血界戦線Lovers 改稿 (九折)
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第1話 レオとチェインの話

改稿です。


 

僕がこの街に来てもうかなりの時間が過ぎたと思う。多くの出会いと、多くの別れを繰り返して僕も少しずつ変わっていった。僕が初めてクラウスさんに会った時、彼は言った。

 

「光に向かって一歩でも進もうとしている限り、真に敗北することは断じて無い。」

 

僕がミシェーラの視力を取り戻したいこと、僕自身があの時の後悔を背負っていること、多くの事にそれは僕を叱咤した。

生きている事こそ素晴らしくて、誰にでも危険が転がっていて、数秒後もしくはもう死んでいるかもしれない。そんな危険がゴロゴロ転がっているこのヘルサレムズ・ロット(後述HL)で僕が生き続けるのは、僕のような凡人が生き続けるのはひどく稀だ。

僕より強いフィリップさんでさえ、この街から去った。それでもこの街に居続けるのは妹の眼を取り返すことと、僕の職場である『Lybra(ライブラ)』の仲間たちの事が大きいと思う。

 

だからこれはいつもの複雑怪奇な戦々兢々とした奇々怪界とした街で起こる、日常の1ページなのだと思った。

 

 

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「ヤァッ!?ご機嫌よう!!HLの皆さーん!みんな大好きフェ・ム・トだよーん!!みんな辛気臭い顔してるねぇ?そんな腐った街に素敵なプレゼントを用意した!HAHAHAHAHA!安心して二十四時間で半径2キロが消滅する素敵アイテムだから!!」

おい、それはどういう事だ。

何故かすごい嫌な予感がする。

 

「それでそれで!?その素敵アイテムをどこに隠したって?ハァァァァァン!?この僕がそんなどこもかしこも探させるとかいうクソつまらない方法を取ると思うかい?」

 

はいはい、良いから早く言ってくれ。

 

「ある人間の背中に取り付けた。その人間は度々私の実験を邪魔するので今回は実験対象になってもらおうかと思ってねぇ?ついでに言うと、その人間には解錠方法は伝えてある!!比較的簡単な実験だねぇ?まぁそういう訳だから、人間含めHLにいるゴミ溜めどもぉ!張り切って探そっか!!スイッチオーーーーーーーーーーーン!!」

 

ピピッ!

 

今、察した気がする。僕のこの背中にある機械はどう考えてもタイムリーな話の件な気がする。むしろコレじゃなかったらフェムトの話を疑うレベル。

 

「おーレオ!今日もその陰毛頭で毒電波受信してんのかぁ!?おーい」

 

クソ先輩おつ。絶賛命の危険なんで“近寄らないで”いただけませんかねぇ?

 

「誰が陰毛頭だ!ヤリチン先輩!てか近寄るなぁ!!」

「はぁん?今後輩が先輩の俺をバカにするような言動が聞こえたような気がするなー?んー?……おいレオ。その背中の機械なんだ?」

「待てぇ!!とりあえず帰ろうとすんな!!かと言って“近づくなぁ”!!そこ!そこで立ち止まって!!」

レオはザップを引き留めつつもザップと距離を保った。それはまるで何かの条件下のように真剣に。

「ああん?テメェなーに言ってんだレオぉ?」

「いいっすかザップさん。よく聞いてください。強いて言うなら連絡頼みます。クラウスさんに。良いですか?実は………。」

 

 

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「つまり、少年の背中に堕落王フェムトの言ってた素敵アイテム?があると?」

「そうっす、まぁレオは解錠方法知ってるみたいで今は大人しくしてるみたいなんすけど。」

「ではレオナルドを早急に助けに行かなければ!」

 

 巨体。そう言い表すにふさわしい巨漢が立ち上がり足早に歩き出す。が

 

「まっまってください旦那!」

 

ザップが珍しくかなり真剣に慌てていた。

 

「実はレオのやつから教えてもらった解錠方法なんすけど、半径16.4ヤード(15メートル)圏内で電子機器、魔術回路、能力系統の力全てを使うとドカンッといくらしくて、専用の鍵でしか開かないらしいんす。」

「なんだと?じゃあ血闘術や血法も使えないと言うことか?」

「みたいっすね。」

「じゃあスティーブンの血凍道で一瞬で凍らせるのはどうだね?」

 

 クラウスが代案を立てる。

 

「いや、どうも物理的なものというより、一種の契約、概念に近いみたいなんで多分ドカンッしますね。」

「ではその専用の鍵というのは?」

 

全身包帯男であるギルベルトが次の策を模索するために聞いた。だがコレもザップは苦い顔をする。

 

「実は、その専用の鍵っつーのがレオの体内にあるらしいんす。ただ胃とか腸にあるなら良かったんすが。臓器と臓器の隙間にあるらしくてうんこしてもでねぇっつー。」

 

 

 

全員が黙る。

解決策が極端に狭まるのだ。今回のいちばんの問題はクラウスたちの能力を使えないということにある。下手な話戦闘がそこそこできる一般人になったようなものなのだ。クラウス、スティーブン、ザップ、K・K、ツェッド、という主戦力が軒並み却下ならそれはどうしようもない。

 

「チェインさんならどうでしょう?彼女なら体内にある鍵を取り出せる。能力もかなり特殊ですし。」

 

ツェッドもとりあえず意見は出してみるが殆どダメ元だった。

 

「いや、彼女も恐らく無理だろう。連絡してみないとわからないが今は人狼局に行ってる。来れると良いが何もできない可能性の方が高い。」

「とりあえず、今レオナルドはどこにいるのだね?」

「どこで能力者が能力使うかわからないんで屋上にいます。一応ブリゲイドさんが護衛してますが銃も電子機器なんで15メートル離れてます。」

 

 

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「なぁソニック。もし何にも解決策が出なかったら最後はちゃんと2キロ離れろよ?」

 

言ってることは分からない、それでも音速猿ソニックの表情と声音で拒否と心配が見て取れた。

 

「今はこの義眼ですら使えないから本当に僕は一般人だな。」

 

 

 

背後から数人の足音が聞こえる。

レオは振り返ると、心配してきてくれた仲間たちを笑顔で迎えた。

 

「ああ、皆さんお揃いで。まぁここで爆発するわけにもいかないんで今、パトリックさんに小型の飛行機を用意してもらってます。運転できないっすけど上に行くことくらいは僕でもできますしね。」

 

レオは死ぬつもりはない。ただ自分のせいで誰かが困ることが嫌だった。ここで爆発すればライブラもただでは済まない。

 パトリックは武器商人なので飛行機は扱ってないらしいが、似たようなものを渋々用意してくれるそうだ。

 

「レオナルド、諦めるな。今から私はドン・アルルエル・エルカ・フルグルシュに当たってみる。」

 

「俺はとりあえず警部と知り合いに当たってみる。何か他の要素があることも考えられる。とにかく情報が少ない。ザップも他の構成員に当たってこい。ツェッドもだ。」

「私も知り合いに当たるわ。レオっちを爆発なんてさせない。」

「私もライブラの過去の記録を洗ってみましょう。」

 

全員が動いてくれようとしていることに自分も仲間としてここにいるのだと嬉しくなるレオ。

 

「皆さんありがとうございます。とりあえず僕はここで大人しくしてますね。ライブラの上層の電気製品は申し訳ありませんが全て落としておいてください。」

 

 

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いろいろなことが蘇ってきた。別に死ぬかもしれないから思い出したとかではない気がする。どちらかといえば一般人のレオにとって毎日が摩天楼だった。だからこそ独りになった時自分を見つめ直す癖が知らぬ間に出来上がっていた。

 

まぁ、仕方ないよな。

運が悪かったとしか言えない。今日だって朝起きて、気がついたら真っ暗な部屋にいて、背中が重いと思ったら何かついてるし、取れないし、散々だ。

まぁでもクラウスさんたちを信じよう。

今はそれしか僕には出来ない。

神々の義眼も使ったら爆発か。

 

「よ!」

「ふげっ!」

 

レオの頭の上に止まった黒服の女性。

 

「チェインさん!?」

 

レオはすぐに逃げるよう言おうとしたが手遅れなはずなのに爆発しない。実はレオは人狼のことをよく知らない。だから人狼という存在事態が能力のような彼女が近づいただけでやばいかもしれないと思っていたのだ。

 

「事情は聞いたよ。」

「そっすか。まぁ運が悪かった感じです。」

「そうだね。」

「………。」

「………。」

 

レオはチェインと仲がいいわけではない。というより挨拶したりそれなりに会話はするが飲みに行ったり、食事をしたりする中ではないため何を話していいのかどちらも解らないのだ。

 

「………えっと、チェインさんってスティーブンさんの事好きなんっ」

 

 

気がついたら空を舞っていた。

レオ自身何故自分が仲がいいわけでもない女性にそんなことを聞いたのか分からなかった。もしかすると死ぬかもしれないからかもしれない!

 チェインはそのままレオの胸ぐらを掴む。

 

「なななっなんで!?なんで知ってんの!!?」

 

この慌てよう。

 

「ズビバゼン……。とっどりあえず、放してグダサい。」

 

ハッと、チェインも冷静さを取り戻しレオを放す。レオは服を戻して、

 

「いや、そのなんというか見ててわかるというか。」

 

頰を掻きながら苦笑いした。

 

「まっまさまさか、スティーブンさんに気付かれて!?」

「いや、あの人は多分気づいてないかと。」

「それはそれでちょっと悔しいけど、レオ以外に知ってるのは?」

「まぁK・Kさんくらいじゃないですか?察するのが上手そうなギルベルトさんも知ってそうですけど。」

 

とりあえずそれを聞いてチェインは胸をなでおろした。そしてレオを睨み付けると、

 

「絶対に誰にもいうんじゃないよ?わかってる?」

 

脅しに近い形相だったのはレオの見間違いでありたい。

 

「ウィッス!絶対言いません!墓まで持ってきます!というかもう少しで上空爆発四散します!!特にあのクソ先輩には絶対言いません!!」

「よし。」

「………。」

「………。」

「………。」

「………まぁ、好きだけどさ。」

 

チェインはちょっと顔を染めながら顔を背け呟いた。

 

「でもどうせ叶わない恋だし。」

 

少しだけ悲しそうに言った。

 

「………どうしてですか?」

「ふっだって多分女として見られてないし、あたしがさつだから。可愛くないし。」

 

言うごとに下を向いていくチェインを横目にレオは塀に座りながらHLの景色を見た。そしてチェインを見ると、

 

「チェインさんは可愛いですよ?」

「なっななななな何言って!!?」

「いえ、本当はこんなこと正直言わないんですけど、昔動かなければならない時に動けなくて、だからそれが正しいなら後先考えて何も出来ないよりする方を選ぶことにしたんです。はははは………。」

「そっ………、そう。………まぁありがと。」

 

チェインはちょっと汗を垂らしながら顔をほんのり赤くして礼を言った。

 

 

 

チェインはそう言った直球な言葉に弱かった。職業柄、いや、種族柄、嘘と欺瞞に埋もれた世界を見てきたせいか、正直な感想や想いに初だったのだ。

実を言うとスティーブンを好きになったのも初めて出会った時、女性として扱われたからでもある。前述の通り、ガサツであり、態度も男っぽく荒いので、女扱いされることに慣れてなかった。

 

「レオは?好きな子とかいないの?」

「僕ですか?」

 

レオは少し考え込んだ。自分の身の回りにいる女性を思い出す。

 ビビアンさんは友達って感じだし、ミシェーラは妹、K・Kさんはお母さん的な存在だし、ホワイトは可愛かったなぁ。でもやっぱり友達か。

 アリギュラは論外。エステヴェスさんも知り合い程度。ニーカさんも可愛いけどあんまり話したことないなぁ。

 

「あんまり女性と深く関わることがないみたいです。」

「枯れてるな少年。」

「チェインさんに言われたくないです。乙女ですもんね。」

「なにをっ!」

「ぐほっ!!」

 

チェインがレオの腹を軽く小突く。

 

「でもまぁ、ぶっちゃけ怖いんですよ。」

「怖い?」

 

なんの空気に当てられたのか、レオは語りたくなった。やはり内心まだクラウスたちを信じきれていないのかもしれないと罪悪感が芽生える。

 

「人と深く関わるって怖いじゃないですか。特にこんな街で、僕のような“価値のある宝を持ってるけど自己防衛できない“みたいな人間は非常に危険です。処世術の一環なのかもしれないですけど。」

 

レオは咄嗟に失言だと思った。

これだとライブラの女性、つまりチェインやK・Kを信用していないということと動議になってしまう。

 

 

すぐに撤回しようとチェインの方に向き直るが、その時、不覚にもチェインの横顔に見惚れてしまった。

 

 

チェインの顔はゆっくりと暗くなる空と明かりが灯り始めるHLの街並みに照らされて美しくぼんやりと光っていた。その顔は懐かしさと恥ずかしさが入り混じった少女の顔だった。

 

「あたしはさ、ここにきた時スティーブンさんに平手打ちをしたの。」

 

穏やかな顔だった。

 

「あたし胸でかいでしょ?だから今まで近寄ってくる男がみんな体目当てで来てうんざりしてた。その時にスティーブンさんと会って、最初に『とても危険な街だから何かあったら遠慮なく言ってくれ。女性は特に危険だ。』って言って来たの。普通ならそれは好意で言ってるわけだけど、」

 

少しだけため息を吐いた。

 

「その言葉がね初恋の人にそっくりで衝動的に手を上げてしまった。もちろん謝罪したよ。でもその時は男なんて全員死ねばいいって思ってたしあわよくば私以外みんな死ねって変なうつ状態だったんだ。」

「だからその相手を信用できないって気持ちはきっと正しいよ。あの時の私と君は年齢的に大差ないけど今の君の方がずっと大人。」

 

 

 

レオは少しだけ目尻が熱くなった。

泣きたいわけではない、ただ、何かを許された気になったのだ。それがなんなのかわからなかった。

 

「ありがとうございます。なんだか………気恥ずかしいですね。ハハハ。」

「もしかしたら、ある意味『この人になら裏切られてもいい。』って思えたらそれが“信じる”ってことなのかもね。」

 

 

 

 チェイン自身どうして自分がこんなことを言っているのか分からなかった。言ってみればチェインは派遣のようなものだ。ライブラと人狼局2つに在籍してるがあくまで人狼局がメインでありライブラに協力している関係である。

 故にチェインは必然的にライブラのメンバーと常に一緒にいるわけではない。だから誰かと親密な関係や深い繋がりを持つことがなかった。

ある意味でこの2人は似た者同士だったのだ。

チェインもそれなりに戦えるものの、クラウスやスティーブンに比べるとどうしても戦力が低い。

弱い者どうしシンパシーがあった。

 

「チェインさん、もし僕のこの背中の素敵アイテムが僕を殺さずに済んだら、飲みに行きましょう?」

「え?」

「チェインさんお酒好きですよね?僕あんまりお金ないですけど、少しくらいなら奢ります。なので、」

レオは正直かなり雰囲気に当てられていた。

「僕と友達になってくれませんか?」

 

 

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しばらくして、目の下に隈を作ったクラウスと息切れ中のスティーブ、ザップ、ツェッドが帰って来た。

 

「あ、皆さんお疲れ様です。どうでした?」

「少年、すまないが解決策はなかった。」

 

ザップとツェッドも同様に苦しい顔をした。

 

「ドン・アルルエル・エルカ・フルグルシュに聞いたがなにも得られなかった。すまないレオ!だが諦めてはならない!!まだ何か方法があるはずだ!!」

 

 

クラウスはふらふらになりながらも必死に考え続けていた。

クラウスがゲームした時間は110時間。それほど、それほどレオのことを考えているのは言うまでもない。

 

 

レオは嬉しかった。

義眼のためかもしれない、ライブラに関わっているからかもしれない、そんな不安感など微塵も感じさせないほど彼らはレオナルドのことを思っていた。

レオナルドにとって彼らはもう家族である。

掛け替えのない存在、命を賭してでも助けたい存在、相互の想いが重なっていると確信できた。

だからこそレオは諦めない。

必死に考える。何か解決策がないか頭をフル回転させる。

 

「ねぇ。」

 

一同、声の主に顔を向ける。

 

「電子機器、魔術回路、能力を使っちゃダメなら普通に病院に行けば良いんじゃないの?

「「「「「「「え」」」」」」」

 

 

 

 

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今回の後日談というか、オチ。

「チェインさーん、もう飲むのやめましょーよー!」

「だーめだって。あー!他人の金で飲む酒は美味いわ。デュフフ。」

「いやいや奢るとは言いましたけど何本飲む気ですか!?」

「いーじゃん!今回私ファインプレーだったじゃん!?」

「確かにそーっすけど僕の今月の食費ががががが。」

「デージョブだって!いざとなったら私のご飯を分けてやろうではないか。あはははははははははは!!」

「えー…………。」

 

まだ夜は長い。

 

 

 

 

 



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第2話 暖かい日差しの中で

二話です。
かなり描写が下手くそですが見逃してください。捏造も度が過ぎてる気がしますけど。



HLには多くの次元の隙間が存在する。次元を操ったり空間を操ったりとそんな能力を持った者が跋扈しているのだからなんら不思議ではなかった。

レオナルド・ウォッチもまた己が見るということにおいて世界最高峰なのではないかと思うほど強力なモノを保有していた。

 

神々の義眼。

 

それは価値のつけようがないくらい希少な神工器官の一つである。その眼を保有する少年の命は常に危険と隣り合わせである。HLというただでさえ危険な場所で、宝を持っているモノだ。

レオは今とある場所に来ていた。

その場所はライブラより空間が入り組んでいて異なる多次元をまたぎ時間すら超越した人類には想像できないような未知の領域であった。

 

様々な装飾が施された、レオナルドの身長の何倍もある扉が目の前にある。

 

本当にいいんでしょうかクラウスさん。僕はあなたに罪悪感を持ってしまう。

 

「とりあえず………入るか。」

レオナルドはその扉をゆっくりと開けた。

 

「ヤァヤァ、遅かったねレオぉ?まぁいつも君は怖くて怖くて心の準備がいるのはわかるけれどね?幾ら何でも扉の前で躊躇するとか乙女かよぉ。HAHAHAHAHA!」

「うっせぇ。僕はお前らと違って弱い人間なの。お前らの気ままで殺されちゃう可哀想な存在なの。わかるか!?言わせんな死にたくなる。」

レオナルドの目の前で大きなディスプレイが幾重にも置かれている中椅子に手を組んで座っているのは堕落王フェムト。

HLにおいて、ひいてはライブラにとってその名を知らぬ者はいない。

「お前、あの爆弾不発にしたろ。」

 レオは向かいにある長い机から“いつもの” “自分の”椅子をとってフェムトの隣に座った。

「ああ……、まぁね。」

「なんでだよ。」

レオは死にたかったわけではない。それは絶望屋の専売特許だしな。とレオは思った。だがそれでもあれが不発なら、レオとフェムトを疑う種になる可能性がある。

「いんやぁ?まぁ強いていうならいくら牙狩りだろぉと、能力を封じられた上で、電子機器も使えない魔法も無理ならお手上げで、そんな愚かな豚どもに僕の親友を殺されちゃあ困るってだけさ。」

フェムトはデスクの紫色の奇妙な液体を口にした。

「飲む?」

「………いらね。」

「そ。」

ディスプレイにはHLだけではない戦争地域の状況や永遠の虚の様子など様々な阿鼻叫喚の絵図が映し出されていた。

レオはなぜ自分がこんなところにいるのか未だわかっていなかった。ただレオにとって悪いことばかりではなかった。

レオがここにいるのはフェムトとアリギュラが誘って来たためである。別段王になれとか、何かをよこせとか、そういった要求はされなかった。

レオにとって堕落王と偏執王は敵中の敵であり、ライブラ構成員としてクラウス案件であった。だがしかし、フェムトとアリギュラはこう言ってきたのだ。

「君ぃ、妹を救いたいんだって?視力を取り戻したいんだってねぇ?あわよくば足も治ればいいと思ってる。違うぅ?」

「ねぇあんたってーどっかで会わなかったっけぇ?“私たち”とぉ?」

レオは正直キャパオーバーすぎて数秒停止する予定だったのだが、ミシェーラのことが出たならそうはいかなかった。もう動かないという選択肢はなかった。

 

そこから早一年。

フェムトもアリギュラもすっかりレオを気に入り、レオも少しずつフェムトとアリギュラを信頼し始めていた。ただし、それは苦悩の種でもある。

レオは基本善人である。

自他共に認めるほど。

故に正義の味方としてのライブラでならなんら問題なく仕事ができる。がそのライブラの敵対組織である、かの13王は主に快楽狂人集団であり、世界を滅ぼすことのできる能力を持っているわけである。そんな彼らと関わるのはレオにとってどちらに対しても嘘をついていることになる。

一応フェムトの目的や、アリギュラのことなど、ほか11名全員のことをそれなりに理解しているので自分の目的と相反することは起きないとわかってはいるが、果たして親友が気ままに人を殺すのを傍目で見ていられる人間がどれほどいるだろうか?

 

「それで?一応礼は言っとくけど今度は何をするんだ?」

「僕がネタバレするわけないだろう?まぁまぁとりあえずは今んとこHLには何もしない。HL“には”ね。」

「ミシェーラが困らないようにしてくれよ。」

「そこは承知してるよぉッ!ね?アリギュラぁ?」

 いつの間にかレオの斜め後ろにアリギュラがいた。レオは別段驚かなかったが少しため息が出る。

「そうよそうよぉ!レオきゅんにとって本当の不利益はむしろ私たちが許さなーい。わかったぁ?」

レオがため息を吐くのは、アリギュラである。

というのもアリギュラは所構わずレオに抱きついてくる。なんでも臭いがいいとかなんとか。ちょっと前にレオの臭いを採取して彼氏にくっつけるとかいうちょっとやばいことを言ってた気もするが気のせいだ。

レオは2人がレオを殺せることを知っている。故に普段からそれなりに警戒はしているが、それでも青春真っ只中の青少年といっても仕方ないレオ少年はアリギュラに抱きつかれてちょっと動揺を隠せない。

「アリギュラ!放せって!」

「ふぅー、照れちゃってぇ!」

「チッゲーっし!」

「君たち騒ぐのいいけどカーペット汚さないでよぉ?」

 アリギュラとレオがモミクシャして机のコップが揺れる。

レオは背中に当たる少しだけ柔らかい感触に動揺していた。

 

アリギュラ体細くて貧乳に見えるけど、やっぱり女の子だけあるからそれなりに柔らかいんだよなぁ。着痩せする方だし。はぁ

 

「ねぇレオぉ、一緒に朝ごはん食べよう!」

「………、僕に食べれる食材ならいいよ。」

「よし!じゃあアリギュラは食器を用意!僕は料理を運んできてあげよう!『おーい!もしもし!?暴食!!料理を人間用3人分!あ!?トマト入れるなよ!?』」

「じゃあ僕は机拭くよ。」

レオは正直言ってこの空間が好きでもあった。お互いに何も隠すことはなく何も隔てるものはないような外聞も体裁もきにする必要のない空間が。

そして何よりレオは思っていた。

 

クラウスさん、ごめんなさい。でもライブラに入って早数年、未だ妹の眼の解決策は見つからなかった。でもフェムトは妹の足を綺麗に直してくれた。

それだけで僕は彼らを信頼してしまいました。

 

レオは机へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

HL郊外

多くのマンションが立ち並ぶ比較的安全で高級な住宅街の一つ。

最上階の見た目清潔感のある一室の前でレオは立ちすくんでいた。

 

今日はライブラの休養日。

酒の席とはいえ一応部屋に来いと言われたので来てしまった。というか正直どうしたらいいのかわかんねぇ!

インターホンないし!

 

レオとチェインがバーでお酒を飲んだ後、チェインは珍しくぶっ倒れ、レオが背負って家に帰ることになった。家の場所はなぜかレオのポケットにあった。

レオとチェインはかなり身長差があるが、それでもチェインを背負うのはレオにとってそこまで苦ではなかった。

もしかすると質量希釈をしているのではと思うほどにチェインの体は軽かった。人狼だから元から軽いという可能性も十分にあるがレオは知らない。

レオは珍しく義眼を使ってできるだけ安全な道を通ってチェインを家まで届ける。

レオは戦闘能力がない、チェインはそれなりに戦えるが今は無理だろう。ソニックにも偵察してもらってなんとか何にも起きずに家にたどり着いた。問題は鍵である。チェインは希釈すれば入れるので鍵は一つしか持っていなかった。しかもそれは中にある。が、レオは郵便受けの紙束を取り除いて、ソニックに中に入ってもらった。ギリギリ入れたので良かったものの入れなかったらどうしようかと思った。

そのままレオは室内に入るが、そこはゴミ屋敷。ゴミ屋敷。

酒臭さと湿気のこもったなんとも言えない感覚が鼻孔を刺激してレオは咳込む。

 

えー、いやまぁ別に華やかな乙女の部屋とか想像はしてなかったけどまさかここまでとは。ははは。

 

苦笑い。

レオはとりあえずベッドにあるゴミや服をとってチェインを横向きに寝かせた。吐いた時仰向けだと窒息死する可能性があるからだ。そして一応上着を脱がす。

 

今起きられたら心臓発作で死にそうだな僕。

 

そのままレオはチェインに布団をかぶせる。その布団すら少し汚いがまぁないよりはいいと割り切って部屋を見回す。

レオはとりあえずゴミだけでも片付けようと考えて、ゴミ袋を探し、ゴミを片付けていく。が結局部屋をそれなりに綺麗にし始めた。

そこから数時間が経過して見違えるほど綺麗になった部屋を見てソニックは苦笑した。

レオはその後一旦出かける。

 

帰って来て、今に至るのだが。一度は行ってから出た手前、もう一度入るのがなんだか気恥ずかしかった。というのも単純にあの後五時間ほど時間が経っているのだがチェインが死んでないかの確認できたのだ。チェインがあんなに飲んだのも少しはレオの責任であると思っていたからである。

 

よし、まごまごしていても仕方ない。レオは鍵を開けて入った。部屋は以前湿気に包まれているが第一印象とは雲泥の差がありベッドにはおとなしく寝ているチェインの姿があった。ただ布団を押しのけてワイシャツのボタンが弾け飛んでいるのと腹が出ていることさえ除けばだが。

 

おいおいおいおい!

ボタンが弾けるってどんだけだよ!?ザップさんがセクハラしちゃうのもわかるよ!しないけど!!!

 

レオはとりあえず布団は畳んで毛布だけ被せた。そして窓を開ける。掃除の時に換気をしたかったのだが夜なので寒いというのと物騒というのもあって閉めていた。窓を開けると爽やかな気持ちの良い風が入って来た。レオはそのまま椅子に座る。

ソニックは窓から出てってどこかに行った。

レオはふと冷蔵庫を開ける。

正直自分がやっていることがかなり失礼に値するのではと思いつつも、色々と頭の中で免罪符を立てて覗き込む。案の定食材はあったがもう少しで期限切れが多い。レオは少し悩んだ後冷蔵庫から食材を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気分がいい。

心地よかった。こんなに気持ちいいのは何年振りだろうか?いつもなら酒を飲んだ後はだいたい気持ちが悪いのに。

少し暖かくてでも涼しい。そんな春のような空気が全身を覆っていた。

良い匂いがする。

美味しそうな匂い。

自然とお腹が空いてきた。そういえば今は何時だろう。いや、私のことだもうお昼かもしれない。いつも1日寝るなんてザラだからむしろ早いかもしれない。明るいからお昼ではあると思う。

目を開けるのが億劫だ。汚い部屋を見るのも嫌だし、淀んだ空気を吸い込むのも嫌だ。

でも?あれ?なんだかひどく明るくて綺麗な匂いがする。

それに誰か………いる?

おかしいな?いつもは管理人のノックですら警戒して飛び起きるのに。今日はなんだか安心感が私を支配している。

 

「チェインさーん。そろそろ起きてくださーい。もう昼ですよぉ?」

レオの声がする。

まだ夢の中なのかな?

だって部屋がこんな良い匂いなわけないし心地いいわけもない。

誰かが近づいてくる?

スティーブンさんだったらいいなぁ。夢の中なら何してもいいし。

でもなんだかスティーブンさんより緊張しないなぁ?

「チェインさん、起きてください。」

急激に目が覚めて行く。

誰かが私の体を揺さぶる。

誰?

 

 

目の前にはボケっとした顔があった。

「わあーーーーーーーー!!!」

 チェインはとっさに飛び起きそのまま蹴ろうとするが寸前で止まって距離を取る。しかし、レオはここで己の考えの浅さを呪った。

レオはチェインのベルトも取っていた。結果飛び起きて垂直立ちなどズボンがずり下がるは必死。

というより驚いて義眼を使ったら、ゆっくりとチェインのズボンが下がって行くのが見て取れた。

「うおおおおお!!!」

レオは今世紀最大の全力疾走でチェインに駆け寄る。がチェインがそれを攻撃だと勘違いしレオを止めようとする。レオはそれより早く下半身に手を伸ばす。がチェインの突き出した手によって肩を押されたレオの体は軌道をずらして腰より下に向かう。

 

所詮ラッキースケベ。

 

「ごふっ!!?」

「ふげ!!」

 チェインは後ろに転がりレオはチェインの股間に直撃しそのまま床に落ちた。まだいい方ではある。男女逆だったら悲惨だった。がレオはすぐさま状況を把握して自分が死ぬのだと理解した。

はたから見れば勝手に上がっている男が女性の下半身に頭部を向かわせ、あまつさえ倒したなんて。社会的に終わる。

 

さよなら、ライブラ。さよならフェムト、アリギュラ

 

レオはうずくまる。前方から服を着直す音と、足音が近づいてくる。レオナルドは覚悟した。このまま背中を踏み抜かれて直接心臓が潰されるのも仕方なしと思ったのだ。

だがしかし、一向に心臓に衝撃は来なかった。

レオは恐る恐る顔を上げる。

 

チェインは部屋を見渡していた。

「これ………どこ?」

チェインからの質問にレオは自分が実は住所を間違ったのかもしれないことに思い至った。

「え!?は!!もしかしてチェインさんの部屋じゃなかったんですか!?」

「いや?家具見るからに私の部屋ではあるんだけど、こんなに綺麗じゃない。」

ああ、とレオはひとまず安心して

「あ……ああ、僕が勝手に片付けさせてもらいました。」

「そっそう……。」

チェインはなんともいえない恥ずかしさと有難さ、申し訳なさを感じていた。

「えっと、とりあえずもうお昼なんでご飯食べません?ありあわせですけど。」

「えっ………はい。」

「ぷっ!『はい。』ってなんですか『はい。』って。」

レオは少し笑いながら台所に戻って行った。

 

 

チェインが最初に倒れてから思ったのは、なぜ自分がレオに攻撃されているのかということである。だがしかしチェインは自分のズボンがずり下がっているのを見てすぐに慌てた。

だが目の前のレオはそれを察していたのか顔を伏せている。そのレオの誠実さに逆に驚いた。どこぞのクソ猿なら下着見てはしゃいでいただろう。だがこのレオは初々しいというかそれこそ本当に子供のように目を背けていた。

とりあえずチェインは服を着なおして状況把握をしたかった。

周りを見渡せば多少汚れはあるがかなり綺麗な部屋だ。

だが驚くことに酒瓶や家具を見るにチェインの部屋だとすぐに気がついた。

故にチェインはレオが掃除したことに行き着いたのだが。

それでも信じられずレオに「ここ………どこ?」と質問したのだ。

 

少ししてチェインは別室で服を着替え普段着になった。客の前に出ても大丈夫な服装だ。そのままいい匂いがするリビングに戻ってくるとレオがカレーを持ってきていた。

「美味しそう。」

「え?そうですか!なら作った甲斐があります。」

レオはとっさに漏れたチェインの言葉に喜んでいた。

「じゃあ早速食べましょうよ。」

レオはお茶とコップ2人分を持ってきてチェインをテーブルに誘う。

チェインはレオと対面に座ってされるがままだった。

「じゃあ失礼して、いただきまーす!」

「い、いただきます。」

チェインはまだ状況を読み込めていないのだが、目の前に美味しそうなカレーがあってもう昼なのでお腹も空いている。食欲には逆らえない。

チェインは一口食べた。

「うっま。」

正直な感想である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?今の状況をある程度説明してもらえたりするの?」

「え?ああ、確かにちょっと変ですよね。えっとまぁ……」

レオはチェインが倒れてからのことをそれなりに詳細に語った。レオにとって自分のしたことは自己満足である。その自己満足でチェインが困っていたらどうしようかと不安ではあった。

フェムト曰く、「君はもっと自己満足になっていい。大丈夫さ、君はいわゆる凡百な人間だ。だからほとんどの君の自己満足は誰かを救うだろうね。」と。

 

チェインにとって、衝撃だったのはレオナルドがここまで普通の人間だったということだった。誰だって隠しているものはある。チェインだってスティーブンがまさか紳士的な塊の人間であると思っているわけではない。時折見る暗い笑や、狡猾で残忍な手段からして自分達に何かを隠しているのは明白だった。

当然レオナルドにも何かあると思っていた。

チェインは自分がそれなりに美人であることは知ってる。

それ故にレオがなにか良からぬことをしてくる可能性も考慮していた。それを考えた上で2人で飲みに行ったのもあった。自分ならレオに勝てるし、レオもそこまで度胸はないだろうと。

ただし度胸以前に人として品性と理性のもった一般人としてレオはかなり確立されているのだと思う。

HLでは珍しい。それこそ本当に“13王”や血界の眷属にも引けを取らないほどに。

「そう、じゃあまぁお礼を言っておこうかな。」

「いや!でも僕勝手に部屋に入ったし、勝手に片付けて、勝手に食材使ったりして何だか申し訳なくて。」

レオは頭を下げる。

「なーに言ってんの。レオはあたしを襲うことだって出来たのにしなかったし、送り届けるだけでもこの街じゃ感謝ものなのに部屋を片付けてくれたしご飯も作ってくれた。あれ賞味期限ギリギリだったからでしょ。おかんね。」

「おかんですか。ははは。」

レオは苦笑した。

「まぁ下着をかたしたことは、見なかったことにしてやろう。」

「えーーーーー!!それ言っちゃいますかっ!?」

「いやー!ここで私が叫んでも文句は言えんですなぁ。」

「うわー!この人ひでぇー!!」

 笑い声が部屋に響いた。

ソニックは今ちょうど帰ってきたが。レオが楽しそうにしているのを見ていい天気だなぁと言ったように空を見上げた。

 

 

 

 

 




レオ「(チェインさんのブラ、でかいなぁ。)」
ソニック「うぅーー?(何まじまじと見てんだこいつ?)」


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第3話 幸せな時間とは突然に。

今回の話は原作を読んでいないとわからない点があると思います。
簡単に説明すると
ゴルディオンEX+という名前の絶対に破壊できない手錠がザップとチェインの手にくっついた。

その手錠をつけられて2人は謎の組織に誘拐されていた。

チェインがあの日で希釈できない。

なんとかして2人で鍵を奪取するがチェインが無くしてしまう。

敵を倒して協力してどうにか安全な場所まで来た。

ザップがチェインの隣で小便する。

チェインに「お前はしないのか?」と問う。

なんとか2人でライブラにたどり着いたが、手錠制作会社は蒸発。

鍵がないのと戦闘の消耗で2人ともダウン

なんやかんやあって20時間後、解決。

といった感じです。今回も捏造がひどいですがご勘弁を。



ゴルディオンEX+(後述ゴルディオン)事件から20時間後。

HLのとあるバー。

「マジで信じらんないわァァァぁーーー!!」

酒を片手にデスクに突っ伏す1人の黒髪の美女。

「いや、まぁ話を聞く限り確かにないっすねそれは。」

その横に座る彼女より背の低い平凡な見た目の少年。

ゴルデイオンがクラウスのおかげによって外れてチェインはザップの顔に蹴りを一発入れる。ザップは負けじと殴ろうとするが不可視の人狼に敵うはずもなく突き出した拳が電柱にあたり痛がっているところに股間を一蹴され撃沈した。

「いや、あたしだって別に初めて見たわけじゃないけどそれでもあそこでするか普通!?や、でもトイレって我慢しづらいしなぁ。」

チェインはザップのことを微塵も擁護する気はないが、もしあれがスティーブンでもやはり我慢できなかったのだろうか?と考えてしまった。

「いや、その前まで普通に戦闘していたんですよね?じゃあ、大丈夫なはずです。男はかなり我慢できると思いますし。」

レオはザップを売ることにためらいはない。憎んでいるのではなくザップが単純に悪いと思っているからだ。

チェインはもう一口酒を仰ぐ。

 

チェインはレオと友達になってから仕事の後2人ともオフの時は自然とこのバーに来ていた。バーの名前はスカッシュ。

このバーは比較的安全で、店主もかなり出来る方なのでレオもチェインも安心だった。

 

チェインはこのバーの顔なじみというか常連で、バーでは最近チェインが男とくるということでもっぱら会話のネタにされていた。

「(おい、チェインがまた同じ男と飲んでるぞ。)」

「(最近ずっとあの男と飲んでる。まさかあの男がチェインを落としたなんてことないよなぁ)」

「(それはねぇだろ。)」

「(なんにせよ、今は関わらない方が良さそうだ。)」

「(ああ)」

中にはチェインと飲み比べして見事に惨敗した奴らもいたが。彼らもどうしていいのかわからずチェインに話しかけることが少なくなっていた。そして何よりチェインは存外気に入られていて、そのチェインが楽しそうに話しているのだから邪魔するものはいない。

「しかも『お前はいいのか?』だよ!?死ね!!」

「うわぁ………。逆に尊敬するレベル。」

「んっ……んっ……プハァー!スティーブンさんならもっと気遣いあって男らしい一面見せると思うのにどうしてこう同じで男でこうも違うのか!?」

レオはぐさっときた。

 

さーせん。そもそも僕がザップさんと交代でそこにいたら足手まといにしかならなかったと思います。マジで。

 

レオが卑屈になっているのも知らずにチェインはザップへの恨み辛みとスティーブンの対比をしまくっていた。

レオは正直自分がチェインを助けられないだろうということに罪悪感と劣等感を抱いていた。友達だから余計に助けたくなる。

「ごくっ!ごくっ!………プハー!」

チェインはすでに数リットルお酒を飲み干していた。

暑くなってきたのかスーツを脱いでワイシャツになりボタンを開ける。

「ツァ………暑い。」

「チェインさん、あんまり飲まない方がいいですよ。それに服もそれ以上はやばいですって。」

「いいの!今日は飲むの!!スティーブンさんにも迷惑かけたし最悪だ!」

「あああ………。」

チェインはどんどん飲んでいく。

チェインの胸元はかなりの面積が空いていてすでにレオの角度からはブラジャーが見えていた。もちろんレオは見たものの眼福ということで周りの奴には見えないように徹するだけだった。

 

しばらくしてチェインがダウンし、頭をデスクに打ち付け寝息を立て始めた。

「あ、すみません。これで会計お願いします。」

「わかりました。少々お待ちください。」

店長がいつものことという感じでやってきてチェインのカードを受け取る。レオは最初こそ奢ったもののやはりチェインの飲む量が凄まじく金の有り余っているチェインが「自分が飲んだ分は自分で払うし、なんなら微々たる量しか飲まない君の分まで払おう!」と言った所為である。

店長が会計している最中、

「すみません、いつも机を汚してしまって。………手伝います。」

「いえいえ、チェインはお得意なんでいつものことですし、あなたにはこれからしなければならないこともあるでしょう?」

「………そうですね。ありがとうございます。」

レオは店長といつもの会話を済まし、チェインを背負う。

重くはない。ただドキドキが止まらないだけだ。

 

レオは確かに女性と普通に話したり出来るが、それはやはり一線を引いていたからであって友達という関係になってお互いそれなりに近い関係になって初めてチェインが女性なんだと意識し始めた。

 

僕はなんて突飛なことをしたんだろう。

一ヶ月前にレオは自分からチェインに交友関係を作ろうと持ちかけた。その選択は間違いではなかったが浅知恵ではあったと思う。

レオはそのままチェインを送り届けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、レオはベッドで起きライブラの集会の準備をしていた。

レオも男なので朝に起きる男性特有の生理現象で少々時間を取られて急いでいたのだが、実を言うと急いでいる理由はもう一つある。

レオは身支度を終え、自宅のドアを開ける。そしてすぐに隣のドアにノックし返事がないのを確認して鍵で開ける。

「チェインさーん!あと1時間で集会っすよー!!起きないと襲っちゃいますよ!」

そう、何を隠そう家が隣同士になってしまった。

と言うのも毎回壊れるレオの部屋を鑑みてクラウスが気を利かせて新しい部屋を比較的新しいこのマンションにしたのである。危険な格安アパートから安全な高級マンションに変貌を遂げた我が家にレオはクラウスさんに一層感謝と罪悪感を持った。

偶然、本当に偶然隣がチェインだったのだ。

クラウスがチェインがどこに住んでいるかなど知る由もなく神の遊びかはたまたどこぞの“王”の仕業かレオは図らずも友人の家の隣になってしまった。

「う……うう……あと………五年。」

「その間にスティーブンさんが結婚するかもしれませんね。」

「はぅ!」

チェインがベッドから飛び起きて胸をさする。

「しっ……心臓に悪い。」

「僕も心臓発作を使えるようになったのかもしれませんね。」

レオはそのまま台所で以前よりかなり綺麗になった道具を使って、簡単な朝食を作り始める。

チェインはのろのろと起き上がって、ぼーっとしながら別室に移動し着替える。

 

これが毎朝ライブラに顔出すまでのチェインとレオの日常であり、利害関係の一致でこういった毎日を過ごしているのだ。

レオは食費を抑えられ、チェインは健康的な生活を送れる。

第三者が見ればそれはもう配偶者同士の関係に近いような気がするがそれは気のせいだ。多分。

 

チェインが着替え終わって部屋から出るとリビングには簡単な朝食と弁当が置いてあった。

「今日は少し食材が余ったので弁当を作ってみました。今日は人狼局の日ですよね?腰につけて希釈すれば動きを制限しないですし持ってってください。」

「え?あっ……助かるぅ。」

「どうせチェインさん昼ごはんとか食べないんでしょうけどこれからはそれも改善していきましょう!友達が肝硬変で早死にとか嫌なんで。」

「おっおう。」

 

チェインは正直、レオに感謝しても仕切れないくらいどっぷりとレオに浸かっていることを理解していた。前よりも精神的な落ち着きができるし、体の不調もない。あの日も安定している。

だからこそ申し訳なかった。

チェインにとってお金は有り余るものだ。以前猿にちょっとよこせと言われて蹴ったが、実際捨ててもいいくらいにはある。だからレオの分まで食費や光熱費が増えたって何も痛くはなかった。

だからこそレオが大変な思いをしているのではないかと不安ではあった。

まぁだからといってじゃあ今更辞めれるかといえばそうではないとわかってはいるのだが……。

 

「「いただきまーす。」」

レオとチェインがいつも対面して朝ごはんを食べるのは当たり前になってきて、

「そういえばチェインさん、一応クソ先輩にも言っておきますね。僕も昨日のあれば最悪だと思うんで!」

レオがチェインのために何かをすることも当たり前で、

「え?ああ、別にいいよ。今更変わらないし。昨日の愚痴を聞いといてくれてとりあえずフラストレーションは解消されたしさ。」

チェインもまたレオを気遣うことも当たり前になっていた。

そんな温かい日常が至極心地よいとチェインもレオも思っていた。

 

 

 

 

 

ライブラの集会。

ライブラでは基本的に毎日集会を開いている。ただ非番だという者もいるのでいつも同じメンバーというわけではない。

「……では、今日の集会はこれまで。解散!」

スティーブンがテキパキと進め集会は11時には終わった。今日の集会は報告と最近の大きな動きや細かな問題など多岐にわたっていた。

「んあー、疲れたわぁ。おいクソ陰毛頭!ジャックロケッツチーズバーガー買ってこいや。ああん?」

「…………………。」

「あっ!?無視か?」

「……………。」

「とうとうレオくんにも愛想をつかされたわけですか。正直レオくんがここまで持っていたことに感謝するべきだとは思いますが、きっと昨日ので堪忍袋の尾が切れたということではないでしょうか?」

「ああん!?なんだ魚類はこの無視陰毛頭くそチビの味方すんのかぁ?」

「当たり前でしょう?あなたを擁護する点があるのならむしろ教えて欲しいのですが。」

「キエエエエエエエ‼」

ザップが耐え切れず血法で斬りかかるが、ツェッドがそれに応戦しなんとか凌いでいた。

「まぁ、人のことなんて呼ぼうと勝手ですけど、流石に女性の横で小便する人間とお昼ご飯を食べたくはないですね。はい。」

「っと!……あなたはそんなことしたんですかっ!本当に非常識ですね!」

「ルセぇ!!トイレしたいからするのに何が文句あんだよ!!」

ザップの攻撃を止めて避難するツェッドにザップが激しく言い訳する。

「こらお前ら!いい加減にしろ戦うなら外でやれ!」

スティーブンが見かねて注意する。

「けどこの陰毛がっ」

「おい、とりあえず表へ出ろ。」

スティーブンの優しい笑顔が発動した。ザップにその攻撃はクリティカルヒットした。ザップは逃げるを選択した。

 

 

 

ザップとツェッド、レオの3人はそのままダイアンズダイナーに向かう。ザップも多少大人しくなり悪態をつきながらもレオが本当に怒っているのか、いないのかを測る馬鹿面を晒していた。

ツェッドはレオの話を聞き、よりザップの評価を下げていたのだがザップは知る由もない。

「はぁ、まぁとりあえずいいっすけどザップさん。気をつけてくださいね。」

「ンア!?…………っち!ああ。」

ザップも別にレオを怒らせたいわけでもチェインを怒らせたいわけでもない。ただ思い通りにならないのが腹立たしいだけだ。………ん?

「あ。」

レオは思い出したような声を出した。

「ああ?とうとう俺様の偉大さに感づいちまったのかレオくーん?」

ザップがにやにやとレオの周りを俊敏な動きで回る。

ツェッドは「まるで猿だな。いや猿か。」と思い少し距離をとった。

「チェインさんがザップさんの見て『ちっさ。きもっ』って言ってました。」

 

 

「………………。」

 

 

ザップがその場で固まる。色が抜け落ち褐色肌は背景と同化していった。

「ふっふふ。」

ツェッドも流石に堪えられなかったようで、品性を兼ね備えたツェッドでさえ笑い出してしまうほど面白かったらしい。

「『外国人は日本人?より膨張率少ないからデカくなってもあのくらいか。しょぼ!』って笑ってましたね。」

ザップの影はもう無く、存在希釈したのではないかというほどに影が薄く化石化していた。

 

 

「」

 

 

ザップはもういない。

「ツェッドさん。さぁ、汚い話は忘れてカフェ行きましょう?少し早いっすけど僕お腹すいちゃって。」

「えっええ、では行きましょうか。」

ツェッドは「さらば兄弟子よ。」と思いながら、男として哀れみを持ってザップがいたであろう場所に背を向けた。

 

 

カフェについて、レオはいつものを注文する。

「レオくんはやはり怒っているんですか?」

ツェッドは少し考えて質問する。

「いえ、そんなには怒ってないです。でもなんででしょうね友達が嫌な思いをしたらやっぱりムカムカするみたいです。」

「友達?」

「ああ、言ってませんでしたっけ。僕最近チェインさんとよく一緒にいるでしょう?友達になったんです。仕事仲間よりは近しいかもしれませんけど変な意味はないです。」

基本的にレオとチェインの関係はみんなには言っていない。というのもわざわざ大人になって「私たち友達なったんです。」と触れ回るのもどうかと思うからだ。何よりお互いはっきりと友達と言える関係を作ったことがないという気恥ずかしさもあるのだが。

「へぇ、だからあんな作り話をしたんですか?」

「いや、別に作り話じゃないですよ?」

「え?」

「え?」

「……………。」

「つ、ツェッドさんはかっ彼女とかは!?」

「えっ!?いっいやぁそもそも僕は繁殖できるのかもわからないのでなんとも言えませんね。ははは。」

沈黙。

レオは少し後悔した。ナニの話といえば男のうちでは盛り上がる内容でレオも当然そう言った話はそれなりに好きだし、チェインとも最近そんな話をするようになった。だからこそわかる。

女性にナニのことを言われると、たとえチェインとザップのような犬猿の仲であろうと心底傷つくというかなんというか。

今回は流石にザップが悪いので、直接はっきりと言ったが、もう少しオブラートに包んでもよかったかもしれない。

「まぁなんにせよ今回は彼の自業自得です。淫らに複数の女性と関係を持ち、他人の金で生きているような極悪非道な下劣な彼は少しは反省するべきです。」

レオの顔つきでレオの考えを理解したのかフォローするツェッド。

そのフォローもレオにはわかっていた。

「そうですね。じゃあツェッドさん男らしいボーイズトーク的なのしましょうよ!」

「いいですね。ずっと僕は水槽の中にいたので人と話すのが何より楽しいですから。ありがとうございます。」

「はははは、僕はそんなに学があるわけじゃないので有益な話ができるかどうか?」

「いいですよ。話すことに意義があるんです。」

「…………そうですね。じゃあ、ツェッドさんの好みの女性の特徴は?」

レオはかなり興味があった。理知的で品性のある知性的な人間と魚の混血種。レオにとって新鮮なことだらけだった。

ツェッドは少し唸りながら

「そうですねぇ、そもそも僕は人間の女性を性的対象として見れるのでしょうか?と質問に質問で返すのは野暮なので、とりあえず人間の女性を対象としてみるなら………、親切で理知的な方でしょう。」

「へぇ。」

「基本的な話を理解できる。共感できる相手が一番愛おしく思うのではないでしょうか?私を創った方は私に様々な知識を口頭で教えてくださいました。故に私はあの人を深く愛していたのだと思います。それは親愛だとわかりますが、もし異性で会話していて共感できる部分が多い方ならきっと私は愛するでしょう。」

ツェッドは正直に答える。レオが言いふらすとは思えないし、今のところライブラで一番仲が良く個人的に好意(友愛)を抱いているのはレオだけだ。よく話すこともあってためらいはなかった。

「逆にレオくんはどうなんですか?」

「僕ですか?うーん。」

レオは顎に手を当てて、細めをさらに細くする。

「僕はやっぱり優しい人ですかね。存外僕は結構惚れっぽいのでもしかしたら自覚してないだけで結構好意を持っている人がすでにいるかもしれませんけど。」

レオもなんだかんだツェッドが誠実であることはわかりきっているので正直に言った。

「そうですか。では女性の身体的特徴ではどうですか?」

ツェッドは別に下ネタとして聞きたいわけではない。ツェッドの知識欲は凄まじい。その得た知識を最大限活用してなおかつ経験できればなおいいと思っている。だからこそ人と話したいのである。

「えっ!ああ、えーとそうですね。うーん……、まぁ大きいおっぱいの人が好きですかね?僕って結構鈍臭いじゃないですか。だからいやでも女性だと意識してしまう方が逆にいいのではと思って。髪は別に長くても短くてもいいですし、あとはぁ……、静かでおとなしい方がいいかなって。」

レオの後ろで誰もいない机が揺れた。

レオは後ろを見るが誰もいない机が揺れるのが不思議ではなかった。HLではよくあることだとツェッドの方に向き直る。

「ツェッドさんはどうですか?」

「ええ、そうですねぇ、まぁ乳房は繁殖に有利ですし、安産型の方がいいのでしょうか?いや、好みで言うなら僕より身長が低くて庇護欲が出そうな方でしょうか?髪も特にないですし。」

ツェッドは青い色の肌を少しだけ赤くしながら恥ずかしそうに言う。

「ほらレオ!いつものやつだ。」

ビビアンが料理を持ってきたのでボーイズトークはひとまず終了になった。

「「いただきまーす。」」

 

 

 

 

ハンバーガーを食べ終わったあと、しばらくツェッドと他愛のない話をしたあと、路地裏でボロボロになって座っていたザップを拾いライブラに帰る途中、それは起こった。

それはザップのテンションがガタ落ちだったと言うのもあるし、ツェッドがいい話を聞けて高揚していたからかもしれない。レオの戦闘能力の無さも原因の一つだったと思う。

「レオぉ!逃げろ!!」

「レオくん下がって!」

2人の斗流血法の使い手は少しだけ油断していた。その油断で取り返しのつかない事実を突きつけられずとも知らずに。

 

 

 

「え?」

 

 

 

レオは自分の眼ではっきりと見た。それはさながらゆっくりとした時間の中で感じる妙な熱と空気。何が起こっているのかわかることもなく、ただそれは確実に事実だけを告げてくる。

レオは見た。

 

自分の右手が腐り落ちていく姿を。

 

「うっうあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

絶叫が夕暮れのHLに鳴り響いた。

 

 

 

 

 




レオ「(ちょっチェインさん!近いですって!)」
チェイン「おーレオ!君もいっぱい飲もう!」肩を組む
レオ「(いっ良いにほい)
ソニック「(ふっガキどもめ)」


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第4話 職場の異性との関係

どうも
少し話を変えました。



 

 

 

 

レオが幼かった頃あれはいつの話だったか。

ミシェーラの車椅子を押しながら何気ない日常の切れ端を黒い箱に収めつつぼんやりとしていた時だった。

相変わらずミシェーラは楽しそうに両手を合わして話している。生返事というほどではないがあいづちや身振り手振りを踏まえて語るレオは幸福感を感じていた。

先にある「彼女の目を取り返す」という不安にはいい鎮痛剤だ。

ふと歩道から遠くにある魔境へと目を向ける。

深く濃い白煙を包むようにいくつかの巨大な触手がまるで街を守るかのように、中から出さないように在り、そしてそれは現実のものだとは思えないほどに機敏な動きをしていた。

カツッと車椅子が止まる。

しかしかの魔境ヘルサレムズロットに囚われていたレオは段差があったことに気づかず、そのまま等速直線運動を続けようとし、力の均衡が崩れ、車椅子がつんのめる。

 

「ああぁっ」

 

声を大きく上げたのはレオ。

なんてことはない。少し車椅子が彼の手から離れ、加速してしまっただけだ。

ミシェーラも最初こそ驚いたものの、すぐにタイヤのハンドルをつかんでバランスをとりつつブレーキをかける。

そんなたまにあるちょっとしたミス。

それでもレオにとっては当のミシェーラが疑問符を浮かべる程度のことなのに、ひどく絶望感に苛まれた。

兄なのに妹を不安にさせてしまった。

その事実はまるで一瞬の出来事を何倍にも引き伸ばしてレオを染め上げ、レオは大きく手を伸ばす。

そう、手。

反射的に出るのは手であり、家族と繋がる手、助ける手、守る手、手、手、手………。

 

 

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レオの視界の先には手はない。

あるのは大きな蛇腹を持った異界の存在。

視界を埋め尽くす風化しこそぎ落とされた世界。

レオの人生でいつも連れ添った手はなく、肘から先は砂のように崩れ去っていた。

 

「ああああああっあああああ゛あ゛あ゛っああああ゛っあ゛あああっ!!!!!」

 

絶叫だ。

慟哭だ。

痛烈な現実がレオを侵食していく。

 

「レオっ!!」

「レオくんっ!!」

 

後ろの2人はすぐに己が流派の奥義を繰り出す準備をする。

レオナルドは崩れ落ちた。

どんな時だって勇気を持って暗闇の中に一筋の光を探し追い求めた彼でさえ、突然の身体欠損と今までと比べるべくもない痛みに意識が途切れる。

斗流血法を発動した2人は焦りと心配を怒りのエネルギーへと変え、より疾く目の前のクズを消し炭にすることを誓っていた。

ツェッドが酸素を凝縮し一点へと集め、ザップが点火。最適な酸素濃度調整と炎上調整は過去類を見ないほどに洗練されていて無駄はなく、完璧とも言える動きだ。

蛇腹を持った頭をまるでハンマーヘッドシャークのようにした異界の存在は回避行動を取るもすぐに炎上、ツェッドによる気流操作で体の穴から内側を焼かれ、爆発する。

この存在が何らかの幻影や蘇生方法を持っていなければ絶対に復活できないと思えるほどに燃やし尽くす。

あたりには崩壊したアスファルトと電柱、信号機、野次馬の死体で散々な絵面だった。

ツェッドが急いでレオに駆け寄る。

 

「レオくんっ!」

 

ザップは茶化す時でもそんなことすら考えずに急いで救急へと電話する。

素人から見ても、レオの両手からの出血量は死に至るレベルだ。

赤くはなく、暗い真っ黒な血液が漏れ出し止まる気配はない。

ザップは急いでレオの脇の下から血液の糸を太めに出し、縛り上げる。そしてそのまま切られた部位もできうる限り出血を抑えるために締め上げた。

 

「くぞっ救急は待ってらんねぇっ!」

「僕の血法でレオくんを浮かしますっ!」

「俺が抱えるからテメーは邪魔者をどけろっ!」

 

今ほど2人の息があった姿を見たものはおそらく誰もいないだろう。

2人は颯爽とその場を後にした。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

前に走っているはずなんだ。

絶対にそうだ。

途中何度も怪我をしたり、行き止まりだったり、つまづいたりでうまく進めないけれど、それでもほんのちょっぴりでも前に進んでいる実感はある。

黒いタールの中を思い足を持ち上げて進む。

気を抜いたら、水そこで足を滑らせそうでほとんど爪先立ちで歩いているけど、転ぶ気配はない。

まだだ、まだいける。

クラウスさんはいつだって僕を助けてくれた。

ザップさんだって………ひどい人だけど、いい人だ。

ツェッドさんも優しい。スティーブンさんだって時折怖いけど、優しい。K・Kさんもいつだって気にかけてくれる。

チェインさんだって………僕の手を持って空を飛ばしてくれる。

手を。

手?

手、ないけど。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああっあああああああ!!?」

 

レオが叫びながら、病院で目を開けるとそこには手があった。

いつもの手だ。

黒子も同じ、シワも同じ、肌色も同じ、だ。

涙が頬を伝う。自分の体を失うということはこれほど恐ろしいことなのか、と理解した。

辺りを見渡せば病室だろうか、窓の遠くからは減るサレムズロットの独特な光源がビル群から覗いているが、ここは郊外の病院で静かなものだった。

窓際に人影を発見する。

 

「くっクラウスさん……ですか?」

「……残念。僕だ。」

 

意外な人物。というわけでもなく、暗い病室に怪しく佇むなんていうホラーを仕掛けるのはこの狂人くらいだ。と思った。

 

「フェムト……。」

「………色々大変だったそうじゃあないか。」

「そうなのか……な。」

 

いつもテンションが高い彼が今日はどうもおとなしい。もとよりちゃんとした場では静かだが、それでも彼ならきっと「ははぁっ!手がっ無いあはははははははっ!」と、笑ってもおかしくはないはず。

 

「………まぁ、友が大怪我をしたんだ。普通に僕だって心配はするね。彼女も。」

 

フェムトが指すと、レオに被せられた布団の膨らみからピンク色の髪が覗いていた。どうやらアリギュラも病室にいたらしい。疲れて寝てしまったようではあるが。

 

「「私が治せば一発よっ!」って暴れたもんで首を殴りつけたんだ。」

 

強制的に寝かされたらしい。

 

「君はことの顛末を理解できていないだろうから僕からある程度説明する。」

 

フェムトからさらに入った切り分けられたリンゴのような果物を渡されながら聞き入る。

あのあとザップとツェッドが幻界病棟ライゼズにレオを担ぎ込んだ。

その頃にはレオの顔色は青く、もはや死人の域に達していたらしい。

すぐに執刀が始まる。あいにくルシアナは限界ギリギリで仕事をしていたのですぐに執刀できないはずではあったのだが、ライブラにはお世話になったということもあって優先的に手術してもらうことができた。

といってもレオの両手が消え失せた理由が不明なために治療は困難を極めた。

空間的に切断されたのであれば、切り離された側の手があるはずで、それがないということは別次元に転移させられたのか。

それとも時間を操って強制的に風化作用をはやめたのか。

下手に治療して失敗するのが怖い。

そんな状況で奇跡が起こる。

しかし奇跡というには不気味なものだ。

ヘルサレムズロットにおいて利益がある偶然というのは裏が怖い。

結論としては、レオの手は断面から生えてきた。

人はトカゲのような自切機能のように体を切って生やすなんて機能を持ち合わせていないのは誰でもわかる。

しかしじゃあまた切るか?ということもおかしいわけで、結局経過観察で止血と輸血という処置が施された。

そこから2ヶ月。

レオはずっと昏睡状態だった。

 

「まじか。」

「まじまじ。君だいぶ彼女に感謝したほうがいいよ?」

「誰?」

「あの犬だよっ。雌犬。」

「?………………………………チェインさん?」

「そんな名前だったような?まぁ名前はどうでもいい。その犬はまさに忠犬というように君の病室に2日に1回は顔を出してた。」

「まじ?」

「まじまじ。」

 

申し訳なさ、罪悪感、嬉しさ、むず痒さ、不甲斐なさ、などを織り交ぜた感情が足先から頭にじんわりと流れる。

 

「ここ、人手不足なんだって?雌犬が君の世話をしていたんだ。」

「世話?」

「君、2ヶ月も寝たきりじゃあ、ベッドと背中の肉が一体化してひどい怪我をするよ?筋肉を定期的に揉まないと固まってしまって復活できなくなるし、何より20代の若者が2ヶ月風呂に入ってないとか無理でしょ?」

「はぁあああああっああん!?」

 

何を言われているのか、察してしまい慌てるレオ。

2ヶ月間看病をチェインにされていたのは流石に恥ずかしすぎるし、ちょっと男として辛い。もう顔向けできない。

 

「まぁ何はともあれ僕たちもあらゆる観測方法で君を検査したけど異常は見られなかった。たぶん本当に偶然が重なった不幸だったわけだ。最悪その綺麗な手、何かの拍子になくなったら今度はこっちでどうにかするから。」

「あっ…………あんがと。」

「ああぁきもいきもい。かゆいかゆい。間違って世界滅ぼしちゃうだろう?」

「それはやめろ。」

 

そういうと、フェムトはアリギュラを付きのものに担がせて真っ黒い壁に吸い込まれるように消えていった。音もなく、静寂が訪れた病室は月明かりに照らされて、何とも空虚さを表していた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

翌日。

ライブラの面々が順繰り各々の巡回を終えて病室へときていた。

ツェッドとザップは一緒に昼休憩できたらしく、レオにと渡された果物をザップが遠慮なく我が物で食べてる姿に苦笑しているところツェッドが取り返してくれた。

 

「なぁっレオレオっ。お前あの犬とどういう関係なんだ?」

 

顔と顔が数センチしかないような距離まで詰め寄ってニヤニヤしながら近づいている先輩をヘッドバッドで牽制しつつ、普通に「友達」だと告げる。

 

「彼女はレオくんの看病を率先的に引き受けていたので。レオくんはもう頭が上がらないかもですね。」

「なぁっ!おいっレオっ!教えろってっ!なんか弱み握ってんだろ!?なぁ!?」

「うっせぇっ!」

 

先輩を綺麗に治った右手で殴り飛ばし、レオは苦笑した。

 

「そりゃあもう感謝しかないです。」

「ですね。……あ、ほらゴミクズさん時間ですから行きますよ巡回。」

「ああああああっ!?てめーいま何つったぁあああぁぁぁぁぁぁ!?」

 

叫びながら血法で縛られて病室から出て行く生ゴミに哀れみの視線を送りながら、騒々しさのなくなった穏やかな部屋に戻ったことに少し安堵する。

 

「ふぅ。」

 

午前中にはクラウスが飛んできて、労る気持ちと、ゆっくり休むよう言われた。

スティーブンもBBがでない限りはそこでおとなしくしてろと笑っていた。K・Kは何やらずっと「おほほほほほっ!」とうざい実家の母親みたいな笑い方をしながら背中をバンバン叩いてきたのでザップと大して変わらない気持ちにはなっていた。

 

「まぁでも手が治ってよかった。これで今度発売されるゲームができる。」

「なんてゲーム?」

「Dead:Stranding Z Battle3ってゲームで昔から大好きだったんです。今度新作が」

「まぁ男の子だし右手ないと不便だよね。」

「そうそう、やっぱり手がないとどうもムラムラとした時に…………ふぁっ!?」

 

レオが左横を見るとそこには先ほどザップがおいていった「デスハムスター2」の人形の上にスーツの美人が立ちながら腕を組んで首を「ウンウン」と動かしていた。

 

「チェインさんっ!?」

「よっ!」

 

ビシっ!

 

と人差し指と中指を揃えてカッコよく挨拶する彼女に何だか懐かしさを感じたレオだった。

レオはすぐにベッドの上で土下座姿勢になる。

 

「こっこの度は大変ご迷惑ぉぉぉぉっ!」

「…………………そうだね。心配した。」

 

チェインの発生位置が近くなったのでおそらく床に降りたのだろう。音もなく降りるとはさすが人狼である。

そして彼女が茶化さず少しだけ、少しだけ責めるような言い方をしてくれたことにレオは救われた。

誰だって共に気を使われるより、体を預けてもらったほうが嬉しい。

 

「いろいろ………看病とか。」

「そうだなー。まぁ下の世話はいいとしてー、男特有の生理現象とかー。」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああっ!」

 

レオはベッドの上で土下座しながら横に転がり回る。

恥ずかしさ、申し訳なさ、発狂ものだ。

 

「まぁ。」

「いやほんとすみまっ」

「無事でよかったよ。」

「………………………………はい。」

 

レオは少しだけまるで自分が姉に叱られた弟のような気持ちになり新鮮だった。ぽりぽりとこめかみをかく。

病室内には微妙な雰囲気が立ちこめるが、それでもレオはこれこそが友への感謝だとあらためて下を見ていた視界を上へと向ける。

そこにはチェインがいる。

チェインはいつもとかわらないクールな、無関心さを貫いた表情ではあった。それでも、これはレオだからこそわかるものではあるが、そう、まさに嬉しそうだった。

嬉しそうに目尻をすこしだけあげて目を細めている。

 

「………ありがとう……ございます。」

「ん。どういたましてー。」

「…………手………がっ……無くて。」

「……うん。」

「妹を……掴めなくって………。」

「……うん。」

「チェインさんと飛べなくって……。」

「………だね。」

「怖かった…………です。」

「…………よく頑張った。」

 

チェインはレオの肩に手を乗せて、そのまま体を横へ滑らせ、首へ回して肩を組む。まるで男友達がふざけて円陣を組むかのような動作にレオは目を白黒させた。

 

「ちぇちぇちぇっチェインさん!?」

 

チェインがレオの右手に手を添える。

 

「ちゃんと……あるね。」

「……………はい。」

「えいっ」

「ぇ」

 

 

チェインはレオの右手を自分の左乳房に添えさせた。

 

 

「ふぁああああああああああああああああっ!?」

 

突然のありえない行動に、昼の病院だとしてもありえない声量で声を発してしまい咄嗟にチェインから口を押さえられてしまうレオ。

レオは慌てて手を離そうとするがチェインがそれを拒む。

 

「ちゃんと、感じる?」

 

そう聞かれてしまい暴れることが急にバカらしくなってしまうレオ。

性的なことを考えるよりこの問いの真意と彼女がなぜこんなことをしてまでレオに問いただしたのかを汲み取る。

左手には服の上からでもわかるボリュームと弾力のある女性的な感触が強く感じられた。そしてうっすらと鼓動を感じる。

 

「……………はい。」

「よかった。」

 

チェインはそのままベッドに腰掛けたまま足をジタバタさせて靴を飛ばす。

レオはその飛んでいった靴を見ながら、鼻に入ってくる女性特有の香りとチェインのほんのちょっぴり酸っぱいにおいにめまいがするが、なんとか意識を保とうとする。

 

「そっその家とかは大丈夫ですか?」

「いや、マジでベーわ。いつもの部屋に逆戻り。」

「じゃあすぐに戻らないとダメですね。ご飯はちゃんと食べれてます?」

「最近はハンバーガーばっかかなぁ?」

「……野菜多めの食生活にしますね。洗い物とかは?」

「食器は流石に臭いから全部捨てた。服は1週間触ってないね。」

「うわぁ…………。」

 

レオは想像するにかたくない汚部屋を想像してしまい脳内で絶望感ある世界を視てしまう。

言外に、「だから早く帰ってこいよ。」といっているように感じて2人とも恥ずかしくなったのはいうまでもない。

チェインはそのままレオの頭をポンポンとはたく。

 

「ところでさ?」

「はい。」

「いつまで揉んでんの?」

「………いやぁ超絶美人の最高部位を触れる機会など今世これしかないような気がしましてそれにしてもチェインさんも意外とだいたすみませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

レオの入院期間が1日のびた。

 

 

 

 

 




高校の頃に心底仲良くなった女の子がいまして。
腐女子で奇抜な娘だったんですが、高一の時点でFカップだったその子は仲良くなりすぎて頼めば胸くらい揉ませてくれたんですよね。
「あ?別にいいよ減るもんじゃないし。」と。
そういうのをなんていうか「信頼」とか「信用」っていうんだろうなって。そこまで相手に許せてしまう関係は美酒より酔いました。
若干R-18要素かもしれませんがまぁ計画受けたらその時考えましょう。


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第5話 私は君を見ているよ

どうもどうも。


 

 

 

 

「かんぱああああああああああああいっ!!」

 

ホールに男女の歓声が響き渡る。

ふわふわとした陽気な空気。彼らの宿敵である「血界の眷属」を1体封印するに至ったのだから普段の殺伐とした雰囲気と打って変わって、まるで風船を破裂させたかのように喜びの空間へと変貌していた。

何かを誰かと達成した時は誰だって浮れるもので、いつもは誠実で静かで真面目なライブラのリーダーであるクラウスも今は楽しく酒を飲み交わしている。

そんな時でも1人だけ、スティーブンだけはやはりどこか一歩引いていて警戒というほどではないが何かに備えた、そういうたたずまい。

それでもやはり日進月歩、微々たる結果でも進めたのが嬉しいのかいつもより多めに酒を飲んでK・Kに尻を叩かれていた。

パトリックは依然として隣にニーカを携えながらクラウスと飲み比べをしていて、ツェッドとザップが言い合いをしていた。こんなにもライブラの構成員が集まることは珍しいがそれほど関わった構成員も多く、そして得た功績も大きかったからこそだろう。

 

さて、レオはといえば、バーカウンターの片隅で1人ちびちびとロマネ・サン・ヴィヴァンをワイングラスでのんびり飲んでいた。

余談だがレオはこの時飲んでいたお酒の値段を知らない。

今回の作戦でやはり外せなかったのはレオナルドだろう。

彼はある意味クラウスと同じくらいBB戦において要だ。レオナルドがいなければ成立すらしない封印の儀式。わざというには美しく悍ましい行為は些か礼を欠いている。

真名を読み解くレオナルドの眼はライブラにとってよだれどころか躰を差し出しても欲しい産物だ。

ただレオにとって、正直なところ自分には宝の持ち腐れでもあれば、自分という存在が必要とされているわけではないと思ってしまう。

アーサー王が欲しいのではない。

エクスカリバーが欲しいのだ。

それでも、妹のため、自分のため、世界のため、レオはたとえ自分という存在が必要とされずともライブラに協力するだろう。それはそういう契約で、それでいて呪いでもある。

ただ、もし仮にライブラに義眼の力を保有していなくともいて良いと言われたのなら、その時は心から嬉しく思うだろう。より一層無力感を感じてしまうが。

レオナルドは酒に強いわけではないが、それなりに嗜めるので、未だ冷静ではあるがやはり元来のコミュニケーション能力の低さからか大勢が楽しくしているとどうも引いた姿勢になってしまう。

今回のB B戦でもかなり役立ったのは前述の通りで、本来なら真ん中で盛大に持ち上げられるべき立役者であるはずがどうもそこから離れたくなってしまってそこに座る羽目になったわけだ。

 

「よっ冴えない童貞くん。」

「…………どうも。」

 

レオは声とノリで誰が話しかけてきたのかを察して振り返ることもなく、一度グラスを仰いだ。口の中にアルコール特有の苦味が広がるが、それでも落ち込みそうな気分を少しだけあげることはできた。

別に今更童貞だの、陰毛頭だの、冴えないだの言われても気にしない。……たぶん。

ただ、これから話すであろう相手に卑屈な態度で望むのはなんだか悪い気がする。

レオの隣にチェインが座る。

彼女はラベルに「かんじ」と呼ばれる東洋の文字が描かれた一升瓶をまるで恋人のように抱きしめて胸のボタンを2つ開けていつものスーツ姿でだるそうに座った。おおよそ女性の例にはなれそうにないがレオはいつもの事だと隣の美女の顔をみる。

化粧や手入れをしていない状態で、半ば酔っ払っているにもかかわらず美女だ。

K・Kやニーカなどライブラの構成員には女性も少なくないが、それでも群を抜いて東洋の美しさを誇っている。

 

「……な、なに?」

 

レオは意識していないが、いつも細く半ば目をつむったような目を、少しだけ見開いて美しい碧色をした眼球でチェインを見つめていた。

チェインにとってはもう見慣れた義眼ではあるが、それでもまじまじと顔を見られると酔いも覚めそうだ。

レオはピクリと震えるチェインを見てふと我に返って、というよりは思考を終えて再び前を向いて突っ伏した。

 

「どうしたの?」

「なんだか………まぁ………よくわかんないっす。」

「なによそれ。」

 

チェインは苦笑して、バーのマスターに人差し指で合図を出す。

空のグラスを1つ出させてそこに日本酒を注いだ。

ゆっくりと薄ピンクの綺麗な唇で、グラスを傾けるチェインを横目で見るレオは自分の悩みがちっぽけで、それでいてどうしようもなく誰もが通る道なのだと察してしまう。

レオの悩み、いや悩みというほどですらないのだが、どうしようもなく自分の無力、戦闘でのカバーができない点が心のつっかえにはなっていた。

 

「………僕である必要ってあるんですかね。」

「……ふむん?」

 

神々の義眼を持つレオは「持つレオ」であって「扱うレオ」ではないのだ。ライブラの構成員はそれぞれ己が特技を磨き上げている。その点でいえば誰にも負けないという自負と他負があるのだ。

しかしレオにはそれを自分である必要性だと感じない。

レオが義眼を扱えるようになるための努力はついこの間始まったばかりだ。そこをプロと比べるのはいまいち無理があるが気にするものは気にしてしまう。

 

「…よくわからないけど、前にガミモヅってやついたでしょ。」

「……ええ。」

「あいつは自分の私利私欲で動いて、他人なんてどうでもよくて、悪意ある義眼の使い方をしていたと思う。」

 

チェインは黒いスーツの上着を脱ぎながら、椅子を横に動かしてレオとの距離を縮める。

 

「でもあんたは少なくともその眼を誰かのために、妹のために、世界のために使うと決断した。目だけじゃない、レオは私にだっていつも助けてくれて……る。」

「……でもそれって僕じゃ……。」

「……そうかもね。でもレオじゃなきゃきっとライブラにはいないし、……レオじゃなきゃ私は友達になんなかったよ。………………それじゃあダメ?」

 

チェインの言いたいことはわかる。

そして別段特別な言い回しでも気遣いでもない。

それでも淡々と「あんたは他と違う。」と言われることは凡人としてとても、とても嬉しいことではないだろうか?最上位の敬意ではなかろうか?

レオは先ほどのくぐもった心持ちを洗われたような、それでいて深い感謝の念を持った。

 

少なくともはっきりと「あんたはここにいていい。あんたじゃなきゃダメなんだ。」と言われたのだから。

 

「………かゆいっす。」

「私の方がかゆいわ。」

 

チェインは脱いだ上着をレオに投げ飛ばす。

レオの顔にほんのり温かい汗臭い上着がかぶさって、「あした洗濯しなきゃなぁ。」と思った彼だった。

チェインは右手をあげるとレオナルドの肩を組んで体重をかけ、一升瓶をレオに向けた。

 

「ほら、飲もう。」

「えぇ………僕強くないんっすけど。」

「いいからいいから。一口っ!」

 

断りすぎるのも癪だと、観念して、レオはまるで母親が子供にミルクを飲ませるように歯にカチンッと当てながら日本酒を飲んだ。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

しばらくして、ライブラのほとんどが会場で寝てしまい、あのスティーブンですら壁で立ち寝をする頃。レオはとびっきり大きい蹴りで目を覚ます。

 

「んごぉっ!?」

 

カウンターで突っ伏したままレオの左肩とチェインの右肩が少し触れ合う距離で2人とも寝てしまっていたのだが、レオの近くのソファで逆さに座ったまま寝ているゴミクズ先輩が蹴りをかましてきたのだ。

ちらりと見るとどうやら寝相が単に悪かっただけのようで未だよだれを垂らして寝ていた。

レオは体を伸ばしてバキボキと体がコリを解すのを感じながら若干気持ちよく起きる。

あのクラウスですら寝ているのだからなんだか新鮮な気持ちだ。ただ1人起きているのはギルベルトだけで、床で寝てしまっている薄着のメンバーに毛布をかけ終わった頃合いだった。

 

「レオナルドさんはお帰りになられますか?」

「……そぉですね。他のみんなは?」

「まぁこの有り様ですからお気になさらず。」

 

レオはその言葉を聞くと、安心して立ち上がる。のだが腰の裾が引っ張られた。

またクソミソ先輩かと思いきや、チェインが器用に左手でつかんでいたのだ。

チェインはレオと同様一升瓶をカウンターに倒したまま、突っ伏して気持ち良さそうに寝ていた。

カウンターに顔と肘を乗っけて寝ているために、豊満な胸部を重力に任せて垂らしていた。いまにも3つ目のボタンが耐久限界を迎えそうではある。

ギルベルトがいるのでまじまじと見るわけにもいかず、男の本能をなんとか理性で潰して、丁寧に指を解く。

チェインの指は女性とは思えないほどゴツゴツしていて、それでいてすらりと長かった。当然だ直接戦闘するわけではないが、戦うことを生業にしているのだから荒れるのは必至。

 

「僕はこの酒豪を連れ帰ります。家隣なので。」

「それは良かった。」

 

本来、本来であれば。

チェインは酒で酔ってもここまで熟睡することはないだろう。彼女がいくら酒が好きだとしても意識を失うのは帰ってからだ。

つまりここはライブラの、家族のいる場所だからこその安心からくる熟睡なのだ。

そしてその1人であるということに気づき、先ほどまで落ち込んでいた心が嘘であるかのように清々しかった。

レオはチェインの肩を掴んで上着を着せる。

酔っ払って完全に脱力しているので、難なく着せることはできたのだが、一抹の不安はこの後である。

レオはそのままカウンターの下に潜って、チェインの下側に入ると、ゆっくりと肘をつかんで立ち上がる。

自然と背中にチェインが乗っかる形で立ち上がり、ちょうどいいところで両手をチェインの足の左右、膝裏に持っていき抱える。

幸いお互いに手荷物はないのでおんぶしながら帰るだけなのは幸いだ。

 

「じゃあ僕らはこれで。」

「はい。お気をつけて。あ、一応このボタンをお渡しします。」

「これは?」

「ボタンを押せば緊急事態だとこちらに通知がくるので。」

「……ありがとうございます。」

「いえいえ。」

 

レオは流石にここで自分の無力を嘆くことはない。レオだけなら「そーっすよね俺1人とか不安ですよねーははは。」くらい言ってしまうが、今は違う。

守るべき友が背中にいるのだ。自分の弱さなど気にする余地もなく安全な策をとるだけだ。それならば私利私欲に眼を使う覚悟ももう持つことはできた。

レオは部屋を後にする。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「おっ重ぇ。」

 

レオは煙が立ち込めるヘルサレムズロットを義眼を使ってできるだけ治安の良さそうな大通りを歩いていた。ソニックも協力してくれて他の音速猿たちを使って先にある問題を色々片付けてくれているようだった。

 

レオとチェインはだいぶ身長差がある。

チェインは身長が高く、男装すればまるでどこか東洋の王にさえ見えてしまうかもしれないほどモデル体系だ。きている服さえ選べばだいぶ違った交友関係になっていたかもしれない。ただ大きすぎる胸は男装してもバレてしまいそうではあるが。

レオにとっての役得はやはり大きなメロンが背中に潰れながら当てられている点だ。これだけは何度でも慣れることはないだろう。

今まで何度だって酔っ払ったチェインを送り迎えしたし、駄々をこねるチェインを引きずったりしてボディタッチはかなりしている。それでも男としてたとえ親友でも女と見てしまうところはどうしてもある。

それを罪悪感として捉えてしまうところはレオの誠実さ故だが。

 

「まぁ、頼られてるんだな。…………僕は。」

 

それは嬉しい。本当に。

だからきっとこの背中の親友だってちょっとの役得はきっとグーパン一個で許してくれる。

ふとレオの首に何かが巻きつく。それはチェインの腕であることは承知しているが起きたわけではなさそうだった。

ただそれこそ抱き枕のようにレオの後頭部に顔を埋め、「んぁ゛ぇ……ん。」と深呼吸をする。髪と髪の間にヘルサレムズロットの冷たい空気が通ってブルリと震えるが、レオはチェインを落とさないようにしっかりと抱え直した。

パンツスーツに守られた柔らかな太もも、臀部近くまで滑らせてから再度膝裏に手を持ってくる。

 

「ふ…………ぁ………。」

 

どういう感覚がチェインを襲ったのかはチェイン自身にも記憶にないだろう。

とても艶やかで艶かしい彼女らしくない声が繁華街に響く。もちろん響くといってもレオの耳元でしか聞こえない吐息程度の音量だったので別段慌てることはないが、レオは慌てていた。

おそらくレオを支配したのは絶大な背徳感。

普段クールで、冷静で、カッコよくて、仕事もできる女の先輩が漏らす吐息はどこまでも甘くとろけるスイーツのようで、まるで砂漠でオアシスを見つけた時のように劇的な、情動をくすぐる喘ぎ声だ。

 

別段レオの手が彼女の秘められた部分に触れたとかではないにせよ、レオはそそくさと前かがみになってマンションへと向かった。

 

 

 

 

 




というわけで第5話でした。
R-18は描きたいですが地雷の人とかいそうですよねぇ。レオチェ。
個人的には単にレオとチェインが好きなのでカップリングしただけなのですが、いかんせんチェインは想い人がほぼ確定しているので動かしづらいんですよね。

まぁとにかく6話はいつ書くかわからないのでその時になったら考えましょう。


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第6話 人狼の通勤

今回はアンケートがあるのでよろしければお願いします。
この話はなんとなくアンケート用に作った話なのでどうでも良い日常回です。絡みも少ないです。



 

 

 

 

人狼にとって重要なのは自分と他者との境界を明確に見極め、意識すること。

自分は自分。世界は世界。

自分という存在がこの世界にどこまで影響を及ぼし、どれほどの意味をなし、どこまで続いているのかを理解することで「自分の存在を操作する」そういう種族。

だからこそ人狼にとっては個人の価値観が重宝され、良く言えば個性的、悪く言えば孤立する。

それを珍しく?あまり見ない形で集め組織立て世界のために動くことを誓った共同体が「人狼局特殊諜報部」。

 

 

お酒は好きだ。美味しいし、飲めば気持ちいい。嫌なことも忘れはしなくとも気分を変えることはできる。それでも結局飲みすぎて、翌日には「飲みすぎた……。」と後悔する。

幸い今日は晴れなので少しだけマシだが、これが雨だとより気分がどんよりする。

それでも最近は友達のおかげでなんとか自力で起きて朝、仕事に行く前の一息を取れるだけの時間は確保できるようになった。

そう私の友達。ほんの数ヶ月前に仲良くなった友達は今では人生の欠かせないファクターになりつつある。

私はガサツだし、基本冷めているから誰とも馴れ合わず、即席の関係を継続するだけの人生を21年間過ごしてきた。

同僚もあくまで同僚の関係であって友達かと言われれば、良く話す知り合い程度でしかない。そんな私がまさか年下で普通面で鈍臭く、身長も小さい戦闘能力皆無の異性と仲良くなるなんて一年前の私は驚いて世界からスッと消えてしまうのではなかろうか?

反射的に大きなあくびをして、半開きの部屋のカーテンをよけながら勢い良く窓を開ける。ヘルサレムズロット郊外のこのマンションには比較的いい風が部屋に入ってくる。

パツンッと音がして胸のボタンが壁に飛んでいった。

 

「あっ……。」

 

ボタンを拾って、机に置く。

そう、いつも通り酔っ払ってベッドに運び込まれてワイシャツで寝てしまったらしい。

スーツの上着がハンガーにかけられているのでどうやらその友達が私を運んだとみえる。

以前、「別に私の服を脱がしてもらっても構わない。」というむねを伝えたのだが、「いやいやいやいやそれは無理っす。俺のメンタルが持たないっす。死にますマジで色々とっ!」と拒否られたので仕方がない。

まぁ別に金のかかる趣味とかもないのでワイシャツも最悪買い換えればいい話なのだが。

ベッドから起きて、ワイシャツとスーツを脱いで洗い物のカゴに投げ入れる。明日には勝手に空になっているだろう。

熱いシャワーで体を清めるとぼーっとしていた意識が覚醒した。

いくら人狼が体臭ですら消すことができるとはいえ、流石に人としてちゃんと1日1回シャワーを浴びるようにしている。

 

「あれ?」

 

そうだ。記憶がない。確か昨日はライブラの祝勝会をしたはずだが。

いつもの記憶喪失でなんとなく体に異常がないかは確認する。ヘルサレムズロットという人外魔境の地で記憶喪失なんて普通は正常でいられないだろうが、小さなナイトがいるのだから安心だ。

まぁそのナイトに襲われたら意味はないのだが。

そう。

そのナイトが襲ってきたらどうするべきか。

正直拒絶できるかは微妙だ。

彼のおかげでいささか人間の生活とはいえない生活がガラリと変わった。まるで兄が妹の面倒を見るように、実際は逆の年齢ではあるのに、…………支えてもらっている。

彼がもちろん「そういう」見返りを求めていないことは十分承知しているが、まぁ……あいつなら別に。くらいにはそろそろ思い始めてきている気がする。

 

「視線もねぇ………。」

 

気づかれていることに気づいていないのだろうが、まぁあいつも男だ。

目の前に無防備な雌がいれば自然とそういう想像をしてしまうだろうし、誇るわけではないが自分はスタイルは良い方なのでなおさら精神的にきついだろう。

時折胸や臀部をチラチラと見てくるが別に男ならそんなものだろうと割り切ることができる性格なので不利益もないからそのままにしているわけだ。

もちろんクソ猿は不快だが。実に不快だが。

 

「まぁ減るもんじゃあないし。生娘ってわけでもないし、さ。」

 

最近はもう鍵を渡していつでもこの部屋を開け閉めできるようにさせてしまった。

流石に下着が消えるなんてことはないけども、何かはされているかもしれない。

まぁ見て見ぬふりをしてはあげるのも年上の道楽か。

 

 

 

シャワーをやめて、体を拭く。

昔だったら地面に散乱した生乾きのバスタオルか、毎度新品のタオルで体を拭いていたであろうこの手順も、今では清潔に干されたバスタオルで体を拭いている。においもカビ臭くなく柔軟剤のフローラルないい香りがして気分がいい。

清潔な下着に着替えて、白いTシャツにダークブルーのショートパンツを着用してリビングに戻る。いつも通りだとそろそろ彼がくるはずなのだが…………そう、今日彼は早朝出勤の当番なので来ないんだっけ。

ただ冷蔵庫には「朝ごはん温めてくださいね。」と書き置きを残されていたので、冷蔵庫を開ける。中には卵とベーコンを合わせたものと野菜が乗っかった皿、ヨーグルトとトマト、パンとバターがありなんとも美味しそうだ。

早速電子レンジで温めて、待っている間にコーヒーを作る。前々は作れなかったけど今では1人で作れるようになった。

以前は汚くて置く場所のなかったリビングの机にランチマットを敷いて、食べ物と飲み物を置いた。レンジから熱々になった料理を取り出して朝食を並べる。

 

「ん?」

 

机の上のはじにピンク色の紙が置かれていた。

その紙には薬が2粒置いてあって、なんでもこの薬を飲めという書き置きだった。普通ならなんの薬かわからなくてゴミ箱いきだが、まぁおおよそ二日酔い用の食前薬だろう、とあたりをつける。

薬を飲んだ後テレビをつけ朝食をとった。

 

 

 

時刻はまだ8時半。

普段ならまだまだぐーすか寝ている時間ではある。

出勤は11時からなのでしばらくは余裕があるのだがその余裕をまた二度寝とかに使ってしまうのがいつもの流れだ。しかし今日は寝ることはなくぼーっとテレビを眺めていた。

 

(最近、スターフェイズさんと少し話すことができたっけ。)

 

以前はなぜか、というよりあまり関わりがなかったというかうまく話すことができない時間が続いていたのだが。どうしてかこの頃良く話す。

いや、理由はわかっていて、結局のところ彼が、………レオがさりげない話題ふりや気遣いをしてくれているからだよね。

(スターフェイズさん、……スティーブン・スターフェイズさん。私の恩人。かっこいい。)

いってしまえば一目惚れのところもあるのだが、とにかくかっこいいに尽きる。

結局理想の男性というところなのだろう。

仕事ができて、気が利いて、カッコよくて体格も良くて、強い、冷静で、思いやりがあって、どこか影があって脆そうな、優しい人。

以前、見てしまった。

スターフェイズさんがなんの躊躇もなく仲良くしていた人たちを殺す瞬間を。

もちろん彼らがスターフェイズさんを騙す形で、奇襲作戦を練っていたのだが、それでもあの反撃は一方的だった。

最初から裏切りを前提として反撃の準備をしていた速さだった。

そして最後のおぞましい無表情はいったいどんな気持ちだったのだろう。腹黒いなんて言葉では到底表せない強い殺気と覚悟を感じた。ライブラの光の面をミスタークラウスだとすれば闇の面はきっとスターフェイズさんに違いない。

そしてきっとあらゆる暗躍を彼が防ぎ、私たちライブラは守られ続けている。おおよそ非合法でミスタークラウスが好まない方法で。

 

(私が口を出すことじゃない………けどあんまり危ないことは……してほしくないなぁ。)

 

もちろんスターフェイズさんを自分が守れると言えるほど自分が有能だと思っていない。それでも少しでも負担が減ってくれたら良いと思うし、やり手でもミスをすれば死ぬ世界だ。不安ではある。

ぼーっと壁を見ると時計が9時半になったことを示してくれている。

そのまま起き上がると、時間にはなっていないものの仕事着に着替えることにした。

 

(ちょっと早いけど準備して久々に歩いて行こうかな。)

 

綺麗に洗濯とアイロンをかけてあるスーツを着る。

化粧はいつも通りめんどくさいのでせず歯を磨いて、レオが作り置きしておいてくれた小型化弁当と財布、拳銃だけ身につけて窓から出……ようとして止まる。

 

「癖だねぇ。」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

チェインは玄関をドアを開けずに出る。

階段は結構古びていておおよそ高級さはないが、壊れてはいない。

幅の狭い階段をせっかくのスーツを汚さないように降りて建物を出る。日光が煙によって多少拡散しているが眩しさに目が眩む。

幸運にも二日酔いの影響はもうほとんどなくいつもより気持ちの良い外出だ。

 

「あらこんにちは。」

 

横から穏やかな声をかけられて振り返ると、口から大量の触手を生やしたお婆さんが乳母車に同じような触手を生やした子どもを連れて声をかけてきた。確かこのマンションの3階に住んでいる大家さんだ。

 

「こっ………こんにちは。」

 

あまり近所づきあいがいいとは言えない自覚があるのでおどけたどもった返事になってしまい恥じる。

 

「旦那さんにお礼は言った?」

「旦那………未婚ですが。」

「あらじゃあ彼氏さんかしら?昨日あなたを担いで32階まで階段で上がって行ったみたいだけど?」

 

このマンションは50階まであるマンションでヘルサレムズロットならではの空間が織り込まれた形式になっている。見た目は普通のマンションであるのに中からの景色はそれ相応の階の景色になるという特異な建物だ。

エレベーターもついてはいるのだが、現在は故障中なはず。

レオも最近は「いい運動になるんでっはははははははは………はぁ。」とため息をついていたので最近はチェインが跳んで一緒にマンションに入っていた。

 

(32階まで女ひとり背負って上がったのか………申し訳ないことを。)

 

「あ……あぁ友達ですね。同僚です。」

「そうなの?鍵渡してるのね……ふふふ。」

「ええまぁ、いつも一緒に飲んで私が寝ちゃったりするので……ははは。」

「ああいう面倒見のいい男はしっかり捕まえておくといいわよ。」

 

どこまで把握されているのか不安なチェインではあったがそこそこ同意はする。

チェインは冷や汗を垂らした。

 

「ええアドバイス………ありがとうございます。」

 

チェインはお礼の言葉とともに片手をあげてその場所を後にした。

いまいち微妙な関係であることはチェインにだってわかっている。おおよその普通の男女の関係ではないし、かといって進んだ、例えばセックスフレンドのような関係でもない。レオに想い人がいるのかは………よく知らないが、チェインの想い人はレオも知っているわけで。

チェインは近くでタブレットを買うと、しばらく大通りまでゆっくり歩いた。

普段は上から見下ろす道路もしたから除く景色は悪くないものだ。

同じ歩道にはバザーのように露店が開かれており、歩行者は純正の人間の方が少ないほど。空は東洋の龍のようなものが飛び交い、ギガフトマシフが遠くにうっすらと見えていた。背後の遠い交差点では今しがた追突事故があったのか爆炎があがっていた。

ふと通り過ぎる路地に目を向ければ、麻薬漬けになった廃人がヨダレを垂らして何人も倒れており、小さい男が大きな男にカツアゲをされている最中だ。

もちろん、別に助けるということはしない。

この街にいるということはそれを覚悟したということに他ならないからだ。

警察だってそんな小さな取り締まりしないし、チェインも今から厄介ごとに首をつっこむと昼までに出勤できない。

 

 

チェインは質量を希釈して、地面を蹴る。

ふわりと風船が浮くように若干風の影響を受けながら近くの建物の屋上に飛び乗る。

屋上ではいくつかの建物の屋上を足場にして連結し、1つの商店街のようにしている場所だった。

 

「おっチェインじゃないか。」

「おっす。」

 

チェインがしばらく屋上商店街を散策していると、比較的人間な見た目の男が声をかけてくる。いつもあらゆるものを取り寄せては売っている常連だ。

チェインは稀にこの男のところで購入していたりもするので気軽に挨拶する。

 

「なぁ今日はこんな時間に珍しいなぁっ!」

「まぁ気持ちよく起きれたんで。」

「そうか……それより今日はいいものが手に入った。」

 

男は顎のひげを右手でいじいじすると、ニヤリと笑った。

 

「なに?」

「『自走追尾スマホケース』っつーやつが入荷したんだ。」

「スマホケース?」

 

名前だけ聞くとなんとも安っぽい中国製な感じだが。

 

「そうだ、こいつは一定距離持ち主がスマホから離れれば自動的に追尾して持ち主の近くまで来る。絶対になくすことはなく、一定レベルの衝撃など攻撃を迎撃するシステムまで組み込まれていて戦闘中に壊れることはまずない。」

 

それを聞いて思い出すのはBB戦。

レオの役目はBBの真名を視るのが主な役割でその時はスマホアプリの自動変換ツールでミスタークラウスにメールを送っている。

このケースがあればレオが戦闘でスマホの心配をする機会も減るだろうし、何かプレゼントしたい気分でもあったのでチェインは購入することにする。

 

「いいね。いくら?」

「おっ毎度。500ドルとちと高めだけどよ。」

「いいよ安い安い。」

「相変わらずだな。あっそれなんだが正規品の上に俺がちょっと手ェ加えてある。」

 

彼はよく入荷した商品をユーザーに使いやすく改造していたりもする。それでお金を取るのもどうかと思うが、その点で言えば良い腕をしているので信用していた。

 

「どんな?」

「2つ。まず、そのケース4つまで分離できる。同じサイズでな。そこでこれが肝なんだがスマホケースのある場所がお互いで位置確認できる。」

 

それを聞いてレオが以前行方不明になったガミモヅの件を思い出した。

確認しようと思えば確認できる程度の機能らしく緊急事態用には役立つかもしれない。

 

「そんで、もう1つが背面に好きな画像を配置できるってところだ。」

「なにそれ。」

 

なんでそんな無駄な機能をつけたのか。

 

「お前ら女どもは可愛い動物の画像でもはっつけたいんじゃねーのか?」

「別にそんなのないけど。…………まぁ無いよりはマシ程度の機能かな。」

「ちげぇねぇ。」

 

チェインは財布から金を出して支払うと、軽い梱包だけさせて商品を受け取る。

どんなスマホの形でもフィットする特殊な仕様らしく、レオのスマホの機種は知らないが大丈夫そうではある。

時間もちょうどそろそろライブラに出向かなければならない時間だ。とその場を後にする。

 

 

チェインは質量希釈して空へと跳び、空中を滑空している鳥型のドローンを足場にしてライブラへと向かった。

途中某レオの友達のキノコ頭くんを見かけたが案の定ハンバーガーを道ゆく人にねだっていた。いつもならたまにハンバーガーを恵んであげたりしているのだが、今日は弁当なので「さいなら。」と声を漏らして上空を通過した。

視界にはすでにライブラのビルが見えており、安心感を覚える。

本来なら「DDDアムギーネ」で一般構成員は入らないといけないここも人狼なら軽やかに入れるのは、人狼でよかったなぁと思う点の1つだ。

存在希釈して窓を通過するといつもの着地場所、全身白のだっさいクソ猿の上に質量希釈せず着地する。

 

「あがががががががががががっっ!!いでぇっ!」

「暴れんな土台。」

「こんのクソ犬ぅっ!」

 

ザップが血法で刃物を振り回すもののスカスカと体をすり抜けて一向に当たる気配はない。

 

「避けんな牝犬っ!テメェっこのレイプでもされてからしょんべんでもかけられて路地裏で寝てろぉぉぉぉぉぉっ!」

「下品っ!」

 

一旦距離をとって態勢を整えると、足の質量を希釈して重力の影響を最小限にしつつ筋力で足を大きく持ち上げるチェイン。ザップの股間にヒット直前質量希釈を解除。

通常よりも重い一撃がザップの股間に命中。

 

「ふぎっ………………う゛。」

 

その場の男性陣が皆青ざめた顔をする。

チェインは乱れたスーツを整えて存在希釈していたプレゼントを取り出す。

 

「はぁ……貴方はいつになったら反省するのですか?そんな態度だから彼女の反撃もエスカレートしていくわけです。もっと思いやりをもって……。」

 

失神状態のザップにツェッドが説教をするいつもの流れに、辺りは少しだけ空気を弛緩させた。レオはちょうどクラウスと話していた最中だったのでことの全容を知らずにこちらに戻ってきたのだが、倒れているザップと衣服の乱れを直しているチェインを見て察しはついたらしい。

 

「チェインさん。こんにちは。」

「ん。」

 

チェインはなんだか気恥ずかしくてそっぽを向いてしまった。

昨日の夜一緒にいたわけで、そこから別れて職場で合流。出会い方も今日初みたいな言い回しに、なんというか……昼のドラマの展開みたいでどんな顔をして良いのかわからなかった。

 

「給湯の電気消してきました?」

「あっ……。」

 

すっかり忘れたまま外出してしまったことに今更言われて気づく。

こういう余裕のある行動をしたときに限っていつも忘れないことを忘れてしまう。(まぁ結構な頻度で給湯の電気は消し忘れているのだが。)

レオも「ははは。」と苦笑して、目をそらす。

 

「あ、これ。」

 

チェインは忘れていること、という繋がりからプレゼントを思い出して梱包された小さな箱を手渡す。

あまり派手ではなく、周りからはプレゼントのようには見えないだろうそれをレオは受け取る。本来はもっと雰囲気のある場所でお礼も兼ねて渡したいのだが、いかんせんこの仕事はいつ戦闘になるかわかったものじゃ無いので今のうちに渡しておくことにした。

レオも箱を開けてスマホケースだと気づくと、「どうしてこれを?」とは聞かない。

今聞けば説明を周りに聞かれてしまうわけでもあるし、チェインもそれは恥ずかしいのか望んでいないから言わないのだろう。

レオは家に帰ってから聞くこととして、スマホに取り付ける。

 

「使えそう?」

「………はい、使い方スマホに出たんでおいおい把握しときます。」

 

レオは少し高級品感漂うスマホに進化した自分の端末を見て、嬉しくなったようだった。

 

「チェインさん………ありがとうございます。」

「………別に。………どういたまし……て。」

 

チェインは若干頰を赤らめてできるだけ無表情のままレオの頭にワシワシと手を当て、撫でた。

 

「ほら4人共っ会議始めるぞっ!」

 

スティーブンが声をかけると3人は踵を返してクラウスの元へ集まる。

ザップはツェッドに引きずられたままだが。

チェインはなんだかおかしくて口角を上げると、「今日も頑張りますかぁ。」と背伸びをした。

 

 

 

 

 




というわけでチェインのとある一日の通勤でした。

危惧しているのは私の書く、または書きやすいR18はだいぶエロ同人よりといいますか、下品というほどではないですが異種系が多いですし、受けが喘ぎまくる感じなのでもちろんチェインの性格や世界観には近づける努力はしますが雰囲気と違うと思われることです。
NTR(主人公が寝取る側なのでこれならレオが寝取るタイプ)なども好きなので今の所思いつきませんが言ってしまえばレオチェってスティーブンからチェインを寝とってるみたいなものですよね。
まぁ純愛をこれを期に書いてみるのもやぶさかではありませんが。


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第7話 僕は弱いんだ

こっちのアカウントに移行してから少し経ちました。
誤字報告してくれた方ありがとうございます。

さて、R18はともかく今回は少ししんどい話です。
ただ別にBadEnd好きとかではないのでご安心を。


 

 

 

 

チェインさんと僕が友達になってから早半年。

毎日毎日トラブル発生というほどではないにせよ、ザップさんとツェッドさんと一緒にたくさん死線をくぐり抜けて、突き進んでいく。そんな毎日が楽しくもありしんどくもあって、それでもこの生活がいつまでも続けば良いと思った。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

いや、別に誰か死んだとかそういう話ではないけれど。

 

「ねぇ。」

「………なんすか?」

 

レオとチェインはいわゆる「宅飲み」と呼ばれるものをチェインの家で開催していた。もちろんチェインの部屋に入れるのは基本的にレオだけなので現在2人っきりの状態ではある。

チェインは隣に座っているレオを睨みつける。

2人の手には白い機械が握られていて大型のディスプレイと対面していた。

以前レオが語っていたゲームをプレイしている最中である。

 

「さっきから一向に勝てないんだけど。」

 

チェインは画面に映ったピンク色の風船のような見た目をしたキャラクターをフヨフヨと浮かせながらレオをジロリと睨みつけた。

 

「まぁ、僕………世界ランカーですし………。」

 

レオはできるだけチェインの方へ顔を向けることなく冷や汗を垂らす。普通に考えれば美女と一緒にいれるならば仲良く雰囲気を持ち上げることに専念してしかるべきだろう。だがそれは一般的な男女においてであり、レオには無理な相談だった。

だがもちろんチェインと2人っきりでいることに対して嫌がっているわけではない。なんなら友達と、仲の良い人と一緒にゲームで遊んでいるのだから楽しいまである。

端的に言えばチェインの服装だった。

チェインは裾がヘソの上ほどで止まっている薄い白のランニングシャツに下はベージュの薄い短パンで髪を後ろに留めたラフな姿でコントローラーを操っていた。

つまりレオの方からチェインを見ると、こぼれんばかりの乳房が横からチラチラ見えてしまうのだ。

 

「まぁさぁ別に良いけどねー。」

 

画面にはチェインのキャラの上に「YOU LOSE」と書いてある。

チェインはコントローラーを壊さないようにしつつもベッドに放り投げて、ソファに寝転がった。ソファは人1人が横になれる程度しかないので、当然白い肉質の良い足がレオの太ももの上にどかっと乗っかった。

 

「うぇあっ!」

 

チェインはタバコをクイっと手首で動かしてケースから出す。慣れた動作で中指と人差し指でタバコを挟み口へと含む。

テーブルの上の動かない生きたトカゲをむんずっと掴むと強く握りつぶした。トカゲの口から緑色の炎が吐き出されタバコに焚きつける。大きな脂肪をさらに肺が膨らむ事で揺らしながら煙を吸い込む。

 

「…………吸うのは良いっすけどベランダにしてくださいよぉ。」

「………別にいーじゃんこのままで。」

 

まぁ、とレオは机に置いてあるリモコンを操作して窓を開ける。同時に換気扇が無音で回転し始めた。これはレオがタバコを吸うチェインのために取り付けた機能である。

また個人的に副流煙を心配してのことでもあるがそこはチェインと交遊することにおいて諦めている。

レオは1人でゲームするのも何か気が引けてしまい、テーブルのレモンティーらしきものを一飲みした後、太ももにあげられたチェインの足を見始める。

女性らしい弾力ある細長い足は妙に艶かしく眼に映る。

普段ローファーを履いているからか若干ゆがんではいるが、綺麗な爪先と色白の肌はなんだか妙に目を惹きつけられるが、レオは別に脚フェチというわけではないのでなんとか目を逸らすことに成功したが実際、危ないところだった。

沈黙が続く。

しかしその沈黙が例えばよく知らない人と2人っきりの状態なら胃がキリキリと痛むであろうところ、この2人はなんとく心地よく感じていた。

窓からヘルサレムズロットとは思えない陽気なそよ風が入り、選択して綺麗になったカーテンがたなびく。

反射的にレオは窓の外、煙が蔓延している中かすかに見える青空に心震わせる。

遠い地には妹が同じ空を見ているのだと思うと、なんとも変な気持ちになった。

 

「チェインさん、寒くないですか?」

「………別に。」

 

チェインは寝っ転がる過程で、ラフな格好故か張りのある腹部を露出させていた。美しいヘソに目を流しながら何か話題をとレオは頭を回転させる。

 

「そういえば………スキャッタリング・スコープってあの後どうなったんです?」

「あー………確かクソモンキーが持ってって、それがスターフェイズさんにバレてカチコチに凍らされてなかった?」

 

スキャッタリング・スコープとはいわば異界の道具で、通常の人類が物体越しに対象物を見るにはX線やサーモグラフィーを使わなければ見ることができない。しかしSSはいわば透視するアイテムで、それを使って異界存在でも入ることのできない厳重警備の金庫や重要な会合の内容などを収集し、金融の暴落を計ったり、個人情報を売りさばいたりされていた。

何より恐ろしいのはスコープという名前だが実体はなく、サプリメントのように錠剤を摂取すると眼球に本人だけ見えるメガネのようなものが生成されるという点で、錠剤は闇市場で大量に売りさばかれていた、ということだ。

なんだかんだあってライブラが総動員してSSの元締めを破壊、及び抹殺したのだが、クソモンキーことザップ・レンフロが数粒パクったのである。

もちろん「これで町中の女のが見放題っ!ぎゃはははははははははっ!!」と言っていたので悪用する気満々だったようだが。

 

「………同僚にも公平な罰を下せるって、すごいことですよね。」

「まぁ、そんじょそこらの男とは訳が違うから、スターフェイズさんは。」

 

その言葉にずきんっと痛む。

レオは胸に手を当てることはないもののどうしようもなく心が痛んだ。理由はわかっている。レオは嫉妬したのだ。

レオにとってチェインがどういう存在かなどはどうでも良い。

自分を構成する大部分が男で、軽口だというのに大切な人から「お前は男のレベルが低い。」と言われれば傷ついてしまう。そしてそれが過度に敏感になってるだけで、卑しい心だとわかってもいた。だから無かったことにする。我慢する。

レオは別に理想を追い求めている訳じゃない。

完璧な幸せや幸福を願っているわけでもない。

ただ前に進みたいのだ。

でもそれを親しい人に見下されるような言い方をされてしまえば悲しくなってしまう。

悲しむ自分の心の弱さに嫌になる。

眼を右斜め下に少しそらして自重気味に笑う。

 

「そういえばレオって視ることに置いては長けてるわけだしSSみたいなこともできてんの?」

 

幸か不幸か少しだけ鈍重な気持ちと思考になっていたレオのことなど一切気にせず聞くチェインはなんとも彼女らしい。

 

「……え、ああまぁやろうと思えば。」

「じゃあ服を透かして裸見たりしてるのかー………ふーん、ほーん。」

 

ニヤニヤと彼の気持ちも知らないで揶揄うチェイン。

レオはとっさに恥ずかしくなって、チェインを見つめる。

 

「なっそっそんなことしませんよぉっ!」

 

そう、そんなことしない。

彼は自分の私利私欲のために義眼は意地でも使わない。

なのにそれを理解し知っている彼女から出るいつもの冗談が今日は、たまらず悔しかった。

レオは、「まだ大丈夫だ。」と心を落ち着ける。チェインが悪気はないのはわかってる。ふざけた冗談で言ってるだけだってわかってる。でも感情が追いついてこない。

 

「ふぅーーーー………。」

 

息を吐く。

意識して大きく息を吐く。

何もカッとなってるわけじゃない。

今までいくつもあったのだ、チェインとの会話で年齢差か、性別からか、性格からか時たま無力感を感じて苦しかったり、冗談が胸に突き刺さったり、気にしていたことを言われてしまったり。

でもそれが彼女の魅力だとも思っている。思ったことをはっきりいう彼女はとても素敵だった。彼女が褒めればそれは嘘偽りなく褒めているのだと信じれる。

彼女に対して心を許せば許すほど苦しくなっていくのだ。

自分の不甲斐なさを見てしまうから。

 

「どしたの?」

「…………いえ。」

 

レオは小さく返事をすると、太ももに上げられたチェインの足をソファにそっと置いて立ち上がる。チェインは足にあったぬくもり薄れるのを感じてなぜだか気落ちした。

レオはそのまま携帯端末をポケットに入れて、玄関の方へ行く。

この場から出たかった。

何もチェインのことを嫌いになったわけではないが、このままではチェインに対して誠実でいられなくなるような気がしたからだ。

 

「そういえばザップさんに頼まれてることあったの思い出したんで、行ってきますね。」

「えっでも今日暇って………。」

「………すみません忘れてたんです。」

「あ………りょ、りょーかい。」

 

チェインはソファーから飛び起きて玄関に駆け寄りながらレオの背中をみる。

いつもと違う感じだった。

いや、いつもと異なるわけではないが違和感を感じたチェインは無意識に手を差し出す。その手はレオのパーカーに届くことはなく鋼鉄製の扉がバタンと音を立てて2人の間を隔ててしまう。

チェインは「なっなん……だろう。」と呟きながら伸ばした手を顔の前まで持っていきまじまじと見つめる。その行為に意味はないが、それでも何か自分の違和感に不思議な感覚を覚えた。

人狼の野生の勘だろうか?

今まで誰にも心は乱されなかったし、自分と他人を分けて捉えられることが長所だからこそ優秀な人狼なのだ。わかっているのに、答えは明白なのに、それでもなぜだか足が重い。

くるりと翻ってソファに行く。

しかし視界に入った部屋はどこか空虚で物足りない。

ソファに座っても何かが足らない。

 

 

 

つきっぱなしのゲーム画面には「TIME UP」と「YOU LOSE」の文字が跳ねていた。

 

 

 

 

 

 




というわけで少し鬱回みたいな、ね。

私は予てから「他人が申し訳なさそうにしている。」という点に快感を覚えるのですが(だからといって何かわざとそういう風にしているわけではないですが)そういうのをヒロインが主人公にしていると生き生きします。
ヒロインが罪悪感に苛まれてしまうみたいな、ね。

ともかくR18にはまだなりませんがゆっくりと気長に書いていきますのでお付き合いいただければ幸いです。


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第8話 舐めんな

さてお久しぶりです。
6日の昼までにCGの作品を企業に提出しなければならなかったもので小説にも絵にも触れられませんでした(嘘こけNieR書いたやん)

そして今日、のパソコンの充電器が燃え上がりまして無理かなーと思っていたのですが今回は試しにデスクトップのWindowsの方で書いてみました。
なのでいつもと多少違うかもしれません。
不快でしたら申し訳ないです。
普段はMacBookProのWordで書いているので普段のありがたさがわかるいい機会でした。
(しかも忙しくなる前に書いた第8話冒頭のデータが使えなかったので新しく掻く羽目になるっていう、ね。

まぁともかくどうぞ!


レオはチェインの部屋の前何度も立ち止まる日々が続いていた。

 

 

2週間彼女と連絡も話すこともなく淡々と仕事を続けていた。いつもなら仕事終わりに飲みに誘ったり、誘われたりで任務でも無駄口叩いて注意されたりと仲良くしているのだが、今回は全くと言っていいほど何も接触はなかった。

最初こそいつものように振る舞っていたチェインもそっけないレオに対して怒るでもなく身を引いてしまう感じで対応してしまっていた。

レオはああいう性格ではあるので、表に出さないよう無視するわけでもなく第三者から見れば普通に接する形ではいたのだがそれはあくまで第三者目線であって、チェインの目線からすればレオが怒っているような疲れているようなそういう風に見えていた。

そして2週間と1日経ってからのチェインはひどかった。

 

「おい犬っころ?どうしたんだ最近おとなしいじゃねぇか。もしかしてとうとう彼氏でもできたか?ん?そのおっきな果実でたぶらかしたか?異界人?触手プレイでもしちゃう感じか?だははは!!」

「............うっさい。」

「はははっまぁお前を相手してくれるやつがいるのは驚きだよぉっ!」

「............そうかもね。」

 

その言葉にライブラの面々はどよめく。

彼らの日常、それはザップがクラウスに攻撃を仕掛けて、負けて、その後チェインが踏み台にする。というのが毎日の工程であり、言ってしまえば始業の合図でもある。

それがチェインが全く反応しない。

いつも毅然とした態度で言いたい放題なザップをぶっ飛ばしている彼女が今日はふざけた言い文句を受け入れて動こうとしない。

 

「ぁ...........え?どぉ.......したんだメス犬.........?」

 

ザップも目を大きく見開いて佇立ち尽くしてしまう始末だ。

チェインはそんな白猿に構うことなく、始業だとクラウスの前に向かう。レオは相変わらず我関せずと言った態度で少し距離をおいた場所に立って彼もまた早く始業を始めろと言いたげな目線を向けていた。

ギスギスした空気が全体を包んでツェッドはオロオロとあたりを見回したが、誰も助け船を出すことなく号令とともに今日の任務を言い渡された。

 

 

 

重要な連絡事項を伝え終えたスティーブンが最後にレオに残るように言った。

全員が多少不可思議な顔をした後その場を後にして、スティーブンとレオだけが執務室に残った。

 

「なぁ少年。最近チェインと仲良くやれてるか?」

「.........どういう意味ですか?」

「ほら、最近はよく飲みに行ってるんだろう?」

 

ライブラの面々は各々口にしないもののレオとチェインがだいぶ親密であることをそれなりに理解している。もちろんどっかの性欲猿以外は大人なので別に邪推はしたりしていない。男女間の友情は果たして存在するのか?継続できるのか?という問いは太古からあるがまぁ別にそこまで深入りする気がないのは確かなので誰も何も言わない。

しかしそこからこのチェインの異常事態はとうとう仕事に影響が出始めていた。始めるも何も2週間前からだいぶ怪しいことはわかっていたのだが。

 

「最近は行ってないですね。」

 

いつものフレンドリーな明るい印象はなく彼もまた普段どおりではないことは如実にわかる言い方だ。

 

「何かあったのか?喧嘩か?」

 

スティーブンとしては仕事が滞るのは困るし、BBを倒すことにおいていつ出動がかかるかもわからないので隊員2名(その中でも名を視る重要な役目がひとり)の調子が悪いままを頬っておくのはまずいのである。

しかし今回においてそれは地雷だ。

大切な人の想い人から大切な人とのことを取り持たれる。

それがどれほど侮辱的なことなのかわかるだろうか?もちろんスティーブンは悪くない。これはもっと細かい人のどうしようもない部分の話なのだ。

 

「なんでもないですって。」

「.......そりゃあ俺は関係ないかもしれないが、このまま戦闘でなにか失敗したときは危険だ。」

 

スティーブンは引き下がらない。

なぜならただの喧嘩だと思っているからだ。

しかしこれは喧嘩ではない、喧嘩ですらないすれ違いでだからこそそれ故にデリケートな部分なのだ。これがたとえクラウスだろうとツェッドだろうと安々と触れれるものではない。

それをあいにくレオの意識先のスティーブンがあたってしまったのは完全に運が悪かったのだ。

 

「なんでもないって言ってるじゃないですか!!」

 

その叫び声はレオ自身も驚いていた。

レオが怒る時、怒鳴るときはいつも人のためだ。仲間が傷つけられたときだ。自分が無力で自分に怒りを持ったときだ。しかし今の叫びは違う。

自分の小さくて柔らかくて脆い「心」を守るために出た反射的な拒絶だ。

だがその慟哭にスティーブンもまた驚いていた。

これほどレオが怒ったことなどあっただろうかと考えるが記憶を探す必要もないくらいに「NO」だ。彼はいつも高潔で、真面目で、優しい。

誰もが彼を悪く言う人などいないだろう。

だがそんな彼があろうことか上司に怒鳴り散らす。

スティーブンは怒鳴られたことへの一般的な怒りなど考えるわけもなくむしろレオを心配する。

 

「すっすまない。何か........気に触ったか?」

「........すみません、僕が悪いんです。」

 

何が悪いのかを聞きたいスティーブンだったが何を言って良いのかわからない。無言の時間が解決してくれることもあるが、それでもいうべきことがすぐ出ない自分にスティーブンは自嘲気味な笑いが出てしまう。

運が悪い。

 

「........笑い事じゃあないんですよ。」

「いや今のはっ.........。」

「僕はスティーブンさんほど要領は良くないし、見た目も、かっこよさも無い.......。」

 

その言葉にスティーブンの思考は一瞬で冷める。血凍道など必要ないくらいになんとなく状況が読めてしまった。レオ、チェイン、スティーブンで出来上がる相関関係などわかりやすいものだ。

スティーブンは知っている。

自身がチェインに想いを寄せられていることに。

レオは知っている。

スティーブンがそれを気づかないふりしていることに。

別に迷惑だとかは思っていないし、男として嬉しいというのも否定はしない。しかしスティーブンは世界にこの身を捧げ、世界の秩序が保たれ、一段落つくまでは身を固める気などない。そしてなにより自分が真っ黒の黒に染まってしまっている自分が彼女の想いに応えるのは、幸せになるのは世界に対して冒涜だと諦めていた。

だからこそ最近彼女がレオと仲良くしているということに気づいてからは肩の荷が少し降りた気がしていた。

 

「自分で戦うこともできないのに.........貴方はっあろうことか僕がチェインさんと結ばれればいいって思ってますよねっ!?」

「っ!」

 

その言葉にスティーブンは警戒心が高まってきていた。

なぜそれを知っている?なぜその答えに至った?

彼の眼はそこまで見通すとでもいうのか?.........ありえない。

スティーブンは目を細める。

頭の中では苦渋の決断ではあるが数%レオを処分した時の戦力低下すら視野に入れている。

 

「ええ僕は知っています。もちろんそれについて何もいう気はありません。.....危ないことをひとりで背負ってほしくないという気持ちはありますが。」

 

その言葉でスティーブンは自分の思い違いに恥を感じた。同僚をなんの躊躇もなく疑う自分に嫌気が差す

 

「でもっ僕が貴方を許せないのはっ」

 

レオはスティーブンに詰め寄る。

スティーブンは反射的に間合いに入ってきたレオに足裏のクイッと上げていつでも発動できるように準備するがそれは杞憂だった。

レオは身長差からか胸ぐらをつかむことはできずとも胸元部分のワイシャツを掴んで上に引っ張る。

 

「チェインさんの話も聞かずにっ!.........チェインさんの真摯な気持ちを受け取らないで「自分はダメだ。」と、「自分には資格がない。」と、勝手に諦めてるところだっ!」

「............。」

 

スティーブンは虫唾が少しだけ走った。

彼もまた人だ。わかったようなことを言われるのはムカつくし苛立つ。

 

「...........僕には何を言われているのかわからないけど。」

 

それはちょっとしたジャブで威嚇だ。だがレオには十分でもある。舌戦だって彼は得意でレオに勝ち目など無い。それでも震える手をゆっくりと話してレオは少し引く。

 

「すみません。わがままだと思います。」

「..........そうだな。」

「でももし...........もしその時が来たら僕が言ったこと......思い出してくれますか?」

「..........ああ。」

「..........生意気なこと言ってすみません。暴力もすみませんでした。」

「気にしていない。なかったコトにする........仕事にもどれ。」

「はい。」

 

レオは申し訳無さそうにそして不服そうに体を翻して執務室を出る。

彼が出て言った後スティーブンは近くの椅子に脱力するように座る。

 

(レオが......あんなふうに怒るところを始めてみた。)

(一瞬だけたじろいでしまったのは俺がまだまだ未熟なのか.......それとも彼が強かったのか。)

(......両方.........か。)

 

スティーブンは崩れたワイシャツを戻してパソコンに目を向ける。

一通り問題が解決したとは言えないが、理由はわかったので良しとしよう。という気分だった。ただこの先より悪化するようなら、とスティーブンは気を引き締める。

仲良くしている同僚からの真摯な怒りはやはり彼でも堪えるのだ。

コーヒーを仰いだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

考えてみてほしい。

例えば喧嘩している相手がいて、相手がどうして怒っているのかわからない時。やはり相手の動向が気になるものだ。誰だってなにか理由が聞けそうなときは近くにいてこっそりと聞きたい。

透明になれるのなら良いし、体重がなくなって音が立たなかったらなお良い。

そんな存在はふつういないが。

ここは普通じゃない街、ヘルサレムズ・ロット。

 

「.............................。」

 

執務室の窓には見えない何かがいて、今まるでその場を後にするかのように地面を蹴る音が窓からした。その音にスティーブンもまた気づかなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

その日の夜、レオは飲み屋で酒を珍しく飲んでいた。

本来そんななりでヘルサレムズ・ロットの酒場にいればまず犯罪に巻き込まれるが、この店はチェインとよく来ている店で、レオの顔を見るやいなやみんなへいこらして去っていく。

理由は明白でレオに絡んで金をすった連中は軒並み心臓発作か内臓破裂で死んでいるからだ。暗黙の了解でレオには手を出してはいけない仕様になっている。

 

「マスター......会計お願いします。」

「......今日はご一緒でないので?」

「......はい。」

 

レオはそんな話をしながら店を出て帰路につく。

お酒のせいかいつも見ているヘルサレムズ・ロットは七色に光っていて自分の気分とは天と地ほども差があり苛ついてしまう。

最近ソニックもどこかへ行っていて見かけないが、自分がこんなに荒れているとなんとも周りは冷たくなったように感じてしまう。

寂しい。とレオは思った。

レオが部屋につくと隣の部屋は電気がついていて、チェインが帰ってきていることがわかりなんとも複雑だった。

昼に上司に感情的になって怒鳴ったのはまずかったといつもの2倍お酒を飲んでいたが帰り道をゆっくりと歩いてきてしまったがためにもうほとんど酒が抜けてしまっている。

 

「最悪だ。」

 

レオはベッドに横たわる。

どうして自分はこうなのか。短絡的で直情的で、スティーブンに迷惑をかけて......と自分を責める考えがぐるぐる頭で生成される。

 

「仕方ないじゃないか。好きなんだもの。」

 

がたっと部屋の隅の観葉植物が揺れる。

レオはなんとなく意識を向けるが、義眼で視ることもなくいつものギガフトマシフの地震か何かかと思って無視した。

 

「僕はスティーブンさんほど強くもないし、かっこよくもないし。チェインさんと釣り合うわけ無いじゃん。」

 

がたっとまた部屋の隅の棚が揺れて、ギガフトマシフへのいらいらが貯まる。

 

「チェインさんはナイスバディーだし、面白いし、時々理不尽だけど優しいし。いろいろエロエロだしははは。」

 

がたがたっと机が数センチ動いて、「横揺れかー。」と納得する。レオは普段言わない自由で失礼極まりない発言に笑えてきてしまって声を漏らす。

 

「僕だって男ですよ。所詮仲のいい友達程度かもしれないけど.........エロい目で見ちゃうし。」

「それにチェインさんもわかっててやってるでしょ。」

「でも.........楽しかったなぁ。」

 

レオは最後にすごく思い出深い気持ちでつぶやく。

チェインと大爆笑したり、ときにザップと殴り合ったり、戦闘で助け合ったり、酒飲んでゲームして、遊んで。

そういう日々が楽しかったのにつまらない自分の意地でその日常を壊してしまった。

そう思うと自然と涙がこぼれ落ちる。

レオにとってそれほどまでにチェインの存在が大きくなっていたのだ。

妹の眼を取り戻すために来たのに、何をやっているんだと辛くなる。

苦しい。

 

「ごめんなさい..........チェインさん。」

 

そのつぶやきはとても小さい声でかなりかすれた言い方だった。

もう眠くなって独り言を言う気力もなかった。

ただただ「無」。

何もしたくない。何をしても自分が悪いんだと思ってしまう。

いっそ誰かを責められたら楽だろうに、と。

 

「私こそごめんね........レオ。」

 

レオは青い義眼を限界まで見開く。

暴れたり取り乱したりしない。

声が聞こえたのは耳元で、それこそ驚く気力もなくただただ優しい声に落ち着いてしまったためだ。

なぜ彼女がそこにいるのかなんてわからない。

でも今は目が冷めてそれでいて落ち着きを持てていた。

 

「.....いたんですね。」

 

レオは責めるわけでもなく、怒るわけでもなくどうすれば良いのかわからなかった。

ただ背中から手を胸辺りに持っていかれて後ろから抱きつかれたまま寝ている状態なのでなんとも冷静でいられなさそうだが。

 

「レオ..........今ね。言ってきたよ。」

「どういうこと..........ですか?」

「スターフェイズさんに言いたいこと、思ってたこと............。」

 

その言葉にレオは驚く。

そして察してしまう。

レオとスティーブンの話し合いが聞かれていたのではないか?と。彼女であれば可能だと誰もが認めるだろう。

 

「フられちゃった。」

 

息を呑むなんて表現はありふれているが息ができない。大切な人の一大事には呼吸なんて忘れてしまう。

なんて言えば良いのかわからない。

ただ何も言わないという選択肢はない。

 

「...........明日、どこかケーキバイキングでも行きますか。」

 

それくらいしか思いつかなかった。それが正しい答えだとは微塵も思えなかったレオだが、それで苦しさや悲しみが少しでも薄まってレオに怒りをぶつけてもらえるなら良いと思っていった。

 

「ふふ.......なにそれ。」

「いや.......まぁ、その。」

「いいよ。...................わかってる。」

 

レオは自分の至らなさに先程の自責の念が再燃しそうだった。

 

「レオは優しいよ。」

 

吐息がかかる声で囁かれる。

涙が出そうになる。

たった一言。

その言葉がどれほどの言葉かチェインはわかっているのだろうか?と思ってしまうほどレオは顎がムズムズした。涙が出そうになる。

大切な人からの真摯な称賛の声は純粋な嬉しさと受け入れやすさを内包している。自責の念に押しつぶされそうな人を救えるすごい言葉だと思う。

 

「僕はチェインさんに身勝手な態度を.......…」

「それは私が傷つけたからでしょ?」

 

チェインは最初レオが何を気にしてああなったのかに気づけていなかったそれでも今日の朝その答えを聞いて自分が何を言ったのか気づいた。

別段一般的にちょっとした言葉が相手を傷つけるなんてことはよくあることだ。それでも相手を傷つけてしまったのなら謝るべきだ。

 

「別にレオがダメって言ったわけじゃなかったんだ。むしろレオは優しいし気遣いができて、........とっても強い男だよ。」

「僕が............ですか?」

「そう。確かに........物理的な強さはないけど、強さってそれだけじゃあないよ。」

「そう..........すかね。」

「そうだよ。」

 

レオにとっては単に男として物理的な強さに憧れ持っているだけなのかもしれない。それだけ思うとどうにもおかしなことで怒っていたと思えてしまう。

チェインはレオの背中に密着する。

チェインの大きな胸が背中に押し付けられてこんな場でもムラっときてしまう自分が恥ずかしいレオ。

 

「レオ、スターフェイズさん。ちゃんと「俺は今世界の均衡を保つために戦ってる。だからすまない。

とても嬉しいけど俺は、この人生で結婚する気がない。」って言ってくれた。」

「「俺には付き合う資格なんて無い。」とか「君は俺を知らないから。」とか言われなかった。言われたら...........悔しかった。だから、」

 

チェインはサイド口をレオの耳元にギリギリまで近づけて優しくはっきりと伝える。

 

「ありがとう。レオ。」

 

それはどうしようもなく涙が出る一言だった。

ガラスの弾が割れるように、ヒビが入るように、中から液体が溢れ出る。

透明な液体がどんどん出るたびに枕が濡れていく。

スティーブンに負けた悔しさ、大切なチェインが言った心からのお礼、自責の念の解消、そして帰ってきた2人だけの信頼。

レオは胸に回された手をにぎる。

すべすべで細長い、身長の割に小さい手。

指と指の間に指を合わせて絡め取る。

 

「何泣いてんのよ...ふふ。」

「笑わないでくださいよぉ。」

 

レオはぼんやりと光る群青の眼球から止まらない涙を流しながら「ははっ。」と笑みをこぼす。

面白おかしいのだ。

大切なことだし、悲しかったし、辛かったし、怒った。

けどいま笑えたならそれはきっと良かったことで、間違ってはなかった。

行き詰まったり、進めなかったり、光を見つけられなくっても間違えなかったのだから御の字だ。

チェインはレオの髪と頭に顔を近づけてぐりぐりする。

 

「風呂入ってないんで.......。」

「大丈夫.............................いいにおいだよ。レオだね。」

 

それはまるで自分はこの場所にいるべきだと宣言しているかのように穏やかでいい声だった。彼らの距離はもう無く、ずっとくっついていられる。

レオは照れくさくって、なんだかもじもじうずうずしたが、やっぱり心地よかったので足でふくらはぎを掻くだけでおわらせる。

レオとチェインは最上にいい気分だった。

 

 

 

 

 




というわけで仲直り回&イチャラブの最大の障害を片付ける回でした。
多少強引な展開でしたが納得していただけると幸いです。

次からガチエロ書いなのでR-18になります。
純愛でエロ無しを望んでいた方は申し訳ないです。


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第9話 どこまで相手を受け入れることができるか?

というわけで今回からR-18要素が入ります。毎回ではないです。
純愛非R-18を望んでいた方は申し訳ありません。
ではどうぞ!


 

 

 

 

 

レオは不意に鼻腔をチェインの華やかな匂いと少しの汗の匂いで充満させられて興奮してしまう。

「失礼だ。」と思う。

でも男として後ろから抱きしめられるのはなんとも滾るものがある。むしろ何も思わないのであれば枯れているか、よほど達観しているか興味ないかだ。特にチェインは胸部が大きく、抱きしめられてしまえばブラジャー越しとはいえ意識してしまうものだ。

 

 

友を性的な目線で見てしまう。

これは本当に低俗で失礼な事だろうか?

まぁ十中八九無粋ではある。しかしそういう風に見てしまう相手のことをよく理解して受け入れることができる間柄こそ真の友と言えないだろうか?

相手の完璧でないところ、醜いところ、弱いところを共有できる。許容できる。そういう見識の広さと器の大きさが「信頼」を生み出すのだと思う。

もちろんああだこうだと言ってはいるが結局性的興奮を覚えているだけなのだが。

 

 

レオの不幸としてはここ最近ふて寝ばかりで全然自分で抜いていなかったことだ。レオは正直毎日、または2日に1回は抜いておかないと日常生活で支障をきたすくらいには性欲旺盛だったりする。

ここ最近排尿以外で性器をさわることなどなかった。それが2週間。

しかも今はまさに大切な友が背中で密着して吐息をかけてくるというのは、我慢強い彼でも難しい。

しかしレオは襲うことなど絶対しない。少なくとも今日は。

なぜなら、常識的に考えて失恋した女性をその日に抱くというのはなんとも最低な行為だとわかっているからだ。付き合ってもいないのにそんな事を考える自分にまた嫌気が差してしまう。

けれども体は正直で、レオはチェインと向かい合ってなくてよかったとつくづく思った。

向かい合って密着などしたらすぐわかる。

 

「ねぇ………。」

「はいっ?」

 

突然真っ暗な部屋で声をかけられる正直吐息だけでしばらく喋らなかったので寝てしまったのかと思っていた。

レオはとっさに体をくの字にして勃起をばれないようにする。

 

「人狼ってさ………まぁ名前の通り狼なわけでけっこう鼻が効くんだよ。」

「………はぁ。」

「まぁ……だからさ。」

 

レオはチェインが何を言っているのかよくわからなかった。ただ意味ありげな言い方でチェインがもぞもぞとし始めたので受身の姿勢で受け入れる。しかしそれは意外な動きだった。

 

「レオってこういうときでも興奮するんだね、やらしー。」

「はぇっ!!?」

 

レオにそう言いながらチェインはレオの股間に手を添え始める。

胸板に持ってきて手をつないでいた手はいつの間にかレオの大事な部分に添えられていて、レオは驚きと敏感な部分を触られた反射で体をよじる。

 

「なっにしてる……んすかっ!?」

「なにって……ナニだよ。友達が苦しそうにしてたら助け合わないと。」

「いやいやいやいやっ!」

「てかレオ硬った。随分溜め込んだ感じ?」

 

チェインはナニも動じることなくレオのズボンのベルトを外していく。この手慣れた感じはいわゆる場馴れしているかしていないかの差であった。童貞と非処女だ。ノリが違うのは当然である。

チェインはレオのパンツ越しのひどく硬い棒を触り続ける。

ズボンを下ろした瞬間に人間にはわからない程度の臭気が立ち込めてチェインは目を白黒させつつもパンツもおろしてしまう。

レオは半ば諦めと期待で動くことはなかった。

 

「レオって……結構あるね………まじもん?」

「天然モノです………。」

 

レオの性器はある程度離れしているチェインでもちょっと引くレベルだった。

竿の長さは目算でも20cmを越していて、太さも4cm。そして極めつけは反り返りだ。

まるで90度に完全に曲がっていると言えそうなくらい上に反り返った性器はなかなかお目にかかれない。

実際は110度ほどに曲がっていて竿には幾重にも太い血管が浮き出ていた。アダルトビデオで視る黒人の性器のようだったがレオの体格から考えて性器だけ移植したのでは?と思えてしまうほど凶悪だった。

チェインは若干引きつつもここまで来たのだからと優しく手で包む。

 

「ふぅっ………。」

「だいぶ硬いけど……痛くない?」

「いえっ………気持ちっよく…て。」

「そ……良かった。」

 

しかしながら、レオは背面からチェインにされるのがなんとも屈辱的に思い、レオ自身もチェインを見たいと振り返る。よって体を反転させて向き合う形の体勢になった。

目を見開いてしまう。

チェインは驚くことに一糸纏わぬ姿だった。

おそらく存在希釈して服だけ透かしたのだろう。ベッドとチェインの間には潰れたスーツがあった。

レオは目を奪われてしまう。

想い人が、大切な友達が、生まれたままの姿で自分の横で寝ている。しかも性器を愛撫してくれている。これほど興奮しながらのリラックスはあり得るのだろうか?

チェインはゆっくりとペニスを擦るのを続けながら恥ずかしそうに目をそらす。

 

「なに?」

「いえ…………きれいだなって。」

「正直でよろしい。………レオも綺麗だね。」

 

チェインが言葉で指したのはレオの義眼。

青く輝き、何者でも見透かしてしまう神々の義眼。

たとえどんなに自分が存在希釈しても見つけてくる怖さと期待がある。

 

「そっそぉすか?」

「うん。綺麗。」

 

綺麗なものに特別な関心を持つことなどなかった。

役に立つものとお酒さえあれば、おめかしもいらないし、可愛い服なんてあっても着ない。それでも彼の目は惹きつけてくる。

少し猟奇的ではあるけれど、繰り出して両手で大切に包みたくなる。そうチェインは思った。

チェインは普段見せない慌てた顔をしながら、顔をほんのり赤くさせてすねたように唇を突き出していた。

転じてレオは目の前に展開された2つの大きな果実に眼をどうしても吸われてしまう。健全な男子であれば当たり前だ。

 

「見すぎでしょ。童貞。」

「いやぁ……その。」

「好きにしていいよ。好きなんでしょ?男は。」

「でもっうっ!………こんな日にっ。」

「良いんだよ私がしてあげたいの。減るもんじゃないし。」

 

レオが何に気を使っているのかなんてすぐにわかってしまう。

悲しいし、悔しいとチェインは思った。でもそれ以上に「あー……私は大切にされているんんだね。」と思えて嬉しくなる。

久しく感じていなかった温かみだ。

チェインは右手でレオの極太性器をさすりながら左手でレオの腕を掴んで自分の胸へ持ってこさせる。

ここまで強引にしなければならないチキンな友に多少馬鹿馬鹿しさと情けなさを感じてしまうが、童貞にはきついかもしれないと割り切る。

 

 

チェインはそのまま抵抗することなく、レオの性器を撫で回し、時に手のひらで鈴口を優しく擦り、時に親指と人差し指の腹でカリ首を刺激して、左手で陰嚢を優しくなで揉み上げる。

 

「ふぅおっ!」

「気持ちいい?」

「はっい゛っ!」

 

レオは余裕がないと言った表情で息を荒くしてなんとか耐えているようだった。

くる前に整えた爪先でレオの尿道口を痛くない程度に優しく刺激して、人差し指と中指で裏筋の尿道を強く押しながら根元から先端へ手を滑らせる。

外的要因から尿道を潰され、先端から透明な液体がとめどなく溢れる。

 

「うぉ゛。」

「おっ出てきた。」

 

何度も尿道を押されてそのまま乳搾りのように動かされてカウパーを大量に分泌したレオのペニスはそのままそれを潤滑剤として入念にペニスとチェインの右手の間に練りこまれる。

 

ニュッジ♡ニュッジ♡

 

布団の中で多少音は抑えられるものの、いやらしい音が部屋の隅から発せられる。もし仮にこの部屋に誰か他の人がいれば気づくくらいではあった。

チェインはそのまま滑りの良くなった動作に回転を加えて速度を速める。

時折根元を強く握りながら、反り返りと逆方向に傾けることで血液を海綿体にたくさん入れさせて硬度を高めたりもした。

チェインもものすごくムラムラとはしてくるものの、今は目の前で顔を真っ赤にして耐えている友人に性的上位に立つ興奮を覚えてノリ気が増す。

 

「ちぇっチェイン……さっ……。」

「痛い?」

「………いやっ……。」

 

レオは性器を手で愛撫されつつも、男として胸への探究心は捨てられずチェインの大きな果実に指を沈みこませる。

程よい弾力と重量感のあるチェインの乳房は「ずっと触っていられる」と思ったレオ。そのまま若干埋もれている乳首を両人差し指の腹で優しく撫でる。

 

「んっ……………やるじゃん。」

 

チェインの経験上、男は胸を見れば己が欲で強く揉みしだいてこちらのことなど考えもしない態度に出ることが多かった。実際童貞もがっついてきて仕方ないかな?とは思っていたがどうやらレオは元来の気質からかひどく優しく………ねちっこかった。

レオはそのまま直接乳首に触れることはなく乳輪周りを優しく触ったりつねったりしてなかなか乳首には触ろうとはしなかった。

彼は単に「いやぁっ!待て待て!がっつくなっ!チェインさんが痛かったら嫌だっ!」と脳内で多重会議をしていただけなのだが。

 

しかしやはり年季の差はあって、チェインは負けじと痛くないギリギリの強い刺激を親指と人差し指の間の水かきでレオの竿と亀頭の間の高いカリ首を、ぐりゅんっと通過する。

レオはたまらず体をくの字にして悶える。

咄嗟にレオとチェインの顔が数センチもない程度に近くなってお互い顔を真っ赤にしてしまう。(どちらもすでに十分真っ赤だったが。)

レオは恥ずかしくて目を反らすが、その反面勇気を出して頭をより前に出す。

コツンっとチェインのおでこにレオのおでこが当たって鼻先がわずかに触れた。

しかし唇が触れることはない。

 

 

チェインは驚きと恥ずかしさと、少しの寂しさと、安心の気持ちが混ざり合って右手を早くする。

レオの睾丸はすでにせり上がっていて彼がだいぶ我慢しているのは左手でだいぶ分かった。

中指と薬指の間に竿を挟み込み、尿道口をグリグリと親指の腹で刺激する。

 

「うっああぁっ………ぼくっも……おっ!」

 

レオは精管膨大部に大量にためた精液をついには止めることができなくなってしまい、射精管を大きく押し広げながら精液が突き進んでいくのを一泊遅れて感じ取る。

チェインはそんな彼のことなど知るよしもなく最後の一息だと、カウパーを手のひら全体に塗りたくって手淫の速度を大幅にあげた。

真っ赤に充血した亀頭、射精直前に一回り大きなった竿でチェインはすぐに左手を射精の軌道上に持っていく。

 

「でっでるっ…………射精ますっでるでるっでぇ゛っ!!」

 

ごびゅるっぶびゅっ!…………ぐびゅるっ!………ぶびゅっ……びゅっ!

 

勢いよく出された精液がチェインの左手の掌にぶち当たって彼女の手を犯す。

あまりの射精量に指の隙間や掌から溢れ、チェインの太もも付近にまで飛び散る。布団の中で充満するおびただしい雄の匂いでチェインは鼻をつままれたような陶酔した気分に陥るが、びくびくと大きく震えるレオのペニスを放す事はなかった。

そのままいくばくか遅れた射精を待った後、チェインはぼーっとする視界と意識を再度覚醒させてレオの竿に添えた右手を動かす。

射精直後は敏感になっているので特にカリあたりには触れないようにしながら、尿道の根元を親指で強く押しながら先端へと滑らせる。

 

「う!?…………ふぅ゛っ!」

 

カリほどではないにしろ敏感な尿道を潰されて声を漏らしてしまうレオ。

そんな彼に構う事なく、尿道に未だ残っている精液を強制的に排出させる。

 

ぴゅっ………ぴゅる………。

 

チェインはそこ最後の精液も左手でキャッチするとカウパーでダラダラになった右手の甲でなんとか布団を持ち上げて布団に精液がつかないよう己の体だけ外に出す。

布団の中で熟成されたレオの雄の匂いに少々気持ちが引っ張られるが、そのまま両手にベトベトについた精液を薄暗い部屋でまじまじとみる。

特に左手の精液はおおよそ人種が出したものとは思えない量と質ではある。

いやもちろん流石にチェインも人型以外の異界存在としたことはないが、それでも異常な量だった。

 

「レオって人?」

「はふぅっ…………人っすけど。」

 

射精を終えて、息も絶え絶えなレオはなんとか返事を返す。

チェインはまじまじと顔に近づけてレオの精液を確認するが、単に量と質がいいだけで別段普通の精液だった。もしかするとだいぶためていたのかもしれない。

そのままチェインは部屋のティッシュで手を拭って、ゴミはポイっと投げ捨てる。

 

「うわぁ……濃くって精液取りづらいなぁ。」

「すみま………せ……。」

 

レオは急激に眠気に襲われて意識を失ってしまう。

当然といえば当然で、彼は最近眠れておらず、かつ射精したことで脳内に睡眠作用のある物質が分泌されて眠気が急激に訪れる。

そのことはなんとなくチェインも理解しているので、小さなため息をついて、チェインは手を綺麗にすると再度レオの布団に一緒に入った。

チェインも最近眠れていなかったため、布団に入ってしばらく寝ているレオを見ているといつの間にか意識は薄れていった。

 

余談だが彼らはこれ以上ないくらいいい笑顔でぐっすりと寝てしまい、翌日2人とも遅刻するという末路を辿る。

 

 

 

 

 

 




本当は今回で本番まで行きたかったんですが、ゆっくりと歩いていく感じの方がいいかなって思って手淫だけにしました。若干Mっぽい感じですがこれからはまたいろいろ変わるので。
どうしても私がR-18書くと下品な表現になってしまう感じですが、ご容赦ください。
それとだいぶ人外設定になってしまうかもしれませんが、それはご愛嬌ということでどうか。

次の投稿はどうなるかわかりませんがまだ続きますので、よければ感想などいただけると幸いです。


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第10話 信頼は積むもの

お久しぶりです。
ブブキブランキをニコニコのコメントありきで見たくなる→dアニメストアニコニコ支店に入る→コメント全然なくて悲しい→コメントあるアニメ探す→血界戦線人気だしあるやろ→めっちゃコメあったーやっぱチェインかわいいー、という流れで久々に短いですが投稿しました。
自分の投稿した作品を読み返してると「あれ?結構俺書くのうまいのでは?」と自画自賛し始めて勢いで書いたので新しい展開はないですが、後日談と日常回を少し。

最近はずっとピクシブやFANBOXでアダルト小説を書いていたのでハーメルンはずっと読む線になってしまっていましたが久々に見るとコメントがあって嬉しいですね。

では軽い読み物をどうぞノシ



 

 

 

 

 

長閑な空気と、鼻につくにおいが混在した風が執務室に入り込む。

スティーブンがもった今日の連絡事項を記す紙がかすかに揺れ、暖かい日差しが後光のようにライブラの面々を包み込む。

今日はレオとザップの2人組で巡回の予定ということを告げられて、だらしない返事をするザップに対しレオはハキハキと「りょーかいです!」と返していた。

 

レオがスティーブンに突撃してから2日。

ゆっくりと時間をかけてレオの調子も、チェインの調子も戻りつつあり、ライブラのいつもの雰囲気が戻る。連絡事項の通達が終わってから、レオはザップの元へ足先を向けた。

ソファーにだらしなく座り、端末をいじっている彼は朝礼中もその姿で不遜な態度であったが3日ほど前までは実はだいぶおとなしいものだった。

 

「おー陰毛あたまぁ〜。いくぞー。」

「行くぞーって言いながら動こうとしないじゃないっすか。」

「そりゃあれだよ。お前の自立を促してんだよ。」

「馬鹿なこと言ってないで行きますよ。」

 

レオはザップの放り出された足に軽く手を叩くと、「先行っててください。」と真剣な面持ちで言った。

普段軽薄な態度で知られるザップも何かを感じ取ったのか、大人しくため息を吐きながら執務室を後にした。

レオがザップを遠ざけたのは当然理由がある。

普段椅子で作業しているクラウスも今日はいない。

部屋には長身の頰に傷のある男と、レオのみ。

 

「……………なにか、俺に用かレオ。」

 

飄々と、それでいてどこかレオの言いたいことに予想つけた態度で机にそっと紙を置く。

スティーブンはまだ朝にも関わらず、普段のビシッとしたスーツ姿をほどき、ネクタイを緩めていた。

しかしスティーブンが危惧することは起こらなかった。

レオが頭を下げたのだ。

綺麗な90度の角度でスティーブンに頭を下げ一拍置いた後、大きな声でハキハキと伝える。

 

「すみませんでした!!」

「……………。」

 

スティーブンは少しだけあっけにとられてから窓の外をちらっと見て苦笑した。

もうその笑いがここにいる誰かの勘に触ることなんてことはなかった。

 

「………そうだな。」

 

責める言い方ではない。

ただ安易に否定するのではなく、レオを思い、尊重し、労わる声音でつぶやく。

 

「ガキみたいな考えでスティーブンさんの個人的な考えを………オレ……。」

 

なんと言えばいいのか、どう言えばいいのかうまく言葉にできないレオ。しかしここは年の差か、ちゃんとスティーブンはわかっている。

だからこそ怒ることはなく、かといって年長者という立場をとって見下すわけでもない。ただ1人の同僚として一助になればと、語る。

 

「決して………間違ったことは言ってない。お前も、後悔はしてないんだろ?」

「…………はい!」

 

迷いのない返事。

スティーブンは多少、殴られる覚悟で望んだのにも関わらず、なんとも澄んだ想いだと思った。レオがその後のスティーブンのことを知っているかどうか、スティーブンには計り知れないが、もし彼と彼女が真に友としての間柄を保っているのなら……。と思う。

 

「お前に言われなければ、変な言い訳をして傷つけたと思う。」

「………はい。」

「茶化して、信じもしなかったかもな。」

「……。」

「だから俺は礼を言いたい。」

「……。」

 

スティーブンは尚も床に顔を向けるレオの肩に手をおいて、反対の手で頭をコンッと軽く叩く。少しだけむず痒さもあるが、どんなに硬く取り繕ったって、自分は子供の延長戦でしかないんだとひとりゴチるスティーブン。

 

「レオ、未熟な俺を気づかせてくれてありがとう。」

「!……………そんな、はは。」

 

自嘲気味に笑い、自分は何もしていませんよと笑いかけるレオにスティーブンは、初めて彼を見たときのことを思い出した。

幼く、陽気で、どこか抜けていて、誰がどう見ても一般人な彼をひどく警戒していた自分。ライブラが務まるのか、彼がまた新たな火種にならないか?その考えだけが渦巻き、いつでも処断できるように私設部隊に動いてもらっていた。

だがゆっくりと彼自身の覚悟を見続けて、それが間違いだと、改めるべき見方だと思うようになった。

それでも、どこか。

レオやそれ以外の面々に対しても何か気を張り巡らせていた。

はたから見れば一つの恋路の話に過ぎないが、スティーブンにとっては最後の1ピースではあった。

レオがスティーブンに対して言った言葉の中には、彼が隠し続けていた事実のことにも触れられていた。すぐに冷静になる思考と、準備する脚。

しかし、自分は甘かった。

同僚たちの覚悟を。

レオやチェインも気づいていたなら当然クラウスだって気づいている。

スティーブンは自分がやっていることはとてもクラウスに顔向けできるものではないと考えていたが、それはある意味スティーブンがその悪を悪だと知っているからこそ隠せる事実だということ。

気づいた上で信頼されていたのだ。

そのことをレオによって気付かされた。

結局自分は誰1人信じられない臆病者だった。目の前の誰が見ても一般人にしか見えない青年よりも幼い。子供だった。

 

「まぁ、なんだ。大丈夫なのか?」

「えっ…ああはい。仲直り?はしましたよ。」

「じゃあ、ある意味俺の尻拭いしてくれたみたいなもんか。」

「えぇ……まぁ?」

 

あははと笑い、肩を叩き合う。

おおよそ、普段のレオとスティーブンには見えない。しかし確実にいい方に向かっている現実は誰が見ても明らかだった。

人狼が見ていてもにやけただろう。

窓がカタリと揺れ、強い風が吹いた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「おえぇー。」

「いやいやまた何してるんですか。」

 

時は夜、場はチェインの家。

トイレで吐くチェインの背中を軽くさすりながら、洗濯物の仕分けを行うレオ。

チェインはトイレに突っ伏したまま返事もしない。

今日は任意の半径(最大10km)を削りとり、そのまま削り取った質量を大気圏から叩き落とす術式を使う存在と相対した。当然BBだったのだが、レオが削り取られる空間に飲み込まれギリギリのところでクラウスに真名を伝えたところで消し飛んだのだ。

ザップは場違いにも「あああっあの陰毛財布がああっ!」と叫んでいたところで、レオがテレポートされる。

高速で落下するレオ。

どうあがいても死。

そもそも人体は重力加速度的にどんどん加速していくと、途中で空気に皮膚を削り取られて分解していく。どこかでブレーキをかけなければならない。

チェインはとっさに飛び上がろうとするが、スティーブンとクラウスから待ったがかかる。

レオの落下速度が速過ぎて触れるだけでも危ないのだ。

柄にもなくスティーブンの前ですら舌打ちするチェイン。

しかしレオの体が限界を迎える前に、ツェッドが血法で減速、ザップが網ではなく、トランポリンのような薄い膜でキャッチしてことなきを得た。

問題はこの後。

レオの無事でライブラの面々は一安心したのだが、いつもよりさらにテンションをあげたチェインがレオを2次会、3次会、4次会と引っ張り回している最中、またもチェインを知らずに酒で賭け事を持ち込んできた馬鹿が出てきたのだ。

結果は当然チェインの勝ちなのだが、馬鹿が予想以上に粘って(イカサマ)、結果普段よりかなり深酒したこともあってチェインは早々にトイレの住人になった。

チェインは大酒飲みだが、アルコール度数が100%を超えるこのヘルサレムズロットにおいてそれは時に分解を追いつかせず、二日酔いと吐き気を起こす。(もちろんそれで済んでいるのはすでに人外じみているが。)

 

「飲み過ぎですよぉ。」

「うぇっらっあるれええろっ………おろろろろろっろぉ。」

「何言ってるかわからんのですが。」

 

レオは目線を落とす。

黒い下着に、薄すぎる上着。下はパンツ一枚。

髪に吐瀉物がかからないように後ろでまとめてあげるレオ。もはや月末の恒例行事だ。いささか目のやり場に困るが、友人の気分が最悪なのはレオにとっても最悪で、さほどムラムラとはしない。

 

「ミネラルウォーター取ってきますね。」

「らんるぉー…………。(意訳:サンキュー)」

 

トイレの扉を閉めて冷蔵庫に行く。

とても口に入れられる状況ではないのは確かだが、少しでもアルコール分の希釈と、口の中の胃液の洗浄をするべきだと常に冷蔵庫には水を入れてある。

水道水でもいいが、インフラがあまり信用できないヘルサレムズロット。

レオは端末を取り出してメッセージアプリを起動する。

送信先はフェムト。

送信と同時に既読がつき、少しすると窓からコンコンと音がする。

目を向ければ、人の上半身ほどのサイズの羽虫が足に小箱をくくりつけて飛んでいた。

レオは窓を開けて箱を受け取る。

用は終えたと素早く闇夜に消える羽虫に軽くお礼をいうと、レオは窓を閉めて鍵をかける。

一瞬だけ窓が光り、結界が再展開されたことを理解する。

箱の中には透明なラップに包まれた1錠の薬と、小さな紙切れが。

 

「『いつものだよぉ?支払いは今度でいい。』か、ありがてぇ。」

 

レオの隠された友人からの箱だ。

レオは両目を展開する。

友人を疑っているわけではない。もちろんいたずらで変なものを送ってくることはままあるが、こういった実害になりうるものにはいたずらしてこない。そこは信用してる。

問題は配送途中に何か別の存在から何かされていないかの確認だ。

もちろんレオの目はそんな感知機能などないが、可能性が少しでも上がるのならやらない手はない。

レオの目はいわばモノの本質を視ることができる。

ゆえにこの錠剤の本質を理解する。内容物、物質を理解するのではなく、友が普段送ってくれるものと違いはないかを確認するのだ。

スマートホンの外見をした爆弾かどうかはわからないが、自分が普段愛用しているスマートホンかどうかはわかる。ということだ。

 

「よし。」

 

レオは箱から錠剤を手に開けると、箱とラップと手紙を宙に投げる。

すると青い炎とともに燃え上がり灰も残さず消えた。

相変わらず手際のいいアイテムだと思いながら、ペットボトルと錠剤を持ってトイレへ戻る。

トイレに戻るとチェインはトイレに座って用を足していた。

きっちりと下着を下ろして突っ伏したままだ。

レオは慌てずに棚から綺麗な紙を取り出して置くと、そこの上に薬をおいて、ボトルを渡す。

 

「あー、えっとじゃあこれ飲んでくださいね。」

「………………うぃ〜……。」

 

チェインはレオの方へ顔を向けずに軽く手をあげて返事をする。

ボトルを軽く口に仰ぐチェインからちょろちょろと音が聞こえてきたので素早くトイレから退散する。

レオは少しだけ汗を額からにじませて、たまった食器を洗うためにダイニングへ行った。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

目が覚めると、部屋は暗かった。

頭が多少重いが、支障はない。あれだけ飲んでおいてこれほど楽ということはいつもの薬を飲んだということだろうと当てをつける。記憶はない。

そっと股あたりに意識を向けるが、別段不思議な感覚や痛みもないので今日もまた小さなナイトが守ってくれたらしい。

普段なら他人からもらったものなんて食べはしないが、レオは別だ。

男から渡される薬なんて怪しくてゴミ箱行きだが、レオが渡すのだから大丈夫だろうとすでに疑わなくなっていた。

暗い部屋に月明かりが入り、乱反射で部屋が少し明るくなる。

ソファーには毛布をかぶった、黒い塊がいた。

おそらくレオだろう。

部屋に戻ろうかと思いつつ、私が吐いて何か取り返しのつかない事態になるのを恐れて結果部屋に留まった感じか。

いつもベッドに一緒にくるまっていいよと伝えて入るのだが、そこは「無理無理無理無理!」と断られている。

別に尻軽になったつもりはないのだが、そこは初な反応で少し笑ってしまった。

ベッドから起き上がると寝汗からか、ひどくベッドが湿っていた。

ある意味レオが無駄に気遣って布団を熱く被せていたというのもあるかもしれない。

座った体勢になると背骨がバキボキとなって大きくあくびをする。

時刻は早朝5時。

先ほど入ってきた月明かりもそろそろ日の出に変わる。

ヘルサレムズロットは光が歪められるのか、いつも月が見えたり太陽が見えたりして、チェインは「今日は月が見えるのか。」と1人つぶやいた。

布団を剥ぐと、今までこもっていた熱気から解放されて涼しい。

普通ならあんなに飲んでこんな軽快に動けるわけないが、まぁ看病のおかげか。

チェインはソファーの方へ歩いていき、横になって寝ているレオを起こさないように座る。

2人で大きめのソファを買ったのは単に2人でゲームしたり映画みたりするからであるが今は別の目的で大きくて良かったと思った。

ゆっくりとレオの横に寝転がるチェイン。

鼻に男性特有のにおいが入り込んでくるが不快ではなかった。

これから起きる彼は一体どんな顔をするだろうか?

驚くか?驚くのはいつものことか。

恥ずかしがって驚いて、でも一緒に寝ている私を起こさないように静かに離れて、朝食を作るのだろう。

一瞬胸元を見て、生理現象が起きるかもしれない。

なんなら起きるときに手があたって………よしそれにしよう。

チェインはむっちりとした太ももを軽く開いて、レオの左手を挟み込む。

下着はつけているが、だいぶ際どい体勢だ。

慌てふためく彼の姿を夢想しながらチェインは二度寝にうつる。

心地よい空気が周囲を包んでいた。

 

 

当然、レオが数時間後飛び退いたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 




はい、ちょっと文字数少ないと思いますが今だいぶ忙しい時期なので見逃してください。

まだ終わりませんので気長に忘れてしまってもいいのでお待ちください。
また、コメントしていただいたのにずっと返信できず申し訳ありませんでした。コメント励みになり嬉しかったです。ありがとうございます。


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第11話 Would you please dance with me alone?

お久しぶりです。
今回はまぁ他のこと色々やって忙しいんですがその息抜きにかきました。
前半部分は正直チェレオ・レオチェ感ないので飛ばしてもらって結構です。


「潜入任務?」

 

フカフカとした上質なシミひとつないカーペットに佇みながらレオは自身の身長の何倍もあるであろう天井を仰ぎ見た。

 

「そうだ。永久下降概念超強酸(コンセプツディスィデリィッド)が秘密裏にグレゴリオ・カルペツィーノ・コパカヴァーナに渡るという情報が入った。よってその品評会に潜入し、奪取する。」

 

タブレット端末をきれいな姿勢で持ち、読み上げるスティーブンには仲間が見れば分かる程度の諦観があった。その面持ちは「またか……。」といった様子でツッこむ気には誰もなれなかった。

幾人かが集まって真面目に拝聴している中ソファーで携帯ゲームに勤しんでいる白髪の男はめんどくさそうに質問する。

 

「フラペチーノだかペペロンチーノだか知らねぇっすけどそいつ誰っすか。」

 

まじか……、と周囲がゴミを見る目で彼を見やる。

 

「あんた……いや、こいつに期待するのも間違いか。」

「あ?」

「えーっと、あれですよね。世界有数の製薬会社で1,2を争う大企業のCEO。たしかこっち側の人間だった気が。」

 

レオが2人の喧嘩を仲裁するように割って入って説明する。

こっち側、と表現したのは、彼は人族。つまりなんの能力も持たないただの金持ちということだ。

 

「そうだ。ただ最近妙な噂が絶えない。眉唾ものもあるが不老不死を実現した薬を持っているとかもある。諜報部にも動いてもらっているが裏側でどんな異界存在と関わっているかわからん。」

「その……コンセプト?なんとかはなんなんです?」

「ああ、なんでも超強力な酸らしい。ただ当然あちら側の技術で作られたものだ。外見は小さな小瓶サイズのものでかわいいもんだ。ただ効果は………甘くない。」

 

レオが無意識に生唾を飲み込む。

先程まで諦観の面持ちだったスティーブンは人でも殺せそうなキッとした目で資料を見たからだ。

 

「一度そのガラスから垂れ落ちれば永遠に障害物を溶かし続け惑星を貫通させる。」

 

耳を疑う。

まるでSFフィクションに出てきそうなエイリアンの唾液っぽいが、スティーブンがその手の冗談をこの場で言うとは思えない。

 

「しかし貫通と言っても地球の下という概念はいわば核に対して感じる引力のことですよね?確かに驚異的ですが核で止まるのでは?」

 

ツェッドが顎に当てた手を外して答える。

 

「ああ、ただコンセプツディスィデリィッドはその容器、ガラス瓶という結界から解き放たれた瞬間を座標として宇宙規模の観念から下降する。つまり垂らした本人が地球上のどこにいようと必ず下に落ちる。」

 

言わんとしていることが約1名を覗いて理解でき、言葉を失う。

地球に穴をあける。

そんなのはプライマリーの考える戯言だが、それを実行できたらどうなることだろう。

地球の岩盤内の圧力は凄まじい。

完全に穴が空いたとして何千度というマグマが吹き出す可能性もある。

海水が流れ込めば水蒸気爆発。

地球の環境を一変させるかもしれない小さな小瓶。

 

「なぜかはわからないがまだ世界崩壊幇助器具として認定されていない。だがそんなことは関係ない。グレゴリオがすぐに使用するとも考えられないから急ぐわけではないが、今回はできれば奪取して破壊なり保管なりしたい。」

 

スティーブンは急ぐわけではないといったので少しだけ肩の荷が降りた気もしたが、その分絶対に奪取することを固く意識したライブラの面々だった。

 

「あ、あとチェインにだけドレスコードがあってだな?」

「えっ」

 

緊迫した空気が一気に弛緩した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

会場のビル。

57階の別室。

 

「………。」

「ゔぁぁっひゃっひゃあぁっああっはぁあっ!」

 

床で転げ回る白いタキシードを着た男。ザップは大爆笑していた。

彼の見たものはいささか場にそぐわなかった。有り体に言えば浮いていた。この場にいるのはレオ、ザップ、クラウス、スティーブン、そしてチェインだった。

レオも着替えたあとすぐにザップに笑われたのだが、それ以上にザップの腹筋を崩壊幇助させている要因が今できた。

女性専用の試着室のカーテンを開けて出てきたのは、きらびやかな装飾を施されたどこか民族的印象を与えるドレスを着たチェイン。紅で統一された光に反射するきれいな生地。腰まで入ったスリット。

その下から長く除くこれまた多くの刺繍の入った白いスカート。

前述でドレスと言ったが、どちらかといえばハンフーといったほうがいいだろう。

 

「ザップはともかく私は美麗な様相だと思う。似合っているよ。」

「あっありがとぅございます。」

 

直球で褒めるクラウスはやはりさすがだと思った。

チェインも妙にかしこまって落ち着きがなさそうだった。

スティーブンも何か言いたそうにしていたが、口をつぐんだのはもしかすると2人に気を使ったのかもしれない。

レオはしばらく黙ったまま目をそらしていた。

そんな彼をチラッと覗くチェインは反応示さないレオに対してモヤッとしたものを抱えつつ転げ回る猿を踏んづける。

 

「はぐぁっ……はっははは!靴もうっすい布でいつもよりダメージ半減だぜっ!」

「うっさいっ死ね!」

「あらあらー?言葉遣いを気になさったほうがよろしいのでは「お姫様」?」

 

ザップが顔をサッカーボールのように蹴られたのは言うまでもない。

 

 

「さて、切り替えていこう。」

 

スティーブンがうるさくならない程度に拍手で注目を集める。

 

「俺達はコンセプツディスィデリィッド、皆噛むのでCDと訳す。CDを奪取する。レオは会場に怪しい存在(明言はしていないがBB)がいないかばれない程度に確認。俺とクラウスは上客、もといグレゴリオとの直接対談・交渉。ザップは外のツェッドと連携して事態がまずくなったら参戦。」

 

そして、と言葉を区切りスティーブンはまっすぐチェインを見る。

チェインはウッと顎を引いて少し顔を朱に染めた。

 

「今回一番の痛手だがチェインは動けない。参加条件として民族衣装を纏った綺麗な女性を伴わなければ会場にすら入れてもらえないからだ。あいにくうちには戦闘面で今日動ける見目のいい女性はチェインしかいない。よって彼女は軽率に行動できない。」

「……。」

 

スティーブンの口から直接、作戦の説明とはいえ「見目が良い」と評されるのにむず痒くなるチェインだった。

安全面という意味ではクラウスの横に常にいるだけなので一番安全だろうと特にレオも気にしてはいなかった。

 

「予測不能な事態もありえる。みんな心して臨機応変に対応していくぞ。」

「はい」「おう」「うむ」「了解」

「ではチェイン、失礼する。」

「はい。」

 

チェインに手を差し伸べるクラウス。

彼には気品があった。女性を建てる、恥をかかせない品性を持った動きで優しく手を取る。クラウス事態の衣装は別の国のものだがチェインと合わせて違和感ないようなデザインになっていた。

2人以外はその場にいる者たちが「お似合い」だと心から思った。

 

 

会場にクラウスとチェインが入ると拍手が巻き起こる。

彼らはもちろんクラウスたちのことをライブラとは思っていない。

あくまでいち出資者として呼ばれたに過ぎない。

グレゴリオもクラウスたちのことを自身の会社に多大なる出資をしてくれた大きな会社としか見ていないだろう。

 

しばらくして会場にすべての来賓が入ったところでステージにライトが当てられる。

レオは義眼から漏れ出る光を端末で隠しつつ、会場を確認するが今の所怪しいものはいないようだった。

 

『タイムスケジュールに変更があった。すぐにCDがステージに現れる。』

 

スティーブンからインカムで連絡が入る。

ステージの中央の床が割れ、下からガラスケースでできた直方体がゆっくりと現れる。

完全に目線の高さ程度まで上がったところで、中を隠すための曇りガラス部分が一気にクリアになった。

会場からどよめきが聞こえる。

透明な液体を内包した成人男性の手で覆えるほどの小瓶。奇っ怪な幾何学文様が施された札が貼り付けられ煤汚れていた。

 

「お集まりのみなさん。」

 

男性の野太い重たい声がスピーカーから会場全体へ響く。

 

「本日は私の友人からのプレゼントのお披露目会に来ていただきありがとうございます。」

 

スティーブンはCDが現れたときが一番危ないと警戒していたがそれはどうやら杞憂に終わったらしい。

 

「しかし残念ながら我が友人は今日は急遽欠席となり、皆様とこの永久下降概念超強酸を見守りつつご歓談をしようという会に変更となりました。もちろん豪勢なお食事とともに各会社とのつながりを作れる生産的な場としたい。」

 

グレゴリオの友人が一体どんな存在なのか、少しでも把握しておきたかったスティーブンではあったが欠席なら諦めるしかない。

これから先グレゴリオに危険物を渡した伝手を調べるいいきっかけになるかもしれないと思ったのだ。

 

「さぁ、まずは私がこのコンセプツディスィデリィッドを手中に収めるまでの流れですが……」

 

しばらくグレゴリオのどうでもいい半生が語られる。

それ自体はすでに持っていた情報と大して変わらなかったので聞き流していた。

 

30分ほどひとり語りが続き、そしてしばしご歓談となったところでクラウスは動き始めた。

 

「失礼Mr.グレゴリオ、少々時間をいただけないだろうか?」

「ん?おっおおこれはこれは御曹司!」

 

グレゴリオは一応名簿にある顔と立場を暗記しているようでクラウスが会話に割って入っても嫌な顔はしていなかった。

クラウスは今日、とある会社の御曹司として正式な参加者として呼ばれている。もちろん顔写真以外すべて偽造だが。

軽く先程まで話していた相手に挨拶して分かれるとクラウスに向き合った。が、すぐに視線は横に移る。

 

「これはこれは美しい美姫を携えていらっしゃる。」

 

クラウスは一瞬目を細めた。

 

チェインを、いや女性を「物」としてしか判断できぬ男に少しだけ苛立ったのだ。

 

「はい、彼女は非常に美麗だ。私にはもったいないほどに。」

「いえいえそんな事はありませんよ。まぁ挨拶はこれくらいにして、私になにか用ですかな?」

 

クラウスは話がとんとんと進むことに安堵しつつ担当得入に伝える。

 

「私は世界崩壊を止めるべく暗躍する秘密結社ライブラの代表を努めているクラウス・フォン・ラインヘルツというものです。貴殿が今回お披露目した永久下降概念超強酸(コンセプツディスィデリィッド)を渡してもらいたい。」

 

目線がスッと下がる。

グレゴリオの先程までの柔和な態度とは一線を画す冷たさをチェインは感じた。

 

「ふむ、フレデリック鉄道会社の理事、エドワード・カサンドラ氏ではないということですね……ライブラ…。そうかあなたが。」

「はい、貴殿が所持するものは貴殿が望むようなものではありません。然るべき機関に託すべきです。」

 

クラウスは少し驚いていた。

たいてい真摯に自己紹介をしてもすぐに戦闘になる局面が多い。相手からすれば目の前の男が突然、秘密結社の者だと明かすのだから戸惑うのも理解できる。しかし目前の男にはそんな焦りは一切感じられない。

 

「断る。」

「なぜっ!」

 

クラウスは騒ぎにならないギリギリの声量で異議を申し立てる。

 

「確かに、こんな強酸あったところで私の手に余るだろう。だがこれを欲するものは多い。」

 

グレゴリオはステージにゆっくり歩いていきケースに手を置く。

まるでかわいい我が子を撫でるように。

 

「これを交渉材料にし新たに私が望むものを要求することは容易い。」

 

ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる壮年の男性。

 

「………巷では不老不死に憧れていらっしゃるとか。」

「そうだ。よく調べている。秘密結社の名も伊達ではないということか。」

 

言葉を切って、つぶやくように話し始める。

 

「私は長生きしたい。そのために我が友が一つ手伝ってくれた。その友はこのコンセプツディスィデリィッドを要らないと言って私に手渡した。もちろん私だってただの酸などいらん。だがそこで一言言われたのだ。「それは不老不死の薬の対価に十分足りえる」と。」

 

グレゴリオの後ろからシャンパンの入ったグラスを持ってきたウェイター。彼からシャンパンを受け取りぐびっと飲む。

一服したように息を吐いた。

チェインはその視線の先、自身の大きく主張された胸部にいっているのを感じ取った。未だ状況はわからないために顔には出さないが内心では「またか……。」と悪態をつく。

 

「そもそも、これは私が正当に手に入れたものだ。それを明け渡せとは随分と礼儀がなってないんじゃないかね?それとも代わりを寄越すかね?」

 

チェインでなくとも当然クラウスは何を暗喩しているのか理解してチェインがいる側とは反対の手を強く握りしめた。

 

「………ごもっともではあります。しかし貴殿はそれの危うさを知らない。それ自体は確かに強い酸かもしれない。しかしそれはただの人間が所持するにはあまりにも不幸を招く。」

「ふっ、君たちのように少しは話せるものがいる、がそういった者たちばかりではない。そう言いたいのだな?」

「ええ。」

「安心しろ。多重カーボン耐衝撃層を50万も兼ね備えた術式結界がこのケースには施されている。この会場には武器を持ち込むことはできない。それに今日はこうやって見せびらかしてはいるが、明日からは厳重にロックされた金庫に保存する予定だ。私の生体電位以外が半径5m以内に近づけば警報がなりガードが駆けつけかつ部屋が防衛機構として……」

 

グレゴリオが自信満々に防衛設備の説明をしていけばしていくほどクラウスもチェインも辟易とした顔をしていく。

まさしくいつもの展開として蔑まれた目だった。

グレゴリオは思った反応は得られなかったものの相手を黙らせることには成功したと前向きに捉える。ところで首が滑り落ちた。

まるでガラスの上に水を薄く貼って豆腐を滑らせるように綺麗に床に頭部が転がる。

 

「なっ!?」

『ぅラウスさんッ!』

 

インカムから普段人を労り、大きな声で叫ぶことなどしない彼の慌てようを示す絶叫。

コンマ以下の反応速度でクラウスは攻撃に耐える。

薄暗い会場に火花が花火のように煌めいた。

事態に気づいた客たちが顔を青ざめる暇もなく一斉に外へと通ずる扉へ駆け出した。

 

「……牙…狩ぃ……か。」

 

クラウスがずっと凄まじい力で応戦しているにも関わらず、飄々とした声音でかすれる声がクラウスの耳に届いた。

 

「ワタシの一撃を防いだ男ぁ久しぶりだ。」

「………。」

 

赤黒いマントをひらひらと棚びかせ、真紅の剣を引っ込めるBB。

クラウスは体勢を戻し、ファイティングポーズを取る。

 

「チェイン……もはや会は中止。引くのだ。」

「……はい。」

 

戦闘力的には未知数だが少なくとも足手まといはこの場から去るべきだ。チェインはその評価を甘んじて受け入れる。

衣服ごとスッと消える。

 

「人狼ぅ……さぞ美味しそうな肉だろうに。」

 

クラウスは左肩を落とし盾のようにBBへ体をそらす。

まるで銃の引き金のようにも見える動作で右手を脇へ引き、締める。

 

「ブレングリード流血闘術、推して参るっ!」

 

一瞬にして距離を詰めるクラウス。

しかし視界の先に目標はいない。

 

獣の如き聴覚で空気の流れを読み、クラウスは失策を理解した。

背後で後退するチェインの背に下卑た笑みを浮かべるBBがいるのを脇目で確認する。

しかし、慌てることはなかった。

 

バンッ

 

床にひびが入るほどの体重をかけて半歩、身を反転させる。当然そんな動作BBにはあくびの出る遅さだ。

しかし彼は一人ではない。頼れる歴戦の相棒がいるのだから。

 

「絶対零度の地平(アヴィオンデルセロアブソルート)っ!」

 

一瞬にして室温が下がる。

BBは獲物に舌なめずりをしていたためか、油断し膝下まで完全に凍る。

 

「僕は礼儀なんて知らないんでね、名乗る気などないよ。」

 

後退する非戦闘員(この場では直接的にBBに攻撃することができないという意)を後ろから襲おうとした相手に慈悲もなにもない。それが自身を真摯に慕ってくれる部下であるならばスティーブンの気分が氷点下にまで下がるのも理解できる。

 

「かっ!?こんなーー」

 

背中にドッと衝撃が走る。

彼はとっさに胸を見た。まるで刃でも突き立てられたかのように衝撃が走ったからだ。

 

「貴公にとっては些事だろう。だがその『間』こそ我々の勝機。」

 

クラウスの端末にメールが届く。

 

「カラクルルゥエルディ・ベル・ラ・クラルエン・トランツェ、貴公をーー密封する。」

「真っ名っ!?」

 

今回は運が良かった。本当に。

相手が油断して、無駄に喋り、かつチェインを狙って隙をつくったから。

 

「999式久遠棺封縛獄(エーヴィッヒカイトゲフェングニス)!!」

 

ナックルガードから一気に真紅の奔流がBBを包み込む。

苦し紛れに放った一発。

BBは容赦ない本気の一撃で剣を振るうが紙一重、クラウスにもライブラの面々にも当たることはなかった。

凄まじい勢いで引き込まれ、手のひらサイズの十字架に集約される彼に少しだけ哀れみの目を向けたクラウスだった。

 

キンッ

 

静寂が訪れた一室に金属が転がる音が短く鳴った。

 

 

その後は大まかに警察に任せる形となり少しだけスティーブンの胃がキリキリと痛んだ。

貸しは作りたくない性分だ。

現場の保管と検証、証拠の収集をしながらクラウスは現場を仰ぎ見る。

最後の一撃で半壊し、現場保全のために帰るに帰れず朝日が登る景色を眺めていた。

 

「おい、今回もやってくれたな。」

「むっ……ご迷惑をおかけする。」

 

ダニエル・ロウ警部は呆れたようにクラウスを少したしなめる。だがそこで割って入るようにスティーブンが待ったをかける。

「まぁまぁ良いじゃないか。1名死亡してしまった事実はたしかに遺憾だがこうして準世界崩壊幇助器具を守り通すことができたわけだ。仮に使用されていたら二桁じゃ足りない人が死んでいた。」

「……まぁ、な。」

 

クラウスはあまり納得できないでいた。

スティーブンの理屈は柔らかく表現して入るものの大を守るために小を切り捨てる考えだからだ。しかしそれはロウ警部も同意しているので丸く収めるためにも何も言わなかった。

警察の鑑識たちがいまいちケースにどう手を付けていいか手をこまねいているのをちらりと覗く。

 

ザップが「今回も俺の出番はねぇのか!?ざっけんな!」と騒ぎ地胆打を踏んだ。

 

ピシッ

 

何かを聞いた。

クラウスは視線をスティーブンへ向ける。

クラウスの聴覚でなくともはっきりと聞こえたようでなにか不穏な顔をするスティーブンを見て確信する。

 

「はぁああぁっ!!?」

 

レオの絶叫が聞こえた。

永久下降概念超強酸(コンセプツディスィデリィッド)を覆ったケースが一刀両断されたのだ。思い当たることは戦闘現場にいた全員がわかっていた。

BBが封棺間際に行った苦し紛れの一発がケースを両断したのだ。

当然ケースを両断されれば中身も無事ではすまない。

中の小瓶が真ん中で斜めにずれる。

ザップがとっさに血法で接着を試みようと血の手をのばすが到底間に合わない。

 

中身がこぼれ落ちる。

 

周囲の人間がもはやこれまでだと諦めを見せ、こぼれた液体が床に触れる。

起こりうる最悪の事態。このビルを完全に貫通し、地面を貫き内核を抉る。

災害では済まないかもしれない結末。

 

が、一向に床が溶ける気配はない。

 

「……偽物?」

 

スティーブンがいち早く冷静になりつぶやく。絞り出した小さなつぶやきにひとり意を唱えた。

 

「……いや、なんかわからないんですけど…本物っぽいと思います。」

 

曖昧な表現で語ったのはレオ。

周囲の人間はなぜ彼がそれを理解できるのかと視線を向けるがすぐに理解した。見ることにおいて長けているその義眼をはっきりと使用している。

 

「おそらく、正規の方法で取り出されていないため効果が発揮していないのではないだろうか?」

「……そんなちゃちなもんか?」

 

ザップの反応は至極まっとうなもので。チェインですら苦し紛れに「確かに。」とつぶやいた。

 

「まぁでもだから世界崩壊幇助器具に連なってないという可能性もありますよね。」

 

警察関係の人が恐る恐るピンセットで液体に触れる。

もちろんロウ警部の支持だ。

ピンセットが触れた瞬間それは何も怒らずただの水のようにしか見えない。

 

「眼で見てもそこまで詳細にわかるわけじゃないんですけど、下に落ちた液体より小瓶のほうが凄まじい色彩です。」

「……小瓶の口から中の液体をこぼさねば発動しない術式の類………。」

 

スティーブンが顎に手を当てて見下すように液体を見る。

鑑識が分析すると成分はそこらの水と何ら変わらなかった。硬度が高いだけのただの水。

 

「まぁなんにせよ、小瓶は破壊。中の液体も無害。一件落着でいいだろう。」

 

先程まで鋭かった目つきが一変、場をまとめるようにカラッと変わる。

残骸は警察が押収するということでそこは丸く収まった。

ライブラの面々はおのおの解散してその場をあとにした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

いつもとは別のおしゃれなバーでレオナルドは烏龍茶を飲んでいた。

このヘルサレムズ・ロットは奇々怪々な街。料理や飲料一つでも新鮮な体験ばかりで、目の前のグラスに入ったウォッカのような色をした烏龍茶を飲むとどこか落ち着いた。

実家の味というやつだ。

もちろん烏龍茶の起源とレオの実家はなんの関係もないが気分の問題。

まだ早朝ということもあって客足は少ない。いや、「もう」というべきか。

そろそろ店も閉まる頃だろう。

 

「よっ!」

 

背中を軽く叩かれて後ろを見る。

聞き覚えのある声なのだからいちいち見る必要はないかもしれないが、純粋にこのバーにいることがバレて驚いた。

レオが振り向いた先とは逆方向にチェインはいた。

 

「なんでわかったんすか?」

「なんとなく。」

 

答えは得られない。

ただ、嬉しくはある。見つけてほしいような、見つけてほしくないような。

そんな矛盾を溶かすような気さくさにレオは嬉しかった。同時に自己嫌悪もしたが。

 

「なんだか今日は随分と静かじゃない?」

 

レオがチェインの言葉に耳を傾けつつもマスターにお酒を頼む。

チェインが愛飲してる酒だ。

頭が異形の形をしたマスターが3本の腕を巧みに使ってものの30秒で最高の仕上がりの酒が出された。自分だけカウンターに座りながら烏龍茶を飲んでいたレオはその腕を無駄にしていたという意味で申し訳なく思った。

普段来ない店だからこそこういった発見もあってよかったと思えた。

レオが心底どうでもいいことを考えて、チェインの質問に答えずにいるとしびれを切らしたのかチェインから切り出す。

実は表に出さないようにすつつもチェインはレオの顔をチラチラと伺って焦ってはいた。とうぜん青年には理解できていなかったが。

 

「……ま、いつもの?」

「わかってるなら聞かないでくださいよぉ~。」

 

レオがグラスをカウンターに置いて椅子を支えにのけぞる。

長い髪が重力に引かれて逆立った。

先程までじっと体を動かさずにうつむきがちな姿勢でいたのに、途端に空気が晴れた。

 

「今日は誰?」

「……Mr.クラウス。」

 

口をへの字にして自嘲気味に答えるレオ。

 

「あーまぁ………紳士的だったよねぇ?」

 

チェインはチラッとグラスを仰いでレオを見る。

少し心配はしていたのだが落ち込んでいる、というよりはナイーブ程度。安心した。

レオが気にする他人との「男らしさ」の差異。それはいつものことなので今回の中でどこが彼の中で引っかかっているのかを的確にチェインは理解していた。

 

「てかなんでその服なんですか?」

 

強引に話を逸らすレオ。

それも一興かと乗るチェイン。

 

「え?これ?」

 

チェインの服。

今日、いや昨日の夜の任務で着た民族衣装。

アメリカンなこのバーには随分と浮いた服装だった。

客はもういないので誰も笑うものはいないが、いつものバーでいつもの時間帯に行ったら誰から構わず聞かれることは間違いないだろう。

もちろんザップのように「変だ。」なんて口が裂けても言わないだろうし、むしろ褒める声が多いかもしれない。浮いてはいるが、チェインは素材がいいので普通に似合っているのだ。

 

「どうせグレゴリオ?の貸服なんだからパクってきただけよ。質屋に入れたら酒代になるかなって。」

「うわーぉ。」

 

チェインは別段金に困っているわけではないし、普段からこんなこすい真似をする性格ではなかった。ただ昨晩のグレゴリオの下卑た視線に嫌気が差していたのでその腹いせにしてやったに過ぎない。

ちょびっと酒を飲んでレオから視線を外す。

 

「まぁそれは表向きな理由…ね。」

「裏は?」

「…………。」

 

先程までひょうひょうと語ってガブガブと酒を飲んでいたチェインに問いかけるも反応がない。レオはそろそろ頭に血が上ってきたこともあって姿勢を戻した。

左隣を見ると視線を落として気まずそうにしてる彼女が目に入った。

レオはその顔を最近良く、知っていた。

 

「チェインさん。」

「ん。」

 

レオはきれいに背筋を伸ばしてチェインをまっすぐ見る。

チェインはその様相と態度に少し驚いて慌てて歪んだ体勢を整えた。

 

「すごく美しいと思います。」

 

たった短い一言。

じんわりと顎から首、鎖骨を通って胸骨へ暖かさがはっきりと意識できたチェイン。

下顎が震えていた。

酒の影響だろうか鼻先が熱い。

太ももから足先にかけてじわじわとむず痒い鳥肌が通ったが悪い気分ではなかった。

 

「ぁ……ありがと。」

「はっはは……めちゃ恥ずかしいっすねこれ。」

 

レオは今の今までの堂々たる男らしさをへにゃっと腰を折って解いた。

普段どおりポリポリとこめかみをかいて下を向く姿にチェインはキュッと何かを感じた。

チェインが服をパクってきた裏の理由、というより本当の理由は。レオからの感想がなかったことに起因する。

スティーブンからも褒めてもらえてすごく嬉しかったチェインではあったが肝心の親友からは全然何もなかった。何なら目を合わせなかったので、もしかしたら、万一、億が一、どこか気に触ってしまったのかもしれない。そう思った。

 

我ながら随分と女々しくなってしまったなとチェインは自認した。

 

「でもじゃあ、なんであの時言ってくれなかったの?まぁ別にいいんだけどさ。」

「あー……決してこれはその今言った言葉が嘘ってわけじゃないんですけど…。」

 

前置きはレオの癖だなぁとそろそろ慣れ始めたチェイン。

 

「僕は…チェインさんのスーツ姿のほうが……好きっていうか。」

 

 

「」

 

 

「なんだろうたまにっ…そういう服も良いんですけど…はは。」

 

何も言わないチェインを見るのが怖いレオだった。

別に好きだとかそういった甘い言葉をチェインに対して使うのは珍しいことではない。ただいかんせん状況が状況なのでどう言ったら良いのかわからず探り探りになる。

だがレオは、意を決して恐る恐る覗く。

そこには普段の余裕ある表情とは打って変わって目が泳いでアワアワと口をパクパクさせているチェインがいた。

 

「そっそう……なんで?」

「うぇっ!?」

 

よもや理由を聞かれるとは思っていなかったレオナルド。結露してできた水たまりがグラスを伝ってレオの左手を冷やす。

顎をかきながら言葉を選びつつ、正直に語る前にしつこく確認した。

 

「あの、怒らないっすよね?」

「うん。」

「気持ち悪がったりとか。」

「ないない。」

「ほっ本当にですよね!?」

「はよ。」

 

レオは少し深呼吸をする。

動揺したとはいえチェインはむしろなぜこんな慌てているのかわからなかった。

 

「その、僕チェインさんの……脚が好きなんで……。」

「脚ぃ!?」

 

思いがけない友人の秘めたる性癖を聞いてしまったかもしれない。チェインは恥ずかしい気持ちを飛び越えて声を上げてしまった。そりゃめっちゃ確認するわな。と納得してしまう。

もじもじとスカートの中で膝をすり合わせる。

妙に椅子と太ももの間が蒸れている気がした。

 

「いやっそのスーツって結構ラインでるじゃないっすか!高身長の女性のスラッとした脚って綺麗だなっとか、かっこいいなって……思って。」

「キモ。」

「きっ!?気持ち悪がったりしないって言ったのにぃ!」

 

レオがチェインを非難の目で見る。

もちろんレオだってチェインが本当に引いているわけではないとわかっているのでそこまで傷ついてはいない。……そこまでは。

 

「んー性欲に忠実だね少年。」

 

場の雰囲気が壊れていく。こういった時は茶化すほうが得策だと心得ている。

お互いの距離を知っているからこそのブレイクタイム。

 

「ふーん…そっかー…ふーんふーんふーんほーんふーん。」

「な……なんすか。」

 

意味ありげに繰り返すチェインにレオが問う。

 

「いやぁ、ならたしかに脚が完全に隠れるコレは好きじゃないかぁ。」

 

チェインが親指で自身の纏う服を指す。

ぐっと酒を仰ぐ。

レオもなんだか恥ずかしさと理不尽からのストレスで目の前の烏龍茶をウィスキーロックに変えたかった。

 

「まぁ勘違いしてほしくないんですけど脚フェチってわけじゃないですよ?どっちかって言うとバランス見てって感じですね。なんでその服もまたバランス的にはその……めっちゃ綺麗だと思います。」

「ほぉ、じゃあ普段の私は?どう?」

 

スーツも民族衣装も来てない普段のチェイン。

ガサツで半袖とショートパンツでボサボサの頭をかきながらあくびするチェインなんてくさるほどレオは見ているはずだ。さっきの理屈で言えば確かにショートパンツはラインどころか生足が出ているのでもしかするとレオは十分喜んでいたのかもしれないと、チェインはどこか納得した。

 

「それ本人いる前で答えられると思います?」

 

チェインは軽くレオの肩に手を回して密着して、猫なで声で「まぁレオナルドくんじゃあ無理かぁ~!」と茶化した。

 

ただチェインはやはり嬉しかった。

以前も言ったとおり自己評価として自分のスタイルは悪くない。なんなら最近のレオナルドママのおかげで健康的なお肌、髪、顔色。

 

人狼にとって脚は命とまでは言えないがそれでも非常に重要だ。

狼は脚がなければ生きれない。

狩りもできず、姿を消せても意味はない。脚で宇を翔ける存在。

だからこそ大事な脚を好きだといってくれるレオに嬉しさを感じないわけがない。

 

「ちょっ近い近い!」

「いいじゃんおっぱいあててやってんだからさ。」

「ふぁ!?」

 

レオは最初からあたっているのを理解しながら指摘しないでいた点を直球で放り込まれて焦る。

脚が好きだと聞いたとき一瞬で「脚……脚でシてあげたほうがいいのかな…。」と脳裏をよぎったのは隠すことにしたチェイン。

 

「あと……。」

 

レオはなんとか意識をそらすために少し弱音を吐くことにした。

 

「今日、バツが悪かったのは単にクラウスさんの品性?っていうんすか?かっけぇなぁって。」

 

尊敬している年上の男性たちは多い。

普段は尊敬すらできない特定の兄貴分もいるが、でも彼もまた一部かけがえのない尊敬できる部分を持っていることはレオも理解していた。

ただ尊敬できる部分と嫉妬は別だ。

だから相手をこき下ろすとか、自分を殺すとかそういう意味ではない。

すごいと思っているからこそすぐには無理でも追いつきたいと願うのはきっと「漢の子」だからだ。

 

「ああーまぁねぇ。」

 

確かに、とうなずくチェインを見る。

きっと自身と仲良くしてくれているチェインだってもっと自分がかっこよければもっと……もっと……。と思わずにはいられない。

しかしそんな淡い小さなプライドを意識したレオの視界からスッとチェインが消えた。

希釈ではない。チェインが席を立ってレオの手を軽く引いた。

 

「なら踊ろうか。」

「はぇっ!?」

 

チェインはくるっと身を翻してバーの閑散とした空きスペースで姿勢良く立った。

レオは恐る恐るカウンターに空になったグラスを置く。

ドキドキとしていた。

不安と期待が入り混じった喉奥をつばで蓋をして勇気を振り絞る。

 

「そんな固く考えないで、私達に品性なんていらないでしょ?」

「え?」

「伝統作法、礼儀、そんなのわかり合ってる仲なら笑ってるだけで十分じゃない?」

 

『親しき仲にも礼儀あり、されど礼儀過ぎれば親しからず』。

適度な距離感なんてものはない。

人と人を繋ぐのはいつだって誰かが踏み出した一歩のおかげ。

マシュー・カルブレイス・ペリーだって初めての土地に上陸をした。

重要なのはやってみること。

レオは悩みは悩みで持っていていいと思った、でもせっかくなのだからこの場は楽しもう。いつかスティーブンにもクラウスにも追いついて追い抜いてって考えは今はどうでもいい。

「目の前に美姫がいるのだから自分は野獣で十分か……。」そうレオは歩を進めた。

 

「……レディ、お手を拝借しても?」

「あらあら手荒いジェントルだこと。」

 

レオはチェインに手を差し伸べる。

笑って誘いを受け入れるチェインとレオはぎこちない。それこそ無様とも言える知識ゼロのダンス。誰が見ても教養は感じられないだろう。

それでも見たものすべてが笑うだろう。おかしくって面白くって無様で楽しそうなのだから。

2人は客のいないバーで朝から踊り明かした。マスターは軽くため息をついて静かに店外にでるとドアの看板を「Crose」にして奥に消えていった。

 

 

10分後、ホールでチェインがゲロったのは言うまでもない。

 

 

 




















という冗談はさておき。
次は日常回を書こうかなエロは入れるか入れないか悩む。

実は5月から山形から神奈川に引っ越しまして親のすねをかじりつつ一人暮らしして就活中です。なのでただでさえ忙しい。
次がいつになるのやらわかりませんが、まだまだやっていこうと思います。
次回は50年後かも。(73歳)


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第12話 寂しさのにおい

こんばんは。今回はR-18回です。
なんか本職にしようとしてることの制作の気分転換に書きました。あんまりエロくないかも。におい系私はあんまり好きじゃないんだけど、狼とか犬とかにおいに敏感だよねってことで。

ともかくどうぞ。


 

 

 

レオは下戸だ。

お酒は飲めない。しかし全然飲めないというわけでもない。

友人に酒豪がいるので比較するとほぼ飲めないようなものだが、ちびちびと時間をかけて飲めばボトル半分程度は飲める。

レオの生活スタイルは周りの人間によってだいぶ左右される。それでも時たま、スカッシュに立ち寄り、しばらく飲めないお酒をゆっくりと煽って時間をつぶす。

昔はお酒に時間や金を使うなんてことは一切予想していなかった。

 

「レオくんは可愛らしい飲み方をするのですね。」

 

隣の同僚は聞こえの良い声で笑っていた。

 

ツェッド・オブライエン。

斗流血法の使い手。

礼儀正しく、紳士的で、聡く、知識人。彼の得意な見た目がそれらとのギャップから更に彼の良さを引き立てる。

 

今日、普段チェインと一緒に来るバーでツェッドと飲んでいるのは偶然ではない。

以前から一緒にどこかお店でも行きましょう、と誘われていた。

もちろんツェッドがレストランという意味で言っているのはわかっていた。ただ彼が「普段チェインさんとはどこに食事に行っているんです?」と訪ねてきたので、レオが「バーにしか行ってない」と案内した形だ。

言われたとき「そういえば全然チェインさんとそういった普通のお出かけみたいなことをしたことがなかった」と気づいたレオは、今度誘おうと決意する。

 

「まぁあんまり一気に飲むと倒れちゃうので……はは。」

 

レオは目の前のチェイサーを掴んで口に含む。

レオが飲んでいるお酒は比較的アルコール度数の高いレモンチェッロにエルダーフラワーコーディアルのシロップを混ぜて作るカクテル。

なぜ再三「お酒が飲めない」と語られる彼がそんな酒を飲んでいるのかといえば、いくつか理由がある。

1つは味。単に味が好きなので好んで飲んでいるに過ぎない。もちろんノンアルコールでも美味しいのだが、アルコールが入っていたほうが深みが違うのでこちらを好んでいた。

2つ目は、見栄。男として夜深い時間にお酒を飲みながら日々の疲れやストレスを憂いる仕草・雰囲気は一種の「かっこいい自分」というものに酔えるからだ。

 

そして3つ目は、友人と一緒に楽しくお酒を飲めるようになりたいから。

レオはお酒が飲めずとも隣の相手が美味しそうに飲んでいれば満足だ。そしてレオの隣に座るであろう彼の友人たちもまたレオの楽しむ姿をみたいであろうと思う。

味や匂いを楽しみ笑い合う関係は酒の席では大切な価値ある時間だと思う。

であるならばもっと、もっと友に楽しんでほしい。だからゆっくりでもお酒に慣れていきたい。

レオはそういった理由からカクテルを飲んでいた。

こちら側のお酒を飲めないなんてあちら側のお酒をガブガブ飲む一部の人間と一緒にいるのはひどく申し訳がない。

 

「最近はどうなんですか?」

 

誰のことを聞いているのかなんてわかりきっている。

特にレオはよくツェッドに口を割る。

信頼しているし、彼は誠実だ。だから彼が苛立つ要因(モンキー)に伝わることもないだろうし、大人な客観的目線でアドヴァイスをくれるし、話していて楽しい。

 

「普通に楽しく、普通に仲良く、普通に喧嘩して、普通に笑い合ってます。」

「なら良かった。」

 

ツェッドは1人だけアルコール度数160%(当然こちらの世界のものではない)のお酒をグラスの半分ほど飲み干す。

ツェッドがレオにこの手の話題をふった理由はいくつかあった。

 

最近人狼局がかきいれ時らしく忙しい。

もちろん彼女もまたエキスパートなので、たかだか任務に行った程度でいちいち心配するほどレオは子供ではない。ただ彼がゆっくりとぼーっとすることが増えたなとツェッドは思っていた。

もちろんBB戦等においてはきちんと仕事をこなしてはいるのだが、いかんせん執務室にいるときやご飯を摂っているときなどレオ自身から話題を切り出す回数が激減していたのは確かだ。

だから今日、いつもどおり挨拶して帰宅しようとするレオにツェッドは一緒に話す時間を設けた。

 

「……僕は今、結構幸せなんです。」

「……。」

 

鼻筋を赤くして、天井のオレンジ色に輝く電燈を見上げるレオ。

 

「でも最近、ミシェーラのことを思い出す時間が減ったような気がしてにぃちゃん失格だなって、思ってしまった。」

 

レオはクラウスやツェッド、それこそチェインにすら重大な隠し事をしている。

それは、明かせば彼の立場がゆるぎかねないほどの。

小さなことでも変に考えてしまう彼には、そういった罪悪感が薄れていくこの日常が、紛れもなく幸せなんだなと思う反面、自身の意志への懐疑的なものになっていく思いが募って仕方がない。

 

「ですがレオくんの妹の件、今すぐどうこうなるものでもないと……。」

「はい。」

 

そう、現状は長らく「保留」だ。

ライゼズ院長マグラ・ド・グラナも語ったとおり、義眼は移植というより一種の契約だと確信した。それは13王たちが明かした情報からも確認済みだった。

いわばレオの人生、何を見、何をし、何を得るのかを視るための神工視器官。

レオの能力はミシェーラの視力と等価交換させられたわけだ。

 

「だからまぁ……その解決策自体はゆっくり。ただ……。」

 

ツェッドはグラスをバーに音をなるべく立てないようにして置く。

多少客もいてうるささもあるのに妙にレオたちの周りだけ静まるように感じた。

 

「ただ?」

 

言葉をうまく紡げないレオから時間をかけて引き出す。悩みの種を。

 

「僕は幸せです。でもうら若い妹が世界を視ることもできずに苦しんでいる。そんなときに僕はその幸せを当然のように受け取っていて……良いのかなって……。」

「レオくんは自分の幸せが誰かの不幸の上に成り立っていることに……苦しんでいるんですね。」

 

明確な言語化がなされ、レオは生唾を飲み込んだ。

ツェッドの方とは反対側に顔を少しそらしてうつむく。

強くて大きな幸せを享受しているからこそ、レオの考えすぎな思考がより強まってしまう。

強い光に照らされた物の後ろには同じく強い影ができるように。

 

「……僕はさほど社会経験が豊富とは言えません。」

「……。」

「伯爵は、僕を生み出し、知識を与えて育ててくれた伯爵は見方を変えればひどく…残酷な方だ。」

 

ツェッドは吐き捨てるように語った。

自身の過去を明かす彼にレオは途端に申し訳なくなって、口の中がしょっぱくなったように錯覚する。

 

「僕はほとんど自我というものをこの肉体とさほど変わらない時に形成し、この地に足をつけました。」

「ツェッドさん……無理に話さなくても…。」

 

ツェッドは決して嫌な話とは思っていない。だからこそあえてその言葉を無視する。

ただ気遣うレオになんだか面白みを感じた。「苦しんでいる人間が他者を労ろうとするのか」と。

 

「雄大な大地に重力に従って立つ。水よりも抵抗のない空気を感じながら乾燥していく皮膚のひきつれ。すべてが……そう、すべてが新鮮だった。」

「自由を感じたとき、それは大いに甘美に受け止めることができました。」

「それでも、僕は思います。感じます。言います。……伯爵に感謝を。」

 

レオはツェッドを見つめる。

 

「束縛がなければ自由は認識できません。知識がなければ世界の広さに驚かない。」

「レオ君……」

 

ツェッドはグラスの青いお酒をすべて口に含んで微笑む。

水色の肌を紫色にして笑う彼はいささか新鮮だった。酔っているのだろう。

 

「辛いこと、嫌なことがあったから今の幸せがある。」

「そして今レオくんが後ろめたく思うもの、それは悪いことばかりではない、ということです。」

「でもっ」

「だから考えるなとは言いません、しかし状況が悪いなら有利な点を、悪いことがあるなら良いことを見つければ良いんですよ。」

 

レオはぽかんとした顔でバーへ向き直り、真っ直ぐ見やる。

レオが隠していること、不安に思っていること、気にしていること。その全てが悪い面だけではない。

13王と知り合いであることは背信行為かもしれない、しかし逆に妹を回復させられる何かしらのきっかけになるかもしれない。

レオは強くないかもしれない。しかしそれは「視る」ということに一生懸命に力を注げるということかもしれない。

 

「まぁ御託を並べましたが結局の所、『世の中そんなに2極に分かれるだけが全てではない』ということを伝えたかったんです。」

 

ツェッドは席を立つ。

彼は当然レオを奢る気でいたのだが、それは今の話も含めレオが気にすることを知っていたのでツェッドが飲んだ分だけ会計してバーを出ていった。

 

レオは申し訳無さを感じる自分の心を切り替えて言葉を浸透させる。

もらった言の葉は胸にスッと飲み込まれて、薬を処方されたように支えたものが溶けていくような錯覚を感じた。

恐る恐る、手を震わせながらバーに置いたコーディアルのを口に含む。

舌の上でさっぱりとした柑橘系の味が染み渡り、視界をクリアにする。

言葉というものは酒をこんなにも変えるのか。

 

「君は考えすぎなんだ。」

「っ!?」

 

レオの左隣から声をかけてきたのは見慣れた仮面の男。

普段楽しそうに大きく口を開いて笑っている彼とは思えないほど冷淡に無表情にレオを見つめバーに肘をかけて頭を支えていた。

 

「おまっ!?」

 

レオは急いで店内を確認すると誰もいない。

ツェッドと飲んでいるときだって幾人かはいたはずだ。マスターすらいない。

まるでこの空間だけ別の場所にあるような、認識されない次元のような耳鳴りがレオを襲っていた。まさか、殺してないよな?と不安になる。信頼はしているが。

 

「一昨日僕とご飯食ったときも君はぼーっとしていた。さっきの魚くんじゃないけれど気にし過ぎなんだ、君は。」

「……気になるものは気になるんだよ。」

「そうかもね、でも君が気にしたところで世界は動かないっ!だろう?」

 

声高にレオに叫ぶフェムト。

肩に腕をかけ、レオに体重をかける。

 

「なぁレオナルド・ウォッチ。あの牙刈りは君を特別視する。『君を』かは置いといてね。」

 

フェムトが意味ありげにフルネームで語る時はたいてい信実だ。

 

「だが君は僕が最初君にした評価通り『普通』なんだ。……普通の人間のように悩むことは君らしさなのかもしれないが、所詮人間が、義眼のこと、僕らのこと、世界のことを考えたってなにもかわりゃしなぃんだ。わかる?」

 

決して馬鹿にするような物言いではない。

純然たる事実という認めなければならない現実をはっきりと教えてくれる。

 

「……。」

「せめて今の現実を謳歌しろよ凡人。」

「この狂ったつまらない世界で僕が面白おかしくする中、命を大切にして楽しめよ『人間』。」

 

フェムトがはっきりと冷たい声でレオを人間と言う。

その言葉は普段の彼の軽薄さとは打って変わって厚みがある重い言葉だった。

レオを叱るでも褒めるでもなく。

ただただ頂上の存在としてのアドヴァイスを彼はしてくれたのだろう。

 

「まぁ!ともかく!楽しめレオナルド!明日死ぬか10年後死ぬかわからんのが人生なんだからなぁっ!」

 

フェムトがいつものようなハイテンションになって椅子から飛び上がる。否、蛸のような触手が彼を下から持ち上げていた。おおよそ見ていて心地の良い見た目はしていない。

指を鳴らすとあたりが明るくなる。

レオはガバっと周りを確認するともう王は消えていた。

 

「レオナルドさん、大丈夫ですか?」

「ぇっ…あっ、はい。」

 

レオを心配してバーのマスターが声をかける。

慣れないお酒を飲ませすぎたのかと思ったのだろう。ツェッドがいた頃と同じように少しだけにぎやかな酒場に戻っていた状況にレオは考えても仕方ないと最後に残ったグラスの中身を飲み干した。

不思議と後頭部をいつもなら襲うクラっと来る感覚がなかった。

 

レオは不思議と気分が晴れやかになっていた。

性格も人格も考えも似通わない2人の男からの言葉で悩みは消え去った。

事実としてだけ認識し、もっと、そう「ゆるく」考えた。

 

「僕は幸せ者だなぁ。」

 

多くの人が困っていれば助けてくれる。

しかしレオは認識していない。彼らは与えているのではない。返しているのだ。

レオはレオが思う以上に多くの人をちゃんと助けている。

命を救ってはないなくとも、助けている。

それだけで彼は愛されるには十分な資格を持っている。

 

「マスター、これ美味しいです。」

「それはよかった。」

「もう一杯いただけますか?」

「かしこまりました。」

 

レオが注文して1秒と経たないうちに目の前に先ほどと同じコーディアルが現れる。

まるで時間を巻き戻したように。

気分が高揚しているのか何杯でも行けそうな気がした。

 

 

レオが出されたグラスをつかもうとしたとき近くに人影を感じる。

よく知ってる匂い。

レオは反射的に振り向く。

 

「あ……こんばんはチェインさん?」

 

目の前のチェインはうつむいて浮かない顔だった。

レオが挨拶しても気にした様子はない、いや気づいていない?

レオは不安に思って椅子から降りる。

足が床についた直後、チェインから猛烈な力で引っ張られた。

 

「うぇぇえっ!?」

 

無言のまま引っ張られるレオは人狼の本気を垣間見る。

レオは店外へと連れ出される。お酒で火照った体に夜風があたって気持ちよかった。

と思う暇もなくスッと頭が冷える。有り体に言えば無銭飲食に気づいたからだ。

レオが店内に目を向けるとマスターはこめかみ(彼の頭部に果たしてこめかみがあるかどうかは謎だが)をポリポリとかいて反対側の手で少し親指と人差指をずらした形の握った手(お札を払うときの手に似ている)をしていた、ふるふると振っている。

ツケにしておくという合図だ。

安心すれどすぐにチェインの奇行に切羽詰まった顔になる。

不安なのはチェインが何かしら操られているとか、なにか怒っているとか傷ついているとか。

 

連れて行かれた場所はバーを出て50mほどの細い薄暗い路地。

あのバーのおかげで比較的治安の良い裏路地ではあるのだが、レオは落ち着いていられない。

 

「……レオ。」

「あっどっどうかしたんでぇぇえっ!?」

 

レオが驚くのも無理はない。

レオがいわゆる壁ドンという体勢(壁ドンしたのではなくされた)になって壁に押し付けられたのも柄の間、チェインがかがんでレオのズボンのベルトを外しにかかる。

 

「ちょっ!?なにしてんすか!?」

 

チェインは答えないまま、まるで目的のものを待ってましたと取り出す。

 

「うぉっ!?」

 

レオは自身の男性器が素早く取り出されて乱暴に外気に触れたことを感じ取る。

 

ぼろんっ

 

レオの体格とは比較的見合わない巨根といっていいサイズの性器がチェインの顔前にお折りだされた形になる。もちろんまだそのナリは見せてないが。

レオは当然勃起させてはいないものの、チェインに見られている状況、しかも顔がすぐ近くにおかれているということで海綿体に血が集まるのはもはや必然だった。

竿に走る血管が太く盛り上がり、先程まで柔らかかった局部は立派なものへと変貌を遂げる。

 

「んふー……♡」

 

遠くで車の走る音がうるさく聞こえるにも関わらず耳に届くチェインの鼻息。

レオはとりあえずチェインを見ると、服はところどころ汚れており、ワイシャツはよれよれだった。髪もいささか乱れているように思う。

汗臭さと合わせて、彼女が任務を終えてすぐさまレオに会いに来たのだと察する。

困惑もあるが少しだけ、少しだけ嬉しい。

 

チェインは2週間ほど人狼局の極秘任務に追われライブラには顔を出すこともできないほど忙しい遠征を行っていた。

電話も使えぬ極地。

久々の邂逅がこんな展開とは誰が予想できようか?

チェインはがに股でかがみ、レオの竿の根本を右手の人差し指と中指で輪っかを作って支え、頬ずりする。

 

「うひっ!?」

 

レオは突然の刺激に肩を飛び上がらせる。

かがんだことでパンツスーツがぴっちりとチェインの脚のラインをだす。

胸元はボタンが取れだいぶ露出していたのだが、屈んで圧力がかかるのか今にも弾けそうだった。

 

しゅぐっ…しゅっ…しゅっ

 

「ちょっチェイぃっ!?」

 

レオのペニスをゆっくりと優しく扱き始める。痛みはないのに激しく上下にこすられる。すでにヌルヌルになっているのは気づかぬうちにチェインの唾液が潤滑液になっていたのだろう。いつたらされたのか。

すぐに亀頭をチェインの唇が啄む。まるでキャンディを舐めたい子供のように。

 

「ちゅっ…んぐゅっ♡」

「あぉっ!?だっダメですってこんなっ!」

 

レオはたまらずチェインの頭に手をおいて抵抗するように腰を引く。

だが逃げる彼の意志とは相反するようにチェインはレオの腰に手を回すと強く抱きしめる。

 

「ぐぉっおおっ!」

 

凄まじい吸引。

レオは少しだけ、本当に少しだけ残念だった。

コレほど気持ちの良い突然の口淫。絶対に初めてではない。チェインの透けてみる経験人数の多さを想像して嫉妬した。

そんなレオの思いとは裏腹に、亀頭は竿が反り返っているためチェインの上あごのザラザラした天井部に刺激され、凄まじい快楽を生み出す。

 

「ぐっぽじゅるっ!ずるっじゅっ♡」

 

レオは快楽に耐えるので精一杯ではあるものの、状況把握や抵抗というよりは受け入れようと意志がゆらぎ始めていた。

理由はチェインのこの行為もそうだが、普段彼女のクールな顔が今や美味しいものを頬張るように口をすぼめてレオの象徴を飲み込んでいたからだ。

こういった行為を下品と表現するのが通説だが、チェインのフェラチオは何故か美しさがあるように感じた。どのペニスでも良いという感じではない。レオも、うぬぼれでも良いから自分だからこんなに乱れているのではないかと思ってしまう。

 

舌がレオのカリ周りを舐め回す。

決して綺麗とは言えない。仕事からそのままツェッドと飲みに来たのだから臭うだろうに、チェインは気にした様子はない。それが先程のうぬぼれに至る要因の一つだ。

 

「あぁあぐぁっ!?」

 

レオは快楽の波が押し寄せてついついチェインの頭を強く押し込んでしまう。

それはある意味でさらなる天国(地獄)の始まりでもある。

 

「おごぇっ!?ふぶっ♡」

 

チェインの喉を貫いて食道へと達する。

粘ついた痰と泡だった唾液が絡まって細いチェインの本来食べ物が通る部分がレオのペニスを強く締め上げる。

角度的にチェインの顔は見えないが確実に先程までの余裕はないだろう。

 

「ちょっ抜かなぃとっ!」

 

レオは急いで自分の過失を理解してチェインの頭を掴み直し腰を引くが、やはり離れない。

レオの根本に鼻を押し付けて陶酔した顔でチェインは動かず止まる。決して嫌がっている素振りは見せていなかった。

どう考えても息はできないのに苦しそうには見えない。

数秒後ズルズルっとチェインのふっくらとしたきれいな唇から肉棒が吐き出される。

月の光に反射するレオのてらてらと濡れたペニスはびぐんっと震える。

 

ぐちゅ…んぽぉ……♡

 

「レオ……ごぇん…。」

「チェインさっあぁ!?」

 

またもフェイント。

陰茎が乾く間も与えずまたすぐに咥える。

バキバキに勃起したペニスが今度はずるっとスムーズに喉奥へ侵入していく。

彼女の意志通りに一瞬で消えた息子にレオは驚愕する。

ただでさえ反り返っているレオのペニスを飲み込むとなると脊椎側の食道を抉るように刺激しているに違いない。

 

ぐっぽっくぶぼっ♡

 

レオは知らないが、狼は消化のいち過程として「反芻」ということをする。食べたものを吐き出す行為だが、それ故人狼は生まれつき食道が柔軟に形成されており怪我をすることはない。言い換えればディープスロートのしやすい口内構造とでも言えるだろう。

 

「あぁぐぁっチェインっさっああぁ!」

 

レオはもうこの状況を受け入れていた。

何があったのか知らないが、健康そうだし、なにか様子がおかしいわけでもない。謝った一瞬の顔は時折、日常でも見せる顔だったからだ。

なら、そう、レオも吝かではない。男の欲望はいつだってあったのだから。

レオは今度はがっしりとチェインの頭を掴む。髪を指にからませてしっかりと固定する。

もとより限界は近い。

性経験がさほどないレオにとってすでに準備は整っている。

何度も何度もチェインの口腔内を余すことなく蹂躙する。

時折犬歯があたって痛気持ちよかった。

ザラザラの舌が尿道と裏筋を刺激して興奮を高める。

 

「ちぇっいんさっ!」

「ぐぼちゅっ!ちゅずるるるっ♡」

「もっでっ射精ますからね!?」

 

レオの言葉を理解してかどうなのか、チェインは自然と口淫の速度を上げる。

泡立ち粘ついた粘液が下唇から溢れ出してレオの大きくふくれた睾丸へ垂れ、糸を引く。

 

ぐぼぉっ♡ぶちゅぐぼっ!

 

どんどんピストンが早くなっていく。

遠慮はもうない。

レオはもう後で殴られようが蹴られようが、最高の射精を迎えたかった。

酒で酔いが回っているというのもあるかもしれないが、レオは普段の優しい彼とは打って変わって乱暴にチェインの頭を動かしてペニスを扱く。

まるでチェインの口をオナホールのように強く「使う」。

 

ぐちゅぼっ♡

 

「だぁっぐっでるっ!射精るぇっ!!?」

「ふぼぉっ!?」

 

レオの恥骨がチェインの歯茎にぶつかるのではないかというほど、思いっきり喉奥で射精する。

 

ぶびゅるっびゅぐっびゅるびゅぷっ!……びゅぐっ!……とびゅっ♡

 

一気にチェインの食道で射精の爆発が起こる。

気管に入っていないだけ幸いか、そのまま口内いっぱいに精液が充満し、チェインは口でしかしていないにも関わらず絶頂しそうにヒクヒクと体を震わせていた。

一気に広がるレオの精液の匂いがチェインの鼻を埋め尽くす。

遅れて逆流し、鼻から精液を吹き出す。

すでに窒息しそうで意識は朦朧としていた。

そんな彼女に、普段ならすぐに楽にしようとするレオはいささか意図的に長く余韻に浸っていた。

 

びゅっ………びゅっ♡

 

頬を大きく膨らませて、チェインは抵抗する意志を見せずに停止したまま体を軽く痙攣させる。

レオは少ししたあと、ゆっくりと腰を引いていく。

ゴリゴリと亀頭を刺激してくるチェインに勘弁してくれと思いながらゆっくりと引き抜く。

 

ずろろろっぽちゅっ

 

レオの精液を残すまいと竿から唇を強くすぼめてこそぎ落とすチェイン。

その口からちゅるんっと竿が吐き出された。

一気に腰が抜けたようにレオは壁にズルズルと体重をかけながら腰を落とす。

 

「はぁっはっ……チェインさっ……すみま…」

 

レオが謝る必要はなくとも、途中からは変に楽しんでいた気がするレオは目の前で半目で酔ったような面持ちの彼女に罪悪感を覚えた。

口に大量にレオの精液を溜め込んだままチェインはゆっくりとポケットに手を入れる。

中から出したのはデザイン性のかけらもない藍色のハンカチだった。

 

「ふぼっぷぶっ……おごぇっ……♡」

 

チェインが口からレオのザーメンを吐き出す。

以前にもチェインはレオに対して「人間か?」という問いを呈したが、まさに今日もそれを上回る人外っぷりだった。

口から溢れ出すように黄ばんだ白濁液がハンカチへ垂れ落ちる。

彼女の鼻から垂れた精液もゆっくりと落ちていった。

大きく舌が現れ、どぽぉっと精液がとめどなくハンカチに水たまりを作る。いや精液溜まりを。

 

一通り吐き出したあと、チェインは舌で口周りを舐め回して、口内にこびりついた白濁液もまとめて今度こそしっかりと飲み込む。

流石に口内をハンカチで拭くなんてことはできない。

その嚥下にレオは義眼が開くほどに見つめてしまう。

再びぴくっと少しだけ柔らかくなった息子が硬さを取り戻していく。

 

「ふー……ぅっ。」

 

チェインはハンカチを大切なものを包むように精液を閉じ込めて折りたたむとポケットにしまった。

流石にレオは「ええぇ……。」と謎すぎる行動に落ち着いた思考で眺めるだけだった。

自身の汚液がチェインのスーツを汚すのはまずいのでは、と。

しかしそんな腰が砕けたままのレオにチェインは目を向けると、チェインは何も言わず、真っ赤な顔をしたまま質量希釈を使って飛び上がってどこかへと行ってしまう。

 

「えっちょっチェインさん!?」

 

当然、その声に返事する者はいなかった。

レオは呆然としながらとりあえず、ズボンを履いた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

薄暗い部屋。

綺麗にまとめられた空気のきれいな部屋にチェインはそっと帰ってきた。普段なら窓から入るところを質量希釈して完全に壁を抜けて部屋に入った。

チェインの寝室だ。

ベッドはずっときれいにしてくれていたのであろう。シワひとつない毛布と布団、シーツが敷かれておりチェインはにっこりしながらベッドへだいぶした。

 

疲れた。

その一言に尽きる。

 

「はぁああ゜あ゜ぁっ~~!」

 

チェインは体重で潰れる肺から空気が出る気持ちよさに声を乗せる。

スーツはすでにベッドに倒れる段階で希釈して床にグチャッと落ちていた。下も同様だ。

ワイシャツにパンツ一枚という状態はなんとも若い淑女がする格好とは思えないかもしれないが、着替える気力はない。

 

「(………疲れた)ふぅ…。」

 

チェインはぼーっと壁を見る。

疲れたなら眠ればいいのに、目が冴えている。

眠たいのに眠くない。

原因はわかっていた。

 

だからあんなことをしたのだ。明日謝らねば。きっと彼なら許してくれる。

チェインは手に持ったハンカチを見る。

ちゃんと毎日換気していたであろう部屋にはそぐわない雄臭さ、生臭さが一際するハンカチ。

 

「(ごめん……レオ)…。」

 

本当は挨拶したかった。

「よっやっと終わったんだよねぇ仕事。おひさっ!」ってフランクに話しかけるつもりだったチェイン。ちゃんと家に一旦戻って、着替えて、そこからレオの家に突撃して、いなかったらスカッシュに行って、と考えていたのが1週間前。

 

2週間前、人狼局で遠征任務しつつ生理が来た。

 

しかしちょうど人手不足で動けるものはチェインしかおらず、比較的他の局員より軽い方であるチェインはそのまま任務を続行した。

チェインはただでさえ2週間もライブラの面々と話せないことに不満があったが、社会人として仕事はきちんとこなさなければならない。

その不満に加算する形で女性特有の生理現象で内面はぐちゃぐちゃだった。

それでも1週間前まではなんとか落ち着いて「早く帰りたいな―。」と考えていたのだが、3日前にはもう限界だった。

 

疲れたし、安心できないし、落ち着かないし、生理は辛い。

怪我することなんてないが、精神的にだいぶ不安定ではあったように思う。最後らへんはもはや記憶が曖昧だ。

だから、そう。

だからレオを見たとき何かが吹っ切れた。

特別な感情とかそういう意味じゃあない。

私にとって穏やかに落ち着いていられる存在が目の前にいるのだから平静を欠くのは仕方ない。

もちろん彼に会いに行こうとしている時点でわかりきっていたことではあったのだが、想像と目で見るのは違うというやつだ。

 

「私最低だったなぁ……。」

 

相手の優しさに漬け込んで、辱めた。

 

「(嫌われたり………ないよね)…。」

 

言ってて自分でゾッとした。

レオがチェインを嫌う。そんなこともう考えたくないと思うほどにレオに依存している自分に少しだけ自嘲気味に笑うチェイン。

 

もじもじと股をこする。

チェインは気づいていないが彼女は今ものすごく発情している。普段の彼女のサバサバとした態度が先程のようにおかしくなったのにはきちんとした理由があった。

いわゆる魔が差した。

任務での過労、精神的な支えの欠如、加えて生理から2週間後の発情、彼女は人狼であり発情という生物の当たり前の状態がより顕著に出やすい、そしてレオに対する依存度の高さ。

 

チェインはそっと秘所に手を添える。

 

「ん……♡」

 

ひとりでするのなんていつぶりだろうと思う。

性欲はない方だとチェインは思っていた。

 

仕事で、プライベートで時たま男の相手をすることは昔はあった。それでも自分ですることはなかった。大抵、夜は酒で酔いつぶれて、朝は急いで仕事に行く。そのループだ。

自慰行為にふけるような意識を割く時間はなかった。

 

「ふぁっ……ひっ……♡」

 

手に持ったハンカチを鼻に近づける。

一気に強くなる精臭。

頭に浮かべるのは長身のガタイの良い顔に傷のある男。

多分優しく抱きしめてくれる。紳士的でそっと乳房に触れて……。と想像していくチェイン。雄の匂いを強く感じ取ってチェインは指を強める。

 

「ふぎゅっ!……はぁっ♡」

 

大陰唇をかき分けて、指をゆっくりと膣口へ入れる。

チェインは頭の中で意中の、未だ忘れられない相手を思い浮かべて自慰にふける。ゆっくりと秘部は濡れそぼっていき、とろとろと粘つく液体が指にまとわりつく。

 

「あぁっ………ひぁっ!」

 

指が粘液でにゅるっと抵抗なく飲み込まれ、チェインの気持ちよくなるスポットを的確に刺激した。

息は荒れ、酒も飲んでいないのに顔はずっと真っ赤なままだ。流石にチェインは自分がありえないほど発情しているのがわかった。

考えても見てほしい、発情している犬がいたとしてその前に雄の精液があれば当然興奮度は増すだろう。

 

「(これ………右手でやったら…まずい……)よね。」

 

チェインが右手に持っているものは正真正銘、先程搾ってきた活きの良い雄汁。

今のチェインがもし仮にそれを秘所に押し付けようものならまずいことになる。

いや、なんならすでに危ない状況ではあるのだ。

 

「(でも………)ふー…♡」

 

そう、やめられない。

簡単にやめられるなら発情なんてしていない。

チェインはもちろん気をつけているが、そのまま続行した。

 

ちゅっくちゅるっくちゅっ

 

静かな部屋にかすかに水音が響く。

 

「スティーぶ……さっあぁっ!」

 

先程から頭の中では特定の相手が投影されていた。

裸の自分が恥ずかしそうにベッドに寝ているのだ。それに覆いかぶさるように彼がいる。しかしそこからが進まない。

何故か進まない。

 

たまらず指を動かしてシーツを汚していく。

 

ちゅくっ…ちゅっぐちゅっ…♡

 

「はっあぁ……あ……。」

 

チェインは快楽に悶て瞑っていた目を開く。

暗さに慣れた目には片付けられた綺麗な部屋が如実に『もうひとり』の彼の存在を語っていた。

チェインは朦朧とする意識の中、罪悪感を抱えた。

 

「れ……おっ♡……ふぅっ!?」

 

一気に突き上がる快感。

下腹部から電撃が走りチェインの肉体をぶった切るように脳へ雷を打つ。

先ほどの意中の相手との妄想とは比べ物にならないほどに布団が湿っていき、足先から鳥肌が浸透してくる。

指は一心不乱に腟内をかき回している。

 

ぐちゅっ!つぐりゅっちゅ!

 

「ふぃっあっぁぁあお゜っ!?♡」

「(なん……でぇ……♡)はぁあっ♡」

 

固く勃起した陰核を手のひらの付け根付近で優しくこすり揉みながら中指と薬指で舌の口を混ぜる。

一層部屋に響き渡る淫らな音は増していく。それと同様にくぐもった雌の声も添えて。

前述したとおりひとりエッチの回数は少ないが、チェインは自分がこんなにも濡れやすかっただろうかと驚く。

どちらかといえばマグロよりだった自分がものすごく興奮している。コレが発情の力なのだろうかと考えながら上ってくる大きな波を感じ取る。

 

「こん……な♡すぐっ!?ぇあ゜っ!?」

 

驚愕の連続で強くハンカチを握る。

中から大量の精液が溢れ出し、握った手を汚す。鼻筋から脳へ直接刺すような雄の匂いに体をピクピクと震えさせる。まだギリギリ、イってはいない。

腹部が快楽に耐えるために呼吸して膨らんだり凹んだりと激しく動けば動くほど、彼女を淫乱にする臭いが肺を埋め尽くす。

先程たっぷり口に残って飲み込んだレオのザーメンの臭いが喉奥から上って鼻腔を強姦し続ける。

 

ぐっちゅっぐちゅっちゅっ♡

 

「ふっ♡ぎぃっぐっ……いっ…♡」

 

チェインはやけどするほど熱く下腹部が燃え上がる感覚を感じていた。

元よりレオから搾り取った際、甘イキしていたからだろうか?股間は大洪水だった。溢れる愛液が太ももを滑って泡立つ。

 

「(レオっ………はふぅ゛っれっ……オぉっ♡)」

 

ついに引き返せない一線を超え、大きな、チェインには大きすぎる波が足元からせり上がるように脳天へ走る。キュッと肛門がキツく閉まる。足がピンっと張る。眼球はぐるりと上へ引っ張られ普段の余裕のあるクールな顔を想像などさせない淫らな表情になっていた。

 

「いぃっいぐっ!レォ゛っイぐっ!あっぁあ゜♡」

 

ぷしゅっぷしゅあっしゅっとしゅっ♡

 

幸い、というべきか。

チェインはうつ伏せで自慰行為に耽っていたため、潮が家具へ飛び散り、汚すことはなかった。ただ股の間にじわりと広がっていく水たまり。どんどんマットレスに吸収されていく。

 

チェインは真っ白に染め上げられていく思考の中で「なんで!?」「どうして!?」と思わずにはいられなかった。

彼女はこれまで絶頂に達したときに潮を吹き出したことは一度もない。

だからこそじんわりと股間から広がる温かみに驚愕していた。

 

うつ伏せで大の字に脱力するチェインは人生で最高の絶頂を意識する余裕もなく大きな痙攣を2、3度したあと、そのまま眠りについてしまった。

幸い今は比較的暖かい気候なので風邪を引くことはないだろう。

 

 

翌朝、チェインは頭を抱えることになる。

まずレオに行った準レイプ行為。

次にデロデロになったシーツ。

次に大遅刻。

 

 




はい、というわけでフェラ回とオナニー回でした。
さっさとセックスさせたくはあるんだけど、もう少し日常とか色々あってゆっくり一線を越える感じにしたいので申し訳ありません。

あとこれだけは言っておきますがレオくんのナニについてはその…作者も納得はしていません。ただ書いてると楽しいのは巨根・大量射精ネタなので……。

作者は15.5cm程ですがもしかすると漫画みたいな20cm巨根に憧れているのかも?まぁ実際でかいと女性も痛くてセックスどころではないらしいですが、フィクションということで一つ納得していただけると幸いです。

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