうしてだかわからないけどなんだか嬉しくなってベッドの上をそっと移動して先生の前に行く。 

 

 

 

静かに眠っている先生をじっとみていると、ふいにハリーだった頃の先生を思い出した。

 

──こんな風にじっと顔をみるのは初めてかもしれない。怖くてずっと俯いていたから。

 

まつ毛長いなぁ…

 

あ、眉間の皺は寝てるときでも健在なんだ…

 

 

 

 

 

これがなかったらそんなに怖くなくて、生徒にも逃げられないと思うのになぁ…

 

 

 

 

 

 

腕をそろそろと伸ばして指先で眉間をつん、とつついた。

 

 

「──あ・・・」

 

 

後悔したときにはもう遅い。

眉間にあった腕は、しっかりと目を覚ました先生に捕まれていた。

 

「…………」

「……え、っと……」

 

寝起きで少しとろんとしていた目も、だんだんと驚いたかのように見開かれていく。

 

なにか言わなきゃと思いつつ、無意識でしていた手前、口からなんの言葉も出てこない。

 

「…目が…覚めたのか……。いや、…なんの真似だ」

スネイプ先生は至極不機嫌そうに呟いた。

 

 

 

「す、すい…ません、寝ているときくらいそんなに力まなくてもいいのになぁ……って……思ったら、無意識に……」

 

あ、しまった、つい本音が……。

 

 

 

 

弾かれたように顔をあげると、先生は思った通りさらに眉間に皺を寄せている。

 

「……まあいい。私はお前に聞きたいことがある」

「…聞きたいこと…ですか?」

 

「ああ。すべて話せ。何があったか、何故あそこでポッターと共に倒れていたのか。すべてだ」

 

有無を言わさない無言の圧力がかかってきて、ティアラはゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

‥‥‥‥‥‥

 

 

 

 

 

「全く…馬鹿者が4人奮闘したと聞いていたが…一歩間違えれば大惨事だった。実際お前は怪我をしてここに運ばれて来ている。私に報告や相談のひとつもできなかったのか。」

 

「す、すいません。必死で…」

 

「お前は自分の危険に慣れすぎている癖があるらしい。もっと教師を頼れ、馬鹿ものが…」

 

「…いろいろ、ありがとうございました。…迷惑をかけてすいません。」

 

 

 

 

ペコリと頭を下げると、何かが頭をくしゃりと撫でた。

 

───え…っ?

 

状況を理解するのに数秒かかった。

 

 

 

 

「…顔色が悪い。治るまでしっかり休め。」

 

その声に止まっていた思考が再び動き出し、先生に頭を撫でられたと気が付く。

 

カーテンの幕の向こうに先生が消えるのと同時に顔に熱が集まってくるのが分かった。

 

──な、な、なに?!今の!誰?!

 

ルーピン先生か誰かが乗り移ったの?!  

 

 

 

 

「──ほんとに…心臓に悪い…」

 

 

 

小さく呟いたそれは誰の耳にも入ることなく消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティアラが医務室生活から解放されてから3日目。

 

ホグワーツの一年を締めくくる『学年末パーティー』で、大広間はいつになく盛り上がっていた。

 

 

「ティアラッ!」

 

「わっ!」

 

大広間には行ったとたん、視界は栗色で覆われた。ハーマイオニーの髪だ。

 

「ハーマイオニーね?元気だった?」

 

「元気だった?じゃないわよ!心配したのよっ?本当に無事でよかった…」

 

「ありがとう」

 

「ティア?」

 

ハーマイオニーの後ろから少し身長の伸びたロンがやって来た。

 

「ロンも久しぶり!怪我は大丈夫?」

 

「元気だよ。君は? 」

 

「大丈夫よ、無事でよかった」

 

「ごっほんっ!」 とそこに後ろからハッフルパフの生徒達がやって来た。今の咳払いは監督生。胸にPバッチを付けている。

 

今はここでお別れだ。

 

 

 

「ハリー、ロン、ハーマイオニー。またあとで話しましょう」

 

スリザリンとグリフィンドールはそれぞれの対決の歴史のせいか、席が離れている。 食事中はとてもじゃないが話せる距離ではない。

 

 

ティアラはハリーたちと別れ、スリザリンの席に座る。

広間は銀と緑のスリザリンカラーで飾られ、天井からはスリザリンの寮旗が垂れている。ティアラは周りスリザリン生の浮かれように苦笑を漏らす。

 

 

 

 

全員が着席したところでダンブルドア先生が話し出す。

 

 

「さて、諸君。また1年が過ぎた。一同、ご馳走にかぶりつく前に老いぼれのたわ言をお聞き願おう。……新学年を迎える前に、頭がきれいさっぱり空っぽになる夏休みがやって来る。その前に、恒例の寮対抗杯の表彰を行うとしよう。今年の最優秀の寮を表彰したいと思う。」

 

 

大広間に緊張が走った。

 

「…では、得点を発表しよう。     

 

第4位グリフィンドール、312点。

 

第3位ハッフルパフ、352点。 

 

第2位はレイブンクロー、426点。

 

そして、第1位は472点で、スリザリンじゃ。      

 

よーしよしよくやった、スリザリンの諸君。   

 

だがのぅ、最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまい。」

 

スリザリンで沸き起こっていた歓声が一気に静まる。 

ティアラはこれから起きることを知っている。周りのみんなの落胆を見ていたくなくて無意識に視線を落とした。

 

 

「ギリギリで得点をあげた者がいる。 」

 

大広間にいた全員が彼の言葉を聞き逃すまいと校長を見上げる。

 

「まず、ハーマイオニー・グレンジャー。 冷静に頭を使って見事仲間を危機から救った。65点。」

 

「いいぞ!」グリフィンドールの誰かが叫ぶ。

 

「次にロナルド・ウィーズリー。 ホグワーツでも近年まれに見るチェスの名勝負を披露してくれた。65点。 」

 

「…そして。3人目はハリー・ポッター。 その強い意志と卓越した勇気をたたえたい。 そこでグリフィンドールに80点。」

 

「やったわ! スリザリンに勝った!」と、ハーマイオニー。

 

「4人目は……敵に立ち向かうのは大変勇気がいることじゃが、友達に立ち向かうのはもっと勇気がいる。その勇気を称え10点をネビル・ロングボトムに。」

 

「「「「「「「ワァーーーーーー!!!」」」」」」」

 

グリフィンドールから歓声が一気に沸き起こった。

 

 

「やったー、君達最高だよっ!」

「…ごっほんっ!!!」

 

 

 

ダンブルドアが咳払いをし話を続けた。 「最後にっ!」

 

「「「「・・・・」」」」

 

ホグワーツにいる誰もがダンブルドアの言葉を一言も漏らすまいと耳を傾けた。

ティアラは"なにもなかったはず"と覚えのないダンブルドアの台詞に顔をあげた。

 

 

「一年生とは思えぬ魔法の力で2人の命を救った!ティアラ・ヴァレンタインに60点っ!…さて、わしの計算に間違いがなければ表彰式の飾り付けを変えねばの。」

「え…?」

 

ティアラは大きく目を見開いてダンブルドアを見上げる。

 

同じようにティアラを見たダンブルドアは優しい瞳でにっこりとティアラに笑いかける。

 

全員が呆気に取られた。 自分達の計算が正しければ今、スリザリンとグリフィンドールは同点なのだ。

 

 

 

この状態でどう飾りつけをすると言うのか。

 

 

 

ダンブルドアは静まり返っているのも気にせずに杖を振る。すると装飾は緑と赤に綺麗に調和のとれた装飾へと変化を遂げた。

 

  

 

「綺麗…」「わぁー!」

 

 

どこからともなく称賛の声と拍手が上がる。 それはだんだんと大きくなりホグワーツ全体を包み込んだ。

 

 

 

「では、グリフィンドールとスリザリンに優勝カップを! 」 こうして今年の寮杯は異例の引き分けとなって幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタンゴトンと揺れるホグワーツ特急の中。ティアラは、ホグワーツ特急の中でシャルとニカに挟まれ、前にはドラコまでいるコンポーネントに収まっていた。

 

ドラコに導かれるままコンポーネントに入ると仁王立ちをした二人が立っており、今の今まで1時間近くあの事についてこっぴどく叱られていた。

 

 

お菓子を運んでくれるカートがやってきて話が途切れたところでティアラは慌てて話題を変える。

 

 

「そ、そういえば。皆夏休みはどうするの?」

 

「あーそういえば、母様が皆ををうちに招待したらどうかって言ってたぞ」ドラコがパイを切りながら言う。

 

「いいわね」

「あ、おい!」シャルがドラコの切ったパイを横取りする。

 

「休み中も梟便送ってね」

「ああ。ほら、切れたぞ」

ドラコが小さなパイを器用に4つに切り分けてくれた。

 

「ティアは?」

「うーん。まだあんまり考えてないな…・・・ねえ、よかったら新学期が始まる前のダイアゴン横丁で会わない?日にちを合わせれば会えるわ」

 

「いいわね!」「いいアイデアね!」

 

「……わかった。じゃあ私から3人にふくろう便を送るわね」 ティアラは3人の住所をメモするとにっこり微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沢山の荷物をもったホグワーツ生がホームに降り立つ。

 

「ティア!」 見回していると人だかりの向こうにナルシッサとマリアの姿を見つける。

 

「ティア!ドラコ!こっちよ!」

 

大きく手を振る二人のもとに大きなトランクを抱えて向かう

 

 

「お帰りなさい、ティア、ドラコ」

 

 

 

 

 

 

 

トランクを傍らに置き、2人はそれぞれに勢いよくガパリと抱きついた。

 

「「─────ただいまっ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




賢者の石編はこれで終わりです。秘密の部屋編を始める前に一週間、更新をストップいたします。

ここまでお付き合いしてくださった皆様、ありがとうございました。体調にお気を付けてお過ごし下さい。




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秘密の部屋
懐かしの……


 

肌を焼く日差しに麦わら帽子が必要になる夏休暇。ティアラは自分の部屋の窓際に座り、図書館で借りてきた本を読んでいた。

 

「………」

 

パタンという音と共に、ふー、と長いため息が漏れる。結っていた長い銀色の髪をほどき、背伸びをする。

 

家にいてもやることがあまりない。

 

魔法は使えないし、宿題はとうに終わった。

 

借りてきた本も今読み終わったので最後だ。  

 

 

──ハリーはどうしてるかな。

 

 

鉄格子をつけられてヘドウィグが部屋の中でイライラしている頃だろう。

 

今年はドビーに会える。

 

ハリーはもうドビーに会ったかな。

 

 

「ドビー…か……。」

 

 

懐かしさに思わず口角を上げる。

 

 

 

 

 

 

あと暫くすればウィーズリー兄弟がハリーを迎えに行ってくれるはず。 

 

 

 

ティアラはロンからハリーに手紙を送っても返事が来ないと相談を受けており、今夜救出に行くと言う内容の手紙を受け取っていた。 

 

 

ティアラも『ウィーズリー家にお泊まり』という名目で彼らと合流する予定だ。

 

今夜、煙突飛行ネットワークで隠れ穴へ向かう。

 

 

「……成功するといいけど…」

 

ティアラは窓の外の湖を眺めながらそう呟いた。

 

 

ワンピースの上にレースのカーディガンを羽織って階段を降りる。

「母様」

 

「あら、ティア、今夜よね?モリーの所に行くのは」

「うん」

「うれしいわ、あなたが寮関係なく友達がいて」

母様は、私が言うのもなんだが天然だと思う。 敢えて言えばルーナみたいな感じかな…。

ルーナほどじゃないけど、ふわふわしている。 そんな母様は一緒にいるだけでリラックスできて、そんな母様の事がルークも私も大好きだった。

 

「父様は?」

「急患が入ったみたいなの。ついさっき病院に向かったわ」

 

父のルークは聖マンゴ院長で癒者として働いているらしい。

突然家を空けることは良くあった。

 

「…そう……お別れ出来なかったわ…」

「たくさん手紙を書いてちょうだいね。そのままホグワーツへ行くんでしょう?」

「うん、そうなの。」

 

「気を付けてるのよ、あなたが怪我をしたときルークったらもうボグワーツまで出向く勢いだったわ」

 

マリアはクスクスと笑いながらティーカップを持ち上げる。

マリアもルークも娘が大切で、可愛くて仕方がないのだ。

 

「気を付けるわ、ありがとう母様」

 

 

ヴァレンタインの屋敷はイギリスの南部、少し森の中に入ったところ、大きな湖のそばに建てられていた。

マグル避けの呪文が広範囲に施され、マグルはその存在を探知できない。魔法界の中でも、親しい者しかその場所を知らされなかった。

 

私が生まれる前、ルークとマリアに怪我や命を救われたハウスエルフ達が住み着き、今でもこの広い屋敷の管理をしてくれているのだという。

 

奴隷として買った訳でもなければ縛り付けているわけでもない。屋敷のハウスエルフ達は自由に外出し、自由に服を着ていた。

 

2年前以前のヴァレンタイン家を知らないティアラも、そんな話を聞いていたら彼らが悪い人ではないとわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅茶を蒸らしている間の少しの時間、ティアラはホグワーツでの一年間を思い出していた。

 

学期末に、誰であろうあのヴォルデモートとの対決があった。そのヴォルデモートを見る影も無く衰えてはいたものの、未だに恐ろしく、未だに狡猾で、未だに権力を取り戻そうと執念を燃やしていた。

 

 

この小さな体では十分に魔法を操ることができない、と身に沁みて感じた。どうにかして訓練をしなくては。

 

 

ヴォルデモートは今どこにいるのだろう。あの鉛色の顔、あの見開いた恐ろしい真っ赤な目…………。

 

 

 

ふるふると頭を振って思い出していたものを振り払う。

 

ティアラは手際のいい手付きでティーカップに紅茶を注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、行ってきます」

 

 

大きなトランクを片手に持ったティアラがマリアとハグをかわす。

 

 

「行ってらっしゃい。気を付けるのよ」

 

「うん。手紙書くわね」

 

「ウィーズリーさんによろしくね」

 

「うん。母様も体調に気をつけてね」

 

 

ティアラはフルーパウダを暖炉の炎に粉を一つまみ振りかけ、緑色に変わった炎の中へ入る。

 

『ウィーズリー家 隠れ穴』

 

その言葉の直後、あっという間にティアラの体は緑色の炎に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたがティアラね!ようこそ、よく来たわ!」

「わっ、!」

 

目的地に着くやいなや、ティアラはウィーズリーおばさんにしっかりと抱き締められた。おばさんの背中越しにロンと双子、そしてジニーが見える。

「こ、こんばんは。今日からよろしくお願いします」

少し乱れた髪を抑え、ペコリとお辞儀する。

「ティア、ようこそ!狭い家だけどくつろいでね」

「ありがとうロン」

 

 

双子とロンは、この後ハリーの救出作戦のため出掛けるからか、どこかそわそわと落ち着きがなかった。

 

「も、もう夜だし部屋に案内するよ!こっち来て!」

 

おかしな物がたくさん置かれた階段を上り、部屋に通されたとたんロンはティアラに作戦を説明してくれた。手紙の交換はしていたけれど、言葉で説明しようとしてくれているのだ。

 

ティアラの役割は簡単だった。朝まで車がないことと3人が家にいないことを両親に気がつかせないようにする。それだけだ。

 

 

「わかったわ。絶対気が付かせないから安心して」

 

「じゃあ行ってくるよ」

 

「気を付けてね」

 

こっそりと家を出る3人を見送ったティアラは、リビングにあった家族の居場所を示す時計に魔法をかけ、ガレージに呪文をかけて偽物の車を作り出した。

 

───これで完璧!

 

ここまですればおばさんが3人が家にいないことに気が付くことはないだろう。

 

「無事に戻ってきますように……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、早く目を覚ましたティアラは窓から出かかっている朝日を眺め、背伸びをする。

 

──ハリー達は着いたかしら……

 

簡単に着替えを済ませ、階段を下りるとそこには懐かしい顔があった。

 

「……ハリー…!」ティアラは小声で叫びぎゅ、と抱きついた。

「ティア…!元気かい?」

「ええ、よかったわ。無事についたのね」

「うん。今着いたんだ君たちのお陰だよ」

「ティアラ、無事に気が付かれなかったよ、ありがとう」

 

ロンが吹き抜けを覗き込みながら言った。どうやらバレずに事を終わらせられたらしい。

 

「さあ!全員、部屋に戻るんだ。時間になったらいつも通り朝食に来い。俺とジョージは寝坊するからな。ハリーはロンの部屋にいけ」

フレッドがテキパキと指示を出し、5人は顔を見合わせ一斉に頷き、忍び足で各自の部屋に向かった。

 

 

 

 

時間になるとハリーはロンと指示通り共にリビングへ向かった。ヴィーズリー夫妻はハリーの突然の登場に驚いていたがすぐに「よくきたわね」と手を広げ、歓迎してくれた。

──この家族のこの笑顔に何度救われたことか、とティアラは"前"の世界を思い出して懐かしそうに微笑んだ。

 

 

 

 

その後も、隠れ穴での生活はすべてが新鮮で、ハリーは目を輝かせてばかりだった。しゃべる鏡に屋根裏お化け。フレッドとジョージの部屋から聞こえる小さな爆発音に誰も驚かないことも。

 

 

ハリーがウィーズリーおじさんにマグルの道具を使って見せたり、トランプを一緒にやったりしている横で、ティアラはジニーとたくさん話をした。話題はまったく尽きない。ジニーに男兄弟しかおらず、ほぼ同年代のティアラはまさに話し相手にぴったりだったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隠れ穴に来てから 一週間ほど経ったある朝、ホグワーツからハリーとティアラ、そしてロンに向けて手紙が届いた。 朝食をとりにロンと一緒に台所に降りていくとウィーズリー夫妻とジニーがすでにテーブルについていた。

ジニーはティアラを見たとたん、嬉しそうに微笑み、手を振った。そしてしばらくしてから眠そうなハリーが台所にやってきた。

 

 

するとジニーはハリーを見た途端、うっかりオートミールの深皿をひっくり返して、床に落とし、皿はカラカラと大きな音を立てた。

 

 

ハリーがジニーのいる部屋に入ってくるたびに、どうもジニーはものをひっくり返しがちだった。 皿を拾い、またテーブルの上に顔を出した時にはジニーは真っ赤な夕日のような顔をしていた。

 

───ふふっ、かわいい

 

ティアラはそんなジニーが可愛くて仕方がなく毎回微笑みながらそれを見守りつつ、ウィーズリーおばさんが出してくれたはちみつトーストをかじる。

 

「学校からの手紙だよ」

 

ウィーズリーおじさんがハリーとロン、ティアラ、そして、フレッドとジョージ、パーシーに全く同じような封筒を渡した。

 

黄色みがかった羊皮紙に緑色のインクで宛名が書いてある。封筒の中身はホグワーツ特急の切符と教科書リストだった。

 

 

「僕たちがここにいるってなんで分かったんだろ」

「ダンブルドアは千里眼だからね」

 

 

昔聞いたような会話が繰り返され、懐かしさにティアラはふふっ、と笑みをこぼした。

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

2年生は次の本を準備すること

 

 

基本呪文集 四級     ミランダ・コース著

 

 

 

泣き妖怪バンシーとのナウな休日

 

グールおばけとのクールな散策

 

鬼婆とのオツな休暇

 

トロールとのとろい旅

 

ヴァンパイアとばっちり船旅

 

狼男との大いなる山歩き

 

雪男とゆっくり1年

 

上記.ギルデロイ・ロックハート著

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

ティアラはおかしな手紙に目を通したとたん、ああ…と項垂れた。今年はあの人がいる年だ、と。

 

 

ウィーズリー夫妻が金銭的なことで話し合っていたその時、窓に何かがバンッ!とぶつかってきた。

 

「エロールっ!」 ロンが叫び窓を開けてエロールのくちばしから手紙を取り出した。

 

「やっと来たエロールじいさん。 ハーマイオニーからの手紙を持ってきたよ。ハリーをダーズリーのところから助け出すつもりだって、ティアと一緒に手紙を出したんだ」

 

それから封筒をビリっと破り手紙を読み上げた。

 

 

 

『ロン・ハリー・ティアラ(そこにいる?)  

 

 

 

お元気ですか?

 

 

すべてうまくいってハリーが無事なことを願っています。

 

 

それにロン、あなたが彼を救い出すとき、違法なことをしなかったことを願っています。

 

そんなことをしたらみんなが困ったことになりますからね。

 

私は本当に心配していたのよ?

 

ハリーが無事ならお願いだからすぐに知らせてね。

 

ああ、でも別のふくろうを使った方がいいかもしれません。

 

もう一度配達させたらあなたのふくろう、おしまいになってしまうかもしれないもの。

 

私はもちろん勉強でとても忙しくしています。

 

私たち水曜日に新しい教科書を買いにロンドンに行きます。ダイアゴン横丁でお会いしませんか?

 

 

近況をなるべく早く知らせてね、 ティアラによろしく。

 

 

ではまた

           ハーマイオニー』

 

 

 

 

 

 

「ちょうどいいわね、水曜日私たちも出かけてあなた達のぶんを揃えましょう」ウィーズリーおばさんがテーブルの片付けをしながら言った。

 

やったぁ!という声が隣のジニーから聞こえる。

ティアラは正直、乗り気に離れなかった。 なんと言ったって…その日、ダイアゴン横丁には"彼"がいるのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水曜日の朝、フルーパウダーを使い、ダイアゴン横丁に飛んだが、前回と同様にやはりハリーは"ノクターン横丁"に行ってしまったらしい。

 

 

 

ダイアゴン横丁にハリーの姿はなかった。 今は、ハグリットが無事にハリーを連れてきてくれることを願う。

 

「ティアラ!こっちよ!」

 

 

遠くからハーマイオニーの声がする。先に来ていたのだろうか。

 

声がした方に目を向けると栗色の髪の少女がこちらに向かって手を振っていた。

 

 

ハーマイオニーと合流し、高いところからハリーを探そうとグリンゴッツの白い階段の一番上に登った。 五、六分たった頃、突然ハーマイオニーが叫んだ。

 

「ハリー!ハリー!ここよ!」

 

 

ハーマイオニーがふさふさの栗色の髪をなびかせながら降りていく。 ハリーの隣にはなにやら袋を沢山持ったハグリットが立っていた。

 

 

「眼鏡をどうしちゃったの?」ハリーの眼鏡はさっきとは違い、ヒビが入って鼻の部品が歪んでいる。

 

『オキュラス・レパロ』

 

ハーマイオニーが眼鏡を杖で一叩きすると、すぐに眼鏡は新品同様になった。

「さぁ、もう行かにゃならん」メガネが治り喜ぶハリーの隣でハグリットが言う。

「みんな、ホグワーツでまたな!」

ハグリットは大きくてを振って大股で去っていった。

 

 

 

 

 

「では、一時間後にみんなフローリシュ・アンド・ブロッツ書店で会いましょう。教科書を買わなくっちゃね」

 

おばさんはそう言うとジニーを連れて歩き出した。ティアラはハリー、ロン、ハーマイオニーと四人で曲がりくねった石段の道を散策し、アイスクリームを買ったり、新しい文房具を新調したり、ウィンドウショッピングをしたり楽しく路地を歩き回った。

 

 

一時間後、四人はおばさんに言われたとおり、書店に向かていた。

書店のそばまで来てみると、やはり大勢の人がみな押し合いながら中へ入ろうとしていた。

 

 

 

 

その理由は窓にかかった大きな横断幕に派手な色ででかでかと書かれている。  

 

 

 

──────────────────            サイン会

 

   ギルデロイ・ロックハート    

 

 

    自伝『私はマジックだ』

 

 

    本日午後十二時三十分   

      ~      

    午後十六時三十分

───────────────────

 

 

 

隣のハーマイオニーが黄色い歓声をあげた。

 

「なんて素敵な日なの?!やっと本物の彼に会えるわ!」

 

 

ピョンピョン跳び跳ねる姿を視界に入れながらも、ティアラはテンションをあげることができなかった。

 

どうもあの人は好きになれない、と軽くため息をつき、四人は人混みに流されるまま書店の中に足を踏み入れた。

 

 

 

 

長い列は店の奥まで続き、その先にはもう二度と関わりたくないと心に誓ったロックハートが白い歯を見せびらかし、一人一人にウィンクをしていた。

忘れな草色のローブに身を包み、波打つ髪には魔法使いの三角帽を小粋な角度に乗せている。

 

気の短そうな男がその周りを踊りまわって大きな黒いカメラで写真を撮っていた。

 

「奥様方、お静かにお静かに願います─押さないでください───本に気をつけて──」

 

と、その時、写真に向かって白い歯を見せびらかしていたロックハートがハリーの姿を視界にとらえた。 目がキラリと輝いたのを見てティアラはもう一度深くため息をつく。

 

 

あとは前回同様ハリーとロックハートが写真を撮り、ようやく解放された頃にはハリーはふらふらだった。

ギルデロイ・ロックハートの著書すべてをプレゼントされてたハリーは心底疲れたというように深いため息をする。

 

 

ロックハートのそばには行かず、ハリーを支えていたティアラの事をロンが不思議を思い質問をした。

 

「君はファンじゃないの?」

 

「うーん、ちょっと…ね、…」

 

 

 

 

 

 

ティアラそう答えたのと同時に右斜め上から聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「ティア?」

 

 

顔をあげると懐かしい3人がたくさんの教科書を抱え、階段に立っていた。

 

「ニカ!シャル!それに、ドラコも!」

「ティナ!久しぶり、元気だったかい?」

「ええ、ドラコも」

 

「おお、ティアラ。元気かい?」

 

先程まで気がつかなかったがドラコの奥にはドラコの父親。ルシウス・マルフォイが立っていた。

 

 

「ルシウスさん!ごきげんよう。気がつかずにすいません」

「ああ、よい。しかし……スリザリンともあろう君がなぜウィーズリー等と一緒にいるのかね?」

 

 

「…っ、……私は…"スリザリン"ですがだからといって友好関係に線を引くつもりはありません」

 

「ほう?」

 

片眉をあげたルシウスにドラコが慌てて弁解する。

 

「あ、ち、違うんだ父さん、ティアラは本当に誰とも仲が良くて、その…ウィーズリーといるのもただの偶然さ、な、ティナ」

 

 

タイミングがいいと言うかなんと言うか…今はハリーもロンもこちらに気がついていない。マルフォイ氏とはまだ表面上よく付き合っていたい。

 

 

「…………はい」

 

「そうか、すまなかった。これからも息子と仲良くしてやってくれ」

 

「はい、もちろんです!」

 

にこりと微笑むと隣にいるドラコの頬が赤らんだ。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニカとシャルと話している途中にも、ロックハートは得意気に演説を続けた。

 

「まもなく彼は私の本、『私はマジックだ』ばかりではなくもっともっと良いものをもらえるでしょう。 彼も、そのクラスメイトも。 実は『私はマジックだ』の実物を手にすることになるのです。 皆さんここに大いなる喜びと誇りをもって発表いたします。私、ギルデロイロックハートは、この9月からホグワーツ魔法魔術学校にて、闇の魔術に対する防衛術の担当教授職をお引き受けすることになりました!」

 

 

誇らしげに言い終えたとたん、人垣がワァー!と湧き、カメラのフラッシュがパシャパシャと光る。

 

 

「これ、あげる」 ハリーはジニーに向かってそう呟くと、本の山をジニーの鍋の中に入れた。

 

 

「あ、ありがとう…」

 

 

 

 

 

 

その時、私たちと話していたドラコが一瞬眉をしかめ、ハリーの方に向かって言った。

「これはこれは、ハリー・ポッター殿。ちょっと書店に行ったことさえ1面の重大ニュースかい?」

 

「ほっといてよ、ハリーが望んだ事じゃないわ!」ジニーが言った。

 

「おお、どうやらポッター、君にはまともに1つの呪文もかけられないような幼いガールフレンドがいるよう「ドラコ!」」

 

ドラコがねちっこく言っているのに口を挟んだのは怒った表情のティアラだった。

 

たった一言、ドラコの名前を声にだしたけなのにその周辺にいた者を黙らせる不思議な響きをしていた。

 

「……ティナ…えっと、…その…」

 

「彼らはあなたと変わらない私の大切な友人よ?私は友人を侮辱する人は決して許さない。たとえあなたでも」

 

いつもはふわふわと笑っているティアラ怒りはその場にいる人たちに悪寒を感じさせた。

 

「………ドラコ。そこまでだ。」ルシウスが口を挟む。

 

 

「…ごめんなさい…。」ドラコはしゅん、と俯いてしまう。

 

 

「ロン!」と、その時、ウィーズリーおじさんが、 フレッドとジョージと一緒にこちらに来ようとして人混みと格闘しながら呼びかけた。

 

「何をしているんだ?ここはひどいもんだ。早く外に出よう」

 

「これは──これは──アーサー・ウィーズリー」ルシウス・マルフォイだった。

 

「ああ、ルシウス」ウィーズリーおじさんは首だけ傾けてそっけない挨拶をした。

 

その後は、互いの汚点の言い合いだった。そしてルシウスがハーマイオニーの両親を侮辱したのを聞き、おじさんは顔を真っ赤にしてルシウスに飛びかかり、背中を本棚に叩きつけた。

 

数々の古そうな本が数十冊皆の頭の上に落ちてくる。はずだった、が、落ちてこなかった。ハグリッドだ。

 

「ほれほれ、お前さんたち、やめんかい」

 

ハグリッドはあっという間に二人を引き離してくれた。 その頃には既に店中の人が二人の喧嘩の行方に注目していた。

 

一方その頃、ティアラは。

 

──…あの中に日記が入ってる…

 

ごたごたの中でそっと引き抜こうとするも、ロックハートのファン達によって鍋どころかジニーに近づくことも出来ない。

 

人の波にもみくちゃにされるティアラを見かねて階段の上にいたシャルがティアラの腕を掴んだ。

 

 

「ティア、こっちよ」

「あ、…でも……」

「いいから」

ニカとシャルはぐいっ、とティアラの体を引き抜いた。

 

ジニーの鍋が一層遠くなる。

 

 

「ついさっきホグワーツでな、っちゅったのに、かこっうつかないじゃねぇか、なあ、ハリー」

 

「え、あ、うん。でも…ありがとう」

 

ルシウスは不機嫌そうに目を妖しくギラギラ光らせてジニーの変身術の本を突き出しながら捨て台詞を吐いた。

 

「ほらチビ、──この本のおかげでお前の両親が餓死しないようにするといい。 ──いくぞ、ドラコ」

 

「…はい。」

 

ドラコはちらっとこちらに目を向けてきた。にこりと微笑み、"またね"と無言で口だけを動かして伝えると、もう怒っていないことが伝わったらしく12歳らしいまだあどけなさが抜けない笑顔になってほっとしたように店を出ていった。

 

それからはウィーズリーおばさんの機嫌が最悪だった。そんなこんなでみんな買い物は済ませていたため、"漏れ鍋"の暖炉に向かうことになった。一行は皆、下を向いてしょんぼりしている。

 

そこから煙突飛行粉でハリーとティアラとウィーズリー一家は買い物一式と共に隠れ穴に帰ることになった。

 

──まだっ、日記が…

 

ティアラは事あるごとにジニーに近づこうとしたが、気の立っているウィーズリーおばさんと手を繋ぎ先頭で歩いていたため、変に近づくことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 



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手詰まり

 

 

 

 

 

夏休暇の終わりは意外にも呆気なくやって来た。ついにドビーはハリーの前に姿を現すことはなかった。

 

そして──ジニーがどこかに隠し持っている日記を見つける事も出来ずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新学期初日の朝、隠れ穴の中では大混乱が巻き起こっていた。ただでさえ家のなかは物が多く注意をしていないと転けてしまうというのに、今日はその階段をトランクを抱えて降りなければならないのだ。余裕をもって朝早くに起きたはずなのに気がついたらすることが多く、車にトランクを積み込み、急いで全員が乗り込む頃にはギリギリの時間になっていた。

 

ウィーズリーおじさんが運転する車がやっとのことで発車する。

 

が、広い庭から出ないうちに、双子が忘れ物をしたことがわかり、車は家のほうへバックした。

 

そして、やっと高速道路に乗れた、というときになってジニーが金切り声を上げた。大切なお守りを忘れたと言う。

ジニーが這って車に乗ったときには皆のイライラは絶頂になっていた。

 

車を飛ばしに飛ばして、列車に間に合うか間に合わないか、という時間になっていた。

ウィーズリーおじさんはちらりと時計を見て、それからウィーズリーおばさんの顔をちらりと見た。 「母さんや───「だめよ」」

「「「・・・・・・」」」

「でも──「アーサー、ダメ。」」

「「「・・・・・」」」

と、いうおばさんの無言の圧力で車を本当の意味で飛ばすことはできず、駅に着いたら皆、すぐに自分のトランクを掴んで走り出した。

 

柱の前にゼエゼエしながらたどり着くと電車が出発するまであと5分になっていた。

 

 

「さぁ、行って、汽車が出るわよ!フレッドジョージ」

 

「パーシー先に行け。」

 

そしてパーシー、フレッド、ジョージの順番に柱の向こうに消えていった。

 

「ティアラとジニーと一緒に行きますからね。後からすぐに来るんですよ」

 

おばさんが言う。それを聞いてティアラはばっと振り返り、二人に向かって言った。

 

「ハリー、ロン。半人前の魔法使いでも、本当に緊急事態だったら魔法を使っていいのよ。これだけ頭に入れといてね。あーでも!木は出来れば壊さないで、スネイプ先生が怒るから」

 

「「え、?」」

 

「ティアラー?はやくー!」

 

ジニーが呼んでいる。

 

「じゃあ、幸運を祈るわ!」

 

「うん?」

 

柱に向かって歩き出す。視界がふっ、と明るくなると汽車の汽笛が聞こえてきた。

 

「ティア!早くー!」

 

手前の窓にニカとシャルの姿をみた。

 

急いで荷物を荷物列車に魔法で飛ばし、汽車に飛び乗った。 コンパートメントに入るとニカとシャル、そしてドラコがいた。

 

「なかなか来ないから心配したのよ?」

 

「ごめんなさい。ありがとう」

 

「君がギリギリなんて珍しいな」

 

「ちょっと…ね、いろいろあって」

 

「そうか、それで?君たちは休暇中、何をしていたんだ?」

 

列車が動き出した。 ティアラはホームの入り口に目を向けるが、その付近には誰もいない。 ハリーとロンは多分まだ9、10番線のホームに居るのだろう。 ティアラはぁ、とため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホグワーツに着くと大広間には変わらずたくさんのろうそくが中に浮いており、天井には満点の星空が写るように魔法がかけられていた。

 

 

ハリーとロンはやはり来ていないらしく、ハーマイオニーが不安そうにキョロキョロとしている。

 

 

 

ダンブルドア先生の挨拶はまだ始まりそうにない。

 

「ハーマイオニー」

キョロキョロしているハーマイオニーに近づきそっと声をかけるとやはりハリーとロンはどこ?という質問がすぐに飛んできた。

 

「多分…特急に乗り遅れたんじゃないのかしら…中に居なかった気がするの」

 

 

「…そう…わかった。ありがとうティアラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

新入生組分けが終わればその後は歓迎会だ。

 

 

スリザリンのテーブルにも数々の料理が並び、生徒達が新しい一年についての期待や不安を口々に話す。

 

 

 

みんなの注目の的は何と言っても「闇の魔術に対する防衛術」の担当として新任したギルデロイ・ロックハートだった。

 

 

 

ティアラは休暇中に書店で知ったが大半の生徒がそのニュースをこの場で初めて知り歓声やら驚愕の声で大騒ぎになっていた。

 

 

やはりロックハートにはかなりの数のファンがいるようで、女子生徒などは6割がその話題で盛り上がっていた。

 

 

ティアラとニカはこれっぽっちも興味がなかったがシャルは違った。

 

 

「ロックハート、先生!なんて素敵なの!まさかギル自身が教師になるとはねえ。なんだかもう、今からドキドキよ!なんて素晴らしい一年になるのかしら!」

 

「ジェラルド。君はロックハートのファンなのか?」

 

ナプキンで口をふきながらドラコが言った。

 

「ええ、それはもう!あんなにチャーミングな笑顔は他に誰もできっこないわ!なんか実際に会えるのが信じられないみたいな、やってる事が凄すぎて現実味を感じないっていうか…もう…!!」

 

 

──それはそうよ、だってやってないんですもの。ただのインチキよ。

 

出そうになった言葉をレモネードと共に奥底に流し込む。

 

すると突然ドラコがこちらに向かって嬉しそうに話しかけてきた。

 

「ティア、ウィーズリーとポッターが車に乗って暴れ柳に飛び込んだらしい。あちこちで噂になっている」

 

「…そう…。」

 

一体どこからそんな噂が流れたのかはわからなかったが、先生たちがどたばたと出たり入ったりするのを見ながらデザートのプリンを食べ終わり、上級生牽引の元スリザリンの寮へと辿り着いた。

 

 

 

相変わらずグリフィンドールの談話室より豪華な地下の談話室はすでに皆の荷物が運ばれており大掃除の成果があったのか隅から隅までピカピカだった。

 

 

 

その談話室を見渡していると、シャルとニカが肩を叩き、笑顔を向けてきた

 

 

「また一年、またよろしくねティアラ」

 

 

「ええ、よろしく二人とも」

 

「それにしてもやっぱり初日は疲れるわね」

 

「今日はもう寝ましょうか」

 

「そうだね、じゃあ、3人共また朝に」

 

「おやすみ、ドラコ」

 

監督生が新入生を案内しているのを横目に、ドラコと別れ寮に入った。

 

 

 

 

 

ベッドに座り、仕切りカーテンを引く。

 

 

 

 

トム・リドルの日記。

 

 

 

 

 

1つ目の分霊箱。

 

 

 

 

 

手に入れられなかった…。

 

 

 

 

 

──やはり、大きな流れは変えられないの?

 

 

 

 

隠れ穴のジニーの部屋に入る度、日記を探そうとしても、それはどうしても見つからなかった。

 

 

     

 

ジニーが秘密の部屋で倒れ込んでいたのを思い出し、顔をしかめる。

 

 

 

 

「どうにかしないと……」

 

 

 

 

──守らないと

 

 

 

 

 

 

 

 

悪霊の火・バジリスクの牙・バジリスクの毒を吸収したグリフィンドールの剣。

 

 

 

今、知っている分霊箱の壊し方はそれだけだ。

 

 

 

 

どれも今は手を入れることは不可能に近かった。

 

 

 

 

 

 

 

分霊箱も、壊しかたもないんじゃ、何もできない…

 

あまりのもどかしさに、ティアラは拳を膝に叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、ロンに向けられたおばさんからの吠えメールが大広間で叫び、ティアラはやはり暴れ柳にぶつかってしまったか、と小さくため息を付いた。

 

 

 

 

ティアラにはしなければならないことがあった。

 

 

 

 

それは……

 

 

 

「──こんなところに人が来るなんて──珍しいわね──」

 

マートルの泣いたような甘えるような声が懐かしいなんてちょっとおかしいのかも、と自分自身を不思議に思いながらティアラはマートルに挨拶をする。

 

「こんにちは、ティアラよ。よろしくねマートル」

 

「──!!珍しいわね──私をいじめないの?」

 

「そんなことしないわ、聞きたいことがあるだけなの」

 

「ふぅん、いいわ──一つだけ答えてあげる」

 

マートルが手洗い場の上に腕を組んで立った。

ティアラはそれを見上げながら質問を投げ掛ける。

 

「ここに、蛇の言葉を話す人が来たことはある?」

 

「──わからないわ」

 

「何年前でもいいの」

 

「うーん──私がここに住んでる間は見てないわ」

 

「……そう、そうなのね…。ありがとう」

 

 

 

 

 

やっぱり、いないか…じゃあ…

 

 

 

「マートル、私が今から試すこと、誰にも言わないでちょうだい」

 

「─わかったわ──何をするの?」

 

「出来るかわからないんだけど…」

 

 

 

ティアラはそっと鏡に近づき、蛇の装飾が付いた蛇口をなぞった。

 

「─ひ、─ひら、け」

 

覚えている限りの蛇語でそう言うが──

 

 

 

やっぱり…だめか

 

 

 

ホグワーツの戦いの時、ロンは扉を開き牙を手に入れられていた。だからいけるかなと思ったんだけど……。

 

 

 

──私にはこれは開けられない…。

 

 

 

 

──本格的に手詰まりだ…

 

 

 

 

はぁーと長いため息をつき、その場にしゃがみこむ。

 

「どうしよう…」

 

 

「─ティアラ?どうしたの──?」

 

 

マートルがふわふわと降りてきて隣に立ったのがわかった。

 

「……なんでもないわ、ごめんなさい」

 

ティアラはゆっくりと立ち上がりマートルに微笑むと、そのままそこから出ていった。

 

マートルは突然しょんぼりしてしまった可愛らしい少女の小さな背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな湖の畔、涼しくほんのりと肌寒い風が吹く木の下。ティアラはそこに力無く座り込んでいた。湖の畔の花畑の花弁が風に吹かれゆらゆらと宙を舞い、視界から消えて行くのをぼぅ…と見つめる。

 

 

ざぁぁと音を立ててふく風がティアラの銀色の髪を拐い、俯く顔を隠す。

 

 

──事は一直線にあの悪夢へと向かっていくのに

 

 

「何もできないなんて……」

 

 

膝を抱え込み顔を埋める。

 

 

 

あまりにもどかしく、自分自身の無力さが恨めしい。

 

 

 

 

「おや?貴女は…」

 

 

 

突然かけられた言葉にティアラは顔をあげる。

 

それはロックハートだった。

 

「…ロックハート先生…どうしてこんなところに?」

 

「いやいや!この美しい景色に美しい少女がたたずんでいるのが見えてね」

 

「…はぁ……」

 

悪いけど今、ロックハート先生とおしゃべりをする気分にはなれない。

 

先生は私が彼のファンだと思っているか、サインをしようかなどとしつこく話しかけてきた。

 

派手な服がちらちらと視界に入り鈍い頭痛を生む。

 

つぎつぎと変わって行く話題にティアラは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

「それで、君は魔法の特訓を私から受ける気はないかな?他の優秀な子達も誘おうと思ってるんだよ。例えば──ハリーとかね。」

 

「……申し訳ないんですけど「ギルデロイ。ここで何をしている」」

 

──この声は…

 

「ああ、スネイプ先生」

「もう一度聞く、貴様はここで何をしている」

 

先生は至極不機嫌そうにロックハートを一瞥したあと、私に目を向けた。

 

「…ヴァレンタイン。来い」

 

「え、あ、…っ、先生…?」

 

自分が投げ掛けた質問の答えも聞かず、スネイプはティアラの手を掴んで城の方に歩き始めた。

 

 

 

 

 

城に入り、角を曲がると突然先生が立ち止まった。

「っ、!」

スネイプが急に立ち止まったせいでティアラその大きな背中にどすんとぶつかってしまった。

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「…いや……」

 

スネイプは弾かれるように少女の手を離し、気まずそうに目線を揺らす。

 

「…それで……その…なにか…?」

 

ロックハートの怒涛の会話から連れ出してくれたのはとてもありがたいけれど、ティアラは突然呼び出された理由が全くわからなかった。

 

 

 

──怒られる…?

 

 

 

恐る恐る視線をあげると、先生はキョロキョロと不自然に視線を動かしていた。

 

「先生…?」

 

「……いや、その…」

 

──やっぱり、私の知ってる先生とはちょっと違う……

 

去年から心の底に積もっていた疑問が、確信に変わってゆく。

 

「…連れ出して悪かった。もう行け」

「え……」

 

スネイプはそう言うとティアラに背を向け自室に向けて早歩きで歩き始めた。

 

──何をしている…!

 

 

──全く自分らしくない

 

 

自分も学生時代よく通った木陰に、よく知った少女が座り込んでいるのを城の窓から見つけたとき、そこに派手な服装をしたロックハートの姿が近づくのをみて、スネイプは無意識に眉間に皺を寄せた。

 

 

 

 

 

 

─あの子といると、どうも調子が狂う…。

 

 

 

花が咲いたようにふんわりと笑った少女の顔が脳裏に浮かぶ。だが、次の瞬間それは赤毛の昔の想い人に重なった。

 

 

頭では解っている。

 

 

あの子は違うと。

 

 

だけどどうしても、あの若草色の瞳を見るとリリーを思い出しまう。

 

 

「くそ…っ、」

 

 

スネイプは地下への階段で1人、自分の拳を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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不安

2年目のハロウィンです。


 

何も出来ないまま、容赦なく時は流れホグワーツに入学してから2度目のハロウィンがやって来た。

 

 

去年は平日だったが今年のハロウィンは土曜日。授業もなく、皆は思い思いにハロウィンの昼を過ごしていた。去年はトロール騒ぎで中断されてしまったハロウィーンパーティー。その埋め合わせをするかのように、生徒達は去年より一層気合いが入っていた。

 

 

昼間を仮装の準備に時間を掛けるものもいれば、夜のパーティーに向けてジョージとフレッドと共に悪戯を仕掛けている者。校内は寮の内も外もどこか浮足立った雰囲気に包まれていた。

 

それは普段冷静に、そして冷ややかにそれらを見ているスリザリンにも当てはまり、談話室の大きな鏡の前は仮装の準備に励む生徒たちで溢れかえっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティアラは昨年のパーティーの仮装で色々な目に遭ったため、今年は…と頑なに仮装を断っていた。

無論ニカやシャル、それにドラコも必死にティアラを説得したが彼女が頷くことはなかった。

 

 

 

そんなティアラだったがお菓子は事前に沢山用意していた。トリックオアトリート、寮関係なくそう声を掛けられる度にマフィンを配っていると一時間もしない内に袋は空になってしまっていた。

 

 

 

「ティア、見て!どう?」

黒猫と海賊の格好をしたニカとシャルが部屋から飛び出し、ティアラの前でくるりと回った。

 

元々2人は背が高くスタイルもいい。似合わないはずがなかった。

 

「とっても似合ってるわ!素敵!」

「ティアも仮装すればいいのに…去年はとっても綺麗だったわよ?」

 

 

去年、あの後ティアラのドレスアップした姿を誰かが写真に撮ったものが学校中を駆け巡り色々大変だったのだ。

 

 

 

楽しかったけど…やっぱり歳相応に過ごさないとね…。

 

ティアラは二人に向かって苦笑を漏らすと「いいのよ。楽しんでね」と言って二人に向かって軽く杖を振った。

 

 

「これで完璧!」

ティアラは魔法で二人の顔や腕に、傷や血糊、包帯を着けた。

 

ティアラが手を加えたそれは更にリアルに、ハロウィンぽく進化していた。

 

「…さすがティア、ありがとう!」

 

ほぅ、と息を漏らした二人はお互いを見てティアラの魔法にただただ感動する。

 

 

「そろそろ時間よ。楽しんでね。行ってらっしゃい」

「…え、ティアはパーティーにも参加しないの…?」

 

仮装はしないがパーティーには勿論参加すると思っていたのだ。

 

「うーん。少し体調が悪くてね…ごめんなさい。遠慮するわ…」

 

「…そう?わかった。なにかお菓子を持って帰ってくるわね」

「ありがとう。楽しみに待ってるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はハロウィン。

 

記憶の通りなら。

 

今日、ここでミセス・ノリスが石になって発見されるはずだ。他の生徒が襲われた詳細な日付は覚えてないけれど、この日と、コリンが襲われる日は覚えていた。

 

 

ティアラはミセス・ノリスが石になってぶら下がるはずの黒い釘を見上げた。

 

 

出来ることなら、事件を防ぎたい。

 

 

ただ問題がひとつある。

 

 

ティアラ・ヴァレンタインは"パーセルマウス"ではないのだ。

 

 

下手をしたら、私自身が蛇の接近に気が付かず、石にされてしまうなんて事が起きてしまうかもしれない。

 

 

「…やっぱり……離れてた方がいい…か…」

 

 

ハリー達とミセス・ノリスには申し訳ないけれど…。ハリー達に第一発見者になってもらうしか方法はない。

 

 

 

ティアラはその場所から少し離れたところにある空き教室で、パーティーが終わり、ハリーがノリスを見つけるまで待っていることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室の前がざわざわとし始めた。パーティーが終わったのだろう。生徒達が一斉に出てくる波にティアラは何気なく交ざり廊下を進む。

 

 

 

ぞろぞろと大広間から出てくる生徒達が交差地点の廊下に差し掛かる。ざわざわとした話し声はある地点に差し掛かると、ぴたりと止んだ。

 

 

 

「なに…あれ」

 

 

どこからともなく聞こえてきた声。

 

 

それは異様な光景だった。

 

 

 

 

壁に立つように固まっている猫。

 

 

水浸しの廊下。

 

 

その前に立ち尽くすハリー達3人。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして。

 

 

 

 

 

大きく壁に書かれた血文字。

 

 

 

 

 

 

 

そこにいた誰もが、あるひとつの伝説を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…秘密の部屋が開かれた」

 

 

 

 

 

 

 

「継承者の敵よ、用心せよ」

 

 

 

 

 

静まり返ったなか。

 

 

 

 

 

 

高学年の誰かがそう溢した。

 

 

 

 

 

 

 

誰も状況を理解しないまま、パニックの種だけが撒かれる。

 

廊下はすぐに大騒ぎになった。

 

全員が早く寮に戻ろうと叫びながら思い思いに走り出す。

 

 

 

人の叫び声が響くなかティアラは人の流れに逆らって、ハリー達の元に駆け寄った。

 

「ハリー!」

「テ、ティア!ち、違うんだ!これはっ、」

「ティアラ!私たちじゃないわ!」

 

 

 

 

「わかってる!疑ってなんていないわ。安心して」

 

「………ティア…どうすれば……」

 

 

猫の前で立ち尽くす4人をよそに、交差点の生徒達はもう収拾がつかなくなっていた。

 

 

 

監督生バッチをつけた生徒が必死にまとめようとしているが、いろいろな声が飛び交っており誰の耳にも入ってしない。だが、それぞれが各自寮へと走っていたため、暫くすると人影はまばらになっていった。  

 

 

 

「何事じゃ!」ダンブルドア先生を先頭にマクゴナガル先生、スネイプ先生、そしてフィルチがやってきた。

その4人もその光景に思わず言葉を失う。

 

 

フィルチが猫を見て激怒しハリーに激しく詰め寄り、ハリーの胸ぐらを掴む。

 

「ぼ、僕じゃない!先生!ぼくじゃない違う!!信じて!」

 

 

ダンブルドアがハリーに視線を投げるとすぐにフィルチに向き直った。

 

 

 

「落ち着きなさい。猫は死んではおらんよ」

 

 

 

「…どうやら…話を聞かないといけないようじゃのう」

 

 

 

ダンブルドアは杖を振って廊下の水を消した後、壁に書かれた血文字を見上げてそう言った。

 

 

 

 

「…ミス・ヴァレンタイン。君からじゃ。」

 

 

「……私…ですか」

 

「…っ、先生!ティアは…後から来ました!関係ありません」

 

ハーマイオニーが前に進んでかばってくれるが、ティアラにはダンブルドアがなにを聞きたがっているのかわかっていた。

 

「ハーマイオニー。私は大丈夫」

 

一歩前に進もうとすると、私の肩にスネイプ先生の手が置かれ、直後、先生はダンブルドア先生と私の間に割り込んだ。

 

スネイプ先生の背中に隠され、ダンブルドア先生が見えなくなる。

 

「っ、校長。お言葉ですが…。グレンジャーが言っている通り、彼女は関わっていないかと。」

 

「セブルス、儂も彼女がやったとは思っておらんよ。ただ話がしたいだけじゃ」

 

「…でしたら私も付き添います」

 

「…スネイプ先生…っ」

ティアラはくいっ、と目の前の黒いローブを引き、やんわりと制止する。

 

「っ、」

先生は驚いたように目を見開くが、それに微笑みかねると渋々ながらも身を動かした。

 

 

ティアラはダンブルドアの一歩後ろをつき校長室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君と出会ってセブルスが少し変わってきているようじゃ。」

 

 

柔らかなソファーを勧められ、そこに腰かけると、先生はどこか嬉しそうにそう呟いた。

 

 

「…そう、でしょうか」

 

 

「ああ、いい傾向じゃ」

 

ダンブルドア先生は楽しそうに目尻に皺をつくった。

 

「さて。儂がなにを聞きたいかは…もうわかっているかな?」

 

ダンブルドアは優しい視線を目の前の少女に向ける。だがその少女は未だ何かを迷っているようだった。

 

 

 

 

「……お聞きになりたいですか…?」

 

 

 

 

 

正直、ティアラは話したいとは思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

出来るだけ頼ることなく、自分で出来るところは、限界まで1人で水面下で終わらせる。許されるならば、身代わりにだって……。

 

 

 

 

 

 

 

 

──……身代わり…?

 

 

 

 

 

 

 

そう…だ!

 

 

 

 

 

 

 

ジニーの代わりになれば…!歴史をそう大きく変えずジニーが傷つくのを回避できるのでは…?

 

 

 

 

 

ティアラはそう思い付くと突然立ち上がった。

 

 

 

 

 

「…っ!先生っ!お願いが───!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あった…」

 

 

 

ティアラは今、グリフィンドールのローブを身にまとい、ジニーの部屋にいた。

トム・リドルの日記、ヴォルデモートの分霊箱を片手に。

 

 

 

今、グリフィンドールの寮内は無人だ。グリフィンドールとレイブンクローのクィディッチの応援に皆が出払っているのだ。

 

ティアラはあの日、ダンブルドア先生にグリフィンドールのローブとネクタイを手配してもらっていた。

 

 

 

 

 

 

それはジニーの力を吸い取り、禍々しい雰囲気が滲み出ていた。

 

 

 

 

──近くにいるだけで…具合が悪くなりそう

 

 

 

 

ティアラはそれを迷いなくポケットにいれた。

 

 

 

──ジニーごめんなさい…あなたを守りたいの。

 

 

 

ティアラは引き出しを元に戻し、心のなかでジニーに謝る。

 

 

 

 

女子寮を出ると懐かしい光景にピタリと足を止める。談話室の炎は消えていたけれど、その和やかで心地いい雰囲気は何も変わっていなかった。

 

「まさかこの寮に盗みに入ることになるとはね…」

 

苦笑を漏らしながらソファーを撫でる。スリザリンの談話室のソファーとは違い、決して高価なものではないそれは妙な心地よさがあった。

 

「さあ、もう行かなきゃ」

 

見きりをつけ、グリフィンドールの談話室を出るとスリザリンのローブに着替え、その足で校長室に向かう。

 

「ダンブルドア先生」

 

「お目当てのものは見つかったのかな?」

 

「はい」

 

ティアラは黒皮の日記をダンブルドアの机の上に置いた。

 

 

「……トム・リドルの日記………?これは…彼の…」

 

ダンブルドアは指でその日記をなぞったあと、視線を目の前の少女に向けた。

 

 

 

 

 

──この子は…何者だ…?

 

 

 

初めは少し不思議なの少女だと思ったが……。

 

"不思議"という言葉ではもう表せられない。

 

 

 

「……私が…気になりますか?」

 

「……っ、……ああ。とてもね」

 

「…………」

 

「…君は前、我々の敵ではないと。そう言ったね」

 

「はい」

 

「……儂は…君が何をしたいのかがさっぱりわからんよ。この日記がただの日記ではないのは見ればわかるがのう?…君は何者じゃ。なぜ…そこまでしてこれを手に入れたかったのじゃ」

 

「…それ、は……その……もし、先生がすべてを知りたいのなら、私も知っている限りの事をお話しします。」

 

 

 

全てを、先生が共に背負ってくれるなら。

この先起こることを、大戦のことを。話して皆が救われる世界が来るならば。全てを打ち明けよう。

 

ただ……そのせいでダンブルドア先生がさらに責任を感じて、忙しくなって、抱えるものが多くなったら…?

 

ティアラの脳裏には、天文台の窓から落ちて行くダンブルドアの姿がよぎった。

 

 

 

「……っ、ただ!私が出来る範囲は、全て私がやります。」

 

 

ティアラは三ヶ月型のメガネの向こうの瞳をじっと見つける。

 

「……知りたいですか?トム・リドル、彼が何をするか。」

 

 

 

あんな未来、あっては行けない。

 

皆が死んで行くのを、見ているだけなんて…。

 

 

 

 

 

──それを止めるためなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………君が何かをするために、一つの決意を持って動いていることは知っておる。……そうじゃのう…一つだけ聞いておこうか。」

 

ダンブルドアは空色の瞳を細めてティアラを見つめた。

 

「……この一連の事件は繋がっている。そして"この日記"が鍵となる。そうじゃな?」

 

「…はい」

 

 

ダンブルドアが全てを聞こうとはしていないとティアラは理解した。

 

 

 

先生は日記に視線を移し話を続けた。

「……儂はなるべく生徒に危険な目に遭ってほしくない。無論、その"生徒"の中には君も、ハリーも入っておる。…まあ、クィレルと戦った君とハリーは十分危険な目に遭っていると思うがね?」

 

「………私も、誰にも危険な目に遭ってほしくありません。」

 

 

──"生徒"だけじゃなくて"先生方"にも。

 

 

「うむ。君が敵ではない、と私は信じよう。それを踏まえた上で話をしようではないか。」

 

「…?」

 

「この日記、君が持つつもりかね」

 

「──はい。私が、生徒が持っておかなくては」

 

 

完璧にジニーの代わりになるには、それを持ちリドルの記憶に私が"操られる"必要がある。

 

あのポジションにそっくりそのまま"ティアラ・ヴァレンタイン"が入る。そうすればジニーが命の危機に陥る必要はない。

 

 

万がーの場合でも───

 

 

 

「…君はもう少し周りを見渡すといい」

 

「…え……?」

 

「もう少し周りを見て、心の中の気持ちを素直に口に出すのじゃ。──簡単なことじゃよ。君は人を大切に思いすぎておる。傷つけたくないとあまりに臆病になっておる。周りを見なさい。──君の相談にのってやりたいと思っとる人は周りにたくさんいると思うがの?」

 

 

 

先生のその言葉はゆっくりとティアラの心に染み込み、その脳裏にいろいろな人の顔が浮かびはじめた。

 

だけどそのほとんどの人との記憶は"僕"のために命を落としたところで終わる。

 

 

「…もう嫌なんです……。失いたくないんです……」

 

 

シリウスが僕を庇い、静かにベールの向こうへ消えてゆく

 

 

 

 

ダンブルドア先生が天文台から真っ逆さまに落ちてゆく

 

 

 

ルーピン先生がトンクスと手を繋いだまま倒れる

 

 

 

スネイプ先生が目の前で───

 

 

 

 

 

 

─もう…目の前で人が死ぬのを見てるだけなんて

 

 

 

「──耐えられない…っ」

 

 

ティアラは溢れる雫を止めることができなかった。ぼろぼろと大粒の涙が零れ、頬を伝う。

 

 

 

 

「私は…ただ…!……生きて欲しい…っ!」

 

 

 

肩を震わせ、目を手でおおった少女が絞り出すように呟いたその言葉はダンブルドアを信じさせるのには十分すぎた。

 

 

「……ゆっくりで良い。いつか、全てを話しておくれ。さあ座りなさい。暖かい紅茶を淹れよう。」

 

 

しわくちゃの手が背中に添えられる。その手が大きくて、暖かくて、また涙を誘う。

 

 

 

 

 

──だめだなぁ……。どうも…涙もろい…っ、

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなのじゃだめなのに…。

 

 

 

つよく…ならないといけないのに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──このままでは…この子は壊れてしまう

 

 

ダンブルドアは震えるその背中をソファーへ導きながらそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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森の紅葉はすっかり落ち、山を染める色が鮮やかでなくなった頃、ドラコが待ちに待ったクィディッチシーズンの到来した。

 

明日が、ドラコの初試合となるグリフィンドールVSスリザリンの試合。

今日最後の授業はロックハートによる"闇の魔術に対する防衛術"だった。

 

ピクシー妖精の事件以降、ロックハートは体験型の授業を止め、自分の武勇伝を紹介する茶番劇を毎回やっていた。ハリーに手伝ってもらい、自分がいかに鮮やかにそれを倒したか、というものだ。ロックハートの授業は、学期初めは一番人気の高かった授業だが、今では一番つまらない授業という評価に成り下がっている。もっとも、ロックハートのファン達に評価は高いが。

 

普段の授業ではティアラは先生の言葉をひとつも聞き逃すまいと集中して授業に取り組んでいる、が…ティアラは一番後ろの席で頬杖をつき、ため息を漏らしていた。

 

──早く終わ

 

「早く終わらないかな……」

 

心で思ったことを隣のドラコがウンザリした様子で呟いた。

 

 

ロックハートを嫌っているドラコは、授業などお構い無しに読書をしていた。生徒達に目を向けないロックハートはそれに気付くはずもない。

 

ティアラはそんなドラコを見て苦笑を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終業を知らせるチャイムが鳴り、ロックハートは自分の本について感想を詩で書くという、おそらく誰もやらない宿題をやるように!と声をかけた後教室を出ていった。

 

「やっと終わった……」

 

ドラコとニカ、シャルルはふぅーと長いため息をつき一斉に立ち上がり、寒さを凌ぐため少し駆け足で寮への道を進んだ。

 

 

 

 

 

次の日、ついに今年もクィディッチ寮対抗杯が幕を開けた。

 

ティアラは例によってハリーを"ロックハート"から守るため、観客席には上らずグラウンドにすぐに駆けつけられるよう、入り口で1人待機していた。 

 

今日ハリーを守れたら、ハリーのお見舞いに行く途中で石にされるコリンも守れるはずだ。

 

寒さ対策の魔法が施された観客席とは違いここは冷たい風が容赦なく吹き付ける。

 

「寒い…」

 

ティアラは壁を背にしてそこにしゃがみこんだ。ローブで足を囲うように重ねる。

これで多少は寒さを軽減できるはずだ。

 

その時、うしろの観客席から歓声が上がった。おそらく選手たちが入場してきたのだろう。

 

今回、ハリーを狙いブラッジャーを操るのはドビーだ。

 

ティアラは試合前にドビーを見つけようと奮闘したが、相手は妖精。自由に姿を消すことが出来る。

結局その姿を見つけることはできなかった。

 

 

 

「試合開始!」

 

 

 

審判であるマダム・フーチの声が辺りに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グリフィンドールの勝利!!!」

 

そんな声のあと、観客席からは大きな歓声が上がる。

 

──終わった…?

 

ティアラはすぐうしろのドアを押し開け、グラウンドにに飛び出した。

 

 

中央で上向きに倒れているハリーは身動きひとつしない。

 

グラウンドの反対側からは教員達が、ロックハートを先頭にやってきていた。

 

「ハリーっ!」

全力で走り、ロックハートよりも先にハリーの元へたどり着くことが出来た。

 

「ティア…っ?」

 

「じっとしててね」

 

ティアラは深く息を吸い込んでハリーの腕に治癒魔法を掛ける。

 

『エピスキー 癒えよ』

 

「いっ、!」

 

治癒魔法は骨折の場合痛みを伴う場合がある。だが…

 

「い、たくない…?」

ハリーは指を動かして見せた。

 

痛むのは一瞬だけだ。

「もう大丈夫よ。」

 

その時、ロックハートを先頭に教員達がハリーのもとにたどりついた。

 

「ポッター。大丈夫ですか」

マクゴナガル先生が心配そうにそう問うた。

「大丈夫です、ほらこの通り!ティアが治してくれて!」

「ヴァレンタインが…?」

「あ、っ、えっと…本で…読んで…その、浅い傷だったのでたまたま成功したんだと思います…。」

 

マクゴナガル先生は怪しむように片眉をあげた後にっこりと微笑んで見せた。

「素晴らしい。スリザリンに10点。今後も頑張りなさい」

「あ、ありがとうございます」

 

その場はお開きになり、ティアラは皆に背を向けて寮への道を歩いて進んだ。

 

──これでハリーの見舞いに行ったコリンが石にされることがないはず。

 

「…よかった」

 

ティアラは事件を未然に防げたことを実感し、嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

スリザリンの敗北から一夜明けた日曜日。寮内はまるでお通夜のような雰囲気が漂っていた。ドラコも高級な箒を買ってもらったのにも関わらず負けてしまったことを引きずり、一日中部屋に引きこもっていた。

 

「ねぇティア、何かあったのかしら」

ニカと一緒に暖炉の前で本を読んでいると入り口のほうが騒がしくなっていることに気が付いた。

 

ティアラはなんとも言えない嫌な予感にぎゅっ、と手を握る。

 

 

 

 

 

「おい!秘密の部屋の犠牲者が出たらしいぞ!グリフィンドールの1年生コリン・クリービーというマグル生まれの生徒だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

高学年の男子生徒が入口付近でそう叫んだ。

 

 

──え……?

 

 

 

「なん…で…?」

 

ティアラは訳が分からず、大きく目を見開きその場に立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリーは医務室にいないからコリンも見舞いに行くことがない。

 

 

石にされない、そう思い込んでいた。

 

 

油断してはいけなかったのに。

 

 

本なんて読んでいないで、コリンに一言"今日は寮にいて"と言うだけでよかったのに。

 

 

ティアラはパタンと本を閉じ寮を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

皆ニュースを聞いて怯えているのか、廊下に人影はない。 

 

 

 

 

 

 

──お願い。    

 

 

 

 

 

違うと言って。

 

 

 

 

 

嘘だと。

 

 

 

 

 

 

 

ティアラは前、コリンが石になって発見されたところに全力で走った。

 

 

「っ、、!!!」

 

 

──ああ…っ、そんな

 

 

ティアラの目には石になったコリンが、担架に乗せられて運ばれている様子が写された。

 

 

思わず角に座り込み、口を押さえる。

 

 

 

──どうして

 

 

「っ、…なんで…?」

 

 

後悔が後を立たない。

 

 

私はなにも救えてない。

 

 

救えたはずなのに、

 

 

 

──これじゃあ…っ、前と同じだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食を取る気には到底なれず、早めに夕食を切り上げ大広間を出た。

 

 

 

 

    

 

 

 

 

ティアラは1人、人影のない中庭で降り積もる雪を見ていた。

 

 

 

 

夜になり積もった雪の上に、足を踏み出す。

 

 

 

さくりと言う音と共に小さな足音が刻まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中央まで来るとティアラは空を見上げた。

 

音なく降り積もる雪が服につき、回りを包む冷たい空気が、火照った顔を冷やしてくれる。

 

ティアラは中庭の噴水を囲っていた花壇に何も咲いていないことに気が付いた。

 

「…枯れちゃったのね」

 

『オーキデウス 花よ』

 

ティアラが杖をひと振りすると、その花壇はスノードロップが咲き乱れる美しい花壇になった。

 

 

ティアラは杖をしまうとそっと瞳を閉じ、なぜだか震える胸で大きく息を吸った、その時だった。

 

 

 

「…………っ、」

 

 

 

 

──え……?

 

 

 

 

目からとどめなく涙が溢れ始めたのだ。

 

 

「っ、なん…で」

 

 

慌てて手で目元を覆い隠し涙を止める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫くすると嘘だったかのように涙はぴたりと止まった。

 

 

ティアラはとめどなく頬を伝う涙を手の甲で乱暴に拭った。

 

 

泣く資格なんて…と冷静な頭が囁いてくる。

 

 

 

覆いを取るとしんしんと降り積もる雪が先ほどの足跡をすっかり消してしまっているのに気が付いた。

 

泣いたからか、ティアラの心は凪のように静まり返っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──この雪が全てを覆い尽くして

 

 

──なにもかも…消えてしまったら

 

 

──どうなるだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月明かりに照らされ、銀色の髪が淡く光る。

 

 

 

 

 

 

 

そこにも粉雪ははらはらと降り積もり少女の体温を奪っていく。

   

 

 

 

 

 

 

 

どれくらい空の闇を見上げていたか。

 

 

 

 

肩に突然掛けられたローブでティアラははっ、と我に帰った。

 

   

 

 

 

 

振り向くとそこに立っていたのは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…スネイプ…先生…?」

 

 

「何をしている。風邪をひきたいのかね」

 

 

先生は眉間に皺を寄せて怒り気味に言った。

 

 

 

「…いえ……、……すいません、」

肩にかかったローブはほんのりと暖かく、なぜだか涙を誘った。

   

 

 

 

「もう遅い。こんな所で何をしていた」 

 

 

 

 

 

その言葉に驚いて辺りを見回すと、月はすっかり上に上り、先ほど作り出した花達は雪にすっぽりと隠されていた。

 

 

 

 

 

──いつの間に…

   

 

 

 

 

 

 

ティアラは悲しげに視線を下げ心配させないように、と微笑んだ。

 

 

 

「…なんでもないです……ただ少し……」

 

──疲れてしまって

 

そんなことを口にしたらとどめなく重いが溢れてきてしまいそうでティアラは静かに口をつぐむ。

 

 

 

 

「……私を頼るのはそんなにも難しい事か」

 

 

 

「──え…?」

 

 

 

弾かれるように顔をあげると目が合う直前、大きな手が頭に乗せられ、そのままわしゃわしゃと撫でられる。

 

「…いや、ずいぶんと冷えているようだ。…ここで話すのはやめよう」

 

スネイプは小さな少女の体が細かく震えているのに気が付いていた。いったいどれほど長い時間この雪の中に立っていたのだろう。

 

 

 

 

 

たまたま通りかかった廊下から中庭のほうに人影をみた気がして立ち寄ると、淡く銀色に光る月明かりのなか、ちいさな少女が瞳に何も写さずただただ立ち尽くしていた。

 

 

──泣いて…いるのか?

 

 

月に照らされた肌はいつもに増して白く、繋いでおかないと幻となって儚く消えてしまいそうで…スネイプはいてもたってもいられずその小さな肩に自らの黒いローブを被せた。まるでそのローブで存在を確かなものにしようとしている様にも見える。

 

大きなローブに着られた少女はバッと振り向き目を見開いた。

 

 

スネイプは自分でも説明がつかない感情に突き動かされていた。

 

 

銀色の髪に積もった雪を撫で払い、スネイプは少女を屋根のある廊下へ促した。廊下まで連れ戻すと、微かに震える手はローブを返そうと動いた。

 

 

「…着ておけ。からだが冷えている」

「っ、でも…」

「…いいから。着ておくんだ」

 

 

 

 

手でそれを制止し、その華奢な肩に積もった雪をそっと払う。

 

 

 

 

 

─…なんで……こんなに優しくするの…?

 

 

 

ティアラが心の中で囁かれたそれは口から出ることはない。

 

 

「…来い」

 

「、……?」

 

手を引かれるまま付いて行くと、付いた先は先生の自室だった。

 

暖炉がパチパチと音を立てる。その前のソファーに強制的に座らされる。

 

 

「ここなら冷えないだろう…乾くまでここにいなさい。」

 

スネイプ先生はソファーの前に立ち、大きな黒色のブランケットを掛けてくれる。

 

ティアラはすっかり全身を覆い隠してしまう、ほんのり薬草の香りがするそれをぎゅ、と握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──どうしてこんなに優しくするんですか

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたの優しさに触れる度

 

 

 

 

 

 

胸が酷く苦しくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"僕"はあなたを見殺しにしたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時、僕たちは死にゆくあなたをただただ見ていただけだったのに。

 

 

 

 

 

 

最期まで…っ、あなたの優しさに気が付かなかったのに。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん…、なさい…!ごめんなさい…」

 

 

 

 

 

涙が頬を伝り、ブランケットに落ちる。

ぽたりと落ちた雫はゆっくりとそれに染み込んだ。

 

下を向き、ブランケットに埋もれるように顔を隠す。先生に泣き顔を見せるなんて、前ならきっと死んでも嫌だったのに…今は……。

 

 

 

 

 

スネイプは突然泣き出した少女を前に慌てていた。

なにも泣かせたかったわけではない。

 

ただ、なにか、彼女が抱え込んでいるものを分けてほしい。そう思っただけだ。

 

アーモンド型の震える瞳はやはり昔の想い人にそっくりでリリーを思い起こさせる。

 

──だが……

 

違う。

 

全く違う。

 

この子は影で1人静かに笑い、静かに涙を流す。

 

1人で戦い、1人で傷つき、それに誰も気が付かない。きっと本人も。

 

 

今も、きっと…私が見つけていなければ一人、肩を震わせていたのだろう。

 

 

なにを抱えている。

 

 

なにがお前を傷つけている。

 

 

──分けてほしい。共に抱えるから。

 

 

そのあまりに傷ついた瞳に、とどめなく溢れる涙に、スネイプは込み上げるなにかを押さえるこが出来ず、ブランケットに包まれたその華奢な体をそっと抱き締めた。

 

「ヴァレンタイン」

 

驚き、動きを止めていた彼女の名前を呼ぶと、ぴくりと肩を震わせた。

 

「無理に聞き出すことはしない。ただ、覚えておいてほしい。…君の力になりたい。抱えているものが少しでも軽くなるならば、なんでも協力しよう。」

 

雪のせいで冷たくなった髪を撫でる。

 

「いつか、お前いいと思ったときに話してくれ。」

 

肩を震わせながら躊躇しつつ伸ばされた指先がスネイプの背に回される。

 

スネイプは暫く、その少女の震えが収まるまでその頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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知られた秘密

 

 

 

次の日の朝、ティアラは少し腫れて赤くなった目元をなんとか静め、部屋を出ようとドアノブに手を掛けた。

 

その時…

 

 

──いつか話してくれ

 

 

"前"では聞いたことのないほど優しく、こちらを気遣う彼の声が突然頭をぐるぐる回り始めた。

 

ぶんぶん!と頭を振りそれを追い出すと、ティアラは1人ドアの前にしゃがみこみ"ああああ――"と項垂れる。

 

「私ってば…何て事を………」

 

 

昨晩の記憶はひとつ残らず覚えている。それはもちろん"彼"の頭にもあるだろう。

 

「もう顔見れないよぉ…」

 

 

 

 

突然ぷしゅーーーーっ………としゃがみこんでしまったティアラを、シャルルとニカは驚いたように見た後顔を見合わせる。

 

「ティア、どうしたの」

「…あああ……思い出したくない……」

 

 

顔を覆い隠しぶんぶんと頭を振るその様子に─気になるけどこれ以上は聞かない方がいい

と思った2人は談話室まで向かいティアラを運び、ドラコと合流してソファーに並んで座った。

 

 

 

時間になり、朝食の為に大広間に行こうとしていた4人は、玄関ホールに人だかりが出来ているのを発見した。

 

 

「なにかしら」

 

どうやら人が集まっているのは掲示板の前で、そこに張り出された1枚の張り紙が、その原因となっているようだ。

 

 

 

──まさか…あれ(・・)かしら……?

 

 

 

こういうときの嫌な予感はだいたい的中する。

 

そこには、決闘クラブの第1回目が今夜大広間で開かれる旨が記されていた。

 

 

 

「"決闘クラブ"? 面白そうね」とうでまくりをしながら好戦的なシャルルが言った。

 

「せっかくだし、行ってみましょうか。先生は誰かしらね?」とニカが微笑む。

 

「フリットウィック先生じゃないか? 昔"決闘チャンピオン"って呼ばれてたらしいぞ」とドラコ。

 

「ああ…」ティアラは先生が誰か、もどのようなものかも知っていたため、ため息をつくしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、いやがるティアラは半ばニカとシャルに引きずられるように談話室を後にし、廊下に出た。

 

「人がたくさん」

 

そう驚いてしまうくらい、夜にもかかわらず人通りが多かった。

 

生徒が石にされる事件が多発して以降、夜に廊下を出歩く生徒は稀だった。しかし、今日はどこを見渡しても生徒達で溢れかえっている。その中にはドラコやハリーたちもいた。

 

「1、2年生が多いわね」

 

それはそうだろう。去年も今年も、「闇の魔術に対する防衛術」の教員は大外れだ。今年のロックハート先生は勿論、昨年のクィレル先生も"しっかり教えてくれた"とは言い難かった。高学年のように、すでに防衛術を習っているならともかく、1,2年生は全くと言っていいほど防衛呪文を知らなかった。

 

「ねぇ誰が教えてくれるか知ってる?」

 

「知らないわ、誰なのかしら」

 

ティアラはニカとシャルの会話に──知らない方がいいわよ、と心のなかで呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決闘クラブの会場──大広間の4つの机は全て撤去されて、一方の壁に沿って金色の舞台が設置してあった。何千ものロウソクが上を漂い、決闘台を照らしている。

 

「私の決闘クラブへようこそ!さあさあ皆さん、こちらへ集まって!」

 

壇上にロックハート先生が現れたとたんに生徒達から黄色い声援が飛ぶのを見て、ティアラな内心苦笑を漏らした。

 

その後ろには、機嫌が悪いと隠そうともしない顔をしたスネイプ先生が腕を組んでいた。次の瞬間、不機嫌そうに大広間を見渡していた視線がこちらに向けられた。

 

ティアラは無意識のうちに、バッと視線を逸らしてしまう。

 

──あ………

 

 

後悔した後ではもう遅い。

 

 

──目逸らしたの気付いたかな……

 

 

恐る恐る台の上の先生を見ると、彼は既にこちらに真っ黒な背を向けていた。

 

「………」

 

ふぅ、と何やらわからない息をつくとティアラは離れてしまった友人達のところに向かった。

 

 

 

 

 

 

その後、ロックハートはすぐに模擬戦でスネイプ先生に手加減なく吹き飛ばされた。何度見てもこの光景は飽きない、と内心呟きつつティアラは気の毒そうに吹き飛ばされたロックハートに視線を投げた。

 

 

その後、生徒同士でペアを組んで模擬決闘をすることになった。

 

「ドラコ、ペアを組みましょう?」

 

ドラコは笑顔でもちろん!と返事をする。

 

 

──これでドラコが蛇を出すシチュエーションは避けられるはずだ。

 

 

全員がペアを組めたところでロックハートが声を張り上げた。

 

 

「いいですね!杖を取り上げるだけですよ!怪我をさせてはいけません!では────始め!」

 

 

 

そんな合図と共に広間のあちらこちらで、明らかに武装解除じゃない火花や爆発音が巻き起こった。

 

 

 

「たった一回見ただけじゃ、わからないよな。バカなのか?あいつ」

 

隣に立っていたドラコが呟く。それには共感しか出来ない。

 

「ドラコ、私でよければ教えるわ」

 

ティアラがドラコに武装解除呪文の発音を教えていると、ふざけている生徒たちを止めるため、ロックハートが声を張り上げた。

 

「やれやれ、まったく……非友好的な術の防ぎ方を教える方が良いようですね」

 

やれやれ、と頭を降っているロックハートに男子達と一部の女子は"お前がやれやれだよ!"と突っ込みをいれる。

 

 

 

「誰か進んでモデルになりたい人は………」

 

キョロキョロと辺りを見渡したロックハートの目が、それなりに遠くにいたティアラを捉えた。

 

「ああ!そこの銀色の!ミス・ヴァレンタイン!」

 

「……え…?」

 

ドラコに杖の振り方を教えていたティアラはロックハートに名前を呼ばれたことに驚いた。

 

「……わたし…?」

 

ロックハートはわざわざ決闘台から下りティアラの背中を押し始めた。

 

「あ、あの……」

 

──どうして私…?

 

 

「さあさあ、ミス・ヴァレンタイン。この会場に来たからには拒否権はないよ!いくら君が決闘に向いていないとしても!」

 

断ろうとすると、ロックハートはなぜかハハッ!と勝ち誇ったように叫んだ。

 

 

「丁度いい。君には私が直々に魔法使いの決闘というものを教えてあげよう!」

 

答えも聞かずに、決闘台の反対側の端へ意気揚々と歩いて行く。

 

「……えっと……」

 

ティアラは決闘台の端に1人立たされていた。

 

──スネイプ先生に勝てなかったから2年生相手に試合をしようと?

 

 

 

その時、"前回"の世界でロンに忘却呪文を掛けようとしていたことを思い出した。

 

 

 

──勝ちたかったのなら残念ながら人選が悪かったわね

 

 

彼の魔法がまともに成功したのを見たことがない。あなただけには負ける気がしないわ。

 

 

ティアラは遠ざかって行く背中を眺める。

 

 

 

 

 

ちらりと間に立っているスネイプ先生を見ると、心配そうな視線がこちらを伺っていた。

 

それに小さく微笑み、ティアラはローブから杖を抜き取った。

 

 

 

 

ロックハートが端にたどり着きこちらを振り向く。キラリとした笑顔を私に向けた。周りの生徒達はいつのまにか静まり返っている。

 

 

 

「互いに礼を」

 

 

 

スネイプ先生が中央に立ち、こちらの様子を伺いながら落ち着いた声で言った。ティアラとロックハートは杖を胸の前に当ててお辞儀をする。

 

 

 

「それでは。1、2、3、始め!」

 

 

 

 

 

 

『 エーーークスペリアームズ 』

 

 

 

気取った感じの発音と共に、赤い光が飛んでくるのがハッキリ見える。

 

威力、速度、共にさっき見たスネイプ先生のものとは比べ物にならない。

 

 

視界の端に映ったスネイプ先生はいざというときに守ってくれるつもりなのか杖を構え、こちらに向けていた。

 

 

────自分の身は自分で守れる

 

 

 

『 プロテゴ 』

 

 

 

丁寧に唱え、素早く杖を振る。

 

前の空間に透明な青色の盾が一瞬現れロックハートの呪文がぶつかり、虚空へと消えていった。

 

「…………」

 

ティアラは気を張っていたスネイプを安心させるように微笑むと、頬をピクピクと動かしているロックハートを見た。

 

「…た、盾の呪文とは、さすがスリザリンの秀才と言ったところですね!ははっ!ですがどうやらギリギリ逸らすので精一杯のようだ!」

 

取り乱したように弾んだ声でロックハートが叫び、次々と杖を振って呪文を連射してきた。

 

 

──続けるのね……

 

 

ティアラはその様子に軽くため息をつくと、再び杖を振り、盾で呪文を防いでゆく。

 

 

ロックハートの呪文は順に盾に突き刺さり色を失って消えて行った。

 

 

 

呪文を連射するロックハートの顔はだんだんと赤く火照っていく。このまま彼の一方的な攻撃を見ているのも忍びなくなり、ティアラはそろそろ潮時か、と盾の呪文をさっ、と解いた。

 

ここでロックハートを倒すのもいいけど、"教員に生徒が勝った"と目立ってしまうのも不本意だ。ここはおとなしく負けておくのがいい。

 

ロックハートの武装解除が腕に当たり、ティアラの美しい杖が空を舞う。

 

それをぱしんっ!と捕まえたのはロックハート──ではなく中間にいたスネイプだった。

 

 

「ロックハートの勝利」

 

 

杖をもったスネイプが静かにそう言うと、ティアラの杖さばきに驚いていた生徒達がようやく我に帰った。

じっと固唾を飲んで見ていた生徒達からわっと歓声が上がり、ティアラはあっという間に囲まれる。

 

「凄いわ!」「あの呪文!どうやるの?!」

 

次々と声が掛けられるなか、突然スネイプ先生の声が辺りに響いた。

 

「ペアを組んでさっさとやれ。ふざけたら減点対象。ヴァレンタインはこちらへ来なさい。」

 

 

その声にティアラは生徒の輪を抜け台を降りていたスネイプの元へ歩いた。

 

 

「杖だ」

 

「ありがとう…ございます」

 

昨晩のことがフラッシュバックしまともに顔を見上げられない……。

 

 

 

 

とその時─────

 

 

遠くでドラコの叫び声が聞こえた。

 

 

 

「おいポッター!!壇上に上がれ!」

 

 

「ドラコ?」

 

ティアラはバッと振り向き声の方を向いた。

 

遠くにいたドラコはハリーを睨み付けていた。その視線を受け、ハリーも壇上に上がろうと歩き始める。

 

何があったのか全く分からない。

 

 

が……

 

 

──とにかく止めないと…っ!

 

 

ティアラは台の真横を走りドラコとハリーのいる方に向かう…が、生徒が多すぎて全く思うように進めない。

 

「ヴァレンタイン」

 

ぐいっ、と腕を引かれ人混みから逃れた先には腕を組んでいるスネイプ先生が立っていた。スタート地点に逆戻りだ。

 

「先生…!止めないと…っ!ハリーが!!」

 

まだ2人の方にいこうと必死になる彼女は明らかに普通ではない。

 

「そんなに必死になることはない。決闘をするだけだろう」

 

「だめなんです!……ハリーが!───ハリーがパーセルマウスだって知られてしまうっ!」

 

 

 

─────………?

 

 

 

「待て、今なんと『エヴァーテ・スタティム!(宙を舞え)』」

 

 

スネイプの困惑した声はドラコの呪文によって書き消された。

 

「だめっ!ドラコッ!」

 

あろうことか戦闘中の台に向かおうとした少女をスネイプは慌てて止める。

 

「やめろ。怪我をするぞ」

 

ほっそりとした腕を掴むとそのあまりの華奢さに思わず力を緩める。

 

「…っ、でも!」

 

 

後ろに飛ばされたハリーも負けじと立ち上がりドラコに向かって杖を振った。止められる状況ではないのは一目瞭然だ。

 

『オブスクーロ!目隠し』

 

ハリーが放った呪文がドラコの目を覆った。

 

 

 

しばらくしてそれが外れると顔を真っ赤にしたドラコが勢いよく杖を振った。

 

 

「あぁ!!!だめよ!!!!」

 

 

ドラコの杖先から真っ黒な光沢のある蛇が飛び出した。

 

 

機嫌が悪そうに舌をチロチロと出したその蛇は「ひぃ……」と後ろに後ずさったレイブンクローの生徒に向かってゆっくりと進んで行く。

 

 

それを見たスネイプはティアラを背中に隠し、蛇を消そうと杖を構えて台に近づく。

 

 

スネイプが杖を振りかけた時、蛇と生徒の間にハリーが進み出た。

『シューッハーサーッスァーッ』

 

確かにハリーが蛇に向かって話しかけているようにも見える。

 

ハリーがパーセルマウスだと知らないティアラ以外の全員はハリーと蛇の様子を食い入ったように見つめた。

 

 

 

 

 

ハリーが蛇と会話をし始めたその時、スネイプは先ほど"ハリーがパーセルマウスだと知られてしまう"と口走った少女に振り向いた。

 

 

 

 

なにが起きたのか、スネイプが一番理解していなかった。

 

 

 

──予言?

 

 

 

 

──予知?

 

 

 

 

──占いか?

 

 

ハリーが蛇の動きを止めると、生徒達とドラコは唖然とハリーを見つめる。大広間は沈黙が支配し、静寂に包まれていた。

 

はっ、と我に帰ったスネイプが蛇を消すまでの間に生徒達がたどり着いた考えは恐らく同じだっただろう。

 

 

 

 

──ハリー・ポッター。

 

 

彼こそがスリザリンの継承者であり、秘密の部屋を開いた張本人である、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大広間から1人、また1人と生徒が出て行き人影がまばらになったところでスネイプはバッと振り返りティアラの肩を掴んで言った。

 

「君は何者だ」

 

「……っ、」

 

ほんの少し涙のにじんだ、怯えたように揺れる若草色の瞳を食い入るように見る。

 

「なぜ、「セブルス。そこまでじゃ」」

 

 

どこからかやって来たダンブルドアが小さな肩置かれたスネイプの手を外す。

 

「ダンブルドア…先生…」

 

「2人とも、私に掴まりなさい。ここで話すことではないからのう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言われるがままダンブルドアと共に姿現しをした先は校長室だった。

 

ひなの姿の不死鳥が毛繕いをしているが視界の端に見える。身体の沈むソファーに座らされ、暖かな紅茶の入ったマグカップが渡された。スネイプ先生とダンブルドア先生が向かいに座ったのが分かる。

 

 

 

 

「あなたはご存じなのですか。この子が何者なのか」

「…セブルス。儂も正確には知らんよ。ただ──いや、これは儂が言うことではないね。ティアラ、突然連れてきて悪かった。これは君の口から説明が聞きたい。先程の事をね」

 

「………はい」

 

「ヴァレンタイン」気を遣うように掛けられたスネイプの言葉にティアラはきゅ、とマグカップを握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──私は………少し先を知っているんです。ハリーの事も、襲われるのかも、分かるんです。だから……守りたかった…」

 

 

 

 

 

マグカップを握る手の関節が白くなり、小さく震えているのを見たスネイプとダンブルドアは目の前の小さな少女がそんなに大きなものを背負っていたのかと大きく目を見開いた。

 

 

「──言わないでおこうと…思ってたんです。でも…わたしだけじゃ…」

 

 

 

──何も出来ない…っ、

 

 

苦しそうに歪んだ瞳から一筋の涙がこぼれ、その握りしめた手に落ちる。

 

 

 

 

 

「そう…か…、君は……守っていたのか」

 

今まで腑に落ちなかった事がすとんとはまってゆく。

 

スネイプは今までのこの子の行動を思い返していた。トロールの事も、賢者の石の部屋での事も、全てを知っていて……。

 

 

コリン・クリービーが石になって発見された夜、雪のなか1人立ち尽くしていたのは…救えなかったと自分を責めていたのか。

 

 

 

どれだけ大変だったのだろう

 

 

 

こんなに大きな秘密を誰にも話さず……

 

 

 

たった1人で戦っていたなんて

 

 

なぜ、自分は気が付けなかったのか──。

 

 

あまりの悔しさにスネイプは目の前で震える小さな肩を見ながら自らの手を強く握った。

 

 

 

 

「儂はなティアラ。君がいつかその秘密に押し潰されてしまいそうに見えたのじゃ。」

 

「…え……?」

 

「───あまりに大きな秘密はいずれその主をも消し去ってしまう。秘密に殺されてしまうことだってあり得る」

 

ダンブルドアはその部屋にいるあまりに不器用な"2人"に向かって声をかける。

 

「そうなる前に一緒に背負ってくれものを見つけるといい。」

 

 

 

 

 

 

 

押さえるように、小さく肩を震わせ涙を流すティアラの揺れる肩に小さな不死鳥がとんっ、と停まった。ピンク色の美しい鳥は涙伝うその頬にそっと柔らかな羽を沿わせた。

 

 

 

 

 

 

 



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継承者

 

 

 

ホグワーツに吹き付ける風が冷たい冬の棘に変わる。クリスマス休暇、ホグワーツは例年になく閑散としていた。

 

 

ジャスティンとニコラスが石になった事件やミセス・ノリスやコリンの事件。生徒が恐怖の渦に陥ったなかでホグワーツに残る、という選択肢を選ぶものはほとんど居なかった。

純血主義ゆえに襲われない、という自負からか他の寮とは例外にスリザリンは去年よりも人数が多かった。

残る!と言って聞かないドラコと、何をするにもドラコと一緒のクラッブとゴイル、それにパンジー、そしてティアラ。この5人が残っていた。

 

 

 

「ティア。隣、いい?」

パチパチと火をあげる暖炉の前で魔法薬学の本を読んでいたティアラは自分を呼ぶ声にぱっ、と顔をあげた。そこにはホグワーツに残っていたドラコが立っていた。

「ええ、もちろん」

ドラコはティアラの隣に腰掛け難しそうな本を覗き込む。

「ティアはいつも難しい本を読んでるんだな」

 

 

ドラコは優秀な幼馴染みの横顔を見た。

 

炎に照らされた色素の薄い髪がほんのり赤く染まっている。その横顔はいつ見ても見惚れるくらい美しく、どこか儚い。少女らしからぬ憂いを持った横顔。

 

ドラコはそんな少女を自分が憎からず思っているということにはとうに気が付いていた。

 

 

「魔法薬学についての本なの、そんなに難しくないわよ?」

"読んでみる?"とにこやかに笑う笑顔を見て、自分の心までもが和やかになっていくのがわかった。

 

「いや、遠慮しておくよ。」

 

いくら魔法薬学が自分の得意科目だからといってティアラに勝てるはずもない。

 

それよりも──

「ティア、もうすぐ夕飯だ」

 

ドラコは放っておくと、全く夕食に参加しない幼馴染みを見越して毎日欠かさずこうやって声をかけていた。

 

「…ええっ、もうこんな時間なの……?」

 

驚いたように顔をあげ、時計に視線を向けたティアラは"全然読み終わってないのに…"と落胆の声をあげた。

「夕食後で良いじゃないか。ほら、行くぞ」

ドラコは本に当てられていた華奢な手をすくい取り、ティアラを立たせた。

 

「寒いからこれを巻いておけ」

いくら室内と言っても、談話室を一歩でも出れば真冬の冷気が襲ってくる。ドラコは手慣れた手付きで自分のマフラーをティアラの首に巻き付けた。

「ありがとう」

マフラーに埋もれていた口元を整えるとドラコは再びティアラの手をとり、夕食へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

大広間は3つの長い机が撤去され、真ん中に1つの机が置いてある。そこにホグワーツに残っている教員と生徒が座り食事をする。

 

ハリー、ロン、ハーマイオニー、パーシー、フレッド、ジョージ、ジニー、のグリフィンドールの7人とスリザリンに残っていた5人。そしてそれなりの人数の教員が1つの大きな机で食事をする。というなんとも不思議な光景が広がっていた。

 

 

スネイプも、マクゴナガルも、ハリー、ロン、ハーマイオニーもその全員がティアラが毎日夕食に顔を見せることに驚きつつも、安堵していた。

 

スネイプとマクゴナガルは去年から学習し、ドラコに「食事にヴァレンタインを連れてくるように!」と釘を指していたのだ。

 

 

人数が少なく、それぞれの会話は部屋にいる者に筒抜けになってしまうからか、ウィーズリー兄弟以外はあまり口を開かない。

 

「生徒の皆さん、いくら休暇中だからと言って夜8時以降に寮を出てはいけませんよ」

 

夕食を終えた後、マクゴナガル先生がそう言って残っている面々を見渡した。

 

どうもここに残っている人達は、事件や事故の時に名前が挙がる人が多い。教員達は主にウィーズリー兄弟に厳しい目線を向けた。

 

 

「分かりましたね。特にあなた方ですよ」

「「はーーい」」

赤毛の2人はどこ吹かぬ顔で返事をする。

いつでも変わらず周りに笑顔を生ませる2人をティアラは嬉しそうに見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスの朝、ティアラがパチリと目を覚ますとそこは去年見た光景がそっくりそのまま広がっていた。

「……また……?」

明らかに"友達"の数より多い色とりどりのプレゼントはベッドの横に大きな山を作り出していた。

心なしか去年よりも増えている気がする。

「……去年は先生に迷惑かけちゃったから……」

去年の失態を思いだし、ティアラは"仕分けを頑張ろう!"と1人気合いを入れた。

 

シャルとニカから一緒に選んだというダンスパーティー用の綺麗な髪飾りが届いた。

「とっても綺麗……」

上品な箱を開けると白い花を散らしたような可愛らしいバレッタとそれに合わせたイヤリングが入っていた。

雪花のような愛らしいデザインのそれは端から見ると銀髪をもつティアラによく似合った。

 

 

ドラコからは新しい羽ペンとティーセット、両親からはトリュフチョコレートの詰め合わせと新しい私服が。

 

ハリーからは教科書カバーを、ロンからは手袋を、ハーマイオニーからは半年枯れない魔法をかけたという花束が届いた。

 

あとは知らない人からのクリスマスプレゼント。だがティアラはその多さに驚くばかりだった。自分1人で対処できる気がしない……。

でも先生に迷惑は掛けられないし…1人でぐるぐると考えていると、ドアが独りでに開きたくさんのプレゼントがドサドサッと流れ込んできた。

「ええっ、」

これで身元不明のプレゼントの山は1.5倍に成長だ。

「……もう…」

どこから手を付ければ良いのかも分からない。良い感じにバランスを保ち綺麗に積み重なっているが、変に触ってしまうと身の丈ほどあるそれが崩れてしまいそうだったのだ。

 

───コンコンッ

と、そのときティアラの部屋のドアがノックされた。

「入るわよ」

「っ!パ、パンジー!どうしたの?」

そこに立っていたのはスリザリンに残っている唯一の女子生徒のパンジー・パーキンソンだった。

「あんたが困ってるだろうから見てこいって誰からか手紙が来たのよ」

 

パンジーは片手に持った紙をパラパラと振って見せる。

 

「…で?お嬢様は何にお困りなのかしら?」

「あ、…えっと」

「まあ見れば分かるけどね」

 

パンジーは目の前のプレゼントの山を見上げ、困り果てた顔の同級生を見る。

賢くて可愛くて家柄も良いなんて憎む人も多そうだけど、それらを全く鼻に掛けずに接してくるものだから憎めない。

パンジーは腕捲りをすると、それらのプレゼントの包みを開き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇあんた、ストーカーいない?!大丈夫なの?!」

箱を魔法で次々と開けていくパンジーが叫んだ。もうさっきから変なものしか見てない気がする。

 

「ええ…?いないわよ、そんなの…」

 

全く自分の魅力に気が付いていないその様子に自然と大きなため息が漏れる。同性の私から見ても可愛いのに…ニカとシャルルがボディーガードを名乗り出るのも納得だ。

 

「全く!男子達はこの子をどうしたいの?!」

 

明らかにおかしな薬だと分かるそれをパンジーは"危険"と書かれた箱に杖で放り投げる。

 

「あの、名前だけでも控えておかないと…お返しが出来ないわ」

 

「あーのーねぇー?あんたばか?!こんなものにお返し何てしなくて良いの!!!」

 

物凄い形相でティアラを睨み付けるパンジー。

 

「まさか、あんた去年お返しでもしたんじゃないでしょうね!」

 

「う、ううん。去年は風邪引いてたから…」

 

はぁ…。全くもってこの子の未来が心配だ。

 

さっきから私、何でこんなに叫んでるのかしら…とパンジーはため息をつく。

 

 

そんな中、でも……とティアラは心配そうにパンジーを見つめる。

「はぁ……。もういいわ、取り敢えずこれは没収するわよ」

「う、うん…」

まるで嵐のように来て、箱を持って出ていったパンジーを唖然と見つめる。

 

残ったプレゼントの山は小さく、"顔は知っているけれど…"といった人からが大半だった。

その中で一際目を引く箱があった。

「……なにかしら」

手のひらより少し大きいくらいのその箱は日の光を受け淡く銀色に輝いていた。

ティファニーブルーのリボンを丁寧にほどき、パカリと蓋を開けるとその中に真っ白な木の箱が入っていた。

どこか浮き立つ心を押さえつけ、それを開くと…。

「……っ!!」

ポロン ポロンと優しく綺麗な音が紡ぎ出した。

 

それはこの上なく懐かしい子守唄だった。

いつ、どこで聞いたのか全く思い出せないが、切なく部屋に響くそのメロディーはゆっくりと心に染み込んで行く。

「……母さんが………歌ってた曲だ……」

 

母さんが……リリー・ポッターがよく歌ってくれた曲だ……。

父さんと母さんがいた頃…よく聞いていたんだ…。

 

 

 

「でも…何で……?」

 

 

誰からかなと箱をひっくり返してみてもどこにも名前は書かれていない。そうこうしている内に音楽はゆっくりと小さく、止まってしまった。

 

誰かにきいてみようと、ティアラはその箱を持ち寮を出た。

 

「ティナ、メリークリスマス」

「おはよう!メリークリスマス、ドラコ」

 

 

女子寮の扉を出ると、ドラコが豪華なクリスマスツリーの前に立ちこちらを振り向いた。

 

「ペンケース、ありがとな」

 

ティアラはドラコにクリスマスプレゼントとして黒皮のペンケースを送った。一年間愛用していたものがついこの間壊れてしまった、と聞いていたからだ。ドラコの顔を見るに、どうやら喜んで貰えたらしい。

 

「ドラコこそ、羽ペンとティーカップありがとう。大切に使うわね」

「ああ」

「ねえ?聞きたいことがあるの。この曲の題名わかる?」

 

ティアラはそういって手に持っていたオルゴールのぜんまいを巻き、蓋をそっと開いた。小さい頃から様々な教育を受けてきた彼なら解るのでは、と期待を寄せた。───が………

 

「…悪い、聴いたことがないよ」

「…そう……」

「ごめんな」

「ううん。ありがとう」

 

ドラコも知らないとなると……有名じゃないのかな…。

 

 

 

その曲がわからないまま数日が過ぎたある日、ひょんなところからその曲の正体がわかった。それは空き教室で1人、ティアラが勉強をしていた時の事だった。ガチャリと音を立てて開いた扉からハーマイオニーがひょっこり頭を出した。

 

「ティア、同じ教室使ってもいい?」

 

生徒が休暇中に空き教室を使うには簡単な申請が必要だ。ハーマイオニーが言うには、なかなか先生が捕まらず、申請を届けられないのだと言う。

 

「もちろんよ。一緒に勉強しましょう」

 

 

暫くの間、その教室は羊皮紙にペンが滑る音が響いていたが夕食が近くなるにつれ二人の間の会話も増えていった。

 

とある話から話題がクリスマスのプレゼントになり、ティアラはあの曲の話をハーマイオニーに言ったのだ。

 

『アクシオ』と言って部屋から取り寄せたオルゴールを彼女に聴いてもらうと、「これ、マグル界では有名な子守唄よ。」とハーマイオニーが解決してくれた。大切な人の安全と幸せを祈る曲だという。

 

結局誰からのプレゼントなのかは分からなかったが、母さんがよく歌ってくれた歌を知っている人なのだ。きっと悪い人ではない。

大切にしよう、とティアラはその美しいオルゴールを愛おしげに撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方でハリー達3人は、着々とホグワーツの秘密に近づいているようで、3人が居ない時にマートルの女子トイレを覗き込むと、手洗い場の前に小さな鍋が置いてあった。中を覗き込むと懐かしい色の液体がポコポコと煮たっている。

 

「もう少しね…」

 

果たして作戦決行はいつの事だったか……。必死に頭を巡らせても、何年も前の事だ。詳細な日付を覚えているはずもなかった。

 

 

 

 

 

そんなティアラの考えも他所に、明くる日の夜。ゴイルに変身したハリーと、クラッブに変身したロンは、スリザリンの寮でドラコの向かいのソファーに座って対面していた。

 

 

 

ティアラはきょどきょどと怪しく動くクラッブとゴイルが談話室に入ってきたときは本当に驚いた。今さら何も手を貸すことはできないが、状況を知ってしまっている以上、無視をして自室へ向かうことも出来ない。

 

結局、ティアラはドラコの隣に腰かけることに落ち着いた。

 

ハリーとロンは椅子に座り、顔を見合わせるが、ドラコにどう話しかけて良いか分からずどこかおろおろしている。

 

ティアラはその二人の様子に胸がキリキリと痛むのを抑えられなかった。バレてしまうのではないか、と手にじんわりと汗を握る。明らかに様子のおかしい3人に気がつかないというように、ドラコはテーブルの上の飴を一つ、口に放り投げ、長い溜息を吐いた。

 

「……まったく…どいつもこいつもポッターポッターポッター!いい加減鬱陶しい」 

 

ドラコは独り言のようにそう言い放った。ハリー、否ゴイルは口に含んだ紅茶を思わず吐き出しそうになっている。

 

ティアラはキョロキョロを辺りを見渡しパンジーが談話室にいないことを確認する。パンジーは人をよく観察する子だ。彼女がここにいたら一発で怪しまれることだろう。

 

「そもそもポッターはグリフィンドール生だろ。継承者はスリザリン生が最もふさわしいと思わないか」

 

ドラコの問いかけに、ハリーとロンはぶんぶんと頭を縦に振った。

 

「ド、ドラコは誰か知っているんだろ」

 

「おい、いい加減にしないか。知らないと何度言えばいいんだ。お前はバカなのか?…まったく……」

 

ドラコが継承者だと思い込んでいた2人はいぶかしげに顔を見合わせた。

ドラコはそんな様子を特に気にかけることもなく、再びチョコレートの包みを解いて口に入れた。 

 

──そうよ、ドラコは何も関係ないわ。だから早くバレないうちに出ていった方がいい!!

 

ティアラは必死に二人に目線を送るがガチガチに緊張している二人はそれに気がつく様子がない。

 

「ティアにもお前らにも、確か話していなかったな。父上の話では前回扉が開かれたのは五十年前だ。前回は穢れた血が一人死んだらしい」

 

「え……」

 

「なぁ、前に『部屋』が開けたやつが捕まったかどうか知ってるのか」

 

「いや、知らない」

 

マルフォイはため息をついて、口を閉じた。

 

「っっ、ふ、二人とも!ちょっと来て!」

 

ティアラはロンの髪がだんだんと赤くなりつつあるのに気がついた。もう限界だ。これ以上は見てられない。

ティアラは二人の腕をつかむと立ち上がらせ一目散に駆け出した。

 

入り口の重い扉の影に隠れると二人の姿は普段の《ハリー》と《ロン》に戻っていた。

 

弾む息を整え、二人を見上げる。

 

「ティア…知ってたの!?」

「ごめんなさい。たまたま話を聞いちゃったの。でも話は今度よ。貴方たちがここにいるのは良くないわ。誰かが来たら大変よ。」

「う、うん。ありがとう」

「じゃあ、ぼくらは行くよ」

「ええ。気を付けてね」

 

ハリーとロンは全速力で四階分の階段を駆け上がり三階の女子トイレに戻った。

 

扉からおずおずと出てきた毛むくじゃらのハーマイオニーに二人が驚くまでそう時間はかからないだろう。

 

「それにしても、ハーマイオニーはどうして私に変身しようとしなかったのかしら…?」

 

階段を駆け上がっていく二人の背中を眺めながらティアラはふと疑問を抱いた。──が、それは誰に相談できるものでもない。まあ……バレなかっただけよかった。と、くるりと踵を返し、さすがに怪しんでいるであろうドラコのもとへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマス休暇が明けて数週間。休暇前の静けさが嘘のように廊下は生徒とざわめきで溢れ帰っていた。生徒やゴーストの襲撃事件はぱたりと止み生徒には笑顔と元気が帰ってくる。

 

──どうにかしてハリーに50年前の事を見てもらわなきゃ。

 

そんな中、ティアラは魔力を吸われ続けていることによる体調不良で揺れる頭を必死に回し、方法を考えた。

 

"前"はジニーが操られることに恐怖を感じて日記を捨てた。そしてそれを"僕"が3階の女子トイレで拾って、50年前の景色を見たんだ。

ハリーに日記を見つけてもらうことは簡単だけれどその後再び回収するのが至難の技だ。ジニーはハリーの部屋に入って日記を探した。でもスリザリンである私はグリフィンドールの寮には入れない。

「…どうすれば……」

頭を悩ませてもなかなか良い考えは思い付かなかった。

もうすぐ夕食の時間だ。参加しないとみんなに叱られる。ティアラは区切りをつけ、髪をかき上げながら立ち上がった。長い髪がさらりと肩を落ちる。

「ティア、夕飯が始まるわよ」

「ええ、今いくわ」

一歩踏み出したところで突然ふっ、と世界が回転した。

──え……

 

 

 

 

 

《ガシャンッ!》

「ティアラ?!」

慌ててやってきたシャルルに抱き起こされるまでティアラは数秒意識を失っていた。

「…シャル……」

「どうしたの?!大丈夫?」

「だ、いじょうぶ…」

 

なにが起きたのか…とティアラはゆっくりと視線をさまよわせた。

 

「ティアラ!手が……」

その声に視線を下ろすと、割れた鏡の破片が手のひらを大きく切り裂いているのが見えた。

「ああ、このくらいは大丈夫よ」

杖を取り出し傷口にかざし杖を振るとその傷口はゆっくりと塞がっていった。

「傷跡が残っちゃうわ。待ってて薬を貰ってくるわ」

 

「シャル!大丈夫よ」

 

駆け出し掛けていたシャルルのローブの端をぎゅっ、と掴みそれを引き留める。

 

「…でも……」

「平気よ。ありがとう。動けば傷なんて何でも良いわ」

「なに言ってるの!女の子でしょう!」

突然怒り出したシャルルを前にティアラは、困惑の表情を浮かべた。

そんなティアラを見てシャルは困ったように悲しげに笑う。──どうすればこの子は自分を大切にするようになるのか……と。

シャルは後で傷消しを貰おうと決めティアラを立ち上げさせた。

「行きましょ、談話室でドラコとニカが待ってるわ」

その華奢な手の持ち主は消して弱音を吐かない。辛いとも、痛いとも、苦しいとも言わない。医務室に運ばれたときも何も言わずにこにこ笑っていた。

いつかこの子が私たちの前で本音を話してくれる日が来ますようにと願いを込めて。シャルルはその手を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しますマダム、傷消しを少し………」

夕食のあと、ティアラに渡す薬を貰うため、シャルルが医務室に足を踏み入れたのと同時に薬棚の前で教授達2人とマダム・ポンフリーが真剣に話し合っているのが見え、思わずその場で固まってしまった。

「あ、ミス・ジェラルドどうかしましたか?」

スネイプ先生ともう一人と話していたポンフリーがこちらに気が付いた。

「えっと…薬を貰いに来たのですが…。…出直しましょうか」

「いえいえ、構いませんよ」

マダムがエプロンで手を拭きながらやって来る。

「怪我は……ないようですね、薬ですか?」

「はい。友達が怪我をして。当の本人は大丈夫って言うんですけど………。心配で」

「まあ!怪我を?」

「あ、すぐに治癒魔法を自分でかけて治してたんですけど…傷跡が残っているので傷消しを貰いに来ました。」

「そうでしたか、ではそこの紙に名前を書いて少し待っていてくださいね。あぁ!先生方!少し、そこを失礼しますよ」

 

紙に記入をし終わり、ソファーに座って待っているとグリフィンドールの寮監の先生がこちらに来た。変身術のマクゴナガル先生だ。

「誰が怪我を?」

「ティアラです。ティアラ・ヴァレンタイン」

 

補充する薬を紙に書き出していたスネイプは、聞こえてきたその名前にぴくりと片眉を上げた。続けられる会話にペンを滑らせる手を止め耳を傾ける。

 

「あの子ですか。確か、貴女は彼女と同室でしたね」

「はい」

「気を配ってやってくださいね。あの子はどこか…ぬけていますからね。成績はいいのですが……」

その時、奥から袋を持ったポンフリーがパタパタとやって来きた。

「ああ、!書き終わりましたね。はい。これです。2日分ありますからね。傷に塗って包帯を巻くようにと伝えてね」

「はい。ありがとうございます。失礼します。」

 

シャルルは包帯と瓶に入った薬を確認すると大きな扉を押し開け、寮への道を急いだ。

 

「先生方すいません。少し在庫を確認してきますわ」

シャルルが出ていった後、ポンフリーは医務室の奥、薬剤庫に行ってしまった。

 

「あの子はよく怪我をしますね」

部屋に残されたマクゴナガルは筆を止めているスネイプにそう呟いた。

「…………」

「…色々心配ですわ……。まるであの頃が戻ってきたみたい…」

ジェームズ・ポッター。シリウス・ブラック、リーマス・ルーピン、ピーター・ペティグリュー……。

彼らもよく医務室に来ていた…とマクゴナガルは懐かしそうに微笑む。

「…………」

だんまりを決め込んでいるスネイプはペンを動かす手を再開する。

 

「気に掛けてやってくださいね。セブルス」

「…………寮監だからな」

 

ふてくされたようにそう呟いたスネイプを見てマクゴナガルはああ、本当に懐かしい。と嬉しそうに目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある授業後の夕方、ティアラの頭に突然あるアイデアが降って来た。

図書室に本を借りに行ったとき、椅子に座り本を読んでいた1年生の子達が本の貸し借りをしていたのだ。

 

ここなら、不自然に思われることなくハリーに本を渡せるのでは?そう思い至ったティアラは、次の日、すぐにハリーを勉強に誘った。この日魔法薬学の授業からレポート作成の宿題が出ていたため口実は沢山あった。

 

 

合流したハリーは怪しむことなく席に座る。ティアラは家族から届いた日記帳、私は使わないから、と言ってハリーにトム・リドルの日記を渡した。

 

暫く経ってから、ティアラはハリーのとなりで寝たフリを始める。

 

 

 

ハリーがティアラから貰った日記帳を開くとそこに『僕はハリー。』と丁寧に記した。

 

日記なんて人生で一度も書いたことがない。ハリーはほんの少しわくわくしながら何を書こうか、と再びペンを握り締めた。

 

そして、日記帳に吸い込まれたインクに驚愕する様子をティアラは横の席から盗み見る。

 

そこに確かに書いたのに、それは紙の裏も表も何も書かれていない、まったくの無地の状態になったのだ。ハリーは眉を寄せながらページをめくる。すると突然ページの中央が黒く滲み、文字が浮かび上がってきた。

 

『こんにちはハリー・ポッター。僕はトム・リドルです。』

 

これはどういうことだと言うようにハリーがこちらを見るがティアラはひたすら目をつむり、寝たふりを続けた。ハリーは好奇心に駆られるままに、羽ペンを滑らせる。

 

『やあトム。君は秘密の部屋について、なにか知っていますか?』

『はい』

『教えて頂けますか』

『いいえ…………ですが、あなたを50年前に連れて行くことが出来ます。』

 

 

「え……?」

 

ハリーが何か言う前に、ハリーの身体は本の中へと吸い込まれてゆく。日記帳はハリーを飲み込んでいった。

 

ハリーの体からガクリと力が抜けたのを確認したティアラはそっと瞳を開いた。

 

「あとは頼んだわよ、ハリー」

 

 

自分の体が乗っ取られてしまう日はきっと遠くない。ティアラはその肩にそっと手をのせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっと………?」

今さっきまで図書館にいたはずなのに…。ハリーがキョロキョロと辺りを見渡すが、周りの風景が白黒なのと、日記の人が言っていたことを思い出す限り、ここは過去の……50年前のホグワーツなのだろう。

 

「あの、すみません」

 

ハリーは目の前に立ちこちらを見つめる少年に声を掛けた。

 

『…………』

 

「あの……?すいません。僕、」

 

そこまで言ったところでその少年は僕をすり抜けて階段の方に向かった。

 

そもそもその少年は僕のことを見ることが出来ないらしい。

 

『ダンブルドア先生!』

 

「ダンブルドア先生だって?」

 

まさか…と思いながらもその少年の視線の先に目を向けると、そこには今の姿よりも少し若いダンブルドア先生が立っていた。

 

『おお、トム。なにをしているのじゃ。消灯時間はとうに過ぎておる』

『すみません。ですが、どうしても聞いておきたい事があって。………女子生徒がひとり、死んだと』

『ほう……どこでそれを?』

『先生もよくご存知でしょう?ホグワーツは噂が広まりやすい。』

 

ダンブルドアの顔が沈黙が全てを物語っていた。

 

『秘密の部屋の怪物が……その少女を殺した……という事ですか』

『……儂がただ一つ言えるのは…。残念な事じゃが我がホグワーツで…純粋な子供の命が一つ、喪われた。不甲斐ない事じゃが、儂を含め、教授達はその命を守れなかったのじゃ。その責任は取らねばならぬ。もはやここに安全はない。』

 

『……学校を…閉めるおつもりで?』

 

『…どれだけ嫌な所だとしても、今はそちらが安全なのじゃ。分かっておくれ』

『僕の家はホグワーツだけだ!』

『トム。死は平等な恐怖なのじゃ、君を死なせる訳にはいかん』

 

トムの顔が曇った。

ハリーはこの少年がどんな事情を抱えているかは分からないが、ホグワーツに対する思いには親近感がある。

 

 

その少年はダンブルドアに一礼して踵を返すと、トムは早歩きで進み始めた。

どこにいくのか、とハリーはひたすらその少年を追った。

とある部屋の扉の前で立ち止まり中を覗くと、そこには毛むくじゃらの大柄な少年が、箱に向かってこそこそと話をしていた。

 

───ハグリッド?

 

まさか……この事件に彼が関わっていたとは…。

 

『まさかとは思ったけれど…本当に君が犯人だったなんて』

『ト、トム!?ち、違げえよ!誤解なんだ、アラゴグはやってねえ!』

『何が違うものか!君が放したそのペットのせいで彼女の尊い命は奪われたんだぞ!』

 

ハグリッドは太い声で声を出しながらも、その箱を庇うように立ち塞がった。

『アラゴグは、俺が言って聞かせてる!勝手に生徒を襲うような事は絶対にしねえ!』

 

 

口論の途中、真っ先に動いたのは箱のなかにいた物だった。

箱から飛び出したそれは、恐るべき速さで壁を走っていく。毛むくじゃらの胴体から伸びた巨大な脚は、否応にも異形の生物を想起させた。

 

「ステューピファイ!」

「っ!!!」

 

杖を振り上げたトムの腕をとっさにハグリットが掴んだ。その隙を突いて化け物が扉の隙間から脱走する。

 

日記の記憶はそこで終わった。

 

 

 

 

 

 

 

ハリーはふっ、と意識を浮上させた。

 

隣で眠っていたティアラはいつのまにか目覚め、こちらをじっと見つめている。

 

「テ、ティア!僕!」

「しーー!マダム・ピンスに怒られちゃうわ」

「う、うん。」

ハリーは声を絞って興奮したように続ける。

「僕、不思議なものを見たんだ!この日記に吸い込まれて、それで!」

 

今見たことを必死に説明しようとするも、ティアラは不思議そうにこっちを見るだけだ。

「…きっと夢でも見たのよ」

「…うーん……そうかな…」

 

取り敢えずハグリットに会いに行こう!とハリーは勢いよく立ち上がった。

 

「ちょっと行ってくる!」

 

ハリーの遠ざかる後ろ姿が消える前、ティアラは素早く杖を振りその鞄から日記を盗みとった。

ふよふよとやって来た日記を胸にかかえ彼の幸運をひたすら願う。

 

──さあ、これで私の仕事は終わり。

 

あとはもう。

 

なるようになるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリーが日記の記憶を見た後日、ホグワーツは更なる混乱の渦に巻き込まれた。ハリーの出場予定だった対ハッフルパフ戦のクィディッチの試合が中止となり、ハーマイオニーと別の女子生徒が襲われる事件が発生したのだ。

 

 

そして前回の事件時の容疑者だと言われているハグリッドは、魔法大臣とアルバス・ダンブルドアからアズカバンへ送ることを告げられ、さらにはダンブルドアが校長職を停職させられる事態となった。

 

 

慌ただしく環境が変わるなか、ティアラは日に日に日記の記憶に体を操られ自我を保つことが出来る時間が短くなっていることに気がついていた。

 

 

「ティア」

 

授業後の放課後、夕食に向かう途中、ニカとシャルルはこの頃どうも元気のないティアラを気に掛け、声をかけた。

 

この子が大人びているのはいつものことだが、最近は大人びているのではなく《具合が悪そう》に大人しいのだ。

 

「ん?」

 

いつものようにアーモンド型の大きな瞳がふんわりと微笑む。

 

「具合が良くないんじゃない?顔色が悪いわよ」

 

ニカがゆっくりと歩きながらティアラの頬に指を滑らせる。

 

「大丈夫よ。ありがとう」

 

──確かに熱はないみたいだけど……

 

 

「ねぇティア。あなた、クリスマス休暇の後からなにか変よ?」

 

もう黙っていられない、というようにシャルルが肩を掴んだ。シャルルの青い瞳が心配そうに覗き込んでくる。

 

 

ティアラはそっと肩に乗ったシャルルの手を持つと再び「本当に大丈夫よ。ありがとう」と微笑んだ。

そう言われてしまっては何も言い返せないではないか。ニカとシャルルはなにか言いたげにティアラを見つめるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

季節は流れ、未だ継承者が誰なのかわからないまま、五月の末になった。この時期になれば生徒たちもうやうやと遊び、噂話を楽しんでいる場合ではなくなる。期末考査が近づいているからだ。

高学年はもちろん。前期考査で失敗した低学年の者達も必死に挽回を計っているのだ。

 

 

 

 

 

そんな中、期末試験の3日前ティアラはついに自分で自分の体を動かせなくなってしまっていた。

 

人影のない廊下の角にうずくまり、なんとも言えない胸の痛みに唯一動く瞼を閉じた。

 

体を操られるのは苦痛しか生まない。ジニーはあの時、こんなに怖く辛い思いをしていたのかと改めて思い知らされる。

 

時々意識が遠退きそうになるのをぐっ、と耐える。───が、それもそろそろ限界だ。

 

 

ジニーが命の危険にさらされることはない。万が一のときでも…死ぬのは私だ。

 

もう何も出来ることはない。

 

 

彼を信じるしか──。

 

 

 

ハリー…どうか……無事で───

 

 

 

ティアラは体に入ろうと侵食してくる何かに抗うのを止め、深い闇に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 



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秘密の部屋

ティアラの瞳が新緑から真っ赤に変わる。その瞳は光を失っていた。

 

一つまばたきをした後には目の色も元に戻り、普段の"ティアラ・ヴァレンタイン"の姿に戻る。

 

だが、その口から出る声は少女のものではなかった。低く響く青年の声。

 

『ああ………。時間がかかったことだ………』

 

"それ"はコキコキと首を鳴らし、ニヤリと口角を上げる。

 

『さて…どうやって…彼をあの部屋に釣ろうか…』

 

"それ"は至極愉しそうにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの子はホグワーツの生徒達の中でも一番ではないかと言えるほどに優秀だ。授業で失敗しているのも見たことがない。他の教員からも悪い噂は聴かない。下手をすれば教師陣さえも凌駕するほどの知識を持っているのではないかと思うことさえある。

 

そんな子が……何故…!!

 

スネイプは恐ろしい形相でローブを靡かせながら長い廊下を進んでいた。 

 

 

マクゴナガルの守護霊から信じられないような話を聞いたのはつい数分前だ。あの子が、スリザリンの継承者に連れ去られたと言う。

 

「…クソッ…!」

不愉快だった。周りの何もかもが不愉快だ。ミネルバが嘘をつくはずがない。何かの根拠があるのだろう。だが………どうしても受け入れなれない…っ。

 

 

 

バンッ!と扉を開いたその先。

 

壁の真下に大勢の教員が集まっていた。

 

 

「セブルスッ……!」

 

「っ………」

 

スネイプは大きく眉間に皺を寄せ、壁を睨み付ける。

 

『彼女の白骨は、永遠に秘密の部屋に横たわるだろう』

 

それは紛れもなく、三階廊下に書かれたものと同じく……『継承者』からのメッセージだった。

 

 

 

「…何故…っ…!」

 

 

そこにいた教員らは途方にくれたように視線を下げている。自分の体を苛立ちだけが突き動かす。

 

 

「っ!おいロックハート。貴様は入り口を知っている、そう言ったな」

 

スネイプはロックハートの胸ぐらを掴み詰め寄った。

 

「貴様の出番だ」

「私の………私の出番………」

 

「セブルス。そこまでです」

 

マクゴナガルが一歩前に出てロックハートとスネイプを引き剥がす。

 

「ロックハート先生。怪物はあなたにお任せしましょうね。伝説的なあなたの力で」

 

「ミネルバ!!」

ふざけている場合ではない。とスネイプが声を荒らげる。

「分かっています。私たちも全力を尽くしましょう。」

 

ロックハートは「ハハッ!ハッ………で…では、部屋に戻って仕度をしなくては」と言ってすぐに廊下から姿を消した。

 

 

 

 

そして──石の壁の裏にはハリーとロンがいた。

ティアラが……と二人は顔を見合わせ呆気に取られる。そして同時に普段感情を表に出さないスネイプがこんなにも慌てているのに驚いた。スリザリンの生徒だからだろうか、と憶測を立てるもどうも違和感がある…。

 

 

「ねぇロン、ロックハートは役立たずだけど、プライドを保つために"秘密の部屋”を探すはずだ。僕らの知っていることを教えよう。少しなら役に立つかもしれない」

 

ハリーとロンはロックハートの部屋に向かった。

 

が…。

 

二人はこの瞬間ほどロックハートに失望したことはないだろう。

 

「どこかに行くんですか」

 

トランクに者を詰め込むロックハートに至極冷たくロンが声をかけた。

 

「あぁ……ポッター君と…ウィーズリー君まで……」

 

ロックハートはトランクに荷物を詰め込む手を休めることなく非常に迷惑そうに目線をやる。

 

「わ、私は今取り込み中でね。急いでくれ「先生!入り口を知っているんでしょう!どうか、どうかティアラを助けてください!」」

 

「…わ、悪いね。その…緊急で、イギリス魔法界最高スマイル会議に呼び出されてね。仕方なく……。それに彼女は優秀だ。きっと大丈夫だろう」

 

「何をっ……!あなたは闇の魔術に対する防衛術の先生でしょう!?」

 

「悪いが、職務内容にこんなことは書いてなかったよ。もちろん書いてあれば、私も手伝えたのですがね」

 

「逃げ出すのか?!あんなに手柄を立てた人が?」

「まったく…君もか。…本は誤解を招くね」

「自分の本でしょう」

「ちょっと考えれば判ることだろう、私の本が売れるのは、あれを全部私がやったと思うからだ」「まさか………。ハリー!こいつ他の魔法使いの手柄を自分のものにしてたんだ!自分じゃ何にも出来ないってことだ!」

 

「ハッ!バカにしないでもらいたいね。こう見えても、"忘却術”は得意中の得意でね。そうだ。君にも忘れてもらわないとね!」

 

ロックハートが杖を振り上げようとしたより早く、ハリーが杖を奪い、ロンが背中に杖を当てた。

 

「さて。付いてきてくださいね」

 

ハリー、ロン、ロックハートという異色の3人は人影のない廊下を進み、マートルのトイレへと向かった。

 

──僕達の見立てが正しければ………ここが入り口だ。

 

「待ってて、ティア」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

湿った床。顔をかたどった巨大な石像の前に見覚えのある女の子が横たわっていた。

 

「ティア!起きて!…お願い、眼を覚まして……」

 

ハリーは杖を傍らに置き捨て、力のないティアラの体を抱いた。その体は冷たく、唇は青い。いつも微笑みかけてくれる瞳は固く閉じられていた。

 

『──残念だけど』

 

突然、後ろで声がした。ハリーが振り向くとあの記憶の中で見た美しい少年がこちらを見下ろしているのが見える。

「その子はもう目覚めることはない。もう、二度とね」

 

「まさか……」

 

『ああ、勘違いはよくない。安心するといい。彼女はまだ生きているよ。……かろうじてね』

 

「君は…幽霊…?」リドルの身体は透けていて、ホグワーツに時々いる幽霊のように見えたのだ。

 

『いや、違う。記憶だ。50年間日記に閉じ込められていた記憶。それをこの子が解放してくれた──』

 

「うそだ!…っ、……ティア……お願い、死なないで……手を貸して、ここには怪物がいるんだ……君の力が必要なんだ…」

 

ハリーはティアラの冷たい体を揺する。が、ますます体は冷たくなっていっている気がした。

 

その時、ハリーの置いた杖をリドルが拾い上げた。ハリーがそれに気がついたときにはもう遅い。リドルは手の中でその杖をくるくると弄んでいる。

 

「杖を返して」

 

『大丈夫。怪物は呼ぶまで来ない。それに──君にはこれは必要ない』

 

「あるよ!魔法でどうにかして医務室に行くんだ!ティアを助けなきゃ…!」

 

『ほう……残念だがそれは出来ないよ…。その子が弱るほど僕は強くなれるんだからね』

 

眉をひそめ、不思議そうに首をかしげたハリーにリドルは秘密の部屋を開いたのがティアラ本人だと話した。壁にも字を書いたのも、50年前の記憶を見せたことも。すべて、ティアラ・ヴァレンタインがしたことなのだと。

 

 

「そんな……そんなはず……」

 

『思い返してみろ。思い当たる節があるはずだ。ティアラは僕の思うがままに操れる。分かりやすく言うなら、いわば催眠状態なのだ。』

 

「何て事を!」ハリーはリドルをキッ、と睨み付ける。

 

『すべては君に会うためだよ、ハリー・ポッター。"穢れた血"の連中を殺す事なんか、もうどうでもいいんだ。……さて、…特別な魔力も持たない赤ん坊が……どうして最恐の魔法使いを破ることが出来たのだ…?』

 

しゃがみこんだままのハリーとティアラの周りをリドルはゆっくりと歩いた。

攻撃をしたくてもハリーは杖を奪われている。ただただ、リドルを睨み付けることしか出来ない。あまりの悔しさにハリーはティアラの腕を掴む力を強めた。

 

「ヴォルデモートは君より後世の人だ。どうしてそんなに彼を気にするんだ」

 

そうハリーが言うと、リドルは立ち止まりハリーの杖を使って空間に文字を書き始めた。

 

燃えるように杖先から出てくる線は徐々に文字へと姿を変える。

 

『偉大なるヴォルデモート卿は私の過去であり、現在であり、未来なのだ』

 

 

口角をあげてリドルはその文字の上に手をかざした。トム・マールヴォロ・リドル。その文字はゆっくりと並び変わり、私はヴォルデモート卿だ、に変わった。

 

ハリーは眉を潜めその青年を見上げる。

 

「まさか……君が…」

 

『そう。私がヴォルデモート卿。サラザール・スリザリンの尊い血が流れているこの僕が、汚ならしいマグルの名をいつまでも使うと思うかな?そんなものはとっくに捨てたよ。自分で付けたんだ。私がもっとも偉大な魔法使いになったとき。皆が口にすることを恐れるであろう名前をね』

 

「恐れるものか!」

 

広い地下に静かに誇ったように話すリドルとは真逆のハリーの叫び声が響き渡った。

 

「最も偉大な魔法使いはダンブルドア先生だ!」

 

『ハッ、ふざけるな。最も偉大だと?奴はただの記憶によって易々と追放された。偉大なものか。』

 

「っ、…!それでも僕は信じてる!」

 

『そうかい。好きにしろ。どちらにせよ、もう貴様は二度とあの薄のろに会うことはない。君も、その女子生徒も、墓場はここだ。』

 

 

リドルがバジリスクを呼び出す。蛇語を理解できるハリーは、石像の口が開き出したとたん回れ右をし、全力で走り出した。

 

杖がない……どうすればっ、!

 

チラリを後ろを振り向くと、石像の口からなにか光沢のあるものが出てきたのが分かる。その前にはティアラがいる。

 

どうしよう。どうにかしなければ…二人ともっ

 

とその時──前から深紅の孔雀のような大きい鳥が飛んできた。前に一度見た、フォークスだ。足にはボロボロの布包みを持っている。

 

「フォークス?!」

 

走りながらハリーがその名前を呼ぶと、フォークスがそれに答えるように美しく鳴いた。同時にハリーの腕にその帽子を落とす。

 

『なんだ!ダンブルドアが味方に送るのは古びた帽子と歌い鳥か!』

 

後ろからなにかを引きずるような音とリドルの声が聞こえる。

 

「………っ、」

 

反対側に走っていたハリーは濡れていた床に足を取られ転んでしまった。

 

その引きずるような音が近付いてくる。ハリーは目を開けられないまま"死"をすぐそばに感じた。

 

だが、それはなかなかやってこなかった。代わりに聞こえたのはフォークスの高貴な鳴き声と、化け物の叫び声。

 

ハリーはぱちりと目を開き目の前の光景に目を疑った。

 

「………!」

 

フォークスがバジリスクの頭に留まり、そのおぞましい目を嘴でつついていたのだ。

 

『何をしている!音だ!音で探してさっさと殺せ!』

 

石像の下にいたリドルが高々と叫び、ハッ!と我に帰ったハリーは古びた帽子を片手に再び走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティア……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お願い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚まして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手を貸して、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここには怪物がいるんだ……君の力が必要なんだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すべてが遠く聴こえる─────

 

 

 

 

 

 

 

 

妙に心地よい揺れる水の中のような空間にティアラはいた。

 

 

 

 

 

 

 

《 ハリー…? 》

 

 

 

 

 

「死なないで───」

 

 

 

 

 

光る水面のずっと先。

 

 

 

 

 

《 ハリーが呼んでいる─── 》

 

 

 

 

 

部屋に着いたのね── 

 

 

 

 

 

「恐れるものか!!最も偉大な魔法使いはダンブルドア先生だ!」

 

 

 

 

 

《 そう…。そうよハリー 》

 

 

 

 

何枚も重ねた膜の向こう、

 

 

 

 

ずっと先でハリーが闘っている──。

 

 

 

 

ティアラは輝く光に重い腕を伸ばした。

 

 

 

 

だけれども、思っている以上にハリーとの距離は遠い。

 

 

 

 

もがいても、もがいても一向に近くならない。

 

 

 

 

 

《 ハリーどうか──どうか、 》

 

 

 

 

 

───ヒュオーーーッ───

 

 

 

 

その時、口笛のようなフォークスの鳴き声がティアラの周りに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

全てのものを通り抜ける気高いその鳴き声はティアラの耳に鮮明に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

「っ───!!!!」

 

 

 

 

 

ぱちりと急に視界が開ける。

 

 

 

 

「……え…?」

 

『………!』

 

 

視界に飛び込んできたのは驚いたように目を見開く懐かしい"記憶"だった。

 

 

『何故ッ!』

 

リドルは目覚めたティアラに気が付くと、ハリーの杖を素早く振り上げた。

 

ティアラはよく状況を理解しないままローブから杖を抜き取りプロテゴの呪文を掛ける。

 

 

「こっちが聞きたいわ……」呪文が弱々しい盾を作り出すのをどこか他人事に見ながらそう呟く。

 

──何故…!

 

目覚めたのはいい。が、まったく状況が理解できない。ハリーとバジリスクが居ないということはパイプのなかで闘っているのだろう。

だが目が覚めたというだけで腕と足は鉛のように重たく、杖を持ち上げるのさえ億劫だ。

 

これじゃあ…なにも出来ない

 

ギリギリのところでリドルの呪文を避けた盾は時間を開けることなく消え去った。

 

『もういい。………邪魔だ小娘。もう待っている時間はない。力は十分だ。あとはポッターから吸い取ることにしよう』

 

「…え──」

 

ティアラが考えるよりも先にリドルが体の上に覆い被さりハリーの杖でティアラの首を押さえつけだした。

 

「………っ、、」

 

 

『死ね………死ね………死ね…』

 

リドルの青筋の入った顔が視界いっぱいに広がり、だんだんと視界の端が白く染まっていく。

 

 

 

「やめろーーー!!!!!」

 

 

《ドンッ!》

 

 

『っ…!』「ハッ……ハッッ、ゲホッゲホッ」

 

 

バランスを崩したリドルとハリー。真っ青な顔で仰向けに倒れたまま大きく咳き込むティアラ。

 

「ティア!!!」

 

「ハ、………リー……、」

 

首を絞められたことにより苦しげな息を繰り返すティアラに、メガネの端が割れているハリーが四つん這いで近付いてきた。

 

「よかった…無事で」

 

「ハ、リー……、ぼう…し…っ、………あいつが…っ、くる…っ、」

 

再会を喜んでいる場合ではない。バジリスクがすぐにやってくる。

 

『───貴様ぁ!!!!』

 

だが、バジリスクのより先にすくりと立ち上がり怒りで顔を歪ませたリドルが大きく杖を振り上げた。

『エクスペリ──アームズ──』

 

ハリーの杖から光が出る寸前。ティアラがリドルに向かって武装解除を唱えた。  

 

「ハリー…っ…ダンブルドアを──信じて…」

 

飛んできた杖を泥だらけのハリーに託す。

 

「大丈夫…っ、貴方なら…きっと、」

 

 

「ティア」

 

 

『何をごちゃごちゃ言っている!!バジリスク!こっちだ!』

 

杖が無いとなにも出来ないリドルはさらに顔を赤く染め、大きく叫び声をあげた。

 

ハリーが先ほど逃げ回っていた部屋の先から、なにかを引きずる音が近付いてくる。

 

 

ハリーはその音を聞くと、杖と帽子をぎゅぅと握り締め、目をつむった。──お願い!先生…助けて─と祈る。次の瞬間、古い帽子は急に重さを増した。古びた帽子の中から長い銀の剣が現れたのだ。

 

ハリーは少しの動揺と共にその美しい剣の柄を握り締めると、苦しげな息を繰り返す顔色の悪い少女を見た。

 

「ティア、僕…必ず守るから。」

 

覚悟を決めるように呟かれた声。ハリーは勢いよくその石像に登り始めた。

 

盲目のバジリスクはめくらめっぽうにハリー襲い掛かる。

 

音が鳴ったところにひたすら頭をぶつけていく。砕けた石像の破片がパラパラと落ちていった。

 

『もっと上だ!』

 

ハリーが石像の頭の上に剣を構えて立つ。バジリスクがリドルの声を聞いて、ハリーに狙いを定め大きな口を開けて鎌首を振り下ろした。

 

真下にいたティアラは最後の力を振り絞りハリーの腕だけにプロテゴの呪文を掛けた。

 

 

それに気がつくことなく、ハリーは剣をバジリスクの口の奥へ突き刺す。ガキンッ!という音と共に、ハリーの腕に当たったバジリスクの牙が折れる。バジリスクはゆっくりと床に崩れ落ちた。

 

「っ、………」

 

ティアラは呪文を使ったとたん背中に悪寒が走り、全身の筋肉がみるみる冷え固って行くのを感じた。思わず意識を手放しそうになる。

 

でも、まだ、まだだ。

 

 

「ティアラ!」

 

石像を降りたハリーがティアラの元へ駆け寄った。端から見るとティアラの顔色は土気色をしていた。唇も青白くまるで──まるで生気を感じられない。

 

『その状態で私の呪縛から自ら脱するとは、大したものだね。ティアラ』

 

「ティアラを戻せ!」

 

『それは無理だと言った筈だ。本当なら君から残りをもらう筈だったんだよ。君が無理ならこの子からもらうしかないだろう?』

 

「何を訳の分からないことを言っている!」

 

『煩い。黙れ。私はもうすぐ本当の力を取り戻す。偉大な魔法使いが復活するのだ。少女一人が犠牲になればね?…どうだ。安いものだろう』

 

ティアラの口から出るのは、最早か細い呼吸だけだ。リドルの身体はほとんど透けておらず、1人の人間のようになっていた。ハリーはティアラのどんどん冷たくなって行く手を握り締める。

 

「そうはさせない!」

 

 

ハリーは開かれた日記を見つけて、そこにグリフィンドールの剣を振り上げズブリと刺した。

 

『っっ……なにをする!!!やめろ!……よせ!』

 

リドルが叫んだがもう遅い。ハリーは何度も繰り返し日記に剣を突き刺した。日記からインクが溢れだし、リドルの胸には光の穴が開く。その穴はみるみるうちに大きくなり、やがてその身全てを覆い尽くした。

 

 

「っ、…、!」

 

とたんにティアラは息を吹き返し、はっ、はっ、……と大きな呼吸を始めた。

 

「ティア!!」

 

「ハ…リー……」

 

グリフィンドールの剣をカタリと地面を落とすと、ハリーはぎゅぅ、とティアラを抱き締めた。

 

「よかった………ほんとうに……本当によかった…」

 

「……ハリー…ありがとう…」

 

泥だらけのふたりのそばに、フォークスが静かに降り立つ。

 

「フォークス」ハリーがフォークスの額を指でそっと撫でた。フォークスも気持ち良さそうにハリーの手にすり寄る。

 

「ハリー、フォークス。救ってくれて…ありがとう。貴方達に怪我がなくてよかった…。ごめんなさい……私……少し………」

 

握っていた杖が手から滑り落ちる。大きな部屋にカランッと乾いた音が響き渡った。

 

「───え…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォークスっ!急いで上に運ぶの手伝って!」

 

 

 

ハリーの慌てた声が遠くに聴こえる。

 

 

 

 

 

 

 

───夢のように現実味のない声だと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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医務室の夜

あと1話で秘密の部屋編も完結です!
 
今回は短めですが…お楽しみいただけたら幸いです。



ハリー達が地上に戻ってから数時間も経たずに事件の解決が学校中に知らされた。

 

ドビーはマルフォイ一族から解放され、石となった者達も元気になった。

事件が解決された祝いに期末試験がキャンセルされ机にしがみついていた生徒達は歓喜の声をあげる。

 

 

夜、学校を騒がし続けた恐怖が去った事と被害者たちの回復を祝うディナーパーティーが大広間で行われ、全員が陰鬱な思いを晴らすかのように夜通し開かれた。

 

秘密の部屋の事故によって記憶を失ったロックハートは教員職を退かざる得なくなり、そのことが発表された途端にかなり多くの先生が生徒と共に歓声を上げたのは記憶に新しい。

 

だがそこには1人の生徒が欠けていた。

 

ティアラ・ヴァレンタイン。

 

彼女が秘密の部屋を開けたということはハリー、ロン、教員以外誰も知らない。

 

医務室で眠り続ける少女の元には多くの人が見舞いに訪れた。"怪物に襲われかけた"と言われているティアラ。スリザリンの花が居ない、とパーティーでは多くの人に嘆かれた。

 

 

 

実際は半年ほど前から魔力を吸われ続けたことによって食欲不振に陥り、ティアラがきちんとした食事を取らなかったことによる栄養失調。そしてここ最近の寝不足によって眠り続けているのだが……。

 

 

 

 

パーティーの翌日、ティアラは突然ぱちりと目を開けた。

 

ぼやぼやする頭でまず認識したことは"今"が夜ということ、本来なら見慣れてはいけないはずの"見慣れた"天井を見る限りここは医務室だ。

ティアラ胸元まで掛かっていた布団を折り畳み、ゆっくりと体を起こした。

 

自らのからだの軽さに驚きつつ、辺りをキョロキョロ見渡すと白木で作られたサイドテーブルの上にお菓子や花が置いてあることに気が付いた。

 

その一番上にはニカとシャルルからのメモが置いてあった。

私が今着ている真っ白なワンピース。これを探すため勝手にクローゼットを漁ってしまったことを詫びる内容のものだった。暖かい夜が来るようになってから、部屋着として使っていたのをニカとシャルルは知っていて選んでくれたのだろう。

 

 

ギシリ、ときしむパイプベッドから足を降ろし、置いてあったパステルカラーのスリッパに足を差し込む。

 

そぅ…と立ち上がるとやっぱり身体がとっても軽い、と感じずにはいられなかった。じわじわと操られていたからかそんなに気が付かなかったけれど、身体は大きな負担を負っていたらしい。こんなに違ってくるとは思っても見なかった。

 

「………」

 

一歩歩きだし、仕切りカーテンの向こうを覗き込む。

 

しかしマダムの姿はどこにも見えなかった。医務室には自分の呼吸音以外なにも聴こえない。ここには私1人かな?とそのまま仕切りカーテンをコロコロと動かす。

壁にかかった時計に視線を移すと、ちょうど真夜中をまわった位の時間だった。

流石にマダムも眠っているわよね…とマダムの自室があるドアに目線を向けるがやはりドアの隙間から漏れる光はない。

 

私のために起こすのも忍びないし……

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ廊下に生徒がいない真夜中、ティアラは荷物を片手に抱え、スリザリンの寮に向かって歩いていた。

 

医務室には寮に戻りますと手紙を置いてきた。

今日が何日なのかも分からない手前、寮に戻って色々準備がしたい。 

 

荷物を抱えながら地下への階段へ向かっているとコツコツと硬質な足音が後ろから近づいきた。

 

ティアラはその足音に聞き覚えがあった。

いつもコウモリのような、床すれすれまであるローブを纏っている教授の足音だ。まさか…と振り向き視線を向けると、その足音の間隔は一気に速くなった。

 

 

「せんっ……」

スネイプは杖を振って杖先に灯りを付けると、流れるようにティアラを掻き抱いた。等身大の温もり。もう……失ってしまうのかと思った…。

 

「…………」

薬草の香りに突然の包まれたティアラは驚きのあまり大きく目を見開き、思わず持っていた荷物を、落としてしまう。

 

スネイプはティアラの呼吸が止まる程その体を強く抱き締め、喉に込み上げる熱い息をぐっ、と飲み込んだ。

 

触って力を入れると折れてしまいそうな体。

 

ポンフリーから寝不足と軽い栄養失調だと聞いたときはどれだけ安心したことか。

気を失って運ばれてきたとき、白い首に入っていた赤黒い痣も、頬を黒く染める泥も、全てを恨んだ。彼女を傷付ける元凶となるものを全てこの世から消し去りたいと思った。

 

それから2日間目が覚めないと思ったらなんだ。こんなところで真夜中に何を1人ほっつき歩いている。

 

──何故歩き回っている。

 

──安静にしていろ。

 

──減点だ。

 

 

全ての言葉がこの想いに合わない気がして…スネイプはティアラの頭を抱き込みながらそのすべらかな髪を撫でる。

 

「──無事で良かった…」本当に…と続けたスネイプは目を瞑り深く息を吸い込んだ。

 

「っ………!」

暖かな声に胸が詰まる。ありがとう。とかごめんなさい。とか色々言いたいことが溢れるけれど、どれも喉の奥で突っかかる。ティアラは何故だか滲む涙を目を瞑る事によって抑えた。

 

「──だが……」

「え…」

 

突然不穏な空気が辺りを包み込んだ。ティアラはいち早くそれを察知し身を固くする。ハリーの時に養われたこのセンサーはまだ鈍っていないらしい。だが視界に入るのは相変わらず真っ黒なローブだけ。彼がどんな顔をしているのか盗み見ることは叶わない。

 

 

「私は確かに言った筈だ。」

 

肩に大きな手が置かれ体がそっと離される。おそるおそる視線をあげると妙に悲しそうな顔をした彼がそこにいた。

 

「力になる、と」

「………」

「私では力不足だと。そう思ったか」

 

聴こえてきた言葉にティアラは慌てて「違います!」と叫んだ。

 

「……その………」

 

違う。

 

そうじゃない、

 

私はただ…

 

「ただ…、先生に傷ついてほしくな「私は!」」

 

ティアラの言葉にスネイプの叫び声が重なる。

胸の底からこみ上げてくる悲痛な思いが留めなく波立ち、何故分かってくれないのかと悲しくなる。スネイプは目の前の潤んだ若草色の瞳を見つめ、ゆっくりと言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

「私は、お前がこうして怪我をするほうが辛い。」

 

眉を寄せ未だに残る首の痣をつぅ…となぞる。

 

「知らないところで1人で戦うな。……頼むから──1人で傷付くな。私を、頼ってくれ。」

 

スネイプは"頼む"と再びその華奢な体を引き寄せた。

 

彼の胸に頰が当たる。腕が背中に回り、先ほどと同じ様に強く抱きしめられた。先生の体温と鼓動が伝わって妙に心が静まり返っていくのがわかった。

そこでやっと、半年ずっと張り詰めていた糸がぷつん、と音を立てて切れた気がした。

 

「…先生?」

「なんだ」

「先生は……どうしてこんなに気に掛けてくれるんですか」

 

ハリーの立場にいた私は…先生のひとつの顔しか知らなかった。いつも怒ったようにして、他人を寄せ付けないようにって振る舞っている貴方しか。きっと、気付くチャンスは何度もあったのに。

 

「私は、許されない罪を…犯したんです。だから……約束は出来ません」

「それを一緒に抱えると!」

声を荒げるスネイプはしゃがみこみティアラの瞳を覗き込んだ。

「違うんです。私が……みんなにお返しをしないといけないものなんです。」

 

ティアラはまっすぐに闇色の瞳を見つめた。

 

「だから、先生はなにも気にしないでください……。私は、先が見えます。貴方に生きてほしい。」

「……!」

スネイプは大きく目を見開き、目の前の潤んだ瞳を見た。

生きてほしい…だと?

まさか──この子は……知っているのか…?

 

自分がホグワーツの教員として許されない立場にいることを。

 

いや、まさか……占いや予知でも、"秘密"は見ることが出来ないはず。

 

 

「……では、私も約束は出来ない。お前を危険な目に遭わせたくないからな。思う存分"気にする"事にしよう」

「っ、先生!!」

「まず手始めに、お前を医務室へ連れ戻す。」

 

 

自分がどれだけ顔色を悪くしているかわかっていない奴を寮へ返す気はない。

スネイプはティアラの落とした荷物を拾うとティアラの肩を抱いて医務室の方へ歩き始めた。

「先生!だめですよ!本当に」

「ああ、任せておけ」必死になるティアラを他所にスネイプは涼しげな表情を浮かべた。

 

なぜ気に掛けるのか?そんな質問の答えは簡単だ。

 

 

…ああ、何だか…吹っ切れた…。

 

 

スネイプは怒ったように頬を膨らませる少女の顔を見てふっ、と頬を緩ませた。

 

 

 

 

 

 

「……先生…?」

「なんだ」

「私、もう大丈夫ですよ?」

医務室に連れ戻されたティアラはベッドに寝かされ、あろうことかスネイプに布団を掛けられていた。

「悪いがお前の大丈夫は聴かないと決めていてな。それに顔色が悪い。まともに食事をしていなかったのだろう?」

「…………」

なにも言い返せないようすのティアラはうう……と項垂れる。

ほとんど光のない医務室でスネイプの杖先の光だけが二人の顔を照らした。

 

「もういいから寝ろ」スネイプは杖をさっ、と振って杖先の光を消す。

 

真っ暗闇のなかスネイプはティアラの華奢な手を取ると手の甲に小さくキスを落とした。

 

「おやすみ、良い夢を」

 

するりと手が離れ、気配はどんどん遠ざかっていってしまう。

 

「─────」

ティアラは一人、ぱちぱちと瞬きをするとガバリ!と起き上がり、頬に手を当てた。

一瞬で火照ったそこは光があれば見ればわかるほど赤くなっているだろう。

 

ぼふっ、という音と共に脱力した手。

 

 

 

 

 

──おやすみ…なんて、…眠れるはずがないじゃない……

 

 

じんわりと熱をもつ頬を再び抑えたティアラ。

 

これは寝付くまで時間が掛かりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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"なかま"

これにて秘密の部屋編完結です!長かった……

下にお知らせと人物紹介があるので是非読んでください(*^^*)


 

結局まともに寝付けないまま次の日の早朝を迎えたティアラはポンフリーにお墨付きを貰い、寮に帰った。部屋に帰るとベッドの上に1通の手紙が置いてあるのに気が付いた。

まだ眠っているシャルルやニカを起こさないようにそっと封を開けるとそこにはダンブルドアからのお呼び出しの文章が連なっていた。ご丁寧に文の最後には彼の似顔絵までかいてある。

 

ティアラはそれを見てくすりと笑いを溢すと、その手紙を胸元のポケットに仕舞い、たった今入った扉を押し開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、ヴァレンタインです」

 

「ああ、入りなさい」

重い扉がダンブルドアの声に反応し開くと、コーヒーやらお菓子やらが混ざった不思議な香りが周りに広がった。

 

頭に水色のナイトキャップを被ったパジャマ姿のダンブルドア先生が迎えてくれる。

 

「ごめんなさい、早かったですか?失礼しました…!出直します」

 

「ああ、よいのじゃ。」

 

日が出ているとはいえまだ早朝といえる時間だ。申し訳ないことをした…と先生を見上げるが偉大な魔法使いと呼ばれるその人は優しげな微笑みを浮かべて、ティアラの前に立った。

 

「身体の調子はどうかね?」

「はい。お陰さまで」

「そうか、それはよかった」

 

ダンブルドアは嬉しそうに頷き、ゴソゴソとながいローブのポケットを探る。

そして出てきたのはよく知った形のお菓子だった。

「キャンディー…ですか?」

「お見舞いのハッカキャンディーじゃ。わしはハッカが嫌いでのう…。こればかりたまってしまうのじゃ」

「はあ……」

ダンブルドアはティアラの手にそれを握らせると、ティアラをソファーに促した。

 

「これはあくまでも儂の想像じゃが、」

 

よいしょ、とダンブルドアがソファーに座る。

 

「本来はジニー・ウィーズリーが連れ去られるはずだったのではないかね?」

 

空色の瞳がキラリと光り、ティアラを貫く。

 

「………それ…は」

「彼女の部屋からあの日、日記を盗み出したのはそのためであろう」

「………」

 

沈黙は肯定の証。ダンブルドアはゆっくりと目を細め髭を撫で付ける。

 

「……もう問い詰めることはせんよ」

さっきのお茶目なものから一変し、その表情は真剣そのものといった顔つきだ。

「ただ、次からは相談するのじゃ。君が望まないのであれば手出しも口出しもせん。ただ儂の耳に入れて欲しい。命に関わることならば尚更じゃ」

「…はい。……あの、先生。ひとつ聞いてもいいですか?」

「なんじゃ」

「…その…バジリスクの遺体はどこに?」

「下に置いてきたと聞いているが、なにか問題があるかね?」

「いえ、それならいいんです。」

 

私のせいで何かが変わってしまったら、ハリーたちの決断と結果を変えてしまうことになるかもしれないと危惧していたのだ。もし、ひとつのピースが欠けてしまっては分霊箱を破壊し損ねてしまうかもしれない。

 

ティアラがそんなことを考えている間、ダンブルドアは酷くこの子を心配している男の姿を脳裏に浮かべていた。彼の大切な人は既に失われてしまった。だからこそ、この少女は守らねばなるまい。ハリー達3人と同じように、可能な限り手を尽くして護り、導かなければならないのだ。

 

「話はそれだけじゃ、呼び出してすまなかったのう」

 

とりあえず、暫くは目を離さないようにしつつ見守るしかないだろう。願わくばこの少女が、あの哀れな男にとっての大きな希望となる事を祈るだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学年末試験が無くなり生徒達は残った日々を思い思いに楽んでいた。ティアラはというと気を張らなくていい貴重な時間を大切な友人と共に過ごしていた。なにも考えずに普通の生徒として過ごすのは本当に久しぶりだった。時折マフィンを焼いては、ニカとシャルルを誘っておしゃべりをしたりと充実した時間を過ごした。

 

そうしてまた、ホグワーツに来てから一年が経とうとしていた。生徒全員がホグワーツを離れる日、ティアラは私服のワンピースに着替え、ハーマイオニーと共にコンパートメントに腰かけていた。

 

ホグワーツ特急が煙を吐き、滑るように動き始めた。木々を抜け緩やかな波紋が広がる湖面が車窓一杯に広がる。それはすみきった空とそびえ立つ城を映した大きな鏡のようだった。

 

「誘ってくれてありがとう」

「ううん」 

 

2人は窓に近い席に向かい合って座っていた。ティアラはなかなか寮の違うハーマイオニーと話す機会がなかったため、コンパートメントにハーマイオニーを誘ったのだ。

 

「ハリーから聞いたわ。大変だったわね」

 

ティアラが操られていたことはハーマイオニーとロン、ハリーと一部の教員しか知らないことだ。ティアラの希望により秘密は石にされたハーマイオニーにも知らされた。

 

ハーマイオニーの気遣う声にそっと微笑むと、ティアラは"そういえば"と気になっていたひとつの疑問をハーマイオニーにぶつけた。

 

「ねぇ?どうしてポリジュースで私にならなかったの?」

「え……」

大きな湖が広がる車窓に目を向けていたハーマイオニーはそれを聞くと困ったように笑った。

「貴女は私たちの大切な仲間だもの、仲間を騙して気絶させる趣味はないわ?」と眉を寄せて笑うハーマイオニー。

 

──そうだ……忘れていた。この子は…親友でいてくれた……この上なく優しい心の持ち主なのだ。

 

「なかま……」

 

「そうでしょう?」

 

窓からの光を受け、栗色の髪が優しく光る。

 

「…そう。…そうね…。」

 

不思議と潤んだ目頭を押さえたティアラはくすくすと笑いを溢す。

 

ハーマイオニーと別れ、ドラコとシャルル、ニカと合流しキングス・クロス駅も近づいてきたころ、お菓子を頬張ったドラコが口を開いた。

 

「なあ、ティナ」

 

「ん?」

 

「少しは頼っても良いんだからな」

 

どこか気難しい顔をするドラコは真剣そうにティアラの顔を覗き込んだ。

「どうしたの?突然」

ふふっ、と笑うティアラにドラコは怒ったように眉を寄せる。

「おい、俺はまじめにだな」

「わかってるわ。ありがとう、ドラコ」

「……ふんっ、」

ドラコはほんのりと赤くなった頬を隠すように顔を窓へと向けてしまう。

 

「ティア、本当によ?私達は友達だけど大切な仲間でもあるんだからね?」

 

隣に座っていたニカやシャルルまでそんな言葉を掛けてくれてティアラの心にポカポカと暖かいものが広がっていく。

 

「ありがとう」

 

結局ドラコは駅につくまで照れたように相変わらず顔を外に向けたままだった。ティアラの胸には暖かなものがとどまり、妙に幸せな気分にさせてくれた。

 

──仲間…か………

 

この世界に来る直前、"ハリー・ポッター"が死んだ時のロンとハーマイオニーの顔が脳裏に浮かんだ。

2人は"親友"何て言葉じゃ足りない。もっと、もっと大切なもの……。

 

──この世界でも幸せになってくれるといいなあ…

 

窓の外の煌めく光りを目を細めて見たティアラは遠いところを見るように優しく微笑んだ。

 

 

 

 

「またね!みんな!」大きく手を振るニカとシャルと別れたティアラはどこかツンツンしているドラコと連れ立って、家族とマルフォイ家の両親が待つ改札へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

秘密の部屋編完結です!

予定日から2日もずれてしまいました(・・;)

すいません(..)

前回と同じように、新章を始める前に2,3週間ほど準備期間を設けます。

 

 

 

 

 

以下は今作の人物紹介ですー。是非目を通してみてください。

 

 

・◇…女性  ◆…男性

 

 

・@所属寮

 

 

・~元所属寮

 

 

では、どうぞ(っ´ω`)っ

 

 

【登場人物紹介─生徒編─】

 

 

◇ティアラ・ヴァレンタイン  @Sly

 

主人公。銀髪の美しい少女。聖29族のヴァレンタイン家の一人娘、代々伝わる杖を持つ。

人々を救おうと躍起になり、よく周りが見えなくなることも。攻撃呪文と守護霊呪文が得意。

"2回目"のため成績がいいが本人はそれを快く思っていない。銀髪に若草色の瞳。

 

親しい人からはティアと呼ばれるが、唯一ドラコからはティナと呼ばれている。

 

 

◇シャルル・ジェラルド   @Sly

 

聖29族には入っていないがれっきとした純血。男兄弟が多い環境で育ってきたためさばさばしたところが多い。ブロンドの短い髪に深い青い瞳。たいした理由はないがグリフィンドールを毛嫌いしている。

 

 

◇ニカ・グラニャ  @Sly

 

美しい黒いストレートヘアの少女。二人の妹の世話をしてきたためかお姉さん気質でシャルルとティアラの世話をよくしている。心配性。

誰にも言えないがグリフィンドールの先輩であるジョージ・ウィーズリーに片想い中。

 

 

◆ドラコ・マルフォイ  @Sly

 

ティアラの影響か"前"よりも角が取れた性格のドラコ。マルフォイ家のプライドからか気取った話し方をする。

以前ほどハリーと争うことは少ないが、マグルを毛嫌いするのは変わっていない。幼なじみのティアラに絶賛片想い中。ブロンドに青い瞳。

 

 

◆ハリー・ポッター  @Gry

 

額に傷を持つ少年。10歳までマグルとして育った。同じ寮のロン、ハーマイオニーと一緒にいることが多い。バジリスクを倒したりと今年も大活躍。

スリザリンの事は嫌いだが、持つ印象は"前"程悪くない。黒い癖毛で、瞳は明るい緑色。ティアラと同じ目を持つが誰も気がついていない。

 

 

 

◆ロナルド・ウィーズリー  @Gry

 

聖29族ウィーズリー家の六男。燃えそうな赤毛で、鼻が高い。瞳の色は青。主に"ロン"と愛称で呼ばれる。蜘蛛恐怖症だが今年は密かに大活躍していた。ハーマイオニーとハリーと一緒にいることが多い。

 

 

◇ハーマイオニー・グレンジャー  @Gry

 

マグル生まれの優秀な魔法使い。栗色の癖毛に茶色の瞳。賢者の石に近づいたり怪物の正体に気付いたり、今年も陰ながら大活躍。最近はハリーやロンに影響され校則を破ることに躊躇しなくなってきた。

 

 

◇ジニー・ウィーズリー  @Gry

 

ウィーズリー家の長女。赤毛の少女。ハリーに一目惚れをしている。ティアラを姉のように慕っており、ティアラの髪型に憧れてちゃっかり髪を伸ばしている。まだ目立った活躍はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【登場人物─大人編─】

 

◇マリア・ヴァレンタイン  ~Rav

 

ヴァレンタイン家の現女当主でティアラの母。柔らかい物腰だが昔はやんちゃだった(らしい)。ヴァレンタイン家の美しい銀髪を持っている。聖マンゴに薬を渡す薬師をしている。

 

 

◆ルーク・ヴァレンタイン  ~Rav

 

ティアラの父で聖マンゴの院長。旧姓はルーク・ポッター。ホグワーツ時代の同級生のマリアと恋愛結婚をした。栗色の癖っ毛と青い瞳をもつ。忙しく家を空けることも多いが家族をとても大切に思っている。

 

 

◆セブルス・スネイプ  ~Sly

 

ホグワーツの魔法薬学の教員兼スリザリン寮監。暗い過去をもつ。真っ黒な髪と闇色の瞳をもつ。グリフィンドールを嫌っている。死喰い人だがある秘密を抱えている。

 

 

◆アルバス・ダンブルドア  ~Gry

 

ホグワーツ魔法魔術学校校長。多くの人々の尊敬を集める偉大な魔法使いである一方いたずら好きでお茶目な一面もある。

ティアラやハリーのことを気にかけている。長い髭と空色の瞳が特徴。

 

 

◆トム・マールヴォロ・リドル  ~Sly

 

未来のヴォルデモート。闇の帝王の記憶として日記に閉じ込められていたがハリー・ポッターに倒される。

 

 

◆ギルデロイ・ロックハート  ~Rav

 

一年間、ホグワーツで闇の魔術に対する防衛術の授業の教鞭を取っていた。記憶を消す呪文をマスターしていたがロナルド・ウィーズリーの杖を使ったことで自分自身に魔法がかかってしまい記憶を失った残念な人。

 

 

◇ミネルバ・マクゴナガル  ~Gry

 

ホグワーツ魔法魔術学校副校長兼グリフィンドールの寮監。贔屓等は全くなく正当に生徒達の能力を見る。生徒であり同僚であるセブルスのことを陰ながら見守る人物。多くの生徒や教員から慕われている優しい先生。

 

 

◆ルビウス・ハグリッド  ~Gry

 

ホグワーツの森を守る心優しい番人。ダンブルドアの信頼を全面に受ける。アズカバンに囚われていたがハリーやティアラの活躍により解放された。

 

 

 

【その他】

 

・ドビー

 

異様にハリーを慕っており、ハリーを危険から遠ざけるために魔法界への入り口を閉じたり手紙を盗み取ったり、となかなか行動力のある妖精。ティアラの存在は知っているがまだ会っていない。今年度の終わり頃、マルフォイ家から解放され自由の身になった。

 

 

・バジリスク

 

全長数十メートルの大蛇。強烈な毒をもつ。ハリー・ポッターに殺され遺体は秘密の部屋に横たわっている。

 

 

・アラゴグ

 

今作ではあまり出番がなかった残念な蜘蛛。子孫が数えられない程いる。ハグリッドの元ペット。

 

 

・ヴァレンタイン一族

 

今作では原作改変で"聖28族"が"聖29族"になっている。ヴァレンタイン一族の存在は《前》の世界にはなかった。ロウェナ・レイブンクローの直系の子孫で家紋には大カラスが描かれている。血を引くものは代々レイブンクローに所属してきた。

 

 

・ティアラの杖

 

今は失われた技術を使って作られた美しい杖。扱いが難しく、ヴァレンタイン家のものにしか扱えない。

 

 

 



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アズカバンの囚人
再会


毎年9月1日。

 

ロンドンのキングス・クロス駅では、二ヶ月後に控えたハロウィーンの仮装の格好をした者達がたむろし、客からは9番線では人が柱の中に消えていったと興奮した様子で訴えられ、しまいには10歳そこそこであろう子供に何度も「9と4分の3番線てなんですか?」と質問される駅員が多発する事態となっていた。

ハロウィーンの日付をどう間違えたらそのような格好をすることになるのか甚だ不思議だ。

 

ここ、9番線で列車の出発を見送ったある青年も、初めこそそのような質問をしてくる者に冷たい目線を送っていたがここ二年は、「こちらが聞きたい!」と啖呵を切るようにしていた。

 

新期の忙しい9月初めに、毎年毎年懲りずに嫌がらせを受けるこちらの身にもなってほしいものだ。と、ため息をついたその青年の前を…やけに目を引く家族が颯爽と通り過ぎた。いや、正確には目を引く母娘だろうか。父はなんというか……いかにも父親という感じで母娘と並んでしまってはどうもぱっとしない。

 

その女性の綺麗に纏められた銀色の髪はあまり見ない色で、太陽の光を受けきらりと揺らめく。染めてあるのであればその様な艶はでないだろう。

 

人目を引くその美貌がその髪によって惜しげもなく引き立てられ、周りにいる者達の視線を引き付ける。

それなりに上質だとわかる服に身を包んだその家族はあっという間に柱の影に消えてしまった。

 

その駅員は、ハッ!と我に返る。

 

何てことを…客に見惚れるなど。

 

駅長に見られてしまえばなんと咎められるか…。

 

その青年は被っていた帽子のつばをきゅっ、と掴み目の前の列車に視線を投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キングス・クロス駅の裏側。魔法学校へ向かうホグワーツの学生が列車の出発を待って集まり、ホームは煙と人と荷物でパンク状態となっていた。

 

「みんな!久しぶり!」

そんな中、ティアラは家族と早々に別れ荷物を積み込むと、ホームにいたウィーズリー家族とその集まりに声をかけた。

 

「「「ティア!!」」」そこにいたハリーやジニー、ロンやハーマイオニーの目が見開かれ弧を描く。

「久しぶりね!元気だった?」

「ええ!みんなも?」ハーマイオニーに促されるままハグを交わす。

「僕らは元気だったよ。まあ、ハリーが伯母さんを膨らませたり、家出したり色々あったけどね」

へへっ、とどこか得意気に言うロンは相変わらずのようだ。

やはり今回も伯母さんを風船の様にしてしまったのだろう。まあ、身体的にも実害はないし記憶は消されるから大丈夫だとは思うけど……。

 

「さあさあお嬢様方!あと5分で出発だよ!さあ行った行った!」

ハリーとティアラはモリーに背中をバシン!と押されよろっ、と前につんのめる。

 

確かにまだトランクを預けていないハリー達はすぐにでも準備をした方がいいだろう。

子供達一行はぞろぞろと大きな荷物を抱えて歩き始めた。

「元気でいるのよー!ティアラ、またいつでも遊びに来て頂戴ね!」遠くなるモリーおばさんに振り返り微笑み掛けたティアラはハリーやジニー達と別れスリザリンのコンパートメントがある先頭車両に向かった。

 

──みんな元気そうでよかったわ。早くルーピン先生に会いたいけど……取り敢えず…

 

 

 

「「ティアーー!!!!」」

先頭車両に着き、いざ空いているコンパートメントを探そうとしたとき、

きゃーーー!!という甲高い声と共に、ドン!と大きな衝撃がやってきた。

「わわっ!」

その衝撃に前につんのめりそうになるが肩を何かにしっかり支えられる。

「っぶねぇ……」ティアラが驚いて目をぱちくりさせ目を前を見上げると、盛大に眉間に皺を寄せたドラコがティアラの背の方を睨み付けながら立っていた。

「おい、お前ら、危ないだろう」

「ティアーーー!!!!久しぶり!」

咎めるドラコの声を遮りシャルルがティアラに抱きついた。

「んんんん久しぶり!この感じ!」

ドラコの存在を全く無視したシャルルをドラコは目を細めて睨み付けた。

 

 

「おい、いい加減離れろ」

 

 

シャルルの肩をぐいっと押し、ティアラとシャルルを引き剥がしたドラコは近くにあったコンパートメントの扉を開きティアラを自分の隣に座らせた。 

 

 

 

二人に続いてニカとシャルルとそこに入ってティアラとドラコの向かいに座った。

「なによ!独り占めしちゃってさ」

「そ、そんなんじゃない!」

「ふぅん?」

「煩い!」

顔を覗き込んでくるシャルルの顔をドラコはぐいぃと手で追いやった。

 

 

 

 

シャルルは目の前の友人2人の関係がじらったくてしょうがないのだろう。ニカは何かとドラコに突っかかるシャルルを見やる。

 

ドラコの片想いはかれこれ3年続いているのだ。耐え性のないシャルルが我慢できないも頷ける。

 

 

──まあティアラはそんなこと、これっぽっちも気が付いていないようだけれど…。

 

 

 

「ティア、元気にしてた?」

真っ黒なストレートヘアを低いところで1つに結っていたニカが声を挙げた。

ぎゃーぎゃーと喧嘩を続けていたシャルルとドラコもふんっ!と顔を背け会話の輪に転がり込む。

「ええと…特にこれといって出来事はなかったけど楽しい夏休暇だったわ」

「そうなのね、ああ、みんなにお土産があるのよ!ギリシアに旅行してきたのよ」

 

 

やがてホグワーツ列車がゆっくりと発車し始めた。

会話は中断され窓の外の家族に手を振る。

ホームの奥の一段高いところにいた両親にティアラも手を振りかけた。

 

それから暫く、ニカとシャルルとティアラはたわいのない話をしていたが、

 

「で、……ティナはさっきから何を嬉しそうにニヤニヤしているんだ」

「え…」

 

特急で向かい側に座り、頬杖をついたドラコが突然口を開いた。

 

ティアラ本人は"ニヤニヤ"していたつもりは毛頭なかった。まあ、でも久しぶりにルーピン先生に会えるのだ。気分が湧かない筈もない。

 

「ニヤニヤしてた?」

「ああ」「ええ」「してたわ」

 

ドラコを筆頭にシャルルとニカに言われてしまえば否定は出来ない。ティアラは「学校が始まるのが楽しみなのよ」と嘘のような本当のような言い訳をついた。

 

「そうか?僕は楽しみとは言い難いな」

はぁ、と頬杖をついたままのドラコがため息を溢した。

「そうねぇ、3年からは勉強も急に難しくなるし……」

ニカのその声にティアも心の内で激しく頷いた。確かに前も3年からはそれまでのように遊んでいられなくなった。レポートは勿論合格のハードルは高くなるし、科目別のテストも比べ物にならない程回数が増える。進級するのを心から喜べなかったのは前の私もだったのだから、みんなには同情せずにはいられない。

 

 

 

その時、列車が急に速度を落とし始めた。

 

──ガタンッ

 

バチッ

 

「え?」

車輪がキキィと嫌な音を立てるのと同時に車内の電気が全て消え、車内が深い闇に包まれる。近くのコンパートメントからも戸惑いの声がざわざわと聴こえてきた。

「停電かしら?」ニカが不安そうに電球を見上げる一方、シャルルが窓の外を覗き込み「何かいるわ!」と不安げに瞳を揺らした。

 

外はいつのまにか深い霧が立ち込めており、数メートル先が見えない。シャルは窓の外のディメンターを見てしまったのか。

 

「……窓が、凍ってる……」

 

ドラコは窓のヘリにそっと指先をなぞらえた。夏休暇は終わりを向かえたとはいえ、まだまだ秋、ましてや雪の降る冬の到来は遠い。

だが、途端にコンパートメント内を急激な寒さが襲った。

 

 

──来た………

 

廊下側に座っていたティアラはコンパートメントの鍵をガチャリと開け三人に釘を刺す。

 

「みんな、ここにいて」

「ねえ、なにか起きてるの?」

じわじわと窓から襲ってくる冷気が吐く息を白く染める。

 

不安そうなシャルルの声が真っ暗な闇に響き渡った。窓から流れてくる強い冷気がますます不安を煽る。

 

いつの間にか辺りのざわめきもしんと静まり返っており、スリザリンのいる一号車は妙な静けさに包まれていた。

 

「いい?目を瞑ってて。出ちゃだめよ」

それだけ言うと、ティアラはすくりと立ち上がり杖を構えてコンパートメントの外に足を踏み出した。

 

「ティア…!戻るんだ!何があるかわからない」

それを見たドラコは慌てて立ち上がりティアラを引き留めようととっさに腕を掴んだ。が、ティアラは"運転手さんに確認してくるわ"と言って素早く杖を振り扉を閉めると鍵開け呪文の反対を唱えた。

 

『ルーモス』

 

杖先に光を灯し、ゆっくりと歩き出す。妙に重い霧がコンバートメントの外の廊下に充満していた。

 

「…………」

 

ひどい悪寒が背筋をなでつけ、ぶるりと身震いをすした。

 

「なんで止まったの?まだ着いてないのに」

「故障したのかな?」

隣のコンパートメントからひそひそと話し声が聴こえてきた。

 

次の車両へ続く扉にそっと手を掛けたとたん、空いた隙間から妙に生暖かい風が吹き始める。

 

──いる……。

2号車の奥、風と共に黒い影がゆらゆらと揺れていた。

 

ルーモスの光を向けると黒いマントを着て頭から布をかむった爪の長い死骸のような3つの影が光に照らし出された。

ティアラが現れたとたん、それらの黒い影は磁石のようにティアラに近づいていった。

 

『──────』

 

強くなる不快感に眉を寄せ、こちらに近づいてくるディメンターと無言で対峙する。

 

 

わかってる。

 

 

──貴方達には私が魅力的に映るでしょう。

 

 

ディメンターは幸せを食う。と広く知られているが、実際は"幸福が残っていない状態"を好む生物だ。ヒトを幸福の残っていない脱け殻にするために彼らはヒトの"幸せを食う"。

ハリーが人一倍彼らに狙われたのは、ハリーが人一倍不幸な記憶を持っていたから。

 

 

そして───"ティアラ・ヴァレンタイン"

私はあの戦を知っているもの。悲痛な記憶をもつ者だ。だからこそ、皆と一緒にあのコンパートメントにはいられなかった。

きっと、奴らは私の持つあの記憶に惹かれるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

初めは3つだった影も、4つ5つとティアラの記憶に引き寄せられその数を増やしていく。

ティアラは防音魔法を廊下に掛けると目の前の陰をじっ、と睨む。

 

「…………」

 

ティアラはふるふると震える手を必死に抑え込み、その深い影に杖を向けた。

 

 

「ディメンター。貴方達に与える物はないわ。今すぐ立ち去りなさい」

 

張り詰めた糸のような凛とした声が廊下に響き渡る。

 

「…………」

 

そんなティアラに複数の黒い影は何も答えることなく霧のなかに立ち塞がるティアラに音もなく近づいていった。

 

「──私はもう、守られているだけじゃない」

 

ティアラはそう言い切り、右手に持った杖を躊躇なく影に突き付けた。

 

『エクスペクト・パトローナム!』

 

静かに、そして正確に紡がれたその呪文。

 

瞬間、杖先から白銀の雌鹿が飛び出した。

 

「…………、!」

 

それは黒い影の周りを踊るように駆けると、影と霧を引き連れ列車の外まで一息に追いやってしまった。雌鹿の周りからは波のように暖かな光が波打ち、その他にも列車に乗り込んでいたディメンターは弾かれるように列車の外へ逃げ出した。

 

黒い影がもたらした悪寒と灰色に濁った霧は跡形もなく消え去り、パッ!と車内の電球に光が灯される。

それを確認し、ほっ、と息をついたティアラはは何事もなかったように杖を懐にしまいこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

──バシン!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無事か!!?」

 

 

 

 

「────‥‥‥!」

 

 

 

 

弾けるようなその音が、姿表しの時の音だと気がついたのはコウモリのようなローブをはためかせた男に腕を捕まれてからだった。

 

「……っ?!」

 

どうしてここに?

 

その言葉は珍しくひどく慌てているその男の顔を見たとたんに引っ込んでしまった。列車からの連絡を受けたとして、数人の教員も同乗している列車にこんなにも慌てた姿で姿表しをするだろうか。答えは否。冷静に物事を図って最善の行動をするのが彼だ。

 

そのくらいのことはわかるのに、どうしてここに?という至極全うな質問は大きく目を見開いている珍しすぎる様子を見たら易々と口に出せるものではなかった。

 

「無事なんだな………?」

 

両肩を掴み、必死に無事を確認する様子に私はただただ頷くことしか出来ない。

 

すると彼はひどく安心したように深く息を吐くではないか。

 

「先生、一旦ここに」

 

曇りガラスだとはいえ声は通る。今のところ""今のはなんだったのか""と車内がざわついているお陰で彼がここにいることは誰も気がついていないようだが、誰がいつ扉を開くかわからない。

真横にあったコンパートメントが空なことを確認してそこに先生を押し込んだ。

 

 

 

 

 

「あの、どうしてここに…?」

 

ティアラはスネイプが座ったその真向かいに腰を落ち着かせると、コンパートメントの扉に鍵を掛け、ついさきほど呑み込んだ質問を投げつけた。

 

「列車がディメンターに襲われていると聞いたまでだ。着いたときには跡形もなかったがな」

 

スネイプはホグワーツで知らせを受けると、スリザリンの生徒が多くいるであろう1,2号車めがけて後先も考えずに姿表しをした。

 

今から考えると随分と自分らしくない行動を取ったものだ…。と目の前の少女に目を向ける。 

 

「同乗している先生方が対処してくださったのではないでしょうか」

 

「そうか…」

 

「…………」

 

「…………」

 

───っ…私、今まで先生とどうやって話してたっけ

 

狭いコンパートメントを静寂が支配し、妙にむず痒い。

脳裏に学期末の会話が鮮やかに浮かび上がり、ティアラは火照る頬を手の甲でそっと押さえつけた。

 

「来い、出るぞ。お前が何故廊下に立っていたのか問い詰めたいところだが止めておこう。」

「え、…あ……」

「私は運転手に話をしてくる。怪我がないならさっさと戻れ」

「……はい」

 

先生に尋問されるのは恐ろしすぎる。…素直に帰るのが吉だと判断したティアラは促されるまま廊下に足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

2号車にいたティアラはドラコやシャルル達が待つ1号車に続く扉を開いた。

 

「………!!」

 

───まさか…

 

1号車の廊下。

運転手のいる車両の前に、緑がかったスーツを来た男性が立っていた。

 

ティアラは思わず歩みを止める。

 

「おい…どうし──」

 

ティアラの真後ろに立っていたスネイプはその目線を追うまま顔を上げ、たった今振り返ったその男の顔を見てぴしりと固まりついた。

 

 

──「ルーピン先生…」

 

ティアラが目を見開き小さくぽつりと溢し、それを拾ったスネイプは眉間のシワを深くしてその男を睨み付けた。

 

 

一方、扉の開く音に振り返ったルーピンも同じ様に目を見開き、ティアラの後ろに立っていた人物を凝視していた。

 

「……セブ…ルス?」

 

「…………」

 

「セブルスじゃないか!」

 

ルーピン先生は至極嬉しそうに笑いながらこちらに近づいて来た。だがそれを両手を広げて受け入れる彼ではない。

「…ここで何をしている」

「いやあ、さっきディメンターが襲ってきたろう?運転手と話をしようと思ってね」

「とぼけるな。私が聞きたいのはそうではない」

「うん?」

「何故貴様がこの列車に乗っている。」

 

呆然と立ち尽くすティアラを挟んで大の男二人が言い争って(?)いる。ティアラは動いているルーピンをただただ暫く眺めていた。話をしていること、動いていること、困り顔をしていること。そんな小さいこと一つ一つがとてつもなく嬉しい。

 

あの大戦で失った大切な人。

彼が居なかったらどうなってたかなんて想像も出来ない。本当に沢山のことを教えてくれた。

 

 

スネイプとルーピンを見上げるしか出来ないティアラはおろおろと自分より幾分か背の高いその男の黒緑の上着をきゅっ、と引っ張った。

 

「あ、あの……」

 

スネイプの質問から飄々と逃げ回っていたルーピンがティアラに気がつく。

 

「……君は………?」

 

「あ…、わたしはティアラです。ティアラ・ヴァレンタインと申します。」

 

「そうか…。君がヴァレンタイン家のご息女だね?」

 

「はい。あの、ハリーは無事ですか?」

 

ティアラ背中にグサグサと刺さる視線に気が付かないフリをしつつ気にかかっていたことを口に出した。

 

「ああ、一瞬気を失ってたけど無事だよ。だけど……」

 

言葉を途中で切ったルーピンは身を少し沈めてティアラの瞳を覗き込んだ。ティアラは突然の行動に呆気にとられてただただ見返すことしか出来ない。どこか懐かしむように細められた彼の瞳。

 

「君は───………いや……なんでもない。顔色が少し悪いようだね、これを食べるといい。チョコレートだよ。気分がよくなる」

 

「あり──わっ…」

 

"ありがとうございます"。差し出されたチョコレートを受けとる直前、そう最後まで言えなかったのは真後ろに立っていたスネイプ先生が突然私の肩を持って後ろに引いたからだった。

 

手は空を掴み、次の瞬間にはルーピン先生の姿がすっかり見えなくなっていた。

 

「お前はさっさと行って準備しろ。もうすぐ到着だ」

 

トンッ、と背中を押されてしまっては反論できない。

ティアラはしぶしぶドラコたちの待つコンパートメントに入った。

 

 

ティアラが立ち去ったあと、廊下に残されたルーピンは器用に片眉を持ち上げてたった今ティアラが消えていったドアを眺めた。

「まったく、受け取らせてやってもいいじゃないか」

「煩い」

手の平に置かれたチョコレートが行き場をなくしてまたポケットに舞い戻る。ルーピンは目の前の同級生を見やった。

 

「あの子の目………ハリーにそっくりだ。それに…どうして私が彼と一緒にいたことを知ってたんだろうね…」

 

「そんなことは貴様が気にすることではない……。……あの子に近づくな。…貴様が教鞭を取ることを私が知らなかったのは………校長の仕業か?」

 

「ああ、君が反対すると思うとおっしゃってたよ。…まったく心外だけどねぇ。…それにしても……セブルスが生徒に深入りするとは意外だよ」

「黙れ。」

「誉めてるんだよ」

 

目尻に皺を作ってルーピンはつくつくと笑いを溢した。スネイプは睨むような目でそれを一瞥し、ティアラの入っていったコンバートメントに視線を動かした。

濃い曇りガラスである扉に遮られ中を覗くことはできない。

 

──顔色が悪い……か…、

 

自分では気がつかなかった小さな事を目の前の男は簡単に見抜いて見せた。

チョコレートを食べさせるべきだったか、と今さらながら後悔が胸に浮かぶ。

 

「さて、目立った被害者は居ないようだし、運転手に会いに行こう」

「……ああ」

 

世の中の大半が"爽やか"と評するであろう笑みを浮かべ奴はさっさと歩いて行ってしまう。

 

「………後で確認するか…」

 

男は小さくそう呟き、忌々しい同級生…いや、同僚となる男の背を追った。

 

 



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スネイプとルーピン

「ティア!」

「大丈夫だった?」

ティアラがコンパートメントに半ば無理矢理詰め込まれたのと同時に、ティアラの言いつけ通りにじっとしていた3人がわあっ、と同時に話し始めた。

「大丈夫よ、一緒に乗ってた先生方が対処してくださったみたい」

「そう?よかった…」

ガタンッと音を立ててゆっくりと列車が発車しホグワーツへ向けて動き出した。いまだ列車の外は景色が見えないほどの豪雨で時々雷鳴が轟いていた。

 

 

ホグスミート駅で停車しぞろぞろと下車するが、ホームは凍るような冷たさで氷のような雨が降っていた。ハグリットの前に並んでいる新一年生は顔を真っ青にして不安げな表情をしている。ざわざわと何があったのかを目撃してきた生徒たちが話を広め、ディメンターに襲われハリーが意識を失ったことがティアラ達の耳にも入った。

しかし、冷たく叩きつける大雨に三年のだれもがだんだんと口数を減らし、のそのそ足を進め凸凹のぬかるんだ馬車道に出た。

「今年は馬車なのね」

そこにはざっと百台もの馬車が生徒たちを待ち受けていた。

ティアラは手頃な馬車に乗り込むとそっと窓から外を覗き、どこかにいるはずの2人の教員の姿を探すが大粒の雨が降り注ぎ、結局彼らを見つけることは叶わなかった。

「見て!城が見えてきたわ」

「シャル、乗り出すと危ないわよ」

城に続く長い上り坂で馬車は速度を上げ、ついに一揺れしてから馬車が止まった。

ドラコ、ティアラ、ニカ、シャルルと順番に馬車を降りる。ティアラが降りるのと同時に前の前の馬車に乗っていたハリーが馬車から降りてきた。

「ハリー!」

「ティア?」

「ティアラは大丈夫だった?」

「私たちのところはなに事もなかったわ」

ハリーの顔はやはり土気色で、端から見ていると今にも倒れそうだ。

「ハリー大丈夫?顔色が悪いわ」

「うん。僕は平気」

 

その時、バンッ!と 大きな大きな城の扉が開き、慌てた様子の魔法使い2人が出てきた。逆光で顔は見えないが恐らく、いや、間違いなくダンブルドア先生とマクゴナガル先生であろう。

 

「ああ!ポッター!」

生徒たちの先頭に立っていたハリーを見つけたマクゴナガルは素早くハリーに駆け寄った。

「ポッター!話は聞きましたよ。組み分けの時間に医務室に行きなさい」

「僕は大丈夫です」

それに昨年も組み分けを見逃したし…と呟いたのを隣にいたディアラは聞き逃さなかった。

「いいえ。そんな顔色の3年生はどこを見渡しても居ませんよ!口応えはいいから早く行きなさい。校長、医務室まで付き添いを。」

半ば追い出されるように医務室へ行くことを強制されたハリーは、ダンブルドアと共にとぼとぼとつい先程マクゴナガルが出てきた扉をくぐりぬけた。

「あら、ヴァレンタイン。」

それを見届けたマクゴナガルは隣に立っていた少女に声をかける。長年ホグワーツに勤めているマクゴナガルでもティアラほど他寮と仲良くするスリザリン生を見たことがなかった。ここ2年で自寮の3人とティアラが集まれば何かしらの事件が起きるとマクゴナガルは思いかけていた。

「お久しぶりです先生」

「ええ。元気でしたか。あら、貴女も少し顔色が悪いのでは?」

「い、いえ!大丈夫です!少し馬車によってしまっただけなので」

「そう?具合が悪くなったら直ぐにマダムポンフリーかセブルスに言うのですよ。」

「はい」

 

そんな会話の隣で並んだ3年生たちは悪天候から逃れようと、開放された扉へ我こそが先にと詰めかける。

ティアラもその最後尾でマクゴナガルと並び暖かな空気の満ちる場内へ歩みを進めた。

 

 

 

*

 

組み分けが終わったころ、ハリーはようやく大広間でロンとハーマイオニーに合流することができた。なんで僕はみんなと一緒に安全安心な登校することすらできないんだと悪態を吐きたくなる。

はあ、と思わず盛れた溜息に反応し、頬いっぱいにターキーを詰め込んだロンが背中をバンバンと叩いた。

「元気だせって」

「僕入学してから1回も他の学年の組み分け見てないよ」

「今年はともかく去年はあなた自身のせいじゃない?」

「あれはドビーのせいだろ」

「あら、そうだったわね」

そんなハーマイオニーと冗談を交わしながらハリーは銀色の何も置いていない皿を手に取って、自分の分を取り分けた。

ハリーが顔を顰めたくなるほど酸っぱいオレンジジュースを飲み終えた頃、マクゴナガルといくつか言葉を交わしたダンブルドアが立ち上がり、生徒たちを見回し、いつものように金のカップを杖で何度か叩く。

大広間の隅まで響いたその音に、魔法のように生徒たちの静けさが収まった。この瞬間を、ハリーは夏休み中ずっとずっと待ち望んでいた。

やっと帰ってきたんだ、と思わず口角が上がってしまう。

「また新年度が始まる。まずは1年生の諸君、入学おめでとう。」

 

ダンブルドアが話すそんな中でドラコの隣に座っていたティアラはナプキンで口元を拭くルーピンに目を向け、ハリーと同じように幸せそうに微笑んでいた。

 

──良かった。ほんとうによかった。今度こそ…。

 

 

上の空でダンブルドアの話をよく聞いていなかったティアラは割れんばかりの拍手にはっ、と我に返る。

 

主にグリフィンドールの机から湧いているそれは、ハグリッドの魔法生物飼育学教員就任を祝うものだった。顔をくしゃくしゃにして笑うハグリッド。そんな様子にティアラも満面の笑みを浮かべてパチパチと拍手を送った。

 

拍手が一頻りしたころ、ルーピンの紹介もされ、シリウスが脱獄したため、魔法省の要求でホグワーツはアズカバンのディメンターが警備することが全校に伝えられた。

「さっきの列車でも騒ぎもディメンターの仕業だったらしいわよ」

「ティアラはあいつらに会ったのか?」

「ううん、先生方がすぐに来てくれたから」

「そうか。何にせよ気をつけないとだよな……」

「そうね」

 

「さて、これで大切な話は皆終わった!デザートタイムと行こうかの」

最後にかぼちゃのタルトが金の皿から溶けるようになくなりダンブルドアがみんな寝る時間だと宣言した後、各寮の監督生は新一年生を連れて次々と大広間を後にする。

 

「僕達も戻ろう」

「あ、私少し先生に話があるの、すぐ追いかけるわね」

「わかった」

二力とシャルルとドラコ達は大広間の出口まで繋がる生徒たちの川に飲み込まれてあっという間に扉の方へ進んでしまった。

 

「追いかけるって言ったけれど追いつけなさそうね…」

1人ぽつりと呟いたティアラはグリフィンドールの机へ顔を向け、いつもの3人の姿を探した。今にも教職員テーブルへ駆け出しそうな3人は、目の前の扉へ向かう生徒たちの流れのせいでなかなか今場所から抜け出せていないようだった。

 

スリザリンの生徒たちは皆最初に出ていたため、スリザリンの生徒たちの姿はチラホラとしか見られない。

ティアラは3人の様子を見ながら、一足先にハグリッドに会いに行くことにした。

 

「ハグリッド!」

ぴょんぴょんと石畳の階段を駆け上がり、顔を涙でクシャクシャにしたハグリッドを見上げる。

「おおティアラ!!」

「聞いたわ!おめでとう」

「皆お前さんとハリー達のおかげだ」

 

「ティアラ!君も来てたんだね!」

「ハグリッド!おめでとう」

その時、後ろからハーマイオニーの黄色い歓声が聞こえ、ロンに肩を組まれる。

「ふふっ、」

わあわあとハグリッドを褒め称える3人の声を聞きながら、ティアラはハグリッドのふたつの隣にいるはずの教師に目を向けた。

 

ぱちんっ、と真っ黒なローブに身を包んだスネイプ先生と目が合う。

そのまま囚われたように目を逸らせないでいると彼はすっ、と目を細め小さく口を動かした。

 

"体調は問題ないか"

 

声は出ていないはずなのに何故か読み取れてしまった言葉にティアラはコクコクと顔を動かした。

「やあティアラ、それにハリーにロンに…ハーマイオニー、だったかな?」

「ルーピン先生」

ハグリッドとスネイプに挟まれるように座っていたルーピンはにこにこと楽しそうにティアラに声をかける。

「ティアラ、さっきはチョコを渡せなかったけど体調は大丈夫かい?」

ティアラがちらりとスネイプに目を向けると視線だけで気絶させられるのではないかと本気で思ってしまうくらい鋭い目線でルーピンを睨みつけていた。

 

──もう…このままだと関係が悪化する一方だわ…

「はい。お陰様で何ともありません。」

「良かった。気分を明るくしたい時はチョコをあげるからいつでも言うんだよ」

「あ、ありがとうございます」

にこりとスネイプ先生とは真逆の爽やかな笑みを浮かべたルーピンの上からマクゴナガルが4人を見下ろしていた。

「あなた達、いつまでおしゃべりしているおつもりですか!」

「うわっ、」

「うわっではありませんよウィーズリー。さっさと寮に戻りなさい。貴方もですよルーピン先生。教師になるのならば自覚を持ちなさい。一緒におしゃべりしてどうするのです」

「すいません…」

まるで生徒のようにうなだれるルーピン先生を見て隣のスネイプ先生がふ、っと薄ら笑みを浮かべた。

そんな様子を見ながらティアラはこれは仲良くなってもらうのは絶望的かも…と小さくため息を着くのだった。

 

半ば追い出されるように大広間を出た4人は地下へ向かう階段で別れ、ティアラは1人ドラコ達の待つ寮へと冷たい廊下を歩み進めた。

 

 

 

 

 

 




感想をくれた皆様本当にありがとうございます( ´ ` *)
これから投稿再開していきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします

追記:誤字報告本当に助かっております。自分でも何度か見返しているのですがどうしても防ぎきれていないので本当にありがたいです。ありがとうございます。


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ハグリッドとティアラの朝

 

 

次の日の朝、ティアラは日が昇る前の早朝と呼べる時間にのそのそと起き上がり、同室のニカとシャルルを起こさないよう準備をして静かに城を抜け出した。

「さて…と」

目的は1つ、ハグリッドとバックビークに逢いに行くのだ。ドラコを傷つけさえしなければ彼は死刑にならないし、今年起こることは事前に知っていれば簡単に防げそうなことばかりだ。

 

──絶対に、絶対にピーター・ペティグリューだけは逃がさない。

 

遠くに広がる暗く深い森を見据えたティアラは力強く手に持った杖を握りしめた。

 

「ハグリッド!」

 

ちょうど時計が朝の5時に回った頃、ティアラはちょうどハグリッドの森小屋の前に到着した。

裏口から木の軋む音が聞こえたかと思うと、わくわくとした笑みを浮かべたハグリッドが出てきた。

 

「おお?!お前さんこんな時間に何しちょる」

「今日はハグリッドの初めての授業でしょう?楽しみで楽しみで仕方がなかったのよ」

「ははっ!!嬉しいことをいってくれる!」

「今から何をしに行くの?」

「今日の授業で披露する動物の様子を見に行くんだ。お前さんも来るか!」

 

いいの?と輝いた顔を見せる少女の様子にハグリッドはあったりめえだ!と大きく頷いて見せた。

 

「楽しみだわ!」

 

暫くして森を歩き、光の溢れる少し開いた場所に出ると、数頭の色違いのヒッポグリフが固まってこちらの様子を伺っていた。

 

「おうおう、知らんやつが来て緊張しちょる。お前さんは少し離れてまってるのがいい」

「わかったわ」

久しぶりに見たヒッポグリフは記憶よりも少し大きく見え、黒く光る長い鉤爪がティアラの恐怖心を掻き立てる。

 

──私が怖がってたらだめよね……

 

頭をふるふると振って、下ばかりに目を向けるのを辞めたティアラはその黄金に輝く瞳に目を向けた。

「そうれ、朝食だ」

ハグリッドのその掛け声にこちらをじっと伺っていたヒッポグリフ達はこちらを気にしながらもゆっくりと近づいて来た。

「ティアラ、こいつらはヒッポグリフだ!美しかろう?」

何やらの肉を投げながらハグリッドは至極嬉しそうに話す。

不思議なことにヒッポグリフがハグリッドの隣に行くと小さく見えて、みるみるうちに芽生えていた恐怖心が薄れていくのがわかった。

「ええ、とっても綺麗…」

「お前さんも触ってみるといい!いいか、必ずこいつらを侮辱しちゃなんねぇんだ。誇り高いからな。最初にお辞儀をする、返してもらう。そうしたら触ってもええって合図だ」

 

──この子……

 

先頭でこちらを見つめるふたつの黄金の瞳はどこか懐かしい光を放っていた。

 

「貴方があの時の…」

 

バックビーク。

彼はシリウスが亡くなってからも慕ってくれた。私がシリウスを殺したのにも関わらず。

最終決戦の時も、何度も敵との間に立って守ってくれた。

 

──この子は戦いの後どうなったのだろう……

 

ぼう…と考え、虚ろだったティアラはバックビークが1歩こちらに近ずいてきたことによって我に返り、慌てて深くお辞儀をした。

 

──あの時は…ごめんなさい。きっとこの子も、私のせいで失ったものは少なくないはず。

 

「よおーし!よくやったティアラ!」

ハグリッドの嬉しそうな声にゆっくりと顔を上げたティアラはゆっくりと近づき、銀色のふわふわな額に手を滑らせた。

そんな様子に栗毛色や漆黒のヒッポグリフ達もゆっくりとティアラに近づいた。

「ほらほれ、お前たちはまた後でな。ティアラ、ビーキーは優しいからな。背中にも乗せてくれると思うぞ!そぉれ」

「わわっ!」

片手で軽々とティアラを持ち上げたハグリッドはバックビークの背中に乗せ、にっこりと笑う。

「ビーキー!直ぐにもどるんだぞ」

そう大きく声をかけると、バックビークは理解したように立ち上がり、身震いをした。

「お前さんは羽を引っこ抜くんじゃないぞー!」

「はーい!」

軽やかな足音を立てて、軽い助走をつけたバックビークは力強く羽ばたき始めた。

 

頬を切る早朝の冷たい風が緊張していた心を解してゆく。

「ふふっ」

おもわずこぼれた笑みは昨日のディメンターによるくらい記憶を薄める魔法のようだった。

 

飛行訓練が無くなり、クィディッチの選手でもなくなるとめっきりと箒に乗る機会が減る。

───ああ……やっぱり好きだなあ…

ハリーの頃初めて箒に乗った時の頃を思い出す。

バックビークの首元を撫でると彼は楽しそうにピィーー!!!と鳴き、城の方へ向かって旋回を始めた。

「バックビーク?そっちはダメよ。先生方に見られたらハグリッドが怒られちゃうわ!」

そう声をかけても、風と遊ぶように大きな翼を羽ばたかせながら天文台や時計塔の周りをあっという間に回ってしまった。

渡り廊下の橋の屋根に止まったバックビークは褒めて欲しいというようにティアラの手に頭を押し付けた。

「…もう」

早朝から空を目を凝らして見ている人がいないことを祈りながらティアラはそっと艶やかな羽を撫で付ける。

「そろそろハグリッドが呼んでるはずよ?帰りましょう?」

少し不服そうに身震いをしたバックビークは仲間の待つ森へと顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまハグリッド!」

「おお!なかなか遠出をしちょったな」

「ええ、この子がね」

お腹がすいたのかハグリッドが手に持った銀のバケツの中の朝食を狙っていたバックビークを見やる。

「仲良くなれたようだな!最初の授業はこいつらがいいと思ったんだ!ティアラはどう思う?」

「……そうね、正直最初は少し怖かったわ。体がとっても大きいし……。それにほら、もしもこの子達に失礼な態度をとったら引っかかれて怪我しちゃうでしょう?だからハグリッドと生徒とヒッポグリフを1人ずつで、目の届くところで触らせるのが安全だと思うの」

 

ティアラが考え込むハグリッドにそう伝えている時、城から朝食の開始時間を知らせる為のベルが鳴り響いた。

「大変…!もうこんな時間?」

大抵の生徒はこのベルと共に目覚め朝食のために大広間が開かれる時間の終了20分ほど前に大広間に駆け込む。

目が覚めて何も言わずに私がいなければ寮監のスネイプ先生まで心配の連絡が行ってしまうかもしれない。

「と、とにかくハグリッド!午後までゆっくり考えてみて!楽しみにしてるわ!」

「おう!よぉく考えておく!気をつけて帰るんだ!」

「ありがとう。バックビークもまた後でね!」

挨拶をするように羽を軽く広げたバックビークと別れ、来た道を全速力で駆ける。昨日の雨があがってしっとりと濡れた草地はほんの少し懐かしい香りがした。

 

寮に戻った頃には幸いなことに二力もシャルルもドラコも談話室にはまだ来ていないようだった。

 

 

 

 

**

 

 

 

普段ほとんど人が立ち寄らない北塔で占い学は開講される。前と同じ様にハリーが死の予言を受けるのをティアラは目立たない教室の端から見ていた。再び自分のマグカップを見て見てもやはり茶色いふやけたものがカップの底にこびりついているようにしか見えないのだった。

 

「ティア、カップを交換するらしいわ」

 

割らないようにそうとカップを交換し、隣に座った二力のカップを回しながらみてもやはり才能がないようで、二力の茶葉の方が量が多いなあ位しか分からない。

 

「うーん……」

「ティアラが授業で分からないところがあるの初めて見たわ」

「もう…!からかわないで」

 

トレローニー先生はカップを時計と反対回りも回して、ずいっと大きな眼鏡に近づける。

自分のカップが占われている時は皆、しんとなって先生を見つめた。

隼が浮かんでいるらしい生徒、棍棒や木、猫、羊、ドクロなど生徒によって多種多様であった。

 

ついにトレローニーがティアラの前に来るとティアラは自分が緊張していることに気がついた。正直トレローニー先生とはあまりいい思い出がない。

──今回は一体何を言われるのかしら

 

「まあまあまあ……!!!」

トレローニーが大きく叫びカップを手から離す。ティアラの前に座っていたドラコが床に落ちる寸前でそれを掴んだ。

 

「貴女……!!!」

「なん、でしょうか」

 

ハリーの時と同じような反応をしたトレローニーに次は何なんだと教室にいた生徒みなが自分のカップから目を離しティアラとトレローニーに注目した。

 

「今度は何が見えたんですか?」

ティアラを凝視したまま固まっているトレローニーに耐えかねて二力がそう声をかけると震える声で""何も言えないのですわ…!""と呟いた。

 

「え…?」

「何も、何も見えませんわ!貴女、もうお亡くなりなので「おい!!!」」

 

手に持ったカップを床に叩きつけたドラコは顔を真っ赤にしてトレローニーに詰めかかった。

 

「いくら教員だろうと言っていいことと悪いことがある!!!」

 

 

「…………今日の授業はここまでに致しましょう」

しんと静まった教室でトレローニーが呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

**

 

変身術の授業の教室はまた遠く離れた場所にあった。

ハリーがいつばったり死ぬのかとオドオドと距離を取る生徒と、未だに怒っているドラコから距離を置こうとする生徒で今までにないおかしな雰囲気のまま突入した変身術の授業。

それが終わる頃にはハリー•ポッターとティアラ•ヴァレンタインが今年度死ぬらしいという根も葉もない噂が様々な装飾をつけて構内を駆け巡った後だった。

 

ティアラ達はどやどやと昼食に向かう生徒たちに混じって、大広間に移動する。ドラコとハリー、ティアラの周りは、彼らを避ける生徒で道が開けていった。

「全く!どいつもこいつも!!!父上に報告したら直ぐに退職だ!!」

「まあまあ、トレローニー先生も少し調子が悪かったのよ」

「ティナは優しすぎる!!」

「怒ってくれてありがとう、ドラコ」

 

つん!と顎を上げて照れているのか怒っているのか、もはやわからなくなったドラコは前を歩く大切な幼なじみを見つめた。

 

揺れる美しい艶やかな髪もにこやかに笑う顔も小さい時から恋焦がれて来たんだ。ずっと一緒にいたんだ。こいつが幽霊?死んでいる?

 

───有り得ない。

 

「何ぼーっとしてんの?!行くわよ」

「いって!」

シャルルにバシッ!と背中を叩かれ、慌てて歩き出すドラコ。生徒で溢れる廊下で見失わないよう2人は二力とティアラを追いかけた。





ここまでスネイプ先生が出てこない話は今まで無かったのではないでしょうか!
次の話では先生方も活躍する予定です( *´︶`*)

更新予定は筆者プロフで随時更新しております。


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