誰が為に花束を (ハレル家)
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始史:プロローグ

 今年初の投稿です。

 一応、終着点は遠いですが決めましたので、見切り発車にならないように気を付けたいと思います。


 西暦2078年。人類の技術が少しだけ進歩した時代のイギリスで【赤ん坊の描いた犬が実体化した】騒動が起こった。

 解明しようと名乗り出た研究者が続出したが匙を投げ出すのに時間はかからなかった……しかし、一人の研究者が超常現象の共通点を見つける事に成功する。

 やがて超常が発現及び力量に対する法則を見つけ、自由に発現できる術を身につけた人々はその超常に魅せられ、長い時を経て騒動も落ち着き、学校を創られるまで沈静化していった。

 人々は超常を操る人々を“歴史に名を刻む人々のように成長して欲しい”願いから、いつしか“偉能者”と呼ばれるようになった。

 そして、時が進んでいった。

 

 

 □--■□■--□

 

 

 西暦2113年四月。

 あれから三五年と数ヵ月の月日が流れ、今を生きる人々が偉能者を恐る恐る受け入れた歴史を踏みしめながら築いた時代は一つの道しるべになりつつある。

 そして、春風に当てられ鎮座する独特な形の門が特徴の建築物もその道しるべの一つである。

 国歴立大暦高等学校。日本に数ヵ所しかない偉能者を育てる広大な土地を所有する学園であり、偉能者として目覚める事ができる偉能者誕生の地でもある。

 その理由は学園長にあるのだが、それについては順を追って話すとしよう。

 学園の中にある学長室に二つの人影がある。

 一つは白髪で人柄の良さそうな朗らかな笑みを目の前の人物に見せている初老の老人。

 もう一つはボサボサの襟首まである桜色のミドルへアで黒いタレ目気味の目。全体的に中肉中背の髪の色以外は地味でパッとしない印象の青年だが、その表情には目の前の人物に緊張している固さがあった。

 

「そ、その……な、何かしてしまったのでしょうか?」

 

 震えながら老人に訪ねる青年に対し、老人はコロコロと笑いながら青年の緊張を解そうとする。

 

「そんなにビビらんでもええんじゃよ。気軽にひーちゃんと呼んで構わんぞ」

「言えないですよ!? 学園長相手に恐れ多いです!」

 

 老人--学園長にビクビクしながら指摘する青年。狼の群れに投げ込まれた羊のような様子に学園長は苦笑して説明する。

 

「ワシが君を呼んだのは他でもない……GHP値の基準合格を果たした君を偉能者として目覚めさせようと思う」

 

 学園長の一言に身を引き締める青年。その姿に学園長が続けて言う。

 

「ワシがどのように他人を偉能者に目覚めさせるかは知っとるかの?」

「え、その、はい……アリストテレスの能力ですよね」

 

 青年の答えに学園長は頷き、青年の続きを言った。

 

「うぬ。正確には脳の出力を自由自在に変更できる能力じゃ……生前のアリストテレスが得た哲学が偉業として昇華され、出力を上げる事で高速思考による論理の組み立てや高速移動、動きを予知する等の芸当も可能じゃが、その本質は他人の思考回路に繋がる事でその人物を偉能者に目覚めさせる数少ない偉能覚醒能力……現存する最高レベルの能力じゃ」

 

 『限定的な条件付きじゃがの』と付け加え、立派に育った白い髭を撫でながら立ち上がり、電気ポットで沸かしたお湯を急須に入れ、お茶を作り始めた。

 

「あ、あの……」

「ん? あぁ、そんな肩肘張った状態では体に毒じゃから落ち着くのじゃ」

「は、はぁ……」

「お茶が嫌なら炭酸にするかの? 宇治抹茶カスタードおでん風味しかないけどの」

「どこの会社がそんな未確認物体を作ったんですか!?」

 

  ……あ、人前でツッコんでしまった。

 青年は恐る恐る周りを見ると、意外なものを見る目で学園長が青年を見ていた。窓に映った自身の顔を見ると、みるみると赤くなっていっていた。

 

「ふぉ、ふぉ、ふぉ、そういう感じで良いんじゃよ。リラックスした素の状態が最もやりやすいからのぉ……」

 

 学園長は淹れたお茶を青年に手渡し、青年はゆっくりとお茶を喉に流した。熱すぎない人肌程に温かいお茶が全身をゆっくりと暖め、少しばかり全身の力が抜けていく。

 

「ふむ。もう少しじゃのう」

 

 そう言った学園長が青年に座るように勧められ、青年は一瞬戸惑ったが学園長の視線に耐えきれずに来客用のソファに座った。シンプルな作りとは裏腹に優しく受け止める柔らかく上品な材質に内心驚く。

 

「この際じゃ、抱えた不安や戯れ言をこの老いぼれにブチまけなさい」

 

 ニコニコと笑う学園長が青年の前に座り、会話を願うと青年は少しだけ落ち着かない様子をみせ、口を開いた。

 

「……その……どうして、偉能者になったのですか?」

 

 青年の言葉に老人は面を食らった表情になる。その顔を見た青年は聞いてはいけない話題だと察し、顔色を悪くする。

 

「す、すみません! 聞いちゃいけない事だったなんて知らなくて、えっと……」

「いやいや、大丈夫じゃよ。大抵の人は話する必要が無いくらい落ち着いてて、そういう話題を投げてくる子がいなくて少し驚いただけじゃ」

「そ、そうなんですか……?」

「うむ。ここに来る者達は目標を持った者が多く……学園長としては誇らしいことじゃが、個人的にはこうやって話す機会が少なくなるのは寂しくての」

 

 白い髭を撫でながら答える学園長。

 

「この学校の校章はご存知かの?」

「えっと、花……ですか?」

「惜しいが花束じゃよ」

 

 コロコロと笑いながら学園長は淹れたお茶を飲み、語り始めた。

 

「花には様々な言葉がある。希望や前進を意味するガーベラ、永遠に変わらない事を伝えるスターチス、永遠の愛を示すチューリップ、薔薇なんかは色違いの他にも本数や組み合わせで意味が変わる……良い意味もあれば、悪い意味もある」

 

 青年は学園長の話を静かに耳を傾け、その様子に満更でもない様子を学園長は見せた。

 

「ワシはそんな花を咲かせる生徒達が好きなんじゃよ。例え不器用で不格好な形でも、誰かの力になりたい願いは罪なんてない……誰もがあらゆる花を咲かせる可能性に溢れているのじゃ」

 

 一通り言ったのか、学園長はお茶を飲む。少し温くなってしまったが、喉を潤すには調度良い。その話を聞いた青年は言葉をこぼした。

 

「……じゃあ、学園長は動物ですね」

 

 青年の言葉に学園長の動きが止まる。しばらくして、突然動きを止めた学園長に青年は戸惑い始める。

 

「……え? あれ!?」

「参考までに聞きたいのじゃが、何故そう思ったのかの?」

 

 学園長の質問に青年は答えた。

 

「えと、その、あ、あの……」

「落ち着きなさい。いくらでも待つからの」

「……その……自分達が、立派な偉能者という花に成長する様子を見守り、間違った道を進もうとしたら止めてくれる人だと思ったからです」

 

 青年の言葉にポカン、とした表情で青年を見つめる学園長。その様子に青年はしどろもどろで訂正し始める。

 

「え、あ、そ、その、動物と言っても花を愛でるイメージで食物的な意味で--」

「……く……くく……クファファファファファファファファファファファファ!!」

 

 突然大声で笑い出す学園長に今度は青年が呆然とした表情となった。

 

「……が、学園長?」

「なに、独特のイメージに笑っただけじゃから気にしなくてよいよ。センスがハイカラじゃ」

「……は……はぁ……」

「……まぁ、昔はケモノじゃった時もあったからのう」

 

 学園長の言葉に目を点にする青年。その際に学園長が小さく呟いた言葉を青年は聞き取れなかった。

 

「では、始めるかのぅ……あまり長く待たせると他の教職員に怒られてしまう。深く息を吸って、吐いてを繰り返し、全身の力を抜くのじゃ……そう……その調子……」

 

 リラックスを勧めるように話しかける学園長。青年はその言葉を聞きながら次第に意識が遠くなっていく感覚と共に沈んでいく。

 

「時間にして二十分程で君は目を覚ます……今は……のま………こ…………う………--」

 

 声が遠くなる感覚と共に聞こえづらくなり、遠くなっていく感覚を最後に意識がなくなった。

 唯一覚えている事は一つだけ。

 二十分後。その時に目覚めた自分は偉能者になっている。

 

 

 ■--□■□--■

 

 

 青年が去った学長室。座りながら此度に入学してきた生徒達のプロフィールを読む学園長。

 歴代最高の偉能者、爆弾を抱えた者、問題を背負った者……様々なある意味で個性が溢れる情報の中に一つだけ異質な者があった。

 それは、先程の青年のプロフィールだった。目的もなく、夢もなく、まるでいる事が間違いだと言いたげな雰囲気の青年だが、学園長は彼に眠っているモノがあると感じた。

 

 ……“じゃあ、学園長は動物ですね”

 

 先程の言葉を思い出し、小さく笑う学園長。

 

 ……どことなく、昔のワシに似ていたのう。

 

「……日向歩……」

 

 プロフィールの名前欄を読み、小さく呟いた学園長は窓から見える外の景色を見つめた。春風に乗って桜の花弁が宙を舞い、青空の彼方へ飛んでいく。

 

 ……彼は一つ二つ何かを抱えているが、少なくとも根は善良じゃ。ただ、問題があるとすれば……

 

「今年は何かが起こりそうじゃ」

 

 学園長の呟きは誰にも届くことなく、そのまま空に消えていった。





 次回から一部の自己紹介と共にゾクゾク出てきます。

 ~歴史トリビア~
 花言葉を利用して草花を楽しむ習慣が日本に輸入されたのは、明治初期とされる。


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1史:騒々しき隣人

 遅くなって申し訳ないです。
 やっとこさ固まったので、ここから初めていきます。
 めざせ、完走!


 ある教室の前で桜色の髪の青年--日向歩が躊躇していた。

 

「……大丈夫……いける……今度は参考書も三十七回も読み返したから、大丈夫……ハズ……」

 

 自分に言い聞かせ、教室のドアに手をかける。

 

「し、失礼します!!」

 

 少し声が上ずっているものの勢いよく教室のドアを開ける。視界に広がったのは整列された椅子と机、談笑する他の生徒等様々だったが、最も目を奪われたのはとある生徒の行動だった。

 

「その月のように輝く琥珀色の瞳に秋の夜空を彷彿させる茶色がかった綺麗な黒髪……その可愛らしい姿は俺の心を薄命にする美しさだ……しかし、出会えた事は運命に違いない……どうか、俺と付き合っ--」

 

 そっと、教室のドアを閉めた。

 そして日向は目の前に起きた状況を思い出した。

 “茶色がかった綺麗な黒髪の持ち主である女性が黒髪セミロングで黒いマスクを着用した男性に告白されていた”。

 

 ……もしかして……告白……!? 入学初日に!?

 

 男性の行動の早さに驚きながらも大きく深呼吸し、早くもエイトビートで刻む心臓の鼓動を落ち着かせる。

 

 ……落ち着け……参考書にも書いてあった……恐らくあれが“アオハル”というヤツなんだ……!!

 

 どこかズレた事を自身に言い聞かせながら落ち着きを取り戻した日向は教室のドアを再び開けた。

 

「俺と一緒に渚の純愛ロードを走ろうぜ」

「増えたッ!?」

 

 予想だにしなかった展開に驚く日向。もう一度開けたら、今度はサングラスにニット帽、そしてマスクという十人中十人が不審者と答える恰好の青年が同じ女性を口説いていた。

 違う部分と言えば、先程の男性よりもセンスが低下している事だろう。

 唖然としていた日向だったが、二人の男性に口説かれていた女性が動いた。やや赤みがかった頬になっている女性が指をオーケストラの指揮者のように動かすと、彼女の頭から少し上の高さから何もない空間に爆弾が現れ、そのまま爆弾がミサイル状に変形した。

 

「と、とと、と……とりあえず、離れてくれ!!」

 

 照れたような言葉と同時にミサイル状に変形した爆弾が威力の一部を減耗させながら二人の男性に飛来する。

 二人は飛来するミサイルをなんなく避けた。

 そう、避けてしまった(・・・・・・・)

 

「……え?」

 

 そのままミサイルは二人の後ろにいた日向に向かって突撃し、呆然としていた日向は反応が遅れ、教室のドアに飛来したミサイルが着弾し、そのまま爆発に巻き込まれた。

 

「ちょ、誰かいなかった!?」

「え!? まさか当たったのかよ!?」

「おい! 大丈夫か!」

「……な……なんとか……」

 

 心配する三人の声に絞り出して無事を伝える日向。幸いにも爆発に驚いて尻餅をついてしまったのが幸をなしたのか、髪が少し焼けた程度ですんだようだ。

 日向が無事である事を確認して安堵する三人は歩み寄る。

 

「僕はエヴァ・ノベルティア。さっきはごめんね……少し……周りが見えなかった」

明森誠二(あけもり せいじ)。よろしくね~」

「俺はアラン・ザックフォード。よろしく頼む……そういや、何か用があったのか?」

 

 茶色がかった綺麗な黒髪の持ち主である女性--エヴァ・ノベルティアが自己紹介を皮切りにサングラスにニット帽、そしてマスクという十人中十人が不審者と答える恰好の青年--明森誠二が手を振り、黒髪セミロングで黒いマスクを着用した男性--アラン・ザックフォードが訪ねると、日向は服を整えて自己紹介した。

 

「じ、じじ、自分は日向歩と言います!! ここのC組のクラスメイトになります! 一年間よろしくお願いします!!」

 

 廊下に大声が響き渡り、数人が教室から廊下を覗き見る。日向の大声に三人は目を点にし、代表としてノベルティアが答えた。

 

「……ここ……B組だけど……」

「……えっ」

 

 ノベルティアの言葉に呆然としながらも視線を動かす日向。プレートにはC組ではなくB組と書かれていた。

 

「……」

「……」

 

 緊張ゆえに発生してしまった間違いに沈黙する日向。その様子を見つめるB組の三人。

 

「……し、失礼しました!!」

「待て待て待て待て!!」

 

 勢いよく立ち上がって去ろうとする日向をザックフォードが止める。それでも去ろうとする日向だが、力の差はザックフォードの方が大きいのか微動だにしない。

 

「離してください! そしてできればですが忘れてください!!」

「気持ちはわかるが少し待てって! C組まで案内してやるから落ち着け!」

「で、ですが……」

「このままほっといたらトラブル起こしそうだし、案内されたらどう?」

 

 ザックフォードの提案に言いよどむ日向に明森の援護に迷う様子を見せる日向。しばらくして、大人しくなる。

 

「……お……お願い、します……」

 

 頭を下げる日向に三人はC組まで案内する。

 

「……その……す、すみません。迷惑をかけてしまって……」

「気にしない気にしない。ヒマだったし、仲良くなったクラスメイトも本読んだり眠ってるからね」

「僕は君たち二人の告白に驚いたんだけど……」

「そういや、お前って何か目標があって偉能者を目指してるのか?」

 

 謝る日向に気にしてない事を伝える明森とノベルティア。ふと、ザックフォードが気になった事を質問すると日向の表情が曇る。

 

「……自分は……望んでここに来た訳じゃないです」

「……?」

「着いたよ。ここがC組」

 

 小さく呟きが聞こえなかったのか首を傾げるザックフォード。ノベルティアが指した方向に目的の場所が近い事を知る。

 

「……ありがとうございます……」

「いやいや、気にすることないよ。こんど飲み物奢ってくれるぐらいでいいからさ」

「奢れるような事をしてないけどね」

 

 日向の礼を明森とノベルティアは軽く受け止める。扉に手を伸ばそうとした日向は不意にその手を止めて三人に声をかける。

 

「あ、あのっ! よかったら……自分と――」

 

 何か言おうとした瞬間、日向が手をかけようとした扉が大きな音と共に外れ、そのまま勢いよく後ろの壁とサンドイッチよろしくに巻き添えで挟まった。

 

「ちょ、日向ァ!?」

「流石はアタシが認めたライバルね」

 

 明森が日向を心配していると教室の方から一人の少女がバックステップで現れた。視線の先には一人の男子生徒が佇んでいた。

 

「僕的にここではなく、別の場所で戦いを行いたいのですが……先に仕向けたのはそちらなので、文句は言わせませんよ」

「上等よ! アタシの方が上って証明してやるんだから!!」

「いやいや、戦っちゃダメだからね! 君とボクはA組でしょ!」

 

 黒の七三分けで銀縁の眼鏡をかけた温和な印象を抱く男子生徒に水色のサイドテールに赤い眼、可愛い系とクール系の両立した勝ち気な美少女が噛みつくように言う。

 その少女の言葉に茶髪のショートヘアとやや暗い翠の瞳で中性的な顔立ちの青年が止めるように止めるも少女が突っ込んできた。

 

「止まらない! アタシの情熱はノンストップよ!!」

「ならば良し! 来るもの拒まずの精神で迎撃するのみ!!」

「一旦止まって周りを考えて!?」

 

 そのまま勢いよく黒の七三分けの男子生徒に飛びかかる水色のサイドテールの少女が周囲を巻き込みながら騒ぎが大きくなった。

 

『ちょ、こっちに来た!?』

『キャハハ、やべぇなおい!』

『くらいなさい! シェスタコフスペシャル!!』

『なんの人身御供!』

『え、ちょ、まブッ!?』

『田中がやられたぁ!! 死ぬな田中ぁ!!』

『……勝手に……殺す……な……』

 

「ある意味カオスだな」

「少なくとも戦場になってるクラスには入りたくないなぁ……」

 

 耳を済ませば聞こえる大乱闘に苦笑いするザックフォードとノベルティア。すると、吹き抜けになった教室の出入り口から別の女子生徒が顔を出した。

 

「……あの……大丈夫?」

 

 黄緑髪を白いカチューシャでおさげにしており、瞳の色は青色で若干眠たげ。どちらかと言うと服の上からでもわかる豊満な体つきの女性が恐る恐るこちらを覗き見る。

 

「どうか君のような可憐な花に触れる罪を許して欲しい」

「前前前世から一目惚れでした!!」

 

 速攻でナンパした。

 その手際は素晴らしく早業で黄緑の女性は目を点にしており、驚いた表情を見せている。

 

「………………」

 

 しかし、ノベルティアは静かな物々しい怒気を二人――正確には明森とザックフォードに向けている。

 まぁ、ナンパされたのは恥ずかしさもあったが嬉しくないと言えば嘘になるが、自分よりもスタイルが良い人物に迅速な動きでやられたら良い気分ではない。

 

「し、衝動のせいなんだ……」

「本能に従っただけなんだ……」

「……ふーん……そっかぁ……」

 

 すぐさま言い訳する二人に少し拗ねたような口調で呟くノベルティア。しばらく沈黙が流れ、耐えきれなくなった二人はC組に飛び込み、それをノベルティアは二人を追うかのようにC組へ入っていった。

 

『逃げるなぁ!!』

『ご、ごめんって! でも、あんな大きい女の子出てきたらナンパしないのは失礼になるでしょ! なぁザック!』

『よければこの後、お茶なんてどうかな?』

『ナンパするなってヤバいヤバい! 爆弾を大量に出して来た!!』

『ぬ! 新手か!!』

『丁度いいわ! 全員かかってらっしゃい!!』

『だからダメだって! 二人とも、なんとか止めれない?』

『キャハハ、無理無理。俺ちゃん毒ぐらいしか出せねぇし』

『私も鍵を開けるぐらいしか……』

 

 もはや混沌の二文字が合う程に騒動が膨らんでいく。爆発音や悲鳴等が飛び交い、近所迷惑で訴えられても言い返せない騒々しい音が聞こえる。

 その教室の前で黄緑色の女性に日向は治療されていた。

 

「……治った」

「ありがとうございます……あの……止めなくていいんですか?」

 

 治療を終え、女性に礼を言う日向は騒動を止めなくて良いのか質問すると女性は首を横に振る。

 

「……無理。止めれない」

「……そうですか……」

 

 そのまま会話が終わり、彼女と日向の間に沈黙が流れ始める。C組から聞こえる騒動をBGMに日向はなんとか話題を作ろうと彼女を横目に見る。黄緑色の髪に青い瞳が特徴でミステリアスな雰囲気を纏う物静かな性格、ふと深窓(しんそう)の令嬢という言葉が頭を過り、目の前の女性にピッタリだなと考えていたら、いつの間にか彼女がこちらを見ていた事に気付く。

 

「……どうしたの?」

「い、いえ、な、なんでもありません!!」

「でも、こっち見てた」

「あ、えっと、その……」

「おーおー、青春してるねぇ」

 

 なんとか誤魔化そうとするも否定して顔を近付けて来る彼女にあたふたする日向。すると後ろから茶化すような声が聞こえて振り向く。

 紺色のシャツに焦げ茶のチノパン、その上から白衣を着た全体的にくたびれている印象の男性がこちらを見て、クラスの方に向けてため息を吐いた。

 

「……はぁ……毎年毎年よく騒ぐモノだな」

 

 そういって男性は懐からピンク色の小さなパイナップルのような物体を取りだし、何かのピンを引き抜いたと同時に教室へ投げた。

 数秒後、教室内に大きな爆発音と眩しい光と同時にピンク色の煙が大量に溢れ出した。

 

『『『ギャァァアァァァァァ!!』』』

 

 大きな悲鳴と断末魔が聞こえ、騒々しかった声が嘘のように静まり返る。

 

「……怪我人いないか確認しないと……」

「光と音と煙幕だけだからケガは無いって行っちゃったよ……」

 

 黄緑色の女性は教室内に怪我人がいないか確認する為に入り、くたびれた男性がいないと言っても我関せずに確認しにいった。

 すると、近くにいた日向に気付き、後頭部を軽くかいた。

 

「……あー……先に君だけでも言っておくとしよう」

 

 どこか仕方なさそうに呟いた男性は日向に向けて言った。

 

「ようこそ、超人だらけの学園生活へ」

 

 この言葉から、騒々しくも忘れなれない学園生活の始まりだと、この時の彼は知らなかった。





  ~歴史トリビア~
 中世ヨーロッパでは女性が告白する際脇の臭いを染み込ませたリンゴを好きな男性にあげていた。
 ちなみに名前は『ラブアップル』。


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2史:偉能者

 大暦高等学校の敷地内にある講堂にて、全学年が集まって、学園長の話に耳を傾けていた。

 

「えー、みなさん。入学おめでとうございます」

 

 マイクを通して講堂全体に響くような声で話す学園長。

 

「狭き門を潜り抜け、スタートラインに立てた姿に私は嬉しく思いますが、浮き足立ってはいけません。みなさんはスタートラインに立てただけでまだ歩いておらん……みなさんは耕した土に“種まき”した程度です。その花を開花するにも、腐らせるもあなた方の手に左右される事を心に留めといてくれるかの」

 

 学園長の言葉に自分達が偉能者としての階段を登ることを自覚し、気を引き閉めた。

 

「……さて、年寄りの長話はここまでにして入学ガイダンスを始めるのですが……一年は一部を除いて欠席してるの」

 

 学園長の視線の先には一年のCクラスが空いていた。AクラスとBクラスも欠席はいるもののCクラスは全体がいない。集団ボイコットと呼ばれても不思議ではない状況だった。

 

「まぁ、何時もの事ですから気にしなくて良いかのう」

 

 しかし学園長はケラケラと笑い、気にしていなかった。

 むしろ『何時もの事だと』笑って許した様子に一年はざわつく。ある者は学園長の言葉に信じられない様子で驚き、ある者は先輩である二年生と三年生、教師に視線を向けると二年生は苦笑し、三年生は思い出話に花を咲かせ、教師は数人が心労からか頭を抱えた。

 

「……あの二人はどうしたんだ?」

「たしか『ライバルに会ってくるわ』と言ってCクラスに突撃し、彼女を止める為にもう一人ついて行ったよ」

「周りを見渡した感じ、いねぇみたいだぞ」

 

 ライオンを模したグリップのステッキを持った白髪で先端に行くにつれて金色のボブカット、緑と青のオッドアイの青年は同じクラスの二人がいない事に気付き、イヤホンを着けたもっさりした黒髪目隠れヘアーをした少年がCクラスに行った事を伝える。

 先程の二人よりも背が低く、黒いメッシュの入った金髪ロングのポニテで顔半分を覆い、目鼻立ちはやや鋭い中性的な童顔の頬から首に駆けての刀傷が目立つ少年が帰ってきていない事を言う。

 

「個人的にCクラスって気になるからオレも行けばよかったなぁ~」

「やめとけ、入学早々に目をつけられるぞ」

「だけど、気になるのは嘘じゃない」

 

 もっさりした黒髪目隠れヘアーの少年は愚痴ると刀傷が目立つ少年に咎められる。もっさりした黒髪目隠れヘアーの少年の言葉に緑と青のオッドアイの青年は賛同する。

 

「本来Aクラスに入るハズの二人がCクラスにいるからね」

 

 その言葉に二人の少年はオッドアイの青年に視線を向け、青年は軽く足を組む。

 

「急ぐ必要はない……どのみち、顔を合わせる機会は来るのだから」

 

 ここにいないCクラスにオッドアイの青年は不敵な笑みを浮かべる。

 

「……あぁ……めんどくせぇ……あの時眠っていないで一緒に行けば良かったぜ。そう思わねぇか?」

「……私は問題ないです……」

 

  その向かい側で話を横目で聞いてた紫に近い青のセミロングヘアで水色の瞳、整った顔立ちの豪快で爽やかな雰囲気の美男子が隣にいた黒い髪を肩まで伸ばしている全体的にスレンダーな印象の少女に話しかける。

 長い黒髪の少女は気にする様子もなく答えたら、学園長の話の続きを待った。

 

「……はぁ……」

 

 自身の周囲に味方がいない事に美男子はため息を溢した。

 

 

 ――■――■■――■――

 

 

「……なるほど……それで騒動に発展したと……」

「……はい……」

 

 同時刻。場所変わってCクラス。

 日向と黄緑髪の女性の二人以外が全員正座しており、くたびれた男性がクラス内で騒いでた全員を眉間にシワを寄せた表情で見つめる。

 

「……あの……入学式……始まってると思いますが……」

 

 代表して黒の七三分けの男子生徒が小さく挙手すると、くたびれた男性が答える。

 

「別にいいが、その場合は笑い者になるぞ」

 

 くたびれた男性の言葉に時計へ視線を動かすと式の最中である。今から入れば間違いなく注目を集めてしまう。

 

「騒いでたし、別に変わらないんじゃないの?」

「そういう事じゃないんだが……少しついて来い」

 

 騒ぎの元凶とも言える水色のサイドテールの少女が言うと、くたびれた男性は言葉を濁し、ついて来るようにハンドサインを送る。

 

「いや、入学式の方が――」

「あ、そういや言い忘れてたな……オレは葉隠。葉隠(はがくれ)半蔵(はんぞう)……Cクラスの担任だ。オレについて来れば、入学初日の反省文をチャラにしてやるぜ?」

 

 くたびれた男性――葉隠の言葉にCクラス内の生徒達はお互いの顔を合わせ、思案する。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 長い沈黙と熟孝の末、反省文回避を選んだ全員が葉隠の後を追いかけた。

 

 

   ――■■――■■■――■■――

 

 

「さっきはごめんね」

 

 先に歩いた葉隠に追いつき、暫く歩いていると日向は自身の肩を軽く叩かれ、振り向くとAクラスの二人が話しかけてきた。

 茶髪のショートヘアとやや暗い翠の瞳で中性的な顔立ちの青年は申し訳なさそうに謝罪し、水色のサイドテールの少女は居心地悪そうに横を向いている。

 

「あ、いえ、えっと……」

「そういや自己紹介がまだだったね。ボクは久楽 悠慈(くだら ゆうじ)、それでこっちが宇井天。さっきは本当にごめんね」

「……さっきは悪かったわよ……」

 

 日向が戸惑う様子に自己紹介をしてなかった事に気付いた茶髪のショートヘアとやや暗い翠の瞳で中性的な顔立ちの青年――久楽はもう一度謝り、水色のサイドテールの少女――宇井は申し訳なさそうに小さく呟いた。

 

「えっと、自分は日向歩です。さっきのは気にしていません!」

「私は鍵宮紬。よろしくね天ちゃん」

 

 日向が答えると近くにいた長い黒髪のポニテで茶眼、赤い眼鏡をかけている少女――鍵宮(かぎみや)(つむぎ)が宇井の手を握って自己紹介する。

 

「……ぅん……」

 

 宇井は恥ずかしそうに視線をそらして小さく返事を返す。その様子に悪い人ではないことが伝わり、久楽と一緒に頬を緩ませる。

 

「そこ、雑談は程々にしろよ」

「あの、葉隠先生。ボク達を何処に案内するんですか?」

 

 葉隠が日向達を注意すると、黒の七三分けの男子生徒が質問する。

 

「そうだな。内緒って所だが、基本的な知識の復習でもするか……えーと、(みなと)香澄(かすみ)。初めて偉能者が生まれた年と場所は?」

「西暦2078年のイギリスです」

 

 葉隠の問題を黄緑髪の女性――(みなと)香澄(かすみ)は危なげ無く即答で答え、正解する。

 

「次に……蛇崎(へびさき)紫毒(しどく)。偉能者が使用する超能力の名称と共通するモノはなんだ?」

 

 次に葉隠は黒の雑多なドレッドヘアーに紫色のメッシュを所々に入れた濃い紫色の瞳に鋭い三白眼の男性――蛇崎(へびさき)紫毒(しどく)に質問した。

 

「え、えっと……スキルで歴史上の偉人に関係するモノ……だったっけ?」

「正確には歴史上の偉人や罪人だ。それとスキルではなく偉業(レコード)だ」

 

 多少間違えているとはいえ正解に近く、葉隠は訂正だけする。

 

「最後に……日向歩。何故、偉能者をグレイトフルと呼ぶかわかるか?」

「……わかりません……」

 

 葉隠は日向に問題を投げるも、日向は暫く考え、全くわからないと答える。

 

「……わからなくて正解だ。適当に答えてたら、ガイダンスの説明中に強制入場してもらうつもりだ」

 

 当てずっぽうで答えられるよりマシだと判断した葉隠。気付けば厳重な扉の前に立ち、隣の壁にある数字が書かれたパネルを押していく。

 

「偉能者が誕生してから数年は人々から反感を持たれ、多くの人が迫害に会った……偉業を悪用する叛罪者の存在もあって普通の人と偉能者の間に壁ができ、長い時を経て騒動も落ち着き、学校を創られるまで沈静化していった現在でもその(わだかま)りは消えていない」

 

 言いながらもパネルを慣れている手つきで押していく葉隠。

 

「やがて超常が発現及び偉業(レコード)に対する法則を見つけ、人々は超常を操る人々を“歴史に名を刻む人々のように成長して欲しい”願いから、いつしか“偉能者”と呼ばれるようになった……つまり、お前達がそう呼ばれる為に三年間、オレ達教師陣は遠慮無しに試練を与え続け、お前達を鍛える」

 

 ピロン、という電子音と共に扉が自動で開き、日向達を全員室内に入れ、電気をつける。明るくなった周りは市民体育館のような広さで中央にリングのような設置されている。

 

「……これは……」

「三年間お前達が一番世話になる偉業(レコード)訓練所だ」

 

 そこはあらゆる状況に対応した装置やステージが置かれ、鍛えるのに適した場所だと一目でわかった。

 

「……広いな……」

「そこ、ボーッとするな。ほれ」

「わっとと……箒……?」

 

 広さに呆然としていた所を葉隠は箒やモップなどの掃除用具を渡していき、分担を説明して清掃するように指示する。

 

「迅速に行動しろ。時間は有限……終わったら声をかけろ」

「あの、終わったらここを使っても良いんですか?」

「いや、それよりも良い事をしよう」

 

 久楽の言葉に少し考え、何か悪いことを思い付いたのか少し悪どい笑みを見せる葉隠。

 

「オレ対お前達による変則バトルマッチだ……放課後ファーストフード店でワイワイ雑談はあまり望むなよ……言ったハズだ。『試練を与え続け鍛える』とな」

 

 その言葉に一部の生徒が硬直したのは言うまでもない。

 





 次回から一部の自己紹介と共にゾクゾク出てきます。

 次回は戦闘シーンはスキップします。何故なら書いていたら全員の自己紹介が終わらないから!!

 ~歴史トリビア~
 板垣退助の名言である『板垣死すとも自由は死せず』は……本当は『痛いから早く医者を呼んでくれ』と言った説がある。


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3史:出会い


 コロナウイルスで湿っぽい空気が流れていますが、あえて言おう。コロナがなんぼのもんじゃい!! こちとら、朝起きたらパンイチなってたんだぞ! ある意味恐怖だわ!!

 今回はアレが出てきます。


 

 C組の担任である葉隠の発言から数時間後、外はすでに夕方となり、校舎の敷地内にある中庭。

 景色はオレンジに染まり、日向と久楽は自販機から飲み物を購入し、近くのベンチで腰を降ろす蛇崎とザックフォード、何かを思案する空元。

 

「……どうぞ」

「お、サンキュー」

 

 ザックフォードに飲み物を渡す日向。久楽は蛇崎と空元の側に飲み物を置く。買った飲み物を喉に流し込むと冷えた清涼感が体内を冷やすかのように広がっていく。

 

「いやぁ、にしても……圧倒的に負けたね」

 

 久楽の一言にその場にいた全員が沈黙する。

 それは、全員が肯定する自分達の実力差を痛感した事と同意だった。

 

「あそこまで実力差を見せられたら逆に清々しいよな」

「……同時に、悔しく思った」

 

 蛇崎が教師との戦いを振り返り、ザックフォードは苦々しく思いを口にした。

 その言葉を皮切りに五人は偉業訓練所での戦闘を思い出す。

 

 辺り一面に土埃が舞い、地面には死屍累々の言葉が似合う程に倒れたクラスメイト。そのクラスメイト達を一瞥する一人の教師--葉隠が言った。

 

『俺が今回、多対一を提案したのはお前達のような浮き足立ったヤツを萎縮させる為だ……超常の力を持ち、意図せず力に取り憑かれる事を防ぐ為だが……それは表向きの理由だ。実際は出た杭を打つ事を目的とした教師と生徒の格の差を教える為の合理的な組手だ』

 

 それを聞いていた生徒達は自分達が『格下である事』と『取るに足らない相手』だと理解するも全身に力が入らず、ただただ黙って聞くしかなかった。

 

『この後はホームルームまで自由行動だ。各自、教室の机の上に置かれた資料を目に通しておくように……明日から通常授業だ。遅れるなよ』

 

 その言葉を最後に葉隠は部屋から出ていった。

 

 動けるまで回復したクラスメイト達は各々の教室に帰ると自身の机の上に電話帳だと見間違うような厚さの資料が置かれており、内容は学校の規則から卒業後の進路先の電話番号まで書いてあった。

 疲れから読まない人もいたが、葉隠との戦闘を思い出し、嫌々読む人が殆どだったのは余談である。

 

「見た目とは裏腹にかなりの実力者でしたね。指を向けられた時に力が抜ける感覚になりました」

「それだけではないです……急に偉業が使えなくなりました」

 

 久楽が葉隠との戦闘中に感じた自身の変化を口にすると、先程まで考えていた空元が自身の意見を口にする。

 

「俺もそうだった。となると、偉業を封じるタイプか?」

「何にせよ、鍛えないとな……負けっぱなしは性じゃねぇ。もう一度勝ってやる」

 

 ザックフォードが空元の意見を肯定し、あれでもないこれでもないと意見交換を重ね、最終的に自分達が強くなればいいと結論を出した。

 

「そういや、誠二ちゃん何処行ったよ?」

 

 ふと、明森がいない事に気付いた蛇崎。途中まで一緒だったのを覚えているが、いつの間にかいない事に首をかしげた。

 

「明森さんなら、『夢と冒険のナンパに行ってくるぜ』と言い残して校舎に駆け出して行きましたよ」

「……あいつのそこだけは強いって認めるわ」

 

 日向の言葉にザックフォードは呆れたように言った。

 

「明森君の前向きな考えは見習いたいです」

「いや、見習ったらダメだろ。俺も人の事言えねぇけど」

「遅れてゴッメーン」

 

 日向がどこか尊敬したような目で言った事にザックフォードが異議を申し立てると、明森が帰ってきた。

 

「いやぁ、全滅だったわ」

「服がボロボロになってますが、どうしたんですか?」

 

 しかし、明森の上着がボロボロになっており、まるで追い剥ぎにあったような姿に驚いた日向は質問する。

 

「いやさ、先輩をナンパしたけどその先輩(ひと)が赤兎馬の偉能者だったんだよね。召喚系の偉業で集団を召喚されて、思いっきり轢かれちゃった」

「赤兎馬って……あの赤兎馬ですか!? 動物の偉能者なんているんですか!?」

「うん。いるよ……数は偉人よりも少ないけれど、過去に何度も確認されている」

 

 明森の事情を聞き、自業自得にザックフォードと蛇崎は呆れるが、日向は動物の偉能者がいることに驚いた。日向にわかりやすく久楽が説明すると、空元が明森にお願いする。

 

「赤兎馬……三国志で最強と言われた呂布の愛馬ですか……明森くん。よろしければ、その人を紹介して頂けないでしょうか?」

「やめといた方がいいよ。猪突猛進ロリオカンが鬼になるって」

「なんと! 彼女はまだ力を隠していたのですか! しかし、どうして先輩を紹介してもらうだけで鬼になるのですか?」

 

 とある少女が怒るのでやめた方が良いと言うも、空元は少女が怒る理由に見当つかず首を傾げる。その様子を見て、空元を除く五人が一ヶ所に集まった。

 

「……マジか……あんなわかりやすいのに気付いてないの……」

「彼女本人も気付いてない様子だし、彼は戦闘狂な事もあって分かりにくいと思うよ」

「どこの主人公だよ。そういうのお腹一杯なんだよ!」

「……あの、宇井さんと空元君に何かあったのですか?」

「……日向(コイツ)もかよ……」

「いきなり話し合ってどうしたのですか?」

 

 こそこそと話し合う蛇崎と久楽、恋愛に疎い様子に嘆いて愚痴を溢す明森、状況がわからず首を傾げる日向にザックフォードはため息を吐いた。

 自分を除いて話し始めた五人に空元は声をかけると、校内にチャイムが響き渡った。

 

「チャイム……あ、そうだ。先生から指定の寮の前に集合しなきゃいけなかったっけ?」

「あぁ、言われてたな。そろそろ行くか」

 

 帰りのホームルームで言われた事を思い出し、資料に書かれた地図を見て寮に行こうとする久楽とザックフォード。周りにいた空元と明森も同じように行こうとする。

 

「……あれ?」

「ん? どしたよ日向ちゃん?」

 

 不意にカバンを漁る日向に蛇崎が声をかけると日向は立ち上がって、校舎の方に走っていった。

 

「すいません。忘れ物したみたいなので取りに行ってきます!」

「行くって……あまり時間ないよ。明日にすれば……」

「急いで取りに行きますので、先に行ってください!」

 

 久楽が止めるも日向はお構い無く駆け出した。

 

「……行っちゃった……」

「……なんつーか……要領が悪いよな……」

 

 その後ろ姿に久楽とザックフォードは小さく呟き、五人は寮に歩き始めた。

 

 

 --■--■■--■--

 

 

 一年C組。教室の扉を閉じた日向は駆け出した。幸運にも忘れ物は机の上に置きっぱなしだったので時間はかからず、急いで寮に走り出している。

 いつもなら廊下を走らない彼だが、放課後で誰もいない事を祈っている。

 

「よし、ギリギリ間に合いそうだ」

 

 時間を確認し、間に合う事に安堵する日向。そのまま玄関で靴を履き替えようと手を伸ばし、素早く駆け出した。

 

『……ケ……テー……タ……』

「……ん?」

 

 ふと、何かの声が聞こえて足を止める。声の方向は寮の方向とは別だが、気になった日向は無視できず、声のする方向へ走る。

 しばらく走ると、さっきまで自分達が休憩してた中庭にたどり着くと人影が見えた。

 

「湊さん」

「……日向くん」

 

 そこにはクラスメイトの湊が立っていた。

 

「どうしました。ここで?」

 

 日向が訪ねると、湊が目の前の空き缶入れに向けて指を指す。指された方向を向けると何かがゴミ箱に某サスペンス映画で有名な逆さ死体よろしくに上半身が空き缶入れにハマり、抜けなくなった存在が両足をジタバタしていた。

 人物ではなく、存在と説明したのはジタバタと動かす足が人ではなく動物のそれだったからだ。

 

「タスケテー!」

 

 空き缶入れは倒れないように固定されており、出ている足を忙しそうに動かすも微動だにしない。その様子を見ていた日向は呆然としていたが、湊に肩を軽く叩かれて意識を戻す。

 

「……抜けなくて、困っている」

「タスケテー!」

 

 湊の声に反応してさらに足を動かす様子に日向は動いた。

 

「助けますね。引っ張ります」

「オネガーイ!」

 

 動いていた足を掴み、力強く引っ張るも中々抜けず、しばらく拮抗する。

 

「ふんぬぬぬ……」

「ピューイィィィ!!」

 

 予想よりもハマっているのか全く抜けず、体力を失うばかりである。

 

「……はぁ、はぁ……抜けませんね」

 

 一旦休みを入れるが、簡単に抜けない様子に困った表情を見せる日向と湊。こうしている間に時間は進んでいくだけだった。

 

「……先生、呼んでくる」

「大丈夫。次で抜けます」

 

 湊が誰か呼んでこようとするが、日向はそれを止めてもう一度足を掴んだ。

 

 ……集中……集中……

 

「……あの、無理しなくても……日向くん?」

 

 さっきと同じ結果になると思った湊が止めようとするが、日向は聞こえていないのか返事を返さず、低く腰を落とし始める。

 

「……せー……のぉ!!」

 

 瞬間、日向が勢いよく引っ張る。するとさっきは抜けなかったが、勢いよくスポン、という音と共に抜けた。

 

「抜けた……ッ!?」

 

 抜けた事に日向は喜ぼうとするが、急に強い頭痛に襲われた。まるで脳内から金槌を叩かれているような痛みに悶え、苦しむ最中に視界がテレビの砂嵐のように荒れだし、何かの人影が映りだした。

 

 --…………、………………--

 

 何かを喋っているが声は聞こえず、姿も鮮明に映らないまま次第に視界が元に戻っていく。

 

「--がくん。日向くん。返事して!」

「あ、はい!?」

 

 元の視界に戻ったら湊の端整な顔立ちが目と鼻の先だった事に勢いよく後ろに退いた。

 

「……急に頭を押さえて、呼び掛けにも答えなくなって……どこか悪いの?」

「……大丈夫。少し頭痛がしただけで……」

「アリガトー!」

 

 心配してくれた湊に日向が礼を言うと、後ろから声がした。声からして空き缶入れにハマってしまった人だと察した日向は声の主に顔を向ける。

 

「……」

「……え……」

 

 しかし、顔を向けて言葉を失った。遅れて湊も顔を向けるが同じように言葉を失った。日向は鳥の偉能者だと思っていたが、その正体は違った。

 それは、人ではなかった。

 見た目は生後から五カ月経ったオウサマペンギンの雛とそっくりだが、全身の羽毛は茶色ではなく雪のように白い鳥だったからだ。

 

「……あなたは?」

 

 雛とは言え、全長九○cm近くもある大きさに驚きながら恐る恐る訪ねる湊。湊の声に目の前の雛は大きな声で返事を返した。

 

「ボク、クックルー! アリガトー!!」

 

 大きな白い雛--クックルーは二人に大きな声で感謝する。

 二人は名前よりも喋った事に驚くしかなく、担任に名前を呼び出される放送が流れるまで、目の前の不思議な生物と見つめあうしかなかった。

 そして、この出会いが波乱を呼ぶ事を二人はまだ知らない。

 

 




 この小説のマスコットキャラです。
 意外にオウサマペンギンの雛ってデカクてビビります……カラスも意外に大きいですよね……


 ~歴史トリビア~
 ナイチンゲールは生涯で少なくとも60匹の猫を飼ったそうです。
 ある時期には17匹の猫を同時に飼っており、その中でも特にナイチンゲールが愛したのは大きなペルシャ猫で名前はミスター・ビスマルク。

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4史:クックルー

 初の連投! 力尽きる鼓動!

 ……語感が似てない? 似てない。そう……


 

 学園の敷地内に設立されている寮の前で入学したての一年生が集まっていた。

 しかし、妙にザワザワとして落ち着きが無いように見える。

 

「遅いな……時間厳守だと言うのに何をやっているんだアイツらは……」

 

 まだ来ていない二人に苛立ちを隠せない葉隠。その様子にC組の数人が縮み込んだ。

 

「何かあったのかな……」

「一緒に行きゃ良かった」

 

 来ていない日向を心配する久楽と蛇崎。

 

「遅れてすみません!!」

 

 後ろから大きな声が聞こえ、振り向くとこちらに走ってくる人影が見えた。

 

「遅いぞ! 時間通りに集合しろと伝え……たは……ず……」

 

 遅れて来た事を叱る葉隠だったが、日向と湊の後ろからついてくる存在に気付き、言葉を失った。

 正確には、日向と湊の後を追うクックルーの姿に戸惑う様子を見せた。

 

『『『……』』』

 

 他の人も謎の生物と一緒に来る事は予想外だった為に葉隠と同じように言葉を失った。

 

「……日向……湊……そのペンギン擬きはなんだ……?」

「……えっと……」

「……その……」

 

 あまり直視したくない現実なのか、それとも幻覚を見ているのか眉間のシワを濃くして後ろの白い生物を睨みながら二人に説明を促すと、その生物が二人の前に出た。

 

「コンバンワ! クックルーダヨ!!」

 

 その言葉に答える者は、いなかった。

 

 

 --■--■--■--

 

 

「つまり、あの鳥を助けてたら遅れ、懐かれてしまったという事かい?」

「……はい……」

 

 しばらくして、葉隠からお叱りを受けた日向と湊は他のクラスメイトと合流し、寮内の説明を受けた後に男女別の部屋へ別れていった。

 クックルーが気になったステッキを持った緑と青のオッドアイの青年--フレデリック・エインズワースに説明を求められ、日向は最初から説明した。

 

「コレ、ナーニー?」

「これはテレビだよ」

 

 テレビに興味を持つクックルーをイヤホンを着けたもっさりした黒髪目隠れヘアーの少年--加賀(かが)天馬(てんま)が面倒を見ており、その様子は親戚の家に来た甥とおじさんのように見える。

 

「……喋るデカイペンギンにしか見えないな」

「自分には白い鳩に見えますけど」

「いや、それはないだろ」

 

 しかし、見たことない生物にしか見えないと刀傷が目立つ少年--十神(とがみ)刹那(せつな)が呟くと日向には白い鳩に見えると答えるもザックフォードが否定する。

 

「まぁ、先生もペットに関しては厳しくないが自己負担と言っていた。面倒を見るなら責任を持つことだ」

「はい」

「ただいま戻ったぜ!」

 

 エインズワースが責任を持って面倒を見るよう日向に伝えると、青のセミロングヘアの美男子が声を挙げながら入ってきた。

 

「おう、お前が日向歩か! 俺は八雲純だ。よろしくな!」

「あ、は、はい」

「そんで、お前がクックルーか……よろしくな!」

 

 ガハハと豪快に笑いながら青のセミロングヘアの美男子--八雲(やくも)(じゅん)が日向の背中をバシバシと叩き、日向は八雲の雰囲気に負けて萎縮する。

 クックルーを見つけた八雲は挨拶すると、クックルーはしばらくして、叫んだ。

 

「ピューイ! アセクサーイ!」

「ぼふぅっ!?」

 

 まさかの言葉に十神は吹いた。不意打ち気味に放たれた言葉は彼の腹筋に大きなダメージを与えたようだ。

 

「あ? シャワー浴びたんだけどな……臭うか?」

「あ、あの、大丈夫ですか?」

「……わり、まさかストレートに言うとは、思ってなくてな……不意、突かれた……」

 

 クックルーの言葉を気にして、自身の臭いを嗅ぐ八雲。それを横目に震える十神を日向が心配するとクックルーが日向に声をかけた。

 

「ヒュウチャーン! ボウケンニイッテクルー!」

「ヒュウチャン!? あ、冒険ってどこまで……」

 

 寮内を探検してくると伝えるクックルーに日向がどこまで行くか訪ねる前にクックルーは走り出す。

 

「ジョセイノトコロー!」

 

 廊下に反響して聞こえた言葉にその場にいた二人が反応した。

 

「怒られたらヤベェ! ちょっと止めてくるな!」

「手を貸すぞ明森!」

 

 明森と八雲がクックルーの後を追うように部屋から出ていく。その様子に日向は安堵の表情を浮かべる。

 

「あの二人……優しいんですね」

「どう思うアラン」

「完全に私欲だな。明森はわかるとして、八雲は会う口実を作る為だろ」

 

 日向に聞こえないように蛇崎とザックフォードがコソコソと話し合う。一人は下心、もう一人は期待で駆け出して行った事を日向に伝えないのは彼らなりの慈悲かもしれない。

 

「ま、すぐに帰ってくるさ」

「なぜ帰ってくるとわかるんですか?」

 

 クックルーの面倒から解放された加賀の言葉に空元が訪ねる。

 

「この寮って経費削減の為に例外除いて大部屋で集団生活なんだよ」

 

 加賀の言葉に空元と日向が頷く。

 

「男性と女性の二棟に別れてて、境界線として赤い線が張ってあるんだ。その線を越えてしまうと--」

WEEEBEEEEEEE(ウィィィビィィィィィィィ)!!』

 

 加賀が続きを言おうとした直後に野太い声が寮内に響き渡った。その声量は凄まじく、窓や扉がガタガタと震えていたと言えば迫力が伝わるだろう。

 その声が静まり、先程とは嘘のように沈黙する日向達。やがて、部屋の扉が開いた。

 

「……」

 

 バニー衣装を身に纏った全長二mを越える山のような筋骨粒々のマッスルボディの持ち主である男性が気絶している明森と八雲を左右片手で俵担ぎしていた。

 

「……」

「……」

 

 その光景に周囲も言葉を失っていたが、男性は明森と八雲を床に降ろし、何事もなく去っていった。

 日向は何かを訴える瞳で加賀を見る。加賀は日向の言おうとしている事を理解し、続きを言った。

 

「……バニー衣装を着たガチムチの男達に連行されるんだ」

「どんな偉業(レコード)なんですか!?」

 

 思わず地面を力強く叩く日向。その様子に周囲のクラスメイトも納得の表情だった。

 

「謎に包まれてて、この学園の七不思議の一つとして数えられている……余談だけど懸賞金もかけられている」

「……本当にどんな能力なんだよ……」

「……うぅ……」

 

 加賀の言葉に蛇崎が呆れていると、明森が目を覚ました。

 

「あ、あの、大丈夫ですか? 明森くん?」

「……ちくせう……なんでだよ……」

 

 心配する日向に明森は小さく言葉を溢し始め、次の瞬間に大声で叫んだ。

 

「どうして、どうして俺は楽園(シャングリラ)へ入れないんだぁぁぁぁ!!」

「そろそろボクは寝るとしよう。もうすぐ就寝時間だしね」

「いいよなフレデリック。首席合格者は個人部屋を貰えるなんて知ってたら、もう少し頑張ってたのによ」

「ふふ、ボク以上に努力を重ねる者はいないと自負しているよ」

 

 心からの嘆きだが、周りはしょうもない事だと判断して就寝準備に取りかかる。エインズワースは十神と軽く言葉を交わして部屋を出ていった。

 

「……少しぐらい反応してくれよ……」

「……あの、お疲れ様です」

「うぅ、味方は日向だけなのかよ……」

 

 心配する日向の優しさに明森は少しだけ感謝し、そのまま就寝準備に入った。

 ちなみに、就寝時間となって部屋の電気を消した直後、一人を除いたC組の男子と数人がショッキングピンクに光輝き、その姿を見た数人が腹筋崩壊して眠れない夜が始まったのは余談である。





 ~歴史トリビア~
 伊賀忍者の頭領服部半蔵は部下の忍者部隊にストライキを起こされたことがある。

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幕間:落陽の願い


 今週は筆の調子が良い。

 ……コロナとか、インフルとかに感染してないよね?(挙動不審)

 前、筆の調子が良かった時は風邪だったんよ(震え声)




 

 □日向(ひゅぅが) (あゆむ)

 

 昔から、よく考える子供だって言われた。

 幼い頃、何かを考えると誰かに強く呼ばれない限り意識が戻りにくかった。最初は考えすぎだと両親は思っていたが、成長するにつれて深くなる集中力に不穏な気配を感じて病院で検査したら、自分は普通の人とは違うモノを持っていたらしい。

 周りは少し違う自分を好奇の目で観察され、幼かった自分でも居心地が悪かった事を覚えている。

 それでも両親は自分を受け入れ、自身の後を追う一歳下の明るい弟に慕われ、ごく普通の暖かい家庭に恵まれた事を嬉しく思った。

 

 ……自分が小学三年生の時に母さんが、この世を去るまでは……

 

 優しかった母さんの死因は叛罪者から受けた傷だった。

 自分と弟を庇って、受けた傷が原因だった。

 その日を境に幸せが冷たく、崩れ始めたのだと思う。

 優しく厳しかった父さんは自分と弟を見向きもせずにひたすら仕事に没頭し、弟の明るさは嘘のように消えていた。

 少しずつバラバラになっていく家族を自分は見るだけしか出来ない日々、それが本格的に動き始めたのは母さんが亡くなって一年後だった。

 

『初めまして、歩くん』

 

 仕事から帰ってきた父さんの側に見知らぬ女性がいた。

 

『今日から彼女を母さんと思いなさい』

『よろしくね』

『……え……!?』

『…………』

 

 突然の出来事に戸惑う自分、弟は父さんを冷たく睨み付けていた。

 理由を聞いても、父さんは答えてくれなかった。その態度に弟は噛み付き、毎日喧嘩が絶えない日々が始まった。

 そんな日々が進むと自分は中学生になり、父さんと弟の仲は冷えきっていた。自分だけでも繋げなきゃいけないと必死に取り持とうとするも、効果は期待できない。

 何より、自分にはそんな暇が無い事もわかっていなかった。

 

『何だ日向、分からんのか? じゃ、後ろの奴答えろー』

『え、今……』

『チッ』

 

 幼少の頃から持っていた過度の集中力が反応の邪魔をしていた。

 考えればわかる問題がすぐに答えられなくなり、教師からは呆れる視線になっていくのは遅くなかった。

 

『日向もそう思うだろ?』

『やめろって』

『え……あの……』

 

 クラスメイトとの会話もすぐに答えられず、答えようとすれば深く考えてしまい、対応(テンポ)の悪さにクラスメイトの表情や視線が悪意に溢れていく。

 

『何アイツ、ノリ悪』

『ウゼェから話しかけんなってさ』

『違う……今、考えて……』

 

 訂正しようと言葉を繋ごうにもクラスメイトは聞く耳持たずに離れていき、孤立していった。

 

 ……ノロマとよく言われた。

 ……自分には、世界の速度が速すぎる。

 ……何も言えぬまま、人は離れていく。

 ……そして誰一人、自分を振り向く人はいなかった。

 

 それでも、振り向く人がいるかもしれない。重ねた努力は裏切らない事を信じ、真面目に生きてきた。

 

 ……だけど……

 

『…………』

 

 現実は甘くない事を知ってたハズなのに、期待してしまった。

 

『日向の奴、滑り止めだってよ』

『だっさ……あんなに勉強してたくせに』

『俺、寝不足で受かったんですけど』

 

 人一倍勉強してきたつもりだ。でも、第一志望には届かなくて--……いつも遊んでるように見えた人は……受かっていた。

 

『要領わりーんだよ。あいつ』

『才能もなくね?』

『それな!』

 

 心ない言葉が、自分に降り注いだ。例え否定しても、その言葉がより凶悪になる事を知っていた自分には耐える事しか出来なかった。

 

『いいか歩。社会に出れば結果が全てだ』

 

 第一志望に届かなかった自分を父さんは厳しく咎めた。だが、こちらの顔を見ようとせず、背を向けて叱る。

 

『母さんも悲しんでいるぞ』

 

 その言葉に自身の内側から何かが溢れだそうとするが、下唇を噛んで耐える……後から自分が怒っていた事に気付いた。

 

(わたる)、どこに行くんだ?』

 

 GHP値が高かった理由から父さんに滑り止めとして大暦高等学校が合格した数日後に荷物を持った弟--日向(わたる)が家を出ていこうとしていた所を玄関で見つけ、声をかける。

 

『……悪いなアニキ……俺、家を出ていく』

『……え……』

 

 自分に別れを告げ、渉は家を出ていった。

 

『渉! まって、待ってくれ!』

 

 あまりの衝撃に景色が黒く染まっていく。急いで家を飛び出し、走りながら渉に手を伸ばすが届かず離れていく一方だった。

 

『……渉……待ってくれ……頼むから……』

 

 離れていく後ろ姿に自分が暗闇に取り残される。そのまま、深い闇に沈んでいくような感覚が自分に襲いかかった。

 

『……頼むから……一人に……』

 

 声が掠れ、小さくなっていく。自分の身体も黒く染まり、闇に呑まれていく感覚に恐怖し、おもむろに上へ手を伸ばした。

 

 その手を暖かいナニカが握り、意識が浮上する。

 

 

  --■■--■■■--■■--

 

 

「……ん……?」

 

 目を覚ました日向は上半身を起こし、周囲を見渡す。修学旅行よろしくに規則正しく並べられてた布団はクラスメイトの寝相で荒れていた。

 寝相が良い人もいるが数える程度で殆どはイビキをかいたり、寝相が悪かったり、どんな過程があったのか組体操よろしくなオブジェになっている人がいた。

 

「……夢……だったんだ」

 

 夢と同じように伸ばしてた手を握ったり開いたりして確認し、昨日の“全身ショッキングピンクフラッシュ事件”で自身が笑いすぎて酸欠になって意識を失った事を思い出し、苦笑する。

 静かに立ち上がり、起こさないように踏み場を確認して部屋を出た。

 

「オハヨー!!」

「ッ!?」

 

 いきなり大声で呼ばれ、急いで振り返るとクックルーがこちらを見ていた。どうやら早起きしたのは自分ではなくクックルーが先だったようだ。

 

「オハヨー!! ヒュウチャン!」

「おはようございますクックルー。皆さん寝てるので、静かに話しましょう」

「……ワカッター」

 

 日向の言葉にクックルーは小さな声で答え、一人と一匹は洗面所で顔を洗い、クラスメイト達が起きるまで会話する為に食堂へ歩いていった。





 ~歴史トリビア~
 忠犬ハチ公は野犬狩りで何度も捕まっていた。


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5史:戦いの前兆

 今回は詳細コミコミな説明会です。
 さて、そろそろ一章が動き始めます。


 □ 日向(ひゅうが)(あゆむ) 一年C組教室

 

 あの夢から、一ヶ月近く経った。

 その間にクックルーの対応やクラスメイトとの交流が深まり、中学生だった時とは全く違う環境になった。

 最初にクックルーの対応は観察となった。

 正直な話……選択肢が観察しかなかったと言うべきなのだろう。部屋に鍵をかけて出入りできない状況を作ればいつの間にか脱走し、一瞬でも目を離したらいなくなったと思えば突然現れたり、自由奔放な姿に教師陣や在校生が振り回されている。

 一番驚いたのは学園長と一緒にお茶を飲んだり、ガーデニングを手伝っている所を目撃した事だろうか……

 嘘か誠か、一部の教師がクックルーを危険な生物だと判断して事故を装って偉業(レコード)を使用したのだが--

 

『ピュイ?』

 

 --全くの無傷だった。

 この結果により警戒していた教師はハンマー投げよろしくに匙を投げ、クックルーに対しての判断を変えたそうだ。

 ……個人的に折れたように見えるのは気のせいだろうか……

 なお、クックルーの世話係として自分の他にクラスメイト達が立候補してくれたのは嬉しかった。

 ……だけど、まだ言えてない悩みがある……それは……

 

「おーい。おーい日向」

 

 自分が呼ばれる声に反応して顔を上げると、葉隠先生がダルそうな目でこちらを見ている。最初は慣れなかったが、この人はこの目がいつも通りの目なんだと理解できた。

 

「あ、すみません!!」

「集中するなとは言わないが、授業には耳を傾けてくれよ」

 

 自分の謝罪と葉隠先生の声で小さく笑う声が聞こえる。羞恥心から顔が熱く、赤くなっている事が手に取るようにわかってしまった。

 

「さて、時間もそろそろだから授業のお復習(さらい)だ」

 

 そんな自分を他所に葉隠先生は今日の授業について復習を始めた。黒板に赤、青、黄色で書いていき、白のチョークで説明を補強していく。

 

「我々偉能者(グレイトフル)は『偉人』と『罪人』の二種類があり、お前らが入学の際に学園長によって目覚めた力の最も基準値が高い方がその能力となる。そして超能力のような偉業(レコード)を使用すると体力と精神力が消耗し、時間が経つと強制解除される」

 

 文章と同時に絵も書かれており、自分でも理解できると思う。絵が棒人間オンリーなのはあの人らしい。

 

偉業(レコード)は『偉人罪人の偉業』が共通点として挙げられており、強さは不明だったが近年の研究で法則性を見つけることに成功した……これを『バースの法則』と呼ぶ」

 

 葉隠先生は絵を描きながら説明するが、棒人間なので迫力や恐れがあまり伝わらない。

 

「そして“偉能者(グレイトフル)”になると“偉業(レコード)”に引き寄せられ、それに因った『衝動』が発生する……例えば切り裂き魔の異名を持つチカチーロの場合は生物を切らずにいられない……モーツァルトやゴッホのような偉人でも例外なく引き起こし、例え善良な性格であっても偉業に飲まれてしまう危険性がある。理事長は衝動の事を『例外を除けば無敵貫通かつ治癒不可能の毒』と解釈している……時々、偉能者(グレイトフル)に目覚める前に衝動に近い事象を体験する者がおり、この事を『リィンカーネーション現象』と呼ぶ」

 

 そして、という言葉と共に黒板に書いていく。

 

「衝動に飲まれた者、または偉能を悪用する犯罪者を叛罪者(クライマー)となる」

 

 基本的な事はここまでだ、と言った葉隠先生は一つの図を書き始める。

 

「忍者、侍、芸術家、犯罪者、王、騎士等の偉能者(グレイトフル)が確認されているが、大きく分けると例外を除いて三つだ」

 

 赤、青、黄色で書かれた図を白のチョークで指して説明する。

 

「身体能力や身体を変化させる『身体系偉能者』、空間転移や毒の生成等の能力に長けた『技術系偉能者』、心や精神等の事象に干渉する『心魂系偉能者』……ここはテストに出るから覚えておけ」

「あの、例外ってなんですか?」

 

 湊さんの質問に葉隠先生が渋い表情を見せる。周りには面倒くさいと言いそうな表情だが、自分には聞かれたくなかったように見えた。

 

「……無名(ネームレス)だ」

 

 しばらくして重い口を開けた葉隠先生の言葉はこの学園に慣れてきた自分達にはあまり聞き覚えの無い言葉だ。

 

「……無名(ネームレス)?」

「……この学園では差別用語に近い。あまり口にするな」

「う、うす」

 

 クラスメイトの一人が小さく呟くと葉隠先生はその生徒を鋭く睨みながら牽制した。

 

「……簡潔に言うと入学の際にGHP値の基準値を越えたにも関わらずに偉能者に目覚めなかった者及び目覚めたかが弱い者を指す言葉だ」

「……」

 

 その言葉に自分の胸が締め付けられる痛みが一瞬だけ感じた。

 そう、言えてない悩みとは……自分が偉能者(グレイトフル)に目覚めていない事だ。

 事情を知る久楽さんや鍵宮さん、湊さんは大丈夫と言ってくれているが、自分にとっては申し訳なく思ってしまう。

 他の教師が言うには『目覚めるには何らかのキッカケが必要』と言っているが、その気持ちが何なのかわからないままだ。

 授業の終わりを示す鐘が鳴り響いた。

 

「今日はここまでだ。復習を忘れないように」

 

 教室から去ろうとする葉隠先生。しかし、不意に立ち止まって振り向いた。

 

「そうそう。それと……代表戦のメンバー募集が迫っているので今週中に提出するように」

 

 そう言うとスタスタと去っていった葉隠先生。

 

「……代表戦?」

 

 自分は聞き覚えの無い言葉に首を傾げるのであった。

 

 

 --■--■■--■--

 

 

「代表戦っていうのは、学年別代表トーナメントの略だよ」

 

 昼休み。

 日向は親しくなった四人と机を並べ、売店で購入したパンや弁当で昼食を食べながら葉隠先生が言っていた代表戦について質問すると鍵宮が説明してくれた。

 

「そんなのあったんですか」

「いや、多分日向ちゃんは聞いてなかったんだと思うんだけど……まぁ、高学年と戦う訳じゃないけど優勝したら学年最強の称号と学園長との話し合いの場を設けてくれるんだよね」

「僕は参加しますよ。強い方と戦える上に目的に近付く事もできますから」

 

 驚く日向に蛇崎は呆れ、空元は参戦する意思を強く見せる。ふと、空元の言葉に日向は首をかしげた。

 

「目的? それって一体……」

「おやおや~? エントリーするのかい~?」

 

 聞こうとした直後、空元の後ろの席から黒髪のパーマ気味なショートヘアの目元がタレ目の女性が声をかけてきた。

 

「む? 桜井さん」

「けど、それはムリかな~」

「それは一体どういう事ですか?」

 

 タレ目の女性--桜井が空元の意思をやんわりと否定し、湊が質問すると手元に一枚の紙を取り出した。その紙には『代表戦参加メンバー申請用紙』と書かれている。

 

「私達もエントリーするからさ~そして、すでにメンバーも集まって最後のエントリー用紙が我々の手中にあるんだな~これが~」

「むむ!」

 

 先に先手を打たれた事に気付いた空元は考える表情を見せる。最も、空元を除く日向達四人には空元が『どうすれば紙を奪えるか』を考えているのか察して日向と蛇崎、鍵宮は苦笑を浮かべる。

 

「けど、折角人数も揃えたのにチャンスもないんじゃ、可哀想だね~」

 

 すると桜井は空元を指差し、一つの案を提案してきた。

 

「どうだい~? ここはひとつ~空元率いるAグループと私率いるBグループによる最後のエントリー用紙を賭けた一年代表戦のシュミレーションでの勝負ってのは~」

「望む所です! しかし、そちらには損得はあまり無いのでは?」

 

 渡りに船な案に快諾する空元だったが、向こうにメリットがあまり無いことに気付いて質問する。

 

「そうだね~だったら~……私達が勝ったあかつきには~そっちのメンバー達で男女関係無くチア衣裳を着て応援してもらうよ~」

「……うわぁ……」

「すごい嫌!!」

 

 桜井の言葉に思わず顔を歪めて、嫌悪な感情を隠さずに溢してしまう湊と鍵宮。すると蛇崎の後ろの席から数人の男子生徒が立ち上がった。

 

「それを聞いて安心した……」

「何のメリットも無しに受けるには分の悪い勝負だった」

「そんでお前ら乗り気なんだ!?」

「いや、俺はあまり……」

「ならやめとけ田中!!」

 

 チャラそうな男と痩せて細長い男の二人組が戦う意思を見せ、田中は日向達から視線を背けながら答える。

 

「いちいちうるさいぞ蛇崎。お前はバニー服を着て応援される事を知った上で言ってるのか?」

「あ、青馬……!」

 

 チャラそうな男--青馬から放たれる謎の気迫に圧される蛇崎。そんな蛇崎に青馬が続けて言う。

 

「女子に応援されるなんて滅多に無い……さらにバニー服を着てくれるなんて仮に彼女が出来てもそんなことやってもらえるかわからんだろう!!」

「……まずは彼女、出来てから考えたら?」

 

 勢いよく大声で主張する青馬だったが、湊の一言に崩れるように地面に倒れた。

 

「……わかってる……わかってるさ……だけど夢ぐらい見させてくれよ……」

「しっかりしろ青馬! 傷は深いぞ!」

「湊ちゃーん! その台詞はエッジ効き過ぎだよー!! せめて『そういうお店に行けば』くらいでお願いー!」

「……私、そこまで彼らを見くびって無いですが……?」

 

 どこか涙声な青馬を元気付けるように言う細長い男。蛇崎は湊の言葉にやんわりと指摘する。

 

「ふ……ふふ……まぁいいさ……」

「俺達は桜井や黄嶋に応援してもらうから……!!」

「あ、うちは遠慮します」

 

 立て直した青馬と細長い男の言葉に教室内にいた八重歯の少女--黄嶋(きじま)は遠慮する。その回答に青馬と細長い男はガッカリした表情を見せた。

 

「はっは~わかるかな~加減を弁える男子を集めて遊ぼうと思ってたら、うっかりホンモノを誘い入れちゃった私の気持ちが~」

 

 笑いながら言う桜井だが、声は乾いて目が笑ってない様子に沈黙して見つめるだけの日向達。その空気に耐えられなくなった桜井が口を開いた。

 

「敗北を知りたい」

「戦歴に残したくない!!」

 

 思わず鍵宮は叫んだ。例え好きな人が目の前にいても叫ばずにはいられなかった。

 

「嫌ならやめていいんだよ桜井さん!! いや、むしろやめて!!」

「起こした獅子の恨みは買いたくないんだな~」

 

 鍵宮が止めるように説得するも桜井は後戻りは出来ないと悟って流した。

 

「そういうわけだから、是非とも勝負して我々を打ち負かしたまえよ」

「迷惑!!」

 

 また教室に鍵宮の声が響いた。教室にいなかった者は突然の事にこっそり教室内を見ようとする。

 日向達のように教室内にいた人は鍵宮の言葉に対して静かに頷いた。

 

 そして、放課後。

 ここに代表戦のメンバーを決める前哨戦が幕を開けた。




 後半へ続きます……後半? 急いで書いてますよ。

 ~歴史トリビア~
 勝海舟はある航海で38日間の内の34日間も荒天だった時に船酔いで私室にこもり、艦長らしき仕事は何一つやらなかったがサンフランシスコに着くと、急に元気になって『俺が艦長だ!』といわんばかりに船長面をした事がある。
 なお、福沢諭吉もその時一緒に乗船していましたが、その時の勝海舟の態度に嫌気がさしたのか、死ぬまで福沢諭吉と勝海舟は仲が悪かったようです。


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6史:激闘する喜劇

 ……バレない……バレない……

 今回の話は『濃い下ネタ』があります。
 自分としても悩みましたが、出すことにしました。
 あとは自己責任でお願いします。


 放課後。

 一枚の代表戦参加用紙を賭けて空元達は自身のクラスメイトと戦う事になった。

 

「なんでB組の二人がいるんだよ」

 

 青馬が教室の出入り口の横から覗く明森とザックフォードに気付き、質問する。

 

「お前らが勝ったら相手はチアガール衣裳を着て応援すると聞いたんだ!!」

「誰から聞いたの!? というより、なんか増えてるし!?」

「ガンバレー!!」

 

 明森の言葉に鍵宮が驚く。いつからいたのか湊の側にクックルーが応援している。

 

「じゃあ勝負方法だけど~代表戦と同じ三本勝負で両方のメンバーが場に出たらクジで『心・技・体』の三種のテーマの中から一つ選んで、相手同士で競技を好きに決める感じで~」

「うわぁ、ますます面倒くさい……」

「しかし勝負は勝負です。勝ちましょう」

「負けた時のことを思うと勝負受けたくないよ……」

 

 桜井がルールを説明し、鍵宮はひきつった笑みを浮かべる。日向が頑張ろうとやる気を見せるが、負けた時の条件を思い出して肩を落とした。

 

「では、景気づけの一発目は僕がもらいます」

 

 肩をまわし、溢れる戦意を見せる空本。

 

「一番手は空元か……どうする? 誰が行く?」

「おれが行こう!」

 

 空本の戦意に押され、戸惑う青馬の後ろから体型が太い男性が現れた。

 

「赤井!!」

「行ってくれるか!!」

「ふっ、この中で空元と渡り合えるのはおれしかいまい!!」

 

 太った男性--赤井(すぐる)が空本の前に立った。脱いだ上着の下にはみっちりとはち切れそうな二の腕と腹部が目立つカッターシャツが露になる。

 

「クジの結果は『体』! ならば腕相撲で勝負だ!!」

「正気か!?」

「パワーなら負けないってとこを見せてやるぜ!!」

 

 くじの結果に躊躇せず机を用意し、空本を挑発する赤井。その様子に空本は獰猛な笑みを見せた。

 

「いいでしょう……相手にとって不足なし。ただのデブじゃない所を見せてください! 赤井!!」

 

 空本が赤井の手を掴み、緊迫した空気が教室を包み込んだ。最初の一戦が始まろうとする空気に両者は互いに力を込める。

 

「ハジメーイ!!」

 

 クックルーの言葉に一気に力を込める空本と赤井。

 そして、一瞬で赤井の手の甲が机に叩きつけられる。

 

「……」

「……ふ、悔いはねぇさ」

 

 力の拮抗が起こると思っていたら一瞬で勝負が決まってしまい硬直する空本。そんな空本に赤井は全力を出しきった様子で教室を去っていった。

 

「……パワーキャラ気取っておいてその肉殆んど脂肪じゃねぇか! おい! おいデブ! 逃げんなデブ!! 真面目にやれよ赤井ぃ!!」

 

 去っていった赤井に呆然としていた青馬が赤井に戻ろうと声をかけ、廊下に響いた。

 

 ……そうか……負けたいのは男子の方にもいるんだ……

 

「ナイスファイト!」

「すいません。連続じゃダメですか?」

「ダメだと、思います」

 

 蛇崎が空本を労う。空本は不完全燃焼だったのか微妙な表情でもう一度戦えないか聞く。

 

「あ、じゃあ私が……相手は同じ女子ならいいんだけど……」

「あー! ならウチがやるー!」

 

 鍵宮が静かに手を挙げ、黄嶋が名乗りを上げた。そのままクジを引き、出たのは『技』だ。

 

「えっと、技かぁ……何かあるかな黄嶋さん」

「あ! 棒倒しなんかどう?」

 

 鍵宮が悩むと黄嶋は自身の偉能で砂山を作り、子供の時に遊んだ棒倒しで勝敗を決めることを提案した。

 

「じゃあ、棒を倒した方の負けで」

「オッケー!」

 

 トラブルが起きない事に安心し、鍵宮は黄嶋と楽しく棒倒しを始める。

 

「……なぁアラン、明森。お前達は不思議に思った事はないか?」

「何をだよ?」

「何が?」

 

 その様子を見ていた青馬がザックフォードと明森に声をかけ、二人は首をかしげながら聞いた。

 

「女はどこまでなら胸や肌を晒して平気なのかってこと」

 

 その言葉を偶然聞いてしまった黄嶋と鍵宮の動きが止まった。

 

「……その話、今じゃなきゃ駄目なヤツか?」

「俺は気になるけど」

「今じゃなきゃ駄目なヤツだ」

「そうか……」

 

 青馬の声から止めても無駄だと察したザックフォードは諦めた表情になる。

 

「オレは常々不思議だった。横乳とか谷間とかあんなん既に男からすりゃ目に毒なわけでさ、普段から色々チラリするのも嫌がる女性様がなんで水着だと平気で露出してんだろうってよ……そりゃあ状況や着てる服でファッションと露出のラインが変わるんだろうが、じゃあどこまでならファッションとして露出することが出来るのか……という考えさ」

 

 淡々と言う青馬に周囲にいた男女から言いがたい雰囲気が出始める。心なしか青馬の周囲に人が離れてるように見える。

 

「そこである心理テストを思い付いたんだ。それは人の深層心理にあるバランス感覚を確認するものだ……まずは砂で山を作り、天辺に棒を刺す。この棒が乳首や局部--要は出したらアウトな箇所だ」

 

 青馬の言葉に鍵宮と黄嶋の動きが硬直している。よく見ると二人の顔が赤く染まり、俯いている。

 

「この棒を倒すことを禁じ、砂山を削らせる。削った砂がそのままステータスになる条件でな、強気な奴ほど棒が倒れるギリギリまで攻めてしまうし、奥手なやつは大分余裕を持ってギブアップする。そいつがギブアップした時に棒を中心に残った砂の面積……それがそいつが乳首や局部を隠すのに必要な布面積だ!」

 

 言い切った青馬の表情には謎の爽快感が漂っていた。

 

「まぁ、本来は棒を刺した砂山を三つ用意して行うモノなんだが……ん?」

 

 ふと、青馬が鍵宮と黄嶋の動きが止まっている事に気付いた。

 

「どうした? 続けてくれよ」

青馬(おまえ)どうかしてんな!!」

 

 蛇崎の叫びが教室に響いた。

 蛇崎の言葉に誰もが同意した。

 鍵宮と黄嶋は恥ずかしさから取っていた砂山の砂を足していく。

 

「違う競技を始めないでくださーい」

「大丈夫大丈夫ぅ! さっきの心理テストはオレの創作だから関係無い無ぁい!!」

「むしろ嫌になる!!」

 

 湊が注意するもやめない二人。青馬がフォローするも出来ていない事を指摘する。

 

「どどーん!!」

 

 羞恥に耐えられなくなり、鍵宮が砂山を盛大に崩した。砂山に立てられた一本の棒が倒れて勝敗が決まるが、二人にとっては終わらせたい勝負であったため気にしない。

 

「クックルーちゃんアタック!!」

「ピューイ!!」

「ベネキッ!!」

 

 鍵宮の声にクックルーが青馬に体当たりする。脇腹に激突し、青馬は苦悶の表情と声をあげる。

 

「やだもー」

「流石にごめんね~味方である私もドン引きだったわ~……なんで味方に選んだんだろ」

「知らねぇよ!?」

 

 精神的苦痛を受けた鍵宮は湊に甘え、桜井は青馬を味方にした事を疑問に上げるも誰も答えは分からない。

 

「その話……男だけの時に聞かせて欲しかったぜ」

「えと……その……ごめんなさい」

「あの日向ですらフォロー出来てねぇんだぞ。やり過ぎだっつうの」

「思った以上に非難轟々で心が痛い!!」

 

 女子から侮蔑の視線を、男子からは非難の目を向けられる青馬。しかし、こんな男にも救いの手は伸びるようだ。

 

「……緑川!?」

 

 細長い男--緑川が青馬をフォローしようと味方した。

 

「確かに青馬はクズ野郎だし……そこは弁えようぜって思うけど……女子から非難が出るのもわかるけど……だけどよ。男がこいつを非難するのは違うんじゃないかって思う!!」

「……!!」

「男からしたって気持ち悪いよ!! あと日向ちゃんも納得しない!!」

 

 緑川の言葉に納得しようとした日向を蛇崎はとがめる。

 

「そうかな……いや……」

「自信持って!」

「そうだとしても! おれはちょっと面白かったし……何よりなんかずるくない……!? 少しは考えたことあるだろ絶対に!! だから、おれは青馬の意志を持って戦う!」

 

 ぐにゃぐにゃと曲がりながらも緑川が強い意思をもって、指を指した。その姿は友を思う一人の戦士のように見える。

 

「勝負だ日向!!」

「自分に有利なヤツを選んでんじゃねぇよ!!」

 

 訂正、この場で少し弱そうな日向に向けてだった。




 ~歴史トリビア~
 清少納言は股間を丸出しにして女であることを証明したことがある。


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7史:C.E.C.

 お久しぶりです。ハレル家です。
 今回は日向キュンが抱える能力に迫ります……個人的に羨ましいですが、生きてくとなると大変難しく使い勝手が悪いです。


 橙色に染まる廊下を歩く全体的にくたびれている印象の男性--葉隠は自分が受け持つクラスの一部の生徒がいまだに帰って来ない事を聞き、まだ高校生成り立てだからはっちゃけたい気持ちを理解しつつ、それでも周囲に迷惑をかけないで欲しいとため息を一つ吐く。

 歩いていくと廊下側の窓から二人の青年が覗いていた。入学式初日に女子生徒にナンパしていたBクラスの二人だと思い出し、その後ろから教室の中の様子を見ると件の生徒が全員いた。

 

「……お前ら、まだ勝負が続いてたんか」

「げ、葉隠センセー」

 

 一人の生徒に放課後エントリー用紙をかけて戦う事を聞いたがまだ続いているとは思わず呟き、その呟きから明森が葉隠に気付いた。

 明森が嫌そうな表情をしたのは、おそらく入学式初日に多対一の際に一番有利なハズなのにボコボコにされた事を思い出したからだろう。

 

「いま、どの辺りだ?」

「緑川くんが日向くんと勝負しようとしてて、この勝敗で決まります」

 

 近くにいたクックルーをモフっている鍵宮に聞くと、どうやらファイナルラウンドに間に合ったようだ。

 

「え、えっと、何で勝負するんですか? 残ってるのは心しかありませんが……?」

「ふふふ……おれの勝負はわかりやすいぞ」

 

 突然の指名に戸惑う日向に緑川は怪しく笑いながら、勝負の内容を発表する。

 

「ジャンケンで先に五勝したやつが勝ちだ!」

「……なんか想像してたよりも平和そうだね~」

「てっきり机に片手をついて、広げた指と指の間をもう片方の手に持ったボールペンで往復するように刺していって、その早さを競うかと思いました」

「いや待つんだ!」

 

 緑川の提示した拍子抜けな反応を見せる桜井と空元だが、赤井が待ったをかけた。

 

「偉能ありのイカサマOKなジャンケンをする気だ!!」

「マジでか!?」

 

 赤井の言葉に驚くザックフォード。まさかの言葉に全員が緑川に目を向けると、本人は不適な笑みを見せて答えた。

 

「え、いや、それ……は……なぁ?」

「なぁ? じゃねーよ!!」

 

 目が泳ぎ、口が震えて図星だった事が一目瞭然な様子に蛇崎のツッコミが教室に響いた。

 

「お前、相手は偉能に目覚めてすらないのに勝負挑むとか汚いなーッ!!」

「一度でいいから日向の爪を煎じて飲め」

「べ、別に良いだろ!! これから偉能者相手に戦う訳だから!」

 

 明森とザックフォードの言葉に反論できない緑川が苦し紛れに言うも、彼に向けられる視線は変わらない。

 

「日向、別に勝負に乗る必要はねぇぜ? チキンレースを提案して、後ろからアイツを外に押し出せば勝利だ」

「お前も何を吹き込んでるの!? そしてお前の言う外は“線の外”だよな!? 決して“窓の外”じゃないよな!?」

 

 日向に囁くように言う田中の言葉に緑川は必死に問い詰めるが、田中は知らないリアクションをして惚けた。

 

「あの、やります」

 

 静かに手を挙げ、日向は戦う意思を見せる。

 

「別に乗る必要ないんだよー……」

「いえ、その、これなら、心配はないかなって……」

「……?」

 

 蛇崎の心配に日向は辿々しく答える。ふと、蛇崎は日向の言葉に違和感を覚える。

 

「は、早く始めようぜ!」

「あ、はい!!」

 

 緑川の声に日向が駆け寄る。その様子に緑川は内心ほくそ笑む。

 

 ……すでに、おれの偉業(ポヤイス)は発動してるぜ……

 

 “グレガー・マグレガー”

 巧みな話術や策略によって、存在しない嘘の国を売った史上最悪の詐欺師。

 まばゆいばかりのメダルと勲章を下げた1人のカリスマがロンドンに姿を現した。彼は『ポヤイス国の領主』を名乗り、土地を譲渡するという王から与えられた書面をちらつかせ、手放しの歓迎を受けた。

 これが得体の知れない男であったなら警戒されていたかもしれないが、グレガー・マグレガーは国外の激しい戦闘に派遣されて何度も死線をくぐり抜けてきたことで知られていた……いわば英雄だった。

 そんな人物が冒険の旅からロンドンに戻り、できたばかりの自分の国--ポヤイスに投資してくれる人間を探しているというのだ。

 グレガーの語る楽園のような環境であるポヤイスに民衆が耳を傾け、彼に投資を行う……それが富と名声と上流階級への仲間入りを強く望んでいたグレガーの嘘とは気付かずに……

 ポヤイス国にたどり着いた時には遅く、彼らの抱いた希望が音を立てて崩れていった……月日が経っても状況はまったく変わらなかった。町は1つとして見つからず、助けが来る様子はなく、病気が広がって少しずつ命が奪われた……幸運にも通りかかったイギリスの船に乗せてもらい、ロンドンへと帰る事ができたが……男女合わせて270人がポヤイス国へ旅立ったが、再び母国の土を踏むことができたのは50人に満たなかった。

 

 ……日向には悪いが、先手必勝だ……

 

 偉業である『虚栄の悪夢(ポヤイス)』はその逸話を元にしたもので、相手は自身が放つ言葉に対する『疑惑』を感じなくなる。

 単純ではあるが、話術や心理戦において強い部類の能力……幸いと言えば、緑川本人はこの能力の使い方を心理戦ぐらいしか使えないと思っている事と本人が心理戦に向いてないという事だろう。

 

「それじゃ、俺はグーを出すぜ……」

「……ハイ……フゥー……」

 

 早速自身の虚栄の悪夢(ポヤイス)で牽制する緑川。日向は返事をしてから集中を始める。

 

「……いや出す手を言えって……」

「まぁまぁ、人の自由だから別に言わなくて良いだろ」

 

 てっきり日向も言うと思ってた緑川は呟くも、田中に宥められる。

 

「「じゃーんけーん……ポイッ!」」

 

 かけ声と共に出たのは緑川のパーに対し、日向はチョキだった。

 

「ま、まぁ、最初だしな……パーを出すぜ」

 

 たまたま勝てたと判断した緑川は改めて宣言してジャンケンするも、緑川のグーに対して日向はパーを出して連勝する。

 

「緑川、二連勝されてるぞ!」

「ま、まぐれだろ……チョキを出す」

 

 青馬にヤジを飛ばされ、気を取り直してもう一度ジャンケンするが、緑川のチョキに対して日向はグーを出した。

 

「……あ、あれ?」

「緑川、さっさと偉業使わねぇとやられるぞ!」

「いや、俺はすでに使って……」

 

 青馬の声に戸惑いながら偉業を使用している事を答える。しかし、またしても緑川が負け、日向が勝った。

 

「な、なんでっ!? 偉業は使ってるのに全然効いてねぇ!? 無効化されてる感じはしないのにどうして……!?」

「ラストだよ~……」

 

 桜井の声に最後のジャンケンが始まり、慌てて出した緑川はパー、それに対して日向の出したのはチョキだった。

 

「なぁー!?」

「緑川ぁぁぁぁぁぁ!?」

「よっしゃ! やったな日向ちゃん……日向ちゃん?」

 

 まさかの完敗に嘆く緑川と青馬、その様子に安堵する桜井と田中、赤井と黄嶋の四人。日向が勝った事に喜ぶ蛇崎が声をかけるも、日向が反応しない事に首をかしげた。

 

「……」

「もう終わったから構えなくていいんだけど……日向ちゃん? おーい」

 

 いまだに固まる日向に蛇崎が声をかけるも反応しない。その様子を見てた葉隠が力強く手を叩いた。

 

「え、あ、あれ? も、もう終わりました?」

「日向ちゃんの勝ちだけど……あれ? 自分で気付いてない?」

「……なるほど。トリックはそういう事か」

 

 空気が響くというよりも爆発するような大きな音に驚き、いつものしどろもどろな日向に戻ったが、勝負の内容に気付かないぐらい集中してた様子に目を点にする蛇崎。その様子に葉隠が納得した表情になる。

 

「……日向、お前は物事に没頭しすぎて、周囲が見えなくなる事がある……違うか?」

「……な、何でそれを……」

 

 葉隠の言葉に自分しか知らない事を言われ、戸惑いを見せる。その様子に自身の予想が当たっていた事に葉隠は確信する。

 

「やはりC.E.C.か……」

「CEC? 完全解答を意味するアレ?」

「それはQ.E.D.」

 

 視界の端で青馬と田中の漫才モドキが始まり、葉隠は間違いを訂正しようとする。

 

「先天性集中力過剰……精神疾患の一種ですね」

 

 しかし、湊の言葉に知っていた事に感心しながらも続きを促す。

 

「脳の一部に何らかの欠損があり、前頭葉の持つ実行機能が制御できず、一つの事象に対する認知、判断、選択、精査が過度に行われた結果……一時的に身動きとれなくなってしまいます」

 

 ……なるほど。コイツが要領が悪かったのはそういう事か……

 

 ザックフォードは日向とのファーストコンタクトや今までの行動を振り返り、当てはまる事があることを思い出して納得する。

 

「それが何で俺の偉業が効かなかったんだよ」

「集中力を研ぎ澄まし、感覚の精度を上げ続ける。それは限りなく上がり続け……ついには、時間の流れがゆっくりになる」

 

 緑川の言葉に葉隠が答える。しかし、集中力が上がり続けた結果を聞き、クラスにいた全員は戸惑いを隠せず固まる。

 

「そのゆっくりとした世界では自分もゆっくりになるが、脳だけは加速しているから常に最適な行動を選択できる……おそらくだが、集中力の強さから緑川の言葉が聞こえず、相手の手がスローモーションで簡単にわかってたんだろ」

 

 葉隠の言葉に全員が日向にゆっくりと視線を向ける。その視線に耐えきれず、日向はおそるおそる首を縦に頷いた。

 

 ……気味悪がられるだろうなぁ……

 

「……な、なんだそれ!? チートだチート!!」

「お前、本当に偉能者じゃないよな!? 素で時間操作できるってヤバイだろ!!」

「今度は僕と勝負しましょう。もちろんジャン拳です」

「イントネーション怪しくなかった!? 空本の言うジャンケンって殴り合いじゃないよな!」

 

 自身の経験から気味悪がられると思っていた日向だが、全員が正反対のリアクションに目を点にした。

 

「……そ、そんな風に言われたのは、初めてです」

「お前の体質をここまでコントロールできるようにしたのは大した人間だ……一目会いたかったよ」

 

 戸惑う日向の頭を数回優しく触れながら、言葉にする葉隠。

 不思議と嫌ではない感覚に日向は少し照れるが、強い頭痛に襲われる。初めてクックルーと助けた時と同じ痛みに悶え、またしても視界がテレビの砂嵐のように荒れだした。

 

 

 

 --…………、………………--

 

 

 

 またしても人影が何かを喋っているが声は聞こえず、しかし今度は姿が少しだけ鮮明に映っており、女性のシルエットを最後に視界が元に戻っていく。

 

「お、おい日向!? 大丈夫かよ!」

「短時間とはいえ、脳を酷使したんだ。むしろデメリット無しで使えるハズがないだろ。冷たいヤツはないか? 飲み物でも構わん」

 

 心配する蛇崎に葉隠が落ち着かせる。湊から冷たいお茶を受け取り、日向に渡す。

 

「ダイジョブー?」

「……ありがとうございます」

「ピューイ!」

「とはいえ、これで決まりだね~」

 

 心配するクックルーを撫でる日向。モフモフと柔らかい毛の感触が手に伝わる。その様子を見て大丈夫と判断した桜井が空元にエントリー用紙を渡した。

 

「あ、それと青馬と緑川もあげよう」

「いらないよ!? そんな生まれた猫を譲るみたいに!」

 

 鍵宮のツッコミを最後にCクラスのエントリー用紙が埋まり、勝ち取った事に空元は満足げな表情を見せた。





 ~歴史トリビア~
 森鴎外が初孫につけた名前は『森マックス』。

 於菟の長男である初孫に「真章(まくす)=MAX」と命名。




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8史:蠢く影


 明日から、連休だよー!
 明日から、連休だよー!
 そんな私は仕事だよー!!(涙)


 大暦高等学校を卒業した偉能者(グレイトフル)は自身に目覚めた偉業(レコード)を活用できる職種に就く人が多い。

 戦闘能力が高い偉能者は警察や自衛隊等の警備や軍事に携わる仕事、回復や解毒が使える偉能者は医療に携わる仕事、意外にも芸術関係の偉能者は心理学に携わる者もいる。

 また、偉業とは関係ない仕事に就く者もいる……特に大暦高校は多くの偉能者を排出した故に例え刀鍛冶の偉能者が絵本作家に就いた人がいても可笑しくない。

 だが、簡単に要望通りの職種に就ける訳ではない。優秀な能力を持っていても実績や経験がなければ猫に小判、馬の耳に念仏、宝の持ち腐れである。

 学園長は柔軟に対応できるようにと学校行事に偉能者としても鍛えられる行事を取り入れ、ゴミ拾いから警備まで幅広い経験と実績を在学する三年の間に積む事が出来るのは学園長の長く生きた(コネ)が大きい。

 例に出すと『学年別代表トーナメント』である。一年生は力試しで自身の力を見せつけ、二年生は基礎を固めた実力の証明し、三年生は学んできた総ての全力を発揮し、それによりスカウトにアピールする事で夢に近付くチャンスの一つである。

 そして一年も例に漏れず、新入生オリエンテーションという名目で朝早くからバスに押し込まれ、目的地へ到着後に大きな木造の館の前で学園長によるスピーチを静かに聞いていた。

 正確には、後ろに生い茂る森が気になってちらほらと気にする者がいる。

 

「それでは、毎年恒例のオリエンテーションを始めます。質問のある方はおられますか?」

「あのー……清掃範囲はどこまででしょうか?」

 

 学園長のスピーチが終わり、眼鏡をかけたショートヘアの女性--(いぬい)梓希(あずき)が質問を受け付けると一人の女子生徒が静かに手を挙げた。

 列に並んでいたザックフォードは自身のすぐ近くにあった看板に視線を向ける。そこに書かれてあったのは--

 

「できる限り深い所までです」

 

 --ポップなゴシック体で『おいでよ富士の樹海』と書かれた看板だった。

 

 ……それ、死んで来いって言わない?

 

 一年全員の心境が偶然にも満場一致した気がする。不意に茂みが動く音を聞いたノベルティアが振り向くと、自身の身長が二倍ぐらいある大きな熊が仕留めたのかピクリとも動かない猪を口に咥えたまま、薄暗い木陰からこちらを見ていた姿を目にして、硬直した。

 

「必ず二人以上のグループを作り、学園特製のGPSを落とさないように行動するように! 孤立すれば間違いなく迷う! 万が一迷った場合はその場から動かずに先生達が迎えにいく明日の朝まで大人しく待つように! 余談だが俺は去年迷った!!」

「ハイハイ、雷先生の余談はここまでにして行動お願いしまーす」

 

 樹海の近くであっても黒のタンクトップを着用する見た目がゴリラのように濃い角刈りの男性--(いかずち)将平(しょうへい)の注意事項と余談を流し、生徒の全体の四割がやる気の無い声を出した。

 

「晩飯は地元の猟師達がジビエ料理を振る舞ってくれるそうじゃ。がんばるんじゃよー」

 

 学園長の言葉に生徒全員の目がまるで獲物を狙う肉食動物のように鋭く光輝いた。

 

『シャアアアアア! ヤンゾォオオオオ!!』

『一ヘクタールでも二ヘクタールでも来いやァァァ!!』

『我、森の主なりィィィィィ!!』

 

 女子とは思えない野太い声で叫ぶ女子生徒、何故か地面に向かってケンカ売る男子生徒、テンションのあまりプロレスラーよろしくに着ていたシャツを破り捨てる男子生徒等の半ば狂化している生徒もいるが、狙い通りにやる気を焚き付けた事に微笑む学園長。その様子を見ていた乾が感嘆する。

 

「……流石は学園長。見事な人心掌握です」

「ほっほっほ……年の功というヤツじゃ。それに嘘はついておらんからのう」

「地元の野菜が八割で肉がたった二割だという所を除けば、嘘はついてないな」

 

 今は興奮している生徒が真実を知った時にどんな表情になるのか怖くなった葉隠は考えることをやめて遠い目になる。

 

「それでは葉隠くん、乾さん。前日に伝えた通りお願い致します」

「はい」

「学園長は……」

「私はもしもの為の応援を要請、そして--」

 

 葉隠と乾に後を任せ、学園長は山の方に目を向ける。

 

「--山狩りじゃ」

 

 誰もいないハズの山を、学園長は鋭く睨み付けている。

 

 

□--■□■--□

 

 

「……こちらHC。応答願う」

『おう、どうした? もう標的を捕獲したのか?』

「逆だ。要注意人物の学園長がこちらに気付いて警戒している」

『ハァ!? 五キロも離れているのにか!?』

「俺を雇用する前に言っただろ。学園長(ヤツ)は普通の偉能者(グレイトフル)じゃない……【九偉人】の一人と大暴れした怪物だ」

『でもよぉ……その怪物を騙せば、お宝が目の前じゃねぇか。夢があるだろなぁオイ!』

「……とにかく、俺はこのまま囮になりながらヤツから離れる。お前達はプランBに移行した方が良い」

『あれをやると疲れるんだよなぁ』

「あの怪物と戦うよりマシだ。健闘を祈る……はぁ……割に合わないな」

 

 

□--■□■--□

 

 

「あ、こんな所にもあった」

「大量だな……げ、遺書っぽいの見つけちまった」

「見なかった事にしようぜ」

 

 学園長が去っていった後、自由にグループを組んでいく中でオロオロしていた日向は蛇崎に誘われ、ついでに女子と組めなくてガッカリしていた明森とともに富士の樹海でゴミ拾いを行っていた。

 

「……あの、お二人はどうしてこの学校に来たんですか?」

 

 日向は道中に見つけた赤と黄色の派手な色合いの怪しい缶詰をゴミ袋にいれ、二人に話しかけた。

 

「……ん? 急にどうしたのさ?」

「……日向ちゃん……俺は気にしてないけど……」

 

 明森は疑問符を浮かべるが、蛇崎は心当たりがあるのか日向を心配そうな視線を向ける。

 

「わかってます。それでも、聞きたくて……あ、その、深い事情があるなら言わなくても……」

 

 後から人によっては踏み込んではいけない内容ではと考え、慌てて撤回しようとしたら明森の口が開いた。

 

「……俺さ、女にモテたいんだよ」

 

 沈黙。

 まさかの欲求に予想できなかった日向は固まり、蛇崎も予想できてたとはいえ言うとは思わなかったのか硬直する。

 

「……」

「……」

「あ、正確には人目を気にせずイチャ&アイしたいのよ」

「チャ○&ア○カみたいに言うなよ」

 

 某有名な音楽ユニットのグループ名みたいに言う明森にツッコミをいれる蛇崎。日向はいまだに固まっている。

 

「俺ってばマスクとサングラスしないと女子から怖がられるんだよね……恐怖心誘発体質……だっけかな? まぁ、すっごく嫌なお話、顔を見せただけで女の子に嫌われちゃうんだよねぇ……お陰で彼女も作れないぜHAHAHA!」

 

 軽薄にいや、軽快に自虐する明森はアメリカン風にボケて笑う。しかし、サングラス越しに見える目には強い意思が映っていた。

 

「……だから、偉能研究者となって人為的に衝動を克服する方法を探し出す……というか女性に嫌われる体質を治さないと彼女を作れないじゃねぇか!」

 

 最後には照れながらも大声で言う明森。動機はともかく抱いた夢は立派なモノで二人は呆然としていた。

 

「……」

「なんか言えってば! 滑った感じになるじゃん!」

「……えぇ!? モテたい為に偉能者になったのですか!?」

「そこぉ!? そこなの日向!? もうすでに終わってるのに聞くの!?」

「……悪い。青馬ちゃん並にゲスな理由かなと思ったら、意外にしっかりしてて驚いた」

「酷くね!?」

 

 二人に言いたい放題言われて拗ねる明森だが、二人が明森の夢について否定していない事に気付けなかった。

 

「オレちゃんは薬学を極め、万病を治す万能薬を生み出す事だ……なんか明森と似てるような感じだな……キハハハッ」

「あんまイジると泣くぞ。年甲斐もなく樹海に響き渡る勢いで泣くぞ」

「どんな脅しだよ」

「ヒュウチャーン」

 

 未だに拗ねる明森に苦笑する蛇崎。日向は自分には無い夢を抱く二人が眩しく見える……偉業も夢もない自分に少しだけ落ち込んでいるとクックルーの声が聞こえ、顔を向けて頬が引きつった。

 何故なら、自身の知っているクックルーではなかった。

 頭部から下はいつもと同じクックルーの身体だったが、頭部が違った。

 黒曜石のような黒い瞳、頭部全体を覆うトカゲやワニを彷彿させる爬虫類のような黄土色の鱗、口から覗く白い歯、頸部に舌骨で支えられた襞襟状の皮膚飾り--

 

「ピューイ!!」

 

 --端的に言うとエリマキトカゲのマスクを装着したクックルーがそこにいた。

 クックルーが喋るとマスクのエリマキが広がり、エリマキトカゲが威嚇しているように見える……ただクックルーが着けると頭部が爬虫類で身体が鳥類の未確認生物のような姿になってしまっている。

 

「え、えぇぇえぇえぇ!? どうしたんですかソレ!?」

「ヒロッター!」

「……クックルーは鍵宮ちゃんとノベルティアちゃんと一緒だったろ? あの二人どうしたんだよ?」

 

 予想だにしない姿に驚く日向に答えるクックルー。クックルーが答える度にマスクの襞襟状の皮膚飾りが広がってシュールな光景が生まれている。

 その様子に呆れながらも蛇崎はペアだった女子二人の事を尋ねた。

 

「エットネ、カギミントノベチャン、コイバナガハジマッタカラヒマデハナレタ!」

「……あぁ……」

 

 クックルーの言葉に蛇崎は主にノベルティアが鍵宮にコイバナを持ちかけ、少なからず持続ダメージを受ける様子が容易に想像できた。

 

「アトネアトネ、トガミントテンチャンカラ、キャラメルモラッタリ、モッサントウイチャンニタカイタカイシテモラッタリ、トカゲノマスクヒロッテ、ジュンジュンハミナチャンニデレデレデ、ザックントカワッツーニデアッテ、ソシテサンニンヲミツケター!」

 

 要約すると、『十神と加賀天馬がキャラメルをくれて、空元と宇井に高い高いしてもらい、その最中でエリマキトカゲのマスクを拾い、それを着けたまま歩いていたら八雲が湊に夢中だったのでスルーし、ザックフォードと河津のペアに出会い、最後に三人に出会った』ようだ。

 余談ではあるが、空元と宇井にクックルーは高い高いしてもらったが、本当にクックルーと一緒に空を飛ぶ『高い高い』であった事は日向達にとって知るよしもなかった。

 

「……楽しかったですか?」

「ピューイ!!」

 

 日向の質問に喜んで答えるクックルー。マスクを取った表情には、予想通りの笑顔を浮かべていた。

 

「さて、そろそろ昼飯だから撤退するか」

「だな。戻るぞ日向、クックルー」

「あ、はい!」

 

 もうすぐ昼時になることを時計で確認した蛇崎と明森が一人と一匹に声をかける。日向は返事を返し、クックルーにも声をかけようとする。

 

「ヒュウチャーン、アレナニー?」

「……アレ……?」

 

 しかし、声をかける前にクックルーが日向に質問を投げた。突然の事に疑問を浮かべながらも日向とそれを聞いていた明森と蛇崎の二人も前を見る。

 

「……なんだ……アレ……?」

「……透明な、玉?」

 

 そこには、見た目がシャボン玉みたいな透明の大きな玉が浮かんでいた。大きさは小型車程のシャボン玉がフワフワと日向達の目の前に宙を漂っていた。

 見たこともないモノに戸惑う日向と蛇崎、見つめるクックルー、目の前の存在に目を奪われていたが、不意に明森の背筋に冷たいモノが走った。

 それは、罪人の偉能者(グレイトフル)故の直感か?

 それは、彼が持っていた危機察知能力のお陰か?

 それは、ジャック・ザ・リッパーの本能か?

 いずれにしろ。目の前の謎の存在に対して明森が感じた勘は--

 

「今すぐ走って逃げるぞ!!」

 

 --二人と一匹の時間を延ばした。

 弾かれるように透明の玉を背に走り出した三人と一匹。遅れて透明の玉が動き出し、見た目に反して速い透明の玉は先に逃げた日向達を簡単に追い付き始めた。

 

「追い付かれます!」

「ピューイ!!」

「くぅ……ゴメン蛇崎!」

「え……うぉ!?」

「ピューイ!?」

「クックル」

 

 大玉との距離が目と鼻の先になってしまい、明森は苦し紛れに蛇崎を横の茂みに押し飛ばし、クックルーが石に躓いて横の茂みに転けた。日向がクックルーに手を伸ばそうとした直後に大玉が日向と明森を飲み込んで空高く昇っていった。

 

「ダイジョブー?」

「痛たたた……日向ちゃん! 明森ちゃん!」

 

 蛇崎に近付いて声をかけるクックルー。蛇崎は日向と明森を飲み込んだ大玉に目を向けると大玉はそのまま来た道を戻っていき、別方向から来た複数の大玉と融合して大きなドーム状の物体が完成した。

 

「……なんだよ……これ……」

「……ピューイ……」

 

 蛇崎とクックルーはそのドームの前で呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

 

.




 ~歴史トリビア~
 四条天皇は自分で仕掛けた滑る床で侍女達を驚かせようとしたが誤って自ら滑って転び、頭を打ってそのまま自身の生涯に幕を下ろした。


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9史:目覚め

 今回は知らない用語が出てきますが、その場で説明されます……日向キュンは便利ですね。

 それとおかわり頂けるだろうか……この小説はコメディが含まれている事を……


 一度でも踏み出せば、無事に生きて帰る事は難しい富士の樹海。

 人類未踏と言える生命の息吹が生い茂る大自然の樹海に不自然なドーム状の大きな立体が(そび)え立っていた。

 蛇崎は自身の代わりに呑み込まれた明森と日向を助けようと考えるが、どれも無理のある案で()す術なく立ち尽くしていた。

 

「蛇崎! 無事か!」

 

 後ろから声が聞こえ、振り向くとゴリラ……いや、顔が濃い教職員の(いかずち)が蛇崎を心配して駆け寄ってきた。

 

「雷先生!」

「……お前だけか……他のヤツとは……」

 

 雷が周囲をみる。その様子に蛇崎は暗い表情で答えた。

 

「……明森ちゃんと日向ちゃんが……」

「ピューイ……」

「……そうか……辛い事を思い出させてすまない」

 

 暗い表情の蛇崎とクックルーの肩を優しく手を置き、同じ目線で語る為にしゃがんだ。

 

「一度、館の前に戻ろう。態勢を立て直す必要がある」

 

 雷の言葉に蛇崎は異議を唱えようと顔を上げた。

 

「でも、二人は……!」

「安心しろ。これは珍しい【世界侵食系】の偉業だ……対象を自身に有利なステージに引きずり込むが、ここまで大きいと目的は戦闘より捕獲のハズだ」

「……捕獲……誰か狙われているんすか?」

 

 蛇崎が質問すると、雷は少しだけ表情を曇らせるがすぐに元に戻って蛇崎を励ます。

 

「そう心配そうにするな。お前の知る二人は簡単に捕まるようなヤツじゃないだろ……信じてやれ」

「……はい」

 

 雷の言葉に少しだけ前向きになる蛇崎。そんな蛇崎の後ろでドームを睨む雷。

 

 ……捕獲という事は、ヤツらの狙いは……

 

 心当たりがあるのか表情を曇らせながらも蛇崎とクックルーにバレないように館へと誘導していった。

 

 

□--■□■--□

 

 

 □日向 歩

 

 

 自分が夢の中にいることはすぐにわかった。

 

 格好は透明な大玉に呑み込まれる前のままであるものの、全体的に“もやもや”としており、感覚は明晰夢に近い。

 しかしそうでありながら、周囲の様子や自分の状態は自然とよく分かる。

 

 例えば……目の前で“制服を着た自分”が走っている様もよく見える。

 

「これは……一体?」

 

 この夢が、過去を映しているかもしれない(・ ・ ・ ・ ・ ・)

 時期も分かる。

 自分が中学校の頃に弟が家出し、いなくなった弟を捜して数日経った日の記憶だ。

 何故、断定できないのかと言うと、自分の記憶はここから先を覚えていないからだ……いや、正確には『途切れて』いる。

 まるで録画した映像の上から別の映像で塗り潰したように、続いていた記憶が急に変わった違和感がある記憶だからだ。

 だから、自分はこの先を知らない……自分が思い出せない記憶の先がわかるかもしれない。

 

 ジャージの姿をした自分が、中学生の頃の自分の後について行っている第三者が見ればシュールな絵になっている。

 

『…………』

 

 さらに言えば自分の隣には見知らぬ何かがいた。

 その何かは一言で表せばシルエットだった。

 まるで型抜きしたクッキー生地のように日常風景の中にぽっかりと人型のシルエットが浮かんでいる。

 色は全身が余すことなく赤と黒が入り混じっており、全体的に禍々しい印象である。

 誰がどう見てもおかしな光景だったことも、自分がこれを夢だと判断した理由だ。

 夢でもなければこんな世にも奇妙な光景はないだろう。

 

『…………』

「……えと、あなたは何でここに?」

『さ、い、げ、ん』

 

 ……再現?

 

 辿々しい言動から出てきた言葉に首を傾げると、その様子にシルエットはさらに答えた。

 

『こ、れ、は、お、ま、え、の、た、い、せ、つ、な、き、お、く、……わ、け、あ、っ、て、ふ、た、さ、れ、た、き、お、く』

 

 ……いま『訳あってフタされた記憶』って言わなかったか?

 

「訳って、なんですか?」

『……そ、れ、は、言え、ない』

 

 質問すると、シルエットは首を横に振った……その際に目も顔もわからないハズなのにどこか悲しそうに見えた。

 

『目覚め、る、に、は、キッカケが、必要……それ、は、自力、じゃな、いと、ダメ』

 

 片言だけど段々会話が上手くなってきてる……そしておかしな事に少しずつ胸に温かくなってくる感覚を感じた。

 

『おい、大丈夫か少年?』

 

 ……え……?

 

 声が、聞こえた。

 後ろから、聞こえた声に一瞬だけ頭の中が白くなった。

 

 自分は、この声を、知っている(・・・・・)

 

 おそるおそる、後ろに首を動かす。

 鼓動が全身に鳴り響いて、耳鳴りがする。

 声の主の姿を目に焼き付こうと呼吸を忘れ、瞳を限界まで開く。

 

 そして、その姿を、自分は目にした。

 

『随分、参ってるね。良ければ力になるよ』

 

 幼い子供に言い聞かせるような優しい声色の主は--

 

 --先ず下半身の男性固有のデリケートエリアに相当する部分に白鳥ヘッドが自己主張激しくそびえ立つ。白鳥に持ち上げられてめくれ上がり、風に翻るのは柔らかな印象を与えるシフォンスカート。

 

 丸見えになっていて意味の無い絶対領域を強調する様に濃いピンク色のニーソックスを身に付けた足元で一歩足を踏み出す毎に某日曜日の夕方に放送される日常アニメに登場する両親の子供のようなキュピキュピと愛らしい音を鳴らすのは、可愛らしくデフォルメされたひよこスリッパ。

 

 上半身はセーラーカラーと呼ばれる独特の形状をした大きな襟が特徴のトップスであるセーラー服。胸元にオシャレな一点として目立つ大きな赤いリボンが白鳥ヘッドと共に風に揺れている。

 

 頭部は赤く大きな林檎である。

 赤く大きな果物の林檎である。

 それ以上もそれ以下もなく、果物の林檎の被り物を着けていた。

 

 どう控えめに表現しても史上最大の未確認生命体(へ ん た い)が其処に居た。

 

 しばらく硬直したら、全身の力が一気に抜けて意識が遠退いていく。

 それでも言いたかった事を言おうとして、意識が暗転した。

 

 

□--■□■--□

 

 

「変態だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 突然、叫びながら起きた日向。その行動に近くにいた一人は驚きを示すも、元の様子に戻る。

 

「……目が覚めたかい?」

「むにゃむにゃ……追っかけてごらんさぁ~」

「……え、あれ!? ここはイッ!?」

 

 日向の近くにいたのは先端に行くにつれて金色になる白髪のボブカット、緑と青のオッドアイ、三種類あるステッキの内のユニコーンを模したグリップのステッキを手に不敵で余裕そうな笑みを浮かべているフレデリック・エインズワースだった。

 日向は困惑していると頭痛に襲われて米神(こめかみ)を押さえ、そのすぐ側には一緒に呑まれた明森が寝言を言っている。

 

「探索していたら倒れている君達を見つけてね。ゴミ袋がクッションになったとはいえ、無理に体を動かさない方が良い」

「……何故だろう……思い出さなきゃいけないのに思い出したくない……」

「やっほーい……あれ? ココドコ……美女は!? 俺を高速ブリッジで追いかけてたセクシー水着美女集団は!?」

「それはセクシーというよりホラーだろ」

 

 エインズワースの言葉に状況を把握し、冷静になった日向。寝ぼけながら目を覚ました明森に先程と同じ説明をして今の状況を理解した。

 幸運にも自分達がいる場所が谷であり、全体を見渡すことができた。富士の樹海に劣らない森や川が流れているが、空さえも覆い隠すドーム状の壁が周囲に張り巡らしている。すぐ近くの崖を覗くと谷底までの深さから日向達はそれなりの高い場所にいて、谷底には川が流れている事がわかった。

 

「……どこだよここ……富士の樹海じゃないだろ」

「恐らくだが、ここは【世界侵食系】の偉業の空間じゃないか?」

「……【世界侵食系】?」

 

 未知の世界に呆然する明森にエインズワースは自身の仮説を答えると、ゴミ袋を持った日向が疑問の声をあげる。

 

「授業で例外を除いた三つの偉能者について聞いたよね?」

 

 エインズワースは指を三本立てて二人に確認すると、日向と明森は首を縦に頷いた。

 

「【世界侵食系】はその三つに該当しない。(ある)いは複合型と言われている偉業(レコード)だ……能力は対象を自身に有利なステージに引きずり込む」

 

 エインズワースの説明に目を点にする日向。

 

「そんな偉業があるのかよ」

「知らないのも無理はない。目撃例が少なく、判明できる使用者はシモ・ヘイヘと【九偉人】の内の二、三人だけらしいからね」

「あの、【九偉人】ってなんですか?」

 

 ほぼ無敵に近い能力に呆れる明森だが、言外に目覚めるのは極めて(まれ)だと補足するエインズワース。日向は聞き慣れない言葉に疑問を投げた。

 

「【九偉人】というのは偉能者(グレイトフル)が溢れていた昔の時代に存在し、表社会でも裏社会でも世の中の調律を行った者達で『偉能者(グレイト)の中の(・ オブ ・)偉能者(グレイトフル)』と言われる程に強力だった九人に授けられた異名だよ」

 

 自身の知らない言葉に驚きと同時に上機嫌になる日向。自身の目覚めていない偉業(レコード)がもし強力なモノなら、誰かの力になれると前向きに考える。

 

「しっかし、ここまで広いとなると相手はヤバくないか?」

「いや、本来は一対一(ワンマン)を想定した空間だが、ここまで広いとなると捕獲だな。うん、捕獲を想定したやり方だね」

「捕獲? それなら狭い空間の方が向いてるんじゃないのか?」

「確かに捕まえやすいが、間違って別の人物を引きずり込んだ場合は逆に追い詰められるリスクがある……うん、だから大人数を巻き込んでしまうリスクを背負って広い空間に引きずり込んだとボクは思うね」

「ヒュー、流石(さっすが)エインズワースだぜ。頼りになる女顔なイッケメーン!」

「キミ、表に出ろよ」

 

 エインズワースと明森の話し合いの邪魔しないように拾ったゴミの分別でもしようと考える日向だが、不意に視界の隅に何かが光を反射したように見えた。

 

「話戻るけどよ、捕獲って誰が狙われたんだ……?」

「……そうだね……ボクが予想すると恐らく--」

 

 目を凝らして見ようとする日向。遠くであまりわからないが、段々目のピントが合わさり全体が見えるようになるとそれは--

 

「二人とも! そこから離れてください!!」

「……日向くん?」

 

 --こちらを狙う大砲に見えた。

 

「やっべ……!!」

 

 日向の声に遅れて透明の大玉を見つけた際に起きた悪寒を明森は再び感じ、その場から離れようとした瞬間、轟音と同時に地面を揺るがす衝撃に襲われて崖の近くにいた彼らの足場が崩れた。

 

「わぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 そのまま日向達は谷底の流れる川に落ちていった。日向達の足場を崩壊させた人物は身の丈もある大きな大砲を地面に降ろして一息ついた。

 

「やれやれ……気付かれましたが、あの高さから落ちれば問題ないでしょう。それに川の流れも激しく、万が一に生還したとしても……えぇ……救済するだけです」

 

 その顔に狂気を孕んだ笑みを浮かべ、その人物は谷から離れていった。

 

 

□--■□■--□

 

 

「ここから川の流れが早くなってるな……あまり川に近付かないようにしよう」

「う、うん。そうだね」

 

 川が流れる渓流にて、久楽と鍵宮は道中に出会った湊と八雲、田中の三人に遭遇して川の近くを探索していた。

 久楽は緊張している鍵宮の様子に申し訳ない声色で謝罪した。

 

「……ごめんね。助けようと庇ったけど、結局は巻き添えになってしまって……」

「だ、大丈夫! 最初は不安だったけど、湊ちゃんや八雲くんと田中くんに出会ったから問題ないよ! 久楽くんは悪くないよ!」

「……ありがとう……」

 

 謝る久楽に鍵宮は慌てて励まし、その様子に久楽は元気付けられたのか小さく感謝を呟いた。

 ふと、何かの声が聞こえ、久楽は川上の方に視線を向ける。

 

「……鍵宮さん、静かに」

「ど、どうしたの?」

「……何か聞こえる」

 

 静かにするように促し、久楽の言う通りに鍵宮も耳を澄ますと川上から何かの声が聞こえる。

 

「……本当だ。少しずつ大きくなってる」

「鍵宮さんはボクの後ろに……戦闘になるかもしれない」

 

 鍵宮に自身の後ろへ隠れるように久楽は言うと、心配する表情で久楽を見る鍵宮。その表情に久楽は笑顔で答えた。

 

「……大丈夫! これでも爺ちゃんに鍛えられているから!」

 

 その一言を言い、久楽は深呼吸して構える。その所作から武術経験は浅くないことがわかる。緊迫する空気の中で少しずつ川上から声が大きくなってくる。

 

「……来る」

 

 その言葉を最後に、声の主が現れた。

 

「いしやぁぁぁきぃぃぃぃいぃぃぃもぉぉぉぉ!!」

「!?」

「!?」

 

 大きめの流木にサーファーよろしく体を横にして川下りする明森が久楽と鍵宮の前に現れた。

 予想だにしない登場に久楽と鍵宮は硬直したまま明森を見ることしかできず、明森そんな二人を見つめ、そのまま下流へと流れていく。

 

「……やぁぁぁきぃぃいぃぃぃもぉぉぉ……」

 

 どういう理由かは不明だが、明森は二人に対してどこか怨めしい声色でそのまま流れていった。

 

「……なに、いまの?」

「……さぁ……?」

 

 あの様子だと下流を捜索している八雲達に遭遇するし、降りれるだろうと判断する久楽の耳に声が聞こえた。

 

「……れ……か……れか……誰かー! いませんか!!」

 

 急いで声のする方向に走る。助けを求めていたのは日向だった。彼は岸の向かい側の崖に生えていた小さな木を掴み、溺れないようにゴミ袋を浮き輪の代わりに利用し、エインズワースを仰向けにしていた。

 

「歩! 無事か!!」

「久楽くん! 鍵宮さんも!」

「さっき明森くん流れて行ったけど、大丈夫?」

「自分は大丈夫です……けれど、エインズワースくんが気を失ってて、水を飲んでしまったのか、体が柔らかくて……うわ!!」

 

 掴んでいた小さな木の根が抜け、流され始めた日向。エインズワースは川に落ちた際に頭部に岩が当たってしまったのか気を失って行動できない。

 

「日向くん! エインズワースくん!」

「……ッ!!」

 

 そのまま流されると思いきや、突然日向達の進路を遮るかのように大木(たいぼく)が川に倒れてきた。

 

「……プハッ!?」

 

 急に倒れた大木は日向とエインズワースをこれ以上流されないように受け止め、日向はエインズワースに気を使いながら久楽と鍵宮がいる岸へ上がった。

 

「急いで引き上げて!」

「わかった!」

 

 エインズワースを鍵宮に預け、日向は差し出された久楽の手を受け取って岸に上がった。

 

「……はぁ……ありがとうございます」

「歩も透明な大玉に呑み込まれて?」

「……え……」

 

 状況を確認する為に久楽は日向に質問する。しかし、その側で鍵宮はエインズワースに驚きを示した。

 

「は、はい。エインズワースくんが言うには、世界侵食系の偉業(レコード)が影響してるって」

「世界侵食系……爺ちゃんから聞いたことがある」

「……ちょっと……」

 

 鍵宮の声が聞こえず、日向と久楽は状況の照らし合わせで話し合いを始めた。

 

「あの壁、鍵宮さんの偉業(レコード)で開けませんか?」

「やって貰ったけど、できなかった。恐らくだけど何か特別なルートか使用者を直接倒さないと元に戻らない条件が--」

「……ねぇ……二人とも!!」

 

 鍵宮が大声で二人を呼び、日向と久楽はようやく呼ばれていた事に気付いた。

 

「どうしたの!」

「なにかありましたか!!」

「……うん……大変な事が起きちゃった……」

 

 鍵宮がブリキのようにギギギ、と首を動かし、二人はエインズワースの異変を確認する。

 

「……え……」

 

 見た瞬間、硬直した。それは自分達が考えたモノよりも予想外だったからだ。

 ジャージが開いているのは鍵宮がエインズワースの心音と脈を確認するためなのだろう。学校がオリエンテーションの際に指定していた白いシャツも問題ない……だが、水に濡れてしまったのか透けている。

 女性用のブラジャーが透けてしまっている。

 これが女性用下着を集めて着るのが好きという理由ならただの変態で話が終わるが、エインズワースはそんな変態的趣味は無い。

 彼……いや、彼女の胸は女性特有の膨らみがあるからだ。

 水に濡れた美女がそこにいるのだ。

 

「……女性……女性!?」

 

 予想だにしない事実に大声で戸惑う日向。その声の大きさでエインズワースが目覚めようとしている事を三人はまだ知らない。

 そして、自身の男装がバレている状況で目覚める事をエインズワースも知らない。

 

 

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 今回のサブタイトルは主人公である日向が少しずつ目覚めていくと、隠された事実の発覚のダブルミーニングです。


 ~歴史トリビア~
 
 童話『3匹の子ぶた』は元々襲ってきた狼を子ぶたが食べる話だった。

 現在のようなお話になったのはディズニーが『3匹の子ぶた』のアニメを作った時で、それが世界中に広まってから。
 また、藁・木・レンガと建材が異なった理由はそれぞれの子ぶたにそれぞれの建材を持った男が通り過ぎたからであり、『藁・木の子ぶたは運が悪く、レンガの子ぶたは運が良かっただけ』と捉えられる話になっていた。

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第10史:嵐の静けさ

 オッス遅れてごめん(挨拶)。
 現在、活動報告で参加者を募集しています。
 締め切りは月曜日が火曜日になる直前までお待ちしています。

 まぁ、正直な話で連載を悩んでいます。
 理由? 見たらわかるさ…………


 

 流れの激しい川の近くで数人の人影が見える。近くの木には濡れた服が吊るされ、その側に焚き火がそよ風に吹かれ揺れている。

 乾かす為に服を吊るした木から離れていない場所で険悪な雰囲気が流れていた。

 

「え、えっと……その……」

「……」

「……」

 

 言い淀む鍵宮、なんとか思い出そうとする久楽、目の前の人物を直視できないのか視線をそらす日向、三者三様の様子を見せるが、三人の共通点は目の前の人物に関係する。

 

「……」

 

 大きめの岩の上に座り、三人に無言の圧力を与えるエインズワース。しかし彼の……いな、彼女(・・)の胸にはサラシが巻かれている。

 そう、エインズワースは男性ではなく、女性だった。

 目を覚ましたエインズワースはゆっくりと周囲の状況を理解し、無駄の無い動きで火を起こして、服が乾くまでの間に三人に座るよう指示し、三人の目の前で腰を下ろした。

 そして、今に至る。最初は平然とした様子の彼女に戸惑っていたが、次第に不機嫌になっていく様子に焦っていた。

 なお、三人は三時間と長く感じていたが、実際は三十八分しか経っていない。

 

「……私が怒っている理由を言ってみたまえ」

 

 もはや隠す様子もなく、さらしと下着姿のエインズワースは堂々としている。逆にその様子がどこぞのマフィアのような威厳が滲み出ているのは余談である。

 

「……女性である事がバレてしまったから……ですか?」

「……はぁ……」

 

 ……そんな養豚場の豚を見るような目で……!?

 

 おそるおそる手を挙げて答える鍵宮。しかし、的はずれな解答だったのかエインズワースは一つため息を溢して一瞥する。

 視線に込められた辛辣なメッセージに鍵宮はショックを受ける。

 

「……あ、アレですよね! アレ!!」

 

 ……言ってみろ。

 

「……すいませんでした」

 

 久楽が引きつった笑みのまま本人から引き出そうとするも、言葉よりも雄弁な視線に折れた。

 

「そ、その、事故とはいえ、エインズワースさんの身体を触ってしまった事でしょうか?」

「論外」

「論外!?」

「全然違うから手を動かして形を作るな」

 

 日向は一番心当たりがある行動を思い出し、おそるおそる解答するも、全く違う解答にショックを隠せない。さらにジェスチャーを含めたのが間違いだったのかエインズワースの眉間のシワが深くなる。

 答えが全くわからずに必死に考える三人。そんな様子を見たエインズワースはため息を溢して三人に答えた。

 

「……はぁ……誤解してるようだが、私は女性である事をバレたから怒っているんじゃない」

『え!? 嘘だ!!』

「…………」

『申し訳ありませんでした』

 

 エインズワースの言葉に反射で答えた三人。完全に怒っていた様子だったのか信じられない反応を見せるも、不機嫌になっていく彼女の姿に謝罪する。

 

「私が女性である事を隠しているのは、いつかバレると思っていた……それが早くなっただけで怒らない」

 

 岩の上から降り、焚き火の熱で服が乾いているか触るエインズワース。その姿に三人は黙って見つめる。

 

「私が怒っているのは、私が女だとわかってあたふたしている君達の態度に怒ったんだ。その慌てようで誰かに遭遇でもするなら、私の隠している事に感付かれるからだ」

 

 ジャージはまだだが、シャツが乾いている事を確認すると、彼女はシャツを着て、少し生乾きのジャージを羽織った。

 

「……だから、私が女性である事を口外せず秘密にし、いつも通り接してくれれば構わない」

 

 一通り言い終わったのか、いつものエインズワースに戻ったと察した三人は安堵し、謝罪をした。

 

「……すまない。エインズワースさん」

「なに、これから気を付けてくれれば良いだけさ」

「今度、買い物に付き合ってくれないかなエインズワースさ、くん」

「……まぁ、良いだろう」

「エインズワースさんと呼んで良いですか?」

「ダメだ」

「なんでですか!?」

 

 何故か日向の意見を却下した彼女に日向は驚く。

 

「タイミングが不自然だ。呼ぶなら、もう少し月日が経った方が良い」

「えぇ……なんか、自分だけ拒否されている感じでイヤです……」

「イヤと言われても、意見は変わらない……それとも、私が女性だから言いにくいのかい?」

「いえ、大人っぽい対応でしたので、今までの同年代の呼び方だと少し違和感を感じました」

「君と私は同い年だろ」

 

 あーでもないこーでもないと意見を言い合う二人に久楽は折衷案を二人に提示した。

 

「まぁまぁ、このままだと意見は平行線のままだし、ジャンケンで決めたらどうかな?」

「それなら文句はありません」

「ボクも文句はない。一回勝負で良いね?」

「はい……フゥ……」

「え!? 流石にそれは……」

 

 CECを使う日向にやり過ぎだと感じた鍵宮が待ったをかけるも、勝負の火蓋は既に切られていた。 

 

「「ジャーンケーン、ポン!!」」

 

 勢いよく出す日向とエインズワース。日向はチョキを出しており、対するエインズワースは……グーを出していた。

 

「……え……!?」

 

 日向が勝つと思っていた鍵宮は意外な結果に驚くも、それ以上に日向は驚きのあまり困惑していた。

 

 ……CECを使ったハズなのに、負けた……!?

 

 一度発動すれば負け無しの集中力が負けた事に動揺し、集中が解けた日向。

 

 ……集中力が足りなかったのか? いや、充分に集中していた……なんで……

 

「わからないって顔だね」

 

 困惑していた日向にエインズワースは声をかける。声に反応して顔を向けると、エインズワースはニヒルな笑みを見せた。

 

「君のCECは強力だ。聞きしに勝る集中力だよ。うん、誇ってもいい」

 

 彼の刹那の健闘に拍手を送るエインズワース。そして、真剣な表情で言葉を続けた。

 

「だが、それは君が持つ能力であって偉能者(グレイトフル)が使う偉業(レコード)ではない。それなりの相手には通用するが、私のような相手には難しいよ」

 

 その言葉に日向は反論できなかった。返す言葉が思い浮かばず、沼のように自身へ沈んでいく事実を受け入れるしかなかった。

 

「おーい、お前ら大丈夫かー?」

「さて、行くとしよう」

 

 向こうから田中と明森手を振りながら近付いてくる。日向も遅れて鍵宮と久楽の後を追う。

 心なしか、歩みが重いのは気のせいだと思いたい。

 

 

□--■□■--□

 

 

 富士の樹海の前にある邸。

 普段ならば男子の枕投げ大会や女子の恋バナで騒がしいハズの邸だが、重苦しくピリピリとした空気が蔓延している。

 開校して大規模な騒動は起こらなかった。強いて言うなら十年前の『教師陣VS男子連合による(文字通りの意味で)血で血を洗う女子風呂突撃騒動』に比べれば謹慎または停学処分で済むが、今回はそんな風に終われない騒動である事が教師陣の表情や纏う空気で察することができる。

 そして、一部を除く生徒達も教師から単独行動を禁じられ、数人で部屋に待機するように言われている。

 とある一室にて沈黙する生徒達。するとコンコン、と外から窓をノックする音が鳴った。ノベルティアが静かに窓に近付き、ノックする。

 

「デスソースを片手に一杯」

「ボナペティ」

「よし、二人だ。開けるから待ってろ」

 

 合言葉を確認すると蛇崎が窓のロックを解除する。そして空元と宇井が窓から素早く入って開けた窓を閉めて鍵をかけた。

 

「お帰り、どうだった?」

 

 ノベルティアの言葉に空元は首を横に振り、宇井は申し訳なさそうな表情になる。

 

「……そっか……」

「うんともすんともしないわ。なんなのかしら、あの壁」

 

 その答えにノベルティアは落ち込み、宇井は自分達が調べにいった壁について悪態を言う。

 

「……世界侵食系の偉業らしい」

「世界侵食系?」

「あ、あれがか!?」

 

 蛇崎の言葉にザックフォードは聞き慣れない言葉に首をかしげ、十神はその言葉に驚いた。

 

「雷センセーが言ってたから間違いねぇよ」

「なるほど……となると、騒動の主犯の目的は捕獲かもしれませんね」

 

 今まで本を読んでいた河津が自身の推測を喋り始める。突然の事に目を点にする一同だが、ノベルティアが代表して質問する。

 

「捕獲って……なんでわかるの?」

「規模が大きすぎます。世界侵食系は目撃例が少ないですが、殆どが一対一(ワンマン)で真価を発揮するタイプが多いそうです。さらに今回は複数の球状を見た目撃者が多く、騒動を大きくしてしまうリスクを天秤に主犯は目的の人物を捕まえる事を狙っているのと思います」

 

 河津の解説に納得の表情になる者や未だに疑問符を浮かべる者が現れる。しかし、現状で説得力の強い河津の仮説に全員がそれを当てはめて考える。

 

「なるほど……それなら合点がいくわ。去年はこんな騒動は起きなかったと教師が愚痴っていたし」

「なら、問題は誰が狙われていたのかだろ? ハッキリ言うと全員が狙われるような偉業はねぇぞ」

「となると、身代金が目的なのかな?」

 

 意見を交換し、自分達でも出来ることがないか模索する。そんな中で、一人が静かに手を挙げた。

 

「……オレ、心当たりがあるかも」

 

 加賀は一斉に向けられた視線にビビリながらも答え、その言葉に全員が目を点にする。

 

「とはいえ都市伝説だから、信憑性は低いけど……」

「それでも構わない。今は判断材料を集める必要がある……捨てるかどうかは聞いてから考える」

「……教えてくれないか?」

 

 河津とザックフォードに話すよう頼まれ、加賀は静かに語り始めた。

 

「……小学生の頃に聞いた変な噂なんだけど……あらゆる傷や病、ついには死を蘇生できる神様みたいな偉業を持った子供がいるって噂なんだ」

「……なんだそれ? 怪しさ満点だろ」

「ほ、本当なんだって! オレの田舎なめんなよ! 朝刊が夕方に来るんだぞ!」

「いや知らねぇよ」

 

 十神の野次に反論する加賀。数人が何かを察したのか表情が険しくなる。

 

「それで、それと心当たりにどんな関係が?」

「それなんだけどさ……スレで出回っていた隠し撮りの画像に似てるんだよ」

「似ている?」

 

 空元が訪ねると加賀は携帯を操作して件の画像を見せる。

 

「これなんだけど」

 

 その画像を見た一同は驚きのあまり声を失った。

 加賀の言っていた事が事実だからではない。

 自分達が知るクラスメイトの面影があったからだ。

 

「……じゃあ、主犯の目的は……」

「……待て、なんか騒がしくないか?」

 

 ノベルティアが真相を言おうとしたら、十神が外の様子がおかしい事に気付いた。

 ここから、彼らが騒動に巻き込まれる事になるなんて駄礼も知る由もなかった。




 ~歴史トリビア~
 世界最短の戦争は38分である。

 1896年にイギリスで起きたザンジバル戦争。
 当時イギリスの保護下にあったザンジバルが、イギリスが定める条件を満たさない者を君主に据えたことから、イギリス側が宣戦布告した。
 ザンジバル側は王宮でろう城作戦に出るが、圧倒的な武力差を前に38分で敗北している。

 即落ちってレベルじゃねぇぞ!


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