カァン、カァン、と。
鉄を打つ音が響く。打つ音。討つ音。叩く音だ。
即ち鍛冶。鍛示。
祈るか、心を捨てるか、馳せるか。
あるいはただ、求めるか。
「──なんて、どう思う? いいえ、貴方はどう、と聞くべきかしら」
「知るか、そんなもん」
そう。
一息、呟いて。
私はまた、柱へと背を預ける。
音は止まず。しかし、一定ではなく。
「おぬいちゃん、遅いわねぇ」
今度は返事もなく。
返事を追求することもない。
ただ──先の先まで青の広がっていた空が朱に染まってしまっては、その気配も多少、変わらざるを得ない。
「
「うん?」
「用があったんじゃねェのか。とっとと済ませ、おぬいが帰ってくるだろうが」
ギロリ、と。
睨むように──真実睨んでいるのだろうけれど──鋭い眼光を向けてくる、青年。
恐らくは本来の歳からかけ離れた齢・姿の彼は、赤銅色の髪を振っている。
「そうねぇ……用があると言えば、あるし。ないと言えば、ないし」
「問答をしにきたんなら帰れ」
「つれないわねぇ。まぁ、そうね。問答をしに来たわけじゃあ、ないのよ」
遠く。
それほど遠くではないけれど近くはない遠くの方に、人影が見えた。
明らかに只者ではない侍が一人。明らかに只者な珍妙な服装の少女が一人。
侍の背には見覚えのある少女と赤子が背負われている。
「あなたと同じよぅ」
「そうか」
それだけで、会話は終わり。
私が待っているものも。彼が待っているものも。
機会と、そう他ならない。
それからしばらくしない内に、ドタドタと。
遠くに見えた人影が、やってきた。
ここの家主は彼だ。だから、来客を迎えるのも彼。
私の出る幕ではないし──私が出ても、どうしようもない。
近づいてわかるのは、侍……女の侍が異様な気配を持っている事。少し、ほんの少しだけ自身に似た空気。それと従者……にも満たないだろう凡庸な少女。特異なのは見た目だけ。多少、目に翳りはあるが。
彼が下がらせたのだろう、出かけていた少女……おぬいちゃんとその背に背負われた赤子・田助が庵へと上がってきた。相当走ったのだろう、裾に泥が跳ねている。
「あ、おまつさん! きてたんだ!」
「ええ、こんにちは……というよりこんばんは、かしらね。この
きゃっきゃと笑う田助のでこを撫でて、その手のままおぬいちゃんの頭も撫でる。
このままお話にもつれ込むのもアリといえばアリ、だったけれど。
「ごめんねぇおぬいちゃん。私もおじいさん達とおはなしがあるのよ。また今度、一緒に寝ましょうね」
「うん!」
聞き分けのいい素直な娘。純朴で純粋で──まぁ、それ以上はよしておきましょう。
それよりも。
「嫌な臭いだこと」
本当に。
「……まあいい。いいもの見せてもらったからな。飯ぐらいは用意してやる」
「あ、お米は焚けているわよぉ」
「──やった! 期待してたけど、期待以上の歓迎っぷり、感謝です!」
私の作るそれよりも、彼が作った方が何故か美味しいのだ。だから下準備は手伝うけれど、それ以外は何もしない。ぶっきらぼうな老人のどこに調理の才なんてものがあるのか不思議でならないけれど。
とかく人数分。いっぱい食べそうな女侍には二人分。
お漬物、まぁ勝手に使っていいわよね。汁は彼の領分。私は手を出さない。
溌剌とした女侍は良く通る声で彼の鍛えた刀を──彼が失敗作と吐いて捨てるその刃を褒め称える。
少しだけ、ああいえ多少……というより結構、乗せられやすい所のある彼は、随分と気を良くしたみたいだ。
「ところで! 綺麗な人。貴女は誰? おじいちゃんの奥さん?」
「違ェ。……たまに来る通り雨みてェなもンだ。特に何もしねェし、特に何も出来ねえよ」
「私、お松といいます。こうしてたまにおぬいちゃんの家に遊びに来ては、この愛想の悪いお爺さんに出ていけと怒られる……そんな間柄です」
口元を隠して言えば、またも睨んでくる若作り。
そんな風に睨まれては怯えてしまいます。よよよよよ。
「……ふぅん。あ、私は武蔵。こっちは立香。一晩だけ寝床、お借りします」
私を見て目を細める女侍──武蔵。何を見たのか。何を見られたのか。特に見られるものなど思い浮かばないけれど。
「ええ、ゆっくりしてくださいな」
「別にお前のもンじゃねェだろうが」
あいた。
小さく蹴られた。
朝。
彼──彼こと、千子村正の鍛冶場に、来客たる宮本武蔵、藤丸立香、そして当人千子村正がいた。
彼ら。内二人は人ならざる者。かどうかは怪しい者が一人。
サーヴァント・セイバー。マスター・藤丸立香。
会話の内容は彼女らの目的について。即ちこの下総国を救うだの、なんだのと。黒い化生がなんだのと。
「おい」
「それで」
二人。同時。
村正と武蔵が、声をかける。
「お松さん……だったよね。盗み聞きはあまり感心できないけど」
剣呑な空気だ。特に宮本武蔵が。彼の方は、呆れかえって苛ついている、といったところかしら。
立香という少女の方は……何も考えていないような目。
「ごめんなさい、そう殺気立たないで欲しいわ。士気城の方へ向かうのでしょう? 私も連れて行って欲しいのよ。化生蔓延る山道は、ただの遊女の身柄には厳しいわぁ。ね、いいでしょう?」
「……立香、どうする?」
一瞬たりとも。
視線を外してくれない。命のやり取りに相当長けた者。
「いいんじゃないかな」
「良かった、嬉しいわ。それじゃあお願いして」
「でも」
忠告、のような声色。
駆け寄ろうとしていた足が止まる。
少しだけ見識を改める必要がある。この子、凡庸な子と思っていたけれど──こんなにも冷たい声の出せる子だったのか。
「お松さんも、戦ってね」
「……──」
剣呑な武蔵と全てを受け入れてしまいそうな瞳の立香から視線を外し、しかめっ面で腕を組んでいる爺に目をやれば。
「
なんの悪びれもなく。
文句でもあるのか、という風に。
……まぁ、遅かれ早かれ、とは思っていたけれど……。
「ふぅ。はい、ごめんなさい。隠していて」
「改めて名乗ってもらえる? サーヴァント・アサシンさん」
久方ぶりに他人から聞いた横文字に少しだけ笑みを漏らしつつ。
着物を直して、居住まいを正す。
「サーヴァント・アサシン。お松。背後から刺す事以外の取り柄はありませんけれど、それでも良いのであれば、お力になります」
「よろしくね」
ええ、少しの間だけ。
下総の領主様のいる士気城、その城下町へ赴く道の途中。
天気に言及した武蔵の言霊、空に昇り。たちまち立ち込む暗雲暗雲。
口は災いの元。
「わっ、山賊! いっぱい! おそらが暗くなっちゃったからでてきたのかな!」
「そんなぽこじゃかぽこじゃか出てくるものではないはずなのですけれどねぇ」
「どうあれ、出てきたからには容赦はなし。目指すところは東の先の士気城!」
すらりと刀を抜く武蔵の隣、一歩進んでまた一歩。
揃った雁首を叩き切る──そう謳う剣豪に寄り行く山賊が背を、一つ、二つ、みっつよっつと突き刺して行く。相手が賊で。相手がこちらに背を向けているのならば──
何、黒い鎧は武蔵が倒す。私はアサシンらしく、弱いものを刈り取ろう。
「へぇ」
それは戦いに非ず。ただ、障害を切り抜ける程度の戯れ。
苦戦もなく、辛勝もなく、ただ掃除をするようにして……化生は打ち破られた。
それで何事もなかったかのように空は元に戻り。
何事もなかったかのように、私達も城下町への道へと戻る。
目指すは東の城。
「それでは私は、この辺りで。また会うことありましたら、その時はどうぞよろしくお願いしますね」
「……」
沈黙は武蔵のもの。
彼女は終始──出会った夜からずっと──私を警戒していた。
確かにアサシンは基本疑ってかかるべきだけれど、それだけではない。恐らくは彼女も、私が感じ取ったそれと同じものを感じているのだろう。
おぬいちゃんと田助の頭を撫でて、立香ちゃんと握手をして。
路地裏へと入り、気配を消した。
離脱しなければいけないのは、単純に。
自分と同じ──それ以上のアサシンクラスが、近くにいるからである。
風魔小太郎。まぁ、随分と衰弱しきっているようだけれど……それでも。
目的を悟られるわけには、行かないから。
壁と壁の間。屋根と屋根の隙間。英霊となって尚も人目につかぬ場所を通るのは、生前の癖か──否。
「私に、生前なぞ」
……言葉に出すものでは、ありませんけれどね。
夜。
夜だ。昼に起きる夜とは違う、しっかりとした夜。
だというのに、溢れる。溢れる。化生が溢れる。
それを眼下に収めつつ、さらりと撫でるは──白い骸骨。髑髏。躯。
もう眠る必要のない身だというのに、夜はこれを撫でねば落ち着かぬ。これもまた業か。
ちら、と。
見る。燃え盛る。立ち上る炎を見る。
アーチャー・インフェルノ。恐ろしいものだ。既にあれは一つの現象、災害に近い。
恐ろしいものだ、とため息を吐く。
吐いて、でもそれだけで終わり。
助けに行くような正義感も、英霊剣豪へ突貫するような使命感も持ち合わせてはいない。
遠方、セイバー・エンピレオの影を確認しつつも、やはり何もしない。
アーチャーといい、セイバーといい。三騎士にアサシンクラスが勝てる道理もなし。
だから──。
「時に」
コト、と。
徳利が置かれた──真横。すぐ横。
「躯を
見上げれば、長身。長髪を後ろに束ねた、長物を持つ男。
その目に下心は欠片もなく。その声に私への興味など然程もなく。
ただ純粋に、風流として。
「ええ、いただきますよ。お隣が私でよろしければ」
あれば、断る理由はない。
元は遊女の身なれど、一時は一人の男に尽くした身。
それを相手にただ酒が飲みたいなど、誰が断ろうか。
「うむ……」
酌をするわけではない。
互いが互い、勝手に注いで、勝手に飲む。
何か縁があるわけでもない。何か
ただ、共通点。
お互い──場違いな者として、
「良いのかしら? 妖術師様の護衛は」
「よかろうよ、四六時中ついて回る必要はないと言われている。どの道儀式とやらの間はその場におれなんだ、こうしてふらりと夜町をふらつくのもまた一興」
「そう。まぁ、
髑髏を持ち上げて、月に翳す。
既に黒い化生の姿はなく、だからこそ空に月がある。
亡父の骸。撫でて、抱きしめて、接吻を落として──消してしまう。
「そろそろ朝になるわ。戻らないと、でしょう」
「次に
「さぁ、もう会わないかもしれないわ。だって私と貴方、何の関係もないのだもの」
「はは、それはその通り。ならば別れの言葉も不要か?」
言葉にするものでは、ないわね。
そういって。
消える。二人とも。徳利も中の酒も、何もなくなった。綺麗になくなった。
痕跡は無い。目撃者もいない。記録にさえ残らない。記憶にさえ──朧気だ。
ただ、そこには柳と松の葉が、あったとかなかったとか、誰も見ていないとか、知らないとか。
夫が死んだ。
仙台の藩士に殺された。死んだ。遊女であった己と番うた夫が、死んだ。
死んだのだ。違う。殺されたのだ。だから、そう。
その仇は、私が取らねばならない。そう決意した。
一人では無理だ、と思った。だから夫と共に藩士へ立ち向かった男を一人、助太刀に頼んだ。
男は是と。当たり前だ、と。快く引き受けてくれた。と、思った。
だが仇討へ向かう道すがら、男はこちらの体を求めてきた。その場の勢いか。はたまた、初めから企んでいた事か。どちらにせよ夫以外に体を許すつもりはなく──気付けば私は、懐刀にて男を貫いていた。
死んだ。死んだ。助太刀が死んだ。死んだのだ。
違う。殺したのだ。私が、この手で。
それでも、尚も。仇を取らねばならない。それは決意であったから。
結局一人で、藩士の元へと向かった。
男だ。結局は男。それも一人の藩士。近づくのは容易かった。
誘えば来る。その程度の浅ましさを汲んで、旅へ誘った。陸奥国の
その道中。川がある。あった。流れていた。橋は遠く、歩いて渡ることが出来る程度の、川。
少し肌を見せて、背負ってほしいと頼み込めば、すぐだった。簡単に、藩士は私へ背を見せ、背を預け、私はそれに負ぶさった。
それで、そう。単純。簡単。背中から刺して、川底へ蹴り飛ばして、終わり。
死んだのだ。夫を殺した藩士は。
川面を伝う朱も、川底へ落ちる骸も、川下へ流れる臓腑も。
死んだ。死んだ。
そうだ。殺したのだ。私が。夫の仇を殺したのだ。
復讐は成った。そしてもう、帰る場所はない。
「おう、結局うちに戻ってくるとはな。てっきり城下に居座るもンだとばかり思ったんだが。ま、剣士だろうがサーヴァントだろうが客は客だ。歩き詰めで疲れただろうさ。ぬい、あとそこの。茶でも出してやれ。熱いやつな」
「はいはい、私もお客でありましょうに……おや、皆さん」
「はーい! あっ、おねえちゃんにおさむらいさま! 赤毛のおにいちゃんと、知らないお姉ちゃんもいる!」
既に話は通してあったのだろう、片方の忍びはこちらを一瞥すると少し目を細め、その後目礼。もう片方の忍び……加藤段蔵は何も言わない。
あれやこれやの成り行きで加藤段蔵含めて夕餉を食べていくことになった。
まぁ、想定済み。村正の釣りあげた鮎の処理は人数分済んでいるし、加藤段蔵は食べないから計算しなくていい。
おぬいちゃんとあせくせと食事の準備をしながら、もう一度。
加藤段蔵を見る。
……揺れているわねぇ。
頃合い。
そろそろ。
……こんなことを考えながらだから、いつまでたっても料理の腕が上がらないのね。おぬいちゃんにも、抜かされちゃって、まぁ。
もう上がる機会も、ないだろうけれど。
夜。
村正と立香ちゃん達が情報交換をしている間──おぬいちゃんに迫る影があった。
私はそれを、邪魔立てすることなく。
甲高い悲鳴を上げるおぬいちゃんを見遣るだけ。
既に気配遮断は行われている。攻撃の意思無き限り、セイバークラス足りとて私には気付けない。
ライダー・
戦闘を始めた彼女ら。その間に入るなど、ありえない。
その背後に回るなど、とんでもない。
先に向かう。裏山へ。
その山頂へ。
そんなに高い山ではない。だが、深い山だ。
中に空洞もある。川も流れている。本来であれば美しい山。
だがそれも、赤い月の下では、おどろおどろしい舞台の一つに過ぎない。
「どうなんやろねぇ。鬼であるウチと、鬼と呼ばれたアンタはん。何が違うと思う?」
「情」
「……ははッ、そか、そか、その通りやわぁ。鬼と人、違いなんてそれだけで十分」
そも。
私は殺しを悦に思ったことなどない。
「宿業。そんなものは、私には無い」
「そやねぇ。だからこそ、
それはあり得ないだろう。
鬼の目とは、余程曇っているに違いない。
「貴女も……頑張って、と言っておくわ」
「……まぁ、だったら、もうちょっとくらい……足掻いてみるとするわぁ」
それだけ言って消える鬼。
バーサーカー・
鬼だ。人じゃない。
では、私はなんだというのだろうか。
武蔵含む立香ちゃん達が、山頂で戦闘をしている。
どちらもが一級品のサーヴァント。英霊剣豪と化しても尚、強く、速く、鋭い。
否、どちらもが関係ないというべきか。
源頼光と酒吞童子。宿業を埋め込まれた程度で、その
もっとも酒吞童子の方は落ちてはいないのだが、まぁ。
だが、武蔵は上を行く。武蔵が技量に勝るわけではない。ただ、武蔵の理想が、目指すべき場所が高すぎた。高すぎて、目の前の二人程度の位置に非ず。ただそれだけで──その上を行く。
傲慢。己が道は塞がれる事無きと断じている。
だから、
武蔵は"そこ"に辿り着いていないのだから──道中の敵でしかない二人は。
立香ちゃんの召喚した影。忍びの青年。そして武蔵の剣に──成敗された。
藩士を殺した後、その旅の目的地であった一関へと辿り着いた。
しかし身寄りのない遊女など、行く当てがあるわけもなく。
一関を出て、北上。ふらふらと歩いていたのが悪かったのだろう。二十余名……落ち武者、というやつだ。盗賊に囲まれた。皆下卑た目を隠そうともせず、何を狙っているのかも手に取るようにわかった。
だから、頭目を殺した。
懐刀一突き。喉へ突き刺したならば、ただそれだけで終わり。
死んだ。死んだ。殺したのだ。あの男と同じ。自衛。復讐ではなく自衛。故に感慨はない。
なれど、此度は目撃者が多くいた。
私への恐怖。畏怖は伝わっていた。残った盗賊たちの生存本能だ。だから私は、私を盗賊の頭とすることを条件に彼らの命を見逃した。
……そこからの事は、あまりよく覚えていない。
近隣の村々を襲撃し、略奪してまわり、周り、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し尽くして殺した。いつの間にか盗賊団は増えたが、何かが変わることもなく、ずっと殺し続けた。奪い続けた。
正当化などしようもない。既に復讐など関係はないし、自衛ですらない。ただの殺戮。
殺戮だ。
やがて周囲は私を鬼と──鬼神お松と呼ぶようになった。
……これを宿業と呼ぶのなら、そうなのだろう。
覚えている最後。否、最期。
それは若い男──自身を、あの藩士の息子だと名乗る武士に、討たれて死んだ。
死んだ。死んだのだ。殺されたのだ。
親子二代──夫婦ともに、殺された。それが、私の最期。
「ッ、主殿──!」
「立香ちゃん!」
初めに反応したのは忍びの青年。次いで武蔵。
だが、遅い。相手が背中を向けているのならば──我が懐刀、阻まれる道理なし。
「え──」
振り返る暇もなく。
ただ簡素に、刃が心臓を貫いた。
はずだった。
「……」
「……ッ」
そうだ。
確かにそうだ。それも、道理だ。
私の懐刀は業物でもなんでもない。これ自体は宝具でもなんでもない。
だから、神域の鍛冶師が打った鉄を貫けるはずもない。
道理だ。そしてその慧眼は。
「村正……!」
「やッぱりか。裏切ったとかそういうンじゃねェ、お前は元から
「──……ええ、そうよぉ。英霊剣豪などには満たない身だけれど、私も──任を仰せつかっていてねぇ」
それはあの長身の剣士と同じように。
彼は護衛で。
私は暗殺で。
「こうやって、一刺し。それだけのお仕事だったのに……バレてしまっては、もうダメねぇ」
一太刀。
会話の途中だというのに、武蔵が斬りかかってきた。
それを避けて、後ろに下がる。
「お松さん……」
「そもそも、おぬいと田助の世話をお前に頼んでたンだ。それが居なくなってた。てめェ、ぬいと田助が奪われるのを見て居ただけか」
「ええ、もちろん。私はこちら側──助ける必要はないし、邪魔立てする必要もないもの」
立香ちゃんを背後に、武蔵、忍びの少年、段蔵、そして村正。
アサシンクラス単騎を前に随分な様相だ。
「カルデアのマスターの暗殺。その機会を狙ってこうして身を隠していたのだけれど……全部、無駄になっちゃったわねぇ」
「主、下がっていてください」
「……一つ、聞かせて」
武蔵が、出会った時から一切変わらない剣呑な目を向けて、問うてくる。
この女侍は初めからわかっていたのだろう。こちらの目的。何者か。そのすべて。
こちらが少しでも手を出す素振りを見せて居れば、その場で叩き切られていたに違いない。
「貴女……どうして今まで襲ってこなかったの? 立香ちゃんが一人になる機会はそこそこあったはず。それこそ……山中にいたのなら、立香ちゃんが気絶している時にでも。それをしなかった理由を問いたい」
「……何、
「……ふむ。まぁ、それで納得しておきましょう。それで、今になって襲ってきた理由は?」
「勝利の後がもっとも大きな隙。その道理に従ったまで。まぁ、防がれてしまいましたけれど」
懐刀を逆手から持ち直す。
「まさか、やる気? この人数を相手に?」
言葉にする必要はないだろう。
敵対した以上、それ以外に道はない。
道、など。
「とうに持ち合わせておりませぬ……いざ参りましょうや。我、英霊剣豪に非ず身なれど──」
殺した。殺した。殺した。
男。女。子供。老人。犬畜生に至るまで、全て、全て。
奪うことに忌避はなく、殺すことに貴賤無し。
私がアサシンのクラスで
我が生において──暗殺よりも殺戮の方が多いのだから。
バーサーカーの方が、私には断然合っているはずだ。
狂ったのかと問われれば、しかしわからない。はじめは復讐だった。ならばアヴェンジャーの可能性もあったか。否。復讐よりも、殺戮の方がはるかに多い。
暗殺でなく。狂気でなく。復讐でない。
そうだ。私は英霊ではない。崇められた存在ではない。
「我が名は
私は魂を売ったつもりはないのだから。
ただ、私は。
「カルデアのマスター、その命、頂戴いたす!」
初めから──人ではなかったのだろう。
生前の記憶。
うすらぼんやり。残されたものはない。思い出せるものなど、ほとんどない。
夫を愛した記憶もない。父を悼んだ記憶もない。
人を殺した記憶もないし、己が殺された記憶もない。
当たり前だ。
「シッ──」
武蔵の剣。源頼光さえ屠ったその剣が、己の首へと迫る。
英霊剣豪ではないこの身は、サーヴァントなれど首を刎ねられれば死ぬ。
もともと耐久力に長ける英霊でもない。アサシンなのだ、それはそうだろう。
鬼は問うた。鬼である彼女と、鬼と呼ばれた自分。何が違うのか。
私は情と答えた。鬼である彼女にこそ情があり、鬼と呼ばれた人でなしこそ、情がないのだと。
そう答えた。
それだけでは、ないのだ。
私は、私には、何もない。
生前がない。
否、あったのかもしれないが──それに似た誰か、であったのだろう。思い出せない。
翳す懐刀も虚しく、その剣を阻むことは出来ない。背後からでしか力を発揮できない私が正面から挑んだのだ。ここにいるのはただの雑兵。サーヴァントという身体能力を持つだけの女。
その動きなど、簡単に読まれるし。
その動きなど、簡単に見切れるのだろう。
溶けるようにして切れた懐刀は、武蔵の剣を微かたりとも鈍らせる事はなかった。
「──ッ!」
私には何もない。
そうだ。
私は人ではない。人間だった過去はない。
私は。私は。
私は、架空の存在だから。
「カ──ぁ──」
江戸の町で使われていた
その中の一つにある架空の盗賊こそが、私。何もなしていない。何もできない。なんでもなかった。
既に目は霞んでいる。そもそもが霞のような霊基だ。それは当然のように、砕け散らんとしている。
声など出るはずもない。首を斬られたのだから。
手を伸ばす。
伸ばす先に、いるのは。ぼやけていて見えない。
「……
でも、声を聞いて像が結ばれた。
はっきりする。立香ちゃんではなく、そこには、村正が立っている。
「用があったンじゃあ、ねェのか。とっとと済ませ。消えるぞ」
刀は首の中腹で止まっている。
こんな状態で話せ、など。サーヴァントならでは……か。
大きく血を吐いて。言う。
「後は……頼んだ、わぁ」
言った。
言う。言った。もう言った。
ならば。
死ぬだけだ。
鬼に言った。私は。鬼と人の違いは、情だと言った。
だから、生まれてしまったのだ。
人ではないはずの、作り話。人でなしを描いた、妄想話。
夫の復讐。自衛の殺人。生存の略奪。
死と血に塗れた私の一生に、終ぞ描かれなかった──子への愛。
あぁ、そうだ。気付いた。わかった。
生まれてしまった。完結した物語が、サーヴァントとして召喚されたことで──進んでしまった。
あの子たちを。
お願い。
妖術師に刻まれた
関係ない。死ぬのだから。
あと少し遅ければ、私は鬼へと……化生へと化していただろう。元が人ではないのだ、
「──鬼神のお松──成敗!」
ありがとう。さようなら、おぬいちゃん、田助。
村正。
クラス | アサシン | ||
属性 | 混沌・悪 | ||
真名 | 鬼神のお松 | ||
時代 | ?~1783年3月7日 | ||
地域 | 日本 | ||
筋力 | D | 耐久 | E |
敏捷 | B | 魔力 | E |
幸運 | C | 宝具 | B |
保有スキル | 効果 | 継続 | CT | 取得条件 |
フェロモン【B】 | 敵全体【男性】に低確率で魅了付与【Lv.1~】 | 1 | 8 | 初期スキル |
敵全体の防御力をダウン【Lv.1~】 | ||||
プランニング【B】 | 自身のスター発生率をアップ【Lv.1~】 | 3 | 7 | 霊基再臨x1 |
乱戦の心得【C-】 | 自身のスター集中度アップ【Lv.1~】 | 3 | 8 | 霊基再臨x3 |
味方全体のスター発生率をアップ【Lv.1~】 |
宝具 | 種類 | ランク | 種別 |
Quick | B | 対人宝具 | |
効果 | |||
敵単体に超強力な攻撃【Lv.1~】& 敵単体に中確率で即死効果(オーバーチャージで確率アップ)+自分のスター集中度をダウン【Lv.1~】 |
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