ハリー・ポッターと金銀の少女(改) (Riena)
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思い出と“私”の日記
Page 0.プロローグ


 もしも。

 

 

 

 

 何度繰り返しても、変えられない過去があるとしたら?

 

 

 何度間違えても、答えのない未来があるとしたら?

 

 

 何度創り替えても、護れない世界があるとしたら?

 

 

 

 

 それでも、君は──“君”は──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生き残った男の子、ハリー・ポッター。

 彼はイギリス魔法界にその名を知らぬ者はいないほどの、有名人…いや、英雄と呼ぶべきか。

 『例のあの人』とその名を呼ぶことも恐れられたヴォルデモートを僅か一歳という年齢で打ち倒したとされる少年だ。

 実際にはヴォルデモートを倒したのは“彼の力”ではなく、“母親の愛”なのだが。

 

 なにはともあれ、彼の生活は幸せとは程遠いものだった。

 従兄弟の家に預けられ、ろくな食事も与えられず、奴隷のような扱いを受ける毎日。

 ぼさぼさの黒髪に壊れた眼鏡、痩せ細った身体が彼の特徴だった。

 

 が、そんな生活を送るのはもう終わりだ。

 今日から彼は魔法界に入り、新しい家を、家族を見つける。

 そして“英雄”として、運命に足掻き続けなければならない。

 

 

 それだけじゃ、物足りないな。

 もう少し色をつけなきゃ。

 折角だから派手な色……そうだな…

 

 

 

 

 ──金と銀なんてどうだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 石造りの床に響く足音。

 人がごった返しているキングスクロス駅のプラットホームに彼女はいた。

 人と人の間をするりと交わし、一つの壁の前、9番線と10番線の間の壁の前に立つ。周りを見渡し誰も見ていないことを確認すると、彼女は…壁の中に消えた。

 

 辺り一面に広がる白い煙に視界が遮られた私は、杖を取り出して一振りした。煙が晴れると、紅い機関車が私を出迎えていた。

 

「本物だ……」

 

 機関車も駅のホームも周りで別れを告げ合う人々も。勿論──私も。分かってはいる。だが、証拠がない、答えがない。それが現実なのである。

 改めて意識したこの状況に、ほんの少しだけ恐怖の感情が芽生えた。

 私は頭を振った。それは考えても仕方がないことだ。いくら“私”がそれを恐れていても私が存在することに変わりはないのだから。

 

 振り切るようにして、歩き出した私はすぐに列車に乗り込み、誰もいないコパートメントへ入った。持っていたトランク型の鞄を膝に乗せて窓の外を眺める。

 

 それにして、すごい人混みだった。まだ発車まで20分以上あるというのに、壁からは次々と人が現れ、列車に荷物を載せていく。

 ふと、彼女の視界に一人の男の子が入った。ぼさぼさの髪に黒縁の眼鏡をかけた子だ。

 “私”は彼を知っている。だって彼は『この世界』の――

 

 カタン。

 

 その音ではっと我に返ると、膝から鞄が落ち、中身が出てしまっていた。

 慌ててそれを拾い上げると、手には一冊の本が握られていた。

 

 今までことが全て書かれた日記。

 覚えている限りの()()もここには書き留められている。

 

 

 

 

 もう既に“私”のいや、“私たち”の物語は始まっていた。

 そこには救済や生存という文字も勇気や力という文字もない。

 

 

 

 

 この世界に来た理由。“私”が存在する意味。

 

 

 

 

 これ以上の“過ち”を私は──“私”は──。



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Page 1.思い出した記憶

 何もない空間に一人漂っていた。

 海の波や風に身を任せるように。

 しかし、身体はなく、四肢の感覚も全く感じない。

 ただ“私”という意識が空間をふわりふわりと漂っていた。

 

 

 どれくらい経っただろうか。

 

 

 やっと、自分がなぜここにいるのかと疑問に思い始めた時。突然、何かがカタチの無い“私”を引っ張り始めた。

 びゅーっと強い風に吹かれるようにして空間を移動していく。次第に四肢の感覚も戻っていくようだった。

 

 頭は天に、足は地に。重力があることに安心感さえ覚えてしまう。

 ガヤガヤ、ザワザワ、と戻ってきた聴力が随分と煩い場所にいることを教えてくれる。私はゆっくりと瞼を開いた。

 

 うわっ、眩し。

 明るすぎる視界に、手で顔に影をつくる。そして、改めて自分がどこにいるのかを確認した。

 

 

Where is there(ここはどこ)...?」

 

 声を出した瞬間、私ははっと口を押さえた。明らかに今のは()()だ。それに、声が“私”とは全然違う。“私”の声はこんなにも透き通ってはいなかったはずだ。それに、陽にかざしているこの真っ白でふわふわしている手も、“私”のものでは無い。

 

 私は訳が分からず、黙り込んだ。そして、ゆっくりと辺りを見渡してみる。

 

 ──右を見る。

 行き交う人々は皆、外国人ばかりで服装は古めかしいものばかり。中にはローブなんかを着た人もいる。

 

 ──左を見る。

 並んでいる店々のショーウィンドには薬草のようなものや、不思議な形をした小物、古本屋など。ペットショップと思わしき店にはフクロウが多く並んでいた。

 

 もしかして…?

 

 頭に浮かび上がった、一つの答え。それを確信できるものが私の目の前に()()

 

Is there anything the matter with you(どうかされましたか)?」

 

 そう聞いてきたのは人では無かった。

 ぼろ布を身にまとい、私を覗く大きな瞳と心配そうにピクピクと動く長い耳が特徴の()()。あの有名なSF映画の緑のお爺ちゃんが人間の肌色を持ったような、あるいは、どこかの国の首相かに似すぎて話題になったあの、()()()()()()

 

 私は頭がクラクラとするのを感じた。

 

 もしかして、でも、もしかすると、でもない。

 

 ここ…『ハリーポッター』の世界?!

 

 あまりの驚きに私は、ははっと力なく笑うと、そのまま意識が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、そこは自室のベッドの上…では無かった。

 

 夢じゃなかったことに、嬉しさ半分、悲しさ半分の何とも言えない感情が芽生える。

 

 大体、“私”、いつ死んだのだろうか?

 

 しばらく、うーんと首を捻っていたが、結局何も浮かび上がらなかったので、仕方なく起き上がり、ベッドを降りる。少しふらつきはしたものの、立ち上がることができた。

 

 そこは大きな部屋だった。ふりふりのレースとか、高そうな絨毯とか、そこまでとはいかないけれど、決して8()()()()()が持つような一人部屋ではない。

 

 それに……それに?

 

 違和感を感じた。

 

 

 ──私は一体“誰”?──

 

 

 その問いかけに応えるように、“この子”の記憶が波のように押し寄せてくる。

 

「っっ!!!!」

 

 今まで味わったことのないような不思議な痛みが脳天を貫き、私は歯を食い縛ることで何とか耐えた。

 しばらくして、徐々に痛みが引いてくると、いつの間にか私は床に倒れこんでいた。額には玉のような汗がいくつも浮かび、力を入れすぎたせいか、掌には爪の跡がくっきりと残っている。

 

「はぁ、はぁ…」

 

 荒くなった呼吸を鎮め、体を起こす。その時には、“この子”の記憶を全て思い出していた。

 

 

 ──シエル・スタージェント。

 それが、“この子”…いや、私の名前だ。

 年齢は8歳。父親はアズカバンにいる。母親は、顔すら思い出せないのできっと故人。そのため家族と言えるのは、先ほど見た屋敷しもべ(名はリーサと言うらしい)だけで、彼女と二人暮らしをしているみたいだ。

 

 

 そして“私”は。

 

 

 ──星崎 心笑瑠(ほしざき しえる)

 年齢は16歳で高校二年生。父親は、そこら辺の会社で働くサラリーマン。母親も同じく、スーパーのパートで働くようなどこにでもいるおばさん。ちょっとイケメンな大学生のお兄ちゃんがいるけれど、ごくごく普通の家庭で生活をする、東京都在住のJKだ。

 

 シエルと心笑瑠。名前が一緒なのには何か意味があるのだろうか?

 

 情報を頭の中で整理した私は立ち上がり、もう一度部屋を確認した。部屋の壁に立てかけられた姿見を見つけ、前に立ってみる。

 

 そこには、心笑瑠とは似てもにつかぬ美しい少女が映っていた。

 まっすぐに伸びた、サラサラの金髪。真っ白な肌に映える大きな翡翠の瞳。窓から吹かれた優しい風に、ふわりと髪をなびかせている少女は、まるで

 

「映画のヒロインみたい…」

 

 ぼそりと呟くと、何だか不思議な気分になった。私はもう“普通”では無くて。『ハリー・ポッター』の中にいる“ヒロイン”の一人なのだ。

 

「は、は、は…」

 

 私は気絶したときと同じように笑った。

 

 そんなの“私”には……向いてない……よね……



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Page 2.早すぎる対面

 「おはよう、ルー」

 

 私の目覚まし時計とも言えるミミズク(ルー)を撫でながら、ベッドを降りる。見慣れてきた部屋は、まだ春になり切れておらず、寒さが残っていた。

 

 “私”が転生してから、約一か月が経っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はあの日から、熱を出して寝込んでしまった。“転生”という異常な状況が、頭どころか身体まで着いていけなかったのだ。

 体調が治ったのは、二週間後。それからは、ゆっくりとこの生活に慣れていけば……なんて、軽い考えでいた私は痛い目に遭うことになった。

 原因は主に文化の違いと、シエルの環境の2つだった。

 

 家の中でも靴を履いて過ごす、お茶や水代わりに紅茶を飲む、主食がお米じゃなくてパンや芋、お風呂に毎日入らない、など。

 特に食生活は美味しくない訳では無いのだが、イギリス人とは馬が合わないらしく、何度お米や醤油を求めたことか…。リーサの目を盗んで、味付けを濃くしたこともあった。

 そういった文化の違いはなかなかきついもので、少しずつ慣れてはきているのだが、まだまだというところであった。

 

 次に環境について。

 魔法史の教科書曰く、スタージェント家は聖ニ十八家よりも偉い身分の家柄らしい。しかも、私の父は現当主で私は次期当主。そのせいで、毎日がお嬢様修行なのであった。

 今まで身振りや口調など気にもかけていなかったことを、一つずつ細かく丁寧に指摘され、教育されていた。

 また、月曜日~水曜日はお嬢様修行。木曜日~土曜日はマグルの小学校の授業。日曜日は魔法の制御の授業で、それぞれ1日6時間以上といった感じに、学校と同じように勉強をさせられた。

 しかも、先生はスパルタなリーサで、少しでも気を緩めたらおでこに()()がフリ()()ドされるという特典付きだった。

 

「はぁ…」

 

 ここ1か月の苦労を思い出して、私はため息をついた。

 それを見たルーが、額をコツンと嘴でつついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂に行くと、朝食の準備がされていた。辺りを見渡すがリーサはいない。キッチンにも自室にもいないので、どうやら外出中のようだった。何時ものことだと、特に気にかけず、私は席について朝食に手をつけた。

 

 しばらくして、デザートのプリンを食べていると、パチンッという音が聞こえた。

 

「おはようございます、リーサ」

 

「おはようございます、お嬢様。少し用事がございまして、起床前でしたので、お起こしするのは、よろしくないと思いまして…」

 

「何か大事な用でしたか?」

 

 屋敷しもべの独特な敬語に、私はそう返した。「~でしたか?」だなんて、“私”の柄じゃないけれど。この一ヶ月で、お姫様言葉を完璧に身に付けていた。

 

「その事なのですが…今日の午後から、お嬢様はお出かけをされなければならなくなりました。会わなければならないお方がおられるのです」

 

「…会わなければいけない人…ですか?」

 

 私の問いかけに、リーサは頷いた。

 

「はい、でございます。…では、本日は日曜日ですので、魔法の練習をいたしましょう」

 

 どうやら、会うまではその人について教えてくれないらしい。リーサは指を鳴らして、空になった食器を下げると、食堂を後にした。私もそのあとに続く。

 …会わないといけない人って誰なんだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂を出ると、真っ直ぐに伸びた廊下を少し歩いて、中庭に向かった。ここが、いつもの魔法の練習をしている場所だ。先ほどいた食堂と同じくらいの大きさがある。

 

「では、始めましょう。まずは、おさらいから。このかばんを上へ持ち上げてみてください」

 

 目の前にあるかばんに手を向ける。魔力を指先に集め、ビューンヒョイっと手を動かすとかばんが浮き上がった。

 

「お上手です!」

 

「ありがとう、リーサ」

 

 この『ハリーポッター』の世界の魔法は、主に杖と呪文を用いて、自分の魔力を制御して、魔法を使う。

 上達すれば、杖無し呪文(ワンドレス・マジック)や無言呪文のように、杖や呪文を使わずに自分の力だけで魔力を制御することも可能である。

 しかしそれとは逆に、自分の魔力を制御しきれずに、暴走してしまうことがある。これが、幼い子供の魔法使いや魔女が引き起こす魔法だ。これは、強い感情、特に不快感を感じた時に起こりやすく、稀に大人でも同じように、魔力の暴走を引き起こしてしまうことがある。

 

 私は生まれつき、魔力が強いらしく、この魔力の暴走が酷かったそうだ。そこで、3歳の頃から徐々に制御する方法を身につけて、今では大体、ホグワーツ三年生で習う魔法を行うことができた。

 

 そんな私にとって、浮遊呪文なんてお手の物。

 こう言うのが転生特典って言うのかな?もしそうなら、神様ありがとう!いるか分からないけどね!

 

 その後も、リーサから出された課題を難なくこなしていくと、あっという間にお昼の時間となっていた。

 

「では、今日はここまででございます。昼食を準備致します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食を食べ終えると、すぐに出かける準備を始めた。

 その間、リーサは一度もこの後のことについて話すことはなく、彼女が口を開いたのは、出かける寸前のことだった。

 

「準備は終わりましたでしょうか?」

 

「はい、終わりました」

 

「では少し、大切なお話をさせていただきます。

 …お嬢様が今からお会いになられるお方は、お嬢様にとって、とても大事なお方でございます。そして、今からお話しされる内容は、お嬢様の将来に関わることでございます。

 …敵でも、味方でもございません。しかし、敵にも味方にもなりえます。くれぐれもお気を付けくださいませ」

 

「……ん?」

 

 急に真面目な顔で真剣な話をされ、私はよく理解ができずに首を傾げた。しかし、リーサはそれ以上何も言うつもりはないらしい。

 

「えっと…リーサ…?」

 

「ご武運を」

 

 え、私今から戦争にでも行くの?

 

 その言葉がリーサに届く前に、私の視界は歪み、回っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開くと、何やら見覚えのある部屋の入口に、私は立っていた。

 壁にはいくつもの肖像画がかかっており、そのほとんどが動いたり話したりしている。置かれている飾り棚の中には不思議な形や色をした小物、あるいは小道具が棚いっぱいに飾られており、本棚の上には古めかしい三角帽が置かれていたりもする。また、止まり木には綺麗な鳥が、静かに止まっていた。

 

「…ふぉっふぉっふぉ、部屋の内装が気になるのかね?わしは物がたくさんあった方が好きでのう…」

 

 ふと、正面に置かれた机の向こうにいる、一人の老人が私に話しかけた。そちらへ視線を向けた私は、驚きのあまり、思わずあっと声をあげてしまう。

 

「あ、貴方は…!」

 

「わしを知っているのかね?…それは実に嬉しいことじゃのう。おっと、わしとしたことが、まだ、名乗ってもおらんかったのう。改めて…わしの名は、()()()()()()()()()()()じゃ」



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Page 3.スタージェント家

「…わしは、アルバス・ダンブルドアじゃ」

 

 自己紹介をされたシエルは、驚きを隠せずにいた。まさか、初めて会う原作キャラがダンブルドアだなんて。

 

「ミス・シエル…大丈夫かね?」

 

 思わずぼーっとしてしまったが、ダンブルドアの声ですぐに背筋を伸ばす。

 …というかまだ私、名乗ってなかったよね?

 

「大丈夫です。まさか、今世紀最強とも言われている魔法使い様にお会いできるとは思っていなかったものですから。しかし、なぜ私の名を?」

 

「ほっほっほっ、どうやらおぬしは聞いた通りの娘じゃ。父親に似て肝が据わっておる」

 

「父をご存じで?」

 

「ああ、もちろんじゃよ。何せ、彼はわしの教え子であり、わしがアズカバンに収監した者の一人であるからのう」

 

 ダンブルドアの言葉で一瞬で空気が凍ったように冷たくなった。彼の瞳がシエルを見つめる。眼鏡がきらりと光った。

 

『…敵でも、味方でもございません。しかし、敵にも味方にもなりえます』

 

 家を出る直前にリーサに言われたこの言葉。この意味がやっと今理解できた気がした。

 シエルは再度背筋を伸ばした。

 少なくとも、今は敵だ。原作ではハリー・ポッターの味方だけれども、シエル・スタージェントの味方だという保証はない。

 リーサに教え込まれた淑女という名の仮面を完全に被り、普通の人間であれば怖気づいてもおかしくはないほどの雰囲気を纏う。しかし彼は、アルバス・ダンブルドアという人間は、普通ではなかった。

 彼は余裕のある朗らかな笑みを見せた。負けじと、シエルも微笑む。そして、口を開いた。

 

「そうでしたか。その節は父が大変お世話になりました。

 …それで、ご用件は何でしょうか?できれば手短にお願いしたいのですが…」

 

 中々、棘のある言葉で攻撃する。だが、彼はそんなことで揺らがない。

 

「ふぉっふぉっふぉっ。おぬしはその歳で場の空気を操れるというのかね?…そんなに緊張ぜずとも大丈夫じゃよ。わしはおぬしと穏便な話し合いをしたいのじゃ」

 

 優しい言葉とは裏腹に、心の中に何かが入り込んでくる感覚がした。そして、強い念が同時に伝わる。

 

 この人はほんとうに……こういう人だ。

 

「まずは、座ってはどうかね?」

 

 薦められた私は椅子に腰を掛けた。ダンブルドアは杖を振って、紅茶の注がれたカップを二つだす。

 

「美味しい茶葉を使っておるはずじゃ。飲みなさい」

 

 前に出されたカップ。シエルはそれを見つめた。

 

「安心しなさい、毒は入れておらんよ。大丈夫じゃ」

 

 確かにその紅茶に、毒は入っていなかった。()()

 私は紅茶を一飲みした。

 

「……それで…真実薬を飲ませてまで、聞き出したい情報とは一体、どのようなものでしょうか?」

 

「気づいておりながら飲んだのかね?」

 

 ダンブルドアは否定も肯定もしなかった。代わりに杖を一振りし、カップを片付ける。もう一度杖を振ると新しいカップが現れた。

 次は何も言わずカップに口をつけた。そして、苦笑する。

 

 シエルの意識は闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふらりと彼女の体が傾く。

 目の前に座る老人は、机に顔が当たる寸前に浮遊呪文を使って浮かばせた。

 

 コンコン。

 

 丁度良いタイミングで扉が叩かれた。老人が返事をすると、扉が開く。そこには一人の男性が立っていた。

 

「校長、お呼びでしょうか?」

 

「ふむ、セブルスよ……頼まれてくれぬかね?」

 

 ダンブルドアは何をとは言わなかった。セブルスと呼ばれた男は、ダンブルドアの前に座るーーと言うよりは浮いているーー少女を見る。

 

「彼女は……もしや?」

 

 セブルスの問いにダンブルドアはこくりと頷く。

 

「まさか、彼が……?」

 

 もう一度問うと、同じように頷いた。

 

「分かりました。そうと決まれば早くしましょう」

 

「そうじゃのう」

 

 ダンブルドアは彼女に視線を向けた。セブルスが彼女を優しく抱き抱える。その軽さに少し驚いてしまった。

 

「……」

 

 すやすやと寝息を立てながら眠っている彼女。見とれるほど綺麗な顔立ちの彼女は数年前よりも、幾分か成長したように思えた。

 

「セブルス、大丈夫かね?」

 

「すみません、校長。行きましょうか」

 

 次の瞬間。彼らはそこから姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 シエルは身体の倦怠感に唸りながら体を起こした。いつの間にか私は眠ってしまったらしい。

 はっと顔を上げた。周りには誰もいない。しかし、ここが先ほどいた場所でも、自分の家でも無いことは確かだった。

 取り敢えず体に異常が無いことを確認して、寝ていたベッドから降りる。

 と、その時、扉ががちゃりと開いた。

 

「はっ、シエル……!!」

 

 部屋に入ってきた途端に、男性の声が私の名を呼んだ。顔を確認する暇もなく、視界が真っ暗になる。

 

「?!」

 

 シエルは何者かに抱き締められているらしかった。

 分かっているのは男性ということだけ。一応言っておくが、私に面識のある男性は先ほど会ったダンブルドアしかいない。

 ということは、面識のないつまりは初対面の、なおかつ男性に抱き締められている?

 

「あ、あの……」

 

 遠慮がちに声をかけると彼は私からばっと離れた。明らかに、無意識だったようだ。

 と、少し見上げると抱きついてきた犯人の顔が見えた。私ははっと驚く。そこにはーーセブルス・スネイプがいた。

 

「な、な……」

 

 頭が混乱してなかなか言葉が出てこないシエル。思わず、府抜けた声を出してしまった。

 が、思い直した私はすぐに切り替えて背筋を伸ばす。

 

「こほん。それで……一体これはどういった()()()なのでしょうか?」

 

「猿芝居とは、中々言いますな」

 

「そうでなければ、何と言えば良いのですか?開心術と共に伝えるというのはいい策ですが。私に真実薬を飲ませたのは故意でしょう?」

 

 開心術の歳に伝わってきた強い念。それは『わしの言う通りにしなさい』だった。“前”の記憶にある彼に対する信頼と先程のリーサの言葉がなければ、彼が味方だと言うことは分からなかっただろう。

 

 コンコン。

 

「入ってもよいかのう?」

 

 ノック音と同時に老人の、ダンブルドアの声が聞こえた。「どうぞ」とシエルが返事をする。

 

「邪魔してすまぬのう。何せ急ぎの用事で……と、そんなことよりも、まずおぬしに謝らねばならぬ。手荒な真似をしてしまい済まなかった」

 

「いえ、構いませんが、きちんと説明をしてくださいますか?」

 

 先程までの冷たさとは一転して、優しいお爺様になったダンブルドア。

 

「もちろんじゃよ。しかしのう、あまり時間も掛けられぬ。手短に話すとしよう。よいかね?」

 

「分かりました。お願い致します」

 

「まず、悪い話が一つ。

 昨夜、スタージェント家当主ロキス・スタージェント殿が、アズカバンにて亡くなられた」

 

 ロキス・スタージェント。スタージェント家当主であるその人はシエルの父だ。アズカバンに投獄されている間は代理の当主がスタージェント家を率いている筈だが、名前としては当主は彼。そして、次期当主は私だった。ということは。

 

「まさか……?」

 

 ダンブルドアが難しそうな顔をして、こくりと頷いた。

 

「シエルよ。今日からおぬしは…「待ってください。私以外にも次期当主がいたはずでは?」

 

 ダンブルドアの言葉を遮るようにして、そう言った。私はまだ子供だし、まず第一に他にも候補がいるはずだ。大体、代理の当主をやっていた者の方が適任ではないだろうか。

 しかし、ダンブルドアは首を振った。

 

「実はのう…ロキス殿はただ亡くなったのではなく……暗殺されたのじゃ…」

 

 そうか。と私は頭の中で全てが繋がったような気がした。

 

 スタージェント家は代々純血を受け継ぐ家の一つであり、昔から今で言う聖28家と同じような存在だった。しかし、聖28家をつくったノット家とのある出来事によって、聖28家から外されてしまったのである。それに怒った当時のスタージェント家はノット家のおよそ半数を虐殺。一時的にではあるが、ノット家を再生不可能な状況に陥らせたのである。

 もっともスタージェント家とノット家はもとより犬猿の仲であったらしく、喧嘩が起こる度にイギリス魔法界の秩序を揺るがしていたのだが。

 

 その事件の後、スタージェント家は他の純血の家々から畏怖され、いつの間にか聖28家よりも上の地位に君臨していたのである。また、スタージェント家はそれ以来、イギリス魔法界にあまり顔は出さず、出せば出すで必ずと言っても良いほど何か事件を起こすので(ほとんどがノット家との喧嘩)一時は疫病神の王家とも呼ばれていたらしい。

 

 そんなスタージェント家が近頃表に出ていたのは、私の父であるロキス・スタージェントが当主であるとき。それからまだ一度もノット家とは揉めていないようなので、時期が来た、と言うことらしい。

 

 さて、ここで簡単な問題が一つ。ノット家は当主を殺しただけで気が済むのでしょうか?

 ……答えは勿論、否。

 ノット家はこれを期にスタージェントを潰しにきているのだ。

 

 そのためにまずは当主を殺した。そうすればスタージェント家はどうしても不安定な状況になる。

 そして、代理当主を。続いては順に次期当主候補の者を。次々と虐殺して行く。

 では、どうすれば彼らを止められるのか。

 答えは一つ。新しい当主を立てればいいのだ。

 新しい当主を立てれば世間が騒ぐ。世間が騒げばノット家も大きく動くことは難しくなる。

 この一ヶ月で蓄えたスタージェント家に関する知識を、今、全て使い果たした気がした。

 

 私はダンブルドアを見る。真っ直ぐと、彼の瞳を覗き込んだ。

 彼の瞳に写る私に……

 

「分かりました」

 

 ……迷いなどなかった。 



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Page 4.本家

 イギリスの首都ロンドンから遠く離れた森。そこは魔法によって限られた人間しか入ることを許されない特殊な魔法が幾つも複雑に掛けられていた。イギリス国内で言えば、安全性はホグワーツと大差ない。そんな森の奥深くに大きな屋敷があった。

 

「ここが本家ですか?」

 

 屋敷の入り口である門の前に二人の人影がある。一人は金髪の少女。もう一人は黒髪の男だ。少女が男にそう聞くと、彼は頷き、門を開いた。

 ギギィと重たい音が鳴り、門が開く。男が中に入ると少女もそれに続いた。

 門から屋敷の扉までは庭が広がっていた。誰も住んでいないのならば整いすぎている庭だ。

 やっと扉までたどり着いた。扉の横にあるベルを鳴らす。暫くすると、扉が開いた。

 

「お待ちしておりました。中へどうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷の中に入ると、思っていたよりも落ち着いた内装にシエルは少し安心していた。

 てっきり、ブラック家のグリモールド・プレイス十二番地やマルフォイ家のお屋敷のように、色々な物が飾られていたり、アブナイモノがあったりするかと思っていたのだが、装飾品はほとんど見当たらない。あっても、綺麗な風景画くらいだ。

 また、先ほど挙げた二家とは違い、絨毯や壁紙の色も暖かみのある色で、少なくとも屋敷しもべを虐めるような家では無さそうだった。

 

 そんなことを考えているうちにいつの間にかリビングに通されていた。薦められるままにソファに座る。

 

「こちらをどうぞ」

 

 差し出されたカップを受け取る。が、さっきのことが合ったので無意識の内に何か混ざっていないか確認してしまった。もちろん何も入っていない。女性にお礼を言おうと顔を上げると、どこか見覚えのあるように思えた。

 

「あの…貴方、どこかでお会いしたことがありますか?」

 

 躊躇いながらもそう聞くと、私の問いに女性はふわりと笑いながら答えた。

 

「覚えていてくださったのですか?……わたくしはフェッタと申します。シエル様がまだ小さい時にお会いしたことがありますね。それはもう、何度も」

 

 はっと、私は思い出した。この女性と…フェッタと一緒に遊んでもらった気がする。そう言えば、ここもなんだか見覚えがある気がしてくる。そうか、ここは……私が生まれた場所なんだ。

 

「フェッタ…」

 

「はい、フェッタでございます。お帰りなさいませ、シエル様。もう…6年ぶりですね」

 

 その言葉は私の胸をじんわりと温めた。そうか、こんなところにーー家族がいたんだ。

 

「ただいま、フェッタ…」

 

 しばらくその余韻に浸っていると、スネイプが咳払いをした。おっといけない、まだ終わっていないんだった。

 

「校長から幾つか言伝てを預かっている。よく聞きたまえ。ああ、フェッタと言ったな?君も一緒にと校長は言っていた」

 

 下がろうとしていたフェッタに声をかけると、彼女は立ち止まり、話を聞く体制に入った。

 

「まず、先ほどシエルには真実薬と生ける屍の水薬を飲ませた。あれは、ノット家を騙すための方法であったため、許してほしい。真実薬を飲ませることによってシエルが本物だということを証明し、生ける屍の水薬を飲ませることによってシエルは昏睡状態だということを証明したのだ」

 

「あたかも、誰かに見られているという言い方に聞こえるのですが。まさか、あの校長室にノット家の者がいたと?そうは思えませんでしたが…」

 

「いや、そうではない、シエル。彼らは間接的にこちらを監視する手段を持ち得ているのだ。何か分かるか…?」

 

 あの校長室にあったものの中で、一番怪しいのはたくさんの小道具だ。しかし、もしそうならば、その道具を別の部屋に移すか、壊せば良いだけだ。とすれば、移動したり壊したりできないもの、ということになる。他にあったもの……帽子…飾り棚…鳥…

 

「もしかして…肖像画ですか?」

 

「その通りだ」

 

 校長室にはたくさんの肖像画が掛けられている。確かに肖像画があれだけ沢山あれば、一つ、いや、一人くらいは内通者がいてもおかしくはないだろう。

 

「ともかく、手荒な真似をしたことに変わりはない。校長に変わって謝罪をする」

 

 ……この人、本当にセブルス・スネイプ……?

 彼は私に向けて、何の抵抗もなく頭を下げていた。「あなたのせいではないですから」と慌てて顔を上げさせるが、驚きが大きすぎる。原作ではハリーが嫌い過ぎるだけなの?もしかしてこっちが本当の性格だったり?

 

「吾輩は校長に変わって謝罪を述べたのみだ。別に吾輩がシエルに謝っている訳ではない」

 

 前文撤回。スネイプはやっぱりスネイプでした。

 

「まあいい。

 次は、リーサのことについてだ。ロキスがアズカバンに入ってから、君をどこで育てるかという問題が発生した。当初は本家で召し使い…いや、君のことだ、フェッタ。君が育てるという話で決まっていた」

 

「はい。初めはそのようなお話で進んでおりました。しかし……」

「しかし、わたくしもアズカバンに投獄されたのです。ロキス様とともに陰謀を企てたとして。

 わたくしは大きく動いていた訳ではありませんでしたので、そこまで罪は重くならずに済みました。ですが、戻ってきたときにはもう、シエル様は他の方に保護されていました」

 

「それが、校長だ。校長はシエルを保護した後、ホグワーツで働く屋敷しもべの一人、リーサに君を育てさせ、彼女を通して君を保護していたのだ」

 

 なるほど。それで、朝に急にいなくなったりする訳だ。今朝もきっとダンブルドアの元で打ち合わせかなにかをしていたに違いない。

 

「では、もうリーサはホグワーツの仕事に戻ったのですか?」

 

「そうだな。今頃、厨房で生徒達の食事を作っているのではないかね」

 

 もう、6年も一緒にいたからか、リーサは私にとって家族のようなものだろう。せめて、さよならくらいは言いたかったなと思う。しかし、彼女は仕事をこなしていただけなのだ。そういった情は迷惑にしかならないだろう。

 

「挨拶くらいしたかったか…?」

 

 スネイプがそう聞いた。私は思わず肯定しそうになって、思い止まった。

 

「……いや、大丈夫です。

 それより、他にもまだお話があるのでしょう?」

 

「ああ、次はこれからのことについてだ。

 まず住まいについてだが、今日からここでフェッタと暮らしてもらう。吾輩が週に一度様子を見に来る。何かあればその時に言うように。基本、外出は禁止だ。今外に出れば、殺して欲しいと言っているようなものだからな。分かったかね?」

 

「はい」

 

「それと、スタージェント家の話となれば、魔法省も決して黙ってはいないはず。フェッタ、もし魔法省等から手紙が来たら、一報を頼む」

 

「分かりました」

 

「話は以上だ。吾輩はそろそろホグワーツへ戻らねばなるまい。では…」

 

「一つだけ聞いても、宜しいでしょうか?」

 

 そそくさと部屋を出ていこうとするスネイプに、私は声をかけた。

 

「なんだね」

 

「スネイプさんは…なぜ私を守って下さるのですか?」

 

 私は彼の黒い瞳を真っ直ぐと見つめた。しばらく沈黙が続くと、スネイプは背中を向けた。

 

「吾輩が貴様の後見人だからだ。以前から、ロキスに頼まれていたからな。

 それと………吾輩のことはセブルスと呼べ」

 

 そうとだけ言うと、彼は玄関の方へ早足で歩いていってしまった。私はそんな彼を見て、くすりと笑った。

 

「ありがとう、セブルス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから一週間が経った。

 配達フクロウが持ってきた、日刊預言者新聞を見ながら顔をしかめる。フェッタも同じような顔をしていた。

 

 

 『スタージェント家の新当主、情報公開一切NG。またもや雲隠れか』

 

 先日、スタージェント元当主であるロキス・スタージェントがアズカバンにて無くなられた。これは長年の独房生活による精神の不安定と身体の衰弱による死亡とされ、事件性は極めて薄いと……(内面8ページに続く)

 新当主について明かされている内容はほぼ皆無に等しく、分かっている情報は「個人情報やプライバシーを守られるべき存在」ということのみであり、これに対し専門家の○○○・○○○○氏は……(内面4ページに続く)

 

 

 スタージェント家当主の交代というビックニュースにイギリス魔法界は大騒ぎだった。新聞以外にも雑誌やラジオなどで特集が組まれているほどに。当の本人であるシエルは世間の騒ぎっぷりに呆れ始めていた。

 一番迷惑なのは、手紙が大量に送られてくることだ。内訳は、六割がマスコミ、三割が魔法省、残り1割が純血の名家からの手紙だった。マスコミは来た瞬間にインセンディオ。魔法省は軽く目を通してレダクト。純血の名家はフェッタに交流のあった名家を聞き、返事を書いて送っていた。

 

 変化が訪れたのはそのまた一週間後、そろそろ世間もネタが尽きたらしく、手紙の量も最盛期の3分の2くらいまで減り始めていた頃だった。

 

 いつも通り、フェッタが持ってきてくれた手紙を受け取ると、10枚以上ある中で一枚だけ上質な羊皮紙の手紙があることに気がついた。

 他の手紙は塵のサイズまでレデュシオして、それだけ手に取る。封筒の右下の整った文字を見て、目を疑う。そこには『ルシウス・マルフォイ』と書かれていた。



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Page 5.ルシウスと手紙

 シエルが一枚の手紙をまじまじと見つめ固まってしまったのを見て、フェッタはどうしたものかと声をかけた。

 

「…シエル様?誰からの手紙だったのですか?」

 

「…あ…ああ、ルシウス・マルフォイ殿からのお手紙です。彼は?」

 

「ルシウス様は、ロキス様の再従兄弟に当たるお方です。わたくしがこちらに戻ってきてからも良くして頂きました」

 

「そうですか」

 

 そう言いながら、シエルは手紙を丁寧に開き中に目を通した。少しすると、顔を上げる。

 

「どうやら、彼は私に会いたいようです。明日の午後とお返事をしても?」

 

「かしこまりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の午後。約束通り、ルシウスがスタージェント家に現れた。どういうわけか、セブルスと一緒に来ている。

 

「スタージェント嬢、お久しぶり、と言ってももう昔のことですね。ルシウス・マルフォイと申します」

 

「マルフォイ様、私はシエル・スタージェントです」

 

 お互いに挨拶を済ます。リビングに通すと、フェッタにお茶を用意させた。

 

「それにしても、セブルスが後見人となるとは思っていませんでしたよ。確かにロキスはセブルスと仲が良かったですがね」

 

「父とセブルスがですか?……それと、言葉は崩して頂いて構いませんよ。名前も呼び捨てに。私はまだ若輩者ですので」

 

「そうですか。では、シエル嬢。わたしのことはルシウスと呼んでください」

 

「分かりました、ルシウスさん……それで、何かお話があるとお聞きしたのですが」

 

「そうでしたね。まずはこちらをご覧ください」

 

 そう言うと、ルシウスは懐から手紙を一枚取り出して、私に渡した。受け取るとすぐに中身を確認した。

 

「魔法省直々に手紙を下さるとは…」

 

 手紙には、『スタージェント家は我々魔法省の味方であり…』や『魔法省は如何なるときもスタージェント家のお側に…』といった、文が多くを占めていた。他にも世間の風評被害等に対する謝罪も多く並べられていた。

 魔法省がこんなに怖がるなんて…ご先祖様、やらかしすぎでしょ。お辞儀じゃあるまいし。

 そのせいか、本題に入った時にはもう三枚目の羊皮紙であった。通りで分厚いと思ったわ。

 

『(前略)…聞いたところ、スタージェント家の新しいご当主様はまだお若いそうで…(中略)…というわけで、闇祓いの方から一名、護衛をつける事と致しました。これについては…(後略)』

 

 読み終わったシエルは、セブルスに渡した。彼は目を通すとすぐに顔を上げる。

 

「失礼ながら、これはシエルに“監視”を付けたいという意味で間違いありませんな?残念ながらそれは……「お願いします」

 

「今、何と?」

 

 セブルスは驚きながら、シエルに問い直した。

 

「お願いします、と言ったのです、セブルス」

 

「しかし、シエル、監視ですぞ。勝手に動くことは許されません。それに、魔法省は…「セブルス」

 

 静かに、それでいて鋭い。セブルスは杖を向けられたときの様な感覚に押し黙った。その様子を見ていたルシウスはセブルスと同じように固まってしまう。

 

「セブルス、私は、魔法省と敵対する意はありません。それは、魔法省も同じの筈。そうですよね、()()()()

 

「も、もちろんでございます、()()()()。監視など滅相も無いです」

 

 この少女は本当に少女なのだろうか。思わずルシウスはそんなことを考えてしまった。

 この場の主導権は自分にはない。全てがこの少女にあるのだ。

 

「魔法省の好意を無下にしたくはありません。ぜひとも、護衛をお願いしたいです。セブルス、ダンブルドア様への報告を頼みました。それで……まだお話が?」

 

「ええ。続いては、シエル嬢の名についてです。スタージェントと名乗ることによって、色々と面倒ではないかと考えまして。失礼ながら年は…?」

 

「8歳です」

 

「なんと!わたしの息子と同い年ではありませんか!」

 

 ルシウスの息子…ああ、ドラコのことか……

 

 

 ん……?もしかして“私”、ハリー・ポッターと同い年!?

 

 

 

 今更ながらに、気づいてしまった。しかし客人の手前、大きく驚くこともできない。なんとか取り繕い、話を続けた。

 

「そ、そうでしたか。それは、ぜひ仲良くなりたいものですね」

 

「でしたら、良ければ我が家のパーティーにいらしては如何でしょうか?そうすれば、同学年の子供たちも大勢いますし。もちろん、息子がエスコートさせていただきますぞ」

 

「それは名案です!しかし、スタージェントと名乗れば、ノット家が黙ってはいないですね…どういたしましょう…」

 

「コホン。マルフォイ殿、偽名のお話の途中ではありませんでしたかね」

 

 黙って話を聞いていたセブルスが咳払いと共に口を開いた。

 

「偽名…?」

 

「そうでしたな。失礼しました。

 先ほど言いかけたのですが……普段、生活する時に偽名を造られてはどうか、と魔法省からの提案がございまして。手筈を整えましたら戸籍を造るという話で進んでおります」

 

「進んでいる……?」

 

 もしやと思い、セブルスの方を見た。彼は視線を反らす。

 

「私に否定権は無さそうですね」

 

 あの狸爺め、と心の中で悪態をついた。私が子供なのを利用してどうやら話を進めていたらしい。摂関政治、と言うよりは院政か。どっちもやってることは一緒か…。

 というか、そうであれば、先ほどまでの話もダン爺は全て把握済み。また、わざわざルシウスが出向いたのも全て彼の思惑通り。くっそ、全部手のひらの上って訳か。再度悪態をつきながらも、話を続けた。

 

「それで、名は何と言うのですか?」

 

「それはまだ、決めておりません。シエル嬢が決められてはどうかと…」

 

 決めてないんかい。

 そう突っ込みつつも、うーんと頭を捻った。

 シエル・スタージェント。シエルはそのままでも多分大丈夫だから、姓を考えればいいかな。ポッター。グレンジャー。ウィーズリー。ロングボトム。ダーズリー。ラブグッド……。

 

「エンヴァンスは如何でしょうか」

 

 ふと、一歩引いたところで私の側についていたフェッタがそう言った。その言葉にセブルスがびくりと体を震わせる。

 

「なぜ、エンヴァンスなのですか?」

 

「お忘れですか?奥様…シエル様のお母様は、シエナ・エンヴァンスでございます。奥様は旧姓を名乗ることをあまりお好きではありませんでしたが…」

 

「だ、だったら、あまり使わない方がよいのではないかね?」

 

 咄嗟にセブルスが口を挟んだ。その様子にルシウスも口を開く。

 

「セブルス、もしやお前は、彼女の事をまだ……いや、だとしても、彼女も旧姓だろう。今はポッターだ」

 

「その名を口にするな!」

 

 声を荒らげたセブルスに私はびくっと体を飛び上がらせた。それに気がついたセブルスが我に返る。フェッタは心配そうに声をかけた。

 

「…シエル様?」

 

「…なんともありません。

 セブルス、貴方には貴方なりの事情があることはよく分かりました。セブルスの言うぽっ…ではなく、エンヴァンスさんは私の母とどんな関係で…?」

 

「従姉妹だとお聞きしました」

 

「なるほど…では、エンヴァンスの名をお借りしましょう。シエル・エンヴァンス。とっても言い響きではありませんか。セブルスも宜しいですね?」

 

「…うむ」

 

 渋々と言った様子でセブルスは頷いた。

 話に区切りもついたのでルシウスが切り出した。

 

「では、お話はここまでにしましょう。パーティーのお話につきましては、また後日、手紙をお送りいたします」

 

「分かりました。魔法省からの護衛は何時から…?」

 

「明日にでも、手配いたしましょう。では、また後日」

 

 そう言うと、彼はフェッタから煙突飛行粉(フルーパウダー)を受け取り、暖炉に投げ入れた。暖炉のエメラルドの炎に包まれながら「魔法省」と言うと、炎が更に彼を包み、次の瞬間、消えていた。

 

「…シエル、先ほどは…」

 

「いいえ、気にすることでもありませんよ」

 

 セブルスのしゅんとした姿に居心地が悪くなり、直ぐに返事をした。

 

「そうか……

 では……吾輩も校長に報告がある。また来る」

 

「ええ、また」

 

 ポンっという音と共にセブルスが消えた。

 

 

 

 

 

 

 ──なんか、すごいことになったわ。



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Page 6.杖

 次の日。朝食を済ませたシエルは、リビングのソファーに座り客人を待っていた。

 ちらちらと暖炉の方を確認しては手元の本に視線を戻す。時計はもうとっくに約束の時間を差し、通りすぎてしまっていた。暫くして、しびれを切らしたように、立ち上がった。

 

「遅い、それにしても、遅すぎではありませんか!もう30分も時間は過ぎていますよ!今すぐにでも私が…」

 

 暖炉に置かれた煙突飛行粉(フルーパウダー)を手に取ろうとするシエルを慌ててフェッタが止める。どうにか落ち着かせたところで、一人の女性が暖炉から現れた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 フェッタが会釈をする。シエルは機嫌が悪そうにソファーに座り込んでいた。それを見た彼女は慌てて謝った。

 

「待たせて、すまなかったわ。…あなたが当主さん?」

 

「ええ、そうです。遅かったことにとやかく言うつもりはありません。闇祓いの方はお忙しいでしょう?

 私はシエル・スタージェント。普段は、シエル・エンヴァンスです。呼び方はお好きに」

 

「シエルね、よろしく。私はフィナーラル・セナ・ソードよ。ソードと呼んでちょうだい」

 

 ソードと名乗った女性。明るめの茶髪は短く切り揃えられ、大きめの蒼い瞳が特徴的だ。

 

「それで、貴女が今日から私の護衛であると?」

 

「ええ。それと、護身術、防衛術を教えるように頼まれているわ。

 外出時は必ず同行。その他平日の10時から16時まで、護衛をするわ」

 

 なんだ、と思った。どうやら、魔法省は私の監視というよりは、私の強化に励んでくれるらしい。いや、この際魔法省は、と言うよりダンブルドアは、と言った方が正確か。

 私はリーサとの魔法の制御の練習も日常的な魔法が多かったため、今のところは戦闘時の魔法を使えない。『この世界』で生きていく上で、戦闘は免れないのだし、やっておくことに損はないと感じた。

 

「よろしくお願いします、ソード」

 

「では始めましょうか。杖を出して?」

 

「えっ、あの、私……」

 

 言葉を濁したシエルにソードが「ん?」と聞き直す。

 

「ソード様、シエル様はまだ、杖をお持ちではありません。聞いたところ、杖なし呪文は使えるそうですが…」

 

 フェッタの言葉に、ソードは驚愕した。

 

「えっ、今、なんて?杖を持ってないって言った?……もしかしてシエルってまだ、11歳以下?」

 

「8歳ですが…」

 

「は、はぁ?!うちの子と同い年なんですけど!そんな子をスタージェント家当主にしたっていうの!?あの、狸爺、今すぐ抗議しに行ってやる!」

 

 すごい暴言が聞こえた気がする()

 出ていこうとするソードをフェッタが慌てて取り押さえ宥めると、結局、杖を買いに行くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姿現しを使い、向かった先はダイアゴン横丁。

 見覚えのあるペットショップを通りすぎると、あの時のことを思い出してしまった。

 

「シエル様?」

 

 私の異変に気がついたのか、フェッタが声をかけてくる。「何でもない」と返すけれど、心の中のもやもやとした気持ちは晴れてはくれなかった。

 

 チリリン。ドアに付いていたベルが鳴る。店の中は古い埃の臭いでむんとしていた。

 壁のてっぺんまで高く積み上げられた箱。それを見ていると誰かが声をかけた。

 

「いらっしゃい、小さい魔女さんのご来店かな?後ろにいるのはソードさんとフェッタさんだね?」

 

「初めまして、オリバンダーさん。シエル・エンヴァンスです」

 

「久しぶり、おじいさん」

 

「長らくでしたね、オリバンダーさま」

 

 挨拶を交わすと、彼は二人の杖について何言か話し、最後に私の方を向いた。

 

「君は……スタージェントの子だね?」

 

「なぜ、それを…?」

 

「スタージェント家の者は皆、魔力が独特でね。こう、見た瞬間に分かるのだよ。それで、今日は君の杖を買いに来たんだね?」

 

「ええ」

 

「では、これを」

 

 そう言うと、オリバンダーは一本の杖を取りだし、私に差し出した。見た瞬間に、本能的な何かが、私に語りかけた。

 

『手にとってごらん?』

 

 私は躊躇いもなく手を伸ばした。そして、握りしめる。

 

 ふわりと風が吹いた。私を包みこんだかと思うと、それはすぐに消え去った。

 

 パチパチと、あオリバンダーが拍手をした。私は呆気に取られてしまう。

 

「ブラボー、ブラボー。いやぁ、やはり、君にはそれだったか。桜の木に芯材は不明。24センチと少し短め。強い主にしか従わず、攻撃呪文に適す。彼はこう呼んでいたよ、『傷つけるための杖』とね」

 

「彼とは、一体……?」

 

「君の父親だよ。実はその杖は代々スタージェント家が受け継いでいるものでね。彼らは幾度もこの杖を使い、人を殺めた。しかし、それは誰かを護るためであって、傷つけるためのものではなかったんだ。しかし……」

 

 コホンと、フェッタが咳払いした。オリバンダーはやってしまったと言わんばかりに顔をしかめる。

 

「おっと、すまないね、話しすぎてしまったようだ。私は預かっていただけだからお代は気にしなくていいよ。では、わたしは仕事があるので失礼するよ」

 

 そそくさと、奥の部屋へ去っていくオリバンダー。残された私は杖を握りしめた。傷つけるための杖かぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ると、早速ソードとの特訓が始まった。何故か、フェッタも参戦している。

 

「まずは、簡単な防衛術からやってみましょう。

 エクスペリアームス(武器よ去れ)

 

 紅い閃光がフェッタの手元に当たり、杖が吹き飛んだ。そして、ソードの手の中に握られる。

 

「ありがとう、フェッタ。今度はシエルの番よ、私の杖を飛ばしてみなさい」

 

 私は杖を構えた。フェッタは無言でその様子を見つめる。一方ソードはどう手加減しようかと考えていた。その時。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)

 

 シエルが呪文を唱えた。次の瞬間……

 

「ぐはっ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「はっ、ソード!大丈夫ですか?!」

 

 慌てて近寄ると、ソードがそれを手で制す。彼女は杖を出して、自分自身に治癒魔法をかけると、すぐさま起き上がった。そして、シエル……ではなく、フェッタの方を向く。

 

「貴女のご主人様はどうやら、桁違いの魔力をお持ちのようね」

 

「言い忘れておりましたが、シエル様は無言呪文に杖無し呪文(ワンドレス)で魔法の特訓をされていたそうですので、それくらいが当たり前かと」

 

「……え、なにそれ!?」

 

 その日から、私の特訓内容は文字通り魔法の制御になった。

 どうやら私、魔力が桁違いなのだそうです(他人事)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから二週間が経った。

 ソードとの特訓は武装解除呪文が幾分か上達し、やっと次の呪文である、盾の呪文を教えてもらっていた。

 

プロテゴ(護れ)

 

 相変わらず、魔力が強いので、魔法でできた盾の大きさと強度は馬鹿にならないが()

 

 ある程度きりがつくと、昼食にすることにした。

 

 リビングに着くと、ソードはいつものごとく一度家に帰った。昼食は娘と食べたいらしい。ソードと交代するようにして現れたのは、セブルスだった。

 

「昼食は食べたかね?」

 

「いえ、まだ」

 

「では、一緒に取ることにしよう」

 

「準備をして参ります」

 

 フェッタが居なくなると、なんとも不思議な雰囲気が二人の間に流れた。取り敢えず席につく。

 

「……特訓は順調か?」

 

「は、はい、今日は盾の呪文を練習していました」

 

「そうか…」

 

 また沈黙。今度は私から声をかけてみることにした。

 

「セブルスは…その…何をしていたのですか?」

 

「うむ。吾輩は馬鹿共に魔法薬学を教えている…」

 

「えと…楽しい、ですか…?」

 

 何となく、私はそう聞いてみた。彼は返事の代わりに顔をしかめてみせた。

 

「ではなぜ、セブルスは魔法薬学の教授になったのですか?」

 

 ならば、とそんな質問をしてみる。セブルスは一瞬驚いたような顔をして、私の瞳をじっと見つめこう答えた。

 

「…ある女性がいた。君と同じ瞳を持つ女性だ。昔、今、君が聞いた質問と似たようなことを、聞いた。それは、魔法薬学の事ではないが…それと同じようなものだ。好きではないのに何故、続けるのか。その時に吾輩は答えられなかった。シエル、君は……」

 

 丁度その時、フェッタが現れた。

 

「準備が整いました。昼食に……失礼しました。お話し中でございましたか」

 

 私たちの空気を読んだのか、フェッタがそう尋ねる。なんともタイミングの悪い。

 

「……いや、構わん」

 

 セブルスはそう答えると私から視線を外した。

 その続きを聞くことはもうないだろうな。そんなことを私は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の午後。シエルの元に一通の手紙が届いた。

 宛名には『ルシウス・マルフォイ』と書かれている。

 

 『パーティー会場でお会いできることを楽しみにしています』

 

「フェッタ、ドレスの手配を頼みました」

 

「かしこまりました。とびっきりのおめかしをご提案致しますね!」

 

 上機嫌にそう答えるフェッタ。

 ……そういえば、“私”まだ化粧もしたことなかったっけな。



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Page 7.パーティー

 大きな玄関ホールに備え付けられた暖炉。

 先ほどからもう何十人もの人々がそこから吐き出されていた。

 ぼうっとエメラルドの炎が煌めき、また新しい客が現れる。

 

「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メイドに招待状を渡すと、大広間へと案内された。

 

「ご主人様は彼方に居られます。何か在りましたら近くの者にお声かけを」

 

「ありがとう、メイドさん」

 

 メイドが去ると私は一人になった。メイドの教えてくれた場所にルシウスがいるが、誰かと話しているようだ。

 様子を伺って、後で挨拶に行こう。そう思いながら、飲み物でもとテーブルの方へと歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気合いを入れたフェッタが私を解放したのは、準備を始めてから約6時間後のことだった。

 ヘロヘロになりつつも、姿見を確認する。時間をかけただけあって、とても綺麗に仕上がっていた。

 

 瞳の色と同じ緑色のドレスに、いつもはワンサイドアップの髪を今日はハーフアップに纏めている。唇にはうっすらと紅も引かれていた。

 

 ちなみに、先ほど用事で来たセブルスは、私を見た瞬間に顔を背け、用件を早口でフェッタに伝えると、三分も経たない内にホグワーツヘ戻って行ってしまった。

 ……急いでたのかな?きっとそうだよね。

 

 現在、15時。パーティーはもう始まっているが、時間をずらすために私は16時に出る。なぜこんなに早い時間かというと、今日の主役が子供だからである。

 

「お嬢様、やはりわたくしも一緒に行った方がよろしいのでは?」

 

 ふと、ソファに腰を掛け、読書に励んでいた私にフェッタが声をかけた。先ほどから何度同じ言葉を聞いたか…。

 

「…いいえ大丈夫です、フェッタ。先ほどから、心配しすぎです」

 

「ですが……」

 

 パーティー会場には確実にノット家がいる。

 初めはソードを連れていく予定だったのだが、元死喰い人がいる中で闇祓いを連れているとなれば、悪目立ちするのは目に見えている。

 かといって、ノット家との面識、もとい殺し合いの経験のあるフェッタが同行するわけにも行かず、結局、シエル一人で向かうことになったのである。

 

 それから時間になると暖炉に向かって行き先を叫んだ。

 

「マルフォイ本家!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほどまでのことを思い出しながら、グラス──中身はお酒ではないはず──を傾けていたシエルは、不意に背中から声をかけられた。

 

「お待たせしましたね、シエル嬢」

 

 予想通り。そこにはルシウスがいた。

 

「いえ、大丈夫ですよ。ごきげんよう、ルシウス。ところで、本日の主役はどちらに?」

 

「ドラコは子供達の輪の中に行きました。呼んで参りますね」

 

「いえ、それには及びません。私から行くとしましょう。ルシウスもお忙しいでしょう?」

 

「申し訳ない、そうして頂けるとこちらとしても幸いです。では、また後程お会いしましょう」

 

「ええ、また」

 

 私はそう言うと、ルシウスに背中を向けた。

 

「そう言えば、シエル嬢」

 

 呼び止められた私は「何でしょうか?」と振り返る。

 

「本日のドレス、とてもお似合いですよ」

 

「そ、そうですか……ありがとうございます…」

 

 シエルの真っ白な肌に少し赤みが差したように見えて、ルシウスはいつもの姿とのギャップに思考停止してしまった。

 数秒後、妻に頬を叩かれかけたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルシウスと別れると、私は子供達の輪を探して歩きだした。少し歩くと、すぐにそれらしき人だかりが見つかる。中には見覚えのある顔もちらほら見えた。

 すぅーはぁーと深呼吸をすると、その中に入り込んだ。

 

「失礼します。お話に加わってもよろしいでしょうか?」

 

 しんっと水を打ったように静かになった。やらかしたかな、と肝を冷やす。すると、一人の少年が、私に声をかけた。

 

「……君、名前は?」

 

 青白い肌にブロンドの髪をオールバックにした彼は私にそう尋ねた。私ははっとする。そして、彼の薄いグレーの瞳を見て微笑んだ。

 

「申し遅れました……私はシエル・エンヴァンスと申します。貴方は……()()()()()()()()様でしょうか?」

 

 彼は顔を俯かせて、こくりと頷いた。いやなんで、耳が赤くなってるの?

 首を傾げていると、周りにいた子供達がやっと動き出した。というか、なんで、フリーズしてんの?…解せぬ。

 

「…エンヴァンスなど、あまり聞かない姓ですね…貴女、どちらのお家の人ですの?」

 

 マルフォイの隣にいた少女が私にそう聞いた。完全に敵対心MAX、といった感じだ。

 

「実は諸事情ありまして、自身の本名を偽って生活しているのです。事情についてお話し出来ればいいのですが……」

 

 顔を俯かせて、悲しげな演技…じゃない、雰囲気を作り出して…これも違うか。

 

「そうでしたの…辛いこと思い出させてしまったようですわ。許して下さいな」

 

「いえ、大丈夫です……ところで、お名前は?」

 

「ダフネ・グリーングラスです。こちらが妹のアステリア」

 

「は、初めまして…シエルさん」

 

「シエルで大丈夫ですよ」

 

「では、私達もダフネとアステリアと呼んでくださいな、シエル」

 

 その波に乗って、自己紹介タイムが始まった。パンジー。クラッブ。ゴイル。ミリセント……。原作の主要人物への挨拶は一通り終わった。残るのは……。

 

「セオドール・()()()だ。ミス・シエル」

 

 無愛想な顔をした彼は、私に手を差し伸べた。私は警戒していないことを示すため、手を握る。すると、ぐいっと腕を引っ張られ、耳元で囁かれた。

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 彼の冷たい声に私はびくりと身体を震わせた。

 ──まさか、バレてる…?

 

「ふっ、なーんてな。そんな事、あるわけ無いじゃないか!キミったらそんなに怖がらないでくれよな!」

 

 年相応に戻った彼がそう、言って誤魔化す。私は微笑んだ。

 そうだよね?バレてるわけ……ない、よね?

 そんな私の前に私よりほんの少しだけ大きな背中が現れた。

 

「セオドール、調子に乗りすぎだ。彼女が怯えてるじゃないか」

 

 威圧するような声でそう言ったのは、ドラコだった。ノットはドラコを睨み付けると、悪態をついて何処かに行ってしまった。

 

「大丈夫か?顔が真っ青だ。

 父上から君の話は聞いているよ。セオドールはああいう奴だから気にしないでくれ」

 

 そんなに酷い顔してたのかな。私は頬に手を置いて首を傾げる。

 その様子に、また彼は赤くなった。いやほんとになんで?

 

「とにかく、これからよろしく頼むよ、シエル」

 

「はい、ありがとうございます、えっと……」

 

「僕のことはドラコと呼べ」

 

「分かりました、ドラコ」

 

「僕はそろそろ、父上と合流してくるよ。何せ今日の主役は僕だからね。

 じゃあ、楽しんでくれ」

 

 そう言うと、彼はルシウスの方へ歩いていった。

 

 

 あれ、マルフォイってあんなんだったけ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラコがいなくなると、彼の代わりに私を囲んで子供達が話し始めた。

 言葉に詰まってしまった時はダフネがカバーして、喉が乾いたなと思っていたらアステリアがグラスを持ってきて、お腹が空いたと思ったらクラッブとゴイルが食べ物を薦めてくる。何故か至れり尽くせりの私は、まあまあ楽しむことが出来た。

 しばらくすると、ドラコが戻ってきた。

 

「私は少し他の方々とお話してきますね。では、また」

 

 流石に元気100%なお子様達についていくのに精神(年齢8歳差)が限界だったので、私は一度輪の中から抜けた。お手洗いにでも行こうかと思い、メイドを探す。

 

「そこのご令嬢、何かお探しですか?」

 

 キョロキョロとしていたため、不審に思われたか、女性が声をかけた。

 

「はい、お手洗いに行こうかと思いまして」

 

「それでしたら、そちらの通路を右ですわ。ところで、貴女、見覚えのない子ね…?」

 

「失礼致しました。シエル・エンヴァンスと申します。以後お見知りおきを」

 

 私はドレスの裾を持ち上げて、優雅に一礼をした。

 その様子を見た女性はふふっと口に手を当てる。

 

「あら、貴女がシエルちゃんね。聞いた通りの美しさだわ。ルシーが見とれるのも無理は無いわね」

 

「いえ、その様なことは…」

 

「そういうところも、きちんと教育がされているようね。

 あら、私、まだ名乗っていなかったかしら。ナルシッサ・マルフォイよ」

 

 一礼する彼女。私もすかさず返した。

 と、その時、遠くの方からドラコの声が聞こえた。

 

「母上、母上!こちらにいらっしゃいましたか、父上がお探しでしたよ」

 

「あら、それはすぐに行かなくてはね。じゃあ、シエルちゃん、またお会いしましょう」

 

 ナルシッサさんがいなくなると、ドラコと私は二人きりになった。

 

「シエル」

 

 ドラコが私の名を呼ぶ。

 

「何でしょうか、ドラコ?」

 

「話たいことがあるんだ。ついてこい」

 

 そう言って、手を引っ張るドラコに連れられて、たどり着いたのは大広間から少し離れた、中庭だった。

 これって、逢い引きのお誘いかしら。もしかして、告白?…だとしたら、どうしよう。勢いで付き合っちゃおうか(笑)

 軽く現実逃避をしていると、ドラコが口を開いた。

 

「ドビー」

 

「お呼びでしょうか、坊っちゃま」

 

 ドビーと呼ばれた屋敷しもべが、姿現しで現れる。おっす、原作キャラさん。

 

「ああ、防音と人払いの魔法をこの庭にかけろ」

 

「かしこまりました」

 

 パチンッという音と共にドビーがいなくなると、また私たちは二人になった。

 魔法までかけるなんて、告白にしては力入れすぎじゃないかな?

 

「あの…お話とは何でしょうか?」

 

 自分から切り出してみることにした。

 

「父上から、君のことを聞いたんだ。君は……『()()()』の当主だってね」

 

 『()()()』と言うのは、スタージェント家のことで間違いないだろう。私はこくりと頷いた。

 ただ…お願いだから『()()()()()』みたいな呼び方止めて?悪いことしてないのになんだか罪悪感があるから。いや、悪いことしたのか。ご先祖様が。

 

「それで、だ。君は僕と()()()らしい。昨日聞いた事だから、まだ信じられないんだけど」

 

 ふうん、そうなんだー。私がドラコの婚約者ねー。実質私たち親戚だから、軽く近親結婚になるのかなー。うん。

 

 

 ──うん?

 

 

「それで…「ちょっと、待ってください!」ん?どうしたんだい?」

 

「いったい、何時から私たちは婚約者になったって言うんですか!?」

 

 私の問いに、何を言っているんだ?と言いたげな顔でドラコは答えた。

 

「何時って、生まれたときからに決まってるじゃないか」

 

 さっすが、貴族サマ。素晴らしい速さデスネ。ハイ()

 というか、アステリア(未来の嫁)はどうしたんだい。

 

「まあ、いいでしょう……それで?」

 

「ああ、それでだ。父上が、週に一度、会うのはどうかと言っておられるのだよ。もちろん、君の都合にもよるんだが、どうかな?」

 

 なんだ。そんなことか。

 告白というのはあながち間違いじゃなかったけど、わざわざ魔法を使うことでもなかったんじゃないかな?まあ、念には念をって感じかな?

 

「大丈夫ですよ。良ければ、明日、さっそく本家にいらしてはいかがですか?」

 

「父上に話を通しておこう」

 

「ありがとうございます。

 あっ…そう言えば、まだ渡していませんでしたね」

 

 私は持っていたハンドバッグから、小包を取り出した。

 

「ハッピーバースデイ、ドラコ」

 

「あ、ありがとう。開けてもいいか?」

 

「ええ、もちろん」

 

 ドラコは丁寧に小包を開いた。

 

「これは……ネクタイピンか……」

 

 蛇がモチーフにされたネクタイピン。眼の部分にはエメラルドがあしらわれている高価な物だ。

 

「蛇、お好きではありませんでしたか?」

 

 ドラコが黙り込んでしまったので、心配になった私は、そう聞いた。すると、ドラコは慌てて訂正する。

 

「いや、そうじゃない。つい、見とれてしまったんだ。ありがとう、シエル。大切にするよ」

 

「お気に召したのであれば、良かったです。

 ……それでは、私はそろそろ戻りますね」

 

「僕はまだ少しここにいるよ」

 

 私はそう答えたドラコに背を向ける。そう言えば、トイレ…じゃなくて、お花摘みもといお手洗い行き忘れてたわ。そんなことを考えながら、中庭の出口の戸に手をかけたところで、ドラコが私を呼び止めた。

 

「そうだ、シエル」

 

 私は振り返り、ドラコの方に向き直った。彼の薄いブルーの瞳が揺れている。

 

「何ですか、ドラコ?」

 

 彼は空を見上げた。それにならって、私も空を見上げた。今日は月明かりが綺麗だな、なんて、考えてしまう。

 暫くの沈黙の後、ドラコが私の瞳を真っ直ぐに見つめた。

 青白い肌に朱が差した。そして……

 

「……そのドレス、シエルによく似合っているぞ」

 

 褒められることに慣れていない、“私”は顔が熱くなるのを感じた。

 そういえば、さっきもルシウスに同じことを言われた。親子ってやっぱり似るのかな。

 

 彼の薄いグレーの瞳には私が映っている。

 ああ、そうか。セブルスが急ぎ足で出ていったのも、子供達がフリーズしていたのも、全てこれのせいか。

 

 

 

 

 

 ──“私”(心笑瑠)(シエル)だ。

 綺麗な容姿、言葉、着衣や、その仕草だって。見る人の瞳には、もう二度と“私”(心笑琉)が映ることはない。

 

 

 

 

 

 シエルは微笑んだ。綺麗に、それでいて、美しく。

 

「ありがとう、ドラコ」

 

 シエルは今度こそ彼に背を向けた。扉が閉まる寸前、「それは、反則だ……」と聞こえたのは気のせいだと思う。

 

 お手洗いを済まし、大広間に戻ると、ルシウスに断って帰ることにした。明日はドラコが遊びに来るし、今日は何だか疲れてしまったのだ。玄関ホールへ向かい、炎の煌めく暖炉に入ると、「スタージェント本家」と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは……」

 

 玄関ホールへ一人、歩いていく人影を見つけた僕は、その後を追いかけた。

 金髪に緑のドレス。あれは間違いなく、エンヴァンスとか言う新入りだろう。

 おかしいとは思っていたが、やっぱり一人で来ていたのか。

 

 彼女がエメラルドの炎の中へ足を踏み入れる。そしてーー

 

()()()()()()()()()

 

 彼女…いや、()がそう言ったのを僕は聞き逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけたよ、父さん」



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Page 8.半年間

 パーティーからの帰宅後。

 暖炉から現れたシエルを心配そうな面持ちのフェッタが出迎えた。

 

「シエル様!何か変わったことは御座いませんか?お怪我は?体調は?」

 

「ふふ…そんなに心配せずとも私は大丈夫ですよ」

 

 苦笑しながらそう告げると、フェッタは「よかった…」と言って安堵のため息をついた。

 

「ただ…」

 

『キミ、死にたいのかい?』

 

 彼の言葉が私の恐怖を掻き立てる。ぶんぶんと頭を振った。きっと、ただの勘違いだ。

 

「……シエル様…?」

 

 意識を戻すと、フェッタがまた心配そうな顔で私を覗いていた。

 二度も心配させるなんて。

 私はすぐに笑顔を取り繕うと、なんでもないと言った。フェッタは一瞬、怪しんだような仕草を見せたが、深入りはしなかった。

 妙な空気が流れたため、彼女にお茶を淹れるように頼む。ソファーに腰掛け、少し待つと、彼女がカップを持って現れた。

 

「ありがとう、フェッタ。

 …そういえば、明日、ドラコが此方に来ることになりました」

 

「ドラコ様から許嫁のお話についてお聞きになられたのですね?」

 

 ニヤリというのが相応しい顔でフェッタがそう言う。

 ……え、知ってたの?なのに、教えてくれなかったの?というかなんて顔してんの?UZAIYO?

 そう思いながらも、なるべく冷静に答える。

 

「ええ。ドラコから聞きました。フェッタが知っていたとは思いませんでしたが…」

 

「申し訳ございません。ロキス様が口止めされていたのですよ。

 『その話をするのはドラコの口からでないと許さん!それができないやつに娘はやらん!』といった具合に」

 

 なにその、お前に娘はやらん!的な感じのやつ。私の父親ってそんな感じの人だったの?

 

「は、はぁ…」

 

 取り敢えず、生返事を返しておいた。

 

「…ともかく、明日は宜しくお願いしますね」

 

「かしこまりました」

 

 冷めかけた紅茶のカップを一口飲み、一息つく。ふと、カレンダーが目に入った。

 

「そう言えば、私が此処に来てからもう2ヶ月ですか…」

 

 転生してからももう3ヶ月前。いや、まだ、といった方が正確かな。

 転生して、ダンブルドアやセブルスに出会って、スタージェント家の当主になって、ドラコや他の原作キャラにもたくさん出会って……それなのにまだ、3ヶ月前しか経っていない。

 ホグワーツに入学するまでもあと3年あるし、それまでに私は……私は?

 

 魔法を練習して強くなって。

 本を読んで知識を増やして。

 原作キャラと今のうちに仲良くなって。

 

 ホグワーツの制服を身に纏った私がホグワーツ城の中を楽しそうに歩く姿が頭に浮かび上がってきた。“私”の大好きな世界の中で(シエル)として自由に過ごすんだ。

 大丈夫。私は全部“知ってる”んだから。チートも使い放題!ハリーと仲良くなりたいな。寮はやっぱりグリフィンドール?賢者の石を護って、ジニーを救って、ピーターを捕まえて、それから……。

 

 その日の夜、うきうきした気分のまま、シエルは眠った。

 

 

 

 

 ──そんな彼女はまだ、『この世界』の厳しさを知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 一番最初に、暖炉から炎と共に吐き出されたのは、ソードだった。

 

「おはよう、シエル。昨日のパーティーはどうだった?」

 

「おはようございます、ソード。問題は起こりませんでしたよ」

 

「そう。それは、よかったわ。フェッタもおはよう」

 

「おはようございます、ソード様」

 

 キッチンから顔を出すと、すぐに引っ込んでしまうフェッタ。それを見て、ソードは何かあったのかと、シエルに聞いた。

 

「フェッタ、忙しそうね。今日も何かあるの?」

 

「ドラコ……えっと…マルフォイ家の息子の事なのだけれど…彼が遊びに来るのですよ」

 

「あら、デート?だったら私は邪魔したらいけないわね」

 

「もう、あなたまで私をいじるんですか?今朝、散々髪型についてフェッタにいじられたのに…」

 

「確かに、今日はアクセサリーを着けてるわね。似合ってるわよ。ドラコ君もびっくりなんじゃないかしら?」

 

「うう…」

 

 そんなことを言い合っているうちに、暖炉がエメラルドに光った。

 私は即座に身なりを整え、ソファーに座り直す。その様子にソードがクスリと笑ったが見なかった事にしておいた。

 現れたのはドラコとルシウスだった。

 来客を気配で感じ取ったか、同時にフェッタも現れる。

 

「いらっしゃいませ、マルフォイ様、ドラコ様」

 

「おはようございます、ルシウス、ドラコ」

 

「久し振りね、スリザリンの王子様(プリンス)

 

 フェッタ、シエル、ソードの順で、挨拶をする。

 

「お邪魔させてもらうよ、シエル嬢。それと…グリフィンドールの(プリ)…いや、じゃじゃ馬娘(プリンセス)

 

 二人は知り合いらしかった。

 

「そう言えばまだアズカバンに行かなくても大丈夫なの、厨二病(プリンス)?」

 

 それも、かなりの。

 

「わざわざ、来てくれたのですね、ルシウス」

 

 話を変えるようにして、私は声を掛けた。二人とも、まだ何か言いたそうな顔をしていたが、大人しく話題を変えてくれた。

 

「いえいえ、当たり前のことですよ。今日はドラコを宜しくお願いします」

 

「こちらこそです」

 

 一礼し合うと、ルシウスは仕事があると言って去っていった。フェッタも途中だった昼食の準備をするため席を外す。ソードはニヤつきながら図書室に本を読みに行った。

 

「…」

 

「…」

 

 いや、気まずっ。

 しかし、黙っている訳にもいかないので、他愛もない話を振ってみる。

 

「…ドラコは、何か好きなことはありますか?」

 

「僕は…そうだな…クィディッチが好きだ。家でもよく箒に乗っているよ。

 …シエルは何が好きなんだ?」

 

「私は読書ですね。他にも魔法の鍛練をすることも好きです」

 

「どんな魔法を使えるのかい?」

 

「そうですね…見た方が早いと思います」

 

 そう言って私は右手を甲が下になるように前に出した。頭でよくイメージをしながら、魔力を右手に集める。ふわりと風が吹いたかと思うと、シエルの掌には一輪の花が置かれていた。

 

「こんな感じで…「今の、どうやったんだ?!」…え?」

 

 いつの間にか、立ち上がったドラコが瞳をキラキラと輝かせて、私を見ていた。

 

「だから、今の魔法のことだよ。本で読んだんだけど、無言呪文に杖なし呪文は大人でも難しいんだ」

 

 今更ながら、杖を使えば良かったと後悔した。なんて、説明しようか…。

 感覚でやってるから、どうやってるのか自分でも分かんないんだよね…。 

 

「えっと……こう、まずは右手を出して…魔力を集めて…」

 

 それから昼食の時間まで練習をしたが、ドラコは諦めたようだった。ごめんね、ドラコ。

 

 午後は庭で、杖を使って、簡単な呪文を唱えあったりして遊ぶことにした。

 

「まずは僕から。アグアメンティ(水よ)

 

 ドラコの杖先から、少量の水が飛び出した。

 

「では、私も。アグアメンティ(水よ)

 

 ザバーと言う音とともに何処からともなく大量の、言うなれば、滝のような水が現れた。そして……。

 

「ゲホゲホ…シエル、何をしたらあんな水が出るんだい!?」

 

「コホコホ…解せませんね…」

 

 びちょぬれになった私たちはヴェンタス(風よ)を唱え、乾燥させた。もっとも、私が吹き飛ばされそうになったのは言うまでもないが。

 

 日が暮れると、ルシウスが迎えに来た。

 

「今日はありがとうございました。ご迷惑をお掛けしていませんか?」

 

「いえいえ、楽しませて頂きました。また、来週にでも、遊びに来てくださいね」

 

「では、私たちはこれで…」

 

 ルシウスが先に暖炉の中に消えていった。ドラコは暖炉に入る直前で足を止める。

 

「どうかしましたか、ドラコ?」

 

 私がそう聞くと、ドラコは振り返った。

 

「いい忘れてたけど。その髪飾り、シエルらしいと思うぞ…じゃあな」

 

 私はしてやられたと思った。

 

「ありがとう…また」

 

 ドラコが去ると、何かが私の脇腹辺りをツンツンとした。顔を上げると、ソードがいる。

 

「にんまり」

 

「わざわざ、声に出さなくても分かりますよっ!」

 

 ソードのニヤけ顔を目に入れないようにしながら、部屋に戻った。ボソッと青春とか言わないでよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソードとの鍛練によって、魔法の制御は日に日に上達していった。

 ドラコとは週に一度、どちらかの家で遊ぶようになり、時々ソードに先生をしてもらって勉強もした。

 ダンブルドアについては、セブルスがたまに来て、フェッタに何かを話して帰っていくくらいで、本人が来ると言うことは一度もなかった。

 他の家との交流も絶やさず行っている。パーティーにはなるべく参加したし、数名とは文通もしている。

 

 特筆することのない、淡々とした日々が流れていく。

 

 ──しかし、彼女の運命はそれが長く続くことを許してはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏が終わり、秋も過ぎ、ゆっくりと落ちていた葉も、今はすっかり落ちきっててしまっていた。ふぅーと息を吐くと視界が白くなる。窓を開けてみると、外は一面、雪景色だった。

 

「もう冬ですか…」

 

「本当に早いものだな…」

 

 隣にいるのは他でもないドラコだ。この半年でまた背が伸びた気がする。といっても、まだ8歳なので、それほど背の差はないのだが。

 

「そういえば、シエル。父上からこれを預かってきた」 

 

 内ポケットから彼が取り出したのは、一通の手紙だった。ありがとう、と言いながら受け取ると、早速開いてみる。

 

『マルフォイ家のクリスマスパーティーにご招待致します』

 

「クリスマスパーティー…」

 

「毎年、僕の家では大きなパーティーを行うんだ。ぜひ、来てくれ。母上も会うのを楽しみにしていたよ」

 

「本当ですか?では、綺麗なドレスを着て行かなくては行けませんね」

 

「ドレスがなくても、綺麗だと思うが?」

 

「そう言う貴方こそ整った顔立ちですけれど?」

 

 半年もあれば、褒める方も褒められる方も、慣れたものだ。

 

「ほら、そこの二人、休憩はそこまでにして、そろそろ再開するわよー」

 

 ソードの声が聞こえると私たちはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 休日なのでソードはおらず、暖炉で温まりながら読書をしていた。

 と、ふいに、視界にエメラルド色の光が入る。顔を上げてそちらを見ると、セブルスが立っていた。

 

「いらっしゃいませ、スネイプ様」

 

「こんにちは、セブルス」

 

 挨拶をすると、いつも通りフェッタの方へ…かと思えば、私の方を向いていた。

 

「セブルス、何か……?」

 

 ぼうっと暖炉の炎が大きくなった。現れた人物に私は少し驚く。

 

「しばらくじゃったのう、シエルよ」

 

 ダンブルドアは微笑みながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです、ダンブルドアさま」

 

 互いに挨拶を交わすと二人をソファーに薦めつつ、私も座った。

 

「セブルスから色々聞いておるよ。魔法も上達したようじゃのう」

 

「ええ、今はある程度の魔法であれば、使えるようになりました」

 

 そうかそうかと言って、ダンブルドアはフェッタの淹れた紅茶を啜る。それに習って私もカップに口をつけた。

 しばらくそうしていると、口を開いたのはダンブルドアだった。

 

「…何故わしが此処に来たのか、と思っているじゃろう……実はのう、ちいと問題が起きたのじゃ」

 

「問題、ですか…」

 

 嫌な予感がした。彼がわざわざ出向かなければならない程の問題。

 それは一体…。

 

 ぼうっと、また暖炉の炎が大きくなった。

 

「急に呼び出して一体……って、校長?一体何が…」

 

「仕事中にすまんのう、ソード。取り敢えず、座って話をしようではないか」

 

「いえ、大丈夫ですよ……それで何があったんですか?」

 

 ソードが聞くと、ダンブルドアはもう一度紅茶を飲んだ。と、今度は横に座っていたセブルスが話し始めた。

 

「ノット家に動きがあったようだ。ルシウスにも確認を入れたが間違いない。彼らはシエルの正体を見抜いている…」

 

 静かに告げられた真実に私は驚きを隠せなかった。

 

「何時、ばれてしまったのですか?心当たりが全くありません…」

 

「それは、残念ながら、分からない。しかし、一つだけ言えることがある。

 彼らが動くのはクリスマスパーティーの日だ」

 

「疑う訳では御座いませんが…それは、確実な情報でしょうか?」

 

 恐る恐るといった感じで、フェッタがそう聞いた。セブルスは頷く。

 

「ただ、彼らも馬鹿ではない。吾輩達の動きがあれば、日程くらいいくらでも変えるだろう」

 

「では、ばれないように、私達も動かなくてはいけませんね……具体的には?」

 

「ある程度の事は決めておるよ。しかし、決めるのはお主らじゃ」

 

 シエルの問いに答えたのは、ダンブルドアだった。彼の瞳が私を真っ直ぐに見つめてくる。

 

「いいでしょう。計画を話してください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「計画は?」

 

「予定通り、クリスマスパーティーの日に行う」

 

「人数は集まった?」

 

「ああ、ポリジュース薬の準備も万端だ」

 

「やっと、この日が来るんだな」

 

「そうだ、これでもう、忌々しい奴らは居なくなる」

 

「父さん、ミスるなよ?」

 

「当たり前だ。この日のために半年も費やして来たのだからな」

 

 闇の中で彼らは嗤った。



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Page 9.クリスマスイブ

 マルフォイ邸の大広間はいつも以上の賑わいをもたらしていた。

 なんといっても今日はクリスマスパーティー。

 一年に一度の一番大きなパーティーにはいつもの純血の名家に加え、有名人や魔法省の役人などの多くの客人が招待されていた。

 

 そんな中、一組の男女が会場に足を踏み入れた。

 

「メリークリスマス、シエル。今日は随分と大人びているね。綺麗だよ」

 

「ありがとう、ドラコ。貴方もネクタイピン使ってくれているのですね。似合っていて良かったです」

 

 シエルはフリルやリボンが最小限に抑えられた、瞳より幾分か深い緑色のドレスに、髪は器用に編まれ、一本に纏められていた。

 ドラコは髪をオールバックにし、タキシードにはシエルが以前プレゼントした、ネクタイピンを着けている。

 

「大人顔負けね…」

 

 そう言って苦笑したのは、シエルについているメイド。

 その正体は、髪を魔法で長くして、色も変え、いつもなら絶対にはくことのないスカートをはいたソードだ。スカートをはくことを提案したのはルシウスで、その後にめったぎり(文字通り)にされかけたというのは余談である。結局は、こうしてはいているのだが。

 

「では、ソード。メイドは壁際で待機していてくださいね。何かあれば、これを」

 

 そう言って渡したのは、コイン一枚。シエルに何かあったときに熱を持ち、居場所が文字として浮き上がるという代物だ。原作でこんなのあったなーと思い、作ってあったものである。

 

「では、お気をつけくださいませ、シエルお嬢様」

 

 ソードのらしくない言葉に微笑みつつも私は答えた。

 

「行ってきます」

 

 ドラコにエスコートされながら、会場を歩く。 

 子供達はまだ、親と共に挨拶に追われているようなので、落ち着くまでは一先ず自由だ。

 途中、料理をつつきながら、私たちは会場をまわってみることにした。

 

 しばらくすると、子供達は挨拶から解放され、輪を作り始めた。ドラコは主催者の息子ということもあり、一瞬のうちに囲まれてしまう。ドラコは目で済まないと謝りながらも、子供達に埋もれてしまった。

 

 さて、そろそろ“心の準備”でもしておきますか。

 

「やあ、キミ、ひさしぶりだね!」

 

 …来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンブルドアが訪れた日。

 彼の計画を聞いた私たちは、拍子抜けしてしまった。

 彼は、こう言ったのである。

 

「計画…そう呼べるかも怪しいのう。

 要するに…その場しのぎで頑張るしかないのじゃ」

 

 そんなダンブルドアの言葉に、一児の母であるソードが爆発した。

 

「ノープランですって?!よくもまあ!校長、何を仰っているんですか!シエルはまだ、子供なんですよ!」

 

 セブルスも納得がいっていないのか、顔をしかめ、頷いている。

 

「ソードよ、仕方がないことなのじゃ。彼らはわしらの手の届かないところで計画を練っておる。日時を知れたこと自体、奇跡じゃ。多くは望めん

 

「だとしたら、シエルを行かせないべきです!行かなければ襲われもしないではありませんか!」

 

 ダンブルドアの宥めるような口調に、ソードの怒りは逆にヒートアップしていってしまう。

 

「だいたい、こんな子供に当主を務めさせたのが間違いです!いくらスタージェント家だからって、この子が少し()()だからって、なにもそんなに…「ソード」

 

 それを止めたのはシエルだった。

 

「ソード、貴女が私のことを大切に思ってくれていることはよく分かりました。…しかし、この罠に乗るべきだと、私は思います」

 

「……シエル?…貴女、殺されてしまうかもしれないのよ?もしそうじゃないとしても、戦いは逃れられないわ!貴女はまだ、子供なのよ!」

 

「ソード、確かに私は子供です。未熟で世間知らずで、貴女にとっては守るべき対象だということも分かっています」

 

「じゃあ、何で…!」

 

「ただ、一つだけ。

 子供の私でも、戦うことはできます。大体、この時の為に今まで貴女に鍛えてもらったと言っても過言では無いのですから」

 

「でも…」

 

「ソード、忘れていませんか?……私は魔力が強い。向かうところ敵なし、ですよ?」

 

 ソードはまだ何か言いたげな顔をしていたが、私の顔を見て諦めたか、それ以上何も言うことはなかった。

 

「と、いうことで、決まりです。ダンブルドアさまとセブルスは引き続き情報収集を、フェッタは万が一に備え家のことを、ソードは変装するなりして、パーティーに参加することにしましょう。私は…これまで以上に自分を鍛えることにします。そうすれば、ソードもセブルスも安心でしょう」

 

 突然名を呼ばれたセブルスが驚いたような顔を見せた。

 

「別に、吾輩は心配したりなど…」

 

「まあまあ、セブルス。

 …話はこれで終わりでよいかの?」

 

「ええ」

 

「では、わしらは帰るとしよう。行くぞ、セブルスよ」

 

 ダンブルドアが席を立つと、渋々といった様子でセブルスも立ち上がる。

 

「ではのう」

 

 暖炉から彼らがいなくなると、ソードも暖炉へ向かう。

 

「ソード、明日からもよろしくお願いします」

 

「……ええ」

 

 彼女はそうとだけ言って出ていった。残された私は困った顔をする。

 

「親心は複雑ですね」

 

「違いありません」

 

 そう答えたフェッタもあまり良い顔はしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が見たとき、()はマルフォイと一緒にいた。

 アイツらはいつも一緒に行動している。たぶん、許嫁か何かなのだろう。まあ、()のことなんて、どうだっていいが。どうせ今日が命日だし。

 

 しばらくして、マルフォイが集団に囲まれると()は一人になった。

 僕はにやりと嗤う。そして近づいていった。

 

「やあ、キミ、久しぶりだね!」

 

 早く()()()()()のは勿体無いから、じっくりと時間をかけて()()()じゃないか。

 

 

 ──これは僕の、僕たち(ノット家)の復讐だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、キミ、久しぶりだね!」

 

 微嗤む(ほほえむ)彼が私に声をかけた。

 久しぶり、と言うのも、彼はほとんどのパーティーに参加していなかったのである。

 

「お久しぶりですね、ノットさん。お元気でしたか?」

 

「うん、とっても元気さ!…ところで、今日は何だか()()()()()()()格好だね。どうしたんだい?」

 

 …そう来ましたか。

 皮肉にもとれるその言葉を私はするりとかわす。

 

「今日は()()()()デザインのドレスを選んでみたのですよ。似合っていませんでしたか?」

 

「いや、お似合いだよ、シエル。ただ、もう少し()()を足してみたらどうかな?」

 

()()ですか。そうすれば、クリスマスカラーになりますものね。後でメイドに何か赤色の装飾品がないか、探させてみます」

 

「いや、僕があげるよ。ただ、今は無理だからもう少し待っていてくれないか?」

 

「いいのですか?…分かりました。では、私はしばらく此処にいますので」

 

「うん、じゃあ、また後でねー。

 ……あ、そうだ、シエル」

 

 立ち去ろうとしたノットがまた、戻ってくる。

 

「何でしょうか?」

 

 そう聞いた私の肩を彼がぐいっと掴んだ。そして耳元に口を寄せる。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言うと、彼は何事もなかったように、去っていった。

 一人残された私はよろよろと床に……

 

「大丈夫かい?」

 

 倒れる寸前の私を誰かが抱き抱えた。

 見ると、そこには…

 

「ドラコ…?」

 

 彼はシエルをゆっくりと立ち上がらせると、近くにあった椅子に座らせる。

 

「ありがとう、ドラコ」

 

「いや、いいんだ。それより、何かあったのかい?」

 

 心配そうに聞く彼に私は首を横に振る。

 彼はノット家とのことも、今日のことも何も知らない。巻き込むわけにはいかなかった。

 

「いえ、少し立ちくらみがしただけです。…ドラコは皆のところに行かなくてもいいのですか?」

 

「ああ、少し疲れたから抜けてきたんだ。そしたら倒れそうになっているから、驚いたよ」

 

「そうでしたか…」

 

「本当に大丈夫かい?」

 

「ええ、もうだいじょ……「ドラコー、プレゼント交換の時間よー!」

 

 輪の方から、パンジーがぶんぶんと手を振りながらそう言うのが見えた。

 

「……あらドラコ、ガールフレンドがお呼びですわ」

 

「皮肉なら他所でしてくれよ。というか、まだ数分しか経っていないのに…」

 

「人気者の宿命ですわ…」

 

「皮肉を言うときに口調が変わるの、止めてくれないか?」

 

 ドラコの困り顔に思わず笑みがこぼれる。

 

「ドラコー早くー!」

 

 再度お呼びがかかった。

 

「ほら、早く行かないと、振られてしまいますわ」

 

「君は本当に……「何をしているの、ドラコ!こんな子に情けをかけてないで、早くみんなの所に行きましょ!」

 

 ついに、パンジーがどすどすと音をたてながら、此処まで来てしまった。パグ顔がくしゃりと歪んでいる。

 

「すまないパンジー、今行くよ」

 

 困り顔が更に困った様子になる。私は彼を見送ろうと手を振る。

 が、

 

「行ってらっしゃ…「何を言ってるの?全員強制参加よ?」……え?いや、私は……」

 

「ほら、さっさと立つ!

 ……行きましょう、ドラコ♪」

 

 私の否定を余所に、パンジーは片方はドラコの腕をがっちりとホールドし、片方は私の手を力一杯に握る。完全強制で私は輪の中に連れ去られてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっと解放されたときにはもう、パーティーも終盤を迎えていた。

 鞄に入っていたプレゼント用のクッキーももう残すところあと少し。プレゼント交換をしないつもりだった割に、手の込んだクッキー作っていたのは内緒である。鞄の中にはクッキーの代わりに他の子から貰ったプレゼントが詰められていた。

 お菓子、アクセサリー、ハンカチに羽ペン……。鞄を眺めていると、声がかかった。

 

「メリークリスマス、シエル嬢」

 

「ルシウス!

 …すみません、まだ挨拶をしていませんでしたね。メリークリスマス」

 

「いやいや、いいのですよ。楽しんで頂けたようですしね」

 

 プレゼントに膨らんだシエルの鞄を見るルシウス。どうやら、頬が緩んでいたらしい。恥ずかしくなったシエルは慌てて鞄を閉めた。コホンと咳払いをする。

 

「ところでルシウス。何かご用ですか?」

 

「ええ、プレゼント渡しておこうと思いましてね」

 

 そう言うと、彼は小箱を差し出した。

 

「いえ、そんな。気を使わなくてもいいのですよ?」

 

「いやいや、いつもドラコがお世話になっておりますので」

 

 お世話されている気もするけれど。

 そんなことを思いながらも、シエルは有り難く受け取ることにする。

 お返しにクッキーを渡しておいた。

 

「では、そろそろ私はナルシッサとダンスを踊ることにしましょう。また、後日」

 

 どうやら、パーティーのラストはダンスを行うらしかった。ルシウスはナルシッサを探しに中央へと歩いていった。

 

 結局、何にも起こらなかったなー。

 ノットからの皮肉と挑発があっただけで、襲われたりはしなかった。まだ、パーティーは終わっていないので、油断はできないが。

 そう言えば、ドラコはまだプレゼント交換をしているのかな?ダンスが始まったからパンジーと踊ってたりして。

 

「シエル、少しいいかい?」

 

 噂をすれば、ドラコが現れた。

 

「あらドラコ、パンジーと踊らないのですか?」

 

「パーキンソンと?馬鹿なこと言わないでくれ。ダンスは大人達だけだよ。それに、僕にはシエルがいる」

 

「あら、告白ですか?」

 

「前文撤回。君はただの友達だ」

 

 シエルはくすりと笑う。許嫁がただの友達かどうかは分からないが。というか、許嫁がいても恋人を作るのはいいと思うのだけれど。

 

「それで、親子揃って私に何かご用ですか?」

 

「父さんも来たのか?…まあ、いいか。取り敢えずついてきてくれ」

 

「?」

 

 彼の後ろを追いながら歩く。

 と、着いたのは、以前、告白(?)をされた庭だった。

 

「なぜ、ここに?」

 

「……」

 

 ドラコは何も答えなかった。ぼうっとシエルを見つめている。

 

「……?」

 

 ふと、彼の胸元を見た。そこには──

 

 

 つけられていた筈のネクタイピンが見当たらなかった。

 

 

 

「シエル、今日は来てくれてありがとう。僕からキミに渡したいものがあるんだ」

 

 《彼は小箱をポケットに手を入れると、何かを取り出した。

 

「手を出して?」

 

 シエルは右手を前に差し出す。

 

「片手だと入らないから、両手を出してくれるかい?」

 

 左手も同じように出した。

 

 彼の手がシエルに近づく。触れる寸前。

 

「ねえ」

 

 シエルの声で彼の手が止まった。

 

「なんだい?」

 

 近い距離で視線が交わる。彼の瞳から感情が押し寄せてきた。

 シエルはにこりと微嗤む(ほほえむ)

 

「……()()()()()()()()()()()

 

「すまない、リボンは切れているんだよ。代わりに……()()()()()()()()()

 

 ノットの言葉と同時に、何処からか呪文が放たれた。

 

「「「「ディフィンド(裂け)!!!!」」」

 

プロテゴ(護れ)

 

()から距離を取り、杖を抜くと間一髪のところで盾の呪文を唱える。

 

「中々やるじゃないか、シエル・()()()()()()()

 

「貴方は嘘をつくのが下手くそですわ、セオドール・()()()

 

 ドラコの皮を被ったノットは嗤う。

 

 ドラコはパンジーをパーキンソンと呼ばない。

 ドラコはルシウスを父さんと呼ばない。

 ドラコはネクタイピンを外したりなど絶対にしない。

 

 偽物だと分かるのに時間はかからなかった。

 

「スタージェント、キミを殺すのはもう少し後だ。死の呪文を掛けなかった僕の優しさにせいぜい感謝するんだな。……まあ、まずはじっくりと痛みを味わえ」

 

「「「「クルーシオ(苦しめ)!!!!」」」」

 

プロテゴ(護れ)!」

 

 四方八方から磔の呪文が飛んでくる。その全てをシエルの呪文が防ぎきった。

 

「なに…!?」

 

 そうしている間に、シエルはソードと対のコインを握り、場所を念じた。少しすれば、彼女が気づき、ここに駆けつけてくれる筈だ。

 

「ノット、残念ですが、貴方に勝ち目はありませんわ。杖を置き投降しなさい」

 

 シエルの忠告にノットは──

 

「ははっ、はははっ、あはっ、あははははっ!」

 

 ──嗤っていた。

 

「狂ってる……」

 

 まだ8歳の子供に一体何をしたらこんなにも狂ってしまうのだろうか。

 殺意。恨み。憎しみ。悲しみ。哀しみ。そういった負の感情が彼を造りあげていた。

 そしてなにより、彼の心は幸福に満ち溢れている。

 シエルは悟った。彼は、セオドール・ノットという者は此処にはいない。彼はただの操り人形。こんなことを出来るのは──インペリオ(服従の呪文)だけだ。

 

「キミって本当に面白いね!投降しなさいだって?この僕に?はははっ!勘違いしているのかな?僕たちはキミに手加減してやってるんだよ?……殺れ」

 

 彼の合図で総攻撃が始まる。

 

インペディメンタ(妨害せよ)!」「プロテゴ(護れ)

 

エクスパルソ(爆破)!」「プロテゴ(護れ)!」

 

コンフリンゴ(爆発せよ)!」「プロテゴ(護れ)!!」

 

ステューピファイ(麻痺せよ)!」「プロテゴ(護れ)!!!!」

 

 攻防一卓の戦い。4対1と人数では遅れを取っているシエル。しかし、魔力は互角だった。

 

デパルソ(退け)!」「プロテゴ(護れ)!!」

 

コンファンド(錯乱せよ)!」「はぁっ!」

 

オパグノ(襲え)!」「やぁっ!!」

 

インカーセラス(縛れ)!」「っ!!!」

 

 無言呪文に切り替え、杖を振る。右、左、後、右、前、左、後、前。

 次々と呪文が襲いかかり、それを一つ一つ弾き飛ばしていった。

 ノットはそれを楽しそうに見ている。

 

「ははっ、そうだ、いけ!もっと殺れ!!」

 

 ゆっくりと、それでいて、確実に、シエルの体力が削られていた。

 

 ソード、なるべく早く来てくださいね。私の体力が切れる前に。



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Page 10. 深碧は 深紅()に染まる

──────────────────────────

 

 12月24日のクリスマスイブ。

 この日、私はドラコのお家のパーティーへ行きました。パンジーやダフネ、アステリア達とプレゼント交換をして、ルシウスさんにもプレゼントをいただきました。それから……。

 

 ……それからのことはよく思い出せません。

 ()()()()()にこの日の話を聞くと、難しいお顔をされます。なぜでしょうか?

 それに、あの日まで私は、魔法の鍛練を必死にしていました。まるで、何かに備えるように。何の為に私はそんなことをしていたのでしょうか?

 考えれば考えるほど分からなくなります。

 

 ただ、ふと思うのです。

 

 良い子には幸運を。悪い子には悪運を。私にサンタクロースは来なくて、代わりにブラックサンタが来たのでしょう。

 

 

 きっと私は、この日、大切な“何か”を()()しました。

 過信と油断。ふと、そんな言葉が浮かびます。

 

 

 

 

 私は一体──“()”なのでしょうか?

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 賑やかに談笑をする貴族たちを横目に、ソードは一人、壁際で待機していた。

 少し遠くにいる、緑色のドレスを身に纏った少女を見る。

 

 半年前。

 私が育児休暇から復帰してしばらくの時、任務としてシエルの護衛兼訓練係を勤めることになった。

 金髪碧眼という妖精のような美しい容姿と、凛とした態度。一緒に過ごしていく内に、少しずつ彼女の()()()()()を目にする機会も増えたが、やはり彼女は大人びすぎている。

 家族のいない、愛の無い環境故か、先天的な性格故か。

 彼女の笑顔を見てからか。可哀想だとかいう同情ではなくて、ただ単純に彼女を守りたいと思った。

 

 彼女から視線を外し、老害(ノット)に目を向ける。

 

 こんなことになるなら死喰い人の時に殺してしまえば良かったか。そしたら、シエルの重荷も少しくらいは軽くなったというのに。

 そんな物騒なことを考えたところで、視線を戻し、思考を止めた。

 噂をすれば、彼女にあいつ(ノット)が近づいていた。危険を察知した私は近づこうと……。

 

「こんなところにいたのか、給仕係」

 

 振り返ると、ルシウスがいた。

 

「あら、馬鹿プ…じゃなくて、()()()()()()。何かご用でしょうか?」

 

 私は皮肉を込めて彼の名を呼んだ。しかしいつものごとく、すまし顔でかわされてしまう。

 

「いや、特に用は無いんだがな。

 ……それにしても、君が本当にその服を着るとはね。学生時代はマクゴナガル先生に叱られてでも、ズボンをはいていたあの君が…ねえ?」

 

「…誰がはけって言ったんでしたっけ?」

 

 私のスカート姿を物珍しそうに見る()鹿()を睨み付けながらそう返す。が、また彼はすまし顔をする。その顔に後で拳でもお見舞いてやろうかと、再度睨み付けておいた。

 

「そういえば()()、最近フィナは元気にしているかい?」

 

 愛称で呼ぶなんて珍しいじゃない。

 そう思いつつも、愛しい娘の笑顔が頭に浮かんだ。同時に、彼女の笑顔も。

 

「ええ、とっても元気にしてるわ。ただ……」

 

「ただ…?」

 

 言葉を止めた私はシエルを見る。いつの間にか、隣にはドラコがいた。

 

「シエルを見ていると心配になるわ。フィナの笑顔と比べると、あの子の笑顔が曇って見えてしまう……大人過ぎるのよ、あの子は」

 

 私の言葉に彼も頷く。

 

「まあそうだな。だが、仕方がない。当主という重みは8歳の精神のままでは耐えきれないのだよ。ましてや、スタージェント家だ。下手したら私よりも荷が重い」

 

「全然、フォローになっていないのだけれど?」

 

「それは失敬」

 

 彼の気のない謝罪に、三度睨み付ける。

 しかし次は、彼がすまし顔をする前に私が睨むのをやめた。

 

「ねえ、()()()

 

「……なんだい?」

 

 彼が私の顔を覗く。意を決して、私は口を開いた。

 

 

「フィナを、頼んだわ」

 

 

 目が合った。彼の顔が珍しく驚きに崩れた。それでも…それなのに、彼の顔は美しい。

 長い間、沈黙が続いた。ルシウスが口を開く。

 

「…………ああ」

 

 ねえ、ルシー、貴方は覚えている?

 ホグワーツ特急での出会いを。ホグワーツでの生活を。私が闇祓いになった日のことを。貴方が私を捕らえたときのことを。私たちの子供が生まれた日のことを。ヴォルデモート消えた日のことを。

 私はね、ずっと、ずっと、貴方の事を────

 

 

 

 

 

 

「愛してるわ」

 

「…………」

 

 ルシウスは私に背を向けた。明らかな拒絶。だが、彼の耳はそれとは反対に赤く染まっていた。

 

「     」

 

 彼が何か言った…ような気がした。しかし、歩き出した彼の声は彼女の耳には届かなかった。

 

 ルシウスが居なくなると、しばらくしてダンスが始まった。マルフォイ夫妻を目に入れないようにシエルを見る。と、彼女はまたドラコと話しているようだった。彼に連れられてどこかに行ってしまう。着いて行こうか迷ったが、二人の邪魔はしたくないので、やめておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっとのことでプレゼント交換を終えた僕は、最後に一つだけ残った小さな箱のプレゼントを見つめた。

 

「もしかして、それは彼女へのプレゼントかしら?」

 

 ぼーっとしていた僕は急に声を掛けられ、びっくりした。その拍子に手に持っていたプレゼントを落としてしまいそうになる。慌てて持ち直すと、ふうっ、と安堵の溜め息をついた。

 

「よっぽど、大事にされているようですわね?」

 

 見ると、そこにいたのはダフネだった。

 

「べ、別にそんなんじゃないさ。可哀想だから構ってやってるだけだよ」

 

「にしては、頬が緩んでいる用ですが?」

 

「いや、そんなことはない!」

 

「ふうん…」

 

 意地悪な笑みを浮かべたダフネ。僕は取り繕うが逆効果にも思えた。

 

「まあ、いいですわ。そろそろおいとまさせて頂きますわ。ドラコ、ごきげんよう」

 

「ああ、また」

 

 ダフネが歩き出す。

 

「そういえば、ドラコ。彼女から目を離しては駄目ですわ。ふっと消えてしまうから」

 

「…言われなくても、シエルはそこに…………ん?」

 

 見ると、さっきまでシエルがいた場所に彼女が見当たらない。左右を見渡す。それらしき人は全く見当たらない。

 ふと、少し遠くの場所に、ソードが見えた。彼女なら、シエルがどこにいるか知っているかもしれない。

 

「急いだ方が良いですわ……取り返しのつかないことになる前に」

 

「ありがとう、ダフネ」

 

「いってらっしゃいな」

 

 僕はダフネへの礼もそこそこに、ソードの元へと急いだ。

 

「ソード」

 

 僕が声をかけると、彼女は驚いたような顔をした。

 

「ドラコ?貴方…」

 

「シエルが居ないんだ。君なら何処にいるか知っていると思って」

 

 彼女がまた驚いた。

 

「え?何を言ってるの?さっき貴方がシエルを連れて行ったじゃない」

 

「ん?僕は今さっきまでプレゼント交換をしていたんだよ。それでシエルにプレゼントを渡そうと…」

 

「はっ!」

 

 ソードがポケットからコインを取り出した。確か、パーティーの前にシエルが渡していたような…。

 

「ドラコ、貴方は今すぐ、お父様の所へ行きなさい!」

 

「?一体何が……「シエルが危ないのよ!」……は?」

 

「シエルが……ああ、もういいわ。とにかくルシウスに伝えて!」

 

「わ、分かった。貴女は?」

 

「私はシエルを探すわ。中庭はどっち?」

 

 コインに書かれた文字を見て、ソードがそう聞く。僕が道を教えると、飛ぶように彼女は去って行った。僕も急いで父上のもとへ向かう。

 

 父上は母上とのダンスを終え、誰かと話しているようだった。話を遮ることも構わず僕は声をかける。

 

「父上!」

 

「ああ、ドラコ来たのか。こちら、息子のドラコです、大臣」

 

「おお、君がドラコ君かね」

 

「あのっ、父上、大事なお話が……「ドラコ?」

 

 父上の声が少し低くなった。僕は思わず口を閉じる。

 

「すまない、ドラコ。少しだけ待っていてくれるかな?今、大事な話をしているのだよ」

 

 父上と魔法大臣との圧力に、僕はとうとう何も言えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱を帯びたコインを握りしめ、私は走った。ドラコに聞いた道を辿り、中庭の入り口を探す。少し走ると、直ぐに見つかった。しかしーー

 

「やはり、来たのか」

 

 扉の前には一人の男が立ちはだかっていた。

 

「ご無沙汰ね、ノット。元気にしていたかしら?……よくも、シエルを拐ってくれたわね」

 

「否定はしないでおくよ。ただ、拐ったのはわたしではなく、息子だがな。あいつは本当によく働いてくれる」

 

 クックッと嗤うノット。

 

「貴方が親ということに疑問しか感じないわ。息子を使うなんて」

 

「誉め言葉として戴くよ。まあ、最初は少し抵抗したからね、杖を一振りしたよ。そのお陰で、あっという間に殺人魔の完成さ」

 

 私はあまりの(むご)さに手で口を覆った。こいつは、自分の息子を使うだけじゃなく、服従までさせるだなんて!

 

「許さないわ、ノット!!貴方は……!!」

 

 私は杖を取り出した。自分が怒りに震えているのが分かる。

 

「キミはわたしを倒せるかな?」

 

 ノットも杖を持っていた。

 

「ええ、殺してやるわ。絶対に」

 

「「……!!」」

 

 無言呪文。緑と赤の二つの閃光が混じり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たいりょくが、たり、ない……!

 

 はぁ、はぁ、と肩で呼吸をしながらも、シエルは残されたほんの僅かな体力でなんとか立っていた。しかし、彼らに慈悲など無く、絶え間なく呪文が飛んできている。

 失神呪文、武装解除呪文、爆発呪文、磔の呪文、妨害呪文……。その全てを盾の呪文で跳ね返していた。先ほどまでは反撃も少々出来るほどに余裕があったのだが、着々と減らされていく体力にだんだんと顔にも苦の色が浮かんできていた。

 

「なかなかやるねえ、キミも。ただ、そろそろ限界なんじゃない?ほら、体がよろけてきてるよ?」

 

 服従の呪文によって殺人魔に生まれ変わったセオドールが、それはもう楽しそうに見ている。

 彼の言う通り、私の限界は近かった。

 

ステューピファイ(失神せよ)!」「くっ!」

 

デパルソ(退け)!」「やっ!」

 

エクスペリアームズ(武器よ去れ)!」「はぁ!!」

 

 と、その時、私の体がぐらりと揺れた。

 セオドールの口元がにやりと歪む。

 

 ……あ、終わった。

 

ディフィンド(裂け)!!」

 

 真っ赤な閃光が私に直撃した。

 じんわりと、深碧のドレスが私の血で染まっていく。

 

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、いたい、いたい、いたい、いたい、いたいいたい、いたい、いたい、いたい、いたい。

 

 痛みに弱い“私”はあまりの痛覚の強さに地に伏し、声にならない悲鳴をあげた。

 セオドールはさらににやりと嗤い、手を挙げ、呪文を止めさせた。

 

「うぐ…はぁ……っん……」

 

 痛みに悶えながらも必死に立ち上がろうとする。しかし、意識を保つこともやっとな状態の私には、そんな力は残されていなかった。どうにか顔を彼に向け、殺意を向ける。しかし、彼は口が裂けそうなくらいににやついていた。

 

「どうだい、良いプレゼントだろう?やっぱり、紅色がとっても似合うよ。その顔もとっても良い顔だ!だけどね、まだまだ足りないよ。もっと、紅く染めて上げる。だから簡単に死なないで、耐えてね?いーっぱい遊んであげるから!」

 

 彼が私に杖を向けた。

 

「何で……何故、貴方は…スタージェントを憎むの、ですか?」

 

 私の問いに、彼は杖を下ろす。

 

「何故かって?フッ、そんなの決まってるじゃないか!憎いんだよ!これまで、ノット家の者達を何人君たちが殺したと思う?何人も、何十人も…母さんだって!憎い、憎いんだよ!

 ディフィンド(裂け)!」

 

「あ"ぁぁぁぁぁっ!!」

 

「あはっはははははっ!!」

 

 私の悲鳴と彼の嗤い声が庭中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらい経ったのか。いつの間にか、私はもう痛みを感じなくなっていた。

 ぼんやりとした視界の中で目の前にいる人影を見つめた。セオドール、だったっけ。彼が私に杖を向けているのが分かった。周りを見ると、何人もの大人たちが私を囲むようにして立っている。

 

「Die」

 

 深紅()の閃光が視界を覆った。

 ああ、私死ぬんだ。

 せっかくなら、ホグワーツに行ってみたかったな。ハリーにも会いたかったし。

 ソードともっと、話したかった。ドラコともっと、仲良くなりたかった。セブルスの授業も受けたかったな。

 

 私は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シエル!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私とノットとの戦いは、呪文を放ち、避け、防ぎ…互いに致命的な一撃は打てず打たれずのままだった。

 なかなか決着がつかず、時間ばかりが過ぎていく。

 と、その時、遠くの方から誰かが走ってくる音が聞こえた。現れたのは──

 

「待たせたな、セナ」

 

「ルシー!」

 

 ルシウスの登場にノットはチッと舌打ちをする。ルシウスは彼に杖を向けたまま、冷たい声をかけた。

 

「これはこれは、ノット殿。わたしの屋敷で何をされておられるのかね?」

 

「フッ、まあいい。そろそろ、奴も死んだだろうしな。では」

 

 そう言うと、意外とあっさりとノットは姿くらましで消えた。

 

「時間稼ぎか…すまない、セナ」

 

「そんなことより、中に、シエルが!」

 

「ああ」

 

 私は扉に駆け寄ると、勢い良く扉を開いた。直後、つんと血の臭いが鼻を刺す。庭の中央の人影を見つけ私は叫んだ。

 

「シエル!!!!!」

 

 ドレスはズタズタに切り裂かれ、緑色だったはずが血で真っ赤に染まっていた。ドレスだけでなく、綺麗に植えられていた筈の草花も血で染められていた。

 致死量ははるかに超えている。もしかして…と、最悪の結末を思い描いた時、ぴくりと少しだけ、ほんの少しだけ彼女が動いた。

 まだ生きているのだ!

 

 私たちに気づいた少年、セオドール・ノットは杖を彼女に向けていた。

 私は、何も考えず、ただただ走り出した。

 

「セナ!?」

 

 ルシウスの声が聞こえる。回りから無数の呪文が飛んできたが、構わず進む。

 

ディフィンド・マキシマ(切り裂け)!!!!」

 

 ノットが呪文を唱えたのと、私がシエルを抱きしめたのはほとんど同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名前を呼ばれた。この声は……ソード…?

 遅いよソード。私…死んじゃうとこだった。

 

ディフィンド・マキシマ(切り裂け)!!!!」

 

 呪文が聞こえた。と同時に私を誰かが包み込んだ。

 

 

 

 

「シエ、ル…、い、き、て……」

 

 いつの間にか抱きしめられていた私は重みを感じた。

 

 

 そんな……私を守るために…ソードが……?

 

 

 ふと、視界にセオドールが入った。にやりと見下ろすその瞳を睨み付ける。

 ()()()がソードを。

 彼の瞳が恐怖に揺れ、顔が強張った。

 

 

 

「    しね(Die)。    」

 

 

 

 視界が深紅に染まった瞬間、私は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セナが走り出した。わたしは彼女を呼ぶが、耳に入ったかも分からない。

 

 セオドールが不吉な()みを浮かべながら呪文を唱えた。セナが…セナが!!

 それなのに、わたしの体は全く動いてはくれなかった。

 

ディフィンド・マキシマ(切り裂け)!!!!!」

 

 シエルを抱き締めたセナの背中に、真っ赤な閃光が突き刺さった。

 

「せ、な……?」

 

 

 

「           」

 

 

 

 シエルが英語ではない何かを口にした。

 

 

 

 

 刹那。

 爆風が庭を包み込んだ。

 これは……魔力?

 膨大な魔力が彼女を、シエルを渦巻き、放たれた。

 わたしは咄嗟に「プロテゴ(護れ)」と唱えるが、魔力のあまり強さにすぐにヒビが入ってしまう。

 

 男たちの悲鳴が。いくつかの姿くらましの音が。耳を切るような風の音が、聞こえた。

 しかし、魔力によって視界も灰色になり、何が起こっているのか分からない。

 

 と、その時。

 

フィニート(呪文よ終われ)!!!!」

 

 後ろから、聞き覚えのある声が。憎いが安心感のある声が聞こえた。

 すると、次第に風がおさまり、視界も徐々に鮮明になっていく。

 わたしは何も声にならず、ただただ立ち尽くした。

 

「これは一体、どういうことかね?」

 

 またしても、聞き覚えのある声。それは、この場に一番いてほしくない人物だった。

 

「大臣……」

 

 コーネリウス・ファッジ魔法大臣がわたしを見下ろしていた。その間に、呪文を唱えた老人、アルバス・ダンブルドアが割って入る。

 

「ファッジ、事情聴衆は後じゃ。ともかく、怪我人を助けねばならん。セブルス、手伝ってくれるかの?」

 

 ダンブルドアの視線の先にはセブルスもいた。

 

「ええ、校長」

 

 ダンブルドアが心配そうな顔でわたしを見る。

 

「ルシウス……おぬしも一度診てもらった方がよい。今すぐにでも行きなさい」

 

 ダンブルドアに言われるがまま、わたしは姿くらましで病院へ向かった。

 

 わたしはもうなにも考えられなかった。

 

 ──セナは、わたしの愛したセナは、もう、この世界に居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故じゃ…?」

 

 ルシウスが居なくなると、ダンブルドアがぼそりとそう呟いた。

 中庭…だったはずの場所はもう、見る影もない。そこはもう、血の池と化していた。

 

「シエル!」

 

 重なりあった2つの、人であろうモノにセブルスが駆け寄る。

 杖を向け、必死に治癒呪文を唱えた。

 

エピスキー(癒えよ)エネルベート(活きよ)!!リナベイト(蘇生せよ)!!!

 頼む、シエル、生きてくれ!!!!」

 

 セブルスがいつもの冷静さを無くし、涙を流しながらシエルを呼ぶ。

 その様子にダンブルドアは思わず目を伏せた。

 

「セブルス……もう、助からんよ。この血の量じゃ……。わしは、また失敗を……」

 

 その時。かすかに、動いた。瞬きをしていたら見えないくらいの、ほんの僅かな動きだ。だが、彼らはそれを見逃さなかった。

 

 セブルスがはっと顔を上げ、ダンブルドアに目配せする。ダンブルドアが頷いたか……。セブルスは彼女を抱き上げ、姿くらましで去った。

 ダンブルドアもそれに続こうとした時、声がかかった。

 

「アルバス。これは一体どういうことかね?」

 

 大臣だった。彼は庭を見ながらそう言う。ダンブルドアは顔をしかめた。

 

「わたしが見たところ。先ほど連れられたのはスタージェント殿だな?そして、杖を向けていたのはノット。」

 

「……うむ、そうじゃ……。

 しかしのう、ファッジ。彼女らはまだ子供じゃ。それに、片方は服従の呪いを掛けられておった」

 

「アルバス。今、ここに、死体はいくつある?」

 

 ダンブルドアはやっと大臣の意図が分かった。

 ここにある死体は()が殺ったのではない。()()が殺ったのだ。膨大な魔力の暴走によって。

 

「ファッジよ、シエルは…「アルバス」

 

 大臣はダンブルドアの言葉を遮った。

 

「彼女は、シエル・スタージェントの罪状は、魔力の行使による殺人。聖マンゴでの治療後アズカバンだ」

 

 すたすたと歩き出す大臣をダンブルドアは止める。

 

「待つのじゃ。それでは、彼女を殺すようなものじゃ!ファッジ、どうか、考え直してはくれ!シエルはまだ……「子供だな」

 

 大臣の声は冷たかった。

 

「アルバス、子供だからと言って罪を消すことはできんよ。ましてや、殺人となれば話は別。それに……スタージェントがいなければ、死人は出なかった。あの家は疫病神だ。牢に入れておけば何もできん」

 

 そう言うと、大臣は姿くらましで消えていった。

 

「シエル……」

 

 一人残された彼は彼女の名を呼んだ。



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Page 11.黄金は白銀()に染まる

 ロンドンの中心部から少し離れた町中。古びた煉瓦造りの建物の前に、突如、人影が現れた。

 黒い影のような男と、彼に抱えられた紅い少女。

 男は少女をしっかりと抱き抱え、早足で建物の中へ入っていった。

 

 ショーウィンドウを抜け、マネキンの前を通る。院内に入った時には、癒者が二人を待っていた。

 

「あとはこちらで診させてもらいます。貴方は…?」

 

「我輩は問題ない。彼女を…シエルを頼んだ」

 

「分かりました」

 

 男は癒者の運んできた担架にシエルを乗せた。運ばれていく担架。

 

「どうか……」

 

 一人残された彼は小さく、それでいて強く、少女の無事を祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白んだ空。

 治療を終えた少女が眠る病室に連れられたセブルスは、彼女の姿を見て、思わず手で口を覆った。

 

 全身が包帯で巻かれ、彼女の表情は疎か、生きているかも判断が難しい。また所々血が滲んでおり、傷が完治していない事が伺えた。

 

「……シエルは……?」

 

 セブルスの声は少し震えていた。癒者の顔も強ばる。と、その時、病室の扉が開いた。

 

「セブルス、ここにおったか」

 

「シエル様は!ご無事ですか?!」

 

 ダンブルドアとフェッタだった。

 フェッタの問いに、癒者が答える。

 

「彼女は…生きています。容態も落ち着いているようで、眠っています。傷も薬が効いてくれば、すぐに治りますよ」

 

 癒者の言葉に、張り詰めていた空気が和らいだ。しかし、癒者の言葉は最悪の方向に続いた。

 

「ただ…………彼女が()()()()()()()()()()()()

 

 はっと息を飲む音、床に崩れる音がした。

 

「そ、ん、な……」

 

 崩れたフェッタを癒者が支える。癒者は続けた。

 

「原因は外傷ではなく、精神の傷です。その傷は魔法や薬で簡単に癒えるものではありせん。場合によっては……一生を此処で過ごすことになるでしょう。治療が至らず、本当に申し訳ありません」

 

 癒者が深く頭を下げる。しかし、この場にいる全員が、ダンブルドアでさえも、なにも言えず、ただ、黙りこんでしまっていた。

 

 ──沈黙が続いた。フェッタの鼻を啜る音以外、何も聞こえない。

 しばらくすると、ガヤガヤと外が騒がしくなってきた。

 

 ガチャッ。

 

 扉が開く音。三人が振り返ると、現れたのは、魔法大臣とその連れの男たちだった。

 

「アルバス、先程ぶりだな」

 

「ファッジ……」

 

「何をしに来たのかは、分かっているな?…令状を」

 

 大臣の後ろに付いていた男が羊皮紙を取り出す。大臣はそれを受け取ると、大袈裟な振りをして見せびらかした。

 

「12月25日、シエル・スタージェントを以下の罪状により現行犯逮捕する。懲役10年、アズカバンに収容することを決定した」

 

「この状況を見て、逮捕すると言えるのか!」

 

 黙っていたセブルスが怒りに震えながらそう言った。しかし、大臣はシエルを一瞥し、鼻で笑う。

 

「フッ、分からないのなら教えてやろう、セブルス・スネイプ。この小娘が要ることで、魔法省は揺らぐのだよ。ただの小娘なのに、()()()()()()()だからという、つまらん理由でな。本当に良い機会だったよ。()()()()()()()を潰すにはな」

 

 

「何だと!?貴様は……「そこまでじゃ、セブルス」

 

 大臣に掴み掛かろうとしたセブルスをダンブルドアが止めた。セブルスは渋々下がり、大臣を睨みつける。ダンブルドアはその間に入った。

 

「ファッジよ、懲役等については裁判を取り行おう。私怨が混じっていては、公正さに欠けるしのう。今、魔法省の信頼を揺るがすようなことがあれば……言わずともお主なら分かるじゃ」

 

「しかしな、アルバス、彼女は……「ファッジよ」

 

 ダンブルドアの諭すような声に、大臣は渋々頷いた。

 

「分かった。では、そうしよう。裁判は明日だ。健闘を祈るぞ、アルバス」

 

 ローブを翻して、大臣らが出ていった。それに続いて、セブルスも去っていく。

 

「何処へ行くのじゃ、セブルス」

 

「……」

 

 セブルスは何も答えなかった。

 

「ダンブルドア様、シエル様は……?」

 

「大丈夫じゃよ、フェッタ。シエルは必ず助ける。しばらくの間、スタージェント本家を頼んでも良いかの?」

 

「かしこまりました」

 

 フェッタも病室を出ると、癒者とダンブルドアの二人となった。

 

「癒者殿…少しよいかね?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

「彼女が目覚めない原因は…きっと最愛の者を亡くしたことじゃ。目の前で、自分を守る為に。その記憶を消せば、彼女は目覚めるのでは無いかね?」

 

 ダンブルドアの問いに、癒者は顔を顰めた。

 

「可能性はあります。ただ…もし目覚めたとして、彼女はもう彼女ではありませんよ。記憶を消す……その意味を貴方は分かっている筈でしょう?」

 

「うむ…。しかしのう、何もせずに終わらせてしまった痛みも知っておる。わしは、彼女を護ると約束したのじゃ。これ以上の危険を、苦しみを、痛みを、彼女に知って欲しくはない…」

 

 病室の窓から少しだけ見える空から雪が降り始めた。今日はクリスマスだと言うのに、此処にはそれを祝う者は誰もいない。

 

「どうか……」

 

 ダンブルドアはそう零すと、病室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裁判はダンブルドアの優勢で、懲役四ヶ月という異例の結果となった。

 

 シエルは執行猶予の間に治療を終え外傷は消えたものの、目覚める前にアズカバンへ収容されてしまった。

 

 

 

 

 ──そして、四ヶ月後。

 

 

 

 

 アズカバンから帰還したと言う知らせを聞いたセブルスは、急いで聖マンゴ病院へ向かった。

 

「シエル!!」

 

 病室に入った瞬間に彼女の名を呼ぶ。しかし、ベッドの上に座る少女はーーシエルでは無かった。

 

「……校長……彼女は?」

 

 見舞い用の椅子に座っているダンブルドアにセブルスは声をかける。振り返った彼の頬に涙が流れていた。

 

「……シエルじゃよ……」

 

 思わず耳を疑った。

 目の前の少女は、本当に、シエル・スタージェントなのだろうか?

 

 ()()の髪に虚無を映す()()の瞳。痩せ細り、肌の色素も薄く、頬に赤みは無い。呆然と何処か一点を見つめている少女にシエル・スタージェントの面影は無かった。

 

「アズカバン……いや、吸魂鬼…?まさか……」

 

 セブルスの言葉にダンブルドアはこくりと頷いた。

 そして…隣に居た()()()()に目配せをした。

 

オブリビエイト(記憶よ消えよ)

 

 その呪文と共に“彼女”は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『月満ちる日に生を受ける金銀の少女よ。

 髪は心を。光照らせば黄金(おうごん)に、闇呑まれれば白銀(はくぎん)に染まる。

 瞳は死を。生に授かれば翡翠に、死に亡くなれば真紅に染まる。

 気をつけよ。光と闇が交じる時、少女は過ちを犯す。して、少女は生と死をを転ずる者となるであろう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、シエルが……」

 

「予言というのは必ずしも当たるとは限らぬよ、セブルス」

 

「ですが……」

 

「もしそうだとしても、わしらの手で護るだけじゃ。彼女が過ちを犯さぬ様に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すやすやと寝息を立てて眠るシエルの横で、セブルスは彼女の手を握っていた。真っ白で自分の手で隠れてしまうくらい小さくて、ほんのりと伝わってくる熱は彼女が生きていることを教えてくれていた。

 あれはいつだったか。彼女に聞かれた問いをふと、思い出した。その答えが今分かった気がした。

 

「シエル…我輩は……」

 

 とその時、握っていた手がぴくりと動いた。はっと顔を上げる。

 

「シエル……?」

 

「ん……」

 

 ゆっくりと、彼女の瞼が開いた。碧の瞳にじっと見つめられる。吸い込まれるような彼女の瞳は光を映していた。

 

「……セ、ブ…?」

 

「シエル……!」

 

 思わず、セブルスはシエルを抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シエルが目覚めた。

 セブルスから告げられたその報せを聞いたダンブルドアは、ふぅっと安堵のため息をついた。

 病室に着いた時には、癒者の診察も終わり、シエルはベッドの上に座っていた。()()()()の彼女はダンブルドアを見た瞬間、口を開いた。

 

()()()?」

 

「……シエル……」

 

 罪悪感を押し殺して、ダンブルドアは微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、そこにはセブがいた。覚えのない天井と寝心地から此処が私の部屋では無さそうだった。

 

「……セ、ブ…?」

 

 彼の名を呼んでみる。するとセブは、私の名を呼んで、抱き締めてくれた。

 しばらくそうしていると、ふわりとセブとはまた違った薬品の匂いがした気がした。気になった私は聞いてみる。

 

「セブ、此処は病院ですか?」

 

「ああ、そうだ。…少し待っていなさい」

 

 セブが部屋から出てから少しすると癒者が私の診察にやってきた。どうやら、すぐに退院出来るくらいには回復しているらしい。癒者の診察が終わると、セブとまた二人になった。

 

「それで……一体何があったのですか?」

 

 私の問いに答えようと、セブが口を開く。しかし、その続きを聞き取る前に扉が開いた。

 

「お爺様?」

 

「……シエル……」

 

 そこに居たのは、ダンブルドアお爺様だった。お爺様は私を見て微笑む。一瞬だけその瞳に映ったものにシエルが気づくことはなかった。

 

「体調はどうかね?」

 

「癒者様が仰るには、今日にでも退院出来るようですわ。私としては眠りすぎて体が少し重たいくらいでしょうか」

 

「そうか、それなら良かった」

 

 にこにこと微笑むお爺様。私は次こそは、と私は質問した。

 

「それで……お爺様、セブ、一体何があったのですか?」

 

「それはのう……」

 

 お爺様から告げられた()()は確かに記憶と一致していた。

 ドラコのお家で開かれたクリスマスパーティーに出席した私は、帰り道に賊に襲われ負傷。頭を強く打ったために中々目覚めず、四ヶ月ほど眠っていた……というものだった。

 

「頭を強く打つと、どうしても記憶が曖昧になったりするようじゃ。シエルよ、何か不鮮明な所などは無いかね?」

 

 私はうーんと首を傾げた。

 

 私の名前はシエル・()()()()()()。歳は9歳。家族は数年前に他界して、今は後見人のセブと二人暮らしで、お爺様はお父様のご友人で……。

 ふと、私は一番新しい記憶を思い出した。

 クリスマスパーティーの後……どうなったの?

 みんなとプレゼント交換をして、ドラコともお話して、ルシウスさんにもプレゼントを頂いて……それから……。

 あれ……?私はあの日、何の為にパーティーへ?

 

「シエル?」

 

 お爺様が私の顔を覗いていた。私は慌てて思考を外に戻す。

 

「不鮮明な箇所はありませんでした。ただ、まだ起きたばかりなので、混乱しているようです……少し休んでもよろしいでしょうか?」

 

「そうじゃな……では、また出直すとしよう。セブルス、お主も少し一緒に来てくれるかね?」

 

「分かりました」

 

 二人が病室を出ると、私はベッドからふらふらと降りて窓を開いた。

 

 ふわりと吹いた風に髪がなびいた。冷たかったはずの風はいつの間にか、春の匂いを乗せている。

 向こう側の窓に映った自分を見つめる。

 

 ──あれ?

 

 私の髪はこんな色をしていた?

 私の瞳はこんな色をしていた?

 私の顔は、腕は、足は、心は、()()は、こんな風だった?

 

 

 

 

「私は一体“()”なのでしょうか?」

 

 

 

 

 私は窓を閉めて、ベッドに戻った。途中にあった、羊皮紙と羽根ペンを手に取る。

 

 今の不安を、違和感を、私は余すことなく全て書き留めた。

 

 全てを書き終えた私の頬に伝わる涙の理由を私は()()()()()()()()()()()()()



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Page 12.ホグワーツと赤毛の双子

 少女がいた。

 

 透き通るような白い肌にふわりと揺れる銀髪。

 そして、一瞬だけ揺らいだ、吸い込まれるようなエメラルドの瞳に、僕は魅せられてしまった。

 時が止まっていた。

 すっと視線が外されることで動き出す。

 それでも僕は、彼女から眼が離せなかった。

 

 まだ僕は、この胸の温かさの意味を知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シエルよ。ここが今日からおぬしの家じゃ」

 

 退院した私が連れてこられたのは、とあるお城の前だった。

 古くて、大きくて、どこか懐かしいこの城は。

 

「お、お爺様?もしかしてここは…?」

 

 隣にいるお爺様はにこりと私に微笑み、その名を口にした。

 

「ふむ、ここは()()()()()じゃよ」

 

 その言葉を聞いた時、私は……

 

 

 

 ……いや、きっと気のせいだわ。

 

 妙な違和感を感じながらも、私は門をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広い玄関や長い廊下を通って、シエルは一つの部屋に案内された。ちなみに今は授業中らしく、道すがら誰にも会うことはなかった。

 

「ここが部屋じゃ。必要なものは全てそろっておる。好きに使いなさい。隣はセブルスの部屋だから何かあればそこに行くように。生徒にはくれぐれも気を付けるのじゃよ。まあ、おぬしは目くらましの呪文を使えるので問題ないじゃろう。詳しいことは後でセブルスに聞きに行きなさい。あまり、時間が取れずにすまんの」

 

「いえ、私はお爺様に会えただけで嬉しいですわ!」

 

「そうか、そうか」

 

 お爺様は嬉しそうに微笑むと「またのう」と言って姿眩ましで消えて行ってしまった。

 

 一人になった私は部屋をぐるりと見渡してみた。子供が住むにしては大きすぎるその部屋には、シャワーやトイレ、小さなキッチンも完備されており、古びた雰囲気を抜けば、ホテルのようにも思えた。

 

 今日からここで生活するのか…。

 

 退院したら家に帰ると思っていた私は、ホグワーツで暮らす事は予想外だった。入学まであと、一年もあるのだ。

 そう言えば、家ってどんなのだったっけ?セブの家…だった…よね? 

 私の部屋…たしか、あったよね?うーん。

 

 何故か曖昧で思い出せなくて、私は首をかしげた。

 まあ、考えても仕方がないですね。

 

 私は気持ちを切り替えて、セブに会いに行くことにした。扉を開いて外へ……

 

 ゴンッ。

 

 鈍い音が響いた。

 

「……え?」

 

「「痛っ!!!!」」

 

 扉を開くと、燃えるような赤毛の頭が2つ。そっくりの少年がこれまたそっくりの格好で頭を押さえてうずくまっていた。

 

「だ、大丈夫ですか?!」

 

 私が声をかけると、2人は更に身体を小さくしてうう、と唸る。

 

「……が……」

 

「え?」

 

「血が……」

 

 見ると、床に赤い液体の様なものが、流れていた。私は杖を取り出す。

 

「い、今すぐ治癒を!!…エピス……「「なんちゃって☆」」

 

「……え?」

 

 慌てて治癒呪文をかけようとした私を他所に、2人は何事も無かったようにぴょんと立ち上がった。

 

「いやぁ、こんなに驚いてくれるとはね、思ってなかったよ!」

 

「へへっ、イタズラ大成功だな!」

 

 兄弟よ!とか何とか言ってハイタッチをする2人。

 

 私は──何も言わずに扉を閉めた。

 

「え、あ、ちょっと??」

 

「閉めないでくれ!!」

 

 ドンドンと扉を叩く2人。私は渋々扉を開いた。

 

「…失礼しました。少し驚いたもので…。頭は…大丈夫そうですね?では、失礼致します」

 

 ぺこりと頭を下げて、私は部屋を出ようとした。しかしそれを、赤毛の片方の腕が私の行先の壁に置かれ、制される。

 

「どこに行くんだい?」

 

 その時、私は初めて彼の顔を見た。

 すらっとした鼻とブラウンの瞳。彼はドラコとは違う、ふんわりとやわらかい雰囲気を醸し出していた。

 ──目が合った。

 彼の瞳がゆらりと揺れる。これ以上目を合わせたらいけない気がして、私はさっと視線を外した。

 

「……退いていただけますか?」

 

「いやいやぁ、そういう訳には行かないんだよ!なぁ、ジョージ」

 

「あ、ああ!フレッド!」

 

 どうしたんだよ、とフレッドと呼ばれた方がジョージの背中を叩く。

 

「それでなんだけど、まずは自己紹介だな!俺はフレッド・ウィーズリー!」

 

「で、僕がジョージ・ウィーズリー!」

 

「あれ、俺がジョージじゃないか?」

「いや、僕がフレッドじゃないか?」

 

「「どっちがどっちでしょうか?」」

 

 肩を組んだ2人が、お互いの顔を指差し合う。

 

「……フレッドさんと、ジョージさん?」

 

 右、左と指を差しながらそう答えた。

 

「「ええ?!なんで分かったんだ?!」」

 

 何故分かるのかは……よく分からない。見た目も仕草も口調や態度までそっくりなのに。

 その後も、何回か『双子どっちだゲーム』が繰り広げられ、全てを当てた。

 

「うわぁ、初対面で全問正解とか凄すぎだな!」

 

「リー以来だな!」

 

「リー?」

 

 私が聞くと、彼らは誇らしげに答える。

 

「ああ、そうだよ!僕らの親友、リー・ジョーダン!」

 

「あいつはな、『双子どっちだゲーム』だけならず、初対面で名前も当てたのさ!」

 

 わいわいと騒ぎ始める2人。

 と、隣の扉がガチャリと開いた。出てきたのは……セブだった。

 

 あ。

 

「お前達、そこで何を騒いでいるのだ。それに、我輩の授業を平気でサボるとはいい度胸だな。グリフィンドール10点減点だ。今すぐ教室に…入り…な…さ、い」

 

 早口で減点を言い渡した後、私と目が合ったセブは徐々に言葉を濁した。

 

「……何故此処に居るのだ?」

 

 セブが私を見ながらそう聞く。

 

「えっと……」

 

 双子がいる手前、私は何も言えずに視線を泳がした。セブはそれを察したのか、呆れたような顔をした。

 

「まあいい。貴様らはこれ以上減点されたく無ければ教室に戻るように」

 

 双子は物珍しい事を見たかのように顔を見合わせた。そして、私を見てにやりと笑う。

 

「「もしかして、君って……!!「グリフィンドール10点減点!」……ええ!」」

 

 早く行け!と怒るセブ。双子は慌てながらも教室へ向かって行った。

 

 ぎろり。

 

 効果音が付きそうなほどの表情が向けられた。

 思わず私は後退りをする。

 

「と、ともかく、中に入りませんか…?」

 

 私の提案に、セブは頷く。

 

「…ふむ、少し待っていなさい。くれぐれも部屋から出ないように」

 

 セブは釘を刺すと、双子と同じ方向へ歩いていった。

 

 あれは、絶対怒ってますよね…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 客人のもてなし、もとい、セブの機嫌取りのため、キッチンにあったセブの好きそうな紅茶を淹れていると、しばらくしてセブが戻ってきた。

 

「シエル」

 

「と、取り敢えず、紅茶をどうぞ」

 

 2度目の逃げ。しかし、セブはそれに乗ってくれた。

 

「ふむ、頂こう」

 

 セブは差し出したカップを受け取ると、ひとくち口に含んだ。

 

「して、シエルよ。校長から言伝てを幾つか頂いている。然と耳に入れるように。特に……部屋の外に出る時の注意事項はよく聞きなさい」

 

 え、怒られないの…?からの、嫌味とも取れるセブの言葉。私は背筋を伸ばした。

 

「よろしくお願い致します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セブは説明を終えると、授業の準備があるらしく部屋を出ていった。

 少しすると、授業を終えた生徒達で外が騒がしくなる。私は授業外に部屋から外に出ない約束をしたので、静かに新しい紅茶を淹れる。

 そうして、ホグワーツ一日目は暮れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。早起きした私は、生徒達が目覚める前に校内探検をする事にした。

 そっと扉を開き、左右を見る。

 

 よし、誰もいない。

 

 身体を外に出して、また扉を閉じた。振り返ろうとして……

 

「「おはよう!」」

「わぁ!!」

 

 振り返ると、昨日の双子がニコニコと笑っていた。驚いて声を上げた私は、隣の部屋にセブがいることを思い出して、口に手を当てる。

 

「なぜ、ここに…?」

 

 私が小声でそう聞くと、双子はまたにやりと笑う。両手を取られた。

 

「「着いてきて!」」

「え、あの…!!」

 

 否定しながらも、男子の力には適わず連れ去られて行く。昨日のセブの仏頂面が頭に浮かんだ。

 

『生徒との接触は禁止だ』

 

 セブ、私はもう貴方との約束を一つ、破る事になるようです……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 双子は私の手を引きながら、ホグワーツを案内し始めた。

 

「ここは、魔法薬学の教室さ!」

 

「ここは、変身術!!」

 

「で、ここは……」

 

「それで、ここは……」

 

「ちょっと、待って下さい!」

 

 何個目かの教室を紹介された所で、私は足を止めた。

 

「ん?どうしたんだい?」

 

 双子の…片方が私の顔を覗く。

 

「どうしたも、こうしたもありませんよ。なぜ、案内をしているのですか?」

 

「なぜって…」

「そりゃあ…」

 

『どこの誰だと聞かれたら生徒だと答えておけ。それ以上を聞かれる前に逃げなさい』

 

 セブの言葉を思い出し、私は続けた。

 

「私はここの生徒です。貴方達に案内される筋合いはありません。失礼します」

 

 腕を引き抜くと、思ったよりも軽い力で抜けられた。そのまま後ろを向き、歩き出す。

 

「待ちなよ!」

 

 腕を掴まれた。

 

「何か…?」

 

 私は冷たく静かにそう言った。

 これ以上関わるな、と視線で訴える。が、それが意味を成すことは無かった。

 

「君、嘘を付くのがとっても下手だ。知ってたかい?人って嘘を付くときに、視線が右斜め上を向くんだ」

 

「…え?」

 

「他にもあるよ?瞬きの回数とか、手を隠してる所とかそれに…「わ、分かりましたよ!」

 

 耐えきれなくなった私は双子の言葉を遮った。

 

「百歩譲って私がここの生徒ではないと仮定しましょう。そうだとして、貴方達が私に関わる必要はないのではありませんか?」

 

 私の問いに双子は顔を見合わせた。

 

「兄弟よ。彼女はこう言ってるがどう思う?」

 

「もちろん、僕らの意見はいつも同じさ!」

 

 こくこくと頷き合い、私を見た彼らは声を合わせてこう言った。

 

「「君が気に入ったんだ!」」

 

「え?」

 

 今度こそ、本当に理解ができなかった。

 

「だーかーらー、気に入ったのさ!」

 

「出会った時に、びびっときちゃったんだよね!」

 

「「僕らはもう友達だよ!!」」

 

 私は押し黙ってしまった。友達なんて、私には…。

 

「…勝手にしてください」

 

 ぼそっと、そう呟いた。

 

 って、今私、何て…?!

 

「「え、それって!」」

 

「い、い、や、今のは!違くって!」

 

 完全にやらかしてしまった私は、慌てて訂正しようとするが、二人は全く聞き耳を持ってくれない。

 

「聞いたか兄弟!男にもないなら、女にも二言はないよな!」

 

「しっかりと、耳に入れたよ兄弟!今ならオブリビエイトされても、覚えてる自信があるぜ!」

 

「「お言葉に甘えて、勝手にさせてもらうよ!!」」 

 

 はぁ、と私は頭を抱えた。

 これは確実に、セブに叱られる…。



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Page 13.違和感の答え

 目の前には知らない男の子がいた。

 顔はよく見えないが、にやりと嗤った口は、今にも裂けそうなくらい歪んでいた。

 

「     」

 

 その男の子が何かを口にした。杖が向けられている。

 

 死ぬのかな。

 

 そう思いながらも、シエルは冷静だった。視界が真っ赤になって、何処からか名を叫ばれて、誰かが抱きしめて。

 それでもシエルは、静かにその様子を見ていた。シエルの頭は冷めきっていた。

 

 まるで──私がその場にいないかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日で何度目だろうか。

 

 目が覚めたシエルは倦怠感と頭痛に起き上がれず、ぼーっと天井を見つめていた。

 ホグワーツに来てから毎日のように同じ夢を見るようになっていた。

 ただ、鮮明だった筈なのに、目が覚めて暫くすると内容は忘れてしまうのだ。

 

 何か意味が……?

 考えれば考えるほど、分からなくなっていく。

 

 その時、ドアがノックされた。

 時計を見ると、起きる時間をとっくに過ぎてしまっていた。

 

「すみません、少し待っていてください!」

 

 ドアの外にいる彼らに声をかけると、ぱんっと頬を叩いて、起き上がった。

 

 きっとただの夢だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 準備を済ませ、外に出ようとドアノブに手をかける。

 その時、何度目かのノック音が響いた。

 

「姫、まだ?」

 

「先に行っちゃうぜ?」

 

「今、終わりまし…「おい、お前らこんなとこでなにをやってるんだ?」

 

 がちゃりと扉を開いた瞬間に、知らない声が聞こえた。慌てて閉めようとするが、扉を押さえつけられた。

 

「──誰だ?」

 

 濃色の肌にドレッドヘア。すっと細められた瞳は冷たいものを映していた。思わず、人生に疲れた中年男性みたい、だなんて失礼な事を思ってしまった。それほど、彼の瞳は冷めていたのだ。

 

「あ、リー!」

 

「今日は図書館行かないんだな!」

 

「…こいつは誰だ?」

 

 話を反らそうとした二人の努力が、一瞬にして水に流れた。

 

「「え、えっとね…」」

 

 明らかに焦っている二人。追い討ちをかけるようにして、彼は私を睨んだ。

 

「お前は誰だ?」

 

 シエルは仕方なしと口を開いた。

 

「シエル・エンヴァンスと申します。ミスタ、お名前をお聞きしても?」

 

 彼はハッとした顔をした。

 

「エンヴァンス?あの、リリー・エンヴァンスの娘か何かか?」

 

「い、いえ」

 

 ふぅんと言いながら、私を下から上に見回す。瞳を見た時にまた驚いていたような気がしたが、気のせいか。

 

「…俺はリー・ジョーダンだ。リーでもジョーダンでも好きに呼べ。で、お前らはどんな関係なんだ? 大体お前、ここの生徒じゃないだろ」

 

「えっと…」

 

 助けを求めるように双子を見るが、ぶんぶんと首を横に振られた。

 

「実は……」

 

 隣の部屋にいるであろう人物に心の中で謝罪を入れると、私は彼に全てを話した。

 

 

 

「それで最近、お前らが早起きだったわけか」

 

「あはは」

 

「ばれちゃった」

 

 そっくりの仕草で頬をかく二人。 

 

「おっと、そろそろ授業だ。お前ら行くぞ」

 

「あっ、朝食食べ損ねた!」

 

「今すぐ行っても間に合わない!」

 

「裏道使えば行けるんじゃないか?」

 

「「それだ!」」

 

「俺は行かないから…「「超特急!」」…あっ、おい!俺まで巻き込むなー!」

 

 リーは嫌々言いながらも、双子に引きずられて廊下を去っていった。

 

「私も食べ損ねてしまいましたね…」

 

「では我輩と食べるかね、シエル」

 

「せ、セブ!」

 

 いつの間にか、横にセブがいた。

 

「いつからそこに?」

 

「ふむ、君は我輩との約束を、既にいくつも破っていると見た。異論はあるかね?」

 

「…あ、ありません」

 

「うむ。その話は朝食を終えてからにしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セブの部屋はまさしく、研究所といったものだった。

 ただ、物が散らばっていることはなく、きちんと整頓がされていた。

 

「そこに座りなさい。すぐに準備する」

 

「あ、私も手伝いますわ」

 

「…では、お願いしよう」

 

 備え付けられた小さなキッチンの棚から、ポットと、カップを2つ取り出す。

 その間にセブは、目玉焼きを焼いていた。

 

「セブもお料理するんですね」

 

「意外か?」

 

「ホグワーツは基本、作られた料理を頂くでしょう?だから、あまり作らないのかと」

 

「確かにな。ただ我輩の場合、研究などしていると食事の時間に間に合わんのだよ。仕方なく自分で作っている」

 

「誰かに持ってこさせればいいのに」

 

「ふっ、我輩に食事を運ぶ物好きがいると?」

 

 確かに…と心の中で相槌を打った。セブみたいな先生は好かれるタイプではないかもしれないな。

 

「さて、食べるとしよう」

 

 話している間に、いつの間にか出来上がっていた。

 

「それで、赤毛たちとは仲良くやっているのかね?」

 

「え?」

 

 怒られると思っていたため、セブの言葉に驚いた。

 

「えっと…2人とも凄く明るくって、何も言ってないのに毎日来てくれるんです。理由を聞いたら、友達だからって」

 

「そうか。歳の近い子供と遊ぶのはいい事だ。最も、もう少し常識のある奴と仲良くして欲しかったがな」

 

「確かに、彼らの悪戯は規格外と言いますか…」

 

「それに加担している君が言えることではないのかね?」

 

「す、少し手伝っただけですよ?」

 

 怪しいと言わんばかりの顔を向けられる。シエルはそっと視線を逸らした。

 

「まあいい…くれぐれも他の教授のお世話にならないように」

 

「セブならいいので…コホン、気を付けます」

 

 マイナスの視線を浴びて、背筋を伸ばした。セブは怒ると怖いのだ。

 

「よろしい。では、そろそろ時間だ。何かあればいつでも来なさい。魔法薬学なら教えてやらんでもない」

 

「はい、ご馳走さまでした。セブのご飯、とっても美味しかったです。魔法薬学もぜひ今度、教えてくださると嬉しいですわ」

 

 セブに見送られながら──といっても隣なのだが──シエルは部屋に戻った。

 お昼に双子達が来るまでのんびりしようかと、本を手に取った。

 

『偉大な魔法使いとその偉業』

 

 500ページもある中々読み応えのありそうな本だった。暇潰しにはちょうど良いだろうと開いてみる。

 

『N

  ニコラス・フラメル

 出身:フランス 魔法使い、錬金術師

 説明:伝説の物質、賢者の石を創造した。オペラ愛好家としても知られている。

 

 ▶賢者の石

 魔力を持つ赤色の石で、有名な錬金術師ニコラス・フラメルが創造した。

 命の水を生み出すことができ、それを飲んだ者は永久の命を得られると言われている。また、全ての金属を純金に変える力を持つ。』

 

 シエルはそのページに目を通した瞬間、本をバンッと閉じた。

 ──何かがおかしい。

 “賢者の石”という言葉が、胸につっかえたように取れなかった。

 そう言えば此処に来たときも同じ感覚がした。

 それに、最近の不思議な夢。あれも何か関係している…?

 

 見覚えのないものが、聞き覚えのないものが。来たことのない場所が、あったことのない人が。

 私の“知らないこと”を“知っている()()”が…?

 

 得体の知れない恐怖がシエルを襲った。ゾクリと背中に冷たいものが伝わる。

 

 私は──誰?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっと授業が終わった。

 朝食を食べたせいで授業に遅れた僕らは、結局罰則のせいで昼食を抜く羽目になった。マクゴナガル先生は監督の寮だからと言って手加減しなかったのだ。

 もう、お腹ペコペコだ。

 そう思いながらもたどり着いたのは、彼女の部屋の前だった。

 

 トントン──。

 

 優しくノックをする。しかし、返事はなかった。

 

 トントン──。

 

 再度ノックをするが返事がない。もしかしたら、もう先に大広間に行っているのかと首を傾げると、静かに扉が開いた。

 

「すみません、少し本に集中していて…何か御用でしたか?」

 

 出てきた彼女は、朝よりも幾分か元気が無さそうに見えた。

 

「ああ、夕食を一緒にと思ったんだよ。朝の遅刻で昼食を食べ損ねちゃって」

 

 片割れの言葉に、彼女はあらと口を被う。

 

「では、大広間に行きましょうか。今日のメニューは何でしょうね?」

 

 そう言ってニコニコと笑いながら、大広間へと歩き出す二人。

 僕は立ち止まったままだった。

 

「兄弟よ、どうしたんだい?そんなとこに突っ立って」

 

 冗談めかしく片割れはそう言った。ただ、僕はそれでも動かない。

 振り向いた彼女は微笑んだ。

 

「早くしないと、夕食もお預けになってしまいますよ?」

 

 彼女の笑み(うそ)に僕は思わず耐えきれなくなった。

 

「何かあったの?」

 

 彼女の瞳を真っ直ぐと見つめる。が、直ぐに視線を外された。

 

「特に何もありませんよ?」

 

「いや、そんなことない。何もないなら君は──そんな顔はしないだろ?」

 

 そんな──悲しい顔はしないだろ?

 

「……」

 

 彼女は黙ってしまった。何も分かっていない片割れは僕らの様子を交互に見ている。

 

「何かあったんだろ?」

 

 僕は再度聞いた。彼女は黙ったまま、俯いてしまう。

 ただ、彼女の下にぽつりと落ちたものが、答えだった。

 

「とりあえず中に入ろう。フレッド、夕食を包んで持ってきてくれる?三人分」

 

「お、おう」

 

 部屋に入ると取り敢えず彼女を座らせた。

 彼女が落ち着くまで横で背中をさする。

 しばらくするとすっきりしたのか、彼女は顔を上げた。

 

「ごめんなさい…いきなりこんな……」

 

「ううん、いいんだ。困ってるときに助け合うのが友達だろ?」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 今度の笑みは笑顔(ほんもの)だった。僕はほっと胸を撫で下ろした。

 

「たっだいまー!」

 

 ちょうど良いタイミングでフレッドが帰ってきた。

 

「今日のメニューはなんと、ローストビーフだ!」

 

「おっ、美味しそうだな!」

 

「すぐに準備をしますね」

 

 結局、彼女の涙の理由を僕は聞けなかった。

 ただ、いつもの笑顔に戻ってよかったと、心から思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ姫、また明日ね」

 

「おやすみ」

 

 双子たちを見送ると一人になった。夕食の後片付けをしようと机に向かう。が、面倒になったので杖を一振りすることにした。

 

 どさっとベッドにダイブする。なんだか今日は一段と疲れた。

 ただ、彼のお蔭で先程まで感じていた恐怖は、随分と薄れた気がする。

 

 明日から少しずつ、この“違和感の答え”を探していこうと心に決めると、いつの間にかシエルは眠ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セブルスよ、よく来たのう。さあさ、此処に座りなさい」

 

 時刻は今、24時56分。

 そんな時間に呼び出したのにも関わらず、ダンブルドアはご機嫌のようだった。

 一方、呼び出された方──セブルスはと言うと、不機嫌そうに眉をひそめている。

 が、逆らう理由もなく、言われた通りに座った。

 

「さてセブルスよ。わしが何故此処に呼んだかは分かるかね?」

 

「…シエルのことでしょう?」

 

「左様。最近は赤毛の双子と仲が良いのう。マルフォイ家以外の友人を作っておくのは、実に良いことじゃ」

 

「ですが本当に良いのですか?彼らが深入りし過ぎると、記憶が思い起こされたりなど…」

 

「心配はいらんよ、セブルス。見た限りだと、あの二人の片方がストッパーの役目をしておる。それにシエルが知るのも時間の問題じゃ」

 

「ですが!」

 

「いつかは越えなくては行けない壁じゃ。時がくるまで…そうじゃの…わしらが預かっているだけじゃ。今はまだ彼女には重すぎる」

 

「……はい」

 

「話は以上じゃ。今日はもう遅い。わしはちぃと雑務をこなしてから眠るとするかのう。おやすみ、セブルス」

 

「ええ、また」

 

 校長室から出ると、セブルスは力一杯に拳を握り締めた。

 この怒りは、悲しみは、何をすれば消えてなくなるのだろうか。



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