ヴィヴィッドMemories (てんぞー)
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~Autumn 78~
ヴィヴィッド・オータム


 いつもは少しだけ静かな時間帯。

 

 その時間帯にしては少しだけめずらしく、今日は賑わっていた。

 

「これを運んでくれるか」

 

「はい」

 

 結構な広さを誇るキッチンで皿とボウルを受け取るとそれを両腕で持てるように受け取り、バランスを取りながらそれをゆっくりとリビングへと持って行く。ダイニングではない、リビングだ。そこにはワイドテレビの前に既に置かれてあるつまみ各種と飲み物があり、テレビとつまみを乗せたテーブルを囲う様に扇状にソファが配置されている。そこには自分の良く知る姿が座っている。今更確認するまでも無いソファを避けてテーブルの上に皿やボウルを乗せる。その上に載っている物はクラッカーやサラダ、お腹にはたまらないが何かをしながらつまめるような軽い食べ物ばかりだ。これからやる事を考えるのであればこういう物が一番いいだろう、とは思う。

 

「あぁ、あとは座っててもいいぞ」

 

「解りました」

 

 キッチンにいる白髪セミロングの女、ディアーチェが片手を上げながらもういいと言ってくる。その好意に甘えてソファに座ると、軽いトスンという音と共に横に座りこんでくる姿がある。そちらへと視線を向ければ両腕に寝ている子供を抱いている姿が横に座り込んでくる。水色の髪をポニテールでまとめ上げた姿はレヴィのものだ。数年前と比べ遥かに落ち着きのある姿で座るとニコリ、と此方へと笑みを向けてから視線をテレビの方へと向ける。テレビのスクリーンには昼間のミッドチルダの姿が映し出されている。中央にはマイクを持ったアナウンサーが存在し、そして右上の”生中継”の文字はその光景がリアルタイムのものであると証明している。

 

『―――です。今年も次元世界最強の十代を決めるDSAA世界代表決定戦女子の部会場前に来ていまーす! スタジオの皆さーん?』

 

『はいはい、聞こえてますよ。そちらの方はどうですか?』

 

 テレビのスクリーンにスタジオの様子が映し出され、そしてコメンテーターがDSAAに関する話を始める。その光景をぼぉっとしながら見つついると、横から弱々しい握力を感じる。視線を其方へと向けてみればレヴィの腕に抱かれた小さな姿が、弱々しく手を伸ばして此方の服を掴んできている。目を瞑っているし、起きている様子はない。眠りながら無意識的にやった行動なのだろうか、赤子のそういう行動に微笑ましさを感じる。

 

「アインハルトの事をイングと勘違いしているのかな」

 

「それはそれで嬉しいような、複雑の様な感じですね」

 

 内心の感情は今のところは考えるだけ無駄なので無視するとして、視線をテレビの方へと戻す。テレビスクリーンの光景はスタジオから会場、スタジアムの光景へと変わろうとしていた。

 

 広いスタジアム内は既に何千という観客によって満たされ、興奮に包まれていた。リングの端にはまだ選手の姿が見えないという事になると、まだ第一試合が始まるまではそこそこ時間があるようだ。だがそれとは別に注視するべきものがそこにはある。カメラはスタジオ全体の様子からフェードインする様に実況席の姿を映し出す。そこに座っているのは三人の姿だ。中央に座っているのは金髪の女の姿だ。一般的なミッドチルダ人の顔立ちの女はカメラが自分に向けられるのと同時に、軽く一礼を向ける。

 

『次元世界最強の十代を決めるDSAA世界代表選、本日は女子部門となります! 実況はミッドTV所属のケラです。男子の部に引き続き解説には―――』

 

 右隣に座っているメガネをかけた茶髪の男が頭を下げて挨拶をする。

 

『ニコニコしながら一分一秒がデスマーチ。就職がなかなかできない、就職先を悩んでいる。とりあえず家からタダメシ食らいのスネ齧りを追いだしたい。無限書庫は君の力を必要としています』

 

『時空管理局本局無限書庫の司書長のユーノ・スクライア先生と』

 

 ユーノの逆側に座っている赤髪、毛先が銀色に染まっている長髪の男が頭を下げてから片手を持ち上げる。その手の中にはホロウィンドウが握られている。

 

『最近長女がハイハイを卒業して歩けるようになったので映像始めました。家族のホームページに動画をアップしているのでいつでもチェックできます』

 

『聖王教会”鉄腕王”イスト・バサラ閣下です! 昨日に引き続き本日もよろしくお願いします』

 

『ははは、無限書庫から逃げられる時間だと思って頑張りますよ。無限書庫から出るの何か月ぶりだろうなぁ』

 

『ミリアー? クロード? レインー? 見てるー? パパだよー! パパお仕事してるよー! パパ頑張ってるよー!』

 

『ハイ、男子の部の時通り、去年通りですね! ちくしょうこいつらを誰かどうかしろよ……特に赤い方……』

 

「これ、実況の人最後まで生き残れるんでしょうかね……」

 

 軽く実況席の中央でハンカチを取り出して額の汗を拭うアナウンサーの姿に同情を覚える。ユーノの事はどうかはわからないが、イストは完全に遊んでいる時の顔をしているようで若干本気の顔をしている。片手に持っているのは最近購入したって自慢していた新型のハンディカムだ。アレで良く子供達の姿を撮影しているなあ、とは思ったがまさか仕事場にまで持ち込むとは。

 

 恐るべし師父の親馬鹿。

 

『パパ頑張ってるよー!』

 

『えー、実況席の方はもうどうしようもないので一旦スタジオにお返しします! あ、えーと、バインド通じないんでしたっけ? スタッフ! スタッフ―――』

 

 テレビの中の光景がスタジオへと切り替わり、

 

「楽しく仕事ができているようで何よりですね」

 

「あ」

 

 後ろから聞こえる声に振りかえれば、エプロン姿のシュテルがオタマを片手にソファの後ろ側にいた。先ほどまでキッチンでディアーチェを手伝っていたはずの姿はおや、と言って自分の手にオタマがある事を確認し、早歩きでそれをキッチンへと戻しに行く。今さっきテレビで師父が何やら凄まじい姿を披露していた気がするが、家族的にはオッケーらしい。

 

 ……まあ、良く考えたら騒ぐような話でもないですね。

 

 つまりあの芸風は何時も通りの話だ。長男であるクロードが生まれてから物凄い子煩悩になったというか―――あんな風に馬鹿馬鹿しい事に一心に力を注げるようになったのは間違いなく世の中が平和になったおかげなのだろうと思うと、自分も少しだけ嬉しくなってくるものがある。と、名前を呼ばれた事に反応したのか、両足でよちよちと歩く姿がテレビの前へとやってくる。白髪の二歳ほどの子供、クロードだ。その姿に近づいて持ち上げるのは長い金髪を三つ編みにして纏めるユーリだ。片手でクロードを持ち上げると、一気に此方の横まで運んで座らせてくる。短くクロードの頭を撫でると、テーブルの上に置いてあるつまみを少し皿に取り分け、ソファまで持ってくる。

 

「今年は夏にマリアージュ事件があったので開催危なかったらしいですけど、何とかDSAAも残すは女子の部の本戦のみとなりましたねー。あ、零しちゃ駄目ですよー?」

 

「あい」

 

 皿を口の下へと持って行きながら子供の世話をするユーリの姿を見ていると、誰もかれもが母親としての姿が板についてきたものだと思う。……いや、これが正しい形であり、正しい流れなのだろうから文句は一切存在しない。ただ……ちょっとだけ寂しい思いはある。

 

「おねーちゃん?」

 

 長男、クロードは二歳になる。となるとこの様に軽い会話なら理解し、出来るようになってくる。内弟子扱いでこの家に置いて貰っているこの身はクロードがいる前からこの家にいるのだから、この子からすれば十分に姉と言える存在なのだろうが―――。

 

「なんでもないですよ。美味しいですか?」

 

「うん!」

 

 美味しそうに口を開けて食べる姿を少しだけ眺めてから視線をテレビへと戻す。丁度今年の本戦出場選手達の紹介が終わった所なのか、舞台の上には様々な選手の姿が見え、それを映すカメラはゆっくりと実況席へと戻されて行く。その過程でチラリと舞台の上に立つ白いバリアジャケット姿の人物はまず間違いなく自分の知っている彼女なのだろうが―――まあ、世界代表クラスともなればどうなのだろう。

 

『ハイ、此方再び実況席です。今年は昨年には激闘を繰り広げたチャンピオン、ジークリンデ・エレミア選手とティアナ・ランスター選手が欠場という事で予選からしても大波乱でしたね。主にヴィクター選手やミカヤ選手の荒れっぷりで』

 

『実質的に勝ち逃げの様なもんだからね』

 

 実況席には先ほど通りユーノ、ケラ、そして少しだけ感電したかのようにスパークしている師父の姿が映し出されているが、これ確実にカメラが向けられていない間に近くで控えているナルにおしおきされたんだろうなぁ、と確信しつつ楽しそうに仕事をしている師父の姿を眺める。実況のケラはホロウィンドウを浮かべて注目選手を数人ピックアップすると、それに広げてユーノとイストの前に並べる。

 

『さて、いきなり優勝候補である二人がいない事で波乱を予想されているミッドチルダの世界代表決定戦ですが、スクライア先生とバサラ閣下は今年度の世界代表に関しては一体誰が輝くと思っていますか?』

 

 何ともそれっぽい会話が始まる。いや、確かにそれが仕事なのだろうか正しいのだろうが―――正直な話真面目な雰囲気を漂わせ始める師父の姿には僅かばかりの違和感を禁じ得ない。弟子として感想がそれでいいのかとは思うが、基本的に一切躊躇や遠慮はいらないと言われているしこれでいいのだろうと思う。

 

『知り合いの贔屓目かもしれないけどキャロ・ル・ルシエが今年は結構いい線行くんじゃないかと思うんだよなぁ』

 

『あぁー……言いたい事は解るね』

 

 ユーノが頷きながら肯定する。そこに実況のケラがキャロの姿をホロウィンドウに浮かべながら首をかしげる。

 

『キャロ・ル・ルシエ選手……確か魔導師分類だと召喚士のクラスの子ですね? 設置型チェーンバインドと龍召喚を駆使した酷いハメコン見せて今の所無傷のストレート勝ちですが、彼女は記録によると去年は予選敗退となっているんですよね。今回これだけ猛威を振るっているのに言っちゃ悪いですけどショボイ成績じゃないですか?』

 

『去年は予選でティアナに当たったからなぁ。身内だとやっぱり弱点知っているというか、試合開始0.2秒で奥の手ぶっぱして容赦なく気絶させる辺り流石ランスター家だと戦慄せざるを得ない。こうやって子供は少しずつ大人になって行くんだなぁ……って妙な納得しちゃったよ』

 

『そこの友人兼解説の脱線を完全にスルーするんだけど今年は優勝したら好きな子を捕獲してプレゼントするよってみんなで応援したから凄い気合出してるってなのはが言ってたね』

 

『昨年から思ってた事ですけど出てくる身内に対する対応シビアすぎませんかというかハードすぎませんか。何かしら犠牲になってたり容赦なく死体蹴りしてくる話しか上がってこない気がするんですけど―――あ、もちろんそこの鉄腕パパさんの家族自慢はいいとしまして』

 

 実況席が段々と話題の脱線を始めているがこれ、確実に身内の恥を晒し始めているのではないだろうかと思い始める。しかもミッドチルダ全域への放送なので世界規模で。だが身内が”アレ”なのは今更な話なので問題ないと心の中で判断しておく。

 

 ともあれ、

 

 和気藹々とするテレビの中の光景から視線を外すと横から最後の料理を大皿に乗せて運んでくるディアーチェとシュテルの姿を目撃し、それと同時に玄関の方からがちゃり、と音を立てて鍵の開く音がする。入り込んでくる”気配”でそれが誰のものであるかを即座に判断するも、反射的に視線を玄関の方へと向ける。扉を開けながら玄関に入り込んでくる二つの姿は予想下通りのものだ。

 

「ういーっす、ただいまー」

 

「すいません遅くなりました。もう試合の方始まってしまいましたか? 途中屋根の上を跳躍しつつ帰ってきたのですけど」

 

「まだ第一試合始まってないから大丈夫だよー」

 

 リビングまで入ってきたのは小さな姿―――ユニゾンデバイスのアギト。若干痴女臭い服装をしているがこれを本人は普通だと判断しているのでそれは置いておく。もう一人が―――自分とうり二つの女性。正確に言えば”自分の何年も先の姿”の女性。長い緑髪をストレートにおろし、首には赤のマフラーを巻いてある。大人しい色のロングコートを脱ぎ、それをコートラックにかける。

 

 将来、自分は彼女になるのだろうか、なれるのだろうか。

 

「……アインハルト?」

 

「あ……」

 

 彼女の事を不必要に眺め過ぎていたらしい。視線に気づかれた。何故か恥ずかしくて素早く視線を逸らし、テレビの方へと再び視線を向ける。横でレヴィがクスリ、と笑っている声を聞き流しておく。

 

「何でもありません、イング」

 

 テレビの中では第一試合が始まろうとしていた。世界代表戦にまで残っている猛者たちだ。そんなレベルの戦いがテレビで見る事が出来る。夏に起きた事件のせいで今年は少しだけ開催が遅れてこんな時期に―――秋になってしまったが、

 

 今年もまたDSAAの季節がやってきた。

 

「……いいなぁ」

 

 テレビの中で活躍する同じ十代女子達の姿を眺め、ポツリとそんな言葉を零す。

 

 ―――新暦78年秋。

 

 夏に起きた冥王の事件は終わり、

 

 事件は少しずつ過去に変わり始め、

 

 世界は綺麗に紅葉に染められていた。




 貴様らはあらすじを読んだとき一種のトキメキを感じたかもしれない。

 あぁ、つまりは平常運転だ。激しく平常運転だ。貴様らマタセタナ。続きを待っていた諸君久しぶり、新規読者への配慮は何時も通り0なのでそこらへん注意というだけで。

 マテズからの続きという事でDSAAに関しては大きな改変が加えられています。原作Vividのままだとは断じて思わないように。


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スクール・ガールズ

「おはようございますわストラトスさん。昨日の試合を見ましたか?」

 

「えぇ、もちろん」

 

 St.ヒルデの自分の教室へとやってくるとやはり、というべきかクラスルームはいつも以上に騒がしく、そして盛り上がっていた。その内容を考える必要もない―――DSAAの事だ。おそらくこの世界で大人や子供構わず、アレを見ていない人間等存在しない。それだけにあの大会には知名度などが付いて回っている。故にDSAA世界代表戦の次の日……いや、数日の間はDSAAの世界代表戦、その内容で話題は持ちきりになるのだろう。

 

 今の様に。

 

 普段はあまり話す事のないクラスメイトですら少し興奮した様子で話しかけて来ている。普段は意図的に距離を取って話さないようにしているのだが、こんな風に興奮している時だけはその事実はクラスメイト達には通じない。楽しそうに笑みを浮かべ、同じSt.ヒルデの制服姿で少し飛び跳ねながら、此方のテーブルの上に両手を乗せる。軽いジャンプをするたびにミッド人に多いその金髪が揺れる。

 

「はしたないかも知れませんけど、私昨日の試合を見て物凄い興奮しましたわ! 私達と変わらぬ年齢で世界を代表するレベルでの実力を持っている事! 真剣に勝利だけを目指して戦うあの姿! 昔は何とも野蛮だと思った事でしたが、こうやって実際に武道や魔導を学び始める年齢になりますと活躍している方々がどれだけハイレベルであるのかを理解しますわね!」

 

「そ、そうですね」

 

 思った以上に気合が入っているクラスメイトの姿に軽くひくが、それでも彼女の興奮した様子は終わらない。あまり、というかほとんど話したこともない筈なのだが、こうやって予想外に食いつかれると若干驚く。どう返答したものか、それを短く悩むが、考えが思い浮かぶ前にクラスメイトである彼女―――名前は覚えてないその子が両手で此方の手を掴んでくる。

 

「ストラトスさん!」

 

「あ、はい」

 

「私、ストラトスさんが武道に通ずる方だと聞きました!」

 

 そのことばで大体察した。おそらく、というよりこのクラスはあまり”ストラトス”という名の意味を知らない。だからこそこうやって遠慮もなく話しかけてこられるのだろう。低学年だった頃は親から”関わるな”という言葉があって為に誰も近寄る事はなかったが……こうやって遠慮なく誰かが来るのはやっぱり環境の変化だろうか。ともあれ、積極的にかかわる理由が無ければ―――自分から否定して追い出す理由もない。

 

「えぇ、一応師父に内弟子として家に置いてもらい、修練に励んでいる身です」

 

「ま、ストラトスさんってもしかしてかなりやる方なんですか? ストラトスさんは何時も静かに勉強していますし、あまり体育でも目立ったことはないので勉強をするタイプの人だと思っていたのでしたが」

 

 体育に関しては感覚の違いだ。師父の言葉を借りて言わせてもらうのであれば”プロがアマの環境で暴れるのは情けない”という言葉に尽きる。自分がこの環境で一位を取れるのはどう足掻いても当たり前の事で、そして無意味な事だ。クラスの体育の点数で高得点を取って喜ぶほど子供ではないので、素直に機会を与えるという事でテストも体育も、ある程度採点されるものは手を抜いている―――今の所見破られた事はない、と思う。

 

「まあ、あまり目立つことは好きではないので」

 

「ですよねストラトスさんを見ているとなんとなくそう言うの伝わってきますわ。ですが今はそのストラトスさんの武道に関する知識をお借りしたいのです! 私はどうしても証明したい事があるのですわ!」

 

 名前を覚えてない彼女は掴んだ両手をぶんぶんと上下に振り回す。オーバーリアクションだなぁ、と思う反面、こう言う年齢であれば何をやるにしてもオーバーリアクションだろうな、と今更な事を思う。まあ、ぶっちゃけてしまえば自分が”枯れている”だけなので、目の前のリアクションが健全な中等部学生の反応だ。

 

「自分の知識で助けになるのであれば」

 

「では!」

 

 バン、と手を解放し机を叩き、

 

「昨日の世界代表決勝戦、ジークリンデであれば優勝出来た事を証明してほしいのです!」

 

 世界代表決定戦。目を軽く瞑れば昨夜テレビで見た内容を精密に思い出す事が出来る。師父と司書長の容赦のないボケの中アナウンサーが頑張っていたのは特徴的だったが―――決勝戦の内容は実にシンプルなものだった。ミカヤ・シェベルという選手と、そして究極召喚を部分的に展開してリングごと敵を滅ぼすという出禁確定の手段に手を出したキャロとの勝負という内容だった。

 

 その試合内容は一瞬で終了した。

 

 無拍だ。

 

 今まで隠していたのか、完全に対策を施していたのかは解らないが、試合が開始するのと同時に刀型のデバイスを武器とするミカヤは居合を混ぜた無拍子の斬撃を召喚やバインドを発動させようとしたキャロへと叩き込み、そこで怯んだ瞬間に連続で無拍子の斬撃を叩き込んだ。キャロの防御力自体はそう高くはない、何故なら彼女の戦闘力というものは九割がた召喚物に依存しているからだ。故に召喚できる前に必殺を叩き込んで沈める。考えられる限りの最善手だ。

 

 ……一番印象的なのは試合が終わった瞬間リングサイドで歓喜の雄たけびをあげていたエリオさんの方なんですけどね……。

 

 逆にキャロは負けた瞬間血涙流しそうな様子が印象的だった。アレ、ほとんど自分と年齢が変わらないというのに何であそこまでぶっ飛んでいるのだろうか激しく気になる。決して参考にしたいわけではないが。

 

 ともあれ、

 

「ジークリンデ……エレミアですか」

 

「えぇ!」

 

 彼女の事はテレビだけではなく―――記憶として知っている。エレミア。リッド。義手。鉄腕。軽く思い出すだけで多くのキーワード、そして昔の光景が脳をよぎる。そこに付随する感情は―――もう存在しない。無、完全にない。そこに存在したイングヴァルトの感情は既に数年前に清算され、もう存在しない。……今の人生に関わってこない限り、どうでもいい人間の一人だ、エレミアは。故に自分が持っている情報と、そして去年テレビを通してみた彼女の姿を思いだし、答える。

 

「―――エレミアであれば、楽勝ですね」

 

 

                           ◆

 

 

 軽い興奮を空気に残したまま一日は進み、そして終わる。ベルが鳴って一日の授業が終わると別段厳しいわけでもないが、何故か一息をつくような安心感がある。精神がどんなものであろうと、学校という存在はその日の終わりが来ると安心感を与えるものなのだろうか。

 

 授業に使った筆記用具やノートを手提げかばんの中へとしまうと、それを持ち上げる。ホームルームが終わって先生が教室から出た瞬間騒ぎ、そして集まり始めるのはどの時代であっても変わらない文化なんだな、と少しだけ面白みを感じ、かばんを手に立ちあがる。

 

「あ、ストラトスさんさようなら」

 

「さようならー」

 

 立ち上がる此方の姿が目に入ったクラスメイト達が手を振りながら挨拶してくる。あいにくと名前はやはり覚えていないので、返事する時も口に名前を出す事はない。少しだけ笑顔を作って、軽く片手を持ち上げて振る。

 

「えぇ、さようなら」

 

 言葉を返してから振り返る事もなく、そのまま教室の外へと出る。九月後半―――秋ともなると日が暮れるのは早い。窓の外から風景を眺めれば、既に太陽が段々と降りてきている様子が見て取れる。まだ完全に赤く染まる様な時間帯ではないが、数時間後にはもう綺麗な夕暮れを見る事が出来るだろう。時間の経過とは早いものだと、そう思いつつ騒がしい廊下を一人で歩き始める。横を抜ける生徒たちの声にはどれにも楽しそうな色が乗っている。そしてその話題の中心はほとんどが昨夜のDSAAに関する事だ。

 

 それもそうだ、ミッドチルダ代表が決定したのだ。

 

 DSAAの世界代表が決定すれば、今度は次元世界最強決定戦となる。此方は各世界の世界代表とトーナメント式で戦う何とも大きなスケールの大会となるが、今年は開催が遅かった影響もあって、おそらく冬頃になる、というのが昨夜遅く帰ってきた師父の言葉だった。運営かもしくはイベントに関わっている人物が身内にいるとこういう情報がいち早くキャッチできて、非常に有用だ。

 

 今日も今日で、学業が終われば真直ぐ家へ―――バサラ家へと向かう。完全にバサラ家に寝泊まりし始めたのは去年からの話だが、それからは日常生活の拠点は完全にあの家となっている。最初は不便がないかどうか心配されたが、学校は今の方が近いし、実の両親よりも遥かに楽しく生活できているし、今の所不満は一つとしてない。……嘘ではない、本当だ。クラスに友と呼べるような人はいないし、別所を見て友達と呼べるような人は……少ない。それでも自分の人生は今、絶頂期を迎えていると言っていい程楽しくに、そして嬉しい。

 

 それを教会の方々に伝えたら微妙な顔をされましたけどね……。

 

 まあ、解らない事ではない。基本的に教会の司祭や司教といった人間は善人で、そして家族の輪等を大事にしている。本当の家族以上に幸せになれた、と言われても微妙な表情しか彼らには浮かべる事しかできないだろう。

 

 と、そんな事を考えていると、中等部校舎の出口まで割とあっさりと到着してしまった。何時もながら思考に没頭すると歩くのが早くなるのか、とでも思ってしまう。この廊下もそれなりに長さを持っている筈なのだが、何時もさっさと抜けてしまう記憶しかない。ただ単純に思考に没頭しすぎているだけかもしれないのだが……まあ、これもどうでもいい話の一つだ。

 

「学校……必要だと解っていますが、やはり退屈ですね」

 

 やっぱり、学校に通うのは自分にとっては”作業”の様なものだと思う。本来学校へと通う事で学ぶはずの知識だけではなく、人との付き合い方、社会への出方―――そういう必要な知識は既に生まれた時から存在している。だから自分に残っているのは社会に対する義務と義理のみ。そして個人的に”目立ちたくない”という願いだけだ。だから学内での活動はそこそこに、今日もさっさとモノレールに乗って家へ帰ろう。そう思い外へと続く扉を開け、

 

「―――あ、遅いですよ!」

 

 扉を開け、そして抜けた先、そこには自分よりも少しだけ小さな姿がある。右手を腰に当て、そして左手を真直ぐ此方へと向けて指差してくる。秋の風に金髪はゆらりと揺れ、そしてオッドアイが真直ぐと此方の視線を射抜いてくる。少しだけ咎める様な、不敵な笑みを浮かべながら遅いと言った彼女は初等部の制服に身を包み、そして口を開いて言ってくる。

 

「今日もぼっちですかぼっちハルトさん」

 

「私前々からヴィヴィオさんとは決着を付けなきゃいけないと思っていたんですよね」

 

 確実に色濃く”母”の芸風を継いだ少女はそうですね、と言って腕を組み、

 

「しかし良く考えてみてくださいアインハルトさん。私にはリオとコロナという友達が二人もいるんです。それと比べてアインハルトさんは圧倒的ぼっち。ぼっち力五十三万です。たぶんベルカ一のぼっちです。そんなぼっち王のアインハルトさんと私を比べちゃいけないんだと思います。いいですか? 私はアインハルトさんの数倍は凄いんです」

 

「一応リオとコロナは私の友人でもあるんですけど」

 

「私が先に捕獲したので優先権は私で」

 

「捕獲したって言い方はやめましょう。あの二人が釣られた魚のようで憐れになって来るので」

 

 ―――高町ヴィヴィオ。

 

 元聖王という存在、そして未来の聖王になるかもしれない存在。それが彼女だ。容赦のない言葉は彼女なりの”親愛”の証という事はここ数年の付き合いでもう十分に理解している。だから自分の事を態々待ってくれたヴィヴィオの存在に対してワザとらしい溜息をついて、そして歩いてヴィヴィオの横に並ぶ。その動きにヴィヴィオはついてくる。

 

「ヴィヴィオさん、世間では友達二人だけだと結構”寂しい”の分類に入るそうですよ―――やりましたね、これでぼっち仲間です」

 

「アインハルトさん、私を馬鹿にするのはやめてください。こう見えて教会へ行って少し号令をかければわんわんとやってくる人たちがですね……」

 

「ヴィヴィオさん、それを人は奴隷とかペットって言うんです。決して友ではないと思います」

 

 今の会話も軽くどこかおかしかったような気もするが―――まあ、自分とヴィヴィオの関係なんてこんなものだ。世間一般では悪友何て呼ぶような仲の良さ。そんなもの。

 

 さて、

 

「ではさっさとモノレール乗り場へ向かいましょうか」

 

「ですね、ママとかおじさんが待っているでしょうし」

 

 他愛もない話をしながらモノレールへと向かう。まだ私達の一日は終わらない。




 大体三日~四日に1更新予定ですわのよ。

 ヴィヴィ王様は色濃く母(砲撃)の芸風を受け継ぎました。


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レイルウェイ・バック

 学園のすぐ傍には街やミッドチルダへと繋がるモノレールが存在する。St.ヒルデが僻地に存在する事は学園側も理解しているのか、それとも十分元手は取れているのか、学園から各駅へと向かって運航しているモノレールは基本的に学生であれば無料で利用できるようになっている。定期替わりとなる学生証をスカートのポケットから取り出し、それを改札機に軽くタッチする事で閉じていた改札機が開き、通れるようになる。改札機を抜けた所で学生証をポケットの中に戻すと、横の改札機を抜けてヴィヴィオが横に並んでくる。

 

 二人で一緒に、横並びにモノレールが止まるプラットホームまでの階段を上がり始める。

 

 プラットホームまでの距離は低学年の生徒の事を意識してか、そう遠くはない。いや、そもそもエスカレーターにエレベーターまで設置してあるのだ。そう問題でもない。そこであえて階段を選ぶのは―――師父に言わせてみれば”若さ”というものらしい。当人たちからすればなんとなく、という理由で階段を選んでいるだけの話なのだが。ともあれ、そうやってヴィヴィオと一緒に帰るこの通学路はもう既に慣れた道だ。ヴィヴィオがSt.ヒルデに入学してからは縁もあってヴィヴィオの面倒を見ていたりもするので、もう数年一緒にこの道を通っている。

 

 本来ならここに共通の友人が二人付くのだが、彼女達二人は今はいない。今、というよりは本日という言葉が正しい。ヴィヴィオのクラスメイトである彼女達は委員活動がある。遊ぶ時間が減るので辞めたいとは言っているが……まあ、人が良いので無理だろうとは思う。どう足掻いてもあの二人が放課後、自由に遊べるようになるのは来年からだと思う。そうなったらそうなったで帰り道が騒がしくなりそうだと、楽しみになる。

 

「そういえばヴィヴィオさん、昨日は会場にいたんですよね?」

 

「うん、フェイトママと一緒に淫ピの試合応援に行ったの」

 

「友人を淫乱ピンク呼ばわりはやめましょうよ」

 

 えー、と嫌そうな顔をヴィヴィオが浮かべるが、そこらへんは本気じゃなくて遊んでいるだけだと理解している―――つもりだ。これがもしもガチだったりしたとしたら、なんというか……もうヴィヴィオらしい、という事で片付けて良いような気もする。まあ、ヴィヴィオがどういう人間かは誰よりも、自分が―――両親であるなのは達よりも把握している。おそらく一番正確に。この女の中身を把握している。

 

 だからと言ってそれをとやかく言う程子供であるつもりもない。

 

「まぁ、マジレスしますと結構楽しかったですよ。おじさんやなのはママと比べるとやっぱり見劣りはしますけど、それでも十代であれだけの領域に立てるのか、っていう驚きはありましたね。流石世界代表レベル、ってやつですか。試合が基本的に30秒も続かない大味な試合なのはそうしなければ”終わらない”というのは当たり前なので基本的に勝者であるミカヤ・シェベルやドラゴン系ピンク娘ばかりフォーカスされてたもんですけど」

 

 そこで階段を上がりきり、プラットホームに到着する。既にそこにモノレールは到着していた。ヴィヴィオもそこで一旦言葉を区切り、一緒に一気にモノレールに乗り込む。モノレールに乗った直後りりり、と音を立てながらモノレールの扉が閉まり始める。軽く息を吐き出しながら呼吸を整えた所でヴィヴィオが話を続ける。

 

「やっぱり全体的にレベル高かったですよ? それなりに参考になりますねー、ってフェイトママと話してた感じで。まあ、やっぱり日頃からレベルの高すぎる人たちが周りにいるせいでどうしても見劣りするんですけどね。まあ、贅沢って言っちゃえば贅沢な話ですけど」

 

 ニコリ、とヴィヴィオは笑みを浮かべる。

 

「あの程度だったら私やぼっちハルトさんで十分無双できそうな感じですよ」

 

 ふざけた事を言っているが、ヴィヴィオのこの言葉は大まじめだ。そしてヴィヴィオも、そして自分も自分の実力がどれぐらいなのか、それは優秀な師が存在している為に正確に測れている。それから判断したところ、という事だろう。

 

「ヴィヴィオさんって基本的に常時喧嘩を売り続けないと満足できないタイプですよね。というか周りに誰もいない事を確認してから言っている辺り確信犯というか何というか。師父に言いつけますよヴィヴィオさん」

 

「ヴィヴィオ、アインハルトさんが何を言っているのかちょっと良く解らない……かな? ヴィヴィオは学園でも上位に入る成績優秀者だし、人当たりも良くて、それでいて先生にも気に入られている超良い子ですよ? うーん、アインハルトさんは不思議な事を言いますねー……」

 

「一番不思議なのはヴィヴィオさんの脳内なんですけどそれは追及するとたぶん終わりがないでしょうからこの際折れてスルーしておきますね」

 

 隠す気もなく、露骨にヴィヴィオの存在に対して溜息を吐く。それにもちろんヴィヴィオはケラケラと挑発的な笑いを隠す事をしない。この女、実にいい性格をしている物だと思う。オリヴィエを”聖人”の様な人物だと評価すれば、ヴィヴィオはその対極―――とはいかないが、その”反動”を受けて非常に俗っぽい性格になっているような気もする。……これで頭の良い優しい子、と大人から評価は受けているのでヴィヴィオの猫の被り方の凄まじさが解る。なんだったか……そう、アギトがヴィヴィオの惨状を見て言った言葉を思い出す。

 

 ―――ラスボス化治ってないぞこの幼女。

 

 ……アレですかね。

 

 ラスボス化、と言ってアギトが何を差しているのかは理解している。それは三年も前の事件だが、アレの発生前と後ではヴィヴィオのキャラが全く違う事も把握している。ただそれでも、彼女とは事件の前から友人として接していた。これの程度で今更付き合い方を変える自分でもない。それでも時々こいつどうにかならないのか、と思う事はあるが。

 

「ま、座ろうか」

 

「そうですね」

 

 モノレールを利用しているのは九割方学生だ。必然的にモノレール内の空間は学生しかおらず、多くの席が空いている。故に適当な席に何時だって座る事が出来る。遠慮なくモノレール内の一角をヴィヴィオと共に占領すると、カバンを膝の上に乗せる。話の中心はやはり―――DSAAとなる。というよりも今のこうやってDSAAが終わったばかりの時期に、他の話題を持ち込んでくるということ自体が無理なのだ。上位陣はわりかしガチで戦ってはいるが、そうでない人間からすればDSAAの戦闘も”スポーツ”という扱いになるのだ。そうなると一気に敷居が下がり、参加しやすくなるし、調べやすくも、話しやすくもなる。それこそ野蛮だという人間は多いが、それは本当に稀な人種だ。

 

 モノレールが静かに走り始める。

 

「世界代表が終わったので次は次元世界最強決定戦ですけど……アレ、どうなると思います?」

 

「うーん、割とミッドチルダのレベルの高さは侮れないんですよね。やっぱ例年通り、ミッドチルダの世界代表がほぼ次元世界代表で確定だと思いますよ。そりゃあ他の世界にも強い人はいるんですけど、ミッドチルダが”第一”の世界でもある事を含めて一番人口や人種が多かったり、レアスキル持ちの人が回されてきたりで一種の魔窟なんですよね」

 

「では今年はミカヤさんで決定ですかね」

 

「たぶんそうですね。二年前にティアナさんが、去年はエレミアが、そして今年はミカヤさん―――何というかミッドチルダは一体どこまで魔窟なんだってラインナップですね。そこらへん、別世界のテレビ放送見てると対策とか注意点とか、今年こそ打倒ミッド代表! とか結構やってるらしいですよ? まぁ、そんなので勝てる様なら人生超チョロイんですけどね。対策した程度で勝てるなら勝てない相手なんていないんですよーだ」

 

「世の中どうにもならないものは存在しますからね」

 

 たとえば十代の範疇から超えた本当の実力上位人―――おもになのはと師父の存在の事を示しているのだが。三年前のJS事件を解決した際に二人とも身体的に大きなハンデを負い、以前と同じ様に戦うことはできない筈なのに、そんな常識を無視して以前と遜色ない動きを此方に見せつけるその光景にはもはや畏怖の念しか浮かばなかった。常識外れとはあのような存在の事を示すに違いないと思う。

 

 まあ、今ではただのサボリ魔な二人なんですけど……。

 

 社会的には色々と尊敬され、憧れる様な立場にある。なのにあの二人はJS事件が終わって落ち着いてからかなり仕事をサボる様になってきている。その事に不安を感じなくはないが、子供である自分が何かを言うのもおかしいので、黙って楽しんでいる事にしている。

 

 が、さて、

 

「DSAAですか……」

 

「もしかしてアインハルトさんも出場してみたいの?」

 

「……本音を言うと結構興味がありますね」

 

 右手を持ち上げて、握り拳を作る。覇王流、それが最強の武術である事を師父は最高の状態の聖王を撃破する事で証明して見せた。多分にアレンジが入っていたが、それでもイングヴァルトの悲願を見事に果たす事が成功した―――ならば自分はどうだろう。師父は自分は強いと言ってくる。知り合いも自分の事は強いと言ってくる。だが実際はどうなのだろうか。狭い範囲でしか実力を計った事はないが。かなり頻繁に師父と組み手をするが、それでも勝てた事はたったの一度もない。教会は教会で覇王流が外部へと漏れる事を危惧して適当な大会に参加する事に許可を出してくれない。

 

 故に、解らない。自分はこの世界に対して、どれだけ通用するのだろうか。一度でいいから自分と同年代と思いっきり戦ってみたい。

 

「ヴィヴィオさん」

 

「なんですか?」

 

 そう考えると本当に、自分は、

 

 私は、

 

「―――本気になった事がたぶん、ないです」

 

 意外にもその考えはスラリと出てきた。考えてみればこの人生において、心の底から本気を出した事がない気がする。何時だって、何だってできて当たり前だ。勝てる相手には勝てる。勝てない相手には勝てない。勉強はできて当然、目立たない為にも手を抜かなきゃいけない。遊んで、勉強して、鍛えて、戦って―――でもその中で一度として、心の底から全力の本気になったためしがない。そう思うとDSAAに参加できる子達がとたんに羨ましく思える。

 

 葛藤があるのだろう、願いがあるのだろう、夢があるのだろう、そしてそこには本気になれる場があるのだろう。それは実に羨ましい事だが―――同時に斬り捨てる。出来ないのであれば夢を見ても無駄だと。本気になれなくても自分の人生は今、非常に満ち足りている。孤独だった子供の頃よりも遥かに豊かになっている。だとすればこれ以上求めるのは完全な罰当たりではなかろうか。幸せになれたのに、これ以上貪欲に求めるのは傲慢ではないのだろうか。

 

「ま、所詮戯言ですよヴィヴィオさん」

 

「ふーん……」

 

 モノレールが目的の駅へと到着する。さほど興味なさそうにヴィヴィオが答えるのは実際、興味がないからかもしれない。席から立ち上がり、モノレールからヴィヴィオと並んで降りる。暖房のついていたモノレール内とは違い、モノレールから一歩外に出ると一気に秋の涼しい空気が襲い掛かってくる。その冷たさに小さく体を震わせ、制服の上に来ている学園指定のコートを少しだけ身に寄せる。だからと言ってどうにかなる訳ではないが。とりあえずは気分の問題だ。

 

「ま、DSAAの事を言っても後は消化試合ですからねー。私的には決勝戦までキャロさんが残った時のエリオさんの絶望の表情と、その後キャロさんが敗北して自分が助かったと理解した時のエリオさんの表情が何とも面白くて楽しかったので、来年もこれぐらいの面白度をDSAAには求めたい所ですね」

 

「完全に玩具ですよね、エリオさん」

 

 アレは不幸の星の下に生まれた男だと周り全てから認識されている。もはやどうにもならないというのが共通の見解なので救いの手なんて存在しない。あとは個人の努力に任せるとして、

 

 プラットホームの階段を下りて行く。ベルカ自治区内に存在するモノレールの駅はそれなりに帰宅する学生の姿で賑わっている。やはり聖王教会系列の学園だからか、ベルカ自治区から通っている子は多い。そんな自分もベルカ自治区にある師父の家から通っている。ヴィヴィオはベルカ自治区ではなくミッド中央区に住んでいるのだが―――自分もヴィヴィオも、改札機を抜けて向かう先は住宅街ではない。

 

 何時も通り駅を抜け、そしてバス停へと向かう。

 

 そして何時も通り、変わらない時間、変わらないルートで、変わらず……聖王教会へと向かう。




 ハルにゃんギガ天使。あとタグはめんどくさいから前作のをコピペしただけ。

 ともあれ、vivid時代は原作を使ったオリジナル、という認識でいい感じで。あと大人アインハルト絵増えろ。


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マイ・タイム

 駅前のバス停からバスに乗って十数分移動する。毎回同じ時間の同じバスに乗っているせいか、バスの運転手とは既に顔見知りだ。話し合う仲ではないが、それでもバスに乗る時軽く挨拶をするぐらいには互いに面識がある様になっている……それぐらいには日常的に利用している。そうやってバスが到着するのは聖王教会手前のバス停だ。ミッドチルダ最大規模のベルカ自治区という事もあり、聖王教会そのものもかなりの大きさを誇っている。

 

 ……ベルカ民の九割が教徒ですから必然的に立派になりますよね。

 

 今日も何時も通り聖王教会の正面入り口は大量の教徒の姿でごった返している。日々巡礼や礼拝、様々な理由を持って教会へと尋ねてくる人によって人ごみは途切れることなく続いている。その中に紛れ込む様に自分とヴィヴィオも混じる。正面入り口、門を抜けようとするときに左右に立つ門番が軽く敬礼する。それに対して即座に笑顔を向け、手を振り返すヴィヴィオは凄いと思う。自分なんて軽く嫌気を覚えているというのに。

 

「アインハルトさん、人付き合いって結構苦手ですもんね。だからこそのぼっちハルトさんなんですけど」

 

「そろそろ殴っていいですか」

 

 拳を軽く握って作ると、それに即座に反応する辺りヴィヴィオらしいと思いつつ、教会の敷地内に入る。そのまま真直ぐ前へと進めば礼拝堂やらに行けるのだが―――生憎と自分達の目的地はそこではない。なので真直ぐと奥へ進もうとする人込みを避け、横へと列から抜けて進んで行く。入るのは教会の関係者用の扉だ。それを見張っている人間がいないのは基本的なモラルに信頼を置かれているからだ―――実際、聖王教会における汚職率は他の宗派と比べてかなり低い。それでも出る時は出てくる辺り、理想だけではどうにもならないのが世の中だと思う。

 

 そんな事を思いつつ教会の関係者用の敷地に入ると、此方は此方で多くの人がいる―――流石に表ほどではないが。此方は先ほどの光景と比べてカソック姿の人が圧倒的に多くなる。その人物たちで自分やヴィヴィオの姿を見間違えるような人物はいない。彼らは敷地内を進む自分達を見かける度に頭を下げ、そして挨拶をしてくる。何度も経験しているその光景に疲れを感じつつ、軽く溜息を吐きながら目的地へと向かって進む。ヴィヴィオは一々挨拶を返して露骨に点数稼いでいるが―――正直な話、身内以外はどうでもいい部分が大きいので、そういうキャラは全部ヴィヴィオに任せる事にする。

 

「……」

 

「……なんですか」

 

「うーん、べっつーに? なんでもないですよー?」

 

「ヴィヴィオさんって挑発の才能ありますよね」

 

 へこますには一体どうすればいいのだろうか、と少しだけ悩みながらも中庭を抜け、更に施設の中を通り、聖王教会の裏手へと真直ぐ抜けたところで、漸く目的地へと到着する。外へと通じる扉を抜けるのと同時に感じるのは太陽の光と、そして秋の涼しい風だ。広く、そして整えられた大地の中央に立つのは三つの姿だ。一人目は聖王教会の騎士が着る騎士甲冑姿の男―――護衛だ。

 

 必要ではないが、形としては必要な存在だ。

 

 その横に立つ人物がロングスカートにセーター姿の銀髪の女性、片目を長い銀髪で隠す様にし、此方に気づくと同時に軽く手を振ってくる。昔の無表情さと比べれば今の彼女はどれだけ表情豊かになったのかが解る。ナル・バサラは此方を笑顔で迎え、そして、

 

「お、来たかチビっ子共」

 

 赤毛、長身の姿が秋だというのにショートスリーブのシャツと、そしてジーンズというラフな格好で立っていた。おそらく動きやすさを優先してそんな恰好をしているのだろうが、よくもまあこんな季節に、と思ってしまう。それでも平気なのはすぐ傍にユニゾンデバイスが存在し、彼女による何らかの支援があるに違いないと思う。事実上、彼に一番近いのは彼女だと認めるしかないのだから。誰が言ったか、超絶勝ち組と。

 

 イスト・バサラは左右で違う目の色を此方へと向け、歯を見せる笑顔で此方の存在を片手を挙げ、迎えてくれる。しかし、この服装のラフさに関してツッコミを入れる人間は存在しないのだろうか―――いや、なのはであれば確実に笑っているのだろうが、此処にそれだけの勇気や文句を言う様な存在はない。故に、

 

「おじさん!」

 

「おっと」

 

 何時も通りヴィヴィオが走って師父に飛びつき、抱きつく。そのまま顔を師父の胸に埋めるその光景を護衛の騎士は微笑ましそうに見ながらも邪魔にならないように端へと下がる。本来は必要のない人間なので邪魔にならないように下がってもらっていた方が助かるのは確かだ。

 

「ヴィヴィオは甘えん坊だなぁ」

 

「そんな事ないですよー!」

 

 だからそうやって媚びるの止めろよ。

 

 あと無駄にあざとい。

 

 喉まで上がってきた言葉を何とか飲み込んで、自分も近くへと歩み寄る。ヴィヴィオの背丈はまだ自分と比べて小さいため、師父が片腕で持ち上げられる程度の大きさしかない。その間のヴィヴィオは嬉しそうな、快活な年下の少女の姿をしている―――このアマめ。

 

 と、そこでヴィヴィオを片手に抱えた師父が開いている片手でサムズアップを作り、向けて来る。

 

「あ、そうだ。鍛錬とか仕事とかだるいから、今日は全部投げ捨てて商店街いこっか」

 

「わぁーい!!」

 

「そうですね」

 

「お前らはそこ”は”仲がいいな」

 

 ナルの言葉を聞き流しながら自分も師父の横へと並ぶ。ヴィヴィオの逆側に立つと軽く頭を撫でられる、それが短い事に若干残念さを感じていると、すいませーん、と声を上げて護衛役が手を振ってくる。

 

「どうせ止めても無駄ですのでここら辺で気絶させてくれると非常に仕事が楽なんですけど。ほら、責任追及とかそこらへん放り投げられるので」

 

「もう少しまともな人材はいなかったのだろうか」

 

「堅物というかもうちょっと真面目な連中は予め司教の方からストップがかかっていて……曰く”一時間もすれば発狂するからあかんわ”だそうです。ですので適度に不良でサボりがちな自分みたいな人材が護衛として投げつけられています」

 

「ナイス司教」

 

「ヴィヴィオ知ってるよ。これ、普通なら責任追及する様なことだって」

 

 守る対象の方が強いのだから、ここで護衛をつけるとか一体どんなギャグなのだろうか、という話は既にある。この二人、というかバサラ家自体戦力過多なのは周知の事実であり、護衛の必要性の無さは理解されているからこそこんな状況なのだろうが。

 

「じゃあ殴るか」

 

「あ、待ってください。やっぱり気絶させられると痛そうなので睡眠薬で眠らされたって設定はどうでしょうか」

 

「この世のどこに護衛を睡眠薬で眠らせる要人がいるんだ」

 

「睡眠魔法ならあるぞ」

 

 ナルのその言葉に視線が集まり、ナルがホロウィンドウを浮かばせる。そこにはたしかにレジストに失敗した相手を強制的に眠らせる魔法が記載されていた。それを誰もが確認し、そして頷き、護衛の騎士を見る。護衛の騎士はそのまま聖王教会裏手の草地に寝転がり、眠りやすい体勢を確保し、寝転がった状態で視線を向けて来る。

 

「―――どうぞ」

 

「これって意味あるんですか?」

 

「努力する事に意味があるんじゃないかなぁ」

 

 その光景を見てイングヴァルトとオリヴィエの時代の、のほほんとしてたベルカはもうないんだなぁ、と毎回思う。まあ、アレはアレでいいが、今の方が遥かに楽しいのでやっぱり、こっちの方が好きだ。

 

 

                           ◆

 

 

「ま、秋と言ったらやっぱり食欲の秋だ」

 

 聖王教会から少し離れた位置―――といっても依然ベルカ自治区内だが、その商店街を四人で歩く。こうやって聖王教会から抜け出してサボる事自体は初めてではない。その証拠に商店街に入ると、商店街の店の主達がお、と声を漏らしながら挨拶をしてくる。それを自分は面倒だと思うが、師父は楽しそうに片手をあげて挨拶を返す。

 

「よぉオッチャン、景気はどーよ」

 

「かーっ! てんでダメだな! 超ダメだな! マジ無理! 今にも潰れそう! あ、でもちょっとでいいから買い物してってくれれば廃業を逃れるかもな!」

 

「笑顔で嘘ぶっこいてんじゃねぇーよ」

 

 そう言いつつも師父が財布を投げ、そしてそこからお金を抜いた店主がサイフと共に肉まんを投げ返してくる辺り、かなり馴染んでいると思う。基本的に師父の様な立場の人間は敬われたりで話しかけられにくいという存在の筈だが、こうやって一緒に出掛けている分、そういうところを見かけた事はない。

 

「ほら、しっかり食えよチビ共。食わないと大きくならないからな。まあ、早く大きくなられても色々と困るんだけどな」

 

 そう言って袋に入った肉まんの中身を全員に分けてくる。火傷しそうなほどに熱いそれを受け取ると同時に両手で踊らせるように左右へと持ち替えると、小さく柔らかい生地にかみつく。まだ熱い。が、こうやって熱の逃げ道を作っておけば割と早く食べごろの温度にまで下がってくる。チラリ、とヴィヴィオへと視線を向けるとヴィヴィオが片腕で師父の服の裾に捕まりながらもう片手で肉まんを掴み、食べている。

 

 こういう時ばかりは義手である事が羨ましくなる。たぶん、熱いまま食べられるのだろうなぁ、と。

 

「しかしDSAAも終わってこれから本格的に秋かぁ……今年はどうすっかね。去年は教会の方のイベントに参加してきたけど今年はどうするかね」

 

 商店街を歩きながらそんな事を師父が話し出す。去年の秋のイベント、そう言われて思い出すのは聖王教会が主催で行ったイベントの事で、自分やバサラ家の面々で参加したやつだ。えーと、と言う師父を補足する様に、ぺろりと自分の分の肉まんを食べたナルが指の先を軽く舐めながら言葉を続ける。

 

「あぁ、あの狂った祭りか。モミジ狩りだっけ。地球の文化の”紅葉狩り”を真似しましょう! と地球ブームに乗っかったのは見事な発想だったが、嘆くべき所はミッドやベルカで伝わる紅葉は紅葉ではなく”モミジ”という名の危険生物だったからな。一般参加者までデバイスを持ち出してミッドの辺境へ転移でモミジを狩りに行く光景は壮観だったな―――管理局が途中で勘違いに気づいて止めに入らなければ確実に絶滅していたな」

 

「私もモミジ狩りの詳細な内容を知らなかった側の人間ですから率直に言うと地球がどんな修羅の世界かと思いました。モミジと言えばかなり獰猛な部類の生物なんですけど、デバイスも魔法もない世界の人たちは毎年イベントとしてやっているのかと」

 

「慣れれば無手でも余裕だけどな」

 

 ……それを世間一般ではキチガイと呼ぶそうです、師父。

 

 このあと地球出身組による正しい紅葉狩りの説明があって危うく野生との衝突は起こらない事となったが、やはり文化の違いという者は改めて面白いと思う反面、面倒が付きまとうと思う。こんな風に笑い話で済むならまだいいのだが。

 

「ま、今年の秋は聖王教会のイベントはないんだけどな」

 

「そうなんですか?」

 

「去年派手にやり過ぎて今年分の予算まで食ったらしい」

 

「それってありえるんですか」

 

「ちなみにこの予算食い潰しに関してゴーサインだしたのは俺だ。謹慎を食らったのも俺だ。あとカリム」

 

 さりげなく犠牲者が増えているというかその人は確実に巻き込まれただけではないのだろうか。

 

「流石おじさん!」

 

「褒めるなよ」

 

 そこは褒めてはいけない部分なんだろうが面白いのでいいか、と納得しておく。

 

 はは、と胸を張って師父が笑いながら肉まんを食べ終わる。そして口を開く。

 

「ま、今年の秋は地球に来てみないかって馬鹿後輩に誘われてるし、地球へ家族旅行って感じも悪くはないんじゃないかなぁ、って思ってるし。まあ、今月末までには予算と相談しながら決めなきゃいけないな。もう全部シュテルにぶん投げようかなぁ」

 

「別にいいが、後で苦労するのは結局自分だぞ」

 

「えー。俺JS事件とマリアージュ事件で頑張ったからもう働かなくたっていいと思うの」

 

「残念だったな、世の中働く人間しか認められないらしい。苦労する事を忘れたなら私がたっぷりと労働の味を思い出させてやるぞ」

 

「……うっす」

 

「おじさんって基本的に尻に敷かれてるよね」

 

「男って生き物はよ、基本的に女には勝てないものなんだ……」

 

 師父の家に居候している身だからこそ解る―――師父のヒエラルキーは実の所結構低い。というか一番低い。見ていて偶にかわいそうになるぐらいには低い。最初は不憫に思っていたが、それに関しても十分慣れてしまった自分がちょっとだけ恨めしい。

 

 そんな風に、何でもない日常は少しずつだけ、進んで行く。ゆっくりゆっくりと、何の変哲もなく。




 時系列は原作Vividの開始前の”秋”で、78年頃となっております。

 つまり78年の秋~冬部分がプロローグとなり、本編は79年の冬~夏となります。基本的にゆるーい日常メインのギャグ系になったりするので、緩い更新速度と共に脳を緩くしてハルにゃんの絵に祈祷しながら更新を待とう。


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ナイト・アット・ホーム

 鍛錬という名の遊び時間は日が暮れて行くことで終わる。教会から与えられたという鍛錬の時間は昔から週に数回しか真面目に鍛錬をしない、完全に遊びの時間になっている。それでも昔と比べればはるかにマシになっている。昔―――自分がもっと小さかった頃に関しては鍛錬なんてことは一切せず、ほとんど遊び回っているだけだった。今でも遊ぶ頻度が高いのは師父曰く、”必要ない”という事らしいから。

 

 そんなわけで、

 

 今日も遊ぶだけ遊んで一日が終わる。日が暮れる頃にはモノレールまでヴィヴィオを見送ってクラナガンの方に帰す。ここからクラナガンへはモノレールでの移動ならそう時間はかからない為、夕飯を食べてから帰っても全然大丈夫なのだが、それでもヴィヴィオもちゃんと線引きしてあるのか、バサラ家で夕飯を食べる事はそう多くはない。故にまた明日、そんな言葉を残してヴィヴィオを見送ってからバスに乗り、ベルカ自治区の住宅街へと帰る。

 

 十分もせずに暗くなって電気の付いた住宅街へと戻ってくる。こうやってまだ早い時間に空が暗くなると、段々と冬が近づいてきているのだと感じさせられる。これから更に暗くなるのが早くなるのだろうと思うと、少々残念な気持ちになる。基本的に子供扱いである自分が外で遊び回れるのは暗くならない時間帯だけだ―――冬は外で遊び回れる時間が少なくなるため、残念だ。まあ、外で遊べる時間が減るだけで、家の中が賑やかである事実に変わりはない。

 

 暗くなった住宅街を三人で歩く。少しだけ寒そうに両肩を抱く師父の姿が前にある。

 

「ふぃー寒くなってきたなぁ」

 

「だったらそんな恰好をしなければいいだろう」

 

「いや、今日はそこまで寒くならないかなぁ、って思ってたんだよな」

 

「師父、私は師父が魔法か何かで体を温めているものだと」

 

 師父が首だけ動かして振り返りながらいやいや、と否定してくる。

 

「気合だ」

 

「お前は何時まで経っても変わらないな……」

 

 そう言いつつさりげなく体を寄せて、腕を組むナルの抜け目なさは何気に卑怯だと思う。

 

 寒くなってきた秋の夜の話をしつつバス停から数分ほど歩けば住宅街の一角に到着する。そこに見える三階の家が、バサラ家の住まいとなっている。教会側から用意された住居は大家族である事を意識しつつ、更に客が来る事などを想定してかなり大きな家となっている。分類としてはギリギリ”屋敷”という範囲に入らない大きさ。個人的な感想で言えばこの人数の家族であれば、丁度いいサイズだと思っている。

 

「ただいまー」

 

 門を抜け、小さい前庭を抜けて家の扉を師父がコンコン、と叩く。ここでベルを鳴らさないのはまだ末っ子のレインが眠っているかもしれない、という気遣いからだろう。

 

 ……一回、レインの面倒を任され、そして彼女が泣きだした時の事を思い出した。家に誰もいないから自分で何とかしなくちゃいけないのに、中々泣き止まないので、何とか泣きやめさせようと苦労していたのだが、そういう苦労を日常的に、そして素早く解決してしまう母親たちの技量には舌を巻くしかない。今の自分はどう足掻いてもそういう光景が想像できない……結局の所電話をかけて、そして電話の向こう側からアドバイスをもらいながらやっとで泣きやめさせたし。

 

「お帰りなさい」

 

 家の扉が内側から開き、中からシュテルが扉を開けてくれたのが見える。外の冷気を家の中に入れるわけもなく、扉が開いたらなだれ込む様に家の中へと入る。秋の涼しさを感じる外とは違い、此方はヒーターがガンガンつけられているのか、暖かさを感じられ、上にコートを着ている状態では熱いと感じられるほどだった。コートを直ぐに脱ぎ、それを玄関のコートラックにかける。その頃には師父とナルが靴を脱ぎ終わり、家の中へと上がっていた。自分もそれに続く様に靴を脱いで、素早く上に上がる。

 

「ただいま」

 

 その言葉に師父が振り返り、

 

「おう、お帰り」

 

 

                           ◆

 

 

 家が三階もあれば個人部屋があるのも基本的な話だ。故に自分も、部屋を丸一つ貰っている。位置的に一階のそれは元々はゲストルームだったのを自分用に改造した部屋だ。部屋の壁は自分の好きなライトグリーンで、実家の自分の部屋にあったベッドを壁際に、タンスや勉強机とかも置いてある。元々殺風景というか、此方へと引っ越してきてからは大分賑やかな部屋になったと、部屋に置いてあるゲーム機やぬいぐるみを見ながら思う。引っ越す前、実家にある自分の部屋は無趣味な事もあって非常に質素な内装だった。だから年頃の女子が、等と理由をつけて部屋に物を置いて行く家主たちの行動は迷惑だったり有難かったり、若干複雑な心境だった。

 

 ただ、まあ、そんな生活が始まって既に数年……正確に言えば三年が経過している。そしてこんな生活が三年も経過すれば流石に慣れてくる、というか諦めがつく。ここにいる間は騒がしいのだと、そういう諦めを作る。……決して嫌なわけではない。

 

 ともあれ、家に、そして部屋に帰ってきてやる事は決まっている。

 

 部屋に置いてある自分の机の前の椅子に座り、そしてカバンを机の上に置く。一応、だが自分の身分は学生なのだ。なのでもちろん宿題等の提出物は存在する。とはいえ徹夜が必要になる程ではない。それに一部の生徒達とは違って先を進んでいるというか―――修行してきた成果か、マルチタスクは非常に発達している。学園側はマルチタスクを習得していないことを前提にカリキュラムを組まなくてはならない。故にカバンから取り出したデータ、それを机と直結しホロウィンドウを出現させるが、数学や社会、歴史の単純な回答問題はマルチタスクを利用して一瞬で答えを導き出す。少々厄介なのは文章を書かなくてはならないレポート系の宿題だが、それはまだ中学生に入ったばかりという事で圧倒的に量が少ない。

 

 あったとしても読書感想文ぐらいで、それも一ページか半ページぐらいなものだ。そしてそれは今の自分にとっては片手間であっても簡単に終わるものだ。予め教師に指定された本、読書感想文を書く部分の章は読み終わっている。故に文章を考える事一秒、マルチタスクによって書くべき文章は出来上がる。あとはタイピング速度の問題だ。脳内に出来上がった文章をホロボードの上に走らせてさっさと形にして行く。この学年に入ってすでに慣れた事だ。十分もすれば文章のチェックも終わり、完全に宿題が完了する。出来上がった宿題のデータを忘れない様に保存とコピーをし、それをカバンの中へとしまう。

 

「終わっちゃいました」

 

 宿題終了。本来ならこれで時間が潰せるはずなのだが、そうにはならなかった。やはり知っている、というのは良い事ばかりじゃないな、と再度確信したところで、コンコン、とドアを叩く音がする。気配で誰がドアの向こう側にいるかは大体察している。

 

「はい、どうぞ」

 

「よぉ、勉強は……って終わってるか。真面目だなぁ、ハルにゃんは」

 

 そう言いながら部屋の中へとやってきたのは師父、イスト・バサラの姿だった。服装は帰ってきて着替えたのか家着に変わっていた。そしてその手の中にはトレーが握られていた。その上に載っているお菓子やお茶を見る辺り、たぶん差し入れにやってきてくれたのだろうか。それを嬉しく思う反面、

 

「師父、ハルにゃんは止めてください」

 

「えー。だってハルにゃんって響き可愛いじゃん。よ、ハルにゃん! ハールーにゃん!」

 

「イストー」

 

「あ、ハイ、止めます」

 

 調子に乗ろうとしたところで扉を開けて顔をのぞかせたシュテルの一喝によって師父が黙った。突発的にネタに走る師父だが、まあ、その姿勢は可愛いものだと思う。軽く叱られて項垂れている師父の姿に対して軽く笑い声を零すと、師父が溜息を吐きながら机の横までやってきて、そしてトレーの上の物を置いてくれる。シンプルに紅茶と、そしてクッキーという組み合わせだった。

 

「ありがとうございます」

 

「気にするな気にするな。お前もほとんどウチの子、娘の様なもんだからな。ちゃんと勉強して、青春して、真面目に生きている娘を叱りつける必要も縛ったりする必要もない。まあ、あえて言うなら優秀過ぎてする事がないってのが結構寂しいもんだけど。それはそれで間違いなく幸せな事なんだろうけどなぁ……もっと、こう」

 

 師父が顔を向けて来る。

 

「頼ってもいいのよ?」

 

「遠慮しておきます」

 

「アインが冷たくなってきてお師さん少し……いや、かなり寂しいなぁ……」

 

 そこで顔の前にホロウィンドウで捨てられた猫の表情を持ってくるから発言が一切信用できない。

 

 ……まあ、頼りっぱなしになっているから今更これ以上はいいんですよ。

 

 そんな恥ずかしいことが言えるわけもなく、沈黙を作るためにクッキーを口の中に放り込む。その光景を微笑ましく眺めている師父の姿には少しだけ、やきもきさせられる。まあ、と師父は部屋の入口へと向かいながら言葉を残して行く。

 

「ま、程々にサボれよ。勉強しすぎると違う意味で馬鹿になるからな」

 

 余計な言葉を残しながら師父は部屋から出て行った。残されたのは夕食の事を考慮してか少量のクッキーと、そしてカップいっぱいの紅茶だった。先ほどはただ口に突っ込んだだけだったクッキーを一枚取り、それを割ってから口に入れる。今度はちゃんとそれを味わいながら両手で紅茶を手に取り、そして飲む。味からしてまず間違いなく師父が淹れてない事を確信してからもう一回紅茶を飲み、ゆっくりと味わいながら考える。このクオリティから一体誰が淹れたのだろうか……と、思ったところでこんな事をするのはディアーチェぐらいだろうから意味がなかった。

 

「ふふ、しかし”ウチの娘”ですか」

 

 いっその事実家と縁をきってこっちに養子に―――なんて話はやっぱり無理だろう。どう足掻いても”血統”というものは永遠に自分に付いてくる。そして自分だけではなく、遠い未来、生まれるであろう自分に子供や孫、子孫達も縛られるに違いない。だからそういう妄想は無意味だ。だけど……それでも夢を見るぐらいは許されるのではないだろうか。

 

「クッキー、美味しいですね」

 

 このクッキーが市販のものではなく、手作りだというから心底勝てないと思う。ヴィヴィオに便乗してバレンタインにはチョコレートやクッキーなどを作ってみているが、毎回ディアーチェの職人じみたクオリティにドンビキしつつも心が折られる。

 

 ディアーチェさん、地味にクオリティに自信を持っているのかなのはさんを集中的に攻撃するんですよね……。

 

 アレってやっぱり昔の事を完全に流していないのか、それともなのはの事を軽く警戒しているのどちらなのだろうか。……まあ、真面目枠もはっちゃける時は、はっちゃけるものだと認識したところで、クッキーと紅茶を素早く食べてしまう。夕食まではそんなに時間がないし、何より暖かい時の方が美味しいだろう。ぱっぱと食べ終わったら師父が乗せてきたトレーに皿やティーカップを乗せて、そして軽く息を吐く。

 

「えぇ、そうですね。今更な話ですけど味わいたかった日常とはこういうものなんでしょう」

 

 誰の、とは思考する必要もない。目を閉じて軽く耳を澄ませば扉の向こう側、リビングの方からわーわーきゃーきゃー、と何時も通りの騒がしさを感じる。ここら辺はクロードが生まれた辺りから更に騒がしくなってきたのだが、たぶん今日も誰が風呂にいれるとか、誰がビデオカメラを握るかとかで乱闘直前の状況まで持ち込むんだろうな、と思った所で、

 

「それも、悪くはありませんね」

 

 毎日が楽しい。毎日が幸せだ。これ以上望むものはない。こんな日々がずっと続けばいい。

 

「―――アインハルトー、ごはんですよー」

 

「あ、はい!」

 

 明日の天気を確認してから立ち上がり、ダイニングへと向かおうとする。

 

 また、明日も良い日になりますように。そう思いながら。




 お前らはこれを読み終わった時に戦慄しているだろう。何故こんなにも平和なんだ。だがよく考えてほしい。エンジンフルスロットルでつけっぱなしの車はオーバーヒートしてしまう事が。

 キチガイにも鮮度というものがあるのです。


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ブランド・ニュー・デイ

「―――おはようございます師父」

 

「……」

 

 朝、朝食を食べ終わって家を出る前に師父を見かけ、挨拶をした直後にソファの上へ師父が灰色になって倒れ死んでいた。一体何があったのだろうか。色々と憶測できるのだが、どれも正確に答えを導く事が出来ない。なぜならわりかしと思い当たる事は多く、そして可能性がどれも捨てきれない。

 

「……師父」

 

「しゅっちょー……」

 

「あ、なるほど」

 

 師父、イスト・バサラは出張という名目で数日から数週間ほど家を空ける時がある。今回もその一つだろう。そういう時は揃ってまるで生気を吸いだされたかのように灰色になっている。本当に吸い出されたかどうかはまた別問題として、家族との繋がりを重視している人物にとって出張程キツイものはないと思う。特に最近では子供が本当に可愛いらしく、何かある度に自慢したり猫かわいがりしてたまにウザイ時がある。

 

 このノリを職場で通しているから凄まじい。

 

 ―――この出張だが、出張中は”一度も”連絡をいれないのだから更に怪しい。

 

 まあ、その出張内容は置いておき、師父が出張に出るという事であればしばらくは学校の後の寄り道が無くなるという事だ。その事はひそかに残念に思っておく。ひそかに。あまり顔に出し過ぎるともしかしてめんどくさい子と思われてしまうかもしれない。それはそれで嫌だ。

 

 と、そこで師父が顔を持ち上げる。大げさだったリアクションはなりを潜め、そして少しだけ真面目な表情で視線を向けて来る。

 

「基本的に今回は長くて一ヶ月は帰ってこれないかもしれないからそこらへん注意しておいてくれ、嫁達にゃあ既に伝えたから大丈夫だと思うけど。まあ、魔力喪失地帯の雪山の登山なんてマジで久しぶりすぎて苦労する事確定だからどうとも言えないんだよなぁ……」

 

「私の知っている出張と何か違います」

 

「細かい事を気にしてたら立派な男にはなれねぇぞ」

 

「私将来は男よりも女になる可能性がありそうなので別にいいです」

 

「そっかぁ……そうだよなぁ……」

 

 何故そこで納得したような表情を浮かべるのかは解らないが、とりあえずスルーしておくのが賢明だと判断した。なので今度こそいってきますの一言と共に家を出ようと思ったところで、のそり、と師父が起き上がる姿が目に入る。その姿は虚空を掴む様な軽い動きを取ると、次の瞬間には一瞬だけ魔法を発動させ、そして手元に一つの存在を呼び寄せていた。

 

「ぬわぁっ!? ちょ、ちょっとな、なんだ!? ……ってアレ、兄貴にアインハルトじゃねぇか。もしかしてネタに使われるのか」

 

 諦めきったような表情を浮かべたアギトが師父の手の中に握られていた。その様子を眺めていると、アギトの存在が此方へと投げられる。その姿をそっとキャッチすると、師父が再びソファに倒れ込み、軽く手を振る。

 

「今日は実技だろ。たぶんアギト連れて行かなきゃ後悔するから連れて行きなさい」

 

「いや、そこにあたしの意志はどうなるんだ」

 

「解りました」

 

「おい」

 

 まあまあ、とアギトを眺めながら解放すると、アギトが溜息を吐きながらだが、それでも肩の上に乗ってくる。それはつまり了承したという事だ。デバイスが必要ならぶっちゃけた話バルニフィカスかルシフェリオンを貸して欲しいというのが本音だが、態々そっちではなくアギトを強引に引っ張ってきたのはそれなりの理由があるのだろうと、そう判断する。

 

 鞄を片手で持って、一礼をする。

 

「では行ってきます」

 

「寄り道するなよー」

 

 暫くは会えないであろう師父の姿を少しだけ眺めてから、真直ぐ玄関へ、そしてバス停へと向かう。

 

 

                           ◆

 

 

「……で、アギトさんが拉致されたわけですか」

 

「まあ、別に暇だし別に困る事じゃないんだよなぁ。ただ、こう、もう少しプライバシー尊重してほしいというか」

 

「プライバシー」

 

「おい、そこ笑いながら言うなよ」

 

 モノレールの中でヴィヴィオと合流する。モノレールの中は通学時間ということもあり、結構人が多い。そこで肩に乗せているアギトに視線が集中するのは少なからず、仕方のない事かもしれない。実際ユニゾンデバイスなんて存在はレア中のレアではあるし、ヘテロクロミアの少女が二人も横に並んで座っていれば、珍しいものが一箇所に集まり過ぎて注目の的になるのは仕方がない話だ。これももう慣れた。

 

「アギトさんには不幸キャラって立派な属性があるんですからそこはちゃんと理解しましょうよ。大丈夫、お風呂中に外へ放り出されたりとハプニング系のイベントは多いですけど何だかんだでキャラが立って非常に美味しいポジションですからプライバシーとか今更ですよ。割り切って捨てましょう。そう、全ては笑いの為に」

 

「芸人は目指してないんだよ!!」

 

 アギトが疲れた表情を浮かべる。実際ヴィヴィオのエキセントリックさはその成長と変化を見守ってきた自分だから理解している。だが被害者になるのは圧倒的に嫌なのでここはアギトを盾として置いておく……のは無理だろう。そこらへんは付き合いが長いので素直に諦める。まあ、とヴィヴィオが声を漏らす。

 

「確か本日は体育の実技でしたよね」

 

「そうですね」

 

 実技、といっても今まで軽い運動みたいなことはしていた。ただ今までの体育の授業はストライクアーツやシューティングアーツの基本的な事しかしていない。学校の方も、冬休み前に本格的な体の動かし方―――戦闘についての教授を始めるという事なのだろう。戦闘訓練がカリキュラムに組み込まれるのはベルカ系列の学園ではそう珍しくはない。特にSt.ヒルデの様に古く、そして聖王教会関係の学園だとなおさらだ。こういう学校を出た後、大体はベルカの騎士か、もしくは聖王教会所属のシスターなどになる。そういう職場に行った場合”何故か”戦う事があるのだ、割と。

 

 ……それに今は師父がいますからねー……。

 

 家では物凄い駄目駄目だという事を解っている自分はいいが、過去の派手な活躍等に憧れを抱いている人間は決して少なくはない。そのせいか、ここ数年は騎士になりたがったり管理局入りしたがる未成年魔導師が急増していて各所から嬉しい悲鳴が、何て話をカリムから聞いた覚えがある。ともあれ、

 

「まあ、確かにクラスの高いデバイスよりもアギトさんの方が安心かも知れませんね、アインハルトさんの場合」

 

「どういう意味ですか?」

 

 ヴィヴィオの言葉に首をかしげる。だがその言葉に対してヴィヴィオは笑みを浮かべて黙る。これは絶対にロクでもない事を考えていると、そう確信のできる笑みだが、どうやらヴィヴィオはそれを語ろうとはしないようだ。アギトへと視線を向ければアギトもアギトで肩を振って解らないと伝えてくる。こうなると完全にお手上げだ。ヴィヴィオはヴィヴィオでたまに完全に理解の外側を飛んでゆくから困る部分がある―――それは自分とヴィヴィオの意識の違いによるものなのかもしれないが。

 

「ともあれ、師父の弟子として、覇王流の継承者としてみっともない姿は見せられません。今までは何だかんだで目立ちたくないから手を抜いて来ましたが、組手であろうと真っ当な戦闘行為であるならば一切の手を抜く事はできません。師父が居らずとも……いえ、師父がいないからこそしっかりとしなくては」

 

 その言葉にヴィヴィオが反応する。

 

「え、おじさんいないの?」

 

 そういえば”出張”に関しては今朝はやく決まったばかりの事らしかったし、ヴィヴィオが知らない事も仕方がないのだろう。―――となると自分が知っていて、そしてヴィヴィオが知らない事が出来る。それも師父の事に関してだ。これは一つの大きなリードだ、そう思って、笑みを浮かべる。

 

「クッ、アインハルトさんがゲスな笑みを浮かべている……! わ、解りましたよ! 体ですね! 私の体が目当てなんですね!? 解ってますよ、だってアインハルトさん前世は男ですもんね! なら仕方ないにゃあ、処女膜ぶち抜かないレベルだったら私の体を―――」

 

「止まれぇぇぇぇ―――!!」

 

 アギトが大声でヴィヴィオの言葉をかき消しながら肩から飛び上がり、そして顔面に蹴りを食らわす。その衝撃を受けて一気にのけぞるヴィヴィオが後頭部を席の後ろの壁に叩きつけ、ガコンという音と共に頭を押さえる。頭を壁にたたきつけられる経験は割とあるのでこれは解る。アレは痛い。なので後頭部を抑えながら涙目になっているヴィヴィオの姿に対して内心ざまぁ、とだけ思っておく。

 

「今アインハルトさん内心ざまぁって思いましたよね」

 

「勿論思いましたよ」

 

「そっかぁ、思っちゃったかぁ……仕方がないですねぇー」

 

「なんでお前らの友情成立しているかがあたしの疑問だよ」

 

 アギトのその言葉にヴィヴィオと顔を見合わせる。何故友情が成立しているか、か。その答えは中々答えるのが難しい。ヴィヴィオの方へと視線を向ければ自分と同じようにヴィヴィオが首をかしげている。

 

「……私達なんで友情が続いているんでしょうか」

 

「ホントそうですね。なんで私達友達やってるんでしょ。やっぱりアレですかね。昔やったアインハルトさんが涙目で”お願いヴィヴィ王様! このボッチハルトの友達にになってください”なんてイベ―――」

 

 ヴィヴィオが最後まで言い切る前に指を素早く動かして目つぶしを叩き込む。ぐおぉ、等と少女らしからぬ悲痛な声を上げながらヴィヴィオは今度は目を抑え、その場でのたうちながら後頭部を今度は椅子の横のメタルバーにぶつける。ガゴン、等という音を車内に響かせ、少しだけ騒がしかった車内を静かにさせる。誰もが息をのみながらヴィヴィオの方へと視線を向け、そして見る。

 

 ぷるぷると震えながら目を瞑り、耐えるヴィヴィオの姿を。

 

「やりました」

 

「やりましたじゃねぇよ!! 犯罪宣言かよ! もうちょっと友達をいたわれよ!」

 

 アギトが頭を抱えながらツッコミを入れる。その迫力あるアクションに周りでうん、と頷く不特定多数が存在するがそれは有象無象なので無視する。問題なのはヴィヴィオが復帰し、そして涙目で睨んでいる事だ。若干恨めし気に。そうやって数秒間黙って睨んでくるヴィヴィオは、

 

「今日終わったらソッコでおじさんに抱きつきに行きますね」

 

「本日から出張です」

 

「じゃあ帰ってきたら」

 

「一ヶ月は帰ってこないようですよ」

 

「―――」

 

「やりました」

 

 完全に固まって、今にも灰になりそうな様子のヴィヴィオがそこにいた。一瞬憐れに見えた様な気もするが、何だかんだでこの肉食獣は生物学的に言うとキャロやルーテシアに近い存在で、その猛威が振るわれていないのは歳の差が親子ほどの差があるからだろう。―――逆に言うと年齢が近かったらヤバかったという事だが。この少女の危ない所はそこらへん、キッチリと隠せている所だ。

 

 まあ、ともあれ、

 

「ヴィヴィオさん、大丈夫ですか」

 

「アインハルトさんがこれまで無いぐらいに無感情な視線を向けながら心配してきてくれている……私がそっち系だったら危ない表情ですよそれは」

 

「そっち系だったら寧ろ友達になってないです」

 

 アギトが口を挟もうとリアクションを取ろうとし、そして固まり、そして此方の肩の上に乗ると足を組んで座り込み、溜息を吐く。

 

「深刻なツッコミ不足」

 

 それだけ言うと、アギトが疲れた様な声を漏らしながら横に倒れ込む。

 

 ……その役目は学園へと到着すればリオやコロナが引き受けてくれます、だからアギトさん、今は安らかに眠るがいい。

 

 心の中でそう呟き、祈りをささげておく。とはいえ聖王教ではあるが信仰対象が目の前にいるという若干複雑な気分ではあるのだが。もはや”コレ”とオリヴィエは別物としか考える事が出来ないので、信仰心にそこまでの揺らぎはなかった。というよりこの娘が、ヴィヴィオが、”いずれオリヴィエになる”という言葉は今も有効なのだろうか。師父は確信しているようだが、こうやって日常的なヴィヴィオを見ているとどうも、そうとは思えない。

 

 ともあれ。

 

 ―――今日も学校だ。




 新鮮なハルにゃんよー。

 浮気する時って大体出張ってシチュエーションだよな。


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ノーマリティ

 何時も通り学校に到着し、ヴィヴィオと別れ、そして教室へと到着すると退屈な時間がやってくる。今日ばかりはアギトが一緒にいてくれるため、多少は何時もよりマシだが―――それでも授業は基本的に退屈だ。周りからチラチラと向けられる視線も煩わしい。ただそういう事を表情に見せない事には非常に慣れている。故に誰に気取られるまでも無く、普通に知っている内容を聞かされ、睡魔に負けず、何とか午前、問題の授業まで時間をやり過ごす事に成功する。肩に乗せたアギトが眠そうに欠伸しながら肩の上で立ち上がる。その様子を横目に見ながらも、視線を教室の前の方へと向ける。名前は……覚えてない。ただ教師がそこで色々と指示を飛ばしていた。

 

「はい、それでは次は体育ですので一旦更衣室の方へと移動お願いします。バリアジャケットを展開する事が出来る子はそちらの方でも全く無問題ですのでそのまま真直ぐグラウンドの方へと向かってください。はい、では移動しましょうねー」

 

 教師の言葉と共に立ち上がり、そして移動が始まる。それに自分が遅れるわけにもいかず、立ち上がる。バリアジャケットはデバイスのサポートが無くても自分でできるので特に問題はなく、更衣室へと向かう事もなく、廊下に出ると真直ぐにグラウンドの方へと向けて歩き始める。他の生徒が知り合いや友人と固まってグループを形成していく中で、自分だけが一人、取り残されている。

 

「……」

 

「なんですか」

 

「いや、別にあたしはとやかく言わないさ」

 

「そうですか」

 

 この状況を見ても何も言ってこないアギトの存在がありがたかった。実際知ったら五月蠅い人はいる―――主に家で専業主婦をしている連中の事だが。彼女たちはどちらかというと”日常”に対して強いあこがれを抱いている。だからこそそこから外れるような行動を極力忌避しているし、特別になろうとは思わない。

 

 それはたぶん、自分とは違う。

 

「ま、なんにせよ授業はちゃんとやっているようであたしは結構安心したよ。ヴィヴィオもヴィヴィオで心配だけど、アレは強かさがあるからそこまで心配いらないんだよなぁ。お前はどちらかというと不器用なタイプだし。もう少しそこらへん、兄貴みたいになれないのか?」

 

 そう言われても正直な話困る。現状知らない人と友達になる理由が存在しないのだ。いや、別に話したくはない、というわけでもない。ただそこに価値を見いだせない、それだけの話なのだ。当たり前の話だが価値がなきゃやらないのが人間という生き物だ。

 

「ま、答えないならいいさ。どうせ今日はお目付け役だし。そういうのはルールーで慣れているし。というかルールー少しは落ち着いてくれたかなあ……あたし、暫くルールーに会いに行ってないからどうなってるか割と不安なんだよね」

 

「少し前にあった時に白天王に乗って世界一周ゲームとか言ってましたよ」

 

「やべぇ、変わってねぇどころか悪化してる」

 

 何故ルーテシアもキャロも名前が出てくるだけで場が混沌とするのだろう。もはや名前を出しておくだけでオチがつくという異様な存在になりつつある。というか既になっている。そのリストにヴィヴィオの名前が載るのもそう遠くない未来だと思っている。願わくばクロードやレイン達、今の赤ん坊がそういう風にならない事なんだろうが、望みは薄いのだろうと諦めている。母親の時点で割と”アレ”って言えるレベルではあるし。

 

 と、そんなこんなを考えているうちに、足は何時の間にかグラウンドの土を踏んでいた。バリアジャケットを生成できる子はそう多くはない。故にグラウンドへやってくるクラスメイトは三十人中自分を含めて五人、六人程度しかいない。逆に言えばそれだけ将来有望な若者が存在するとも言える。まあ、中学生程になれば管理局からのスカウトが十分あり得る年齢となっている。それこそ六人いたって別に不思議ではないのかもしれない。

 

「あぁ、そうそう。べつにユニゾンするわけじゃないから。あたしは外付けデバイスとして調整とかするから」

 

「そうなんですか?」

 

「兄貴からそうしろって頼まれたからなぁ」

 

 何時の間に。軽く記憶をさかのぼってもアギトが召喚されたのはいきなりで、アギト自身も驚いていたはずだ。となれば、その後で念話か何かで伝えられたのだろうか。まあ、ユニゾンなんてすればオーバーキルなのは目に見えているので求めたりはしない。というより別段、デバイス自体自分で魔法構成や設定できるので必要でもないのだが―――。

 

「ほら、見られているぞ」

 

 視線をアギトが見ている方向へと向けると、素早く視線を逸らすクラスメイトの姿が見えた。まあ、自分の事を解っている者のリアクションはこんな物だろう。そんな感想を抱きつつ彼らを視界から外す。小さくバリアジェケットを展開するためのキーワードを口にするのと同時に、St.ヒルデの制服が自分の着用するバリアジャケットへと姿を変える。一瞬で終わる装着は実戦を想定しての事だ。最低でも0.1秒以下でバリアジャケットの展開、再展開は出来ないと役立たずらしい。

 

 少なくとも師父も、クラウスもその一点では同じことを言っている。

 

 考えれば師父はクラウスの記憶を持っているので同じことを言うのは当たり前だった。

 

 バリアジャケットの展開を終わらせ、数秒間目を閉じて呼吸を整える。それだけで意識は状態のシフトを完了させる。今までの退屈な、だるい感覚を脳から追い出し、完全に意識を覚醒させた状態へと持って行く―――それと同時に頭の横に衝撃を感じる。

 

「お前は一体どこと戦争する気だ」

 

「戦争……? 何の事ですか」

 

「そんだけ気合入れてどうするかって話だよ。いや、いいよ。大体察した」

 

 諦めた様な溜息をアギトは再び吐き出しつつ今度は飛び上がり、そして横に浮かび上がる。アギトはおかしなことを言っている。それこそ武術、武道という事に関しては人生の全てを捧げていると言ってもいい。そして何よりも自分がこの世で一番、真剣になれるものがそれだ。だとしたらそれで手を抜く事はありえない。非殺傷設定が”教会とは違って”ここでは義務付けられている。ならば殴り過ぎるなんてことは万が一にでも存在する事はない。なら、まあ―――結局やるのは何時もやる事と同じではないのだろうか。

 

「お、揃ってる揃ってる」

 

 そう言いながら着替え終ったクラスメイト達と共に教師がグラウンドへとやってくる。教師の姿がバリアジャケットではなくジャージ姿である事に対して何故か若干親近感を覚える。が、それを無視し、様子を眺めていると、やがてクラスメイトが全員グラウンドに揃う。そこからは教師が全員を一か所に集めて並ばせる。首からぶら下げているホイッスルを一度吹き、注目を集める。

 

「はい、今日は皆お待ちかね魔法戦! 君達の年齢になると力が有り余って使いたくて使いたくてしょうがないだろうから、先生や保護者さん達の見える所で使い方を覚えてもらおう、っていう内容なんだけど……正直皆そんな事より魔法を使いたいよね!」

 

 先生のその言葉に凄まじい声が返ってくる。誰だって魔法は使いたい。だけど誰もが自由に使っていいわけではない。少なくとも教師から、学校から、教会から、等と何にしろ魔法の使用には許可が必要になってくる。棒を手にしたら振り回したくなる―――だけどそれをずっと許可されてないようなものだ。誰だって自分がどれだけできるのか、知りたがる。

 

「知っていると思うけど。このグラウンドだけじゃなくて学園内では全魔法が強制非殺傷化される魔法が常時発動しているから、安心していいわよ。さ、先生の長話も疲れるだろうし、何時も通りストライクアーツやシューティングアーツの動きを始めていいわよ。ただ今日はそれに魔法を絡めていくから、解らない子は先生の周りに集まって、出来る子達は勝手にやっててね」

 

 勝手にやらせていいのか。いや、それはそれで教師の信頼なのかもしれないが。

 

 ともあれ、自分が他人から教われる様な事は何一つとして存在しない。必要なのは実戦と実践。もうそれしか存在していない。故に教師の話をこれ以上聞く必要はない。集団から離れた場所で軽く体を捻り、伸ばし、そして軽い準備運動をする。

 

「どーせ、誰も来ないでしょうし」

 

 そう、誰も来ない。誰も自分には付いてこれない。誰もが自分の実力は知っている。だから誰もが近寄らない。自分個人としてもそれはそれで十分だ。何せ同年代でまともにやり合えるのはヴィヴィオ達を抜けば本当に限られる。それこそ想像できるのはDSAAに参加している上位出場者達ぐらいだ。いや、彼女たちでさえ自分を”本気”にしてくれるのかどうかは怪しい。

 

 結局の所、人生とは妥協なのだろう。

 

「―――ストラトスさん」

 

「……?」

 

 何時も体育の授業は一人でシャドウやらをやっていたが、本日は違っていた。声の方向へと視線を向けると、そこには先日自分に話しかけていた女子の姿があった。名前は―――やっぱり覚えていない。というかそもそも名前を見た事すらない気がする。ただ、彼女が自分を訪ねてくるのは少々珍しいと思った。

 

「あの、ストラトスさんは一人ですか?」

 

 彼女の言葉の意図が良く解らない。だがその答えは決まっている。

 

「えぇ。どうせ誰も私に付いてこれませんし。誰も私と組もうとは思いませんよ」

 

「では私の相手をしてくれませんか?」

 

 そう言ってくる彼女の存在に驚かされる。まさか誘われるとは思いもしなかった。横のアギトへと視線を向けるが、アギトは黙って此方に応えてくれない。それはつまり自分の意志でどうにかしろという事なのだろうが、あまりにも慣れてない事に一瞬どうしようか困り……そして判断する。自分にこういう話を持ちかけるという事はそこそこ覚悟をしているのだろうと。だとすれば断る理由はないだろうし、素直に歓迎する。

 

「私で宜しければ全力を持ってお相手させていただきます」

 

「まあ、本当にですか!」

 

『いいか、本気だすなよ、絶対にだぞ。本気だすなよ! 絶対にだぞ!!』

 

 アギトが念話で何か言ってきているが、自分が本気を出すわけがない。いや、出せるわけがない。相手の肉付、気配、魔力量、どれをしても一般人レベルのそれだ。服装だってバリアジャケットじゃなくて学園指定の体操服だ。そんなレベルの相手に対して自分が本気を出せるわけがない。

 

『違う、そうじゃない……! いや、もう……呼ばれた意味は完全に理解したからあたしは諦めるよ』

 

 アギトのそんな念話での声を聞きつつ、目の前の少女と握手を交わす。早速、というべきか少女は拳を握り、そして構えてくる。それは授業で教師が教えてくれたストライクアーツの基本的な構えだ。

 

「ど、どうですか?」

 

 そう言ったその姿に近づく。

 

「脇が甘いです。足も開きすぎです。隙が多すぎます。それでは簡単に接近を許してしまいます。それに拳も握り慣れてないので非常に緩いですねこれ。魔法云々の前に基本からして壊滅的だと言わざるを得ません。構え方だって型を意識しすぎて教科書に載っている様な状態その物です。点数を取るのであればその程度で十分ですが実際に動くのであればお粗末としか評価できませんね。まあ、子供のおままごとレベルとして満足するのであればこれ以上追及する必要もありませんけどね」

 

 一瞬の沈黙が包み、アギトのあっちゃぁ、との声が静かに響く。

 

「い、今私の心にグッサリ刺さりましたのよ……! 人生でかつてない程のダメ出しを食らいましたのよ……!」

 

「……?」

 

「ちょっと待ってください、何ですかその何言ってんだこいつ的な表情は。ものすごいスピードで、それでいてかつてない程の流暢な早口でストラトスさんがダメ出ししてきた事だけでも驚いているんですけど」

 

「……ダメ出し?」

 

「あ、なるほど。私ストラトスさんがちょっとだけ理解できました。何というかストラトスさんが教職員からあかん認定されていた理由が少し解りましたわ」

 

 本当に一体何の事を言っているのだろうか。ダメ出しもなにも別に普通に間違っている事を教えただけだ。なるべくソフトに言ったつもりというか、ヴィヴィオだったらまず間違いなく調子に乗るぐらい丁寧に言ったつもりなのだが、何か間違っていたのだろうか。やはり知らない人とのコミュニケーションというのは中々に難しい事らしい。ともあれ、言葉で伝えられる事は多いが―――それが正しく伝わるかどうかはまた別の話だ。何故かショックを受けている彼女から数歩離れ、そして拳を構える。

 

「言葉で伝えるのは難しいです。なので構えてください。おそらく口で伝えるよりも此方で伝える方が圧倒的に速いでしょう」

 

「わ、解りましたわ!」

 

『それ、一部の特殊な人種のみに適応する手段なんだけどなぁ……』

 

 師父と自分はこれでコミュニケーション成立するし、ヴィヴィオでも成立する。つまり成立確率百パーセントだ。そこに一切の問題は存在しない。彼女も此方を見習って構えていてくれている。ここは解りやすく、テレフォンンパンチでも叩き込むべきだろう。

 

「ではこれから一撃を叩き込みますので、それを全身で感じ取ってください」

 

「な、何かハードルが高いですけど女は根性!」

 

 彼女が構える。今、自分がやっている物を真似た構えだ。まあ、それに対して言うことはない。ただ拳を振り上げ、後ろへと引き、大きく左足を前に出し、

 

「あ」

 

「―――覇王断空拳」

 

 次の瞬間、グラウンドを横切る様に吹き飛び、そして校舎の壁を砕いて中へと叩き込まれる一つの姿が生まれた。




 防具なしのレベル1に防御無視必殺技を叩き込む終盤クラスの強キャラの図。

 ツッコミいっちょー。


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アポロジャイズ

 おかしい。

 

 何故自分はこんな所にいるのだろうか。

 

 視線を前へと真直ぐ前へと向ければそこには腕を組んで立っているシュテルの姿がある。服装ジーンズにシャツと、レヴィ寄りの服装なので若干レアに思える恰好。外に出る時は大抵スカート派なのがシュテルなのでこういう姿は結構珍しいんじゃないかと冷静に思っている自分がいる。いや、実際には珍しい。本音の所、師父に対してのアピール戦争は終わってないわけで。

 

「思考を逸らしていますね」

 

 じゅっ、っという音共に何か熱いものが額に押し付けられる。それがシュテルの指先であり、指先に灯った炎だと気づくには更に数秒必要だった。反射的に口から声が漏れそうだったが、次の瞬間に聞こえてくる言葉に体は硬直する。

 

「動くな」

 

「―――」

 

 鍛錬の、そして過去の癖で体は反射的に硬直し、そして動きを止める。その結果もう数秒だけ額に熱い炎が押しつけられ、そこから悶えるのが数秒後の出来事となった。額を抑えて床に転がり、虐待の犯人であるシュテルに向けて恨みがましい視線を向ける。その視線を受けたシュテルはそれに怯えるどころか逆に睨んでくる。額を擦るがそこには焦げ跡も火傷も、そして熱も残っていない。非殺傷設定なのだからそれぐらい当たり前だ。だけど熱かったという事実まで消えるわけではない。というかかなり熱かった。

 

「何をするんですか」

 

「当然の事です。馬鹿な子供を躾けるのが大人の役目です」

 

「私が馬鹿だと言うのですか」

 

「当然です」

 

 シュテルが此方へと向ける視線には確実に怒りが混じっている。それに思い至る事は一つだけある。そしてそれに関しては既に謝罪を言ったはずなのだが……きっと、誠意が足りないとか、そういう問題なのだと思う。故に床に転がる体を持ち上げ、そして服に付いた埃を一旦落とす。そして、この部屋にいるもう一つの姿に対して深く頭を下げる。

 

「今回の件は誠に申し訳ありませんでした。学園の壁を破壊してしまい本当にすみませんでした」

 

「あ、いやいや」

 

 謝罪と共に頭を上げると、視線の先には小太りした男の姿がある。男はメガネをかけているが、酷い程に汗をかいているので、それによってズレて落ちてきている。それを数秒に一度修正しながらも、男は―――St.ヒルデの学園長は酷く焦っているような姿を見せている。両手を突きだす様に振り、

 

「いえ、あの、そのストラトスの御息女にですね? そのこうやって頭を下げられても私が困るといいますか、あの、その、えーと、何といいますか……」

 

 酷く焦った声のままで学園長が話す。が、その内容は主体性が無く、何を言いたいのか伝わってこない。故にそれを聞こうとしたところで、頭の横から衝撃が来る。犯人はもちろんシュテルしかおらず、シュテルの方を睨むのと同時に学園長からあうあう、と狼狽するような声が漏れる。そしてそれに合わせて大きな溜息が聞こえてくる。視線を溜息の方向へと向けると、

 

 学園長室、その中央のテーブルの上にアギトは胡坐を組むように座っており、

 

「お前が悪い」

 

「解せません」

 

「ふぅー……そうですね」

 

 シュテルは一旦溜息を吐いてから此方に視線を合わせてくる。

 

「今回、何故私が態々顔を出しに来たんだと思いますか?」

 

「……学園の一角を壊したからですよね?」

 

 そう答えると、返ってくるのはやはり溜息だ。何か間違えたのだろうか、そう自分の発言と行動を振り返るが、そこに一切の誤りは見つからない。故にシュテルやアギト、そして学園長がなぜそこまで焦り、呆れているのかが解らない。そう思ったところでアギトからいいか、という注目を集める言葉が来る。それに応える為に視線をアギトへと向ける。

 

「今回さ、どれだけの強さで殴った?」

 

 それは名を覚えてもいない彼女の事だろう。そんな事愚問だ。

 

「全力の一撃ですが」

 

 じゃあさ、とアギトはそこで言葉を繋げる。

 

「もしアタシがいない状態で全力で殴った場合、どうなってたかは解るか?」

 

 そもまた愚問だ。馬鹿馬鹿しい質問に他ならない。

 

「―――骨折は免れないでしょう。元々直接的な打撃やアームドデバイスによる攻撃とかに非殺傷化は効果を効かせ難いです。ですから運良くて打撲、高確率で骨折ですね。最悪殴った箇所と飛んだ先が悪ければ死ぬって事もありますが」

 

 それを聞いてひぃ、と小さく声を漏らしたのは学園長であり、露骨な溜息がシュテルの方から漏れてくる。アギトの方はやっぱりか、と呆れたような言葉を吐くとそのままテーブルの上に倒れる。何だろうかこのリアクションは。少し私に対しての反応が悪くはないだろうかこれは。その事に若干不満を感じているとシュテルが目線を合わせてくる。それはまるで自分が子供扱いされているようで、少しだけ腹が立つ。

 

「いいですかアインハルト―――皆がキチガイって訳じゃないんです」

 

「奥さん、オブラート! オブラートお願いします! 一応グレたりしたら責任こっちなので! 近々従弟の結婚式があるのでそれまで職キープしたいんです! なのでオブラート! オブラート!」

 

「我欲でまくってるなぁ……」

 

 そこはどうでもいい。しかし私を指さしてキチガイとは一体どういう事だ。

 

「それはむしろヴィヴィオへと言うべき事ではないんですか?」

 

「いえ、貴女は少々”時代錯誤”と言うべきか、価値観が現在と明確にフォーカスされていません。いえ、これは教会の方針以前に許していたダーリンの方が悪いのでしょうけど。まあ、指摘しなかった私達も十分に悪いという事なんでしょう……はぁ、こういうのはむしろディアーチェやイングの仕事なんですけどねー。一番はダーリンですけど現在音信不通ですし」

 

 今物凄く聞き逃せない言葉があったが、それは今すぐ関係ないので無視する。それではなく問題の発言は自分の考え方が時代錯誤という事だ。

 

「今の発言訂正してもらいます」

 

「何も間違ってはいませんよ。貴女は”遅れている”んですよ。実際に貴女の思想に一から十まで理解を示せる存在は貴女のすぐそばにいますか? あ、ちなみに身内はアウトです。ついでに追加しておくと高町なのはもアウトで」

 

「……くっ」

 

「自分で言っておいてアレですけどちょっと悲しくなってきましたね……」

 

 そこで一気に同情の視線が集まるのはやめてほしい。まるでぼっちがいけない事の様ではないか。違う、ぼっちではないのだ。孤高なのだ。そして真の理解者は既に存在してくれているので満足しているだけであって決してぼっちなのではない。ハブられているわけではないのだ。

 

「話を続けてください」

 

 軽く怒気を込めてシュテルへ言葉を向けると、シュテルがいいですか、と一旦間を置いてから話を続ける。

 

「アインハルト・ストラトス、自分が恵まれている上で異端であるという事を理解してください。貴女の考えもついでに私達もまともではありません。いいですか? 貴女達がやっている”鍛錬”と言うものは世間一般では鍛錬ではなく”拷問”というカテゴリーに入る過酷さです。貴女は自分がスタンダードだと考えてはいけません。決して自分が”普通”であると思い込んではいけないのです。貴女の様な怪物的スタンダードを他者へと求める事は非常に間違っているのです」

 

 それは殴られる事よりも衝撃的な言葉だった。

 

 何故ならそれは、

 

 ……私を否定した。

 

 そういう言葉だったから。一瞬感情的になりそうになるが、理性が冷静な部分で考える―――この人は嘘を言ってはいない。だが全てを言ってもいないと。故に感情的になるにはまだ早い。軽く深呼吸してからシュテルを睨む。

 

「貴女は別だと言いたいのですか」

 

「いえ、私もどちらかとキワモノですよ。だからなるべく普通であろうとしているわけで―――まあ、其方はもう何年も前に終わった話ですから今は良いでしょう。ですがアインハルト、貴女の考えは万人が抱くようなものではありません。どんなに取り繕おうがそれは違うんです。貴女は普段は余人の事を”どうでもいい”と評価しますが、真実貴女は”期待”してもいます。何時か絶対に誰かが自分の期待に応えてくれると。イングという成功例を見てしまっている為、余計にそれは酷い」

 

 シュテルの伝えてくる言葉には黙るしかなかった。シュテルの言葉は的確で、そして何も偽りはなかった。確かに―――自分がふつうであると、自分はそう信じている。だが、

 

「それはいけない事なんですか?」

 

「そうではありません。ですが貴女の価値観を他人と共有するのは止めなさい、って話です。貴女が今日ホームラン決めた子は幸いにも”こうなる”と解りきってたのかダーリンがアギトを寄越した事であの程度で済みましたが……まあ、甘いといいますか何といいますか……ホント、子煩悩ですねウチのは。これ、帰ったら超説教ですね……」

 

 ……つまるところ私は―――。

 

 めんどくさい少女だった、という事だろう。いや、それすらも愛しいと言った師父の度量の凄さを褒めるべきか、何で言ってくれないのか罵るべきなのか。……いや、罵るだけの資格は自分にはないだろう。ともあれ、現実として自分は決して馬鹿ではないのだ。

 

 自分は贔屓目に見ても優秀な魔導師なのだ。

 

 そして優秀な魔導師という存在は酷く”冴えている”のだ。

 

 マルチタスクそれは便利であるのと同時に悲しくもある技能だ。何度も訓練を重ねてきたそれは思考しようとすれば自動で出てくる。そしてそれと同時に脳は熱を冷まし、冷静に考え始める。一般的価値観を、自分の価値観を、何が正しく、何が間違っているのか。悲しい事に受け入れがたい事実であってもマルチタスクという技能に成れてしまえばそれは”作業”になってくる。

 

 故に作業的に感情と理性が働き始める。そうやって冷静に処理される思考の中で、確かに自分の非を認めるしかない事に納得する。だが、それとはまた別の質問が、一つだけ浮かび上がってくる。期待してはいけないのは解った。だとしたら、

 

「―――私はどうすればいいのでしょうか」

 

 必要以上の力を持って生まれて、必要以上に賢く生まれて、覇王の記憶を継承して生まれて、遺伝子の濃さを瞳の色として受け継いで、余計なものばかりだ。これでなければ今の人たちに会えないのは確かだ。それは否定しないし、できもしない。だけどそれを抜いて残るのは空虚さと渇望だ。満たされないという感覚が常に胸中に存在する。その感覚が、胸を焦がし、そして期待を抱かせようとする。満たされず、本気を求めようとするこの気持ちは、

 

「一体どうすればいいのですか」

 

「貴女じゃないから知るわけないじゃないですか。知りたかったらイングにでも聞いてくださいよ―――まあ、教えてくれるかは微妙ですけど」

 

 それはつまり自分でその理由を探せ、という事だろう。相変わらず身内にはセメントの様で甘い。それに感謝すべきか、怒るべきかは……微妙な感情だ。理解できるし、理解できない。中途半端に成熟した”記憶”が存在していると嫌に納得してしまいそうで、面倒だ。

 

「あ、あのぉ……」

 

「……ん」

 

 それまで黙っていた学園長が主張する様にか細く声を上げる。一斉に視線を集めた事に後悔しているのか、大量の汗をかきながら学園長が顔をハンカチで吹き始める。

 

「えっと、あの、その、ですね? 問題解決したらまた―――」

 

「あ、当分反省の意味を込めて自宅謹慎させますので。出席はもちろん」

 

「あ、はい」

 

 権力よりもシュテルの眼光が勝った。どうやら皆勤賞は行けそうだ。

 

 ともあれ―――自宅謹慎なら自宅謹慎で十分考える時間が出来るという事だ。それではそれで、またいいのかもしれない。

 

 後何より、

 

 ……午後、ヴィヴィオさんに煽られずに済みますねこれ……!




 つまりハルにゃんは満足したいって事。満足病ですな。で、戦闘ってフィールドに立つのであれば本気じゃなくても全力。お前覚悟で来てるんだよな。手加減はしねぇぞこらぁ、という事で。戦闘に関して私の前に立つイコール全力の相対というイミフな図式がハルにゃんにはあるのです。たぶん戦犯は組手する度にガチでやりあってるどっかのパパ。

 さて、これで大目標と小目標が出来上がりました。もうそろそろですな。


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ガーリッシュ

 カタカタと授業中に音が響く。その音の主は自分の前に座っている、金髪の少女のものだ。見ればホロウィンドウへと向かってホロボードで素早く文字を叩き込んでいる。真面目な表情を浮かべ、そして素早く文字を叩き込む姿は授業の内容をしっかりと聞き、そして真剣に授業を受けているように見える……見た目だけは。そう、もう数年の付き合いとなる自分だからこそそれが真実ではないと知っている。理解しているのだ。そしてそれはおそらく、横の席に座っている黒髪にリボンをカチューシャの様につけている少女―――リオも同じ事だと思う。そしてそのリオが頭を抱えそうな表情をしているので、

 

 あ、ヴィヴィオちゃん何時も通りなんだ……。

 

 というもはや呆れを通り越した納得が発生してしまう。実際の所ヴィヴィオが何かをした所で、もはや”ヴィヴィオだから”という言い訳で通用するレベルにはなっている。まあ、それも身内に限っての事だ。身内じゃない人間からすればヴィヴィオが真面目な生徒である風にしか映らないだろう。事実、自分もリオもヴィヴィオと親しくなる前はそんな風にヴィヴィオの事を持っていた。だがこの数年間でそれに関する認識は変わっている。さて、

 

 恐ろしいけど……。

 

 それでもヴィヴィオが一体何をやっているのかは気になる。リオのリアクションからやっぱりお察し状態だが、それでも気にならないと言ってしまえば完全に嘘だ。ヴィヴィオは何気ない日常の行動で腹筋を殺しに来るから意地が悪い。というかあの芸人気質はやはり両親から教わったのだろうか。ともあれ、少しだけ視線をずらして、ヴィヴィオが熱心に打ち込んでいるホロウィンドウを覗き見る。ちょうどいい事に教師は今、此方に背中を向けている。

 

 そして、見る。

 

『―――ヘイ淫乱ピンクと狂乱パープル元気? 超元気? エリオ君食えた? 食えたわけないよね(笑)、もうちょっとガッツだせよ肉食獣達よ!! あ、肉欲獣の方が正しいかなあ? まあいいや。それよりもぼっちハルトにゃんついに謹慎食らってやんのざまぁwwwwww』

 

 物凄い勢いでアインハルトの失敗を煽りまくる文章をなるべく関わりたくない生物AとBへと向かって送っていた。もうそれ以上文章を見る事はしない。これ以上見続けていたら今でもおかしいラインの正気がこれ以上削れそうな気がするから。だから視線をヴィヴィオの方から外し、授業の内容をメモっているホロウィンドウからも外し、そして窓の外へと視線を向けて空を見る。

 

「……ふぅ」

 

 今日も空は青かった。

 

 

                           ◆

 

「アインハルトざまぁ」

 

「また言ってる」

 

「ヴィヴィオって何時も楽しそうだよね」

 

 授業が終わり、昼となったらまずクラスメイトであり、そして友人であるリオとコロナ二人と合流する。自分で言うのはかなりアレかもしれないが、自分を含めてこの三人は美少女と断言していいジャンルに入っている。三人それぞれジャンルが違うが、いや、その為か割と視線を引きつける。ここら辺はアインハルトも同じところだろうが、こっちはあちらと違って”いい子ちゃん”で通っている為、少しだけ面倒だ。通り過ぎる人は積極的に手を振ったり、頭を下げてくる。中には時たま陛下、何て呼び方をしてくる者もいるが―――その時はリオが何だかんだで電磁アタックしてくれるので大ごとになる前に助かる。リオもコロナも此方が聖王のクローンだと理解しつつ普通に接してくれる得難い友人なので大事にしている。

 

 ……ただしアインハルトさんは別ですけどね!

 

 もはや遺伝子とか過去とかそういうレベルじゃないアインハルトに関しては完全な別腹―――まあ、世の中どこまで仲良くしても”気に入らない”というやつは出てくる。いや、止めておく。アインハルトに関しては半日では止まらなくなる。そんなしょうもない事に思考を割くよりはもっと建設的な事があるはずだ。そう、たとえば昼ごはんの事とか。

 

 早く視線から逃れるためにも足早にリオとコロナと進むと、階段を上がってSt.ヒルデの校舎の屋上へと出る。秋であるせいか、屋上には誰もいない。涼しい風が吹いていて確かにさむいが、同時にここには他には誰も来ない事が約束されている為、静かに昼食を取るのにはうってつけの場所だ。アインハルトの様に私に近づくなオーラを発していればまた別の話だが、ぼっちは嫌なのでこっちがいい。

 

 屋上に到着するといつも使っている屋上のベンチに三人で並んで腰を下ろす。並び順としてはリオ、自分、コロナと自分がはさまれる形になる。それぞれ家から持って来た弁当箱を膝の上に乗せると、それを開ける。弁当箱の文化は前々からミッドにもベルカにも存在するものだが、その中身に関しては次元世界の文化が混ざった事でかなりエキセントリックな所もあるらしい―――幸い、それを経験したのは自分ではなくオリヴィエの方だが。

 

「ふっふーん、今日はママと一緒に弁当を作りました」

 

 自分の弁当箱を開ける。ピンク色の容器は半分がご飯で占められているが、もう半分がそれに似合うような食べ物で詰まっている。何気に肉、そして野菜のバランスが取れている辺り、そこは教官であるなのはらしい組み合わせなのだろう。ともあれ、こっちでよく見る様なミッドやベルカ風ではなく、地球の日本風の弁当は流石に此方だと珍しい。横からリオとコロナも興味深げに見ている。

 

「んじゃ私のは―――」

 

 そう言ってリオが弁当箱を開ける。彼女の弁当箱も割とスタンダードなベルカスタイルであった。肉がメインで、そして少しだけ濃い味付けがメインとなっている。自分と同じくご飯が入っているのは肉の味が濃い事を考慮してだろう。リオの所の弁当も何時も通りクオリティが高くて見ていると食べたくなってくる。何時もおかずの交換などやっている。なので今からリオの弁当の中にある焼肉を自分の弁当のオカズのどれと交換するか考える。

 

「じゃ、最後に私だね」

 

 そう言ってコロナが笑顔で弁当を開けて―――凍る。

 

「……う、うん?」

 

 コロナの弁当を見る。それを見てコロナの動きが凍る。自分の動きも凍る。

 

「え、どうしたんだよ」

 

 そう言ってコロナの弁当を覗き込んでみたリオの動きも凍る。数秒間、たっぷりと沈黙しつつ、コロナはゆっくりと指を弁当箱の中へと伸ばし―――そしてその中に置いてある物を手に取る。

 

 それは包み紙だった。

 

 コロナがゆっくりとそれを開けると、その中には飴が一個だけはいってた。一個だけ。それを持ち上げ、指に挟んだまま、首だけを此方側へとギギギ、と音を立てながら向けて来る。

 

「な、なにこれ」

 

 コロナの声が思いっきり震えていた。たぶん自分の事だったら自分でも声は震えているだろうからそのリアクションには納得する。だが確定した事がある―――コロナの昼飯、本日は飴一個。

 

「い、いや、待て、待とう。その包み紙、内側に何か書いてある!」

 

「あ、ホントだ」

 

「無駄に芸が細かいよぉ……」

 

 そう言いつつコロナが飴が包まれていた包み紙を手に取り、内側を広げる。そこにはたしかに今朝書かれたばかりだと思われる文字がミッド語で書かれていた。それを広げるコロナの横から確認する。

 

『寝坊して作り忘れました。やったぜ』

 

「何で誇らしげなんだよって、こ、コロナァ―――!!」

 

 コロナがベンチから落ちる様に横へ滑り落ちた。我が友人ながら中々素晴らしいリアクションをするものだと思う。思わず拍手したくなるがここは友人としてどちらのリアクションが正しいのだろうか。拍手か、もしくはコロナを心配するか。それを一瞬だけ悩むが―――そうだ、悩む必要なんてない。何て言ったって自分は友人なのだから。

 

「ブラボー!」

 

「外道! 外道! ここに超ド外道がいるよ!!」

 

「今更じゃないかなぁ」

 

 納得されたのでこれが正しい判断に違いない。とりあえずドヤ顔を決めながらコロナの弁当を回収し、リオとの間に置く。とりあえず本日は卵焼きが自分の自信作なのでそれと、リオの弁当は何処からどう見ても肉ばかりなのでサラダを分けて入れる。リオも此方のやっている事に気づいてそそくさと肉とご飯を弁当に詰める。それを、復帰したコロナが目撃する。

 

「うぅー、ごめんねー……。家に帰ったら母さんに超説教するから。そして今度絶対にこの分の借りは返すから」

 

「体で?」

 

「やめい」

 

 リオが拳を作ってそれでこめかみのあたりをグリグリやってくる。それを止めさせようと腕を抑えるが脳へと来る刺激に負けてリオを振り払う事が出来ない。うあぁ、と声を零しながら揺れていると、コロナがクスリと笑い、

 

「ん、ありがとうね。一応こんな時を想定してお金持ってきているんだけどね」

 

「こんな状況を想定しなきゃいけない時点でちょっとアウトだよね」

 

「ちょっとじゃないと思うの」

 

 まあ、皆どんな形にしろどこかユニークという所だろう。―――そもそも自分と仲良くしていられる時点でユニークとかエキセントリックじゃないというのはありえないわけで。常人が自分の前に立てるわけがない。まあ、その中でも比較的良識派のリオとコロナはやっぱりそこらへん、リアクションが一般臭くて実に面白い。

 

「あ、ヴィヴィオちゃんゲスい顔してる」

 

「前々から思ってたけどヴィヴィオって割と顔芸担当だよね」

 

「失礼な! こんなヒロイン要素で溢れている慈愛の天使ラブリーヴィヴィオたんのどこが顔芸担当って言うんですかね。ホラ、言ってみてくださいよ。その全てに反論してヴィヴィオちゃんが超愛天使である事を証明して見せますから」

 

「母親がラスボス」

 

「すいません、それ抜きで」

 

「何で全く関係なさそうなのにこうも説得力が出てくるんだろう、ホントなのはさんって飛び道具として優秀だよね」

 

 飛び道具扱いされる母親もこの世では中々珍しいものだと思う。ただ、まあ、それも仕方がないと思う。母、高町なのはのエキセントリックさというか外道さは歳を取る度に加速しているように思える。間違いなくJS事件あたりでリミッター完全に外れたんだろうなぁ、と思う。何せ偶にレイジングハートをミニなのは人形の中につめ、そしてそれを自分の代わりに職場へと投げつけるからだ。しかもなのはが訓練する時よりも無茶無謀を要求しないので、偶になのはではなくレイジングハートを寄越せと要求してくる。

 

 まあ、ママだし。なのはママってズレているという次元を超越したなのは時空とかいう不思議空間に突入している感じがあるしなんか納得しちゃう不思議があるよねー。

 

 だから母親がネタで飛び道具扱いされていても別に驚きはない。”あぁ、うん”、それだけで終ってしまう。改めて考えると扱いが酷いのかもしれないが、偶に無限書庫に襲撃かけてユーノを拉致して無限書庫を阿鼻叫喚に突き落とす事も含めてもうアレを止められるのはいないんじゃないかと思う。止められそうな人は現在出張中だし。

 

「あ、そうだ。私またしばらく午後暇になったから、学校の後で遊べるよ。そこにもしかしてアインハルトさんも混じるかも」

 

「あ、そうなんだ。もしかしてイストさんまた出張?」

 

「うん。アギトさんによると今回は魔力喪失地帯の雪山へと行くらしいよ。あそこってわりかし猛獣とかいた様な気がするんだけどそれでもおじさんの死ぬ気配を感じられない辺りやっぱ人間のハイエンドスペックというか、鍛え終わった人類って凄いよねって思っちゃいますねー。あ、でもおじさん、ナルさんと確か命共有してるけど、ナルさん魔力喪失地帯に入ったらどうなるんだろ。機能停止するのかな」

 

「それ二人とも死んでないかなぁ……」

 

 コロナのその言葉に三人で顔を見合わせて、そして首を捻る。数秒間話し合い、そして結論が出る。

 

 まあ、死ぬ姿が想像できない上に一度即死状態から蘇生しているのでいけるんじゃ? という答えが出た。死ぬ死ぬ詐欺はヒーローの特権だと言っていたが今回もその一環だろうか、どうだろうか。まあ、確実に無事に帰ってくるだろうからそれは良いとして、

 

「そろそろ弁当食べ始めちゃいますか。あ、卵焼きが私の作なんで感想を適当に貰えると嬉しいです」

 

「うん、ちゃんと味わって食べるね」

 

 そう言ってコロナが弁当箱に入れた卵焼きにフォークを突き刺す光景を眺めていると、横からリオが小さい声でぼそっと呟く事を耳が拾い上げる。

 

「……ヴィヴィオって外道だけど身内には甘々だよね」

 

「……ふふっ」

 

 その言葉はとりあえず聞き流す事として、とりあえず後でルーテシアとキャロに送ったメールの返信をチェックし、そしてじっくり考えよう。

 

 週末、どうやってアインハルトを煽るか。そう、週末だ。週末まで溜めておくのだ。そして安心した所で一気に煽る。

 

「イッツ・パーフェクト……!」

 

「あ、何か邪悪な事を考えてる」

 

「偶に本当に聖王と同一人物か怪しくなってくるよね。聖王じゃなくて実は邪王とか魔王とかそっち方面じゃないの」

 

 そんな言葉を聞き流しつつ、楽しい昼を過ごす。

 

 ―――近いうちに面白い事がありそうだと確信しながら。




 ヴィヴィオ被害者の会トップ2。強くならなきゃネタに食われる。そして肉欲系元幼女は元気であった。

 あ、あと更新は不定期四日から週一確定で日曜日更新とします。大学忙しくなってきたので。


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コタツ・マジック

 今日もやっぱり楽しい一日だった。

 

「ただいまー!」

 

 そう言いながら家の扉を開ける。もちろん家の合鍵は持っている、そこらへんは完全に母親に信頼されている。だから遅くならない限りは割と自由を許されている。それを一部の人間は放任ととるかもしれないが、そうではなく本当に信頼されているという事実がある事を自分は知っている。だからこそ逆らうことはできないし、する事もない。高町なのはという母親を持って良かったと心底思っている。立場や経歴を全く気にすることなく、そしてそれをネタにすらしてしまう精神の持ち主は希少だからだ。まあ、それを抜きにしてなのはの事は好きだ。あの破天荒さとか。

 

 ともあれ、今日もいっぱい遊んだ。リオとコロナも付き合いがいいだけではなく、同じ年齢としてはどちらかと言うと大人びている方だ。同じ年齢の女子は男子がウザイとか、突っかかって来るとか、結構子供っぽい所ばかりで困るから、付き合いやすい。まあ、自分の年齢とクラスを考えればどうしようもない話だ。そういう部分では自分よりも年上のアインハルトが圧倒的に羨ましい。アインハルトぐらいの年齢になると好きな子に対する意地悪とかが無くなってくる代わりに積極的に関わろうとする男子が出て来るものだ。

 

「まあ、ぼっちハルトさんの超ぼっちオーラが全て無意味にしているんですけどねー」

 

 あのぼっち系覇王はアレで身内さえいれば満足ってタイプの人種なのでぶっちゃけた話アレ以上誰かと交流を持とうとは思わない癖に追いつかれる事を望んでいるというか、何というか複雑な精神構造をしているので厄介だ。軽く付き合う分には全く持って問題ない。どちらかと言えば自分も身内カウントされているし。ただ踏み込み過ぎると苛々してくることは否定できない。アインハルトと自分、根底にある部分では相容れない所が存在するのだ。それはオリヴィエとクラウスとは全く関係のない部分で。

 

「あぁ、止めましょう。折角いい気分だったのに」

 

 何であの女の事でダウナー入らなきゃいけないんだ、と呟きながら玄関で靴を脱ぐ。家の中には気配を一つだけ感じる。なのはだろうか、等と思いつつ玄関から真直ぐにリビングへと向かい、そこへ通じる扉を開けながら声を放つ。

 

「ただいまー!」

 

「お帰りなさいヴィヴィオ」

 

 そう言ってリビングで新聞を広げながら自分を迎え入れたのは高町なのは―――ではなく、細身の男の姿、ユーノ・スクライアだった。地球から態々購入してきたコタツの中に入り、そこで新聞を広げ、前に湯呑を置いている。これ以上なくくつろいでいる光景だが、

 

「あれ、ユーノパパ家に来ても大丈夫なの?」

 

 そこでうーん、とユーノが首を捻りながら答えてくる。

 

「少しぐらいならいいんじゃないかな? まあ、無限書庫も昔ほど混沌の極みにある訳じゃないからね、僕一人が抜けたところでそこまで酷くなるわけじゃないと思うよ。あー。まあ、うん。ただ一週間ぐらい休んだらそこそこ阿鼻叫喚になるんじゃないかな。結局の所”無限”という名にふさわしいぐらい奥が見えないしあそこ。先日未開領域を発掘してたら発禁モノを見つけちゃって別の意味で阿鼻叫喚したばかりだしねー。まあ、最近は人手が増えているし、数日ぐらいは問題じゃないよ」

 

 無限書庫は何年たっても混沌としているのは相変わらずの事だなぁ、と思いつつカバンを部屋の中へと投げ込むためにもまずはリビングを横切って、そのまま自分の部屋へと行く。青い壁紙の自分の部屋にカバンを投げ込んでから靴下を脱ぎすて、そしてリビングへと戻ってくる。コタツの上にはやはり地球産みかんが置いてある……ほんと、地球の品が好きだなぁ、と思いつつ自分もコタツへと飛び込み、そしてみかんを手に取る。このみかんの皮をむくとき、一回も途切れさせずに剥くのがひそかなマイブームになっていたりする。几帳面なコロナはともかく、リオはここら辺納得してくれない。アインハルトはアレ、そのまま食ったらあかんの、等と言いそうなので考えたくもない。

 

「ヴィヴィオ、苦そうな顔をしているけどみかん苦かった?」

 

「あ、違うよ。ちょっと嫌な事を思い出しただけだよ」

 

「ははは、あんまり友達の事を嫌っちゃ駄目だよ? 今はめんどくさくても後々それがとても大切になって来るから」

 

 そう言うユーノは何だかんだで此方の事を見透かしているような気がする。だからこそ―――ユーノ・スクライアという男に対してはある種の苦手意識が存在する。ユーノはなのはやイストとはまた別の突き抜けた部分がある。そしてそれはついぞ、オリヴィエが突き抜けられない部分と言うか、苦手なジャンルだ。故に引きずられるように苦手意識がユーノに対しては存在する。だからどう、というわけでもない。少なくともそれを欠片も表面に見せない事ぐらいはできる。

 

「ぶー、別に嫌がってませんよ」

 

「うん、そうだね」

 

 そうやって笑顔を向けて来るので苦手だ。なのはが惚れる理由はなんとなく察しがつくが、自分としては苦手な人種だ。それにやはり男という生き物はイケメンだとか、美男子だとか、美少年とか、そういうのは違うと思う。価値観がどちらかと言うと古いので、やはり男のタイプはたくましい方がいいと思う。ともあれ、

 

「パパは今日休暇かぁ」

 

「そうだね。なのはは今日は真面目に仕事をしているからいないけどね。割と珍しい、のかなぁ……」

 

「パパってママに容赦のない所があるよね」

 

「もう十年以上の付き合いになるからね、実際僕達の仲に遠慮という言葉は欠片も存在しないと思うよ。だからと言って突然職場にやってきて拉致するのは少しやり過ぎなんじゃないかなぁ、と思うんだけど。まあ……割と疲れた頃に狙ってやってくる辺り解ってると思うから否定も拒絶も出来ないんだよね。なのは、割とそこらへん抜け目ないというか」

 

 女なんて生物どいつもこいつも抜け目ないに決まっている。誰だってチャンスを、隙を狙って待機しているのだ。それが良く見えるのがバサラ家とキチガイ召喚士達だ。前者はまだいいが、後者に関しては完全な戦場だ。エリオもエリオで逃げる為だけにレヴィに弟子入りして意識の死角を潜り抜け続ける技法を全力で学んでいた。あの頃のエリオは一時的にベルカ教会で寝泊まりしていたので割と印象に残っている。結局その選択肢が正しい事は今の状況が教えてくれている。人生煽る事が多すぎて楽しすぎる。

 

「で、今日の学校はどうだったんだい?」

 

「今日も楽しかった! ただコロナのお母さんが弁当作り忘れて昼食頃、それに気づいたコロナが弁当箱の中を見て死にかけてたよ」

 

「あぁ、ティミルさんだっけ……授業参観日の時に会ったあの人かぁ。うん、なんかぽわーっとしている感じの人だったね。天然系というか―――うん、天然って言葉しか見つからないね。ああいう人って割と塩と砂糖を間違えたりするイメージあるんだけどどうなんだろ」

 

「それ、割と日常的にやってるって」

 

「あちゃー……」

 

 その為、コロナの家では割と母親を台所に立たせるのは致命的らしい。それでも弁当やらを作らせているのは母親が小動物属性らしく、それにベタ惚れの父親が家長権限で無理やり母親を台所に立たせているし、母親も全力で料理をしたがっているからだ。故にそのしわ寄せは逃げたがっているコロナに全力でヒットし、コロナは死ぬ。

 

 コロナは死ぬ。というか死んでいる。割と現在進行形で。何時か恵まれるといいなぁ、思っている。割と真剣に。

 

 ともあれ、

 

「アインハルトさんが自宅謹慎食らったりで色々とイベントもあって、今日もやっぱり楽しかったですよ」

 

「ん、アインハルトちゃん自宅謹慎だって?」

 

 どうやらユーノは本日の事に関してまだ知らない様子だった。これ、喋ってもいいのか一瞬迷うが、どうせ明日にはユーノも知っている話だろうし、否定する要素はない。故にどうせ知られるならこの場で話してしまっても問題ないとし、そのまま口にしてしまう。

 

「実は今日アインハルトさんがちょっと体育の授業の組手で―――」

 

「あぁ、うん。なんとなくオチは見えたかな」

 

 危惧されている通りだったなぁ、とユーノが呟く辺り、どうやら大人連中はこういう事が遅かれ早かれ起きる事は理解していたようだ。まあ、まだ子供である自分からしてもアインハルトの抱える歪みの様な部分は見えているのだ。だとしたら大人達がそれを既に把握していてもおかしくはない。―――ただ気になるのは何故予めアインハルトに気づかせるように動いたり、対処しようとはしなかったかだ。理由は思いつくが、それが自分の思考と結びつくかとはまた別の話だ。オリヴィエなら理解できても、ヴィヴィオにはできない。

 

「若干不服そうな表情だね?」

 

「それは……」

 

 一応。ぼっちで、ダメダメで、そしてライバルであってたぶん何時か絶対に大ゲンカする事になる犬猿の仲っぽいそんな感じの友情だが、それでもアインハルトは友達だ。友人なのだ。その友人がどうにかなるという姿を黙ってみている、というのは正直な話あまりいいものではない。まあ、少しだけ。少しだけの話だ。

 

「ふふ、ヴィヴィオは隠し事が下手だね―――まあ、確かにアインハルトちゃんの件に関しては何時か浮き彫りになってくるものだったんだけどね、彼女に関しては極力関わらずに自分でどうにかするべきだ、って主張するやつがいてね。だからそれを信じて今まで手を出す事もなく見守って来たんだよね」

 

 そんな言い方からして、ユーノが一体誰の事を語っているのかは問う必要もなく理解できる。となると卑怯な事にも、自分が言える事は何もなくなってしまう。彼女のそういう所の成長や矯正は全てその人の担当になっているのだから。ただ、一つ言う事があるとして、少しタイミングが悪かったのかもしれない。

 

「おじさん……」

 

「今雪山だねー。無限書庫にやってきたと思ったら”人生初の登山”とか”これで大丈夫! 遭難対処法!”とか、色々不安になるシリーズばかりもちだしていったから個人的にはこれ、今回アウトじゃないかなぁ、って思ってるんだよね。死んだらご祝儀どれぐらい出せばいいのかな?」

 

「ごめんパパ、それ色々とツッコミきれない」

 

 昔はもっと大人しい不幸系だったらしいが、現状の、自分が知っているユーノは結構イケイケな感じだなぁ、と思う。何事もにぎやかであるほうが世界は盛り上がっている自分としては此方の方がどちらかというと好きだ。まあ、とユーノは呟く。

 

「アインハルトちゃんの問題はアインハルトちゃんの問題だよ。ヴィヴィオが心配したところでどうにかする事は出来ないから、それよりもしっかり勉強して、遊んで、そして青春を過ごせばいいんだよ。僕なんかヴィヴィオの年頃は青春って概念を投げ捨てて発掘調査で忙しかったなぁ……」

 

 段々とユーノの姿が前へと向かって倒れ始める。

 

「……あぁ、うん。そう言えば僕の人生って常に仕事だらけだよね。スクライアで活動してた頃は発掘と調査が日常だったし。マスコット化してからはジュエルシードを集める日々で、それが終わったら暗黒触手系巨大モンスターとの決戦があったし。それからしばらくは無限書庫でほとんど監禁される様な日常が続いて―――」

 

「パパ、パパ? パパ!」

 

 軽くバッドトリップに入りかけていたユーノを言葉で引き上げると、ユーノは弱い笑みをサムズアップと共に向けて来る。

 

「あぁ、う、うん。大丈夫大丈夫。―――パパの青春は頭の中だけにあるから」

 

 軽く泣きたくなる言葉だった。しかし良く考えたら割と今も仕事漬けなのでユーノの環境はそこまでよくなって―――いや、これは考えるべきではないのだろう。主にユーノの為に。

 

「お」

 

 みかんが綺麗に剥けた。それをちょびちょび口へと運びながら、コタツに深く潜りこんでだらける。まだ冬ではない。冬ではないが、それでも秋ともなってくるとやはりコタツの魔力にはなかなか勝てない。重力魔法よりも恐ろしい重力がこの中で発生しているに違いないと確信できる程度には出たくなくなる。

 

「みかんうまうま」

 

 やっぱり果物は甘いものに限る。そんな事を思いつつ口の中にみかんを放り込めば、

 

「あ、そうだヴィヴィオ」

 

「ふぁい?」

 

 ユーノが新聞から顔をのぞかせながら笑顔で言い放って来た。

 

「来年のDSAA、出場してみないかい?」

 

 そんな言葉をユーノは真直ぐ、視線を逸らすことなく此方へと言い放ってきた。そこには欠片も偽りを感じる事が出来ず、ユーノが本気であるという事しか感じられなかった。




 コタツには逆らえないよぉ……(経験談

 ユーノも割といい空気吸っているという事で一つ。無限書庫もちゃんと働いているんだったら永遠にデスマーチなわけではなく、休日ぐらいはあるんじゃないかな。たぶん。

 休日はリリカルお父さん勢で飲み屋に言ってるんじゃないかな。そして家の中での地位の低さを愚痴りあってから家族自慢までが1周って感じで。


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ウィークエンド・ブレイクス

 秋も後半に入ってくるとかなり寒気が身に染みてくる。寒い、純粋に吹いてくる風をそう思える。自動で体温調節してくれるバリアジャケットを展開すればそんな事もないのだろうが―――街中での魔法使用は一応犯罪扱いなのでそんな事は出来ない。こんなくだらない事ばかりで法律を疎ましく思ってしまう。ただ、やはりこういう物騒な思考を平然とネタとして使えている辺り、今の時代は遥かに平和なもんだと思う。少なくとも自分の記憶に存在する世紀末よりははるかに楽しく、そして平和な時代であるということが約束されている。それも、全てはその時代を”獲得”した者達による功績なのだから、その勇者たちには感謝しても足りないという話だろう。

 

 まあ、日常生活をする分であれば感謝しても邪魔なだけなのでそこらへんは完全に投げ捨てておく。

 

「うぅ、寒っ」

 

 一人でベルカ住宅街を歩きながらそんな事を呟く。既に遊びに行くと言う事は連絡しておいてくれただろうし、リオとコロナも既に向こうに集まっているはずだ。やっと週末になって、そしてアインハルトを煽る時が来たのだ。この時を見逃せるはずがない。早くバサラ家へと到着し、暖かいココアの一つでも飲みたい所だ。いや、ココアも良いが先日飲ませてもらったスパイスティーというのも中々美味しかった。なのはは確かに料理が上手で美味しいが、やはりレパートリーや腕前ではディアーチェに負けるので毎回遊びに行くときはディアーチェの出してくるものが楽しみになっている。

 

 餌付けされている自覚はあるけど美味しいものは美味しい。これはもうどうしようもない。

 

 結構離れた背後から女二人が付かず離れずで此方の事を追っているのが知覚できる。魔法なんか使用しなくても彼女たちがベルカの騎士、教会に派遣された自分の護衛である事を理解する。イストがいる時はもはや心配する欠片もないが、やはりああいう規格外がいなくなるとこういう風に護衛が付いてしまうのは若干うっとうしい所だ。自分の価値観をあっちの”馬鹿”と違って自分は理解してあるのでここらへんウダウダ文句を言うつもりはない。

 

 と、そうやって歩きなれたベルカの住宅街を人目を避ける様に歩き続けると、そのうち見慣れた家を見つける。やっと到着した。そう思いながら軽く手袋に包まれた領域に息を吐き、手を温めてから家の前へと到着する。中に感じる気配と、そして感じる騒がしさから既に全員が揃っているのを察する。やっぱ騒がしいと楽しさも倍増するよねぇ、と小さく呟きながら家の扉の前のチャイムを二度ほど押す。

 

 その数秒後、扉が開いて、良く知る人物が顔を出す。

 

「いらっしゃい。今日は一人ですか?」

 

「あ、はい。フェイトママもなのはママも今日はお仕事らしいですしパパ達は職場に連行されました」

 

「社畜は何時でも忙しそうですね―――と、これは子供に言っても仕方のない話ですね。上がってください。ディアーチェが暖かいものを用意してますよ」

 

「わぁーい! おじゃましまーす!」

 

 玄関へと淹れてくれたのは母、なのはに良く似た女性、シュテルだ。普通の家着姿の彼女は非常にリラックスした様子で、微笑む様な笑みを向けて来る。自分が知る何年か前のシュテルと比べて母性が明らかに出ているのはやはり、子供を育てているからなのだろうかと思いつつも、軽いガッツポーズを決めて玄関を上がる。一応大人連中に対しては少しやんちゃな良い子でキャラを通しているので、そこらへん鉄壁の仮面を剥がすつもりはない。

 

 玄関はミッドの実家と変わらない地球式で、靴を脱いで上がってから、真直ぐにリビングの方へと向かう。リビングには既にリオとコロナ、それにアインハルトの姿がある。ダイニングテーブルを占拠する三人の姿を見つけると、一直線にその方向へと向かい、合流する。既に三人とも雑誌をダイニングテーブルの上に広げていた。

 

「ういーっす!」

 

「あ、ヴィヴィオちゃんいらっしゃい」

 

「先に始めてるよ」

 

「お久しぶりですヴィヴィオさん」

 

「あ、何か皆先に始めてる。私も混ぜてよー」

 

 そう言って椅子に座り、ダイニングテーブルの面子に混じる。リビングに赤ん坊たちの姿が見えないのはやっぱり、此方が騒げるようにと気を使って二階か三階に移してくれたのだろう。こういう所ばかりは素直に申し訳ないと思う。だが、やっぱり一番広く、そして遊び慣れているのはこの家なので、皆で家で集合する時は必然的にここになる。春になってくれれば外で遊ぶのも全く問題ないので、素直に外で遊ぶようになるが、秋冬と寒い時期はやはり家の中で暖かく遊ぶのが一番だと思う。何より、秋のこの時期はもっと忙しい事がある。

 

 ダイニングテーブルの上いっぱいに広げられているのはハロウィン関連の雑誌だ。秋の終わりごろには地球やミッド同様、ベルカにも仮装文化がある。最近ではこれも割とダイナミックになってきて十メートル級の衣装を作り出して街中を徘徊する剛の者まで出現する事もあるが、基本的には有名な怪物や妖怪、そういう生き物の姿に仮装してパレードを歩く行事が存在している。St.ヒルデもここらへんは大々的にやるつもりで、校内でハロウィンフェスティバルをやる予定があったりする。クラス別に出し物をやって、そしてその際に仮装したままその出し物をやる。一般の入場客を取る大々的なものになるのは去年のに参加していれば良く解る事だ。

 

 自分の前に雑誌を一つ引っ張り、そこに描かれている人狼コスチューム等を確認する。

 

「皆はもう決めた? あ、あとぼっちハルトさん謹慎おめーっす。いやー、流石ぼっちハルトさんっすわー。ないわー。マジないわー。あ、この吸血鬼衣装可愛い」

 

「私、ヴィヴィオさんのそういう流れる様に煽る所殴りたくなるぐらいに素敵だと思いますよ」

 

「もう、褒めないでくださいよー。超調子に乗ってるので」

 

「ヤバイ、ツッコめない」

 

「諦めちゃ駄目だよリオ……」

 

 本日も我らの友情平常運転なり。それを再確認しつつ再び雑誌を見ようとしたところで、横に自分用のマグカップが置かれるのを認識する。それを追う様に視線を持ち上げれば、エプロン姿が非常に似合っているディアーチェの姿がそこにある。その片手には大きなボウルが握られている。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ん、気にするではない。それよりもこっちには軽くつまめるものを用意したが、ちゃんと晩御飯の分を考えてあまり食べすぎるのではないぞ?」

 

「はーい!」

 

 声を揃えてそれに返答する。お菓子だけでお腹をいっぱいにするのは非常に申し訳ないというか勿体ない。一流の料理人にも負けず劣らずの腕前の料理を食べないのはじつに勿体ない。なのでもちろん晩御飯分を想定してちびちび食べる程度にとどめておくことにする。軽く頭を下げると、

 

「では我等は基本的に二階か三階におるからな、何か用があったりしたら遠慮なく頼るがいい。まあ、貴様らもそこまでやんちゃではあるまいから心配はしてないがな。変わりが欲しければ戸棚の中にあるが、その代わり晩御飯の量を少なくするから、それだけは覚えておくがいい」

 

「はーい」

 

 声を揃えてディアーチェに返答し、その姿を見送る。その背中姿を見ながら、リオが口を開く。

 

「いや、でも流石にお菓子でお腹いっぱいするのは勿体ないよな」

 

「だよねー……ディアーチェさんの料理食べちゃうと家に帰ってからの料理が若干足りなく感じちゃうし。いけない事だと思っちゃうけど、どうしても身近な所と比べちゃうよね。その点アインハルトさんは毎日食べられているようだし、そこらへんは凄く羨ましいなぁ」

 

「アインハルトさんアインハルトさん、ドヤ顔はいいですけどその体じゃあ胸はほとんど無いようなものなので別に凄くとも何ともないですのでというか激しく見苦しいのでやめてください」

 

「貧乳オリヴィエ遺伝子を受け継ぐ聖王様はお黙りください。変身魔法使った時に胸を盛って変身してるくせに」

 

「おい、それ言ったら戦争だろうがお前。マジで本気だすよ? だしちゃうよ? 聖王モードとかに開眼しちゃうよ? ん? 今必死で組み上げている聖王の鎧復活術式とか気合で完成させちゃうよ? 一撃必殺パンチ唸るよ?」

 

「偽オパーイ」

 

「表に出ろアインハルト―――!!」

 

「ごめん、今物凄くスルーし辛い単語がモリモリ出て来た事にどう反応すればいいのかな」

 

「強く生きよう」

 

 しばらくアインハルトと睨み合う。が、お互いにこの家で武力を持って衝突すれば修羅となった奥方たちが出現して瞬く間に制圧・圧殺・消滅という凄まじい拷問コンボが待っているのでそれ以上発展する事はない。JS事件で消滅したのはオリヴィエの人格であって、記憶や経験はアインハルトがクラウスの記憶や経験を持っている様に、保持している。だからと言ってそれを十全に使えるわけではない。人格という部分が存在して初めて完成するのだ。体が未熟な上に人格まで未熟であれば、一方的なリンチにしかならない。

 

 少なくとも今は。

 

 だから、

 

「ぐぬぬぬぬ」

 

「むぅ」

 

 二人で揃って唸って飲み込むしか方法はない。だけど、まぁいいと思う。それぐらいが丁度いい関係だと思っている。変にどちらに偏っても面倒なだけだと思うのが本音ではあるし。ともあれ、マグカップの中身を確かめ、それがココアであると匂いから察し、嬉々として飲み始める。もう片手で雑誌をめくり、

 

「皆はもう決めた?」

 

「まだー」

 

「ですね」

 

「去年は思いっきりネタに走ったから今年はせめて真面目なものに挑戦したいよね」

 

「あぁ……確か去年は何がトチ狂ったのか四人で”合体! 超ベルカ変形ロボ!”という謎のジャンルに挑戦して見事仮装大賞を奪ったもんでしたなぁ……」

 

「ホントトチ狂った選択だったよね。何が凄いってバリアジャケット使用しない、というか魔法使用ゼロの状態で装甲パーツとか全部一から作って着込んで、変形機構とかまで搭載したところだよね。途中で投げ出そうとしたら六課のメカニッククルーが現れて”楽しそうな気配がして”とか言って手伝ってくるから実現しちゃったのがね……」

 

「あの人たち日常に一体何を求めてるんだろう……」

 

 ……たぶんネタじゃないかなぁ。

 

 というより、やっぱりどっか優秀な人間は基本的にネジが外れているというか、やっぱりどっかおかしなところがある。それは自分やアインハルトにも当てはまる話なのであまり考えたくもない事だが。ともあれ、とりあえずは雑誌をお菓子を食べながらめくって行く。とりとめのない雑談を挟み込みながら雑誌のページをめくり、ハロウィン特集のページを確認してゆく。やはりこういうのは子供向けが多いなあ、と思う。大人向けのコスチュームも割と記載されていたりするが、

 

「この部分的に隠しているミイラ女って明らかに恋人向けのコスチュームですよね……」

 

「これキャッチコピーが”これで貴女の彼氏もミイラに!”とか若干直接的過ぎる表現入ってるしね」

 

「いや、まあ、確かにエロイですけど。これたぶん私ら向けじゃなくて」

 

 上を全員そろってみる。どちらかというとアッチ側の人向けのコスチュームだ。断じて自分たちの様なロリっ子たちが着る様な服装ではない。アインハルトも発育的にギリギリアウトだ。なのでこの面子では誰も出来ない。

 

「あ、でも変身魔法……!」

 

「相手は妻子持ち」

 

「はっ」

 

「あ、今露骨にぼっちハルトさんに見下された。ぼっちの癖に! ぼっちの癖に! ぼっち拗らせて謹慎処分受けたぼっち・オブ・ぼっちの癖に! あ、ごめん……真実はぼっちのぼっちハルトさんには辛いよね……」

 

「ファイッ!」

 

 素早くココアを飲み干しながら、アインハルトと同時にテーブルから横へ飛びだす。そのままサイドステップで素早くリビングまで移動し、一気に裏庭へと通じる扉を開こうとし―――それが達成される前にアインハルトと全く同じタイミングで床に叩き伏せられる。

 

「ぐぇ」

 

「ぐぁ」

 

「仲がいいのは解りますけど、もうちょっと平和的にその仲良しさをアピールしましょうね。あとは軽く近所への迷惑も少しは考慮に入れて。まあ、我が家結構騒がしい事で有名ですけど今まで文句の一つも来ないのは恐れられているからですかねー」

 

 首だけ動かして視線を持ち上げれば、ユーリが背中から魄翼を生やし、それを腕の形へと変形させて押さえつけていた。何時の間に気配もなく登場したんだ、とは思うがそれぐらいできそうだなあ、と納得し、ぐったりと床に倒れる。そのまま魄翼に持ち上げられ、そして元のダイニングテーブルの席まで運ばれ、座らせられる。

 

「友達なんですからもっと平和的に仲良くしなきゃ駄目ですよー。殴り合って愛とか友情とか確かめるのはキチガイだけでいいんですから―――あ、これ確実に私達はいるので今のカットで」

 

 そう言うとユーリは魄翼を羽ばたかせながら上の階へと戻って行く。魔法は使用禁止だが希少技能は許可という微妙なラインが納得いかない。それに魄翼……スピリットフレアはオリヴィエが見覚えできなかった技能の一つなので、何気に少しだけジェラシーも感じる。

 

 ともあれ、

 

 ハロウィンフェスティバルは月末の大イベントだ。

 

 今年も何か、一発でウケを狙えるのを用意しなくては、そんな事を話しながら再び雑誌をめくる。




 ハロウィン! コスプレ! コスプレプレイ!

 だが旦那は雪山で遭難。なんという悲劇。

 そろそろ秋終盤って感じになってきた、冬が近いですなー。冬になったら冬になったで新しいイベントが始まりますな。


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プリペアリング・フェスタ

 本格的に秋の終わりに入ってくると寒さもシャレにならないものになってくる。だがそれとは別に秋の終わりを締めくくる為の準備も始まり、街や学校はにぎわい始める。住宅街へと行けば仮装文化等を取り入れたおかげでデコレーションによってオレンジ色に染まる家屋の姿が見られたりし、それは学園の方にも適応される。どの世界であっても人々がお祭り好きである事実は消えず、楽しい時間を全力で過ごそうとする。

 

 故に秋も終盤に入ると、St.ヒルデも秋のお祭りを前に準備が佳境に入る。学園のいたる所がデコレーションによってハロウィーン色に染め上げられ、そして学生たちが普段は許可されない魔法の使用を許可され、忙しそうに左へ右へと走り回っている光景を目にする事が出来る。何の不思議もない―――ハロウィーンフェスティバル、その準備に誰もが奔走しているのだ。しかも毎年去年よりも凄い事をやろう、そんな事ばかり考えているので段々と内容はダイナミックになって行く。お化け屋敷一つにしたって献血で血を抜いて自分の血を提供する生徒まで出てくる始末、自重という言葉はかなぐり捨てた気合の入れ方が特徴的になりすぎている。教師陣ももはやリミッター解除しているので止めもしない。

 

 この時期になってくると生徒の方は大体当日にはどんな仮装をするのか、そういうのを決め終っている。出店内容も決め、そしてあとは準備や製作、という段階になってくる。もちろん己のクラスもそれは決まっている。一週間ほど前に謹慎処分は解け、そしてクラスの出店内容も一緒に決めた。

 

 自分のクラスでやるのはシンプルに喫茶店だ。それぞれが仮装して、そしてお茶やお菓子を作って、それを出す喫茶店。シンプル故にクオリティが求められる難しいものだ。他のクラスでも割と多くが喫茶店などをやっているので衝突も必死だろうし、客を稼ぐのは正直難しいかも知れないと言う意見も多かった。それでもやりたいという意見が大多数であったために決定された。

 

 そうした始めた喫茶店作りとは意外とハードなものだった。もちろん料理の部分だってまだ中学生だ、料理経験の浅い子しかいないためにそこで難航する。だがそのほかにもテーブルや椅子、レイアウト、デザイン、食器、モチーフ、テーマ。そういう所にも気を使わなきゃいけない事が判明し、予想外に考慮しなきゃいけない事の多さに目を回し始める。

 

 だが、それももう過ぎ去った事だ。

 

 やはりハロウィーンという事で仮装喫茶、そういう雰囲気に喫茶店を染め上げようと、教室の内部はオレンジや黒がベースの色の空間と変貌していた。徹底的に自重しない姿勢を日頃の勉学ではなくここで見せ始める証として、テーブルクロス等の物は自作しよう、とプロフェッショナルに弟子入りしに行ったクラスメイトが存在する。努力する方向性が間違ってないかな、と疑う様になったが、幸せそうな表情をしている辺り、何も言いだせない。

 

 ともあれ、そういう作業も佳境に入っている。

 

 クラスを見渡せば装飾はほとんど終わっており、家等から持ち込んできたテーブルにしろのテーブルクロスがかけられており、清潔な感じを作っている。予め教室自体クラスメイト全員で大掃除をしたため、埃ひとつない程に綺麗になっている。人の印象というものは第一に清潔感、それから恰好が来るらしい。だから何よりも清潔感を。それを伝えた所、皆で必死に掃除をし始める辺り、少しだけ笑いが堪えきれなかった。

 

「ストラトスさん?」

 

 ここ一週間の活動を思い出しながらクラスを眺めていると、横から声がかかる。クラスメイトの一人だ。やはり、名前は覚えていない。

 

「あ、はい。なんでしょうか?」

 

「ちょっと試食お願いしても良いですか? 今出来上がったので」

 

 そう言って皿の上にパンプキンケーキを乗せて、此方に差し出していた。それを受け取るが、それと同時に首を傾ける。

 

「あの、私よりも適任なのがいそうなんですが」

 

「でもストラトスさんって舌肥えていますよね?」

 

「あ……」

 

 舌が肥えているかどうかで言われたら確実に肥えている。伊達にプロ並みの腕前を持つ主婦の下で暮らし、教わったりして生きているわけではないのだから。だから味に関してはところどころ厳しい、と自分でもそう評価している。ただ、料理がそこまで出来るわけでもない。なので、

 

「味に関しては割と厳しいですが、料理自体は出来ないので生意気な発言になってしまいますが、それでも良いのなら喜んで試食させてもらいますけど」

 

「あ、それで全然問題ありません! どうぞどうぞ!」

 

 あの事件が終わり、謹慎処分が解けてから学園へと戻ってくると、クラスの自分への対応は大きく変わっていた。今までは普通な感じだったが、今では前よりも話しかけられる回数が圧倒的に増えた様な、そんな気がしてならない。まあ、実際回数は増えているし、実害がある訳でもない。その裏で考えている事があるかもしれないが、興味はない。なので素直にそうですか、と言って受け取る。フォークでパンプキンケーキを切り、それを口に運ぶ。しっかりと味わい、そして舌の上で感触を確かめるが、

 

「……」

 

 なんだか視線が突き刺さっているような気がする。ともあれ、

 

「少し甘すぎる感じがしますね。おそらく砂糖を多めに入れているのでしょうが、砂糖などを多く使い過ぎると折角のパンプキンケーキなのに素材の味を出せず、砂糖の味になってしまいます。ですので甘さを控えめにして、逆に一緒にホイップクリームかなにか、甘めのものを一緒にだして、お客さん側で甘さの調整を出来る様にした方がいいと思いますよ?」

 

「おぉ」

 

 率直な感想を出すと、背後から驚きの様な、どよめきの様な声が一斉に聞こえてくる。素早く後ろを振り返ると、多くのクラスメイトが口笛を吹いていたり、無駄にテーブルクロスを確かめてたりと、妙に挙動不審な行動をとっている。いや、今さっきまでこっちの事絶対に見てたよね、と一言言ってみたい。言ってみたいだけで実行する事は永遠にない。

 

 ……まあ、どうでもいいですか。

 

「あの図々しい事を結構言った感じがしますが、今の感じで良かったのでしょうか?」

 

「あ、はい。ものすごく助かりました。これを参考にもう一度厨房スタッフを死ぬまでコキ使うので新しく出来たの、待っててくださいね!」

 

 笑顔のままクラスメイトは喫茶店の厨房スペースへと走って行く。数秒後、厨房から怒鳴り声と乱闘の気配を感じる。皆、仲がいいのは羨ましいなぁ、等と思ってその光景を見ていると、数秒でその光景が収まる。確実に勝者が出たのだろう。お前たちもうちょいノリが穏やかな方じゃなかったっけ、と思わないでもない。いや、明らかにノリが違う。

 

 最初は戸惑いもしたが、良く考えたらヴィヴィオあたりのノリに近くなっているだけなので、特に問題もなかった。正直こっちのノリの方が慣れている部分もあるので、来るなら来いというスタンスになる。まあ、ハロウィーンには確実にバサラ一家がやって来るので、下手な事をすることはできない。勉強を見てもらって、喫茶店の事に関してもアドバイス貰ったり、それでいて手伝ってもらったりしているのだから。

 

 ただ、

 

 心配なのは―――師父の事だ。雪山で遭難フラグを乱立させまくってそれを生存フラグに変えようとしたのはいい。

 

 だがどうやらガチで遭難したらしく、連絡が取れなくなっている。教会の方からは捜索隊を派遣する準備が順調にできつつあるのを、師父は知っているのだろうか。いや、たぶん知らないのだろう。ただハロウィーンの日付だけは知っているから一度帰ってくる―――事には期待しないでおく方がいいかもしれない。そう思ったとたんにやる気がそがれて行くのは錯覚ではないだろう。

 

 いけない、そう思っていても頼ってしまうのは自分らしさなのだろうか。

 

「はーい! 本日の作業はここまでですよみなさーん!」

 

 教師が手をパンパン、と二度叩きながらそう言う。他のクラスがどうかは解らないが、このクラスに関しては進歩はかなりいい方だ。実際、内装は完全に終わっている。あとは喫茶店に出す料理のクオリティを煮詰めて行く段階なだけだ。

 

「はい、つまりこれから居残る皆は先生と一緒に残業タイムですねー。べつにかまいませんけど先生の職場をあまりブラックにしないでくださいねー。皆さんが帰らないと先生家に帰れませんからね。あ、いやこれマジで。今夜は一人で布団の中でビール飲みながら一日を終わらせるつもりなんで早めにみんな帰ろうね」

 

「作業続行―――!」

 

「いやぁぁ―――!」

 

 絶叫する教師の姿を完全に無視しながら全員が一日が終了した事を気にすることなく作業へと戻る。厨房組もそのまま中に残る様子だし、ここで自分が帰るのも間違っている話だろう。ケーキに関してアドバイス、というよりは意見をだしたのは己だし。となれば、何時もよりも帰る時間は少々遅れる。これは先に連絡をいれておいた方がいいだろう。素早くホロウィンドウを表示させ、そしてそこに短く遅れる事を打ち込んで送信する。とりあえずこれで心配させることはないだろう、とホロウィンドウを消しながら思う。ともあれ、

 

「口を出しておいて手伝わないわけにはいきませんよね」

 

 短くそう呟き、そして厨房へと向かおうとする。

 

 季節は秋。

 

 もうすぐ冬に入る。そうなれば雪の降るベルカでは移動がし辛く、この学園への通学も一苦労という事になるだろう。だがその終わりを締めくくるイベントはもう、すぐそこにまでやってきている。

 

 ……何故か、今年は例年よりも少しだけ、楽しそうになりそうだと思いながら。




 今回は繋ぎの回という事で短めダス。次回がはろうぃーんで、それが終了したら冬ですかねぇ。ハルにゃんの周りでも意識の変化はあったよーで。ともあれ、頭の悪いお祭り始まりますよ。


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ハロウィン

 ハロウィン本番は曇りひとつない晴天だった。空には爛々と太陽が輝き、秋の終わりを完全に陽で照らしてくれていた。寒さをある程度押さえてくれるぐらいには素晴らしい天気だった。こういう日は秋でも珍しく、思いっきり体を動かしたくなるような日だった。そんな中で、自分は外―――ではなく喫茶店へと変貌した教室の奥、更衣室スペースにいる。鏡の前に立って、本日のイベントの為の仮装を確認する。仮装、と言ってもそう複雑な衣装をしているわけではない。豹の耳と尻尾を付け、そしてメイド服姿。”去年はやりすぎた”というのが全員の共通見解であったため、それを何とか払拭するためにも今年はあっさりめ、特にニッチすぎない様に狙った結果、非常にシンプルに落ち着いた。

 

 ……バリアジャケットを応用するればいいのに、態々手作りにするのがディアーチェさんの凄い所ですよね。

 

 ああいう家庭的なスキル、ディアーチェが圧倒的過ぎて物凄い。今家に残っている面子で、二位の位置にイングが滑りこんでくる辺り、彼女の家庭への憧れというか、執念は伝わってくる。元とはいえ”自分”という存在でもあるのだし。

 

 ともあれ、そういう事もあって仮装は手作りとなっており、身内それぞれで内容が異なっている。まあ、それなりに気合を入れているという事だ。残念ながら見せてあげたい相手は今日は帰って来てないというかどうやら生きているかどうかさえ怪しくなって来たらしいが。ともあれ、そんな風に鏡に映っている自分の姿を確認し、接客用の笑顔を浮かべてみる。鏡には可愛らしい少女の笑顔が浮かび上がり、可憐な姿を映している。我ながら中々の美少女だと思う。少なくとも世の中の普通の男子であれば割とイチコロ程度の美少女。

 

 アインハルト・ストラトスは己の評価を間違えない。

 

 自分ができる事、自分の価値、それを見極め、認識する事は大事な事であると教わった。自分を卑下する事も、そして高く評価する事も駄目だ。自分がどのラインでどれだけであるかを、それをちゃんと認識したうえで周りと合わせないといけない。特に異端であればなおさらだ。自分を卑下するのは自分以下に対して失礼だし、届かない所に自分が存在すると言う事はただの愚か者だ。だから自己の判断はちゃんとしなくてはならない。自分は美少女で、同年代の中では圧倒的に強くて、そして―――。

 

「ストラトスさんー?」

 

「あ、はい。何でしょうか」

 

「廊下でキャッチお願いできますか? そのまま軽く校内見回ってくれても問題ないですから。これ持って宣伝してくれると多分というか確実に女子は無理でも男子は釣れるのでお願いしますね」

 

 そう言ってクラスメイトは看板を渡してくれる。それにはもちろんこのクラスの場所、そしてやっている事が書いてある。ようは広告塔になって来い、という話なのだろう。看板を受け取りつつ、自分の役割は理解したと返事する。

 

「つまり馬鹿を釣って来いと」

 

「イエス」

 

 我がクラスメイトも大分言うなぁ、と思い始める。

 

 

                           ◆

 

 

 廊下に出るとハロウィンは始まったばかりにもかかわらず大量の生徒と外部入場者で溢れていた。日頃から割と人が多く、そして騒がしいSt.ヒルデは今日だけはいつも以上の賑わいを見せ、そして廊下を人で埋め尽くすという状況を生み出していた。右から左へと流れて行く人波を確認しつつ、少し気おくれしそうになる自分の心を押さえつける。良く考えたらこんな大量の人の前で宣伝とか大丈夫なのだろうか、と。

 

「お、あの子可愛くね?」

 

「あんな子がいるなら入ってみるか」

 

 ただそんな声もあって教室へと向かってゆく人の姿を見れば特に声をかける必要もないんじゃないかなぁ、と思い始める。意外と客商売チョロイかもしれない。とりあえず教室の中に入ってくれる客の為に軽くにこり、と笑いかけるとその足並みが加速する。精々学年対抗売上レースに大いに貢献して貰いたい。

 

「ここは他にもいますし軽く歩き回りましょうか」

 

 振り返って教室の前で呼び込みをしているクラスメイトを見ると、サムズアップが帰ってくるので同じくサムズアップを返しておく。それを了承と受け取ってとりあえず校内を歩き始める。もちろん、看板をしっかりと持っておくことは忘れない。ただ廊下なんて狭い場所で宣伝していても集客はそこまで望めない……と思う。もっと人が多く集まる場所、もしくは客を奪う勢いでどっか別の所へ行くのがいいのかもしれない。

 

 そう思ったところで、一つのアイデアが頭に浮かび上がる。

 

「そうだ、ヴィヴィオさんの客を奪おう」

 

 なんかヴィヴィオが勝つのはもやもやするしヴィヴィオの所から客を奪ったのであれば罪悪感は生まれない。それでいてクラスに貢献できる。何て素晴らしい案なのだろうか。犠牲になるのはヴィヴィオとそのクラスメイト、あとついででリオとコロナも少しだけ悲鳴を上げるかもしれないがチョロイ客の方が悪いのだ。あとヴィヴィオに加担する全てが悪なのだ。前世覇王の自分がそう断言するのでこれは絶対の法だ。少なくともシュトゥラでは法になると思う。ヴィヴィオは状況問わずギルティ、と。

 

 よし、実行ですね。

 

 そうと決まれば行動は早い。ヴィヴィオは自分と違って初等部だ。校舎が一つ違うが、あちらもあちらで確か露店か何かをやっていたはずだ。中等部とは違って本格的ではないものの、何か屋台の様な店を一つ開くという内容だったはずだ。場所は確かグラウンドだったはずだ、と思いだし、歩みを進める。

 

 やはり恰好の事もあってだろうか、何時もよりも視線が自分に集まっている気がする。外からの入場者も本日来ている事を考えると割と妥当な事も気がしないでもない。だから営業用のスマイルを浮かべ、声をかける事はないがしっかり看板を手に持って最低限のアピールはしておく。そう、これは宣伝であって媚びているわけではない。覇王は媚びない。ついでに顧みる事もしない。ただし逃走ばかりは許されて欲しい。

 

 グラウンドまでの距離は校門へと向かう途中でしかない、そうかからないだろうと思い階段まで近づいたところで、肩にトントン、と軽い感触を得る。誰か、と思って振り返った所で、

 

「やっほ、久しぶりね」

 

「あ」

 

 肩を叩いてきたのはオレンジ髪の女だった。サングラスをかけて私服姿で軽く変装はしているつもりなのだろうが、良く知っている人物からすれば彼女が誰であるのかは一目瞭然だ。声に名前を出したら迷惑になるだろうから、口に出さず、こくりと頷く。忙しいとは思っていたが、まさかティアナが来るとは思ってもいなかった。

 

「お久しぶりです」

 

「うん、ちょっと有給消費して来いって上司に言われちゃってね。ちょうどいいタイミングだし周りとタイミング合わせたのよね。あー、全く容赦のないブラック職場はホント疲れるわよねー」

 

 そうは言うが、日常生活が充実しているのかティアナの表情は楽しそうなものだった。どうやら本当に休日を楽しみにやって来たらしい。そんなオフの日にこんなところでいいのだろうか、と一瞬だけ思ったが、それはそれで態々来て貰ったティアナにも失礼な話だし、思考から消し去る。

 

「と、周りということは―――」

 

「あぁ、うん。今日は結構来てるわよ? スバルん所は皆纏めてオフとって私と一緒に来たし、なのはさんとユーノさんも昼前には来るって話だし。そっちの家の事だからどうせ来るんだろうけど―――あ、あと問題児二人と餌も来るって。まあ、それ以外にもちらほらと機動六課面子はなんだかんだで遊びに来るらしいわよ。なんというか身内に甘いというかお祭り好きというか……賑やかなのが好きよね、皆」

 

 もはや完全に餌呼びが定着してしまったエリオに対して憐れという感情が湧きあがるが、誰もアレの問題には関わりたくないので湧きあがる感情を握りつぶすのは皆やっている事だ。とりあえずエリオに心の中で合掌しておき、

 

「じゃあ適当にブラついていれば他のみんなさんにも会えそうですね」

 

「そうねー。まあ、スバルとかはどうせまた食べ歩きでもしているんだろうけど……まあ、私も適当に他の連中を探しながら貴女のクラスに寄らせてもらうわ。じゃ、またね」

 

 そう言ってティアナは去って行く。去り際にさりげなくクラスに寄って売り上げに貢献してくれると約束してくれる辺り、ティアナも大分成長したというか、大人としての貫禄が出たというか、そういう風格が出てきたように思える。機動六課にお邪魔していたころの記憶では何やら振り回されているような印象だったが、この数年で一気に落ち着いた雰囲気が出てきている様に感じる。ともあれ、スバルを捕まえてクラスへと送りこめば物凄い貢献になりそうだとは把握した。

 

 大食いですし。

 

 まあ、所詮は見つかったら、の話になる。そう簡単に見つかる訳はないのでとりあえず逢えたら程度の認識にしておく。ティアナと別れを告げたところからそのまま真直ぐ校舎の入り口まで向かう。やはり好奇の視線は突き刺さり、そこに少しだけ恥ずかしさを感じる。ヴィヴィオだったら寧ろ快感として覚えそうなところだろうが、そこまで自分は突き抜けていない。

 

 ともあれ、そうやって校舎を抜けてグランドへと出れば、広いグランドへと出る―――本日はそれすらも大量の入場者で埋め尽くされているが。これでもか、というぐらいに店や客が入っており、かなりごまごまとした環境が出来上がっている。これだけ広いグラウンドが人で埋まる姿も中々珍しいものだと去年の光景を思い出しつつ、軽くヴィヴィオの気配を探る。

 

 特徴的な現代の聖王の気配は見逃す事ができない。

 

「こっちですね」

 

 ヴィヴィオの気配を察知し。彼女がどこにいるのかを把握する。グラウンド内にいる事から確実にクラスの屋台にいるだろうとアタリをつけ、気配の方向へと進み―――ヴィヴィオの姿を見つける。ただし、

 

 そこは屋台ではなかった。

 

「みっなさーん! ハッピーハロウィーン!」

 

「イエ―――!!」

 

 グラウンド端のステージの上で、白いアイドル衣装っぽい服装に包まれたヴィヴィオがマイクを片手にノリノリでMCをやっていた。しかも観客席を見るとノリノリで返答をしているのはベルカ教会でよく見かけるベルカの騎士達ではなかろうか。貴様ら仕事はどうした。なんでそんなにノリがいいんだ。というか手に握っているライトはどう見てもオリジナルのグッズに見えるのだがもしかして今日のために用意してきたのだろうか。

 

 ……えーと、レヴィさんが言ってましたね。

 

 こういう場合は、

 

「飼いならされやがって」

 

「我ながら割と頭悪いと思ってる」

 

「こんにちわー」

 

「あ、どうも」

 

 横へと視線を向けると、リオとコロナの姿があった。コロナの姿はドラキュリーナを意識した黒と白のフリル多めの服装で、リオは全体の雰囲気に合わせたのか色は黒とオレンジで、服装自体はチャイナ服になっている。どちらも美少女で非常に映えるのだが―――やっぱりヴィヴィオが頭のおかしさではリードしすぎていた。どうしても視線はあっちへ集中していた。

 

「アレ、何やってるんですか。私は作成段階であんなの見なかったんですけど」

 

 あはは、と渇いた笑いを零しながらコロナが解説を入れてくる。

 

「うんとね、ウチのクラスは実はパンプキンパイを販売する事にしてね、あっちの方で屋台をやっているんだ」

 

 そう言ってコロナは後ろを指さし、行列のできている屋台を指し示す。かなり人気があるのか、長い行列が出来上がっており、屋台の方は忙しそうに全力で働いていた。ただその行列に並んでいる人間に何故チラホラと騎士の姿を見かけるのだろうか―――何気にフェイト夫妻が行列に並んでいるのだがエース級が纏めて有給とか管理局側は大丈夫なのだろうか。

 

「ヴィヴィオがね? ”やっぱり宣伝は派手にしないとね! サクラとかいれるけど問題ないよね” とか言い始めちゃった結果ステージを占拠して出し物の宣伝始めちゃったんだけど、そこで調子が出ちゃったのかステージ独占状態になっちゃってね? MC交代しちゃったの。ほら、ヴィヴィオって必要のないぐらいに優秀で頭いいからMCに一回必要な情報全部見せて貰ったり教えてもらったりすると全部覚えちゃうから、前のMC以上に仕事が出来ちゃって―――」

 

 あっち、と言ってリオがステージ横を指さすと、白く燃え尽きたMCがそこに倒れていた。

 

「完全に乗っ取っちゃった」

 

「何やってるんですかアレ。いえ、解るには解るんですけど」

 

「言わないで。お願い」

 

 楽しそうにステージ上でMCやっている辺り、アレはたぶん本来の目的を忘れて楽しんでいるんだろうなぁ、そう思ったところで、知っている気配の接近を感じる。それに惹かれる様に視線を校門の方へと向ける。

 

 そこにいたのは―――。




 ベルカ騎士団の提供でお送りします。

 ヴィヴィメモに置いて前作の主役勢はいわゆる”ご都合主義”的ポジショニングなので、あまり引っ張り過ぎると展開が楽々に解決されてしまうのです。だから適度に出す程度で抑えるのがベスト、そんな感じで鉄腕パパは雪山に封印ヨー。いや、まあ、戻って来るんですけどね。

 前回は悩む立場が導く立場となると時代の代わりを感じますネー……。


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オー・クレイジー

 良く知っている気配に視線を校門へと向ける―――が、そこには自分の知っている赤髪の男の姿はない。その事実に首をかしげる。今確かに感じたのは師父の、イストの気配であった筈だ。だがおかしなことにその姿は全く見えない。いや、正確に言えば今もずっと、師父の気配を感じていられるのだが、その姿を確認する事ができない。そんな摩訶不思議な事態が発生していた。短く首を傾げ、そして思考する。やはり気のせいだったのだろうか、と。コロナとリオが此方に視線を向けているが、此方のしている事を解っていない。

 

 あぁ、そう言えば多少は出来ますが……。

 

 リオとコロナはまだ普通の範囲内だったなぁ、と思い出す。少なくとも自分の様な気配察知を出来る程敏感な感覚を持っていないし、自分の様な突き抜けた部分もない。そう考えるとヴィヴィオや自分と付き合っているにしては割と普通の友人たちなのではないかと思ったりもする。ともあれ、何か感覚に引っかかる様に感じているが、姿は見えないので多分似たような人か、もしくは別の人に引っかかっているのかもしれない。

 

「どうしたの?」

 

「いえ、何でもないです。ちょっと知っている気配だったと思ったんですけど、どうやら勘違いだったようで。なので何も問題ないです―――それよりもあの良い空気吸っている悪友をどうするべきかが今の問題だと思ってますので。えぇ、あの良い空気吸ってるやつです」

 

 視線を再びステージの方へと向ける。そこにはマイクを片手に魔力を使ってキラキラ輝くヴィヴィオの姿がある。かなりいい空気を吸っているのは確定だが、客として入っているベルカ騎士団もこれ、かなりいい空気吸っているのではないだろうか。少なくともお前ら護衛の仕事とか巡回とか色々あっただろう、と言いたくなるが幸せそうな表情をしているのでそれは今回限り忘れる事にする。ああいう恰好や姿を迷う事無く、躊躇することなく実行できるヴィヴィオはある意味尊敬できる。ある意味では。全面的に尊敬する事はやっぱり無理だ。それは勘弁してほしい。

 

「ははぁ、楽しそうにしてるなあ、おい」

 

 背後から聞いたことのある声がする。その声に振りかえれば―――そこにいたのは赤髪の男ではなく……女だった。

 

「あれ? イストさん……ですよね?」

 

「おう、俺だぜ」

 

 そうは言うが、登場した師父は本人の姿ではない。まず髪は朱いが、身体が女のものだし、声も女のソレだ。眼鏡をかけているし、髪も長く、そしてポニーテールで纏められている。というよりも、肉体的にはどう見てもナルのそれだ。そこから導き出せる結論はユニゾン状態という事なのだが、服装はナルのバリアジャケット姿で、一体ユニゾン姿で何をやっているのだろうか。というより姿はナルのまま、意識は師父のものって可能な芸当なのだろうか。

 

「いやぁ、流石に日にちを思い出した時は焦った。その場で雪崩起こして、それに巻き込まれる様に麓まで流れて帰ってきてなあ」

 

「何で死んでないんですか……?」

 

 魔力が使えない場所で雪崩に巻き込まれていて生きているとか軽く人間技には思えないのだろうが、完全に人類を止めてしまっているのだろうか。いや、元々人類かどうか怪しい芸当を何個もこなすような生物だったのでそこらへん本当に今更な話なのだが、

 

「師父、その姿は何ですか」

 

「変装。そのままで来ると疲れるから」

 

「あー……」

 

 実際商店街を歩くだけでも凄い捕まるのだ、この男は。それだけの知名度をベルカでは誇っている。ミッドの方へと行けばそうでもないのだが、それでも有名人という人種は周りから嫌でも注目を浴びる。それと比べてユニゾンの姿であればまだ解らない方だ。実際こっちの姿で大々的に姿を目撃された事はないのだ。故に気づかれたとしても似たような人物、というだけで終わる。だから、まあ、理解はできる。ただ理解できる事と納得出来る事とは全く別の話だ。

 

 やはり勝ち組。

 

 なんか頭の中の想像だがナルが一人勝ち状態に高笑いを上げている光景を幻視する。いや、実際にはそういうキャラをしている訳ではないのだろうが、それに寧ろ同調率からして嫁と夫、という関係よりは二人で一人、という関係の方が正しいのだろうが。

 

「そう言えばイストさんここ数週間ずっと雪山の方に言ってたらしいですけど何してたんですか?」

 

「ちょっと雪山の方に引きこもりがいるんだけどそいつを引っ張り出そうとしてたんだけど予想を超えて腐ってたからちょっと更生に苦労している。今日終わったらまた戻らなきゃいけねぇんだよなぁ……なんでだろう、管理局時代よりも忙しい気がしてきた」

 

「お、お疲れ様です」

 

 そんな言葉を受けとりながらナルっぽい師父は此方の頭の上に手を置いて、そして撫でるとそのまま歩き去って行く。

 

「はっはっはっは! ま、適当に見学してるから用があったら適当にアッ―――」

 

 横から高速でやってきたなのはが師父を横から思いっきり蹴り飛ばし、吹き飛ばしたその姿をバインドで拘束し、そしてそのまま確保すると歩き去って行く。その片手にビール缶が握られている辺りこれから死ぬほど飲むのだろうかと戦々恐々としながら思い、師父達の方から視線を外す。

 

「ママ―――!」

 

「ヴィヴィオちゃ―――ん! 超可愛いよ―――!」

 

「ありがと―――!」

 

 何時も通り狂っている親子の姿を眺め、そして少し離れた位置で微笑ましそうに眺めるユーノの姿を発見し、あぁ、やっぱり親子だなぁ、と妙な納得をした所で視線を高町家とその犠牲者から外す。リオ、コロナ、そして自分の三人で視線を合わせ、そして頷く。

 

「にげ―――場所を移そう」

 

 コロナの提案に異議を唱える者は一人としていなかった。

 

 

                           ◆

 

 

 ヴィヴィオ・アイドル・ライブ会場から少し離れた入場者用の休憩スペースはお菓子やグッズを購入した多くの入場者や学生の姿で溢れていた。そのスペースの一角、開いているスペースを三人で占拠する。本来ならまだ働いていなきゃいけない時間で、これはサボリにも似た様な事をしているのだが、先ほどの光景にどっと疲れてしまったので流石に責める人間は誰一人として存在しないと思う。ともあれ、手元にはグラウンドの屋台で売っていたジュースやパイ等を適当に買って集めてきたものが集まっている。まだ昼前で昼食を取るには早い時間だが、昼食時間に都合よく休みを取れるとは限らないし、ちょくちょくこうやって買ってきたものを摘まむのが正しいのかもしれないと思う。

 

 ともあれ、

 

「ヴィヴィオちゃん輝いてるなー」

 

 ここからでもステージは見れる。なんかアクロバティックにダンスをしているヴィヴィオが周りから陛下コールを受けながら輝いている。もう打撃系聖王アイドルでも始めた方がいいんじゃないだろうか。絶対に天職だと思う。

 

「む、このパンプキンパイ中々ですね……ですけどやっぱりどうしても身内の物と味を比較しちゃって美味しい、と素直に言えないのは悲しい事ですね……」

 

「あぁ、うん。日頃から美味しいものを食べちゃうと舌が肥えちゃって中々普通の料理とかを美味しく感じなくなっちゃって困るよね。うちのお父さんとか一回ディアーチェさんからおすそ分けで色々貰ったんだけど、それ以降良く聞いてくるんだよね”まだか? おすそ分けはまだか? 頼めない?”とか割と頻繁に。それに対抗意識燃やして母さんが料理を本気習い始めたのが嬉しいけど」

 

 意外と影響力あるなあ、と身内を見て思う。何気に家の料理が美味しいと外食する理由がなくなるので経済的にもかなりグッドだと思う。でもまあ、やっぱり舌が肥えてしまうとそれだけ外で食べる時に困る。そこらへんちゃんと理解している為、あまり美味い不味いを外では言わない様にしているが、それでもそういう味の違いは分かってしまうし、どうしても考えてしまう。

 

「しかしなのはさん元気だったなぁ」

 

「ユーノさんも何だかんだで若干あちら側に踏み込んでるよね」

 

「いえ、ユーノさんは寧ろ笑って微笑ましく見ている限りは巻き込まれないって悟ってる側の人間なので。あと最近聞いた話ですとツッコミに疲れたから暫くやめると」

 

「ツッコミって仕事だっけ」

 

 まあ、大体ボケが多い中では義務になりがちではあると思う。実際ボケ放置していると状況がどんどんと混沌となって行くので、放置すると逆に危ない。

 

「ツッコミで思い出した。そう言えば今日ティアナさんを見かけたけど他の六課の人たちは来るのかな」

 

「ツッコミで思い出されるとはティアナさんも中々不憫枠に足を突っ込んでるとは思うけどどうなんだろう。割と大集合してる感じはするけど」

 

「あ、それなら私さっきティアナさんと話してきましたけど、皆割と有給ぶんどって来たそうですよ。去年ほどのスケールになるかどうかはわかりませんが。確かスバルさんの所は確定らしいですけど。たぶん屋台めぐりしているでしょうし適当な屋台に視線を向ければ見つけることできるんじゃないでしょうか。ほら、あそことか―――」

 

 適当な屋台に指を向けると、そこには青髪と紫髪の女性が二人、横に並びながら山の様に食べ物を両手いっぱいに詰んで、それを持ち歩く姿があった。そんな桁外れの量を持ち歩いたり購入するのは自分が知っているのでもスバルとギンガのナカジマ姉妹だけだ。その少し離れた位置を見ると、銀髪眼帯の女―――チンクが両手で顔を覆っている光景が見える。あぁ、やっぱりアレって家計圧迫しているんだろうなぁ、と今更ながらそれを眺めて思う。

 

「まあ、いるんじゃないでしょうか。どっかに。うん、どっかに」

 

「見なかった事にしていいか」

 

「元機動六課スタッフって個性的過ぎるから探そうとすれば物凄い早く見つかるよね……」

 

 アレで目立っているのではなく風景に紛れているというから少しこの祭りは頭がおかしいと思う。まあ、元からベルカの頭の悪さは古代を見れば証明されているというかクラウスの時代を見ても頭の悪さと発想の悪さは凄い。

 

 ともあれ、

 

「今日は平和に終わりそうにないねー」

 

「何時もの事だけどね」

 

 本当に何時もの事だ。視界の端を赤毛の少年が全力疾走で駆け抜けてそれを追いかけるピンクと紫がいた様な気もするが、関わった時点で負けなので極力見なかった事として話題にすら出さないでスルーする。これは基本中の基本であり、日常的に行われている事だ。

 

「お―――い! お―――い! あ、もう来―――」

 

 もちろん聞こえなかったふりをするのも基本である。視界に入らない様に横に座っている人を盾にし、見えない様にして心の安心感を得る。世のなか関わってはいけない事があるのだ。

 

「さっきスバルさんとギンガさんがめちゃくちゃ買い込んでたけどやっぱりアレって食費とか家計を圧迫するのかな? いや、スバルさんもギンガさんも割と給料もらってるからそこから購入しているんだろうけどさ。いや、地味にどれ位かかってるか気にならない?」

 

 そう言われるとそうだ。毎日あの量を普通に食べているのだからやはりそれなりにお金はかかっているのだろう―――というか何であれだけ食べているのにあのスタイルを維持できるかが激しく知りたい。自分でさえ割と運動をしているつもりだ。少なくとも体のスタイルを落とさない程度の鍛錬は行っている。筋肉だって成長の妨げにならない程度には付けているし。だけどあれだけ暴飲暴食しておいて、スタイルの維持を余裕で出来ているとか少し卑怯ではなかろうか。

 

「家計とかで気になったんだけど、アインハルトんとこはどうなってんだ?」

 

「どう? とは」

 

 リオがいや、と言葉を置く。

 

「いや、イストおじさんの家に置いて貰ってるのは解ってるけどさ、アレってどういう扱いなの? お泊り的な? お金は実家の方から出ているとか。もしくは完全に家の子みたいな感じに置いて貰っているのとか」

 

「あぁ、それは後者の方ですね。なんというか名前が変わってないだけでほとんどバサラ家の子って感じですね、私。師父とかも完全に父親の様に甘えて来い、何て言ってきますし。なので私も本当の父親だと思って師父の事は敬愛させてもらっています。いえ、本当の父と行っても実父と比べますと天と地ほどの扱いの差があるんですけど。というかむしろ実の両親の方が全く本当の両親という感じの扱いになってないんですけど」

 

「あー……そういえば両親の事がそんな好きじゃなかったよね……」

 

 嫌い、というわけではない。寧ろ無関心というのが今の自分に対しては正しいのかもしれない。それに今の”家族”の方が遥かに楽しいし、優しいし、良い環境なのであっちの方は正直どうにでもなれと思っている。最低限生まれたストラトスの子供としての義務は果たすつもりではあるし、もうそれでいいじゃないか、と。

 

 と、集めた菓子を食べて軽いサボリ時間を満喫していると、校内に響くアナウンスが聞こえ始める。

 

『はぁーい! 此方St.ヒルデ放送部ですー! 本日午後からはグラウンド前ステージでちょっとした腕相撲大会を開催予定です! 商品は色々とでますが、そこは適当に流します。見栄を張りたい方、大人げなく勝利したい方、どうぞご参加ください! 以上、St.ヒルデ放送部でしたぁー!』

 

 アレ、あの声どっかで聞いたことありますねー……。

 

 ともあれ、この放送を聞いて黙っていられる程ウチの身内も大人しいものではないと思う。




 パパが女になって帰ってきた! 普通なら自殺もの。

 雪山でヒッキー……一体誰なんだ……。

 という事でこのお祭りが終われば秋から冬になり、ヴィヴィッドの物語もちょっとした新しい展開を迎える事になります。それまでもうチョイだけ馬鹿騒ぎの日常をお楽しみください。冬に入ったら少しだけバトル周り増えるでしょうし。


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オール・イディオッツ

「はぁーい! それでは第十二回St.ヒルデ腕相撲大会を開催します! 実況はSt.ヒルデ初等部所属、高町ヴィヴィオと!」

 

「ちゅ、中等部所属アインハルト・ストラトスです……」

 

 私は一体、何をやっているのだろうか。

 

 気づけば何時の間にかアイドルっぽいステージ衣装をヴィヴィオが用意していた。そしてそれを叩きつけながら着替えろとあの狂人は言った。お前も司会だと。ついに狂ったかと思ったら割と真面目に司会としてスカウトされたので更に狂ったのかと思った。つまり総合的に考えるとヴィヴィオは狂っている事で確定しているが、これは一体どういう事だろうか。そんな事を考えているうちに着替えは完了し、そしてステージの上、実況席に座らせられていた。意味が解らない。だが逃げ場はないという事だけは理解できた。

 

 観客席で目線逸らしているリオとコロナは後でベルカ式処刑ですねー。

 

 助けようとする姿勢を見せようとしない友人たちは放っておいて、まあいいやと思う。横へと視線を向ければ、そこには見知った男の姿がある。ただし何時もとは違って頭には包帯を巻いてあるのだがその姿は、

 

「はい、どーも解説のベルカ鉄腕王イストさんでーす。なお頭の負傷は管理局の白い魔王によってつけられたものなので訴訟不可避。クソォ、お前見てろよ。いや、マジで。ユーノきゅんにある事ない事吹き込んでやるからな」

 

 師父が首をかしげるように動かした次の瞬間には観客席から放たれた極細のレーザーが頭の位置を貫いていた。直後観客席から聞こえる騒ぎをガン無視し、ヴィヴィオがそのままマイクを握り、慣れた様子でトークを始める。

 

「はい、というわけでこの三者で本日に実況と解説を進めようと思います。えぇ、元のMCなんかいなかった。いいですね? はい! ヴィヴィオは素直な皆さんがだーい好きです! というわけで選手紹介の前に軽くルール説明と入ります、アインハルトさんどうぞ」

 

「いや、そこで私に振らないでくださいよ」

 

 横から師父がカンペをこっそりと見せてくる。

 

 ……師父の指示なら仕方がないですね。えぇ、本当は嫌ですけど師父の指示ならしょうがないですね。えぇ、もうそりゃあ仕方がないですよ。えへへ。

 

「アインハルトさんチョロイ」

 

「ではルール説明をします。ステージ中央―――」

 

 ステージ中央には腕相撲用のテーブルが置いてある。肘を置いておくための台座と、そして開いている片手で掴む為のバーがそのテーブルには存在している。あとヴィヴィオは絶対に後で復讐すると心の中で誓っておく。

 

「アレが腕相撲のフィールドとなります。ジャッジは公平に術式を持って、試合中の魔法使用は全面禁止となっています。勝負の制限時間は最大三十秒で、それを超えてしまった場合はその時点で押していた方の勝利となります。トーナメント方式、優勝者には叶えられる範囲で、という制限が付きますが願いが一つだけ、叶えられます!」

 

 その言葉に反応する様にステージ横にスタンバイしていた学園長がサムズアップを観客席へと向け、それに反応する様に観客席から拍手が送られる。学校側を盛り立てるのとしては良い感じの商品なんではないかと思う。問題はこれが元々計画されてた商品ではなく、横から乗っ取ったヴィヴィオが交渉して変えた商品という事だ。ヴィヴィオの行動力には驚かされるがこの娘は一体どこへ向かっているのか心配になってくる。いや、ノリとしては新感覚系聖王というのは解るのだが。ベルカの将来が心配になってくる。

 

 ともあれ、

 

「選手入場です」

 

「裏で行われた予選を勝ち抜いてきた腕相撲プロ達、ご入場―――!」

 

 ヴィヴィオがそういうのと同時にステージ上へと本日の大人げない連中が晒される。

 

 列に並んでステージに上がってくる姿はどれも大人の姿だ。そう、大人の姿。このイベントは本来St.ヒルデに通う子供たちを対象としたイベントなのに大人達だ。ヴィヴィオの発言によると予選は激しい虐殺の嵐だったという事だった。前年度チャンピオンを一瞬で蹂躙した連中がガチ顔で乗り込んでくる、そんな地獄絵図が予選の様子だった。どう足掻いても子供たちの泣き声と悲鳴しか聞こえない修羅場を乗り越えてきた恥ずべき大人連中、それが今年の腕相撲大会の本戦参加者たちだった。

 

 恥を知れ。

 

「エントリーナンバーワン! 最近ナンパに失敗した八神シグナムさん!」

 

「次は失敗しません」

 

 ヴィヴィオの解説と選手側からの掛け声が何か軽くおかしい気がする。それにそのリアクションや情報は間違いなくヴァイスが後で泣く羽目になるのでもう少し自重をお願いしたい所である。

 

「エントリーナンバーツー! イング・バサラさん! 予選で覇王流を使う大人げない地獄絵図メイカーナンバーワンでした!」

 

「前進蹂躙あるのみです」

 

 思いっきり見知った顔の参戦に軽く頭を抱える。いや、それこそ参加は知っていたが、こういうやる気のあるコメントを聞かされるとほぼ本人の様な存在としては非常にコメントに困るというか、ともかく何とかして舞台から引きずり落とせないか悩むところではある。楽しそうにしているのはいいのだが―――こんな大会に出場する程鬱憤でも溜まっていたのだろうか。

 

「エントリーナンバースリー! 増える家族! 増える食費! 家庭を支えるのは辛いよ……ゲンヤ・ナカジマさん!」

 

「優勝したら食費を何としてでも浮かせます。というかマジでどうにかしないとウチの家計がヤバイんだけど。おかしいな、一家全員働いているはずなのに……」

 

 目頭を押さえての切実過ぎる言葉に思わず涙が流れそうになる。リオとコロナで食費の事を笑い混じりで話していたが本人たちからすれば冗談にならない話だったらしいし、これ以降はこの話題に関してはなるべくタブーという方針を是非ともとって行こうと思う。

 

「エントリーナンバーフォー! 何故来た! ジャンル違いにも程がある! カリム・グラシアさん!」

 

「淑女の嗜みです」

 

「淑女の意味を辞書で調べてこいや」

 

 師父のツッコミに対してカリムがふふふ、と笑みを浮かべるだけで返答をしない。しかしこの女もずいぶん頭がおかしいと思ったが、ついに本性を出したか、と個人的な感想では思う。なぜなら毎回騎士団がらみの頭の悪い事件でゴーサインを出しているのはカリムだ。つまり毎回起きている事件の黒幕は間違いなくカリムなのだ。それが今回は表に立っているだけ。ともあれ、

 

「この四名が戦犯にして本戦出場者です! いい年しているくせに恥ずかしくはないんでしょうかこれ!」

 

「ヴィヴィオの奴いい笑顔で毒吐いているなぁ。そうだぞ貴様ら、恥を知れ恥を。はっはっはっはっは!」

 

「師父、去年仮面被って大会に参加して見事出禁食らってませんでしたっけ……?」

 

「……」

 

 師父が黙る。なんでこうも身内には馬鹿というか自重を投げ捨てた様な連中しかいないのだろうか。強くなる事も、だれかを愛する事も狂気だ、という言葉はクラウスの時代からあった言葉だ。だからといってこういう方向性で狂気を発揮するのはまた違う話だと思う。クラウスも現代のベルカを見たらきっと頭を抱えながら墓場に帰ってくれるに違いない。

 

「ではトーナメント表を発表します!」

 

「ばばん」

 

 口でサウンドエフェクトを真似する師父がそのままフリップボードを持ち出し、テーブルの上に立てる。とはいえ小さな大会なので四人しかいないし、その組み合わせも限られている。故に見えてくる一回戦はカリム対ゲンヤ、そしてイング対シグナム。いきなり一回戦から事実上の決勝戦が始まるという凄まじい組み合わせとなってしまった。これ、カリムでもゲンヤでも、どちらかが勝ち残ったとしても、確実にイングかシグナムに狩られる未来しか見えないのだが。

 

「あ、そうか」

 

「そう、しかし魔法禁止ルール! それにはもちろん魔力による身体能力の強化も含まれています! ですので実際の所、ここで一番有利なのはゲンヤ選手だったりします。男であるという事、それは技術や才能という点を抜けば肉体的に一番恵まれているという事に他なりません! ブレードハッピーとかバーサーク人妻とか腹黒シスターとかが相手ですが、実は意外と勝率が高かったりするのがゲンヤ選手です! ―――あ、トトカルチョの方は客席にいるクラスメイトの方が、えぇ、あ、そこです。あ、そこ手を振ってるウチのママ見えますか? あそこでトトカルチョやってますよー! あ、ママ! ヴィヴィオ頑張ってますよ―――!」

 

 とりあえずヴィヴィオが段々と話をわきに逸らし始めたので師父越しに蹴りを叩き込んでヴィヴィオを一旦ステージから叩き落としておく。ヴィヴィオに長い間ステージを任せておくのはとりあえず危険だと判断し、視線を師父の方へと向ける。若干師父が引き気味の様な気がするけどなぜだろうか。

 

「と、とりあえず―――優秀候補は誰だと思いますか?」

 

「ここで嫁って答えなかったら俺の未来が無い」

 

 視線をステージ脇へと向けるとにっこり、と笑みを浮かべるイングの姿を見つける。あぁ、そういえばそうですよね、これ完全な人選ミスじゃないかと思い始めるけど、まあこうなってしまったのなら仕方がない。唯一まともな人間として、自分だけでもこの大会を無事に終わらせる事に存在意義があるのではないかと思う。そうと思えばさらにやる気は出てくる。そう、これは私にしかできない事、このアインハルト・ストラトスにしかできない事。

 

「ではさっそく第一回戦の方の準備に入りましょうか!」

 

「偉くやる気だしたな弟子よ。パーパは若干君達の将来に不安を覚えないでもないです」

 

 師父の発言を軽くスルーしながらステージ脇から第一回戦の選手を呼び出す。ステージ上に上がってくるのは何時ものカソック姿のカリムの姿と、そしてオフだからか私服姿のゲンヤだ。十分に気合が入っているのか、既に服の袖はまくられており、観客席の方から娘達からの声援が飛んできている。野次にも似たそれをゲンヤは笑顔で受け止め、拳を突き上げる。どうやら勝利を確信している様子だった。

 

「あらあら」

 

 それと比べてカリムの様子は静かだ。ゲンヤの様に興奮も期待されている様子もなく、まさしく何時も通りの様子でいた。逆にその様子が恐怖を煽っているのだが。何せ純粋な体格差を考慮すればカリムの勝ち目などないのに、カリムは静かに笑みを浮かべているだけだ。こういう静かにしているタイプこそが一番恐ろしいタイプであると理解している。静かにしているのは何がどうあろうと、その結果勝利する事を確信しているからだ。だからこそ無駄に行動する必要はない。

 

「これは勝負が解らなくなってきたなあ―――ちなみにあまり知られていないようだがシスターカリムは全く戦闘できないと思っているのならそれは勘違いだぞ」

 

「と、言いますと?」

 

「ベルカに戦闘訓練を受けない騎士がいるわけないだろ」

 

「おっしゃる通りですね」

 

 本当にその通りだ。シンプル過ぎて納得するしかない理由だった。ともあれ、観客の声援を受けながら二人が勝負の台に付く。

 

 その様子を眺め、

 

 ―――何やってんでしょうね……私は……。

 

 不意に正気に戻り、頭を抱える。




 今回は若干短めだ開けど調子悪いのでここまで。

 マテズがエロゲでいう本編、メインシナリオであればヴィヴィメモはFD、アフターなのでメインで頑張ってた人たちがポンコツになったりはっちゃけるのは仕様です。ヴィヴィ王が自重してない気がしますが仕様ったら仕様 !すでのな


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アイ・シーン・ジス

「―――それでは両選手、どうぞ腕を組んで待機をお願いします。試合開始の合図は此方の方で用意しているゴングを持って知らせます。それまで腕を組み、そして開始できる姿勢での待機をお願いします」

 

 カンペを読みながら指示を出すと、台についたカリムとゲンヤが互いに笑みを浮かべながら手を握り合い、勝負の準備に入る。師父が横から新たなカンペを渡してくるので、それを確認しつつ次の行動を確認する―――チラリと確認するヴィヴィオは完全にやる事を把握しているのか、カンペを一度も確認する事もなく見事にMCをやってのけている。こういうヴィヴィオの社交性は、実はちょっとだけ羨ましい。

 

 と、そこでカリムが微笑みながらゲンヤへとまっすぐ視線を向けるのが見える。何時の間にか実況席から離れたヴィヴィオがマイクを片手に、二人の近くへとマイクを持って行くのが見える。やはりコミュ能力が高いとこういう行動も早いのだろうか、なんてことを思ってカリムとゲンヤの間に起きそうな選手特有の煽りあいに耳を傾ける。

 

「―――ゲンヤ・ナカジマさん。二ヶ月前にベルカ自治区のキャバクラで匿名希望Tさんにいっぱい貢ぎましたね? その一週間後にミッドチルダのクラブ”えりのあ”で歌手をやっているAさんに対してボトルをプレゼントしましたね? その後三日後―――」

 

「やめてくれぇ―――!! ギンガ、スバル、俺をそんな目でみないでくれぇ―――!」

 

「おっとぉ! カリム選手汚い! 情報戦というか精神攻撃だぁ―――!」

 

 ゲンヤが両手で顔を覆いながら横に倒れる。それをカリムは変わらない笑顔で見ているが―――心なしか、その笑顔が真っ黒なものに見えてくる。視線を横の、解説の師父の方へと向ける。その視線を受け、師父が頷く。

 

「ベルカ騎士は戦闘訓練を受けている―――だが一言も戦うとは言っていない」

 

「ダメじゃないですか」

 

「まあ、待て。カリムの様な後方メインになってくると腕っぷしよりも重要になってくるのは政治力の方だ。政治力つってもいろんな風に解釈できる。人を動かしたりとか状況を操作したりとかな。カリムの仕事は教会の権力を管理局に食い込ませることだし」

 

「もう一回いいますけどそれって物凄い駄目じゃないですか。というか師父、それ言っちゃっていいんですか」

 

「いや、管理局と聖王教会の関係とか、なんで聖王教会の騎士が管理局で地位を持っているとか、そう言うのを調べれば割と出てくる事だから諸君、冬休みの間に気になったら調べてみよう!! ……ともあれカリムは仕事柄、情報を多く扱う。だからそのアンテナに引っかかったのを使っただけなんだよなぁ」

 

「でもそれって腕相撲じゃありませんよね」

 

「そうなんだよなぁ……」

 

 とは言うが、床に倒れて動かなくなったゲンヤはどう見ても戦えるような様子ではない。ゲンヤの顔を確かめてみれば白目を剥いているのが理解できる。近くにいるヴィヴィオが軽くゲンヤに近寄り、そして頬を数回叩いてゲンヤのリアクションを調べる―――が、そこに反応は一切ない。此方へと視線を向けた。カンペはなくても、付き合いは長い。何をすべきかは察せる。

 

「えー……ゲンヤ選手、戦意喪失により敗退決定しました。一人では帰れない様子なので親族の方は回収の為にお願いします。えー、師父、一応MC的なものなので聞いておきますがカリム選手の勝因はなんだったと思いますか?」

 

「やぱりアレだな、情報を制する者はアレだな」

 

「予想通りの答えをありがとうございました。それでは次は八神シグナム選手対イング・バサラ選手で、両者ステージの方へどうぞ」

 

 ステージに上がってきたスバルとギンガがぺこぺこと頭を下げながらゴミを見るような視線を父へと向け、蹴り転がすようにステージから蹴り落として行く。もはや父としての尊厳が死滅しているのは明らかだが、それをいつかは取り戻せるものであると祈っておく。そうやってゲンヤがステージから追放され、そして黒い笑みのカリムが待機席に戻ると、それと入れ替わる様にシグナムとイングが中央にやって来る。

 

 ―――どちらも武闘派だから今のような展開の心配はいりませんね……。

 

 そんな事を思っていると、シグナムが指をびっしり、真っ直ぐイングへと向ける。

 

「カリムの様な脅迫は私には通じん、故に正々堂々とした勝負を望む」

 

「私の知り合いに女騎士好きの未婚男性がいます」

 

「くっ……殺せ!」

 

「ハイ、ちょっとカット」

 

 師父が立ち上がって解説席から選手たちへと向かって行く。そして選手二人を交えて話し合いを始める。それに交代する様にヴィヴィオが実況席に戻り、そしてマイクを再び握り始める。

 

「いやぁ、腕相撲大会の筈なのに大会は予想外の展開を経てまさかの精神攻撃系の大会に突入してしまっていますねアインハルトさん。私的にこのまま大会を続けるとなると優勝候補はカリム選手一択なんですがアインハルトさんはここらへん、どうなんでしょうか」

 

「腕相撲大会なのに試合開始前KO率が高すぎてちょっとドン引きしていますけど、ここでこそイング選手がカリム選手を薙ぎ倒してくれると信じています―――というかヴィヴィオさん、もはやシグナム選手の敗北は確定していますか」

 

「シグナム選手の顔を見ればアレはもはや合コンへ行く前の女の顔をしていますね。どう足掻いてもあの状態から勝負にはなりません……あ、イストさんが確認完了しましたね。駄目ですか? 駄目……? あ、駄目っぽいですね、ハイ! そういうわけでシグナム選手も戦意喪失! カリム選手とは対照的に飴で勝利しました! ハイ、どう足掻いても腕相撲という名の賄賂ですね!」

 

「腕相撲とは何だったのでしょうか」

 

 イストが席に戻ってくるのと同時に、選手席にいたカリムが再びステージの中央に戻ってきた。そうやって、十分以内に腕相撲大会は何時の間にかクライマックス、決勝戦へと突入していた。しかし、状況はだれもがどう見ても明らかであった―――どう足掻いても普通の腕相撲を見る事はかなわない、そんな状況だった。誰もが普通の腕相撲試合を諦めていた。それでも、内容自体は面白いので誰も文句は言っていない。基本的に面白ければ文句はない―――それはどこにでも通じる話だが、もう少しだけまともな状況に対する関心というか、そういう部分を持ってほしいと思うのは儚い願いなのだろうか。

 

「というわけで決勝戦の準備に入ります」

 

「初の勝負が決勝戦とはたまげたなぁ」

 

「しかし師父、このままだとぶっちゃけまともな試合がない可能性の方が高いです」

 

「そうなんだよなぁ……」

 

 頭を抱える師父の姿を見る。少なくとも師父がやった時は普通の腕相撲大会であった。大人げないが、ここまで大人げない様子ではなかった。溜息を吐きながら決勝戦という名の何かを憂いつつ、視線を会場へと向ける。何時の間にかたくさんの学生や来場客が増えている気がする。少なくとも開始直後よりも遥かに増えている、そういう感じはある。と、観客席でギンガやスバルの姿を発見する。その直ぐ横では灰色になっているゲンヤの姿もある。ゲンヤの財布らしきものをギンガが持っている辺り、どう足掻いてもゲンヤはしばらく娘たちに勝てない様だ。

 

 その他にもティアナや、ユーノ、はやて、顔見知りの姿を客席の方に見かける。自分の名前を呼んでカメラを向けている知らない者は……おそらくただのブロガーとか、そういう類の人種だろう。本当に迷惑だったり害悪だったら騎士団の者達が外へ追い出しているだろうし。そう思いつつ更なる知り合いを求めて視線を客席に向け―――視線を止める。

 

 それは妙に気のかかる黒髪だった。おそらく自分より年上、ツインテールの少女。容姿が整っていることを抜けば珍しくもなんともない姿の相手だ。だけどその黒髪がなんとも、妙に自分の気を引いていた。言葉にはし難い感覚だ。気になる、という言葉が適切かもしれないが―――そう、既知感だ。それが一番納得のできる言葉だ。この姿ではなく、この人物は自分の知っている人物だと、そう自分の感覚が訴えかけている。いや、寧ろ感覚としては―――。

 

「はい、それでは決勝戦を開始します! アインハルトさんからも一言どうぞ!」

 

「え、わ、わふっ!?」

 

「ハイ! というわけでアインハルトさんの一言でした!」

 

 唐突に話を振ってきたヴィヴィオに思考が中断され、しかも何か物凄い痴態を見せてしまった気がする。しかも、師父のすぐ隣でだ。もしかして幻滅してないだろうか。そんな事を思って横の師父へと視線を受けると、微笑ましい笑みを師父は此方へと向けていた。違う、違うんですと心の中で叫んでいても、それを口にするだけの度胸はない。なので口を師父に向けてパクパクと動かしていると、

 

「うんうん、解ってるさーで、どの男を見ていたんだ? んン? ちょっと男の話し合いをしないといけないからな……」

 

「掠ってもいませんから師父、お願いだからその拳を下ろしてください」

 

 そこで少々残念そうな表情をつくられても困る。そしてこれ以上考えるのは精神的にあまりよろしくはないので、視線をステージへと戻す。

 

 そこには耳栓をしているイングの姿と笑顔で微笑むカリムの姿があった。もうこの時点で腕相撲じゃないと言いたい。

 

「精神攻撃対策に耳栓を装備してきたな……イングのやつ、メタって来るとは本気だな」

 

「魔法禁止ルールなので魔法による通話手段がないのでこうやって耳栓をされるとカリム選手お得意の精神攻撃が通じませんね。耳への装着はアクセサリー扱いで反則でも何でもないのでこれはイング選手、頭脳プレーによる勝利でしょうか……!?」

 

「あの、真顔で精神攻撃対策とかちょっと意味が解らないんですけど」

 

「アインハルトさん、MCとは状況に流されつつ臨機応変になんとかする役割なんです、これぐらいしっかりと対応しましょうよ」

 

 そこで何故怒られるような流れに入らなきゃいけないのか若干解らない。ただ会場全体が完全に流れとしてノっているので、これで問題がないらしい。おかしいのは自分ひとりだけなのかもしれない。ただそう思うと実はこの世界めちゃくちゃ狂っているのではないかと思う。味方はいないのだろうか。視線をとりあえず選手の方へと向けると、

 

「―――おーっと! カリム選手手を動かしています、これは……これは……手話だぁ―――!!」

 

「淑女の嗜みです」

 

「ハっちゃけてんなぁ」

 

 腕を組んで頷く師父は頷き―――そして硬直する。試合テーブルの上で視線を合わせるカリムとイングは握手を交わすと、イングが耳栓を解除し、片手を上げる。

 

「では棄権します」

 

 その瞬間、決勝トーナメントでも一戦もせずに優勝するという珍事が発生した。

 

「勝負とは一体なんだったんでしょ」

 

「少なくともこれは戦いというよりは社会の縮図ですよアインハルトさん。情報を制した存在がコネクションと情報、そして権力を使って武力を封殺する……現代社会におけるフォワード勢と各組織の上層部の関係の様な何かですよ」

 

 なんで汚い大人の世界を垣間見なくてはならなかったのだろうか。

 

 しかし答えはおそらく、ノリにノってしまったからだけだろう。割と何時もの事だが、普段はローテンションや常識的な面子でもテンションが上がってくると意味不明な行動に出始める。たとえばディアーチェやイングがいい例だ。良妻賢母系のキャラを有しているあの二人だが、偶にネジをどっかに置き忘れるのか、そういう時に限って町全体を巻き込むような騒動に発展するような気がする。

 

 楽しい、日常の一ページだ。

 

「とりあえず優勝者インタビューをします。解説の―――」

 

 ヴィヴィオと共に視線を師父へと向ける。だがそこにはずるずるとイングに引きずられるステージの横へと消える情けない師父の姿があった。即座に視線を犯行現場から背け、そしてカリムの方へと視線とマイクを向ける。

 

「カリム選手! 大人げないですね!」

 

「褒め言葉です」

 

「ヴィヴィオさん、この人腐ってます」

 

「大人で権力者であるという事はこういう事です。第一こういう手段を取る事によって暴力的な解決を封じているのだから結果論ですが此方の方が正しいです」

 

 ぐうの音も出ない正論だった。カリムの口が達者である事は良く理解している為、これ以上ツッコムのは拙い。視線でそれをヴィヴィオへと伝えると、ヴィヴィオが頷きを返してくる。

 

「それではカリム選手、優勝しましたが、願いの方はどうしますか?」

 

「そうですね、この後の時間を皆が全力で楽しんでくれる事……でしょうか」

 

「ハイ、聖職者らしい言葉をありがとうございました! これにて腕相撲大会らしき何かは終了です! お疲れ様でした―――!」

 

 最後だけやけに綺麗にまとめて、そうやって混沌しかなかった腕相撲という名の全く別の大会が終了した。こういう事を繰り返し、思い出は積もって行くのだろうと思いつつ、

 

 秋はゆっくりと過ぎ去って行く。




 vividアニメ化決定らしいですな。ついにテレビにキチロリが―――え、違う? そっか、原作はキチロリじゃなくて百合ロリだったよな。

 これにて秋は終了。転換の冬が来る


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~Winter 78~
ウィンター・オープニング


 ―――ベルカの自治区はミッドチルダの北部に存在する。

 

 その為ベルカにとっての冬は早くやって来る。雪もミッドチルダ全体を見ると秋の終わりごろには見れ、雪景色が広がる様になる。これが真冬になると吹雪いたりして交通状況などに深刻な影響が及ぼされる。勿論、魔法でそれをどうこうするのは簡単な話だ―――ただ、そうやって文明に埋もれたり、便利にしてしまうのは間違いである、という考えがベルカにはある。そもそも質量兵器というものは”合理”を追求した結果辿り着いてしまった兵器だ。故に、便利な方向へ、合理的に突き詰めるだけでは過ちへと至るかもしれない。故に不便であっても、昔のままを継承すべきだ、という部分がある。

 

 その為、冬季休校に入るのは割と早い。雪がひどくなったりする前に家の方に帰しておくという方針だ。そして実際、真冬は酷いのでそれは間違いではない。本当に酷い年では騎士団まで雪を解かすために出動するときまでもあった。そう言う事もあって、冬の間、ベルカはいつも以上に騒がしくなっている。仕事が少なくなり、子供も家へと帰り、冬を越すための準備や休みへと全体が入っている。だから天気の良い日は学校も宿題もない子供の姿が外で見られる。

 

 冬のベルカは、騒がしい。

 

 

                           ◆

 

 

「はーっはっはっはっはっはァ!! 見ろよ! こっちの雪玉は十メートル級だよ十メートル級! そっちのクソちっけぇやつとは超ちがうんですぅー!」

 

「あぁ!? 一個作ったぐらいで何チョーシのってんの? マジ笑いものなんですけどぉー! こっちはそっちがちびちび無駄にデカイの作っている間に五十個も作ったのよ五十個! 戦争は数よ数!」

 

 真っ白に染まった公園のど真ん中で十メートル級の雪玉を片手で持ち上げる師父と、そして魔法を使って五十個の雪玉を持ち上げているなのはの姿があった。すぐ近くで雪合戦をしている子供たちがいたが、マジ顔で雪玉を作っている姿を見て現実に戻されたのか、子供たちは今公園のベンチで座って醜い大人の争いを眺めている。その光景を眺めていると、雪玉ガトリングと超巨大雪玉が正面から衝突し、大爆発を起こしながら二人を雪の山に埋める。その光景を呆然と眺めていると、魄翼を大きな腕へと変形させて巨大雪だるまを作っていたユーリが振り返り、腕を動かして雪の山へと突っ込み、師父となのはをサルベージする。

 

「ママいつも通り楽しそうにしてるなぁ……」

 

「子供よりも良い空気吸ってる大人ってなんでしょうかね」

 

 UFOキャッチャーみたい、なんて感想を抱いているとサルベージされた二人が雪原の上へと落とされ、大の字に倒れる。どうやら先程の醜い争いはダブルKOで決定されたらしい。

 

 バサラ家とミッドチルダの高町家は仲が良い。自分とヴィヴィオが仲が良いのも理由が一つだが―――それ以上に師父となのはの仲が良いのが理由にある。そこまで詳しい話を知っている訳ではないが、師父となのはの付き合いは長く、そしてかなり濃密らしい。かなり前からこういう馬鹿な付き合いをしているらしく、友情オンリーの恋愛感情なしの関係がずっと続いているらしい。これだけ仲が良くて、俄かに信じがたい。が、現実として今の家庭を見ると納得せざるを得ない。ともあれ、バサラ家と高町家の付き合いは長いらしい。そしてそういう付き合いから、休みの間は一緒に遊ぶことが多い。特に今、ヴィヴィオと同じ学校に通っている自分の都合で休みの時間が大人はともかく、かぶっている。だからヴィヴィオとはいつも以上に顔を合わせることになる。

 

「ぼっちハルトさん一瞬こっち見て舌打ちしたでしょ」

 

「え? あ、すいません、ヴィヴィオさんいたんでしたっけ。設定が立派なくせに虹色に輝いていないんでいないかと思いました」

 

 即座に離れてお互いに雪玉を作りあい、それを投げあう。それが互いの顔面にヒットした所で雪の中に倒れ込む。この光景を数秒前に見たばかりの様な気がする。子は親の背中を見て育つ、という事なのだろうか。雪から身を引きはがしながら起き上がり、視線を師父の方へと向ける。今の自分の人生の中心となる人物。

 

 ―――本来であれば年末まで帰ってこれるかどうか怪しいという話ではあったが、冬の始まりと共に師父は眼帯を付けて戻ってきた。嬉しそうな表情を浮かべて仕事が終わった、と。そのおかげで今、師父はこうやって遊んでいることが出来る。師父は定期的にどこかへと仕事でいなくなるが、その時に限ってお金をいっぱい持って帰って来る。

 

 やっぱり、まだ危ない事をやっているのだろうか。

 

「アレ、どうしたんですかぼっちハルトさん。なんかマジ顔ですけど」

 

「ヴィヴィオさんは真面目な話一回泣かしてみたいんですよね……ではなくて、ちょっと真面目な話ですけど、良く考えたら周りの人の事を良く知らないなぁ、と思いまして。バサラ家に御厄介になっている身分ですが、良く考えるとどういう仕事しているのかとか、どういう事してきたのかとか、あんまり知らないなぁ、と。いや、勿論JS事件関連の話は知っていますけど」

 

「それ以前の事は結構知らない、か。そう言えば私も割とそんな感じですねー。ユーノパパは無限書庫でデスマーチしてて、なのはママは前線はなれて完全に後進の育成に集中している感じですけど……そー言えば私も六課の前のママの事、良く考えたらあんまり知らないんですよね」

 

「―――なんだお前ら、過去に興味が出てきたのか」

 

 背後へと視線を向けるとふよふよとアギトが浮かび、やって来る。そっちへと視線を向けているとアギトはそのまま真っ直ぐ間にまでやって来て、そこで浮遊する様に停止する。そこには少し、満足げな表情が浮かんでいた。

 

「理由はなんであれ、自分の事ばかりじゃなくて他人の事を考え始めるのは良い事さ。子供の内はどう足掻いても自分の事ばかりしか考えないもんだからね。他人の事を思って、考えられるようになって漸く大人の階段を昇るってもんさ」

 

「そういうのどうでもいいんで情報ください」

 

 ヴィヴィオの容赦のない言葉にアギトが墜落しかけるが、何とか態勢を整える。立ったまま喋るのも面倒なので、ベンチへと移動を始めるとヴィヴィオとアギトがそれについてくる。今度は師父となのはがチームを組んでユーリ相手に雪合戦を始めているが、完全に駆逐されかかっている大人の姿を見つつも、アギトの方へと耳を傾ける。

 

「でもよく考えたらアギトが合流したのって割と最近の方じゃなかったっけ」

 

「アタシはユニゾンデバイスだぜ? そりゃあこんな風に人間の様な姿をしているけど、中身はれっきとしたデバイスになってんだ。魔導ネットワークに接続して閲覧することが出来れば、ネットダイブだって出来る。それに共通記憶ネットワークにアクセスすりゃあ他のデバイスの経験を自分で経験することが出来る」

 

「……あ」

 

 自分の漏らした声にアギトが頷く。

 

「そう、つまりアタシはレイジングハートやナルが許可する範囲で記憶や記録にアクセスできるって訳さ。そしてまあ、気になった頃もあって、色々と閲覧経験もあるんだよっと」

 

 そう言うとアギトが目の前にホロウィンドウを出現させる。そこに映し出されているのは今よりも遥かに若い師父、そしてなのはの姿だ。なのはに限っては今とは全く別人言って良いほどの幼さを感じる。サングラス姿の師父に、それに怒鳴りながら追いかける小さななのはの姿がホロウィンドウに映し出されている。

 

「このころは犯罪者を放火しちゃいけないってなのは言ってたんだぜ……」

 

「う……そ……」

 

「このやりとりだけで割と身内周りの異常性というかヒャッハー性というか、凄まじさが色々と伝わってきますよね」

 

 アギトが昔のデータをそうやって表示していると、師父が此方のやっていることに気づき、小走りで回り込みながらホロウィンドウを確かめて来る。別段恥ずかしい事でもないので隠さないが、面白そうな物を見る様な表情を浮かべた師父が直ぐになのはとユーリを呼ぶ。

 

「おいこれ見ろよ、超懐かしくないか? ホラ、空隊の頃の俺らだよ」

 

「うわ、ほんと懐かしい。見て見て、私超若い! ―――今でも若いけどね。あー……私こんなバリアジャケット着てたなぁ、そう言えば。本当に懐かしいなあ。この頃はまだ空隊の芸風に慣れてないというか、染まってなかったからすごい苦労したんだよねぇ。犯罪者を車で体当たりしたり、入り口埋めて放火とかやるたびに怒ってたんだよねえ―――今では当たり前の手段なんだけど」

 

 横のヴィヴィオへと視線を向けると、静かにヴィヴィオが震えていた。ヴィヴィオ程の娘でも耐えられない真実はどうやらあったらしい。しかしそうやって震えているヴィヴィオには一言もの申したい。母の強烈な行動に震える前に、目玉の味は美味しかったとか自慢するのやめろ。

 

「あー……この頃は私達がまだ匿われていた時代のですねー。微妙に追手の姿が見えたり見えなかったりでイライラしつつもイストに全部任せてた時ですね。今思うと男を立てる為に何もしなかった、ってんはほんと馬鹿な事をしたと思っています。普段から私がついて回れば色々とフラグ潰せたんですけどねー……」

 

「お前が働くとフラグが消えるのと一緒にミッドが消えるからな?」

 

「褒めないで下さいよ」

 

 破壊力は大人女子の中でステータスと化しているらしい。そんな大人にはなりたくはない気がする。ともあれ、師父となのはがやってきたことで、話題は完全に二人の過去周りになっている。アギトが過去の映像へとアクセスできることを良い事に、二人であれこれと注文し、二人にとって色々と懐かしい映像を表示させている。なのはのレイジングハートもその作業に加担し、記録領域の中からなのはの要望を叶える映像を放出している。

 

「これ見ろよこれ。ほら、覚えてるか?」

 

「うわ、懐かしっ。これってミッドに兄さん達が遊びに来た時に映像だよね? うわぁ、残ってたんだこれ……お父さんと兄さんがあのころは煩かったんだよね、”なのはがグレた”って言ってて。私はグレたんじゃなくて世界の真理を見つけ出しただけなのに。いやぁ……あの時は笑えたなぁ、全部元先輩のせいにして押し付けたからね」

 

「おかげで俺はなのはの凶暴性について遺伝だという事を再認識したよ。アレだけ怖いのが上にいるんだからそりゃあそうなるわ。寧ろなんで空隊来るまでお前あんないい子ちゃんだったんだ? ……あ、家族が過保護だったのか」

 

「それもあるんだけどねー。これを機に実家に戻ってたまーに実家の流派を学んでみたりしたんだよねー……。いやぁ、まさか身近に魔法なしの勝負ならヴォルケン並の達人がいるとは全く思いもしなかったわ。あ、こっちの写真は忘年会の時の」

 

「うわぁ……俺はこれ覚えてるぞ。お前が一番グレてた頃のやつだし。一発芸します! とか言いながらレイジングハートをケイリの頭へと向けて発射したんだよな。そして燃え落ちるかつらと残った最後の髪の毛。いやぁ、アレは何時思い出しても笑える話だなぁ……」

 

「ママ達の話を聞いてヴィヴィオはまだ序の口だって理解した」

 

 ぽろぽろなのはや師父、ユーリの口から出てくるかこの話はヴィヴィオの所業を超えるどころか、あの問題児としか認識されていないルーテシアやキャロを超える始末だった。ぶっちゃけた話、ここまでやるのか、という若干引いてる部分が自分にも、そしてヴィヴィオにもあった。だけどそれを語っているのは今、キャロやルーテシアよりもマシな部類の人物たちだ。

 

「あの……師父達昔はそんなに暴れまわってたんですか……?」

 

 その言葉に師父が笑いながらおう、と答えて頷く。

 

「まあ、若いころの特権だよ。あのころは俺もまだ二十超えてなかったしな。まあ、今思うと割とストレスが溜まり気味の時期だったしなぁ、なのはがいた頃は。家には守らなきゃいけない子供が四人いて、親友と呼べる相棒は死んで、んで代わりにやってきたのは天才と呼ばれるような子供だったからなぁ……狙われているのは解ってたし、やらなきゃいけない事や義務や義理、そういうのでいっぱいいっぱいだったからなぁ。表面上は平気でもどっかでガス抜きを盛大にやってなきゃ耐えられないし」

 

「空隊はそこらへん良く解ってるよね。あそこって凶悪犯とかと正面から割とやりあってストレス溜まりやすいから、”素の自分”を表現しやすい環境に職場を作っているんだよね。芸風、っては言うけど結局はありのままの自分を楽しく表現しているだけだからねー。まあ、かなり勉強になったよ……うん。何時はしゃぐか、どれぐらいはしゃげばいいのかー、とか。何時我がままを言うべきとか」

 

 そこまで言ってなのはは苦笑する。

 

「そして大人になると自分が責任を取る側になるから今度は何時暴れたりはしゃいだりしていいのか、それを子供たちに教える側になるんだよね」

 

「俺もお前も実はまだまだ全然若い部類に入るんだけどな」

 

「だけどママ達が落ち着いたって感じ欠片もしないんですが……」

 

「全盛期に比べればベッドで寝てるぐらいに大人しいぞ。あのころは凄かったぞ。犯罪者の事を木偶やら実験台って呼んで探し回ってたおかげで犯罪が起きなかった時期があったからな」

 

「もはやこっちの方が犯罪者って感じのノリだったよねー。あ、でも元先輩は元犯罪者じゃん」

 

 なのはがレイジングハートを変形させ構え、そして師父が何時の間にかアギトを握ってポーズを決めていた。その動作がほぼ同じタイミングである事を見るとこの二人、本当に通じ合っているコンビだなぁ、と思っているとユーリが一瞬で二人を雪の中へと魄翼を使って埋める。ともあれ、とユーリが言葉を終わらす。

 

「今年の冬は知り合いやみんなと一緒に旅行して冬を過ごす予定ですけど、この感じだと今年も愉快になりそうですねー」

 

 愉快どころか不安しか残らないが―――まあ、師父と一緒ならもそれでいいんじゃないかなぁ、とは思う。

 

 そんな冬の始まりだった。




 このカオス身内と知り合いで旅行とかどう足掻いても死亡フラグ。

 でもなのセントで見たスキーコスイベ……寧ろ山の心配すべきか。

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