素朴な幸せでオペレーターを籠絡する話。 (杜甫kuresu)
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血より冷たく、カップ麺よりあったかく~その1~
皆はフロストリーフちゃんのことをローストビーフと聞き間違えないようにしようね!
「フロストリーフ。傭兵をやっていたが、今はお前に命を預ける。命令とあらば、何でも従おう」
やたらといい声をした女の子だなあという印象だった。黒いフードから突き出た耳が特徴的な、銀髪の小さな子。赤い瞳ばかりが俺をじーっと見つめている。
ヘッドフォンなんかして、ところどころに見える戦場慣れした装備を抜けば、きっと何処か町中を歩いていそうだ――――――――肩に掛けた戦斧を除けば。
アーミヤでも十分衝撃だったわけだが、いやあ。これはとりわけびっくりした。
俺の視線に居心地悪そうに斧をくるくると回す手付き。子供の細い指から繰り出されるにはあんまりに繊細で、しなやかで、殺し慣れている血の匂い。
冷淡な様子も程々に、少しだけ困ったような顔で尋ねかける。
「…………どうした。体調でも悪いのか?」
体調は悪かった。悪かったが、それ以上に何だか痛ましかった。
「お前は、戦場に出るのか?」
「……? 当たり前だ、そのために此処に居る」
口をついて出た言葉は最悪だった。
「お前が戦場に出るのは、俺。嫌だな」
冷たかった瞳が失望に変わったのが印象深い。
「はぁ…………そして俺は何でドクターなのに深夜飯決めてるんだろうな…………」
人の健康の心配はしていられないご身分だが、それでも俺はドクターと呼ばれていた。
話を聞くには俺は鉱石病なる謎病に対する治療方法を知っていて、感染者の組織であるロドスなんてところに所属しちゃってるらしい。
うんまあ設定の話ね。寝て起きたらそんなつよつよ設定とかお前ラノベ主人公かよ、実感ねえわ。
大体名医が深夜にカップラーメン食うか? いや食わん、いや食うのか? 分かんね、分からん時点で医者の知り合いに心当たりはなさそうだよね。
「俺は飯と可愛い子がいればそれでいいんだよ、それで」
転生者っぽい意味不明な呟き、でも多分転生者だし。確証はないが、なんかこんな世界観のゲームしてた気がする、するだけ。
それすらあやふやな不安も麺を啜れば喉奥に追いやれる。というか、名医でしたって言うよりは転生者でしたって言う事実の方が受け止めにくい。
そんなこんなで名医ヤヒトさんは哀れにも記憶にない仕事に追われ、気づけばいつも深夜に徘徊老人よろしくうろついて飯を食う不審者になった。ロドスの警備員とはもう仲良しだ、この前飲みに誘われた、なんか泣けてきたんだよなあれ。
電気もつけない根暗根性剥き出しの貧相なディナー、孤独だった食堂に足音が鳴り響き出した。俺ではない。
「…………ドクター、どうして電気をつけてないんだ?」
「部屋が一つだけ明るいと狙撃される」
めっちゃ適当な返事をした、暗がりで創造主の性癖まるだしのケモミミがヒョコヒョコっと動くと首を傾げる。
銀髪赤目のドストライク、フロストリーフ。今日の昼にやってきた新人で…………。
ああ、昼っつーと悲しいこと思い出してきた。フロストリーフとできるだけ視線を合わせないようにする。
というのもあの時の彼女の返しが未だ突き刺さったままなのだ。
”私は読み書きを学ぶ前から斧を握ってきた。それが私の個性だからだ”
”斧を振らない私に、お前は一体どんな価値があるというつもりだ?”
彼女の暗がりの姿にあの冷え切った瞳のフラッシュバック、血も凍るような凍血の瞳。
俺は答えられなかったと言うか、どっちかと言えば言葉が全部その瞳に冷え切って凍えちまったというところだ。
別に言いようは有った。ちっぽけな理想論と笑われる世界観らしいが、言うだけならタダだ。
でもこんな小さい子供がそれを言わなきゃいけない世界に俺は敗北した、子供が自分の価値を冷酷に問いただして、しかもそれを以て甘い言葉を喰い殺す。
それは俺以上にフロストリーフの、世界の不幸ってもんだ。
「いつもこんな風なのか、お前は」
「まあそうだぞ。記憶喪失でも世間は待ってくれねえからよ」
冷えてく心に尚更麺を啜る僅かな揺れがしみる。
俺の視界の端に細い指が入り込んでくる、捲られそうだったフードをとっさに深く被り直す。
「大体なんだ、そのフードは。顔が見えない」
「見えなくても困らんだろ、んなもん」
「…………まあ、そう言われてしまえばそうだが」
何だかちょっと寂しそうだった、俺の良心がギシギシ悲鳴を上げる。
とはいえ、マトモにあそこで切り返せなかったのが結構ショックだったり。もっとこう、他人事みたいにズバズバっと俺は言い返せるもんだと思ったんだが、それすら出来なかった。
半端な男に見せる顔はない。
黙々とぼっち飯に励む時間がまた始まるかと思ったが、一向に立ち去る足音は聞こえてこない。フード被りすぎて周りが見えないなんてバレたら恥ずかしいので平静を装う。
「………………」
「なあ、ドクター」
「……何」
「私もそれ、食べてみていいか?」
思わず麺を吹き出した。
「後はポットの湯を入れて三分待つだけだ」
「なるほど…………文明万歳だな」
恐ろしいことにマジでフロストリーフはカップ麺を知らなかったらしい。世界は広いと言うべきか、この子の生まれ育った環境がそれだけ酷かったのか…………謎が尽きん。
クールぶりつつチラチラと視線を寄せて砂時計を待つ姿の可愛さたるや。俺の想像する年下の女の子に結構近くて、何だかちょっとだけ安心してしまう。
声が出てたのだろうか、彼女の冷ややかな視線が突き刺さってくる。
「カップ麺を知らないのがそんなにおかしいか、ドクター」
「ああ、違う。悪い、そういうことじゃないんだ」
「じゃあどういうことだ」
むすっとしてそっぽを向くが、尻尾がくるくる丸まっていて拗ねているのが丸わかりだった。きっと学がないと思われたとでも思っているのだろう。
往々にしてそういうくだらないことを言うやつは居る、冷たいが、それぐらいの人間が存在できるバランスは平和の先駆けとも言える――――かも。
「朝に会った時はもっと冷たい顔してたし、昼も俺のこと避けてただろ? そういう顔するんだなって」
「どんな顔だ。別にいつもどおりのつもりだが」
「結構可愛いと思うぞ、素直じゃないけど」
可愛いという言葉にちょっとだけ此方を向いて様子をうかがう、縮こまった耳を見るには疑われているような、そんな感じ。
しばらくじぃと俺を見つめていたかと思うと、また瞳に冷気が灯りだす。
「…………そんな事を言うのはお前が初めてだ」
「顔で売る商売も出来るぞ、お前」
「鉱石病に罹ってからは、特に扱いは酷いものだったからな」
鉱石病。
俺はそのたった漢字にすること三文字に、どれだけの意味が籠もってるかはよく分からない。彼女が俯いた理由も、砂時計の小さな音がやけに大きく聞こえてしまった理由も、俺がどうして言葉を躊躇ったのかも、よく分からん。
分からないので、笑い飛ばすことにする。
「鉱石病が何だ、俺は仮にも医者だぞ。俺の仕事は怯えることじゃなくて、助けることだ。だろ?」
まあ、記憶ないんだけどさ。
そんな泣き言にフロストリーフがふっ、と少しだけ笑った。
「情けないな、ちゃんと啖呵は切り通せ。ヤヒト」
「うん? 今名前呼んだか?」
得意げにしっぽを振りながら、時間の終わったカップ麺の蓋を開ける。彼女の横顔はやっぱりちょっと笑ってる。
「どうだろうな。お前こそ名前を呼べ、ドクター」
「それもそうだな、フロストリーフ」
何も考えてない…………此処からどう展開するんだ……?
私は雰囲気でアークナイツの二次創作をしている…………。
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血より冷たく、カップ麺よりあったかく~その2~
ちなみに題名ですがノリで付けました、全部ノリです。もっとぶっちゃけると本文も大体ノリです。
「フロストリーフ。傭兵をやっていたが、今はお前に命を預ける。命令とあらば、何でも従おう」
そいつの外見は、まあ傍から見れば大分胡散臭かった。予め自己紹介されていなければ通報されかねない。
白衣の上から支給ジャケット、適当にコーディネートしたというのが見て取れる。昏いフードの奥から視線は感じるが、この身長差でも見通せない。
だがそれに打ち勝つくらいに放つ気配は無害というか、普通だった。戦場を見たこともないんじゃないかというような…………そう。
金持ちの息子のような雰囲気だ。あまり好きではない。不自由なく育ち、真っすぐで、それでいて清純。
理由は素質ではなく、生まれの富と豊かさ。認めたくはないが、人は生まれで性質が変わってしまう。変わらなかったラッキーな人間。
「…………どうした。体調でも悪いのか?」
多分そういうことではないのも知っていた、憐れみというやつだろう。見飽きた。
ヤヒトはハッとして首を振る。
「お前は、戦場に出るのか?」
「……? 当たり前だ、そのために此処に居る」
今更すぎる質問だ。少年兵に馴染みがない組織でもあるまい、行きがけにも幾らか擦れ違った。ロドスアイランドはそういう子供の保護にも一役買っているのが想像がつく。
だというのにこの男。
「お前が戦場に出るのは、俺。嫌だな」
ああ、そうか。それはそうだな。
お前の気持ちで戦場が過ぎ去ってくれるなら、その言葉だってもう少し温かい解釈が出来たかもしれない。
「私は読み書きを学ぶ前から斧を握ってきた。それが私の個性だからだ」
「斧を振らない私に、お前は一体どんな価値があるというつもりだ?」
でもそんな事はない。自分でも空気を凍らせてしまったのが分かった。
しかしこんな甘い男に私はどんな視線を寄越せばいい? これがあの天災を生き延びた指揮官だと?
到底信じられない、戦場は取捨選択の究極系の世界だ。集団の為に個を殺し、高い利益を求めて安い命を切り売りする。非情とも言うが、そんな情でどうにか出来る事はない。
そんな夢はもう持っていない。
――だというのに。何だ、気持ちが悪い。
「…………違う」
「それは多分、違う」
絞り出すような声が耳障りだ。苦しい。
なんで今更私に熱を寄越すんだ。ようやくこうやって凍らせたのに、生きるのはそうだと言い聞かせてるのに。
つまらない感情論だと切って捨てれるはずなのに。叶いっこないのに。割り切りの利かない無能の台詞のはずなのに。存在しないと学んできたはずなのに。もう要らないのに。
分からない。いや、それは嘘か。
「…………そうか。それはお前の采配次第だな」
縋ってしまうじゃないか、温かい方が本当は好きだ。
だから近寄らないでくれ。私は突き放せない。
「…………もしかして、ドクターに何か言われたか?」
「えっ?」
振り向くわけでもなくドーベルマンから飛んできた質問に思わず聞き返してしまう。まだ施設案内の途中だった。
本当はヤヒトが案内を務める予定だったらしいが(というかアレも配置を覚えてないらしく、リハビリと言うか記憶活性化を兼ねているとも言っていた)、私の様子を見るなり辞退してしまった。無理もない。
そういうのは慣れている、それでも出来る仕事を選んでいるし、こうやって別の人員を配備する程度の柔軟性の有る場所だというのもさっき理解した。ロドスアイランドは受容性が高い、なんて言い方をしてもいい職場なのだろう。
「罵倒されたりはしていない。分かっているだろうが、あの男は無害だ」
「それは勿論そうだろう、というより甘い男だ、アーミヤと組み合わせるとある意味厄介なくらいな」
ドーベルマンが少しだけ振り向く。
「噂をすれば居たな。Dr.ヤヒトもロドスアイランドの重要な一部だ、少し見ていくと良い」
「そんな適当な」
まあ付いてこい、と言われるままに通路の角から視線だけ寄越す。
確かにあの不審なフード姿、ヤヒト以外にそう居ないだろう。
「相変わらずシケた面してんなあ、ヤヒト! 飯食ってんのか?」
「それが結構エグい飯食ってんだわ、3日連続レンチン炒飯」
えぇ…………此処には立派な食堂も有るじゃないか、何が悲しくてそんな一人暮らしのウルサス市民みたいな食事を摂る必要があるんだ?
話を聞いていた学生服の少女も同じ意見らしい、げんなりした顔でメッシュの入ったブラウンヘアーを掻きむしる。
「医者の癖に不健康なやつだな、もちっとマトモなもん食えよ」
「時間も体力もないっすね。食ってるの深夜だし」
「あっ、深夜に食堂でごちゃごちゃしてるのお前かよ! 女が怖がってんだぞアレ」
夜中に食堂からゴソゴソと物音がするのを想像すると普通に怖い。
げんなりした顔色をどんどん深めていく少女に反してヤヒトは随分ヘラヘラとしていた。
私に向ける困惑とはまるで似ても似つかない…………本当はもっと、温かい笑い方が出来る男だったらしい。全く私も嫌われたものだ。
「いや~悪い悪い、マジで忙しいんだよ。今日はカップラーメンにするから許せ」
「食ってるものの問題じゃねえだろ…………そんな忙しいのか?」
そりゃ忙しいっすよ、と何処かの井戸端会議のように手をふる。随分とちゃらけた男らしい。
「早く仕事を思い出さないとならないからな、記憶喪失ってのも辛いねえ」
「身体を大事にしろ。飯を出してくれるやつぐらい居るだろ」
ヤヒトがフード越しに頭を掻く。動作を見るには何だか遠慮がちな風、立ち姿が少しだけ寂しそうな色を帯びていた。
向かい合う少女の瞳が困っているような、敢えて言うなら降参だと言わんばかりの歯がゆい表情。彼女の言わんとする事はわかる。
諦めきったような乾いた笑い声が、酷く痛々しく映ったのだろう。
傷だらけなのに理由も教えてくれない子供のような、稚拙さの籠もった強がり。隠し事の仔細は分からないが、しかし言いにくいことだけがはっきり分かる。
「夜も遅いしな。俺一人のためにロドスの活動を遅らせるのも忍びない」
しかも、それがなまじっか正しい。
言いしれぬ痛々しいほどの温かさが、彼の心をじわじわと食い潰している。多分誰もがちょっと気づいているけど、その小さな歯車のズレを誰も直そうとはしない。
違うだろう。アイツに限って。そんな風に、確信が持てない。
その火に預かろうなんていう私は何とみっともない話か。何より。
「…………欲しけりゃ作ってやる。粗末なもんで良ければな」
私には不器用なりの手の差し出し方もわからない。
冷たい手先がいつか彼の心も冷やしてしまうんじゃないか、そんな直感が脳裏をよぎる。
あの医者のことが心配などという高尚な気持ちじゃなくて。
ただ単に、私は怖いんだ。その体が温かければ、もしも私の手先が本当に冷たければ。きっとそれは、私の血肉がどれだけ凍りついてしまったかの証明になってしまうから。
欲しくて、怖くて、遠くて、近い。
ドーベルマンを余所に、私はそのフード姿を見るのを辞めた。
フロストリーフって末端冷え性っぽいよね。温めてあげたいけど私も末端冷え性なんですよ。
だから会ったなら「どっちがより冷たいかでマウントを取り合う冷え性特有のアレ」をしたいと思います、ちょっとフッと笑ってくれると死ぬ。殺して。
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血より冷たく、カップ麺よりあったかく~その3~
加えて未読の第四章の内容によっても色々起きる。
うちは基本気にしない方針で。この作品はあくまで実験なので連なる別作品の時に調整してみたいと思います。
【要するに】
この世界線ではフロストリーフの所属する傭兵組織の吸収合併はつい最近の出来事です。私の世界ではそうなんです。ついでにヘッドフォンも最初から付けてる、何故って分かりにくいからだよ。
「結構美味しかったな」
「そりゃ何より」
冷えた指先を食べ終えたカップ麺に当てると、残った温度が染み込んでいく。この鋭い熱はいつまで経っても慣れないものだが、戦場で指がかじかむなどとは言ってられない。
手が冷たいのは心が温かい証拠だ、なんて言われたことも有る。実際そんな事実があるかはさておき、だとするなら私の今は何なのだろう。
心も冷め、身体も冷たく、残った小さな人らしさでどうしろと? そんなものより武器を持てと言われてきた私に、今更どんな熱を持てというのか。
怒っているのとは違う、分からないだけ。
「手先、冷えるの?」
「…………ん。そうだな、外にいると指が動かなくて困るが――――――!?」
指先第一関節の人肌に思わず目を見開いてしまう。
気づけば手を当てられていた。私とは似ても似つかない、僅かに節くれだった一回り大きな手。
ヤヒトの顔を見るが、にやりと口元を吊り上げている。この男…………。
「俺の手なんか結構温かいって評判でさぁ、レッドとか外回り終わると俺の手に飛びついてくるんだよな。どう、温かいの?」
いや、そういうことではない。口元が滑るだけで言葉は出てこなかった。
温かい。それは認めよう、レッドとやらがどんな生命体かは知らないが寒い時期なら飛びつきたくもなるかもしれない。
だが私は違う。
「は、離してくれ。人が近いのは苦手だ」
「え? はぁ…………でも自分から俺の所来たじゃん」
「……!? いや、それは違う。違うぞ」
私は夜中に食堂から物音がするから覗いただけの話であって、別にそれ以上の意味はない。
偶々そこにヤヒトが居たから何事かと話を聞きに来たのは確かだが、だからと変に距離を詰めようとしたりしたわけではない。仕事上のコミュニケーションに支障をきたさないことも仕事の内だとドーベルマンも言っていた。
待て。何で私はこんなに頭の中で言い訳してるんだ、別に直接言うわけでもあるまいに。まるで図星みたいだろう。
「…………どうしたんだ? 急に小さくなっちまって」
覗き込んできた。
耳元で声が聞こえて背筋がぞわりとする、いつもとも違う温かな何かが這う感触。押し当てられた肩は自分とは比べ物にならない体格を否応なく理解させられる。
何でだ。いつもなら嫌だとはっきり言えるところだ、私はそこで一々言葉を取り繕うような振る舞い方をしてきたか?
していないはずだ。それで冷たい奴だと言われてきたことも有ったし、それでも私は何も改めてこなかったはずじゃないか。
何で突き放せないんだ。
ちょっとだけ良いかもしれないなんて、そんな。変だ。強がれない、いつもどおりの声が出ない。
「何でもない…………ともかく少し離れてくれないか。お願いだ……」
慌てたように距離を取られる。何だか凄く、気分が良くない動きだ。
「悪い。嫌ならしょうがないな、次からはしないように気をつける」
「別に嫌なんじゃなくて……いや…………何でもない」
そこまで気を遣わなくていい、そんな言葉が喉元までやって来ていた。自分で辞めてくれといったくせに一体どういう了見だ。
しどろもどろになってしまう私を見て何を感じ取ったのか、ヤヒトがまた違う方面で慌て始める。忙しい男だ。
「どうした、まさか夜中にカップ麺なんか食わせるから体調崩したか!?」
「その、仮にも医者がそんなありえない想定をするものか…………?」
「まさかってのもあるだろ、デコ出しなさいデコ」
詰め寄ってきたかと思うと額に手を当てられる。熱い、目を合わせられなくなる。
間延びした声を出しながら自分の額と温度を比べて唸る。
「むしろ冷えてね…………? ちゃんと温かくして寝るんだぞ、風邪引いたら事だし」
「分かったから至近距離に来るんじゃないっ!」
「お前は女との距離感サイアクだからな…………そのフロストリーフ?ってやつも不憫なもんだ、後で謝っとけ」
「俺は何が悪いのかさっぱり分かってないんですが? 謝る意味なくね?」
悪いと思ってないことを謝ってどうするんだという話だ。ズィマーも確かにそうかもしれん、と言わんばかりの顔をしている。
結局怒られが発生してフロストリーフに逃げられてしまったというのが事の顛末であるわけだが、ズィマーには随分呆れられた。
というかコイツ面倒見いいよな、俺も気づいたらこんな他愛ない話振っちゃってるし。
「敢えて言うなら女に不躾に触ったり近寄り過ぎるな。お前は確かに気がないし、見りゃ分かるって言えばそうだが、だからって許される理由にならねえぞ」
「うーん…………そりゃそうだよな。何ぶん女と縁遠かったもんでよ」
ズィマーが首をかしげる。
「お前…………記憶喪失なんだろ?」
「…………ってアーミヤも言ってたんだよな~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!! いや~記憶喪失前から出来ないことが今サラッとできるってことはね~だろうな~~~~~~~~~!!!!!!!!」
あっぶね!? そう言えば俺は一応記憶喪失という体でしたね!?
かなり怪しんでいるのか、腕を組んで俺にすげえ目つきの悪い顔を向けてきているがあくまでシラを切り通す。
事実かどうかはともかく、話もそこそこデリケートだと理解してくれているからか追求はする気がなさそうだった。静かな溜息が俺の心に突き刺さる。
ちゃうねん、ちゃうねんなマジで。
「まあちょっと隠し事が有ってもどうこう言いやしねえ。ただ、不用心に親身になるのは毒ってもんだぞ」
「…………分かってるよ」
「分かっててもアタシが言うことに意味があるんだ、黙って聞けよヤブ医者」
毎度思うがヤブ医者は酷いと思う、実際今はヤブ医者だけど。
「少年兵ってやつがどんな扱いなのか、アタシは正直わからねえ。ただ学校行ってるよりはずっと碌でもない事を強要されてんのは間違いねえし、それに耐える為に…………っと。言い方が悪い、”慣れる為に”だな。まあ中身も多少は歪んじまう」
「不用意に優しくするな。お前には辛そうに見えるかもしれないが、一生懸命やってんだからそっとしてやれ」
「お前が頼るに値すると思われてんなら、きっちりアッチから言葉が来る。それに答えてやりゃあ十分だろ」
要するに要らぬお節介は何処まで行こうが要らぬお節介だから辞めておけ。そんな言葉だった。
言いたいことも理解してる、俺が元から分かっててやってしまっていることもズィマーは知っているだろう。
こういうのは俺じゃなくて、第三者が言うのが大事なんだ。そういう話。
助かるのはズィマーはそれをズバズバ言うし、そして切り替えもスッキリ出来てしまうという所。俺より年下の女の子ではあるが、情けなくも頼りにしてしまっていたりする。
「後なぁ、ちゃんと飯を食え。そんなにアタシの不味い料理が食いたいかよ」
「んなこと言いつつ割と美味い流れじゃん。頼むわ」
ズィマーの顔がくしゃ、っとなったかと思うと乱暴に頭をかき始める。
「そういうとこだぞ」
「どういうとこだよ」
「…………噂をすれば件のやつが来たんじゃねえか?」
腕を組んでわざとらしく俺の後ろの方に首を伸ばして視線を向けるズィマー。
ごった返す食堂の入り口から確かにあの子がやってきた。つけていたヘッドフォンは首にかけていて、いやしかしこんな朝っぱらからどんな音楽を聞いていたのかはちょっと聞いてみたい。
どうでも良い質問について考え込んでいると、ズィマーに机をとんとん叩かれる。
「行ってきてやれ。新入りだし、何よりアイツの所属してたらしい傭兵組織は衣食住の環境がかなり怪しいらしい。食堂のシステムも分かってねえかもしれねえぞ」
気が利かねえ男だ、と頬杖をつくなり溜息をつかれた。俺に相当ご立腹らしい。
「とは言うものの教えてくれる辺り、ズィマーも面倒見が良いよな」
「あんまり役に立たねえとお前の立ち位置も分捕るからな、早く行け」
軽く礼を言って席を立つ。曰く、”お前のそういう所が嫌い”らしい。
個人としては敵に塩を送るスタンスのほうがよっぽど不可解で面白いが、ズィマーにとっては俺のほうが変なものに見えてるようだ。
うろうろーっと緩慢な動作で見渡すフロストリーフの目の前まで歩いた。
「おはよう」
「ん。ドクター、此処ではどうやって配給を貰っているんだ」
確かにズィマーの予想は当たりだった。いや全く、ガサツなように見えてあの子にはかなわん。
「メニュー含めて案内するか。ドーベルマンも言っといてやれよな…………」
「私が手持ちの携帯食で昨日は済ませてしまった。恐らくそのせいだから、彼女を責めても仕方ない」
携帯食ねえ、黙々と齧る様子を想像すると何だか小動物のような絵面を思いついた。見てみたかった気もする。
「カップ麺もあるにはあるぞ、まあ猫舌には厳しいか」
「猫舌じゃない」
昨日めっちゃフーフーしながら食ってたけどな。相当筋金入りらしく、スープはすごくチビチビ飲んでた。
突き放すような感じがある割にそういうところだけ子供っぽくて笑えてしまう。
「そうか。取り敢えず行こう」
先導する俺に黙って付いてきた彼女の瞳は、昨日よりちょっとだけキラキラしていたような気がする。思い込みだろうか。
そう言えば二話でドクターと喋ってた女学生がズィマーだって気づいてた人いるんですかね? 服装と口調で好きな人は分かるんだろうか、私はギリギリモブじゃない扱いで出して今更回収したというのが本音だったりするんだけども。
ガチ恋距離に弱すぎるフロストリーフいいぞ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!
でも特に恋愛要素を押し出す予定はないです(矛盾)。そういうのじゃないよね彼女の扱い方って。
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【幕間】Don't touch tail!
ところで先日カップ麺を食べましたが、エースコックの大容量でも食べ終えてしまえば冷めるのは速かったですね。縋るフロストリーフの冷え性や如何程か。
「ロドスの住人は温かいな…………」
貰ったコーヒーを飲みながら空を見上げる。今日の空は隙間のちらつく曇り空、覗く青も天災を見た後では手放しに喜べない。
少しだけロドスの施設には慣れてきたが、未だにコーヒーメーカーを探すだけで苦労はする。ドクターも何だかんだと気にかけてくれているが、それでも広いものは広い…………。
紙カップの温かさにあの夜のカップ麺を思い出す。ちなみに味噌が好きだ、ヤヒトが色々と食べさせてくれた。時々夜に一緒に食べるのがつまらない楽しみだ。
勿論毎日というわけではない、肌に悪いし健康にもよくないからな。ズィマー?だったか、彼女にも怒られた。
「何で今更、こんなに…………」
こんなに、何だ。考えるだけで頭がぽやぁっと火照ってしまう。
だが、変な話じゃないか。こんな短い時間で、あんな顔もわからない男の他愛ない言葉や態度で、そんなの…………おかしい話だ。
これまで自分を保つために何度も何度も心を凍らせてきた。正しいかは知らない。法は正しさで守られているだろうが、私が法に守られているかは全く別の話だ。だから、それは私にとって王道だった。
王道だったのだ。組織が吸収されても王道に違いなし。そう、それはロドスアイランドでも変わらないはずなのに。
言い聞かせてきたロジックが揺らぎ始めている。一つしか道を見ないようにしていたのに、此処は温かい夢ばかり見せてくる。
それが何故なのかはわからない。いつもどおり冷めた顔をして、孤独を気取って、言葉を削って、武器を研ぎ直せば良かった。
「いや、違うのか」
良くなかったのかもしれない。
だから今更、こんな場所で私はコーヒーに粗末なインスタント食品に思いを馳せてしまうのだ。思い出なんてこれまでも、きっといくつも持てただろうに。
いつも私は、人を過去にしてから思い知る。
「後悔は終わりだ」
コーヒーを一気に飲み干す。
でも。だから。今回は、今回こそは――――――――
もふもふもふ!!!!!!
「…………ひゃっ!?」
「……もふ」
「ん!? 何だ!? 敵か!?」
「気持ちいい…………」
「!? 女?」
何だ、突然尻尾に得体のしれない何かがしがみついてきた!?
思わず振り払おうと身体を回すがすばしっこい、赤いシルエットばかりが視界の端に映り続ける。いや待て凄まじい身のこなしだな!? まるで狼か何かだ!
しかも凄まじい斜めの姿勢で滑り込みながらしっかり私の尻尾を堪能していないかコイツ!? その技術は外敵に向けてくれ頼むから!
「ちょ、待って、離れてくれ! そんないきなり…………!」
「逃げるけど、怒らない…………もふもふ」
力が抜ける……こんな所、普段誰にも触られないからくすぐったい……。
「やめてくれ、たのむかりゃ!? こへがでにゃくなってくる…………」
「…………嫌がってる?」
「さきさき行くなよー…………うわっ!? レッド、完全に腐乱物にたかられる絵面だから辞めよう! 俺も目に毒だ!?」
えー、フロストリーフの顔と服のはだけ具合とか思考が完全にアレだったので代打でドクターさんです。
は? 視点戻せって? やかましい殺すぞ、うちのメンバーをやらしい目で見てんじゃねえ。
状況は単純。誰も尻尾を触らせてくれないと拗ね気味だったレッドを連れてきた、以上。俺は悪くない、流石にこんなになるまで飢えてるとは思ってなかった。
走って飛びつかれちゃ陰キャドクターの俺には追いつけん。
「すまん、フロストリーフ。加減をさせそこねた」
「どくたぁ…………これはちょっと、やりすぎだ……」
完全に倒れ込んで息を荒くするフロストリーフ。レッドが覆いかぶさって顔色を窺っているおかげで、俺は今日も訴えられずに済みそうだ。というより俺自身も罪悪感が有るかもしれない。
レッドがシュンとしながらこっちに来る。頼むからフロストリーフを放置しないでくれ、俺がやらせたみたいになる。
「ドクター。フロストリーフ、嫌がってた…………?」
「嫌がってるというわけじゃないが、加減をしてあげた方がいいな。出来るだろ?」
レッドはこくんと頷いた。戦場でのナイフ捌きも何処へやら、幼いけれど従順で良い子だ。
合わせる顔もないままの俺を、手で上着を引きながら涙目で睨んでくるフロストリーフ。いや、マジですまんと思ってる。でも謝っても言い訳だから言えないだけ…………見てないから。ホント見てないから。耳も頑張って塞ごうとはした。塞げてはない、すまん。
俺が顔をそらすしか無いのがご理解いただけたのか、ツンケンした表情のままこちらをじーっと見つめていたかと思えば溜息を付きながら視線を外す。
「ドクター。甘いのは良いが、これは甘やかしすぎだ」
「…………はい」
はい、以外にどう返事せえっちゅうねん。
「私は、その、良いが…………いや、良くないが。レッドだったか、彼女が外で困る」
「仰る通りだ、ごめん。レッドも、困らせちゃったからちゃんと謝ろうな」
「ごめんなさい…………」
ますます萎縮して頭を下げるレッド、じゃれていたつもりだったんだと思う。俺もちゃんと前もって釘を差しておけば良かったな。
レッドがあんまりしょげて謝るものだからフロストリーフも強くは出れないようで、レッドと少し見つめ合うと仕方なさげに視線を下げていく。
「新しい仲間、早く仲良くなりたかった…………ごめんなさい」
「うっ…………いや、怒っては居ない。加減をしてくれ、それで良い。いきなり尻尾を触られると驚いてしまう、それだけの話だ」
レッド、お前の純真さに感謝するよ。俺もついでにお目溢し――――は、駄目そうだな。
しばらく白い目で見られるのを請け合いに思いつつ、取り敢えずカバーに入っておく。
「あー、それでだな。彼女はレッド、見ての通りちょっと幼い子だけど仕事は逸品だ。フロストリーフも一緒に仕事をする機会があるから、良ければ仲良くしてやってくれ」
「…………取り乱したな。今思えばドクターも予想はつかないかもしれない、睨んで悪かった」
「いや、次は気をつけるわ。こればっかりですまん」
フードがパアッと頭を上げる。分かりやすい、フロストリーフも彼女を見ると毒気が抜けてしまうようだ。
「怒ってない?」
「ああ。ただ、次は一言声をかけてくれ。それなら構わない」
「もふもふグランプリ、エントリー…………!」
「も、もふもふグランプリ?」
「レッドが勝手に格付けしてるらしいぞ、俺は詳しくは知らん」
はぁ、とフロストリーフも困惑したような顔をしている。気持ちは俺も分かる。
さて。本件に戻そうか。
「それでフロストリーフ、要件がある」
「仕事か?」
途端に冷めた目つきが戻ってくるが、残念ながらそんな物騒な話ではなかったりする。
「違う。ズィマーが料理を作ってくれるらしいから、お前もどうだ」
「…………料理?」
首をかしげるフロストリーフを真似るように、レッドも不思議そうに首を傾げた。
予定は1000文字だったんだけどこれは何ですか、レッドはしゃぎ過ぎだよ止まってくれ(作者とドクターの意見が一致する恒例行事)。
基本的にメインはフロストリーフですがその過程でズィマーとかその他思いついたメンツが絡む感じを予定してます。
ちなみに出てきませんがオリジナルキャラが別の場所で右往左往してる設定なので時期が来たらそちらの話も書きたい。
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